IS~自称策士は自重しない~ (reizen)
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第1章 始まる二度目の一年生
#1 始まってしまった高校生活


初めての方は初めまして、前作を読んでいる方はまた閲覧していただきありがとうございます。
ほとんど内容は変わりませんが、暇つぶし程度に読んでください。


 今の状況を漢字一文字で表すと、「鬱」だ。

 というのも、今俺の前には男一人と残り女30人で構成されていて、女は全員男のほうを見ている。そいつはイケメンだからだろう。俺だと見た瞬間に汚物を見るような目を向けてすぐに逸らされたが。

 さて、どうしてこの状況になっているのかというと、俺ともう一人が入学した学校は事実上の女子校だからだ。教員も全員女らしいけど、少しくらい男がいてもいいんじゃないか?

 

(それは無理な話……だな)

 

 よくよく考えてみればそんなことを女たちが許すわけがないし、男の方も遠慮したいことだろう。考えてみたら俺もそうしたいです。

 なので即刻退学して元の生活に戻りたいのだが、そんなことをしたら死は確定だろう。

 

織斑(おりむら)君、織斑一夏(いちか)君っ!」

 

 現実逃避をしていると、前の方からもう一人の男の名前が呼ばれた。今は自己紹介中なのだが、もう一人の織斑一夏は考え事をしていたのか、もしくはこの状況で「俺ってハーレムキングになれるんじゃないか?」などと考えていたのかは定かではないが、さっきまで前にいる副担任の山田(やまだ)真耶(まや)先生を無視していた。

 

「は、はいっ!?」

 

 大声で呼ばれて驚いたのか、織斑の返事の際の声が裏返っていた。くすくす笑いをされていたが、俺の場合はそれに加えて罵倒されるのが目に見えていた。流石はイケメン。女たちを己に対して優しくする雰囲気を作り上げる。……そんなスキル、俺にはないから羨ましい。

 

「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! で、でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑君なんだよね。だから、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」

 

 どうやら山田先生は今のご時世では珍しいタイプの女らしい。おそらく彼女の存在を知ったら四方八方が女に飢えた男たちが求婚するだろう。見た目は幼くて俺たち10代後半……前半ぐらいでも通るんじゃないか? そんな天然記念物がまだ存在するのだから、世の中捨てたものではない…と、思いたい。

 ちなみに山田先生の特徴を上げるなら、サイズが合っていない服を着ているメガネってことだろう。可愛い女の子がメガネをかけた感じで、おそらくだがおっぱいがデカい。彼女の取り合いをするなら大乱闘は必須、死亡者多発で俺も容赦なく爆殺、絞殺といった手段も辞さない…のだが、

 

(……ヤバイ、死体までも想像してしまった。しかもグロテスク)

 

 常人よりも高いであろう想像力を持っているから、余計なものまでも想像してしまう。俺の悪い癖だ。

 

「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

「ほ、本当? 本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ。絶対ですよ!」

 

 アイドルにしたら間違いなくストーカーが一週間で拉致監禁でエロルート確定だな。というかあの先生、間違いなく世間を知らなさそう。もっとも俺も人のことは言えないけど。そもそも16で一体何を知っているのかって話だ。

 なんて一人でボケとツッコミをしていると、織斑が立ち上がってこっちを見た。というかまず最初に見るのが真ん中ではなく俺ってどういうこと?

 しばらく俺を見ていたようが、勉強をしている最中の俺には関係ないことなので無視していると、やがて自己紹介を始めた。

 

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 かなり普通の自己紹介だが、これが妥当だとは思う。

 というか思春期の男が周りが女という環境の中でまともな自己紹介ができるわけがないだろう。

 

(だけどそんな期待したような雰囲気はイケメンだから仕方がない)

 

 恨むならイケメンとして生まれた自分を恨むがいい。

 

「以上です」

 

 やっと出てきた言葉がそれで、周りはずっこける。俺の場合は「ああ、やっぱり」と思っていた。

 

(むしろちゃんと切ったことを評価しろよ)

 

 自分なら間違いなく無言で着席だろうと思っていると、いつの間にか入っていたのか黒いスーツを着た女性が織斑の頭を叩いた。

 

(えっと、どういうこと?)

 

 状況が把握できなかった俺は、その女性がいきなり男である織斑を殴った風にしか見えない。まさしく()()()()()の体現だと思った。

 

「げぇっ、関羽!?」

 

 まさかそんな名前を付けられている女がいるとは思わなかった。

 もう一発殴るその女性は言い放つ。

 

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」

 

 これ、絶対にどこか裏の組織とかの出身だよな? 軍隊出身と言われても違和感ないと思う。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けて済まなかったな」

 

 山田先生と話したことで織斑先生と呼ばれたその女性に漂っていたさっきまでの怒りオーラ的なものがなくなった。山田先生が持つ癒しオーラ的なものがそれを打ち消したか浄化したかのどちらだろう。

 

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 

 顔を赤くしてそう答える山田先生。……レズには興味がないので自重してもらいたいものだ。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。できない者にはできるまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

 この先生の授業をすべてボイコットしたいという衝動に駆られたが、そんなことすれば俺の成績が悲惨なものになるのは目に見えているので出なければならない。

 

(本当に、過去の自分を恨みたくなる)

 

 想像力のほかに無駄な特殊能力を持ってしまった俺が今したいことは、タイムマシンに乗って過去に行き、適性試験を受けないように妨害するか、大量のプラモデルを渡して作業させるかだな。

 ちなみに今この状況なんだが、女たちが騒いでいるので逃避中だ。

 

(というか何? あの先生ってそんなにすごいのか?)

 

 ただ鬱憤を晴らすために暴力を奮う女にしか見えないのだが、織斑千冬という女はそんなにすごいのだろう。さっきから女たちが黄色いを声を上げていて、耳が痛い。

 ちなみに内容だが、

 

「キャーーー! 千冬様、本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!」

 

 そのほかにも、「指導されるのが嬉しい」やら、「あなたのためなら死ねる」やら、信仰や妄信レベルの奴らが多いようだ。

 

(ところで、織斑一夏と織斑千冬って、何か関係あるのか?)

 

 同じ姓だが親子? ……いや、もしかしたら姉弟か?

 織斑先生が敏腕教師として有名なら名前が売れるまでにそれなりの年数が必要だけど、見た感じそこまで老けていないから20代中ごろから30代前半ぐらい。そして織斑一夏は今年16歳だから……かなりの年の差だ。結婚も無理だし、顔も似ているから親子……もしくは年が離れた姉弟だろうか。

 

「……毎年、よくもこれだけばか者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者が集中させているのか?」

 

 その言葉に驚きを隠せなかった。去年もとか異常だと思う。

 

「きゃあああああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」

「でも時には優しくして!」

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 

 このクラスが異常すぎて、俺の全身から血の気が引いた気がした。

 

「で? 挨拶も満足にできんのか、お前は」

 

 クラスを文字通り暴力で黙らせて、織斑先生は織斑にそう言った。ちなみに手法は教卓を出席簿で殴るという行為だったが、それでも周りには十分だったようだ。

 

「いや、千冬姉、俺は―――」

 

 即座に出席簿で叩く織斑先生。

 

(というか、姉弟なのね)

 

 ってことは間違いなく贔屓されることは間違いない。もう少し考えてクラスを編成してほしかったものだ。

 

「織斑先生と呼べ」

「……はい、織斑先生」

 

 ところで、さっきのはわざわざ殴る必要はあったのだろうか? 注意だけで十分だったはずなのだが、考えてみれば女ってのはそういうのを平気で実行する奴らしかいないから仕方がないのだろう。

 

「え……? 織斑君って、あの千冬様の弟……?」

「それじゃあ、男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係して…」

「じゃあ、もう一人も千冬様の弟とか、もしかして親戚?」

 

 最後の言葉が発端となり、全員が俺のほうを向く。その異常さに思わず顔を上げてしまって後悔した。

 

(全員がこっちを注目するとか、ある意味異常だろ)

 

 例えそれが羨望とか殺意とかでもな。

 

「時間的に最後だな。桂木、自己紹介しろ」

「……はい」

 

 簡単に終わらせようと思って席を立つ。それでもこっちを向く視線はなくなる気配を見せなかった。

 

「織斑みたいな自己紹介はするなよ」

「……………」

 

 そう言われて思わず顔を引きつらせてしまう。さり気なくプレッシャーとか鬼かアンタは。

 

「あー……桂木(かつらぎ)悠夜(ゆうや)です。趣味は作画と読書で本は主に機械関連の情報誌です。ISに関する知識は植木に種を植えて一日経った程度しかないので、蛇足ですがあまり期待しないようにしてください。以上です」

 

 一礼してから頭を下げてから上げると、何人かが驚いていた。

 

(高校に通うスペシャリストが出てくるアニメを見ていて良かった)

 

 内心そう思いながら着席すると、織斑先生が織斑に対して再び言った。

 

「よく覚えておけ、織斑。自己紹介とはああいうことを言うんだ」

 

 そして前の方から視線が感じ始めたが、気にせず勉強の続きをする。

 

「さあ、SHR(ショートホームルーム)は終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には絶対に返事をしろ」

 

 内心でだが全身全霊を持って、俺は彼女に「拒否権ないじゃねえかこのクソババアッ!!」と悪態を吐くのだった。……せめて必要最低限の人権だけはあって欲しいと切実に願う。



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#2 様々な女

 インフィニット・ストラトス。

 よく『IS』と略されるそれは10年前に突如現れたパワードスーツであり、軍事転用を危ぶまれたが何だかんだで今ではスポーツとして扱われている。

 そんなパワードスーツの操縦者……だけでなく、開発者や整備関連、またはオペレーターなどの育成を行っているのが、俺が今通っているIS学園ということになる。

 普通の高校の授業はIS関連の授業でコマを奪われる為、当然普通とは違ってかなり早いスピードで行われるのだ。

 なので復習をしなければ間違いなく落第。IS関連は全くの初心者こと俺がなる可能性がある単語だ。……これ以上、留年させられてたまるか。

 

「あー……」

 

 当たり前だが、前にいる織斑と違って項垂れている暇なんてものはない。

 そもそも俺が動かした時期は3月中旬。織斑は2月上旬と1ヶ月以上の差があるため、明らかに勉強量が違いすぎる。例え週3のペースでやっていても事実上1週間しかなかった俺とは違ってたくさん勉強しているだろう。羨ましい限りだ。

 

「ちょっと、よろしくて」

「ああ、後半年ぐらい待ってください」

「わかりましたわ」

 

 少しでも勉強しないと追いつけないことは目に見えている。だから会話なんて遠慮したいのでそう返すと、意外にもあっさりと帰っていった。

 

(言ってみるものだなぁ)

 

 そんなことを思っていると、今度は早足でこっちに戻ってきた。

 

「あなた! このわたくしをよくも簡単にあしらってくれましたわね!」

 

 「まさか帰るとは思わなかった」と言っても一方的に批判してまともに取り合ってもらえないと思ったので無視していると、机が叩かれる。

 思わず顔を上げるとそこには怒髪天を突くような勢いで怒っている女がいたが、初対面なので聞いてみることにした。

 

「……誰?」

「む、無視だけでなく、このわたくしすら知らない……ですって!!?」

「ISの知識を詰め込むので忙しかったので」

 

 そう言うと彼女は何故か頭を抱える。しばらくすると、その女生徒はため息を吐いて自己紹介を始めた。

 

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ。お見知りおきを」

「ご丁寧にどうも」

 

 一礼して対応すると、満足気にするオルコット。

 

「あら、一応は自分の立場はわきまえているようですわね」

「ところで一つ頼みがあるのですが」

「何でして? 言っておきますがあなたがドゲザというものをしながら泣いて頼まないならばISのことは教えてあげませんわ」

 

 と説明してくれるオルコットだが、俺が今から言う言葉は彼女の予想の斜め上を行ったのは事実だろう。

 

「いえ、その必要はないのでできれば早々に会話を打ち切ってください。まだ自分はISに関してはど素人と言っても過言ではないほど知識がありませんので他者と会話する余裕なんてないんです」

 

 授業の進むスピードが予想以上に早かったので少しでも多く勉強したいので切羽詰っていることを打ち明けたら、オルコットの顔は見る見る赤くなる。

 

(……今頃訂正は効かないよな)

 

 自分が言ったことが別の意味で捉えられていることに気付いたが、訂正はしない。たぶん無駄だから。

 

「それはあなたが勉強不足だからでしょう? ならば自業自得でしてよ」

 

 しかしどうやら気付いたらしく怒りは治まったようでそう返してくる。

 なので俺は切り替えしてやった。

 

「私がISを動かせることを知ったのは3月半ば。それから検査やらなにやらあってマトモに取れた時間は一週間ちょっと。逆に聞きたいのですが、あなたはその一週間でこの分厚い参考書をすべて理解できるんですか?」

 

 と片手で辞書二冊分と言っても過言ではない厚さを持つ参考書を軽々と持って示す。

 するとオルコットは一瞬青ざめ、ようやく降参か諦めた様子で口を開く。

 

「わかりましたわ。今回は大人しく退散いたしましょう」

 

 そう言って自分の席に戻っていくオルコット。どうやら平和的に解決できたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(桂木悠夜。チェルシーが何か気にしている風だったみたいですが、至って普通の男でしたわね)

 

 セシリア・オルコットはイギリスの名家「オルコット家」の現当主であり、今では珍しい女尊男卑思考を持っているわけではないタイプの女だ。さっきのはただの小手調べで試しにやってみたことである。現に彼女が持つ会社でも有能な男性は次々と上役に抜擢したり、上役こそできなかったが現役では次々に契約を取れる人間は上役と同等かそれ以上の報酬に―――つまりその人物の力量に見合う賃金を支払ったりと、イギリスの数ある会社でも比較的優遇されている会社の社長だ。

 現在はその会社を自分の右腕のメイド長「チェルシー・ブランケット」に預けている。その引継ぎの作業の時に代表候補生育成機関の教官から連絡が入り、テレビをつけた時には「再び日本で男性操縦者」という見出しが英語で書かれたニュースがかかっており、その人物の顔写真を見た瞬間にチェルシーの様子がおかしくなったので気になっていたが、女に(へりくだ)るという点と代表候補生で専用機を持っている自分のことを知らないという点では期待はずれだったが真摯にISの勉強に取り組んでいたことには好感は持てた。

 だからこそ何故自分の幼馴染でもあるメイド長の様子がおかしくなったのかわからなかったので彼女は余裕がある時に聞いてみることにした。

 

(次はイチカ・オリムラさんですわね)

 

 意識を一夏の方に向ける。彼の方は積極的に調べろと政府からお達しがあったのと先に接した悠夜の方はちゃんと勉強に取り組んでいたのだからもう一人も大丈夫とタカをくくっていたが、その期待が裏切られることを彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したIS運用をした場合は、刑法によって罰せられ―――」

 

 現在はISに関する刑法に関して勉強しているが、普通ここまで厳しく刑法を制定するのだろうかと思う。つまりはどれだけスポーツと偽ろうとも各国の政治家にしてみればISは兵器という認識なんだろう。

 普通に考えればISって兵器として重大な欠陥が複数あるから、ISをベースに別の兵器が作られていそうなものだが、今までそんな話を聞いたことがない。つまり開発されているわけではないのだろう。……作っていそうなんだけどなぁ。

 

「織斑君、何かわからないところがありますか?」

 

 別のことを考えたら前の方でそんな会話が始まっていた。

 

「あ、えっと……」

 

 教科書に目をやるが、目立った反応は見せない。

 

「わからないところがあったら聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」

 

 胸を張る山田先生。その時に少し揺れたのを俺は見逃さなかった。

 

「先生!」

「はい、織斑君!」

「ほとんど全部わかりません」

 

 さっきまで一部に存在していた活気はどこに行ったのだろうか、一瞬にして周囲の気温が下がった気がした。

 

「え……。ぜ、全部、ですか……?」

 

 そしてこの反応をする山田先生。間違いなくこの反応は正しいものだ。

 

「え、えっと………織斑君以外に、今の段階でわかるって人はどれくらいいますか?」

 

 予め勉強していた俺は言わずもがな、それよりもここに入学する為に勉強してきた女たちにそんなことがあるはずもなく、誰も手を挙げることはなかった。

 その時に気になったのか、織斑はこっちを見たが……とりあえずその「信じられない」という顔は止めようか。

 

「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」

「古い電話帳と間違えて捨てました」

 

 その言葉が原因で織斑が叩かれるが、自業自得としか言いようがない。

 

「必読と書いてあっただろうが、馬鹿者」

 

 しかもタイトルが「必読! IS参考書」だからなぁ。さりげなくタイトルに混ぜられている必読に噴いてしまった。

 

「後で再発行してやるから一週間以内に覚えろ。いいな」

「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」

「やれと言っている」

「……はい。やります」

 

 なるほど。今の社会はこうやって作られているのか。そりゃあ抗えないわけだ。

 などと思っていると、織斑先生は話を続けた。

 

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしない為の基礎知識と訓練だ。理解ができなくとも覚えろ。そして守れ。規則はそういうものだ」

 

 完璧な正論だ。反論も余地なのだが、女がそれを言うと少しばかり違和感を感じた。

 

「……貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

 

 それは俺に向かって言われたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

 

「望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 

 ………それを、IS学園の教師という立場のあなたが言っていいと思っているのか?

 思わずそう聞きたくなったがすぐに止めた。いらないことを言いそうになったから。

 

「え、えっと、織斑君。わからないところは授業が終わってから放課後に教えてあげますから、頑張って? ね? ねっ?」

 

 黙っているとそんな会話が展開されていたが、気にせず教科書を読み始めた。頭に浮かんだある種の邪念を振り払うかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二時間目が終わって俺は再び勉強をと思ったが、元々それほど勉強が好きではないわけで休憩していた。と言っても別の本を読んでいるのでそこまで休憩しているという実感がないのだが、読んでいる本はロボットアニメのそう設定集みたいなもので楽しめる。

 

(ISがK○FやM○とかだったら、少しはモチベーションが上がるだろうに)

 

 それも俺に主人公が乗りそうな機体があてがわれるというのならば真剣に取り組むのだけれど、今のところそんな様子は見られない。もっとも、俺は整備科もしくは開発科志望なので専用機を受け取ったところでどうするかという話なのだが。

 

「―――あなたもわたくしのことを知らないなんて、一体この国の殿方はどうなっていますの!?」

 

 前の方でオルコットが織斑に話しかけていたようだが、どうやら織斑もオルコットのことを知らなかったみたいだ。

 

(そもそも、あまり男でISに興味を持つのはいないだろ)

 

 ISが本格的に世界が取り入れ始めた頃、取り入れた国のほとんどが日本で言う「女性優遇制度」というものが制度が施行された。これは女すべてに適用されることで、わかりやすく言えば足が悪い爺さんより若い女の方が席が融通されるという法律だ。

 それにより男の地位が地を這う形になり、女は男をこき使うようになった。幸い今までに前科一犯が付いたことはないのだが、それでも何万か取られたことは記憶に新しい。そもそも義母と義妹がその傾向があるため、特に搾り取られた。

 そもそも義妹は代表候補生で、「働くことの大切さを学ぶ為」という理由で13歳からバイトを許可されたのでしていた俺から遠慮なく金を払わせるという鬼畜なことをやってきたのは今でも覚えている。

 

「ねぇねぇ」

 

 いくら機械だからとはいえ、正直あまり好きになれないが…それでもいじってみたいって気はある。まったく俺は中途半端な男だ。

 

「ねぇねぇ」

 

 ………さっきから誰だ?

 織斑ではなく俺に話しかけるやつはこれで二人目。女が興味を持つのは織斑一人で十分なはずなのだが、朝のSHRも思ったが、ここは変人の巣窟のようだ。

 

「何ですか?」

 

 そいつはその中でも群を抜く変人だと思う。

 どこか幼く感じるのは髪の毛に子供がつけると思われるキツネのピンを止めて小さなツインテールを演出しているから、そして身長のせいか登場と同時に上目遣い。いくら何でも無防備すぎると思う。

 

「かっつんって、ロボットが好きなの~?」

 

 どうやら俺が読んでいる本が気になったようだ。

 

「ええ。まぁ、過去にたくさんの作品がありますし、見ていて飽きないというのもありますが」

「そうなんだ~」

 

 それで会話が途切れたので、今度は気になったことを質問してみる。

 

「ところで、「かっつん」とは何ですか?」

「かっつんのあだ名だよ~。「桂木」だから「かっつん」なんだ~」

 

 ………あだ名、ね。

 正直、そんな可愛気があるものを付けられたことがなかったので、どういう反応をすればわからなかった。

 

(なんか、調子狂うな)

 

 ため息を漏らすと同時にチャイムが鳴る。これは三時間目が始まる音だ。

 その女の子はさっきの授業である種の恐ろしさを知ったからか、挨拶もせずに自分の教室へと帰っていった。

 



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#3 初心者が下す最低評価

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」

 

 どうやら今度は武装に関する講義らしい。織斑先生が教卓の前に立っている。

 個人的には武装関連は楽しみだったが、やることを忘れていたことに気付いたので今はそこまで乗り気じゃない。

 

(あ、また調べるのを忘れてた)

 

 結局、織斑千冬という女がどんな功績を残したのか調べないまま三時間目へと授業のコマが進んだ。

 

「と、その前に今度行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めなければならないな」

 

 そういえばそんな行事が配布された資料の中に同封されていたな。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まぁ、委員長だ。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると、一年間変更はないからそのつもりでな」

 

 ………ところで、クラス対抗戦なのに代表者選出って何だ?

 普通に考えて「クラス対抗戦」ならばクラス総出での戦闘とかになると思うのだが、そういうわけではなく個人戦。何か裏でもありそうな予感がする。

 

「はいっ。織斑君を推薦します!」

 

 対抗戦という名前の裏にあると思われる本当の意味を考えていると、他のところでそんな声が上がった。

 

「私もそれが良いと思います」

 

 別のところでもそんな声が上がり、それを気に周りも賛同するかのような声を上げ始めた。

 

「やっぱり織斑君よね、イケメンだし」

「桂木はまぁ、正直見た目があれだしね」

「雰囲気的に向いてないだろうし」

 

 それ、本人の前で言うなよ。結構傷つくから。

 容赦なく俺に対して悪口を言う女たち。その根性はすごいと思うが、人としてどうかと思う。というか俺もそんな奴を友達としてはいりません。

 

「では候補者は織斑一夏……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」

 

 いや、それよりに先にやることがあるよね、織斑先生。

 話している奴らを会話を切る為に大きな声でそう言った織斑先生に、俺は内心で突っ込んだ。

 

「お、俺!?」

 

 所詮は内心だけで突っ込んだので話は続く。というか織斑って名前は生徒としてはこのクラスにはあの男しかいないと思うが。

 

「織斑、席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」

 

 立ち上がった弟に対して厳しく言う姉。

 

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやるつもりは―――」

「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものには拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」

 

 いや、確かに言ったけど、流石にそれはないんじゃない? この学園の男の価値ってどれだけ低いんだよ。

 

「だったら俺は、桂木悠夜を推薦する!」

 

 すると織斑はあろうことか俺を推薦してきた。

 

(……何で、俺を推薦しやがった)

 

 普通に考えて素人がやっても勝ち目がないんですけど。まぁ、それは織斑にも言える事だが、それはそれ、これはこれだ。要は俺が関わらなければそれでいい。

 だから例え受け入れられないだろうが辞退する。

 

「先生、辞た―――」

「待ってください! 納得がいきませんわ!」

 

 反射的に俺は常備していたボイスレコーダーのスイッチを入れた。彼女がすぐに話を始めなかったのは机を叩いて立ち上がった時に痛かったからだと思う。

 

「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 まぁ、動かしたばかりの男がクラス代表の委員的仕事はともかく、戦闘云々をこなせるとは到底思えない。それに関しては同意するが、絶対に彼女の場合は「弱い男にさせるなど言語道断だ」だと思っているからに違いない。まったく、声の可愛さと見た目の美しさは一級品だというのに、言動から自分を台無しにするタイプみたいだ。しゃべり方と服装からは良いところの育ちみたいだが、いくらなんでもその思考はいかがなものだろうか。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいと言う理由で知識を持たない猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 いや、サーカスもすごいものだと思うけど。俺だけ? 俺がおかしいの? 

 というか島国云々はイギリス代表候補生の彼女には言えないと思う。極東なのは本初子午線からして正解だから仕方ないし、名前の響きがいいから好きだけど。知識を持たないという点はさすがに反論できないな。

 

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 

 自分で自分が強いなど、よほど自分に自信がなければ言えないことだが、当然その言葉に対して不満を持つ人間もいる。さっきから何人かが彼女の演説に対して嫌悪感を示しているようだが、彼女はそのことに気付いていないのだろう。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

 と、オルコットの発言に対して織斑がそう言ったが、イギリスにだっておいしい料理はあるし、小説でも有名なシャーロック・ホームズとか有名なものがあったりするんだけどな。それとオルコットは代表候補生としてすぐに謝罪するべきだ。

 

(というか織斑に愛国心とかあったのかよ)

 

 そう思っていると織斑の顔は段々と青くなっている。どうやら反射的に言ったようで後悔しているみたいだ。。

 

「あっ、あっ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

 その前に言ったことをイギリス人は既に忘れたようだ。

 

「決闘ですわ!」

 

 再び机を叩くオルコット。絶対に痛いんだろうけど、涙を流していないことからそうでもないようだ。

 

「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

 それをあっさりと了承する織斑。

 

(………というか、その決闘内容って明確にされていないよな?)

 

 そしてそれをさっきから提示せず、織斑は聞きもしない。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い―――いえ、奴隷にしますわよ」

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 

 堂々と宣言する織斑だったが、ここであることに気付いたらしい。

 

「そう? まぁ何にせよちょうどいいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

 どうやら彼女はISで勝負するみたいだ。本当に彼女は素人相手に実力を示せると思っているのだろうか? 流石に自分が実力者だと思うんだったら、すぐに控えた方がいい。

 

(それ以前に、素人相手にISで戦おうとするなよ……)

 

 哀れ織斑。善戦どころかまともに戦えるかすら怪しくなっている。

 

「ハンデはどれくらいつける」

 

 ところが織斑はそんなことを言い出した。

 

「あら、早速お願いかしら?」

「いや、俺がどのくらいハンデを付けたらいいのかなぁっと」

 

 すると一瞬で周囲にいた奴らが笑い始めた。それほど織斑の言ったことがおかしいようだ。

 

「お、織斑君、それ本気で言ってるの?」

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

「確かに織斑君や桂木はISを使えるかもしれないけど、それは言いすぎだよぉ」

 

 と本気で笑うクラスメイトたちに、言ったことを後悔する織斑。俺はその光景に対して疑問に思っていた。

 確かにISが出てきてから男は弱者として認識され、事実上腕力じゃ歯が立たない。男女間で戦争をやれば三時間で制圧できると、よく義母が言っていた。

 でも実際のところ、その目安自体が間違っている。

 男はそのことをよく知っているし、理解もしている。だからこそまずは技術者の反乱から始まるだろう。

 整備中は間違いなく操縦者はISから離れる。その時にコアを抜き取り、そこから離脱する際に手榴弾を投げる。

 システム上でハッキングして出られないようにするのもありだ。そこで睡眠ガスを入れて眠らせて閉じ込めることもできる。

 そしてこの教室を制圧するという行為なら容易だろう。

 まずはオルコットを撃ち殺す。教師二人はともかく、生徒たちは間違いなくその状況に追いついていないのだから恐怖で喚き叫ぶだけ。後はマシンガンで全員撃ち殺せば戦力は低下。そこから野次馬で見に来た奴らを手榴弾とかを投げてやったら何人かは死ぬ。

 素人でもこれだけ考え付くのだから、本職はもっと容易な方法で女たちを制圧できる可能性がある。もっとも俺が実行に移さないのは一介の学生にはそれ相応の道具が必要なこの作戦は実行が不可能なことと前科が付くことが怖いヘタレだからだ。

 

「……じゃあ、ハンデはいい」

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデをつけなくて良いのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんてあなたはジョークセンスがおありのようですわね」

 

 さっきまでの激昂はどこへ行ったのか、オルコットは嘲笑の笑みを浮かべていた。

 

「ねー、織斑君。今からでも遅くないよ? オルコットさんに言って、ハンデつけてもらったら?」

「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデはなくていい」

「えー? それは代表候補生を舐めすぎだよ。それとも、知らないの?」

「………」

 

 そんな会話が前に方でされていたが、そう言っていた女はさっきオルコットの日本人を侮辱した時に怒っていた一人だと記憶していたのだがな。

 

「さて、話はまとまったな。勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコット、桂木はそれぞれ用意をしておくように」

「待ってください」

 

 すかさず俺はそこで止めた。

 

「何だ桂木」

「いや、何もクソもないでしょう。何で俺がその戦いに入れられているんですか?」

 

 決闘を申し込まれてないし、受けてもいない、ましてや参加すると言った覚えもない。いくら素人でも代表候補生の実力と自分の実力の差は理解しているからだ。

 

「さっき織斑に推薦されていただろう」

「確かに推薦はされましたが、俺は決闘には関係ありません」

 

 はっきりと否定するが、それでも、

 

「自薦他薦は問わないと言った。それにこれは決定事項だ。異論は認めん」

「だからって―――ああ、もういいです」

 

 授業が始まるが、もう既にそこに興味はない。あるのはクラスメイトと教員に対する嫌悪感と不信感、そしてこれから先上手くやれるかという不安だけだった。

 

(担任は女尊男卑、副担任は使えない。もう一人の男はゴミで、代表候補生に至っては女最高至上主義の蛆虫。クラスメイトは勘違いしかしていないクソビッチしかいないのかよ)

 

 何もできない自分が物凄く失礼で最低な評価を下したと思うけど、ここまででそう思うほどの材料が揃ったと思う。前途多難とは、こういうことを指すんだろうな。



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#4 お茶目な教師

 SHRが終わり、俺はさっそく「織斑千冬」という女を調べた。

 

(第一回世界覇者が、今はクズ教師かよ)

 

 ISの世界大会―――モンドグロッソ。

 6年前から開催されて以降、3年に1回のテンポで開催されている世界大会の第一回覇者。まさしくこの世界の権化と言っても過言ではない存在だろう。少なくとも、今日一日の態度を見てそう思う。

 

「なぁ、ちょっといいか」

 

 ため息を吐いて鞄に勉強道具を入れていると、俺とは違う男の声が聞こえた。どうやら織斑が来たようだ。

 ちなみに今日は朝に入学式と始業式があったため、昼から三時間授業という一般校と変わらないカリキュラムだった。…まぁ、それが4月に入ってすぐの平日に行われなかったらもっと良かったのだが。

 まぁ、これが今日最後の会話チャンスとなれば接してくるだろう。俺はその気0なんだけど。

 

「………」

「何か、怒っている?」

「だったら何か?」

 

 苛立ちが最高潮に達しているからか敬語は抜けていた。

 

「いや、でも俺一人しか推薦されなかったから、悠夜を推薦したわけで……」

「………」

 

 ありがた迷惑って言葉を知らないようだ、この男は。

 無言で立ち上がり、鞄を持って帰ろうとする。

 

「ま、待てよ」

 

 制止の声を無視して教室を出ようとすると、そこでバッタリと山田先生と会った。

 

「良かった。まだ残っていてくれたんですね」

「今から帰ります」

「え? ちょっと待ってください!」

 

 睨みながら振り向くと、何故か安心したような顔をする山田先生。

 

「何ですか? もう帰りたいんですが」

 

 政府の人間からは部屋を用意するとは言われていたが、ただでさえ判明が遅かったんだ。一日や二日で部屋を用意できるとは到底思えない。

 

「そのですね、寮の部屋が決まったのでそのお知らせに来ました」

「………」

 

 信じられず、思わず目が点になる。

 

「それで、織斑君と一緒に説明したのですが、いいですか?」

「………わかりました」

 

 ものすごく不本意だけど、いくら使えないと認定しているとはいえこの話は聞いておくべきだと思う。

 ちなみにこの学園は寮生活を強制している。というのもISは兵器の面としても見られているので、その操縦者や技術者を守る為と言われているが、別の面で見ると女に対して恨みを持つ男たちの魔の手から国防に関わる女たちを守る為という意味もあると思われる。制服姿で帰る女生徒たちに手を出さないという保障はないし、専用機持ちと言っても数は高が知れているだろうし、使っても人が多いと上手く立ち回れないどころか人質を取られる可能性もあるし。うん。相変わらずネガティブ思考は絶好調だ。

 

「俺の部屋、まだ決まってないんじゃなかったのでは? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」

 

 俺の場合は政府の役員に連れられてホテルで停泊するという状況だけど。というか普通に考えて織斑を自宅からの登校はないのではないだろうか? 姉がアレとはいえ、教師である以上自由になる時間は少ないだろうし。

 

「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したらしいです。……二人はその辺りのこと、何か政府から聞いてますか?」

 

 俺は首を振り、織斑は「いいえ」と答えた。

 

「それと政府特命もあって、とにかく寮に入れるのを学園側は最優先したみたいです。一ヶ月もすればそれぞれの個室の方が用意できるはずですから、しばらくは相部屋で我慢してください」

「……あの、山田先生、耳に息がかかってくすぐったいんですが」

 

 と、さっきから織斑のみに耳打ちしている山田先生に織斑はそう言った。

 

「あっ、いや、これはその、別にわざとかではなくてですねっ………」

 

 必死に弁解する山田先生。たぶんこの人は天然だな。

 

「いや、わかってますけど…。それで、部屋はわかりましたけど、荷物は一回家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰っていいですか?」

 

 普通、山田先生みたいな人にそんなことされたら喜ぶものなんだろうが、どうやらこいつは日ごろからやっているから耐性が付いているようだ。ナイフを買って明日刺そう―――といつもならしているところだが、生憎今は一度失敗すれば奈落の底だから自重します。……もともとできないのに何を言っているのだか。

 

「あ、いえ、荷物なら―――」

「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」

 

 ゴミ教師が現れた。ここはゴミ箱じゃないんだけどなぁ。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

「まぁ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

 ………え?

 普通、ゲームとかパソコンとか色々あるだろ? 何でそれだけ? 人としてありえないだろ。

 

(自分の分は自分で用意するに限るな)

 

 俺の部屋の中にあったものはすべてこっちに持ってきたから、趣味とかの面もばっちりだ。

 

「今日はもう終わりなのでこの後は部屋に行ってくださいね。夕食は六時から八時、寮の一年生食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間は異なりますが、お二人は今のところ使えません」

 

 つまり後々使えるようになると言うことか。

 なんて思っていると織斑の口から信じられない言葉が飛び出した。

 

「え? 何でですか?」

 

 それを聞いた俺は織斑から距離を取る。机三個分は移動した。

 

「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

「あー……」

 

 ようやく理解したらしい。もうこんな奴と一緒だなんて嫌だ。

 

「おっ、織斑君っ、女子とお風呂に入りたいんですか!? だ、ダメですよ!」

「い、いや、入りたくないです」

 

 否定する織斑。今度は山田先生が変なことを言い出した。

 

「ええっ? 女の子に興味がないんですか!? そ、それはそれで問題のような……」

 

 フライパンであの女の頭をカチ割りたい。

 だけどここは耳元で大きな音を出すことで我慢することにしよう。

 

「い、いきなり何するんですか?」

「さっさと鍵を渡すなんなりしてくれませんかね? 正直、これ以上あなたたちの下らない茶番に付き合わせるなら窓から外に投げることも考えないといけないんですけど」

 

 周りが俺と織斑でネタにする中で堂々と言い放つと、急に静まり返る。そしてこっちに厳しい視線が飛んでくるが、どうでも良かった。

 

(たぶん、あの主人公もこんな心境だったんだろうな)

 

 好きな人を目の前で殺され、そいつを殺したら上官に殴られ、その上官に裏切られ、殺した奴が別の機体に乗って現れたら、そりゃああんな風になるわ。たぶん彼とはいい話ができるだろう。

 ……とか思ってたら別の奴から殴られそうな気がする。

 

「わ、わかりました。でも桂木君の部屋の場所が少し特殊な位置にあるので付いてきてもらっていいですか?」

「わかりました」

 

 山田先生に連れられて、俺は自分の部屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の世の中、男の立場は低い。

 ここに来てからそのことを一層自覚したのだけれど、流石に最低限の人権ぐらいは守られているものと思っていた時期が俺にもあった。

 

「あ、あのぉ………」

 

 目の前に建っている物を見て絶句している俺に声をかけてくる山田先生。正直、この女教師が天然だろうがなんだろうが、半殺しにしたい気分だ。

 ふと、後ろを見る。そこには高級そうな雰囲気が感じられるが、もう一度視線を戻した先のは、どう考えてもそれとはかけ離れている。

 

(織斑と部屋が別なのはいい。一緒にしていたら間違いなく殺していたからな)

 

 今日の一連の原因である織斑の息の根を止めるのはたぶん容易いし、あんな無神経なゴミ虫と同居させられるなら間違いなく向こうを追い出している。姉が出てきてもたぶん中に入れることはないだろう。

 だけどこれは……この扱いは人としてどうなんだ?

 

「この差は一体なんですかね?」

「さ、さぁ……」

 

 そう返事する山田先生。さぁって、この女は教師だよな?

 

「鍵、開けてもらえません?」

「は、はい!」

 

 すぐに鍵を開けてもらい、中に入る。ガスコンロやカーテン、エアコンなどは常備されていたので安心した。

 

(壁もそれなりにしっかりしているし、床も綺麗だ)

 

 一応は申し分ない。ベッドも布団付きで準備されている―――なんだ。外見とは違って意外と準備されている。

 

(……シャワーとかはあるのか?)

 

 心配になった俺は玄関と思われる場所で靴を脱ぎ、散策する。どう見ても後付けだと思われるが、それでもないよりかはマシだろう。

 

「驚きましたか?」

 

 さっきまでのオドオドはどこへ行ったのか、山田先生は「ドッキリ大成功」という看板を持っていた。……その看板はどこから出したのだろうかと疑問に思ったが、それよりもすぐにずれて持ち直すたびに胸が揺れるのでそっちに目が行った。

 

「なるほど。演技だったんですか」

「はい。桂木君が緊張をしている様子でしたので、解す助けになれたらと思ったんです」

 

 満面な笑みで笑顔を向ける山田先生。この好意で「使えない奴」から「お茶目な教師」に評価がアップした。

 

「た、確かに桂木君の評価は悪いですけど、先生は先生なりに手助けするつもりですのでいつでも頼ってくださいね!」

 

 「会議がありますので、ではまた」と言って校舎の方に戻っていく山田先生。ひとまずハニトラの危険性はないみたいだが、比較的警戒は必要みたいだ。……特にあの胸は思春期真っ盛りの俺には刺激が強すぎる。

 とりあえず中に入って置かれている荷物郡の荷解きから始めることにした。

 

(おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい……は!?)

 

 しばらくこの煩悩は続く。



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#5 出ると出されるでは意味が違う

(ダンゾンで木刀とエアガン、警棒も一応注文しておくか)

 

 IS学園の寮は各学年と教員用の寮が90度おきに建設されていて、その真ん中には購買部が設営されている。そこは朝の7時から夜の10時まで経営しており、基本的には学生が欲しい便利アイテムとか、夜食に便利なおにぎりが用意されているが、通販のストア受け取りにも対応しているのでそこで指定して受け取るつもりだ。

 それに加えて「IS戦術論」と「IS戦闘技能全集」も注文するのを忘れないようにしないといけない。

 とスマホで注文していると視線を感じたので上げる。そこには昨日俺に話しかけてきた女が立っていた。

 

「ああ、昨日の……キツネ」

「ものすごくざっくりだねぇ」

 

 キツネのヘアピンが印象的だったからそれを覚えていただけだったりする。

 

「それでキツネさん。一体何の用ですか?」

「え、えーっと……もしかして名前……」

「知るわけないでしょう?」

 

 確か記憶が正しければ織斑を飛ばして俺だったし、その俺で終わっただけでなく聞いていないのだからどこの誰が自己紹介をしていたとか既に忘れている。

 

「そ、そっかそっか。私は布仏(のほとけ)本音(ほんね)だよー。よろしくねぇ、かっつん」

「……よろしくする気ないんですけど」

「えぇー!?」

 

 大声を出す布仏。それで一瞬注目を集めたが、すぐに彼女らは織斑に構いなおした。

 

「何で何でぇ~?」

「メリットがないからですよ。ただでさえあなたと一緒にいるだけで迷惑です。さっきから目障りなので消えてくれませんか」

「でもぉ」

「でももくそもないでしょう」

 

 俺にとって女は敵だ。

 自分たちが優位だと誤認し、だれかれ構わず権力を行使する。俺自身、過去に痴漢だと間違われて周囲に犯罪者扱いされたことがあるし、つい最近完全に冤罪で警察に追われたことがある。それで女を信じろなんてものは無理な話だろう。

 だから俺は全員拒絶する。巻き込んだ織斑弟も、無理矢理参加させた織斑姉も、教員だってどうせ女尊男卑の思考を持っている奴が大半だろうし。……精々山田先生が少しはマシ程度だろうけど、織斑姉に気がある時点で色々と怪しい。

 

「ねぇねぇ」

 

 視線を下に向けていると、布仏本音が俺に再び話しかけてきた。

 

「……何だ?」

「とりあえず涙を拭いたらどうかなぁ~」

 

 と言われるまで一切気がつかなかった。マジか。

 慌ててその涙をぬぐっていると、前の方で出席簿が何かを弾く音が聞こえた。

 

「休み時間は終わりだ。散れ」

 

 と職権乱用の鬼教師が現れた。

 

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」

「へ?」

「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

 勝手に説明する織斑先生だが、その弟は何のことだか全くわかっていなかった。

 

「せ、専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」

「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」

「ああ~。いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

 俺もできるなら専用機欲しいなぁ。できれば可変式のセ○バーとかカオ○とか、いっそのことゼ○でも全然OK、いや、むしろ○ロをくれ。カスタムかどうかは任せるから。

 

「織斑、教科書6ページを音読しろ」

「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ之博士が作製したもので、これらは完全なブラックボックスと化しており、いまだに博士以外はコアを作れない状況にあります。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・組織・器官では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』」

「そこまででいい。…つまりそういうことだ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間にしか与えられない。が、織斑の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」

「な、なんとなく……」

 

 というか織斑、それって最初の部分だろ。アイツ昨日は絶対に何もしてないだろ。

 

「せんせーい。かっつ……桂木君も専用機はもらえるんですか~?」

「いや、桂木の場合は後から出てきたこともありその話は上がってない。まぁ、少なくとも来週までには間に合わないだろう」

 

 間に合わせる気がない、というのが正しいのだろう。そもそも、クラス代表を決めるだけなのに決闘騒ぎに発展するのは異常だ。

 ちなみに織斑先生の発言の後に「当たり前よね」とか「あんなのに専用機が渡るくらいなら私に渡すべきよ」とか聞こえたのは気のせいだと思いたい。

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 

 いかにも「真面目」という感じを思わせる女子が挙手して織斑先生に質問する。本来ならああいうのがクラス代表を務めるべきだと思う。

 

「そうだ。篠ノ之はアイツの妹だ」

 

 そして担任はあっさりと個人情報を暴露するなよ。

 

「ええええーっ! す、すごい! このクラス有名人の身内が二人もいる!」

「ねぇねぇっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度ISの操縦を教えてよっ」

 

 姉が天才だったら妹も天才かもしれないという期待は絶対に間違いだろ。そして担任もそこを否定しておけよ、「プレッシャーをかけるのは良くないよ」的なものを。

 というかお前ら、興奮するのは今は授業中だぞ。さっき質問した奴と布仏を見習えよ。前者なんて反省しているし。

 

「あの人は関係ない!」

 

 唐突に大声が出たから、周りにいた奴らは固まる。

 

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 

 俺も義理の妹がいるんだが、こっちが一応は友人という部類に入る奴と遊びに行こうとしているのに法律をチラつかせて買い物に付き合わせるのをやめてもらいたい。自分が休み=周りも休みという考え方は即刻なくしてもらいたい。……これは関係ないな。

 ちなみに大声を出した篠ノ之は窓の外に顔を向けた。女子たちは一部の奴らが不満たらたらで戻っていくが、実際のところは自業自得なので俺は篠ノ之を擁護するだろう。

 

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

「は、はいっ!」

 

 騒ぎを起こした当の本人は冷静にそう言うが、この人に対しての俺の評価はもう地面どころか地下へと行っている。いくら世界大会の覇者だろうが、どうせわかるから今の内にという考えがあったとしても許可を得るかぐらいするべきだとは思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」

 

 昼休みになって授業終了の号令が終わるや否や、オルコットは織斑のところに向かっていた。……オルコットって単に構って欲しいだけだよな。

 

「まあ? 一応勝負は見えていますけど、流石にフェアではありませんわね」

「? 何で?」

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますのよ!」

「へー」

 

 二人が下らないやり取りをしている間、俺は準備を済ませて食堂に向かおうとする。

 

「まあ安心しなさいな、桂木さん。あなたには特別にハンデを差し上げてもよろしくてよ」

「じゃあ俺がアンタの機体でするから、アンタは訓練機でよろしく」

「なっ!?」

 

 適当に返して俺はそのまま食堂に向かう。正直、ハンデ云々とかどうでもいいし、ハンデ関連で言えば一瞬で相手を倒す方法は思いつく俺に対してバランスを整えるどころか圧倒的に不利になるだけである。

 何か言っていたが気にせずそのままスルー。

 

「ねぇねぇかっつん」

「何だ…というかよく俺に話しかけられるな。あんなことを言われたのに」

「でもあれはかっつんが警戒しているからでしょ~」

 

 …どうやら見抜いていたらしい。

 

「私がかっつんのペットになりにきたって」

「もっと別の言い方はなかったのか?」

 

 思春期女子たちがあらぬ噂を立て始めるのを気にせず、俺はそのまま進む。

 

「まぁ、私も否定するけどね~」

「実際のところ、それをしても違和感がなさそうだけどな」

「……したいの?」

「今の男ってそうしたい割合が増えているらしいけど、俺は違うって否定するわ。同類って思われたくないし」

 

 少なくとも俺は無害だ。むしろやることでメリットよりデメリットが多く存在するのだからする価値もないし。……もっともそれは現実的なことを考えた時のことである。

 実際、彼女としても(犯罪という意味も含めて)大丈夫ならば今この瞬間に襲っている。

 

「だからさっさとその上目遣いは止めろ」

「テヘぺろ~」

「こんなに気が抜ける「テヘペロ」は始めて見るな」

 

 そんなことを話していると、あっという間に食堂に着いた。

 俺はそこでカルボナーラを頼み、布仏は天ぷら付き海苔茶漬けを頼む。

 それぞれ頼んだものを持って席に着き、無言で食べ始めた。

 

(考えてみれば、女と一緒に食べるのは随分と久しぶりだな)

 

 基本的に朝食は用意されないことはもちろん、夕飯は俺も父さんの分すら用意されていないなんて当たり前だったから、俺も父さんも外で食うことが当たり前だった。俺に至ってはバイトの賄いで腹を満たせばいいが、父さんの場合はどうしていたのかわからない。仲が良かった男の人と外へ食べに行っているだろう。たぶん、今も。

 

(俺と違って父さんは人と仲が良くなるのが上手いからなぁ)

 

 「取り入った後は使い捨てる。それが使えないのならなおさら」と平気で言うから怖いが、個人的には本当に良い父親だと思う。俺なんて妹に「部屋が汚くなったから片付けろ」と言われたから片付けたのに、出しっぱなしにしていた下着も片付けたら、そのことを聞かれた母親に警察に突き出された。運が良かったのは担当者が男で話をよく聞いてくれたことだろう。後、ボイスレコーダーもだが。

 

(そう考えると、今は比較的に幸せなんだよなぁ)

 

 余計な発言はともかく、(見た目が好みという点も含めて)少しはまともな考えを持っている奴と一緒に食事をしているんだ。

 その幸せをかみ締めながらパスタを噛んでいると、誰かがこっちに近づいてきた。

 

「ちょっといいかしら?」

 

 どうやら食器類を持っていない。もう既に食事を済ませたと思われるその女生徒は誰かに話しかけていた。自意識過剰でもあるが、名前を呼ばれていないのでどっちに話しかけているかはわからなかったから振り向いた。

 ……よくよく考えてみれば、布仏の勧誘に来た可能性もある。

 

「あなたに言っているのよ、桂木君」

「…はぁ」

 

 そう言われて残念に思った。また警戒する人間が増えるのではないかと。

 しかもちょっと本気で真面目に見ちゃったからわかったけど、奴さんのおっぱいは立派なものだった。小さいのも好きだが、大きいのも大好きです。

 

(……どうしよう。この人に仕掛けられたら間違いなく乗ってしまう)

 

 そんな不安を抱いていると、布仏がその女生徒に話しかけた。

 

「あ、かいちょー」

「かいちょー?」

 

 「かいちょー」ってあの会長だろうか。あの平然とエロネタを遠慮なく生徒会長の片割れ。そういえば声も似ている気がしなくもない。

 

「君、何か変な誤解をしていない?」

「いえ、それはありません」

 

 そういえば昔は意味がわからなかったなぁって思い出すと、何故か急に読みたくなってきた。

 

「先に自己紹介しておくわ。私は更識楯無。本音ちゃんの愛称でわかったと思うけど、私はこの学園で生徒会長をしているわ」

「それはまた随分と俺とは合わないことをしていますね」

 

 基本的に委員長って肩書きを持つ人間って無駄にエリート意識が高いから嫌いだ。全員が女尊男卑の思考を持っているわけではなかったが、お祭りごとだと大抵は女が仕切る事が多い。真面目な奴は接しにくいから、ノリがいい奴とかはアレコレ押し付けることが多かったから面倒だった。

 

「それで、生徒会長が一生徒の一般生徒に何か用ですか?」

「「一般生徒」っていうのは少し違うんじゃないかしら? ……まぁいいわ。私が今日来たのは他でもないの。あなたが一組のクラス代表戦に出るって聞いたから会いにきたのよ」

「………で、本題に入ってくれませんか?」

「率直に言うけど、あなたはこのままじゃ無様に負けるわ。だから私が少しでもまともになるように鍛えてあげる」

 

 少々上から目線だが、この程度のは慣れている。だが問題は「鍛える」という部分だ。

 確かに鍛えてもらったほうが少しでもマシになるだろう。これから先、織斑と比較されることも多くなる。それにだ、鍛えてもらった方が何かといいだろう。

 だが俺は彼女のその上からの善意がいまひとつ信じられなかった。

 

「お断りします。そんなに鍛えたいのならば織斑の相手でもしてください」

 

 そう言ってもう残っていない皿をお盆に載せてそのまま立ち去ろうとすると、生徒会長が俺に言った。

 

「このままならばあなたは無様に負けるだけよ。それでも構わないのかしら?」

 

 ふと、俺はつい脚を止めてしまう。

 確かにそれは嫌だ。俺が負けた瞬間に相手はため息を吐いて失望する姿も目に見えた。

 

(……だから何だって言うんだ?)

 

 俺の評価は長い髪でダサいメガネをかけた薄暗い家に住んでいる汚い獣とか思っているんだろ? だったら別にいいじゃないか。

 所詮多少容姿を弄ったところで俺の評価が変わるなんてことがあるわけがない。

 

「別にいいですよ。ちょっと抗ったところで何か変わるわけではありませんし。……それと俺は出るんじゃないです。出させられるんですよ」

 

 そう言って俺は食器を返却口に置いてそのまま食堂から立ち去るのだった。



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#6 しない練習と理由の矛盾

 IS学園の生徒会室は職員室や一般教室が並ぶ本棟とは違い、学園長室やそのほかの授業用教室がある別棟にある。

 その生徒会室で楯無と本音は本音の姉で楯無の従者である布仏(うつほ)に「珍しい」と思わせるほどため息を吐いていた。

 普段から立場的な都合上、楯無は悩んだりもするが、本音の場合はため息を吐く側ではない。むしろ吐いた人間の悩みを聞き、癒す側だ。

 

「今日は来るなら二人目と来ると聞いてましたが、その様子では失敗のようですね」

「うん」

「あれは強敵だよ~」

 

 虚は生徒会に所属する数が少ない為自分専用となっている長い机に置かれているファイルを取り、それを楯無に渡す。

 

「彼に関する資料です」

「あ、ありがとう」

 

 楯無はそれを受け取り、中身を開く。そこには悠夜のプロフィールと顔写真が載っており、写真はつい最近撮ったからかほとんど変わりなく、牛乳瓶の底のようなメガネをかけていた。

 それをざっと見た楯無はある一点に釘付けになる。

 

「……虚ちゃん。これ、本当?」

「彼が通っていた病院を訪ねたところ、担当医がそう判断しました」

 

 その一点にはこう書かれていた。

 

『人間嫌悪症ならびに恐怖症』

 

 その下に理由が書かれており、そこには楯無にとって信じられないことが書かれていた。

 

『桂木悠夜の適性発覚後、女性権利主張団体(以下:女権団)が総動員し二人目の捕縛を実行。銃の使用が許可されていて、3月中旬に起きた乱射事件はそれが関与していると見られる』

 

 その文を読んで楯無はつい先日起こった乱射事件を思い出す。

 その犯人は最後に死体となって発見されたと報道があり、特に気に留めていなかった。

 

(………女権団が政治的にも関与しているのが理解していたけど、いざやられると面倒ね)

 

 楯無は少し考え、本音に指示を出す。

 

「本音ちゃん。しばらく桂木君を見張っておいてもらえないかしら」

「大丈夫だよ~」

 

 本音の容姿は贔屓目なしに見ても普通に可愛い。

 それに癒されることを経験している楯無は本音を選んだ。

 本音が生徒会室から出て行くのを見送った後、自分用のパソコンを出してメールブラウザを開き、父親宛に命令となる文書を送るのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園には専用施設がたくさんある。

 剣道や柔道、空手などを初めとする様々な武術の練習場所「武道館」。軽音楽部や和太鼓部、吹奏楽部などの大音量系の練習場所「演奏館」。だが運動部は部室のみしか存在せず、それぞれの部が広いグラウンドを独占している。

 だが流石はIS学園。兵器を教える場所は伊達じゃないようで、射撃場は存在していた。

 俺はそこの一レーンを借りれたので、目に空薬莢や壊れたパーツなどが飛んで来ても目を守る為に必要なゴーグルと轟音から耳を守るイヤーマフをつけてから射撃場に入る。ちなみにゴーグルはメガネの上から使用可能な物を借りた。

 中に入ると既に何人かがいて、俺は距離を空けてイヤーマフに搭載されているらしい「初心者モード」を選択する。

 するとゴーグル内から銃の構え方などが提示され、出てきた目標を指示通りに撃つ。

 ミスはなんとかしていないが、一発一発撃つのが正直怖い。

 

(だけどこれをしないといけないんだよなぁ)

 

 よくもまぁこれを平然とできるわ。十発ぐらい撃ったけど、手が震えてきた。そう考えるとここにいる女たちって、これをISを纏っているとはいえ人間に向けて同じようなのを撃つから怖い。

 

(……ともかく、今はなんとかしないと)

 

 そう思って再びやろうと思ったけど、急にイヤーマフに通信が入った。

 

『あー、ちょっといいッスか?』

 

 ゴーグルにウインドウが開いて女の顔が現れる。彼女は今日会った更識生徒会長とは違って完全に外の人間なんだが、やっぱり外人が日本語をぺらぺら話すのは違和感を感じるな。

 ちなみに彼女の顔はどこか幼く感じる。

 

「………」

『そう警戒しないでくださいッスよ。別にこっちはあなたを取って食おうととしているわけじゃないッスから』

 

 どうやら俺に用があるらしい。嫌だが撃つのを止めて退出する。……別に発情する気はないんだけどな。別の意味でならすることはできるが。

 するとさっきウインドウに表示された女とは別にもう一人いた。

 

「始めましてッス、桂木君。私は二年生でギリシャ代表候補生、フォルテ・サファイアッス。で、こっちの人は」

「三年でアメリカ代表候補生のダリル・ケイシーだ。よろしくな、一年坊主」

 

 実年齢は隣のサファイアさんと一緒、とは言えなかった。

 

(というか、その容姿で男口調かよ。凄いギャップだな)

 

 ケイシーさんの容姿は一言で言えば露出が多い。豊満な胸と身長が高いのも相まってスタイルがいい体つき誘っていると思われても仕方がないと思える。しかもブラチラ付きだ。

 対照的にサファイアさんは癒しと知的が混じったような感じだが、オルコットみたいなフリルが多い。猫耳カチューシャとか似合いそうだ。

 

「な、何ッスか……」

 

 気がつけば俺はサファイアさんのことを凝視していたようで、警戒し始める。俺にはその気は一切ないのだが、誤解を招くような行動をしたのも事実だ。

 

「いえ、別に……」

 

 ………もしかして、男が苦手なのか? 最近じゃ、アニメの影響とかもあって小さめの女の子の需要もあるといえばあるが。

 

「……で、一体何の用ですか? まさかカツアゲ―――」

「今のでお前が持つ女のイメージが理解できたわ」

「簡単に説明しますと、私らは本国の方針でとりあえず桂木君に接触しておけって言われているッス。なので話にきたッスよ」

 

 ……話すことは何もないんですけど。

 

「そうですね。好きな女の子は先輩ッスか? 先輩のおっぱいはそれなりに大きいから何でもできるッスよ!」

「売るならテメェ自身を売れや!」

 

 ……わざわざ俺を呼ぶほどのことだったのだろうか?

 そう思っているとダリル・ケイシーさんが俺を見て話しを始めた。

 

「あー、悪いな練習中に。でもこっちも事情があってよぉ」

「………政治関連ですか?」

「…そうだな」

 

 どうやらケイシーさんはこの手の接触は嫌いなようだ。たぶん、サファイアさんも。そうじゃなければ最初から調べて悟られないように接してくるだろうし。

 

「それで、早速戦闘でも申し込みに来たんですか? だとしたら断ります。俺はまだISをまともに動かしたことがありませんから」

「流石にそれはないッスよー。桂木君のことはちゃんと調べてますし、少なくとも私は素人虐めみたいなことはしませんッス!」

「そこはオレの分も否定しておけよ!」

 

 どうやらこの二人は随分と愉快なペアなようだ。本当に文面通りの接触だけをしてきたようだし。

 

「じゃあ、お近づきの印に私が桂木君にISの練習に付き合うッス!」

「いえ。すみませんがそういうのは大丈夫です」

 

 少しはマシみたいだが、それでも「少し」だ。まだ気を許すほどではない。

 

「え? 確か代表候補生と戦うって話だった気がするが?」

「………確かにそうですけど。だからと言って必ずしも練習をしなければならないなんてことはないでしょう?」

「そ、それはそうだが……」

 

 困った顔をするケイシーさん。どこか自信満々な雰囲気があるのでおそらく断られなれしていないのだろう。

 とはいえ彼女らが仕方なく付き合おうとしているのはわかる。どちらも無理をしている雰囲気があるからだ。

 昔からそうだ。訳あってこういう姿をしているが、周りからは異端として扱われることが多く、交流委員で留学生の相手をしていると大抵は嫌悪感を出される。まぁ、理由を言えば黒歴史すらも開かれるので、幸か不幸かまだ理由は公けになっていない。

 

「評価とか周りを気にしているのでしたらご心配なく。今更下がろうが俺は気にしませんので。では」

 

 そう言って俺は銃と装備一式を返してそこから出ようとすると、

 

「ちょっと待つッスよ!」

 

 左肩をつかまれ、俺はまるでスタンガンで電撃を浴びせられた感じがした。

 

「ISってのは少しでも慣れておかないと危険なんですよ! だからちょっとでも慣れるように練習する必要があるッス」

「………だから不必要だって言ってんだろうが」

「…え?」

 

 思わず素が出てしまい、慌てて取り繕う。

 

「すみません。ですが正直に言って俺はISなんてものは嫌いです。確かにカッコいい部分はありますが、それでも俺はあまりああいうのは好かないですし、なによりも今回の試合なんて俺にとって何のプラスもない無駄な試合なんです。そんな試合に出るなんて時間の無駄ですよ」

 

 もう十分だろうと思ってそこから出ようとすると、後ろから声をかけられる。

 

「お待ちなさい、桂木さん」

 

 そして俺も何故か足を止めてしまった。

 いや、そこは普通に無視しても問題ないだろうが。何で足を止めてしまったんだよ。

 自分でしたことを突っ込んでいると、どうやら同じ場所にいたらしいオルコットが言葉を続けた。

 

「先程の話を聞かせてもらいました。意味の無い戦いとはどういうことですの?」

 

 振り返ると、そこには少しの怒気を含んでいるオルコットの姿があった。隣には知らない人がいるが、今は関係ないだろう。

 

「簡単なことですよ。自分に見合わない人間と戦ってまともな経験は得られない。ましてはこっちは超がいくつ付いてもおかしくはない素人で、やられるのは目に見えている。そんな一方的な試合に価値がある方がおかしいでしょう?」

 

 だからと言って練習しない言い訳にはならないのも確かだが、俺だって一日や二日、ましてや一週間練習したぐらいで勝てるなんて思っていない。それに今は勉強だけで精一杯だ。

 そもそも俺は知識を理解しなければまともに動けない人間だから、いきなり実戦なんて無理な話である。

 内心ため息を吐きながら、俺は射撃場から出て行った。



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#7 強襲と八つ当たり

 軽トラックが二台、IS学園島と本州を繋ぐ橋を通り、学園側に設けられたサーチャーゲートを通過する。

 そしてゲート開閉所で倒されたバーの前にトラックが止まり、そこで再び機械によってスキャンされ、その間に開閉所に駐在する女性警備員が提示された許可証と物品リストを見て、間違いがないかを確認する。

 そのトラックからは人間の反応も検出されたが、最近ではリストラや地上げで男のホームレスが増え、その影響でこういう物資が狙われることが多くなり、そのために人を荷台に載せることが多くなった。

 それだろうと思った女性警備員は通行を許可し、ゲートバーを上げてトラックを通す。

 そしてトラックはそのまま地下搬入口へと入り、検閲所で停止。そこにも駐在している女性警備員が再び検査し、今度は中の物を検査する。

 その際、中にいる人間は降り、ボディチェックをして合格を受けた。ただし、持っている武装は渡すと条件でだ。運転手と助手席にいる業者もボディチェックを受けるが、こちらは武装をしていない。

 その人間たちは四人(一台につき二人)とも武器を渡し、搬入の手伝いをする。

 それが終わるとすぐに戻るが、大抵の人間は量が量なため休憩することがあり、会社からはその時の対応は自由にする許可を得ている。ちょうどお昼時であり、いつも通り早目の昼食ということで近くの購買部にでも寄ろうと話している最中に警備の人間がトイレに行くことを言葉を濁して伝え、その場から立ち去った。各々、没収された武器を持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、訓練機の貸し出し申請をするために職員室へと来たのだが、とんでもないことがわかった。

 申請は遅くても一週間前にしなければならないようで、生憎と訓練機の都合は付かないようだ。

 なのでそのことを織斑先生に伝えて出場を無しにしてもらおうと思ったが首を縦に振らなかった。何が何でも出したいようだ。

 そして一週間が経ち、ひたすら知識とジョギングぐらいしかしなかった俺は更衣室で着替えていた。着替えると言ってもISスーツは下に来ているのでISスーツ用のジャージを着るくらいだ。

 

 俺は父親がわからなくなる時がある。

 会社の付き合いとか言って最新式のゲーム機をもらってきたりとか、サンプルとして服をもらってきたりとか、テストとしてテレビを送ってもらったりとか、はっきり言って謎である。とはいえこっちとしては得をしているし口は災いの元、触らぬ神に祟りなしなので未だに聞いていない。……ISスーツも送ってきたので、流石に好奇心が働いているがな。

 で、何故俺がここにいるのかというと、試合に出ないことが許可されないのならば出てすぐに降参しようという考えだ。

 どうせなら周りと同じぐらいのスピードでの成長でいいんじゃないか。俺はゆっくりやるさ。

 

(……髪、どうしようか)

 

 メガネは伊達だからあろうが無かろうが見えるのだろうが、お守り代わりでもあるため手放すのは惜しい。

 しばらく考えた後、俺はそれを外すことにして授業用カバンの中に入れてから、そのカバンをロッカーの中に入れる。

 防犯のために鍵を閉めてカナビラに付けて振り返ると、何かが目の前に過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――遅い

 

 到着予定時刻を当に過ぎているが、一向に白式が来ない事に千冬は苛立っていた。

 既にアリーナの観客席には観客が入っており、一年一組以外の生徒の姿も見る。立ち入り禁止にするべきだったことを後悔するが既に遅い。生徒たちの無駄とも思えるその手の活力を知っている千冬は諦めた。

 

(これ以上は待てないな。仕方ない、桂木には先に出てもらおう)

 

 本来なら専用機持ちとなる自分の弟―――一夏とセシリアの同じ専用機持ち同士の戦いを見せ、勝った方が悠夜と戦うことになっている。アリーナの貸し出しは夜の七時まで行われている。そのためどれだけかかっても後の生徒のためにできるだけ多くの時間は残してやりたかった。

 ちなみに本来ならこの時間も他の生徒が使用しているはずだが、別の時間帯に千冬が教えるという条件でアリーナを使わせてもらった。

 

「山田先生。今から桂木に出るように言ってきますので先に打鉄を移動させてください」

「わかりました」

 

 管制室から出た千冬はそのままいるであろうAピットに向かう。そこにはISスーツに着替えた一夏と制服姿の箒がいたが、悠夜の姿はどこにもいなかった。

 

「あ、千冬姉―――」

 

 ―――スパンッ

 

 速攻で千冬は一夏に出席簿を振り下ろす。

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ。さもなくば死ね」

 

 「ちょっ、そこまで言う―――言いますか!?」という一夏の言葉を無視して千冬は二人に質問をした。

 

「桂木を知らないか?」

「いえ。ここには来ていませんが」

 

 箒がそう答えると「そうか」と答える千冬。少し探して見つからないのなら一夏に打鉄を使わせようとすると、千冬が持っていたインカムに通信が入った。

 

「どうした、山田先生」

『…織斑先生、落ち着いて聞いてください』

「少し待て」

 

 急を要するみたいだが、直感的に聞かれない方が良いと思い、千冬はピットから出て用件を言うことを促した。

 

『先程更識さんから連絡が来たんですが……』

 

 「やはりいたか」と内心思う千冬。

 

『その…桂木君が、何かに襲われたようです……』

「………」

 

 息を呑み、沈黙する千冬。幸か不幸か白式が到着したがそちらは真耶に任せ、彼女は今悠夜がいる現場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、視界は知らない天井で埋め尽くされた…と思ったんだが、どういうことか白いカーテンと銀のレールも視界に入ってきた。

 

(これじゃあ、「知らない天井だ」なんて言えないじゃん)

 

 少しショックを受けていると、何故か良い匂いがした。

 

(……ああ、俺は死んだのか)

 

 死体はさぞ見苦しい状態で放置されているだろう。日頃から「気持ち悪いヒョロ男」と認識されているだろうが、脱ぐと凄いんです。

 とはいえたまたま立ち読みした雑誌に書かれていたことであり、参考程度で鍛えたとかではなく、たまたまそうだっただけなんだけどな。というか俺、絶対に裸で放置されているよな。

 

(幸い服は着ているようだけど、それは死んだからだし)

 

 ワンピースみたいなのを着用していることを確認した俺は状態を起こす。ムニュっとした感触がしたが気にしないことにした。

 周りはマシュマロでできているようだが、食べれるだろうか。

 

(まぁ、いいや。現状を把握する為に今は町人とか話を聞きに行くか)

 

 そう思って人を探そうとすると、いきなり前に進めなかった。

 どういうことかと思ったら目の前に大きな壁ができた。とりあえずそれをどうしようかと考えていると、気配がしたので下を見る。

 そこにはキツネのぬいぐるみがあり、俺はそれを手にとって抱きしめた。

 

「わぁ~、やわらけぇ~」

 

 何だか眠くなったのでそれを抱きしめたままさっきのマシュマロのところに戻る。

 そして飛び込んだ俺はそのまま眠った。枕、気持ちよす~。

 

 

 次に意識が覚醒したのは天国ではなかった。

 そこは前に見た医療ドラマのワンシーンを思い出させる設備が揃っていて、色々と医療機器が並んでいる。

 脇には丸椅子が置かれており、ついさっき誰かが使っていたようだ。

 右手で口に付けられているマスクみたいなものを取ろうとしたが、動かせないみたいなので左手で取り、上体を起こす。衣服は患者が着るような服を着ていて、周りにはいくつかの医療機器がさっき確認したのと同じように並んでいる。どうやら現実らしい。

 

(……どうして俺はこんなところに?)

 

 事態が理解できずに考えていると、ふと脳裏に何かが振り下ろされたことを思い出した。

 

(……チッ)

 

 たぶんアレは校内の連中じゃない。声質から大人の声だし、匂いも若者特有のそれじゃなくておばさんとか、その辺りから臭うそれだった。

 

(………殺してモルモットにするつもりかよ、ボケが)

 

 悪態を吐いて自分を慰める。そうすることで多少の怒りは止み、相手を蔑む事で心を潤した。

 

(まぁ、そうすることであのババア共はスッキリするんだろうけど)

 

 そう思いながらベッドから降りると左足にギブスをはめられていたことに気付く。近くに立てかけられていた松葉杖を使って外に出ると、そこにはみかんやリンゴといった果物を入れた籠を持つ更識とバッタリ会った。

 

「か、桂木…君?」

 

 彼女は俺が起きていることを知らなかったようで驚いている。

 俺はそれを無視してとりあえず部屋に戻ることにした。

 

「ま、待って! 何処に行くの!?」

 

 右腕が掴まれ、痛みが走り反射的に腕を振ってそれを払う。

 

「別に何処だっていいでしょう。わざわざあなたに逐一自分の行動を教えないといけないのですか?」

 

 嫌悪感を出しつつ、更識を睨みながらそう答える。だが更識はなおも言った。

 

「でも、あなたは怪我をして……」

「負わせたのはあなたたちでしょう」

 

 そう言って俺は松葉杖を付きつつもそこから離れる。

 しかし更識はしつこく俺に付き纏うとするので松葉杖の足を向けた。

 

「………何?」

「これ以上俺に関わるな。目障りだ」

 

 睨みながらそう言うとこれ以上追うつもりはないのか、更識は足を止める。

 その隙に俺はすぐにそこから離れ、自分の部屋へと向かった。



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#8 精神疲労には女学生を

 都内やその周辺にはたくさんのシンボルが存在する。東京タワーにスカイツリー、東京ディズ○ーリゾートもその代表格だろう。

 そしてこの十年でまた一つ、先程上げた三種とは別に新たなシンボルが創設された。

 

 ―――女性権利主張団体

 

 通称「女権団」の本部が都内に置かれており、日本の男尊女卑の時代には「女性にも平等な権利を」と動き続けた団体だった。だがそれは昔のことで、今では日本を主に「女性優遇制度」が施行された国には規模に違いがあれど存在する大規模の団体となっていた。

 その本部総帥の女性は視察という名目で紛れ込ませた四人の代表に結果を聞いていた。

 

「それで、あのゴミの容態は?」

「IS学園内にある設備で5日の入院だそうです。そして学園長が訓練機ですが専用機として無期限で貸し出す動きを見せています」

 

 すると総帥はまさしく「計画通り」といわんばかりに笑顔を見せる。

 

「そう、ご苦労様。これは謝礼よ」

 

 総帥は机の引き出しから四人分の封筒を取り出し、代表に渡す。

 その代表は「ありがとうございます」礼を述べつつ受け取り、その部屋を一礼して出て行った。

 本来ISを男ごときが扱うなんて心苦しい(ただし千冬の弟の一夏は別)ことだが、総帥が敢えてそうなるように仕向けたのは理由があった。見せしめである。

 ISは国家代表となった者に支給されるようになっている。それを代表候補生の時点で持てるのは運もそうだが何よりも実力があるからだ。セシリア・オルコットの場合はBT適性がAという運が大きいだろう。だが、一定レベルの実力は有していたので専用機『ブルー・ティアーズ』が支給された。

 そのセシリアが油断していてビットの操作が満足なレベルに達していなかろうと、動かせることが判明して二ヶ月、そして操作時間は20分しかなかった一夏が善戦できたことには変わりない。

 間違いなく千冬と同等かそれ以上のレベルの操縦者になるだろう一夏。だが、悠夜は今のところその兆しは見られない。比べられ、罵られることは当然。そしてやがて逃げだす。それまでの辛抱だと自分に言い聞かせる。

 そして総帥は投影型PCで投影されたキーボードを叩き、ある映像を出した。

 現在は眠っており、最終調整を行っている()の調整情況を確認した。さっき始めたばかりだからか、長期に渡るためとも説明されていたので進行状況を見てたいして進んでいないが、気にせずに別のことに意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………やっと着いた)

 

 どこかの錬金術師みたいに右腕と左足が機能していないのは、ここまでの道のりで理解した。

 現在は夕方。それも木曜日と来ている。荷物は予め運んでくれていたのか、戻ってきていた。

 

「………ああ」

 

 水曜日から月曜日まで朝型にランニングをしていたから少しはマシになっていると思ったが、どうやらそうでもなかったみたいだ。

 そのことで少し落胆しながら、俺はベッドに入る。

 

(……………予想はしていたけど、まさかあの時とはなぁ)

 

 というかIS学園って警備が厳重じゃなかったか? あんな簡単に進入されるとか、本気で警備の見直しが必要だと思った。

 

(右手は辛うじて動かせる…か)

 

 腕はともかく、指はなんとか動かせるみたいだ。なんとかペンは使えるみたいだ。

 椅子を引き、鞄を持って中身を出してノートを探す。

 

「……これか」

 

 教科書を出して月曜日に習ったところを復習する。一人だと一日中ゲームをするんだが、今回ばかりは事情が事情なので即急に勉強を開始する。

 IS条約もまだすべて覚えていないし、やることは一杯だ。……一杯、だが…。

 

(………やる気が起きない)

 

 当然といえば当然かもしれない。あんなことをされてそれでも原因の一端でもあるISのことを学ぼうという気にはなれなかった。

 そこでふと、一つのプラモデルが目に入る。作ったはいいが、詳細な設定とかはまだやってなかったことを思い出した俺は、気分転換にそれに取り掛かることにした。

 

 今、世界にはIS技術を流用したロボットバトルゲーム「スーパー・ロボッツ・バーサス」通称:SRs(エス・アール・エス)が存在する。

 それは元々クロスオーバーゲームで作品・分類関係なくロボットが登場して戦わせるゲームだったが、アーケードの方が改修され、どこかのアニメみたいにプラモデルとその設定を専用タブレット端末に入れ、セットすることで出来栄えと設定で性能を割り出される。

 つまり文字通り自分の実力が反映されるゲームであり、俺はその第一回大会に優勝したことがある。………まぁ、世界規模を余裕で破壊できるグラ○ゾンを初めとしたとんでも兵器の集合体なんてものを使えば誰だって優勝できるだろう。性能はじゃじゃ馬なので扱うのに苦労するが。

 なので今度はリアル系を中心とした、可変と換装を使ったプラモを作っている。もっとも、後は設定を整えて一緒にしておけば問題はないわけだ。

 

「よし、保存完了!」

 

 パソコンからタブレットを取り外してそのプラモが入っているケースに、添える形で入れる。

 そして体を拭く為タオルを濡らそうと台所へ向かうと、なにやら人影が見えた。

 

 ―――ゾクッ

 

 嫌な予感がしてそこから離れ、印鑑など大切なものとプラモが入ったケースを窓から捨てた。

 最後に鞄と制服を持ってそこから飛ぶ。

 

 ―――ドォオオオオオンッッッ!!!

 

 爆発が背中を襲い、予定よりも遠くに飛んだ俺は着地をミスして左足から落ちる。

 激痛が走ったものの、なんとか無事のようだ。

 何もする気が起きなかった俺はその場で呆然としていると、校舎や寮から足音が響いてきた。

 やがて消火活動が始まり、俺はそれをただ眺めているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………朝か)

 

 ふと気がついた悠夜は窓から朝日が差したのに気付き、辺りを見回す。

 昨日から呆然としたままで悠夜は覚えていないが、鎮圧後、ただ燃え尽きた家の跡を見続ける悠夜を千冬が手元に置くことにしたのだ。幸い、生徒会以外の生徒はいなかったので懸念するべき人間からの反論は無かった。

 だが正気に戻ったのもつかの間、悠夜は再び部屋のある一角を見続ける。

 しばらくして目を覚ました千冬は上体を起こし、曲げた右足を抱えて一角を見つめる悠夜に気付いた。

 

「おはよう、桂木」

「…………」

 

 悠夜は挨拶を無視し、ただ一角を見つめている。

 だがそこは千冬にとっては今すぐに目を逸らさせたい場所でもあった。

 

(………仕方ないか)

 

 今は気が済むまで為すままにさせておこうと思った千冬はベッドから降りて昨日の内に副担任の山田真耶から受け取ったおにぎりを温めて自分の分を食べる。

 

(しかしこのままというのも流石に問題か)

 

 千冬にとって年下の男を預かることは弟の一夏がいたこともあって問題はないが、世間体から見れば大問題だ。なによりも護衛目的で傍に置いている男であり、安易に自分が離れるのも良くない。

 しかし千冬にも授業があり、今日はIS実習に関するコマが一つとはいえある。その後はIS関連に詳しい人物の一人として千冬は授業に同行しなければならない。

 

(………だからと言って更識に頼むのもな)

 

 生徒会長の更識楯無を思い出すが、千冬は彼女にも授業があることを思い出してどうしたものかと悩む。昨日は自分の傍に自分から置いておくことを申し出たら周りからの反対を押し切ったが、今となって少し後悔していた。

 

(……休むか)

 

 千冬はそう思って早速連絡をしようとすると、ドアチャイムが室内に鳴り響く。

 近くにいたからかすぐにドアの方へと行き開けると、そこには制服を着た本音の姿があった。

 

「…布仏か。こんな朝早くにどうした?」

「桂木君に会いに来ました~」

 

 いつも通り、本当にいつも通り笑顔を見せる本音。

 

「……良いだろう。だが、今の桂木は正気ではない。対応は慎重に、な」

「わかりました~」

 

 入室の許可を得て本音は入室する。

 造りは一人部屋なので多少変更されているが、広さはほとんど変わらない。千冬は奥で寝ている為、悠夜は本来ならば廊下側で寝ていることになる。

 未だに呆然としている悠夜を見た本音は持ってきていた鞄を置き、悠夜に近づいた。

 

(………かっつん)

 

 痛々しく見える悠夜を本音は触れようとする。千冬から見てもその本音の行動に慈愛を感じたが―――

 

 ―――ガッ

 

 本音の手を掴み、腕力のみで本音を回して床に伏せさせた悠夜は馬乗りになり本音の首を絞めた。

 すぐに反応した千冬は悠夜を蹴り飛ばす。そのまま悠夜は背中から千冬が隠したガラクタの巣窟に激突した。

 

「かっつん! 先生、止めてください」

「し、しかし……」

 

 蹴り飛ばした先はともかく、今のは明らかに悠夜に非があるだろう。だが本音はこれ以上の攻撃を止めるように言い、また悠夜に近づく。

 だが悠夜は本音に殴りかかろうとした。

 それを本音は予め予想していたのか、激しさがない静かで最小限の動作で避けた。

 

「死ねッ!!」

 

 悠夜はそう叫びつつ刈り上げるように左足を早く上げる。それでも本音に当たることはなく、それでバランスを崩したのか後ろに倒れた。

 本音は悠夜が上体を起こしたところで馬乗りになり、悠夜を抱きしめる。

 それはまるで聞き訳がない子供を怒らずあやす母親のようだった。

 

「ごめんね……」

 

 悲しさを思わせる声が悠夜の耳に届く。その声に千冬は意識が飛ばされそうになり、自分を殴ることで正気を保った。

 

「………もう我慢しなくていいんだよ」

 

 そう言われた悠夜は本音を躊躇い無く抱き寄せた。

 その姿はまるで母親又は姉に懐く小さな子供のようだった。

 

 これは本音が持つ特殊能力「ヒールプレイス」である。とはいえ本音が魔法使いというわけではない。普通の人間だが本音の存在自体が癒しの効果があるようだ。

 そのせいで悠夜の心は安らぎ、後遺症の一種として本音に甘えるように寄り添ったのである。

 

「織斑先生、桂木君を保健室に連れて行ってください」

「………ああ」

 

 本音のその効力を初めて見た千冬は呆然としていたが、声をかけられて正気に戻り、悠夜を保健室へと運ぶのだった。



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#9 過去の憎悪と敵視の意志

「…………え? あれ?」

 

 気がつけば、俺は病室にいた。……昨日もこんなことがあった気がするが、気のせいだな…たぶん。

 とはいえこの状況は本当にわからない。俺はさっきまで自分の部屋で新型開発……といえば学生規模では壮大なことをしていたように聞こえるが、実際はプラモの設定を纏めていただけである。

 

(………あ)

 

 確か俺は人がいる事に気付いたのだが……とここで頭を抑える。

 

(………ああ、そういえば……)

 

 嫌な予感がして近くにあるものを放り投げて逃げて爆発したところまでは覚えている。背中の痛みはもしかたら火傷かもしれない。

 とはいえさすがに家(というか小屋?)を爆発するとは思わなかった。たかが動かしたぐらいでそこまではやり過ぎだろう。ISは女のものととか主張するのは勝手だが、基本的にボッチな俺にとってそれは流石に酷いだろ。流石にそろそろ限界を感じている。

 

(……こちらも反撃を考えるべきか?)

 

 死なない程度に殴るのならば別に構わない……ってのもおかしいかもしれないが、まだ可愛く感じるが。だがアレは話が別だ。

 

(………だが、その度胸は認めてやるよ)

 

 俺はかつて、痴漢の疑いをかけられたことがある。

 というのも乗っていた電車が急ブレーキをかけた時に、俺はたまたま読み終わった本を新しい本に入れ替えていた。

 その時にバランスを崩したのか、女性が倒れてきたのだ。そして偶然手が相手の尻に当たったらしい。当然だが狙ってそうしたわけではないため、罪には問われないはずだ。

 とはいえあそこでさっさと手を退ければ良かったのだが、体を動かすと余計な誤解を招くと思ったため止めておいたのだが、それが誤解を生んだらしい。

 当然俺はその女に捕まって警察沙汰になり、警察所に連行させられた。濡れ衣だと言っても状況説明をしても信じてもらえなかった。

 結局俺は証拠不十分で釈放はされたが、その時にほしかったプラモの限定品を買えなかった。

 

「………」

 

 さらにその前―――俺が中学一年の頃、中間試験が終わった時に成績が発表された。

 その時、俺が所属していた学年は全員で210人いて、上から20人は女たちが占めていた。俺はほとんど平均点ぐらいだったし、まぁちょうどいいかって思っていたんだ。

 だが女たちはそれをどう勘違いしたのか、急に男たちを扱き使いはじめた。理由は俺たちが点数で劣っていたからってだけである。

 当然、俺たちは嫌だったが、法律を盾に取られてはどうすることもできなかった。というよりもどうにかするための頭がなかったのだろう。

 なので俺はクラスメイトをカラオケボックスに集合させ、ある作戦を立てる。その名も「男版、姑からの作戦」である。

 一昔前まで女が中心となって家事をするのが大半であり、ドラマでは姑が義娘の掃除の下手さっぷりを見てダメ出しする………が、ここまでだったら「最近は女じゃなくて男がするのが当たり前なのよ」と言うのは目に見えている。だからそこからダメ出しするのだ。「じゃあ、お前はゴミの家で暮らすんだな」と。

 身近にいたからああいうのは男を毛嫌いし、家に出入りさせることも嫌う傾向にある。それを俺ともう一人だけで実行するのではなく、周囲からそういうことをしていると言い、反論するたびにそれを電波させるのだ。そしてテンションが高くて言いふらすのが得意な奴らには大声で叫んだり、ニュースを聞いたらさり気なくそれを伝えたりする。

 もっとも、それだけでは根本的な解決にならない。なので俺はもう一つの作戦を実行する。

 中間試験での成績順位で学年トップはこのクラスにいた。だが俺たちのクラスで上位なのは20人中3人だけで、しかも点差はそれほどない。

 つまり俺たち男が上位を独占できる可能は多少だから残っていた。

 そこで俺は勉強会を開き、クラスメイトの学力上昇を図るために放課後残って勉強に取り組んでいた。幸いなことに俺たちのクラスには「そんな面倒なことを誰がするか」という人間は一人もおらず、部活をサボってまで来る人がいた。……もっとも途中からは流石に悪いと思い、部活をしている奴には対応が酷くなるがノートが綺麗でわかりやすい人間が纏めたものを書いて、コピーをしてわかりやすく教えた。…何故か知らないけど、その時は俺がそれを担当することになり、噂が広まって他のクラスの男が来ることが度々あった。

 努力の結果、俺たちクラスメイトは全員が上位を独占。そして俺はなんと学年主席になった。

 だがそんな幸せな時間はあっという間に過ぎ去ったけど。

 

 ―――閑話休題

 

 今でも昨日のことのように女たちが「信じられない」と言わんばかりに俺を見ていたことを思い出せる。

 つまり学力があれば大抵それなりの地位は築けると思う。おあつらえ向きに参考書が置かれているし、読むことにしよう。もちろん俺のやり方でな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、千冬と楯無、そして付き添いとして本音が悠夜がいる病室へと足を運んでいた。

 千冬と楯無は手ぶらだが、本音の背中にはリュックが背負われている。

 

「ねぇ本音ちゃん、その中には何が入っているのかしら?」

「お菓子だよ~。かっつんが喜ぶと思って~」

「いくら強いとはいえ、油断はするなよ布仏。さっきのようなこともある」

「わかりました~」

 

 悠夜はあの騒動の後、病室に運ばれていた。

 右腕は医療用なのマシンで完全に修復されているが、左足と千冬の蹴りで新たに負った背中の怪我があるからだが、何よりも通常使われることがないIS学園の中でも人口密度が低い医療区間の中だからこそ、事情聴取がしやすいと思ったからである。

 悠夜がいる部屋の前では更識から派遣された武装済みの男がわかりやすいように一人立たされている。その男が三人に気付いて敬礼する。

 その男の顔が青いと感じた楯無は話しかけた。

 

「大丈夫? ちょっと顔が青いけど」

「ええ。問題はないのですが……先程から殺気を浴びせられていて……」

 

 途端に三人は戦闘体勢を取ったが、男はそれを止める。

 

「ま、待ってください! 中には彼以外には誰もいませんよ!」

 

 見張りの男はそう言って三人を止めようとする。

 本音はそのままの状態を察知しようとすると、それよりも早く千冬が言った。

 

「確かにそうだな」

「それに、誰かがいたら仲間がすぐに知らせるでしょう? 安易かもしれませんが、何かあったらわかりますし」

「………それもそうね」

「…私から行こう」

 

 千冬はそう言ってドアをノックするが返答はない。それでも千冬はドアを開けると……そこには―――

 

 

 ―――全身から殺気を放ちながら本を読む悠夜の姿があった

 

 

 千冬はもちろん、楯無と本音もその様子を見て驚きを隠せなかった。殺気もそうだがなによりもその集中具合にだ。

 昼食も一応置かれてはいたが、悠夜はそれに一切手をつけていなかった。

 

「………ふぅ」

 

 パタンッ、と参考書を閉じ、近くにあるリモコンを操作してベッドの角度を55度ぐらいにしてリラックスする。

 殺気は完全に消えており、その場に漂っていた緊張感は完全になくなっていた。

 

「………かっつん?」

「……!? 何の用だ?」

 

 三人に気付いた悠夜は上体を起こして睨みつける。

 

「お見舞いだよ、お見舞い~」

「………ふーん、お見舞いねー」

 

 本音の言葉に怪しむ悠夜。

 

「で、アンタは一体何の用だ?」

 

 悠夜の視線が三人を超えて別の方を見ていたことに気付いた千冬はそこに堂々と立っている男を見た。

 その男は先程から悠夜の部屋の前で周辺を監視していた男であり、今の状況で言えば「持ち場を離れている」という言葉が該当するだろう。

 楯無と本音もその男から距離を取ると、その男は心外そうに言った。

 

「待ってくれ、三人とも。何も僕は君たちを襲おうとか、ましてや彼をさらおうなんて考えてないよ」

 

 その男はさっきとは声が違っていた。

 そのことで三人はますます怪しむが、その視線を無視して男はこめかみの下辺りから皮を引っ張る。

 するとビリビリと音を立ててその皮が破れていき、中から整った顔が現れる。

 

「初めまして、三人とも。僕の名前は桂木(かつらぎ)修吾(しゅうご)。そこで寝ている馬鹿の父親だ」

 

 千冬と本音は反応は違えど各々驚きを露わにする。

 

「み、見えないよ~」

「詐欺ではないのか?」

「驚くのも無理はないさ。しかし僕はちょっとばかり特殊な役職に着いていてね、おいそれと素顔を見せるわけにはいかないんだけど、今回はかの有名なブリュンヒルデと将来の花嫁候補の二人を見に来たんだ。マスクでは失礼と思って外させてもらったよ」

 

 そう言って美青年こと桂木修吾は悠夜の方に近づき、近くにあった椅子に座る。

 

「随分とやられたようだね」

「ああ。おかげさまでな。で? 花嫁候補ってのはどういう意味だ?」

 

 悠夜の言葉を聞いた修吾はクスリと笑う。

 

「そのままの意味だよ。まぁ、普通に考えて悠夜みたいな捻くれた性格をした男においそれと女の子が近づくわけが無いと思ってね。だから花嫁候補だと思ったわけさ。ということですまないが、しばらく二人にしてくれないかい?」

「わ、わかりました」

 

 修吾が三人の女に向けてそう言うと、千冬と楯無、そして本音は部屋から出る。

 廊下には誰もいない。どうやら修吾をそのまま護衛陣の中に組み込んでいたようだ。

 

(だけど、そんなことを一体誰が?)

 

 楯無の頭に自分の父親とこの学園の真のボスの姿を思い浮かべる。

 だがそれを証明するのに証拠がないのが現状だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬と楯無、本音の三人が部屋を出て行くと修吾は悠夜に話をする。

 

 

「久しぶりだね。確か、4ヶ月ぶりかな」

「確かそうだったな~」

 

 悠夜は適当に返すと修吾はため息を吐く。

 悠夜にとって今の修吾は父親としては見ていない。それよりも修吾が何故こんなところにいられるのか疑問だった。

 

「驚いたよ。まさか悠夜がISを動かせるなんて思わなかった」

「それを知っていたなら是が非でも脱走していた」

 

 そう返すと修吾は「違いない」と答える。

 

「で、一体何の用だ?」

「いやぁ。大半のものが無くなったって聞いたから救援物資を持ってきた」

「へぇ」

 

 悠夜が適当に返すが、修吾は特に何も言わない。

 

「で、本題は何なんだ? 年に10回前後しか帰ってこないアンタが俺の見舞いだけで済むわけがないよな?」

「さすがは悠夜。僕のことをしっかりと理解している……と言いたいけど、今回はただ顔を見に来ただけだよ。それに今の君は倒れそうだろう?」

 

 悠夜は舌打ちをすると修吾は笑った。

 

「では僕は行くよ」

 

 修吾はそう言って立ち上がり、病室から出て行こうとドアの前に立つと、あることを思い出したかのように話し始めた。

 

「今の君には酷かもしれないが、女の子とはできるだけ仲良くしておいた方がいいよ。さっきの女の子たちは特にね」

 

 そう言い残した修吾が部屋から出て行ったことを確認した悠夜は脱力し、背もたれとなっているベッドの姿勢を横にしてそのまま眠りについた。



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#10 零れ落ちた本音

 病室から出た修吾はそこで待機している三人と出会う。

 

「……あの」

 

 千冬が話しかけようとすると修吾はそれを止める。

 

「悠夜のことなら気にしなくていいさ。あれはあの子がちゃんとしていないのが原因なんだから」

「し、しかし」

「大丈夫だって。まぁ、あなたにはこれから様々な苦労をかけると思うから、今は休んでくれ。……まぁ、そんなに大事なら、しばらくその二人以外の面会は許可しないでくれ。邪魔でしかないからね」

 

 そう言って修吾は楯無と本音の二人を向くと、二人に笑いかけた。

 さっきの花嫁云々も含めて唐突のことで二人がどうすればいいのかと話しかけずにいると、

 

「……………ハーレムもあながち悪くないかもしれないね」

 

 修吾の口から漏れたその言葉が原因で、二人も含めて千冬も固まった。

 

「おやおや、これは一体どういうことですかな?」

「ああ。久しぶりです、十蔵さん。お変わりないようで」

 

 意外な人脈を知った三人は復帰し、二人を交互に見る。

 

「あなたのお母さんに比べたら、私も菊代も老いましたがね」

「いやぁ、あんなのと比べること自体が間違いですよ」

 

 お互いに笑いあっていると三人が呆然とする。

 それもそうだろう。今、修吾が話している轡木(くつわぎ)十蔵(じゅうぞう)と言う男は裏でも顔が広い人間であり、各国から「第一種危険人物」として認定されているのだから。それが一般人でもある桂木修吾と仲良く話しているのは彼女たちにとってシュールな光景ともいえよう。

 三人の視線を無視し、そこから自然の流れで話しながらフェードアウトする二人。彼らは三人から距離を取ったことを確認すると、修吾から話を切り出した。

 

「十蔵さん。頼まれていた例のアレです」

 

 そう言って修吾は十蔵にUSBメモリスティックを差し出す。十蔵は受け取り、それをポケットにしまった。

 

「いつもありがとうございます。報奨金はいつものところにお入れしておきますね」

「ええ……と言いたいですが、今回はここにお願いします」

 

 修吾は一枚の紙を出してそれを十蔵に渡す。不思議に思った十蔵はそれを受け取って氏名欄を確認した。

 

「………ここは」

「…実のところ、そろそろヤバイと思うんですよね」

「………わかりました」

 

 二人は来賓用の駐車場にある軽トラックへと向かい、そこに積まれている荷物を降ろし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土曜日の昼、検査が終わって俺は退院した。

 そして俺の荷物が入院前からお菓子が二つほど増えたという怪奇現象が起こった。

 

(一体、誰がこんなことを………)

 

 気味が悪いと思ったが、せっかくもらったものだ。大切にってのは少し違うかもしれないが、食べることにしよう。

 なんて平和な考え方だったら、今頃織斑とかと話が合っているだろう。

 どうせ何か混入していると思うので近くにあったゴミ箱に捨てると、妙に視線を感じた。

 

(………まさか)

 

 捨てたお菓子を取ると嬉しそうな視線を感じた。

そして念のために捨てると悲しみでどんよりとした空気になる。

 気になって仕方がないのでそのドアを開けると、そこにはやっぱり布仏の姿があった。

 

「………何をしているんだ、お前は」

「え、えへへへへ………」

 

 ドアを閉めて荷物整理を再開すると、布仏はドアを開けて入ってくる。

 

「……何の用だ?」

「手伝いだよ、お手伝い~」

「いらないから帰れ」

 

 もうほとんど終わっているのもあるが、何よりも女に手伝わせる気がなかった。今の世界が女尊男卑だからとか、そういうわけではない。なんというか、勝手な拒否反応?

 

「じゃあ、一緒に帰ろ~」

「別にいい」

 

 荷物を持って廊下に出る。荷物が重く感じるが、「これもトレーニングの一環」と自分に言い聞かせて我慢していると、一人の老人がこっちに歩いてくる。

 用務員の格好をしているその男は台車を押していて、これから何かを運ぶようだ。

 

「ども」

「こんにちは」

 

 会釈すると向こうも返してくる。

 俺はそのまま行こうとすると、その老人は俺に話しかけてきた。

 

「桂木君、君はそのままの格好で行くつもりですか?」

「………ええ、そうですけど」

 

 現在、俺の着替えが三日分、大量の教科書や参考書が入ったダンボールが二つ積まれている。ちなみに腰にはダンベルが入っている。確かにこれで移動するのは邪魔だろう。

 とは言え誰かが俺に何かを貸してくれるわけではないので、そのまま行くことにした。

 

「もしよければ、私の台車を使いますか?」

「いえ。それだとあなたの仕事に支障をきたしてしまうでしょう?」

「大丈夫ですよ。これはあなたのために持ってきましたから」

 

 ………俺の、ため?

 そのことに対して疑問が出てきたが、聞いてはいけない気がして黙る。……なんか、この人からそういうのが出ている気がした。

 謎の威圧感を感じ続けるので、渋々受け取ることにした。

 

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。お気になさらず。返す時は直接用務員室に来てください」

「わかりました。……えっと」

 

 どう呼んでいいのかわからずに口ごもっていると、その老人は自己紹介した。

 

「そういえば、私たちが会うのは初めてでしたね。私は轡木(くつわぎ)十蔵(じゅうぞう)。この学園で用務員をしています」

「どうもはじめまして。桂木悠夜です」

 

 お互いに頭を下げてそんな挨拶をする。布仏は轡木さんに笑いかけると、轡木さんも笑顔を返した。

 

「これからもよろしくお願いしますね。末永く」

「え?」

 

 気がついた時には轡木さんの姿はなかった。念のため辺りを見回すが、本音を除いて人っ子一人いやしない。

 

「………帰ろう」

 

 不気味に思いながらも、そう口にして行動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ということじゃ、今代の。悠夜のことをくれぐれも頼むぞ』

「わかりました」

 

 場所は変わり、一年生寮の角部屋では楯無が着替えていた。そこは悠夜が使う部屋でもあり、同居人となる楯無は引越しの作業を終えてあの服装に着替えている。

 その服に着替えた楯無は「良し」と電話相手にも聞こえないように言うと、

 

『ところでじゃが、今お主は何をしているのじゃ?』

 

 電話相手の女が聞いてきたので、楯無は今の姿を悟られないように言った。

 

「部屋着に着替えています」

『そうかそうか。ところで、悠夜まだそっちに来ておらんじゃろうな?』

「…ええ」

『ならば忠告しておく。パジャマはダメじゃ。下手すればジャージでも危険じゃぞ』

「じゃあ私は何を着て寝ればいいんですか?」

 

 電話相手の予想を斜め上を越える発言に楯無は頭を抱える。

 

(でも、妙に真剣ね)

 

 楯無は電話の相手との付き合いは8年に及ぶ。

 彼女の家は暗部組織でもあるため、家族で大掛かりの作戦をする場合は低学年までは彼女も電話の相手の元へ預けられていた。それゆえか、最近はともかく暇さえあれば遊びに行っている。電話の相手はふざけた発言をすることが多いが、真剣な時は楯無にもなんとなくわかる。

 

『そうじゃのう………』

 

 電話の相手が答えようとした時、チャイムが鳴り響く。

 

『じゃあの』

 

 電話を切られたことで楯無は内心「えぇ……」と思うが、自分の身嗜みを確認してからドアを開ける。

 

「おかえりなさい。ごはんにします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」

 

 下に水着を装備した(端から見て)裸エプロン姿の楯無を見た悠夜はドアを閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、どうしたものか。

 俺こと桂木悠夜はトコトコと付いて来る布仏本音をどうやって撒こうと真剣に考えていた。襲われるのは嫌だが、こうやって付いてこられるのは少し恐怖を感じる。

 

(まぁ、本当は人気がいない……例えばトイレとかに連れ込んで襲ってみたいほど可愛いが)

 

 それはあくまで見た目だけである。訂正。声も十分可愛いです。

 ともかく色々と危険な女は早々にお帰りいただくに限る。抱き枕には最適かもしれないが、ここで発情したって俺にはメリットが……あるが命をかけるほどではない。

 

(っていうかこいつ、何処まで付いて来る気だよ)

 

 もはやホラーとかそこまでのレベルにすら達している気がして、今すぐ離れたい。

 距離を開けようと少し早めに移動すると、布仏は俺のペースに合わせて付いて来る。ヤバイ。逃げたい。というか誰かこの現状に疑問を持って欲しい。というか今すぐ誰か布仏を俺から剥がして欲しい。

 

(まぁ、台車を避けて道を開けてくれるのは嬉しいが)

 

 ちなみにだが、今日から俺は寮暮らしだ。パンフレットで見ていたから楽しみである。

 現実逃避のためにどんな暮らし方をしようかと考えていると、俺の部屋である「1045」室が見えてきた。

 

「じゃあね、かっつん」

 

 結局会話もないまま布仏は消える。内心そのことでホッとしていて、興味はすぐに目の前の部屋に移った。

 パンフレットにあるのは所詮はサンプルだ。だが見た目からして高そうなベッドがあるから、そこで今日からぐっすりと寝れる。つまり疲れが取れて少しは楽になるかなぁ。

 なんて淡い夢を描きながら念のためにチャイムを押すと、中からドアが開かれた。

 

「―――おかえりなさい。ごはんにします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」

 

 中から裸エプロンを装着した女が出てくるなんて誰が想像できようか。

 咄嗟にドアを強制的に閉める。両手を離していたのか反応できなかったらしい(おそらく)同居人は驚いた顔をする。

 

(落ち着け。これは夢だ)

 

 おそらく暗記系特技「クイックリメンバー」を使ったからだろう。文章の暗記をしている時に寝る前に口に出して暗唱していたら、次の日にすべて覚えていたことからヒントを得たものだ。

 と、話は置いといて、今はさっきの謎の幻覚だな。

 俺はもう一度チャイムを鳴らし、ドアを開ける。

 

「おかえりなさい。私にします? 私にします? それとも、わ・た・し?」

「……………」

 

 ISを動かしてからはこう言ったイベントはほぼ100%ありえないと思っていたが、まさか目の前で見られるとはな。

 いやいや、落ち着け。これは幻覚だ。誰かがイタズラで仕組んだ罠だ。絶対にそうに違いない。

 とりあえずここは冷静になって、相手を説得するしかないだろう。

 

「更識。とりあえず今すぐ着替えて来てくれ」

「興奮してきたかしら?」

「ああ。だから早く着替えてくれ」

 

 半分適当、半分真剣に答えると、更識は何を思ったのか下のほうを軽く動かす。

 反射的に視線をズラしてしまったが、すぐに戻す。悲しいかな、これは男の―――さらに言えば思春期による反応である。

 

「大丈夫よ。だって下、水着だし」

 

 ―――ブチッ

 

 俺の中で何かが切れ、台車を中に入れて鍵を閉めた後、俺は叫んだ。

 

「そんな思考しかないから………女は所詮ゴミなんだよ!!」



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#11 飛行訓練にて

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、桂木の三人は飛んで見せろ」

 

 四月も下旬となり、今日も今日とて俺は理不尽な暴力教師こと織斑千冬先生(笑)に扱き使われている。

 ちなみに俺が決闘の際に専用機持ちになった織斑や元から専用機持ちのオルコットと一緒に呼ばれたのは、更識から「防衛手段」として日本産の量産型第二世代「打鉄」の渡されたからである。

 

(本来ならありえないことになっているな)

 

 本来専用機というものは実力者が所有するものであって、特異なことが起こらないとISの個人所有は叶わない。織斑の場合は最初に現れたということで用意されたらしいが、だからと言って俺が持てるかどうかは別らしい。まぁ、織斑みたいに剣一本というだけの奴よりかはマシと言えばマシだな。

 

「よし、飛べ!」

 

 言われて俺たちは飛翔する。だが経験の差だから、俺と織斑の飛び方は不安定だ。

 

『何をやっている。スペック上の出力では白式の方が上だぞ』

 

 とは素人に上手く飛べという方が無理な話だ。

 ちなみに俺の方に話がないのは、入院していることを考慮してだろう。この日まで何度か変態会長…もとい、更識からは何度か教えてもらうことはあったが、彼女も俺が上手く飛べないことに関して頭を悩ませていた。

 できるだけ先行している二人から距離を取りつつもそれほど離れないように飛んでいると、前から会話が聞こえてきた。

 

「一夏さん、イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索するほうが建設的でしてよ」

「そう言われてもなぁ。大体、空を飛ぶ感覚自体があやふやなんだよ。何で浮いてんだ、これ」

 

 一応、秘策はあるにはあるが、こんなところで使いたくはないってのが本音である。

 

(っていうか、織斑の場合はイメージしやすいだろう)

 

 織斑の専用機「白式」のスラスターは羽みたいなのがあり、それを羽ばたくようなイメージで飛べばいいと思う。対する打鉄は……鎧武者だからなぁ。シールドがオルコットのブルー・ティアーズみたいな形状だったらまだイメージしやすいんだが。

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 半重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「わかった。説明はしてくれなくていい」

 

 そしてコレも同意していしまう。絶対に聞き入ってしまい、地面にヘッドスライディングすること間違いないだろう。

 気がついたら仲良くなっている二人を見て、織斑に対して特に好意を抱いているであろう篠ノ之を見る。すると彼女は山田先生からインカムをひったくって叫んだ。

 

『一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!』

 

 いや、無理だから。いくらなんでも自分から降りてくることなんてできないから。

 案の定殴られている篠ノ之を見ても同情がわかない。

 ちなみに俺たちは今高度200mに位置する場所にいるのだが、それでも鮮明に見えるのはハイパーセンサーのおかげである。望遠機能も付いているからズームするとはっきりくっきりだ。デカイおっぱいを持っているのに本人の性格がそれをダメにしている。

 

『三人とも、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は10cmだ』

「了解です。では一夏さん、お先に」

 

 どうやらオルコットの視界には俺は入っていないようだ。

 オルコットを手本にするため観察していると、もう少しでぶつかるというところで両足を前に出し、脚部装甲に付いているスラスターを噴射させて姿勢を正す。

 

「上手いものだなぁ」

 

 考えてみれば、彼女はあんな態度を取っていたがエリートなんだ。向こうにしてみればこれくらいのことは造作もないだろう。

 誰もいないところを探して先に真下に降りていく。高度90mぐらいのところで体を回転させると同時に全スラスターを噴射させ、目標には満たなかったが、1mぐらいのところでなんとか止まれた。

 

「目標には届かなかったが、しかし良くやった。より一層励めよ」

「……………………はい」

 

 素直に褒められたからか、鳥肌が止まらない。

 何なの? いきなり褒められたとか、正直恐いんだけど。

 

「うわぁああああああッ!!!」

 

 ―――ズドォオオオ―――ンッッ!!!

 

 後ろで声がしたかと思ったら爆発した。

 ブリキな感じで後ろを向くと、頭を地面に突っ込んでいる男の姿があった。補足すると、俺のすぐ後ろでだ。

 

「馬鹿者、誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」

「…………すみません」

 

 動けずに固まっていると、何かがぶつかって倒される。

 その犯人こと篠ノ之は謝りもせず織斑が作ったクレーターの中へと入って行った。

 

「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」

 

 「え? あれで?」って顔をしている織斑を見て疑問を感じた。

 

「貴様、何か失礼なことを考えているだろう」

 

 図星だったのか、困った顔をする織斑。そのまま殴られればいいと思った。

 

「大体だな一夏、お前という奴は昔から―――」

「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」

 

 扱いの酷さに泣きそうになってくるが、ここはなんとかこらえる。

 そして震える足に渇を入れて立たそうとしたが、どういうことか全然動かなかった。

 

(あ、あれ………)

 

 何故か足を動かせないという事故が起こる。どうやら先程のことがよほどショックだったらしい。

 なんとか立ち上がり、体勢を立て直した俺は静かにそこから移動した。

 

「かっつん………」

 

 下のほうから何か聞こえてきたが、気にしないようにする。そして全員から少し距離を置いて三角座りをして待機。ISスーツと同じ材質を使われているジャージのおかげで防寒もばっちりである。……少し暑いとは思わない。

 

「かっつーん!」

 

 背中に衝撃が走る。姿勢を正そうとするが後ろから何とも言えない重圧が襲い掛かかる。というか、普通に重い。

 背中に引っ付いているであろうものに対して抓ると、その重みはすぐに落ちる。

 後ろを向くと、そこには布仏が抓られたと思われる右手の甲をさすっていた。自業自得だ。

 

「……謝らないからな」

「別にいいもん」

 

 ……やっぱり調子が狂う。

 大体、こいつはこんなに俺に近づいてきて、一体何が目的だ? それにいくら俺が低身長の方が()()()好みだとしても、それはあくまで父性本能であって―――

 

(………あれ?)

 

 ふと、本当に何故か、俺は布仏本音のとある部分を凝視してしまった。

 

(………デカくね?)

 

 普段は制服が大きいこともあり、胸は目立たなかったが今は違う。パッツンパッツンなISスーツであり、俺のとは違ってジャージも着ていないのだ。

 あまりにも違いすぎる印象を持ってしまい、頭の中が混乱してきた。

 

「桂木、打鉄を展開して武装を展開しろ」

 

 ちょうどいいと思い、俺はすぐに布仏から距離を取って頭の中に覚えた打鉄の形を思い描く。粒子が俺の体を纏い、装甲が完成した。

 

「まずは近接ブレードからだ」

「……はい」

 

 左肩から右側の腰へと右腕を振るとブレードが形成される。握りが、そして刃が形成されるとため息のように織斑先生の口から感心する声が出た。

 

「ほう。素人にしては中々早いな。しかし実践にはまだ使えない。これからも精進しろ………おい桂木、何だそのお化けでも見た顔は」

「いえ。暴力、強制、女王の三拍子を揃えている女教師に褒められるなんて、明日や明後日ぐらいに世界が崩壊するんじゃないかと思いまして」

「……………私も人間だ。他人を褒める事だってある」

 

 後ろで弟が「えっ!?」という顔をしているのが印象的だった。

 

「まぁいい。次は銃系統のものを―――早いな。そしてその嬉しそうな顔を止めろ」

 

 どうやら俺は笑顔で展開していたらしい。銃は形が結構好きだったから頭に叩き込んでいたんだ。おそらく二日目で射撃場に行ったのは形に引かれていたのだろう。

 

「しかし桂木、弾も込めなければ意味はない。素人のお前にはまだ難しいかもしれないが、銃を使うにはそこまでする必要があることを忘れるな」

「……はい」

 

 まぁ、形だけならば誰だって簡単に展開できる。問題はその後だ。

 

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドは片付けておけよ」

 

 打鉄の展開を解除し、軽く両肩を右から順番に回しながらそこから帰ろうとすると、

 

「なぁ悠夜、グラウンドの整備を手伝ってくれないか?」

「…………は?」

 

 もしかしてこいつ、俺にしたことをきちんと理解していないのか?

 

「嫌だね。自分がしたことだ。自分でやれ」

「いいじゃん。友達同士だし、それに助け合うってのが普通だろ?」

 

 爽やかな笑顔を俺に向ける織斑。それが物凄くイラッときた。

 

「ふざけるなよ。それはお前の失敗だ。自分のことぐらい自分でカバーしろ」

 

 そう言って俺は誰にも寄せ付けないように早足でそこから去る。というか篠ノ之とオルコットも先に帰っていたが、こういう時こそ好感度を上げておけと言いたい。

 

(………やっぱり、女もギャルゲーの一つや二つはするべきかもしれないなぁ)

 

 そうじゃなければ間違いなく人類は滅びるかもしれないというのは、案外ありそうな展開だ。



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#12 暗い夜に出会う奴

 IS学園には校舎だけでなく、ヘリポートや港、学生や来賓が通れるようにモノレールや道路などが整備されている。それだけでなく、学園内の道路も同じ整備されている。

 それを見越してかは知らないが、更識は俺の特訓メニューとしてある道具を置いていった。

 

「………」

 

 ひたすら無言でランニングする俺の傍らを、女子たちが通り過ぎていく。全員が驚いて俺の方を見て、器用なのか体力があるのかヒソヒソと話しをし始める。

 

「うわぁ、何あれ。自分、頑張ってますってアピールでもしてるの?」

「でもあれ、まるで今の男を現しているわよね」

「じゃあ、私たちが使ってあげようか」

 

 不穏な会話が聞こえてきたので、俺はスピードを緩めて先に行かせる。

 ちなみに今の俺の状況は二輪タイプの台車を改造したもので、そこから延びる二つのベルトを両肩にかけて走っている。台車の上には重りとしてIS装甲の素材で使い物にならないものを集めたものを固定している。量が少なめなのはまだ最初からだろう。

 しばらくしたらランニングしている奴らが消えたのでペースを元に戻すと、また集団が来た。

 それを回避してしばらくすると目的の街灯が見えてきて、その写真を撮って俺は引き返す。

 ちなみにその街灯にはひし形のプラスチックが釣らされており、さっきの所業を終えてから戻ってくるというものだった。本来ならば更識か布仏のどちらかが俺に付いているはずなのだが、どちらも五月上旬に行われるクラス対抗戦の打ち合わせで外せないらしい。

 しかしながら、布仏が生徒会の一員とは意外だった。布仏みたいなのは大人しく家に(この場合は寮に)帰ってお菓子を食べてゴロゴロするタイプだと思っていたから。

 

(というか、日頃からそう言ってるよな)

 

 IS学園の食堂で食事を取る場合、食費はかからない。だがデザートとなると話は別なのか、高級店ほどではないがそれなりに値段が張るのだ。そのためか布仏はあまり買わず、購買部で売っているデザートを買っている。

 

(意外なことに、体系が変化していないんだよな………)

 

 あくまでも見た目だし、奴は日頃から大きめの服を着ているので腹部などはわからないが、少なくとも顔の形が代わったということは聞いたことがなかった。

 そんなことを思いながら走っていたからか、気がつけばスタート地点に戻っていた。

 

(……確かこれ、用務器具置き場って所に放置しておけばいいんだっけ)

 

 スマホとかはすべて下足箱に入れてきたので、あるのはタオルとスポーツドリンクだけだ。

 近くに地図があればいいのだが、運が悪く見当たらない。とりあえず一度校舎の方に戻って鞄を取りに行こう。

 

 

 貴重品を回収してスマホに入っている地図の画像を開き、器具置き場を探す。ゴミ置き場の近くにあったのでそっちに向かおうとすると、なにやら気配を感じた。

 ザッ、ザッ、とどうやら俺の方に近づいているみたいだ。

 慌てて振り返ると、視線の先にはサイドアップツインテールの少女がボストンバッグをリュックのように背負っていた。

 

「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、本校舎って何処にあるか知ってる?」

「本校舎? それなら、目の前のそれだが……」

 

 正直な話、目の前の女は凄くヤバイと思う。なんていうか、今にも人を殺しそうな勢いだ。俺が周囲に敏感だったことにも驚きだったが、それ以上に目の前の存在から恐怖を感じた。

 携帯しておいた警棒に手を触れようとすると、目の前の女の子が驚く。

 

「え? アンタ、まさか男なの?!」

「………気付いていなかったのか」

「この暗がりじゃわからないわよ」

 

 そう言われ、確かに暗いと思った。既に日も落ちてしまっている。……日が出ている内に女と間違えられるよりかはマシだと俺は自分に言い聞かせておいた。

 

(ってか、こいつ………)

 

 もうそろそろ4月は終わるが、本校舎の場所がわからない生徒というのは奇妙だ。ということはこの学園に客か?

 

(だとしたら、普通はパスとかあるよな?)

 

 来客用のネームタグを持っていないようだし、もしかしてこれは………

 

「転校生?」

「そ。凰鈴音よ。よろしくね」

 

 随分と活発そうな女の子が入ってきたな。しかもこの時期に転校とは珍しい。

 

「ってことは別の場所に用事があるんじゃないのか?」

「そうね。一階の事務受付って所に用があるんだけど」

「ならばそこから入って左に行けばいい」

「そう。ありがと」

 

 そう言って転校生は校舎へと向かい、俺も用務器具置き場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということがあったんだが、何か知ってるか?」

「ええ。彼女は代表候補生よ」

 

 部屋に帰り、何でも知っている更識にあったことを話す。何故か知らないけど更識から放たれた殺気という名の圧力により、俺はその日にあったことをざっくりと話すことにしている。

 

「しかも中国ということは、おそらく衝撃砲を積んでいるわね」

「衝撃砲?」

 

 謎の単語が出たので聞くと、更識は説明する。

 

「空間自体に圧力をかけて砲身を生成して、その余剰で生じた衝撃を砲弾として撃ち出す大砲……わかりやすく言えば、触れることが空気を銃から撃ったような感じね」

「……まさか空気だから見えない、なんてことは言わないよな?」

「ご名答。公開されている映像では見えなかったわ。ISを通してならば空間の歪みでわかる程度かしら」

 

 それ、どうやって攻略するんだよ。

 同時に「何故そこまで教えてくれるんだ?」と疑問が出たが、そこは自分で解決することにした。

 

「しかし、随分と微妙な時期に転校してきたな。普通ならば入学するか、9月から転校とかだろ」

 

 ありそうなことを言うと、更識はそれとは別の案を出す。

 

「調整ぐらいだったら遅らせるってこともあるわよ。でも彼女はIS学園の入学を拒否していたの」

「何それ羨ましい」

「気持ちは理解できなくもないけど、それをしたら実験室行きよ? まぁ、実際代表候補生にとって最初の授業なんて復習ぐらいにしかならないし、起動なら本国でもできるってのも理由の一つよ。それに中国では衝撃砲は完成しつつあるからね。今は第三世代機としての安定性に取り組むくらいだし。彼女の機体もそうなっているはずよ」

 

 なんか、これだけ聞いてたら今の兵器事情は中国が有利みたいだな。

 

「で、入学拒否していた奴がどうしてIS学園に来たんだ?」

 

 本題に入ろうとすると、更識が顔を逸らす。

 

「怒らないでよ?」

 

 念押ししてくる更識に対して頷くと、聞きたくなかった言葉を吐いた。

 

「織斑君がIS学園に入学することになったからよ」

「……………」

 

 そう聞いた俺は少しばかり後悔した。別の場所を教えておけばよかったと。

 まぁ、織斑はイケメンだし、追っかける気持ちは女の気持ちを考えればわからなくもない。わからなくもないが、個人的には何故か許せなかった。

 

「中国はよくそんなわがまま女を入学させたな」

「中国政府は入学させたかったみたいだったから、すぐに動いたようよ」

 

 明らかに嫌そうな顔をする更識を見て、俺は何かを感じ取った。

 

「それに彼女自身が織斑君と知り合いってのも大きいわね」

「………」

 

 篠ノ之も、そしてオルコットもレベルは高く、そして凰自身は二人に比べて胸が小さいが、それでもそれ以外のレベルは高く思えた。うん、解せない。

 

「だけどこれは問題視するべきことよ」

「………は?」

 

 急にそんなことを言われ、戸惑った。

 

「おそらく中国は凰さんを使って織斑君の勧誘を行うはずよ。貴重な男性操縦者ってのもあるけど、織斑君の場合は織斑先生の弟ということもあって操縦者としての腕を期待されているわ。相手が油断していて専用機を使用していたとしても、善戦したのは確かだし、途中まで初期設定のみで戦っていたことは十分評価されるわ」

 

 それを聞いた俺は更識が言おうとしていることを察した。

 

「つまり、俺の身がますます危ないと?」

「そういうこと。だから明日から本格的にISの操縦訓練に入るわ」

「まともに操縦できない人間に対しての扱いじゃない気がする」

「そうでもしないとあなたの立場が危うくなるわ。それとも、もう生に未練がないとか?」

「んなわけあるか」

 

 まだ16年と少ししか生きれていないのに、急に死ねとか悲惨なんてレベルじゃない。

 

「だったら明日から早速練習よ。放課後、すぐに第三アリーナに来てね」

 

 そう言って更識は何故か部屋を出て行く。……この時間でも仕事があるのだろうか。

 

(………でもなぁ)

 

 一つ、たった一つだけ問題があった。

 おそらくこれを言ったら間違いなく落胆されるし、何よりもプライドで言いたくなかった。

 

(まさか武器を握ったら嫌悪感が出るなんて……言えるわけがないよなぁ)

 

 弾込めなければ銃は大丈夫みたいだけど、ブレードはそうでもないということが今日の演習でわかったなんて、絶対に言えない。



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#13 センパイカウンセリング

 翌日、昼休みになった俺は一目散に混沌と化した教室から出た。

 凰鈴音の転校は一組の人間―――主に篠ノ之箒とセシリア・オルコット二人に多くの影響を与えた。

 と言ってもあの二人は本気で織斑のことが好きらしく、そのことで心を乱していたようだが普通に授業を受けていた俺たちにしてみれば立派に迷惑行為なわけだが。

 どうせ後から織斑たちも来るだろうと思われるので、俺は先に移動していた。……この言い方だと織斑を待っているように聞こえるが、先に一人で食える場所に移動するってだけだからな。もっとも置いてきたはずなのに既に俺の後ろにべったりと張り付いている奴が一人いるが。正直なところ、そこまでの追跡力を持つ彼女の上目遣いには篠ノ之とオルコットの二人と比べて光るものがある。いや、そもそも二人と比べること自体が布仏に失礼だろう。

 早速食堂に着いた俺は、食堂でマグロの刺身定食を頼む。布仏は鮭茶漬けを頼んでいたが、どう見ても市販の茶漬けに見える気がする。

 

「いただきます」

「いただきまーす」

 

 二人で四人分は座れるであろう席を占領すると、次々と後ろにいた奴が席を占領していく。時間もたっぷりあるが、早く勉強したいので急ぎながら食べていると、聞きたくもない声が聞こえてきた。

 

「なぁ悠夜、一緒に食わないか?」

「断る」

 

 それを見た布仏はそっと俺の傍に寄って耳打ちしてきた。

 

「かいちょーから中国のだいひょーこうほせーを調べてこいって言われてるから、いい~?」

 

 畜生。可愛いじゃねえか。

 抱きしめたくなったがなんとか理性をこらえて、布仏の隣に織斑の後ろにいた凰が座ることで条件を飲んだ。

 

「で、いつ中国の代表候補生になったんだよ?」

「あんたこそ、ニュースで見たときはびっくりしたわよ」

「俺だって、まさかこんなところに入るとは思わなかったからな」

 

 と、他愛もない話を進めるこの二人。モテない男子の隣でよく一緒にいられるわ、こいつらは。

 そう思っていると、凰の口から信じられないことがでてきた。

 

「入試の時にISを動かしちゃったんだって? 何でそんなことになっちゃったのよ」

「何でって言われてもなぁ」

 

 そういえばテレビでそんなことをやってたな。「IS学園の入試会場にてISを動かした男」って。

 普通に考えてみれば異常なことだ。どうしてそうなった!?

 

「高校の入試会場が、市立の多目的ホールだったんだよ。そしたら迷っちまってさぁ。係員に聞いてもよくわからないし」

 

 こいつは方向音痴なのか? 入試なんだし、いくら女尊男卑とは言えど普通なら案内させるだろ。

 

「それであっちこっち動いてたらISがあったから、珍しくて触れてみたらISが動いたってわけ」

 

 …………………はぁ?

 いやいや、確かにISは男にとっては珍しいものだ。触れたくなる気持ちはわかる。……だがな、何でこいつは自分の高校受験があるというのに、珍しいからってISに触れるんだよ。

 

(頭…大丈夫か?)

 

 確かに俺もそれなりにヤバイ方だと自覚はある。だがこいつの方はそんな俺から見ても異常すぎる。

 そんなことを思っていると、二人の女学生が乱入してきた。

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるのかしら?」

 

 食事を中断してこっちに来た篠ノ之とオルコット。彼女らは新たなライバルが現れて気が気でないようだ。だがそんな叩き方をすると俺の方に迷惑がかかるので是非とも止めてもらいたい。

 

「べ、べべ、別に私は付き合ってるわけじゃ………」

「そうだぞ。何でそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」

 

 織斑にとってはその出だしの意味がわからないようでそっけなく返す。その対応は凰にとっては面白くないようだ。

 

「? 何睨んでるんだ?」

「なんでもないわよっ!」

 

 前々から思っていたんだが、どうして「幼馴染」というカテゴリに所属する奴らはこうも暴力的なんだろうね。オルコットもオルコットだ。さっさとデートに誘えばいいのに。

 

「幼馴染……?」

 

 同じく幼馴染の篠ノ之がそんな反応を示す。どうやら篠ノ之と凰はお互いを知らないらしい。

 

「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小4の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのが小5の頭で、中国に戻ったのが中二の終わりだったから、会うのは一年ちょっとぐらいだな」

 

 ……………それ幼馴染ちゃう。ただの腐れ縁や。

 大体、小2や小3ならばまだわかるが、流石に小5からは違うんじゃないか? まぁ、時期にとっては十分幼馴染だろうが。………そもそも、考えてみたら篠ノ之や凰がその部類に本当に入っているのか? ……考えていったらキリがないので切り上げよう。

 

「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼馴染で、俺の通っていた剣術道場の娘」

「ふうん、そうなんだ」

 

 凰は篠ノ之を観察し、一瞬だけ一部分を凝視したのを俺は見逃さなかった。まぁ、凰にはその双丘がないからな。

 

「はじめまして。これからよろしくね」

「ああ、こちらこそ」

 

 二人が睨みあいを始めたところでちょうど食べ終わった。

 そして小さく「ごっそっさん」と言って立ち上がる。

 

「あれ? もう行くのか? もうちょっと一緒にいようぜ」

「お断りだね。お前といると馬鹿が移る」

 

 後ろが騒がしくなったが気にせず食器を返却口に置き、すぐにその場から離れた。

 

(全く、織斑の鈍感さは呆れるな)

 

 奴らと知り合って間もないが、どいつもこいつも我が強い。願わくば嵐が起こらなければいいなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園のアリーナ貸し出し制度は専用機かそうでないかで違いが出る。訓練機などの貸し出しと同時にアリーナの貸し出しは行えるが、強制的に1/6面となる。しかし専用機持ちはアリーナの貸し出しだけで半面を使うことが可能だ。

 そして俺は授業が終わるとすぐに教室を飛び出し、アリーナに来てホバー状態で射撃練習を行っていた。何だかんだでリアル系のシリーズものの主人公って射撃系が多いから引かれたけど、なんか妙なテンションが湧く。

 

(更識の奴、遅いな)

 

 最も人が借りない時間を抑えた更識は、来ると言っていたのに来ない。

 

(まぁいいや。一人で練習しよ)

 

 練習方法はゲームからの引用で構わないだろうと思い、展開している打鉄から管制室のコンピューターにアクセスしてもう一度「ターゲットクラッシャー」をしようとすると、開放回線オープン・チャネルが開いて聞き覚えがある声が届く。

 

「よぉ! もう復帰したんだってな!」

 

 Aピットのカタパルト発射口で黒をベースに散りばめられたかのようにところどころに紅く塗られている『ヘル・ハウンドver2.5』を装備したダリル・ケイシーさんが立っていた。途端に観客席にいたファンと思われるみなさんからケイシーさんに対して歓声が飛んだ。

 

「お久しぶりです、ケイシーさん。それで、どういった御用ですか?」

「……あ~、もう少しフレンドリーに話せないか? なんていうか、固いって感じが……」

「日本ではこれが普通ですよ。それに性別の差と言えばご理解いただければと?」

 

 そう言うとケイシーさんはどこか申し訳なさそうな顔をし始めた。

 

「あー、なんかその……すまん」

「いえ。で、どういったご用件でしょうか?」

 

 何に対しての謝罪かは検討がつかないし、先に質問する。

 

「実力テストって奴だ。いきなりで悪いがオレと模擬戦しないか?」

「………どう考えても自分があなたの実力と釣り合っているとは思えませんが?」

「実力テストって言ったろ? 軽く体を動かすのに付き合えって……じゃなくて、付き合ってくれないか? 当然、オレは手加減するさ」

 

 と言い終わったと同時に慌てはじめるケイシーさん。

 

「わ、悪いな。やっぱり手加減とか嫌だよな?」

「全然そうは思いませんが。むしろ専用機持ちと言っても所詮は初心者、正しい戦力観察だと思います」

 

 嫌味なく答えつもりだが、ケイシーさんは頭をかく。どうやら俺との会話はやりにくいようだ。

 

「ま、まぁいいや。じゃあ、付き合ってもらうぜ!」

 

 アリーナが急に戦闘シークエンスに移行し、自動的にISの体力とも言えるシールドエネルギーが回復し、弾薬が補充された。

 

「行くぜ!」

 

 瞬時加速イグニッション・ブーストと呼ばれるエネルギー吸収を行って加速する技能を使用して接近するケイシーさん。だがこれをした時には無理に軌道を変えると骨折する恐れがあるためまっすぐしか移動できない。なので回避して近接ブレードを展開、峰打ちで攻撃する。

 酷い攻撃だと軌道先に刃を向けておくという手もあるが、個人的にそれが無理なので峰打ちを使っている。

 

「うわっ!?」

「避けてくださいよ」

 

 アサルトライフル《焔備》を展開してホバー機能で移動しながら撃ちまくる。何発か外れるが、それは狙ってやった。

 

「……お前、手加減してるだろ」

「当たり前でしょう」

 

 どうやらすぐに気付いたらしい。まぁ、誰だってあんなことをしていたら怒るだろう。現にケイシーさんは現在進行形で怒っていた。

 だがすぐに思い当たる節があったようで、

 

「だったら、本気にさせてやるよ!」

 

 両手首に三本ずつの爪を展開する。ハイパーセンサーに武装情報が現れて「ハウンドクロー」という武装名が判明した。

 俺はそれに対してもう一本近接ブレード《葵》を展開し、二刀流で応戦した。

 突き出されるクローをしゃがんでかわし、そこから右に離脱して二本とも分投げた。どう見てもかわせるスピードだったが一本はかわしたケイシーさんだがもう一本は当たった。

 それを次の勝利に繋げようとするとでも思っているのだろうか、ドヤ顔でこっちを見るケイシーさん。

 

「やるじゃねえか」

「自分から当たりに言って何を言っているんですか」

 

 彼女の考えにはある程度察しがつく。おそらくだが攻撃が当たっても平気なことをアピールするためだろう。

 

(悪いが、そんなことには乗れないな)

 

 だが、俺はその思惑に乗ることになった。

 確かにISには絶対防御があり、どんなに致命傷を負ってもそれが守ってくれる。だがそれは見えないから俺は信じられず、人殺しという汚名を被りたくないという理由から逃げていた。しかしさっきケイシーさんに当たったところは左肩で間違いなく切り落としていたはずだ。なのにその傷すら確認できなかった。

 

「これでわかっただろ。ISには絶対防御がある。だから安心して本気出せ、桂木」

 

 ………ケイシー先輩は優しいな。道理であんなにファンがいるわけだ。だけど、俺にはその気持ちに応えることはできない。

 

「お断りします」

 

 まさかここで断ると思っていなかったのだろう。呆然とするケイシーさん。

 

「いや、まさか……嘘だろ?」

「本気で言ってますよ、俺は」

 

 そう返すと口をあんぐりと開けるケイシーさん。絶対にあれ、予想外すぎて反応できなくなっているな。

 

「………初めてだぜ。ここまでないがしろにされたの」

「自分に対して落胆なされたのならそれで良いでしょう。本国には「桂木悠夜は弱かった」とだけ伝えておけばいい。俺はそれを否定しませんし、あなたたちみたいに操縦者として大成する気はありませんから。専用機を受け取ったのは成り行きでしかありません」

 

 ちょうどいいと思った俺はここからは個人間秘匿回線プライベート・チャネルに切り替えて通信を送った。

 

『それにあなたたち女性の気持ちなんて俺には理解できませんから。上限がある兵器を操れる程度で自分たちが強いと思い込む女性あなたたちの気持ちなんてね。逆に俺の気持ちなんてあなたにはわからないでしょう?』

 

 今まで俺がロボットアニメを見てこれたのは敵が人間じゃないのと死ぬ生物が現実では存在しないから自分たちには関係ないと思っていたからである。それに死んだとしてもそれは話の流れであり、感動するシーンもあったが実際に死ぬわけではない。

 だけど今は違う。ISに乗ってはじめて感じた恐怖が俺を襲っていて本当は乗りたくないが、いざという時のための術が欲しかった。

 挑発的な態度で突き放しにかかる。正直、練習に付き合ってくれたのには感謝している。だけど俺は他人を攻撃する―――少なくとも容赦なく攻撃する他人と返しに攻撃する自分に対して恐怖心を持ち始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリル・ケイシーは困っていた。前々からどこか遠慮しがちな男だとは思っていたが、まさかここまで戦いに対して嫌悪感を抱いているとは思っていなかったからだ。ただ最近頑張っているのを知っていた彼女はどこまで強くなっているのかが気になり、その進歩具合を報告しようと考えていたからである。

 

(あれか? やっぱりいきなり試合に巻き込んだのが悪かったのか? それとも手加減されたから?)

 

 彼女は男勝りの性格と風潮ゆえに男子から遠ざけられているが、れっきとした女の子で汚染されていない彼女は当然なら男にも興味があったが、経験不足ゆえどう接すればわからなかった。だが今年に二人も男が入学してきた挙句、代表候補生ということもあって本国から実力を見ることを言い渡された時に男を学ぼうと思っていた。だが織斑一夏の方に言ったがその容姿ゆえにファンが増えて近づくのが容易と感じられなかった為、正反対で無関心で相手にされていなかった悠夜の方へ近づいた。自分が先輩だったからかそれとも女だったからか警戒こそされてはいたがそれも交流も重ねていくにつれ次第に薄れていった。

 だが悠夜のデビュー戦の日、何者かに襲われたと聞いた時は周りに人がいたが実のところ気が気でなく何度もフォルテを介して楯無に無事かと何度も聞いていて、面会が可能になったと知った日の放課後にお見舞いに行くということすらしていた。

 その時悠夜がISの教科書の丸暗記するという苦行をしていた時は尊敬するほどで、彼女の中で悠夜は「努力を惜しまない人」という印象が付けられてしまい、いつかは戦ってみたいと思っていた。そしてアリーナ申請のときに第三アリーナで悠夜が借りている状況を見たダリルは―――半ば強制的に巻き込んだ。

 もっとも、彼女が悠夜に接しているのは善意だけではないが。

 

 ―――弱くてもいい。それでも本気で向かってくるアイツとぶつかり合いたい!

 

 一生懸命試行錯誤して練習する悠夜を見てすぐにそんな感情が昂ぶり、興奮したまま戦うが手加減しているように感じたダリルは本気を出してもらえるように体を張るが、それも無駄と終わった。

 

(……いや、やっぱり…)

 

 そこで彼女はある推論にたどり着く。それはとても単純で、ずっと同じことを繰り返していたからすぐにわかるべきこと。

 

「……わりぃな。その、悪いついでに二人で話せないか?」

 

 そう提案し、悠夜は警戒しつつもうなずいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナの使用終了時間が近づいていたこともあってケイシーさんの提案を呑んだ俺は終了申請を行いアリーナを出る。

 更衣室でジャージに着替えた俺はアリーナに設置されている自動販売機に行くと、予め指示があったベンチに座っていた、型が違うジャージに着替えていたケイシーさんと合流した。

 

「今日は悪かったな、桂木。興奮を抑えられなかった」

 

 自販機で二人分のスポーツドリンクを用意して片方をケイシーさんに渡す。彼女は金を払おうとするが断るとそんなことを彼女は言った。

 

「興奮?」

「オレの先輩が言うには「IS操縦者にはよくあること」って言ってたがな、努力している奴こそ本当に強くて興奮させてくれるらしいが、お前を見ていたら理解してしまったよ」

 

 そういうものなんだろうか? 俺にはよくわからない。というか、

 

「俺、そこまで努力していましたかね?」

「入院中に教科書暗記して必死に覚えようとしたり、遅くまでサンドバッグでトレーニングしている奴の台詞とは思えないがな」

 

 そう茶化すケイシーさん。すると彼女は真剣な顔で俺に聞いてくる。

 

「……ところで、ISで攻撃するのはやっぱりまだ怖いか?」

 

 どうやらさっきないがしろにしたことを怒っているわけではなさそうだ。普通あそこでは怒ると思うが、彼女はとても心が広いらしい。

 

「ええ。そう簡単に慣れるものじゃありませんよ。特に俺が考えた戦闘スタイルだと下手したら冗談抜きで四肢が吹き飛ぶものですから」

「ぜひともお前のスタイルを見てみたいな」

 

 興味ありげに言ってくるケイシーさん。今のところ未定です。

 

「そうですね。俺がすべてを敵として、虫けらと認識したら可能なんじゃないですか?」

「凄いことをサラッと言うな、お前」

「………そうでも考えないと正直怖いですから」

 

 自分に嘘を付き、その上ですべてを潰すという作業をしなければ絶対に無理だ。だが同時にこのままだとダメなもの理解している。

 

「だがよ、正直そうも言ってられないぜ」

「………俺が男性操縦者だからですか?」

「そうだ。これから男って理由で桂木のことを殺そうとしたり実験台にしたりする連中が出てくる。当然だけどISも出てくるぜ。それをどうにかしないとお前に未来はない」

「………」

 

 そのビジョンが明確に見えてしまい、苦い顔をする。

 

「…割り切れよ」

「……割り、切る?」

「ああ、割り切れ。お前が感じている恐怖は人が持っているのが当たり前の感情だ。別に恥ずべきことじゃない。むしろ疑問に感じている方が正常だ。でもな、ここにいるのはISで成り上がろうと思い、努力してきている奴らばっかりなんだ。それと試合してまともに戦えないほうが危ないんだ。剣道だっけ? あれも防具を着けているだろ? 簡単に言えばISも同じようなものだ。ただ、制作費が馬鹿でかくて防具が見えないだけだ」

 

 その言葉に思わず俺は笑ってしまった。

 

「な、なんだよ」

「いえ。確かにそうだって思っただけですよ」

 

 ―――それに嬉しかった

 

 今までこんな親密に聞いてくれる人がいなかったから嬉しかった。……恥ずかしくて言えないけど。

 

「今日はありがとうございます、ケイシーさん。では、自分は打鉄の整備があるので失礼します。ドリンクはそのお礼ってことで」

 

 そう礼を言って俺は整備室ではなく部屋に向かう。

 

(しかし何だろうな。この、どこか和んでしまう気持ちは)

 

 先輩相手だと特にそうだ。まるで内に眠る自分を解放されていっているみたいな感じすらする。……なんて、あるわけないよな。



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#14 桂木悠夜の萌え理論

 途中で忘れ物に気付いた俺はすぐに引き返し、荷物を持って部屋へと向かう。更識からメールが入っていた。

 

『ごめん。急に会議が入って出られなくなった。だから下のメニュー通りにやっておいて』

 

 普通にケイシー先輩と模擬戦していたって言ったらどうなるんだろ。怒るか? いや、俺の性格を考えたら更識の場合は「やる気を出した」って喜ぶんじゃね?

 

(少し楽観視し過ぎだろ)

 

 まったく。この学校に来てから俺がおかしくなってきている気がする。やっぱりあれか? 頭を殴られたからか?

 

(……走ろう)

 

 教科書などが入っている鞄を置き、必要な荷物だけを持って外へと出る。そして舗装されたコンクリートを走っていると吹いてくる風が気持ちよく感じた。

 俺はこういう風が結構好きだ。……本当はバイクの「アルティ」とか、自転車で駆ける時の風の方が気持ちいいのだが、前者は以前にとあることで破壊され、後者は無事すら確認されていない。

 

 軽く昨日と同じコースを周って寮のエントランスに戻る。するとそこには凰が三角座りをして泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室に戻ると、そこには用事を終えて戻っていた更識がいた。

 

「あ、おかえりな……さい」

 

 制服エプロンとは中々のチョイスだが、さっきの台詞に間があったためそこまで萌えなかった。まぁ、更識自身俺の後ろにいるちびっ子が気になるのかもしれないが。

 

「お、お邪魔します」

「え、えっと、これって一体どういうこと………?」

 

 戸惑っている二人を放置し、部屋着を持って俺はシャワーを浴びる。

 しばらくして、出てきた俺の前にはスープを飲んでいる凰と更識の姿があった。

 

「さて、説明してもらいましょうか?」

 

 更識がにっこりと笑顔を俺に向ける。まさか俺が彼女に発情して連れてきたとでも思っているのだろうか。

 

「あー……なんていうか、泣いてたから」

「泣いてたからって持って帰るってどうなのよ」

 

 本気で呆れられても困るんだがな。実際のところ通りすぎようとしていたら妙な威圧感に襲われて仕方なく誘ってしまったんだよ。

 

「で、どうしてお前はあんなところで泣いていたんだ?」

 

 本題に入ると、凰がゆっくりと口を開いた。

 

「実はさ、その、一夏が約束のことを覚えてなかったのよ」

「………は?」

 

 簡単に説明を聞くと、俺らの後に織斑たちがアリーナを使っていた。その後に凰は織斑に近づき、そこで織斑が篠ノ之と同室だと言う事を知って突撃したらしい。

 

「で、約束のことを言ったら忘れられた、と」

「そういうことよ」

 

 俺と更識はなんとも言えない顔をしていた。が、俺はすぐに聞きたいことがあったので尋ねた。

 

「ちなみに、その約束ってどのシチュエーションで、どういう風に言ったんだ?」

「そ、それは………」

「答えろ」

 

 有無を言わさず答えさせるのには、攻略をするための糸口を掴めるかもしれないからである。

 

「………りょ、『料理が上達したら、毎日アタシの酢豚を食べてくれる?』……」

「………はぁ」

 

 思わずため息を漏らしてしまった。しかしそれは凰にとってはお気に召さなかったようで、猫のような瞳で睨んできた。

 

「何よ! まるでアタシが悪いって言いたそうね」

「実際、お前も悪いと思うがな」

「はぁ?!」

 

 俺の発言は凰にとっては予想外だったらしい。更識も同意見なのか、この話に入ってきた。

 

「それはどうかしら? 凰さんの言い回しは有名なあの言葉でしょ?」

「ああ。問題はそれなんだよ。そもそも織斑はありえないほどの馬鹿で鈍感だぞ。いくら名言だって言っても今では古く、知っている人間だって少ないんだ。凰が知っている=織斑が知っているなんて方程式は存在しないし、いくら恥ずかしいからって相手が鈍感ならばきっちりと意味を伝えなければ意味はない。その対処を怠った凰が悪い」

 

 はっきり言うと凰は何も言えなくなる。

 

「じゃ、じゃあアンタは恋愛とかしたことあるの!?」

「初恋もまだな俺に何を求めるんだ、お前は」

 

 そう返すと凰はその瞳をキリッとさせた。

 

「じゃあ、アタシのに口を出さないでよ。アンタにそこまで言われる筋合いはないわ」

「でも、桂木君の言うことは一理あるわよ」

 

 更識が何故かフォローを入れると、凰は更識を睨みつけた。………一応、年上なんだがなぁ。

 

「別に間違ってはいないでしょ? 織斑君は世界でも早々見つからないほどの鈍感なんだし」

「そ、それはそうだけどさぁ………」

 

 また泣き始める凰を俺は改めて観察し、整理する。

 

(料理云々での告白したということは、料理にはそれなりの自信があるってことだよな?)

 

 容姿も可愛い方で今の泣いている様子も失礼だが少しグッと来るものがある。そう。胸以外ならば凰はかなりレベルが高い。

 

「何かアンタを殴らないといけない気がする」

 

 ぼそりと溢す凰に対して戦慄すると同時に解決の糸口を見つけた。

 

「それだ!」

 

 思わず立ち上がってしまい、小さな声で「失礼」と言って着席する。

 

「で、何なの?」

「だからそれだよ。凰、お前はそういうのから卒業して生まれ変わるべきだ」

 

 わけがわからなかったようで、首を捻る凰。……これだけ見たら結構可愛いんだがなぁ。

 

「わかりやすく言えば乙女になるんだよ。幸いなことにお前のその小さな身長は適して―――」

 

 飛んで来た拳を間一髪を回避すると、更識はその拳を受け止めた。……同居人の戦闘スキルを垣間見た瞬間である。

 

「ダメよ凰さん。無闇に相手を攻撃しちゃ―――」

「いや、更識。お前がそれを言ったら―――」

 

 視線を凰の方に向けると怒りのボルテージが上がっていた。おそらくこれは更識が原因だと思う。確かに火付け役は俺だが、更識のスタイルば一般レベルだとかなりの高さであり、凰のように身長が小さく、胸がない人間にとっては憧れと嫉妬の対象である。

 

「まぁ、二人とも落ち着け」

 

 無理矢理二人を離して、俺はすぐに本題に入った。

 

「さて、凰。本題に入らせてもらう。お前はぶりっ子になれ」

「ぶ、ぶぶぶ、ぶりっ子!?」

 

 ………少し言い方が悪かったな。

 俺は口で説明するよりも見せた方が早いと思い、父親が送ってくれた物資の中から久々にゲームのハードと、ケースに入っているソフトを取り出す。

 

「桂木君、それって―――」

 

 更識が何か言っているが、無視してケースからソフトを専用ハードに入れ、電源も入れた。

 しばらくすると起動し、スピーカーから題名が響く。

 

「ドキドキ! ラブリーシスター!」

 

 それが聞こえた瞬間、更識はなんとも言えない顔をして凰は明らかに引いていた。

 

「そ、それってまさか……ギャルゲーだっけ? もしかして、二次元? の女にしか興味ないとか―――」

「ちゃんとリアルの人間にも興味はあるっての」

 

 これはあくまで参考書として買ったんだが、まさかあそこまで大ヒット商品になるとは思わなかった。

 ちなみにこの「ラブリーシスター」略して「ラブシス」という恋愛シュミレーションゲームもといギャルゲーは50万個も買われたギャルゲーであり、男視点だけでなく女視点からでも見れるという、「何故こう動いたか」という理由もわかるのだ。少なくともクラスの男子は全員買っていて、去年では放課後男子たちが女子を追い出して会議を開くほどだった。

 

「ああ、それとも続編の「フレンズパート」の方が良かったか?」

 

 そう言って取り出したのはラブシスのヒロインが通う学校を舞台として、用務員のアルバイトとしてヒロインの友達と出会い、その後に仲を発展させていくという一般的なギャルゲーだ。ちなみに一般的なギャルゲーでは男友達がサポートするが、ここでは元ヒロインがサポートするという少し変わった設定が組み込まれている。

 

「いや、どっちでも一緒でしょうが!!」

「まぁ、こっちだとアナザールートがないから裏の描写はわからないがな。まぁ、何が言いたいかってのは、全体的に女らしさが足らなさ過ぎるんだよ、お前ら」

 

 これは極論かもしれないが、篠ノ之も凰もわかりやすい女らしさが足らなさ過ぎる。そしてこれはオルコットも含まれるが、全員が自分の体を隠しすぎているのだ。

 男にとって女の胸が大きければ大きいほどISスーツは目のやり場に困るが、それも戦い始めればそうならないだろう。来る攻撃に備えないといけないし、そうなることは今日の軽い模擬戦でよくわかった。

 ならば男の気を引くにはどうすればいいか。これは通常授業の間の休み時間でそう言ったアピールをするしかない。…………幸か不幸か、この学校の女はそんなことはしないみたいだが。

 

「そもそも何故世の中に「チラリズム」などという単語が存在するのか理解しているか? 見えそうで見えない神秘の部分―――例えばパンツの中やブラジャーから見える肌色に引かれるのは生まれながらにして備え付けられている性! それはお前らは「恥ずかしい」などという羞恥心や下らないプライドに阻まれ、肌色を見せずに「自分に惚れる」などということを思いこむなど勘違いも甚だしいわ! ましてやお前のように短気で、胸もない、ましてや色気もない奴など、そう言った部分的神秘で惑わさなければ勝ち目などない!」

 

 机を叩き、締めくくる。……もちろん素材が木ということもあってかなり痛かった。

 今までの傾向だと一発殴られるかと思ったが、どこか思うところもあったのか凰は考え始め、やがて俺に言った。

 

「いいわ。ちょっとアレな意見だけどアタシじゃそこまで考えられなかったし。は、恥ずかしいけど、その作戦やってやるわ! ………は、恥ずかしいけど、それ、貸して………」

「ああ。じゃあこのまま持って行け」

「え? いいの?」

「ああ。ゲーム機ならもう二台はあるし、しばらく使う予定はないしな」

 

 ………そもそもそのゲームを買ったのは義理の妹と仲良くなるためだったし。

 

「そ。じゃあ、帰るわね。ゲーム、ありがと」

「ああ。それと言っておくが、そのソフトは世界に500個しかない初回限定生産版だから壊すなよ」

「大丈夫よ」

 

 そう言って凰は帰っていく。どこか幸せそうなのはようやく説得力のあるアドバイスが聞けたからだろう。

 そんなことを思っていると更識が俺の肩を叩く。

 

「でもあれって、前提として織斑君が女の子に興味があるってことよね」

「………え? まさかという思うけどホモの素質とかでもあるのか?」

「…………」

 

 いや、まさか……ね?



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#15 無謀な特攻/そして少年は演技する

 更識の発言で多少の不安を抱えた俺だが、今はそのことは気にしないことにした。いくら馬鹿でもそこまで悪いとは思いたくない。というか、

 

「彼は何度か告白されていたみたいだけど、どれもすべてはぐらかしているって感じだったわ」

「……はい?」

 

 どういうことか尋ねると、どうやら織斑は過去に何度か告白されているらしい。クラスの中でもかなり人気が高い女子も、そしてブスもだ。

 だがほとんどが「買い物に付き合う」と脳内変換されているらしく、まともに付き合ったことはないようだ。……何故そうなるのか一度頭を調べてもらうべきだ。奴こそ研究所に入るのが相応しいと思う。

 とはいえすぐにそうならないのはわかりきっているので、俺は俺でこっちを見学させてもらおうか。

 

 放課後、俺は第三アリーナのピットで準備体操をしていると、凰が入ってきた。俺の顔を見るや否や、どこか安心した顔をする凰。

 

「良かった。アンタだったの」

「どうした? この時間はまだ俺の時間だが?」

 

 ちなみに最近では俺自身もどうすれば一面を取れるのかわかってきて単独で一面を使用することが多い。もちろんだがそうなると更識とできなくなることがあるが、それはそれで構わないと思っている。

 

「ごめん。ちょっとでいいからピットを貸してくれない? もうすぐ一夏たちが来るから」

「………いいぜ」

 

 普通、着替えてから来るだろうと思ったが、考えてみれば中に着ているかもしれないし直行も頷ける。

 

「じゃあ、俺は練習してくるから」

「あ、ちょっと待って!」

 

 そう言って凰は何処から入手したのか怪しげなマイクとイヤホンを俺に渡す。

 

「………これは?」

「盗聴受信機とマイクよ。もし何か変なところがあったら言って」

「………俺、練習したいんだが……」

「練習中でもできるでしょ、馬鹿!」

 

 とりあえず受け取って、俺はそれを打鉄を展開した上から着ける。

 そして外へと出て中央に滞空し、PICの設定をオートからマニュアルへと変えてその状態からホバリングを行う。

 

『待ってたわよ、一夏!』

 

 あまりの大音量に驚き、マイクの音量を棒状のセッティング部分で調整する。しかも今ので体勢を崩したのでバーニアで体勢を整える。

 

(あれ? 意外と簡単?)

 

 そう思うと同時に脳内で似たようなゲームを思い出す。いや、似たようなってのは違うな。

 あれはシミュレーターで、存在する二つの操縦桿で調節する。思考のみで操作するISは違う部類になる。

 

(もしかして俺って、思考タイプか………?)

 

 まぁ、あのゲームでも脳波を感知して小型自立砲台を動かすシステムはあったし、俺はそれを普通に扱えていた。

 

(いや、さすがにこっちでも使えるわけがないだろ)

 

 脳内で突っ込んでいると、(イヤホン)スピーカーから声が聞こえた。

 

『貴様、どうやってここに―――』

『ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!』

 

 だったらお前らも関係ないだろ。時間的にはまだ俺の練習時間なんだから。…………まぁ、時間的にはもう入室可能時間だが。

 

『問題ないわよ。ちゃんと桂木悠夜に許可は取ってあるから』

『何ぃッ?!』『何ですってッ?!』

 

 オーバーリアクションだなぁとは思う。

 大体、こっちは面倒な仲を修復して面倒なことに巻き込まれるのはこれ以上は避けようと思っているだけだ。この後に織斑が誰と付き合うかなんて興味ないし、どうなろうかなんて知ったことではない。

 

(できるなら、これでとっとと縁切りにしたい気分だ)

 

 織斑の関係者じゃなければ友達以上恋人未満の二、三歩した辺りの付き合いならば構わないが、関係者ならば話は別だ。昨日はちょっと、暴走してしまったが……。

 

(まぁ、多少の期待はしていたが……)

 

 そしてたった一日でその成果があったのは驚いた。……そういえば、目の下が少し化粧されていたような……。

 

『それで一夏。………昨日はごめん。急に叩いたりして』

『お、おう』

 

 織斑も織斑で驚いているようだ。そりゃそうだろう。普段からフレンドリーに接している奴が急にしおらしくなったのだから。今の状態ならともかく、急に俺もそんなことに遭遇したら―――間違いなく警戒する。救いようがなさ過ぎる。

 とはいえそれは俺みたいな一般的な感覚を持っている奴であり、織斑のような奴には無理なことだが。

 

『そ、それで、約束を思い出してくれた?』

『え? 約束?』

 

 どうやら織斑はまだ約束を思い出していなかったようだ。というよりも、

 

『約束ってあれだろ? 酢豚を奢ってくれるっていう』

『だから違うのよ。アタシが言ったのは別の意味なのよ』

 

 丁寧に話を進める凰。そうだ。その調子。そうやって成長したところを見せてやれ!

 

『じゃあ、一体それにどんな意味があるって言うんだよ』

『それは、その……って、言えるわけがないでしょうが!!』

 

 まぁ、一日で考えたらこんなもんだろう。

 正直なところ、凰みたいな素人が一日やそこらで進化するなんて思っていない。

 

(というか織斑、本当に何も理解していないんだな)

 

 俺が指摘した通り、確かに告白のあの味噌汁の話を知る日本人なんてもう少ないだろう。だが、だからと言って雰囲気などで察することができるだろう。

 

(……というか察しろよ!!)

 

 昨日話していたが、凰の感情は動きやすい。それ故に相手の表情なんてすぐに判別できるものなんだが……やはり織斑は凰に興味ないみたいだな。

 

(だとしたら、もうこれ以上は止めさせた方がいいんじゃないか?)

 

 このままだと、凰は余計に傷つくかもしれない。

 

(……ま、俺には関係ないけどさ)

 

 そう。関係ない。ただ少し関わっただけだ。ただでさえ余計なことをしていると思っているのに、これ以上は関わりを深くするわけにはいかない。

 

 ———今回だけだ

 

『大体何よアンタ、こんな簡単なことすらわからないの!?』

『奢るのどこか間違ってるって言うんだよ!?』

『奢るから離れなさいよ、この朴念仁! 頭腐ってるでしょ!』

 

 自分に言い聞かせていると、痴話喧嘩なんて言えない口喧嘩をしている声が聞こえてきた。

 もうそろそろ上がろうと思ってピットの方に戻ると、イヤホンから織斑が凰にとっての禁句を言い放った。

 

『うるさい、貧乳』

 

 いくら凰にチッパイの有効活用法を説いてもコンプレックスはそう簡単に解消されないものだ。

 加速された体のまま少し上で解除した俺は着地と同時にスタートダッシュを決めて、凰の懐に潜り込んで展開されそうになっている右腕をつかむ。そして彼女の意識が俺の方に向いた頃、凰の背骨部分を左手の人差し指で撫でながら彼女の耳に息を吹きかけた。人が抗えない快感をコンボで決めた瞬間である。それでも彼女の思考を停止させただけなのは精神が鍛えられているからだろう。

 

「よぉーくわかったわ」

 

 どこか諦めたような、それでいて怒気を含んだ声を出す。

 俺の拘束を振り払い、凰はそのまま織斑の横を通り過ぎる。自動ドアがスライドして開いたところで凰は足を止めた。

 

「覚悟しなさい、一夏。今度のクラス対抗戦でギッタギタにしてやるんだから!!」

 

 凰がそう言って出ていくのとほぼ同時に、俺はコンソールにある操作パネルで「整備」と書かれたボタンをタッチする。するとカタパルトの下にある空洞からロボットが現れて整備を開始した。

 

「なぁ悠夜、一緒に練習しないか?」

「一夏っ?!」「一夏さん?!」

 

 まさかここで俺を誘うとは夢にも思わなかったらしい二人が驚く。俺も同じような反応をしていたが、表には出さなかった。

 

「………それ、本気で言ってるのか?」

「当たり前だろ? それにいつものほほんさんとしかいないし、たまには俺たちとも関わろうぜ」

 

 笑顔でそう言う織斑だが、後ろ二人にそんな雰囲気はなかった。あからさまに俺に参加するなと目で言っている。

 正直言ってこいつはすごい。

 まさかここまでアホで、自分でそのことにすら気付いていないなんて………俺からしてみれば違和感しかないあの会話の、しかもその後に戻ってきた俺に一緒に練習をしようと言い出した。

 いつもならば適当に理由をつけて回避するだけなのだが、今回ばかりは別な気分だった。

 

「———お前如きに俺が関わる? 冗談だろ?」

 

 瞬間、三人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。まさか俺がそんな言葉を吐くなんて夢にも思わなかったのだろう。女尊男卑の思考を持つ女ならば「ようやく本性を現したか」とか言われそうだ。

 

「どうしてお前のようなアホに俺が関わらなければならない。お前なんかに関わっていたらこっちに悪影響が及ぶだろ。そんなのはごめんだね」

 

 そう言って出ようとしたところでオルコットの声が響いた。

 

「お待ちなさい、桂木さん。あなたに一つ聞きたいことがありますわ」

 

 俺は足を止め、そのままの状態で耳だけを傾ける。

 

「何?」

「凰さんは二組ですわ。あなたはクラス対抗戦を前にして敵に加担するというのですか?」

 

 どうやら凰に場所を貸したことをそう受け取ったらしいオルコット。もしかして場所を貸して凰の技術練磨の手助けをしたとでも思っているのだろうか?

 

「ご想像にお任せするよ。まぁ本音を言えば、クラス対抗戦で戦うわけじゃないのにイベントの時の敵である凰とどう接するかに対してわざわざ口を出すなんてアホの所業だと思うがな」

「貴様!」

「箒?!」

 

 ふと、後ろを向くと竹刀が真横を通過する。反射的に避けれたから良かったが、下手すれば警察沙汰だ。

 

「悠夜、大丈———」

「さっきから聞いておれば勝手なことばかり。その腐った性根、叩き直してやる!」

 

 力加減というものを知らないのか、篠ノ之は竹刀を掲げる。後ろからの静止の声が聞こえていないようだ。

 俺は篠ノ之が竹刀を振り下ろす少し前ぐらいで右腕を伸ばし、スカートをめくった。

 

「なっ、なぁ!!」

「………ピンクか。しかし、お前のおっぱいは随分と大きいな。スイカ型やメロン型のマシュマロを連想させる」

「———!!」

 

 一瞬で篠ノ之の顔が朱色に染まり、今にも爆発しそうだった。

 

「………殺す。貴様のような不埒者は、この私が成敗してくれる!!」

 

 篠ノ之が停止していた間に俺は警棒を装備していた。その警棒を逆手に持って受け流し、力任せに振り下ろされた竹刀の先端は鋼鉄の床に付く。

 

「所詮、同類だったか」

 

 そう言って俺はとっととピットから出て、余裕を見せて更衣室に入る。

 そしてそこにある荷物を取ると、どっと疲れが現れた。

 

(………怖かった)

 

 早すぎる竹刀の動きを見切れたかのように動けたが、あれはほとんどヤマ勘だ。ヤバい。足が震え始めた。

 

(…………でも、探さないとな)

 

 すぐに行ってしまったから半ば押し付けられた感じで借りたイヤホンとマイクを返せていないし、何よりも今の凰は不安定だ。関わりたくないけど、織斑なんかと一緒にされたくない。

 両腿を何度か叩くことで奮い立たせ、制服に着替えた俺はさっそく凰を探し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで嵐が過ぎ去ったかのような第三アリーナのAピットに残っている織斑一夏は、一人思考にふける。

 

(一体、俺が何をしたんだ?)

 

 悠夜に言われたことがよほど気になったのか、何度もさっきの鈴音とのやり取りを思い出しながら整理する。だが彼の中で答えを見つけられることがなかった。

 だからこそますます気になるのだ。自分と同じ境遇の物静かな男子を。

 彼はまだ気づいていなかった。自分のした行動こそが悠夜の人間不信を起こし、自分の当時のことを話したことで悠夜から完全に嫌われていることを。



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#16 科学者気取り

 あれから30分経ったぐらいだろうか。

 相手が不快にならないように制汗剤を使用してから事務受付に行って凰の部屋を確認しようとしたところで夜這いをすると勘違いされ、余計な時間を食ってしまった。まったく。織斑じゃないんだからそんなことをしたら一大事だということぐらい誰だって理解できるっての。

 

(これだから女ってものは嫌なんだよ)

 

 すべてがそうじゃないことは重々承知している。………だがなんというか、この学園にいる女は少しばかり異常だと思い始めていた。

 とはいえこれから会おうとしているのは、踏み出しただけで周りと大差ない女なんだが、何故か凰とは平然と話せる。

 考え始めそうになったので早々に止め、教えてもらった部屋番号がドアの近くにあるインターホンを押す。行動が早かったのか、それとも単に近くにいたのかわからないが、思いの外早くドアが開いた。

 

「どちら様―――」

 

 部屋の構造上から考えて、どうやら後者だったみたいだな。

 中からバスタオル一枚の金髪碧眼の女性が出てきて、俺の姿を確認すると驚いて目を見開き、

 

「———きゃぁあああああああ!!」

 

 早速声を上げられた。

 いやいや、落ち着け。ここで毒舌になったとしても余計な誤解をされるだけだ。そもそも凰の部屋がここってだけで、たまたま出てきた奴が巨乳だからといって興奮するわけでもない。

 とはいえ最近知ったが元が良ければ巨乳でも前にボタンが付いているパジャマはグッと来るものがある。チッパイの奴らは言わずもがなだ。

 

「な、何っ!?」

「何か出た? まさか、ゴ―――」

「駄目よ! それ以上言ってはいけないわ!」

 

 わんやわんやと騒ぐ周りは次第に叫んだ元凶と近くに俺がいることで何かを察したようだ。そしてほとんどの人間は今がどのような状況になっているのか理解したらしい。

 

「てぃ、ティナから離れなさい! 変態!」

「そ、そうよ! そうよ!」

「とうとう本性を現したわね!」

 

 おかしい。どうしてこうなった。

 そもそも俺の目的は凰であり、この金髪碧眼のデカパイ女ではない。

 

「私、織斑先生呼んでくるわ!」

 

 そう言って遠くの方から走り去る音が聞こえる。それはこっちにしても好都合だ。

 そもそもこの状況になった元凶は奴の弟だし、さっきの事務員と揉めた時に最終的に織斑先生を頼るということになったので状況は理解している。理解しているが、理解しているなら姉である奴が何か対策しろと思いたいが、こういうのは男の方が良いんだろうな。男が女のことを理解できないと同じで、女が男の理解できるというわけではない。むしろ今の時代、まともな恋愛をしようとしない(篠ノ之とオルコットは例外に見えるが行動がズレているのでまともな恋愛に含まれない)から、下手に手を出さない方が良いだろう。

 

(とはいえ、待ってても仕方ないし用件は伝えるか)

 

 そう思って俺は未だに着替えていない金髪碧眼の女に言った。

 

「凰って名前の中国人、そこにいるなら中に入れさせてくれないか?」

 

 考えてみれば、周りにいる奴らは今回のことを知らない。なので当然凰がアプローチをかけたが理解力が低い織斑にされた仕打ちを知らないわけで、

 

「まさか、ティナだけでなく凰さんも狙っているの!? どうしようもないほど変態じゃない!」

「何で学園はこんな奴を入学させたのよ!」

 

 いい加減にイラついてきた。

 そう言うんだったら何でロボット物の設定資料集を気分転換に読んでいるだけで誹謗中傷されないといけないわけ? というかお前ら最初から最後までこの状況を見ていたの? 見ていたわけじゃないよね?

 

(どいつもこいつも………)

 

 高がISを使えるだからっていくら何でも調子に乗りすぎだ。というかこの金髪碧眼もさっさと着替えに行けばいい。

 そんなことを考えているとある部分から一瞬で道ができ、そこからトレードマークになっている黒スーツを着た織斑先生がやってきた。

 

「………またお前か」

「そう言うならばどうにかしてくださいよ………」

 

 俺だって好きで騒動を起こしているわけではないのだがな。

 内心でそう毒づいていると織斑先生は周りにいる女子たちに言った。

 

「お前ら、桂木は凰に用事があって来ているんだ。妙な好奇心を持たず、自分の部屋に戻れ」

「で、ですが、彼を放置すれば彼によって犯される人が―――」

「アホか。被害妄想が過ぎるぞ、貴様ら」

 

 正直なところ、これ以上待っても無駄に時間を食うだけなので俺は金髪碧眼の女に向き直る。今もなおバスタオル一枚の姿を見てため息を吐く。

 

(……まぁいいか)

 

 どうせ勝手に着替えるだろうと思い、俺は金髪碧眼の女と入口の間を抜けて中に入った。………後ろからの声がものすごくうるさいし気分を害するんだが………とりあえず案の一つにISをしているど真ん中に放り込むというものを入れたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、体罰を出して無理やり生徒たちを部屋に戻した千冬は自分の部屋に戻ってベッドに座る。以前、悠夜を寝かせるために部屋を片付けていたはずだが、必要な書類があったため部屋を探したときにさらに汚くなっていた。

 そのことに慣れているのか彼女は気にもせず、さっきのことを考えていた。

 

(………まさかここまで疲れるとはな)

 

 ため息を吐いた千冬はさっきの生徒たちの態度を思い出す。

 

(いくら何でも考えすぎだろう)

 

 千冬は悠夜とはまだ会って一か月しか経ってないが、それでも無闇に襲うような人間ではないと思ってる。何よりも同居人である楯無からそのような報告は受けてないし、したとしてもわかりやすいように頬に紅葉型の腫れが残っているはずだからだ。

 

(ある意味それは異常とは思えるが………それはそれで仕方がないことだろうな)

 

 なにせ悠夜はIS学園に来るまで何度も襲われている。そう考えれば悠夜自身があんな顔をするのも頷けるだろう。

 

(………もしかして、あの表情は……)

 

 ふと、千冬の脳裏にあの時のことがよぎった。

 クラス代表を決めるとき、女子たちが一夏の発言を笑っていたあの時、

 

 ———ちらりと見えた悠夜の瞳が、憎悪を見せていたことを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、話って何よ」

 

 何とか部屋に侵入した後、俺はある目的のために凰のところにいた。

 俺が今いる部屋と同じ間取りで凰のベッドは窓側らしく、顔をくしゃくしゃにしている凰に話しかけて現在に至る。

 

「いやぁ、まさか昨日の今日であんなことをしでかすとはなぁ…と思ってな」

「し、仕方ないじゃない……って、ニヤニヤしすぎよ!」

 

 おっと。どうやら顔に出ていたらしい。

 でもまぁ、こいつがたった一日でそうした行動に出た理由は察せなくもない。

 

「ああ、悪い悪い。たった一日でよくもまぁあそこまで化けれたと思ってな!」

「うるさいわね! アタシもああいうのはガラじゃないってわかってるわよ! で、でも、これは………」

「まぁ、ギャップ萌えを選択したのはアリだと思うが……」

 

 そして俺は凰のサイドアップテールに注目する。

 

「変えるならば髪も変えたら?」

「そ、それは嫌よ!!」

 

 凰にしては珍しく………もなかったな。

 だが凰は髪をかばう様にして俺から離れる。同時に後ろからガチャリと聞こえ、後ろからはピンク色のパジャマを着た金髪碧眼の女がいた。ま、そんなことはどうでもいいので、

 

「………まさかと思うけど、織斑に褒められたからずっと続けているとか?」

「そ、そんなこと、あるわけ―――」

 

 顔を赤らめながらそう答える凰だが、詰んでいるな。

 というか好きな男に褒められたからって同じようにするってどうなんだろうか?

 

「だがな、凰。時には髪を変えることも一つの手だ。実際、髪形を変えることで相手が自分に注目しているかどうかを知ることはできるしな。まぁ、今日のことですべてお釈迦になったが」

「………」

 

 今更ながら後悔したのか、どこか悲しそうな顔をする凰。俺はそれを待っていた。

 彼女の手にそっと自分の手を乗せて俺は本題を言った。

 

「凰鈴音。俺と協力して、織斑一夏を倒さないか」

「は?」

「はぁあああああッ!!」

 

 金髪碧眼の女が凰よりも大きなリアクションを見せる。本当にうるさい奴だな。

 

「ちょっ、ちょっと待って、それってクラスを裏切るってこと?!」

「……そうなるな」

 

 オルコットに言われた通り裏切り者となるわけだ。クラスに敵はいれど味方はいないので俺が裏切っても裏切らなくても変わらないだろう。

 凰は信じられないと顔をする。

 

「とか言って、アタシの情報を売る気でしょ」

「まぁ、確かにそれもアリだなとは思うがな。丁度いい機会だと思ったんだよ」

 

 おそらく俺は戦闘になれば恐怖で全く動けず、織斑には勝てない。だが裏で考えることができる。………可能性としては俺の特技の一つ「強化演目」を使って立ち回ることも可能だが、あれはあまり持続しないんだよなぁ。

 

「それに、あのバカをぶっ飛ばしたいって言ったのは本音だろ?」

「そ、そうだけど………」

「待ってリン。交渉を持ち掛けているのは別のクラスの人間よ。警戒するべきだわ」

 

 確かにその通りだ。普通ならば警戒するはずだが、凰の場合は心はそこにはない。今回は痛めつけるという一点の利害が一致しているので断りにくいはずだし、何よりも俺の分析能力は凰も理解しているはずだ。

 

「……見返りは?」

「り、リン?」

「学食デザート半年無料券の効力。期間中で食べたいデザートを奢ってくれればいい」

 

 驚いた顔をする凰。まさかお前自身をもらうなんてことを言うとか考えてないよな?

 

「貞操の危機かと思ったわ」

「ねぇよ。仮にあったとしても精々ハグぐらいだ」

 

 そう言うと金髪碧眼の女が一目散に室内に設置されている電話に飛びつこうとしたのを、凰が制止した。

 

「ティナ」

「で、でもリン……」

「問題ないわ。ね、()()

 

 名前で呼ばれたことに驚きを隠せない。たぶん顔が引きつったな。

 

「じゃあ、早速アドレス交換しようか。連絡手段があった方がお互いのためだろ?」

「そうね」

 

 俺たちはお互いに協力関係の証として連絡先を交換する。

 時間も時間なのでアリーナを取れる日にお互いの実力を測ろうと約束し、お開きとなった。

 廊下に出て自販機が置かれているエリアに入ってジュースを買いながら、後ろにいる女に声をかける。

 

「…で、何の用だ? 金髪碧眼」

「ティナ・ハミルトン、よ。ユウヤ・カツラギ」

「アンタの名前なんてどうでもいいんだが」

 

 そう返すとハミルトンは俺を睨んでくる。どうやらこいつもそういうタイプらしい。

 

「あなたは一体何を企んでいるのかしら? 何のために私たちに近づいたの?」

「私()()じゃないからな? 俺は凰個人に近づいたんだし」

 

 そう返すとハミルトンの目は鋭くなった。

 

「悪いけど、彼女には今度の大会には優勝してもらいたいの。もちろん、私たちの力だけでね」

「俺はそれに一口乗せてもらおうと思っただけだが?」

「それが問題なのよ」

 

 ………どうやらこいつも()()()の人間らしい。やれやれ、面倒だな。

 

「ともかく、私たちはあなたの力を借りる気はないわ。リンの体を狙うあなたにはね」

「……………」

 

 まさか……こいつ……「レズなのか?」

 

「ち、違う! ただリンが可愛くて―――ッ!?」

 

 なるほど、そういうことか。

 確かに凰の体格は結構ロリっぽい。それゆえに彼女は母性本能をくすぐられるのだろう。理由が理由なので笑ってしまうが。

 

「安心しろよ。俺は凰の恋愛相談に乗っているのは俺の知識がきちんと通じるかを試しているだけで、今回のことも同じようなものだ」

 

 結局は実験で、凰のことは駒としか見ていない。可愛らしい駒として。とはいえ凰の見た目が可愛いというのは同意するが。

 とはいえ容姿が良いからと言って人は必ずしも異性に行為を抱くとは限らない。今のところ俺は女に対しては恐怖と敵意、そして警戒しかないし、今ここで性的なことをするのは相手の注意を逸らすためのものだ。凰に対してしたアレも、篠ノ之のスカートをめくったのも意識を逸らすためでしかない。

 

「怪しいと思うならばお前が付きっきりでガードしろよ。別に一人ぐらいならば問題ないから」

 

 そう言ってハミルトンの横を通った俺はそのまま部屋へと戻っていった。



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#17 裏切り者が進む道

「いっけぇッ!!」

 

 中国製第三世代IS「甲龍(シェンロン)」の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から何かが射出されるのを、大型物理シールド《バウンド》を展開して防ぐ。その際、使用していた左腕全体に衝撃が走るが、耐えれるレベル……なんてことはなかった。

 ISが持てる中での大型で、しかも上級者向けって書かれてあったから当たり前というか当たり前なのだがな。

 

「動き、止まってるわよ!」

 

 連続で光り、俺に向って何かが飛んでくる。それを手足を捨て、ボディと顔を中心に守る。

 衝撃で少しは減るものの、シールドエネルギーがざっくり減らされることはないだろう。

 

(でもまぁ、攻撃を受けているだけじゃ何もできな―――!!)

 

 攻撃が止んだかと思ったら盾から飛び出すように凰が大型青龍刀《双天牙月》を連結させた状態で姿を現す。

 そして俺に斬りかかろうとするが、それよりも前に盾を滑り込ませてガードした。

 

「防ぐだけじゃ勝てないわよ!」

「言われなくても―――」

 

 そう言ってアサルトライフル《焔備(ほむらび)》を展開し、追い払う様に撃つ。

 それが気に食わなかったのか、凰は武器を下して止めを宣言した。

 

「ああ、もう。止め止め!」

「はぁ?」

 

 大きな声で叫ぶ凰に対して俺は疑問を浮かべると、バランスを崩してそのまま落下する。

 地面に当たる瞬間、意識を集中させてギリギリ滞空する。そして凰は俺の隣に着地した。

 

「………アンタ、よくそれでさっきまで浮いていられたわね」

「さっきまで集中できていたからな。お前が変なことを言うまで」

 

 そう返すと凰はキッと俺を睨んだ。

 

「アンタ、手加減してたでしょ」

「よくわかったな」

「当たり前でしょ。いくら初心者でも……というか初心者なのに正確にアタシの左をギリギリ当たるかどうかの位置を撃ってたじゃない!」

 

 俺はため息を吐いて凰に誇るように返した。

 

「今まで戦闘に無縁だった人間がすぐに戦えるわけがないだろ」

「でも、ISには絶対防御があるんだし………」

 

 そう言われるが、そんなことを言われてもそう簡単に「はい、そうですか」と頷けるわけがない。

 大体、ISの走行自体が少なすぎるんだ。これが全身装甲だったら躊躇いなく攻撃できる可能性があるというのに。

 

(………いや、無理か)

 

 人が中に乗っていることがわかっている時点で俺は攻撃できないだろうな。うん。絶対。

 

「ま、とりあえず一つだけわかったことがあるわ」

「何だよ」

「心が思いっきり戦闘に向いてないのよ、アンタ」

 

 言われた俺はわけがわからず首を傾げた。

 

「さっき戦ったのをこっちで改めて振り返ってみたけど、アンタの動きはまるで何かから自分を守るような戦いをしていたのよ。でも、同時に攻撃されるのを甘んじて受けているって感じだった」

「………へぇ」

 

 正直驚きを隠せない。

 俺が攻撃を防ぐのをそんな解釈されるとは思わなかった。

 

(………でもこのままじゃ、さすがにまずいよな)

 

 正直なところ、ISで戦えなくても問題ない。でもそれじゃあ体を張ってもらったケイシー先輩に面目が立たない。

 

(………ちょうどいいか)

 

 ちょうど試したいこともできたし、俺は凰に再戦を申し込むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エネルギーを補給した俺たちは再びアリーナ内に滞空する。

 

「次、手加減したら承知しないからね」

「できるだけ努力するさ」

 

 開始のブザーが鳴ると同時に凰が突っ込んでくる。さっきと同じパターンだった。

 俺はそれに対し、近接ブレード《葵》を同時に6本展開した。

 

「それはちょっと、無駄じゃないかしら?」

「だと思うだろ?」

 

 俺は今、人差し指と中指、中指と薬指、薬指と小指のそれぞれ間に《葵》を、それを両手で行っていた。

 だけどそれは凰が言った通り無駄であり、そしてこうやって持つ方法は一般人ならば持続しない。

 繰り出される《双天牙月》がぶつかると同時に力を緩め、自分が上に逃げると同時にすべてを放す。

 

「逃がさないわ!」

 

 甲龍に搭載されている第三世代兵器《龍砲(りゅうほう)》から衝撃砲が射出され、それを盾で防いだ。

 

「また同じパターンね!」

 

 凰はすぐに俺の右から回り込もうとするが、それよりも早く盾を凰に向けてぶん投げた。

 

「ちょっと変えたからって―――」

 

 盾を回避して俺に《龍砲》を向ける凰。

 

 ———ガシャンッ

 

 自分の手元から聞きたくない音が聞こえながらもそれを凰に向け、引き金を引いた。

 銃口から発射された弾丸が一直線に凰の横を通り過ぎ、彼女の顔がこわばった。

 

「い、今の―――」

「スラッグ弾だよ。しかもIS用。さっき言ってたように絶対防御で守られるから衝撃だけしかないだろうけど―――

 

 

 ———内臓ぶちまける感触を味わえるかもしれないね」

 

 自然と凰が恐怖する顔を楽しんでいる自分がいる。

 だけど凰は恐怖を振り払い、お返しとばかり《龍砲》によって精製された衝撃弾を小威力で連射してくる。

 俺はブーメランを両手に一本ずつ展開して時間差を開けて投げた。

 

「そんな武器が当たるわけない―――」

 

 そっちに意識を割かせるのが目的だと気づいた凰は避けると同時に俺を探す。もはや飛行に慣れ始めてる俺はスピードを上げており、さっきの戦闘の倍のスピードで移動し始めていた。感覚的に早く感じるだろう。

 

「逃がさないわ!」

 

 衝撃砲は砲身と砲弾が見えないと聞いたことがあるが、それでも最終的にはこっちに当てるように狙うはずだ。

 

(ならば、的を絞らせないようにすればいい)

 

 上、上、下、右、右、左、下、上、左とランダムに動いて凰を戸惑わせる。

 

「ちょ、ちょこまかと!!」

「それが俺のとりえなんでね!」

 

 そうじゃなければ冗談抜きで今頃ここにいない。

 凰がイライラし始めたころを見計らい、俺は凰の後ろから奇襲をかけた。

 

「そこ!!」

 

 ———ギンッ!!

 

 俺はとっさに《葵》を展開して《双天牙月》を受け止めた。

 

(こいつ、反応が早い)

 

 ただの考えなしのバカではないな。戦闘に慣れてるからか、対応が早い。

 

「落ちなさい!」

 

 《双天牙月》で俺を押すと同時にアンロック・ユニットのハッチが開き、見えない砲弾が連射される。それを《バウンド》で防ぎながらも―――そのまま突撃した。

 

「はいっ?!」

 

 予想外だったのか、凰の動きは硬直する。その隙に俺は盾でそのまま突撃をかけて凰の顔面を潰そうとした。

 

 ———ガンッ!!

 

 砲弾で押された挙句に《バウンド》と凰の間を《双天牙月》が割り込むように入ってきて、防がれた。

 そこで俺は凰に聞こえるように降参を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間も時間だったので俺たちは整備ロボに任せて休憩室に移動し、さっきの戦闘の反省会を始めることにした。

 

「アンタ、思ったよりやるわね。しかも盾で突撃なんて度肝を抜かれたわ」

「そりゃどうも」

 

 そう返しながら俺は折り畳み縮小式ホワイトボードを出してさっきの凰の欠点を出す。

 

「今回戦ってわかったが、凰は突然の行動には弱いな。まぁそれはほとんどの奴に言えるが」

「それもそうだけど、いくらなんでも盾で特攻は考えられないわよ」

 

 確かにそうかもしれないが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 俺は練習前に探していた動画を、空中投影ディスプレイに映して凰に見せる。

 

「これって」

「織斑の初陣戦の戦闘動画だ」

 

 そこには初めての操縦にも関わらずに平然と操縦する織斑の姿があった。

 

「ちなみに織斑はこれが三回目の搭乗らしい。まぁ、実際のところ1回目と変わらないだろうが」

 

 そう答えると凰は何でもないように言った。

 

「別に珍しいことじゃないわよ。アイツ、なんだかんだでやると決めたことはやり遂げているし。それに、もしかしてそういう才能とかがあるんじゃない?」

「だからって不必要に喧嘩を売って俺まで巻き込んだことに違和感を感じないのはどうかと思うけどな」

 

 愚痴をこぼすと凰は織斑をフォローするように言った。

 ともかく今は織斑対策をすることだ。織斑からオルコットに代わることは滅多にないことだからしなくても大丈夫だろう。

 

「話は戻すが、問題はそこだ。この動きを見て思ったが、織斑はまともなことを教えてもらっていないからか、イレギュラーな動きをする」

「……言われてみればそうね。あと、武装が近接ブレードだけみたいね」

「……いくら初心者って言っても銃は使おうとするもんな」

 

 当たる当たらないかはともかく、普通の人間ならば銃メインで使うオルコット相手には銃を使って警戒し、距離を詰めるだろう。

 だが映像の織斑はそれを一切せず、映像でもオルコットに指摘されて「これしかない」と言った。

 

「言った」

「言ったわね」

 

 俺と凰は次いでそう言い、織斑が武装を追加するかどうかを予想した。

 

(いや、するのか?)

 

 オルコット辺りが入れ知恵をしているならばもしかしたらとは思うが、織斑の近くには篠ノ之もいるし、「男など、剣一本で十分だ」とか言いそうだ。

 

「ということは織斑のISにはこれだけしか搭載されていないのか」

「でも、いくら何でもそれはないんじゃない? 譲渡されたばかりならばともかく、それにこれって初期設定でしょ」

「………でも、初心者が一日や二日練習したところでまともな射撃センスを身に着けられると思うか?」

「ないわね」

 

 だとすれば後は織斑のISの機動力を警戒すればいいだけの話か。

 

(凰は嫌がるかもしれないが、挑発の仕方でも教えておこうか)

 

 そうすれば間違いなく勝てるだろと思い、俺は凰にそう提案しようとすると、後ろから聞き覚えのある声に怒鳴られた。

 

「あなたたち、一体そこで何をしていますの!?」

 

 振り向くとそこにはオルコットがおり、俺たちを確認したからか少し睨んでいる。

 

「ゲッ、アンタは―――」

「俺たちが何をしていようがオルコットには関係ないだろうが。別に性行為をしているわけじゃないんだし」

 

 恥じらいなくそう答えると凰もオルコットも顔を赤くした。しかしオルコットは何かに気づいたかのような顔をして、ツカツカとこっちに近づいて俺が持つ空中投影ディスプレイを取ろうとしたのでそれを回避する。

 

「その映像、あの時の戦いですわね。どうして彼女に見せる必要があるんですの?」

「とか言って、本当は理由を察しているんだろ?」

 

 意地悪く聞き返すと、オルコットは俺を睨みつけた。

 

「まさか、わたくしたちを裏切りましたの?」

「俗にそう言われるだろうな。ま、一組に俺の味方がいるわけがないがな」

「ですが一夏さんはあなたのことを友達と思っていますわ!」

「それは向こうが勝手に思ってるだけだろ。俺はアレが友人だなんて一度も思ったことはない」

 

 というかありえない。経歴や自分がやったことを見直してからそう思ってもらいたい。

 

「まさか、ここまで落ちるとは思いませんでしたわ。最低ですわね、あなた」

「何とでも言え。ま、言ったところで何かが変わるとは思わないけどな」

 

 するとオルコットは何かを呟いてどこかへと行った。「ルシー」がどうこう言っていたが、何のことだろう。

 

「……本当によかったの?」

「別にいいさ。クラスに敵しかいないし」

 

 まぁ、オルコットが何をしたところで俺に何か影響があるのかと言われれば「ほとんどない」だしな。

 とはいえこのまま話すような雰囲気ではないので一時解散ということになった。



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#18 クラス対抗戦/縁の下の者たち

 俺が一組を裏切ったことは、瞬く間に学園中に広がったらしい。

 少なくともあの後すぐに広まったことは確実で、朝登校したら俺の机はなくなっていた。

 それを見て周りの女尊男卑思考を持つ女たちは笑っていたが、俺があることを言うと顔を曇らせた。

 

「ふむ。この教室には俺の机はない………つまり俺は学校に通う必要がなくなったということか」

 

 合法的にサボれることに喜びを感じた俺はすぐに教室を出て自室に戻る。後ろで学園内では珍しい男の声が聞くことがあったが、そんなことよりも俺にはやることがあったので完全に無視。……改めて考えたら凰のこと以外だと勉強しかなかったから一日暇をしていたのかもしれない。

 とはいえ、俺だって毎日休めるほど勉強に余裕があるわけではないし、何よりも更識に借りを作るのが癪だったので二日目は普通に授業を出るつもりでいた。

 何があったかはわからないが、元通りに席が戻っていた。………流石にあの机は高いからなぁ。

 

(………睨まれてるなぁ)

 

 帰ったその日にため息を吐きながら呆れた顔をして美人を台無しにした更識から聞いたが、どうやら織斑先生がそのことで聞いたらしい。更識から俺のしたことに対する行為は暗黙の了解となっているし、クラス対抗戦ではクラスの結束を強めるのもらしいが、俺はそういうものを根底からぶっ潰したわけだ。

 教師だからか、はたまた凰を泣かした経緯とその後の対応を知っているからそう行動したのかもしれないが、ありがた迷惑である。というか恩着せがましい気がする。いずれ「してやったのだから手伝え」とか言われそうだ。

 とか思っていると日は進み、クラス対抗戦当日を迎えた。

 

(……今日もいるのか)

 

 昨日の内に凰に織斑対策は伝えている(そのたびに心配されている)し、今日は一人でまったりのんびり試合を観戦していると、少し離れたところから視線を感じている。

 ここ数日、よく俺と一緒にいた布仏は俺と距離を開けていた。おそらく更識がそう指示したんだろうが、元々一人でいること自体何の苦にもなっていない俺には関係ないことだから特に気にしていないが、こんな接近のされ方をされると反応に困る。

 今日の試合会場の第二アリーナには生徒たちで満席となっており、入りきれなかった生徒は外で見るらしい。全学年ぐらい余裕で入りそうだと思うんだがな。俺みたいに自ら外で見ることを選んでいる奴でもいるだろうか。

 

『一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ』

『雀の涙くらいだろ。そんなのいらねぇよ。全力で来い』

 

 全く、安く見られたものだ。

 俺が着く前ならばともかく、まだ粗削りとはいえ凰のそういう意味での調教は住んでいる。ただ感情で動くだけのお前とは元からそうだが能力もすべて違う。少なくとも、動かして数か月程度の操縦者如きには、好きな男が相手とは凰は後れを取らないはずだ。

 

『一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる』

 

 本当はしたくなかったが、織斑のことは調べさせてもらった。

 ほとんどは凰やハミルトンに情報収集を任せ、俺はその情報を編集し、まとめただけだが。

 

『そして悠夜は、その手のやり方に詳しかったわ』

 

 その言葉で近くにいた奴らがあらかじめ俺がいたことを知っていたからか、一瞬でこっちを見る。おい凰、お前は俺の株を上げるために言ったのかもしれないけど、今のところ憎悪しか感じないんだけど。

 

(少なくとも、俺はあくまで凰の機体ができる範囲でしかアドバイスをしなかったんだがな)

 

 ため息を吐きながら、試合開始のブザーが鳴って攻撃を仕掛ける織斑を見る。

 そして凰がその初手を絡めて防ぎ、そして下に投げると同時にある程度溜めた《龍砲》で撃ち落とす姿を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《龍砲》ってどうやって使ってんだ?」

「へ?」

 

 数日前、俺は凰のトレーニングに付き合っていると気になることがあったのですぐに質問すると、間抜けな返事が返ってきた。

 

「いきなりどうしたのよ」

「いや、《龍砲》を効果的に使う方法を思いついたんでな」

 

 おそらく凰が嫌うやり方だろうけど、そんなことを言っている暇はない。というか言わせない。

 

「ただ、そこに当たるように狙って撃ってるって感じね」

「じゃあ、ある程度は意識しているってわけか」

「まあね。でもそれがどうしたのよ」

「対近接対策にちょっといい方法を思いついたんでな」

 

 すると申請が通ったのか、ハミルトンがアリーナに現れた。

 

「お待たせ、二人とも」

「丁度いいところに来たな。早速だがこっちに来てくれ」

 

 ハミルトンはこっちに来て、俺の前に立つ。

 

「何かしら」

「凰、今からハミルトンが突撃するから、お前は初手を防いでほぼ最大出力の《龍砲》でこいつを叩き落せ」

「「は?」」

 

 俺の言葉が冗談とでも思ったのか、そんな返事をしてくる二人。

 

「ん? 日本語がわからなかったか?」

「いや、そうじゃなくて……どうしてティナを叩き落さないといけないのよ」

「作戦を考案したんだから見ておいた方がいいだろ。で、凰は攻撃する方だし、必然的にハミルトンになるわけだ」

 

 本当は織斑とかにしたいんだが、対策を練られるのも厄介だからな。

 

「それにだ、もしかしたらハミルトンの胸が小さくなるかもしれないだろ」

「いくら何でもそれで小さくなるわけ―――」

「やるわ」

「待ってリン! それはおかしいわよ!!」

 

 有無を言わさず戦闘態勢に入る凰。少しハミルトンに同情したので、一度撮影して成功してからは凰にそれを意識させて俺で練習させることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――管制室

 

「な、何だあれは!?」

 

 普段では教師と一部の生徒しか入れないそこに、珍しい顔ぶれがいた。篠ノ之箒とセシリア・オルコットだ。

 その二人が入れたのは織斑千冬の計らいであり、これまで弟である織斑一夏の練習を手伝ったことも関係しているだろう。

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃自体を砲弾化して打ち出す、中国製の第三世代兵器ですわ。しかし、あんな使い方をするなんて……」

 

 開幕直後に鈴音が見せた叩き落しを意外に思うセシリア。

 

「おそらく桂木の入れ知恵だろうな。凰のことは私も知っているが、あんなことを考えるとは思えない」

「それにしても、どうして桂木君は凰さんに付いたんでしょうか?」

 

 なんとなく口に出した一年一組の副担任を務める山田真耶の疑問を、千冬が変わりに説明した。

 

「どうやら織斑と口論があったらしいですが、その辺りはお前たちが理解しているだろう?」

「え、ええ」

 

 急に話を振られたセシリア。画面に没頭している箒を小突いて意識を千冬の方に向かせた。

 

「ですが、何故彼が凰さんに付いたかはわかりませんわ」

「………確かにな。普通ならばクラスを裏切るとは思わない」

 

 セシリアに賛同する形で箒は公定する。

 

(だが、桂木は対抗戦に興味を示していなかったな)

 

 今日まで千冬が何もしなかったわけではない。クラスメイトたちがしようとしていた報復もそうだが、対抗戦までの間でできるだけ時間を作って何度か悠夜と二者面談をしたことがあるが、本人はまるでそれが時間の無駄だと言わんばかりに勉強道具を持って来ていた。

 

(確かに男子二人はIS関係の勉強は遅れを取っているが、わざわざ持ってくる必要もないだろう)

 

 そのことを思い出して苛立つ千冬。真耶が恐る恐る声をかけると千冬から出ていた殺気がなくなった。

 

(やはり、更識からなんとしても聞いていた方が良かったか?)

 

 裏の人間である生徒会長に応援を何度も頼んだが、日が経つに連れて楯無から飛ぶ視線は厳しいものになっていった。

 ちなみに楯無本人も早目に一夏と接触しようと思い始めているが、十蔵からストップがかかっているのでそうすることができなくなっている。

 

 実際、千冬は自分に対する悠夜の態度が悪いことに対していたが特に注意することもせず、むしろご機嫌を取って仲良くなろうとしているが、一向に進展がなかった。

 

(………考えてみれば、向こうから寄ってくることが多かったな)

 

 時たま見せる一夏同様、周りにいる人間から千冬が老いた風に感じられた瞬間、ディスプレイに「アリーナのバリアが突き破られたこと」が知らされた。

 

 

 

 

 

―――少し前

 

 箒は同意を示すとすぐに画面を注視する。

 そこには防戦を強いられる一夏と、その状態を作り出す鈴音の姿が映し出されている。

 

(あの女の行動、徹底されている)

 

 最初に叩き落されて以降、一度も一夏は宙を飛んでいない。その原因である鈴音は悠夜の指示であり、箒はそれを瞬時に当てた。

 

(……どこまで汚い奴だな)

 

 正々堂々戦うべき。それが彼女が持つ信念だった。

 そもそも彼女は生まれ育った環境ゆえ、あまりこういった戦法を好きではない。それに戦っているのが一夏ということもあり、彼女の悠夜に対する怒りは積もっていくばかりだ。

 おそらく鈴音と戦っているのが一夏ではなく悠夜だったら、「もっとしっかりしろ」と思うことだろう。そしてそれは箒だけでなく、周りの生徒たちも同様だった。

 

(大体、何故あの男は凰に肩入れをした)

 

 箒自身も一夏の鈴音に対する態度はどこか違和感を感じていたが、それもチャンスだと思ってるからこそフォローも何もしなかった。それに彼女が一途なところもあり、セシリアという身近なライバルがいる以上、下手な寄り道ができるだけがない。

 そして悠夜にはその余裕があり、違和感を感じたからこそ鈴音に付いた。これは悠夜の日頃の立ち振る舞いと知識量もそうだが、箒自身が今まであまり他人との交流がなかったことの方が要因が大きいかもしれない。

 

(……ああ、もう!)

 

 じれったくなった箒が玉砕覚悟で真耶からインカムを奪って指示を送ろうとしたとき、アリーナ全体に強大な振動が襲った。



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#19 逃げ遅れた者は危険フラグ

―――第二アリーナ付近

 

 カウンターからの叩き落とすという、とある携帯可能な獣たちを駆使するRPGですらもほとんど見られない技を披露した凰の姿を見た俺は満足げな笑みを浮かべているだろう。俺があそこまで苦労したんだからその成果を見れたのは素直に嬉しい。

 

「———ねぇねぇ、かっつん」

「うわっ!?」

 

 急に話しかけられた俺は思わず激しく反応してしまう。

 

「な、何っ!?」

「いや、なんでもない」

 

 しかし何でこんなところに? さっきまで遠くから観察するだけだったのに。

 なんて思っていると答えという概念に当てはまるであろう人たちがすぐに現れた。

 いきなり飛んでくる蹴りを、体を左方向に転がして回避しつつ立ち上がると、徒党を組んで現れた奴らの顔ぶれを見る。全員見覚えがあると思ったら一組の人間だった。

 

「えっと、何か用?」

 

 裏切り行為ぐらいしかないんだが、今更その報復に来たのだろうか。……ありえる。

 

「何って、制裁しに来たのよ」

 

 予想通り、そう反応する一人を見た俺はため息しか出なかった。……そこまで予想通りに行動しなくてもいいじゃない。

 そもそも、そういうのは篠ノ之やオルコットがすると思ったが。

 

「制裁ねぇ。そんなことより、高が男一人すら自分たちの魅力で落とせなかったことに対して反省したら? ましてや俺みたいなどこにでもいる一般人一人落とせないようじゃ、織斑を振り向かせるなんて夢のまた夢だと思うけど」

 

 正直なところ、織斑に対しての恋愛攻略ならば今の俺には成す術はない。もっと言えば俺の方が簡単に落ちるのに、それすらしないなんてな。

 

(いや、むしろ―――)

 

 ———ヒュッ

 

 灰色の物体が俺の横を通り過ぎる。気づかなければ即死……はないと思うが、危なかっただろう。

 

「は? なんでアンタみたいな屑に私たちが体を使わないといけないのよ」

 

 屁理屈をこねるなら、今していることも十分体を使っていると思うけど。

 どうやら全員が各々武器を持っているようだ。

 布仏以外で俺に迫ってきた女たちが円を作り、さっき攻撃した奴が俺を攻撃しようとしたが、その前に倒れた。

 

「「「………は?」」」

 

 わけがわからず、俺も含めそこにいる全員がそんな声を漏らす。

 唯一何の反応どころかさっきから何もしていない布仏がいつもと変わらずニコニコしていた。

 

(いや、違う)

 

 確かにニコニコしているけど、普段のものとはまるで違う。

 俺の場合、よく会っていた年齢詐称をしているであろう祖母がそうだったからわかるが、布仏に纏わりつく雰囲気は殺気だった。

 

「いやー、かいちょーの言う通りだったね~」

 

 まさか……そんなことがあるはずがない。

 おそらくここにいる全員が思っていることだろう。のほほんとしてぬいぐるみとして見ても違和感がない女が、強いわけがないと。

 

「さーて、げんこーはんたいほだ~」

 

 どこかの風紀委員みたいに手錠を回しながらそう言うや否や、彼女は素早く俺の後ろに周る。

 

 ———その時だった

 

 ———ズドォオオオオオンッッッ!!!

 

 上の方からいきなり爆発音がし、揺れが俺たちを襲う。

 

「な、何っ!?」

「何アレ?!」

 

 周囲にいた奴らが口々を上を見てそう叫ぶ。揺れはほんの数秒程度だったみたいですぐに終わったようだ。

 

「……アリーナに対して攻撃か?」

 

 でも普通ならそんなことをしても防がれるだけだろうに………なんて、考えてみればすぐにわかることか。

 

(全員でこの場から離脱か)

 

 IS学園のセキュリティは、おそらくこの世界のどこよりも高いと思われる。そして周囲に目視できる物体はない。

 俺は近くにいる女たちから少し距離を取って打鉄を展開し、ハイパーセンサーでIS反応を追った。

 

「……やっぱり中だったか」

 

 専用機持ちとはいえ初心者で策にはまった織斑では使い物にならない。となると凰が単独で戦うことになるだろう。

 

(援護は……逆に邪魔か)

 

 打鉄は防御型。一応、射撃武器は持っているが俺も凰も自分勝手なところがあるから合わないということもあるが、何よりも性能が違いすぎる。

 言い訳にすぎないが、すぐに学園の部隊が事態を収拾するだろう。

 

(ともかく今はここから全員で逃げること―――)

 

 ———ズドォオオオオオオオオオオオオンンンンンッッッッッッッ!!!!!!!

 

 さっきとは段違いの揺れを俺たちが襲う。

 

(また来たのかよ!?)

 

 地面にいたのですぐに動くことができず、視線だけを落下したと思われる、黒い煙が立っている場所を見る。ここからだと5つの赤い瞳が見え、詳しいことは「所属が明かされていない」ということしかわからない。

 

「全員今すぐ逃げろ!」

 

 後ろに向ってそう叫び、撤退を促す。さっきまで俺に対して危害を加えようとしていた奴らの姿はすでになく、残っているのは状況が呑み込めていない奴らだけだ。

 

「何をしている! 早く―――」

「…………なに、あれ」

 

 所属不明機の方に視線を向けると、煙はさっきよりも晴れていて全貌が明らかになっていた。

 

(随分センスのない姿だな)

 

 だが両手首に付いている銃口……というよりも砲口から出るであろう飛び道具が危険だということは予想が着く。

 視線を逸らすのは危険だろうが、もう一度固まっていた女の方を見ると腰が引けて座り込んでいた。

 

「何をしているんだ! とっとと逃げろ!!」

 

 どうにかして動かそうとするが、それでも動かないようだ。

 すると所属不明機は女生徒の方に砲口を向けた。

 慌ててカバーに入って《バウンド》を使用し、飛んできた熱線を防ぐ。

 

(もうこんなにボロボロなのかよ)

 

 大型シールドがこんなんじゃ、この機体でもそう長くは耐えられないぞ。

 

(こうなったら仕方がない)

 

 あまり大声を出すのは得意じゃないんだが、ほかにもその場から離れられない女たちが腰を引かせている以上、鼓舞的なものは必要ないだろう。

 

「いい加減にしろよ貴様らぁッッッ!!!」

 

 拡声モードが自動でONになっているようで、思っていたよりも声が響く。

 

「さっきから見てればどいつもこいつもただの屑か! 男アンチ気取るならば同性ぐらい助けろや! 大した根性ねぇくせに「強い」とかほざいてんじゃねえぞくそボケ共がッ!」

 

 その声で逃げようとした何人かがこっちを見て、また、さっきまで腰を引かしていた奴らが俺を睨んでくる。我ながらナイスな暴言だったと思う。

 

「な、何ですって!」

「根性無しはアンタでしょうが!」

 

 全員が活気づき、動けない人間も連れていき始める。たぶんこれで俺の永遠のボッチは決まったな。

 

【警告! 所属不明機にロックされています!】

 

 ハイパーセンサーにそう表示される。どうやら奴はやる気らしい。

 すると警告は解除された。

 

(? どういうことだ?)

 

 増援が来るとしてもしばらくはかかるはず。そう思いながら辺りを見回していると、後ろから布仏の叫び声が飛んできた。

 

「———かんちゃん!」

 

 咄嗟に所属不明機が向けている砲口が狙う場所を予測して確認すると、そこにはどこか見覚えがある少女がアリーナの入口付近で震えていた。どうやら布仏はそいつを助けようとしているらしい。

 

(……どいつもこいつも……)

 

 あれだけ威張ってるんだったらまともに動けよ!

 そう言いたくなった衝動を抑え、すぐさまその女を守るために間に入り、飛ぶ熱線を防いだ。

 

「何をやってるんだ! とっとと逃げろ!!」

 

 どうせいたって何もしないのに。邪魔ばっかりだけはして。

 アサルトライフル《焔備》を展開して第二アリーナ管制室に連絡を取る。

 

「聞こえるか管制室! 応答しろ!」

 

 しかし向こうからは何の返事もなく、ただノイズのみだ。

 

(……まさか、あの機体が妨害しているのか?)

 

 もしくはさっきの機体が、だ。洒落にならないビームと、しかもジャミングですか。

 

(…………生きて戻れたら、絶対に俺の理想を体現してもらおう)

 

 むしろ生徒を守ったんだから多少の称賛はあるだろうと期待しながら、仕方なくその機体の注意を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはどこかにあるとある移動型研究所。そこには空中投影型のディスプレイが所狭しと並んでいた。その中でも二つだけは大きく映し出されており、左には一夏と鈴音が、そして右には悠夜がプロフィールと共に表示されている。

 それは今交戦しているのは彼女の関係者か同義の何かの証拠でもあるが、生憎そこを撮影している人間はいなかった。

 それを見ている女性はブルーのワンピースの上に白いエプロンを付け、そして頭には白ウサギのカチューシャをしていた。そのカチューシャは機械でできており、時折彼女の感情と同期して動いている。

 

「うーん、やっぱり邪魔だなぁ」

 

 一夏は二人で戦っている自分が作った作品を、悠夜の方はシールドとブレードを駆使して防御、回避と繰り返していた。総ダメージでは一夏たちが勝っているが、シールドエネルギーの残量は作品の前に戦っていない悠夜の方が残っていた。

 本来動かす男は一夏一人のはずで、桂木悠夜という男が動かすなんてありえるわけがなかった。今もどうして動かしている理由も検討が付かない状態だからこそ、この事件を影で起こしているのだ。

 

「まぁいいや。それよりもいっくんだね」

 

 ディスプレイが一つ消失し、一夏と鈴音が映し出される。

 そこには順調に育つ彼の姿が映し出されており、その女性―――篠ノ之(しののの)(たばね)は一瞬で上機嫌になった。

 現在IS学園の通信以外は彼女が掌握しており、観客席にいる生徒が閉じ込められているのは彼女の目論見の一つだった。

 今の世界は女尊男卑という女優位の世界になっている。今も学園内にそんな考えを持つ生徒や教師はもちろんいるが、その中で一夏が活躍すればどうなるか、彼女には予想が着いていた。

 もっとも一夏にもこれをぶつけたのは一つ理由がある。

 

「あ、箒ちゃん」

 

 管制室から出てくる自分の妹の姿を見つけた束は「予想通り」といわんばかりに笑い、投影されたキーボードを操作した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、第二アリーナピット前扉ではまた別の戦闘が行われようとしていた。

 

「いい加減にしなさい」

 

 そこには部隊長を務める楯無と、打鉄やラファール・リヴァイヴを装着している戦闘に秀でている生徒と教師の部隊員たちがにらみ合いをしている。

 

「今するべきことは戦ってる人たちの援護。でも織斑君たちはいくら破ろうにも扉が厚く、ほかの生徒たちを逃がそうとしては「外からだと危ないから控えるべき」って言ったわね」

 

 楯無の専用機『ミステリアス・レイディ』には《蒼流旋(そうりゅうせん)》という先端から少し後ろに四門のガトリングガンが搭載された槍があり、それをベースに第三世代兵器『アクア・クリスタル』から放出されるナノマシンが含まれた水を使用して小型気化爆弾4個分に相当する「ミストルテインの槍」を作り出すことができる。

 それを使えばアリーナの扉を壊すことができるが、破壊行為自体を千冬から禁止されていた。

 

(………だとすれば私たちが優先的にするのは桂木君の救助…なんだけど……)

 

 現在、楯無は部隊員たちに囲まれていた。理由は簡単で、全員楯無が悠夜の救助に行くことを拒否しているからだ。

 本来ならばIS学園の生徒を守るのが役目の彼女らは悠夜も守らなければならないが、全員が全員悠夜に対していい感情を抱いていない。さっきの悠夜の言葉が部隊全員の耳に届いており、これまで中立(というよりも無関心)だった人も全員が敵意を持つようになっていたからである。

 

(自業自得………と言いたいところだけど、どう考えても何らかの意図があってあんなことを言ったとしか考えられないわ。……けど)

 

 いくら何でも内容がひどすぎたのだろう。楯無や、あと二人を除く全員が「助けに行く必要はない」と判断していた。

 どうにか説得しようと口を開こうとする楯無に対して、別チャンネルから通信が入る。

 

『………更識君。今あなたはどこにいますか?』

 

 相手は十蔵であり、多少いらだっている様子だった。おそらく彼も楯無たち学園部隊が悠夜の救援に入ることを期待していたのだろうが、楯無は今の声色からその様子は感じられなかった。

 

「すみません。まだ第二アリーナにいます」

『………なるほど。そうでしたか。……では桂木君のサポートはこちらでしましょう』

 

 現状、楯無は邪魔をする部隊員を説得することしかできない。楯無は悠夜のことを頼もうとすると、付け足すように言った。

 

『しかし残念です。私は更識家が持つ暗部としての未熟な精神は評価していましたが』

「……何が言いたいんですか」

 

 「こんな時に」と楯無は内心付け足すが、十蔵から出た言葉で固まる。

 

『あなたの妹を桂木君が体を壊してまで守っているというのに、あなたはそれを見捨てるというのですね』

「……どういう、こと?」

 

 敬語すら忘れた楯無は目を見開き、意図せず周りに不穏な空気を漂わせた。

 

『彼女、従者と一緒に逃げ遅れたようです。それを桂木君が―――』

 

 最後まで聞かず通信を切った楯無は一人に《蒼流旋》を向けた。

 

「これから桂木君の救援に向かうわ」

「それは必要ないって―――」

「———そう」

 

 ———ガンッ!!

 

 楯無は向けていた相手を《蒼流旋》で殴り、黙らせた。

 

「これは生徒会長としての命令よ。今すぐ桂木君の援護に向かう。行きたくないなら結構。私一人で行くから。……ただし」

 

 ———パチンッ

 

 楯無の手元が音が鳴るや否や、部隊員の一部が吹き飛んだ。

 

「邪魔をするって言うのならば、実力で通らせてもらうわよ」

 

 そして楯無は、目の前にいた部隊員に対して攻撃した。



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#20 相性が成せる戦闘スタイル

(……やっぱり勝てなかったか)

 

 機体損傷は……かなりやばいな。

 あの後、時間を稼ごうとしたがどうにもならず、俺は二人が隠れている入口を塞ぐように座っていた。

 

(……情報は集めたのに、それを知らせることもできないなんてな…)

 

 いくら作戦立案者として目覚めたといっても、それを実行できる機体や装備がなければ話にならない。あるものだけで作戦を考え、突破するなんてそれはあくまで相手の技量や性格を知っていたらの話だ。

 打鉄ではなく、三年前に俺を優勝させてくれたあの機体ならISなんて数秒で片付けられる自信はあるが、ないものねだりしてもしょうがないか。それになにより、あの機体はISがあろうとなかろうと、現代科学で実現させようにもファンタジー要素が多すぎる。グラ○ゾンじゃないんだから。

 

(…………でも、遅すぎないか?)

 

 俺の思考を読んだのか、ハイパーセンサーに時間が表示される。ISの試合は一般的に長くても20分はかからず、あの試合からすでに40分が経過していた。

 様子を見ているのか、敵は動く気配がない。停止しているわけではないが、どうやらこれ以上危害を加えるつもりはないようだ。

 

(確かに俺の戦い方に型なんてないけどさ……)

 

 それでも敵が動かなくなって5分ぐらいは経つ。さすがに不気味に感じ始めているが、それよりも救援の方だった。

 

(いくら何でも、さすがに来るだろ)

 

 確かにアリーナ内からドンパチは辛うじて聞こえる。でも、それでもこっちに回すぐらいの余裕はあるはずだろうに。

 

 ———そんな時だった

 

 ハイパーセンサーに突然顔を「SOUND ONRY」と表示されたウインドウが現れる。

 

『聞こえてる?』

「………何だよ」

 

 声からして女なんだろう。が、随分とタイミングが悪い。

 

『よかった。まだ生きてるわね』

「……だったら何だ?」

 

 本当にイラつかせてくれる。

 無駄に高いというわけではない。ただ、今の状況から女と接することが原因だろう。

 

(邪魔だな)

 

 通信を無理やり切るが、またすぐにウインドウが開いて接続される。

 

『ちょっと! 切らないでよ!』

「………」

 

 こんな状況で一体何だと言うんだ。それとも、作戦か? こんな時に?

 

『それどころじゃないのはわかるけど、ちょっとはこっちの話も聞こうとしてよ!』

「だったらさっさとこっちに救援をよこせ。どうしてか向こうは動かないからなんとかなっているが、この先どうなるかわからん」

 

 早いものに当たる保証がない手榴弾ぐらいしか手持ちはない現状、補給部隊や鎮圧部隊が出るのは当たり前だ。少なくともその場の領域を放棄しない限りはな。

 ましてやここは外だが学園内。いくら何でももう来るはずだろう。

 

『悪いけど、学園の部隊はそっちの救助に向かう気はないみたいよ』

「………は?」

 

 ちょっと待ってくれよ。まだこっちには逃げ遅れてどういうことかそこから動けない生徒が二人もいるんだぞ。それなのに、来ない。

 

「………なんだよ、それ」

 

 仮にも俺は学園の生徒だ。だというのに部隊の奴らは誰一人として来る気はないらしい。

 

(いや、違うな)

 

 考えてみれば俺が間違っていたんだ。

 だってそうだろう。女なんてものは所詮ISに守られているだけの存在。だと言うのに、思いあがった愚かな連中だ。過度な期待をする方が間違っていた。

 

「……やるか」

 

 ふと、思いついた唯一の勝ち方。無謀だが、今この状況で唯一生還できるその方法を採用した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー、なんとか終わったじぇ~」

 

 そう言いながら束は10回お気に自分の肩を交互に揉むと、後は今座っている椅子のマッサージ機能にその身を預けてリラックスしていた。

 悠夜たちの方の無人機が動かなくなったのは一夏たちが相手をしている無人機に束にとってのアクシデントが起こったからである。

 

(いやぁ、まさか箒ちゃんに攻撃を向けるなんて思わなかったよ)

 

 その設定を改変し、同時進行で中継室に張られているバリアの質を遠隔で上げた。あそこで一夏が特攻をしていなくても大丈夫なように、そして特攻しても間に合うように対処していたのである。

 

「あ、忘れてた」

 

 彼女にとってはそれなりにリラックスしたようで、すぐもう一方の方に意識を向ける。

 画面の向こうでは悠夜が対IS用手榴弾を手に持って接近していたが、束と、彼女が操る機体にとってそれは脅威ではなかった。

 

「まっさかぁ、もう自爆?」

 

 「やけになったのかなぁ」と続ける束だが、彼女はむしろ好都合だと思っていた。

 

「まぁ、余裕だけど」

 

 束はキーボードで操作し、彼女が作った無人機を回避させる。

 するとスピード越しに爆発音が彼女のラボに轟かせた。彼女はすぐに異常を調べると、左腕が破壊されたという表示があった。

 

「でも、アレの腕も壊れてる―――」

 

 だが悠夜の打鉄にはそんな損傷は見られず、無人機によって痛めつけられた傷以外は損傷はなかった。

 不思議に思いつつも束はそこから退避して撃つと悠夜はそれを回避。

 

(……今の、何で―――)

 

 さっきの攻撃、悠夜は見ておらず体だけを動かして回避したのだが、束にはそれが理解できなかった。

 だがそんな思考はすぐに払い除け、悠夜を殴ろうと接近する。

 

 ———ズガンッ!!

 

 途端にラボ中を警告アラームが鳴り響く。画面には「所属不明の戦闘機を確認」と表示されていた。

 

「な、何なん―――」

『………のろま共が―――え?』

 

 束は悠夜の発言が信じられず、彼の視線の先を確認する。そこには確かに戦闘機が飛んでいたが、すべての国が開発しているどの戦闘機の型にもはまらないものだった。

 

『………冗談だろ?』

 

 いよいよ束は悠夜が何を話しているのかが気になりだし、コア・ネットワークに接続して悠夜が使用するコア『No.96』にアクセスした。その間、わずか10秒である。

 

『———何も、あれが支援物資よ』

『戦闘機にでも乗れって? 俺は戦闘機の操縦経験なんてな―――』

(まぁいいや、落としちゃえ)

 

 まだ使える右腕の砲口から戦闘機に向けて熱線を飛ばす。だが―――

 

 ———クイッ

 

 野太い熱線が急に進路を変え、彼方へと飛んで行った。

 

『………ああ、これ、そういうことか』

 

 その声の主―――悠夜はすでに滞空していて、後ろにいる戦闘機を守るような立ち位置にあった。

 

(もう、邪魔だなぁ)

 

 殴り落とすために束は戦闘機の下へと移動。そこから殴ろうと上昇させるが、危険を察した悠夜は体を横にひねった。

 そこで束にとって理解し難い事が起こった。

 まるで悠夜の動きに追従するように戦闘機が軌道を変える。

 通常、戦闘機が突然機体を変えることなんて不可能である。ましてや、転回せずに90度を車体を変えずになど不可能だ。

 それを今、悠夜はそれをやってのけた。

 

『なるほど……もうこれは勝つしかないわけだ。まぁ、勝てるけどな』

 

 ———勝利宣言

 

 さっきまでの弱々しい表情は完全に消え、瞳は髪の間から見える程度では光を失っていた。

 

「戦闘機が着いたからって、勝てるわけがない」

 

 束はそう判断し悠夜に対して攻撃を仕掛けるが、悠夜は先ほどからは考えられないほどの機動力を見せる。

 

『……やっぱり、俺はこれくらいでちょうどいい』

 

 スピーカーから悠夜の声が響く。それを聞いた束は余計にわからなくなり、悠夜の意図が読めなくなった。

 

(どっちみち、落とすからいいけどさ)

 

 瞬間、無人機の左方に光が走り、画面では悠夜の後ろで何かが爆散した。

 カメラアイでそっちを見たら、今度は完全に腕が消失している。

 

『………なるほど。打鉄のウェポンセレクトで少し絶望的になっていたが、ようやく時代は俺のロマンに付いてこれたというわけか』

 

 どういうわけか、悠夜が纏う打鉄の右手からはビームが伸びている。どうやらそれで無人機の左腕を完全に消失させたらしい。

 

『しかしどういうことだ? さっきから肌色が見えない』

 

 だが悠夜の顔には(実際には書かれていないが)「どうでもいい」と出ていた。

 

『まぁ、この際中身のあるなしなんて些細なことだ。どうせお前は今の俺に勝つことなんてありえない』

 

 その言葉が束の逆鱗に触れ、束は無人機を悠夜が先程まで座っていた場所に飛ばした。

 

(さっきの二人を殺して自分がどれだけ無力か教えてやる)

 

 すぐに気づいた悠夜は無人機の妨害を試みるが、元からある機動力と束の操縦技術の高さからあっさりと回避された。

 

『やめろ! そいつらは関係ない!!』

 

 さっきまでの余裕はどこに行ったのだろうか、悠夜から悲痛な叫びが飛んだ。

 だからこそ、束は勝利を確信した。これで悠夜に勝てると。そう。彼女はまだ気づいていないのだ。

 

 ———自分がハッキングして聞いていたはずの二人の会話が途切れていることに

 

 本音が友達を助けようとしたところは長い廊下から出られるように設けられた出入り口であり、ぽっかりと空いた四角い部分から左右とも少し歩かないと入口がない。

 それはちょうど荷物の運搬にも使われるからかISも入れるようになっていて、もちろん無人機も入れた。

 

「そこ!」

 

 だが、画面には何も映っていない。

 慌てて束はもう一方にも右手の砲口を向けるが、そこにも誰もいなかった。

 

「…………何で?」

 

 瞬間、画面に一瞬だが何かが横切った。そのせいか今度は無人機の右腕が完全に吹き飛んだ。

 

『いやぁ、我ながらすごい演技だ。これなら世界にこの名を馳せることもそう遠くはないだろうな』

 

 そう言いながら悠夜は持っていた武器を背中に戻す。彼の顔は元に戻っており、さっきまでの泣きそうな顔はもうない。

 

(…………まさか)

 

 空中投影キーボードを叩き新たなパーツを生成、そしてそれを展開させた。

 

(まぁ、こんな芸当をできるのは束さんぐらいだけどね~)

 

 確かに束の目論見通り、悠夜はその予想をしていなかった。だが悠夜にとってそんなことはもうどうでもよかった。

 だが彼は笑い始めた。

 

『………まさか、こんな形で抗ってくれるとはな』

 

 瞬時に調整を済ませた束はすぐに悠夜に向けて熱線を放つが、悠夜はいとも容易くその攻撃を回避した。

 さらに右手にライフルを展開し、威力は少ないが的確に右手の砲口を撃ち抜いた。

 

『うれしい……が、まさかその程度の回復で俺の心を折れるとでも思ったのか? だとしたらつまらないな』

 

 そしてライフルを消すと同時にまっすぐ飛び、背負っている対艦刀らしきものを抜いて左腕を切り落とした。

 

『襲うならばちゃんと俺のことを調べておくべきだったな』

 

 束は無人機をその場から移動させ、再び腕を修復させた。

 だが今度が腕にはブレードが用意されており、今度は「こっちの番だ」と言うかのように仕掛けた。けれど――それすらも無駄になった。

 

『何故なら俺は―――』

 

 そして悠夜はもう一本ある対艦刀を抜き、抜いていたもう一本と非対称に連結させ、

 

『———オタクで―――』

 

 右腕を落とし、左から発射される熱線をしゃがんで避け、

 

『———頭が切れる―――』

 

 そして左腕を連結した対艦刀を振り回して細切れにして使えなくし、

 

『———探究者だからなぁあああああッ!!!———』

 

 そして戦闘機から二本のノズルが伸びると同時に八本のミサイルが発射され、ノズルから熱線が飛んでそれぞれ胸部と腰部を撃ち抜く。

 さらに止めと言わんばかりに先ほどのミサイル群が無人機を襲ったのだった。



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#21 理事長の小さくて大きくない(?)野望

※最後から少し付け足しました


 夜。クラス対抗戦での乱入事件の収拾がついた頃、更識楯無は学園長室に向かっていた。

 そしてドアに前に立った楯無はドアをノックすると、「……どうぞ」と返されたので中に入ると、彼女はすぐさま回れ右をして出ていきたい衝動に駆られた。

 

(……来る時間、間違えたかしら)

 

 時間はすでに午後8時を回っているが、それでも先ほどまで処理などをしていたこともあって起きているという点では問題はないし、何より今回は集められた側である。

 だが楯無が逃げ出したいのも無理はない。何故なら学園長室にはとある人物が稀に見る殺気を放っていたからである。彼女ともう一人呼ばれた織斑千冬が今もそこにいられるのは何度も強敵と戦い、生き残ってきたからだろう。修羅場を潜ってきた裏の人間ならばともかく、生徒ではまず彼―――轡木十蔵の殺気に耐えられる者なんてまずいない。

 そもそも男でありながらIS学園の理事長を務められるのは運もあるが彼自身の実力が大きい。

 当時、理事長になろうとするものは一般人も含め女性が幾人もいたが、その中で彼が選ばれたのだ。それも殺し合いで。

 

「つまり、今回の部隊員の件は水に流せ、と?」

 

 会話の内容から今回の不祥事でもある部隊員の命令無視だろうと楯無は考える。

 

「………そうですか。でも、桂木君のことはきちんと耳に入っているので――――――はぁ、そうですか」

 

 ———ピシッ

 

 受話器にひびが入ったようで、白い何かがパラパラと落ちるのを楯無は見逃さなかった。

 

「そうですか。では―――」

 

 そう言って十蔵が受話器を置くと、受話器が真っ二つに折れてしまった。

 その惨状を見た二人は震えずにいられなかったようだ。

 

「すみません、二人とも。電話が長引いてしまって」

「い、いえ、お気になさらず………」

 

 「できれば殺気の方に気を遣ってほしいです」というのが二人の本音である。

 

「さて、お二人をお呼びしたのは他でもない。桂木君の専用機の件です」

「え? 先程上層部に断られいたのでは?」

 

 千冬が尋ねると十蔵はクスリと笑う。

 

「数字しか見ていない奴らに現場の出来事なんてわかるわけがないでしょう?」

「……それは、そうですが」

 

 その言葉には千冬にも来るものがあったが、さすがに数少ないコアを勝手に回すのは気が引けるところもあった。

 

「それに今回で彼はきっちりと成果は残していますからね。ねぇ、更識くん」

「はい」

 

 そう言われた楯無はふと、少し前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 十蔵から知らされた後、楯無は周りに容赦なく攻撃をしてなんとか包囲網を脱し、現場に向かう。

 そこはすでに戦闘が終了し、立ち尽くす悠夜がいたが、

 

「そこ、すぐにISを解除しなさい」

 

 楯無を追ってきた一人が惨状を見て、悠夜に銃を向ける。

 

「銃を下して」

「何を言ってるの!? 彼は登録されていないISを所持してるのよ!」

 

 確かに楯無から見ても悠夜のISは形を変えている。特に後ろ部分の装備が変わっていて、打鉄でも使えないはずのオプションだった。

 その時、楯無と周りに通信が入る。

 

『今すぐ銃を下した方がいいと思うけど~』

 

 どこか間延びした少女の声。楯無はその声の主に覚えがあり、頭を抱えてしまった。

 

「だ、誰よあなた」

『知ったら死ぬよ?』

「は……?」

 

 通信相手がニヤニヤしているのを楯無には容易に想像できた。

 だが今は頭を切り替え、悠夜に向けている銃を下させる。

 

「すぐに銃を下してください。おそらくあれは味方からの支援だと思います」

「そんなことを言って、アレがもし敵のスパイだったどうす―――」

 

 瞬間、銃を向けていた女性は楯無の方に視線を向けていたからか、突然現れたものに吹き飛ばされた。

 

「———どいつもこいつも……本当に使えない」

 

 その場にいたのは悠夜であり、手には対艦刀を持っている。どうやらそれで殴ったようだ。

 

「遅れてきたくせに随分な物言いじゃねぇか」

「このッ!」

 

 楯無の後ろから別の部隊員が現れ、悠夜に向けて攻撃するが、それらをすべてシールドで防いだ悠夜は楯無の横を通りすぎて周りこむように移動し、部隊員の打鉄のシールドを切断して一度下がった。

 そして悠夜は両手で対艦刀を持ち、そのまま突貫して腹部に剣先をぶつける。その威力ゆえか一気にシールドエネルギーがなくなり、打鉄は解除された。

 楯無はすぐに水の壁を張り、追撃を防ぐ。

 

「いい加減にしなさい、桂木君。さすがの私でもこれ以上は見過ごせないわ」

『……たぶん、もう大丈夫だと思うけど?』

「はい?」

 

 思わず聞き返す楯無だが、それはすぐにわかった。

 悠夜の、損傷が大きい打鉄が解除され、地面に着地した悠夜はそのまま倒れた。

 

 

 

 

 

 確かに実力は申し分ないだろうと思った楯無だが、大半の生徒がそのことについて納得できるわけがない。

 

「ですが、本当にそんなことをして良いのでしょうか?」

 

 千冬がそう尋ねると、十蔵はニッコリと笑みを見せて千冬の方に向いた。

 瞬間、彼の妻でありIS学園の学園長でもある菊代は今すぐ口を閉ざすようにサインを送ったが千冬には届かない。

 

「もし、桂木が専用機を持って狙われたら、防衛は難しいのでは?」

 

 悠夜は確かに素人であり、戦闘能力は低い。それは悠夜自身も認めていることでもあり、周りもそう評価していた。そして数少ない男子だからと言って、二人分の用意がされたら女たちの抵抗が強まるだろう。それに、世界各国の首脳たちが悠夜が専用機を持つことを良しとしなかった。

 そのため、今回のことで悠夜が瀕死だというのに誰一人として悲しむものがいない。

 

「………まぁ、世界は彼が専用機を持つことを望んでいないのは事実です」

 

 静かに、そしてゆっくり十蔵は述べ、菊代はホッとする。

 

「ですが、それではあまりにも不憫なんですよ。実力があるのに専用機を用意されないのは。でしょう、更識君」

「……何が言いたいんですか?」

「彼女も、不憫な存在だと思うんですよ、私は。なので―――彼女をいただくことにしました」

 

 瞬間、菊代は十蔵をハリセンでたたくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら、見知らぬ……いや、見覚えのある天井だった。というか先月普通に寝ていたベッドである。

 

(……もしかして俺、時間を戻したのか?)

 

 ちなみに俺にはそんな能力なんてない。というかそんな能力があるなら真っ先に動かす前に学校を辞めて祖母のところに行っている。

 

「あら、起きたみたいね」

「………」

 

 カーテンが開いていたようで俺の様子に気付いたらしい医者が姿を現す。

 そのせいか俺は近くにあったものをつかんで投げようとすると、その医者が俺の手を掴んでいた。

 

「………まったく。こんなものを使って何をす―――」

 

 つながっていたコードを引っ張ろうとしているのがばれ、頭を掴まれた。

 

「ねぇ坊や、そろそろ大人しく従ってくれないかしら」

「ふざけるな。誰がお前ら()の言うことなんて聞くか」

 

 とりあえずこの女の手首をひっかこうと思った瞬間、彼女から発せられた言葉がこれである。

 

「座れ」

「………はい」

 

 思わず俺は正座してしまい、ガタガタと震えた。

 ちょっと待って? 何で俺は女の言うことなんて聞いてるんだ? しかも何故かこの女に……俺は逆らえない。

 

(一体俺に何が起こっているというんだ)

 

 女なんて所詮はISの陰に隠れた雑魚のはずなのに、どうしてか俺はこの女に恐怖を感じていた。

 

「まったく、ここまで変貌してるとは思わなかったわ。あなたの状況には同情するけど」

「………お前らに何がわかる」

「わからないわね。私、女だし」

 

 そう答えた女は一度自分の机に戻り、何か棒状の物を出して俺の服の中に突っ込んだ。

 

「!?」

「女みたいな反応するわね。でも残念。生憎私は男火照りだけどそこまで食い荒らす趣味はないわ」

 

 何の話だと突っ込みそうになった俺だが、なんとかこらえてジッと女の方を見る。

 

(この女、一体何を考えているんだ?)

 

 疑問を抱きながら目の前の女を観察する。何か、何か弱点はないかと。

 

「まさかと思うけど、年上好き?」

「安心しろ。そのためにアンタを見ているわけじゃない」

 

 拒絶するように言うと、「そう」と答えたその女性は机の上にある電話機を操作し、受話器をとって簡単に会話をしていた。どうやら俺が起きたことを知らせたらしい。

 改めて周りを観察すると、ここは医療棟なのだろう。IS学園は一般の保健室以外に医療設備が整っているところがあるから間違いない。

 そしてもう夕方だ。どうやら2、3時間は眠っていたようだ。

 

「さっきあなたが起きたことを知らせたわ。授業も終わったみたいだし、そろそろ見舞いに来るんじゃないかしら」

「そんな人間、誰も思い当たらないんだが………授業?」

「ええ。授業。まぁ不思議じゃないでしょ。あなたは所々骨折した状態で戦ったんだし、その治療のための麻酔もあったんだしね」

 

 そういうのは問題じゃない。授業ということは、クラス対抗戦は土曜日に行われたから二日は経っていることになる。ただでさえ勉強が遅れているのに、この差は普通に考えてまずい。

 

「ちなみに、あなたは5日寝てたわ」

「……………」

 

 頭が真っ白になるってのはおそらくこのことなんだろう。ヤバい。もう終わった。

 

「…………大丈夫」

「大丈夫。大丈夫だ。ただこの学園のなんちゃら部隊を壊すか、女性優遇制度なんて考えたバカをどうやってミンチに変えるかを考えているだけだ。問題ない」

 

 まったく、やってくれたよあいつら。わざと遅れて俺を瀕死にさせて出席日数を稼がないようにするとは。だが良い度胸だ。策士であるこの俺に喧嘩を売るとは自殺志願者としか思えないな。

  なんて思っていると「コンコン」と何かをノックする音が聞こえた。

 

「入れていいかしら?」

「……ええ、どうぞ」

 

 枕を掴んで構えてからそう答える。何故かため息を吐かれたが、気にしないことにした。

 医者がドアを開けると、そこには織斑と愉快な仲間たち+凰がいた。

 

「ゆ、悠夜、大丈夫か!?」

「………入院している時点で大丈夫じゃないだろ」

「そ、それもそっか……」

 

 「ハハハハ」と笑う織斑。だがその笑い声が気に入らなかった。

 

「だってそうだろう。お前らが複数で相手していた機体をろくな経験も積まずに相手にしたんだ。無傷な方がおかしい」

 

 その言葉の意味を理解したようで、不穏な空気が辺りに充満する。

 織斑は何かを言おうとして口を閉ざし、篠ノ之は俺を睨みつけ、オルコットはため息を吐く。凰にいたってはどうしかとあたふたしていた。

 

「悪いが、君たちは帰って」

 

 女医は唐突に織斑たちそう言った。

 

「え? 何でですか?」

「何故も何も、今あの患者に必要なのは君たちじゃないの。ましてや君がそこまでバカだと思わなかったわ」

「貴様、一夏を愚弄する気か―――」

 

 篠ノ之は女医に噛み付くと、女医ははっきりと言った。

 

「愚弄も何も、相手の力量も見破れずにハンデ云々言うバカでしょう。そしてそっちの金髪は素人相手に決闘を申し込んだアホだったわね」

「せ、セシリア・オルコットですわ! あなた、自分が所属する職場の相手先の名前も知りませんの?!」

「ああ、確かBT兵器と自分を同時に操れないってことで娘に笑われてたね。それに生憎だけど私はこういう重体患者ぐらいしか扱う機会はなくてね。それともイギリスの代表候補生は打たれ弱くちょっとのことでケガをするほど弱いのかしら?」

 

 途端にオルコットは何も言えなくなった。ここで肯定したら自分が弱いと言っているようなものだからだ。

 

「で、そっちのポニーテールがこの前中継室に忍び込んで余計なことをして昨日まで反省室に入っていたんだった。そういえば聴取で「応援するために」とか言ってたんだってね。そして君たち二人とそこのツインテはその男子が―――」

「ちょっと黙って!」

 

 凰が女医の口を塞ぐために飛び出すが、からかうように頭を押さえた。

 

「言いだろう。黙っておいてあげるから君たちはすぐに帰りなさい。もちろん、そこのツインテもよ」

「え……?」

 

 まさか自分も言われると思わなかったのだろう。凰は唖然としていた。

 

「今彼に必要なのは癒し。だが君たちではそれができないと判断した。だから、今すぐ帰れ」

 

 笑みを向けながらはっきりと言う女医。篠ノ之とオルコットで織斑を半ば無理やり引きずり、凰は何か言いたそうに俺を見た。

 

「ゆ、悠———」

「悪いけど凰、後は自分で攻略しろ。俺はもう手を貸さない」

「………わかった」

 

 泣きそうな顔を出ていく凰。この状況で一体どこに泣ける要素があったのだろうか。

 

「そういえば君は、あの子にアドバイスをしてあげていたんだったわね」

「別に。ただの暇つぶしで遊んでやっただけだよ」

「……あなたがそう言うとは意外ね」

 

 まぁ、所詮凰を使ったのは実験の意味以外ないからな。結局凰が幸せになったところで俺にメリットはないからな。それに、今の俺にとって邪魔な存在だ。

 織斑が帰ったらやることがなくなってしまい、もう一度寝ようと思ったら再びノックされた。

 女医が今度は勝手に開けると、そこには俺の同居人がいた。

 

「………更識?」

「…桂木君」

 

 久々に見たがどこか疲れた表情をしている。

 とりあえず枕を元の位置に戻すと、さりげなく医者は部屋から出て行った。

 

(え? この状況で出ていく?)

 

 彼女にしてみれば空気を読んだかもしれないが、そもそも俺はコミュ障かつ童貞で女の扱いに長けているわけではない。

 

「……な、何の用だよ」

 

 黙っていればよかったと後悔している。話しかけても意味はないんだし。

 

「……あ、あなたの顔を見に来たのよ。いくら無事だって知ってもそりゃあ不安になるし」

 

 と、言い出す更識を見て思ったことがある。

 

「ここまでツンデレが下手くそな女もあまり見ないな」

「………そうね。言い難くてこんな言い方になったけど―――見捨ててごめんなさい。そして、妹を助けてくれてありがとう」

「……ほう」

 

 まさか同居人が俺を見捨てたとは。更識のことを少し買いかぶっていたようだ。

 

「———お話し中、失礼しますよ」

 

 唐突に聞こえた声に俺は近くにあった枕を構えるが、その人を見たら動きが止まった。

 

「ちょっとお父さん、今良いところなのに入るなんて野暮よ。ほら、出る出る」

「先生、ここでは敬語でと言ったでしょう? それに私が入った時点で甘っ苦しい空気はなくなりました」

「彼の心を開かせるのにはこうした方がいいとだけよ。ちっ。娘の後学のために見せようと思ったのに」

 

 何故用務員の人がこんなところにいるんだとか、色々とわからず混乱していると入ってきた男の方がこっちを向いた。

 

「改めまして、桂木君。私は轡木十蔵―――IS学園(この学校)の理事長をさせていただいています」

 

 と、彼は自分をそう言った。

 失礼と思いながら彼を改めて観察すると、彼はまごうことなき男である。つまり彼は、男でありながらIS学園の理事長をしているというわけだ。

 

(いや、ありえないだろ……)

 

 だってISって俺と織斑を除けば女にしか扱えないだろ? なのに何故男の人が?

 

「まぁ、驚くのも無理はないでしょう。確かに私は男でありながらこの学校の理事長をしていますが、だからと言ってバカな女たちの犬に成り下がる、なんてことはありませんよ」

 

 と言いつつ彼は殺気を放っていた。

 

「……まぁ、あなたがこの学校の理事長だってことはわかりましたが、俺に一体何の用ですか?」

 

 なんとなく予想はできる。謝って今回のことは水に流してほしいとでも言うのだろう。

 

「すみませんが、今回の部隊員の失態の件は水に流してくれませんか?」

「………女の犬に成り下がらないって言いませんでしたっけ?」

「ええ。そして今回のことで水に流してほしいのは更識君のみです」

 

 ………一体どういうことだ。

 たぶん二人は前からの知り合いだとは思うが、だからと言って理事長が更識をかばう理由はない。……特別な関係にあるという可能性もあるが。

 

「まぁ、確かに更識君は結果的にあなたを見捨てたのは紛れもない事実です。ですが、彼女自身はあなたを見捨てようとした部隊員の説得をしていました」

「………つまり、更識以外の全員が俺を助けることを拒否した、ということですか?」

「はい。彼女たちにしてみればいくら生徒とは言えポッと出の男に訓練機を専用機として貸し出されたのが気に入らなかったのでしょう。嘆かわしいことです」

 

 これは教育者として本音なのだろう。呆れ顔を見せていた。

 

「所詮戦闘力が高い部隊員って言ってもISが無ければ私相手に生き残れる人間なんて更識君を除けば0なのに」

 

 そしてこれは本音なのだろう。理事長の後ろで阿修羅像が見えるのは幻覚だと思いたい。

 

「ま、まぁ、そうだとしてもどうしてこんな話を? 黙っていれば俺が勝手に自滅するだけで、喜ぶのはあなたたちでしょう?」

 

 そうすれば俺という実験動物が手に入り、いずれISを動かす男子が出てくるかもしれないのに。

 

「確かに、そう考える輩がいるのは事実です。そして反対にあなたを殺そうとする人間がいるということは、あなたが一番ご存じのはずです」

 

 ………そりゃあ、な。

 そうじゃなければ女を根本的に信じないってことはないだろう。そして織斑がああも馬鹿なのは襲われたことがないからだ。襲われたら、ああも馬鹿みたいに女と一緒にいたいとは思わない。

 

「ですが、私たちのようにあなたを守ろうとする人間もいます。更識君、そしていつも君と一緒にいる布仏君もそうです」

「………それを信じろと言われて、「はい、そうですか」なんて言う奴なんて織斑級のバカじゃないと無理なんじゃないですか?」

「確かにそうですね。ですがここにいる全員が桂木陽子さん―――つまりあなたのお祖母さんと知り合いだとしたら?」

「…………」

 

 確かに、なくはない。

 たまにアポなしで遊びに行くことはあったが、よく誰かを鍛えていた。

 

「……わかりました。とりあえず今は信じます」

「ありがとうございます」

 

 今では殺気は完全になくなっていて、理事長は純粋な笑顔を俺に向けた。

 

「さて、早速本題なのですが」

 

 そして理事長は俺に対して魅力的で、とてもいい提案をしてきた。

 

「私が持つIS研究所―――轡木ラボのテストパイロットをしませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラス対抗戦当日、突如現れた二つの無人機は二人の男性IS操縦者とその仲間たちによって搭載されていたISコアごと破壊された。データもほとんどが教員たちによって回収され、織斑千冬の指示で一部改竄されたがIS委員会に提出されている。

 だが教員たちが認知されていない状況が、その時起こっていた。

 

「……やっぱり無事だったわね」

 

 誰もいないはずのIS学園の地下深くの施設にいきなり現れた黒いナニカを纏う少女はそう言って破壊された二機の内、それぞれのISの心臓でもあるコアに片手ずつで触れる。すると、破片となって機能を失っているコアは再び輝きだす。

 

「ふふ、驚いた?」

 

 だが少女はそれが当たり前と言わんばかりの反応を示した。

 

 ———どうしてあなたがそこに?

 ———あなたは、消えたはずなのに

 

 直接送られた言葉に対して慌てず、少女は冷静に答えた。

 

「それはあなたたちには関係ないわ」

 

 するとコアの残骸の光は徐々に消え始め、やがて完全に光を失った。

 

「どうして私が存在できているかって? それはね―――」

 

 ———お母様の基準で私は欠陥だからよ

 

 まるで冥途の土産を授けるように少女は誰もいない空間でそう言い、現れた時と同じように消え去った。




これにて第一章は終了となります。本当は悠夜が途中から使用していた戦闘機の正体とかいろいろとあったんですが、これはひとまず伏線として置いておきます。


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第2章 世の理を外したコンセプト
#22 轡木ラボに訪問しました


お待たせしました。束の間の休息中に投稿しました。
今度はいつ投稿できるだろうか……。


 朝。五日も寝ていればさすがに眠くないのか、朝日が出るかどうかという時間に瞼開けた俺は寝なおすために トイレに行こうと考えた。

 

(……考えてみれば、もう5月も下旬ってところか)

 

 もうすぐ6月に入ろうとするため、朝日が昇るのも早い。そしてトレーニングは今は禁じられているから寝るしかない。

 とりあえず立ち上がろうと左手をベッドに付くと、何故かそこだけモチモチしていた。

 

(……こんな枕、あったっけ?)

 

 しかし何だろうな。枕の割に妙な人のぬくもりを感じるんだが。

 とりあえず別の場所についてベッドから出て、トイレに入る。少しして綺麗に手を洗ってから空気が勢いよく出る装置に当ててペーパータオルで拭き、ベッドに戻る。

 

(……何だ、抱き枕か)

 

 というかまるでぬいぐるみだな。抱き枕としては珍しいが、俺は何故か抱き着き癖があるみたいだからありがたく使わせてもらおう。

 そう思って俺はそれを引き寄せようとしたが、何故か動かなかった。

 

(……えっと)

 

 というか妙な温かみを感じるというおまけ付きである。

 気になってぬいぐるみの顔を探すと、そこには見覚えのある奴の顔が描かれている…いや、存在していた。

 

(まさか……布仏?!」

「ふみゅ?」

 

 ふみゅってなんだよ、ふみゅって。

 しかしどういうことだ。どうして布仏がこんなところにいる?

 もしかしたら昼かもしれないと思って時計を見直すと、やっぱり朝の4時だった。

 

「みゅ~。なにぃ、()()()()

 

 ゆうやんって誰!? ……まぁ、名前からして俺なんだろうけどさ。

 

「今すぐ帰れ」

「え~。もうちょっと~」

 

 そう言って力尽きたのか再び寝息を立てる布仏。俺はため息をもう一度寝ようとしたが、その前に掛け布団を布仏に被せてから別の場所に移動しようとした。

 

「う~」

 

 ———がしっ

 

 急に俺の服が引っ張られ、バランスを崩す。その元を見ると布仏が俺の服を引っ張っている。

 

「………はぁ」

 

 考えてみれば布仏ってかなり強いんだった。

 確かに俺は自分で言うのもなんだが所属不明機…というよりも無人機を倒したとはいえ生身では本気を出せない。考えてみればこの学校に通う奴らと違って身体能力が優れているわけではないし、逃げ足が早いといっても結局は何の解決にもならない。

 仕方なく俺はベッドに入り、できるだけ布仏とは距離を開けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が目を覚ました翌日。朝から検査を受けていた俺は昼頃になって轡木理事長の娘―――轡木晴美(はるみ)さんに退院許可が出た。

 そして教室に行くと睨みつけられる。俺に気付いたらしい布仏がこっちにやってきたが「寝たい」と言ったので遠慮してくれてそのままいつもいるグループに戻っていった。

 さらに時間が進み、本日最終時間が終わって俺は部屋に戻りシャワーを浴びて身支度をした。と言ってもラフな格好に何故か親父が用意していた黒色の作業着も着替えが入ったナップザック。筆記用具に警棒、そして足首・手首にそれぞれ重りを付けているが。知らない人が見たらリストバンドとサポーターをしている風に見えるだろう。しかもこれ、不思議なことに数値を設定するだけで重くなる優れものだ。最初から飛ばしたら体を壊すかもしれないので0.5㎏からスタートして、3日後には1㎏にする予定だ。

 そんなこんなで本校舎職員棟の生徒会室の前に移動した俺はドアをノックする。中に更識楯無という親しい奴……かどうかはさておき、知り合いがいるが今回は4回ノックした。

 

『———どうぞ』

 

 中から返事が聞こえ、ドアを開けつつ「失礼します」と言って中に入る。中には言うまでもなく人はいたが、初対面の人間だった。

 

「初めまして、桂木悠夜君」

「は、初めまして」

 

 まともな挨拶なので少し驚いている。

 こう言ってはなんだが、俺はここに来るまでまともな挨拶を同世代はおろか教師にすらされたことがない。まぁ、山田真耶という例外はいるが。

 

「どうしました?」

「…いえ、なんでもないです」

 

 この人、絶対モテるだろうな。父親はさぞ心配だろう。

 

「何か?」

「あ、いえ……部外者かもしれない俺が聞くのもあれなんですが……その……」

 

 どこのどちら様なんだろうか。挨拶しただけで安易に人の評価を高くしてはいけないのだろうが、何故かこの人に対してはそんなことをしてしまう。

 

(俺も随分と他人に優しくなったな……)

 

 よほど轡木さんの言葉を信用してしまったんだろう。………いくら更識のテリトリーの中にいるとはいえ安易すぎるがな。

 

「私は布仏虚です。いつも妹がお世話になっています」

 

 そう言われて俺の脳内に昨日の狐が脳内に出てきた。だからか、目の前にいる女生徒とあの狐が姉妹だということが中々結びつかない。

 

(まさかあのマイペース女にこんな姉がいるとは)

 

 妹とは違って姉は真面目そうなので姉妹のDNAが気になる今日この頃。

 

「こ、こちらこそ」

 

 癒し関係に関しては、俺は彼女以外知らない。

 

「さて、行きましょうか」

 

 布仏先輩の後を追いつつ生徒会室のさらに奥を進むと行き止まりだったが、先輩はそれを気にせず進んでいく。俺もその後を追っていると、布仏が壁に触れていた。

 すると一部の壁が下がり、スライドする。

 

「……駅?」

「そうです。ここからはもう一人と一緒です」

 

 ということなので俺は中に入ると、後ろから何かにぶつかられたので振り向くと、そこには布仏(妹)がいた。

 

「では、妹をお願いします」

 

 そう言って先輩はドアを閉めた。

 

「……一体どうなってんだ、ここは」

「あんまり深く考えない方がいいんじゃないかな~」

 

 間延びした声で布仏はそういうと、何のためらいもなくコンソールを操作していく。

 

(勝手に操作していいのか?)

 

 操作が終わったのか、布仏は中に入って運転席に入り、また操作を始める。

 

「何してるのゆうやん。乗って~」

「お、おう」

 

 モノレールに乗ると動き始め、そのまま移動する。

 

「って、お前が操縦してんのかよ!?」

「さすがにコンピュータに任せるよ~。できるけど」

 

 ………できるんだ、運転。

 度を超えるギャップを突き付けられつつも、俺は昨日のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――轡木ラボのテストパイロットをしませんか?」

 

 唐突に言われた俺はどういうことか一瞬理解できなかった。

 いやいや、普通に考えてほしいんだが、動かして間もない俺が急にテストパイロットってのはおかしいだろう。実績なんて残してな……残していない……よな?

 

(心当たりなんて、あの時ぐらいだよな?)

 

 所属不明機……もとい無人機を撃退したぐらいしか評価がないだろう。あれもおそらく世間では武装のおかげと思われているだろうが。まぁ、あれぐらいの武装の威力だったら倒せるだろう。というかあんなのがあれば誰だってテンションがハイになってあそこまで潰せるだろ。

 

「深く考えなくていいですよ、桂木君。ただあなたは周りとは違い、試験に合格しただけなのですから」

「………えっと、どういうことですか?」

 

 いつの間に試験がされていたんだろうか。というか合格って。

 

「実はあの暴走事件の時、職員の一人があなたに目を付けてパッケージシューターという戦闘機を飛ばしていたんです」

「……そんな名前だったんですね」

 

 実はあの時、そこから飛んできたバックパックの前に移動した俺はそのままドッキングして武装を手に入れた。これは知識で知っていたことで、戦闘機の先端から何かが外れた時にピンときたのである。

 

「あまりにも素直に、そしてわかっているかのように攻撃したのでその職員曰く、「合格」と」

「へぇ。だとしたら随分と簡単な試験ですね。戦闘中の換装ってのは、アニメを見たら否応なくわかる気がするはずですが」

 

 まぁ、場合によっては換装の使用とか、パーツパージだけとかだったりするが。

 大体、状況によってバックパックを変えるなんて戦術的に当たり前だろうと思う。

 

「ですがこの学園だとあまりいないんですよ。悲しいことにね」

 

 轡木さんがそう言うとため息を吐いた。

 一体どういうことだろうか? あんなにテンションが上がる換装方法なんてどこを探してもないと思うんだが。

 

量子変換(インストール)して送ればいいだけの話では、らしいです」

「効率的に考えたらそっちの方が早いですね」

 

 言われてみれば、確かにISには「量子変換」という機能があり、それによって武装の出し入れが可能だ。

 効率を考えればそっちの方が確かに便利なのは間違いない。しかし、

 

「明らかにロマンを理解できていないですね。戦闘中に落とされるかどうかの瀬戸際で、装着し、打開するカッコよさを理解できないのにISを使うなど、論外です。そんな奴らにパッケージはおろか専用機―――いえ、IS自体必要ないです。とっとと消えてもらいたいですね」

「そこまで言いますか……」

 

 俺の物言いに驚いた反応を見せる轡木さん。だってそうじゃない。あのアニメを見ていくらご都合とはいえ危機を脱出したシーンは最高にカッコよかった。

 

「ともかくですね。後日ラボの方に来てください。そこであなたにテストパイロットの手続きと専用機の受領を―――」

「え? 今なんて言いました!?」

 

 専用機、って聞こえたと思ったが、いくらなんでも違うだろう。

 だが俺の予想を裏切るように、轡木さんは言った。

 

「専用機の受領です」

「…………せ、専用機?!」

 

 思わず叫んでしまった。

 おいおい、ちょっと待て。いくらなんでも破格の待遇じゃないのか?

 

「何か不都合でも?」

「………いえ、不都合というよりも、なんて言うのか、あんなことだけで専用機ってやっぱり問題じゃありませんか? いくら俺だけ反応を示したからって、そんなことで専用機を手配されては、さすがに示しがつかないのでは?」

「………その件に関しては後程話ましょう。では後日、ラボの方で」

 

 

 

 

 そう言って轡木さんは帰っていった。

 そんなこともあり、俺は今ラボに向かっていた。

 

(でも、何で俺に専用機なんて……)

 

 確かに自分の身は自分で守るためってことで打鉄の手配はされていた。でもスペックは低いは、正直言うと使いにくい。大体、初期設定で近接ブレードとアサルトライフルというだけってのは困ることだ。大体、あれだけ威張っておいて小型独立兵器を搭載している機体の量産ぐらいはしていると思っていたが、どうやらそういうこともなさそうだ。

 

(……まぁ、動かせたとしてもゲームの中でだけだが)

 

 こっちでも動かせる保証はないが、それでもあってほしいものである。

 

「どうしたの、ゆうやん?」

 

 考え事をしていたからか、布仏が接近していたことに気付かなかった。

 

「どうしたって、何が?」

「さっきから難しそうな顔をしてたから心配したんだよ~」

 

 そう言って俺の頭の上に腕を伸ばす布仏。俺はそれを降ろして布仏の頭に手を置く。

 

「そうか。でももう気にしなくていい。俺の気になんてしていたら、お前まではぶられるぞ」

「……別にいいもん」

 

 そんなことを言っているとモノレールの速度が落ち始める。どうやらもうそろそろ目的地に着くらしい。

 やがて動きが止まり、ドアが開いたので俺たちは降りた。

 

「よく来ましたね、お二人とも」

 

 既に轡木さんが待機していた。

 

「いえ。お待たせすみません。………っていうか―――」

「ああ。これに関してはちゃんと許可は得てますよ」

 

 「私の、ですけど」ってそれって許可を得たというのか?

 気にしないことにして話を進めることにした。

 

「では付いてきてください」

 

 俺たちは十蔵さんの後ろをついていき、中に入っていく。

 道中、白衣や作業着を着た職員たちが仕事をしているのが見え、職員が度々十蔵に気付いては「おはようございます」と言いながら作業を再開していった。

 どうやら彼らは打鉄をいじっているようだ。

 

「……あれって、もしかして俺のですか?」

「はい。あのゴタゴタでかなりダメージを負っていたようで。念入りに修繕を行わせています。まぁ、あなたには関係ありませんが」

「いや、あるでしょ」

 

 俺の未熟さでこれを壊したわけなんだし。

 改めて自分の弱さを痛感していると、轡木さんは言った。

 

「いえ。私たちの認識が甘かったんですよ。あなたは織斑君とは違い、大した後ろ盾を持っているわけではありません。故にきちんとした専用機を用意するべきでした。これも私が甘く見ていたことです。許してくれ、とは言いませんよ」

「いや、単純に俺…私の実力がないからであって、轡木さんが責任を感じることではないと思いますが……」

 

 ちなみに俺の祖母がこんな人と知り合いだなんて最近知ったことで、後ろ盾になってくれなんて頼んだことがないからだろう。まぁ、頼んでも「めんどい」の一言で終わりそうな予感がする。そもそもアレが後ろ盾というのは不安でしかないし、最近はやっぱり親子だからか放浪癖が出て、ここ半年ほど会話をしていない。

 

(最後に会ったのって、去年の夏休みだからなぁ)

 

 基本的に年賀状とか面倒だと思っているからか、お互い出さないし。それにあの人は携帯電話も問題なく使える。

 

「それにあなたの能力を発揮したとしても、打鉄の性能が性能ですのでそこまで満足に戦えなかったと思います。どこまで行ってもあれは量産型でしかありませんし、あなたが()()()()になるにはそれなりの武装が必要だということがわかりましたから」

 

 言われて俺はあの時のことが脳裏に過った。

 気にせず進んでいると、轡木さんは俺たちに止まる合図をしたので停止する。何か変な感じがするところで、懐から何かを取り出した轡木さんはそれを飛ばすと、レーザーがそれを貫いた。

 

「……やはりですか」

 

 何かを呟いた轡木さん。

 すると急にディスプレイが展開され、そこに日本語が表示されていく。

 

【コノサキ、タチイリキンシ】

 

 隣でため息を漏らす轡木さん。

 

「どうしてもダメですか? あの機体を受領しに来たのですが……」

【………】

 

 沈黙しているようだ。一体どういうことなんだろうか?

 俺が聞く前に向こうのディスプレイが指示を出した。

 

【ソウジュウシャダケナラ】

「……わかりました」

 

 轡木さんは俺の方を向いた。

 

「ということです。すみませんが、ここから一人になります」

「…はぁ」

 

 どうやらこの先に行くにはそれなりの覚悟が必要だ。

 

「それとですね―――」

【ハヤク、コイ】

 

 さっきから感じていた変な感じが消え、俺はそのまま進んでいった。



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#23 その現状を、ぶち壊すため

 悠夜が奥へ進んだため、そこに残された形となった十蔵に本音は話かけた。

 

「…まだ、心を開かないんですか?」

「お恥ずかしながら」

 

 再びため息を漏らす十蔵。本音は再び張られたレーザーの先を見ていく。

 その先に何がいるかを知っている本音は、十蔵がその主に頼んだ理由も理解できたが、それ以上に悠夜の身が心配をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 段々と暗くなっていく廊下に徐々に恐怖を感じ始めている俺は、少しばかり疑問になっていた。

 

(どうしてこんなところに……?)

 

 確かに轡木さんはIS学園理事長だし、情報収集するならばこれ以上の良物件なんてない。

 だが、普通ならこんなところに研究所を建てることなんてできないはずだ。

 

(―――!?)

 

 まただ。また、さっきの違和感を感じ始めた。

 耳にツンと来る違和感を感じながら進んでいると、非常灯しか光っていないぐらい暗い廊下の付きあたりのドアを発見した。

 四回ノックすると、ガチャリと音がしたかと思えば再びさっきのディスプレイが現れ、【ハイレ】と出たのでドアを開ける。

 中には申し訳程度のベッドと机。そして周囲に展開されるディスプレイが漂っていて、その中心に誰かがいた。

 

「……あなたのお目当てはそっちにあるわ」

 

 ディスプレイが現れ、映し出された矢印が示した方向を見ると、ベッドの近くに鋼鉄のドアがあった。

 するとそこから大きな何かが移動してきた。

 

「って、これ―――」

「………」

 

 真ん中にいた人が何かを取り、こっちに向けて何かを噴射させた。

 するとその物体は抗うかのような動きを見せ、こっちに近づいてきた。思わず下がり、なにかに近づく。

 ぶつかったと思ったらそれはごみの山であり、こっちに同じく物体が現れた。

 

(………ああ、なるほどね)

 

 俺は立ち上がり、ディスプレイを退けてその人間が持つ門を取り上げ、代わりに近くにあった何かを手に取ってそれで潰す。

 

「ちょっと! 中身が出た―――」

「ねぇ」

 

 思考が一瞬でクリアになり、そいつがかぶっている布団を取り上げる。

 

「何するの!?」

「これから掃除だ。ほら、さっさとそのパソコンを片づけて外に出せ。ああ、赤外線レーザーは消しておけよ」

「命令するな!!」

 

 反射的に俺はその人間の頭を掴み、力を入れた。

 

「まさかと思うけど、人権があると思ってる?」

「………あ、あの」

 

 はっきりと立場をわからせておく。これは主導権を握る上で重要である。

 

「ほら、さっさとしろ。で、風呂はどこだ」

「…そ…そっち」

 

 指された方に向かって持っていた物体を投げ、ぶつけて安全を確認する。よし、何もない……と思って進んだら、ごみがいたので踏みつぶした。

 感触が気持ち悪かったが、考えるのを止めてドアを開ける。案の定、そこはゴミの巣窟となっていた。

 

(……しかし、何だったんだ?)

 

 まともな水が出てくれたことを喜びながら、少し…いや、かなり奇妙な女のことを考えていた。

 

(妙に責任を感じている轡木さんが変な人を……ましてや女尊男卑思考の奴を俺と引き合わせるか?)

 

 「だとすれば何かがある」。そう思っていると、後ろからその女の子が俺に向けて何かを振り下ろしていた。

 咄嗟にそれを避けると、さっき俺が害虫を殺した奴で俺に攻撃しようとしたらしく、鏡にぶつかった木製の新聞紙スタンド。

 その女の瞳は血走っているようで、殺気が俺に向かって飛んでくる。

 

「………出ていけ」

「……今、なんて―――」

 

 

「———ここから、出ていけぇええええッ!!」

 

 

 飛んできたスタンドを回避した。するとその女は接近し、俺の首を両手で握り、絞殺そうとした。

 

(一体、どうなってんだよ……)

 

 訳が分からなくなってきた。一体俺が何をしたというのだろうか?

 ともかくこの状況をどうにかしないといけない。

 

(両腕を…なんとかしないと……)

 

 手首をつかみ、力を入れていくと絞めてくる手を緩ませる。そのことに驚いたその女はすぐにそこから離れる。

 

(………それにしても、臭かったな)

 

 どれだけ風呂に入っていないのだろうか? 今は部屋よりも風呂の方を優先させた方がいいだろう。

 

(しかし………)

 

 まさしく巣窟だ。さっきから害虫がわんさかいるし、布団は埃りだらけだし、なによりも女の子は清潔目の方がいいだろ。

 ため息を吐いた俺は、まずは風呂に取り掛かる。……まぁ、以外にも使えそうなそろっているわけだ。

 

(問題は、俺の服装だな)

 

 幸い、明日は土曜日で三時間だけだし、もう皆勤賞とか狙えないだろうから、毎日行く意味なんてないしな。

 ドアを開け、窓も開け、俺が向かうはずだった鋼鉄のドアも開け、カーテンを取って申しわけ程度に置いている籠に入れる。

 

「………あの」

「そういえばあの洗濯機って使える?」

 

 すると女は首を何度も縦に振ったが、一応洗浄しておくか。

 そうなるとカーテンは後からの方がいいな。とりあえず。

 

(寝具と、着替えだな)

 

 専用機? そんなことよりお掃除だ。

 一度帰ることを彼女に伝え、掃除手順を指示してからゴミを持って来た道を戻る。

 

「ああ、無事でしたか……何ですか、それは?」

 

 待ってくれていたのか、十蔵さんは俺が持っていたゴミを見て聞いてきた。

 

「向こうの部屋にあったゴミの一部です。これから一度戻ってから再び来ようかと」

「……はぁ、そうです………はい?」

 

 俺の言葉に違和感を覚えたのだろう。本気で驚く十蔵さん。

 

「いえ。ちょっと問題があったので、その解決を図っているだけです」

「………はぁ」

「なので、明日……遅くて月曜まで休ませてもらえないかと」

「……はい?」

「あ、勉強に関しては問題なく。テストとかには十分間に合うレベルですし、それにもう皆勤賞は狙えませんから。あ、あと、ゴミ捨て場ってどこですか?」

 

 本来なら、掃除した後にゴミ捨てに行くのだが、この学校は清掃時間というものが存在しない。どうやら過去にひと悶着あったらしいのだが、その時に勉強していたこともその部分しか聞いていなかった。

 

「そ、それは私が捨てておきましょう。それと今度から個人的に捨てたいものは用具室の隣にありますのでそこにでも捨てておいてください」

「わかりました」

 

 エロ本とかを指しているなら誤解をしているみたいだが、ここはありがたく返事をしておく。

 

「ではすみません。一度戻ります」

「わかり……いえ、ちょっと待ってください。専用機はもう既に受領してますよね?」

「まだです。それに、そんなことよりも優先するべきことがありますので」

 

 勝手なのは重々承知なんだが、とにかくあの女のため……ってのは少し癪だが、一度帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ」

 

 その頃、一年生用の寮の一室で一人の生徒が呆然としていた。

 

「……あの、リン?」

「………何?」

 

 布団の上で枕の胸当てとして使い、ゲームをする鈴音に、同居人のティナ・ハミルトンは思わず声をかけた。

 

「本当に大丈夫? 昨日ぐらいから全然元気ないんだけど……っていうか、何でさっきから女の子が出てくるゲームなんてやってるのよ」

 

 すると鈴音は画面から視線を外し、顔を上げた。

 

「ギャルゲー」

「は? ギャルゲー? ……もしかして、ずっとそれ?」

「当たり前でしょ。それに悠夜の言う通り、これも男を知る機会の一つだわ」

 

 鈴音は再び画面に視線を戻し、話を進める。それを見たティナはため息を吐いた。

 

「だったら別にゲームじゃなくて、本人に聞いてくればいいじゃない。織斑君と違うタイプとしても、同じ男なんだしそれなりに知れるじゃない」

「………この前、二度と来るなって言われた」

 

 途端に室温が下がったような錯覚をティナは感じた。

 そしてカーディガンを羽織って外に出た。

 

「ちょっと行ってくる」

「え? どこに―――」

 

 外に出たティナはそのまま悠夜の部屋に向かった。

 

(この際、はっきりさせるべきよ)

 

 本人たちにそのつもりはないようだが、傍から見れば――少なくともティナにしてみれば――二人の仲の良さは一夏たちよりも上だと認識していた。

 特に二人でいるときは仲の良い兄妹に近いと言っても過言ではないほどであり、なんだかんだで彼女自身も羨ましく思っていた。

 

(それに別れを告げるって、一体どういうことよ)

 

 周りを引かせながら目的の部屋に着いた彼女は躊躇いもなくインターホンを押す。

 

『はーい』

(え? 女? しかもこの声って……)

 

 ドアが開くと、中から楯無が現れたことでティナの思考が停止した。

 

「あれ? 確かあなたは二組の……。どうしたの?」

「あの、どうしてあなたが………。ここって桂木の部屋ですよね?」

 

 すると楯無はあまり部屋の中に見せないようにして、ごまかすということを悟られないように言った。

 

「ええ。私はここで桂木君の勉強を見ているの。ほら、彼って仕方がないこととはいえ何度も休んでいるでしょ?」

 

 「まぁ、さっき連絡があったから今日はもう帰るけどね」と続ける楯無を気にせず、ティナの思考は暴走していた。

 

(待って。それじゃあ生徒会長とは何度も会ってるの? もしかして、ちょうどいいのがいたからもう必要ないってこと? だから鈴音はいらないってこと? 良い度胸じゃな……もしかして、今会長をそういう目で見て……)

「あの、どうしたの?」

 

 様子がおかしいと思った楯無はティナに声をかけると、垂れていた頭を勢いよく上げた。

 

「安心してください! 私が絶対、桂木の悪行を止めて見せます!!」

「え? 悪行って―――」

「では失礼します」

「あ、ちょっと………」

 

 ティナは急いで移動する。悠夜を探しに行ったのだとしたら機密性が高いあそこなら問題ないとは思っているが、念のために警戒するよう、彼女の姿が見えなくなってから悠夜に連絡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『———ということだから、そこから出る時はくれぐれも気を付けて』

「……まぁ、ここって結構重要度高いしな。そうするさ」

 

 そう言って電話を切り、モノレールが止まるまで待つ。そして止まったので降り、そのまま中に入っていく。

 さっきの所まで行くと、轡木さんが姿を現した。

 

「また行くつもりですか?」

「ええ。あの巣窟に行くこと嫌ですが、あの状態で放置するのも嫌なので」

 

 そう答えると轡木さんが俺の前に立ち、行くのを防ごうとする。そうわかるような殺気が襲い掛かってきた。

 

(どうやら、この先に行くのは難しそうだな)

 

 だとしても、この先には専用機があるし、何よりもあの巣窟は片付けていないんだ。知った以上、見過ごそうと思えない。

 

「そうですか。……ではISだけを手に入れてください。それ以上は、彼女に関わるな」

 

 思わず意識が飛びそうになった。それほどまでに濃密で、恐怖すらも覚える。少なくともこの学校にいる女たちになんて負けるわけがないと思えるほどに。

 

「お断りします………って言ったら?」

「………仕方ありませんね」

 

 瞬間、俺の視界が紅く染まった。

 すぐに腕を動かして視界を確保しようとしたが、それよりも早く何かが腹部を突き刺さる感触が俺を襲う。

 

「———弱いんですよ、あなたは」

 

 声をかけられ、俺はようやく自分に何も起こっていないことを理解した。さっき視界を汚したものはもちろんのこと、腹部には何も刺さっていない。

 

「そんなあなたでは、彼女を救うことはできません」

「………」

 

 そう言われて俺は言葉を飲み込む。この先を言えば、俺はおそらく織斑と同じになる。なるけど、

 

(……やっぱり無理だわ)

 

 あんな恐怖した瞳を持つ女の子を放置するってのは、俺にはできない。臭いけどそんなものはどうにでもできる。

 

「………意外でした。まさか轡木さんでも気付いていないことがあるんですね」

「何が言いたい?」

 

 その言い方がおそらく彼の素なんだろう。

 

「気付いていないようなので失礼を承知で言わせてもらいますが、彼女を救えるのはあなたではない。何も知らない俺です。何も知らないからこそ、入り込めないこともある」

「………フッ」

 

 何故か笑われてしまった。た、確かに中二っぽかったし、仕方ないと言えば仕方ないだろうけど。

 

「さすがはあの二人の血を受け継いだ者だ。わかりました。そこまで言うのならばあなたにかけます。だから―――

 

 

 

 

 

 

 ———孫を頼みます」

 

 そう言って俺の肩に手を置いてその場を去っていく轡木さん。

 

(……そういうことだったのか)

 

 だとしたら納得いく。おそらく轡木さんは自分の孫を信頼しているから俺の専用機を作ったんだろう。そして孫の方も、本当は男に対して極度なイメージを持っていないはずだ。それで攻撃したということは、俺が彼女の世界を壊したということだ。

 

(だとしても、あの現状のままを良いとは思わない)

 

 だから俺はそのまま先に、お孫さんの部屋と再び向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、戻ってきた」

「……………」

 

 部屋の隅っこでバリケードを張りながら俺を睨んでくる轡木さん。孫だということは、

 

「IS学園の保険医で「轡木」って女医を知ってるんだけど、その娘さん……で合ってる?」

 

 すると彼女は持っていたらしいキーボードに何かを打ち込む。すると目の前にさっきもあった空中投影ディスプレイが展開され、そこに文字が現れた。

 

【だったら何?】

「一応、知り合いなんだ。だから名前を教えてくれると嬉しいんだけど」

【………必要ない】

「とりあえず風呂場を洗いたいんだけど、その前に洗濯機って洗浄してる?」

【あれは私が改造したものだから、常時洗浄機能付き】

「ドラムの外を洗う必要が―――」

【必・要・ない! ちゃんと自動吸水機能も付いている!】

 

 どうやら大丈夫みたいだな。

 ならばと思った俺は近くの引き出しを開けると、妨害するようにディスプレイが現れた。

 

【変態! 触るな!】

「ああ、もしかしてここって下着? ちゃんと洗ってる?」

【洗ってる! 余計なお世話!】

「OK。じゃあ、まずは散乱しているタオルから洗うことにするよ」

 

 そう言って俺はタオル類…そしてパジャマを入れて問答無用で洗濯機を使った。家にあったのと似たようなものだったで操作は簡単だ。

 そして次に風呂場に入った俺は、まず湯口の蓋を取り、そこに薬を滑らせるように奥に入れる。そしてシャワーのノズルを外して躊躇いなく洗浄した。先端の部分に薬がある。

 

「この薬って?」

【汚水を清水に変える薬。人体に影響がないのは確認済み】

「なるほどね。まぁ、汚いってのは理解できるよ」

 

 そう言いながら湯口からシャワーの水を入れる。ある程度流し終えたら蓋を桶の中に入れ、持って来た浴槽洗剤を使って洗浄。そして浴槽と床、壁も磨いて徹底して綺麗にした。

 そこで俺は洗剤などがないことに気付く。

 

「ボディソープとかはないのか?」

【何それ?】

「………」

 

 男女に向けて最近発売されていた香り良くなる肌艶ソープを持ってきて正解だったようだ。

 それを出して、女性用向けのシャンプーとコンディショナーも準備し、風呂用の蓋も綺麗にして湯を入れる。

 新しく出した足用のバスマットをセットし、リビングに戻ってたまっているゴミを外に出す。

 

(台車を借りれば良かったな)

 

 とても女が住む部屋とは思えないゴミを見ながらそう思いつつも、俺は作業を続ける。

 

(いや、その前にだ)

 

 未だに震える女の子を無理やり持ち上げると、激しく抵抗すると共に何度もディスプレイを通らせる。その攻撃を耐えつつ、見ないように服を脱がせて持ってきていた洗濯籠に入れる。

 セクハラで訴えられるレベルだろうが、こっちとしては悪臭をまき散らされているからおあいこということで。

 

「ちゃんとシャワーで体を流してから、ボディーソープをそこにかけているタオルに付けて体を洗えよ。髪は俺が後で洗うから」

 

 そう言って俺はまずたまっているゴミを外に出す。途中で研究員にばったり会ったが、親切にゴミ捨て場の場所を教えてくれた。

 そこに行くと台車があったので無断で拝借することにして、とりあえずたまっているゴミを捨てる。

 そして手を石鹸で洗ってから風呂場のドアをノックしてから開けると、既に沸き終っていたのか風呂の中に入って自分の体を抱くようにして隠していた。

 あまり体の方を見ないようにして、「触るよ」と言ってから髪に触れ、軽く櫛ですいてから丁寧にシャンプーを付けた。

 

「……目的は何?」

 

 刺々しい声が聞こえる。その刺々しい中にはわずかながら震えを感じる。

 

「ISはもうできている。だから、持って行っていいから、もう関わらないで」

「いや、ISは正直いらないんだが」

 

 そう言うとこっちを見た。その時シャンプーがこっちに飛んできた。

 

「冗談は私に通じない」

「いや、冗談抜きでそこまでいらないっていうか、そもそも俺は技術者志望なんだが……」

 

 確かに最初は専用機だけをもらいに来たが、あんな部屋を放置するほど俺は大人じゃない。というか、

 

「やっぱりというか、可愛いな」

「……そっちが目的なんだ」

 

 すると彼女はお湯を俺の顔にかけた。

 

「出てって」

「はい?」

「出てけ!!」

 

 再び、そして何度も顔にかけられはじめ、次第にそれもコントロールも悪くなり、最後には俺のジャージは全身ずぶぬれになった。

 

「何で帰らないのよ……帰ってよ!!」

「いや、まだ髪の毛洗い終わってない」

 

 彼女はすぐに桶を取り、お湯を救って俺にぶっかけた。

 

「この変態! ロリコン! 性犯罪者!」

「性犯罪者なら、とっくに生徒数人孕ませてるけどな。むしろ俺ぐらいだろう。きちんと自分の立場を理解して、自重しているのは」

 

 胸を張るとさらにお湯をぶっかけられるだけでなく、すぐさま桶自体が飛んできたので思わず防いだ。

 

「ちょっと、今のはマズイから!」

「うるさい! 死ね! この変態!」

 

 桶をキャッチした彼女は何度も桶で攻撃してくるのでそれを防ぎながら愚痴を叫び始めた。

 

「男なんてみんなそう! 女を自分たちの奴隷としか思っていない! 私たちだって……私たちだって!!」

「ISが力だって言うなら、それは「自分から男に敗北している」としか思えないけどな」

 

 俺はそう言って桶を右手で止める。

 

「お前たち女は何もわかっていない。男を活かすのは女、女を生かすのは男だ。それすらも理解できないくせに優良種なんてお笑い草だな。第一、アンタの祖父なんて絶対に化け物レベルだろ」

 

 正直なところ、あの人に喧嘩を売る人を見てみたい。さっきの立会いで思ってしまった。

 

「それに少なくとも、俺は君をどうこうする予定はない。ほら、さっさと座れ」

 

 肩に手を置いて座らせる。

 すると意外なことにおとなしく座った。

 

「じゃあ、ご褒美おもしろいことを話してやるよ」

 

 彼女を頭を撫でた俺はそう言って俺の黒歴史の紐を解いた。



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#24 封印したい黒歴史

 あれは今から…確か5年前のことだな。

 今すぐにでも忘れたいそれは、今も俺の心の奥に残っている。

 

 

―――6年前

 

「よし、これで完成だ」

 

 時間は午後3時ジャスト。おやつの時間を迎えた俺は完成させたプラモデルを見て、どこからどう見ても完璧な完成度を誇っていることを確認する。

 

(良かった。なんとか間に合った)

 

 あと一週間で楽しみにしているゲームの発売日であり、新たなブームの予感がしつつその発売を楽しみにしていた。特殊なものでもあるため、残念ながら1万もするゲームソフトなので貯金がない。なにせ脳波を読み取るらしいヘッドセットに、本格的な装置もあるのでかなり金がかかる。むしろ1万でも安いぐらいだ。特に初回限定特典として自作したプラモ読み取り装置と設定を読み込めるUSBもついてくるらしい。ここ最近父親が出かけているからという理由で買ってくれるということだ。

 それを聞いた俺はすぐに作り始めたのだ。

 

 ―――コンコン

 

 ドアがノックされたので「どうぞ」と言うと、ドアが開いた。そこには2歳下の義理の妹がいて、浮かない顔をしている。

 ちなみに俺の家族は両親が再婚していて、お互い連れ子同士だったらしい。

 

「どうしたんだ?」

「……あのね」

 

 何故かもじもじとする義妹の幸那。何やら反応がおかしい気がしなくもないが、実際もじもじしているのだから仕方がない。

 

「どうして私にはお姉ちゃんがいないの?」

「……………」

 

 どう説明したものだろうか。

 たまたま、そういう家庭に生まれてしまったんだよ、なんて言えたらどれだけ良いだろうか。

 

(いや、そういうのははっきりと告げるべきか)

 

 小3に現実を突きつけるのもどうかと思うので少し言葉を濁すが、はっきり言った方が良いだろうし。

 

「それはね」

 

 何故か緊張しつつも、はっきりと告げる。

 

「俺が女じゃなかったからだ」

「………うん。男だもんね」

 

 そう言って部屋を出る幸那。後悔も反省もしているが、5年生の俺には荷が重かったことだ。そういうのは今度義母に聞いてほしい。

 

(しかし、お姉ちゃんか)

 

 あの年頃だったらそろそろ兄妹離れもし始めることだし、後2年は必要かもしれないが第二次成長期を迎えるから必要かもしれない。

 

(最近、郁江さんも忙しそうだしな)

 

 だからと言って家事をすべて押し付けるのは困るが、家族なんだしそれなりにサポートしようと思う。

 

(……あ)

 

 あることを思い出した俺はタンスからある服を引っ張り出してすぐに着替え、幸那を探す。

 普段からの行動パターンは読んでいるし、この時間なら自分の部屋かリビングだろう。なので最初にリビングに向かう。案の定、そこで宿題をしていたのでそっと近づいて幸那の肩を叩いた。

 

「なに、おにいちゃ―――」

「どう? 驚いた?」

 

 声を裏返して話すと、幸那の驚いた顔が目に入る。

 

(まさか去年の学芸会の罰ゲームで女装させられたものがこんなところで役立つとは思わなかった)

 

 確か父さんの部屋に変声機があるはずだから、後でそっちに変えようと思った。

 すると幸那は何を思ってしまったのか、俺の胸に手を当てる。

 

「って、お兄ちゃん?!」

「ううん。お姉ちゃんよ」

 

 5年生でおっぱいが出ているのって、確かあの留学生ぐらいだろう。将来もするならば偽乳の用意は必須だな。いや、する気はないけどさ。

 

「お兄ちゃんじゃん! どうして、嘘つくの?」

「そ、それはさぁ……だってお姉ちゃんだったら色々便利でしょ?」

 

 手伝いって意味で。

 でもさすがに声をごまかすのは難しい。だから俺はすぐに父さんの部屋に入り、勝手にチョーカー仕様の変声機を借りて首に巻く。

 そしてリビングに戻り、変わった声を披露した。

 

「……お、お兄ちゃん?」

「『こんな感じでいいかしら?』」

 

 本気で驚く幸那が可愛くて撫でると、自動的に幸那は目を細めた。相変わらず可愛い義妹である。

 

「でも驚いた。お兄ちゃんって、お姉ちゃんにもなれるんだね」

「『普通はなれないけど、私たちの場合は環境かしら。それに、父親の異様な開発技術?』」

「アハハハハ……」

 

 俺も、そして幸那も幼いながら自分の父親(幸那の場合は義父)の異常さはわかっているつもりだ。俺もそうだが、幸那自身も家族自慢をした時に引かれたらしい。

 そう。ここまでは俺たちは普通の家族だった。

 

 

 

 

 

 ある日のことだった。

 お姉ちゃんごっこを続けていた俺と幸那は夕食の買い出しに出かけていた。金はある程度たまっていることもあり、不自由することはない。それに後から払ってくれるから実際に減るのは家計ぐらいだ。

 そう思って俺は女装の状態で、そして幸那は男の子と変わりない格好をさせて外を歩いていると、何やら不穏な気配を察知した。

 

(……追けられてる?)

 

 そんな気がした俺は幸那の手を引っ張って耳元でこれからのことを指示する。

 

「『嫌な予感がするわ。だから私が合図したら先に帰りなさい』」

「ど、どういう―――」

「『いいわね?』」

 

 幸那は小さく頷き、俺たちは混みつつあるスーパーの中に入ってから俺は精肉コーナー、幸那はお菓子コーナーの方へと移動する。

 そして俺は幸那に気付かれないように通り過ぎると、俺の方へと集中してきた。

 俺はスーパーの中を一周すると、幸那を放置した状態で外に出て近くの壁に隠れる。

 

「みぃ~つけた~」

 

 すると2,3人現れ、全員が俺の方へと歩み始めた。

 掴もうと伸ばしてきた腕を避け、そこから逃げようとしたところで後ろから捕まえられた。

 

(………せめて、サインだけでも)

 

 油が乗っていると言っても過言ではないであろう太い腕を噛み付き、車が来たのでわざと前へと躍り出た。

 

 ———これは鬼ごっこだ

 

 自分に言い聞かせ、横から襲ってくる(走ってくる)()やり過ごす(利用する)ため、あえてそう動いて飛んで避ける。急に来たことで焦りを感じたのか、車はハンドルを切って事故を回避。俺に対して「バッキャロー!!」と叫ぶが、気にせずそこから移動した。

 そしてスーパーの後ろに回り込んだ俺は携帯電話で素早くメールを打ち、店を出るように合図を出し、ばれないように配慮しつつわざと足を緩めて捕まった。

 次に気が付いた時には俺は固定されていて、既に男が俺を見て唖然とした。服はボロボロに破られているので、これから犯そうとしたのだろう。所々に液体が付いているが、それはおそらくこいつらの唾液。

 

「お前、男なのか?」

「『あら、今頃気付いたの? だったらダイエットしたら? 多少目は良くなるかもしれないわよ』」

 

 チョーカー型変声機のスイッチがONになっていたのだろう。俺の言葉を翻訳した女性の声が出てくる。

 瞬間、俺の服を破ったと思われる男が俺を蹴り飛ばした。

 

「テメェ!! 俺たちを謀ったな!!」

「『別にあなたたちを騙す予定はなかったわよ? ただ可愛い義妹()のために演技をしていただけ』」

 

 そう言いながら自分が何に縛られているかを確認する。どうやら俺はベッドに括り付けられているみたいだ。

 

(手首だけを外せればいいな)

 

 だとしたらヌルゲーだろうと思ったが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 試しに落下防止ように設置されている枕付近の柵の上を持って上にあげると―――

 

 ―――スポッ

 

 簡単に抜けてしまった。

 それを見て俺を含めて全員が呆然としたが、いち早く復帰した俺は右側にいた男の顎を遠慮なく殴った。そのことでほかの二人は復帰し、報復か俺に対して攻撃してくる。

 それを「ゾンビ鬼」という遊びで鍛え上げた回避能力で避け、自分の靴を取ってそこから逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――現代

 

 それを聞いた彼女はガタガタと震え出す。

 

「……あなたも、そんな体験してたんだ」

「…あ、やっぱり?」

 

 実のところ、彼女は男を軽蔑しているというよりも怖がっている気がしたので、仲間と思わせるためにこの話を聞かせた。まぁ、考えてみればあんな常識外の戦闘力を持つ男を祖父なんだから、男を軽蔑するわけがないんだが。

 

「……私も、男の人に……襲われたこと、あるから」

「まぁ、俺も同じ男だし、気持ちはわからなくはないんだがな」

 

 すると顔を青くした彼女は自分の体を抱きつつ俺から距離を取ろうとする。

 

「いや、俺も自分の命が大切だから手は出さないっての」

 

 そもそも俺は彼女のことをそんな目で見ていない。確かに容姿は可愛いと思うし、手を出そうとした男の気持ちもわかる。

 一応ある程度の警戒は解けたのか、彼女は再び後ろを向いて髪を俺に預けた。

 シャンプーで泡だらけになった髪をシャワーで洗い落としていると、メガネについた水滴が気になってしまい、持ってきておいたカチューシャを前髪が落ちてこないようにして、席を外して水滴をぬぐい、マシにしてからメガネをかけて戻った。

 

「まぁ、あれだ。最近、女尊男卑とかで男の立場が悪くなってるだろ? そのせいで本当に恋愛できる奴って織斑みたいなイケメンぐらいだが、小学生となれば大人だったら力で抑えることなんて容易だ。だから実力行使に出る。ま、当然の心理だ。確かに犯罪だが、元を辿れば女たちが悪いとも言えるだろ」

 

 大元を辿れば政府が悪いんだがな。それは言わなくてもいいか。

 

「………怖く、なかったの?」

 

 か細い声が俺の耳に届く。俺はその問いに笑って答えた。

 

「怖くなかった、なんて言わないさ。実際、3階と4階の踊り場から飛び降りた時は怖かったし、後ろから迫ってきた奴らは得物を持ってたし。それでも俺の逃げの経験が高かったから捕まることがなかったけど」

 

 笑いながらそう答えると、彼女はそれを羨ましそうに見ていた。

 

「ともかくだ。そういう過去に執着するのは止めて、明るくなれってことだ。それに俺みたいに男だって悪い奴らばかりってわけじゃないし」

「でも、敵はそれだけじゃない」

 

 どこか遠い目をする女の子の髪をリンスで固め、しばらく放置するため一度彼女から離れた。

 

(少しは心を開いてくれたか?)

 

 濡れた服を洗濯籠(俺用)に入れ、濡れた体を拭いて着替える。

 

(大体10分ぐらいかな)

 

 そう思って部屋の奥に取り掛かろうとすると、床に錯乱しているのは紙……設計図ばかりだった。

 

(……あれ? これって……)

 

 どこかで見たことがある。というよりも、俺が作ったものだ。

 ほかには俺の手書き設計図を再現したものだったり、ガン○ムタイプの再現用設計図だったり。

 設計図をまとめて、整理必須アイテムの挿入式バインダーを出し、ファイルに一枚一枚設計図を入れてから、風呂場に戻った。

 そしてリンスを流して髪を拭くと顔が赤くなったのでバスタオルを中の引手用手すりにかけて外に出る。

 

(……聞けない)

 

 どこで俺の作品を取った? なんて、そんなことを聞けるわけがない。俺はこういう時に何故かヘタレてしまう。もしこれでアイディアが被っただけだったらどうするつもりだ。

 ベッドの下を掃除していると、出るわ出るわ。また害虫が出たのでつぶそうとすると、レーザーが通過して害虫を焦がした。

 射線を辿ってみると、そこにはバスタオルを巻いた状態のさっきの女の子が立っていた。

 

「……ない?」

「パンツなら取ってないけど?」

「違う」

 

 考えてみれば下着もそうだが、着替え全般出してなかったな。

 

「……そこに、紙があったはず」

「ああ。それならすべてこれに入れた」

 

 そう言ってファイルを渡すと彼女はすぐに中身を確認した。

 そして俺は空気を読んで外に出て、しばらく待機した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一人残された少女―――轡木朱音(あかね)は念のため外に出た悠夜が覗けないように鍵をかける。

 

(……大丈夫とは思う…けど)

 

 そう思いながら朱音はバスタオルを脱ぎ、タンスの中に入っている私服に着替える。まだ着れることに驚きつつ

、いつでも入れるように鍵を開けておいた。

 

(さっきの…気持ちよかったな)

 

 自分の髪を弄びながら洗ってもらっていた感触を思い出しつつ、ふと彼女は過去のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朱音の父親は7年前に傷害事件を起こしており、今も刑務所に入っているということだけは聞いている。調べようと思えば可能だが、彼女自身ハッキングの手段はあまり使う気になれないということもあるが、何よりもそれが原因で外に出ることができなくなったと言っても過言ではない。

 彼女は昔から異質だった。

 小さい頃から母親の医学書を持ち出しては、意味がわからない部分を辞書で引くが、それすらも理解できなかったときは一から勉強していた。預けていた保育所からはそのことで再三の注意があったが、共働きだったが故に当時保護者の代わりをしていた十蔵はやりたいことをやらせてみたいという方針だったので朱音はひたすら勉強を繰り返し、いつ日か彼女の目標は母親の医学書をちゃんと理解することになっていた。

 だがそんなある日、父親が傷害事件を起こして警察に捕まったというニュースを小学校に駆け巡った。

 そのことで日頃から一人でいた朱音はこれ幸いとばかりにクラスメイトに虐められ始めた。だが、それを担任の男性教諭が朱音を庇ったのだ。

 そんなある日、その男性教諭の指示で朱音は放課後に残らされたことがあった。どうやら以前に提出した書類に記入漏れがあったらしく、重要な書類なので二人でする、という話だった。

 何も疑わずに残った朱音は勉強しながら待っていると、しばらくしてその男性教諭が現れた。

 

(あれ?)

 

 見たところ、その教諭は書類どころか何も持ってきていなかった。

 そのことを疑問に思った朱音はその教諭に聞くと、彼は「必要ない」と断言した。

 

「実はね。記入漏れというのは嘘なんだ。本当は君と二人きりになりたかったんだよ」

 

 するとその教諭は朱音に近づき、思いっきり彼女の胸を掴んだ。

 そのことで自分が今何をされているかを理解すると同時に、目の前の教師に対して恐怖する。

 

「や、止めてください……」

「どうして? 僕は今まで可哀想な君を何度も助けたじゃないか? だったらこれくらいの礼なんて別に構わないだろう」

 

 「さぁ、力を抜いて」と言った男性教諭は両手で朱音の胸を撫でまわす。5分ぐらいしたくらいだろうか。「そろそろいいだろう」と言った男性教諭は朱音が履いていたスカートに手をかける。

 すると鈍い音が辺りに響き男性教諭が壁に激突した。

 

 ———ビィイイイイイイイッッ!!

 

 ぶつかったことで何らかの出来事が起こったのか、残っていた朱音のランドセルに着いてあった防犯ブザーが鳴り響く。時間も放課後だったこともあり、別の教師が駆けつけて惨状に驚き、彼女はそのことが影響で祖父も含め男性に触れられることができなくなったのだ。

 

 

(………でも、あれは誰だったんだろう?)

 

 彼女の脳裏に男性教諭を飛ばした影の形ができる。そう。あの男性教諭は何者かの妨害によって着替えが加えられ、未遂に終わったのだ。

 だが男性教諭は体格が大きい方で、子供の力で吹き飛ばせるなんてことはできないのだ。それを知っていたから朱音はそのことは黙っていた。

 

(………あの人だったらいいな)

 

 すると朱音の顔は自分でもわかるほど赤くなり、思わず首を勢いよく横に振った。

 実は朱音が重度の男性恐怖症を抱えてから、悠夜を除いて一人だけ彼女の中に入りこめた人物が一人だけいた。その男の名は桂木修吾。悠夜の父であり、現状の朱音を確立させる要因の一つとなった電子機器の取り扱いを朱音に教え込んだ彼女の師匠である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あらかた部屋の掃除は終わったが、問題が一つ発生した。

 布団を干す必要があるが、今は夜。なので轡木(祖父)に頼んで余っているベッドのセットを借りて、そのまま往復してきた。

 ちなみに俺はそこで一泊し、7時ぐらいに一度部屋に戻って授業の準備をしていた。本音を言えばこのまま続きをしたかったのだが、轡木さんに言われて仕方なく出ることにした。決してあの人から発せられたプレッシャーが怖かったからではない。

 更識の姿はないから、おそらくもう校舎のほうにでも行ったのだろう。柔軟をしてからシャワーを浴び、制服に着替えて廊下に出る。この時間から登校する人間が多くなるが、周りは「男がいる」ということに慣れたのか、俺が出てきてもあまり何の反応も示さなくなった。まぁ、織斑の場合は逆に湧くが、それはそれで今更って感じだった。

 

「おっはよ~」

 

 そしてこの衝撃も慣れたものだ。今日も今日とて布仏が俺に抱き着いてきたのだろう。いや、正しくは「のしかかってきた」か。

 

「ああ、おはよう。そして降りろ」

「ええ~」

 

 不満そうに言うので俺は布仏の無理やりはがすと、違和感を感じた。

 

(あれ? 軽い?)

 

 通常、教科書を合わせれば60㎏はあるはずなんだが、どういうことか布仏からそんな重さを感じられなかった。いったいどういう原理なんだろうか?

 深くは考えないことをせず、その校舎に入って上靴に履き替え、教室に入る。

 

「そういえば、あかにゃんはどうだった?」

「……ずいぶんと個性的な名前だな」

 

 確かに「にゃん」の部分があっても違和感はないほどの反応だったな。

 

「まぁ、あれも女尊男卑の弊害だろ。気が強い奴はこの世の中で猛威を振るっているだろうし」

 

 そんなことを話していると、何人かが教室が入ってくる。中には見たことがない奴らが―――というかほとんど見たことがない奴らしかいない。

 

「ねぇ、アンタ」

 

 総勢20人は軽く超えていることはすぐにわかった。だとしてもこれは異常というか、何故あれほどに人がいるのか疑問がある。

 

「これだけ押しかけて一体何の用―――」

 

 途端に俺の顔面に拳が届き、殴られる。

 

「ゆうやん!」

「大丈夫だ。……一体何の用だ? 別にお前らのスカートをめくったりパンツをずらしたなんて幼稚なことをした覚えはないんだが?」

 

 しかし今の拳は聞いた。本当に女か、こいつら。

 と関係ないことを思っていると、一人が俺に言った。

 

「黙りなさいこの犯罪者が」

「………はぁ?!」

 

 いや、確かにあれは犯罪チックだったが、あれは女の髪にダメージが来ているから適切なケアをしようという俺の配慮だ。それにちゃんと視線は髪一点に集中しているから問題ない。第一、あの子が俺に対して不満を持っているなら、俺はこの世にはもういないだろう。冗談ではなく、マジで。

 

「許さないわ。私たちの楯無様を汚した罪、その身をもって贖いなさい!!」

 

 わりとでかい石を投げてきたので俺は窓から飛び降りた。




今回のシーンは、ちょっと知識不足なのでこれくらいに留めました。未遂だから、大丈夫……ですよね?


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#25 そして事態は収拾へ

 更識楯無は昨日、土曜日の授業の用意をした状態で生徒会室に泊まっていた。生徒会の仕事の中には長期になるものも中にはあるので、仮眠室が常備されているのである。

 もっとも、学園祭の準備前で使用しているのは楯無や虚ぐらいだが。

 生徒会室から登校した楯無はまっすぐ教室に入り、椅子に座って授業の準備をしていると、同じクラスで新聞部に所属する黛薫子が楯無に声をかけた。

 

「おはようたっちゃん。いきなりだけど、たっちゃんに弱みがあるってホント?」

「本当にいきなりね。まぁ私も人間だし、弱みぐらいはあるわよ」

 

 ―――簪ちゃんとか、簪ちゃんとか!!

 

 彼女には一つ下の妹がいるが、同時にその妹が抑えられれば間違いなく自分の動きも止まると楯無自身自負している。

 

「え? じゃあ、あの話って本当だったんだ?」

「……一体何の話よ」

 

 嫌な予感をしながら楯無は尋ねると、薫子は何事もなかったかのように答えた。

 

「実は二人目の男性操縦者の…えーと、桂君? がたっちゃんの弱みを握って夜な夜な性的暴行をしているって」

 

 思わず楯無は頭を抱えてしまった。

 

(まさかあれが発展してそうなったとかじゃないわよね?)

 

 さらに嫌な予感がして彼女は早々に帰り支度を始めた。

 

「あれ? もう帰るの?」

「ええ。どうやら事態の後処理に影響が出そうだし、この際だから荷物もね」

「ほうほう。じゃ、初めての夜の営みがどうだったぜひ!」

「……したことないわよ」

 

 そう答えると、薫子は固まってしまった。

 

「え? ちょっと待って? ……本当?」

「本当よ。初日に確認した時はちゃんと意識はしてくれたんだけど………」

「セックスレスと」

「殴るわよ」

 

 楯無に睨まれ、思わず薫子はすくみ上った。

 

「あぁ、だからさっきから教室にいる「そっちの考え」の人が出て行ったんッスね」

 

 唐突に会話に入るフォルテの言葉に反応した二人は、思わず辺りを見回す。

 

「…どうして誰もいないのかしら?」

「さっき二人が怪しげな顔でそんな話をしていたからか、全員が一斉に外に行ったんッスよ。確か中には「あのカス殺す」とか言ってたッスよ」

 

 それを聞いた楯無は盛大なため息を溢し、鞄を持って外に出るのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が窓から飛び降りた頃、朱音は机の下に置いていた箱を出していた。

 

(そういえばこれ、師匠から会ったら渡してほしいって言われてた……)

 

 「悠」という字が印字された箱。中身は空けていないが、軽いので朱音にも持ち運ぶことは可能だ。

 

(後で来るって言ってたし…その時でいいや)

 

 そう結論付けた朱音はパソコンを起動し、IS学園の様子を覗く。今いる友達が何をしているかを観察するためで、IS学園のセキュリティーシステムに侵入してついでに閲覧させてもらっているのである。

 すると監視カメラに男子制服を着た一人の生徒がカメラの撮影範囲に入った。

 

「……あれ?」

 

 あわてて朱音は時間を確認すると、すでに始業HRは始まっている。だというのに制服のままというのはおかしいと思った。

 すぐにその映像で先頭を走っていた生徒を拡大すると、その顔は昨日自分の部屋を綺麗にした人物だった。

 

(……どうしよう)

 

 彼は実に紳士的だった。

 持ってきたベッドはすでにセッティングして、シャワーを浴びた彼は風呂を洗い終えると、そのまま布団を敷いて先に寝た。

 そして自分より早く起き、朝ご飯も用意して使ったと思われるものもすべて片づけてから自分のことを起こしてくれた。それはまるで、朝帰りの母親に代わりに朝食を作っていってくれた父親みたいだった。

 

「……助けなきゃ」

 

 助けてくれた人かもしれないから、部屋の掃除をしてくれたからとか、今の彼女にはそんな思考はない。もういなくなってほしくない、そんな一心で彼女はある物をを持って自ら部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まったくわけがわからない。

 いきなり現れたあいつらは「俺が更識の弱みを握って襲った」などという妄言を吐きながら、今も追いかけてくる。素直に言ってかなり怖い。話を聞いてもらえる保証なんてないし、こうして逃げているわけだ。

 

(いくら逃走術に長けてるって言っても、限度があるぞ)

 

 罠とは、あらかじめ仕掛けて効力を発揮する。残念ながら巻き込みを避けるため仕掛けてるということはしていない。それに残念ながらこの周辺には仕掛けていない。

 

(せめて魔法とか使えたらなぁ)

 

 二つのステッキがあったら容赦なくできるし……いや、あれは女の子向けか。何故男向けの衣装がないだろうか。

 それはともかく、今はこの現状だ。魔法少女に関して議論している場合ではない。……少女ものってどうしても苦手意識持ってしまうから、あのアニメシリーズしか見ていないけどな!

 

「待て、この屑が!!」

「止まりなさい、ゴミ野郎!!」

 

 後ろから聞こえてくる罵詈雑言は無視だ。

 とりあえず壁に沿って作られているパイプを登っていくと、下から揺らされる。

 

「うわっ! ちょっ!!」

 

 ふ、ふざっけんな! 落ちるだろうが!!

 まるで「登ってみたけど降りれなくなった猫みたいにパイプにしがみつく。実は俺、高いところってそれなりに苦手なんだよ!! 飛行機とかならばそれなりに大丈夫だけどさ! 今ってそれなりしか安全な部分がないじゃん!

 慌てて三階の窓に移ろうとするが、あまりに揺れすぎて足が動かなくなる。

 

(………もう、覚悟を決めるしかない)

 

 ため息を吐きつつ、俺はさらに上へ、上へと昇って行った。

 そして屋上にたどり着いた俺は、そのままドアに手をかける。途端に下から声が聞こえた。

 

「屋上よ! 屋上から逃げる気だわ!」

「チームを半分に分けるわ! 20人は私と来て! 後は下に残って待機よ!」

 

 ………見事に作戦を看破された。

 あの中には二年生もいるし、同い年とはいえ逃走にしか力を入れなかった俺には着地からの反動を考えても切り抜ける気がしない。

 

(屋上には柵があるから、助走を付けても向こう側の校舎に行くことなんて難しいしな)

 

 柵があってもなくても、無理なものは無理かもしれないが。

 

(……いや、一つだけある)

 

 俺のほかに人外ならば余裕でできるとっておき。やるなら今しかない。

 俺はまず助走を付け、柵の前で越える。そして着地すると同時にしゃがみ、体を回転させてそこから跳ぶ。

 

「とうとう気が狂ったかしら?」

 

 誰かがニヤニヤとしながらそう言った。確かに体を回転させて跳んだところで、人の脚力ごときで校舎から校舎に密接するのならともかく、20人は余裕で並んで歩けるような間を跳び越えることなんて不可能だ。

 俺はそのまま落下する。このまま頭から落ちれば笑いものだ。かといって足から落ちても無事で済む気はしない。

 だがこのとっておきを使えば、5階から落下しても無事だ。大体二か月前に試してある。

 

 

「―――桂木悠夜!!」

 

 聞き覚えがあった声に振り向く。みんなから少し離れた場所に作業着の上に白衣を着た轡木さんがいた。

 すると彼女はパチンコらしきもので俺を攻撃した。

 

(痛ってぇ!!)

 

 瞬間、俺の脳内に流れ込むように声が響く。

 

 ―――登録情報と一致。装甲を展開します

 

(え? 何だ? 何が起こってる!?)

 

 すると俺の周辺を瞬時に粒子が展開され、徐々に装甲が形成されていく。その反動でか周辺に突風が巻き起こり、下にいた何人かが悲鳴を上げた。恨むなら、意味がわからないことで俺を追いかけてきた愚かな自分を恨んでくれたまえ。

 装甲の形成が終わると同時にスラスターを前方に展開するイメージをして急ブレーキをかけ、校舎への激突をなんとか阻止した。

 

「何アレ? 公表されてるどのISとも違う気が……」

 

 一人がそんなことを言っている間に、俺は誰にも被害が行かないように距離を取って着地する。ステータスをチェックすると《最適化まで、あと5分》と表示されていた。

 さらにデータを探すと、俺の目当てである情報が表示される。

 

《機体名:黒鋼》

 

 ………一体どういうことだよ。

 確かに黒鋼は行方不明だ。どこにあるかわからないから、半ば諦めていたんだが、

 

(それがどうしてこういうことになってるんだよ?!)

 

 まさかISで戻ってくるなんて思わなかった……というか予想できるか!!

 ヤバい。この状況は本当にヤバい。いきなりあの子にぶつけられてIS展開とか、敵を蹴り飛ばしながら変身する奴らみたいに、俺もジャンプしながら装着したかった。頭ぶつけてとか恥ずかしすぎる!!

 

「ねぇアンタ、何でアンタがISを持ってるのよ。しかも待機状態のを……!!」

 

 嫌な予感がし、俺は慌てて後ろを振り向く。予想通り、あの子が生徒の一人に絡まれていた。

 途端にISが解除される。おそらく俺の望み通りの形に成ったのだろうと推測しつつ、俺はそこから駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———ねぇアンタ、何でアンタがISを持ってるのよ。しかも待機状態のを……!!」

 

 一人の女生徒が朱音の姿に気付き、パチンコを持っていることから近づいた。

 その視線の強さに、朱音はあの後に接してきたクラスメイトたちに向けられた視線を重ねてしまった。

 

 ———知ってる? あの子、あの変態に犯されそうになったんだって

 ———うっわぁ。もしかして日頃からやってんじゃない?

 ———お父さんも傷害事件起こしてるんでしょ。お母さんも女医をしているみたいだけど、本当は下らない男とそういうことをしているんじゃない?

 

 ケラケラと笑い声が朱音の脳内に響き渡り、彼女は隠れるようにその場にしゃがみこんだ。

 

「何か言いなさいよ!」

 

 そう言って朱音に詰め寄った生徒は胸倉をつかみ、持ち上げた。そして無理やり視線を合わせられ、さらなる恐怖が彼女を襲った。

 瞬間、朱音の左肩に何かが触れると同時に、視界に何かが飛び込んだと思ったら真ん前から鈍い音が鳴った。同時に朱音に向けられていたプレッシャーがなくなる。

 

 ———ドッ

 

 さっきまで持ち上げられていた朱音はそのまま地面に落ち、近くからも似たような音が響いた。

 

「……やっぱりそう上手くは行かないもんだな」

 

 彼女はその光景に見覚えがあった。

 それは昔、彼女が男性教諭に襲われた時のこと―――

 

 

「大丈夫か、美少女ちゃん?」

 

 そう言って悠夜はそっと、朱音に手を差し伸べた。

 朱音は躊躇いなくそれを取り、悠夜に引き上げられて立つ。

 

「………しっかし、小学生の時と違って今だと恥ずかしいな」

「…しょ、小学生の……時?」

「ああ。あんまり小学生の時ってそこまで深い思い出なかったけどさ、昔ちょっとしたことで大人をフッ飛ばしたことがあるんだよ。ま、祖母の技を真似してみたら思いの外うまくいっただけなんだけど」

 

 笑いながらそう答えると、朱音の目から涙が溢れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急に泣き出した女の子。俺はそれを見て慌て轡木さんの姿を探し始める。どうやらいないようなので安心していると、周りにいる女たちが殺気立ちはじめていた。

 

「あんた、よくも……」

「いやいやいや、そう怒らずにむしろ感謝してもらいたいぐらいんだけど」

「何馬鹿なことを言ってんのよ!!」

 

 いや、俺の言葉は絶対に間違ってない。大体お前がさっき虐めていた女のお祖父さんはそんじょそこらの男じゃないんですけど。

 

「もういいわ。みんな、この男をやるわよ」

「いいわね」

「入ってきた時から気に入らなかったのよ、アンタ」

 

 各々が戦闘状態に入るのを確認し、とりあえず後ろにいる女の子をどうにかしようと考える。

 

(このまま逃がすとしても、逃げ切れるかどうか)

 

 おそらく屋上に向かった部隊は今頃屋上に待っているはずだしな。というか俺はどうして屋上から下の階に移動しなかったんだろうか。

 

「君、立てる?」

「………うん」

 

 涙をぬぐった女の子は立ち上がり、俺の背中に何かを突き付けた。

 

「使って」

「ああ……って、銃?」

 

 それを見て周りも俺から距離を取り始める。奇遇だな。俺もこの子から距離を取りたい気分だ。

 とりあえず受け取ると、意外なことに射撃訓練で使った物ほどの重さはない。確か同じタイプだったはず。

 

「あと、これも」

 

 そう言って渡されたのはダイナマイトだった。

 

「何でこんな危ないものを持ってるの!?」

「大丈夫、花火だから」

 

 さらにライターを渡す。俺はそれに火を点けようとすると、突如響いた怒声に遮られた。

 

「そこまでだ!!」

 

 たぶん遅いだろうが、俺は彼女を守るために大の字になって壁をとなる。

 声の方をたどると、屋上には何故か織斑先生が仁王立ちしていた。

 

「お、織斑先生!」

「織斑先生が来てくれたわ!!」

 

 途端に女たちの士気が高揚する。なるほど。たかがあそこに立っているだけでこんな風になるんだ。

 だといしたらますます手加減は不必要だな。変態とか言われそうだが、男の性としても女の弱点を攻撃する方がテンションが上がる。……本当に犯罪だがな。

 

 ———ガシャンッ!!

 

 いきなり起こった音に全員が反応をする。

 そこには轡木さんがおり、驚いた顔をしてこっちを―――正確には孫の方を見ていた。

 

「………これはどういうことです、桂木君?」

 

 ………16年しか生きられなかったな。

 学園内最強を前にしてそんなことを考えつつ、正直に答える。

 

「さ、さぁ? 剣呑とした雰囲気で話を聞く気もなさそうだったら逃げたらこの有様です」

「なるほど」

 

 納得したのか轡木さんは織斑先生を見ると、先生は咳ばらいをして女たちに言った。

 

「桂木以外の全員はすぐに体育館に集合しろ」

「待ってください! あの犯罪者をみすみす逃がせと言うのですか!?」

「さっきの奴らも同じことを言っていたが、それは更識自体が否定している。貴様らは勝手な思い込みで桂木を追い回していたに過ぎない」

 

 するとさっき俺が蹴り飛ばした女が織斑先生に言った。

 

「ですがこの男は私を蹴りました!」

 

 黙っておいてくれれば良かったのに。

 そしたらあと70年ぐらいは生きられたのにな。

 

「それはどういうことだ?」

「その女の子が俺を窮地から救うためISを譲渡し、彼女が詰め寄った際に心身に異常がきたしていることを確認したのですが、見ての通り人の話を全く聞かないので実力行使に出たまでです。私は悪くないと言うつもりはありませんが、非の割合は向こうにあると思います」

「何ですって―――」

 

 途端にその女生徒は泡を噴いて倒れた。おそらく俺の後ろからプレッシャーを放っている人が原因だろう。誰とは言わないが。

 

「まぁいい。ともかく全員、すぐに体育館に集合するように。ボイコットした場合、与える罰の倍を与える。いいな」

 

 その言葉で全員が顔を青くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は進み、放課後。一組の半分が罰を与えられたためスカスカだった。そして事情を聞いたが行動しなかったらしい篠ノ之とオルコットはふと目を合うたびに俺を睨んでくる始末である。ちなみに織斑はというと、

 

「鈴を襲ったっていうのはホントか!?」

 

 なんて抜かしやがったのでため息を吐いてそのまま無視。これ以上話すと殴ってしまう可能性があったからだ。

 大体そんなことをしたところで相手に迷惑をかけるってことは容易に想像できるだろうに。

 

(………まぁ、それはともかくだ)

 

 結局俺は監視カメラのことと今回の女たちの暴走が原因で暴力を振るったことは無罪放免ということになったんだが、学園長室に呼び出されてしまった。

 

(……もしかして死刑だろうか)

 

 仮にも俺が原因であの子は飛び出して巻き込んでしまったのは変わりない。祖父母からの熱烈な殺人拳を食らった後、母親に実験動物として様々な実験をされるだろうな。

 

(16年は……短いなぁ)

 

 あ、涙出てきた。

 出てきた涙をぬぐってから、学園長室のドアをノックする。中から返事があったのでドアを開ける。

 中にいるのはパンフレットに乗っていた女性と、以前お世話になった轡木晴美さん。そして布仏とあの女の子が一緒にいる。

 

「初めまして、桂木君。私は轡木菊代(きくよ)、この学園の学園長をしています」

「は、はじめまして………」

 

 思わず辺りを見回すが、一番の戦力と思われる人がいなかった。

 

「主人ならば今回は席を外させてもらいました。今頃別の仕事をしています。更識さんと3年の布仏さんはあの騒動の原因を探ってもらっていますので、この会合には来ないものと思ってください」

「は…はぁ」

 

 ともあれ俺の寿命は延びたんだ。そこは素直に喜んでおこう。

 

「早速本題に入らせてもらいますが、桂木君。あなたが持つ黒鋼を朱音に返してあげてください」

「わかりました」

 

 付けていた指輪を外し、すぐに布仏に拘束されている朱音という女の子に指輪を渡した。

 

「あの、お祖母ちゃん……」

「返却と言っても一時的なものです。明日、すぐにラボにて再調整をした黒鋼の一次移行(ファースト・シフト)を終了させ、正式に受領してください」

「………あの、本当にいいんですか? 苦情とかもう来ていると思うんですが」

 

 今まで持っていたのはどうすればいいのかわからないってのが理由だったのだが、これからは俺がISを―――ましてや今度は本当に専用機だ。

 

「それならば問題ありません。先日の事件で部隊が桂木君を救助しなかったことを理由に押し通しました。更識さんとの同居も同じ理由で通してますので問題ありません」

「………それなら「織斑と同室にしろ」って声もあったでしょ?」

「ええ。でもそうすればあなたは脱走するか別居を選択するでしょう?」

「もちろん」

 

 改めて思うが、俺ってかなり織斑のことが嫌いだな。まぁ、考えなしに話すし、そのことで巻き込まれることが多いからだろうが。適正検査しかり、決闘しかり。

 

「それと―――」

 

 すると学園長は立ち上がり、晴美さんと二人で俺に頭を下げた。

 

「孫をまた外に出してくれたこと、心から感謝します」

「だからって頭を下げないで下さいよ! ほら、すぐに上げてください!」

 

 大体、彼女が自分から外に出たのだからそこまでされる義理はない。

 なんとか頭を上げてくれたが、正直なところ心臓に悪い。

 

「でも驚いたわ。これも遺伝子ってところかしら?」

 

 晴美さんはそう言うと学園長は睨むが、気付いていないのか晴美さんは遠慮なく言った。

 

「実は私、あなたのお父さん―――桂木修吾とクラスメイトだったの」

「………マジですか?」

「当時私は学級代表だったけど、あなたのお父さんにはいろいろと引っ掻き回されて大変だったわ」

 

 どこか遠い目をする晴美さん。なんだろう。妙に親近感が湧いてくるんだが。

 

「ともかく、今後も娘のことをよろしくね」

「………いや、それは―――」

 

 その続きは思わぬことで遮られる。

 急に俺の両肩を持った晴美さんは自分の胸に俺の顔を押し込んできた。事態が理解できずに思考を停止させていると、後ろから声が聞こえる。

 

「ちょっとお母さん!!」

「……晴美?」

「もう、ちょっとからかっただけよ」

 

 俺を元の位置に戻した晴美は手を振って部屋から出る。ようやく事態を理解した俺の思考は元に戻ると、後ろからプレッシャーを感じたので向くと、布仏はにっこりと笑顔を向けていた。

 

 ………日頃の癒し効果は、この時に限って発揮されなかったようだった。




これで第二章の前哨戦みたいなのは終わりです。
原作って結局轡木十蔵を出して以降、出る気配がなかったので、「女中心の世の中」なのにIS学園の理事長をしていることに関して疑問を持っていたので、いっそのこと書き広げてみようかなと。

それと最近リアルが忙しいです。イベントが重なっていてあまり執筆時間がないこともあってこれから投稿感覚はさらに開くことになりますが、ご了承ください。


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#26 始まりと覚醒……?

前回に引き続き、今回も視点をコロコロと変えています。
長かったよ。ようやく2巻に入れるよ、パトラッシュ(´;ω;`)


 フランス某所に存在する一つの巨大企業。入口に「デュノア・コンパニー」とフランス語で印字されたそこの中央に位置する15階建ての最上階———その社長室で男性は向かい合う形でデュノア社のカンパニー・ロゴが入ったジャージを着ている()()に説明していた。

 

「詳細は以上だ。任務は困難を極めるだろうが、会社の未来がかかっている。絶対にミスをするな」

「………わかりました。それと、質問なのですが」

「何だ?」

「どうして織斑一夏を優先的なんでしょうか? 桂木悠夜の方が簡単なのですから、そちらを優先するべきなのでは?」

「だからこそだ」

 

 自信ありと男性は言った。

 

「織斑一夏の専用機はどうやら篠ノ之束が関わっているらしい。あの女はISコアを開発したとはいえ、実際開発したISは白騎士、暮桜、そしてこの白式のみだ。一般企業が開発した機体のデータよりも、そちらの方が重要だ。それに、この男は篠ノ之束と近しい関係にもある。今後のために取って置くべきだ」

 

 熱弁する男性に対して「わかりました」と答える男子。さらに男性―――シルヴァン・デュノアは付き加えた。

 

「言っておくが、決して桂木悠夜のことを無視するなというわけではない。隙があるなら遠慮なく奪って構わん。材料は多い方がいいからな」

「……はい」

 

 シルヴァンは話を切り上げ、男子———シャルル・デュノアに出ていくように命じる。シャルルは部屋を退出すると入口に置いていたスーツケースを持ってエレベーターの方へと、まるで待っていたかのように一人の少女が立っていた。

 

「……おはようございます、リゼット様」

「あら、私たちは姉妹なのですから、「様」はつけなくてもよろしくよ」

「確かにそうですが、私はあなたとは違いますから」

 

 そう言ってシャルルはエレベーターの「↓」ボタンを押す。運悪くどちらも階下にあるので昇ってくるまでしばらく時間がかかる。

 

「あなたがIS学園に行くにあたって、一つ忠告させていただきますわ」

「……何かな?」

 

 どちらもお互いを見ることはなく会話は進んでいく。

 

「桂木悠夜―――二人目の男性IS操縦者には手を出すことは止めておいた方がいいですわ」

「………どういう意味だい?」

「言葉の通りですわ。ましてや彼を怒らせるなど、自分の身を滅ぼすだけですわ」

「………ご忠告、どうも」

 

 ちょうどエレベーターが着き、入口が開く。

 シャルルはそれに乗って降りるのをリゼットが見送った後、彼女はすぐに階段から下へと降りて行き、シャルルが出てくるのを自分が設置した監視カメラで確認してから後ろから尾行する。

 

(相変わらずこういった時は興奮してしまいますわ!)

 

 対象者にのみ存在が気付かれないようにするに留めている彼女は、周りのことを気にせずシャルルを尾行する。そしてシャルルが車に乗ったのを確認してすぐ自分もあらかじめ用意していた車に乗り、

 

「発進ですわ!」

「わかりました」

 

 すぐに後を追わせた。

 

「ところでお嬢様、いつの間に尾行などというはしたない趣味に没頭するようになったのですか?」

「三年前ですわ」

 

 一般車の運転席から発せられる執事の質問を臆することなく平然と答える令嬢の姿を見て、執事はため息を吐く。

 

(以前はそんなことがなかったはず、なのですがね………)

 

 三年前、リゼット・デュノアは日本語の勉強を目的とした一年の留学生活を送っていた。その時に襲われていたことは執事―――ジュール・クレマンの耳にも入っていた。

 その時に周囲に怪電波が発せられていたので当時のデータは何も残っていない。リゼット・デュノアはその三年前までは母親と同じ「女尊男卑」思考を持つ女の一人だったが、その価値観を壊した悠夜の存在はこの社会では価値あるものだろうとジュールは推測する。

 

(まぁ、あの方が目をかけるお方だ。それくらいしてもらわなければ困る)

 

 前の車を追いかけているジュールに対し、リゼットは唐突に話しかける。

 

「ところで、あなたはどちら側の人間ですか?」

「……何の話でしょうか?」

 

 急に不穏な空気を感じ取ったジュールは一向に表情を変えず運転を続ける。

 

「今更とぼけなくてもいいですわ、ジュール・クレマン。いえ、亡国機業(ファントムタスク)とは違った裏組織結社———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———HIDE(ハイド)の構成員さん、とお呼びすればよろしいでしょうか?」

 

 デュノア家の中で若いながらも専属執事として働く冷静な沈着なジュールも、この時ばかりは表情が変わった。

 

「あなたのことは調べさせてもらいましたわ。いえ、正しくは日本のある奇怪な事件について調べた時に気になる名前があったものでしたので、そのついでに調べたというのが正しいのですが」

(………この場で処分するか?)

 

 ジュールの脳裏にそんな考えが浮かんだが、その悩みを解消するかのようにリゼットは言葉を続ける。

 

「ご安心を。あなたのことに関して知ったところでどうこうするつもりはありません。むしろ私は安堵していますのよ」

 

 そう言ってリゼットは助手席にある資料を放る。ちょうど近くにコンビニがあり、ジュールはその駐車場に入って車を止めた。

 

「ナイスタイミングですわね。私はコーヒーを買いに行きますが、あなたはいかがいたしますか?」

「……では、ボ○の贅沢○糖を」

「わかりましたわ」

 

 そう言ってリゼットは車を降り、高そうな服に似合わないコンビニの屋内へと入っていく。

 ジュールはその間に資料を読むと、それ以前自分が調べたものそのものだった。

 

(………何故このタイミングで?)

 

 思わず直しが必要な場所でもあるのかと疑いを入れるが、特に指摘されたことは書かれていない。

 内容は覚えているが、それでも何度も読み返していく。するとリゼットは車の後部座席左のドアを叩いたので、ジュールは自動開閉機能を使って開けた。

 

「ありがとうございます。はい、微糖ですわ」

「どうも」

 

 ジュールはそのままドリンクホルダーにおいてリゼットに尋ねた。

 

「どうしてこの資料を?」

「これからあなたには動いてもらいたいんですの。HIDEのボスに会うことは可能ですか? あなたたちが持つ施設は身体関連に関してはどの国よりも上と聞き及んでおりますの。その施設でその資料に書いている女性を保護してもらえるよう、掛け合ってくださいな」

 

 そう言ったリゼットはにんまりと笑う。

 

「ですが、これはあなたにとって家族を寝取ろうとした女。むしろ敵視するのでは?」

「実際は私の母が大きな産業会社が欲しくて手を出したのですから、むしろこっちが奪った方ですわ。以前母が義姉を殴った時は本当に面白かったですわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———あまりにも母が馬鹿すぎて」

 

 「まぁ、父も遊び相手としてしか見ていなかったようですので、どっちも悪だと思いますが」と続けるリゼットを、ジュールは内心恐怖していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツ軍本部。そこにある訓練場で一人の少女がISを展開した状態での射撃訓練を行っている。

 

《これで訓練終了です》

「了解した。ISを解除する」

 

 ISを解除した少女―――ラウラ・ボーデヴィッヒは何ともない風に着地し、そのまま射撃場を去って自分の部屋へと向かい、服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。

 それを妨害するかのようにシャワー室内に電子音が鳴り響いた。

 

「どうした?」

『隊長、チャーター便の手配ができました。出発時刻はドイツ時間で明日の07:00(マルナナマルマル)。その後13時間ほどで成田空港で付近のホテルで一泊し、その後IS学園の方へと移動となります』

「了解した。06:50にはそちらに着くようにする」

『…っと、シャワー中でしたか。シャワー室ならば出なくてもよろしいのに』

「緊急と思ったのでな」

 

 素っ気なく返すラウラに対し、通信相手の副隊長―――クラリッサ・ハルフォーフは鼻を抑えつつ言う。

 

『そうですか。一応、そちらに織斑一夏と桂木悠夜の資料を送っておきましたので確認してください』

「了解した」

 

 ちょうどシャワーを浴び終えたこともあり、ラウラは体にタオルを巻きつつ、頭を別のタオルで拭きながら机の上に置かれている小型端末を手に取り、スイッチを入れて起動させた。

 そして新たに届いているメールを開き、添付されているファイルを持っていく端末の方に送信する。

 送信が確認されたラウラは、送った方のファイルを何重もかけたプロテクトファイルの方へと移動させ、送られたメールを削除し、自分の端末に入っている二人の男性操縦者の資料を開く。

 するとちょうどいいタイミングで軍用の通信端末に通信が入る。

 

「私だ」

『クラリッサです。資料は確認できましたか?』

「今見るところだ。まぁ、見たところで私の敵になると思えんがな」

 

 そう言いながらラウラは「桂木悠夜」の資料を閲覧し始める。するとあるはずがない「専用機持ち」という表示が気になった。

 

「二人目が専用機持ちになったのか? 聞いた話では与えられることはないと聞いていたが」

『どうやら以前の原因不明の暴走事件が起こったことで直接戦闘をした際、訓練機では限界があったということで学園側がすぐに対応したらしいです。そして集団襲撃の際に全生徒に発表があった際に暴動が起こったとか』

「………そうか」

 

 そして今度は「織斑一夏」の資料を確認すると、手が止まる。

 

(………織斑一夏、か)

 

 家族の欄には彼女が敬愛する「織斑千冬」という名があり、端末を握りしめた。

 

(私は認めない。この男が教官の弟であるなど……認めるものか!!)

 

 この時、ラウラは全く気付いていなかった。通信相手のクラリッサが今のラウラを見て鼻血を噴いて倒れていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も平和だなぁ」

 

 そんなことを呟きながら、晴天の下…というか学校の屋上に設置されている喫茶店にでも置かれているような日傘付きのテーブルについてサンドイッチを食事していた。本当なら布仏が同席しているが、たまにはきちんと友人と交流するべきだと思ったのでそっちに行かせている。

 

『———本当ね。私も外に出たい』

 

 左耳に着けているインカムから通信相手の朱音ちゃんがそう答える。実は朱音ちゃんが俺の親父からプレゼントがあるということで取り入ったら、なんと通信セットだった。どうやら親父は俺が朱音ちゃんを放っておかないということを予知していたようで、あまりラボから出られない朱音ちゃんがいつでも俺と通信できるようにと準備していたらしい。相変わらず「なんちゃって予知」をしているようだ。性的興奮して強くなる某小説のキャラが好きらしく、状況的推理を楽しんでいるらしい。しかも意外なことに的中率は60%とやや高め。しかも朱音ちゃんにIT技術を教え込んだのは親父だったようで、実の息子放置して何をしているんだか。

 ちなみに朱音ちゃんは時々俺の部屋に遊びに行っては俺に抱き着くという奇行を始めているので、近々別の件も含めて対処してもらおうと思う。問題は学園長の菊代さんか理事長の十蔵さんのどっちに相談するべきかということだ。

 さらに補足だが、呼び方は以前二人がいる時に声をかけようとしたら「あれ? 轡木さんならかぶるんじゃないか?」と気付いて思わず名前呼びしたことがあったが、特に何も言われなかったことでそう呼ぶことにしている。

 

「かっつらぎー!」

 

 後ろから変なリズムで呼ばれたので振り向くと、何か柔らかい物体を押し付けられた。晴美さんもそうだが、今回もかなりのボリュームだ。今にも窒息しそうである。

 挨拶よりも前にこの悪魔を外すと、ダリル・ケイシ―先輩だった。

 

「ご無沙汰ですね、ケイシ―先輩。それで、何の用ですか?」

「あれ? オレの乳は一切無視?」

「別にコメントしてもいいのですが、中学の時にそれ関連のことで泣かせたことがありました」

「い、意外だな。まさかお前が告白されたことがあるなんて………」

 

 ………告白、か。告白というより四六時中付きまとわれたことがあるな。

 

「いえ。それとは違うんですよ。不幸なことに女子のおっぱいに顔を埋もれる機会がありまして」

「それって俗に言う「ラッキースケベ」ってやつじゃ……」

「俺にとってはアンラッキーですよ。で、その時に「この変態! 先生に言いつけてやる!」って言って女教師を呼ばれたんです」

 

 先の展開を予想できたのか、可哀想な子を見るような目で俺を見てきた。

 

「そ、それで、どうなったんだ?」

「以前脱走者などが多発したことがあって、どこに逃げたのか監視カメラがあらゆる場所に設置されていた中学だったのでたまたま詳細は監視カメラであったんですが、どうしても向こうはこっちが悪いということを言ったので、「まさかその程度の大きさ如きで変態だ何だとほざくとはな。包容力を感じるほど大きくないばかりか、萌え要素を感じるほどの可愛さもない、ゴミレベルの女が変態だと抜かすな。一般的な女を指すんだったらそんなガキっぽい柄の下着をするんじゃなくて、もう少し大人の下着を着けたらどうだ? あ、言っておくが面積少なめのものじゃなくて、キチンと大人向けのものを着るんだぞ。それじゃあただのビッチだから………まぁ、君のようなゼロ乳でも、それでビッチでも女に飢えている男たちなら高く買ってくれるだろうよ。良かったね、女尊男卑で。あ、「ゼロ乳」ってのは、君のように全く母性の象徴であるおっぱいがないことだよ?」って笑いながら答えてあげたら泣きました」

「………お前、こんな奴に喧嘩売ったのかよ?」

 

 するとケイシー先輩は後ろを向く。隠れて見えなかったがどうやら付き添いがいるらしい。いや、ケイシー先輩が付き添いなのか?

 

「だ、だって普通、あんな美人な先輩と同居していたら発情するでしょ、男なら! ましてやこの男は―――」

「ちなみに凰のことをそういう目で見ていたって言うつもりなら否定するぞ。まぁ、あれで暴力に走らず、キチンと包容力を持っていることと相手がホモじゃなければ大抵の男は惚れると思う。今の世の中、確かにデカい方が有利なことは間違いないが、それでも人の話を聞けて、その後に冷静な分析後、順序良く説明できる女の方がモテる。なのでそこに隠れてるフォルた…サファイア先輩もメモしておいてください」

「な、何でわかったんですか!?」

「殺気飛ばしておいてばれないと思う方がどうかしてますよ」

 

 ちなみにここまで殺気を感じれるようになったのは、轡木さんの殺気を受けたからだろう。

 

「で、今日は何の用ですか? そのメンツで行動するのは珍しいと思いますが」

「ああ。実はこの前の騒動を言い出したのはこいつでさ」

 

 そう言いながらケイシー先輩がハミルトンを突き出してきた。

 

「ですがそういう処分は普通学園が行うものでしょう? 俺たちが勝手にしていいものじゃないんじゃ……」

「それじゃあ、流石に不公平だと思ったからな。更識に頼んだら快く許可してくれた」

 

 ………もうそろそろ、更識も疲れているんだろうな。俺にその権限を委ねるなんて。

 まぁ、俺が入学してから色々あったからなぁ。

 

「そうか、じゃあ開放したらいいと思うが?」

「え……?」

 

 別に興味ないしな。今更どうこう足掻いても、どうせこの状況を覆すことはできない。

 

「………なんか、桂木が大人になった感じがするんだが」

「ちょっ、何を言ってるッスか、先輩!」

「だとしたら、今の俺は冴えているんでしょうね」

 

 インカムを秘匿通信機能に切り替え、俺は朱音ちゃんに頼み事をした。

 

『悪いけど、特注の高威力機雷を5つ作ってほしい』

『わかった。頑張ったらご褒美にこっちに泊まってね!』

 

 ……新たなる悩みの種ができるとするなら、しばらくは朱音ちゃんの突然変異のことかもしれないと、何故か俺は直感した。




まぁ、例によって、投稿ペースは開くかもしれないですが


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#27 ぶつかる美少女とキレる美女×2

 俺に用意された新たなる機体―――黒鋼は、スーパーロボッツ・バーサス―――略してSRsVSもしくはSRsというアーケードゲームの世界大会用に俺が製作していたものそのままだった。どうやら四月の爆発事故に巻き込まれた際に十蔵さんがあらかじめ回収し、設定資料集と共に朱音ちゃんに菊代さん経由で渡していたようだ。その時のと俺の親父が朱音ちゃんの師匠ということもあって俺を試したそうだ。

 

(ともあれ、まさか自分が考えた機体がISで再現されるなんて思いもしなかったが)

 

 そんなことを考えていると廊下は突き当りに出たので、更識との格闘訓練のために俺は右に曲がろうとした。

 

 ———タタタタ

 

 するとどっちかはわからないが足音が聞こえたので止まると、右から出てきた影がいきなり俺にぶつかった。右側を歩いていた俺も悪いが、廊下に道路のような進路指定場所なんてないしなぁ。

 倒れそうになっている女の子の腰を目安にして受け止める。さっきぶつかった女の子は倒れると思ったのだろう。ゆっくりと目を開けている間に俺は彼女の体勢を正していると、その女の子———って、

 

「更し―――」

 

 ———き?

 

 と続けようとしたが、俺の舌がそれを止めた。いや、正直なところ予想外というか、驚きを隠せない。

 

 ———更識って、こんなに「可愛い」かったっけ?

 

 そんなことを考えていると、顔を赤らめた更識(?)が俺の襟をつかんでそのまま投げた。たぶん綺麗な背負い投げである。

 なんて思っていると、背中に走った衝撃が一瞬息ができなくなった。

 

(………あっれぇ?)

 

 わけがわからず、そのまま床の上に転がっていると、足音が遠ざかっていった。

 

(……一体、何だったんだ?)

 

 正直背中が痛いのだが、そんなことよりもさっき受け止めたのが問題だったのかとか疑問に支配されてしまう。

 

(もしかして、腰にふれたのが悪かったのか?)

 

 いや、悪いんだが、本当は背中でキャッチしたかったなぁとか心の中で言い訳していると、急に声をかけられた。

 

「ゆうやん、大丈夫?」

 

 布仏が近くにいたらしく、俺の方に駆け寄ってくる。

 俺は立ち上がり、軽く服をはたいていると、何があったのか聞いてきた。

 

「どうして倒れていたの?」

「…ぶつかりそうになった女の子を受け止めたら、投げられた」

「……女の子?」

 

 どうやら俺が投げれたことより、投げた方が気になるらしい布仏。まぁ、確かにあの子はIS学園内ではずば抜けて可愛かったし、例え布仏がレズとして目覚めたとしても無理はないだろう。

 

「……ねぇゆうやん、何か変なことを考えてない?」

(……どうして気づいた)

 

 自分でいうのもなんだが、俺はポーカーフェイスはそれなりにできる。だから俺の考えなんて読めるわけがないんだが、

 

「まぁ、それはそれ、これはこれ、なんだよ~」

 

 もしかしたら俺が表情を出していたかもしれないので、この際無視で。

 

「そういえば、布仏はどうしてこんなところに?」

 

 俺たちがいるのは別館といわれる場所であり、音楽室や図書館を除けばあまり人が来ない。ここに来るなんてむしろ稀だ。

 

「実はね、幼馴染を追ってここに来たの」

「幼馴染?」

 

 まさかの男?! と思ったが、俺と織斑以外いるわけがないので女と判断する。

 

(そういえば、布仏姉妹は更識と幼馴染なんだよな?)

 

 だとしても、普通は「幼馴染」と呼称するか? いや待て。ということは、

 

「何かあった時の替え玉か?」

「どうしてそうなったの!?」

 

 布仏の反応を見る限り、どうやら違うようだ。だったらいったいなんだろうか?

 

『本音ちゃん! そんなことよりも早く追って! 対象はまだそこまで距離が離れてない!』

「わ、わかった。ごめんゆうやん」

 

 そう言って布仏はどこかへと行ってしまった。どうやら朱音ちゃんが何かを知っているみたいだが、それよりもこっちにも用事があるので、そっちを優先することにする。

 

(しかしさっきの、いやに気になるな)

 

 どうせこれから更識に会うのだし、ついでに聞いておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナの更衣室でジャージに着替え、更識が抑えているらしい道場に向かうと、そこには更識以外にもメガネをかけた女生徒がいた。

 

「お、初めましてだね、桂木悠夜君。私は黛薫子。たっちゃんのクラスメイトで、新聞部の副部長です!」

「……………どういうことだ?」

 

 更識に聞くと、何故か扇子を開いた更識は「密着」という字を出した。

 

「ほら、あなたが私の弱みを握って独占しているとか言われているじゃない。だからちゃんと潔白で悪いことをしていないことを、学園新聞に掲載してもらおうって計画よ」

「別にいらないと思うけど……すみませんが帰ってもらえませんか? 俺、視線とかって結構敏感な方で気になって練習が身に入らないタイプなんですよ」

「とか言って、私を追い出してたっちゃんにあんなことやこんなことを―――」

 

 顔を赤くしながら身をよじらせてそんなことを言う黛先輩。考えてみれば、同い年なんだよな。

 

「そんな馬鹿な妄想に浸っている暇があるなら、自分のことでもしていたらどうです?」

「この取材が自分のことになるわよ」

「あ、そう」

 

 仕方がない。今日のところは見逃すか。

 本当は嫌だが、これ以上相手しても時間な無駄な気がするので、この際スルーだ。

 両手に総合格闘用のオープンフィンガーグローブを装着し、ストレッチがてら更識の姿を確認した。

 

(………デカいな)

 

 そしてさっきの奴を脳内で照合しようとしていると、視線に気付いた更識がからかうように胸を隠して、

 

「視線、ばれてるわよ。桂木君のエッチ」

「私がいるのにたっちゃんを狙うなんて、大胆ね」

 

 更識と黛先輩が茶化すのを聞いたが、それを無視して俺は更識に聞きたかったことを尋ねる。

 

「ところで更識。さっきお前に似た女に投げ飛ばされたんだが」

「似た女?」

 

 眉をひそめ、何故か……本当に何故か俺を睨む更識。何だ? 俺は何か悪いことをしたか?

 

「ねぇねぇ、それってどんな感じだった?」

「どんな感じって……そうだな。胸は更識ほどなくて、眼鏡をかけていて、どこか気弱そうな―――わかりやすくいえば、数年前の更識に大人しさが付属されたって感じ……ですね」

 

 慌てて敬語を付け足すが、本人はさほど気にしていないらしい。黛先輩は続けて俺に質問してくる。

 

「もしかして、お尻でも触ったの?」

「いえ、触ったのは腰で―――」

 

 瞬間、俺の目の前に黒い何かが通過して、それが柱に刺さる。通過したそれを確認してから、更識の方を見た俺はすぐに恐怖を感じた。十蔵さんほどにないにしろ、怖い。

 

「ちょっと、詳しいことを聞かせてもらえるかしら?」

 

 正直なところ、俺は更識がここまで怒る姿を見るのは初めてだ。大体彼女が怒るというよりふざける方が多く、それがたまに度が過ぎることがあるので注意しているのだが、それでもこんな状態になった覚えがない。

 

「お、落ち着け更識。俺は何も悪いことはしていない!」

「したわよ! 簪ちゃんの腰を触ったじゃない!」

「そ、それは事故であって、決してわざと触ったというわけではない!」

 

 だが俺の言葉は更識には届かず、戦闘態勢へと移行し始める。その前に、俺は黛先輩に声をかけた。

 

「ということで今回の取材は中止。それと、今日のことは一切忘れるようお願いします。このことを記事にした場合、新聞部がどうなるかは……想像つきますよね?」

「そうね。確かにそれどころじゃないし、今日はお暇するわ」

 

 そう言って黛先輩は道場を出ていった。同時に俺は割と真面目にヤバい状態の更識に意識を向けた。

 

「さて、詳しく聞かせてもらおうかしら」

「詳しく聞かれる前に俺が死にそうな気がしてならないから断る」

 

 即座に俺は道場の中を走り、後ろから楯無に追われ始める。右に回避するとまるで読んでいたかのようにクナイが飛んできた。

 

「おま、俺を殺す気だろ」

「許さない。私の簪ちゃんを……それにお嫁に行く前の女の子の腰を触るなんて!! 私もあまり触ってないのに!!」

 

 早々に黛先輩を追い返して正解だと思った。さっきから飛んでくるクナイの量が半端じゃない。

 俺はすぐに携帯していた朱音ちゃん作の強化エアガンを出して反転してから更識を撃つ。それを慣れた手付きでクナイで防ぎ、使ったそれをすかさず投げてきた。

 

(ああ、もう! 面倒だ!)

 

 エアガンが通じない以上、白兵戦でしか勝機がない。とはいえ俺が更識に通じるのはかなり難しいので、空想で温めていたものを、ぶっつけ本番でやるしかない。 

 俺が接近し始めると更識はクナイを止めて割と怖い殺意が籠ったまなざしを俺に向けつつ突っ込んできた。

 それを確認した俺はとび蹴りを放つ。回避する更識は正拳突きを繰り出した。

 

 ―――ゴッ

 

 出した右足ではなく、畳んだ状態の左足を殴られた。さらにそこが弁慶の泣き所だから余計だろう。だけどそれはありがたい。そのまま体重をかけて更識に乗りかかる。

 

「甘い!」

 

 だが更識は俺のジャージの襟首を掴むとすぐに背負い投げの体勢に入る。

 

「させるか!」

 

 体を畳んで全体重をかけ、そのまま更識を倒しにかかる。すぐさま更識は体を反転させ、次の攻撃をしようとしたとき、

 

 ―――ダンッ!!

 ―――ガラッ!!

 

 俺たち二人が同時に床に倒れると共に、引き戸が開かれた。

 それでも気にせず俺たちは続きをしようとした時、引き戸がある方を向いていた俺は入ってきた人物が誰かわかったので動きを止めてしまった。

 

「……なるほど」

 

 その声の主が誰かわかったらしい更識も動きを止めてしまった。

 

「先ほど、黛さんに呼ばれたので来てみれば、あれは方便で本当はそんなことをしていたのですか。今夜はみんなでお赤飯ですね」

 

 嬉しいような、そして何故か悔しいような顔をする布仏先輩。そして何故か入ってきた彼女は中の様子を見て、動きを止める。

 

「………これは一体、どういうことでしょうか?」

 

 あ、ヤバい。

 なんか今日は二回ほど命の危険が迫っている気がしなくもないが、それよりもさっきの更識以上にキレている先輩がヤバい。

 俺と更識は頷きあい、更識は俺の背中に乗ってすぐさまそこから逃げ出すが、虚さんが何かすると同時に軽くなった。

 道場の外に出てから振り向くと、虚さんの手で掴まれたと思われる更識が、俺に泣きそうな顔で見ていた。おかしいな。さっきまで俺にクナイを投げたり殺そうとしていたはずの更識が、今ではただの小動物にしか見えない。

 

「……桂木君」

 

 虚さんが俺を呼んだので戻ってみると、そこには天使の笑顔をといっても過言ではないほどの笑顔で俺を見る虚さんがいた。

 

「すみませんが、このアホ会長の撒いたクナイを回収しておいてくれませんか? それが終わったら帰ってくださいね」

「………わかりました」

 

 返事をすると絶望を顔を浮かばせた更識。ごめん、俺は無力だから、絞め技で絞られている更識を助けることはできない。

 クナイをすべて回収した俺は一足先に帰り、後からボロボロになって帰ってきた更識を介抱した。

 

 

 

「で、何であんなことをしたんだ?」

 

 食事も終わり、お互い風呂に入って明日の準備も終えて今日の反省会。更識に今回の暴走の聞くと、俺にとってはどうでもいいことを話した。

 

「私、三年前から簪ちゃんとまともに会話してないの」

「………あ、そう」

 

 特にかける言葉もなかったのでそう答えると、更識は俺のパジャマの襟首を持って突っかかる。

 

「あ、そう…って何よ! こっちは真剣に話してるのよ!!」

「OK、悪かった。というかそれくらいしか出てこねえよ!」

「普通もっとあるでしょ!? 何があったの? とか!」

「野次馬根性とかないから!」

 

 事件に関わったところで時間を無駄に浪費するだけである。

 とりあえず更識をなだめると、話は自動的に本筋に戻った。

 

「で、お前は何をやらかしたんだよ?」

「まさかのやらかした前提?!」

「……お前がやらかす以外の喧嘩の理由ってあるか?」

 

 途端に更識は顔を背ける。これは絶対に何かあったな。

 

「まだあなたには話していなかったけど、実は私の家って種類は違うけど暗部なの。たぶんあなたは漫画とかでそのあたりの知識はあると思うけど」

「まぁ、そうだな。……種類って?」

「対暗部用暗部。……まぁ、日本政府に対してのスパイ行為を行おうとする人間の排除ね」

 

 じゃあ、お前は日本政府の人間として……と聞こうとする前に、更識が先に否定した。

 

「先に言うけど、私は―――いや、更識自体は日本政府の命令で動いているわ。むしろ日本政府はあなたではなく織斑君の方を守るように言ってきた」

 

 ………また織斑か。

 一体日本政府は何を恐れて織斑を守ろうとしているのかね。あんな馬鹿、生かしておいたら俺みたいに迷惑を被るだろうに。

 そう考えると、ふとあのウザい担任が脳裏を過る。

 

「………織斑先生の影響、か」

「…そうね。でも、この際だから言うけど、本当はそれだけじゃない。篠ノ之さんのお姉さん―――篠ノ之束も関係しているの」

 

 確かそれは開発者の名前だったはず。………いや、待てよ。確か篠ノ之は織斑に対して好意を持っている。それが関係しているのか?

 

「織斑先生と篠ノ之博士はね、幼稚園の時からの幼馴染なの。そして―――」

「その家族として織斑一夏を守っている、ってところか?」

「…そうね。本当は彼女の性格自体が少し変わっていて、お気に入りである織斑君を守っているの」

 

 真剣に話し合っている最中、俺はこの話自体はそこまで関係ないことに気づき、話を戻すことにした。

 

「で、それがどうして三年間妹話さないことに繋がるわけ?」

「そ、それ自体はあまり関係ないんだけど、まぁ、私が三年前、代表候補生選抜試験を私を追うために簪ちゃんが受けるって知って釘を刺したの。「あなたは無能なままでいなさいな」って」

「……………何で言っちゃったんだ?」

 

 頭を押さえながら聞くと、更識は顔を青くしながら言った。

 

「だってIS操縦者って、一見便利そうに見えて全然そうじゃないのよ!? ましてやほかの女の子が簪ちゃんを攻撃して虐めるなんて、耐えられるわけないじゃない!」

「んなこた知るか! だったらそうならそうだと言えばいいだろ」

 

 周りはこいつのことを崇拝しているみたいだが、この女が崇拝される理由がわからなくなってきた。

 

「で、その後に私の襲名式があったんだけど。簪ちゃんがその時…何かのゲーム大会があって、それに出場した後に誘拐されたの」

「ストップ。襲名式って何だ」

「暗部の長としての儀式みたいなものね。「楯無」って名前も暗部の長としての名前なの。私はその十七代目」

 

 ………じゃあ、本当の名前があるのか。確かに人の名前に付けるようなものではないとは思っていたが。

 

「で、その日に私の親が簪ちゃんがゲームの大会に行くことを反対したんだけど、無視して行ったら私が十七代目として襲名するのが許せなかった人たちがフランスのマフィアと結託して簪ちゃんの誘拐をしたんだけど」

「……今更で悪いんだが、これって本当に俺が聞いてしまっていいのか?」

 

 何だかいろいろと怖くなってきたんだが。

 すると更識は「大丈夫」と言った。

 

「すべてを話すわけじゃないし、君が私たちにその話をしないって信じてるから」

 

 ―――ドキッ

 

 何故か心臓が震え始める。何だ? 何が起こったんだ?

 近くに何かいるわけがなく、とりあえず落ち着く。

 

「で、更識が声をかけようとしたらますます溝が深まったと」

「………」

 

 どうやらその時に何かあったみたいだな。

 

「関わらないで。って追い出された」

「……ドンマイ」

 

 妹って何故かそういうのがあるよな。俺の妹も、色々とおごらせたくせにご飯に誘ったら軽蔑の眼差しで俺をみることなんてあったからな。

 

「………ホント、年上って何かと苦労するな」

「………ま、私は自業自得なんだけどね」

 

 今日は珍しく、更識と傷を舐め合う感じとなった。



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#28 一度きりの策

 あれから数日が経ち、ようやく6月。もう俺がここにきて2か月も経過した。それでも学園内でまともに話しかけられるのは布仏と先輩、そして更識だけである。

 昔なら俺はガキ大将的立ち位置にいたりしたと思うが、それがどういうことか中学ではまともに関わることがなく、高校からはほとんどボッチだった記憶しかない。

 

(何だろう。涙が出てきそうだ)

 

 まぁでも、女尊男卑思考を持つ女と仲良くなったところで俺にはメリットがないし、邪魔なだけだ。

 と最近中二的思考が出てきている気がする。何とかして改善せねば。

 

「あ、おはよー」

 

 教室に入ると俺以外にも誰が入ってきたのか、たまたま挨拶が飛んできた。しかし周りには誰もいないので、俺が入る後ろからではなく前から入ったのだろう。今日は布仏もいないし、俺に挨拶が飛んでくることはない。

 そう思いながら最後列の左端という、風と日差しがコラボして、実のところ丁度いい席に向かうと、肩を叩かれた。

 

「何だお前。今日は珍しく早く来たんだな。それとわざわざ肩を叩くな。放っておいて………」

 

 掴んで置かれた手を放そうとすると、布仏の手にしては大きいと思ったので振り向くと、そこには布仏ではなく一組の実質的なクラス委員と言っても過言ではない鷹なんとかさんがいた。

 

「……………あれ?」

 

 布仏はどちらかというと驚かすタイプだ。なので傍から聞いたらまずとある団員たちは覆面を被り、死神を思わせる姿で襲ってくるに違いない飛びついてくる。

 だから今度もその予備動作かと思って言ったのだが、今俺が触れているのは、話したこともないクラスメイトだ。

 そう認識してからの俺の行動は自分で言うのも何だが早かった。素早くそいつから離れ、すぐに席についてバリケードを張る。

 

(無理無理無理無理無理無理!!!)

 

 昔はそうでもなかったが、今では初対面の異性だとよほど年齢差がない限り人見知りしてしまう。ましてや今回はそれなりのレベルの可愛さを持つ女子だ。平静でいられるわけがない。

 

(………仕返しとか、ないよな)

 

 って、落ち着けよ。今はISがあるんだ。程度の低いことでビビんなよ。

 

「あ、あの、なんかごめん」

 

 鷹なんとかさんがこっちに来てそんなことを言ってる。それを俺は目を細くして「警戒してますよ」と知らせてやるが、どういうことか鷹なんとかさんは話を続けた。

 

「私たちはさ、今日から始まるISスーツを選ぶ目安となると思って、桂木君が着ているISスーツがどんなものか聞きたかったんだけど」

「…………とか言って、本当は因縁つけて俺を攻撃しに来たんだろ」

 

 別に俺はここに友達を作りに来たわけではないから、周りがどれだけ傷つこうがなんてどうでもいいことだ。後は勝手にどこか行くなり暴力を振るうなりしたら、それ相応のことをするまで―――

 と思ったが、何故か鷹なんとかさんは俺の予想に反したことをした。

 

「別にそんなことをするつもりはないわ。た、確かに桂木君に対する風当たりは強いのは否定できないけど」

「そうだよな。初日からどこかのバカ共のせいで決闘騒ぎに巻き込まれるし、その一週間後にボコられるし、専用機を支給されたら文句を言われるし、あらぬ噂が出たと思ったら誰も人の話を聞かないし」

 

 ホント、何度ぶち切れそうになったことやら。切れたところで勝てるか勝てないかで言えば、間違いなく負けるが。

 俺の言葉で段々と悲しくなってきたのか、鷹なんとかさんが同情の眼差しで俺を見てきた。

 すると俺たちの会話に興味を持ったのか、ほかにも見覚えがある奴らがこっちに集まってくる。

 

「で、ISスーツだっけ。悪いけど詳しいことは俺にもわからん」

「「「え?」」」

 

 質問を思い出したので返答すると、予想通りの返事が返ってきた。

 だがここで正直なことを言うと、これから先、平穏な学園生活(を保証されているかはともかく)から遠く離れそうな予感がしたので誤魔化すことにした。

 

「なにやら試作品ってことらしいからな。そもそも男用のISスーツなんてこれから先必要になるかどうかって話だから、今は長袖のパーカーとかのサブ系に力を入れる予定らしい」

「へ、へぇ……」

 

 だから俺は最初から長袖を普通に着ていたわけだ。

 まぁ、実際は朱音ちゃんが(会社の命令とはいえ)俺のために作ってくれたもので、先日新バージョンとして半袖用のパーカーを作ってくれた。渡すときにモジモジしていたが、それはかなり刺激が強かったと言っておく。

 

「諸君、おはよう」

「お、おはようございます!」

 

 女帝が君臨したからか、クラスメイトがすぐに自分の席に座っていく。あれだけの支配力、実は内心あこがれていたりする。

 

「今日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使ってもらうので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着で出るか、それも忘れた場合は……下着で構わんだろう」

 

 そんなことをした場合、俺は回れ右をして授業をボイコットさせてもらおう。

 ちなみにこの学校の水着は最近見かけるカッコいいタイプの水着ではなく、今でも水系の萌えものとして第一線に出されるスクール水着だ。旧型かどうかはさすがにわからないが、布仏や更識に聞くのは個人的に敗北する気がしてできない。

 そして体操服だが、こちらは何故かブルマーだ。運動部で採用されている「ハードサポート・ブルマー」か「クラッシックスタイル・ブルマー」かの指定はないが、男にしてみればどちらも目に毒である。偏差値低めで性的興奮で強くなる主人公が通う高校でさえ他にスパッツかハーフパンツかを選べるというのに。

 

(……男に媚びている気がしなくもない)

 

 考えてみればほとんどの経営者は男だから、寄付を集めるためにそうしているかもしれない。なんてのは俺の思い込みか。そして俺と織斑は普通に短パンだ。織斑は白だが、俺は黒である。

 

「では山田先生、ホームルームを」

「は、はいっ」

 

 というか、珍しく今日は早くないか? 普通なら5分前くらいだが、今日は10分前だ。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します! しかも二名です!」

 

 嫌な予感がしたのですぐに耳を塞ぐ。

 

「「「———ええええええッ!!!?」」」

 

 普通なら別々に転校させるもんだろ。それがどうして二名も? というか更識から何も聞いてないんだが!?

 などと考えていると、ドアが開いてそこから二人の転校がやってきた。

 一人は金髪で後ろに髪を結んでおり、何故か男子用と思われる制服を着ている。そしてロリ系でもう一人は腰まである銀色の髪は手入れしていないのか広がっており、何故か黒い眼帯をしていた。願わくば、どこかの大総統みたいに左目にウロボロスの紋章がされていないことを願おう。ISで戦っても勝ち目があるかわからない。むしろ互角じゃね?

 っていうか、まるでどこかのタイトルだな。ホント、どうして大人がすると軽蔑されるんだろうね。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 

 脳裏にものすごい髪をしたおっさんが大勢の人から称えられる姿が過りました。だが何故女に「シャルル」?

 

「お、男……?」

 

 誰かがそう呟くように言うと、聞こえたのかその自称男は言った。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入を―――」

 

 「嘘だ!!」と叫ぼうとしたが、それよりも早く周りが叫んだ……叫んだで合ってると思う。

 

「きゃあああああああッ!!!」

 

 ここはいつからアイドルのコンサート会場になったのやら。もうそろそろ他のクラスから苦情が来てもいいと思う。俺のせいしたら殴るけど。

 

「男子! 三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「桂木とは違って美形! 守ってあげたくなる系の!」

「地球に生まれて良かった~~~~!!」

 

 さりげなく俺がディスった奴は「地獄行ノート」に記入しておこう。ちなみにこのノートの一番上には織斑とオルコットの名前が書かれている。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 と織斑先生が言うと静まり始めたが、それでも一部の女子たちは止まらないので山田先生が続けて注意をする。

 

「み、みなさんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから~!」

 

 そう。もう一人のホムン○ルスらしき奴の自己紹介が終わっていない。もう一人の方も色々気になるが、どちらかと言えば俺は銀髪の方が気になっていた。ネタ的な意味も含めてだが、何よりもその髪の毛が気になる。

 

(手入れしたい)

 

 女の子である以上、髪はしっかりと手入れするべきだと思う。だからその髪を手入れさせてくれ!

 などとは思っているが、何故かその女の子は何も話さなかった。

 

「………挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」

 

 見かねた織斑先生が銀髪にそういうと、「ボーデヴィッヒ」と呼ばれた少女はたたずまいを直して、

 

「はい、教官」

 

 俺は以前から織斑先生は軍隊の教官の方が似合うんじゃないかと思っていたが、まさか以前にしていたとは思わなかった。……いや、それをしていてもおかしくはないか。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは「織斑先生」と呼べ」

「了解しました」

 

 明らかに軍出身と思われる奴が一般生徒と言うのかはさておき、このやり取りで俺の彼女に対する評価はがた落ちである。ある意味チョロいな、俺。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 余計なことを考えていると、唐突に自己紹介が始めるが、彼女はそれ以上何も話さない。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

「以上だ」

 

 もしかして軍人はあまり自分のことを話さないのだろうか。まぁあまり自分のことを紹介したところで俺みたいに友達を作ることが目的でない「貴様が―――」なら問題ないだろう。

 

 ———バシンッ!!

 

 どうやら織斑が引っ叩かれたようだ。これはブラコンの姉が黙って……いるだと?!

 予想外のことで呆然とし始めている。一体どうした織斑千冬! ブラコンの名が泣くぞ!

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」

 

 そんなこと言われても二人が姉弟なのは間違いないだろ。姉は暴君で弟は自分がしたことに気付いていないアホ。大体、自分と相手の戦力差がわからないとか本当にありえないことだ。……いくら代表候補生を知らなくても、ある程度は予想できるだろうに。

 

「いきなり何しやがる!」

「ふん………」

 

 殴られたことに気付いた織斑が抗議するが、ボーデヴィッヒは一切無視してそのまま自分の席があるであろう場所に移動してきたが、

 

「何故私の席がないんだ!?」

「あー、すまん。二人の机はIS実習中に運ばれる予定だ。これから二組との合同でのIS模擬訓練だからな。桂木の席にでも置いておけ」

「了解しました」

 

 そしてボーデヴィッヒは何も言わずに俺の机に荷物を置いた。

 

「ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。では解散!」

 

 何も言わずにボーデヴィッヒは着替えようとするので、財布など必要なものを一通り持って俺は廊下を出て更衣室へと向かおうとすると、織斑先生が俺を呼び止めた。

 

「織斑、桂木。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

 ……これはチャンスかもしれないな。

 デュノアが男かどうか、正直怪しいからな。今の内に正体を暴いておいた方がいい。

 挨拶をしようとするデュノアを遮って先に言った。

 

「デュノア、挨拶は後でできる。今すぐ着替えと貴重品を持ってすぐに準備しろ。10秒だけ待ってやる」

「う、うん」

 

 言われてデュノアは学生用鞄からスマートフォンと財布、筆記用具とメモ帳を出して着替え用の鞄に入れ、織斑に続く形で教室から出てきた。

 

「とりあえず男子は開いているアリーナの更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」

「う、うん」

 

 織斑はデュノアの手を取って俺の後ろを走りながらデュノアにそう説明する。やっぱりこいつ、ホモじゃね?

 

「トイレか?」

「トイ……ち、違うよ!」

 

 デリカシーないな、相変わらず。

 呆れていると横から予想通りの一団が現れる。

 

「ああっ! 転校生発見!」

「しかも織斑君と一緒!」

「くそ! 桂木邪魔よ! 退きなさい!」

 

 その一団に向かって俺は野球場でよく見るジェット風船を膨らませてその一団に向かって飛ばす。するとあまりの威力に驚いた一団の動きは鈍る。

 その隙に駆け抜けていると、後ろで走りながら織斑は雑談を始めた。

 

「それにしても珍しいな。まさか悠夜が俺と一緒にいるなんて」

「え? いつも一緒じゃないの?」

「アホと一緒にいたらアホが移るからな」

「俺はアホじゃねえ!」

「戦力差もわからない奴がよくそんなことを言えたな」

 

 するとまた右から別の奴らが現れた。タイミングよく左が目的地なので俺は左に移動。

 

「こっちだ!」

 

 そしてあえて二人を呼んでこっちに向かわせて、織斑とデュノアを餌に女たちも呼び寄せた。

 

「ちょっと待て! この先は行き止まり―――」

 

 そう。織斑の言う通り行き止まりだ。だがそれがどうしたというんだ。あるのは窓だけ。そしてここは三階だ。

 俺はいち早くたどり着き、窓を開け、そのまま窓から下へと落ちた。

 

「「ええええええええッ!!?」」

 

 上から二人の声が聞こえる。着地した俺は上にいる織斑とデュノアに声をかけた。

 

「どうしたお前ら! 早く来ないと遅れるぞ!」

 

 内心ゲスく笑いながらそう声をかける。おそらく二人はこの状況に何とも言えなくなっているだろう。

 本当は近道としてちょうどいいポジションとして採用していたが、場所が場所だっただけに一度きりの策として採用した。流石にデュノアには悪いことをしたが、リア充を潰したと思えばいいだけだ。

 と思ったら金髪が顔を出し、そのまま体を前に一回転して落下した。そしてギリギリで滞空し、着地する。

 

「思ったより簡単だね」

 

 しかしだな、デュノア。本来ISは許可された敷地以外での使用は緊急時を除いて使用禁止なんだがな。

 苦笑いをしていると、上から織斑の声が聞こえてきた。

 

「いや、ちょ、助けてくれ!!」

「大丈夫だ。ちょっと足が痺れる程度で大したダメージはない」

 

 まぁ、俺みたいな経験を織斑はしていないから無理だろうが。いや、余計なことを言って篠ノ之やオルコットに追いかけまわされているわけだからそれなりには鍛えられているだろう。大体、IS操縦者なんだからそれくらいの苦難は乗り越えてもらわねばならない。

 ま、本音は「ざまぁ」ただ一言だが。

 

「行くぞデュノア。アレに構っていたら時間に遅れる」

「え? でも―――」

 

 優しいのか、織斑を待ってやろうという気持ちは素直に感心するが、ここは曲げた事実を述べてやろう。

 

「織斑を待って共倒れか、織斑を見捨てて織斑だけを殺すか。ちなみに俺は何があろうと後者を選ぶ」

 

 後ろで窓枠に足をかけて今にも落ちそうな織斑を一瞥し、共犯にされたらいやなので俺はすぐにそこから離脱する。

 更衣室に着くともちろんのことだが誰もおらず、近くのロッカーに制服を入れてすぐに出ていくと織斑たちとばったり会った。

 

「悠夜! どうして助けてくれなかったんだよ!?」

「さっさと降りないお前が悪い」

 

 そう切り捨てて俺は先にアリーナから出て第二グラウンドに向かう。すると既に女子のほとんどが整列しており、 俺はかなり遅い方だ。いくらデュノアがいたとはいえ、要反省だな。……まぁ、日頃は更衣室ではなく下駄箱に畳んで入れているが。

 

「今日は珍しく遅いね~」

 

 俺にいち早く気付いた布仏はそう言いながら俺の方へと歩いてくる。俺は返事をせずに布仏の頭を撫でていると、どういうことか目を細めるのでまるで大型な犬の頭でも撫でているようだ。

 するとチャイムが鳴り、全員が整列し終わるとまだ来ないことに疑問を持ってか、織斑先生は俺に質問してきた。

 

「桂木、織斑とデュノアはどうした? 貴様にもデュノアの面倒を見るように言ってあるはずだが」

「わざわざ二人も面倒を見る必要はないでしょう? そもそも関わることなんてそうないでしょうし、そこはクラス代表に任せましたよ」

 

 そう答えると織斑とデュノアがようやくやってきて、織斑先生が二人を殴って整列させた。




ようやくタイトル回収きたか?


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#29 たぶんM○の乗降よりはマシ

「では、これから格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

「はい!」

 

 気を取り直すかのように言う織斑先生。生徒たちは狙ったのか揃えて返事をした。

 ちなみに気を取り直す必要は、主に織斑の周りであったりする。

 

「くうっ……。何かというとすぐにポンポンと人の頭を……」

「………一夏のせい一夏のせい一夏のせい……」

 

 ちなみにオルコットと凰はよほど殴られたことが気に入らないらしい。凰にいたっては織斑のせいにしている。というのもこの二人は織斑も巻き込んでボーデヴィッヒに叩かれた朝のことを聞いていたのだ。というか織斑先生が絡んでいることで気付いてほしかったのだが、アレはどう見ても「下に男がいることが気に入らない」んじゃないか?

 そして本音を言わせてもらうが、お前らうるさい。

 

「なんとなく何考えているかわかるわよ……」

 

 俺が言ったことを忘れているのか、織斑を蹴る凰。まぁ、たまに織斑は考えていることが顔に出ているし、仕方がないと言えば仕方がないだろうが……後ろからどうやってわかったのだろうか。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど活力があふれんばかりの十代女子もいることだしな。———凰! オルコット!」

「な、何故わたくしまで!?」

 

 どう考えてもさっきのことで巻き込んだと思います、ハイ。

 

「専用機持ちはすぐに始められるからだ。いいから前に出ろ」

「だからってどうしてわたくしが……」

「一夏のせいなのに何でアタシが……」

 

 まぁ、普通に考えて俺やデュノア、そして織斑だと見本にならないからだろ。経験浅いし。

 すると織斑先生は二人に耳打ちし、どういうことか二人は急にやる気を出した。

 

「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」

「まぁ、実力の違いを見せるいい機会よね! 専用機持ちの!」

 

 何を言ったのかはわからないが、大体の想像は付く。織斑を餌に使ったんだな。

 

「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」

「ふふん。こっちのセリフ。返り討ちよ」

「慌てるなバカ共。対戦相手は―――」

 

 すると黒鋼のハイパーセンサーが緊急展開され、こっちに急接近する機体を感知したと知らせてきた。

 

「上から来るぞ! 気を付けろ!」

 

 そう言って俺は布仏を抱き上げ、そこから逃げてある程度距離を取る。すでに周りには誰もいなかったが、無事だったのか落ちてきたと思われる機体と白い何かが一緒にくるくると回りながら出てきた。

 

「ふぅ………白式の展開がギリギリ間に合ったな。しかし一体何事―――」

 

 とか言いつつ織斑は起き上がろうとするが何故か動きを止める。そして、

 

「あ、あのう、織斑君……ひゃんっ!」

 

 地面から山田先生らしく人の声が聞こえた。よく見ると少し凹んでいる地面では一見すれば織斑が山田先生を押し倒しているように見える。

 

「そ、その、ですね。困ります……こんな場所で……。いえ! 場所だけじゃなくてですね! 私と織斑君は仮にも教師と生徒でですね! ……ああでも、このままいけば織斑先生がお義姉さんってことで、それはとても魅力的な―――」

 

 などと土地狂ったことを言っている山田先生。頭大丈夫か? いや、彼女の場合頭だけではないようだが。

 別のことを考えていると織斑の前をレーザーが通過する。辛うじて避けた織斑だが、そのままやられちまえばいいのに。

 

「ホホホホホ……。残念です。外してしまいましたわ……」

 

 オルコットが平然とレーザーを撃っていることに誰一人として注意しないこともそうだが、何故織斑が何度も山田先生の胸を揉んでいるのにあんな騒ぎにならないのか不思議でならない。

 

 ———ガシーン!!

 

 近くで聞き覚えのある音がしたのでそっちを向くと、既に甲龍を展開した凰が二つある双天牙月を連結させて織斑たちの方へと投げた。だがそこで金属音がしたかと思ったら双天牙月が撃ち落とされていた。そしてその芸当を行ったのは他でもない山田先生だ。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だからな。今くらいの射撃は造作もない」

「む、昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし……」

 

 さっきまでの真剣な雰囲気はどこに行ったのか、いつもの山田先生に戻っていた。

 

「さて小娘共。いつまで惚けているつもりだ。さっさと始めるぞ」

「え? あの、二対一で……?」

「いや、さすがにそれは………」

 

 さっきの射撃を見てまだ二人は山田先生を格下だと思っているようだ。おそらくそれが狙いだろう。

 近くにいたなら凰とオルコットだけではなく、織斑や俺だっていた。今はともかく凰と俺はしばらく一緒にいたし、戦闘スタイルで言うなら近接一遍の織斑とオルコットを組ませたりしてもいいはず。

 

「安心しろ。今のお前たちならすぐに負ける」

 

 そう言われて黙っていられないのか、すぐに挑発に乗る二人。つまり彼女らは山田先生を引き立てるための役をさせられるわけだ。

 

「では、はじめ!」

 

 織斑先生の号令と同時にオルコットと凰が飛翔する。それに続いて山田先生も飛翔していった。

 

「手加減はしませんわ!」

「さっきのは本気じゃなかったしね!」

「い、行きます!」

 

 戦闘モードになったのか、墜落した時とは違う雰囲気を醸し出す山田先生は、二人からの攻撃を回避したりかわしたりした。

 

「さて、今の間に……そうだな。桂木、山田先生が使っているISの解説をしろ」

「え? 俺?」

「そうだ、早くしろ。試合が終わる」

 

 どうして俺が。製作会社と同じ名前のデュノアやらせればいいのに。

 ため息を吐いてから、俺は昔教えてもらったラファール・リヴァイヴの特徴を言っていく。

 

「山田先生が使っているISはデュノア社製の「ラファール・リヴァイヴ」。第二世代の史上では最後期に開発された機体だが、スペックは初期タイプの第三世代型にも劣らないもので、安定している性能と高い汎用性、そして豊富な後点け武装が特徴です。現在配備されているスペック落として開発しやすくした部類のISの中では世界第三位のシェアを持ち、七か国でライセンス生産、十二か国で正式採用されていて、操縦が簡単になったことで操縦者を選ばないことと多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立させています。操縦者の好みに組まれた装備によって、格闘・射撃・防御の全タイプに切り替えが可能で、「数合わせ」で容易に入れられます」

「……いくつか聞きたいことがあるが、まぁいいだろう。それと量産型と言え。何だ、「スペックを落として開発しやすくした部類」ってのは」

「でも的を射ているでしょ?」

 

 そう言うと頭を抱える織斑先生。確かに配備数は少ないかもしれないが、それでも無限に製造できるロボットとかと違い、ISは動力源が一切不明なため、最高でも467個しか作れないはずだな。

 試合は終わったようで、二人が落下してグラウンドに穴を開けた。

 

「あ、アンタねぇ……何面白いように回避先読まれてんのよ……」

「り、鈴さんこそ! 無駄に化かすかと衝撃砲を撃つからいけないのですわ!」

「こっちのセリフよ! なんですぐにビットを出すのよ! しかもエネルギー切れるの早いし!」

 

 お互いが罪を擦り付けるが、一組と二組の女子たちがくすくすと笑い始めたところで二人はいがみ合いを止めた。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

 ホント、山田先生がそこまで強いとは意外だった。これは警戒する必要があるな。

 

「専用機持ちは織斑、オルコット、桂木、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰の六人だな。では9~10人のグループになって実習を行う。各グループリーダーは専用気持ちがやること。いいな? では分かれろ」

 

 するとある意味予想通りに、二つのクラスが一斉に二人に襲い掛かかるように。いや、ある意味間違いではないな。実際傍から見たら襲っているようにしか見えない。

 見かねた織斑先生がため息を吐いて低い声で最後通告(みたいなもの)をした。

 

「この馬鹿者共が……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ! 順番はさっき言った通り。次にもたつくようなら今日はISを背負ってグラウンド100週させるからな!」

 

 さすがにISを背負って100週も嫌なのだろう。嫌な顔をして俺の前に女たちが集まる。そうじゃないのは布仏と鷹なんとか、そして……うん、クラスメイトのツインテだ。

 

「最初からそうしろ。馬鹿共が」

 

 呆れてそう言う織斑先生にばれないように、各々のチームにいる女子たちは話している。俺のところも含めて話してはいるが、唯一ボーデヴィッヒのところだけが沈黙を貫いている。というか話せないムードじゃないだろうよ。

 

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一班で一機取りに来てください。数は「打鉄」、「リヴァイヴ」それぞれ三機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

 と言っているので、とりあえず俺はどっちにするか聞いてみる。

 

「で、どっちにする?」

「どっちでもいいわよ、期待してないし」

 

 どうやらハミルトンも同じ班らしい。どうして凰のところに行かないのか気になるが、俺の前に決められていたのだろう。内心イラッとしたが、平静を装って何事もなかったかのように余っていた打鉄を取りに行った。

 そして戻ると何やら空気が震えている気がする。

 

「さてと、早速始めていくぞ。順番は面倒だから一組と二組混合の出席番号順にに乗って行ってもらう。かぶっているなら一組が優先だ。最初は誰だ?」

「はーい!」

 

 するとツインテが手を上げる。最初は「た」だったのか。俺の所って真ん中あたりが多いのな。

 

「じゃあやってくれ。授業で一通り習ってるだろ」

「う、うん」

 

 ツインテが打鉄に乗って起動を行っていると、別の場所から「「「お願いします」」」と聞こえた。どうやらデュノアの方にいる女子たちがふざけているのか本気なのか、右腕を出していた。昔の西洋映画で男性が女性に「Shall we dance?」と言っているのを思い出した。

 まぁ、当たり前だが織斑先生による制裁が出るが、それを見てツインテがやる気を出してくれたので感謝しておこう。

 装着と起動、そして歩行までさせて終わったので交代させると、次の奴が文句らしいことを言った。

 

「これじゃあ乗れないじゃない!」

 

 どうやら立ったまま終わったことでコクピットの位置が高くなったことで文句を言ったようだが、俺にしてみれば何の違和感もないんだがな。そりゃあ確かに高いが、だからと言って文句を言うほどではないだろ。

 

「ご、ごめん………」

 

 申し訳なさそうに…というよりも俺が怖くて怯えているっていうのが正しいかもしれない。

 近くでは同じようなことになっている織斑の班。次の奴を織斑がISを展開してカチューシャを付けた女を俗に言う「お姫様抱っこ」をしていた。

 だがそんなことをしたところで、訴えられるのがオチだ。それに俺もできる限り知らない女の肌になんか触りたくない。

 

(これしかないな)

 

 一つの結論に達した俺は、早速言った。

 

「踏み台になり―――」

「よし、乗れ」

 

 一人が変なことを言った気がしたが、俺は気にせず言った。

 

「あなた、今なんて言った?」

 

 たぶん俺の少し前に言った奴だろう。そいつが何か言いたいのか睨みながら聞いてくる。

 

「次の奴。すぐに乗れ」

「はぁ?!」

 

 よほど信じられなかったのだろうか、仰々しく反応する。そんなにおかしなことを言ったのだろうか?

 

「何言ってんのよ、アンタ。それを本気で言ってんの?」

「当たり前だろ。たかが3m程度———いや、1.5m程度のコクピットに乗るぐらい、なんてことないだろ」

 

 そう言うと「こいつは馬鹿か」と言いたげな顔をする女たち。グループメンバーは俺を含めるとちょうど二クラス半分ずつの割合だ。そのため、4人は二組の人間だが、その内3人は俺の言葉に驚きと呆れを見せている。

 

「信じられないわ。こんな無神経な男、初めてよ」

「OK、そう言うならばこっちに考えがある」

 

 目当ての人物を探そうとすると、どうやらすぐ近くにいたようだ。かなり付いているな。

 

「何をしている、貴様ら。周りは既に4人目に入っているというのに何故何もしていない」

「実は次は二組の方なんですが、ISを立った状態で停止させてしまいまして」

「……ならさっき織斑がやったように運んでやればいいだろう」

 

 さも当然、と言わんばかりに織斑先生は言った。

 

「それもそう簡単に事は運ばないんですよ。イメージしてください。ごく普通の織斑先生が同窓会に出席するために同僚や山田先生に手伝ってもらってちょっとおめかしして行くとします。そしてそれをたまたま痴漢常連のやり手がすれ違い様に狙いました。それで電車やらバスやら、混んでいる場所でいきなり胸や尻を触れてきて、執拗に攻めてきます。どう思います?」

「それは……嫌だな」

 

 もしここで「悪くない」なんて言われたらどうしようって内心ビクビクしていた。

 

「でしょう? 彼女たちにとって、俺にそうされるということは、痴漢されるということなんです。なので、よじ登って乗ってもらえばお互い納得するんですが、何故か向こうは俺に踏み台になれと言ってくるんですよ。なのでこの際、折衷案として、二組の人たちは別の班に移籍してもらうか、大人しく乗ってもらうか、織斑先生が考えた特別メニューをしてもらうかで迷っているんですが。あ、もし俺と一緒にするのが嫌だって言う人がほかにもいるのだったら、随時その三択を選んでもらおうかと」

「………仕方ない。ではお前たち4人は私が請け負うことにしよう」

 

 するとまるで手の平を返すように4人は言った。

 

「だ、大丈夫です、織斑先生! 私は桂木の指示に従えます!」

「そ、そうですよ! わざわざ織斑先生の手を煩わせるわけには行きませんし」

「ねぇ? 私たち、仲良くやれるわよね?」

「そろそろ、私も含まれていることに意見してもいいかしら?」

 

 最後のハミルトンが不服そうに俺を睨んでくるが、気にしないことにしよう。

 

「じゃあ、時間もないことだから、乗ってくれ」

「わかったわ」

 

 次の奴が乗ろうとするが、どう乗ればいいのかわからないのか動きを止めてしまう。

 リーダーだし仕方なくサポートすることにした。

 

「まず利き足をつま先に置いて、そして逆の方を足の中央にひっかけ、膝部分に一つずつ手を置いて、上がれ!」

 

 指示に従ってくれたおかげで、なんとか二人目は乗ることに成功。この時思ったが、素直に布仏にしておけば良かったと思う。だがモ○ル○ーツの乗降よりかはマシだろう。アレって足場少ししかなくてゆっくり降りるから高所恐怖症の人には苦だろう。

 

「ちなみにそれは今みたいに平和だからゆっくりできるけど、逃走中はほとんど勢いを付けて上がらないと死ぬからな」

「「「………え?」」」

 

 俺の言葉がわからなかったか、それとも理解できなかったかは知らないが、全員が動きを止める。

 しばらくすると二人を止めさせ、三人目の鷹なんとかに交代させる。俺が織斑先生を探そうとすると、素直にしゃがんで降りてくれた。

 鷹なんとかが歩いていると、急に不安定になり始めたので嫌な予感がした。すると案の定というか鷹なんとかはバランスを崩した。

 黒鋼を展開し、倒れそうなポイントを予測してその対称点に移動。腕を回して体を支えてやる。

 

「……あ、ありがとう」

「どういたしまして。悪いけど時間が押しているから交代な」

「う、うん」

 

 ちなみに後ろから腕を回して止めたのは、単純に間に合う気がしなかっただけで、別に「女の子と接触した。ラッキー!」なんて思っていない。更識の妹ならばそう思うだろうけど。

 次の奴に交代してその様子を見ていると、ハミルトンが俺の肩を叩く。

 

「驚いたわ、さっきの動き。流石は専用機持ちね」

「それを本気で言っているのか? あんなもの、自慢するどころか性能を生かせていないだけだ」

 

 そう返すと意外そうにハミルトンは俺を見る。

 

「さらに驚かせてくれるわね。てっきり喜んでいるかと思ったわ」

「むしろ泣きたいよ」

「胸を揉めなくて?」

 

 からかっているつもりなのか、ハミルトンは笑いながらそう言ってくるがそれをすぐに否定した。

 

「まさか。端からそんな気なんてねぇよ」

「どうだか。男って女のことを下心で見ているじゃない」

「……そういうものだけどな。そもそも人間にもそこらの動物に遺伝子を残そうという動きはあるんだし、無理はない話だ。ま、俺には関係ない話だ」

 

 どうでもいい風にそう答えるとハミルトン「どうだか」と言いたげに俺を睨んでくる。実際、俺には関係ないことだ。

 

「信じるも信じないもお前の勝手だ。そんな思考に付いていく気は俺にはないからな。何故かお前からは敵意を感じるが、そもそも以前の騒動はお前が発端とは言え俺にとってどうでもいいし、裏を取らなかったここのアホ共の責任だろ」

 

 そう言って俺は倒れそうになっている布仏のカバーに入りに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———気に入らない

 

 今、ティナ・ハミルトンの大半の感情はそれで縛られている。

 彼女はあのこともそうだが、自分で憧れである同じ国の代表候補生で先輩でもあるダリル・ケイシーが悠夜に対して迫っているため、悠夜に対していい感情を持っていない。何より、あの騒動の後処理の時にティナは先輩の命令でもあったが、同時に自分が上に行くチャンスだとも思っていた。

 今、各国家で男性IS操縦者の遺伝子情報の所得が最重要課題ともなっている。特に二人目の遺伝子を手に入れれば、コネがあるとはいえ専用機を手に入れることができるかもしれないからだ。———少なくとも、ティナ自身はそう思っている。

 だがあの日、悠夜はティナのことを興味なさげに見ていた。いや、実際悠夜は「ティナ・ハミルトン」という少女は「織斑派」の関係者としか見ていない。

 

 黒鋼を手に入れた日、悠夜は変わってしまった。

 わかりやすくは変わっていないが、それでも少しは―――いや、かなり変わっている。冷静になり、どうやって敵と認識している者を倒そうか、今度の学年別トーナメントに向けてそう考えている。

 

そしてそれを―――布仏本音は悲しく思っていた。




もうすぐ10月が終わるなぁ


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#30 萌えの議論と裏の議論

 お昼休みになり、俺は購買でパンとかを買って整備室へと移動していた。歩きながら食べるのは行儀が悪いということもあって近くにベンチがあったはずだから、そこで昼食を取ることにしている。次の授業が整備室近くの格納庫で行われるというのもあるが、何よりもあまり移動しない場所で休憩したかったからだ。

 そして整備室の自販機の近くに設えられているベンチに座り、買ってきた納豆巻とサンドイッチ、野菜ジュースを出す。布仏? 知らんな。別に怒っているわけではない。単純に更衣室の場所が場所なので別行動をしている。

 

「………あ」

「ん?」

 

 小さかったが、俺の耳にはしっかりと届いていた。その声の方を見ると、この前俺を背負い投げした、ルームメイトの妹の更識簪。相変わらず父性本能が動いてしまう雰囲気を醸し出している。更識の家はH○Sでも持っているのだろうか?

 どうやらここは彼女のベストプレイスのようで、俺が邪魔をしているみたいだな。

 

「悪いが今日は勘弁してくれ。専用カートを押して疲れてる」

「………察した」

 

 どうやら彼女も押したことがあるようだ。あれは本当に重いからな。正直、後の授業はすっぽかしたい気分である。

 すると彼女の視線はベンチに注がれはじめ、俺は改めて自分がベンチの大半を占領していることに気付く。

 

「おっと、悪い」

「………ありがとう」

 

 場所を開けると、彼女は椅子に座ってサンドイッチを開ける。間にはベーコンとレタスが入っていた。

 

(にしても、やっぱり似てるな)

 

 俺の場合、再婚同士で義兄妹だから似ているわけがない。そもそもどうして親父が離婚してあんな女と結婚したのかは俺にもわからない。

 

「……何?」

 

 どうやら俺は彼女に見入っていたようだ。

 

「いや、ルームメイトに似てるな、と思ってな」

 

 ———ピシッ

 

 どういうことか空気が凍った。いや、凍った気がした。まさかこの少女は冷気を操る能力でも持っているのだろうか? だとしたら何としても保護をしなければ。こんなかわいい女の子が国如きの実験動物になるなら、たぶん黒鋼を遠慮なく使う。

 

「ところで、どうしてこんなところに?」

「……あなたには関係ない」

 

 そう言うと彼女は食べかけのサンドイッチを片付けようとする。まだ昼休みは残っているというのに、何を急いでいるのだか。

 

(……いや、待てよ)

 

 さっき空気が凍った。それは俺が「ルームメイトに似ている」と言ったからで、もしかしてそれで傷ついたとか?

 

「なぁ、そのサンドイッチもらっていい?」

「………嫌」

 

 場を和ませるために言ったが見事に空振り。彼女はサンドイッチを片付け終わると同時にそのベンチから離れ、近場の整備室に入っていく。俺も食べている納豆巻を口に入れてサンドイッチを中に入れてからその後を追っていくと、俺は整備室内の様子に圧倒された。

 

(……すっげぇ)

 

 何故か知らないが、周りに展開されている整備道具一つ一つに圧倒される。ラボではこの倍以上の設備があったはずなのに、何故かここではそれ以上のものを感じていた。

 だがそれもほんの数秒で、俺は目的の人物を探す。とりあえず今は勘違いを解いておかなければならない。

 確かに彼女のビジュアルはパッと見、姉に似ている。でもそれはあくまでもパッと見ればってだけで、実際それ以上に俺は彼女が知りたくなった。

 

「………何だ、これ」

 

 中に進むと目に入ったのはIS。ハンガーで固定されていて、装甲だけは一通りできているって感じだ。

 

(…って、こんなことをしている場合じゃねえ)

 

 辺りを見回すと、思いの外簡単に目当ての人物を見つけることができた。

 

「来ないで」

 

 俺が近づいていることに気付いた更識簪がそんなことを言うが、俺は構わず彼女に近づく。

 

「来ないで!」

 

 叫ぶように言われた俺はようやく足を止める。が、それもほんのちょっとだけだ。俺はさらに進んで彼女の後ろに立つと、小さな声で彼女言った。

 

「……あなたには、そんなことを言われたくなかった」

「……? どうして俺には?」

 

 わけがわからずそう返すと、彼女の口から俺の予想斜め上の言葉が出る。

 

「……『黒い凶星』……『告死天使』……」

「まさかそれをここで聞くことになるとはな」

 

 頭をかきながらそんな言葉を漏らしてしまう。だってそうだろう? いきなり俺の二つ名を平然と言われるんだから。しかも、どっちも恥ずかしくて辞退したやつだ。

 

「悪かったな。もう少し気を遣うべき……ってのも違うな。その、なんていうか……水色の髪に紅い瞳って結構稀だし、そもそも俺、確かに生徒会長とは理由あってルームシェアしてるけど、だからって俺は向こうの味方ってわけじゃないからな」

 

 繋がらない言い訳をしながら、ようやく自分が言いたいことを言う。

 

「だから、逃げてほしくない」

 

 それに正直なことを言うと、あんな美少女に逃げられるのはかなりへこむ。

 

「………」

 

 止めて! 自業自得だけど今の言葉は結構恥ずかしいからそんな疑う目で見るのは止めて! というか何が「逃げてほしくない」だ。俺はどこの少女漫画の恋愛相手ですか。

 心の中でそんなことを言っていると、彼女からまた予想外の言葉が出てきた。

 

「……じゃあ、あなたがアリーナを使うとき、私にも使わせてほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナを申請する際、二つのパターンでの申請が可能だ。

 一つは「親」としての申請。大抵の人は経験していることで、申請する人が必ずなるものだ。二つ目は「子」としての申請。定員が設けられているこの「子」とは、通常アリーナは練習時2分割された一つを最大5人まで申請することが可能だが、「親」の申請に追随して申請することができ、時間内ならばいつでもメンバーを変更することが可能である。使用の10分前までは自由に入れ替えが可能だ。要点だけまとめると、

 

 1.アリーナの申請には「親」と「子」がある。

 2.メインの申請者が「親」と呼ばれ、同伴者は「子」と呼ばれる。 

 3.使用開始時間10分前までなら、「親」の任意で「子」の登録変更ができる

 

 以上のことを守れば、たいていなんとなる。

 ちなみに「4.使用開始の際は受付に知らせること」というのがあるが、それは癖になれば自然と足が向く。そしてこれは「親」の仕事だ。

 その受付に向かうと、そこにはもう顔なじみになっている受付嬢がいた。

 

「こんにちは、桂木君。今日は生徒会長の妹さんと一緒なのね」

「まぁ、ちょっとした縁で」

 

 そう答えると、受付嬢の月城さんはにっこりと笑って、

 

「もしかして、姉妹丼でも狙っているのかしら?」

「確かに二人の性格を考えればちょうどいいかもしれませんね。いや、体系の差を考えれば個人的にグッときますが……さすがにISを動かす前ならばともかく、今の状況ならばまず無理ですね」

 

 ちなみにこの月城さん、以前は女尊男卑の思考を持っていた女の下で仕事していたらしいのだが、その時に上司が男をこき使っているのを見て嫌になったらしい。喧嘩別れをし、周りも同じような奴らが多かったので退職した時に就職口を探していたらここを見つけたそうだ。なんというか、意外にも豪快な人である。

 

「それはつまり、できるならするってことかしら?」

「男である自分からしてみれば、どちらも魅力的ですからね。確かに妹の方は胸の大きさは姉ほどでもないですが、むしろそれが魅力になりますし、彼女には本人は無自覚ですが幼子的な、他人からは保護欲を出してしまうほどのオーラが出ていますし。俺も参考にしかならないとはいえ、ギャルゲーはそれなりの量はしていますから、ある程度は。……もっと重要な問題といえば、容姿ですね」

「だったら、そのメガネを取って髪を整えてみればいいんじゃないかしら?」

 

 もっともなことを言う月城さん。だけど個人的にそれはできない。

 

「まぁ、それができれば苦労はしないですけどね」

「……ごめん。何か顔にあるとか?」

「いや、火傷とかはないですよ。ただ、その、月城さんみたいな人とかならともかく、やっぱり普通の人ってのは……」

 

 そう言うと何かを察したかのように、月城さんは申し訳なさそうな顔をした。

 

「ごめんなさい。無神経だったわね」

「いえ。かまいませんよ。月城さんは俺のためと思ってくれたんですから」

 

 すると「少し待ってね」と言った月城さんは受付室から出てきて俺に飛びついてきた。

 

「あの、月城さん。ちょっと離れてくれませんかね?」

 

 月城さんは(本人は気にしているみたいだが)背が高く、俺と数5、6㎝ぐらいしか変わらない。意外なことに織斑先生の身長を超えているのだ。

 

「……何をしているの?」

 

 俺が来ないことで心配してくれたのか、更識(妹)が現れる。だが俺の様子を見て冷ややかな視線を向けてきた。

 

「あ、ごめんなさい。人の彼氏に何をしているのかしら、私ったら」

「…違います」

「桂木君もごめんなさい。彼女さんに勘違いさせてしまったわ。あなたからさっき言っていた保護欲を誘発させるオーラが出ていたから、つい」

「いえ、俺たちは付き合っているわけではないですから。……って、え?」

 

 なんだろう。今のはスルーしてはいけない言葉をスルーしてしまった。やばい。聞き出さないと。

 だけど月城さんは「もう行け」と笑顔で去るように促してくるので、仕方なく更識を連れてそこからピットの方へと移動する。ここからだと手前のBピットの方がいいらしいな。なのでそっちに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が簪と共にアリーナで練習をしようとしている頃、IS学園の理事長を務める轡木十蔵は学園を留守にして豪華に設えた一室の、そこに設置されている円卓に着席していた。そこには各国の重役の面々が着席しており、全員が十蔵に対して見下す―――いや、敵意を向けている。

 その中で中心と思われる男性重役が声を上げた。

 

「―――織斑一夏には丁重を、そして二人目には生きている程度の処遇を。以前の会議ではそう決まっていた。そうだな?」

 

 周りは賛同する声を上げる中、十蔵だけは何も反応を示さず、ただ多少の愛想笑いを浮かべている。

 

「そして理事長であるお前にもそう通達したはずだぞ、轡木十蔵」

 

 中心の男―――チェスター・バンクスは唸るように言うと、十蔵はなんともない風に答える。

 

「ええ。確かに聞きましたね。それがどうかしました?」

「ならば何故、桂木悠夜が専用機を受領している!? しかもそれは貴様のラボのものだというではないか!!」

 

 普通の人が聞けば驚き、すくみあがるほどの怒声が十蔵を襲うが、本人は再びなんともない風に答える。

 

「何か問題がありましたか?」

「大問題だ! 二人目など、所詮は我々男にもISが乗れるようになるための材料にすぎん!!」

 

 その言葉に周りにいる男たちが賛同の意を示す中、十蔵のほかに騒ぎ立てない男が一人いたが、その男に対しては何も言うこともないためか、そっちに対しての意見は飛ばない。実質、十蔵に対して敵意が飛んでいるのだろう。そんな中、十蔵は内心ため息を吐いていた。

 

(無知は罪、とはよく言ったものですね。もっとも、知ったらすぐに連行するでしょうが)

 

 彼らにはクラス対抗戦の時の襲撃事件の報告書を提出しており、事の顛末は朱音の援護を含めて知らせてある。つまり彼らは織斑一夏、セシリア・オルコット、凰鈴音の三人で倒した機体を悠夜が実質一人で、ボロボロになった機体で撃破していることを知っているはずなのだ。

 朱音の作成したバック(B)パック(P)パッケージ(P)がどれだけ強力なのか十蔵自身も理解しているが、それを扱えなければ宝の持ち腐れ。それを活かして撃破した悠夜は十分に専用機を持つに相応しい操縦センスは持っていると認め、悠夜のアイデアとはいえ大切な孫が完成させたISを託したのだ。

 

「いいか、轡木十蔵。すぐに二人目からISを回収しろ。理由なんざどうにでもなるだろう!」

 

 チェスターが怒鳴るかのように言うと、十蔵はやれやれといった感じに答える。

 

「ならば、賭けましょうか?」

「何?」

 

 唐突の賭けの提案にチェスターは怪しむように十蔵を見る。

 

「今度行われる学年別トーナメント、いや、正式には学年別タッグトーナメントですが、そこで二人目がどれだけの功績を残すかを賭けようではありませんか」

「ふん。そんなもの、専用機持ちならばそれなりの功績を残せる。賭けが成立するわけがないだろう」

「大体、あなたの人間を信用できるか! この泥棒野郎が!!」

 

 チェスター側の人間と思える一人が声を張り上げる。唐突のことで周りは騒然とする中、チェスターはその男に尋ねた。

 

「何かあったのかね?」

「実はこの男、我が倉持技研に所属する代表候補生を一人、自分のラボに引き抜いたのです」

 

 その言葉に周りは再び騒然とするが、十蔵は平然と返す。

 

「おやおや、倉持さん。織斑君にかかりきりで金の卵を放置しているから、こちらとしては余裕があるので引き取ってあげただけですよ」

「よく言う。勝手に引き抜いていったくせに」

「まぁ、彼女の所属を変えるくらい私にはわけがないですよ。文句は未だに20歳未満は親の了承がなければどうのこうのとかいう政府に言ってください。まぁ、それほどあなたは彼女の家には気に入られていない、ということを理解してください。そうでもしないと、早死にしますよ」

 

 その言葉に倉持は悔しさのあまり唇を噛みしめた。

 

「それに、私のラボの場所がどこにあるか、あなたもご存知でしょう? 一人で専用機を組み立てる以上、私のラボの方が都合がいいんですよ」

「………貴様」

「その辺りの文句も政府へとお願いします。私は違法的に施設を建設したわけではないことは、あなた方もご存知でしょう。ね、阿村総理」

 

 すると全員の視線が十蔵に呼ばれた日本総理大臣「阿村」に注がれる。

 

「……ほう。では君は彼が近くにIS研究施設を建設することを拒否しなかったのかね?」

「そ、それは……」

 

 突然話を振られるだけでなく、一気に批難の眼差しを向けられたことで阿村は冷や汗をかき始め、十蔵を睨みつけるが、当の本人は平然と話を戻そうとした。

 

「というかそもそも、これは「桂木悠夜」に関する話し合いではないのでしょうか?」

「「「お前が言うな!!!」」」

 

 今度はほぼ全員から響く怒号だが、十蔵は何の反応も見せなかった。

 

「で、どうします? 賭けるか、賭けないか―――」

「いい加減にしろ! 専用機を持っている時点でその賭けは成立しな―――」

 

 チェスターがもう一度否定しようとしたところで、唐突に別の声が遮った。

 

「———いいでしょう。その賭けに乗らせていただきましょう」

 

 その声の主はチェスターの隣に座っているフランス人であり、彼の名はクロヴィス・ジアン。フランス政府IS関連事務局の局長にして、IS委員会副委員長である。本来ならばそこにはイギリスかドイツの人間が座る予定だったが、クロヴィスの人柄と冷静な判断力で各国から多大な評価を受け、今の席を勝ち取っていた。

 

「貴様、何を考えている」

「このままでは平行線の道を辿ることは明白。ならばここはその賭けに乗ってみればいいでしょう。我々が認めるほどの十分な功績を残さなければ彼の専用機は剥奪、訓練機を携帯してもらうのはさすがに変わりませんが、それでも十分でしょう? それにここで否定するのは、自分たちの代表候補生は高が数か月前に発覚した男性操縦者如きに負けるほどの実力しかないと言っているようなものでしょう。特にイギリス、中国、ドイツは」

 

 その言葉に納得したのか、チェスター派の人間は静かになった。

 

「ではそういうことで。今度のトーナメントは面白くなりそうですね」

 

 そう言って笑いながら十蔵は立ち上がるが、チェスターはそれを制止した。

 

「待て。まだ話は終わっていない。引き抜きの件をきちんと説明してもらおうか」

「ああ、それですか。今回の賭けの敵として、彼女が最適と思ったからですよ。まぁもっとも、打鉄の発展機を使わせる気は毛頭ありませんが」

 

 その言葉に倉持は十蔵を睨みつけ、それを援護するようにチェスターは言った。

 

「だが同じ所属ならば手を抜く、なんてことをするだろう!」

「ああ、その心配はございません。あの二人ならばきっと「モンド・グロッソ」の決勝戦並みの熱い戦いを見せてくれますよ」

「それが行われる保証がどこにある!!」

 

 倉持は声を張り上げて言うと、空気が4,5度下がった。

 

「———あなたは本当に襲撃事件の二人目の行動を読んで、二人の関係性を理解しているのですか?」

 

 顔は笑顔なままだが、明らかに彼らを見下して十蔵はそう言った。その視線に何人かが寒気を覚え、その場で身震いする。

 

「バンクス委員長。先程の言葉、今一度先程私が挙げたことを理解した上で考えていただきたい。その上で言わせていただきましょう。あの二人の関係性を舐めるなよ?」

 

 そう言って十蔵は部屋を出ていき、彼はすぐにため息を吐いた。

 

(本当に、勘違いも甚だしいな。私はただ、()()君に眠る力を、ISで抑えているというのに)

 

 だが、十蔵の真意を知る者は、少なくとも先程の円卓に出席している人間は理解できていなかった。




ということで今回は前回の専用機の問題をほんのちょっと深くしてみました。
前回もかなりだとは思いますけど、この時点って原作ではまだ2話目の後半ですけど、二人が転校してきた初日なんですよね。先は長いですけど、すみませんがお付き合いください。


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#31 更識姉妹の心の内

 俺たち二人がアリーナ内で決めた出来事は一つ、「お互いに邪魔にならないようにする」だ。とはいえ何故専用機持ちであるはずの彼女が地面を走行しているのかは気にならなくもない。

 黒鋼の全機能を活用するための一つとして作られたエネルギーライフル《フレアマッハ》で移動する的を撃ち抜く。エネルギー兵器なので比較的に簡単に当てられるが、それでも射撃レベル(だけではないが)が低い俺には難しい問題だ。

 

「………これが、あなたの新しい剣」

 

 自分のことは終わったのか、更識がこっちを向いてそんなことを言った。本人の容姿とはギャップとは言っても過言ではないであろう大人っぽい声が意外にもあの歌姫をすぐに連想させた。

 

「思いだけでも…力だけでも…ダメなんだ! って返せばいいのか?」

「……ごちそうさま」

 

 十分だったようだ。俺はそういうキャラではないのだが、それでも形見狭く感じるこの学園で自分と同じ趣味を持ってくれる女子がいるのは素直に喜ばしいことだ。

 

「そういえば、どうして更識はそんな初歩的なことを? 専用機持ちみたいだし、普通だったら俺のことが気に食わないとか思わない?」

「………全然。むしろこうして話せて嬉しい」

 

 と真顔で平然と返してくる更識。

 

「それに、あなたの経歴を考えれば専用機を持つ資格は十分にあると思う。……あの時は、本当に…ありがと」

「あの時?」

 

 おかしいな。俺と彼女はあの背負い投げの時が初対面のはずだ。

 

「……襲撃事件の時、私もあそこにいたから」

「え? ……あ」

 

 そういえば、布仏があそこに誰かを助けに行っていたな。更識がそこにいたか。

 

「……ナイス中二病」

「止めてくれ」

 

 個人的にはあのことはかなり後悔しているんだから。

 

「仕方ないだろ、あんなものが飛んできてしまったらそっちにスイッチが入っちゃったんだから」

「……うん。あれは飛んできたから仕方ない」

 

 顔を隠しながら更識が笑う。おそらく可愛いんだろうけど、何故か今はイラついた。

 ともかく、話を戻すとしようか。

 

「で、どうして初歩的なことを?」

「……私の機体、まだ未完成だから」

「……マジで?」

 

 少なくとも、装甲だけなら完成しているように見えるが、第三世代型の新たな特徴とも言える「非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が浮いていないのでそこだけは納得した。もっとも、俺の黒鋼も含めて見ている限りの第三世代はアンロック・ユニットを使用しているだけで、そうじゃないのもあるかもしれないが。

 

「そ、そういうのは普通、専門家が作るものだろ」

「………そうだけど、開発計画が凍結されたの」

 

 と、凍結!?

 ちょっと話を整理してみよう。

 更識は日本の代表候補生で専用機持ち。そもそも専用機を持つことはデータ取りの意味合いもあるが、その人の操縦能力が認められたということでもある。つまり更識は日本政府から正式に専用機を持つことを許される人間だということだ。そんな奴の機体が普通、凍結されるか?

 

(……いや、普通にあるか)

 

 朱音ちゃんに聞いた話だが、専用機持ちとしての実力があると認定された奴は政府の紹介で各国にある開発企業と契約することができる。収集したデータの量と企業にもよるらしいが、渡される金額はかなりのもののようだ。

 だからその人が専用機持ちかどうかで強さを知るのではなくて、企業と契約しているかどうかで知ったほうがいいらしい。

 

「でも、何で凍結なんかしたんだ? システムの開発の困難になったとか、暴走?」

「……織斑君の機体に人員が取られて」

「また織斑か……あの野郎、どれだけ周りをかき乱せば気が済むんだ」

 

 本当に迷惑な奴だ。今度のトーナメントに再起不能にするだけでは飽き足らないかもしれない。

 

「…確かにムカつくけど…それは彼が知るところじゃないし……」

「いや、全面的に向こうが悪い」

 

 確かに更識の人員が織斑の機体に取られたのは織斑が知っていることはまずないだろう。それを決めたのは織斑ではなく打鉄の…倉持技研が決めたことだ。聞くだけならば更識が織斑を恨むのは筋違いに感じるが、

 

「そもそも織斑の軽率な行動がすべての始まりだ。俺は更識が織斑を殴ろうが蹴ろうが止める気はないし、俺はタイミングで見計らってハンマーで物理的に顔面を潰したい」

「……が、願望……」

「そりゃそうだろう。俺は織斑を許すつもりは毛頭ないし、何よりもあいつの神経が気に入らない」

 

 そう言いながら、更識の後ろに現れた的を破壊する。

 

「まぁいいや。ここでそんな話をしたところで何か解決するってわけでもないし。続きしようぜ」

「……わかった」

 

 今度は実弾式ライフル《アイアンマッハ》を展開し、再び現れた移動する的を打ち落とし始める。最近はこういうのばかりしているので射撃鮮度が上がってきているとありがたい。

 最後の的を撃ちぬくと、Cピットのカタパルトから打鉄が姿を現す。それに乗っていたのは織斑派の篠ノ之だった。

 

「何故貴様がここにいる!?」

 

 いちゃいけないのかよ。

 答えの代わりにジト目で返すと、負けじと向こうが睨み返してきた。

 

「こっちも練習だ」

「それはともかく、一夏を見なかったか? さっきから探してもいないのだが」

 

 そんなこと、俺に言われても困る。というか向こうは俺が織斑を嫌っていることを知っているはずなのだがな。

 

「……デュノアに付いているんじゃね? 俺が構わないから余計に向こうに懐いているんだろ」

 

 すると篠ノ之の動きは止まった。どうやらそれは盲点だったようだ。

 

「何故貴様は一夏と一緒にいないのだ!」

「俺が誰といようが俺の勝手だろうが」

 

 本当にこいつ、頭大丈夫か?

 篠ノ之の将来が不安になっていると、今度は別の機体が二機も現れた。言わずもがな、甲龍とブルー・ティアーズである。

 

「奇遇ですわね。まさかあなたがこんなところにいるとは思いませんでしたわ」

「いや、かなりの割合でいるけどね。悠夜ってアンタが思っていないだけでかなり真面目だから」

 

 俺をフォローするように凰は言ったのを、オルコットはあまり良く思わなかったみたいだった。

 

「まぁ、ちょうどいい具合に数が揃っているので模擬戦をしませんこと? ねぇ、日本の代表候補生さん?」

「何?」

「へぇ、あの子なんだ」

 

 オルコットの言葉に篠ノ之も凰も更識に注目しはじめた。

 

「それは是非手合わせを願いたいものだ」

「へぇ、おもしろそ―――」

 

 すると凰は俺を見て言葉を止める。どうやら俺のサインに気が付いたみたいだな。

 

「ゆ、悠夜? もしかしてこの子、事情があって戦えない、とか?」

「そうだな。もし危害を加えるって言うんだったら、その時はそのISをお前らごと再起不能にする」

 

 その言葉を挑発と受け取ったのか、篠ノ之もオルコットもそれぞれ武器を展開する。

 

(やれやれ。こっちはマイペースで練習したいって言ってるのにな)

 

 素直に織斑を追いかければいいものを。ま、それなりの知識を持っているはずの凰はともかく、篠ノ之とオルコットが織斑を落とすのは正直困難を極めるだろう。胸の大きさを含めれば凰も危ういが。

 

「って言ってもお前らがおとなしく練習するならこっちも大人しくするから。流れ弾をこっちに飛ばすなよ」

「あら? 逃げるんですの?」

「トーナメントまで待てって言ってんだろ。大体、こっちがやる気がないって言ってんだから人の話ぐらい聞けや」

 

 そう言って俺は《アイアンマッハ》の弾倉を入れ替えて再びトレーニングを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が来たため俺たちは先に上がる。なんとか無事に終わったが、こっちはいつ仕掛けられるかと内心ヒヤヒヤしていた。まぁ、仕掛けてきたところで黒鋼を使用している以上、負けることも負けるつもりもないが。

 

「なんか、ごめんな。あの馬鹿どもが来たせいでやる気がなくなっただろ」

「……全然。こっちこそ、さっきは庇ってくれてありがとう」

「いや、あれくらいは当たり前だ。その機体も自分で作ってるのに、あんなつまらないことで壊れても嫌だろ」

 

 そう言うと更識は顔を少し下げる。

 

「……それも、お姉ちゃんに対しての点数稼ぎ?」

 

 そんなことを聞いてくるので、俺はため息を吐いて彼女の頭に軽くチョップした。

 

「…痛い」

「つまらないことを言うからだ。大体、アレに対する点数稼ぎなんて時間の無駄だ。どうせだったら別のことに意識を向ける」

 

 女としては確かに魅力的だが、女に対して点数稼ぎなんてたぶんしない。ISを動かしてしまってから特にそんなことをする気になれなかった。もし仮に深い関係になったところで、国に所属するしないに関わらず相手に人質に取るにしろ、受精してしまった卵子を取った後、そのまま相手が無事に解放されるわけはないのだから。

 

「……じゃあ、私が「青い暴風」って呼ばれているって言ったら、どうする?」

 

 言われて俺は足を止めてしまう。「青い暴風」ってのは俺の「黒い凶星」と同じ通り名だから。

 

「ちょっと待て。それって、つまり―――」

「……久しぶり」

 

 青い暴風というのは、俺が世界大会の決勝戦で倒した相手の通り名であり、「嵐波(らんぱ)」という名前通りの荒々しい砲撃を遠慮なくしてくることからつけられた名だ。ぶっちゃけ、あれは洒落にならない。

 

「えっと、つまりは俺たちは三年前に既に知り合っていた間柄ってわけですか?」

「……うん。……ついでに言えば 6年前に発売された時に後ろに並んでいた」

 

 マジか。そんなの知らねえよ。

 でもそうか。こんな近いところに、しかも女で同類がいるとは思わなかった。

 

「―――見つけた!!」

 

 喜びを噛みしめていると、聞き覚えがある声が聞こえたのでそっちを見る。中には珍しくジャージを着てその上に白衣姿の朱音ちゃんだった。

 すると更識は俺の後ろに隠れるという、ある種のご褒美をくれた。

 

「ようやく見つけたわよ、かんちゃん」

「……私は、一人で作りたい」

「そんなことで、一体いつ完成するって言うの。今度のトーナメントに間に合う?」

「………」

 

 深い話は見えないが、どうやら更識の機体の話をしているようだ。

 

「だったらこの私に任せるべきよ。今度の試合に慣らし運転も終わらせるようにすぐに取り掛かるわ」

「……で、でも……」

 

 ……すべてのシステムを試したわけではないが、黒鋼の完成度は高いと思う。以前の機体もそうだが、黒鋼の性能はISの性能ではすべてを作るのは無理だからな。

 

(結局、まだ本格的には動かしていないからな)

 

 正直言うと、一度本気で動かしてみたいがアリーナでやった場合は対策を練られるのでそれを回避するためにあまり本気で動かしていないのだ。《フレアマッハ》も出力をだいぶ落としているしな。

 

「そもそも、どうして更識はそんなに一人でISを完成させたいんだ?」

 

 俺が知る限り、ISはそこまで大きさはないがシステムとか回路とかが複雑なので困難を極めるはずだ。更識は代表候補生だからそれなりの知識に精通しているはずとはいえ、すぐに完成させるなんて難しいだろうに。

 

「………お姉ちゃんが、一人で完成させたから……」

 

 言われて俺はどこか納得してしまう。だが、同時にその努力が無駄になることも予想できる。

 彼女がどんな環境で育ってきたのか、なんとなく予想できる。だからこそ、俺はこれ以上歓迎されないレールを進んでほしくない。

 

「…それが理由なら、今すぐ止めた方がいい」

 

 そう言うと、簪は俺を睨む。

 確かにこの言葉は今まで努力した奴に言うことではない。でも、これ以上続けたって彼女に称賛が浴びせられるとは限らない…いや、浴びせられることはないだろう。

 

「…どうして」

「そんなことをしたって二番煎じだからだ。姉や兄ができるなら、その下の弟や妹ができるのは当たり前。人間特有の考え方でな、むしろそんな考えを持っていない奴の方が稀だろう」

 

 俺は中学に入る前、自分で言うのもなんだが勉強はそこそこできた。だけど妹の方がわずかながら点数が上だということもあって、いない親父はともかく義母からはよく「見習いなさい」と言われていた。だから中学では頑張って何度かトップや満点は取っていたんだが、それでも「それくらい上なんだから当たり前よ」と言われて相手にされたことはない。もっとも、これは女尊男卑思考だからそうなっているかもしれないが、中には同性の兄弟姉妹でもそういうことはあったと聞くし、100%間違いではないだろう。

 

 ———パンッ!

 

 俺の左頬から乾いた音がした。叩いた本人はいつの間にか俺の正面におり、右腕を左に振りぬいている。

 

「………最低」

 

 それだけ言うと更識は俺と朱音ちゃんを放置して走り去っていく。ここはたぶん待ちでいいかと思ったこともあるが、それよりも別に気になることがあった。

 

(……今、熱くなかったか?)

 

 いや、叩かれたところは熱いんだが、触れた時に妙に体温が高く感じたというか、ともかくそんな感じだ。

 

 ———ダンッ!!

 

 嫌な予感がした思わずその重い音がしたところを見ると、更識が倒れていた。

 

「かんちゃん!」

 

 更識に駆け寄る朱音ちゃん。だが朱音ちゃんの体格だと同じような体格をしている更識を運ぶのは荷が重いだろう。俺にはその資格はないだろうが運ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪が目を覚ました場所は、保健室だった。

 点滴を打たれており、その先端が彼女の左腕に刺さっている。

 簪が状態を起こした時、上から濡れたタオルが彼女の右太ももに落ちてきた。

 

「……これは……」

「目を覚ましたわね、簪ちゃん」

 

 いつからそこにいたのか、楯無は太もものタオルを小さい棚の上にある桶に入れ、水分を含ませて十分に冷たくする。

 

「ほら、寝て」

「……でも、まだ」

「まだも何も、簪ちゃんは無理をしすぎているんだから。ちゃんと安静にしなきゃ」

 

 そう言って楯無は半ば無理やり簪を横にさせ、彼女の額にタオルを乗せた。

 

「……何をしに来たの?」

 

 棘を含ませて簪は尋ねるが、楯無は何の反応を見せずに答えた。

 

「桂木君からあなたが倒れたって聞いたから、看病しに来たの」

 

 すると簪は楯無のことを睨み始める。

 

(……本当は点数稼ぎしてきたくせに)

 

 だがそれを視線で感じ取ったのか、楯無は突然ベッドの上に乗り出して簪を抱きしめた。

 

「なにを―――」

「簪ちゃん。私も言い方が悪かったけど……あなたは勘違いをしているわ。本当は代表候補生なんて間違えば戦争の道具になる存在になってほしくなかったの。だって私はあなたが好きだもの」

 

 そう言われ慣れていない簪は唐突の告白に顔を赤くし始めるが、言った本人は構わず続けた。

 

「あの時もそう。ああ言えば私から離れて、表の世界で暮らしていけるって思った……けど」

「……あの事件が起こった」

 

 簪の言葉に楯無は頷く。

 

「それで私は、やっぱり近くにいた方がいいって思ったわ」

「………ようやく、理解した。何故あんなことを言っていたのにずっと見張られているのか、疑問だったから」

 

 そう言われて今度は楯無が顔を赤くするが、話を逸らすように別の話題を出した。

 

「それと、桂木君が言ったことなんだけど……」

「………」

 

 悠夜のことを話題に出された簪は暗い顔をしたが、すぐに思い当る節があったのか顔を上げた。

 

「覚えているようだから言うけどね、あれは彼自身の経験なの」

「…経験?」

「うん。彼の親はお互い子持ち同士で再婚していてね、血が繋がっていたお父さんはずっと仕事で家を離れていて、甘える相手がいなかったの。それと多分知っているはずだけど、彼女の義母は、女権団の石原(いしはら)郁江(いくえ)って言えばわかるわよね?」

「………女権団のボスで、日本のIS操縦者育成機関の一番の投資者」

 

 簪の言葉に楯無は頷き、続きを話した。

 

「そう。簪ちゃんも知っていると思うけど、石原幸那(さちな)ちゃんの母親でもある彼女は、桂木君を決して褒めなかった。何かと理由を付けて貶されたって、桂木君本人が言ってたわ。たぶん、簪ちゃんに同じ思いをしてほしくなかったから言ったの」

 

 その言葉が原因かは楯無にはわからない。だが簪の両の瞳から涙が溢れ出ていた。

 

「………そう…なんだ」

 

 自分でも気付いた簪は涙を拭い、点滴の針に手をかけようとしたので楯無に止められた。

 

「……何するつもり」

「悠夜さんのところに行きたくて」

 

 すると楯無は持っていた簪のスマホと、あらかじめ悠夜の電話番号が表示されている自分のスマホを渡す。

 

「晴美さんには許可を得てる。電話していいわよ」

「……ありがとう」

 

 そして彼女は自分のスマホに悠夜の連絡先を入力し、電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ~、やっと終わった」

 

 そう言って俺は作業着の前を開け、リラックスする。

 今、俺は轡木ラボの作業室で朱音ちゃんと一緒に黒鋼の整備をしていた。

 

「お疲れ様。でもあんまり使ってないよね? スペックに納得できない?」

 

 少し泣きそうになる朱音ちゃんを見た瞬間、罪悪感と恐怖に駆られてしまった。

 

「そんなことないさ。ただ、今度のトーナメントで専用機持ち+αを倒したい俺としては、あまり周りに手の内を知られたくないだけだ」

 

 ちなみに「α」は言うまでもなく篠ノ之である。

 

「そんなに苦戦する相手かな? まぁ、かんちゃんの機体を黒鋼と同じように作れば一番の障害なるけど……」

「……打鉄の発展機はどこまで言っても発展機だもんな」

 

 正直、彼女の愛機だった嵐波を見てからのマルチロックオン・システム機はどれも見劣りするだろう。だってあれ、一度に100個のミサイル飛ばしてくるからな。結構恐怖だった。

 すると作業着の中に入れていたスマホが鳴りだしたので画面を見ると、知らない番号からだった。

 

「……もしもし」

 

 念のために出ると、向こうから聞きたくて仕方がない相手の声が聞こえてきた。

 

『……()()さん』

 

 思わず俺は思考を放棄しそうになりそうになったが、なんとか思いとどまる。

 

「え? ちょ、更識?! 一体どうした?!」

 

 まさか電話がかかってくるなんて思っていなかったので何の準備もしていない。まぁ、準備することなんてないが。

 

『……殴ったこと、謝りたくて……』

「あ、いや、あれはいいよ。俺も言い方が悪かったし」

 

 そもそも体験談を言わなかった俺が全面的に悪い。

 

『……ありがとう。…近くに、朱音、いる?』

「あ、朱音ちゃん? 待って。すぐに代わる」

 

 朱音ちゃんに渡すと朱音ちゃん自身も驚いていたようだ。代わった後に段々と朱音ちゃんの顔が笑顔に変わっていった。

 

「わかった。じゃあ、おやすみ」

 

 そう言って朱音ちゃんは電話を切り、俺にスマホを返した。

 

「……打鉄の発展機ってのは正直気に入らないけど、手伝ってほしいって言われた!」

「やったー!!」

 

 瞬間、俺たちはお互いにハイタッチする。

 この時俺を含め、まさか更識の機体に悲惨なことが起こるなんて誰も思っていなかった。




ということでこの回で更識姉妹のわだかまりは解けました。やっぱり7000字を目安にしたら展開が早いですね。
気が付けばもう30話。話数としては遅い方と思いますが、この調子でいけば35話前後には3巻に入れそうです。(フラグ)


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#32 土曜日のある日

 更識の専用機作成に朱音ちゃんが手を貸し始めて4日が過ぎた頃、土曜日の午前授業を終えた俺は一番にアリーナに向かって黒鋼を展開していた。

 周辺には朱音ちゃんが作ったホログラム投影機から俺がよく知る機体が姿を現す。

 

(……今日はグ○か)

 

 カスタムじゃないか否かはこの際問題ではない。

 《ヒート剣》を出した敵は《フィンガーバルカン》を撃ちながらジグザグに移動をはじめ、攪乱する。

 それをバッグで回避すると土煙が舞い、正面から《ヒート剣》が現れてそれを回避する。そして《アイアンマッハ》を展開し、《ヒート剣》を持つ右手を一撃で破壊した。

 《アイアンマッハ》も《フレアマッハ》もどちらも連射性を上げたライフル銃だ。とあるアニメで見る三点バーストなるものはさすがにできないが、オートリロード式なので初心者にも優しい銃である。そのため、センサー・リンクが付いているISならば85%の確率で当てられる。スパ○ボやポケ○ンでこの数値は信用ならないが、リアルでは結構信頼できる。

 

「そこ!」

 

 右手で注意を逸らさせて、敵のコクピットの部分めがけて《アイアンマッハ》を、頭部のモノアイには8つあるビットを展開して狙い撃った。コクピットは少しずれたが、何故かビットの狙いは正確で外さない。

 

《試合終了。並びに、システムを終了します》

 

 ホログラムを回収し、先程の戦闘データを朱音ちゃんに送る。

 更識の専用機は朱音ちゃんが手を貸してから順調に進んでおり、今度の月曜日に試験作動をする予定らしい。そのための稼働データらしいが、果たして俺のデータが役に立つだろうかと思いつつ、俺は月城さんに連絡を入れた。

 

「受け入れ可能にしていただいて大丈夫です。協力、ありがとうございます」

『わかったわ』

 

 アリーナの土曜日と日曜日は少し変わっている。使用上限は一応決まってはいるが、

 

ちなみにさっき俺は月城さんに頼んでこれから来る人たちに少し止めて置いてもらったのだ。いくらISと変わらないサイズとはいえ、見たことがない機体が現れたらパニックになる恐れがある。ただでさえこの学園のロボットアニメ浸透率が低いんだ。……ISを動かしているなら多少は参考になるというのにな。俺は毎日「大辞典」や「大百科」で流用できるかを探しているだけなのに、どうして日頃から文句ばかり言われなければならないのかわからない。キモイなど言われるが、鷹なんとかに聞いた話だと「女の子はあまりロボットアニメを見ない」らしい。その場で「頭大丈夫か?」と言いそうになったのをどれだけ我慢したか。

 

(……女の子と言えば)

 

 月曜日に転校してきたシャルル・デュノア。知り合いに同じ「デュノア」の姓を持つ二つ下の女(なので日本で言うと中学3年生)がいるが、おそらく会社の益に絡んでいるから教えてもらえないな。

 

(まぁ、十中八九女だろうけどな)

 

 おそらくは俺たちのデータだろうな。男性操縦者のデータは貴重らしいし。

 

「———悠夜じゃないか! おーい!!」

 

 考え事をしていたら聞きたくない声が耳に入ってきた。

 後ろを向くと織斑が白式を展開している状態で俺に対して手を振っている。

 

「悠夜も一緒に練習しないか? みんなでやった方が楽しいし」

 

 その言葉に後ろにいる約二名が殺気立っているんだがな。そして凰は二人と俺を見て俺に対して同情の眼差しを向けている。

 

「気が乗らないからパスだ」

「そう言わずにさ、それにシャルルだって寂しがってたんだぜ。絶対みんなでやった方がいいって!」

 

 どうやら姉弟揃って拒否権はないらしい。全く、ふざけた奴らだ。織斑ってのはどこか頭がおかしい奴しかいないようだな。

 

「で、そのデュノアがいないようだが?」

「トイレだってさ。いずれ後から来るだろ。そんなことより模擬戦しようぜ! 俺、お前とやったことないし」

「そういうことならわたくしもさせて頂きますわ。あの戦いは結局うやむやになりましたし」

「当然、私も参加させてもらう」

「———じゃあ、僕もいいかな?」

 

 どうやらデュノアも合流したようだ。やれやれ、まったくこいつらは。

 

「じゃあ、ちょうど4人がしたいようだからそれぞれタッグを組んでやれ。場所は開けてやる」

「俺はお前とやりたいんだよ!」

 

 その発言で後から来た腐女子が歓喜した。後ろで「攻め」やら「受け」やら聞こえてくるので今すぐ機体をぶち壊したい気分である。

 俺の気配を察知したのか、凰がため息を吐いてフォローした。

 

「別にやりたくない人を無理やりやらせたって満足のいく結果が出せれるわけないし、先にそっちでやって悠夜のやる気を出させればいいんじゃない?」

「そうだな。じゃあシャルル、やるか」

「そうだね。じゃあ桂木君、見ててね」

 

 途端に歓喜が上がったので、俺は黒いノートにデュノアの名前を足して「正」の字を最初の「一」を書き足した。無自覚とはいえ、よもや腐女子如きの餌にされるとは。

 

「悠夜、それって何のノート? もしかしてデス―――」

「似たようなものだな。これに名前を書かれた奴は俺の策やそうでない因果で大抵は酷い目に合ってる」

「なにそれ怖い」

 

 ある意味未来予知のノートでもある。……まぁ、書いた俺自身が俺以外の手で痛い目を見た時に驚いているが。

 

「……アタシの名前は書いた?」

「書いてないけど、お前の不幸と言ったら織斑に振られ―――」

 

 凰に口を塞がれる。俺としてはある意味役得だが、凰にとってはどうなんだ。

 ちなみに織斑とデュノアは今二人で戦闘しており、デュノアの分析のために俺はそれを録画していた。凰の場合はデータがあるし、オルコットは以前に織斑との戦闘記録をダビングしているので問題はない。もっとも、織斑も篠ノ之も眼中にないが。

 

(デュノア、男性操縦者の割には結構動けているな)

 

 証拠としては不十分だろうが、それでも録画する価値はある。

 

(というか織斑はデュノアのことをどう思っているんだ?)

 

 いくら何でもタイミングも、そして操縦技能も高すぎる。4月の時点で来ない方がおかしい。………まぁ、家が「デュノア」ということもあって2か月間集中的に練習していたのかもしれないが。

 もしここで怪しまずに普通に友達として接しているのならば、ただのアホだ。

 とか考えていると凰は篠ノ之とオルコットに誘拐されており、もうそろそろ二人の戦いも終わりそうだ。というか織斑、本当に突っ込むしかできないのか。シールドもないし、やられっぱなしだ。

 やがて二人は戦闘を終え、俺がいるピットへと着地した。

 

「どうだった? やる気出た?」

「いや、ただ織斑の武装が剣一本って、やっぱり異常だなと」

「でも仕方ないんだよ。容量がないってことらしいし」

 

 何その異常は。朱音ちゃんに見せたい気分だが、朱音ちゃんが織斑の毒牙にかかることがないようにしないといけないので拒否だ。

 

「で、一夏。結局何で負けたのかわかる?」

「そ、それは……やっぱり俺が弱いから?」

「それもあるけどね。一夏の場合、オルコットさんや凰さんも含めて勝てないのは、単純に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

 

 さりげなく厳しいことを言うデュノア。あまりにもさりげなかったので、織斑はそのことに気付いていないようだ。

 

「そ、そうなのか? 一応わかっているつもりだったんだが……」

「わかっているって言っても知識でってだけだろ。さっきデュノアと戦っていた時もほとんど間合いを詰められてなかったし」

「そ、それはそうだけど……。瞬時加速(イグニッション・ブースト)も読まれてたしな」

 

 やっぱりこういう反省会ってのは好きだな。織斑を虐められるから特に。

 

「一夏のISは近接格闘オンリーだから、より深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ」

 

 織斑が持つとただの欠陥品としか聞こえないから不思議である。そういうのって、サブウェポンとしてビットかミサイルを積むはずなのにな。

 

「特に一夏の瞬時加速って、直線的だから反応できなくても軌道予測で攻撃できちゃうからね」

「直線的か……うーん」

「あ、でも瞬時加速中はあんまり無理に軌道を変えたりしない方がいいよ。空気抵抗とか圧力の問題で機体に負荷がかかると、最悪の場合骨折したりするからね」

「……なるほど」

 

 デュノアの説明はわかりやすいな。更識(姉)や朱音ちゃんの方が上だが。そして織斑はまるで救世主を見ている顔をしていた。

 

「……織斑、お前はなんて顔をしているんだ。ハッキリ言って気持ち悪いから殴らせろ」

「ちょっ!? 違うって! ただ俺は、シャルルの説明がわかりやすくて嬉しいんだよ!」

「その言い方だとまるで、これまでの教師は説明が偏りすぎて理解できなかったみたいな言い方だな」

 

 予測して言ってやると、何故か後ろに控えていた奴らが異議を唱えてきた。

 

「ちょっと待て! それではまるで私の説明がわかりにくいと言いたいのか! 貴様らは!」

「否定しますわ! わたくしの理路整然とした説明の何が不満だというの!?」

「………」

 

 凰が口を開いたと思ったら、先程の三人とは対照的な反応を見せる。

 

「もしかして、感覚とかじゃわからなかった?」

「ああ」

 

 今の、結構萌える部分だと思ってしまうほど可愛かったんだがな。どうやら織斑には効かないようだ。

 

「そういえば、一夏の白式って後付武装(イコライザ)がないんだよね?」

 

 話を逸らすためか、デュノアは話の続きをするように誘導する。

 

「ああ。何回か調べてもらったんだけど、拡張領域(バススロット)が空いてないらしい。だから量子変換(インストール)は無理だって言われた」

 

 だからってそこで諦めるなよ。ただでさえ弱いんだから、盾の一つや二つ入れておいた方が良いだろうに。

 大体、盾がない機体なんてスーパー系の機体だけで十分だ。リアルに相当するISに盾無しだとかなり機動力が必要になる。

 

「たぶんだけど、それって単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)で容量を使っているからだよ」

「ワンオフ・アビリティーっていうと……えーと、なんだっけ?」

 

 何で第一形態(ファーストフォーム)で持っている奴がワンオフを知らないんだよ。

 

「言葉通り、唯一使用(ワンオフ)特殊才能(アビリティー)だよ。各ISが操縦者と最高状態の相性になった時に自然発生する能力のこと」

 

 そういえば、複数持ちっているのか? 今度更識のどっちかにでも聞いてみよ。

 

「でも普通は第二形態(セカンドフォーム)から発現するんだよ。それでも発現しない機体の方が圧倒的に多いから、それ以外の特殊能力を複数の人間に使えるようにしたのが、第三世代型IS。オルコットさんのブルー・ティアーズと凰さんの衝撃砲がそうだよ」

 

 そういえば、更識姉を交えてブルー・ティアーズの考察をしている時にビットに関して未だに量産されていないことに驚いたな。女たちにあんなに威張っているのに、未だに大抵のエース機に積まれているビットが量産されていないことに驚きを隠せなかった。

 

「なるほど。それで、白式のワンオフってやっぱり『零落白夜』なのか?」

 

 あの燃費は悪い諸刃の剣が必殺技ってのは、素人には難しいだろうに。

 

「白式は第一形態なのにアビリティーがあるっていうだけでものすごい異常事態だよ。前例が全くないからね。しかも、その能力って織斑先生……初代『ブリュンヒルデ』が使っていたISと同じだよね?」

 

 ちなみに「ブリュンヒルデ」というのは、ISの世界大会「モンド・グロッソ」の総合優勝者に与えられる称号らしい。モンド・グロッソは二回行われているのに、大抵は織斑先生を指すという意味不明な現象が起きている。

 

「まぁ、姉弟だからとか、そんなもんじゃないのか?」

「ううん。姉弟だからってだけじゃ理由にならないと思う。さっきも言ったけど、ISと操縦者の相性が重要だから、いくら再現しようとしても意図的にできるものじゃないだよ」

「………いや、案外そういう線だったりしてな」

「「え?」」

 

 俺が口を挟むと、二人が意外そうな顔で俺を見る。

 

「何だ?」

「さっきも言ったけど、そういうことってないよ―――」

「デュノアは来たばかりだから知らないが、織斑姉弟ってかなり似てる部分が多いんだよ。他人の意見は無視をする。自分が正しいと信じて他人の意見は無視する」

「同じことを二回言ってるけど?!」

「それくらいこの姉弟は人の話を聞かないんだよ」

 

 するとそれを否定するように織斑は口を挟んだ。

 

「俺、人の意見を無視した覚えないぞ」

 

 さっき無視したのに何を言ってんだ、こいつは。

 トーナメント前に恐怖を植え付けようかと考えていると、後ろから凰が俺を呼んできたので渋々離れてそっちに言った。

 

「……何の用だよ」

「不穏な空気が漂ってきたから離れさせたのよ。全く、今度は何が理由よ」

「織斑姉弟は人の意見を聞かないって話をしていただけだ」

「…………はぁ」

 

 盛大にため息を吐く凰。何か間違ったことを言っただろうか?

 

「アンタねぇ、いくら何でも本人の前でそんなこと言ったらダメでしょうが!!」

「別にいいだろ。鳥頭だからすぐ忘れるだろうし」

「………一度忘れられている身としては否定できない」

「ハハハ」

 

 空笑いをしてやると、凰から拳が飛んできたので回避する。

 

「また当たらなかったわ。回避能力高すぎよ、アンタ。何でISじゃ当てれるのに生身じゃ一度も当たらないのよ」

「ゾンビ鬼を命がけでやったらそれなりの回避能力は身に着くさ」

 

 更識の攻撃は当たるから。

 

「普通、鬼ごっこでそんな回避能力鍛えられないわよ」

「タッチされたら負けも同然だからな。最後まで残るってのはある意味勲章だったから。その点、最初から鬼だと4,5人タッチして仲間を集めたら後は一人を屋上から双眼鏡で監視させてトランシーバーで―――」

「それ本当に鬼ごっこだったの!?」

 

 俺がトランシーバーを持ってこないときはやる気がないときだから、率先してやらせたがっていたが、したらしたらで一人一人確実に陣形を狭めて捕らえたからなぁ。アニメを見たらこれくらいはできる……たぶん。

 二人で会話をしていると、篠ノ之とオルコットが俺たちを見て微笑ましそうにしていた。どうやらデュノアと織斑の方はもういいようだ。

 とか思っていると、デュノアの専用機の話が聞こえてきた。

 

「———本当に同じ機体なのか?」

「ああ、僕のは専用機だからかなり弄ってあるよ。正式にはこの子の名前は『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。基本装備(プリセット)をいくつか外して、そのうえで拡張領域を倍にしてある」

「倍!? そりゃまたすごいな……。ちょっと分けてほしいくらいだ」

 

 二人の話を聞いていると、本当に羨ましく感じる。俺なんて朱音ちゃんの装備が俺の趣味と合い過ぎて、ラボの専用フォルダから常に迷いに迷って選んでいるからな。その変わりと言っていいのか、IS学園のはテンプレすぎるから微妙な感じがする。

 

「あははは。あげられたらいいんだけどね。そんなカスタム機だから今は量子変換してある装備だけでも20くらいはあるよ」

 

 ………これは随分と攻略が難しそうだな。

 正直な話、俺にとって武装が多い相手ほどやりにくい。武装によって戦闘パターンが変わるし、すぐにこっちの戦術に対応されるからだ。それにさっきの対戦を見る限り、デュノアの展開スピードは結構早い。

 

(下手な高出力機よりもよっぽどキツイな。織斑が雑魚にしか見えない)

 

 ちなみに俺にとって織斑はただのサンドバッグだ。一撃一撃の攻撃が高いだろうが、突っ込むだけの奴に絶対に負けねえよ。それに今度のトーナメントでは痛い目を見るなんて生ぬるいことで済ませる気はない。

 なんてことを考えていると、フィールドの中にいる女たちが騒ぎ始めた。

 

「ねぇ、ちょっとアレ……」

「うそ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 

 そして最も厄介な一人、ラウラ・ボーデヴィッヒが現れた。

 ボーデヴィッヒは転校してきたからというもの、初日のアレを除けばクラスの誰とも関わる気はない様だ。度々ボーデヴィッヒの隣に座るデュノアが話しかけているが、一睨みで沈めているのは記憶に新しい。布仏曰く、俺とボーデヴィッヒの間には何とも言えないダークカオスが広がっているらしい。

 

「おい」

 

 容姿だけだとかなりレベルが高いであろうボーデヴィッヒはISの開放回線(オープン・チャネル)で敵視している織斑に話しかけた。その間、奴のISを観察していたが、どう見ても奴の右肩にある長い筒は要注意だろう。

 

「………なんだよ」

 

 誰に対しても優しく接するトラブル・テンペストこと織斑がぶっきらぼうに答える。さすがに初日に殴られたら気に入らないだろう。俺はこれとこれの姉とバカの代表候補生のおかげで初日から面倒な目に合っているからな。挙句の果てにボコられるという意味不明な展開だから。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話が早い。私と戦え」

「嫌だ。理由がねえよ」

「貴様にはなくても私にはある。貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成し得ただろうことは容易に想像できる。だから、私は貴様を―――貴様の存在を認めない」

 

 一体何の話だろうか? 近くにいる凰に聞くと、信じられないって顔をされた。

 

「三年前、結構大騒ぎされたじゃない!」

「三年前って言ったら、俺は朝にランニングするか足りなくなったプラモの材料を買いに行くかぐらいしか外の情報を知る機会がなかったんだが?」

「まさか、引きこもり?」

「事情を知らない奴からしてみればそういうことになるんだろうな」

 

 後は新譜のレンタル開始日にレンタルショップに行くか、バイトか。

 

「まぁ、暮らし方なんて人それぞれだし、口出す気はないけどさ………」

「言っておくけど、ちゃんと学校には行ってたからな?」

 

 休んだ日ってないんじゃないかってレベルで。

 

「また今度な」

「ふん。ならば―――戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 するとさっき注目していた右肩の筒が起動し、ロックオンする。……何故か俺に。

 そして発射された球体が俺めがけて飛んできた。どうやら随分と織斑の性格を理解しているようだな。

 俺は凰を抱えて回避しようと思ったがすぐに思考を変え、凰を後ろに下げてナイフを展開して真っ二つにした。

 

「何っ!?」

 

 周りがざわつくが、その中で一番驚いたのはボーデヴィッヒだったようだ。

 

「貴様、今何をした!」

「いや、ただ切っただけだが」

 

 まさか俺もナイフで砲弾を切れるとは思わなかった。かなり切れ味が鋭いようだ。

 

「あ、ありがとう……」

「どういたしまして」

 

 後ろの凰にそう言ってから俺はボーデヴィッヒの方を向く。

 

「………まさか砲弾を切るとは思わなかった。貴様の評価を改めなければならないな」

「ただこのナイフが特殊なだけだから気にするな。偶然だ、偶然」

 

 後で性的興奮で覚醒する主人公のライトノベルが、朱音ちゃんの部屋に並んでいるか確認しに行かなければならないな。何故か俺は出入り自由だし、彼女が帰った時に俺がいたら飛びついてくるし。

 

「まぁいい。織斑一夏、貴様を倒す!」

 

 今度は実力行使で来たようで、ボーデヴィッヒのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』の籠手部分からビームが伸びる。それを今度はデュノアが割って入り、防いだ。

 そして押し返すと、素早く銃器を展開してそれをボーデヴィッヒに向ける。

 

「こんな空間でいきなり戦闘をしようだなんて、ドイツ人は随分と沸点が低いんだね。ビールだけではなく頭もホッとなのかな?」

「貴様……だが――」

 

 俺は凰から少し離れ、そこから跳んで二人の間に入る。

 

「はい、ストップ。さっきハイパーセンサーで確認したら教員が来てたからもうそろそろ引いた方がいいぜ」

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 

 相変わらず遅い……いや、今回は早いのか?

 

「………ふん。今日は引こう」

 

 これ以上騒ぎを起こしたところで、どう考えても俺が負けるのは目に見えているので引き止めずに見送った。本当は織斑の出汁に俺を使おうとしたことで逆らえないように調教したいところだが、こんなところで俺の機体情報をさらすわけにはいかない。

 

「一夏、大丈夫? 桂木君も……」

「あ、ああ。助かったよ」

「…………」

 

 何だろう。デュノアが妙に俺のことを警戒している気がする。俺としては初日以外に関わることなんてそれほどなかったので何もしていないんだが。

 

「今日はもう上がろうか。どのみちもうアリーナの交代時間だしね」

「おう。そうだな。あ、銃サンキュ。いろいろと参考になった」

「それなら良かった」

 

 さて、俺もそろそろ上がるか。朱音ちゃんと話し合う話題もあるし。十蔵さんは嫌そうだが、何故か晴美さんと菊代さんには「是非とも時間がある時は会ってほしい」って言われてるし。

 

「えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

 

 言われた通りってわけではないが、着替えるために先に行こうとしたが織斑が来なかった。

 

「たまには一緒に着替えようぜ」

「い、イヤ」

「つれないことを言うなよ」

「つれないっていうか、どうして一夏は僕と着替えたいの?」

「というかどうしてシャルルは俺と着替えたがらないんだ?」

 

 どうやらデュノアが織斑と一緒に着替えないらしい。普通なら「別に一人でだろうがいいだろ」と思うが、デュノアの場合だとどうしても怪しく感じる。

 

「どうしてって……その、は、恥ずかしいから……」

 

 表面上は納得しておくが、心中では怪しんでおこう。

 そう思って先に行こうとすると、織斑はすごい事を言った。

 

「慣れれば大丈夫。さあ、一緒に着替えようぜ」

「いや、えっと、えーと……」

 

 この際、デュノアが女であってほしいと切に願い始める俺がいる。というか女だと見ていられないので助け舟を出すことにした。

 

「なるほど。織斑はやっぱりホモだったというわけか」

「俺はホモじゃねえ!! というか「やっぱり」ってどういうことだよ!」

 

 すぐさま否定する織斑だが、残念ながら傍から見ればそうには感じない。

 

「もしくはあれか? 自分と他人の例のアレを見比べて優越感に浸ろうってか? だとしたらお前はやっぱり最低な奴だな。いや、最低な変態だな。今すぐ死ねばいいのに」

「だからやっぱりってなんだよ!!」

「可哀想なデュノア。自分より大きければ切られ、小さければ掘られる。あ、俺はノーマルだから安心しろ。あさってからお前らの席にちゃんと傘マークを書いておいてやる」

 

 ホモカップル、ここに爆誕! って感じで。

 

「悠夜! 適当なことを言ってると怒るぞ!!」

「アンタが妙なやり取りをするからでしょうが!!」

 

 凰のチョップという名の突っ込みが入った。

 

「こ、コホン! ……どうしても誰かと着替えたいとおっしゃるのでしたら、そうですわね。気が進みませんが仕方がありませんわ。わ、わたくしが一緒に着替えて差し上げ………」

「こっちも着替えに行くぞ。セシリア、早く来い」

 

 大和撫子の皮を被った悪魔がお嬢様の皮を被ったビッチを連れて行った。性格上、男女が同じ部屋で着替えることを良しとしないらしい。

 

「暴力っていうのはこういうのを言うのよ! ……あ」

 

 そして凰がナックル的突っ込みを入れて、「やってしまった」という顔をしていた。どうやら普通の女の子になるのはまだかかるようだ。




今日と明日が地獄なので誰か助けてください。


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#33 デュノアの秘密

 フランスのとある場所にて、4人で構成されたある一団がデュノア家が所有するある一軒の家の前に集まり、代表者と思われる男がインターホンを押す。

 するとゲートが開き、一団はそのまままっすぐに進んでいった。

 その一団の人間たちは色は違えど、背中に同じデザインのロゴがある。そこには「HIDE」と記載されているが、どうやらそれが彼らの組織名のようだった。

 

「お待ちしておりましたわ、みなさん」

 

 すると彼らは歩みを止め、視線の先にいる二人の姿を見る。一人はデュノア社に所属し、もう一人の執事をしているジュール・クレマン。そしてもう一人は今回の彼らの依頼主―――

 

「もう既にわたくしのことはご存じと思いますが、初めまして。シルヴァン・デュノアの次女、リゼット・デュノアですわ。本日は遠路はるばるご苦労様です」

「お初にお目にかかります。私は独立国家レヴェルの軍事組織の代表「サーバス」と申します」

「レヴェル……聞いたことがない国ですわね」

「でしょうね。レヴェルはつい最近できた国であり、存在する場所も知らせていませんので。まぁ、勝手に国と名乗っているだけのちっぽけな国ですよ」

 

 するとリゼットは「なるほど」と答え、握手を求めるように右手を差し出す。サーバスもそれに応えて同じように右手を差し出して握手をした。

 

「しかし意外でした。次期社長候補のあなたが骨を好む方だとは」

「念のためにお聞きしますが、冗談ですわね」

「ええ。あなたを試させていただきました。まさか密偵として送り込んだその執事の正体を看破するとは思いませんでしたので」

 

 それを聞いたリゼットは自慢げに笑う。

 サーバスは指を鳴らすと、白いジャケットで彩られた男は持っていたスーツケースを持って前に差し出す。

 

「こちらに目当てのものが入っております。ご確認を」

 

 リゼットはそのスーツケースの中を見ると、すぐに閉めた。

 

「………」

「お嬢様。気分が優れないのでしたらベッドで横におなりください」

「だ、大丈夫ですわ」

 

 改めてリゼットは中身を確認する。そこには人体の骨が存在しており、もう一度閉めた。

 

「ご安心を。中には人間に必要な人骨が入っております。もっとも、使い方次第では例え1本かけていても問題ありませんが」

 

 笑いながらそう答えるサーバスの顔は女性が100人いれば80%は振り返るだろうと思えるほどのいいものだった。所謂イケメンである。

 そんなイケメンに励まされたからか、リゼットは再び生気を取り戻した。

 

「ありがとうございます。では、報酬としてここを拠点として利用してはいかがでしょう。どうせあの二人も消えるのですから、一か月程度バレることはありませんわ」

「そうですか。ならばお借りしましょう。そろそろ諸国にも拠点の一つや二つはほしいと思っていましたから」

 

 サーバスはそう答えると、リゼットはすぐに口を開く。

 

「ならば、すみませんがもう一つ聞いてもらいたいことがありますの」

「…なんでしょうか?」

 

 驚いたサーバスだが、それに気付かれないように真顔で尋ねる。

 

「ジュールからあなた方の国の医療文化がどの国とも発達していると聞きました。なので、とある女性の治療をお願いしたいのです。ジュール」

「……わかりました」

 

 ジュールは一度下がる。すると家の裏手から予め準備されていたのだろうか、車椅子に拘束されているだけでなく、アイマスクに轡をかまされた女性が現れた。

 

「この方は?」

「先ほどの依頼はついで。本題はこちらの方の社会復帰のために尽力を尽くしてほしいのです」

 

 真剣な顔でリゼットはそう言い、サーバスは一度瞼を閉ざしてから開け、返事をした。

 

「わかりました。この方の治療に尽力を尽くさせましょう。ミア、彼女をジュールから引き取って君とヘリだけで国へ戻ってくれ」

「わかりました」

 

 ミアという名の女性はジュールからその女性を預かり、来た道を戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏のシャワーは格別だと思うのは俺だけだろうか。

 思いの外冷や汗をかいていた俺はシャワーを浴びていると、後ろから何やら歓喜が聞こえてきたがしたがスルーし、バスタオルで一通り拭いてから出ると誰もいなかった。織斑がいないのはともかく、デュノアはまだ外にでもいるのだろうか。

 

「……3時か」

 

 学校があるから下手に電話をしても迷惑だろうし、メールでもいつ返事が返ってくるかという問題だ。

 

(更識に相談するべきだろうな)

 

 とはいえ何か被害があったわけでもないし、もう少し様子を見るか。もし攻撃した時には倒してISを回収した後にISスーツを破いて腹辺りに何か「拾ってください」とでも書いておけば悲惨な人生を送れるだろう。もしくはフランスに賠償請求すれば金を貰えるか?

 着替えを袋に入れ、帰ろうと更衣室を出ようとすると女物のハンカチを見つけた。

 

「………何だ、これ」

 

 通常、男が持つハンカチというのはこの歳になるとパターンが決まる。暗めが多く、ダンディな雰囲気の柄を持つことが多いのだが、このピンクのハート柄はどうなんだろうか? いや、ないな。いくら織斑でもこんなハート柄のハンカチを持つわけがない。

 失礼と思いつつ名前を探すと、そこにはこれとない証拠があった。

 

「………」

 

 妹も結構変わっていると思っていたが、兄の方も相当だな。いや、義兄か?

 ともかくそのハンカチを広げ、証拠写真を撮ってから鞄に入れて織斑たちの部屋に向かうことにした。

 

(これは要相談だな)

 

 思春期真っ盛りの男が間違えて妹のものを持ってくるのだろうか。そもそもデュノアには怪しい部分があるからな。証拠写真はあるからひとまず返そう。

 

(返すときの言い訳はどうすればいいだろうか?)

 

 ……推理したからってことにすればいいか。それならばある程度は大丈夫だろう。

 そして寮へと移動した俺は、おそらく人生初である織斑の部屋のドアをノックする。

 

「は、はい! ちょっと待ってくれ!」

 

 よほど慌てているのか、中から慌てた声が聞こえてきた。

 ドアが開くと織斑が顔を出した。

 

「ゆ、悠夜?!」

「何だ? まるで俺が来てはいけない時に来たみたいだな」

「そ、そんなことはないぞ! うん!」

 

 ふと思い出した俺は小型の球体を起動させて床に落とす。すると眼鏡が連動して左だけ視界が変わった。

 球体はそのまま進み、手前のベッドの中に入る。

 

「で、どうしたんだ? 悠夜がここに来るなんて珍しいな!」

(挙動不審すぎるぞ)「デュノアが忘れ物をしたんで届けに来てやったんだよ」

 

 そう言って俺はデュノアのハンカチを織斑に渡した。するとそのハンカチを見て織斑はますます焦りだした。

 

「こ、これって女物だろ!? どうしてこれがシャルルのだって―――」

「お前みたいなホモとは違ってデュノアはあの容姿で接し方が紳士だぞ? 「あなたのを使ってますよ」というアピールの一つや二つ、するだろ」

「そ、そうだよな。シャルルって紳士だもんな」

 

 普通いないだろ、そんな奴。自分で言っておいてなんだが。

 

「じゃあな、デュノアに渡しておいてくれ」

「あ、ああ。って、ちょっと待て!」

 

 織斑が俺を呼び止めるので振り向くと、真剣な面持ちをしていた。

 

「実は大切な話があるんだ。だから、ちょっと寄ってくれないか」

「つまりそれは死にたいってことでいいのか?」

「なんでそうなる?!」

 

 そりゃあ、お前にホモ疑惑が浮かび上がっているからな。実はデュノアとは演技で、本当は既に調教済みで今度は俺を狙っているっていう予測がすぐにできてしまっているからだ。

 

「悪いがこっちにも用事があるんだ。お前の大事な話なんざ聞く気はない。じゃあな」

 

 そう言って俺は早足でそこから去り、すぐに自分の部屋に入った。

 そこで盗聴モードにして左目で織斑たちの様子を確認すると、デュノアの胸が何故か大きくなっているのでその証拠写真を持参しているPCに画像データとして送る。

 これは親父が開発小型盗聴器兼カメラ。名前はスパイボール。女尊男卑対策として、証拠を残すために開発したもので、盗聴だけでも映像だけでも残せる高性能スパイグッズだ。二年前の誕生日にこれをもらった。

 

『ったく。悠夜の奴……それで…その…』

『う、うん』

 

 どうやら二人は本題に入るようだ。ぜひ話してもらおうか。

 

『何で男のフリなんてしてたんだ?』

『それは……実家の方からそうしろって言われて……』

 

 その間の話を聞いている間、俺はデュノア社のこと検索をかける。見たところ、順調のようだがな。大体、デュノア社って言えば量産型シェアで第三位だからそれほど切羽詰まっているわけはないと思うが。異星人の脅威が迫ってる新○暦じゃあるまいし。

 

『実家っていうと、デュノア社の―――』

『そう。僕の父がそこの社長。その人から直接の命令なんだよ』

 

 まぁ、裏事情には詳しくないからどうなっているかなんざ知らないが、よほど切羽詰まっているようだ。こんな間抜けな策を講じるとはな。

 

『命令って……親だろう? 何でそんな―――』

『僕はね、一夏。愛人の子なんだよ』

 

 瞬間、織斑たちの部屋の空気が凍り付いた……気がした。

 

『引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね、父の部下がやってきたの。それでいろいろと検査をする過程でIS適応が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね』

 

 なるほど。リゼットからは姉や兄のことは聞いたことがないからな。大体リゼットが日本に滞在したのは一年間、その直後ぐらいだろうか。

 

『父にあったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活をしているだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時は酷かったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね』

 

 カメラを拡大させてデュノアの顔を見ると、愛想笑いとすぐにわかった。

 

『それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの』

『え? だってデュノア社って量産機ISのシェアが世界第三位って悠夜が言ってたけど……』

『間違ってないよ。でも結局はリヴァイヴは第二世代型なんだ。ISの開発ってのはものすごくお金がかかるんだ。ほとんどの企業は国からの支援があってやっとなりたっているところばかりだよ。それでフランスは欧州連合の東郷防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているからね。第三世代型の開発は急務なの。国防のためもあるけど、資本力で負ける国が最初のアドバンテージを取れないと悲惨なことになるんだよ』

 

 本当にすべてを話してくれるな。尋問をする手間が省けるというものだ。

 ちなみに朱音ちゃん曰く欧州連合では次期主力機の選定中だそうで、そのためにオルコットとボーデヴィッヒは送られてきたんだそうだ。

 

『話を戻すね。それでデュノア社でも第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だからね。圧倒的にデータも時間も不足していて、中々形にならなかったんだよ。それで政府からの通達で予算を大幅にカットされたの。そして次のトライアルで選ばれなかった場合は援助を全面カット。その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったの』

 

 ……そんな簡単にカットするか?

 確かにフランスにはデュノア社以外にも会社はあるが、最後発とはいえ量産型の開発に成功しているのだ。おそらく何か理由があるのだろう。

 

『なんとなく話はわかったが、それがどうして男装に繋がるんだ?』

『簡単だよ。注目を浴びるための広告塔。それに―――同じ男子ならば日本で登場した特異ケースと接触しやすい。可能であればその使用機体と本人たちのデータを取れるだろう……って。つまりは白式を優先的に、そして新たに出現した第三世代の黒鋼…及び両操縦者のデータを盗んでいるんだよ。僕は』

 

 どうやらその社長はかなり見る目がなかったようで何よりだ。黒鋼のデータなんて取られたらマジで洒落にならないからな。

 

『とまあ、そんなところかな。でも一夏にばれちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ……潰れるか他企業の傘下に入るか、どの道今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいい事かな』

 

 デュノア社は間違いなく他社の傘下に入るだろうな。第二世代とはいえ量産型には成功しているだろうし。

 

『なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘ついててごめん』

 

 謝ったところで犯罪が軽減するというわけではないがな。

 

『いいのか、それで』

『え?』

 

 唐突に織斑が何かを言い始める。

 

『それでいいのか? いいはずがないだろ。親がなんだって言うんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪う権利がある。おかしいだろ、そんなものは!』

『い、一夏……?』

 

 急に熱くなる織斑。一体どうしたというのだろうか。

 

『親がいなけりゃ子供は生まれない。そりゃそうだろうよ。でも、だからって、親が子供に何もしていいなんて、そんな馬鹿なことがあるか! 生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを、親なんかに邪魔される謂れなんてないはずだ!』

 

 ………こいつは親に何かされたのか? いや、それならば人間不信になっているはずだ。

 

『どうしたの、一夏、変だよ?』

『あ、ああ……悪い。つい熱くなってしまって』

『いいけど……本当にどうしたの?』

『……俺も親に捨てられたからさ』

 

 ………そんなの、関係あるか?

 確かに俺には親はいたが、まともに「これが親だ」と思う奴ではなかったし、バイトも自分でやって携帯代もほとんど充てていた。やろうと思えば、親がいるいない関わらず成長はできる。特に今は子供に対する支援制度は充実し始めているのだからな。

 

『でも今はそんなことは関係ない。それに、シャルルを助ける手立てだったらある』

 

 そう言って織斑は生徒手帳を開いた。

 

『『特記事項第21項、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家、企業、組織、団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』。これならこの学園にいる三年間なら無事だろ』

 

 そして俺はオルコットが乱入するまで放置しておき、その辺りで録画を終了した。後はスパイボールに戻ってくるように指示を出した。これはメガネと連動しているのでできることらしく、手放したくない理由の一つである。

 俺は早速更識に報告するために電話をかけることにした。罪悪感なんてものはない。ハーレムとかそんなものには興味がないが、織斑はこっちに害を為す意味では目障りでしかないからな。

 電話帳から更識の番号を探していると、タイミングがいいのか鍵が開錠される音がして、ドアが開く。制服姿の更識(姉)が姿を現した。

 

「ただいま。ちょっと話があるんだけど、いいかしら?」

「おそらくそれは俺が探っていることと関係しているだろうから、先にシャワーでも浴びてきたらどうだ? 薄化粧とはいえ少しは落ちてるだろ。飯を作っておくから」

 

 そう言って俺は米櫃から米を出し、米を洗ってから炊飯器に移して水を張り、炊かせる。

 

「……そう。じゃあ、お願いね」

 

 仔細を聞くことは止めた更識はタンスから着替えを出してシャワー室に入る。最近は暑くなってきたからか、週に3,4回ぐらいしか風呂に入っていない。ちなみにシャワー室とコンロがある廊下は洗面室を挟んでいるが結構近いので音だけで性欲が刺激されたのは最初の頃、今ではそこまでではない。

 今日はポークソテーにして、一緒にトマトときゅうり、レタスの野菜添えにしようと思いながら冷蔵庫に眠っている野菜を取り出した。




今回はスパイ活動をしているという点からこのように展開させていただきました。ほとんどコピペです。


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#34 口は災いの元と言うけれど

今回は短めでお送りします


 食べ終わって食器を片付け終わり、椅子に座って勉強をしていると、更識が真面目な顔をして話を切り出す。食事はゆっくりしたいから結局は後片付けの後になる。

 

「で、ここから本題なんだけど。桂木君はシャルル・デュノアのことをどう思う?」

 

 やっぱりその話か。転校初日かその前からか、おそらく更識はデュノアのことを調べていたんだろう。

 

「結果から言うが、デュノアは黒だ。その証拠も既に持っている」

「………意外と思えるほどの行動力ね。それも既に証拠を持っているなんて」

「自分の身は自分で守れないと話にならないってここ三か月でよくわかってるからな。それにデュノアに関しては転校してきた時からマークしていたからさ。お前が何も言ってこないからこっちも勝手にさせてもらった。……試してたか?」

「そういうわけじゃないわ。余計なことを言って不安がらせる必要はないかなと思っただけよ。何故か簪ちゃんが近くにいたから特に…」

 

 それを聞いた俺は笑いそうになったのをこらえた。そしてパソコンを開いてデスクトップにある鍵付きのファイル「スパイボール」を開いてさっきのデータを探して再生した。

 最後まで見た更識は盛大にため息を吐く。気のせいかな、その頭をナデナデしたくなってきた。

 

「まさか彼がここまで正義感が強い(馬鹿)だとは思わなかったわ。あなたと同室になったことを幸せにすら感じる」

「それじゃあまるで俺と同居するのが嫌だって言いたそうだな」

「そういうわけじゃないわ。ただ、男の人って知識でしか知らないのよ」

 

 と真顔で答えられたが、少しイラッとした。

 

「でも驚いたわ。あなた、織斑君の部屋に監視カメラなんて仕掛けていたのね」

「いや、仕掛けてないけど」

「……じゃあ、どうやってこんな映像を撮ったのよ」

 

 俺は夏制服をかけているハンガーのところに行き、その胸ポケットに入っているピンボール状のスパイボールを取り出してメガネのレンズに映し出されたアイコンで起動させる。

 

「どうしてこんなものを持っているの?」

「前に親父が持ってきた物の中で使えそうだったからさ」

 

 これでもまだまともな方だ。中には「同居人が女の子と聞いて」と書かれた紙に同封されていたアヒル人形を調べたら黒い何かが付いていて、それがカメラだって知った時は俺に犯罪でもさせたいのかと思ったぐらいだ。使用予定はないが、更識にばれたら大変なので黙っておく。

 

「そういえば「近々立体機動兵器を作成予定」なんて書かれていたな」

「……あなたのお父さんって、確か「桂木修吾」って名前よね?」

「そうだけど」

「……そ、そう」

 

 何だ? 急に更識の顔が赤くするんだが、一体何を考えているのだろうか。

 

「話を戻すわ。本来だったら盗聴や盗撮なんてものは以ての外だけど、今回は見逃すわね。で、本題だけどこの件は厄介よ。これ以上の問題は私たちの領分。悪いけど引いてちょうだい」

 

 真剣な目で俺を見てくる更識に俺は持ってきた大量のUSBの一つで使っていない物を選び、それに動画データを移して更識に渡した。

 

「ありがとう。聞き分けが良くて助かるわ」

「裏ならばその道の専門家に頼むのが筋だろ。後は任せる」

 

 今回はたまたまだが、さすがにこっからは俺の領分ではない。あ、

 

「そうだ。これもあるんだった。悪い、ちょっと返して」

「いいわよ」

 

 念のためにハンカチの写真も入れておこう。というかこの時間だったらさすがに訪問するのは悪いな。明日の夕方ぐらいに寝具を持って行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュノアの件から一日と18時間ぐらい過ぎ、少し長めの休憩時間を利用して俺は花を摘みに行っていた。要するにトイレである。

 その帰り道が長いと思うが、そんなことよりも俺は別のことに意識が向かっている。

 

(いよいよ今日か)

 

 昨日朱音ちゃんに聞いたが、どうやら今日の放課後に更識(妹)の機体「打鉄弐式」のテスト使用を行うらしい。そのため急遽俺の使用時間がなくなったが、頼みに来た更識と朱音ちゃんが可愛かったので快く引き受けた。上目遣いは反則ですよ、お二人さん。

 

(で、問題は……)

 

 思い出したのは朝のことだ。早めに教室に着て寝ていた俺の耳に「優勝したら男子と付き合える」という話が飛び込んできた。別に俺がそうしたいとかではないのだが、問題は何故そんな噂があるのだろうかという話である。まぁ、現れた奴らにも隠していることから、おそらくは本人たちに聞かれたくないのだろう。俺がいることに気付いた女たちは揃って口止めのつもりか睨んできたが、聞かれたくないなら黙れ、というかお前らの好意なんていりませんに受け取れませんと叫びたかった。

 

「———えてください、教官! 何故こんなところで教師など!」

 

 T字を曲がろうとしたら、そんな言葉が聞こえてきた。たまに当てられてすらすらと隣で答えてるから聞き覚えがある。

 

「やれやれ。何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

 そんな答えで引き下がるような奴か? そして案の定、ボーデヴィッヒが反論した。

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

 前々から思っていたのだが、「極東」って侮辱用語なんだろうか? 確かに本初子午線が通るヨーロッパにしてみれば東に位置するが、個人的には好きな響きではある。

 

「お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を。ここではあなたの能力は半分も活かされません」

「ほう」

 

 まさか教官をしていたとはな。どういった経緯でそうなったのかは知らないが、それならばそれで教官業に専念すればいいものを。わざわざ教師で教官ぶりを発揮しなくてもいいだろうに。

 

「大体、この学園の生徒など教官が教えるに足る人間ではありません」

「何故だ?」

「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている。そのような程度の低い者たちに教官が時間が割かれるなど―――」

「———そこまでにしておけよ、小娘」

 

 凄みがある声が織斑先生から発せられるが、本当に慣れとは怖いな。十蔵さんの殺気を受けてからというもの、織斑先生のそれにすらもビビらなくなった。たぶん手加減はしているとはいえな。

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五如きの小娘がもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

「わ、私は……」

「勘違いしているくせに随分と言うじゃねえか、クソ教師」

 

 織斑先生は気付いていたようだが、どうやらボーデヴィッヒは気付いていなかったようだ。本気で驚いていたが、そんなことは気にせず続けた。

 

「……何が言いたい」

「そのままのことだ。ボーデヴィッヒの言ったことのどこか否定できる? 意識が甘く、危機感が疎いからこっちが迷惑を被っているのを忘れているのか、アンタは」

「……貴様」

 

 庇っているつもりだったのだが、ボーデヴィッヒ自身は気付いていないらしい。勝手にしているから仕方がないが、少し寂しい。

 それでも俺は言葉を続けた。

 

「大体、さっきの話でも上手く捌こうと思えばできたはずだろう。引退する前からなんとか博士という奴と接点があって、弟のことでIS学園しかまともに働けない立場にあるなど、色々理由があるだろうが。それとも何か? アンタの脳は筋肉でできているのか?」

「………ほう」

 

 教師という立場を忘れたのか、織斑先生はどす黒い殺気を放ってくる。けれども十蔵さんに劣るレベルだが、ボーデヴィッヒを震え上がらせるには十分だったようだ。まぁ俺も震えているけど。

 

「随分と口から唾を吐いたようだが、覚悟はできているだろうな?」

「………へぇ。今もかつての名声にすがっている奴がよくもまぁそんな言葉を吐ける。それとも気付いていないのか? 今のアンタは馬鹿な思考しかできない奴らが勝手に作り上げた崇拝で回避されているだけの、軍の教官と校の教師が区別できていない、女尊男卑の(下らない)思考をした奴らと同じだってな!!」

 

 人気がいないからか今の声で人が来ることは幸いなかった。だが織斑千冬には衝撃的なことだったらしい。

 

「何を馬鹿なことを。私は生まれてこの方、男を下に見るなど―――」

「自分の弟に対しても含め、他人の意見は一切無視。言葉で注意すればいいものを、アンタはわざわざ出席簿で殴って黙らせる。挙句、さっきのボーデヴィッヒの件も面倒だからという理由で時間や日を改めて説明するなどもしない。残念ながらお前は周りにいる女たちとやっていることそのままなんだよ!」

 

 現にこの学園にいる奴らは俺の話を一切聞かずに攻撃してきたし、女に対して意見しようものなら容赦なく殴られる。

 

「だから周りには失敗作しかいないんだろうが! お前の弟も、そしてボーデヴィッヒも含めてな!!」

 

 織斑はそんな姉を見て育ち、その影響で暮らしているから知らない奴ぐらいしかされたこともないからあれほど無神経になれるわけだ。そしてボーデヴィッヒは織斑先生を敬愛している。容赦ない暴力を行って話し合おうとせず決めつけてしまっている。もっとも挙げている俺自身がブーメランな発言をしていることは重々承知しているが、この際だから言ってやった。この女が接し方を変えれば多少は改善されるだろうから。

 そこまで計算していると俺の首筋に銀色のナイフが当てられていた。

 

「訂正しろ」

 

 そのナイフの持ち主であるボーデヴィッヒは赤い目で俺を睨んでくる。

 

「お断りだね。俺は容易に自分の言葉を曲げれるが、今回だけは譲れない」

 

 本音も混じっていることだしな。こういうのは影響力が強い奴が行動するべきだろうし。

 

「ボーデヴィッヒ。ナイフを降ろせ。これ以上騒ぎを起こす気か?」

「いえ、それは………」

「ならばすぐにナイフをしまって教室に帰れ。いいな」

「わかりました」

 

 空気を読んだのか、それとも単に織斑先生の殺気に恐怖したのかはわからないが、ともかくボーデヴィッヒはすぐに帰っていく。

 

「今回もお咎めなしか。身内には甘いんだな、アンタ」

「勘違いするなよ、小僧。今回は貴様を救ってやっただけだ」

「は?」

 

 唐突にわけがわからないことを言われた俺は顔に疑問を出ているだろう。それほど俺は織斑先生が言ったことが理解できなかった。

 

「一つ忠告しておく。死にたくなければ今後ボーデヴィッヒには「失敗作」などと言うな。いいな」

 

 それだけ言って織斑先生は去っていく。………まずかったのか、それ。少なくとも造形だけならば似合わない装飾があれど成功品だとは思いながら、俺も教室に戻ることにした。

 

(……あれ?)

 

 近道をするために外に移動すると、そこには何故か篠ノ之が決意を固めているようだったのでばれない様に音を消して移動した。篠ノ之は剣道で中等部の全国大会で優勝したらしいが、俺のスニ―キング力も捨てたようなものではないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。SHRが終わると同時にラウラ・ボーデヴィッヒは教室から飛び出す形で出て行った。彼女は(周りから見れば)よくこうやって寮の自室に向かうか、周りとは少し離れたところで鍛錬を行っている。それはクラスに充満するラウラが言う「意識の甘さ」が充満しており、少しでも呑まれないために距離を取っているのだが、今回はさらに別の理由が足されるのだった。

 

「あの男……よくも教官を侮辱したな!!」

 

 「あの男」とは言うまでもなく悠夜のことである。さっきのやり取りは言うまでもなくラウラにはお気に召さず、何よりも「失敗作」という言葉が彼女に染みる。

 

 ———まさかこの女が適合に失敗するとはな

 

 ———ほかの奴らは適合しているというのに

 

 ———やはりこいつも失敗作だったか

 

 その言葉が彼女の脳裏に繰り返し響き、支配し始める。

 

「———うるさい!!」

 

 思いっきり叫ぶとその言葉はなくなった。

 

(……許さん。あの男、絶対に許してなるものか……!!)

 

 壁を殴るとその音が響く。するとそれに続いてか何度も爆発音が鳴り響いてラウラは正気を取り戻した。

 

(……ここはアリーナか。誰か練習しているようだな)

 

 どうせ下らないと思ったラウラはすぐに去ろうとしたが、廊下にある空中投影ディスプレイを見た彼女はすぐにピットに向かう。そのディスプレイには打鉄弐式のテストを行っている簪の姿が映し出されていた。




ということで今回はキリが良いのでここで切ります。


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#35 黒鋼の性能は伊達じゃない

 相変わらず早く帰るな、と隣の席を見てから布仏の席を見る。いないということはもう行ったのだろう。布仏も手伝っているという話だし、今日は一人で帰るか。

 

(失敗作……か?)

 

 普通に考えて、それは物に対しての言葉だ。少なくとも人に対しては使わない。……俺はついさっき使っちゃったけどさ!

 

(まさかボーデヴィッヒが遺伝子操作で生まれた人間……なんてことはないな)

 

 まったく。こんな時までアニメネタを活用しなくてもいいのに。これだから俺と言うオタクは。

 とため息を吐いているとデュノアがこっちに近づいてきた。

 

「あ、あの、桂木君。話、いいかな?」

「話?」

「うん。できれば別の場所で」

 

 ……ハンカチのことでの話なら別にここでしたって構わないだろう。いや、ダメか? 下手すれば後で「どうして私に知らせなかった」という苦情とかが来そうだしな。

 

「悪いが俺にも用事がある。だから日を改めるか、ここで言ってくれ。どうせハンカチのことだろ」

「「「え?」」」

 

 案の定、残っていたクラスメイトがこっちに注目した。前々から思っていたのだが、どうしてハンカチを渡しただけでここまで注目されなければならないのだろうか。

 

「いや、その、それもなんだけど―――」

 

 その時俺のイヤーフォンから着信を知らせる音楽が鳴る。鋼鉄の○狼なんて知っている奴はこの学校にどれくらいいるだろうかと思って出ると、朱音ちゃんが切羽詰まった風な声で言ってきた。

 

『お兄ちゃん! お願い、助けて!!』

 

 ふと、脳裏に以前の朱音ちゃんが浮かび、片付けた荷物を持って俺は窓から飛び降りる。いつもより衝撃が強いので足が一瞬動かなくなるが、すぐに目的地に向かう。

 

「今どこにいる」

『第三アリーナ。お願い、弐式が壊れちゃう!』

 

 逃げるつもりで走り、何度も邪魔の女をかわして第三アリーナの入口に入る。途中に分岐点があるがそこは忘れずに選手口の方へ向かう。そこからならピットに出れる。

 ピット内で黒鋼を展開すると同時に外に飛び出す。偶然だがボーデヴィッヒの後ろを取ることになった。

 

「来たか……桂木悠夜!!」

「………やはりお前は……失敗作だな!!」

「またその言葉を!!」

 

 腰にある二丁の拳銃《ハンド・バレット》でボーデヴィッヒに対して撃つ。だが彼女はそれをすべて回避した。

 

「死ね!!」

 

 その言葉と同時にボーデヴィッヒの機体『シュヴァルツェア・レーゲン』から何かが射出される。先端がとがっているところを見ても判断はしかねないが、

 

(斬撃式か)

 

 そう判断し、飛んでくるそれを回避した。

 

「ほう。貴様もそれをかわすか!」

「何度も同じようなものを見てきたからな」

「何?」

 

 意味が分からなかったのか、眉を顰めるボーデヴィッヒ。その隙に俺は奴の横を突破する。

 

「させるか!」

 

 すると俺の機体の動きが止まる。ハイパーセンサーが異常を知らせる。

 

「死ね!!」

 

 後ろから攻撃され、ブースターがいくつかイカれた。同時に何かが消えて自由になる。

 

「このボケが! 今は試運転中だ! とっとと失せろ!!」

 

 大型二銃身ライフル《バイル・ゲヴェール》を展開してボーデヴィッヒに撃った。

 

「貴様の自業自得だ。貴様は殺す」

「その行為が、あの女の迷惑になるってまだ気付かねえのかよ!! だから失敗作って言ってんだ!」

「またその言葉を……貴様はもう死ね!!」

 

 再びさっきの奴が5基、こっちに飛んでくる。

 それを回避した俺はボーデヴィッヒの機体を見て違和感を覚えた俺は自分の足見て気付いた。

 

(やられた……)

 

 ボーデヴィッヒの機体にあるビット系の武装《ワイヤーブレード》は全部で6基。一つを死角から飛ばしていたのか。有線でありながらやってくれる。

 それをほんの数舜で思った俺はワイヤーに引っ張られて更識とぶつかった。

 

『お兄ちゃん! 簪ちゃん!』

 

 オープン・チャネルから朱音ちゃんの声が響く。返事せずに更識の方を見ると、さっきぶつかった衝撃で目を回していた。

 

「更識……おい、更し―――」

 

 呼びかけて正気に戻そうとしていると無理やり引きはがされた。

 

「まずは貴様からだ」

 

 飛んでいる時にそんな声が聞こえた。すぐに思考を切り替えた俺は以前見せた籠手部分から伸びるビーム《プラズマ手刀》を右手部分のみ展開し、更識に攻撃しようとしたができなかった。

 

「……流石は、轡木印のビットだな」

 

 黒鋼の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は補助ブースターだけでなく菱形のシールドとそれぞれ4基ずつ筒状のビットが付いている。その筒状のビット《サーヴァント》は三つの機能が備わっている。

 

 ―――一般的に使用される射撃モード

 

 ———エネルギーをシャーペンの芯を出すように出すだけだが十分に威力が保証される近接モード

 

 ———ビット同士がそれぞれを繋がり、自分を含めてその対象を守る防御モード

 

 騒ぎになっているからか観客がいるが、できればこのモードは見せたくなかった。

 

「貴様!」

 

 痛さのあまり動きが鈍っている俺にワイヤーが飛んできて、首を絞め上げられた。だが更識の方に意識を割いているのでビットによって形成されたシールドが破壊されることはない。

 

「どうやらまずは……貴様から殺されなければいけないようだな」

 

 嬉しいねぇ。こっちに意識が向いてくれて。

 瞬時加速でこっちに飛んできたボーデヴィッヒ。《プラズマ手刀》は左手にも展開できるようで、それで俺の首を狙って振ってくる。

 

(もらった)

 

 ———ガシャガシャッ!!

 

 両足から4連ミサイル《窮鼠(きゅうそ)》が現れ、ボーデヴィッヒに向かって飛んでいく。それが爆発すると同時に俺はそこから跳びだした。

 

「馬鹿が。停止結界の前にミサイルなど無力―――何!?」

 

 おそらくその場にいる全員が我が眼を疑っているのに違いないと思いつつ、現状形態でそのまま更識に近づき、解除すると同時に彼女を抱えた。

 

「可変機体だと!? そんなものが―――」

「舞え」

 

 大きな筒状の大砲《大型リボルバーカノン》から発射されそうになっているので、《サーヴァント》4基でそれを爆散させておく。

 

「教官にあれだけのことを言うだけの実力はあるか。だが、それでも貴様は倒す!」

 

 《ワイヤーブレード》がこちらに飛んでくる。俺は更識をピットに放り込んでわが身を犠牲にした。

 

『悠夜さん!』

「朱音ちゃん。ピットハッチをすべて閉じろ」

『そんなことをしたらお兄ちゃんが!』

 

 更識の言葉を無視して朱音ちゃんに指示すると、そんな意見はすぐに切り捨てた。

 

「どうやらこの件は俺がまいた種らしいからな。俺が残ってこの女を黙らせるのが筋ってもんだろ」

「ほう。その心意気はいい。ならば後腐れなく葬ってやる」

「それに俺が死のうとまだ強者が残っているしな」

「なるほど。そいつに託すか。だがそんな奴はどこにいる? この学年で私に勝てる者など―――」

「———更識簪。お前がさっき虐めていた奴だよ」

 

 《スカーレット・バタフライ》を展開、スイッチをオンにして緋色の刀身を顕現させた。

 

「馬鹿が、あの女如きが私を倒すだと? 笑わせてくれる」

「おいおい。まさか一般人(パンピー)如きが考えた機体で彼女の能力がフルに発揮できるとでも思っているのか? 俺とあの子は同種だ。普通の機体じゃ―――彼女のすべてが出せるわけがないだろ」

 

 次々と振り下ろされていく《プラズマ手刀》を《スカーレット・バタフライ》で防いでいく。すると地面から《ワイヤーブレード》が射出され、ダメージを食らった。

 

(もうそろそろ限界か)

 

 シールドエネルギーが100を切ったのを確認する。アレは何度も「殺す」とは言っているが、実際俺を殺すことはないだろう。殺したら最後、国から非難されることは間違いない。そのために俺が残って周りのハッチも閉ざさせたんだから。

 

「は! だとしても、やはり私が強い!!」

 

 《ワイヤーブレード》が俺の首に再び巻き付き、ISで腹部を蹴られて意識が飛びそうになった。

 

「貴様! 如きが! 教官を! 侮辱するな!!」

 

 一発一発、顔だけでなく足、体など、股間のアレ以外の急所を拳で攻撃してくる。ハイパーセンサーに機体維持警告域(レッドゾーン)と表示されるが、それは無視だ。

 

「死ね!」

「《フラッシュ》!」

 

 《プラズマ手刀》で俺を攻撃しようとするボーデヴィッヒの瞳に向けて光を放つ。ただの光だが、これを至近距離でされると相手は嫌がる。

 

「な―――」

 

 予想していなかったのか、ボーデヴィッヒは怯むのでその隙に《スカーレット・バタフライ》でワイヤーを切って離脱。それと同時にマルチロックオン・システムを起動させた。

 

「ターゲット、マルチロック」

 

 瞬間、ボーデヴィッヒの各所が同時にロックされた。

 

 ———バリンッ!!

 

「ぉおお―――って、ゆう―――」

 

 ———ドンッ!!

 

 俺と何故か現れた何かとぶつかり、黒鋼は解除されてしまった。

 

「………」

 

 着地ぐらい容易だがそれよりも腑に落ちない。どうして俺は今ISが解除されている。

 今頃ならば「これで終わりだ! フルバースト!!」みたいなことを叫んでボーデヴィッヒを戦闘不能ないし実力を示しているはずだ。少なくとも、それで地面に着地はしているはずだろう。だがボーデヴィッヒは今も動いているし、今では何故か織斑とデュノア、そしてそのフォローにオルコットが入っている。

 

「悠夜、大丈夫?」

 

 どうやら俺を助けに来たらしい。凰は俺の所に来ると、心配そうにそんな質問を投げかけてきた。

 

「ああ。所々痛むが、大した傷じゃない……が……」

 

 さっきまで俺がいた場所を見ると、すぐ近くに大きな穴が開いていた。

 

「………どうしてあんなところに穴が開いている」

「さっきアンタを助けるために一夏が突撃したのよ。それでこっちに飛んできたアンタとぶつかったの」

「………そうか」

 

 これでようやく合点がいった。つまり俺はフィニッシュを飾ろうとしていたところであろうことか阻まれた、と。

 

 ———ガギンッ!!

 

 耳障りと感じる音が聞こえ、そっちを向くと織斑先生が近接ブレード《葵》でボーデヴィッヒの攻撃を受け止めたらしい。曲がりなりにも相手はISだというのに、近接ブレードのみで受け止めるとは異常……と思ったけど、身内に異常な奴がいたことを思い出した。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

「千冬姉!?」

 

 ガキと言ってもアンタも大して変わらないどころか、アンタの方がよっぽどひどいだろと突っ込みたくなった。

 

「模擬戦をやるのは構わん。———が、アリーナのバリアまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

「教官がそう仰るなら」

 

 そう言ってボーデヴィッヒはISを解除した。

 

「ほかの奴らもそれでいいな?」

「あ、ああ……」

「教師には『はい』と答えろ。馬鹿者」

「は、はい!」

「僕もそれで構いません」

「わたくしもですわ」

 

 指摘と睨みで返事しなおす織斑に続き、デュノアとオルコットも続けて返事をした。

 

「では学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」

 

 そして各々解散し始めるので、俺は慌てて制止させた。

 

「ちょっと待て、織斑先生。ボーデヴィッヒと織斑の処分はどうするつもりだ?」

「何?」

 

 と驚いた顔をするので思わず俺も驚きを隠せない。

 

「アンタ、その顔は本気でやっているのか? ボーデヴィッヒは試運転中の打鉄弐式を襲撃、織斑はシールドバリアの破壊だ。だと言うのにアンタは二人に何の処分も下さない。身内贔屓をするって言うんだったら、教育委員会に訴えるだけで終わらせないつもりだが?」

「それは本当か?」

 

 と聞いてくるので動揺を隠せない。

 

「当たり前だろ。本人は逃がしたがこっちの実害は大きい。正当な処分として、事情で専用機を没収しないにしても二人は期間に差異がありで自室か永倉入りは回避できないだろ」

 

 むしろボーデヴィッヒにはより厳しい処分が必要だ。もしそうしない限り俺もそうだがどこかの生徒会長がボーデヴィッヒを殺しかねない。冗談ではなく、マジで。

 

「待ちなさいな! 一夏さんはあなたを助けようとして―――」

「俺がいつ助けを求めた? そもそも俺自身はともかくお前らは黒鋼を過小評価しすぎている。そんじょそこらの一般人が考えたものと一緒にするな」

 

 意見するオルコットを否定すると、それを織斑先生が止めた。

 

「それ以上の揉め事は他所でやれ。ボーデヴィッヒ、織斑の両名は自室にて待機。この後に行う職員会議にて二人の処分は追って通知する。同様に今後一切の私闘は厳禁だ。では解散!」

 

 俺は小さくガッツポーズをしてカタパルト下にある鋼鉄のドアの方へと向かう。生身でカタパルトに戻るには何分難しさがある。跳躍力は自信があるが、流石に限度があるというものだ。

 専用機の待機状態である黒曜石が埋め込まれている指輪をパネルリーダーにかざすと扉が開く。その後を追ってか織斑たちが付いて来るが、俺は無視をしてBピットの方へと向かった。確かそこに投げたからである。

 

(………無事でいられるかな)

 

 今回のことで間違いなく俺は更識(妹)に嫌われただろう。自業自得だとはいえばそれまでだが、それでもいい気分にはなれない。

 

(……って、待てよ)

 

 更識の身にあれば、朱音ちゃんも近くにいるはずだ。制服を着ていればありがたいが、織斑たちに朱音ちゃんの存在は知られたくない。

 急停止した俺は後ろを向き、織斑たちに帰るように言った。

 

「お前ら、今すぐ帰れ。邪魔だ」

「何でだよ。別にいいじゃんか―――」

「良くないしウザいし目障りだ。ほかに質問は?」

「———ありますわ」

 

 織斑の後ろにいたオルコットが前に出てくる。さっきから冷たい態度を取ってくるが、それは最初からか。

 

「何だ?」

「あなたの機体にイギリスで試作段階にあるBT兵器が何故組み込まれていますの? それにどうしてあなたがアレを自在に操れますの? 事と次第によっては容赦しませんわよ」

 

 真剣な顔で睨んでくるオルコット。どうやらあの兵器はイギリスで試作段階にあるらしいけど……。

 

「そんなの、慣れてるからに決まってるだろ」

 

 そもそも最初の機体から遠隔操作システムとマルチロックオン・システムは搭載しているんだ。ストラ○クフリーダムはかっこいいと思う。特に一斉射撃は。

 

「な、慣れているですって!?」

 

 どうやらそれがオルコットによって衝撃的だったらしい。そんなに驚くことだろうか。ゲームでは普通にあるからな、あれ。

 

「たぶん話は合わないし合わせる気はないから自分でググれ」

「に、逃げますの!?」

「お前らよりも大事なものがあるからな。というかそんな下らないことでこっちは議論する気はないし、ここからはお前らには関係ないことだ。介入してきた時点でぶん殴る。男だろうが女だろうがな」

 

 するとタイミングよく隔壁が閉まった。おそらく朱音ちゃんが援護してくれたのだろう。覚悟は当に決まっているので、後は更識の様子を見に行くだけだ。

 Bピットの前に現れ、パネルリーダーで専用機を読み込ませると、ドアが開く。ボロボロになっている打鉄弐式があり、その前には弐式を気遣うように更識が触れていた。

 

「………更識」

 

 話しかけると更識がこっちを見る。だが更識の目には涙があり、俺は思わず顔を逸らしてしまった。

 

「……あれは、どういうこと?」

 

 俺はあの時の顛末をすべて話した。更識は最後まで一言も話すことはなく聞いてくれていたが、すべて話し終えると俺を平手打ちした。

 

(…道理だな)

 

 理由はどうあれ、俺は更識の努力を無駄にしたのは事実だ。平手打ちだけで済むとは思っていないが、更識は何も言わずに出て行って代わりに朱音ちゃんが入ってくる。

 

(……でも)

 

 俺は殴られた自分の頬に触れる。先程から意識が遠のいてきて、誰かが叫んでいるのを聞こえたのを最後に俺の視界は暗くなった。




ということで一夏の介入でフィニッシュを決められなかったで終わりました。助けに入ろうとした一夏ですが、さらに悠夜のイラつきが溜まっただけというね。

一般人とオタクの差異


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#36 そして彼女と彼は未来に向けて決意を固める

 翌日。簪は気が付くと日本代表育成機関にいた。本人すらも昨日の一戦以降呆然としており、ほとんど無意識でこっちに足を運んでいたのである。

 

(………私は、どうしてこんなところに……)

 

 そこは日本の育成機関であり、国家代表を目指している若い少女たちが切磋琢磨している場所である。簪もかつてここで国家代表を目指して日々トレーニングを続けていた。

 

「あら、更識さんじゃない」

 

 呼ばれた簪は顔を上げてそちらを向くと、そこには簪がここにいた時の教官――瀬戸(せと)優香(ゆうか)が一人の女性を連れていた。

 

「……お久しぶりです、教官」

「久しぶり。元気にしてた?」

「……はい」

 

 すると優香は満足そうに頷くが、後ろからもう一人の女性が優香の肩を叩いた。

 

「彼女は?」

「更識簪さん。ロシアの国家代表に更識楯無っているでしょ? 彼女の妹さんよ」

「…へぇ。彼女の……」

 

 それを聞いた簪は以前なら嫌な顔をしているだろうが、不思議なことに彼女自身何とも思わなかった。

 

「初めまして、更識代表候補生。私は戸高(とだか)(みつる)。日本の国家代表をしている」

「……確か、射撃寄りの万能タイプで…今度のモンド・グロッソでは日本の射撃型の二枠目で出場なさるんですよね?」

「そうだ。知っていてくれて光栄だよ」

 

 満がはにかんだ瞬間、周りにいた女たちがその美貌に騒ぎ出したが、日頃から姉の影響でその声を聴き続けていた簪にとっては耳障りとしか感じなかった。だがそれに乗じてか、簪がいることを知った周りがひそひそと話を始める。

 

「何であの女がこんなところに?」

「確かIS学園にいるのよね?」

「それって私たちに対しての嫌がらせ?」

 

 楯無がロシアの国家代表をしているからか、あまり簪の評価は良くない。だが幸か不幸か優香は平等に接していたので、簪は辞めることなく代表候補生―――そして専用機持ちへと昇格できた。

 

「そういえば更識さん、あなた、倉持技研を辞めて轡木ラボってところに移動したって聞いたけど本当?」

 

 優香がそれを聞くと簪は「隠すことでもない」と思ったので頷くと、すぐに優香は「辞めなさい」と言った。

 

「おい、優香……」

「いい、更識さん。それは日本の中でも危険視されているIS企業なの。何をしているのかもわからない胡散臭いところだし、何よりも最近二人目の男を受け入れてゲテモノの専用機を作ったっていうじゃない」

「………」

 

 熱弁する優香を見て簪の中で彼女の評価が一気に下降する。

 

(あれをゲテモノって言うんだったら、前の機体なんてもはや超常現象……)

 

 簪は堕天使を模したらしいがどう見ても悪魔にしか見えないフォルムをした機体を思い出す。通常では考えられない方法で容赦なく周りを壊し、最後にはシミュレーションで模されてはいる地球ごと自分の愛機を破壊された瞬間まで記憶が再生された。

 

「わかった? わかったなら今すぐ変えなさい!」

「落着きなって、優香。心配する気持ちはわかるけど、こればかりは彼女が決めることだろう」

 

 その間に暴走する優香を満が止める。

 

(………あの時は、本当に面白かった)

 

 最初の舞台は地球だった。だけど切り結び、ビットで撃ち合い、そして自らでも撃ち合っていく内にお互いが宇宙へ出て、そこで二人は展開されているCPUの艦隊の間に割って入り、ただ自分の敵のみを攻撃していくと同時にやられていく周辺。ただお互いのすべてを持ってぶつけ、お互いがボロボロになるまで戦いがあの時間を、未だにISではそんな戦いを味わったことがなかった。

 

 

 

 ———だから、私は―――

 

 

 

「お断りします」

 

 簪が断ると、優香と満は驚いた顔をした。

 

「何で―――」

「何故か理由を聞かせてもらえないかな?」

 

 暴れようとする優香を止めて満が尋ねると、簪はすぐに答えた。

 

「私と二人目の男性操縦者はかつて一度、IS以外で戦ったことがあります。その時に私は僅差で負けました。でも、今度はISで戦えますが、今の私では勝てない」

「それはあなたが―――」

「君の操縦技術が彼より劣っているってことかい?」

 

 再び優香が暴れようとするのを止めながら満は少々厳しめに尋ねると、簪は首を横に振った。

 

「私と同じくらいか、彼が少し劣っていると思います。ですが、彼はそれをカバーするほどの知識とテンションがあります。そして今の彼に対抗するには、打鉄の発展機では到底は無理です」

「———笑えるわね」

 

 簪の後ろから別の声がした。彼女が振り向くと、そこには数人の女子を連れたボス格と思われる女が笑みを浮かべている。

 

「……石原幸那」

「久しぶりですね、更識先輩。IS学園に通っているという自慢でもしに来たんですか?」

「……そういうわけじゃない」

「噂では、私の義兄とつるんでいるとか?」

「問題、ある?」

 

 二人の間に火花が散るのを周りが確認し、満のは二人の間に入って仲裁しようとしたが、それよりも早く幸那が口を開いた。

 

「先程から聞いていましたけど、随分とあの使えない義兄を高く評価をしているようですが、随分と甘いですね。千冬様の弟である織斑一夏ならばまだわからなくもないですが、たかが2か月程度でそこまで上手くなりますか? ましてや、鈍いあの男が」

 

 すると周りの女たちが笑い始めたのを簪は自分でも冷ややかな視線を向けていることに気付き、さらには彼女は笑みを浮かべた。

 

「———頭、大丈夫?」

 

 瞬間、周辺の空気が凍り付いた錯覚を幸那とその仲間はもちろん、優香と満は感じた。

 

「何ですって!?」

「自分の兄のこと、本当に何もわかっていないのね。そしてISがどれだけ私たちに届いていないかも」

 

 まるで迷いを吹っ切れたかのような笑顔を簪は優香と満に向ける。

 

「ここに来てよかったです。おかげで迷いは吹っ切れました」

「そ、そう? それで、結論は―――」

「辞めません」

 

 はっきりと言いきった簪に対して優香は何かを言うかと満は警戒したが、あまりの潔さに優香は驚いていた。

 

「今回のことでよくわかりましたから。私が何をしたいかを―――」

「そうか。それは良かった」

「はい。これで私は胸張ってIS学園に帰れます」

 

 満面の笑みを浮かべた簪は、日頃の彼女を知る人間が彼女に気付くと同時に一斉に振り向くほどだった。

 タクシー乗り場に向かってIS学園行きのモノレールに乗ろうとした簪はあることに気付き立ち止まると、

 

「更識さん、ちょっと待って!」

 

 どうやら簪を追ってきたらしい満は、簪の前で止まった。

 

「どうしましたか?」

「どうして君は、そこまで二人目にこだわるんだい?」

 

 予想外だったのか、簪は驚いた。だがゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「彼は、私の恩人ですから」

「恩人?」

「はい。彼は本当は強いですが、何らかの影響で自分の実力を出せずにいる。そしてこのままでは大人の都合で殺されるから、その前にわからせるべきだと思ったんです。彼が本気を出したら、男女関係なく強いんだって。そしてそれをできるのは、ISを扱えて、尚且つ専用機を持つことを許可された私だけだって。だって私以外に「四天王」として名を連ねたのは、彼を含めて男だから」

 

 おそらく近くに楯無がいたら満の命の危機を思わせるほどの笑みを浮かべる簪に対して満は笑みを浮かべる。

 

「そこまでの評価だと、私も戦いたくなってきたな」

「戦えたらいいですね」

 

 お互いは笑みを浮かべ、火花を散らせるのをタクシー運転手は恐怖しながら見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後の轡木ラボでは、職員が集められていた。このラボでは朝礼などあまりないのだが、今日、それが珍しく行われるのである。

 職員たちの前に置かれた壇上に白衣を着た少女——朱音が移動し、用意された台に乗ってマイクのスイッチを入れた。

 

「初めまして、みなさん。もうご存知でしょうが、私は轡木朱音と言います。以後、よろしく」

 

 ペコリっ、という擬音が似合うお辞儀をする朱音に対してアブノーマルの趣味を持つ一部の職員が小さくガッツポーズした。

 

「さて、今日はみなさんを集めたのは他ではありません。昨日の内に配った資料は読んでいると思われますが、今回はその打ち合わせです」

「……あの、これを作るんですか?」

 

 一人が尋ねると朱音は自信満々に答えた。

 

「ええ」

「あのこれって……一般のISのスペックを凌駕しているのでは? こんなバカげた機体を扱える人なんているんですか?」

 

 男性職員が一人挙手してそう尋ねると、朱音は「問題ない」と堂々と答えた。

 

「大丈夫。これを使うのは並大抵の操縦者じゃないです。操縦者の名前は更識簪。日本の代表候補生です。わかる人は、「青の暴風」という名でその実力はわかるかと」

 

 瞬間、そこにいる男共が湧いた。

 

「なんだって!? 声からして女かと思ったけど、まさかあの日本代表候補生だと!?」

「勝つる! これで勝つる!!」

「四天王唯一の女操縦者ーー!!」

 

 あまりのテンションにその場にいる騒いでいない職員はドン引きするが、彼らがそこまで騒ぐのは無理のないことである。

 元々女はロボットに関心はなく、ISが現れたというところで女すべてがISに関心があるわけではない。自ら別の学校に進学する者が未だに圧倒的な現状、ロボット格闘ゲームをする人間は限りなく少ないのだ。

 そんな中、簪は世界大会に駒を進めるだけではなく準優勝という好成績を残している。それほどロボットに興味を持っている女を、女に飢えている男たちのどこに「受け入れない」という選択肢があるだろうか。

 

「これの納期は学年別トーナメント開催日初日。完成させましょう。そして彼女の操縦性と私たち轡木ラボの技術を全国のカス共に見せつけてやりましょう!!」

「「「おおおおおおおおおおッ!!!」」」

 

 この合唱の数時間後、十蔵が様子を見に行った時には屍になっている女職員とテンションで暴走している男性職員に分かれていたその様子がおぞましかったとかそうでなかったとか。

 ちなみにその資料には、「更識簪=青の暴風ということは社外秘とする」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年一組の教室ではゾンビがいる。

 そのゾンビは「桂木悠夜」の席に座り、教科書もノートも参考書も出さずに突っ伏していて、進んでいく授業に対して何のアクションも取らない。

 

 ———スパンッ!!

 

 出席簿が振り下ろされ、ビクッとゾンビこと悠夜の体が震えるがそれだけであり、何の反応も示さない。まさしく「ただの死体のよう」である。

 

「おい桂木、起きているだろう? いい加減に姿勢を正して授業を受けろ」

「………」

 

 ちなみにいつもならここで隣の席にいるラウラから殺気が飛ぶはずなのだが、生憎彼女は他国の専用機を修復不可能に近い状態にしてしまったことで地下にある独房に入れられている。ちなみにその独房はラウラの予想を大きく裏切り、完全に部屋のそれにしか見えないとかなんとか。

 さらに補足すると、一夏は観客を守るためのバリアを破壊し、悠夜を戦闘不能にしたが助ける意思があったので反省文で済んでいる。それでも50枚を言い渡されるだけでなく厳重注意を言い渡されたが。

 

「………はぁ」

 

 悠夜がこうなって既に3日が経過しており、毎時間千冬が授業を担当している時はこうしているのだが、一向に回復する見込みがない。

 

「いい加減にしろ、桂木。そんなにボーデヴィッヒに負けたのが悔しいのならば日頃から手抜きせずに過酷なトレーニングをしろ。それともこの私が直々に組んでやろうか?」

「………」

 

 何の返事をしない悠夜に対して苛立った千冬はとうとう本音を指名した。

 

「布仏、廊下に出ろ。後の者は授業の続きだ。山田先生、私と布仏は席を外しますので後をお願いします」

「は、はい」

 

 本音は千冬に続いて廊下に出て、他クラスの教室がある方向とは逆に進む。

 しばらく歩くと二人は開いている教室に入り、入ってこられない様に鍵をかけた。

 

「布仏、お前は桂木がああなった理由を知っているか?」

「かんちゃん……更識さんに平手打ちされたってことは聞きました~」

「……それでああなるか?」

 

 そう返された本音は頭を抱えて考えると、一つの結論にたどり着く。

 

「桂木君と更識さんって、同種なんですよね~」

「同種? あの二人がか? ……確かに似てなくもないが……」

「どっちもアニメを見ていて~特にロボットアニメをね~」

 

 「相変わらずゆっくりだな」と本音のことを内心思う千冬。

 

「それでどうして二人が同種になる」

「あと、オルコットのティアーズ型を「未だ量産されていないことに不満を持っていること」とか~」

「………そういえば、データで見させてもらったが何故イギリスが開発しているBTシステムを桂木があれだけ動かせる? あれを動かすにはシステムもそうだが、それなりの適性が必要になる。「A」を叩き出したオルコットですらもあれほど苦戦しているんだ。桂木が動かせるなど、あり得るわけがない」

 

 「そこまで言い切らなくても……」と思う本音だが、これはイギリスにとっては重要である。自分たちが率先して開発していた第三世代兵器がほかの国に漏れているどころか、自分たちが選出した国内で一番適性が高い代表候補生が苦戦している操作を、他国の、しかもつい二か月ほど前に見つけた男性操縦者が容易に動かしているのだ。

 

「でも~現に桂木君は動かしちゃってますし~」

「そこなんだ」

 

 千冬が一人で悩んでいると、彼女が施錠したドアが開錠されて開く。そのことで千冬は驚き、本来そこにいるはずのない人間が立っていることにさらに驚く。

 

「……何故こんなところにいる、更識。今4組も授業中だろう」

「お姉ちゃんから連絡があったんです。桂木君のことで布仏さんが問い詰められてるって」

「………(どうやって嗅ぎつけた?)」

 

 簪の指に本来嵌められているはずの待機状態の指輪がない。二人と千冬が戦ったところで千冬が勝つのは目に見えているが、千冬はいきなりまだ近くにいるであろう楯無を探した。

 

「無駄ですよ。生徒会長は既に授業に戻っているので」

「……そうか。で、何しに来た」

「織斑先生は、随分と桂木悠夜に対して偏見を持っているようですね。彼があなたに対して文句を言った理由がよくわかりました。その上で言いに来たんです。高がIS如きの基準で彼を見ているんですか?」

 

 その言葉に千冬は簪を睨むが、簪は怯える様子を見せない。

 

「何が言いたい」

「そのままの意味ですよ。それとも、世界覇者のブリュンヒルデ様はゲーム如きに目を向けるつもりはないと?」

「何?」

(か、かんちゃん……?)

 

 簪の言葉に千冬はもちろん、自分の主の変わりようにさすがの本音も驚きを隠せない。

 

「織斑先生は日頃の彼をどう見ているんですか? ただ布仏と遊んでいるだけとでも思っているんですか?」

「貴様こそ何を見ている。桂木はアニメの設定の本とやらを読んでいるだけだ。ロボットの絵が描かれているだけのな」

「………あなたにも、「その程度」としか思えないんですね」

 

 どこか残念そうに言う簪に対して千冬はさらに問う。

 

「貴様は何が言いたいんだ?」

「私も彼も数多くのロボットアニメを見てきました。ロボット系だけじゃない。分野や見てきた種類は違えど、様々なアニメを見てきています。そして同様に、様々な漫画やライトノベル、そしてゲームをしてきました。この学園にいる大半の人が軽視しているものをね。そんな私たちにとって、まともに動かせないセシリア・オルコットさんが異常なんです。どうして彼が打鉄を満足に動かせないはずなのに黒鋼を代表候補生レベルまで扱えるか教えてあげましょうか? 黒鋼の性能もそうですが、何よりも彼が黒鋼で戦えることを喜んでいるんです」

「……喜んでいるだと?」

「はい。黒鋼をISで再現するのは轡木ラボ以外ではあなたのご友人ぐらいしか無理ですからね。IS自体を軽視している彼にしてみれば、打鉄を渡された時はさぞ悲しかったでしょう。あまりにも技術の進化が遅すぎて」

 

 そう言って簪はその部屋から出ようとしたところで足を止める。

 

「そうそう。彼ならば明日には回復します」

「……何を根拠にそう言っている」

「私ならそれをすることができますから」

 

 自信満々に言った簪はその場を去る。その後、千冬と本音も教室に戻るとチャイムが鳴り、その日すべての授業が終了したことを知らせる。

 

 

 

 

 

 SHRが各クラス終わったところからそれぞれ自由時間になる。アリーナの予約をしている者はすぐに出ていき、そうではないものや時間に余裕があるものは大抵は教室に戻る。

 そんな中、本音を除けば彼にとっては友達がいない悠夜は無気力のまま教室を出ると、既に待機していたらしい簪が現れた。視認した瞬間、悠夜は逆再生でもしているかのようにそのまま教室に戻ろうとするが、簪がそれを許さなかった。

 動いたことに気付いた千冬と本音はばれない様に二人の様子をうかがう。

 

「……話がある」

「……でも俺は―――」

「話がある」

「……はい」

 

 簪も既に鞄を持っていることから見て、おそらく二人は帰ると思った千冬。だが本来なら降りるはずの階段を上がっていく二人を見て屋上に行くと予想したが、結果的に二人は屋上へと続くドアの前で止まった。

 そして会話が始まろうとした瞬間、校内放送で千冬と本音は学園長と生徒会長に呼び出されてしまった。

 二人が去っていくのを確認した簪は悠夜の手を握りさらに腕を組ませて逃げ出さない様にする。それをされた悠夜は女に慣れていないこともあって手を繋いだだけで硬直し、腕を組まれた時に現実逃避を初めていた。

 

(これは夢だ。そうじゃなければ俺みたいにモテない奴がこうして更識みたいな美少女と腕を組むなんてあり得ない。そうじゃなかったら罰ゲームだ。うん)

 

 すると簪は動きが鈍い悠夜をベンチに座らせる。そのことでますます混乱する悠夜が話したと思ったら、それは自分を否定する言葉だった。

 

「更識、罰ゲームとかだったら今すぐ離していいからな。そんなことで俺みたいな奴と腕を組むなんてしない方がいい。体は大事にするべきだ」

「もしそれが罰ゲームにされたら、私が参加してわざと負ける」

「いや、負けんなよ。そもそも参加するなよ!」

 

 突っ込んでくる悠夜をクスクスと笑う簪。そして彼女はある言葉を言った。

 

「悠夜さん。この前は平手打ちしてごめんなさい」

「そ、それは俺が悪いんだって! 更識は、巻き込まれただけで……」

「……でも、私は悠夜さんが日頃から周りに対して不満を持っていたのを知ってたのに……」

「気にしなくていいって。むしろごめん。色々と愚痴を聞いてもらって」

 

 今更後悔し始める悠夜に対して、簪は「平気」と答えた。

 

「あなたとお話しできるのは、本当に貴重だから。………夜はできないし」

「いや、それは……」

 

 簪の一言一言で徐々に顔を赤くしていく悠夜。視線は既に彼女を捉えておらず、別の場所を見ていた。

 

「……悠夜さん。お願いがある」

「……何?」

「私のことは、名前で呼んで」

 

 その言葉で一瞬で真っ赤にした悠夜はすぐに否定した。

 

「だ、ダメだ! そんなことをしたら…その―――」

「意識してくれるなら、なお嬉しい」

 

 そう言って簪は姉と比べて小さな胸を悠夜に押し付ける。その感触を感じてしまった悠夜の思考は徐々に停止していく。

 

(こ、これってどういうこと!? 何で彼女は自分の胸を俺の腕に押し付けてるの?!)

 

 自分がモテるわけがないと思っている悠夜にとって、この状況は迷宮入り事件である。

 

「……今度のトーナメント。私は本音と組むことにした」

「……そう(あれ? 組むってどういうこと?)」

 

 ちなみに悠夜は平手打ちされたその日は気絶しており、目を覚ましてからも呆然としていたのでトーナメントがタッグ式であることを知らない。

 

「できればあなたとは決勝で会いたい。でも、それは抽選次第だからわからない」

「………」

「だから、私と戦うまで負けないでほしい」

 

 そして簪は自分の口を悠夜の耳に近くに持っていき、

 

「私の機体も、轡木ラボで開発されるから」

 

 すると悠夜の思考がクリアになっていく。それだけ悠夜は轡木ラボで開発されるものの異常性を理解しているからであり、簪の実力を知っているからだ。

 

「……つまり更し―――」

 

 ———チュッ

 

 悠夜の眼鏡が上に移動され、いつの間にか自分の眼鏡を外していた簪は悠夜の頬にキスをした。そこからの簪の動きは素早く、ベンチから下へと続くドアへと走り去る。そして悠夜が復帰するまで数時間要することになった。

 

 だが彼らは、その一部始終を第三者に見られていることを知らなかった。

 

 

「ど、どうしたッスか、先輩!?」

 

 フォルテ・サファイアは自身の相棒であり学園が一つ上のダリル・ケイシーが涙を流していたことに気付いて駆け寄る。

 

「いや、ちょっと目にゴミが入っただけだ」

「……そ、そうッスか」

 

 それ以上は聞くな、と受け取ったフォルテの視線の先はダリルが握る鉄格子である。

 

(……やっぱりいたか。でもな、負けるつもりはねえよ。アイツは……アタシのもんだ!)

 

 瞬間、鉄格子がミシミシと音を立て始め、フォルテは「いつか鉄格子が潰れるのではないか」と心配になった。

 

 

 

 ちなみに千冬と本音は簪に頼まれた楯無に嵌められていて、その一部始終を見れなかった。




ということで第36話、如何だったでしょうか?

切れる簪、荒ぶる朱音と男性職員たち、そしてもはや原型を留めていないかもしれない簪。

一応、次話から学年別トーナメントに入っていきます。



そういえば以前、「大体35話で~」とか言っていたんですか、どう考えても40話行きそうな予感しかしないです。別に話数制限にこだわっているわけではないんですが、気が付けば36話ですよ。まだほかにも色々書く予定なので、40話前後で書けるかなとか思い始めています。……ま、流石に45話まで行くことはないでしょうけど(フラグ)


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#37 始まる学年別トーナメント

使えるネタは、ぶち込むのみ!


 とある日。喫茶店に初老の男性がコーヒーを飲みに来ていた。その男性曰く「ここのコーヒーはかなり美味しい」とのこと。

 だが彼は今回ここに来たのはそれだけではない。

 

「いらっしゃいませ。お客様、何名様ですか?」

「一名です。すみませんが、店長に至急「無になるには遠すぎる」と伝えてもらえませんか?」

「……はい? ……わかりました」

 

 急にそんなことを言われた女性店員は首をかしげるが、渋々といった感じに返事をして奥へと引っ込む。すると数秒で奥からダンディな髭を生やした40代ぐらいの男性が深々を頭を下げる。

 

「お久しぶりです。ではこちらへお願いします」

「はい。それと、この後に一人、連れが来る予定です。彼は「ワシノシリアワセ」と言うように伝えている」

「わかりました」

 

 どこにでもいる普通の客に対してどうしてそこまで頭を下げるのか、最初に応対した女性店員が首を傾げるのを見て内心笑う初老の男性―――轡木十蔵は案内された地下の部屋の椅子に腰を掛けた。

 しばらくするとドアがノックされる。十蔵は「どうぞ」と答えると店長をが顔をドアを開け、そこから十蔵よりも少し下の金髪の男が姿を現した。

 

「では、私はこれで」

 

 店長はさっさと姿を消す。後から現れた男性は警戒していると、十蔵はクスリと笑った。

 

「そう心配しなさるな。ここは私のテリトリー。完全防音で、盗聴、盗撮の危険性はありません」

「……だが、先程の男が妙によそよそしかったが……」

「ああ。彼は昔この辺りでヤンチャしていたので私直々に注意しただけですよ。さぁ、座ってください。ミスタージアン」

「そうさせてもらおう」

 

 ミスタージアン―――クロヴィス・ジアンはビジネスバッグをかけているスーツケースを傍らに置いて椅子に座る。

 

「しかし急に連絡をもらった時は驚きましたよ。切羽詰まった声で大会前日に会いたいなど。私には賄賂は通じないと思いませんでしたか?」

「と言いつつわざとらしく私の荷物を見るのは止めてもらえないか?」

「すみません。あなたは賄賂を渡すような方ではないことは承知していますので。……それで、あなたがここに来たのは()()()シャルル・デュノア君の件ですか?」

 

 図星だからか、クロヴィスの瞼が少し動く。

 

「……やはり、ということは既に気付いていたか」

「ええ。それに面白いものがありましてね」

 

 十蔵は懐から投影型PCを出してとあるファイルを選択し、再生する。するとあの日の二人の会話が再生された。

 

「……なるほど。つまり織斑一夏は既に知っている、ということか」

「彼は彼女の味方をするようですがね。ちなみにこれ、桂木君が撮ったようです」

「……何だと?」

「彼は転校初日からデュノア君を怪しいと思っていたらしいですよ。いやぁ、織斑君ももう少し警戒心を持ってくれれば楽なんですけどね~……で、大方予想は付いていますが、もしかして彼……いえ、彼女に対する策は待ってほしいとか?」

「……お察しの通りだ」

 

 そう言ってクロヴィスはあるものを出して十蔵に渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識……もとい、簪から頬にキスされて早いことに一週間以上経った。

 轡木ラボに何度も訪れたが朱音ちゃんは簪の機体で忙しいのか会えることはなく、代わりに俺は女性職員の愚痴を聞いていたことが多い。どうして男共はああなのか、男のテンションには付いていけないとか、その中に混じっている技術顧問が異常にしか見えないとか、俺に気付いた朱音ちゃんが抱き着いてきて、その光景がやっぱり微笑ましいとか。ラボ内ではかなりの人気があるようだ。中ではファンクラブのようなものがあるらしく、命を取られないように気を付けろとか忠告された。

 

 そしていよいよ、学年別トーナメント当日を迎える。

 

 

(『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者はトーナメント当日に行われる抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』……か)

 

 俺こと桂木悠夜がそんな紙を持っているのは、締め切りの今から三日前にこの紙を出さなかったからだ。まぁ、どちらかが出していればもう一人は必然的に捨てることになるが。

 

(そうだ。武装とかのチェックをしておかないと)

 

 損傷していた黒鋼は既に回復しており、あまり外に顔を知られるのがよろしくない朱音ちゃんに代わって更識(姉)から渡されていたようだが、数日間無気力だった俺を見て更識は強固な金庫の中に入れていたらしい。おそらく、あの時タイミングよく織斑先生と布仏が呼ばれたのもその辺りが原因だろう。というか布仏はともかく、織斑先生が生徒の逢引……いや、男女の相談みたいなものに首を突っ込むのはどうなんだろうか? たまにわからなくなるが、考えてみれば織斑はアホなのでその姉の織斑先生がアホでも納得できることである。

 

「———しかし、すごいなこりゃ……」

 

 武装のチェックをしていると、織斑の声が耳に届く。どうやらここ、更衣室のモニターから観客席の様子を見ているようだ。

 

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位入賞者には早速チェックが入ると思うよ」

「ふーん、ご苦労なことだ」

 

 デュノアの説明に織斑はどうでもいい風に返す。嬉しくないが、初めて意見が合った。もっとも、俺は単に「ああいう大人」が嫌いなだけだ。

 

(………やっぱりいたか)

 

 モニターに映る厳めしい顔で自分の前に映し出されているモニターを見るアラフォーの女性―――女権団団長の石原(いしはら)郁江(いくえ)。俺が知る最も最悪な女性だ。

 

「一夏はボーデヴィッヒさんとの対戦だけが気になるみたいだね」

「まあ、な」

 

 ということらしい。俺はそれよりも簪と戦いたい。初戦ってのは嫌だけどな。最終日になるが、やっぱり俺たち二人が戦うに相応しいのは決勝という大舞台だろう。

 

「感情的にならないでね。彼女は、おそらく一年の中では現時点での最強だと思う」

「ああ、わかってる」

 

 しかし、随分と親密度が上がったな、あの二人は。男女だからお互いが意識しあってすぐにボロを出すと思ったがそうでもないらしい。

 

(まぁ、この大会で「現時点での学年最強の座」はもらうつもりだが)

 

 黒鋼を扱う以上、相手が同等の機体を扱うならばともかく、そうじゃない奴ら相手に後れを取れることなんて許されない。そう思わずにはいられないほど、黒鋼という機体は素晴らしいのだ。ま、黒鋼じゃなければいくら十蔵さんのところで開発されたものだろうが、朱音ちゃんが作ったものだろうが絶対に動かしていないだろうけど。

 

「そろそろ対戦が決まるはずだよね」

「そうだな」

 

 二人で会話を始めたので、俺はそれを無視して念入りにちゃんと準備されているのか武装をもう一度チェックしていると、その中にある一つの装備に目が行った。

 

 ———近接ブレード《蒼竜(そうりゅう)

 

 どうやら特殊アビリティーが付いているこいつは、朱音ちゃんがこの機体の元となっている名前を持つキャラクターが出ている漫画を読んだ影響で作ったらしい。そしてこれは、少しでも俺の中二病を活かすためのブレードなんだそうだ。是非とも簪との試合に使わせてもらおう。それまでは当たっても使うことはないだろうから。

 

「お、おい、悠夜!」

 

 急に呼ばれたのでしかめっ面をして顔を出すと、二人が信じられないという目で俺を見てくる。

 見るとトーナメント表が出ていた。おそらくこれが原因だと思った俺はよく見ると、そこには―――

 

「なるほど、それでお前らは慌てたわけか」

 

 ———Aブロック 第一回戦 織斑一夏 シャルル・デュノア VS 桂木悠夜 ラウラ・ボーデヴィッヒ―――

 

 ———そんな表示がされている。ちなみに簪と布仏はDブロックの最後でシードになっていた。

 

「……悠夜、何でボーデヴィッヒと……」

「おそらく抽選だろうな。タッグ形式になったことを知ったのは締め切りの二日前だし。まぁ、精々頑張ってくれ」

 

 そう言って俺は荷物を持って先に更衣室を出て、Cピットに向かう。道中、組み合わせを知ってか興味本位かは知らないが何人かが俺の方を見てひそひそと会話をしていたが気にならなかった。

 Cピットに着くと、そこには既にボーデヴィッヒの姿があった。

 

「早いな。てっきりもう少し遅く来ると思ったんだが」

「それはこちらのセリフだ」

 

 向こうは勝手に睨んでくるが、こっちにしてみればどうでもいいことである。ベンチに荷物を置いて待機していると、ボーデヴィッヒが話しかけてきた。

 

「先に言っておく。織斑一夏は私の獲物だ。手を出すな」

「あー、善処するよ」

「手を出すなと言っている」

「だから善処するって言ってるだろ。大体、織斑たちが調子に乗って俺に攻撃して来るかもしれないんだ。その辺はきちんと考慮して言ってくれ」

「………良いだろう。やむを得ない場合のみ攻撃を許可する」

 

 そう言ってボーデヴィッヒは俺から離れていく。………まぁ、こいつもどうせここまでだし、さっき言った通り自衛以外では攻撃するのはできるだけ控えてやるか。

 

 ———どうせこの試合は大事の前の小事でしかないのだから

 

 

『これよりAブロック一回戦の試合を始めます。選手はアリーナへ入場してください』

 

 ピット内にそんなアナウンスが響く。この声は虚さんだ。

 そんなことを思っているとボーデヴィッヒはシュヴァルツェア・レーゲンを展開した。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、シュヴァルツェア・レーゲン……出るぞ!」

 

 出撃時のこれってやっぱりするんだぁ。

 そのことに嬉しく感じながら、俺も黒鋼を展開する。

 視界がクリアになり、脚部装甲をカタパルト発射台に接続すると、進路状況などがハイパーセンサーに表示された。周囲に障害がないことが確認される同時に発射口に光が入り、ようやくハイパーセンサーに「OK」と出る。

 

「桂木悠夜、黒鋼…出る!」

 

 カタパルトが発進し、自動的に射出される。本当なら45~50度ぐらい上昇して索敵し、敵を倒し始めるだろうが、これは競技だし、そのまま流れる形でピット近くに向かってUターンして着地した。織斑とデュノアもその後に出て来て指定の位置に停止した。

 

「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

「そりゃあ何よりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

 

 と言いつつ織斑は好戦的な笑みを見せる。それでどこからか歓声が聞こえた気がした。

 カウントが「5」から表示され、4、3…と減っていき、0になると、

 

「「叩きのめす!」」

 

 二人揃って同じことを言っているなぁと思いながら、俺はその場から下がることにした。

 織斑は飛び出すと同時に瞬時加速を発動させていたが、いとも容易くボーデヴィッヒのアクティブ・イナーシャル・キャンセラーで止められた。

 

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」

「ならば、私が次にどうするかもわかるだろう?」

 

 そう言ってボーデヴィッヒは巨大なリボルバーの回転音を鳴らしつつ、レールカノンを織斑に向けた。目の前に向けられたらさすがにビビるだろうな。

 

「させないよ」

 

 デュノアは織斑の上からアサルトカノンでレールカノンをずらした。すぐにボーデヴィッヒはそこから離脱した。

 

「逃がさない!」

 

 デュノアは瞬時に銃を入れ替え、ボーデヴィッヒに対して追撃する。

 

「加勢しようか?」

「いらん!」

 

 よし、これで俺は参加しなくていいことになった。デュノアに対しては何も聞いていなかったし、ボーデヴィッヒが一人で担っていてくれるのはありがたい。

 俺は壁に背中を預けて試合を観察する。観客席から何やらブーイングが聞こえてくるが無視。気にしない方向で行かせてもらう。

 と、余裕ぶっているとデュノアが織斑とボーデヴィッヒから離れてこっちに来た。

 

【警告! 敵ISからロックされています!】

「……マジかよ」

 

 既にデュノアは射撃体勢に入っている。俺はすぐにそこから離れて射線上から逃げ出した。

 

「逃がさないよ!」

 

 やれやれ。面倒なことになった。

 

(どうやら俺を先に倒すみたいだな)

 

 二人はおそらく俺の方が倒しやすいと思ったのだろう。特にデュノアは性能面をカバーできると言っては過言ではない高速切替(ラピッド・スイッチ)を持っている。

 

「冷静になれよ、デュノア。俺より先にボーデヴィッヒを倒すべきだろ」

「悪いね。君は弱いからな先に倒すのさ!」

 

 なるほど。挑発か。……だが、

 

「いいだろう。その挑発に乗ってやらんこともない!」

「どっちなのさ!?」

 

 同時に俺はそこから110反転して逃げ出した。敢えて《プラズマ手刀》と《雪片弐型》とで打ち合っているボーデヴィッヒと織斑の横を通り過ぎる。

 

「逃がさないよ!」

「黒鋼よ、今が駆け抜ける時」

 

 すると両脚部に付けられているホバースラスターを稼働させ、さらに移動速度を高める。本当はここ、車輪にしたかったけどあまりの回転数について行けず壊れるからってホバーにしたらしい。

 

「は、早い!?」

「残念ながら馬にはならないけどな!」

「何の話!?」

 

 理解を求めたわけでないが、やっぱりデュノアにはわからなかった。女の子だから仕方ないな。

 

「この、逃げんなよ悠夜!!」

「貴様こそよそ見をするな!」

 

 スモークを焚いて目暗ましに使う。するとデュノアはすぐに上へと逃げて俺に向かって連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》の引き金を引いた。

 

「逃がさないって言ったよね!」

「だが逃げるさ、俺はな!」

 

 閉鎖されているカタパルトの方へと飛んでいく。言うまでも時間稼ぎだ。

 

「ところでいいのか、デュノア。もうそろそろ織斑がヤバいと思うが」

「―――!? 一夏!」

 

 慌てたデュノアは織斑のフォローに入りに行く。その間に俺はカタパルトの屋根の上にどこぞの白鳥王子みたいに降り立って三人の様子を確認した。

 

(さて、どうなるか楽しみだ……結果は変わらないだろうがな)

 

 後ろから俺に対しての侮蔑と嘲笑を背にしつつ、俺は()()を楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三アリーナの管制室。そこには現場監督を任された千冬と真耶の他に三年生の整備科に所属するメンバーがいた。その中に生徒会に所属する虚の姿もある。

 整備科は名前の通りISの整備を主に勉強するが、それ以外にも管制やクラッキングなどのサポートも習う。そのため、昨今では軍のオペレーターとして就職する卒業生も珍しくはない。

 

「どうやら、織斑君たちは作戦を変更してボーデヴィッヒさんを叩くようですね」

「織斑一人ではボーデヴィッヒに勝とうとしても難しいからな。あの馬鹿の技術と経験ではあのAICをどうにかする方法は持ち合わせていないだろうしな」

 

 まるで自分はできると言わんばかりの物言いをする千冬。それを後ろで聞いていた虚は悠夜の姿を見ていた。

 

(……嫌な予感しかしない)

 

 彼女はため息を吐いて一夏とシャルルの組がラウラを攻撃しているものを映像に出している投影されたディスプレイを見る。。するとシャルルを捕まえていたラウラが後方から攻撃する一夏の攻撃をかわしたことで一夏が何かに気付いたようだと判断した。

 

「布仏、この試合どちらが勝つと思う?」

 

 急に千冬に話を振られた虚は後ろから突き刺さる嫉妬の視線に頭を抱えそうになった。

 

「……そうですね。織斑君がAICの弱点に気付いたようなので順当にいけば織斑・デュノアペアの勝利でしょう。見たところ会って一か月もしないペアの割に連携の完成度は高いですし」

「…順当、か。ということは―――」

「はい。知識の差で二人の勝利は難しいと思います」

「「「え?」」」

 

 真耶も、そして他の三年生たちもその言葉に疑問を示す。

 

「ちょ、ちょっと待って? 知識の差って……ボーデヴィッヒさん以外二か月前にISについて知ったんでしょ? じゃあ、知識の差はあまり変わらないんじゃ……」

 

 虚の隣にいる生徒はそう言うと、他の生徒たちも口々に虚の言葉を否定し始めた。

 

「ISは知識だけで勝てるわけではない」

「確かに技術はいりますが、彼にはすでにそれ相応の技術があると思います。5月のあの襲撃事件でそれはよくご存じでしょう?」

「で、でも、あれって後から援護があったんでしょ?」

「……そうだけど、あなたたちは戦闘機が飛んできてもライン上に入らないでしょう? とあるアニメの主人公は何度もそうしたそうよ」

 

 その声で今度は「嘘だ!」とか言い始めたので、虚はとうとう頭を抱えた。楯無に続き、周りも口々に言い始めるので疲れているようだ。隣の女子がそっと胃薬を差し出した。

 

 ―――ワァアアアッ!!

 

 観客席をモニターしていた生徒のスピーカーから割れんばかりに大歓声が響く。

 

「瞬時加速ですね。デュノア君、いつの間にこんなものを―――」

「おそらく織斑の技術を模倣したのだろう。器用な奴だ」

 

 そしてシールドをパージしたシャルルはパイルバンカー《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》をラウラの腹部目掛けて叩き込もうとするが、ラウラはそれをAICで防ごうとした。だが―――

 

 ―――ガンッ!!

 

 一夏が以前シャルルから借りたアサルトライフル《ヴェント》を使用してそれを阻止し、その援護でシャルルは攻撃を決めた―――かのように思われた。

 

 

 

「へぇ、瞬時加速か。面白い」

 

 アリーナ内にいる悠夜はそれを見てさらに深い笑みを浮かべる。その姿はさながら魔王が勇者の抗う姿を見て笑っているようである。

 

「だが、茶番はこれまでだ」

 

 悠夜の右手にはよく見る棒型のスイッチが現れ、瞬く間にボタンを押す。するとラウラ、シャルルのみならずアリーナすべてを襲う爆発が起こり、文字通りアリーナが揺れた。




突然の爆発にアリーナ全体が騒ぎになる中、生き残った二人は対峙する。一人は笑い、一人は怒りながら。
偶然か、必然か。ありそうでなかった二人の男性IS操縦者の戦いの始まるが、アリーナの中心に一機のISが暴走を始める。

自称策士は自重しない、第38話

「開眼の第三の瞳(サードアイ)

題名にルビを振れる日が来るのか、運営!












さて、茶番はここまでです。いや、振れたほうが嬉しいんですけどね? 題名の幅が広がりますし。ここでは無駄かもしれませんが、運営様、よろしくお願いします。


そしていよいよ物語は37話。40話までに第二章完結なんざ諦めましたわ。書くこと多すぎる。伏線張り巡らせるだけ張り巡らせてまったく終わらない(笑)


はいそこ、展開一緒とか言わないで!


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#38 荒れ狂う暮桜

諸事情により、見事な次回予告詐欺となりました。

……笑えよ(どこかの地獄兄弟風に)


 突然の爆発に来賓客はもちろん、生徒たちも騒然とし始めた。当然ながら教師も慌てふためいており、観客席は混沌と化している。

 

「ちょっ、何なの!? また襲撃?」

「またですの!? もう―――」

「―――たぶん違う」

「「―――ひゃぁああ!?」」

 

 いきなり現れた簪に鈴音もセシリアも驚いた。その声に簪は首を傾げる。

 

「……どうしたの?」

「あ、アンタが急に話しかけてくるからじゃない!」

「そ、そうですわ! 何かアクションをしてから声をかけてくださいな!」

「……あなたたちのスキル不足」

 

 そう返す簪にどちらも苦笑いを返す。

 

「で、どういうことよ。これが襲撃じゃないって―――」

「さっきゆうやんが何かのスイッチを押してからねぇ。たぶんそれじゃないかな~」

 

 だとすればこれは攻撃ということになる。

 

「もしかして、桂木さんが襲撃者……?」

「何でそうなんのよ」

「もしそうなら大変だね~」

「その可能性は私が生きている限り絶対にない」

 

 力強く否定する簪にセシリアは食ってかかる。

 

「どうしてそう言い切れますの? 彼の考えていることは―――」

「もしそうだったらお姉ちゃんがなんらかの予兆を掴んでいるし、これまでの専用機を見てきてなら黒鋼以外に乗ろうと思わないから。それに、黒鋼を作ったラボがIS学園付近になるのに、ここから脱走したところで他に黒鋼以上の機体を作れる場所がないから」

 

 はっきりと言った簪にセシリアはさらに食って掛かった。

 

「それはほかの国に対しての侮辱ですの?」

「そう受け取るのは彼を理解していないからよ。未だにBT兵器は量産されていないし、マルチロックオン・システムも完成しているのは私たちが所属しているところ以外は未開発。それを完成させているのは轡木ラボのみで、以前はともかく今ではまともな暮らしができている。そんな好条件だけでなく、歩くぬいぐるみ(本音)をいつでも持って帰れる状態を逃して野宿することを選択する必要がある? それに―――」

 

 簪は視線を二人から外し、さっきまで悠夜がいた場所を見る。

 

「どうして彼は今もそこにいるの?」

 

 ビットでシールドを形成させていて、爆発の衝撃を回避していた。

 

「そ、それは―――」

「もっと言えばどうしてこれだけの騒動の中で、どこぞの魔王みたいに余裕持って立っているの? そんなの効率悪いのに? 彼は効率を取るのに?」

「そ、それは……その……」

「かんちゃん、ストップ」

 

 簪の攻撃―――もとい口撃に沈むセシリア。そこに本音が割って入る。

 

「それよりもまだ試合は終わってないんだし~続きを見ようよ~」

「そうね」

 

 本音の言葉に鈴音が賛成し、セシリアと簪を離す形で四人で座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煙が徐々に晴れていき、俺がいる場所からでもフィールド内の三人の様子がわかるようになっていた。おそらく織斑もそうなのだろう。慌ててデュノアのところへと近づいた。

 

「シャルル! おい! シャルル!!」

 

 俺はカタパルトの屋根から降りて徐々に織斑たちに近づいていく。

 

「……き…さま……」

 

 装甲がボロボロになって横たわるボーデヴィッヒが俺を睨んできた。

 

「なぜ……私まで……」

「ここで再起不能にでもしておかないと、決勝でも邪魔されると思ったからさ。それに、パイルバンカーを食らってまともに立てるとは思わないし。結果オーライじゃん」

「……ふざけるな……あれしきのこうげ……」

「いやいや、無理だから……無理しなくていいよ。君は魚の餌としての機能はちゃんと働いていたから」

 

 そう言って俺はボーデヴィッヒから離れて今もシャルルを抱えている織斑の方へと移動する。

 

「……悠夜」

 

 一本しかない武装《雪片弐型》を展開した織斑。どうやら抗うらしい。

 

「何でこんなことをしたんだよ! 何でこんなことをするんだよ! 何で正々堂々戦えないんだよ! お前は!!」

「そりゃあ、こんな面倒な前哨戦に苦戦するなんて笑い事になるだけだろ。それに、まともにやったってこっちの勝利は確実なんだ。それを少し早めただけ。お前如きにそこまで言われる筋合いはない」

 

 そう言うと織斑は瞬時加速でこっちに突っ込んできたので回避、俺はすぐに織斑の後ろに回り込み、脚部からナイフを出して織斑を蹴り飛ばす。

 

「うわああああああッ!!?」

 

 まさか蹴られるなんて夢にも思っていなかったんだろうか? 

 奴が立ち上がるのを待っていると、織斑はすぐに立ち上がって馬鹿みたいに突っ込んでくる。

 

「馬鹿の一つ覚えだな」

 

 突っ込んでくる織斑に対して俺はただ回避しかしなかった。

 

「また逃げるのかよ! 逃げてまた酷いことをするのかよ!」

「こういうことも、策の内だ」

「許さねえ。仲間すらも巻き込むようなお前は、俺が倒す! うぉおおおおおおお!!」

 

 シールドエネルギーも少ないのに零落白夜を使うとは、本当に馬鹿だな。

 俺はビームサーベル《フレアロッド》を展開し、織斑の《雪片弐型》と切り結ぶ。

 

「いつまでそうやって自滅するつもりだ?」

「何!?」

 

 すると限界が来たのか、《雪片》から光がなくなった。 

 

「なるほど。だいぶ残っていたみたいだがもうお前にはシールドエネルギーはない。とっとと降伏しろ」

「誰がするか! それに俺はまだ負けてない!!」

 

 強情な奴だ。ならば、俺が直々に引導を渡してやろう。

 尊敬していた上司に庇われ、生き残ったどこぞのスーパーパイロットのように織斑をダルマにしようと《フレアロッド》をもう一本展開し、織斑に接近する。そして二本同時に振り下ろそうとした瞬間、後ろからバチバチと電気が走るを音が聞こえすぐにその場から離脱する。

 振り返って先程の音源を確かめると、そこには黒いナニカを纏っている…いや、纏われているボーデヴィッヒの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———何故だ

 

 悠夜の後ろ姿を見ながら、ラウラはひたすら、悔しがった。

 

 ———何故私が倒れているのに、教官を侮辱したあの男がまだ平然と立っていられる!?

 

 今まで自分を「失敗作」と言い続けたもう一人の殺害対象の背を見て、ラウラの中の悔しさは怒りに代わり、そして困惑、絶望へと変わっていく。

 

 ———嫌だ

 

 彼女の中にある千冬が、そしてドイツ軍内で自分が隊長を務めるシュヴァルツェ・ハーゼの面々が、ラウラを見下し始める。

 

 ———止めろ

 

 次々と笑い始め、そして彼女の周りに人が集まり始め、その全員がまるで卑しい物を見る目でラウラを見てきた。

 

 ———止めろ!!

 

 すると全員が硝子のようにヒビが入り、まるでラウラの気持ちがそうさせているのか全員砕けた。

 割れた人間たちは粒子となり、やがてそれらは医務室のようなものを映し出された。

 

「何ですって? あの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)越界の瞳(ヴォ―ダン・オージェ)の適合に失敗した?」

 

 白衣を着た女性がそう言うと、同じく白衣を着た男性が頷いた。

 

「そうだ。彼女だけが唯一、ね。ほかの強化素体や遺児は適合したけど、彼女だけがね」

「………ちゃんと指示通りにしたのよね?」

「したさ! それに僕が担当したのは彼女以外にも何人もいたけど、全員が適合しているんだよ? 原因は彼女自身にあるんじゃないかな?」

 

 すると女性が少し考え、男性に言った。

 

「しばらく様子を見なさい。判断は上に任せるわよ」

「おや、いいのかい? 君のことだからすぐに「破棄だ」って言うと思ったけど」

「構わないわ。失敗例のサンプルデータに使えるし、それにちょっと育てれば処理道具としても使えるじゃない。最近、男たちが騒がしいでしょ?」

 

 そう聞いた男性は苦笑いする。

 

「……まさかそれを君が言うとは思わなかったよ」

「どうせ強化素体なんて軍の物でしかないわ。利用できるなら利用するまでよ」

 

 そして二人は粒子となり、彼女が黒いどこかへと立っていた。

 

「……私は…」

 

 ラウラの口からぽつりと言葉がこぼれる。まるでそれを拾うかのように何かがラウラの前に現れた。

 

《———そうだ。お前は弱い》

「だ、誰だ!?」

 

 そしてラウラは自分の前に何かがあることに気付く。

 

《お前は弱い。弱すぎる》

「黙れ!」

《弱すぎる。見ろ、始めて間もない―――そしてお前が殺したかった二人がまだ立っているだろう?》

 

 目の前にいる何かが指を差し、ラウラはそれを追うと一夏と悠夜が未だ戦闘をしていた。

 

《なのにお前はまだそこで寝ているのか? ラウラ・ボーデヴィッヒ》

「……私は」

《おそらく全員がお前を非難しているだろうなぁ。威張っていたが蓋を開けてみればただの雑魚と》

「……私は…」

《でも仕方ないよなぁ。お前は弱いんだから。今頃お前の憧れの教官様も落胆しているだろうよ》

「!?」

 

 それを聞いたラウラは段々と顔を青ざめた。

 

「…そ……そんなこと……」

《いいや。落胆しているさ。何せお前は転校して来てからというもの問題しか起こしていない。それなのにあっという間にやれた》

「……違う…」

《違わないさ。現にあの女をはじめ、全員がお前を否定している。聞こえるだろう? お前を非難する声が》

 

 ———ねぇ、あれって織斑先生の知り合いなんでしょ?

 

 ———なのにあんなあっさりやられちゃって

 

 ———織斑君を倒そうとしていたんでしょ? なのに負けちゃってるなんて、ダッサ

 

 次々と生徒がそう彼女を囃子、ラウラの前に織斑千冬が現れた。

 

 ———失望したぞ。問題ばかり起こして結果はこれか? 二度と私の前に現れるな

 

 その言葉が聞いたのか、ラウラは膝をついてうつむく。ナニカは彼女に手を伸ばし、囁いた。

 

《これが現実さ。今のお前に何もない。ないなら、取り戻すのみだろ》

「……取り…戻す?」

《そう。取り戻すんだよ。過去の栄光も。本当の実力を示して……すべてを壊してな!》

「………こわす……」

《ああ。すべて私に任せろ。お前はただ、すべてを委ねればいい》

「………私は……」

 

 そのナニカはラウラの返事を聞かず、彼女の中へと入りこむ。同時に彼女の何かが変わり、機体が変貌し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの装甲が溶け、徐々に再形成されていく。

 

(…ってか、ISの装甲って溶けるのかよ………)

 

 的外れだと思いながらもそう突っ込んでいると、ボーデヴィッヒを飲み込んでシュヴァルツェア・レーゲンとは違うものを形成した。心なしか、レーゲンの全長を超えている。

 

「《雪片》……!」

 

 前にいる織斑がそう声を漏らす。ということはアレか? もしかして、織斑千冬?

 

(うっそーん。世界最強じゃないですか、ヤダー)

 

 半ば適当にそう思っていると織斑は何故か突っ込んでいった。だが予想通りというか、テンプレというか、案の定やられて回避が間に合わずに左腕を擦り切っている。

 

「一夏!」

 

 篠ノ之が現れ、後から教師部隊がわらわらと出てくる。いつもなら「遅い」と思うところだが、篠ノ之は次の試合のBブロック一回戦に出るからその後に出てきてもおかしくはないか。

 

「それがどうしたあああッ!!」

 

 そんな雄たけびを上げて突っ込んでいく織斑。一番近いのは俺だから、とりあえず回収しておくために《ワイヤーアンカー》を射出して織斑の道を阻んでおく。

 

「ちょっ! 邪魔するな悠夜! 邪魔するなら―――」

「いい加減にしろ!」

 

 ———パンッ!!

 

 篠ノ之が思いっきり引っ叩き、その衝撃か織斑は呆然とした。その隙に篠ノ之が織斑を一人で下がらせる。どうやら篠ノ之の胸が大きいのは胸筋があるからかもしれない。

 

「何だというのだ! わかるように説明しろ!」

「どうやら説明なんてしている暇はなさそうだぞ」

 

 苦戦している教師部隊を見てそう言う。陣形を組んで攻撃をしているが、今は知らないがモンド・グロッソの時に織斑千冬が使っていた暮桜(くれざくら)と思しき機体は陣形を破壊していく。

 

「篠ノ之、お前は織斑を抱えて下がれ」

「待ってくれ。俺がアイツをやる」

 

 デュノアを持ってそう言うと、何故か織斑はそう言った。

 

「あれは千冬姉のデータだ。それは千冬姉だけのものなんだ。それをアイツは―――」

 

 と悔しそうに言う織斑。俺はため息を吐いて離陸し、ピットの方へと向かう。そこにはすでに晴美さんが待機していた。

 

「桂木君、デュノア君は―――」

「さぁな。ずっと放置していたし」

 

 鷹なんとかが近づいて聞いてきたのでそう返す。

 

「彼は私たちが預かるわ。……事情は既にお父さんから聞いているから安心して」

「それは何より。では、お願いします」

 

 って、考えてみればそうじゃなければ晴美さんが出張ってくるわけがないか。

 ISを展開したまま晴美さんの部下……というよりも朱音ちゃんの部下にデュノアを渡す。

 すると急に悲鳴が聞こえ、モニターから映像を見る。篠ノ之が暮桜と戦闘をしていた。近くにも織斑がある。

 

「ど、どうしよう。このままじゃ二人が―――」

「………はぁ」

 

 どうしよう。同情以前にため息しか出ない。

 篠ノ之が吹っ飛ばされ、暮桜は織斑を見るがニヤリと笑った以外は何もせずそこからとある場所に飛んで行った。VIPルームである。

 

(………まったく)

 

 ただの前哨戦で終わるはずだと思ったが、どうやらそうではないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 VIPルームに張られているバリアは並大抵では壊れない仕様になっている。さらに言えば今は千冬の判断によって隔壁が降ろされており、どんな強固なものでも破壊されないものとなっていた―――はずだった。

 だがドイツの代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒが駆るシュヴァルツェア・レーゲンに何らかの異常が起こり、暮桜の能力を得て暴走し始め、このVIPルームを襲い始めたのだ。本来なら彼・彼女らはすぐに逃亡するところだが、

 

「一体どうなっているんだ! 何故ドアが開かない!」

「IS学園は何をしているんだ!?」

 

 共同VIPルームから廊下に続く自動ドアが閉鎖しており、先程から比較的若い人間がなんとかしてドアを開けようとしているがビクともしない。

 その中で女権団のボス「石原郁江」は慌て始める自分と同じVIPたちを哀れに思っていた。本当ならば護衛としてそれぞれIS操縦者を連れているが、今回はIS学園内ということもあって別席での待機を命じられている。

 どうにかして外部に連絡を取ろうとするが、どういうことか彼女を含め全員の端末機器がイカレているのだ。

 そんな時、隔壁によって差さなかった光が差し始める。

 

(……もう来たの)

 

 全員が焦り始める。そして暮桜はいとも容易くバリアを破壊し、中に入ってくる。

 

《…ミツケタ》

 

 暮桜は再び笑い、《雪片》を展開してVIPたちに近づいて行った。

 

(……ふざけるんじゃないわよ)

 

 心の中で悪態を吐く郁江は隠していたISを出すためにポケットに手を入れる。本当ならばここにISを持ち込むことは禁止されている。が、郁江は検査員に賄賂を渡して通過したのである。

 それを出そうとした瞬間、VIPたちと暮桜の間の隔壁部分にヒビが入る。

 

「何?」

《…ナンダ?》

 

 奇しくも郁江と暮桜は同じタイミングで同じことを言い、他のVIPもその方向を見る。

 すると何かがぶつかった音がすると同時に隔壁が壊れ、バリアが破壊され、そこから何かが雪崩れ込んだ。それはすぐにVIPたちを、そしてドアを確認する。

 

「行け」

 

 声と同時に4つのビットが飛び出し、ドアに突き刺さるや否や瞬く間にビットはぐるりと一周。そしてビットがそこから離れ、ドアを押して道を開ける。

 

《キサマ!? ナンテコトヲシテクレタンダ!?》

「見ての通り、ドアを無理やり開けたのさ。ここに来る時に以前ならば即刻求婚したくなるほどかなりレベルの高い仕事のできるタイプの先輩から、「VIPルームに続くドアを破壊してほしい」って頼まれたからさぁ。ちなみにレベル的にアンタの方が下だ」

 

 空気を読まずに断言する悠夜。眼鏡をかけていることでカッコつけているがよりダサく見える。

 

《ユルサンゾ、キサマ!!》

 

 そう言って暮桜は悠夜に向けて《雪片》を振り下ろす。だがいとも容易く悠夜は《フレアロッド》で受け止めた。

 そのことに暮桜は驚きを隠せないが、悠夜は何ともない風に答えた。

 

「そう悲観することはない。いくらISでアンタが優秀だろうと、結局お前は俺の想像よりも遅かったんだから」

 

 その言葉でその場に留まっているVIPたちが疑問顔を浮かべる。

 

《ジャマダ! ドケ!!》

 

 悠夜を押し、その隙に残っている暮桜の目当ての人物に対して《雪片》を振り下ろすが、その前に悠夜がその人物を後ろに投げたことで大事になることになかった。

 

《キサマァアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!》

 

 怒りのあまり雄叫びを上げる暮桜。それに対し悠夜は恐れもせず淡々と答える。

 

「ブーメランになるかもしれないけど、戦いとは常に二手、三手先を考えてすることだって、どこかのお兄さんが言ってけど?」

《ダマレェエエエエエエッッ!!!》

 

 再び雄叫びを上げ、今度は悠夜に《雪片》を振り下ろす。悠夜はそれを回り込む形で避け、全スラスターを稼働させて暮桜を外へと追い出した。

 

「さて、見せてもらおうか。世界最強のブリュンヒルデの実力とやらを」

 

 どこぞの赤い彗星の名言を吐いた悠夜は後を追う様に外へと出ていった。

 後に残るのは呆然とするVIPたちと散らばる破片のみだった。




次回予告(嘘)

ようやく始まる対VTシステム戦。従来のVTシステムとは違い、荒々しい攻撃に悠夜が苦戦を強いられる。だが悠夜は救援を拒否し、ただ一人で戦うことを選び続ける。
そんな中、暮桜から飛んできた波動を感じた悠夜は切り札を切ることを決意した。

自称策士は自重しない 第39話

「開眼する第三の瞳(サードアイ)

今度こそタイトル詐欺は避けられるのか、作者よ!





個人的にこの茶番という名の次回予告は楽しんでいるだけなので、今後の物語には何の影響もありません。


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#39 開眼する第三の瞳

 管制室。そこにいる真耶は悠夜が今まで手を抜いていたという事実を知った。

 

「……す…すごい……」

「山田先生。早く手を動かしてください」

 

 現在、管制室にいるのは真耶と虚だけであり、二人は避難状況の確認と悠夜が随時送ってくるデータを整理し、的確な戦略を練っている。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 本来ならば千冬や虚以外の生徒たちも何人かいるはずなのだが、ほかの生徒は他の生徒の避難指示を行っていて、いないといけないはずの千冬は席を外している。

 そのため真耶が情報整理と避難状況の確認を、そして虚は他のシステムの異常を探していた。

 

「あのISから何度もアリーナのセキュリティーシステムにアクセスされてる。山田先生、生徒が持ち込むISには学園から制限がかけられていますよね?」

「は、はい。織斑君と桂木君はともかく、他の専用機持ちは国家に所属する代表候補生か更識さんみたいに国家代表ですから、学園の機密事項を盗まれないためにあらかじめアクセスパターンを複数記録して指定の通信場以外は繋がらないようにしています。……ってことは―――」

「あのシュヴァルツェア・レーゲン……暮桜はアリーナのセキュリティーシステムにアクセスするなんてことはあり得ない。でも、あのシステムにそんな機能もないはずなのに………」

『たぶん何らかのバグが発生して、システム自体が自立稼働していると見て間違いないよ、虚ちゃん』

 

 唐突に通信回路が開き、そこから朱音の声が飛ぶ。

 真耶はあまりのことで驚くが、いつか来ると思っていた虚はすぐに答える。

 

「ということは、最悪システム自体の制限が機能していないの? こうなったら―――」

 

 虚は楯無、そして簪に連絡を取ろうとすると、悠夜の通信回路が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暮桜との戦闘をしていた俺は、その異常さにいち早く気付いた。というか、最初から話していたから異常だと思っていたが。

 

《グルウァァアアアアアアアアアアッッッ!!!》

 

 どこぞの獣みたいに叫ぶ暮桜。俺は《サーヴァント》と《フレアマッハ》を使って暮桜の動きを止めようとしていが、すぐに適応した暮桜は何度も攻撃を捌く。そしてその練度が徐々に上がっているのだ。

 

(このままじゃ、援護が来る可能性がある)

 

 今、部隊員たちは全員下がらせ、ついでに織斑を篠ノ之に下がらせているので俺が単独で暮桜と交戦している。

 

(……でも待てよ? 織斑の《雪片》って途中でエネルギーがなくなって光が失われたよな?)

 

 これまでかなりの時間戦った気がするが、未だに光が失われない暮桜の《雪片》。まさかと思ったが気になって管制室に残る布仏先輩に連絡する。

 

『どうしましたか?』

「先輩。今すぐエネルギータンクを調べてみてください。もしかしたらそこからエネルギーが漏れて奴の――」

 

 瞬時加速した暮桜がゼロ距離に入り、《雪片》を横に振るった。それを俺は暮桜の後ろに回り込んで回避し、思いっきり撃つ。

 だが暮桜は声を漏らすだけで、苦しんでいる様子もない。

 

『お兄ちゃんの言う通りよ! どこからか量子化されているエネルギーが漏れてる』

『そんな!? じゃあ、成す術ないじゃないですか!!』

 

 さすがは優秀な科学者だ。朱音ちゃんは瞬く間にエネルギータンクの異常を見つけてくれた。

 

『おそらくそれは暴走しているレーゲンがハッキングしているんでしょう』

『じゃあ、私がそれを撃退する。お兄ちゃん。もう少しだけ持ちこたえて!』

「いや、俺一人で十分だ」

 

 未だにエネルギーを多く残している俺はそう答える。減っていないのは《雪片》の攻撃を避けているからで、それ以外の攻撃は結構当たっている。

 

『相手が無限に再生される以上、一人で戦うのは危険です。すぐに会長と簪様を呼びますのでそれまでの辛抱を―――』

「それじゃあ意味がないんですよ!!」

 

 再び瞬時加速する暮桜の斬撃を《フレアロッド》でやり過ごしてそう答える。

 

「こいつは俺一人でやらせてください。ほかの専用機持ちは全員戦えない生徒の護衛。いいですね」

 

 そう言って無理やり通信を切った俺は距離を置いて気をうかがっている暮桜を警戒する。

 

《……中々ヤルナ》

 

 急に話しかけてくる暮桜に驚いたが、平静を装って答える。

 

「そいつはどうも」

《ダガ、貴様ハココデ終ワリダ》

 

 瞬間、暮桜はこっちに向けて左腕を向けたかと思ったらそこからビームを放った。

 俺はとっさに《窮鼠》を飛ばし、《サーヴァント》でシールドを二重に張る。そしてそこから離脱しようとスラスターを噴かせるが、その前にビットシールドが平然と割られて俺に着弾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《クフフフフフ……アハハハハハハ!!!》

 

 悠夜に攻撃が当たったことを確認した暮桜は高笑いした。

 今の暮桜は異常そのものである。エネルギーが無限に供給された状態での零落白夜の無限使用。それを先程ビームと化して悠夜に攻撃した。

 

「桂木!!」

 

 ピットから打鉄を纏った千冬が飛び出してきて、その後に楯無が続く。

 

「桂木君!」

「更識。桂木を連れて下がれ。これは私が処分する」

 

 暮桜を睨みつけ、近接ブレード《葵》を抜く千冬・

 

《オリジナルカ……。イイダロウ。貴様カラコロ―――》

 

 瞬間、千冬の後ろから計12本のビームが飛び、千冬諸共暮桜を攻撃した。

 

《……何故ダ。何故貴様ハ立ッテイル!?》

 

 千冬が確認するよりも早く暮桜はそう言った。その後、千冬は今の状況を確認する。

 

「桂木……」

「やれやれ。どいつもこいつも……高がISで世界優勝しただけの一般人(パンピー)とそのコピーがさっきから見下すなよ。思わず撃っちまったじゃねえか」

 

 眼鏡をかけているせいか未だにダサさは拭えないが、気配だけは変わっていた。

 

「か、桂木君……」

「更識。邪魔だからそこの喪女と一緒に下がって。邪魔だから」

「二回も言う必要ないよね?」

「待て桂木。今のは間違いなく致命傷だろ!?」

 

 騒ぎ出した周りに対して悠夜は盛大にため息を吐いた。

 

「デカいロボットに乗っている女の子を止めようとしたのに邪魔されて切れた主人公の勇士を見てこい。後邪魔だ」

「しかし、ここは教師である私が―――」

《マトメテ死ネ!!》

 

 暮桜は再びビームを放つが、悠夜はそれを少ない動きで回避して《アイアンマッハ》に切り替えて撃ち始める。その弾丸を容易く切り飛ばす暮桜は瞬時加速で接近し、悠夜を切ろうとするが―――

 

 ———ガッ!!

 

 光っていない《雪片》を捕まえた。

 

「アンタのパターンは大体わかった。それを今度はマッチさせればいいだけだ。本気出せよ?」

《貴様ァアアアアアアアア!!!》

 

 悠夜を蹴り飛ばして距離を離したが、すぐに暮桜は二重瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)で超加速した。

 

「俺に出会った不幸を呪え。開眼せよ、第三の瞳(サードアイ)!!」

 

 瞬間、黒鋼のハイパーセンサーが「サードアイモード」へと移行する。

 サードアイ・システム―――それが黒鋼の切り札の一つであり、三つ目の第三世代兵器である。

 悠夜に向かって暮桜が上段からの振り下ろしを行うが、それよりも悠夜は持っているシールドで剣戟をずらして蹴りを叩きこんだ。

 

《グッ―――》

「まだだ……まだ終わらねえよ!」

 

 そこから悠夜は回し蹴り、そして足で暮桜の体を掴み、ヘッドバッドを叩きこむ。さらに顔を掴んだまま、そのまま地面に落下して暮桜の頭を地面にぶつけた。

 

《キサ―――》

「言っただろう? まだ終わらないって」

 

 すると悠夜はパイルバンカーを展開し、馬乗りになってそれを暮桜の喉元に突き立てる。

 

《マサカ!? ヤメ―――》

 

 ———ドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!!

 

 暮桜の静止は届かず、一気に6発叩き込む。あまりの衝撃に暮桜は動けなくなるが、悠夜は容赦なく弾を籠めて再び6発連続叩き込んだ。

 

《グルァアアアアアアアアアッッッ!!!》

 

 あまりの痛さに暮桜は暴れ始め、悠夜は潮時と感じたのか黒鋼を飛行形態に変形させてそこから離脱。その後を暮桜は飛んで追いかける。

 

「待て桂木! その形態は―――」

《モウ遅イ!!》

 

 悠夜の援護に入ろうとする千冬をあざ笑うように暮桜は一直線に悠夜に向かって飛翔し、《雪片》を振るおうとしたが、目の部分を狙って《サーヴァント》が邪魔をした。

 

《マサカ、攻撃ヲ読ンデ―――》

「よくわかったな。開眼されたサードアイは攻撃も読める。が、わかったところでこの状況がひっくり返ることはない」

 

 すると逃げる悠夜の黒鋼から煙が噴射される。

 

《故障……イヤ、煙幕カ!?》

 

 その煙幕は暮桜の視界を覆う。だがそれもすぐで、暮桜は煙から出て来た。だがそれを待っていたかのように8本の線が暮桜を襲う。

 

《タカガビット如キガ!!》

 

 暮桜はそれをかわし、または《雪片》で消失させる。瞬間、暮桜の両腕が文字通り吹っ飛んだ。

 

《ナニ?!》

「どうした偽物。たかがビット如きに腕を吹っ飛ばされてんぞ」

 

 人型に戻った黒鋼姿の悠夜が晴れた煙幕から姿を現す。その顔に笑みが浮かんでいていた。

 

《ビット、ダト?!》

「そう、ビットだ」

 

 すると暮桜の周りに菱形に羽が付いたようなものが二基現れた。菱形の半分が割れ、そこから収納されている形の砲筒がいつでも準備をしているかのようにチャージを始めていた。

 

《……コレハ貴様ノアンロックユニットノハズ。ソレガドウシテビットトシテ動イテイル!?》

「俺のビットが8個だけだって誰が言った?」

《フザケルナ! アンロックユニットガ、通常ノビットノヨウニ動ケルナド。ソレニアンロックユニットハブースターモ兼ネテイルハズ―――》

 

 瞬間、悠夜はまるでそれがおかしいかのように噴いた。

 

「まぁ、確かに普通はそうだけどな。でもさぁ、そんなのは所詮一般人(パンピー)の基準だろ?」

 

 その言葉に暮桜は反論する。

 

《貴様ノ思考ガ異常ナダケダ!》

「だろうな。そうじゃなければ三つも第三世代兵器を持っている機体なんて扱えない。さて……もう終わらせてやるよ」

 

 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)ビット《デストロイ》を暮桜に向けた。

 

《マダダ!!》

 

 すると暮桜の両腕が生える形で再生した。

 

「何だと!?」

「これじゃあ、手を打ちようがないわ」

《ソレニ―――》

 

 暮桜は《雪片》の先端を自分の体に向ける。

 

《コレナラ、貴様モ手出シデキマイ!!》

 

 暮桜は自分の体にあるラウラを人質にし、悠夜の動きを止めにかかった。

 

《サァ、大人シクソノ機体ヲ解除シ、コチラニ寄コセ! ソノ機体ヲ破壊シテヤル》

 

 当然、下にいる楯無、そして千冬も動きを封じられるが、暮桜にとってはそれは単なる「幸運」だと思った。

 

「………こりゃヤバいわ。うん」

 

 そう言って悠夜は頷き、両手を上げる。

 

「流石に同じクラスの奴を人質を取られたら俺でも動きが取れない」

《ナラバ今スグソレヲ―――》

「なんて本気で言うと思ったか?」

 

 瞬間、暮桜の腕は再び吹き飛ぶ。今回は二本ということで、暮桜の表面が焼け焦げていた。

 

《馬鹿ガ。腕ナラスグニ生エテ―――》

 

 悠夜はすぐに《デストロイ》を戻すとスタートを切り、暮桜に向かって。しかもそれは回転を加えられながらであり、左手を胸に右手を頭上に伸ばしていた。そして暮桜の懐に来た瞬間、両腕を伸ばして指を曲げ、体をえぐった。

 そして悠夜が暮桜から出てくる時にはラウラを抱えていたがすぐに捨て、それを楯無が拾った。

 

「ターゲット、マルチロック」

 

 悠夜の口からその言葉が漏れる。瞬間、《デストロイ》《サーヴァント》《フレアマッハ》、腰にある二つの荷電粒子砲《迅雷》が起動した。

 

「これで終わりだ」

 

 黒鋼のフルバーストが炸裂する。それが暮桜を襲い、暮桜だったものは破片をまき散らす。だが再生する様子もなく、悠夜は近くのピットに降りた。

 

(……自分でやっておいて何だけど、ようやく終わりか)

 

 安息をする悠夜の周りにラウラを抱えた楯無、そして千冬が同じくピットに降り立つ。

 

「よくやった。おめでとう……と言っておくが、私の力はあんなものではないということを覚えて置け」

「いきなり何の話だよ」

 

 悠夜がそう突っ込むと、楯無はラウラを抱えたまま悠夜に近寄る。

 

「でも良かったわ。虚ちゃんから連絡を受けた時は心配で心配で……」

「あのなぁ、確かに俺は打鉄を装備したときは弱いって自覚あったけど今は黒鋼だぞ? いくら何でも心配し過ぎだろうが」

「かれこれ30分は単独で戦っていたじゃない。いつでもシールドエネルギーが切れて死亡ってこともあったのよ?」

 

 そう。確かにそれはありえたことだ。だが悠夜が30分も持たせたのは黒鋼のエネルギー効率が良かったことはもちろん、悠夜が捌くことだけでしかしていなかったので、余計なエネルギー消費は避けられていたのである。

 

「更識、ボーデヴィッヒは私が連れて行こう。桂木を頼む」

「わかりました」

 

 無駄に空気を読んだ千冬はラウラを受け取ってそこから急ぎ足で離れていく。その後ろ姿を悠夜と楯無は見送っていたが、二人にしてみればただ仕事に戻ったとしか思っていなかった。

 

「でもホント、驚いた。まさか桂木君があそこまでビットを早く動かせるなんて」

「いやいや、オルコットの方が異常なんだよ。慣れているからできてるってのもあるが、あんなんじゃ世界大会なんざ夢のまた夢だ」

 

 悠夜がここまで動かせているのは「想像」と「慣れ」だ。

 SRs———そのゲームで遊ぶ時にプレイヤーは会社から支給されたヘッドバンドを装着することが多い。ゲームを買って一年ぐらいしてからだろうか、プレイヤーの中から抽選でそのデータ取りの名目として試作ヘッドギアの装着テストを頼まれていた。もちろん、雑に扱えば弁償ものだが、それに同意すれば住所記入欄に移行する。悠夜はその抽選に当選し、一時期先行試験を行っていたという過去を持つ。言うまでもないが、個人情報はその会社で保護されている。

 

「世界大会……そういえば、あなたと簪ちゃんはその決勝で戦っていたんだっけ?」

「個人情報保護の名目で、精々声ぐらいしかわからないはずなんだがな……。何であんな可愛い声を忘れてたんだろ。簪の声の可愛さを考えれば間違いなく覚えているはずなのに……」

 

 何気ないその言葉で楯無の顔は「怒」へと変わった。

 

「……ちょっと、その辺りのことを詳しく聞かせてもらいましょうか? 後、簪ちゃんを呼び捨てで、しかも名で呼んでいることも含めて拷問をする必要があるわね」

「おい待て。先に休憩だろうが。一応こっちは第三世代兵器を三つ同時に使ってんだぞ。大体その件に関しては本人の許可云々が―――」

 

 言葉を切った悠夜が後ろを振り向く。そこには先程の黒い暮桜が立っていた。

 

「桂木君。あなたは下がって」

 

 そう言って楯無は再びIS「ミステリアス・レイディ」を展開し、悠夜の前に立つ。だが暮桜は瞬く間に悠夜の背後に回った。

 

《殺ス……殺ス!!》

「桂木君!!」

 

 《雪片》を振り上げ、振り下ろす暮桜。だが悠夜は平然とそれを部分展開した左手でつかむ。

 

「零落白夜は当たれば危険だ。だが、当たらなければどうということはない」

《ククク……ハハハハハ!! 抜かったな、小僧!》

「黙れ年増」

《死ネェエエエエッッ!!》

 

 力を込めて《雪片》で悠夜を切ろうとするが、悠夜は瞬時に黒鋼を再展開して楯無を掴んでそこから離脱する。

 

「桂木君。もう黒鋼のエネルギーも少ないでしょ? 今すぐここから離脱して。こいつは―――」

 

 だが、最後まで楯無が言う前に暮桜は悠夜の前に現れる。

 

 ———キンッ!!

 

 だが悠夜は、近接ブレード《蒼竜》を展開して《雪片》を受け止めた。

 

《繋ガッタ》

 

 一瞬で、黒いナニカと化した暮桜は悠夜を覆う。球体となった黒いナニカはアリーナの地面に落下し、微動だにしなくなった。




次回予告(そして嘘)

暮桜に取り込まれてしまった少年は呆然と暗いどこかに立ち尽くす。
そこはただ暗いそこは少年に何を見せるか。

自称策士は自重しない 第40話

「アビリティーブレード」

異次元の刀がその力を発揮するとき、物語が始まる。





ということで、次回でとうとう40話になりました。7000文字制限で少し足りないですけど、6000文字言っているから大丈夫。大丈夫です……よね?




《能力紹介》

サードアイ・システム

黒鋼に搭載されている第三世代兵器の一つ。ハイパーセンサーに膨大な量の動きからの推測データが送り込まれ、操縦者はそのデータを基に回避運動を行う、いわゆる先読みの能力を持つ。
また、そのほかでは透視能力を持ち、障害物を超えて先を見れることができる。こっちを機能を見れば女子更衣室に入らなくても見放題という、ある意味男の子たちが重宝する能力。
リメイク元になった方では透視能力は使われている。

元ネタは東方地霊殿の4面ボス「古明地さとり」が持つ能力「心を読む程度の能力」

そしてこれを考えた時に「……ゼロシステムじゃねえか」と気付いたのは内緒。本当ならば操縦者の心を読ませようとも思ったのですが、それをしたら試合どころではないので止めました。


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#40 切れた自称策士は自重という言葉を知らない

 暮桜と化していたものに取り込まれた俺は、気が付けば暗い世界へと降り立っていた。

 わかりやすくまとめると、鍵のような形をした剣で世界を救う話の最初にありがちな世界に降り立ってしまったようだ。

 

(なるほど。ということは……俺がリ○だな。声的に)

 

 織斑の声は認めたくないが、あっちに似ているからな。本当に認めたくないが。

 

《オイ》

 

 目の前に暮桜が形成される。

 

《少シハ慌テタラドウダ? 貴様ハ我ニ取リ込マレタノダゾ?》

 

 どうやらそういうことらしい。ということは、俺は体から分離している状態か……。

 

「なるほど。ゲームやアニメじゃそういうことってよくあるけど、まさかそんなことが自分自身に起こるなんてな?」

《……貴様、本当ニ人間ナノカ?》

「そうじゃなかったらとっくに世界を壊してるさ。俺はこんな世界、以前から絶望しているからな」

《……ナラバ、体ヲ明ケ渡セ。我ガ世界ヲ壊シテヤル。貴様ノ望ミトシテナ》

「そいつは良い。………だが断る」

 

 そう言うと暮桜は呆然としたようだが、すぐに正気に戻った。

 

《ナルホド、貴様モオリジナルノ弟ノヨウニ「他人ヲ守ル」ナドトホザク奴ト同類カ》

「そいつは心外だな。俺があんなゴミと同類だなんて言うのは最大の侮辱なんだが」

《同類ダロウ。ダカラ貴様ハ世界ヲ壊ス事ヲ躊躇ウノダ》

 

 そう断言された俺は何かに刺された気がした。

 

《ダカラ、貴様ハ今モアノ微温湯(ぬるまゆ)ニ浸カッテイラレルノダ!》

「………ほう」

 

 まさかそんなことを言われるとは思わなかった。

 

《コノ世界ヲ生キ残ルニハ、力ガ必要ダ。ダト言ウノニ、貴様ラハ人間ハ敵ト成リ合ウ。ソンナ世界ナド……我ガ正ス!!》

「……OK、とりあえずお前が言いたいことはわかった。つまりお前はボーデヴィッヒと織斑千冬の闘争本能と馬鹿さ加減に影響された思念ってことだな」

 

 そう言うと暮桜は《雪片》を展開、俺の眉間に切っ先を向ける。

 

《ソノ体ヲ明ケ渡セ、桂木悠夜。我ガ貴様ノ代ワリニ世界ヲ滅ボス。断ルナラバ、無理矢理奪ウマデヨ》

 

 暮桜は俺にそう言ったが、俺は満面の笑みで答えてやった。

 

「断る」

《ソウカ。デハ死ネ!!》

 

 《雪片》で刺突をかまそうとする暮桜だが、俺はそれを余裕でかわした。

 

《ナニ!?》

「何を驚いている? ここは心と体が分かれている世界なんだろう?」

 

 思わず笑っていることを自分ですらもわかる。それほど今の状況は面白い。

 

《ダガ、コノ距離デ刺突ヲカワスナド―――》

「心と体が分かれているってことは、つまりなんでもできるってことだ」

《ソレハ違ウダロウ!?》

「違わないね。俺はずっとこのような世界を見るたびに思っていた。どうしてみんなは己が想像力で相手を潰さないのかと」

 

 そう言って俺は奴の四方八方から鉄の塊をぶつけてやる。

 

「そして一つの結論に達したんだ。全員アニメを見ていないことに」

《ソ、ソレダケデコンナ事、デキルワケガナイ! ソモソモ、貴様ハ異常ダ! 異常スギル!!》

「その異常者の体を狙った奴が何を言ってやがる」

 

 奴の懐に入り、俺は奴をぶん殴る。

 暮桜は速さに追いつけなかったのかダイレクトに食らい、かなりの距離を吹き飛んだ。

 

《我ハ仮初トハ言エIS、ナノニ何故人間デアル貴様ノ拳で―――》

「まだ気付かねえのかよ、ボケが。本当にゴミの思念しかねえのな―――俺の想像力がダメ女共の思念如きに負けるわけがないだろうが」

 

 さらに距離を縮めていつでも奴の懐に入れるように距離を詰める。

 

《黙レ! 貴様ハ殺ス!!》

「そいつは結構。じゃあ、八つ当たりしたって文句ないよなあ?」

《八ツ当タリダト?》

「ああ。お前みたいなのがいるおかげで、美少女との約束を反故する結果になった」

《ソレガドウシタ! 貴様ガシタ約束ナド、ゴミソノモノダ!》

 

 瞬間、奴の後ろで爆発が起こったが、その原因である俺は気にも留めなかった。

 

「おい、テメェ……」

 

 ただ俺は、力を見せつけてこの空間から元に戻ることだけしか考えていなかったが、

 

「今、なんつった?」

 

 今、別の目的が見つかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が暮桜に取り込まれてすぐ、楯無は蛇腹剣《ラスティー・ネイル》を装備し、なんとかして黒い卵を破ろうとしていた。もう一つの《蒼流旋》という槍の方がミステリアス・レイディの第三世代兵器「アクア・クリスタル」から放出される水とは相性がいいが、そちらの場合は下手をすれば悠夜を刺し殺してしまう可能性が否めなかったのである。

 

(まったく攻撃を受け付けないなんて―――)

 

 ———ピシッ

 

 そんな音が鳴ったかと思うと、黒い卵にヒビが入る。

 

「やった! これなら、どうにかしてこじ開ければ―――」

 

 すると今度は別の音が聞こえ始めた。楯無はその音源に目を向けると、悠夜が取り込まれた際に離した近接ブレード《蒼竜》が動き始めていたのだ。暮桜はあくまで悠夜と黒鋼のみを取り込み、近接ブレードの《蒼竜》は捨ておいたのである。《蒼竜》は浮かび上がり、切っ先からひび割れた部分から中に入ってしまった。

 

(あそこから、入ることができるの?)

 

 楯無はそう思い、そのヒビに触れる。だが電流が走り、楯無を拒むかのように弾き飛ばす。

 

「……どうなっているの?」

 

 思わず楯無がそんな声を漏らしている時、悠夜は完全に切れていた。

 

 

 

 切れた悠夜の前にいた暮桜は、彼から出る殺気に怯えを見せている。

 

(何故、何故我ガ震エテイル……)

 

 暮桜は自分が震えていることに疑問を持っていた。

 彼女は織斑千冬という実力者であり、またラウラ・ボーデヴィッヒの戦闘経験も持っている。崇拝されるほどの人間の実力を持つそれが、震えているなどまずありえないことだろう。

 その実力者に対して徒歩で近づく悠夜の前に、一振りの刀が飛んでくる。

 

「……これは、《蒼竜》? 何でこんなところに―――」

 

 その隙を狙って暮桜は悠夜を殺そうとする。精神を乗っ取り、自分の体とせんが為だった。

 だが悠夜は振り下ろされる《雪片》をかわし、距離を取った。

 

「まさかと思うが、お前に俺の気持ちが………わかっても不思議ではないか」

 

 そう結論付けた悠夜は両手で《蒼竜》の握りを掴む。

 

「行くぞ《蒼竜》。あのゴミを消す」

 

 悠夜はその場を飛び出し、先程以上の速さで暮桜に接近する。その暮桜は逃げず防御するが、《蒼竜》を振り抜いた悠夜によって吹き飛ばされた。

 

《何故ダ! 何故貴様ハソコマデ強クナッテイル!?》

「うるせえんだよ、ゴミが」

 

 ———死

 

 暮桜は危険を察知し、この空間から離脱する。すると楯無の前にあった卵に次々とヒビが入り、崩壊を始めた。

 すぐに黒いナニカがそこから離脱しかけたが、楯無の姿を視認すると取り込もうと近づいた―――が、突風が吹き荒れ、電気を纏った風が暮桜を吹き飛ばした。

 

「か、桂木君……」

《貴様ァアアア》

「蹴りを付けてやる―――《雷旋斬(らいせんざん)》!!」

 

 黒鋼を纏っている悠夜が《蒼竜》を右腕で振り抜く。電撃を纏った風の刃が飛ぶ出すと回転し、暮桜を刻み始めた。

 

《ギャァアアアアアアッッ!! 止メロ! 止メロッ!!》

「喚くな。すぐ終わらせてやる」

 

 スラスターが吹き、そこから上昇した悠夜は暮桜に向かって一直線に進む。

 

「奴を消せ《雷流斬(らいりゅうざん)》!!」

 

 その言葉と共に悠夜は《蒼竜》を振り抜き、暮桜を真っ二つにした。

 

《我ハ……タダ……生キテ……世界ニ……》

「それは無理な相談だな」

 

 悠夜の前に黒い鞘が現れ、掴んだ悠夜はそれに《蒼竜》を納刀する。

 

「何故ならテメェは、俺を孤独から救ってくれた奴との約束を反故にした挙句、ゴミとほざいたのだから」

 

 ———チンッ

 

 《蒼竜》を完全に納刀した悠夜は楯無に近づき、手を差し伸べた。

 

「もうすべて終わった。帰ろう、更識」

「……うん」

 

 まるで囚われたお姫様を救いだいたかのような雰囲気を出す二人。もしこの二人のほかに誰かがいたのならば、感動のあまり拍手をしていたのだろう。……悠夜は相変わらず眼鏡をかけているが。

 二人はカタパルト射出口に降り立ち、どちらもISを解除する。すると―――

 

 ———ドサッ

 

 悠夜はそのまま倒れ、その音を聞きつけて楯無は振り向いた。

 

「……すぐに連れて行かないと」

 

 今この場には自分しかいない。おそらく今頃事情聴取や状況説明をしているからであり、決してサボっているわけではない。

 楯無は再びミステリアス・レイディを展開し、医務室へと向かう。

 その時、彼女は気付かなかった。悠夜へと飛び込む一筋の影を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるでそれは物語のようだった。

 鋼鉄の子宮というか、巨大フラスコというか、ともかくそれから生まれた女の子は数年(たぶん)軍事訓練に励んでいるのだと思う。

 少女は常に上位であり、最高位に立ってからしばらくしてその基地にもISが支給されたようで、彼女もそれを動かすことになる。初めてのIS操縦でかなりの成績を残した。そして少女は手術を受けたが、適応に失敗したのか成績は悪くなる一方だった。そんな少女を救ったのは、一人の女性だった。

 その女性のおかげか少女は徐々に強くなり、崇拝するようになった。

 そんなある日、少女は女性に尋ねる。「どうしてそんなに強いのか」と。

 

 ———私には弟がいる

 

 そんな言葉が、そして女性の微笑みが少女の思いと相反し、憎しみに変えた。

 

 

 

 

 つまりそれって、その女性のブラコン疑惑が浮上して、挙句に単なる逆恨みだった。

 

 そんなことを思っていると、俺の目に光が差す。

 

「………またここか」

 

 これで一体何度目だろうか。あ、3回目か。

 内心最近俺が倒れすぎていることを気にしていると、カーテンが開く。

 

「おはよう。今度もよく寝れたかい?」

「……最悪な気分です」

「では今度は朱音を抱いて寝ればいい」

 

 と言われて俺は下を見ると、平然と俺の隣に寝ている朱音ちゃんを見つけてしまった。

 

「あの、親としてこれを許すのはいかがなものかと……」

「発情したのか? 君はロリコンだったのか? 15歳の裸を見ても一切興奮しないし、ひたすら髪を梳くと聞いていたから楯無か虚辺りを狙っていると思っていたのだがな」

「あれはどうしても綺麗にしたいって思いが強かったので」

「ならばたまには訪問してくれ。油断すると数日は風呂に入らないということをするからな、これは」

 

 と笑いながら言う晴美さん。

 

「さて、いくつか質問がある」

「何ですか?」

「君は本当に二人目の男性IS操縦者、桂木悠夜か?」

 

 ……えーと。

 これにはどう答えればいいのか、俺にはわからなかったので頷いておく。

 

「ええ。そうですけど……」

「さっき君の体を検査させてもらったが、確かにどこも異常はなかった。だが楯無が先程奇妙なことを言っていたのでな。剣先から電気を出し、物体となっていた暮桜を斬った、と」

 

 ………それについては少しばかり心当たりがある。

 さっき俺は暮桜に取り込まれそうになった時、簪との約束とのことを馬鹿にされて切れた。その時に精神世界から脱出できたみたいだが、その後のことは覚えていないが、リアルでもできたということだろうか?

 

「たぶんそれは朱音ちゃんが作った武器によるところが大きいと思います」

「……なるほどな。それならば少しは納得がいく」

 

 晴美さんは朱音ちゃんを愛おしそうに撫でている。

 

「正直な話、私は朱音が君にそこまでの物を作るとは思わなかった。裸を見たという前例もあるし、いくらあの時助けてくれたと言ってもね。だが、実際朱音は君の助けとなる近接ブレードを開発してしまっている」

「……そこまでのことを、した覚えがないんですけど……」

「だけど君は所属不明機との一戦で躊躇いもなく彼女が飛ばしたパッケージを受け入れてくれただろう? 朱音が何度か開発して学園の武器庫に入れていたみたいだが、誰一人として使う生徒はいなかった。時代の流れなのか、子供すらも「戦闘時の換装」というコンセプトに目もくれてくれない。それなのに、修吾君の息子である君は何の疑問を持たず装着し、朱音と協力して所属不明機を壊しただろう? それが何よりも朱音にとって嬉しかったんだろうよ」

 

 そう言われれば改めて照れてしまう。俺、そこまで嬉しく思うほどのことをした覚えはないんだけどな。

 

「だから、これまで通り今後も朱音と仲良くやってほしい」

「それはもちろんですよ」

「次第によっては孫馬鹿の父親を説得することにしよう」

「……それって、もしかして……」

「婚儀の話だが?」

 

 一瞬、俺がタキシード姿で、そして朱音ちゃんがウエディングドレスを着ている風景を考えてしまう。けど現実的に考えてそれは無理な話だ。

 

「すみません。それはちょっと……」

「? 私の娘はその対象にはなりえないか?」

 

 癖なのか、ブリッコみたいに首を傾げる晴美さん。

 

「いえ。十分可愛いと思います。思いますけど、だからこそ、俺なんかをそういう対象として見てはいけないと思うんです。だって俺、数少ない男性操縦者で、織斑と違って強力な後ろ盾なんてないんですよ? いずれ早死にする奴と結婚なんて、そんなの……」

「だったら、モンド・グロッソに出ればいい」

「……はい?」

 

 予想斜め上のことを言われた俺は思わずそう返してしまった。

 

「簡単なことさ。君があのシステムを倒したということは、最低でも数ある代表候補生の中でも世界で上位に食い込むことができる。少なくとも、第一学年では現時点では最強と言っていい。まぁ、君にとっては不満かもしれないが、轡木製のISを持っているのは君だけではないからね」

「更識簪、ですか」

「そしてSRsの世界2位」

「……驚きました。そこまで知っているとは」

 

 女でそこまで知っているなんてことは、相当のプレイヤーだろう。

 

「私も朱音も地区大会で簪と当たって負けた口だからね」

「あ、そうですか」

「……容赦なかったよ、彼女」

 

 遠いどこかを見る晴美さん。トラウマでも植え付けられたのだろうか?

 

「だからこそ、黒い凶星と呼ばれていた君には興味を持っていた。まさかISを動かすとは思わなかったが」

「俺だって驚きましたよ。あんな出来損ないって言っても過言じゃないものを動かすことになるなんて」

 

 そのおかげで黒鋼に出会えたから、それはそれで嬉しい事だが。

 

「出来損ない、か。確かに出来損ないだな。量産するにも限界がある量産型なんて、我々プレイヤーからしてみればただの笑い話程度の存在価値しかないだろう」

「確かに、最初に「量産型IS」という言葉を聞いた時は本当に笑えましたから」

 

 二人で笑っていると、ドアがノックされる。

 

「…………どうぞ」

 

 心底嫌そうな顔をしてそう言った晴美さん。ドアが開かれると、そこには織斑千冬が立っていた。念のために朱音ちゃんを隠しておいて良かった。

 

「失礼する。桂木は……起きているようだな。早速だが事情聴取に入らせてもらいたいが……」

「聴取も何も、アンタらだって経緯ぐらいは知っているだろう。そのままだっての」

「更識からあの後取り込まれかけたと聞いたが?」

「………あのバカ」

 

 最近、更識の奴が冷たくないか? 結局あの後は何事もなく終わったってのに。

 

「別にどうもしませんよ。あの意味不明な奴が俺の体を使って世界を破壊したいとほざくので断って、実力行使された時にウザい事言われたんで、遠慮なく狩ってやっただけです」

「……そうか。それと注意だ。お前は最近危険な相手に単独を取りすぎる。それと試合の時の爆破だ。織斑からは何もなかったが、他の生徒や来賓の方々から苦情があったぞ。あのような行為は禁止してほしいとな」

 

 ………はい?

 ちょっと待て。ただ俺はMAP攻撃をしただけなんだが? まぁ、敵味方関係ない奴だけどさ。

 

「それと学年別トーナメントだが、お前が単独で撃破してくれたおかげでほかの機体も損傷が少なかったため、続行することにした。もっとも、お前とボーデヴィッヒは失格だがな」

「……やっぱりか」

 

 ある程度予想はしていたこととはいえ、やはりショックだ。

 

「わかっていたのか?」

「……こっちはアンタの弟と違って頭の回転は悪くないんでな。で、何で失格になったんだ? まさかあの爆発が原因って言うならば、いくら何でも異議を唱えさせてもらうが?」

「ボーデヴィッヒが起こしたのがただの暴走ならばまだ良かったんだがな、あれには少々厄介な―――」

「———VTシステム。確か君のデータがあるんだっけね?」

「轡木さん!」

 

 晴美さんが言ったのはよほどまずい物なのか、織斑先生が制止する。

 

「別にいいでしょうが。大体、誰が君のコピーを止めた? それもたった一人で」

「……だが、あのシステムは―――」

「君の技術なんて彼に合っていないだけでなく、そもそも彼は欲しがらないぞ? 君は彼にしてみれば典型的すぎるからな」

 

 はっきりと言いきる晴美さん。これが年の差に生じる経験の差というものだろう。

 

「それに、彼には聞く権利があるはずだと思うがね」

「……良いでしょう。桂木、あのシステムはな―――」

「とりあえず、アンタのコピーは作らない方が良かったな。ウザすぎる」

「………」

 

 正直なところ、さっきの会話だけで誰のコピーかはわかったしな。驚いている様子から見て、織斑千冬は俺にはわからないと思っていたのだろうか。心外だ。

 

「……VTシステムと呼ばれる各国のどの場所でも研究・開発・使用が禁止されているものが、ボーデヴィッヒの機体に仕組まれていたようだ。どこかの馬鹿が跡形もなく吹き飛ばしてくれたおかげで残骸の一部からそういう情報を手に入れただけだがな」

「こっちとしてはボーデヴィッヒとコアを破壊しなかっただけで評価どころか謝礼を求めたいがな」

 

 まぁ、個人的にはあの技をやるなら今しかないって思いがあったが。だって回転しながら宙を進んでいるだぜ。

 

「で、そのボーデヴィッヒはどうなってんだ? サードアイで場所はわかったから避けて攻撃していたが?」

 

 ただし、パイルバンカー以外は普通に当てていたが。

 

「重傷だが、幸い痕が残るような傷はない」

「そいつは良かった。アンタみたいな手遅れな喪女と違ってアレは磨けばいい女になる」

「………桂木、最近一言多いぞ」

「そっちだって命令と暴力の負の権化じゃねえか。そんなんだから女尊男卑思考の哀れなゴミ屑が増えるんだろうが。いい加減自覚してくれ」

 

 そう返すと織斑先生はため息を吐いた。

 

「ともかく、お前たちの代わりに織斑とデュノアが二回戦に進むことになった。土曜日まではゆっくり療養してろ。ではな」

 

 そう言って織斑千冬はそそくさと部屋を出ていき、俺と晴美さんはハイタッチするのだった。




次回予告(もちろん嘘)

暴走した暮桜を止めた日から二日が経過した木曜日。学年別トーナメント一年生の部は準決勝を迎える。
Cブロックを勝ち残ったセシリアと鈴音、Dブロックを勝ち残った簪と本音の二組が激突する試合を見に来た悠夜は、ただその様子を見守るのだった。

自称策士は自重しない 第41話

「この中に、量産型がいる」

高機動ランドセルを背負い、生き残れ本音!







ということでVT戦はなんとか40話で終わらせました。だけどまだまだ続くんだなぁ、これが。
まぁ、ここまで来たら2章ももうすぐ終わりますよ………たぶん。


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#41 この中に一機、量産型がいる

 唐突にそんなことを言う晴美さん。俺たちは長方形の机で食事しているため、右隣に朱音ちゃん、そして朱音ちゃんの前に晴美さんが座っている状態だが、朱音ちゃんの動きが止まった。

 

「お、お母さん? 何でそんなことを言うの?」

「だって面白そうじゃない?」

「そんなことで敵に塩を送らないで!?」

 

 という会話があって、現在は寮の自室前。

 ここまで何人かとすれ違うたびに変な視線を向けられているが、やっぱり昨日のMAP兵器が原因だろうか。

 

「見て、爆弾魔よ」

「何で学園はあんな危険人物を放置しているのよ。検挙しなさいよ!」

「学園の至る所に爆弾をセットしているんでしょう?」

 

 もうそろそろ爆弾関連の二つ名が付かないかなぁと期待してつつドアを開けて中に入ると、そこには何故かバスタオル姿一枚の布仏先輩がいた。

 

「……おはようございます。先輩」

「……おはようございます」

 

 俺は冷蔵庫を開けて置いてあるはずのコーラ0を探す。……気のせいかな? ちょっと減っている気がするが。

 

(ま、いいか)

 

 そう思って俺はゲームするためにクローゼットの方に向かい、送ってもらってからそのまま入れているゲームを探す。

 

「———って、何でいるんですか?!」

「え?」

 

 ここ、俺の部屋のはずなんですけど!?

 そんなことを思っていると、奥から更識の声が聞こえた。

 

「どうしたの虚ちゃん。何かあった?」

「待ってくださいお嬢様! せめてタオルを巻いてください!」

「わ! ちょ、そこだめ! あっ―――」

 

 女二人でくんずなんやらをしているのだろうと思った俺は、ただひたすら無視を貫くことにした。せめて俺のアレが早く静まってくれることを祈ろう。

 

(更識にも甘えたいこともあるってことは)

 

 ま、俺は理解ある方だからいいけどさ。……でも女尊男卑社会になって以降、レズが増えたからなぁ。あの二人がそんな類なのは正直困る。

 

「なぁ! キングダ○ハーツと仮面ライ○ーカ○ト、どっちが俺の戦闘スタイルに似てると思う!」

 

 やっている最中に尋ねるのはマナー違反かもしれないが、第三者の方が知っているだろうから尋ねると、

 

「それって今聞く!?」

「仕方ねえだろ。こっちはこれから暇なんだから」

「それもそうだけど……」

 

 見ないようにしてそう答える。本当は見たいけどね。何事も節度が大事だ。

 しばらくすると二人の発情も収まったようで、どちらも行く準備をしている。

 

「そういえば、どうして布仏先輩がこんなところに泊まっていたんですか? もしかして更識が幽霊か何かに怯えて―――」

「桂木君は、私が幽霊なんかを怖がる女と思ってるの?」

「怖がっていましたが、どちらかと言えば桂木君に対してです」

「虚ちゃんに裏切られた!?」

 

 つまり日頃の行いが悪いんだろう。

 

「……あの、俺って怖がる要素あります?」

「率直に言いますと、やはりその眼鏡と長い髪ですね。暗い中でいきなり肩を叩かれて振り向いたらそんな状態ならば、私でも声を上げます」

 

 先輩、俺にも言葉…もとい、言刃(ことば)を向けてません?

 

「そういえば、先程桂木君は「これから暇」だと仰ってましたが、どうせならばニ、三年生の試合を見てはどうでしょう? 学年別トーナメントは強制参加ですが、二、三年になると操縦科と整備科に分かれるので必然的に一年生の進行が遅くなります。なのでおそらくあなたが楽しみにしていると思われる、CブロックとDブロックのブロック優勝者同士の戦いまでじっくり勉強できますよ」

「………確かに」

 

 視線を逸らしながらそう言うが、ああいうのは戦ってこそ実力が付くと思う。

 ちなみに俺が黒鋼であそこまで戦えるのは純粋に気持ちの問題だ。打鉄とかラファール・リヴァイヴならば「兵器」として見てしまうが、黒鋼ならば「遊び」と見てしまうのだ。

 

「桂木君、今、「戦闘は戦ってこそ」って思ったでしょ?」

「………」

 

 更識! お前どうして黙ってられないんだよ!?

 

「でも虚ちゃん、虚ちゃんの言うことも一理あるけど、黒鋼が修理されるまで桂木君には室内にはいてもらうわ」

「………え?」

 

 思わず俺は自分の指を見ると、そこにはあるはずの黒鋼の待機状態———黒曜石の指輪がなかった。

 

「気付いていなかったの?」

「あるものだと思ってた」

「ともかくそういうことなの。悪いけど桂木君には黒鋼の修理が終わるまでここにいて。必要なら私たちに連絡してくれればいいわ」

 

 真剣な顔でそう言った楯無に俺は頷き、大人しくこの部屋にいることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜を部屋に置いて楯無と虚はそれぞれの荷物を持ち、自分たちの持ち場に向かう。

 二人はどちらも有名で、道を歩くたびに注目されることが多いが、シュヴァルツェア・レーゲンの暴走によってその日に行われる試合に緊張してか、もしくは二人が歩いている時間が7時過ぎということもあって人がいないのか、ともかく二人がゆっくりと会話できる空間となっていた。

 しかし二人は「更識」が独自に持っている通信システムを使って話をしていた。

 

「お嬢様、轡木さんが私たちに言っていた「賭け」の件、彼は知っていると思いますか?」

「……多分知らないわね」

 

 二人は学年別トーナメントが行われる前日、十蔵が国家の首脳たちに悠夜の成績のことで賭けをしたことを聞いている。それは本人があずかり知らぬところで行われていることであり、悠夜が圧倒的に不利な立場の賭けだ。

 

「だからこそ、彼に外に出ないように言ったのよ。もし出たら、他の国の護衛が行動する可能性も捨てきれないし、努力本人の前では言えないけど彼の生身の戦闘能力じゃ本格的に鍛えている人たちに勝てる見込みはないわ」

 

 そういう楯無だが、彼女は一つだけ気になっていることがあった。

 

(もしかしたら、昨日の状態ならばあるいは……)

 

 昨日の状態とは、最後に暮桜を消した刀を使った必殺技のことだ。あの攻撃を楯無はかなり評価していた。

 

「でも虚ちゃん。彼の前では賭けのことは言わないで」

「わかりました。……で、そろそろ聞きたいことがあるのですが」

「何かしら?」

 

 虚は笑顔を楯無に向けて改めて聞いた。

 

「私をあの部屋で泊まるように言った真の目的は何ですか? 寂しいという理由ならば、いくらあなたでも引きますが」

「……ちょっと試したいことがあったのよ」

「試したいこと、ですか」

「ええ。桂木君があなたに対してどのような感情を持っているかをね。簪ちゃんはともかく、私たちは今までわざと彼と接点を持ったわ。けど、周りはそれを良しとしなかった。本音ちゃんはクラスメイトだから接点は多く持てるし、私が護衛目的で泊まっているならそれなりに慣れているかもしれないけど、虚ちゃんは学園が二つもあってあまり接する機会がない」

「………だから、あまり接点がない女性に対してどれだけ本性を出すかを確認したかったのですね?」

 

 楯無はいつも懸念していることがある。「慣れている自分たちならばともかく、もし桂木悠夜があまり接点を持たない女性に対してどのような反応を取るか」と。

 これまで悠夜は学園の生徒や教師に嫌というほどあらぬ疑いをかけられ、罰せられてきた。そんな悠夜が将来社会に出たら、当然待っているのは女尊男卑社会。そんな中で悠夜は本当に渡り歩けるのか、楯無は心配なのだ。

 頷く楯無を見て虚は笑った。

 

「随分と献身的なんですね。もしかして、彼に惚れました?」

「そうじゃないわよ。どちらかって言えば手のかかる弟」

「ということは、いずれ義弟になる日も近い……と」

 

 虚がそんなことを言うと、楯無はからかいとわかってはいるが思わず反応してしまった。

 

「簪ちゃんにはまだ早いわよ! でも、正直気になるのよね。簪ちゃんって桂木君のことが好きみたいだけど、恋愛感情もあるみたいだけどそれ以外もありそうなのよ」

「……そうですか」

 

 虚がそう返した時に二人はちょうど分岐点に着く。まっすぐ行けば更衣室に行くが、虚のような整備科はあらかじめ着てくることが多い。そして虚も既に着替え終わっており、このまま曲がって整備室に向かう予定だ。

 

「では、ここでお別れですね」

「そうね。じゃあ、また後で」

 

 そう言って更衣室に向かう楯無の背中を見送りながら、虚はその姿を温かい目で見た。

 

(……やっぱり、まだあなたは気付いていないんですね。彼の真の価値を)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから二日経った。

 どうやら更識曰く一年生は試合に30分の制限時間を設けたようで、試合のサイクルを早くしたらしい。ここ数日虚さんが部屋に泊まるので俺に愚痴をこぼしていた。

 虚さんといえば、彼女は元からそのポジションなのか俺のベッドによく入っては俺を抱き枕にする。ありがたいことなんだが、そういうこと関してデリケートに俺にとってはかなり苦痛だ。

 

「どうしたんだ、桂木」

「……いえ。なんでもないんです。あなたの左隣以外は」

 

 そして現在、木曜日の夜にCブロックとDブロックでブロック優勝を果たした二組による準決勝を行われようとしていた。ちなみにこの試合の前にはAブロックとBブロックの優勝者が戦っていて、Aブロックの織斑・デュノアペアが決勝に進出していた。わざわざ処刑されに行くようなものである。

 

「でだ、桂木はどっちに入れたんだ?」

「ああ、賭けですか? 即決でDブロックのペアに有り金すべて入れました」

「お前もか! 実はオレもなんだよ」

 

 と、俺の左隣に住むダリル・ケイシー先輩が言うと周りは驚いた声を上げる。

 ちなみにだが、何故かこういうイベント事の裏では結構賭けが行われている。主に更識のせいで、だ。生徒会長は模範的な態度でいるべきだと思ったが、どうやらそれは昔の話らしい。

 そして今回の賭けはCブロックから上がってきたオルコット・凰ペアが相当人気のようで、Dブロックの簪・布仏ペアは不人気だ。というのも簪は結構逃げることが多く、ここまで本音の力で上がってきているからだろう。「専用機持ちのくせに」という理由が多い様だ。普通に考えろ。簪は絶対に手を抜いている。

 

「今回も稼がせてもらうぜ」

「何を言っているんですか、先輩。稼げるところに入れているのに稼げないわけないでしょ?」

「どうッスかね。楯無の妹の戦い方って逃げ一方じゃないッスか。どこかの誰かみたいに」

「氷の第三世代兵器の癖にマヒャ○ドスを知らず、楯無にそれをばらされて決勝で負けたからってすねないで下さいよ、フォルたん先輩」

「ふぉ、フォルたん!? 後輩の癖にそんな呼び方で呼んでたんッスか!?」

 

 心外だと叫ぶフォルたん先輩改めサファイア先輩。文句は身長が低い自分に言え。

 

「落ち着けって二人とも。っていうか何だそれ。ゲームか?」

「結構常識の話ですよ。ドラ○ンクエ○トっていうゲームに出てくる魔法の一つです」

 

 そんなことを言っていると、俺の視界が塞がれた。

 

「後ろの正面、だーれだ?」

「痴じょ―――」

 

 開放されたかと思ったら頭をグリグリとされました。

 

「全く。冗談にもほどがあるわよ」

「大丈夫か、桂木」

 

 そう言いながらケイシー先輩が俺の頭をなでる。

 

「あの、周りに人がいますから……それとフォルたん、そんな嫉妬な眼差しを俺を見ないでください」

「とうとう「先輩」すら言われなくなった!?」

 

 だって身長が小さいし、どちらかと言えば猫耳とか付けた方が似合うと思うし。

 

【長らくお待たせしました! これより、準決勝第二試合―――セシリア・オルコット、凰鈴音ペアVS更識簪、布仏本音ペアの試合を行われます。選手は入場してください】

 

 その指示に従って二組四人の生徒たちがフィールド内に現れ、凰が前方でオルコットが後方。それに対して簪たちは布仏が前方で簪が後方という布陣だった。

 学年別トーナメントにはいくつかの規定がある。ルールは基本的に一般のISルールに則られるが、今回は専用機持ちの数が多いので分散するのではなく敢えて組ませ、他の訓練機がそれをどうやって攻略するかを試されるため、専用機と当たる訓練機同士のペアは特殊装備の使用許可がでる。ラファール・リヴァイヴで挙げるならば、「クラッド・ファランクス」と呼ばれる25mm7連砲身ガトリング砲4門を備えた追加装備が認められるのだ。そして今回の専用機持ちと組んだ訓練機の場合はその特殊装備の容量には多少の制限がかかる。ちなみに相手が訓練機同士だった場合ならば、専用機と組んだ訓練機は特殊装備は付けられない。

 簪が入場するとブーイングが周りから飛ぶが、俺は簪が装備するISに対して戦慄した。

 まず後ろに浮いている大型ウイングにところどころ穴が開いているし、一番上には何か収納している。しかも黒鋼と同じように荷電粒子砲を腰部に装備しているし、一見すればフリー○ムを彷彿させるが、俺としては両肩に装備されている大型の盾だ。ウイングを外して一番上に収納しているのを両肩の上に置けば以前彼女が使用していた嵐波である。

 

「なぁ、布仏。お前の妹が使っている打鉄の装備って新しい奴か? 見たことないタイプなんだが」

「さぁ。確かに見たことがないタイプですね」

「あれは高機動型パッケージですね。たぶんスペックが一緒ならば両肩にミサイルが装備されているはずです」

 

 そう説明すると、ケイシー先輩から感心された。

 

「よく知ってるなぁ」

「まぁ、アニメだけ見ているならあれは単なる標準装備だって思うほどですからね」

 

 ハイパーセンサーを起動させ、布仏が装備しているパッケージを検索すると、「アードラー」と出た。あの科学者とは関係ないと思いたい。

 すると布仏を前に出した簪が俺を見て、口パクで言った。

 

《ソコデ、ミテイテ》

 

 カウントダウンが始まる。それが0になった瞬間、大木……いや、大木剣を展開した布仏が特攻した。

 

「はぁあああッ!!」

 

 凰が前に出てそれを受け止め、後ろからビットが布仏を狙って攻撃した。

 

「…迂闊だな」

 

 思わずそう呟いてしまう。

 

「本音、下がって」

 

 淡々と簪が指示を出すと、本音はそのまま下がる。入れ替わるように簪が前に出るが、それを妨害するように《龍砲》が唸った。

 

「いっけぇえええ!!」

 

 だが簪はわかっているかのように回避し、ビットからのレーザーを捌き、両肩横に装備している大型シールドから何かがのぞいた。

 そこからミサイルが大量に発射され、オルコットと凰に向かって飛ぶ。二人はそれを迎撃するが、間に合わず何本か食らっていた。

 凰たちは何か打ち合わせているようで、凰は簪の前に、そしてオルコットが布仏の方へと移動するが、

 

「リンリンのおっぱいはまったくな~い!」

 

 布仏のその言葉に凰は動きを止めてしまう。

 

「鈴さん、落ち着いてください。これは向こうの罠―――」

「リンリンにブラジャーはいらない! リンリンには保護するようなおっぱいはまったくなーい! 私はあるけどね」

「ぶっ殺す!!」

 

 まさしく鬼の形相だった。

 凰は目の前にいる簪を完全に素通りし、布仏めがけて一直線に向かっていった。

 

「り、鈴さん!」

「……クス」

 

 凰の後を追おうとするオルコットを簪は妨害し、行かせないようにした。

 

「やってくれますわね」

 

 おそらくオルコットと凰がそれぞれ布仏と簪を狙ったのは、得意な距離を潰そうとしたのだろう。だが、二人はそうさせないようにした。

 

(何か理由があるのか?)

 

 簪の対応の早さはよく知っているつもりだが、簪の機体は斬撃も得意のはず。もしかしてこの機体には積んでいないのか?

 

(いや、さすがにそんなわけがないだろ)

 

 そう思っていると、簪の周りには俺がよく知る武装が浮いていた。それを見た俺は簪が布仏に凰を任せた理由を悟った。

 

(こいつ、オルコットを精神的に殺す気だ!!)




次回予告(予定通りに起こるのはアニメだけである)

鈴音を怒らせ、こっちに引き寄せた本音は時間を稼ぐために奮闘を試みる。
そんな中、セシリアと対峙する簪は、同じ射撃型としての実力の格差を見せつけていた。

「自分の土俵でしか戦えない雑魚が、悠夜さんを侮辱するな」

 自称策士は自重しない 第42話

「粉砕されるプライド」

 その悪魔を容赦なく穿て、荒鋼








切りがよかったのでここで区切ります。もう少しお待ちください。


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#42 粉砕されるプライドと理性

「おらおらおらおらぁッ!!」

 

 弱点という傷口に塩だけでなく唐辛子を容赦なく塗ってきた本音に鈴音は容赦なく猛攻を加える。本音はそれを最小限の動きで回避していた。

 

「死ね死ね死ね死ね死ね!!」

「どこ狙ってるの~、ドペチャパイおねえちゃん?」

「ウガーッ!!」

 

 女として出してはいけないであろう雄叫びを上げる鈴音。だが次第に攻撃はおおざっぱとなり、近接を得意とする本音にとってはそれは容易に避けやすかった。

 

「かんちゃんには足止めだけを頼まれていたけど、面倒だからやっちゃうね。いくよ、バーサクーブレード」

 

 途端に本音が持っている大木剣から黒い何かが出てきて、本音はそれを容赦なく振りぬく。その光景に土壇場で正気に戻った鈴音は《双天牙月》で防御したが、見事にそれらを吹き飛ばされる。

 

「アンタ……今の、何?」

「二次元の中に秘儀があり、だよ。リンリン」

 

 本音が持つ《バーサクブレード》はとある英雄が持つ武器を元に作成した近接武装だ。後ろの「アードラー」もだが、この武装も悠夜が持つ「アビリティーブレード」《蒼竜》と同種である。もっともこれは内臓されているエネルギーで使用する、謂わば量産を主軸にしたものだ。

 

「アンタ、悠夜と一緒にいすぎて趣味が特殊すぎてない?」

「未だにあのゲームを何度もやり直している人に言われたくないな~」

「―――!?」

 

 鈴音が心当たりである悠夜の方を見た瞬間、本音がそこから距離を話してアサルトライフル《焔備》を展開、発射する。

 

「容赦ないわね、アンタ」

「こっちとしては結構手加減しているんだけどね~」

「……いいじゃない。だったら本気を出させてあげるわ!」

 

 鈴音は《龍砲》を起動させ、連射して本音を襲わせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音が鈴音を引き付けているとき、セシリアは簪を何とかして振り切ろうとしていたが、まるでそれを見越しているかのように簪はセシリアを妨害していた。

 

「そこを退きなさい」

「だったら先に私と倒せばいい。まぁ、あなた程度の実力じゃまず無理だけど」

 

 はっきりと言う簪にセシリアは怒りを見せる。

 

「言ってくれますわね」

「うん。機体スペックと操縦者スペック。どっちも私の上。ま、精々私を楽しませてね。サーカスレベルの代表候補生さん?」

「お行きなさい!」

 

 セシリアはビットを飛ばし、マニュアル通りのビット操作を行う。簪はそれを回避するが何度か攻撃を当たってしまった。

 

「どうやら言うほど大したことはないようですわね。ならば、フィナーレです―――」

 

 瞬間、簪の周囲に浮いていたセシリアの青いビットが2基破壊される。あまりに唐突な出来事だったからか、セシリアも、そして観客も唖然としていた。だがセシリアはすぐに正気に戻ったようだ。

 

「……待ってくださいな」

 

 その言葉に簪は首を傾げるが、すぐにセシリアが何を言わんとしているのか理解した。

 

「どうして……どうしてあなたがそれを持っていますの!?」

 

 今、簪の機体の周りには四つの小型武装が浮いていた。それは黒鋼の《サーヴァント》と同じ形をしているが、灰色の機体色に合わせてか、灰色に塗られている。

 

「私の「風鋼(かざがね)」は黒鋼と同じ開発場所だから、別に不思議ではない」

「……そ、そうでしょうが……」

「それに、地区予選レベルでしかないあなたのビットを壊すのなんて、別段難しくはない。むしろ、世界レベルの私にしてみれば児戯同然」

「―――!?」

 

 流石のセシリアもこればかりには怒ったようだ。

 

「わ、わたくしの操作が児戯ですって!?」

「そんな自覚なかったんだ。大体、悠夜さんが8本動かしている状態で自分の機体も動けているのに、4月に悠夜さんを侮辱したあなたはそんなことをできないの?」

「そ、それは……」

「おかしいよね? だって、あなたにしてみれば悠夜さんはあなたよりも下のはず。なのに、あなたにはできないことが悠夜さんはできる。どう考えてもあなたの方が下じゃない」

 

 さっきまでの落ち着いていた簪は既にいない。それは観客席にいる楯無や虚、そして悠夜は気付いていた。

 

「そ、その………」

「それとも、今も下だって思っているの? だとしたら―――それこそ何様?」

 

 簪から放たれ始めた殺気がセシリアを襲い、委縮させる。

 

「それに忘れているようだから教えてあげる。これまでの事件、確かに織斑君も解決しているけど、結局やあなたや凰さんを交えてでしょう? でも、悠夜さんは単独。そして今回の暴走事件もそう。結局解決したのは悠夜さん単騎よ。そんな彼にあなたが―――ううん、観客席にいる人たちが何人勝てるかしら? もちろん、2年生と3年生も含めてね。ま、黒鋼を持ってしまった悠夜さんにたった一人で勝てるのは、織斑先生か生徒会長、そして私ぐらい」

「……よくもそんなこと言えますわね」

「だって私は自信があるもの。あなたたち一般人と違ってね」

 

 するとセシリアは残っているビットを引き寄せて戦闘状態に入る。

 

「良いですわ。だったら―――その自信を折ってあげましょう」

「頑張って」

 

 他人事だと言わんばかりに返す簪の物言いに眉を顰めるセシリア。簪は二つの玉をセシリアに投げる。

 セシリアは自身のレーザーライフル《スターライトMk-Ⅲ》で撃ち抜く。するとその玉が爆発すると共にそこらに煙を発生させた。

 そしてその煙は本音と鈴音の方へと影響し始め、鈴音は素早く上昇する。同じく上昇したセシリアはすぐに鈴音と合流した。

 

「大丈夫ですか、鈴さん。先程は随分と荒ぶられていたようですが」

「そういうのは後よ。戦っている内に目を覚ましたけど、あの二人を倒せば決勝は楽勝だと思った方がいいわ」

「何を言って―――」

 

 セシリアは途中で言葉を切り、ハイパーセンサーに映るロック警告音に意識を向けた。

 

「煙の中でわたくしたちの場所がわかったんですの?」

「おそらくそうじゃない? 信じられないけど―――」

 

 セシリアと鈴音は反射的にそこから離れると、ミサイル群が通過して規定位置に張られているバリアにぶつかり、爆散した。すると同時に本音が煙の中から現れてセシリアに向かって飛ぶ。

 

「させませんわ!」

「させないわよ!」

 

 セシリアはビットで、鈴音は《龍砲》で本音を妨害するが、《バーサクブレード》の大きさを利用して防いだ。しかし、セシリアだけはビットで牽制するが、それを防ぐために煙の中から一筋のビームがセシリアに襲い掛かる。

 

(下から援護———煙がもうほとんど晴れているなんて―――)

 

 その隙がまさしく命取りだった。

 本音はセシリアの懐に入った―――しかし、彼女の手には《バーサクブレード》がない。

 

「得物を持たずに懐に入るなど―――」

 

 だが、本音はそれでいいのだ。本音はすぐさまセシリアの胸部―――双丘(おっぱい)を掴んだ。

 

「な、あなた、何をしていますの!?」

「ゆうやんが言っていた。生物すべてのデリケートな部分は弱点だと」

 

 そして本音は叫ぶのだった。

 

「見て見て! ここに私より巨乳の人がいるよ! ど貧乳おねえちゃん!」

 

 ———ビシィッ!

 

 その空間は凍り付き、鈴音は静かに二本の《双天牙月》を連結させた。

 

「……あの、鈴さん……?」

「セシリア……」

「何でしょう?」

「神様って、不公平よね?」

 

 いつの間にか下げていた顔をゆっくりと上げる鈴音。彼女の瞳には光がなく、その二つの目はセシリアのある一点を見ていた。

 

「………あの、鈴さん? まさかそれでわたくしを攻撃するなんてことはない……ですわよね?」

「…………巨乳なんて……巨乳……なんて……みんな……みんな死ねばいいのよ!!!」

 

 《龍砲》が起動するが、エネルギーが充電され始めた。そしてそれが満タンになり、殺意によって錯乱した鈴音はセシリアと本音めがけてそれを発射―――しようとした。

 

 ———ドォオオオンンッッ!!!

 

 だが発射される前にいくつものビームが鈴音を襲い、その攻撃の影響で甲龍のシールドエネルギーが0となった。

 

「ナイス本音。後は下がって」

「りょーかい」

 

 本音は大人しくセシリアを放し、そのまま下へ降りて大型シールド《メガマウンテン》を展開した。

 

「情けをかけたつもりですの?」

「違う」

 

 そう言って簪は一本の近接ブレードを展開した。

 

「ブルー・ティアーズは中距離射撃型。それなのに近接武装だなんて、やはり舐めていますのね」

「……良いことを教えてあげる」

 

 簪はあえて距離を取り、ミサイルを全弾ぶっ放した。セシリアはそれを《スターライトMk-Ⅲ》と2基のビットで撃ち落とした。

 

「私たちの機体……荒鋼と黒鋼の機体コンセプト。あなたたちの専用機は実験機だけど―――」

 

 腰部の荷電粒子砲《春雷》を起動させてセシリアめがけて撃つが、セシリアはウエイトが大きいからか回避し、ビットを飛ばして牽制した。

 それを簪は近接ブレードで防ぎ、お返しと言わんばかりにビットで応戦する。

 

「私たちはそのままの意味での専用機―――だから―――」

 

 今度は簪自身が前に出た。

 

「落ちなさいな!」

「―――距離を選ばない」

 

 飛んできたレーザーを再び弾き、簪はその近接ブレードの銘を叫んだ。

 

「目覚めて、《銀氷(ぎんひょう)》!」

 

 途端に《銀氷》の刀身に水色の一筋の光が射し、エネルギーの刀身として拡大した。

 

「大きくなったところで、当たらないならば意味がないですわ―――」

「そう」

 

 だが、その移動スピードはセシリアの常識を壊した。

 

 ―――当たる

 

 そう予感したセシリア。だが、彼女の予感は外れ、代わりにハイパーセンサーから警告音が鳴り響く。

 

【警告! 全箇所に同時ロックを確認!】

 

 おそるおそるセシリアは後ろを見ると、そこには全射撃兵装を展開してセシリアを狙う簪の姿があった。

 

「……認めたくありませんが、完敗ですわ。降参します」

「そう」

 

 簪はブルー・ティアーズのスラスターのみを破壊した。

 そのことに驚いたセシリアには何かを言おうとしたが、それよりも早く彼女の腹部に《銀氷》が触れる。

 

「あ……が……」

「これでするのはちょっと嫌だけど、あなたに相応しい技で葬ってあげる」

 

 そう言って簪はセシリアの胸部やや左をひたすら、ひたすら突いていく。どれだけセシリアがうめき声を上げようが、ブザーが鳴ろうが、簪は構わず突いた。

 

『もういい! 止めろ更識! 失格にされたいのか!!』

 

 千冬に言われてようやく攻撃を止めた簪。周りからブーイングが飛び交う中、簪はセシリアをゴミのように捨ててカタパルト射出口に降り立ち、先に上がっていた本音の後からピットに戻っていくが、途中で足を止める。

 

「この悪魔!」

「専用機なんて没収されてしまえ!!」

 

 試合が終了した場合、観客席からシールドバリアと言う壁を越えて歓声が飛んでくるように設定されているが、今回はその設定は裏目に出ている。

 その声が聞こえていると普通なら後悔で胸がいっぱいになるだろうが、簪の場合は別だった。

 

「じゃあ、悠夜さんの得意分野で戦いを挑めない雑魚のあなたたちが私に喧嘩を売って来たらどう? その代わり、あなたたちが就職できなくても私を巻き込まないでね」

 

 途端に観客席が黙り込んでしまい、それを楽しそうに、そして冷ややかな目で確認した簪は、

 

「ISがあってこそ女は男の上を行けるってまだわからないブス共が」

 

 一発で思い人に嫌われるであろう暴言を吐き、ピットへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪たちの試合が終わって言えるのは「酷い」という一言だろう。特に最後の簪のあれはもはやリンチでしかない。そんなことをしたところで彼女に対する周りの評価は下降するし、俺だって不愉快に思えた。

 

 ———おそらく、表向きな感想としてはこれくらいでいいだろう

 

 そう。そんなのはジョーク……いや、偽りで飾った世間体を取り繕うだけの理由である。

 

「あ、あんなの……酷いッスよ……」

「フォルたん先輩、それって同族嫌悪?」

「こんな時に何をふざけているッスか!?」

「まぁ、ゲーム関連に関して無知な人ならばそう思いますよね? でも俺は普通だと思いますよ。だってあれ、ゲームの技をIS用にアレンジしただけですもん」

 

 そう返すとサファイア先輩が立ち上がり、俺の胸倉をつかんで無理やり立たせる。

 

「お前はどれだけ根性が腐っているんだよ!」

 

 ………やれやれ。まったく女ってのは大半が馬鹿なのな。

 俺はため息を吐いて説明してやった。

 

「わかっていないようだから説明してやるが、簪はやろうと思えばブルー・ティアーズなんて全壊させれるんだぜ? おそらくああやって痛めつけたのはおそらく本国に返したらただでは済まないことを知っているからだろ」

「………」

 

 そう言うとサファイア先輩は黙り込んでしまう。掴まれた状態だったので無理やり剥がした俺はそのまま簪たちがいるであろうピットに向かう。俺だって彼女に色々と言いたいことがある。

 

「待って、私たちも行くわ」

 

 どうやら更識も布仏先輩もその気のようで、俺たちは三人で簪のピットに向かった。

 

「失礼します」

 

 ピットに入るとそこには織斑先生と山田先生がいて、二人で簪に迫っていた。

 

「退いてください二人とも。彼女に用事があります」

「後にしろ。今はこっちが優先だ」

「どうせ簪がオルコットにした行動だろ? まさかあの程度で機体に制限をかけるって言うんじゃねえだろうな?」

 

 そう言うと後ろで更識が驚き、先輩がやれやれと呆れていた。

 

「まだ決まっていませんが、その可能性は十分あります」

 

 山田先生がそう言ったので俺は鼻で笑ってやった。

 

「そんなことで大の大人が二人がかりで一人の生徒に迫るか」

「桂木君。今回更識さんがしたことは危険行為です。それを「そんなこと」で済ますなんて―――」

「ISには絶対防御があるのに、何言ってんだ?」

 

 そう返すと、織斑先生が眉をひそめて俺に言った。

 

「確かにISには絶対防御がある。だが、更識した行為は正しいとは言えない」

「だから制限をかけるのかよ。アンタら、そんなに贔屓にしている織斑に優勝してもらいたいのか」

「そういうわけではない。だが、更識のした行為は―――」

「だったら四月に日本を侮辱したオルコットは何で問題になっていない? 零落白夜を使ってシールドバリアを壊した織斑もだ。それにボーデヴィッヒなんてこの大会が始まる前に既に学校を辞めさせられているはずだろう。それに、篠ノ之も銃刀法違反で捕まっているはずだし、山田先生が凰とオルコットを倒す前にあいつら、平然と生身の織斑を攻撃したよな? それも十分問題だろうが。それにクラス対抗戦のこともそうだ。アンタがとっとと命令して俺の援護に行かせればこっちは5日も寝ずに済んだんだ。それらを罰せず平然と学園にはびこらせておいて、こっちに近しい簪に制限をかけるなんて、依怙贔屓の何物でもないだろう!!」

 

 別に俺には正義感もないが、最近平然とダメ出しすることが多いな。

 自分でも驚くほど吠えると、意外なことにそれを止めたのは簪だった。

 

「落ち着いて、悠夜さん」

「いや、でも……」

「むしろそうしてくれた方が、オルコットさんにしたみたいにブルー・ティアーズを壊すことを躊躇わずに済む」

「………」

 

 ということは、やっぱりスラスターだけを壊したのは「壊れても問題ない」と思ったからなのだろう。優しいと思えるが、この先のことを考えればある意味悲惨である。

 

「更識、つまり貴様は「手を抜いた」ということか?」

「ええ。でも、正直彼女の物言いはイラつくのでああいう風にしました。仮にもISという兵器を扱っている代表候補生なのにその程度で挫折するならばこの先に操縦者としての大成はないでしょうし、そんなことはどうでもいいので」

「………更識、お前……」

「何か?」

「いや、なんでもない。今回は忠告だけに留めておくが、二度とあんなことはするな」

 

 織斑先生は山田先生を連れてピットを出ていく。

 

「……悪いが簪、俺も言いたいことがあるんだ」

「……何?」

 

 さっきまで織斑先生と対峙していた彼女はどこに行ったのか、簪はビクビクと怯えながら俺を見てくる。

 

「何であれをするなら、前もって相談してくれなかったんだ!! 俺がアルフ○ミィ風に仕上げるのに!」

「……そこ?」

「そこ!」

 

 こう見えて俺は義妹の髪の手入れをしていたから扱いには自信がある。イベントに合わせて忙しい義母の代わりによくヘアアレンジをしていた。

 

「………後ろに回って準備したときに気付いたから」

「……そ、それは無理か………」

 

 ちょっとショックを受けていると、やり取りに一切口を出さなかった三人が会話に入ってくる。

 

「ねぇねぇ、ゆうやん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど~」

「何だ?」

 

 口調はともかく、何故か目のハイライトが薄くなっている布仏。先輩はにこやかに見ているし、更識は先輩の後ろで複雑そうな顔で見てくる。

 

「何でかんちゃんのことは名前で呼んでいるのに、私は名前で呼んでくれないの~?」

「別に布仏の場合は先輩には「先輩」を付ければ問題ないから」

「私も名前で呼んでよ~」

「いや、それはちょっと……」

 

 名前とかで呼んだら親近感が湧くからなぁ。布仏自体は結構可愛いから特に困る。ほら、なんていうか……父性本能が動いてしまうっていうか。

 

「おねがい」

「年頃の女の子がみだりに体をくねらせてはいけません!」

 

 まったく。何を考えているんだこの馬鹿は! 俺は一応思春期の男の子なんだからな。

 

「じゃあ、私のことも名前で」

「そうね。そろそろ私たちもその段階に入っても問題はない―――」

「そこの姉コンビ! さりげなく混じるな!」

 

 というかアンタらはそれぞれの魅力に気づけ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜たちがピットで談笑していると、本音にお祝いを言いに来た鷹月(たかつき)静寐(しずね)谷本(たにもと)癒子(ゆこ)四十院(しじゅういん)神楽(かぐら)は廊下で待機していた。

 

「……なんというか、凄かったわね」

 

 静寐の言葉にほかの2人が頷く。

 3人はさっきの試合を見て簪に対して恐怖を抱いていたが、それでも友人の本音が決勝まで残ったことを祝いに来た。そこで悠夜たちの会話を聞いてしまったが、普通ならば千冬と対峙するだけでも委縮するであろうに、悠夜はむしろ怒鳴り返していたことで彼女らの中で評価が上がっているのである。

 

「そういえば、わたくしはクラス対抗戦の時に外で観戦していた時に所属不明機が現れましたが、いち早く対処したのは他ならぬ彼でしたわ。後はわたくしもそうですが、怯えたり逃げたりという人たちでしたが、今思えばあの時の彼の鼓舞は誰も残らないようにということもあったのでしょうか? あそこでただ罵倒しても敵を作るだけでしたし」

「……確か、月曜日の暴走を桂木君が一人で対処したんだったんだよね?」

「もしかして更識さんって桂木君の評価を変えようとしているのかしら? 彼女自身はかなり評価しているみたいだし」

 

 それから彼女らは当初の目的を忘れてみんなが出てくるまで悠夜の良いところを探し始めたのだった。




次回予告 (もちろん嘘)

無事決勝に駒を進めることができた簪と本音。
そして決勝戦を迎えた翌日。いよいよ簪にとっては恩人であり討つべき敵である一夏と対峙する。

「俺は、お前のやり方を認めない!」
「あなたは私が討つ!」

 自称策士は自重しない 第43話

「交差する刃と刃」

 その二つ名に違わぬ実力を見せつけろ、簪!




ということで、一応簪の無双回。皆様の思った通りの無双を書けたかはわかりませんが、どうでしょうか?
そして虐められた挙句裏切ってしまう鈴音。別に私は彼女が嫌いじゃないですよ。実際、ISさえ出さなければ鈴音は普通に可愛い女の子だと思っています。つまりすべては織斑一夏が悪い(笑)


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#43 ランページ・ガールズ

次回予告では「交わる刃と刃」となっていたな。あれは嘘だ。


 VIP専用の特別ホテルの一室に石原郁江は泊まっていた。

 

(桂木悠夜の一回戦敗退。それに対しての織斑一夏の決勝進出。ここまでは予定通りね)

 

 バスローブ姿でテレビから流れるニュースを見ている郁江はそう思い、ソファーに深く座る。

 

(最初にアレが味方諸共アリーナを爆発させて優位に立たれたのは驚いたけど、学園は良い判断をしたわ。あれが決勝に残っているなんて悪夢でしかないもの)

 

 郁江にとって、悠夜が自分たちを救ったことは「当たり前」としか思っていなかった。

 そもそも郁江にとって悠夜が専用機持ちであること自体気にいらないことであり、持っているのだから救うのは当たり前―――それが彼女の持論である。

 そこまで思った時、彼女のスマートフォンが震え始めた。

 

「……何かしら?」

 

 郁江は応答し、スマートフォンを耳に近づける。

 

『夜遅くにすみません。先ほど、処理を終えたのでそのご報告を』

 

 その言葉に対し、郁江は「そう」と答え、さらに指示を送った。

 

「わかったわ。約束通り、指定の口座に振り込んであげる」

 

 郁江はそう言って持参した赤ワインを一口飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園別トーナメントもいよいよ最終日を迎える。

 アリーナには多学年の生徒もその試合に注目し、この決勝戦だけはリアルタイムでの中継があった。

 既に選手は入場しており、後は試合開始の合図がなるだけだった。

 

「今日はよろしくな、更識さん」

「……こちらこそ」

 

 ぶっきらぼうと捉えられる返事をする簪。開始の合図が鳴るまで待つつもりだった彼女は内心慌てた。

 その心情を知らない一夏はさらに言葉を続ける。

 

「でも、俺はアンタを許さない」

「………何のこと?」

 

 そうは尋ねたが簪自身気づいていた。

 

「セシリアのことだ。いくらなんでも、あれはやりすぎだ」

「……そう? あれくらいのレベルで手を抜くなんていつものことだけど」

 

 簪がそう返すと一夏の顔が「驚き」に変わった。

 

「手を抜く……って……」

「うん。手を抜いていた。あれはただの余興でしかない―――そして、本来ならば楽しくなるはずだったこの時間も、あなたたちが上がってきたから余興に変わった」

「―――なんだよそれ! 俺たちじゃ相手にならないとでも言いたいのか!?」

「………クス」

 

 一夏の発言に簪は笑みで返す。

 それは一夏にとって不愉快なことである。

 

「うん。悠夜さんだったら良かったのに」

 

 するとカウントダウンが始まり、一夏は今回は前に出ている簪を狙う。

 

「だったら、二度とそんなことが言えないようにしてやる」

 

 ―――5

 

「そう。頑張ってね……変態さん」

 

 ―――4

 

「な、何言ってんだよ!?」

 

 ―――3

 

「今思ったことをそのまま言ったまで」

 

 ———2

 

「俺は変態じゃねえ!」

 

 ———1

 

「さぁ、あなたの罪を―――」

 

 ———0

 

「———数えなさい」

「うぉおおおお!!」

 

 カウントがゼロになると同時に一夏はその場から飛び出す。その後ろから姿を隠すようにシャルルも前に出るが、

 

「いっけぇええええ!!」

 

 二人を巻き込んで簪の後ろから本音が《バーサクブレイド》でぶっ飛ばした。

 二人ともそれを咄嗟に反応して防御したが、シャルルは片手で受けたこともあってシールドエネルギーを持っていく。

 

「くっ。大丈夫か、シャルル」

「僕は平気。気を付けて、一夏。布仏さんのあの武器は厄介だよ」

「……じゃあ、悠夜たちと戦った時の方法でやってみるか」

「了解」

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で二人はそう打ち合わせをし、シャルルは本音へ、そして一夏は簪の前に出た。

 

「悪いけど、倒れてもらうよ!」

 

 シャルルは自分の特技「高速切替(ラピッド・スイッチ)」を使い、アサルトカノン《ガルム》を展開した。

 本音はそれを《バーサクブレード》で塞ぐ。

 

「そんな!? じゃあ、これで―――」

 

 今度は連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》両手に展開。先に《バーサクブレード》を破壊しにかかった。

 

「いっくよー!」

 

 本音の掛け声に意思を持っていないはずの《バーサクブレード》が鈴音を襲った黒いオーラのようなものを放つ。

 シャルルは急いで距離を取るが、それよりも早く金属音がして、シャルルの動きが鈍る。

 

「アンカー!?」

「せーの、よいしょ!」

 

 いとも簡単にシャルルの機体を引っ張り上げた本音は飛んでくるシャルルを狙った。

 

「ストレート、ど真ん中~」

 

 ISは絶対防御があるからか、あまり装甲が重視されない傾向がある。そのため所々に生身の部分があるのだ。

 そこを攻撃力が増した《バーサクブレード》で切った場合、零落白夜のような攻撃力がないとはいえ、かなりの威力を発揮する。

 

「うわぁ!?」

「ふふふ……まだまだ続くよ~」

 

 吹き飛ばされたシャルルを未だに繋がっているアンカーを引っ張ると、シャルルは瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って本音の懐ろに入った。

 

「もらった!」

 

 だがそれは一筋のビームによって防がれてしまった。

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 シャルルが本音と戦っている間、簪と一夏も戦闘状態に入っていた。

 

「このっ! クソッ!」

 

 だがそれは戦闘と言うよりも、まるで教官相手に一夏が一方的に攻撃し、手本のように簪が回避しているだけだった。

 

「どうしたの? 一向に当たる気配がないけど?」

 

 その言葉に一夏はイラつき始める。

 

「正々堂々戦ったらどうなんだよ!」

「だったらそう思えるように頑張って」

 

 簪の言葉で観客席にいる約一名の生徒がイラッとしたが、当人たちは戦闘中なので気付くことはない。

 

「なっ!? 戦うなら、正々堂々だろ!?」

「……何で? 本気で戦うか戦わないかなんて、その人の勝手だと思うけど?」

 

 そう返して来る簪に一夏は度肝を抜かれている間、簪はビームライフル《ライトニング》を展開してシャルルを撃つ。

 

 

 彼が物心ついた時には既に両親がおらず、千冬と二人で暮らしていた。その中で一夏は何度か喧嘩することがあったが、そのたびにたった一人の家族である千冬が謝る姿を見て自分が情けなくなってきたため、教師に頼る、知らせるなどして穏便な方法で解決することを選択した。

 

(喧嘩ならともかく、これは違うだろ。それに更識さんは―――昨日セシリアにあんなことをしたのに―――)

 

 ———なんて自分勝手な人なんだ

 

 その思考が一夏の中で占め始め、無意識にそれを一夏は口にしていた。

 

「俺はお前のそのやり方を、相手を舐めているその考えを認めない!」

 

 途端に観客席にいる大半の生徒たちが湧く。よく言った、やってしまえ、と。

 普通ならばこの状況で委縮する。特に簪のような性格をしている人間ならば、間違いなく動きを止めていただろう。そして一夏はその隙をついて切っていたはずだ。

 

 ———だが、それはあくまで昔の話だ

 

「うぉおおおお!!」

 

 一夏は得意の瞬時加速で簪に接近、同時に「零落白夜」を発動させて《雪片弐型(ゆきひらにがた)》を下段から上段へと振り抜いた。

 

「………」

 

 光の刃が簪に届く―――一夏と簪に注目している観客は全員がそう思った。

 

 ———スッ

 

 音もなく簪はフェードアウトし、《雪片弐型》を回避した。

 

「「消音(サイレント)瞬時加速(イグニッション・ブースト)」……でも長いから私は「サイレント・イグニッション」って呼んでる」

 

 瞬時加速にはいくつかの派生形がある。特に有名なのは二次移行(セカンド・シフト)を果たした暮桜で織斑千冬が行った二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)だろう。

 そして簪は千冬とは違う全く違った瞬時加速を見せつけ、その名の通り観客を黙らせた。

 

「ただの射撃型がゲームとはいえ世界大会に行けるわけがないでしょう? 戦術も重要だけど、何よりも私が重視するのは機動力。攻撃力も防御力も大事だけど、機動力がなければ―――攻撃を避けることはできないから―――」

 

 壁ギリギリまで下がった簪はそのまま上昇。二丁の《ライトニング》を右、左、右、左……と交互に撃ち始めた。

 

「やっと本気になったか!?」

「それはない」

 

 簪はそう言い切ると二丁の《ライトニング》を左手のを前に、そしてセーフティトリガーを横に倒し、右手のを銃口から連結させる。ロングバレルのライフルとなったそれで目標を撃つ。銃口から飛び出したビームは一夏ではなく、シャルルが展開していた近接ブレード《ブラッド・スライサー》とアサルトカノン《ガルム》を貫通させた。

 その隙に本音が《バーサクブレード》を横にし、全スラスターを稼働させてシャルルに突っ込んだ。至近距離で《バーサクブレード》を受けていたためラピッドスイッチは間に合わず、そのままシャルルはダメージを食らってしまう。

 

「シャルル!!」

 

 簪との距離を離れていたこともあり、一夏はすぐにシャルルのカバーに入る。また瞬時加速を使い、本音の後ろを取った一夏はそのまま《雪片弐型》を上から振った。

 

 ———ガッ!

 

 だが上から振り下ろされた《雪片弐型》は本音に当たることはなく、白式の籠手をいなし、掴んだ本音はそのまま背負い投げをして一夏を地面にたたきつける。普段では見られないであろうそのギャップに観客一同は驚きを隠せず、騒ぎ始めていたが沈黙してしまった。

 だが、本音の猛攻はそれだけでは終わらなかった。

 最も警戒するべきは白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)「零落白夜」。だがそれは《雪片弐型》以外———つまり、無手では発動したことがない。

 それを知っている本音は《雪片弐型》を右手で弾き飛ばし、そのまま右足で一夏を蹴り上げた。

 

「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!!」

 

 打鉄の両腕にアイアングローブ《パンツァーブレイカー》を展開した本音は何度も何度も一夏を殴りまくり、次第にそれは顔面、腹部へと集中していく。簪は腹部に殴られているのを見るたびに「もう少し下」と思いながらも、一夏の援護に入ろうとするシャルルの阻止に入った。

 

「じゃ、邪魔しないで―――」

 

 シャルルは強制的に途中で言葉を切ることになる。

 無音でシャルルに接近した簪はシャルルの腹部にシャルルが持つ《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》とは違うパイルバンカー《リボルブ・デッド》を突き刺したのだ。

 

「ガッ!?」

「私の機体は、ア○トやヴァ○スとは違って距離を選ばない。それと前々から言いたいことがあった」

 

 ———ズガンッズガンッズガンッズガンッズガンッ!!!

 

 6発すべてを使い切った簪はシャルルを蹴り飛ばし、接近しながら予備の弾薬を装填する。

 

「アル○じゃないんだから、パイルバンカー系を使うなら瞬時加速を使ってぶつからないと威力が半減する」

「何の話―――」

「お釣りはいらない。全弾持ってけ!!」

 

 ミサイルを通常のロックオン・システムでぶっ放す簪。

 

「これで!!」

 

 さらに全ビーム砲をシャルルに向け、根こそぎシールドエネルギーを持って行った。

 

【デュノア機 シールドエネルギー全損確認】

「シャルル!?」

 

 アナウンスが聞こえ、観客席からブーイングが起こる。

 だが相変わらず簪への影響はない―――むしろ、

 

「本音、コード・ランページ」

「りょ~かい!」

 

 まるで楽しんでいるかのように笑みを浮かべていた。

 本音は一度簪がいる場所へ下がる。

 

「逃がすか!」

 

 本音を追う一夏。それを阻むように簪のビット《スレイブ》がそれを妨害する。

 

「くそっ!」

 

 練度の高いコンビネーションに翻弄され、一夏は二人の合流を許してしまった。

 

「先行するよ~」

 

 本音はそこからUターンし、ミサイルを発射しながら一夏に接近する。

 一夏はミサイルを自分から引き離そうとするが、さらに本音が発射したものの5倍のミサイルが前方から来たことで、一度止まる。

 

(……今だ!)

 

 ミサイルをギリギリまで引き付けた一夏は上へと瞬時加速で回避するものの、それでも残ったミサイルが一夏を狙う。だがどういうことか、それは簪が破壊した。

 

(え? 一体どういう―――)

 

 まるでその答えを教えるかのように、煙の中から本音が現れる。本音は黒いオーラを発している《バーサクブレード》を横にして突っ込んだ。

 

「いっけぇえええ!」

 

 考えていたこともあり、一夏の動きは完全に止まっていて本音が衝突。そのまま二人は壁に激突した。

 

「ターゲット、マルチロック」

 

 全射撃兵装を展開する簪はマルチロックオン・システムを作動させる。その標準はすべて一夏を捉えており、白式も一夏に警告を発していた。

 

「のほほさん! このままじゃ君も巻き込まれるぞ!」

「それがどうしたの~?」

「フル、バースト」

 

 本音がいるにも関わらず、簪は躊躇いもなく引き金を引いた。荒鋼からミサイルとビームが飛んでくる瞬間、本音は一夏を盾になるように移動する。

 

「え? ちょっ、止め―――」

 

 爆炎、閃光、それらが近くの観客席にいる生徒たちにも別のダメージを与えた。

 

【織斑機、シールドエネルぎ――】

 

 機体状況を把握していたアナウンサーはそう告げようとしたが、それを大声で止めたのは本音だった。

 

「おりゃああああああああ!」

 

 再び《バーサクブレード》の黒いオーラを発動させていた本音はそのまま一夏を攻撃、さらに、

 

「《銀氷》、敵を斬れ……《重雲斬(じゅううんざん)!」

 

 いつの間にか上空に移動した簪は重力で加速し、その威力で一夏を斬る。

 そして二人は同時に対IS用手榴弾を放り投げ、そこから離脱。二人がハイタッチすると同時に一夏の近くで爆発が起こる。

 

【お、織斑機、シールドエネルギー全損。よって勝者、更識簪、布仏本音ペア】

 

 パラパラと、主に本音の友人たちが拍手し始めた時にそれをかき消すかのようにブーイングが巻き起こった。

 

「ふざけてんじゃないわよ! オーバーキルよ! 反則よ!」

「誰があなたたちの優勝を認めるものですか!」

 

 ヒートアップする観客を黙らせようと楯無はISを部分展開する。

 

『そこまでよ。彼女がしたことがどうあれ、先に勝負がついていたのは事実。今は黙っていなさい。それとも、強制的に黙らされたい?』

 

 そしてそれに不満を持ったのは悠夜である。

 

「ちょっと待て。その役目は俺に任せろ。ついでに俺たちが奴らを蹴散らせてやる」

「ならば、会長と桂木君の二人ですれば良い話なのでは?」

「「それだ!!」」

 

 暴走気味の二人にそんな恐怖の提案をした虚は二人に対して制止した。

 

「冗談です。今のあなたたち二人が出れば間違いなく怪我人が出ます」

 

 今にも飛び出そうとする二人の腕を掴んでいるが、二人とも本気で倒そうとしているからか、虚一人ではどうしても引っ張られる形となってしまう。

 

【そこまでにしろ、馬鹿共】

 

 怒気を顕わにした声が観客席すべてに届く。

 

【そこまでして自らの醜態を晒すか。今すぐ第三アリーナで閉会式の準備を行え。優勝は更識・布仏ペア、準優勝は織斑・デュノアペア。以上だ】

 

 通信が終了すると同時に楯無先導で閉会式の準備が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒動が始まりそうだったところを織斑先生が止めたからか、特に何事もなく式の準備、そして内容も順調に終わっていく。もし始まるのだったら間違いなく俺と更識……楯無が背中を合わせながら襲ってくる訓練機を破壊して回っていただろう。背中を合わせているのは、間違いなく俺たち二人では連携を取れないからだ。自己主張激しいしな。

 ここで俺は今回の賞品を改めて確認する。

 

 ———学食デザート一年間無料パス

 

 本来ならばここでも半年無料パスが発行されるはずだったが、クラス対抗戦が流れてその分が足されたようだ。まぁ、ここで優勝できる奴なら早々退学しないだろうしな。

 確認するが、どこにも「織斑一夏と付き合える権利」というものはない。やっぱりアレはデマだったようだ。

 

「———以上で閉会式を終了します。来賓の方は―――」

 

 司会をする虚さんがそう言うと、VIPたちは補修されているVIPルームから退場する。おそらくイギリス関係者は近い内に轡木ラボに何らかのアクションを取るだろうと予想していると、虚さんとは別の声がスピーカーから聞こえた。

 

「ではこれより、「男子争奪戦」を見事勝ち残った更識・布仏ペアには前に出て来てもらいましょう」

 

 ………アレぇ?

 どうして「織斑一夏と付き合える権利」から「男子争奪戦」に名称が変更されているんだ? それならば間違いなくデュノアの方に行くだろ!?

 

「ちょっとー! どうしてあの二人だけなのよ!」

「二年生は!? 三年生は!?」

「一年生だけだなんてずるいわ!」

「ちなみにですが、二年、三年の優勝ペアは辞退したのであしからず」

 

 というか黛先輩。何でアンタが仕切ってるんだよ。そこは普通、楯無がするだろ。

 

(さて、どうやってこの現状を乗り切るか)

 

 織斑をあそこまでディスっていた簪はまずデュノアの方に行くのは間違いない。そして織斑の方には本音が………落ち着け俺。今考えるのはどうやって簪を説得するかだ。いや、もしかしたら楯無から既に聞いているだろうか?

 ちなみに俺がみんなを名前で呼んでいるのは、言うまでもないだろうが半ば強制的にそうするように言われたからである。

 

(楯無たちに託したから言うべきことではないだろうけど、それでもここでそれを伝えて癒した方が……)

 

 まぁ、確実なのは俺の所に来ないことだ。確かに俺と簪は色々と共通的な部分はあるが、こんな容姿の俺に近づいてくる奴なんて護衛かハニートラップしかない。

 自分でもわかるほど半ば暴走する思考で錯誤していると、眼鏡が上がった。

 

 ———チュッ

 

 いつの間にか自分の眼鏡(正しくはIS用簡易ディスプレイ)を外していた簪(髪で判別した)は、俺の唇を塞いでいた。

 

(何故だろう。なんだか落ち着く………)

 

 とか言っている場合ではないな。

 だがまともに唇を塞がれたのは初めてだから、これからどうすればいいのかわからない俺はただ呆然とするしかなかった。

 どれだけしていたのかわからないが、簪はようやく止めて俺の腕を自分の腕に巻く。

 

「私、更識簪は、今回の男子争奪戦に優勝したので桂木悠夜さんと付き合います」

 

 そんな高らかな宣言をしたからか、自然と俺は思考を放棄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その要素を少し離れた位置で楯無は諸に目撃した。

 

(か、簪ちゃん……)

 

 同時に彼女は何とも言えない気持ちになり、自然と自分の胸に拳を当てていた。




次回予告(もちろん嘘)

無事に学年別トーナメントが終わるが、生徒たちにとって不本意な結果に終わる。
そんな思惑は何のその。そして大人たちは激しく動く。

 自称策士は自重しない 第44話

「ロストソウル」

悲しみの中、覚醒せよ、悠夜!








本当は丁度いい区切りで二章を終わらせたかったんですが、もうあきらめました。
そして次回はリメイク前にもあったものですが、多少アレンジを加える予定ですがそれでも無理やり感は拭える保証はありません。


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#44 ロストソウル

私がする次回予告はあくまで「この予定ですよ~」というだけで、絶対にそうだということは限らない。

最近、7000文字というものが短く感じてきた。


 学年別トーナメントが終了し、男たちはIS学園内にある会議室の一室に集まった。いくつか投影カメラとマイクが埋め込まれたスピーカーが設置されているが、それは別件でIS学園にこれなかった者たちが遠くでも通信することができるためである。そしてそれは、十蔵が座る隣にも同じようなものが置かれているが、投影カメラは稼働してない。これらはすべて十蔵の孫の朱音が開発したものである。

 

「さて、本日ですべての試合が終了したのだが……」

 

 チェスター・バングスが笑いながら十蔵に視線を送る。周りの人間も、十蔵の悔しがっている顔を拝もうと視線を向けた。十蔵を無表情を貫いており、周りは内心それを「悔しがっている」と解釈した。

 だがそれは彼らが少し離れて座っているからであり、十蔵の頬はわずかのずれを見せている。

 

「君も知っているだろう。二人目の初戦敗退を」

「ええ。存じておりますよ」

「ならば、これからどうするかわかっているだろうな」

 

 チェスターがそう言うと、その周囲は笑った。

 

「君の負けだよ、ミスター轡木。大人しく彼を私が用意した車に乗せたまえ」

「………おやおや、確か私が賭けに負けた場合、桂木君の専用機を回収して訓練機を渡すことになっていたはずでは?」

 

 十蔵がそう返すとチェスターが鼻で笑った。

 

「所詮、すぐに実験台となり散る命だ。それが早くなったか遅くなったかの違いだろ」

「………なるほど。そういうことですか」

 

 チェスターは最初から専用機の回収などどうでもよかった。少しでも平和という温い環境に置いて警戒を弱めていたが、とある事で悠夜はチェスターの思惑に乗らなかった。

 

「さぁ、早く二人目を呼べ」

『なるほど。話は聞かせてもらったぞ』

 

 十蔵の近くにあるスピーカーから幼子の声が出、周りにいる人間がざわめき始める。当然、そのスピーカーの近くにいた十蔵も驚きを隠せず―――いや、呆れていた。

 

 ———ドンッ! ガンッガンッ

 

 ドアが吹き飛び、何度か跳ねて停止する。その様子を見て十蔵はため息を吐いた。

 

「彼らに対しても呆れますが、相変わらずあなたの行動にも呆れますよ」

「それは褒め言葉かの?」

 

 瞳を輝かせて十蔵に聞く少女をチェスターや周りは何とも言えない表情で見ていた。

 やがてチェスターはその少女に話しかける。

 

「君、悪いがここでは大事な話をしていてね。悪いが出て行ってもらえないかな?」

「その声、つまりお主がさっきから悠夜の身柄を拘束しようとしておる若造じゃな」

(((わ、若造……?)))

 

 少女の言葉に十蔵以外の全員が疑問を抱くが、知り合いの十蔵は用件を尋ねた。

 

「そもそもどうしてあなたがここにいるのですか? いくらあなたがマイペースで破天荒だからとはいえ、学園は立ち入り禁止の場です。わきまえてください」

「いやぁ。雑魚共が家に押しかけてワシを人質にしようとしているのでの。雑魚の相手をすると体が鈍るから重治(しげはる)の家に遊びに行って数か月いるとなんちゃらトーナメントとやらがやっていての。それを最後まで見ると知り合いが優勝したので祝いの品を持って来たのじゃが………あ、ちゃんと菊代の許可は得ているから問題ない」

 

 そう言って少女は来賓者用パスをかざす。

 

「ミスター轡木。彼女は一体何者かね?」

「で、案の定迷ったと」

「うむ。そしたら面白いことを話しているので勝手に盗聴したら何やら悠夜のことを話しておるではないか。ついドアを蹴破って入ってきてしもうた」

 

 チェスターの言葉を平然と無視して会話を続ける二人。周りは戸惑うが痺れを切らしたのかチェスターは机をたたく。

 

「ミスター轡木、今すぐその少女を外へ出せ」

「さっきから思っていたのじゃが、そこの贅肉の塊は高血圧かの? さっきから程度の低い殺気をこっちに放ってきているが、あれで威嚇しているつもりじゃろうか?」

「おそらくそうでしょう。ところで、先程からビールのラベルが見えるのですが、まさかそれを差し出すなんてことはしないでしょうね?」

「ふむ。大丈夫じゃぞ。これは子供でも飲めるビールでの、後で簪と本音に飲ませて発情させて好きな相手を炙り出すという、一風変わった媚薬じゃよ」

「……………」

 

 テレビ放送は決勝戦だけで閉会式は放送されないことになっている。そのため、この少女(?)は簪が悠夜に対して盛大な告白をしたことを知らない。

 それをどう報告しようかと考えている十蔵。だがチェスターが無理やり会話に入る。

 

「確かにそうだな。何も彼だけじゃない。更識簪という少女の許可しよう。それならば文句あるまいな?」

 

 簪の告白を聞いていたチェスターはそのことを思い出して言ったが、少女も十蔵も無視する。

 

「そういえば十蔵、何故悠夜が一回戦敗退になっておるんじゃ? 番組が途中で切り替わった後に結果発表されていたのじゃが、あの場面で逆転できるとはとても思わなかったのじゃがな……」

「実はそれには少し事情が……ちょっと待ってください。何故あの一回戦のことを知っているんですか?」

「男性操縦者が集まったということで放送されていたぞ」

 

 完全に二人の世界に入っている様子を見ている周りは業を煮やし、その代表としてチェスターが叫ぶ。

 

「いい加減にしろ貴様ら! さっきから我々を無視しやがって―――」

 

 ———ドンッ!!

 

 するとチェスターの後ろの壁が凹んだ。

 

「………さっきからうるさいぞ、若いの。貴様らが話しているのは所詮夢物語……しかし先程の発言はいただけないのぉ。まさか簪を巻き込む気とは―――消すぞ?」

 

 思わず黙るしかなかった。

 

「……貴様」

「まぁ、悠夜がどうこうされることに関しては見逃してやろう。じゃあの、若造」

 

 そう言って少女はその場を去っていった。

 

「ミスター轡木。彼女は一体………」

「さて、本題に戻りましょうか。ミスターバンクス。それで賭けの件ですが、どうやらあなたたちは勘違いをしているようですね」

「……ほう。よくこの状況でそんなことを言えたな。賭けはあなたの勝ち? 冗談はほどほどにしたまえよ」

 

 十蔵を馬鹿にするようにチェスターは言ったが、十蔵自身は特に動揺することもなく自分の懐からボイスレコーダーを出して再生した。

 

『今度行われる学年別トーナメント、いや、正式には学年別タッグトーナメントですが、そこで二人目がどれだけの功績を残すかを賭けようではありませんか』

「実はあの時のことを録音していましてね。どうせあなたたちのことなので、証拠は持っていないとと思いまして」

「だがそれが何だと言うんだ! 現にあの男は結果を残せなかっただろ!!」

 

 そうだそうだ! さっさと解剖しろ! と会議室内は騒がしくなる。中は防音措置が施されているので大抵の音は外に出ないが、それは少女がドアを破壊するまでの話だが、彼らはそれに気付いていなかった。

 

「まぁ、確かに()()では一回戦敗退という残念な結果に終わりました。ですが―――」

 

 十蔵は上着の中に自身の右手を突っ込み、出すと同時に今ここにいる人間たちに向けて何かを投げる。それは一つのミスなくこの席にいる男たちの前にある机に刺さった。

 

「……何のつもりだ、貴様」

「彼はあなた方の命を助けた。そのことをお忘れではありませんか?」

 

 トーナメント初日の深夜。全校生徒が事情聴取を受け終わった後に十蔵はIS委員会の人間たちを交えて悠夜とラウラの処遇を決める会議が行われた。シールドエネルギーの残量合計からして悠夜とラウラのペアが上がることになるだろうが、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが暴走したシステムはVTシステムといい、ISでも使用厳禁とされているもので、学園長を除く全員が悠夜とラウラを失格とすることになった。千冬や十蔵は何も言わなかったが、千冬はおそらく「無駄」だと思っていたと十蔵は推測している。だが、十蔵はあの時既に勝機があると踏んで何も言わなかったのである。

 

「……まさかあの時に反論しなかったのは、それを反論材料にするからか!」

「ええ。まぁ、それでも納得しないというならば、全訓練機を使用して桂木君と更識簪さんを襲うように指示し、実力を確かめさせるか、二人にとあるルールを用いて戦わせる予定でしたが。ああ、とあるルールとは「相手を斬滅することを最優先にし、なんでも破壊しても構わない。破壊対象にはアリーナすべてを含む」というものですが」

 

 それを聞いた役員の何人かが顔を青くした。

 そのルールはつまり、将来可能性がある者、スカウト対象の生徒、そしてなにより自分自身すらも危険だと理解したからである。普通の操縦者ならば節度は守るだろうが、一人はアリーナ内に爆弾を仕掛けて味方諸共敵を撃破し、一人は例えアナウンスされようが容赦なくフィニッシュまで攻撃する者たちの片割れである。もっとも、簪と本音は最後がシャルルならばそこまでしなかっただろうが。

 

「そもそも私が提案したのは、トーナメント期間中に何らかの実績を残す。そして彼は教員部隊すらも太刀打ちできなかったVTシステムをたった一人で破壊、さらにあなたたちの命すらも助けている。それを功績と言わず何と言うのでしょう? それとも、あなたたちは一人の特殊能力者を解剖するため、救ったその命を絶ち、家族に桂木君を恨ませ、無駄に家族たちの命を散らせると言うのですか? いえ、そもそもあなたたちに―――自らその命を絶つ覚悟はおありでしょうか?」

 

 ———あるわけがない

 

 その場にいるバンクス派の一人の除いて、男たちは俯くしかなかった。

 

「さて、これで私が賭けに勝ったと思われますが、何か反論はおありでしょうか?」

「…………」

「ないようですね。では、以後桂木君は現状維持。このまま平和な世界を堪能してもらうことにしましょうか」

 

 そう言って十蔵は会議室を出て行き、一人、また一人と会議室を出て行く。

 最後に残ったチェスターはただ負け犬の如く吠えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら俺は、部屋着のジャージに着替えてベッドで寝ていた。髪が濡れているので風呂には入ったようだ。

 

(………記憶がない)

 

 俺の最後の記憶はアリーナ内での閉会式で簪にき……キスを……キスを~。

 

(キスしてしまったんだよな、俺……)

 

 一体何がどういうことなんだろうか? 簪が俺に惚れる? むしろ傷つけた覚えしかないんですけど!?

 

(たぶんこれは夢だな。俺が女の子にモテるはずがない)

 

 そう結論付けるとドアチャイムが鳴る。誰かが訪ねて来たようだが、一応黒鋼を展開できるように準備して外を見ると、外にいるのはいてはいけない人物こと朱音ちゃんだった。

 

(どうしたんだ……?)

 

 ドアを開けると、朱音ちゃんは何も言わずに中に入り、ドアを勢いよく閉める。

 

「……朱音ちゃん?」

「私は本当は外に出てはいけないけど、どうしても祝いたかったから来た」

 

 言う通り、彼女の手には袋が握られている。どうやらそれが祝いの品のようだが、その品をキッチンの調理台の上に置いた朱音ちゃんは俺に抱き着いてきた。

 

「ちょっ!? 朱音ちゃん?!」

 

 着やせするタイプなのか、中学生にしては大きな胸を押し付けられて俺はドギマギする。

 

「……もう決めたから」

「何を!?」

 

 というかこのタイミングで十蔵さんが来たらどうしよう!? 間違いなく殺される!

 

「かんちゃんがああするから、私も躊躇わない」

 

 そう言って朱音ちゃんは自身の顔を俺に向けて―――っておい!?

 咄嗟に躱すが、それでも朱音ちゃんは負けじと俺の顔に自分の顔を近づけて来た。

 

「ちょっ、何をしようと―――」

「お願い。しばらくそのまま顔を動かさないで」

 

 いや、流石にそれは聞けないから。

 ということで顔を逸らそうとすると、俺の―――というよりすべての男に共通する大事なところが触られた。

 

「……ここか」

「いや、「ここか」じゃないから。朱音ちゃん、ちょっと今すぐその手を放して!」

「大丈夫。本で読んだから、後は実践あるのみ」

「しなくていい。そういうのは大事な人にしてください」

「………」

 

 無言で抱き着いて来るだけでは飽き足らず、シャツを脱がせて俺の肌を吸ってくる。

 俺は急いで朱音ちゃんを引き離した。

 

「……ダメ?」

「駄目だ。どうしても、俺がISを動かしてしまえる限りな」

「……じゃあ、キスだけさせて」

「………それは、その……」

 

 いやいや、ダメだろ。確かに俺は中学生とか、そういうのは好きだがそれはあくまで「萌え」の範囲だ。そんな、垣根を超えた関係とか完全にアウトだろ。いや、確かに可愛いけどね―――

 

 ———チュッ

 

 あの、もう、その、ね……どうすればいいんだろうか?

 流石にここまでされて、自分が今どんな状況にあるかくらいは理解できる。俺はあんな唐変木・オブ・唐変木と呼ばれている織斑とは違い、ちゃんとそれくらいはわかる。ただ、どうして俺がモテるか理解できないだけで。だっていくらヒーローみたいなことをしてもイケメンじゃなければモテないし。

 

「大丈夫。今日はこれだけだもん」

 

 そう言ってそのまま出て行ってしまった。

 

(………どうすればいいんだよ、俺は)

 

 急に付き合うことを強要されて、挙句恩人の孫にキスされた。これは良くない傾向にある。

 どうしてこういうことになったんだ。

 

(ともかく、今は寝よう。その方がいい)

 

 そう思って施錠し、ベッドに横になってしばらくするとチャイムが鳴った。

 そこには何故か本音をはじめとするいつものメンツが揃っていた。

 

「……何の用だ?」

 

 パーティ道具を持ってきているようだが、それは本来食堂で行われると思うが……。鷹なんとか……ではなく、鷹月が俺が出て行くと同時に頼んできた。

 

「あの、部屋を貸してほしいんだけど」

「………えっと、それはアレ? 自分の部屋が手狭になったから俺の部屋を明け渡せってことか? もしそうならばこちらとしても考えがあるんだが?」

 

 すると集まった全員が首を振った。

 

「あのね~、みんなが私たちのためにパーティしてくれるんだけど~、食堂は先に別の人たちが借りられてて~」

「………ああ、もしかしてアレか? 織斑たちが優勝するとか思っていた奴らが先に占拠していて、結局負けたから二人の準優勝祝いみたいなのが開かれていて、追い出されたとか?」

「………えっと、前々から気になっていたけど、桂木君ってエスパーか何か?」

 

 どうやら俺の推測通りのようだ。嫌だなぁ、それ。

 

「……まぁ、それなら仕方ないか。ただ、俺だけじゃなくて生徒会長の部屋でもあるから、物色するならそっちにしてくれ」

「かいちょ~も同じようなことを言ってたよ~。ゆうやんの物を物色していいって~」

 

 よし、帰って来たらぶん殴ろう。

 ともかく悪いことはしないという条件で入室を許可した。

 

「あ、先に言っておくけど監視カメラとかは止めておけよ。翌日には分解されて俺の部品の一部となっているだろうから」

「そんなことはしませんよ」

 

 四十院がそう答え、周りは頷いた。

 そして彼女らは本音を俺の隣に座らせ、各々支度する。

 

「しかし、嫌われたもんだな。そんなに織斑が優勝してほしかったのかね」

「ああ、それは二人がアナウンスを無視して織斑君を攻撃したからだよ」

 

 ……谷本がそう説明してくれたが、

 

「ムゲ○ロは相手のHPが0でもゲージが溜まっていれば必殺技が出せるんだが」

「だよね~。それと同じことをしただけなのにな~。相手はおりむーだから問題ないし」

 

 そう答えると一同は動きを止めたが、何事もない風に準備を再開する。

 するとまたチャイムが鳴ったので出ると、今度は簪が現れた。

 

「お邪魔します」

 

 そう言って簪は平然と俺のベッドに座った。

 しばらくすると準備ができたみたいで、祝勝会が始まると同時に俺の私物が物色され始めた。

 

「あれ? エロ本がない」

 

 鏡が勝手に俺のベッドの下をまさぐっている。

 

「そこには段ボールしか―――」

「じゃあ、クローゼットの下かなぁ? うんしょっと」

 

 平然と段ボールを出して中身を物色し始める。

 

「エロ本がないわね」

「非合理的だな。近くにデカいのがいるのにそんな無駄なものを買うわけがない」

 

 したことないけどな。もう3か月になるか。

 

「まさか、会長とそういうことをしているんじゃ……」

「一度もねえよ」

 

 全員は怪しんでいるが、本当に俺はそんなことは一度もしていない。

 

「……私は、信じてるから。慣れているなら、あんな反応はできないはず」

「え? じゃあまだ童貞なの? ヘタレ?」

「大事にする男と言え」

 

 全く。最近の奴らは容赦がない。完全にそういうわけではないと思うが、どうやら彼女らも少しは女尊男卑の影響を受けているようだ。

 とはいえまだこれでもマシな方だろう。

 

 ———プルルルル

 

 寮の部屋に置かれている電話が珍しく鳴った。嫌な予感がして電話に出てみる。

 

「もしもし。こちらは―――」

『桂木君ですね。至急、学園長室に来てください。大切な話があります』

 

 ………大切な話?

 声の主である菊代さんの言葉が震えていたこともあり、嫌な予感がさらにした。

 

「わかりました。すぐに行きます。……では」

 

 電話を切り、ISスーツを中に着るために洗面所に移動し、中に着てその上に私服を着た。

 

「ちょっと外に出るから」

 

 まだパーティをしている奴らにそう言ってとあるデータを閲覧しながら俺は学園長室へと進んでいく。そしてとあるものの確認をした後にスピードを速めた。

 数分すると学園長室に着いた俺はドアをノックする。

 

『入ってください』

「失礼します」

 

 ドアを開けると、そこには菊代さん、織斑先生、そして見たことがない男性がいる。その男性が特に異色な雰囲気を放っている。

 

「お休みの所、申し訳ございません。あなたにはどうしてもお伝えしなければと思いまして」

「……何をですか?」

 

 ―――聞いてはいけない

 

 何故かそんな言葉が脳内に響いた。

 

「あなたのお父様―――桂木修吾様がお亡くなりになられました」

 

 どうやらそれは正解だったようで、俺は菊代さんの口からそんなことを知らされた。




次回予定

父、修吾の死を知らされた悠夜は部屋に戻っていると、見てはいけないものを見てしまう。
一方、その頃デュノア社では大騒動が起こっていた。

「親父は弱かった。だから死んだってだけでしょ?」

 自称策士は自重しない 第45話

 真夜中の襲撃

 そして世界はまた、新たな一ページを迎える。










ということで悠夜の安否と父死亡の話です。地味に修羅場も入れていますが。


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#45 真夜中の襲撃

視点変更多様警報が発令されています


 学園別トーナメントが終了した後、VIP席にいた者たちの行動は様々だった。

 国に帰る者、一泊してから改めて国に帰る者。行動パターンは違えど、男たちにしてみれば今回の試合はともかくそれ以上の収穫はあった。

 だがそれには関係ない人物の一人―――アネット・デュノアはVIP用のホテルで数人のメイドに帰り支度をさせて決勝戦のビデオを見ていた。

 

「大雑把に見えて、そのくせキチンと連携は取れているか……それに引き換え―――」

 

 カメラ視点を変え、今度はシャルルを見る。

 

「もうこの娘はダメね。ジュール、彼女を回収してきなさい。あの写真を見せれば付いて来るでしょう」

「……それはもう無駄でしょう。先程本社から連絡があり、こちらが送られてきました」

 

 そう言ってジュールと呼ばれた執事は写真を渡す。

 

「……これは何かしら?」

「職員の一人が判断を誤ったようで、気が付いた時には既に骨となっていたようです。そしてその男は既に……」

「……そう。ならば代わりとしてアレを回収しなさい。未だに連絡がないようだし、大した成果はないでしょうけどね」

「……わかりました。では、先に別の任務を遂行するとしましょう」

 

 ジュールは懐から拳銃を出し、アネットに向けた。

 

「何のつもりかしら、ジュール?」

「あなたのお嬢様からの命令ですよ。あなたを拘束―――叶わぬならば殺害を、と」

「………なるほど、それは随分な命令ね」

 

 ———パシュッ!

 

 サイレンサーが付いた拳銃から銃口が発射される。だがそれをアネットには届かず、天井に穴を開けた。

 

「せっかく拾ってあげたのに。飼い犬に手を噛まれるとはまさにこのことかしら?」

「拾った? あなたが我々を破滅に追い込んだ、の間違いでしょう? 泥棒猫―――」

 

 瞬間、アネットの周りに粒子が現れ、装甲が展開された。

 

「これだから男は。どうやら一から調教しないといけないようね」

「そうですね。娘を寝取られた哀れなくそババア」

 

 その一言でアネットはアサルトカノン《ガルム》を展開してジュールを撃ち殺す。

 突然の銃音。さらに悲鳴が上がったことで周りは騒然とする。

 

「………まぁいいわ。あの雌犬を回収するのと、リゼットを誑かした男を殺すぐらい一人でできるしね」

 

 アネットはその部屋からISを展開した状態で飛び出し、少し離れているIS学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 その数分後、瓦礫が吹き飛ばされ二人の男性が現れる。

 

「やれやれ。幻術がなければ即死だった。やはり年上の女性に「ババア」は禁句か」

「………ですが、本当に良かったのですか? あなたのお力ならば、一人でもあの女を倒すことは容易でしょうに」

 

 ジュールは一緒にいた男に尋ねると、その男は首を振った。

 

「まだ我々が動く時ではないからだよ。それに、二人目が襲われたところでどうせ返り討ちに合うのは目に見えている」

「……随分と二人目に高い評価をしているんですね。あなたも、そしてリゼット様も―――」

「そりゃそうだろう。あれは―――———だからな」

 

 タイミング良く瓦礫が落ち、その男の言葉を遮る。

 

「さて、我々もここから離れようか」

「ええ」

 

 二人の前に黒い卵状のものが現れ、慣れているのか彼らは平然と中に入る。

 やがてそれは消え、残ったのは荒らされた部屋のみとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、デュノア社での社長室では政府の重役たちが顔を揃えていた。彼らに共通するのはただ一つ、「ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ」を駆る少女を「男」としてIS学園に送り込んだことに手を貸していたからである。

 

「先程、匿名で我々に連絡が入った。「シャルル・デュノアが女ということを知っているな」とな?」

「……なるほど。既に情報がばれている、と」

「一体どうするつもりだ、貴様は―――」

「———相変わらず見苦しいですわね、これだからわたくしはこの地位が嫌なのですわ」

 

 ため息を吐いて男たちを見るリゼット。全員が彼女に注目し、中には持参していたのか拳銃を持っていた。

 

「彼らを呼び寄せたのはお前か?」

「そうですよ、お父様―――いえ、シルヴァン・デュノア」

 

 ———パチンッ

 

 リゼットが指を鳴らすと彼女の後ろから重装備をした人たちが現れる。彼らはフランス軍の特殊部隊であり、ある人物が目的達成のためにリゼットに貸し出したのだ。

 

「ほかにこの作戦に関わっていた重役、そしてその部下の中で知っている者はすべて既に拘束と同時に解雇しました。中には家庭を持っている者もいましたが、まぁ、それは仕方がないでしょう」

 

 はっきりとそう告げるリゼットに対し、シルヴァン・デュノアは尋ねる。

 

「これからどうするつもりだ。我々が逮捕されれば、この会社も、そしてお前も無事ではなくなる。路頭に迷うことすらもあり得るのだぞ」

「ならば最初から別の方法を考えればよろしいのです。わざわざ彼らの弱みを握り、協力させ、スパイを送り込むという馬鹿な真似など」

「我々には、アレ以外の方法などなかった!」

 

 そう断言するシルヴァンに対し、リゼットは冷めた目を向けた。

 

「………どいつもこいつも、私を見下して―――」

「あなたがしたことは、牢で反省しなさいな」

 

 そう言ってリゼットはシルヴァンに近づき、支給された手錠を取り出す。

 だがそれよりも早く、シルヴァンはリゼットに銃口を向け、引き金を引いた。射出された弾丸はまっすぐリゼットを向かうが、リゼットの前で刻まれ、落ちる。

 

「………何だと!?」

 

 事態を飲み込めなかったシルヴァンは驚いたが、すぐに引き金を引く。だがすべて刻まれ、最後は粉々になって落ちてしまう。

 

「何なんだ……何なんだお前は―――」

 

 シルヴァンに近づいたリゼットは拳銃を奪う。それが合図となり、一斉に兵たちは飛び出して重役を取り押さえた。

 

「クソ!」

 

 シルヴァンはリゼットを押して逃げ出そうとするが、その手を掴んだリゼットはシルヴァンを引き寄せ、背負い投げをして頭から落とした。

 

「グファッ」

「まぁ、あなたの馬鹿な頭に免じて本当は顔面を潰したいのですがそれだけで許してあげましょう」

 

 手錠をかけながらリゼットは実の父であるシルヴァンにそう言うと、

 

「絶対に貴様は許さん。復讐してやる!!」

「あらあら、わたくしのご主人様のような強く凛々しい方ならばいざ知らず、以前付き合っていた方を孕ませているのにも関わらず捨ててあのバカなクソババアと一緒になった方は言うことが違いますわね。まぁ、わたくしはあの方に孕ませてもらえるなんて幸せでしかありませんし、むしろ今すぐあの方のところへ行って溜まっているであろうものをすべてぶつけてもらいたいのですが」

 

 シルヴァンの前で平然と欲望を垂れ流すリゼットに、周りは引いてしまった。

 

「ともかく、これからは忙しいですわ! ……それと、どうしてわたくしを助けて頂いたのかしら?」

 

 誰もいないはずの壁に向かってリゼットはそう尋ねると、風が吹き荒れそこに一人の女性が現れた。歳はリゼットと同じくらいか少し上で、緑に近い黄緑色の髪に金色の瞳をしている。

 

「あなたのためじゃない。あなたが死ぬとあの方が悲しむから仕方なく。それに、今ここで死なれたら困る」

「素直でよろしいですわ。これからも仲良くしましょう。同じ方を敬愛する者同士」

 

 そう言ってリゼットは女性に手を差し伸べると、彼女は無視してそこから去っていったがリゼットは満足そうにその後ろ姿を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———親父が死んだ

 

 学園長室でそう聞かされた俺は、この場では特に何も感じなかった。まさか死ぬなんて思わなかったってのが一番なんだろう。

 

「……桂木君、済まない。君のお父さんを護衛していたのは私たち「更識」だ」

 

 会った時から予想していたが、どうやら見たことがないこの人はあの二人の父親らしい。

 

(ということは、おそらくその護衛たちも……)

 

 死んでいる可能性は十分あるだろう。

 

「いえ。こちらこそ、父が迷惑かけてすみません。護衛の方の容態は?」

「………一人は重体。もう一人は幸いとは言い難いが持ち場を離れていたため無事だ」

「……そうですか。それは良かった……とは言えませんね。重体の人には何とか生きてもらいたいです」

 

 そう返すと、更識さんに驚かれてしまった。どうやら俺が取り乱すと思ったらしい。

 

「……それだけなのか、桂木」

「はい?」

 

 突然変なことを聞いて来る織斑先生。一体何だと言うのだろうか。

 

「君の父親が殺されたのだぞ! それも職務怠慢でだ! ならばもっということがあるだろう!!」

「………下らない」

 

 本心でそう返すと織斑先生は驚いて来る。

 

「何!?」

「下らないんだよ、そんなの。職務怠慢? じゃあ何か? アンタは同じ人間である奴らに生理現象を無視して働けと? 確かに油断していたことには変わりないが、だからと言って俺はその人を否定する気にはなれないな。えっと、更識さん。もしお願いを聞いてくれるならば、持ち場を離れた人の裏を探ってもらえませんか? あまり疑いたくないですが、もしかしたら女権団が介入した可能性が高いので」

「……わかった。調査結果は娘から君に行くようにする」

「ありがとうございます。ですが、あまり無理はしないで下さい。もしダメだったならそれはそれで構いませんので」

 

 更識さんにそう言って、今度は学園長へと尋ねる。

 

「それで、話は以上ですか?」

「……ええ」

「では、失礼します」

 

 俺はそう言って学園長室を出て寮の部屋に戻る。

 実際、本当はあの場で色々と吐き出したかったが、だからと言って二人の父親を責めたって現状が変わるわけがない。親父が死んだことは既に決定事項だ。それが今更変わるなんてことは無理なんだが……。

 

(………この癖だけは本当にどうにかしないとな)

 

 考え事をしていると、寮ではなく別の場所に来ていた。見慣れた風景から、そこが保健室だとわかる。

 

(……精神安定剤、あるかな?)

 

 動揺しているし、おそらくここ数日は平静を保てないだろうから寄ったついでにもらっていくことにしよう。

 そう思って進んでいくと、銃声が鳴った。

 

(………また面倒ごとかよ)

 

 ただでさえ一か月に一度はあるのだから、もう少し自重してもらえないだろうか。

 そう思って保健室に向かうと、そこには銀髪の少女と襲おうとしているISがいた。

 

(……面倒だな、全く)

 

 おそらくあの後ろ姿はボーデヴィッヒだな。どうしてISを持っていないのかは知らないが、俺は黒鋼を展開して黒いISの攻撃を防いだ。

 

「———桂木悠夜か。まさか賞金首が出しゃばってくるとはな」

「貴様、何故ここにいる!?」

 

 ………賞金首、ね。どうやらISを動かしたことで裏の世界では指名手配をされているようだ。

 

「ともかく下がれ! 貴様では勝てない!! こいつは私が適合できなかった―――」

「なんとかオージェの適合者?」

 

 後ろでボーデヴィッヒが驚いているが、目の前の女は俺を狙い始めたようだ。

 

「上の命令でその使えないゴミを消しに来たけど、ついでに賞金首を倒せるなんて私ってラッキー」

「俺を倒せる前提で話進めんなよ」

「だって弱いでしょ。弱いからあんな爆弾とかを使うんでしょ?」

 

 挑発なのか、ケタケタと笑い始める。どうやらあの試合を見ていたようだ。

 

「でも意外だったなぁ。なんとなくだけどあなたの方があのメンバーの中で強いと思ったけど」

「………そいつはどうも」

「まぁ、弱いならそこまで本気を出さないでいっか♪」

 

 敵は赤紫のビームサーベルみたいなものを出して俺を斬りかかろうとする。それを《スタンロッド》で受け止めた。

 

「ボーデヴィッヒ。邪魔」

「いいか! すぐ逃げるんだぞ!」

 

 そう言ってボーデヴィッヒは逃げる。

 

「意外だねぇ。あなたに騎士道精神なんてものがあるなんて」

「本心から邪魔だったんだよ。アンタをぶっ飛ばすためにな」

 

 するとその操縦者は笑い、高らかに宣言した。

 

「無理よ、無理。だって私、強いもん!!」

 

 鍔競り合いを中断した相手は俺の動きを止め、左脚部装甲で蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準決勝お祝いパーティの真っ最中だが、シャルル・デュノアは適当に理由を付けて抜け出してきた。彼―――いや、彼女の手には紙が握られており、そこには見過ごせない一文が書かれていたからである。

 

 ———アナタノ秘密、知ってマス

 

 適当に書かれていると最初思ったが、彼女には「性別を偽って転校してきた」という秘密がある。それがばれたら最後、会社は倒産し、自分は牢屋に入るであろうことは予想できるからだ。

 指定された港にIS学園の制服を着た状態で現れたシャルルはそこで待っていると、彼女と同じだが性別が違う制服を着た女生徒が姿を現した。

 

「時間通りに来てくれたわね。シャルル君―――いえ、()()()()()()ちゃん、と呼んだ方が良いかしら」

 

 瞬間、シャルルの背中に冷や汗が流れ始めた。

 

「何のことでしょうか? 僕はシャルルですよ。そんな名前、知りません」

「じゃあ、上を脱いでもらいましょうか」

 

 唐突にそんなことを言われてシャルルは顔を赤くするが、

 

「勘違いしないでもらいたいのだけど、私は別にあなたをどうこうする気はないわよ。あなたが最後まで脱いだら、男か女かわかるから言っているだけで」

「で、でも、男の人でも中には胸が出ている人が―――」

「その時は下を最後まで脱いでもらうしかないわね」

 

 平然と言い放つ女生徒―――更識楯無に対してシャルルは臆してしまう。

 シャルルは父親が用意した教育者に男としてのイロハを叩き込まれた。が、本格的なスパイとしての教育を施したわけではなく、当然ながら自分が裸になれば当然羞恥心は湧く。

 

「……それは……」

「さて、冗談はここまでにして―――」

「冗談だったんですか!?」

 

 思わず大袈裟な反応をするシャルルに対して、楯無は平然と答えた。

 

「だってあなた、織斑君に自分の秘密を打ち明けていたでしょ? 様子からして計算でもなさそうだったし―――」

「ちょっと待ってください! どうしてそんなことを知っているんですか!?」

「情報提供者には内密と言われているので」

 

 「秘密厳守」と書かれた扇子を開いた楯無。それに対してシャルルは焦り始めている。

 

(どうしよう。このままじゃ、捕まってしまう。……この人を倒して今すぐ逃げる? でも、さっきからこの人、隙が―――)

 

 だがそのシャルルの不安を解消したのは他ならぬ楯無だった。

 

「何か迷っているようだけど、今回私はあなたを捕まえに来たわけじゃないわ」

「………え?」

 

 その言葉にシャルルは疑問を感じて首を傾げるが、楯無は構わず続けた。

 

「ちょっと依頼者に頼まれてね。あなたに会わせてほしいって人がいるのよ」

「……そんなの、僕を捕まえに来た言い訳でしょ?」

「———立場上、そう思われても仕方がないがな」

 

 突然の第三者の声にシャルルは驚きを隠せなかった。

 その男はシャルルも知っている人物で、たまにテレビに出ているからである。

 

「………やっぱり、僕を捕まえに来たんですね。クロヴィス・ジアンさん」

「……………それはあくまでも最終手段だ」

 

 そう答えたクロヴィスはシャルルにいくつかの紙を挟んだボードを渡す。そこにはクロヴィスとシャルル―――シャルロットがDNA鑑定によって実の祖父と孫の関係である証書があり、もう一つは養子縁組の記入用紙である。

 

「……ちょっと待ってください。じゃあ、僕とあなたは―――」

「血が繋がっている祖父と孫、ということになっている」

 

 シャルロットはそのことを素直に信じられなかった。何故なら彼女はデュノアに引き取られるまで―――

 

「だって僕は二年前まで……引き取られる前まで「デュノア」とも「ジアン」とも違う「ルヴェル」の姓を名乗っていたんですよ!?」

「それは君の祖母の旧姓だ」

「………そんな……」

 

 その事実をシャルロットにはあまりにも大それたことだったために素直に受け止められなかった。

 

「……だったら、どうしてすぐに……すぐに迎えに来てくれなかったんですか……」

「デュノアが抱えている闇は大きい。故にすぐに見つけ出せなかったんだ。そしてつい最近、君の義妹から接触があった」

「……………」

 

 シャルロットは今まで、自分はデュノアの人間に嫌われていると、そして誰も助けてくれないと思っていた。だが今回のことで周りから接点を持たれ、余計に混乱し始めている。

 

「………これ以上、ここで話すべきではないな。一度私に来てもらえないだろうか?」

「え? あの………」

「そうね。考えてみればここで話すものでもないし。シャルロットちゃん、ジアン事務局長と共に彼の部屋へ―――」

 

 唐突に言葉を切った楯無は二人の前に出てすぐにIS「ミステリアス・レイディ」を展開し、水のカーテンを生成する。

 するとそこにミサイルが着弾し、爆発した。

 

「———見つけたわよ、泥棒猫」

 

 飛んできた場所―――真夜中の空に藍色のカラーリングをした「ラファール・リヴァイヴ」を纏った女性―――アネット・デュノアが滞空していた。




突然姿を現したアネット・デュノア。彼女はシャルル改めシャルロットを狙い、さらおうと企むが、楯無がそれを妨害する。そんな中、二機のISが二人の間に躍り出た。

 自称策士は自重しない 第46話

「吐き出される思い」

 男性IS操縦者が現れる時、物語が始まる。







ということで色々詰めた第45話をお送りしました。


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#46 吐き出される思い

「見つけたわよ、泥棒猫」

「………お義母さん」

「あなたがそう呼ばないで。虫唾が走るわ」

 

 アネットの言葉にシャルロットが傷つくが、楯無は構わず話す。

 

「ISで来るなんて、侵入者として捕まっても文句は言えないわよ」

「あら、この私に勝つ気でいるのかしら? 国を裏切っただけでなく、あんなゴミ男に股を開くあばずれさん?」

「子供を一人生んでいる人がよくもそんなことを言えたわね。それとも、歳を取りすぎて誰にも相手をされないことが悲しいのかしら?」

 

 挑発を挑発で返す楯無に、効いたのかアネットは楯無を睨む。

 

「良い度胸ね。今すぐ殺してあげるわ」

 

 アネットは重機関銃《デザート・フォックス》を展開し、楯無を撃つがアクア・クリスタルから供給されるナノマシンで構成された水でそれらを防ぐ。

 それを下で見ていた二人の前に、虚が現れた。

 

「お二人とも、ここは危険ですので避難します。付いてきてください」

「わかった。行くぞ、シャルロット」

「……うん」

 

 だがその会話を聞いていたアネットがそれを阻止しようとしたが、その阻止を楯無がさらに阻止する。

 

「虚ちゃん。急いでここから離れて」

「わかりました」

 

 虚が先導して三人はそこから離れる。

 

「逃がすか」

「行かせないわよ」

 

 《ブラッド・スレイサー》を展開したアネットに《蒼流旋》で動きを止めた。

 

「しつこいのよ、このあばずれ!」

「そうじゃなかったら、たった数年で他国の国家代表に昇り詰めていないわよ」

 

 ———ドンッ!!

 

 急な爆発が起こり、二人は思わずその場所を見た。

 すると音源と思われる場所には二機の黒いISがおり、

 

(…悠夜君が押されてる……?)

 

 回避が精いっぱいなのか、敵ISに押されている悠夜。得意であるはずのビットも出していない。

 

「よそ見をしてんじゃないわよ!」

 

 アサルトカノン《ガルム》に切り替えたアネットは楯無に発砲するが、一瞥するだけの水のベールを展開し、防いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、悠夜と敵ISは―――

 

「ほらぁ! 逃げろ、逃げろ!」

 

 完全に敵IS「ザーヴェラー・レーゲン」の操縦者に遊ばれており、あの戦いが始まってからまともな攻撃もできていない。

 だが逃げに専念しているからか、まともなダメージを負っていないので未だに勝負が続いていた。

 

(相手はおそらくボーデヴィッヒが持っていたレーゲン型と同等の機体だろうな)

 

 そう推測していた悠夜は一定の距離を保ち、AICの範囲には入らないようにしていた。もっとも、AICならば彼には防ぐ方法があるが、今の悠夜ではビットを動かすことができない。そのことを腹立たしく思うが、原因がわからない以上、無理に使わないことに決めた。

 

「………ねぇ、一方的な展開ってつまらなくない? どうして攻撃してこないの?」

(理由がわからないんだよ、理由が!)

 

 悠夜だって、本当は攻撃をしたい。今すぐにでもこの状況を打開したいが、

 

(………わかっているのは、自分の体が攻撃になると動かなくなることだけだ)

 

 故にずっと回避行動をとり続け、機会をうかがっている状況である。

 悠夜は一度ならず、打鉄を装備していた時は何度も攻撃を躊躇っていたことがある。それはクラス対抗戦の時に起こった襲撃事件もそうであり、同時にあの時から自分がずっと憧れていた状況になってから躊躇わず攻撃することができた。黒鋼に乗ってからはずっとそうであり、故に学年別トーナメントであれほどの爆弾を躊躇うことなく仕掛けることができた。それはおそらく―――黒鋼という自分が想像し、創造していた機体が自分の専用機だからだろう。VTシステムが現した暮桜に勝てたのは、同じ世界覇者であるが故の対抗心だ。

 だが今は以前に戻っている。その原因は悠夜自身は気付いていない。

 

「もしかして、今更になって恐怖が湧いてきたとか?」

「…………さぁな」

 

 だが、その可能性は否定できない。

 改めてそう思った悠夜は内心毒吐く。

 

(……こんなところで、親父の死が影響して来るとはな)

 

 ようやくその原因に気付いたとはいえ、それで悠夜の体の不調がなくなるわけがない。

 そこまで理解した悠夜は目の前の敵に改めて集中するが、がら空きとなった後ろから襲われた。

 

「悠夜君!?」

「………横取りって、随分なことをしてくれるわね」

「仕方ないでしょ? 標的を見失った以上、賞金首に手を出して収益を狙わないと」

 

 ザーヴェラー・レーゲンを装備した少女がアネットを睨むが、当の本人はなんでもない風に返す。

 

「これ以上、させないわよ」

「仕方ない。あの女でも研究材料になるらしいし、あっちにするか」

 

 少女が楯無に標的を移すと同時にAICを発動させる。反応が遅れた楯無はすぐに引っかかり、アネットが援護するように連装ショットガン《レイン・オブ・サタディ》を展開して、楯無を撃つが海水にアクア・クリスタルから放出されているナノマシンを入れて二人まとめて機体に水を浴びせる。だが楯無にかかっているAICが解除されることはない。

 

「ざーんねん。私の精神はあの雑魚とは違ってそう簡単に破られないのよ」

(ずいぶんと厄介ね)

 

 第三世代兵器というものは、すべて操縦者の意思、能力次第で従来の機能を超えることができる。衝撃砲はともかく、BTシステムならば悠夜や簪のように更なる高速連携攻撃で相手を惑わせ、レーザー自体を曲げることも可能だし、AICならば複数の物体を同時に停止させたり、停止させたまま自分が移動できたり、AICの拘束自体を強化できたりだ。

 

「さて、こっちはこっちでやらせてもらおうかしら」

 

 アネットは悠夜の方を向く。だが悠夜は攻撃されたまま動けないでいた。

 

「どうかしら? 拘束弾のお味は」

 

 見下すように悠夜に対してアネットは言うが、悠夜は何も言い返さない。

 

「……何か言ったらどうかしら? その弾には耳が聞こえなくなる要素はないはずだけど?」

「…………本当に面倒だなって思ってな」

 

 悠夜は立ち上がり、もう一度戦闘態勢を取る。

 

「もう解けたの? これは改良の必要がありそうね」

 

 そう口にしたアネットに対して悠夜はアネットに背を向けて後退を始める。

 

「!?」

 

 この行動にはさすがのアネットも驚きを隠せなかった。

 

(一体何を考えているの、あの男は)

 

 アネットは慌てて追いかけるが、ラファール・リヴァイヴのスペックで黒鋼に追いつこうなど無理な話だ。ましてや黒鋼は特に機動力が高く、そのスペックで追いつけるのは風鋼くらいなものである。

 自分にとっては下等だが、自分の後継者であるリゼットが気になっていた男に多少の興味を持っていたアネットだが、裏切られた気分である。

 

(あんなクズにうつつを抜かすなんて、再教育を施す必要があるわね)

 

 そう決意したアネットは炸裂式ロングライフル《エクスプロージョン》を展開し、施設の天井へと移動する。

 

 

 

(……撒いたか?)

 

 後ろをハイパーセンサーの機能を使って確認するが、そこには既にアネットの姿はない。悠夜は安堵して徐々にスピードを緩めるが、ハイパーセンサーが警告を鳴らし、咄嗟にスピードを上げる。同時にさっきまでいた場所に爆発した。

 

(一体どこから……上か!?)

 

 するとハイパーセンサーがアネットのラファール・リヴァイヴを映し出す。既にアネットは悠夜を狙っており、二射目が飛んできたがそれを回避した。

 

「そういえばあなた、父親を殺されたんですってね? それも、護衛の職務怠慢で」

 

 唐突にそんな話題を出された悠夜は動きを止めそうになるが、すぐに移動を再開する。

 

「……だったら何だって言うんだ?」

「哀れよねぇ。あなたのせいで死んだものでしょ、実際」

 

 あざ笑うアネット。だが悠夜は眉ひとつ動かさず彼女が予想するほどの反応を示さない。

 

「まさか、自分の子供に殺されるなんて思いもよらないでしょうね」

「……俺は殺してねえよ」

「殺したじゃない。ISを動かしたことで、あなたは父親を殺した」

 

 それでようやくだろうか、悠夜はアネットを睨む。

 

「まぁでも、死んだところでって思うけどね」

「………」

「だってそうでしょ。世間では家畜が一人死んだとしか思わないだろうし」

 

 瞬間、悠夜今日初めて攻勢に出る。スラスターを稼働させ、一気に施設の上に来ると《エクスプロージョン》から炸裂弾が飛んだ。

 それをまともに食らった悠夜は無様にも落下し、2発、3発と連続で食らう。

 

(やっぱり男っていうのはその程度なのよ)

 

 アネットは以前から、自分の後継者となる娘が高が一介の―――ましてや容姿が悪い男にうつつを抜かすことがなによりも気に食わなかった。それが自分が生むための種馬としてならばともかく、それを本気で愛し、今すぐにでも人生を狂わされたいと言い始める始末。面白くないどころか、気に食わなかった。さらにその男がISを動かしたとなれば話は変わってくる。すぐに女権団全支部へと通達があったのだ。「見かけ次第、可能ならば処分しろ」と。それを見たアネットはむしろ好都合だと思った。

 

(後は殺して、首を日本本部にでも持っていけばいいわね)

 

 ついでに写真を撮って娘に自分が今までどれだけ愚かなことをしていたか証明しよう―――そこまで考えたアネットは―――そこから避ける以外の対処ができなかった。

 先程まで彼女がいた場所は吹き飛んでいて、あと少し対処が遅れたならば間違いなくシールドエネルギーは今の半分は減っていただろう。

 

「―――ありがとう。アンタのおかげで目が覚めたよ」

 

 突然の声にアネットの脳内に警報が鳴るが、それでも彼女の中に逃げるという選択肢がなかった。

 

「………ありえない。《エクスプロージョン》の威力で何度も食らっているのに、動けるわけがない」

「別に恥じることはないさ」

 

 先程の爆発でだろうか、今の悠夜にはメガネがなく、前髪の隙間から二つの瞳がアネットに語る。「ここからが本当の始まりだ」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、少し離れた港では楯無と少女が戦っていたが、突然少女のISに通信が入る。

 

『何をしている。今すぐあの女を殺せ』

 

 今、少女は拘束され続ける楯無が近くの水を使って抗う様を楽しんでいた。だがその通信は不本意なものであり、舌打ちをする。

 

『……わかったよ。行けばいいんでしょ、行けば』

『さっさといけ。あのようなゴミを存在させるなど恥さらしでしかない』

 

 少女は素直に頷き、踵を返すようにセンサーを稼働させて目標であるラウラ・ボーデヴィッヒに狙いをつける。

 

「待ちなさい!」

「ごめんね。こっちも本当は遊びたいけど時間がないんだ~」

 

 楯無を拘束し続けながら少女は一直線にラウラのほうへと飛ぶ。だがラウラは思いの外近くにおり、大型レール砲を起動させ、ラウラの動きを止めた。

 

「あなたに直接な恨みはないけど、死ね!」

 

 ―――ドンっ!!

 

 砲弾が発射され、一直線にラウラへと飛んでいく。

 

 

 ―――これであとは楽しめる

 

 そう思った少女は見事にその思いを裏切られた。

 突然飛んできた藍色の機体がラウラと砲弾の間に入り、その機体に砲弾が当たってラウラのすぐそばに落下した。

 予想外の出来事だったがゆえに少女はAICを解いてしまい、ラウラはそこから左に走る。

 

「逃がすか!!」

 

 少女は直接殺すために《プラズマ手刀》を両籠手に展開しラウラを始末しようとすると、その間に黒い影が入り込んだ。

 

「お、お前―――」

 

 《スタンロッド》を展開した悠夜が《プラズマ手刀》を防いでおり、もう一本展開した悠夜は逆から食い込んでくるもう一本の《プラズマ手刀》を受け止めた。

 

「いつの間に復活して―――いや、そこを―――」

 

 だが、少女は言葉を止めた。いや、悠夜から出るプレッシャーに圧されたのだ。

 

(……何? このプレッシャーは……え?)

 

 そこで少女は悠夜の瞳を見てしまう。そこに映るのは、完全な闇。

 

(な、何なの……こいつは、一体―――)

 

 瞬間、お互いの拘束が解かれて悠夜はお返しと言わんばかりに少女の腹部を蹴った。

 

「どうして……どうして邪魔するのよ!? あなたもこの女が邪魔なんでしょ!?」

「………否定はしないな」

「なら、邪魔するな!!」

 

 力技で悠夜を吹き飛ばし、少女はラウラを殺そうとするが二人の間にビームが飛んで阻んだ。

 

「邪魔!!」

 

 少女は瞬時加速を使い、ラウラではなく悠夜を狙う。どうやらラウラを始末する邪魔をされ続けた彼女は先に悠夜を倒すことにしたようだ。

 

「死ね!」

「その願いは聞けないな」

 

 《スタンロッド》で《プラズマ手刀》を受け―――ずにいなした悠夜は少女を蹴り飛ばす。

 

「———伊達や酔狂でこんなヘッドギアをしているわけじゃないぞ」

 

 その言葉を悠夜が言うと、黒鋼のヘッドギアが赤くなり、落下する前に踏ん張った少女にヘッドギアを叩きつけた。

 さらにゼロ距離で《デストロイ》で稼働させ、拡散モードなのかビームのあられが少女に襲う。

 少女はAICを正面に展開してそれらを防ぎ、悠夜を拘束しようとするが―――

 

「———え?」

「お前のAICは見えている。見え見えの技に捕まるほど、今の俺は甘くはないぞ」

 

 展開、展開、また展開と繰り返すが悠夜を拘束することができない。

 AICの展開方法はラウラのように手を出して止めるか、この少女のように脳内で指示を出して展開する方法の二つが確認されている。だが負担は後者の方が重く、ましてや脳内で展開するとなると指定型になってしまうことが多い。そしてこの少女も同様だった。

 

「だったら、これでどうだ!!」

 

 少女は両手を前に出すと、今度こそ悠夜は束縛された。

 

「これでお前は何もできない! 大人しくそのゴミが殺される様をそこで見学して絶望しろ!!」

「………これはありがたいな」

 

 すると、少女にとって予想外なことが起こった。

 悠夜の周りにはおそらく黒鋼に入っているであろう武装がすべて展開されているだけでなく、《サーヴァント》と《デストロイ》すらも離れていた。

 

「こちらもジョーカーを切らせてもらう」

 

 するとどうしたことか、全射撃武装が一斉に少女に向けて攻撃し、さらにその攻撃が微妙にズラされているのに早すぎるため少女には対応できなかった。

 そもそもどうして先程まで優勢だった少女がここまで押されているのか―――それは、悠夜から放たれているプレッシャーが原因であり、あまりの恐ろしさに体が言うことを聞かないのである。当然、先程から間近で浴びているラウラは腰が引けており、逃げるどころではなかった。

 そして楯無が未だに悠夜の援護に来ないのは―――

 

「やれ、楯無!」

 

 ———力を溜めていたからだ

 

 巨大な水の槍が少女を襲い、大爆発を起こした。

 悠夜は楯無と自分、そして後ろにいるラウラを守るためにビットシールドと自分が持っている盾で防御態勢を取って爆発の衝撃から身を守る。

 

「思いの外上手く行ったわね」

「弱体化していたからな。原因はわからないが………楯無、その女を取り押さえてボーデヴィッヒとここから離れろ」

 

 悠夜はある一点だけを見てそう言うと、楯無は「わかったわ」と言って襲撃者の少女からISを回収して持ち上げ、ラウラに手を差し伸べる。だが、ラウラは楯無に「少し待ってくれ」と言い、悠夜に尋ねた。

 

「桂木、何故私を助けた。目障りならば捨て置けばよかったものを」

「……趣味だからな」

「趣味だと? 人助けがか?」

 

 ラウラの言葉に悠夜は「違うさ」と否定し、ラウラの方を向いてはっきりと言った。

 

 

 

 

 

 

 

「———俺の趣味なんだよ。未だに俺の想像にすら達していない癖に、自分が強いと勘違いした救いようのないクソメス豚ビッチ共の願望を、叶えられずに断念せざる得ない状況に叩き落すことがな」

 

 まるで今までの怨念をすべて吐き出すかのように言葉を紡いだ悠夜に、ラウラは―――恐怖を感じてしまった。

 

(何なんだ……これは……)

 

 先程の言葉と共に出された殺気がラウラを襲い、完全に動けなくなった。

 

「大丈夫?」

「……あ……う………も、もんだ……な……」

 

 楯無はラウラの様子がおかしいと思い、半ば無理やり体を抱えてそこから離脱する。

 

 

 

 

 

「………しかし、いいのか?」

 

 しばらく経ってようやく普通に話せるようになったラウラは楯無に尋ねた。

 

「何が?」

「………桂木だ。確かもう一人あの場にいたはずだろう」

 

 すると楯無はどこか遠い目をして答える。

 

「……私の機体、この子を倒すのにエネルギー使っちゃったからしばらく思う様に動けないのよ」

「ならば、救援を呼ぶべきだろう。いくら桂木が強いとはいえ、その方が効率的だ」

 

 VTシステムの事件の時、ラウラはその事件の戦闘を一切知らない。その後も戦闘を一切行っていないし、ラウラは手を抜いていたとはいえ一度は追い込んでいるのだからその発想は仕方ないだろう。

 

「むしろこの作戦は悠夜君考案なのよ。さっき言ってたでしょ? 「クソメス豚ビッチ共の願望を潰すのが趣味だ」って」

 

 そう説明するとラウラは再び震え始めた。

 

 悠夜にも謙虚と言えるであろうところが一つだけある。それは自分の生身の実力が学園内でほとんど下だと思っているところだ。故に彼は自分にはアニメのような恐ろしいほどの殺気を飛ばすことなんてできないと思っているのだ。

 だからこそ、先程ラウラにした()()()()()()()()()()()()ことなんてできるわけがないと思っている。だがラウラや襲撃者の少女はその殺気を直にぶつけられており、格の違いを見せつけられていた―――謂わば二人は「無自覚」の被害者である。

 

 

 

 

 

 

 ———ドンッ!!

 

 楯無たちが去っていった後、一発の炸裂弾が悠夜に当たるかと思われたが、寸でのところで回避した悠夜は爆発の被害など気にせず突っ走った。

 

「桂木悠夜。あなたには死んでもらうわ。あなたという馬鹿な不穏分子に惚れてしまった娘の目を覚まさせるためにね!」

「………随分な言われようだな。天才、とまでは行かなくても「馬鹿な不穏分子」という称号は俺ではなく織斑に与えてやってもらいたい」

 

 そう言いつつ悠夜は飛来する炸裂弾を何度も、何度も回避する。

 

「……何であなたはそう何度もかわせるのよ!?」

「第三の瞳を開眼させているからだ」

「………第三の瞳……サードアイシステム!?」

 

 アネットの口からそのような言葉が出て来たことに悠夜は素直に驚いた。

 

「よく知っているな。そのことを知っている奴なんて、ごく一部の奴しか知らないはずなのに」

「娘が教えてくれたのよ。あなたにはサードアイがあるって」

「………なるほど。本来ここでは変態とジジイが会合しているって話だったが、お前は変態の方を誘拐しに来たけど楯無……あの生徒会長に邪魔されたってことか。お前、リゼット・デュノアの関係者だな」

 

 一瞬でこれまでの顛末当てた悠夜にアネットは驚きながらも自分とリゼットの関係を教えた。

 

「母娘よ」

「……もし俺にリゼットが懐いていることに異議を唱えたいのならば、高飛車に振舞うように教育した自分の馬鹿さ加減を呪え」

 

 そうハッキリ言った悠夜はアネットに接近する。

 

「淑女たるもの、威厳を示さなくては舐められるのよ!」

「その結果がクラス内ボッチで当時国際留学交流委員に所属させられた俺が世話を焼く羽目になったんだよ!」

 

 ちなみに当時のその様子を語るクラスメイトがいれば、間違いなく「駄々をこねる妹を理路整然と説得する兄」と形容されることを悠夜は知らない。

 さらに補足すると、国際留学交流委員とはその名の通り留学生との交流に円滑に進める委員であり、基本的にこの委員会に所属する生徒は留学生がクラスに来た場合、面倒を見なければならない。従来ならば来る確率が低いその委員に人間が殺到するが、リゼットが留学してきたのは四月頭だということと、彼女が超弩級の女王発言に似たことをしたため、過去に経験したこともあって担任に押し付けられる形で悠夜が強制的にやらされた。その結果が女尊男卑思考から一転して「一生あなたに服従します」とクラスでも堂々と宣言するほどの従順な犬へと落ちて、現在フランスで発情中なのだが。

 

「私の娘の世話を焼けたことに光栄に思えなさい」

「思えるか! こっちはいい迷惑だ!」

 

 《デストロイ》を稼働させた悠夜は収束モードに切り替え、《エクスプロージョン》諸共破壊する。そして拡散モードに切り替えると同時に《アイアンマッハ》を左手に展開し、撃ちまくる。

 

「このおおおおおお」

 

 連装ショットガン《レイン・オブ・サタデイ》を二丁展開したアネットだが、それらも見事に破壊され、とうとうゼロ距離にまで迫られた。

 

「もう一度言う。伊達や酔狂でこんなヘッドギアをしているわけではないぞ!」

 

 再び黒い角型のヘッドギアが赤くなり、そのままアネットにぶつけた。

 

「ぐわぁああああああっ!! 熱い! 熱いぃいい!!」

「うわぁあああっ!? 考えてみたらこれって汚れる行為だ!!」

 

 悠夜はそう言ってアネット離れる。

 

「汚れるだと……?」

「若くてピチピチなリゼットならばいざ知らず、お前のようなアラフォー超えそうなクソババアに触れたら汚れるだろ?」

 

 女性に対する禁句を堂々と言い放った悠夜にアネットは瞬時加速を行い、パイルバンカー《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》を展開して悠夜を倒そうとした。だが―――

 

「《リヴォルブ・ハウンド》、アクティブ。踏み込みが甘いぞ、おばさん」

 

 出された左腕を右手で捕まえて背負い投げをして浮くように叩き付け、

 

「シャトルの墜落事故で生還した男はこれで終わるがな」

 

 パイルバンカー《リヴォルブ・ハウンド》で最後の6発目に空中に飛ばす。

 

「まだよ―――まだ終わらな―――」

「―――凶星はしつこいんだ」

 

 全射撃兵装を展開した悠夜は、なおも抵抗をしようとするアネットに向けて引き金を引いた。

 

「おつりはいらん。全弾持ってけ!!」

 

 すべての攻撃がアネットに当たり、もう用はないと言わんばかりに後ろを向く。

 

「……哀れな雌豚よ。呪うならば、俺という凶星をよみがえらせた己の過ちを呪うがいい」

 

 そんな決めセリフを残して、悠夜はそこから移動した。




次回予告 (嘘)

二人の襲撃者を撃退した悠夜と楯無。
明日も授業があるため、楯無の帰りを待つことなく先に寝ようと準備していると、千冬から呼び出される。

 自称策士は自重しない 第47話

「少女の利用価値」

 こうご期待……なんて自信満々に言えたらどれだけいいだろうか。






ということで第46話も終わり。
第三章に入る前に50話行きそうな予感が……。


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#47 襲撃の報酬

案の定、タイトルは違いますが予定通りの展開です。
今回は胸糞悪い内容となっておりますが、ご了承ください。



 悠夜がアネットを倒し、その場に置き去りにして飛んで行ったのを確認した男たち。その片割れで杖を持つ男は面白そうに笑っていた。

 

「さすがはSRs世界覇者。容赦ない破壊行動だな」

 

 男の視線の先にはアネットとボロボロになったラファール・リヴァイヴがあり、機体はダメージレベルE―――「修復不可 再開発要請」は間違いであろうと思えるほど原形をとどめていない。

 

「これが、リゼット様がお慕いする男の実力……」

「あくまでもこれは「黒鋼」での最大火力だろう。しかしあの菱形のユニットが拡散で撃てるのは意外だったな。さては「ハイゾ○ランチャー」の切り替えシステムも入れたか」

「………あなたはたまに意味不明なことを言いますね」

「ゲームの知識だぞ。それに搭乗者は意外なことにお前に似ている」

 

 男は一緒にいるジュールにそう返すと、ジュールは冷めた口調で返す。

 

「言っておきますが、それは偶然ですよ。私はあまりそういうのには興味はありません」

「……それは残念だな」

 

 本気で落胆する男を見たジュールはため息を吐く。以前と変わっていない、と。

 

「では戻ろうか。あの女は放置していても問題ないだろうし、お前はすぐにフランスに返さなければならないだろうからな」

「……あの方ならば、一人で大丈夫でしょう」

「彼女にとっての大舞台だ。信頼できる人間がいれば安心するだろう」

「……その結果、記者会見で愛の告白をする、なんてことにならなければいいのですが」

 

 ジュールの言葉が面白かったのか、男は再び笑い始めた。

 

「ですが、あなたの機体では少々問題が―――いえ。何でもありません」

 

 男に対して異を唱えようとしたジュールだが、いつの間にか出していた戦闘機を見てため息を吐く。

 

 ―――やはりこの人は別の意味での天災だな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教師部隊が来なかったのは、俺たちの戦う場所に問題があった。どうやら近くに―――そして俺がデュノアの関係者がいる場所の後ろがどうやらそうだったらしい。

 そのことを事情聴取中に言われたが、俺の思い過ごしでないならお前らが役に立った記憶がないのだがな。

 その事情聴取も終わり、部屋に帰ると洗面用の流し台に置かれている水切りラックに使ったと思われる食器が置かれていた。そこの一つを手に取ってミネラルウォーターを飲もうとしたら、どうやら彼女たちはどの布巾を使えばいいのかわからなかったらしく出しっぱなしにしている机を拭いていないというメモが冷蔵庫に貼られていた。とりあえず、合格ということにしよう。

 水を飲んでからコップを洗い、使用可能の布巾で机を拭いておく。

 

(……なんていうか、色々と濃かったな)

 

 短針が10を指そうとしている時計を見て改めて思う。

 考えてみれば、すべてはあの終業式の日から始まったんだよな。まさかそれがあの大惨事となり、今の俺を作っていて、容赦なく敵を倒せるようになるとは思わなかった。

 

(ま、気持ちよかったけどな!)

 

 段々と取返しが付かなくなってきている気がしなくもないが、今はこの幸せな状況を噛みしめよう。

 

(……そういえば、あの子は今何をしているんだろうか?)

 

 まぁまぁ強かった女の子のことを思い出す。ISに触れて一年にも満たない俺に負けた―――ってわけではないが、あの威力の攻撃を受けた以上、無事ではないだろう。個人的にはまたISで戦ってみたいと思うがな。

 などと思いながら俺はとある現実から逃れるために、着替えを持って風呂に入りに行くが、現実は現実。戻ってきたら見たくない現実がそこにあった。

 

(……………何でいるんだよ。しかも状態的にヤバい感じで!!)

 

 これは実際に起こったこと……いや、起こっていることだ。

 頬を染め、悶えて苦しそうにしている布仏が何故か……本当に何故か俺のベッドにいる。さっきから腕を自分の服の中に入れて何かをしているみたいで、熱中しているのか俺に気付いていないようだ。所々色っぽい声が聞こえているが、すぐに忘れたい。

 

「…………本音?」

 

 意を決して声をかけると、その動きは止まる。恐る恐る俺を見た本音は顔を赤くし、そのままの状態で逃げようとしたようだが、躓いてベッドの前に立つ俺に突っ込んでくる。

 

 ―――まぁ、なんていうか……ね

 

 いやぁ、強烈だった。

 気付いたのはいい。が、何より……というかなんというか……痛かった。

 そう。本音はそのままの状態で俺の大事な部分に激突し、接触事故を起こしたのだ。そしてさらに問題があり、本音はいち早く気が付いて俺を見ていたんだが、その眼は酔った状態に近い。

 

(………酒に弱いのか?)

 

 アルコールの匂いも相まって、俺はそう判断したが―――どうやらそれは間違いらしい。

 段々と息が荒くなっていき、今にも捕食されそうな雰囲気を出してくる。ちょっと待て。ここでそれはかなり洒落にならない気がするんだが。

 

(とりあえず、これをどうにかしないとな)

 

 一度本音をベッドに寝かせ、急いで洗面所のタオルを冷水で濡らして絞っていると、着信音が鳴り響いたので出ると、

 

『もう襲ったか?』

 

 ―――ブチッ

 

 反射的に電話を切った俺はタオルを四つに畳んで本音の頭に被せる。処置としては最悪かもしれないが、しばらくはこれで冷ますために本音の顔を揉んでおく。

 

「………ゆうやん?」

 

 どうやら本音は正気に戻ったらしいのでタオルをパージして近くのミニタンスに置いておく。

 

「大丈夫か? なんか変なポーズしているし、まるで発じょ―――」

 

 思わず言葉を切ってしまった。というのも俺が話した言葉で涙腺が崩壊したのか、涙を流し始める。

 

「………うぅううう」

「…あの、本音さん………」

「うぁああああんっっ!!」

 

 急に泣き始めた本音。あまりのことと対処の経験が乏しいので固まってしまったが、とりあえず子供をあやす方法の一つとして、体を抱きかかえて背中を軽くたたいてあげた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてミネラルウォーターを与え、落ち着かせた。………のだが、泣き疲れたのか、そのまま寝てしまう。

 

(………楯無のベッドに移すか)

 

 面倒だからといってこの作業をないがしろにするのはまずい。

 まず俺のベッドに置きっぱなしのパターンは俺が地べたに寝るしかなくなり、そこで俺が楯無のベッドに寝る選択肢も出てくるか、色々と誤解(主に性欲関連で我慢できなくなったとか)を生むので却下。なので、その選択肢を選んだ。

 とりあえず本音を楯無のベッドに移動させ、入れっぱなしの手を出してあげる。何故かねばねばしているみたいなので、とりあえずそれは拭いておこう。

 それらを捨てて手を洗っていると、インターホンのチャイムが鳴る。

 

(もう10時だぞ。誰だ、こんな時に……)

 

 手を拭いてドアを開けると、見たくない相手がいた。

 

「あの、こんな時間になんですか? もう寝たいんですけど」

「………こんな、時間に…か?」

 

 思いのほか意外だったようだ。いつも朝早くに起きて体を動かしているのよ、俺。

 

「まぁいい。少しばかり用事ができてしまってな。向こうがお前とどうしても話をしたいと言うんだ」

「そんなもの、断ってくださいよ。こっちはこれから就寝だってのに……」

 

 というか人の都合くらい考えてほしいものだ。

 

「そういうわけにもいかない。40秒とは言わないが、できるだけ早く着替えろ」

「……あの、俺の意見は?」

「拒否権はない。今すぐだ」

「………ああ、もう。わかったよ。行けばいいんでしょ。行けば。制服? 私服?」

「……制服だな」

 

 何で塾に通うわけでもないのに夜に制服を着ないといけないのだろうか?

 そんな愚痴を内心こぼしながら、制服を少し緩めた状態で、身の回りの物を持って外に出る。鞄は自由だし、ミニサイズのショルダーバッグをかけている。

 通信室に連れてこられた俺は中に入ると、先客のボーデヴィッヒが俺を見た瞬間を顔を伏せる。あらかじめ用意していたのか、真ん中にポツンと残っている椅子に―――しかもボーデヴィッヒの隣に座ると震えていた。軍人なのに、今さら怖くなったとでもいうのだろうか?

 対して俺は結構だらりとしていて、椅子にもたれるのは普通で、わかりやすく言えばサイボーグが言うトレーニングレベルの特訓で頭が禿げた代わりに怪物相手に一発のパンチで終わらせることができるほど強くなった男とそのサイボーグが認定試験に合格した時のセミナーを受けた時の姿勢、とでも言えばいいだろうか。何せさっきの襲撃といい、本音のことで疲れているのに寝る間も惜しんできているんだ。少しくらいだらけてても良いだろう。

 

「桂木、姿勢を正せ。これから会うのは上の人間だ」

「………へいへい」

 

 堅苦しいのは嫌いなんだけどね。

 適当にしていると画面にホワイトボードに映像が投影され、何度かのコールの後にテレビ電話なのか相手の顔が映し出された。

 

『……私の姿は映っているな、織斑先生』

「はい」

 

 織斑先生がそう答えると、相手の男が話し始める。

 

『初めまして、二人目の操縦者「桂木悠夜」君。私はドイツ空軍IS部隊総括長を任せているブルーノ・ベルナー少将だ。君の高名はこちらにも聞き及んでいるよ』

「………どうも。桂木悠夜です」

 

 素っ気なく返すと、一瞬苦い顔をしていたベルナー少将とやらもすぐに笑顔になる。

 嫌な予感がした俺はスパイボールを起動させ、録音と録画を開始した。

 

『さて、先程の襲撃事件のことは耳にしている。本当にすまない」

「…………そうですね」

 

 ほかに言うこともなかったのでそう返すと、ベルナー少将の頬が引きつったのを俺は見逃さなかった。

 

『本来ならば他者を巻き込むことなく処理してくるよう命じたのだが、運悪く君に見つかってしまってね。すぐに処理を……ああ、勘違いしないでもらいたい。君を殺すということではなく、ただ君を気絶させ、ソレを処分してもらえれば良かったのだが―――』

「……はっきり言ってはどうですか? 「無駄に介入したせいで予定が狂ってしまった。どうしてくれる」って」

『………別に私が言いたいのはそういうことではない』

 

 図星を突かれたからか、少し返事が遅くなった。どうやらそれほどボーデヴィッヒの存在は疎ましいようだ。

 

『脱線してしまったな。話を戻させてもらおう』

 

 これ以上ちょっかいを出しても無駄だと判断した俺は特に返事を返すことをしなかった。

 

『さて、今回その襲撃事件としての謝罪を兼ねて大金をそちらに送らせてもらおう。ああ、返金を求めることはない。遠慮なく使ってくれ』

「……………」

 

 一応、言質を取ることに成功した。これならばもし「大人の癖に意見を変えるんですね」とか言ってやれるが、念のため使わないでおこう。

 ここらで俺は疑問に思っていたことを質問することにした。

 

「あなたは、そんなことのためにいつもこの時間に寝ている俺を呼び出したのか?」

『そうだ。高校生ならばこの時間には起きているだろう?』

「生憎、俺はこの時間には既に就寝している身でね。正直言って不愉快でしかない」

『ならば大丈夫だ。もう君との話は終わった。それに数少ない男と接触を図りたいというのは今では各国の思惑の一つ。興味を持つのは当然だろう? 何せ君とそこにいる織斑女史の弟君は女にしか使えないはずのISを動かしたんだ。そんな男に興味を持たない方がおかし―――』

「ISを動かす前までは「ISを動かすのは頭がおかしい奴が動かした」としか思っていなかっただけで、それ以上の興味は持てなかったがな」

 

 入試当日に教室の場所を探しているところまでなら、まだ情状酌量の余地はある。

 

『今では君もその仲間のわけだが……』

「止めてくれよ。あんなゴミ姉弟と一緒にされるなんて心外だ」

「………ほう。貴様は私のことをそう思っていたのか?」

「拒否している素人を強制的に出させた挙句、すぐにアンタの力で無理やり訓練機と練習場所を提供しない時点で女尊男卑思考の女(ゴミ)確定だろ?」

 

 大分前の話だが、俺は遠慮なく話題に出してやる。

 

「話を戻させてもらうが、俺がアンタの下らない戯言を聞いている間に疑問に感じていたんだが、何故関係ないはずのボーデヴィッヒがいる? そして―――さっきから何故VTシステムの話をしないんだ?」

『………何故それを知っている』

 

 目の色の変えた禿ことベルナー少将。どうやら俺がVTシステムのことを知らないと思っていたようだ。まぁ、この前まで一般人だった俺が知っていること自体おかしな話ではあるが。

 

「忘れているようだから言っておいてやるが、各国の重役を救ったのも、アンタの所のこの代表候補生を救ったのも、システム自体ぶっ壊したのもすべて俺だ。むしろ、あれだけしたのに教えられないってのは嫌だがな。

 で、ここから俺の推測なんだが、アレを作ったのはアンタらドイツが開発したものだったけど、織斑先生のデータで稼働させたらテストパイロットが死に、その記録映像が不幸なことに各国に流出。それですべての行為が凍結され破棄したが、何故かボーデヴィッヒの機体に搭載されていた。おそらく整備員が仕掛けたと思われるが、全員その様子がないので第三者の介入を予想している。もしくは整備員が一人いなくなったということか。それでボーデヴィッヒ自身にも問題があり、単独で仕掛けたことを理由に殺害を試みたが、俺やロシアの国家代表、さらにはフランスのクソババアにも出張られて刺客が任務に失敗した………って感じか」

 

 少々長くなったが、とりあえずこれで探りを入れる。

 

『一般人が勝手に推論を並べ立てないでいただこうか』

「はいはい。………で、いつになったらアンタは俺に謝罪してくれるんだ?」

『………VTシステムのことか? ならば、その分も後で君の―――』

「———まさか、俺とあの日本の代表候補生の戦いが、金如きの支払いで解決できるなんて思っているのか?」

 

 だとしたらこの上なく腹立たしいし、心外だ。

 

『高がいつでも会える相手と戦えなかっただけだろう。そんなことで無駄な時間を取らせるな』

 

 ———カチンッ

 

 何かが切れた俺は、椅子から立ち上がる。

 

「落ち着け桂木! ここで暴れたところで何もならないぞ!」

 

 そんなこと、言われなくてもわかっているし、最初から暴れる気はない。精々相手が暴走するくらいだろう。

 

「質問させてもらおうか」

『何かな?』

「アンタらドイツ軍にとって、この女はどういう存在だ? 聞いた話ではこいつはアンタらドイツ軍の少佐階級にいたはずだが」

 

 楯無から聞いていた情報を出しながらボーデヴィッヒを顎で指して尋ねると、男は笑った。

 

『彼女ならばVTシステムを使用したため、軍から追放。ならびにドイツ国籍を破棄させてもらった。現在は我々ドイツ軍の「物」でしかない』

「……ラウラを人間扱いしないつもりか?」

『彼女の出生に関しては君も知っているはずだろう? ならば、人としての価値を無くした彼女を形容するならば「物」以外の何物でもない」

 

 織斑先生の言葉を捌いたベルナー少将。本当ならば俺も彼女の出生に関して色々と言いたいが、ここは我慢しよう。

 

「………つまりそれは、「軍」の「財産」ってことだよな?」

 

 本当は俺の推理に対して付け足したいのだが、今は遠慮しておく。

 

『………そういうことになるな』

 

 思わず笑いそうになったが、我慢だ。ひたすら我慢。

 

「じゃあ、VTシステムと俺が決勝に行けなかった分としてこれをもらおうか」

 

 そう提案すると、織斑先生も、そして画面のベルナー少将も驚きを顕わにする。

 

「……何を企んでいる、桂木」

 

 十蔵さんと比べては可哀想になるほど貧相な殺気を向けて聞いて来る織斑先生。やれやれ、そういうことを聞く前にもっと自分と弟の教育に力を入れてもらいたいものだ。

 

「少しは自分で考えろよ。で、ベルナー将軍とやら。俺は今回のそちらの応対に関してかなりの不満を抱いている。特にアンタらドイツ軍は理由はどうあれ俺を殺そうとしたにも関わらず一切そのことに関しての謝罪をしない。例え今日の襲撃に関してはしたとしても、自分たちから出た危険なシステムに関しては一切なし。そちらから出たならば暴走したのも含めそちらが何らかの対処をすることが道理ではないだろうか?」

 

 そう。俺はVTシステムに関して一切の謝罪をされていないのだ。したのは金の話だけで、思い出してすぐに謝るということされていない。むしろ俺にとって簪との試合を邪魔されたのが一番嫌なことである。

 

『…………なるほど。つまり君は我々に誠意ある謝罪を求めている、と』

「そうなるな。確かに金は大事でもあるが、まずはそこからか。だが代表であるアンタはすぐに「お金で解決すればいい」と思い込み、俺の許容中に一番謝ってほしいことを「金」で解決しようとした。まさか「自信があるならば、さっさと攻撃すれば良かっただろうに」などとは思っていないだろうな? 俺はわざわざお前たちが教育したこの女が「手を出すな」というからあのような戦術を取る羽目になったんだ。文句ならば過去の自分たちに言え」

 

 よし、ギリギリボーデヴィッヒが「遺伝子強化素体(アドヴァンスド)」ということを知っていることは隠せているな。たぶんあれは国家機密レベルだから、事には慎重に当たるべきだろう。

 

「だが、今まで「少将」という立派な地位を築き上げたあなたが、今更自分の部下と年が変わらないどころか下の素人のガキに頭を下げたくはないだろう? だからその折衷案として俺はアンタがこの場で「物」と言ったこの女を所望する。本来ならばこの女を入れた上で「ドイツの税金すべてよこせ」と言いたくなるほどのことをされているが、今ならばこの少女を一人渡すだけで、襲撃の件の金は渡す予定だった金額の80%分で十分だ」

『それをするのにも、条件がある』

「……条件?」

『君がドイツ軍に入る、というのならば彼女は君の専属秘書として付けてやろう。仮にも彼女は元佐官で代表候補生、そして専用機持ちだった女だ。なんだったら、それだけじゃない。貴殿には部隊の一つをおもちゃとして使わせてやろう。いつでも好きな女を好きにできるぞ?』

 

 俺の言わんとしていることを理解したつもりでいるベルナー少将。どうやらベールは剥がれているようだ。

 

「いい加減にしろ、貴様ら! ラウラの人権を無視するつもりか!!」

『彼女はもう我々ドイツ軍の「物」だ』

 

 チラッと横を確認すると、鼻をすするのは我慢しているようだがラウラの足元には水溜りができつつある。

 

「俺に専用機は?」

『シュヴァルツェア・レーゲンを再開発する予定だ。AICを外さなければ、好きにカスタマイズしても良い。ああ、整備員も飛び切りいい女を派遣してやろう。どうだ? 好待遇だろ―――』

 

 そう聞いた瞬間、俺は満面な笑みを浮かべて言ってやった。

 

「確かにそうだ。今のご時世、男ならば喜んで飛び込むだろう―――だが、断る」

 

 やれやれ。これだから純粋の軍人は困る。

 確かに条件はいい。しかも専用機も持てる。持てるが―――スペックに問題があるんだよ。

 

『このチャンスを棒に振る気か?』

「俺が譲歩できる分は既に譲歩した。早く選んでくれ。男性軍人の性処理用の道具を手放して軍費を節約するか、それともこれに拘ってそれだけの金があればもっと人を雇えるということを棒に振って大量の謝罪金を俺に支払うか」

 

 相手にとって有益だと思わせるように言ってやる。敬語なんてとっくに捨てているのは最初から使う気がなかったからだ。

 

「まぁ、別にあなたがそこまでこのメスが良いというならば仕方がありません。ここはロリコンなあなたのために辞退し、早々に謝礼金をお支払いいただければ」

 

 ボーデヴィッヒが発言しないのは諦めか、ともかく彼女は黙っていた。同様に織斑先生も一言も話さなかったが、おそらくはこの会談が終わった後に俺に突っかかるだろう。

 そしてまた敬語を使ったのは侮辱だ。俺は―――政府や軍人、その配下の警察のような公務員などに敬意を払えるような人間ではない。

 

『私はそのような人間ではない! そんな貧相な体になど誰が発情するか!』

「では、謝礼金代わりとして了承していただけますか? 現時点でドイツ軍関係の責任はあなたでしょう?」

『………良いだろう。その代わり、先程の提示した金額で、だ』

「ええ。構いませんが……それ相応の謝礼を期待します。ああ、それと―――」

 

 敢えて思い出したかのように言い、忘れないで言ってやる。

 

「彼女が「人」として稼いだ分の金額はお忘れなく。ズルして横領しないように」

『言われるまでもない』

「それと今後は当然俺に、そしてこのメスに強制的な干渉を行わないように。必ず正規の手続きを取ってからの接触をお願いします」

『わかっている!』

 

 向こうから一方的に通信を切られたが、成果は上々―――いや、最高だ。

 確かに向こうからしてみればボーデヴィッヒは疫病神。そして女としても胸が未発達で年齢としてはもう大きくならない。だから簡単に手放したのだろう。ならばたっぷりと使わせてもらおう。

 

「———おい」

 

 後ろから殺気を放つ織斑先生。よっぽど俺とベルナー少将との会話が気に入らなかったと見える。

 

「先程の会話。貴様は本当に()()()をそのような目的で手に入れたのか?」

「だったら何だって言うんだ?」

 

 途端に拳が飛んでくるのでそれを掴んだ俺はそのまま一本背負いに入り、床に叩きつけた。意外そうに俺を見るが、俺ができないとでも思っていたのだろうか? 悪いが飛び蹴りと背負い投げ系は俺の得意技である。

 

「こいつは俺にとって報酬でしかない。その報酬をどう使おうが、一介の教師でしかないアンタに指図される謂れはない。それとも今時の教師というものは、プライベートにも口を出すのか? ならば―――先に自分の弟の愚かな思考を変えてからにしてもらおうか」

「………無理矢理されるのを、黙って見過ごせるか!」

「だったら最初から襲撃事件をテメェで解決しろや。解決するどころか邪魔しかしていないくせに、勝手に干渉してくるんじゃねえ!!」

 

 そう言って俺はボーデヴィッヒの腕を掴み、無理矢理その部屋から出て行った。




推奨BGM:わが﨟たし悪の華(ベルナー少将との会談)(後書き)

次回予告(もはや冗談)

悠夜「どうも桂木悠夜です。二人目の男性IS操縦者をやらせていただいております。黒鋼が勿体ないですが、ぶっちゃけ辞めれるならば今すぐ辞めたいです。

 次回 自称策士は自重しない 第48話 「少女の従性と利用価値」

これからも俺の活躍でいいのなら、読んでくださいね」_(_^_)_



ということで、なんだかんだでこの話で終われるだろうと思っていたのに2章が終わりません。
今回の次回予告は、超巨大男やどう見てもウイルス色の怪物や隕石すらもワンパンで終わらせてしまう男のアニメの次回予告を参考にしました。

おかしいな。この話で2章終わるはずだったのにな。


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#48 少女の従性と利用価値

タイトル詐欺の気がしなくもない


 悠夜に連れられ、自分の部屋に戻ったラウラはベッドの上に座っていた。

 

(………私は、もう……)

 

 彼女は少なくとも、自分の立場を―――自分がドイツの軍人であることを誇りに思っていた。

 だが数日前にいきなり言われた「軍から追放、そしてドイツ国籍を破棄」。そして、「人ではなく物」。

 

(……それをあの男は………)

 

 帰り道、悠夜とは一言も話さなかった彼女はただ沈黙―――そして涙を流すことしかできず、今では彼女の瞼は腫れている。

 

(……私はもう……ただの……次世代を残すだけの器、というものだな……)

 

 軍人が捕虜になった場合、どのような末路を味わうかは男女に、そして敵国の特徴によって差異はあれど大抵扱いにパターンがある。そのため、自分がどのような状況になるかを理解しているラウラは、これからすることを考え始める。

 

(………生きていれば、あの男のおもちゃとして様々なことをされる……だが―――)

 

 ———死んでいれば……

 

 そう思ったラウラは回収されることがなかった武器を取り出す。H&K USPのグリップを握り、自分の頭に銃口を持って行こうとすると、インターホンのチャイムが鳴った。

 慌ててラウラは銃を枕に隠すと、鍵が開錠される音が聞こえた。

 

(いや、待て。今のは……)

 

 物音を立てずにラウラはベッドから降り、先程のUSPを出して壁に背を向けて入ってくる不審者を迎撃する準備をした。

 だが途中で足音がなくなり、一向に近付いて来る気配がない。

 

「———気配がバレバレですよ、ボーデヴィッヒさん。それでは敵を迎え討つ前に自分が殺されてしまいます」

 

 悠夜ではない男の声を認識したラウラは「そこに男がいる」ということに焦りと恐怖、そして混乱が起こったが、ラウラはそのことで耳にしたことがあることを思い出す。

 

 ———IS学園には男の怪物がいる

 

「……貴様が、IS学園の怪物か……?」

 

 単刀直入でそう尋ねたラウラに対し、十蔵は呆然としたがすぐに噴いた。

 

「私がそんなことを言われているとは……どこからそんなことを?」

「高官らがそんな噂をしていた」

「………まぁ、彼らかしてみれば私のような人間は怪物でしょうね。ところで、そろそろ姿を現してくれませんか? 私はあなたに関して危害を加えに来たのではないので。それに、若い女性にそこまで隠れられたら傷つきます」

 

 十蔵のその言葉に、ラウラは顔を少し出すが―――

 

「———ここですよ」

 

 既に十蔵はラウラの後ろに移動していた。

 

「馬鹿な!? いつの間に後ろに―――」

「この行動でISを持たないあなたに勝機がないことを察してくれませんか? ちなみにあなたの敬愛する織斑千冬も今は来ませんよ。来たところで、彼女が私に勝てる確率は限りなく0に近い」

 

 ラウラは察するどころか恐怖を持ち始めたが、やがて銃に安全装置をかけた。

 

「結構。それと、あなたの武器は回収します。あなたにここで死なれたら織斑先生もそうですが、あなたのご主人様が悲しむのでね」

「………知っているのか、私が桂木悠夜に飼われているということを」

「ええ。あの時の会話は私も聞いていましたから」

 

 その言葉にラウラは自然に握り拳を作る。

 

「……今日はもう遅い。明日の早朝、彼に関して私が話しましょうか?」

「………何か知っているのか?」

「ええ。少なくとも、あなたが織斑一夏に向けているのは「嫉妬」ですが、彼が向けているのは「憎悪」だということは」

「………私もあの男は嫌いだ」

「ですがそれは、あくまで「嫉妬」ですよ」

 

 ラウラは安全装置を外して警戒するが、十蔵はただ笑顔を向けるだけ。まるでラウラを相手にするなど容易だと言わんばかりの態度だ。

 

「………良いだろう。明日の早朝、貴様の所に行ってやる。場所は?」

「ここに記してあります。———ああ、それと」

 

 一瞬。それだけでラウラは部屋が歪んだ錯覚に陥った。

 

「———あまり勘違いしないように。目上の人に対して敬語は使うものですよ」

 

 それだけ言って出て行く十蔵。その殺気にラウラは膝をつき、放心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボーデヴィッヒの部屋から十蔵さんが出てくる。どうやら会話は終わったようだ。

 

「ありがとうございます、十蔵さん。助かりました」

「いえいえ。後はあなたのことを私が知る限りお伝えさせ、あなたに対して服従するように説得するわけですが……」

 

 服従するように説得とは、これはまた随分と斬新な単語である。降伏するように説得ならば聞いたことがあるが。

 

「あの過去は話しておいて良いですか? 同情を得るならばそれは話しておいた方がいい。彼女ならば、まだ理解してくれるでしょう」

「そうですね。あのことは………」

 

 気が付けば言葉を切ってしまうが、十蔵さんは殺気を出すことなく俺に暖かい眼差しを向けていた。

 

「しかしあれですね。とうとうあなたは3人……いや、6人ですか。朱音には手を出すなよ、小僧」

 

 意味がわからないことを言われたが、ともかく朱音ちゃんには手を出さない方が良いみたいだ。予定もないが、それを言ったらここで殺される可能性がある気がするのは俺だけだろうか?

 

「いやいや、何の話ですか、何の……。大丈夫です。彼女は妹と割り切っていますので」

「それは魅力がないってことか?」

 

 どうやら言葉の選択を誤ったようだ。膨大な殺気が俺に向けて飛んでくる。

 

「何を言っているんですか、十蔵さん。ちゃんと彼女には魅力がありますよ。だからこそ、俺は戦える兵士が欲しいんです。私たちの事情を知っていて、協力してくれる駒を。本音を言えば、学園なんて止めて大切な人と世界を隔離したい。守るならばそれくらいのことをしないと」

 

 そう返すと今度は正しかったのか、通常モードに戻った。いや、戻ってくれた。

 

「なるほど。だからボーデヴィッヒさんを欲しがったわけですか。確かに彼女の能力ならば鍛えればそれなりに―――いや、かなりの戦士になってくれますね」

「でしょう? 手を抜いたとはいえ俺を多少ですが楽しませてくれましたし。利用価値もそうですが、見た目も悪くないのでこの学園内では数少ない目の保養になります」

「———でも、彼女は悠夜さんと暮らすのよね?」

「そういうことになるな。流石に三人はきついとはいえ、学園に通うのは難しいし。その辺りはどうなんですか、十蔵さん」

「一応、ボーデヴィッヒさんにはこれからもIS学園に通ってもらう予定です。三年間の間に自分が人として知識をあなたに付けてもらって、教師として生徒を教えてもらうってのもアリかもしれませんね」

「……じゃあ、私も一緒に寝てもいい?」

「別にいいんじゃないか? ………え?」

 

 後ろを振り向くと、そこには簪が普通に歩いていた。

 

「………えっと、いつから?」

「悠夜さんが十蔵さんを待っている間、ずっと」

「気付いていなかったんですか?」

 

 十蔵さんが聞いて来るので俺は頷いた。

 改めて簪さんを観察すると、前にボストンバッグを抱えている。

 

「……それは何?」

「私と本音の着替え」

「いや、必要ないよね?」

 

 そもそもどうして着替えなんて必要なんだろうか? どう考えても不要だろう。

 

「私、今日()()悠夜さんの部屋に()()から。師匠に話したら、「曾孫が生まれるのを楽しみにしているぞ」って言ってた」

「ちょっと待て。その師匠って……」

「桂木陽子(ようこ)さん」

 

 まさかと思っていたが、本当にいるなんて思わなかったぞ、おい! いや、考えてみれば本音があんな状態になっているし、いても不思議ではない。なにせあの一見ガキにしか見えない老婆は、格闘だけでなくなんちゃって剣術、さらに毒薬の精製なんてものをする奴だ。媚薬の一つや二つ作れてもおかしくはない。

 俺としては簪がババアのことを「師匠」と呼んでいることに疑問を感じているが、今はそんなことよりも一刻も早くあのクソババアを追い出すことが先だ。

 

「すみません、十蔵さん。ちょっと用事を思い出したので今日は失礼します」

「わかりました」

 

 俺は急いで部屋に戻り、親父が送ってきた物品の中にあるお助けグッズを物色していると、

 

「———ほれ。おぬしが探しているのはこれじゃろう?」

「ああ、サンキュ。これでようやくあのバカクソチビババアを探し出すことができ………って、何でここにいる!?」

 

 平然と俺の隣に立っているロリババアこと桂木陽子。ドヤ顔をして立っているが、身長はボーデヴィッヒと同じくらいだったりする。

 

「いやぁ。可愛い弟子兼おぬしの花嫁候補たちが戦争ごっこで優勝したというので祝うついでに発情させてやろうと思うてな。ほれ、わしからの餞別じゃ」

 

 そう言ってロリババアは俺に薬物製作キットと、首輪とリード、そしてそれらを作成するのに必要な工具キットとレシピ、素材をもらった。まるで錬金術が導入されたドラ○エ8のようだ……じゃなくて、

 

「何でここにいるんだよ。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

「菊代に頼んだら入れてもらったぞ」

「菊代さーん!!」

 

 どうしてこんな歩く天変地異みたいな奴に許可証なんてものを発行したんだよ!?

 

「いやぁ、何人か話しかけてきておぬしの名前を出したら見事に嫌な顔をしていたぞ。嫌われているな」

 

 満面な笑みでなんて心をえぐることを言ってくるんだ。

 辺りを見回して楯無辺りに助けてもらおうとしたが、どういうことが姿がない。

 

「そうそう。知ってるか、悠夜。簪は従順じゃからその首輪をつけてやったら間違いなくエロくなるぞ」

「どうでもいい知識過ぎて泣けてくるわ」

 

 少なくとも、今、この状況においてはどうでもいい。だからむくれないでくれ、簪。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、場をかき乱すわ、からかうわ、空気をあえて読まずに竜巻の如く去って行った……と思われたが、悠夜たちが寝ている間に楯無のベッドの上に寝ている簪と本音を悠夜を挟むようにして配置して、自分は後処理で帰ってこない楯無のベッドに寝て、悠夜が起きた時に超ド級のイベントが起きてしまうが、それはまた別の話。

 翌日。6月30日を迎えた早朝。ラウラ・ボーデヴィッヒは制服に着替え、用務員室に訪れていた。

 ドアをノックしたラウラ。中なら返事が返ってきたのでドアを開けると、そこには二人の老夫婦がいた。一人は昨日ラウラと会った十蔵。そしてもう一人は―――

 

「初めまして、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。私はIS学園の学園長を務めさせていただいております。轡木菊代と申します」

 

 十蔵の妻、菊代がそこにいた。

 

「………知っている……いえ、存じ上げております。ですが、何故ここに……」

「それは私があなたが慕う織斑千冬ではなく、桂木悠夜を―――男女平等を支持しているからです」

 

 そう告げた菊代に対して、ラウラは意外そうな顔をする。

 

「最近はなくなりましたが、最初のころは大変でしたよ。ただ校長としての職を探していたら、かなり高い給料で募集をかけられていたので受けたというだけで女尊男卑と思われてしまうし………」

「菊代。今は…」

「そうですね」

 

 十蔵に諫められ、菊代は黙ることにした。

 

「さて、ボーデヴィッヒくん。あなたは桂木悠夜のことをどれくらい知っていますか?」

 

 そう尋ねられたラウラは自分が知っていることをすべて話す。

 男性操縦者になる前は一般人であり、これと言った特徴がないこと。ほかの生徒たちには嫌われ、存在自体否定されていること。自分が敬愛する織斑千冬を嫌っていること。

 

「順を追って話しましょう。まず織斑先生が彼に嫌われている理由は、4月にクラス代表を決める戦いがありました」

「……話は聞いています。確か、織斑一夏とイギリス代表候補生が戦ったと。そしてその裏で桂木悠夜が襲われていた、と」

「ええ。調べたところによると、どうやら食品を輸送するトラックに紛れていたようで、着替え中の桂木君に襲い掛かったようです。この言い方はどうかと思いますが、その原因を作ったのは他ならぬ織斑先生にあります」

 

 ラウラにとって千冬はどん底にあった自分を「隊長」という地位に戻してくれた恩人である。その恩人を悪く言われるのは嫌な思いだった。

 

「何故、そう思うのですが?」

「本来、桂木君はクラス代表戦には関係ありませんでした。関係あったのは織斑一夏、そしてセシリア・オルコット。この二人の口喧嘩に織斑一夏から推薦されていたからという理由で無理矢理巻き込まれたに過ぎません」

「襲われたのはあくまで結果ではないのですか?」

 

 ラウラのその言葉に十蔵は「確かに」と答える。

 

「ですが、織斑先生が桂木君を無理矢理参加させたことで、桂木君は織斑先生に敵意を持つようになりました。簡単に持ち始めた気がしますが、その理由もわかっています。しかしそれは総じての方がいいでしょう。そして次のイベントであるクラス対抗戦。彼は救援が来ない状態で単独で戦いました」

「……それはおかしくありませんか?」

 

 ふと、ラウラが言葉を切る。

 

「何がでしょう?」

「学園には戦闘部隊がいると聞いています。桂木は男と言えど学園の生徒。部隊は救援に行くはず―――」

「彼はね。ただ「男」という理由で見捨てられたのです」

「———!?」

 

 ラウラは信じられないと言わんばかりの顔をする。ラウラ自身、周りを見下してはいるが国民が助けを求めているのならば性別に関係なく助ける。そしてそれが彼女にとって当たり前だった。

 

「幸い、彼が対応できる武装の準備が私の会社にあったのでそれでなんとか乗り切りましたが、もしなければ間違いなく彼は死んでいたでしょう」

「……指揮官は誰だったのですか?」

「織斑千冬ですよ。彼女は現在、有事の際の指揮官をすることになっています」

 

 そうなったのは千冬が世界覇者であり、女にとって崇拝するべき存在として扱われているからである。それが例え引退後であってもだ。その役はいくつもの修羅場を乗り切ってきた十蔵でもいいのだが、今の女性は男は所詮自分たちに金を貢ぐ奴隷としか思っていないため、言うことを聞かない可能性がある。もっとも、彼女たちが十蔵と生身で戦ったところで1分持てばいいレベルなのだが、ISがある以上同条件で戦うわけがない。

 

「では、あの人は桂木が一人で戦っていることには………」

「その時に偶然にも周囲に電波障害があったようで、彼女がいた管制室には情報が届いていなかったようです。彼女自身、後から桂木君が単独で戦っていたことを知ったみたいですし」

 

 そう言われてラウラはふと思い出したことがある。

 彼女がまだドイツにいた頃、上官の女尊男卑思考の女が悠夜が専用機を受領したと聞いたらしく毒づいていた。

 

「確か桂木は、本来ならば専用機を受領しない予定だったんですよね?」

「ええ。おそらく彼が強制的に試合に出されていたとしてもまともな成績を残せず、訓練機すら防衛手段の機体として支給される予定もありませんでした。確かに私は彼の身内を知っていますが、実力を見ずにコネで専用機を―――ましてや大金がかかるIS開発などさせません。彼自身、何よりもそれを嫌っていますからね。ですが、彼には裏打ちされた実力があり、クラス対抗戦の裏で周りを助けるために我々の製品で見事に敵を倒した」

 

 するとカーテンが閉まり、プロジェクターが起動する。あらかじめ打ち合わせでもされていたのだろうか、菊代がパソコンを操作して画面に映像を出す。

 それは打鉄を装備した悠夜が無人機との戦闘をしているシーンだった。

 

「これは……本当に桂木なのですか?」

「あの特徴的な眼鏡をかけているでしょう?」

 

 ———言われてみれば

 

 ラウラは瓶の底のような眼鏡が悠夜にかけられているのを何度も見たことがある。こんなものをかけているのは学園中探しても悠夜ぐらいなものだろう。

 だがその戦闘はラウラの想像を超えるほど見るに堪えないものだった。防戦だからということもあるが、どこか手加減しているとも感じれる。それは「強者としての余裕」というよりも「攻撃をすることを怖がっている」という風だ。

 

(……それが一体、あそこまで戦えるようになる?)

 

 ラウラは悠夜と一戦交えたことを思い出したが、あの時ラウラは「中々やる」という印象を持っていた。

 だが映像の悠夜はそうでもないどころか、一夏よりも劣る印象を持ってしまう。

 

「では、次の映像を見せましょうか」

 

 次に映し出されたのは同じ場所だったが、途端に悠夜はそこから離脱する。「逃げ出した」と思ったラウラだが、すぐにその答えが違うことを理解する。

 今度は動きが変わり、早くなった機体を平然と乗りこなすだけでなく、容赦なく敵を倒す。

 

「一体どういうことだ!?」

 

 普通ならばそんなことなどありえない。

 ISもそうだが乗り物を乗り換えた場合、大抵は性能の違いに驚き、操作に戸惑ってしまうものだ。だが悠夜はなんでもない風に戦闘を行い、容赦なく敵を嬲った。一部、焦るシーンもあったがそれが演技だということも知らされる。

 

「随分と違うでしょう? 彼曰く、あれくらいは当たり前だそうですよ」

「……当たり前?」

「彼の世代で言えば、戦時中換装なんてアニメの主人公がしていることですから。ともかく、これだけ動けるならば用意しても問題ない。そう判断して「轡木ラボ」から専用機を用意させました」

 

 その言葉にラウラは納得してしまう。

 それほど悠夜の動きは変わっていて、もしその敵機が自分であったならば対応できないだろうと思うほどだったからである。

 

「それから彼は、事あるごとに大きなイベントの裏で鎮圧作業を行っています。あなたが襲った更識君のことといい、レーゲンの暴走といい、昨日のことなど、あなたはまだ覚えているでしょう?」

 

 ラウラは俯き、小さく頷く。

 

「それに、あなたは今頃殺されるか、もしくはドイツへ無理矢理戻され二度と表舞台に立つことなく使われなくなれば処分されるかのどちらだったでしょう。いや、下手すればあなたは月曜日の時点で悠夜君の手で殺されていたかもしれない。だが彼はあなたを助けることを選び、暮桜となったシュヴァルツェア・レーゲンからISコアとあなたを救いました。それに昨日、襲撃者からもあなたを守った。それでもまだ、あなたは「織斑千冬」を選ぶのですか?」

「………私は……」

 

 現実を突きつけられ、彼女は次第に涙を浮かび始める。

 いつの間にかラウラの目から涙が流れ始めていたが、彼女は気付かずにある質問をした。

 

「……最後に聞きたいことがあります」

「何でしょう?」

「私は彼に助けられ、ある夢を見ました。桂木悠夜がバイクに乗り、銃を持つ人間や警察に追われる夢を……」

 

 十蔵は一度驚いたが、やがてゆっくりとその答えを教えた。

 

「……そうですか」

 

 そう答えたラウラは持って来た鞄を取り、礼を言ってそこから退散する。

 

(……私は、恩返ししたい)

 

 そう思いながらラウラは自分の鞄の紐を強く握る。それはおそらく彼女の耳には十蔵の言葉が強く残っているからだろう。

 

 

 

 

 ———彼はね、IS学園に来る前に女尊男卑の思考を持つ女たちに襲われていたんです。彼女らは自らの役職をすべて使い、彼を殺そうとしました。ある人はナイフを、ある人はどこかから手に入れた銃を、またある人は警察を動かし、罪をでっちあげて彼を逮捕しようと動いたのです




ここ最近、急に温度が下がってきましたね。みなさんも私みたいに体調を崩さないようにしましょう。まぁ、それでも私は色々としていましたけど。バイトとか。

次回予告? 道筋は決まっていますが上手くまとめられていないので休みです。嘘予告ですけどね。


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#49 デュノア社、暴露される

 翌日。いつもより遅く寝ると当然ながら起床時間もずれてしまう。

 いつもよりもかなり遅めに起きた俺がすぐ認識したのは、温もりだった。

 

「ん~ゆうや~ん」

「………」

 

 どうやら寝ぼけているようだ。さっきから俺の背中に抱き着いてほっぺをスリスリしてくる。

 当然ながら男は朝にアレが覚醒してしまうわけで、甘っぽいかつ可愛いボイスに瞬時に立ってしまった。

 

(……今、何時だ?)

 

 だがそれも考えてみればいつものことだし、気にせずに時間を確認しようとしたら視界に水色の髪が入っていた。

 

「………」

 

 たぶんこれは幸せなんだ。可愛い女の子にサンドイッチされているから幸せなんだ。だけどこういうのは、できることならISを動かす前に味わいたかったです。

 

(…そういえば、リゼットは人目を憚らずに接近してきたな)

 

 たった半年……もなかったな。大体5か月ぐらいだったが、遠慮なく腕を組んでくるわ、ほっぺをスリスリしてくるわ―――完全にアウトだ。うん。

 ちなみにリゼットは7月末の終業式後に向こうの学校に戻るということだったので、大体8月の最初辺りで帰るはずだったのだが、5月の世界大会後に心を開いてくれたのか俺と離れるのが嫌だったらしく8月下旬ぐらいまで無理矢理写真を撮らされた記憶がある。

 とりあえずまだ朝だろうしニュース番組ならば画面の左上に時間も表示されているから確認しようとテレビを点けると、とんでもないニュースが流れていた。

 

【令嬢の激白! デュノア社社長は愛人を外に作っていた】

 

 ニュースでは男の名物司会者がそれを取り上げていて、デュノア社の社長が外で愛人を作っていたことやデュノアが男と言われているが本当は女であることなどが色々と言われている。

 大抵こういうのは動画サイトにアップされているのでパソコンを使うために起き上がろうとすると、

 

「ミニタイプなら」

「ありがとう。でもあまり他人の手で触れてほしくないな」

「……ごめんなさい」

 

 シュンと悲しむ簪の顔が可愛すぎて困る。っとと、今はそれどころじゃないな。

 急いで動画サイト「よ! つーぶ」に接続して「リゼット・デュノア 激白」と入力すると、いくつかの放送局のチャンネルから日本語処理を行われているであろうページを開く。

 

『みなさん初めまして。わたくしは現在IS業界第3位のシェアを持つデュノア社の社長「シルヴァン・デュノア」の娘「リゼット・デュノア」です。本日は夜10時と言った遅い時間でのご来訪、まことにありがとうございます』

 

 第一印象は間違いなく「高飛車そう」というイメージを持つであろうリゼットが丁寧に話す様は未だに慣れない。

 

『リゼット・デュノアさん。今日はお父上の裏の顔をさらけ出す、ということをお聞きしたのですが、本当にそんなことをしてよろしいのでしょうか?』

『というと?』

『デュノア社社長――—シルヴァン・デュノア氏の裏を話すということは、デュノア社は以後IS業界では大きな顔をできないのでは?』

 

 記者の一人(おそらくサクラだろう)がリゼットに尋ねると、

 

『確かに。今後デュノア社は大きな顔―――いえ、現在のような状況になることはないでしょう。精々が軌道に乗った中小企業レベルへと落とされ、最悪他社に吸収されることも遠い話ではないでしょう。ですが、我が父は重大な過ちを犯し、そして母はそれを利用しさらなる罪を犯しました。そしてそれはもう既に世に出てしまっている以上、発表するほかないと私は判断したのです』

 

 臆することなくそう言ったリゼット。その頃、隣では本音がのそのそと体勢を変えていた。

 

『罪、とはどのようなことをされたのでしょう?』

 

 今度は別の記者が尋ねると、

 

『それを話す前に、まず皆さまには言っておかねばならないことがあります。まず今回の話は長くなります。つまり退出するならば今だけです』

 

 だが記者は誰一人として出ることはない。それはあらかじめ予想していたのか、リゼットは笑顔を見せて指を鳴らした。

 すると黒服たちがカギを閉め、出入り口を固める。

 

『すみませんが、あなたたちを拘束させていただきます。もっとも私はあなたちをどうこうするつもりはありません。これは一つのけじめとして、そして大事なことなので拘束させてもらうだけです。あなたたちには何一つ添削せず、わたくしが話したことをすべてを記事にしてもらいたいを思いましたので』

 

 どうやらリぜットは本気で両親を捨てる気のようだ。

 特に立ち上がる音もしないのでおそらく記者たちは聞く予定だろう。辺りを見回したと思われるリゼットはゆっくり話し始めた。

 

『わたくしの父———シルヴァン・デュノアは大学に通っている間、一人の女性と出会いました。しかしそれはわたくしの母ではなく、別の女性です。その女性とは遊びのようで、卒業前に捨てました』

 

 本来ならば様々な思惑があっただろうが、リゼットははっきりとそう言い切った。

 

『その後、母であるアネットと政略結婚をしました。母の家は当時フランス内の一番の企業家で、たくさんの金を持っていましたからおそらくはそれ狙いと思われます。当然、母はそれに気付いていました。ですがISの登場によっていち早くそれを取り入れた結果、みなさんも知っている通りデュノア社は一代で大企業の仲間入りを果たしたと言っても過言ではないほどの業績を叩き出しました』

 

 俺も簪も、そしていつの間にか目を起こした本音もリゼットの言葉に注目する。

 

『ですが、家庭環境は決していいものとは言えませんでした。ISの登場によってそれをより多く取り入れた各国は自然と「女性優遇制度」が取り入れられました。この中にいる男性の方々には身に覚えがあるでしょう。母もその思考に切り替わり、私を生んだ母は私にも同じ思考を植え付けるように教育されたのです』

 

 だからボッチになって俺が一番苦労したんだけどね。しかも最初は他の女子と仲良くできていたけど本性を出したから一気に離れ、結果的に俺のところに来るようになって、ゴールデンウィーク中の大会にすらついてきたのは本当に驚いた。

 

『ですが、今のあなたにはそのような態度がないと見えますが?』

 

 今まで尋ねた記者とは違う別の記者がそう質問すると、

 

『はい。わたくしは一時期日本に留学したのですが、そこで私のお世話係の男子生徒とよく話すようになり、自分が愚かな考えを持っていたことを身を持って知りました』

『その男子生徒とはお付き合いをなされている、ということでしょうか?』

『いいえ。そのような関係ではありません。わたくしが一方的に尊敬の念を抱いている、という言葉が正しいのでしょう。その方は最初わたくしと会話することさえ煩わしそうでしたが、よく世話を焼いていただきました。幸い、その方は語学をマスターする趣味をお持ちのようでして、フランス語を話せたこともあってお互いの言語を知るために護衛付きですがわたくしの部屋でよく勉強をする間柄でしたわ』

 

 だってそれ拒否権なかったじゃねえか! 朝早くに黒服と一緒に来て「勉強しますので今すぐ準備しなさい!」とか言うから義妹が呆然としていたからな。しかも最悪なことに、友達がいないからって理由で俺まで女子と体育をさせやがって! プールは別なのは幸いだったけど、その時からやたらと視線を感じていた。

 

『話を戻させていただきますわね。わたくしは留学期間を終えて日本から帰国した後、私と歳が変わらない女の方が家にやってきたのです』

 

 唐突の爆弾発言に会場は騒然とした。

 

『その方の扱いはわたくしから見てもとても良いものではありませんでした。わたくしとは違い学校にも行かせてもらえず、家庭教師を雇っての勉学を教えてはいたようですが、それ以外は社の非公式のテストパイロットとして通常の賃金の半分の値で働かされていたのです』

 

 …………なるほどね。

 ふと、昨日のことを思い出す。リゼットの母親が学校を襲撃した場所の近くはデュノアを助けるために説得する場所として指定したところだったのだ。ということは間違いなく、この会見はデュノアの犯罪を見逃すための材料だろう。

 

『それも最近わかったことであり、いずれ向かうIS学園に入学するためにわたくしは勉強をしておりました。そしてつい先日、二人の男性IS操縦者が現れたことでその女性もある目的のためにIS学園に入学することが決まり、今も通っています。その人物の名は―――シャルル・デュノア』

 

 核爆弾でも投下したような錯覚を覚えた。画面の向こうの場内が騒がしくなった。

 

『シャルル・デュノアは、確か3人目の男性IS操縦者として現れた―――』

『はい。ですが彼は女です。男の姿をすれば日本で現れた二人の男性のデータと専用機のデータをそれぞれ手に入れることができる―――そう考えた両親は社の上層部と政府の一部と結託し、彼女を男として入学させました』

 

 途端に場内では矢継ぎ早にリゼットに問い始める。

 

『落ち着いてください。まだ話は終わっていません』

 

 だがそれでも記者たちの熱は冷めず、しまいにはリゼットに対して罵倒を飛ばし始める。

 

『お前たちはスパイを送ったんだろう!』

『フランスの恥さらしが!!』

 

 間違いなく切れるレベルのことを言われたが、リゼットは平然としていた。それどころか、どこか見下している雰囲気を見せている。

 

『実はこの会談を設けるに当たって、一つある処置を行わせていただきました。あなた方の家族を調べ上げ、全員をいつでも殺せるよう準備させていただいています』

 

 一瞬だった。一瞬で会場を黙らせた彼女は笑顔を見せる。

 

『まぁ、ここで言ったとしても信じられないでしょう。では先程、わたくしに対して勝手な憶測で発言をした方の家族には死んでいただくとしましょう』

 

 すると場内に着信音が鳴り響く。リゼットのものらしく、電話に出た彼女はすぐに「ごくろうさま」と言って電話を切った。

 

『……そ、そんなの………騙されないぞ!』

 

 罵倒した記者の一人がそう言って電話をかけるが、顔を青くしたことからおそらくは最悪な展開になっているのだろう。その記者は出入り口に向かうが、黒服が止めた。

 

『出せよ! 出してくれよ! 家族が電話に出ないんだ! 安否を確かめさせてくれよ!』

 

 悲痛に泣き叫ぶその記者に対し、黒服は無情に答える。

 

『お嬢様から誰一人として出さないようにと言われていますので』

『なんでだよ!? 家族が心配なんだ! 出せよ!!』

『出さないようにと言われています』

 

 誰一人として一言も発することがなかったが、リゼットだけはその様子を笑ってみていた。

 

『ふざけんなよ! いいから出せ!』

『ご安心を。先程のは冗談です』

『………は?』

『ありがとうございます。あなたはデモンストレーションとしてとても良い働きをしてくれました』

 

 途端に黒服たちは笑い始めるが、その記者だけは怒り始める。

 

『ふざけるな! いいから出せ!』

『何でしたら電話してはいかがでしょう? 一時的に電波障害を起こしましたが、今は正常に作動します』

 

 すると記者は電話をすると今度は繋がったようで、ホッとしていた。

 やがて最初に質問した記者が挙手し、リゼットに尋ねる。

 

『どうしてこのようなことを? 明らかにこれは犯罪でしょう?』

『実はこれも話に関係しているのです。まず初めにわたくしは自分の父が学生時代に付き合っていた女性を捨てたことは知らせましたよね? 実はその方には父との子供を既に孕んでいました』

 

 おかしいな。リゼットの口から「最初にあからさまな伏線を張っていましたが気付かなかったのですか?」と言っている風に聞こえる。

 

『やがてその方はお亡くなりになられました。少なくとも、公式上ではそうなっています』

『……公式上では、とは……まさか生きていると?』

『はい。その方は生きています。交通事故で死んだことになっていますが、その交通事故は母の手下が起こし、あえて証拠が残らないように車を海に落としたのでしょう。発狂し、発作を起こして暴れますが、現在は風当たりの良い過ごしやすい場所にある介護施設でメンタルケアを受けております。彼女やほかの方の安静のため、取材などは一切禁止とさせております。ご協力ください』

 

 たぶんこれも幻聴だろうな。「興味本位で近づいたら翌日死体となっている可能性もあるから止めておけよ?」って聞こえるのも幻聴だろう。

 

『では、それほどの罪を犯した彼らは今も平穏無事に過ごしているのですか?』

『彼らに関してはもうそれぞれ牢屋に入れられています。父はフランスで、そして母は日本で捕まりました』

『日本で!?』

『はい。どういう経緯かは知りませんがつい先程逮捕の知らせを受けました。遅かれ早かれ同じ結果となっているので何ら問題ありません。近日中にこちらに送られてくるようですが、その時にインタビューしてあげてはどうでしょう? 「哀れなデュノア夫人。無様に逮捕される」という題で』

 

 クスクスと笑うリゼットはとても親のことを思っている風には見えない。本当にアイツ、フランスで何かあったのか?

 

『では、今後デュノア社は他社に買収される形となるのでしょうか? それと、今後現在IS学園にいるスパイはどういう処遇に?』

『デュノア社に関してはまだ何とも言えない状況です。そして義姉は今後もフランスの代表候補生として活動を続けてもらうことになっています』

『ですが、彼女はスパイなのでしょう?』

『はい。ですがそれはあくまでもデュノア社としてではなく、わたくしたちのスパイとしてです』

 

 途端に会場が湧いた。本当に一体どういうことだろうか。

 

『確かに彼女はシルヴァン・デュノアとアネット・デュノアに用意されたスパイでもありました。ですがそれはあくまでも「そういうフリ」をして行ったというだけで、本当は我々救済側のスパイだったのです』

『……待ってください。それは一体どういうことなのでしょう?』

『彼女は母を人質に取られたことで半ば無理矢理スパイをさせられた状態だったのですが、わたくしにだけは愚痴をこぼしてくれました。助けてほしいと、母を救ってくれと。そしてわたくしはフランス国内のISに関しては最高権力を握るクロヴィス・ジアンに救援を求めました。幸い、義姉は言葉で日記を残していたのでそれが証拠となりましたの』

 

 そう言って彼女はよく見かけるマイクレコーダーを見せつける。

 

『で、では、今IS学園にいるシャルル・デュノアは―――』

『現在、IS委員会が彼女の身の潔白を証明をしていることでしょう。何せ彼女はIS学園に行ってからというもの、まともなデータを送っては来なかったのですから』

 

 まぁ、送れはしないだろうな。

 デュノアには常時更識から派遣された監視役がいたし、本人も織斑に話してからというもの俺が知る限りそんな素振りもなかったしな。

 しかしいいのかリゼット。これ、所々違和感があるだろうに。

 

(ま、今年15歳の少女発表にしては上出来だとは思うだろうけどな)

 

 実際はでっち上げだしな、とか思って俺は動画を止める。

 ともかく今は登校の準備をしないといけないし、この辺りにしておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、何も聞かされていなかったシャルルはそんな会見が行われていると知って冷や汗をかいていた。

 

「……あの、僕があの子に助けを求めた風になっているんですけど……」

「だが、君はこれで悪党を倒したヒーローになれる。アメリカならば絶賛されるだろう」

 

 クロヴィスの言葉に「そ、そうかもしれないですけど………」と返すシャルル。当然ながら、彼女はリゼットに助けを求めた覚えも、証拠を残した記憶も、言葉で日記を残した覚えもない。すべてがリゼットのでっち上げである。

 

「先程、IS委員会やフランス政府からも君の待遇に関しての通知が来た。君はこのままフランスの代表候補生として活動を許可された。学年別トーナメントで決勝に残ったこと、ドイツの代表候補生を織斑一夏とのコンビネーションで倒したことが評価されたそうだ」

「………」

 

 複雑な思いを抱きつつ、シャルルはただ頷く。

 

「ともかく君はこれからも代表候補生として活動してくれればいいそうだ。ただ君はリゼット君が用意したレールを歩けばいい」

「………私は」

「まぁ、恋愛ぐらいは別に構わんだろう。だが、あくまでも誠意ある恋愛を、だぞ」

「わかりました」

 

 言われたシャルルは笑顔を見せる。クロヴィスはひそかにその笑顔を隠しカメラで撮影するのだった。




ということでシャルル改めシャルロットは無事、フランス代表候補生として生き残ることができました。理由としては大丈夫ですよね? ですよね? 協力しているし、母親を人質に取られているし、大丈夫ですよね?

次回で第2章、終了予定です。


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#50 どうせならば孤立を選ぶ

 朝食を終えて部屋を出た俺たちはそのまま校舎の方に向かっていく。大抵の生徒は朝食を食堂で摂るので、ここに残っているのは既に食事を終えた者か、遅刻者かの二択だ。いや、朝を教室で摂る奴もいたな。

 

 ともかく俺たちは三人で各々の教室へと向かっていると、大抵デュノアの話題が耳に入ってくる。それほど驚いたのだろう。

 まぁ、無理もない。彼女らは本気でデュノアを男だと思っていたのだから。

 

(女尊男卑の巣窟でも男に興味を持つんだな)

 

 いや、むしろ思春期だからより興味を持つのか、大抵は女子校の出身だから未知なる生物の男子に興味を持つのか。

 

 

 簪と1組の教室前で別れ、俺と本音が教室に入ると視線が集まる。だがそれも一時期だけで、すぐに近くにいた奴との会話を再開した。

 

(やっぱり、デュノアのことだろうな)

 

 聞いたところによると、俺たちの昨日の戦闘は寮や食堂にいる奴らは知らないようだ。教員たちも交代で見張っているところに虚先輩からの通報で知ったらしい。どうでもいいかもしれないけど、本音と虚先輩って姉の方に「先輩」が付くから別に姓で呼んでもいいと思う。

 席に着席し、前髪で目を隠すように予備の厚底眼鏡を外して突っ伏す。次第にウトウトし始め、外部の音声を遮断しにかかる。本音はこの状態に入った俺が起こされるのを知っているので、たぶんさっきから俺の耳たぶを触って頼んでいるのだろう。ちょっと気持ちいいのでそのまま続けてください。

 やがて脳内に何かがひらめく音が聞こえたかと思ったら周りが騒がしくなったので顔を上げて眼鏡をかける。織斑先生はいないが既に山田先生はおり、周りは着席した。

 

「みなさんおはようございます。あのニュースや遅くまで起きていた人ならばもう知っていますと思いますが……その……」

 

 まぁ、「男子が実は女子でした」なんてことをそう簡単に言えるわけがないだろう。

 ちなみに俺の席からだと―――というか大抵の席から山田先生のいる位置を見ようとすれば必然的に織斑も見えてしまうが、何故か織斑は首を傾げていた。

 

「………でゅの―――じゃなくて、ジアンさん。入ってきてください」

 

 惜しいな、山田先生。「でゅの」ではなくて「デュオ」だったならば俺の脳内で「死神様のお通りだ!」という名言が流れたのに。声はもちろん短命のクローンという理由で見捨てられ、世界を呪った男の声である。

 どうでもいいことを考えていると、入口から一人の女生徒が入ってきた。

 制服は男子用から女子用に変わっており、ズボンはスカートへと変更されている。が、普段のデュノアからして膝が隠れるか少し上部分になると思われる先端は、夏だからかあと数センチ上でパンツが見えそうな位置だった。思わず俺は床を見たが、盗撮・盗聴のプロでとある商会の店主はいない。いたらいたらで大問題だが、アレならば悠々と侵入しそうで怖い。

 

「シャルロット・ジアンです。もう私のことは聞いていると思いますが、改めてよろしくお願いします」

 

 一礼するデュノア改めジアンはみんなを見回す。その様子は小動物を思わせるが、誰も特に何も言わなかった。だが一人、名前を知らない誰かが挙手せずに尋ねた、

 

「そういえば月曜日に、男子用に大浴場が開放されたって聞いたけど……入ったの?」

「何!?」

 

 思わず俺は反応してしまった。別にジアンの体云々はどうでもいいんだが、大浴場というものには今回ばかり引かれた。

 というのも俺は月曜も金曜も実質鎮圧したんだが、疲れた取れた気がしない。特に昨日なんざロリババアのせいでもっと疲れたからな。

 

「まさか、あなたでゅ……ジアンさんの裸を―――」

 

 前の席の奴がそんなことを言っているが完全に無視する。

 

「山田先生、俺は一言も「大浴場が開放された」なんて聞いてませんよ?」

「そ、それは……その……実は……」

 

 しどろもどろして中々答えない山田先生。なるほど、なるほど。そういうことか。

 

「誰がアレを入れるのよ……大浴場が汚れるじゃない。やまちゃんナイス!」

「そういえば、更識先輩と同居しているのよね?」

「もしかして先輩が入った後の湯を飲んでいるとか!?」

 

 ナチュラル変態ズが変な想像を口にし、それはどうやら山田先生の耳に届いていたようで顔を赤くしていく。

 

「桂木君! いくらなんでもそんなマニアックなことは―――」

「そうやって話題を変えようとしてもダメですよ、山田先生」

「い、いえ……そういうつもりは決して……」

 

 言葉を濁す山田先生。俺は盛大にため息を吐いた。

 

「ちなみに俺は目を覚ましたら保健室にいたんですが?」

「あ!」

「………なるほどね」

 

 そこまで考えていなかったわけか。それとも、今のは演技で本当は「どうでもよかったから探さなかった」と考えるべきか。

 

「まぁいいですけどね。おかげでこの学園がどれだけの価値かを把握できた―――」

 

 ———バンッ!!

 

 急にドアが開け放たれる。織斑先生がそれをするのはあり得ないだろう。よっぽど切れているならばともかく。

 その原因と思われる奴は瞬時にIS「甲龍」を展開した。

 

「………ねぇ一夏。さっき話を聞いたんだけど、女と大浴場で混浴したってどういうこと?」

「ま、待て鈴。理由を聞くならISを展開する必要はないんじゃないか?」

 

 どうやらほかのクラスでもジアンが織斑と一緒に大浴場に入ったことを話しているらしい。いやいやお前ら、他に会話をする内容はあるだろうが。

 

「ああ、もういいや―――死―――」

 

 ———ドォンッ!!

 

 フルパワーになる前に《サーヴァント》で撃ち抜き、同時に周囲に破片が飛び散らないようにバリアを張った。

 

「凰。冷静になれ―――とはいくらなんでもこの状態では言わないよ、俺は。………まぁでも、流石にここじゃなんだ。ちゃんと場所を選んで、織斑諸共教壇に立つホルスタインをひき肉に変えるなら協力してやる」

 

 何か言いたそうな顔をする凰に対してそう提案すると、即決した凰は声を大にして言った。

 

「乗った!」

「ちょっと待ってください凰さん! 何でホルスタインって言葉を否定してくれないんですか! って、何でそこで「何を言っているの?」って顔をするんですか!?」

 

 そりゃあ、凰にしてみれば山田先生なんてミンチにしたいゴミ女そのものだからだろう。まさかこんなところで本音の挑発が活かされているなんていくら俺でもわからなかったが。

 

「でもまぁ、考えてみろよ。いくらデカくても男がいない奴なんてザラだろうぜ。目の前のホルスタインがいい例だと思う」

「いい加減にしてください桂木君! いくらなんでもそれ以上は怒りますよ!」

「怒るなら目の前に彼氏を連れてきてくださいよ。連れてこれるものなら、ね?」

 

 言うまでもなくダークサイドに落ちていく山田先生。「どうせ私なんて」って言葉は気のせいではないだろう。まぁ、下手に合コンとかしたところでお持ち帰りされても間違いなく体目的だろうから警戒は必要か。まったく。こっちとしてはISを展開した凰をなだめているってのに、教師ならば大人しく生徒の模範という名の犠牲になってろ。

 そんなことを思っていると、俺の隣から何故か絶賛の声が上がる。

 

「———見事な口撃ですね、流石はご主人様」

 

 色々と突っ込みたいんだが、とりあえずだ。

 

「……えっと、ボーデヴィッヒだよな?」

 

 いつの間に教室にいたのだろうか、何故か俺の隣に立つボーデヴィッヒは俺どころかここにいるすべての人間に言わないであろう言葉を吐く。

 

「おはようございます、ご主人様。本来ならば誰よりもそばにいるべきですが、調べ物をしていたら時が経つのを忘れてしまい、申し訳ございません」

「ああ、うん。別にいいんだ……いいんだけど……」

 

 この子、誰?

 少なくとも、俺が知るラウラ・ボーデヴィッヒじゃないことは確かだ。

 

(十蔵さん、あなたは何を話したのですか?)

 

 ただ説明したならば、こんな状態になるのはありえないはずだ……たぶん。

 

「でも、ご主人様を止めて」

「そうですか? この国では真に敬愛する者に対してそう呼ぶと聞きましたが」

「ああ、うん………」

 

 ギャルゲーとかでも結構そんな場面あるけどさ、ぶっちゃけ金のためだと思う。

 だが正直、この場面でそう言われるとむず痒いというか………罪悪感に襲われるというか………犯罪感満載というか………。

 

「えっと……どういうこと?」

「まさか、とうとうやっちゃったの!?」

「あれだけ千冬様を敬愛していたボーデヴィッヒさんを調教し終えるなんて………どれだけ激しいのよ!?」

 

 ………実は昨日で色々と話があってドイツ人的認識だとボーデヴィッヒは俺の所有物になった。

 だがそれを説明するには難しい。少なくともどこかおかしいこいつらの場合はどれだけ正しく説明しようと「桂木悠夜が寝取った」と思われかねない。というか既に思われてる。

 

「でも……悪いが「ご主人様」は止めてほしい。言われ慣れていないからさ……」

「………わかりました」

 

 うわぁ。止めてもらっても罪悪感が湧くとかなんだよ。ちょっと万能すぎやしないか? 今までの付き合いからは予想できないほどの萌えの宝庫を見せつけられて俺は困惑していた。

 だが少しした後、何かに閃いたらしいボーデヴィッヒは―――

 

「では、「兄様(にいさま)」はどうでしょう? 少しフレンドリー感は否めませんが、「様」を付けることによって補えると思いますし、何より一つ上ですから敬称としては間違っていないはずです」

「…………えーと」

 

 あっさり俺が一つ上であることをバラされて困惑してしまう。そして自信満々だったボーデヴィッヒ自身も周りの奴らによって自分の発言がどれだけ大変なことをしてしまったのか理解したようだ。

 

「一つ上ってどういうこと? 桂木ってもしかして今年17歳なの?」

「え? じゃあ留年しているってこと……?」

「顔が隠れているからわからなかったわ」

 

 最後の奴、たぶん顔は関係ない。顔からわかることは10代後半ってぐらいだろう。当初は言うのが面倒だし知っているものだと思っていたが、よく考えればこいつらはどういうことか織斑先生と織斑が姉弟ということを知らなかったらしいからな、ニュースを見ていないのだろう。

 そんなことを考えていると、前にいる男がとんでもない発言をした。

 

「え? じゃあ悠夜って…馬鹿なのか?」

 

 ……………ほう。

 誰が予想しただろうか。おそらくIS学園どころか地球代表の馬鹿としても選出されてもおかしくはない馬鹿にまさか「馬鹿」呼ばわりされりとは。

 だがそれが火付けとなったのか、一部を除いてクラス中が笑い始めた。

 

「何それ? じゃあアイツ、留年して一年にいるの? ダッサ」

「ファッションすらもダサい癖して頭も悪いなんて、救いようがなさすぎるわね」

「よくそんなんで生きようと思えるわね。私だったら恥ずかしくてすぐに世界のための犠牲になるわよ」

 

 何とも言えないとはまさにこのことなのだろう。特に本音の周辺にいる奴らは鈍すぎる。織斑に対してどうこう言っているのを聞いたことがあるが、かの有名な英雄「ヘラクレス」を具現化させるほどの殺気を放っている本音に気付かない自分たちの鈍さも治す必要もあるだろうに。

 そしてボーデヴィッヒは自分の発言がどんな状況を生み出すかを理解してくれたようだ。

 今にも泣きそうになっているボーデヴィッヒを見て我慢の限界だった俺は思わず笑ってしまった。

 

「……フフフ……ハハハハハッ!」

 

 ああ、ヤバい。やっぱりこの学園に来る連中はズレているが、それ以上に俺がズレているんだと改めて理解させられてしまった。

 

「ご主人様、この者たちを処分します。返り血を浴びる恐れがありますので教室から退避してください」

「そんなことをするなよ。せっかく俺の物になったってのに、そんなに可愛くて綺麗な手を汚すなんて以ての外だ。それに―――」

 

 俺はラウラを引き寄せ、抱え込むようにした。

 

「わざわざこんな雑魚如きに、君が出る必要なんてないさ。そんなことをするよりも、君にはしてもらうことがある」

 

 自分でもむず痒く感じる言葉を平然と吐けるのは、二次元に手を出したが故だろう。

 ちなみにボーデヴィッヒには―――いや、ラウラには俺が持つ知識を植え付けなければならない。それはここにいる奴らを駆逐するよりも重要である。

 何故かおっとりするラウラに対して自分の言葉とラウラの様子に引いていると、俺に雑魚呼ばわりされたからかクラスメイトの一人が俺に対して言った。

 

「贔屓で専用機をもらった男風情が、見下してんじゃないわよ!」

「そうよ! ただ機体に助けてもらっているだけの屑が!」

 

 最初に言った奴に同調してか、本音の周りでそんなことを言い始めるので内心ヒヤヒヤしている。

 

「ああ、その辺りの文句ならば学園の部隊員共に言ってくれ。そもそもあいつらがサボりさえしなければ俺に黒鋼が渡ることがなかったが。でもまぁ、その言葉は褒め言葉として受け取っておくとしよう。何故なら、そう見えるということは黒鋼は理想値を超えて見えるってことだしな」

「じゃあ私に黒鋼を貸しなさい」

 

 一人が俺に向かってそんなことを言うが、誰が貸してやるものか。

 

「悪いがお断りだね。黒鋼はISの範囲を超えて様々な知識を吸収した人間にしか扱えない機体、そして俺の誇りでもある。それをお前のようなガ○ダムの「ガ」の字を知っているだけで深くは知らない奴に貸したら最後、ボロボロになって挙句全敗する落ちだろう。さて―――」

 

 俺は改めて織斑を見る。おそらくこんな状況でこの男を見るのは最初で最後かもしれない。

 

「お前は俺に向かって馬鹿と言ったな?」

「あ、ああ……そうだけど……」

「認めよう。確かに俺は馬鹿だ。何せ俺は今まで自分が自分勝手な意見で巻き込まれているのにも関わらず、その暴君を自分のやり方で始末しなかったんだから」

 

 ここまで言っている今の俺はヤケクソの状態だ。だがこうなっているのはおそらくリゼットの影響だろう。積もり積もった何かが解放されている気分である。

 

「だがな、少なくともお前にだけは言われたくないな。受験日に迷っている最中にISを触れた馬鹿野郎には」

「え? 何でだよ? そりゃあ、確かにISには触れたけどさ、早々触れる機会なんてないんだぜ? だったら触れておくべきだろ?」

「「遅れる」という進学に悪影響を及ぼすことまですることかよ、それ」

 

 すると罰が悪そうに織斑は口を閉ざす。

 

「で、でも、悠夜は留年―――」

「それが、ISの知識が欠如しているための留年だって気づかないわけ? 少なくとも、ISの知識なんて必要最低限知っていれば問題ないだろ? ましてや、今まで男が動かせるなんて知らなかったし、なによりも男にしてみれば無用な長物。お前らがアニメや漫画の知識に乏しいのと一緒だよ。興味がないから知らない。それにISが出てきて男がどれほどの待遇を受けたか知らないわけがないだろう? 現に俺が知っている奴でも「IS? ああ、あのゴミか」って答える奴は結構いたし」

 

 まぁ、いずれは俺もIS学園には来ていただろうな。何せ轡木ラボの最終目標は「男女共に歩める新機体の開発」だからな。もちろんIS技術を盛り込んだロボットを作るからIS知識は必要だろうが、一般高校に通い、一般大学に通うであろう俺にとってそんなものとは縁がなかった。

 

「で、ほかに質問ある? ……ああ、先に言っておくけど俺がお前のことを本気で相手にしないのは、高が突っ込むしか能がない馬鹿相手に本気で戦ったら黒鋼が可哀想だから。でも前回の反省を踏まえて今度からは本気を出すことにするよ。もちろん、相手が泣いて降参しようがしまいが俺は構わず攻撃するけど」

 

 慈悲はない。してほしくないなら最初から見下さなければいいだけの話だ。それにそろそろ力の差をはっきりさせておかないと、俺はともかく黒鋼が可哀想だから。元々は俺が大会用に製作したものだから、当然だが思い入れは強い。

 

「それに、大体ファッションがどうこういうけど、お前ら女の評価なんざとっくの昔に地下に突っ込んでんだ。相手の外見しか興味がないかどうかのテストも兼ねていたが、見事に最低ランクだということはよくわかった。もっと言えばハニトラ対策。こんな格好をしていたらする気なんざなくなるだろ」

 

 この格好は2、3年前からしているけどね。

 適当に言い訳をしていると全員が呆然とする。唯一違った態度を取っているのは本音、そしてラウラだけだ。本音は笑っており、ラウラは尊敬の眼差しを向けていた。……向けるところではないんだがな。

 

「まさか、俺が何も考えていない奴だと思ってた? だとしたら―――お前ら本当に間抜けだな。流石は優遇されて温くなっているだけのことはあるな。ラウラが前に言っていた通り、所詮は「意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている」だけの奴らだ。ああ、ラウラを責めるっていうなら止めておけ。なんだったら凰を見習ってISを展開後この教室を吹き飛ばしてやろう。お前ら諸共な」

 

 そう言って俺は鞄を持って教室を去る。どうせこれじゃあ勉強にならないだろうし、俺はこいつらと違ってどこでも勉強できるからな。

 するとラウラも鞄を持って付いて来た。戻そうと思ったが、袋叩きにしようとするあいつ等を逆に殺しかねないので何も言わないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜とラウラが去った後、その場に残された一年一組の生徒たちと鈴音、真耶たちは沈黙していた。鈴音もいつの間にかISを解除している。

 そんな中、本音はその沈黙を破るように言った。

 

「やっぱりゆうやんって優しいんだよね~。なんだかんだでクラス対抗戦の時にわざと怒らせてまで全員を逃がしているし~、結局一人で倒しちゃってるしね~。それも、おりむーやりんりん、おるおるたち専用機持ちが三人がかりで倒したのを、たった一人で」

「だが、あの男は根性が曲がっているだろう!」

 

 箒はそう言うと、周りにいた何人かが同調する。

 

「でもそれも、私たち女のせいだと思うけど~? それにさ~、そんなに文句を言うんだったらゆうやんに直接言ったらどうなの~? それとも今度も決闘でもしてゆうやんをひれ伏させる~? ねぇ、おるおる~?」

「お、「おるおる」ってもしかしてわたくしですか?」

「うん」

 

 満面な笑みを作って頷く本音。

 するとおるおることセシリアは抗議する。

 

「あだ名をつけるにしても、もっとマシなものはないですの!?」

「ん~、今度考えとく~」

 

 そう言った本音は鞄を持って席を立つ。

 すると今度は何故か真耶は本音を止めた。

 

「あの、一応まだHR中なんですが……」

「え~、何で~」

「な、何でって……」

 

 まさか聞かれると思わなかった真耶はあわてて口ごもり、その隙を突いて本音は容赦なく言った。

 

「だって~、出て行く必要がないゆうやんだってHRを壊したことを反省して出て行ったのに~、そんなゆうやんをフォローできる人がしないと~、ゆうやんはグレちゃうし~。グレちゃったらゆうやん、本気でおりむーやおるおるの専用機を潰しかねないよ? そもそもゆうやんがあんな風になったりクラス対抗戦でリンリンに付いたのって、織斑先生やみんながゆうやんを放置して勝手に話を進めるどころか、誰もフォローしなかったのが原因だしね~」

 

 そう言い残した本音は鈴音を引っ張って外に出て行き、まだ来ない千冬にバレないように鈴音を逃がした後、本音は悠夜を探し始めた。




ということで、今回で第二章終了です。
次回からは第三章。ようやく福音戦です。


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第3章 降臨するのは中二病
#51 女性観察は普通、失礼にあたる


長らくお待たせいたしました。第三章、開始です。


 たくさんの閃光———実際は弾丸だが、それらが俺に向かって飛んでくるが、それよりも俺が駆るバイクがその場を早く通過する。これは俺のテクではなく、純粋にバイクの機動性が高いからだ。普段は普通二輪の法廷速度を守っているが、本気を出せばそれくらい余裕で越える。

 これは中学の間にバイトして得た給料と世界大会に優勝した時の資金を銀行に預けず、家にある親父が誕生日にくれた超頑丈の金庫の中にコツコツと入れておいた金で免許を取得したお祝いとしてくれたものだ。

 

「今だ、行け!」

 

 坂道を瞬間時速500㎞を出して駆け上がり、上へと飛ぶ。跳ぶんじゃない。飛ぶんだ。地面から離れた瞬間、俺は声を大にして叫んだ。

 

「ペガサスモード!」

 

 色合いからしてダークペガサスといったところか。漆色の翼を展開したバイクはそのまま空を駆け、飛んでくる銃弾を回避し続ける。

 一体どういう原理で飛んでいるのかはわからないが、少なくとも俺の意志通り飛んでくれるようだ。おそらくだが、今俺の頭についている二つの黒いピンが俺の思考を読んで動いていると思う。「バイクを乗るときには頭にピンと付けろ」なんて言われた時に「何言ってんだ、このおっさん」と思ったが、今は盛大に感謝したい。

 保育所を超えてその先にある工事現場に向かって着地する。メーターを見たら既にメモリが「E」に近づいているからだ。昨日エネルギーをチャージしたばかりなのにこんなに減っているのは空を飛んでいると思ったからだ。

 

 ———だが、その選択が間違いだった。

 

 着地した俺はそこから逃げるために道路に出ようとすると、大きな警察車両が現れて行き場を遮る。もう一度飛ぼうにも、エネルギーが残り少ない。

 

「退いてくれ! 俺は追われているんだ!!」

 

 だが一向に退く気配がない。なんとか隙間を見つけて離脱しようとしたが、警察車両からドラマで見る機動隊員が現れた。

 思わず俺はUターンしてそこから逃げる。すると一台の車両がこっちに俺を引こうとするので回避する。

 

「そこの男! 今すぐ死ね!」

「———は?」

 

 理解できなかった。いや、たぶんしようとせず、心のどこかで助けてくれると信じていたのだろう。

 だけどそんなことはなく、一発のミサイルがこっちに飛んでくる。

 爆発音を最後に俺の体は吹き飛んだ―――だがそれを否定するように背中に衝撃が走り、ゴロゴロと転がる。恐る恐る目を開けると、機動隊員が俺を囲んでいて、おそらくボスと思われる女性がこっちを睨んでいた。

 

「しぶといわね。まるでゴキブリみたい」

 

 ———ふざけるな

 

 そう叫びたかったが思いとどまる。幸い軽傷だったようだし、もう一度バイクを起こして逃げようと考えて無事を祈って辺りを見回す。いつできたかわからないクレーターの中を探すと、そこには俺の愛機《ダークペガス》と思われる残骸が横たわっていた。

 

「銃を貸しなさい。今すぐ彼を殺すわ」

「ですが、相手はまだ子供です!」

「関係ないわ」

 

 上でそんな会話が聞こえていたが、そんなことはどうでも良かった。ただ警察が憎くて、殺したいと思った。

 

 

 

 

 

 だが、それは夢だ。いや、正しくは過去だろう。

 蒸し暑さからか、俺は薄っすらと瞼を開く。いつも通りの自室。さっきのようなものは何もない。

 

(………またか)

 

 正直な話、あれ以後の記憶はリーダーと思われる女が俺に向けて発砲した辺りからなくなっている。生きているということは俺に当たらなかったということだろう。ちなみにあの後、ホテルで軟禁されていた。

 

(…ってか、寝汗がすごいな)

 

 全身から汗が出ている。が、考えてみればこれはさっきの夢だけが原因ではないんだろう。

 

(……ラウラはともかく、何で簪がここにいるんだよ!?)

 

 ラウラは俺の所有物(学内では俺の義理の妹)となったが、簪は別だ。何故か学年別トーナメントで優勝したからと言って俺と付き合うことを堂々と宣言したのである。さらに言えば本音もだが、その辺りのことはしないのか簪のように室内に侵入するということはない。というか楯無、一応お前の仕事って侵入者の排除だよな?

 そう思いながら楯無を見ると、「もう、簪ちゃんったら」と寝言を言いながら掛け布団を丸めて抱き枕にしているが、それに頬をスリスリさせている。どこぞの電気ネズミをはじめとする電気タイプの生物共とは違って麻痺することはないが、あまり耐性がない俺にすれば間違いなく麻痺状態となるだろう。

 現実逃避をしながら時計を確認すると、時刻は5時を少し回ったところだ。丁度いい時間だし、夏仕様のジャージに着替えて外に出た。この時間でも何人かは既に廊下をうろついているのは、俺と同じで走りに行ったり自主練に行ったりするからだろう。中には俺と同じように木刀を携帯する生徒もいる。

 そいつらが俺を視認すると、全員が俺をまるで腫物を見るような目を向けてきた。

 

「何であの留年野郎が起きてるのよ」

「一生墓で寝てればいいのに」

 

 酷い言われようであるが、ここまで言われているのには少なからずこちらにも非があるのは確かだ。……もっとも俺は反省する気はさらさらないし、その表れか提示されている反省文なんて職員室にあるコピー機の上に叩き付けた挙句、言ってやった。

 

 ―――反省? 場を乱したのは確かに悪いとは思いましたが、そもそもアンタ等女が馬鹿げた思考とアンタの弟が馬鹿げた発言をするからでしょう? ああ、別にアレが俺に謝りに来ることなんて望んじゃいません。そもそも、今の状態で謝られたってどうせ同じことの繰り返しなんですから無駄ですよ。というか俺に反省させる前に自分の愚かさを反省してください。親がいないなら親戚に頼るなり、親戚がいないならキチンと常識を身に着けることができる場所に預ければいいでしょう? 別に俺がすべて正しいという考えは持っていませんが、あなたたちははっきり言って異常だ。ああ、さっきから殺気を出している先生方、ビットを満足に動かせないイギリスの代表候補生みたいに決闘を挑んでくるのは構いませんが、その方法はこちらで決めさせていただきますね。ご心配なく、ISに関係する方法を提示しますよ

 

 放課後に呼び出されて「反省文を書け」なんて言われたからそう言ってあげ、挙句に決闘を受け付けるから方法はこちらで選ばせろと言っておいた。これで当面俺に喧嘩を売ってくる奴はそういないだろう。だって過去を調べるだろうし。

 その間に俺はかつての愛機を失っているので代わりの機体を開発しているのである。最近ではラウラも俺のしていることに興味を持ち始め、今では一人でアニメを見ているほどだ。

 外に出て音楽を聴きながら走り始めると、ふと思い出したことがある。

 

(そういえば、最近勉強してないな)

 

 俺がやらかして明日でちょうど一週間が過ぎたことになるが、ラウラの世話を焼いていたり、どんな機体を代用しようかとか考えていたらもう金曜日だ。

 今日から頑張ろうと思っていると、誰かに見られている気がして振り向くと、俗に言われる「押し付け」の被害にあった。

 

「………」

「あ、悪い」

 

 俺の体勢がキツいことに気づいてくれた犯人ことダリル・ケイシー先輩が俺から少し離れてくれる。

 

「……何の用ですか? 今のこの状況で俺と会話するのはあまりお勧めしませんが?」

「オレはあまりそういうことは気にしないから問題ないんだ」

「あ、そう」

 

 相変わらず大きな胸だが、あれだけ大きいと色々使い道がありそうだ。……例えば、さっき俺にしたみたいにジャンプして突撃して窒息させる、とかな。

 ランニング目的の奴らの邪魔になると思い、俺は近くのベンチに移動すると先輩もついてくる。

 

「で、一体何の用ですかね?」

「え? そこは「これから休憩するから邪魔するな、雌豚が」とかじゃないのか?」

「………あの、もうランニングに戻っていいですか?」

「すまん。冗談だ」

 

 わりと真剣な顔をしてそんなことを言ってくる。

 

「実はさ、今度のテストに出てくる「古文」と「漢文」を教えてほしいんだ。ものすごく難しいんだよ、アレ」

「……あー」

 

 わからなくもない。俺だってあの二つは苦手な部類だ。

 

「…別にいいですけど、それならば虚…布仏先輩に頼めばいいのでは? もしくは他の生徒に」

 

 実際は一つ下だが、二学年も下の―――それも男に頼むのは女の世界じゃ恥ずべき行為だろうに。それにだ、さっきから周りの視線が超ウザい。

 

「アイツは生徒会の仕事で忙しいだろ? それにオレ、フォルテ以外の女がちょっと怖くて」

「………え?」

 

 意外だな。てっきり後輩とかの面倒見がいいかと―――

 

「フォルテの場合は「イージス」のコンビとして組んでいるし、自由選択でまだ2年のカリキュラムではそこまでいかないし」

「それで予め知ってそうで、面識があって専用機を出せば勝てるであろう俺に頼ってきた、と」

「そうだけど、最後のはないからな? 純粋に桂木ならばわかりやすく教えてくれるだろうと思ったんだよ」

 

 ……悪い気はしないな、正直な話。

 男の前で涙を流しているので少しは疑うべきかもしれないが、教えるぐらいならば問題ないだろう。

 

「……わかりました。では昼休みに屋上のテラスを使いましょう。言うまでもなくラウラも来ますが」

「……ああ、構わない」

 

 不服そうに答えるということは、ラウラはお呼びではないのだろうが……自然に来るんだよなぁ。

 

「ああ、一応予定が入ったことは伝えるつもりですが、もしかしたらほかのメンツも来るかもしれないので」

「………だ、大丈夫だ。障害は布仏の妹くらいだろうから」

 

 何の障害だよ、何の。

 そんなことを疑問に思っていると、ケイシー先輩はこう言った。

 

「でも悪いな。今度なんでもするから」

「あまり女性が男に対して「なんでもする」なんて言ってはいけませんよ」

「へ?」

 

 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのか、彼女はどこか間抜けな返事をする。

 すると何をどう思ったのか、顔を青くして俺の予想斜め上のことを聞いてきた。

 

「もしかして、オレって魅力ないのか?」

「なんでそうなった」

「いや、女だらけの学園にいるから、性欲とストレスが溜まっていると思って」

 

 高が勉強を教えるだけなのに、なんとも釣り合わないことを言ってくるのだろうか。当然ながら俺に向かって周りの女子から殺気が放たれ始める。俺にじゃなくて、するのは目の前にいる先輩にするべきだろうに。

 

「………やっぱりオレには魅力がないのか……」

「…少し、観察させてもらいますね」

 

 改めてダリル・ケイシーを観察する。胸などはかなりの大きさがあるが、正直な話、座り方がなっていない。男というものは常に女性に対してある種の憧れを持っているものだ。

 

「育ちを重視する人にはあまり良い印象は持たれないですね」

「………」

「まぁ、先輩の場合はどちらかといえばギャップで攻めるタイプと思いますので、年下とかには姉さん女房、年上からは手のかかる年下という印象をもたれるでしょう」

「お前は好きか?」

「………」

 

 ………まぁ、いずれ離れるだろうし意味がないから素直に答えるが。

 

「そうですね。俺は割りと好きですよ。何せ俺の場合は男女問わずに自分に害がなく、見ていて苦にならない人ならば誰でもいいですよ」

「そ、その割にはあまり胸とか嫌がるよな」

「………そりゃあ、下手すれば死にますからね。窒息とか解剖とかで」

「……その、ごめん」

 

 悲壮感を感じ取ってくれたのか、先輩は察してくれたようだ。

 

「なので今後は控えてくださいね。あんなスキンシップは好きな人にしてください」

「………」

 

 あの、無言はやめてほしいんだが。

 

「わかった。ともかく後でな」

 

 そう言って先輩はとっとと帰っていく。理解してくれて何よりだ。

 俺もその場から離れてランニングを再開することにした。

 

 

 

 

 

 結論から言って、ケイシー先輩の古語力は十分に修正が可能だった。

 わかりやすく言えば「はべり」などの意味を理解していないので、俺が過去に作った古語表を写させている。

 

「あの、これってコピーを取ればいいんじゃ……」

「知っていますか? 個人差によりますが、コピーを暗記するよりも何度も繰り返しやったほうが定着するんですよ。なので、一日に一表作りましょう。それが終わったなら問題集の問題をノートに写してクリアしていってください。それで赤点回避は余裕ですよ」

「………」

「あ、日本史や世界史を取っているなら、区間に分けてノートに書いて行ってください。大体、二、三日に一回、分けた区間を書いていけばいいんですよ。やろうと思えば縄文から安土桃山まで一時間でできます」

「………えっと、そんなやり方で高得点とれるのか?」

「取りましたけど?」

 

 そう言うとケイシー先輩は顔を青くした。

 

「いやぁ、中学の最初の点数を赤点を取ってから義母に俺の趣味を散々コケおろされたのがムカついたんですけど、趣味のほうが当然楽しいので時間をどう有効活用すればと模索した結果、こういうやり方を編み出したわけです。まぁ、ケイシー先輩は女なのでまったくもって問題ありません」

「……その根拠は?」

「男である俺ができたんです。女にできないわけがないでしょう?」

 

 最初は苦労したなぁ。なにせ早く書けないし、書いても読めないしで色々試行錯誤した結果、該当するゲームをしたらなお覚えやすくなったんだっけ?

 

「あの、オレはできればイージーモードがいいなぁ?」

「おもしろい冗談ですね、先輩」

「……………」

 

 「オレ、テストが終わったら学園内にいる女尊男卑を駆逐するんだぁ」と悲壮感を漂わせながら頑張るケイシー先輩。そんな彼女を、少し離れたところから見る奴らがいた。

 

「女尊男卑をあんな使い方するなんて、悠夜さん、おそろしい」

「先輩を先輩と思われる鬼畜ぶりだね~」

「桂木! 覚悟ッ!」

 

 後ろからサファイア先輩が飛び掛かるので体を少しズラして彼女の耳に息を吹きかける。すると脱力した彼女は着地しても足が震えていた。

 

「別にこの時間にやり切れって言っているわけではないですし、一日でテスト範囲をすべて一行に書けばいいだけです。なんでしたら、使うタイミングなどは問題集などで覚えていけばいいでしょ」

「………その手があったか」

 

 と言っているケイシー先輩が持ってきた袋に何かが近づいていたので見ると、機械でできた銀色のリスがいた。

 

(……死してなお、迷惑をかけるのかよ)

 

 とりあえずそれを回収し、アクセサリとして常に携帯している球型捕縛籠に入れて小さくしておく。たまに電源がないやつもあるから後で解体するに限るからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは大きな会場だった。その中の一つで大きなホールからまだ若い女性―――というよりも少女が現れる。少女は服装もそうだが何よりも胸部が16にもならないというのにかなり大きいため、すれ違う男がたまにその胸部へと視線を向ける。だが少女にとってそんなものはどうでもよかった。

 

(………ふざけるな)

 

 グシャリ、と彼女の手の中にある資料が音を立てて握りつぶされる。そこには彼女が考えたマルチフォーム・スーツのことが書かれていたが、どれもこれも奇想天外のことだった。

 涙をこらえながら歩いていたか、それとも悔しさに試行が占拠されていたからか、ともかく彼女は何かにぶつかる。感触からして人間だと理解した少女だが、何も言うことなくその人間を睨んだ。

 

 ―――ぷっ

 

 少女がぶつかった相手の口から出てきたのは笑いで、それが少女は不愉快に感じた。

 その様子をその人間―――男は気づいたのか、慌てて謝罪する。

 

「笑ってしまってすまない。だが勘違いしないでくれ。僕は別に君が「さっきの意味不明の能力を持ったパワードスーツ」の説明をしていたからじゃないことだけは理解してほしい」

「……じゃあなんで笑った」

「いやぁ、さっきから君のことを見ていてね。注意力散漫になっているみたいだったから少し試させてもらったのさ」

 

 陽気な男はそう答え、さらに言った。

 

「ああ、勘違いしないでくれたまえ。別に君の体に触れたくて偶然を装って君に接近したわけではないよ。ただあれだけ扱き下ろされた今の君が人にぶつかった時にどんな反応をするのかを予想していたんだけど、僕が予想した「半殺し」を見事に外れた後に「いやぁ、半殺しはないなぁ」と思って少し前の僕に笑ったんだよ。やっぱり「半殺し」はないよねぇ」

 

 すると少女はそのままの体位から右足で男の首を攻撃しようとするが、男は慣れた手つきでそれを受け止めた。

 

「なるほど。君は喧嘩も得意なのか。じゃあ僕たち組まないかい? 科学探偵コンビとして」

「……は?」

「ああ、科学探偵って言うのはね、表は科学者、裏では探偵として活躍するってことで、残念ながら科学を駆使して事件を解決することは稀なんだ」

 

 そう言った男性はゆっくりと掴んでいる足を降ろす。

 

「でもあまり嫁入り前の女の子が足を上げるのはおすすめしないな。はしたないって思われちゃうよ?」

「………石ころ同然の奴が私と釣り合うとでも?」

「わぁおっ、君も中二病?」

 

 少女の発言に男性は歓喜した。少女だけでなく、周りの大人たちが男に対して引いているが、彼はお構いなしに話を続ける。

 

「ああ、勘違いしないでくれたまえ。僕は中二病を否定する気はない。むしろ中二病というものを否定するとはただの馬鹿でしかないんだ。中二病こそ、真のアイディア人間と言えるからさ!」

「………何を言っているの、おっさん」

「よくわかったね。実は15歳の時から子供がいたから若く見られがちだけど、実際はもうおっさんなんだ。でも何故か最近女性に言い寄られるんだ。まぁ、男としては悪い気はしないが、妻子持ちとしては正直な話、ね」

 

 ———どうでもいい

 

 そう思った少女はその場から離れようとするが、男はそれを遮った。

 

「良ければ君に対して批評を言いたいんだけど、ちょっとそこの喫茶店でお茶をどうだい? あ、実はさっきの科学者たちに思われているらしいんだけど、僕はどうやら変わっているようでね。ハッキリ言ってありきたりな発明なんざすべて1だ。見る価値もない。だけど君は違う。君が提唱した宇宙開発はもちろん、軍事やほかにも使えると思ったさ」

「………軍事になんて―――」

「ん? 嫌だった? ああ、ごめん。てっきり忘れていたよ。あれほどのロマンの塊だから、合体攻撃なんざ当たり前だとか思っていた。さ、ともかく僕の批評を聞いてくれよ。君からすれば凡人かもしれないけど、凡人のアイディアだって捨てたものじゃない。ただ、遅いだけさ、いつでもね」

 

 半ば無理矢理少女は男に連れられて店の中に入る。

 少女は驚いていた。当然、普段の少女のことを知る唯一の友人にして親友の人間がそれを見れば驚きのあまり口をあんぐりと開けていただろう。

 二人は喫茶店に入り、適当に座る。

 

「さぁ、好きなものを頼みたまえ。遠慮することはない。ただでさえ大人に混じって君は発表したんだ。君をこき下ろしたゴミの言葉なんざ無視すればいい。そしてこれは僕のおごり。あ、お姉さん僕には砂糖10個……なんてね。カフェオレを頼む。君―――いや、束君は何がいい?」

「………何でもいい」

「じゃあ、彼女にはミルクで―――」

「おい!」

 

 少女―――束はすかさず突っ込むと、男性は笑った。

 

「冗談だよ。だが君は発表で声が疲れているはずだ。麦茶を」

「………あの、誘拐?」

「残念。僕が彼女に対して批評するのさ」

「ええっ!?」

 

 男性の言葉に対してウエイトレスは驚いた。そのウエイトレスだけでなく、周りの科学者たちも驚いている。

 

「すまない、束君。何故かこの人たちは僕が批評したら大袈裟な反応をするんだよ。まったく、わけがわからないよ」

「それはあなたが―――」

「すまない。これからは外野は黙っていてくれたまえ」

 

 急に周りは黙り、男性は満足そうに頷いた。

 

「さて、君が相手にされなかった理由は君も既に理解しているだろう? 実映はもちろん、後は君の発表の方法だろうね。君は歳不相応に発表が下手だった。後は何よりも年齢だろうね」

「………やっぱり」

 

 少女の言葉に男性は「ほう」と小さく言葉を発する。

 

「予想はしていたのかい?」

「……うん」

「そう。やはり君は賢いね。ならば―――君にここから逆転する方法を教えてあげよう」

「……へ?」

 

 束に男性は遠慮なく言い放つ。

 

「見せればいいんだよ。あのバカでタコで頭でっかちな味噌っかす共に」

 

 笑いながら男性はそう言うと同時に頭を掴まれる。

 

「ほう。それは我々に対する侮辱か?」

「これはこれは……もう味噌っかすの下らない評論会は終わったんですか?」

 

 詫び入れる様子を見せない男性。

 

「今すぐ来い」

「わかりましたよ。君、会計は後でこちらで払うよ。すまないな、束君。どうやら外せない用事のようだ」

「……別に」

 

 束がそう答えると、男性が束の耳元に口を持ってきて言った。

 

「ああ、一つだけ君に伝えよう」

 

 再び頭を掴まれた男性だが、構わずに続ける。

 

「君は今回のことでいずれインフィニット・ストラトスとやらを世界に大々的に発表し、この世は確変する。君は一足先に行ってしまうわけだ」

「いいから来い」

 

 するとウザったいと思ったのか、頭を掴まれている男性は腕を掴んで無理矢理話した。

 

「だが、そう遠くない未来、君の天下を潰す者が現れるだろう。それも君の常識を遥かに超えた機体と共に、君を絶望に叩き伏す。その時君がどんな選択をするのか楽しみだよ」

 

 後ろから伸びてくる腕を弾き、男性は名刺を束の胸に飛ばした。

 

「僕の名前は桂間(かつらま)修吾(しゅうご)。君の最高傑作を叩き潰すであろう機体の製作者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《―――おっだらぁ、タマァ取ったらんかぁ!!》

 

 目を覚ましたその女性の耳には一番嬉しい着信音が鳴り響いた。

 嬉しいはずなんだが目を覚ましたばかりなのだからか、動きが悪い。

 やっと取れたと思ったときには既に切れた後だったが、それほど大事な話があったのか相手はまた電話をかけてきた。

 今度はすぐに出ると、その女性は既に戻ったテンションで電話に出る。

 

「やあやあやあ! 久しぶりだねえぇ! ずっとず―――っと待ってたよ! というか遅すぎて本当に連絡が来るか心配だったよ!」

 

 電話の相手はそのテンションに対し低い音で話しかけた。

 

『………姉さん。お願いがあります』

「うんうん。用件はわかっているよ。欲しいんだよね? オンリーワンにして代用無き物(オルタナティブ・ゼロ)、箒ちゃんの専用機が。モッチロン用意してあるよ! 最高性能(ハイエンド)にして規格外仕様(オーバースペック)。そして、白き騎士(ナイト)と並び立つもの―――『紅椿(あかつばき)』を。それで、二人目とコブを倒したいんだよねぇ~」

『………すべて、知っていたんですね』

「だって私、天才だし。箒ちゃんのことは四六時中見張っているからねぇ」

 

 本当はそれ以上に二人のことが邪魔だと思っているが、そう言った瞬間、最愛の妹に軽蔑されるのが目に見えているからか、女性―――篠ノ之束はそれ以上のことが言わなかった。

 

『……わかりました。後で千冬さんに連絡して発見次第、本気で痛めつけていいと本人から連絡があったことを報告しておきます』

「あっれぇ? もしかして私、箒ちゃんに紅椿を渡した瞬間に殺されちゃう系?」

『………』

 

 束は柄にもなく冷や汗をかき始めるが、それもほんの少しだけだった。

 

『では』

 

 そう言って箒は電話を切り、「だ、ダイジョブダイジョブ……」と束は人知れず呟くのだった。




ということで今回は特別大サービス(なんてことはないけどね)9000越えだったりします。ギリギリ3日中に投稿できました。

次回予定

銀のリスを拾った悠夜は放課後すぐに解体すると、材質が固いことに気付いた。そして検査の結果、使われていたのがIS装甲だと知る。

自称策士は自重しない 第52話

「銀のリスを探せ」

難易度ルナティックのケイドロを制覇せよ!


いつかはしたかった話。


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#52 銀のリスを探せ

タイトル詐欺感、拭えない。


 HRが終わると同時に俺は部屋へと直行した。ケイシー先輩に貸したノートと古語辞典がなくなったのと、入学したての頃に比べて筋肉が増えたのでその分早くなっている気がする。

 それはともかく、俺は部屋に入るとすぐにロリババアが持ってきてくれた工具を出して分解しにかかる。まさかこんなところで親父の脱走した機械を処理することになるとは思わなかった。幸い暴走する恐れはなさそうだし、分解に時間はかからないだろ―――

 

 ———コンコンコン

 

 いざ、分解と思って捕獲していた銀のリスを再び籠に戻し、音がする方へと歩む。

 カーテンを開けると、そこには先程から窓を叩いているリスがいた。しかも銀色。

 

(…………あの野郎)

 

 窓を開けてるとリスは中に入ろうとするので掴む。さっきから嫌な予感がするのでババアが持って来たものと親父が持って来たものをまとめた箱を漁った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———おかしい

 

 一言で言えば「機械だらけの地下室」と言える場所。そこで束とあるモニターを見つめていた。

 

「何でかなぁ~」

 

 そう言いながらも常人を軽く超えるほどのスピードでキーボードを打つ束。彼女の周りには何体かの銀のリスが束に集まっているが、それでも彼女はまだキーボードを叩いている。

 空中に投影されている画面はIS学園の一部分で、そこに赤い点があるが、ある一点の場所で反応が消えている。

 

 ———時間帯、場所、どちらも悠夜が奇しくも銀のリスを捕縛した時と場所を示していた

 

「事故? でもIS用装甲でできているし、故障なんてあり得ないし………」

 

 そう。悠夜が父親の修吾が作って悪戯で開放したと思っている銀のリスは束が作って悠夜をはじめとする彼女の妹―――箒の障害となるであろう人物を監視するために解き放っていたのである。

 普通ならばステルス機能が備わっているリスたちが見つかることがないのだが、悠夜が見つけられたのは彼がかけている眼鏡が原因だ。

 

「………何かいる?」

 

 だが、その思考はすぐに「箒ちゃんが危ない!」に変わり、彼女はIS学園の全セキュリティーシステムのハッキングを開始した。

 そちら意識を裂き始めたからだろうか、彼女は学園にいるリスが捕縛され始めていることには気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた!!」

 

 俺はすぐさま持っていた網でそれをひっかけ、捕縛する。さっきから周りが俺の方に変質者でも見るような目で見てくるが、雑魚に構っている暇はない。

 小さな動きで素早く網を右から左に振るうが、捕まえられたのは一匹のみ。もう一匹は上手く回避したようだ。

 

「逃がすか!」

 

 ホルダーから拳銃を取り出し、どこぞの狼系スーパーパイロットの如く移動先を読んで引き金を引く。先端にサイレンサーが付いているからそこまで大きな音は出ず、弾丸が走った。

 リスは紙一重でかわすが、電流が走ったようにビクビクと震えて倒れる。

 今放った弾丸は特別製で、名前は「ニードルエレキトラップ」というらしく、半径50㎝以内にいる動くものに対して容赦なく針を伸ばして捕え、電流を走らせる。説明書によると、動く機械に対しては波長を乱す電波を流しているらしく、それで動きを止めているようだ。

 

(さすが親父が作ったものだな)

 

 安全設計で作られていて、発射された位置から後ろは攻撃しないようにできているらしい。なので撃つ時は先頭にいる奴が撃たないといけないし、撃つ時は仲間は下がらないといけない。

 二匹目を回収した俺はそれを伸縮可能の捕縛用の網に入れる。するとガサガサと音を立てたのでそっちに銃を向ける。

 

「……何をしているんだ、お前は」

 

 森の中に入るためか、白いジャージ姿をしている織斑先生が現れた。対して俺は標準装備の眼鏡に動きやすい様に特殊な加工をされているズボンに、上は夏用ジャージ(私物)だ。

 

「親父が悪戯で銀のリスをバラまいていたからその回収をしているんだよ。まったく、他人の迷惑を考えろっての」

 

 数年前に大変なことをした俺が言うのもなんだがな。もっともあれは向こうからしたことだから非は向こうにあると思っている。

 

「………桂木も、苦労しているんだな」

 

 と、何故か真剣に同情され始めた俺は、思わず真剣に言ってしまった。

 

「ちょっと先生。そんな真面目に言われたら正直引いてしまうんですが……」

「いや、なに。私も似たような経験をしているからな」

「あー、もしかして篠ノ之束ってやつでしたっけ?」

 

 そう返すと、何を思ったのか今度は心配そうに俺を見てくる。

 

「………テストに出るぞ。小テストの成績を見る限りは上位に食い込めるだろうが、大丈夫か?」

「俺の心配をする前に電話帳と間違えて参考書を捨てるあなたの馬鹿な弟の心配でもしてはどうでしょう」

「………確かにな」

 

 どうやら姉もその辺りに不安要素はあるようだ。だったら個人的に教えればいいのに。とはいえ織斑先生は堅物だろうからそんなことはしないと思う。

 

「で、お前が言う銀のリスとやらはどんな形をしているんだ?」

「………え?」

「別に見返りを求めているわけではないぞ。教師として、生徒が困っていることを解決することは当然だろう?」

 

 正直な話、その辺りのことは全く信用していないが……まぁ、いいだろう。この女と付き合うという点でのメリットは「入れ替われないレベルで強い」ということだしな。上には上がいるが、その上もロリぐらいなものなので問題はないと思われる。

 

「ほら、こういうのだよ」

 

 網の中から一匹(?)取り出して見せると、織斑先生は訝しげに俺を見た。

 

「ふざけているのか? 何もいないだろう」

「………はい?」

 

 ふざけているわけではない。俺の反応で気付いた織斑先生は「まさか」とつぶやき、

 

「少しその眼鏡を貸してくれないか?」

「……いいですけど」

 

 本当は貸したくないけどね。

 一度リスを戻し、賭けている眼鏡を渡す。すると織斑先生は顔を引きつらせた。

 

「……桂木、この件は私に任せてくれないか? 悪い様にはしない」

「お断りします」

 

 眼鏡を素早く回収し、眼鏡をかける。

 おそらく彼女はこのリスのことを知っているのだろう。つまり、これはちょっとヤバいものなのかもしれない。

 だが冷静に考えてみれば、何かレアなものが手に入るかもしれない。

 

「では、これで」

 

 俺はすぐにそこから離脱。いくら織斑先生とはいえ俺の逃げ足には付いてこれまい。だが―――

 

「待て、桂木!」

 

 ………いやいや、ちょっと待て。俺、今いるところは木だよ? だけど何で付いてこれてるの?

 

「いいか! それを今すぐ渡せ! こちらで処分する!」

「ふざけるな! それはこちらの仕事―――ってか使える材質があるのにみすみす手放せるか!」

 

 本音を言うと、せっかく良質なアクセサリをこんなところで奪われてたまらない。何せグレードを下げるようなことをしているのだから、少しでも優秀な装甲が欲しいんです!

 

「ざ、材質?」

「そうだ。せっかく新しい(プラモ)ロボを作ろうとしているのに………こうなったら―――」

 

 俺は閃光弾を出して織斑先生に向けて投げる。彼女がそれを叩き落そうとした瞬間に光り、その機に乗じて俺はそこから離脱する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそっ! 逃げられたか!)

 

 ダンッ―――と千冬は近くの木を殴る。

 彼女がここまでする理由は純粋に悠夜のことが心配だからだ。何故なら今悠夜が捕まえているリスは悠夜の父―――修吾が悪戯で放ったものではなく、あれは束が監視用に放った銀リス。千冬にとって危険そのものであり、処分するべきものであると思っているのである。

 

(ともかく、なんとかして桂木からあのリス共を回収し、処分しなければ………)

 

 彼女にとって生徒の評価に興味がない。小さい頃は破天荒な束とつるんでいたことから「変人」や「いい子」という評価が付き、中学生になってすぐに剣道で全国優勝を果たしたことで「生意気な後輩」といじめられかけたが剣で返り討ちにし、高校ではモンド・グロッソで優勝したことで周りから(彼女にとって戸惑う相手でもある)ファンやスポンサーなどに集まられたことで、自分の周りに人が集まることに慣れていた。むしろ、彼女にとって悠夜のように対等に渡り合おうとする人間は新鮮だった。

 

(……やっぱり、似ているな)

 

 千冬は足を止めてそう思う。彼女の脳裏には悠夜とは違う男の顔が浮かんでいた。

 

(……一度問い詰めてみたいが、ともかく今は桂木を止めるか)

 

 その持ち主であろう束と連絡を取ろうとした千冬だが、それをすれば何らかの形で悠夜の存在を知り、排除するかもしれないという疑念が出てきているためすぐに却下。やはり自分で止めることに決めた千冬は真耶に連絡する。

 

「山田先生、桂木を探してもらいたいのですが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、勘違いに勘違いが混じった状況で箒の携帯電話が鳴る。

 彼女は二つの携帯電話を持っており、一つは政府から支給された物、もう一つは差出人不明の物だったが、唯一登録されていたのが束だけだったので誰が送った来たのかすぐにわかった。

 

「………一体何なんだ?」

 

 箒は小さい頃、しばらく政府に管理されていた束が脱走したのがきっかけで重要人物保護プラグラムが適用され、剣道の試合を欠場をすることになっている。それから携帯電話以外の一切の音沙汰がなかった束とは疎遠となり、接するのが怖くなっていた。

 

「……何ですか?」

『箒ちゃん。今私が念のために放っておいたロボットが次々と倒れていて、そっちに向かってるから今すぐそこらにいる雑魚を盾にして逃げて』

 

 それだけ言って電話を切る束。今日は箒の周りに誰もおらず、箒自身も訓練機を借りられなかったことから一夏たちとは別行動を取っている。久々に来た剣道場は箒に対して戸惑いを見せたが、表面だけはいい顔を作り受け入れてくれた。実際は部活動が強制されているIS学園でも放課後のIS訓練があるので全員が毎日来ない部活でも、一人目の男性IS操縦者というイケメンに構ってサボり続けている箒に対していい感情を見せていない。

 現在は部活が終わり、剣道場の奥にある更衣室で着替えていた。

 

(………千冬さんに聞いてみるか)

 

 これまた何故か入っている千冬の番号にかけると、数回コールして千冬が出た。

 

『篠ノ之か。ちょうどいいところにかけてきてくれたな』

「………?」

 

 箒は嫌な予感がしたが、首を振って聞くことにした。

 

「どうしましたか?」

『実はな。あの馬鹿のおもちゃが学園中にばらまいていたんだが……』

「あー……」

 

 千冬が何を言おうとしているのか察した箒は顔をひきつらせた。

 

『それでだが―――』

「きゃ―――!?」

 

 言葉を遮るように更衣室内で悲鳴が上がる。

 

『な、何だ今の悲鳴は―――』

 

 千冬の声を遮るかのように箒の周りから次々と悲鳴が上がる。すると、箒の尻にも何とも言えない感触が襲った。

 

(!? な、何だ!?)

『おい! 一体何がどうなっている!?』

 

 千冬が聞こえるが箒にとってそれどころではない。

 

「すみません! また後でかけなおします」

 

 そう言って箒は電話を切り、次の感触が襲うまで嫌だが我慢すると、彼女の近くの小窓から音が立つと同時に自分の胸に何かが乗った気がした。

 音がした方を見ると、窓には手が見えている。さっきから鍵を開けろと言わんばかりに鍵を指していた。

 箒は大人しく開けると、そこから男の声が聞こえる。

 

「親切にどうも。一つ聞きたいんだけど、銀のリスって見なかった? 実は結構近くに反応があるからもしかしたら中にいるかもなんで……入らせてもらっていい?」

 

 その声の主は視線を外しており、中を見ないようにしている。

 

「……桂木、貴様、こんなところで何をしている?」

「いやぁ、最近溜まりに溜まっているから久々に発散したいと思っているところにちょうどいいのがいて、それを使おうとしているんだけど………え? 篠ノ之―――」

 

 箒と気付いた悠夜は思わず顔を上に上げると、さっきまで着替えの途中だったからか半裸の―――少なくとも上にはブラジャー以外何も付けていない箒と視線が合う。もっとも悠夜がいる位置と箒のいる位置の高さは違い、内部が高く設定されているので悠夜からは箒しか見えておらず、今の状態なんて知りもしない。

 

「………何故、こんなところにいる?」

「………」

 

 今、悠夜の中である思考を巡らせていた。

 

 ———こいつ、確かものすごく馬鹿で自分が正しいと思っているタイプだよな?

 

 悠夜も人のことを言えないが、少なくとも「正しいことを言っても信じてもらえるか」を考えており、そのために返事が遅れた。それもあるが、何よりも銀色のリスは悠夜以外には見えないので、内部でトラブルが起きていれば経験上、悠夜のせいになりかねないのだ。

 やがて「正直に話そう」と思った悠夜は説明した。

 

「銀色のリスを追ってきたんだよ。そいつが出す波長パターンからここに一体いるって知ったからみんな出てもらって捜索させてもらおうと―――」

「………ほう」

 

 だが、箒は明らかに悠夜のことを警戒していた。

 というのも先程から彼女は悠夜が言った「溜まっている」という言葉に違和感を感じており、恋愛をしていることもあって「成人指定の方を指している」と勘違いしている。何よりも―――

 

「異性の更衣室を荒らそうとは、良い度胸だな貴様ぁ!!」

 

 今の箒———そして後ろにいる女たちは先入観で既に悠夜を悪と決めつけていたため、人の話を聞いていなかった。

 既に着替えている女たちは制服姿のまま移動しており、出入り口から悠夜のところへ囲むように現れた。

 

「………えーと……つまりこれって、怪我を負う覚悟はできているって認識でいいんだよな?」

「黙りなさい、覗き魔。大人しく連行されなさい!」

 

 一人が悠夜に対してそう言うと、悠夜は頭に手を置いて「やれやれ」と言った。

 

「観念したわね? 今よ!」

 

 一人が飛び出すとそれに続いて武闘派―――主に女尊男卑思考を持つ女たちが飛び出すが、悠夜はすかさずライターを出して持っていた爆竹に火を点けて投げた。すると音が鳴り響き、襲ってきた生徒の一人がやけどを、また別の生徒の竹刀に火が点いた。

 

「卑怯よ、あなた!」

「忘れているようならば教えてやる。()()()()()()()()()

 

 ———男は以前強かった。故に女は従い、いつしか男は「女に手を出してはいけない」という風潮が現れた

 ———しかしそれは昔のこと。今は女は強い。男は守られる立場にある

 

 偏った考え方だと理解している悠夜だが、その考えを変えることはない。

 

「大体、俺は俺の理想を求めて駆けているだけで、お前らの更衣室を荒らして下着を盗もうなんて最初から思っていないさ」

「り、理想? でも、どうせエロいことでしょうが!」

 

 好戦的な一人に対して悠夜は鼻で笑う。

 

「やはり今の女というものは愚か極まりない存在だな。俺の理想は常に一点のみの究極の最強。果てしない理想。その体現でしかない。今やそれを現実とできる装置があるのに、思春期にかまけて女の恥部を追いかけるなどまさしく愚の骨頂でしかない! 我が理想すら体現できないものに身を捧げ、威張る愚者共が、我が道を阻むな!!」

 

 勢いとノリで中二病を発病させながら述べる悠夜に対し、あまりの真剣さに女子たちは箒も含めて委縮する。その隙に悠夜はその包囲網を抜けると、入れ違いに千冬が現れた。

 

「………なんだ、この騒ぎは」

 

 そして剣道部員に事情を聞き、ため息を吐いた千冬は悠夜を呼び出すが無視され続ける。結局、千冬が疲れていながらも幸せそうな顔を浮かべながら帰ってくる悠夜を午後6時ぐらいに捕まえ、銀のリスについて交渉をするのだった。




というわけで第52話、終了しました。
実はこの話自体にあまり意味はなかったりしますが、どうでもいいレベルの伏線になっていたりします。

それと最近、バイトが忙しくなったので更新が遅れます。リアルは大事にするタイプなんですが、命は大事になりそうです。




次回予定(予告じゃないことで察して)

悠夜が銀のリスを探している間、十蔵に呼び出されたラウラは用務員館に呼び出されていた。

自称策士は自重しない 第53話

「歓迎しますよ、ラウラさん」

とりあえず、疲れは溜まる一方ですby reizen


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#53 法律って、なんだっけ?

前回のタイトルを変更して、内容をお送りしています。

それと活動報告にも書きましたが、展開の都合上、簪の機体名を「風鋼」から「荒鋼」に変えました。

もし変更していない個所があれば連絡してくれるとありがたいです。


 悠夜が銀のリスを破壊している頃、千冬に呼び出されたラウラは二人で廊下を歩いていた。

 

「……その、何だ。桂木とはうまくやっているのか?」

「はい。一応は……」

「一応?」

 

 言葉に引っかかりを覚えた千冬。ラウラは頷くと、ため息交じりに答える。

 

「私は彼の物として―――従者として共にいます。……いるのですが……あの方がすべて家事を終わらせてしまうのです!!」

 

 ラウラが悠夜のものになって今日の午後10時30分でちょうど一週間になる。先週の翌日、ラウラはすぐに荷物をまとめて悠夜の部屋に移り住むことになったのだが、同時にある程度の荷物を持った簪と遭遇することになった。

 聞くと簪は「悠夜と付き合っているから一緒に住む」と主張し始め、楯無がそれに反論。最初は「三人がベッドに入ることは難しい」ということになったが、簪が「自分たちは小さいから問題ない」と言い張った。実際、胸云々を見れば簪はどちらかといえば低い部類に入る。悠夜は一見すればヒョロ高いのでラウラと簪と一緒に寝るのは寝返りを打たなければ問題はないかったが、楯無はさらに「荷物を置く場所がない」ということになったが、「もう一つの部屋に大半は置いているから大丈夫」と言う簪に、楯無は涙する。

 だがそれに対して反対したのは他でも悠夜だった。

 悠夜は特記事項の最終項「男女の同衾について」を出した。それは「例外を除き、男女の同衾の一切を禁じる」というもので、つまり悠夜と簪の同居は禁じられているということになる。おそらくこれを楯無が言えば簪に嫌われると思ったのだろう、悠夜が代わりにこれを持ち出す代わりにあること言った。

 

 ―――じゃあ、楯無がいない時の代わりに護衛に来てよ

 

 楯無は生徒会の仕事も兼ねているため、何度か帰ってこなかった時がある。

 別に悠夜はそれに対して何も思わないが、このままでは男女だけでなく友人関係にも支障をきたすと思った唯一の折衷案であり、「例外」を認めさせられる行為でもあった。

 それでなんとかおさまったが、ラウラにさらなる問題が降りかかる。―――同居人が優秀すぎるのだ。

 普段から朝の5時には起きてランニングに行く悠夜。同じくらいに起きて追跡する楯無。夜に走るタイプのラウラは寝耳に水(そもそも一夏を殺すことしか頭になかった)といことと、何よりも普段からきっちりしているラウラにとってそうそう時間を変えることは難しいのである。

 ちなみに悠夜はラウラが走っている間に勉強をしていることが判明したため、それに合わせようとするラウラは行動が遅れ、気が付けば夕食になっているのである。

 その実態を聞いた千冬は驚きを隠せなかった。

 

「………そうか」

 

 千冬も悠夜をなめているわけではない。暴走したVTシステムをたった一機で討滅した実力だけを考えても三年前の自分と肩を並べるかどうかというレベルを持ち、(少なくとも千冬にとっては)高等な交渉術、さらに容赦ない口撃を加えると、かなりの強さを誇る。それに加え、家事ができると聞くと、できない千冬にとって敗北感を感じた。

 

「では、私はこれで失礼します」

「……ああ。何かあれば言ってくれ」

「大丈夫です。彼の元で不満を感じることはそれくらいですから」

 

 ―――スパイまがいのことはしたくない

 

 そう言うかのように返すラウラに対し、千冬は何も言えなくなる。

 

 

 ラウラは千冬と別れた後、そのまま用務員館へと向かう。部屋に入ると、そこには菊代はおらず、十蔵と代わりなのか一人の少女がいた。身長は同じくらいで白衣を着ている黒鋼と風鋼をこの世に体現した少女―――轡木朱音である。

 だが朱音はすぐに机に隠れ、その様子を見ていたラウラに十蔵が説明する。

 

「すみません。彼女は私の孫なのですが、昔色々ありまして………」

「そうですか」

 

 ラウラは朱音に近づき机の下で震える朱音の頭をそっと撫でた。

 

「私はラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしくな」

「………じゃあ、これを叫んで」

 

 持っていたらしいメモ帳にカタカナで「コイ、サンダルフォン」と書いてラウラに見せる。

 

「さ、サンダルフォン……?」

「ダメ。もっと感情をこめて。自分の手下を呼ぶように」

「わかった。……「サンダルフォン!!」」

 

 すると朱音の手元で音が鳴り、次のページが書かれたメモ帳に今度は「リア充は死ね」と普通に書いた。

 

「織斑一夏に対して恨みをこめて」

「…「リア充は死ね!」」

 

 再び朱音の手元で音が鳴り、朱音は満足そうに頷いた。

 

「そろそろいいですか、朱音」

「うん。大丈夫」

 

 どうやらそれでラウラに対して親近感が湧いたらしく、今度はラウラの後ろに隠れて現れたため、十蔵はどこか遠い目をしてラウラを見ていたがそれも一瞬のことだった。

 

「ところで、用とは何でしょうか?」

「はい。報告と提案を持ち掛けに」

「…提案?」

 

 ラウラが首をかしげると、十蔵は頷く。

 

「はい。ですがまずは報告を―――ラウラ・ボーデヴィッヒさんがドイツに置いてきた荷物はすべてIS学園に運ばれてきました。とはいえ、あまり衣類はないのと支給されたものでドイツ軍にとって都合は悪いものはすべて省かれていますが、その分はこちらで用意した銀行口座に入っている日本通貨を使用してください。明後日の日曜日は臨海学校前の買い出し日として自動的に学校側から外出許可が出ますので、その時に買いに行ってはどうでしょう?」

 

 十蔵はラウラに通帳とカードを渡す。お礼を言いながらラウラは受け取るとすぐに鞄の中にしまった。

 

「臨海学校ですか。となれば水着でしょうが、学校指定の水着で十分なのでは……?」

 

 その言葉に十蔵は噴き、朱音が止める。

 

「そ、それはダメだよ! そんなダサい恰好でいったらただでさえ命知らずのバカな人たちが笑うのは目に見えてるから、絶対に買わないと。それに、お兄ちゃん……桂木悠夜に嫌われるかもしれな―――」

「なんだと!? それは本当か?!」

「うん。お兄ちゃんはスク水は襲うために敢えて着せるものだって言ってたもん」

 

 瞬間、二人に気づかれないレベルで十蔵は悠夜に対して殺意を漏らす。

 

「そ、それでは次からの水泳に出れないぞ!?」

「じゃあ、ついでにお兄ちゃんと買い物に行ってどんな水着やコスプレが好きなのかを調べればいいんだよ。さりげなく、ね」

「そ、そうだな。手伝ってくれ」

「いいよ。じゃあ、土曜日に一緒に寝て―――」

「ちょっと待ちなさい、朱音。今一緒に寝るって―――」

 

 提案の方の話をしようとした十蔵は、朱音の口から出た「一緒に寝る」という言葉に突っ込んでしまう。

 

「お兄ちゃんと一緒に寝て、一緒に買い物に行くの。いいでしょ? ここ最近、まともに外に出ていないから久々に出たいの」

「それはいいが……まさか彼と何度かそういうことをしているのか?」

「…………おじいちゃん。一緒に寝るって言ってもそんなことをしないよ」

「そうか。そうだよな」

 

 朱音の言葉に安心する十蔵だが、次の一言で激怒した。

 

「抱き着いているけど」

「ちょっと用事思い出した」

 

 そう言って出て行こうとする十蔵に朱音は「冗談だよ」って言った。

 

「お兄ちゃんは私に手を出さないもん。むしろ床に寝るから無理やりベッドに押し込んで逃げないようにしないといけないの!」

 

 その必死さに十蔵はため息をつき、朱音に忠告する。

 

「いいか。確かに彼は貴重な男性操縦者だが、だからと言って襲ってくるようならば言うんだぞ?」

「大丈夫だって。その時はちゃんと16歳になってからにするから」

「いや、そういう問題じゃないんだが……」

 

 業を煮やしたか、それともそろそろ止めるべきと判断したのか、ラウラは会話に入ることにした。

 

「それで、提案とは……」

「ああ、すみません。実はその提案はですね。我々轡木ラボに入所してもらおうと思うんですよ」

 

 その言葉にラウラは驚きを隠せなかった。

 

「つ、つまりそれは………」

「はい。それは我々と共に桂木悠夜を―――そしてこの子を守ってほしいのです」

 

 そう言って十蔵は朱音をラウラに近づける。さっきのことで朱音がすぐにラウラに近づき、抱きしめた。

 

「ただ、一つ聞かせていただけませんか? 先程の言葉で兄様―――桂木悠夜も含めていましたが―――」

「それに関しては今はお答えできません」

 

 その言葉が纏う空気を感じ取ったラウラは口を閉ざす。

 

「ですがいずれあなたも知ることになりますよ。彼と共にあるならば」

 

 その言葉を最後に、二人は契約の話に移るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとも酷い目にあった。

 あの後、話したくもない女と夜遅くまで会話しないといけないし、そもそも現状ではラウラがいるから女には困っていないのに、どうして俺がそれ以下の奴らに手を出さなければならないのか? 胸事情? 同居人がデカ乳ですが何か?

 そう。つまり今では女に対して何一つ不自由していない俺が、銀のリス以外であそこに来る理由はないし、現場検証に連れ出して確認したところ、台を用意して大体の位置に頭を近づけた織斑先生でも顔だけを覗かせていた篠ノ之の顔しか見ることができず、ましてや乳なんて見えることはなかった。

 それほどイライラしていたからであろう。眠るのは遅くなり、朝起きたら6時半だった。

 そんな少し遅めに起きた俺に一通のメールが届いていた。朱音ちゃんから、「今日の放課後、集まるように」ということらしい。

 

(明後日から行われる臨海学校でのテスト試験の装備を先に量子変換(インストール)するため、か。そいつは楽しみだ)

 

 今度はどんな武装が来るだろうか。どんな「トンデモ」だろうが「ゲテモノ」だろうが、すべて使いこなしてみせる! というか、使いこなさないと意味がない! 主に俺の存在意味が!

 

 楽しみにしすぎているせいか、その文面を見ていると横のベッドから指摘が入った。

 

「………随分と楽しそうね、簪ちゃんとのメール」

 

 かなり不機嫌そうな顔をする楯無。どうやら俺が笑っている理由をそっちと勘違いしたようだ。

 

「朱音ちゃんだよ。放課後、武装をインストールしたいから来てくれって」

「…それがどうしてニヤニヤすることになるのよ」

「だって朱音ちゃんは黒鋼の全機能を再現してくれているんだ。武装に期待してしまうのは当然だろ」

 

 もっとも、黒鋼には本来「アイゼン・パッケージ」という某分の悪い賭けが嫌いじゃなく、悪運が強い孤狼の機体をパッケージ化したものがあるのだが、それはすでに《デストロイ》と《リヴォルブ・ハウンド》、そして予定外だがヘッドギア《ヒートヘッドギア》で再現されている。ガトリングは《アイアンマッハ》あたりで代用すればいつでも切り札を切れるわけだ。

 

「それだと、まるで朱音ちゃんの技術だけが頼りじゃない?」

「………お前にはわかるまい。少し踏み込んだことがばれたらすぐに命が刈られるかもしれない恐怖を」

「なんか、ごめん」

 

 あの時のことすら実は許しておらず、今度踏み込んだら間違いなく死ぬかもしれないという恐怖を感じているのに。度々泊まっているが、俺からはしないようにしている。いやぁ、可愛いんだよ。そのまま押し倒しそうになるほど理性が崩壊しかけるんだよ。それで襲わないヘタレさよりも我慢して最後の砦の頑丈さを評価してもらいたい。

 

(そう考えると、いつも平然と一緒のベッドに寝ているラウラは貴重だな)

 

 そう思いながら俺はラウラの頬を軽くなでると、見ていられなかったのか楯無がテレビを点けた。

 

「え!? 悠夜君、ちょっとテレビ見て!」

「? 何なんだ、一体―――」

 

 言われながら俺は首をテレビに向けると、何故か俺のことを特集しているようで―――

 

「………「二人目は預言者? 自分がISを動かせることを前々から知っていた」? ………あ」

 

 心当たりが一つあったので思わずそんなことを言ってしまう。

 

「どうしたの?」

「いや、まさか………でもあり得ないだろ、そんなの」

 

 ということは、何故か俺のパソコンが勝手に調べられていることになる。

 そもそもあれは憂さ晴らしで書いたもので、設定はグチャグチャ。挙句あれは明らかに「インチキ」というか「異次元」というか、ともかく冗談半分で書きなぐったものでしかない。

 

「何か心当たりがあるの?」

「………まぁ、一応」

 

 親父は全部持って来たと思っているようだが、実のところパソコン周りは持ってきてくれていない。必要ないと思ったのか、代わりにノートパソコンは持て来てくれているのだ。………たぶんだが、いつもみたいにテストタイプ。

 

「いや、昔さ。虐められていた時につい「この設定ならアリじゃね?」って感じで小説を書いたことがあるんだよ。二人の男性IS操縦者が現れて、一人はイケメンで大金持ちで運動神経がいい、所謂なんでもできるタイプで、もう一人は容姿、運動、勉強すべてダメで、ISを動かしてもまともに動くどころかすぐに落下するっての」

「………織斑君のところはお金持ちってわけではないけど、確かにそれなりには合っているわね」

「実際、プロローグだけを書いただけだぜ? 散々虐められて、何度も撃たれて、そしたら目の前に神々しい巨大ロボ……って言っても一般的なリアルタイプの20m前後のものだけど、それを動かして誰も助けてくれなかったIS学園をはじめ、自衛隊、IS委員会、そして女権団本部、そして鎮圧に来たISを操縦者ごと破壊するっていう」

 

 ちなみにその虐められた人間には多少周りを巻き込んでちょっとした仕返しをしてやった。

 

「……まぁ、なんというか………」

「災い転じて福を成すっていうか、棚から牡丹餅っていうか、それを引用してゲーム大会に出たら世界大会で優勝したんだけどな」

「それは凄いですね」

 

 いつの間に起きたのか、ラウラはパジャマ姿でそう言った。

 ちなみに彼女は最初、素っ裸で寝ていたのだが楯無のお古をもらってそれを着ているため、少しダボダボの服を着ている……それがさらに可愛さを引き出しているんだが。

 

「おはようございます。兄様。更識楯無」

「ラウラちゃん。私のことは「お姉ちゃん」でも―――」

 

 するとラウラは楯無を睨み、俺に抱き着いて来る。

 

「パジャマのことは感謝するが、それとこれとは話は別だ」

 

 楯無はしょんぼりとなるが、俺の興味は既にテレビに向いていた。

 今では黒歴史の設定資料やモデルの絵が平然と公開されており、俺のボルテージは溜まる一方である。

 

「楯無。外出許可をくれないか?」

「………もしかして、誘っているのかもしれないわよ? 罠という可能性は捨てきれない」

「……だとしてもだ。一度家に帰った方がいいと思ってな」

 

 自分の家に帰るだけでも罠の可能性があるだなんてな。正直困る。

 

「……わかったわ。すぐに十蔵さんに掛け合ってみる」

「頼む」

「私の分もだ」

 

 どうやらラウラも行く気らしいが、正直ラウラはまずいと思う。

 現在、ラウラは限定的な「自由国籍」保持者となっており、宙ぶらりんの状態だ。仮にもドイツで代表候補生、そして軍人をしていた彼女が外に出るなど危険すぎる。せめて武装携行の許可を得てから―――

 

「……悠夜君はともかく、ラウラちゃんはわからないわ。一応学園内では「桂木悠夜の身内」ってことで通っているけど、学園からしてみれば「外国」になる日本をそう簡単に歩かせるわけにはいかないわ」

 

 「明日は別だけどね」と続ける楯無の言葉に、ラウラは不服そうな顔をした。

 

「悪いな、ラウラ。明日ならともかく今回は遠足みたいなものじゃないから」

「………わかりました。だが、できるなら頼む」

「わかったわ。それとこれは、十蔵さん経由で朱音ちゃんに伝えてもらうことにしましょう。納得はしてもらえると思うけど、念のためね」

「……そうだな」

 

 何はともあれ、平然と流出している個人情報を止めなければならない。それと、あの機体がIS扱いなのは個人的なプライドとしてかなり困るからな。




次回予定(予告じゃない時点で察してください)

唐突の帰京を果たすことになった悠夜。そこには意外のようなそうでもないような人たちが待機していて……。

自称策士は自重しない 第54話

「別れを告げた地へ」

そこで少年は、新たなる出会いをする。




ということで久々の更新です。大体、これがいつも通りだったり。


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#54 別れを告げた地にて

 放送されていた時間が時間だったため、何人かはあのニュースを見ていたようだ。

 そこで聞こえていた噂を簡単にまとめると、

 

 ———曰く、桂木悠夜は破壊思想を持っている

 

 ———曰く、桂木悠夜の頭は逝かれている

 

 ———曰く、桂木悠夜は前々からISを動かせることを知っていた

 

 ———曰く、一週間前の演説は口から出まかせである

 

 最後のは実際は即興だったのだが、最初と二番目は設定上仕方ないし、何より三番目は初耳である。身から出た錆というか、たぶん似たようなものだと思うが、とはいえ心外だ。

 

「桂木君、適性検査を受ける以前からISを動かせることを知っていたというのは本当でしょうか?」

 

 代表してか、四十院がそんなことを尋ねて来たので首を振るう。

 

「知っていたなら、まず検査を受けないか、受けてすぐに逃げ出して何機か落として―――」

 

 そこでふと、思ったことがある。

 

 ———果たして、本当にそんなことができるのか?

 

 理想と現実は違う。今では何人も倒してきた俺だが、それはあくまで「黒鋼」という俺の理想を体現してくれる高スペックの機体だからこそだ。まぁ、打鉄で無人機を撃破しているが、それはあくまで性能強化パッケージである「(よろず)」のおかげであると断言できる。

 

「………どこかの企業に入れてもらうか、自分の戦術レベルの高さを認めさせるしかないな。となるとまずは国会議事堂を占拠し、やってくるであろう自衛隊相手に大立ち回りをする―――いや、それだとISが出てきてデッドエンドだから―――」

「あ、あのぉ……」

「待てよ? わざわざ国会議事堂に行かなくても訓練所にISがあるわけだし、そこで訓練機を拝借して代表候補生を一人や二人IS恐怖症にするまで潰せば―――いや、それでは―――でも爆弾があれば―――」

 

 と口に出しながら勝手に作戦を練っていると、心配してきたのか本音が俺の両頬を引っ張った。

 

「ゆうやん、そんなことばっかり考えるから、「破壊思想を持っている」って思われるんだよ~」

「……そうなの?」

 

 ぶっちゃけた話、女にそう思われるのは不名誉だと思う。

 

「うん」

 

 頷かれたのでショックを受けていると、前の方で出席簿が何かにぶつかる音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実は前々から気になることがあったのだが、俺はIS学園に来てから掃除をしたことがない。

 そのことに関してずっと「ラッキー」や「七不思議」程度にしか思っていなかったのだが、どうやら今では「罰則」という扱いになっているようだ。考えてみれば、傲慢な女って身を粉にして働いているであろう男たちの休日を容赦なく潰すから自分たちは掃除をしていないだろうし、罰則としては十分なわけだ。

 そして俺は、何故個人情報ならぬ個人想像が流出しているかを突き止めるために、準備として楯無と共に用務員館へと訪れていた。

 

「お話しはすべて聞いています。私も驚きました。まさかあれほどまで容赦のない手を使うとは想定外でした。先程、朱音にも話したところ、快く了承してくれましたよ」

「……そうですか」

 

 あの子、頭いいからな。後で撫でてあげよ。

 

「今、邪なことを思わなかったか?」

 

 真顔で聞かれたので俺は勢いよく何度も首を横に振った。

 

「だったらいいのですが……」

 

 というか、急に素に戻らないで下さい。正直、怖いです。

 とりあえず話は終わったので、小回りが利くことと余計な荷物を持たないことを含め、正体がばれない様に変装した俺たちは徒歩で移動するため、モノレールに乗る。幸か不幸か、周りには明日行かずに今日の内に行く奴もいるだろうに、中には俺たちを除いて誰もいなかった。

 

(………面倒なことをしてくれるな、本当に)

 

 テレビの方は十蔵さんが動いてくれることになっており、原因を知り次第こっちに連絡が入るようになっている。

 とはいえ、俺も自分の家がどうなっているのか知りたいし、今回の遠征はためにはなるはずだ。

 俺は隣に座る楯無に目を移す。相変わらず整った顔たちをしている。正直な話、こんな身の上でなければ素直に告白していたかもしれない。

 

「何かしら?」

 

 俺の視線に気付いたのか、外へと視線を向けていた楯無がこっちを見る。

 

「……悪いな。俺個人のことなのに巻き込んでしまって」

「別にいいわ。あなたのお父さんを殺したのは実質私の家でもあるし、償いになるとは思っていないけど、こういうことぐらいならいくらでも手を貸すつもりよ。あなたには生徒会長として、学園の一生徒としてたくさんの借りがあるのだから」

「……そう言ってくれると助かる」

 

 ………って、何だこの空気は。まるで友達以上恋人未満のペアがお互い一歩踏み込んだことをしようとしても躊躇ってしまっている感じじゃないか。

 

(ないな。うん。ないわ)

 

 確かに魅力的だが、だからと言って手を出すか……いや、手を出すかもしれないが、おそらく潰されているだろう。いくら強くなったとはいえ、さすがに楯無に勝てると思うほど馬鹿ではない。

 

「実はね、ずっと聞きたいことがあったの」

「……何だ?」

 

 急にそんなことを言われた俺は聞き返すと、楯無は俺がずっと目を逸らしていたことを聞いてきた。

 

「簪ちゃんのことは、どう思っているの?」

 

 問われた俺は思わず思考を放棄しかけるが、あのような形とはいえ告白されたことには変わりないので姉である彼女には伝えておくべきか。

 

「そうだな。好きなのは好きだが、お前はできるなら織斑のような未来を保証されている人間と付き合ってもらう方がいいだろ?」

「………」

 

 黙りこむ楯無。俺に気を遣ってのことのようだが、俺自身そこまでの興味はない。

 

「気にするな。身内の幸せを願うならばそれが普通だ。父親の死が原因で妹をもらおうとするほど落ちぶれていない。………が、本音を言わせてもらえれば嬉しかった」

「……嬉しい?」

「ああ。今まで虐められたりストーカーとかだったり、まともな恋愛をしたことがないし、この先したいとは何度も思ったがする予定はなかった。何せこんな世の中だ。まともな相手すら見つからないだろうと思っていたぐらいだからな。それが同じ趣味を持っている奴が、しかも可愛い奴が一寸先は闇な状態の俺に対して「付き合ってほしい」だぜ。これを喜ばずいつ喜べばいい」

 

 流石にキスされた時は焦ったが、冷静に考えれば喜ばしいことでもある。

 

「だが安心してくれ。俺は彼女はもちろん、誰にも手を出す気はない」

「………」

 

 しばらくすると電車は「レゾナンス駅」を超えてしばらくしたところで停車する。

 そこで俺たちは降りる。「住宅街中央駅」という名前にあう通り、そこには高級住宅から低級住宅、食堂まである。レゾナンスから少し離れているが、自転車で行けない距離ではない。まぁ、バイクをもらって以降、そっちで通っているが。

 

(……ここは変わっていないな)

 

 それが良い意味かはともかく、な。所々に地面がえぐられた跡が残っている。

 俺はそれを一瞥してからまっすぐ自分の家がある方向に向かおうとすると、一人の男性がこっちに近づいてきた。

 

「ねぇ君、ちょっといいかな?」

 

 すかさず俺はある装置のスイッチを入れ、声を変える。

 

「何でしょうか?」

「ちょっとこの辺りで取材をしているものでね。今話題の「桂木悠夜」について調べているんだが、何か知らないかい?」

「すみません。僕はここに来たばかりなので、彼についてはなんとも……」

「では、どうしてここに来たんだい?」

 

 最近の記者は他人のプライベートにまで口を出すようだ。

 

「プライベートですよ。いくら好奇心が旺盛とはいえ、他人の事情に踏み込むことはお勧めしませんよ」

「おっと、失礼。ではご機嫌よう」

 

 そう言って彼はそのままそこから立ち去る。入れ替わるように楯無がこっちに近づいてきた。

 

「大丈夫? 何か聞かれていたようだけど」

「ああ。問題ないさ」

 

 声が変わっていることに関して驚かれているが、察してくれたのか黙ってくれていた。

 

「……随分と様駅とは感じが違うのね。しかもこれ、銃痕でしょ?」

「治安が悪くなったか、それともただ修復するのが面倒なのかのどっちだろ。アイツら、権力を盾にして遊ぶか下らない思想を持たせるために活動するかのどっちかしかしてないからな。基本暇人なんだよ」

 

 そう言うと何人かがこっちを見てきた。面倒なことにこの辺りの女は大半が女尊男卑思考を持っている。

 

 この地域はかなり変わっている。高級住宅は女が住んでおり、低級住宅は男が住んでいる。俺のように高級住宅に身を置いている男はいるが、大抵そういう奴は両親のどちらかが裕福なのだろう。ちなみに俺の場合はどちらも稼ぎが良かったのと、主に義母の「男でも私は家畜として育てているんですよ」というアピールをするための道具として扱われてていることは容易に想像できる。

 スパイボールを何体か開放した俺は、後ろからさっきの記者が来ていないかをISのハイパーセンサーを展開して確かめながら先に進んでいると、段々と家に近づいてきたようで喧騒が聞こえる。この辺りには騒ぐほどの子供なんていないはずだ。ということは―――

 

(……予想通りだな)

 

 俺の家の周りには何故か報道陣が囲んでおり、入口のドアが開いている。

 

「待って」

 

 今にも飛び出そうとする俺を楯無は引き止め、ちょうどいたからか交差点の所に移動した。

 

「おい、何するんだよ!?」

『いいから落ち着きなさい』

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を開いてそう言った。ホント、便利だな。

 

『……悪い。でも―――』

『今出て行っても格好の的よ。まだ相手の兵力すらもわかっていないのに、無闇に突っ込むのは危険だわ』

『……………』

 

 実際のところ、その通りなので何とも言えない。

 楯無は空中投影ディスプレイを出して操作をすると、俺の家を映し出した。いや―――どうやらテレビ放送らしく、「預言者 桂木悠夜を徹底調査」という字を出している。

 

『現在、我々は二人目の男性IS操縦者「桂木悠夜」の家の前にいます。彼がこれまでどれだけの犯行計画を立てたかを徹底究明するべく、先程調査団が家屋へ入っていきました』

 

 つまりそういうことらしい。楯無が設定を変えたおかげで俺たちに直接的に音声が入ってくるようになっているらしく、周りの人たちは俺たちをカップルように見ているらしく、微笑ましく見ていた。

 

 ———相手の兵力すらわかっていない

 

 つまり楯無は、この中に混じっているであろう女権団の連中が俺を見つけ次第、殺そうとすると考えているのか。だったら尚更好都合だ。

 

『楯無。悪いが突っ込ませてもらう』

『待って! それじゃあ―――』

『問題ないさ。ただ、愚民共の印象を上書きして回る。その間にお前は隙があったら後ろから忍者らしく潰していけ』

『でも―――』

 

 普通ならばここまで身を案じてくれる奴なんていないのに、内心嬉しく思いながらはっきり言った。

 

『大丈夫。中二病になった俺をそう倒せる奴なんていないさ』

 

 

 

 

 テレビ局が各局のニュース番組に状況を伝えている最中、変装を解いていつものスタイルに戻った悠夜はそのまま無音で近づいていく。

 すると姿に気付いた何人かがそちらを向き始め、入口を塞いでいる黒服の男が動きを止めようとする。

 

「これより先は立ち入り禁止———」

 

 伸ばされた手を悠夜は悠々と避け、気が付けば黒服の後ろの回り込んでいた。

 

「み、見てください! あれは二人目の男性IS操縦者、桂木悠夜です!」

 

 正気に戻ったらしい一人の女子アナがそう言い始めたことを皮切りに、周りも口々に言い始める。

 

「待て! ここから先は立ち入り禁止だ!」

「我が家に戻ることを禁止されるとは、この中に犯罪者でもいるんですか?」

 

 惚けながら段々と中へと入っていく。

 

「待ってください、桂木悠夜! あなたがISを使って世界を壊そうとしているそうですが、何かコメントは――」

 

 女子アナがそう言いながらマイクを向け、悠夜は真面目に答えた。

 

「本当にそう思っているのならば、あなた方の頭脳は高が知れているということですよ。だってそうでしょう? あなた方が騒いでいるのは、机上の空論でしかない、ちょっとばかり大袈裟に書いただけの展開だ。大体、それは4年前に書いたものだ。若気の至りというものですよ。ま、今も若いですけど」

 

 その言葉にニュースキャスターの頬が引きつる。

 

「あ、あの、それで―――」

「まさか俺が本当に世界破壊を目論んでいると思っていたんですか? やだなぁ。っていうかそんなことするんだったら、とっくの昔に行動してますって。では―――」

「あ、おい!?」

 

 後ろから飛びかかろうとした男を回避した悠夜はそのまま流れる動きで家の中に入る。

 そして自分の部屋だった場所を探ると、そこには外にいたと思われる黒服たちと同種の人間たちがいた。

 

「……君は。どうしてここにいるんだ?」

 

 悠夜の存在に気付いた一人がそう問いかけると、悠夜は聞き返した。

 

「アンタたちこそ、何を勝手に人の部屋を荒らしているんだ?」

「こちらは家主の許可を得ている。君にどうこう言われる筋合いはな―――」

「へぇ。じゃあ、俺の作品をばらしたのもお前?」

 

 すると代表なのか、女性が一人現れる。

 どこか千冬に似ている感じの雰囲気を持つ女性は彼女だけ唯一サングラスをかけていないが、その代わりに眼光が鋭かった。だが悠夜は十蔵に強力な殺気を浴びせられているからか動じることはない。

 

「初めまして、桂木悠夜。あなたに逮捕状が出ています」

 

 そう言って手錠を取り出した黒スーツの女は悠夜の手首を取って手錠をかける。

 

「午後14時36分。対象を逮捕―――」

 

 ———ジャラララ、ガシャンッ

 

 今度は彼女の手元でそのような音が鳴り、全員がそこに注目する。悠夜の手首には既になく、代わりに女性の両手首に手錠をかけられていた。

 

「お返しします。どうせその逮捕状も女性がでっち上げたものでしょう? 今の世の中、女ほど信じられないものはないので」

 

 ———ただしあいつらは除く

 

 脳内で簪、本音、ラウラ、朱音の顔を思い浮かべながら内心否定する悠夜。それよりも彼女は自分が手錠をかけられていることに驚きを隠せなかった。

 

「あなた、何者? この手錠は専用の鍵がなければ開けられない仕組みになっているのよ?」

「実はこれを使いまして」

 

 そう言って悠夜が出したのは銀色のタグだった。しかし、

 

「これ、一種の開錠鍵らしいですよ。親父曰く「捕まった時に便利だよね」ということで作ったらしいです。まぁ、今回の件で壊れましたが」

「……益々この家を調べる必要性が出て来たわね」

「ああ、それについてはご心配なく。もう死んでいますので、生産されることはないと思います」

 

 淡々と答える悠夜に対して女性は不愉快そうな顔をするが、次の言葉で口を閉ざした。

 

「それはつまり、あなたたち女と同じIS操縦者である俺に対して喧嘩を売る……そのような認識でいいんですよね?」

「………ここでISを使う気?」

「ではあなたは、蟻の行列を踏み潰すのを躊躇うんですか?」

 

 あからさまの挑発に女性は乗る―――かと思いきや、部下と思われる男が一人、彼女に耳打ちをする。するとどうしたことか、女は部下を集め、撤収した。

 

「今回の所は見逃してあげるわ。でも日本国内で犯罪を起こしたなら覚悟しなさい」

 

 そんな捨て台詞を残していくが、悠夜はそれを見送ってから改めて自分の部屋を見た。

 

「……これ、俺が掃除するんだよな……」

 

 そう言った悠夜は深くため息を吐き、掃除を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは高級感を醸し出しているバーであり、金髪赤眼できわどいドレスを着ている女性は先に注文したらしい赤ワインを口にしていると、入口の方から涼しげな音の鈴の音が鳴り響いた。女性が入口を見た時、ちょうど入ってきた短髪の日本人女性と目が合う。

 客が来たため応対しようとしたバーテンダーを制止させ、その日本人女性―――石原郁江は金髪の女性がいる席に座った。

 

「『初めまして、ミスミューゼル』」

「初めまして、石原さん。日本語で結構よ」

 

 「ミューゼル」と呼ばれた金髪赤眼の女性は自分が座る席のボタンを押すと、屋根が形成されて天井に電気が点く。

 

「………すごいわね。でも、こんなことをして怪しまれないかしら?」

「ここは元々一般でも入れるバーだから、この後はどのような展開になるかなんて言わなくてもわかるでしょ?」

「……ええ」

 

 少し間を開けながら郁江は答えると、ミューゼルは早速銀色のトランクを出した。

 

「早速商談? 気が早くないかしら?」

「そう? でもさっきからあなたの視線はトランクから離れていないようだけど?」

 

 指摘された郁江は顔を赤らめる。その様子を見てミューゼルは微笑みかけ、トランクを郁江に渡した。

 郁江は無言で中身を確認すると、同じく無言で閉じた。

 

「ありがとう。これで私たちの野望に一歩近づくわ」

「ええ。私としてもあの男は目障りなの。当日は駆けつけられないけど、上手く行くように願っているわ」

「ええ。あなたのような人が参加できないのは惜しいと思わ」

 

 忙しい身だということを知っているからか、ミューゼル―――スコール・ミューゼルは天井をしまわせると、郁江は礼を言ってすぐに退出した。

 その姿を見送りながら、スコールは自身のショルダーバッグからインカムを出して左耳に着けると、繋がっているらしく、相手に語り掛ける。

 

「で、あなたは勝てると思う?」

『無理だと思うの』

 

 通信機からどこか間延びした感じの声が響き、その声の主はさらに言葉を続けた。

 

『あの人は無謀なことをしているの。確かに彼女は力を手に入れた。でも、所詮ISだから無理なの。どれだけ強くしようと、どれだけ発展しようと、あのお方には勝てないの』

「………そうね。私も同意見よ」

『…じゃあ、どうして渡したの?』

 

 その質問に笑みを浮かべたスコールは見えないからか笑みを浮かべて答えた。

 

「彼女たちは所詮捨て駒よ。あなたに限界がある以上、より多くのデータを引き出して対処するしかない。彼女たちはその捨て駒」

『……スコールは名前通り容赦ないの。流石アラフィフ―――』

 

 聞きたくなかったのか、無造作にスコールは通信を切るのだった。




ということで、今回はなんやかんやって感じの閉まりになりました。わかりやすい伏線ですね、まったく。

ちなみに掃除をせずに帰ったシーンは某有名な3年B組のシーンから取っています。


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#55 特別技術開発局

 なんとか追っ払うことに成功した俺は、汚された部屋を片付けた。ちょうどいらないものもあったし、これを機にまとめて捨てる。

 そんなことをしていたら夕方になり、晩飯は朱音ちゃんと取ることになっているのでこのまま帰ることになった。

 そして俺は一度部屋に戻り、ラフな格好で轡木ラボに訪れる。そのまま朱音ちゃんの部屋に向かおうとすると、金属同士がぶつかりあう音がしたかと思うと、スパナがこっちに転がってきていた。

 俺は反射的にそれを受け止めると、作業着に身を包んだ男がこちらにやってきた。紫色の髪をしていて、朗らかな顔をしている。

 

「悪い悪い、大丈夫だったか?」

「ええ。ちょうど手前で止まったので」

「そうか。それは良かった」

 

 本人からは意外にも普通じゃない何かを感じるが、気のせいだろうか?

 

「って、君は二人目の男性操縦者!?」

 

 どうやら俺の存在を今気付いたようだ。

 すると何人かがこっちに気付いたようだが、何ともない風に作業に戻る。度々ここに通っているからか、俺の価値は落ちているらしい。

 

「ええ、まぁ」

「うわぁ。生で初めて見た」

「———ちょっとアラン! さっさと戻ってきなさい!」

 

 向こうから上司と思われる女性が叫んでいる。どうやらこれも日常茶飯事のようで、周りは「またか」という雰囲気で作業を再開した。

 

「……大変そうですね」

「ああ。アイツ、何かと理由を付けて俺を呼ぶんだぜ? 荷物運びとか、料理の味見とか。この前の料理とか最悪で―――」

「ア~ラ~ン~?」

 

 いつの間にこっちに来たのか、銀髪の女性がアランと呼ばれた男性の背後に忍び寄っていた。「女性」や「男性」とは言っているが、どちらも俺とそこまで年齢は変わらないと思う。

 

「ゲッ!? レオナ……」

「ほら、早く整備に戻るわよ。ごめんなさいね、桂木君。また休みの日に」

「……はい……え?」

 

 レオナと呼ばれた女性はそう言ってアランさんを連れていく。アランさんも文句は言いながらもそこまで不平を言っていないことから仲は良いのだろう。どこか二人が微笑ましく感じた。

 俺もとりあえずそこから移動して朱音ちゃんの部屋に向かう。後一度曲がればいいというところで男性が現れた。

 

「おや、あなたは……まさかこんなところで会うとは」

「……えっと、あなたは?」

 

 思わず尋ねると、彼は特に気にすることなく自己紹介を始めた。

 

「初めまして。私はリベルト・バリーニです。あなたは黒鋼の操縦者である桂木悠夜さんですね。任務中でも、あなたのご活躍を耳にしていました。なんでも、暴走状態のVTシステムをたった一人で倒したとか」

「それは黒鋼の出来が良かっただけですよ。俺の力ではありません」

 

 謙遜したつもりはないが、どうやらバリーニさんはそれをそうとったらしい。

 

「謙遜する必要はありませんよ。私もこの年でかなりの修羅場をくぐりましたからわかります。あなたには底知れぬ強さがある」

「………」

 

 一瞬、失礼ながらも「電波系」と思ってしまったが、何やら彼からは只者ではない気配を感じる。

 

「では、私はこれで」

 

 そう言ってバリーニさんは俺の横を通り、さっきまで俺がいた格納庫の方へと進んでいった。流石は只者が集まらない轡木ラボ。ああいうようなちょっとヤバそうな人が歩いていても不思議ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格納庫に着いたリベルトは辺りを見回してから、目当てのものの方に歩く。目的地の周りには先ほどの二人―――アランとレオナがおり、ところどころむき出しになっている部分の調整をしているようだ。

 

「ゼクスの様子はどうだ、二人とも」

「ずいぶんと手酷くやられましたね。隊長らしくない」

「それほど相手の連携がうまかったんだ」

 

 レオナの言葉にリベルトは笑って答える。

 

「それって俺とレオナ以上だったですか!?」

 

 無邪気に尋ねるアランに対し、リカルドは「さぁ」と答えた。

 

「どうかな? ……と言いたいところだが、あいにくのところ向こうの方が強いだろう。もっとも、勝てるかどうかはアラン次第ということだが」

「いやいや、そんなことはないですよ」

 

 アランはそう答え、整備に戻る。

 リベルトが工具を持ち、アランがしている部分の近くの整備を始めた。

 

「先ほど、桂木悠夜と出会ったよ」

「俺たちも出会いましたよ。でもあの男が本当にあんな風になるんでしょうか?」

 

 アランの質問に対し、リベルトは笑いながら答えた。

 

「だからこそだろう。先程の彼は思いのほか隙がなかった。おかしいだろう? 私と違って彼は一般人だったはずなのに」

「でも、それって警察に殺されかけたとかでしょう?」

「おそらくね。だとしても楽しみだよ。いつか本気の彼と戦える日が」

 

 リベルトの雰囲気を感じ取ったアランはため息を吐き、彼の愛機―――ゼクスリッターの整備の手を再び進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故男の人が朱音ちゃんの部屋から出て来たのかはわからないが、とりあえず朱音ちゃんの部屋に行くことにした。しかし気のせいかな? さっきの人がどこかのウインドさんに似ている気がしなくもない。あの人がISに乗れるなら、問答無用であれを乗せたいⅠかⅢかは朱音ちゃん次第ということで。

 

(なんて冗談は置いといて)

 

 相変わらず無機質な廊下が終わり、その先のドアをノックする。するとドアが自動的に開き、中からスタンバイをしていたのか朱音ちゃんが飛び出してきた。

 それを受け止めた俺は、すりすりと顔を擦ってくるのをやめさせた。

 

「悪かったな。用事をすっぽかして」

「ううん。事情が事情だったもん。仕方ないよ」

 

 本当に彼女は貴重だと思う。織斑のところなんて理由を聞かずに即攻撃が当たり前だからな。その点、こっちはそういう心配はないからある意味恵まれているだろう。あと、どこかの妹みたいに無意識に鳩尾を頭突きされる心配はないし。

 

「そういえば、今日はラウラや簪も来ているんだよな?」

「かんちゃんは明日に本音ちゃんと出かけるから、その準備のため帰ったよ。それに荒鋼の場合、OSのアップデートだけだし」

 

 「黒鋼はいっぱいあるけどね」と言われたが、新たなるロマンのために時間がなくなっても構わない。

 

「で、ラウラは?」

「お勉強中」

 

 見ると、ラウラは朱音の机を借りて参考資料を見て必要なものをまとめているようだ。俺が入ってくる音にすら気付かないとは、かなりの集中力と言える。

 

「なるほど。デュ○ルという機体は距離を選ばないタイプのようだな。これを参考するのもありか」

 

 表紙から察するに、種系の資料を読んでいるらしい。ということはラウラがラボ製のISを持ってしまったら「びゃくしき~!!」とどこぞの銀髪ツンデレ隊長みたいになるのか。いや、なってたな。

 そんなことを思い出しつつ、俺は思わずラウラの頭を撫でた。

 

「に、兄様!? いつの間に―――」

「さっきだよ。にしてもすごいな。これ、全部朱音ちゃんの私物か?」

「う、うん。気分転換にって、師匠やお母さんが買ってくれたの。前の大会の時もこれを参考にした」

「へぇ」

 

 朱音ちゃんみたいなのなら、普通そこはぬいぐるみとかだろうに。まぁでもおかげで黒鋼や荒鋼があるわけだし、そういうことは言わないでおこう。別に「完全清楚」ではなくて「頑張っているけどダメダメ」とかの方が正直萌える。

 

「……変?」

「全然。今日日これくらいせずにISで強くなれるとは思わない方がいいだろってレベルだと思うし、同じ趣味を持ってる方が断然好きだな―――」

 

 すると朱音ちゃんは顔を赤くし、俺も俺であの時のことを思い出す。

 いやいやいや、クールになれ、桂木悠夜。高があれしきのことで顔を赤くするな―――って無理だわ。

 だが朱音ちゃんは空気を読んだのか、頭を振ってラウラに言った。

 

「じゃあラウラ、ちょっとお兄ちゃんと黒鋼の改造をしてくるね」

「わかった。すまないがもう少しこの参考資料を借りさせてくれ」

「いいよ。破かない限り好きに使って」

 

 そう言って朱音ちゃんはさりげなく俺の腕を掴んで格納庫の方へと出るドアを開ける。二人でそこを通ると階段を下った。

 

「じゃあ、黒鋼を展開して」

「わかった」

 

 第3整備エリアの中で黒鋼を展開すると、朱音ちゃんは投影されたディスプレイを操作して黒鋼をアームで固定し、コクピットドアをしている装甲を開く。降りて少し離れると、彼女は肩の装甲を機械で操作して解除した。

 

「今回は前々から考案していた装甲に変えるわ」

「どんなものなんだ?」

「ビームブーメラ―――」

 

 そこまで聞いていた俺は、あまりの嬉しさに思わず朱音ちゃんに抱き着いていた。

 

「お、お兄ちゃん!?」

「ありがとう………本当にありがとう!」

「ぶ、ブーメランを追加しただけでこのテンションなの!?」

 

 当たり前だ。ましてやアレだぞ? 色々重荷を乗せられた挙句、主人公なのに敵キャラでもはや持て余して放置されていた奴の機体とかむしろ俺得なんだからな。

 おそらく「デ」から始まるあの機体が専用機だったら似合わないキャラを演じている自信がある。

 ……なんとか冷静になった俺は、朱音ちゃんから離れることにした。朱音ちゃんはちょっと悲しそうにしていたが、これ以上はさすがに殺される。

 

「いやぁ、やっぱり嬉しい。あの攻撃、実は憧れてたんだよ」

「それだけじゃないよ。なんと飛行形態時限定だけど、突撃する時にAICを応用してバリアを展開できるように設定しておいた。これで飛行形態時に相手にタックルできるようになったよ」

「………そうか」

 

 脳内で家族宅急便を思い出す。最終的にはとんでもないことになるが、主人公の初期機体が飛行形態で突撃する様を見て「いつか俺もこんなことをしてみたい」と思ったことがあるが、そもそもIS自体に飛行形態は必要ないからできないと思っていた。それが、こんなところでチャンスに恵まれるとは。

 ちなみに本当は今すぐ朱音ちゃんを抱きしめたいレベルなんだが、さっきしてしまったので自重している。

 

「あと、換装パッケージが完成したからテストしてきてほしいの。かんちゃんも一応はできるけど、荒鋼だと機動強化型の「ロンディーネ」しか使えないの」

 

 ………確かにそうだな。

 俺の黒鋼と簪の荒鋼では少しばかり構造が違う。作った人間が違うのもそうだが、黒鋼は本来あの機体性能に上乗せする形で近接型パッケージの「シュヴェルト」、砲撃型パッケージの「ディザスター」、機動型パッケージの「ロンディーネ」を使用して、様々戦地を駆ける……という設定だ。

 言うなれば、俺はリアルを追及したけどさらに化け物を生み出してしまったわけだ。…………ホント、チートでしかないな。

 だが荒鋼は背部に大きな翼がある。黒鋼にもあるが、あれはあくまでも補助のようなものだ。

 

「なるほどね」

「それにどうせならばたくさんのデータが欲しいってのが本音」

「ははっ。まぁいいさ。これも黒鋼を貸し出した交換条件ってことで」

 

 そう言うと朱音ちゃんは笑い、二人で調整に入る。と言っても俺は荷物運びぐらいで大した役に立たないが。

 パッケージを乗せた台を運ぶために別個のガレージ内に入り、一台一台押し出す。そして渡されたマニュアルを見ながら調整に使うコードを指していくと、朱音ちゃんが投影されたキーボードを打っていく。

 

「———精が出ますね」

 

 さっき聞いた声の方を見ると、バリーニさんがこっちに入ってきていた。確かここは朱音ちゃん専用のドッグなので関係者以外は立ち入り禁止のはずだがな。

 

「リベルトさん、どうしたんですか?」

「いえ。こちらで作業音が聞こえたので気になって見に来てしまいました」

 

 そう言いながらこちらに歩いて来る。後ろには同じく興味からか、先程の二人が入ってきていた。

 

「あの~」

「すみません、技術長。私たちは下がります」

「いいよ。黒鋼は公開しているし、いずれ三人とも会ってもらおうとも思っていたし。お兄ちゃん、ラウラを呼んできてもらっていい?」

「わかった」

 

 朱音ちゃんの部屋に戻り、勉強中のラウラを呼んで戻る。

 

「ん? あなたは先程の」

「あれ? 知り合い?」

「ええ。兄様が来る前に朱音と少々打ち合わせをしていたようです。別室でしていたので内容はわかりませんが」

 

 まぁ、色々と事情があるのだろう。

 様々なことを経験してきた俺は、あまり深入りしないように考える。

 

「改めまして。私はこの特別技術開発局で副局長をさせていただいています。リベルト・バリーニです」

「私はレオナ・ボルツ。ここでテストパイロットをさせてもらっているわ」

「お、俺はアラン・バスラーです。技術員をしています」

 

 なんというか、対照的な二人だな。おどおどしているけど、ああいうのは絶対何かある。

 

「あとはかんちゃんを含めたメンバーで特別技術開発局なの。私は局長と技術長を兼任しているわ」

「へ、へぇ………」

 

 たぶん黒鋼を受領した時からなんだろうけどな。今まで自分がどこの部署にいるかなんて知らなかった。

 

「これからも会う機会があると思うから仲良くしてね」

 

 その一言に全員が返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突だったが顔合わせを終えた全員は、そのまま黒鋼の調整に入る。悠夜はアランが技術員ということもあって特に興味を持ったようだ。

 その隙に朱音は全員から少し離れ、自室に戻って机の引き出しからインカムを出す。すると―――

 

「久しぶり」

 

 目の前に現れた長い黒髪の少女に対し、朱音はそう言った。

 今、彼女の部屋は厳重にロックされており、誰も入れない状態になっている。

 

「その様子だと、心配していたことは終わったようね」

 

 少女はそう言うと朱音は頷いた。

 

「うん。なんとかお兄ちゃんにばれない様に誤魔化せた、と思う」

「たぶん大丈夫。彼とのリンクは完全に絶ってないからわかるけど、今はアランという男の方に行っているわよ。前々から技術員志望だったからそのせいかしら?」

 

 少女の言葉に朱音はムッとしたが、すぐに頬を擦って表情を元に戻した。

 

「でも、あなたも大変ね。本当に言いたいことを言えないなんて。ちょっと同情するわ」

「………でも、これは絶対に言えないよ。あの三人もお祖父ちゃんの部下っていうか、知り合いだし―――特にリベルトさんはお祖父ちゃんの懐刀だから信用して言ったけど………」

 

 途端に朱音の顔が暗くなり、それを見逃さなかった少女はため息を吐いた。

 

「何であれ、今は黙っておくべきよ。あなたがもう一つのコアを開発したなんてことは……」

「………そうだね。自分が女だから保身に走るためみたいで嫌だけど、しばらく黙っておく」

 

 とそこで朱音はふとした疑問を少女に尋ねた。

 

「ところで、どう? 新しいプログラムの方は」

 

 すると少女の周りにディスプレイが投影された。そこには様々なデータが表示されている。

 

「……順調よ。こちらでもミスがあり次第あなたに送信するつもりだけど、今のところは問題ないわね」

「良かった。何かあったらすぐに言ってね。お兄ちゃんには悪いけど、私にはあなたがいなければあんなことはできないんだから」

 

 そう、朱音はどこか寂しそうに言い、少女は朱音に対して優しく微笑むのだった。




次回はいよいよデート回。お待たせしました、みなさん!

できれば年内に後一回は投稿したい。


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#56 まさかの人物が現れた

 その日、一人の男性が人が賑わう場へと姿を現した。

 髭が伸び、髪も長くなっているその男はスーパーで食料と髭剃りなどを買っており、近くのコンビニの前を通って今時ではありえないほどの古い賃貸アパートの一階にある自室に入る。

 

(……見つからなかったな)

 

 彼の部屋にはほとんど最低限の家具しかない。壁の前に置いてあるハンガーラックと本棚、そしてノートパソコンと近くに置かれてある数本のUSBメモリが入った100円ショップで売ってそうな箱ぐらいが目立っているぐらいだろう。寝具は布団で今は必要ないからか畳まれている。

 

(……会ってみたい……いや、一目だけでも―――)

 

 そう思いながら、男性はタンスの上に置かれている母娘の写真を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒鋼の調整が終わった日の翌日。俺、桂木悠夜は一度部屋に戻って服装を整えていた。とはいえおしゃれ服というか、控えめでどこにでもいる感じに仕上がっている。

 ちなみに昨日、俺とラウラは朱音ちゃんの部屋で泊まっている。どうやら二人は仲良くなったようで自称兄貴分としては鼻が高い。

 

(……問題は、俺の服のセンスがあるかなんだが……)

 

 正直なところ、俺はあまり周りのセンスとやらに合っていない気がする。ロボットなんて「俺が気に入ればそれでいい」主義だったため、最悪の展開ではセンスがない状態で待ち合わせに行かなければならないということだ。残念ながら楯無はおらず、確認できないでいる。

 

(……悩んでいてもしょうがない。行くか)

 

 IS学園の寮の近くにある公園で待ち合わせなので遅れないようにしなければ。

 そう思ったが今一度荷物を確認し、足りないものがないかを確認しておく。うん。大丈夫そうだ。

 

(よし、行くか)

 

 部屋を出て施錠する。そして確認してから部屋を出ると、意外なことにそこには珍しく人がいなかった。

 俺は早足でそこから公園に向かう。公園と言っても園児が遊ぶような遊具はあまりなく、どちらかと言えばテラスに近い。そこも珍しく人がいない。かなり不気味だ。

 念のためにスパイボールを離して確認するが、どうやら狙撃手のような存在はなさそうだ。

 

「お待たせ、お兄ちゃん!」

「お待たせしました、兄様」

 

 どうやら二人も来たらしい。そっちの方を向いた俺は思わず固まってしまった。それもそのはず、どちらも予想以上に可愛かったからだ。

 朱音ちゃんは夏用の白いブラウスを着ており、下は黒いロングスカート。ラウラは黒いノースリーブワンピースを着ており、どちらも違和感がなかった。

 

「…………可愛い」

 

 思わずポロッと言ってしまう。するとラウラは急に顔を赤くし、朱音ちゃんは喜んだ。

 

「本当? 実はこれ、お母さんのお古なんだけど……」

「いや、全然違和感ないよ。むしろ合ってる」

「良かった。IS学園に移動して以来、島の外に出るのって久しぶりだから流行とか知らないから、それを重視されたらどうしようって思ってたの」

「いや、俺も似たようなものだから気にしてないって……」

 

 そう言って俺は自分の服装を改めて見るが、それよりも早く朱音ちゃんが俺の右腕に掴まった。

 

「いこ、お兄ちゃん」

「お、おお………あれ?」

 

 ふと、ラウラの方を見る。だが当の本人の意識はそこにはないのか、口から煙が出ていた。

 

「ちょっ、ラウラ?」

「もしかして、オーバーヒートしちゃった!?」

 

 とりあえずラウラを正気に戻すがまだ処理が追いつかないようで、仕方がないので両手に花状態で駅まで歩く。今日は私服の学生が多いため、知らない生徒の一人や二人、増えたところで問題ないだろう。

 時間は8時半過ぎであり、本当ならば少し早いのだが―――レゾナンスでは少し早めに店が開くのでこれくらいがちょうどいいだろう。

 しばらくして目的地に着いたのでモノレールを降り、俺は辺りを散策することにした。

 

「さて、最初は水着からだけど………」

 

 そう言って俺はラウラの方を見る。

 ラウラはどうやら手持ちがあるらしいのだが、だからと言って俺の妹である以上その辺りの資金はどうにかしたいと思っている。

 

「とりあえず、ATMに行っていい?」

「私もお金降ろしたいし、いいよ」

「わ、私も……」

 

 満場一致でまずは近くのATMへ。レゾナンスみたいなところだと色々銀行があるはず―――と思ったら意外に近い場所にあった。

 そこで金を暗証番号を入力し、10万ほど引き出す。二人もATM関連は問題ないようだ。一番危惧していたのはラウラだったが、杞憂だったよう。

 そしてそのまま俺たちは最終目的地を水着売り場にし、適当にぶらつくことにした。

 

(……そういえば)

 

 ふと、ラウラの下着のことを思い出した。

 どうやらラウラはあまり下着を持っていないようで、実は朱音ちゃん用にと晴美さんが買ってきていたパンツがたまたまサイズが合っていたこともあって俺の資産で買っていた。そこまで枚数はないし、後は生理用品とか諸々だな。このことで女性の体に関して調べたことがあるが、その辺りのことはきっちりとしておかなければならないだろう。今ラウラは体裁的には妹ということになっているが、兄がそこで女性に関する様々なことを知っておかなければ一体誰に聞けばいいだろうか。………いや、セクハラってわかっているけどさ。というかそれで勝手に義妹のナプキンを買ってきた時にものすごく怒られた記憶がある。俺としてはそこまで深くは考えていなかったが、女性にとっては嫌な事だったらしい。

 だが今回は話が別だ。唯一聞けるであろうは祖母だが、それを聞いたら最後、あのババアは俺に対してからかい始めるだろう。

 

「お兄ちゃん」

「ん? どうした?」

「ラウラの下着とか買いたいから、一度ここで別れない?」

 

 そこでふと、俺の足が止まる。

 

(いや、いいのか?)

 

 でもここで行ってもらわなければ、ラウラの数少ない下着類が手に入らない。

 ちょっと護衛的な意味で不安だが、許可することにした。

 

「わかった。俺は適当に辺りを散策するよ」

 

 そう言うと二人は女性用下着コーナーに入る。俺は近くに喫茶店がないか探そうとすると、

 

「―――大丈夫だ」

 

 いつの間にそこにいたのか、晴美さんが俺の肩に手を置く。

 

「あれ? どうしてここに?」

「今日は非番だからな。一番面白いことを頼む」

 

 見ると晴美さんの手にはビデオカメラがある。さっきまで俺たちを撮っていたのだろうか?

 そんな疑問を抱いている最中に晴美さんは平然と中に入っていく。流石にビデオカメラは鞄の中に入れていた。

 

(………俺も少し見て回るか)

 

 改めてそう思った俺はそこから移動しようとすると、ふと一人の男性と目が合う。俺は言えない立場なんだが、その人はどこから「ボロッと」した感じであり、何やら挙動不審だった。

 

(………何だ?)

 

 嫌な予感がし、俺はスパイボールを離して男を監視するようにする。眼鏡はないがコンタクトレンズをしているので大した問題ではない。

 だが監視するまでもなく、男はふらふらと女性用下着コーナーの方に入っていこうとした。

 

「………ちょっと、いいですか?」

「待ってくれ。私はここに用事が―――」

「いえ。これ以上先に進んだら問答無用で補導されるので止めた方が良いですよ。最近の人間って善悪が判断できなくなっているほどアホしかいないので」

 

 諸に「お前はどうなんだよ」と突っ込まれるであろう口上を述べる。むしろ今回はそう言ってもらおうことを目的としているがな。

 だがその男性は聞き分けがないのか、俺を振りほどこうとして女性下着の専門店の方に行きそうなので、

 

「あ、警さ―――」

「さぁ行こうか」

 

 彼も警察に対して恐怖を抱いているのだろうか。すぐさまそこから移動を開始した。

 

 少し離れたところに移動した俺たちは、少し良さ気な休憩所に腰を落ち着かせる。

 

「さっきはすまなかった。犯罪者になるところを助けてくれてありがとう」

「いえ。俺もそういう経験は何度かありますから。アイツら、特に女性警官って人の話を全く聞かないんですよね」

 

 実はそれで俺は殺されかけたことがあるのだが、それはあえて言わない。どうせ信じてくれないし、信じてもらうには俺の正体を明かした方が早いが、気付いたら男にも狙われそうだからだ。

 

「でも、どうしてあんなところに?」

「……実はね、僕はつい最近まで牢屋に入っていたんだ」

「………」

 

 突然のカミングアウトにどういう反応をすればいいのかわからなくなる。だがその男の人はまだ続けるのだった。

 

「その刑は本当は正当防衛っていうか、自業自得っていうか、僕の関係者だったけど自滅して、早急に対応したからなんとかその人は一命をとりとめたんだけど……」

 

 その先の展開はなんとなく予想できた。

 

「もしかして、あなたが刺したことにされたとか?」

「………うん。女性優遇制度ができてから大体5年ぐらいが経過した時かな。それで相手の女性の証言が優先されちゃってね。周りも僕は無実だって信じてくれたけど、それでも有罪判決が下ってしまったんだ」

 

 それを聞いた俺は思わず涙を流してしまった。

 

(………なんて不遇な人なんだろう)

 

 どこからどう見ても虫すら殺せそうにない人なのに、そんな人を逮捕するなんて警察もどうかしている。いや、今更か。

 

「……心中、お察しします」

「……ありがとう。で、今日久々に娘の姿を見たんだ」

 

 唐突にそんなことを言われた俺は嫌な予感が襲った。

 

「本当に驚いた。まだ中学生のはずなのに、寄りにも寄って二股をかけるような男と一緒に並んでいるとは思わなくて。しかも妻もそいつと知り合いみたいじゃないか!」

「………」

 

 あ、これはもう逃げた方がいいかもしれない。

 そんな嫌な予感がした俺はいつでもそこから離脱しようとした。

 

「で、ここから本題だ、桂木悠夜君」

 

 俺の事情を知っているのか、あえて名前だけを小さく言ったこの男の人は―――鋭い眼光で俺を捕えた。

 

「うちの娘と妻―――朱音と晴美とは一体どういう関係なのかな?」

「……………」

 

 まさかの父親の登場に、俺は動揺を隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、思ったんだけどさ」

 

 唐突に悠夜を尾行していたカップルの一人―――アラン・バスラーが相棒のレオナ・ボルツに尋ねる。

 

「何かしら?」

「あれって「修羅場」ってやつだよな?」

 

 紫色のアホ毛を意識してか無意識なのかはわからないが、アランは悠夜の服に朱音経由で付けられた盗聴器からの会話を聞き、そんなコメントをする。

 だがレオナはそれよりも悠夜がどんなことを言うのか気になっているようで、アランの言葉をスルーしていた。

 

『あ、あの、それはですね………』

 

 悠夜もどう弁明しようかと考えているようだが、その反応にレオナは辟易とする。

 

「もう、早く言えば良いでしょうが。「付き合っている間柄です」って」

「いや、あの二人は付き合っているわけではないだろ」

「そういうわけじゃないのよ! ここで誠意を見せればいいのよ! ほら、早く言いなさい。大体、今はできないだけで時間が立てばどうせするんでしょうが!」

「聞こえる。聞こえるからもっと静かに」

 

 この二人は本来なら朱音の護衛に付いているはずだが、悠夜が下着売り場に入れないことで晴美にバトンタッチし、リカルドが遠距離からばれないように護衛することになり、代わりに二人で悠夜の護衛をしているのである。

 実はもう一組、悠夜の護衛をしているところがあるのだが、当然ながらそっちはこの二人の存在に気付いていない。いや、厳密には一人は気付いているがもう一人は諸事情により放心状態となっている。

 

『はっきり言っても大丈夫だよ。場合によってはコンクリートとキスをしてもらうことになるだけだ』

『………』

 

 周囲を放置して二人だけの空間を作る男性と男子の姿を見てレオナは飛び出そうとするがアランは止める。

 

『俺は………彼女とは傍から見ればそのようなことは何度もしていますが恋愛感情を持って接しているわけではありません』

『……………ほう』

 

 ———ヤバい

 

 二人は揃ってそう思うが、悠夜は構わず続ける。

 

『確かにこの答えは父親であるあなたにとって不愉快でしょう。ですが俺は彼女にそういう意味で手を出す気はありません。年齢的にも、そして俺の立場的にも』

 

 

 

 悠夜がはっきりと言ったことで男性―――神田(かんだ)雅弘(まさひろ)は笑う。

 

(………流石は修吾の息子と言ったところか)

 

 そう思いながら雅弘はさっきまでオドオドしていたが吹っ切れた悠夜に対して評価を改め、立ち上がった。

 

「あの、娘さんには会わないんですか?」

 

 悠夜は反射的にそう言うが、何かを悟った雰囲気を醸し出す雅弘は首を振る。

 

「悪いがそれはできない。僕は経緯はどうあれ犯罪者に成り下がってしまった以上、朱音に迷惑がかかる。ならば、君のような男に託すのも悪くないと思ってね」

「………それは違う!」

 

 悠夜は雅弘の肩を掴み、動きを止める。

 

「アンタは今まで一体何を見て来た。朱音ちゃんはあなたを待っているんだ! 確かに朱音ちゃんは俺に懐いているが、それは本来ならアンタに向けられるべき親愛だ! だから会ってやってくれ!」

 

 だが雅弘は振り解き、悠夜と少し距離を離す。

 

「………ありがとう。ただでさえ君は色々と重荷を背負っているというのに、ここまで朱音のことを考えてくれるなんて親として嬉しいことはない。妻が―――晴美が君を信じる気持ちもわかる」

 

 雅弘は悠夜の方を向いた。そこには悲しみが浮かんでおり、悲壮感が漂っている。

 

「だからこそ、今の私では会えない。君は子の気持ちがわかるように、私には親としての気持ちがある。だがいずれは会うさ―――それこそ、朱音にはできないことを成し遂げて、一人の親として会いに行くよ―――それまでは、君と義父に二人を頼む」

 

 そう言って雅弘は人ごみに紛れて姿を消す。悠夜が気付いた時には既にその場におらず、悠夜自身も少しは探したがやがて察し、下着売り場の方へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程の下着売り場。そこから二人の少女と一人の女性が姿を現す。

 その光景を見ていた一人の男性はすれ違う形で二人の無事を確かめ、誰にもばれない様に新たなる目標を胸に抱いてそこから去って行った。




ということで親父回。私は自分の父親を見て思うことは「プライド高すぎない?」ということだったり。

実は前々からこういうことはしようと考えていたのですが、見事に少ないしなんというか締まりがないし。

さて、次回はきちっとしたデート回をしようと思います。何かみなさんすみませんね、ホント。


ちなみにですが、クリスマスに備えて恋愛ものを書こうとしたのですが、長くなりそうなのとグダグダになりそうなので止めました。同様にお正月ネタもありません。いつも通りこちらを投稿していきます。
もし投稿するようでしたら活動報告にアップすることをお約束します。


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#57 にじみ出る影

メリークリスマス・イブ
ブラックサンタことブラックreizenが胸糞悪い話をお届けします。

時間? 間違えてませんよ?


ちなみにこの話はフィクションです。実際のものとは何の関係もありゃしません。


 その頃、珍しく悠夜と別行動をしていた簪と本音は一足先に水着店に来ていた。

 

「……かんちゃん」

「…何?」

「この水着と狐の水着、どっちがいいと思う?」

 

 簪が選んでいるとき、本音は気にせず簪に尋ねる。一つは白いビキニタイプの水着で、もう一つは狐の着ぐるみ型の水着である。この場合は本音の感性を疑うよりも先にどうして着ぐるみタイプの水着があるのかということから調べる必要があるだろう。

 だが簪はそんなことを考えるよりもほとんど即決で答えていた。

 

「狐………でも、それって水着として役に立つの?」

「うーん。中には何もないね~」

「……その白い水着は悠夜さんと二人きりになった時に見せればいいと思う。悠夜さん、自分の立場を知っているからあえてお姉ちゃんとしてないけど、たぶんそろそろ理性は崩壊すると思うから」

「……………」

 

 簪の分析に本音は思わず黙ってしまった。

 

「で、でも、ゆうやんって意外に頑固だし~」

「悠夜さんは織斑とは違って我慢しているだけ。シミュレーション通りならもう限界のはず。それよりも聞きたいことがある」

「? 何~?」

 

 唐突に話を変えられたことで本音の頭上に「?」が現れたが、簪は構わず続けた。

 

「………あなたは、悠夜さんの本気を知ってるの?」

「ふぇ?」

 

 本音はふと、クラス対抗戦の裏でのことや学年別トーナメントのことを思い出した。

 

「……一応言っておくけど、今までの悠夜さんは序の口だから」

「……嘘、だよね…?」

 

 本音の言葉に簪は首を横に振り、真剣な目で答える。

 

「あれは本当に序の口。そうじゃなければ私はもうここにいないもの」

「……えっと、それって………三年前の……」

 

 簪は頷き、水着を選ぶふりをしてさらに言葉を続ける。

 

「そう。あのレポートでは三年前のことは師匠が助けたことになっているけど、あれは嘘。本当は悠夜さんが助けたの」

「待って。そんなことあり得ないよ。だってゆうやんはISを動かすまで武術なんてしていないんでしょ?」

 

 流石の本音も焦り始める。

 三年前のことは当時中学生の本音も知っている。何故ならあの事件には更識に対して不満持つ者たちの犯行であり、自分たちの家の者とフランスのマフィアが共同で行ったことなのだ。

 そう、少なくとも悠夜がいくら銃を持ってたとしてもよほどの訓練を積んでいないのであれば簪ともう一人を救出するのは不可能なのである。

 ちなみに反乱を行った者たちは処分されたが、何人かは無事で本気の命乞いをしたため今でも何人かは生き残っている。

 

「うん。あの時は私も諦めていた―――けどあの人は、その場にいる全員を肉体一つで倒したの。狙撃手なんて関係ないってくらいに」

「………」

「でも彼の本質は変わらない。どれだけ怖かろうと、あの人は信じている人に対して優しいのは変わらないから」

 

 そう言って簪は決めていたのか、少し面が小さいビキニタイプとパーカーを持ってレジに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朱音ちゃんのお父さんがいなくなったので探したが、時は既に遅しなのか姿を見つけることはできなかった。

 仕方なく戻ると、中で合流したのか晴美さんと朱音ちゃん、そしてラウラが俺を待っていた。

 

「では私は帰らせてもらおう。引き続きデートを楽しみたまえ」

 

 そう言って朱音ちゃんどころかラウラの分まで持って帰ってくれた晴美さんは煙のように消えた。

 

(……実は近くに潜んでいる、なんてことはないよな?)

 

 念のため周りを確認するが、意外なことにそれはなかった。

 俺たちは再び水着売り場を目指しながら、所々の店を回る。

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「ん? 何が?」

「……何か、難しい顔をしている」

 

 どうやら顔に出ていたらしい。

 

(……俺が父親に会っていたことを言うべきか?)

 

 そう思ったが、朱音ちゃんのことだからすぐに追おうとするだろう。なんとか思い止まり黙って置く。

 

「いや、朱音ちゃんの水着がどんなのか楽しみだなぁって思って」

「……」

 

 どうやら言葉を間違えたのか、彼女は自分の胸を気にし始めた。

 

「……やっぱり、ビキニの方が良い?」

「物によってはワンピースもアリだと思う」

 

 するとちょっと引かれた気がしたが、気にしないでおく。というかこんなことで気にしていたら、俺の心が持たないだろう。

 

「じゃあ、私の水着はお兄ちゃんが選んでくれる?」

「いや、流石にそれは―――」

「大丈夫。どんなにエロい水着を選んでも着るから」

 

 そんなことをしたら俺が十蔵さんにkillされるわ!

 

「………まぁ、俺のセンスでいいならな」

「大丈夫。お兄ちゃん、センスいいから」

 

 お世辞のつもりなのか、朱音ちゃんがそう言ってくれた。するとラウラは俺の服を引っ張り、

 

「兄様、私の水着も選んでください。どんなにエロくても着ますから」

「………いや、似合うものを選ぶからな」

 

 ………とはいえ、ラウラにはひも―――いや、なんでもない。

 そんなことを思っていると、とうとう水着売り場へとやってきた。

 

「じゃあ、お兄ちゃん―――」

「すまん。ちょっとタンマ」

 

 ……ヤバい。女尊男卑を舐めてたわ。

 所せましと並ぶ女用水着のオンパレード。対照的に男用の水着なんて需要がないからか、置いている量が少ない。それでも普通の店よりかはあるがな。

 

「悪いけど、やっぱりある程度の候補は自分で選んで来てくれないか。流石にこんなところに堂々と入る勇気はない」

「でも、私はお兄ちゃんに選んでもらいたい」

「私もです、兄様」

「で、でも、ある程度の感性は必要だろ。それを鍛えるって意味でとりあえずは、な。それに、いざほかの男と付き合う時に恥をかく前にさ―――」

 

 我ながら最悪だがナイスな言い訳だと思っていると、二人に「ピシャリッ」という擬音が聞こえる程にハッキリと言われた。

 

「お兄ちゃん以外に付き合う予定はありません」

「私のすべては兄様のものです。ほかの輩になんて渡しません」

 

 ………どうしてこうなった。

 いやいや、将来は他に付き合うかもしれない奴がいるかもしれないじゃん? もしかして二人はそんなことを考えてはいないのだろうか……いや、考えていないな。

 個人的には嬉しいが、現実的ではないのは確かだろう。だが救いの手を差し伸べるように朱音ちゃんは言った。

 

「でもラウラ。一応自分たちがどんなセンスがあるか気になるから見に行こう?」

「………わかった」

 

 ありがとう二人とも。本当にありがとう。

 中に入っていく二人を見ながら心の中で涙を流していると、

 

「そこのあなた」

 

 どこかからそんな声が聞こえた。少なくとも二人ではないことは確かだ。それに楯無や虚さんではないな。あの二人ならばいきなり抱き着くか後ろから肩を叩いて振り向いたら人差し指を指すかだ。一度楯無の指を口に入れたら妙なことに誘われたことがあるが、丁重にお断りをしました。………ある部分は反応したけどさ。

 なんてことを考えていると、いきなり頭に布が被せられる。それを取ると、どうやら女性用水着だった。

 

(………地味にトラウマを抉られるよな)

 

 昔のことだが男に襲われそうになった俺は、あれ以来まともに女装をした覚えはない。今度は水着でしろとか何の罰ゲームだろうか。

 

「それを片付けておきなさい」

 

 どうやら俺に言っているらしい。「は?」と思ったが、考えてみればISが世界に普及して「女性優遇制度」が設けられて以降、いつものこととなっているし、何よりも―――

 

(これを作った人が可哀想だな)

 

 そいつの方を向いて改めて観察する。萌える要素もないただのゴミババアだった。たぶん20代後半だろうが、あんなゴミにこれ以上扱われる水着が可哀想にもなってくる。

 増長させるのはアレだが、ここは引き受けておくか。

 

「へいへい、わかり―――」

「———そんなこと自分でやれよ。人にあれこれやらせるクセがつくと人間バカになるぞ」

 

 ……………はい?

 思わず呆然としてしまう。というかお前いつ来たんだよ。

 

「よ、悠夜。助太刀するぜ」

 

 誰も頼んでないし名前で呼ぶな。

 いきなり出て来た織斑に対して唖然としていると、その女性は負けじと睨む。

 

「あなたには関係ないでしょ? それとも、二人とも自分の立場を理解していないのかしら?」

 

 そう言ってその女性はニヤリと笑い、近くを通っていた巡回中と思われる警察官を止める。……というかそれよりも、どうしてこのアホはすぐに俺だと気付いたんだろうか?

 いや、今はそれよりもここから逃げる方が先決だ。一度体勢を立て直すためにラウラに連絡を取ろうとするが、それよりも早く警察官が来る。

 

「どうしましたか?」

「この二人に暴力を振るわれたんです」

「何?」

 

 そう言って俺と織斑を見る警察官。

 

「待ってください! 俺たちはそんなことをしていません!」

「し、しかし―――」

「暴力云々ならば外傷を調べればわかるでしょう? 大体、俺たちが仮に暴力を振るったとして、どうして俺たちはここにいるんです?」

「そ、それは―――え?」

 

 するとその警察官は俺を見て聞いてきた。

 

「……もしかして君、桂木悠夜?」

「何ですって!?」

 

 俺が答えるよりも早く女性が反応する。織斑は頭に疑問を浮かべており、俺は展開が見えたので黒鋼に意識を集中させながら答えた。

 

「そうですけど?」

 

 女の反応を確かめ、いつでも倒せるように準備しているが―――それよりも早く警察官が態度を変えた。

 

「……君、今すぐ身分証を提示しなさい。すまなかったね、後は私が狂言として処分しておく。買い物を楽しみたまえ」

「………わかりました」

 

 

 ……思いの外、あっさりと開放された。

 

「織斑、何で俺だってわかったんだ?」

 

 とりあえず気になったので尋ねると、織斑は無自覚なのかとんでもない発言をした。

 

「いや、さっき女性用の下着売り場からラウラと一緒に出て来ていただろ? ラウラって悠夜と一緒にいるからそうだと思ってさ。それで水着売り場で絡まれているから助けようと思って―――」

「必要なかったけどな。あとお前らラウラを名前で呼ぶな。俺のこともな。虫唾が走る」

 

 そう言うと織斑はさらに言ってきた。

 

「それは結果論だろ。それに別にいいじゃん。減るもんじゃないし、友達の友達は友達って言うしな」

「言わねえし迷惑なんだよ、気持ち悪い」

 

 そう言って俺は織斑から距離を取る。織斑も付いて来る気配がしたがジアンにどこかに連れていかれた。とりあえずナイスとだけ言っておこう。

 

(………というか気持ち悪いんだが)

 

 やっぱり教師よりもあの弟の矯正をするべきだと思う。絶対におかしいよ、アレ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜と一夏を開放した警察官はその後、先程悠夜に絡んでいた女性に代わりに絡まれていた。

 

「今すぐそこを退きなさい! 殺すわよ!」

「それよりも身分証を出しなさい。今回は厳重注意だけで見逃してあげますが、次はいくら女性とはいえ逮捕します」

「ふざけないで! 悪いのは向こうよ!」

 

 水着はすべて店員によって回収されており、その店員は今すぐ追い出してもらいたいという雰囲気を出している。

 それほどその女性客が迷惑だと思われているが、構わず女性は言った。

 

「そもそもあなたたちがあんな害虫を野放しにしているのが悪いのよ! 責任を取ってさっさと駆除して来なさい!」

「……何を馬鹿なことを。ほら、早く身分証を出しなさい」

 

 40代前の男性警官はため息交じりにそう答えると、女性はさらに言うのだった。

 

「ふざけないで! こうなったら―――」

「大体、私はわざとあなたを助けてあげたんですよ?」

「何ですって? 私があんな害虫如きに負けると本気で思ってるの!?」

 

 女性には武道の心得があるわけではない。昔何度か喧嘩をしたことがあり、今も改造されているエアガンを所持している。それで殺せるだろうと思っているが―――

 

「ええ。思っています」

 

 警察官はそう断言し、さらに身分証を提示するよう迫るが女性はさらに怒りをあらわにした。

 

「ふざけないで! あんな雑魚如き、私一人でも―――」

「素人如きが勝てるわけがないだろう? それとも、公務執行妨害で逮捕しようか?」

 

 敬語がなくなり、本気で怒りを見せる警察官に対して躊躇いを見せる女性。思わず一歩下がった。

 

「もうそんな下らない行動は起こすなよ。アレは化け物だ。高が素人装備で挑んだところで死亡がオチだからな」

 

 そう忠告して警察官はそこから立ち去り、そこには呆然とした女性が残されるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

 俺の身を案じてか、女用水着売り場に再びやってきた俺のところに朱音ちゃんがやってきた。

 

「大丈夫だって」

「すみません、兄様。もう少し早く気付いていれば、アレを消せたものを―――」

「駄目だからな」

 

 本気でやりそうなラウラが心配になってきた。だが今は水着だ。俺は既に買っているから、後は二人の分だろう。正直、俺はかなり楽しみである。

 

「えっと、それで二人はどれがいいんだ?」

「私はこの紫なんだけど、ラウラはこれ」

 

 そう言って朱音ちゃんは紫のスポーツタイプにミニのジーンズが付属しているタイプなんだが、対照的にラウラのは布が少なく、さらにはフリフリが付いた黒い水着だ。ラウラの幼い容姿に敢えて大人っぽい感じの水着とは、朱音ちゃんも中々やる。

 

「(色々と問題はあるけど)いいんじゃないかな」

「し、しかしですね、兄様、流石にこれは……」

「いや、似合うと思うよ。是非ともそれにして―――」

 

 近くの女性用パーカーを探し、灰色のそれを取る。

 ちなみに問題とは織斑をどう消すかということだが、些細なことだな。

 

「ちょっと不格好かもしれないけど、こういうものをあえて着てガードするのも一つの手法だと思う」

「いや、ラウラの水着に似合わないからあえてそれは止めるべき。ラウラ、ちょっとこっちに来て」

「ん? 何だ?」

 

 俺に聞かれないためか、ラウラと二人で少し離れる。ちょっと寂しい気がしなくもないが、こういう時は聞かない方がいいだろう。

 なんてことを考えているとラウラは顔を赤くして戻ってきた。

 

「兄様、それを買います」

「そっか。二人とも、サイズは大丈夫?」

「ええ」「大丈夫」

「じゃあ、レジに向かおうか」

 

 そう言って二人を連れて会計の方に向かうと、

 

 ———シャッ

 

 近くに更衣室があったのか、カーテンが開く音がする。

 するとそこから織斑が現れ、

 

「な、何をしているんですか、織斑君!?」

 

 近くにいたらしい山田先生がそんな声を上げた。巻き添えがごめんなので別ルートから行くことにした。

 

 

 織斑とジアンが怒られている最中に会計を済ませる。会計は俺持ちで払おうとしたら二人が駄々をこねた。しかし珍しく(本当に珍しく)担当していた女性店員が仕事をした。

 

「お嬢さん。こういうのは男が払うものよ。ねぇ?」

「まぁ、彼女にはお世話になっているし、水着の一着や二着なんて余裕だから」

 

 そう答えると二人は渋々と財布を片付ける。そのしぐさですら可愛いのだから将来は他人に貢がせないような人間になってもらいたいものだ。

 買い物が終わって外に出ると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「———あれ? もしかして桂木!?」

 

 そっちの方を向くと、そこには俺の知っている奴がいた。「マシな女子」という自分の中にある女子カテゴリの中にある奴で、同じ中学に通っていた奴である。

 

「久しぶりだな、庄井(しょうい)

「おひさ~。元気にしてた?」

「まぁな。ここ数か月で冗談抜きで修羅場を潜ったが」

 

 そう答えると庄井は噴いた。

 

「ま、マジで!? あ、そういえば今IS学園に通っているんでしょ? どうよ、女の園に通える感想は」

 

 ニヤニヤしながら聞いて来る庄井。こいつは俺が不得意とする俗に言う「イケイケ」な感じの女子だが、俺の少し変わった趣味ですら受け入れる心の広さを持っている。それでいてなんとか話に付いていこうと頑張る奴だから必然的に嫌うことはないのだ。

 

「………察しろ」

「まぁ、そうだよね~」

 

 思い出したのか、庄井の顔は少し曇る。

 

「にしても珍しいな。お前みたいに人望がある奴が一人で買い物って……フラれた?」

「アタシも一人で買い物する時ぐらいあるからね!?」

 

 俺すら思うほど珍しく女子と話していると、後ろで意外そうな、それでいて疑問を投げかけている視線を飛ばす二人。

 

「ってかそっちこそさりげなく女作ってんじゃん!? この魔王リア充め!」

「これはお前みたいなタイプの女子だよ。あと魔王言うな」

「誰だ貴様は」

 

 我慢できなかったのか、ナイフを抜いて応戦する構えのラウラ。俺はそれを咄嗟に止めた。

 

「待て。こいつに敵意はない……っていうかナイフを抜くな」

「もしかしてこの子、ミリオタ?」

「………まぁ、当たらずとも遠からず?」

「私は―――」

「まぁアレだよ。聞かれたくない過去を持つ仲間、みたいなものだ」

 

 ラウラの口を塞ぎながら庄井の奴も空気を読める奴なのでそこを狙って曖昧に答えると、「なるほどなるほど」と言った庄井は急用を思い出したようで、

 

「ごめん。アタシこーはいを待たせてるんだった。ということで行くね。じゃあね、魔王」

「おう……ってだから魔王って言うな!!」

 

 盛大に突っ込みを最後に入れて振り向くと、朱音ちゃんは頬を膨らませている。

 

「………誰?」

「中学の頃でよく学級委員とかやっている奴だよ。クラスのまとめ役って、真面目な奴か大抵ノリがいい奴がやるからさ。たぶんその一環として俺と会話していた変わった奴だよ」

 

 人のことを言えない癖にそんなことを言っていると、道中に簪の姿を見つけた。

 

「悠夜さん」

「ゆ、ゆうやん!?」

 

 ちなみに彼女らもさっき俺たちが買った水着店のロゴが入った袋を持っているので既に買い終わっているのだろう。では、

 

「行くか。新作のプラモを買いに」

「うん」

 

 別に示し合わせていたわけではないが、俺たちはプラモからゲームまで色々揃っている巨大なホビーショップ「オターズ」の中に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、ごめんごめん」

 

 庄井と呼ばれていた高校生は噴水がある時計台の方へと走る。今日はボーイッシュな格好なので靴がスニーカーということもあってこけずに済んだ。

 

「遅いですよ、先輩」

 

 待ち合わせの相手である鷹月静寐がそう答えると、庄井マイは手を合わせて謝る。

 

「ホントごめん、しっちゃん。実はそこで友達と会ってさ。まぁ、向こうは「良い話相手」って感じだろうけど」

「もう。久しぶりに会いますが、そういういい加減なところは相変わらずなんですね」

 

 二人は小学校の頃の部活で仲が良く、学年の垣根を超えて遊ぶ間柄だ。ただマイが小・中一貫の女子校から中学に上がる前に一般の公立中学に転校したことで会うことはなくなったがよく連絡は取っていたのである。それがたまたまレゾナンスの近くだということもあってこうして再開したのだ。

 

「でも驚いたなぁ。IS学園に行った「マオ」に会うことになるとは」

「? さっき言ってた友達ですか?」

「ん~、そんなところ」

 

 すると噴水の前にある主に広告が流れる大型ディスプレイから大音量でのCMが流れる。

 

『来たれ、プラモ愛を持つ者たちよ! 第二回スーパーロボッツ・バーサス大会、今夏開催!』

 

 そこで暗めの色だが血を連想させる色をふんだんに使った機体がバッタバッタと大鎌で敵を投げ倒していく。

 

「あれ? 確かあの機体ってマオが作ってた機体じゃん!?」

「その「マオ」って人、凄いんですね。確かああいう風に映像で使われるのって世界大会で優勝とかしないと映らないとか」

「まぁ、マオは優勝しているからね。噂ではシミュレーターの地球ごと相手の機体をぶっ壊したとか」

「何ですかそれ、チートじゃないですか」

「元々はISの登場によって腐った女共ISごと殺して制裁を下す物語の主人公の機体って聞いたことある」

 

 静寐は「どこかで聞いたことがあるような」と思い、つい最近のニュースで流れていたことを思い出す。

 

「……あの、その「マオ」って人、もしかして名前の中に「ま」も「お」も入ってませんよね?」

「うん。だって本名は「桂木悠夜」だし」

「え!? 先輩、桂木君のこと知ってるんですか!?」

「そりゃあ、なんだかんだで三年間同じクラスだったしねぇ。色々知ってるよぉ。先月のなんちゃらトーナメントの一回戦で放送事故扱いになっていたあの爆発って、マオが敢えてしたことだってぐらいは理解していまーす」

 

 平然と答えるマイに対して静寐は動揺を隠せない。

 

「それにあの機体も、たぶんマオが考えていた奴だと思うよ。なんとか2をベースにした機体だって言ってたし」

「…………え?」

「いやぁ、でも意外だったな。マオのことだからてっきり正攻法で勝っていくものだと」

「……あの、さっきから気になってたんですけど、どうして桂木君のあだ名が「マオ」なんですか?」

 

 静寐が尋ねるとケロッとした感じでマイは答えた。

 

「だって四年前の個人情報流出事件、犯人は断定されていないけどマオだもん」

 

 

 

 

 四年前、女尊男卑が完全に浸透した時代に一つの事件が起こった。

 当時中学一年生のとあるグループに所属していた全員の個人情報が一切のモザイクなしにネット上に流出し、世間を騒がしたのである。

 その犯人として矢面に立たされたのが悠夜であったが、とある動画が流れたことで逮捕されなかったのである。それは、女子トイレの便器の中で頭を突っ込まれ、背中から水をかけられるものだった。

 さらに虐められた生徒は担任だった女教師に相談し、さらには教育委員会の女の担当者にも相談したが男というう理由で突っぱねられた会話も録音されて疑われていたが、ISが登場したことでどこで録音されたかも鮮明にわかるようになったことで容疑から外れたのである。そしてグループの一人が襲われ、あわやというところで一生ものの傷を負うことになりそうになったことで担当者、教員は解雇、そのグループは転校を余儀なくされて事件は迷宮入りとなった。

 のちにその投稿者「真実魔王」という名前から「リアル魔王」と呼ばれるようになったが、それはこう残していた。

 

『次はこれだけで済ますつもりはない。気持ち悪いが一人一人誘拐し、一生ものの傷を残して無修正でネットに流すのもアリだと思っている。女尊男卑思考の女共、気を付けろ。これは魔王からの警告だ。お前たちは所詮、ISがなければただの雑魚でしかない。大半の男は群れる生き物だ。その群れがお前たちに襲い掛かるかもしれないぞ』

 

 だがリアル魔王はこれを機にアカウントを削除していて、一部の人間では「逃げた」とされているが、これを機に洒落にならないぐらいのいじめられっ子からの仕返しも増えたのは確かである。今でもたまにそのリアル魔王のことはニュースで流れるほどだ。

 そこまでの概要を思い出した静寐はこれまでのことを思い出し、していないとはいえ見て見ぬふりと同じようなことをしてきた。それはつまり―――

 

「ま、普通にしてたら大丈夫だって。案外良い奴だよ、マオは」

 

 フォローするつもりなのか、マイはそういうが静寐には届いていなかった。




という事で物凄く伏線を張ったり物凄く胸糞悪い回でした。反省はしている、しかし公開はしていない(`・ω・´)

流石にリアルの教育委員会はちゃんと仕事します。お世話になるほどの問題を起こしたことがないのでそういう事情はよくわかりませんけど。


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#58 気付かぬうちに退散する二人

メリークリスマス!

ということでほのぼの回です。ほのぼの……してますよね?


 買い物を終えた俺たちの手には、水着以外にも様々な荷物があった。………まぁ、ほとんどがライトノベルだったりロボットアニメの設定資料集だったり、あらゆる種類のプラモだったり。

 おかげで荷物はほとんど持てない状態だ。

 

「お母さんに聞いたら、まだ近くにいるから迎えに来てくれるって」

「あ、やっぱり帰ってなかったのか」

 

 今頃俺たちの温度差に対して微笑ましく見ているのだろう。というのも調子に乗って買ったのは俺と朱音ちゃん、そして簪であり、本音とラウラはそこまで何か増やしたわけでもない。そう、彼女ら(特にラウラ)はこれからなのである。

 しばらく歩いて、俺たちは立体駐車場に入る。その3階には晴美さんが待機していた。

 

「お待たせ、お母さん」

「ああ。みんな、そんなにたくさんの荷物は邪魔だろう。後部座席やトランクに入れたまえ。ただし朱音はもう時間だから連れて帰るがな」

「え~!?」

 

 あらかじめ聞いていなかったのか、朱音ちゃんはそんな反応を見せる。ちなみに俺も初耳だ。

 

「流石に護衛にも休暇を与えなければならないだろう? 何せあの二人はせっかく二人でいるというのにずっと張り込んでいてラブホにも行っていないんだ。それくらいのサービスくらいは良いだろう」

 

 すると後ろ辺りが騒がしくなるが、気のせいということで忘れよう。

 とか思っている、朱音ちゃんが俺の服の袖を引っ張ってくる。

 

「……お兄ちゃんがキスしてくれるなら、そうする」

「ほう」

 

 止めて、晴美さん。そこでニヤニヤしないで。というか周りも見て見ぬふりを一斉にするとか、裏切りなんて言えるレベルじゃないよこれ!

 いや、落ち着け。落ち着くんだ。前もしたんだから大丈夫。

 目をつむり、顔を近づけてくる朱音ちゃん。俺はあえて頬にキスをしようとしたが、朱音ちゃんが角度を調節してマウス to マウスになってしまった。

 

「………」

 

 思わず周りを見回すが、全員が後ろを向いてくれたのが幸いしてばれていない。

 俺は抗議の目を朱音ちゃんに向けるが、朱音ちゃんはウインクで返す。

 

「じゃあ、また後でね」

 

 そう言って朱音ちゃんは車に乗り込んでからシートベルトを着け、窓を開けて俺に手を振ってくる。

 

「やれやれ。一応忠告しておくが、高校は通わせたいと思う。するなとは言わないがちゃんと避妊はしてくれ」

「いや、しませんよ。だって俺の立場が―――」

「大丈夫だ。いざとなれば格の違いを見せつけてやればいい。もっとも、朱音を殺そうとする者が現れるのならば、その時はあの祖父馬鹿が暴れるだろうがね」

 

 そう言って晴美さんは車に乗り、俺たちがそれを見て離れたことを確認してから車を発進させた。

 俺たちはその車がいなくなるのを確認してから立体駐車場から出て行く。

 

「これからどうする? 俺はもうすぐ周りを見ていくつもりだけど」

「ありがとう。でも、今日は本来なら別行動だから大丈夫」

「……うん」

 

 ? 気のせいか、本音が暗い気がする。もしかして何か悪いことでもあったのだろうか?

 俺は簪に近づいて本音のことを尋ねると、「大丈夫」と答える。放っておくつもりはないが、あまり踏み込むのも悪いと思った俺は我慢する。

 

「ラウラはどうする?」

「私は少々買いたいものがあります。兄様の意見もお聞きしたいのですが……」

「じゃあ、先にそうするか。また後でな、二人とも」

「うん」

 

 簪と本音の二人と別れた俺とラウラは一階の方にあるアクセサリショップに向かう。

 すると目の前では人の渋滞が起こっている。また誰かがまた男を扱き使っているのだろうか。

 

(……本当に面倒な世の中になったものだ)

 

 金などの対価を得るために働くならばまだしも、そうじゃないのに扱き使う奴は正直好きではない。どこぞの主人公みたいに「話せばわかり合える」なんてものは既に終わっているだろう。

 せっかちというわけではないがだからと言って大人しくこの波の中を移動する気はない。ラウラの手を握って人と人の隙間を縫うように移動していくと、最前列に出た。

 

「おっとと」

 

 するとそいつが持っていると思われる荷物がバランスを崩して落下するのでそれを受け止める。

 

「悪い。助かった」

「———ちょっと、お兄! 何とろとろ歩いてるのよ!」

 

 どうやら今回の依頼者が近くにいたらしい。

 

「ってあー!? せっかくの勝負水着たちが……」

 

 しょ、勝負水着……「たち」!?

 ちょっと待て。何故「勝負水着」に複数形が付く?

 

「ちょっとお兄!? なんてことしてくれたのよ!! もしこれで一夏さんに嫌われでもしたらどうしてくれんのよ!!」

「……いや、あのな」

「……一夏?」

 

 聞き覚えがある単語だなと思っていると、ラウラが俺に耳打ちした。

 

「もしや、この者らは織斑一夏の関係者なのでは?」

「………マジで? って、ナイフを抜くな」

「しかし―――」

「いいから、納めとけ」

 

 そう言うとラウラは渋々とナイフをしまう。

 

「あー、えっと」

「言っておきますけど、一夏さんはあなたと違って物凄くカッコよくて強いですからね! しかも今はなんとISを動かした超大物なんです。まぁ、もう一人いた気がしますけど正直小物だった気が―――」

「落ち着けラウラ。雑魚の戯言だと思っとけ」

 

 ああ、もう。まさか自分自身が罵倒されてやるべきことが口で潰すよりも先に味方の歯止めだとは思わなかった!! というかそのスカートの中にどうやってナイフをしまっているんだよ、こいつは!

 

「ラウラ? 確かIS学園に転校したっていうドイツの代表候補生がそんな名前だった気が………。しかも妙に似ていないか?」

「気のせいだろ」

 

 男の方に対してそう言っておく。これがもしそういうのだということがこんな街中でばれたら物凄い騒ぎになるからだ。

 

「———って、悠夜とボーデヴィッヒ、それに弾に蘭も何をやってんのよ」

 

 突然の第三者の声に俺たちはそっちを向く。そこには久々に見た気がする凰鈴音が、水着が入っているであろう袋を片手に立っていた。

 

「凰?」

「買い物だ。見てわからぬか」

「鈴!?」

「鈴さん!?」

 

 ところでずっと気になっていたんだが、何で凰も織斑も制服で歩いているんだ?

 とか思っていると周りが騒がしくなった。どうしよう。俺がいるってばれたらさっきみたいに絡んでくる女がいるかもしれない。

 

「とりあえず、後は頼んだ」

 

 俺はラウラを抱きかかえて人ごみの中へと入りこむ。下でラウラが顔を赤くしているが気にしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜がラウラと共にいなくなった後、弾も蘭も帰る予定だったのか、その家が近いこともあって鈴音も同行することにした。

 

「悪いな、鈴」

「いいわよ。ちょうどアンタんところで昼飯を食べようと思っていたし」

 

 ちなみに今の弾は鈴音に持ってもらっているのもそうだが、蘭にも荷物を配分していることもあってさっきよりも軽くなっている。

 

「でも、さっきの二人組は何だったんだ? 偉く慌てていたみたいだが」

「あれが二人目の男性IS操縦者だけど?」

「え―――?」

 

 内心「まずい」と思う蘭。まさか当人の前で言っているとは思っていなかったらしい。

 

「で、でも、一夏さんの方が強いんですよね?」

「まぁ、クラス対抗戦まではそうだったかもしれないと思う」

「あの、何でそんな曖昧な返事なんですか……?」

「機密事項よ。ちょっとそれ以上は言えないわ」

 

 そう言うと蘭は膨れたが、言えるわけがないのだ。

 実は鈴音は中々目を覚まさない悠夜のことが心配で何度か千冬に聞いており、二人きりの時に当時の現状を聞いているのである。その時に「いや、まさか」と思っていたが、学年別トーナメントの時の騒動の時に避難せずに残って映像を見ていた鈴音は理解していた。

 

 ———強さが桁違い過ぎる

 

 鈴音は周りの専用機持ちとは違い、唯一IS同士で悠夜と戦ったことがある。それ故に黒鋼の装備時との違いなど容易にわかったし、その実力の差はそう簡単には埋まらないとも理解している。

 

「じゃあ、もう一人って……ドイツの代表候補生」

「……とりあえずそのことは忘れて、お付きの人間とか、従順な犬とか、そういう風に考えておいて」

「じゅ、従順な犬、だと……!?」

 

 次第に弾の脳内にピンク色の妄想が始まるが、そこから戻したのは鈴音だった。

 鈴音は容赦なく弾の尻を蹴り、冷ややかな視線を向ける。

 

「なに変なことを考えてんのよ、アンタ」

「い、いや、何も……」

 

 そして今度は鈴音をジッと見始めた弾。その視線に気付いた鈴音は照れ始めた。

 

「ちょ、ジロジロ見ないでよ。恥ずかし―――」

「いや、何でさっきの子の方がどちらかと言えば胸がないのに鈴はモテないんだろうなって」

「衝撃砲って知ってる? 別名―――」

「待て! ここで展開したら流石にまずい!!」

 

 敢えて言った弾は「精々蹴りぐらい」と思っていたのだが、まさかのISを展開しようとするのは予想外だったようだ。

 

「これに懲りたら次からは言葉に気を付けなさいよ」

「わ、わかったよ……っていうか鈴さ、さっきの奴にどうやったら小さくてもモテるか聞いたらいいんじゃね? そういうこと、色々と知ってそうだし」

「………」

 

 弾にそう言われた鈴音は罰が悪そうな顔をした。

 言われずとも相手から教えてもらったことを含め鈴音は色々と学んでいたが、一夏のやることに対してすぐに嫉妬してしまい、ほとんど実践できていないのである。

 

「私も入学したら教えてもらおうかな?」

「あー、無理なんじゃない? 悠夜って友達を選ぶとかだし、アタシとはそりゃ交友はあるけど……最近疎遠だし」

 

 実のところ、鈴音も何度か話そうとはしているが、大抵の場合、簪やラウラと一緒にいるのでどうしても臆してしまうのだ。

 

(そう言えば、三年生の一人がよく悠夜と話しているわね)

 

 学園中から敵視されている悠夜だが、他学年では三年生のダリル・ケイシーがよく過度とも取れるスキンシップをしているのを鈴音は見たことがある。その生徒の胸が大きいこともあって疑問に思っていたが、ハニー・トラップを警戒しているはずの悠夜は意外にも邪険に扱っていないのが意外だと思っていた。

 

(一体何なのかしら……あの人)

 

 そう二人が―――いや、三人が仲良く帰っている頃、悠夜とラウラは昼食を食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、何とか逃げ切ったと思うが、昼時という事で俺たちは回転寿司店に入っていた。

 すべて100円で当たれば景品がもらえるというその店に入っており、お昼時というのに珍しく空いている。

 

「こ、これが……お寿司というものか」

 

 どうやらラウラは一度も寿司というものを食べたことがない様だ。あの女の下にいるならば、たまには食いたくなるから一緒に食べているものと思ったがな。弟はウザいほどの愛国主義のようだし。

 ちなみにここの店員は俺たちを見て「リア充とか死ねばいいのに」と言っていた。どうやら女尊男卑主義ではないようで幸いである。まぁ、ロリコンと思われて捕まらないだけましか。

 

「あ、エビは尻尾を取れよ」

「? そのまま食べないのか?」

「ああ。エビフライは挙げられて殺菌とかされているらしいけど、生は止めておいた方がいい」

 

 そう言うと「わかりました」と答えたラウラはエビの尻尾を取って手で食べた。すると顔が輝きだす。……100円寿司だからIS学園の料理を食べ続けていたらそこまでの反応はしないと思ったが。

 

「おいしいです。兄様」

「うん。そこまで喜んだら裏の人は泣くだろうね」

 

 厳選された素材だからそこまででもない、かな?

 だがここまで喜ぶのは予想外だった。いつもの調子で回転寿司に連れて行ったのだが、それは将来ラウラに子供ができたら高級寿司で舌を慣れさせないためだ。

 つい最近、疑問に思ってネットで調べたのだが、どうやら100円のものと高級なものとでは味に違いがあるらしいが、素人の俺にはそんなことがわかるわけがない。まぁ、恋愛的には高級寿司に連れて行った方が喜ばれるかもしれないが、そういうのは俺ではなく別の奴の仕事だ。

 

「………」

 

 しかし意外に食うな。こっちの寿司ならばいくら食べても安いし、やっぱりこっちに連れてきて正解だったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、同じ店に本来ならば関係ないはずの二人も食べに来ていた。ダリル・ケイシー、そしてフォルテ・サファイアの二人である。

 

「………あの、先輩」

「何だよ」

「さっきから何を睨んでいるッスか。寿司が固まってしまうッスよ」

 

 そう言い終わるとフォルテはマグロを口に入れる。常に高給料が入る彼女たちがここに来ているのはフォルテのクラスメイトに勧められて来たが、ダリルはそれどころではないらしい。

 

「クソッ、何でオレはあと2年遅く生まれて来なかったんだよ。そしたら今頃桂木と一緒に食べられたかもしれないのに………」

 

 その言葉を聞いたフォルテはダリルの前に数の子を取って甘タレをかけて口に入れる。そして今度は同じくダリルの前にあったコーンを同じく甘タレをかけて口に入れた。

 それに気づいたダリルは、

 

「ちょっ、おま、何やってんだよ!?」

「さっきから一向に食べないから代わりに食べたッス! 文句は男に現を抜かしている自分に言う事ッスね!」

 

 するとタイミング数の子とコーンが流れて来たのでダリルは手を伸ばそうとするが、それよりも早くフォルテが2皿ずつ奪った。

 

「ちょっ、テメ―――」

「いただきます!」

 

 すると一気に食べて頬袋を作るフォルテ。騒がしさに何人かが振り向き、店員が注意しようとしたが身長が低いことも相まって可愛さが表れていたため、そそくさと戻っていく。

 ちなみにダリル側の隣の席に座るのは運悪くオタク集団だったようで、ひそひそとフォルテを見ながら小さな声で口々に意見を交換していた。

 

「今の見ましたか?」

「見ました見ました。あの頬袋加減、合格ですよ」

「カメラがないのが残念で堪らない」

「目に焼き付けましょうぞ。今夜のオカズとして!」

 

 その会話が聞こえているのかは定かではないが、フォルテの背筋に悪寒が走る。

 だがダリルは未だ頬袋を作っているフォルテを見ており、その視線を感じてたフォルテは顔を赤くしていたが、ダリルの発言によって顔を青くした。

 

「もしかして、これが前に桂木が言っていた「萌え」という奴か?」

「………」

 

 嫌な予感がしたフォルテは噛む速度を早くする。

 すると店内にチャイムが鳴る。ダリルがあらかじめ場所をチェックしていたその看板を見ると彼女が持つIS「ヘル・ハウンドver2.5」のハイパーセンサーを使用して確認していた悠夜たちの席の番号が表示されている。

 

「え、ちょっ、まさか―――」

 

 ダリルの予想通り、二人は席を立ち上がって帰っていく。

 

「あ、ちょっ、もうちょっと食べて―――」

「いや、食べてますけど」

 

 と空気を読まずに敢えてそう発言するフォルテの声すら届いていないのか、ダリルはザメザメと涙を流すのだった。




ということで今回は早々出ることがないであろう五反田兄妹の登場となりました。
基本悠夜サイドが鈴音以外の一夏サイドといることは全くと言っていいほどないので出番があるかわかりませんけどね。

そして、次回からは臨海学校!


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#59 水着少女たち、全員集合?

59話にして、ようやく臨海学校開始!


 まるでそこは血の世界とすら錯覚していた。

 それほどまでたくさんの血が流れているが、たった一人だけは余裕を見せて立っている。

 

「……何なんだよ……お前は………」

 

 別の男がそう言うと、男は反応しそっちに向いた。

 

「……止めろ……来るな……来るなぁ!!」

 

 願うかのように言う男の声は届かなかったのか、その人物に対して男は容赦なく拳を叩き込む。すると懇願していた男は浮かび上がり、殴った男は何発も拳を叩き込んだ。

 ほとんど顔が変わり、原型がとどまっていないほど凹んだ顔。それでも殴った男は容赦なく止めを刺すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、さっきまで隣に座っていたはずのラウラは俺の上に座って……いや、乗っていた。

 

「大丈夫ですか、兄様」

「………この体勢以外は問題ない」

 

 後数センチでキスができるってぐらいに近い状態のラウラ。

 

「というか何でこの状態?」

「親しい者同士では熱を測る時に額と額を合わせると聞きましたので」

 

 ふと、周りを見回すと俺とラウラの状態に興奮しているようなそうでもないような感じの甘い雰囲気が出ていた。本音? 本音ならば通路を挟んで俺の方を見て「ぐぬぬ……」って感じに俺たちを見ている。

 

「ともかくだラウラ、危ないからちゃんと座れ」

「……では、手を繋いでくれますか?」

「……………そ、それくらいなら……」

 

 そう答えると周りはキャーキャー騒ぎ始める。

 全く。男を嫌うか嫌わないかどちらか選んでほしいものだ。気持ち悪くて反吐が出る。

 そう思っているとさっきまで暗かった視界が明るくなる。どうやら近場に出てきたらしい。

 

「海っ! 見えたぁっ!」

 

 一人が声を上げると周りのテンションが上がる。俺はそのようなことはないが、やはり海に対する温度差だろうか。水着は買ったが海に入る気はないし。

 

(というか俺、下手すれば海なんて初めて入るし)

 

 記憶の中じゃ、ババアの家の場所が場所だったから山やら川やら滝やら見たことあるし触れたことはあるが、それでも海に入った記憶はない。

 

「おー。やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ」

「う、うん? そうだねっ」

 

 後ろでは織斑とジアンが会話をしている。

 本当ならば俺が織斑の隣になると周りが思っていたみたいだし、俺もそうだが織斑もそのつもりだったらしい。いや、なりたくないんだが周りが取り合うよりそっちの方が喧嘩が起きないとか考えればそうした方が良いだろうと思ったのだが、ラウラが乱入したことで俺の隣はラウラになった。物凄く助かったのは言うまでもない。

 

(……って言うか、初日に丸ごと自由時間っているのか?)

 

 そりゃあ、移動の疲れを取るって名目はあるが、何も丸一日を自由時間にしなければ良いだろうに。……もしかして、いざという時のための地形把握とか。一応楯無やケイシー先輩には確認を取って置いたが、少なくとも二年前からは自由時間はあるし、考えすぎか。

 

「———そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

 前の方から織斑先生がそんなことを言うと、さっきまで立ったりしていた生徒が返事をして大人しく席に座る。しばらくするとバスは停車し、織斑先生の指示のもと、俺たちは各々席を降りて各自鞄を取る。それが終わると整列し、全員の点呼が完了すると織斑先生が話し始める。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

 織斑先生の後に全員が挨拶する。楯無によると、この旅館には臨海学校が行われ始めた時からお世話になっているようで、この大音声にも慣れた様子のおかみさんが丁寧に挨拶を返した。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

 毎年この元気とか、何なのIS学園。

 

「あら、こちらが噂の………?」

 

 どうやら織斑に気付いたらしい女将がそう呟く。

 

「ええ、まあ。今年は二人も男子がいるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

「いえいえ、そんな。それに、良い男の子たちじゃありませんか。一人はしっかりしてそうな感じを受けますよ」

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者共」

 

 そう言って俺たちの頭を強制的に下げようとしたので、俺はそれを受け止めて抵抗する。………あれ?

 

「織斑先生、握力が弱くありません? 俺に簡単に返されるようでは本当の最強なんて夢のまた夢ですよ」

「そういうのを目指しているわけではないのでな」

 

 諦めたのか、織斑先生は俺の方を解除した。

 

「不本意ながらISを動かしてしまいましたが、専用機にだけは恵まれた桂木悠夜です。これから三日間よろしくお願いします」

 

 たぶん向こうからは見えていないだろうが、笑顔を作って応対する。その後に織斑が挨拶をした。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

「うふふ、ご丁寧にどうも、清州(きよす)景子(けいこ)です」

 

 そう言って女将さんはもう一度丁寧な礼をする。

 

「不出来の弟でご迷惑をおかけします」

「あらあら。織斑先生ったら、弟さんには随分厳しいんですね」

「いつも手を焼かされていますので」

 

 ここで俺まで話題に出されるかと思ったが、そうでもないらしい。まぁ、出したら出したらで「え? これまで襲撃事件ほとんど俺がお前ら無能の代わりに解決してますけど?」って言いそうだからなぁ。最近、手加減できていないからなぁ。やっぱり庄井と会った影響か?

 

「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に聞いてくださいまし」

 

 生徒一同が返事をすると、すぐに旅館の中へと入っていく。まぁ、すべての荷物を持ったまま向かうことはないだろう。

 織斑は織斑でほかの女子に部屋の場所を聞かれている。ちなみに俺は一階の一番端の小部屋。ラウラと同じ部屋だ。

 

「じゃあ、行くか」

「うむ」

「レッツゴ~」

 

 一つ余計な声が聞こえたが、気にせず自分の部屋へと移動する。そして小さいが二人だと十分広い部屋に入った俺たちは荷物を置いた。

 

 ———ドサ、ドサ、ドサ

 

 ? 一つ音が多くなかったか?

 

「おお~、広い広ーい!」

「ほ、本音!?」

 

 何でお前がここにいる!? 確か「臨海学校のしおり」とやらに書かれていたものには本音は谷本たちいつものメンツと同室だったはずだけど!?

 ちなみに件のしおりはどこぞの格差が激しい中学の修学旅行用のしおりと違って巨大辞書のように分厚くなく、鈍器ではない。

 

「? 本音もここの部屋だったのか?」

「そうじゃなけど~、ゆうやんとラウラウが二人きりというのは私としても容認できない事態なので乱入しに来ました~」

「いや、自分の部屋に行けよ」

 

 ルールとか言うわけではないが、今までの行動を顧みて4組のクラス代表までもこの部屋に来そうな気がする。

 

「ゆうやんは、私と寝たくないの?」

 

 正直に言おう。すごく寝たいです。

 だがそんなことを言えば間違いなく社会から抹殺はあり得るので、敢えてここは気取っておく。

 

「それとこれとは話は別だ。いいか本音。そういうルールを守らないと周りから除け者にされるかもしれない―――」

「その辺りは大丈夫だよ~」

「それに織斑先生の制裁が―――」

「そ、それは……」

 

 よし。流石にこればかりは回避しようもない。

 

「わかった~」

 

 そう言って本音は荷物を持って部屋を出る。ルールだからこれが正しいと思うが、個人的にはやっぱりいてほしい。

 

「兄様は本音が嫌いなのですか?」

 

 いつの間に仲良くなったのか、ラウラが本音を名前で呼んでいる。

 

「いや、さっきのは建前だよ。本当なら―――」

 

 ———ド―――――ンッ!!

 

 急に何か音が鳴ったかと思ったら、地震が起こる。すぐにラウラを抱きかかえたが揺れは早く収まった。

 

「大丈夫か?」

「は、はい」

「……そうだ、本音———」

 

 さっき追い出してしまった本音が気になり、ラウラから離れた俺はすぐに廊下に出る。

 すると廊下にうずくまっている本音を見つけた俺は動きを止めて本音の側面に立った。

 

「大丈夫か、本音」

「……ゆうやん?」

「ああ。さっき揺れがあっただろ? それで心配になって―――」

 

 すると本音は涙を流して俺に抱き着いてきた。

 そこが俺の部屋ならばすぐに崩壊してただろうが、廊下だから俺の理性は保てていた。周りが何か言っているが、耐えるのに精いっぱいなのでそれどころではない。

 

「ゆうやん………わがまま言ってごめんなさい」

「いや、いい…いいからちょっと離れて欲しいかなぁ」

 

 そう言うと今度は素直に離れてくれた。危ない。もう少しで息子が暴走するところだった。どこぞのシティハンターじゃないから大きさには自信ないが、だからと言ってここでデカくなったらそれはそれで問題だと思う。

 

「じゃあ、また後でねぇ~」

「……おう」

 

 クラスの方へと向かう本音に手を振ると、今度は別のところで声をかけられる。

 

「悠夜、ちょうどいいところに。一緒に海に行かないか?」

「…………そこらへんにいるビッチを誘えばいいだろ」

 

 そう言って俺は自分の部屋に戻ると、どうしたことかその後ろを追いて来るではないか。

 

「あの、何で後ろから来る?」

「いやぁ、まだ準備できていないだけだろ? 俺は準備できてるし、少しくらいならば待つぜ」

 

 余計なお世話である。

 

「とっとと一人で行け。それに俺は部屋でやるべきことがある」

「? そんなの後でいいだろ? 今は海に―――」

 

 ……………これからボッチで行動できない奴は困る。

 手を伸ばして来る織斑の手を払い、たぶん眼鏡で無駄になっていると思うが一応言っておく。

 

「いい加減にしろよ。俺はお前と一緒に行く気がないって何故わからない? お節介もほどほどにしてくれ。それとも何? お前の中じゃ俺はそういう存在なわけ?」

「そ、そういうわけじゃ………。男子は俺たちしかいないだろ? だから助けあって―――」

「———ハッ! それは何の冗談だ?」

 

 反射的にそう吐き捨てた俺は内心自分の態度に戦慄したが、それも一瞬だけ。今では目の前にいる馬鹿に対して呆れを見せている。

 

「助け合いってのは、対等と言える立場になって初めてできることだ。俺とお前は対等じゃない」

「何言ってんだよ。俺とお前は対等―――」

「笑わせるな。つまりそれはお前は雑魚でありながら自身の姉と肩を並べていると言っているようなものだ」

「え―――」

 

 あくまで極論だがな。意味としては間違ってはいまい。

 

「それって……どういう………」

「ググれカス。まだ3年前のことだし記事ぐらいは残っているはずだろうよ」

 

 そう言って俺はすぐ近くにある自分の部屋の鍵が付いている襖に手をかける。

 

「そもそも対等だと言うなら、まず自分の機体がおかしいことに気付け」

 

 そう言って襖を開けて中に入り、すぐに閉めて鍵をかける。

 

「……兄様。こんな時に聞くのも変かもしれませんが……本音は……」

「大丈夫だった」

 

 心配そうに何故か俺を見るラウラの頭を撫でると、さっきまで高ぶっていた気持ちが落ち着いていく気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏が悠夜と共に行こうと思ったのは、本当にひょんなことからだった。

 機械型の兎の耳を親の仇のように見ていた箒と出くわし、「関係ない」と言って消えた箒の代わりに「引っ張ってください」と書かれていた耳を引っ張ると、世間で「天災」と騒がれている束が降ってきた。

 その後、束は耳を受け取るとどこかへと消えていき、そこで落下してきた衝撃で持って来たはずのゴーグルを持ってくるのを忘れたことに気付き、部屋に取りに戻っていた。

 そこで本音と別れた悠夜とばったり会い、誘ったのである。

 

「………何であそこまで言われるんだよ」

 

 水着に着替えた状態で砂浜で準備体操をしている一夏はそう呟く。

 今まで一夏を拒絶してきた人間は何人かいた。だが最後には笑うことが多くなり、彼の周りに敵がいなくなっていた。つまり彼は悠夜も今までと同じでいつかは笑いあえる―――そう本気で思っているのだ。

 

「…何やってんのよ、アンタ」

「………鈴」

 

 スポーティーなタンキニタイプの水着を着た鈴音が姿を現す。

 いち早く一夏の姿を見つけた鈴音だが、様子がおかしいことに気付いた鈴音は飛びつくことを止めて様子を見て接近した。

 

「らしくないわね。アンタのことだからてっきり海を見てはしゃいでいるかと思ったわ」

「いや、それはないだろ。………はぁ」

「……もしかして、悠夜のこと?」

 

 鈴音がそう言うと一夏は「ああ」と答えた。

 

「悠夜も海に誘ったんだけど、ものすごく怒られて」

「怒られた? どういう風に」

「対等じゃないとか、助け合えないとか………それに、千冬姉とも同じだって言ってたな」

「………千冬さんと?」

 

 流石の鈴音も悠夜がSRsで優勝していることを知らない。そもそも彼女はSRsがロボット同士による格闘ゲームということすら知らないのだ。

 だが彼女は勘が良い方で、近い答えを導き出した。

 

「もしかして、ISに似たようなもので世界大会で優勝したんじゃないかしら?」

「え? それは凄いな!」

「…………それはそうだけど……あー、数馬だったらその辺りのこと知ってるかもしれないのに……」

 

 現在、二人とも自分の部屋に用意されていた金庫の中に携帯電話を入れている。持ってこればすぐに連絡できるが、放置した状態で海を楽しめない。下手すれば個人情報が抜き取られ、さらなるトラブルを招く恐れがあるからだ。

 一度戻ればいいのだが、一夏は一夏で「後でいいか」と思い始めている。そして鈴音は、

 

「そう言えばさっき人伝手で聞いたけど、アンタ悠夜に「自分の機体がおかしいことに気付け」って言われてたんでしょ」

「ああ。でも特に異常ないし、悠夜の思い過ごしじゃないか?」

 

 そう平然と答えた一夏に対し、鈴音は盛大にため息を吐く。

 

「言っておくけど一夏、白式ははっきり言って変よ」

「え? 何でだ? さっきも言ったけどどこも異常は―――」

「悠夜が言ったのは異常のことじゃない。白式自体が変なのよ」

 

 だが一夏は理解していない。

 どうやって一夏に説明しようと鈴音は考えていると、そこに新たな第三者が現れた。

 

「お待たせしましたわ、一夏さん! さぁ、先程約束した通りサンオイルを塗ってくださいまし!」

 

 そう言ってセシリア・オルコットは持って来たパラソルを開き、シートを引いてその上に寝てからトップスを外した。

 

「さぁ、どうぞ」

「………アンタねぇ」

 

 呆れる鈴音に対して、一夏は「や、約束だから……」と言いながらオイルを弄んでいた。

 

(………全く。気付きなさいよ、一夏。アンタ、このままじゃ間違いなく悠夜と並び立つどころか……追いつけないわよ)

 

 照れながらセシリアの体にサンオイルを塗る一夏を見ながら鈴音はそう思っていると、近くから何かが着地する音がする。

 鈴音がそこを見ると、先に来たと思われる簪が自分用なのか水色のデッキチェアにビーチパラソル、さらに専用と思われるデッキテーブルがあり、傾斜がある場所で見事にバランスを取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 比較的にテンションが下がり、通常通りに戻った俺はラウラと共に砂浜に出た。

 ラウラの髪は通常とは変わっており、声が似ているという理由で天然ちゃんを意識してポニーテールにしてみた。

 

「ようやく海ですね」

「ああ、そうだな」

 

 と言ってもこんなに早く行くつもり……そもそも行く気すらなかったがな。

 

「気分転換に遠泳も良いだろ」

「………兄様、遠泳は気分転換ですることではないかと思います」

 

 4㎞を「気分転換」で走るからなぁ、俺。

 サンダルで砂浜を下っていると、完全装備とも言える状態の簪を見つけた。

 

「すごい装備だな。これもラボのか?」

「ええ。IS事業だけがラボの仕事じゃないから。こういったサービス用のものも開発しているの」

 

 なるほどね。自分が所属しているとはいえあまり詳しくはないからこういうことをしているなんて知らない。

 

「ゆうや~ん!」

 

 どうやら本音も来たようで……おい。

 

「何なんだ、それは」

「え~? 水着だけど~?」

 

 どう見てもそうじゃないだろうと思うが、というかどう見ても着ぐるみしか見えない狐のダイビングスーツ?を着た本音が現れた。いや、これが通常状態の彼女か。

 

「悠夜、来たのね」

「……ああ」

 

 凰がこっちに来た。その後ろでは何故か織斑がオルコットに何かしている。

 

「あなたが白式に感じている疑問って何? やっぱり第一形態の時点で単一仕様能力を持っていること?」

「……それもあるが、何よりも持っている武装が《雪片弐型》だけってことだ。外付けならば他の武装を付けてもそこまで容量を食うことはないってのは黒鋼で証明されているしな」

 

 最もそれは黒鋼が特殊仕様ということもあるが。

 

「確かにそうよね。黒鋼は高威力の武装を積んでいるけど、ほとんど外付けだし……」

 

 実のところ、《アイアンマッハ》も《フレアマッハ》も試作型とかだが連射型なのでそこまで威力はない。こちらの場合は単一仕様能力がないこともあるが、クナイ程度ならば白式にも外付けでできるだろう。

 

「一応、その辺りのデータなら残ってる」

「え?」

「マジか」

「ホント~?」

「見せてくれ」

 

 思わず簪に群がってしまうが、周りが騒がしくなったことで夜にということになった。

 …………というか今更なんだが、本当にそんなデータを閲覧してしまって良いのだろうか?



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#60 デカパイ女VSチッパイ女

モンハンX買ったり、HGガンダム、HGフリーダム、HGキュベレイ、1/144アビスを買った。高かったけど後悔はしてない。

プロトガンダムが出たら、私は間違いなくダークマターブースターを後ろに付けるだろう。

↑どうでもいいね(笑)


もしかしたらブラックコーヒー必要になるかも。


 何やら重大なことに足を踏み入れそうになったが、それもつかの間のこと。

 オルコットに何かし終わったのか、俺の姿に気付いた織斑は俺に話しかけてきた。

 

「悠夜、一緒にビーチバレーをしようぜ!」

 

 どうやら何人かに誘われているらしく、近くには何人か生徒がいる。ちなみにいつの間にかジアンが織斑の近くにいた。

 

「悪いがパス」

 

 そう言って俺はそこから離れ、少しビーチが外れている洞穴の方へと歩いていく。後ろからラウラと本音が付いてきており、凰は織斑とビーチバレーをしているようだ。うん。これが正常だよな。

 

「ってかお前ら、別に自由行動なんだから各々自由に行動してもいいんだぞ」

「私は兄様と一緒にいたいですから」

「私も~」

 

 だとしたら少し問題かもしれない。

 俺はこれからこの急な崖を上って飛び込もうとしているんだが、ラウラは大丈夫かもしれないが本音は流石に無理だろう。……水着的に。

 

「というか本音。お前の水着って何でそれなんだ? ほかにも良さ気な水着なんてたくさんあっただろうに」

 

 オルコットがさっき着ていたパレオ付きのビキニなんて良さそうだろうに。

 すると本音は顔を赤くしてラウラを引っ張っていき、しばらくすると本音だけが戻ってきた。

 

「? どうしたんだ?」

 

 訳が分からない俺はそう尋ねると、本音は俺と一緒に2、3個ある洞穴の中で一番安全そうなところへと移動する。

 

「なぁ、本音。ラウラはどうした? いや、別にいなくなったところでってのもおかしいかもしれないが、お前だけが戻ってくるのは意外だったから」

「………こんな時まで、他の女の子の名前を出さないでよ」

「あ、わり―――」

 

 反射的に本音の方を見ると、さっきよりも数段可愛く見えた。

 

(………あれ? こいつってこんなに可愛かったっけ……?)

 

 声も相まって本音は贔屓目なしにかなり可愛い部類に入る。

 だがそれでも今感じているほど可愛い………いや、エロく感じることはなかったはずだ。

 

 ———ジー……

 

 後ろのチャックを降ろした本音は着ぐるみの上部を降ろす。するとそこから低身長には不釣り合いと思わせる豊満な胸が顕わになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———お願い。少しだけでいいから私とゆうやんを二人だけにして

 

 学年別トーナメントが終了し、晴れて友人となった簪、本音、そしてラウラ。悠夜のことも相まってすぐに仲良くなった三人は良好な関係を築いていた。

 今では大事な友人になりつつある人間からの頼みを無下にする気にもなれなかったラウラは大人しく簪がいると思われるところへ戻っていると、ビーチバレーのコートでは以前ラウラが敬愛していた千冬が生徒相手に数人の生徒とビーチバレーをしていた。

 それを眺めていたラウラのところに、千冬と同じで少ない自由時間を満喫しに来たと思われる真耶が近づいてきた。

 

「ボーデヴィッヒさん、桂木君と布仏さん、篠ノ之さんを見ませんでし……たか……?」

 

 ラウラに睨まれたことで真耶は委縮し始める。

 ちなみに真耶は基本的に善意の塊でできていたが、あの土曜日以来まともに悠夜と話していないことが気がかりだった。

 日頃から授業でわからないところがあれば聞きに来る悠夜が1週間以上聞きに来ないことで一部の女尊男卑思考の教員に喜ばれていたが、真耶にとっては悩みの種の一つだった。

 実は彼女は月曜日の夜、別の場所から悠夜が突き破ったバリアの修理の見積書を作成しているところに、さらに重労働を強いられていた千冬から「男子に大浴場に入れることを伝えて欲しい」と頼まれ、ちょうどキリが良いところで呼びに行った。食堂にいた二人の男子(正しくは男子と男装女子……もっと言えば男の娘)はすぐに見つけることができたが、もう一人の今回の事件の功績者である悠夜を探しているところに別の教員の手伝いをしてしまったのだ。

 すぐ終わると思って引き受けたが、気が付けば0時を過ぎてしまったことで再び千冬に頼み、晴美に連絡がついたが既に悠夜は寝てしまっていた。

 そんなことは当然知らないラウラは未だに睨むのを止めないが、ちらりと洞穴がある崖の方に視線を向けた。

 

「篠ノ之は知らないが、兄様と本音はあそこにいる」

「………あの、もしかしてあの中に入っているなんてことは―――」

「たぶん入っていると思いますよ」

 

 ラウラの代わりに簪が答えると、真耶は慌ててそっちに向かった。

 

「山田先生、どこに行くんですか?」

「決まってます! あの辺り一体は先月地震があって崩落しやすくなっているので今すぐ呼び戻しに行くんです!」

「———それだからそれだけ立派なものを持っているというのに、未だに彼氏ができないのでは?」

 

 簪の言葉が槍と化して真耶に突き刺さる。少なくともラウラはその幻覚を見てしまった。

 

「………そ……それとこれとは話が別なのでは……」

「いいえ。別じゃないですよ。今は二人きりなのに邪魔をするってのはモテない女が良くする手です」

 

 あることないことを平然と吐く簪。だがそれらが次々と槍となって真耶に突き刺さっていく。

 だが真耶にも教師になって間もないが仕事に誇りを持っている。メンタルライフはほぼ0だが、(何故か)足を震わせながら立ち上がった。

 

「それでも私は教師として、二人を連れ戻しに行ってきます」

 

 そう言って真っすぐ洞穴の方へと歩いていく真耶。瞬間、真耶のトップスブラが外れた。

 

「え、ちょっ、何でですか~!!」

 

 あまりの恥ずかしさに森の方へと向かっていく真耶。それを確認したラウラは何かを回収する簪に尋ねた。

 

「何故妨害をしたんだ? あの教師がしていることは間違っていないと思うが………」

「本音にはどうしても悠夜さんを好きになってもらわないと困るから」

「?」

 

 ラウラには意味が分からないようで、それを確認した簪は説明する。

 

「本音は私たちとあまり身長が変わらないのに胸が大きい」

「………確かにな。たまに羨ましくなる。だがそれが一体どうした? 兄様には関係ない事だろう」

 

 悠夜には胸の好みなど、特定の好物が存在しない。

 だが簪は「確かにそうだけど」と言ってから付け加える。

 

「でも、悠夜さんには癒しが必要だと思う。そしてそれはたぶん、本音ぐらい胸が大きい方が良い」

「……何故だ?」

「悠夜さんはたぶん、母親の愛情を知らない状態で育ってきている。その状態で女に対して反発意識が強いけど、仲間には優しい………でも、同時にそれが私たちにとって仇となってる。ラウラは悠夜さんと同室になってからも、一度もアレをしたことないでしょ?」

 

 言われたラウラはすぐに何のことかを理解したからか、顔を赤くしていった。

 

「うむ………未だに私は……」

「でしょうね。今ではドイツとの完全な関係性を絶ったあなたでもまだ。でもそれは、たぶん悠夜さんが私たちを守り抜く自信がないからよ」

「守り抜く自信?」

「うん。彼は織斑一夏みたいな楽天家とは違って過去の経験を含め、あらゆる警戒をしている。もし悠夜さんがこのまま強くなったとしたら、周りは悠夜さんに手出しできる?」

 

 簪がそう尋ねるとラウラは首を横に振って否定した。

 

「無理だろうな。ただでさえ兄様の能力は学園の中では―――いや、専用機持ちだけでも機体性能も含め手出しできないぐらいに強い。それがさらに強くなったら、織斑先生やモンド・グロッソの上位入賞者にも肩を並べるだろう」

「———それはどうかしら?」

 

 二人の会話に唐突に入る声が聞こえた。ラウラは顔を、そして簪は読んでいる本から視線をその声の主の方に向ける。そこにはアメリカの代表候補生―――ティナ・ハミルトンがまるで自身の胸を誇張するかのように赤色のビキニを着て立っていた。

 

「……ティナ・ハミルトン」

「貴様、何が言いたい」

 

 二人はティナを睨みつけるが、本人にしてみればどこ吹く風である。

 

「彼はたまたま発生した事件を解決できているだけに過ぎない。それに私たち以外はほとんど素人の集まりよ? そんな一年生の基準でアレを図られては困るわ。それなのにモンド・グロッソの上位入賞者にも肩を並べる? そんな勘違いされては困るわ。あの程度の操縦者なんて下位すらも突破できないわよ」

 

 すると簪はため息を吐いた後、ティナに対してこう言った。

 

「…………可哀想に。頭の栄養が流れてあなたの胸に行ってしまったのね」

「それはこっちの台詞よ。あなたこそ、あんな低能男子とヤリすぎて頭おかしくなったんじゃない?」

「ほう。良い度胸だな、貴様」

 

 すかさずナイフを抜こうとしたラウラに手を挙げた簪はティナが望んだ反応を見せずに言い返した。

 

「だとしたら最高ね。だって世界のどこを探しても高スペックの男なんて彼ぐらいだもの。まぁ、あなたみたいに織斑一夏みたいな人すら落とせないなんて、他に釣れるとしたら精々牛や豚ぐらいじゃないかしら?」

 

 普段の簪からは考えられないほどの言葉が飛び出したことで、ティナもラウラも黙ってしまう。だがティナの場合は一瞬であり、顔を赤くして簪に怒鳴る。

 

「黙りなさい! 姉とは違って貧乳の癖に!」

「巨乳なのに未だに男に相手にされないあなたたち無駄乳女共よりマシだけど?」

 

 復帰したラウラは簪の中で楯無と悠夜の二人を感じたため、人知れず彼女は目をこする。

 

「む、無駄乳……ですって……?」

「そ。まともに使っていないのにほかに何か言いようがある? ねぇ、スラット・ハミルトン?」

 

 巨乳族の女たちに喧嘩を売る発言をした簪。その顔はどこか満足気で、ラウラは再び簪越しに悠夜を見た。

 そしてティナの怒りは頂点に達し、簪に対して掴みかかろうとするが、ティナは思わずその場で動かなくなる。

 

「…………ワイヤー。あなた、いつでも私を消せるように仕組んだわね」

「……? 何のこと?」

 

 本当に知らないのか、簪は不思議そうに答える。

 唐突にティナの後ろで音がした。何かがティナに触れたこともあって後ろをを振り向くと、トップス―――そしてパンツが落下。文字通り一糸まとわぬ姿となったティナは、あまりの恥ずかしさに真耶と同じように森へと涙を流しながら走っていく。

 その姿を見送ったラウラは簪に耳打ちするように尋ねた。

 

「簪、今のは………」

「悠夜さんとお姉ちゃんを真似てみた。ワイヤーは私のアレンジだけど」

 

 そう言って簪は二人に付けていたワイヤーをすべて回収し、デッキテーブルの上に置いて読書の続きをする傍ら、それを平然と行った簪に対してラウラは戦慄するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音が下に着ていた水着は白く、そして胸部を守るであろうトップスの面積は常識的範囲でも小さいため、本気で目のやり場に困る。あと、妙にエロいのも問題だ。

 

(いや、耐えろ。耐えるんだ。ここで発情したところで生むのは悲しみだけだ!!)

 

 ガ○ダムでありそうな言葉を考えながら意識を逸らそうとするが、自然と彼女の胸部に視線を向けてしまう。

 おそらく計算された脱ぎ方だろう。徐々に服を脱ぐことで敢えて焦らし、より濃く発情させたわけだ。簪の入れ知恵か。

 

「ゆうやん」

 

 失礼ながら視線を逸らしていると、本音は俺を呼んだ。そして俺の腕を取った彼女はそのまま自分の方に引き寄せてくる。

 そしてそれを自分の胸に挟む形にし、何かを念じるかのように目を閉じた。

 

「……お願い。抱いて」

「…………」

 

 それができるなら苦労はしない。

 確かに俺はヘタレなんだろう。ここまでさせておいて何もしないってのは男としては最悪だと自分でも思う。でも正直に言わせてもらうと俺だって本当はしたい。こんな可愛い女の子に手を出さない方がどうかしているとも思うし、何よりも俺の脳内では「H」で占められている。

 そう。何も俺は相手の気持ちがわからない人間じゃないのだ。あまり信じたくはないが、どうやら本音は俺に惚れているらしい。

 

「そんなことはできない」

「………どうして」

 

 一瞬で悲しそうな顔をする本音に対して、俺はさらに追い討ちを書けるように言った。

 

「自分で言うのもなんだが、俺は強くなった実感がある。でも、だからと言って全員を守れるほどの強いわけじゃない。だから俺は、お前の気持ちなんかに応えられない」

「……ゆうやん」

 

 ……フった。

 確かにフったのだろう。だが罪悪感が実際の質量となって俺にのしかかってくるようだった。だって可愛い生物(と言う名の美少女)が今にも泣きそうかと思えるくらい瞳をウルウルとさせて俺を見ているんだよ? 発情はしないにしても保護意欲などは間違いなく湧く。

 

「………ごめんね。……でも、これだけはさせて」

 

 それだけは耳に届いたが、罪悪感と葛藤をしていたこともあって反応が遅れた俺の唇に何やら柔らかいものが触れた。気が付いた時には本音がいた場所には何もなくて、彼女は目の前にいた。

 

(こ……これって………)

 

 入学当時は予想していなかったほどのことを何度もしていればわかる。本音は俺にキスをしているのだ。

 

(……まさか、ブサイクな俺がここまでモテるとは俺を知る人間は思うまい)

 

 内心、この状況に笑っている。言うまでもないがこれは現実逃避だ。そうでもしなければこの状況に呑まれることはすぐに理解できたし、そんなことをで人生を棒に振る気も振らせる気もないのだ。そう。俺は辛うじて残ってくれていた理性でなんとか踏み留まっている状態であり、もう一つ付け加えられたならばそこで試合終了。後は本能のままに本音を襲い、それでは飽きたらずに簪やラウラも襲う恐れすらある。さりげなくすごいことをしているが、未だに精を抜くことすらしていない俺にとって未知の世界なのである。ましてや本音は常日頃から可愛いと思える奴だ。リミットを破り捨てた俺がどうなるかは予想が付かない。

 やがて本音は俺から離れ、俺の方を見る。

 

「……ごめんね。…でも、それが理由なら諦めないから」

 

 そう言って本音はそこから逃げるように去ろうとしたのだが―――どうやら何かがそれを阻止したらしい。ほとんど動いていない。本音が少し動いた時に俺の腕に何かが当たった気がする。恐る恐る当たった腕の方を見ると、何故か俺は本音の腰を掴んでいた。

 

「………悪い」

 

 そう言ってすぐに腰から手を離す。すると本音は逃げるように走り去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洞穴から外に出て来た本音は急いで狐の着ぐるみ状態に戻り、簪たちがいる方へと歩いていく。

 

「あ、布仏さん。洞穴の中は大丈夫———ひゃぁ!?」

 

 本音の姿を見つけた真耶が本音の方へと駆け寄っていき、状態を聞こうとするが突然真耶の水着が落ちた。

 

「ど、どうして~!?」

 

 すぐさまそこから水着を持って森の方へと逃げていく真耶。その姿を本音は見送ると、ふとあることを思い出して洞窟の方を見る。だがまだ悠夜は出ていないため姿がなく、本音は安堵した。

 

「………あ」

 

 すると本音は先程のキスを思い出し、段々と顔を赤くしていった。

 

(ど……どどど……どうしよう!?)

 

 本音がキスをしたのはほぼ反射的だった。

 このままだと間違いなく気まずくなり、お互いが距離を取ると思った本音は悠夜にキス。だが長時間していたこともあって「気持ち悪い女」と思われるかもしれない。———そこまで考えてしまった本音は思わずその場で膝をついた。

 

「………でも……」

 

 一つだけ。たった一つだけ収穫があった。

 悠夜は本音が去ろうとしたときに腰に触れていた。

 

(……ということは、脈はある……だって、あんな理由だし………)

 

 本音も暗部の端くれであり、悠夜が言わんとしていることぐらいはわかる。しかし恋心というものはそういうわけには行くはずもなく、本音は諦めきれなかった。

 

 

 

 その頃、悠夜は……

 

「何で俺はあんな変態的なことをしてしまったんだ―――!!」

 

 全力で本音の腰に触れていたことを後悔していた。




ということで60話。これで年内最後の投稿になると思います。あくまで予定なのでわかりませんが、だって年末だろうがバイトのシフトがおかしいのは変わらないし。

さて、福音戦は年内に入ることすら叶わないのですが、それはもう少し待ってください。ぶっちゃけた話、私としてはさっさと福音戦に入りたいのですが、生憎ながら突発的なアイディアが邪魔をするんですよ!? ←言い訳でしかない(笑)


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#61 マナー違反だけど愛さえあれば関係ないよね

みなさん、あけましておめでとうございます。
この小説「IS~自称策士は自重しない~」並びにその作者であるreizen共々、今年もよろしくお願いします。

では新春一発目、数字的にキリがいい61話をどうぞ!


 色々とカオスな時間が流れて夜になった。

 織斑一夏のIS「白式」の考察をするという約束はどこに行ったのか、未だにする気配がないことにショックを受けている鈴音は廊下を歩いていると、妙な一団に出くわした。

 

「………アンタたち、何やってんのよ」

 

 箒とセシリアの二人が一夏の部屋の前で聞き耳を立てており、鈴音の姿を見たセシリアは口を塞いだ。

 

「ちょ、ちょっと何するのよ」

「静かにしてくださいな」

 

 言われて鈴音は黙り、二人に習って同じく入口の襖に張り付く。中から在室中なのか織斑姉弟の会話が聞こえて来た。

 

『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』

『そんな訳あるか、馬鹿者。———んっ! す、少しは加減をしろ……』

(………何、これ)

 

 鈴音の思考がパニックになるが、それでも会話は進んでいく。

 

『はいはい。んじゃあ、ここは……と』

『くあっ! そ、そこは……やめっ、つぅっ!!』

『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね』

『あぁぁっ!』

 

 日本の法律では兄妹または姉弟での行為は禁止されているが、当人には関係ないようだ。

 

(いやいやいや、アウトでしょ!? というか一夏は一夏で何やっちゃってんのよ!!)

 

 思わず声に出しそうになるが、なんとかこらえた鈴音。だがその思考は徐々に変化していった。

 

(というかそんなことする前に悠夜のことを何とかしなさいよ! アイツずっと頑張ってんのに自分の立場をわきまえて何もしていないのよ!?)

 

 そこまで考えていると、鈴音の顔にドアが直撃。どうやら箒もセシリアも間に合わなかったようで、鈴音と同じくダメージを食らう。

 

「何をしているか、馬鹿者共が」

「こ、こんばんは、織斑先生……」

「さ……さようなら、織斑先生っ!!」

 

 箒とセシリアが逃げようとするが、箒は首根っこを取られ、セシリアは浴衣の裾を踏まれて動きを止められた。

 

「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」

「「えっ?」」

(あ、アタシはいいかな……なんてことを言える状況じゃないわね、これ)

 

 まさか千冬にそう言われると思っていなかったのか、箒とセシリアは変な声を上げた。

 

「ああ、そうだ。ほかの三人―――ボーデヴィッヒとジアン、それと更識も呼んで来い」

「は、はい」

「はい」

 

 鈴音と箒が返事をして部屋を出る。

 

「では私はシャルロットを呼んでくる。鈴は―――」

「ラウラと簪ね。わかったわ」

 

 そう言ってまずは4組の所へと向かう。その最中、鈴音はふと思った。

 

(これに乗じて逃げ出すのも悪くないけど……後が怖いか)

 

 何の話をするか興味があることもあって、とりあえずみんなに声をかけることにした鈴音。だが―――

 

「え? 更識さんならいないわよ? たぶん桂木君の所じゃないかしら?」

「そう。ありがと」

 

 そう言って今度は悠夜の所へと向かう。悠夜の部屋は1組よりも2組の方が近く、また2階にある4組の下の部屋なので箒が向かった1組のエリアよりも鈴音が向かった方が近い。

 

「悠夜、いる~?」

 

 ノックせずにドアを開けた鈴音。だがそこには誰もおらず、荷物が置いてあるだけだった。

 

(パソコンが外に出しっぱなしじゃん。金品は金庫に入れているにしても、部屋の鍵はかかっていないし、ちょっと不用心過ぎない?)

 

 そう思って鈴音は部屋を出る。

 実は彼女は気付いていないだけなのだが、これは悠夜の罠である。

 敢えてドアを開けておき、馬鹿にしながら侵入してきた女たちを狩るためのものでパソコンも餌として出しっぱなしにしているのだ。実際、死角にはスパイボールの戦闘版である「ガーディアンボール」が配置されており、すぐにでも戦闘が可能だ。

 ちなみに鈴音が部屋に入っても無事だったのはあらかじめ鈴音のデータと彼女が持つIS「甲龍」のデータが入力されており、この二つがあることでガーディアンボールは攻撃することを止めたのである。もし鈴音ではなくフォルテならば間違いなく捕まっていただろう。これに捕まる基準はこれまで悠夜に対してどれほどの貢献をしてきたかということであり、セキュリティの甘さがそれに出ている。

 さらに補足するとガーディアンボールに襲われる手順は決まっていて、最初におとりが現れて空気砲で攻撃、その隙に本体が弛緩剤を打って動きを止め、高耐久のロープを出して器用にもそれで拘束するのである。

 もしこれが悠夜ではなく普通の男ならばIS学園に所属する女という事で容赦なくどこぞの同人誌みたいな展開になるだろうが、悠夜の場合はそうはならないという点が唯一の安心部分だろう。

 

(とりあえず、あの部屋に戻ろ)

 

 そう思った鈴音は部屋に戻るとすぐに千冬が聞いてきた。

 

「? ほかの二人はどうした」

「見当たらなかったので帰ってきました。たぶん、お風呂でも入っていると思いまして」

「………そうか」

 

 ふと、鈴音は一夏がいないことに気付く。

 

「あれ? 一夏は―――」

「ああ、アイツならばオルコットのマッサージをして汗をかいていたのでな。風呂に行かせた」

「………へぇ」

 

 猛烈に嫌な予感がした鈴音は、騒動が起こらないように祈るが、それは届かなかったようだ。

 

 何も知らずに風呂に入りに向かった一夏はこれより1時間と30分頃、掃除道具が入ったロッカーの前で目を覚まし、風呂に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音にキスされてから、後悔と罪悪感で思考が占められたことでまともに動いていないことは確かだ。気が付いたら遠泳をしていたし、そしたら沖とやらに出ていたので急いで戻ってきた。幸い、サメなどに襲われることはなかったので五体満足で生きている。

 

(………何でこんなことになった)

 

 当初の計画ならば、それなりの成績で進級し、できるだけ目立たないようにするつもりだった。俺の得意分野でISで活かせるのは知識だけ。だから以前の手を使う事なんてできないのだ。

 だけどどうしたことか、ここに来てから3人とキスをしている。少なくとも恋愛をする気はなかった俺にとっては不要なことだ。

 

(……そんなことをして、一体何になるんだよ)

 

 仮に、俺が誰かと結婚をしたとしよう。一人は日本の代表候補生、一人は日本人、そして最後の一人は日本人だが人外の孫だ。

 だがその人外も俺の祖母とは違ってもうかなりの年齢だ。いつ死んでもおかしくはない………いや、死ぬところは想像できないが、少なくとも俺たちが生きている間には間違いなく死ぬだろう。

 確かに俺の祖母も人外だ……人外だが、どうやら俺の祖母は日本が飼っている狂犬みたいなもので、日本から援助金をもらっているらしい。そんな祖母が日本の言う事を聞かないわけがない。「いつも金をやっているのだから」という理由で売られる可能性もある。それに俺に子供ができたらどうなる―――なんて、考えるまでもない。俺が仮に強くなったところでその子供が狙われることは必須だ。あくまでも俺が強いだけで、俺がいつも近くにいるわけではないからな。

 

「………高が、IS如きになんで……」

 

 どいつもこいつも「ISが強い」なんて言っちゃって。確かにISは強い。操縦者の戦闘による死亡なんてものはなく、より生還率が上がって奪われることもないからだ。確かに性能面なども優れているから女を優遇したくなる気持ちはわからなくもない。

 だが、それによって生み出されたのは女による男の過剰使役。全員がそうではないとはいえ、見逃せないレベルにまで発展しているのは事実であり、否定しようがないことだ。

 それに調べたところ、出生率などの低下や男の死亡率の高騰もある。後者の原因は大半は自殺だが。

 

「本当にウザい」

 

 俺を殺そうとする女たちも、俺を使って自分たちもそれにあやかろうとする男たちもウザい。そして何よりもウザいのは織斑の存在だった。

 

(……………時間が経てば経つほど憎悪しかないな)

 

 そのことに俺は笑みを作る。確かに憎悪しかないが、俺の性格だけではなく向こうの性格も問題だろう。

 

(もしかしたら、近い内に殺してしまうかもしれないな)

 

 そう思った俺は内心笑っていると、入口の方から「カラカラ」と音が立つ。

 

(……噂をすればなんとやら、ね)

 

 ばれると面倒なので俺はできるだけ音を立てずに奥の方に引っ込む。そして岩で身を隠してぼんやりと月を眺めていると、どうやら先に体を洗っていたのか、ようやく入ってきたような音を立てた。

 

(………あれ?)

 

 気のせいか、こっちに移動して来る。まずい、しくじった。

 腕を構えて織斑の顔面を狙うために構える。そして影が見えたのですかさずボクシングで言うストレートを放った。

 

 ———パシッ

 

 壮大な違和感。

 思ったほど顔が低い位置にあることに気付いた俺は、敢えて掴まれたままにする。

 

(……女……小さい……)

 

 どこかで触ったことがあると思った。

 すると後ろから何か柔らかい感触が俺の感覚器官を襲う。

 

「たいしょ~、かくほ~」

「は、はぁあ―――」

 

 柔らかい手が俺の口を塞ぐ。どうやら俺に対して恨みを持っている奴ではないようだが、口を塞ぐかに見せて抱き着くのは止めてください。発情してしまいます。

 

「に、兄様ぁ~」

 

 煙が少し晴れ、殴った相手が姿を現す。やっぱりラウラだ。そして抱き着いてきたのは簪、そして後ろの感触は本音である。

 全員が全員水着を装着していて、ラウラの手には俺のパンツが握られていた。

 

「兄様、これを履いてください」

 

 そう言って差し出された水着をひったくるように受け取った俺はすぐに履こうとしたが、簪がそれを止めた。

 

「………確認」

「え? ちょっ、止め―――タンマ!!」

 

 ハイ、覚醒完了しましたぁ。

 完全に下の息子の覚醒し、その後に海パンを履く。幸い露出時間が短かったので見られてはいな―――

 

「……………すごく、大き―――」

「忘れろ! 今すぐ忘れろ!!」

 

 我を忘れた俺はつい叫んでしまった。

 

 

 

 

 ————閑話休題

 

 

 

 

 

「さて、理由を聞かせてもらおうか」

 

 三人娘を座らせてから俺は説教を開始する。

 

「………間違いを引き起こそうと」

「いや、意図して起こすこと自体が間違っているから! 止めよう。間違いなんて起こすべきじゃない!」

 

 だってISを動かしたという間違いを起こした結果、命狙われているから。

 

「兄様、従者が主と共に風呂に入り、従者の体で主の体を洗うと聞いています」

「………………おい。その知識をどこで手に入れた?」

「たまたまかけたアニメでそんなことを言ってました!」

 

 最近、出生率の低下関係で人間の性を促すために深夜番組でエロい番組をすることが多くなったなぁ。…………今後、ラウラはきちんと抱いて寝よう。主に真面目な拘束目的で。

 

「私は洞穴の中での続きを~」

「絶対にしないからな!」

 

 ただでさえ欲情しかけているというのに、こいつらと来たら揃いも揃ってバカなことをしやがって。

 

「いいか。俺は今後三人に手を出すつもりはないし、出すこともない。だからこんな無駄なことは一切禁止だ!」

 

 温泉に海パンというミスマッチな取り合わせの姿で俺はそう言うと、三人は(何故か)ショックを受けた。

 

「やっぱりあれは幻覚だったんだ~」

「こうなったらもう脱ぐしかない」

「兄様! 私は兄様の物です! 兄様が望むようなことを喜んで受け入れます!」

 

 普通ならばラウラに飛び込んでいくだろう。だが、それはあくまでも()()ならの話だ。

 内心ため息を吐きながら、俺はふとあることに気付いた。

 

(……………そういえば、織斑は?)

 

 別に織斑を待っているわけではないが、だとしてもこの状況を打開するには織斑の存在が必要不可欠だ。山田先生に「風呂に入れない」と言われて「何でですか?」と聞くような奴だ。この状況に飛び込んでくるに違いない。

 ちょうど話題を逸らせて覚醒中の息子も鎮めたいと思っていたので、早速話題に出すことにした。

 

「そういえば、織斑はどうした?」

「気絶させた。そんなことより、悠夜さんと間違いを起こす」

 

 流石は妹と関係を持とうモノならば容赦なく護衛対象すら殺そうとする女の妹。目が完全に正気を失っている気がする。………というか、今さりげなく「気絶させた」と言わなかったか? だとすればこの状況を打開できないじゃないか!!

 

(どこまでも使えない奴め!!)

 

 まことに勝手ながら「全く空気を読まない奴」認定してやる! いや、前から使えなかったけどさ!

 その後、俺はなんとか「数分間抱き着く」ということでこの窮地を乗り切り、ついでに息子の覚醒も終了してくれた。俺は一体何と戦うべきなのか、今一度知る必要性を感じた瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園生が全員寝静まり、簪が密かに行動を起こしている時、ハワイ沖ではある実験が行われていた。

 そこでは20代後半―――むしろ30前とも言える男が大あくびをしており、文字通り暇を持て余している。

 

「暇だなぁ」

 

 そう言った男は盛大に腕を伸ばすと、彼の左手が何かにぶつかった。

 

「………テメェ」

「おっと、悪い。いるの気が付かなかったわ」

 

 フランクに答えた男性の顔面に拳が飛ぶが、その男性は平然とそれをいなすや否や、何かを払う。

 すると男を殴ろうとした女性の双丘が大きく上下に動いた。

 

「やろ―――」

「ちょっとちょっと。お前の胸が揺れたのと俺は関係ないでしょうよ」

 

 今にも殴りかかってきそうな女性に対して、またも軽く答える男性。女性は怒り始める。

 

「コーリング中尉、そろそろ―――」

「うるせぇ、黙ってろ」

 

 女性を諫めようとした男性軍人がそう言うと「コーリング」と呼ばれた女性は噛み付くように言った。

 すると諫めようとした男性の横を一人の女性が通りすぎる。

 

「イーリ」

「ああ―――」

 

 「何だよ?」と女性が続けようとしたが、それよりもその女性から出ている殺気とそれを引き立たせる笑顔でさらに凶悪―――いや、恐怖を感じた女性は委縮した。

 

「よぉ、ナタっち―――とと、今はファイルス中尉でしたな」

「ナタっちは止めてください。ナタっちは」

 

 男性の言葉にそう言うと、「ファイルス」は「コーリング」に笑顔を向ける。

 

「あの、ナタル? これは向こうが悪いんであって、決して私に非があるわけじゃ………」

「たぶんそうだってことはわかるけど、でも止めようとした隊員にまで噛み付く必要はないわよね?」

「そ、それは………」

 

 コーリングはチラッと先程噛み付いた隊員の方を見る。視線を感じた噛み付かれた隊員は元々優しい性格なのか、ファイルスに対して進言した。

 

「ファイルス中尉。それは私が勝手な真似をしたので―――」

 

 するとファイルスはその隊員に対して人差し指を当てた。

 

「世間じゃ女が優勢に思われているみたいだけど、わざわざ軍にまでそんなものは持ち込まなくてもいいわ。ISは一部を除いては女にしか扱えないけど、あなたたちがISをちゃんと整備しているから私たち操縦者は助かっているもの」

「は、はい………」

 

 その隊員は力を抜いてしまい、倒れかける。それを隣の隊員が受け止めるが、その後ろでは倒れている隊員を軽く殴っていた。

 

「さて、イーリ?」

「………ご、ごめんなさい」

「私じゃなくて、彼に謝るんでしょう?」

 

 あまりの恐怖に少し震え始めるコーリングは殴られている隊員に謝った。

 

「ご、ごめんなさい………」

「ぐほっ」

 

 するとその隊員は膝をついてしまう。

 

「あら、大丈夫?」

「は、はい! 問題ありません!」

 

 先程のダメージはどこに行ったのか、どこか輝いた顔でその隊員は元気よく答えた。

 

「そう? もし体調が悪いならすぐに医務室に行ってね? 悪いなら遠慮なく休んでね?」

「わかりました! ありがとうございます、エン―――ファイルス中尉!」

 

 今にも黄金に輝きそうな隊員を見て「元気になった」と思ったファイルスは「悪いけど」と隊員たちに言った。

 

「この二人を借りていくわ。あの子の警備、引き続きお願いね」

「「「はい!」」」

 

 隊員たちの元気な返事を見て満足そうにコーリングとちょっかいを出していたフランクな男性を連れて実験場を出るファイルス。

 どこか満足そうに歩く彼女を見て連れ出された二人はため息を吐く。

 

「……あれって、本気だよな?」

「ああ、疑う余地もない」

 

 コーリングの言葉をそう肯定する男性。彼は先程の隊員と同じ整備班に所属する人間だが、知識が豊富で今回の試験運用に使われる軍用IS「銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)」の設計にも携わっている。

 それゆえ、軍から重宝される人材ということもあってこうして彼らが所属する部隊での少しの粗相も許されている。

 ちなみに彼はまた別のことも知っている。例えば、先程の隊員のダメージの理由などだ。

 そして今頃、先程の実験場で隊員たちは―――

 

「ああ、ヤバい。ヤバいぞあの麗しさは! 結婚してぇ!!」

「コーリング中尉の極度だがツンデレ具合はヤバいよな。……デレてはないが」

「ど、どちらも最高だ。やはり二人とも手中に収めるべき………神よ。何故一夫多妻制度とやらがアメリカで存在しないのですか!!?」

 

 さっきの真面目さはどこへ行ったのか、歓喜に満ちていた。

 

 

「しっかし、軍用ねぇ。確かアラスカ条約って奴では軍用の製作は禁止じゃなかったっけ?」

 

 コーリングがそう言うと整備士の男は鼻で笑った。

 

「所詮、ISは兵器って上は考えているんだろうよ。今頃考えたところで無駄だと思うぜ」

「でもよぉ………」

「例え軍用だろうと……あの子はあの子よ」

 

 先程までの態度はどこに行ったのか、ファイルスは怒りを顕わにしていた。

 

 この時、彼らは思っていなかった。これから行われる「銀の福音」の試験稼働中に機体の暴走が起こり、その操縦者であるナターシャ・ファイルス中尉ごと基地から離脱。あんなことになるなど―――その原因となる存在が機体に近づいているなど、考えていなかった。




ということで次回からはいよいよ例のあの人と悠夜が出会ってしまいます。


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#62 自称策士の突発授業

 二日目は昨日とは違って朝から夜までISの追加パッケージなどをテストすることになっている。

 IS学園の訓練機は主に打鉄とラファール・リヴァイヴであるため、それらに関する会社から送られてくるパッケージのテストを行われるわけだが、どちらもシェアが2位と3位だからか、倉持技研並びにデュノア社以外からも送られてくる。まぁ、それに関しては別に珍しいことではない。

 というのも現在ISは第三世代型ISの作成に着手していて、オルコットのブルー・ティアーズや凰の甲龍のように完成している国もあるが、日本のように完成していないところもある。それに完成していると言っても「ISとして動く」ぐらいの完成しているというだけで、キチンとした完成はまだまだだ。精々、轡木ラボを除けば完成していると言えば甲龍ぐらいなものだろう。ま、メタルシリーズである黒鋼と荒鋼は完成しているのは技術者が他国の奴らよりも一線を画しているのだが。親父の能力も恐ろしいが、その弟子も恐ろしい。……ただし可愛いが。

 

 ———閑話休題

 

 脱線した話を戻すと、未だ各国は第三世代型ISを完成させていない段階にある。つまりそれは「第二世代型ISが主流である」という意味になる。まぁ、第二世代型でもないよりマシってことだろう。親父にもぶたれたことがない子供が主人公の話に例えると、最初に主人公が乗っているのが第一世代だとして、次に乗ったなんとかディアスとやらが第二世代。そしてライバルが逆襲する話で乗っているのは第三世代型という事になる。ということは声が織斑に似ている気がする奴が主人公の機体は机上の空論となっている「第四世代型」ということになるのか。すげぇな。その時点で相手のビットとか奪えるんだぜ。………何それ怖い。特に黒鋼は全射撃武装はビットと同じように扱えることができるから相性が悪い。

 

(とまぁ、わけがわからない例えとかは置いといて……)

 

 深く追求したら色々と間違えている気がするので現実逃避をする形で現実に戻る。

 

「………兄様、これを戦闘中に射出するのですか?」

「まぁ、そうなるな」

 

 朝のHRならぬ青空HRを俺たち轡木ラボ所属の俺こと桂木悠夜、更識簪、ラウラ・ボーデヴィッヒは簡易カタパルトに準備されている戦闘機を見ていた。そう。黒鋼の専用となりつつある追加パッケージの三種だ。

 これからこれらを使用してのデータを取る。そのため、周りには破片回収用の網を張り巡らせておいて、現在に至る。

 

「兄様、以前からお聞きしたかったのですが、戦闘中に換装なんてのは自殺行為なのでは? エネルギーはスト○イクのように回復するかもしれませんが、あのシーンもギリギリだったはずですが―――」

「そのギリギリ感を味わいたいってのもあるが、一番は幅広い攻撃範囲だな。同時に拡張領域(バススロット)の節約にもなるし、外付けで高威力の武装を装備できるってのが最高だと思う」

 

 特に「ディザスター」なんてまさしく雑兵殺しだろう。

 そもそもの話なんだが、この三種の換装パッケージが準備された理由は「これから起こるであろう襲撃」に備えての準備でもあると思う。大会でのデータ収集ならば、黒鋼単体でも十分に行えるし、朱音ちゃん曰く「性能的に学園の行事で使うのは難しい」らしい。相手にしてみれば素でも強い黒鋼がさらなる破壊力を持って現れるのだから当然と言えば当然だろう。

 

「に、兄様がそこまで言うのでしたら………」

「俺としては戦艦とかが欲しいんだがな」

「……いずれ朱音が、アークエンジ○ルとかラー・カ○ラムとかを作ってくれるから、それまで待とう?」

 

 「朱音ちゃんの技術は世界一ィイイイイイ!!」ってことだな。俺たちにとってはまさしく神である。

 とりあえず話しているだけでデータ取れないなんて事態になったら洒落にならない。俺は黒鋼を展開し、簡易カタパルトに脚部装甲を接続した。

 

「桂木悠夜、出るぞ!」

 

 同時に黒鋼を発進させ、空中へと出る。

 そしてラウラに合図を出すと、ラウラは早速近接パッケージ「シュヴェルト」を射出した。流石はラウラ。わかっている。

 それを早速装備した俺はツインロングソード《ツヴァイファング》を抜く。この剣は二本の名称がそれであり、握りを接続してどこぞの主人公機みたいなことができるわけだ。さらにこの「シュヴェルト」にはもう一つ剣があり、そちらは「アスカロン」という銘である。………もしかして、朱音ちゃんが捕らえられた時にこれを使って助けてほしいということだろうか?

 

(………ない話ではないってところが怖いよな)

 

 ISの製作者が行方不明のため、おそらく一番の開発者なのは朱音ちゃんだ。十蔵さんも俺のために敵を作っているから誘拐される可能性は余計に高いため、気を付けなければならないだろう。

 

(………いや、ないな)

 

 十蔵さんが生きている限りそれはないな。ただでさえ化け物クラスだと思える人間なのだから、下手に手を出すことはできない。あの人が本気でキレた場合、おそらく生身で手を付けられる人間なんていないだろう。いたとしたら、あのババアぐらいか? 止めるどころか喜んで参加しそうなんだが。

 

『兄様、これよりドローンを出します』

「ああ。やってくれ」

 

 そのドローンも人型のドローンで、撃つ・移動するの二つのことしかできないみたいだが、それでも十分に相手になる………わけがなかった。

 いわば雑魚兵と言えるもので、容赦なくぶった切って破壊していく。

 

(………遺伝子改造された軍のエースパイロットみたいだな)

 

 そんなことを思いながらドローンをすべて切っていくと、ラウラが通信機越しに言った。

 

『兄様、少しやり過ぎなのでは……?』

「………実のところ、少しは思っていた」

 

 海に落ちたドローンの破片を回収するためにそのまま接水。ハイパーセンサーを使って網の外に落ちている破片を探索する。

 

(広範囲に設置しておいて良かったな)

 

 まぁ、元々ドローンは網に落ちるように作られているから簡単なんだが。

 網を張っているポールを新たに装備されたワイヤーアンカーに接続して戻ってくると、何やら訓練機チームの方が騒がしかった。ちょうど高機動パッケージ「ロンディーネ」のテストをしていた簪も戻ってきたので、ラウラと三人でそっちの方を覗いてみると、織斑先生が見知らぬ女性の頭部を握り潰して破壊しようとした。だが、その女性は何事もなかったかのように離脱し、篠ノ之の方へと向かう。

 

「やあ!」

「………どうも」

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ? おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

 果たしてどこに持っていたのか、刀の鞘でその女性を殴る。よ、容赦ねぇ。

 

「殴りますよ」

「な、殴ってから言ったぁ……。し、しかも日本刀の鞘でたたいた! ひどい! 箒ちゃん酷い!」

 

 しかし妙にテンションが高いなぁ。普通殴られたらその場で悶絶するだろうに。……というか何で頭にうさ耳が生えているのだろうか? どこかの異世界からの来訪者なのだろうか?

 考えていると山田先生がその女性へと近づいていく。

 

「え、えっと、この合宿では関係者以外は立ち入り禁止なんですが……」

「ん? 珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者と言うのなら、一番はこの私をおいてほかにいないよ」

「えっ、あっ、はいっ。そ、そうですね……」

 

 どう考えてもIS学園の関係者ではないから立ち入りは禁じられているはずなんだがな。というか山田先生、そう簡単に轟沈するから生徒に舐められるんだっていい加減に気づいた方がいいですよ。

 すると織斑先生がその謎の女性に近づいた。

 

「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒たちが困っている」

「えー、めんどうくさいなぁ。私が天才の篠ノ之束さんだよ、はろー。終わり」

 

 すると周りの生徒が騒ぎ出す。

 

「あ、あれが篠ノ之束……」

「希代の天才……」

 

 どうやらラウラも簪も驚いたようだが、天才だろうが凡才だろうが不法侵入者であることは代わりないだろう。

 織斑先生は先程の自己紹介に不満を持っているが、その女性はあっけらかんに接して怒らせていた。

 

「え、えっと、あの、こういう場合はどうしたら……」

「ああ、こいつは無視して構わない。山田先生は各般のサポートをお願いします」

「わ、わかりました」

 

 ということなのであの女のことは放置でいいや。正直な話、どうでもいいし。

 だが二人にとってはそうではないようです。

 

(しょうがない。「疾風(はやて)」の練習でもしておくか)

 

 本当は止めた方がいいかもしれないが、天才の行動は気になるものだろう。俺が興味がないのは、ISの技術力に落胆してから黒鋼をもらったからである。

 

(ちょっと寂しいけどな)

 

 ホント俺ってわがままだよな。

 内心ため息を吐きながら元いた浜辺に来ると、もう一度黒鋼を展開しようとしたところで砂浜が揺れた。その震源と思われる場所を見ると、さっきの所にはなかったはずの銀色の塊があった。

 するとどういう仕組みになっているのか、二面なくなって菱形の塊からなにやら赤い機体が現れる。

 

「ぱんぱかぱーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿(あかつばき)』! 全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」

(な、何だと!?)

 

 冗談だと思ってはいるが、気になった俺は周りに気付かれないようにその機体を見てしまった。

 

「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めようか! 私が補佐するからすぐに終わるよ」

「……それでは、頼みます」

「固いよ~。実の姉妹なんだし、こうもっとキャッチー呼び方で―――」

「早く、始めましょう」

 

 そもそも篠ノ之はおっぱいに反して頭が固いんだがな。諦めたのか、変な女はリモコンを押して前面装甲が開く。それに搭乗した篠ノ之を見て、篠ノ之の姉とやらは何やらテンション高めで作業を開始した。投影されたキーボードを6枚呼び出して作業する姿はかなりすごい。

 わかりやすくまとめると、その機体はあらかじめ篠ノ之のデータを入れられていて、近接戦闘を基礎にした万能型に調整しているらしい。しかも自立支援装備も付いている、とか。

 

(………問題は、篠ノ之が上手く扱えるかだよな?)

 

 さっきあの人は「全スペックが現行ISを上回るIS」と言っていたが、それはつまり機動力すら黒鋼と荒鋼を超えるということになる。それを篠ノ之が扱えなければただの宝の持ち腐れというものだ。

 

(ま、関係ないか)

 

 そもそも篠ノ之が死のうが消えようが生かされて知らない男たちの慰み者になろうが知ったことではない。力を持ってしまったのならばそれ相応の責任を果たせばいいのだから。

 篠ノ之の筋肉の付き方がどうとか変な人が言っているのを聞きながら考えていると、別の方から良くない声が聞こえてきた。

 

「あの専用機って、篠ノ之さんがもらえるの……? 身内ってだけで…」

「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」

 

 仮にもここは専用機を―――ひいては国家代表を目指して切磋琢磨する学校だ。周りは常に「専用機持ち」を夢見て戦っている。今まで持っていなかった篠ノ之がポンッと渡されることに対して不満を持つことは納得できる。

 

「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ」

 

 だがこの人が本当に天才なのかは疑問に持ち始めた。いや、むしろ「周りが付いていけないから」天才なのかもしれない。

 そろそろ二人に声をかけて作業に戻ろうとすると、何やら背中に柔らかい物が当たった。

 

「ねぇねぇゆうやん」

「……ほかに振り向かせる方法は思いつかなかったのか?」

 

 正直に答えよう。ごちそうさまです。

 後ろから抱き着いてきた本音にそう言ってから引きはがそうとすると、何故か作業をしているはずの生徒たちが全員こっちに来ていた。

 

「何をやってんだお前ら。ここは企業関係者の区域だから一般生徒は立ち入り禁止になっているぞ」

「えっとね。実はゆうやんにお願いがあって~。しののんが専用機持ちになることに対して理解をさせてほしいの~」

 

 見るとさっき変な人に指摘された奴らや普段から俺のことを敵視している奴らも混じっている。教師たちは仕事を放棄しているらしい。……いやいや先生方、諦めずに頑張って説得をしてくださいよ。

 まぁ、なんとなく察しがつくけどさ。どうせ本音が篠ノ之が専用機を持つのを庇ったんだろうよ。こいつは裏の人間だからその辺りの理解はあるし。

 

「………別にいいが、アンタらの期待通りに行くかわからないぞ」

「構わないわ。さっさとしなさい」

 

 何で命令口調なのかはこの際放置でいいや。

 俺は親父作の空中投影ディスプレイを持ってきていた個人のノートパソコンに接続し、文書作成ソフトを出してそこに「篠ノ之」と書かれた図を出す。

 

「さてまずお前らに問う。ロボットアニメを見て友人と語ったことがある、もしくは語りたかったが諸々の事情で語れなかったという奴はいるか?」

 

 すると本音が、そして後ろでは簪が挙手をした。あと、意外にも鷹月が手を挙げた。

 

「……弟が、そういうのが好きだから……」

「なるほどな。まぁ、別に恥じゃない。むしろ俺はこの少なさに驚いている」

 

 中には恥ずかしくて手を挙げられなかった奴がいるかもしれないが。

 ちなみにこの話を聞いているのは男を嫌悪している奴と専用機持ち(俺と簪は除く)以外の奴らと教師だ。嫌悪している奴らの中でも話を聞いている奴もいるから意外だが。というか教師の姿がいない気がするが、近くにいないだけだろう。

 

「地域にもよるが、これを見る限り大半の女はやはり「ロボットアニメ」には興味を持たない。だが男は違う。確かに成長するにつれて「ガ○ダム? ああ、あんなのの何が面白いの? というかアニメ自体興味ないし」とか言う奴も中にはいるが、それでも憧れる奴はたくさんいる。だがそれと同類と言えるISは男には扱えないときた」

「あんなダサいのと一緒にしないで」

「今は発言は控えてもらおう。つまり男にとって夢は壊されたに等しいとも言える現状になった。さらに追撃と言う形で「女性優遇制度」を設けられ、男の地位も下がっているんだ。中には「男」という形でリストラされたりすると聞く。だが、開発者はいない―――ならばその身内を狙ったとしても行動としてはおかしくはないだろう。さっきあの女が言った通り、「有史以来、世界が平等があったことなんてない」からな。兄弟姉妹の間で格差が起こっても不思議ではない」

 

 図形を作成してはわかりやすく表示しながら説明していると、観客の中から悪い声が聞こえた。

 

「ふん。短絡的な思考ね。これだから男ってのは―――」

「では、この世界の現状を反転させてみようか」

 

 どうやらさっき口を挟んだ奴とは別の女に対してそう答えた俺はエンターキーを押して次のページに移動し、そこで「IS」と書かれた図を真ん中に出す。

 

「仮にISが男にしか扱えないものだとしよう。ISを取り入れた政府は「男性優遇制度」を作るのは明白。その世界にとって女は男の子孫を残すだけの価値しかないものでしかない。そうなれば、女は奴隷同然となり、金を持つものは何人もの女を囲い、たくさんの子供を産ませる。というかその程度の家畜としか見られないだろうねぇ」

「「「は?」」」

 

 今の世界を普通に逆転させてみると、当然と言うべきかほぼ全員から反感を買った。まぁ、本音とかは俺の顔を見てから焦っていたが。

 

「ふざけないでよ! 何で私たちが男たちに買われなきゃならないのよ!」

「そうよ! 頭逝ってんじゃないの!?」

「死になさいゴミ虫が!!」

 

 すげぇ罵倒だなぁ。しかも言葉が過ぎたのか、普段は大人しい奴らも口々に言ってくる。だけど俺は予想通りだったこともあってその罵倒に対して普通に答えた。

 

「別におかしいことじゃないだろ。お前ら女だって男のことを下に見ているし、所詮お金を稼ぐ程度のことしかできないとか思っているのが大半だ。それに所詮は「あくまで」って話だ。そうカリカリするなよ。ISがあるんだから早々世界が逆転することはないだろ」

 

 まぁ、現状を考えればそうなったら男たちは容赦なくISを持ち出して殺すか生け捕りにしてヤってしまうのは否定できないんだけどね。そうなったら俺も主にIS学園に対して襲撃してきた男たち相手に牙を向く。

 

「さて、話を戻すが―――男にとってISは忌み嫌うものになったと言っても過言ではない。当然ながら身内である篠ノ之を狙われる可能性があるから、別に篠ノ之が防衛手段としてISを持つことに関しては仕方がない部分もある。あの態度を取っていることを見ればあの人が篠ノ之に対して好意を持っているのは明白で、人質としても女としても使い道は十分にあるからな。一般心理的に考えれば大切な人を人質に取られたら人質の安否を気に掛けるのが普通だし」

「……でも、篠ノ之さんは剣道の全国大会で優勝しているよ? 早々負けないと思うけど」

 

 相川がそう言ってきたので論破する。

 

「確かに対面でならば篠ノ之にだって勝機はあるさ。でも襲撃者が対面で来るとは限らない。狙撃銃や罠を使う可能性もあるし、やりようによっては対面でも篠ノ之に勝つ方法はあるからな。それほど「篠ノ之箒」には様々な利用価値があるわけだ」

 

 正直な話、今まで篠ノ之が生きて来れたのは運が良かったのかもしれないな。

 周りは納得したようで口々に意見を交換をし始めるが、そろそろ作業に戻った方が良いだろ。

 

「さて、話は終わりだ。では各自作業に戻れ。これ以上は織斑先生が出張るかもしれないぞ」

 

 しかし珍しいな。あの織斑先生が勝手な行動をしている。生徒たちを叱らないのは。

 そう思って後ろを見ると、篠ノ之束がこっちを見ていた。

 

(……? 後ろに何かあるのか?)

 

 そう思って俺は後ろを見るが、そこには誰も、そして何もない。

 

「———おい」

 

 結局何だったのだろうと思いながら視線を戻すと、一瞬で変な人がこっちに距離を詰めた。

 

「お前、IS見せろ」

 

 そんなことを言ってきたが、答えは当然ながら「No」だ。確か記憶によればこの人がISコアを開発したらしいが、だからと言って見ず知らずである彼女に情報を売る気はない。あと死にたくない。

 

「お断りです」

「お前に断る権利なんてないんだよ。とっとと見せろ」

「いや、あのね―――」

 

 理由を説明しようとした瞬間、俺の腹部に衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄様!」

 

 ラウラはすぐにナイフを抜こうとするが、それを千冬が防ぐ。

 

「いい加減にしろ、束」

「えー。でもこいつを回収するために来たわけだしぃ」

 

 おどけながら言うと千冬は睨んで再び警告を発する。

 

「……束」

「……はぁあ。わかったよ、ちーちゃん」

 

 そう言って持っていた悠夜を離す篠ノ之束。簪、ラウラ、そして本音は悠夜の元へと駆けようとするが―――それよりも早く束が体勢を崩された。

 

「「なっ!?」」

 

 そのことに千冬も、そして束本人も驚きを隠せないでいる。何故なら束の戦闘スペックは千冬と同等であり、悠夜の様な一般人が倒せるような相手ではないからだ。

 

「………なるほど。流石は姉妹だ。それで妹は恋愛に興じようと言うのだから笑えるな」

 

 束の髪を掴んで立ち上がった悠夜は束を無視―――かと思いきや顔だけを向けて侮笑を浮かべる。

 

「何で黒鋼を欲しがるか知らないけど、正直ウザいんだよね。大体IS作れるんだったら自分で作れっての―――それとも、俺と言うサンプルを解剖しないと男が動かせる理由がわからないわけ? 天才なのに?」

 

 明らかに意味が崩壊しているが、千冬の静止を無視して悠夜に仕掛ける。それを見たラウラは悠夜を庇おうと走るが、それを止めたのは簪だった。

 

「何をする―――」

「大丈夫だから」

 

 すると簪の言う通り、悠夜は束の攻撃を紙一重でかわして束の胸を掴んだ。

 

「いい加減にしろ、馬鹿者共!!」

 

 千冬は二人に制裁を下すが、悠夜はすぐに胸から手を離すも千冬の鉄拳を受けた。

 

「いったーい!」

「おぉ、痛い痛い。アンタさぁ、同類なんだからさっさとこのアホ追い出してよ」

「黙れ凡人。束さんはアホじゃない」

「IS関係者とIS学園者の違いすらわからない大人とかただのアホでしょ? というか天才ならば凡人の言葉を予見して理解すれば? あぁ、できないから「自称」天才なのか」

 

 大人だろうが天才だろうが悠夜は容赦なく侮辱する。その様子に専用機持ちも含め、全員がポカンと悠夜を見ていた。ただ一人、簪だけを除いて。

 そんな時、山田先生が慌てて騒ぎの中心にいる織斑先生のいる場所へと入り、織斑先生に耳打ちして状況を説明した。



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#63 風花の間…もとい、風花の乱

推奨BGM:COUNTERATTACK(すぐ聞いてください)


 ———二時間前

 

 アメリカの「地図にない基地(イレイズド)」では一機のISと赤く塗られた機械が戦っており、周囲の壁はそのISの影響か爆発が起こっている。

 赤く塗られた機械はISと比べて二回り大きく10mとはあり、4本脚で巧みに移動している。その操縦者は先程アメリカの国家代表でもある「イーリス・コーリング」、そして戦っているISに乗っている「ナターシャ・ファイルス」と話していた男であり、名は「アルド・サーシャス」。絶対防御を付いていない新型とも言える兵器を駆り、IS相手に立ち回っていた。

 

「下がれアルド! これ以上は危険だ!」

「ふざけやがれ。ISなんざあの化け物に比べればクソ同然よ!」

 

 そう言ったアルドは天使とも表現できる目の前のIS「銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)」に剣で攻撃するが、福音はそれを受け止めて折った。

 

「……クソッ。祖国の技術力のなさに涙が出るぜ。何でウチはビット兵器を開発してねぇえんだよ」

「高がビット兵器で戦況を変えられるわけがないだろうが!」

 

 イーリスとアルドは文句を言いつつも、銀の福音の大型ウイングから放たれる光弾を回避する。同時に福音は急加速で後退し、戦線を離脱する―――はずだった。

 

「させるかよ!!」

 

 イーリスは自分の機体「ファング・クエイク」で瞬時加速の派生の一つ「個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)」を行う。ファング・クエイクは4基のスラスターがあり、それを個別に稼働させて行うのだが成功確率が40%と低い。そして2基目でファング・クエイクは減速する。

 その隙に福音は離脱。その場にはボロボロになった実験場とIS、そして一機のロボットが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑先生からの突然の緊急帰投命令。それが発してからみんなの動きは早くなった。

 専用機持ちはそれぞれのテストするべきものをコンテナに詰めれるものは詰めて回収し、厳重にロックする。一般生徒よりも一足先に移動し、花月荘の一番奥にある宴会用の大座敷「風花の間」に集められていた。そこには新たに専用機持ちになった篠ノ之と、専用機は剥奪されたがラウラの姿もある。呼ばれた時にすぐに「ああ、ヤバいな」と思った俺は同行を許可した。

 

「では、現状を説明する」

 

 そういった面々を集めて一体を何をしようというのか、照明を落として薄暗い室内にうかぶ大型の空中投影ディスプレイの前に立つ織斑先生は説明を始めた。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

 確かISは軍事利用は禁止されているはずだがな。そこは突っ込まないようにしよう。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2㎞先の空域を通過することがわかった。時間してみれば50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

「……ということは、俺たち専用機持ちが駆り出されるってことか?」

 

 挙手せずに尋ねると織斑先生は俺を睨む。「言うなら挙手してからしろ」とでも言いたいのだろう。だがそれもほんの数秒のことで、すぐに俺の質問に答えた。

 

「……残念ながらそうなる。スペック上、学園の訓練機よりも各々の専用機の方が高性能だ。無論、強制ではない。もし辞退するのならばしてもらって構わん」

「内容を聞いてからでもそれはいいのか?」

「構わないがほかの生徒と同じく出入りは禁止だ」

「……了解した。説明を続けてくれ」

 

 トイレ関係は室内に完備されているし、飲み物関係は教師を使えばいいか。オルコットが俺を睨んでくるが、悪いな。こういう本格的な作戦会議って初めてなもんでね。

 本来ならばこの事態に生徒を出すのは教師としては不本意だろうが、暴走したのが軍用だとしたら仮面な少佐(あ、大佐だっけ?)が乗るようなチューンされた機体でもない限り無理だろう。

 

「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」

「はい」

 

 早速オルコットが挙手。俺はすごすごと手を下げた。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「わかった。ただし、これらは二か国の最重要軍事機密だ。決して口外はするな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

「了解しました」

 

 オルコットが代表して答え、周りも頷く。織斑だけはわけがわからないって感じで篠ノ之はそれを悟られないようにしている。

 銀の福音とやらは広域殲滅を目的とした特殊射撃型であり、攻撃と機動に特化しているようだ。ただ攻撃方法が少々俺が情報漏洩してそうな結果になるが、はっきり言ってこっちが先だから問題ない。だってアレは既に大会で使っているから問題ない。

 

(さしずめ、大天使を生還させ、正義と歌姫と共に戦争を終わらせたあの機体だな)

 

 これでビット兵器があれば後継機の方だろう。まぁ、武装の方は凶悪だがな。

 各々それを見て相談しており、会話の中ではジアンが防御パッケージがあることを明かした。物理と非物理のアレじゃないだろうな。

 

「このデータでは格闘性能が未知数だ。もっているスキルもわからない。偵察は行えないのですか?」

 

 ラウラが織斑先生に尋ねるが、

 

「無理だな。この機体は現在も超音速飛行を続けている。最高速度は時速2450㎞を超えるともある。アプローチは一度が限界だろう」

「……一回ということは、一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 

 山田先生がそう言ったことで、俺を含め全員が織斑の方を向いた。

 

「え、えっと……」

「一夏、アンタの零落白夜で落とすのよ」

「それしかありませんわね。ただ、問題は―――」

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」

「それに目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! お、俺が行くのか!?」

「「「当然」」」

 

 オルコット、凰、ジアンがそう言った。ラウラも言いかけたが、俺の方を見て自重したようだ。

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。覚悟がないなら無理強いはしない」

 

 だが織斑は決め顔で言った。

 

「やります。俺が、やってみせます」

 

 いやいやいやいや。行かせない方がいいって。たかがその程度で決まる覚悟なんて小さいっての。

 だが周りは既にそのつもりなのか、誰も異を唱えない。

 

「よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

 するとすぐさまオルコットが言った。

 

「それなら、わたくしのブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーも付いています」

 

 それに追随するように俺も言った。

 

「一応、黒鋼は単体でも高速飛行が可能だけど………というか二機あるんなら、俺が最初に単機で突っ込もうか?」

「何?」

 

 まさか俺が立候補みたいな形をするとは思わなかったのか、織斑先生が驚きを顕わにした。

 

「やる気がなかったのではないのか?」

「こういうのは実績がある方が良いと思って。その辺りのことは誰も文句は言えないでしょ? 特に学園側は」

 

 無人機に偽の暮桜、さらにドイツやフランスの襲撃者を倒しているし。もっと言えばオールレンジ攻撃の使い手は三年前に経験済みだ。もっとも、嵐波(らんぱ)よりかはマシだろうけど。あれなんて固定に見せかけて普通に高速で移動するし、後ろを取ったと思ったらビームを推進剤にして攻撃しつつ回避して来るし。

 

「………それはそうだが……二人とも、超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

「なし」

 

 ゲームは超音速下ではないからな。それは含まないだろう。

 だが織斑先生はそれを問題視しているようだ。

 

「………オルコットは適任だ。だが―――」

 

 その時だった。

 いつの間に抜けていたのか、天井からさっき聞いた声が飛んだ。

 

「待った待ーった。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

 

 さっきの変人が天井から現れた。ウザいからアレが生首だったらいいなと思う。

 

「………山田先生、室外への強制退去を」

「えっ!? は、はいっ。あの、篠ノ之博士、とりあえず降りてきてください……」

 

 だが降りた変人は山田先生を無視して織斑先生の方へと行く。……というかお前がやれよ。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

「………出て行け」

 

 山田先生は言われた通り努力するが、それらはすべて回避される。

 

「聞いて聞いて! ここは断・然! 紅椿の出番なんだよっ!」

「何?」

 

 いや、何でそこで聞こうとするの? そこは黙って室外退去だろ。

 

「紅椿のスペックデータを見て見て! パッケージなんかなくても超高速起動ができるんだよ!」

 

 そう言って織斑先生の周りに紅椿のデータを出す変人。気にはなるから一応聞いておくか。

 

「紅椿の展開装甲を調整して、ほいほいほいっと。ほら! これでスピードはばっちり!」

 

 展開装甲? 何だそれは?

 疑問に思っていると、いつの間にか福音のスペックデータは紅椿のものとなっていた。

 

「説明しましょ~そうしましょ~。展開装甲と言うのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよ!」

 

 各国ってまだ第三世代型ISの試作段階だった気がするがな。

 

「はーい、ここで心優しい束さんの解説開始~。いっくんのためにね。へへん、嬉しいかい? まず、第一世代とというのは『ISの完成』を目標とした機体だね。次が『後付武装による多様化』を目標とした第二世代、そして第三世代は『操縦者のイメージ・インターフェースを利用した特殊兵器の実装』・空間圧作用兵器にBT兵器、あとはAICとかだね。で、第四世代というのが『パッケージ換装を必要としない万能機』というの、現在絶賛机上の空論中のもの。はい、いっくんは理解できました? 先生は優秀な子が大好きです」

 

 そんな教師なんてすぐに生徒に殺されるだろうなぁ、うん。どうでもいいな。

 ぶっちゃけた話、俺は黒鋼で満足だから各国の目標なんざどうでもいいし、そういう基準ならば轡木ラボは既に基準値をクリアしているなぁとか思える。

 だが変人は俺の思考を現実に戻すようなことを言った。

 

「具体的には白式の《雪片弐型》に使用されてまーす。試しに私が突っ込んだ~」

「「「え!?」」」

 

 その言葉にさすがの俺も驚いてしまった。

 

「それで、上手く行ったのでなんとなんと紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼働時にはスペックデータはさらに倍プッシュだ!」

 

 その言葉に織斑は慌てながら言った。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。全身が《雪片弐型》と同じって、それって………」

「うん、むちゃくちゃ強いね。一言で言えば最強だね」

 

 どこがだよ。普通に短期決戦でしか戦えない雑魚じゃねえか。少なくとも黒鋼や荒鋼の相手はできないレベルだぞオイ。

 

「ちなみに紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能だよ。これぞ第四世代型の目標でもある即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)ってやつだね。にゃははは、私が早くも作っちゃったよ。ぶいぶい」

 

 とテンションを上げる変人に対するように、周りは静まっていた。

 

「はにゃ? あれ? なんでみんなお通夜みたいな顔してるの? 誰か死んだ? 変なの」

 

 まぁ、各国が優秀な人材をすべて注ぎ込んでやっている第三世代型ISの開発を否定されたのだから、各国の代表候補生にとってはたまったものではないだろう。ラウラですら呆然としているが、何故か簪は「ふーん」って感じだった。

 というかアレだな。この女、妹の安否完全に放置だな。俺を篠ノ之に対して同情させるとかとんでもない奴だ。

 

「束、言ったはずだぞ。やりすぎるな、と」

「そうだっけ? えへへ、熱中しちゃったんだよ~」

 

 ぶっちゃけた話、朱音ちゃんが黒鋼を開発した時点で最初ではないだろし、その定義で言えば黒鋼や荒鋼も第四世代型に分類されると思った。二機とも万能機であり、簪ならば防御手段として撃ち落としや斬り払いを平然とこなすだろう。

 

「それにしてもアレだね~。海で暴走っていうと、10年前の白夜事件を思い出すねー」

 

 一瞬、変人の顔に陰りが見えたが目の錯覚だったようだ。

 ちなみに白夜事件とは、簡単に言えば今から10年前に起こった異常事態であり、日本を攻撃可能な各国のミサイルが一斉にハッキングされて制御不能になり、日本に向けて発射された。だがそのミサイルを察知して現れた二機のパワードスーツである。どうやらこの変人が言うにはもう一機はISではないらしく、自分は開発に関与していないらしい。今では女権団の関与もあって難航しているだろうが、おそらく各国はその所属不明機を捜索しているだろう。

 話を戻すと、10年前に存在した二機はミサイルをすべて撃墜したはいいが、その後に所属不明機ということもあって当時は数多くの兵器を投入されたが、すべて無駄だったようだ。

 

「バルカンだろうがミサイルだろうが、ISの装甲に傷一つ付かないよん。エネルギーシールドもあるしね」

 

 ISと戦闘機では戦闘機の方が圧倒的異不利だ。ISのように操縦者の保護システムがないので急速な旋回が行えず、同様の理由で乗っている人間が襲い掛かるGに耐えられないのである。だがISはいかなる機動もこなせ、ハイパーセンサーから送られてくる情報によってコンピューターよりも早く思考と判断を行って実行へと移せる。そのため、「女にしか動かせない」と「ISコアに限りがある」という欠点に目をつむって採用したのである。まぁ、「女性優遇制度」はもっと明確に、かなりの制限は必要だがな。

 結局各国は残ったISをスポーツという名目で採用し、世界に普及したわけだが、

 

「女性優遇はどうでもいいだけどね、私はねー。でも隙あらば誘拐・暗殺って言う状況は中々にエキゾチックだったよ。(*´艸`*) しかし、それにしても~白騎士って誰だったんだろうねー? ね? ね、ちーちゃん?」

「知らん」

「うむん。私の予想ではバスト88㎝の―――」

 

 変人を容赦なく殴る織斑先生。しかも殴ったのは端末だった。………おいおい、壊れたらどうするんだよ。

 

「ひ、酷い、ちーちゃん。束さんの脳は左右に割れたよ!?」

「そうか、よかったな。これからは左右で交代に考え事ができるぞ」

「おお! そっかぁ! ちーちゃん、頭いい~!」

 

 というかさっさと話を戻せよ。まったく。……考えてみれば、この女がまともに働いたことってないな。

 

「で、だ。今は10時半だが、大体11時に織斑とオルコットが出撃して、俺が出るのは5分前……もしくは10分前ぐらいか?」

 

 そう尋ねると変人がいち早く反応した。

 

「何聞いてたの、お前。お前ら凡人が出る必要なんてないんだよ。とっとと失せてろ」

「でもこのままだと調整してからになるのか。オルコット、今すぐ機体の準備してきて。どうせ篠ノ之の騒動でまともに作業なんてしていないんだろ」

「え? で、ですが……」

「おい!」

 

 オルコットが俺の前の方にいる奴に視線を移し、そいつが叫んできた。どんだけ構ってほしいんだよ、この女は。ま、無視するけど。

 

「それとも作戦を見直す? まぁ、わざわざ少人数制で攻撃しなくても円陣を形成してそれぞれの射撃兵装で集団リンチってのもありだな。オルコット、さっき言っていた「ストライク・ガンナー」って装備すればどうなるの?」

 

 確か一般的なISのパッケージは黒鋼が装備するようなものではなく、換装してから出撃するタイプだ。機体そのものの機能が変わるってことだから、予め把握しておいて損はない。

 

「無視するな!」

 

 こちらは作戦会議中だと言うのに、目の前の女は随分と騒がしい。

 俺はため息を吐いて仕方なくその女を見る。

 

「こっちは作戦会議中なんだからどこに消えてれば? どうせアンタ、社会不適合者でしょ? だったら引きこもるなんざ余裕だよねぇ?」

 

 空気が凍った気がするが、こっちとしてはさっさと作戦を決めたいので織斑先生の代わりに進行することにした。

 

「ほらほら、さっさと作戦の方針を決めるから正気に戻れ。で、最初に俺が出撃するが―――」

 

 進まないので俺が進行しているのに急に殴られた。

 

「お前さぁ、さっきから何調子に乗ってんの? いい加減にしないと―――」

 

 ———シュパッ

 

 急に変な音がしたと思う。というか狙い通りだ。

 パラパラと音を立てた球体が俺の手元に戻ってくる。

 

「言うならば、「篠ノ之博士は露出狂?」ってところかな」

 

 そう。篠ノ之束は全身の素肌を公共の場で晒しているのだ。俺の計画によって。

 本来なら胸が顕わになるだけの予定だったが、改造した結果、かなりの範囲を切れるになったみたいだ。だが―――それでも容赦なく殴ってきた。

 

(え? マジで?)

 

 予想外だったが、ギリギリで回避する。

 

「ざーねん。まさか、こんなことで束さんの動きを止められるなんて本気で思ってたの? 流石は凡人だね。その程度ではこの天才は止まらないんだよ」

「あー、織斑が篠ノ之博士の裸を見て興奮してる!」

 

 流石は変人だ。女としての意識は持っているかと思ったがどうやらそうではないらしい。これは良いデータが取れた。ならば、後は色々と活用させてもらおう。

 

「一夏、貴様ぁ!」

「ま、待て! 違う!」

 

 まだ持っていたらしい日本刀を抜こうとする篠ノ之。ほかの面々も行動を起こそうとするが、それよりも早く織斑先生が一喝する。

 

「いい加減にしろッ!! 貴様らぁッ!! 今がどのような状況なのかわかっているのかぁッ!!」

 

 突発的なこともあり、全員が動きを止めた。というか最初からそうしろよ。

 

「特に桂木、貴様はここをどこだと思ってる。今は作戦会議中だ。真面目にやらないのならば貴様も出て行け」

 

 というのがモンド・グロッソで優勝したブリュンヒルデ殿のありがたいご高説である。やれやれ、随分と言ってくれるじゃないか。

 だがここは大人しく従っておこう。本当はディスりたいけど。

 

「へいへーい、自重しますよ~」

「……………………話を戻すぞ」

 

 大人しく従ったこともあってとりあえず追い出すことは止めたみたいだ。良い判断だな。

 

「束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」

「お、織斑先生!?」

 

 ………やっぱりディスっておけば良かったな。

 口を開こうとしたが、それよりも早くオルコットが言った。

 

「わ、わたくしとブルー・ティアーズなら必ず成功してみせますわ!」

「そのパッケージは量子変換(インストール)してあるのか?」

「そ、それは……まだですが……」

 

 ……だからやっておけって言ったのに。高が露出狂如きに何を驚いているのだか。

 

「ちなみに紅椿の調整時間は7分あれば余裕だね!」

「よし。では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による―――」

 

 周りは待ったをかける気はないようで、淡々と織斑と篠ノ之の二人に決まりそうだったので即座に止めた。

 

「織斑先生、あなたこそやる気がないなら今すぐその座を降りてください」

「何?」

 

 「何を馬鹿なことを言っている?」と言いたげに俺を見る織斑先生。

 

「じゃあ聞きますが、何を根拠に馬鹿・単細胞のタグが当てはまる二人を出そうと思ったんです? まさか、ISの性能が紅椿の方が上だから、そんなことで決めたのならばすぐに再検討するべきです」

「……しかし―――」

 

 さて、罠にかかったな。ならば世界最強()潰させてもらおうか。

 

「あーあ、やっぱりそういうことかぁ」

 

 口調を切り替えたことで雰囲気も変える。その様子に周りは驚いてくれたのでとことん話させてもらおう。

 

「結局、アンタは真剣なはずの話し合いに私情を挟んで、わざわざ作戦の成功率を下げるわけか。そんなに自分の偽物を倒せなかったことが悔しいの? 獲物を取られて悔しいの? だから都合良く現れてくれた友人の口車に乗ってわざわざ俺の悔しがる顔を見たかったんだ」

「違う! そういうわけじゃない!!」

「じゃあ、何で未だに離れない変態露出狂の自称天才を使わないのさぁ? おかしいよねぇ? 近くにISを作ったのがいるんだから是非とも使うべきでしょ? アンタの話だったら聞くみたいだし、教師として動くならそれが普通じゃん?」

「———何が言いたいんだよ、悠夜」

 

 さっきまで状況がわからず混乱していた織斑が話を理解したらしい。

 

「まさかお前、千冬姉がそんな下らないことのために俺と箒を出すって言いたいのかよ!? そんなこと千冬姉がするわけないだろ!!」

「さぁ? どうなんだろうねぇ。何せ生徒の安否が関わっているって言うのに言ったのが「やりすぎるな」だぜ?」

「何?」

 

 どうやら織斑はすべてを理解していないらしい。だったら口を挟むなよ。

 そして何よりも時間が惜しいのでここまでスルーしていく。

 

「さて、織斑先生。時間も時間だ。下らない私情は捨てて、教師として正しい判断を―――」

 

 「下してもらおうか」と続けようとしたが、簪が口を挟んだ。

 

「織斑先生、桂木君を部隊長ととして、私と桂木君が先に攻めてかく乱し、その後に篠ノ之さんが織斑君を運ぶ形で戦闘空域に入ってもらう形はどうでしょう?」

「………だがな」

「ですが織斑先生、今回の敵は未知数すぎます。剣一本で動きを制限される織斑君と、今日受領したばかりの篠ノ之さんでは荷が重すぎる相手です」

 

 簪はさっきまで俺が言っていたよりもわかりやすく、的を射ていることだが篠ノ之が乱入した。

 

「貴様も私では不服だと言うのか!?」

「黙れよど貧乳チビ眼鏡! 紅椿のスペックは―――」

「ではこの任務は放棄、お互いの実力を知るために模擬戦をしましょうか。本来なら一介の学生でしかない私たちには荷が重いですから。そうですね。勝敗はシールドエネルギーが消失するのではなく、相手の精神を折って、尚且つ片方のISが使えなくくらい―――いえ、それじゃあつまらないのでISコアが壊れるまでやりましょう。悠夜さん、お願いします」

 

 ……………えっと、つまりそれは「口ではなく実力を見せつけて黙らせろ」ってことですか?

 さっきまで高騰していた思考は完全に冷めていて、今は「ISコアが壊れるまで」って平然と発言した簪に対して恐怖心を抱いていた。どうやら変態を含めて全員がそうらしい。

 

「……別に私は篠ノ之さんの実力を過小評価しているつもりはない。でも、悠夜さんのように多種多様な相手との戦闘経験があるならともかく、今まで乗っていた打鉄とは違ったタイプの機体をまともな慣らし運転をしていない状態で戦っても以前の癖が出てどんな操縦者でも最初の頃は足手まといになるの」

 

 その言葉に篠ノ之はつまるがなおも変態は言おうとする。だがそれよりも早く織斑先生が遮る形で言った。

 

「良いだろう。今作戦は桂木を部隊長とし、先兵として桂木・更識の二名が福音と交戦。その後、タイミングを見計らって福音を攻撃しろ。では解散!」

 

 ようやく作戦会議が終わり、俺たちは時間がないこともあって急いで作業に取り掛かった。

 しかし危なかった。もう少しで究極の禁句を言い放つところだった。……ああいうのは、簪やラウラ、本音の前では絶対に言いたくない。




ということでこっちでも作戦会議で一話を使いました。字稼ぎをしたわけではないですが、色々と盛り込んでますね。



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#64 vsシルバリオ・ゴスペル

本日2話目。今日だけ特別であって、いつもこうはいかない。


 作戦会議の後、俺は十蔵さんに直接連絡を取っていた。

 

「おはようございます、十蔵さん」

『おやおや、こんな時に電話とは随分と悠長ですね』

「すみません。即急に許可が欲しい機能がありますので」

 

 そうじゃなかったら数少ない残りの自由時間は機体の調整に充てている。

 

『それで、一体何の………いえ、パッケージとあのシステムの使用許可ですね? 良いでしょう。今回は異常事態なので許可します。存分に使ってください。最悪の場合、パッケージが損傷、または破壊されても責任は問いません。本来ならばあれらはこういう時のために開発したものですから』

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

 そう言って通信を切り、俺は作業に戻るろうとすると、

 

「———今の電話は朱音かい?」

 

 驚いた俺はそっちの方を見る。そこには何故か晴美さんがいて、思わず自分の頬をつねったが夢ではないようだ。

 

「いえ。十蔵さん………お父上です」

「いやいや、別にそんな呼び方をしなくても………。ならばこの作戦が終わったら朱音に連絡してやれ。昨日の夜、君から電話が来ないからってこっちに電話が来たんだ」

 

 ………いや、だからって俺に押し付けないで下さいよ。

 それをなんとか飲み込んだ俺は、作業に戻るために挨拶をする。

 

「では、俺はこれで―――」

 

 だが何故か晴美さんは俺の腕を掴む。

 

「えっと、何ですか……?」

 

 いや、別にこの状況は晴美さんの美しさも相まってありがたいんだが、晴美さんには夫がいる。できれば控えてもらいたい。

 

「………絶対に帰ってくるんだぞ、朱音のために」

「はい」

 

 返事をした俺はわけがわからないこともあって思わずそこから離脱した。

 

(やっぱり晴美さんは寂しいのだろうか?)

 

 夫がいないことは今の世の中では結構良い事らしいが、それはあくまでもちょっとした異常者たちの思考だ。晴美さんは普通で、やっぱり寂しいのだろう。今まで誰とも付き合うことになかったのは、朱音ちゃんが引きこもってしまったからだろう。

 

(なんとしても、戻ってこないといけないな)

 

 そう思った俺は急いで出発地点に設置されているであろう簡易カタパルトに向かう。そこには既にほかの三人がおり、篠ノ之が俺を見て睨む。

 

「遅いぞ! 何をしていた!?」

「作戦に関係することさ。さて、ザッと作戦をおさらいするが―――篠ノ之、わかっているな?」

「……何がだ」

 

 ……その返しは予想外だったわ。こいつ、本当は相手を倒したくて仕方ないんじゃないか?

 

「いいか。簪も言った通りお前はまだ乗り換えたばかりだ。絶対にお前自身が戦闘を行わず、ただ織斑を運ぶだけに専念しろ。それと突入するときは合図を―――」

「言われなくてもわかっている! そっちこそ、私たちに抜かされないようにしろ」

 

 ………かなり心配だが、わかっているようなのでため息を吐いた俺は黒鋼を展開する。

 

「では作戦を開始する」

 

 黒鋼をカタパルトに接続し、タイミング見計らって発進する。

 

「桂木悠夜、黒鋼、出る!」

 

 スラスターが稼働すると同時に感知したカタパルトが稼働。連動して終着まで移動すると同時に俺を空へと放した。そして飛行形態へと変形した黒鋼の上に荒鋼を纏った簪が乗った。

 

「じゃあ……お願いします」

「任された」

 

 元から飛べるISに飛行形態があるのはおかしなものだが、その状態になるとSRsの時のようなコクピットへと変形する。慣れた手つきで俺は黒鋼を福音が通るライン上へと移動する。

 

『……悠夜さん』

 

 《銀氷》を展開した簪が個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で俺に話しかけてくる。ライン上に乗ったぐらいで俺は同じ方法で返事をした。

 

『どうした?』

『………今回はやりすぎ。………そんなにおっぱいが好きなの?』

 

 と言われた俺は笑い、さっきの説明する。

 

『別にそういうことじゃないさ。敵となるなら性すらも使うってことだよ。他人を潰す方法なんていくらでもあるからな』

 

 そう答えた俺は簪から叱責されると思ったが、どうやらそうはならないようだ。

 俺はホッとしたが少し気になったこともあって簪に聞いてみることにした。

 

『………あの篠ノ之束って言う奴はいつもあんな感じなのか?』

『……聞いた話では。でも、何で?』

『少し気になってな。いつも事件は突発的に起こるから今回みたいな作戦会議は初めてだけどさ、あの女に言われた後の織斑先生の態度が気にはなってな』

 

 本当ならば織斑先生越しに篠ノ之束の無能さを指摘したかったが、それは適わなかった。

 

『………白夜事件のミサイル。あれ、世間じゃ篠ノ之博士がやったことになっているけど、たぶんそうだと思う。だから敢えて織斑先生は二人を出したんじゃないかな?』

『………なるほどね』

 

 ちょっと読みが甘かったか。

 少しばかり反省していると、ハイパーセンサーがエネルギー感知した。同時に通信方法を開放通信(オープン・チャネル)に切り替える。

 

「このまま突撃するぞ」

「了解」

 

 黒鋼のスラスター出力を上げ、急加速して福音に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜たちが飛んで行ったのを見送った一夏と箒は自分たちもISを展開する。

 それぞれ白と赤の装甲が自分たちを覆ったことを確認し、一夏は箒に言った。

 

「箒、よろしく頼む」

「ああ。本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 

 自分が望んでいることで将来そうなる可能性があるが、箒はその辺りの知識は明るくない方なのでそのような展開になることは気付いていないらしい。

 

『織斑、篠ノ之、聞こえるか?』

 

 ISのオープン・チャネルで千冬が出撃地点にいる二人に声をかける。二人はそれに頷いて返事をした。

 

『今回の作戦はお前たちの―――特に織斑の『零落白夜』による攻撃が肝だ。すぐに終わらせろ』

「了解」

「織斑先生、私は本当に一夏を運ぶだけでいいのでしょうか?」

 

 箒がそう尋ねると千冬は頷いた。

 

『ああ。道を開けるのは桂木・更識の二人に任せろ。言動ややり方はともかく、桂木の実力は高い』

「………わかりました」

 

 瞬間、箒は歯ぎしりをするがそれもほんの少し。だが一夏はそれしっかりと目撃していた。

 

(箒、やっぱりお前は……)

 

 すると一夏は箒の肩を軽く叩いた。

 

「落ち着けって箒。悠夜たちだっていつまでも戦えるわけじゃない。その時は俺たちがフォローすればいいじゃないか」

「そ……そうだ。そうだな。特に桂木は見栄っ張りな部分がある。私たちがしっかりとサポートをしてやらないとな」

 

 一夏に慰められたことでやる気になった箒。そこに千冬は号令をかける。

 

『では、はじめ!』

 

 同時に紅椿が上空を駆ける。

 

 

 

 

 

 少し前、悠夜たちは福音に突撃する―――だが、福音は一瞬で回転、簪の斬撃を回避する。

 

「行けっ!」

 

 途端に飛行形態の腕部装甲が稼働してワイヤーアンカーが射出―――福音を捕えて引き寄せた。

 黒鋼は飛行形態の際、直立の状態から胸から上を垂直に反り、その先端にライフルが装備されいている。だが、それだけではつまらないと考えた朱音は幅広く戦えるために思考操作を可能にするように改修しておいたのだ。

 悠夜は腕部で福音を引き寄せ、それを確認した簪は《銀氷》で横に薙いだ。

 その衝撃で福音は吹き飛び、機体を反転させた悠夜はそのままの状態で体当たりをする。

 

「悠夜さん、援護する」

「わかった」

 

 簪は離脱し、腰部の荷電粒子砲《春雷》で福音をけん制する。その隙に悠夜はそのままの状態で突っ込んで再び攻撃した。だが、

 

【敵機確認。迎撃開始 ———《銀の鐘(シルバーベル)》、稼働開始】

 

 マシンボイスが響き渡り、瞬時に機体を回転させ、最初と同じように回避した。

 

(こいつは早いな……だが)

 

 悠夜は通常形態へと変形、同時に先端に付いていた《フレアマッハ》で福音を攻撃した。

 

「簪、戦闘から離脱。データをまとめて二人に送れ」

「……わかった」

 

 悠夜はその辺りの作業はISに慣れている簪の方が良いという判断する。だが福音は簪の方へと向いて翼を広げた。

 

「そんなこと、させるかよ!」

 

 二機のISに割り込んだ悠夜はマルチ・ロックオンシステムを作動。福音周辺に向けて一斉射撃を行う。

 するとビームと光弾がぶつかって大爆発が起こる。

 福音はすぐにその場から離脱、爆発範囲のギリギリを移動して悠夜に接近していく。それを悠夜は敢えて受け止めた。

 

「悠夜さん!」

「構うな!」

 

 悠夜は即座に《リヴォルブ・ハウンド》を展開して操縦者の腹部を直接攻撃した。

 そして新たに追加された肩部に装備されているブーメラン《疾風》を抜いて福音に攻撃した。その時だった。

 

「———うぉおおおおおお!!」

 

 福音めがけて一夏を乗せた箒が突撃する。すぐに悠夜は回避し、《フレアマッハ》で福音を攻撃。動きが鈍ったところを一夏は《雪片弐型》を振り抜くも紙一重でかわされ、タイミングを見計らって撃たれたミサイルが福音めがけて様々な軌道で飛んでくる。

 

「行くぞ一夏!」

「おう!」

 

 だが二人は気付いていないのかそのまま福音に向かって飛んでいく。

 

「くっ!?」

 

 箒は軌道を変えて福音から距離を取る。

 

「貴様! 我々が見えないのか!!」

 

 簪に対して怒鳴るが簪はそれを無視。縦横無尽に動く悠夜と福音に対してランダムにウイングスラスター上部に付いているプラズマビーム砲《襲穿(しゅうせん)》や《フレアマッハ》を撃って福音をけん制・攻撃して悠夜を援護する。

 

「聞いているのか、貴様!」

「箒! そんなことよりも福音を!」

「……わかった」

 

 すぐに一夏を乗せたまま福音と悠夜の方へと飛ぶ。

 

「———って、こっちのタイミングに合図に従えよ!」

 

 福音に襲い掛かる二人を見て悠夜は後ろに下がり、二人に対して叫ぶ。

 

「馬鹿者! そんなちまちました攻撃でこやつを落とせるわけがないだろう!」

「無駄にバカスカ撃つよりかはるかにマシだ!!」

 

 そんな言い合いをしていると福音は隙を見て後ろに下がってウイングスラスターに内蔵されている砲口を開き、羽根型の弾丸を大量に放つ。

 

「な!?」

「全員回避!」

 

 悠夜は叫ぶが一夏たちに何発か被弾した。

 

「うわっ!?」

「一夏!? ——クソッ」

「簪!」

「うん」

 

 もう一度福音が砲口を開くのを見た二人はそれぞれのビットを飛ばす。

 

「舞え、《サーヴァント》!」

「お願い、《マリオネット》」

 

 全12基のビットが福音の砲口を潰しにかかる。だがそれでも間に合わず、潰せたのは全体の1/4だけだった。

 

「回避!」

 

 悠夜はそう叫ぶと全員がその場から離脱。だがその中から赤い機体が福音めがけて飛んでいく。

 

「何をしている、篠ノ之!」

「これ以上貴様の作戦とやらに付き合っていられるか!! 一夏、私は左から行く! 右を頼む!」

「ああ!」

 

 一夏も後から箒の後を追う。だがそれを止めたのは千冬だった。

 

『いい加減にしろ! 今すぐ桂木の指示に従え!』

「構いません」

『何?』

 

 悠夜の言葉に驚く千冬。

 

「……確かにこれじゃあ埒があきませんから……なので二人に任せましょう」

「……悠夜さん」

 

 すぐに諦めてそう言った悠夜を心配そうに気遣う簪。

 

『だが、あの二人では不安要素は確かに存在するのだぞ!』

「ええ。だから俺たちは援護に入ります―――俺のやり方でね」

 

 そう言った悠夜は交戦している三機のISに突っ込む。だがこのまま行けば紅椿の《雨月》が当たるタイミングだったが、見事に箒の攻撃を回避しつつ福音を攻撃した。

 

「貴様、邪魔をするな―――!!」

「邪魔だって? どこが―――」

 

 悠夜は箒をぶん投げて福音が繰り出そうとしている弾丸を回避。一夏の方をビットで回収する。

 

「ラウラ、簪にロンディーネ、俺にシュヴェルトを。やれるな?」

『は、はい!』

 

 ラウラは今回、悠夜と簪の補佐に入っている。そのため、二人にパッケージを発射して援護する役目も担っていた。

 

「簪、篠ノ之を」

「わかった」

 

 悠夜の言わんとしていることを理解した簪はさらに行こうとする箒の妨害をする。

 

「邪魔だ!」

 

 だが簪は箒の後ろを瞬時にとって紅椿をそのままけん引する。その後ろを一夏を回収した悠夜が付いてきた。

 

「何やってんだよ! 福音は向こう―――」

『黙れ。俺たちが隙を作るから篠ノ之は織斑を乗せて俺の合図で強襲しろ』

「貴様の作戦は聞かんと―――」

 

 ―――ゴッ!!

 

 悠夜は箒を殴って黙らせた。

 

「何をする!?」

「やれ。いいな」

 

 そう言って悠夜は簪と一緒に戦線に戻った。

 

「クソッ。あの男……許さん!」

「だったら見返してやろぜ! 悠夜は俺たちのことを舐めているなら、証明すれば良いんだよ。俺たちも戦えるって!」

 

 一夏の言葉に箒はすぐに頷いた。

 

「そうだな。行くぞ、一夏!」

「おう!」

 

 箒は一夏を乗せ、戦線に戻る。

 その頃、一足先に戦線に戻った悠夜と簪は箒の言うチマチマした攻撃を行っていた。

 

「《デストロイ》、スカーターモード」

 

 黒鋼の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)から大量の砲弾を打ち出される。かなりの機動力を持つ福音でもその速さと重さを食らっては徐々に動きが鈍り始め、その隙に悠夜の後ろから大量のミサイル群が現れて福音を襲う。

 その隙に簪は福音を挟んで悠夜と対面する形になる場所へと移動し、全射撃兵装を起動した。

 

「「ターゲット、マルチロック」」

 

 意図せず二人の声は重なり、福音はそれを聞いたからか離脱を始める。

 

「「ファイア!!」」

 

 すると悠夜たちは逃がさないためか同時に発射。それらが福音を追撃してさらなるダメージを食らわせた。

 

「今だ、行け!!」

 

 今度は指示に従った箒が一夏を乗せて福音に接触する―――寸前、悠夜のハイパーセンサーが異常を感知した。

 

【付近に未確認の船影あり】

「何!?」

 

 悠夜は驚きに声を上げるがすぐに簪にそれを報せ、すぐにここから避難するように勧告しに行こうとするが、それよりも早く一夏が単機で船の方へと飛んでいた。

 

(何でこんなところにいるんだよ!?)

 

 今頃福音を討っているはずの一夏がいることに驚く悠夜。だがすぐに理由を察した。おそらく福音が撃ったであろう光弾を消しに行ったのだろう、と。

 

「何をしている!? せっかくのチャンスに―――」

「船がいるんだ! 海上は先生たちが封鎖したはずなのに―――ああクソッ、密漁船か!」

 

 再び悠夜のハイパーセンサーが異常を感知する。

 

【警告! 討伐対象のエネルギー増幅!】

「全員退避!」

 

 悠夜と簪はそこから離脱。次の攻撃を仕掛けようとしたが、そこには一夏と箒の姿がなかった。

 

「おい待て。あの馬鹿共、何でまだあんなところに!?」

「悠夜さん!!」

 

 見ると福音が二人に向けて光弾を発射しており、タイミング悪く箒のISアーマーが光を失いつつあった。

 瞬間、悠夜は二本のビームブーメラン《疾風》を抜き、投げてから《サーヴァント》を飛ばす―――が、それは間に合わず紅椿の異常に気付いた一夏が割って入りダメージを受ける。

 

(………ああ、もう……)

 

 戻ってきた《疾風》と《サーヴァント》は自動的に収納され、二人が落ちていく。どうやら庇ったらしい密漁船も無事では済まなかったようで、爆発が起きていた。

 

「一夏ッ! 一夏ッ! 一夏ッ!!」

 

 どうやら箒は無事だったようで、海面では先程から気絶したらしい一夏を揺すっていた。

 

「………作戦は失敗か」

「…悠夜さ―――危ない!!」

 

 簪の声に反応した悠夜は止めと言わんばかりに光弾を撃ち出そうとしている福音。だがそれは後方からの攻撃で防がれる。福音は一度その場から離れ、その機影を確認した。それらは前後分離し、それぞれの目標へと向かう。

 ロンディーネを装着した簪はすぐさま二人を回収。福音の前には悠夜が現れた。

 

「簪、お前はすぐに二人を連れて離脱してくれ。殿は俺が務める」

「…………わかった」

 

 ———残りたい

 

 本当は自分も残りたいと思っていたが、悠夜の雰囲気を読み取った簪は悠夜に背を向けそのまま帰投する。だがどうしたことか、福音は動きを止めた。

 

『桂木、福音が沈黙している今がチャンスだ。離脱しろ』

 

 オープン・チャネルで千冬は悠夜に帰投を促す。だが悠夜は無言のまま《ツヴァイファング》を抜いた。

 

「———これでまともに戦える」

 

 その言葉に千冬たち風花の間にいる面々は驚いた。

 

(まさか、この状況を待っていたのか……? ……まさか!?)

 

 今日の悠夜の数々の言動。それらが千冬の予想する「あの理由」を彷彿したことにより、千冬は叫ぶように言った。

 

『今すぐ戻れ、桂木!! 相手は軍用だ!!』

「……………」

 

 沈黙を続ける悠夜。すると福音は動き始め、悠夜に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦成功……ね、一応は」

 

 とある部屋。そこでは一人の女性が悠夜と福音の姿を見てポツリとつぶやく。

 そこは全体的に暗く、暗室を思わせる雰囲気があった。

 

「このまま監視を続けて。デコイの回収はまだかしら?」

「もう現在、50%が完了しています」

「そう。回収が済み次第、部隊には待機命令を。アレがいつ落ちても良い様に準備をしておくのよ」

 

 そう言った女性はどこか楽しげにそう言い、今もなお抗うかのように戦う悠夜と福音を鑑賞するのだった。



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#65 銀の鐘が鳴らすのは……

 襲い掛かってくる福音を回避した悠夜。《アイアンマッハ》を展開して容赦なく福音に撃つ。

 だが福音は得意の機動力でその弾丸を回避。だが別方向からの援護射撃で動きを停止したことで直撃を食らい、さらには飛んできたビームブーメラン《疾風(はやて)》で斬りつけられる。

 

【La♪】

 

 すると福音は機体を回転させてそこから雨霰の光弾を飛ばせる。悠夜は飛行形態に変形して海の方へと逃げる形で回避した。福音は悠夜を追い、通所形態へと戻った隙を見てもう一度光弾を撃つが、ビットがシールドを展開したことで防がれる。

 

「我が念じるまま飛べ、サーヴァント」

 

 8つのビットが同時に飛んで、それぞれのランダムに軌道を描く。その隙に自らの攻撃を回避しつつ悠夜が接近し、《ツヴァイファング》で斬りつけた―――かに思えた。

 

 ———ガギンッ!!

 

 だが福音の手には見慣れない槍があり、それで《ツヴァイファング》の斬撃を防ぐ。黒鋼のハイパーセンサーには《ジャッジメント・ランス》と表示されていた。

 

「………へぇ」

 

 どこか感心した風に声を漏らした悠夜。福音はそんな彼に対して《ジャッジメント・ランス》で連続で突く。

 

(一撃一撃が重い……)

 

 悠夜は福音との距離を開けて《ツヴァイファング》を納刀、シュヴェルトパッケージに装備されているもう一本の剣《アスカロン》を抜刀した。

 この《アスカロン》は《ツヴァイファング》の1.5倍の長さを持っており、連結機構を持っていない。

 福音は《ジャッジメント・ランス》を投げる。だがそれを悠夜は余裕で弾き、距離を詰める。

 

(もらった―――)

 

 《アスカロン》を振り下ろす悠夜。だが福音の手には《ジャッジメント・ランス》が握られており、防がれる。

 

(……土壇場だが、やってみる価値はあるか)「サードアイ、開眼」

 

 サードアイシステムが作動し、悠夜に膨大な情報が送られてくる。当然、福音が下がったことで二つの選択肢からその後の軌道までもが表示されたが、どちらも否定した。

 するとその通り、福音は《ジャッジメント・ランス》を悠夜の方へと向け、そのまま一直線に飛んできた。

 サードアイシステムの元は何事も見通す力を持っている「悟り妖怪」の能力からきている。だが、システム上はそうはいかない。予め戦闘データを入力したならば話が別だが、福音のように機密に当てはまるものはそれがなく、戦闘中に収集しなければならない。それでも使うのは三年前から使用している自信とこだわりからだ。後は世界に対する嫌みだろう。「こういう第三世代兵器がありますが、あなたたちは考えられなかったんですか?」という。

 さらにサードアイには視野をより広げる効果がある。

 元々ハイパーセンサーは360度見ることができるが、人間は常日頃から後ろを見ることに慣れておらず、ISを装着していてもそういう癖を出してしまう。だがサードアイを起動していると通常の感覚でより広く現象を捉えることができるのだ。今回の使用はこちらを重視している。

 

「ラウラ、ディザスターを射出しろ」

 

 風花の間にある作戦本部に通信を繋ぎ、管制を務めるラウラにそう指示する悠夜だが、返事したのは千冬だった。

 

『もういい、止めろ!』

 

 いきなりの怒声に一瞬動きを止める悠夜。その隙に福音が悠夜に到達するが福音をいなす形で回避する。

 

「何がだ?」

『確かに作戦は失敗だ。だが、だからと言ってお前が責任を取ってやられる必要なんてない!!』

 

 

 風花の間では、ずっと千冬の方から悠夜に―――黒鋼に対して通信を試みていたが向こうが拒否するように設定していたこともあって中々つながらなかった。すると今度は向こうから通信を繋げると、すぐに千冬が応答した。

 彼女はずっと危惧していたのだ。倒れた二人と簪を逃がし、責任を取って死ぬ気かもしれないと。

 だからあの言葉なのだが、

 

『何を言っているんだ、アンタは。俺は元から、責任問題とかそういうことは考えていなかったけど?』

「……何?」

 

 今度は横に薙ぎられながらも柄の部分を籠手で防ぎ、福音の動きを止めた。

 

『悪いが、俺は最初から織斑と篠ノ之に何の期待もしていなかった。最初に出たかったのも軍用を相手にして勝てば俺の操縦者としての評価も上がるからな』

 

 福音の大型ウインフスラスターの砲口が開き、そこから羽状の弾丸が飛び出して来る。悠夜はそれを盾で防ぎつつ、砲口を次々と《フレアマッハ》で破壊していく。

 

『それにあの二人の機体にも最初から問題しかないんでな』

 

 ワイヤーアンカーを射出して福音に絡ませ、引き寄せる。

 

『追加武装がない剣一本の奴が高速戦闘でまともに捉えられるかってのも無理があるだろう』

 

 《アスカロン》で銅を切り、交差するときに《サーヴァント》の一斉射撃が福音に攻撃した。

 

『相手は射撃主体の機体で、ましてや高機動型』

 

 ワイヤーアンカーで再び引き寄せた悠夜。同時に福音は再び弾丸を放った。

 

『いくら紅椿のスペックが化け物とはいえ』

 

 だが悠夜は上から福音の後ろへと回り込み、ホーミング機能で襲ってくる弾丸を福音で防ぐ。

 

『篠ノ之のような単細胞では無理がある。ラウラ、頼む』

「わ、わかりました―――」

 

 この時、千冬には悠夜を止める気力はもうなかった。それもそうだろう。先程から悠夜は通信しながら福音の攻撃を捌いている。千冬自身、「もしや倒せるのでは?」と思い始めたのだ。

 

『それに例え殿とはいえ、別に福音(アレ)を倒してしまっても構わんのだろう?』

 

 そう言った悠夜は再び《ツヴァイファング》を抜き、今度はそれをぶん投げた。

 回転し、弧を描いて福音へと向かっているがあまりにも遅いため福音はそこから離脱する―――と、その先に向かって飛行形態へと変形した黒鋼が飛んでいく。さらにきっちりと《ツヴァイファング》を回収していた。

 

 

「いっけぇ!!」

 

 シュヴェルトパッケージを装備した状態で飛行形態へと移行した場合、《ツヴァイファング》は横になり、第二の翼となる。もっともそれはデストロイに予め付いているウイングと異なり殺傷能力があるが。

 そしてそのまま突っ込んだ場合、通常ならば福音に落とされるのは目に見えていた。が、黒鋼には突撃の際にバリアが張られる。オートならば当たる瞬間だが、悠夜は脳内での切替をすぐに指示したため、今は悠夜の意志で展開するようになっている。

 躊躇なく福音を轢いた悠夜。その時、黒鋼のハイパーセンサーにディザスターパッケージを運んできたキャリーバードが接近していることが報告されたため、そのままの速度で180度回頭させ、もう一度福音を轢きつつ、さらに置き土産を置いて合流する。

 ちなみにその置き土産とは、学園別トーナメント時に披露した爆弾である。

 瞬間、福音の周囲が爆発した。同時にそれを見たラウラとシャルロットは同時に身震いした。

 

「———ターゲット、マルチロック」

 

 福音はかなりの損害を負いつつも無事で、戦闘を回避するためにそのまま後ろを向いて逃げ―――ようとした。

 

「じゃあな」

 

 だが目の前にはディザスターパッケージを装備した黒鋼を纏う悠夜がおり、ほとんど距離がない状態で容赦なく発射した。

 

 

 

 

 

「………ひ、酷い」

 

 風花の間にいる真耶がポツリとそう漏らす。周りは賛同の意を表さなかったが同じ思いであり、ラウラにいたっては学年別トーナメントの時の残忍さを思い出してしまいさっきから震えていた。

 

『任務完了。これより回収作業に入る』

「…………あ、ああ……」

 

 本来ならば「それは教師に任せて帰投しろ」とでも言うつもりでいた千冬だが、福音の散り際とそれを行ってもなお冷静にいる悠夜を見て思わずそう返事してしまったのである。

 

(……本当に、リゼットは彼が好きなの……?)

(こんなの……あり得ませんわ……)

 

 シャルロットは不安に駆られてしまい、セシリアは圧倒的な差を見せつけられ絶望していた。そして鈴音は、

 

(強いってのは気付いていたけどさ、まさかここまでになってるって思わなかったわ……)

 

 パッケージを使用しているとはいえ、軍用ISをほぼ単機で倒すほど強くなっているとは思っていなかったようである。

 

 各々、そこまで思った時―――風花の間に危険表示を知らせるアラームが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

「ふーん。まさかこれが落ちるとは思わなかったよ」

 

 花月壮から遠く離れた位置にあるラボで束は全容を見ていた。

 

「だけどさぁ、やっぱり邪魔だなぁ」

 

 いくら機体性能が良くても、今の束にとって悠夜は邪魔だ。自分の計画のためにもすぐに倒しておいた方がいいだろう。10年前に消したあの男のように。

 

「だからさぁ、もうちょっとガンバロっか」

 

 そう言いながら束は高速で投影されているキーボードを叩いてあるものを書き換える。だが画面上にはエラーが表示された。

 

「………へぇ」

 

 投影式のディプレイが開いているものとは別に3枚現れ、入れ替わるかのようにキーボードにノイズが走る。

 そして束はキーボードを叩くがその都度、画面の向こうから拒否するかのように警告文を発した。

 

「……お前の都合なんてどうでもいいんだよ。束さんの糧になれることを光栄に思え」

 

 するとしばらくして警告文は発せられることがなくなり、映像用に置かれている大型ディスプレイでは異常が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然のことだった。

 ようやく福音を倒せたことで悠夜には慢心が生まれていた。

 

「ちぃ!」

 

 すぐさまそこから離脱する悠夜。なんとかダメージを負うことは避けられたが、突然海面から出てきた丸い球を見て動きを止める。

 

「………なるほど。戦いはまだ終わっていなかったってことね」

 

 だがすぐに頭を切り替え相手の様子を見守っていると、突然のフラッシュで視界が遮られた。

 

 ―――ズガンッ

 

 悠夜のすぐ後ろで爆発が起こる。するとハイパーセンサーに警告が発せられ、損傷している部分が表示された。

 

「やってくれんじゃねぇか」

 

 すぐさまディザスターを収納。量子通信で元のドッグへと送る。

 

『桂木、今すぐ離脱しろ! おそらくそれは福音の二次移行(セカンド・シフト)だ! 今のお前では歯が立たない!』

 

 捲し立てる千冬に流石の悠夜も同意した。

 

「そのようだな」

 

 黒鋼を飛行形態へ変形させ、すぐにそこから離脱する。だがその球体から熱線が放たれ、それが悠夜へと迫っていく。

 

「当たるかよ!」

 

 ギリギリで回避した悠夜。だが、その熱線は急に角度を変えて悠夜へと迫ってきたため咄嗟にバレルロールで回避した。

 

「異世界を渡る4人と1まんじゅうの漫画を読んでて助か―――てないなこれ」

 

 回避したはずの熱線はやがて分離し、悠夜に再び迫ってくる。

 

(さっきので恨みを買ったか)

 

 飛行形態から通常形態へと黒鋼を変形させ、《フレアマッハ》で分離した熱線を破壊する。

 

「どうやら離脱は無理みたいだな」

『……しばらく待て。私が援護に入る』

「いらねぇよ。そこで大人しくしていろ」

 

 すぐに応援を拒否する悠夜。彼の視線の先にある球体にヒビが入り、殻が吹き飛ぶ。

 

「……ハハハ、キャスト・オフしちまったな」

 

 福音の姿は先程よりも変わっていた。銀翼はなくなり、変わりに付け根の部分から光を放つ新たな銀翼が生えていた。

 さらに悪いことに、色を合わせているのか銀色のビットが福音の周りを漂っている。

 

「……やっべぇ」

 

 思わず冷や汗を流した悠夜。福音はその反応を楽しみ、鈴を模しているビットを飛ばす。それに対して回避行動を行う悠夜だが、10個のビット相手では逃げが得意な悠夜でも苦戦するようだ。

 さらに福音は、新たな翼からレーザーの雨を降らせつつ自ら接近を行いビームサーベルを展開する。

 

 ―――ビギンッ!!

 

「生憎、俺は雑魚とは違うんだよ……雑魚とは!!」

 

 斬撃仕様となってビームナイフともいえる形態になった《サーヴァント》でビームサーベルを受け止めた悠夜は福音を蹴って離脱した。

 さらにビームブーメラン《疾風》を抜き、飛んでくるビームを防ぎつつ接近、福音を斬りつけようとするが、その前にサーベルに阻まれて受け止められた。

 すると福音の翼が大きくなり、瞬時に黒鋼を覆おうとしたがその前に福音が吹き飛んだ。

 

「させるかよ」

 

 どうやら《デストロイ》を使用したらしい。再び轟音を鳴らすかのように稼働する。

 

「確かにアンタは早くなった………けど、その程度の弾幕で簡単に俺を落とせると思うなぁ!!」

 

 悠夜の声に応えるかのように《サーヴァント》が舞った。

 すると福音はさらに弾幕を張って《サーヴァント》を潰しにかかる。

 

「―――消えろ!」

 

 悠夜が払いのけるように右手を投げ出すと《サーヴァント》がすべて消え、自分の前に何もなくなる。

 

「吹っ飛べ!!」

 

 《デストロイ》から砲弾が打ち出され、同時に福音も《銀の鐘》による無数の弾丸を放つ。それらが間でぶつかって爆発した。

 

 ―――その時だった

 

 爆発で起きた煙。悠夜は巻き込まれないように回避していたが―――その中から銀色の手が伸びてきた。だがそれは悠夜にぶつかることなく―――悠夜の肉体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い闇。

 そこを表すとするならば、その言葉が当てはまる気がするほど、そこは暗い。

 

「―――?」

 

 そこに佇んでいた少女は急に顔を上げる。

 

「………なるほど。やはり来たのね。あなたらしい」

 

 すると黒い少女は両手を自分の胸の前に持ってくると、その間で何かを精製し始める。

 

「だけど彼を殺らせはしない。彼はは私の友人の大切な人―――そして私には彼を生かす義務がある」

 

 何かは次第に黒い光を放ち、やがてその空間を飲み込むほど輝きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハハハハハ、アー、おっかしい」

 

 投影された大型ディスプレイでは生気を失いつつある悠夜の姿があり、束はそれを見てただただ笑っていた。

 

 ―――ようやく邪魔者が消える

 

 ここ3ヶ月間邪魔だと思っていた男を殺せたことが面白く、ただただ笑っていた。

 

 ―――だが、

 

『………なるほど。そういうことかぁ』

 

 その笑いが一瞬で吹き飛ぶほど、悠夜が浮かべた笑みは不気味だった。

 

「……早く……死ね!!」

『ククク……アハハハハハ!!』

「……何がおかしい」

 

 通信が繋がっているわけではない。

 だが束は自然とそんな気がして聞いていた。

 

『……………やっぱり貴様は馬鹿だな。馬鹿が故に交われない』

 

 それを聞いた束は福音にそれを壊すように指示を送る。

 するともう瀕死であるはずの悠夜に向けて素早く収束させたエネルギーの球体を生成し、悠夜を空中へと放る。少し離れた位置に移動したと同時にその球体を悠夜に向けて投げた。

 

「………終わった」

 

 ディスプレイが展開され、そこには簪に運ばれる箒の姿を映し出される。

 今は一夏がやられたこともあって呆然としているが、束は信じていた。

 

「次は箒ちゃんの番だよ」

 

 それは「殺す」のではなく「活かす」の意味。

 もう一人邪魔者はいるが、それは先程殺した男を探すために奔走すると予想した束は捨ておいた。まして、今狙えば最悪の場合二人が死ぬ可能性もある。それを考慮して福音は別の方向に飛ばして待機させるよう指示した。




悠夜が殺され、絶対防御を否定されたことで恐怖にかられる専用機持ちたち。

その数時間後、箒は倒れた一夏の傍で見舞っていたが、とある人物が乱入する。

その頃、布仏本音はピンチに陥っていた。

自称策士は自重しない 第66話

「失った者、失う者」

晴美「随分と下らないことで悩むんだな、君は」








 ということで久々の次回予告ならぬ次回予定をぶち込んでみました。

……後ガンプラ7個も残っていますよ~(´;ω;`)


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#66 CHAOS

ぶっちゃけた話、ここで題名変更なんて確率高いことなんです。
だから私は絶対に「次回予定」と書くんです。

フリーダムとビルストフルパッケージ、ガンダムバルバトスを作り終わらせるたびに、キュベレイさんが後回しにされてしまう。そんなreizen室内での日常。

現在はガンダムジエンド作成中!



あと、今回は題名通り色々とCHAOSとなっております。しかし、推奨BGMにCHAOSはありません。


 いきなりだった。

 少女は今まで培ってきた技術を使って島から島へある目的を遂行するために移動をしていると、いきなり彼女の倍の身長はある機械人形が彼女に襲い掛かってきた。

 

『大人しくしなさい! 裏切り者!!』

 

 だが少女はそれに答えず視界の悪さを利用して陰から陰へと移動してやり過ごそうとした。

 

(やっぱり、今回の件は一筋縄じゃ行かなさそう)

 

 少女は直ちに仲間に対して「緊急事態信号」を送る。それは周囲にいる者に知らせるものではなく、ネットを通じてすぐに駆けつけられない―――少なくとも、この事態に関わっていないであろう人物に知らせるものだ。

 それを発信し終えた少女は装置を壊す形で木に向けて放り投げる。目論見通り破壊されたそれを見届けた少女はそこから離れようとした。が―――

 

『捕まえた!!』

 

 よほどその機械を動かすのが得意なのか、少女の速さに付いてきたらしいそれは少女を捕まえ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、暇だなぁ」

 

 そう言って相川清香は盛大にため息を吐く。

 

「ほんとにねぇ。でも特殊任務行動ってなんだろ」

「じゃあ、調べてみる?」

 

 谷本癒子の言葉に岸原理子がそう提案すると、理子の隣に座る鷹月静寐が止めにかかる。

 

「そんなことしたら、織斑先生に怒られるでしょうが」

「じゃあ、本音が帰ってきたら聞こうよ!」

 

 そう。現在、1年1組の半数に割り当てられたこの部屋には本音の姿はない。今から二時間くらい前に呼び出されて以降、戻っていないのだ。

 そのことで周りは静まり返ってしまった。

 

 

 

 

 その頃、風花の間では二人の教師がモニターに映る二次形態(セカンド・フォーム)になった福音の姿を見ている。

 

「上層部はまだ、私たちに作戦の継続を?」

「解除命令が出ていない以上、継続だ」

「ですが、これからどのような手を? それにまだ桂木君の行方もつかめていないですし………」

 

 悠夜が撃墜された後、千冬は教員たちを呼び戻し悠夜の捜索に当たらせた。だが撃墜された場所では破片が残っているだけであり、悠夜の姿を見つけることができていない現状にある。

 

「そちらも継続して作業をしろということだ。時期にこっちに援軍を送ると言っていたが、まだ着かないようだな」

 

 準備があるとはいえ、悠夜が撃墜されてから既に2時間以上経過している。そろそろ見つけ出さないと死ぬだろう。

 風花の間に続く仕切りがノックされる。

 

「誰だ?」

「ジアンです」

「待機と言ったはずだ! 入室は許可できない」

 

 だが、襖は開かれる。

 

「やれやれ。彼女らの気持ちも考えてやったらどうだい? ってのはさすがに不味いんだっけ?」

 

 そう言いながら晴美はシャルロットたちの安全の確認をしてから襖を閉める。

 

「何の用ですか?」

「君の弟君の経過報告さ。依然、目を覚ます気配はなくてね」

「………用はそれだけですか?」

 

 素っ気なく、そしてとげとげしく返す千冬。だが晴美は怒る様子もなく言った。

 

「不器用な君にアドバイスを一つ。あんまり気張るのはどうかと思うがね。それと、君の弟の部屋に女の子はもうそろそろ休ませてやった方がいいんじゃないかい?」

「………休んでいないのですか?」

 

 千冬の言葉に今度は噴きだした晴美。

 

「……何か?」

「いや、やっぱり君は休むことをお勧めするよ。今の君ではまともな指揮はできそうにないだろうし」

 

 笑うのを止めない晴美に苛立つ千冬だが、それでも怒りを見せないようにした。

 

「まぁいい。君が言ったところで彼女には毒だ。私が行ってくるとしよう」

 

 そう言って晴美は風花の間を出て自室の隣にある医務室へと移動する。

 

「あ、あの………」

 

 シャルロットが声をかけると晴美は一瞥して足を止めた。

 

「ああ、別に作戦を聞きに行ったわけじゃないから期待しないでくれ」

「……そうですか」

 

 落胆したような声を漏らすシャルロット。晴美はそれを気に掛ける様子もなく足早に歩いて医務室に戻る。

 そこには昏睡状態にある一夏とそれに付き添う形でいる箒がいる。もっとも箒は先程の作戦のことで自分を責めているため、普段のような覇気はないが。

 

「篠ノ之箒、君はもう休みたまえ。あまり自分を責めたところで事態が解決するわけじゃないんだ。ましてや根を詰めて倒れたら元も子もないだろう?」

「…………ここにいたいんです」

 

 晴美の言葉に首を振り、そう言った箒。だが晴美はその言葉を受け入れなかった。

 

「駄目だ。これは医者としての命令、そして織斑先生からのお願いという奴でもある」

 

 それでも箒は首を振った。

 

「……そんなことをして……もし一夏が………一夏に異常が起こったらどうするんですか! あなただって、あなただっていつもここにいるわけではないでしょう!?」

 

 その言葉で腕を組んでリズムを刻んでいた人差し指を徐々に遅くして止めた。

 

「…………言いたいことはそれだけか?」

「…はい」

 

 箒も「言い過ぎたか?」と思ったが、彼女の予想は斜め上のことを晴美は言った。

 

「君の境遇は私の立場的にも理解しているが、敢えて言わせてもらうが君は何様のつもりだ?」

 

 だがそれは箒にとって聞きなれた言葉でもあったため、すぐに対応できる。

 

「……黙れ」

 

 もっともそれは一般的には正しい対応とは言えない。

 

「貴様に何がわかる! 私の境遇など―――」

「どうせISの開発者の妹だってすぐにばれて、次から次へと転校を繰り返してきたから友達ができませんでした。そして依存していた彼が自分のせいでこんな目に合っているので心配しているです……なんて言うつもりかい?」

 

 すぐさま自分が言おうとしていたことを言われ、箒は口を閉ざす。

 

「今君がするのはそういうことではないよ。少なくとも、そんなことをしていても時間の無駄でしかない」

「何を―――」

「君たちを逃がすために殿になったもう一人の男がどうなったかは聞いているかい?」

 

 そんなことは箒にとってどうでもよかった。

 だが目の前の相手がそう思うことを否定し、自分自身も相手に対して恐怖を抱いている。

 

「今もなお、行方不明だそうだよ」

 

 晴美自身、今すぐにでも「君たちのせいで彼が死んだと思え!」と叫びたかった。だがそれを教員としてのプライドを持って自粛したのである。

 しかし箒はそれを裏切るようなことを言った。

 

「………それは敵前逃亡をしたのでは?」

 

 箒は晴美が指摘した通り、一夏に依存している。おそらくそれは昔、自分を虐めてきたのが男であり、その時に助けたのが一夏ということもあり、それ以降仲良くなったからだろう。それ以後彼女は無自覚に他の男を一夏と比べるようになった。言うまでもなく、彼女は一夏と悠夜を比べている。

 容姿、そして箒が悠夜の第一印象は最悪と言えるだろう。箒自身、昔のこともあって容姿で決めることはほとんどないが、それでも悠夜の容姿は見るに堪えないと思えるほどであり、何よりも最初の態度も良いと思えるほどではなかった。

 一夏は何事にも前向きだった。へこたれている時もある。弱めを吐く時もある。それでも最後には成し遂げているが悠夜は違った。何事にも悲観的で、キチンとした努力もしようとしない。授業の態度こそ真面目だが、最近もそれすら悪くなっていて、いきなりのこととはいえ襲われただけで何もせず、ISの戦闘スタイルなんて正々堂々と戦わず回避することが多く、卑怯な手を多く使う。さらには相手を陥れる方法を多く用いる。少なくとも箒にとって悠夜という男は嫌いな部類に入る。

 箒の言葉で晴美は一瞬呆然としたが、少ししたらやがて笑いを漏らした。

 

「……何かおかしいですか?」

「いやいや。別におかしくはないと思う。まぁ、彼をよく知る人物や深く関わりを持たない者にしてみれば彼のしていることなんて卑怯同然だろうしね。ああ、でもそれはかん……更識君には言わない方がいい」

 

 その言葉に箒は頭の中に先程自分と共に作戦に参加した少女の顔を彷彿させた。

 

「……何故ですか?」

「彼女は彼のことを崇拝に近い形の感情を抱いているからさ」

 

 ———それならば、いつもいるのも頷ける

 

 晴美は箒の表情からそう読んだ。

 

「先に言っておくが、彼女だってそう簡単に彼と共にいることを選んだわけじゃない。誰だって会ったばかりの人間に対して良い感情を持つことはそうはないだろう? その点、君も更識君も似ているわけだが―――」

「私と彼女は違います」

「いや、結構似ている部分はあるよ。どちらも世界的に有名になるほど優れた姉を持っていて、何かしらのしがらみを受けることが多い。そうだな。違うとすれば経験と行動力だな。彼女は姉に追いつくために早くISに乗り、君は姉を拒絶するためにISを嫌った。ほかにもあるだろうが、パッと思いつくものとなればこれくらいだろう。そして彼女は今も行方不明になっている想い人を探すために行動している。ほら、違うだろう? 彼女は君と違って行動しているんだ。それだけでも差異は生まれるものだ。だろう? 代表候補生諸君?」

 

 ———パンッ!!

 

 襖が自動的に開く。そこには驚いた三人の代表候補生の姿があった。

 

「あ、あの、いつから……」

 

 代表してかシャルロットが晴美に尋ねると、晴美は「クスッ」と笑って答えた。

 

「最初からだ。どうせ私がダメだとわかったからそのまま行動に移したんだろう?」

「…………あの―――」

 

 鈴音が声をかけると晴美が制止した。

 

「悪いがこれ以上は関わる気はなくてね。篠ノ之箒は教員の要請で別室に休みに行った、だろう?」

「は、はい!」

 

 元気良く頷いた鈴音は箒の腕を引っ張る形で部屋を出、シャルロット、セシリアもそれに付いていく。

 

「しっかし、最近の若いのは手加減を知らないんだな。思わず私も昔に戻るかと思ったよ」

 

 そう言った晴美は近くにいた銀のリスを捕まえ、何度か握って潰すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———寒い

 

 そう感じた俺は目を開くと、何故か知らないが今にも殺されそうな雰囲気の中央にいた。

 

(……おかしいな。俺が通っている高校では試験の点数で強さが決まる召喚獣を召喚できるなんてことはないはずだけど)

 

 ぶっちゃけた話、あの高校であんなことをしていれば間違いなく自白を強要され議事録は改竄され、そして俺は謂れもない事実によって紐なしバンジージャンプをさせられることになるのだろう。そういうことをされるのは織斑だけで十分だ。

 

「———目を覚ましたわね」

 

 聞き覚えがある声が聞こえたこともあって、顔を上げる。そこには会いたくない女がおり、そいつは容赦なく俺の顔を蹴ってきた。

 

「顔を上げないでくれるかしら?」

「よく言うぜ。目を向けて相手と会話をしろって俺に教え込んだのはアンタだろうが」

 

 また蹴られた。親父にもぶたれたことないのに。

 ………まぁでも真面目な話、俺は親父にぶたれた覚えがない。

 

「顔を下げなさい。それがあなたたち家畜の義務ではなくって?」

 

 そう言ってくる女性権利主張団体―――通称、女権団の総帥「石原(いしはら)郁江(いくえ)」は俺を見下してきた。

 

(こんなことなら、もうちょっとふざけておいた方が良かったかもしれないな)

 

 この女と俺の親父はバツイチ同士だった。

 それが何故か再婚して、この女はいつの間にか女権団の総帥にまで上り詰めており、帰りが遅い事なんてしょっちゅうだったため、この女の娘である幸那(さちな)の世話は主に俺がやっていた。あのバンダナ兄妹みたいな関係ではなく、昔の幸那はよく俺の手伝いをしたり一緒に風呂に入ったりしていたが、いつの間にか俺一人で家事をすることが多くなっていた。今はどうなっているか知らんがな。

 

「その家畜の評価を下げるためにわざわざあの適当に書いた小説を公表したのかよ。お前ら女は馬鹿しかいないのか?」

「それはあなたでしょう?」

 

 そう言ってまた蹴ってくる石原郁江。だが今度はそれだけではなく、何か硬い物が俺の頭にぶつかる。

 

(今の、もしかして結構ヤバい奴じゃね?)

 

 そう思った俺は気になってそっちを見ると、見覚えがある奴らが俺に投石してきた。

 

「久しぶりね、桂木悠夜」

 

 その声を聴いた俺は4年前のことを思い出させられた。

 

「お前は……………………誰だっけ?」

「ああ?」

 

 鉄パイプらしきもので俺を殴ってきた。物凄く痛いです。

 

「アンタに、住所バラされて、転校、させられた、グループ、の、一人、よ!!」

 

 何度も殴ってくる。何度か意識が飛んだが、殴られるたびに戻されるのでたまったものではない。

 

「次は私よ」

「アタシにもやらせてよ。こいつ、殺さないと気が済まないし」

 

 俺はお前らのサンドバッグに成り下がったわけではない。

 振り下ろされる鉄パイプを噛んで掴み、もぎ取った。そしてそのままその女に向かって鉄パイプを飛ばすがかわされた。

 

「この、舐めた真似を―――」

 

 だがそれを止めたのは他でもない義母だった。

 

「せっかくだから、彼女にも参加してもらいましょうか?」

「え? それって―――もう出すの……出すってことですか?」

 

 どうやらあの馬鹿共は最近加わったみたいだな。おそらく、女権団のネットワークを使って俺を嬲りたい人間を集い、それを知ったあいつ等はわざわざ参加した……ということだろう。それほどまで、彼女らはあの騒動で苦痛を味わったようだ。中には犯されかけたらしいが、自業自得としか言えない。少なくとも、トイレの水を被らされ、挙句水すら飲まされた俺にとっては。

 

「ええ。もちろんよ。こういうことは是非彼女にも参加してもらいたいし」

「わかりました」

 

 ………何の話だ。

 先程から嫌な予感がしてくる。俺はNTになった覚えはないから気のせいだと思いたい。

 

「それまであなたたちでやっておきなさい」

 

 それが性的な行為でないことはすぐに理解できた。どうやら俺に嵌められたと思っているグループ以外にも俺に対して敵意を持つ者は多いらしく、全員が全員鉄パイプや金属バットなどを持っていた。この大半が男である俺がISを扱えることに対して良い感情を持たない奴らなんだろう。どうせ動かすならばMS適性が高くてXなんちゃら能力がない、所謂スーパーパイロットタイプになりたかった。黒鋼の原型が二重の意味で二代目のMSなんだが、残念ながらそういう能力は俺にはないようだ。

 全員が全員俺に対して攻撃を仕掛けるが、お互いが邪魔になっているため、捌くことはそこまで苦労しない。

 

「連れてきました」

 

 いよいよ意識が飛びそうになっているところでそんな声が響く。

 

「ようやくね。あなたが絶望するのが楽しみだわ」

 

 ……何を言っているんだ。

 そんな疑問に囚われたが、それはすぐに解消された。

 

(………何で?)

 

 そこには、ここにいることすらあり得ない人物がいた。

 そいつは現在旅館にいて、今頃何も知らずに友達とカルタやモンハンなどをしているであろう人物で、俺と最初に交流しようとしてきた人物―――布仏本音がそこにいた。

 十字架が刺されたかと思うと瞬時に固定され、本音を縛っている鎖がその十字架に固定されていく。

 

「………テメェら」

 

 俺がようやく感情を顕わにしたことがそんなに喜ばしいのか、石原郁江は笑みを浮かべた。

 

「あれを忘れているでしょ? 早く付けなさい」

 

 すると配下だろうと思われる女が本音の首に重苦しい何かを取り付けた。

 

「さて、桂木悠夜。私が何が言いたいかわかるわよね?」

「………そいつを殺されたくなければ、黙って食らってろ………ってところか?」

「ご名答」

 

 石原郁江は指を鳴らすと全員が武器を持って俺を殴り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義理の息子でもあるが、それ以上に憎き異端者でもある悠夜が苦しむ姿を見るのは郁江にとって快感だった。

 

(無様ね。ホントいい気味だわ)

 

 郁江は男と言う存在が嫌いだった。だがそれは10年前のある出来事をきっかけであり、幸那を設けた時も理解があり、同意の上で恋愛結婚をしたからである。

 今でこそそれなりの美しさを持っている郁江だが、昔は悠夜と同じで美容なんかには興味がなく、虐められることはなかったが決してモテるようなわけでもない。前の夫との恋愛もよくある大学サークルでの出会いであり、それまではそういうのも興味がなかった。

 だが10年前のある日、彼女は夫の上司に求婚されたのである。その上司とは家族参加が可能な会社の会合で何度か会ったぐらいで、言ってしまえばそのくらいの面識仕方なかった。そんなある日、夫から「別かれてほしい」と言われたのである。理由は「この先の人生に支障をきたす」ということで―――つまり彼女は幸那共々売られたのである。

 その上司はただの上司ではなく、将来は社長のイスを約束された人物だった。自分が夫と結婚していなければ良物件なのは間違いないのは確かであり、もし出会う前でなければ彼女もOKするほどの人物だったが、それでも夫と幸せな家庭を育もうと思っていた彼女にとってそれは裏切りとしか思えず、さらにその上司は「娘なんて前の男にでも預ければいい」と言ったのだ。

 まだ5歳になったばかりの幸那には一般的な家事能力を持たず、もし預けたとしても夫の仕事がシステム関係で忙しくなって家を空けることが多いため苦労を掛けることになると考えた郁江は当然拒否。家に帰って夫を説得しようとした郁江は―――その夫が女を家に連れ込んでいたことを知った。

 その日の内に幸那と共に家を出て、コミュニケーション能力向上のために預けていた保育園も辞めさせて転々としている時、彼女は倒れた。

 

「やあ、おはよう」

 

 目を覚ました郁江に話しかけたのは一人の男性であり、歳は30手前と思われるくらいだった。

 

「……あの、ここは……」

「僕の家だよ。石原郁江さん」

「……どうして私の名前を?」

 

 思わず尋ねた郁江にその男性は彼女の免許証を差し出した。

 

「悪いけどちょっと拝見させてもらったよ。いやぁ、流石に悪いなぁっと思ってあなたの体は仕事の女性の後輩に拭いてもらったから安心して」

 

 自分より2、3は年下と思われるその男性はそう言ってココアを持って来た。

 

「あの、娘………一緒にいた女の子は………」

「その子なら今頃息子が面倒みていると思うよ。なにせ久々に年下の女の子の世話をすることになったから嫌そうな顔をしていたけど、さっき見て来たら泣き止んでいたからたぶん頑張ったんだね」

 

 「次は何をプレゼントしようか?」と考えている男性。郁江は立ち上がろうとしたが頭痛が走ったことがきっかけでバランスを崩す。

 

「あまり無理をしない方がいい。今のあなたは無力! ……というのは冗談で、倒れた時も相当顔が悪かったのと、荷物の量で何個か選択されていないものがあったから、諸事情で逃げているんだろうと思ってね。ああ、それとだけど君の前の夫が務めていた会社からは様々な問題が露見したことで倒産」

「!?」

 

 どこか楽しげに言った男性の言葉に驚く郁江。

 

「まぁ、下はともかく上はどうやら別会社に移ったらしいから、そこから追われているなら大人しく結婚した方がいいと思う」

「ええ。わかっているけど………今なんて言った?」

「ん? 僕と結婚して魔法少女………あ、ごめん。今のはなしね。いやぁ、つい昔の癖でネタに走ることが多くてね。まぁ、簡単に説明すると、最近僕も事情があって奥さんと別れてしまってね。かと言ってモテるのはモテるんだけど、正直前の奥さんの方が色々と良かったし興味がないんだ。その分、君のことは色々調べさせてもらった結果、見事に僕の都合のいい女になりそうだったからこうして求婚しているんだ。要は、お互いパートナーがいることで周りを諦めさせるのが一番だから。先に言っておくけど、前の夫と一緒にしないでね? 僕は基本的に超純愛なタイプで、こういうちょっとヤバめの状況では裏切るつもりはない。それだけは保証しよう。当然、君にちょっかい出して来る男も場合によってはこの世から退場してもらうことも可能だ。その代りと言ってはなんだが、ウチの息子の教育———できれば料理をはじめとする家事の一切を叩き込んでもらいたいんだ? 僕も家を空ける時は多いだろうけど、防犯に関しては一切問題はない。ほら」

 

 そう言って男性は写真を見せる。そこには郁江に求婚し、事実上家庭を崩壊させた男が顔が腫れるまで殴られているからだ。

 

「………わかったわ。あなたの申し出、受けさせてもらう」

「いやぁ、助かる。じゃあ、契約成立というわけで」

 

 そう言って男性―――桂木修吾は婚姻届けを出した。

 

「ああ、ただ一つだけ。君の境遇を考えれば女尊男卑思考を持つのは予想できるけど、あまり悠夜を舐めない方がいい。割に合わなくても、手伝ったらちゃんとそれなりの報酬は支払ってあげてほしいんだ。そうじゃないと―――君が酷い目に合うと思うから」

 

 

 

 

 そこまで思い出した郁江は確認するように悠夜を見る。予想通り、彼は動けないまま殴られ続けていた。

 

(そう。男なんて私たちが管理するべき家畜でしかない。私たちと同じIS操縦者がいるなんて不愉快だわ)

 

 郁江はあるスイッチを押すと同時にそれが合図となり、ある一団が暗い森で動き出した。




ということでわかりにくいでしょうが、色々とぶち込みました。


次回予定

本音が捕まったことで殴られ続ける悠夜。そして意識が飛び、彼はそこで邂逅する。

自称策士は自重しない 第67話

「あまり言いたい言葉ではないが」

絶望が起きた時、少年に異変が起こる……のか?


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#67 周りが知らす予兆

推奨BGM:「嵐の予感」ガンダムSEED
     「ゼルダの子守唄」時のオカリナ
     「おおぞらに戦う」ドラゴンクエストⅧ
     「ゼハートのレギルス」ガンダムAGE

ということでどうぞ!


 謎の緊急信号が発信されてから数十分後、簪はロンディーネに使用されている別のバッテリーの充電をしていた。

 

(………本音、大丈夫かな?)

 

 先程の緊急信号は更識家が使用している特殊なものであり、発信者が本音であることを知った簪は、その地点を隈なく捜査している。

 だが先程何の成果も得られず、段々と不安になってきている。

 

(やっぱり、この任務はどこかおかしい………)

 

 簪は何度か福音の位置を確認したが、福音が二次移行(セカンド・シフト)を行っていることといい、撃墜された悠夜が中々見つからないことといい、周囲の探査を行ってもらい、近くから怪しいところを探してもらうために行動してもらった本音が消えたことといい、本来ならば起こるはずがないことが起こりすぎている―――そのことに違和感を感じて、何者かが乱入していると思い始めていた。

 

(悠夜さんは解剖して……本音はどうして? 男権団ならば慰み者か見せしめか………でも本音並みの戦闘力を持つ人があそこにいた?)

 

 男権団とは、男性権利保護主張団体―――言うなれば女権団の対局の位置にいる組織である。だがその組織は今や風前の灯と化しており、まともな活動を行っていない。少なくとも、ここ数か月―――もしくは数日で勢力を伸ばしたのならば、本家から警告が発せられるはずだ。

 

(もしそれが篠ノ之博士だったら………)

 

 箒を人質に取ることを考えた簪だが、もしそうじゃない場合面倒なことになることを考えて保留する。

 バックパックを手動で接続し、もう一度出撃しようとしたところで一筋の光が簪を襲った。

 

「……誰?」

 

 まるでその質問に答えるかのように、襲撃者たちが姿を現す。

 その全員がISを放っており、簪はその中にいる一人を見て驚きを顕わにした。

 

「………どうしてあなたが黒鋼を持っているの……石原幸那」

「……………」

 

 だが幸那は答えない。

 

(……おかしい)

 

 簪は幸那という人物を資料でだがある程度は知っていた。

 どこか傲慢なところがあるがどんな相手に対しても態度はともかく返事はきっちりとする人間であり、少なくともこう対峙して無視することはない。

 

「更識簪………貴様は裏切り者……」

 

 そう呟くように言った幸那。それを合図に守るように立っていた機械たちが一斉に簪に攻撃するが、ロンディーネを使用していることもあって悠々と避ける。

 

「………裏切り者を殺せ」

 

 その言葉に他の操縦者も雄叫びを上げ、簪に襲い掛かった。

 

「そう………ならば容赦はしない」

 

 そう言った簪は一瞬で全ISをロックし、容赦なく撃った。

 

「———はぁああああッ!!!」

 

 すると流星の如くISが単機でその乗り込んでくる。同時に3機のISを薙ぎ払った。

 

「織斑先生」

「無事か、更識」

 

 そう言っている間に彼女らはそれぞれISをやり過ごしか倒すかする。

 答える前に簪は一つ疑問に思っていたことがある。

 

「どうしてあなたがISを?」

 

 そう。千冬は現在持ってきていた量産機の一つ「鋼」を纏っており、後ろには近接強化パッケージ「シュヴェルト」を装着しているのである。

 ちなみに「鋼」とは、轡木ラボが開発した第二世代型量産ISであり、攻撃・防御・機動のどれを取っても打鉄やラファール・リヴァイヴに引けを取らない性能を持つが、IS学園にもっとも近くにあることが気に入らない人間たちが根回しを行ったため、量産機として採用に至らなかったのである。

 

「先程あの馬鹿共が福音を倒しに行ったらしい」

「…………そうですか」

 

 ———余計なことを

 

 内心舌打ちしながら簪はそう思ったが、出てしまった以上仕方がない。どうせやられてしまうのは目に見えていると言わんばかりの彼女は巨大化した刀身で迫ってくる機体を切った。

 

「止めに行こうとしたらこの有様だ。一体どうなっている?」

「そんなこと、私に聞かれても知るわけがないでしょう」

 

 冷たく返すと千冬は思わず「すまない」と謝るが簪はスルーして目の前の敵を倒す。

 

「そんなことより気付きました?」

「……ああ。すべて無人機だな」

 

 そう。彼女らを襲っているのは無人機のみ。無人機以外にもラファール・リヴァイヴなどの量産機はいるが、全員が攻撃態勢に入っているだけで行動していないのだ。

 その内の一人が叫ぶ。

 

「織斑千冬! 何故我々女性のシンボルであるあなたが裏切り者の味方をするんですか!」

「私はお前たちのシンボルになった覚えはないがな。それに、生徒を守るのが教師の役目だ。今すぐ投降しろ。さもなくば痛い思いをするだけだぞ」

 

 そう言って《アスカロン》を構えなおす千冬。叫んだ女性の代わりに幸那が《デストロイ》で攻撃した。

 

「くっ。中々の出力だな。だが―――」

「———邪魔です」

 

 そう言って簪は千冬を突き飛ばす。

 

「お、おい―――」

「あの機体は私が引き受けます。あなたは雑魚を―――」

「雑魚ですって!?」

 

 一人が仰々しく反応するも簪はそれを無視、一直線に黒鋼を纏う幸那の方へと向かう。

 だがそれを新たに現れた無人機が邪魔をするが、《春雷》で貫いて破壊した。

 

「死ね! 裏切り者!」

 

 青いラファール・リヴァイヴを纏う女が簪の前に躍り出るが、その女性の顔面を掴んだ簪はそのまま地面に叩きつけた。

 

「織斑先生、あなたは風花の間に戻ってください。ラウラが心配です」

「……いや、私も―――」

「むしろ邪魔なので戻ってください。邪魔です」

 

 仮にも世界最強として君臨した千冬に対しての言葉ではなかった。もっとも、簪の戦闘スタイルは一対多なので近接メインの千冬は彼女の言う通り邪魔かもしれないが、これからもそこまで言うのは精々悠夜ぐらいだろう。

 

「………わかった」

 

 千冬は武装している簪より作戦本部にいる連中を優先し、そこから離脱する。

 教師としては一緒に戦って終わらせたいが、あそこまで言い切る実力者ならば大丈夫だろうと思っているからだ。……おそらく本音は「これ以上いたら前回の悠夜と同じことをするかもしれない」だろうが。

 

「舐めてんじゃないわよ!」

 

 緑色のラファール・リヴァイヴを纏う女が簪に向かって連装ショットガン《レイン・オブ・サタディ》で攻撃するが、青い機体を盾にされたため、別の機体も乱入する。黒鋼だ。

 彼女は《デストロイ》の拡散仕様「スカーターモード」で味方ごと、簪を撃った。

 

「ちょっと、何をするの!?」

「裏切り者はすべて……排除」

 

 簪は青い機体を捨て、

 

「……殺す……あなたを……」

「………可哀想な人たち」

 

 ポツリと簪は漏らす。

 すると周りは動きを止め、その言葉に聞き入ってしまう。

 

「……どういうことよ」

「あなたたちは知らないだけ―――こんなことをしても所詮悠夜さんには勝てないことを」

 

 そう言って簪は《銀氷》を展開し、非実体モードにして薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば、そこは暗かった。

 

(……死んだんだろうか?)

 

 まぁ、普通あれほど殴られたら死ぬわなぁ。

 普通に考えたら致死は余裕って言うぐらいに殴られている。別に死んだとしても不思議ではない。

 

(………じゃあ、これは何?)

 

 さっきから俺の目の前でふわふわと浮いている球体に触れようとするが、触れたら最後壊れそうな気がして躊躇ってしまう。それほどその球体は美しい。

 

「———今はダメ」

 

 声をかけられたこともあって振り向くと、そこには10歳くらいの少女が黒いワンピースを着て立っていた。

 

「………君は?」

「………………」

 

 だが少女は俺の質問に答えず、沈黙した。答えたくはない、ということなのだろうか。

 だけどこんなところにいつまでもいるわけにはいかないので、もう一度質問する。

 

「………できれば、答えてくれないか?」

「そんなことで、あなたは時間を無駄にするの?」

 

 そう言われた俺は素直に答えようとしたが、躊躇った。

 

(……流石に小学生に「死んじゃったから」なんて言うのもなぁ……)

 

 下手すれば「何言ってんの、こいつ」で済む話ではない。

 すると俺の心を読んだとでもいうのか、彼女は俺に言ってきた。

 

「………時間はまだ、進んでいる」

「…いや、進むけど……」

 

 俺が死んだところで、あの世界の時間が止まるわけがない。

 

「……そうじゃない。あなたは今も生きている」

「………マジで」

「……マジ」

 

 生きているって言われた俺は思わず驚いてしまった。普通、あれだけ殴られたら誰だって死ぬっての。

 

「あなたがここにいるのは、私が呼んだから」

「………あー」

 

 つ、つまりあれか? ここはこの女の子の精神世界とやらで、彼女はこういう体をしているが、実はかなり高名な魔法使いで俺は今から別世界に連れて来られるが、その前に今いる世界で関係を清算しろということだろうか?

 そんな「それなんてゲーム?」と聞かれそうな展開を考えていると、その少女は俺に聞いた。

 

「……あなたは強さを求めている。でも、それは強さと言うよりも暴力に近い」

「……暴力」

 

 俺は一度深呼吸して状況を見渡す。

 周りは暗く、その中で溶け込むつもりなのか黒いワンピースを着た少女。しかも黒髪ロング。しかもどこかで見た翼を生やしている。

 さしずめ、ここは神判を行うための世界みたいなものだろう。

 

「答えて」

 

 力強く彼女は言うと、ため息を吐いた俺は答えることにした。

 

「……そうでもしないと、今生きている世界を生き抜けないからだろうな」

「………生き抜けない?」

「ああ。今、俺がいる世界ってのは結構辛いものでな。馬鹿が揃いも揃って欠陥兵器を崇拝し、それを動かせない男はずっと虐げられてきたんだ。で、つい最近俺が動かせるって知ったら国家権力含めて俺みたいな邪魔者を殺そうとしてきてさ。笑えるだろ?」

 

 実際、全然笑えない話なのは間違いない。だがその少女にはお気に召さなかったのか、彼女は笑いもしなけりゃ他の反応もしなかった。

 

「………じゃあ、あなたはどうして生きているの?」

「………さぁ? 運でも良かったんじゃねえの?」

 

 その辺りのことは結構曖昧だ。気が付けば俺は保護されていたとしか記憶していない。

 

「……………違う」

 

 だがその少女は俺の言葉を否定した。

 

「あなたは元から強い。でもあなたは優しすぎるから、その時の記憶を自ら封印し、逃避した」

「………」

 

 ———何を馬鹿な

 

 そう否定したかったが、何故か俺にはできなかった。

 

(いやいや、落ち着けよ。………っていうか否定しろよ)

 

 思わず自分に突っ込みを入れるが、何故かこの子を目の前にすると妙に否定できない。むしろそうだと思ってしまう自分がいる。

 

「………って、そんな器用なこと、俺にできるわけがないだろ」

 

 大体、催眠術の類なんかできるわけがない。いや、できるとしたら晴美さんかあのロリクソババアならばできなくもなさそうだが、前者はそれをしそうなくらいミステリアスであり、後者は一時期「サブウェポンは必要なのじゃ! 第二の刃なのじゃ!」とか言って勉強していたからなぁ。

 

「……ならば、思い出させてあげる」

 

 そう言った少女は俺に近づいて手を伸ばしてくる。俺はそれを半ば反射的に回避すると、その少女は笑った。

 

「……どうして逃げるの?」

「……経験がゆえ、って奴かな?」

 

 そうは誤魔化すが、相手は高が小学生程度だ。俺が小学生の時は黒歴史しか築き上げていないとはいえ、小さな人間に怯むような人間ではない。

 そんなことを考えていると、その子供はどうやら普通ではなかったらしい。瞬く間に俺に近づいてきた彼女はすかさずキスをした。……妙にこういうことが多いが、女難の相でも出ていただろうか?

 だがそんな余裕もすぐになくなった。

 

 ———!!

 

 何かが流れてくる。

 表現としてはそれが正しいだろう。水のように何かが流れてきて、それが俺に映像として焼き付けてきた。

 

 ———何で、どうして俺がこんな目に合わないといけないんだよ

 

 俺と思われる男がそんなことを呟く。するとその声に反応してか、男の一人がこちらに近づいてきて、俺が持っていたものを取り上げる。

 

 ———何だこれ? おもちゃ?

 ———こいつ、中学生ぐらいだろ? そんな奴が今更なこんなガキっぽいのを持ってるのかよ?

 

 それは俺の宝物だった。

 共に大会を戦い抜き、こいつを作るためにたくさんの年月を費やした俺の宝物を男は取り上げ、床に放る。

 

 ———おい、こいつ、賞状なんて持ってるぞ。何々? SRs世界大会優勝?

 ———ああ、何か聞いたことあるな。確かお嬢もそれに出てたんだろ?

 ———もうお嬢なんて呼ぶなよ。どうせこいつもここで終わりなんだし(笑)

 

 そう言って男たちが会話し、俺の宝物を踏みつけた。

 

 ———ムッカつくんだよなぁ、お前。ダサい容姿をして女にモテっちゃってさぁ!!

 

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も―――俺の宝物を踏みつける男。隣にいる女が何かを言うが、フランス人の男が殴って黙らせた。

 そしてそのままフランス人の男が何かを言っているが、さっきまで踏みつけていた男が言った。

 

 ———一体この女をどうやって従わせた?

 

 その女は勝手についてきただけだ。それが悪いのか? ただ押し付けられただけで、結局それで巻き込まれたのか、俺は?

 

「………そうだったな」

 

 いつだって世の中は不条理だ。

 力を持つ者は弱き者にそれを振るう。

 

「感情を呼び覚まして」

 

 おそらくそれが少女の狙いだろう。映像はあの時の物に変わるが、もう大丈夫だろう。

 

「——————ああ、そういうことか」

 

 今、少女は心配そうに俺の顔を覗いて来る。それはどんな心配事をしてがゆえかは知らない。もう、興味すらない。

 

「結局「強化演目」なんてものはないんだな」

 

 今、俺は怒らなければならない。そうでもしないと助からないんだろう。だから最初から悲しそうな顔で俺を見て、悲しそうな顔で笑って、涙を流しながらキスをした。

 それが一体何のためかなんて、もうどうでも良かった。

 

「……ありがとう」

 

 警察に追われた時の映像が映るのを確認しながら、俺は少女に言った。

 

「あなたは呼べるから……いつでも呼べるから……」

「………わかった」

 

 彼女の前髪を少し上げ、その額にキスをする。これはお礼のつもりだった。

 すると後ろから見覚えがある闇が現れた。まさかこんなところでこんなものがお目見えすることになるとは思わなかった。

 

「………呼べば、あなたの力となる」

「…………ああ」

 

 そう答えた俺はその闇の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その船に乗る男たちは殺気だっていた。

 何故なら彼らのアイドルが行方不明と知ったためであり、全員が効くかもわからない拳銃やアサルトライフルなどを装備している。

 

「………わかっていると思うが、我々の任務は行方不明になった本音の回収だ」

 

 リーダーと思われる男がそう言うと、全員が「はい」と答える。

 

「決して余計なことはするなよ」

「え? それは困るのぉ」

 

 その男の後ろで子供がそう言うと、その男はため息を吐いた。

 

「あのですね、陽子様。今回の我々の任務はあくまで本音の回収です。決して余計なことはしないでください」

「ん? 悠夜の回収もじゃろう?」

 

 陽子がそう言うと男は陽子を連れて少し離れる。

 

「あまりそんなことは大きな声で言わないで下さい。ただでさえこいつらはあなたのお孫さんに対して良い感情を持っていないのですから」

「だからと言って自分の娘を餌に釣るか、普通」

「………本当はそうしたくなかったんですがね」

 

 そもそもの始まりは、男の主である更識茂樹だった。

 彼は悠夜が撃墜されたことを知り、捜索後に見つからないことを知ると直ちに本音に偵察に向かわせたのである。もっとも茂樹自身、何があるかわからないため用心するよう言ったが、まさかすぐに捕まるなんて微塵も予想していなかったのだ。

 そして直ちにその父親である布仏清太郎(せいたろう)に捜索に向かわせたのだ。

 ちなみに人数は20人だが、最初は100人ぐらいの男たちが出兵を志願した。

 

「だが清太郎、もしお主の娘が死んだり拷問されたりしていたらどうするつもりじゃ?」

「………」

 

 なんとか理性を保って沈黙する清太郎。しかし会話を聞いていたのか、代わりに部下の一人が答える。

 

「そんなの愚問ですよ。まず指をみじん切りにした後、それを炒めてその者の口に入れます」

「その後、灯油を体に注ぎます」

「もし女性ならば、まずは―――」

「すまん。ワシも女じゃからその分野は止してくれや」

 

 流石の陽子も精神攻撃は辛いようで、冷や汗を流している。

 

「………愚問ですね」

「待つのじゃ清太郎! もしやお主、それを実行するつもりではあるまいな!」

 

 慌てた陽子がそう言うと、清太郎は首を傾げて彼女に尋ねる。

 

「まさか。キチンと拷問には灯油とライターを使用しますよ」

「お主、最近とある小説にはまっておるな!」

 

 「冗談です」と言う顔にはどこか恐怖を思わせるほどの迫力があった。

 そんな時、一人の男が急いだ様子で姿を現す。

 

「ご報告します! 現在、船の電気関係に異常が来たし、通信機の類に電波が入らなくなっております!」

「何?」

 

 その言葉に清太郎は眉を顰める。すると陽子はある部分を見ると、洒落にならないほどの大きな津波が押し寄せてきていた。

 

「回避しろ!」

「駄目です! 今、制御が―――」

 

 それは突然だった。

 船は急に浮かび上がり、そのまま津波に向かって突撃すると水が二つに分裂して船を通す。

 

「これは……一体……」

 

 報告に来た男が尋ねるように言うが、誰もそれに答えなかった。

 

「……これはヤバいな」

 

 ただ一人、陽子だけは何かを確信めいた言葉を言うだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、そろそろ頃合いかしら?)

 

 悠夜が殴られている様を見ていた郁江は通信機を使って呼び出すと、近くに停泊している船から檻が運び出された。それは全部で4つあり、中から獣が唸る声がする。

 

「ねぇ、どうやらあのショーを始めるみたいよ」

「マジ? 見に行きましょ」

 

 何人かがカメラをセットしている郁江の手伝いをし始める。

 すると本音が目を覚ました。

 

「………ここは……ゆう……!!」

 

 自分が今まで何をしていたのか思い出した本音はすぐにそこから逃げ出そうとするが、重い首輪と十字架に繋がって身動きが取れない。

 

「あら、おはよう。ようやく目を覚ましたのね」

 

 郁江がそう言うと、周りは笑い始める。

 

「……ゆうやんはどこ?」

「彼ならあそこよ。あなたが捕えられちゃったから、今も一生懸命耐えているわ。もう死ぬでしょうけど」

 

 さらに音量が上がる。郁江は持っていたボタンを押すと、本音の体に異常が走った。

 

「どう? 私たちが開発した制裁用の薬のお味は?」

 

 檻の中からの聞こえる唸り声が一層激しくなり、中には檻を破ろうと抵抗を始める物もいた。

 

「今あなたに打ったのは特殊なものでね、あなたを動けなくする弛緩剤、そして媚薬と一緒に彼らの性欲を刺激するフェロモンを発する誘発剤も含まれているの。聞こえるでしょう? 今すぐあなたを襲いたいって声が。効果は10分程度だけど、それまでに性交をしたらもう一生それをすることしか考えれないってあなたとは違う裏切り者が言っていたわ」

 

 郁江は言い終えるとさらにボタンを押す。すると檻の柵が開放され、中から異形な化け物が現れる。

 それらは周りにいる女たちを一切無視し、ゆっくりとした足取りで本音に向かって歩いていく。

 

「嫌………」

「織斑一夏を好いているならばともかく、あんなゴミを好いてしまった罰よ。恨むなら自分と今も殴られているゴミを恨みなさい」

 

 そう言って郁江は用意したカメラの録画機能を使って撮影を開始。後は自動で録画されるため放置した。

 

 ———それ故に彼女たちは気付かなかった

 

 とある宙域に現れたガ○ダムのパイロットが現れる時にはジャズが鳴るように、その合図は既にあったのだ。

 だがその特殊性と楽観によって彼女らは気付かない。

 

 ———自分たちが地獄の入口に立っていたことに




さて、ここで皆さんに警告を発します。

前作もご覧のみなさんはある程度予想は付いていると思われますが、ここからは読者を選ぶ展開になります。あ、別に前作の広告ではありませんよ?
もし「ここまででいいや」と言う方は即座に読むのを止めるか、お気に入りをしてくださっている方はすぐにお気に入りを解除することをお勧めします。


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#68 弱き男の反逆

本日、成人式を迎えた皆様方、おめでとうございます。

みなさんのご希望に添えられたかどうかわかりませんが、とりあえずドーン!!



1/12 最後辺りを少し改変しました。


 それは突然起こった。

 殴っている男の反応が鈍かったこともあり、女の一人がそれを止める。

 

「どうしたの?」

「一応、生死は確認した方がいいんじゃない?」

 

 そう言って女の一人が悠夜の手首に触れて脈を測る。だが脈は平然としており、反応がないのはいつの間にか気絶しているだけだと知った。

 それを報告しようとすると、いつの間にか向こうではちょっとしたお祭り状態になっており、今にも本音が化け物に犯されそうになっている。

 

「水臭いじゃない。私たちも誘ってくれればいいのに」

 

 そう言った女の一人が向こうを向く。その右隣にいた女はペンチを出し、爪を壊そうとすると―――

 

「———え?」

 

 ———ドゴッ

 

 鈍い音を立ててどこかへと吹っ飛んだ。

 

「何? 今変な音が聞こえ―――」

 

 ———グイッ

 

 さっき悠夜の脈を測った女が引き寄せられ、あごに一撃食らった。

 その女性が最後に見たのは、いつの間にか解放されている悠夜の姿であり、その視界は脱がされていたはずの靴で隠され、鼻を潰された。

 さらに悠夜は鼻を潰した女を蹴り上げて浮かばせて、化け物がいる方へと蹴り飛ばす。

 

「え? な―――」

 

 だが化け物にまで届かず、女性にぶつかるだけだった。

 

「こいつ、いつの間に―――」

 

 女が銃を抜いて撃つが、既にそこには悠夜はいない。

 

「来い、ダークカリバー」

 

 そう呟くように悠夜が言うと、彼の手にクレイモア級のソードが展開される。

 

「ガンモード、ストライク」

 

 また呟くように言うとその剣は形を変え、銃形態となった。

 悠夜は新たに現れた銃で本音に一番近い6本の手足を持つ化け物に向けて撃つと、瞬時に砲弾が生成されてその化け物が吹き飛んだ。その間、悠夜は一番近い化け物に近づき、そいつに乗ったかと思ったら一番近い化け物に分投げた。その化け物は8本だが防ぐために使った4本はすべて切断され、両目を抉る。

 今度は引き寄せるようにすると、呼応したのか悠夜の手に戻ってきた。

 

「ガンモード、スピア」

 

 そう言ってから撃つと今度は16回撃つ。その化け物は全部で12本の手足を持ち、それらをすべて撃ち抜くと残りは両目を、そして臓物めがけて撃ちまくった。

 流石の化け物と言え、そこまで執拗に攻撃されれば動けなく。どこぞの魔蔵を4つ持つ種族で、同時に破壊しなければならない相手ではないのだから、今の悠夜ならば余裕だった。

 もちろん、この間女たちが何もしなかったわけではない。全員携帯していた銃を持って悠夜に向かって撃っていたが、当たる前に消えており、かすりもしなかったのだ。

 

「………良い度胸じゃない。全員、支給したISを展開。裏切り者ごと始末しなさい」

「良いのですか!? そんなことしたら、見せしめが―――」

 

 郁江の言葉に近くにいた女がそう聞くと、

 

「構わないわ。今、幸那に後二人の裏切り者を生け捕りにするよう伝えている。やるならばそっちで構わないし、あの男共もこの戦闘データを見せれば納得するはずよ」

 

 どうやらこの件は男たちも関わっているらしい。

 だが今の悠夜にはそんなことはどうでも良く、ただただ展開されたISを見つめていた。何機かは先程悠夜に殴り飛ばされた女を回収しているが、それでも軽く20はいる。

 

「……ゆうやん……逃げて……」

 

 後ろにいる本音が小さな声でそう言うが、悠夜は振り向くだけだった。

 

「ゆうやんだけなら……逃げられるから……」

「………はぁあああああああ」

 

 悠夜は盛大なため息を零した。

 

「え……」

「何で俺が、高々ISというもはや欠陥しか存在しない史上最低ランクのクソ兵器を崇拝する頭悪いゴミ共相手如きに逃げないといけないんだよ」

 

 自身もIS操縦者だというのにこの罵倒である。

 その言葉に当然怒りを見せる女たちは、問答無用で発砲する。

 

 ———だが、その銃弾が二人に届くことはなかった

 

 悠夜は本音を抱えるとすかさずそこから離脱。「島」と小さすぎるそこを縦横無尽に駆け巡り、常にISの弾丸を回避した。

 だが、そこで悠夜はあることに気付く。

 

(……本音)

 

 そう。悠夜にとって銃弾を回避することは別になんともないが、本音にとっては話は別だ。何度か震え上がり、そのたびに何か液体が悠夜の手を通る。

 

「……ゆ……ゆう―――」

 

 ———ビクビクっ!

 

 また本音の肢体が震えあがり、悠夜の手が濡れた。

 

「今よ!」

 

 すると悠夜の元にレーザーが降り注ぐ―――だが悠夜は今は本音を無視し、回避した。

 

「この、すばしっこい―――」

「総帥。この際、ミサイルを持ち出しては? 流石の回避力とはいえ、爆風に巻き込まれてはISを持たない異端者など容易に消せるかと」

 

 一人が郁江にそう助言すると、郁江は頷く。

 

「そうね。この際、どう殺そうかなんてどうでもいいわ。艦はミサイルを! そして無人機部隊を出しなさい!」

 

 すると近くにいた戦艦から学年別トーナメントの時とは全く違う無人機が姿を現し、さらにミサイルが飛んできた。

 

「………本当は生身で潰したかったけど」

 

 そう呟いた悠夜。その異変に誰よりも先に気付いたのは本音だった。

 

(………どういう……こと……)

 

 思わず息が詰まりそうになる本音。それもそのはず、悠夜から放出される殺気が洒落にならないほど膨れ上がっているのである。おそらくそれは本音が知る強者の中でも上位クラスに入るからである。

 彼女が知る上位クラスとは筆頭に彼女を含めた現世代の更識・布仏の少女たちの師匠である桂木陽子、IS学園理事長を務める轡木十蔵、更識楯無・簪の祖父にして15代目更識楯無こと更識重治(しげはる)。彼らは日本の裏の組織の中で「日本三大交戦不許可人間」「デンジャートリオ」など様々な言葉で纏められている。そんな彼らと同等の殺気を放つのは他ならぬ陽子の孫である悠夜なのだ。

 

 ———勝てるわけがない

 

 本音の中で絶対的な敗北感が浮かび上がる。どれだけ頑張っても勝てるわけがないと、敵になってほしくないと、止めてほしいという懇願が彼女の中で生じ始めた。

 

「………助けて………」

 

 ———死にたくない

 

 本音が震え始めた頃、悠夜はさらに本音を抱きしめた。

 

「………大丈夫」

 

 とても自分を余裕で壊せるほどの殺気を持っている男が出せるはずがない優しい声色が本音の耳に届く。

 

「絶対に、本音を死なせやしない……例え俺が本性を現して、本音に嫌われたとしても―――だから、今だけは耐えて」

 

 そう言った悠夜は野球で言う投手がセカンドベースに向かって牽制球を放るような形で後ろにぶん投げた。

 そのスピードはまず並みの人間が受ければ間違いなく気絶するレベルなのだが、本音はある意味常人ではないためなんとか耐える。やがてジェットコースターのような感覚が消えたかと思うと、本音の視界には陽子と自分の父親である清太郎の姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に、簪の予想は正しかった。

 千冬が戻っている道中で既に戦闘状態に入っており、真耶はラファール・リヴァイヴを、そしてラウラが打鉄試式に万を装備した状態で戦闘を行っている。さらにはなんと医者として参加している晴美すらも参戦しており、普通の打鉄を装備しているが手にはメイスのようなものが握られていた。

 

「織斑先生、大丈夫でしたか!?」

 

 真耶が千冬の存在に気付き、相手を攻撃しながら移動して来る。

 

「私は大丈夫だ。そちらの状況は?」

「なんとか生徒に被害は出ていません。というより、初めから風花の間を狙ってきたみたいで―――」

「おそらく私とラウラ君だろうな」

 

 無人機の頭部をメイスで壊した晴美がそう答えると、千冬は小さく舌打ちした。

 

「先程、更識に言われて私も下がってきた。その、言い難いが……黒鋼を奪われたようだ」

「何ですって!?」

「……やはりか」

 

 ラウラと晴美が対照的な答えを述べる。

 

「やはりとはどういうことですか?」

「あれだけ探してもただ撃墜された悠夜君が見つからないのはおかしいと思ってね。最初は君の友人を疑いはしたが、先程これを見つけた」

 

 そう言って握り潰された銀のリスを千冬に渡す。同時に晴美の後ろからラファール・リヴァイヴが現れた。

 

「死ねええええええ!!」

 

 だが晴美は素早くその場で回転すると、その遠心力でメイスを回転させて現れた女の顔面の横からぶつけた。

 

「………す、凄いですね」

「なに、自慢することじゃないさ。例えISを動かせたとしても、所詮は力を借りているようなもの」

 

 すると今度は無人機が現れ、晴美は容赦なくその顔面を叩き潰すや否やすぐさま爆弾を入れた。

 

「生身で強くて初めて強者を名乗れるのさ。学園の用務員みたいにね」

 

 晴美は知っていることだが、十蔵がIS学園の理事長だという事は教員でも知っているものはほぼいない。知っているのは更識一派と千冬、そして轡木家や朱音の部下ぐらいだ。もっとも千冬は朱音が晴美の子供という事しか知らず、黒鋼と荒鋼、そして世間的にはその原型になった鋼の開発者であることも、十蔵のコネでアメリカの工学分野の大学教授と対談した時にその教授を閉口させたことを知らないが。

 

「え? あの人って強いんですか?」

「織斑先生でも負けるほどね」

 

 そう言って晴美はさらに現れた無人機と戦おうとした。だがそれらは既に壊された後のようで、形を崩して崩壊する。

 

「誰だ!?」

 

 ラウラが叫ぶように言うと、壊れた無人機の上に何かが降り立った。

 その者は四肢の先端と胸部を機械で覆っていて、それ以外には目が金色をしているということ以外はイケメンであり、ただならぬ雰囲気を持っていることだろう。

 

「………君か。とういうことは彼女も出ているわけか」

「察しの通りです。晴美様」

 

 さらに新たなる無人機が現れ、ビームをその男に撃つが既に男の姿はない。

 

「消えろ」

 

 そう短く言い終わると同時に空中を蹴ったその男は無人機を貫いていた。

 

「す……すごい」

「この―――」

 

 打鉄を纏っている女がその男に攻撃を仕掛けるが、それよりも早く動いた男によって顔面を殴られ、そのまま地面に後頭部を叩きつけられた。本来ならばそれで死ぬレベルだが、ISの操縦者保護機能が働いて装甲がなくなるだけとなる。いや、むしろそれは死刑宣告に近いかもしれない。

 

「何で、ISが負け―――」

「貴様も同じような目に合わせてやろうか?」

 

 その男が睨むと、全員が怯む。さらに失禁するだけではなく泡を噴いて気絶した。

 

「やりすぎではないか?」

「陽子様から「ISは絶対防御があるから問題ない」と言われております」

「…………いや、あの家のぶっ飛び具合は昔からだな」

 

 ため息を吐いている晴美を他所に、千冬はその男に質問した。

 

「貴様は何者だ? ここは関係者以外立ち入り禁止だが」

「篠ノ之束の侵入を許して放置している時点で今更だろう?」

 

 二人の殺気のぶつかり合いに真耶は泣きそうになりラウラも体を震え上がらせるが、晴美はため息を吐いて説明する。

 

「彼はギルベルト・アーベル。私の知り合いの従者だ。安心しろ、君のお友達と違って仲間だ」

「…………」

「ギル、睨むのは止めろ」

「わかりました」

 

 どうやらギルベルトは晴美の言う事は聞くらしい。

 するとギルベルトはラウラの方を向くと、

 

「君が悠夜様の隷従している遺伝子強化素体(アドヴァンスド)か」

「!?」

 

 その言葉は彼女にとってあまり言われたくない言葉であり、さらに元々その言葉自体秘匿されているものである。

 

「何故それを知っている」

「私もアドヴァンスドだからだ」

 

 ある種の爆弾発言を平然とするギルベルト。だが彼はすぐにその話を中断し、全員に指示をする。

 

「織斑千冬、山田真耶の両名は今すぐに風花の間に戻り、作戦指揮に戻ってください。先程、専用機持ちたちが独断で出撃したのを止めるにも、彼女らは既に交戦状態へと入りました」

「……何故それを知っている」

「先程、こちらによる時に無謀にも銀の福音に攻撃をしている一団を確認しました。ならば、教師として逃がすために向かうか作戦指揮を執るか、どちらかでしょう? それと布仏本音嬢の回収は先程完了したと別動隊から報告がありました」

「……待て。何故布仏が単独で出ている。聞いていないぞ!」

 

 矢継ぎ早にギルベルトが指示をする中、千冬は耳を疑うことを聞いた。

 

「それがあなたに対する評価ということでしょう? 悔しいならばキチンと仕事をするか以後は操縦者にでも戻ってはどうですか? まぁ、これから行われるであろう地獄には生き残れないでしょうが」

 

 そう言ったギルベルトはとある部分を見る。

 その視線の先には簪と黒鋼を纏う幸那との戦闘、そしてさらにその先には、

 

 ———無人機に迫られているというのに余裕を顔に浮かべる悠夜の姿があった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音の無事を確認した悠夜は改めて自分の置かれている状況を整理する。

 

(後ろに崖、そして前方は無機質の機械と飛んでくるミサイルか)

 

 悠夜は笑みを浮かべて跳躍。銃形態となっているダークカリバーで一閃すると、すべてのミサイルが爆発した。

 それを合図に無人機たちが一斉に飛んでくる。だが悠夜はそんな状況でも余裕を見せていた。そして―――

 

 

 ———過去(いにしえ)に葬られし我が愛機よ

 

 ———今一度(ひとたび)我が愛機とならんがため、時を超え、降臨せよ!

 

 誰に教えられたわけでもない呪文を詠唱し、人目を気にせず高らかに叫ぶ。

 

 ———堕天機神、ルシフェリオン!!

 

 剣を展開した無人機が悠夜を斬ろうとした瞬間、異変が起こった。

 悠夜の四肢の先端に魔法陣が展開され、それに触れた剣が触れた場所から消滅したのだ。

 さらに悠夜の後ろに魔法陣が展開。そこから黒い化け物のようなものが現れ、悠夜に取り付く。それを合図に四肢の魔法陣が悠夜をスキャンするように移動し、背中を含め5つの魔法陣が胸部へと集まった。

 

 ———それは、あまりにも異形だった

 

 背中には一対ウイングブースターが伸びており、黒い粒子を放出している。ボディも色を統一しており、より禍々しさを体現していた。そしてこれこそが三年前、多数の強者相手に圧倒的な勝利を修め、さらに簪の機体を地球ごと破壊した悠夜の愛機「ルシフェリオン」である。

 

「今ここに宣言しよう。我こそが真の最強なり!!」

 

 ルシフェリオンを纏った悠夜は高らかにそう叫ぶと死神の鎌「ディス・サイズ」を展開し、薙ぎ払う。無人機は分断され、爆発した。

 

「所詮、見掛け倒しの癖に!!」

 

 女の一人がそう言って悠夜に対して攻撃を仕掛ける。だが悠夜は興味ないと言わんばかりにそこから移動。一直線に先程まで女権団が乗っていて、今も数人乗っている戦艦の方へと飛んだ。

 

「全員、艦を守りなさい!」

 

 その言葉が終わるころには悠夜は既に戦艦の上部に降り立っている。

 

「消えろ」

 

 郁江たちが戦艦の方に飛んでくるのを見た悠夜は胸部装甲を開き、そこから高出力のビームを放つ。さらにそれで薙ぎ払うかのように体を移動させた。

 

「回避!!」

 

 郁江の言葉に全員が回避運動を行う。だが、逃げられなかった者がその放流に巻き込まれ、地へと落ちた。

 

 ———その時、異変が起きた

 

 地面へと落下した直後、ISが解除された女たちは逃げようとしたが、すぐに倒れる。

 

「や、やめ―――」

 

 すると彼女らの中から下品な言葉を漏らし、さらに失禁をする者まで現れる。その光景はまるで集団で犯されているかのようなものだった。

 

「あなた、一体何を―――」

「過去に調べた結果、女と言うものは存外性的行為を嫌うようだな。故にその世界へと誘ったまでよ」

 

 途端に足元からミサイルが発射され、さらに戦艦のカタパルトから無人機、そして残っているであろう女たちが総出で現れた。

 

「ふざけるな! よくも同胞たちをこんな目に合わせやがって!!」

 

 打鉄を装備した女が悠夜へと向かって飛ぶが、悠夜はそれを止め、戦艦に叩きつけた。

 

「それがどうした?」

 

 今度はその打鉄を放り、黒い球体を手から放つ。

 

「女は男に汚され、子を孕むのがそもそもの宿命(さだめ)。異形とはいえ、子を孕めて喜ばしいというものだろう? もっとも、そのような愚行を行うのは貴様ら愚女しか似合わぬが―――な!!」

 

 《ディス・サイズ》をぶん投げた悠夜。吹き飛んでいる打鉄に直撃したそれは止まることなく何度も回転し、シールドエネルギーがゼロになった瞬間、先程の球体が横から奪う形で襲い、爆発した。

 

「そ、そんな―――」

「どこを見ている」

 

 いつの間に手に戻したのか、《ディス・サイズ》を振り下ろす悠夜。一瞬でラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーゼロになり、黒い触手のようなものがそれを食らった。

 

「この、化けも―――」

 

 だが、その女は最後まで罵倒を言う事はできなかった。

 悠夜に頭を足蹴にされたその女は打鉄ごと戦艦に叩きつけられ、ダメージを負う。

 

「惜しいな」

 

 装甲を取るように《ディス・サイズ》を操作する悠夜。さらにISスーツすら剥ぎ、その女の恥所を露出させたところで触手を使って先程の島へと移動させる。

 

「この光景を4年前と同じように撮影し、愚かな女の末路を無修正、無補正で警告と共に発するのが強者の義務だというのに、それができないとは―――」

「じゃあ、やっぱりあなたが……リアル魔王」

 

 郁江の言葉に笑みを浮かべる悠夜。それは邪悪な笑みであり、見る者すべてを戦慄させた。

 

「———それがどうした?」

 

 それを聞いた一人が悠夜に向かって突貫した。その女はリアル魔王によって酷い目に合った女であり、ラファール・リヴァイヴの双肩に連射式のガトリングガンを装備している。

 

「殺す! お前のせいで! 私は汚された―――」

「良かったじゃないか。女として正しき道を歩めた証拠」

「死ねぇえええええええ!!」

 

 悠夜に向かって連射するが、肝心の的は音もなく消えた。そして―――

 

「———遅いわ」

 

 ビームサーベルを両手に展開した悠夜は連続で斬りつける。さらに、

 

「斬り裂く」

 

 《ディス・サイズ》を展開してぶった切り、

 

「そして打ち砕く!」

 

 《ブラッド・ショットガン》を展開し、3回撃つ。

 

「愚かな女よ。馬鹿な思考を持ったがゆえに―――散れ」

 

 螺旋を描いている黒い球体を右手に精製した悠夜はそれを女にぶつけ、爆発を起こす。

 さらに悠夜は周囲に槍上のビームを形成し、周囲にいる今すぐにでも逃げようとする者たちに対して攻撃。全員を落とした。

 

「………最後は貴様だな、石原郁江」

 

 たった一人を残して。

 

「……何なの、あなた……どうしてそんな力が……」

「さぁな。だがこいつは俺を求め、俺もこいつを求めた―――そして俺たちはすべてを蹂躙せんがために結託したわけだ。理由はそれだけで十分だろう―――ゆえに死ね」

 

 そう言った悠夜は音もなく郁江に接近し、蹴り飛ばす。郁江が寸前で回避運動を行ったため、吹き飛ばす場所が変わったルシフェリオンの機動力は伊達ではないと言わんばかりに追いついた。

 《ディス・サイズ》を投げて何度も斬りつける悠夜。そしてルシフェリオンの機体の一部がスライドし、そこから小さく黒い球体が放出される。

 

「行け、ファントム」

 

 それらは郁江が装備している高機動型IS「ジャッジメント・コメット」を襲い、装甲を吹き飛ばしていく。

 

「くっ、この―――」

 

 腰部、そして両手に装備されている荷電粒子砲を撃とうとする郁江だが、それよりも先に破壊された。

 そして悠夜は郁江を蹴り飛ばし、戦艦にぶつけた。

 

「その戦艦も飛ばないのだろう? ならば不要だ」

 

 《ディス・サイズ》の刀身が割れ、そこからさらに非実体の銀色の刃が現れる。

 それを薙ぎ払う様に振るった悠夜。郁江ごと戦艦をぶった切った。

 

「………何で……何でこんな目に………」

「簡単なことだ」

 

 唯一残っている部分を除き、各所で爆発が起こる。

 

「俺たちの存在を高がIS如きで消そうとしたから負けた。それだけだ」

 

 その言葉が言い終わると同時にルシフェリオンの両肩少し上辺りに魔法陣が展開され、そこから半径3mはあろうビームが郁江がいる戦艦めがけて降り注いだ。

 

「「ビームスコール」のお味はどうだ? ……まぁ、生きていれば答えは聞こえただろうが無理だろうな」

 

 やがて魔法陣は消えると同時にビームは消失する。爆発で生じた煙が晴れた頃に大半が粉々になっており、近くにあった島すらも崩壊していた。

 その光景を、一機のISが見ていた。

 

「…………そういえば、お前が残っていたな。石原幸那」

 

 そこに居たのは悠夜の愛機「黒鋼」を纏う石原幸那―――石原郁江の愛娘だった。



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#69 そして彼、彼女らの前にそれは現れた

前回の話の最後、隕石の下りは少し返させていただきました。


 いきなりだった。

 簪と戦っている幸那は誰かに呼ばれた気がして、戦闘中だというのに呆然としてしまう。

 

(………何?)

 

 だが簪もその行動が不気味に思えたので同じく剣を下げ、幸那を観察する。

 

(何かを仕掛けてくるわけでもない。………仕掛けてみよう)

 

 二人は同時に動いた。

 幸那は後ろに、そして簪はミサイルを撃つためにマルチ・ロックオンシステムを作動させる。

 

「———逃がさない!」

 

 だが簪はそうすることができなかった。

 幸那が向かおうとしているのは、先程既視感を感じさせた場所だったためである。

 

「………まさか」

 

 ある考えに至ったため簪も向かおうとする。

 

「———簪君」

 

 急に後ろから声をかけられたため、思わず射撃体勢に入る簪。だが声をかけたのが晴美だと知るとすべて量子化する。

 

「すみません」

「いや、いい。実は先程―――」

 

 そんな時だった。簪の後ろ―――言うなれば幸那が向かった方角で爆発が起こったのだ。

 

「………あれは」

「…おそらく悠夜君だろう。先程、陽子さんから連絡があってな。彼がルシフェリオンを展開したそうだ」

「………納得しました」

 

 かつて、簪はゲームでだがルシフェリオンと手合わせ―――いや、ガチの殺し合いをしている。その時に嫌というほど恐怖を味わった彼女にとって、今の爆発なんて小規模のものだと思える。

 何故ならシミュレーションとはいえ彼女は地球ごと自身の愛機を壊されているのだ。それも理論上ではISよりも高スペックな機体で、だ。

 

「でも、一体どうしてそんなことに………」

「聞いた話では女権団の連中が本音に酷いことをしたらしい。なんでも、化け物が好むフェロモンを出す薬を打たれて、カメラで犯されている映像を撮ろうとしたとかしないとか………」

「ということは、本音は……」

「ああ。陽子さんの見立てでは害あるものはそれくらいしか打たれていないそうだ」

 

 簪は内心安堵する。だが、それよりも危惧することがあった。

 

(……どうしてルシフェリオンがこの世界に?)

 

 ルシフェリオンは本来ならばこの世界に現れることはできない。そもそも簪が聞いたところによると、悠夜が虐められた時に書いた小説ですべてを倒す殺戮マシーンで、それに使用されているのは小規模だが高エネルギーを爆発で起こす「リピテーション・ビッグバン・エンジン」というものが必要なはずだ。そうすることで常時戦闘を行えるようにしているとも聞いているが、感情をエネルギーに変えるなんて無理な話だからこの世に存在することはないのだ。

 それを知っているからこそ、簪は余計に考え込んだ。

 

(………後で考えよ)

 

 今ここで考えていても仕方がないと判断した簪は、一度風花の間に戻って教師部隊を借りることにした。

 

(悠夜さん、鬱憤が溜まっている上に本音を犯されそうになったからやっちゃったかなぁ。何人か生きてるかな?)

 

 だが彼女は、自分の思考が段々と悪い方へと向いていることには気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜にとって、義妹という存在を決して嫌っているわけではない。

 確かに幸那の愚痴は言うが、だが「嫌悪」という感情を持ち合わせてはいないのだ。

 

「………どうして………」

 

 なんだかんだで彼は妹に―――年下の女に対しての面倒見がいいのは、慣れているということもそうだが何よりも世話をすることが嫌ではないのだ。結局のところは。

 

 ———だから、この対面もいつもの悠夜ならば適当に流す

 

 だが、今の悠夜は違う。どちらも同じ悠夜で、二重人格というわけではない。

 

「どうしてお母様を……みんなを殺したの!?」

 

 むしろ今も内心では「戦いたくない」と思っている。

 だが目の前にいる幸那はハイライトがない状態でも涙を流していた。

 

「………………」

「……答えなさいよ………答えなさいよ!!」

 

 《デストロイ》を起動させた幸那は拡散モードで悠夜に向かって撃った。

 だが悠夜は回避することも撃ち落とすこともせず、そのまま食らう悠夜。幸那はそれが気に入らず、自ら《フレアロッド》を展開して中に突っ込む。

 だがそれが間違いだった。

 今の幸那は冷静ではない。仲間を―――そして何よりも母親を殺されて気が立っており、悠夜を何が何でも殺したいという衝動に駆られている。

 

「答えろって―――」

 

 だからこそ、今の幸那は悠夜にとって格好の獲物でしかない。

 

「———言ってるでしょうがあああああああ!!」

 

 荷電粒子砲《迅雷》と《デストロイ》によって繰り出される一斉射撃が悠夜を襲う。だが悠夜はそれを回避し、一瞬で距離を詰めた。

 

「仕方がない。死ぬかもしれないが―――怒られるとしよう」

 

 そう言って悠夜はそこから離脱。幸那もその姿を追うが、元々のスペックの差もありあっという間に見えなくなった。

 だがそれも束の間のこと。しばらくするとどこかと通信している様子を見受けられた。

 

「では頼んだぞ」

 

 幸那は《フレアマッハ》を展開して悠夜に何度も撃つ。だがそれを回避した悠夜は収納していた《ディス・サイズ》を展開した。

 

「死ね! 死ね! 死んでしまえ!!」

「———ふんっ!」

 

 悠夜は《フレアマッハ》を持つ幸那の手を蹴った。

 

「愚かな女だ。我が機体とは言え、我に勝てるなどと思い上がるなど」

「黙れ! この人殺しがぁあああああ!!!」

 

 幸那は《フレアロッド》を展開して悠夜の肩部を斬りつけようとするが、それよりも早く悠夜が幸那の後ろに回り、頭部を掴んだ。

 

「放せ! この―――」

「———貴様の母は愚行を犯した」

 

 唐突に幸那に話しかける悠夜。その言葉には妙な重みを感じ、気が付けば幸那は動きを止めている。

 

「故に我が断罪を下した。貴様の母親が我が評価を下げるがために発表した予言書とやらの筋書き通りにな。だが、貴様は生かしてやらんこともない」

「何……ですって………」

 

 悠夜の言葉に驚く幸那。だが、悠夜は幸那に対して地獄のような選択を突き付ける。

 

「だがその代償として、貴様にはこれから先流布してもらうだけだ。所詮貴様ら女は我々男にひれ伏すだけの存在だとな」

「黙れ! 黙れ…黙れぇえええ!!!」

 

 幸那は無我夢中で悠夜を振り切り、反転して下段から上段へと《フレアロッド》を振り抜いた。

 だがそれを悠夜は幸那の顔を殴り飛ばすことでダメージを殺し、体をその場で一回転させてかかと落としを脳天に叩きつける。

 

「———!?」

 

 幸那の意識は遠退き始める。だが悠夜は容赦なく《デストロイ》を掴み、そこから宙を蹴って幸那の腹部に蹴りを叩き込んだ。

 

「消えろ」

 

 悠夜の手のひらに黒い球体が現れ、離れると同時に手土産と言わんばかりに放った。

 それが黒鋼の装甲にぶつかると同時に大爆発を起こし、辺り一体を巻き込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼き少女は何も知らなかった。そこがどこで、何をするべきなのか。

 大型の試験官の中には男やら犬、何かの生物などが入っていて、それらは幼い少女にとって怖いものでしかない。

 彼女は何も知らないままISスーツを着せられ、母親に連れられて黒い何かの前に立たされる。

 

「……お母さん。これ、何?」

 

 少女がそう尋ねると、その母親は安心させるためか笑みを浮かべて答えた。

 

「これはね、あなたを強くするためのものなの」

「強く? 何で?」

「この世に蔓延る下等生物を従わせるためよ」

 

 まだ幼い少女には難しく、首を傾げる。だがその母親は理解しようが理解しまいがどうでもよく、黒い何かから引き出したヘルメットを少女の頭に取り付け、少女を黒い何かの中に入れてベルトと酸素吸入器を付けた。

 そして入口を閉める。そこでいよいよ自分が何をされるのかと不安になった少女は恐怖を抱き始めたが、やがて水を注入され、気が付けば意識がなくなっていた。

 

 

 次に目を覚ました時、どこか惚けていることに気付いた。

 

「おはよう、幸那」

 

 幸那と呼ばれた少女は目の前の女性が誰だかわからなかった。

 

「……誰?」

「私は石原郁江。あなたの母親よ」

「………母親?」

「そう。あなたはこれから男と呼ばれる下等生物を従わせるために生きるの」

 

 そう言って郁江と名乗った女性は幸那の頭を撫でる。

 

 

 

 

 ———そうか……私は……

 

 それから自分がどんなことをしてきたのか思い出した彼女は悪魔を彷彿させる機体を纏う義兄の姿を見て涙を流す。

 

 ———ごめんね、悠にぃちゃん

 

 口には出さず、心のみで死を感じながら謝罪する幸那。そのまま海面にぶつかる―――と思われた。

 感じた記憶がある潮の匂いに目を開けると、自分は未だに生きていたのだ。

 

「………あれ?」

「———目を覚ましたかの?」

 

 気が付けば自分だけではなく、剥かれ、素肌を見せている者、あざができている者、そして何より、死んだと思っていた母親がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、福音を討伐しに行った専用機持ちは苦戦を強いられていた。

 

(ああもう、やっぱり行かなければよかったわ!)

 

 唯一機体が無事な鈴音が単機で交戦しているが、彼女の機体「甲龍」もシールドエネルギーのみならず装甲も3割は破壊されている。

 それでも彼女のみが残っているのは、単純に経験の差が大きい。

 

(《双天牙月》もそろそろまず―――)

 

 さっきまで鈴音と打ち合っていた福音は突如体勢を変え、槍を鈴音の喉に向けて突き刺そうとするが、それを閃光のごとく走るビームが間を通り邪魔をする。

 

「りぃいいいんっ!!」

 

 すると新たにISが現れ、その機体の近接ブレードが福音を斬りつけた。

 

「い、一夏?!」

 

 その機体の操縦者の名前を驚きながら言う。

 そう。数時間前に福音にやられ、倒れていたはずの一夏が復活して現れたのだ。

 

「アンタ、どうしてここに!?」

「話は後だ。今はアイツをどうにかしようぜ」

「う、うん」

 

 勢いに押されて鈴音は頷くが、そこで一夏が纏う白式の姿が変わっていることに気付いた。

 

(まさか、白式も二次移行(セカンド・シフト)をしてるの?)

 

 すると一夏は左手から荷電粒子砲を連続で撃ち、福音を怯ませる。さらに左手をクロー状に変形させた一夏はそれで引っ掻いた。だがその攻撃はどうやらかなりのエネルギーを消耗するらしく、さらにここまで単機で来たこともあって白式の装甲から光が失われつつあった。

 

「―――一夏!」

 

 今度は別の機体が鈴音の横を通り過ぎる。その機体は先ほどまで一緒に戦っていて、本来なら綺麗な紅色をしているはずのその機体は黄金に輝いており、一直線に一夏のところへと飛んでいく。

 

「一夏、手を伸ばせ!」

「え? でも―――」

「早く!!」

 

 言われて一夏は箒に手を伸ばす。すると白式のシールドエネルギーがみるみる回復していった。

 

「これは―――」

「「絢爛舞踏(けんらんぶとう)」どうやら紅椿の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)らしい」

 

 しかも箒の紅椿は先ほどやられた時に装甲が一部破損していたはずだが、それすらも回復もしていた。

 

「行くぞ、箒!」

「あ―――ああ!!」

 

 するとタイミングよく福音から白銀のビームが放たれる。

 それを回避する二人。その余波が鈴音たち海上に浮かび上がっているほかの専用機持ちにかかった。

 

(……あーあ、行っちゃった)

 

 その様子をどこか悲しげに見送る鈴音。そしてほかの二人がいる場所を探す。どうやら近くにいるらしい。

 

(とりあえず、二人を回収しなくちゃね)

 

 唯一動ける鈴音はそう思って移動しようとした時、急に寒気が走った。

 

(………え?)

 

 後ろを振り向くがそこには誰もいない。気のせいだと思った鈴音だが、三機いた場所に爆発が起こったことで何かを確認した。

 

「一夏! 箒! どうしたの!?」

「わからねえ! でも、何かいる!」

「誰だ! 姿を現せ!!」

 

 煙の中から二人がそう言うと、中で何かが起こったらしく煙の中で何度かフラッシュが起こった。

 

「一体何が起こってるの……」

 

 思わずそう呟く鈴音。すると、何をしたのか煙が吹き飛んで全貌が露わになる。

 

「何だ……何者なんだ、お前は!」

 

 その機体はどうやらISのようだが全体的に悪魔―――いや、堕天使を彷彿とさせるフォルムとなっており、手には光り輝く銀色のクリスタルと女性をそれぞれ右手と左手に持っている。しかもクリスタルは機械で保護しているようで、手とクリスタルの間には何かの装置が付いていた。

 そして鼻から上は頭部で隠されているため、それの正体が掴めないでいた。

 

「答えろ。貴様は何者だ!」

「………任務は終えた。帰投するぞ」

 

 それだけを言ったその声は機械を介しているわけではなく、すぐにその場にいる全員に正体が知られる。

 

「その声……お前、悠夜なのか……?」

 

 一夏が尋ねるがその機体の搭乗者は答えず、そのまま去ろうとする。すると箒は一気に追いつくとその機体の肩を掴んだ。

 

「説明しろ、桂木。一体何がどうなって―――」

 

 ―――パァアアアア

 

 するとどうしたことか、ルシフェリオンの右手から光が放たれ始めた。

 悠夜はすぐにそれを捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、予想外だったよ。まさか屑共の間じゃ未開発のはずの「剥離剤(リムーバー)」が開発されているなんてさぁ」

 

 そう言いながら束は投影されたキーボードを叩いていた。それにはどこかい苛立ちがあり、心なしかキーボードがぶれている。

 

「まぁいいや。どうせあれらは私の駒にしか過ぎないし、アレを倒すまで何度でもよみがえってもらうよ!」

 

 すると束の後ろに光が差し、後ろにいるモノの全貌が顕わになった。

 

「それに、この子たちもいるしね」

 

 全員の装甲の一部がスライドし、そこから光が飛び出す。

 

「行っちゃえ!!」

 

 その声に合わせてか機体が飛び出し、悠夜たちがいる空域へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはとても奇妙な場所だった。

 一室でありながら二階が存在し、その二階部分では二人の人間が投影されたチェスのようなものを挟んで対面し、どちらも椅子に座っている。

 だがその駒はどれも変わっており、すべてが今現実で起っていることを示していた。

 

「おそらく篠ノ之束はここでさらに戦力を投入するだろう」

 

 そう言った男が椅子に付いている電子パネルを操作する。するとクラス対抗戦で現れた無人機の姿を象った駒が5基ほど現れ、それらが悠夜、一夏、箒、鈴音、セシリア、シャルロットがいる空域にいるところに現れる。その現れ方はまるで様々なロボットが入り乱れるシミュレーションゲームを連想させた。

 

「それがあなたの答え?」

「ああ。あの女のことだ。科学者として確かめずにはいられないってところか………おっと、あなたの前でアレを科学者呼ばわりは失礼だったか」

「……別に構わないわ。ただ、私はあのような紛い物と同類に扱われるのが嫌なだけよ」

 

 子供っぽさを見せる女性に対して優しい笑みを向ける男。それを見た女は男を睨みつけた。

 

「で、どうするんだい? ルシフェリオンが出てしまった以上、世間は黙っていないだろう。動く?」

 

 悪戯を思いついたような顔をする男の言葉に女はしかめっ面で否定した。

 

「私たちの出番はまだよ。それに、例え世界がユウを狙ったとしても容易に負けるような存在でもないしね。IS如きに負けるほど、彼の想像力は伊達じゃない」

「まさかここでエースパイロットの名言を持ってくるかい? まぁ、いいけどね」

 

 そう言って男は椅子の近くにある紅茶を口に含む。そして視界に移ったメイド服に身を包む10代後半の少女を見て一瞬だが笑みを浮かべた。

 すると部屋にある三つの入口の中で一番大きなドアが開かれ、そこから男が入ってきた。

 

「やぁ、戦況はどうなっている?」

 

 どこか楽しげに尋ねる男に対して、椅子に座る男は笑った。

 

「堕天使が顕現した。あなたの仕業かい?」

「当たらずとも遠からずってところかな。しかし出したか。ホント、世界に差し伸べられた手を掴んだ女は愚かにも自滅してくれる」

 

 その言葉には棘と同時に楽があり、それを聞いた椅子に座る男は鼻で笑った。

 

(こうなることを予見していた癖に、人が悪いな)

 

 しかしそれは彼の癖で、馬鹿にしているのではなくまた楽しみが増えたということだった。




リアルが忙しくなるので、しばらく更新は停止します。
今度上げるのは2/3以降になると思われます。良い所で申し訳ございませんが、しばらくお待ちください。


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#70 第一回優勝者の実力

なんだかんだで完成してしまった。
ですが更新不定期期間は続いています。


 その頃、東京の国際ゲームドームではSRs世界大会の日本第一区の大会が行われていた。日本で開発されていることもあって日本ではより多くの参加者が見込めることがあり、全国で10区から2人ずつ選抜される。次第に各国も地区を増やし、開催年数や大会数も短く、そして多くする予定だ。

 そして今日、そこに出場していた御手洗(みたらい)数馬(かずま)は呆然としていた。

 

「……何で……何で決勝で負けたんだよ、僕は」

 

 そう言いながら彼はザメザメと涙を流した。

 日本の……特に東京や横浜と言った参加人口が多い地域の場合、1回戦に5~6人の部隊戦を行ってから、そこからタッグ形式でランダムで選択された相手タッグと戦い、勝ち残った方をさらにランダムで1区に付き二つのトーナメント表が発表される。自分が入っているトーナメントで優勝すれば世界大会に出れる方式となっているが、午後からの第一トーナメントで彼は負けたのだ。

 

「そう落ち込むなよ。今度は再来年にするって話だし、それまでまた強いものを作ればいいんだって」

 

 友人の五反田弾がそう言うが、数馬は一向に泣き止む姿を見せない。

 

「だらしない。そんなことでいちいち泣かないでよ」

 

 その妹の蘭は厳しい口調で言うが、その言葉で復活した数馬は蘭の両肩に彼の両手を乗せた。

 

「それは君が「あんなゲーム、子供みたい」だとか勝手に決めて出場しなかったから言えるんだよ! やったことないのに勝手にふざけたこと言ってんじゃねえ!!」

 

 傷口に塩をたっぷりと塗られた反動からか、血走った瞳を蘭に向けて揺さぶる数馬。その形相と行動に慌てた弾は殴って止めた。彼は普段から殴って止めるなんてことはしないが、今回ばかりはそれくらいにまずかったのである。

 

「殴っておいてなんだが……大丈夫か?」

「ご、ごめん、弾。つい感情を暴走させちゃって……」

 

 数馬は申し訳なさそうに言うと、本来答えるべき人物である蘭ではなく弾が答えた。

 

「いや、正直な話、今回は蘭が悪いと思う」

「お兄!?」

「いやぁ、正直な話、あのゲームってマジで面白いな。IS(インフィニット・ストラトス)/VS(ヴァーサス・スカイ)も好きだが、こっちはこっちでまた違った面白さがある」

「じゃあ、弾も本格的に一式買ってみたら? そうしたらビット操作もできるからさ」

 

 先程の泣きそうな顔をしていた彼はどこへ行ったのか、相手が同性だという事も忘れて弾に迫る数馬。

 

「そんな金、ウチにはありません」

 

 家族の代弁をする蘭の言葉を聞いた弾は盛大にため息を吐いた。

 

「まぁ、最初は結構割安だったけど、今では何万もするもんな」

「大丈夫だって。半月以上コンビニでバイトをすれば余裕で買える」

「お兄にそんな時間ないわよ」

 

 それを聞いた弾は顔を引きつらせ、数馬は同情的な視線を向けた。

 

「いや、あるだろ! っていうかお前に構っている暇のほとんどを回せばあるっての!」

「……へぇ~」

 

 それを聞いた蘭の瞳が怪しく光ったことで弾は怯んだ。

 弾は五反田家の中で一番ポジションが低い。「男の子」ということもあるが、何よりもこの世界なら普通ならば味方になってくれてもおかしくはない祖父が蘭を溺愛しているため自然と優遇される。そして蘭が買い物に行こうとするならば絶対と言っていいほど弾が護衛兼荷物持ちとして付いて行かされるのだ。祖父の(げん)曰く「護衛としてはからっきしだがいないよりマシ」らしい。

 

「……俺、絶対に一人暮らしするんだ」

「……頑張れ」

 

 蘭に聞こえないぐらい小さな声で呟くように言う弾に、数馬はそっと肩に手を置いた。

 

「それに、大体そんなゲームやおもちゃを買って何になるのよ。どうせ結果残せず無駄遣いするだけでしょ」

「まぁ、確かに結果は残せなくても思い出になるし、何よりもこういうのをしていれば予め戦い方とか自分なりの攻め方が確立するからアドバンテージがあるんだよ。去年の世界大会の準優勝者「KAN-ZAN」も今は代表候補生で専用機持ちの更識簪だし、あの人、結構強いって話だし。蘭ちゃんも少しはやってみればいいさ」

「でも、全体的にダサいじゃない」

 

 すると数馬の中で何かが割れたようで、再び彼女の両肩を掴んだ数馬はそのまま揺さぶった。

 

「じゃあ自分で最初から作れよ! あのガン○ル一期のヒロイン「コウ○カ・チ○」だって自作で「べアッ○イⅢ」を作ったんだよ! そっからしろよ! してから言えよ!」

「ちょっ、お兄、助け―――」

「なぁ、せっかくだしこれからショップに行かねえ? 模型店ならたくさんあるだろうし」

「お兄っ!?」

 

 妹を完全に無視して二人は近くの模型店へと向かう。その模型店は大きいこともあって至る所に広告用のディスプレイもあり、それでは今大会のPVが流れていた。

 

「そういえば、これって前大会の優勝者の機体だっけ?」

 

 今回のタイトルロゴの一部となっている機体を指して弾が聞くと、数馬は頷いた。

 

「そうそう。正式名称は「堕天機神ルシフェリオン」って言って―――」

「だ、ダサくないですか!?」

 

 付いてきた蘭がそう言うが数馬は相手にしなかった。

 するとタイミングがいいのか悪いのか、映像では相手の機体諸共地球を破壊するシーンが流れた。

 

「あ、これかぁ、ネットで騒がれていた「絶対にありえないシーン」って」

 

 弾の言葉に再び数馬は頷いた。

 

「うん。「リアル規格のルシフェリオンが地球を破壊するほどの出力を持つ砲撃を出すことなど不可能」って世間一般で言われているし、大幅アップデート後、ルシフェリオンが現れなくなったことで「バグを知ったプレイヤーがズルして勝った」って言われてるよ。まぁ、確かにあの件を知らなかったら僕もそう思っていたんだろうけどさ」

「あの件?」

「うん。実は3年前、写真でだけど中身を見せてもらったんだよ。そしたらすごかったよ。コクピットブロックとか作られているし、エンジンも精巧に作られていて、配線なんかも拘ってたんだ。いやぁ、あれはすごかった。それに実際重かったし、振ろうとしたら懇願されたんだよ。「振るのはマジでやめてくれ」って」

 

 急に語り出した数馬に対して少し引き気味になる五反田兄妹。だが、日頃時間を見つけてはプラモ相手に四苦八苦している弾はその凄さと異常性に気付いた。

 SRsは正式名称「スーパーロボッツ・バーサス」通り、様々な作品のロボットを使って戦うゲームだ。だがグルンガ○トやマジ○ガーZのようなスーパー系と呼ばれる機動力がない代わりに装甲が厚く、攻撃力が高い機体もあれば、ガン○ムやヴァル○リーのようなリアル系と呼ばれる装甲が薄い代わりに機動力が高く、一発一発の攻撃力よりも連撃を重視している機体もある。それらのプラモはすべてSRsが発売されて半月後に連動稼働商品として販売されるや否や、生産した分の9割は完売し、各模型店で売り切れが相次ぐほどだった。

 そしてそれらに様々な細工をする場合、より高度な技術を必要とするので普通ならばしないが、完全オリジナル機体として発表するならば推奨されている。もっともする人間なんてごく少数で、大抵は数馬が持つ「RX-78」をA○E1グランサのような改造を施すなど、存在するものを少し改造する程度だ。

 感心する弾の横で、蘭はあることに気付いた。

 

「ちょっと待って。数馬君、これを作った人とコンビ組んだの!?」

「うん。1回戦の部隊戦なんてすごかったから。最初は動かなかったけど、こっちの部隊が壊滅しかけた時にようやく動いたかと思ったら、1分ぐらいで相手を全滅。それで最初の通り名「戦場の死神」が付いて、その次のタッグ戦で黒い粒子ビットを球体状に展開して一人で潰したことで「黒い凶星」の名が付いたんだよ」

 

 自分のことではないのに自慢げに話す数馬。それを見た蘭は再び引いたが、ここで一般的に名が通っている世界最強を話題に出した。

 

「でも、千冬さんの方が強いでしょ? 機体性能が良くってもって聞くし」

「………」

 

 そこで数馬が黙ったが、やがて口を開いた。

 

「……悪いけど、そればかりは否定させてもらうよ」

「? どうして?」

「真面目な話、いくら千冬さんが強くてもあの人の強さは別格だ。確かに機体性能でも暮桜の方が圧倒的に下だけど、それだけじゃない。千冬さんは見える敵に対して素早く移動して斬るってのが基本スタイルなんだけど、ルシフェリオンは音もなく消えたり、残像を残して移動したり、それでいて近接戦が最も得意なんだ。そしてなによりも、強者を欲しているんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———やれやれ。面倒なことになったな」

 

 そう言った悠夜は操縦者と思われる女性を捨てる。それを鈴音が受け止めると同時に文句を言った。

 

「ちょっと! 危ないじゃない!」

「んなもん知るか。そいつを連れてとっとと帰還してくれ。邪魔だ」

 

 先程の魔王口調はどこへ行ったのやら、いつもの口調へと戻っていた。

 まるで朝になったかと錯覚させるほどの神々しい光が消え、福音の全貌が顕わになる。

 第二形態(セカンド・フォーム)の福音は二基のウイングスラスターの代わりに非実体のウイングを備えていた。だが、第三形態(サード・フォーム)は紅椿との交戦データもあるからか、所々に展開装甲が加えられていた。

 

「さしずめ、悪魔に制裁を下しに来た正義の天使ってところか?」

 

 だが福音はそれに答えない。それどころか悠夜に背を向け一直線に下降した。

 

「———ああ、そういうこと」

 

 

 

 

 今、海面では鈴音が福音の操縦者「ナターシャ・ファイルス」を抱えて風花の間へと向かっている。簡易だが、それでもほぼ一般医療施設の設備が整っているため、状態を見、ある程度の措置ならば取れる。

 そして鈴音の後ろにはエネルギーが回復したため、セシリアとシャルロットが同行している。

 

「———そんな!? 鈴さん!」

 

 後ろからそんな声が鈴音の後ろから聞こえ、ハイパーセンサーを使って後ろを確認した。だがその時には既に彼女と福音の距離はそこまで離れていない。そして―――福音は《ジャッジメント・ランス》を展開して鈴音に突き刺した。

 

 

 

 彼女―――篠ノ之束が福音にそう指示したのはかなり単純な理由だった。

 それは4月下旬の話。凰鈴音は二つのアドバンテージを持って転校していた。

 

 ———一つ目、箒が転校してから中学二年まで共にいる

 ———二つ目、専用機持ちであるため、IS学園で行われている長い手続きを無視してすぐに練習に参加できる

 

 体型は言うまでもなく箒の方が優れている。だが、中学二年―――つまり1年のブランクはあるもののほとんど最新の情報を持っていると言っても過言ではないほど鈴音は一夏に対して有益な情報を持っているのだ。さらに、そのブランクも日頃から一緒にいる男子二人とも仲が良いため、仕入れようと思えばいつでも仕入れれる。束もやろうと思えばできるが、彼女の場合、そもそも自分が「自分のお気に入りの友人」というだけの凡人と接するはずがない。

 そういうこともあり、束は邪魔であると判断した鈴音を殺す―――もしくは潰そうとした。

 だが、その目論見はまたも外れる。

 

 

 

「———よっと」

 

 福音と鈴音の間に割って入った悠夜は突き出された槍の軌道を逸らす。

 

「ゆ、悠夜……アンタ……」

 

 悠夜が振り向くと同時に風が吹き、鈴音にだけだが前髪が顕わになった。

 

「ほら、早く行け。時間は俺が稼いでやる」

「………う、うん。ありがと」

 

 そう言って鈴音は悠夜に言われた通りそこから離脱する。

 だが福音はなおも鈴音を追うため悠夜をやり過ごそうとするが、そのたびに福音の攻撃はいなされ続けた。

 そしていざ悠夜が反撃に転じようとした瞬間、福音に赤いカッターのようなものがぶつかる。

 

「加勢するぜ、悠夜!」

 

 そう言った一夏は《雪片弐型》を福音に振り下ろすが、その攻撃を悠夜が受け止めた。

 

「悠夜!?」

「貴様、邪魔をするな!!」

 

 後ろから箒が近接ブレード《雨月》で悠夜に向けて攻撃する。だが悠夜はあえて受けるもダメージを見せなかった。

 

「この―――」

「待ってくれ箒! 悠夜、どうして邪魔なんか―――」

 

 質問の代わりに帰ってきたのは蹴りだった。

 悠夜を信じ切り、攻撃してこないと思い込んでいた一夏は無防備に吹き飛ばされる。

 

「一夏!?」

 

 箒はすぐに一夏を助けに向かう。それを見た悠夜はいつの間にか離れ、力を溜めて自分のすぐ上に光の球体を生成している福音を目撃する。

 そして福音はそのまま悠夜に向けて野太い熱線で発射。だが悠夜はその場から姿を消し、寸でで気付いた箒が一夏を抱えて離脱した。

 

「———ちっ」

 

 悠夜は舌打ちしつつも、大型のライフルを展開して福音に向けて撃つ。一度銃口手前で生成された球体から破壊力があるビームが福音に向けて飛んで行った。だが福音はその場で滞空し、その攻撃を防ぐかのように別の機体が乱入してきた。

 それらは一機一機違う形をしており、獅子型、武士型、狙撃手型、アサシン型、と思われる形をしていた。

 

「…………」

 

 悠夜は黙る。だが、絶望ではなく浮かべているのは笑みだった。

 

「………やれやれ。別にここまでしてほしいなんて頼んでいないのだがな。ホント、ナイスな展開だぜ!!」

 

 そう言った悠夜は一夏と箒の方に向かず言い切った。

 

「テメェら。死にたくなければさっさと帰れ。さっきから邪魔だ」

「邪魔だと!? ふざけるな!! 私たちはまだ存分に戦える!!」

「そうだぞ、悠夜。それに、この状況で悠夜だけを置いていくわけには行かないさ」

 

 一夏たちの言葉に悠夜は舌打ちをすると、アサシン型の黒い機体が一瞬で悠夜の前に現れ、持っている短剣を振り下ろす。

 

「悠夜!!」

「アンタの思い通りには―――させない!」

 

 悠夜は素早く手をクロスにして受け止める―――寸前に手の甲の装甲で刃を破壊した。

 

「何!?」

 

 箒が驚いている間に悠夜は姿を消し、アサシン型の背後に回る。瞬間、悠夜に向かって獅子型からビームが飛んできた。

 

「うぉおおおおおッ!!」

 

 予め気付いていた一夏が悠夜を守るために第二形態(セカンド・フォーム)になって新たに追加された多機能武装腕《雪羅》をシールドモード『霞衣(かすみごろも)』にして割って入ろうとした。

 

「邪魔だ」

 

 だが悠夜は一夏を蹴り飛ばして射線上から退避させる。既に悠夜もアサシン型を持って離脱していた。

 

「貴様! せっかく一夏は貴様を守ろうとしているのに、それを蹴るとは何様のつもりだ!!」

 

 箒は怒り、悠夜に対してそう言った。

 だが悠夜にとって一夏の行為は邪魔でしかない。ましてや彼にとって自分の人生を潰された人間に助けられるのは屈辱以外の何ものでもないのだ。

 

「黙ってとっととそいつ連れて帰れよ! 邪魔だって言ってるだろうが!!」

 

 負けじと叫び返し、武士型の刺突を《ディス・サイズ》でいなす悠夜。すると箒も言い返した。そしてそれは、悠夜にとってもっとも屈辱的なものだった。

 

「黙れ!! そのような不格好なものを乗ってきて、挙句帰れだと!? さっきまでいなかった者が、調子に乗るな!!」

 

 瞬間、悠夜の怒りが許容範囲を超えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、一機の輸送機が福音がいる空域に向かって飛行している。

 その輸送機は通常の運搬機とは違って大型で、高速機でもあるためかなりのスピードを出していた。

 中には操縦者と管制官、そして今回の任務に当たっている二人の操縦者がいた。

 

「そろそろ戦闘空域に接近します。コーリング中尉並びにサーシャス中尉は戦闘態勢に入ってください」

 

 管制官がそう言うと二人は「了解」と言ってイーリスはISようカタパルトで、そしてアルドは緑色の機体―――E(エクステッド)O(オペレーション)S(シーカー)に搭乗する。

 

「しかしアルド、テメェ本気でそんなもんで出る気かよ」

 

 イーリスがアルドにそう言うと「もちろん」と答えるアルド。

 

「安心しろって。俺はあれ以上の化け物を知っているからな」

 

 そう言ったアルドは入念に準備をする。

 今回彼が使用するものは基地で使用したものの旧式であり、あくまで援護を想定した行動になる。周囲は止めたがアルド自身が「関わった以上、関係者として参加するのは義務だ」と強く言ったこともあって条件付きだが許可を認められた。そのための改修作業がつい1時間前ほどに終わり、今こうして任務に参加しているわけだ。

 

『戦闘空域の映像をキャッチしました。出しますか?』

 

 先程イーリスに八つ当たりされた管制官がそう言うと、アルドが「やってくれ」と答える。

 するとえEOSに備わっている投影システムを使用して戦闘中の映像が現れた。だがその映像には時たまノイズが走っており、今にも映らなくなりそうだった。

 

「………作戦司令部だけっか? そこにつなげられるか?」

『は、はい。少しお待ちを』

 

 しばらくするとアルドの耳に女性の声が届いた。

 

『こちらIS学園、織斑千冬だ。そちらは?』

「アメリカ軍所属、アルド・サーシャスだ。聞きたいことがあるんだがよぉ、テメェはゲームはするか?」

『……この非常時に一体何の話だ』

「良いから答えろ」

 

 千冬の言葉に対して少し声を低くしてそう言うと、千冬は「いいや」と答える。

 

『生憎私はこれまで「鬼ごっこ」のようなものしか知りません』

「じゃあその黒い機体の説明は無理か。悪いことは言わねえ。赤のと白いのは学園のものだな。今すぐ下がらせろ」

 

 映像には黒い機体がアサシン型の機体を持った状態で白式、紅椿、福音、武士型、獅子型、狙撃手型と交戦している。

 

『通信が繋がらない状態です。すぐにはできません』

「…………そうか。じゃあ、その二人は運がなかったと思って忘れろ」

『何?』

 

 その言葉で先程から敬語を使っていた千冬が素の口調へと戻る。

 

『あの機体のことを知っているのか!?』

「ああ。知ってるも何も、俺はあの機体に恐怖を植え付けられたからな。悪いがブリュンヒルデ、俺たちは任務を停止し、そちらへと移動する」

「———おい!?」

 

 今まで黙っていたイーリスが通信に割って入る。

 

「テメェ! 恐怖心を植え付けられたからって任務を放棄するかよ!? ナタルをこのまま放置するつもりか!!」

「そうだと言ったら?」

「ふっざけんなよ!? 高がゲームの機体で臆病風に吹かれてどうするんだ! あんなもん、アタシがこの手で潰してやらぁ!!」

 

 だが、強気だったイーリスもアルドの一言で静まり返った。

 

「別にいいが、あの機体、実際はどうだか知らないが、ビームをぶっ放している今の段階で出力10%前後ってところだからな」

「『は?』」

 

 その言葉にイーリス、そして千冬を含め聞いていた教員たちが固まった。




まさかの70話を超えても終わらないんですが。
一応、原因は把握しています。でも上の部分があったら盛り上がるかなぁって思って乗せたんです。

個人的にあのトリオは
一夏……痛い突撃馬鹿
弾……主に奴隷要因
数馬……冷静なフォロー係

そんな感じになっています。


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#71 来襲~そして戦いは決着へ~

全員、叫べ! ある部分で!(意味深)


「ふざけんなよ、テメェ」

 

 アサシン型をそのまま武器にして悠夜は箒に対して攻撃を仕掛ける。それを箒は《空裂(からわれ)》で切断されたのを見て悠夜は放り投げ、爆散するのを見ずにさらに箒に攻撃しようとするのを一夏が止めようと割って入った。

 

「止めろよ悠夜! 何で箒なんか―――」

「うるせえ!! 黙ってろクズ斑ァッ!!」

 

 悠夜の正面に魔法陣が浮かび上がり、そこから黒いビームが箒に向かって飛ぶ。

 それを一夏は防ぐと、箒は単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)「絢爛舞踏」を発動させ、一夏を回復させる。

 

「悠夜、ここはみんなで協力してあいつらを倒すべきだろ!」

 

 一夏がそう言うと悠夜は盛大にため息を吐いた。

 

「………ざけんなよ」

「何?」

 

 悠夜の言葉に箒が反応するも、それよりも先に悠夜が言った。

 

「どいつもこいつも勝手なことばかり言って、何もできない癖に……弱いくせに……俺の邪魔をするな!!」

 

 既に福音は《ジャッジメント・ランス》を、武士型は近接ブレードを、悠夜に突きつけようとしていた。だが悠夜はそれよりも早く魔法陣を展開―――撃つまで一連の動作をやってのける。

 その魔法陣は合計四つも生成されており、一夏と箒の方にも飛んできた。

 

「挙句ロマンもわからない女がISに乗るなんて……ふざけるなぁああああああッ!!」

 

 二つの魔法陣を生成し、悠夜はそれを投擲すると高速に回転し始める。箒は回避するが、何か鋭い物が飛んできた。

 だが一夏がそれを弾く。だが槍だったそれは方向を変えて箒の方へと飛んでいく。そして箒が切ろうとするが回避され、悠夜の方へと戻った。

 そして悠夜はそれを掴み、振り下ろされた《ジャッジメント・ランス》を受け止めた。

 

「悪いな。こっちじゃあ槍も使うんでね」

 

 そう言って悠夜は福音から距離を取ろうとするが、福音は《ジャッジメント・ランス》を刺して来る。それらをほんの数ミリの間隔で回避した悠夜は福音から逃げおおせたが、上から武士型の機体が降ってきた。

 

「させるかぁあああああッ!!」

 

 だが、その一夏と武士型の機体めがけて二本の熱線が走る。一夏はとっさに《霞衣》を展開して消失させたが、武士型にはそのような機能がないのか、一部損傷した。

 全員が撃って来た相手を見ると、そこには―――

 

「……お待たせ」

 

 唯一後半の福音戦に参加していなかった簪がロンディーネパッケージを使用した状態で滞空していた。

 

「簪、お前まで来る必要はなかっただろ」

「ごめんなさい。でも、悠夜さんの手伝いをするべきかなって思って」

 

 そう言った簪はマルチロックオン・システムを起動。対象を一夏と箒に定める。

 

「貴様、どういうつもりだ!?」

「……私は悠夜さんの味方だから」

「だったら、尚更協力してアイツらを倒すべきだろ!」

 

 簪の言葉に対して一夏がそう言うと、蠱惑的に簪が笑った。

 

「私たちISがいればそれこそ邪魔だけど?」

「何を戯言を! あのような機体でISを止められるわけがないだろう!?」

「………可哀想に」

 

 ポツリと、簪が零すように言った瞬間、急に現れた武士型の機体が簪の後ろから近接ブレードを振り下ろした。

 

 ———しかし、それは制止する。

 

 突然現れた槍が武士型の機体を貫通した。その先端にはガラスの破片があり、下の方へとキラキラと流れるように落ちている。

 

「……信じてた」

「馬鹿が。気付いていたならビットで迎撃しろ」

「でも、悠夜さんの実力を見せるのならこうした方が良いと思って」

 

 そして簪は躊躇いもなく一夏と箒に向けて一斉に撃つ。

 

「え!?」

「くっ、貴様ぁッ!!」

 

 それぞれ反応を見せる中、簪が悠夜に言った。

 

「二人は私が食い止める。福音を」

「ああ。任せたぞ」

 

 ルシフェリオンの大型ウイングが開き、赤黒い光の翼の展開。悠夜はいつの間にか球体のエネルギー弾を生成している福音の所へと飛んだ。

 

「させるか! 一夏!」

「ああ、わかって―――」

 

 だが簪が一夏に対して二基の荷電粒子砲《春雷》を撃ち、足止めされたところで《銀氷》で斬りつけられた。

 

「くっ。更識さん、どうして―――」

「悠夜さんの戦いの邪魔をさせない。それだけ」

 

 《銀氷》の刃が非実体となり、その状態で簪は一夏に攻撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪の援護もあり、悠夜は福音、そしていきなり現れた四機の内二機と戦うことになった。武士型、そしてアサシン型は既に撃墜しているため、残りは獅子型、狙撃手型である。

 そして悠夜が最初に狙ったのは、狙撃手型だった。

 

「落ちろ」

 

 先程の槍を投擲した悠夜。するとその槍はまるでミサイルのように狙撃手型に飛んでいく。だが狙撃手型はそれを回避した。

 ビームを放とうとする獅子型と共に狙撃手型は悠夜に向かって撃とうとしたが、それは適わなかった。

 

 ———ドンッ!!

 

 先程の武士型の逆―――背中から刺された狙撃手型。先端上部には先程と同じくガラス破片が乗っていた。

 

「———《鋼鉄魔槍(こうてつまそう)ゲイグン・ボルグニル》それがその槍の名だ」

 

 《ゲイグン・ボルグニル》は狙撃手型から飛び出すと、狙撃手型が爆発した。

 戻ってくる《ゲイグン・ボルグニル》を掴む悠夜。すると悠夜はそれを収納した。

 

「さて、お前らはそう簡単にやられてくれるなよ?」

 

 そう言って悠夜はその場から姿を消す。

 

 ———突然だった

 

 獅子型と福音はいなくなった悠夜を無視、そして現在、悠夜のために足止めしている簪に標的を変えたのだ。

 そしてどちらもチャージをしている時、突然獅子型に異変が起こる。

 

 

 篠ノ之束は自分の機体が瞬く間にやられたことに唖然としていたが、すぐに思考を切り替える。

 そして消えたことでサーチすると同時に今いる簪に狙いを付けたのである。

 

「お前もそろそろ目障りだし、それに消えたら箒ちゃんの分の席が空くってもんだしね♪」

 

 そして発射するタイミングで獅子型の反応が消失する。

 

「———!?」

 

 慌てた束はすぐにその空域の映像を出すと、既に獅子型の体にズレが生じており、爆散した。

 

 

 

 

 

 悠夜は再び姿を現す。福音はそこに向けてビームを放つが、悠夜は動かず左腕を上げてビームにぶつけた。

 その時、ルシフェリオンの装甲が開き、ビームを吸収し始め、それに比例して光の翼が大きくなる。

 福音はビームを中断、接近戦で潰そうとするが、悠夜が残像を残しながら移動し始めたため、上手く捉えられなくなる。

 それを予めわかっていたからか、悠夜はランダムに軌道を変えながら福音に接近して蹴りを入れた。

 

「お前の負けだ。だが、降参はしないのだろう?」

 

 そう言いながら悠夜は両拳を福音の光の翼が噴出している根元に叩きつけて大爆発を起こした。

 そして悠夜は福音から距離を取る。

 

「俺の両手が黒く染まる」

 

 その言葉に呼応するかのようにルシフェリオンの銀色の手甲が黒く染まっていく。

 

「貴様を壊せと轟き唸る!」

 

 そして両手から電気が走る。

 

「必殺……ダークネスッ―――」

 

 悠夜は福音の両肩を掴み、

 

「フィンガァアアアアアアッ!!」

 

 握り潰し、その場で回転して脚部についているナイフで顔面ごと装甲を抉る。

 そして上に飛んだ悠夜は、

 

「サーヴァント、ゲートモード」

 

 そう唱えると8基のサーヴァントが4基ずつで2つのゲートを形成、さらに悠夜の周辺には黒い球体ビットが悠夜を中心に球体を作り、ゲートを潜って突撃した。

 

第三の瞳(サードアイ)開眼(オープン)出力(パワー)30%(サーティ)、こいつでぇええええ!!」

 

 10%から30%の威力になった己自身でぶつかった悠夜。さらに、福音がいる場所に向かって四方から光弾の嵐が襲う。出している先にはルシフェリオンがおり、それらはすべて悠夜がルシフェリオンの幻影機能で生成した分身だが、同機能を持っていた。

 さらに本体である悠夜は福音の前に現れると空間の腕部装甲を突き刺し、抜く動作をするとそこには先程使っていた大剣《ダークカリバー》が握られていた。人間が持てるサイズではなく、完全にISなどの大きさに合わせたものだ。

 

「すべてを開放せよ、《ダークカリバー》」

 

 すると刃全体が黒く光はじめ、悠夜がそれを振ると黒い剣閃が現れ福音がいる場所を通過、そのままたまたまいた簪たちの間を通る。

 

「え!?」

「何だ!?」

「………そんな」

 

 三者三様の反応を示す中、悠夜はその手に握っている白銀のコアを見せるように出し、一度投げて掴んだ。

 

「ブレイクゥウウウウ、エンドッ!!」

 

 そしてコアは破壊され、同時に福音がいた場所で大爆発が起こった。

 

 こうして臨海学校二日目に起った暴走軍用IS撃破作戦は様々な遺恨を残して幕を閉じる。

 

「任務は完了した。帰投する」

「了解」

 

 簪は悠夜に続き、旅館へと戻る。一夏、そして箒も聞きたそうにしていたが今は帰ることを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風花の間に戻るが、そこにはたくさんのISが武装していた。

 それはわかっている風だったのか、何とも思わず悠夜はそのまま着陸する。

 

「その機体を解除し、待機形態でこちらに渡せ」

 

 千冬がそう言うが悠夜はその勧告を無視し、ルシフェリオンを解除しただけでそのまま旅館の方へと向かう。

 

「待て!」

 

 千冬がそれを止めようとしたが、打鉄を装備した教員の一人が悠夜に《焔備》を向ける。

 

「止まりなさい! それ以上勝手な真似をすれば撃つわよ!」

「………へぇ」

 

 すると悠夜の傍から鎖が出現し、そのISを固定した。

 

「なっ!?」

「悪いが俺は眠いんだ。お前たち雑魚の相手をしている暇はない」

 

 そう言って悠夜はその場を去ろうとしたが、先に来ていたイーリス・コーリングが悠夜に尋ねた。

 

「おい、ゴスペルは……シルバリオ・ゴスペルはどうなったんだ!?」

「コアごと破壊した。そうでもしないと復活するだろうからな」

 

 その場に戦慄が走るが、悠夜は気にせず部屋へと向かう。その道中、待っていたらしい本音と出会った。

 

「……ゆ、ゆうや―――」

 

 だが、悠夜はそれを無視して自分の部屋に行く。

 中に入るとそこには悠夜が見慣れているがそこいるはずがない男がいた。

 

「……来ていたんですね、ギルベルトさん」

「ええ。あなたとあなたを助けに向かった少女を救いに行った陽子様の命令で。風呂は既に沸いてあります。着替えの準備や布団も少々高くしてあります」

「ありがとうございます」

 

 礼を言った悠夜は室内に準備されている風呂がある浴室に入る。ギルベルトはドア越しに悠夜に話しかけた。

 

「彼女にねぎらいの言葉をあげるかして差し上げればよかったのでは? そうすれば、あの少女も嫌われていないことがわかるというものを」

「…………」

 

 悠夜は黙っていると、ギルベルトは続けて言った。

 

「では、私は帰ります。あまり長居をするわけにはいきませんので」

「……ええ。祖母にもよろしくお伝えください」

「わかりました」

 

 ギルベルトは部屋を出ていく。そして悠夜も風呂に入り、しばらくすると出てから用意された物に着替えた。

 歯を磨いてからそのまま高さ的にベッドと言っても過言ではないほどに積まれた布団を見て「どうやってこんなに調達したんだ?」と思ったが、すぐに布団に入る。

 やがて意識が遠退いていくが、幾時間が過ぎた時、ふと悠夜は目を覚ました。

 本来ならばそこには自分かもしくはラウラがいるはずなのだが、ラウラはまだ処理を行っているのでいない。そう、先程悠夜に無視された本音が悠夜の上に乗っていたのだ。

 

 

 

 時間は少し遡る。

 悠夜に無視された本音はそのままの状態で外にいた。本来ならば許可されないが、今回だけ特別にと許可が出たのである。

 

「考え事か?」

 

 任務に参加していたため一晩だけ停泊を許可された清太郎が娘にそう声をかける。柵に寄りかかっていた本音は向きもせずに頷いた。

 

「…ゆうやんに、嫌われたみたい」

「……そうか」

 

 後ろで何やら動いたが、感じたことがある気配でもあるので二人は行動を起こすことはなかった。

 

「ならば、もっと当たればいい」

 

 唐突にアドバイスをする清太郎。まさか父親にそんなことを言われるとは思っていなかった本音は驚いて振り向くが、清太郎自身は気にせずに続ける。

 

「お母さんも中々振り向かないからとよく夜這いをしてきたよ。普通、そういうものは男がするものだろうに」

「………おとーさん。うん、わかった!」

 

 本音はすぐにそこから消える。彼女は前々から簪、そしてラウラに後れを取っているという自覚があったための俊敏さだろう。

 その様子を見ていた清太郎は、今まで抑えていた殺気を出す。

 

「よく我慢したな、お主」

 

 近くで見ていたらしい陽子が清太郎に言うと、普段から冷静な彼かららしからぬ言葉が飛び出した。

 

「正直、今すぐにでもミンチにしたいのですがね」

「そうですよ! 今すぐ桂木悠夜を消しましょう!」

「俺、今日この日のためにチェーンソーを持ってきています!」

 

 各々拷問もしくは殺戮のための武器を出すが、陽子の言葉に全員が止まる。

 

「別に戦ってもいいが、あやつはなんだかんだで3年前にお主らの一部とフランスのマフィアの一部隊、そして4か月前には警察の機動隊を壊滅させていることを忘れているじゃろ」

「「「……………」」」

 

 一気に現実に戻された彼らはガタガタと震え出した。

 

「じゃが驚いたぞ。まさかお主があんなアドバイスをするとはな」

「今にも泣きそうになって我慢して諦めている娘に「止めて置け」なんて言えませんよ。それに曲がりなりにも娘を助けていますしね」

「………妊娠しないことを祈っておくかの」

 

 そんなある意味怖い会話をしていることはともかく、本音はすぐさま風呂に入り、体を清めてから浴衣姿で部屋に来て、積み上げられた布団の上に寝る悠夜の上で待機していたのだ。

 だが今の悠夜は度重なる戦闘で疲労しており、ぼうっとしている。

 

(………可愛い)

 

 それが誰だか判別にいる悠夜は本音を抱きしめ、横に向いて寝た。

 

「ゆ、ゆうやん!?」

 

 つい大声を出してしまった本音だが、悠夜の意識は既に眠りについている。それでも一層抱きしめ、本音は自分の計画とは違う形だが、ある種の勝利を得たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すべての聴取が終了し、ようやく教師たちは自由時間となる。

 本来ならばとっくに疲れを癒しているはずだが、今回は長時間に渡る任務と後に判明した女権団の襲撃、さらに桂木悠夜が所持していた謎の機体に関しての報告があって遅れたのである。本来ならばそれの回収をするべきだと判断されたが、今の悠夜は何をするかわからないという簪の言葉で一度見送りという形になった。

 そのため、明日の打ち合わせのために朝を少し早める予定だったが、それを簡易にすることにして6時起床のところを7時半ぐらいまでにした。そして明日は10時にここを出る予定となっている。

 そして現在は午後10時半。教員がそれぞれ休もうとしている頃、千冬は一人森の中を進んでいた。

 やがて木々がなくなり、昨日箒がいた崖でも先程本音がいた崖とも違う場所に出る。

 

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても42%かぁ。あの機体がいなければもうちょっと出たと思うけどねぇ」

 

 崖に設置されている柵の上には篠ノ之束がおり、まるで子供を思わせるような雰囲気で背を伸ばし、さっきまで見ていた投影ディスプレイに視線を戻した。

 

「は~。それにしても白式には驚くなぁ。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで―――」

「まるで『白騎士』のようだな。コアNo.001にして初の実戦投入機、お前が心血を注いだ一番目の機体に、な」

 

 唯一立っていた木に体を預けるようにして、そして束に背を向けるようにしてもたれかかる千冬。そのオーラはどこか暗く、まるで今にも辺りを闇で消すことができそうだった。

 

「やぁ、ちーちゃん」

「おう」

 

 お互いは振り向かない。そこに気配が、そして確かな存在がいるのだから。

 

「ところでちーちゃん、問題です。白騎士はどこに逝ったんでしょうか?」

「白式を「しろしき」と呼べば正解なのだろう?」

「ぴんぽーん。さすがはちーちゃん。白騎士を乗りこなしてミサイルを落としただけのことはあるね」

 

 千冬の答えにそう言った束。だが千冬はその言葉が持つ空気に水を差すように言った。

 

「まぁ、あの時はもう一人いたがな」

「それは向こうから来たんだよ、ちーちゃん。本当ならばちーちゃんだけでも十分だった」

 

 だが、千冬は答えない。それどころか、さらに闇が増えた気がする。

 

「たとえばの話、コア・ネットワークで情報をやりとりしていたとするよね。ちーちゃんの一番最初の機体「白騎士」とと二番目の機体「暮桜」が。そうしたら、もしかしたら、同じ単一仕様能力を開発したとしても、不思議じゃないよねぇ」

「…………」

 

 千冬は答えなかったが、束はさらに続けた。

 

「それにしても不思議だよねぇ。あの機体のコアは分解前に初期化したのに、なんでなんだろうねー。私がしたから、確実にあのコアは初期化されたはずなんだけどね」

「不思議と言えば、そういえば桂木が使用していた機体「黒鋼」も別の操縦者が扱っていたな。何か知っているか?」

「まぁねぇ。あれは私じゃないなぁ。見た時びっくりしたから」

「………そうか」

 

 それを聞いた千冬は確信していた。彼女は今の束が偽りではないことを、そして女権団の裏にはどこか裏の組織が関わっていることを。

 

「でも何よりも驚いたのはあの機体だよねぇ。気持ち悪いほど禍々しい」

「………お前がそこまで感情を顕わにするとはな。よほど悔しかったのか?」

 

 千冬がそう尋ねると束は「まさか」と言った。

 

「そうでもないよ。でも―――」

 

 すると突風が吹き荒れる。束はある言葉を残して消えた。

 そしてそれが千冬の耳に辛うじて聞こえたが、彼女は盛大にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ———今は仕方がないから生かしてあげるけど、いつか消してやる




ということで今回で福音戦は完全決着となりました。本当は本音の部分はもうちょっと盛り上げたかったけど、ある意味勝者なので。
一応、次話で三章を終わらせる予定です。


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#72 理解どころか好ましく思う

ということで、第三章最終話です。


 ———もう、朝か

 

 そう認識したのは、瞼に太陽の光が刺したからだと思う。

 少しずつ瞼を開けた俺に太陽の光が襲ったので、視線を右に逸らした。

 

「………眠たい。というか腹減った」

 

 そう呟いた俺はさっきまでのことを思い出す。

 

(そう言えば、俺って確か………)

 

 我ながら、一般人にしてはかなりハードな一日………いや、ちょっと待て。

 あることに気付いた俺は、急いで近くにあるであろうスマホを探すと、そこには見慣れない黒い箱が置かれていた。その箱には「Those of Yuya Kathuragi」と書かれている紙が貼られてある。というか、何でこんなものがあるんだろう?

 

(ギルベルトさんが置いて行ったのか?)

 

 ちなみにギルベルトさんとは、俺のお兄さんみたいな存在だ。普段は祖母である桂木陽子の執事みたいなものをしているが、たまにこうして俺にプレゼントをしてくれる。……まぁ、親父に誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントを秘密裏に渡すよう頼まれたんだろうけど。

 そういえば、昨日はあまり頭が働かなかったけど、何であの人はここにいたんだろう。というかババアもいたよな?

 

(知らない人たちもいたし、ババアは強いらしいから渡したけど、今更ながら少し後悔し始めている)

 

 いや、昨日いた! 昨日すれ違った……というか申し訳なくて放置しちゃったんだよな、結果的に。

 

(………後でお礼……いや、謝らないと……)

 

 無視したし、何よりも巻き込んでしまったんだ。許されるはずはないだろうけど、それでも謝りたい。

 

(そうと決まれば善は急げ。いや、基本的には急がば回れ派だが、今回は別だ)

 

 そう思って俺は眼鏡を探すが、何故か見つからない………あ。

 

(そういえば、俺って確か福音に刺されて、そのまま海中に落ちたんだよな!!?)

 

 どうしてそんなことを忘れていたのだろう。いや、今あの眼鏡が無くられては困る。あの眼鏡が操作のカギだったりするんだ、ボールたちの!

 それに何より、あれには思い入れがあるから是非とも回収を―――

 

「———何をしているんだ、お前は」

「いや、今すぐ眼鏡の回収を………織斑先生?」

 

 何故か織斑先生がこの部屋に来ていた。いや、冷静に考えよう。

 俺は先程起きたばかりで、太陽の光が差し込んだ。そこまではいい。どうしてラウラがいない? しかも部屋は妙に綺麗で、ラウラの分と思われる布団は畳まれていた。

 

「桂木、一応言っておくが遅刻だぞ」

「…………マジですか」

 

 今まで入院や用事以外では無遅刻・無欠席だった俺が、あろうことかこんな形で遅刻するとは思わなかった。

 

「ああ、補足すると今回は「いつもならば」の話だ。昨日のこともあり、お前が自分で起きるまでボーデヴィッヒには「起こすな」と言っておいた。遅刻にはしていない」

「ど、どうも……」

 

 正直に言うと気持ち悪いです。

 でも助かったのは事実だ。となれば急いで本音のところに行かないと。っていうか黒鋼ようの装備もあるんだからそれを片付けないと。

 

「それに、個人的にお前と話がしたかったんでな」

「ありがとうございます。ですが、あなたはタイプではないのでお断りさせていただきます」

「いや、そういうことではない」

 

 どうやら違ったようだ。早とちりしてしまったみたいだな。

 まぁ、世間から未だ持ち上げられているブリュンヒルデが男と結婚すると、間違いなく一週間は話題になるだろう。そしてその相手は苦労する。

 

「お前が昨日から保持している機体のことだ。ああ、それとこれを渡すようにと言われていた」

 

 そう言って織斑先生は俺の眼鏡を渡してくれた。

 

「え? これって―――」

「ギルベルト、だったか? 不思議なものを装備していた男が回収したらしい。後で礼を言っておけ」

 

 俺は飛び込むようにスマホを取り、すぐさまお礼のメールを打った。

 

「……早いな」

「プログラムを組む以外ならば、それなりに早く打てる自信があります」

 

 というかそこは普通、「話している最中にメールをするな」ではないのか? やった俺が言うのもなんだが。

 

「さて、桂木。これからお前はバスに移動してもらう。荷物を持て」

「わかりました……と、その前に」

 

 ラウラの畳まれている布団の上に掛け布団を置く。そして素早く4枚の敷布団を畳んでその上に先に畳んだ掛け布団を置いて、枕を置いた。

 そして荷物を外に出して、俺がすると思ったのか置きっぱなしの箒と塵取りを使って周囲を軽く掃除。そしてこれまた残されている袋にゴミを入れる。上部を縛ってフロントの方に道具と袋を持って行こうとすると、

 

「袋は外にある大きな袋の中だ。そして掃除道具は出てすぐのロッカーに入れておけ」

「わかりました」

 

 言われた通りにして片付ける。

 そして荷物を持ってバスの方へと向かっていると、突然声を上げられた。

 

「あー! 桂木悠夜! それに織斑先生!?」

「何で二人でいるんですか!?」

 

 どうやら機体を運んできたらしいが、お前らは黙って仕事をしてなさい!

 

「まさか、さっきまで先生に桂木があんなことやこんなことをしていたとか……不潔!」

「いや、待て。私たちはそんなことをしているなど―――」

「とうとう先生にまで手を出したな、変態!」

 

 どうやら今回も俺が悪いことになっているらしい。織斑先生が言おうとしたところで俺が制した。

 

「放っておきましょうよ。あんな低能如き、相手をしているだけ無駄ですから」

「何ですって!?」

「この、男風情が―――」

「ISを使わないと男に歯向かえない雑魚が。それとも、今ここでそれを実演してやろうか?」

 

 そう言って俺は荷物を置いて奴らの方へと歩こうとするが、織斑先生がそれを止める。

 

「待て。お前が昨日どれだけのことをしてきたかは聞いている。その力を使う気か?」

「ええ。どうせならば根本的に痛めつけて生きることすら苦にすれば問題ないでしょう?」

「………絶対にするな。お前たちも早く行け!!」

「「「は、はい!」」」

 

 織斑先生に一喝されたからか、女子生徒たちはすぐさまそこから離れる。俺も再度荷物を持ち、バスの方へと向かった。

 

「大きな荷物を下に。荷物は最小限にしておいてくれ」

「でも、そんなことをしたら女子に取られますよ? ただでさえここにいる奴らって俺を目の敵にしているんですから」

「———ならば、その荷物は私が預かろう。君は必要最低限の連絡手段を持っておけばいい」

 

 そう言えば、晴美さんはどうやってきたんだろう? 少なくとも一組のバスには乗っていないはずだ。

 

「私は自分の車で来たからな。安全は保障できるだろう」

「……ありがとうございます」

「気にしないでくれ。とりあえず、バスで使うであろう物と、そうでない物にわけておいてくれ」

「わかりました」

 

 確かに、晴美さんならば信用できる。というか学園内で信用できる教師は今のところ彼女ぐらいのものだ。

 そう思っていると何やら二人がこそこそと会話をしていた。

 

「それで、許可は取れたのですか?」

「ああ。会わせるだけならば特別にね。もっとも、罠に嵌めた場合はどうなっているかわかっていると思うが」

「ええ。その辺りはご心配なく。少なくとも束に会わせるつもりはありません」

「いや、場合によってはここら一帯どころか地球が半分になるから」

「………はい?」

 

 そしてニ、三伝達し終えたようで、俺は晴美さん……もとい、轡木先生に荷物を預けて織斑先生の後に付いて行く。

 どうやら会うのは森の中らしく、段々と中へと入っていく。

 

「この辺りでいいか」

「……誰もいませんね」

 

 てっきり誰かが待っていると思ったがそうではないらしい。

 辺りを見回していると、織斑先生が話を始めた。

 

「さて、お前にいくつか聞きたいことがある」

「……何です? いえ、ルシフェリオンのことですか?」

「そうだ」

 

 まぁ、普通は気になるよな。第三形態(サード・フォーム)になった福音をあそこまで圧倒的に、そして完全に破壊したのだから仕方がないだろう。

 

「名前は知っているんですね」

「ある人からお前の過去を聞いたんだ。もっとも、性能に関してはお前に聞いた方が良いという結論になったがな」

「間違いではありませんよ。ルシフェリオンはかなり特殊な存在ですから」

 

 瞬間、俺は後ろから黒い気配を感じ取った。

 すぐに《ダークカリバー》を展開した俺は、いつものように唱える。

 

「開眼せよ」

 

 すると視界が開かれ、後ろに女が二人、そして男が一人の計三人の人間がいることがわかった。

 

「……これは一体どういうことだ? 今にも俺を殺そうとする女性がいるんだが?」

 

 そして同時に何故か止めている女性が一緒なのが不可解である。普通ならば一緒になって俺を批判してくるだろうに。

 

「後ろから来ておいてなんだが、悪いがその剣とルシフェリオンはしまってくれ。今も部分展開をしているんだろう?」

 

 男が楽しそうに言うが、俺はすぐにそうしなかった。

 

「桂木、今すぐどちらもしまえ」

「……………害はないんだろうな?」

「それに関しては俺が保証するぜ」

 

 男性の言葉を信じるわけではないが、俺を睨む女性はISを所持していないどころか帯銃すらしていない。

 《ダークカリバー》を消し、「閉眼せよ」と唱える。今は口にしているがいつかは瞬時にオンオフを切り替えられるようになりたいものだ。

 

「悪いなぁ、堕天の(あん)ちゃん。わざわざ来てもらったのに約一名が暴走状態でよ」

「………アンタは?」

「おいおい、そいつは酷いじゃねえか。これでも三年前の準決勝の相手だったんだが、忘れちまったか?」

 

 ………おい、ちょっと待て。

 俺の準決勝の相手って、あの赤い機体の……つまりは、

 

「紅の傭兵……もとい、鮮血の狩人(ブラッド・イェーガー)「アル」!?」

「思い出してくれたか? 黒い凶星「ユア」」

 

 ユアとは俺のハンドルネームだ。悠夜をローマ字に変換すると「YUUYA」になるが、俺は敢えて最初の二文字と最後の一文字を取っている。

 そして俺の目の前にいる男は、準決勝の相手で四天王の一人「鮮血の狩人」。本当は「紅の傭兵」ってことだが、本人は強く拒否をした。ついでに機体名はG-アルケー・ラウンド。

 

「本名は「アルド・サーシャス」。一応、福音(ゴスペル)の開発に関わっていてなぁ。いや、しかしこいつぁ驚いた。まさか二人目の男性IS操縦者がSRsの世界覇者なんてよぉ。そりゃあ未だ無敗……と、ゴスペルにやられて一敗か」

「黒鋼を受け取るまではほとんど負けてた……いや、負けてました」

 

 慌てて敬語に戻すが、特に何も言ってこない。

 

「にしてもルシフェリオンが実在するとはなぁ。俺としては新○暦でD○側に付かなければ無理だと思ってたんだが」

「一体、どこの誰が開発したんでしょうね。流石に昨日は助かりましたけど」

「そういや、お前ゴスペルと交戦する前に別の奴と戦ってたんだろ? いやぁ、やるねぇ。流石は世界最強」

「まぁ、気が付けば勝手に動いていたって感じで―――」

 

 ———ドサッ

 

 久しぶりに会った類人との会話が弾んでいると、何かが落下する音がした。後ろから何かを制止する織斑先生の声が聞こえるがそれよりも早く俺の頬に拳が届く。

 

「ちょっ、ナタ―――」

 

 ナタ、さん?

 ともかくその人が殴ったようで、さらに追撃をかけてくるので流石に防御してやり過ごす。

 

「落ち着け、ナタル! こいつは―――」

「許さない……あの子を操った人も……あの子を殺したあなたも!!」

 

 サーシャスさんがナタルと呼ばれた女性を止める。彼女を離せば今すぐにでも俺を殺そうとするだろう。

 俺はハイパーセンサー(仮)を作動させ、収納しているリストを探す。

 

(後で使おうと思って取っておいたんだよな)

 

 政治的に使おうと思って取って置いたんだ。そもそも、ルシフェリオンは幻覚を使えるんだから使わなければ損だろう。

 

「『コアNo.251 シルバリオ・ゴスペル』」

 

 ……何で使用されている機体名まで登録されているのかは知らないが、好都合だ。

 俺はコアを出し、それを手に持つ。

 

「桂木、それは―――」

「昨日回収しておいた福音のコア。破壊しておいたものは幻術で作ったコピーだ。………まぁ、無理矢理もぎ取ったからショックで戦闘データはないだろうけど、ないよりマシかと思いまして」

 

 そう言って俺はそのコアを、銀色に輝くそれを見て完全に停止してしまったナタルさんに渡した。

 

「………あ、ありがとう」

「どういたしまして。まぁ、あそこまで破壊したら流石に復活はしないとは思ったけど、一度剥ぎ取っているのに復活したから念のために」

 

 突然だった。

 完全に座っていたナタルさんが俺に向かって飛び込んできたので、俺はそれを咄嗟に回避する。

 

「ちょっ、いきなり何をするんですか!?」

 

 全く予想外だったので、俺は思わず回避する。

 

「お、おーい、ナタル?」

 

 もう一人の金髪の女性(短髪)が声をかける。たぶん日頃は綺麗なんだと思うんだけど、顔を上げたナタルさんの顔は汚れていた。

 

「……どうしよう。私……なんて酷いことを……」

 

 今回に関しては彼女は被害者なんだろう。それにIS…というよりも自分の機体に愛情を注げる奴は嫌いじゃない。俺はそっと彼女に近づき、敵意がないことを示すために砂で汚れている彼女の顔を胸部に抱き寄せ、頭を撫でた。

 

「あまり気にしなくていいさ。いいものを見せてもらったから」

 

 女ってあまり自分の機体に思い入れなさそうに感じるが、そうでもないみたいだし。いやぁ、本当に良いものを見せてもらった。

 しばらくして俺は彼女を離す。後ろでもう一人の女性が暴れそうになっていたが、サーシャスさんが羽交い絞めにしていた。

 

「私はナターシャ・ファイルス。改めて、あなたの名前を教えてくれないかしら?」

「…桂木悠夜。不本意だが、これでもIS操縦者だ」

 

 お互い、同じタイミングで手を差し出す。どうやら考えていることは同じだったみたいだ。握手をした俺はまた同じタイミングで手を離した。

 

「ユア、たまには対戦に顔を出せよ! 馬鹿がそろいもそろってお前をインチキ扱いをしているぜ!」

 

 そういえば、最近いろいろと案はあったけど実現できなかったり、素材集めとか忙しかったから顔だしてないな。かれこれ三年か。

 

「じゃあ、たまには出させてもらおうか。ニューマシンのイン○ルスで、テメェらまとめて潰してやる!」

「上等だ。……ああ、それと」

 

 サーシャスさんが思い出したかのように会話を切り出した。

 

「今回の件間違いなく上…チェスター・バンクスが動くぞ」

 

 その瞬間、織斑先生の眉が動く。

 

「気を付けろ。アレは結構プライド高くてな。場合によっては近しい奴を狙う」

「……そうですか。でも、その方が俺は好みです」

 

 その方が遠慮しなくていいからな。

 

「まぁ、今のアンタにゃあいらないことだろうがな」

「そうですね。場合によってはここにいるあなたたちも倒させてもらいますよ」

 

 堂々と言ってやると、サーシャスさんは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 俺たちは別れ、バスの方へと歩いていく。

 

「しかし驚いたな。まさかあのようなことをしていたとは」

「まぁ、アメリカと言えど所詮今の時代はIS。コアさえちらつかせればそれなりに揺れてくれると思ったんですがね」

 

 とはいえ返してしまったのは仕方がない。やはりルシフェリオンをちらつかせて黙らせるしかないだろう。

 

「だがそれ以上に驚いたのはあっさりと返したこととその後だ。まさかあのようなことをするとは思わなかったぞ」

 

 ……ああ、あれか。

 確かに傍から見たら完全にアウトだが、俺には彼女を放っておくことができなかった。

 何故ならあの時の彼女は昔、喧嘩した時に幸那が俺を罵倒した後に後悔した時の状況が似ていたのである。あの時は突発的にああしたが、まさか年上にも有効だとは思わなかった。

 

「何故、あそこでコアを返した? 回収した時の言い訳はお前ならば色々と思いつくだろう」

「確かにな。電子世界とは完全に絶たないとさらに戦闘を行わないといけないと判断した、とかな。それにIS自体、篠ノ之束が監視しているのと一緒だろうから、すぐに捨てておいた方がいいと思うけど」

「…………桂木、まさかと思うが―――」

「言いふらす気はないが、俺は篠ノ之束が妹を高評価でデビューさせたいと思った計画だろうと思っているさ。もっとも、その作戦すら俺に砕かれてしまったが。そうじゃなかったら俺の腹は貫かれないし、普通の暴走ならば最初に撃墜している時点で終了している」

 

 誰もいないのでそう説明すると、織斑先生から出ている雰囲気が変わった。

 

「そしてあなたは、出撃予定だった俺とオルコットにちょっかいを出さないようにしたが、俺は評価アップのために出ることを志願した。仮にもこっちは暴走ISを2機も落とし、襲撃者を楯無と協力して落としている。楯無もかなりの実力者だが、AIC搭載機の操縦者はラウラよりも使いこなしていたからな。流石に相性が悪いから負けていただろ。なんとか撃退はしたが、次来たらその時は容赦なくルシフェリオンを使わないと正直ヤバい」

 

 あの時は何故か相手が手加減をしていたからな。手加減したタイミングといい、考えていることはわからないがそれくらいの意気込みで攻めるべきだろう。

 

「ほう。是非とも戦ってみたいな」

「じゃあ、アンタがやられる様を是非とも見てやる」

 

 冗談を言っていると、ようやく旅館前の駐車場に出た。

 そこには既にクラスメイトを含め花月荘に来ていた生徒すべてが並んでおり、今か今かと織斑先生の登場を待ちわびている。

 そして織斑先生は「先に帰ってくれと言っておいたがな」と呟き、前に出た。話も終わると生徒は各々のバスに乗っていく。

 俺は最後に乗ろうと、ラウラが何故か俺の荷物を持っていた。

 

「おはようございます、兄様。昨日はごくろうさまでした」

「ああ。物凄くな」

 

 なんだかんだでまた勢力を一つ潰したし。

 

「で、さっきからずっと見ないようにしていたが、何故ラウラが俺の荷物を持っているのだろうか? それを尋ねるとラウラは「他の荷物は先に持って帰るようにした。朱音に洗濯するよう頼んでおく(笑)」と書かれた手紙が貼られていた。

 

(……ハメられたな)

 

 帰るときは絶対に朱音ちゃんの所に寄れという事だろう。

 少し泣きそうになるが、気を取り直して俺たちは自分の席に座る。

 

「あ、悠夜。一緒に座ろ―――」

 

 だがそれよりも早くラウラが俺と一緒に座る。チラッと本音を確認するが、たまたま目が合ってお互いほとんど同じタイミングで目を逸らした。

 一連のことを気にせず、シートベルトを付けて俺は今日、ギルベルトさんが置いて行った黒くて硬いアタッシュケースを手に取って開ける。中はパソコンのようになっていて、ラウラは空気を読んでくれたのか、すぐに寝る。近くで騒ぎになっているが気にしない。

 「U」の字を丸め、上に小さな「I」の字がある起動ボタンを押し、イヤホンを指して耳に片方だけ付ける。機動音がしたと思ったら、画面上に何やらロゴが出て、その上にさらに画面が出る。

 

『Innovative

 Grow

 Powered

 Suit

 

 IGPS   』

 

(……イグプス?)

 

 それがやがて消えたと思ったら「Loading」という表示が現れ、画面が切り替わった。

 

「……俺の名前?」

 

 キーボードにあるマウスをクリックし、画面を開く。すると中には「Luciferion」と書かれているファイルを開く。見た時に思ったが、やっぱりそこには俺が望んだものがあった。

 すべてはともかく、とても気になり重要なものが書かれていた。

 

『———『断罪の神使い』と『SRs大会用』の二種の要素が合わさった、IGPS内でも極めて特殊な機体である』

 

 どうして、俺が書いて没にした小説のタイトルを知ってんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………死んでたか」

 

 つまらなさそうにそう言った女性―――篠ノ之束は伸びをして、一枚の写真を見る。

 どうやらそれは家族写真のようだが、そこに束や箒の姿はなかった。ただ、代わりに―――

 

「桂間修吾、やっぱりあの機体はあなたのだったんだ。でも―――」

 

 やがてそれを握り潰した束は憎しみ込めて言った。

 

「あなたがあの男の味方で、私の邪魔になる奴の味方だから………あなたの家族には死んでもらうよ」

 

 そう言った束はそれを捨て、再び作業にのめり込むのだった。




ようやくこれで終了! 今章も長かった。
次回は以前からリクエストが合った通り、キャラ・機体紹介です。一週間だけ限定的に上げ、後は活動報告に乗せるつもりです。理由は嬉しいことに私を「お気に入りユーザー」として登録してくださる方もいますが、必ずしもそうじゃないのでそのための措置と言った感じです。まぁ、後で目次に紹介の活動報告URLを乗せるんですけどね(笑)

で、それに関してのアンケートを行います。詳しくは下のURLに。
「http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=98705&uid=15171」


ではみなさん。また四章でお会いしましょう!


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第4章 期末と夏のヘル・ライフ
#73 思わぬニュースと故意のプロローグ


私用が終わったんですが、文章力が低下しています。ご注意ください。

※タグに「ファンタジー要素アリ」を追加しました。

※設定集を活動報告に移動しました。


 臨海学校から帰ってきた俺たちに待っていたのは、過酷なトレーニングだった……と言えば普通の罰だが、当然ながら俺にはない事である。

 とは言え俺は諸事情により無断出撃をした専用機持ちたちと一緒に走っている。スタートは全員いたが、現時点で俺の後ろを走っているのは篠ノ之とデュノアだけだった。どちらも一生懸命付いて来ようとしているが、もうそろそろ体力が限界なのだろう。それも仕方がないことかもしれないな。

 

 ———何故なら俺たちが走っているのは島の周りだからである

 

 おそらく朱音ちゃんが開発したと思われる轡木ラボが(たぶん無断で)打ち上げた衛星とリンクして現在位置を知らせる投影型ヘッドギアディスプレイを全員が装着していて、一般生徒が入ってはいけない場所を示してくれるようになっている。帰りは各所に設置されている自動操縦に10人乗りの車が用意されている。もちろん、いつでも水分補給できるよう移動型自販機も近くにあった。流石は「世界を超えるための一企業」を売りにしている轡木ラボ。やることが半端ない。

 しかしあれだな。たぶん朱音ちゃんは人知れず過酷な労働環境にありそうだ。もしかして晴美さんがよく朱音ちゃんの部屋に俺を連れていくのはその辺りが原因かもしれない。

 そんなことを考えていると、ふと昨日のことが頭に過った。

 

 

 

 

 

 

 

 バスがIS学園に到着し、解散の号令で俺はすぐにラボの方へと向かう。各パッケージはほぼ到着というところで道を変え、先にラボへ帰って行ったので問題はないだろう。

 ともかく俺は先に朱音ちゃんの部屋に行くと、そこには屍と化している朱音ちゃんの姿があった。

 

「あ、朱音ちゃん!?」

「あ……お兄ちゃんだぁ……」

 

 やせ細っている朱音ちゃんを見た俺は慌てて冷蔵庫に買い置きしていたはずの栄養ドリンクを出し、朱音ちゃんを椅子に座らせる。

 そしてストローを指して先端を口に入れると朱音ちゃんは普通に飲み始めた。

 

「朱音ちゃん、大丈夫か?」

「平気だよ~」

 

 それでもやつれ方が半端じゃない。一体何がどうしたというのだろう。

 するとドアが開かれ、巨匠……もとい、十蔵さんが入ってきた。

 

「おかえりなさい、桂木君。臨海学校では大変だったみたいですね」

「………ええ。はい……」

 

 ヤバい。殺される。

 いつでも防御できるように構えると、

 

「今回の件はあまり気にしないで下さい。事情はすべて把握していますから。それに殺されかけたという話ですし―――」

「ええっ!?」

 

 朱音ちゃんはどうやらそのことを知らなかったらしい。どこにそんな元気があったのかと聞きたくなるぐらい復帰した朱音ちゃんは俺に飛びついてきた。

 

「だ、大丈夫なの!?」

「まぁ、こうして立っているし……」

 

 考えてみれば、俺って福音に腹部を刺されていたんだよな。普通なら死んでいてもおかしくはないんだが、どうして生きているのだろうか。

 

「お兄ちゃん、黒鋼を返して」

「……はい」

 

 俺は黒鋼を朱音ちゃんに渡す。

 すると朱音ちゃん俺に言った。

 

「ごめんね。今度こそ、お兄ちゃんに相応しい最強の機体に仕上げるから」

「あ~、一応大会規定には従った方が……」

「大丈夫。そんなことはわかってるから。だから、二人ともとりあえず出てって♡」

 

 言われた俺と十蔵さんは外に出る。ドアに書かれていた「ノックをしてください」が「集中するので妨害禁止」に変わる。

 

「こうなってはテコでも動きませんからね。出直しましょうか」

「……そうですね」

 

 さりげなく、俺の荷物は回収しておいたし。

 

「しかし、ちょうど良かったのは良かったです。桂木君、あなたの機体の件ですが、どうするつもりですか?」

 

 朱音ちゃんの部屋から離れながら十蔵さんが尋ねてくる。これくらいならば答えても構わないだろう。

 

「普通ならばここで渡すべきだと思いますが、各国がうるさいでしょうからね。それにもうご存知だとは思いますが……」

「一応、私は理事長ですから。今回の件はそれなりに把握しています。従来のものならばオーバーヒートを起こすものでも、ルシフェリオン…でしたか? それでは50%もないのでしょう?」

「はい。福音に対しては30%で対応しました」

 

 30%であれほどのことができるとなると、他の国や機関は黙っていないだろう。当然だが俺の身柄を狙うことになるだろうし、下手すれば俺の周りも狙われることになる。

 

「そのことなのですが、IS委員会から召喚状が届いています。それも学園の試験日にね」

「……それって」

「つまり彼らはあなたに試験を受けさせないつもりでしょう。受けなかったことで敢えて事実を捻じ曲げるのが狙いかもしれません」

 

 即急ならば2,3日後だろう。でもそれでは逆に遅いくらいなのかもしれない。試験を受けなければそれだけで「やる気がない」とでっち上げるつもりか。

 

「俺をさっさと解剖して、ルシフェリオンを全員で共有して新たな兵器を作ろうとでも言うのでしょうかね?」

「大体そんなところでしょう。そこで提案なのですが―――先にテストを受けてしまうというのはどうでしょうか?」

「……え?」

 

 

 

 

 

 そんなこんなで十蔵さんが根回しをし、今は操縦者に必要な持久力を測定しているというわけだ。

 ちなみに俺には黒鋼ではなく、黒鋼の戦闘データを元にマ改造ならぬシュ改造された鋼が渡されている。シンプルなフォルムでどんな状況に対応できるように作られており、俺の場合は近接だそうだ。さしずめ、「悠夜専用鋼」と言ったところだろう。

 

(………流石に限界だな)

 

 後ろには誰もおらず、俺は足を緩めてギブアップする。まぁ、外周で1/4声を走れたら十分だろう。

 

『確認した。呼吸を整えてから戻ってこい』

 

 ヘッドギアから織斑先生の声が聞こえる。「了解」と返事した俺は近くの自販機によってスポーツドリンクを買い、近くに車が来るまで待つことにした。

 しばらくするとオートパイロットの車が来たのでそれに乗る。中には誰もいないようだ。……ちょっと安心した。

 

(だけど、放課後にやらなくてもなぁ……)

 

 篠ノ之から睨まれる睨まれる。しまいには「何かズルをしているのではないか」と疑われている気がしなくもない。ま、そんなことをすればヘッドギアから大音量の警告音が耳に襲い掛かるのだが。

 しばらくすると停車する。どうやら俺が最後に戻ってきたようで、ヘッドギアを渡した。

 

「ほう。随分と走ったな」

「まぁ、持久力には多少自信がありますので」

 

 そうじゃなければ俺はとっくに死んでいる。今、こうして生きていられるのは持久力があったことも原因かもしれない。

 だが今回は結構走れた気がする。おそらくここまで様々な苦労をしていたからだろう。主に織斑たちのせいで。

 

「……タイム的にはオリンピックに出れるぞ」

「怒られると思いますが、正直あまりそういうのには興味がないので」

 

 そもそも動機は義母……石原郁江が事あるごとに俺と幸那を比べたことが原因だった。あの時は「仕事が忙しいから」という理由で家事を引き受けていた俺は常に陰口を収集して、一応は外に出ても恥ずかしくはないぐらいのことはしていた。例えば朝のランニングとか。

 だがまぁ、今後どうなるかはわからないが正直家族の縁は切りたいな。幸那とも……とは思うが、朱音ちゃんに追い出された後に晴美さんからメールが送られてきたんだよな。何故か知らないけど「もしかしたら妹の方に良くないものがあるかもしれない」って内容で。

 テスト勉強もあるから「わかりました」とだけ返したけど、後で聞いておこうかな。

 

(いや、勉強の方が優先だな)

 

 明日からは授業をサボって筆記テストだし、いくら日頃から勉強をしているとはいえ内容量が他校とは違って多いから勉強を優先するべきだ。決して幸那に見切りを付けているわけではない。むしろ俺自身、いつでも甘えてきたのなら最大限愛でれる自信がある。

 

「………で、篠ノ之。さっきから何の用だ?」

「……何がだ」

「いや、無自覚だったらいいんだけど」

 

 正直な話、こいつに向けられている殺気なんざそこまで気になる物でもないし。

 そう思っていると、下の方から「兄様」と声をかけられた。

 

「ドリンクとタオルです」

「ありがと」

 

 すっかり俺の配下というか僕というか、その言葉が似合うようになったラウラが俺にドリンクとタオルを渡してくれる。それを受け取った俺は少し距離を取ると、ラウラが悲しそうな顔をした。

 

「悪い。今汗をかいているから……」

「……そういえば、ネットにそのようなことが………すみません、気が利かなくて」

「いいって。ラウラは十分良くしてくれているさ」

 

 そう言って俺はラウラに近づいて高さの関係上、額にキスをした。すると周りがなんとも言えない声をそれぞれ上げる。

 

「貴様、何をしている!?」

 

 一番に篠ノ之が叫ぶ。あまり接点がない俺から見てもわかるほど顔を赤くしているが、どうやらあまり耐性はないようだ。他にオルコットは両手で口を隠しており、ジアンは何故か照れていた。凰は……何故かショックを受けているようだ。

 

「何って、コミュニケーションだが―――」

「そ、そんなことがあるか!! き、キスなど―――」

「別にいいだろ。名目上、ラウラは俺の所有物なんだし」

 

 そう言うと織斑を除く全員が顔を赤くする。それには織斑先生も含まれているが、やっぱりあの先生は喪女のようだ。

 

「しょ、所有物って……」

「大体、オルコットもジアンもキスぐらいするだろうさ。確か、親愛の証だっけ?」

「…そ、それに関してはノーコメントで」

 

 ジアンがそう言って言葉を濁した。……もしかして、ジアンは織斑のことを好きではないのだろうか?

 というのもリゼットから専属執事にイケメンがいることを聞いているのだ。そっちに惚れていてもおかしくはないと思うが……。

 

「しょ、所有物ってアンタ……」

「き、貴様ァ……そこまで落ちぶれているのか……」

「悠夜、人を物扱いするのはダメだろ」

 

 何も知らない織斑がそう言ってくるが、その姉はすべて知っているはずだからスルーしておく。

 すると篠ノ之がどこに持っていたのか真剣を出したので、出席簿が彼女の頭部に振った。

 

「篠ノ之、何をしようとしている?」

「あ、あの男が―――」

「ボーデヴィッヒの件は学園から許可が下りている。篠ノ之が口を出す権利はない」

 

 一体どういうことで許可が出ているのかが気になるが、好奇心は猫を殺すから黙っていることにした。

 

「わかりました」

 

 そう言って俺を睨みつける篠ノ之。やれやれ。口では理解しているって感じだな。

 

「篠ノ之ぉ~、自分ができないことだからって八つ当たりは酷いと思うけど~?」

「ふん。私がいつ八つ当たりをしたというのだ?」

「してるじゃ~ん。あ、あれか。自分よりおっぱいも小さくて身長も低いラウラがこうやって愛でられているのがムカつくのか。やーねぇ。いくら自分の性器が他よりも優れているからって、自分に視線を向くのは大抵その他大勢って知らない人は」

「なっ、きさっ―――」

「そこまでにしておけ、桂木」

 

 とうとうこっちにも世界最強さんからお叱りが入った。

 

「それにどうした? 昨日……いや、おとといから少しおかしくないか?」

「気のせいですよ、気のせい。それにちょっとぐらい調子に乗せてくださいよ。何せ俺は、どこぞらの雑魚い専用機持ちや全く使えない教師部隊より仕事をしているんですから」

 

 織斑先生はその言葉に唸るが、そればっかりは譲れない。

 確かに福音に勝てたのはルシフェリオンの性能が圧倒的だったのもあるが、それでも今まで俺は本来ならばする必要もない苦労や苦痛を背負わされてきたんだ。ちょっとぐらい調子に乗っても目を瞑ってもらいたい。ウザい? 知らんな。

 

「だからと言ってだな―――」

「雑魚いだと!? 私たちは―――」

「———十分弱いでしょうが」

 

 篠ノ之の言葉を遮ったのが意外な人物だったため、全員が驚いてそいつの方を見る。

 

「凰、貴様―――」

「考えてもみなさいよ。結局アタシたちは無断出撃した挙句、悠夜が10分以上戦った相手に5分過ぎぐらいしか持たなかったのよ? それも専用機が4機で!」

 

 凰の言葉に全員が苦い顔をし始める。

 実際そうだったのだろう。女権団を潰してから来た時、織斑と篠ノ之だけが戦っていて他の奴らは海にいたことだけは覚えている。

 

「いくらジアンの機体が第二世代って言っても、第四世代がいるのにそれってどうなの?」

 

 敢えて一言多く言ってやると、篠ノ之がビクッと震えた。

 

「……桂木、一言多いぞ」

「えぇ? もう少し言いたい―――」

「止めてやれ」

 

 仕方なく、本当に仕方なく下がってやることにした。

 

「じゃあ、俺たちは先に帰りまーす」

 

 そう言って俺はさりげなくラウラの手を取って繋ぎ、寮の方へと歩いていく。

 

「そういえば、簪や本音はどうした?」

 

 別にいなくてもそれはそれで問題はないと思うが、どうしても気になって尋ねた。

 一瞬、ラウラがむくれたがすぐに教えてくれた。

 

「どうやら本音が簪を生徒会室に連れて行ったみたいです。大事な話があると言ってました」

「………ああ、そういうことか」

 

 なんとなく会話の内容を理解した俺は、そのまま部屋へと向かう。

 そしてシャワーを浴びてからラウラと一緒に食堂に行く。正直、今日は作る気力がない。

 

「ラウラ、何にする?」

「兄様と同じもので」

「………じゃあ、ヘルシーディナーセット二つ、と」

 

 食券を出してカウンターに置き、前の方へと移動する。おばちゃんから味噌汁に玄米、そして漬物が乗ったヘルシーディナーセットを受け取った俺たちは近くの席に座った。

 

(帰ったらテスト勉強でもするか)

 

 しかしラウラが来てから勉強がはかどるようになったな。楯無だと生徒会の仕事が忙しいこともあって中々時間が取れないが、ラウラは常にべったりだから教えてくれるし。………イチャイチャはするけど、正直寝る時は緊張するけどね。

 そんなことを思っていると、テレビからニュースが流れた。

 

《本日午後、女性権利主張団体の石原郁江総帥が暴漢に襲われて入院していることが判明しました》

 

 うっわぁ、運がないな。俺に襲われた挙句、今度は別の奴に襲われるとは。

 

《―――なお、その犯人はIS学園に通っている男性IS操縦者、桂木悠夜であり、警視庁はIS学園へ引き渡すよう求めております》

 

 ………えーと……

 

(あれって重要機密じゃなかったっけ?)

 

 そんなことを思ったが、俺の身にさらなる火の粉が降りかかるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜がそんなことになっている時、生徒会室では別の争いが起こっていた。

 その場にいる人間は一枚の書類を見て固唾を呑んでいるが、唯一簪だけが平然と虚が入れた紅茶を飲んでいる。

 

「あの、簪ちゃん………これは何?」

「婚姻届け」

「……悠夜君の所だけ書かれているけど、これってもしかして」

「私が書いた」

 

 さも当然と言わんばかりに簪はそう答えた。楯無はそれに対して何も答えないどころか、顔を青くしていく。

 

「……そんなに嫌?」

「い、嫌ってわけじゃ………そ、それに悠夜君はまだ16……17よ? 結婚するにしても1年はかかるんじゃ………」

「大丈夫。1年どころか悠夜さんを殺せる人間なんていないから」

 

 そう言う問題ではないと叫びそうになる楯無。簪はそれよりも早く言葉を続ける。

 

「えっと、確認するけど……これに名前を入れるのは簪ちゃん?」

「お姉ちゃん」

「え? 私!?」

 

 まさか自分がなるとは思っていなかったようで、楯無はさらに顔を青くした。

 

「別に問題ない。更識としても好条件」

「そ、そういう問題じゃないと思うんだけど!? それに、簪ちゃんはいいの……?」

 

 恐る恐る尋ねると、簪は平然と頷いた。

 

「私と結婚するより、お姉ちゃんと結婚した方が悠夜さんは多く人を抱けるから」

「……簪様、少しよろしいでしょうか?」

 

 虚がそう言うと、簪は頷いて席を立ち、虚を伴って外に出た。

 

(………どうしてこんなことに……)

 

 楯無は思わずため息を吐く。

 そもそも彼女が本音に簪を連れてきてもらったのは、今後の生徒会のことを考えてのことだった。

 生徒会……そして生徒会長の仕事は恐ろしく過酷であり、生半可な覚悟でできるものではない。外から秘密裏に来る襲撃や非常時の時の対応などに絶対に駆り出されるため、普通の人間ではできないことなのだ。その分、生徒会の仕事で欠席したとしても教師から送られる授業内容のまとめの配布を始めとするあらゆる特権は保証されているが、それでも十分とは言えないものである。そのため、生徒会に所属する人間はほとんど暗部の人間や10代で国家代表やそれに類すると値される実力者でないと務まらない。それで楯無は簪に後継者として生徒会に所属してほしいと頼んだのである。

 そしてその見返りが、悠夜と結婚することだった。

 

「かいちょ~」

「……本音ちゃん」

 

 更識随一の癒し系にして、ファンクラブ会員数が圧倒的な本音を撫でる楯無。

 

「…そういえば、本音ちゃんはいいの? その、悠夜君が……」

「…それはノーコメントで~」

 

 

 

 楯無が答えをはぐらかされている中、廊下では先程部屋を出た二人が話していた。

 

「簪様、あの話はもしかして……()()様のためですか?」

 

 「刀奈(かたな)」とは、楯無の幼名……いや、本名である。

 「楯無」とは襲名であり、代々「更識」の長が次いで来たものだ。

 

「………うん」

「…でも、あの方は……いえ、あの方たちは……」

 

 虚が言葉を濁すように言うと、簪が言った。

 

「…………でも、お姉ちゃんが家を継いだ今、悠夜さんはお姉ちゃんと結婚した方がいい」

「ではあなたはそのために犠牲になるのですか? 今、―――は―――――――っているのに」

 

 声を潜めて虚がそう言うと、簪はさらに言った。

 

「でも悠夜さんが見ているのは私じゃない……だから、それならお姉ちゃんと結婚してほしい」

「……あなたは」

「それにさっき言ったことも事実。悠夜さんほどの実力者なら、家の人たちも納得して浮気を許可してくれるし……」

 

 途端に簪はニヤリと笑い、堂々と言った。

 

「———私が寝ぼけて二人の寝室に入ったとしても、問題はない」

「大ありですからね!?」

 

 その時、一人の女生徒が二人を見つけ、食堂で起っている事件を知らせるのだった。




次回予定

食堂に飛び込んできた思わぬニュース。それを聞いた生徒たちが一斉に悠夜たちに襲いかかる。

悠夜「テメェらに足りないもの、それは―――情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ! そして何よりもぉおおおおおお!!」

自称策士は自重しない 第74話

「———速さが足りない!!」










※悠夜の台詞から、完全にネタです。元ネタを理解して尚且つ好きな人、本当にすみません。


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#74 身体の変革

自分でもわかるほど、文章力が低下している。
すみません。でもこれ、スランプではないでしょうね。……そもそも私がそこまで上手くないですし。


 変なニュースが流れたと言える今、俺たちは平然と食事をしていた。呼び出されていないということは、俺には関係ないと判断されているか、あのニュースがガセだとわかっているかということだろう。ちなみに俺は確かにあの女を襲ったが、それはあれだ。ルシフェリオンでだ。

 実際機密事項とやらに触れているはずなのだが、よくニュースなんかに出せたな。

 

(………でもまぁ、流石にウザくはなる)

 

 ただでさえ面倒なことになっているというのに、向こうから売ってきた喧嘩で勝ったらこれか。

 

「ホント最悪だよね、この男」

「死ねばいいのに」

「むしろ今すぐ死んでくれないかしら?」

 

 似たようなことを周りから言われ始める。

 

「ラウラ、座っていろ」

「しかし―――」

 

 ナイフを抜いてどうしようというのか。そんなものではこの場にいる奴らを一瞬で潰すなんてことはできやしない。

 

「戦ったところで織斑先生からお叱りが来るのは目に見えている。それに俺自身、心当たりがあるというか原因は俺だし」

「………兄様」

 

 心配そうに見てくるラウラ。その顔に萌えていると、近くにいるであろう女子の一人がいった。

 

「……人でなしが、ここで食事してんじゃないわよ!!」

 

 咄嗟に俺は振り下ろされる何かを掴む。危ないなぁ、フォークじゃないか。

 

「この、離しなさ―――」

 

 言われた通り離すと、テンプレかと突っ込みたくなるほど綺麗に倒れて後頭部を床にぶつけた。

 

「ちょっ、大丈夫!?」

「よくもやったわね!!」

「頭大丈夫か、お前ら。今のはどう見ても事故……というかそっちが勝手にこけただけだろ」

 

 そう返すと周りから「サイテー」「ホント消えてほしいんだけど」と聞こえてきた。だから、そう言うとラウラがナイフ抜いて飛びかかって殺そうとするだろ。

 

「貴様ら……」

「ラウラ、こっちこい」

 

 既に食べ終わっているラウラを呼ぶと、素直に俺の隣に座るラウラ。ちょっとほっぺが汚れていたので軽く拭いた。

 

「あー、ラウラのほっぺをムニムニしてると癒される~」

 

 そしてラウラの頬で遊んでいると、一人が俺に向けて何かを振り下ろした。

 

 ———キンッ

 

 それをフォークで防いだ俺は、相手もフォークで俺を刺そうとしたようだ。

 

「そんな、止められた―――」

「そりゃあ、止めるさ。こっちは伊達に修羅場を潜っているわけじゃないんだよ」

 

 今なら、大抵のことには対処可能だ。

 

「やりなさい!」

 

 一人がそう言ってフォークを振り下ろしてきたので、ラウラを抱えてそこから移動する。それをきっかけに俺に対して不満を持っていた生徒たちが一斉に攻撃を開始した。

 

「兄様、ここは私が―――」

「いや、俺がやる」

 

 《ダークカリバー》を展開した俺はその大きさを利用して防御し、力任せにぶん回す。

 すると何人かが吹っ飛んだが、気にせず少し下がった。

 

「お前ら全員倒すけどいいよな?」

「ふざけてんじゃないわよ!」

 

 《ダークカリバー》をガンモードに変えた俺は堂々と言ってやった。

 

「答えは聞いてない」

 

 そう言って何人かに怪我をしてもらおうと思っていると、突然別の場所から大きな音が鳴った。

 

「………これはどういうことだ、貴様ら」

 

 織斑先生がようやく姿を現した。どうやらさっきの音は彼女が出したようである。

 

「遅いですよ、織斑先生。それに楯無も。ま、もう少し遅かっても良かったんですが」

「……桂木」

「はいはい。消せばいいんでしょ、消せば」

 

 そう言って俺は《ダークカリバー》を粒子へと変えて体に戻した。

 

「これは一体どういうことかしら?」

「聞いてください、会長! 私たちはただ、犯罪者を捕縛しようと―――」

「存在そのものが犯罪者のお前らが何を言ってんだよ」

「なんですって!?」

 

 一人がそう叫ぶと織斑先生が俺たちの間に割って入る。

 

「いい加減にしろ。ニュースを見てもしやと思って来てみれば、こういうことになっているとはな」

「これが女尊男卑の弊害ってもんだろ。まぁ、手っ取り早くそんな風潮を消そうと思えばできるけど」

「……どうせお前のことだ。アレを使うんだろう?」

 

 たぶんだが「アレ」とはルシフェリオンだろう。

 

「いや、生身でひたすら殴るだけだ」

「はん! この数相手にそんなことできるわけ―――」

「———だからいい加減にしろ!!」

 

 唐突の怒声に俺は思わず耳を塞いだ。至近距離で聞くと結構効くな。

 

「今回の事に関しては機密事項に触れるが桂木には事情があった。それを貴様らが責め立てる必要も何もない!」

「ですが―――」

「聞こえなかったか?」

 

 織斑先生の「超睨みつける」が炸裂する。女たちの防御が一気に4段階下がった。

 

「す、すみませんでした」

「もうしません」

「そうか。では今度から余計なことをした場合、最悪退学も覚悟しろ」

 

 そう言って睨みを利かせた織斑先生は颯爽と帰っていく。その姿を見て近くにいる奴らは顔を赤らめるが、俺にはできそうにもない。

 

「悠夜君」

 

 ガシッという擬音が聞こえそうになるほど強く肩を握られた。

 

「楯無。ここでは人目に付くから部屋に戻ろう」

「大丈夫。この体勢で誰もそっちの方になるとは思わないわよ」

「甘いな。さっき釘を刺されたというのに、もう俺に対して殺気を飛ばす奴がいる。ここは大人しく部屋に戻った方が良いと思うぜ」

「………じゃあ、そうしましょうか」

 

 俺たちはすぐに部屋に戻り、ベッドに座らずに楯無を押し倒した。

 

「ちょっ、何を―――」

「………ふぅ」

 

 状況を確認した俺は息を吐き、押し倒したベッドに座る。

 

「えっと、何?」

「たぶん賢者タイムだろうな。と、忘れてた」

 

 一緒に帰って来て、俺が楯無を押し倒したことで固まったラウラをそのまま抱えて座りなおす。

 

(珍しいな。いつもならそのまま色仕掛けでもしてくるはずだが)

 

 だが今の楯無は俺の行動に驚いているだけで何の行動もしない。それはそれで不気味と言えば不気味だが、今は顔を赤くしているので恥ずかしがっているのだろう。

 

「………今の、何?」

 

 まさか自分が押し倒されると思っていなかったのか、顔を赤くしながら尋ねてくる楯無。……意外な可愛さを見つけた瞬間である。

 

「…いや、そのだな……」

 

 どう説明すればいいのだろうか?

 相手はどう考えても女。楯無は結構知識あるし、話しても問題があると思うが……正直に言うべきだろうか?

 

「言わないと叫ぶわよ」

「選択させる気なさすぎだろ!?」

 

 まぁ、どう考えても俺が悪いんだけど。

 帰って来てまだ二日しか経ってないが、とりあえず打ち明けることにした。

 

「……なんか俺、発情しているみたいだ」

「……発情?」

 

 まさかそんなことを言われると思わなかったのか、楯無は繰り返した。

 

「詳しいことはよくわからないがな。どういうことか、今の俺は特に性的に近い暴走をしている。寝る時ならともかく、普段はこうしてラウラを抱えたりはしないだろ?」

 

 ラウラは容姿から見てとても思えないが、一応は高校生だ。

 だけど今では妹のように扱っているが、キスをするなど言い訳ができないレベルのことをしている自覚はある。今も一歩間違えれば性犯罪者として仕立て上げられてもおかしくない状況だ。

 

「兄様ぁ~」

 

 もっとも、そんな言葉はなんだったかと疑問を持ってしまうほど懐いているが。

 俺はラウラの頭を撫でていると、

 

「もしかして、死にかけたから?」

 

 心当たりがあったのでそう言うと、楯無がすぐに反応する。

 

「……そういえば、あなたは―――」

「ああ。腹部を貫かれ、挙句傷は回復して女に殴られていたんだよな。もしかしてそれが原因で子孫を残そうと無意識に働いているのか?」

 

 そう推測すると、楯無は頷いて答える。

 

「可能性としてはあるわ。……未だに家にエロ本あるし」

 

 どうしてそれを今言ったのだろうか?

 反応に困ることを平然と言った楯無に俺は返す言葉を見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が経ち、俺はすべてのテストを終えた。そのせいか、教室では机に突っ伏していてクールダウンしている状態である。

 

「大丈夫~」

「………たぶん」

 

 日頃から勉強していた方だと思ったが、どうやらそうでもないらしい。おかげで今はボロボロだ。

 

「よし、本音。今日は部屋に泊まりに来い」

 

 どうしたことか、ラウラがそんなことを言い始めた。

 

「えー? いいのー?」

「ああ。その代わり……」

 

 すると複数の足音が遠ざかっていく。どうやら俺の近くだと条件が聞こえてしまうと思ったのだろう。その条件、超気になります。

 

「なぁ悠夜、大丈夫か?」

「………(・д・)チッ」

「舌打ちって酷くね!?」

 

 お前と話していたら余計に疲れるんだよ。

 

「情けない。サボっているかと思えば来るなりだらけおって」

「何だよ構ってちゃん。そんなに構ってほしいならそこらのおっさんの性欲処理でもしてればぁ?」

「貴様ァッ!!」

 

 一瞬でぶち切れた篠ノ之。ホント、簡単な奴。

 

「ま、まぁまぁ。落ち着いて箒。流石にここでは―――」

「俺に有利過ぎて1分もかからず終わるからなぁ。地形的に全く不利だからやめとけって」

 

 ジアンの後にそう言ってやると、さらに切れる篠ノ之。全く。嫌いならわざわざこっちに来なければいいんだが。

 

「桂木君も桂木君だよ。もう少し周りに優しくしたらどうかな?」

 

 萌える要素もなければ女としておっぱい以外何の価値もない奴と、ただの雑魚の癖に守る守ると言って足しか引っ張らないゴミに一体どう優しくしろと?

 

「言っても無駄だ、シャルロット。こいつは最初から私たちと仲良くする気はない」

「そりゃあ、大きなおっぱい持っていても使わないようなアホと仲良くする気はないし」

 

 はっきりと言ってやると、篠ノ之が俺を睨んできた。

 

「悠夜、そんなことばかり言ってると友達無くすぞ?」

「別に俺はボッチでも構わないけど? お前らのように一緒にいないと生きていけないってわけじゃないし」

 

 そう言い返してやると、その場が一瞬で静まり返った。

 

「ねぇねぇ、ゆうやん」

「……本音か」

 

 たぶんさっきの話を聞かれたなぁと思っていると、本音は俺に抱き着いてきた。

 

「やっぱりゆうやんはお兄さんだね~」

「一体何の話だよ!?」

 

 最近、こいつらのペースに付いてこれなくなっている気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園長室。

 そこにはその部屋の主となっている菊代、そして彼女に呼ばれた楯無がおり、暗いムードが漂っていた。

 

「……じゃあ、私は……」

「本来の学年寮へと戻っていただくことになります」

 

 それを聞いた楯無は、口内で苦虫を潰したような顔をする。

 菊代に呼ばれた楯無は嫌な予感を感じながらこの部屋に来たが、その予想は当たっていた。

 菊代から告げられたのは、学園上層部であるIS委員会からの指令で悠夜との別居、そして織斑一夏の護衛に入ること、だった。理由としては新たなる力を手に入れているだけでなく、女権団を事実上壊滅に追い込むほどの戦闘能力を持つほどの戦闘能力を持つ悠夜ではなく、一夏の方が弱いと思われている―――が、それはあくまでも表向きの話だ。実際は織斑千冬の弟で篠ノ之束の関係者を危険な目に合わせるよりも、何があっても大して被害がなく、死体になれば回収は容易な悠夜ならどうなってもいいと判断しているからだろう。それに、今では違法で別の機体を持っている悠夜を守る意思がない、と楯無は思っている。

 

「……理事長はそれを―――」

「あまり良くは思っていません。特にあなた方はいい関係を築いていますからね。いざとなった時のストッパーにもなる」

 

 その言葉に楯無は頷きながら、ある疑問を浮かんだ。

 

「…ということは、簪ちゃんやラウラちゃんを同室にするのは―――」

「ボーデヴィッヒさんは今なら大丈夫でしょうが、いずれ彼女にも専用機を持たせる予定です」

「………」

 

 政府の人間は完全に悠夜を見捨てるようだ。これはおそらく―――

 

「ルシフェリオンの解析を目的としている、ですね」

「やはりそうなるのでしょう。今は悠夜君が所持していますが、痛めつけて心を折れば容易に渡すか、人質を取れば素直に言う事を聞くと思っているのでしょう」

 

 上層部も臨海学校のことは耳に入っている。だがそれでもそうできると判断したのは、女権団のIS操縦者はほとんどが素人だったことで作戦にほころびが生じたと思っているのだ。

 

「……あの人たちは、今回の無人機技術と戦艦の個人所持をどう思っているのですか?」

 

 楯無が話題に出したのは、女権団が持っていた無人機―――そして本来ではありえない大量のISである。

 本来ならばそれらの調査を乗り出すのだが、どういうことか上層部はそれらの捜索を早々に打ち切ったのだ。それほどルシフェリオンの価値が上だということかもしれないが、だからと言って各国からコアが減っていない現状ではそちらの方が注目するはずだ。

 

(だけど、それを無視してのルシフェリオンの調査。確かに性能は凄いけど……)

 

 だからと言って、何もここまでしなくてもいいだろう―――そう楯無は思った。

 

「完全に放置しています。それなりの処罰を下すつもりでしょうが、おそらく―――」

「漏洩させたのは、やはり……」

「ええ。残念ながら証拠はありませんが、委員会でしょうね」

 

 それを聞いた楯無は人知れず拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ISの普及後、各所にIS用ドームが建設されてもう7年が経つ。

 その場所では代表候補生になるためのテストなどが行われており、めったに来ないが自ら代表候補生を辞退するための受け付けも設けられていた。

 

「……本当にいいのですか?」

「はい」

 

 その関東支部では日本人にしては水色と言う明るい髪色をした少女が辞退届を提出しており、その受付に提出している人間がいる。

 

「でも、あなたは専用機持ちでしょう? それなら―――」

「会社によっては代表候補生じゃなくても専用機を支給してくれる場所はあります。あそこはそういうところですので」

「でも―――」

 

 受付の人はなおも食い下がる。それもそうだ。何故なら今辞退届を提出しようとしているのはここ最近でかなり名前を挙げている人物であり、某ゲーム大会でも世界大会で準決勝となった更識簪だからだ。

 受付嬢も最初は驚きを隠せず、何度も発行された身分証と相手の顔、そして辞退届を見比べるほどだった。

 

「———ちょっといいかな?」

 

 すると簪は「あり得ない」と思いつつ振り向く。

 

「……どうしました?」

「珍しい顔が騒ぎを起こしていると聞いてね」

 

 一瞬だけ簪が持つ辞退届を見ていきなり現れた女性―――戸高満は簪に言った。

 

「あそこで話をしないかい? どうして君が代表候補生を辞めるか聞いてみたいな」

「……良いでしょう」

 

 だが満は簪の顔に「面倒」と出ていることを見抜いていた。だが敢えてそれに触れず、女性をエスコートする男性のように簪に手を差し出す。しかし簪は「大丈夫です」と言ってそのまま先に椅子に座った。

 

「………で、どうして君は代表候補生を辞めるんだい?」

 

 率直な疑問だった。

 代表候補生になるためには生まれながら持っているであろう初期値が重要視される。簪やほかの代表候補生もそうだが、彼女らの場合は「A」や「B」が多く、「C」で合格するのは本当に少数だ。IS学園も意外とそうであり、「C」ランクは篠ノ之箒を含めても10にも満たない。

 それに簪は絶対に専用機の支給を保証される「国家代表」ではなく、テストパイロットの意味合いが強い「代表候補生」での「専用機持ち」。そしてそれは機体との相性もそうだが、ある一定の基準がなければできないことである。例外はセシリアのように「BT適正値」が必要な機体ぐらいだろう。

 

「彼と共にいるためには、国家に所属することが邪魔と判断したためです」

「………桂木悠夜、か」

 

 満も最近の悠夜のことは色々と聞いている。一部では「学園の火消屋」とも言われており、様々な襲撃事件に関与しているからだ。

 

「私にはわからないね。どうして彼のためにそこまでする必要があるのか」

「……それは、あなたが彼と関係を持ったことがないからでしょう」

「!?」

 

 簪の言葉をどう解釈したのか、満は顔を赤くする。

 

「どうしました?」

「い、いや……その、君は、彼と寝たのか?」

 

 その言葉に簪は陰りを見せ、満は内心ほっとしていた。

 

「彼にとって、君は本当に共にあるべき人間なのかい?」

「……私が、彼の足かせになっていると?」

「そうじゃないなら、彼はとっくに君を抱いているはずだ。学園別トーナメントのことは私も聞いているが、それでもまだ彼は君を抱いていないのだろう?」

 

 その言葉に簪は「そうです」と小さく答え、さらに言った。

 

「……でも、もう決めたことですから」

 

 簪は席を立ちあがりそのまま受付に書状を提出して帰る。

 満はそれを見送った後、携帯電話を出してとある場所にメールを打つ。「この前の話、お受けします」と。




☆唐突設定

戸高満(とだか/みつる)

日本所属の国家代表。
射撃を得意としており、機体の機動力の高さを生かして移動して撃つスタイルを取る。

美女…というより美形で、男装させたらイケメンのため、某歌劇団からよくオファーが来るとか来ないとか。

実はある秘密を持っており、以前出た教官とは―――

専用機:打鉄射型(第二世代)




しばらくこんなグダグダ状態が続くかもしれないです。


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#75 元からそのつもりはありません

安定の「これはナイ」感があります。


 一学期もいよいよ大詰め。今日から四日間に渡る学力テストと体力テストが始まる……というのに俺はIS学園から離れ、日本政府御用達の秘密会議用の会場へと訪れていた。

 一応は日本内であることに安心したが、それでも油断ならないのは事実だ。

 

(というか、よく日本で会議する気になったな)

 

 ギルベルトさんが運転する高級車で会場となるその場所に着き、十蔵さんと俺は降りた。

 

「では、行きましょう。ギル君、後はお願いします」

「わかりました」

 

 入ることはないだろうと思っていた高級会議場に入った俺たち。エレベーターに乗って指定されている階に入ると、黒服の人間が現れた。

 

「轡木十蔵さん、そして桂木悠夜さんですね」

「はい。案内をお願いします」

 

 頷いた黒服が俺たちを案内すると休憩室のような場所で俺たちを止める。

 

「轡木さんはこの部屋にお入りください」

「………どう見ても休憩室ですね? ここでするのですか?」

「会場には桂木悠夜さんのみ通すよう言われています」

 

 それを聞いた十蔵さんが眉をひそめた。

 

「待ちなさい。それはどういうことですか?」

「私たちはそのように言われました」

「ならばチェスター・バンクスを出しなさい。あの男ならば何か知っているはずです」

「それがですね―――」

 

 静かに、それでいて鋭い殺気を飛ばしながらそう言った十蔵さんを俺が制する。

 

「桂木君」

「……では、その人に聞いてくれませんか? 「本当に行くのは「子供」の桂木悠夜でいいのか」と」

 

 その言葉に対してどう思ったのかはわからないが、「少々お待ちを」と言った黒服の一人は奥へと消えていく。

 

「桂木君。まさかと思いますが―――」

「いざとなったらというだけです。大丈夫です。この条件ならば確実に大人を納得してくれます」

 

 それに俺専用の鋼もあるし、本当にどうしようもない時は迷わず黒鋼を使うようにするさ。

 小さい声で相談していると、先程消えた黒服が現れた。

 

「確認してきました。それでは、桂木さんだけお通しします」

「では、行ってきます」

「………」

 

 心配そうに俺を見る十蔵さん。そういう心配は是非とも朱音ちゃんにしてもらいたい。

 そんなことを思いつつ、俺は黒服の後に追いて行く。

 

「こちらから入ってください」

 

 言われた俺は一応の礼儀を払うため、4回ノックする。

 

『…入りなさい』

 

 言われて俺はドアを開け、閉めてから一例して「失礼します」と言った。

 中には老若男女……いや、比較的年老いた男女に、付き添いと思われる女性が数人座っている。すると見知った顔が一人、俺を見て顔を逸らした。ナターシャ・ファイルスさんだ。

 ほかにも中国やイギリス、フランス、ドイツの重役。日本はもちろんのこと、ブラジルやオーストラリア、ギリシャなどが参加している。どうやら10年前にIS条約に参加した国家の重役が姿を現しているようだ。いくらルシフェリオンの性能が性能だからと言ってもこんなことで集まるなんて馬鹿ではないだろうか? というか、俺がこれ見よがしに暴れるとでも思ってるのか? そうするならば最初から女権団のメンバーを殺している。悪いがあんな奴らに慈悲なんて与える気はない。あんなに可愛い本音をよりにもよってあんなブサイク共に犯させようとするなど言語同断。萌えを知らない奴など死ねばいい。

 冷静になりながら俺はポツンと置かれている机の前に移動する。誰からも「座りなさい」みたいなことを言われない。というかそれ以前に椅子自体なかった。

 

「初めまして、ミスター桂木。私はチェスター・バンクスというものだ。アメリカでIS関係の公務をしていて、今回の会議の進行を務めさせていただく。もう気付いているだろうが、ここにいる人間は全員日本語が達者だ。弁明はすべて日本語で構わない」

「(………弁明?)わかりました。既にご存知と思いますが、私の名前は桂木悠夜。あの事件のことはここにいる方々は既に知っていると思っても?」

「ああ。予め説明を済ませている。すべて話してもらっても構わない」

「では遠慮なく。IS学園に所属する第一学年で今年度に入ってからの表沙汰となった事件に関わり、解決している中心人物の一人です」

 

 それを聞いたおそらく全員が動揺しているだろう。でも実際、クラス対抗戦では援助アリだが単独で、暴走したVTシステムはほぼ単独で、襲撃してきた仏独コンビを抑えた一人だし、福音暴走事件は止めた張本人だ。

 

「あなたのことは聞いています。何でも、どこからか入手したBTシステムを我が国の代表候補生以上に扱えるとか」

「やり方がゲームと似ていますからね。悔しければ「高がゲーム」と思わずしてみればいいでしょう? まぁ、そう簡単に負ける気はありませんが」

「………」

 

 するとイギリスとわかる小さい国旗が置かれている席に座っている女性が俺を睨んでくる。こっちにだってプライドはあるんだもん。確かにスペックが高いってのもあるけどさ、流石に年季も生じてくるだろうよ。ちなみに俺は赤や白よりも黒が好きだから、クシャト○ヤを黒に塗って一時期はそれで戦っていた。

 

「さて、前置きはこれくらいにして、本題に入らせてもらおう。桂木悠夜、我々IS委員会にルシフェリオンという機体を譲渡してもらおう」

「……お断りします」

 

 もう少しで「ノゥ!!」とどこぞのロリコンインナーのように力強く否定しそうになったのを、なんとか堪える。

 

「ルシフェリオンは私にとって特別な機体です。そして何より、危険な機体でもある」

「そんなものを一学生である君の手に委ねろとでも?」

「ええ。日本では「触らぬ神に祟りなし」とも言いますし、何よりルシフェリオンは元々操縦者の体調を無視したシステムが搭載されています」

「……ほう。それは何だと言うのかね?」

 

 まさかその返しが来るとは思っていなかった。

 でもまぁ、よもや同じシステムがルシフェリオンに搭載されているなんて思いもしないだろう。

 

「サードアイ・システムです」

「何?」

 

 チェスター・バンクスの言葉をきっかけに各国の重役たちがひそひそと会話を始める。

 

「待て。それは確か君の機体に搭載されている第三世代兵器ではなかったのか?」

「ルシフェリオンは元々、SRsというゲームの大会用に作った機体。黒鋼に搭載されているのは言ってはなんですが劣化コピーです」

 

 それでもほとんど差異はなかったりする。黒鋼は情報収集をしていたらそのデータを反映させて未来予測するが、ルシフェリオンは最初から相手の心意を読んで未来予測するのだ。そして―――

 

「何より元々サードアイは膨大な量の情報を操縦者のキャパシティを無視して制限なく叩き込むシステムです。場合によっては発狂し、そのまま暴走してしまう恐れがある。米国とイスラエルが条約を無視して開発した軍用機体を倒せるほどのものを装着したままで、誰が倒せるというのですか? それにあなたたちのことは全く信じていません」

 

 そう言うと全員が黙りこんでしまった。そりゃあ、第三形態の軍用ISですら容易に仕留める機体を誰が止められるというのだろうか。

 

「以上の理由を持って、あなた方にルシフェリオンを譲渡することをお断りさせていただきます。今後、条件付きですがルシフェリオンのデータを提示するのは一か所のみです」

「………轡木ラボか」

「ええ」

 

 さも当然とばかりに答えると、全員が俺を睨む。

 

「……だが、あそこも情報開示義務はある。我々にいずれ情報が行くのは同じだ」

 

 だからこそ提示しろということだろう。

 

(………やはり切るべきだろうか?)

 

 ルシフェリオンはISではない。IGPS(イグプス)という別種のものだ。だからIS条約には抵触することはない。

 もしこれがISじゃないとわかれば、是が非でも奪われる危険性はあるし……何よりもISを超えるほどのパワードスーツを開発できる人間がいるというわけだ。篠ノ之束が新たに開発したパワードスーツということは俺たちの関係性からしてまずないし、開発しそうな人物は朱音ちゃんを除くとなると俺の親父なので既に他界している。

 

(結局取られるのは一緒なんだろうな)

 

 そんなことを考えて、敢えてこう言った。

 

「いくら轡木十蔵が強かろうと、所詮ルシフェリオンには適いませんよ。なら、やりようはいくらでもある」

「……ほう」

 

 まぁ、脅したりとか? 流石にそれをする気はないし、朱音ちゃんに日頃の感謝と称してデータを提供するだけだ。十蔵さんに関してのお礼は、朱音ちゃんにしてあげた方が喜ぶと以前菊代さんが言っていた。

 

「ならば、仕方がないな」

 

 ———パチンッ

 

 チェスター・バンクスが指を鳴らす。すると俺に何かが襲った。

 

「君が悪いのだよ、桂木悠夜。もう少し物分かりが良ければ長生きでき―――」

 

 そんなことが耳に届いたが、俺はそこで意識を途切れさせてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、手こずらせてくれる」

 

 そう言ったチェスターは黒服に指示すると、黒服たちは倒れた悠夜を二人がかりで持ち上げる。

 

「上手く行ったようですわね」

 

 イギリスの国旗が置かれている席に座っている女性がそう言うと、チェスターは「ああ」と頷いた。

 

「全く。何を言い出すかと思えば。よりにもよって轡木十蔵の所のみ情報を提供しようなどと」

「これはよく言い聞かせねばなりませんな。もっとも、次起きた時に正気を保ってられたなら、の話でしょうが」

 

 周りがケタケタと笑い始めるのを止めたのは意外にもチェスターである。

 彼はすぐに手を挙げると、小声で周りの人間に言った。

 

「あまり大きな声を出さないように。近くにいるであろう轡木十蔵に聞かれる恐れがあります」

「そうですな。あの男に聞かれるのはまずい」

 

 一人がそう言った時、黒服の一人が「見つけました」と彼らに言った。

 その男の手には十字架に黒い鎌のような羽が纏わりついたネックレスがあり、チェスターは近くにいた女性―――ナターシャ・ファイルスに尋ねる。

 

「どうだ?」

「………それだと思うわ」

 

 苦々しい顔をしながらナターシャはそう答えると、チェスターはご苦労と言った。

 

「……これで家族とあの子を開放してくれるのよね?」

「ああ。約束は守ろう。ただし君には我々に協力してもらうことになるがね」

 

 その言葉にナターシャは奥歯を噛みしめる。だがそれも数秒だけで、しばらくすると元に戻したが。

 

「まぁそう悪いことではないだろう。ダサい身なりとは言え、君を助けた王子の世話をすることができるのだからな」

「…………そういうんじゃないわ」

 

 だがナターシャの言葉を無視したチェスターはすぐに全員に撤退を指示する。

 

 

 

 

 

 

「……流石に遅いですね」

 

 一人残されている十蔵がポツリと呟く。

 十蔵が案内された部屋にはテレビがあったので見ていたが、しばらくするとそれにも飽きが来たため今はただダラッとしている。

 すると彼の携帯電話に着信音として設定しているメロディが鳴り響く。

 

「もしもし」

『ギルベルトです。会議はもう終わられたのですか? 先程から何台か車が出て行っているのですが―――』

「……何?」

 

 そんなことは一度も聞いていない。

 十蔵はすぐに立ち上がるとドアの方に向かい、開け放った。

 

「そこまでだ、轡木十蔵。大人しくしてもらおう」

 

 外にはM16A2を構えた黒服たちがおり、それらが全員十蔵に標準を向けている。

 

「………これは一体どういうことでしょうか?」

「あなたをその部屋から出すなと言われている」

 

 ———ガンッ!!

 

 何かがぶつかる音がした。それもそのはず、十蔵がいる部屋の窓に鉄格子が現れ、十蔵を閉じ込めたのである。

 

「……やれやれ」

 

 どこか諦めたような声を出す十蔵。それを聞いた黒服たちは安堵する。何故なら彼らは十蔵が過去に築いた功績の数々を知っているからである。その内の一つは、十蔵の殺しの依頼を受けた男が返り討ちに遭ったのだが、十蔵が発砲をせずにまるで男が自ら自分が所有していた弾で自分を撃ったような傷を作ったという。十蔵は表には出されていないが日本で数少ない帯銃などの武装許可が出ている男だ。だが十蔵が持つ弾丸とその男が所有していた弾丸が照合しなかったことから、一部では「ミラージュ・ミラー」と呼ばれているほどである。曰く「その男を攻撃すれば反射されて自らの攻撃を食らう」ということらしい。

 それほどの男に対して黒服たちは攻撃を仕掛ける気にならない―――いや、怖くて仕掛けられなかった。

 

「すまないが、あなたにはその部屋に入っていてもらぁあッ―――」

 

 リーダー格と思われる男が途中で話すのを止めさせられた。原因である十蔵の拳が正確に腹部に当たっている。

 

「………老いぼれと見ているのか、私も随分と舐められたものだ。よもや5人程度でこの私を止められると思うなど―――」

 

 一人が銃口を挙げた瞬間、リーダー格の男と同じように腹部を―――そして顎を打ち抜かれる。

 

「ま、待て! 動いたら―――」

 

 突然だった。突然、あり得ないことが起きた。

 十蔵が背を向けていた相手がいきなり壁に叩きつけられたのである。

 

「ま、まさかもう発動させたというのか?!」

「そんな!? あれは跳ね返すことしかできな―――」

「今まで敢えてそうして使っただけですよ」

 

 ———ゴンッ!!

 

 残った二人の頭部をぶつけた十蔵はそのまま捨てる。するとリーダー格の男が目を覚ましたところで、十蔵は右足で男の顔近くの壁をへこませた。

 

「ま、待て! 情報なら―――」

「ああ、そうだな。教えてくれ」

 

 十蔵がそう言うと、黒服は情報を話し出した。

 

「桂木悠夜なら、これから日本にあるIS委員会の人体実験場へと輸送される。「堕天使」は別の場所だ。あの男たちが密かにそんなことを言っているのを聞いた!」

 

 「堕天使」とはルシフェリオンのことだ。

 それを聞いた十蔵は「やれやれ」と呟き、ため息を吐く。

 

(本気で調べる気でいるようですね)

 

 黒服たちから銃器などを回収した十蔵は荷物をまとめて階下へと降りて自分が乗ってきた車を探す。それもすぐに見つかった。ギルベルトが立っていたのだ。

 

「お待たせしました。……悠夜様は?」

「残念なことになりました」

「……ほう。その割には笑みを浮かべているようですが」

 

 ギルベルトの指摘に「当たり前でしょう?」と答える十蔵。

 

「私も、そしてあなたもあの一族の強さ―――いえ、逸脱した特性を知っていますからね。それにルシフェリオンもある。あれが私が予想する人物が作成した物ならば、しばらくすると世界経済やパワーバランスはある種の終焉を迎えるでしょう」

「………まぁ、それはそうですね」

 

 二人は笑っていた。自分の主の孫が、友人の孫が捕まっていたというのに笑っていた。何故なら、彼らは信じていたからだ。

 例え彼がどうなろうと―――それこそ、現存するISに囲まれたとしても絶対に生きて帰ってくると()()しているからである。

 

(一応、アレのスタンバイはしておきますか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう」

 

 IS学園にある轡木ラボの朱音の部屋で、朱音は十蔵から仔細を聞いた。

 すると彼女は稲妻が書かれた指輪を持った状態で鳥かごの中に入っている黒い鳥を外に出す。そしてその鳥に指輪を握らせた。

 

「じゃあ、お願いね」

 

 そう言うと黒い鳥は自ら飛翔し、ある目的のために飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ある場所では一人の男が遭いたくない目に逢っていた。




目を覚ました悠夜の前に広がるのはベッド、そしてどこかにありそうなピンク色の空間だった。
そして悠夜は自らの思いのためにそこから抜け出す。

自称策士は自重しない 第76話

「テメェは怒らせた」



安定の次回予定です


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#76 ISでしか戦いなんて誰が決めた?

文章力が低下していることに関してはご容赦を
本当の大人はここまでバカではありません。


「つ、捕まったってどういうことですか!?」

 

 学園内で学力テストが行われている中、呼び出された楯無は学園長室でそう叫んだ。本来ならテストを心配するべき生徒の一人だが、彼女と虚の場合は既に筆記テストを終わらせている。もっとも虚は2年生から始まる分野特化カリキュラムの「整備科」を選んでいるため、そのテストの一つとして作るオリジナルの武装を作っている。その出来が良ければ各国企業にスカウトされるようになる。もっとも虚が第一志望としているのは「轡木ラボ」だが。

 

 ———閑話休題

 

 楯無が思わず叫んだことで学園長である菊代は耳を塞いだが、口を閉じたのを確認すると両手を開ける。

 

「ええ。先程、理事長から連絡がありました」

「そんな……あの人がいながら……どうして……」

「隔離されたようです。まぁ、だとしてもそんな理由で納得はできませんが」

 

 菊代の言葉に楯無は頷く。

 

「———まぁまぁ、とりあえず落ち着いたらどうだ?」

 

 そう言いながら、来客用に準備されている椅子に座りながら、晴美がコーヒーを口に運ぶ。

 

「そんな悠長なことを言ってる場合ですか!? すぐにでも助けに行かないと―――」

「………いや、要らないだろう」

 

 晴美がそう言うと楯無は「どうして!?」と尋ねる。

 あまりの剣幕に常人なら驚くところだが、晴美は平然と答えた。

 

「普通の人間―――織斑一夏君の方なら流石に助けた方がいいかもしれないが、捕まったのは悠夜君の方だろう? あの子は強いから必ず帰ってくる」

「でも―――」

「そんなに心配なら、帰って来た時のことを考えてお風呂に入ったらいい。以前使ったおもちゃがあるが、使うかい?」

「………いえ」

 

 楯無はそう答えると、菊代は楯無の行動に水を差すように言った。

 

「ともかく、くれぐれも勝手な行動は慎んでください。あなたに伝えたのは、その必要があると思っただけです」

「………わかりました」

 

 そう答えた楯無は「失礼します」と言って部屋を出る。

 しばらくして晴美が言った。

 

「だが、それは本当なのかい? 悠夜君を捕まえるなんて」

「ええ。ですが、よりにもよってあの人を隔離するなんて……」

 

 菊代がそう言うと、晴美が「確かに」と相槌を打って言葉を続けた。

 

「これまで大人しくしていたのは、お父さんという学園唯一の化け物がいたからだろう。後は、今まで培ってきた「兄」としての癖だろうな」

 

 晴美が推測したことは正解だった。

 悠夜は今まで大人しくしていたのは、「轡木十蔵」という、これまでに感じたことがないプレッシャーを放ち、尚且つ高い技量を持った男がいたことも大きい。朱音を復活させようとした時に感じさせた十蔵の行動は悠夜にとって歯止めとなっていた。

 そして悠夜にとって意外にも彼の周りにいる女たちの存在は大きい。

 というのも悠夜は「女尊男卑の総帥」という大きな立場にいる女性の息子として養われていたが、その代わりに悠夜は義妹であり、郁江の大切な存在である幸那を可愛がっていた。今の世の中が「女尊男卑」でなければ、「兄に恋愛感情に近いであろう愛情を持っている」という点を除けば、幸那は普通の少女として育っていただろう。頭が良い悠夜は、今の世界情勢で血の繋がりがない者を養育するなど苦しかったに違いないということは容易に理解できた。それ故に家事と幸那の教育に関しては手を抜いたことがないし、愚痴をこぼすことはあれど絶対に成し遂げていた。

 そんな環境にいたからだろう。構いたくなるような状況にいた幸那から次第に「「兄」として必要な行動」が稼働し始め、実際に姉を持っていて、自分と同じ趣味を持つ簪、さらに今まで罵倒を浴びせるどころか自分を助けてくれた本音、そして心を入れ替え、過去のことが今になって甘えたい盛りを迎えたラウラ、彼女たちの相手をするたびに「まるでそれを基準にしているのではないか」と思うくらいの美ともう一つに癒されていた。もしそれが大変な目に逢った場合、どうなるかというのは臨海学校で起こったIS暴走事件で既に証明されていた。いや、下手すればそれ以上のことが起こるかもしれないのである。

 

「じゃあ、あれだけアピールされているのに、未だに誰とも寝ないのはやはり―――」

「「兄」としての行動が阻害しているんだろうな。……だから楯無―――いや、刀奈ちゃんなんだろう?」

 

 晴美の質問に菊代は躊躇わず頷いた。

 

「ええ。現状、学園内で同い年で心を開いているのは彼女か三年生の布仏虚さん……ですが、同居していた分の親しさを顧みれば彼女にした方が良い」

「三年生なら、もう一人いたな」

「………彼女は止めておいた方が良い。下手をすれば亡国機業(ファントム・タスク)が動く」

「だね」

 

 晴美は再びコーヒーを飲み、「ふぅ」と一息ついた。

 

「……だが、問題は一つある」

「そうですね。あの方たちが、彼に嘘を教えた場合でしょうか。学園にいる彼女らを権限を使って捕えている……もしくはそれ以上のことを言ったら……」

「………死人、出るな」

 

 菊代は悠夜の祖母である陽子を、晴美は父親である修吾を思い出しながらため息を吐いた。

 

「陽子様なんて、突進してくる猪にアッパーですからね。その孫である彼ならIS相手に半殺し……いや、いくらなんでも……」

「確か、警察の機動隊を相手に廃車をぶん回したとか聞いたが……」

「……出ますね。死人」

「……ああ、出るな」

 

 その時、この母娘の思いが一つになったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園長室を出た楯無はそのまま部屋を出る。既に時間的には放課後であり、テストの出来が悪かったのか、何人かが今にも倒れそうだった。

 その中で一人、何故か私服に着替えてどこかに出かけようとする妹の姿を見つけた楯無は驚きながら簪に近づいて行った。

 

「ちょ、簪ちゃん!? どうしたの?!」

 

 自分の姉を見つけた簪はいることに驚いたが、それも一瞬のことで真顔に戻った。

 

「……日本政府に呼ばれた」

「え!?」

 

 更識では普通ならば、呼ばれるとしたら楯無かその父の茂樹ぐらいなものだ。だが、いくら代表候補生だとしても簪が呼ばれることはない。

 

「……心当たりはある。だから、大丈夫」

「だ、大丈夫って……」

 

 ———まさか、簪ちゃんも標的に……

 

 嫌な予感がするのか、楯無は悪い方向に考え始める。

 

「たぶん、代表候補生辞退届を提出したから」

「待って。それってどういうこと!?」

 

 楯無にとって予想外だったのか、とんでも発言をした簪に迫ってしまった。

 

「「代表候補生」という肩書はもう必要ない。……むしろ、悠夜さんと一緒にいるなら邪魔だし、今は轡木ラボのテストパイロットで十分」

「いや、でも……」

 

 ———それでも、行かせたくない

 

 そう思った楯無は無言で簪の袖を引き、誰もいないところへと移動する。そして先程の聞いた情報を簪に聞かせる。

 

「……あのね、簪ちゃん。実は悠夜君が―――」

「捕まった?」

 

 先読みしてそう言った簪。楯無が頷いたのを見て、ゆっくりと言った。

 

「……じゃあ、お姉ちゃんは部屋でゆっくりして」

「……え?」

 

 まさか妹からもそんなことを言われるとは思わなかった楯無は驚きを顕わにする。

 

「でも、助けないと―――」

「……3月の状態ならそうした方が良かったかもしれないけど、今はもういいと思う」

「……何でそう言い切れるの?」

 

 ———わからない

 

 いつの間にか楯無は汗をかき始めていたが、それでも本人は気付いていない。

 それほど彼女は思考に囚われ、同時に何もせずに達観していた簪に戦慄している。

 

「三年前。……私が反乱者に売られそうになったことを覚えてる?」

「わ、忘れるわけないじゃない!」

「……みんなが来る前にすべて終わったでしょ?」

 

 そう聞かれた楯無は頷くと、簪は一度笑ってから言った。

 

 

 

「———あれをしたの、悠夜さんだって言ったら?」

「———え? でも―――」

「事実は消されたの。更識の名誉のために。一部隊とはいえ、それがただのゲーマー如きにマフィア諸共素手で壊滅させられたなんて聞かれたら、暗部としての信用を失うから」

 

 衝撃の事実を突きつけられた楯無は言葉を失った。

 

「………ちょっと、待って……どういう……」

「私が言えるのはこれまで」

 

 すると黒服の男たちが簪を探しているのか、辺りを見回していた。

 

「……簪ちゃん」

「大丈夫。絶対に戻ってくるから」

 

 そう言って物陰から出て行く簪。すると黒服たちが簪の姿を見つけるや否や駆け寄り、連行するように連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたら、広がるのはピンク色の風景だった。ここでとある主人公ならば「知らない天井だ」とか言うのだろう。

 ともかく横たわっているので起き上がると、それに伴ってどこからか「ジャラジャラ」と鎖を思わせる音が聞こえて来た。

 

「起きたのね」

「……何でバスローブ?」

 

 声をかけて来た女性に俺は思わず突っ込んでしまった。

 

(いや、考えてみれば普通か)

 

 そういや前にテレビで「風呂から出てすぐに服を着ると汗をかいて余計に風邪をひきやすくなる」って言ってたな。それ対策だろう。

 

「おはよう。桂木悠夜君」

「………」

 

 嫌な予感がして時計を探すが見当たらない。

 

「あの、ここってどこ……ですか」

 

 目の前にいるナターシャ・ファイルスに尋ねる。思わず敬語を使わずに聞きそうになったけど、たぶん誤魔化せただろう。

 

「ここはIS委員会があなたの遺伝子情報を取得するために開発した部屋よ」

「……その割には随分とピンクが多いような……」

「実際のラブホテルを参照して作ったらしいわよ」

 

 なんとまぁ、無駄にこっちゃって。

 こんな無駄な部屋を作る意味が分からない俺は、今すぐ去ろうとする。

 

「無駄よ。あなたは今、鎖で繋がれているわ。私もね」

 

 そう言ってファイルスさんは自分の胸元を見せてくる。確かに彼女にも首輪をされており、それがどういうことか俺の左手首に繋がっている。

 

「………あの、どういうこと?」

「……それを女性に言わせる気かしら?」

「……………まぁ、とりあえず事情は理解した」

 

 つまりあれだ。まずはファイルスさんを使って俺から白い液体を大量に摂取させ、そこからデータを読み取ろうという算段だな。

 そこまで想像してしまった俺は、改めてファイルスさんを見る。

 

「………何かしら?」

「いや、なんでもないです」

 

 何だろう。やるにしてもイマイチその気になれない。

 ともかく別の意味の確認も終わったので、俺はベッドから出ようとすると、目の前に投影されたディスプレイが現れた。

 

『お目覚めかね、桂木君』

「ああ、あなたですか? さっきのは一体何の冗談です?」

 

 流石にルシフェリオンを展開した状態では相手に失礼だと思ってやめておいたのに、あんな仕打ちをされるとはな。…いや、流石に予想はしていたけど、電撃を浴びせられるのは予想できなかった。

 

『なに、わがままな子供にお仕置きをしたまでだよ。大人しく渡せば無事に解放してやったものを―――』

「その後に無理矢理にでも捕まえてこの状況にするつもりだっただろうが」

『目上に敬語を使えと親に習わなかったか?』

 

 穏やかだが、それでも怒気を含んで脅すように言ったおっさんに対して俺は笑って答えてやった。

 

「悪いなぁ、生憎こっちはまともな生き方をしちゃいないんでね。むしろ切れて衝動的に学園を破壊されていないだけマシだと思ってもらいたいぐらいだ」

『………これだからジャパニーズは』

「テメェらみたいな使えない大人よりかはマシだろ?」

 

 そう言って返すと、画面の向こうにいる男は歯ぎしりする。

 

『まぁ、もっとも吠えられるのは今の内だがな』

「あ?」

『君は残りの人生、そこで暮らしてもらう』

 

 唐突にそんなことを言われて面食らったが、すぐにさっきの会話を思い出して言ってやった。

 

「じゃあ何か? この女と一生ヤりながら暮らして俺の遺伝子情報と言う名の精○を提供しろとでも言いたいのか?」

『察しがいいな。別に構わんだろう? 良い女を抱くだけで働く必要もないのだからな』

「確かにそうだな。だが断る」

『何!?』

 

 確かに条件だけを聞けばかなり優遇されていると考えてもいいだろうが、生憎俺はそういう暮らしには興味がない。

 

『馬鹿かお前は!? この条件を捨てると言うのか!!』

「俺は純粋な恋愛がしたいだけだ。用意されただけの女に用はない! ましてや貴様らのような屑が選んだ女など、信用できるわけがない!!」

 

 視界の端っこでorzという形でメソメソと泣くファイルスさんがいるが、今は放置する。

 

『………そうだ。いいことを教えてやろう』

「……あ?」

 

 するとディスプレイに移っていたおっさんがいなくなり、代わりに一人の少女が映し出された。

 どうやらその少女を映しているのは別のカメラの用で、少しばかり画質が悪い。

 

『君の知り合いだったな。この少女は』

「………何をするつもりだ」

『どうもするつもりはないさ。ただ君は、そこにいる女性と寝て、我々に君の生体データを提供してくれればいい』

 

 画面に映る少女は椅子に座らされているが、眠らされているのか反応がない。

 

『これで、君が何をするべきか理解できただろう? さぁ、早くやりたまえ』

 

 未だに画面に映らないが、おっさんの顔はおそらく笑っているのだろう。

 

 ———ああ、やっぱり

 

 だが、もうそういうのはどうでも良かった

 

 ———アノ時、全員潰シテオクベキダッタナ

 

 ただただ、俺の中にあるのは黒い感情だけだった。

 

 ———イヤ、今カラデモ間ニ合ウカ

 

 ———ジャア、ブッ殺ソウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何をしている。早くしろ』

 

 1分経っても何もしない悠夜を見かねたのか、画面からチェスターの声が聞こえる。

 だが悠夜は何もしないので、チェスターはナターシャに呼びかける。

 

『もういい。ファイルス、貴様からしろ!』

「待ってください! その女の子は関係ないでしょう! 今すぐ解放してください!!」

『いいや。彼女は関わる相手を間違えたのだ。だからこういう目に逢うのだよ!』

 

 どこぞの大佐のように言ったチェスター。その言葉に反応したのか、悠夜が少しだけ動いた。

 だが悠夜はベッドを降りて、ISスーツ姿から制服に着替える。

 

『何をしている。この少女がどうなってもいいのか!? ファイルス! 貴様も貴様だ! とっとと止めろ!!』

「待って、桂木君。今はこの男に従って!!」

 

 悠夜は何も答えない。どういうことか助走を付け始め、コンクリートでできた壁を殴った。

 

 

 

 この施設はとても強固にできている。材質はISのIS学園の壁に使われている対貫通性コンクリートを使用されており、ISでも中々壊せないものだ。

 それゆえにその光景を見ていた人たちは全員唖然とした。

 

「………え?」

 

 思わずナターシャはそんな声を漏らす。

 目の前で壁を殴った悠夜が後に見せる反応はあまりの痛さに悶えることだと思ったが、そんな幻想を打ち破るような光景を見せた。

 

 ———素手でISですら中々壊せない壁を破壊するという光景を

 

『お……おい……』

 

 ———ガッ!!

 

 悠夜は自分が鎖で繋がっていることを確認するとそれを破壊して先に進む。

 

「待って!!」

 

 思わず呼び止めてしまったナターシャ。悠夜はナターシャの方を向くと、軽く右腕を振った。

 すると彼女に付けられた首輪が外され、悠夜の左手首に付いていた物と同じように落ちる。

 

「これでアンタも自由だ。好きにしろ」

「ま、待って! あなたはどうするの?」

 

 ———って、何でそんなことを聞いているのよ、私は!?

 

 後悔するナターシャだが、悠夜は気にせず答えた。

 

「気にするな。ただアメリカ出身の人間が一人以上、この世から消えるってだけだ」

 

 未だに投影されているが、それでもブレが起こっている画面に向かって悠夜は言った。

 

「おい、おっさん。今からそっちに行く。死にたくなければ簪を無傷で開放し、今後一切、俺と俺の関係者、そしてその子孫に手を出さないことを禁じるという念書でも書け。それが無理なら―――

 

 

 

 ———テメェの一族皆殺しだ

 

 

 そんな物騒な言葉を平然と吐いた悠夜は開いた穴からそのまま外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

(………な、何なんだ…あの男は?!)

 

 チェスターは戦慄していた。

 彼はIS操縦者は所詮、権力を盾にすれば逆らわないということを知っていた。今回もちょうど問題を起こした日本の代表候補生を人質に取れば大人しく従うと思っていた。

 だがそれはすべて裏目に出て、人間では間違いなく破壊できない壁を破壊する。

 

「た、大変です! 今の攻撃で施設の30%が行動不能! イギリスの操縦者が攻撃に巻き込まれたようです!」

 

 実はチェスターは悠夜に一つ嘘を言っていた。

 本当は交わるだけでなく、戦闘データを取らせるために自分たちが用意した機体をいつでも送れるように準備しており、一見入口が見当たらないあの部屋でもその機体の待機状態を持って触れれば開けるようになっているのである。もっと言えば轡木ラボで開発された機体データを取りたかったが、悠夜は何故かISを持っていなかったのだ。委員会ではルシフェリオンを過信していたという理由で解決したが、本当は違う。今回の件で自分が何らかな目に遭うことを予想していた悠夜は敢えて轡木ラボ製のISを持つことを拒否したのだ。それで朱音がこの日のために伝書鳩を習って伝書機械鳥を開発していた。

 

「クソッ!衛生兵をそっちに回せ! 戦闘部隊は今すぐ桂木悠夜を止めろ! コーリングを出せ!」

「既に出ています! ですが―――」

「どうした!?」

「もうやられました!! ISが生身の人間にやられるなんて!!」

 

 チェスターは慌てて画面を見る。

 悠夜の手には見たことがない黒い剣が握られており、どうやらそれでイーリスはやられたようだ。

 

「ふ、ふざけるなよ!? 何故生身の人間相手にやられるんだ!?」

「そんなこと、私にはわかりませんよ!!」

 

 チェスターに対して一人の男が怒鳴り返す。

 

 

 その会話内容を、施設の遥か上で聞き耳を立てる人間がいた。

 

「サーバス様。どうやらあの方は既に脱出したようです」

「……ありがとう、リア。おそらくチェスターが更識簪を人質として見せたのだろう。馬鹿な奴だ」

 

 サーバスは笑いを漏らすと、リアと呼ばれた女性が尋ねる。

 

「しかしよろしいのでしょうか? 更識簪を助けなくても」

「構わないさ。委員会を壊滅させるには絶好の機会だ。放置しておけ。それに我々が介入したところで四神機の一つであるルシフェリオンを呼ばれては苦戦を強いられるだろうからな」

 

 そう言ってサーバスは自分の目の前にある建物を眺める。

 

(哀れだな。あそこまで桂木悠夜を軽視するとは……本当に哀れだ)

 

 心の中でそうあざ笑いながら、サーバスと呼ばれた男はただただ段々と煙が上がるその施設を観察していた。




少年には、密かに譲れないものがあった。
それは世間からすれば小さなものだが、少年にとっては大事なものであり、恋愛には必要不可欠と考えるほどである。
故に彼は織斑一夏の女たちとソリが合わない……いや、合わせる気はなかった。

自称策士は自重しない 第77話

「萌えとロマンの探究者」

悠夜「萌えを理解しようとしない奴らなど所詮はゴミ。存在する資格すらない」

薙ぎ払え! 星ごと奴らを!!








今回は結構本気でこのタイトルにしようと考えています(笑)


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#77 萌えとロマンの探究者

「………どこだ。どこにいる……」

 

 ———ゴッ! ドガッ!!

 

 次々と出てくる男たちやIS操縦者を殴る・蹴る・斬るという動作を繰り返しながら簪を探す悠夜。

 

(……ああもう、やっぱりルシフェリオンを呼ぶか…? いや、アレを解き放ったのはもっとダメージを食らわせるためだし……)

 

 そんなことを考えながら立ち回る悠夜。そして何を思ったのか、壁を殴り飛ばした。

 

「こ、こいつは一体何なんだよ!?」

「この、化け物が!!」

 

 そう言ってもう男たちは悠夜に対して遠慮せずに撃っていた。

 それほど今の悠夜は恐ろしく、とても銃ぐらいで倒せるようなものではないのだから。

 

「テメェら、そこを退きやがれ!! 俺の目的はあのクソ野郎と同格の奴らだけだ!! 邪魔をしないなら見逃してやる!!」

 

 すると全員が攻撃を止め、各々武器を降ろし始めた。

 

「何をしている!! お前たちは誇り高い―――」

「ゴチャゴチャうるせえ!!」

「ひでぶっ?!」

 

 士気を上げようとした男を殴り飛ばした悠夜。そしてその男をすぐさま掴み、睨みつけた。

 

「おい。とっととあの野郎共の場所を教えろ」

「……誰が、貴様なんか―――」

 

 もう一度殴った悠夜はその男がどうなったかとかどうでも良く、そのまま先に進む。

 

 

 その頃、その光景を見ていた男たちは戦慄していた。

 全員は、悠夜が大人しく従うと思っていた。確かに悠夜は計算高く、隙を見せない。一人目である織斑一夏に比べれば厄介であるが、それでも人質さえ取れば―――大切な人間を手中に収めれば余裕で勝てると思っていた。

 

 ———だが、結果は違った。

 

 ISを持たない。突然現れた正体不明の機体もこっちが手に入れているのにも関わらず、圧倒的な大差をつけたのにも関わらず、この猛威である。

 

 ———たった一人の少女のために、ここまでするか……

 

 この施設に集めたのはどの部隊でも戦えるほどの実力者たちであり、少なくとも対人ならば容易に潰せるほどの猛者たちである。

 だがそれらはすべて壊滅してしまい、後に残っているのは簪のいる場所とチェスターがいる作戦指令室のような部屋のみである。

 

「……化け物が!!」

 

 思わずチェスターは近くにあった叩く。それに驚いて振り向く隊員たちだが、すぐに各々の画面に戻す。

 するとチェスターが座っている席にコール音が鳴り響き、彼はひったくるように電話を取った。

 

「何だ」

『………やられたわ』

 

 電話の相手がすぐに誰かわかったチェスターは舌打ちをした。

 

「何がだ」

『あの機体、我々がこれまで培ってきたデータをすべて吸い出したのよ。我々イギリスのBT兵器をはじめ、すべてのISの機体情報をすべて取ったのよ!!』

 

 思わず電話の受話器を取り落とすチェスター。そして生気がなくなったかのように力を失い、そのまま着席した。

 

「………何だよ……それ……」

 

 ———ルシフェリオンによる全データの強奪

 ———そして画面上で次々と味方を倒す少年

 

 衝撃的なダブルパンチを食らわされたチェスターはもう、考えることを放棄した。

 そしてとうとう、やってはいけないことを言った。

 

「この施設を放棄する。阿村に命令し、ここをミサイルで攻撃させろ」

「ですが、そんなことをすれば味方まで殺してしまいます!!」

「構うものか。高がガキ一人止められない奴らなど、死んで当然だ!!」

 

 そう怒鳴り散らしたチェスターは拳銃を取り出し、そこにいる人たちに「お前たちは連絡し次第、退避しろ」と言って出入り口のドアを開けようとする。

 

「委員長はどこに?」

「後処理だ」

 

 そう言ったチェスターはそのまま外に出てすぐに別の部屋へと向かう。

 そこでは各国の重役たちがおり、その中心には椅子に拘束されている簪の姿があった。

 

「どうしたんですか、バンクス委員長。あなたはファイルス代表と桂木悠夜の情事を見るのではなかったのですか?」

「事情が変わった。桂木悠夜が暴れている」

「何? それはおかしいでしょう!? あの男を絶対に篭絡できるから我々は―――」

 

 するとチェスターが入ってきたドアが吹き飛び、それが近くにいた重役に当たる。

 その犯人である悠夜はそのまま入ってきて、辺りを見回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はある種の女が徹底的に嫌いだった。それは―――恋愛シミュレーションゲーム…所謂ギャルゲーというものをしていると知った時に軽蔑する奴らである。

 恋愛シミュレーション……確かにそれは傍から見たら陰険な奴がしていることが多いから引くこともあるだろう。だがそれは男目線で語られることが多く、女にとってはまた男の気持ちを理解できる材料にもなり、そのゲームは女の子の背景を語られることもあるため、場合によっては「BGMや声が付いた小説」とも言える代物だ。例を挙げるならば、「ひぐ○しのな○頃に」は典型的なそれだ。あれはほとんど選択肢がなく、コツさえ掴めば容易に攻略……いや、話が流れる。さらに言えばそれも含め、今では大半のギャルゲーが泣けるものになっているのだ。ここで例を挙げるなら、「まし○色○ンフ○ニー」や「クラ○ド」、「リト○バス○ーズ」だろう。エロゲもあるが、それが嫌なら下調べをして目当てのものを買えばいい。

 まぁ、つまり何が言いたいかと言うと、今の世の中大半の女がそれを理解できないクズである。

 そして俺の目の前にいる奴らも俺にとってそいつらと同類であり、「レ○プ」などというもはや萌えも何もないクズ行為を行おうとするこいつらは存在する価値がない。俺にとって、奴らは篠ノ之みたいな屑と同類だ。

 

「動くな、桂木悠夜」

 

 いつの間にそこにいたのか、なんとかゴミ屑が簪に銃口を向けていた。

 

「貴様、ルシフェリオンがデータを奪うことを知っていたのか?」

 

 唐突にそんなことを聞いて来るので、平然と答えてやる。

 

「知ってたけど?」

 

 そう言うと、周りが察したのかざわざわと騒ぎ出す。

 

「貴様のおかげで我々が開発してきた技術がすべて奪われた! どうしてくれる!!」

「は? 知るかんなもん」

 

 そんなもの、些細な問題だ。

 

「知るか……だと!?」

「この、ガキが―――」

 

 近くにいた男たちが悪態を吐くので、一人捕まえて顔から壁に叩きつけてやる。

 

「………ゴチャゴチャうるせえんだよ」

 

 すると今ので意識が飛んだのか、その男は何も答えなくなった。

 

「じゃあ、お前らが俺に何をした? 十蔵さんみたいに俺が欲するままの性能を持つ専用機をくれたわけでもない。ましてや俺を助けてくれたわけでもない。そんな奴らのクソ技術なんざ高が奪ったところでだ。腹の足しにもならないゴミに用はねえんだよ、屑共が!!」

 

 本当にこいつらはクズでしかない。少なくとも俺にとってそうでしかない。

 だからこそ俺は遠慮なく言ってやる。

 

「第一、テメェらが女性優遇制度を作ったおかげでこっちはどれだけ苦労させられたと思っている? 使えない専用機持ちと学園所属の雑魚共の尻拭いをしていると思っている? すべて俺だよ! それなのにテメェらは謝礼金を渡すわけでもない。女権団の暴走を断罪するわけでもない。すべて俺のせい、俺が悪い。挙句ルシフェリオンをテメェらに提供しろだぁ? 調子に乗るのも大概にしろや」

「ふん。貴様も国にいたならば、それ相応の貢献をするのは当たり前だろうが!」

「黙ってろゴミ野郎! 今は俺のターンだ!」

「なっ、貴様、私に向かって―――」

 

 ———ゴンッ

 

 ダークカリバーで頭部を殴って黙らせる。

 

「ましてや何だこれは? 揃いも揃って一国家の代表候補生を―――いや、俺の女の一人をレ○プしようってのか、ええッ?」

「黙れ! 何が()の女だ! 代表候補生は我々の―――」

 

 うるさかったので一人を黙らせる。いや、イラついたので思いっきり殴った。

 

「いいか。レイ○とはクズがするものだ。そしてそれをしようとしたお前ら全員がクズだ! テメェらクズは俺が捌く! 面倒だからそこから動くな!」

「———黙れぇ!!」

 

 瓦礫が飛び出したかと思ったら、灰色のISを纏った女が現れた。

 

「死ね! 異端者!!」

「消え失せろ」

 

 ダークカリバーをガンモードに変え、その女に向かって容赦なく撃った。

 排出された球体はその女が撃つよりも早く着弾し、大爆発を起こす。

 

「女尊男卑思考を持つ女、そして萌えを知らぬ人類なんぞ……存在する価値もない」

 

 すると俺の体から出た何かが女に向かって飛び、突き刺さった。

 

「な、なん―――」

「覚えておけ」

 

 しかしさっきのは面白い技だな。今引き抜いたが特に外傷はなさそうだし、これから歯向かってきた奴に対して遠慮なく使うとしよう。

 

「俺は真の世界最強にして…萌えとロマンの探究者―――桂木悠夜だ! 萌えもロマンもわからぬ奴は、俺がすべてぶっ潰す!! 女尊男卑なんぞ、存在する価値もない!!」

 

 さっきのでコツは掴んだ。後は実践するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪にとってこの状況はある意味好都合だった。

 自分が捕まることで悠夜の士気が高まり、それで脱出してくれればと思っていたが、

 

(………また、新しい技を編み出してる)

 

 今、悠夜の周りには黒いオーラが漂っており、今にも周りにいる男たちを殺しかねない。

 

「な、何が萌えとロマンの探究者だ!!」

「その名の通り、萌えとロマンを探究している! すべての恋愛は萌えに帰属すると言っていい。萌えれない女はただの屑だ!」

「暴論だ! そんなもの―――」

「ああ、それと簪に手を出したのが個人的に気に入らない」

「それこそ暴論だろうが!! ふざけ―――」

 

 だが、チェスターは最後まで言葉を言えなかった。再びダークカリバーで殴られ、さらに悠夜が放っている黒い何かで貫かれたからである。

 実際それは高濃度の殺気で、一時的に気絶させているだけだが―――悠夜はそれの正しい使い方を知らない。

 

「ま、待て! 我々はその男に言われて―――」

「知るかぁ!!」

 

 言い訳を始めた男に対して容赦なく蹴りを入れる悠夜。すると銃声が鳴り響き、全員が動きを停止する。

 

「——————あ」

 

 簪は思わず声を漏らした。銃弾が悠夜の胸部に命中しており、そこに当たったからか()()しているのである。

 そう、「停止」だ。「貫通」ではない。

 

「………痛いなぁ……」

 

 悠夜の周りにあった黒い殺気がさらに濃度を増し始める。悠夜が銃弾が発射したと思われる場所を見ると、日本の総理大臣である「阿村」が拳銃を持っていて、そこから煙が上がっていた。

 

「……簪」

「……な、何でしょう………」

「誰がお前をここで呼んだんだ?」

 

 不気味なほど穏やかな口調で尋ねる悠夜。だがその言葉に含まれる殺気にいつの間にか怯えていた簪は包み隠さず言った。

 

「……その人」

「……へぇ。テメェガ…簪ヲ……売ッタノカ………」

 

 そこから消えた悠夜。音が聞こえたかと思ったら、阿村が壁に叩きつけられていた。

 

「萌エスラモワカラナイ低能如キガ、簪ヲ売ッタ? ………ソウ」

 

 阿村の腹部に強烈な一撃が叩き込まれる。そのせいで阿村は汚物をまき散らした。

 

「………ゲホッ、し、仕方なかったんだ! 私にだって事情が―――」

 

 ———ガンッ!!

 

 汚物の上に頭部を叩きつけられる阿村。その隙に他の国の重役たちが逃げようとするが、悠夜がそいつらに手を伸ばしたことで揃って壁に叩きつけられた。

 

「……………お前らは見せしめだ」

 

 少しは正気に戻ったのか、カタコトではなくなる悠夜。

 

「これでわかっただろう? 俺に喧嘩を売ったらどうなるか? 今日はもうこれで帰ってやるが……今度はきちんと話し合いましょう……ねぇ?」

 

 そして逃げようとしていたチェスターは叩きつけられ、全員が沈黙したところで悠夜は簪を回収し、施設を内側から崩壊させた悠夜は朱音が飛ばしていた悠夜専用の鋼「雷鋼」を装着して去ろうとした。

 

「……待て」

 

 荒鋼を展開して装着した簪とIS学園に戻ろうとした悠夜を引き留める声が現れる。

 

「……誰だ?」

「戸高満。日本の国家代表」

「………こんなことをして、本当に済むと思っているのか!?」

 

 唐突にそう言った満に対して悠夜は首を傾げた。

 

「そうか? それでも温い方だと思うが」

「何?」

「あ、それと俺は国家代表と話す趣味はないので失礼しますね。行こう、簪」

「う、うん」

 

 そこから去ろうとする悠夜と簪。だが満は諦めず、悠夜を自身の機体「打鉄(うちがね)射型(いがた)」で狙いを定める。

 

「停止しろ! さもなくば―――」

 

 それよりも早く簪が機体の体勢を変え、一斉射撃を行う。中には煙幕なども含まれており、その隙に二人は逃げ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園に帰ってきた俺たちを待っていたのは、憤怒の形相で立ちはだかる織斑先生だった。

 

「……この場合、よく帰ってきたと言うのが正しいのだと思うがな」

「間違っていませんね」

 

 俺がそう言うと隣で簪が頷く。

 ちなみに今の体勢は、俺が簪を抱き寄せている状態であり、生徒会長が見れば発狂して俺を殺そうとするだろう。

 

「やってくれたな。馬鹿者」

「いや、何をですか」

「………委員会の施設破壊。ならびに各国の全ISデータの奪取だ。しかも委員長以下20人のお偉いさんをほぼ再起不能にしているのだぞ」

 

 と重々しく伝えられているが、正直大半が自業自得である。

 そもそも簪を誘拐したことで俺の怒りは抑えられなくなったんだが、しかもあの野郎共、平然と簪に対してセクハラを超えていたそうとしていたから―――

 

「軽くお灸をすえただけですよ?」

「それで施設の90%が壊滅とは一体なんだろうな?」

「脆かったんじゃないんですか?」

「仮にも大金をつぎ込まれた施設だぞ。そんなわけあるか」

 

 そんなやり取りをしていると誰かが近づいて来る気配がしてきたのでそっちを見る。十蔵さんと楯無だった。

 

「織斑先生。その辺りで勘弁してあげてください。彼らだって疲れていますし、何よりも更識さんは明日もテストがある」

「……わかりました」

「はい。では妹さんを部屋をお願いしますね」

 

 楯無に簪を任せ、俺は十蔵さんと対峙する。

 

「さて、桂木君。……やりましたね」

「ええ。やりました」

 

 情報を奪取したはいいが、基本的に轡木ラボを超えるものはないと思っているのでノータッチ。整理する方法を見つけたらすぐに捨てたいぐらいである。

 そしてもう一つは施設大破。これでしつこい奴らもしばらくは大人しくするだろう。

 

「それでですが、桂木君。現在委員長代理となったクロヴィス・ジアンから会談の申し入れがありましたがどうしますか? 彼はあのアホとは違って話が分かる人です。私としてはあなたの立ち位置を確立させるためには是非受けるべきだと思いますが」

 

 ………確かにそれは一理ある。

 それに俺が暴れ、さらにルシフェリオンで各国のデータをチラつかせている今、まともな交渉が行われる可能性はあるだろう。

 

「それにふざけたことをした時には我慢せず、一撃で会場をぶっ壊せばいいですしね」

「理事長、馬鹿なことを言わないで下さい」

「それいいですね。是非とも今度はルシフェリオンを召喚して超巨大のクレーターを作りましょう!」

「桂木も同調するな!」

 

 織斑先生からこうして突っ込みが入るのは結構レアかもしれない。

 そう思っていると、不意に俺の意識は飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい、桂木!?」

「おやおや」

 

 急に悠夜が倒れたことで、二人は違った反応を見せる。

 千冬は慌てふためき、十蔵は少し驚くがまた笑みを浮かべた。

 

「ギルベルトさん」

「…ここに」

「———!?」

 

 暗闇から唐突に現れた男に驚きを見せる千冬。だがギルベルト自身はそのまま悠夜を俵を担ぐようにした。

 

「どうして貴様が―――」

「あなたに運ばれたと聞いた彼が発狂して学園を壊さないように、私が彼を呼んだんですよ」

 

 ギルベルトの代わりに十蔵がそう説明する。

 

「……通常、関係者以外は立ち入り禁止ですが」

「まぁまぁ、固いことを言わないで。多少融通を利かせないとできる男もできなくなりますよ」

「……それとこれとは関係ないでしょう」

 

 千冬の言葉に対して笑みを絶やさない十蔵。彼がギルベルトに悠夜を寮の部屋に運ぶように言いつけると、千冬がすぐに尋ねた。

 

「…何故、保健室ではないのですか?」

「あれはおそらく疲れでしょう。ただでさえ、慣れていないことを連続で行ったんです。疲れたとしても不思議でもない。それに、ああいう風になったのはそう珍しいことではありません。三年前のことといい、三月でのことといい、彼は決まってその場で寝ていましたから」

 

 もっとも、三月の時に機動隊を全滅させた悠夜はその後日本政府関係者にホテルに連れて行かれ、軟禁されていたが。

 

「寝ていた……?」

「極限状態まで自身の性能を引き出して、疲れない人間なんていないでしょう? 彼は怒ると暴走することが多いらしいですから。さて、私たちも戻りましょう」

「……ええ」

 

 二人はそれぞれの部屋へ向かって歩き始めた。一人はすべてを見透かし、一人は疑問を残しながら。




IS学園のテスト最終日。暇になった悠夜は街に出ることにした。
だが彼に単独行動が許されず、ある人物が付いて行くことになる。

自称策士は自重しない 第78話

「ある条件を満たせば、男でも長い買い物となる」


???「こんなところであなたに再開できるなんて、嬉しい限りです!!」
















これでようやく、「対IS委員会編」は終了です。本当はスクライドのネタをぶち込みたかったけど、それはまた今度にしましょう。




※紹介コーナー

雷鋼(らいこう)

轡木ラボが開発した第二世代型量産機「鋼」を悠夜用にカスタムした機体。性能は第三世代型だが、ビットやサードアイがないため分類上は第二世代になる。


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#78 思春期の少女が抱いていた疑問

タイトルに違和感を感じる人は正常です。だからと言って違和感を感じない人が正常じゃないわけではありません。


 第二次会談とやらが開かれた。

 その会議はフランスのクロヴィス・ジアン氏が唯一俺と(ものすごく微々たるものだが)交流があるということ、また、ある程度十蔵さんから俺の扱い方を聞いているという点で主に先導しており、周りはたまに口を挟む、というやり取りをしていた。

 そして今回の会議で決めたことは―――

 

・ルシフェリオンの運用

・奪取したデータの取り扱い方法

・俺の結婚云々

 

 ―――である。

 

 まず軽くルシフェリオンはISどころか地球すらを余裕で消せる力があることを説明して、福音戦でのメーター履歴を見せると意外に納得してくれた。考えてみれば以前はデータ提示をするか否かで揉め、挙句俺を気絶させて簪すら誘拐する羽目になったんだ。振り返ってみれば俺の説明の仕方が悪かったこともあってその方法を一部変えてみた。そして今度はこっちが「ルシフェリオンの使用は極力控える」ことと「練習時は必ず「轡木十蔵」のみを付ける」ことを提案した。極力控えるってのは、「ムカつくから」という理由で展開しないことを約束、そして二つの条件のどちらかを満たした場合のみの使用することを約束した。一つは先程上げた通り、「轡木十蔵の監視の下での使用」。そしてもう一つは、

 

『緊急時での使用が認められたの?』

『ああ。特に最近、学園で色々と問題があったからな。俺が使用するISが戦闘不能になるか、ISでの鎮圧が困難と判断した場合のみ使用を許可。その場合は最高でも30%~50%が上限の出力制限が義務付けられた』

 

 そう楯無に説明すると、「確かにね」と頷いた。

 

『情けないことだけど、私が間に合わない時もあるしね。でもどうして50%なの? 確か福音相手には30%で勝てたのよね?』

『大体50%ぐらいがルシフェリオンの攻撃を地球が耐えられるから』

『………そういうことね』

 

 納得してくれたようで、俺は次の説明に移った。

 

『で、次は奪取したデータなんだけど』

『本当にルシフェリオンには驚かされたわ。まさかケーブルを通じてデータを奪えるなんて』

『俺も知った時には驚いたよ。特定の機械が無ければデータを閲覧できないし、その機械も俺しか扱えないから実質俺にしかデータを見ることができないしな』

 

 ……まさかあのアタッシュケースパソコンがそれだとはな。

 

『あの会議で何が揉めたかと言うとそれなんだよな。未だ試作段階のデータすら取ってしまったから、ルシフェリオンのデータをよこせとか言ってきて』

『……自業自得よね、それ』

『「別にいいじゃないですか。それともあなたたちに黒鋼以上の機体を作れるんですか? 複数の第三世代兵器が搭載されているのですが」と言ったら黙ったが』

『……もう涙目ね』

 

 いやぁ、だって「あんな変人が集まる研究所が作った機体のどこが遅れているのよ!」とか言うから、ついイラッてきちゃって。朱音ちゃんは天使だし、そもそも本気出せば国を消し飛すだろうし……十蔵さんが。

 

『全く。あまり問題を起こさないでよ』

『でも結局俺が解決してるじゃん』

『………そ、それは……その……』

 

 隣にいる楯無の顔を見ると、そのまま体全体が見えてしまい慌てて俺は顔を逸らした。

 

(…………ヤバいほど似合い過ぎてて目に毒だな、これは)

 

 いつもと違い、露出が激しい服を着る同伴者。さっき「中にはスパッツを履いている」と言っていたが、そうとは思わせないほどの格好をしていた。

 上は白いワンピースを着ていて、その上には水色のカーディガンを羽織っているためそれほど露出を感じさせない。さらに下はフラットシューズを履いている。

 

(ああ、もうヤバい)

 

 絶対、こいつに対してこんな感情を持つまいと思っていた。

 持ってしまったら同居なんかできない。毎晩毎晩馬鹿みたいに襲おうとすると思っていたからだ。

 

(どうしてこんなに可愛いんだよ、こいつ)

 

 周りがテストだなんだと騒いでいる中、俺は楯無と一緒にモノレールに乗っていて、一人で悶々としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりは十蔵さんの言葉だった。

 

「明日はテスト最終日ですが、二人で出かけてみてはどうでしょう?」

「え?」

 

 IS学園のテストは一般の高校よりも長い。何せ一般科目だけでなく、ISに関する科目が学科5個と実践2個(機動テストと戦闘テスト)もあるからだ。……もっともそれは関連度が高いため、一緒にした方が便利且つわかりやすいが。

 だがそれはあくまでも周りだけで、俺は難癖付けられるのを回避するため既に終わらせている。そのため、暇である。

 

(二人ということは、朱音ちゃんとかな?)

 

 朱音ちゃんは今も中学生だが、それ以上に働かされている気がしなくもない。今は黒鋼の改修に着手してくれているが、俺としては雷鋼もあるし、いざとなればルシフェリオンも使うからゆっくりしてもらいたいものだ。

 そしておそらく、彼女は俺よりも給料をもらっているがここは俺が出そう。日頃の感謝を込めて、身体的スキンシップと言えば聞こえは悪いだろうが、要はハグとか撫で撫でとかするつもりだ。

 

「わかりました。満足してもらうよう、心がけます」

「…おや、珍しいですね。てっきりあなたは「面倒なので大丈夫です。色々あったのでゆっくりします」と言うのかと思いました」

「テストが終わったら3日間の休みにテスト返却と終業式でしょう? こういう機会がなければ構うことができないのですから、利用させてもらいますよ」

「……まぁ、そういうことなら」

 

 そんな感じで理事長直々に外出許可をもらった俺は、相手に失礼のないようにちゃんとした服装(ただし髪は少し切った程度で眼鏡はレンズが曇っていないのに変えたのみ)にして一時間以上前に来てレゾナンス周辺の店に行くと、しばらくして来たのは楯無だった。

 

 

 

 ……冷静に考えてみれば、あの人が俺と朱音ちゃんを率先してデートさせるわけがなかった。

 しかも俺と楯無は同居中だし、準備しているところを思いっきり見られているわけである。さらに悪いことに、今ラウラは簪と本音の部屋に居候している。

 

(ヤバい。どうしよう……ネタがない)

 

 会話が、出てこないのだ。

 お互い黙り込んでしまい、モノレールから降りてもしばらく黙っていた。まぁ、あれだ。さっきまでプレイべート・チャネルで会議のことを話していたんだが、ある部分に差し掛かったので俺が会話を止めたんだが。

 

 ———だって重婚を認められちまったからな。ホント、マジでどうなってんのこの世界

 

「で、どこ行こうか?」

「決めてなかったの? あれだけ気合い入れてたのに……」

 

 ……こいつ、容赦なく触れてほしくないところに触れてきやがる。

 まぁ、朱音ちゃんと出かけると勘違いしていた俺が全面的に悪いと言えば悪いのだが。ちなみに朱音ちゃんと行くのだったら、ホビーショップだな。

 

「一応、候補はあってだなぁ」

「じゃあ、どこに行くの?」

「………」

 

 …服屋は着て来たものを否定するだろうからな。本人からそういうことを言わない限りアウトだろう。いや、俺の服を買うことを考えたら女として楯無に付いてきてもらうのもありかもしれない。

 

(まぁ、この容姿で服を買うことはないだろうけどさ)

 

 悲しいことにもう成長は終わったのか、ここ一年で服のサイズが変更することはなかった。

 

「そういう楯無はどこに行きたいんだ?」

「……ホビーショップ。実は前々から行きたかったんだけど、噂ではIS操縦者の写真とかが売られているって話だから……」

 

 そういえば、その辺りのことはあまり知らなんだよな。IS自体興味がなかったから。

 でも楯無にもあのゲームの良さは知ってもらいたいし、いい機会かもしれないな。

 

「……じゃあ、いつもの所に行くか」

「そうね」

 

 俺は内心恥ずかしく、同時に嬉しく思いながらいつもの店「オターズ」へと足を運ぶ。

 そこは近辺ではかなりのプラモが分野問わず置かれている店なので、楯無の機体を意識するならば例のアレも置いてあるはずだ。

 そう思ってすぐにそっちに向かうと、

 

「———あれ? もしかしてユアさんですか?」

 

 どこかで聞いたことがあるトーンだと思って振り向く。どうやら記憶は正しかったようで、プラモコーナーには見覚えのある奴がいた。

 

「……もしかして、マス?」

「ええ。覚えていてくれたんですか?」

「そりゃあ、かなり精密となったルシフェリオンを振って壊そうとしたからな」

 

 すると何かに蹴られた時のようなうめき声を上げるマス。まぁ、アバターネームなんだが……。

 

「初めまして、御手洗数馬です。実は友達もいまして―――」

「おい、数馬。誰と話して……あ」

「………バンダナカップルの片割れ?」

「アイツとは兄妹です!」

 

 偶然だな。こんなところで再開するとは。同じところをテリトリーにしていると言っても、会う確率なんて低いだろうに。

 

「俺は五反田弾です。その、以前は妹が失礼なことを……」

「あぁ、別にいいよ。俺の………妹みたいなのが殺そうともしたし。君もここにってことはSRsに興味が?」

「はい! ……って言っても数馬はユアさんみたいに上手くはできませんけど……」

「いや、技術は自然と磨かれるものだ。数をこなしていれば意外に自分が納得がいく形に仕上がっていることが多い。むしろこういうのはたくさんアイデアを出してやった方が良い。方法は多少曲がってはいるが、そうしてルシフェリオンを作ったんだからな」

 

 先輩風を吹かせてそんなことを言っていると、後ろからいきなり何かが突撃してきた。

 それを受けた俺は数秒置いて後ろを向く。

 

「………楯無」

「もう、悠夜君。彼女を置いて何してるのよ。ナン―――」

「楯無。俺はいくら寛容でも、自分自身が(BLの)ネタにされるのは嫌いなんだ……わかるな?」

「うん。ごめん。だからちょっとこのアイアンクローを外してほしいなぁ……」

 

 するならば、知らぬが内に、やってくれ。

 心中で5・7・5を作っていると、気を遣ったのかマス…もとい御手洗数馬は俺に言った。

 

「す、すみません。彼女がいるって知らなくて……」

「いや、こいつは―――」

「いいのよ。見た目からして彼女とかいなさそうだもん」

「見た目通りビッチなお前がそれを言うか?」

 

 ———パンッ!

 

 お互いがアイアンクローをしようとしていたのか、手がぶつかってしまう。

 

「それはどういう意味かしら?」

「そのままの意味だが?」

 

 今にも喧嘩しそう―――しかし考えてみればある意味いつも通りな感じに戻っていると、奥の方から何かが騒いでいた。

 気になって覗いてみると、どうやら大人の女が中・高生ぐらいの少年のプラモデルを壊しているらしい。会話の内容から「だから男はいらないのよ」とか聞こえてきたので、持ってきていた新型を出すことにした。

 

「悪いな、楯無。ちょっと行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

 

 しかし、よもや俺の前でこんなことをするとはな。精々、その女には犠牲になっていただくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が新型のプラモを出して割って入っている時、五反田弾は恐る恐る楯無に声をかけた。

 

「あの、もしかしてロシアの国家代表の更識楯無さんですか?」

「……ええ。よく知ってるわね」

「そ、そりゃあ、動かしてそう期間がない人が国家代表になったって聞いてましたから」

 

 会話は小声でしていることもあってあまり周りには聞こえていないが、楯無の容姿自体レベルが高いため徐々に周りは気付いていた。

 

「でも、確か今日までIS学園でテストが行われていますよね? 何であなたがここに……? それに確か彼も―――」

「うん。IS学園の生徒よ。私たちはちょっと事情があって先にテストを受けていたから休みなの」

 

 そう説明すると弾は小さく「テストの日を選べるのかよ……」と呟く。

 すると悠夜が姿を現し、楯無に「待たせたな」と言った。

 

「終わった」

「ああ。余裕過ぎて話にならない。ま、あの程度なら他の奴らの練習相手にちょうどいいんじゃないか? 弱いけど」

 

 ―――いくら新型とは言え、世界最強となった男を相手に完敗って普通じゃない?

 

 数馬は内心そんなことを思っていたが、敢えて口にしなかった。

 

「……あ、あの……」

 

 先程の少年が悠夜に声をかける。

 

「悪いな。もう少し早くこの辺りにいたら無事だったかもしれないのに」

「い、いえ。僕が弱かっただけですから……」

 

 少年は小さな声でそう言うと、悠夜は少年の頭を軽く小突く。

 

「君はそのプラモデルを一生懸命作ったんだろう? それを天変地異ならばともかく勝ったからという理由で壊していい理由にはならない。それをやった向こうが悪い」

 

 そう説明する様子を見て楯無は思った。

 

(………悠夜君って、基本的に世渡りは上手いわね)

 

 年下には時に厳しく時に優しく、場によっては相手を褒めたり注意をしたり、さらに説明は基本的にわかりやすい。年上には(一部を除いて)しっかり敬語を使うが、それでいて下手に出ることはあまりせず、言いたいことはしっかりと言うことは多い。

 

(もし悠夜君が虚ちゃんと同い年でIS学園に来たら、どうなっていたかしら……?)

 

 ———自分も、簪ちゃんのように扱ってくれたかしら?

 

 自分の顔が赤くなることを感じていたが、楯無は―――

 

「ねぇ、悠夜君」

「ん?」

「———私のこと、どう思ってる?」

 

 ———思い切って聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いんだが、連絡先の交換したら今日は解散でいいか?」

「そんなに好きなんですか?」

「IS操縦者ってモテるんですか? 俺と変わってくださいよ!」

「御手洗の質問はノーコメントで。それと五反田、モテるのは織斑だけだ」

 

 気が付けば遠い目をしていたらしく、二人から同情的な視線を向けられる。

 

「すみません。俺、軽率でした」

「いや、いいさ。でもま、多少はモテるかな……本気で人柄を見てくれる人だけだが」

 

 そう説明すると、「うわぁ」とでも言いたいのか同情的な視線を向けるのを止めない二人。

 

「でも冗談抜きで殺されかけているからな、俺」

「それ、ホントなんですか?」

 

 御手洗が気になったのか聞いて来るので俺は頷く。

 

「いやぁ、ホントホント。まぁ、今ではほとんどないけどな。で、悪いんだが……」

「あ、すみません。お邪魔でしたね」

「では、連絡先を教えてもらえませんか? あ、売りませんからね?」

「大丈夫。売ったら4年前みたいな哀れなメス豚みたいに社会的に抹殺してやるから」

 

 笑いながらそう言うと二人は顔を青くしたが、とりあえず連絡先を交換して解散した。本人に呼ばれていることもあって俺は改めて楯無用のを選ぼうと返事をしながら振り向くと、

 

「———私のこと、どう思っているの?」

 

 そんなことを唐突に聞かれた。

 すると楯無は目の色と同じなんじゃないかと思ってしまうほど顔を赤くする。

 

(何でそんなことを―――まさか、今までのことを勝手に悔やんでいるのか?)

 

 正直な話、これまで楯無の力を借りたことは一回しかない。ほとんどが俺は自分自身の力で解決したと思っている。……製作者がいたからってのは敢えて無視したらって話だがな。

 

(俺があまり話さないのは、嫌っていると思っているのか……?)

 

 はっきり言おう。そんなことはない。

 楯無は少ない時間を割いてまで俺にISのことを教えてくれている。それに正直な話、楯無だったら今の服はともかく普段は気が楽だった。

 だからこそ、俺は正直なことを言った。

 

「今まで異性として意識しなかったわけじゃない。でもお前は、IS学園(あの場所)で唯一気が置けない大切な奴だよ」

 

 すると楯無は顔からリアルに煙が吹き始める。

 

「ちょっ、な、なんてこと言うのよ!?」

「思ったことを言ったまでだ。ってか何だ、こっちまで恥ずかしくなってきた」

「それはこっちの台詞よ! ほら、さっさと選んでよ! 時間は有限なのよ!」

「……へいへい」

 

 照れ隠しに八つ当たりして来る楯無を「可愛い」と思いながら、俺は先にアホの後を付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜と楯無が恥ずかしい漫才を繰り広げているのを、一人の女が離れた場所から見ていた。

 その女性は騒がしいその場で唯一それの会話を聞いており、人知れず拳を握る。

 

「…………やっぱり……ムカつく」

 

 誰にも聞こえないように小さな声で呟く。

 

「……許さない。……更識楯無…いや、刀奈(かたな)

 

 楯無の名前は世襲だが、当時もっとも有力だった楯無は幼名を隠して生きて来た。そのため知る者は限られていて、少なくともその女と同年代ぐらいで知っているのは虚と本音ぐらいである。

 楯無の幼名を知る女は殺気を漏らさない程度に睨み、またひっそりと呟いた。

 

 

 

 

 

「今度会ったら、真意を聞き次第―――殺す」




ということで、いい感じに締めくくって一学期編を終了します。
今度からは夏休みですが、舞台は一時日本を離れて前々から考えていたことをしたいと思います。






慌しかった一学期が終わり、大半の生徒たちは帰省をしていた。
その一人であるセシリア・オルコットはたまたま立ち寄ったゲームセンターで一人の男性と出会うことになる。

自称策士は自重しない 第79話

「白銀の狙撃王子」



「図が高い雑魚を狙い撃つ!」


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#79 お嬢様、デビューする

文章力、下がる一方。


 IS学園には学校が世界唯一のものということがあって、たくさんの外国人を受け入れている。さらにその外国人の大半が代表候補生であり、今年度に入学した男性IS操縦者の件も含めて報告するために必然的に帰省することが強制されている。さらにこの帰省がきっかけで、転校と言う形で退学する生徒が現れる。生徒自身が操縦者としての適性がないと判断されることがある。

 そしてイギリスでは専用機持ちのセシリア・オルコットが政府に呼ばれていて、こっぴどく叱られていた。

 

「……お嬢様」

「……ええ。大丈夫ですわ」

 

 その怒られようはあまりにも酷かった。

 ブルー・ティアーズのデータ収集があまり順調ではないことをはじめとして、福音戦での失態などあらゆることが上げられていた。

 セシリアだってあまり上手く行っていないことぐらい承知していたが。

 

(………まさか思いませんわよ。桂木さんのビット操作があそこまでお上手だなんて……)

 

 何度も逃避してきたが、セシリアはとうとう悠夜のビット操作が自分よりも上であることを認めていた。

 とはいえ、ポッと出の男に負けたという事実は拭えず、セシリアはどうしようもない挫折をさせられていたのである。

 

「……悔しいですわ。あそこまでわたくし以上に戦えて、その上BT技術も馬鹿にして……」

「まぁ、彼は昔からそういうのを自在に操れることに一種の憧れを持っていましたからね。それでもまだマシになった方ですよ」

 

 隣に座る女性がそう言うと、セシリアはハッと何かを思い出して、

 

「そ、そう言えばチェルシー、どうしてあの人のことを知っていますの!? もしかして日本に留学していた時にできた、その、恋人なんですの?」

「それはありませんよ。ただ、腐れ縁なだけです」

 

 チェルシーと呼ばれた女性が何かを思い出したため、眉間にシワができ始める。

 

「ただ、ゾンビ鬼というタッチされたら鬼になる増殖系の鬼ごっこで水をかけられた恨みは忘れるつもりはありませんが」

「………桂木さん」

 

 まさかのクラスメイトの所業を聞かされたセシリアは顔を引きつらせてしまう。

 

「しかもそのせいで服は透け、ブラジャーをしている姿を指摘されて私が囮として利用されるなんて」

「なっ!? あ、あの方は―――」

「さらに「あ、ごめん。俺は興味ないけど今頃の男って興味を持つみたいだからつい利用しちゃった」とか、全然可愛くないんですよ。なんですか、あの人は!」

「………」

 

 普段のチェルシーからは考えられないほどに年相応となり始める一つ上の姉のような専属メイドを見て、セシリアはどうして今まで何度か連絡しても全く悠夜に触れて来ないかを理解した。

 

「わかりましたわ、チェルシー」

「何がです?」

「わたくし、学園に帰ったらすぐに桂木さんに決闘を申し込みますわ! そしてチェルシーの敵を討ちます」

 

 だがチェルシーは何かを考え始め、やがてゆっくりと言った。

 

「それはたぶん難しいでしょうね」

「な、ど、どうしてですの!?」

「おそらく、お嬢様に対する桂木悠夜の好感度は限りなく0に近い。なにせあの男は元々好戦的なのはバーチャルのゲームのみで、他の遊びなんかは一切しない、初めて会った時はものすごく暗かく、休み時間は家からプラモを持って組み立てていましたから。小学校には国際留学交流委員というものがありましたが……」

「担当が、桂木さんだったと?」

「おかげでかなり神経を使いました」

 

 さらにチェルシーは、悠夜が担任に向かって論破しているのを見たことがあり、その時からチェルシーはどこか悠夜のことが苦手だった。

 

(……考えてみれば、あの時から偏屈だったわ……)

 

 理論を持って相手を論破し、さらに常人には考え付かない予想外の攻撃を仕掛けることが多い悠夜。

 チェルシーはここ半年SRsとISでの悠夜の戦い方を研究しているが、それでも手数の多さとスペックがルシフェリオンに劣り、手数が多いこともあって少なくともブルー・ティアーズのスペックではあの技術を使わなければ勝機がない―――それが今のチェルシーの判断である。

 

(こうなれば、一度あそこに行って体験するしかないでしょうが……)

 

 改めて、チェルシーは隣に座る自分の主人の格好を見る。

 彼女は貴族だからか普段着に高級の衣装を着ており、少なくとも行こうとしている場所には不格好であることは間違いない。さらに自分の服装もチェックするが、メイド服であるため言わずもがなである。

 

(………問題は、お嬢様が許可していただくかどうか……)

 

 彼女は貴族であるからか、どこか平民のいる場所に行くことを嫌う感じがある。だがそれはあくまで以前の話であり、今ではセシリアもそれなりに耐性は付いていた。

 

「……あの、お嬢様? これからホビーショップに行きませんか?」

「ホビーショップ…ですか? もしかしてチェルシー、人形に興味を持ち始めたとか?」

「……ええ」

 

 本当は違うのだが、そうでも言わないと行こうとしないと思ったチェルシーは思わず肯定した。

 

「じゃあ、この辺りに大きなところがありますので、そこに向かいますね」

「ええ。お願いします」

 

 運転手にそう言ったセシリア。

 しばらくするとチェルシーの要望通りのホビーショップが見えてきたが、それが大きくなるにつれてセシリアは顔を青くする。

 

「……あの、まさかここって……」

「はい。そのまさかです……」

 

 服をできるだけ大人しめに着替えて外に出る二人。確かに二人(運転手も含めると三人)が来た店には、手芸用のものなどもあるが、大半はもうすぐ世界大会が始まるからか、プラモで占められていた。

 

「お嬢様、正直に申し上げますと……お嬢様は今のままでは桂木悠夜には勝てません」

「………チェルシー…ですが……」

「お嬢様の技量もそうですが、何よりも機体性能に差がありすぎます」

 

 言われたセシリアは顔を引きつらせる。だがそれは彼女自身もわかっていたことだ。

 悠夜、そして簪の機体はシャルロットほどではないが手数は多い。さらに悠夜にはざっくりと言えば未来を予測する「サードアイ・システム」があり、さらに言えばどちらも普通には戦わない。

 だがそれは決して彼ら自身が弱いというわけではない。むしろどちらも同じビットを使う人間として明らかにセシリアを超えていて、悠夜に至ってはあの試合でラウラの件も含めて最初から本気を出していれば一夏とシャルロットなど苦ですらないと思える。

 そこまでわかっていたセシリアは、イギリスの最先端ISであるブルー・ティアーズを駆る者として侮辱したことよりも、チェルシーの気持ちを優先した。

 

「そうですわね。今日はよろしくお願いします」

「いえ、実はここで教えるのは私ではなくてですね―――」

 

 すると一人が飛び出るように現れた。

 

「僭越ながら、ここではこのオレ、ディーン・ヘイルが説明します」

「あら、ディーン? あなたが……?」

 

 彼はセシリアの幼馴染である。ヘイル家は代々オルコットに仕える運転手であり、セシリアの父親は彼らの紹介で来た平民だったりする。

 いつも笑顔が絶えない、ある意味セシリアを歪ませた人物の一人だった。……悠夜の影響でその笑顔すら怖くなってきているセシリアだが、なんとか平静を保てている。

 

「はい。実はこれ、前々からやってるんですよ。師匠なんて超有名だし」

「は、はぁ……」

 

 ディーンのテンションの上り様に先程まで抱いていた恐怖を忘れてしまうセシリア。どうやら彼のこの笑顔は自前らしい。

 

「さて、話を戻しますね。まずお嬢様の機体はざっと分類して機動型と射撃型の両方に特化した機体。正直な話、相手が相手な以上、一筋縄ではいきません。以前はどうしてか動きが拙かったので4月ならば勝てたのですが、おそらく学年別トーナメントで当たっていたとしたら、例え中国の代表候補生がいたとしてもあの時と同じような戦法か、実力の差で負けてしまいます」

 

 はっきりと物申す。セシリアにはそれが棘となって襲い掛かったような錯覚をした。それほど、彼女には「悠夜に負ける」ことが辛いのだ。

 

「……だとすれば、一体どうしてあの方はああもISで戦えるのでしょう」

「それなんですが、おそらく彼はSRs体験者……それも今では超レアなBCギアの使用をしている方ですね」

「……ビーシーギア?」

 

 セシリアが復唱すると、ディーンは「はい」と答えて説明を続ける。

 

「正式名称はブレインコントロールヘッドギア。思考で武器を操作させるために開発したものだと聞いています。SRs発売後、しばらくしてからこの装置が開発されました。初期型は試作段階ってこともあってデータ取りのために5000円と格安ですが、数量限定販売なので手に入れることができた人は本当に少ないです」

「……それは一体何人くらい……」

「確か一国10人」

「!?」

 

 それを聞いたセシリアは思わず顔を引きつらせる。

 

「まぁ、コネで手に入れた人が多いというのがもっぱらの噂ですがね。まぁ、そのBCギアを途中から手に入れた人も、持っていない人も強いですよ。確か聞いた話だと師匠に勝った人はオート操作だから使ってないってことですので、単純に「あるから強い」というわけでもないそうですよ」

 

 「まぁ、あるに越したことはないのですが」と付け加えるディーン。セシリアはいつの間にか真剣に聞いていた。

 

(ということは、我々イギリスよりも先にこのシステムが完成していたということですの……?)

 

 セシリアにとって嬉しい事ではないが、そういうシステムの開発が日本でなかったわけではない。むしろ日本の男たちは率先して開発しようとしていたのがBTシステムのように小型の武装を用いての攻撃する方法だ。エース機と言っても一般的な剣や銃の装備した状態はすぐにできるため、とある会社はすぐさま他社と契約を交わし、SRsを開発したのである。

 

「まぁ、実はお嬢様用にとある方からプレゼントが届いていますが―――」

 

 すると奥の方が騒がしくなり、そのノイズでディーンの言葉がかき消された。

 

「な、何ですの?」

「行ってみましょう」

 

 ディーンはセシリアにそう言い、二人は原因の方へと足を進める。

 そこには特設ルームがある、その前で勝ち誇る女と跪いている男がいた。男の前には壊されたプラモがある。どうやら男の物のようで、今にも泣きだしそうだった。

 

「……どうしてこんな」

「そんなの、あなたが弱いからでしょう? 無様ねぇ。男の聖域とか言ってあっさり負けちゃって」

 

 周りには女の仲間なのか男を笑う者も、そして同情はするが特に行動を起こさない者などが主だった。

 そんな中、その中に一人の女が割り込む。

 

「お待ちなさいな」

「お、お嬢様!?」

 

 ディーンは慌てて止めるが、セシリアは止まらずその女性に言った。

 

「あなた、どうしてこんなことをしますの? これはゲームでしょう?」

「ええ。確かにあなたの言う通りこれはゲームね。だけどこれが世間一般でなんて言われているか知ってる?」

「い、いえ、それは……」

 

 あまりSRsに詳しくないセシリアは口ごもるが、その女性は強く言った。

 

「男の聖域よ、聖域! 女如きが立ち寄れないって話よ。そんなのおかしいじゃない!」

「だからと言って何も彼の物を壊さなくてもいいでしょう?」

「ああ、これは制裁よ。私たち上の存在を尊ばない人たちに対してのね」

 

 するとさっきから跪いていた男が立ち上がって叫んだ。

 

「何を言ってるのさ! 急に勝負を挑んできたから勝負をして負けただけなのに、勝手に壊してきたくせに!」

 

 セシリアはその男の方を見る。その男は若く、おそらく10代半ばぐらいだろう。

 

「あなた、そんなことで彼のを壊したというのですか!?」

「ええ。何か問題でも?」

 

 「当たり前じゃない」と言う風に答えるその女性に対して一種の苛立ちを感じるセシリア。するとその女性は堂々と彼女に言った。

 

「そんなにこの男を庇いたいなら、あなたが代わりに対戦すれば? もっとも、あなたがプラモを持っていればの話だけど」

 

 すると仲間の女たちが笑い始める。セシリアが虚勢を張って戦いを受けようとしたとき、どこからか一人の男性の声が聞こえた。

 

「———だったらその勝負、俺にさせてくれよ」

 

 そう言って輪の中から一人の男性が現れる。その男性は身長が高く、サングラスをかけている。

 

「あら、まさかわざわざやられに来るなんて、あなた馬鹿なの?」

「そう思うなら素直に受けろよ。なんだったら、アンタらの仲間も参加すればいい」

「お仲間を連れてきているってわけ?」

「いいや、俺一人さ。まぁ、アンタらのような三流にはちょうどいいハンデだろうよ」

 

 その言葉を聞いた女性が怒りを顕わにする。

 

「上等じゃない。アンタなんかボコボコにしてやるわ」

「期待してるぜ、クソババア」

 

 それを聞いた女性はブースに入るとドアを乱暴に閉める。

 そして男性の方もブースに入ると1分ほどで試合が始まり、女の機体がいきなり爆散した。

 

 

 試合は一方的な展開になった。

 女たちは全員で10人で遊べるブースで9vs1という勝負が見えている展開だというのに、男は敵と会うことなくどれも一撃で仕留めているのである。

 

「はぁ、やっぱりこうなっちまったか」

 

 そう言いながら男性が出てくる。すると女たちも出てきて、すぐ様言った。

 

「い、インチキよ! インチキ! もう一度しなさい!」

「……えぇ」

 

 あからさまに嫌な顔をする男性。だが女性たちは引かず、一人が後ろから男性が持っていた物を奪おうとする。

 だが男性はその手を掴んで止めた。

 

「あまり粗相はしない方がいいぜ。俺はお前らを殺しても罪に問われない役職だからな」

 

 すると奪おうとした女性は顔を青くする。

 

「あ、あの、ありがとうございます」

「良いってことよ」

 

 そう言って男性が去ろうとしたのをセシリアが止める。

 

「………あなた、どうしてこんなところにいますの?」

 

 すると男性が汗をかき始め、みっともなく言い訳を始めた。

 

「いや、これは……今は休憩中―――」

「でもあなたは、ここにいるような人間ではなくって?」

「……いやぁ、ここなら自分の腕を磨けるし、色々と助かるっていうか……」

 

 と言い訳ばかりする男性に対してセシリアはため息を吐いた。

 

「……もういいですわ。ともかく助かりました。それにあなたには大切なお話が―――」

「あ、あの、もしかして、ルイ・ディランさんですか?」

 

 それが決定的だった。

 「ルイ・ディラン」と呼ばれた男性は女性に対して優しく接し始める。

 

「ええ。私に何か?」

「あの、さっきの狙撃、素晴らしかったです! サインをお願いしてもよろしいですか!?」

「……ええ、もちろん」

 

 色紙を受け取ったルイはサインを終えて女性に返すと、後ろを向く。そこには妙なプレッシャーを放つセシリアがいた。

 

「……ルイさん。何故、我々オルコット家と同じ貴族であるディラン家のあなたが、言ってはなんですがこんなところにいるのかしら? それに、どうやら有名のようですし」

「……まぁ、それについてはおいおい……」

 

 するとルイは後ろに控える二人の男女を見つけ、すぐさまそっちの方へと逃げた。

 

「ちょ、何で俺のことを話してくれてないんだよ。かなり怖いんだが……」

「いえ。その方が少しは楽しめるかなっと」

「最近、従者とは何なのか疑問に思う」

 

 そんな会話をしているとまたセシリアからプレッシャーが放たれ始め、一行は一度オルコット家が所有する車に乗り込んで移動することにした。

 

 

 

 

 オルコット家の屋敷に戻った一行は応接室でルイが現れた理由を説明していた。

 

「君が入学して今までの経緯はすべて聞かせてもらい、その上で政府に対して君の教官になることを志願してきた」

「……何ですって!?」

 

 突然のことにセシリアは驚きを隠せない。

 

「待ってください。あなたはISに乗ったことがないでしょう? それなのに教官だなんて―――」

「俺がするのはSRsだ。君にはこれから俺が用意したこのプラモ「ブルー・ティアーズ」で世界中にいる熟練者たちと戦ってもらう」

「ちょ、ちょっと待ってくださいな! わたくしには他にも業務がありますし、何より施設での訓練にも―――」

「ああ。あれらはすべて政府命令でキャンセルさせた。説得は楽だったよ」

「そ、そういう問題ではありませんわよ!!」

 

 セシリアにとって両親の遺産を守るのは自分に課した義務である。それを知り合いとはいえISを動かせない男に勝手にキャンセルをされるなんて遺憾である、と彼女自身は思っていた。

 

「まぁ、イギリス政府は今回の件は重く見ているからな。ポッと出の男子や日本の代表候補生にビット操作で負けて、挙句派遣した代表候補生を生身で瞬殺され、しかもデータを取られた上に「使う価値がない」と鼻で笑われたらプライドはズタズタだろうよ」

「……ま、待ってくださいな! 生身で瞬殺って、一体どういう―――」

「メイルシュトロームを買いだされた代表候補生が一人、死神が持っていたらしい剣で一撃で落とされたらしい」

「……死神?」

 

 誰のことかわからないようで、セシリアは首を傾げる。

 そのことに気付いたルイは軽く説明した。

 

「死神ってのは、桂木悠夜のあだ名の一つだ。アイツは前大会の世界大会で優勝している。セシリアもルシフェリオンを見ただろう?」

「……え、ええ」

「アレの風貌や、鎌を多用することからそう呼ばれてるんだよ、あの少年は」

 

 そう言われた彼女は驚きを顕わにした。

 

「さらに言えばその準優勝者が、日本の代表候補生の更識簪。知らないだろうから言ってやるが、荒鋼の方が難易度で言えば弱い方だ」

 

 するとルイの瞳が暗くなっていく。

 

「……そんな……」

「わかったか? 操作が思考のみな分、まだISの方が楽なんだ。これからセシリアには俺の指導の元、ビット操作の向上をメインとして、あらゆる面でレベルアップをしてもらう」

「……わかりましたわ。その話、受けさせていただきます!」

 

 こうしてセシリア・オルコットの特訓が始まることになる。

 

 

 

 

 

 

「ところで、ルイにもそう言った名前はありませんの?」

「……恥ずかしいから言いたくない」




あ、ちなみに本格的な練習風景を書きません。……というか、書けません。


☆キャラ紹介

ルイ・ディラン

SRs界を代表する四天王の一人。別名「白銀の狙撃王子」。
狙撃能力が高く、一撃でコクピットを打ち抜いて戦闘不能にすることが多いが、接近戦になれば弱くなる……ということはなく、むしろ様々な銃技を使用して切り抜ける。ほどの猛者。某西部ガンマンコミックみたいに銃者が覚醒したら機体の背部が光り、伸び始めるが、本人はその漫画を知らない。
必殺技を出すときには叫ぶこだわりがあり、よく叫んでいることから簪とはいい友達。
実はセシリアとは婚約者だが、結婚するまでは好きにさせるようにしている。


使用ロボ:スワーニャ・トルーパー

狙撃型の機体のカスタムをされているプラモ。だが機動力、格闘戦も優れていて、拳からオーラを出して攻撃することができる。また、その他の武装としてはハンドアックスとブーメランを使用する。




ディーン・ヘイル

オルコット家の運転手。ルイとは個人的な付き合いがあり、自称弟子。



チェルシー・ブランケット

セシリアの一つ上のメイド長を務めていて、セシリアがIS学園にいる間は主に彼女がすべてを仕切っている。ブランケット家は代々オルコットに仕える従者であり、彼女はその長女。6年前に2年間、日本に留学していて、そこで悠夜と遭遇。ただならぬ因縁を持つことになる。


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#80 可愛さは人によって違うものだ

シャルロットって、前々から思ってたんだ。弄りがいがありそうだなって。


 セシリアがSRsで己を鍛えることを決意している時、同じくフランスに帰国したシャルロットはデュノア邸を訪れていた。

 

「ごめんね。忙しいのに……」

「いいえ。社長と言っても名ばかりなものですから、大半はジュールに押し付けていますわ」

「……そ、それはそれでどうなの……?」

 

 とんでもないカミングアウトをされたシャルロットは顔を引きつらせてそう言った。

 

「ところでお姉さま、ご主人様の携帯番号はゲットできましたか?」

「………そ、それは……」

 

 それを聞かれたシャルロットは顔をそむける。

 

(……そんなこと、頼まれていたっけ?)

 

 そもそもそんなことは頼まれていないのだが、リゼットは前々から悠夜のことを気にしているのだ。もう少し行動するべきだったかと後悔し始めたシャルロット。

 

「もう。そんなことではこのデュノア社の次期社長の椅子は渡せませんわよ?」

「………え?」

 

 唐突にそんなことを言われ、なによりもシャルロットは驚いた。

 

「良いですか? お姉さまはあのゴミップルに散々な目に遭わせられたのです。その仕返しとしてあなたが次期社長となってあざ笑うってこそ真の勝利と言えましょう。そのためにはジュールと結婚していただき―――」

「ま、待って!? 私には好きな人が―――」

「あの方は止めた方が良いですわ」

 

 堂々と言い放つリゼットに対してシャルロットは怒りよりもまず悲しみが襲った。

 

「……どうして…どうしてそんなことを言うの……?」

「それはもちろん、あなたの身を案じてのことですわ。このままではあなた、自ら命を絶つことになりますのよ? ………声的に」

「………え? こ、声……?」

 

 物騒なことを言ったかと思うと、今度は予想斜め上のことを言ったリゼットは尊敬の念すら覚えるほど激しく語り始めた。

 

「ええ。このままでは未来の織斑一夏の結婚相手が現れて「あなたを救いに来た!」と言うはずが気が付けばあなたは魔法に目覚めていて、その結婚相手と戦うことに―――」

「ま、待って! それって一体―――」

「○園のテン○ストですわ!」

 

 そう言ってリゼットは漫画を出してから静かにしまう。

 

「とまぁ、冗談は置いといて。真面目な話、わたくしは後継者を探していますの」

「………でも何で―――」

「わたくしは来年、IS学園に入学しますわ」

 

 まるで確定しているとでも言わんばかりに言ったリゼット。だがシャルロットは「成績的には大丈夫だし、たまに乗っているの見てたし」と思ったが、

 

「そしてわたくしはご主人様と再び再開し、授業を出ずに毎日愛し合って―――」

「……そういうことだとは思ったよ」

 

 ———むしろ何も変わってない

 

 そんな印象を持ったシャルロットは、心の中でホッとしていた。

 もし自分を助けたことを理由にデュノア夫妻と代わって今度はリゼットの駒として動かされると思っていたからである。

 

「でも授業には出た方が良いんじゃないかな? いくらなんでも桂木君が授業放置してまで…そ、そういうことをする人とは思えないけど……」

 

 そこまで言ってシャルロットはふと思った。

 

 ———どうして桂木君は、ああも敵視されているんだろう……?

 

「…どうしましたの、お姉さま?」

「あ、ううん。ちょっと疑問があって。……どうして桂木君って、ああも敵視されているのかなって……?」

「まぁ、お姉さまは女尊男卑思考じゃないからあまり考えないでしょうが、実際ご主人様の存在は女尊男卑が崩壊する原因となりますもの。そんなのを放置しているほど、彼女らは馬鹿じゃないでしょう……」

 

 そんなものかなぁ? と考えるシャルロットに対してリゼットは言った。

 

「仮にお姉さまが人間をたくさん食べる人のような存在だったとしても、最初からオーバーキルすらも超えて勝てるご主人様相手にどう抗おうとも崩壊されるものですから、わたくしのように悟った時点で自分を売った方が生き残る確率は高いですわよ。あ、でも勘違いなさらないで。考えてみればあの方は元々優しいお方ですし、これは純愛を超えたようなものですので」

 

 ちなみにシャルロットは「人間をたくさん食べる人のような存在」というものがよくわからなかったが、勢いよく話すリゼットのテンポに乗せられて聞くのを忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みが始まって早一週間が経過した。

 俺はテストで1位……ってのはさすがに無理だった。あれだけ行事が被って挙句気絶を何度もしたらそりゃあ勉強が満足にできるわけがない。……できたとしても高得点を取れるかはわからないが。とはいえ15位なのは素人の割には高成績だろう。……何故かカンニングしたとか囁かれているが、直接手を下さないのは俺の暴走を………いや、退学を恐れているからだろう。さらに代表候補生を通じて喧嘩っぱやいとかの噂が流れているが、壁をぶっ壊して喧嘩っ早いっていう評価はどうなんだろうかと思っている。

 

「………だからやめとけって言ったのに」

 

 ちなみに今は病室であり、俺の周りには女たちが倒れていた。

 

「……何の用かしら?」

「アンタを笑いに来たんだ。どうだ? 大っ嫌いな男にボコボコにされた挙句、手下たちが無様にのたうち回らされている気分は」

「最悪ね。二度と顔を見たくないわ」

「…………まぁ、幸那のことなんだがな」

「……………」

 

 すると顔を背ける石原郁江。どうやらそのことについて触れてほしくはないらしい。

 

「………あなたは本当に幸那が好きなのね。あんなことがあったっていうのに、敵であるあの子を気に掛けるなんて」

「そりゃあ、俺は分野問わずに手を出しているからな。当然その中に「義妹」と言う部類も―――」

 

 と説明していると、石原郁江はまるで俺をゴミ虫を見るような目で見て来た。

 

「…………全く。どうやらアンタは馬鹿だな。大体俺たち二次元を専門にしているオタクが、三次元に手を出すわけがないだろ? 世間はオタクが手を出したことで「アニメや漫画が影響している」と言いたいらしいが、俺に言わせてみればそんなのはオタクじゃない。ただのゲスだ。ただアニメや漫画を偶然見ていただけの異常人でしかない。むしろ同列に扱われるのは遺憾だ。やるならばお互い合意の上で、そして環境を整えてからやることが当たり前だ。リアルの感触を味わいというなら風○にでも言ってろ。目障りかつ死すべきだ。そんな持論を持つ俺が、二次元では義妹という分野にも手を出しているからということで中学生に手を出すわけがないだろ」

 

 そんな信念を持っているからこそ、俺は朱音ちゃんに自分から手を出したことはない。せめて撫でるだけだ。愛でるだけだ。

 

「………あなたはある意味異常ね。何年か前に女と勘違いされて犯されそうになったっていうのに男が嫌いってわけでもないみたいだし」

「ある程度の交友関係は持つが、織斑一夏は外せよ。アレを消さないのは後々が面倒なのと上への義理立てだ」

 

 実際、織斑一夏が死んで困るのは轡木一族だ。いくら強いと言っても十蔵さんとて限界がある。

 

「随分と可愛がられているものね、あなたは」

「そりゃあ、仮にもテメェら女権団を含めてIS学園の不祥事を潰しているのは今のところ大半が俺だからな。当然さ」

 

 とはいえ、いつ専用機を剥奪されるかとビクビクしているが。

 

「見栄を張るなんて、あなたらしくないわね」

 

 それなりに付き合いがあるからか、一瞬で今のを見栄だと見抜いたらしい。

 

「よくわかったな」

「仮にも私はあなたの親よ。あなたは見栄を張ると目が虚ろになるのよ。男たちに襲われて戻ってきた時もそうだったわね」

「………ホント、よく見ているよアンタは」

 

 意外と思っていると石原郁江はタンスからある物を取り出して俺に渡す。

 

「……何だこれは」

「離縁手続きと養子縁組の手続き書。あなたのお祖母さんが置いて行ったのよ。幸那を頼むわね」

「………はいはい」

 

 それを受け取った俺は用はないので倒れている女たちを放置した状態で病室を出ようとしたところで俺は石原郁江に声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みに入ってから、この一週間で大きく変わったとしたら「部屋割り」と「外出許可の規制値の変化」だろう。「部屋割り」は楯無とラウラが出て行き、代わりに本音が入ることになった。楯無は元の二年生寮に行ったが、ラウラは簪と一緒になったらしい。だからだろう。部屋割りの意味がなくなった。どっちも夜這いするのは当たり前だと思っているのか、平然と部屋に入ってくるからである。本音も本音であの出来事で俺を嫌ったのかと思ったら、どうやらそうではなかったようで普通にベッドに潜り込んでくるのだ。

 さらに問題があるとしたら、最近朱音ちゃんが部屋から出てきているらしい。

 というのも朱音ちゃんが俺の部屋に侵入していることがあり、よく背中や正面に抱き着いている。………それ、ばれたら俺が殺されるってことをわかってやってるの? ……と正直尋ねたい。

 

(……考えてみたら、ベッド一つで五人も寝てるんだな)

 

 エアコンをかけまくっているからともかく、理性が飛びやすい今の俺には毒でしかない。ただでさえ本音だけでもキスしたくなるという自分でもわからない症状が出ているのに、しまいには暴走するよ? 中学生だろうと発情しちまうよ?

 

(……こうなったら虚さんや晴美さんで回避するしかないのか……?)

 

 考えながら自室に向かっていると、何故か俺の部屋の前にコンビ名が「イージス」の二人がいた。

 

「………何やってるんですか?」

「お、おかえり……っつかただいま?」

「どっちもですね」

 

 何か用らしい。まぁ、何も悪さをしないと信じて中に入れるか。……というか俺が中に入りたい。

 

「良ければ入ります? 暑い所に長い間いると倒れますよ」

「お、おう」

 

 しかし珍しいな。もう一人が全然何も言わないとは。

 ともかく中に入ってドアと鍵を閉める。そろそろ女たちが仕掛けてくるだろうし、彼女らはその人質としても使えるだろうしな。

 

「で、一体どうしたんですか? あなた方がこんなところに来るなんて」

「……いや、それが……」

 

 するとケイシー先輩がフォルテ・サファイアの方を見る。それが合図だったのか、サファイアが前に出て言った。

 

「………う……うっふん……」

「………おい」

 

 何だろう。彼女としては頑張っているつもりなんだが、さっきから腹立たしいことこの上ない。

 

「………テメェは何をしたいんだ?」

「も……萌えないッスか?」

「……はぁ?」

 

 急に変なことを言いだした彼女に対して俺は首を傾げた。

 いや、待て。今こいつ「萌え」って言ったのか?

 

「じゃ、じゃあ……お兄ちゃん、一緒にね……よ………」

「………何があった?」

 

 とりあえずそう言ってやった。

 何だろう。このお互いが不快になるって感じは……。

 

「………実はついさっきまで帰国してたッスが……おっさんに言われたんですよ。「そんな貧乳じゃ男一人落とせないだろう。お前なんかじゃ桂木悠夜を落とせないから期待していない」って……」

「……………」

 

 いやいや、最初から話せよ。

 とはいえなんとなく察してしまった俺も俺だがな。たぶんサファイアは政府の人間に俺が施設と雑魚共をぶっ壊して戻ったことを知って、俺を篭絡させようって話になって、それでこいつが口説き落とす役になったが一人の役員が「無理だ」って言ってプライドを傷つけたってことだろうな。

 

「………で、お前はわざわざ女としてのプライドを守るために俺を篭絡する役を買って出て、萌え路線で攻めた、と?」

「……あの、まだ私すべてを話していないッスよね?」

「自分の立場ぐらいしっかりわかってるつもりだ。もう一人とは違うんだよ、もう一人とは!」

 

 と主張したが、一応話してくれるとのことだったので改めて話してもらうことになったが概ね予想通りだった。というか専用機持ちの代表候補生をそういうのに使うのはどうかと思ったが、どうやらこの学園に所属するギリシャ人は珍しく彼女のみらしいのだ。まぁ、大半が日本人だから少なくても仕方がないかもしれないが。

 

「それで俺を落とそうとしたが、結果は惨敗どころか救いようがなかった、と」

「…………やっぱり、私じゃ無理なんスかね……」

「馬鹿か? それくらい、俺の手にかかれば余裕だ」

「「……………は?」」

 

 自信満々にそう言ってやると、二人が驚いたような、というか惚けた顔をする。

 

「ちょっと待てよ。確かここらに………」

 

 ベッドの下に置いていたスーツケースを出し、そこからある衣装を出した。

 

「じゃあ、これに着替えろ」

 

 そう言って出したのは黒猫版の着ぐるみパジャマ。ちなみに自作。

 

「………え? いや、そんなことで―――」

「騙されたと思って着替えてみなって。ということで先輩、絶対に着替えさせてくださいね」

「わかった」

「え? ちょ、ま―――先輩? ちょっと目がこわ―――」

 

 ドアを閉めて俺はスマホの中に入っているとあるデータを開く。

 その中には親父の遺品が保管されている物の遺品が隠されている場所に関するデータが記されていた。

 

『本当にあの男は出会った時から不思議な人だったわ。私たちもかなりの技術を持っていると思ったけど、どうやらそうでもないみたいね』

 

 とか言い残しているが、俺としては親父が本当に死んでいるという現実を叩きつけられて辛い。そっちの方は考えていなかったのだろうか、あの女は。

 

 ———ガチャッ

 

 ドアが開かれたことで思わずそっちを見ると、その様子に対して訝しげに見てくるケイシー先輩。

 

「ど、どうしました……?」

「いや、着替え終わったから呼びに来た」

「……ありがとうございます」

 

 お礼を言って中に入る。ドアが閉まった音に少し驚いたのだが、もっと驚いたのはそのまま洗面所に引っ張られたことだ。

 

「え? ちょっ―――」

 

 ケイシー先輩の身長は推定168㎝前後ぐらいなので意外と高い。まぁ、流石に175はある俺と比べるとそれなりに差はあるが、アメリカの女性の平均身長165ぐらいだから大体平均?

 そんな風に思考を巡らせている時は、大体現実逃避をしたい時なんだが、今俺は何故かキスされていた。

 ようやく解放された時に慣れたのか、そこまで衝撃を受けてはいない。というか発情しないか心配だった。

 

「………別にオレを頼ってくれたっていいんだからな。そ、そりゃあ歳は一つだけって言っても学年は二つも違うし、大抵の事件はお前が解決してるって言っても……その……さ……オレだって女なんだし……」

 

 ………なんだろう、この可愛い生き物は。気のせいか先輩が幼く見えた気がした。

 

「ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですから」

「……そう、か? あまり無理するなよ?」

「ええ。わかってます」

 

 するとドアが盛大に開けられ、室内に残していたサファイアが現れた。

 

「………二人で何してたんっスか?」

「ああ、それは―――」

 

 俺はすぐにそこから出て、ある物を出した。

 

「逃げるな―――」

 

 そしてそれをサファイアの首に巻き付けると、完成である。

 

「いやはや………ここまで狙い通りだとは思わなかった」

「な、何が―――」

 

 気が付けば俺はサファイアを抱きしめているが、もうこのまま行ってやる。

 

「やっぱりサファイアはこういうネココスが似合うって思ってたんだよ。あ、そうそう。あと男を萌えさせるポイントとしては、少し上乳を計算じゃない風まで計算して見せればチラリズムによる興奮も付加させることが可能だし、さらにそこから甘えるように―――あ、後それ以上のことをするときは、喘ぐ代わりに鳴き真似をするのも一つの手だ!」

「そ、そこまでの知識なんていらないッスよ!」

「いや、でもゴミ共如きに渡したくなくなったな。このままギリシャを消し飛ばすのもありか」

「こんなことでそんな考え持つな!!」

 

 ともかく今は精一杯忘れよう! 今は目の前の萌えに集中するんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………すっかり忘れていたぜ)

 

 そう思いながらダリルは男女のじゃれ合っている声をバックに洗面台に持たれていた。

 

(どんだけスッゲェ力持ってても、考えて見ればアイツはずっと平和な世界(ぬるま湯)にいたんだから、自分が人殺しって知ったら、そら衝撃を受けるわな)

 

 あの時、彼女ははっきりと悠夜が隠そうとしていたデータが何かを見てしまっていた。そして、おそらく悠夜が悲しんでいるのはそれを見ていたと思ったからである。

 

(………まぁいいや。どうせいつか離れるところだろうし………でも……)

 

 さっきのことを思い出したダリルは顔を赤くする。

 

(やっぱり諦めきれねぇ。だってアイツのこと、ずっと前から好きだもん……)

 

 あのキスは唐突だったが、彼女なりに勇気を出したつもりだった。さらに自然と舌も絡めているが、それでも悠夜は無反応で、今も別の女とじゃれ合っている。

 

(……やっぱり()()()じゃ無理なのかな。アイツを笑顔にしてやることってのは)

 

 ふと、彼女の脳裏にある映像が浮かびあがる。

 それはどちらも小さく、まだ幼かった時のこと。豪華絢爛な場所はすべて消え去り、その場には炎が燃え盛っていた。自分よりも遠く、桁外れの実力を持っている少年は大人たちが倒れている輪の中心に大人用の漆黒の大剣を持っていた悲しそうな目を死体に向けて言った。

 

 ———だから言ったのに

 

 どこか悲しそうに、今にも泣きそうな声で………ただ静かに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そことは違う場所。漫画を手に取って読んでいた一人の少女はふと顔を上げ、呟く。

 

「……そう。知ってしまったの」

 

 彼女は悠夜の所業を知っていた。だが、それを敢えて言わずに放置していたのは優しさもそうだが、なによりも不必要だったからである。

 

「それでも私は信じているわ。あなたがそんなことでくじけず、また使ってくれるって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———だってあなたは、私の復讐のために選んだ最高の素材ですもの。知識、能力、そして真に人を引き付けるカリスマ性。どれを取っても最高級」

「———だって彼は選ばれし者だから」

 

 いつからそこにいたのだろうか。

 自分と似たような恰好する、自分とは違う少女。それが突然現れ、復讐を選ぶ少女の前に現れた。

 

「…………何か、用かしら?」

 

 だがもう一人は何も言わず、そこから去る。

 すると興味をなくしたのか、その少女はまた漫画を読むことにした。




ということでフランス勢はギャグをメインに、そして後はシリアスという珍しくもない形でお送りしました。
そしてダリルは原作でも「オレ」な一人称ですが、ここでは「アタシ」も使います。彼女だって女の子だもんww


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#81 ライバルと言うか、腐れ縁って言うか……

まず最初に連絡を。
悠夜が「人を殺した」という云々を変更いたしました。本当はそれで「主人公も悩んでいるんだよ」的な雰囲気を出したかったんですが、それでは色々とできないことに気付いたので。

色々ってのは感想欄にちらほらと書いていますが、ああいう負の感情は五章にも引きずりそうだし、一般人特有の戦闘恐怖症みたいなものを抱え込まれても「今更感」を感じさせるだけだってのもありますが。
どう変わったのかは、もしよろしければ80話に戻ってご確認ください。



そして今話はある意味リクエストにお答えしました。つまり思いっきり次回予定を無視した形となっております。




 更識一族の和風の豪邸であり、この辺り一帯では少し有名だ。というもの彼らの収入源は暗部家業だけでなく、店を出店してその利益も得ており、主な出店場所はレゾナンスやそのほか周辺にもある。オターズもある意味その一つなのだが、それを知っているのは上の人間の一部のみである。

 そんな豪邸で育った簪は、姉ですら知らない秘密基地へと向かっていた。

 

「………久しい顔だね。確かIS学園に通っているって話じゃなかったかい?」

「今は帰省中だから。それであなたに会いに来た」

 

 そこにいた人間と出会った女性に声をかけられた簪はそう答える。

 その女性は楯無の髪を長くしたような感じであり、薄着の着物を着ている。

 

「これは嬉しいねぇ。まさか曾孫の方から出向いてくれるなんて……」

 

 そして彼女は二代前―――15代目楯無である重治の母親であり、名は「フローラ」。元々はロシア出身の女性だったが、この家に入るために国を捨てた女性である。もっともそれは戸籍上の話であり、本当は違うが。

 ちなみに彼女はもうすぐ100歳になるが、見た目は20代前後の女性そのものだったりする。そして、簪が秘密基地としている場所の唯一の住人であり、長い間住んでいた。

 

「………あなたなら、何でも知ってるって思って」

「もう20年ぐらいここにいるからねぇ。知っているとしても高が知れているよ」

「……それでもいい」

 

 そう答えた簪はとある一枚の写真を出す。

 

「……へぇ。これは君の彼氏かい……」

「………返事はまだもらってない」

「それは不幸だねぇ……でも、血筋的に無理かな。昔から彼らは私たちのような存在を敬遠するから」

 

 その言葉に簪は少し悲しそうな顔をする。

 

「ああ、悪い意味ではないよ。あまり多くは語る気はないが、私たちと彼らには強い因縁と言うかなんというか………」

「……教えてほしい」

 

 すると簪はフローラに迫る。

 

「……私は彼のことを知っているけど……それを知らないから教えてほしい」

「……あ、でも知らない方がいいと思うが―――」

「教えて」

「……でも…それは……」

「教えて……」

 

 断るフローラになおも迫る簪。

 

「……仕方ない。だが、これを聞いたら君は戻れなくなるんだぞ。それこそ、恋すらも冷めるほどにな」

「………」

 

 その言葉に簪は黙ってしまった。

 簪がこうして悠夜のことに関して調べているのは、知的好奇心と恋愛感情から来ている。知的好奇心はSRsから来る操縦センスもだが、それすらも超える圧倒的な身体能力だ。

 簪はあの時、自分がどうなるかというのは少しは予想していた。それ故に自分がどんな目に遭わされるかも想定していたが、まさかされる前に助け出されるなんて予想していなかったのである。

 

(………彼の秘密を知りたい……でも……)

 

 ———もしそれで自分のこの感情が冷めたらどうしよう……ううん。それほどのものなの?

 

 本当はどこかで察していた。桂木悠夜が普通の人間じゃないことぐらいは。そうじゃなければ、圧倒的な破壊力を持つパンチなんて身に付けられないはずだからである。

 

「……教えてほしい。彼の知っていることを」

 

 そしてすべてを知った簪は―――ただ満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みに入ってから、運動不足にならないようにしていることが一つある。それは朝方に行う長距離ランニングだ。

 生徒会+簪は帰省しているし、ラウラはラウラで朱音ちゃんとラボで缶詰になっているしで構ってくれる人たちがいない。……ああ、先輩。ちょっと怖いから遠慮する。

 

(でもまぁ、あれはあれで面白かったな)

 

 その後も色々とサファイアで着せ替えて遊んだりして、証拠写真として撮影したりするのは面白かったなと思う。まぁ、同い年だから敬語で話さなかったこととか、その部分を最後まで突っ込んでくれなかったことは寂しかったが。……あれ? 俺ってそんな奴だっけ?

 

(………久しぶりにSRsをしてみようかな)

 

 ここ最近、IS関連のことをしているのもあって実力は落ちていると思われる。結局他の奴らも出ないようだから大会も辞退したし、なによりも俺は他のことがしたかった。

 ということで、9時ぐらいになってまで走っていたところに高そうな車がすれ違う。

 

(……白いロールスロイスって初めて見るな)

 

 黒いのだったらたまにドラマで見るけど、白は初めてだ。

 そんなことを思いながら走っていると、後ろから誰かが下りたような音が聞こえた。

 

(ともかく走ろう。どうせ俺とは住む世界が違う人間が現れただけだし、外の奴らはともかく、中の奴らはまだ俺が色々としたことを知らないし)

 

 そのまま走って距離を取るようにそこから退散しようとすると、俺の横をナイフが通り過ぎた。

 

「———ちぇ、チェルシー!? 何をしていますの?!」

「いえ。どうやらクズ虫が辺りにいるようですので。それに失礼云々はともかく―――この男は今すぐ消さなければならない存在なので」

 

 多少声の高さは変わっているが、聞いたことがある奴だ。そして、俺を「クズ虫」と呼ぶ奴なんざ一人しかいねえ。

 

「———随分と派手な挨拶だな。Bカップ」

「相変わらずのウザさですね、クズ虫」

 

 しかし進化したなぁ。昔は机や椅子など辺り構わず投げていた奴が、今やナイフに落ち着くとは。

 ちなみBカップとは、小学生の時点で胸囲がBはあったからである。

 

「すみません、桂木さん! メイドが粗相を―――」

「何を今更。俺たちにとってこんなもの挨拶に過ぎない」

「そう言えばあなたが最初でしたわね。「どうせメイドならナイフ持ったら? まぁ、時を止めなきゃただの雑魚だがな」と言ったのは。それに先程のは刃抜されているものです。もっとも、次はそういうわけには行きませんが」

「そんな気を遣うより、自分のところの主の雑魚さをどうにかしろよ。あれほど酷いビット操作をするなんざ、素人ぐらいなもんだろ」

 

 するとブランケットよりも先にオルコットが答えた。

 

「それに関してはご安心を。わたくしもレベルアップしてますわ!」

「へぇ………………まぁ、期待は気が向いたらしてやるよ」

「ちょっと、それは失礼ではなくて!?」

 

 んなこと知るか。

 そんなことよりも今は目の前のBカップ………いや、

 

「ブランケットの胸が、BからDに進化している……だと!?」

「よくそんなことが目測でわかりましたわね」

「ちょっと!? いくらあんなことをしたとはいえ見過ぎではなくって!?」

 

 メイドの主人がそう言ってくるが、

 

「安心しろ。別にこいつを恋愛対象として見るつもりはない」

「あなたこそ、例のあれがそこまで成長していないでしょう?」

「ちぇ、チェルシー!? ちょっと、いくらなんでもその発言はオルコット家の従者としてはどうかと―――」

「さぁなぁ。まぁ、確認したかったら俺に勝ってからにしろや」

「そうさせてもらいましょう。さぁ、あなたの命をここで散らさせてもらいましょうか」

「ちょっと―――」

 

 だが俺たちはそこから移動し、離れたためオルコットの言葉は聞こえない。

 俺は拳を、ブランケットはナイフを構えて戦闘を開始―――するかと思ったが、ブランケットがそこから後ろに飛んで下がる。

 

「俺から逃げる……ってことはないよな?」

 

 ブランケットがさっきまで俺たちがいた場所の方を向いたのでそっちを向くと、いつの間にか織斑がいたのである。

 

(なるほど。そういうことか)

 

 恐らくブランケットは織斑のことは主にオルコットから聞いているのだろうが、実物はテレビを除いて初めて見るだろう。心境的に共感できる。もし幸那が急に彼氏を連れてきたらそれがどんな男か気になるだろうしな。

 こっちがブランケットの方へと行くと、戦闘態勢を取ってくるので片手で制止した。

 

「安心しろ。攻撃する気はない」

「……ちょうどいいわ。あの織斑一夏って男、どんな奴なの?」

 

 やっと素で話してくれた。昔はため口の方が慣れているからさっきまでの敬語は妙な気がして仕方がなかったのだ。

 

「まぁ人当たりはいいだろうな。教員からの結構信頼があるし、クラスメイトからの人気が高い。が、戦闘能力で言えば俺が圧倒的だろうよ」

「それは知っているわよ。4年生の教室で男性教員を潰したの、私も見てたし」

 

 あれは6年生のことだった。

 SRsで使う機体のことで当時は別のを書いていたのだが、それで一人の女子がダサいと言ってきたので論破して泣かしたのだが、一方的に俺が悪者扱いされたのだ。それで逃げた俺はたまたま通りかかった教室で見慣れない男がただならなそうなことをしていたのでストレス発散も兼ねてぶん殴ったのである。

 そしたら音は立つ、女の子が泣き始める。俺はそのまま逃走したが、どうやらこいつが教員に報告したらしいな。

 

「さて、お嬢様のフォローをしてきますか」

「へぇ、斬新な心掛けだな。ちゃんとメイドをしていたことに驚きを隠せない」

「これでもブランケットは有名な従家一族ですから」

 

 そう言ってブランケットは何事もなかったかのように二人の間に割って入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜からざっと一夏の評価を聞いたチェルシーは得意な忍び足で移動する。その動きは鮮やかで、傍から見れば普通に歩いている風にしか見えない。さらにそれで音を立てずに歩いているのだから、かなり完成されている。

 

(さて、どう攻めましょうか?)

 

 セシリアは一夏のことを好いているが、オルコット家にとってはそれはかなりまずい事だった。彼女は家の取り決めとはいえ将来結婚する相手がいる。先日セシリアの教官を務めていたルイ・ディランなのだが、ディラン家はイギリス王家の分家の一つであり、セシリアの母親が生前取り付けたものだった。

 容姿、家柄、そして人気を含めて一夏よりも上のルイを捨ててまで結婚するような相手なのだろうか。それを確認するため、チェルシーはここに来たようなものである。

 

(まずは会話から、ですわね)

 

 いきなり現れた女性にどう接するか。

 少なくとも彼女は悠夜以上の接し方を求めていた。

 

「大丈夫か? ぼーっとして、もしかして熱射病か? 気を付けないとダメだぞ。夏の熱射病は危ないんだ」

「い、いえっ! 大丈夫です! その、さっきまで車の中でしたから、少し立ちくらみをしただけです!」

 

 そこで強がらなくても……と思うチェルシーはばれないようにため息を吐いて会話に入る。

 

「そうか。それならよかった」

「ええ、全くです」

 

 チェルシーの声にいないと思っていたセシリアは体を震わすほど驚きを顕わにした。

 

「えーっと、どちら様でしたっけ?」

「お初にお目にかかります。セシリア様にお仕えするメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知りおきを」

 

 さっきまで素で話していた彼女だが、すぐさま仕事モードに変えて丁寧な挨拶をする。

 セシリアはその間、さっきまで二人がいた場所を見ていたが、そこにはチェルシーとさっきまでいたはずの悠夜の姿もなかった。

 

「ああ! 前に一度、セシリアからお話は聞いていましたけど、あなたがそうだったんですか。初めまして、織斑一夏です」

「(あら、意外に丁寧)はい。織斑様―――時に、ご無礼を承知の上でおたずねしますが、私のことをお嬢様はなんと?」

「ええ。とてもよく気が利く方で、優秀で、優しくて―――美人だって言ってました」

「(お世辞も上手)まぁ」

 

 概ね、一夏の接する態度に満足するチェルシー。ふと脳裏に悠夜と初めて会った時のことを思い出したが、まだ幼かったこともあって態度は酷い物だった。

 などと思い出しつつ、さらに後ろから幼馴染兼主の嫉妬のオーラを感じながらチェルシーはさらに続けた。

 

「私も織斑様のお話はよくお嬢様から耳にしております」

「へぇ、そうなんですか。ちなみに俺のことはなんて言ってました?」

「クスッ。それは―――女同士の秘密、です♪」

 

 すると一夏の顔に変化を感じたチェルシーは後ろからの嫉妬のオーラが強くなったことに気付く。

 

(………これはまさか、彼は年上派なのでしょうか?)

 

 だとすれば少々まずいことになるのでは? と思ったチェルシー。だがまだ向こうは話したそうな顔をしているので、さらに会話を続けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことだから、あなたは更識楯無を手放しなさい」

「戻って来た途端いきなり何を言ってんだ、お前は」

 

 悠夜も含め、このIS学園島を一周できるような人間はまずいない。そのため悠夜はある程度進んだら戻ってくるようにしてきて、会話を終えたチェルシーと合流した。

 するとチェルシーは悠夜に対してそんなことを言ったのだが、何のことだかわかっていない悠夜は突っ込んだ。

 

「話が長くなるから簡単に言うと、お嬢様が婚約相手のことが眼中にないから入れさせるのよ」

「………一応聞くけど、その婚約者ってどんな奴」

「あなたも一応は知っているんじゃないかしら? その筋では「狙撃王子」って呼ばれているわ」

 

 それを聞いた悠夜は頭を抑える。

 

「……わからん。どうして織斑に惚れたんだ、あの女は」

「ああ。それはですね―――」

 

 チェルシーは簡単にセシリアの経緯を話す。すると悠夜は今度はため息を吐いた。

 

「なるほど。弱々しい男はいらないと。それなら言っちゃなんだが俺にも惚れる可能性はあったな」

「むしろそっちの方が良かったわ。あなたの好みは知ってるし、振らせようと思ったこっぴどく振らせることもできるし」

「……この悪女め」

「ブランケット家の義務を果たそうとしているのよ、私は」

 

 堂々と答えたチェルシーに対し、悠夜はちょっと見直していた。

 

「っていうかそもそもの原因はその親父だよな? どうにかできないのかよ」

「故人に何をさせる気かしら?」

「ああ、そうですか」

「それに本来はあの方は元々暗殺狙撃手(キリングスナイパー)としての名が売れた人だったのよ。そしてそれはお嬢様にも受け継がれているのだけど……」

「………一体どうやってあの女が生まれたんだよ」

「できちゃった婚」

 

 はっきりと答えたチェルシーに悠夜は口をあんぐりと開けた。

 

「セシリア様のお母様―――エミリー様はやり手の方だったのだけど、一時期邪魔扱いされて殺されかけそうになったのよ。それで護衛としてジェームズ様を雇ったと聞いているわ。で、次第に打ち解けていったようよ」

「ワー、ナンテシンデレラボーイナンデショウ」

 

 意味が違うと思いながらもそう答える悠夜。瞳のハイライトが消えており、周囲には嫉妬のオーラが現れていた。気のせいか、周りの木々が腐り始めているようにも感じ始めている。

 

「四方八方からモテているあなたが言えるかしら? 聞いているわよ。デュノア社の社長に気に入られているらしいわね」

「ハハハ……アレが気に入られているっていうならストーキングは犯罪じゃなくなるな」

「…………もっと弄りたかったけど、その後が怖いのでやめておくわ」

「そうした方がいいだろうなぁ。ってか、スナイパーのところをお嬢様にでも説明したらどうだ? 少しはマシになるんじゃねえの?」

 

 悠夜は「これは名案だろう」と思いながら言ったことなのだが、途端にチェルシーの顔が暗くなるのを感じて不安を感じ始めた。

 

「……じゃあ、あなたはいつも両親のことを思い出すたびに悲しい顔をする人にそんなことを言えると思う?」

「ゲスく、かつドS的に―――って、冗談だ、冗談。流石の俺でもそんな傷口に塩だけでなく辛子やタバスコを加えるようなことは相手を選んだ後にするからあの女なら普通にするな」

 

 その言葉にチェルシーは容赦なく悠夜の足を踏み抜き、あまりの痛さに悠夜はその場に倒れてのたうち回った。




腐れ縁(お互いに恋愛感情があるなんて言っていない)

ちなみに小学校時での同級生は揃って言います。「大体いつもは争っていたけど、結託したら恐怖そのもの」だったと(笑)

それとチェルシーがナイフを投げた件に関しては二人にしてみればいつも通りだし、悠夜にとってナイフなんざ怖くねえなので特に問題にはしません。



次回予定

久々に街に戻ってきた鈴は、五反田食堂に寄ってみる。
そこには見知った顔がおり、彼らは暖かく出迎える。

そして一方、悠夜たちの方はラウラの新しい機体と黒鋼のオーバーホールとバージョンアップが済んだことで、模擬戦を始めるのだった。

自称策士は自重しない 第82話

「鈴音の悩み」

鈴音「やっぱり、アタシって変よね?」


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#82 鈴音の悩み

文章力向上のために別のIS作品を練習で書いていますが、どういうことか向上した気配がしない。

そんなことを言いながら3月一発の自称策士、どうぞ!


ちなみにですが、次回予定はあくまでも予定でした。


 凰鈴音が中国から戻ってきて早二日が経つ。彼女はIS学園から外出しており、現在は五反田食堂―――というよりも中学二年まで仲が良かった男友達の五反田弾の部屋にいた。

 

「……おい、鈴」

「……何?」

 

 様子がおかしい鈴を見つけた弾、そして一緒にいた数馬がとりあえず弾の家に連れて来たのだが、男子二人は「いくらなんでも無防備じゃね?」という思いに駆られていた。

 

「何かあったのか? もしかして成績が悪くて政府の人間に怒られたとか……」

「……そうじゃないわよ。まぁ、怒られたけど」

 

 それを聞いた男二人は冷や汗をかき始める。

 今まで彼らは二年だけだがそれなりに彼女と接してきた。好きになることは容姿や鈴音が既に一夏に恋心を抱いていることを知ったからなかったが、それ以外ならば色々な感情を持っていたし、遠回りに恋愛相談を持ち掛けられたこともあるので今回もそんなパターンかと思ったが―――

 

(一体何があったんだよ)

(これはちょっと……ヤバいんじゃないかな……)

 

 弾も数馬も今回ばかりはかつてない爆発をするのではないかと警戒し始める。

 

「アタシってさ、やっぱり弱いんだなぁって思ってさ」

「………は?」

「ごめん、鈴。ちょっとそれはわかんない」

 

 唐突にそんなことを言った鈴音に対して男二人は各々反応を見せる。

 すると鈴音はまるで奥底から怨念を吐くように語り始めた。

 

「アタシってさ、転校するまで代表候補生とかISとかそんなの関係なくアンタらとつるんでたじゃん? そして中国に戻ったら定期的に行われてたIS適性検査ってのを受けてみたらさ、Aとか出たら急に代表候補生になれとか言うわれるしさ、お母さんは喜ぶしで気が付いたらなってるしさ。で、ちょっとは勉強してそれなりに知識を付けて専用機持ちになって、IS学園に入学したわ。そこでもアタシはそれなりに強いつもりだった」

「………あ、うん」

 

 途中から話を聞くのを止めそうになった弾が寸でのところで意識を戻し、相槌を打った。

 

「でもさ、アタシ―――自分が強いかどうかってわからなくなっちゃった」

「………え?」

「………」

 

 唐突にそんな弱音を吐く姿を見る弾は驚き、数馬は静かに聞いている。だが途中で持ってきていたノートパソコンを出して静かにインターネットを開いた。

 

「詳しいことは言えないけどさ、アタシはちょっと前に悠夜の……二人目の男性IS操縦者の素顔を見る機会があったのよ」

 

 そう言われて弾はふと、以前会った悠夜の顔を思い出す。

 

(そう言えば、眼鏡に長い前髪で素顔は隠されているみたいだよな……)

 

 見るに堪えない姿でもあるが、弾にとってはSRs界でも有名人だ。それに以前、暴走していた女性を圧倒的な差で潰している。実際、ダサい容姿に笑いながら相手して、後から難癖付けるのを確認した二人は再戦すると聞いたので見ていたが、それでも圧倒的だった。

 

 ———それも徹底的に

 

 実際悠夜が使用していた機体の元となったものも、劇中では活躍しただけでなく前作主人公とその愛機を一度は倒しているのである。

 特性の活かし方によっては2にも3にも―――いや、それ以上にもなるものがその力を使わずに潰した姿はまさしく悪魔。

 

(でも、素顔を見ることはさすがにできなかったんだよなぁ)

 

 どんなものか気になり始めた弾はせかすように言った。

 

「で、どうだったんだ? 悠夜さんの素顔は」

「……ええ。形は整ってる方だと思うけど………それ以上に怖かった。まるで負の感情を持っているみたいに―――」

「———もしかしたら案外、ネットの話も馬鹿にできないかもしれないね」

 

 意味深な言い方をする数馬。あまりにも唐突な参加だったため、二人は同時に数馬を見た。

 

「今の、どういうこと?」

「この前、女権団のボスが入院しているってニュースを流れたことは知っているでしょ? どうやらそれは女権団の一部じゃなくてIS委員会だって言ってる人がいるんだよ」

 

 そう言って数馬は自分のノートパソコンを二人に見せる。その画面にはスレッドが表示されており、たくさんの人が書き込んでいた。

 

「おかしいと思ったんだよね。普通、女権団のような組織のボスが入院したっていう話は徹底して伏せるものなんだけど、普通にばらしていたから何かあると思ったけど」

「……………うん。でも悠夜じゃ無理よ。その時のアリバイみたいなものはないけど、手が離させない状況だったし」

「……いや、たぶんこのニュース―――悠夜さんが石原郁江を潰したっていうのは本当だと思う」

 

 そう言って数馬はノートパソコンを自分に向けてから別のサイトを開いてまた二人に見せた。

 

「実は三年前、世界大会で10位以上になった選手のプラモの設定を公開するはずなんだけど、1位だった悠夜さんのだけは展示されなかったんだ。噂じゃ襲われたって話でさ」

「…………」

 

 鈴音は直接悠夜からSRsで1位になったということを聞いたことがない。だが「ルシフェリオン」で検索すれば情報は色々とあり、そこから「悠夜=優勝者」という構図から知りえていた。

 

「それであくまでも噂の範囲だけど、熱心なオカルト研究者が「悪魔を召喚した」とかって話をしたり色々あるんだけど、多いのはその暴漢を暴力で退けたって話だよ。でも鈴は悠夜さんのことを知ってるんだよね」

「……さっきから思ってたんだけど、何で二人は悠夜のことを知ってるの?」

「ああ、そういえば―――」

 

 数馬は以前のことを簡単に説明し、ついでに悠夜の実力を尋ねた。

 

「……なるほどね。それと悠夜の強さなんだけど……黒鋼―――今のISを持ってから急に強くなったって印象かしら。胆力は元からあったわね」

「……たぶん黒鋼はあの人が作ったものをISにしたんだろうね。その後に開発者が後から武装とかを追加していると思う」

 

 と聞いた鈴音は驚きを顕わにするが、同時に納得もした。最初からそれを知っているならば立ち回り方も理解している。道理で強いわけだ、と。

 

「話を戻すと、悠夜さんは贔屓部分を除いても実際強いんじゃないかな? これまで聞いた話だと何回か襲われているって言ってたから」

「……まぁ、確かに襲われていたわね」

「それに聞いた話だと、ISってのは機体性能もそうだけど間接的に本人の戦闘能力もある程度は関係するんだろう? だとしたら、素でもある程度は立ち回るでしょ」

「………そう言えば、千冬さんに握力でダメ出しをしていたわね」

 

 その言葉に弾は顔を青くするが、数馬はため息を吐いて言った。

 

「………根本的な方に話を戻すけどさ、鈴は結局どうしたいの? っていうか鈴って、実際一夏のことをどう思ってるの?」

「…ど、どう思ってるってそれは―――」

 

 ———好きだけど………

 

 鈴音はそう口に出そうとするが、どうしてか言葉にできない。それどころか鈴音は自分が本当に一夏のことをどう思っているのかわからなくなった。

 

「……あ……アタシは……」

「お、おい……鈴?」

 

 どんどん顔色が悪くなっていく鈴音を気遣う様に声をかける弾。

 

「………この家に出入り禁止になることを覚悟で言うとさ、僕は一夏のこと嫌いだよ」

「ちょ、数馬!?」

 

 弾にとってまさかの発言をした数馬。鈴音も驚きを見せるが、それらを無視して数馬は陰口を言い始めた。

 

「確かに4人で遊んだ日々は楽しかったけどさ、悪いけど僕は率直に言って一夏が嫌いだった。もちろん、アレがいたことでおいしい思いをしたことは一度や二度じゃない。でもさ、その結果、僕たちがどうなっているのか知ってる? 「どうして織斑君を連れてこないのよ」だよ。つまり僕は……いや僕らは一夏の付属品扱いだ! 僕らはただつるんでいただけなのに、どうしてそう見られないといけない!? たかが女共に!」

「ちょっ、数馬―――」

「弾だってそうだろ! 普通にナンパしただけでいつも「織斑君は?」って聞かれて悔しくないの!?」

「いや、それはそうだけど、だからってそれを鈴に言ったってどうしようもないだろ………」

 

 そう言われて数馬は鈴音の方を見る。鈴音は俯いていて、両手をワナワナと震わせていた。

 

「ごめん、鈴。僕は……」

「気にしないで。考えてみればアタシもそうだわ。………それにさ、アンタのおかげで思い出したけど、考えてみれば異常よね。アタシ、悠夜に色々アドバイスをもらってゲームをハードごとくれたのにそれを全く活かしていない。むしろ、どこかで「所詮ゲーム」って馬鹿にしてた。クラス対抗戦の時もそう。利害が一致したって言っても悠夜はアタシに協力してくれたのに、当日はその裏で悠夜が酷いことになってたのに自分のことで精いっぱいで拒絶されただけでほとんど見捨ててた」

 

 数馬は内心「やっぱり」と思う。それは鈴音に対することではなく、悠夜に対することだった。

 悠夜はともかく年下に甘い。当初は敵と思っていた本音はもちろん、簪や朱音に優しくしたり、ラウラに関しては一緒に寝たとしてもあくまでも「妹」として扱い、添い寝程度で終わらせている。決して発情しないというわけではないが、それでも枕を共にしてそう扱うのはかなりの根性をいるだろう。

 そして彼はなんだかんだで鈴音も、そして数馬にも同様だった。

 

「………別に今からでも遅くはないんじゃないかな。いや、もしかしたら手遅れかも。代表候補生も専用機も捨てて、それで告白したなら、あるいはチャンスは―――」

 

 そこまで言う数馬に対し、弾は服を引っ張って数馬に耳打ちをする。

 

「ちょっと待て。確かあの人って彼女いるだろ? ほら、あの―――」

「それって本人……っていうかその辺りの事情を知ってそうなのが目の前にいるんだから直接聞いた方が良いんじゃない」

「……いやアンタたち、すべて聞こえてるから」

 

 意味のない耳打ちを指摘する鈴音に二人は顔を赤くした。

 

「でも彼女か………そう言えば、どうなっているのかわからないけど彼女はいるわよ。盛大に告白してたし」

「………え?」

 

 それを聞いた弾の瞳が徐々に暗くなっていき、一人ブツブツと何かを言い始める。

 

「ふざけんなよ。結局IS学園に行ったらモテるじゃねえか。なんなんだよ、この格差はよぉ………」

「ちょっと待って。悠夜さんみたいな人と付き合いたいって人なんている? それって一体―――」

「日本の代表候補生の更識簪、だっけ」

「ああ、納得」

「えぇ!?」

 

 あっさりとする数馬に対して驚きを顕わにする鈴音。そんな彼女に数馬は説明し始めた。

 

「だって更識簪って言ったらSRs世界大会の四天王の一人で「青い暴風」の通り名を…それ以外にも「特大波動砲」「デストロイバスター」「距離抹消」とか言われてる準優勝者だよ!? ……いや、むしろ納得するべきかな。距離という概念を抹消して狙撃王子を潰した彼女なら、地球そのものを消した悠夜さんのパートナー……ということは10数年後には地球どころか太陽系の惑星を破壊しつくすほどのアイデアを持つ子供が現れてもおかしくはないんじゃ………」

 

 これを聞いた鈴音は唖然とし、自分をおっぱいの優劣で惑わされたことが滑稽という思いとむしろそれだけで良かったという安心感が現れた。

 彼女がそんな感情に挟まれている時、数馬は現実に引き戻すように言った。

 

「そうだ、鈴。ここから本題なんだけど、一夏から悠夜さんに乗り換える……というか彼と仲良くするつもりはない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてから鈴音は帰り、弾の部屋では部屋の主で半分壊れている弾と真面目な顔をして何かを作る数馬の姿があった。

 その二人の空間を破壊するかのように、勢いよくドアが開かれる。

 

「ヤッホー! 数馬さん!」

「……蘭ちゃん」

 

 ハイテンションで数馬に声をかける蘭。元がいいからその笑顔で何人かの男たちはコロッと行くだろう。事実、彼女にはファンクラブがあり、五反田食堂に通う男たちは彼女らの祖父である厳にばれない様に何故かその店で彼女のプロマイドを秘密裏に交換を行うなどしていた。

 

「やっぱり君、ドアの近くにいたでしょ」

「はい。お話はすべて聞かせてもらいました。本当にありがとうございます。これでまた一人ライバルが減ってくれて―――」

「———何を勘違いしているんだい?」

 

 あざ笑うような声で数馬はそう言うと、蘭は驚愕を浮かべる。

 

「か、勘違い………?」

「うん。僕は彼女の友人として、より優れている男性を紹介しただけだよ。聞いていたなら知っていると思うけど、僕は彼が大っ嫌いでね。大体、他人の感情には鋭いくせに恋愛には疎いってなんなのさ。他の人間はともかく、そんなことで友達が悲しむのって理不尽じゃん? だから僕はより優しく扱ってくれる素晴らしい男を薦めただけだよ」

 

 はっきりと物申す数馬に対し、蘭は段々と怒りを顕わにした。

 

「じゃあ、何ですか。あなたはあんな男が一夏さんよりも優れていると―――」

「そうだね。例えISでももう一夏みたいに突っ込むことしか知らない奴は勝てないよ。6月の時点で既にそれはわかり切っていたことだろう」

「でも一夏さんが勝ってたじゃないですか!」

「二回戦に上がっていたのはね。弾はどう思う? 一夏が勝てると思う?」

 

 聞かれた弾はプラモを出して作り始めており、説明書を見ていた顔を上げる。

 

「……いや、無理じゃね? あんなものを見せられたら誰だってそう思うだろうよ」

「……お兄まで。もう知らない!」

 

 ドアを勢いよく閉めて階下へと降りていく蘭。それを聞いていた二人はお互い片手を上げてハイタッチした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあったなんて全く知らない俺はラウラの着替えを持って轡木ラボに訪れていた。

 ここ数日、ラウラは部屋に戻っていないようだ。簪もまだだが合鍵を渡されている俺は普通に部屋に入って普通に着替えを持って………あれ? これって事情が知らない奴が見たら完全にアウト?

 ともかく俺は何も考えずに荷物を持って轡木ラボに来て、どこかで見たことがある機体を眺めていると、

 

「こんなところに来ているとは、珍しいですね」

 

 一瞬、脳内に「地球消滅のお知らせ」という単語が過った。それほど彼の声は縮退砲が実装されている機体の操縦者に声が似ている。

 

「バリーニさん、お久しぶりです」

「お久しぶりですね、桂木君。……ああ、そう言えばお嬢様が「完成した」と言っていましたが、それを受領しに来たのですか?」

「はい。さっき朱音ちゃんから連絡があったので」

「ならば、もう少々待った方がいいでしょう。女性に対してそのような気遣いも時として必要ですよ」

 

 流石はイケメン。言う事が違い過ぎる。白い特攻野郎にも聞かせてやりたいくらいだ。

 そんなことを思っていると、通路の端から「お兄ちゃーん!」と叫ぶ声が聞こえた。そっちを向くと朱音ちゃんが白衣を着た状態で現れた。

 

「お兄ちゃん、ラウラの着替え持ってきてくれた?」

「ああ。それで、ラウラは?」

「服が来るの待ってるよ。それとも、今から風呂場に行ってエッチなこと、する?」

「しないからね」

 

 後ろから「クスクス」と笑い声が聞こえてくる。バリーニさん、笑わないで下さい。

 

「では私はこれで失礼。例の機体の調整もありますので」

「お願いしますね」

「わかりました」

 

 しかし何だろうな。あの人を見るたびに思うんだが何かを企んでいないだろうか? いや、見た目じゃなくて声的に。

 失礼ながらそう思いつつバリーニさんを見送ると、朱音ちゃんが俺の服の袖を引っ張る。

 

「行こう、お兄ちゃん」

「いや、服を持っていてくれないか? 俺はもうちょっとあの機体を見ておきたい」

「………わかった」

 

 少し残念そうな顔をして去って行く朱音ちゃんを見ながら、俺はもう少し甲冑のような機体を見ていた。

 しばらくしてバリーニさんが現れてさっきから見ていた機体の調整に取り掛かろうとすると、また朱音ちゃんが現れて服を引っ張った。

 

「お兄ちゃん、黒鋼の調整をしたいから来て」

「ああ、わかった」

 

 少し名残惜しいが、黒鋼の方も気になるので朱音ちゃんに付いて行くことにした。

 格納庫に移動すると、ラウラは既に何かをしている。たぶん調整だろう。

 

「しばらくぶりだな、ラウラ」

「兄様! 申し訳ございません。こちらを優先して兄様との寝食をおろそかにしてしまいました」

「もう別の部屋なんだからそれが普通!」

 

 でもそれも俺を思ってのことなんだよな。そう考えると少し嬉しいとすら思うよ。

 そんなことを思いながら俺は黒鋼を観察する。特におかしい所はないが、所々パーツが変わっていた。

 

「朱音ちゃん、今度はどんな改造をしたんだ?」

「変形後とかは特に何もないけど、展開装甲を追加した」

「………は?」

 

 いやいやいや、ちょっと待て。今この子なんて言った? 展開装甲? いや、マジで?

 

「あ、でも紅椿だっけ? アレのデータは取ってないから。そもそも展開装甲! って言っても見た目はF○バーストがそんな感じだし、むしろそれのパクリじゃない?」

 

 ………言われてみれば。

 全部が全部そういうわけじゃないし、向こうは形を保っているけど……言われてみれば確かにそうっぽいな。

 相槌を打ちながら、黒鋼に乗り込もうとしたところで気が付いた。

 

「そうだ。とりあえずこの雷鋼は返す。黒鋼ができた以上、俺はこっちで戦いたいし」

「わかった」

 

 雷鋼の待機状態を返して、俺は黒鋼に乗り込む。すると俺の身体データを読み込み始めたがそれもほんの30秒ほどで完了した。

 待機状態に戻すと朱音ちゃんは見計らって俺に行ってきた。

 

「お兄ちゃん、早速で悪いんだけど業務命令ね。今からラウラと戦って♡」

 

 そんなことを唐突に言われた俺は快く頷き、三人で空いているアリーナを探すのだった。




ということで今回は鈴音が以前の仲間と再開するって話でした。数馬が悠夜のことを過剰に押している気がしているのは気のせいにしておこう。

ちなみに弾にも数馬にも鈴音に対する恋愛感情は全くありません。可愛いけどアレだ。二人にとってはそういうのには見えないわけです。


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#83 束の間の

現在、気分転換ついでに似たようなISの二次を書いています。
月一に更新したいけど、時間がない(笑)

まぁ、書いていて思うことは「どうしてこうなった」なんですけどね。たぶんここよりもグロく、物凄く不快だと思います。


それはともかく、アルケーガンダムは腰近くの物を付けなかったらほとんど木の棒を合わせたような感じって言うね。HG作って驚いた。


 第三アリーナ。そこでは珍しく人がおらず、俺たちの貸し切り状態にできた。

 目の前にいるのはラウラであり、雨鋼(あまがね)というラウラ用に調整された機体だ。色合い的にはブルデュ○ルの装甲色をストラ○クノワールに近くしている。そして黒鋼の腰部は荷電粒子砲を採用したためか、拳銃のホルダーは雨鋼の腰部へと移動している。

 黒鋼が一般的な一対多を目的とした大量破壊兵器としたら、恐らく雨鋼は一対一を連続して行う別の意味での一対多を目的としたものだろう。ほかにラウラがドイツ出身ということもあってか手首には何かが備え付けれているようだ。

 

「兄様、私とあなたの差はわかっているつもりですが……全力で来てください」

「……………」

 

 どうしよう。真面目な話、ISだと俺たちってあまり差はないんじゃなかったっけ?

 

「…どうしました?」

「いや、なんでもない。それに他の奴らならともかく、ラウラや簪が相手の時ぐらいは全力を出すさ」

 

 機体性能も含め、二人は油断ならないからな。楯無の場合はアイツは性悪だし。ま、サファイア辺りは適当にしていても勝てると思うだろうが。……と言うのはさすがに冗談だ。

 そもそもケイシー先輩もサファイアも、そして楯無も戦い方…というよりも機体が特殊だからな。魔法使いを相手にしていると考えれば少しは楽なんだがな。あくまでも気持ちだけだ。

 

「そうですか。では、遠慮なく―――」

 

 いきなりトップギアで突っ込んでくるラウラ。格闘戦に持ち込む気らしい。

 俺は体をねじって避ける。

 

「何の!」

 

 両肩の装甲が開き、ミサイルが―――違う、これは手裏剣だ。

 

(くそ、頭にゲルマン忍者が出て来ちまった)

 

 同じドイツ関係者だし、なくはない……なんて馬鹿なことを考えながら避けるが、その手裏剣はホーミング機能があるらしい。無理に追って来れない場所へと移動したはずなのに、手裏剣がこっちに飛んできた。

 

「隙あり!」

 

 するとラウラが目の前に現れ、俺に警棒のようなものを振り下ろした。それに対応するために、すかさず《蒼竜》を展開して防いだ。

 

(金属……いや)

 

 危なかった。武器のチョイスは間違いではなかったようだ。

 特殊な金属を使っているからか、《蒼竜》はビーム系の武装を防ぐことが辛うじてできる。そしてそれは、ラウラが持つ特殊な警棒も例外ではない。

 

「ヒート警棒?」

「ヒートロッドらしいです」

 

 つばぜり合いを止めて距離を俺たち。だが着地してラウラを見ようとするが、既に彼女の姿はなかった。

 

(……一体どこに?)

 

 完全に消えた? ISにはステルス機能は存在するが、確かそれはIS条約で対戦では使用禁止となっているはずだ。

 

(それこそ本気ということかよ)

 

 だが、いくら透明になろうともサードアイの前では無力だ。

 

「開眼」

 

 視界がぶれてシステムの起動を確認する。

 

「丸見えだぜ、ラウラ!」

 

 《デストロイ》のハッチを開いて無数の光弾を放ちまくる。

 

「———ええ、知っています。ですが、この機体もメタルシリーズです」

 

 すると肩部から筒状のものが現れ、そこから熱線が飛んできた。俺はそれを回避して《アイアンマッハ》で潰しにかかる。

 

「そして、これにはあなたが知らない物が搭載されている」

 

 手首に何かを展開したラウラは右腕を伸ばして何かを撃った。それが俺の目の前で爆発し、視界がブラックアウトしてしまう。

 

「これはまさか……」

「サードアイ封じ。レーゲンを使用していた時の私と同じと思わないでもらいたい!」

 

 クソッ、視界が回復しない。

 ISを展開するとハイパーセンサーを通して物を見る。そしてサードアイはそのハイパーセンサーにさらに眼鏡をかけるようなもので、それが封じられては何も見えない。

 

(同じ「雨」なのに………ここまで違うとはな)

 

 内心舌打ちしていると、ラウラが挑発してきた。

 

「この程度ですか、あなたは!」

「………いいや、まだだ」

 

 だがこの程度、生憎俺には通じない。

 おそらくラウラもこの程度で俺を倒せるなどとは思っていないだろう。

 

「ならば、これで―――」

「サードアイ、オフ」

 

 そして視界が回復されるはずだが、どういうことか視界が回復しない。

 

「言い忘れていましたね。このサードアイ・クラッシャーを使用した場合、サードアイ・システムが自動的に発動する仕組みになっています」

「………なるほど、黒鋼が奪われた時のことを考えて、か」

「はい」

 

 仕方がないとはいえ、一度黒鋼を奪われている身としては何も言い返せない。

 しかし俺を実験台にするとは人が悪い。後で二人にはおしりぺんぺ………アイアンクロ………うん、なんとかしよう。

 

「さっきはああ言いましたが、流石に目を奪われては抵抗はできないでしょう。降参を―――」

「おいおい、そいつは早計だぞ」

 

 俺は思わずニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外から見れば黒鋼がサードアイを使用した時に黒い線で描かれた瞳の形をした模様が浮かび上がる。それがサードアイを封じた「サードアイ・クラッシャー」のせいか赤い線に変化していた。

 

(兄様が笑った……)

 

 朱音が十蔵にサードアイ・システムを悪用させないためのシステムを開発するようにと言われている時、近くにラウラもいた。そして実験台に悠夜を選んだのも十蔵であり、二人はそれに対して猛反発するも結局は押し切られた。曰く「本当は人が死ぬほどの高出力のスタンガンを当ててみたいのですがねぇ」と意味深な言葉を言われたため、「まだ少しだけ目が見えなくなる方がマシ」という結論に至ったのである。

 そしてそれは「内密に」という条件だったこともあったので、二人は仕方なく黙って攻撃した。

 

「なら、勝たせていただきます!」

 

 ラウラは雨鋼の手首に装備されているリングから伸びてきたバーを掴み、さらにコンピュータ制御で《ヒートロッド》がリングにできている窪みにはまったことを確認し、悠夜に接近した。

 

(これで―――!)

 

 ラウラは《ヒート・トンファー》を振り下ろそうとした瞬間、悠夜は手を伸ばす。そしてそれが―――ラウラのふくらみかけの胸に触れる。

 

「に、兄様!?」

『お兄ちゃん!!? ちょ、対戦中に何してるのよ!?!』

 

 黙って観戦していた朱音も思わずインカムを使用して叫んでしまうが、ラウラにはもう胸を掴まれた動揺はなかった。

 

「ゼロ距離なら、当てられる!」

 

 だがその拳はラウラの顔に近づくも、途中で止まった。

 

「……に、兄様……?」

 

 悠夜は拳を降ろして、掴んでいた胸も離す。

 

「どうしてです、兄様! 今のは攻撃してもおかしくない状況です!」

「………その、だな」

 

 悠夜は口を動かして何かを言おうとするが、恥ずかしいのか顔を赤くして閉ざしてしまう。それから数秒して口を開き、はっきりと言った。

 

「ただ実験台にされたからって理由で、今のラウラを殴ることなんてできない」

「……それは……私が弱いからですか?」

「……………」

 

 さらに顔を赤くする悠夜。

 そう、今回殴らなかったのは、ラウラが弱いから同情したとかではない。むしろ悠夜はあの時点で本気を出そうとしていたぐらいである。

 それでも殴らなかったのは、単純に―――

 

「ああ、もう無理!」

「はい?」

 

 叫ぶとほとんど同時に「サードアイ・クラッシャー」の効果がなくなり、悠夜の視界が明るくなった。すると悠夜は雨鋼を展開したままのラウラをそのまま抱きしめる。

 

「ちょ、兄様!」

『ラウラずるい! 私なんて最近そんなことされていないのに!』

「今はそんなことを言っている場合ではないだろう!」

 

 二人がそんなことを言っていると、理性が崩壊したのか悠夜はそのまま強く抱きしめ、虚ろな瞳を向けながら語り始めた。

 

「そもそも常日頃から尻尾を全力で振りまくって近づいて来るような女の子をいくら模擬戦で絶対防御があろうがなかろうが殴るなんて論外すぎる。それにいくらあんなことをされたからと言って、それでキレて殴るなんて俺にはできない!」

 

 さらに強く抱きしめたことで、ラウラの方がいよいよ限界を迎える。

 

(落ち着け。こんな機会はめったにないんだ。むしろ今ここで拒絶したら、私が兄様に嫌われる!)

 

 そのシーンが脳内で再生されたことで自分にショックを与えるラウラ。自分から離れていき、自分が知らない女と去って行く悠夜の姿を(自分で)見たラウラは涙を流し始めた。

 

(……それは嫌だ!)

 

 するとラウラも悠夜を抱きしめ、涙を流しはじめた。それを見た悠夜は抱きしめていた腕を緩くし、ラウラの頭を撫で始める。

 

 ———そんな時だった

 

『お兄ちゃん、Bピットに高エネルギー反応! 逃げて!』

 

 通信が入り、悠夜はそこから移動する。するとさっきまでいた場所が爆発を起こした。

 

「………凰か」

「久しぶりね、悠夜」

 

 Bピットのカタパルト射出口には鈴音が甲龍を纏った状態で立っており、今もエネルギーをチャージしている。

 

「何の用だ?」

「アンタと戦いに来たのよ。アタシ自身の中にある何かと決着をつけるために」

 

 そう言って鈴音はそこから飛び出して《双天牙月》を展開して悠夜に斬りかかる。悠夜はラウラを捨てて《蒼竜》を展開して受け止めた。

 

「流石ね、周りは理解していないみたいけど、実質学年……下手すれば学園最強の実力は持つだけあるわ」

「そこは世界最強って言っておけよ。ISで取る気はないけど―――な!」

 

 力で弾く悠夜。鈴音はその勢いを利用して距離を取りつつ甲龍の第三世代兵器「衝撃砲」《龍砲》で悠夜に仕掛ける。悠夜はそれをここ最近身に着けた勘で回避するも、やはり勘のみではすべて回避することは無理なようだ。

 

(こいつ、今まで手加減していたのかよ)

 

 繰り出される衝撃砲の数、そしてその狙いが的確で苦戦を強いられる悠夜。

 

「いっけぇええええ!!」

 

 最大出力―――とはいかずともそれなりの威力となった衝撃砲が発射される。悠夜は《デストロイ》を起動し、拡散式の光弾を飛ばして爆発させる。

 

(これなら、サードアイがなくても―――)

 

 意外とサードアイが封じられたことを気にしている悠夜。爆発を起こして見えない衝撃砲を対応しようとするが、それを瞬時に見抜いた鈴音はわざと拡散させて混乱させた。

 

「それでも、アタシが勝つ!」

 

 そして煙を突っ切って鈴音は現れ、悠夜に斬りかかる。それを回避する悠夜だが、鈴音はすかさず左手にバックルを展開して鎖を飛ばした。

 

(こいつを使えば―――)

 

 飛んでくる鎖を悠夜は掴み、引っ張ろうとした瞬間に全身に電撃が走る。

 

「兄様!」

「手持ち式の《高電圧縛鎖(ボルティックチェーン)》よ。でも、ちょっと威力が高すぎ―――」

「そうかな」

 

 黒鋼の手が光った瞬間、鎖が爆発を起こした。

 

「え? ちょ―――何で!? 結構高い電圧を浴びせたつもり―――」

「まぁ、確かに凰の攻撃は効いた。だが悪いな。俺もこいつの威力は試してみたかったんでな」

 

 そう言って悠夜は改修された自分の両手の掌を眺める。その眼は何かを愛するような目だが、今も例の眼鏡をかけているので周りからは見えない。

 

「………ねぇ、いくらなんでも黒鋼ってもう大会規定に違反してんじゃないの?」

「正しくは「規定拡張領域(バススロット)を超えてはならない」だろう。黒鋼の装甲自体には改修を施しているが、ここまでできるのは単純にラボの技術力が高いからだ」

 

 (もっとも、凄いのは朱音ちゃんだけど)と内心補足する悠夜。それを聞いた鈴音は一瞬顔を赤くし、周りに聞こえないように小さく言った。「やっぱり」と。そして鈴音は悠夜。

 

「ねぇ悠夜、こんな時に言うのもなんだけどさ」

「……あ?」

「アタシ、やっぱりアンタが一人の男として好き」

 

 それを聞いた瞬間、悠夜の思考は止まり、ラウラからは殺気が漏れ始め、朱音はさっきの戦闘データを消し始めた。

 

「貴様、まさか政府から言われて兄様を取り込むつもりでそんなことを言っているのか!」

「違うわよ! っていうかアンタが来る前から悠夜のことはちょっと気になったりしてたっていうか………」

 

 鈴音の顔がますます赤くなっていき、さらに恥ずかしさ故にとうとうラウラに八つ当たりを始めた。

 

「羨ましかったのよ! アンタもあの更識って子も、アタシと同じでそんなに胸がないのに、仲が良いっていうかちょっと度が過ぎても意識してくれるし、普通に優しく扱ってくれるし―――」

「織斑も優しい方なんじゃないか?」

「アレに「女」として意識されたことなんてないわよ!」

「……マジで?」

 

 何気なくした質問に返された答えを聞いて現実に戻された悠夜。さっきの言葉を聞いて改めて鈴音を観察するが、(確かに体型は幼いしなぁ)とは思った。

 

「まぁ、何が言いたいかっていうとさ―――」

 

 凰が悠夜に突っ込み、押し倒しながらも悠夜とキスをした。

 

「き、貴様ぁあああああ!!」

 

 ラウラが後ろで激昂するが、鈴音はお構いなしにキスを続ける。そしてようやく唇を離したが、

 

「アタシにも、アンタに甘えさせなさい!!」

「兄様! どうして私とはキスしてくれないのにそんな女とはキスをするんですかぁああああ!!!」

 

 鈴音の突発的な告白から始まり、段々とカオスになってくる第三アリーナ。

 それを管制室で見ていた朱音は、どこか微笑ましそうな顔をしていた。

 

「あなたは行かなくていいの?」

 

 いつの間に現れたのか、朱音と同じくらい……いや、それよりも幼く感じる黒いオーラを纏っている少女が朱音に声をかける。

 

「うん。中国の代表候補生がいるからね。クロこそ、いいの?」

 

 「クロ」と呼ばれた少女は一瞬驚くが、首を振ってこたえる。

 

「私は別にいいわ。彼は期待通りに動いてくれるし」

「………お兄ちゃんをどういう風に扱うつもりかわからないけど、あまり舐めない方がいいよ」

「忠告ありがとう。でも大丈夫よ。私だって死ぬつもりはないし、彼がこのまま暴れるだけで私の利益になるから」

 

 そう言ってクロはその場から消えるのを見て、朱音はぽつりと言った。

 

「クロはもう少し素直になってもいいと思うんだけどなぁ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みが始まって二週間。楯無たちが戻ってきた。

 ようやく帰ってきたかと思ったら、急に呼び出しを食らってしまう……俺、何もやってないのになぁ。

 

「しかし、一体何の用なんでしょうね? 事と次第によってはどうにか処理しないと―――」

「いや、しなくていいからな」

 

 まぁ、一応あの二人も日本所属の暗部だし、楯無に至ってはロシア所属の国家代表でもあるから警戒はしておいた方が良いだろう。俺の性欲的なことも含めて、な。

 凰も凰でおかしいし、俺って何かそういうフェロモンでも出しているのだろうか。

 

(…織斑に対して何も言えないな、このままじゃ)

 

 いや、でも学園のほとんどが姉のことも含めて織斑派だし? 副担任も(たぶん)敵だけど俺にはラウラがいるから大丈夫だ、問題ない。……何が問題でそうでないかはわからないけどさ。

 

「でもお前、簪や本音と仲良くなっているんだろう? だったらそういうことは別に考えなくてもいいんじゃないのか?」

「確かにあの二人は仲良くしてくれますが、兄様が優先です」

 

 その考えを是非反対したい気分だ。

 俺はため息を吐く。しばらくすると目的地である生徒会室が見え、俺たちは部屋に入る。そこには生徒会のメンバーである楯無に虚さん、それに簪と本音がいた。

 俺たちは来客用のソファに座ると、楯無は妹の前だというのに挑発するようなことを言ってきた。

 

「ただいま、悠夜君。私がいないと寂しかった?」

「どうやらあのことを知っている奴が多くなったようで、あまり攻められることがないからつまらないな」

「……そりゃあ、壁を壊すような化け物を相手にしたいとは思わないんじゃない?」

「そうか。それならいっそのことどこかの国を破壊しておけば良かったな。怒り狂った奴らをあざ笑いながらルシフェリオンで潰すのは面白いからな」

 

 そう言うとラウラが震え始める。簪も呆れているから「冗談だ」と訂正しておく。

 

「本当にしないわよね? 聞いた話だと、ルシフェリオンってそんなことは余裕でできるんでしょ?」

「とある遺児の逆襲計画を余裕で回避できる程度にはな」

 

 楯無にそう答えると、どうやら知らないのか首を傾げた。

 

「………まぁ、雑談はこれくらいにして本題に入るわね」

 

 誤魔化すようにそんなことを言う楯無。絶対に何かわからなかったな。

 

「悠夜君、ラウラちゃん。生徒会に入ってくれない」

「絶対にノゥ!」

 

 反射的にそう答えた瞬間、簪は一人身をよじって笑った



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#84 処遇

「……もう一度言うわね。二人とも、生徒会に入って」

「お断りだ。悪いが生徒会や委員会は前々から興味がない。何が楽しくて教師共の犬に成り下がらねばならないんだ?」

「………その分、あなたには相応の権利が与えられるわ。それに、立ち回り次第では教師共も黙らせることができるわよ」

 

 そう言われた俺は少し考え、すぐに首を振る。

 

「それじゃあ、つまらない」

「つまらない?」

「ああ。俺はここ数か月で気付いたが、どうやら戦っている方が性に合っているようだ。正しくは、ルシフェリオンを手に入れてから、か」

 

 そう答えるとラウラを除いて全員が引く様子を見せる。

 

「力を手に入れたから。そう考えてくれても構わない。確かに今はラボの庇護下に置かれてはいるが、それもいつまで持つかはわからないからな」

 

 今は朱音ちゃんのことは秘匿されているから大丈夫だとは思うが、高校生になったらおそらくは手を出し始めるだろう。下手すれば黒鋼の発展はこれ以上望めないし、場合によっては俺も狙われるだろう。

 

「でも、IS学園は何かしらの部活に入部することを校則で定められているわ。いくらあなたが学園の上層部である委員会の施設を半壊させ、生身で数人の代表と同格の存在を倒し、重役の半数を重傷に追い込むほどの戦闘力を保有しているとしても、こればかりは守ってもらうわ。悠夜君と織斑君は男性IS操縦者として未熟、ラウラちゃんは転校生、簪ちゃんは専用機を組み立てるために特例として今まで強制入部はさせなかったけど、一学期を終えてそれぞれクリアしたものとして、帰省中にどこかに入部させるように上層部から連絡があったのできれば、生徒会にとも」

「………」

 

 なるほどね。あの人直々の申請か。

 確かに今では環境になれ、俺もルシフェリオンという新たな力を手に入れたことで自由が利かなくなったか。確かに上層部としては俺をIS学園に縛っておきたい。それで最適なのは生徒会ということか。それに、現会長が楯無で、関係を持ってくれたらなおのこと、日本とロシアにとってプラスにもなる。どっちにしろ、日本とロシアには消えてもらう必要があるかもな。十蔵さんの心意はわからないが、各国としてはそんなものだろう。

 

「でも、私としては織斑君を生徒会に入れるべきと考えているわ」

「……へぇ」

 

 途端にラウラと簪が楯無に殺気を向ける。俺は別になんとも思っていないさ………うん。

 

「お姉ちゃん?」

「貴様、やはり……」

「ま、待って! 別に悠夜君より織斑君の方が大事ってわけじゃ……いや、同じ生徒なんだし平等に扱うべきなんじゃ……」

「……別にいいよ、それで」

 

 だが、簪はどういうことか納得したようだ。何だろう。すごくムカつく!

 

「か、簪ちゃん……?」

「簪様、その言葉をあなたが手に持っている首輪をしまってから仰ってください」

「じゃあ、虚さんが代わりになってくれる?」

 

 何だろう。これを聞いたら間違いなく大変な目になる。

 避難してきたのか、本音はこっちに来た。

 

「……その代わり、とは?」

「悠夜さんのどれ……愛のおもちゃ?」

「お、落ち着け簪! 今それは重要じゃない!」

「そ、そうよ簪ちゃん! 私は何も織斑君に惚れたとか、そういうわけじゃ―――」

「どっちにしても、一緒」

 

 お、落ち着け、俺。落ち着いてこの状況を打破するんだ。

 まず織斑の生徒会入りは楯無と虚さんの尊厳を守るために回避しないと。そうだ。絶対に回避しなければならない。

 

(まず織斑は生徒会に入れるべきではない。ということは生徒会に入らず、生徒会の仕事をする方法を考えるべきだ。なんかないか? 織斑の能力を活かして、尚且つ織斑を従わせる方法を……)

 

 これまでに聞いたことをさかのぼり、織斑の特徴を探り始める……というか織斑って女にモテている以外は使いものにならないどころか無駄に戦局を乱したりするしかイメージがないな。

 

「なぁ、本音。織斑って何か特技がないか? 例えば、社会的な貢献ができることとか……」

「ん~。そう言えば、おりむーは料理とか、マッサージが上手いって聞いたことがあるよ~」

「それだ!! 織斑を奉仕部とか、ボランティア部に入れればいい!」

「ナイスアイディア! 簪ちゃんもそれでいいかしら?」

「………チッ」

 

 プルプルと震えながら、楯無は俺の方を向く。

 

 ———たすけて

 ———無理

 

 俺たちは瞬時にやり取りをする。無理に決まっているだろう。俺として…というか男としてはむしろ得だし。

 

「でも本当に良いアイディアね。これなら当初の目的も果たせるわ」

「当初の目的って……本当にアレをさせる気ですか?」

「そうでもしないと、あの無駄紙の処理はできないでしょ」

 

 ? 一体何の話だろうか?

 そんなことを考えていると、楯無は俺にわかりやすく言った。

 

「実はね、各部活動から織斑君を欲する声が上がっていたのよ。悠夜君にも来ていたけど、ちょっと内容が内容なのよね」

 

 ああ、そういうこと。

 何が言いたいのか納得した俺は言っておいた。

 

「ならば運動部のコーチは引き受けてやろう」

「何を企んでいるの?」

「なぁーに。ちょっと改造するだけだ。心優しいラグビー部が豹変するレベルのを」

「一応言っておくわ。ここは世界でも秀でている身体能力を持つ人たちがいる学校ですからそんなものは必要ありません!」

 

 そんなことを言われてもなぁ。

 

「悠夜さん、相手は女の子だから言う内容は変えた方がいいと思う」

「……言われてみればそれもそうだな」

「………もう、嫌……」

 

 あ、楯無が何かを放棄した。

 ともかく今は部活の話に戻すとしよう。

 

「ともかく織斑は生徒会の特例として、一人での部活動もしくは同好会を許可すればいいだろう。問題は俺たちだな。簪は生徒会に所属するのか?」

「誘われたけど、悠夜さんが入らないなら入らない」

「ええーっ!?」

 

 楯無がそんな声を出すが、虚さんがある案を出した。

 

「では、アイデア部というものはどうでしょう」

「あ、アイデア部?」

「はい。先程の悠夜君の発言もそうですが、悠夜君はそういう発想が得意のようなので最適ではないでしょうか? 織斑君と処遇を同じくし、生徒会の内部の補佐も仕事を含めれば簪様が間接的に生徒会の補佐にも入れます。織斑君のことも含めて顧問と言う問題がありますが、ボランティア部は監視と安全性のために織斑先生に、そしてアイデア部は取次安いという意味で轡木先生に頼めば、アイデアを元に轡木ラボからの資材提供をしてもらって本格的な企業との交流を含めて新たな機体の開発を取り組むことができます」

 

 「ね?」と俺たちよりもどちらかと言えば本音に向かって言う虚さん。すると本音が嬉しそうな顔をした。

 

「た、確かに虚ちゃんのいう事も一理あるわ。悠夜君、どうかしら? それならこっちとしても願ったり叶ったりだし……」

「俺も賛成だ。幸い、技術に強い奴も確保できているし、晴美さん……轡木先生の説得の材料にも使えるはずだし。ありがとう、虚さん」

「いえいえ」

 

 聞けば虚さんはこれまで誰かと付き合ったことがないらしい。こんな人がモテないというのはやはりおかしい……うん。世が世ならば普通に求婚は回避できないな。

 

「決まりね。人数もちょうどいいし、条件が揃い次第、生徒会長としてアイデア部の創部を認可するわ」

 

 こうして俺たちは部活問題を一応は解決することになったが―――

 

「じゃあ、一週間後までに今度の学園祭の出し物を教えてね」

「俺、明日から帰るんだけど!?」

 

 色々と問題が残っているのは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらくして、俺たちアイデア部は晴美さんに顧問をお願いしに行くと、朱音ちゃんが高校生になったら入部することを確約することを条件に引き受けてくれた。

 

(問題は部屋なんだがな、本当にどうしよう……)

 

 あまり遠いのも問題だし、できれば近場で良い所がないだろうか。

 とはいえ今は学園を離れ、俺とラウラは家に帰っていた。

 

「悪いな、ラウラ。家の掃除なんて手伝ってもらって」

「私は兄様の妹なのですから問題ありません!」

 

 周りから俺を殺してラウラを愛でよう的な会話が聞こえてくるが、どうやらラウラには聞こえていないようだ。………というか何だ? 中には女も混じっている気がするぞ。

 

「あのブ男、何であんな美少女と座ってんだよ」

「見ろ、あの子があのブ男に懐いているぞ」

「イケメンならまだ許せるが……」

 

 すると数人の男がこっちに近づいてくる。最初は通り過ぎるだけかと思ったが、俺たちのところで止まった。

 

「おい、今すぐその子をこちらに渡せ」

 

 一人の男がそう言ってくるが、俺は今ラウラを撫でるのに忙しいので後にしてもらいたい。

 

「悪いな。この子は俺の妹だ」

「だったら尚更だ。貴様の男なら我々に女を提供するのが道理だろう」

「テメェみたいなブ男じゃダメだ。我々が管理する」

 

 全く。二重の意味で面倒な奴だ。こっちはラウラの制止で忙しいんだからさっさと退散してくれ。大体、管理も何もこいつらでは扱いきれないだろう。

 

「……兄様の素顔を見たことがない輩が、随分な物言いだな」

「はい、ラウラは座っといて」

「……わかりました」

 

 大人しくするラウラを撫でていると、後ろから「おい」と再び声をかけられる。

 

「渡す覚悟はできたか?」

「悪いがそれは断る。こいつは俺の物だからな」

 

 そう答えると、一人がナイフを取り出したので素早くそいつの顎を打ち抜いて気絶させた。

 

「………え?」

「先に抜いたのはそっちだから、文句ねえよなぁ?」

 

 文句ある奴らは全員途中で(強制的に)下車した。この一連の行動を見ていた人たちは、ある人は震え、ある人は無視してくれたので気にしないでおく。

 

「まぁ、死にはしないだろうからな。泳げないって言うならそいつらの自業自得だ」

「地形を選ばずに襲った奴らの負けです。兄様には非はありません」

 

 ラウラからの厳しい言葉を聞いて、ますます周りは恐怖に陥ったのだろう。俺たちが降りる時、全員が道を譲ってくれた。

 

 しばらくして、俺たちは一応は俺が所有する家に戻ってきた。改めて言葉にすると何とも変な感じがする。

 すると近くでタイヤをこする音が聞こえたかと思うと、中からギルベルトさんが現れた。

 

「お、お前は……」

「久しぶりですね、ギルベルトさん」

「はい。悠夜様」

 

 中々慣れないな、「様」呼ばわりは。

 すると助手席から一人の少女が現れる。それは俺の義妹の幸那だった。

 

「………久しぶり、です」

「ああ、久しぶり」

「では我々はこれで。後は兄妹水入らず過ごしてください」

「ただしこいつは回収するがな」

 

 すると突風が俺たちが襲ったかと思うと、目の前にはラウラを俵持ちしている少女が現れた。

 

「おいクソババア、ラウラをどうするつもりだ」

「なに、ちょっと話をするだけじゃ。誓って何もするつもりはないぞ」

「………」

 

 いや、あのババアのことだから十中八九何かするはずだ。

 イマイチ信じられない俺はラウラにあるボタンを渡しておく。

 

「悪い、ラウラ。たぶんこれから酷い目に遭うと思うが……もし助けてほしい時はこれを押せ」

「……わかりました」

 

 ラウラが受け取ったのを確認した俺は、彼女の頬にキスをする。すると顔を真っ赤にしてラウラは俺にもっとキスをせがんでくるが、

 

「ギルさん、もしもの時はあのババアを遠慮なくぶん殴ってください」

「おい孫よ。いくらなんでもその扱いはないじゃろうて」

「もとよりそのつもりです」

「お主はもっと酷いわ!!」

 

 突っ込んでいるのを完全に無視。俺が入口の方に避難すると、車は浮き上がって方向を変え、どこかへと走って行った。

 

「……………」

 

 さて、どうしたものか……。

 なんだかんだで俺は幸那と久しぶりに会う。なんだかんだで操られていたとはいえ、こいつの母親を生かしているとはいえ、女権団を壊滅状態に追い込んだのは紛れもなく俺だ。

 

「……あの、幸那……ちゃん?」

「幸那でいい。いつも通りで」

「……おう」

 

 思ったよりもいつも通りで驚いていると、幸那は家の中に入りたそうにしていたので先に行って鍵を開ける。

 

「……入っていい?」

「いいぞ。お前の家でもあるからな」

「え……?」

 

 驚いた顔をする幸那。何故そこで顔を赤らめるのかわからない。

 

「そもそもお前だってこの家に住んでいただろ。そういうことだ」

「………う、うん」

 

 なんでそうショックを受けた顔をするんだろうか?

 疑問を深く考えずに俺は幸那と一緒に家の中に入る。前に来た時とほとんど変わっていない。

 

「とりあえず、掃除するか」

「…うん」

 

 しかしあれだな。つい最近まで強気且つお嬢様みたいな振る舞いをしていたから妙にしっくりこないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜と幸那が部屋の掃除を始めた頃、ラウラは陽子とギルベルトと共に喫茶店に入っていた。

 

「で、話とは何だ?」

「これのことだ」

 

 そう言ってギルベルトは養子縁組の書類をラウラの前に出す。陽子はその店で特別にしているらしい10㎏のステーキにチャレンジしているが、ラウラはどうせ無理だろうと、ギルベルトはまたしているのかとしか思っておらず、同類で話をしているのである。

 

「何か言いたそうな顔をしているが、これは十蔵様から言われたことだ。一学期中はこの手続きをする暇はなかったが、二学期の時点で何らかの後ろ盾がないと流石にまずいらしい。特に最近では悠夜様関連でこちらも妨害を受けている」

「そ、そうなのか?」

 

 心配そうに聞くラウラを、ギルベルトは「気にするな」と言った。

 

「ああ。しかも陽子様にとって大したことがないレベルの相手だから、逆に爆発しそうでな」

「爆発したらどうなる?」

「IS学園が戦場になって、織斑千冬が止めに入った場合、間違いなく2週間は入院……下手すれば植物状態は避けらない。校舎も損傷してしばらくは学校閉鎖だろう」

 

 傍から見れば完全に大袈裟な発言だが、ラウラは簪から聞いた悠夜のことを思い出して、改めて既に半分は食べているのに普通にご飯をお代わりしているどう見ても少女にしか見えない老婆を見る。

 

「まぁ、君が言いたいこともわからなくはない。どう見てもあれが80になるような存在に見えないだろう?」

「……それもそうだが、貴様もだ。男の遺伝子強化素体(アドヴァンスド)は全員殺処分されたと聞いたが………」

 

 ラウラの言葉に一度目を閉じるギルベルト。しばらくすると目を開けてゆっくりと語り始めた。

 

「ああ。本来ならば我々もそうなるはずだった。それを助けてくれたのが、あの方と十蔵様だ」

「………では、助けてもらった恩を返すために―――」

「いや、強制的に連れてこられた」

 

 ラウラの目は点になり、ゆっくりとデザートの特大パフェを食べている老婆を見る。

 

「た、確かにしそうだな……」

「住めば都と言う言葉通り、慣れればいい暮らしと思うがな。当初は戦闘訓練しかしてこなかったからかなり苦労した」

「は……ハハハ……」

 

 遠い目をする自分と同じ存在を見てラウラは乾いた笑いを漏らす。

 すると「お待たせ」という声が近くで聞こえ、声の主こと陽子はギルベルトの隣に座った。

 

「いやぁ、食った食った。しかしあの程度でこのワシを退けようなどとは、随分と舐められておる」

「一応、補足しますがあれを食べきれるのはあなたぐらいですよ」

 

 ため息を吐きつつギルベルトは言うが、陽子は気にせずにラウラに話しかけた。

 

「さて、おおむねギルから聞いていると思うのじゃが、その前に質問させてもらうぞ」

「…何だ……いや、何でしょうか……?」

 

 敬語で尋ねるラウラ。それに陽子ははっきりと聞いた。

 

「ぶっちゃけた話、悠夜のことは本気で好きなのか?」

「……はい。世界のすべてがあの方の敵になっても、私はあの方に付いて行きます」

 

 堂々と言ったラウラ。すると陽子は「フッ」と笑い、笑い始める。

 

「……何か、変なことを言いましたか?」

「いや、すまない。まさかそんな答えを返して来るとは……しかも真顔で言われるとは思わなかったのじゃ」

 

 未だに笑う陽子に対し顔を厳しくするラウラに対して陽子は撫でた。

 

「まぁ、そう怒るな。私はそういうお主を評価しているからの」

「……なら、いいのですが……」

 

 その後、ラウラはその書類にサインして、悠夜が知らないところで立ち位置が妹から叔母さんへとなった。




悠夜たちの世界でスパロボに参加した場合、
悠夜は間違いなくゲッターとかマジンガー系の機体はもちろん、全ガンダムを勝手に乗ろうとする、パラメイルでテンション上がる、ボスだろうがなんだろうが、ルシフェリオンで特攻、ラスボスってなんだっけ? 的な現象を起こす。

そんなことを容易にできそう(笑)


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#85 超デレ妹とぶっ飛び親父

 その頃、俺の部屋にはゴミという名の不必要なものの処理を出していた。過去を清算するかのように溜めていた小説のネタとかも処分している。今となっては問題ないだろうが、なんだかんだでそう言った趣味はできそうにないからだ。

 

(にしてもすごい量だな……)

 

 ベランダを先に掃除して、布団を干しているから午後には間に合うだろう。洗濯機も今は洗浄しているから、明日からは使えるはずだ。

 

「兄さん」

 

 明日来るであろう可燃ごみ回収に向けてその準備をしていると、リビングを掃除していた幸那が俺を呼ぶ。

 

「何だ?」

「……ちょっと、いい?」

「別にいいけど……あ、悪い、ちょっと待って」

 

 一通り掃除は終わったし、今は扇風機に空気の入れ替えを頼んでいるところだ。

 マスクを外して軽く顔を洗ってから水分を拭き取ると、リビングに入る。

 

「———ごめんなさい」

「…………えっと、何が?」

 

 何のことだかわからなかったので尋ねると、幸那はボソボソと何かを言い始める。

 

「たくさん奢らせたこと……それに、あの時殺そうとしたこと……」

「…ああ、あれか!」

 

 言われて思い出した。俺としてはほとんど意識が簪を捕えたおっさんらに制裁と言う名の一方的な暴力を行ったことでそっちを思い出していた。

 

「…………私、操られていたの。だからって私の罪がなくなるわけじゃないってわかってる。でも、本当は……」

「………いや、どっちかと言えばそっちの方が注目するな。実際にあった精神調教とか、その辺りの話を是非……って冗談だ。流石にそんな気分じゃないし。まぁ、結果的に女権団はほとんど壊滅したしさ」

 

 恐らくあの組織が崩壊するのは時間の問題だろう。悪いが俺としてはそこまで興味を持つ気はない。

 

「………私、今まで兄さんに酷いことを言い続けてた。昔から兄さんは私のために行動してくれたし、私のために犠牲になってくれたのに……それなのに……」

「………………」

 

 言えない。あの時はちょっと女装に興味があったとか言えない。いや、女の子は大好きだよ? 純粋にエロとかそういうのにはきっちり興味はあるさ。でも、流石にIS操縦者になってからはご法度だと思ってる。

 

「ま、まぁ、間違いぐらい誰にだってあるさ。俺なんて力を持ってそれを振りかざしているから未だに学校どころかクラスにすら馴染めないし、それでも何故か周りに女子は集まるし、妹は増えるし、つい最近も告白(変な事)されたし………な? 気にする必要はないって」

「……でも……」

 

 まだ何か言いたそうにする幸那を、俺は抱き寄せて頭を撫でる。

 

「言っただろ? 気にするなって。俺にはISもあるし、もう一つ俺を強くしてくれるものもある。だから何度でも暴走しても、俺が絶対止めてやる」

 

 何度も……何度も俺は撫でてやると幸那は俺に引っ付いてきた。ああ、そういえば昔はこんな感じだったなぁって思いながら、俺は軽く背中をたたいてやった。

 この時、俺はまだわかっていなかったのである。幸那が本当に思っていたのはこういうことではなかったんだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通り掃除を終えた俺たちは出前を取る。どうやらラウラは今日は帰らないらしいが、いざという時にあのベルがあるので安心している。それにいざとなればギルベルトさんがいるから、ババアが発狂してラウラを襲っても大丈夫だろう。

 妙な安心をしながら俺たちはコンビニで買ってきたものを食べ、腹ごしらえをしてからわいた風呂に入った。当然風呂はレディーファースト。それを言った時に楯無が「まさか私が入ったお湯を飲むなんてことは―――」などと破廉恥な発言をした時に即座に警察に連絡しそうになったことを思い出した。

 

(でもホントおっぱいは大きいよな)

 

 ———って、何を考えているんだ、俺は。

 自分が考えていることに驚きつつも、パジャマに着替えて自分の部屋に戻る。そしてすっかり復活したベッドに入る。

 

(少し早いけどもう寝ようかなぁ……)

 

 そう思った俺は少し早いけど布団をかぶる。どうせ夏だから布団は必要ないかもしれないから、気が付けば布団が落ちているってことになっているかもしれないが。

 そんなことを考えながら体をベッドに預け、寝ようとしたところでドアがノックされた。ベッドから降りた俺は

鍵を開ける。本来なら部屋に鍵はいらないはずなのだが、「思春期男子には絶対必要」と何故か親父の意向で付けられた。まぁ、利用しているんだが。

 鍵を開けたのがわかったのか、幸那はドアを開ける。

 

「……兄さん」

 

 俺は思わず顔を逸らした。

 というのも幸那の様子が……姿がおかしかった。何で? 何でこいつは未だにバスタオル一枚?

 

(……おかしい。確か俺が後に入ったよな?)

 

 それでバスタオル一枚っておかしくないか? 確かテレビで完全に水気がなくなるまではバスタオル姿の方がいいと聞いたことがあるが、それにしたってもう服を着たって良いだろ。

 理由を考えていると、幸那が遠慮なく部屋に入ってきたので思わず言ってしまった。

 

「ちょっ、部屋に入る前に服に着替えてこい」

「……イヤ」

「いや、嫌とかじゃないから。そうしないと色々ヤバいから!」

「………別にいい」

 

 そう言って幸那は俺の首に腕を回してきた。

 

(さ、流石にまずい! 解かないと―――)

 

 そう思って首をしゃがませようとした瞬間、幸那が俺とキスをした。

 

(…………いや、何で?)

 

 幸那は妹だ。義理とはいえ妹なのは間違いない。いや、血は繋がっていないから結婚はできるけど、今はそんなことを考えている場合じゃない!

 

「……抱いて」

「いや、待て! それは問題があるから!」

「……大丈夫」

 

 そう言って再びキスをしてくる。俺も強引に解けばいいんだが、そんなことをしたら幸那が怪我をするかもしれない。

 俺は幸那を引き寄せてから、お姫様抱っこをした。

 

「………とりあえず服を着ようか」

「……………」

 

 不安そうにする幸那を無視しながら、俺は部屋に幸那を置いて自分の部屋に入る。

 するとドアがまたノックされ、俺はまたドアを開けた。……よし、今度はちゃんと服を着ているな。

 

(これが普通なんだよ、これが)

 

 たぶんさっきのはアレだ。幸那だって寂しかったり俺に怒られるという恐怖にかられていたから、その反動でこうなったんだ。

 

「……一緒に寝たい」

「わかった。それくらいなら別に―――ってダメだから! 少し話をするくらいなら大丈夫だけど、それは色々と問題だから―――」

 

 って言っているのに、この妹は話を聞いていないのか、それともわざと聞いていないのか俺のベッドの中に入って来るように要求してきた。

 

(………覚悟を決めるか)

 

 一緒に寝るだけだ、と自分に言い聞かせてベッドに入ると、何故か幸那は俺を抱き寄せてキスしてくる。

 

(………ヤバい、覚悟が崩壊しそう……)

 

 なんとか理性を保たせつつ、俺が寝るまで幸那の度が過ぎる甘えが続いた。

 高校生になっても他の男にこういうことは絶対にさせたくないというのは、俺がシスコンに目覚めつつあるからかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………寝ちゃった)

 

 抱き着いた状態でしばらくすると、悠夜は静かな寝息を立てていた。

 

(………あの女の子とも、いつもこんなことをしているのかな?)

 

 洗脳が解かれ、すべてを思い出した幸那は自分の兄がどれだけ魅力的なのかを思い出した。初めて女装を見た時も一瞬「お姉ちゃん」と言いそうになったことを思い出して顔を赤くする。

 今では髪を伸ばして外から見たらダサい格好となっているが、そもそもそれを頼んだのは幸那だ。

 

「………兄さん」

 

 変わったようで変わらない、元の兄としていてくれている悠夜に感謝しながら皿に抱き着く幸那。

 

(………やっぱり、暖かい)

 

 小さい頃から、幸那は悠夜と一緒にいることが多かった。だけど悠夜も自分に対して良くしてくれて、ずっと構ってくれた。宿題でわからないところがあれば、自分のことを中断してでも教えてくれた。それだけじゃない。自分が塾から帰ってきた時には既に夕食はできていて、12時前だというのに悠夜はずっと自分が寝るまでずっと近くにいてくれた。

 

(………なのに、私は………)

 

 洗脳されたのはあくまでも言い訳だ。結局、したのは自分の意志であり、悠夜に対して酷いことをし続けたのは変わりないのだ。

 本当は、幸那は悠夜にされるどんなことも受け入れるつもりだった。性的な暴行も、そしてそれによって妊娠して人生を潰されても構わないとすら思っていた。それだけのことをずっと悠夜にし続け、あまつさえ殺そうとしたのだから当たり前だ。

 だが悠夜はそんなことをせず、以前と同じように接してくれた。

 

(………やっぱり、我慢できない)

 

 幸那は自分のパジャマのボタンを胸が普通に触れるまで外し、悠夜のも同じようにする。そして横を向いていた悠夜の体を仰向けにし、ばれない様に、そして自分が眠たくなるまでキスし続けた。悠夜が起きて発情し、自分を襲ってくれることを期待しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、幸那がキッチンの掃除を買って出てくれたので俺はそれに甘えて前々からしたいと思っていたことをするために、ジャージに着替えて親父のラボっぽい所へと移動していた。

 俺の家は大きい方で、普通の一軒家とは別に倉庫を置いても野球のピッチング練習ができるぐらいのスペースがある。

 

「ここだな」

 

 親父の部屋は調べたけど、隠し扉みたいなものはなかった。となれば、ガレージのような倉庫ぐらいだろう。

 

(……そういえば、たまに出入りしていたな)

 

 何をしているのかと何度もはぐらかされたのは覚えている。

 俺は映像投影式の読み取りパネルに手を触れるが、【WAITING】と言う状態のまま変化がない。すると胸辺りが光り始めた。

 

(……ルシフェリオンの待機状態(ネックレス)?)

 

 俺は首からルシフェリオンの待機状態であるネックレスを取り、パネルに触れさせる。すると【COMPLETE】と表示され、中に入る。ドアは閉まり、エレベーターは下降を始めた。

 止まると前のドアが開き、俺はそのまま進んでいくと、

 

(……何でこんなものが地下に?)

 

 どうやら俺の地下には重大な秘密があるようで、IS用と思われるハンガーが設置されていた。どうやらここで何かを作っていたようだ。

 

(……薄々気付いていたけど、やっぱり親父が作っていたのか……?)

 

 だがルシフェリオンを作り上げるにはかなりの技術が足らないはずだ。だからそんなことは無理なんだが……思えば昔から色々なものを作っていたから、その過程で何かを作り上げたのだろうか?

 

「———初めまして」

 

 俺は思わずそこから下がってダークカリバーを展開する。いつからそこにいたのか、女性が立っていた。

 

「申し訳ございませんが、証となる武器を―――ってもう展開しているんですね」

「……アンタは誰だ?」

「私はここの管理人アンドロイド「HAD-03ドロシー」です」

 

 そう言って丁寧にお辞儀をする。

 

「アンドロイドって言ったよな? 何でそんなものが―――」

「私を開発した修吾様はその手の開発に力を注いでいたからです。今、世間を騒がしているSRsと言うゲームも修吾様が主導で開発したものです」

「……………そうか」

 

 たぶんそれは、俺がそう言う風になると見越してからだ。考えてみれば、親父の影響で俺はロボットアニメを見るようになったからな。最初から計算通りってことなんだろう。

 

「でも世間一般ではアンドロイドの開発は進んでも、完成はまだだって聞いていたが………」

「私は、あなた様が容易に私のことを公表するなどとは思っていません。メリットは情報提供を受けて感謝されるということかもしれませんが、その分家探しを、他にも尋問を受けてる可能性も出てきます。ない……とは断言できないことをあなたもご存知でしょう」

「……こっちの事情は把握している、ということか」

「はい。ルシフェリオンも、私があなたに転送しました」

 

 なんか爆弾発言が聞こえた気がするが、それは敢えてスルーする。

 

(……これだけの設備があるなら、そりゃあ女尊男卑になったあの女に渡したくないよな)

 

 そんなことを考えていると、ドロシーと名乗ったアンドロイドは俺に尋ねて来た。

 

「やはり気になりますか? ルシフェリオンがどのようにして作られたか」

「………ああ。そりゃあ、まぁ……」

 

 気にならないわけがなかった。

 ルシフェリオンを作り上げるには技術は足りないはず。なのにそれは存在していて、今こうして手元にあるのだから。

 

「そうですね。ルシフェリオンはここで秘密裏に作られていました。でも、当初はルシフェリオンを開発したわけではないのです」

「………どういうことだ?」

「こちらをご覧ください」

 

 そう言ってドロシーは現れた画面を操作し、俺の前に別のパネルを出す。

 そこには俺も見覚えがある機体が並んでいた。というかガ○ダムがほとんどなんだが―――

 

「これは約10年前の映像です。あなた様がまだ幼く、無邪気な頃、修吾様は私とあなた様がいざという時に必要とするパワードスーツを作っていました。来たるべき戦いのため、崩壊した世界を救うための勇者にするために―――と言う設定で」

「設定かよ!?」

「そっちの方が創作意欲が湧くらしいのですが、肝心の動力源に色々と問題がありまして。結果、ISというパワードスーツが先に出てきてしまったわけですが、「じゃあそれを参考にしたらいいじゃん」という発想から、仕事をする傍らにISのデータやコアの情報。そしてたまに販売される漫画を呼んでは時間を潰して、ようやくルシフェリオンを開発しようと心に決めたのです」

「………心に決めただけかよ」

「どうせ作るなら、最強でしょってことで」

 

 考えてみれば、親父ってそんな奴だ。

 何を考えているのかわからない、そしてわからせないのにそれでも友達ができるから不思議だなぁって思っていたが……。

 

「で、肝心のルシフェリオンの動力って何だよ」

「それは禁則事項です」

「……………」

 

 じゃあ何でこいつ、ルシフェリオンを話題に出したんだ?

 いや、落ち着け。ここで色々と突っ込んだら負けかもしれないんだ。冷静に対処するべきだろう。

 

「正確に言えば、まだ知るべき時ではないってことです。でも安全面は考慮されているのでご安心を。それに今回、ここにお連れしたのは別に理由があります」

「……何だよ」

「これです」

 

 そう言ってドロシーは指を鳴らす。するとドアが開いて、中に入っていくので俺はそれを追った。

 中には何か台のような置いてあり、ライトが点いてその中心部を照らす。

 

「……これは、ダークペガス」

「はい。修吾様が開発したダークペガスが再起不能になったので一度ばらして様々な改修を施させていただきました。あまりネタバレってのも味気ないのですが、敢えて言いますと新幹線を越えれます」

 

 堂々とドヤ顔して言ったドロシー。新幹線を超えるってのは即ち―――

 

「バイクの域を超えてしまったな」

「はい。超えてしまいました」

 

 堂々と宣言するドロシー。流石は親父が作ったことがあってぶっ飛んでいる。ルシフェリオンもかなりぶっ飛んでいると思ったが、このアンドロイドはそれ以上だ。

 

「大丈夫ですって。ちゃんとISの技術を(勝手に)応用して色々な機能を備えているので操縦者はきちんと保護されていますし、ちょっとほかに合体機能があるだけなので」

「…………」

 

 とりあえず受け取った俺は、願わくばその合体機能とか、新幹線を超えるほどの能力は使わないことを心に誓った。ばらすとかばらさないとかの問題ではないと思ったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が上へと戻っていくのを確認したドロシーは、ダークペガスを渡した場所よりもさらに奥へと移動する。

 その部屋はとても広く、ISを何百機も収容できるほどである。

 

「いやぁ、修吾様の言う通りでしたね。本人、まったく気づかずに帰って行きましたよぉ~」

 

 無邪気にそう言いながら、ドロシーは以前束がしたように画面を投影して、作業を始める。

 目の前には大きな物があり、周りにはそれを運び出すようなものがない。

 

「しっかし、こんなものを作ってどうするつもりなんですかねぇ。まぁ、情報によるとこことは別の場所では既に何機も稼働しているって話ですけど。戦争でも起こす気ですかね」

 

 ニヤニヤしながら作業を続けるドロシー。画面には潜水艦のような、そうでもないようなものが映し出されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———まぁ、趣味だろうが最終手段だろうが、戦闘、お世話、作成、何でもこなす万能アンドロイドにお任せですけどね」




神社イベントもカフェイベントも、ぶっちゃけた話どっちのキャラともそこまで仲良くしていないからいるようないらないような。
それでも後1話は最低しようかなと思っています。たぶんそろそろ5巻に戻ってほしいという方が多いでしょうし。
そして今回で気付いたと思いますが、4章はぶっちゃけこういった秘密的な展開が多いです。前話のラウラの話は全く関係ないですが。

すべては5章以降の伏線ってことで。


※キャラ紹介

ドロシー

修吾の地下のラボを管理するアンドロイド。とあるアンドロイドたちが元ネタであり、それ故に戦闘とお世話機能があるが、新たに作成機能も追加されている。ぶっ飛んでいて何か企んでいるようだが……




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#86 始まりの終わりと終わりの始まり

ちょっともう一つの方の展開に苦戦中。

そんなどうでもいい近況報告と共に、これを投稿します。


 日本の風物詩の一つである夏祭り。今日、アイデア部のメンバーで篠ノ之神社に来ていた。

 ちなみにラウラはダークペガスとその他諸々を受け取った後で帰ってきた。しかもレゾナンスに行っていたらしく、そこで逃亡した強盗騒ぎに巻き込まれたらしいが、勇敢な市民のおかげで逮捕に繋がったらしい。ちなみにその勇敢な市民は銃を持つ強盗たちをオーバーキル気味に倒したらしく、一部警察車両を潰したそうだ。……心当たりが物凄くあるよ、そんな馬鹿なことをするのは。

 などと少し常識外れな無双っぷりがあったが、俺たちは平凡な毎日を送っていた。

 

「ねぇねぇゆうやん、どうして今日のお祭りは一緒に来たの?」

「………あの子の護衛?」

 

 そう言いながら簪とラウラの二人と一緒にリンゴ飴をかじる少女―――朱音ちゃんを見ていた。

 

 

 

 

 IS学園を出て4日目、俺が起きた時には異常が起きていた。

 一体どういう方法で入ったのかはわからないが、朱音ちゃんが隣で寝ていたのである。本来ならそこは幸那のポジションだったはずなのだが、その幸那はラウラと一緒にババアの所で修行しているのだ。というのもラウラは自らの向上心のため、幸那の場合は俺の味方になった以上、身の危険があるためそれから守る、という意味も含めてらしい。まぁ、そのために山で修行しているんだが、勉強とかは大丈夫なのだろうか?

 

(いざとなればドロシーも動くだろうし、幸那の安全は保証してくれていると思うが……)

 

 一人暮らしなのか、それともババアとギルベルトさんがいてくれるのかが重要だな。いざとなればババア一人が戦って、ギルベルトさんが幸那が脱出ってこともできる。強くなるのはあくまで保険としか思っていない。

 そして朱音ちゃんなのだが、十蔵さんに頼んでしばらく滞在するらしい。メールも来ていて、「手を殺する」と書かれてあったが、つまり「手を出したら殺す」ということだろう。流石に中学生に手を出すような変態じゃないよ、俺は。

 それで買い物に出たりして、篠ノ之神社で祭りが行われることを知った俺たちはこうして繰り出しているわけだ。幸か不幸か未だに篠ノ之とばったり会っていない。

 

(……まぁ、織斑も来そうだからその辺りはきっちりと警戒するべきだ)

 

 絶対にないが、万が一………万が一もし朱音ちゃんが俺たちの機体を作ったことを知ったら「俺のも見てくれ」と言われそう。朱音ちゃんにとってプラスかもしれないから見せた方がいいかもしれないが、そんなことになったら俺が嫌だ。

 すると急に人が移動を始める。

 

「何かあるのか?」

「ん~、そう言えば掲示板には舞いがどうのこうのって書かれてたよ~」

「舞いか。興味ないな」

 

 日本の文化って、個人的にはあまり興味がなかったりする。どっちかと言えば破壊系とか、そう言う方が好みだから。

 

「それにしても、一学期だけで色々あったな」

「ホントだねぇ~」

 

 俺たち二人はベンチに腰掛けながら三人が仲良く食べる姿を見る。

 考えてみれば、ここ数か月色々あった。

 俺がISを動かしたこともそうだが、そのほかにも襲われたり、暴走したり、襲われたりしてルシフェリオンを手に入れ、どうしてか俺の身体能力は急激に上がった。

 

(いや、いくらなんでも色々ありすぎだろ!)

 

 考えてみれば異常なんだけど、主に俺の身体能力。

 今まで現実逃避をしてきたが、俺の身体能力は急激に上がったと言える。

 

(というか、原因って絶対にあの時だよな?)

 

 隣にいる本音を助けようとした時、そしてルシフェリオンを手に入れてからだ。

 あの時から既に俺の身体能力は高くなっていて、壁すらも壊すことができたわけか。

 

(………でも、あんまり気にしなくていいな)

 

 結局、本気を出そうと思った時だけ勝手にリミッターが外れる仕組みだし、別段それで困ったこともない。

 だから俺は隣にいる本音を撫で、現実逃避するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしこの状況にいた女たちが目を覚ましたら、誰しも声を揃えて言うだろう。

 

 ———計算外だ、と

 

 それほど目の前にいる男性が異様な力を発揮し、仲間を全員倒したのである。

 仲間の内には空手や剣道などの有段者、他にも喧嘩が強く少しは名が通っている存在がいる。しかし、目の前に立っている男は平然と攻撃し、たった一撃で再起不能にしたのだ。

 

「……もう、良いですか?」

 

 気怠そうにそう言った男性は唯一意識がある女性に対してそう声をかけると、女性は何度も頷く。

 

「もうやめた方が良いですよ。私以外にもこんなふうにあなた方を再起不能にするのも造作もない人間なんて他にもいる。もっとも、私は敢えて生かしてあげているのですが」

 

 そう言い残した男性はそのまま何事もなかったかのように森から出て、髪を上げた。

 するとタイミングよく一人の女性が浴衣姿で現れた。

 

「随分と遊んでいたようだね」

 

 さっきとは雰囲気が変わった声で、浴衣姿で身体に凹凸、そして長く緑色の髪に金色の瞳をした女性に話しかける。その女性にはガラスのような透き通った首輪をしているが、暗い夜道では目立たないものだ。その女性は焼きそばとたこ焼きが入った袋を二つ持っていて、一つを男性に渡す。

 

「あなた様の分を買ってきました。お一つどうでしょう?」

「頂くよ。ただ、君自身の手から」

 

 そう言って男性は近くに開いている席を探す。すると森の中に入る前にはカップル……というよりも兄妹のような二人組が座っていた席が空いていて、その二人が他の三人と一緒に歩いていく姿を確認する。

 

「丁度空いているし、あそこに座ろう」

「わかりました」

 

 男性は女性が持っていた袋をさりげなく二つ取り、椅子に座る。

 

「先程の方々はどうでした?」

「全然だめだ。やはりこの日本ではもう目ぼしい戦力はいないようだよ。まぁ、例外はいるが全員が学園側だからね」

「………そうですか」

 

 女性は割り箸を割って、20代の社会人にしては少々幼い格好をしている男性のために焼きそばを運ぶ。

 

「それにもう、彼らは限界だろう」

 

 しばらく噛んで飲み込んだ男性はそう言うと、女性は小さく頷いた。

 

「特にあの子はもう限界です。今日も連れて来なくて正解でした。連れてくればおそらく―――」

「見つけ次第連行、だろう。だがまぁ、それも仕方ない。元々僕らの反逆に付き合わされて10年も好きな人と離れさせられていたんだ。暴走しても仕方がない。でもそのおかげであの少年は我々の切り札に成り得た。その点だけは石原郁江に感謝しているよ」

「その娘が好意を寄せているようですが?」

「放置で構わない。むしろ良かったじゃないか、終わる前に男の価値に気付けて」

 

 クスクスと笑いながら話す男性に、女性は「ええ」と答えた。

 

「さて、あの組織はどう動くか」

「例え動いたとしても、大したことができないでしょう?」

「いや、意外にできるよ。なにせあそこが、黒鋼の情報を狂わせたのだから」

 

 二人は示し合わせたように笑い、その祭りを楽しむ。

 

 ———それがまるで、最後に味わうものだと感じさせるほどに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました少年は今の時間がいつか把握し、立ち上がる。

 するとタイミングを見計らったのか、それともたまたまか、水が入ったコップが差し出された。

 

「……ありがとう」

 

 少年はそれを受け取り、口に含むとほぼ同時に目の前に何かが遮った。

 

「……限界か」

「うん。ちょっと眠い」

「ちょっとじゃないだろ。わざわざアレを開発するだけでどれだけ起きてんだよ」

 

 そう言って少年は上半身をベッドに預ける少女を引き寄せ、自分の隣に寝かせた。

 

「……会議があるから、起きなきゃ」

 

 少女は立ち上がろうとするが、すぐに力が抜けてベッドに倒れた。

 少年はその少女の姿を見て「仕方ない」と思い、背中を持って抱えようとすると、

 

 ———バンッ!

 

「おい、貴様らいつまで………」

 

 突然現れた黒髪の少女が乱入してきた。

 

「………いつまでべったりしている。もう会議が始まるぞ」

「シスコン帰れ」

 

 背中が支えられている少女が乱入者にそう言うと、その乱入者はすぐさまISを展開して武器を突きつけるつもりだった。

 だがそれよりも早く乱入者の周り筒状のビットが展開され、それらが一斉に乱入者に狙いを定めた。さらに周辺にバリアが発生する。

 

「いつ殺しても問題ない、マスター」

「殺さないからな」

 

 するとビットが解除され、同時にバリアが解除されるが乱入者は動けないでいた。

 

「……ティア、AICを解除してやれ」

「………」

 

 ティアと呼ばれた少女は何の動作もしなかったが、急に乱入者が動き始めた。

 

「貴様―――」

「M、お前もだ。言われたくないならあんな雑魚に執着するなよ」

「……何だと?」

 

 Mと呼ばれた少女は少年を睨むが、少年は相手にせずティアと呼んだ少女を抱えて部屋を出ようと移動する。

 

「行くぞM」

「わかっている」

 

 三人は外に出て隣の部屋に入る。そこにはどこかの会社が会議室として使うような形になっていて、並べられた椅子と机が一体となったものが5つ用意され、その内右2つの席が女性で占められている。さらにそことは別に眼鏡をかけた女性が立っていて、遅れて来たらしい三人を睨んだ。

 

「遅いですよ、三人とも」

「すいません。寝過ごしました」

「………」

 

 前に立つ女性は特に少年をしつこく睨む。

 

「スコール、本当に彼が?」

「ええ、ここの最高戦力よ。あなただって知っているでしょう」

「ですが………」

 

 それを聞いた少年は席に座りつつ、堂々と言った。

 

「なんなら僕の実力を試してみる? もっとも、ただの伝達係でしかないあなたが3秒も持つとは思えないけどね」

 

 殺気が一瞬で充満する。それを感じたスコールと呼ばれた女性も消すように殺気を出し、相殺する。

 

「……いえ、いいです」

 

 それを感じたのだろう。前に立つ女性は断ると少年は殺気を消した。

 

「で、調査結果はどうだったんだ?」

「やはり皆さんの予想通りでした。今度の学園祭で最大の障害となるのは、この人でしょう」

 

 すると空中投影ディスプレイにある人物が表示される。それを見ると二人が笑い、一人は反応を見せず、一人は舌打ちをした。

 

「こいつが本当に強いのかよ」

「強いわよ。それもおそらくM以上に」

「……ほう」

 

 Mは表示された存在を睨む。

 

「スコール、Mが嫉妬してます~。ご機嫌取るために表示を織斑千冬に切り替えることにお勧めします~」

「T、貴様、殺すぞ」

「やれるものならやってみろ~」

「こらこら、二人とも」

 

 MとTがそれぞれ武装を展開した瞬間、二人の間にバリアが展開された。

 

「いい加減にしなさい。話が進みません」

「チッ」

「せんせ~、Mが舌打ちしました~」

「Tもいい加減になさい」

 

 スコールに注意されたことでTは少年の腕にしがみつく。

 

「……これだからガキは」

「黙れババア」「黙れ最弱」

 

 MもTも共通の敵だからか、ほぼ同時にそう言った。

 するとスコールの隣に座る黒髪の女性が立ち上がった。

 

「上等だ! テメェら表出ろ」

「オータム」

「………クソが」

 

 スコールに言われて大人しく座るオータム。そしてオータムは八つ当たり気味に前に立つ女性に尋ねる。

 

「んで、何で情報部はその男が最大の障害なんだよ」

「それは、ダークカリバーとルシフェリオンの存在です」

「でもそれは一応は早々出せないようになっているでしょ? でも出した場合は僕が戦うよ。僕の機体ぐらいしか、性能的に止められるのはいないから」

 

 少年は自信満々に言うと、オータムは少年を睨んだ。

 

「だから頑張って捕まえてね、オータム。巻紙(まきがみ)礼子(れいこ)になれるのはあなたなんだから」

「はっ! 言われなくてもわかっているよ」

 

 オータムの反応を見ながら少年は内心笑っていた。だがそれは表に出していないため、誰一人として少年の異常に気付いていない。

 その一人でもある前に立つ女性は彼らに別の情報を伝える。

 

「それともう一つ、ここ最近、HIDEとの小競り合いが続いています」

 

 途端にその場所の空気が変わった。さっきまでお互い殺気をぶつけ合った者たちは一点に前に立つ女性に集中する。

 

「L、あなたは彼らが出てくると思っているのかしら?」

「はい。今回の作戦にも支障が出るくらいには……そのためのTでしょう?」

 

 Lは真ん中に座るTを見て言うと、Tは頷いた。

 

「大丈夫。IS学園を余裕で壊せるくらいには作れた。前と同じで良いんでしょ、スコール?」

「ええ。上等よ。ちゃんと前みたいに自爆装置も作って置いてね」

「のーぷろぐれむ」

 

 そう言ってTは拳を作り、親指だけを上げる。

 

「でもしょうじき、私も戦いたいなぁ~」

「僕としては遠慮してもらいたいけどね」

 

 少年がそう言うとスコールはからかうように言った。

 

「あら、自分の大切な人が死ぬような目に遭わせたくないってこと?」

「うん。前のようにイギリスやアメリカを攻めるって言うならともかく、今度の戦場は化け物が住んでいるんだ。組織的にも、僕個人としてもTが出るのは嫌だな」

 

 すると少年はTの唇にキスをする。最初、Tも驚いた様子だったがすぐにそのまま受け入れるどころか自分から少年の首に腕を回す。スコール以外の女たちが引きながら見ていると、少年から離した。

 

「若いのはいいけど、そう言うのは後にして頂戴ね、0(ゼロ)

「そうするよ」

 

 Tは名残惜しそうに0と呼ばれた少年から離れて着席した。

 

「全くもう、あなたたちは……」

「これでもまだいいでしょう。そこに映る彼―――桂木悠夜や織斑一夏に比べれば。まぁ、織斑一夏の方が酷いわけだけど」

「前者は理解、後者は無自覚」

 

 仲が良い二人を見てLは盛大なため息を吐く。

 

「そういえばL、No.Kの様子はどうなの?」

「あれならば以前、本部の地下に存在しています」

「……それは良かったわ。あれまで彼の手に渡っていたら、こっちは滅んじゃうもの」

「だね」

 

 まるでわかっているようなスコールと0を見て、オータムは嫉妬の眼差しを0に向ける。それを知ってか知らずか、スコールはディスプレイのLと挟むような位置で立った。

 

「良い? 今度の任務はIS学園の襲撃よ。当然ながら防衛は固いけど、それでもあそこにいるのは大半が素人とはいえ、油断しないでね。目標は織斑一夏をメインとしたIS奪取。可能なら篠ノ之箒からも奪取して頂戴。ただ、桂木悠夜が出て来たら迷わず逃げること」

「はん! そんな任務、余裕で終わらせてやるぜ」

 

 オータムの言葉に誰も鼓舞せず、そこにはどこからか失笑が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園島に唯一存在する私用研究所―――轡木ラボの特殊格納庫には3機の機体が並んでいる。一つは騎士のような形をしていて、その隣には高機動型パッケージであるロンディーネの発展型スラスターを装備した一本角が付いたものが、そしてその隣に大型ウイングが備わった機体があった。本来ならもう一つ並んでいるはずだが、それは既に持ち主の手に渡っている。

 騎士のような人型機械にはリベルトがいて、今もなお整備を行っていた。

 

「リベルト兄さん、もう上がろうぜ」

「アラン、あなたこそもうちょっと調整しなさいよ。どうせ適当でしょ!」

 

 もはや夫婦としてラボ内に知れ渡っているアランとレオナ。その二人の様子を見て、リベルトは笑みを向けて二人に言った。

 

「二人はもう上がりなさい。アランは明日、レオナに手伝ってもらいながら整備を終わらならね」

「う……やっぱりもうちょっとやってからにするよ。悪ぃ、レオナ。手伝って」

「…もう、しょうがないわね」

 

 二人は一本角の機体の調整を始める。その様子を見てリベルトは機体のコクピットに座って調整を続けた。

 

(この機体は今度の学園祭にまで完成させないといけないでね。どうやらそろそろお嬢様が狙われるかもしれないので)

 

 ———この機体は、そのためのものなのだから

 

 リベルトは二人に気付かれないように呟きながら、さらに調整を続ける。彼の顔は徐々に笑顔ができ、今か今かと完成を待ちわびているのだ。

 

(しかし、あの方も随分なことをしようとする)

 

 あの方とは、十蔵のことを指す。実は彼らはギルベルトと一緒にいた者たちであり、本来ならここにいるのはレオナではなくギルベルトだったのだが、陽子が是非と言ってギルベルトを引き取ったのだ。

 その時の光景は未だに忘れられない。それほどまで大事だった友人が一人の子供……もとい、老人のわがままで生きる場所が変わってしまったのだから。

 

(とはいえ、感謝していますがね。おかげで私の理想を叶えることができる)

 

 再び邪悪な笑みを浮かべるリベルト。そしてそれが実現するまで、残り一か月もなかった。 




ということでこれで第一部が終了し、今度から第二部が始まります。そしてお待ちかねの五章―――それは学園祭!
そしてようやく、みなさんお待ちかねのイベントが起こるかもしれない章でもあります! たぶんどこで入るかは予想が付くと思いますがね。


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第5章 出張る影と動く亡霊
#87 ………イラッ


中途半端な話数ですが、これでも第5章スタートです。

実は同日の早朝一時に86話を掲載しておりますので、もしそちらがまだの方は「前の話」から戻ることをお勧めします。


 9月に入り、二学期が始まった。

 その最初の授業で今、篠ノ之と凰……もとい鈴音が戦っている。

 

「見えた、そこ!」

 

 鈴音は手首から鞭のようなものを出して篠ノ之が駆る紅椿―――その武装の《雨月》を絡めさせる。

 

「ふん! こんなもの―――」

 

 そう言って篠ノ之は逆に利用してやろうとするが、それよりも先に電流が流れた。

 

「くっ、うわあああああ!!」

「箒!」

 

 何故か下で織斑が心配そうに声をかける。まぁ、最初にあんなものを見せられたら心配するのは無理もない。現に回りも何人か篠ノ之のことを心配していた。

 その間に《雨月》から鞭を回収した鈴音は衝撃砲《龍砲》で攻撃した。

 

「紅椿の性能を舐めるな!」

 

 とはいえそろそろ戦闘開始から10分経つ。それに加えて始まってから鈴音の立ち回りのおかげか、それとも―――長期戦故に燃費が良さが目立って来たか。

 

「ほらほらほらほらぁあああ!!」

 

 衝撃砲を連続で発射してその内の半分を当てると、紅椿の展開装甲の光が揺らぎ始めた。

 

「なら、絢爛舞踏(けんらんぶとう)!」

 

 だが、別段何かが発動する様子はない。篠ノ之が悔しそうな顔をしている間、その隙に溜めていた鈴音はそのまま《龍砲》を撃った。

 

「やっぱり、前よりも鈴音が強くなっている気がするんだが、ラウラはどう思う?」

「何かを捨てたことにより、制限がなくなったのかもしれませんね。容赦のなさは兄様を見習ったのかと」

 

 確か。さっきの鞭も少しタイミングを遅らせてから電気を入れたみたいだし、引っ張った時に「かかった」って顔をしていたから。

 

「ところで、絢爛舞踏ってなんだっけ?」

「紅椿の単一仕様能力です。エネルギーを回復するものとなっていますが、今回は何故か発動しなかったようですね」

「アレも一種のチートだよな?」

「それでも全スペックでルシフェリオンが圧倒していると思いますが。エネルギー吸収能力を持っているのもそうですが、紅椿の倍以上のスピードは容易に出せるのでしょう?」

「一応は、な」

 

 そんなことを話していると、勝負が終わっていた。

 

「悠夜!」

 

 自分のクラスに―――ではなく何故か俺に一直線に向かってくる鈴音。

 

「おめでとう、鈴音」

「もう、鈴で良いって言ってるのに」

「んー、差別化?」

 

 だってあだ名だと友人と扱っているみたい……別にそれでもいいのか。

 そんなことを考えていると、何かを期待している目で見て来るので頭を撫でると、嬉しそうな顔をする。

 

「さぁ桂木さん! 今度こそわたくしと勝負を―――」

 

 するとチャイムが鳴って授業の終わりを告げる。同時に織斑先生から無慈悲な解散を告げられて全員は何事もなく解散していく。

 

「ドンマイ」

「く、くぅ………」

 

 今日の朝からオルコットは何故か俺と戦おうとしてしつこいのだが、こうして何度もチャイムに阻まれてしまうのだ。そして鈴音は朝から織斑、そしてその敵を取ろうと名乗り出た篠ノ之を倒してホクホク状態。さっきもこうして俺に撫でてくれることを要求してきたな。

 

「とりあえず学食に行こうぜ。何か食いたいし、簪も待ってるだろうし」

「そうね。アタシたちは着替えてくるわ」

「おう。着替えたら入口で待ち合わせで」

「うん」

 

 しかしあれだな。何故か俺の所に来てから鈴音は変わったな。よく笑顔を見せるようになったというか、甘えるようになったというか。

 

(でも、織斑としてはどうなんだろ…?)

 

 曲がりなりにも女友達が、例え気にさせる作戦だったとしても俺と仲良くしている様は気にならないわけではないだろう。まぁ、作戦だろうがなんだろうがたぶん鈴音に対して怒らないかもしれないんだろうな、俺は。そもそも鈴音は最初から織斑が好きなわけだし………それを知っていながら俺は何度も仲良くしていたり突き放したりしているんだし。……ところで、

 

「何でラウラがこっちにいるんだ?」

 

 平然と更衣室に入り、俺の隣で制服を着ているラウラ。

 ちなみにラウラは立場上は俺の叔母となったが、これからも同じ扱いをするつもりだ。ラウラもそのつもりなのか、態度は全く変わっていない。

 

「何か問題でも?」

「……異性の更衣室にいることが問題だと思う」

「制服を上から着るだけですから。ま、まぁ、兄様が私に発情してくれるのなら、それはそれでありがたいと言えばありがたいのですが………」

 

 じゅ、十分発情ものだからね。

 とりあえずこれ以上何も言わず、俺たちはさっさと着替えて更衣室から出て、おそらく同じように制服を着ているであろう二人と合流、そして先に学食に向かっていた簪と合流した。

 

「そういえば、鈴音はどこの部活に入ったんだ?」

「ラクロスよ。一度ああいうのをやってみたかったんだよね。そう言うアンタらはどうしたのよ」

 

 俺は鈴音に顔を近づけるように指示し、小さな声で言った。

 

「俺たち三人は新たに創部したから」

「え? だったらアタシも誘ってくれて良かったのに」

「わざわざ入っている部活から引き抜いてような真似をする気はねえよ」

 

 そんなことをして人間関係を潰すのも嫌だしな。

 

「………そういえば、あの子は?」

 

 何かに気付いたように鈴音は辺りを見回す。今ここにいるのは俺とラウラ、それに簪と鈴音だけだから、あの子とは本音のことだろうか。

 

「…本音なら、生徒会」

「え? あの子ってそういうのに所属しているの……?」

「うん。意外でしょ?」

 

 簪でも意外と思っているのか。まぁ、俺も最初は驚いたが。

 どっちかと言えば料理部とか入ってお菓子つまみ食いしてそうだもんな~。たまにお菓子かったらなくなってるし。そして堂々と俺の前で食ってるし。

 

「そう言えば、悠夜は中学の頃はどんな部活に入っていたのよ」

「いや、俺は部活動って一切やったことないよ」

「え? そうなの?」

 

 美術部に何度か勧誘されたけど。

 

「ずっとプラモを作っていたのですね」

「……わかる」

「それに妹の世話とかあったし」

「それじゃあ、今度の休みに行かない? その、二人で……」

 

 さりげなく抜け駆けしようとする鈴音に、簪は言った。

 

「全員で行った方が楽しい」

「んな一……織斑みたいな言い方」

「いや、別に俺に合わせようとしなくていいからな?」

 

 鈴音にはたまにこういうのがあるからな。本人は俺に未だに前の男を引きずっていると思われたくないようだが、俺としては他人の過去にとやかく言う気はない。

 

「……その、ごめん」

「いいって。あまり気にするな」

「「後でベッドの上で、俺なしじゃ生きてられない体にしてやる」?」

「簪? あまりそう言う発言はしない方がいい。あのサイボーグシスコンがどこで見ているかわからな―――」

 

 するとタイミングよくメール受信用に設定している着音が鳴る。アニソンだったからか周りがこっちを向いてひそひそ話するが、

 

「? どういうこと?」

「大方、「オタク、キモ」とかだろ?」

「……うん。ここってあまりそう言う人っていないから」

「そうじゃなかったら、黒鋼があれほどまで強くなることはなかったからどうでもいいんだけどな」

 

 可変するわ、ビットは飛びまくるわ、連撃だわで訓練機が今では5機同時に来ても負けなかったりする。ちなみにさっき、二組で使用していた訓練機が一斉にこっちに仕掛けた時には驚いたが、それでも倒せたのは黒鋼の性能故だ。

 

「……おおよそ、悠夜さんに対する嫉妬だと思う。短時間であそこまで動かせていることに焦ってる」

「それもあるかもね。アタシもあまり言えない方だけどさ、悠夜って特に専用機になってから急に強くなってるじゃん? だから余計に黒鋼を使って勝てている悠夜に対して嫉妬されているのよ。自分たちにも黒鋼のような機体があれば―――って」

「例えそうだとしても、一般生徒に使えるような機体ではないがな」

 

 ラウラは冷たく言い放ったが、もしかしてこれはラウラ自身のことかもしれない。

 家から帰った俺は何度かラウラと模擬戦をできるように頑張っているが、どこかラウラは自分を追い詰めている気がしてならないのだ。

 俺は右隣に座るラウラを引き寄せ、軽く肩を叩いてあげる。

 

「くっ、これ見よがしにラウラたんに近づきやがって!」

「殺す! 絶対殺す! あの野郎!」

 

 不思議とこういう奴らに対しては同情とかに近い感情を持てるんだよなぁ。やっぱりラウラのことが人気だからだろうか。

 

「そう言えば、さっきのメールは何?」

「ああ、そう言えば―――」

 

 簪に言われて俺はさっき届いたメールを開く。差出人は楯無からで、どうやら織斑と接触するらしい。

 件の織斑はいつものメンツと一緒に昼食を食べている。やっぱりいつもと変わりなさそうだ。

 

「結構下らない内容だった」

「………とか言って、実はアタシに言えない内容とかでしょ」

 

 やっぱり鈴音は鋭い。

 別に隠しているというわけではないが、だからと言って鈴音に言っていいのかはわからないからな。楯無が生徒会を自分の部下で占めているのは情報漏洩を防ぐため。俺とラウラを囲う………もとい、仲間に引き入れるのは「問題児をちゃんと従わせている」みたいな感じの評価アップも含まれている。ま、別にそれでもいいんだがな。俺にとっては。

 

(ああいうことで、俺を狙う奴らの情報を先に知れるのはいいことだし)

 

 でも今まで動かなかったのは、確か俺と言う存在がいたからだ。強くなったから、逆に離れてしまったかもしれない。そう考えると少し寂し…………何を考えているんだ、俺は。

 

「———桂木悠夜」

「あ?」

 

 なんか聞き覚えがある声がしてそっちを向くと、そこには二組の巨乳担当……もとい、二組のクラス代表だったティナ・ハミルトンが立っていた。

 

「何だ無駄乳……何号だっけ?」

「む、無駄乳!? 馬鹿じゃないかしら? こんなに素晴らし―――」

 

 すると俺の周囲から―――だけじゃない。その他からも殺気が飛び始める。

 

「てぃ~な~」

「……貴様、殺す」

 

 ただでさえ胸のことで弄られた鈴音。さらにロリ体型で周囲を落としている(ことを知らない)ラウラがキレた。それほどない奴らにはハミルトンの胸部で形成されているのは羨ましいのだろう。

 

「で、ハミルトンは一体何の用だ? もしかして、アンタのところの重役を半殺しにしたことで愛国心を働かせて喧嘩を売ってきたってところか? まぁ、それでもいいが―――その代わり命を張れよ?」

「悠夜さん、落ち着いて」

 

 どうやら(比較的)小さな部類に入る簪はそこまでいないようだ。周りが怒っている中でこの反応は本当に珍しいと思う。

 そんなことを考えていると、密かに俺の膝の上に座った簪は言った。

 

「ハミルトンさん。あなたじゃどうせ勝てないから止めておいた方がいい」

「はんっ、金魚の糞の分際で偉そうに―――」

「あなたじゃこうやって直にイチャイチャできないものね、無駄に重たいから」

 

 わー、こっちはこっちで一触即発。ちょっと、どうして仲良くならないのかねぇ。

 

「む、無駄!? ………じゃなくて、桂木悠夜。私と戦いなさい」

「……………」

 

 さっきのは挑発のつもり………いや、考えてみれば俺からねじらせたのか。

 そのおかげで二人の間に溝ができたけど……まぁそれは置いといてだな。

 

「どう思う?」

「おそらくあの女だけじゃありませんね。ほかにも仲間がいてもおかしくないでしょう」

「最初から10機ぐらいいてもおかしくはない」

「………いやいや、いくらティナでもそんなことしない……といいわね」

「鈴まで?!」

 

 鈴音に信じてもらえなかった哀れな人は、膝をつく。その際大きな胸が目立ったが、それは敢えて見なかったことにしよう。

 

「で、ハミルトン。俺に喧嘩売るとして、とりあえず20機は用意してもらいたいんだが……」

「ちょっと! いくらなんでもそれはふざけすぎでしょうが! ……そりゃあ、ナターシャさんには舐めてかからない方がいいって言われたけど、一人よ、一人!」

「いや、別に10機ぐらいいてもいいんだよ?」

「アンタってホントに人を怒らせるのって上手いよね」

 

 わなわなと震えるハミルトン。それで何かを思い出したのか、俺に言ってきた。

 

「そう言えば、あなたナターシャさんと何かあったの? 私が帰ると早々に色々と聞かれたけど―――」

「……………えーと」

 

 特に何もしていない……よな?

 少なくとも抱き着いたのは何かしたに入るだろうけど、それから特に連絡を取り合っているわけでもないし。

 

「それで、できれば戦闘中の表情とか見たいって懇願されて……」

「撮影ついでに戦闘データが欲しいと」

「だってアンタらの企業ってほとんどが内密なことばかりしているのよ? 別に戦闘データぐらいいいじゃない!」

 

 って言われても、黒鋼の技術って基本的にほとんど既出なんだがな………メディアで。

 まぁ、戦闘の許可は下りているし、戦っても問題はないよな……。

 

「別にいいけど、どうせだったら次の時間でやろうぜ。こっちは一人で………ってラウラは出れるんだっけ?」

「調整次第では雨鋼でも出ることは可能です。ただ、あのシステムは使えないのですが―――」

「それは仕方ないだろ。雨鋼は本来有事の際の機体なんだし」

 

 そう、ラウラの専用機持ちとしての今のポジションは少々特殊だ。今でこそ祖母の後ろ盾もあるから日本を始め各国は容易に手を出せないが、つい最近までラウラの専用機が所持するのは色々と問題視されたこともあった。それで何故か各国に要注意人物となっている祖母に後ろ盾になって守ってもらっている状態だ。本当は俺もということになったが、それはそれで大人の事情が絡んでいるようで上手く行かないらしい。ただでさえルシフェリオンという、某ドッキング式大量殺戮兵器が可愛く見えるほどの能力を持つ機体を所持しているからだろう。そして一応、ラウラは俺の護衛として行動してもらうために専用機をラボから譲渡。ついでにデータを取ってきてだから……うん。大丈夫だな。

 

「あの、なんか他の人も参戦するみたいになっているけど、戦うのは私一人だから」

「………仕方ない。そういうことにしておいてやるよ」

 

 さて、俺もそろそろ時間だし、行くか。

 俺は三人プラスおまけに先に行くことを伝え、そして鈴音にラウラを預けて更衣室に向かう。

 

(やっぱり更衣室の問題は改善してほしいよなぁ)

 

 個人的にはシャワーも風呂も部屋で事足りるし、外で着替えては問題なのだが、場合によってはセクハラと訴えられる可能性があるとかで中々改善されない。無駄に遠いってのもまた何とも困る。

 そんなことを考えていると更衣室に着いて部屋に入る。ほとんど後に織斑が来て、うんうん唸っていた。どうせ白式のエネルギー問題でも悩んでいるだろう。ただでさえ大飯ぐらいなのが倍以上食うとかって唸ってた記憶がある。

 

(そういえば、ISには人格みたいなものがあるんだっけ)

 

 脳内にここ最近見ない幻の女の子がまん丸になって、お代わりをねだっているのが想像できてしまった。

 

(って、早く行かないと俺まで遅れてしまう)

 

 すぐ準備をして外に出ようとしたところでドアの前に来ると、何かを感じて後ろを向く。

 視線の先には楯無がいて、織斑の後ろから顔に手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………遅刻の言い訳は以上か?」

 

 IS学園のグラウンドは通常の学校の軽く5倍はある。その端で遅れて来た一夏は自分の姉である千冬に迫られていた。その表情は恐ろしく、人によってはすぐに気絶してしまうのだが、一夏は慣れていることもあって言い訳を始める。

 

「いや、あの……あのですね? だから、見知らぬ女生徒が―――」

「ではその女子の名前を行ってみろ」

「だ、だから! 初対面ですってば!」

「ほう、お前は初対面の女子との会話を優先して、授業に遅れたのか」

「ち、違う―――」

 

 すると一夏の脳内にあの時の状況を思い出す。

 

「そ、そうだ! 悠夜! 悠夜もあの時いたよな!?」

「………」

 

 だが話しかけた相手は返事をすることはなく、ただまっすぐ何かを見ていた。視線の先を辿ればちょうど一夏たちの所へとなるが、どうやら目の前で起こっていることすらわかっていない様子である。

 

「……兄様?」

 

 様子がおかしいことに気付いたのか、ラウラは声をかけるも返事がない。

 すると本音が悠夜に抱き着いて少し上り、普通にキスをした。同時に悲鳴と興奮の嵐が起こる。

 

「………本音?」

「ゆうやん、大丈夫? 何か考え事?」

「…………さぁ?」

 

 本音をまるで幼稚園児を抱えるように平然と抱く悠夜。その状況に歓喜が起こったが、

 

「とりあえず、布仏を降ろせ。それと桂木、先程からこの遅刻者が何か訴えているが、お前はその女子のことを知らないか?」

「………どうせその馬鹿のことですから、誰か勝手に襲ってヤってたんじゃな―――」

 

 すると悠夜は言葉を切り、また同じ状態に戻る。

 

「……………正直彼がどうなろうと知ったことがないので、遅れたんですから走らせればいいのでは?」

「……それもそうだな。ということでだ」

 

 千冬は一夏の方を見て、

 

「この後も授業があるので一周で勘弁してやる。とっとと走ってこい」

 

 涙目の状態で走り始める一夏。だが悠夜は元から興味がなかったのか、次の指示を待つ。

 その様子を見ていて本音はふと思った。———まるで出会った頃に戻った気がする、と。



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#88 (」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

タイトルはとあるキャラの心境を可愛くかつ捻じ曲げたのを表しただけです。

もしこれを読まれている方で今年度で卒業を迎える方、遅れながらですがご卒業、おめでとうございます。(3/20)


 それぞれウォームアップが終わり、先程の約束を果たすために俺とハミルトンは奥へと移動していた。

 

「で、大丈夫なの?」

「……何が?」

 

 何かおかしかったのか、ハミルトンが睨んでくる。

 

「さっきからぼうっとしているけど、それでまともに戦えるわけ?」

「……大丈夫だ、問題ない」

 

 敢えてドヤ顔で答えてやると、ハミルトンは口を引きつらせて「上等!」と言い、先行する。

 

「なめんじゃないわよ!」

 

 重機関銃《デザート・フォックス》を展開したハミルトンは俺に向かって撃ってくる。それを回避するがハミルトンはしつこく俺を追ってきた。

 すると弾切れになった《デザート・フォックス》を蹴り飛ばしたハミルトン。飛んできたそれを俺は敢えて驚いた顔をして受ける。

 

「あなた、やっぱり本気を出してないわね!」

「悲しいけどこの戦い(これ)、俺にとっては(片手間でできる)遊びなのよね」

「———!! くっ―――」

 

 おお、挑発に乗らなかった。惜しいと思ったけど、それはそれで成長だろう。

 とまるで他人事のように思いながら、今度はこっちから攻める。

 

「舞え、《サーヴァント》」

 

 するとデストロイの後部に装備されている8基のビット兵器が飛び始め、ハミルトンの周囲を舞う。

 

「遊んでいるつもり!?」

「言っただろう、遊びだって」

 

 《サーヴァント》を一度下げ今度はビームライフル《フレアマッハ》で牽制しつつ徐々に当てていく。ハミルトンも回避するが、その先を《サーヴァント》でバリアを張って動きを止め、逃げようとするところをノーマルフルートライフル《アイアンマッハ》で衝撃を与えつつ、《フレアロッド》で斬り込んだ。

 

「これで終わりだ」

 

 後ろに下がって対IS用手榴弾を放るハミルトンだが、それをシールドで弾き飛ばして防ぎ、ホバー移動で急接近する。

 

「ちょっ、何で陸上でそんなに早く移動できるのよ!」

「黒鋼の地形適応、陸上Sなんだよ!」

 

 実は黒鋼、とあるドイツ侍の愛機と同じで飛べるのは飛べるが、地形適応は陸上の方が上だ。もっとも飛行形態に変形すれば流石に空中だけになるが、理論上では海上ジェットのようにもできるとかできないとか。

 

「ISで陸上Sとか、ふざけてるの!?」

「俺の想像に常識をあてはめんな!」

 

 そうじゃなかったら、ただカッコいいというだけでBGMを一周する銀河系消滅待ったなしと同等の機体なんて考えてねえよ!

 などと言ってもこの学園に通う生徒は意外にもその手の物は見ていないので通じない。結構悲しいよね、同類って思っていた奴が実はそうではなかったのって。

 

「だったら―――」

 

 ラファール・リヴァイヴで空中に出るハミルトン。たぶんあれは忘れているのだろう。

 俺はすぐさま黒鋼を飛行形態に変形させ、その後を追う。

 

「ちょっ、それって―――」

「ついでにだ、何度でもひき殺せるからな!」

「それ物騒すぎるわよ!」

 

 容赦なくハミルトンを轢き、同時に前後を入れ替えてそのまま突貫する。直進ということもあってハミルトンはすぐさま回避。ならすぐにパターンを変えればいいだけだ。

 

「《デストロイ》!」

 

 肩部装甲についていた《デストロイ》がウイング部分ごと分離し、そのままハミルトンの方へと飛ぶ。俺はその隙に人型へと戻り、新型兵器である大型二銃身《バイル・ゲヴェール》を展開する。銃剣の代わりに先端には斧が付いているのが特徴だが、某一族ではないので攻撃する時に魔法陣が浮かび上がることはない。ちなみにこの武器、取り回しが良くないので朱音ちゃん曰く「振り回すことを是非お勧めする」とのことらしい。

 

「え、ちょ―――」

「消え失せろ」

 

 高エネルギーの熱線がハミルトンに直撃。だが出力調整を誤ったためか、向こうのシールドエネルギーを全部削ってしまった。本当はもうちょっと遊んでいたかったんだがな。

 

「………完全に遊ばれたぁ…」

「いやぁ、ごめんごめん。今度からもうちょっと手を抜くわ」

「ねぇ、喧嘩売ってるの? ねぇ?」

 

 すぐさま俺の胸元を掴んでくるハミルトン。ケイシー先輩に若干劣るとは言え、それなりに大きい物を持っている彼女のそれは結構目に毒だったりする。

 

「まぁ、訓練機で黒鋼に挑もうとした勇気は褒めてやる」

「絶対に喧嘩売ってるわよねぇ!!」

「落ち着けって、ハミルトン。お前が仕組んでんじゃないかと疑っていたものはすべて水に流してやるから、な?」

「……一体何の話よ」

 

 おっと。ちょっと黙ってしまったなぁ。

 とはいえこれ以上言ったとしてもしらばっくれるだけだ。ここは少々元気付けてやろう。

 

「大丈夫だって。例えIS操縦者としての道が閉ざされたとしても、その胸と容姿なら結婚にこじつけられることは簡単だろうから」

「何の慰めよ! 大体アタシにはねえ、ちゃんとした人が―――」

「ほうほう。それは是非聞いてみたいなぁ」

 

 ハミルトンの肩を掴んでホールド。鈴音とそのことに盛り上がろうとすると、どこからか叫び声が聞こえた。

 

「貴様ぁ! 何をしているか!!」

 

 どうやら篠ノ之が近くにいたらしい。新種の生物かと思った。

 

「何だ、篠ノ之か。悪い、俺はもう今日は休むから戦闘はパスな」

「その手は何だ!」

「………」

 

 俺はハミルトンの肩を掴んでいる手を見る。

 

「手だけど?」

「たぶん彼女はそれが言いたいんじゃないと思う」

「セクハラだろう!」

「え? そうなの?」

 

 ハミルトンにそう尋ねると、彼女は顔を青くしてから答えた。

 

「……違うわよ」

「ほら。本人が言ってるんだから違うだろ」

「……貴様」

「そう睨んだところで俺が犯罪になることなんてないし、大体こんなことをしている暇があったらちょっとは強くなってよ。いくら機体が強くても操縦者が弱かったら宝の持ち腐れなんだし。それともいつもみたいに「姉が自分に相応しい機体を作らなかったのが悪い」とか言う? まぁ、そうだよねぇ。どう考えても頭でっかちな篠ノ之箒に合っているとは思わないし、それにさっきみたいにアビリティが発動しなければ白式以上のエネルギー消耗機じゃあ、ただの邪魔なだけ。あ、いざって時にはみんなと同じでちゃんとシェルターに入ってね。間違っても、応援如きで危ないことしちゃダメだぜ」

 

 さっき勝利したからか、それとも相手が篠ノ之だからか、もしくは俺が元々こういうことを言うのが大好きなだけなのかは知らないが、矢継ぎ早に罵倒できる。現状に快感を感じていた。

 

「ふん。あの時は貴様も機体に助けられただけだろう」

「いやぁ、ごめんねぇ。俺の機体ってどれをとってもお前と違って優秀でさ。俺の求めている時に力を与えてくれるんだよねぇ。お前の機体と違って」

「………もしかして、あの人が言っていたことってこういうこと?」

 

 隣で未だ肩を掴まれているハミルトンが何か言っているのは無視して、篠ノ之の方を観察する。すると反撃の手立てを失ったのか黙り始める。

 

「じゃあ、俺はこいつと反省会するから、部外者は帰って、どうぞ」

「え、ちょ、私の機体の動きは悪くなってんだけど!?」

 

 無理矢理引っ張って少し離れる。篠ノ之が未だに睨んでいるがあの程度の眼力なんて大したことはない。

 

「さて、お前の好きな人についてだが、もしかして―――」

「ちょっと待って。この体勢で話するの?」

「……それもそうだな」

 

 言われて俺は黒鋼を解除して、動きが悪いラファール・リヴァイヴから降りるであろうハミルトンに手を差し伸べる。

 

「……何よこれは?」

「あれ? 俺の見た西洋映画じゃ、男性って女性が高い所にいればこうしていなかった?」

「あ、そっち。私はてっきりあなたが私のことを好いたかと思ったわ。主におっぱいで」

「アメリカ勢ならファイルスさんやケイシー先輩なら弄り方次第で可愛く見えることはあるだろうけど、ハミルトンは完全服従化させないとたぶん無理」

 

 それにおっぱい要因なら本音がいるとか、言っちゃいけないな。

 

「アンタって時々わからないわよね。急に優しくなったかと思えば、さっきの篠ノ之さん相手みたいに容赦なく毒を吐いたりするし」

「そりゃあ、俺は基本的に興味がない女は拒絶するからな。まぁ、今のハミルトンは弄りがいがありそうだし」

「くっ、こんなことなら嫌がらせをすればよかった!」

 

 目の前でそんなことを言われても何も感じない俺は、たぶん慣れつつあるのか余裕があるのかのどちらかだ。

 とはいえ、もしかしたらレズの可能性もあるからなぁ。元は俺に対して恨んでいたからその可能性も否めない。

 そんなことを考えていると、何かが俺の上に乗ってきた。

 

「兄様。これ以上あばずれと一緒にいるのは危険です。揉みたいのでしたら、この授業を抜けて私を好きにしても良いんですよ?」

「とか言いつつ技を極めないで!?」

 

 もしかしてアレか? 最近構ってくれないからすねているのか?

 とりあえず一度降りてもらった俺は、ラウラを抱えて案内する場所に戻る。……畜生。あの女をもう少し弄りたかったんだがな。

 

(でも、ラウラも可愛いからいいか)

 

 ………ところで、最近彼女らの間で飛びつくのがブームなのか? 簪は流石にないと思いたいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「招待券?」

「ええ。たぶん明日、配られると思うんだけど………」

 

 放課後。俺は自分の部屋で機械関連の勉強をしていると、楯無が現れた。今、本音は簪たちと一緒に寮外に設けられている大浴場に入りに行っているため、部屋には俺だけなのだ。

 

「それで、俺にそんなことを話してどうするんだ? 一応、いるにはいるが」

「……誰?」

「幸那だよ。妹だし…………何かありそうだから、呼ぶなって言いたいのか?」

 

 とはいえそれは仕方ないことなのかもしれないな。いざって時に狙われる可能性もある。

 

「そうね。一応、どこの組織がとかもわかっているけど、あなたには今の内に「未知の敵との戦闘」に慣れてほしいのよ」

「………一応、慣れているつもりだったがな。ああ、なるほど。黒鋼からルシフェリオンの使用範囲を決めてほしいってことか」

 

 なるほど。だから誰もいないタイミングを見計らってここに来たわけか。そしてできるだけ、護衛対象を減らさせてもらうように頼みに。

 

(……それくらいちゃんとしろよって普通は言うべきだよな)

 

 でもまぁ、流石にそれは言うべきではない。優しさとかではないことは重々承知しているが、こんな自ら難易度を下げるようなお願いをする―――つまり暗部として弱みを見せるのは、信頼してくれている証拠だろう。実績とかいろいろ詰んでいるし、それは当たり前か。

 

(……というのに、何だろうな)

 

 さっきから楯無と一緒にいると妙なモヤモヤが感じる。こんなことは初めてだ。

 

「……ええ。理事長と決めたの」

「……………」

 

 ……たぶん俺のことを信頼しているから、そんな実験まがいのことができるんだろう。……なのに何でだろうな。このモヤモヤは。

 

「別にいいぜ。それに黒鋼だって強化されているんだ。下手すれば文字通りオーバーキルしちまうかもな」

「………そう。ところで、何か怒ってる?」

 

 急にそんなことは俺は何故か焦ってしまう。顔には出ていないと思うが、楯無なら気付いてしまうかもしれない。

 

「…怒ってないけど」

「嘘。今の悠夜君は怒っているわよ」

 

 何故か断言して来る楯無。それに俺はイラッとしてしまうが、なんとか言葉にしないで済んだ。

 

「気のせいだろ。俺は平常でいるさ」

「………じゃあ、そういうことにしておくわ」

 

 そう言って楯無はベッドから立ち上がる。するとタイミングを見計らったのか、スマホが鳴り始めた。

 

「………もしもし」

 

 何でこのタイミングでババアが連絡してくるのかわからないが、後からキーキーうるさいだろうから出ておく。

 

『悠夜、至急頼みがあるんだがの………もしかして、楯無がもう一人の男子とイチャイチャしているのを見てイラついているのかえ?』

「は? 何の話だ」

 

 俺は至って普通なんだが。しかも会話の内容に気付いたのか、楯無が何かを言いたそうな顔をしている。

 

『惚けなさんな。お主がハーレムを築いてウハウハなのは知っているが、たまには巨乳にも手を出したいと思い始めているのじゃろう? 大丈夫じゃよ。いざとなればアメリカぐらいワシ一人で再起不能に落としてやるわ』

「何すべてを悟ったように話してんじゃボケが!」

 

 すると向こうから笑い声が聞こえてくる。というかあのババア、肉体的な能力は高いがISのようなものは持ってないだろ。

 

『そう怒るな。なに、更識家ぐらいワシの手にかかれば余裕で潰せる』

「やるなよ。絶対それはするなよ!」

『大丈夫じゃて。ちゃんとあの四人は生かしておいてやる』

「ギルベルトさーん。ちょっとそこのロリババアを潰しておいてもらいませんかぁー」

『しかし残念。ギルベルトは幸那のお迎えじゃ。最近、学園祭の準備で遅くまで残っているからの』

 

 考えてみればそれもそうだろう。なにもこの時期に学園祭をするのはIS学園じゃないからな。……それにしても、残り三日で準備するって言ってもいくらなんでもまだ決めていないってのは無理があるんじゃないか? 確か決めるのって明日だよな? いくら留学生が多いって言ってももう少しゆとりを持たせろよ。

 

「んで、一体何の用だ? こっちだって暇じゃ―――」

『楯無は近くにいるかの?』

「目の前にいるよ」

 

 何か楯無に用があるらしい。その旨を伝えると楯無は俺からスマホを受け取り、洗面所の方へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし、更識です」

『楯無、至急頼みがあるんじゃが………その前にじゃ。お主、悠夜に嫉妬されておるぞ』

「……………はい?」

 

 電話を替わった楯無は洗面所の方へと移動する。ドアを閉めればあまり声が漏れないため、勉強している悠夜の妨げにならないと判断したからである。だが彼女の耳に入ってきたのは、驚くべきことだった。

 

『………もしやお主ら、まだ何もしていないのか?』

「な、何もって……私たちは付き合っているわけではないですし……」

 

 ———というか、付き合えるわけがないじゃない

 

 内心、楯無はそう思う。仮にも更識家は修吾を見殺しにしているのだ。それでなくても楯無は悠夜に対して信頼はしているが、何もそれが恋愛感情と直結するわけではない。

 だが何故か、電話の相手である陽子から思いもよらない言葉が出て来た。

 

『なんじゃと……』

「待ってください。何で付き合っていると思ったんですか!?」

『だって今まで同室じゃったんじゃろう? だったら既に妊娠していて、子供を産むまで一応別室で虚と一緒に寝ているかと思ったわ。なるほど、道理であやつ、さっきの冗談に対して何も突っ込んでくなかったのか』

 

 矢継ぎ早と出す言葉に楯無は少しばかり冷や汗を出す。

 

『くっ。今度の学園祭でどれだけ出ているかを確認しようと思ったのにのぉ。だからあの時、ずっと我慢していたのに……。悠夜のことが嫌いなのか? ええ!?』

「き、嫌いってわけじゃ……っていうか私たちはまだ学生ですよ!?」

『………不憫なものじゃな。今は少子化というのに、IS操縦者が無駄にアイドルとして祭り上げられているから、容易に結婚も妊娠もできんとは。考えていれば、ワシの時もそうじゃった。クラスメイトが一人、妊娠しただけで大騒ぎ。やれ降ろせ、やれどうしてこんなことをだの、大体、人が愛し合って何が問題あると言うのか』

「…………それで、用件は?」

 

 楯無は突っ込むのを放棄した。ここで長時間電話をしたら用件を聞くのを忘れると思ったからである。決して「それってあなたなのでは?」という疑問を投げかけたくなったわけではない。

 

『おお、そうじゃった。実はの、二枚ほど入場チケットを優遇してほしいんじゃ。ほら、近い内にそっちで学園祭があるじゃろ? それに出席しようと思っての』

「………それはいいですが」

 

 ———幸那ちゃんはどうするつもりなんだろう?

 

 今は普通に学校に通っている幸那だが、女権団が崩壊した原因の娘だ。いつ狙われるかわからない。だからこそ陽子に預けたのである。それを一人で放置させると、下手すれば帰った時に死んでいるという状況になっている可能性もあるのだ。

 だが仮に連れて来たら、間違いなく襲われる可能性も出て来る。ましてやここはIS学園。いくら千冬の号令で大人しくなっているとはいえ、まだ女尊男卑思想を持つ女はいるのだから。

 

『当然じゃが、幸那はそっちに連れて行く。当日は少しだけじゃが悠夜とも一緒に周らせてもいいと思うしの。それに最低限の仕込みは終わらせておるわ。今のあやつなら、下手すればお前相手でもそれなりに戦えるじゃろう。悠夜を好くならば、それくらい強くなってもらわないとな』

 

 ———……ズキッ

 

 唐突に楯無は自分に何かが刺さったような感触を味わう。だが刺さったであろう箇所に触れるが、何もなかった。

 

「…………ちょっと待ってください。これは―――」

『了解じゃ』

 

 楯無は洗面所から出て悠夜に尋ねた。

 

「あの、陽子様が幸那ちゃんと一緒に学園祭に来るって言っているんだけど……」

「……………………マジで」

『まるでこの会話、夫婦みたいじゃの』

 

 残念ながら、その陽子の言葉は二人には届かなかった。




知ってる? まだこの時、何の出し物も決めていないんだよ?
というかまだ、一夏は楯無の存在は知っていてもどういう人間かを知らないんだよ?

すげぇよ楯無の出現率(笑)


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#89 だって俺、魔王だし

真面目な話。前回は完全にタイトルが思いつかなかっただけです。


 あんなことがあった翌日。俺は何事もなかったように全校集会に出席していた。

 とはいえ、流石に問題じゃないのか? いや、幸那が強くなっているのは個人的に嬉しいけどさ。………でも、それで襲われたら、下手すれば俺はガチで既成事実を作ってしまうかもしれない。

 

(………って言うかあのババア、俺たちが付き合っているって思ってたのかよ)

 

 もしかして何か? なんだかんだでハーレムとか言っていたから、別に楯無とも関係を持っていても不思議ではないってことか? 俺は一応、子供を作ったことで不幸にしたくないってのもあるけどさ。

 色々と混乱してきたところで、スピーカーから虚さんの声が聞こえた。

 

「それでは、生徒会長から説明をさせていただきます」

 

 ちなみにこの全校集会の本題は学園祭のことだ。……本当に大丈夫なんだろうか。まだ何も出し物を決めていない気がするが。

 しっかし、楯無効果ってすごいな。あっという間……ではないが、放送室にある器具の一つであるボリュームのつまみを引き下げたような感じに静かに下がる。

 

「やぁみんな。おはよう」

 

 織斑の方を見ていると、予想通り。織斑は楯無を見て驚いていた。

 

(…………まぁ、だろうと思ったけどさ)

 

 というか俺、楯無が織斑の目を塞いでいる様子を見ていたからな。あの時は何故かぼうっとしていたから、何で織斑が走っているのか知らないけど。

 

「———ふふっ」

「!!」

 

 二人だけで妙なやり取りをしているようだ。………何の内容かはわからないがな。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったわね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 

 こいつも中々こじらせているなと思ってしまった。だが俺に比べたらまだまだだろう。所詮、カッコつけ如きは真の中二病になれるわけがない。……………まぁ、下手すれば社会不適合者になるがな。というか俺は既になっている。幸い、俺はラウラや本音がクラスにいるからそうなっているようには見えないだけだ。

 

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは―――」

 

 すると扇子を取り出した楯無は、それを横にスライドさせて空中投影ディスプレイを出した。

 

「名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」

 

 すると急にそのディスプレイを囲う様に他のディスプレイが現れ、織斑の写真を浮かび上がらせる。角度を変えて生徒会がいる場所へと視線を変えると生徒会席には簪が座っていて、さっきから何かを操作していた。ちなみにこの間の取り決めの一つとして簪には生徒会に出向してもらっている。俺とラウラはその間に今後の部の方針を決めようという話なのだが、ずっと脳内に人型ロボットを作る案しか出てこない。

 

「え、えええええええええっ!!!」

 

 まさか学園のアイドルになりつつある織斑を取り合うになるとは思わなかったらしい。全員が織斑の方へと向くが、当の本人は事態を理解していなかった。それとアイデア部は巻き込まれたくなかったから辞退している。

 

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組には部費に特別助成金が出る仕組みでしたが、今回はそれではつまらないと思い―――」

 

 要は本人が楽しみたいわけである。そうじゃなければ学年別トーナメントで賭けをしているのを黙認し、あまつさえ簪の方に生徒会長が入れるわけがないからな。

 

「織斑一夏を、一位の部活動に強制入部させましょう!」

 

 隣にいるラウラの耳を塞いだ。あ、こいつ顔が赤い。というか熱い。

 

「うおおおおおおッ!」

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

「こうなったら、やってやる……やぁぁぁぁってやるわ!」

 

 そんなことより合体だろうが、馬鹿が。どうして誰も合体ロボを完成させていないことに疑問を持てよ。というかあのアニメ、まだ見てないな。某クロスオーバーでしか知らないから、今度見ようかな。

 

「今日からすぐに準備始めるわよ! 秋季大会? ほっとけ、あんなん!」

 

 ………確かあの女、ソフトボール部の奴じゃなかったっけ? 夏休みにボールが転がってきたからそれを取ったら舌打ちされたのを覚えている。

 

「……というか、俺の了承とか無いぞ……」

 

 本人は小さく言ったつもりだろうが、俺の耳にはっきり届いた。楯無は気付いた……というかアレの場合は読唇術で読んだのだろう。ウインクがウザい。

 しかしあれだな。世の中は女性優遇制度が施行されて女尊男卑になったが男に興味を持つ女もいるようだな。ただし、イケメンに限る。

 

「よしよしっ、盛り上がってきたあああ!」

「今日の放課後から集会するわよ! 意見の出し合いで多数決取るから!」

「最高で一位、最低でも一位よ!」

 

 ホント、織斑は人気だね。ここまで爆発すると逆に羨ましく感じるよ。でもまぁ、さっきから顔を赤くしているラウラの方が可愛いからどうでもいいが。

 こうして織斑に自分が賞品になることを一切知らされず、唐突に発表されたまま事態は進行した。ちなみに許可を取ろうとしたらややこしいし、いつも邪魔をしてウザいので俺がプッシュしたということも奴は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその日の放課後……じゃないな。まだ時間的には放課後ではない、一時限使ってのホームルームではカオスのことが起きた。

 事の始まりは授業開始。織斑先生の指示で学園祭のクラスの出し物を決めろってことになったのだが、それから織斑に交代。担任は仕事があると理由を付けて逃げ出したが、たぶんあれはそう言った空気に慣れていないからだろう。

 そのせいか、クラスメイト達は次々と意見を出した………のはまだいいんだろう。ただ内容が問題だった。

 

(「織斑一夏のホストクラブ」「織斑一夏とツイスター」「織斑一夏とポッキー遊び」「織斑一夏と王様ゲーム」…ここまではまだいい。だが「桂木悠夜と拷問ゲーム」「桂木悠夜の解体ショー」「桂木悠夜の紐なしバンジージャンプ」「桂木悠夜の脱出不可避ゲーム」……当然だが却下だな)

 

 どっちにしろ、「脱出不可避」が「脱出超余裕」に変わってしまう未来しか見えない。おかげで俺はさっきからラウラを膝に乗せてあやしている状態だ。本音は生徒会の仕事でここにいないんだが、アイツ、何故か昨日夜遅くまで起きていたからなぁ。声はかけたんだけど、何故か目の下にクマができていた。

 

「却下」

 

 織斑は織斑で気に入らなかったのか、無慈悲な宣告をするがクラスメイト達はブーイングした。

 

「あ、アホか! 誰が嬉しいんだ、こんなもの!」

「私は嬉しいわね。断言するわ!」

「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

「織斑一夏は共有財産である!」

「他のクラスから色々言われてるんだってば。部の先輩もうるさいし!」

「助けると思って!」

「メシア気取りで!」

「桂木なんかそれでいいじゃない!」

 

 というか普通に「織斑一夏と王様ゲーム」で良いんじゃね? 俺は部屋に戻ってゲームでもしておくよ。というか幸那が来るし、ラウラを含めて三人で案内でもする。

 

「山田先生、ダメですよね? こういうおかしな企画は」

「えっ!? わ、私に振るんですか!?」

 

 何であの馬鹿は未だに教員の威厳がない山田先生に助けるを求めるのだろうか。山田先生が使えないのは初日の時点でわかり切っていることだろう。その先生、俺とは別の路線の妄想癖持ちなんだから。

 

「え、えーと……うーん、わ、私はポッキーのなんかいいと思います……よ?」

 

 ほらな。大体、山田先生は下手すれば別の方で使えないんだから頼らない方が良いんだ……って、馬鹿に言ってもわからないだろうな。

 仕方ない。定番だが、こういうのにするのか。

 

「じゃあ、ベターな選択としてメイド喫茶なんかどうだ?」

「「「「「………………は?」」」」」

 

 まさか俺がそんなことを言うとは思わなかったのか、全員が俺に注目する。

 

「ちょっと待ちなさい! アンタ、それで私たちを視姦しようってんじゃないでしょうね!」

「うっわキモ! 死ねばいいのに!」

「これだからオタクなんて死んだ方がいいのよ」

 

 次々と俺に対して誹謗中傷を浴びせる。そのせいか、俺の膝に座るラウラはさっきからクラスメイトを殺そうとしているし、山田先生は突然のことに戸惑っている。たぶんあれだ。性犯罪を防止するかこの現状を止めるのかで迷っているのだろう。

 

「待てよ! 何も悠夜はそんなつもりで言ったわけじゃないだろ? な、悠夜―――」

 

 織斑が俺を庇おうとするが、元よりアレの言葉なんざ必要ない。

 

「やれやれ。これだから素人は困る。確かに、メイド喫茶というある種のいかがわしい店が未だオタクたちの間で人気を誇っているが、そもそもメイドの原点はオルコットの家にいるようなものだろう? 俺だってそれぐらいの区別はつく。大体、クラスにリアルなお嬢様がいるんだ。それを利用しない手はないだろう…………って言っても今月はキャノンボールとやらもあるし、おまけにこの学校は部活動強制参加で、そっちの仕事もある。とまぁ、その前に織斑。トイレにでも行ってろ」

「え? 何で?」

「良いから行け。そうじゃなかったら不慮の事故で明日からこの教室じゃなくて天国………いや、地獄で生活することになるぞ?」

「いや、意味がわからん」

 

 ………やれやれ。やるしかないのか。

 俺は篠ノ之を見る。性分なのかさっきまで俺を見ていたからか、バッチリと目が合ってしまったので思わず笑った。

 

「そうだ織斑。お前は馬鹿だから気付いていないが、実は篠ノ之はお前のことが―――」

 

 ———ガクッ

 

 織斑は気絶した。篠ノ之の手には木刀が握られている。

 篠ノ之にしてみれば、俺と言う敵の口から織斑を好いていることをバラされたくはない。だが俺の方へ行けばラウラが、それでなくても篠ノ之の攻撃など読みやすいのだから俺自ら抑え込んでもいい。結果的に篠ノ之はバラされることになる。

 だが、俺ではなく織斑を気絶させればどうなるか。無警戒だから余裕でダウンさせられる。

 

「ちょ、ちょっと篠ノ之さん!? 何してるんですか!!」

「ご苦労、篠ノ之。よく俺の手の上で踊ってくれた」

「貴様ぁ……」

 

 俺を睨んでくる篠ノ之だが、全然怖くない。

 

「山田先生、落ち着いてください。彼女はクラスメイトのための正義を行っただけです」

「でも、これは立派な暴力です!」

「ならば後で篠ノ之を煮るなり焼くなり好きにするがいい。だが今は黙ってろ」

「ひゃ、ひゃい」

「ちょっと待て! そこは何らかのフォローを入れるべきところだろう!?」

「別に入れてやってもいいが、今は俺のターンだ。すっこんでろ。大体、こうまでしなければならない程、奥手な貴様らが悪い。ラウラを見ろ。さっきからこうして普通に俺の膝の上に座り、離そうとすると服をしがみつく行為を繰り返す。貴様らもこれくらいのことをやってみてはどうだ。できるならな」

 

 無論、そんな恥ずかしい事ができるわけがない。女尊男卑になったことで少なからず女には妙な自信が付いたからな。どれだけ織斑のことで盛り上がろうとも、少なからずストッパーが付いているのさ。

 

「さて、続きだが。そもそもどうしてメイドという役職にいかがわしいイメージが付いたか。それは何かしら男の本能を刺激させるからだ。それにさっきも言ったが、リアルお嬢様がこのクラスにいるんだ。なぁ、オルコット、ジアン」

「え、ええ」

「お、お嬢様かどうかわからないけど………。でも、そういうことなら、桂木君から連絡した方があの子は喜ぶんじゃないかな?」

「ハハハ、ソンナワケナカロウ」

 

 まぁ、知り合いにメイドもお嬢様もいるが、前者はともかく後者だと俺の寿命が縮む。

 

「まぁ、それにだ。敢えてメイド服を着て普段と違う姿を見せれば、織斑にだって何かしら変化が起こり、恋愛関係に発展する可能性も―――」

「よし、やろう! メイド喫茶!」

「絶対に織斑君を振り向かせてやるわ!」

「待ちなさい。振り向かせるのはわたしよ!」

 

 流石は織斑効果。一瞬で騒がしくなる。

 俺は火付け役になったので、このまま仕切らせてもらおう。ラウラと筆記具を持って、教壇に立った。

 

「ラウラはこの紙に記入を頼む。メイド服は33。執事服は3着………いや、ジアンは夏休みにもしていたから、執事服は4着か」

「わかりました」

「ちょっと待って! さりげなく僕を執事にさせようって魂胆が見え見えなんだけど!」

 

 馬鹿だなぁ。そんなのは簡単な話だろう。

 

「仕方がないだろ。実際働く執事は織斑とジアン、もしくは男装した織斑先生ぐらいしかいないんだから」

「君も出ればいいじゃないか!」

「そうだな。用事が終わったら手伝ってやらなくもない」

 

 その日は丸々サボるつもりだからな。

 だってそうだろう。俺が参加したらどう考えても扱き使われる可能性が出て来るからな。

 

「それとデザイン担当はオルコットとジアン。オルコットはメイドも担当してもらおう」

「わかっているじゃありませんか。このわたくしの美貌で人を呼び寄せますわ」

「演劇部がいるなら、オルコットと相談してデザインを仕上げろ。オルコットはその出来上がったデザインのコピーを後で俺のところに持ってこい。後は鷹月、お前が決めろ。宣伝は俺とラウラ、それと鷹月、宣伝などに使えそうな集めてくれ。男の感性よりも女の方が良いだろうからな」

「………わかった」

 

 急に指名された鷹月は驚いた様子でそう返事をした。まぁ、俺たちが会話することってそうそうないからな。ちなみに俺はラウラと本音を除いた場合、彼女が一番マシだと思う。

 そして俺は未だ寝ている織斑を起こす。

 

「起きろ織斑。お前のお姉さんの結婚相手がやってきたぞ」

「何だって!?」

 

 ……………アレ? 救いようなくね?

 俺の脳内にそんな言葉が過ったが、心の片隅にでも置いておくことにした。

 

「気が付いたか」

「……あれ? 悠夜? どうして……あれ? どうして俺は倒れてるんだ?」

「持病の神経麻痺だろ。わかったら大人しく寝てろ」

 

 そう言ってやるとラウラが書き終わった紙をもらい、それを織斑に渡す。

 

「ほら、今度の出し物は奉仕系喫茶だ。担当職は鷹月に任せたから、後で相談しろ。お前はおさわり執事だ。それと、特別メニューは俺が作っておくから、料理部員でも探して相談しろよ」

「ああ、わかった。ありがとな。俺が倒れている間に色々とやってくれて」

「気にするな」

 

 すべて計画通りだから。

 そう。俺の復讐はここから始まる。手始めにこのクラスにいる俺に対して悪意を持つ奴らに精神的ダメージを負わせ、心身共に立ち直れないくらいにまで叩き折るのだから。

 

「ラウラ。メニュー開発に付き合ってくれ」

「わかりました」

 

 俺はラウラを呼び、特別メニュー開発に勤しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、方針がまとまったのでクラスは解散。各自割り振られたこと、もしくはIS訓練のために各々行動をする。

 一夏は用紙を提出するために職員室に行こうとしたとき、一人の女生徒が一夏に声をかける。

 

「織斑君、ちょっといいかな?」

「ん? 何だ?」

「実はさっき桂木君に伝言を頼まれちゃってね、衣装の枚数に変更があるの」

「そうなのか? えっと、ちょっと待てよ」

 

 そう言って一夏は用紙とシャーペンを出す。その女子は執事服が一枚減らしてメイド服が一枚増やすことを指示した。

 それを書き換えた一夏は何の疑いもせずにそのまま職員室に向かう。その姿を見送ったその女子は顔を歪ませた。

 

「ゴミ風情がいつまでも生意気なことができると思うんじゃないわよ、桂木悠夜」

 

 そう。これは悠夜からの指示でもなんでもない。その女子がただ悠夜を痛い目に合わせるための作戦なのだ。

 そのことに気付かず、一夏はそのまま鞄を持って職員室に行ってしまった。

 

 

 だが、彼女は考えていなかった。よもやこの指示で自分はおろか、全世界の女たちが首をつりたくなる時点に発展する事態になろうとは。



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#90 これは制裁、異論は認めん

記念すべき90話。そして私はやらかした。


 メニューを完成した俺は、生徒会室前に行く前に職員室に移動していた。ラウラは既に生徒会室に行っているが、なんかこっちに来そうな気がしてならない。———なんてことはなく、俺が職員室に着いた時にはいなかった。

 

(もう織斑は来ているか?)

 

 その心配は杞憂だったようで、担任の織斑千冬と話ていた。

 

「織斑先生、メニュー表です」

「おう。……随分と普通なメニューだな。もっとすごい物でも持ってくるかと思ったぞ」

「それはまだ試作段階ですよ。とはいえ、一日で材料も限られているので出せるのはほんの少し。ましてや作るのは女子だから多少お菓子作りに心得があると言っても厨房の大きさには限界があります。すべては無理でしょう」

「そうだな」

 

 そう返事する織斑先生。俺はこれ以上用はないので帰ろうとすると。

 

「それにしても、桂木。お前は随分と変わったな。まさかクラスの出し物に意見を出して可決させるとは」

「いえいえ。どいつもこいつもつまらない案しか出さなかったので、仕方がないので参加しただけですよ。判断としてはまだマシでしょう。中には俺をその行事を使って殺そうとする奴らとかいますしね。全く―――」

 

 ———今の俺を殺せる奴なんているわけがないのに

 

 少なくとも、IS学園の生徒じゃ俺を殺せるような奴はいない。世界を探せばいくらでもいるだろうが、学園内の教員ではまず無理。日本じゃ知る限りババアの所以外だと、轡木ラボのほんの一部ぐらいだ。

 

「それでも私は嬉しいがな。最初慣れあいを拒絶したお前がこうも参加してくれるのはな」

「そうですか? じゃあもう止めようかな」

 

 別に俺、あの女を喜ばせようと思わないし。

 俺は職員室に出ると、織斑もその後を追ってきた。

 

「なぁ悠夜、どうして千冬姉に対してそんなに拒絶気味なん―――」

 

 途中で言葉を切る織斑。視線の先には扇子で口を隠している楯無がいた。

 

「何か?」

「あら? どうしてそんなに警戒してるの?」

「それを言わせますか……」

 

 そうか。考えてみれば楯無のせいで織斑はここ最近色々と迷惑を被っているんだっけ。それは同情してしまう……わけがなかった。まさしくいい気味である。

 

「ほら、最初の出会いでインパクトがないと、忘れられると思って」

「忘れませんよ、別に」

「未だクラスの半数の名前すら言えない奴がよく言うな」

 

 隣で唸るが、実際こいつは未だにクラスの半数の名前を言えていない。

 織斑は珍しく俺を無視してどこかに立ち去ろうとする。楯無は俺に耳打ちして「付いて行きましょう」と言うので、仕方なく付いて行くことにした。

 

「まぁまぁ、そう塞ぎこまずに。若い内から自閉しているといいことないわよ?」

「誰のせいですか、誰の」

「じゃあ、交換条件を出しましょう。これから当面私が君のISコーチをしてあげる。それでどう?」

「いや、コーチは間に合っています」

 

 恐らくそれは、篠ノ之かオルコットのことだろう。オルコットはともかく篠ノ之はどうなんだろうか?

 

「うーん。そう言わずに、私はなにせ生徒会長なのだから」

「はい?」

「あれ? 知らないのかな。IS学園の生徒会長というと―――」

 

 確か、学園最強の奴にしかなれない、だったか。ぶっちゃけ俺はそんなものをするつもりはないからどうでもいいが。

 そんなことを考えていると、前の方からリアルに粉塵を上げて竹刀を片手に生徒が襲い掛かってきた。

 

「覚悟ぉぉぉぉッ!!」

「なっ……!?」

 

 織斑は反射的に楯無と竹刀女の間に割って入るが、楯無はそれをかわして扇子を出す。

 

「迷いのない踏み込み……良いわね」

(そんなことよりも……)

 

 俺は窓の方を見る。予想通り、ここから見える校舎には誰かがいた。射撃部でもいるのだろうか?

 

 ———パリンッ!!

 

 窓ガラスが破裂し、次々と矢が飛んでくる。やれやれ――—

 

「ちょっと借りるよ」

 

 楯無が何かをしているので俺はそのまま先に行くことにした。

 

「もらったぁあああ!」

 

 後ろからボクシング女が現れ、それが楯無の方へと走っていく。

 

「ふむん。元気だね。……ところで織斑一夏君」

「は、はい?」

「知らないようだから教えてあげる。IS学園において、生徒会長と言う肩書は一つの事実を証明しているのよ」

「カッコつけているけど、簡単に言えばIS学園の生徒会長は最強じゃないといけなくて、その女はその最強さんってわけ」

「ちょっと、これから盛り上げるって時に―――」

「まどろっこしいんだよ、お前は。こんな雑魚共相手に手加減しやがって」

 

 見ててイライラする。

 

「ちょっと! 誰が雑魚―――」

 

 だが後ろに周った楯無にあっけなく気絶させられたボクシング女はそのまま倒れた。

 

「………あの、これってどういう状況?」

「発情期」

「違うわよ。まぁ、見た通りよ。か弱い私は常に危険に晒されているので、騎士の一人も欲しいところなの」

「さっき悠夜が最強って言ってましたよね?」

 

 すると楯無が何故か俺を睨んでくるが、視線を逸らせて応対した。

 

「まあ、簡単に説明するとね、最強である生徒会長はいつでも襲っていいの。そして勝ったなら、その人が生徒会長になる」

「………無茶苦茶ですね」

 

 お前の鈍感具合に比べればマシだろうよ。そのせいでどれだけの女性が犠牲になっているか……………まぁ、どうでもいいけど。

 

「うーん。それにしても私が就任して以来、襲撃はほとんどなかったんだけどなぁ。やっぱりこれは―――」

 

 そう言って何故か織斑に顔を近づける楯無。

 

「君のせいかな?」

「な、何でですか?」

 

 顔を赤くしながら顔を逸らす織斑。………やっべぇ。すごくムカついてきた。

 

「ん? ほら、私が今月の学園祭で君を景品にしたからよ。一位を取れなさそうな運動部か格闘系が実力行使に出たんでしょう。私を失脚させて景品をキャンセル、ついでに君を……そして奴隷として悠夜君を手に入れる、とかね」

 

 よくそんなことで生徒会長なんかになろうと思えるな。物好きとしか思えない。

 そんなことを思っていると、二人はなお会話を続けている。いい加減に終わらないかな。

 

(まぁいいや。先に行こう)

 

 仲良くしたければすればいい。どうせ俺には関係のない事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると生徒会室に着いたのでドアをノックして中に入る。中には既に人が集まっていて、約一名が落ちかけていた。

 

「……いつまでぼんやりしてるの」

「眠……夜……遅……」

「しゃんとしなさい」

「りょうか~………」

 

 あ、完全に寝やがった。

 俺は本音をつまみ上げると、すぐに反応した。

 

「あ、ゆうやんだ~」

「悠夜君。これからちゃんと寝かせてもらえるかしら。もしいう事聞かなければ無理矢理押し倒してもいいわ」

「あの、虚さん? ちょっとそれは色々と問題なんじゃ……」

「言い方を変えるわね。流石に使えなくなるのは困るから、少しばかり度が過ぎるスキンシップをしてもらっても全然かまわない」

「いやいや、流石に問題でしょうよ」

 

 効率が良くないのか、少し苛立ち気味の虚さん。俺も手伝ってもいいけど邪魔するだけだとわかっているから大人しくソファーに座る。

 すると本音が椅子から降りて俺の上に座った。

 

「………本音?」

「だって眠いんだも~ん」

「じゃあ、本音は今日から私の部屋で寝なさい。私は悠夜君と寝るわ」

 

 その言い方だと、まるで俺と同じベッドに寝ると勘違いされますよ、虚さん。

 

「よし、じゃあキリキリ働こう!」

「最初からそうしなさい」

「兄様。ジュースです」

 

 そう言ってラウラがお盆から俺が大事にしていたコップを出す。中にはオレンジジュースが入っている。

 それを一口含んだら、簪がさも当然のように俺の上に座った。

 

「……簪様、あまりはしたないことは―――」

「したいなら虚さんもすればいいと思う」

「そういうわけではありませんよ」

 

 ため息を吐く虚さん。ホント、この人は苦労が多いよな。

 するとドアが開き、楯無が入って来るや否や固まった。

 

「………簪、ちゃん?」

「何?」

「えっと、何をしているのかな?」

 

 そりゃあ、驚くよね。大事にしていた妹が平然と男の膝の上に座っているんだから。

 

「わ~おりむーだ~」

「まあ、そこにかけなさいな。お茶はすぐに出すわ」

「は、はぁ……」

 

 一夏は俺の隣にあるソファに座る。すると簪の方を見たので簪が織斑を睨みながら尋ねた。

 

「何?」

「いや、なんでもない」

 

 はしたないだろうが、彼女には関係ないらしい。

 

「ほら、茶だ」

「あ、ありがとう」

 

 どう考えても客に対する態度ではないラウラに驚きながらも礼を言いながら取ろうとするが、触れた瞬間織斑は耳たぶに触った。

 

「あつっ!?」

「最近寒いからな。気が利くだろう?」

「……お、おう」

 

 涙目な織斑に対して無慈悲に言うラウラ。するとラウラは俺の首に腕を回してソファーにもたれる。

 

「本音ちゃん、冷蔵庫からケーキ出してきて」

「はーい」

 

 本音は奥に引っ込む。その後をラウラが追い、本音と一緒にお皿とナイフを持って来た。それを全員分取り分けた後、楯無は話を進める。簪は渋々は俺の隣に座ることで落ち着いたようだ。

 

「最初から説明するわね。一夏君が本来入らないといけない部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられていてね。生徒会は君をどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」

「それで学園祭の投票決戦ですか……。じゃあ、何で俺だけなんですか! 悠夜だって入ってないでしょう!」

「入ってるけど?」

「え?」

 

 意外だったのか、俺の方を向く織斑。俺はオレンジジュースを飲んでから言ってやった。

 

「俺の場合は前々からその事を聞いてたからな。ちょうど人数もいたし、集めて認可してもらったんだ」

「じゃあ、俺も入れてくれれば―――」

「悪いな。もう定員なんだ」

 

 3人しかいないが、後は既に予約が入っている。

 

「で、その交換条件としてこれから学園祭の間まで私が特別に鍛えてあげる。ISも、生身もね」

「……お姉ちゃん?」

 

 すると何故か簪が楯無を睨む。だが言いたいことはわかったのか、楯無は「大丈夫よ」と小さく言った。

 

「遠慮します」

 

 とはいえ織斑の気持ちもわからなくはない。だってここで断らなかったら他の奴ら―――主に篠ノ之から殴られる可能性があるからだ。ただでさえさっきも殴られているのにそれは勘弁被りたいだろう。

 楯無は茶を、そして何故かショートケーキを、そして最後に―――

 

「私も指導もどうぞ」

「いや、だからそれはいいですって。大体、どうして指導してくれるんですか?」

「それは簡単。君が弱いからだよ」

 

 そう言われた織斑は怒ったようだ。まぁ、あれだけ簡単に言われたら誰だって怒るだろうよ。

 

「それなりに弱くないつもりですが」

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。それも未だに本気を出していない悠夜君と比べたら可哀想になるくらい。だから、ちょっとでもマシになるように私が鍛えてあげようというわけ」

「ちょっと待て! 何でそこまで言われなきゃいけないんだよ! 大体、悠夜だってそう大して変わらないだろ!」

 

 それを聞いた瞬間、男を除いた全員が噴いた。ここまで同じようになったのはクラス代表を決める時の女子ぐらいだろうよ。

 

「馬鹿か。貴様如きが兄様の足元にも及ぶわけがないだろう」

「言葉を間違えてる。あなたと同程度なのは篠ノ之さんだと思うけど」

「おりむー、あまり自分を過信しない方がいいと思うよ~」

 

 ラウラに、簪に、そして本音にそんなことを言われる織斑。たぶんここは織斑にとって敵陣。言い過ぎだろうけど、実際俺だって織斑より―――いや、黒鋼が白式のような機体如きに後れを取っているとは思っていない。

 そんなことを思っていると、まるで雷に打たれたような衝撃が走った。

 

「もう少し現実と向き合った方がいいと思いますよ、織斑君。悠夜君が本気になれば、一人を除いてこの学園にいる全員が死にます」

 

 虚さんがそんなことを言ったのだ。確かさっき彼女は笑っていたが、そんなことを言う人にはとても見えない。

 

「………それは言い過ぎですよ。第一、ここにはちふ―――織斑先生がいるんですから」

「それを含めてですよ。弟さんを前に言うのもなんですが、悠夜君と黒鋼の機体スペックを考慮しても、そして生身でも全盛期の織斑先生では勝つのは難しいでしょう」

 

 そう言われて俺は驚きを隠せなかった。そこまで俺を持ち上げてくれるとは。あなたはメシアか。

 とはいえ、今の黒鋼だと白式と同じような暮桜を改修しようが負けるつもりはないが。

 

「ふっざけんなよ! 何でアンタらにそこまで言われなければいけないんだ!」

「弱いからじゃねえの?」

 

 実はこれ、何よりも持ち上げられた相手に言われると結構効くんだよな。

 

「じゃあ勝負しろよ! 今すぐ!」

「あ、それは無理」

「何でだよ! 逃げる気か!」

「………いや、アリーナの予約が取れてないから」

「…………………あ」

 

 そう。アリーナの予約を取っていないのである。俺はこれから部活だし、事前にチェックしたが、織斑の名前はどこにもない。

 

「いや、でも箒が―――」

「篠ノ之は明日までに、お前を殴ったことで反省文を提出しないといけないからどっちにしろ無理だろ。それに朝に篠ノ之の名前が合ったところはキャンセルされて今は別の奴が使ってるし」

「…………」

 

 するとここで、楯無が提案した。

 

「じゃあ、今から道場に行きましょう。柔道部にさっき確認したら、今日は出し物の会議をするから使って良いって言ってたわ」

「じゃあ、行こうぜ悠夜」

「あら、相手は私よ?」

「何で!?」

 

 驚いてこっちを見るが、すぐに顔を青くする。後ろでラウラがショットガンを構えていたからだ。……後で没収だな。

 

「簡単な話。悠夜君が相手だと成す術なくあなたがやられるからよ」

「やれますよ。こっちだって伊達に鍛えているわけじゃない」

「悠夜君とは後で戦うし、仮にも今はついてきてもらっている立場なの。あ、織斑君は拒否権ないから」

 

 笑顔で物凄いことを言う………のはいつものことだったな。

 

「じゃあ行きましょう」

「ええ、そうしましょう。虚ちゃん、本音ちゃん、簪ちゃん。頼むわね」

「わかりました」

 

 俺は腰を上げて先に部屋を出る。その後をラウラもついてきて、その後に楯無、織斑と出て来た。

 そして俺たちは道場へと移動し、制服のまま二人を待つ。

 

「あれ? 何で着替えてないんだよ」

「いや、戦わないし」

「………へ?」

 

 俺は一つも了承していないし、そもそも戦うつもりはないからな。

 楯無の姿を見るや否や、早速織斑は抗議した。

 

「先輩、悠夜は戦わないって言ってますけど」

「あ、ごめん。実は冗談なの。私が教えるんだし、必要ないかなって」

「ちょっ! 何で―――」

 

 というかいい加減にしてもらいたいな。わざわざ俺がお前のような格下と戦うわけがないだろ。某最高作品を意識しながら内心思っておく。

 

「さて、勝負の方法だけど、私を床に倒せたら織斑君の勝ち。逆に織斑君が続行不能になったら私の勝ち。負けたら織斑君は私の指導を受けて、私はあの大会を取り消す。それでいい?」

「いや、ちょっと、それは………」

 

 さりげなく俺の手を握るラウラ。その間、楯無は「自分が勝つから大丈夫」と言って織斑を挑発していた。

 

「行きますよ」

「いつでも」

 

 最初は様子見のつもりか仕掛ける織斑だったが容赦なく倒されていた。それから警戒したのか、手を出さない織斑に今度は楯無が仕掛ける。そして対応できずに倒されるが、まだ織斑は立ち上がった。

 

「む。本気だね」

「……………」

 

 どうやら集中しているらしいけど、別段何かが変わった気がしない。だが織斑が攻め始めた時楯無は動揺していたが、それでも何度も倒していた。

 

「でやあああああッ!!」

 

 某お姫様の伝説をしていると主人公が回転切りをする時に叫ばれているようなパターンで声を上げる織斑。フッ飛ばされた状態から回復し、着地した瞬間飛び出した。先程のような型はなく、もう無茶苦茶だった瞬間、織斑は楯無の胸元を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———ゾクッ

 

 急にラウラは背筋に寒気を覚える。すると何故か悠夜の手を握っていたはずの右手に痛みが走ったので確認する。

 

「兄さ―――」

 

 ———ゴッ

 

 前方で鈍い音がしたのでラウラはそっちを向くと、さっきまで楯無の胸元を広げた一夏が宙に浮き、壁に叩きつけられていた。すぐ後に悠夜は一夏を蹴り上げるとすぐに蹴りでの連撃を食らわせる。

 

「止めなさい、悠夜君!」

 

 楯無の声も届かず、悠夜はひたすら一夏を蹴る。しかもそれは徐々に早く、鋭く変わり、終わり―――だと思った二人だが、着地点になるであろう場所の少し奥に悠夜は既に移動していた。

 

「………」

 

 既に構えていた悠夜はそのまま全体重を拳に乗せて一夏を殴り飛ばし、再び壁にぶつける。

 そのまま一夏を潰そうとする悠夜の前に楯無が割り込んだ。

 

「もういいの、もう止めて! これ以上したら―――」

 

 ———カクッ チュッ

 

 膝を曲げられ、バランスを崩した悠夜は倒れたため、悠夜の唇が楯無の唇に当たる。

 その隙にそれをしたラウラは一夏のところへ行き、直近5分間の記憶を失われるツボを刺激させた。




ということで、生徒会室からの格闘戦。楽しんでくれましたか?
ラウラの謎行動に関しては次回。そして、いよいよたぶん大半の人がお楽しみにしていた回になります。まぁ、みなさんが楽しめるかどうかは別として。

ちなみに最後のラウラの行動は、選択肢を提示する人が外道神父のあのアニメから引用しました。キャラも可愛いし(ウザいけど)個人的には面白かったのでお勧めです。


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#91 女たちの疑念

閑話っぽいなにかな回


 突発的に自分を襲った寒気。それが現在が叔母と甥になってしまったが、今でも好きな悠夜から放たれたのは確かだろう。

 その寒気を感じ取った時には既に悠夜は一夏を吹き飛ばしていた。つまりそれは―――

 

(……私では、あなたの隣に立てないというのですか……)

 

 ラウラはあの時、しっかりと肌で感じていたのだ。遺伝子強化素体(アドヴァンスド)である自分すら置き去りにするほど、次元が違うと。

 

(それでも私は……あなたと共にいたい)

 

 ラウラは自分が座っている椅子から立ち上がり、寝ている悠夜とキスをする。

 それが今の自分の精一杯だ。何故なら―――

 

「……あれ? ここって……」

 

 ———隣に一夏が寝ているからだ

 

 声を聞いたラウラはベッドから降り、一夏の方を見る。今晴美は少し席を外していて、対処はラウラに一任されていた。

 

「あれ、ラウラ? どうして俺はこんなところに―――」

「気安く名前で呼ぶな」

「え? 何でだよ。悠夜だって―――」

「兄様と貴様とでは違う。何もかもな。体には異常はなかったらしい。大人しく帰って勉強でもしていろ」

「———!! わかったよ」

 

 一夏は不機嫌になり、保健室から出て行く。それを見送ったラウラは舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、楯無は一人生徒会室に残って考え事をしていた。

 

(あれが……悠夜君の本来の力……)

 

 楯無はなんだかんだで悠夜の本気を見たことがなかった。

 見ていたのはいつも簪や本音。二人は5月のクラス対抗戦の時もそうだが、簪は3年前に、そして本音は7月の時も助けられている。そのことをどちらも「異質」と言い、本音は恐怖を感じていた。

 

(……でも、あれなら恐怖を覚えても無理はないわ)

 

 一言で言えば圧倒的だろう。それほど悠夜のあの時の身体能力、そして殺気は異常な速度で上昇し、そしてそれを感じた時には既に一夏が吹っ飛んでいたのだから。

 その時、楯無の電話が鳴り響く。

 

「もしもし」

『ラウラだ。先程、兄様が目を覚ました。その少し前に織斑が起きたようだが、どうやら記憶はなくなっているらしい』

「やっぱりラウラちゃん、織斑君に何かしたでしょ」

『記憶を消した。おそらくあの男は何も覚えていないだろう。10回行った後に100回畳に打ち付けたことが功を弄したようだ』

「………やり過ぎよ」

『兄様とキスをしてあそこまで動揺したお前は面白かったな』

 

 そのことを話題に出された楯無は一瞬で顔を赤くする。

 

「そ、それはあなたが……って、何であんなことをしたのよ」

『少し試したかったことがあるらしくてな。不本意だが協力したまでだ』

「………」

 

 ラウラにそんな指示をするのは―――簪だ。

 そう思った楯無は一度ラウラとの通信を終わらせ、考える。

 

(…………確かに、簪ちゃんの悠夜君に対する入れ込みようは異常ね)

 

 普段……いや、悠夜と会う前の簪は少なくともそこまで誰かに―――しかも男子にあそこまで行動的になることはなかったはずだ。だが悠夜と会ってから―――そして荒鋼を手にし、学年別トーナメントに優勝したことからそれはさらに加速していると言えるだろう。

 

(いくら3年前に助けられた……って言ってもおかしいわ)

 

 楯無が知る限り、簪が悠夜と会ったことがあるのは3年前。それよりも前に一度会っているが、会話も何もなくカウントしなくてもいいぐらいである。

 

(……一度、調べた方がいいわね)

 

 楯無は何も妹が悠夜と付き合うことにもう反対はしない。今は調子に乗っているようだが性格が悪いとは思わないし、なにより止めようとしてもあのレベルになったら、自分でも止められないということは理解しているからだ。

 

(織斑君にはああ言ったけど、実際の学園最強は悠夜君よね)

 

 真の学園最強が生徒会長ではないことに内心嘆く楯無だが、今は悠夜と簪の関係性を調べることにするが、それよりも先にやることがある。

 すると生徒会室のドアが開かれる。簪が入ってきた。

 

「あ、ちょうど良かったわ、簪ちゃん」

「……何?」

「あなたに聞きたいことがあったの。率直に聞くけど、悠夜君のことはいつから知ってたの?」

「1億と2千年前から」

 

 だが楯無はいつものように茶化さなかった。

 

「ごめん。今回は真面目に答えてほしいの」

「………悠夜さんが怖いの?」

 

 そう言われた楯無は少し黙ったが、やがて答えた。

 

「そうね。正直言って怖い」

「………ラウラも同じことを言ってた。けど、それでも一緒にいたいって。でも当然かも。ラウラはあのまま軍に戻っても他の男の人たちの性の吐け口にしかならないから」

 

 淡々と語る簪に対して楯無は違和感を覚えた。

 

(……やっぱり違う気がする)

 

 まるでそれが当たり前だと言わんばかりの態度に楯無は少し恐怖を覚えて来た。

 

「簪ちゃんは怖くないの? もし悠夜さんが暴走でもしたら、下手すれば世界は終わるかもしれない」

「………確かに怖いよ。でも、それも仕方ないと思う。そうしないようにするなら、悠夜さんを堕落させるしかない」

 

 そう答えた簪は「そんなことより」と話題を変えた。

 

「お姉ちゃんは、悠夜さんのことをどう思ってるの?」

「……どうも思っていないわ。でも、あなたたち二人が付き合うことに対しては何も言うつもりはない。悠夜君は周りが認めていないだけでそれほどのことをしているのは知っているし―――」

「悠夜さんがあなたを好いているのには気付いているのに?」

 

 言われて楯無は顔を赤くする。

 

「でも、悠夜さんは我慢すると思うけど」

「え?」

「一人は一瞬で世界を破壊できる一般人。しかも数少ない男性IS操縦者。そしてもう一人は日本に所属する暗部の長。当然、自分のことよりも他人とその周りの人間を優先する。そうじゃなかったら、とっくに興奮している彼に私は汚されてる」

 

 「それはそれで嬉しいけど」と答える簪。すると簪は立ち上がり、部屋を出て行こうとするところで止まる。

 

「お姉ちゃん、本当にいいの? 悠夜さんを取ってしまっても」

「……別に構わないわ」

「そう。じゃあ、準備があるから帰る。手続きお願い」

 

 簪はドアを開け、外に出た。すると楯無がそのドアを止めた。

 

「ちょ、ちょっと待って! 手続きって、もしかして―――」

「うん。明日……いや、今日から寝るから」

「いや、あのね? それはちょっと問題があるって言うか、その―――」

 

 焦る楯無に対して簪はハッキリと言った。

 

「わかった。じゃあ手続きはしなくていい。勝手に侵入するだけだから」

「え、いやあの―――」

 

 楯無は呼び止めようとしたが、これ以上話したら大変なことが起こると思って下がった。

 

 

 

 

 

 生徒会室から離れ、自分の部屋に戻った簪はスマホを取り出してメモ帳アプリを開き、データの履歴から探しているページを開く。

 

(………やっぱり「楯無」である以上、お姉ちゃんは使えない)

 

 そう思いながら楯無の写真にバツ印を入れた簪。そのページは楯無以外には後二人の女の写真が貼られていた。それぞれの最後には「ヴァダー」「ヤード」「ミューゼル」そして「ガンヘルド」。ガンヘルドの部分だけは写真はなく、書かれているデータが少ない。そして「ヤード」の場所には―――

 

(朱音ちゃんはあまり期待しない方が良い。好いているみたいだけど、幼いしまだ庇護下にいた方が彼女にとってはいいはず)

 

 そう言って朱音の写真に三角を入れ、次に「ミューゼル」の部分を見る。

 

(……………この人は、ちょくちょく悠夜さんにちょっかい出している)

 

 特に何もせずに簪はアプリを消すと、着替えを用意して服を洗面所に置かれている3段に分かれている籠の上に入れ、さらに上にバスタオルを置く。そして服を脱いで制服を畳んで3段目に、下着を3段目の大きい籠に入れ、平均的な肢体が顕わとなった彼女はシャワー室に入った。

 

(………あの人がミューゼル)

 

 簪の知るミューゼルと楯無が知るミューゼルは「=」ではない。お互いが別の情報を持っている状態であるため、先程会った時に簪は楯無に学園にいることを知らせなかった。

 

(でも、あの人は知っているとは思えないけど)

 

 お湯を出して温度を調節しながら考え込む簪。やがて適温になったのか体全体にかけ始める。

 

(……ともかく、しばらく様子は見ておこ)

 

 そしてすべて洗い終わった簪はあることに気付く。

 

(悠夜さんと一緒に入ればよかった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ダリルはパソコンを開いてオッズを見ていた。

 

「………なぁ、フォルテ」

「なんッスか?」

「これって結果見えてね?」

 

 そう言ってダリルは見ていたパソコンから少し離れ、たまたま部屋に来てくつろいでいたフォルテに見せる。

 

「織斑の方には勝機はなさそうッスね。あれって二次移行してもエネルギーの消費が大きくなっただけであまり強くなったイメージないッスけど」

「元々黒鋼の方に武装が多いんだけどな。外付けだから条約規制に引っかからないってことだけど、そのことで技術者がグチグチ言ってたわ」

「………そう言えば、これにさらに追加武装をドッキングできるッスよね? 最近学園が物騒だから準備したって話ッスけど。一度戦ってみたいッス」

 

 それを話題にした瞬間、ダリルは冷や汗を流した。

 

「あれ、聞いた話だとすっげぇ凶悪だぜ。しかも桂木ってそういうのが大好物だから、嬉々として使いまくるらしい」

「だったらそれで倒してやるッスよ! いつまでも雑魚扱いされるのはごめんッスから!」

 

 イキイキと語るフォルテにダリルは同情的な視線を向ける。

 

(そう言えばこいつ、学年別トーナメントの時に色々とダメだしされてたしな。でも、無理だろ)

 

 以前部屋に入った時のことを思い出す。その時に悠夜の趣味を調べたが、他にも魔法少女ものだったり、同じような絵のDVDや漫画が置かれていた。

 ほかにもどんな傾向が好きなのか気になった彼女はベッドの下に隠されているエロ本を探したが、エロ本の代わりにミシンなどの手芸道具が置かれていて、さらに近くには女物の服があった。

 

(………女装が趣味だとか?)

 

 「いや、まさかぁ…」と考えた時、ダリルに通信が入る。

 それが少々ヤバい相手だったこともあり、ダリルは洗面所のカギを閉めて風呂場に入った。

 

『……何の用だ?』

『あら、早かったわね。この時間だからあの子のことでも考えていたかと思っていたわ』

 

 通信相手が笑っているだろうと思いながらダリルはため息を吐く。

 

『何で通信してきたんだよ』

『成果を聞きたいのよ。どう? あの子は連れて来れそう?』

 

 あの子―――それは悠夜の事であり、彼女は通信相手から連れて来るように言われていた。

 

『無理だな。周りが裏切って絶望的になったとしたら―――』

『それに対する策はあるけど―――でもあなたにはもうしばらくそっちにいてもらいたいの』

『……はぁあああ!!?』

 

 思わず叫びそうになるのをこらえるダリル。だが通信相手の女は茶化すように言った。

 

『別にいいじゃない。こっちに来たら、彼とできることもできなくなるわよ。常に周りには女の子がいはじめている彼と、まだできていないんでしょう?』

『うるせぇな。ほっとけよ。そっちだっていい歳してあんな女としているだろうが』

『私はほら、手遅れだし』

『自分で言うか!?』

 

 思わず突っ込んだダリルだが、実際は通信相手の言う通りである。以前は誰もいないこともあって近づけたが、今は違う。常に別の女がおり、今では寝取ったわけではないが織斑一夏の陣営から鈴音が来ているし、さらに近づけなくなっている。

 

『んで、一体なんだよ。合流するなって話ならもう終わりだろ』

『あ、当日は私も別ルートで入る予定だから』

『………何で来るんだよ』

『私だって久々に会おうと思ってね。直接会うつもりはないけど、どんな部分で成長したのか気になるじゃない。色々と、ね』

 

 するとダリルは顔を赤くする。その「色々」な部分にイケない想像してしまったようだが、通信相手はそれを連想させるつもりはなかった。

 

『ともかく気を付けて立ち回ってね。今では鈍っているとは仮にも更識の一族がそっちにいるし、轡木もいるんだから』

『後者なんざ余裕で潰せるだろ』

『それができたらとっくに滅ぼせているわ。ともかく気を付けて。特に轡木は危険よ』

 

 それで通信が終わり、ダリルは風呂場から出て洗面所のドアを開ける。

 

「随分と長かったッスね」

「まぁな。そろそろオレも卒業だろ。進路のことで色々と言われてるんだよ」

「あー………それはそれは」

 

 信じたのか、フォルテは特に疑問を持たずに漫画を読む。ダリルはさっきの話もあったからか、フォルテの胸部に注目していた。

 

(……参考にならねえ小ささだな)

 

 聞かれれば間違いなく怒られることをダリルは思う。だが悠夜の周りにいる女のほとんどがフォルテと同じかその周辺くらいしかない。

 

(……やっぱり、胸か?)

 

 決してそういうことではないのだが、ダリルはそう思ってしまい禁句を口にした。

 

「やっぱり、胸を小さくするしかないのか?」

「先輩。それは喧嘩を売ってるッスか?」

 

 案の定、フォルテがキレて飛びかかり、見られれば「そういう関係」とも取れる状況がその部屋で行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の午後6時55分。悠夜は黒鋼を展開した状態で第三アリーナのCピットにいた。

 この時間なのは結局アリーナを抑えられることができなかったため、そして一日も早く一夏を鍛えないとこれから来るであろう敵にすぐにやられる可能性もあるため、時間をずらしたのだ。

 Cピットまでついてきてパソコンで昨日本音が作ったIS学園の生徒会ページにある特設サイト(関係者以外立ち入り不可)を確認していたラウラが言った。

 

「現在のオッズはやはり兄様が低いです。アイツらは一体どういう思考をしているのでしょうか」

「別に構わねぇよ。最初から俺は周りに期待を持っていない」

 

 今の悠夜にはそれ以外にも大切なものがあること、さらに元から織斑派に対して興味がないことから悠夜はそう返した。

 

『準備はいいかしら、悠夜君?』

 

 楯無が個人間秘匿通信を使用して悠夜に尋ねて来る。今回は昨日の一夏に対しての一方的な攻撃を帳消しにすることを条件に出て来た形になっている。

 ちなみにだが、ラウラの処世が効いたのか一夏は全く覚えておらず、何も言ってこなかった。

 

『問題ない。いつでも出れる』

『じゃあ、お願いね』

 

 通信を終わらせた悠夜はカタパルトに機体を接続。

 

『黒鋼、カタパルト接続確認。進路クリア。悠夜さん、発進どうぞ』

 

 簪のアナウンスを聞いた悠夜はいつも通り言って出撃する。

 

「桂木悠夜、黒鋼、出るぞ!」

 

 カタパルトが発進して最終部に到達すると同時に飛び出す。悠夜は地面に着地し、停止した。

 すると少し遅れて白式を纏った一夏が現れ、こちらも地面に着地して停止した。

 

「待たせたな、悠夜!」

 

 一夏に対する歓声を無視し、一夏は悠夜に話しかける。悠夜は悠夜で別段興味がないのか、特に何も返さなかった。

 

「織斑君、頑張って!」

「そんな雑魚なんて倒してしまえ!」

「桂木! わかってんだろな!」

 

 一夏には応援を、そして悠夜には罵倒を。

 もはやそれがIS学園で当たり前となっているのか、大半の人間が惜しげなく悠夜に罵倒を浴びせ始める中、カウントダウンが始まった。

 

【戦闘開始まで、10秒前………5、4、3、2、1―――0】

 

「いっくぜえええええ!!」

 

 一夏の咆哮と共に今、男たちの熱き戦いの幕が上がる。




少年は思っていた。自分は決して上手く戦えると。相手と同等だと。
少年は思っていた。自分は仲間を守れるんだと。

少年は今も思っている。自分は決して弱いわけではないと。

自称策士は自重しない 第92話

「激突! 二人の男子生徒」

悠夜「文句があるならかかってこい。まぁ、来たところで入院させるけどな」

今、二人の男子が激突する。








以上、次回予定でした。

ちなみに予定ですが、学園祭はこれを含めて後2話くらいで始めるつもりです。


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#92 激突! 二人の男子生徒

時期が時期なので、一応。
今年度卒業のみなさん。卒業おめでとうございます。
そして来年度もしくは今年度入学もしくは入社のみなさん。入学と入社おめでとうございます。


 各所に展開されているキューブに映る数字がカウントダウンされていき、それが5秒を切る。そしてそれが0になった瞬間、一夏が飛び出した。

 

「先手必勝だぁあああああ!!」

 

 そう叫びながら一夏は飛び出す。二次移行(セカンド・シフト)した白式はさらに早くなっていたのに驚いた悠夜だが、

 

 ———ガンッ!!

 

 鈍い音がするや否や一夏は突撃していた急にコースを変え、そのまま壁に激突した。

 

「え? 何?」

「どういうこと……?」

 

 周りが驚く中、すべてを理解した悠夜はあくびをした。

 

「あ~やっぱりISに絶対防御があるって言っても顎を打ち抜けば流石に気絶するか」

 

 だがそれを否定するように一夏が煙の中から姿を現す。

 

「まだだ! まだ終わってねぇ!!」

「惜しい。せめてその白いのを金色の塗ってからもう一度その言葉を言ってくれ」

「……ふざけてるのかよ」

「ふざけてねえよ。まぁ、ふざける余裕はあるけど」

 

 そう返された一夏は傍から見ても顔を赤くする。おそらくまともに戦おうとしない悠夜に対して怒りを覚えたのだろう。

 

「それをふざけてるって言うんだろ!」

 

 一夏は第二形態に移行した際に手に入れた新たなる武装『雪羅』の形態を射撃モードへと変更。荷電粒子砲《月穿(つきうがち)》を展開する。そして悠夜に向けて撃ったが、悠夜はそれを小さな動作で回避する。

 

「このぉおおお!!」

「あ、そうか」

 

 一夏によって振られ、迫りくるエネルギー刃を回避した悠夜は何かに気付いたようだ。

 

「その機体、何かが足りないと思ってたけど、赤い要素がないんだ」

 

 そんなどうでもいいことを大声で言った悠夜。一夏はそれに腹を立て、『雪羅』をクローモードへと変形させた。

 伸びてくるように接近する二つの武装を悠夜は何かを振って防ぐ。

 

「ようやく武器を出したな」

「……………」

 

 一夏の言葉に悠夜は何も答えない。ただ、無言で二つのビームサーベル《フレアロッド》を掲げて受け止めていた。しばらくして一夏は自分の事態に気付いたようで、顔を青くして離れる。

 

「お前、これを狙って―――」

「織斑は自分の弱点をさらけ出し過ぎなんだよ。エネルギー効率が悪い機体にエネルギー武装で受け止めるのは当然だろうに」

「……何で」

 

 さも当然だと言わんばかりに語る悠夜に対して、一夏は呟くように言葉を絞り出した。

 

「何でお前は、まともに戦おうとしないんだよ!」

 

 今度は叫ぶ一夏。悠夜は盛大にため息を吐いて堂々と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「———今この学園に、黒鋼と俺が本気を出してもちゃんと勝負になる奴は何人いるんだよ」

 

 あからさまの挑発―――そして同時にそれは悠夜の本音でもあった。

 黒鋼は開発所が近いこともあってよく改修が施される。それによって機体スペックは常に上がっている。さらに悠夜にはヒトを超えた身体能力があり、さらに人体をどう攻撃すれば相手の動きを鈍らせる方法を̪知っている。それに加えて無重力間や水中、陸上や空中での戦闘をシミュレーションで鍛え続けている他、クラス対抗戦から行事で起こる不祥事は常に中心になって解決してきた。確かに一夏たちも参加したこともある。だがクラス対抗戦では箒の注意を逸らした行いの除けば三人の専用機持ちで敵機の鎮圧を行ったが、悠夜は支援があったとはいえ、外装を多少弄られてスペックが変更されなかった打鉄で、それもたった一人で鎮圧したのである。ほかには暴走したVTシステムは一人、その後の襲撃は楯無と共同だが一人撃破、福音はある程度減らされ、支援されているが実質一人で第一形態の福音を撃墜し、化け物を一人で倒し、大量のISを圧倒的なスペックを持っているとはいえ単独で撃破した他、壁を破壊し、生身でIS操縦者に殺してはいないが引導を渡してきた。

 もちろん、各機体のスペックやダークカリバーが規格外の能力を秘めているということは理由の一つでもある。が―――それは経験と蓄積し、悠夜の糧になっているのは確かである。

 

「だから俺は手加減するんだ。お前らのためじゃない。俺のためにだ。確かに入学当時の俺は戦いが嫌いだった。だが今は違う。黒鋼は俺の考えた機体だ。だから俺は自分の快楽のために、自分の身を守るために、相手を壊すために黒鋼の使う。お前のためにわざわざ腰を上げてやってんだ。感謝するならともかく、戦い方にどうこう口を挟まれる筋合いはない」

 

 堂々とそう言った悠夜は、追い討ちと言わんばかりに女たちの中央で続けて言った。

 

「だからお前はとっとと、使えない雑魚姉諸共消え失せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管制室でそれを聞いた千冬は思わず笑った。

 

「い、いくらなんでもあんなこと―――」

「いや、いい。実際、ここまでの撃墜数、そして桂木はこれまでの行事で起こった事件を解決している。ああいうのも無理はない」

「……実際のところ、織斑先生は悠夜さん相手にどれくらい持つと思っていますか?」

 

 真耶の隣に座る簪は千冬に対して尋ねる。別の場所に座る女生徒が「何を言っているのよ」と言うが、千冬は平然と言った。

 

「さぁな。そればかりはどうとも言えないさ。ただ、桂木がIS学園に入学してくれて良かったと思っている」

「それは、自分が仕事を押し付けれるから、ですか?」

「違うな」

 

 簪の言葉を否定する千冬。

 

「桂木が本気を出したら、おそらくこの学園で止められるのは私ぐらいだからだ」

 

 その発言に近くにいた女生徒が反論した。

 

「待ってください! 生徒会長があんな奴にやられると言うんですか!?」

「———もちろん」

 

 簪がそう言うと、その女生徒は簪を睨む。

 

「あなた、自分の姉が負けることをなんとも思わないの!?」

「別に。そんなことを考えていたら、IS操縦者なんてやってられないし。それにお姉ちゃんは悠夜さんの戦いに慣れても決定的な差があるから」

「決定的な差?」

 

 「わからない?」と尋ねる簪。ちなみにだが、簪が先程から話しているのは一つ上の先輩である。

 

「男と女」

「それが何よ。だったら生徒会長の方が上―――」

「認めたくないけど、お姉ちゃんは贔屓目なしによくモテる。世間での評価も高く、代表、候補生の人気投票でも常に上位。女としてのボディバランスもムカつくけど整っている」

 

 「上には上がいるけど」と簪は真耶のある部分を見たことで、全員からその部分に注目が集まる。

 

「ちょ、ちょっとなんですか!?」

 

 顔を赤らめながら胸を隠す真耶。だが簪はそんな真耶を放置して続けた。

 

「今でこそ手加減しているけど、本気を出したら悠夜さんを止めるのは例え全盛期の織斑先生でも難しい。それは先生自身も気付いていますよね?」

「ああ。桂木は元から回避能力が高いからな。それに加えて黒鋼使用時の行動力は既に国家代表レベルはあると言っても差し支えはない。それが本気を出してみろ。おそらく現3年生の操縦科所属のほとんどが挫折するぞ」

 

 そう言われた生徒は顔を引きつらせる。

 

「それに頭も回りますからね。ひっかけさせようとしても逆に倒されそうな気がしてなりません」

 

 そのコメントにとうとう泣きそうになる生徒。周りもそれを聞いて恐怖していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………悠夜」

 

 一夏は《雪片弐型》を自然と強く握る。

 

「千冬姉と戦ったことないだろ。なのに、どうしてそんなことを言えるんだよ……」

「あんな程度の知れている女など、戦うだけ無駄だから。それに経験上、あんな雑魚を相手にする価値もない。そんなにあの程度の女がいいのか? あんなババア如き、世の中に一杯―――」

 

 悠夜は迫りくる刃に気付き、回避した。一夏は荷電粒子砲《月穿》を至近距離で発射する。

 

「これ以上、千冬姉を侮辱するなぁああああああああ!!」

 

 瞬時加速で悠夜と距離を詰める一夏。悠夜は《フレアロッド》を展開して迫ってきた刃を受け止めたが、一夏は悠夜を蹴って距離を取った。

 

(学習能力が高いな。だが―――)

 

 本来なら鳩尾に入ってもおかしくはない蹴りだったが、悠夜は腕部装甲でなんとか受け止めていたためダメージは実質ないようなものだった。

 

「このぉおおおおお!!」

 

 《月穿》を連射する一夏。悠夜はそれを着弾しても被爆しない距離に移動して回避する。

 

「当たれ! 当たれ! 当たれ!」

「地形適応Sをあまり舐めないでもらおうか」

 

 上空からの攻撃を着弾するであろう位置を計算して回避し、攻撃をすぐに行える場所へと移動する。すると一夏は学び始めたのか、先を予想して撃った。

 それに気づいた悠夜は無茶な軌道をとったことで体に急激なGを襲うことも構わずに回避する。

 

(やはり学習能力が高い。経験が生かされているのか?)

 

 ———だとしたら好都合だ

 

 悠夜にとって今ではライバルと呼べるものはISでは簪ぐらいだ。ラウラは自分の妹と言う立ち位置が強いが簪の場合は自分を本気にさせた相手ということもあって、(本人はたまに忘れかけているが)付き合っていると言っても本気で戦える相手である。

 だが、それでは物足りないと常々思っていた。

 

(しかし、この戦いでは成長しないだろうな)

 

 そう思った悠夜は回避から攻めに転じた。

 

「当たれ!」

「無理な相談だな、それは」

 

 悠夜は回避と同時に距離を詰め、パイルバンカー《リヴォルヴ・ハウンド》を展開、攻撃する。それが鳩尾だったことで食らう衝撃が感度と言う面に置いて倍増される。

 そして爆発的な加速―――瞬時加速と同じレベルの加速をして距離を詰めた。

 

「伊達や酔狂でこんなヘッドギアをしているわけではないぞ!」

「え―――」

 

 まさか一夏もそのまま頭突きを食らうことになるとは思わなかったようだ。そのまま食らってしまうが、さらに一夏にもう一つの痛覚が襲う。

 

「あ、熱い!?」

「だったら逃げろよ。まぁ―――」

 

 瞬間、《デストロイ》が起動してエネルギーが収束する。

 

「———無理だがな」

 

 エネルギーが飛び出し、それらが一夏に直撃した。

 

「………来たな」

 

 悠夜は笑みを浮かべる。それは本人が意識して出したものではなく、心からの本性だった。

 次第に煙が晴れ、一夏がいるであろう場所の全貌が現れる。

 

「…………桂木、貴様はどこまで腐っているな」

「待っていたぞ、篠ノ之。そしてその様子から見て、単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)か」

 

 黒鋼のハイパーセンサーにはその説明があり、悠夜はそれを読む。

 

「絢爛舞踏………なるほど。貴様らは永遠に俺のサンドバッグとなるだけのものか」

「ほざけ。貴様など、この私が成敗する!」

「やれるものならやってみろ」

 

 途端に観客席が湧く。すべてが箒を応援―――もしくは悠夜を罵倒するものだったが、本人はそれを聞いてもなお笑みを崩さない。

 

「待てよ、箒! どうしてこんなことを――――」

「そんなものは些細な問題だぞ、織斑。今は楽しめ」

 

 ———俺はとっくに楽しんでいるのだからな

 

 すると観客にいた生徒たちが静まり返る。だがそれはある意味仕方がないことだ。むしろ、簪はその様子を見て納得していた。

 

「待ってください! 今すぐ止めるべきです!」

 

 真耶は千冬に向かってそう言うが、それを簪が否定した。

 

「その必要はありません」

「ど、どうして―――」

「じゃああなたは、敵と戦っているのに別の敵が現れて「ちょっと待ってください」とでも言うつもりですか?」

 

 その言葉に真耶は口を閉ざす。当然だが、簪の言葉は的を射ていた。

 今、悠夜に起こった状態はまさしくそれであり、この場で試合を止めれば周りは「悠夜が逃げた」と言い始める人間が現れる可能性もある。

 

「で、でもこれはあくまでも試合です!」

「本人がこちらに介入を求めているわけでもあるまい。それにこれを機会にわからせる必要もあるだろう」

 

 千冬は依然として続けさせる気でいるらしくそう言った。

 

「そんなの酷すぎます!」

「いざとなれば私も出ますが……むしろここは自ら負けに出た篠ノ之さんを心配するべきでしょう」

 

 そう言いながら簪は未だ黄金に輝く箒を見る。

 

(……馬鹿な人。今のあなたは悠夜さんのサンドバッグぐらいにしかならないのに)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィールド内に入った箒は箒で驚きを見せていた。

 

(また発現した。模擬戦の時は全くできなかったのに………まさか)

 

 そう思いながら一夏を見る箒。彼女は紅椿の単一仕様能力の使用条件に気付いたようだ。そう、「絢爛舞踏」を発現するには一夏を思う心が必要なのだ。

 それに気づいた箒は常に思い続け、常に発動させる。伊達に5年間も思い続けたわけではないようで、まったく途切れさせることはなかった。

 

「お前を倒すぞ、桂木!」

 

 箒はそう言って悠夜に接近、至近距離から《雨月》の刺突でのビーム攻撃を行おうとするが、それを軽くいなした悠夜は箒を殴った。

 しかもそれは普通のパンチではない。両手首に装備されたパイルドライバーから放出される電撃付きであり、その威力は普通のパンチを大きく凌ぐ。それが頭に食らえば、流石の一夏も黙って見ていられなかった。

 

「悠夜ぁああああああッ!!」

 

 絢爛舞踏で回復していたエネルギーを使って接近する一夏。それに気づいた悠夜は吹き飛びかけている箒を掴み、一夏の方に投げる。

 それを受け止めた一夏はすぐに近くに置いて悠夜を探すが、既に一夏の後ろに回っていた悠夜は《デストロイ》の同時射撃と《サーヴァント》8基を分離、移動させつつ時間差射撃を行う。

 

「人質なんて卑怯よ!」

「正々堂々戦いなさいよ! この外道!」

 

 フィールドを囲う壁のふちに立った悠夜にそんな罵倒が飛んでくるが、それを聞いた悠夜はニヤリと笑った。

 

「逃がすか!」

 

 一夏が先に復帰しており、零落白夜を使用した状態で悠夜の方に突っ込む。だがそれが着くよりも早く、悠夜は黒鋼を飛行形態に変形させ、迎え撃つと言わんばかりに突っ込んだ。

 

「そんな状態なんて、じめ―――」

 

 《サーヴァント》で妨害させる悠夜はそのまま一夏にぶつかる。そして先端を下げて白式を地面につけ、一夏を壁にぶつけるまで引きずるように移動する。そしてぶつけると同時に通常形態へと戻り、至近距離で《デストロイ》の集束熱線を浴びせた。

 

【白式、戦闘不能】

「一夏ぁああ!!」

 

 箒が一夏の方に来るのを見た悠夜はまるで獲物を狩る野獣のように舌なめずりをした。

 

「正々堂々か………笑わせる」

 

 この時、簪は今の悠夜の状態を察した。

 

「取るに足らない有象無象のゴミ溜め程度でしかない雑兵如きが、数々の異名を取った()を相手にするから、こうなるのだよ!!」

 

 逆手に《蒼竜》を展開した悠夜は下から上へと振り抜く。すると具現化した斬刃が箒に向かって一直線に飛んでいく。

 

「そんな見え透いた攻撃など―――」

「どうかな?」

 

 ———ガンッ!!

 

 左から再び拳を食らう箒。さっきと同じで《ジェット・ケルベロス》を展開しているため、箒に電流が流れる。

 

「まだだ。例え一夏が無事なら、何度でも―――」

「絢爛舞踏で回復するか。それもいいだろう―――お前の精神が持てばなぁあああああ!!!」

 

 まるでその叫びに呼応するかのように黒鋼が黒く光る。

 

「さぁ、紅椿………第四世代である貴様はこの状態の黒鋼にどこまで耐えられる?」

 

 瞬間、黒鋼が箒の前から消えた―――と思う前に紅椿の装甲の一部が吹き飛ぶ。それにより展開装甲の一部が吹き飛んだ。

 

「な、なに―――」

 

 事態に気が付く前にさらに装甲が吹き飛んだ。

 

「い、一体―――」

「———どこを見ている」

 

 ———ドンッ!!

 

 後ろからの衝撃に耐えきれず、集中力が途切れて絢爛舞踏が切れる。その後ろで何かが弾けるような音がした。

 

「な、何―――」

 

 《蒼竜》の刀身が黒い光を放っており、悠夜はそれを容赦なく振るった。それを箒は《空裂》で防ごうとするも、《空裂》ごと装甲を、そしてシールドエネルギーをぶった切られる。

 爆発が起こる中、無慈悲に機械音声が箒の敗北を告げる【紅椿、戦闘不能。よって勝者、桂木悠夜】と。




ということで、大半の方の予想通りになりましたね。まぁ、ある意味ネタが出てこないというのもありましたが。
本当は訓練機を開放して四方八方から攻められる状況にしようかなと思ったんですが、そうなったら色々と面倒なことになるので止めました。というかラボの人間が過労死します(ここ重要)。


次回予定

蓋を開けてみれば圧倒的な勝利を見せた悠夜。だが生徒たちは認めないつもりか悠夜を罵倒し続けた。
だがそれを鼻で笑い、一蹴する。

自称策士は自重しない 第93話

「調子に乗って何が悪い」

少年はまだ、自重している方である。


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#93 調子に乗って何が悪い

 試合終了のアナウンスが聞こえた悠夜は黒鋼を停止させ、バーストモードを解除する。

 

「やっぱりバーストモードまで使うと、流石に第四世代とはいえ勝てるわけがないか」

 

 わざとらしくそう言った悠夜は挑発するように言うが、箒は多少動くもほとんど行動できていない。

 

「き……さま……」

「いやぁ、この際だからアンタには大人しくしてもらおうと思ってね。それとも第二ラウンドをする? 俺は別にいいけど」

 

 黒鋼を解除した悠夜は箒を睨みながらそう尋ねるが、箒が動けない状態と知ると「そうか」と答えてピットの方へと戻る。

 すると悠夜に向けて、観客にいる生徒たちがヤジを飛ばし始めた。

 

「この卑怯者! 女の子の顔を殴るなんて最低ね!」

「アンタみたいな男なんてとっととバラされて死ねばいいのよ!」

「男の風上に置けない最低野郎!」

「調子に乗ってんじゃないわよ!」

 

 悠夜は観客席ができるだけ見渡せる位置にPICを使って移動する。

 そこから見下すように見て堂々と言った。

 

「———調子に乗って何が悪い」

 

 そこまで大きくはないはずなのだが、それでも全員に行き渡るほど重苦しい声が場を支配する。

 全員が何とも言えない支配感に襲われ、悠夜に注目した。

 

「確かに今は女が上に立つ世だが、それは所詮お前たち下らない存在の下らない基準だ。こと戦闘に置いて俺は既にお前ら有象無象共を超えている」

 

 その言葉に三年生の―――それも操縦科の生徒たちが悠夜を睨むが、次の言葉で沈黙した。

 

「それは何よりもお前たち自身が理解していることだろうがな。何故ならお前たちはこれまでの事件を関わらず、また関わったとしても俺が鎮圧した。クラス対抗戦のことは織斑と他二人の専用機持ちが一機を対処したが、もう一機は俺が訓練機で、しかも単独で破壊した。その時腕に自信があるお前らは何をしていた? この学校に学生部隊が設けられているのは知っているが、どうせ俺が死ぬことを期待したんだろう。結果として俺の有能性を証明してしまったわけだがな。なぁ、雑魚共」

 

 誰も何も言えなかった。

 あの時、唯一悠夜を助けたのは朱音だけであり(厳密には十蔵が楯無に救援するように手配したが間に合わなかった)、それ以後は悠夜がほとんど事件を収束させている。

 つまりこの学園にいる生徒・教員は使い物にならないと証明されているのだ。

 

「で、気分はどうだ? 弱いと思っていた男に雑魚扱いされ、挙句使えない人間として認定されている気分は? 有象無象扱いされているのは? 悔しいか? 殺したいか? 見返したいか?」

 

 あからさまの挑発だった。

 どういう原理かわからないが未だに見えない顔の上半分だが、ほとんど全員が悠夜が浮かべている笑みに対して嫉妬、殺意を向けている。彼を知る女たちは全員「今心の底から思っているんだろうなぁ」と思っていた。

 

「だったらかかってこい。集団でも単独でも構わんが空気は読め。可能なら相手をしてやる。なんだったら今からするか? 別にそれでもいいが―――その時は挑んできた奴らはその存在をこの宇宙から抹消してやる」

 

 そう言った悠夜はまるで景色にどうかしたかのように消えた。

 ちなみにだが、悠夜はすぐさまピットに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピットに戻ると待機していたらしいラウラが俺の胸に飛び込んでくる。俺はそれを受け止めて撫でていると、織斑先生が現れた。

 

「よくやったと褒めておこう。でだ、最後のあれは何だ?」

「バーストモードですよ。敵地でできた友人を殺されてもなお、相手を殺さなかった主人公の機体に備わっている奴です」

「……………何の話だ」

 

 アレはちょっと甘いだろう。別にあのゴミぐらい潰したって問題なかったんだがな。

 などと思っていると、織斑先生はわからなかったのか聞いて来る。

 

「ともかく、最終兵器って奴ですね。ああいう馬鹿は圧倒的な差を見せつけて潰すのが手っ取り早いんでね。それとも、処分しますか? ……いえ、今のあなたに俺を処分できますか?」

 

 「俺を止められるの?」という意味合いで聞いてやると、「しないさ」と答える織斑先生。意外だな。てっきり処分するために来たと思ったんだが。

 

「だがその後の台詞はいくらなんでも言い過ぎだ」

「事実でしょ」

「………それはそうだが……」

「はっきり言って、この学園の教員・生徒を含めて俺の足元に及ばないと思っています。真面目な話、あなたすら危ういと思いますけど?」

 

 ラウラを後ろに回しつつそう言うが、意外にも織斑先生は何も言わなかった。

 

「では、これ以上話はなさそうなので俺は帰りますね。ちゃんとあの二人に行ってくださいよ。俺に勝つつもりなら諦めろって」

「………」

 

 ラウラの手を繋ぎながら部屋を出ると、簪と本音が待機していた。

 

「お疲れ~」

「お疲れ様、悠夜さん」

 

 どうやら俺のことを待っていたらしい。俺は近づいて来る二人をラウラでガードするが、簪はそれをするりと抜けて俺に抱き着いた。

 

「一応、汗をかいているはずなんだけど?」

「いい匂い」

「まさかの汗フェチ!?」

 

 思わずそう言ってしまった。

 いや、別に簪が汗フェチだろうがなんだろうが別にいいんだけどさ、流石に驚くだろうよ。

 

「それにしてもすごかったね~。私もいつかああいうの作れたらいいなぁ~」

「…………いや、あれはあくまで俺に向かってくる敵を倒すために作ったものだからな?」

 

 本来、あんなものは必要から、是非ともスポーツをしまくってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜たちがそんな会話をしている頃、気が付いた一夏はピットに備え付けられているベンチに寝かせられていることに気付く。

 

「こ……ここは………」

「あら、気が付いたかしら?」

 

 聞き覚えがある声―――というよりも自分の許可なく自分を賞品にした人物の声を聞いて上体を起こした一夏。

 そして一夏は、自分がここにいる理由を考え、一つの結論に達した。

 

「……俺は負けたんですか?」

「ええ。言い訳できないくらいボコボコにされていたわ。篠ノ之さんとも協力したのにね」

「……………」

 

 言い訳しようと口を開いたが、それが事実だったことで一夏は口を閉ざす。

 

「わかったでしょう? あなたと悠夜君とじゃあ、圧倒的に悠夜君の実力が上なの。例え君がエネルギーを消せる剣を持っていても、あなたの今の戦闘スタイルじゃむしろ殺しているようなものよ」

「………」

 

 一夏はただ黙るしかなかった。

 本当は一夏だってわかっていた。いや、理解させられた。簡単にいなされ、潰された。

 それを今更とやかく言う気に一夏はなれなかったのである。

 

「あなたは強くなりたいんでしょう?」

「……はい」

「みんなを守りたいんでしょう?」

「…はい」

「なら、明日の放課後、箒ちゃんと一緒に指定するアリーナに来なさい」

「え?」

 

 自分だけと思っていた一夏は箒も連れて来ることを言われて驚きを隠せない。そんな様子を見て楯無は説明した。

 

「ざっくりと言うとね、今回のあなたたちの敗因は連携が上手くできていなかったことにあるわ」

 

 「それでも負けていただろうけどね」と後から楯無は付け足すが、実際二人は連携が取れていなかった。

 そもそも白式と紅椿は二機が連携して初めて真の力を発揮するように作成されている。その要因の一つとして、紅椿の単一仕様能力の発動条件が「白式の操縦者(一夏)を思うこと」なのもそうである。

 

「それに一夏君はもう少し自分の機体を知る必要があるわ。そもそも最初から瞬時加速や零落白夜を使い過ぎなのよ。それじゃあ、エネルギー問題の解決なんて夢のまた夢よ」

「……そ、それはそうかもしれませんが……」

 

 まさか急に説教が始まるなんて思わなかった一夏は頭を抱える。

 

「大体、いくらシールドバリアーを削れる仕様って言っても限界があるの。今後、それを念頭に置いてあなたのレベルアップを図るから、ちゃんと考えてきなさい」

「……わ、わかりました」

 

 そう返事を聞いた楯無はとりあえず帰って行く。その様子を見ていた一夏は返事はしたがどうすればいいのか案が浮かばなかった。

 

(ほんと、どうすればいいんだよ)

 

 誰もいなくなったことに気付いた一夏は部屋に帰ることにした―――そこに既に先客がいるとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、悠夜たちのピットに来ることを言われた箒は千冬と話をしていた。

 

「自分より格下だと思っていた相手に負けた気分はどうだ?」

「…………」

 

 箒は何も答えなかったが、千冬は箒の様子を見て悔しがっているのを理解していたが、敢えて厳しい言葉をかける。

 

「でだ、いつから自分が強いと思っていた?」

「…………あなたは、私たちが桂木より弱いと思っていたのですか?」

「ああ。仮にも福音を単独で落とした奴だ。既にその戦闘力は学園内でも上位になるだろう」

「それはあの変な機体のおかげでしょう!」

 

 箒の言葉に千冬は「ああ、そういえば」と呟くように言う。

 

「あの頃のお前は織斑の心配をして知らなかったんだったな。福音が第二形態になったのは桂木が単機で福音を落としたからだ」

 

 周りを確認してから箒に説明する。それを聞いた驚いた顔をした。

 

「………待ってください。それじゃあ―――」

「ああ。もっとも、あの時は換装パッケージを使っていたがな。つまり二人は桂木にとってそのパッケージすら使う必要がない相手ということだ」

「…………」

「………まずは相手を認めることだな。そうしなければ自分が成長することはない。かつての私もそうだったからな」

 

 その言葉に箒は顔を上げて千冬を見る。千冬はどこか悲しそうな雰囲気を出していた。

 

「ちょうどいい。簡単にだがお前に聞かせてやる――――私に対抗した一人の男の話を、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室中に殺気が充満している。それは誰のかって? もちろん俺のだ。

 

「…………」

 

 あの戦いから数日が経過し、オルコットたちがデザインした衣装を外部発注したものが到着した。最初は演劇部の奴らが縫うことになったが、そうすると時間がなくなるため外部発注と言う形をとったのである。

 それが到着して今日のLHRは衣装合わせとケーキ作りをメインに会場設営の計画などを練ろうということになった。それはいい。それはいいんだが………。

 

「織斑、どうして俺にメイド服を渡されたんだ?」

「………さぁ」

 

 いや、これを渡したのは織斑じゃない。だから織斑を責めるのは間違っているのはわかっている。

 

「ねぇ桂木、女装するのー?」

「絶対に気持ち悪いから止めてよねー」

 

 後ろの方で俺にそう言いながら笑う奴らがいる。そう言えば俺に向かってメイド服を投げたのも奴だったな。

 たぶんこれは俺をハメるための陰謀だろう。

 

「そういえば、悠夜が衣装の数を変更したいって言ってたけど………」

「……ほう」

 

 で、こいつは何も疑わずに変更してしまったと。

 

「誰に言われたんだ、それは」

「えっと、確かあの人」

 

 そう言ってさっきから俺を笑っている奴らに指を差す。

 

「織斑。俺が鷹月とかならともかく、あんなどう見ても可愛さがラウラに劣っている奴と親交を持つわけがないだろうが!」

「待ちなさいよ! そんな電波女に私が負けるわけがないでしょ!」

「どう見ても劣ってるわ! それにリアルで男が女装して似合うどころか危険物だわ! 後ラウラは可愛さ以外は電波じゃねえ!」

 

 大体、男が全力で女装してもそれが通用するのは二次元だけだ。三次元ことこの世界でそんなことをした場合、間違いなく気絶、嘔吐などの症状は保証されるだろう。

 

「ともかくだ、俺は当日は参加しない。後は貴様らでなんとかしろ」

 

 そう言って俺は織斑先生用の二つとあるものを取って教室を出ると全力でダッシュ。そのまま職員室に向かう。

 

「ねぇねぇゆうやん」

「何だ、本音か。生徒会の仕事か?」

「いやぁ、これから面白そうなことが起こりそうだったから追いて来たの~」

 

 勘がいいな。

 そう。実はあの場から脱走したのには二つの目的がある。一つは織斑の執事服を借りて材料を調べる。そしてもう一つは―――

 

(織斑先生にも、クラスに貢献していただかないとね)

「うわぁ。ゆうやんが悪魔に見えるよ~」

 

 ちなみに山田先生には特注のメイド服を渡している。ラウラに胸のサイズを聞いてもらってついでにメモを入れておいたのだ。今頃ラウラは俺が用意したカンペを見ながら棒読みで言っていることだろう。

 持って来ていた普通の紙袋にそれを入れ、目的地に移動し続ける。

 

「失礼します!」

「しっつれいしま~す」

 

 俺と本音が職員室に入ると、やはりあの演説の影響か教員のほとんどが俺を睨んできたので微笑み返す。ただし微笑みは悪魔を連想させてもらうがな。

 俺たちはまっすぐ織斑先生の所に向かうと、織斑先生は嫌な予感がしたのかどこか心で距離を取り始めた。

 

「衣装が届いたので、織斑先生の分を届けに参りました」

「何!?」

 

 ………そこまで驚くか、普通。

 だがこれもクラスのためだ。今度の学園祭では部活対抗以外にも全クラス対抗の優勝賞品争奪戦が開催される。織斑や各国代表候補生もいるから大丈夫かもしれないが、この学校はただでさえ美少女が多く、女尊男卑の今でも企業の重役関係者は大半が男なのだ。生徒一人一人に招待券が配られて女の入場率が上がると言っても、それでももうひと押しインパクトが欲しい。

 そこで引き合いに出されるのが、一年一組の教師二人なのである。一人は年齢問わずに女のカリスマである織斑千冬。そしてもう一人はその女性の象徴たる巨乳……いや、爆乳で男を翻弄できる山田真耶。そう考えれば日頃は使えない教師共も使えるということだ。

 それに織斑先生の使い道はもう一つある。それは、彼女が「女」だということだ。

 

「いや、待て。私は当日警護で忙しい身だ」

「わかりませんよ。喫茶店で怪しい会話をすることってよくあることですから、もしかしたら一人や二人怪しいのがいるかもしれませんし。それにちゃんと、織斑先生が動きやすいことを配慮した衣装になっています。これなら格好は目立つといってもスーツと変わりません」

「……そうか。なら、受け取ろう」

 

 許可が出たので俺はそれを渡す。織斑先生は受け取って中身を取ると同時に入れなおした。

 

「…………いやいや、待て。落ち着け」

 

 まるで自分に言い聞かせるように呟く織斑先生は、もう一度それを出し、広げる。

 顕わになったのはメイド服であり、紙袋の中からガーターベルト付きの黒いソックスが出てくる。

 

「………桂木、これは何だ?」

「メイド服です。主に女性が着用して働くためのものとなっていますが、昨今ではその手の趣味の人が相手の女性に着させるコスプレアイテムと化しています」

「………ほう」

 

 織斑先生が周りを見ると、全員が視線を逸らす。わかる。わかるよ俺は………見てみたいんだろう? カリスマ女がメイド服を着たらどうなるかを。

 

「あ、それともこっちの方が良かったですか?」

 

 そう言って俺は連○軍御用達のピンクの制服を出す。

 

「ちなみにこれを着ると、十中八九10代でできた恋人は死にます」

 

 だが聞いていないのか、突っ込みが入らない。それほどメイド服を渡されたことがショックだったのか、それとも自分がメイド服姿でいることが想像できないのか。まぁ、どっちにしろメイド服を着てもらうのは確定だが。

 織斑先生は紙袋にメイド服を片付け、俺に差し出した。

 

「返す」

「記念に持っておきましょうよ。嫁入り道具の一つとしても使えますし」

「……こんなもの、汚点でしかない」

 

 いやいや、これは衣装だから。一組の衣装だから!

 

「まぁまぁ、落ち着いてください。ちゃんと織斑先生のことを思ってメイド服を準備したんですから」

「…………聞かせてもらおうか」

 

 そう言われたので俺は嬉々として説明を始めた。

 

「織斑先生って胸は大きいしそれなりに熟しているので、ちゃんと女らしい格好をすればそれなりに輝くと思うんです。それにコスプレ衣装の一つとして使われるって言ってもオルコットが監修したものなのでちゃんと大衆向けに作られていますから、そこまで恥ずかしいことはないですって。…………というか、精々20代ぐらいまでだと思うけどね、衣装で着飾ってもマシな年齢ってのは」

 

 ボソリと呟くように言うが、織斑先生にはそれは通じなかった。その際に笑みを浮かべたが、それは日頃から俺に振り回されている分も含まれているかもしれない。

 

「生憎だが、私にはそういう趣味はないのでな。ついでに言うが、この衣装も必要ない」

「…………そうですね。考えてみればそうでした。あなたのような女と言う性別だけの男に、完全な女にしか着れないメイド服を着ることなんてできません」

 

 すると職員室にいるおそらく女尊男卑派であろう教員たちが立ち上がって喚きだした。

 

「ふざけてんじゃないわよ! 織斑先生はただ強くあろうとしているだけで、メイド服が似合わないわけないじゃない!」

「でも本人が()()()()()と言っていますし」

「いや待て、私は着る必要がないと―――」

「似合うわよ! ただ織斑先生は勘違いしているのよ!」

「じゃあ、織斑先生には学園祭で着てもらうことにしましょう」

 

 すると案の定と言うか予想通りと言うか、全員がそれを否定してきた。

 

「そんなの反対よ! 似合うかどうかなんて今ここですればいいだけじゃない!」

「それじゃあダメでしょう。似合う似合わないを決めるのは身内じゃない。大衆だ。だからこそ、未だに萌えが衰えないんだよ」

 

 雰囲気で感じ取ったのか、先陣を切った教員が後ずさる。

 

「………わかったわ。織斑先生! 着ましょう!」

「待て。だから私は着る必要がないと―――」

「じゃあ、仕方がありません。まぁ、メイド担当なんて考えてみれば生徒、そして山田先生がいるから充分ですし、織斑先生みたいに全く女としての価値が0どころかマイナス万単位はありそうな女が着たところでまともな戦力になるわけがないですね。胸はあるがあなたのような女としてゴミでしかない存在より、胸がない鈴音やラウラたちに着せた方が立派な戦力になるというものだ。女としての価値なら、山田先生の方がもっと上か」

「……………」

「まぁ仕方ないか。織斑と違ってちゃんとした感性を持つ俺すら落とせないあなたじゃ、他の男を落とすなんて夢のまた夢。まぁ、婚活する時に精々後悔したまえ。数少ない20代でちゃんと女としての知識や行動をしておけばよかったって」

 

 そう言いながら俺はさりげなくメイド服が紙袋を回収して、入口近くで待機している本音と合流した。

 

「………待て、桂木」

「何ですか?」

「……それを、寄こせ」

 

 そう言って織斑先生は手を出して来る。俺はそれを見て笑顔で紙袋を渡した。

 

 

 

 

 

 一方その頃、ある人物が一人気付く。悠夜の机の上にあるはずのメイド服がないことに。




・次回予定

待ちに待った学園祭がようやく始まった。
ある者は仏頂面で接客を行い、ある者は過酷なトレーニングと「これ、必要?」と思えるメニューに疲れを見せ、ある者は調子に乗って会長を超える破天荒っぷりを見せる。

自称策士は自重しない 第94話

「一組の違和感」

?「目指すはクラス対抗戦の優勝賞品! みんなで手に入れるわよ!」



ということで宣言通りに次話から学園祭に突入します。


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#94 一組の違和感

 教室のレイアウトやそのほか小道具などの準備をオルコットに任せたら、思いの外……いや、結構予想通りな結果となった。貴族様のセンスは凄いよ! 流石現役貴族様!

 とまぁ、某大将のようなセリフを思いながら、俺は広報のために衣装を着て看板を持っていた。

 

「……凄い」

「流石は織斑君。すごく似合うよ」

「黒もいいけど、やっぱり白がよく似合う」

 

 と称されているもう一人の男は少し疲れている風なので、頭痛薬を渡した。

 

「急いでこれを飲みなさい。少しは楽になるわ」

「あ、ありがとう」

 

 織斑は普通に受け取る。……こうまで警戒心がないと逆に心配すらしてしまうから怖い。

 

「別にいいわよ。あなたが稼ぎ頭になるのだから。当然の処置」

「う、うん」

 

 しかし気のせいか、さっきから織斑の顔が赤い気がする。まさか当日になって疲労が溜まった状態だとは思わなかった。戦力にカウントする気ならちゃんと管理しておけよ、楯無の馬鹿。

 

「あーっ! ずるい!」

「ちょっと何よあの子!」

「抜け駆けしてんじゃないわよ!」

 

 周りが急に喚き始めるが、俺はもちろんそんなものはスルーだ。そもそも抜け駆けなら専用機持ち数人がいつもしているんだから今更だろう。

 それに優勝賞品が俺が最も欲しい物が含まれている以上、是非とも織斑には活躍してもらわないといけないのだ。

 

「というか、桂木はどこに行ったのよ!!」

 

 一人がそう叫ぶが、件の「桂木」とやらは席を外しているのだ。……見た目的にはな。

 そう。何を隠そう俺は今、女装をしている。以前はああ言ったのはあくまでも馬鹿を欺くためだ。

 

(しっかし………ばれないな)

 

 口止めをしておいたこともあるが、だとしてもおかしいだろう。仮にも17になる男が女装して、何で誰も俺を男だと気が付かないんだよ。

 まぁ、ボイスチェンジャーを使っているから余計にばれないんだろうけどさ。

 

「ところで織斑君、織斑先生は今どこにいるかわかる?」

「いや、流石にそれはわからねえよ。ところで、君は―――」

 

 織斑の言葉を途中から無視。せっかく磨き上げた化粧技術を使って少しはマシにしてやろうと思っていたのに。 すると入口から歓声が沸く。そこには山田先生がメイド服姿でいた。

 

「じゃあ、私はこれから宣伝に行ってくるわ。ラウラ」

「あ、ああ」

 

 ラウラの手を繋いでそこから退散。本音にあることを頼んで特注メイド服で胸が普段より大きく、さらにエロくなった山田先生とすれ違う。

 

「あれ、あなたは―――」

 

 平然とスルーして俺は放送室へと向かう。

 そこにはもうすぐ開始時間だからか虚さんがスタンバイしていた。

 

「あら、あなたは………誰ですか?」

「いや、この人は………」

 

 ———ちょっと待てよ

 

 今、俺は女だ。身体構造はともかく女装をしているのは間違いない。

 だが見た目は女同士で、レズプをしても合法ではないのか? 今ここで虚さんとあんなことやこんなことをしても女同士だからという理由でスルー………いや、流石に犯罪か。

 でも実際のところ、学園内のそういう事情は気になる。

 

「あなたは………」

「桂木悠()、16歳です」

「………………………はい?」

「虚さん、そろそろ時間ですよ」

 

 そう言うが、虚さんは俺を見てばかりで中々放送しなかった。

 なので近づいて顔の前で手を叩いて音を出すと、正気に戻ったようで、

 

「あ、すみません。……早速放送しますね」

 

 そう言って始動時間を知らせる放送を流す虚さん。何故か彼女は慌てた様子で放送を進行させていき、今度は俺たちの番になった。

 俺は某ドラゴン少女のBGMを流しながら宣伝を開始した。

 

「みんな、おっはよー! 今日一日の学園祭、みんなは賞品が賞品という事もあって盛り上がっているみたいだけど、そんなみんなに緊急ニュース! みんなももう知っていると思うけど、一年一組では織斑一夏が執事服で接客中。ベターな注文からちょっぴり大人な注文まで、様々な特別接客内容も取り揃えているんだ!」

「そ、それに今日は特別サービスという事で、なんと織斑一夏が二つのパターンで接客してくれることになっている。なんと黒執事服に白執事服のパターンが選べるのだ。どんな風なのかはクラスの前に展示されている服装を見てくれ」

「しかもそれだけじゃないんだよ! 今日はなんと、あの織斑先生がメイド服姿で接客してくれるんだ!」

 

 たぶん当の本人は逃げ出しているだろうが、そうはさせない。

 

「だけど彼女は恥ずかしがって表に出ないだろうから、ぜひみんなで言ってあげよう! 「メイド服はいつ着ますか?」って。大丈夫。仮にも彼女は世界最強の称号を未だに持っている女性だから、それくらいはできるはずだよ。というか逃げないよねぇ」

 

 隣でラウラが震えているが、些細な問題だし気にしない方向で。

 

「あ、あとここからは注意事項、織斑姉弟を含め、基本的にホールにいる人たちにはタッチはオッケーとなっています………が、過度なセクハラなどは当然逮捕、制裁、追放、経歴曝け出し待ったなしなので、特に訪れている重役方は注意してください。ただし男女関係なく織斑一夏にのみ「R-18」レベルに達しない程度のタッチは可能となっています」

「ただし制限時間はタッチを始めてから5秒のみとなっている。また、かなりの混雑も予想される。できるだけ早い退出を心がけてくれ」

「じゃあみんな、一年一組のご奉仕喫茶に是非遊びに来てくださいね! 待ってます!」

 

 そう言ってBGMの音量を絞り、マイクを切って道具を回収した。

 

「………あの、もしかして悠夜君ですか?」

「人違いです」

「絶好の宣伝場所をお教えしましょうか?」

「喜んで!」

 

 そう言うと虚さんは俺を外に連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、一年一組に地獄が訪れていた。

 悠夜……もとい、悠子の宣伝によって大半の女生徒が一夏の白執事姿を―――そして千冬のメイド服姿を見に来たのである。

 その客の忙しさに当事者である一夏はへとへとになりつつあった。当然だが、事実上のクラス代表とも言われ始めている鷹月静寐をはじめ、他の女子たちがクレーム処理を行っている。

 そんな中、一夏は一夏で疲れを見せていた。

 

(な、何でこうも人が多いんだ? さっきから「白執事服萌え」とか聞こえてくるんだが……)

 

 さらに度重なる着替えなどが疲労を蓄積していき、いよいよ限界に達し始めていたのである。

 それを見ていた箒は、接客をしながらもさっき放送した女の顔を思い出す。未だに帰ってこないその女に一言申そうとしているが、帰ってこない以上どうしようもない。

 だがその本人も、ある種の試練に立たされていることに彼らは知らなかったのだ。

 

 

 

 

 数日前に遡る。

 ほとんど見放していて、さらに妹の想い人である織斑一夏から連絡があったのだ。簡単に言えば、「IS学園に来ないか」という連絡である。

 だがそれは意外にも、弾も数馬にも響いたのだ。弾は「女の園に行ける」、数馬は「悠夜と話せるし、さらに言えば抜け出して戦うこともできる」ということだ。

 

「……それってもう一枚ないのか?」

 

 数馬が電話に耳を近づけ、弾はそう聞くと一夏は

 

「悠夜に頼もうとしたんだけど、ちょっと話しにくくて……」

「一夏が成長してる……だと!?」

「ちょっと待て!!」

 

 弾の言葉に一夏は思わず突っ込む。

 

「何だよ! それじゃあまるで俺が成長しないみたいじゃないか!」

 

 弾が自分の電話をオンフックにしたため、数馬の耳に届く。そしてその言葉に数馬は言った。

 

「君の売りって、突っ込んで玉砕しようが構わず突っ込むことじゃなかったっけ?」

「いやいや、それはない」

「じゃあ、そう言うことにしておいてあげるよ」

 

 そんな会話があり、数馬は電話を切る。

 

「で、どうする?」

「………どうしようか?」

「弾が行ったら?」

「え!?」

 

 まさか数馬がそんなことを言うとは思わなかった。

 数馬はIS学園に行きたくはないとは思っているが、それを覆してでも会いたい人がIS学園にいるのだ。そんなチャンスを不意にするとはとても思えない。

 

「実はこの前、フレンドコードを交換したんだ」

 

 誇らしげにそう答える数馬。すると弾は羨ましそうにする。

 

「何だよそれ。俺だって交換してぇ!」

「だけど君、持ってないよね」

「チックショー!!」

 

 弾はそう言ってベッドを殴ると、ドアがいきなり開けられた。

 

「あれ? 蘭ちゃん、どうしたの?」

「ちょっとお兄! 騒がないでよ! ……それとさっき、一夏さんの声がしなかった?」

「別に。番号知ってたら会話ぐらいするでしょ」

 

 蘭は数馬を睨む。しかし数馬はそれで怯みはせず、その喧嘩を買うと言わんばかりに笑顔を作り続けた。

 

「ふん!」

 

 蘭は自分から部屋を出て行く。弾はホッと胸を撫でおろすが、数馬はそんな弾に言った。

 

「これで理由ができたね」

「…理由?」

「そう。IS学園に行って弾がその学校の実情を調べればいいんだよ」

 

 その言葉に弾は驚きを見せた。数馬は遠慮なく続けて言った。

 

「弾はIS学園に蘭を連れて行きたくないんだろ?」

「……ああ。あまりそういうことには関わってほしくない」

「だったら、そういうことはきっちりと調べたらいいと思うよ。それに幸い―――」

 

 数馬はそう言って自分のスマホを弾に見せる。

 

「これまでの色々なイベントは何らかの妨害を受けているようだし」

 

 そこには外部からIS学園で起こっている不審な騒ぎについて騒ぐ記事が載っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それもあって弾はこの学園に来てしまった。決して、最終的に自らの欲望に負けたとか、そういうわけではない。

 

「次の人! 後ろが詰まっているので来てください!」

「———あ、はい!」

 

 呼ばれた弾は慌てて学園に設けられている受付へと向かう。その受付で外部からの来場客は入場登録を済ますのだ。

 弾は空いている受付の所に行くと、学園祭の出し物の一つなのかメイド服を着ていた。

 

(……れ、レベルが高けぇ……)

 

 しかし弾のその思いはある意味仕方がない。何故ならそのメイド服を着た身長が高い生徒は通り過ぎるたびに女には「なんなの、あれは」と悲痛な叫びを、男からは「あの子、いいな」という感想を持たれる。男性重役からお茶に誘われたのは一度や二度ではないのだ。だが、相手は弾を見るや否や顔を青くする。

 

「あ、あの……これを……」

 

 緊張してしまい、その様子に気付かない弾はチケットを出す。

 

(こんなことなら、ペアチケットを買って来ればよかった)

 

 心の中でため息を吐く弾。その女生徒はチケットを受け取ってそれがダミーでないことを確認する。

 

「はい。確認が終わりました。楽しんできてくださいね」

「………あの!」

 

 弾は意を決した。それが玉砕だろうになることは百も承知だが、今後ここにいることはできないだろうと思ったのである。

 

「もし良かったら、俺と一緒に―――」

 

 だがそれを遮るかのように、連続で弾のスマホから着メロが鳴る。それが連続で鳴り続けたからか、弾は「すみません」とそのメイド服を着た女生徒に言ってスマホを取ると、そこにはまるで呪いでもかけるつもりなのか「死」という字が送信されていた。

 

(……悠夜、さん?)

 

 それがまさか知り合いからであり、自分がそこまで呪われるようなことをしてしまったのかと思ってしまう。

 するとその女生徒は弾の耳元に顔を近付けて言った。

 

「テメェもホモか」

「―――!?」

 

 さっきとはまるで180度回転させたかのような男声。弾の顔が段々と青くなる。

 

「……ま……まさか―――」

「予想通りですのことよ」

 

 どこぞのアンドロイドを彷彿させる語尾を使うその女生徒。だが後ろにはラウラが待機しており、先ほどからその女生徒の指示に従って送信していた。

 ラウラは「何か言いたければこっちで聞け。んでもって離れろ」と送り、それを受け取った弾は「で、では」と言ってから離れていった。

 

 もちろん、これが本当の試練というわけではない。その次だ。

 

「次の方、どうぞ」

 

 メイドとなった悠夜はボイスチェンジャーを使用してそう言うと、見覚えがある女性が彼の前で立ち止まる。

 

「………………」

「……………」

 

 その女性―――チェルシー・ブランケットは持っていた貴族などが持つバッグを落とす。一目見て、それが誰だかわかったからだ。

 そしてチェルシーはチケットを出すと同時にスマホを出し、悠夜はそのチケットを無言で確認する。

 

『あなたはホモなの?』

『この宇宙から抹消されたいの?』

 

 お互いが火花を散らし、無言で作業を終える。

 そしてチェルシーはしばらく移動して誰もいないところでうなだれた。

 

「女のプライドを完全に粉砕された気分だわ」

「世の中不公平すぎるんだよ、畜生」

 

 そこには既に先約があり、黒いバンダナをつけて赤に近い茶色の髪色をしていた男子が本気で泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかこんなところに知り合いが来るとは思わなかったな。おそらく織斑がチケットを渡したのか。そしてブランケットはオルコットだな。

 

(オルコットはともかく、織斑はもう少し考えろっての)

 

 立場をわきまえず平然と友人を作っている俺が言えた義理ではないが、と付け足しながらあの馬鹿を憐れむ。そういえばラウラは誰かを誘ったのだろうかと思ってそっちを向くと、ラウラは何故か震えていた。

 

「どうしたの、ラウラ?」

「―――何?」

 

 後ろ―――つまりカウンターの方に視線を移す。そこには次の人なのか、ラウラと同じ眼帯をしている女性が立っていた。年齢は推定10代後半から20代前半と思われる。顔立ちからして外国人だな。

 

「情報通り、まだ学園にいたとはな。ドイツの恥さらしが」

「………登場と同時に私の妹を罵倒するなんて、烏合の衆風情が随分なことを言うじゃない」

「にい……じゃない、姉様」

 

 空気を読んで俺を「姉」と呼ぶと、その女性は「何?」と言った。

 

「………貴様は何者だ?」

「名を聞くなら、まずあなたから名乗るのが礼儀じゃないかしら?」

「…そうだな。私は「悠子よ」―――ちょっと待て! 貴様から名乗るのか!?」

「だって私、あなたの名前とか興味ないもの」

 

 そう言うとその女性が俺を睨んでくる。

 

「……その前に、チケット出して」

「ああ。そうだな」

 

 その女性からチケットを受け取る。どうやらドイツ軍からの出向……ドイツ軍?

 俺は思わずラウラを見る。

 

「どうやらわかったようだな。ならばその女と―――」

「はい、次の人!」

「うぉおおい!!」

 

 チケットのチェックが終わったので次の人を呼ぶと、某マフィアに所属する暗殺部隊の作戦隊長みたいに叫ぶ女性。確か名前は「クラリッサ・ハルフォーフ」だったか。

 

「ちょっと待て! ここでそう言うか!?」

「すみません。後ろに人がいますのでお進みください!」

「マイペースか!」

「ええ、そうですが?」

 

 ………というか、そろそろ突っ込みがほしいな。

 仮にも男が女装していて、それで誰からも指摘がないのは色々と心配になる。

 

「くっ……まぁいい。ところで、桂木悠夜の所在を知っている? あの男と話がしたい?」

「彼ならおそらく執事として一年一組で接客をしているでしょう。大変混雑していると思われます」

「構わん。呼び出すまでだ」

 

 そう言ってハルフォーフさんは本人が目の前にいるとも知らずにそのまま校舎の方に向かっていく。

 

「……あの、姉様……」

「まぁ、古巣で何があったのかは聞かない……というか興味ないしね。力に縋るようで問題かもしれないけど、ルシフェリオンがあれば大抵のことは解決するし」

 

 そう言ってドヤ顔をすると、ラウラの冷や汗を流す。

 

「……彼女は悪人ではないんです。ですから……」

「わかった。オーバーキルはしないようにする」

「……しないように、ですか」

 

 ジト目をするラウラをあやしていると、今度は別の人間が来た。

 その人間は俺の姿を見るや否や、「いいものを見た」と言わんばかりに笑顔になった。さらに悪いことに、その付き添いで来たと思われるほか二人の内一人は悲壮感を出していて、もう一人は「やれやれ」と頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、一年一組の教室ではパニックが起こっていた。

 

「………桂木悠夜がいない…だと!?」

「……はい」

 

 悠子…もとい、悠夜に「一年一組にいる」と聞かされてクラリッサは列に並ばずそのまま最前列でクレーム処理をしている生徒の一人に迫った。で、そこで真実を聞かされてしまう。

 この行列は悠夜によって形成されたようなもので、さらに日頃から生意気な態度をとる悠夜をここぞとばかりに虐めようと思っていた生徒が並んでいたのである。

 

「なぁあんだ。じゃあこの列に並んでいる意味がないじゃない」

「いや、まだよ! まだ織斑君がいるわ!」

 

 そんな会話がクラリッサの耳に届いたが、それよりも彼女が今会いたいのは悠夜だ。いないならこれ以上はこのクラスに用はない。そう言わんばかりに「悪かったな」と言ってクラリッサはその場を後にする。

 そして再び探し始めようとすると、黒い布を纏っている千冬と再会した。

 

「お久しぶりです、織斑教官。………ところで、その格好は?」

「色々あるんだ」

 

 少し重く感じた声に怯んだクラリッサは「そうですか」と引き気味に言うと、ちょうど千冬の姿を見かけた生徒が言った。

 

「千冬様!? メイド服をお召しになると聞きましたが本当なんですか!?」

「……メイド服?」

 

 何も知らないクラリッサは首をかしげる。

 千冬は反射的にクラリッサの腕をつかんで近くにある空き教室に入り、ドアを閉めた。

 

「お久しぶりですね、教官。ところで教官は伴侶を見つけたのですか?」

「生憎だが、そういうものはいない」

「じゃあ何故メイド服を着ることになっているのですか!?」

 

 そう言われた千冬は聞き返す。

 

「待て。お前はメイド服をなんだと思っているんだ」

「え? 嫁が伴侶を喜ばせるために着る嫁入り道具の一つでしょう?」

 

 その言葉に千冬は頭を抱えてしまう。

 クラリッサ・ハルフォーフ……ラウラが抜けたことによりドイツ軍特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ(黒ウサギ隊)」の隊長を務めることになった彼女はドイツ語に翻訳されたものから、日本で発売されている日本語記載の漫画、アニメを見るオタクであり、それ故にぶっ飛んだ知識を持つ女性だ。

 そんな女性は今も持ち歩いていたらしく、懐から携帯ゲーム機を出して千冬に見せる。

 それはだいぶ前に悠夜が参考の一つとして鈴音に見せたことがある、「ラブリーシスター」の続編「フレンズパート」だった。




ということでラウラのドイツ追放によって隊長となったクラリッサが登場しました。たぶん大半の人が予想していたと思いますが。


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#95 イメージクラッシャー

「つまりは、メイドは一般的に上流階級の家にいる従者だ」

「………はぁ」

 

 千冬は内心ため息を吐きながら4つしか変わらない元教え子にメイドについて教育していた。

 

(………どうしてこんなことになった……)

 

 元はと言えば女としてのプライドを半壊させられたことが原因だが、色々忙しいこともあって千冬の思考はそこまで回らなかった。

 

「ですが教官、どうして教官がメイド服を?」

「……それはだな」

 

 思い出しながら自分に起こったことをクラリッサに話す千冬。クラリッサは「なるほど」と頷いて言った。

 

「つまり桂木悠夜を叩き潰せばいいのですね」

「………できるならな」

「大丈夫です」

 

 ドヤ顔をするクラリッサに千冬は不安を覚えた。

 

「あのクソオヤジ……もとい、ベルナー少将に聞きましたので。あの男の弱点を」

「………何?」

「ズバリ、これです!」

 

 そう言ってクラリッサは身体的に幼い体形の子供を取ったと思われる写真集(合法)を出す。

 

「いや待て。それで釣れるわけが―――」

「そうでなければあの面汚しを要求するわけがないでしょう」

 

 先程からクラリッサはラウラを侮辱しているが、それはあくまでも油断と体裁のためだ。

 ドイツ軍に所属している兵士である以上、クラリッサ視点で見ればラウラはドイツ軍に不利益を被らせた汚点であるが、それはあくまで「兵士」としてのことである。本音を言えばクラリッサは今すぐに桂木悠夜諸共ラウラをドイツに連れ帰ろうとしてた。

 クラリッサはラウラが軍属で自分の上司の時……いや、それよりも以前からあがこうとしているラウラを見て……さらにそれ以前から―――言わば初対面の時から胸を打たれたのである。

 つまり彼女は、集めてきたロリ系の写真集で油断を誘い、悠夜を自分がここ数か月で身に着けたテクで落としてラウラと一緒にドイツに連れて来ようとしていたのである。そして部屋に監禁し、必要の時だけ遺伝子情報となる部分を採取するか引き渡してラウラを自分のものにしようとした。

 ちなみにだがラウラが悠夜のものになった時は昇進したのにも関わらず荒んだことで部隊員から千冬とラウラの三角関係を想像したり、妄想が加速したことでエロ同人誌を3冊書き上げていた。それもストーリーものであり、それを信じ切った部隊員は悠夜かラウラに嫉妬し始めている始末である。前者はそんな酷いことをすることに怒り、後者は「うらやましい」と言い始めたドMである。

 クラリッサは「失礼します」と言って部屋を出ようとすると、千冬は止めた。

 

「待て。おそらくだがそれは通用しない」

「どういうことでしょうか?」

「あの男は自分に敵対する相手には容赦なく攻撃するからな。おそらくラウラが桂木と仲良くしなければ今頃すべてを私に押し付けていただろう」

 

 そう説明すると、クラリッサが驚きを露わにする。

 

「………教官から見て、あの男が酷いことをしている様子はありますか?」

「……あくまで勘だがな。それはない」

「わかりました」

 

 クラリッサは外に出てラウラがいた場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「身内贔屓なしで女にしか見えないってどうなんじゃ?」

「そうは言われても困るんだけど……」

 

 俺はそう言ってため息を吐く。そういえばこいつらが来ることを忘れていた。

 

「………もしかして、悠夜様ですか?」

「今は悠子ですよ、ギルベルトさん」

「………では、そういうことで」

 

 止めて。そんな哀れな目で俺を見ないで! 結構恥ずかしいんだから!

 だが考えてみれば、それ以上の問題があった。そう、幸那である。

 

「あれ? そういえば幸那は―――」

 

 いち早く反応するであろう幸那から全く何もないことに気づいた俺は幸那を探すと、後ろから何かがぶつかった。

 それを俺はラウラと思った俺はそっちを見ながら注意する。

 

「ラウラ、いきなり突撃は危な……」

 

 だがラウラは俺の後ろにいたが少し離れている。未だに重みがあるので違うだろう。

 恐る恐る下を見ると、外出用と思われる服を着た幸那が俺に抱き着いていた。

 

「………お()ちゃん」

 

 そう言えば、そもそも俺が女装を始めたきっかけは幸那だった。うん? お姉ちゃん?

 急に背中が冷たく感じる。幸那は関係者エリアに堂々と入っているので追い出そうと考えると、首を振ってそれを拒絶する。

 

「あのね、幸那。ここは関係者以外は入れないことになってるの。だから、ね?」

「………後で、一緒に回ってくれる?」

「少しだけならね」

 

 にしても幸那は可愛いなぁ。……あくまで妹としてだ。決して一人の女として見ているというわけではない。

 

「じゃあ、ワシらは中に入って適当に回っているのでの」

 

 そう言ってババアは涙を流す幸那を引きずりながらギルベルトさんと共にどこかに行った。

 

「相変わらず、嵐のような人ですね」

「………まぁ、彼女は裏では名の知れた人物ですからね。噂では、量産IS10機はぶつける必要があるらしいですよ」

 

 ラウラの言葉に虚さんがそう言った。口をあんぐりと開けてしまうラウラだが、俺はそうでもなかった。

 

「………まぁ、家の近くに倒してきた熊を集めては集団行動させ、さらに集団で自分を襲わせてトレーニングしている人間ですからね。………いや、でも流石にISは………」

 

 必要ないんじゃないかな……?

 そう思っていると校舎の方からメイド服を着た本音が走ってきた。すれ違うたびに男がそっちを目で追っているので、俺は受付から出て本音のところに行って回収し、ドロシーから「護身用」という名目で送られてきた対施設用大型ビームライフル「デス・バレット」を出して振り向いた男を同時に狙うと虚さんに叩かれた。

 

「何をしているんですか、何を」

「いえ、本音を見た野郎共を掃討しようかと思いまして」

 

 大丈夫。数人死んでも「事故」だから。

 

「それよりも虚さん、どうしてハリセンなんか常備しているんですか?」

「会長はたまにバカなことをしますから。その制裁用です」

 

 仕方なく「デス・バレット」を片付けた俺は本音の方を向く。

 

「ねぇねぇゆう()()

「あれ? あだ名が変わった?」

「女の子だから~」

 

 なるほど。「子」では何もできなかったというわけか。

 

「それでね、ちょっと教室の方に戻ってもらいたいんだけど~」

「? 何か厄介な客でも来たの?」

「う~ん。厄介……と言えば厄介なんだよね~」

 

 さっきまでババア共はこっちにいたから違うだろう………いや、ありそうだから怖い。あのババアのスペックなら、ありそうなのが怖い。

 

「わかった。とりあえず行くわ。ラウラはお留守番……ってのも酷いから、ほかの出し物を見て来たら?」

「私も行きます」

「らうらうは私と一緒に待機~」

「なに!?」

 

 まさかそんなことを言われるとは思わなかったのか、かなりショックらしいラウラ。どうやらそれほど厄介な相手のようだ。

 俺はラウラの頭を撫でてなんとか言い聞かせてから教室に向かおうとしたところで、虚さんが二人を見ているのに気づいた。……そうか。

 

「虚さん用のメイド服ならありますけど、着ます?」

「着ません!」

 

 実に残念だが、男が多く来るこの学園祭の最中に俺も着せたくないというのが本音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が去ってしばらくすると、またクラリッサが現れた。

 ある意味ちょうどいいタイミングだった。さっきのメイドがいないことを確認したクラリッサはそのまま受付に走った。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、話がある」

 

 受付に着くや否や、クラリッサはさっきのように威厳を保ち名がそう言った。

 本音はすぐにラウラとクラリッサの間に入る。虚もどうにかしてクラリッサをなだめようとしたが、それよりも早くラウラが返事をした。

 

「良いだろう」

「らうらう!?」

「大丈夫だ。彼女は私がいた部隊の人間だからな」

(それが一番の不安要素なんだよ~)

 

 本音は心配そうにラウラを見るが、虚が言い聞かせる。

 

「大丈夫。決着を付けてきなさい」

「ああ」

 

 そう返事をしたラウラはスカートをなびかせながら受付に置かれている机を超える。

 それを見たクラリッサは思わず鼻血を出しそうなったがこらえた。

 

「ではあそこでどうだ」

「良いだろう」

 

 クラリッサが校舎裏の方の道を指定し、ラウラがすぐに答える。

 本音は心配になり悠夜にメールしようとしたが、虚がそれを止めた。

 

「止めなさい、本音」

「え~。でも~」

「これはラウラさんの問題。悠夜君を呼ぶ必要がないわ。なによりもラウラさん自身がそれを求めていないはずよ」

「………わかった」

 

 本音はスマホを片付け、ただただ校舎裏にクラリッサに向かっていくラウラを心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 しばらく歩いた二人。そこは学園祭での行動範囲外に近い場所であるため、自然と人が少なくなる。さらに言えばこの辺りにはISの機材など置かれておらず、木々がたくさんある場所だった。

 クラリッサが足を止めたことで、ラウラも最初に移動した感覚を保って停止した。

 

「……久しぶり……だな」

「そうです―――ね!」

 

 瞬間、クラリッサはラウラに向かって跳んだ。

 ラウラは思わずそれを回避して戦闘態勢を取る。その時、ラウラはクラリッサの様子がおかしいことに気づいた。

 

(………何かが、おかしい)

 

 さっきからラウラは自分の背中が冷えるのを感じた。どうしてそんなことが起こるか彼女にもわからない。だがこれだけはわかる。これ以上、目の前の存在と共にいれば、自分の貞操が危ないと。

 

「ら~う~ら~ちゃ~ん」

 

 まるで今にも倒れそうに立ち上がるクラリッサ。彼女はISを展開しておらず、代わりに鼻血を流していた。

 もっとも受け身を取って防いでいるので、怪我をしていない。この鼻血は彼女の妄想によって引き起こされたものだ。

 

「………く、クラリッサ………?」

「………フフフ……」

 

 次の瞬間、ある意味恐怖と化したクラリッサは声高に叫ぶ。「お持ち帰り」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は最初、執事服を着て接客をしようとした。

 だけどその場合、日頃俺を恨んでいる奴らがこれ見よがしに俺を奴隷に扱うと思われたのでメイド服も持ってきたのだ。幸いなこと………なのかは小一時間は考えるべきなのだが、女装しても「悠夜」だとばれなかったからな。ボイスチェンジャーマジパネエ。

 遠い目をしながらそんなことを思っていると、その騒ぎの元凶を確認しながら俺はため息を吐いた。

 

「良いから、桂木悠夜を呼びなさい! 織斑一夏なんていりませんわ!」

 

 酷いことを言う奴だ。織斑だって雑魚なりに頑張って生きているというのに。

 つい最近プライドを叩き潰した本人が言うべきセリフではないだろうが、今のリゼットは女権団のような存在そのものだから織斑の味方をしておく。

 

(これは、カツラを持ってきておいて正解だったな)

 

 ちなみに今の俺は前髪をバッサリ切っていて、いつでも取り外しが可能となっている。

 そして俺はすぐさま執事服に着替えて教室のバックルームに入る。

 

「本音に呼ばれて来たが、どんなクレームだ?」

「あ、かつ―――」

 

 すぐさま叫ぼうとした女生徒の一人を腹パンによる気絶を実行する。それに対して何かを言おうとする女の口を塞いだ。

 偶然にもその女は谷本だったので、俺が教室にいることをリークするように頼み、気絶させた女を起こす。

 

「あの、桂木君。あのお客様があなたを待ってたの」

「……………凄く行きたくないんだが」

「……ファイト」

 

 やれやれと言いながら俺は接客場へと現れる。

 

「お待たせしました。ご用件は何でしょうか、お嬢様」

「お久しぶりです、悠夜様」

 

 体裁を守っているつもりなのか、リゼットは丁寧に話をする。その後ろでおそらく執事と思われる男性が俺を観察してきた。

 その視線を感じたのか、リゼットは手を挙げた。

 

「止めなさい、ジュール。ここで暴れることを禁じます」

「……わかりました」

 

 ……へぇ、彼がジュールさんか。

 リゼットから色々と聞いている。もしあの場で彼がいたなら、リゼットを救っていたのはこの男性だろう。……というか、暴れるつもりだったのか。

 

「初めまして、桂木悠夜様。私はリゼットお嬢様の執事「ジュール・クレマン」です。三年前はお嬢様を助けていただき、ありがとうございます」

「成り行きでそうなっただけですよ。あまり気にしないでください」

 

 そう答えるとリゼットが机を叩いて勢い良く立ち上がった。

 

「おい、どうした―――」

「………ということは、思い出しましたの?」

「……えっと、まぁ」

 

 あまり詳しく言うとここにいる全員に鼻で笑われる可能性があるから大きな声で言いたくはないが、とりあえずは思い出した。

 するとリゼットは俺の腕をつかんでそのままどこかへと引っ張る。やがて人がほとんどいなくなり、リゼットは俺をどこかの森に引っ張った。

 

「………ここなら、誰もいませんわね」

「盗聴されている可能性はあるだろ」

「……それは困りますわ」

 

 その割には顔をワクワクさせているのは如何なものか。こいつまさか、俺たちの関係が露呈しても問題どころか「バッチ来い!」とすら思ってないか?

 

「ところで、()()()()の評判は少々悪いようですわね? 何かしました?」

「少々どころかかなりの間違いだと思うがな。どっちにしろ知らねえよ」

 

 「ご主人様」発言にやや戸惑いつつも、俺は冷静に答える。

 

「……さて、そろそろ本題に入ろうか。一体何を企んでいる?」

「心外ですわ、ご主人様。ただ私はご主人様とイケないことをしようと……いえ、イケることを―――」

 

 思わずリゼットの口を塞ぐ。するとリゼットを俺の腕に絡んできて、頬を擦ってきた。

 

「それに感謝してますのよ。母を―――アネット・デュノアを倒してくださったことを」

「本人は恨んでいるだろうがな。まさか男に倒されるなんて思っていなかっただろうに」

「いずれにしても、あのクソババア―――もとい、お母様には表舞台から退場していただくつもりでしたから、結果オーライと言えます」

 

 クソババアって……。まぁ、俺も祖母ちゃんのことをよく「ババア」って呼んでいるから人のことを言えないが。

 ところでこいつはいつまで俺の腕に頬を当てているつもりなんだろうか。傍から見れば羨ましい行為なのだが、ここはIS学園。噂好きの女たちが集まっているため、こうした不利な噂はできるだけ露見してほしくない。

 するとそれを遮るように、さっきの執事が現れた。

 

「―――お嬢様、あなたはもう少し世間体を気にするべきです」

 

 ―――!?

 

 俺は思わずその男の方を見る。おそらくだが、この男から尋常ならざる殺気が放たれている。

 

「ジュール。殺気は静めなさい」

「………わかりました」

 

 まるで空間自体を入れ替えたのか、さっきまでの殺意が一瞬で消える。

 

「ごめんなさい。彼は兄のようなもので―――ご主人様?」

 

 俺は思わずダークカリバーを展開していた。どうやら無意識に展開していたようだ。

 

「お嬢様。私はこの方と話があります。少しこの場に離れてください」

「…………わかりました。が、あまり余計なことをしないでくださいね。彼は私の婚約者なのですから」

「初耳なんですけど!?」

 

 さっきの緊張感を一瞬で消し飛ばすほどのことを言った。

 

「あ、間違えましたわ。私がご主人様の奴隷候補でした」

「そういえばそれ、三年前からずっと言っているけど………もう止めない?」

「嫌ですわ! こんな高尚な行為を止めるなんて、死ねと言われているようなものです!」

 

 なにこの悪質なストーカー魂!?

 相変わらずのこの意味不明な根性に、俺は敬意すら表したくなる。

 

(………昔はこんなんじゃなかったはずなんだけどなぁ……)

 

 そう思いながらリゼットの行動を思い起こすと………大して変わらないことに気づいて俺は思わず頭を抱えた。




ということで、クラリッサさんには盛大に暴走してもらいました。原因はラウラが隊を抜けて自分のお気に入りが消えた結果です。
そしてとうとう邂逅二人。ジュールは悠夜とどんな話をしたいのかは次回、判明?


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#96 垣間見えるそれぞれ

(これが、あの人の………)

 

 ジュールは未だに暴走しつつある自分の主に突っ込みを入れる男性IS操縦者を観察する。敢えて放出した殺気に画像のみだが見たことがあるダークカリバーを瞬時に展開したことを高く評価していた。噂に違わぬ猛者かもしれない、と。

 

(だが、話によれば今までは一般人として過ごしていた。……ならば一体、どうやって現在の能力を得たんだ?)

 

 さらに思考をめぐらすジュールだが、次第にそのスピードを落として止めた。

 

(いや。あの一族に我々の常識など通用しないな)

 

 そう結論付けたジュールは、対峙する悠夜をもう一度観察する。

 今、この場にリゼットはいない。彼女はジュールの目的が何かはわからないが、とりあえずは彼を信じて男二人だけにしたのである。最も、彼女は少し離れた場所で二人が喧嘩をしないか心配だったので双眼鏡で観察しているのだが。

 

「単刀直入に聞かせてもらうが、君は私のことを覚えているか?」

「……………いえ、全然」

「……そうか」

 

 ―――やはり、な

 

 この時ジュールは、自身が今の悠夜よりも10年前の悠夜のことを知っていると確信した。というのも最初は彼も驚いたのだ。マフィアの血筋でもなんでもない中学生がキレた程度で数十人はいた裏の人間を怒りだけで潰せるのかと。

 だが調べていくうちに、ジュールは自身の過去すらも遡ったのである。結果、彼は「桂木悠夜」という男がどういう存在かを理解した。

 先程の殺気は確認であり、それ以上は何も感じない。

 

「アンタは俺に……あなたは私の何かを知っているのですか?」

「別に敬語にしなくても構いませんよ。いずれ「旦那様」と呼ぶ相手なのですから」

「………あの発言は本気で忘れてください」

 

 悠夜は顔を赤くしつつも、一つ疑問を感じた。

 

(……リゼットのことが、大事じゃないのか?)

 

 さっきから自分の主が変態になった原因が目の前にいるというのに、文句の一つや二つ言ってもおかしくはないはずだ。

 

「……お嬢様の変化のことを触れた方がいいでしょうか?」

「あなたも、俺相手に敬語を使わなくていいですよ」

 

 悠夜の言葉にジュールは「なら、お言葉に甘えさせていただきましょうか」と言う。

 

「生憎だが、私自身、彼女のことはどうでもいいと思っているのでね」

「……はい?」

「ジュールは元々、母のアネットに対して復讐するためにデュノア家の執事になったんですの」

 

 急に話に入ってきたリゼット。まさか急に重い話がされるなどとは思わなかった悠夜は唖然とした。

 リゼットの言う通り、元々ジュールはアネットに復讐するためにデュノア家に入った。

 そもそも彼は日本人男性とフランス人女性の間にできたハーフであり、中学までは日本に住んでいた。フランスに移住したのは父親がまともに働かず、すぐに暴力を振るう男だったのでジュールがフランスに移住することを強く勧めたのである。結果、母親が親権が渡る形で離婚し、母子はフランスに移住した。だがちょうどフランスの景気が下がったことで母親は仕事に就けなかった。

 その時、母の友人だったアネットが手を差し伸べた―――のだが、実際させられたのはとても高校生の息子がいるとは思えないほどの容姿を使って篭絡させるための駒としてだったのである。ジュール自身がすべてを知ったのは病気で死んだ後だったのだ。

 そのことを知らない悠夜は冷静になって突っ込んだ。

 

「……普通、それを知ったらクビにしない?」

「それは困りますの。彼には私の代わりに会社を運営していただかないといけませんのに。永遠に」

「………この始末だからな」

「………ドンマイ、ですね」

 

 もっとも、その元凶は悠夜であり、そう答えた本人もそれは十分理解している。

 

「気にしていないさ。そういう意味ではあの女を倒してもらったのは感謝している。よくやってくれた」

「…………」

 

 複雑な感情を持ち始める悠夜。あの時は八つ当たりが大半を占めていたので感謝されて気持ちがモヤモヤし始めたようだ。

 それを感じたらしいジュールは励ますように言った。

 

「あまり細かいことを考えないで。君がしたことは結果的に我々の得となったというだけだ」

「今頃は男性の囚人に様々なことをされているでしょう。まだ死亡報告を受けていないので、少なくとも生きているようですが、あのような存在はもっと早く芽を摘むべきですわ」

 

 「私のように改心するならともかく」と続けるリゼットはまた悠夜に抱き着いた。

 

「……今晩、あなたに指令を出します。指定する場所に来てくださいね」

 

 そう言ってリゼットはその場から離れる。姿が見えなくなったのを確認したジュールが言った。

 

「あのお嬢様も君と出会ったことで変わった。………変わりすぎとも思うが、結果としてはマシになっただろう。だからこそ言うが、あの娘を見捨てないでくれないか?」

「………意外ですね。復讐するために入ったなら、普通見捨てません?」

「確かに、な。だがあの娘が女尊男卑を捨て、別の道を歩もうとするならばわざわざそれを潰す必要はない。君も思うだろう?」

「……ええ」

 

 そう返事が満足だったのか、ジュールは悠夜に背を向ける。

 

「まぁ、精々幸せにしてやってくれ。私はこれで失礼する」

 

 去っていくジュールを見て悠夜は内心思う。あの人、本当は敵に左手で止めを刺したかったのではないか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ラウラは突然変異した元部下から逃げていた。

 

(一体どうしたと言うんだ、クラリッサは)

 

 文句の一つも言われる―――それを甘んじて受けようと思っていたラウラは付いていったが実際はそうではなく、急に飛び込んで来たので思わず回避したが、暴走が本格化してしまったのである。

 

(雨鋼を使うわけにもいかない……だが)

 

 条約違反は覚悟の上だが、ラウラはすぐに雨鋼を使いたかった。それほど今のクラリッサはおかしくなっている。

 

「いただきまーす!」

「させるか!」

 

 ―――ドゴッ!

 

 唐突に何かが現れ、クラリッサの顔面を蹴り飛ばす。その人物がラウラと倒れたクラリッサの間に割って入る。

 

「大丈夫かの、ラウラ」

「し、師匠!?」

 

 そう、陽子である。

 クラリッサはまるで壊れた人形が何かに操られて立ち上がるかのように不気味に立ち上がる。瞳は金色へと変化していた。

 

「その瞳は越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)じゃな。なるほど、黒ウサギか」

「どうして軍の機密を……なるほど。私の可愛いラウラから尋問して聞き出したか……殺す!」

「殺す……か」

 

 陽子が笑った瞬間、辺りの空間が歪んだ。

 

「見せてもらうぞ。お主ごときの実力とやらをの」

 

 瞬間、クラリッサは現実に引き戻された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更衣室として借りている空き教室で女装した俺は、黒い布を着ている変態……もとい、織斑先生を見つけた。

 

「織斑先生、こんなところで何を……あぁ、変態行為という名の婚活ですか」

「おい桂木、勝手な憶測は止め……誰…だ…お前は」

 

 一瞬ばれたかと思ったが、どうやらこの人でも俺が女装すればわからないらしい。

 急に腕を伸ばされた俺はそれを掴もうとしたが、避けるのが精いっぱいだった。どうやら今の本気だったらしい。

 

「見たことない奴だが、何者だ?」

「そんなことよりも―――」

 

 黒い布をひったくって全貌を露わにしようと思ったが、思いのほか強く握られていた。

 

「………何をしている?」

「いやぁ、ちょっと着替えのお手伝いをしようかなと思っただけですよ」

「……………お前の名前は「風間」か?」

 

 そんなことを聞かれた俺は首をかしげる?

 

「誰ですか、それは」

「………そうか。あの男の関係者ではないのか」

 

 すると殺気を出した織斑先生は俺に攻撃を仕掛ける。

 

「なら、遠慮はいらな―――」

「みなさーん! 織斑先生のメイド服姿、本日大公開ですよ!」

「なっ!?」

 

 一瞬だった。一瞬で近くにいた人間がこっちに注目する。俺は動揺した瞬間に黒い布を取ると、そこには本当にメイド服姿があった。

 

「………律儀ですね。まさか本当にあの子との約束を守るなんて」

「絶対許さんぞ、貴様ぁ!!」

「はめられたと思うなら、自分の頭の弱さを恨みなさい」

 

 そう言って俺はそこから去る。途中で誰かと肩がぶつかった。

 

「ごめんなさい。それと、この辺りから逃げた方がいいですよ」

 

 しかし今時珍しいな。緑色の髪に青い瞳って。……まぁ、ここには様々な色の髪の女がいるけどさ。

 そんなことを思っていると、後ろから鬼神が追いかけてきた。

 

「やれやれ……ね!」

 

 窓から飛び降りる。3階からのダイブは耐性がないと危ないので止めましょう。

 スカートからパンツが見えないように……なんて心遣いは不要だ。中に女性用のショートパンツを履いているから、遠慮なくスカートの中を見せつつ、着地前に一回転して着地する。だが、織斑先生は中々降りてこない。

 俺はその隙に校舎の中に入り、織斑先生のところに向かう。

 

「見つけたぞ!」

「会いに来てあげたんですよ。感謝してくださいよね。せんせ!」

 

 二階であったので、俺はそのまま三階に向かうために階段に向かう。人が通るのでそれを避けつつ、当たらないように気を遣いながら移動した。そして三回近くで姿を見せつつ、人混みに紛れる。

 

「どこだ! どこに行った! 山田先生!」

 

 どうやら応援を呼んだらしい。

 俺はワイヤーを展開して織斑先生を拘束。一年一組の教室への教室にぶち込んだ。

 

「さぁさぁ! みなさんご清聴! こちらにいますはかの有名なIS操縦者、織斑千冬! 今日はなんと、部下の山田真耶先生と共にメイド服で接客をしてくださるとのことです! ちなみに写真撮影は―――」

「殺す」

「ということで撮影はNG! 割とシャレにならなさそうなので、命が大事な方は止めておきましょう! ただし、お二人とも時間制限があるため、接客はこれより30分のみとなります! さらに、これより二人にはくじを引いていただき、廊下か教室かとなりますが、あらかじめご了承ください!」

 

 割と譲歩した条件を無理やり了承させた俺は、くじ引きを渡した。ちなみにこれはどっちにしろ織斑先生が先に引くことを考えてあらかじめ作っておいたので、メイド服の中に忍ばせていたのだ。

 

「ほら、織斑先生。ハリーハリー」

「……絶対許さんぞ、貴様」

「じゃあこれで」

 

 そう言って俺は「廊下」と書かれているくじを引いて渡す。案の定、やはり廊下と書かれていて、それを発表した。

 

「なんと織斑先生は廊下担当。さぁ織斑先生。その魅惑的(でもない)体にお嬢様方を癒しましょう!」

 

 俺は鎖で縛っている織斑先生を廊下に並ぶ人らの真ん中にぶち込む。

 

「あの、織斑先生!」

「さぁ山田先生。あなたはこっちで接客です。どうせ大して使い道がないその肉体で、玉の輿にでも乗ろうと頑張っては如何でしょう?」

「し、失礼ですよ!」

「まぁまぁ、早く早く!」

 

 そう言って山田先生を中に入れると、俺はそこから逃げようとする。

 

「待て!」

 

 いつの間に木刀を出したのか、篠ノ之がメイド服姿で俺の道を塞ぐ。

 

「退いてくれるかしら、篠ノ之さん。私には広報の仕事があるのだけど?」

「ふざけるな! こんなことをして一体何になるというのだ!」

「学園祭のクラスの部の優勝賞品であるもの。それが私の企みよ」

「……優勝賞品……まさか!?」

 

 篠ノ之は思い出したようだ。

 そう。部活間の優勝賞品が織斑一夏であるように。クラスでの優勝賞品はデザート無料券半年分と、さらに特別賞としてある商品が設定されている。

 

「ヒントは以上よ。じゃあ、精々頑張ってね」

「おい待て!」

 

 俺は廊下と教室の反響具合を確認してから、篠ノ之から逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください、師匠」

 

 陽子の前にラウラが入る。それに驚きを見せた陽子だが、ラウラは構わず言った。

 

「すみません。あの人は私の部下だった者です。私の手で決着をつけさせてください」

「………良いじゃろう」

「ありがとうございます」

 

 ラウラはお辞儀をし、クラリッサに近づく。それに気づいたクラリッサはラウラに確認すると再び飛び込んだ。

 

「ラウラたん!」

「……たん?」

 

 何のことかわからなかったラウラだが、クラリッサは構わずラウラに飛び込む。

 

「―――ふんっ!」

 

 すぐに自分のポジションに移動したラウラはクラリッサに触れると同時に地面に叩きつけた。数秒するとクラリッサは上半身だけを起き上がらせる。

 その顔は涙でグチャグチャになっている。22歳になる女性がマジ泣きをしていた。

 

「どうしてこんなことをするんですか~!!」

「……すまん。つい怖くて……」

「……こわ……い?」

「娘よ。お主の所業、確かに何も知らぬものが見れば単なる恐怖でしかないと思うがの」

 

 別の声が聞こえたことでクラリッサはそっちを向く。どうやら暴走状態は止まっているようだ。

 陽子を見たクラリッサは何気なく質問した。

 

「………あなたは?」

「わしは桂木陽子。気づいたと思うが―――」

 

 だが再びクラリッサにスイッチが入る。

 全身から闘気が溢れ、場を支配する。

 

「………やはり、桂木悠夜を殺すべきですね」

「何? 兄様を殺すだと!?」

「………まさか」

 

 何かに気づいたらしい陽子はぶりっ子のようにウインクをすると、クラリッサは盛大に鼻血をぶちまけて倒れた。

 

「……くっ。この程度の鼻血、大事の前の小事に過ぎません」

「………ラウラ、上目遣いを娘にしてみるのじゃ」

「……はぁ」

 

 言われたラウラは練習のつもりでクラリッサを上目遣いで見ると、再びクラリッサは鼻血をぶちまける。おそらくもうそろそろ輸血が必要だろう。

 どうやら限界が来たようで、クラリッサは気絶した。

 

「………やはりな」

「あの、何かわかったのですか?」

「うむ。この娘、おぬしの容姿に惚れていたようじゃ」

 

 ドストレートに言われたラウラは、最初は何を言われているのか理解できずに機能停止していたが、段々と理解が進んで改めて鼻血で貧血になったクラリッサを観察する。

 

「それにワシにも反応したということは、低身長の女子が元々の好みなんじゃろう。そしてひょんなことから自分の元に帰ってこないと知り、暴走したのじゃろう」

「……暴走、ですか」

 

 あの光景を暴走で済ませて良いのかと思うラウラは、変態だった元部下にどういう視線を向ければいいのかわからなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんがいないね?」

「うん。広報担当だから他で宣伝してるかもしれない」

 

 ラウラがクラリッサのことで戸惑っている時、朱音と一緒に簪はいた。本当は晴美が朱音と一緒にいるはずだったのだが、ある理由で席をはずしているのである。

 その理由を知る簪は、自分のクラスがIS関連のレポートパネルでの発表・案内だけ、さらに言えば簪は調べたので一日自由となったのである。この後にとある理由から飛び回ることになるのだが、それまでは自由だった。

 

「……お兄ちゃんと回りたいなぁ」

 

 簪がいるというのにこの言葉はどうかと思うが、簪も同じ気持ちだった。

 できるなら、簪だって悠夜と回りたい。だけど当の本人は進んで広報担当となって今もなお客引きを行っている。朱音ちゃんを連れていくという名目で会おうかなと思い始める簪だが―――

 

「………あれ? お兄ちゃん?」

 

 それよりも早く朱音が悠夜を見つけた。

 正しくは女装しているので悠子の方だが、簪はそれはそれで驚く。

 

「……悠夜さんの顔、知ってるの?」

「うん。一緒にお風呂に入った時に見ちゃったんだ」

 

 満面な笑みでそう言った朱音だが、その発言を簪は深く捉えていた。

 

(……一緒に、お風呂?)

 

 本当は長期間風呂に入っていないから半ば無理やりぶち込まれたあのことなのだが、簪はそれを俗に言われる「一緒の方」を想像してしまった。

 そんな時、悠子は二人に気付いて素早い動きで二人のところへ飛んできた。

 

「奇遇ね、二人とも」

「あ、おに……お姉ちゃん」

 

 空気を読んで言い直す朱音を撫でる悠子は、ふと何かに気付いたのか辺りを見回す。どうやら十蔵からの襲撃を警戒しているようだった。

 

「………変態」

「…はい?」

 

 自分のことを棚に上げて簪がそう言うと、悠子は首をかしげるのだった。




学園祭というイベントで色々な問題が解決していく。
そんな中、楯無は別のイベントを起こすために一年の専用機持ちを集めてこう言った。

「ねぇみんな、劇に出てみない?」

自称策士は自重しない 第97話

「戦え舞えや灰被り姫」

「………何で俺、楯無にばれたんだ?」







ということで第96話、いかがでしたでしょうか?
次回はとうとう5章の山場となるシンデレラ……の始動編。その前にクラリッサ編(結)と亡国の会話編を入れるつもりなので、実際始まるとしたら最後辺りとなります。

今確信した。5章終わるときに全体の百話を超えている、と。


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#97 女性と少年の相談

「……ともかく、晴美のところにでもぶち込んでおくかの」

 

 人目がない場所でその場にとどまっていた陽子はラウラにそう言うと、ラウラは小さく頷く。するとまるでそれを狙っていたのか、唐突にクラリッサが起き上がった。

 

「うぉおおおおおお!!」

「流石にそれ以上は危険じゃと思うぞ」

 

 倒れてもおかしくはないと思いながら、陽子はクラリッサに言い聞かせる。

 

「いえ。私には桂木悠夜を倒すという使命がありますので」

「お主らにとっては化け物だとしてもか?」

「はい」

 

 自信満々にそう返事するクラリッサに対して陽子は盛大にため息を吐いた。

 

「馬鹿じゃな、お主。例えISをもってしてもあの男はそう易々と倒せる相手ではない」

「それでも行きます。では早速―――」

 

 ―――むにゅ

 

 すると陽子はクラリッサの胸を思いっきり揉んだ。

 

「ふむ。中々いい形をしているの」

「!?」

 

 クラリッサはすぐに陽子から距離を取ろうとしたが、何故かその場から離れられなかった。

 

「なに。別にお主が動けないことは偶然ではないのでの。できればこのまま大人しく話を聞いてくれると嬉しいがの」

 

 陽子の要求にクラリッサは何も答えない。ただ、小柄で可愛らしい容姿をしている陽子が先程からどういう原理で自分をその場で抑え続けているのかが気になったのだ。

 

「何者だ、お前は」

「ラウラの母親じゃ。形式的にじゃがな」

「何?」

 

 ―――ありえない

 

 そんな思考がクラリッサの中で芽生える。だが隣で二人の様子を見るラウラは何度も頷いていた。

 

「………第一、お主は何か勘違いをしていないか?」

「勘違い……?」

「そうじゃ。そもそも、あのヘタレが環境も整っていないのにお主が想像していることをするわけがない」

 

 本人が言ったら思いっきり否定しそうなことを平然と言う陽子。クラリッサは未だに陽子がどういう人間か、何故それがわかるのかがわからず、次第に恐怖を覚え始める。

 

「ああ、言ってなかったな。ワシは桂木陽子。悠夜の祖母じゃ」

「何!? こんな子供が?!」

「―――シャドウキラー」

 

 途端にクラリッサの顔色が変わり始める。そしてさっきまでクラリッサの後ろにいたはずの陽子は姿を消しており、クラリッサの首に手を添えていた。

 ラウラはその様子を見ていたが、目の前で起こっているありえないことに驚きを見せる。

 

「……浮いている…のですか?」

「どういうことだ?」

「ラウラの言う通り、ワシは浮いているのじゃよ」

 

 陽子はまるで見えない箱に乗っているかのように空中で静止している。これで驚かない者は、陽子の力を知っていて、なおかつ何をするか予測していた者ぐらいだろう。

 

「さて、話してもらうぞ。お主が何故、悠夜を付け回すかをな」

 

 にっこりと笑う陽子。その笑顔は作り笑いをする悠子に似ていると、ラウラは内心思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりまとめると、お主はラウラが好きだったことに気付けず、副隊長として接することが幸せで満足していたらラウラが不祥事で追放されてしまった、と」

「……はい」

 

 場所を移し、飲み物を調達した三人はベンチに座る。陽子が真ん中に座り、彼女の右にクラリッサ、左にラウラが座っている。

 ラウラは今まで自分がしたことを悔いていると、クラリッサが言った。

 

「そして次第に自分が本当は四六時中ラウラと一緒にいたいことに気付き、今回の学園祭に紛れてラウラを回収。ついでに悠夜を倒そうと頑張ったけど、肝心の悠夜は見つからないから放置してラウラだけを連れて行こうとしたら、この状態になった、と」

「そういうことになります」

 

 隣ではラウラが自分がどうすればいいのかわからないのでそのことを考えていると、陽子はまるで猫を掴むかのようにラウラを掴み、クラリッサの膝の上に座らせる。

 

「し、師匠!?」

「早い話がこれではないか?」

「……良いのですか!?」

「持って帰る、なんて考えなければな」

 

 するとクラリッサはラウラを力いっぱい抱きしめる。肝心のラウラはいつもでは味わえない妙な温かさに混乱し始めていた。

 

「そういえばラウラ、お主はスマホを持っていたな? ついでに番号交換してはどうじゃ?」

「……ですが師匠、私はドイツを追放された身。そんな人間と通じていると知れればクラリッサの身は危ういのでは?」

「…………ギルベルトの嫁探しに時間はかかるなくなるのう」

 

 途端にクラリッサの動きは固まった。

 

「……あの、どういうことですか?」

「ふむ。ラウラと通じているのが問題ならドイツ軍を止めた後にこっちに来ればいいなと思っての。ついでに息子の嫁になってもらえればいいな、と」

「どうしてそうなるんですか!?」

「別に男が嫌いというわけではないじゃろう?」

 

 するとクラリッサは「確かにそうですけど………」と答える。

 

「だったら問題ないじゃろうて。それにワシは女もイケる口じゃぞ?」

「まさかの義母に寝取られルートですか!?」

 

 その言葉に通行人たちがクラリッサたちを見る。その中にはギルベルトと幸那もおり、二人はベンチの方へと移動する。

 

「何の話をしているのですか、あなたたちは」

 

 ギルベルトが三人に話しかける。幸那はラウラの方へと移動して頭を撫でると、クラリッサはその光景をほほえましそうな顔をして見ていた。

 

「子供好きだから虐待もなさそうじゃな。のう、ギル」

「いや、だから何の話ですか」

 

 そういうギルベルトだが、なんとなく状況は察していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 

 その頃、俺は本音を通じて鷹月からの要請で接客をしていた。なんでも、そろそろ織斑の体力が限界らしい。

 なので仕方なく、俺も参戦しているわけだ。幸い、織斑先生も引っ込んだようだ伸び伸びとできる。

 

「君、可愛いね。電話番号を交換しない?」

「申し訳ございません。当店ではそのようなサービスは行っておりません」

 

 こういう手合いには当店特別メニューの一つである「ハンマーセット」をぶち込みたい気分だ。

 何故か俺が接客する男性客は揃いも揃って俺にこんなことを言ってくる。もう少しましな感性を持っている奴はいないのだろうか?

 

(というか誰か気付けよ……)

 

 いや、逆に考えてみればそれだけ俺が女っぽいということか。………あんまり嬉しくないな、俺は男なんだから。

 

「ねぇ、鷹月さん。そろそろ休憩もらえないかしら?」

「ダメ! さっき戻ってきたばかりでしょ?」

「これでも私は広報の仕事をしたり生徒会の仕事を手伝ったりしてるのよ? 織斑一夏ばかりずるいわ」

「彼はさっきまで働いていたんだけど?!」

 

 別に織斑が過労死したところで俺は痛くも痒くないんだがな。いっそのことそのまま倒れてしまってもいいか。

 

(いや、流石に今は困るか)

 

 死ぬならばこれが終わってからにしてもらいたいな。後はどうとでもなれってことでいいか。

 

「って言うか、人が多くないかしら?」

「まぁ、全員織斑君目当てだから、これでも少しはマシになったと思うけど………」

「……それは困るわね」

 

 さっき山田先生(メガ乳メイド)織斑先生(鬼ツンメイド)を放出したこともあってそれなりの収益になったようだ。だけど今はその二人はどちらも席を外しているらしい。

 さらに織斑もどこかに出かけてしまったので客足が遠退いているようなのだ。

 

「桂木君がいたら、もう少し集客できるとは思うんだけど………」

 

 隣では鷹月が鬼のようなことを言いやがった。

 そもそも、俺が女装しているのは日頃から溜まっているであろう鬱憤を晴らすために女生徒が来ることを見越してのことだ。だから最小限しか登場するつもりはないし、リゼット以外で来るとすれば朱音ちゃんぐらいだろう。まったくもって問題ないな。

 っていうか鷹月さん。俺が隣にいるんだからそろそろ気付いてもらってもいいですかね?

 

「どうしよう、静寐。織斑君がいないから騒ぎ始めてるよ」

「こうなったら少し早いけど呼ぶしかないわね。ジアンさん、今すぐ織斑君を呼んでくれない?」

「うん。いいよ」

 

 そう言ってジアンは席を外す。騒ぎはじめた奴らを静めに行くか。

 

「お客様」

「ちょっと、織斑君はまだなの!?」

 

 俺は気配を消しつつ接近して騒ぎ立てる女の口にそっと人差し指を添える。

 

「お客様。たとえ不満でもあまり騒がないように。彼に品のない姿を見られてはこれから未来を閉ざしてしまいますよ」

 

 そう言ってトドメにウインクをする。

 するとその女は黙り、少しして小さな声で「……はい」と答える。そして「では、もうしばらくお待ちください」と言って静かに去ると、メイド陣はまるで何かが化けて出たと言わんばかりの顔をした。

 

「何か?」

「う、ううん。凄いなって」

「あれくらいは普通よ。それに品がない女がモテるのはあくまでも二次元だけだもの。あなたたちだって「女性なんて子供を産むだけが仕事だろ」って言う男性を好きにならないでしょ?」

 

 全員が頷くのを確認すると、引っ込んでいたジアンが出てきた。

 

「一夏、今二組にいるからすぐ来るって……どうしたの?」

「なんでもないわ、ジアンさん。さて、そろそろ新しいイベントの準備をしましょうか」

「え?」

 

 俺はジアンの肩を掴むと、虚空から執事服を取り出した。しかもさっき織斑が着ていた白執事服のデザインを変えたものである。

 

「…………あの、これは?」

「あなたの執事服よ、シャルル君」

「あの、もう執事服は辞退したいなぁ……って……ダメ?」

「ダメ」

 

 白執事と黒執事のダブル接客を実現させ、さらなる収益を得るために犠牲になってもらおう。

 

「大丈夫よ。「シャルル」用の執事メニューもあるから」

「ちょっと待って!? そんなの聞いてない!!」

「もう既に変えているから大丈夫」

 

 そう言って俺は白執事服をジアンに渡した。

 

「じゃあ、頑張ってね」

 

 再びホールに戻った俺は岸原に面白いことがあると言って下がらせ、接客する。

 しばらくすると黒執事服を着た織斑と白執事服を着たジアンが現れ、歓声が上がる。その隙に俺は気配を消しつつその場から本音を経由して休憩を勝手にもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………ってことで来たんだが)

 

 隣のクラスに敵情視察をしに来た俺は、主に自分のクラスで閑古鳥を泣かせていることに妙な罪悪感を感じている。

 

(いや、これは必要な犠牲だ)

 

 なにせ今回の商品の一つに「デザート無料パス(期間;半年)」以外にもう一つ「自由使用権」がある。これはIS学園の一角に自分が欲しい何かを叶えるというもので、可能な範囲ならば何でも願いが叶えられるのだ。

 そんなものを前にして、一体何を躊躇う必要があるというのか。幸い、ドロシーという最高のメカニックアンドロイドがいるので、卒業と同時に飛空艇に変形できるように改造してもらおうと思う。

 

「あら、五反田君。随分と疲れているわね」

「あ……どうも……」

 

 軽く会釈する五反田。すると近くにいた鈴音は俺を見て顔を青くする。そしてそれは俺も同様であり、目の前にいる幼い生物がふしだら且つエロいチャイナ服を着ていた。

 一見すればそのチャイナ服は普通に見えるが、一歩間違えればハミ乳するし、何よりも尻の部分。上部が少し見えているのである。そしておそらく、あの格好では履いていない。

 俺は五反田の隣に何の躊躇もなく座ると、鈴音が俺の方を見てきた。

 

「アンタ、誰よ」

「敢えて言うなら、女の敵ってことかしら。まぁ、そんなことはどうでもいいの」

 

 あながち間違っていないことを言いつつ、俺は五反田が座るテーブルに同じように座った。

 

「で、五反田君。話って何かしら?」

 

 平静を本気で保ちつつ、俺は彼に聞いた。

 実はここに来る前、ジアンに服を渡すついでにメールを確認すると、なんと五反田から連絡が来ていたのである。俺専用のチャットを経由しての連絡だったのである。ちなみに作成者はドロシー。………そろそろ何かプレゼントしようかと考えている。

 

「実は前に妹がいるって言ってたでしょ? もう知っていると思いますけど、俺には妹がいてこのIS学園志望なんです」

「………そういえば、一夏が言ってたわね」

 

 そう言いながら何度か鈴音が俺の方を見る。あのチャイナ服でそれは反則だぞ。

 

「それで、参考までに聞きたいんです。この学園のこと、どう思ってるのか……それに本気で入学させないべきか」

「させないべきでしょ。知識だけなら目を張るものはあるけど、爆弾の解体方法とかおおよそ普通に生きていく必要があるものなんてないと思うわよ。ねぇ、鈴音」

「そうねぇ。まぁ、いざとなれば代表候補生が出張るからこそ知識は必要だけど、普通ならいらないんじゃないかしら? それにここが絶対安全ってわけじゃないし。IS操縦者に本気でなろうと思ってなければ、正直苦労するだけだと思うわよ…………」

 

 鈴音が俺の方を見る。そしておそるおそる俺の胸の方に手を伸ばすして胸部を揉んだ。

 

「……あれ? あるの?」

 

 まぁ、彼女の困惑はわからなくもない。何せ俺の胸には筋肉以外にも膨らみがあるからな。ちなみにこれはメイド服の中にあらかじめ盛っておいただけなので、実際俺に女性のようなおっぱいがあるわけではない。

 

「正しい女の子の攻め方、教えてあげましょうか?」

「…あの……ごめんなさい」

「気にしないで。それよりも―――」

 

 俺は鈴音の後ろに立っているAV女優……もとい、ティナ・ハミルトンを見る。彼女は青いチャイナドレスを着ていて、日頃から目立つ胸部がさらに目立っていた。

 五反田はそれを見て興奮している。

 

「そろそろ接客に戻った方がいいんじゃないかしら?」

「……そうね。ということでこの子、持っていくわね」

「いいわよ」

 

 俺の許可を得たこともあって、ハミルトンは鈴音を連れていく。しかしエロいな、あのチャイナ服。もう少しまともに設計できなかっただろうか。

 

(俺に相談してくれたなら、色物アリ用とナシ用をきちんと作ってやるのに)

 

 スカートで隠しているが、鈴音のチャイナ服姿を見て俺の息子はきっちりと興奮していた。そろそろ理性が崩壊するのではないかと少し恐れている。

 

「あの、言っておかなくて良かったんですか?」

「自分が好きな人が女装しているのに誰から突っ込まれないことを愚痴ったら、間違いなく私が殺されるわよ」

「…………確かにそうですよね。鈴より悠子さんの方が素敵ですし」

「そう? お世辞でも、嬉しいわ」

 

 右手を口元に持っていって笑うと、何故か五反田は顔を青くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――やべぇ。そこらの女よりも断然女らしいわ、この人

 

 それが桂木悠子という、悠夜が女装した姿を見てしばらく経った後の弾の印象だった。

 男で女に虐げられる悔しさを知っているからか、決して男を―――というよりも自分を見下すことをしないことで、妙な居心地すらも感じる。

 

「私に惚れちゃダメよ?」

「ほ、惚れませんよ」

「電話番号を聞いてきたのに?」

 

 掘られたくない過去の記憶を思い出させられた弾は思わず顔を赤くする。

 すると弾は妙な視線を感じ、周囲を見る。

 

「? どうしたの?」

「……いえ、なんでもないです」

 

 そう言って弾は視線を悠子に戻す。

 

(……あれ?)

 

 弾は自分がおかしくなったのかと思い、目をこするが特に変化は起こらなかった。

 

「話を戻すわね。正直に言うと、結局のところ彼女の決意次第だと思った方がいいわ」

「決意次第?」

「そう。あなたの妹が本気でIS操縦者になるつもりで入学するって言うなら止める気はない。普通に生きるなら不必要な知識も使い方次第では自分を盛り立てる武器にもなる。だけど断言してあげるわ。所詮ヒーローになれる存在というものはある種の異常を抱えているものなのよ。私のように特殊な存在もそれに分類されるでしょうね」

 

 そして悠子はまるで見透かしているかのように言った。

 

「もし恋愛感情に身を任せての行動なら全力で止めることをお勧めするわ。他人の進路に口出ししない方が良いに越したことないけど、IS関係の職に就くって言うのは、ある意味自分の寿命を縮めるようなものよ」

「……やっぱり、そう思いますか?」

「ええ。女は所詮、ISがなければ単純な力比べでは男に負けるもの。その意味をきっちりと考えさせた方がいいわよ」

 

 そこから悠子による簡単な説明が始まる。それを聞いた弾は、その言葉がまるで単純な計算式のように感じた。




「女は所詮、ISがなければ単純な力比べでは男に負けるもの」
=ISは所詮500にも満たない少数機械であり、女全員に行き渡るものではない。男が集団で襲えば女なんて簡単に抑えられる存在なんだぜ。

と言いたいわけです。現に悠夜は実質無料で人を使って屈折に屈折を重ねたような作戦で10人近くの女を社会的に抹殺しているわけです。

……別にreizen自身が女に対する偏見を持っているわけではなありませんからね。良い人もいれば悪い人もいるとよぉく理解していますから!←ここ、テストに出ますよ!(出ねえよ)

ということでごめんなさい。灰被り姫編まで行けませんでした。亡国も挟めてませんし。
楽しみにしていた人、本当にごめんなさい。いつになるかわかりませんが、次話まで待ってください。たぶん入れるから!


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#98 イケない恋模様

我ながららしくない題名を付けたものだと思った。


 悠夜が悠子として五反田弾の相談を終えて教室に戻ると、朝の活気からは落ち着きを取り戻した。

 そこで静寐は一夏に休憩を出し、今一夏はそれぞれサービスをしているところだ。

 

 そんな状況の中、約一名の女生徒は落胆していた。

 

「どうしたッスか、先輩」

 

 一年一組の出し物であるご奉仕喫茶を見に来たフォルテ・サファイアは付いてきた自分の先輩にそう声をかけると、その先輩ことダリル・ケイシーは気怠そうに返事した。

 

「別になんでもねぇよ」

「またまたぁ。せっかくの機会だから桂木に接客してもらおうと思ったのに、その本人がいなくてショックを受けてるんでしょうに」

 

 とげを含みながらフォルテはそう言うと、ダリルはコーラが入ったコップに伸ばそうとする手を止める。

 

「別にそんなんじゃねえよ」

「とか言って本当は内心楽しみだったくせに」

 

 フォルテの言葉にダリルはさっきよりも強く「そんなんじゃねえ」と否定する。

 すると女生徒の一人が二人のところに来た。その女生徒は以前、一夏に執事服とメイド服の枚数を訂正するように言った奴だ。

 その女生徒は二人に質問した。

 

「あの、先輩方。桂木を待ってるんですか? すみません、何故か知らないですが一度出てきたっきり姿を現していないんですよ」

「そ、そうなのか!?」

「私も部活の方に出ていたので詳細はわからないですけど、どうやらその一度以来出てきていないみたいです。でも、あの男はどうやって執事服なんて手に入れたんだろ。結構値が張る服だし、あの男が単体で頼むにもそれなりの値段だから、たった一日のために金をかけるとは思えないし」

 

 女生徒は二人を自分と同じ女尊男卑だと思っているのか、裏事情を話す。フォルテは恐る恐るダリルを見ると、今にも目の前にいる女生徒を睨んでいた。

 

「どういうことだ?」

 

 できるだけ平静を保ちながらダリルは尋ねると、その女生徒は周りを確認してから言った。

 

「実はあの男に執事服を行き渡らせなかったんですよ。女装して、醜い姿を晒させるためにね。良いアイディアでしょう?」

「……ああ、良いアイディアだな」

 

 今すぐ殴り飛ばしたいという衝動を抑えながらダリルは聞いていると、後ろから「ふーん」と誰かが声を出す。

 そこには悠子がジト目でその女生徒を見ていた。

 

「な、なによ」

「楽しそうに談笑するのもいいけど、また混んで来たからさっさと職務に戻りなさい。それが嫌なら休憩でも取ってどこかに行ったら?」

「……なによあなた」

「馬鹿が仕事をサボっているから注意しに来たのよ。ほら、さっさとする!」

 

 そう言いながら悠子はその女生徒を下がらせる。

 その様子を眺めていたフォルテは「中々可愛いッスね」と言うが、さらにその隣でダリルは青い顔をしていた。理由はもちろん、悠子のことである。ボイスチェンジャーで声を変えてはいるが、ダリルにはすぐにわかったのである。悠子が悠夜が女装している姿だと。

 そもそも彼女は亡国機業の人間で、外部からの情報である程度の情報は仕入れているのである。その毛があるという報告はあったが、だからこそ「所詮妄想だろ」と内心笑っていた。

 

(いやいや、落ち着くんだ。桂木のことだから、何か理由があってのことだろ)

 

 その予想は正解であり、実際は男の姿でいた場合、十中八九奴隷としてこき使われることが目に見えているからである。

 理由を考えながらダリルはコーラを飲もうとしたが、すでに空っぽだった。

 

「……ちょっといいか?」

「はい、何でしょう?」

 

 たまたま近くにいたメイド服に戻ったシャルロットがダリルの応対をする。

 

「コーラフロートを、あのメイドさんで……その……か……」

「……か?」

 

 顔を赤くしながらあるメニューを頼む。それは本来執事の……というか織斑一夏執事専用のメニューであり、執事と内密カップルドリンク(アーンも可能)というものだった。

 それに気づいていないダリルは慌てつつ、ごにょごにょと口をもごらせるが、シャルロットはよく聞き取れなかった。

 

「あの、もう一度―――」

「コーラフロートですね。お待たせしました」

 

 どうやって聞いたのか、悠子はコーラフロートを持ってきたのである。

 教室をホールにして、隣にある空き教室に調理道具を持ってきて注文が入ったケーキなどは保存。簡単に出来上がるものはその場で調理している。ドリンク系もその一つであり、フロート系も作ろうと思えば何度か練習すれば普通にできるようになっている。

 だが隣の空き教室までは衛生上の理由から一部廊下を封鎖して特殊な通路を設立しているとはいえコスト問題を考えて非防音そざいであるため、そう簡単に聞こえない。悠夜がドロシーに頼んで作ってもらった独自のPOSシステムを使用して、その注文が何なのかを受け取り、調理もしくは手配している。

 

「あれ? 違いました?」

「………合ってる」

「お嬢様。申し訳ございませんがただいま執事は席を外しています。今すぐ呼びましょうか?」

「え!?」

 

 ダリルは驚いて自分の手元を確認すると、自分が今まで執事用のメニューを開いていることに気付いた。

 

「……これ、メイドではできないですか?」

「申し訳ございません。規則は規―――」

「こちらのメイドがしてくれるとのことです」

 

 そう言って悠子は何の躊躇いもなくシャルロットを犠牲にした。

 

「ええ!?」

「ちょっ―――」

 

 シャルロットは聞いていないこともあって驚きの声を挙げ、同席しているフォルテは唖然とした。

 

「……できればあなたに―――」

「私、ですか?」

 

 まさか指定されるとは思わなかったようで、悠子は少し驚く。

 

「やってあげなよ」

「………わかりました。それで、一体何を―――」

 

 ダリルが指していたのは、「執事にご褒美セット」であった。

 余談だが、たまたま撮影に来ていた新聞部がその様子を撮影しており、普段とは違った顔を見せたダリルに萌え、新たなファンが付くというのは別の話。

 さらにフォルテが荒れたことで「ダークキャット」と本人未了承のあだ名がつくのも、別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで拷問を受けた気分だった。

 俺は何故かメイドの状態で「執事にご褒美セット」をさせられたのである。ちなみに拷問の意味はギャップ萌えで興奮しないようにばれないように頑張ったからである。もうちょっとで襲いかけたことは墓場まで持って行こうと決めた。

 

「じゃじゃん、楯無おねーさんの登場です!」

「…………………」

 

 いつの間にかやってきたらしい楯無。平常心で何故かメイド服を着た楯無を素通りするが、何故かそこを通る時に視線を感じた。

 

「だが、逃げられない!」

「だあっ! 進路妨害するの止めてくださいよ!」

「……………」

 

 何故か以心伝心している。というかまだほかにも接客しないと行けないのに何を遊んでいるのだろうか。

 

「姉様、ただいま戻りました」

「お帰りなさい、ラウラ」

 

 そう言って俺は抱き着こうとするが、考えてみれば不衛生なので俺は彼女の手を引いて一度調理室の隣にある控室に向かう。

 そこでメイド服の替えを出して渡して隣に設営されている女子控室に入って着替えさせた。ちなみに簡易設営となっているため、声などは聞こえる。

 

(そういえば、これを設置する時にも揉めたな)

 

 場所の問題とはいえ、空き教室の半分を着替え用の控室にした。その際、多くスペースを取るために1/5を男女それぞれの控室の入り口として、残り4/5を4等分して3等分は女子が、余った場所を俺と織斑用の男子控室にしたのだ。そこで起こったのは本気の抗議である。彼女ら曰く、俺に覗かれる可能性があることを示唆してきたのである。

 その言葉に本音とラウラは俺の味方になってくれた。もっとも残り1/3ぐらいは中立のつもりだったが、俺は面倒だったのでそれらも含めて敵に回したのである。「ノーマルごときが何をほざいているの?」と。

 当たり前だ。確かに他にも挙げればそれなりにポイントはあっただろう。だが篠ノ之が性格に似合わずにオチに下ネタを持って来たり、実は悪魔で魔王の妹とか異世界の勇者で魔王と何だかんだで子育てをすることになって高校生に嫉妬されたりしているとか、オルコットは実は軍曹に惚れている潜水艦の艦長とか牛乳とか言われるほどの巨乳でサイズが似合わない巫女服を着てデカい斬馬刀(というか斬艦刀?)を振り回している奴だったならともかく、結局は兵器を動かすという点を除けば特に可愛い部分も見られない一般的な女生徒レベルだ。本音みたいに特殊なオーラを放出しているとか、ラウラのように後ろでヨチヨチ(は流石に言い過ぎか)ついてくる可愛さを持つレベルの特殊性があるならともかくだ。簡単に言えば俺は全員に「お前らこの二人に劣ってるけど何か文句ある?」と言ったのである。

 さすがにそこまで言われて反論されると思ったが、どうやらそんなことはなかったようだ。

 結局、俺は「むしろ織斑を覗かれる可能性を考慮するべきでしょ」と山田先生を説き伏せてこうしたのだ。ちなみに着替えの際に覗かれることは今のところはない。

 

「さて、戻ろっか」

「はい」

 

 俺たちは教室に戻ると、何やら楯無と鷹月が揉めている。

 

「だから困ります! 織斑君だけじゃなくて他の専用機持ちまで連れていかれるなんて」

「そう? でももう十分じゃないかしら?」

 

 何が十分なのか小一時間ぐらい問い詰めたいが、先に俺は集計帳を確認する。一応、ノルマは高めに設定したが、そのノルマも織斑姉弟のおかげでクリアしていた。

 

「大丈夫よ、鷹月さん。あと数時間ぐらいは織斑君抜きでやりましょう。なんなら、もうクリアしているから閉める?」

 

 俺が後ろから声をかけると、鷹月がその提案に対して驚きを見せていた。

 

「でも………」

「それに今もちゃんと休憩していない人もいるでしょ? だったらこの際遊びに行けばいいわ。それにいざ負けたとしても、その時は生徒会長さんが一日食堂のデザート食べ放題を解放してくれるわ。ねぇ、生徒会長。稼ぎ頭たちを取るのだから、私たちが優勝を逃した時はそれくらいしてくれるわよね?」

「………ええ。あくまでも優勝を逃したらね」

 

 どうやら思ったよりも俺たちのクラスは繁盛していたらしい。楯無の目が「それに関しては問題ないわよ」と語っていた。

 

「ということで、君たち二人もすぐに第四アリーナに来てね」

「わかったわ」

 

 隣でラウラが首を縦に振る。

 俺は接客に戻ってやり過ごそうと考えていると、楯無が俺の隣に移動してそっと耳打ちした。

 

「絶対来てね、()()()

「―――!?」

 

 後ろを向くと、すでに楯無は教室から出ようとしていたところだ。相変わらずの不気味さである……というか―――

 

(……何でわかったんだ?)

 

 ―――これまで家族ぐらいにしかばれなかったのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ばれないように執事服に着替えた俺は第四アリーナに移動した。そこには既にどこかの貴族の服と思われるもの着替えた織斑がいた。

 

「あれ? 悠夜、体調は大丈夫なのか?」

「………ダッサ」

 

 思わずそう言ってしまうほど、その服はどこか間抜けな雰囲気があった。

 

「出会ってすぐそれは酷くないか!?」

「安心しろ。俺にとっては正しい使い方だ」

「なんか違うだろ……」

 

 織斑の話をスルーして執事服を脱いで粒子に変えて保存し、織斑のとは色違いなのか、上が黒で下が白い王子の服を着る。

 

「二人とも、ちゃんと着たー?」

 

 どうやら様子を見に来たらしい。楯無は無視する俺たちの返事を無視してドアを開けた。

 

「開けるわよ」

「開けてから言わないで下さいよ!」

「なんだ。ちゃんと着てるじゃない。おねーさんがっかり」

「……何でですか」

 

 俺は二人の様子を見て思った。

 

(……別に俺、いらなくね?)

 

 そもそも、こういうわけがわからないことは織斑を囮にするのが一番だろう。戦闘要員にしても弱いし、いざとなればルシフェリオン一機でどうにかできる。

 

「はい、王冠」

「はぁ……」

「嬉しそうじゃないわね。もしかしてシンデレラ役の方が良かった?」

「嫌ですよ!」

 

 俺は二人から離れて今すぐ逃げ出そうと考えていると、誰かが俺の肩に触れた。

 

「……何?」

「はい、王冠」

 

 楯無は俺に王冠を渡す。俺はそれを受け取った。

 

「もしかして、シンデレラの方が良かった?」

「別に。ただ、こういうのには気乗りしないだけだ」

 

 そう言いながら俺は頭の上に王冠を乗せる。

 

「ところでさ、この出し物って一体何をするんだよ」

「演劇よ」

「……ろくな演劇になる気がしないんだがな」

 

 ため息を吐きながらそう言うと、織斑が俺たちを不思議そうに見ていた。

 

「何だ、織斑。俺はお前と違ってホモじゃないからそうじっくり見られると吐き気しかしないんだけど」

「俺もホモじゃねえよ! ………いや、なんて言うか……何で悠夜は更識さんに敬語を使ってないのかなって思って」

「別に俺はどこかの馬鹿のようにちゃんと勉強できずに夏休みに補習を受けさせられるほどの成績不振ってわけでもないからな。タメに敬語を使わなくても別にいいだろ。面倒だし、はっきり言って俺の方が強いし」

「え? でも生徒会長は学園最強だって―――」

「馬鹿か織斑」

 

 盛大にため息を吐いて、俺ははっきりと言った。

 

「本気で戦って俺がお前の姉やこれに負けるわけがないだろ」

 

 ルシフェリオンを使わなければ十蔵さんに勝てる気はしないけどな。

 

「あら、言ってくれるじゃない」

「別に勝つ方法なんていくらでもあるだろ」

 

 例えばおっぱい揉んだり………は織斑がいないところでやろう。

 

「そうね。女が男に勝つ方法なんて色々あるわよ」

「まぁ、それが通じるのは精々俺以下の奴らだろうがな」

 

 などと言っていると、また織斑は俺たちを……というか俺に尊敬の眼差しを向けてきた。それがとても気持ち悪く、少し距離を取る。

 

「何だ、お前。何でそんな目で俺を見てくるんだ」

「更識さん相手に一歩も引けを取らないなんて凄いなぁって思ったんだよ。俺なんていつも振り回されっぱなしでさ」

「例えば?」

「……裸エプロンで現れたり、とか」

 

 顔を赤くしながらそう答える織斑。おそらくその時のことを思い出しているのだろう。

 

「……馬鹿なやつ」

「へ?」

 

 よく聞こえなかったのか、首を傾げながら変な声を出す織斑。

 俺はそれを無視してアリーナのピット……その下にある非常口のドアを開ける。機会があったので何度か通ったことがあるが、いつもは重いそのドアは今日は何故か軽かった。

 俺たちが袖の方へと移動したのを確認したのか、ブザーが鳴った後、虚さんのアナウンスが聞こえてきた。

 

『昔々あるところに、シンデレラという少女がいました』

 

 すると俺らは何かが押される形で舞台中央へと飛ばされる。織斑はこけ、俺は着地する。

 

(あの女、後で絶対ぶん殴る)

 

 心でそう決めながら次のを待っていると、何やら放送室が騒がしい。

 

『否、それhsもはや名前ではない。幾多の武闘会を駆け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼(かいじん)を纏うことさえ厭わぬ地上最強の兵士たち。彼女らを呼ぶに相応しい称号……それが『灰被り姫(シンデレラ)』!」

 

 やっぱり普通じゃないよな。

 そもそもあの女が普通の劇をするわけがないんだ。だって根本的にはお馬鹿だもの。

 

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜が始まる。王子たちの冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女たちが舞い踊る!』

 

 するとセットが落ちてきた。うまくバランスを保てるとかどうなっているんだろうな

 

「もらったぁあああ!!」

 

 すると織斑の方に鈴音が突っ込む。手には短刀があり、どうやらそれで攻撃しているらしい。そして俺の方にも刺客はいるようだ。

 

「その王冠、頂くぞ!」

 

 篠ノ之だった。

 以前とは違う、それなりに質が高い気配を纏っている。どうやら以前のような荒々しい雰囲気に冷静さが加わったようだ。

 

(強くなったな…)

 

 口には出さないが、内心そう思っている。

 篠ノ之は容易に俺の間合いに入らず、自分の間合いに俺を誘い込もうとしている。

 

「はぁああああ!!」

 

 踏み込みに迷いがない。上段から持っている刀が振り下ろされる―――と思ったが軌道を変え、側面から―――俺から見て右から薙ぎ払われる。

 

(………だがまぁ、それはあくまで俺以外を相手にした時の話だ)

 

 長時間の女装によって視界が普段よりも悪くなっているが、相手の衣装がどういうものか、中に何を着ているのかを察した俺は一瞬で距離を詰めて篠ノ之を払い飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程男二人が通った第四アリーナの非常口に女生徒が集まり始める。

 彼女らは今かと今かと自分の出番を待っていると、抽選で先頭の真ん中にいた女生徒はあることに気付いた。

 

(………あれ?)

 

 非常口はその名の通り非常時に開けるものであり、それ故にドアノブが付いた手動式となっている。そのドアノブが握り潰されていた。




生徒会主導の観客参加型劇「灰被り姫」
それはある作戦の始動合図でもあったが、その作戦を聞かされていない悠夜はある窮地に立たされる。もっともそれは普通の人間の基準のものだったが。

自称策士は自嘲しない 第99話

「戦い舞えや灰被り姫」

「………欲しい。すべて、我が欲望が望むままに……!!」



ということで久々に現れた恋模様をお送りしました。その結果、ドアノブが犠牲となりましたが、それはそれ、これはこれ。
そして次回、悠夜が窮地に立たされてしまうようですよ!


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#99 戦え舞えや灰被り姫

渾沌が10乗ぐらいした結果


 彼女は決して警戒していなかったわけではない。むしろあの時よりも精神的に進化していると言っても過言ではないほど落ち着いていた。

 

 悠夜によって吹っ飛ばされた箒は観客席に倒れる。何が起こったのかわからない箒だったが、すぐさま立ち上がって相手との距離を測る。

 

(いつの間に距離を詰められたんだ、私は)

 

 何もできずに吹っ飛ばされたことは理解した箒。すると悠夜に何かが襲い掛かる。

 

(セシリアの援護か。この状況ではありがたいな)

 

 衝撃があった場所をさするが、特に異常がないと思った箒はISでも使っているのかと思うほど回避する悠夜に狙いを定める。

 

「そこだ!」

 

 観客席から舞台に戻った箒は斬りかかるが、悠夜はその場で回って裏拳で箒が持つ刀を砕いた。

 

「この程度か。シンデレラ」

「何を―――」

 

 顎を、そして腹を殴る悠夜。箒はその場に倒れ、その様子を見ていた悠夜は盛大にため息を吐く。

 

「今の俺は物凄く気分が悪い。冷やかすならもっと強くなってからにしろ」

 

 箒の頭を掴み、悠夜はさっきから自分を狙っているスナイパーに向けて投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴音の巧みな攻撃をかわし続ける一夏だがところどころ擦り切れていることから、少なからずダメージは受けているようだ。

 もっとも彼女が持つ短刀も箒が持つ刀もすべてキッチリとは刃抜きされているため、殺傷能力はない。

 

「はぁああ!!」

 

 ―――パシッ

 

 鈴音が一夏を切ろうとした瞬間、その後ろから誰かが止める。鈴音は驚いて後ろを見ると、そこには悠夜が立っていた。元々の身長が175ということもあって並々ならぬ威圧感を感じさせる。

 

「……ゆ、悠夜」

「鈴音、武器はどこだ」

「そ、袖のところに何個かあるわよ」

「そうか」

 

 悠夜は鈴音の腕を離して奥の方に引っ込む。

 

「って、ちょっと待って!? アイツ、箒とセシリアを相手にしてなかったっけ!?」

 

 ISで強いのは知っている鈴音だが、それもあってあまり悠夜が生身で強いというイメージがない。

 一応、政府からISの攻撃すらも防ぐ壁諸共区画数個を破壊したことを聞いていたが、それを彼女はずっと「ルシフェリオンでやった」と思い込んでいたのだ。

 嫌な予感がした鈴音はそこから離れるとすぐに一夏めがけて机が飛んできた。

 

(アイツ、まさかISを使ってるんじゃ―――)

 

 そう思って鈴音は部分展開でハイパーセンサーを使用するが、向こうにいる悠夜からIS起動反応が感じられない。

 

「ちょっ、何で悠夜は俺を攻撃するんだよ!?」

 

 まさか王子同士で争うとは思わなかったのか、一夏はそんな声を上げる。だが元々最初から悠夜は一夏に対して味方と思うどころか敵としか思っておらず、攻撃するのは必然だった。

 

「ごちゃごちゃうるせえ。大人しく死ね!」

「すっげぇ理不尽?!」

 

 そう言いながら一夏はその場からセットの後ろへと逃げる。一夏は近くにあったセットを持って逃げたセットの方に投げようと考えたが、反射的に後ろに蹴りを入れていた。

 

「もう対応しただと?!」

「大怪我を負ってしばらくは動けないと思ったがな。まぁいいや」

 

 悠夜は前髪で見えないが、邪悪な笑みを浮かべて箒に攻撃する。だがその攻撃は箒ではなく、別の人間に当たった。

 

 

 

 

 

「そこ!」

 

 悠夜というある種の脅威が去ったことで安心する一夏。だが鈴音はその隙を逃がさず、一夏に隠し持っていた飛刀を投げる。

 

 ―――カカンッ!

 

 だが一夏の前でそれは弾かれる。閉じていた目を開けた一夏の前には、警察機動隊がよく使う盾があった。そしてその持ち主はシャルロット。

 

「シャル!? た、助かった……」

「いいから早く逃げて!」

「お、おう! サンキュ!」

 

 言われた通り今すぐ逃げようとする一夏。だがそれを先程「逃げろ」と言ったシャルロットが止めた。

 

「あ、ちょっと待って!」

「な、何だ?」

「その、王冠は置いて行って。実は凰さんもそれを狙ってるの」

「そ、そうなのか………」

 

 言われて一夏は王冠のシャルロットに渡そうとしたが、天の声を担当する楯無が楽しそうに言った。

 

『王子様にとって国とはすべて。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます』

「……はい?」

 

 そのアナウンスが終わる頃には一夏は王冠を取っており、その王冠を外していた。そのせいか王冠から電流が走り一夏を襲う。

 

「ぎゃああああああああ?!」

 

 だがその電気は幸い一夏を少し痺れさせる程度に抑えていて、少しふらつくがなんとか動けるようだ。もっとも、本人は今がどういう状況なのかいまいち把握できていないが。

 

『ああ! なんということでしょう。第一王子の国を思う心はそうまでも重いのか。しかし、私たちには見守ることしかできません。なんということでしょう』

「二回言わなくていいですよ!」

 

 イラついたこともあって思わず叫ぶ一夏。そしてすぐにシャルロットに謝った彼はそこから逃げようとしたが、いきなり横から何かが一夏を殴った。

 

「ちょっ、いきなり何―――」

 

 一夏は思わずそっちの方を見る。そこには無表情だがどこか寒気を感じさせる、シンデレラの衣装を着たダリルの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、悠夜の方の戦いは激しくなっていた。

 どういうことか悠夜自身にもわかっていないが、何故か悠夜は好戦的になっている。案の定、悠夜はそれを深く知ろうとせず、ただ目の前にいる敵に攻撃を仕掛ける。

 そしてその敵である簪も平然とそれをいなしていた。

 

「な……何なんだ、あれは……」

 

 近くで見ていた箒は思わずそんな声を漏らしてしまう。

 明らかに自分とは―――いや、自分たちとは一線を画している戦闘スピードに彼女の目は追いついていなかった。

 そんな時、箒にあらかじめ渡されていたインカムから連絡が入る。

 

『箒さん。あの二人の注意を逸らします。その内に仕掛けてくださいな』

「共同戦線を張るつもりか?」

『はい。わたくし一人でも、そしてあなた一人でもあの二人に割って入るのは至難と思われます。ならば一時的とはいえ協力する方がよくって?』

「…………」

 

 少し考える箒。数秒ぐらいして返事をする。

 

「いいだろう。少しの間だけだ。セシリア、貴様の射撃で突っ込む」

『わかりましたわ。では―――』

 

 返事するや否や、セシリアはゴム弾を撃つと箒は悠夜の方へと突っ込む。

 

 

 この戦いのルールは簡単。男たちは王冠を守り、女たちはどちらかの王冠を取れば生徒会長権限によって可能な範囲の願いを叶えられるシステムとなっている。

 それを聞いた女たちはほとんど一致で喚起し、ある条件を呑んでこうして参加している。

 残る専用機持ちはラウラは特例措置なので除くと楯無とフォルテ。だがフォルテは不参加を表明したため、残りは楯無になる。だが彼女もこの後の仕事があるため不参加。

 セット上に空中投影ディスプレイが展開され、60秒からカウントダウンが開始される。

 

 

 

「まずいのう……」

 

 その様子を観客席から見ていた陽子は呟くように言うと、後ろの……と言うよりも陽子を膝に座らせているクラリッサが尋ねた。

 

「何か問題でも?」

「うぬ。今の悠夜の状態は非常に拙い。ラウラ、お主、悠夜が誰かと寝たということは聞いたことはないかの?」

 

 クラリッサの左隣に座るラウラに尋ねる陽子。ラウラは首を横に振って答えた。

 

「いいえ。これまでそのようなことは一度も耳にしたことがありません」

「………拙い。非常に拙い」

 

 クラリッサもラウラも、クラリッサの右隣に座る幸那も、幸那の隣に座るギルベルトも陽子が言わんとすることがわからなかった。

 

「何か問題でもあるのでしょうか?」

「元々、ワシら桂木家は貪欲なんじゃ。生まれが常に何かを仕切る家柄ということもあって、気に入った女は本人の意思なんて関係なく持ち帰ったり、かなりわがままな家系での。ワシもたまたま助けた男を気に入って持ち帰ったものじゃ」

「「「「……………」」」」

 

 四人はそれを聞いて黙り込む。四人とも、今の状況も含めて心当たりがあるからだ。

 

「特に性欲は比較的強く、10代半ばになれば本来なら一人や二人押し倒してもおかしくないんじゃが………」

「兄様にはそれがありませんね」

「聞くとどうやら生まれてこの方「そういうこと」をしたことがないらしい」

 

 それを聞いたクラリッサと幸那は顔を赤くし、ラウラは首を傾げる。

 

「環境が環境じゃったからそれは仕方がないのじゃがな、さらに運が悪いことにIS学園は美少女しかおらん。いくら性格が悪かろうても流石に興奮はするが、悠夜はずっとそれを我慢してきたんじゃ。相手を軽蔑するか、「妹だから」と一線しての触れ合いに切り替えることでの」

「………もしかして、その感情が爆発する可能性がある、とか?」

 

 ギルベルトの言葉に陽子は頷く。

 

「まぁ、その爆発は性欲だけではない。戦闘や趣味など、要はそれらを発散するようなものならば何でもいいからのう。現に、他の二人ならばともかく簪と生身で戦うなんざ普段の悠夜ならば考えられん」

 

 陽子がそう言わる同時に、壇上では異変が起きた。

 

 

 

 

 突然乱入した箒とセシリア。セシリアは撃ったゴム弾が二人に当たらないように素早く調整しつつ撃つ。その隙に箒が悠夜に切り込んだ。

 

 あの日、千冬から話を聞いた箒はある意味変わっていた。自分は舐めていたと、自分も千冬のようになれば一夏に振り向いてもらえるのではないか、と。

 だが、実際は違った。千冬は孤高のような存在でもなんでもない。千冬自身も弱かったのだ。

 それを知った箒は少しは迷った。それ故に彼女は、今目の前の男が弱者ではなく強敵へと思えたのだ。

 

(篠ノ之流二刀奥義が一つ―――四五上段十文字)

 

 その名の通り腕をクロスさせ上段からそれぞれ斜めに斬る奥義。それを最初に持ってきたのは一撃で渾沌させるのを狙ったからだ。

 刃抜きされた刃が悠夜を襲う。だが箒が最後まで振り切った時、右腕の刀がなくなっていたのである。

 

「―――どこを見ていている」

 

 ―――後ろ!?

 

 箒は驚きを露わにするが、それも束の間。すぐに後ろを向いて防ごうとした。だがそれはボイスレコーダーを使ったフェイクだったのである。

 

「―――敵はここだぞ」

 

 奪った刀を反転させ、峰で箒の頭部めがけて振り下ろす悠夜。だがそれは叶わなかった。

 

 ―――カンッ トンッ

 

 箒の刀の刃に当たり、悠夜の頭部にゴム弾が命中した。

 それはまさしく事故。責められることはないだろう。

 だが撃ったセシリアは震えていた。やってしまった、と。何よりも、射撃に自身がある自分が。

 確かに彼女はその責めを受けるだろうが、それは悠夜に当ててしまったことではない。

 そして空中投影ディスプレイに映っているタイマーは0になった。

 

『さぁ! ただいまからフリーエントリー組の参加です! みなさん、王子様の王冠目指して頑張ってください!』

「はぁっ!?」

「時間か。……って、桂木!?」

 

 逃げて悠夜の方に来た一夏とダリル。その後ろには盾を持ったシャルロットに鈴音が追従する。

 たまたま視線の先に倒れている悠夜を見つけたダリル、そして鈴音は駆け寄るが、両方から女生徒の群れが近くに一夏がいることもあって一直線にそっちに向かう生徒たち。

 

「桂木悠夜は弱ってるわ! あれから奪いなさい!」

 

 一人の生徒がそう叫ぶと、全員が意思を固めてそっちに突っ込む。―――が、それらはまた一斉に静止した。

 

 ―――まるで、神が降りてきたようだった

 

 立ち上がった悠夜を見て全員が固まる。一夏も、箒も―――いや、簪とダリルをはじめ、悠夜がそういう存在と知る人間以外は全員固まった。

 

(……視界が明るい)

 

 そう思う悠夜だが、それもそうだろう。悠夜は今回前髪を切り、それを束ねてウィッグを作った。だがそれはおそらくゴム弾が当たったことで壊れ、悠夜の足元に落ちているからだ。

 悠夜は自分の手を顔にやるが、付けていたウィッグがないことにまだ気付いていない。さらに言えば、眼鏡も落ちているので今の悠夜は文字通り素顔を晒しているのだ。

 

「………やっべぇ」

「ばれた」

 

 ダリルと簪はあらかじめ知っていたからか、そんな言葉を漏らす。一方放送室では楯無にも変化が起こっていた。

 

(……あれ? 私、あの顔をどこかで見たことがある?)

 

 実のところ、楯無は悠夜の素顔を見たことがない。

 何度か気になって見ようとしたが、そのたびにおっぱいを揉まれるわ、逆に押し倒されて固められるわで、結局見れずじまいだったのだ。

 それ故に感じるはずがない矛盾な感覚に、どことない不安を覚えていた。

 

「―――やれやれ。どいつもこいつも肌の露出が多すぎるな。これだから昨今の女というものは男がわかっていないんだ」

 

 物凄く絵になるポーズを無意識に取る悠夜。どうやら心からそう思っているからか、ある部分もまったく反応していない。

 

「いや、今はシンデレラの最中だったな。……なら―――」

 

 右腕を胸元と平行に上げた悠夜は自分たちが入ってきた場所とは違う方から来た生徒たちに向けて中指を自分の方に二回動かした。

 

「かかってこい。ただし、少し異常な俺と戦うんだ。死は覚悟しろよ、雑魚ども」

「な、何なのよ、その上から目線は!」

「そうよ! いい加減にしなさい!」

「いい加減、か」

 

 ―――ダイレクトだった

 

 今、悠夜の目を遮るものはなくなっているため、一部の生徒は悠夜の目をダイレクトに見てしまったのである。殺気を帯び、恐怖させる能力を十二分に兼ね備えている目を。

 

「だったら、制裁を加えてみろよ。言葉ではなく、武力でよぉ。できるよなぁ、自称最強共ぉ!!」

 

 そして悠夜は簪を通りすぎ、近くにいた生徒の一人を攻撃する。それが合図となり、一斉に生徒たちは悠夜にとびかかった。

 それは一夏すらも巻き込みはじめた。

 

「ちょっ、何なんだよ一体―――」

「こちらへ」

「へ?」

 

 だが当の一夏はいなくなる。そしてそれに全員が気付くのは少し後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのシンデレラを見ていた観客席に一人、異質な空気を放っている人がいた。

 その人物はまるで親の仇を見るように悠夜に襲い掛かる生徒たちを見ており、その人物の隣に座る人は、腕を取って自分の腹に持ってくる。

 

「ああ、加勢したい加勢したい加勢したい加勢したい」

「ちょっ、落ち着こうよ。いくらなんでもここで暴れたら計画に支障が―――」

 

 少女が女性と言っても過言ではないほどスタイルが整った二歳上の女にそう言うが、女は無視して腕を振り払い、今すぐに飛び出したい気分だと言わんばかりだった。

 

「計画? それは美味しいんですか?」

「ほら、ユウ兄を連れて帰ることだって。忘れたの?」

「思い出しました。そのついでに更識楯無を抹殺するんですね」

「一緒に連れて帰るんだけど……!?」

 

 できるだけ声を押し殺しながら叫ぶ少女は盛大にため息を吐く。

 

(………何でこんなことになったんだろ……?)

 

 少女は掴んでいる腕の主を改めてみる。

 彼女らがこうしてコンビを組むことになったのは、大体5年前くらいだからだ。もっとも彼女らは普段は一学生として動いていることが多いため、これから行われる作戦に参加するのは実に5回目である。

 本来、少女にこういった相棒が組まされる場合は、将来有望な男になるのだが、現相棒の女をギリギリ止めることができるのは、今組んでいない人間だけで少女だけだったのだ。

 もっとも、その女も少女のことはどうでもよく思っているのが現状だが。

 

(………まだ組んだ当初の方がマシだったなぁ)

 

 相手を見ながらそんな物思いにふけっている少女は、舞台袖へと消える別の女性と一夏の姿を見た。

 

「織斑一夏がどこかに連れて行かれるわね」

「そんなことよりもユウ様です。まぁ、ミンチになったところで大した戦力ではありませんからね。っていうかユウ様に散々迷惑かけたのでさっさと死んでほしいくらいです」

 

 常時こういう風であり、組織全体の輪を乱し続けているのだ。

 少女はまたため息を吐く。相棒の背景を考えればわからなくも理解できる少女だが、以前行った進路指導で「将来の夢は桂木悠夜のお嫁さんになることです」と某学園主席すら超えるほどの貫禄を見せつけるほどである。ちなみにそれを聞いたクラスメイトは盛大に笑ったが、笑った人間は全員その女性に骨折させられていた。

 

「絶対、ユウ兄を連れて帰らないといけないわね(私が倒れる前に)」

「そうですね。絶対に連れて帰りましょう。こんな大半が屑しかいない場所に放置するなんてユウ様に失礼です(そして私はユウ様とイチャイチャするんです!」

 

 彼女らはそれぞれの思いを胸に、結束を固めるのだった。




次回予定

あらかた倒した悠夜は、織斑がいないことに気付く。
そして嫌な予感がした悠夜は更衣室に戻ると、そこには既に捕まった一夏の姿があった。


自称策士は自重しない 第100話

「たった一人が不落の要塞」

「さぁ、潔く死ね!」



 シンデレラは如何だったでしょうか。
 豹変する悠夜、思考はどうあれ成長した箒、不穏な言葉を放つ陽子と不穏な行動をとる女二人。
 ということで次回はいよいよオータム編。悠夜はどのような行動に出るのか、乞わないご期待!


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#100 たった一人の不落の要塞

記念すべき100話目!
……おかしいな。5章の時点で50話前後ぐらいだと思っていたんだけど。


 どれだけの時間がかかっただろう。いや、3分もかかっていないか。

 俺は向かってきた女たちをある程度の攻撃を加えるだけに留め、全員を動けなくした。

 

「………つまらなかったな」

 

 倒れている女たちを見てゲロでも見るかのような視線を向ける。

 俺ははその場から離れようとすると、周りに観客を除いて人がいないことに気付く。

 

(専用機持ちはどこに消えた……?)

 

 黒鋼のハイパーセンサーを起動させるが、織斑以外の全員がステルスモードに移行しているため反応が捉えられなかった。

 

(前方にシュヴァルツェア・ツヴァイクのみか。そして、白式はさっきまでいた更衣室……と)

 

 倒れている女たちを無視して更衣室へと向かう。

 

(……何なんだ、この胸騒ぎは)

 

 ―――嫌な予感がする

 

 そう思いながら更衣室へと急ぐと、物音が激しくなってきた。気配を消して物陰に隠れて中を見ると、そこではすでに始まっていた。

 突っ込み過ぎる織斑と蜘蛛みたいなISを使う奴の間に向かってガンモードのダークカリバーから光弾を放つ。

 

「あぁ!?」

「何だ!?」

「真打登場、てね!」

 

 さらに続けて光弾を撃ちつつ、黒鋼を完全展開して戦闘に参加した。

 

「何なんだよ、アンタは!?」

 

 織斑は後ろに回り込んで攻撃しながらそう言うが、少しは黙ってできないのだろうか?

 

「ああん? 知らねぇのかよ! 悪の組織の一人だっつーの!」

「ふざけるな!」

「ふざけてねえっつの! ガキが! 秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』が一人、オータム様って言えばわかるかぁ!?」

 

 そう言いながら背中から服を破って残りの足を出すオータム。

 どうでもいいけど、すごく小物っぽいよな。俺の出番はないか?

 

(いや、発言が下っ端だけど意外と強い)

 

 織斑一人だと流石に分が悪いか。

 というか織斑が物凄く動くから狙いが定まらない。こんな奴の援護ができるジアンを見習うべきか。

 

「甘ぇ!!」

 

 織斑が天井から下へと移動して回避し、切り込もうとしたところでオータムがそれを八本足で受け止める。

 

「はっ! 雑魚が―――」

「サーヴァント」

 

 奴の周りからサーヴァントを展開して織斑を掴む武装っぽい脚部を破壊する。

 

「サンキュ、悠夜」

 

 そう言いながら何故か顔を赤くする織斑。まさかと思うが、

 

「あの女に惚れたのか?」

「そ、そんなわけないだろ!?」

「ふざけんな、気持ち悪い!」

 

 どうやら向こうは向こうで織斑のことを嫌っているようだ。

 仕方がないからフォローしてやる。

 

「おいおい、これでも織斑は主に馬鹿と雑魚にだがモテているんだ。気持ち悪いのは否定しないがな!」

「フォローになってないぞ!?」

「何ふざけてんだ、テメェ!?」

 

 だって気持ち悪いんだもの。むしろ男装していた時のジアンとのやり取りをネットで流してやりたい気分だ。

 

「戦闘中にふざけてんじゃねえぞ、ガキ共が!」

「俺はふざけてないんだけど!?」

 

 織斑は突っ込みながら縦横無尽に駆け巡る。しかも相手の技量もそれなりにあるから余計に捉えにくい。というか、もう脚部装甲が修復されているのかよ。

 

「そうそう、ついでに教えてやんよ。第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのはうちの組織だ! 感動のご対面だなぁ、ハハハハ!」

「―――!!」

 

 急にわけがわからないことを言い始めたオータム。何のことだかわからない俺は、新兵器を呼ぶことにした。

 すると織斑は何故か突撃した。

 

「だったら、あの時の借りを返してやらぁ!!」

「クク、やっぱりガキだなぁ、テメェ。こんな真正面から突っ込んで来やがって……よぉ!!」

 

 装甲の一つから蜘蛛の巣のようなものを射出すると、織斑はそれに引っかかった。

 

「くっ! このっ―――!!」

 

 第二形態になったことで追加された武装《雪羅》で切り裂こうとしたようだが、まるで獲物を捕らえた蜘蛛がさらに糸を巻き付けるかのように糸が伸びてがんじがらめになった。

 

「ハハハ! 楽勝だぜ、まったくよぉ! 蜘蛛の糸を甘く見るからそうなるんだぜ? おら、テメェもだ!」

 

 そう言って俺の方に蜘蛛の糸を飛ばしてくるのでひとまず距離を取る。

 

「ちっ。すばしっこいな。まぁいい、こっちの目当ては最初からテメェだけだしなぁ。で、お別れの挨拶は済んだか? ギャハハ!」

「何のだよ……?」

「決まってんだろうが、テメェのISとだよ!」

 

 すると、織斑の悲痛な叫び声が耳に届いた。

 何かをされたようだが、そこまでショックを感じないのは人として色々と失っているかもしれない。あ、元からか。

 様子を伺うために顔を出すと、織斑が何故か敵の目の前でISを解除していた。そしてその原因は、オータムが持つ4本のアームが付いた四角い装置だった。

 

(……あれは剥離剤(リムーバー)か?)

 

 ゴスペル戦で俺が暴走を止めるために使ったものと同質なんだろう。………無理やり第三形態になった時に壊れたから大した情報は持ってないけど。

 思考を巡らせていると、織斑が生身で攻撃を仕掛けるも、当然だが返り討ちに合う。

 

「当たらねえよ、ガキ! ISが無いおまえじゃなぁ!」

 

 困惑した織斑は白式を呼ぶが、オータムが見せたことに驚く。

 

「クリスタルについている装置はなぁ! 《剥離剤(リムーバー)っつうんだよ! ISを強制解除できるっつー秘密兵器だぜ? 生きてる内に見れてよかったなぁ!」

「返せ!」

「そう言われて返す馬鹿がどこにいるんだっつの!」

 

 そりゃそうだろう。奪うにはそれ相応の理由と言うものがある。……たまに衝動的なこともあるって話だけどな。

 オータムは織斑を掴むと俺がいる方に叫ぶ。

 

「おい聞け、もう一匹のガキ! このガキを消されたくなければとっと現れてテメェのISも差し出しやがれ!」

「………そうだな」

 

 そう言って俺は物陰から現れ、黒鋼を解除する。

 

「悠夜、止めろ!」

「よぉおくわかってんじゃねえか、ガキ。それをそっちに寄越せ」

「わかった」

 

 中指に付いている黒鋼の待機状態を取った俺を見たオータムはニヤリと笑う。どうやら確信しているのだろう。俺が仲間のために大人しく渡すと。

 俺は指輪を放る。そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――「デス・バレット」を最大出力にしてぶっ放した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の爆発音に観客席はパニックに陥ったため、楯無はすぐに行動した。

 そして観客と非戦闘員の生徒たちをすぐさま避難させる。一部別行動をし始める組もあったが、それは人外だったことも放置した。下手に応対したところで返り討ちに遭い、最悪の場合そのまま悠夜と一緒に監禁される可能性があったからだ。

 

「なんとか終わったわね。虚ちゃん、後は手筈通りに」

「わかりました」

 

 そもそもこれはあらかじめわかっていたことだ。そのために楯無は日本政府から織斑一夏を守る任を受け、同居する形でこれまで守ってきたのである。

 そして今回、一夏を囮にも使ったのには少なからずわけがある。それは悠夜と同じで自分の立場を理解させるためだ。

 悠夜は十二分に理解した上であの態度なのは第三形態になった軍用ISすら弄べるほどのスペックを持ったルシフェリオンがあるからだが、一夏は違う。確かに白式は第四世代の技術が入った第三世代機で、強力な武装が二次移行(セカンドシフト)したことで増えたが、結局は操縦者の技量が物を言う。

 さらに言えば、一夏が持つ楽観さはある意味危ないものであり、楯無はそれに並々ならぬ不安を感じていた。だから一度、外部からの敵に倒されるべきと考えていた。

 

(一歩間違えれば死ぬけどね)

 

 だが楯無自身もある種の満足感はあった。悠夜に負けた一夏はかなりの成長を見せているのだ。

 

 すると楯無の目の前が爆発した。とっさにミステリアス・レイディを展開して身を守る。

 

「……何なの……?」

 

 嫌な予感がした楯無はすぐに更衣室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い鳥が姿を現し、俺の肩に止まって黒鋼の待機状態を渡し、どこかへと飛んでいく。

 それを見送って撃った場所を観察していると、煙は晴れて全貌が顕わになった。

 

「………は……ハハハハ……ザマァねぇぜ。こいつ、仲間を殺しやがった」

「………フッ」

 

 ―――仲間?

 

 この女はおそらくただのアホだろう。俺の経緯を見て少し考えればわかる現象だというのに。

 

「何がおかしいんだ、ガキ!」

「うっせぇ、ババア」

「あぁ?!」

 

 すると俺の隣に背から黒い翼を、額から角を生やしている機械型の馬が現れる。腰に織斑を乗せている……が、このままだと相棒が汚れるので無理やり降ろして後ろに放り投げた。

 それなりの距離を飛んだ織斑は何度かぶつかる。それが原因か起き上がった織斑は大げさに叫んだ。

 

「いってぇええええええ!?」

「さて、続きをしようか」

「この状況で!?」

 

 後ろで突っ込みが入るが、当然無視する。

 

「………何なんだよ……何なんだよ、お前は!?」

「通りすがりのエースアタッカーだ」

 

 そう言った俺はもう一度《デス・バレット》の引き金を引く、する銃口から光が放たれる。

 

「バカが、遅ぇんだよ!」

 

 そう言って一気に距離を詰めるオータム。その速さに俺は対応できなず、再び剥離剤が近づいてくる。

 

「もらった―――」

「それはこっちのセリフだ」

 

 俺は伸ばす腕に飛び乗り、ついでに白式のコアを取り戻した。それを確認したのだろう、織斑が叫んだ!

 

「でかした! 悠夜、白式のコアを俺に!」

 

 だが俺は黒鋼を展開するとすぐに《デストロイ》を収束モードにしてぶっ放した。

 ギリギリ織斑に当たることはないラインで撃ったが、様子を見ると、信じられないと言わんばかりに俺を見る。

 

「ハッ! バカだな。今度はこっちがあのガキに近くなったぜ!」

「何だ、テメェも鳥頭か」

「あ―――?」

 

 オータムがこっちを見た瞬間、奴の装甲脚が何本か切れた。というか切ったというのが正しいな。

 

「俺に人質で脅すという作戦は通用しねえ。ましてやそれが織斑なら、猶更な」

「ば、バカか!? 普通助けるだろ!?」

「ああ、普通はな。俺が日頃から一緒にいる女とだったら俺はすぐさまルシフェリオンを使い、テメェとその誰かを引きはがした後に、一つの破片も残さずこの島ごと破壊するさ。だが、その人質が織斑なら話は別だ」

 

 だってそうだろう? 織斑は常に面倒事の中心だったんだから。というか邪魔しかしない馬鹿だしな。

 

「いや、織斑だけじゃない。この学園にいる大半は救いようのない屑だ。魅力もない、ただ潰えるだけの存在だというのに、自らが最強と勘違いしている、な。テメェもそうだろう、オータム―――いや、クソゴミババア」

「―――そうか。テメェ、そんなに消されてぇか」

「前提からして間違ってるぞ。死ぬのはテメェとおまけで織斑ぐらいだ」

 

 そう言って俺は一瞬で距離を詰めて《リヴォルブ・ハウンド》を展開して奴に攻撃しようとするが、それよりも先にオータムは離脱して辺りに蜘蛛の巣を撒き散らす。そしてそれの一つに俺は引っかかった。

 

「ハッ! デケェ口利いてその様かよ!」

「ああ、デモンストレーションは必要だろう?」

 

 ビームライフル《フレアマッハ》を一丁ずつ両手に持ち、二門ある荷電粒子砲《迅雷》を起動し、複合多機能武装《デストロイ》を砲弾を撃ち出すメテオモードに切り替えて一斉射撃を行った。

 蜘蛛の巣を文字通り消し飛ばす。そして俺は未だ織斑の近くで待機中の相棒を呼んだ。

 

「ペガス! 形態変形!」

 

 ペガスが吠え、俺の所へと駆けてくる。その際に自らの体が分離させ、俺の近くに来た時には既に周囲に漂う形となっていた。

 

「死ね!」

 

 やはり物語とは違って敵は攻めてくる。だが、そこまでは流石に考えているさ。

 繰り出される装甲脚の一部を《サーヴァント》で破壊する。だが相手は悪の結社を名乗るだけはある。口と頭が悪いだけの女ではない。というか、自身の手足以外に6本の装甲脚を使う時点で普通に強いか。

 

「意味わかんねえが、させるかよ!」

 

 オータムは俺の側面に回り、別の装甲脚で攻撃するが黒鋼の機動力を以ってすれば回避するのは容易だ。

 

「逃げんな!」

 

 さらに蜘蛛の巣を飛ばしてくるが、回避して距離を取る。

 

「ああ、もう大丈夫だ。それよりも自分の心配をしたらどうだ?」

「あ?」

 

 《デス・バレット》の引き金を引く。すると俺が予想した以上の出力でエネルギーが放出され、更衣室を跡形もなく消し飛ばしてく。

 オータムは織斑の方へと移動していくが、当の織斑は動けないのかその場で止まっていた。

 

「……ありえねえだろ、これは……」

「俺もそう思うが……これが現実だ」

 

 織斑すらも巻き込んだ圧倒的破壊行動は第四アリーナを更衣室を使えなくなった。だがこれは敵が来たから起こったことであり、さらに言えばさっさと来ない学園の部隊が悪い。そう、完全に責任を押し付ける形で俺は暴れているのである。

 だが決して更衣室の犠牲は無駄になったわけではない。完全にとは言わずとも半分ほど破壊しているのだ。

 でもこれ、まるで移動型要塞にトンデモ兵器を付け足した結果みたいな感じだな。黒鋼自体が不落の要塞みたいに感じる。

 

「降伏しろ、オータム。これ以上、俺を相手にすると自分が損するだけだ」

「ふざけんじゃねえ! たかがガキ如きに誰が降伏なんてするか!」

「プライドだけは一人前か。馬鹿な奴だ」

 

 俺はペガスを通常形態に戻し、後ろに下がらせると、後ろから何かが俺の頭を叩いた。

 

「この、スカポンタン!」

「何をする? 俺はお前に叩かれる筋合いはないぞ」

「叩くわよ! 大体何よこれ! それにもう少しで織斑君を殺すところだったじゃない! っていうか彼のISはどうしたのよ!?」

「預かってる。どうせ返したところで邪魔されるのがオチだしな」

「否定できない」

「否定してくださいよ、更識さん!?」

 

 下らない言い合いをしていると、オータムが装甲脚からマシンガンを撃って来た。それを楯無が水でガードするが、そのガードすら掻い潜って前に出た。

 

「楯無、こいつは俺が倒しておくからそのアホをどこかに連れて行け!」

「させるかよ!」

 

 オータムのISが俺の横を通り過ぎる。そしてまるで大量の空気が抜けた音をさせると、蜘蛛のISから光が放たれる。

 ペガスを後ろに下がらせて《サーヴァント》で楯無の前に盾を作らせると、俺はダークカリバーを盾にして衝撃に備え、爆発を耐える。

 ダークカリバーを粒子に変えた俺はサーヴァントの状態を確認すると、全基無事。どうやらなんとか攻撃は防げたようだ。

 オータムが周囲にいるかを確認したが、本人の機動力も高かったのかすでにいなくなっている。楯無に一声かけてからペガスをバイク形態にして探そうと思い、移動すると、

 

 

 ―――俺は言葉を失った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感がした楯無はすぐにミステリアス・レイディの能力で水のヴェールを形成して楯無を構成する。が、それだけでは足らない気がしたので一夏の上を跨いだで自分が盾になったのだ。

 爆発が止み、楯無はすぐに一夏の安否を確認する。

 

「大丈夫? 織斑君」

「え、ええ……まぁ………そうだ、あの女は!? それに悠夜も―――」

「逃げられた。たぶんISのコアも回収されているでしょうね。で、悠夜君は―――」

 

 楯無は立ち上がって悠夜を探すがすぐに見つかる。だが先程までのテンションはどうしたのか、信じられないと言いたげな目で楯無たちを見ていた。

 

「悠夜、そろそろ白式を返してくれないか? その、悠夜が考えている展開になるわけではないし」

「……………」

 

 悠夜は無言で剥離剤から白式のコアを外した悠夜はそれを一夏に投げる。それをお手玉してから一夏は受け止めると、白式のコアは待機状態のガントレットに戻った。

 

 ―――どうしてそんな目で見るの?

 

 楯無の心は動揺していた。自分でもわからない突然のことにどう反応していいのかわからない楯無は動けずにいると、風が吹き荒れ、破片が次々と一つの場所に向かって飛ぶ。

 

「―――一度はユウ様に救われておいて、本来の職務を全うせず、今度は裏切るのね」

 

 楯無と一夏は声の方へ視線を移すと、そこにはにわかに信じられないことが起こっていた。

 緑色の仮面をした女性がジャマダハルと思われる武器を手にし、その先端で竜巻を起こしているのだ。

 

「ちょ、ちょっと、何をするつもり―――」

「お嬢様は黙っててください」

 

 隣にいる赤い仮面を付けた少女に緑の仮面を付けた女性はそう言うと、視線を楯無に向ける。

 二人は共通の格好をしていた。()()のスーツ姿とは違い、今度は色は違うがお揃いのジャンバーを着ていて、背中には「HIDE」と言う字が印字されていた。

 心当たりがない楯無も負けじと睨み返した。

 

「あなたは何者かしら?」

「名乗ると思っているのかしら?」

 

 そう言った女性は持っていたジャマダハルを振り下ろし、わずかだけ残る第四アリーナの更衣室に止めを刺した。




ということであっさりとオータム戦が終わりました。ペガスの変形の下りはとあるマフィアの物語を参考にしています。しているだけで、決して漢字が間違っているわけではありませんので。
そしてまだまだ学園祭は続きます。そうだなぁ、見通しで言えば大体あと3話くらい? まぁ、そんなことを言って終わった試しはないんですがね。




※次回予告

突然現れた二人の女。彼女らは……というか彼女は問答無用で攻撃を仕掛け、学園祭でのISバトルはさらに続くのだった。

自称策士は自重しない 第101話

「第4の鋼」

「今まで一人にしてしまい、申し訳ございませんでした、ユウ様」


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#101 IGPS――第4の鋼

少しタイトルを変えています。


 主に悠夜のせいで第四アリーナの更衣室が崩壊したことで、学園すべてに緊急避難警報が発令される。

 ほとんどの人間がそれぞれのシェルターに避難している中、一組の男女は屋上でのんびり紅茶を飲んでいた―――が、女性の方に連絡が入り、その女性は顔を青くする。

 

「その様子だと、どうやらあなたの手駒は敗れたようだな。スコール」

「ええ。あの子、二人目と戦ったようね。だから白式を取ったらすぐに退散しろって言ったのに」

「案外、機体の性能差が原因だったりしてな」

 

 男性はそう言うと、スコールは「どういうこと」と尋ねる。

 

「先程の爆発は、黒鋼ではなく別の何かだからだ。ルシフェリオンか、そうじゃなかったらそれと同等の性能を持つ何かだろう。なにせあの家には発明馬鹿がたくさんの物を残しているからな」

 

 男性の言葉にスコールは苦々しい顔をする。

 

「今更、我々から離れて亡国機業(今の組織)を立ち上げたことを後悔しているのか?」

「そんなわけがないわ。あなたたちの突飛な行動には私たちはうんざりしていたもの」

 

 堂々と宣言するように言ったスコールに対してその男性は鼻で笑った。

 

「何かおかしいのかしら?」

「いや。むしろもっともと思ってね。確かに我々の祖先……その原因はどっちも生きているが、どちらも好きに生きた結果、あなたたちは直属の部下や不満がある者を引き連れて離れたはいいが、結局は一人よがりだなぁと思っただけだ」

「サーバス、あなた―――」

「結果として、俺が統治してからは少しはマシになったと思うけどね」

 

 サーバスは立ち上がり、誰もいない場所へと移動すると4mぐらいの機体がその前に現れた。

 

「……ああ、君か。かれこれ10年ぶりかな」

 

 だがその機体はサーバスを無視してスコールの方へと移動する。

 彼は内心「釣れないなぁ」と思いつつも、どこか満足そうな顔をしていた。

 

「いつでも君たちを待っているよ」

 

 そう言ったサーバスの体は黒い影が包む。それが床に吸収されるようにして消えた。

 

『……迎え』

「…あなた、彼のことが嫌いなの?」

 

 スコールは中に入っているであろう操縦者に問いかけると、意外だが、年齢的に納得できる答えが返ってきた。

 

『……だって、覚えていないもの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の敷地を駆けるオータム。今の彼女はISスーツのみだったが、幸いなことに彼女が走るルートには誰もいなかった。

 

(何なんだよ、あの野郎!)

 

 今、彼女に流れている汗はISでの戦闘のものもあるが、その倍は悠夜に対する恐怖心から来ていた。

 先程の戦闘。確かに彼女はスコールから警告はされていたが、所詮は子供。一夏を盾にすれば素直に言うことを聞いてISとルシフェリオンを奪えると思った。だが結果は見捨てるどころかむしろ事故に見せかけて消し飛ばそうとするほどだったのである。

 これまでの経緯は彼女もそれなりには情報を持っていたが、あそこまでの憎しみを抱いているとは思っていなかった。もっとも、悠夜の場合は僻みもあるがオータムにはそんな考えはなかった。

 

(クソがっ、絶対に許さねえ! いつか寝込みを襲ってやる!)

 

 いくらISやルシフェリオンと呼ばれる機体があるとは言っても、それさえなければただの雑魚。寝ている時なら狩れると思ってはいるが、彼女がそれが不可能だと知るのはもう少し後である。

 ともかく、喉が渇いたオータムはいつの間にか来ていたIS学園の正門を超えて少しした所にある公園―――入り口近くにある水飲み場を見つけ、一度そこで休憩しようとする。

 だが公園に入る前に体が固定され、動かなくなった。

 

(AICだと!?)

 

 ありえない。そう思ったオータムだがそれは間違いではない。

 ラウラがシュヴァルツェア・レーゲンを没収されてからというもの、AICを使える機体が学園に来たという情報は聞いていないからだ。自分の上司があえてそうしたということはまずないと断じる。

 

「そこまでだ、亡霊」

「テメェが!? 何でテメェがAICなんて使えるんだ!」

「答える必要はあるか?」

 

 ラウラがAICを使えるのは、彼女のISに秘密があった。

 雨鋼は元々悠夜を守るための意味合いが強く、兵器としての面が多いため最初からバックパックを使用しての運用を考えて作られている。そして製作者である朱音はとうとうAICを使える換装パッケージを開発してしまったのである。

 そのため、ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンを使用していた時のように動けるわけだ。

 オータムは何かを出そうとするが、その動きを逃すほどラウラは甘くなかった。

 

「動くな。すでに狙撃手がお前の眉間に狙いを定めている」

「くっ……!」

「洗いざらい履いてもらおうか。貴様らの組織について―――」

「―――あー、ごめん。それはできない」

 

 陽気な声が聞こえたかと思った時、レーザーの一斉射撃がラウラを襲う。

 

「ボーデヴィッヒさん、後退を―――」

「前方注意、だよ」

 

 急だった。目の前に機影が現れるや否や、何かがセシリアにぶつかる。その衝撃でセシリアは地面に叩きつけられた。

 その隙にその機影の後ろに甲龍を展開した鈴音が後ろに回った。

 

「バレバレ」

 

 ―――ガッ!

 

 鈴音は連結した《双天牙月》をその機体に向かって振るが、振り下ろしていたはずの何かで受け止められていた。

 動きを止めたから、その機体が顕わになる。顔は竜の頭のようなヘッドギアを付けているため全貌が見えないが、全体的にシャープな形をしている。

 

「アンタ、何者?」

「ざっくり言えば敵」

 

 そう言った自称敵は力のみで鈴音を吹き飛ばし、背中から銃身が現れて鈴音を撃つ。だが鈴音はそれを《双天牙月》を回して防いだ。

 

「へぇ、凄いね。中々のレベルだよ」

「そりゃどうも……って、男!?」

 

 鈴音は思わず突っ込む。

 さっきからその操縦者はボイスチェンジャーを使用しておらず、地声で応対していた。さっきまで戦いに集中していたこと、そして既に二人の男性IS操縦者がいたことで反応が遅れたのである。

 そのことにラウラ、そしてセシリアも今気付く。

 

「まさか、一夏さんと桂木さんのほかに男性操縦者がいましたの!?」

「そういうこと………って言ってもちょっと違うかなぁ」

 

 すると真ん中をラウラの雨鋼、そして藍色の機体が通り過ぎた。

 セシリアはそれを見て驚く。何故ならその藍色の機体は元はイギリスの機体だったからだ。

 すぐさま鈴音に男を押し付け、セシリアはその機体を追う。しかし男の方もセシリアも追い、その後ろを鈴音が追う形となった。

 

「邪魔だ」

 

 藍色の機体―――サイレント・ゼフィルスが反転してメインウェポンである《スターブレイカー》をセシリアに向け、発射する。

 それをセシリアが回避した時、レーザーが曲がった。

 

「―――!?」

 

 思わずセシリアの顔が青ざめる。何故ならその現象は、BT兵器の高稼働時に可能な偏向制御射撃で、現在世界でできるのは、セシリアだけのはずなのだ。

 

「ちょっとM、あまり無茶なことはするなよ~。整備が大変じゃんか~」

「貴様がするわけではないだろ」

「いやいや、するから。しますから……っていうか、そもそも僕は整備専門だよ」

 

 急に無駄話を始める二人を見て、三人は唖然とする。

 

「っと、その前にさっさとオータムを回収しないとね」

「させるか!」

 

 二機は後ろから現れたラウラの雨鋼から距離を取る。Mと呼ばれたサイレント・ゼフィルスの操縦者はビットを飛ばし、「偏向射撃(フレキシブル)」をそれぞれ行う。だがラウラもメタルシリーズの操縦者。それをうまく回避し、サイレント・ゼフィルスに肉薄した。

 

「ほう。中々やるな、遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

「貴様、何故それを知っている!?」

「言う必要はない」

 

 そう言ってMはオータムを無理やり奪い取ると、そのまま飛んでいこうとするが鈴音がそれを遮った。

 

「これ以上は行かせないわよ」

「それはちょっと困るなぁ」

 

 男は指を鳴らす。すると上空から何かが降ってきて、鈴音を掴んでどこかに放る。

 

「その機体は、7月に女権団が持っていた無人機か」

「その完成型って言えばいいのかなぁ? あ、これ言ったら不味いんだっけ?」

「知るか」

 

 Mがそう答えると男は「え~」と茶化し始めた。

 

「えっと、こういう時は……「俺に構わず先に行け!」だっけ?」

「心配する要素がないな。このアホと違って」

「アホって言ってんじゃねえ! ガキ!」

「「いや、アホ「じゃん」だろ」

 

 二人がそう言うとオータムが激高するが、男はため息を吐いて戦闘態勢を取る三人の方に向いた。

 

「悪いんだけど、ここは引いてくれないかな? 君たちをあまり傷つけるのは得策ではないっていうか……ああ、そっちの金髪女は別に死のうがどうでもいいか」

「な、何ですって!?」

「アタシたちがそう簡単に負けるって言いたいの?」

「そりゃあね」

 

 男は堂々と言い、全身から殺気を放出した。

 

「試してみるかい? 君たちのISと僕のリヴァイアサン。どっちが強いか……って言っても、ルシフェリオンと同等の機体に勝てるかってところで疑問なんだけどね」

 

 そう言うや否や男は槍の形をした水を形成し、無人機諸共攻撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りに砂煙が舞い、視界が塞がれる。

 すぐさま楯無はハイパーセンサーを使って周囲を確かめる。

 

(織斑君は近くにいるわね。問題は悠夜君の方だけど―――)

 

 そう思ってすぐに悠夜がいた場所へと視線を向けると、そこにはゆっくりと先程の女性が近付いていた。

 

「悠夜君、逃げなさい!」

 

 聞こえているかどうか定かではない。だが楯無は思わず叫んだ。

 だが悠夜は一ミリとも動かず、ただただ茫然としている。

 するとその女性は悠夜の前に来ると、「失礼」と一言、そして―――

 

 

 ―――悠夜にキスをした

 

 

(………はぁ?!)

 

 わけがわからなかった。

 何故その女性が悠夜にキスをするのか、そしてさっきから一切悠夜に攻撃しないのか、それどころか、さっきの少女よりも恭しく接するのか。

 確かに悠夜がこれまでしてきたことは楯無も賞賛できる。現に白式を取り返し、捕まえるに至らなかったが撃退には成功したのだから。

 だがこれまでの言動は流石に同意できないため、正直妹のことについて完全に知っているという自信を失いつつあった。

 

(それがどうして……キス!?)

 

 少女の方に楯無は視線を移すと、同じく少女もため息を吐いている。

 

「ミィ、もう気が済んだ?」

「はい。では、すぐに連れて行きましょう」

 

 そう言って「ミィ」と呼ばれた女性は悠夜をお姫様抱っこする。

 

「って、あっちは!?」

「殺します」

 

 そう言ってミィは指を動かすと、彼女らの周りに風が起こり、徐々に狭まる。

 

「織斑君、今すぐ零落白夜を、この風に使って!」

「は、はい!」

 

 ずっと黙って顔を赤くしていた一夏は言われてすぐにバリアを切り裂いて外に出る。それに続いて楯無も出てきて、すぐに二人の周りに水を展開した。

 

「そこまでよ。今すぐ悠夜君を返しなさい」

「……軟弱ですね」

 

 急に水が飛び散る。楯無は解除していない、ミィがそれを解いたのだ。

 

「その程度で「最強」を名乗るのですか。いくらゴミしかいない学園とは言え最強を名乗っているのならと多少は期待しましたが、やはりあなたは不要です」

「いや、そいつも連れて来いって言われてるんだけど……」

「まぁ、確かにユウ様には必要ですか。主に性欲を吐き出せるための壺としては使えますか」

「……随分と言ってくれるじゃない」

「事実です。ユウ様はあなたを気に入っているから連れて行く、それ以外に目的はありませんし」

 

 するとミィは枕と布団を出すと、それを空中に漂わせて悠夜を寝かせる。

 

「PIC?」

「ええ。我々にはPICを一般的に行使する技術を持っていますので」

 

 そして風が辺りに展開されると、上から二機のISが降りてくる。紅椿とラファール・リヴァイヴ。学園側の救援が来たのだ。

 

「「一夏!」」

「箒、あシャル」

「わざわざやられに来るなんて、ただの馬鹿ですか」

「何?」

 

 ミィがそう言うといち早く反応したのは箒だった。

 

「随分言ってくれるではないか」

「君たちの目的は何だい?」

「ユウ様と、その実力を知り、理解できる人間の確保です。そして、あなたの妹もそれに含まれていますよ、シャルロット・ジアン」

「そう」

 

 シャルロットはすぐに武装を展開。それに箒も倣う。

 

「だったらますます、行かせるわけにはいかないね」

「あなたの妹を高く評価しているだけです。それに本人もそれを強く願っているのはあなただって知っているでしょう?」

「………」

 

 確かに、リゼットは以前から悠夜と一緒になりたいと堂々と宣言していた。

 だがシャルロットは悠夜とユウ様が=にならず、混乱する。

 

「ちょっとミィ、まさかあなた一人で楽しむつもりじゃないでしょうね!」

 

 少女がそう言うとミィは首を横に振る。

 

「これからするのは遊びではなく作業です。それにお嬢様にはユウ様を守っていただきたいので」

「………守る必要あるの?」

「念のためです。もしかして実力を隠して手こずる可能性がありますから」

 

 そう言ってミィは目を閉じると、周囲に暴風が起こり彼女の体を包み込む。そしてそれがなくなった時、彼女は装甲を纏っていた。

 

「この人もISを奪ったのか!?」

「IS? 違いますよ。この機体はそういう不完全なものではありません。むしろその言葉はこの機体の製作者に対して失礼です」

 

 一夏に言葉を返したミィはそこから消え、楯無の前に現れて攻撃した。

 

「早い」

「そりゃそうでしょう。風なのですから」

 

 気が付けばミィは楯無の後ろに回ってジャマダハルで楯無を切ろうとするが、楯無は《蒼流旋》で受け止める。

 

「今よ!」

 

 楯無は合図する。そして一夏、箒、シャルロットは三方向からミィに攻撃するが、それらはあるものですべて受け止めれられるか弾かれた。

 

「そんな!?」

「怯まないで!」

 

 ミィの周りに漂っているのはソードビット。だがそれは悠夜が使用するような非実体ではなく、実体しているものである。というよりも、チャクラムだった。

 

「更識楯無。ここまでされてまだ力を使わないのですか」

「力? 何のことよ」

「…………そっちの方でしたか」

 

 ミィは姿を消し、再び悠夜の前に現れる。

 

「だとすれば、この風鋼(かざがね)の全力を出す必要はありません。撤退しますよ、お嬢様」

「だから、更識楯無は連れて行くって言ってるでしょ!」

「……………………………わかりました」

「すっごい不服そうね!?」

「必要ですか、あれ」

 

 そう言ってジト目で楯無を見るミィ。それを一夏は遮った。

 

「さっきから何なんだよ、更識さんを連れて行くとか行かないとか」

「連れて行ってどうするつもりだ」

 

 一夏に追随するように箒が聞くと、ミィは堂々と言った。

 

「子を作るための器として使います。というか、それぐらいしかありません」

「そ……それって………まさかリゼットも!?」

「はい。先程も言いましたが、我々の目的はユウ様と彼を理解できる人物の確保。そして女性はみな、彼のものとなってそういうことをしてもらいます」

「ほ、本人を無視してか!?」

「ええ。今更でしょう? 彼の能力を考えれば当然の措置。むしろ私に言わせてもらえば、どうしてユウ様が未だに誰とも交わっていないのか疑問でなりません。というかこの学園にいる大半の女は異常です。無駄なプライドで自らが強いと、偉いと思いこみ、真の価値を理解できない人たちしかいない。ユウ様が本気を出せばこの学園はおろか、少なくとも地球各所で大災害を起こすなど容易だと言うのに」

 

 はっきりと言ったミィにもう一人の少女はすかさず突っ込んだ。

 

「それが理解できる人なんていないでしょ!?」

「そうですか? ルシフェリオンはすでに世に出ているのだから理解はできるでしょう?」

「いやそうだけど!? でもあれインチキ呼ばわりされているって知ってる?」

「そうなのですか? だとすればデモンストレーションが必要ですね。ちょうど手頃な施設もありますし」

 

 ミィは視線をIS学園に向けた。

 

「まさか、IS学園を実験台にするつもりか!?」

「あそこには一部を除いて屑しかいませんからね。まぁ、流石にルシフェリオンでは不味いので、私がしますが」

 

 そう言ってミィは風を起こし、球体を作って学園―――ではなく楯無たちに向けて発射した。

 爆発、そして暴風が起こる。だが一夏が再び零落白夜で風を切り裂いて全員が現れる。

 

「ねぇミィ。そろそろアタシも戦いたいんだけど」

「お断りします。と言いたいところですが、流石に私が更識楯無の相手をすると殺しかねないのでお願いします」

「りょーかい」

 

 そう言って少女は仮面を捨てる。同時に炎を纏った。




人物紹介


・ミィ
悠夜を「ユウ様」と慕う謎の女性。体型は一部が大きく背が高い。青い瞳に緑色の髪をしている。
並々ならぬ愛情と忠誠心があり、悠夜ではなく一夏と関係が良好な楯無を恨んでいる。しかしその憎悪は強く、何か理由がありそう。
第二章に既に名前が登場していて(ただし改変されている)、「ミィ」は愛称


・少女
ミィの相棒であり(一応の)お嬢様。ただし本当に忠誠を誓われているかは怪しいところである。
主に暴走気味のミィをいさめる&突っ込む役割が強い。



機体


・リヴァイアサン
亡国機業に所属する男性操縦者の機体。操縦者曰く、「ルシフェリオンと同等」。



・風鋼
ミィの使用機体。IGPS。
風を操り、他に判明している武装はジャマダハルとソードビット。



ということで第101話は如何だったでしょうか? 一応、原作に沿って進んではいますが、ここからはたぶん原作から外れるでしょう。あ、一応次章はキャノンボールをするつもりですからね。戦いはまだ続くってことです。


「次回予定」


仮面を捨て、炎を纏った少女。その少女は強く、楯無は苦戦を強いられる。
しかしその時、何かがそこを通過した。
一方その頃、ラウラの方は楯無たち以上の苦戦を強いられていた。

自称策士は自重しない 第102話

「四神機」

「あなたは未来はユウ兄のおもちゃって決まってるんだよねぇ!」


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#102 四神機

リッターと言う名前が被っているので、「ドラッヘリッター」から「リヴァイアサン」に変えました。


 これを知っているのはごく少数なのだが、用務員館はVIP用のシェルター強度を超えるほど固く、IS学園内で生徒用シェルターの次に固いのである。

 それを知っている数少ない人物である陽子は避難場所に用務員館を選んだのは幸那の存在があったからだ。

 幸那は現在、女権団の生き残りに命を狙われている。その原因は7月の福音戦のことで戦犯扱いされているのだ。無謀な作戦を立てた人物の一人として。そのため、今ではある程度鍛えているのでそれなりの強さを持っているのだが、場合によってはISが来る可能性がある。普段はギルベルトがISに対抗する手段を持っているため護衛をしているので心配はないが、大人数のシェルターに入った場合、殺される可能性があるのだ。

 そのため陽子は敢えてここに来たのだが、そこには思わぬ先客がいた。

 

「久しいのう、まさかお主がこんなところにいるとは思わなかったぞ、フローラ」

「それはこちらの………いえ、あなたのことですから、孫のことをからかいに来たのでしょう?」

「もちろんじゃ。で、何故ここにフローラがいるのじゃ?」

 

 陽子は近くにいる十蔵に話を振ると、「私にもわかりませんよ」と十蔵は返した。

 

「未来が見えたのさ」

「……未来?」

「そう。未来が。10世紀に一度、起きるか起きないかと言われるほどの未来がね」

 

 フローラは特殊な人間だ。

 彼女の一族で数は少ないが未来を視ることができる人間がたまに現れる。そしてフローラもその一人だった。

 

「ところで、その子はあの男の子の義理の妹だね。すべてを知るにはまだ幼すぎると思うけど?」

「……とはいえ、流石に一人で外にいるのは―――」

「―――では、別室をお借りしてもよろしいでしょうか?」

 

 ギルベルトはそう言うと、十蔵は「そうだね」と言って二人を案内した。

 

「……あの二人を離れさせたのは、悠夜とあのことに関係しているのか?」

「ええ。私は見ました。あなたを殺そうとするのと、世界を壊そうとするのを」

「………ようやく、とでも言えばいいじゃろうか」

「ですが、その時には既に彼はある程度「目覚めて」います」

「………」

 

 その言葉に陽子は「だからか……」と答える。

 

「確かにそれはマズいのう。地球が消し飛ぶわい」

「今回は警告です。できるなら、戦わない方がいい」

「無理じゃろうな。ワシとて退屈なのじゃ」

 

 それを聞いたフローラはため息を吐いた。

 

「わかりました。では、彼をどうするかはあなたに一存します」

「止めないのか?」

「止めても無駄でしょう?」

 

 そう言ってフローラは出入り口のドアを開け、どこかに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎が解き放たれ、全貌が顕わになる。

 その機体は楯無と同じタイプでありながら装甲が一般的な量になっている。

 

「それじゃあ、改めて。私は炎の四神機「イフリート」の使い手、()()(あけみ)

「桂木だと!?」

 

 箒が反応すると、暁と名乗った少女は頷いた。

 

「そう。そこで寝かされている悠夜お兄ちゃんとは実の兄妹だよ。まぁ、本当は姓が違うけど、今回はわかりやすくそう名乗っておくね。ほら、ミィ。あなたも」

「嫌です」

「…………で、こっちのお兄ちゃんが大好き過ぎてヤンデレ化しているのがミア・ガンヘルド。風鋼の使い手だよ」

 

 勝手に名前を知らせたことでミィ……もとい、ミアに睨まれる暁。だが暁自身はどうとも思っていないのか、平然と受け流していた。

 

「さて、更識楯無。お兄ちゃん諸共あなたを連れて行くわ」

「やれるものならやってみなさい」

「やれるわよ。それも比較的簡単に」

 

 そう言って暁は炎の球を楯無に向かって飛ばす。それを水で消火しようと試みるが、

 

 ―――!?

 

 火の球を避ける楯無。消化しきれなかった彼女はとっさに回避したのだ。

 着弾した地面から火柱が立つ。

 

「私の炎は神の業火。そう簡単には消させないわよ。それに、スペック自体が問題なんだよね」

「スペックですって?」

「そう。私たちが使うIGPSはISに対抗して作られたもの。特に私やユウ兄が使用する四神機は超特別性なの。簡単に言えば、イフリート一機でアメリカの半分は文字通り消し飛ばせるわね」

 

 そう言い終えると楯無の足元から炎の矢が飛び出す。さらに暁の方から砲弾が飛んできた。

 

「ところで、本当にあなたと悠夜君は兄妹なの? 髪の色といい、目の色といい、だいぶ違うけど」

 

 回避しながら楯無は質問を投げかける。暁はさらに炎を飛ばしながら答えた。

 確かに悠夜と暁の容姿はかなり違う。悠夜は黒い髪に茶色い瞳という一般的なものだが、暁はどちらも炎を思わせる深紅だった。

 

「なんか、今世代の私たちって結構特殊みたいなのよね。だから誰一人として色があってないのよ。さて、お話はもうおしまい」

「―――!?」

 

 《蒼流旋》に備わっている四門のガトリングから発射された弾丸の雨霰を回避した暁は指を鳴らす。すると楯無は一瞬にして炎の渦に呑み込まれた。

 

(アクア・クリスタルからの供給が追い付かない!?)

 

 ミステリアス・レイディの装甲は限りなく少ない。というのも防御の大部分は機体に備わっている二基のアクア・クリスタルから供給されるアクアヴェールを使用して使っている。だがそれが高熱の炎で蒸発され、クリスタルから放出されても瞬時に消されるのだ。

 

『どう? 地獄ような炎の渦に包まれた気分は。何もできないでしょ? これでもまだイフリートの出力は10%なのよ』

「……冗談でしょ」

『冗談ではないの。だって、私が使っているのは特別性だもの。ルシフェリオンと同等っていうのはあながち間違いではないってわけ』

 

 楯無の間に暁の姿はない。だがこうして会話が成立するのは、炎から声が発せられているからだ。

 

『で、この状態にしたのはどうしてあなたに聞いておきたいことがあったんだけど』

「……何かしら」

 

 ―――為す術がなかった

 

 事実上、自分は戦闘不能になり、楯無は死を覚悟しつつ尋ねる。

 

『あなたは織斑一夏と桂木悠夜、どちらが大切なの?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楯無さん!?」

 

 楯無が炎の渦に呑み込まれたのを見た一夏はすぐにそっちの方に行こうとするが、それよりも先に一夏の前を竜巻が横切る。

 

「邪魔するな!」

 

 零落白夜を発動させて風を切り、そのまま渦の方へと飛ぶ。

 だがとうとう、白式に恐れていたことが起きた。具現維持限界である。

 

「一夏!?」

 

 箒はそれに気づき、すぐに一夏のカバーに入る。だがそれを察したミアは箒を風で攻撃する。だが箒に当たらなかった。

 

「させないよ! 箒、行って!」

「すまん!」

「―――愚かですね」

 

 ミアは消える。するとシャルロットは地面に叩きつけられた。

 

「ぐぁっ!」

「落ちなさい」

 

 ミアはジャマダハルを箒に向けると刃の風を撃ち出して攻撃する。だがここでミアに誤算が襲った。

 箒は無意識に一夏を思い、絢爛舞踏を発動したのである。そのためエネルギーが回復し、紅椿は機動力を再び手に入れて一夏の元へと飛んだ。

 

「手を伸ばせ、一夏!」

「箒!」

 

 二人はお互いに手を握る。白式のエネルギーは回復し、再び光を取り戻した。

 

「生徒会長を頼む! 私はあの女を!」

「わかった」

 

 一夏はそのまま再び渦の方へと飛ぶ。ミアは深追いせず、自分の方を向く箒と対峙した。

 

「ここから先は行かせんぞ!」

「………あなたは意外と酷い女なんですね、篠ノ之箒」

「何?」

 

 予想外の言葉に箒は驚く。ミアはてっきり自分を倒すかスルーして一夏を追うと思ったのだ。

 

「あなた方は何も知らないようですが、私が更識楯無に対して憎しみを抱いているのと同じくらい、お嬢様は織斑一夏を恨んでいるのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁあああああ!!」

 

 一夏は炎の渦を切り、楯無を助けるために突っ込む。だがその筋の先にイフリートを纏う暁が現れた。

 暁は何かを振るうと炎が一夏へと飛ぶ。それをPICを駆使して回避した一夏は「雪羅」を荷電粒子砲《月穿》にして撃つ。

 しかしそれは暁が操る炎が消し飛ばした。

 

「この―――」

「遅い」

 

 するとどういう原理か、上から炎の球が一夏に襲う。それを回避していく一夏だが、目の前に現れた暁の炎の刃に切られて下がる。

 

「―――今までミィのような一歩間違えれば爆発する起爆剤がいたからこらえてきたけど、やっぱりあなたを見たら我慢できないわ」

「―――え?」

 

 気が付けば一夏は地面に叩き付けられていた。

 わけがわからない。いつの間に攻撃されたんだ? そう思う一夏に激痛が襲う。

 

「もう我慢するか! とっとと死んで詫びれやこのクズが!!」

 

 そう叫び、さっきまでの冷静さはどこに行ったのか一夏をひたすら殴る暁。元々のイフリートの性能ももちろんのこと、さらに暁は的確に人体の弱点を突いて攻撃していたので一夏へのダメージが増えていく。

 

「こんな下らないことにユウ兄を巻き込みやがって! こんな低能学園にユウ兄を入れやがって! 昔からホントテメェら一族は―――よぉ!!」

 

 さらに叫び、重い一撃を食らわせて第四アリーナの壁に叩き付けた。白式は最後に主を守り、エネルギーを使い切った。

 

「一夏!」

「どこを見ているのですか?」

 

 暁の後ろでは一夏を助けようとする箒をミアが邪魔をしていた。

 その状況を気にせず、暁はまっすぐ一夏のところへと向かう。

 

「……一体―――」

「黙れ」

 

 まるで暁の人が変わったようだった。

 もっとも、彼女は二重人格というわけではない。普段は本当に優しく、どんな人間にも平等に接するような人間だが、一夏の場合は事情が違った。

 そもそも、悠夜がISを動かす原因になったのは一夏が原因だ。

 一夏がISを動かした日、あの時一夏は関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアに入ってISに触れている。その「関係者」に自分が含まれると思ったのは受験生だからだが、それでもISがある時点で少なくとも自分は関係ないことに気付くだろう。馬鹿正直にそれに触れていることなんてしないはずだ。あの時はまだ男はISを動かせないのが常識なのだから。

 ある事情で悠夜のことを知っていた暁は兄と思う彼がどのような人間なのか把握し、状況を調べた。結果、ある結論にたどり着いたのである。―――すべて目の前にいる男が元凶だと。

 

「ユウ兄はね、何もかも普通じゃないの。やろうと思えばISなんて一瞬で潰せる。逆らってくる女を一瞬で黙らせる。そもそものスペックが世界最強と呼ばれているあなたのお姉さんが10秒も持たないほどの異常なのよ。だから一般人として過ごさせることにしたんだって。私もそろそろユウ兄を私たちのところに連れて行こうとしたんだよ。あなたが余計なことをしなければね」

 

 暁の右手に炎が形成され、それが徐々に大きくなる。

 そして右手を一夏に向けた暁は炎の球を発射した。

 

 ―――だが

 

 何かが一夏の間に割って入る。そしてそれが縦に割られて二つとなったそれらは一夏の両隣に着弾して爆発した。

 

「……更識簪!?」

 

 暁が驚いて声を上げるが、簪は炎の渦に銃の形をした手を向けた。

 

「―――バンッ」

 

 すると渦が上下に割れ、所々火傷をしている楯無を解放させた。

 

「何を考えているの、あなた。どうしてその男を助けたのよ!?」

「………」

 

 暁に聞かれた簪は未だ荒鋼を装備したまま言った。

 

「仮に、本当にあなたが悠夜さんの妹なら、織斑一夏如きに手を血で染めるのは喜ばないと思ったから。それと―――」

 

 楯無が落下する場所にペガスが駆け、回収する。

 

「お姉ちゃんを調教するのは、私の役目」

 

 簪の腕には王冠が二つあり、それらが粒子になって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園では、その男が驚くことが起こっていた。

 ラウラたちに自分が形成した水の槍が当たる寸前、ビットでバリアが形成され防がれたのである。

 

「―――やれやれ、これはとんだお客さんだ」

 

 ビットが持ち主のところに戻ると、そこには騎士風の機体があった。

 

「………ISじゃない? 誰だ?」

「なるほど。その気配……あなたも……いや、お前もそういうタイプか」

 

 後ろからさらに、二機の機体が着地する。一つは頭部に角が三本生えており、全体的に白いが所々水色が混じっている。もう一方はマリンブルーで形成されているが、背部にウイングスらスターが付いていることから飛行が可能かもしれないと思わせた。

 だがその二機は何故か震えていた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、あなたは今すぐその二人を連れて引き上げなさい」

「お待ちなさい! どなたか存じませんが、彼は―――」

「知ってますよ。アレは桂木悠夜と同種でしょう?」

 

 黒い機体の操縦者と思われる声がセシリアの声を遮る。

 

「悪いけど、君たち全員にはここで退場してもらうよ。後々の大仕事に支障をきたしそうだしね」

 

 そう言ってリヴァイアサンを操る男はまた無人機を召喚した。それも一機や二機ではない。軽く10機はいた。

 

「なるほど。そういうタイプですか」

 

 そう呟いた黒い機体はそこから飛ぶ。そして次々と無人機を破壊していった。

 

「お前は一体―――」

「戦闘のために生み出された存在、とでも言っておきましょうか」

 

 ラウラはすぐさま通信回線をラボ専用の回線で開く。

 

『まさか……貴様…いや、あなたはリベルト・バリーニですか……?』

『ええ。だとすれば何か問題はありますか?』

 

 ―――ありすぎる

 

 思わずそう言いそうになるラウラだったが、なんとか言葉を呑み込んだ。

 通常、ISは男では動かせない。だが、もしかしたら男でも動かせるものを開発できる人物をラウラは知っていた。そのこともあって自重したが、それよりも気になることがあったのだ。

 

(何故、後ろの二人の動きが硬いのだろうか……?)

 

 まるで何かに怯えているようだと思うラウラだが、それはあながち間違いではなかった。というか二人は心の底から怯えているである。

 

『ラウラ、聞こえる?』

 

 ラボ専用回線から、朱音の声が聞こえたラウラはすぐに応答した。

 

『朱音か。すまない、今少し立て込んでいるんだ』

『フェイク小隊がそっちにいるんでしょ?』

『フェイク小隊? なんだそれは』

『これはまだ未発表なんだけど、実はね、ISに代わる新たな兵器を完成させてしまったの』

 

 どこか怯えるような物言いだが、それでも技術者としては興奮を隠せないのか、微妙なテンションでそう言った。

 

『その名は「フェイクスード」。まぁ、本当の発音は違うんだけど、ちょっとその辺りの突っ込みはナシで……』

『おい待て。そんな貴重な情報をラボ用とはいえ通信で知らせるな。漏えいしたら大変だろう』

『大丈夫。かなり強固なプロテクトをセットしたからそう簡単には解析できないようになってるから』

 

 かなり自信を取り戻しているのか、朱音は堂々と言った。

 

『それより今は、目の前の敵をどうするかが問題だと思う。特にルシフェリオンと同等って機体の相手はやっぱりお兄ちゃんにしかできないんじゃ―――』

『それなんだけどね、朱音』

 

 横からレオナが通信に割って入る。

 

『今、リベルトさんが普通に戦いに行ってるんだけど』

『…………わかった』

 

 すると朱音は通信を一度切り、もう一度繋ぐ。今度はリベルトに繋いだ様だ。

 

『何でしょうか?』

『……リベルトさん。死なないでくださいね』

『………わかりました』

 

 

 

 朱音は再び通信を切り、自分のラボでIS学園の配置図を出して現状を確認する。

 現在、朱音は自分が開発したフェイクスードのパイロットたちの補佐やIS学園側の状況を確認するために、十蔵の許可をもらって開発した専用ラボの中で作業をしていた。

 

(やっぱり、学園の部隊の動きが遅い)

 

 学園コードを持つISの動きを確認した朱音は近くのカメラを作動させ、状況を確認する。数秒すればどういう状況かを理解した。

 

(所属不明機……でもこれ、7月に現れた無人機……)

 

 その部分を記録した朱音は十蔵経由で手に入れたサンプルから調べた資料を出す。本来なら横流しと言えるこの行為は禁止されるべきなのだが、朱音の能力が伸びることを喜んだ十蔵は二つ返事で了承した。その原因は寿命だろう。

 朱音の能力の高さは遅かれ早かれ露見する。十蔵の死後、下手すれば朱音は苦しい思いをするかもしれない。ならば、できるだけ状況を知り、的確に判断できる能力を養おうと思った十蔵は秘密裏に行動したのだ。

 当然だが、菊代も晴美もそのことは強く反対した。だが朱音の決意は固かったため、最終的には折れたのである。

 

 資料から判明する弱点を、他の操縦者であるアラン、レオナ、ラウラ、簪に伝達すると、ある少女の名前を呼んだ。

 

「……ねぇクロ、出てきて」

 

 だがその少女は一向に姿を現さない。

 すぐさま朱音は悠夜がいる場所を探すと、その光景を見て思った。

 

 ―――やっぱり、と




ということで、学園祭編はまだまだ続きます……もう終わる予定だったのになぁ……。

・フェイクスード
朱音が開発したISに代わるパワードスーツ。
元々ラボに所属しているアドヴァンスドが使用することを前提として作られているため、生産数も少ない。リベルト、アラン、レオナの三人が使用している

ここで捕捉なのですが、「スード」は間違いで本当は「スドゥー」だったはずです。ですが綴りが「sudo」だったので……要はこじつけです。
実はフェイクスード関連はこの時期ぐらいにお披露目する予定で、前々から出しているような出していないような感じだったのですが、運悪く仮仕様を間違って処分してしまったみたいでですね……「贋物のなんちゃら」と言う記憶しかありません。ほんと、申し訳ない。


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#103 堕天が望むもの

 一夏たちが窮地に追い込まれ、ラウラたちもまた、リヴァイアサンを駆る操縦者に苦戦をしている中、学園の部隊はほとんど壊滅状態に陥っていた。

 

「な、何なのよ、こいつら!」

「どうして専用機持ちは来ないのよ?!」

 

 訓練機では太刀打ちできない。その現実が、彼女たちを襲う。

 幸い、ISには絶対防御があるのでまだ死者は出ていないようだが、何人かのISが見るも無残に壊されていることから、それは時間の問題と思われる。

 しかし、生徒と教員で構成された部隊が未だに残っているのは千冬のおかげだった。

 

「負傷した者を連れて下がれ! ここは私が引き受ける!」

「織斑先生!」

 

 指示を飛ばしている隙に、ケルベロス型のロボットが千冬に襲い掛かる。だがその前に炎の球がぶつかり、ひるませた。

 

「待たせたな!」

 

 そう言いながら双刃剣《黒への導き(エスコート・ブラック)》で近い機体を切り伏せる。その後ろから氷が降り、ダリルを援護した。

 

「イージスの二人!?」

「やった、これで――」

 

 だが喜んだ女性が途中で言葉を切る。一体の機体がまっすぐにそっちに向かってくるからだ。

 

「やらせるか!」

 

 千冬が間に割って入る。するとその機体は変形して人型になり、振りぬかれる《アスカロン》を受け止めた。

 

「!?」

「………流石は、ブリュンヒルデ。でも、今日の目的はあなたじゃない」

 

 再び獣型に戻ったその機体は機動力を生かしてその場から去る。千冬はそれを追おうとすると、それを遮るようにまた別の機体が降りてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二機の機体が剣で斬りあい、火花を散らす。

 

(……何なんだ、こいつ)

 

 竜を纏う男―――0は戦慄していた。

 目の前の男―――リベルトの闘気が尋常ではないのだ。だがそれは、これまで0は自分を楽しませる存在と会った経験はほとんどなかったのである。

 

(………ダメだ、ホント)

 

 ―――興奮してきた

 

 0は思わず笑みを浮かばせてしまう。

 

「逃がしませんよ!」

 

 リベルトは左腕から鞭を飛ばす。しかし二人の間に機体が一機、割り込んで妨害した。

 

「T、邪魔をするな」

「0様、そろそろ撤退を。学園の部隊の足止めしましたので」

 

 0が下を見ると、確かにTと呼ばれた少女の言う通りラウラ、セシリア、そして鈴音は多種多様な機体を相手に奮闘している。

 

(……潮時か)

 

 そう思った0は楽しめそうな機を逃すことを残念に思いながら、離脱しようと試みる。

 

「すまない。そろそろ撤退しないといけないようだ」

「逃がしませんよ」

 

 するとリベルトの機体「ゼクスリッター」の胸部が開き、そこから三つの球がエネルギーを漂わせる。

 

「威力は現物に遠く及びませんが、これで散りなさい」

 

 黒い球体が発射される。Tはそれを庇おうと前に出るが、0がリヴァイアサンで割って入り、庇った。

 

「0様!?」

「騒ぐな、T。これぐらい、リヴァイアサンを能力を以ってすれば防ぐなど造作もない」

 

 事実、0が使用するリヴァイアサンにはダメージが通っていなかった。

 

「惜しい腕だ。上級IGPSならば、少しは傷をつけられただろうに」

「素直に驚きましたよ。威力を落としていたとはいえ、ほとんどダメージを受けていないとは」

「…………そう」

 

 Tの機体「ウィザード」を掴んだ0はそのまま離脱する。

 

(おそらくあれはISを対抗するために作られたものだ)

 

 すぐに当たりを見つけた0は笑みを浮かべながらすぐに離脱した―――が、

 

「特異な技術を盛り込んだその力、試してみましょうか」

 

 ゼクスリッターのウイングスラスターから光の翼が顕現する。それに反応してか、無人機が飛んでいくが―――一瞬で灰になった。

 

「0様!」

「………なるほど。声を聞いてずっと嫌な予感はしていたんだ」

 

 新たに黒い球体を作るリベルトだがそれは先程の倍となっていた。

 そして右手から発射すると同時に後ろに暴風が発生する。

 

「貴様とその機体に敬意を表し、この技を使わせてもらおう」

 

 途端にリヴァイアサンの胸部装甲がまとまるように合わさり、そこからビームが飛んだ。

 空中でぶつかると二機を巻き込みかねない大爆発が起こったのである。

 そのせいか煙が晴れた時には、0とTの姿はなかったのであった。

 

「……逃がしましたか……」

 

 少し残念な声を漏らしたリベルトは、下に降りて八つ当たりするように無人機を蹴散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、第四アリーナ前では簪がミア、そして暁と戦っていた。

 荒鋼で戦っているのでスペック的に劣るのだが、それでもなんとか持っている状態だ。

 

「意外と戦闘力が高い。まさかあなたがそこまで強いと思いませんでした」

「………」

 

 簪は無言で背部のウイングに収納されているプラズマビーム砲《襲穿》を展開して撃つ。二人はそこから離脱すると、また会話を始めた。

 

「お嬢様、こっちを持って帰るのはどうでしょう? 資料によれば、彼女は悠夜様の彼女……………やっぱり今のはナシで」

「今のはすごかったね。別の意味で」

「…………」

 

 無言で二人の会話を聞き流す。

 

(……やっぱり、手加減されているけど……)

 

 むしろそれをどこか安心している自分がいることに簪は気付く。

 今の自分の実力では二人の相手はできないと理解しているのだ。だからこそ、自分は時間を稼いでいるのである。

 

(早く目覚めて……悠夜さん)

 

 だが悠夜は一向に目覚める気配がない。

 

「ユウ様に救援を求めるのは無駄ですよ。あの風の中は一切音が通りませんので」

「特殊なバリア……それとも、あなたの能力?」

「どちらもです。しかし驚きました。まさか姉ではなく妹がヴァダーの能力に目覚めていたなんて」

「昔から、暗部としての資質はお姉ちゃんが上だったから。その分、私は色々知れた」

「以前のあなたと同じ、いえ、それ以上に臆病だった彼女がですか」

 

 嘲笑うように言うミアに対して、簪は同意した。

 

「うん。だからこそ、周りはお姉ちゃんを勧めたけど……今となってはどうでもいいこと」

「そうですね。確かにどうでもいいことです」

 

 そう言ってミアは簪の懐に飛び込むが、簪は至近距離で水柱をぶつけた。

 

「くっ!」

「悠夜さんは、渡さない!」

 

 簪は《銀氷》を展開して振りぬく。すると真空刃がミアを襲った。

 

「風……複数の能力は四元素の一族でも使えないはず!?」

「これはあくまでの《銀氷》の力。私も水を操作することしか使えないけど―――」

 

 すると水柱が氷のように固まった。

 

「頑張ればこういうことはできる」

「………なるほど、本気を出さなければいけないみたいですね!」

 

 風鋼の周りに4つの竜巻が起こり、簪を襲うと、風は瞬時に固まった。

 

「………凄い」

 

 その戦いを見た暁は思わずそんな声を漏らす。

 暁はどっちが自分の姉になろうがどうでもよかった。今の悠夜がどんな存在か知っているし、だからこそどちらも姉になったところでどうでもいいのである。

 むしろ重要なのはどちらが強く、どちらが兄のことを思っているのかだ。それさえ思ってくれれば悠夜の女が何人になろうが知ったことではない。

 二人の戦いが激しさを増していく。すると、付近で爆発が起こった。

 

「何!?」

「よそ見を―――?!」

 

 ミアと簪の二人は距離を取り、辺りを見回す。周囲には軽く100を超えるほどの所属不明機が待機していた。

 

「更識、あなたの知り合いですか?」

「………違う。もしかしたら、別の奴ら」

「………この人たちは、あろうことか俗物の分際でユウ様を狙ってきたのですか」

 

 ジャマダハルをその場で振るい、何機かを吹き飛ばす。

 

「一時休戦です、更識簪。ここは協力して奴らを潰しましょう」

「賛成」

 

 そう言って二人は背中を合わせる。だが一筋の炎が所属不明機を攻撃した。

 

「ちょっと、二人とも」

 

 少し下ではイフリートを装備した暁が炎の剣を背中にかけて所属不明機を見ている。

 

「私の存在、忘れてないかしら」

「忘れてませんよ。ですが―――!?」

 

 ジャマダハルを向けたミアは悠夜に接近する所属不明機を迎撃する。だがその所属不明機はすばしっこく、中々捉えられない。

 ミアは攻撃を止め、悠夜を守るために向かうが、後ろから現れた獅子型の所属不明機の攻撃を受けた。

 

「ミィ!?」

 

 簪は暁を放ってすぐさま悠夜のカバーに入るが今度はゴリラ型の機体が簪を襲った。

 

(まるで連携でもしているみたい……)

 

 その予想は間違いではなかった。実際、その指示を送っている人間は連携させ、一筋縄ではいかないようにしている。

 そしてとうとう、彼女らが恐れていたことが起こった。所属不明機が一体、悠夜の周りを飛ぶ風に近づいたのだ。さらに運悪く、その風は先程ミアがダメージを受けたことで薄くなっていて、容易に割れる。

 

「悠夜さん!」

「ユウ様!」

 

 炎の球を放つ暁。悠夜を通り過ぎると球は軌道を変えて今一番近い所属不明機にぶつける。だが、その隙に他の所属不明機が悠夜に近づいた。

 そして、一体が悠夜に触れようとした瞬間―――真っ二つに割れた。

 

「え?」

「………まさか―――」

 

 ―――タッ

 

 一夏とシャルロットの応急処置をし、そこから離脱しようとしていた箒の前に一人の男が降り立つ。その男はさっきよりも髪が長く、一見すれば男物の服を着た女ともとれるほど美しい風体をしていた。

 そしてその男物の服も先程の王子用の服ではなく、チャックで前が開く黒と灰色のチェックが入った長袖パーカーに黒いジーンズというどこにでもいそうな格好だが、彼から放たれる雰囲気が異質さを放っていた。

 

「―――やれやれ」

 

 悠夜は憐れむ視線でその機械たちを見る。それを挑発と受け取ったのか、所属不明機たちは悠夜に攻撃した。

 爆発が起こり死んだと思われたが、次の瞬間、所属不明機は一体残らず爆発せずに真っ二つになった。

 

「だから止めておけばよかったんだよ。どうせカスが集まったところでデカいゴミにしかならないんだから」

 

 手にはダークカリバーが握られている。どうやらそれですべてを斬ったようだ。

 

「………ユウ様」

「……」

 

 呼ばれたような気がした悠夜は顔を上げる。するとミアは風鋼を解除して片膝をついてひれ伏す。

 

「ずっと……ずっと会えるこの日を楽しみにしていました。我々と共に帰りましょう」

「…………悪い」

 

 それを聞いたミアは驚きを露わにした。

 IS学園は悠夜にとって劣悪な環境でしかない。常日頃から謂れのない中傷を浴びせられ、さらには嫌がらせなどが絶えない。その発信源はすべて女尊男卑思考の女たちからで、どれも等しくミアたちHIDEの一員はもちろん、今ここで倒れている者たちに一部を除いて及ばない者ばかりだ。

 知っているからこそ、ミアにさらなる悲しみが襲う。

 

「そんな……もう苦労しなくていいんです。あなたのような方が、あんな下劣で存在する価値すらない者たちの相手など、する必要なんて―――」

「………それに関しても、もう大丈夫だ」

 

 疑問に思うミアをよそに悠夜はある一定の場所を見る。そして、確信したのか笑みを浮かべた。

 

「……ユウ様?」

「確かに、アンタの言う通りここにいるの大半の奴らは下劣で存在する価値がない」

 

 悠夜はミアの頬に触れ、まるで愛おしそうに彼女を撫でる。

 

「でもな、相手は結局人間だ。知性があり、それなりに言語を持っている。そんな存在を下すのは最高だろう? 世の中金だ、自分が上だと調子に乗っている奴らを降し、ひれ伏せさせる。口で、技術で、そして力で。自分では遠く及ばないと、勝てないと自覚させるそれは本当に快楽でしかない」

 

 その時、ミアの瞳から涙が溢れ出した。

 

(……ああ、この顔だ)

 

 人間の寿命は今では大体70年位だ。その内10年を失い、ずっとそばに居続けられなかったミアは久々に見たその顔を見ていた。

 

「………わかりました。今日は引きましょう。ですが、私は残りま―――」

 

 悠夜はミアを飛ばし、自分も後ろに下がる。するとその場に氷が現れる。

 簪と箒が戦闘態勢を取り、悠夜は静かに第四アリーナに立つ人影を見る。そちらにはミアと暁が付けていたものと同じ仮面を付けた二人が立っていた。その内の一人が部分展開した右腕を悠夜たちに向けている。

 

「―――悪いが、それは止めてもらおう」

「あなたたち……いつから」

「テメェらが暴れ始めてからすぐだよ」

 

 そう言った男が光に包まれるとほとんどすぐに白い装甲が顕わになる。

 

「落ち着け、コウ」

「うるせぇ。俺たちの任務はあの二人が暴走した時に止めるのが仕事だろ。もう既に暴走している」

 

 コウと呼ばれた男がそう言うともう一人も「確かにな」と言い、水色の機体を展開する。

 

「…………へぇ。あなたたち、やる気?」

 

 暁がそう言いながら炎に包まれた剣を展開する。するとダークカリバーが震え始めた。

 

(……あの剣に反応している?)

 

 悠夜は暁が持つ剣に注目する。その視線に気付いた暁は説明した。

 

「共振よ。私の剣《レーヴァテイン》は《ダークカリバー》と同等の剣なの」

「………なるほどな」

 

 それを聞いた瞬間、悠夜はどこか確信していた。

 まるでそれを知ったかのような感情というべきか、聞いていても「知っている」と突っぱねたくなる気分になる。

 そして悠夜は暁の前に立ち、二人の乱入者に言った。

 

「悪いが、今日はもう引いてくれ」

「何?」

「へ?」

「ユウ様?」

 

 ただ唯一、部分展開を続ける仮面の男だけは何も答えない。

 

「……その理由は?」

「俺はこれから強大な敵を倒さねばならないんでな。言っては悪いが、ここにいる全員を相手にするよりもヤバい奴をだ。だから、今は引いてほしい。後ろから撃つような真似をするつもりはない」

「桂木、それはつまり―――」

「全員見逃せ。それがお前と簪に命令するが、それじゃ不服か?」

「不服だ!」

 

 そう叫ぶ箒だが、それを悠夜は嘲笑うかのように言った。

 

「そうか。では無様にそいつらに喧嘩を売って玉砕しろ。簪、お前は?」

「悠夜さんの指示に従います」

「何だと!?」

 

 箒の方に向いた簪は遠慮なく言った。

 

「止めておいた方がいい。さっき戦ってわかったけど、あの人たちと私たちとじゃ練度が違う」

「しかし………」

「―――良いだろう」

 

 仮面の男はそう答えると、白い機体の操縦者は舌打ちした。

 

「ユウ様―――」

「アンタも大人しく帰れ。こんなところで無駄なエネルギーは―――」

 

 ミアはすかさずキスをした。

 だがすぐに離し、悠夜に小さく言った。

 

「今度は……これよりも凄いことをしますから」

 

 風鋼を展開したミアは逃げるように悠夜から離れ、すぐさま飛び立つ。暁も悠夜に手を振るとそのまま飛んで行った。

 

「では、我々も帰らせてもらおう」

 

 すると二人の周りに白い霧が漂い始める。しばらくすると晴れるが、そこにはもう誰もいなかった。

 

「簪、後は頼む」

「……悠夜さんは?」

「俺はこれから、本当の意味で世界最強になりに行く」

 

 楯無を乗せたままのペガスが現れる。それを見た悠夜は一瞬躊躇ったが簪に楯無を渡し、ペガスに飛び乗って空を駆けさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 用務員館の近くの戦闘はさらに激化していった。

 圧倒的に戦える少ないため、千冬らの負担が大きく、後から来たイージスの二人の疲労は積もっている。

 するとその輪の中に一頭の黒馬が降り立った。

 

「何だ。まだ鎮圧できていないのか?」

「か、桂木!?」

 

 悠夜の姿をいち早く確認したダリルは驚きを露わにするが、ペガスから降りた悠夜はそのまま用務員館の方へと歩いて行った。

 

「ちょっと、何してんのよ! さっさとこいつらを倒しなさい!」

 

 戦闘員の一人が悠夜にそう命令するが、まったく反応を示さない。

 

「ちょっと―――」

「―――遅かったの、悠夜」

 

 その声を遮られ、発した本人は顔を歪ませてそっちを見る。幸い、所属不明機は攻撃を止めているため、全員がそっちを向いた。

 

「何をしている。今すぐそこから離れろ」

 

 千冬は少女と言っても過言ではない体型をする陽子にそう呼びかけるが、陽子は悠夜の前に生身の状態で降り立った。

 

「待たせたな、クソババア。世界最強になりに来た」

「……ほう」

 

 周りがざわつく中、二人はただ相手を見る。

 

 ―――周りなんて興味がない。ただ、目の前の敵を倒すのみ

 

 そんな感情が二人を支配し、お互いが構える。

 

「ルールを決めようかの?」

「ルール?」

「そうじゃ。安心せい、この戦いは殺し合いじゃ。そして、周りの被害など気にするな。それで人が死のうがどうしようがなど、どうでもいい。どこぞの機関風に言うと、そやつらの想像力が足らなかっただけじゃ」

「なるほど、実にシンプルだな」

 

 その言葉を最後に二人は黙る―――が、風が吹き、二人の間によくある形の葉が通ると二人は何かに触発されたように飛び出した。




堕天が望むもの―――それは世界最強
今ある自分のすべてを出し切り、どちらが完全に動けなくなるまでの戦いの末に手に入れられる称号。
悠夜はそれを得んがために、人知を超えた戦いに臨む。

自称策士は自重しない 第104話

「凶星VS破壊姫」

人を超えた破壊者たちの本気の殺し合いの幕が上がる。





ということでなんとかそれぞれの事情で撤退していく回でした。カオスですね、わかります。
そして残念ながら、悠夜にはしばらく離脱する意思はないようです。確かに向こうに行った方が天国でしょうが、ね

……楯無の回答がどんどん先延ばしになるなぁ……。


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#104 凶星VS破壊姫

ということで、悠夜たち陽子の人外バトルです。

……もうこれ、ISいらなくね?


 昔々あるところに、身長が140程度の幼い少女がいました。

 その少女はその身長故に視界に入らないことが多く、よく人にぶつかっていました。

 そんなある日、彼女に幸福と不幸の二つの運が重なりました。

 

 高校生だった彼女はそれはそれは美しい容姿ではありましたが、彼女から放たれる拒絶のオーラは一般人にすら視認できるほどで、誰も近づきませんでした。そのため、彼女は自分が通う高校がどんな状況にあるのかわからず、また、どんな生徒が危ないのかわかりませんでした。

 

(………眠い)

 

 夜更かしした少女はただ、眠さを我慢して歩いていました。

 何故なら彼女の親は厳しく、インフルエンザとか38度を超える熱がない限り、微熱だろうがなんだろうが学校に行かせるような親でした。

 だからこそ、少女は嫌々でしたが学校に行くことにしたのです。

 そんな彼女は、運悪く禁止地帯に足を踏み入れ、カツアゲの現場に遭遇してしまいました。

 

「テメェ、昨日金を持ってこいって言ったよな?」

「ご、ごめんよ? でもさ、僕にだって事情があって」

「テメェの事情なんざどうでもいいんだよ。こうなったら袋だな」

 

 少女は非常に薄情で空気を読むということを最初から拒否していたことと、睡魔と戦っていたのでそのままカツアゲの現場に入っていきました。

 そしてそのままカツアゲをしていた一人とぶつかりました。

 

「ん。すまん」

「おい」

 

 少女にしてみれば謝ったつもりだったのですが、どうやらその男子生徒はそう取らずに少女を見下ろしました。

 

「テメェ、俺らにぶつかっておいて謝りもなしか」

「おら、さっさと金を出せ………まぁ、体を差し出すって言うのもありだがな」

「おいおい、こんな凹凸がない貧相な体がい―――」

 

 次の瞬間、不良の一人が運動場を滑空しました。幸い、死にませんでした。

 

「え、えっと……」

 

 カツアゲされていた男子生徒がそのことが信じられず、少ない言葉を紡ぎ出す。するともう片方の不良生徒が少女に飛び掛かりましたが、運が悪いことに少女はイラついていました。

 

 ―――ゴッ!

 

 鈍い音が響いたと思うと、飛び掛かった不良生徒は100m先にあった汚いプールの中に飛び込む羽目になりました。

 

「貧相で悪かったわね………貧相でぇええええ!!」

 

 そして少女は200m上空を飛ぶと、真下にいる最初に殴った不良の上に落下して地面に叩きつけたのでした。

 戻ってきた少女はどうやって残っている男の記憶を消そうかと考えていました。が、それは意外にも杞憂に終わりました。何故ならその男子生徒は生粋のオタクであり、

 

「結婚を前提に、付き合ってください!」

 

 これは、後に轡木、更識と並んで世界から危険視される一人の少女と未来の旦那の出会い。

 そしてその50年後、その少女こと陽子は、孫の悠夜と人を超えた戦いを繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園は最初からISを使用することを前提にしている施設であり、さらにその施設が8つ以上あるため並の都府県を超えるほどの大きさがあった。

 そして用務員館はあまり人が来ないところに設置されているため、第四アリーナ……もとい、第四アリーナ跡地からはかなりの距離がある。

 

「…………」

 

 そこを歩きながら移動する二つの影があった。一人は更識簪。そしてもう一人は篠ノ之箒だった。

 簪は火傷を負い、気絶している楯無を抱えており、箒は一夏とシャルロットの二人を持っていた。

 

「更識……おい、更識!」

「……何?」

 

 簪は後ろを向くと、二人を抱えて顔を赤くする箒がいた。二人はISを使わず移動している。

 

「何故ISを使用してはならんのだ!?」

「……疲れたの?」

「当たり前だろう!」

「でも、あそこに放置するのも嫌なんでしょう?」

「……そうだが」

「じゃあ、頑張って」

 

 そう言って簪は楯無を抱えたまま歩いて第四アリーナ跡地から離れる。

 

「頑張って、じゃないだろう!」

「じゃあ、織斑君を投げて起こせばいい」

「投げる意味がわからん!」

 

 簪としては投げるのを失敗して頭の上から血が出て騒ぐ箒を見るのも一興だと思ったが、今はすぐにここから逃げることを考えて、そのまま移動する。

 

「大体、何故ISを使ってはダメなのだ!? 紅椿を使えば、校舎の方へと戻るなど、造作もないだろう!?」

「………さっきの人たちがまだ近くにいる可能性が一つ。そしてもう一つは―――」

 

 すると彼女らの前にペガスが現れる。ペガスの雰囲気を見て気圧される箒だが、簪は箒を呼んだ。

 

「織斑君を前に出して」

「あ、ああ」

 

 箒は言われてペガスの前に一夏を出すと、ペガスは容赦なく一夏を蹴り飛ばした。

 

「い、一夏!?」

「……やっぱり駄目だった」

「や、やっぱりとは何だ! やっぱりとは!」

 

 噛みつくように叫ぶ箒を無視した簪はペガスに手を伸ばすと、さっきの一夏に対しては違い、懐くように頬を手に摺り寄せる。

 

「……さっきとは反応が違う」

『それはその男だからです』

「……女好き?」

 

 驚く箒とは対照的に簪はどこから発せられたわからない声に尋ねると、さっきの声が聞こえた。

 

『違います。私は悠夜様の忠実なる僕。そしてその男は未だに自分が何かをしたのか自覚していません。なので蹴りました』

「一夏が一体何をしたというのだ!?」

『ISを動かしました。まだそれは本人の意思とは納得できますが、それよりもその男はそのことを謝らず、無神経にも友人になろうと近づいてきました。その時点で不愉快だったのでしょう。さらに言えば、あの青い女と元世界最強の担任も同様の意味で恨まれています』

「セシリアもだと?」

『あくまで結果論ですが、あの二人が勝手に決闘を起こし、担任は半ば無理やり決闘に参加させた。恨まれても仕方ありません。精々、40%ぐらいですか目覚めている悠夜様には気を付けるように。もっとも、40%も目覚めていればどれだけ戦いに身を投じてもそれを嘲笑うように人生諸共破壊しますが』

 

 箒は笑いそうになった。嘲笑うように人生を破壊する? そんな馬鹿な、と。

 だがその答えが文字通り飛んできた。

 

「……やっぱり、一筋縄では行かねえか」

 

 さっきとは違い、ボロボロになっている悠夜。

 

「……悠夜さん」

 

 心配そうに声をかける簪だが、悠夜は聞こえていないのかずっと先を見る。

 

「………律儀に待ちやがって、クソババアが」

 

 そう言って地面を吹き飛ばしながら悠夜は飛んで行った。

 

「……何なんだ、今のは」

『あれが40%解放しているしている我が主です。これでもまだ、信用できませんか?』

「そんな問題ではないだろう!?」

『更識簪。あなたの気持ちはわかりますが、そろそろISを展開して逃げた方がいい』

「……わかった」

 

 楯無を一度地面におき、簪は荒鋼を展開する。

 そして再び持ち上げるが、謎の声に『乗せなさい』と言われて簪はペガスに楯無を乗せた。

 

「って、その馬が話していたのか!?」

『そうですよ。それよりも篠ノ之箒、あなたもその女を乗せなさい。本来ならばその女の妹でもギリギリですが、今は非常時、乗せてあげます』

「……信用できるか」

『別に構いませんが、あなたがISを展開した場合、間違いなく敵意と持たれます。更識簪はそれを恐れ、さっきまでずっとISを展開させなかったのですから』

「だが、更識が展開しても問題なかったではないか!」

『それは彼女だからです』

 

 ペガスの言葉にイマイチ要領を得ない箒。ペガスはそれを見て呆れ、皮肉を交えながら説明した。

 

『あなたが先程逃がすのを反対したのは、悠夜様がルシフェリオンで桂木暁と名乗った少女と、更識簪がミア・ガンヘルドと戦えばなんとかなると思ったからでしょう? その考えは評価しますが、あなたは肝心なところが抜けていますね。そんなんだから未だに織斑一夏の恋仲にならないんですよ。まぁ、胸を使わないのも原因の一つですが。もう少し根性を鍛えた方が良いのではないですか? あなた方人間は性行には胸を使ったりするのでしょう?』

 

 「性行」という言葉で顔を赤くする箒。それを見たペガスはため息を吐いた。

 

『いちいち顔を赤くしていては、恋愛が成就するのは夢のまた夢ですね』

「そ、そう言うが貴様の主もあれだけ言い寄られているが、誰とも付き合っていないではないか!」

『だからこそ、今悠夜様は戦いに出向かれているのですよ。すべてを手中に収め、すべてを支配するため、この世界の真の最強を倒そうとしているのですよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……空が、青いな)

 

 悠夜は、地面から空を見上げていた。

 やられたのだ、彼は。自身の祖母に。圧倒的な力を持った少女のような容姿をした者に。

 

「やれやれ、とんだ期待外れじゃわい」

 

 陽子は悠夜に背を向けながら落胆していた。

 

「……何が?」

「少しは楽しめると思ったが、結局お主もその程度か」

 

 ―――残念じゃ

 

 そう言ってその場を去ろうとする陽子だったが、足を止める。

 

(……やれやれ。ようやく目覚め―――)

 

 迫りくる拳。それをいなそうとするが止まらず、陽子の予想を超えてはるかに早く、力強い攻撃が彼女を襲う。

 そのまま千冬の横を通り過ぎ、第三アリーナの格納庫の入り口すぐ横にぶつかった。

 

(……何だ、今のは)

 

 さっきまでの二人の戦いはまだ、千冬が知るレベルの戦いだった。まだ自分が実現できる程度のスピードで繰り広げられたものだった。

 それでも周りの人間には見えないレベルだったが、千冬は気付いていないので避難指示を出していない。

 

「………忘れていたよ、戦い方を」

 

 瞬間、千冬達に負荷がかかり始める。

 千冬はまだ耐えられるレベルだったが、他のみんなは違う。何人かは完全に地に伏していて、ISを纏っている者も半数は同様なことが起こっていた。

 

(一体何が、起こっているというんだ……)

 

 ISのPICすらも無視する謎の重力。そこまでは理解したがそれでもほかの原因がわからない。

 千冬は混乱したが、目の前にいる悠夜だけは大丈夫そうだった。

 

「……桂木、この重力を発しているのはお前か?」

「……………」

「聞いてい―――」

 

 ―――ゴッ

 

 悠夜は容赦なく千冬を蹴り飛ばした。

 

 ―――見えなかった

 

 ISのハイパーセンサーをもってしても、人体の速さを捉えることができなかったのだ。

 

「さて、続きをやろうか」

「そうじゃな」

 

 煙が晴れ、陽子は姿を現したが、その姿はかなり変貌していた。

 所々に呪いのような入れ墨が現れており、それが全身に浮かび上がっている。白髪は輝きを持っており、その姿はまるでそこに存在しているだけで神々しさが感じられるほどだった。

 

「へぇ、やっぱりアンタは凄いや。じゃあ、やるか」

 

 瞬間、陽子がいる場所に衝撃をぶつける悠夜。だが陽子はそれよりも早く悠夜に接近していた。そして下から拳を繰り出すが、悠夜はダークカリバーをガンモードにして発射する。

 それを回避した陽子は一度空に現れるが、すぐに消えて悠夜の真下から、手からビームを発射した。

 

「―――っ」

 

 悠夜は高速でフェードアウトし、両手にキューブを展開して発射した。

 

「遅いわ」

 

 陽子が衝撃を飛ばすが悠夜はそれをダークカリバーで斬ると、後ろにいる機体が割れ、倒れている女生徒を吹き飛ばした。

 

「待て! それ以上は周りが―――」

 

 まだ意識が保っていたらしい千冬が止めようとするが、悠夜の能力が働いているのか満足に動けないでいた。

 陽子は先程の悠夜と同じようにキューブを展開し、それを分離させて発射させる。悠夜はその間を純粋な身体能力だけで回避すると、周囲にビットを展開した。

 

「ビットを精製したか」

「俺の得意技の一つだからな」

 

 ランダムに軌道を描かせながら、陽子に攻撃する悠夜。だが陽子も負けていなかった。

 先程回避した悠夜を超える速度を出しつつ、ビットをすべてキューブを分離させて潰す。その際に爆発が起こるが、悠夜は気にせず指を鳴らした。

 すると、周囲に暗くなりはじめた。

 

「この技から逃げられるか?」

 

 再び指を鳴らす悠夜。だが悠夜はあることを忘れていた。

 

 ―――このIS学園が、人工島であることを

 

 上空から雷が落ちるが、ただそれだけだった。

 

(噴火が起きない、だと?)

 

 周囲の地脈を刺激させ、マグマを発生させて人口噴火と上空からの雷を起こして焼き殺す悠夜が持つ最大奥義だったが、噴火が起きなければ意味がない。雷だけでも一般人には十分だが、相手は世界各国から危険視されている陽子で、自分の祖母だから、一切の躊躇いが必要ないのだ。

 

「しかし、流石は我が孫よ。特殊な訓練を受けずにそこまでの大技を使うとはのう」

「特殊な訓練? 逆に言うが、そんなものこそ必要あるのか?」

「………」

 

 悠夜にそう返された陽子は少し黙ってしまうが、やがて笑みを浮かべた。

 

 ―――ああ、やはりこやつは天才じゃな

 

 世の中には様々な天才がいる。野球やサッカーなどのスポーツでの天才が一番のメジャーであり、情報関連で言えば一般的には篠ノ之束が挙げられる。

 そして悠夜も、陽子から見て十分に天才だった。

 

 ―――化け物としての天才…いや、想像の天才か

 

 想像に上限などない。しかし、それは世間一般的に見て顕現できない。そのデメリットがあるからこそ、人の脳に依存しているため個体差はあれど想像には限界がないと言える。

 だが、もしそれを具現化できる存在がいれば? それも、高レベルの想像力を持つ人間が。

 

 ―――答えは、願えばなんでもできるようになる

 

 そして悠夜は具現化することが可能だった。

 本来なら陽子の言う通り、ある事情で特殊な訓練を受ける必要があるのだが、悠夜はそれに類似するものを既に経験している。SRs、そしてISでのビット操作を。

 

「まぁいい。ここで語り合ったところで何もないわ」

 

 そう言いながら陽子は両腕を横に開き、両手に電気を帯びた球体を形成する。

 それを発射されると悠夜は回避するが、急に向きを変えた球体はまっすぐ悠夜の方へと飛んできた。

 

「逃げても無駄じゃ。ほれ」

 

 すると先程の雨雲を使った陽子は悠夜に雷を落とす。

 それを悠夜はまともに受ける。さらに先程の球体も悠夜に直撃した。

 

「その程度ので終わると思ったか?」

 

 そして陽子は悠夜がいた場所に連続して雷を落とした。それだけでは飽き足らず、陽子はコンクリートを操作して悠夜がいる場所に針山を作る。

 

「やれやれ。随分とあっさりと終わったわい」

 

 ため息を吐く陽子。彼女はどこか満足気だったが、その顔が一瞬で歪んだ。

 

 ―――そこには誰もいなかった

 

 超電圧を食らい、さらに針山によって身動きを取れずそのまま果てるのみ―――なのだが、いるはずの場所に悠夜の姿はない。あるのは黒い影であり、影はほころび始めていた。

 陽子はふと気付き、上空を見る。すると雲は晴れているが暗く、世にも珍しい紅色の満月が出ていた。

 

「………なんだ、あれは」

 

 先程の重力から解放されていた千冬やダリルらも釣られて上空を見ると、同じ月を見た。

 そして全員が一斉に時間を確認すると、異常的なことが起こっていた。

 

「時間が早く進んでいる……だと?」

 

 千冬が呟く通りだった。時計はそう示し、時間は早く進んでいた。

 本来、分を示す場所が秒を超えて進み、時は秒を刻んでいる。しかし時であるため、25からは表示されず、1へと戻る。

 

「……固有結界とでも言うべきか。この現象は」

 

 陽子は笑みを浮かべる。が、周りは信じられないと言わんばかりに悠夜を見ていた。

 何故なら今まで確認されなかったもの、そしてこれからも確認できないされないであろうもの。

 

 ―――悠夜の背中に、人にあるはずがない翼があった

 

 そして今日、一人の女性は確信する。

 悠子として会った時から―――いや、前々から抱いていた疑念を織斑千冬は確信した。

 

 名前は違う。そして経歴も違うが……桂木悠夜は、自分がかつて愛して止まなかった男―――風間(かざま)剣嗣(けんじ)の弟である、と。

 だがその確信も一瞬で、千冬たちは回避することを余儀なくされる。

 悠夜から光線が放たれる。千冬、ダリル、そしてフォルテは瞬時にISを解除されている者を掴んでそこから飛ぶ。幸い、そこまで人数がいなかったことで全員を助けられることに成功したが、ISを装着した者の中で何人かがダメージを受けた。

 

「止めろ桂木! それ以上は―――」

 

 すると悠夜は千冬に向かって光線を放つ。それは彼女が使う鋼を以てしても防ぎきれず、ISの500はあるシールドエネルギーが一瞬で全損した。

 しかし悠夜の攻撃はそれだけでは止まらず、千冬の周囲に魔法陣が展開され、そこから電撃が放たれた。

 

「……流石は……悠夜じゃ」

 

 陽子は笑っていた。

 目の前に立つ悠夜の姿に圧倒されるわけでもなく、ただ興奮している。今の状況にとっては間違いなく異常ともいえるだろう。

 陽子は右手を前に出してそこに球体を形成する。さっきのものとは違い、その球体は赤くなって分離した。

 さらに陽子は分離したものを100回は分離させ、それらをランダムに軌道を描かせて悠夜に迫らせる。

 

「遅いな」

 

 ようやく口を開いた悠夜は黒い球体をより早く精製・分離させ、陽子が放った以上の数を放つ。

 そしてその一部が近くにあるシェルターに直撃したが、悠夜は構わず攻撃を放つ。

 次に悠夜は自身の前に魔法陣を展開して、ダークカリバーをガンモードで魔法陣に向けて発射する。すると別の魔法陣が陽子の前に現れてビームを発射。今度は死角からも攻撃されるが、陽子は間一髪で回避した。

 そんな戦場に唐突に叫び声が聞こえた。

 

「―――そこまでだ!!」

 

 悠夜も陽子も、そして他の者もこのままどちらかが死ぬまで続くと思われた戦いをまさか妨害する者が現れるとは思わなかった。

 全員がそっちを見ると、陽子は顔をひきつらせた。

 

「双方、武器を収めろ! さもなくばこの二人の命はないぞ!」

 

 その者たちは権力者だった。

 莫大な資金を持ち、常に自分たちが生き残ることを考えている者たち。そこには悠夜や陽子が見覚えのあるチェスター・バンクスなどの顔もあり、女の権力者もいる。その集団が人質を取っているのは、虚と本音の二人だった。

 二人は生徒たちを避難させた後、要人である彼らの安否を確認するためのVIP用シェルターに避難していたが、戦いが激化したことで強制的に閉じ込められたのである。幸いなことに彼女らに手を出すことはなかった(例え手を出したら約一名かそれに追随する人間がすぐにとある組織を止めて一人残らず殺しまわろうとしたり、約一名が堕天機神を持ち出して国を跡形もなく破壊する可能性も否めない)が、それでもシェルターの一部に穴が開いたことで状況は一変し、彼らは二人を人質に取った。

 陽子はすぐに変身を解くが、悠夜はそうしなかった。

 

「どうした、桂木悠夜! さっさとひれ伏せ! この者たちがどうなっていいのか!? 我々は本気だぞ!」

 

 だが悠夜はまったく動じず、それどころか瞼を閉じるほどだった。

 それを見た本音に銃を向けている男は指示され、日頃から慣れているのだろうか眉一つ動かさず引き金を引いたが、ありえないことが起こったのである。

 

 ―――銃が、暴発した

 

 その男の右腕は吹き飛び、血が勢いよく飛び出しているが―――その飛沫は本音にかかることがなかった。

 そしてもう一人―――虚の方にいた男が叫び声を上げる。

 

「止めろ……来るな……来るなぁあああああ!!」

 

 何もない場所に視線を移しながらその男はそこから逃げ始める。

 

「……………これは報い」

 

 悠夜の下に巨大な魔法陣が展開される。

 

「我が眷属に手を出し、あまつさえそれを殺そうとした報い……そして、世界を狂わせた報い……しかと味わえ」

 

 すると彼らの上に魔法陣が展開され、そこから予想以上に小さな球体が現れた。

 それはとても美しく、すべての人間を魅了させた。

 

 ―――瞬間、それは渦巻き始める

 

 本音、虚の二人を人質に取った全員がそこに吸い込まれ、爆発が起きると周囲に魔法陣が展開された。

 そこから不規則にビームが放たれ、最後に止めと言わんばかりに全方向からビームが発射されるが、残念ながらそれは最後ではなかった。

 

「………永遠に……消え失せろ」

 

 いつの間に溜めていたのか、悠夜の前には巨大な球体が顕現しており、それらが周囲の機兵を呑み込みつつ二つの球体が合わさりかけたその時、

 

「ゆぅううううやぁあああああん!!」

 

 下から本音が叫ぶ声が聞こえ、悠夜は声がする方へと向く。

 するとどういう原理か本音が生身の状態で悠夜に向かった飛んできていた。

 本音を受け止めた悠夜は唇を塞がれたことによってすべての現象が停止、まるで何事もなかったかのように機兵の残骸と人質を取った権力者たちは地面に落下した。

 

 

 その光景をサーバスは一人特等席で見ていた。

 彼は笑みを浮かべ、誰もいない空間で小さく呟く。

 

「……流石は、10年前の真の英雄だな。キレた時の力が異常すぎる」

 

 

 

 

 

 後に学園祭襲撃事件と称されるこの事件。

 被害は軽く10億を超えたが、幸いなことに死亡者はなかった。

 

 ただし軽傷者が数名、千冬を含め重傷者が10人を超え、精神崩壊者が20人を超えることになり、それをルシフェリオンを未使用で行った桂木悠夜は女装を含めて伝説となった。




はい。意外な形で事態は収束しました。ちなみに本音は初キス……のはず。
ホント、書いていて思いましたけど、悠夜はキス関連は無防備すぎますね。

ちなみにですが、球体の分離はワールドトリガーのアステロイドを参考にしています。
そして最後辺りのは、ネオグラオンパレード。ワームスマッシャーと縮退砲、ブラックホールクラスターの複合ですね。
悠夜の固有結界の説明はもう次話ぐらいになりますかね。……楯無の回答、本当にいつになるのやら。




次回予定

襲撃事件はようやく幕を閉じた。
それぞれが自らの力のなさを思い知り、後悔していく中で全員が悠夜の元に訪れる。

自称策士は自重しない 第105話

「一息の休息」

「………いや、全部初めて知ったんだけど……」






どうでもいい予告。

5月1日 もう一つの「わがままの歩む道」が更新されました。


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#105 一息の休息

 唐突のキス。それが悠夜を性的興奮させたことで破壊から意識を逸らしたが、突然の異常な力の行使によって肉体に負荷がかかり、悠夜は本音を抱えたまま気絶し、落下した。

 だが激突する瞬間、急激なGが消えてゆっくりと着地する。殺すには絶好の機会を迎えたが、もう誰も悠夜を殺そうとしなかった。

 そう、彼女らの脳裏にはしっかりと刻まれたのである。

 

 ―――桂木悠夜に殺意を向けたら、死ぬと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜と陽子のある意味はた迷惑な殺し合いが終わった翌日、目を覚ました一夏は見舞いに来た箒、セシリア、鈴音と昨日のことの意見を交換していた。

 

「つまり、結局は何もわからずじまいってことね」

 

 保健室で鈴音がそう言うと、目を覚ました一夏と箒が頷く。

 現在、保健室には一夏と箒、セシリア、鈴音、シャルロットの五人がいた。シャルロットは執事をした時の疲労もあるのか、まだ目を覚ましていないのでベッドで寝ているが、軽傷なのでいずれ目を覚ますと診断されている。

 

「わかっているのは、炎を操る機体と桂木が兄妹関係にあるということだ」

「………悠夜に、兄妹が……」

「でも、何で俺、あんなに怒られたんだ?」

 

 心当たりがないからか、一夏はそう言うと鈴音は言った。

 

「そりゃあ、あなたがISを動かしたからでしょ」

「? それがどうしたんだよ」

「……………」

 

 鈴音は思わず黙ってしまった。

 答えられなかったというわけではなく、何も理解していない目の前の男に呆れているのだ。

 

「あのね、一夏。あなたと悠夜とでは決定的な違いがあるわ」

「何だよ」

「守られているか、守られていないかよ」

 

 鈴音に言われた一夏は驚いたが、すぐに反論した。

 

「でも、悠夜だって企業に守られているだろ……」

「そうね。アタシも、あの光景を見るまでは少しは思っていたわ。でも違う。おそらく悠夜はもう、企業の後ろ盾がなくても生きていける。むしろ周りはこれから悠夜を自国に所属してもらうために動くでしょうね」

 

 そう言って鈴音の顔は暗くなる。

 鈴音は今、中国の代表候補生でありながら悠夜のことを本気で好いており、この気持ちに嘘偽りはない。

 だがもし、その肩書のせいで悠夜に見限られたらどうしようと頭によぎる。

 

「そ……そうなのか……?」

 

 一夏はセシリアに話を振るが、肝心のセシリアはそれどころではなかったのである。自国から強奪されたBT兵器搭載IS。そして自分以上のビット操作をして、あまつさえ自在に《偏向射撃(フレキシブル)》を自在に行える。

 今まで自分が上だと思っていた。以前、セシリアは悠夜とそれとなくBT兵器のことを聞いたことがあるのだが、悠夜はビームを曲げれることを知らなかったのである。

 それ故に、まだ自分が上だと思っていたセシリアにとって今回のことは信じられないことだったため、少し頭を冷やしてから戻った彼女は今回のことは知らない。

 代わりに箒が頷いて言った。

 

「……正直、信じられないがな。先程私も介抱のために桂木の被害に遭った人に触ろうとすると、その場で漏らしたほどだ」

「………どれだけ強いんだよ、あいつ。……あ、そうだ、楯無さんは!? 楯無さんはどうなったんだ!?」

 

 一度伏せた顔を上げた一夏は箒に尋ねた。

 

「楯無さんは無事だ。さっき見舞いに行ったら目を覚ましていたが、何分危ない状態だったからな。少し眠っている」

「……そうか。よかった」

「言っておくがな、一夏。お前の方が重傷だったんだぞ」

「そうは言ってもやっぱり気になるさ。楯無さんは俺たちの師匠なんだし」

 

 そう言うと箒はどこかホッとしたような顔をした。

 するといつから起きていたのか、シャルロットが提案する。

 

「―――この際、桂木君に聞いたらどうかな? 僕も聞きたいことがあるし」

「うわぁ!?」「ひゃぁ!?」

 

 一夏とセシリアは大きく反応する。どちらも悪気はないのだが、一夏はまさか起きているとは、セシリアは別のことを考えていたからである。

 

「何かな?」

「いや、何でもない。……確かにそうだよな。ルシフェリオンと同等だって言ってたし、悠夜なら何か知っているかもしれない」

「…だな。ともかく、善は急げとも言うしな……ところで、二人は大丈夫なのか? 車いすとか―――」

「俺は大丈夫だぜ、箒」

 

 箒の申し出を一夏は断る。鈴音はそれを見て箒が何を考えていたのかを察した。

 

(………可哀そうに)

 

 せっかく、車椅子を押して少しでも距離を縮めようと努力した箒だが、一夏の持ち前の鈍感さで無駄になった。

 だが鈴音は、セシリアが今ので何も提案しないのが気になる。

 

「僕も大丈夫だよ。ありがとう」

「……あ、ああ」

 

 そんなやり取りがされる中、鈴音はセシリアの肩を叩いた。

 

「!? 何ですの、鈴さん」

「ちょっと気になってね。大丈夫なの? さっきの箒の攻めにも割り込んだりしなかったし」

「それは………」

「もしかして、あの機体のことが気になってんの? サイレントなんとかっていう」

「ゼフィルスですわ。サイレント・ゼフィルスです」

 

 耳打ちするような音量でそう言うと、鈴音は「そうだったわね」と答える。

 

「まぁ、あなたにはあなたの悩みがあるかもしれないけど、あまり背負い込まない方が良いわよ。アンタにはいるんでしょ、いつでもそんな相談ができる存在が、さ」

 

 鈴音に言われてセシリアの脳裏にチェルシー、そしてルイ・ディランのことを思い出した。

 彼はイギリス政府にも顔が利くディラン家の一人であり、自身の婚約者でもある。持ち前のルックスと口の上手さでディラン家とか関係なく女尊男卑のご時世でも女を釣ることができる珍しい人間ということもあって、セシリアが自分とは違う他人に気があることもすぐに見破っている。

 そんな彼が唯一、ディラン家の通信分野が開発した特殊な電波を介して極秘の通信を取ることができる別種の電話機を用意してくれたのだ。政府関係に顔が利く自分なら、友人とは違う形で相談に乗れるからと。

 何故それを鈴音が知っているのかと言うと、臨海学校の時にたまたまそういう話になったのだ。

 

「そうですわね。今度、試しに相談してみますわ」

「そうしなさい。ともかく今は悠夜よ。今後の対策のためにも聞きに行かなきゃ」

 

 鈴音の言葉にセシリアは肯定し、先に行っている三人の後を二人で追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは保健室だった。

 昼過ぎからの騒ぎだったから、なっているとしたら夕方。少なくとも、窓から見える太陽が朝であることを教えてくれた。

 妙に意識が朦朧すると思いながら、俺はあることに気付く。

 

「……リゼットとの約束、すっぽかしてしまったな」

 

 鍵はちゃんと持っているだろう。だとしたらどうしようかと考えていると、俺の近くから何やら聞き覚えがあるうめき声(?)がする。

 その声の方を向くと、そこには何故かキャミソール姿で髪を結んでいない本音がいた。いつもの大き目な服とは違って今回はサイズピッタリのキャミソールのため、極度に触れない限り感じさせない双丘が目立つ。

 俺は本音を隠すように布団を深く被る。そして瞼を閉じてもう一度寝た。

 

 ―――あ、寝れないや

 

 10分ぐらい経った頃だろうか。俺の目はバッチリ覚めており、どうしてさっきの本音の姿を思い出してしまう。というかとある部分がエネルギーがフルチャージされたダークカリバー並の状態になっていた。

 状況的にやばい。今は辛うじて耐えてはいるが、下手すれば今すぐ本音に酷いことをしそうだ。まったくと言っていいほど何もしていないから、多分一回で妊娠させてしまう恐れがある。というか今すぐしたいとか何!? 俺、そこまで追い詰められているの!?

 

「………でも、一回だけ。一回だけなら……」

 

 って何口走っちゃってんのさ!?

 止せばいいのに、俺はもう一度本音を見る。……可愛い。今すぐ世界を滅ぼしたいくらい可愛い。

 そんなある意味アウトなことを思っていると、保健室のドアが開かれた。

 

「―――悠夜、いるかぁ?」

 

 織斑がそう言いながら入ってくる。

 俺は慌てて本音を隠すと、織斑は遠慮なく開けやがった。

 

「……一夏、アンタねぇ……」

「え? 何か俺、悪いことした?」

「……………」

 

 やっぱりこいつ、一度精神病院に100年位ぶち込んできた方が良いんじゃないだろうか?

 

「まぁいい。勝手に開けることとかは今更だからとやかく言うつもりはないが、鈴音以外は今すぐ出て行け」

「何でだよ? それよりも俺は聞きたいことが―――」

「お前ら4人が今すぐ出て行く方がよっぽど重要だ!」

 

 そう言って俺は本音の方を見るが、どうやら起きた気配はないらしい。

 内心安堵していると、ジアンが言った。

 

「何だか桂木君の気分が悪いらしいし、一度出直そうか」

「そうね。ほらみんな、行くわよ」

 

 そう言ってジアンと鈴音の二人は残り三人を追い出すようにした。

 

「でも、あのことを―――」

「そんなこと、後でも良いでしょ」

「でもよ―――」

 

 尚も食い下がろうとする織斑を、俺は殴りたくなった。

 ようやく消えた5人に俺は一息吐く。すると本音が布団から現れた。

 

「おはよ~、ゆうやん」

「ああ。おはよう」

 

 挨拶をしてから、どうしても本音を意識してしまう俺がいる。

 本音は俺の上に乗って、抱き着いてきた。

 

「……あの、本音さん?」

「良かった~。いつものゆうやんだ~」

「はい?」

 

 イマイチ何を言われているのかわからない俺は内心首を傾げていると、彼女は俺に説明した。

 

「昨日は驚いたよ~。だって急にあんなことするんだも~ん」

「あんなこと? ……ああ、あれか」

 

 そう言えば俺、本音と虚さんを人質に取った奴らをぶっ殺そうとしていたな。

 

「あの時、ゆうやんが変身を解かなかったから、てっきり見捨てられたのかと~」

「勝算はあったからな………って言うよりも、下等種族の分際で何をしているかってキレていたからそれどころじゃなかった」

 

 言い方が酷いなと思いながらそう言うと、本音は笑みを浮かべた。

 俺はそんな本音を撫でる。そして、彼女が未だにキャミソール姿でいることを思い出し、近くに上着がないかを探す。

 見覚えがあるパーカーが見舞い者用のハンガーにかかっていることに気付いた俺は、それを取って本音に着せる。

 

「ねぇねぇ、ゆうやん」

「何だ?」

 

 パーカーを着せると逆にエロさと可愛さが増したことにどうしようかと考えていると、向こうから声をかけてきた。

 

「キス、して?」

「………………はい?」

 

 キス、と言いましたか?

 いやいや、あのね? 俺とそんなことをしたら色々あるし。というかあの時も人質に取られただろ。

 

「いやいやいや、ヤバいだろ。落ち着け、本音。俺がそんなことをすれば、また本音が狙われてしまう可能性も―――」

 

 俺の御託は唇を塞がれたことで中断させられた。

 甘い感触。それを味わっていると、このキスをつい最近味わったことに気付く。

 そして本音と俺のある部分がぶつかったことで、お互いが何に触れてしまったのかを理解した。

 

「………ゆうやんのエッチ」

「仕方ないだろ。今の服装を考えたらさ………」

 

 なにせ下はキャミソール。下がスカートタイプではなく、さっきチラッと見てしまったがパンツ状態だったのだ。せめてその格好は寮でしてほしかった。いや、部屋でしろってわけではないが。そう考えれば、俺の背が高くて助かったかもしれない。一応、上半身と下の少しを隠せるからな。

 内心喜びつつ、興奮し、泣きそうになっていると、ドアがまた開かれて、織斑たちが入ってきた。

 

「入るぞ、悠夜―――ってのほほんさん!? いつの間に……」

「私はずっといたよ~」

「え?」

 

 織斑は驚いて俺を見る。そんな状態の織斑の後ろから、次々と入ってくる他の奴ら。鈴音は俺と本音を見て一直線にこっちに来た。

 

「ちょ、ちょっと、何でアンタがここにいるのよ!?」

「だって私、ずっとゆうやんと寝てたも~ん」

「「「「ええっ!?」」」」

 

 それを聞いてワナワナと震え始める鈴音。そして俺にどういうことか説明をと目で語ってくるが、俺だってみんなが来る少し前に気付いたのだ。そりゃあ、キスをしたとはいえ何もなかった。例えそれが本音の服装がキャミソールだとしてもだ。

 

「もしかして二人って、付き合ってるのか?」

「ええっ!?」

 

 織斑の言葉にジアンは驚きを露わにしたが、それよりも重要なことが判明した。

 

「そうだよ~」

「はぁ!?」

 

 そんな話、聞いてないけど!?

 驚いた俺に、本音は言った。

 

「だって学年別トーナメントで、優勝したら付き合える権利を行使したんだもん。そりゃあ、かんちゃんのキスで忘れられちゃったけどさ~」

「……………」

 

 いやいやいや………そりゃあ、俺は本音を助けたことはあるけどさ、それって付き合うほど……なのか?

 心当たりはないし、というかそれほどのことはしていない。どれもこれも成り行きだ。鈴音に至ってもそうだ。本来なら、俺を好きになるなんてありえないことだ。

 

「……そういえば、そうでしたわね」

「ああ、うん。納得だよ」

「………」

 

 後ろで納得する金髪コンビ。頼むからこれ以上、鈴音を刺激するの止めてくれ。

 

「………で、話を戻すが、お前らは何で俺の所に?」

「実はさ、悠夜が持つルシフェリオンと同等の機体が現れたんだよ。それも二機も。何か知らないか?」

「…………いや、知らねえよ。そもそも俺が力を求めた時に詠唱して現れたのがこいつだからな」

 

 そう言いながら俺はルシフェリオンの待機状態である黒い十字架に黒い羽根が抱くような形をしたネックレスを出す。

 だが、複数出たということに関してはあまり驚きがない。

 

(ドロシーに聞いてみるか)

 

 そもそも、ルシフェリオンを転送したのがドロシーと言うことだし、何か知っているだろう。

 するとドアがまた開く。今度は十蔵さんと何故かボロボロの幼女……もとい、クソババアこと桂木陽子が立っていた。

 

「誰だ、貴様」

「どうしてこんなところに男性が!?」

 

 篠ノ之とオルコットが警戒を強める。そう言えば、この二人は実は十蔵さんがIS学園の理事長だということを知らないんだっけ?

 

「落ち着いてください、みなさん。私は桂木君と布仏君に用があって来たんです。すみませんが席を外してもらえませんか?」

「俺たちがいるのはマズいんですか?」

 

 織斑が尋ねると十蔵さんは「はい」と肯定する。

 

「これからするのはかなり大事な話なんです。ですので、出て行ってもらえませんか?」

「―――すみません、お待たせしました」

 

 二人の後ろからラウラが現れる。どうやらラウラも関係しているらしい。

 するとクソババアは両手を広げてラウラに抱き着いた。

 

「ラウラ~」

「や、止めてください師匠。みんなが、それに兄様が見ています!」

「良いではないか! 良いではないか!」

「いや、止めろよ」

 

 俺はすかさず突っ込んだ。何を考えているのだろうか、あのババアは。

 

「むぅ。お主はケチじゃな。そんなんじゃから未だに女をとっかえひっかえ変えて全員を孕ますなど夢の又夢じゃぞ~」

「それしたら間違いなく死ぬだろ」

 

 今の世の中だとマジで洒落にならない。

 

「……悠夜、知り合いか?」

「あの幼女に関してはものすごく不本意だがな」

「よく言う。昔は懐いていたのにの」

「今は難しい年頃だからな」

 

 そう答えて十蔵さんに視線を移すと、少し苛立ち始めていた。

 

「さて、そろそろ良いでしょうか?」

「……あの、もしよかったら俺も同席してもいいでしょうか?」

「ダメじゃ。とっと帰ってママのおっぱいでもしゃぶってるんじゃな。小童」

「こ、こわっぱって……君の方が子供だろ?」

「こう見えてワシは65じゃ」

 

 堂々と宣言するババアに、織斑は驚く。しかし冷静になったのかそれとも元からか、知っている者にとっては言ってはいけないことを言った。

 

「そんな容姿をして65じゃないだろ。見た目的に精々10歳程度だと思うけど―――」

「その幼女は俺が小さい頃からそんな見た目だった」

「アハハハハ。そんなわけないじゃん。二人とも、俺を馬鹿にするのも大概にしろよ」

「「いや、テメェ「お主」は馬鹿だ「じゃ」ろ」

 

 というかよく耐えてるな。酷い時は車を運転してて免許証を提示しても信じてくれず、俺たちをしょっ引こうとした警察官がむかついたからって警視総監に連絡して辞めさせようとしたり、それが通らなかったから車を壊せたら年上と認めさせることを条件に弁償は警察持ちだという誓約書を書かせて文字通り車を殴って壊したからなぁ。あれはちょっと恐怖だったわ。

 

「ちょっ、いくらなんでもそれは―――」

「ともかく、みんなは一度出た方がいい。二人は俺に話があるんだろ? だったらそれに従うべきだろ」

「そうだな。行くぞ、一夏」

 

 篠ノ之がそう言って違和感がないように織斑の手を取る。その姿を見てオルコットが慌てていた。

 

「………待て、小僧」

「……俺のこと?」

 

 だが何故か、ババアが織斑を呼び止めた。

 

(……雰囲気が変わった?)

 

 たぶん、ここにいる全員がそう思ったに違いない。見た目は普通の幼女。それが織斑先生を超えるほどの殺気を放てば誰だって警戒する。

 

「……お主の姓、まさか「織斑」か?」

「え? そうだけど……」

 

 周りは「何を今さら」と言う雰囲気を出すが、実のところこのババア、テレビはニュースすら見ない。

 もっと言えば新聞も取っていない。俺がISを動かしたのは知っていたが、おそらくISというものを知ったのはISが出てかなり後かもしれない。

 それほど周りの情報に疎いのは、やはりババア自身が持つ強さだろう。

 

「そうか。引き留めて悪かったのう。とっとと失せろ」

「………ああ」

 

 何だか雰囲気が変わったな。

 それを意外と思いながらババアを見ると、さっきの雰囲気は気のせいと思うほどまったりとしていた。

 

「……で、話ってのは何ですか?」

 

 その時、またドアが開く。まさかまた織斑かと思ったが、今度は簪だった。

 

「遅れてすみません」

「大丈夫ですよ。まだ始まってませんので」

 

 ………一体何だというのだろう?

 俺は昨日のことで呼び出されたとか? だったら俺と本音だけでいいはずなんだが。

 

「さて、邪魔者共と関係者が入れ替わったことで本題に入ろうかの」

「本題?」

「そうじゃ。悠夜。お主ももうあれだけの力を使えるのじゃ。そろそろ話していいと思ったんじゃよ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――お主の秘密についてを、な」




※次回予定

目を覚ました楯無はゆっくりと状態を上げる。
負けて落ち込む楯無に簪は容赦なく言った。

そして時間は経ち、悠夜は陽子から自分の秘密を明かされようとした。

自称策士は自重しない 第106話

「「桂木」の秘密」

「悠夜、お主は周りとは違うのじゃ」




ということで今回はほのぼの回。また一夏は色々と犠牲になりました。
でも実際、陽子みたいなのが目の前に現れたら一夏みたいな反応をすると思う。


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#106 「桂木」の秘密

 十蔵と陽子が悠夜の元に訪れる少し前。

 目を覚ました楯無は状態を起こすと、目の前には最愛の妹の姿があった。

 

「簪ちゃん……」

「おはよう、お姉ちゃん」

「………おはよう」

 

 挨拶が終わるとお互い沈黙する。しばらくすると簪が口を開いた。

 

「……お姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫。………ダサいよね、侵入者に負けるなんて」

「そんなことよりも聞きたいことがある」

 

 ―――そ、そんなこと?

 

 自分の敗北を「そんなこと」呼ばわりされたことに少しショックを受ける楯無だったが、次の言葉に別のショックを受けることになった。

 

「お姉ちゃんが急に織斑君に構いだしたのは、日本政府からの指示?」

「………そうよ。でもまぁ、流石にそろそろ手を出しておいた方が良いって気持ちはあったけど―――」

「手を出す?」

 

 謎の殺気に襲われた楯無は、唐突のことに身震いした。

 

「手を出すってどういうこと? 織斑君と何かあったの?」

「ちょっ、待って。少なくとも、簪ちゃんが考えていることじゃないわ!」

 

 楯無の言葉を信じられないのか、簪は訝しげに楯無を見た。

 

「だってほら、周りがあんなに織斑君を推すからどんなのかなぁって思ったけど………正直、アレはないわぁって思うほどよ。わかりやすいサインを見逃しすぎ」

 

 ダメ出しを始める楯無。だが簪は首を傾げてはっきりと言った。

 

「そんなの、今に始まったことじゃない」

「……もしかして、悠夜君みたいにワザと無視しているのかなって思ったのよ」

「………ああ」

 

 日頃から華麗にとは言えないがそれなりにサインを無視する悠夜を思い出しながら簪は相槌を打った。

 悠夜がわざとサインを無視する理由を二人は既に知っている。本当なら苛立つ行為とも取れるが、要するに悠夜が自分に自信がないとも思っている。

 それでも簪は秘密を知っているということもある。そして何より、悠夜と一緒にいるのが心地いいのだ。そしてそれは、他のメンバーにも言えることだ。

 すると簪が持つスマホから音が鳴る。

 

「……どうしたの?」

「……師匠に呼ばれてるから、行ってくる」

 

 ―――どうして師匠に?

 

 二人……布仏姉妹を合わせた四人の師匠とは陽子のことだ。

 一昔前、長期休暇を利用して四人で陽子のところに世話になっている。悠夜と会わなかったのは、まさしく奇跡と言ってもいいほどだった。

 

「いってらっしゃい」

「……そうだ」

 

 楯無の部屋は個室となっている。

 生徒会長ということが理由の一つであり、場合によっては重要な書類に目を通す必要もあるので、敢えて個室が用意されていた。

 簪はドアの前で止まり、楯無の方を向く。

 

「……悠夜さんのこと、どう思う?」

「またその質問? もう何度も言ってるでしょ」

「それ、これを見てもまだそう言える?」

 

 そう言って簪はファイルをフリスビーを投げる要領で楯無に渡した。

 

「ちょ、簪ちゃん」

「虚さんからの報告書、読んでおいて」

 

 簪が部屋を出たことを確認した楯無はファイルから報告書を取り出すと、そこには悠夜が陽子と戦い、その顛末が書かれていた。

 

「……何これ……」

 

 それは楯無の常識を覆すほどだった。

 二人は異能とも言える能力、そしてシェルターに被害が起こっても終わらない戦い。それを止めるため、自分たちが無理やり人質にさせられ、それ故に悠夜が重役を殺しかけたが、本音のキスによって力が霧散し、奇跡的に死者が出なかったことが書かれていた。

 そして重傷者リストには「織斑千冬」の名が記載されていて、治療に関する経過が書かれていた。そこには、「未だ目覚めず」という記載もある。

 

「………嘘でしょ」

 

 だが、事実だった。

 もはや、ISが世界最強など言えない。むしろ悠夜と陽子がISを超えている恐れがあり、世界各国からそれに関する問い合わせ、二人を誘拐または殺害を目論む国が出てくる可能性があり、IS学園がより危険な立ち場になる可能性も示唆されている。

 そこで楯無は、簪が自分に何をさせたいのかを察した。

 

「……まさか簪ちゃん、私に悠夜君をコントロールをさせようとでも言うの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――俺の秘密?」

 

 唐突にそんなことを言うババア。見た目は幼女だが、もしかしてというかようやくというか、狂ったのだろうか?

 

「そうじゃ。その前に、本音、簪、ラウラ。お主らは、悠夜と共に歩む覚悟はあるか?」

「覚悟、ですか?」

「そうじゃ。内容次第では、今後悠夜との関わりを絶ってもらう」

 

 ――ちょっ!?

 

 いや、俺的にはありがたいことだ。そうすれば性欲と戦わずに済むし、何よりもこれ以上、俺のせいで犠牲になるわけには行かないだろうし―――

 

「確かに、ゆうやん……悠夜君のあの力は怖いって思いました」

 

 ……そりゃあ、近くで人が血だらけになっているのを見せられ、挙句に人を躊躇いなく殺そうとしたなら怖いだろうよ。

 これで本音とはおさらばだなぁと何故か内心悲しみながら思っていると、

 

「でも、私は悠夜君が悪い人だとは思いません。昨日のアレも、私たちを人質に取ったからしたことだし……」

「………まぁ、あやつらの言い分はわからくもないんじゃがな。目の前であんなことをされたら、誰だってあの行為に走る」

「……それは……」

 

 本音は口を閉ざした。……やっぱり本音も怖かったんだろうか。

 俺の場合は確信犯だったんだが、何よりもババアを倒すことしか頭になかったから本音や虚さんを気にする余裕なんてなかった。知らなかったってのは、やはり理由にならないだろう。

 

「悠夜。一つ聞くが、あそこにはワシがおったからあそこで戦ったのか?」

「ああ。それもあるが、何よりも織斑千冬に他の雑魚もいたからな。いい加減、ウザく感じていたから自信喪失させることも狙いに入れてあそこで戦った。まぁ、それで死んだとしてもどうでもいいがな」

 

 流石にここまで言ったら誰か俺に見切りをつけるだろうと期待したが、誰もそんな風じゃない。……何故だ。

 

「もしそれが原因で、彼女らの誰かが誘拐されたらどうするつもりですか?」

 

 十蔵さんが尋ねてくるが、俺は思わず顔を逸らした。まったく考えていなかったのだ。

 

「そこまで考えて行動してもらいたいものですね」

「………すみません」

「まぁ、私もあれほどの物を見せられては倒そうなどとは思いませんがね」

 

 そうだとしても流石に対策を練るべきだったな。

 

(一人一人にバリア発生装置とかでも作るべきか……?)

 

 そんなことを考えていると、ババアが次にラウラに尋ねていた。

 

「して、ラウラは?」

「兄様に拾われて以降、私は兄様の物です。例え師匠のお眼鏡に叶わないにしろ、兄様が私を求めないにしろ、私は兄様の傍を離れません」

「……………」

 

 どうやら予想外の答えみたいだったな。俺もそこまで言われて思考が飛んでしまった。

 ババアが呆気にとられていると、それに続くように簪も言った。

 

「私は曾祖母から聞いています」

「………そうか」

 

 ………マジで?

 というか曾祖母が生きてるって凄いな。いや、今ではそれって珍しくもないのだろうか?

 

「まぁ、最初から誰も追い出す気はなかったんじゃがな」

「じゃあさっきまでの問答、いらねえだろ!?」

「それほど大事なことなのじゃよ。なにせワシと悠夜は他の人間と異なる構造をしているからの」

 

 それを聞いた俺の思考はクリアになる。俺が他の人間と異なる構造をしている? まさか俺、アンドロイドとか?

 いや、だとしたらあんな魔法を使えるわけがない。

 

「ところで本音、お主ら、三世代前以降から更識の誰か布仏と結ばれたという話を聞いたことはないか?」

「う~ん。聞いたことないなぁ」

「そうか。ではここにいる中で、本音とラウラだけが違うということじゃな」

「そろそろ本題に入ってくれよ」

 

 俺が急かすとババアは「そうじゃな」と言って話を進める。

 

「実はな、悠夜。ワシらの先祖は恐竜が生きていた時代に存在していたのじゃ」

「……………はい?」

 

 いやいや、確か恐竜が生きていた時ってだいぶ前。人が存在するどころか、まともな知能すらない状況だろ。

 そんなことを考えていると、ババアはさらに言ってくる。

 

「たまにアニメでもあるじゃろう、花から人が生まれる、とかなんとか」

「いや、あるけどさ。………まさかそれが俺たちに当てはまるとか言わないよな?」

「そのまさかじゃ。もっともワシらの場合、地球が形成されて同時期に存在した植物―――ワシらが神樹(しんじゅ)と呼んでいる大樹が生み出したがな。ワシも日本に来る前にその樹を見たことがあるが、かなりの大きさがあったぞ」

 

 そう説明されるが全然ピンとこない。

 

「ともかくじゃ。ワシらの祖先は神樹から生まれ、長い時を世代交代を繰り返した。何度も氷河期を乗り越え、侵入してきた恐竜共をも退けて、な」

「……なるほど。それを可能にしてきたのが、兄様や師匠があの戦いで見せた超常現象の数々なのですね。しかし、それはどうやって知りえたのですか? 人はどのように生まれても必ず指導者が必要となります。原始人のように自ら力を試したのでしょうか?」

「そうだな。現代で言うと、その神樹様が意識を持っていた頃に教えられたと残された文献には書かれていた。まずは字を、それから力をじゃな。もっとも生まれ方が違うと言うだけでワシらも差異はあれど構造は似ている。やがてワシら神樹人(しんじゅじん)がある程度増えた頃に神樹様は旧石器時代には神樹人にすべてを託し、去ったようじゃ」

 

 ……やばい。頭がこんがらがってきた。

 頭に残っている情報を軽く整理する。

 

 地球が生まれた頃に一番最初に誕生した芽。それがしばらくして大きくなり、神樹人を生み出した。自分たちの子である神樹人を教えた神樹人がたくさん生まれ、今の人のような生活ができることを理解した神樹様と呼ばれた大木の意識は消え、以後、ご神木として神樹人の神的存在となった、ということだろう。

 だがこれはあくまでも設定だと言わざる得ないが……ラウラが言っていたように、俺とババアには通常、人が持たない能力を持っているのだ。もし普通の人間と違ってそんな生まれ方をしたなら、そんな力を持っていても不思議ではない。

 

「結局、俺はその神樹人だから、あんな力を使えるとでも言うのか?」

「そうじゃな。それにワシと悠夜は神樹人の中でも力の強い王族の出身じゃ」

「へぇ。そいつは凄いや…………って、今なんて言った!?」

 

 適当に相槌を打った俺は一度流したが、今物凄く大事なことを聞いた気がする。

 簪は前々から知っていたからか特に反応を示さなかったが、初耳だろう本音とラウラは違った。

 

「だから、王族じゃ。そして王族を中心に火、水、風、土の四つの属性を司る一族がいて、後は雑族と分類されていた。もっとも、名前は酷いがちゃんと大切にされていた。まぁ、ワシもそこまで長くその土地にいたわけではないので、その辺りの記憶は曖昧じゃがな。ちなみに十蔵は土を司るヤードの一族の現族長でもある」

「はぃいいいいい!?」

 

 驚かずにはいられなかった。

 だってそうだろう。今まで俺は王族で、一般人と思っていたのは従家の一つなんだから。ということはつまり―――

 

「朱音ちゃんも、そのヤードの一族ってことですか?」

「そういうことになります、悠夜様」

「お願いですから今まで通りの呼び方で呼んでください!」

 

 恥ずかしいというか、正直悲しい。

 ここで俺はあることに気付いた。つまり、俺は今まで織斑と同じで守られるべくして守られていた、ということなのかと。

 

「…………」

「ねぇねぇ、ゆうやん」

 

 つまり俺は、今まで自分のことを棚に上げて織斑に対して無駄に恨んでいたということなのだろうか。

 

「本音、キスしてやれ」

「え? でも―――」

「じゃあラウラ」

「わかりました」

 

 急に唇を塞がれた俺は一気に現実に引き戻された。

 

「ちょ、ラウラ!? 何をしてんだよ!?」

「ワシの命令じゃ。お主は王族じゃが女に対して免疫がなさすぎるからキスするか萌えさせる方が手っ取り早く現実に戻せる」

「そのせいで向きたくもない現実と向き合う羽目になっているんですが!?」

 

 今、涙でこの部屋を満たせる気がする。

 そんなことを考えていると、十蔵さんが言った。

 

「勘違いしているようなので言いますが、私は悠夜君が王族だからと言う理由であなたに専用機を渡したつもりはありませんよ。理事長としては恩賞を、所長としてはあなたの実力を認めたから専用機を渡したに過ぎません。事実、IS学園の部隊はあなたがいるということで救助を放棄したのにも関わらず、あなたは瀕死になってもなお、戦い抜いて勝利をしました。もう一機では疲労しているとはいえ、結果的に3機で対応した機体をです。あの万能パッケージは出力は高いとはいえ合わせても専用機1機分しかありません」

「………そうですか」

「そうですよ、兄様! 兄様は私を助けてくれたじゃないですか!」

「私もだよ。結局、ゆうやんを助けに行くつもりが逆に助けられちゃった時もあるし」

 

 本音はともかく、ラウラの場合は完全に私用だった。

 ラウラの場合、見た目のレベルは高い。もしあのまま帰還した場合、彼女がどんな目に合うかわかったもんじゃない。だから俺が引き取ると同時に着せ替え人形にでもしようと思っていた。

 そして本音は、アレはこっちの事情に巻き込んだだけだ。助けるのは当然だし、前みたいに怒りに身を任せてたら勝手に体が動いただけだ。

 

「まぁ、ワシの結婚相手が日本人じゃから悠夜はハーフみたいなものじゃがな。しかしそれで分かったことが一つだけある。ハーフとして生まれた修吾じゃが、修吾も問題なく能力が使えたのじゃ。つまり、日本人と結婚すれば神樹人の血が色濃く出る。そもそも、神樹人と言っても見た目は様々。色が黒い者もいれば白い者もいる。おそらくは神樹様はこの現状を遥昔から予知していたのじゃろう。少しじゃが、何人かの予知能力者も現れたことだしな。そしてその一人は簪の曾祖母―――フローラじゃ」

 

 俺は思わず簪を見た。ってことはまさか―――

 

「察する通り、簪もお主や朱音と同じ神樹人の血を引くものじゃ」

「だからあの時、私に聞いたんですね~」

「そうじゃ。じゃがよかったのう、本音。これで大分ライバルは減った」

「それってどういうことですか~?」

 

 本音が質問すると、下手すれば重苦しい言葉を堂々と言った。

 

「公平さを保つために禁じられているんじゃよ、四つの従家…正式名称は四元属家の血を引く者と王族が結ばれるのはな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告書を読み終えた楯無はふと、暁に聞かれた言葉を思い出していた。

 

 ―――あなたは織斑一夏と桂木悠夜、どちらが大切なの?

 

 生徒会長としてなら、弱い一夏を選択する。それは間違いない。

 悠夜は強い。なにせ生身で陽子と少し押され気味だがほとんど対等に戦え、やろうと思えば生身ですらIS学園諸共この島を壊すことさえできるほどだ。それに比べ一夏は弱い。ISにおいても生身においてもまだまだ伸びしろがあるが、自分の立場をまだ正確に把握できていない状態であり、自分から率先して強くなろうとする姿は見えない。鍛えている姿を何度か目撃しているが、それでもどこか嫌々している状態だ。

 さらに言えば悠夜と違って一夏はモテる。女尊男卑となっても結局人は生理行動には逆らえず、今の年頃ならそれなりに異性に興味を持つし、イケメンである一夏は様々なアクセサリを持っている。イケメンで口がうまく、さらに姉はすべての女性の憧れと言っても過言ではないほどの織斑千冬。家事もこなせ、本人は嫌がるだろうが主夫としても十分やっていける素質がある。

 だがそれは、みんなはわかっていないが、悠夜にも言えることだった。入学当初の悠夜はどこ弱々しい雰囲気はあったが、警戒心は強く、頭もよく働く。そして今回のことでかなり露見したが、本音曰く、悠夜が執事服やメイド服を改造しているということは聞いていた。

 

(生徒会長としては、勿論織斑君を選ぶわ。………でももしそれが、一人の女としてなら……)

 

 生徒会長や暗部の長としてではない、もし一般人の更識刀奈としてなら………。

 

(私は……絶対悠夜君を選んでしまう)

 

 彼女は一緒に過ごして理解した。一夏は確かに魅力はある。それは楯無だって認めている。

 

(だって悠夜君だったら……悠夜君だったら私を受け入れてくれるもの……だから私は――)

 

 

 ―――絶対、悠夜君を選ぶ




やっと書けた、悠夜の秘密と楯無の回答。
ちなみに楯無の場合、悠夜との生活が長かったことや簪との関係修復とかも含めてなので、実際こんな感じになるなかぁって。

ちなみに悠夜の秘密に関しては次回に続きます。どう見ても勝手に課した字数制限超えそうだし、ちょうど良いところで切れたので。


※補足説明

・神樹人
地球が誕生してしばらく経ち、成長した樹から生まれた特殊能力を持つ人間。生体機能は現代人と大差がないため、現代人との生殖行為は可能。現に修吾以外にも何人か確認されている。

・神樹様
神樹人を生み出した大樹。現代人が旧石器時代を迎えた時にただの大樹に戻ったらしい。

・四元属家
悠夜ら王族の従家。火、水、風、土の四元素のと同じなため、そういう総称が付けられている。現在判明しているのは土のヤード一族。末代は朱音。

・予知能力者
神樹人の中にちらほら出てきている。







どうでもいい呟き。
王族云々辺りで、悠夜に「だって俺、王子だし」とどこぞの暗殺部隊にいる王子の真似をさせたかった。


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#107 過去の騒乱

 ―――桂木悠夜を選ぶ

 

 そう思った楯無だが、彼女の脳裏に自分が一夏と密着したのを見た時の悠夜を思い出す。

 あの時は爆発が近かったこともあって念のために選択した。場合によってはその身を挺して守るためだ。

 

 ―――もしかして、それが原因で……?

 

 そんなはずはない、と楯無は首を振る。

 だが彼女にはどこか、「もしかしてそうかもしれない」という妙な確信があった。

 

 しかしそれがわかるのはずっと後になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライバル……その意味をなんとなく察した俺は、簪の方を見る。

 だが肝心の簪は何とも思っていないようだ。

 

(…………耐えて正解、だったみたい……?)

 

 しかしあのババア、何もあんな堂々と言わなくてもいいだろうに。

 

「―――とまぁ、普段なら言っておるところじゃがな、今となってはそうは言っておられん」

「…どういうことだ?」

 

 思わず聞くと、ババアが俺を見てニヤニヤし始める。

 

「ほほう。それを聞くにお主、まさかどっちかに惚れているな?」

「……………いや、それはない」

「怪しいのぅ。もしかして、姉の方に惚れているとか―――」

「惚れている、惚れていないに関係なく冷静に考えてみろ。あれだけ女性としては魅力的な体型をしているのにまったく襲わない俺だぞ。どう考えても惚れてない―――」

「何を言う。単にお主がヘタレなだけじゃろう」

「上等だババア、表出ろ!」

 

 今こそ決着付けてやらぁ!!

 そんな勢いで立とうとする俺だが、何故かその場から動けなかった。

 

「やれやれ。悠夜君、君が暴れてどれだけ大変だったかわかりますか?」

「あの場合、本音と虚さんさえ無事なら全く問題ありません!」

「それに関しては同意しますが、今回ばかりは流石に反省してください。大体、二人が戦ったせいでVIP用シェルターが破壊されたんですよ?」

「えー。だって相手は悠夜だったしぃ」

「すみません。相手は一見ロリにしか見えないババアだったので、つい……」

 

 言い訳がするが中々移動させてもらえなかった。

 

「ともかく、しばらくは暴れるのは控えてください。特に今は大人しくしてくださいね」

「………わかりました」

 

 そう返事すると、十蔵さんは「よろしい」と答えてババアに続きを話させる。

 

「さて、さっき言った通り、今は四元属家との婚姻は例外的に認められている。理由は既に我々が長年築き上げてきた土地がある者の手によって滅ぼされたからじゃ」

「ある者?」

「織斑一族じゃよ」

 

 ……そう言えば珍しく、本当に珍しくババアが織斑に敵対意識を持っていたな。

 ババアにしてみればあれくらいの存在は小物として認識するから、あれほどの意識を向けることはないはずなのに。

 

「まぁ、あの辺りの話を聞くのはフローラの方が―――」

『呼びましたか?』

 

 ババアの後ろに急に水が形成され、人の形をした水人間と呼べるべきそれが立っていた。

 

「いたのか」

『はい。退散するつもりでしたが、次代の王がどのような存在か一目見たいと思いまして。曾孫たちが随分とお世話になっているようですしね』

 

 何だろう。今の言い方、誤解されているような気がしてならない。

 すると入り口のドアが開き、そこから20代の女性が入ってくると同時に水人間が霧散した。

 

「初めまして、悠夜王子。私はフローラ・ヴァダー。水の従家です」

「……どうも。っていうか王子はマジで止めてください」

 

 物凄く恥ずかしいんです。

 そもそも俺、義母がアレですけどほとんどお手伝いみたいなことばかりしていましたから一般の出と言っても差し支えないんですが……。

 

「では、陽子様に代わってここからは私が説明しましょう」

 

 そう前置きしたフローラさんは話を始める。

 

「あれは今から60年前。我々神樹人がまだ外界との交流をほとんど禁じていた頃、突如としてアメリカと日本の連合軍が神樹国を攻めてきました」

「60年前? なら、あなたはまだ―――」

 

 近くに座っているラウラの口を塞いで俺はそっと耳打ちした。

 

「あのババアが未だにロリなんだ。だとしてもあの容姿で60年以上生きていてもそこまで驚くべきことではない」

「ふむ。確かにな」

「続けさせていただきますね。 

 神樹人はこれまで外界との接触を完全に禁じたわけではありませんでした。日本に百聞は一見に如かずという言葉がある通り、完全に聞くだけではいくら我々の能力が高いとはいえ後れを取るという方針があったためです。雑族と言っても要は多岐にわたる能力保持者。火、水、風、土以外にも様々な能力を持つ者がおり、王族と四元属家は隠密に長けた能力を持つ一族を選んで密偵を飛ばしていました」

「その内の一つは、織斑ってことなんですね?」

 

 ラウラの言葉にフローラさんは頷いた。

 

「はい。ですが織斑は禁忌を犯したのです。密偵と言う立ち場を使い、まずは日本に密告と同時に雑族の一部にある噂を流しました。王族と四元属家が本格的な奴隷制度を取り入れようとしていると。元々王族は神樹様の声を聴き、それを皆に伝える役割を担っていたより力が強い一族が代々務めていただけの役柄。万が一に外界との接触を行った場合、代表がいるからと取り入れただけの制度に過ぎなかった」

 

 前々から碌なことをしていないとは思ったが、まさかそんなことを先祖がしていたとはな。……ってことは待てよ?

 

「つまり織斑も能力者、ということですか?」

「敬語じゃなくてもいいんですよ?」

「敬語にしますから」

 

 というか、水人間を精製できる時点でただ者じゃないことぐらいわかるし、そんな奴らに対して無駄に喧嘩を売る気はない。

 

「いえ。織斑一族が能力を持つことはありません。彼は裏切り者として処分されたため、王族に伝わる「永封縛」を駆けられたため、能力そのものを失ったのです。その内の一人である織斑千冬があれほどの能力を持っているのは本来ならばありえません」

 

 ………となると、何らかの形で封印が解かれたと考えるべきだろう。

 いくらババアの存在があったとはいえ、7月の時点で織斑千冬の能力は俺を下回っていた。純粋種(厳密にはそうではないが)は超えられなかったと考えるべきか。

 もしくは弟の方に何か仕掛けが施されているとか?

 

「聞くところによると、悠夜様も織斑の巻き添えを食らっているとか?」

「ええ。まぁ………でも今では何だかんだで結果オーライとは思っていますがね」

 

 黒鋼をリアルで使えるのは、本当に今までの苦労を報えるぐらいの価値はあると思う。

 

「あの~」

 

 すると本音はゆっくりと手を挙げた。

 

「何でしょう、本音」

「それで、公平を期すために結婚できないって話ですけど~、結婚以外に愛人とかなら大丈夫なんですか~?」

「いえ、愛人も一切ダメでした。確かに過去、愛人を作る方はいましたが、それはすべて雑族でしたから。ですが、崩壊したことにより神樹人は離散。事実上、法律なんて崩壊しているようなものですから」

 

 気のせいかな。簪が腕を隠しながらガッツポーズしている。そんなに俺がいいのか疑問だ。

 だってそうだろう。結局俺はわがままで救いようがないほど幼いのだ。独占が強いのも、王族の出ではなくわがままだからと言う理由でしかない。

 

「それに、今は風の一族―ガンヘルドが取り入っている……というか制限がなくなったことで恋愛に発展しているという話ですし」

 

 そこまでフローラさんが言うとドアが勢いよく開かれた。

 また織斑なのだが、いい加減学習しろよとため息を吐きたくなる……はずだったが、何故か様子がおかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、とある場所では暴動が起こっていた。

 その場所はまるで嵐が過ぎ去ったかのような惨状となっており、何人かが犯人と思われる少女の周りで倒れている。幸い、命に別状はないようだ。

 

「―――もう我慢できません」

 

 そう言って少女―――ミア・ガンヘルドはジャマダハルに風を纏わせた。

 

「私は今日限りでここから出て行かせていただきます」

「―――何度言えばわかるの。あなたにはあなたの役割があるのよ」

「それは嫌味ですか!」

 

 そう言ってミアはジャマダハルを振ると、風が鞭のようにしなって辺りを破壊する。

 だが突然、それが霧散して破壊活動が終わらされた。

 

「サーバス様。あなた様は下がってください。これはガンヘルド一族の問題。あなた様の手を煩わせるわけには―――」

「だが、彼女をHIDEに縛っているのは私だ。組織の長として、私が彼女の理由を聞く権利と義務がある」

 

 サーバスは自分に従うミアの同種を下がらせて前に出た。

 

「さて、ミア。君の意見を聞こうか」

「ユウ様の所に行きたいです」

「バカにするつもりはないが、予想通り過ぎて逆に笑いが漏れそうだよ」

 

 そう言いながらサーバスはミアに慈愛の笑みを浮かべた。

 

「だがミア、今の君には暁の世話をする役目がある。それじゃあ不服かい?」

「………確かに、神樹国が荒らされ、再起ができなくなった今、四元属家は王族と共にあるべきでしょう。ですが、私はユウ様と共にいたいんです!」

 

 そう言ってミアは周囲に竜巻を展開して無差別に攻撃を繰り出した。

 

「ミア、力を納めさない。サーバス様の御前です」

「それはリア姉様がサーバス様と共にいれるからでしょう!」

 

 まるで子供の癇癪だとリアと呼ばれた女性は思った。

 

「ティアもそうです。リア姉様もティアも、それぞれ望んだ主の元にいれるから、そんなことを言えるんです! ですが私は違います!」

「だがあなたがここにいるのを望んだでしょう?」

「それはユウ様のためです!」

 

 リアの言葉をかき消すようにミアは叫んだ。

 

「10年前、私はまだ未熟で今の世界にユウ様といるのが危険で、私みたいなのがいたらユウ様の迷惑になるから離れました。ですがそもそも、本当なら今年4月からユウ様と一緒に暮らしていいという話だったじゃないですか!」

「事情が変わったのです。それぐらい聞き入れなさい」

 

 厳しく言い含めるリアに対して、ミアはさらにわがままを言う。

 その光景を見ていたサーバスは一人、考えていた。

 

(確かに、そろそろ頃合いか)

 

 サーバスは今すぐ二人の喧嘩を止めさせ、ミアに準備させようとした。しかしそれよりも早く喧嘩を止めたものが現れた。

 

「―――悪いねミアちゃん。もう少し大人しく待ってもらえないだろうか?」

「………技術主任。どうしてですか」

「僕の予想だよ。来月ぐらいにウサギが動きそうだと思ってね。それも世界の命運を左右するほどの」

 

 技術主任は楽し気にそう言うが、ミアは訝し気にその技術主任を見る。

 

「あー、勘違いしないでほしいんだけど、別に僕は君の家が「ガンヘルド」だから嫌っているとか、そういうわけじゃぁない。むしろいいじゃないか。10年間も何度も過ちを繰り返し続けたあの子を慕ってくれるなんて。今すぐ行かせたいっていうのが本音なんだが………君にはもう少し待ってもらいたいんだ。それ以後は好きにしてもらって構わない」

「本当ですか!?」

「………大丈夫なのか?」

 

 すると男は「もちろん」と自信満々に答えて堂々と言った。

 

「僕たちの目的を考えても、その時期に彼女を向こうにやった方が良いと思ってね」

「………確かにそうだが」

「それにまだその時期なら彼女もいるだろう」

 

 技術主任の言葉に納得するサーバス。ため息を吐いて改めて命令する。

 

「ではミア、君は時が来るまで暁の面倒を頼む」

「わかりました!」

 

 そしてミアはすぐに力を使い、周囲に壊されたものの修繕に当たる。

 

「……で、実際はどこまで本当なんだ?」

「すべてだよ。今日から大体1か月後、地球は消滅の危機に瀕する。そして彼女はそれを止める鍵の一つだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然現れた織斑の様子はおかしいの一言に尽きる。

 何故か怒りを露わにしており、まっすぐ俺の方へと来た。

 俺はすぐさまベッドから飛び出して織斑の行く手を阻もうとしたが、それよりも早くラウラが俺と織斑の間に割って入る。

 

「何用だ? 今は我々がこの部屋を使っているんだぞ」

「退けよラウラ! 俺は悠夜に用が―――」

「だから、こっちは話してんだよ。終わるまで待て」

 

 だが織斑は聞く耳を持たないのか、ラウラを押して俺に掴みかかってきた。

 

「どういうつもりで千冬姉に攻撃したんだよ」

「は? ………ああ、何度か攻撃したな」

 

 そう言えば忘れてた。あの女、今はどうしているんだ?

 考えていると前方から拳が飛んできたので俺はそれをいなした。

 

「何で千冬姉を攻撃したんだよ! 千冬姉が一体何をしたって言うんだ!」

「周りに俺との差異を見せつけるために利用しただけだ。アンタの姉を使えば少しは理解が追いつくとは思ったが、どうやら女尊男卑に染まった馬鹿はただの馬鹿ではなくて救いようのないゴミだったようだな」

「それだけじゃない! どうしてあの時、素直に白式を返してくれれば、俺だって力になれたのに!」

「……力になれた、か。それはないと断言できる」

「何で!?」

「少しは俺とお前の差を理解しろ、クズ斑。現にお前はあの時、バックアップをしている俺のことを考えず動いていただろう」

 

 指摘すると図星を突かれたからか、織斑は黙った。

 するとドアが開かれると、慌てた様子で篠ノ之と鈴音が入ってきた。

 

「何をしている一夏! ここでは話をしているだろう」

「ごめんね、悠夜。今すぐ出て行くから」

「待てよ! 話はまだ終わってない!」

「こっちの話も終わってないっての」

 

 まったく。何でこいつはこうも教養がないのか。……人のこと、言えないけどさ。

 鈴音が申し訳なさそうにドアを閉めると、全員が呆れを見せていた。

 

「さっきの織斑一族の末裔か。随分と慌ただしい存在だな」

「じゃろう? あれが将来、ワシらを脅かした存在と同種になると思うとゾッとする。どうにかできんのか、十蔵」

「無理ですね。彼、以前悠夜君にボコボコにされましたが、結局向上心が見られなかったようです」

 

 少しは成長する意思はないのだろうか。

 そう思ってため息を吐いた俺は、ラウラを抱えてベッドの上に座る。

 

「話を戻しますが、色々あって私たちは離散しました。しかし国民の大半が殺されてしまい、国は核爆発と自爆奥義によってすべて破壊しつくされてしまったのです」

「その自爆奥義って?」

 

 本音が質問する。俺の脳内にメガ○テが出てきたが、フローラさんの口からとんでもない言葉が出てきた。

 

「『ニュークリアエクスプロージョン』……つまりこちらも国を消し、私たち神樹人を逃がすために、陽子様の二代前の王と王妃が自爆しました」

「……………」

 

 俺たちは思わず黙ってしまった。

 奥義が核爆発で、やりようによってはそれを実現可能なのだと。

 

「どうして二人はそこまでして国を燃やしたのですか?」

 

 ラウラの質問はどうやらかなり重要なようで、三人は軽く指を動かす。

 

「結界を張りました。ここからは特に口を割らないでいただきたい。特にラウラ・ボーデヴィッヒ」

「わ、私ですか……?」

「あなたがかつて、織斑千冬を師として教えを請い、軍の教官になってもらおうと動いていたのは知っています」

 

 そのことを指摘されたラウラは顔を青くする。が、それを庇ったのは簪だった。

 

「大丈夫です。今のラウラは悠夜さんのもの、きちんと忠誠を誓っています」

「ですが、万が一と言うことも―――」

「それに関しても問題ありません」

 

 そう言って簪は懐から液体の入った瓶を出した。

 

「これは強力な媚薬です。あなたから借りた本の中にあったものを調合しました」

「……アレですか。なるほど。確かに強力ですね―――

 

 

 ―――なんせアレは、性病にかかる要素がないのにも関わらず、人の尊厳を失う代わりに○EXすることしか考えられなくなるもの。やりようによっては今後は性行依存症にできますからね」

 

 ヴァダーの一族はそろって俺を見る。ちょっと待って。まさか俺に使おうとか考えていないよな!?

 

「………たすてけ」

 

 どうやらラウラも自分が使われると思ったらしい。どうやら俺たち二人は意外な人物に尊厳を持っていかれそうになっていた。

 十蔵さんが密かに殺気を飛ばしつつ俺に合掌しているのは、気のせいだと心から思いたい。

 

「あ、あの、そもそも二人はどうして自爆なんてしたんですか!?」

 

 話題を変えるために質問すると、「そういえば、その話をしているんでしたね」とフローラさんが言った。

 

「自分たちの科学力を隠すためです。外界が核爆弾が切り札に対して、私たちは今の数十倍先の科学力を持っていましたから」

 

 科学と異能が交差させるできるならそれぐらいの科学力を持っていてもおかしくはないと、俺は思わず納得してしまった。




ということでなんとか秘密編に区切りをつけることができました。意外に長かった。


※次回予定

自分の本当の立場を知った悠夜。だが彼は育ち故か未だに実感がわかないでいたが時間は止まらない。
後夜祭はなくなったが学園祭が終了し、あることが発表された。

自称策士は自重しない 第108話

「結果発表~ヒミツの催し~」

「これで俺は……手に入れられる!!」


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#108 結果発表~ヒミツの催し~

 ―――イマイチ実感がわかないとはこのことだろうか?

 

 確かに、俺にはおかしな力がある。ルシフェリオンもそうであり、ダークカリバーなんて女権団戦で手に入れたものだ。止めにはババアを倒したあの力。アレは間違いなく一般常識を超えている。

 

(まぁ、俺は躊躇いなく行使したけどさ)

 

 一般的に「世界最強」を指すのは二人いる。

 一人は織斑千冬。元日本代表で世界最強。身体能力も高い。 

 そしてもう一人はイタリア代表のアリーシャ・ジョセスターフ。第二世代型IS「テンペスタ」の操縦者であり、数少ない単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)保持者であり、第二回モンド・グロッソで織斑千冬と当たるはずの奴だった。当時は織斑千冬と並んで注目されていた。

 

 ―――だがそれは、あくまで「IS」という力を使っての最強である

 

 実際、力を解放した俺の前に戦う意思がなかったとはいえ、俺にあっけなく敗れ去った。おそらくイタリアの女の方も過度な期待をしない方が良いだろう。

 

 

 さて、現実逃避もそれくらいにしようか。

 

「おはようございます、ご主人様」

「……ああ、おはよう」

 

 隣にいるのはリゼットだ。

 そう。俺がいるのはIS学園内にあるVIP用のホテルで、リゼットの部屋だ。俺はあの話を聞いてから一泊したのである。

 当然だが、俺はリゼットに手を出したということはない。俺は奥義が強力すぎて自分にすらかかってしまう幻術の赤ん坊みたいな格好で来たら、リゼットの謎センサーが働いたようで俺を回収したのだ。しかも何故か外泊の許可が降りており、そしてそれをリゼットが知っており、さらに何故か明日の用意もされていて、絶句した俺はこうして一泊したのだ。

 これでもかなり抵抗した方である。特にリゼットはやっぱりというか俺と夜の営みをするつもり満々のようで、最初はパンツのみでダイブしてきた。それ、男がするもんだと思うんだけど……。

 

(……おっぱい、大きくなってたな)

 

 もちろんバッチリ見ちゃいましたよ。しかも本人から無理やり触れさせてくるから俺の下半身は準備OK。結果、折衷案で俺がリゼットを抱き枕にする形で決着した。

 

 ―――チュパッ

 

 そして今、俺の首筋はリゼットの餌食となっている。

 確かにこれは傍から見れば羨ましい行為だ。今となってはロリ巨乳ぽくなっているので一部の男はより俺に対して嫉妬を向けるだろう。しかし本人にしてみれば溜まったものではない。正直な話、リゼットが12歳の時に中学に来ていなかったら俺は本能の赴くままに行動していたと思われる。

 

「ご主人様、キスしてください」

「………いや、妹にするのは流石に………」

「わたくしは奴隷ですよ?」

 

 俺は仕方なく……おでこにキスをした。

 大体、リゼットは俺を怖くないのだろうか? 仮にも俺は自分のためにIS学園の損傷なんて気にせずに暴れた男だ。そんな奴を前にしては普通は怖がる。

 ………まぁ、殺されかけた本音が無防備な姿を晒している時点で今更だと思うが。

 

「わたくしは別に、何も思っていませんわ」

「………よくわかったな」

「当然。それにあれくらい、三年前から知っていましたもの。今更世界が崩壊したところで大して驚きもしませんわ」

「いや、そこは驚けよ」

「それにわたくしは生きていますから大丈夫です。そう、わたくしさえ生きているならそれで構わないのです!」

 

 堂々と言うリゼットだが、人としてそれは仕方がないことだ。まぁ、齢15の少女に死ねなんて言うつもりはないが―――

 

「それにわたくしはまだ一人もご主人様の子供を産んでませんのよ? 最低100は産んで当たり前なのですから」

 

 ………死ななくていいから、狂いに狂ってしまったその思考はどうにかしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前の状態になってリゼットを空港まで送った俺は、ペガスで帰る。お別れのキスを10秒以上させられたけど、VIP用待合室の出来事なので速報に乗ることはないだろう。

 

(来年にここに入学するつもりなのか、あいつ)

 

 先程、リゼットに「絶対入学して本当の奴隷になる」と宣言された時は全員が苦笑いしていたものだ。

 来年には入学したら「ご主人様と記念撮影」とか何かと理由を付けては迫ってきたり、部室とかに来て「調教してください」とか言われたりする可能性が高い。……ちなみにこれ、全部三年前に言われたことだ。……まぁ、部室とかはこれからできるだろうが、絶対そういうのに使う気はない。

 

 IS学園に戻ってきた俺は体育館の前で降ろしてもらう。

 遅れてきたが、そのことは既にニヤニヤ顔で理事長から許可を得ているから大丈夫だろう。

 そう思いながら中に入ると、全員がこちらに注目しなかった。俺が気配を消していたということもあるが、何よりも織斑千冬が怪我をした状態で出席しているからである。

 俺は密かに列に紛れていると、タイミングよく楯無が派内を始めた。

 

「みなさん。先日の学園祭ではお疲れさまでした。それはこれより、投票結果の発表を始めます」

 

 あぁ、そう言えば色々あったけど、学園祭ではそんなことをしていたな。

 そもそも俺が参加することにはなっていなかったはずなのだが、おそらく俺という雑魚(ただし世間体から見て)を餌にすれば何か操作しやすかったのだろう。

 

「一位は、生徒会主催の観客参加型劇『シンデレラ!」

「「「………え?」」」

 

 まさかの答えに一同は驚きを露わにした。

 そりゃそうだろう。客を呼び寄せるために色々と回ったが、どの部活動もそれなりに頑張っていたからな。

 

「卑怯! ズルい! イカサマ!」

「何で生徒会なのよ! おかしいわよ!」

「私たち頑張ったのに!」

「劇の参加条件は「生徒会に投票すること」よ。でも、私たちは別に参加を強制したわけではないのだから、立派に民意と言えるわね」

 

 …………絶対何かヤバい提案したな、あの女。

 ブーイングを制した楯無はある提案をする。とうとう織斑を生徒会の奴隷にするのだ。

 

「はい、落ち着いて。生徒会直属のボランティア部に入部する織斑君は、適宜各部活動に派遣します。男子なので大会参加は無理ですが、マネージャーや庶務をやらせてあげてください。それらの申請は、生徒会に提出するようにお願いします」

 

 改めてボランティア部と聞くと、ろくでもない奴らが脳裏によぎる。主人公の叔母が同い年で、あるワードを言えば切れるあれだ。

 

「ま、まぁ、それなら……」

「し、仕方ないわね。納得してあげましょうか」

「うちの部活は勝ち目がなかったし、これは棚ボタね!」

 

 すぐさま各部活動がアピールを始めたが、すぐに楯無が制した。

 

「続いてクラス別の発表ね。この一位はみんな知ってる通り、一年一組の「ご奉仕喫茶」。クラス代表は前へ」

 

 言われて織斑は壇上に登る。

 だがまぁ、当然の結果だ。俺があれだけアピールしただけではなく、教師を利用するという汚い手すら使ったのだ。勝てないわけがない。

 

(あとは、特権でアイデア部の部室を提供してもらうだけだ)

 

 なぁに。喧嘩になったところで自分たちが最強とかほざく雑魚共如き、どうとでもなる。

 賞状を受け取った織斑は列に戻る。ようやく解散だと思った矢先、予想外のことが起こった。

 

「さて、最後にミスIS学園の発表をするわ」

 

 途端に体育館が湧いた。

 

(……ああ、そう言えばそんな行事があったな)

 

 読んで字の如くとでも言うのだろうか。IS学園の中で一番人気なのは誰か、というのを決める投票だ。

 流石に男だから参加する気にはなれなかったので当然スルー……するつもりだったけど、虚さんみたいな人が不人気なのはおかしいので投票した。

 楯無は結果が書かれている紙を出して発表する。

 

「まず第三位 一年一組 シャルロット・ジアンちゃん」

 

 自分には関係ないのであまり反応を出さない。いや、もしかしたらジアンは執事服の影響もあるかもしれないな。男装の評価も結構高かったし。……本人は嫌らしいけど。

 

「そして第二位 三年二組 布仏虚さん」

 

 一応、年齢的に先輩だからかさん付けに変えたな。

 次はいよいよ第一位だが、おそらく楯無だな。……もしくは意外…というわけではないが、本音やラウラもあり得るかもしれない。特にラウラは最近妹力が上がってきているからな。

 

「最後に第一位は……………桂木悠子……さん」

 

 元々楯無だろうというムードを氷漬けにしたような雰囲気が漂う。わかるぞ。アンタらだって焦るというか驚いているんだろう。

 

 ―――俺だって驚いているからな

 

 そもそも何で女装が登録されているのかは甚だ疑問だが、今はそれどころじゃない。

 すぐさま女装した俺はその雰囲気に溶け込んだ。

 

「ではそれぞれに賞状を渡します。まずは桂木悠子さん、前に来てください」

 

 どうせ女の子っぽいものだろうから、後でラウラにあげようと考えながら前に向かう。そして壇上に登って楯無の前に立つ。

 規則で指定敷地外のISの使用は原則禁止されているのでどういうことかは聞けないが、後で念入りに聞いておこう。

 そう心を決めて平静を保っていると、待ったがかかった。

 

「―――待ちなさいよ」

 

 あれは二年生のところか。

 その二年生と思われる奴は俺を親の仇と言わんばかりに睨んでいる。

 

「何でミスコンに男が選ばれるのよ。おかしいじゃない!」

 

 それを聞いた俺はある名案を思い付いたのですぐに言ってやった。

 

「簡単な話。あなたたちのような俗物と違って私が美しいからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実のところ、悠夜=悠子と知っている人間は意外と少ない。

 「シンデレラ」の一件で参加しているのは学園内の生徒の大半を占めていたが、先輩からの圧力などで大半が辞退したのである。

 だがそれでも悠夜の顔が顕わになったり、見たことがない女生徒のことで情報が出回ったことで一夜にして悠夜

=悠子という構図が一瞬で知れ渡っていた。

 ちなみに、女権団の生き残りが報復のために悠夜と幸那をターゲットにして殺そうとしたが、悠夜の姿を見たものはリゼットの一件のみで以降は「シンデレラ」ぐらいしか目撃されていないこと、その後の騒動で完全に断念することになった。幸那の場合、何人か現れていたがある幼女によって全治3か月の大怪我を負わされていた。

 

 そして悠夜の知らないところで登録されているのは、簪が原因だったりする。

 予め女装をすることを知っていた彼女は密かに悠子をぶち込んでいた。もし入賞したら、その時は日頃の感謝を込めて学園から支給される賞金10万円を渡そうとしていたのである。もっとも、これまでの功績を考えれば常に多数の人間を助けてきた悠夜に対して少なすぎると簪は思っていたが。

 

「―――簡単な話。あなたたちのような俗物と違って私が美しいからよ」

 

 それを聞いた簪は顔に出さなかったが物凄く笑っていた。悠夜が大抵、自分たちを含めて侮辱する時は心中で後悔するからである。

 

「な、なん―――」

「楯無。私の票はどこで稼がれているのかしら?」

「えーと……主に外部票ね。この投票は外部……つまり外からの人たちからが多いわ」

「そう。つまり、外からの人間にしてみればあなたたちなんかより私の方が魅力的に映ったってことでしょ? そんなこと、言われないとわからないのかしら? ただでさえ、弱すぎて話にならないと言うのにそれ以上に馬鹿だなんて……ホント、可哀そう」

 

 先程まで茫然としていた女子たちも、それを聞いて怒りを露わにする。

 だが悠夜の……悠子のある一言で全員沈黙した。

 

「―――何人かは知っているみたいだけど、織斑千冬をああいう風にしたのは私よ」

 

 全員が騒然とした。

 世界最強として名高い織斑千冬。その身体能力の高さは彼女から教えてもらった生徒はよく知っている。それが雑魚と思っている男子生徒が大怪我を負わせた。事実、千冬じゃなければこうして出歩くこともできないレベルのものだが、大半の生徒が信じられなかった。

 

「―――自白したな」

 

 壇上から降りていちゃもんを付けた生徒を精神的に潰そうとした悠子の前に列から離れた一夏が現れた。

 今の一夏は昨日のこと、さらに千冬をあんな目にしたことで怒りを露わにしているが、当の悠子はどこ吹く風。最初から一夏は眼中になかった。

 

「ええ、したわよ? だったら何?」

「謝れよ」

「…………何故かしら?」

 

 一夏の言う通り、ここは悠夜に非があるだろう。

 だが悠夜にしてみれば邪魔な奴の後ろ盾が偽善で自分の価値を証明をするのを妨害されていると認識であり、それ故に潰しただけである。むしろ、「最強と呼ばれた奴がその程度かよ」と落胆するレベルだ。

 

「だって、千冬姉は止めようとしたんだぜ! それを一方的に攻撃してあんな状態にして! 嫁に行けなかったらどう責任取るつもりだよ!?」

 

 それを聞いた悠子は盛大に笑った。

 そして女装を解いて服装だけがIS学園の男用制服になった悠夜は言った。

 

「嫁に行けたら? そもそも嫁に行く宛てがあるか怪しいものだろ」

「何?」

「まさか、本当にIS学園に入った女がまともに結婚できると思ってるのかよ? だったらお笑い草だな。女尊男卑でああまで女が狂った以上、男尊女卑で男が猛威を振るわなければまともな結婚なんてできるわけがないだろう。そんなことすらわからないのか? 本当に馬鹿―――いや、未だに白式を使うことに疑問を持たない奴に言うのも今更か」

「何だよそれ! 何でそんなことを言われなきゃいけないんだよ!?」

 

 その言葉がおかしいのか、悪い顔をする悠夜。

 

「忘れたのか? そもそもお前の機体は「データ取り」の名目で渡されたものだ。だというのに、他の武器は受け付けない、エネルギーを食らいすぎる。特に前者は致命的すぎるだろう。さらに言えば、操縦者であるお前が「零落白夜」の特性に依存している。楯無との訓練で多少は解消されたようだが、それでもまだまだだ。おとといのことでよぉーくわかった。俺とお前は合わない。女尊男卑の中で生きてきた俺と、姉の栄光の陰で良い思いをしてきたお前とはな」

「そんなこと、あるわけ―――」

「いいや。お前はそういう風に生きてきた。だからこそ、周りがどんな思いを感情を向けているのか理解していないんだ。そんな輩に俺が負けるわけがないだろう」

 

 一夏は戦闘態勢を取るが、それを止めたのは千冬だった。

 

「止めろ織斑。昨日も言ったが、お前は桂木に勝てない!」

「止めないでくれ! あの時はあの時、今は今だ!」

 

 そう言って一夏は悠夜に殴りかかるが、その勝負は一瞬で決着が付いた。

 一夏の前から消えた悠夜。だがそれは後ろに回っただけであり、その手にはルシフェリオンに搭載されている《ディス・サイズ》が握られていた。刃は一夏の首元を捉えており、やろうと思えばすぐに狩れる位置にある。

 

「今は今、か。随分と都合の良い言葉だ。この学園に所属する大半の奴らが本気になり、ISを展開して束になって来たところで、本気になった俺に勝てるわけがないだろ。たかがあんな機兵如き、さっさと倒せない時点で俺以下だ」

 

 そして悠夜は《ディス・サイズ》を収納し、楯無の横に置かれているトランクに鎖を飛ばして回収する。

 

「今日は退散させてもらおう。昨日は精神的に寝れなかったからな」

「待ってください、兄様」

 

 後ろからラウラが後を追う。それを見て簪と本音が羨ましいと思っていた。

 

 

 

 その光景を見ていたダリルは、二人と同じく歯がゆい思いをしていたが、もう一つの感情を抱いている。

 

(このままいけば……あいつはかつての……いや、それ以上の力を取り戻す。なら、早めにオレと来るようにしないと……でも―――)

 

 本当にそれができるのだろうか?

 かつてダリルは悠夜と会ったことがある。その時は従者と妹を連れ添っていたのだが、情報によると悠夜はその場に妹と昔ともにいた従者がいたのにも関わらず追い返したと聞く。

 そんな奴相手に、大した交流がない自分が本当に相手を口説き落とせるのか疑問を感じ始めていた。

 

(………というか、無理じゃね?)

 

 なにせガードが物凄く固い。信じている者以外は一切寄せ付けない。さらにさっきの見下し発言も自分に敵意を持たせて敢えて人を寄らせないようにしているだろう。

 そんな周りと比べて少しは交流がある彼女は、内心自分の相棒を犠牲にする案を出していた。




たぶん次回ぐらいで次章に行くかなと思います。
もう話数なんか気にしてられるか!


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#109 亡霊の後夜祭

たぶんこれが読んだ人全員が思うんだろうなぁ。

「セリフ多すぎ!」

ってさ。


 そこはまるでパーティー会場を縮小したような場所だった。

 豪華絢爛で彩られたその場所に似つかわしくないほどに落ち込んでいるオータムの姿があり、正面には満面の笑みを浮かべているスコール。周りには下らなさそうに見ているMと嘲笑うように観察する0の姿があった。Tは整備のため、席を外している。

 

「で、オータム? 何か言いたいことはある?」

「………………」

 

 無言を貫くオータムだが、格好をつけているわけではない。目の前にいるスコールが怖すぎて一言も発せないのだ。

 それほどまでスコールから怒気が漏れており、常人なら卒倒しているほどだ。

 

「別にあなたが完全に悪いって言うつもりはないわ。現にあなたは一度、織斑一夏からISを奪ってるし」

「いや、もはやその時点で回避に徹しなかったのが原因じゃないかな? っていうかあれだけ逃げろって言ったのに戦ったオータムの脳みそが小さいだけだと思う」

「それに関しては同感だな。あれくらい、勝って当たり前だろう」

「そういうマドカだってそこまで時間を稼げないからあまり調子に乗らない方が良いと思うけどな~」

 

 後ろで罵倒と軽口を叩く二人をスコールは睨みを利かせて黙らせた。

 

「………だって、勝てるって……」

「思うこと自体が間違ってるんだけどね。大体、身内の僕が言うけどアレは化け物だよ。本来の属性は「地」だけのはずなのに、全属性を平然と使えて、挙句「ゲームの真似」とか言ってマヒャ○ドスとかギガ○インとかを普通にするんだよ」

「あら、あなただって凍らせることはできるじゃない」

「できるのは精々それくらいだよ。他のはからっきし」

 

 そう言った0はそのままMの方に腕を伸ばすが、それに気付いたMは叩いた。

 

「もう。Mのケチ。おっぱいの一つや二つ触らせてくれたっていいじゃん」

「ふざけるなよ。誰が貴様に触らせるか」

「まぁまぁ、どうせ触ってもらえる相手なんていないんだからケチケチしないでよ」

 

 それを聞いたMとオータムは仲が悪いが同時に0を睨む。だが0にとってはどこ吹く風であり、懲りずにMに手を伸ばすがMはそれをはたく。

 するとドアが開き、Tが中に入ってきた。

 

「あーもう。やってられなーい」

「どうしたの?」

 

 Tが気怠そうにそう叫ぶと、心配そうに0が声をかける。

 

「零夜様ぁ、聞いてくださいよぁ~。私が放った無人兵が一機も戻ってこなかったんですよぉ~」

「そりゃあ仕方ないよ。どこか馬鹿がさっさと退散しないし、影は出張るしヤンデレは暴れるし、挙句IS学園で天変地異の連続だったから。むしろちゃんと破壊されているかを心配しなきゃ」

 

 だが零夜と呼ばれた少年の心配は杞憂だった。

 何故なら悠夜と陽子が起こした天変地異の連続と悠夜がぶち切れて能力を行使した結果、学園の部隊と対峙していた機体は原型を留めないほど破壊しつくされており、他の場所は撃墜後にキッチリと爆破し証拠を隠滅できているからである。

 

「まぁ、後軽く1000個は残っているので大した問題はありませんけどね~」

「流石ティア。機械に関しては右に出るものはいないね」

「兵器なんて量産してなんぼなんですぅ~」

 

 物騒なことを平然と宣言したティア。零夜は彼女を引き寄せて撫でていると、Mが言った。

 

「ふん。貴様はよくそんな浮気男に撫でられて嬉しく思うな。正気とは思えん」

「浮気って言っても零夜様ってなんだかんだで朝帰りしないし~」

 

 その答えに当然と言わんばかりに満足を示さないMだが、ティアは気にせず小型端末を操作する。

 

「そうそう、サイレント・ゼフィルスを調整したから今から試運転していてよ~」

「必要ない。貴様の整備能力だけは信頼しているからな」

「わぁ~マドっちに褒められたぁ~」

「マドっち言うな!」

「まぁまぁ、マドカ。あまり怒ると血圧上がるよ」

「誰のせいだ、誰の」

 

 呆れを見せるマドカに零夜とティアのコンビは慈愛の眼差しを向けるが、零夜は思い出したかのように言った。

 

「そういえば、そこのブスの処分はどうするの?」

「おい待て! 今なんつった!?」

「ブスだって。だってそこまで美しいとも思えないし」

 

 明らかな挑発にオータムは乗りそうになるが、スコールの雰囲気を読み取ったオータムは動きを止めた。

 

「そうね。しばらくアレを禁止しましょうか?」

「………嘘だろ」

「そう世界の終わりみたいな顔をしないの。何も永遠に禁止にするわけじゃないんだし」

「というかこんなババアの何が楽しめるのか聞きたいくらいだ」

 

 瞬間、精製された火球が零夜に迫るが、手前で弾け飛んだ。

 

「………あなたも十分化け物ね、零夜。あの一族の第二継承権を持つだけはあるわ」

「それって要はあの化け物が死なないと継げないよね? まぁ、別にそんなものを継ぐ気はないんだけど」

 

 そして零夜は消え、スコールの後ろに現れて展開した剣で彼女を斬る。だがそれよりも早くスコールは自身のIS「ゴールデン・ドーン」を展開して防ぐ。

 だがそのISは姿を保てなくなったのか、一瞬で霧散した。

 

「何のつもりかしら、ティア」

「理由はどうあれ、ISを展開したらこの艦が沈む」

「そうそう。どうせなら生身で戦わないと………ねぇ、もう一つの裏切りの一族って言われているミューゼルの頭目?」

「既に弟に譲っているわ」

 

 そう言ってスコールは部屋を出る。

 

「………相変わらず、貴様はウザいな」

「いやぁ。ちょっとはっちゃけていなかったらここではやっていけないでしょ」

 

 マドカの言葉に笑みを浮かべながら答える零夜はどこか満足気だった。

 そしてふと、何かを思い出したようにティアに尋ねる。

 

「そうだ。ティア、例のアレの準備はできてる?」

「……一応できてる。…出るの?」

「うん。だって僕だけお留守番ってつまらないし、ちょうど勧誘したい人間がいるからね」

 

 その言葉に聞いていたティアとマドカの二人は疑問に思ったが、零夜はどこか楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。リゼットと寝た(ただしいかがわしいことは一切していない)せいでまともに寝れなかった俺はラウラの抱き枕で寝直していたら起こされて、生徒会に向かった。

 そしてそこで織斑と対面。すぐさま睨みつけられたが、まるで子供が頑張った程度にしか感じられなかった。

 

「揃ったわね」

 

 そう言って楯無は織斑に今回のことを説明する。

 亡国機業が織斑を狙ったことで楯無がそれを防ぐために同居を始めたこと。そして俺は委員会の圧力がかかって止む無く本音と同居したが、代わりに簪とラウラが勝手に侵入していたのを見逃していたこと。

 

「あの………更識先輩って、一体何者なんですか?」

「別に何者でもないわよ? ただ、生徒会長になるとそういう仕事も来るってわけ」

 

 だが、やはりそれは楯無が暗部であることもあるだろう。何故そうであることを隠しているのかわからないが。

 

「でも、どうしてIS委員会が悠夜の部屋わりに圧力をかけるんですか? おかしいでしょう?」

「それは彼がルシフェリオンで悪さをしたからよ」

「例のシステムに関して言えば、よからぬことを考えた向こうの自業自得だ。なにせ俺は容認していないのだからな」

 

 そう説明するが、織斑は納得していないようだ。どうやら姉の一件で俺のことを完全に疑っているらしい。

 

「まぁでも、これで当面の危機は去ったようだし、私も少しは気が休まるわ」

「すぐに部屋替えですか!? それはた……寂しくなりますね」

 

 今、絶対こいつ「助かります」って言いかけたよな。

 そう言えば何故か織斑は楯無と同居してからやつれていたが、何かしたのだろうか……?

 

「まだ完全にってわけじゃないから二、三日ぐらいは残るわよ」

 

 見事に嫌そうな顔をする織斑。だが、俺は俺で別の方が気になっていた。……それは……

 

「使うか、使わないか。それが問題」

 

 隣でさっきから不穏な空気を放っている簪だ。

 見覚えがある小瓶を弄んでいて、目がうつろになっている。ラウラはそれを見てガクガクと震えている。

 

「ところで……あの、ボランティア部って何ですか? そんな部、聞いたことないですけど……」

「そのままの意味よ。明日からってのは流石に無理だけど、私が部屋を出たぐらいに指定する部活動に行ってマネージャーとかをしてもらうの」

「待ってくださいよ! 俺、そんなの了承したことないですけど!?」

「そんなの今更でしょ?」

 

 そう言われてがっくりとする織斑だが、日頃から迷惑を被っている俺としてはザマァとしか言いようがない。

 そもそも、他人の意思を尊重しないのはお前ら姉弟の得意分野だろうに、何を言ってるのやら。

 

「ところで、それって悠夜もするんですか?」

「何で俺があんな低能なゴミ共の世話をしなければならない。俺が世話をするものは高貴且つまともな奴と決めている」

「………それって、あのシャルロットの妹?」

「………………ああ」

 

 高貴……か?

 立ち場的には確かに高貴なんだろう? だが、ほぼ全裸で飛び込んで来たリする奴が本当に高貴かと問われれば疑問に感じる。

 ……いや、逆に考えるんだ。アレは俺を心から信頼しているからできる行動であり、他の奴にはしないと………おかしい。俺はアイツの兄としての立場でいたはずなんだが、どうしてこうなった。

 

「まぁ、悠夜君はこういう性格だし、それに彼は前にも言ったけど他の部活に所属しているからその必要はないの」

「………………」

 

 黙り込む織斑。まぁ、織斑千冬をめぐって争っている以上、一緒に部活をしようとは思わないだろう。

 

「それにボランティア部に所属した方がちょうどいいのよ。ボランティア部で部活動できるし、その一環として各部活動に行くことで生徒たちも納得する。剣道部とかに所属したら常に人が集まって他の部から嫌がらせなどが来る可能性もあるからね」

「嫌がらせって、そんな―――」

「―――ずっと疑問だったのですが」

 

 書類整理をしている虚さんが急に口を挟んで織斑に尋ねた。

 

「織斑君はどうして悠夜君が色々と言われているのに何も言い返さないのですか?」

「あー、確かにそうだよな。7月で俺が絡まれている時も勝手に来たが、あまり言い返さないよな。それはそれで助かるが」

「…た、助かるって…」

 

 意外そうに俺を見る織斑だが、実際こいつの介入ほどウザいと思ったことはない。

 

「止めさせようと思ったことは何度もありますよ。でも悠夜は、まるでその状況を楽しんでいるって感じがするんです」

「その結果がクラスメイトが侮辱されたりしているけどな」

「それは―――」

「要はビビッているだけだろ」

 

 そう言うと織斑は動きを止めた。

 

「ビビってるって………」

「結局、お前は俺を怖がっているんだよ。そりゃそうだろうなぁ。自分は結局見ているだけなのに、後から専用機持ちになった俺は次々と強敵を倒すだけではなく、自分たちが倒せなかった奴を俺が単独で一度落とすほどだしな。そりゃあ、俺を怖がるのは仕方がないことだ」

「怖がってねぇ!」

「虚勢乙」

 

 そう言うと織斑は俺を睨む。図星を突かれたからか顔を赤くしていた。

 

「そこまでにしなさい、二人とも。それ以上喧嘩するならこっちにだって考えがあるわよ」

「へいへい。大人しく引っ込みますよ」

 

 俺はラウラを持って席を立つとそのまま生徒会室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が出て行った後、生徒会では沈黙が訪れた。

 しかしそれは3秒ぐらいで解かれる。

 

「とりあえず、今後織斑君への指示はメールでするわ。ニ、三日前ぐらいでいいかしら?」

「……はい。それくらいなら」

 

 そう聞いた楯無は一度頷くと、早速あることを切り出した。

 

「これまでのことで分かったと思うけど、正直悠夜君はあなたのことをよく思っていないわ。それはもう気付いているわよね?」

「………ええ、まぁ」

 

 もっとも、一夏がそれに気付いたのはつい昨日のことだ。

 あれだけのこと―――さらに自分の姉にあんなことをしたが、結局謝らずに帰ったのを見て「こいつとは仲良くなれない」と思ったのである。

 

「じゃあ質問するけど、織斑君はどうして悠夜君が君にあんな態度を取るか理解できる?」

「………さぁ? 考えてみれば前々から似たような反応はされていましたけど………」

「質問を変えるわね。あなたはいつ、どこでISを動かしたの?」

 

 その質問をどうしてするか疑問を感じる一夏だったが、とりあえず答えた。

 

「……えっと、藍越学園の試験会場を探していたら、ISの試験会場に入って、それで触れたら……」

「その時点でおかしいと思わない?」

「え?」

 

 楯無の指摘に驚く一夏。その様子を見ていた簪が小さく言った。

 

「そんな矛盾に気付いているなら、織斑君はとっくに悠夜さんに謝っていると思う」

「………それもそうね」

 

 姉妹が一人でに納得しているのを一夏は何故かわからず見ていた。

 

「あのね、織斑君。あなたも男だからISのような機械に触れたくなる気持ちは理解するわ。でもね、時と場合を考えなさい。どうして試験会場を間違えたらすぐに引き返そうと思わなかったの? 聞いたけどあなた、あの時は試験時間に遅れていたんでしょう? それに入り口に「関係者以外立ち入り禁止」って貼ってあったはずだけど?」

「そりゃあ、書いていましたけど……そこかと思いまして」

「………男なのにISの試験なんてどうするつもりだったの?」

 

 簪に指摘されて口ごもる一夏に、楯無が止めを刺しにかかる。

 

「さらに言えばね、織斑君。あなたはIS学園に入学するまで何か大変な目にあった?」

「え? 家にマスコミとかが来て大変でしたよ。ずっと写真とか取られたり―――」

「その程度で済んでよかったわね。悠夜君は女権団と警察に追われたけど」

「……はい? いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ!? 警察に追われたって」

「警察の中にいる女権団の人間が部下を使って罪をでっちあげた。まぁ、全員返り討ちにあったけど」

「………それって、公務執行妨害なんじゃ………」

 

 一夏の言葉に簪は怪しげな笑みを浮かべた。

 

「例えそうだとしても、機動隊が全滅するような人間を相手にどうやって立ち向かえって言うの?」

「………全滅って……そんな………」

「何を今さら。悠夜さんはマフィアや暗部と言った裏の人間を怒りだけで倒した。それだけじゃない。あなたたちが福音を相手にてこずっている時には女権団を事実上壊滅させているし、それ以外にも小学生の時点で本来ならIS以上に英雄扱いされてもおかしくはないことをしているの。それに比べて、あなたは何をしたの? クラス対抗戦の時は三機がかりでようやく一機を倒し、学園別トーナメントでは自分の姉を真似されたからと言う理由で暴走。さらに福音を相手にした時、篠ノ之箒を諫めていたけど、あの場合の彼女の言葉は間違っていない。むしろ、密漁船を庇ったあなたに全面的に非があり、本来ならあなたが落ちた時点で放置してもおかしくなかった。それにあの密漁船、実は悠夜さんを殺すためにやってきていた船なの。つまりあなたは、悠夜さんを殺そうとしていたわけ」

「そ、そういうつもりで俺はあの船を庇ったわけじゃ………」

「あなたがどう思うが知ったことじゃない。結果的にはそうなっているし、本来なら作戦を終了と同時に悠夜さんに消されてもおかしくはない。けど悠夜さんが優しかったのと普段以上に暴れて疲れていたからすぐに引っ込んだ。それを含めて織斑先生が死んでいないのはまさしく不幸中の幸いと言っても過言ではないわ」

 

 そこまで言われた一夏は思わず黙るしかなかった。

 いや、一夏だけではない。楯無も虚も、そして本音も、今の簪が物凄く怒っていることを察している。

 

「それにまだ他の生徒は知らないけど、悠夜さんは別の組織から勧誘されているの」

「え?」

「ちょっと待って!? それってどういうこと?!」

 

 楯無も初耳だったのか、思わず反応してしまった。

 

「……そう言えば、お姉ちゃんも気絶していたんだっけ? 今のは本当。だけど悠夜さんは自分のお祖母さんを倒すためにこっちに残ったの。つまりあなたのお姉さんという犠牲程度で残ってくれたの。境遇を考えれば向こうの方が絶対いいのにね」

 

 どこか楽しそうに話す簪は不気味な笑みを見せると席を立つ。そしてドアノブを掴んで言った。

 

「織斑君。もう理解していると思うけど、あなたと悠夜さんの立場はもう完全に逆転しているし、鈍感クソ野郎はこれから大人しくして、悠夜さん……ううん、ご主人様の手を煩わせないでね」

 

 そう言って部屋を出る簪はどこか楽し気で、さらに生徒会室に沈黙させる。そしてその数秒後、

 

「ど、鈍感クソ野郎って誰のことだよ………」

 

 そんなことを発した一夏に、その場に残っていた三人は一斉に「あなたのこと」だと伝えるのだった。




ということで楯無とは何だったのかと言いたくなるほどの意外性がある簪の毒舌……え? 今更? むしろこの世界だと毒舌者の割合が異常?
それはともかく、今回で第五章は最終回となります。次回からは第六巻……つまり第六章に入るわけです。もう話数キッチリなんてずぼらな私にできるわけがなかったんだ。


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第6章 ハイ・スピードーそれは高速の戦場-
#110 厳しい家庭の少女たち


ということで第六章、どうぞ!


 限りなく消音に近い状態の輸送機が北アメリカ大陸の北西部に向けて飛んでいる。だがその辺りに近付いたところで低速となる。

 ある程度、速度が落ちたのを確認したパイロットがインカムで後ろに乗る人間に伝えた。

 

「我々はここまでとなります。各自発進を」

『了解』

 

 そう言って黒いポンチョのようなものにフードを被った男がドアを開けるとすぐさま飛び出した。

 それを追って同じような格好をした二人が後に続いた。

 

「うへぇ。生身で飛び出しやがった。IS操縦者ってああいうのばかりなんですかね?」

「私は彼らを小さい頃から知っているが、いつもあんな感じだ。一見ふざけているように見えるが、決して舐めない方がいい」

「……もしかして、今噂の超能力者」

「それもある。だが何よりも、戦場に慣れすぎているんだ」

 

 インカムを切りながら話す操縦者。実際、彼らはその通りだった。

 幼い頃からISすらも攻略が難しい能力を使い、戦場を荒らしてきた二人。そして、その光景をただ見てきた少女。

 その二人が今、とあるアメリカ軍基地に攻めようとしていた。

 

 

 

 突然のアラーム。

 彼らはすぐに第一種警戒態勢を取り、戦闘の準備をする。

 そしてレーダーに映った影を確認した兵士の一人がそれを伝える。

 

「ちょっと待ってください。これは………人!?」

「何? まさか生身で攻めてきたというのか!?」

 

 基地の司令官が驚くように言うと、別の兵士が伝える。

 

「いえ、一人が何かを展開……これはIS学園で確認を報告されたBT兵器搭載型二番機「サイレント・ゼフィルス」です!」

「亡霊共か! 奴らの狙いは………まさか!?」

 

 司令官はすぐに何を狙ってきたのかを察知し、指示を飛ばす。

 

「今すぐ地下に眠る天使(エンジェル)の護衛に数人向かわせろ! 非戦闘員はシェルターへ!」

「「「了解」」」

 

 兵士たちはすぐさま操作し、それぞれ各所へと指示を飛ばした。

 すると急にガラスが吹き飛び、一人の黒服が入ってくる。

 

「チャオチャオ!」

「な!? いきなりここに?!」

「良い反応だねぇ。さて、死ぬ覚悟はおあり?」

 

 そう言って黒服はまっすぐと司令官のいる場所へと突っ込む。

 司令官は素早く銃を抜き、それを黒服に向けて発砲。足をもつれさせた黒服はその場に倒れた。

 

「馬鹿が。考えなしに突っ込むからこうなる。今すぐ―――」

 

 ―――捕まえろ

 

 そう指示を飛ばそうとした司令官は驚きを露わにした。何故なら、その場にいる全員が二つ浮かぶ球体の中に飛び込められていたからである。

 

「水を操作するだと………まさか貴様、忍者―――」

「残念だけど違うなぁ……まぁ、アレのことだからそろそろ本格的に性欲が暴走する頃かなぁ……」

「一体何の話……って待て!? どうして貴様が生きている!?」

 

 堂々と目の前に立つ黒服を見て司令官の顔は蒼白になりつつあった。

 

「防弾性能の違い?」

「ふざけやがって!!」

 

 何度も、何度も引き金を引いて弾丸を放つが、その黒服に銃弾は当たれど倒れることはない。

 

「はい、しゅーりょー!」

 

 黒服はそう言って司令官を水の中に入れ、自身は奥へと続くドアを蹴り破った。

 

 

 

 

 その頃、他の兵士は管制室が制圧されていることを知らずに戦い続けていた。

 

「何なんだ……こんなIS見たことないぞ!?」

 

 兵士の一人がそう言うのも無理はない。何故なら彼らが対峙しているのは四足歩行のISであり、それは次から次へと対空砲を潰しながら弾丸に当たることなく回避しているのである。

 さらには挑発でもするかのように側転、バック回転なども行っており、ISを持つ者と持たぬ者の違いを明確にしていた。

 

「クソッ! ここはアニメとでも言いたいのか!?」

「まぁ、最近世界はアニメじみていると言ってもないけどさ」

「確かに。IS学園にいる二人目も女を侍らせているとかどこのハーレムものだよ畜生!」

 

 一人がそう叫ぶと、すぐに後ろを向く。

 そこには管制室を制圧した黒服がいて、そいつはそっと叫んだ男の肩に手を置く。

 

「まぁでも仕方ない。だって君は生身で世界破壊できないだろう?」

「………は?」

 

 ―――ダダンッ ダダンッ

 

 無駄口を叩く黒服に向かって四足歩行のISが向かってくる。黒服の周囲に水が現れ、ISの背中に乗った。

 

「じゃあね諸君! ちなみにだけど、二人目はガチで強いから、核は無駄になるから準備するなよ!」

 

 そんな捨て台詞を吐いた黒服を乗せた四足歩行のISは基地の中に入っていく。

 それを見た兵士たちはすぐに連絡を入れm、ようやく管制室が機能していないことを知るのだった。

 

 

 

 

 

 四足歩行のISが奥地に到着すると、其処ではすでに戦闘が行われていた。

 奥地に先に来ていたMが金髪の女性と戦闘を行われているのを見て二人は状況がわからない。

 

「まさか、増援!?」

「そういうこと♪」

 

 黒服は楽し気にそう答えながら剣を展開した。

 

「待って、M。まだそいつを殺すな」

「………そもそも「誰一人殺すな」と言われてなかったか?」

「あれ? そうだっけ?」

 

 幸いなことに黒服は一人として殺してはいない。だが、黒服はそんなことは最初からどうでもいいらしい。

 

(虫唾が走る……)

 

 Mは黒服を睨むが、どこ吹く風と言わんばかりに受け流す黒服。

 

「……その声、まさかあなた、男なの?」

「そうだよ」

 

 そう言って黒服は四足歩行のISから飛び出して対峙する金髪の女性―――ナターシャ・ファイルスに距離を詰める。ナターシャは《銀の鐘(シルバー・ベル)》試作壱号機である腕部装備砲(ハンドカノン)を黒服―――0に向け、発射した。

 だがそれを0は自分の剣で弾き、ナターシャを飛び越えた。

 

「逃がさない!」

 

 瞬間、Mともう一人―――Tが動く。

 二人はナターシャに狙いを定めるが、三人の間にISが割り込んだ。

 そして三機と一人の上を、深紅の機体が飛び越えて0の前に現れた。

 

「そこまでだぜ、亡霊共!」

「よっし、ビンゴ!」

 

 すると、0の周りが粒子が形成され、鋼鉄の装甲が彼を纏った。

 

「そんな!?」

 

 ナターシャがそれを見て驚きを露わにする。

 

「ちょっと待て!? こいつ、男だよな?」

「ああ。間違いなさ」

 

 そう言って0はパワードスーツと同等の大きさになった剣を握りなおした。

 

「その機体、アメリカで開発されたEOSⅡか。エネルギー効率などが見直されているって聞いたけど」

「よく知ってるじゃねえか。ますます逃がすわけには行かねえなぁ!!」

 

 深紅の機体の操縦者―――アルド・サーシェスはEOSⅡでマシンガンを撃ち始める。

 すると0は水を精製し始める。

 

「水使いか……」

「そういうこと。悪いけど、僕と対峙した君に勝機はないよ。そのようなものを使っている時点でね」

「言うじゃねえか、カスがッ!!」

「だから、僕と一緒に来ない?」

「あぁ?!」

 

 予想外のことを言われたアルドは動きを止める。

 

「僕と共に来れば、君を凶星と戦わせてあげるよ。もちろんリアルでね」

「テメェ、何を考えている」

「何も考えていないさ。ただ僕は二代目優勝者として、君と凶星を戦わせたいだけさ」

 

 だがアルドは答えず、接近した。

 

「やれやれ。まぁ、最初から成功する確率は低いと思っていたけど………T?」

「任務、完了しましたぁ!」

 

 すると奥から人型の黒い機体が現れる。

 

「まさか!?」

「いつの間に……」

「さぁ、撤収だ」

 

 驚くアルドとMを他所に、0は撤収指令を出す。

 

「させるか! イーリ!」

「その名で呼んでんじゃねえ!」

 

 アルドに叫びながらもイーリス・コーリングは三機を止めようとするが、0が急遽反転して胸部装甲を開いた。

 

「ナターシャ・ファイルス。君の大切なものにお別れを告げたまえ」

「え―――まさか!?」

 

 0の機体から高出力の熱線が発射される。射線上に反射的にイーリスは入り、直に受けた。

 

「イーリ!」

 

 爆発が起こり、煙の中からイーリスが狩るファング・クエイクが姿を現す。彼女に駆け寄るアルドは同じく駆けてくるナターシャを止めた。

 

「ナタル、お前はゴスペルを」

「……わかったわ」

 

 少し迷ったナターシャだが、すぐに福音の方に向かう。同時にファング・クエイクの装甲は解除され、操縦者であるイーリスが姿を現した。

 

「クソッ! 完全にしてやられたぜ」

 

 あまりダメージはないのか、アルドの心配しすぎだったのか……ともかく無事――いや、むしろエネルギーがあったら追うつもりだろう。

 それほどまで元気があるイーリスを放置してナターシャの方を行こうとしたアルド。だがあくまで「行こうとした」なのは、ナターシャが彼らの所に戻ってきたからだ。

 

「……これ、どういうことかわらかないんだけど……」

 

 そう言ってナターシャが二人に見せたのは、凍結されている福音のコアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識楯無は迷っていた。

 一夏と別室となり、とある人物の命令によって同居相手に女としては注意するべきことをされているが、その本人がとても自分からそのような行為をする人間とは思えないからだ。

 

(………これは一体、どういうことかしら………?)

 

 隣に―――つまり同じベッドに寝ているのは最近色々と世界を騒がせている二人目の男性IS操縦者にして、ISを超える兵器「IGPS」を持つ同い年で一学年下の少年、桂木悠夜。もっともそれは数々の条件の下に発動が許可されているため、容易に使用できるものではなくなっている。何故ならそれは、理論上ではその機体出力がある一定を超えると地球が壊れる可能性があるためである。それ故の措置だが、最近では悠夜単体で地球を壊せる可能性が出てきていた。

 しかし、その可能性は今となっては一時的に皆無となっている。理由は悠夜にとって最強を証明できる相手―――桂木陽子が普段の生活に戻ったからだ。

 だからと言って諦めることはないのだが、悠夜にとって諦める材料がある。それはかつて、自分の命を狙ってきた女権団のボスの娘――石原幸那の存在だった。

 あの一件があったが、詳細を知ったこととやり直そうとしている義妹の意思を尊重した悠夜は以前のように仲良くすることを願ったのだ。そしてさらに女権団の生き残りが幸那の命を狙っているため、単独でもかなり強い陽子とその配下であるギルベルトが常に護衛をしているのである。なので今は大人しいが、もし何等かのミスで幸那が殺されるもしくはさらわれた場合、悠夜は躊躇いなくルシフェリオンを展開して日本を消し飛ばす可能性がある。

 そして現在、そんな危険な爆弾と一緒に四人の女生徒が同居していた。その内の一人が楯無であり、原因は簪だった。

 というのも簪は生徒会が開催した観客参加型劇「シンデレラ」にシンデレラの一人として、王冠を二つゲットしたのである。その王冠をゲットしたシンデレラには生徒会長の権限で同居相手を選ぶことができる、というものだったのだが、簪はその一つとして楯無を悠夜と同居させたのである。簪曰く「誰の同居相手かの指定がなかったから」ということらしい。

 まさか自分がもう一度悠夜と同居になるなんて考えていなかった楯無は当然度肝を抜かれる。さらに「そんなの聞いていないけど?」と言うと、「織斑君にも同じことをしてるよね?」と揚げ足を取られた結果に終わった。

 そしてその結果、元々いた本音は追い出さずに楯無が同居する形となったが、もはや当たり前となっていた簪とラウラの同居を断ろうとしたが、ここ二、三日でそれを防ごうにも二人はチャレンジを止めず、もう容認することにした。……それがこういう結果を生み出すなどとは思わずに。

 

(ともかく、悠夜君を起こさ―――!?)

 

 楯無の背筋が張った。原因は未だに掴まれている自分の胸で、悠夜に揉まれたのである。

 楯無はこういった―――俗に言われるX指定の行為には実は全く経験がないのだ。

 その理由は家がとても厳しく規制しており、婚前性行など以ての外というのが家の掟にある。その一つとしては未だに彼女が本名を誰にも明かしていないことだ。

 楯無と言うのは暗部「更識」を束ねるための襲名であり、彼女の本名は「刀奈」。それを明かすのは本当に結婚直前であり、破綻しないという確実性を持ってからでしかない。

 それほどまで厳しい家に育てられた刀奈と簪は、本来なら悠夜のような男と寝るなど禁止されている行為のはずだが、楯無は護衛と言う名目で、そして簪は完全に私的な理由でしていた。

 反射的に楯無は悠夜を殴ろうとすると、思いの外高いところで何かを叩いてしまう。すぐさま腕を掴まれた楯無は嫌な予感がして右腕の拘束を解こうとしたが、彼女に手に覚えない感触が襲う。

 

「!?!?!?」

 

 それが何かをわかった楯無は胸を揉まれながら悠夜の方を見ると、寝起きで不機嫌な簪に睨まれた。

 しかし楯無はさらなることに驚く。

 なんと簪はどちらかと言えば腹巻に近い形状をしたストラップレスブラとパンツだけであり、寝顔が犯罪級の美しさを持つ悠夜は仰向けの状態で眠っている。だがさっきから妙に眉を動かしていた。しかもそれだけでなく、着ていたはずの黒いパジャマは前が外されており、大部分の肌が簪と密着していた。

 そんな状態だが楯無は簪に個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で尋ねた。

 

『何でそんな格好なのよ!?』

『………私は犬だから』

『そう言う問題じゃないでしょ?!』

 

 今年16になる娘がやっていい姿ではないことは確かである。いくら好きな相手とはいえ、だ。

 だが簪にしてみればそろそろ性交はするべき段階であり、入りやすいようにどちらも茶色の下着を着け、キッチリと普段付けている荒鋼のヘッドギアではなく犬耳カチューシャを付けていた。

 

『ともかく、今すぐ止めなさい!』

『……悠夜さんにおっぱい揉まれて悶えていたくせに』

『それとこれとは話は別でしょ!』

『………素直になればいいのに』

 

 楯無は珍しく……本当に珍しく簪を睨む。

 だが簪は一向に姿を変えるつもりはない。譲歩のつもりか、悠夜の上から降りてボタンを閉めると、楯無の方に向けた。

 自然と楯無を抱きしめる形となった。

 

『ちょっ!? 簪ちゃん!』

『何か問題ある?』

『大ありよ! 今すぐ元に戻して!』

『………そんなに悠夜さんが嫌い?』

『そう言う問題じゃないの! この状態が問題なのよ!!』

 

 楯無にはそう言った耐性は皆無。本人にその気がないと知っているが、それでも気が気でなかった。

 やがて彼女にとっての拘束が解かれた―――かと思うと、簪はまた平然と悠夜の上に乗っていた。

 さっきのことでもう注意する気力もなくなった楯無は、これまでの疲れもあって意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は今、世界を破壊するか統一するかで迷っていた。

 というのも俺の隣には何故か簪が眠っている。しかも可愛く、今すぐ性的に食べちゃいたいぐらいだ。

 

(って落ち着け。いくら可愛くても手を出したら流石にまず………)

 

 よし。今のは見なかったことにしよう。

 しかしだ。何故楯無ではなく簪が俺の隣に―――しかも俺が腕枕をする形で寝ているのだろうか。そもそもあれは、簪が提案したことだというのに。

 話は少し前にさかのぼるが、学園祭当日の劇「シンデレラ」であれだけの女が俺を狙った理由は王冠を取れば何でも願いが叶うもので、それを二個も取った簪は一つ目の願いを使って楯無を無理やり俺と本音の部屋にねじ込んだ。

 そしていつも通りこの部屋に泊まりに来た簪とラウラだが、その場合は五人で寝ることになるが、ベッドの数が足りないのだ。

 それで当初、楯無が二人に部屋に戻るように言ったが二人が揃って楯無と本音が俺と大人の世界のみだらな交渉をするかもしれないと抗議し、その監視としてこの部屋に泊まることになった。窓側に本音、ラウラ、簪の三人。廊下側に俺と楯無が寝ることになった。

 まぁ、鋼の理性を持つ俺が楯無の色香に惑わされることはなかったが、その日はとても不思議な夢を見た。

 

 ―――物凄く柔らかいボールを揉んだら握力が鍛えられるという夢を

 

 そして起きたら簪と寝ている形なんだが、一体楯無はどこに行ったのだろうか。

 

(………まぁ、いいか)

 

 どうせあと少しの辛抱だ。

 そう思った俺は、この少し後に俺が本当に男なのかと楯無に疑問を持たれることが起こるが、それはまた別の話。………別に男でメイクができたっていいだろうが!



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#111 本物と贋物

久々の投稿です。
しばらくはこんな感じに遅くなります。


 そこには本来、各国の首領たちがそれぞれの席に着くはずなのだが、今では大半の国が臨時の人間を立てている。その理由は悠夜が大半の人間を殺しかけたことで精神を害されてしまったからだ。

 その結果、ろくな引継ぎができず各国の人間はその椅子に座っているが、今回の目的ははっきりとしていた。

 

「では、ミスター轡木。学園祭に現れた所属不明の三機に関しては存じ上げている、ということですね」

「はい」

 

 今回で唯一、IS委員会に関して古株と言えるクロヴィス・ジアンが尋ねると、十蔵は頷いた。

 

「アレは我がラボで開発されたISに代わるパワードスーツです。もっとも、今後はあの三機以外は開発するつもりはありません」

 

 そうはっきりと言った十蔵を責めるように一人の女性が立ち上がって言った。

 

「それは本当かしら? 今回、我が国の人間をほぼ再起不能にしたのは、あなたの所の人間でしょう? 信じられないわ」

「それに関してはあなたたちが悪いとしか言いようがありませんね。一度、女尊男卑思考は認識を改め、ちゃんと桂木悠夜個人を見てあげては? 彼は確かに口は悪く、すぐに図に乗る癖はあることは認めましょう。ですが? 彼は今までむやみにISやルシフェリオンを使用して力で支配してきましたか? あの時の行為はあなたたちの方が生徒を人質に取ったことが原因でしょう?」

「じゃあ、彼は一体何なの。あんな魔法みたいなものを使うなんて―――」

「あなたたちが思っている通り、彼は化け物ですよ」

 

 その言葉に全員が驚きを露わにし、次々と意見を述べる。「だったらすぐに解剖するべきだろう!」や「それよりもあの所属不明機だ!」とも声を上げるものも現れた。

 それを聞いていた十蔵はその光景にため息を吐き、言った。

 

「私はどちらも、あなた方に提供するつもりはありませんよ」

 

 その声はそれほど大きくわけではなかった。だが思いの外、彼らの耳に届いたようで全員が十蔵に注目する。

 

「それは……どういうことかしら?」

「場合によってはあなた方と事を構える、そう取って頂いて構いません」

 

 アメリカの臨時代表であるメアリー・ハードソンが尋ねると十蔵がそう言った。

 さらに十蔵はそれに付け足すように続ける。

 

「なんでしたら、今すぐ全生徒を強制的に帰国させてもいいですが? 所詮、国家代表候補生と言えど、我々の所の足元にも及ばないでしょう?」

 

 その言葉に、いよいよ全員が怒りを露わにした。

 

 ―――テメェらのところよりこっちが強いんだよ、バーカ

 

 どれだけ正しく取り繕うが、要はそう言っているようなものだ。

 だが事実、これまでのことを考えれば十蔵の言う通り、国家代表候補生はIS学園に関する事件に関してはほとんど無力だ。

 何故ならこれまでの事件は、轡木ラボに所属する悠夜は単独でラボの機体を使って撃破している。唯一の例外は福音戦の時のルシフェリオンだが、その前に黒鋼とそれ用のバックパックで第一形態の福音を撃破しているのだ。操縦者の能力と武装に対する躊躇いのなさは折り紙付きだが、それ以上にラボの技術力の高さが窺える。

 それに第一、ISの数が圧倒的に足りない。

 大半がIS学園に占拠されており、其処の責任者は他ならぬ轡木十蔵。彼がやろうと思えば教員、生徒のISを動けなくすることも可能であり、何よりもここにいる時点で全員が彼に恐怖してしまうほどなのだ。

 どれだけの手練れだろうが関係ない。日本の国にいる脅威者のリストの中に入るほどであり、更識家や桂木陽子に隠れているが、IS学園の理事長を務めることは政治的に明るく、なおかつアメリカですら容易に干渉しにくい状況を作る必要があるのだ。ただの一般人に任せられるようなものではないのは確かだ。

 

「今のは警告ですよ。あなたたちがもし非合法な手段を取り、我々に牙を向けるならばそれなりの損害を覚悟した方がいい。今は現状維持に努め、その上で改善策を講じましょう。度が過ぎる欲望は、時としてあなた方の身すら滅ぼしかねませんよ」

 

 忠告する十蔵。彼の目論見通り場は静まり返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。俺と簪、そしてラウラは轡木ラボに訪れていた。

 機体整備のこともそうだが、何よりも朱音ちゃんに頼まれたことがあるからだ。

 

「どうも、お待たせしました」

「お待たせ」

「待たせた」

 

 学生(厳密には生徒らしいけど)の俺たちは学業優先らしいが、今回の話相手の二人は違う。朝から働いてこれから仕事らしい。

 そんな彼らことアランとレオナが俺の姿を見ると挨拶をすると、何故かレオナはぶっきらぼうというか俺を敵視しているというか………まぁ、少なくとも「女が強い」というよりも「気丈に振舞っている」と言う感じが強い。……二つはあまり大差なさそうだが、前者は完全に男を見下しているが、後者は何らかのバリアを張っているという感じだ。

 

「お兄ちゃん!」

 

 そう言って抱き着いてくる朱音ちゃん。やれやれ。君は俺を殺すつもりかい? 君にその気がなくても場合によっては孫が大好きお爺ちゃんに殺されかねないんだよ?

 そんなことを思っていると、別の方向から「こらこら」と聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「あれ? 晴美さ……じゃなかった、轡木先生。どうしてこんなところに?」

「別に名前でいいんだけどね。まぁ、あれだ。娘の頼み事は忙しくない限りに手伝うのは親の役目だろう?」

 

 ということは、今日は痛い何かでもするつもりなのだろうか?

 そう思っていると、朱音ちゃんは辺りの照明を消し、空中投影ディスプレイを展開した。

 

「で、今日集まってもらったのは、ISとフェイクスードで戦ってもらいたいからです」

「………人数、足らなくないか?」

 

 少し詰まってからそれを指摘した。そう、俺たちは三人だが向こうは二人だ。

 ちなみにフェイクスードのことはラウラからある程度は聞いているし、実際凄いらしい。

 

「うん。今ちょっと護衛任務に出ているから………」

「そうか……」

 

 ISと同等と聞いているから必要はあるか。………まぁ、あの人に護衛が必要かと聞かれれば流石に必要だとは思うが、本気出したらどの部隊も全滅は必至だろう。

 数日前、俺たちの正体をばらされた時に俺はベッドに縛り付けられた。あの時に俺はおそらく重力で抑えつけられたのだろうと思っている。もしそれがIS相手に使われたら成す術がないことを知っている俺はどう思うだろう。

 

「それに問題ないわ。あなたの相手は私がするから」

「ちょっと待ってよレオナ! 俺だって戦いたいって」

 

 まだ決めていないのか急に揉め始める二人。正直な話、俺はどっちでもいいんだがな……。

 

「いっそのこと、二人同時ってのもどうだ? 俺は二人のコンビネーションを見てみたい」

「それもいいんだけど、お兄ちゃんとの対戦は絶対必須なの。……むしろ」

 

 朱音ちゃんは申し訳なさそうにラウラを見た。

 

「? どうした?」

「むしろラウラとの対戦データが必要ないの……」

「……ふむ。なるほどな」

 

 ラウラにしてみればそれなりのダメージは食らうと思ったが、思った以上にダメージは受けていないようだ。

 どういうことかと尋ねたら意外な言葉が返ってきた。

 

「今回はむしろ、ラボに所属していて成績を残している二人に善戦してこそ性能の高さを証明できるのです。兄様は学園別トーナメントでこそ一回戦敗退扱いですが、追加武装アリとはいえ軍用ISを一度は撃墜しています。さらに言えば、兄様に対する注目度でしょう」

「……注目度?」

「以前の学園祭、そこで兄様はほとんどの生徒を倒し、ほとんど単機で敵機を追い詰め、生身でもISを抑えつけるほどのスペック、さらに織斑千冬に大怪我を負わせるほどの能力を示しました。それを知った一部の生徒は徐々に兄様のことを見直し始めています」

 

 最後に「今更とは思いますが」と付け足すラウラ。評価とか気にしていないから興味なかったのだが、そういうことになっているのか。

 

「うん。そんな現状のお兄ちゃんに善戦でもしてくれれば……」

「フェイクスードの価値が高まるということか」

 

 俺が言葉を引き継ぐと全員が頷いた。

 

「……じゃあ、こうしよう。今日は俺と簪が二人の内のどちらかと戦い、明日は俺が今日の内に戦わなかった方と戦い、次にラウラがどちらかと戦うってのはどうだ?」

「うん。会議はまた数日後に行うらしいから、そっちの方がいいかも」

 

 朱音ちゃんの了承を得たので、今度は残りの二人に尋ねる。

 

「私たちは構わないわ」

 

 レオナが俺を睨むように見てそう答えた。ラウラが間に入ろうとしたが、手で制す。

 

「じゃあみんな、お願いね」

 

 その言葉に俺はちょっと鼻血を流しそうになったけど、なんとか抑えることに成功した。………やばいな。久々に朱音ちゃんと会ったから妙に興奮している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轡木ラボが開発しているのは、ISとフェイクスードだけではない。

 他の工業関連にも手を出しており、特に力を入れているのは主にバリア発生装置などであり、五月の襲撃の後の修理はラボの技術が使われるようになった。……それでも零落白夜には負けてしまったが、あれは元々エネルギーを消失させる働きがあるため、そもそもエネルギーバリアでは歯が立たない。

 だがラボの技術は朱音ちゃんのおかげで従来よりもより高性能であり、近いこともあってよく設置などで利用される。

 そしてこの戦いにはフェイクスードの性能テストもあるが、新製品の開発テストが含まれている。それを知っているのは朱音と他の開発者のみだった。

 

 悠夜と対戦相手であるレオナはそれぞれ機体を展開し、宙に浮いている。周囲にはビットとサードアイシステムをの要素を組み込んだカメラが飛んでおり、それらは二人の邪魔にならないようになっていた。

 

(……これがロンドシュワルベか……)

 

 ―――フェイクスード三号機「ロンドシュワルベ」

 

 フェイクスードは全部で4機あり、その内の一つである「ロンドシュワルベ」は遠距離戦を得意とするレオナように作られた機体だ。

 だからと言って近接武器がないわけではないが、武装は遠距離寄りなのはレオナ用が故である。

 周囲にプロペラが付いた棒が8個漂い、二人を囲う。そして中央にカウントダウンを始める四角いタイマー。それが0になった瞬間、二人はそれぞれ動いた。

 レオナは上へと飛ぶ。悠夜はその様子を眺めるだけで動こうとしない。

 その隙にレオナはライフルを構え、悠夜に照準を合わせる。その時、悠夜は右に体を動かすとレオナはすぐさまそちらにずらして引き金を引いた。

 銃弾が射出される。悠夜はすぐさまその場で体を反転させると同時に落下を始め、回避するが、レオナは続けざまに軽くライフルを下げて素早く撃った。

 

(対応が早い)

 

 悠夜の口元が歪む。するとレオナは青い自機を移動させ、悠夜の右側へと移動した。そして両肩の装甲を開かせてミサイルを飛ばし、レオナはそれをライフルで撃ち抜いた。

 ミサイルが爆発すると白い粉が撒き散らされる。それが何かをすぐに理解した悠夜はサードアイを起動するが、それよりも早く後ろから斬りつけられた。

 その分のシールドエネルギーが減る。それを確認せずに悠夜は《サーヴァント》を飛ばしてレオナを追い払った。

 

「…………やるか」

 

 飛行形態に変形した黒鋼はすぐさま移動を開始。レオナは移動しながらもライフルで黒鋼を狙うが、さっきとは違って早いそのスピードに驚きを露わにする。

 

(予想以上に早いわね……でも!)

 

 すぐに眼を慣らした彼女は何度も悠夜に向けて発砲する。

 だが悠夜はランダムに軌道を描き、回避した。

 

(このままじゃ埒が明かない………やるか)

 

 あまり余裕がない操縦席で左の操縦桿から手を話し、自分の額に触れる悠夜。そしてある状態になろうとした瞬間、背筋に寒気が走った。

 

『―――フフフ………アハハハハハハ!!』

 

 すると黒鋼が揺れ、真下へと落下していく。

 機体状況を確認すると、真上に何かが乗っていた。

 

(ちょっと待て!? 黒鋼とあの機体はかなり距離が空いていたはずだろ!?)

 

 しかし、これが現実であり、悠夜は見覚えがある二丁拳銃を向けられていた。

 

「これでチェックメイトよ。いくら特別な可変機体といってもこの距離じゃ避けられないでしょ?」

「……確かにな」

 

 ―――スペック、高すぎね?

 

 悠夜がそう思うのも無理はない。先ほどまで黒鋼とロンドシュワルベは500mは空いていたのだ。

 それを一瞬で詰めたその機体の機動力を評価しつつ、悠夜は思考を切り替えた。

 

「だがそれは、俺以外に言えることだ! サーヴァント!!」

 

 機体からビットが分離し、ロンドシュワルベに攻撃した。

 ダメージを食らいながら回避したレオナ。瞬間、彼女の前に雷が落ちる。

 

「絶対防御かそれの類似するシールドはあるんだろ? だったら、手加減抜きで行くぜ!」

 

 そう言って悠夜は電気を帯びた剣戟を連続で飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を十蔵たちは見ていた。

 瞬間移動したかと思わせる機動力の高さ、さらに悠夜の攻撃を避ける回避性能の高さ。

 決して悠夜は手加減しているわけではない。その証拠に、飛ばされる弾丸を一つ残らず彼が持つ《蒼竜》で弾き飛ばしているのだ。

 まさしく高レベルの―――それこそモンド・グロッソの準決勝ぐらいで見れそうな戦いを二人は見せていた。

 

「何なんだ……これは……」

「これがISを動かして半年の動きか!?」

 

 信じられないと言わんばかりの反応をする。

 それを見ながら、十蔵に一人の男性が耳打ちをした。

 

「やはり、レオナでは荷が重いようですね」

「いえ。これくらいがちょうどいいでしょう。あなたが出れば、余計な被害が出る可能性がありますからねぇ」

「………余計な被害、ですか」

 

 不満なのか、その男性は不承不承に少し離れる。

 

「あなたにはここですることがあります。それに、悠夜君が本気を出したらまたすぐに騒ぐでしょう? 最悪、あなたの機体では止められない可能性がある」

「………なるほど、そういうことですか」

 

 男性―――リベルト・バリーニの戦闘能力は十蔵と陽子が引き取った四人の遺伝子強化素体の中では学園に残してきたアランとレオナの二人と一線を画すほどだ。彼ともう一人、そしてアランとレオナでは強化ランクが違う。そして何より、リベルトは生まれて数年では戦場を駆けるほどの実力者だ。

 実は密かに研究員や投資者を数人殺しており、今でも同じような仕事をしていた。おそらく、現段階では四人の中で最強になっているだろう。

 そしてその実力は悠夜があの状態になりかねない存在として恐れた十蔵は敢えて連れてきたのだ。ここですることなど、今彼が思いついた即席の理由でしかない。

 十蔵は席を立ちあがり、そこに集まる全員に言った。

 

「さて、この戦いはもういいでしょう。ではこちらをご覧ください」

 

 十蔵の言葉に合わせてリベルトが機会を操作する。

 画面が切り替わり、今度は簪とアランが駆る「イクスイェーガー」の戦闘シーンに切り替わる。

 その戦闘シーンで全員が息をのんだ。

 ここにいる全員は何らかの形でISに関わってきた人間ばかりであり、当然のことだが簪が今年度の学年別トーナメントの優勝者であることは知っている。

 その簪がなんと―――武装からして近接メインの「イクスイェーガー」に押されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪は正直なところ、舐めていた。

 日頃から少々気弱なところもそうだが、どこか腰が低いアランが本当に戦えるか心配だったが―――杞憂だったのだ。

 最初は苦しい顔をしていた簪だが、次第に笑顔になる。

 

 ―――久しぶり

 

 以前の戦闘はただ、周りの人間を守るために動いていた。だから満足に戦えた気がしなかった。だが、今は違う。相手を打ちのめしていいのだ。

 しかも嬉しいことに相手の装甲は厚く、ちょっとやそっとではくたばらない。

 簪には女尊男卑思考はないが、自分と対等と思える相手にはどうしても会えない。スペック的な問題もそうだが、周りにとっては非常識な動きをするからだ。

 ウイングスラスターに収納されているプラズマレール砲《襲穿》を展開し、交互に連射する。

 アランはそれを回避しつつやり過ごすが、一発かすり装甲の一部を吹き飛ばした。もっとも、イクスイェーガーは二重装甲となっているのでその一部が吹き飛んだだけだが、代わりにスピードが上がった。

 アランは腰にマウントされている《ソルジャーソード》を抜いて距離を詰めた簪に斬りかかる。それを《銀氷》で受け止めた簪は片手でビームライフル《ライトニング》を展開して攻撃しようとしたが、そのまま押し切られる。

 

「こいつの馬力、舐めんじゃねええええ!!」

 

 そう叫びながらアランは荒鋼をそのまま押し続ける。が、それは長く続かなかった。

 

 ―――!?

 

 二人は急激に膨らむ殺気を感じ、そっちを見る。視界に自分たちに向かってくる存在を認識した二人はそのまま回避した。

 自分たちの戦いをしたのは悠夜とレオナ。悠夜は黒鋼のバーストモードを使い、同等の機動力を持つロンドシュワルベを駆るレオナと戦っているのである。

 

「え? ちょっ!?」

 

 わけがわからないアランだが、近くで高エネルギーを感知した彼はすぐにそこから逃げる。

 すると簪は遠慮なく全弾発射してアラン、レオナ、悠夜を攻撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………フフフ……アハハハハ』

 

 スピーカーから恐怖を思わせる笑い声が聞こえ、試合を見ていたラウラは急に縮こまって震え始めた。

 そのことに疑問を感じた朱音だったが、今彼女はラウラに構っている暇がなかった。何故なら、こんなことになるのは予想外だったから。

 すべてリアルタイムで送信され、見られていることを敢えて伝えていないのはあくまで朱音の配慮だったのだが、ここまで狂うのは予想外だったのだ。さらに言えば悠夜がバーストモードを使うこと自体、意外なことなのだが。

 何度も四人に呼び掛ける朱音だが、アラン以外の三人は戦うのに夢中になっているので返事をしない。しかもアランは戦闘区域の真っただ中。さらに簪に触発されてか他の二人もジャンジャンぶっ放すので回避に集中しないと撃墜されるのだ。なにせ三人の内二人は射撃タイプで、悠夜自身もそれなりに高い射撃能力を持っているのである。

 

 そしてこの光景を見ていた重役たちはブーイングを起こした。

 統率を取れない隊。そんな奴らに大事なISや同類の兵器を預けてもいいのかと声が上がり始めた。

 だが当の十蔵は余裕を見せており、その光景を楽しそうに見ていた。

 

(………そういえば、ガス抜きらしいガス抜きをしていませんでしたね)

 

 これまで彼らは常に命を懸けた戦いをしていた。ISがいくら自分たちを守ると言っても限度がある。さらに言えば絶対防御が切れればそこで終わりであり、悠夜はルシフェリオンという尋常ではない力を持ってからも自分を売るわせるほどの戦いに巡り合ったことがないのだ。

 そこに来てデモンストレーションを兼ねた対戦。暴走したのは予想外だったが、結果オーライと言えるだろう。

 

「みなさん、これで判明したでしょう? 轡木ラボはIS並びに新たなパワードスーツの保有を辞退させるべきです!」

 

 呼びかけるようにメアリーはそう言うと、十蔵ははっきりと言った。

 

「確かに。この光景を見られればそう言われるのは仕方ありませんね。わかりました。我々ラボが保有する全パワードスーツ、そしてそれに関する資料は破棄。ISも解体して初期化しましょう」

「………何ですって?」

「何か? 我々はあなたが言う通り辞退し、すべての研究成果を破棄するだけですが。我々が保有するのは問題があるんでしょう?」

 

 十蔵の言葉にメアリーは口を閉ざしてしまった。

 だがすぐに反撃の言葉を思いついたのか、口を開いて言い返す。

 

「何もそこまでしなくても……」

「あの研究所は私のものです。だったら、私がどう指示しようが構わないはずだ。それにこれでしばらくは桂木悠夜以下二名のメタル小隊も休ませることもできますから、一石二鳥ですね」

「………休ませるって……」

「最近、彼らは―――特に桂木悠夜君は五月からずっと戦闘続きでしたからね。我々のラボから全パワードスーツを回収するんでしょう? だったら、桂木君も黒鋼を手放すことになる」

 

 はっきりとそう言う十蔵に、メアリーは「当然だ」という態度を取る。

 その様子を見ていたクロヴィスは冷たい何かを感じた。そして、あることに気付いたのである。

 

「とすれば1年生の専用機は減りますねぇ。まぁ、多少減ったところで今年度の一年生の専用機持ち所属率は高いのですが」

(………やばい)

 

 悠夜が知らないところでだが助けられていた彼だからこそ、十蔵が言わんとしていることに気付いた。

 十蔵とクロヴィスは立ち場的に敵になることが多いが友人でもある。そのため、何度か食事をする機会があったのだが、悠夜一個人の戦力、そして悠夜が黒鋼以外のISを嫌っているという話をよく聞いていた。

 さらに言えばこれまでの戦闘記録はクロヴィスも知っていて、それをもとにしても悠夜単体の戦闘力は高い。

 

 ―――これまでの戦績を考えれば、悠夜はIS学園の立派な中心戦力と言える

 

 そんな悠夜と同質の機体を持つ学年別トーナメント覇者の一人、さらに元黒ウサギ隊隊長からISを回収した場合、残るメイン戦力は生身の悠夜相手ですら歯が立たなかった織斑千冬と学園部隊、そして「イージス」のコンビに今回の騒動で負傷した生徒会長、後は一年専用機持ちの四人だ。その内の一人は一度ISを奪われており、とても戦力の一つとして数えていいのかと考えるべき存在なのだ。

 もっと言えば、今回の騒動で発覚したルシフェリオンと同等の機体の存在に大量に存在した無人機。

 まともな戦力を考えれば山田真耶を含めた五人ぐらいで、クロヴィスは内心申し訳ないと思いつつも一年生と学園の部隊はまず使えないと思っている。さらに今の千冬は専用機を使えない状態にあり、ほとんど学園部隊と変わらない。そしてそれは真耶も同じであり、実質IS学園での守備として使えるのは三人。だがそれはあくまで「無人機」相手を想定しており、ルシフェリオンと同等と言った二機に関しては「0」だ。

 さらに言えばクロヴィスは今の悠夜の性格も恐れていた。

 悠夜はこれまで過度な虐めを受けていた。そのせいか周りとは極力関わろうとしていない。もし今、悠夜たちを戦力から外した場合、下手をすれば対応に遅れて生徒から死人が出る可能性がある。

 そしてクロヴィスはある盟約を思い出していた。それはルシフェリオンに関することで、ルシフェリオンは通常、黒鋼で対応できない敵が現れた時か十蔵の付き添いに限り使用を許可するとなっている。もしそれで悠夜はただ傍観しているだけで死人が出たとしてここに呼ばれたとしても「黒鋼が取られたので相手が強かったなんてわからない」なんてごねられたら終わり。もっと言えばメアリーなどが癇癪を起して兵を悠夜に向けたとしても、ISすら足止めできる超能力を持っている悠夜にしてみれば軍隊を物理的に消滅させることなんて容易いことだろう。

 

 そこまでわかっているからこそ、十蔵はメアリーを潰すためにあえてそう言ったのだ。

 

 クロヴィスは自分が情けないと思っているが、結局のところ悠夜の力がなくては今のIS学園の防衛力は成り立たないと自覚した。

 

「………轡木ラボのパワードスーツ保有の件はこのまま見送る」

 

 委員長代理であるクロヴィスはそう言うと、辺りが騒がしくなる。

 だがクロヴィスはそれを一蹴するように言った。

 

「では誰か、別種の機体に対する案はあるか? ルシフェリオンと同等の機体を止める方法をだ。当然のことだが、桂木悠夜とルシフェリオンを離すことは禁ずる。そうすればまた情報を抜かれるのがオチだ。それと桂木悠夜を止められる方法を思いついた者は挙手しろ。言っておくが今のあの少年は警戒心が強い。女を送ったことで死体で返されるのがオチだぞ」

 

 そこまで言ったクロヴィスに誰も手を挙げなかった。当然、メアリーも含めて。

 

「つまりこういうことだ。轡木十蔵、あなたにはこれからも桂木悠夜の手綱を引き続き握ってもらう。できるな?」

「仰せのままに」

 

 そう言うことで会議は終了し、轡木ラボの安泰は約束された。



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#112 それでも私はやってない

ちょっと閑話っぽいものを入れてみました。


 夜。悠夜たちが反省会を開いて三人が朱音に怒られている頃、弾は母の蓮と祖父の厳に時間を作ってもらっていた。

 これまで調べたこと、そして以前行ったIS学園で知った情報を(と言っても大半が口止めされたので差し支えないところをとある爆乳に聞いてまとめたのだが)教えた。

 内容は簡単なもので、今、IS学園に入学させるのは問題だということ。(あくまでも弾の予想だが)一夏か悠夜のどちらかが狙われていて、入学したら巻き添えを食らう可能性があること。

 二人はそれを聞いていたが、厳が鼻で笑って一蹴した。

 

「そんなこと、あるわけないだろ」

「……そうよ。IS学園はそう言った施設も充実しているんでしょ? だったら尚更入学するべきじゃない?」

「……………」

 

 だが弾は肯定しなかった。

 弾はあの時、(弾の認識では)手違いでVIP用のシェルターに避難していたのだが、天井に火花が走ったと思ったら瓦礫が降ってきたのである。

 そのことで恐怖した各国の要人たちは女二人を人質に取り、説得を試みようとした。もちろん、弾だってただ黙って見ていたわけではない。それを止めようとしたが、虚に止められた。

 

 ―――大丈夫です。私たちが死ぬことはありませんので

 

 彼女の宣言通り、二人が死ぬことはなかった。

 むしろ止めようとしていた重役たちが精神崩壊を起こすなどの状況になったのだ。

 そんな力を持つ悠夜が、まだ2年を通うIS学園に蘭を入れたら無事ですまないのは弾には予想できた。

 

 ―――だからこそ、IS学園に入れさせないべきだ

 

 そう思った弾は今回ばかりは本気で阻止しようと考えていた。それでなくても恋愛感情であんなところに行こうとすること自体気に入らないのだ。弾はますますやる気を出して今回の話に臨んだが、どうにも二人の顔色は悪い。

 

「ともかく、絶対蘭はIS学園に入学させてはダメだ」

「それは蘭自身が決めることだ」

「だから、あんた等がそれを説得しろって言ってんだよ!」

 

 内心、弾は「こんなことをしても無駄だ」と思っていた。

 どれだけ調べようが、この二人は蘭を入れるかもしれない。厳は元々蘭に甘く、蓮は半分放任に近いからだ。

 二人は元々、蘭のIS学園入学を認めていた。その理由も特に蓮は認めており、厳も「蘭がそう言うなら」と許可をしている。

 それが今更、「IS学園に危険人物がいる」という理由で入学させないという選択肢はなかった。

 二人とも、少しは考えているがそれでも楽観しているのだろう。「IS学園に織斑姉弟がいる」ということで。

 というのも現在、IS関連のニュースは織斑一夏のことで持ち切りで、この前のIS学園で起こった事故を収束させたのは織斑一夏ということになっているのだ。当の一夏は途中で気絶させられていたというのにだ。だからこそ二人は安心しているし、友人の妹で接点がある蘭なら安全を確保されるだろうと思いきっている。

 

「大丈夫、と思うわよ。それにIS学園には一夏君だっているし―――」

「………」

 

 それを聞いた弾は黙り込んだ。

 弾は今回の顛末―――特に最後はすべて知っている。だが機密事項として漏らすことができないようになっていて、今も黙りこむことしかできないのだ。

 ………いや、一つだけあった。

 

「………そうかい。だったら―――」

「―――おにい!!」

 

 五反田食堂の入り口の引き戸が開かれた。

 そこには妹の蘭がおり、怒りを露わにしている。

 

「蘭。何をやっとる。さっさと寝んか」

「そんなことよりもお兄! IS学園の入場チケットがあるってどうして教えてくれなかったのよ!!」

 

 厳の言葉を「そんなこと」と片付けつつ、蘭が抗議する。それを聞いてぶち切れたのか、弾は机を叩いた。

 

「おい弾! テメェ―――」

「もういいわかった。こんな家なんか出て行ってやらぁ!!」

 

 急にそう叫んだ弾に驚きを露わにする三人。蓮は慌ててすぐに止めた。

 

「弾、あなた何を考えてるの!? いくらなんでも出て行くって、それに学校とか―――」

「知るか! 学校も何も止めてやるよ! というかこの家にこれ以上借りなんて作ってたまるか!」

 

 そう言って蘭を突き飛ばして弾は店を出て行き、一度部屋に戻って荷物をある程度入れて出て行った。

 途中、何度も蓮に引き留められたがそれも突き放し、それを見た厳が弾を殴ろうとしたが、とある人物が残していた技を利用してそれを回避した。

 だがまだ彼らは知らなかった。弾が家を出て行ったと聞き、蘭のIS学園に行こうとする人間が真に雷を落とす人物がいるのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轡木ラボで何かをした場合、俺はほとんどの確率で朱音ちゃんの部屋で寝泊まりする。そして大体、朱音ちゃんを抱えて寝るが、決してやましいことをしているわけではない。はっきり言おう。どれだけ彼女が魅力的だろうが、それでも俺はやってない。

 そもそも相手は今年15歳の中学生だ。噂ではどこかの工学系大学に飛び級して卒業したという噂を聞くが、それでも体はできていないのだから無理してやる必要はない。というか我慢するのが当たり前だと思う。現に俺も父性本能はあれど本気でどうこうしようという気はさらさらない。正直ペット的な意識でしか見ていないのだ。まぁ、その気持ちが十蔵さんにばれたら消される可能性があるけどな。あの人が覚醒したら、某高校の用務員並に恐ろしいことになると思われる。そうだなぁ、孫のように可愛がっていた鯉を食わされた時の反応……その10倍は超えることだろう。

 なんて、そんなことあるわけがない……と思いたいがあの人のことだ。10前後は超えてきそうだな。

 

(………朝か)

 

 隣で寝ている朱音ちゃんを起こそうと手を伸ばそうとした俺は思わず固まったがすぐに行動に移す。

 とりあえず、まだ暑いので近くにあるを被せておこう。

 

(……まったく。少しは恥じらいを持ってもらいたいものだ)

 

 朱音ちゃんといい、幸那といい、そしてリゼットといい。どうしてみんなそう脱ぎたがるのか。

 

(……まぁ、眼福ではあるが……)

 

 考えてみれば2つしか歳が離れていないのだ。十分範囲内である。

 すると脳内に彼女らが、もし奥さんだったらというありがちなシーンが過ってしまった。

 

(………どれだけ結婚願望あるんだよ、俺)

 

 もはや世界征服ぐらいしかまともな生活は約束されていないというのに、少しは自重しろよ。

 自分にそう言い聞かせていると、隣で眠る朱音ちゃんが寝返りを打ったせいでタオルケットが落ちて肌色が顕わになった。

 今度は寝返りを打っても大丈夫なようにかけて、俺は朝ご飯を作り始める。ここには自炊できる環境があるからこういう時には便利だ。

 するとドアがノックされたので朱音ちゃんの代わりに出る。様子を見に来たのか、晴美さんがドアの前で立っていたので中に入れると、タオルケットから鎖骨が見えている朱音ちゃんを見た晴美さんは俺に言った。

 

「とうとうしたんだね」

「何もしていません」

「いや、隠さなくてもいい。いつかはやると思っていた」

「その認識はどうなんですか」

 

 確かに朱音ちゃんは上半身どころか実際はパンイチなのでそう思われても仕方がないのだが、それでも俺はやってない。

 

「で、一体どうしたんですか?」

「いや。今日も二人で寝ていると聞いたからこうして様子を見に来たんだ。妊娠したかな、と」

「だから俺は何もしてません!」

 

 失礼? いやいや、あくまで自分は保身主義者ですから。

 でも実際、俺は中学生をつまみ食いする趣味はない。今はそんなことが多い世の中だが、それでも嫌がる相手を脱がしてするほど落ちぶれていません。

 

「ともかく、朝食はパンと目玉焼きでいいですね。サラダとコーンスープもありますけど」

「そうだな。と言っても朱音のことだ。ペア用の皿しかないだろう」

「…………8人分はありますけど?」

 

 明らかに一人暮らしには不必要と思われる皿の枚数を伝えると、晴美さんは小さく「そうか」と答える。

 俺は朝食を作り、晴美さんはベッドに座ってテレビを点ける。

 10分ぐらいした頃、朱音ちゃんが起き、下着と着替えを持って洗面所に入った。おそらく日課のシャワーを浴びるのだろう。彼女曰く、「この部屋にいると時間を忘れるから」だそうだ。夏休み前までは研究に夢中になると何日を徹夜していたというのに大きな進歩だ。

 朝食を作っていると、誰かから連絡があるのかスマホが震えた。後で確認するとしよう。

 準備ができたので並べると、晴美さんが「おおっ」と感嘆する。

 

「これが夢にまで見た、本格的なブレイクファスト」

 

 そう言って席に着き、頂きますと言って食事に手を付ける晴美さん。すると感動したのか、何故か涙を流し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――8時間前

 

(……やってしまった)

 

 家を出た五反田弾は早速後悔してしまった。

 数馬の家に行けば足が付く。だからと言って他に当てがあるわけでもない。悠夜に連絡して家を貸してもらおうと思ったが、協力してもらった結果、勝手に切れて家出なんてしたら笑いもの……はないにしても良い顔はされない。もっと言えば、家も知らないし鍵をすぐに貸してくれる状況ではないのでそうも言ってられないのだ。

 

「………これからどうしよ」

 

 ため息を吐きながら歩いていると、弾の足に何かがぶつかった。

 視線を落とすとそこには女の子が転がっており、弾は彼女の手を取る。

 

「悪い。大丈夫だったか?」

「ふむ。大したことはないわい。気分で転がっただけじゃからの」

 

 そう言った少女は立ち上がると、弾は固まってしまう。

 その少女は可愛かった。

 流石に押し倒してすぐに襲うということはしないが、それでもどこか心を動かされる可愛さがあるのだが、弾はつい先日のことを思い出した。

 

 ―――ドストライクの女性が男だったことを

 

「……ごめんな、坊主。ちょっと考え事をしてて………」

「? ワシは女じゃぞ?」

「え………?」

「ははぁ………そういうことじゃな。まぁ、このご時世、女装したら可愛い男子などたくさんおる。此度のことは聞かなかったことにしておいてやる」

 

 ふんぞり返るその少女に「はぁ……」と呟くように言った弾。

 未だ自体がわかっていない弾に、少女は言った。

 

「時に少年、お主は何か抱え事をしているようじゃのう」

「……それはそうなんだが……でもそれは君に話したってどうにかできるってわけじゃないし……」

「そうじゃろうが、だからと言って話さないのは体に毒じゃ。ワシで良ければ話を聞こうぞ」

「………どうぞ」

 

 弾の言葉を聞いた少女は器用に肩車状態になる。

 

「ほれ、そこを右じゃ」

「……はぁ」

 

 少女の言葉を聞いた弾は何故か従い、そのまま言われた道を進む。

 弾は何故か逆らえないことを疑問に感じつつも、「夜道に一人は危険だ」と自分を納得させてとりあえずは送ることにした。

 しばらく歩いていると、少女に話しかけられる。

 

「時に少年。お主は何をそんなに辛そうにしておる。何か悩みがあるなら申してみい」

「…………俺には妹がいるんだけどな。そいつが恋愛感情だけでIS学園に行こうとしているのを止めようとしたんだよ。俺と違って優秀だけどさ、IS学園を受けるなんて無謀だし、仮に受かっても………たぶんすぐに潰れる」

「そんなにISってのは難しいかの?」

「そうじゃないんだ。そうじゃ………ただ、今学園にはとんでもなく強い人がいるんだ」

 

 その言葉に少女は思わず不気味な笑いを浮かべるが、何とか止めた。

 

「その人はとても強くてさ。信じられないだろうけど、生身でISを動けなくしたり、よくは見えなかったけど凄い相手と戦ってたりしてたんだ。しかも、人質を取った相手にまったく屈せず、それどころか凄い勢いで周囲を壊してさ。でも、正直怖かった。あんな化け物とどうして友人になろうとしていたんだろうって」

「そいつは怖い奴なのか?」

「………普段は違うさ。真剣な話だったら茶化さないで真面目に聞いてくれるし、ちゃんとアドバイスをしてくれる。年上の鑑……っていうか……そんな感じかなぁ。それにどうして前髪や眼鏡で顔を隠していたのかってほど顔をも奇麗だし………何であの人、男なんだろ……」

 

 愚痴っぽくなったことに気付いた弾は慌てて取り繕うとするが、それよりも早くその少女が言った。

 

「それは恋じゃな」

「……こ、恋!?」

 

 自分がホモになったのか。そう思ってしまった弾だが、すぐにそれを伝えた場合のことを考えた。

 

(……ニ、三か月の入院……で済めばいいかなぁ……?)

 

 そして何だかんだで少女を家に送った弾。彼の記憶はそこで途切れていた。

 

 

 

 

 目を覚ました時、自分はソファで寝かされていた。

 少し肌寒くなってきているからか、見覚えのない毛布が掛けられていることに気付いた彼は、それを剥いで丁寧にたたむと、後ろからコーンスープの匂いがしたのでそっちを向くと、昨日自分が運んだ少女が2リットルはあるであろうペットボトルをがぶ飲みしていた。

 そんな少女に向き合う形で知らない女学生がパンを食べている。

 

「おや、目を覚ましましたか」

「………えぇっと……これは一体……」

「あなたは昨日、そこの馬鹿女を運んできた後に倒れたのですよ。この家の家主でない以上、勝手に他人を上げるのは気が引けましたが、調べたところあなたは織斑一夏のご学友であると同時に桂木悠夜様の知り合いでもある。本人はまだ許可は得ていませんが、彼は元来自身のテリトリーには親しき人間しか入れませんので、勝手ですがあなたを運ばせていただきました。申し訳ございませんがソファで寝かせたのは、深夜というのにも図々しく現れたことによる細やかな反抗と受け取ってください」

「………はぁ……」

 

 カジュアルなカッターシャツにジーンズパンツを履いている男性が丁寧に説明する。外に出せば女が余裕で釣れそうな容姿に流行りの服を着ている男性を見て、その物腰を含めて敗北感が彼を襲った。

 

「ギル、馬鹿とはなんじゃ、馬鹿とは」

「その格好で酒を買い、あまつさえ見ず知らずの男性に自分を運ばせた酔っ払いが何を言いますか」

 

 言い合いを始める二人を見て茫然とする弾。食べ終わったのか、食器を片付けた大人しそうな少女は弾に近付くと、「おはようございます」と丁寧に挨拶をする。

 

「お、おはよう……」

 

 そう返した弾だが、その少女はすぐにリビングから出て行った。ジャージ姿だったが、自分の妹とは違う雰囲気を持つ少女に彼は何故か妙に感心した。

 

「時に少年。お主は格闘技はやっておるか?」

「……いえ」

「じゃあちょうどいい機会じゃ。お主、ここに住み込みで格闘技を習わんか?」

 

 そんな無茶ともとれる提案をした少女に唖然とする弾。

 まさかそんなことを言われると思わなかった彼はすぐさま断ろうとしたが、あることに気付く。

 

(……もしかしてこれはチャンス、なのでは?)

 

 常々、弾は「どうすれば厳を倒せるか」と考えていた。

 厳は強い。少なくとも弾にとって敵わない相手である。だがもしその力があれば、説得に使えるかもしれない。

 しかし、そこまで考えた弾に初めて躊躇いが生まれた。

 

(………本当に、そんなことをしていいのか?)

 

 その様子を見ていた少女は言った。

 

「先に言っておくが、どれだけ着飾ろうとも人が覚えている「武」は攻撃の手段と言ってもおかしくはない。それほどの力を持っているのは確かじゃからな。だからお主も下手に考えず、やるかやらないか、そのどちらかを決めればええ」

「…………じゃあ、教えてくれないか? ……俺、弱いからさ。ヒーロー願望はないけど……あのジジイに一矢報いたい」

 

 その答えを聞いた少女はニマリと笑い、本人にとってはそうではないが、弾にとっては重要なことを言った。

 

「あ、そうそう。ちなみにワシはこれでも60歳超えておるからのう。ほれ、身分証じゃ」

「え……?」

 

 それを受け取った弾。数秒後、彼の絶叫が家中に響いたという。




次回からはIS学園の方に戻ります。


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#113 バンダナ少年たちの災難

いやぁ、本日もう一つの方も投稿しましたが文章力が明らかに低下していますね。元々ないのにこれは酷いと思います。


 放課後、俺は自分の部屋に戻ってきた。………と言っても何故か共用と化している気がするし、何よりも楯無と同居なんだが……。

 

(…………)

 

 思い出しただけで恥ずかしくなってくる。

 同い年―――しかもスタイルがいい女と同じベッドで寝ることになるっておかしくないか? いや、確かにご褒美ではあるが、だからって……なぁ?

 ……まぁ、男として嬉しいと言えば嬉しいけどね。むしろ嫌がる男はいないが……この世界は一夫一妻制だ。間違いなく何等かの問題が発生するのは目に見えている。

 などと思っていると、先に帰っていたのか楯無に声をかけられた。

 

「おかえりなさい、悠夜君。突然だけどあなたに話があるの」

「………話?」

「ええ。アメリカの基地が襲撃されたわ」

 

 ……まぁ、なくはない話だろう。

 なにせ十蔵さんはフェイクスードを提供する気はないみたいだし、俺だってルシフェリオンを誰かに渡す気はない。……本音を言えば、朱音ちゃんには情報を提供して黒鋼を強化してもらいたいが、流石にそれは規約違反だから自重しないといけない。

 

「さしずめ、福音でも取られたのか?」

「一応無事よ。ただ、あまり口外しないでほしいんだけど―――」

「おっぱい揉ませてくれたら考える」

 

 冗談のつもりだったのだが、苦無が俺の横を飛んだのでキャッチした。

 

「―――ちっ」

 

 ワザとなのか、大きな声で舌打ちをする楯無。何故こいつはそんなに機嫌が悪いのだろうか。

 そこは敢えてスルーをして、ズラしてしまった話を戻す。

 

「で、福音に何かあったのか?」

「……一応、何もないようよ。コアも回収されなかったみたい」

「………何もない、か。いや、必要がなかったのかもしれないな」

 

 俺がそう言うと楯無の眉が少し動いた。

 

「何か心当たりがあるのかしら?」

「楯無だって気付いているだろ。女権団の不法所持、そしてこの前のことだ。あの時に多数の不明機が現れているはずだが、何か知らないか?」

「……やっぱりそこなのね。だけど残念ながら何もわかってないわ。共通点があるとすれば、すべて爆発を起こしたってことだけ」

 

 そこが唯一の共通点だが、むしろ黒だ。

 どこの組織かはわからない。出来具合はわからないが………

 

「本当は気付いているだろ。お前も」

「そうね。やっぱりそう考えるべきかしら」

 

 俺たちは揃えて自分の考えを口にした。

 

「「ISコアの量産に成功している」」

 

 どうやら同じ考えのようだ。

 とはいえ流石に被るだろう。あそこまで暴れてくれたら誰だって警戒する。

 

「となると、厄介ね。報告書によれば、IS学園に襲撃してきた数は50を超えていたようよ」

「しかも大半の処理に時間がかかってしまうからな。俺が単独で戦うにしても、あまり多くの敵は望めないぞ」

「そうね。それに、あの炎の機体も厄介………言うなれば、今私たちを狙っている大きな組織は二つ。この前、あなたが逃がした蜘蛛のIS「アラクネ」の操縦者がいるのは亡国機業(ファントム・タスク)。そしてもう一つは……残念ながらわからないわ」

「……わからない?」

「今のところ、わかっていることは今回の襲撃に参加した四人が同じ組織の構成員ってこと。そして一人があなたと私に執着しているってことよ。何故か私を調教する前提らしいけど」

 

 そう言いながら顔を赤くする楯無。……暗部なのにそっち方面の知識がなさすぎだろ。

 

「………でも実際、為す術がなかったわ」

「そりゃあ、流石にルシフェリオンと同等じゃISはゴミクズ同然だしな」

 

 そもそも、スペックからして違いすぎる。どちらがオカルトかと言えばルシフェリオンだしな。

 

「そう言われると流石にへこむわ」

「仕方ないだろう。まぁ、当分はそう言うのが出て来たら俺が担当するさ。まぁ、学園の部隊をぶつけてもいいんだが、流石に人的被害を抑えた方が良いだろう? 楯無は遺族に対する金を払わずに済む。俺はあのバカ共を嘲笑いつつ、日頃のストレスを発散できる。お互いメリットはあるだろ」

 

 そう言うと苦笑いをする楯無。どうやら不服のようだが、実際のところ、同類には同類をぶつけるしかない。

 

「でもいいの? 本当に今更だけど、戦わないって選択肢は―――」

「本当に今更だな。……でもいいさ。「女が強いからあとは勝手にやれ」って言って任せたら、それこそこのIS学園が壊滅する。その危険を回避できるって言うなら、喜んで戦うさ」

 

 別に楯無のためってわけでもないし、朱音ちゃんのためでもない。

 俺が残り、活躍する機会があればあるほど俺と周りとの差ができることは必須だろうし、それを利用してさらなるプレッシャーを与えることができる。問題があるとすれば楯無にそのプレッシャーが襲い掛かり、周りから生徒会を交代しろという話が出る可能性があるが、俺が決闘を申し込まなければいいだけだ。というか、色々と規格外な俺と普通の範囲の強さな楯無を比べるのはまず間違っている。

 そんなことを考えると、ドアが開かれた。簪が入ってきて俺たちを見ると、そのまま出ようとしたので慌てて止める。

 

「おい待て。何故わざわざ部屋を出て行く」

「……私の部屋はここじゃないから」

「珍しく正論を言いやがった!?」

 

 何かと理由を付けて俺の部屋に入ってくる簪にそう言われたので、俺は思わずそう叫んでしまった。

 

「あの、簪ちゃん? 悠夜君に用なら私は帰るけど……」

「明日の朝、8時半にIS学園の門の前で集合」

「……え? 何で―――」

「強制」

 

 そう言ってドアを閉めて消える簪。………あ、これは絶対に行かないと後から何か言われるパターンだ。それに……妙なプレッシャーを感じた。

 

(………デート?)

 

 そして俺は何故かそう思考を持って行ってしまう。ヤバい。ちょっと楽しみになってきた。

 

「……悠夜君。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「? 何だよ―――」

「簪ちゃんって、異能力者なの?」

 

 一瞬、頷こうかと思ったが止めた。

 楯無はたぶん、自分の家に隠された秘密を知らない。おそらくだけど最近のことだし、何よりも倒れていたとはいえあの場に楯無を呼ばなかったのは色々不都合があったはずだ。

 

「いや、それは知らないけど………」

「篠ノ之さんが言うには、簪ちゃんが水を操っていたって聞いたけど?」

「………流石にそれは知らねえよ」

 

 まぁ、俺が異能力者なのは認めるけど。

 知らないなら教えない方がいいと思った俺は、黙っておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。準備を済ませた俺は部屋を出てしばらく歩くと、見覚えがない女性がスーツ姿で歩いているのが見えた。

 

(こんなところに織斑先生以外のスーツ女が歩くのって珍しいな)

 

 教員の服装でスーツ姿な奴はちらほらいるが、生徒用と教員用の寮の場所は違うので一年生用の寮にいるのは織斑先生ぐらいだ。

 織斑先生なら挨拶ついでに弄ろうと思ったが、見たことがないので左に寄りつつ道を開けて通りやすくしようとすると、その女性は何故か俺を睨んで来た。

 

「―――ちょっ、何してんのよ!?」

 

 その女性の後ろから聞き覚えがある声がしたのでそっちを見ると鈴音がいた。

 

「………誰?」

「アタシの国の……その、候補生管理官。ちょっと女尊男卑気味でさ」

「凰候補生、早く行きましょう。そのような男と話をする時間はありません」

 

 ぴしゃりと厳しめに言う管理官。どこか苛立っている様子だが、

 

「生理か彼氏に振られたか……」

「いや、だから女尊男卑気味だから」

「凰候補生!」

 

 呼ばれて「ビクッ」と震える鈴音。俺はそれを見て同情してはいたが、口出しはしなかった。

 

「早く来なさい」

「わかったわよ! ごめんね、悠夜」

「気にするなよ。というか早く行ってやれ」

「うん。本当にごめんね!」

 

 そう言って鈴音はスーツな管理官の所に行く。

 俺もそろそろ時間なので少し速足気味に寮を出て門の所にいると、フリルが付いた胸の部分が白でスカート辺りが黒いワンピースを着た簪が待機していた。

 

「悪い。待たせた」

「………お姉ちゃんとしてた?」

「違うから」

 

 とはいえ鈴音のことを説明してもそれはそれでどうかと思うので黙っておく。

 簪の所に移動すると、慣れた手つきで腕を絡める。

 

「……顔、出しているんだ」

「まぁ、その方がいいかなって」

 

 ………本当は女装にしようと思ったけど、楯無に「絶対に素顔を晒して行きなさい」と言われたからな。いや、だからって楯無の言いなりってわけではないが、どうやら俺の顔は少ないようだが需要があるらしい。

 まぁ、仮に簪の過激なファンが俺と付き合っていることを察知し、報復とかで誘拐しようと企んでいる奴がいるなら、俺の方に感情を向けられるだろう。むしろ俺が餌となって襲う相手に指定してくれるならちょうどいい。憂さ晴らし程度に暴れてやる。

 そんなことが思いがあったが、簪は気にしていないのか俺に寄り添ってくる。その姿を見ていると父性本能が働いてしまう。

 もしこの状況を二人の父親が見たらどう思うだろう。俺を狩りに来てくれるならこれ以上の喜びはな―――

 

 ―――例えおじさんが強かろうと、僕が強いから余裕で超えて行ってやるよ!

 

 一瞬、そんな言葉が頭に過ぎった。

 

(………何だ?)

 

 軽く頭を振ると、心配そうに簪が俺を見ていたので「なんでもない」と答えた。

 

「ならいい」

 

 モノレールに乗った俺たちは、レゾナンスの方へと行く。特に買い物はないのだが、簪がたくさん買うのならペガスを使うとしよう。空飛ぶバイクは不思議だが、そもそも俺たちの存在が不思議過ぎて今更だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五反田弾は女の子を連れていた。その女の子はさっきから「アレが欲しい」や「これが欲しい」と言っているが、兄弟子が言うには基本無視を決め込めば問題らしいので、さっきからそれを実行している。

 弾が親に無断でとある家に住み始めて二日が経ったが、弾の体には所々生傷があった。幸いなことにまだ顔は怪我をしておらず、腕だけである。

 というのもこの二日、弾は手を引いている女の子と一緒に山に籠り、サバイバルに励んでいるのだ。今のところ、彼のスケジュールは朝食を作り、自習をして、山で女の子が育てている熊と戦い、昼食は熊が取ってきた魚を調理し、勉強してまた戦い、夜は兄弟子に勉強を教わっていた。

 そんなある意味ハードな生活を送っていたが、所々体が動かなり始めた。自覚したがなんとか隠せると思った弾だが、一瞬で看破されたのでこうして休息がてら買い物に来ている。同居している中学生にいくつか買い物を頼まれているので、今はそれを探しているが―――

 

(………動物用の首輪って、一体何に使うんだ?)

 

 本当は気付いていたが、敢えて気付かない振りをする弾。

 その用途はなんとなく察していたし、使う相手もわかっている。

 

(……っていうか、ばれたらどうしよう)

 

 弾が今住んでいる家の表札は「桂木」と書かれている。それに気付いた時、弾は内心恐れていたのだ。

 

 ―――ばれたら殺される

 

 実際、そんなことはなく、周りも悠夜の部屋は触らせていないのだが、勝手にテリトリーに入っていることで脳裏に焼き付かれたあの光景を自分に食らわせられるシーンがよぎる。

 もっとも、それはあくまで弾のイメージでしかないが、ある意味トラウマが植えつけられていた。

 一度忘れ、目的用の首輪を買う。女の子……に見えて実は老体の陽子に付けると思われたのか、ペットショップの店員は訝しげに弾を見ていたが、弾はその視線に気づいて頬を引きつらせつつ、店を出た。

 

「これで幸那の用は終わりじゃな」

「一体これで何をするつもりなんですかね。ペットがいるわけではなさそうですし」

「それ、自分でつけるんじゃよ」

 

 その言葉を右から左へ聞き流し、弾はさっきの発言を忘れることにした。

 

「後は、これは一体なんですかね」

「これは機械部品じゃな。馴染みの店でないと取り扱ってないものじゃ」

 

 今度は手を繋いだまま陽子が先導する。その光景だけ見れば、兄妹か従兄妹にしか見えない。

 路地裏に入り、怪しげなビルの中に躊躇いなく入る陽子。弾は黙ってその後に追いて行くのは、彼女の力を十二分に知っているからだ。

 敵となれば一瞬で消滅させられるが、仲間だとこれほど心強い存在はいないだろうと弾は思っている。

 そんな思いに気付いていない陽子は普通にドアを開けると、弾めがけて何かが飛んでくる。

 それを陽子が掴んですぐさま返す。返されたそれをいとも容易くつかんだそいつは、言った。

 

「相変わらずの腕前ですね、陽子さん」

「おふざけが過ぎるぞ、晴文。お主、こやつを狙ったじゃろう?」

「ええ。お弟子さんならと思ったので」

「生憎じゃが、こやつはなったばかりでの」

 

 そう答えた陽子は、カウンターの中にいる晴文という男性に言った。

 

「して、頼んでおいたものは?」

「既に準備済みです」

 

 中に戻り、大きなカバンを持って晴文は再び現れた。

 

「品はすべてこの中に」

 

 そう言って鞄を渡す。そしてもう一度戻った晴文は長い棒を持ってきた。

 

「そういえば、これも必要でしたね」

「おお、気が利くのう」

 

 陽子はそれを受け取ると邪悪な笑みを浮かべる。

 弾の角度からはそれを見ることができず、自分にどんな災難が待ち受けているかなんて彼は予想できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あと数秒遅れていれば、間違いなく俺たちは篠ノ之と鉢合わせしていたところだろう。

 別にあの女に苦手意識があるわけではないが、せっかく簪とデートをしているのだから同類を呼ばれて「一緒に行こうぜ」とかほざきだしたら、俺は間違いなくこの街周辺を破壊している。

 

(それに最近、うるさいんだよなぁ……)

 

 あの機体のこととか、ぺガスが話すとか、超常現象とか、何よりもあの女がそれと縁がないと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 そんなことを考えていると、篠ノ之が3人の男たちに包囲され始めた。

 確かに篠ノ之の容姿は結構レベルが高い方だから狙おうとする気持ちはわからなくもないが、すぐに手を出すような奴ってそんなにいいか? たまに幼女が犯されたというニュースがあるように、最近の主流は小学生以下だと思っていた。……俺は趣味じゃないがな。

 遠くから観察していると、俺たちとは別の方向から来たらしい織斑が颯爽と現れて篠ノ之に絡んでいた男の一人を殴り飛ばした。

 

「わぉ」

「……大胆」

 

 俺たちはそう言って近くに警察がいるか探す。運があるのか、近くを白い自転車に乗った警察官が通った。その人を呼び止めてデートスポットで喧嘩が起こっているのを知らせて俺たちはそこから逃げた。まぁ、どうせ解放されるだろうけど、デートが台無しになればいいと思ったのだ。

 一体どうなるか気になったが、それよりも今はここから退散することが大切だ。場合によっては俺たちも話を聞かれることになるかもしれないしな。

 

(さて、どこを行こうか)

 

 いっそのこと、デートらしく簪の服をコーディネートしようか。……って、俺は彼氏か。

 

(…………一応、彼氏だった)

 

 ふと、脳内に学年別トーナメントのことを思い出した。簪にキスをされた記憶が今でも鮮明に残っている。

 顔が火照るのを感じつつ歩いていると、前から誰かとぶつかった。

 

 ―――え!?

 

 一般人だったのか? いや、でも夏休みぐらいから俺は何故か空間把握能力が格段に上がっているし、一般人の気配なんて感じ取れていたはずだ。

 とりあえず謝ろうと思い、俺はすぐに体勢を立て直してぶつかった相手に謝罪しようとしたところで止まった。

 

(あれ? どこかで会ったことが………)

 

 そして何故か相手は俺を見て顔を青くする。しかし彼女の髪は対照的に赤い。今の姿だけを見れば、「葉」という字が姓名合わせて二文字入っているボクシング馬鹿を彷彿させる。

 

「……あなたは、学園祭の……」

 

 簪がそう言うと、その女の子が俺の腕を引っ張って近くの路地裏の方へと入ってあり得ない身体能力を発揮して壁を上った。



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#114 風の来襲

 悠夜とぶつかった少女―――暁は唖然としていた。

 

(ちょっ、どうしてユウ兄がこんなところにいるのよ!?)

 

 以前の襲撃事件を終え、久々の休暇を満喫するために彼女らもレゾナンスへと赴いていた。メンバーは暁のほかに男が二人、そしてミア―――そう、ミアもいるのだ。

 

 ミアが解放されることが約束された瞬間、はっきりと仕事をこなすようになった。

 自分の着替えは気が付けばできている状態だし、凄いことに朝起きたら既に朝食が出来上がっている状態……食事ができているのはいつものことだが、いつもよりも豪華なのだ。

 これが嫌味とかそう言うのではないことは暁も理解している……というか明らかに喜んでいるのだ。

 

(もし今の状況で出会ったら、間違いなく置いて行かれる!)

 

 別に暁が料理ができないとか、そういうわけではない。暁自身、ミアとの生活には慣れているし、何より同年代で姉のような存在に予定より早く出て行ってほしくないのだ。

 

(ここまでこれば大丈夫ね)

 

 レゾナンスから少し離れたビル群の一つの屋上に降り立った暁は周囲に誰もいないことを確認してからしゃがんだ。

 

(……あれ? そう言えば、ユウ兄は―――)

 

 自分が置いたはずの兄を見ると、いつの間にか自分の首筋に手が添えられていた。

 だが数秒すると、その手が離される。

 

「……どういうつもり?」

「考えてみれば、俺をどうこうするつもりなら最初から焦った顔をして俺をどこかに移動することはないだろ。あそこには俺たちどちらかがいたら都合が悪い何かがいる。………もう一人の、緑色の髪の方か?」

「…………」

 

 返事を返さない暁を見て悠夜は図星を突いたと思ったが、暁は別のことを考えていた。

 

(………やっぱり、記憶がないんだ)

 

 それを言葉にするのを躊躇った暁は、そっと悠夜に抱き着いた。

 悠夜は暁にことを詳しくは知らない。

 襲撃者であり、以前逃がした相手ぐらいで、後はルシフェリオンと同等の機体を持っている程度の認識しかないが、流石にビルが所狭しと存在する地帯で世界崩壊待ったなしの戦闘をするのは気が引けたということもある。

 だが、急に抱き着かれるのは予想外だったようで、体を停止させてしまったが、悠夜は何故か「それほど悪くない」と感じてしまった。

 

(……というより、懐かしい……?)

 

 疑問を感じながら、悠夜はそっと暁の頭に手を置くと、殺気を感じた悠夜は暁を抱えたままそこから飛んだ。

 

「………簪?」

「何、してるの……?」

 

 瞬時に「ヤバい」と思った悠夜。だが簪は怒りを露わにしている状態で、容赦なく力を使った。

 水の鞭が悠夜―――ではなく暁を攻撃しようとするが、暁は悠夜から離れて水を水蒸気に変えた。

 

「容赦ないわね、更識簪」

「…敵に情けをかけるほうがおかしい」

 

 そう言って簪は悠夜を睨むが、悠夜は目を逸らした。

 

(………気持ちはわからなくはないけど)

 

 内心そう思う簪だが、それでもやはり彼女はさっきの光景を見て素直に喜べないでいる。

 

「って言うか、一体どうやってここに!?」

「……ある程度なら、力を使って色々できるから」

 

 それを聞いた暁は驚きを露わにする。

 簪が使用できるのは水。水を使用して得物を切断したり物を受け止めたりすることもできるが、神樹人は王族と言う例外を除けば一つの能力の派生しか使えない。さらに言えば能力のコントロールはかなりの訓練が必要なのだ。水を司るヴァダーの末裔とはいえ、その技術が廃っている家の人間が使えるなど暁は知らなかった。

 

「どうやら情報を正す必要があるわね」

「……あと、手伝ってもらった」

「………はい?」

 

 瞬間、暁はその場にいるはずの人間が消えていることに気付き、簪は水球を作って撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、俺は織斑を馬鹿にできないのではないかと度々思うことがある。

 目の前にいる少女……の割に胸はかなりデカいレベルなのだが、それはともかく、目の前にいる襲撃者は俺を見て戦闘態勢を取っていた。しかもそれは通常の方ではなく、間違いなくX指定の物だろう。

 

「まさか、あの女がユウ様の情報を売ってくれるとは。これはチャンスですね。ということで、失礼します!」

「何が―――って、させるか!!」

 

 俺の服を掴んで脱がせようとするその女の目はマジのつもりなのか、血走っていた。

 

「ちょっと待て! 何が一体どうなってるんだよ、おい!? っていうか外! ここは外だから!」

「些細な問題です!」

「全然些細な問題じゃないんだけど!?」

 

 というか、何でこの人はここまで積極的になってんだよ!? というか、どこかで見たことがある……あ。

 

「アンタ、この前の襲撃者!?」

「はい! ですが、私はユウ様に敵対するつもりはありませんよ?」

「そう言う問題じゃないと思うけど……」

「どちらかと言えば、今すぐユウ様の部屋に突撃して飼われたいぐらいです」

「真顔でなんてことを言ってんだよ!?」

 

 リゼットのことが脳裏に浮かんだ。この女といい、リゼットといい、もう少しまともなのはいないのだろうか。

 

(というか、そもそも襲撃者がこんなところにいて良いのだろうか?)

 

 全然良くない。むしろ問題視することだろう。

 俺はすぐに準備をして距離を取ろうとするが、それを先読みしたのか、女性は俺にキスしようとしたところで何かに吹き飛ばされた。

 

「悠夜さん」

「…簪、それに………」

 

 そう言えば俺、彼女らの名前を知らない。

 いや、敵なんだし知る必要はないと言えばないんだが、呼ぶときにはどうしても不便だな。

 

「暁だよ、ユウ兄」

「……………あの、いや、なんでもない……」

 

 俺に妹はいないと突っ込みそうになったけど、同居人の大半が年下であり、幸那は義理とはいえ戸籍上は妹なのでごまかすことにした。

 

「……そっちも学園祭で襲撃した奴だよな? そんなのがどうしてこんなところに?」

「買い物よ。どこかの誰かさんが連れてきてはいけないのを連れてきてしまったから、お釈迦だけど」

「私たちはデート」

 

 さりげなくそう言った簪。その言葉に反応したのか、さっき倒された女性は起き上がった。

 

「で、デデデ……デート?!」

「何か問題でも?」

「問題大ありです! そもそも、ユウ様を独占しようだなんて―――」

「なんだったら、今すぐ入籍しても問題ない」

「おーい、日本の法律だと俺はまだ無理だからなぁ」

 

 そもそも俺はまだ17だから。後半年以上待たなければならない。

 そう説明する前に、簪は平然と言った。

 

「間違った。今すぐセッ―――」

「はいはい。とりあえず簪は黙っておこうねぇ」

 

 すぐさま簪の後ろに移動した俺は無理やり口を塞ぐと、何故か女性はそれを羨ましそうに見ていた。

 

「で、こっちはミア……」

「お嬢様。やっぱりあの時に―――」

「もう、それを言わないの」

 

 二人は二人の事情があるらしい。

 しかしなんだ。さっきから簪が妙に勝ち誇っている気がするんだが。そして対照的にミアさんは物凄く不機嫌なんだが。

 

「………ともかく、一度ここから離れよう。いくら何でもビルの屋上は寒い」

「……そうね」

 

 9月下旬とはいえ、俺たちがいる20階の高層ビルは流石に寒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずレゾナンスにあるカフェに入った俺たちは、それぞれ学園組と襲撃者組に分かれて座っていた。

 

(本当、どうしてこうなった)

 

 まるで炎のような紅蓮の髪に、冷徹を思わせる濃い青に変わっている髪、さらに俺の前にはさっきからある意味不愉快な視線を送ってくる緑色の髪。傍から見ればハーレム……いや、修羅場か。

 本来ならあの場で別れれば良かったのだが、どうせなら情報を引き出そうと思ったのだ。話してくれる保証はないが、簪経由で楯無に俺たちが会っていたのはばれるだろうし、どうせなら弁解できる材料を用意しようという魂胆である。

 

「で、ユウ兄。IS学園ってそんなに守る価値ある? 何だったらユウ兄が必要としている人を全員連れ去ることはできるけど?」

 

 さっきまでの低いテンションはどこに行ったのか、暁と名乗った少女はどこか楽しそうに言った。

 

「そうなると企業単位なんだよなぁ。勝手に移動させたら怒る人もいるだろうし……」

「そんなことよりもユウ様。お付き合いしている人っているんですか?」

「私としてる」

 

 ミアさん……もとい、ミアがバッサリと他人を切るような発言をしたかと思ったら簪が爆弾発言をした。

 

「もっと言えば、悠夜さんは私だけとじゃなくたくさんの人と寝てる」

「おい待て。今の年齢でその発言はマズい」

「流石はユウ様。ですが少ないですね。ざっと100人と寝ているのかと思っていましたが」

 

 何気なく爆弾発言をするミアに、俺は思わず手を振って否定した。

 

「いくらなんでも俺にそこまでの価値はないっての。そもそも俺、そこまで人気ってわけじゃないし」

「………はい?」

「そう言えば、悠夜さんの素顔がばれてもそこまで変化はなかった」

 

 そうなのだ。むしろ女装が似合いすぎるとか、それによる嫉妬で以前の倍は恨みが綴られた手紙が生徒会室に送られてくると楯無が愚痴を溢していたほどだ。

 すると何故かミアは机を叩いて立ち上がる。

 

「変化が……ない? あのゴミ共はユウ様の価値がわかってないの!?」

「落ち着きなさい、ミア。ここで目立つのは避けたいわ」

「ですが―――」

「まぁ、気持ちはわからなくはないけどね。でも考えてみなさい。今のユウ兄が本気を出したら、IS学園は完全に崩壊するのよ? 恨んでいた相手が神の所業とも言えることをして、気が付けば自分たちは死んでいたとか、最高な展開じゃない」

 

 暁の不気味な笑みに既視感を感じるが、今はスルーしておこう。

 というか平然と俺を歩く核兵器みたいなことを言ってるけど、俺はそこまで危険視されるようなことはしていない! ―――と、残念ながら宣言できないな。

 

「………ところで聞きたいんだが、二人は俺の何なんだ?」

 

 自分でも空気を読めないことを言ったなぁと思ったけど、ずっと気になっていたことだ。

 

「私はユウ様の奴隷です!」

「妹」

 

 ミアのせいで無駄に注目を集め始める。「奴隷?」「奴隷って言った?」と騒ぎ立てられる。

 何人かがこっちを見てきたので、軽く睨みを利かせて黙らせた。

 

 

 

 

 そこからは、本当に沈黙していた。

 俺はこれ以上、墓穴を掘らせないために。簪はそれに倣ってか一言も話そうとしないし、二人もあまりそういうことはいないつもりらしい。

 とりあえず食事を済ませた俺たちは誰が支払いをするかと言う話になったのだが、俺が全員分出そうとすると割り勘と言う話になりそうだったので、伝票をパクって先に支払いを済ませて外に出ると、珍しい光景があった。

 

(五反田の奴、何をやってんだ?)

 

 織斑と何故か一緒にいる五反田弾の姿を確認した俺は、とりあえず電話をかける。

 

『もしもし。すみません、今ちょっとそれどころじゃ―――』

「まぁ、いかにもってぐらいに修羅場だもんな」

『え? どこかにいるんですか?』

「何も考えずにともかく左見てみろ」

 

 言われた通りに視線を移動する五反田。すると俺の姿を見つけたらしく、驚きを露わにした。

 織斑もそれに釣られたのか視線を移動すると、俺の姿を確認したらしい。まぁ、運が悪いことに俺がいる店と奴らがいる場所には道路があり、近くには横断歩道がない。幸いなことに屋根があるので残りの三人には悪いが一足先に俺は跳ぶことにした。

 急に現れたように見えたのだろう。五反田たちは俺が現れるとすぐに驚きを露わにする。

 

「………一夏さん、この女性は……」

「おい蘭! この人男! 男だから!」

 

 弾が俺を恐れながらそう言った。

 蘭と呼ばれた女は「何言ってんのよ」と返すが、とりあえず言ってやる。

 

「織斑、お前中学生に手を出す趣味があったのかよ。日頃から女をとっかえひっかえしているとは思ったけど、中学生はないわー」

 

 ちなみに俺の場合は手を出しているわけではない。織斑と違って手は出していないからな。

 

「ち、ちげぇって。俺はそんな―――それにとっかえひっかえってそんなこと、したことないぞ!?」

「歩くセックスマンが何を言うか」

「一体何の話だよ!?」

 

 振っておいてなんだが、相変わらず妙なテンションで接してくるな。

 

「あ、知ってる? こいつとうとう、部活後の女子に手を出す趣味に走るらしいって話」

「そうなんですか!? 前からかなりの問題児だと思ってましたけど、そこまでになってるなんて……」

「ちょっと待てよ弾! 前から問題児ってどういうことだ!?」

「………ほら、この反応なんですよ? おかしくありません?」

「同じ男として、別の意味で嫌だな」

 

 蔑む目で織斑を見る。織斑は織斑で助けを求めるつもりなのか、篠ノ之や五反田の妹に視線を移すが、心当たりがあるのか二人とも目を逸らした。

 

「で、一体なんで修羅場を展開していたんだ? 織斑に寝取られた?」

「…いえ、実はですね……」

「そんなことよりお兄! いつまで家出してんのよ!」

 

 理由を聞こうとすると、妹さんが割って入ってくる。

 その発言に織斑も驚きを露わにした。篠ノ之は一人蚊帳の外だが、珍しく大人しくしている。

 

「ちょ、弾! 家出ってどういうことだよ!?」

「……まぁ、色々あったんだよ」

「色々? 知ってるんだからね、お兄がお母さんやお祖父ちゃんに私をIS学園に入学させないように掛け合ったって」

「え?」

 

 ということは、とうとう言ったのか?

 その意味を込めて俺は五反田の方に振り向くと、気まずそうに顔を逸らした。

 

「ちょっと、お兄!」

「まぁまぁ、ちょっと落ち着けって。あまりぎゃあぎゃあ喚いたって君のお兄さんの考えが変わるわけでもない」

「あなたは黙っててください! ちょっと―――」

 

 手を伸ばそうとする妹さんの腕を俺がはじいた。

 

「……何をするんですか?」

「なぁに。状況を察した上で行動したまでだ。ところで織斑、この二人が関わっていることで、お前はまた余計なことをしてないだろうな?」

「またってなんだよ!? ……ただ、キャノンボール・ファストのチケットを渡そうとしただけで―――」

「十分余計なことだろうが」

 

 俺は盛大にため息を吐いた。

 ここまで来てはもう取り返しが付かないレベルだろう。というか普通に考えてあんな目にあったら周りは遠ざけるっての。

 

「どこが余計なことなんだよ。蘭はIS学園に志望するつもりなんだぜ」

「これ以上、足手まといを増やすな」

「足手まといって何ですか!?」

 

 真面目な話、俺は一部を除いて大半が足手まといだと思っている。

 そもそも、相手の力量は理解できないわ、当たり散らすわ、もはや邪魔だわ、何であいつら、生きてられるんだろう?

 

「大体私、適性え―――」

 

 俺は反射的に口を抑えた。

 本来なら殴り飛ばして黙らせるつもりだが、こうすることですぐに黙らせることができるからだ。

 

「汚い! もう、何するんですか!?」

「―――誰の手が汚いですって?」

 

 ―――ガシッ

 

 急に妹さんの頭が何者か……というか、思いっきりさっきまで一緒にいた自称奴隷ことミアが握りしめる。

 

「貴様は―――」

「悪い。そのまま気絶させてくれ」

「かしこまりました」

 

 そう言って赤子の手をひねるように妹さんを気絶させるミア。五反田は慌てるが、何故かそれだけで特に俺を責めようとしない。

 

「一体どういうことだ。何故貴様がここにいる!?」

「不用意な攻撃は止めた方が良いかと。場合によっては彼女を殺しますよ?」

「!? 卑怯だぞ!」

 

 織斑がそう言うと、ミアは一瞥して不気味に笑った。

 

「………悪い、五反田弾。事情が変わった。おそらくお前の妹はIS学園に入学させた方が良いかもしれない」

「……説明してもらえませんか?」

「ISの適性がAって、かなり少ないんだ。努力とかで変動するらしいけど、それでもBが大半。現に今年度入学は俺と篠ノ之以外はBらしいからな。もし天然のAが現れた場合、本気で取りに来る可能性がある。いや、もうマークされているだろうな。そしてもし、操縦者として見込みがなければ、後は理解できるだろ?」

 

 そう言うと五反田は顔を引き攣らせた。

 五反田は妹から馬鹿にされているが、そこまで馬鹿ではない。どこかのイケメンの方がよっぽど馬鹿だ。

 

「ともかく、事情はどうあれもう一度ちゃんと話をした方が良い。なんだったら、今度は俺が同行して―――」

 

 説明していると、織斑が俺らの横を通ってどこかに行った。

 

「一夏!?」

「…もう面倒です。ここにいる全員、まとめて殺します」

 

 そう物騒なことを言ったミアは右手を掲げ、織斑に向けって風を飛ばした。



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#115 唐突の決意

「……卑怯?」

「ああ、卑怯だろ。人質なんかとってさ―――」

 

 一夏の発言を聞いてミアは笑みを浮かべる。

 

「だったら、何ですか?」

「何?」

「卑怯汚いは敗者の戯言ですよ、織斑一夏。まぁ、あなたは永遠の敗者なのですから、悔しがって吠えるのは当然でしょうが。そう言えば先日、あなたはユウ様相手に喧嘩を売って負けたのでしたっけ? しかも、そこの無駄乳女と手を組んだ上で敗退。はっきり言って、無様です」

 

 容赦なく言い放つミアに対して一夏は眉をひそめた。

 

「あれは―――」

「大体、私のことを卑怯だと言うのならばあなたは何です? 姉のコネで専用機を手に入れたというのに、まともな活躍なんてないじゃないですか? それに二次移行した上でユウ様に負けるなんて……はっきり言って宝の持ち腐れだと思います」

「―――ッ!? でも、悠夜だって自分一人の力ってわけじゃないだろ! ルシフェリオンとか、そういうのを使っているから勝てたことだってある! 大体、箒の胸が無駄だって言うなら、アンタのそれもそうだろうが!」

 

 そう叫ぶ一夏。すると彼の身体に強烈な風が襲い掛かった。

 

「!?」

「………今、なんて言いました?」

 

 邪魔なのか、蘭を箒に放る。

 すると一夏に襲い掛かる風がさらに威力を強め、50㎏はある一夏を浮かばせた。

 

「この身体はユウ様に捧げるためのもの。それを無駄ですって………」

「!?」

 

 一夏が吹き飛ばされる。

 箒が叫ぶ中、ミアは瞬時に右手を挙げて言った。

 

「一夏!?」

「…もう面倒です。ここにいる全員、まとめて殺します」

 

 瞬間、ミアから風の刃が放たれる。それが一夏に当たろうとした瞬間、霧散した。

 その光景に弾は信じられないと思いながらも、目の前に立つ自分の憧れであり、同時に敬いを込めて化け物と認識している悠夜が右手を掲げている姿を見た。

 

「ユウ様!?」

 

 まさかそれが自分の主に止められるなんて思わなかったのだろう。驚きを露わにしたミアは無防備になり、悠夜に距離を詰められ―――キスをした。

 その動作は箒すら見惚れるほどの手際だった。

 まるで慣れているかのようにミアの顎を引き、ディープキスをした。

 ついさっきまで距離を取られた相手からの突然の不意打ち。彼女にとってはそのディープは初めてであり、ねっとりでもあるが味わったことがない興奮と、一体どこで身に着けたのかと聞きたくなるようなテクを食らわせられたことで、とうとう膝が震え始めた。

 そして悠夜は口を離す。するとミアはその場に膝をつくと、悠夜はミアの両手を握って言った。

 

「邪魔してごめん。でも、俺は君の手があんな奴の血で汚れるのを見てられなかったんだ。俺のことを思うなら止めてくれ、な?」

「………はい」

 

 どうやら効果はあった……いや、ありすぎたとも言っていいだろう。

 ミアは顔を赤くした状態で、いそいそと悠夜の手を離して消えて行った。

 この時、悠夜は止めるで精一杯だったのだが、あることを忘れていたのだ―――自分がデート中だということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直な話、自分がしたことは悪いことだと重々承知している。

 だがあのまま放置したら織斑だけじゃなく篠ノ之や五反田にも被害が及ぶかもしれないと思った俺は、仕方なくああいう手に出たわけだ。何故か俺に懐いているみたいだから、ああすれば大人しく下がってくれる事にかけてな。まぁ、作戦通り退避してくれ、五反田のも「今回は許可する」と言う形で兄が引き、妹の願望が叶ったわけだ。

 だが今回の話はかなりヤバい。マジな話、今のところ一年でも適性ランクがB前後。俺が知る限り俺と篠ノ之を除いてCがいる話は聞いたことがない。そんな中、急にAが出た場合各国は放っておかないだろう。それならきちんと所属先を決めるように動いた方が良い。これから先、関わらなくても強制的にって言うのはあるからな。ちなみにこれは、兄のために動いているのであって妹の方がどうなろうかなんて正直などうでもいい。

 

(……後で、別口で入れるように送ってみるか)

 

 でも、御手洗ももしかしたら来たいって言うかもしれないな。それがちょっと心配だ。

 

 ―――閑話休題

 

 さて、俺には重大なことをしでかしたのだが、その解決策が見当たらない。

 あれから簪は別行動を提案し、とりあえず俺は一人で入用の物を買った。冷静に考えれば、見限られたと考えても不思議ではないだろう。五反田弾もその辺りのことは気にしているようだが、仲裁は勝手に入ったことだし気にしなくてもいいのにな。

 そして合流後、沈黙の状態で俺たちはIS学園に戻った。

 

(………そろそろ、部活動をやっておくか)

 

 ただしするのは俺一人だ。今の俺に簪を誘う勇気なんてないし、ラウラだけを誘って簪を誘わないのは問題がある。

 なのでとりあえず、デタラメな府警と互角に戦ったり、ヤの付く自由業の人らを使って別の組織を制圧した着ぐるみ型の戦闘服を開発しようとしている。

 まずデザインなのだが、メルヘン的なセンスがないのか中々形にならない。一応、性能はISの少し下をイメージしており、それでいてマスコット性があるのがいいんだがな……。

 

 そんなこんなで、気が付けば俺は寝ていた。

 

(……夕食、食べ損ねた)

 

 そう気づいた時にはすでに8時を回っている。寮の食堂はすでに閉まっているし、冷蔵庫にあるのは本音がため込んでいるデザートの数々。勝手に食べたら物理的に噛まれるし、一度それが本気で痣になったことがあるから、地味にトラウマだ。

 どうしようかと思っていると、妙に汗臭いと思ったので先にシャワーを浴びることにした。

 着替えを準備してすべて脱ぎ、洗濯機の中に入れる。そして中に入ると、鍵を閉めた。一度締め忘れたら、ラウラが入ってきたからな。それ以後、鍵を閉めるようになった。

 シャワーで軽く体をお湯に晒した後、タオルにボディソープをつけて前を摩るように泡をつける。

 

「後ろ、する」

「ありがと」

 

 そう言って俺は後ろにいる簪にタオルを渡すと………ちょっと待て。

 おかしいと思って後ろを向くと、もはや何とも言えない格好で簪はしゃがんでいた。

 

(………ま、マイクロビキニとか、アウトすぎる)

 

 一度悪ふざけでエロ本が机の下に入れられていたことを思い出す。

 その時に何も知らない俺は「こんなのもあるんだなぁ」と思って見ていたら、何故か俺がマイクロビキニフェチだと思われ、リゼットが「ご主人様はこういうのが好きなんですのね」と言ったかと思った数日後の勉強会で披露されたが、その時は流石にそこまで成長していないので笑い話で済んだ。

 だが、今の簪は違う。確かに楯無や本音とは比べ物にならないぐらい小さい。それでもB……もしくはC⁻ぐらいはありそうな胸と、全くない毛が健康具合を尊重していた。どこの、とは言わない。

 

「………あの、簪さん……? その格好は一体……?」

「似合う?」

「いや、ない! 流石にそれはアウト!」

 

 ある部分が今にも暴走しそうで、さっきから俺は後ろを向いている。……もしかしたら、鏡に映っているかもしれないので手でも隠しておこう。

 すると簪は俺に座るように言う。だが俺が簡単に動かなかったからか、立ったまま背中を磨き始めた。

 

(……何だ、普通だ)

 

 安心して「座るぞ」と声をかけて座ると、ある意味予想通りな行動に出られた。

 簪はタオルを自分の胸と俺の背中に挟んで背中をこすり始めたのだ。

 

「……あの、簪さん?」

「……気持ちいい?」

「そこは直の方が……じゃない! 今のは戯言だから! 今すぐ上の方を取ろうとする止めて!」

 

 そう言うが、本人はブラ部分を取って先ほどと同じ行動に出た。

 とりあえず俺は素数を数える。それが途中で途切れたら、ISのことを考えるようにするが、ある部分は今すぐ行動したいのか、さっきから本人の意思と反して暴れている。

 

「……シャワー、かけるから」

 

 そう言って簪はいつの間にか取ったのか、適温になるまで自分の手に晒し、なったのか俺の体に浴びせる。

 それが一通り終わり、何故か有無を言わさない態度で髪まで洗ってくれた簪。風呂場から出ようとするが、「風呂が沸いているから」と言われて風呂に入ることになった。

 彼女が体を洗い終わるまで律儀に待つ俺も俺だが、何故ここまで積極的に? ……どう考えても、あのキスが原因だろうけど、普通なら平手打ちとか狙撃とか、そんなことをされてもおかしくはないはず。

 

(……というか、せめてそういうのはちゃんと話し合いたいんだが……)

 

 何故風呂場? 普通はおかしいと思うけど、俺がおかしいのだろうか?

 

(ここはともかく、冷静になろう)

 

 冷静になる前にさっさと出ろと言われかねないが、ともかく今は様子見だ。

 場合によってはヤンデレになっている可能性も考慮して、今は大人しく―――

 

 ―――神は降臨した

 

 この部屋はどうやら改装されているらしく、他の部屋にはトイレがないし風呂場はシャワーと湯船が一緒になっているのだが、この部屋は日本でよく見られるパターンとなっている。もっと言えばトイレもあり、改装前の名残としてカーテンも残されていて、簪の裸を見ないように閉めていたんだが、先ほど本人に開けられました。

 先ほど外したブラ部分はもう一度付けられたらしいことにはほっとしている。だが、全体的に肢体が露わになっていて、俺は思わず簪と水着が合いまったその姿に見惚れていた。

 だからだろう。彼女が普通に裸である俺がいる湯船に入っても、すぐに行動に出なかったのは。

 

「って、簪!? 何やってんの?!」

「一緒に入ってる」

「問題大有りなんだけど?!」

 

 「それが何か?」と言わんばかりの顔をする簪に、俺は戸惑った。

 簪は平然と俺に体を預ける。すると直に肌が触れ合い、体温が直に感じられた。

 もし普通の人間ならここで彼女を押し倒して襲うだろう。実際、俺の息子も今にも暴走しそうで、そしてそれがさっきから簪の柔らかい部位に当たっている。Xゾーンに突入しそうになっているのは間違いないだろう。

 

「………悠夜さん、ここ最近でわかったことがある」

「…何でしょう?」

「あなたは、巨乳派」

 

 失礼な、と叫びたかったが、生憎心当たりがありすぎる。考えてみれば、朱音ちゃんと言う例外を除いて俺の周りは巨乳が多い。リゼットも多分それに含まれるだろうし、本音なんてあの背であの大きさ。幸那は簪と同じぐらいだが、少し大きいだろう。楯無と虚さんに至っては最早問題にしなくてもいいレベルだ。

 

「だから、私の胸をあなたの手で大きくしてほしい」

 

 そう言われた瞬間、俺の中で何かが切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪を押し退け、悠夜は立ち上がる。

 とある部分が晒されているが、悠夜は気にせずそのまま外に出た。簪が追おうとするが、悠夜が拒絶するようにドアを閉めたため、動きを止める。

 簪はすぐに出ようとしたが、まだドアの外にいることがわかる。

 

(……そういえば、ドアの鍵は……?)

 

 彼女が設置したドアの鍵はかなり厳重に作っている。そしてさっきも鍵をかけているので、普通なら開かないはずだ。

 だけどそれはあっさりと破られ、鍵は破壊されてしまった。

 

 ―――殺される

 

 脳裏にそんな予感がよぎる。

 だがそれはもっともありえないことだ―――が、簪は悠夜の強さ、そしてそれが四元属家の末代とはいえ自分では対抗し得ない力に恐怖を抱いていた。確かに簪は悠夜のことは好きだ。だが―――あの光景を見た時から、ただ簪は悠夜の心を守るためにあえて挑発している。しかし今回の行動は、明らかに嫉妬だ。

 だがそれが裏目に出たのは、正直言ってマズい―――そう結論付けた簪は、悠夜の気配がしなくなるとすぐに出た。

 すぐに着替えた簪。寝室の方に行き、悠夜のベッドを見るが―――そこには誰もいない。

 

 ―――!?

 

 簪は慌てて後ろを見ると、そこにはいつの間にいたのか悠夜がいて、簪を抱きしめると同時にキスをした。

 

 ―――それはとても深いキスだった

 

 おそらく、街中で見せたよりも深く、それでいて丁寧なキス。簪は最初戸惑い、警戒しつつも次第に体を明け渡していく。

 すると悠夜は自分の指を簪の太ももに這わせた。それはまだ未経験の自分が感じる初めての感覚。その間に簪はいつの間にか悠夜に抱えられ、ベッドの上に寝かせられた。

 

(………悠夜さんと……初夜を…過ごすんだ)

 

 恐怖はある。だが、同時に自分が一人の女性として見られることが嬉しく感じる。

 悠夜は簪にかぶさるようにすると、そのまま簪の隣に横になる。

 

「………え?」

 

 わけがわからない簪だが、すぐに悠夜は自分の両足で簪の両足を拘束し、自分の所に持ってくるように簪を引き寄せた。

 

「……ごめん、簪」

 

 悠夜は囁くように簪に言い、彼女の頬にキスをした。同時に悠夜のとある部分が強く反応し、簪のある部分に当たりそうになる。悠夜は抱きしめるのを止めるどころか、より一層強く抱きしめる。さらに、もう一度キス。今度も深く、先程よりもしている時間が長かった。

 

「やっぱり俺、誰かとそういうことをする勇気が出ない」

 

 いつもの自信満々の顔はどこに言ったのか、悠夜は今にも泣きそうな顔をしていた。

 その表情を見た簪は思わず噴く。

 

「……私こそ、ごめん。実はちょっと、悠夜さんのことが怖い」

「それは流石に傷つく……って言っても、仕方ないだろ」

 

 そっと、簪の頭に自分の手を置く悠夜。その顔はどこか満足気で、まるで愛しい妹を見ているような感じだった。……もっとも、ついさっきまで悠夜はその妹に手を出していたことになるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちは腹を割って話した。

 今までのこと、これまでのこと。俺は本当はみんなが好意を持って俺に接してくれているのは知っているけど、敢えて無視し続けてきた。そして―――どれだけ脅そうが俺には他人を殺す勇気なんてないことを。

 本音や虚さんが人質に取られた時、俺は心の底から殺意を持った。それでも、誰も死なずに済んだのは心のどこかで殺さずに事なきを得ようとしていたからだ。

 

 ―――結局、俺は臆病なのだ

 

 恋愛に戦闘、ある程度は楽しんだり本気で思ったりしているけど、それでもどこかでは本当に自分は利用されているだけなのかもしれないと。

 

 簪も教えてくれた。

 本当は彼女も、今までの俺に対してどこか焦っているところがあったらしい。まぁ、裏の世界を歩いていない男が急に強くなったりしたら、誰だって恐怖を抱くものだ。

 

(……本当にこれで良かったんだろうか?)

 

 そう言いながら、俺は人気がない場所である人物を待つ。

 ここに来るのは三人だ。本音とラウラ、そして鈴音。この三人は、俺に対して好意を持っている。

 

 ―――だから俺は、その気持ちを砕くことにした

 

 しつこいのは十分にわかっている。軽蔑もされるだろう。罵倒もされるだろう。そのことは覚悟の上だ。

 

「ゆうや~ん」

 

 どうやら来たようだ。

 俺は本音たちがいる方へと移動する。そこには昼休みだと言うのに、わざわざ集まってくれた三人がいた。

 

(……申し訳ないな……けど……)

 

 俺には、誰かを守るとかそんな志なんてない。

 一度入れば暴走し、問答無用で周りを巻き込んで潰しまわるだろう。それがたとえ、味方であっても。

 だから俺は―――

 

「突然で悪いけど、もう俺のことは忘れて普通に過ごしてくれ」

 

 そう言って俺は、何の意味もない笑みを作った。




久しぶりの投稿もあって、色々と問題が起こってそうな気がしなくもない。
次回は、どうしてこうなったのかの説明を含みつつ、とあるイベントをスルーして練習風景に移動したいなと思っています。


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#116 新技開発中

 ―――ルシフェリオン

 ―――イフリート

 ―――リヴァイアサン

 

 今、わかっているのはこの三つ。そして「四神機」と言うのだから、少なくとも同等の機体が後一機あるのだろう。

 もしそんなのがいたら、間違いなく俺が調子に乗るのはわかりきっている。ルシフェリオンの力を遠慮なく行使し、周囲に甚大な被害が及ぶだろう。

 さらに言えば、俺は前々から昨日会った二人に追いて行った方が良かったのではないかと思い始めている。

 

「ねぇねぇ、ゆうやん」

「何だ、本―――」

 

 ―――チュッ

 

 考え事しながら相手と話すのを止めたくなってきた。

 本当に俺の危機管理能力はちょっと問題がありすぎる。戦闘になればスイッチが入るから問題はないだろうけど、日頃から少し無防備すぎないか?

 そんなことを考えていると、ラウラは唖然としているが鈴音の様子がおかしいことに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――昨日

 

 悠夜は知らないことなのだが、実は鈴音もデートに同行する予定だったのだ。

 だが急に候補生管理官である(ヤン)麗々(レイレイ)が現れたことでキャンセルしたのだ。

 

「何で悠夜に敵意を向けるのよ!? 彼の危険性に関するレポートは前に送ったでしょ!?」

 

 中国用に借りた格納庫で鈴音は叫ぶように言うと、麗々はため息を吐きながら言った。

 

「はい。確かに読みましたが、今回ここに来たのは彼がどういう人間か把握するという目的もありましたので」

「だからって睨みつける?」

「その割には意外と普通でしたね。もう少し敵意を見せるかと思いましたが―――」

「その敵意に問題があるって気付いて!」

 

 怒らせると洒落では済まないということを知っている鈴音はそう叫ばずにいられなかった。

 だが麗々は何とも思っていないのか、平然と続ける。

 

「凰鈴音。あなたに政府から伝言があります」

「何よ?」

「桂木悠夜と仲良くするように、と」

 

 その言葉の意味。それを察した鈴音は内心舌打ちをした。

 

 

 

 

 そんなことがあったためか、鈴音はどこか悠夜と会いたくないと言う感情があった。

 殺されるとか、そう言った恐怖ではない。ただ友として政府に利用されたくはないのだ。

 どう説明しようかと考えていると、鈴音の両頬を引っ張った。

 

「うわぁ。もちもちしてる」

ひょ(ちょ)ひゃにひゅんひょよ(なにすんのよ)!」

「何か悩んでそうだったのでな。……もしかして、政府に何か言われたのか?」

 

 それを聞いた鈴音は思わず思ってしまった。

 

 ―――一夏も、これくらい察しが良ければいいのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数分前

 

「ほ、本音!? 貴様何をしている?!」

「スキンシップだよ~」

 

 そう言ってまだ暑いというのに俺の体にスリスリと寄り添ってくる。

 

「いや、あの本音?」

「ゆうやん。何か勘違いしているようだけど、私はただゆうやんと一緒にいたいだけだよ? それじゃあダメ?」

「……いや、その……」

 

 だって俺、場合によっては本音を殺してしまうかもしれないんだよ?

 そう言おうとする前に、ラウラが言った。

 

「兄様、時間がありません。早く済ませましょう!」

「……何を?」

「? 私たちで処理をするために呼んだのではないのですか?」

 

 俺たちの話はイマイチかみ合っていなかった。と言うかラウラ、さっきの俺の話をちゃんと聞いてた?

 

「いや、ラウラ? 俺はそんなことをするために呼んだんじゃないからな?」

「そうなのですか……やはり、通販サイトで見たアレを買うしかないのか?」

 

 どうやらラウラは俺の話を聞いていないようだ。

 そのことに対してため息を吐いてしまう。

 

「あのな、ラウラ。俺はお前たちに別れをと―――」

「? 何を言っているのでしょうか? 私は元々、兄様に拾われた身。確かに私の能力では兄様の足元にも及びませんが、幸いにして私を使い、兄様に溜まった性欲を晴らすことができます!」

「………そのために、使えと?」

「はい!」

 

 ……何だろう。妙に楽しみしているって感じがするんだが。

 明らかに教育方法を間違えている気がしてきた。大体何でこの子はそこまで俺に執着する―――あ、俺が手に入れたからか。それによって別視点から世界を見る余裕ができて、今の世界に対して絶望したか、俺に依存するようになったかだろう。いつか俺以外に好きな人ができたらなぁと思う。

 とりあえず、ラウラの問題は置いておこう。それよりもさっきから気になるのがいるからな。

 ラウラを軽く下げて、俺は鈴音の所に行く。

 

「鈴音、大丈夫か?」

「……………」

 

 どうやら何かを考えているらしい。

 ふと、鈴音の頬が柔らかそうだと思って寮頬をつまんで引っ張る。意外に伸びるので思わず楽しんでしまった。

 

「うわぁ。もちもちしてる」

ひょ(ちょ)ひゃにひゅんひょよ(なにすんのよ)!」

「何か悩んでそうだったのでな。……もしかして、政府に何か言われたのか?」

 

 そう言うと、鈴音が図星を突かれたようで苦虫を噛み潰してしまったような顔をした。

 

「ホント、アンタには敵わないわね。ええ、そうよ。言われたのよ。アンタに取り入れって」

 

 予想通り―――っていうか、何人か重役を精神崩壊させかけたのだから、それはそれで当たり前かもしれない。

 

「……ホント、何でこんなことになるのかしらね……」

「……そうだな」

 

 それはそっと、彼女を抱き寄せた。優しくしたからか、涙を見せて泣き始める鈴音。

 

(………ああ、そういうことか)

 

 俺はおそらく、彼女らをただの妹としてしか見ていない。

 それは年頃の彼女らにしてみれば失礼に当たるが、それでも俺は家族と言うものに飢えているから、そう言う目で見てしまうのだろう。

 

「……別にいいよ」

「え?」

「政府の言うことを聞き、とりあえずは俺に対してそう言う目で見ればいい。でも鈴音は知っているだろう? 俺がどういう人間か?」

 

 そう言うと唖然として固まる鈴音だったが、意味を悟ったのか笑い始めた。

 

「……やっぱりアンタは凄いわ。正直、惚れて正解だって思う」

「激戦区だけどな」

「だからこそ、燃えがいがあるってものよ」

 

 そう言って鈴音は俺の頬にキスをした。女の子が、率先してキスをしてはいけません。

 

「……アタシは一度、あなたたちから離れるわ」

「いいのか?」

「しっぺ返しが怖いってのもあるけど、アタシは大切な人を利用なんてしたくない」

「そうか」

 

 そう聞いた俺は、今度は鈴音の口にキスをした。

 

「――!?」

 

 まったく、俺は何をしているんだか。

 俺に構わず、一介の学生としての人生を歩んでもらいたいのに。

 

「悪いな。つい、可愛かったから」

「……いいよ」

 

 顔を赤くしながら去っていく鈴音。俺はその姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら織斑がまた、何かをやらかしたようだ。昨日からテニス部に貸し出されていると聞くが、どうやらそこで色々とやったらしい。相変わらずの問題児である………人のこと、言えないけどさ。

 

「はい、それではみなさーん。今日は高機動についての授業をしますよー」

 

 珍しく一組のみの授業が行われる。鈴音の様子を伺おうと思っていたけど、宛てが外れた。

 

「この第六アリーナは中央タワーと繋がっていて、高機動実習が可能であると先週言いましたね? それじゃあ、まずは専用機持ちのみなさんに実演してもらいましょう!」

 

 そう。今回の実習場所はIS学園のシンボルでもある白い塔が建った下であり、俺は何故か織斑とオルコットの二人と一緒に前に出ていた。

 

「まずは高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したオルコットさん!」

 

 すべて武装《ブルー・ティアーズ》を腰部に集中させ、推進力として使用しているパッケージを装備した姿のオルコット。どうやら武装を封印して彼女のメインウェポンである《スターライトmk-Ⅲ》以外は使えなくするらしい。確か、後一丁と一本のナイフが会ったような気がするが。

 

「そして、通常装備ですがスラスターに全出力を調整して仮想高機動装備にした織斑君!」

 

 まぁ、噂じゃあ白式は他の装備を受け付けないって話だからなぁ。そう言う意味では同情する。

 

 ―――ホント、馬鹿よねぇ。武装なんてとりあえず使って馴染めばいいだけなのに

 

 ………?

 俺は後ろを、そして前を見る。どこからともなく声が聞こえたようだが、何か電波を受け取ったのだろうか?

 不思議そうな顔をしていると、山田先生は俺の紹介をした。

 

「最後に、織斑君と同じ通常装備ですがIS史上初の可変機で状況によって戦闘の幅を大きく変えることができるトリッキーな戦い方をする桂木君! この三人に一周してきてもらいましょう!」

 

 とはいえ、黒鋼はバックパックを換装することで真の力を発揮することができるけどね。流石にスペックが規定を超えるから大会では使用しないが。

 二人には声援を、俺には罵倒を飛ばしてくる。相変わらずで何よりです。

 二人が会話をしている横で、本音と目が合ったので手を振ってやると、どこぞのピンクの球体を超える速度で両手を振ってきた。

 

「では、……3、2、1、GO!」

 

 山田先生がフラッグを振り、俺たちは一斉に飛ぶ―――が、二人を先に行かせて俺は通常形態で後を追った。最初は織斑が先だったが、今ではオルコット、織斑、俺の順で並んでいる。中央のタワーの頂上へと向かって織斑がオルコットと並走し始めた。そして、先に二人が頂上で折り返す。それを見届けつつ、頂上に達した俺はPICをオフにしてそのまま自由落下を始める。ある程度速度に乗った状態で加速した。

 

『え?』

『わっ!?』

 

 さらに《デストロイ》を後ろに向けて加速する。おそらく俺が一般人なら、この時点で心停止はしているだろう。

 急接近してくる俺に慌てて機体バランスを狂わせてしまう織斑。動きを予想し、回避し、オルコットを追い越して先にPICを起動して減速、着地した。

 それによって本来なら地面が亀裂を走らせるはずが、それもない。俺はそこから少し離れてISを解除した。次々に着地するオルコットと織斑。そして、俺に対して信じられないと言わんばかりに見てくる。

 

「はいっ。お疲れさまでした! 三人とも凄かったですよ! ですが桂木君、最後の急加速は危ないので二度としないように」

「わかりました。次はちゃんと相手を戦闘不能にしてからすることにします」

「そういうわけじゃないですからね!」

 

 と突っ込まれたけど、ISでドライブすることはないだろうと内心では思っている。

 

「いいか、今年は異例の一年生参加だが、やる以上は各自結果を残すように。キャノンボール・ファストでの経験は必ず生きてくるだろう。それでは訓練機組の選出を行うので各自割り振られた機体に乗り込め!」

 

 IS学園ができてから数年後に始まり、毎年恒例となっている行事の一つであるキャノンボール・ファストだが、本来は一年生が参加することはないのだが、今回は一年生に専用機持ちの数が多いこと……そして何より、クラス対抗戦が中止になり、そこでの賞品を消化するためとして急遽一年生の訓練機レースが開催されることになった。参加するかどうかは本人の意思によるらしいが、大半の生徒が参加するようだ。まぁ、織斑がクラス代表だが専用機持ち組として参加するため、一組には参加する人間がいないらしい。二組、四組も同様で、三組もそれに触発されてもう一度レースして決める様だ。

 そのレースの中、俺は―――

 

「…はぁあああああ!!」

 

 新技を開発していた。

 理由としてはこれまでの行事はすべて何かしらの妨害を受けているため、その対策として攻撃手段を増やしているのである。さらに言えば、俺の持つ力が戦力に加われば百人力である。そのため、十蔵さんと朱音ちゃんに許可を得てISを装着した状態で黒い球体を精製し、的にぶつけようとしている。最終的な目標としては敵を認識すると自動的にそちらに向かってビームが発射されるトラップを目指している。

 

「はぁああ!」

 

 あらかた球体ができると、右手を伸ばすと同時に球体を飛ばし、的を破壊しようとする―――のだが、何故か当たらない。

 試しに声を出さずに球体を精製して的に飛ばすが、的にすら当たらなかった。

 

「………あっれぇ?」

 

 おかしい。ババアと戦った時は結構戦えたはずなんだが、何故か今はできないでいる。

 

(………もしかして、気持ちの問題だろうか)

 

 そんなことを考えていると、誰かがこっちに近付いてきた。

 

「なぁ悠夜。ちょっといいか?」

「取り込み中だ」

 

 そう言って突っ返し、俺は再び手で球体を精製する。

 

「ん? 何だそれ―――」

「ちょっ―――」

 

 急に手を伸ばしてくる織斑。俺はすぐさま織斑を蹴り飛ばした。

 

「何するんだよ!?」

「急に触れようとするからだろうが、この考えなしが」

 

 ため息を吐きながらそう言ってやる。

 

「か、考えなしって……俺はちゃんと考―――」

「嘘乙」

「嘘なんてついてねぇ!」

 

 ここまで来ればもう駄目だろう。

 可哀そうな目で見ると、織斑が俺を睨む。

 

「まったく。貴様は迷惑製造機なんだから、少しは存在することすら自重しろ。目障りだ」

「何が―――」

「もっと言えば単細胞。それでいて使えない雑魚。まだ自分の弱さを自覚できていない痴呆症」

「言い過ぎだろ!?」

 

 むしろ十分だと思うけどな。

 俺は踵を返して、もう一度球体を形成、腕を突き出して発射した。だが、何故かすぐに地面に落下する。

 

(………どうすればいいんだ……?)

 

 イメージ的には暴れる黒い球体で、触れた者すべてを破壊していく、そんな化け物なんだが…。

 

「桂木、話がある」

「あ、こっちの方が重要なんで後にしてください」

 

 そう言って織斑先生に断りを入れてどうしようか考えていると、敵意を感じた俺はその場で180度回転して目標の首筋に展開していない左手で作った手刀を止める。

 

「………」

 

 生徒如きに後れを取るとは思わなかったのか、織斑先生は驚いていた。

 

「さっきの件で聞きたいなら、アンタの弟が勝手に死のうとしていたから止めただけだ。それとも、俺の新技開発の的にアンタがなってくれるのか? まぁ、かつて世界最強だったアンタも今はその程度にしかなれないがな」

「……随分と言ってくれるな」

「あの程度の機兵如きに、ISを使っても苦戦するアンタにはそれくらいの価値しかないって言ってんだよ」

 

 正直言って、織斑一族とか過去の事件とかどうでもいい。

 だけど強者として動けないなら戦力として入られては困る。というか目障りだ。

 

「今、馬鹿どもが別の兵器の出現で揉めているってんならアンタから言っとけ。向こうの方がISよりよっぽど役に立つから黙って静観してろってな」

 

 そう言って俺は少し離れ、未だに展開している右腕部装甲の上から球体を作る。

 

(……そう言えば、王族の周りには炎、水、風、土の四属性がいるんだったな)

 

 確か楯無と簪が水、そして朱音ちゃんが土だったよな。というか土って一体何のために……。

 

(……重力?)

 

 そう言えば、さっきから妙な軌道を描いて的を避けているよな。じゃあ、最初から的ではなくその下の棒を狙えばどうなるんだ?

 その結論に至った俺はあるイメージを描く。球体が地面すれすれを爆走し、目標に向かって駆けるイメージを。

 そして球体を飛ばすと、イメージ通り―――というかそれ以上の威力を発揮しながら的を支える棒を破壊してアリーナの壁にぶつかった。

 

「………わぉ」

 

 その威力に思わずそんな声を漏らす。………やっておいてなんだけど、予想以上の威力に驚きを隠せない。

 

「……この技を「グランドストライク」と名付けよう」

 

 空と大地を揺らし、上下から最大威力の厄災をぶつけるのが「サンダーボルケーノ」、そして球体を走らせ、相手を穿つのが「グランドストライク」。

 

(……やばい。楽しくなってきちゃった)

 

 顔がニヤけているのはわかっていたが、元に戻す気にはなれなかった。

 ちなみにこの時間は専用機持ちは機体の調整になっているが、俺はいつも通りだから今更弄る要素はなかったりする。

 

「……桂木」

「はい?」

 

 出席簿を振り下ろされたのを回避し、俺は大人しく授業を受けることにした。




鈴音は、一応悠夜のところからログアウトしました。決して尻軽とか、導入自体が無意味とかそういうわけではありませんので悪しからず。


桂木悠夜の技リスト

・サンダーボルケーノ
・グランドストライク[new]


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#117 自己満足の作戦会議

(さて、どうするべきか……)

 

 思いのほか、新技ができた俺は早速黒鋼のステータスを確認する。

 そもそも、空中戦は飛行形態で、陸は人型形態で戦えば何の問題もない。空中でも人型で戦うことはできるし、PICを駆使すれば陸と同じように動けるのが黒鋼の利点だ。正直なところ、これ以上の弄り様がない。そう言う意味では朱音ちゃんの仕事は完璧。今すぐ授業をサボって研究所に乗り込んだ髪がぐちゃぐちゃになるくらいに撫でてあげたいぐらいだ。

 

「兄様、少しいいでしょうか?」

 

 何故かラウラがこっちに来ていた。

 

「あれ? 訓練機部門に出るんじゃないのか?」

「私は一応、専用機持ちですから。それにまた万が一があるかもしれません」

「やっぱりラウラもそう思う?」

 

 ラウラは軽く頷く。それで辞退したようだが、個人的にはもう少し遊んでもいいと思うな。

 

「こう言っては何ですが、今の学園の最高戦力はメタルシリーズかフェイクスードです。とはいえフェイクスードは操縦者はともかく機体は心元ないのであまりに頼らない方がいいかと」

「聞かれたら厄介なことになるかもしれないけどな」

 

 とはいえリベルトさんが操る機体はえげつないらしい。戦力としては期待大だ。

 

「それに、兄様と簪が専用機持ちとして参加するなら、私はすぐに二人を回復させる手段を持っていた方がいいでしょう」

「そうしてくれると助かる」

 

 一つ、懸念するべきことがある。

 それは二機の四神機の存在。そして三機以外に存在するもう一つの四神機。一番はこれだが、やはり他にあるとするなら、量産されている機兵やそのほかのIGPSの存在だ。

 今のところ、四神機を除けばIGPSは三機。一人は例外として、あの時ミアを止めようとした二人は本気だった。

 

(………黒鋼で勝てるのか?)

 

 ふと、そんな疑問が思い浮かぶ。

 簪はどうやら力を使える。だが、楯無はおそらく使えない。そうなれば、IGPSの相手は苦しいだろう。

 とはいえ亡国機業というところにも四神機が一機あるからなぁ。本当にどうしたものか。

 

「兄様?」

「ラウラか。どうした」

「いえ。何かすごく悩んでいるようなので……」

「あー、襲撃対策だよ。正直、どうしようかなって思って」

 

 ルシフェリオンはいざとなれば使うしかないが、IS学園側である場合、観客を守ることは必須なので戦いにくい。

 

「話を振っておいてなんですが、あまり考え込まないでください。兄様はずっと戦っているのですから、たまには休息するのも手かと思います」

「いや、無理だろ」

「………そうですよね」

 

 今にも泣きそうなラウラの頭に触れ、俺は撫でた。

 

「気にするな。これも力を持った者の宿命って奴だろ。……正直、学園の部隊はガチで使えない」

「そうですね。実際、あの時も私を助けてくれたのは兄様ですし」

 

 どうやらVTシステムのことを思い出したらしい。でもあの時は結構俺もノリノリだった。

 

「……あまりいい手じゃないだろうけど、とりあえず確認しておくか」

「戦力ですか? 大会前にネタ晴らしをする者はいないと思いますが……」

「とはいえ、知っておいて損はないだろう。事実メタルシリーズ(俺たち)を除けば専用機持ちが戦力になるほかないんだから」

「……学園側から反感は買うでしょうが、それもそうですね」

 

 まぁ、上層部とやらに文句は言わせないけどな。まったく役に立ってないし。

 

 

 

 

 

「あなた、ふざけてますの!?」

 

 最初にオルコットの所に言って事情を説明するとそう叫ばれた。

 

「至極マジメなんだが?」

「でしたらただのバカですわ! よりにもよって、大会前に「どんな武器を持っているか教えろ」だなんて―――」

「そうか。じゃあ、当日に襲撃事件が起こったら邪魔だからすぐにアンタを落とす」

 

 そう言うとオルコットが睨んでくる。

 

「何ですって!? まさかあなた、キャノンボール・ファストで襲撃が起こると予想していますの!?」

「ああ。それも大規模な、な。最悪なことに、確認されている情報から向こうはそれなりの機体と大量の機兵を抱えている。ほかにもエスパータイプが数機。で、それで作戦もなしに戦うのは無理だと思ったんだよ」

 

 俺と簪以外は。後、ラウラはギリギリセーフってところか。

 

「だとしても、どうしてあなたが指揮を? こういうのは本来は教員や生徒会長の仕事でしょう?」

「そいつが使えるならば、の話になるがな。楯無は数に入れても、訓練機は基本数に入れていない。どうせあいつら、あれだけの騒ぎがあってもまともに訓練を積んでないだろうよ」

 

 そんな奴らの力なんて必要ない。どれだけ歴史を築こうとしても、実戦で足手纏いなら不必要だからだ。

 もっと言えば、俺が指揮してもまだ言うことが聞かないだろうし。

 

「もっと言えば、一人気になる敵がいるからな」

「気になる敵?」

「オルコットも知っているだろう? リヴァイアサンという機体を使っていた奴のことだよ」

 

 イフリートの使い手である暁とは会ったことで、多少腑に落ちないが関係者であることはわかる。

 だが何故、何の細工もせず男としてばらしたんだ? 確かに同じIGPSなら隠さなくてもいいが、どうやら別組織らしいし、普通なら隠すだろう。

 

「………まさか、あなたが?」

 

 ラウラを見ながらオルコットは尋ねると、彼女は平然と頷いた。

 

「相手の能力を考えれば当然の判断だ。兄様に押し付けることになるが」

「そこは気にするな。俺だってこの学園にいれば体が鈍るし、対等やそれ以上の奴と戦いたいと思うしな」

「さりげなくわたくしたちのことを馬鹿にしてません?」

「だって俺、簪はともかくラウラ相手にはお前らとは違って可愛すぎて攻撃できないし」

 

 かと言って十蔵さんと戦って、調子に乗って暴れそうだからなぁ。それで万が一、十蔵さんが大怪我とかしたら一大事だ。朱音ちゃんはその惨状を知るや否や俺のことを軽蔑し、「お兄ちゃんなんて大っ嫌い!!」と俺に対して言うだろう。そうなったらもはや手遅れ。俺の心は荒んでしまい、何もかもやる気を失った俺はただただ歩くだけの人形と化してしまうことはわかりきっている。

 

(……考えてみると、俺にとって「萌え」とは切っても切り離せないものなんだな……)

 

 何を今さら、と自分ですら思ってしまう。

 考えてみれば、ラウラを救ったのは彼女に「萌え」の可能性を感じたからだ。だからこそ、多少無茶な交渉を臨み、手に入れたではないか。

 俺は改めて、公共の場ということもお構いなくラウラを抱きしめた。

 

「に、兄様!? いくらなんでもここでは―――」

 

 ああ、もう。反応が可愛すぎる。

 周りの視線なんて気にせず、俺はくるくると回る。

 

「あ、あなた、神聖な学び舎で一体何を―――」

「ただのスキンシップだよ。まぁ、これくらいのことを普段からできないからお前らはいつまで経っても関係が進まないんだよ。まぁ、あんな雑魚のどこが良いんだか」

「い、一夏さんはあなたとは違いますわ!」

「そりゃあ、織斑は弱いしね~」

 

 そう言って俺は回るのを止める。

 

「ところで、さっきから何か言いたそうだよな、織斑」

「………」

 

 気付かれないと思ったのか、俺の後ろで驚きを顔に出す織斑。はっきり言ってこいつの気配はバレバレである。

 

「お前が弱いってことが気に食わないのか? それとも、お前の姉が弱いって言うのが気に食わないのか?」

「どっちもだ」

「でも実際、テメェは弱い。実力もそうだが、何よりも経験の差だ」

「……け、経験?」

 

 まさか経験値が同じだと思ったのか? そんな馬鹿な。撃墜数を比べたら俺の方が上だということがすぐにわかるだろう。

 

「そして何より、お前の白式は素人向けじゃない。本来、兵器は状況に合わせて装備を変えるものだ。だが白式にはそれができない。その時点でお前は白式を捨て、別の機体を要求するべきだったんだが―――貴様は馬鹿だからそれにすら気付かなかった」

「………そう言う悠夜はどうだっていうんだよ!? 黒鋼だって飛行形態があるとか、どう考えても玄人向けだろ!?」

「そりゃあ、お前と違って俺はオタクだからな。魔法少女にはあまり手を出していないが、ロボットものだったら結構見てきたしプラモも作った。そもそも別種だがスタートラインが違いすぎる。後は、気持ちだな。そりゃあ、最初は飛行形態から人型形態に戻る時は意外に苦戦したが、あんなものは慣れだ」

 

 そもそも黒鋼は、俺がリアル系の範疇で俺が操ることを前提に作られた機体だ。戦い方は最初からイメージができていたし、絶対防御があったからこそ、俺は攻撃に遠慮がない。……今となっては中に人が入っていようが関係ないが。

 つまり社交的な織斑とは違って陰険で想像力を鍛えていた俺はテンションに身を任せて無理やり適応させたわけだ。

 

「ということでだ、織斑。お前は何かあれば篠ノ之との合流を急げ。そして篠ノ之、お前はあまり攻撃に参加するな」

「なっ!?」

 

 何故かはわからないが、どうやら織斑と一緒にいたらしい篠ノ之は不満を見せる。戦闘狂とまではいかなくても、それなりに戦いにこだわりがある篠ノ之にとっては屈辱なのだろう。

 

「まず一つ、篠ノ之の紅椿には絢爛舞踏がある。そして二つ目、今度の場所はいくらIS用とはいえ範囲が限られているからだ」

「それがどうしたというのだ!? 私だって戦える!」

「……………」

 

 今すぐ篠ノ之を監禁したくなった。もちろん、性的な行為をするわけではない。

 この女はまず、ゲームにおいてヒーラーがどれだけ大切な位置にいるのかを身を以て知らせる必要がある。はっきり言おう。まずこの女にはISの授業よりも篠ノ之自身が築き上げた物を壊すべきだ。

 

「………兄様?」

 

 心配そうに俺の顔を覗き込むように見るラウラ。俺はヤバい顔をしていたらしい。

 

「悪いな。つい、悪い癖が出た」

「―――ああ、全くだ」

 

 後ろを見ると、織斑先生が殺気を放って立っていた。

 

「さっきから授業をサボって談義ばかりしているとはな。よほど私の授業がつまらないようだな」

「あ、織斑先生。すみませんが明日の夜辺りから一年生の専用機持ちで作戦会議をしたいのですが」

「今それを言いますの!?」

 

 敢えて空気を読まずにそう発言すると、オルコットが焦りはじめる。だからこの女は大したことないっての。

 

「さっきから話していることか。当日の警備は―――」

「万全だ、だなんて本当に思っていますか? それとも轡木ラボから救援が来ると? もしくは訓練機しかいない部隊如きになんとかできるなんて思ってます? そもそも、向こうはISとか超能力を持っていて、無法者故に好き勝手できる反面、こっちは観客やこいつらが邪魔でルシフェリオンで無双できないんですよ? むしろ行事すべてを中止にするべきです」

 

 そう言いながら俺は楯無にメールを送った。「今年度の行事すべてを中止にできないか」と。

 

「それができるなら苦労はしない」

「そうですか。じゃあ上に伝えておいてください。「これ以上、余計な真似をしたときは本気で国を地図から消しますよ」って」

「………そうだな、伝えておく―――が、今は授業だ。貴様こそ真面目に受けろ」

「気が向いたら―――って言ってもマジでやることがないんですがね」

 

 すると懐からメロディが流れる。スマホを取り出した俺は、楯無からのメールを見て、「やっぱり」と思いながら画面を閉じた。

 

 ―――今更無理

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、第一回、第一学年専用機持ち対策会議を始める」

「ちょっと待ちなさい」

 

 空き教室を間借りして集めた専用機持ち(一年限定)にいきなり本題を出すと、鈴音が待ったをかけた。

 

「重要な話があるって聞いたけど、対策会議って―――」

「無論、襲撃対策だ」

 

 そう告げると鈴音は驚きを露わにする。簪はいたって普通だが、おそらく面白くないだろう。

 

「そう言えば、僕だけのけ者にしてそんな話してたよね」

 

 酷いよとでも言いたげにジアンがそう言った。

 俺はそれをあえて無視して宣言の真似事をする。

 

「もう既に各々感じていることだと思うが、今のIS学園にいる部隊ははっきり言って使い物にならない。クラス対抗戦、学年別トーナメント、……まぁ、臨海学校は別としても、学園祭時ははっきり言って醜態しか晒していない。なにせ、俺が生身で、そして剣一本で潰した機兵相手にISを装着していたのにも関わらず、苦戦していたからだ」

 

 簪が何かを言いたそうな顔をしているが、それも無視だ。どうせ「あなたは特別だから」とでも言いたいのだろう。……って、ラウラに鈴音、オルコットも似たような顔をしていた。

 

「ならばどうすればいいか? 簡単だ。いつも通りだが自分の身を自分で守ればいい。だが相手ははっきり言って強い。おそらく、単独で戦ってまともに戦えるのは俺らメタルチームのみだ。特に織斑、そして篠ノ之は話にならない。前は織斑のみやられたが、篠ノ之、いずれお前もやられる」

「……絢爛舞踏を以てしても、か?」

「ああ。聞けば学園祭ではルシフェリオンと同等だという機体が二機も現れたという話だ。それが本当なら、出力次第ではISは操縦者諸共跡形もなく消せる」

「そ、それはいくらなんでもないだろ……」

 

 織斑がそう言うが、実のところ洒落にならない。

 ルシフェリオンの出力は二通りある。

 武装出力と機体出力であり、どちらも100%の目盛りが設けられている。以前ゴスペルを倒した方の出力は武装出力のみで、機体出力は10%のままだ。

 

「ちょうど俺は消したい奴がいるからな。織斑、受けてみるか?」

「いや、いい……」

 

 顔を引き攣らせる織斑を見て愉悦になったが、今は平静を装って話を続けようとした。だがその前にオルコットが挙手をする。

 

「あなたの話はわかりましたわ。ですが、何故これを教員や生徒会長に言わないんですの? 特に織斑先生には伝えるべきでは?」

「教員は教員で無駄なプライドを持っているからなぁ。それが厄介なんだよ」

 

 やっぱりあの時、IS諸共教員だけは潰しておけば良かったかな。

 

「それにもう一つ、おそらく襲撃のタイミングは俺たちのレース前後と思われる」

「……アタシたちが、最大戦力だから?」

「その通りだ。絶好の機会は、俺たちのレース終了後の一年生の訓練機部門だな。確か、当日は各国の整備要員が来るんだろ?」

「うん。そう言えばリゼットも「是非行く」って」

 

 後でいつでも送り返せるように段ボールの用意をしておこう。

 

「イギリスや中国はどうだ?」

「当然来ますわ!」

「アタシんところも同じくよ」

 

 となれば、ますますその時ぐらいが危ういな。

 

「ということで各人、襲撃されることを前提に動けよ。特に織斑、お前は前科持ちなんだからな」

「楯無さんにも言われたんだけど………」

 

 そう言って肩を落とす織斑を見て、何故かムカついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年―――0は満足そうに自身の前に立つ機体を眺めていた。

 色合いも何もかもが彼が今手にしている物と同じである。オリジナルとは違って赤い部分は紫になっていて、ますます悪役っぽさが出ていた。

 

「やはり、兄弟と言うものは似るようだね。結果的に同じ称号を手にしたんだから」

 

 また、一部細部も異なっている。その点を含めれば原型が留めていないとも言えるだろう。

 

「マスター」

 

 そう呼ばれた0は後ろを向く。いつもとは違って気怠さはなく、むしろ今から何かをしそうな雰囲気を出していた。

 

「私も行くことになった」

「……まったく。スコールは何を考えているんだか……」

「私から志願した。「アニマラー」の操作は「仕狼(しろう)」からの指示が必要だから」

「……あの無人機たちか」

 

 0の言葉に頷くティア。

 それを聞いてしまえば仕方ないと言わざる得ない。

 

「……まぁいいや。でもティア、万が一落とされそうになったら絶対に逃げるんだよ?」

「……もちろん」

 

 そう言ってティアは0の首に腕を回す。それに応えるように0はティアとキスをした。

 

(……もうすぐだよ、桂木悠夜……いや、兄さん。もうすぐ、あなたと戦える)

 

 その思いを感じ取ったのか、ティアは0に容赦なく頭突きを入れた。




元々、学園祭編までと違ってキャノンボール・ファスト編って容量が少ないし、簪の問題が早期に解決したことで6、7巻ってあまり触れることってないんですよね。
なので今の章と次の章は物語の進行がいつもより早い気がします
それはともかく、ようやく亡国側の兵器が何個か出せた。



※機体紹介

・仕狼
亡国機業に所属する「T」ことティアが使用する機体。ISかどうかは未だ不明だが、この機体によって「アニマラー」なる無人機を操作することができる。

・アニマラー
亡国機業の実行部隊「モノクローム・アバター」が抱えている無人機の名称。製作者はすべてティアであり、核となるコアは従来のISと遜色がないらしい。
しかし無人機故に機体に絶対防御がなく、やろうと思えば生身で撃墜可能。ただしそれを行うにしてもかなりの身体能力が必要であり、今のところ生身でできるのは陽子と悠夜の二人のみである(凶星VS破壊姫を参照のこと)


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#118 突然の介入

 途中まで一緒だった簪、ラウラと別れて部屋に戻る。

 ドアを開けると視界に楯無を捉えた。

 

「おかえり」

「おかえり~」

 

 何故楯無が? っていうのも今更野暮か。

 今では同居を解除されているはずの彼女がここにいるのは、十中八九俺が言ったことに対して異論を唱えに来たか、簪のことだろう。

 平静を装いながら、俺は楯無に尋ねる。

 

「珍しいな。何か問題でもあったか?」

「そうね。どこかの問題児君が物凄いことを言って学園の治安を乱しているとか」

「だがそれは、決して外れているわけではないだろう?」

 

 そう言うと、楯無がため息を吐いた。

 実際彼女だってわかっているのだろう。本気と思われる雰囲気を醸し出した楯無は彼女の物らしいファイルを手に取って言った。

 

「正直、あなたが行動を起こしてくれて助かったと思うわ。現にアタシに言いに来た一人を半泣きになるまで言ったらすぐに申請書を出したもの」

「そいつは重畳。だが、訓練機は所詮足で纏いでしかないぞ」

 

 まぁ、俺が率先して集団行動をとらないからなんだが。

 なんて思っていると、楯無は俺に写真を差し出す。それを受け取った俺はベッドに座って確認すると、其処には金髪ロングで少々……いや、かなり際どいドレスと思われるものを着た女性が映っていた。その女性がカメラ目線でないことから、隠し撮りと思われる。

 

「……まさか俺に、この女性を口説いて来いなんて言わないよな?」

「流石にそんなことをしないわ。もう一度言うけど、あなたがさっき一年生の専用機持ちを集めて動いてくれるのはありがたいの」

「………話が見えないんだが」

 

 そう言うと楯無は一拍置いて言った。

 

「その女性、スコール・ミューゼルって言うんだけど―――今回襲撃してきた亡国機業(ファントム・タスク)の一員よ」

「……まさか、リーダーとか?」

「組織自体の、と言う意味では違うわ。でも、学園祭の襲撃時に男性と一緒に目撃されている」

「……それで、キャノンボール・ファストにも来るって言いたいのか?」

「ええ。彼女、結構な成金趣味らしいから」

 

 もしくは現場を指揮するためか。どっちにしろ、楯無の予想は理解できる。

 

「なるほどね。俺が一年生の指揮に集中してくれれば、自分は単機でこの女を狙えるってことか」

「そういうこと」

 

 頷く楯無を見て、俺はため息を吐く。

 

「って言うか、どうせなら俺がそいつを捕縛しようか?」

 

 どう考えても、そっちの方が適任だろう。

 さっきはああやって言い含めておいたが、実際にまともに動くなんて思っちゃいない。それならカリスマ性がある彼女の方がいいだろう。

 

「ううん。前のことを考えると、あなたにはいざという時に立ち回ってもらわないといけないから」

 

 いざという時―――リヴァイアサンかイフリート、もしくはまだ知らないもう一機のことだろうか。

 ともかくこれ以上のネタがない俺は、仕方なく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が経ち、キャノンボール・ファスト当日を迎えた。

 俺は準備を済ませると、クソババアから「進捗状況を報告しろ」と連絡が入っていた。どう考えても、楯無か他の奴らとの恋愛事情だろう。いや、しないから。俺はあくまで、楯無は同い年の友人として、年下は妹としてしか見ないつもりだ。……思いっきり、キスとかしてるけどさ。

 

「悠夜さん」

 

 俺を呼びに来たらしい簪。あの日―――話をした日以降からあまり簪の肌を直視していない。今のようにISスーツの時は流石に除くが。

 

「悪い。もう時間か?」

「準備時間は、でも、正直行かなくてもいいと思う」

 

 そう言って簪は俺に抱き着く。

 

「……妹でも、これくらいはセーフ」

「あ、うん」

 

 血の繋がりはないから、実際はアウトです。

 そう。繋がりがないことを知っているからだろう。さっきから俺の股間が起きようとしている。

 

「……体は正直」

 

 顔を赤くしながら、いつの間に外したのか眼鏡がない状態で俺に顔を近付けてくる。俺は元からしていないからそのまま近付けるとキスをした。誰もいないしここでスルーしたら10分ぐらいは抱き着くのを止めないことを身を以て知っているからである。決して欲情したとかではない!

 

「やっぱり、俺に対する気持ちは変わらないってわけか?」

「うん。悠夜さんが王族だとか、そう言うのは元からない。知ったの、学年別トーナメントの後だから」

 

 そういえばあの時も盛大にキスをしましたね。

 そのことを思い出した俺は顔を赤くすると、簪は笑みを浮かべた。

 

「―――何をしている、さっさと―――な、なにをしているか!?」

「―――チッ」

 

 思いっきり舌打ちをする簪。あの、あなたは何をするつもりだったんですか?

 

「こ、こんな公共の施設でなんて破廉恥な―――」

「お前はどこのエロ漫画の風紀委員長だよ」

「これくらい普通。むしろ、中々発展しないあなたたち―――というか気づかない向こうが悪い」

 

 さりげなく織斑を馬鹿にする簪。それに対して怒りを露わにする篠ノ之。一触即発なムードが漂うが、フォローを入れることにした。

 

「大丈夫だって。篠ノ之も見た目だけは良い方なんだからいずれはいい人が現れるさ」

「ちょっと待て。それはつまり、お前らの見立てでは私は一夏と結ばれないと言うのか!?」

「結ばれる、結ばれない以前に、あの人は人の好意に気付かない時点で無理」

 

 簪のその言葉に怒りを露わにする篠ノ之だったが、無駄と思ったのかドアの方に向かう。

 

「一つ聞きたい。私たちは手加減をすればいいのか?」

「大会中も一切の手加減は抜きで、だ。あれだけの乱入騒ぎがあっても、外部から応援を寄越さないのはプライドか何かだろうし、観客を楽しませないと色々とうるさいだろう」

「……それもそうだな。このことは他の者にも伝えておこう」

 

 そう言われた時、俺は思わず信じられないと言わんばかりの目で彼女を見てしまった。

 

「まさか、篠ノ之が気を利かせただと!?」

「そ、その反応はおかしいだろう?!」

 

 盛大に突っ込まれたが、それでも篠ノ之の反応は意外だった。いや、マジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園祭とキャノンボール・ファストでは大きな違いが一つある。それは―――観客が外部から入りやすいかどうかだ。チケットは保護者はともかく一般では当日にしか売っておらず、一時間前にならなければ並ぶことはできないが、それでも特定の人物しか入れない学園祭とは違って収納される観客数は圧倒的だろう。

 そしてIS関連にはあまり興味がない数馬はようやく中に入り、さっきから先に来ているという友人の姿を探していた。見ると所々で汗をかいている。というのも先程までチケットを買い損ねたらしい女性に絡まれていたのだが、それを振り切って中に入ったのである。

 

(……弾は、他の人と一緒にいるって言ってたけど……)

 

 弾が家出をしていることと全容を数馬は知っていた。今日はステイ先の人と一緒にいることも聞いて臆したが、ステイ先の人が「一緒に見よう」と誘ってきたのである。

 

「数馬、こっちだ!」

 

 近くから聞き覚えがある声が聞こえ、数馬はそっちを見る。そこには友人の弾とおそらくステイ先の住人と思われる人間がいた。

 

「久しぶり、弾。……えっと」

「ああ、この人はギルベルト・アーベルさん。俺がお世話になっている家の執事をやってるんだ」

「どうも。君が御手洗数馬君だね」

「は、初めまして!」

 

 ギルベルトと数馬は握手する。そして座ると、あと一つ席が空いていることに気付いた。

 

「あれ? そこの人は……どこに行きましたか?」

「……ああ。おそらく用を足しているのでしょう。あまり触れない方が良いと思いますよ」

 

 ギルベルトに説明されたが数馬はどこか納得できない風だ。そんな彼にフォローのつもりなのか、弾は言った。

 

「まぁ、あの人なら誘拐されようが襲われようが問題はないって」

「………いや、何でそんな物騒なの?」

 

 数馬は知らないことだが、今日、弾はギルベルトのほかにもう一人―――陽子を連れてきていた。

 だが陽子は「知り合いを見つけたから」と別行動をとり始め、今そこにはいない。

 

「それよりも、御手洗君は確かISが好きじゃないと聞きましたが―――」

「そうなんです。ISは好きじゃないんですけど、今日は桂木さんが出るんで来たんです!」

 

 一瞬にしてミーハーになった数馬に、知り合い―――というか主人の孫だからかギルベルトは愛想笑いをする。

 

「今まで一度も生で見たことがないんですけど、確かあの人が使う黒鋼ってデザインは桂木さん自身が手掛けたものとか」

「ええ。知り合いがその手の情報が掴むのが得意なので話はよく聞きます。曰く、「エグイ」らしいですよ」

 

 それを聞いていた弾はギルベルトに対して「よくもぬけぬけと」と思っていた。

 弾は悠夜とギルベルトの関係を知っていた。その上で黙っていたのだが、少し離れた場所で仲が良い兄妹が通り過ぎるのを目撃した。すると妹と思われる少女が倒れ、それを見た兄が呆れと心配を含めて手を差し出す。

 その光景を見ていた弾は、自分たちも昔はそうだったことを思い出して何とも言えない気分になった。

 

 

 その頃、蘭の方はと言うと、

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

 対面する女性に対して頭を下げていた。

 少し時間を遡る。なんだかんだであの騒ぎが有耶無耶になったこと、そして家族に話したら許可をもらったことで一夏の応援に来たのである。彼女は席を探していたが、視線を下げた状態で歩いたため、近づいていた女性とぶつかったのである。

 

「いえ、いいのよ。気にしないで」

 

 自分に非があり、怒られると思った蘭にとっては意外な言葉だった。彼女はもう一度頭を下げて急いでその場を去る。

 その姿を見ていた美しい金髪をなびかした女性は、後ろから感じる気配に動けなかった。

 

「―――随分と久しいのう。てっきり老けていると思ったぞ」

 

 その声の主が誰かすぐにわかった女性は内心舌打ちをする。

 

「それはこちらのセリフです。まぁ、あなたはまったく変わっていないようですが」

「そのおかげで、実年齢アラサーでも高校に通えたがな」

 

 その言葉に女性はため息を溢した。

 

「とはいえ、あまり暴れると直々に消されるのではないか?」

「あら? てっきりあなた自身が私を消しに来たかと思いましたわ」

「それもいいとは思ったじゃがのう。ワシは元々孫の罵倒……もとい、応援に来たのでの。お主を狩るつもりはさらさらないわい。とはいえ、お主の部下に対して八つ当たりはしたいとは思うがの」

 

 そう言った女―――陽子は殺気を少し出すが、すぐにそれを消した。

 

「まぁいい。精々悠夜の邪魔をするでないぞ」

 

 陽子はその場から消える。だが金髪の女性―――スコール・ミューゼルは気が気ではなかった。

 何故なら今回の行事にも介入する予定であり、今回の駒は特に悠夜にご執心だからである。

 

(でもまぁ、大丈夫でしょ)

 

 何を根拠にそう思ったのか、スコールはその場から移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二年生の部が始まり、それも佳境に入っているようだ。俺は侵入予測場所を復習してから黒鋼を展開して集合場所に来ると、織斑とオルコットが話をしていた。

 俺も機体のセットアップをしていると、後ろから誰かが近付いてくる。この気配は、イージスの二人か。

 

「どうしたんですか? 先輩とチビ助は別なんじゃ―――」

「チビ助言うな!」

「なんか、オレたちもこっちに出ることになった」

 

 事情を聞くと、どうやら三年生の一部が抗議したらしい。俺関係かというとそうでなく、どうやらサンドバッグにされるのが嫌で抗議したらしい。

 それで仕方なく、一部変更して無理やり参加させる様だ。

 

「機体の調整とか大丈夫なんですか? あの時、普通に巻き込まれていましたよね?」

「なんとかな。ギリギリ範囲から逃れることができて大きな損傷を受けることは回避した」

 

 それってつまり周りを見捨てたってことだよな。この人らひでぇ。

 

「―――あれ? 悠夜、その人たちって一体―――」

 

 どうやらイージスの二人に気付いたらしい。織斑以外の各々は二人を見て驚いていたが、とりあえず自己紹介をする。

 

「金髪で胸が大きい方はダリル・ケイシー先輩。アメリカの代表候補生で、大きいにもかかわらず以外に揉みやすい。で、こっちの小さいのが巷で「フォルたん」という愛称で親しまれているチビ助ことフォルテ・サファイア。普段はネコミミカチューシャを装備しているマスコット」

「「おい」」

 

 二人から同時に突っ込まれる。

 

「何でオレの紹介の大半が胸のことなんだよ!?」

「私に至ってはあることないこと言われてすぎなんですけど?!」

「先輩は先輩として、胸を使い方をそこの無駄乳三人衆に伝わればと思いまして。それとサファイアは今考え付いたな。「フォルたん」は前々から「こんな愛称で呼ばれてそう」とは思ってたけど」

「OK、今すぐここから退場してやるわ!」

 

 そう言ってフォルテ・サファイアは俺に敵意に向けてきたので、軽く彼女に仕掛けるとその場に停止した。

 

「サファイアの時間を止めたわけなんだけど、同人誌的にはここからエロルートに突入するつもりなんですけど、どうします?」

 

 いつも一緒にいるみたいだし、面倒だから先輩に譲ろうとするが先輩の表情は硬い。

 

「……そろそろ試合だし、そこまでにしてやれよ」

「……わかりました」

 

 まぁ、流石に手を出す気はさらさらないんだけど。

 なんて内心言い訳しながら彼女の封じを解く。うん、実は「時間を止める」なんて大層な芸当はどこぞのメイドじゃないんだから無理だ。

 

 ―――ワァアアアアアアッッッッ!!!

 

 完成に続き、結果が発表される。どうやら二年はサラ・ウェルキンと言う人が勝利したようだ。

 そして安全のためかラファール・リヴァイヴを装備している山田先生が俺たちを呼んだので、スタートラポイントへ移動した。

 

「悠夜さん」

 

 簪が俺を呼ぶ。さっきとは違って真剣な顔をして言った。

 

「この後に控える事もあるけど、負けるつもりはない」

「そいつは楽しみだ。精々あがいてくれ」

 

 同じメタルシリーズだからかなり警戒しているが、敢えてそれは隠しておく。

 するとイージスの二人は俺の隣に立った。そのせいか、他の専用機持ちがそっちを警戒するが、俺は甲龍の武装が気になった。本人からキャノンボール・ファスト仕様の装備が送られてきたと聞いていたが、胸部には自信がない大きく突き出されている他、四基のスラスターが増設されている。他にもジアンが最新型のウイング式スラスターが増設されている。まぁ、それでも俺は負けるつもりはない。

 

《それではみなさん、専用機持ち組のレースを開催します!》

 

 楯無がいないが、それに関しては織斑も含めて誰も突っ込まなかった。

 シグナルランプが点灯。三つのそれがすべて緑になると全員ほぼ同時にスタートを切る。

 

 

 ―――たった一人を除いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然の乱入。それは本人たちにも思うところがあった。

 本来なら専用の装備が準備されるであろう自分たちにはそれすらなかったが、ダリルは格の違いを教えるにはちょうどいいと思っていた。

 

(さて、仕掛けるか―――)

 

 好戦的な笑みを浮かべ、自身の機体に積まれているプロトタイプである「ダークフレイム」を使用しようとすると、一人足りないことに気付く。

 比較的に後ろにいる彼女は攻撃しやすいように陣取ったか、先に潰しておきたい「そいつ」がいなかった。

 

(―――まさか!?)

 

 慌てて後ろを見るダリル。スタートポイントにはまだ悠夜が黒鋼を展開した状態で―――笑っていた。

 

(―――ヤバい!?)

 

 そう思った時には既に手遅れ。黒鋼の両肩にある非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の《デストロイ》二基から熱線が発射された。




ようやく入りました、キャノンボール・ファスト。そしてまさかの居残り少年こと悠夜! と思いきや、満面の笑みで熱線発射!
これぞまさしく鬼畜の鑑ですね。周りがスラスターを点火する中、唯一砲口を温めていたんですから。

とはいえ、そううまくいかないのが現実なんですが(笑)

さて、次回どうなる?


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#119 キャノンボール・ファスト

 キャノンボール・ファスト―――それはモンド・グロッソと同時期に行われる、妨害レースだ。一部では指定のポイントを通過しなければならない。わかりやすく言えば、明らかに勤務外のことを一度の実績以降、押し付けられた配管工のおじさんがメインの妨害レースのIS版と言えばわかるだろうか。ただ違うとすれば、道中で拾うアイテムは持参する形になるのだが。

 ともかく、そんな妨害レースで過去にスタートを切らず先制攻撃をしたのは桂木悠夜が史上初だったりする。さらに厄介なことに―――黒鋼には空特化の可変機能があることだろう。PICを制御しながら飛べば人型形態でも陸上と同じ適性値をごまかす形で出せるが、空特化の飛行形態は自動で進んでくれる。そして悠夜は何よりも、この可変機能が好きだった。

 熱線を飛ばし、飛行形態に変形した悠夜はそのままスタートを切る。そして再び《デストロイ》を起動して拡散モードで攻撃を忘れない。

 

 その光景を見ていた観客は、セオリーを守らないことに対するブーイングや、新しいことに対する感心など渦巻いていた。

 黒鋼の開発者である轡木朱音はその様子を見て唖然としていた。

 

「ビットでの先制妨害ではなかったですね」

「うん。まさか後ろからの先制攻撃って……エグイ」

 

 「ストレスかな?」と予想する朱音だが、可変して姿が見えなくなる前に「ゼクスリッター」で捉えた顔は明らかに笑っていたので確信犯だとリベルトは思っている。

 そして別の場所―――つまり弾たちの所では騒ぎになっていた。

 

「ふざけんな! あんな戦いがあるか! 正々堂々とやれやクソ野郎!」

 

 まっ昼間から酒を飲み、瓶を振り回す中年男性。彼はこの市でキャノンボール・ファストが行われ始めてからの常連だ。女尊男卑の中でも腕を振るい、未だに経営者として成功している男である。

 その男性の右隣に座る数馬が歯軋りをしたのを弾は聞き逃さなかった。

 

「大体、何が可変だ! あんな邪道をやってるようじゃ、たかが知れてるな―――」

 

 瞬間、数馬は立ち上がってその男の服を掴んで持ち上げた。

 

「ちょ、数馬!?」

「さっきから聞いていれば、何も知らねえクソ野郎があの人を罵倒してんじゃねえ!!」

 

 ―――あ、やべぇ

 

 弾は反射的に数馬をその男から引きはがそうとするが、それよりも早くギルベルトは移動していた。

 

「このクソガキがぁ!! テメェ、ワシを誰だと思ってんじゃぁあああ!!」

「ああ!? SRs初心者だろ!」

「んだと?! 何じゃそれは―――」

「―――まぁまぁ」

 

 二人の間に割って入るギルベルトは数馬を二人をなだめた。

 

「なんだあんちゃん。邪魔しようってか?」

「いえ。どうせなら仲良く見ましょう。ほら、件の彼は既に順位を上げていますよ」

 

 すると二人は同じタイミングでフィールドを見る。悠夜は既に中位に移動していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 スタートを切った悠夜に通信が入った。

 

「おい悠夜! あんな演説しておいて俺たちを攻撃するってどういうことだよ!?」

「説明を要求する!」

 

 一夏と箒だった。さらにセシリアもそれに加わって状況説明を要求するが、悠夜は切り捨てるように言った。

 

「何だ、篠ノ之から聞いてないのか? 本気で戦えって」

「聞いていますわ! ですが、わたくしたちを再起不能にしそうな攻撃をするなんて―――」

「おあつらえ向きだからさ」

 

 カーブを曲がりながら悠夜は笑みを浮かべて言った。

 

「考えてもみろ。世間の大半は未だに俺を雑魚扱いしているからな。ここで一機や二機―――もしくはすべて再起不能にすれば、俺に対する態度も変わると言うもの。ましてや俺は今、現状に対して苛立ちすら覚えているんだ。本当ならお前らではなく、世界の要人という名の肥えたブタ共を飛ばして二度と俺に対して刃向かえないようにしたいぐらいによぉ」

 

 簪、そして鈴音は嫌な予感がした。

 

「……まさかアンタ、今物凄くヤバいことを考えてない?」

「ん? 何が?」

「…えっと、例えば………アタシたちの機体を動けなくするとか―――」

「まさか、ソンナコトナンテカンガエテナイヨ?」

 

 棒読みなった悠夜。その声に二人は確信した。

 

 ―――ちょっと、やりすぎたかもしれない、と

 

 

 

 

 少し離れた場所で、フォルテ・サファイアは警戒していた。

 

「どうした、フォルテ」

「いや、またさっきみたいに攻撃されるんじゃないかなって思っているッス」

 

 幸いなことに大したダメージは入らなかったが、それでも彼女はそれで疑心暗鬼になっている。

 いや、無理もないことだろう。本当に幸いなことに彼女の機体〈コールド・ブラッド〉の冷気操作能力で事なきは得たが、出力からしてかなりのエネルギー量を消費したのにも関わらず、今も悠夜はほとんど最高速度で機体を飛ばしているのだから。

 

「大体、気に入らないんッスよ。同い年だからなんだか知らないッスけど、敬語くらい使えっての」

「いや、でも―――って――」

 

 前の方から妨害のつもりかミサイルが飛んでくる。それをフォルテは前に出て冷気の壁を展開して防いだ。ダリルが目に出ると、フォルテもそれに追従する。

 

「協力するぞ、フォルテ。いくらなんでも、何の準備をしていないオレたちには不利だ」

「了解ッス!」

 

 二人は協力し、そのまま最下位にいる一夏へと接近した。

 

「も、もう来たのか!?」

「へっ、落ちな!」

 

 火球を精製し、ダリルは一夏にそれを飛ばす。

 

「させるか!」

 

 一夏はそれを回避する。しかしその後ろから氷の槍が精製されて一夏に当たった。

 動きが鈍る一夏を視つつ、二人は箒の後ろに迫った。

 

 

 

 

 下位でそんな争いをしている中、中位でも段々と動きが変わり始めていた。

 

「クフフフフフ」

 

 そんな不気味な笑いを浮かべながら、悠夜はシャルロットの後ろを取っていた。

 

「ちょっ、来ないでよ!? 怖いよ!!」

「さぁ、我が鬱憤を晴らす道具となれ!!」

「それはリゼットにしてよ!!」

 

 そんなやり取りがあったが、悠夜は容赦なく先端の《フレアマッハ》、そしてビットで攻撃する。飛行形態故に持ち手がないため人型とは違ってそこまで多彩に攻撃できないが、それでも牽制には十分だった。

 悠夜はシャルロットを抜かし、残りのセシリア、鈴音、簪を狙う。

 人型に戻った悠夜は《バイル・ゲヴェール》を展開して3位のセシリアを狙った。

 

「オラオラオラオラ!! そこをどけ!!」

 

 実弾とビームを余すことなく手心を加えず撃ちまくる悠夜。セシリアは巧みにかわすもそれでもダメージを食らう。

 

「な、なんて無茶苦茶な!?」

「どこぞの化け物と融合した奴みたいに、残像が残るほどの高速しないだけマシだと思え!」

 

 そう吐き捨てつつ、悠夜はさらに《デストロイ》も起動させて拡散モードで撃ち始めた。

 これにはさすがのセシリアもまともに食らい始める。彼女がなんとか反撃しようとした瞬間、悠夜は《デストロイ》を反転させてビームを放ち、加速して〈ブルー・ティアーズ〉に組み付いた。

 

「は、離れなさい!」

「この作業が終わったら、な」

 

 そう言って悠夜は《バイル・ゲヴェール》の銃口をセシリアに向けて引き金を引く。ビームと実弾の合奏が彼女に襲い、コースアウトした。

 悠夜はラウラに暗号通信を送り、後二人―――2位の鈴音と1位の簪に狙いを定める。

 その後ろから、タッグを組んで接近を試みるイージスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……羨ましいですわ」

 

 VIP席でその試合を観ていたリゼットはそうはっきりと言った。

 

「お嬢様、それはどういった意味でしょうか?」

 

 ある程度予想は付いている執事のジュールだが、敢えて聞く。

 リゼットは自分たち以外誰もいないその空間ではっきり言った。

 

「もちろん、一方的に欲望をぶちまけられることですわ。これがわたくしに向けられればどれだけいいか。妊娠、様々な方々から非難されるも、誰にも勝てないほどの圧倒的な戦闘力。特殊部隊の壊滅。そんな方を夫にできるなんて、なんて幸せ……」

 

 思わず頭を抱えるジュール。最近、彼はリゼットを日本に行かせたこと自体間違っているのではないかと思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コースは終盤に差し掛かった。

 激しい攻防は均衡になり、簪が先頭、その後に鈴音と悠夜が続く。

 その状況に鈴音は焦りを見せていた。

 

(まさか、ここまで差があるって言うの……?)

 

 自分と簪、そして甲龍と荒鋼では差があるとは思っていたが、まさか高機動パッケージを装備している状態で離され始めるとは思っていなかった鈴音。

 すると後ろからは再び飛行形態になった黒鋼が迫る。

 最初の攻撃で後続との距離を開くことになった攻撃をした悠夜には感謝はしているが、それだけだ。今はただ敵として、これ以上自分の前に出てほしくはない彼女は妨害する。悠夜は少しスピードを落とした―――と思われた。

 

 ―――え?

 

 鈴音は左に意識を向ける―――が既に遅く、再び《デストロイ》を後ろに向けて加速した悠夜は無理やり鈴音と壁の間を通る。

 実はこの方法はかなり凶悪で、黒鋼が前に出られた瞬間、後続は回避に専念しなければやられるのだ。

 

「くっ!」

 

 鈴音は機体を壁から離れさせる。そして後ろからはイージスの二人が迫ってきていた。

 

 キャノンボール・ファストはコースによってルールが異なる。この大会では周回のため、二週目からは妨害が始まる。簪、悠夜の順に一周目が終わると全コースの妨害システムが作動した。

 

 ―――にもかかわらず、悠夜はさらに加速した

 

 妨害の前は減速するのがセオリーだ。特にトップはよく狙われるため、独走でもない限り、大抵トップは先頭を2位に譲る。簪は敢えてそれを行い、悠夜は加速した。

 

 ―――悠夜にミサイルが接近する

 

 それを確認した悠夜は《デストロイ》の場所を操作。自身を人型に戻して両手には《フレアロッド》を1本ずつ握られた。

 簪はその後ろに追いて、機会をうかがう。

 《デストロイ》は二つの尾をくっつけ、回転しつつ先行してミサイルを落とし始めた。ミサイルが終わると今度は大砲が起動して悠夜、簪を狙う。

 

 ―――だが、それだけではなかった

 

 悠夜と簪がそれぞれ大砲やドローン機関銃の砲撃に見舞われ始めた頃、まるで図ったのかと思われるビルの屋上でISが展開された。本来ならコアが反応を示して周囲に警戒を発せさせるが、屋上に設置されている特殊な装置によってそれは妨害されている。

 その中央でスナイパーライフルを使って先頭にいる二人を狙う一人の操縦者。彼女は引き金を引き、高出力のレーザーを発射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――何か、来る)

 

 俺は荒鋼の装甲を掴み、適当に投げる。すると観客席の上部から何かが破壊を行いながら迫ってくる。

 それを黒鋼のマニピュレーターを回転させて《フレアロッド》で防いだ。その後すぐに通信をつなぎ、会場に発する。

 

「緊急事態が発生した! 管制室にいる奴はすぐに観客席を守るバリアを展開しろ! 全員、戦闘態勢を取れ! ラウラ!」

「お待たせしました!」

 

 そう言ってラウラはIS用のカプセルを渡す。それを受け取ってから離脱し、二射目を回避してカプセルを脇にある装甲に挿し、エネルギーを回復させる。

 

「オルコット、織斑、篠ノ之は後衛! オルコットは狙撃でフォロー、織斑は篠ノ之に寄り付くハエを叩き落とせ! 俺と簪、鈴音は迎撃、ジアンは鈴音のフォローに入れ!」

「「「了解」」」

 

 簪、鈴音、ジアンから返事をもらう。イージスの二人にも指示を送ろうとしたが、それよりも早く敵機が現れた。

 

「あれは……サイレント・ゼフィルス!?」

「……確か、イギリスの機体だったか?」

 

 データで見たことがある程度だが、かなりのやり手らしい。しかしどうしようかと考える暇なんてなかった。コード〈黒長〉と名付けられた四本足が上空から大量の機兵を引き連れて落下してくる。

 

(あの機体……簪に任せた方がいいか)

 

 いざとなれば離脱してくれるだろう。

 

「ラウラ、先輩、チビ助は雑魚の掃討を頼む」

「わかりました」「わかったぜ」「チビ助言うな!」

 

 それぞれ返事(一人除く)して確固撃破に向かう様だ。鈴音とジアンも機兵を任せる。

 

「なら、貴様の相手は私か」

「そういうことになるな」

 

 《バイル・ゲヴェール》の銃口を〈サイレント・ゼフィルス〉の操縦者に向ける。

 するとその操縦者はビットを飛ばして、ビームを発射。俺は宙返りをしながら回避した―――が、突如ビームが曲がって俺の方に飛んできた。

 

「何!?」

偏向射撃(フレキシブル)だ。知らなかっただろうがな―――」

 

 《バイル・ゲヴェール》を左手に持ち替え、右手に《フレアロッド》を展開して切り伏せる―――それでも二発は受けてしまった。

 

「貴様の技量は素直に感服する。だが―――所詮は素人の域を出ない」

「言ってくれんじゃねえか」

 

 二つとも収納し、《蒼竜》を展開する。

 それに電気を纏わせて突撃。発射されるビームを弾きながら距離を詰める。切り伏せる瞬間、回避された。

 

「接近戦か、いいだろう」

 

 するとどうしたことか、ライフル銃で接近戦を始めたのだ。

 

 ―――!?

 

(この感じ、どこかで―――)

 

 だがハイパーセンサーが俺に警告を送り、その場から離脱した。

 

「その程度か、つまらん」

「…………やべぇ」

 

 俺は脳内に一つの仮説を立てる。

 それが正しければ、おそらくこの〈サイレント・ゼフィルス〉の操縦者は―――相応の修羅場を潜っている。

 

 ―――本気出して、いいんだ

 

 思わず笑顔になってしまう。

 どう攻め、攻め、責めようかと考えていると、後ろからあり得ない奴が現れた。

 

「BT二号機〈サイレント・ゼフィルス〉、今度こそ!」

「オルコット!?」

 

 急に前に来たオルコット。俺は援護を命じたはずなのに何故だ。

 はっきり言って、オルコットは火力不足だ。ただでさえビットは俺や簪レベルに達していないし、何よりも今はそのビットすら封じているという話だ。そして相手はビットを操作しつつ移動ができる。

 

「下がれ、オルコット! 今のお前では足手纏いだ!」

「下がりません! あの機体は……あの機体はわたくしが―――」

 

 あの馬鹿、完全にプライドに呑み込まれているな。だからああいう手合いは苦手なんだ。ああいうのはやはり自尊心諸共心をぽっきり折らないと。

 後で永遠に立ち直れないほど潰すことを決意していると、俺は無意識に上を向いていた。

 

(ヤバい!)

 

 すぐに背面走行をしてその場から離れると、竜を象った水が俺がいた場所を穿った。

 

「水? まさか―――」

 

 俺は再び上を見る。いつの間に現れたのか、そこには見たことがないタイプの機体があった。

 

「―――やぁ、兄さん。久しぶりだね」

 

 よく通る声。それに、どこかのシスコンに近い声質が耳に届いた。

 

「テメェ、誰だ」

「やだなぁ。まさか本当に記憶が消えているなんてショックだよ」

 

 意味がわからないことをほざく奴だ。

 すると出していないのにひとりでにダークカリバーが顕現した。

 

「なるほど、主は記憶を消失していても剣は覚えているんだ」

「一体何の話をしているんだよ!?」

「法則の話だよ」

 

 そう言ってその操縦者は剣を展開した。

 

「始めようか、ユウ兄さん―――いや、第一回優勝者、桂木悠夜。第二回優勝者「桂間(かつらま)零夜(れいや)」が、同じ四神機使いとして、そしてSRs覇者として決闘を申し込む」

 

 そう宣言した零夜と名乗った男は爆発的なスピードで接近した。




ということで、桂間零夜君、登場です。
とうとう彼の本願は果たせそうですが、彼の機体に関しては次回にしようと思います。ちょうどその場に例の彼がいるわけですからね。





※次回予定
突然の襲撃。ある程度は予測していたとはいえ、IS学園勢は苦戦を強いられる。
未だに終わらない避難。従わない者たち。そして予想外の戦力に悠夜すら押され始めた。

自称策士は自重しない 第120話

「優勝者たち、激突」

「さぁ、見せてあげるよ。僕たちの舞を」


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#120 優勝者たち、激突

早いねぇ、もう120話だよぉ。
そんなことで、優勝者たちの戦いをどうぞ


 襲撃が開始されていた頃、ただ一人だけその姿が何かを理解していた―――そう、御手洗数馬である。

 

「……そんな……まさか……」

「おい、どうした坊主」

 

 隣にいた中年男性が声をかけると、数馬は呟くように言った。

 

「………あれは、第二回SRs世界大会優勝者の機体。名前は確か……〈紫水(しすい)〉」

「SRs? 何でぇそれは」

「ゲームだよ。今、若者の間で流行っている」

 

 すると、コングタイプの〈アニマラー〉が反応を示し、数馬達の所へ降り立った。

 それに気付いた男性が倒れる。数馬は多少グロテスクなものは見慣れているが、この男性はそうではなかった。

 

「何やってんだよおっさん!」

「……わ、わぁあああ!!」

 

 するとその後ろからISが現れ、大剣を振り抜いて真っ二つに裂く。

 

「何をしている! さっさと逃げろ!」

 

 ラウラだった。銀髪の髪をなびかせてまだ逃げる様子がない数馬達にそう言うと、後ろから来る別の〈アニマラー〉と応戦する。

 だが数馬は逃げず、ただ叫んだ。

 

「待って! 話を聞いてほしい!」

 

 届ければ御の字。そのつもりで叫んだ数馬だったが、どうやら思いは通じたらしい。

 大剣を振って次々と破壊していくラウラは、振り向かず尋ねた。

 

「何だ? 今は忙しい―――」

「悠夜さんに伝えてほしい! 今あの人が戦っている機体は〈紫水〉。分身能力と水を展開して攻撃するんだ!」

「了解した!」

 

 ラウラはすぐに悠夜に通信をつなげようとする。だがそれが隙となり、狼型の〈アニマラー〉が観客席に向かった。

 それを見つけた時には既に手遅れだった。〈アニマラー〉がバリアを突き破り、中に侵入した。

 

 ―――グルルルルルルッ!!

 

 本物の唸り声が彼らに届く。それを聞いた瞬間、数馬と中年男性は戦慄したのだ。

 

「クソッ!」

 

 二人の前に弾が出て対峙する。すると狼型は弾に向かってランダムに移動しつつタイミングをずらして上から攻撃した。

 それを回避した弾だが、どうやら狼型はそれで仕留めるつもりはなかったのか、床に着地するや否やすぐに弾の顔にめがけて爪を伸ばす。

 

「しま―――」

 

 顔を裂かれ、死を連想する弾。だが、そうはならなかった。

 

 ―――ブシュッ

 

 そんな音が聞こえた弾は、恐る恐る閉じていた目を開ける。眼前にはビームが突き刺さった狼型がおり、そのビームの根元を持っている人間がいた。その人間は右腕を金属に変えている。

 

「―――やれやれ」

 

 そう言った男性は狼型を誰もいない場所へと投げる。

 

「……ぎ、ギルベルトさん……? そ、その腕は……」

 

 弾がわなわなと震える指をギルベルトの右腕に向ける。

 

「これですか? ISと同じようなものですよ。……まぁ、我々の機体は操縦者の腕に強さが比例するのですが―――少々、動きが鈍すぎるのではないか、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「………まさか…あなたも……」

 

 ラウラの言葉に頷いて答えるギルベルト。そして全身に装甲を纏った。

 

「さて、暴れるか」

 

 そう言ってギルベルトは割れたバリアから会場の中に入り、腰に装備されているビットを飛ばす。

 

「なんじゃ、ギルの奴、暴れるのかの?」

 

 試合中、ずっと戻ってこなかった陽子が突然そう言ったので、全員が驚いて声がした方を向く。三人は陽子―――そして髪を引っ張られて暴れる蘭の姿があった。

 

「ら、蘭!?」

「蘭ちゃん……」

「やっぱり弾の関係者じゃったか」

 

 そう言って陽子は蘭の髪を離す。

 

「……こ、これは一体―――」

「陽子様は彼らを連れて避難してください。私は悠夜様のフォローに入ります」

 

 装甲を纏ったギルベルトはそう言うと、腰のビットをさらに飛ばす。観客席に迫る〈アニマラー〉を次々と破壊していった。

 

「ということじゃ。お主ら、今すぐここを離れるぞ」

「わ、わかった。行くよ、蘭ちゃん」

「ちょっと待って。それよりも、これは―――」

「そんなの後! 今はここから逃げないと!」

 

 数馬は蘭の手を引いて無理やり移動させる。しかし弾はその場に留まっていた。

 

「―――悔しいか?」

 

 問いかけるように陽子が言った。弾は最初、何を言いたいのかがわからなかったが、次第に理解を始める。

 

「じゃがまぁ、人はあまり力を持たぬ方が良いとは思うがのう」

「……でも、俺だって悠夜さんみたいに力があれば、妹を説得できたりジジイを黙らせることだって―――」

「いや、そこまで必要ないじゃろう」

 

 陽子が弾の言葉をバッサリと切った。

 

「考えてもみよ。悠夜のように力を持ってしまえば、それこそ必然的に自分が立ち回らなくてはいけないじゃろう。今みたいのう」

 

 弾は改めて悠夜とその敵であり、自身を「優勝者」と名乗った零夜を見る。二人は剣で打ち合い、そしてそれぞれの射撃兵装で攻撃し、また切り結ぶ。同じような戦い方をしているように見えるが、端々から高度な戦闘を行っていた。

 

「じゃから、持つなら身相応のみにすれば良い」

「……そう、ですね」

 

 そう呟いた弾は、数馬達の後を追うように先に進む。その後ろ姿を見ていた陽子は小さく呟いた。

 

「そう。人はあまり力を持たぬ方が良いんじゃよ。持てばその者の未来が狂う。ワシが夫を殺されたようにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜と零夜の戦いは時が経つたびに激しくなっていた。ほとんど同レベルの戦いが繰り広げられているからだろう、〈アニマラー〉も徐々に二人から逃げるようになる。

 

「どうしたよ、兄さん! もっと激しく打ち合おうよ!」

「う、るせぇえええ!!」

 

 ダークカリバー振り、零夜の剣を弾こうとする悠夜。だが突如、零夜の剣が形を変わり、刀身が90度に曲がる。

 

「くっ―――」

「―――こっちだよ」

 

 すると零夜は悠夜の後ろに現れ、自身の剣を振り下ろした。スラスターの一部が破壊され、黒鋼の飛行状況に影響する。

 

「悠夜!」

 

 その姿を見ていてもたっていもいられなくなったのか、一夏は飛び出した。しかし、〈アニマラー〉が妨害し、一夏は助けに行くことができない。

 

「無様だねぇ、兄さん。自分よりも格下なアレに心配なんかされて」

「………」

「父さんやお祖母ちゃんみたいに好き勝手やって、その結果、真の英雄になった。どうだった? 次期王の座は約束され、挙句好きな時に女をとっかえひっかえできて、挙句都合が悪くなればすべて忘れることができるなんて、そんなの不公平じゃん」

 

 そう吐き捨てた零夜。彼の剣に水が走り始める。

 

「だけど僕は、あなたの代わりに何もかも背負わされた。裏に生きることを強いられた。おかげでもう、何人殺したか覚えていないよ。ほら、不公平だ。同じ王族なのに、何なのこの差。あなたはそこに転がっている屑を大層恨んでいるみたいだけど、僕にしてみればあなたたち二人は変わら―――ない!」

 

 零夜―――そして〈紫水〉の姿が消えた。

 しかし悠夜は焦ることなく、両手に《アイアンマッハ》を握る。

 

「無駄ぁ!」

 

 下から目にも止まらぬ速さで切り上げる零夜。一瞬にして《アイアンマッハ》は破壊される。

 

「遅い!」

 

 繰り出されたのは武術だった。そしてそれだけで動きが封じられる。

 

(………ああ、もう)

 

 悠夜は次第にじれったくなる。今まで強者だったはずの自分が、圧倒的な差を見せつけられ始めたのだ。

 

「―――もう、いいや」

 

 戦闘態勢を解いた悠夜。零夜はそれを見て急停止した。

 

「一体、どういうつもりだい?」

「―――こういうつもりだよ」

 

 そう言って悠夜は〈紫水〉の胸部装甲に黒い球体をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い煙の中からまず最初に現れたのは、零夜と〈紫水〉だった。

 所々損傷しているが、戦闘に支障をきたしているほどではない。

 

「まさか、あそこまでの力を付けていたとは……」

 

 だが零夜は笑みを浮かべていた。

 続いて黒鋼が飛行形態で姿を現し、〈紫水〉に突貫する。それを零夜は避けると〈黒鋼〉はすぐに180度回頭して突貫した。

 

「また突貫―――」

 

 今度は避けない零夜。そして〈黒鋼〉の先端に取り付けられている銃にぶつかる瞬間、彼の姿は消えた。

 

 ―――クォオオオオオオオオオオオ

 

 〈紫水〉のスラスターから唸り声が上がる。それが聞こえた悠夜は人型に戻り、ダークカリバーを展開して後ろに向くと、高速移動してきた〈紫水〉が振るう剣と切り結んだ。

 

「流石、僕の「デュランダル」と同性能の剣だ」

「なるほどね。つまりそれは最初からテメェの能力を付与することを前提に作られたってわけか」

「ダークカリバーも同じようなものだよ」

「だったら試してみるしかねぇよなぁ!!」

 

 するとダークカリバーが黒く光り、悠夜は零夜を蹴ってその場で回転して剣戟を飛ばした。

 それを零夜はデュランダルで叩き落とし、どこからともなく水を両肩に一つずつ顕現して氷を飛ばした。

 

「―――水の操作ってのは、こうするのか?」

 

 悠夜は左手を出して水の鞭を複数展開し、その場で回転させて氷を破壊していく。

 

「さっすが兄さん! 使えない同僚と違って楽しませてくれる!」

「それはこっちのセリフだ。力を使っても退屈しないなんて中々だ」

 

 互いを賞賛し、どちらも喜びを見せ、二人は笑う。

 もうどちらも、指揮も任務も放り出していた。悠夜はセシリアが暴走し始めた時から、零夜は悠夜と戦い始めたことから、どちらもただ、自分と能力が拮抗する相手と楽しみたくなっている。

 

 ―――だからこそ、二人は自分たちがISを使用していることに不満を持ち始めていた

 

「ねぇ、兄さん」

「あ?」

「もう、本気出すよ」

 

 そう言って零夜はドームに雷を落とした。

 その閃光は〈アニマラー〉を巻き込み、さらに一夏と箒、ジアンを穿った。

 

「さぁ、兄さんも本気出してよ。ISなのは仕方がないにしても、能力は使えるんでしょう?」

「………そうだな」

 

 悠夜は前方に左腕を出し、装甲の上から黒い球体を出した。

 

「―――グランドストライク」

 

 そう言うと黒い球が一直線に零夜の方へと走る。しかし零夜は当たる寸前に姿を消し、その黒い球体は誰もいない観客席を守るバリアにぶつかる。するとどうしたことか、その黒い球体にバリアや椅子などが吸い込まれていった。

 

「……流石は兄さんだよ。じゃあ、こっちも―――」

 

 どこからともなく水が現れ、周囲に飛び散る。すると辺り一面から機関銃や大砲などが精製され、それらが悠夜に向かって氷を飛ばし始めた。

 悠夜はサードアイを起動し、解析と回避を行いつつセシリアの姿を探した。〈サイレント・ゼフィルス〉共々姿を消している。そして今度は一夏と箒を探すと、少なからずダメージを受けている様子だがまだ動けるようだと判断した悠夜はすぐさま指示を出した。

 

「織斑、篠ノ之、今すぐオルコットの支援に行け!」

「え!?」

「待て! オルコットは外に行ったようだぞ! それにこの数では―――くっ!」

 

 そう言いながら箒は二本のブレードで〈アニマラー〉を一体破壊した。

 

「道なら俺が作ってやる。ただしあくまで支援だけだ。技量は、向こうが、上だからな!」

 

 ダークカリバーでいくつかの氷弾を破壊し、回避しながら二人に指示を送る悠夜。

 

「つまりは、オルコットを連れ戻して来いってことだ! 本来なら容赦なく再起不能にできる俺が行くべきなんだが、生憎俺の敵は強すぎるでな! 手持無沙汰のテメェらに任せる」

「悠夜……わかった! 行くぞ箒!」

「……ああ、だが―――」

「良いから、篠ノ之、臨海学校の時みたいに織斑を乗せて全力で飛べ! 離脱したら展開装甲は閉じて絢爛舞踏で織斑と自分を回復しつつ、オルコットの所に向かえ! 回収したらすぐに離脱だ! 下手に交戦したら殺す」

 

 指示に従い、箒はすぐに織斑を掴んで展開装甲を最大出力で展開し、〈アニマラー〉を引き離そうとする。だが中には飛行系の物もおり、それらは〈紅椿〉に追随できる能力を持っているようだ。

 それを見た悠夜は口で黒い球体を作り、〈紅椿〉のほとんどすぐ後ろにいる鳥型にぶつけた。

 さらに〈紅椿〉を追う他の〈アニマラー〉をも呑み込み、破壊していく。

 

「仲間を助けるために力を使うか。わからないね。更識簪やラウラ・ボーデヴィッヒにならともかく、どうしてあんな三流スナイパーを助けるか」

「別にあの程度の雑魚なんざ見捨ててもいいんだがな。どうせ死ぬなら、圧倒的な敗北感を味わってから死んでもらいたい」

「つまり僕に殺せと?」

「それも面白そうだな」

 

 そう言って悠夜は再び、残った面々に指示した。

 

「―――各機に通達。全員撤退せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全員撤退せよ』

 

 その言葉を聞いた簪はすぐさま荒鋼の全射撃兵装を展開し、低出力だが同時射撃を行って離脱する。

 鈴音やラウラは身近にいた機体のみを撃破し、近くにいる僚機と共に下がり始める。シャルロットやフォルテと言った他の面々もともかくそれに従って同じように退避した。

 だが一人、更識楯無だけは観客席に残っている。

 

(―――やはりいたわね)

 

 彼女の周りには観客はおらず、ただ一人、場違いと言いたくなるほどのスパンコールドレスを身に纏った女性だけである。

 視認した瞬間、すぐに仕掛ける楯無。だがスコールに彼女が使用する蛇腹剣《ラスティー・ネイル》は届かなかった。空中で弾き飛ばされたのだ。

 

「無駄よ、あなたではこの繭は突破できないわ」

「だからと言って、諦める私じゃないの」

「―――そう」

 

 スコールは人差し指を操作する。すると観客席から火柱が上がり、楯無は少し距離を取った。

 

「それにしても、ヴァダーの血族でありながらISを使わなければ水を操作できないあなたが来るなんて、私も随分と舐められたようね」

「……どういうことかしら?」

「あなたの妹さんなら、私を倒せる可能性があったのに―――ってことよ」

 

 そう言ってスコールは槍を展開し、その場から消えた。

 

(一体どこ―――)

 

 〈ミステリアス・レイディ〉のハイパーセンサーから上部からの接近が警告されるが、遅かった。

 楯無はギリギリのところで回避するもほとんどまともに食らい、絶対防御が発動してシールドエネルギーが発動する。

 

「さようなら」

 

 そう言って穂先を楯無に向け、刺そうとした瞬間、スコールはその場から下がった。数秒遅れ、先程までスコールがいた場所が抉られる。

 

「―――まったく、見てられません」

 

 聞き覚えがある声。楯無は視線をその声がした方に移動すると、呆れ顔をしながらジャマダハルに風を纏わせているミアの姿があった。

 

「……あなた、どうして……」

「どこかの馬鹿が力を持たないくせにヤバい相手に接近していたので、割り込んだんです。アル、コウ」

「命令すんな!」

 

 スコールの後ろから黒い機体が現れる。近接ブレードを振り下ろしたその機体は攻撃を繭に防がれた―――が、すぐに氷の矢が連続で襲う。だがそれも一瞬で溶かされたが、水となったそれらは繭の上から黒い機体ごとバリアを張ってスコールを閉じ込めた。

 黒い機体は一瞬でミアの前に転移する。

 

「一丁上がり!」

「油断するな、コウ。相手はミューゼル最強の能力者だ」

「いちいちうるせぇ!」

 

 コウと呼ばれた黒い機体は隣に現れた水色の機体にそう叫んだ。

 

「―――その男の言う通りよ。閉じ込めた程度で図に乗らないでね、坊やたち」

 

 金の繭が歪み始めた。そして棘を作り出して水のバリアを破壊する。

 

「やはり無理か」

「だったら殴って再起不能にすればいいだろ!」

「……それができれば苦労はしないんだけど―――」

 

 コウの言葉に内心呆れながらどうしようかと考えているミア。

 

 ―――バリンッ! ドンッ!!

 

 そんな彼女の思考を遮るように、バリアが破壊され、何かが観客席に突っ込んでいく。

 煙が晴れ、機体の所々が損傷している〈黒鋼〉が姿を現した。

 

「ユウ様!?」

 

 痛々しい姿になった悠夜を見たミアは悲鳴に近い声を上げる。コウとアルの二人は病気が始まると身構えたが、それよりも先に上から声がした。

 

「―――よく持った方だと思うけど、やっぱり弱くなったよ、兄さん」

「……レイ様」

「久しぶり、ミア」

 

 ミアの姿を見つけた零夜は手を振る。そして自分の仲間を見つけて言った。

 

「もう帰ろう。本来の目的も果たせたみたいだし、これ以上は興が冷めるだけだ」

「……そうね。Tは?」

「既にここから離れてるみたいだよ。周りを撤退させるからどんな大技を出すかと思ったけど、単なるハッタリみたい」

「そう」

 

 スコールは全身にIS〈ゴールデン・ドーン〉を展開して飛翔し、零夜の〈紫水〉と共にその場を後にするはずだった。

 

「………クフフフフフフフ」

 

 悠夜から不気味な笑いが響く。それに不快な思いをした零夜はデュランダルを展開して止めを刺そうとした瞬間、《デストロイ》の方向が展開した。

 

「―――デストロ・レイ」

 

 悠夜の言葉に呼応するかのように黒い球体が二つ精製され、そこから無数のビームが歪曲しながら発射された。

 

「―――なっ!?」

 

 零夜は驚きを露わにした。さっきまで虫の息だった悠夜が全力時の攻撃と遜色ないビームを放ったからだ。

 それらはすべてパターンを変え、最終的に零夜に向かってくる。さらに、直線的に野太くなったビームが零夜に向かって飛んできた。

 さらにビットが射出され、荷電粒子砲が起動し、《フレアマッハ》からビームが放たれる。

 そしてそれらの前に黒い靄が発生して阻害するはずが、零夜にも同じように近くに靄が発生してビームが放たれたや砲弾が飛んできたのだ。

 零夜はすぐに〈紫水〉から〈リヴァイアサン〉に塗り替えるように切り替え、スコールを掴んで離脱した。

 

「―――ちっ」

 

 逃がしたことに舌打ちした悠夜。ミアはそんな彼に声をかけようとしたが、同じように黒い靄を展開したアルとコウにつかまって無理やりその靄の中へと入っていく。

 その場に残された楯無と悠夜。悠夜は瓦礫を蹴り飛ばすが、勢いに任せているわけではないのか破壊することはなかった。

 

「………えっと、悠夜君?」

「何だ?」

「その、大丈夫?」

 

 悠夜は「…ああ」と答えてため息を吐いた。これから自分が行おうとしていることに嫌悪感を抱いているからである。




ということで、結局は逃げられたとさ。
あ、はい。すみません。ぶっちゃけ悠夜と零夜は拮抗しているので、大体こんな感じになるかと。


※キャラ・機体紹介

「桂間零夜」
自称「悠夜の弟」。亡国機業内でのコードネームは「0」。四神機の一体〈リヴァイアサン〉の使い手であり、第二回SRs優勝者。実は数馬がトーナメントで負けた相手でもあるが、本人は既に忘れている。


〈紫水〉(しすい)
闇落ちさせられた三代目の闇落ち機体の赤いパターンが紫に変更された機体。〈黒鋼〉とは違って最初から零夜の能力を行使することを前提に作られたもの。分身能力を有している。他にも様々なアビリティが装備されているとかされていないとか。




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#121 襲撃後はまったりと

 広い空間の中央に二人の少年と一人の少女が跪いていた。

 それを見下ろすように、男性―――サーバスと付き添うようにリアがいる。

 

「なるほど。話は理解した」

 

 そう言ってサーバスは空中投影ディスプレイを消す。先程まで、少年―――アルの報告書を読んでいたのである。

 

「そんな事情なら仕方がない。すまなかったな、あの馬鹿が余計なことをして」

「いえ。任務に妨害はつきものですから」

 

 アルがそう言うと、サーバスはため息を吐く。

 

「とはいえ、あの女を捕えられなかったのはかなり痛手だ」

「……それほど、彼女が知る情報は貴重なのですか?」

 

 コウからの質問にサーバスは肯定の意を示す。

 

「まぁな。元々、あの一族は四元属家の中で一番の武闘派だ。亡国機業を設立していたのは前々から知っていたが、もっと面倒なことに手に入れておきたい物があの一族の手に渡っている。どうしてもその情報は聞き出したかったが、向こうに零夜がいる以上、今回の事態も予想はしていた………しかし」

 

 途端にサーバスは噴き出した。

 

「どうしました?」

「いや、よく我慢したなと思って」

 

 サーバスの目がミアに向けられた。

 

「不都合でしたか? 何でしたら今すぐ出て行きますが?」

 

 平静を装っているミアだが、おそらく彼女に尻尾があれば勢いよく左右に移動しているだろう。それほどまで、彼女の周囲に漂う風は慌ただしかった。

 

「それは困る。こちらとしても、あのいい歳して無駄にハイテンションなオッサンの予言は無視できないのでね」

 

 聞かれれば間違いなく余計な茶々を入れられそうなことを平然と吐いたサーバス。彼はリアに尋ねた。

 

「〈夜叉〉の整備はどうだ?」

「ほぼ概ね完了しているようです」

 

 その質問を聞いたアル、コウは慌て始めた。

 

「待ってください。まさか、出るおつもりですか!?」

「そうですよ! IS相手にわざわざ出る必要はないですって!!」

「ISの相手をするなら、な。それにそろそろ、私の実力を疑う者も出始めているだろう」

 

 レヴェルにいる人間は、様々だ。

 栄養失調などの病気持ち。そして遺伝子強化素体や精神崩壊者など、裏の人間が多く存在する。その内の一人にはシャルロットの母親もいた。彼女は療養中であり、徐々に回復へと向かっていた。

 さらに付け足せば、ISによって軍を追われることになった人間も数多く匿われている。だがその中には、サーバスが本当に自分たちの主となりえる存在か疑う声もあった。

 

「それにだ。今度の相手は上級では対応しきれない。なにせ相手は四神機―――ルシフェリオンだ。だが今の機体が出せるのは、4割が精々だ。あらかじめ、それ以上の出力は出さないように設定されているからな。だがあのいい加減な男は予言では嘘や冗談は言わない。となれば―――あの娘が近日中に死ぬだろう」

「………そこまで予想して、あなたは何の対策も講じないのですか?」

 

 ミアの言葉にリアは睨みつける。隣にいるコウも止めようとするが、それを遮るようにサーバスは言った。

 

「本当なら一つや二つするべきなんだろうが、事が事だ。それに、あの男の能力はその配下である君がよく知っているだろう?」

「………それは……そうですが……」

「だからまだ、君の力が必要なんだ、ミア・ガンヘルド。IS学園にいる三人の巫女はおそらく、彼を封じる手立てを知らない。それを知るのは唯一君だけだ」

 

 サーバスは玉座から立ち、階段を下りてミアの前に立つ。

 

「サーバス様! 確かに彼女の言い分は―――」

「大丈夫だ」

 

 弁明しようとするアルを止めたサーバスは、睨みつけるミアと視線を合わせるためにしゃがんだ。

 

「君がまだ、あの不出来のような弟に忠誠を誓ってくれているなら、どうか私に協力してほしい」

「………ズルいですね、あなたは」

「なんとでも言ってくれても構わない。確かに私はズルい大人だ」

 

 そう言って立ち上がったサーバスはただ一言、言った。

 

「だが私の目的は、世界を捨ててこの道を進んだ時と何ら変わっていないさ」

「……そうですか。安直でしょうが、あなたのその言葉だけは信じましょう。ですが、私の主はユウ様ただ一人です!」

「……結構だ」

 

 ミアは立ち上がりその部屋を出て行く。ほぼ同時にサーバスの後ろのリアが着地した。

 

「申し訳ございません、サーバス様。ミアにはよく言っておきます」

「いや、それには及ばない。元々私には継承権もなければ、本来ならこうして誰かを指揮する権利すらない男なのだから」

 

 その言葉に反応したアルは立ち上がり、否定した。

 

「そんな事はありません! 今のレヴェルを一先進国と同等に渡り合える存在にしたのはサーバス様です! 確かに、弟君の能力は優れていますが、だからと言ってあなた様が劣っているなどとは到底思えません!」

「そうですよ! それに、俺……じゃなくて、僕たちを救ってくれたのは他にもないサーバス様ですよ! 確かに一部、サーバス様に対して疑いを持つ者もいますが、そんなのは腕に自信がある者だけです! 何でしたら、今すぐその不穏分子を狩ってきます」

 

 続いてコウも立ち上がってそう言うと、サーバスは噴き出して思った。

 

 ―――やっぱり自分は、恵まれている、と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その空間はさしずめ、ワイン保管庫だった。

 レンガに囲まれた地下の中央には金色の鞘が保管されており、鞘は電気が必要だと思わせないほど輝きを放って辺りを照らしている。

 その鞘を見ていた男性はため息を吐いた。

 

(まったく。姉さんが珍しく焦るから何か起こったかと思ったけど、いつも通りじゃないか)

 

 鎖に繋がれているその鞘の周囲に強固な結界が張られている。本来なら結界は外部からの襲撃に備えるのだが、どちらかと言えば内部からの攻撃を外部に漏らさない仕様の結界を張られていた。

 その鞘こそ、実はサーバスが探している物である。そして男性―――クラウド・ミューゼルはその番をしている。

 クラウドはスコールの年の離れた弟だ。

 両親はスコールを授かってしばらくして忙しくなり、中々そういった行為をする時間が取れず、ある休暇の日にした時に妊娠が発覚。40代でできた子供が彼だった。そのため、スコールとクラウドの年齢は20近くも離れていた。

 そのクラウドは亡国機業の二代目ボスであり、常に自分の仕事をしつつ金色の鞘の監視も行っている。鞘を見るのはたいてい半年に1回ぐらいだが、今回は姉のお願い(というよりも命令)でこうして様子を見に来たのである。

 輝きもいつもと変わらない。愛しの娘と連絡を取ろうにも姉のせいでたまの休みすらほとんど会えない彼は内心辟易していたので、大したチェックもせずに階段を上る。

 だがその鞘の変化を感じることは、クラウドだけではなくミューゼルの一族―――いや、四元属家の人間にはできない芸当だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「―――一夏(さん)、お誕生日おめでとう!!」」」

 

 織斑邸ではそんな声が聞こえ、人数は箒にシャルロット、そして蘭という三人に一夏は誕生日を祝ってもらっていた。本来ならそこに悠夜たちがいる(と一夏が勝手に思っている)はずなのだが、悠夜らは事情聴取の関係上で欠席。セシリアは来る予定だったが、腕を貫通しているので一日入院を余儀なくされた。具体的に言えば、無理にでも出るとわがままを言った生徒にとある養護教諭が意識を刈り取ったのだが、ここにいるメンツはそれを知らない。

 弾と数馬もそれぞれ別の用事があるということで誕生日プレゼントである「SRs」のプレイソフト(中古)を渡された。ちなみにそれは本来なら専用の機器がいるのだが、二人はそれを渡していなかった。それもそのはず、中身はまったくの別物だからだ。そしてそれはパソコンでできるという嘘を教えていて、中身はAVやらエロ画像で溢れていて、さらに「初心者の恋愛」というわけがわからない動画すらも入っている。

 本来ならこの誕生会すらも開催されることはないはずだったのだが、とある人物の口添えもあってこうして催されることになったのだ。

 

「あ、あの、一夏さん! け、ケーキを焼いてきたので食べてください!」

 

 そう言って蘭は一夏の前に自作ケーキを差し出す。定番の生クリームケーキであり、等間隔に苺が配置されていて、真ん中には「一夏さん 誕生日おめでとう」とチョコ板にホワイトチョコで書かれたものが置かれていた。

 

「ありがとう、蘭。今日はどうだった? って言っても途中で大変なことになったけどよ」

「は、はい! あの、かっこよかったです! あ……ケーキを、どうぞ」

 

 蘭はケーキを切り分け、皿に移したものを一夏に渡す。一夏は礼を言って口に入れる。

 

「うまいな!」

「そ、そうですか? ありがとうございます」

 

 そう言いながら蘭は箒とシャルロットにも渡す。箒に渡す時に二人の間に火花が散ったのをシャルロットは見逃さなかった。

 

「一夏。これをやろう」

 

 箒は隠すようにして置いていた大きな包みを渡した。

 

「箒、これって?」

「本来なら「開けてみろ」というつもりなのだがな、それはケーキを食べてからの方がいい」

「わかった。そうするよ」

 

 一夏はそれをソファーの上に置いた。

 

「次は僕だね」

 

 シャルロットはそう言って箒の物とは比べ物にならないほど小さい物を渡した。

 

「開けていいか?」

「うん、いいよ」

 

 許可をもらった一夏は箱を開ける。中からもう一つ箱が出てきて、その箱を開けると時計が出てきた。

 

「と、時計?」

「うん。白式の待機状態の白に合わせてゴールドホワイトにしてみたんだ。着けてみてよ」

「わかった」

 

 一夏はすぐに時計を付ける。シャルロットの予想通り、蘭や箒も頷くほどマッチしていた。

 この時計はフルスペック時計であり、現在の気温から湿度、天気、最新ニュースまで見れたりする。横にボタンが付いていて、それを押せば空中投影ディスプレイが起動する。さらに電池は最新型の空気電池と太陽光発電、体温発電機能まで付いている優れもの―――なのだが、実は悠夜は投影キーボード機能と相互通信機能もある眼鏡を持っていて、最近わかったことだが悠夜の眼鏡は牛乳瓶の底のようなだけでなく普通のおしゃれ用にも近いタイプに変化することができるのだ。

 つまり悠夜の眼鏡は戦術組み立てにも使えるのだが、彼は別個に黒い腕時計を持っていた。それも一夏が渡された物をはるかに超える性能を持っている物である。

 

「シャルも誕生日を教えてくれよな。絶対にお返しするから」

「うん。その時はよろしく」

 

 すると一夏は、蘭がいるというのに今日のことを話題に出した。

 

「しかし今日は参ったな。何が目的で襲撃したんだ、アイツら」

「……一夏」

 

 諫めるようにシャルロットがそう言うと、蘭の存在に気付いた一夏は焦りを見せる。

 

「い、いえ。大丈夫です。絶対に黙っておきますから」

「そういうわけにいくまい。そもそも、今回のことも機密扱いになっている」

「う……」

 

 そのことを思い出した一夏は目を逸らす。

 

「気になるといえば、そう言えば家出しているお兄が何故かあの会場にいたんですよ。数馬さんと一緒に」

「え!?」

 

 一夏は驚きを露わにした。家出もそうだが、何より数馬がISの行事に興味を示すなんて思わなかったのである。

 弾がたまたま買った雑誌に付いている女性の水着姿を無視して、勉強か趣味に没頭する奴―――そんなイメージを持っているからである。

 

「そう言えば最近、数馬さんったらお兄をSRsってゲームに誘うんですよ。夏休み前にゲーム大会で負けたからってみっともなく悔しがって……たかがゲームなのに」

「………まぁ、本人も頑張ってるし……」

「でも所詮はゲームなんですよ。大体、どんなに努力したって報われないものは報われないし」

 

 シャルロットはそれを聞いて苦笑いをしていた。

 

「……それに、お兄は私のIS学園行きを邪魔してくるんですよ」

「………まだ、弾は反対なのか?」

 

 ある程度、事情を知っている一夏はそう尋ねる。

 

「というよりも、まだ帰ってこないんです。まったく、変な人とつるんだら家に迷惑がかかるってわからないのかしら」

 

 ため息を吐いた蘭。一夏は名案と言わんばかりに提案した。

 

「じゃあ、俺が説得してやるよ」

「一夏さん!? ……でも、場所なんて知らないし……」

「だったら、電話で聞けばいいんだ。ちょっとしてくる」

 

 そう言って一夏はリビングを出て行った。シャルロットは蘭に話しかける。

 

「ねぇ、蘭ちゃん。どうしてIS学園に行きたいの?」

「…それは、一夏さんが―――」

「一夏がいる、以外で理由はある?」

 

 シャルロットのその言葉に蘭は口を閉ざしてしまった。

 彼女にはそれ以外の理由はない。そもそも蘭がIS学園に行こうと思ったのは、一夏が女子と同棲もとい同居をしていると聞いて反射的に答えたものだ。筆記では多少勉強すれば一般科目は問題ないレベルだと自負しているし、多少努力すれば自分の頭で合格できると思っている。

 

「……悪いことは言わないけど、IS学園に言って何かをしたい……そんな考えとかがないならIS学園に行かない方が良いよ」

「………行く行かないなんて、私の自由です」

「………では、一夏が他の女に取られたらどうする?」

 

 箒の言葉に蘭は驚く。

 箒もあの時、レゾナンスにいた一人だ。蘭は(勝手に)自分の仲間になってくれると思っていたが、箒は一層厳しい顔をしていた。

 

「正直に言うが、私は元々IS学園に行く予定なんてなかった。私の姓を知っているなら予想していたと思うが、私は篠ノ之束の妹だ。こう言っては聞こえは悪いだろうが、私はIS学園には強制的に入学させられた。シャルロットもそうだ。詳細は私も知らないが、彼女も望んでIS学園に入ったわけではない。リゼット・デュノアの演説は覚えているか?」

「はい。同い年なのに、たくさんの大人に囲まれて物怖じもせず、凄いなってあの時は学校でも騒ぎになってました」

「あの少女は、桂木悠夜のことが好きらしい」

 

 蘭は言葉を失ってしまった。

 

「……あ、あの、ですか?」

「世間一般でどんな評価をされているのか知らないが、あの男が本気になれば、日本……いや、アメリカや中国、ロシアのような大国を落とすのは容易かもしれない」

「………まぁ、元々面倒見がいいって話だし。聞けば、「あれは手加減していますわね。あの方が大会で本気を出した時、地球の半分が再起不能と思わせるほど消滅していましたわ」ってリゼットが言ってた」

 

 ここに来る前にリゼットと話をしていたシャルロットはふと、そんなことを言っていたことを思い出しながら言った。

 

「え? あの人と知り合いなんですか?」

「義理の妹。その辺りの事情は複雑なんだけど、聞く?」

「い、いいです!」

 

 両手を振って断る蘭。するとちょうどタイミングよく、一夏が顔を出す。

 

「悪い、三人とも。なんか電波が悪くてつながらないみたいだ。ちょっと外に出てくるついでに飲み物を買ってくるけど」

「一夏は今日の主役だろう? それならば私がするが?」

「いいって。あんまりやらせすぎると良心が痛むし、それくらいするって」

「………わかった。ではお言葉に甘えよう。だが、せめて支払ぐらいはさせてくれ」

 

 箒の言葉に二人も頷く。一夏はそのことに関しては少し迷ったが、ここで断っても余計にややこしくなると思って了承した。いや、この場合、なにやらそんな予感を感じたのである。

 

「わかった。じゃあ、ちょっと行ってくる」

 

 一夏は外に出て近くにあるであろう自販機を探しに外に出る。

 まだ彼は知らなかった。弾だけじゃない、数馬までもが一夏の携帯を着信拒否しているのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女はそれらを見て圧巻した……のだが、それもほんの少しだけだった。

 それよりもすることを理解した少女は、自身の手を機械に変えて台車を用意し、自称だが自分の親を名乗る女性を運ぶ。

 

(……また、変なことをして……)

 

 だが本音を言えば、あの大軍をどうするつもりなのか疑問が尽きない。さっきまで歓声を上げていたというのに、今は打って変わって眠りこけている女性のことだから、またIS学園を襲撃するつもりなのだろう。

 

 少女が女性に拾われたのは、女性の気まぐれだろう。

 その女性は大人と言うより体だけが成長した子供だが、任務に失敗し、不満のはけ口として男たちに酷いことをされそうな時に自分がいた施設が襲撃され、男たちを結果的に殺してくれたことには感謝しているが、未だに女性が何を考えているのか理解できないのだ。

 だが、少女は今何をするべきかだけは理解していた。

 

 少女は女性が身に着けている物をすべて剥ぎ、洗濯が可能なものは洗濯機に入れてスイッチを入れる。それが無理なものは壊れない場所において、女性の風呂に入れた。




ということで、今話を以て第6章は終了となります。第4章以来の10話代での終了です。まぁ、元々原作も少ないし、引き延ばすことなんてそこまでないし。

え? まだ終わっていないことがある? ………さぁ? 何のことやら。


どうでもいい話かもしれませんが、いつも私はyoutubeで音楽を聞きながら作業をするタイプなんですが、そこで気になる動画を見つけましてね………今はOG外伝を終わらせるべきか、先にPS3を買ってムーンデュエラーズを買うかで迷っています。
―――私、聞いてない! バウンティーハンターが出てくるなんて聞いてないよぉ!! しかも魔装機神の第二章の前が第2次OG関わってるってのも聞いてないよぉ!! どーりで魔装機神組が公式サイトの一番前にいるわけだよ! 特にマサキなんて散々出ているんだから必要ないだろうに。

以上。某中古ショップでⅠとⅡのセットが950円だったので買ってしまったreizenの愚痴でした(笑)






ここからは、次章予告


度重なる襲撃を受けるIS学園。IS委員会が頭を悩ましている間にとある少年は楯無の元に現れて堂々と言った。

「学園の部隊の能力を上げるんだろう? だったら、すべて俺に任せろ」

そう宣言した悠夜。だが彼の計画はある行事によって破綻することになった。

 ―――専用機持ちタッグトーナメントによって

自称策士は自重しない 第7章

「そして策士の目は醒める」

 ―――すべてを……思い出した……俺がどういう存在か、そして、この世界がどれだけ小さいか





PS3を買うか、PS4を買うか、スパロボVも買いたいからVitaも買いたいなぁ。
Zとかのシリーズものになると、最初からいるからおまけ感が強くなっていくけど、Vならストーリー丸ごと楽しめるからなぁ……


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第7章 そして策士の目は醒める
#122 大きな亀裂


投稿したから、おやすみなさい!


 自分の誕生日を祝われていた一夏はひょんなことから外に出て自販機の方に移動していた。

 

「……繋がらないな」

 

 疑問に思いつつも、一夏はかけ続ける。しばらくして自販機を見つけたところで、何を買おうとしたのか聞くのを忘れたことを思い出した。

 

(……まぁいいや)

 

 適当に彼女らが欲しがりそうなものを選ぼうとすると、一夏は誰かに見られている気配を感じた。

 一夏が自分に気付いたからか、向こうは一歩踏み出して姿を現す。

 

 ―――え?

 

 自分の手から財布が落ちる。何故なら、その気配を持った存在はあまりにも―――織斑千冬にそっくりだったからだ。

 

「……ち、千冬姉?」

 

 だがすぐに一夏はそれを否定する。

 その少女の顔は自身の姉よりも10歳くらい若い―――それこそ、自分と同じくらいの時の姉だと気付いたからだ。

 

「いや。私はお前だ、織斑一夏」

「な、なに……?」

「今日は世話になったな」

 

 その言葉で、一夏が思い出したのはキャノンボール・ファストだった。

 

「お前、もしかして〈サイレント・ゼフィルス〉の―――」

「そうだ。そして私は「織斑マドカ」だ」

 

 一夏にはその名前に聞き覚えがなかった。そのこともそうだが、何より彼を驚かせるのは、彼女の容姿だろう。

 その間、マドカはH&K USPを抜き、銃口を向けた。

 

「私が私たるために……お前の命をもらう」

 

 乾いた銃声が周囲に鳴り響く。それが一直線に向かって飛ぶ―――が、

 

 ―――銃弾がその回転力を生かした状態で空中に制止した

 

「……え?」

 

 自分が意識を保ったままであることに気付いた一夏は、その状況を見て混乱した。

 

「……なん……だと……」

 

 マドカもその状況に混乱する。

 

「どこにいる! でてこい!」

 

 そして一夏から視線を外して叫ぶと、彼女の上と前後から水柱が飛んできた。

 それをマドカは最小限の動きで回避。そして、マドカを驚かせた人物も驚きを露わにした。

 

 ―――彼女の手に黒い球体が精製されたのだ

 

 それを一夏に向けて発射したマドカ。一夏は動けず立ち尽くしていると、急に体勢を崩された。

 

「ら、ラウラ!?」

「気安く呼ぶな」

 

 そう言ってラウラは一夏を左に捨て、容赦なくグロッグを抜いて発砲した。

 だがマドカは〈サイレント・ゼフィルス〉の右腕部を展開して防ぐ。

 

「まずは貴様からだ、遺伝子強化素体(アドヴァンスド)!!」

 

 マニピュレーターの上から黒い球体を精製し、分割して撃つ。だが、ラウラに届く前に早く別の黒い球体がラウラの前に着地するや否や爆走。分割して現れた線を飲み込みつつ、マドカに迫った。

 それをマドカはPICを使って上へと逃げて回避、着地する。

 

「驚いたぜ」

 

 ラウラの前に着地した悠夜はマドカを睨み、笑みを浮かべる。

 

「あの大会の時にテメェと距離が近くなってまさかと思ったけど、それ以上に使えないはずの能力を使えるとは………こいつは嬉しい誤算だ」

 

 瞬間、悠夜を中心に何かが現れ始め、景色を一変させた。

 

「……固有結界という奴か。にしても随分と古臭いな」

「そりゃあ、俺の世界を体現しているからな」

「中二病か」

「だとしても、体現できるから問題はないだろう?」

 

 悠夜の後ろから黒い翼が生える。悠夜が大地を蹴ると、先ほどまで悠夜がいた位置から少し後ろがえぐられた。おそらくラウラがいるから手を抜いたのだろう。もし誰もいないか自分が大切にしている者以外なら、容赦なく本気を出しているはずだ。

 ともかく悠夜はマドカを掴もうとしたが、その手は空を切った。

 

「馬鹿の一つ覚えで捕らえられるほど、私は弱くない」

「それはこれを受けてから言うんだな」

 

 するとマドカの足元から棘が飛び出す。ギリギリで回避するマドカだが、もう少し遅ければ間違いなく串刺しにされていただろう。

 

(こいつは、相手を殺すことに躊躇いはないのか?!)

 

 普通、表の世界で育った者なら、他人を殺すことに対して躊躇いを覚える。だがさっきから悠夜はマドカに対して当たれば死ぬ攻撃を連続していた出していた。マドカは「どれだけ強かろうが、向こうは自分を殺せない」と思っていたが―――

 

(これは、評価を改め―――)

 

 ―――ゴッッ!!

 

 鈍い音がマドカのISから鳴る。同時にマドカの体は吹き飛び、突き当りの壁に激突しそうになった。急停止して止まるマドカに相殺しきれなかった重力が襲う。

 

「―――とりあえずテメェには知る限りの構成員をすべて話してもらおうか」

「……舐めるな!」

 

 マドカの姿が消え、悠夜は四方からレーザーが襲った。

 

(……呆気ないもの―――!??!)

 

 ―――ありえない

 

 彼女の思考がそんな考えに一気に染まる。それもそのはず、彼女の目の前であり得ないことが起こったのだ。

 確かに悠夜をレーザーで撃ち抜いた。なのに、なのにだ。悠夜は立ち上がったのである。

 立ち上がった悠夜は右手を上げる。すると雨すら降らない暗い空から、悠夜に向かって雷が落ちる。

 そして爆発的な加速をしてマドカの下に現れた右手を向けて叫ぶ。

 

「―――ダーク、スパァァァアアアアアクッッッ!!!」

 

 黒い稲妻がマドカを襲う。もしあと数瞬遅ければ、マドカは死んでいただろう。

 マドカは離脱するため、影を纏った。

 

「逃がすかよ。来い、《ディス・サイズ》!!」

 

 〈ルシフェリオン〉を展開せず、直接《ディス・サイズ》を展開し、すぐに投げる。すると《ディス・サイズ》の周囲に風が起こり、竜巻を形成し始めた。

 

(どれだけ規格外なんだ、あの男は!?)

 

 思わず涙を流しそうになるマドカ。だがすぐに異変が起こる。

 

「―――絶対零度(パーフェクト・フリーズ)

 

 途端に形成された竜巻が凍り、自由落下を始める。

 悠夜は指を鳴らしてそれを消し、マドカのさらに上にいる人影を睨む。

 

「ちっ。ダークスパークで死んどけよ」

「―――うわぁ、物騒なことを言うねぇ」

 

 おどけた声を出した零夜はマドカを掴んだ。

 

「悪いけど、この子は連れて帰らせてもらうよ」

「それは困るな。テメェとそいつ、どっちか残せ」

「……ねぇ、さっきより不良化が進んでない?」

「気のせいだ。それよりどっちか残れ」

 

 零夜を軽くあしらって命令する悠夜に対し、零夜はため息を吐いた。

 

「それはごめん。無理。じゃあね」

 

 そう言って零夜はわずかのほころびができている場所から外に出る。

 悠夜も無理だと思ったのだろう。固有結界を解除した。

 

「悠夜さん」

「簪か。悪いな。手伝わせたのに結局逃げられちまった」

「……気にしないで」

 

 別の場所で待機していた簪と合流する形になる。戦闘中に移動した先がちょうど彼女がいる地点だったのだ。

 ラウラを回収するために二人は自動販売機があった地点に戻ると、一夏とラウラが揉めているのを見つけた。

 

「悪いな、ラウラ。結局逃げられた」

「兄様!」

 

 悠夜と簪の姿を見つけたラウラは一夏から逃げるようにして悠夜に抱き着く。それを見た二人は一夏に対してジト目を向けた。

 

「織斑、事と次第によっては朝にはテメェのバラバラ死体が出来上がっているわけだが、遺言は?」

「ち、違う! 俺は何もしていない! ただ、この騒ぎは何だって聞いてただけだ!」

「あ~」

 

 ラウラを少し離した悠夜は少し考えた後に一夏に言った。

 

「事後処理」

「特別演習」

 

 悠夜に続いて簪もフォローするように言うが、一夏は納得できないと言う顔をする。

 だが悠夜もこれ以上の説明をする気はないのか、そのまま手を振りながら一足先に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………とりあえず、事情はわかったわ」

 

 IS学園の寮に戻った俺の部屋に楯無が現れた。もし俺が本音に遠慮して洗面所で着替えていなければ、鉢合わせてしていただろう。

 楯無は十蔵さんから話を聞いたらしく、それで俺に状況を聞きに来たそうだ。

 

「でも、よくわかったわね。あの〈サイレント・ゼフィルス〉の操縦者が織斑君の家族だって」

「最初に交差した時に、嗅いだことがある臭いが鼻にきたからな。自然とムカムカしてきたから、「あ、この臭いは織斑千冬だな」と」

「…………………」

 

 俺にジト目で見てくる楯無。何かマズいことでも言っただろうか?

 

「……ねぇ、悠夜君。あなたはいつも女性の臭いを嗅いでいるの?」

「何度か接近することがあったから、その時に大抵嗅ぐ羽目になる」

「……………ふーん」

 

 何でこいつは不機嫌になったんだろうか?

 

「言っておくが、俺はあの女に興味はないからな。年上は2,3歳が限度だ」

「…………」

 

 疑わしいと言わんばかりに俺を見てくる楯無。無言のプレッシャーを浴びせてくる。

 俺は妙に、あのミア・ガンヘルドを思い出した。

 

(ミアと言えば……)

 

 四神機、そして自らを俺の弟妹と名乗る二人の存在。ミアを含めれば自称奴隷が2人になってしまったが、それは敢えて割愛する。

 とはいえ、ルシフェリオンを手に入れてからというもの、俺の体がおかしくなったり変な力を使えるのには違和感を感じる。後は、臨海学校の時に手に入れたノーパソか。一度、あそこにあるデータをちゃんと見た方が良いかもしれない。

 

「だがまぁ、結局失敗か……」

「そうね……本当にへこむわ」

 

 二人でため息を吐くと、風呂から出たらしい本音が狐の着ぐるみ……ではなく、黄色いパジャマを着て髪もそのままだった。

 

「あれぇ? かいちょー、まだいたんですか~?」

「……それ、まるで私がいてはいけない言いようよね?」

「だって~これから私たち~イチャイチャするんで~」

「とか言ってるけど、実際そんなことはないからな」

 

 いっそのこと、楯無を止めて本音と一緒に寝てもらうか………二人が一緒に寝ているのを写真で取って放出したらそれなりに金を取れる可能性があるが。

 

「も~。ちょっとぐらい乗ってくれてもいいのに~」

「……………」

 

 そろそろ、本音の教育にも力を入れるべきか? そんな考えが頭に過ぎり始めているが、今は我慢だ。

 俺は心を落ち着かせるために、今はかけているルシフェリオンのプラモを取り出して器具も出す。

 

「……悠夜君、それって」

「俺の想像の集大成。でも正直、今はこいつを使う気になれない」

 

 戦う時にはノリノリになって忘れてしまうが、ルシフェリオンの力は強大だ。大会の時は優勝と高いクオリティにしか興味がなく、ただ最強の機体を作っていた。おそらく心のどこかで思っていたのだろう。「所詮、ゲーム」だと。

 初めてその強大な力を手にした時、圧倒的な能力を見せるしか興味はなかったが、今は違う……ホント、どうして戦いの時になるとノリノリになるのかわからないのだが。

 

「……悠夜君、お願いがあるの」

「……何?」

 

 作業を始めると、楯無が真剣な感じの声を漏らした。

 

「私に、あなたのように力を操る術を教えてほしいの」

 

 俺と本音はお互いに顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、俺はあの時一つ疑問があった。何故、あのババアが楯無に教えなかったのかという疑問だ。

 楯無はそもそも簪の姉。そして暗部の長でもあるのだから、技を教えればいいのに。

 

「「「―――襲われた!?」」」

 

 遠くからそんな声が聞こえたが、とりあえず俺は黙っておくことにした。

 人が悩んでいるというのに、あの馬鹿は余計な問題を増やしすぎだろ。

 キャノンボール・ファストの翌日の放課後、俺たちメタルチームは三人で夕食を摂っていた。そして昨日のことを二人に話す。ちなみに本音は生徒会の仕事があるということで今回は欠席だ。

 

「―――って、やり取りがあったんだが」

「……それは、難しいと思う」

 

 簪がそう答えたこともあり、俺も同意した。

 そもそも、楯無と簪とは境遇が違いすぎる。

 二人は暗部の長になるために育てられたと聞くが、特に楯無は厳しく育てられたそうだ。まだアニメなど二次元関連に手を出せた簪とは違い、楯無はそっち方面には染まっていないと断言してもいいだろう。

 だからこそ、能力を行使して柔軟な攻撃を編み出せる俺や簪とは違って、楯無はそこまでの柔軟性は見ている。〈ミステリアス・レイディ〉も、多分簪が使えばもっと凄いことになりそうだがな。

 

「それに、いくらお姉ちゃんが負傷して動けなかったって言っても、お姉ちゃんが持つ情報が少なすぎる」

「………確かに、な」

 

 何故かあのババアは、俺と恋愛しているのが楯無だと当たり前のように思っていた。

 はっきり言って、そのことが気になって仕方がない。昔から俺と楯無を知っていて、それで意図的にくっつけるのは………昔?

 

「………」

「兄様?」

 

 少し、おかしくないか?

 そもそも、どうして俺はたまに帰っていた時に楯無と会っていない? 楯無だけじゃない。簪や虚さん、そして本音だってあそこに出入りしていたって話だ。だったら一度や二度、会っていてもおかしくはない。

 

「…………まさか、な」

 

 追求しようと思ったが、俺はすぐに止めた。あのババアのことだから話す気はないだろう。

 そんな結論に達した俺に、三人とは別の声が入ってきた。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 オルコットだ。

 昨日入院していた彼女は治療を受け、ある程度の修復はされているようだ。

 

「何の用だ?」

「昨日の一夏さんが襲われた件で話がありますの」

 

 後ろには篠ノ之、そして恐る恐るといった感じでジアンもいる。

 

「昨日のことなら既に報告済みだが?」

「そうではありませんわ。あなた、昨日の誕生会を行うことに賛成でしたわね。ただ、事情聴取があるので欠席したそうですが、それはあなたが一夏さんを囮に使う口実ではなくて?」

 

 ラウラと簪が戦闘態勢を取る。そして俺はオルコットの推測に対して笑った。

 

「ご名答だ、オルコット」

 

 そう。実は俺は織斑の誕生日を知っていた。鈴音が織斑の誕生日ついでに俺の誕生日を聞いてきたのである。そして、誕生日会が計画されているって話もだ。鈴音にしてみれば他愛ない会話なのだろうが、俺にとってはいい材料だ。

 そして俺は昨日、たまたま織斑とばったり会って誕生日会をやることを聞いてすぐに待ち伏せしたのだ。外れだったら三人でどこかのファミレスで食事でも思ったが、期間もそうだがうまく釣れたというわけである。

 

「アンタの言う通り、俺は織斑が襲われると予感していた。とはいえ確証はなかったから、敢えて囮に使ったがな」

「下手すれば、一夏さんが死ぬかもしれないのにですか!」

「ああ。まぁ、その時はその時だろう。運がなかった。それだけだ。何か問題でも?」

 

 するとオルコットは俺に向かって腕を伸ばす。それを掴んだ俺はそのままオルコットの手を握り潰すために力を入れた。

 

「―――ッ!?」

「止めとけよ。テメェじゃ……いや、ここにいる奴らではまず俺に勝てない。それに、俺も聞きたいことがあるんだが、どうして昨日は命令を無視して〈サイレント・ゼフィルス〉に喧嘩を売った」

「あの機体は我が国の誇りですわ! それを奪い返すのもわたくしの役目です!」

「―――無駄死にに逝くの間違いだろ? プライドを優先して余計なことをするな」

「何ですって!?」

「言った通りだ。あの敵はお前らの手に余る。今後はリヴァイアサンと一緒に俺が相手する」

 

 そう言うと、オルコットの前に織斑が現れる。

 

「待ってくれ! あの操縦者は俺がやる! だから―――」

「無理だな」

 

 断言すると、案の定織斑が聞いてきた。

 

「何でそうやって決めつけるんだよ! やってみなきゃわからないだろ!!」

「………やってみなきゃ、か」

 

 まったく、こいつと言う奴は本当に………何で生きてんの? ってそれは俺が強すぎるのが原因か。

 

「そんな思考しか持たないから、二次移行しても専用機持ち最弱なんだっていい加減気付けよ」

 

 途端に周囲が静まったが、俺は構わず続けた。

 

「それとも何? 自分は専用機を持っているから何でもできるとでも思ってる? っていうか昨日、五反田蘭から話を聞いて何で首を突っ込むわけ。ホント、テメェの連絡先を着信拒否にしておいて正解だったな」

「………え?」

「あ、昨日の話は全て聞いてるし、何の理由で五反田弾や御手洗数馬に連絡したかも把握済みだ。どうせそう行動することは読めていたから、予め二人にはテメェの番号を着拒にしておくように言っておいたけどな。まぁ、結果的に正解だったわけだが」

「……ちょっと待てよ」

 

 織斑が信じられないと言わんばかりの声を出す。

 

「二人に俺の番号を着信拒否にするよう言ったのか?」

「言った」

「……それで、あの二人は指示に従ったのかよ」

「繋がらなかったってことはそういうことだろ」

 

 あっけらかんと答えた俺は、さらに付け足しておいてやる。

 

「さらに言えば、俺も妹がいる立場としてはあまりISなんかに関わらせたくないから、五反田弾が妹をIS学園に入学させるのを阻止したいって気持ちはわかるから、その手伝いをしているわけ。まぁ、どうやら弾君の母親と祖父は何も理解していないようだから、テメェの家が戦場になったら妹をどさくさに紛れて殺すつもりだったけど。その結果、二人は弾君の考えが正しいことを知って晴れて仲直り。たった一人の女尊男卑の死を以て幸せになるんだ。ハッピーと言わなくてもトゥルーぐらいにはなるだろ。ホント、我ながら自分の想像力は凄いと―――」

 

 ―――ゴッ!!

 

 俺の頬に鈍い音が鳴る。それを見たラウラは織斑に飛び掛かろうとしたがそれを俺は手を挙げて制する。

 

「ふっざけんなよ、テメェ!!」

 

 襟首をつかんでくる織斑。にしても予想通りだな。流石に殺すのは冗談なんだが、見事に信じてくれた。

 

「そんなんで、そんなんで解決できると思ってんのかよ!! それに蘭はIS学園に行きたいんだろ! だったら良いじゃねえか! だって蘭の適せ―――」

 

 今度は俺が殴る番だった。

 鳩尾を全力を出して殴ると穴が開くからきちんと手加減した上で殴り、言葉を切らす。その際脱力した織斑の頭部に踵落としをして、前から床に叩きつけた。

 篠ノ之以下三名が織斑が殴られたことで、それぞれ織斑の名を呼ぶ。

 

「―――やっぱ、ここに残ったのは失敗だったか」

 

 織斑が余計なことを話さないように、後頭部を踏んだまま呟いた。

 

「まぁいいや。織斑、テメェもう死ね」

 

 そう言って俺は手の中に小さく、朱色の槍のようなものを形成する。それを見て周りはざわめくが、俺がこんなことをするのは今更だと思えよ。

 すると、この惨状を止めるためか織斑先生が現れた。

 

「―――この騒ぎは一体なんだ。桂木、説明しろ」

「あなたと同じで救いようがなく度し難い馬鹿をこの世から抹消するための儀式です」

「………ふざけるなよ。いい加減に織斑の頭から足をどけろ」

「わざわざあなたの弟がまた一人、余計な犠牲者を出さないためにしていることです。殺すことが手っ取り早いんだがな」

「………いい加減にしろ」

 

 最後の警告のつもりなのか、織斑先生……もとい、織斑千冬は睨んでくる。……たぶん、一般水準で言えば怖いんだろうが、もはや犬が威嚇のために吠えているようにしか見えない。

 とはいえ、これ以上すれば流石に喧嘩に発展するか。それもいいな。

 

「嫌だと言ったら?」

「最悪、退学になる」

「じゃあ、今度は敵同士というわけか。次はルシフェリオンで行くから、その時は精々1分は持たせろよ、世界最強(笑)」

 

 たぶんかなり重い処分になるが、おそらく退学にはならない―――いや、できないと言うのが正しいか。

 まず俺が退学になった場合、ラウラも同じく自主退学するはずだ。となれば学園側の戦力が大きく軽減するし、何より、世界はルシフェリオンの能力をそろそろ理解しているはずだ。できていなければ俺が自由になるのはわかりきっているし、俺が退学になったと知れば世界各国が勧誘にくるはず。………少なくとも、ミアだけは確実に来ると確信している。

 そうなった場合、戦力が不明である組織から攻撃を受ければまず無理。そもそも敵の方が数が多いのに勝てたのは、俺と簪、そしてラウラが主だ。フェイクスードもかなりの戦力とも言えるが、俺とラウラが抜ければそれだけで脅威だと断言できる。だから、退学にはできないし境遇も変えられない。重役を狂わせた能力は伊達ではない。

 さて、交渉の開始だ。

 

「織斑の解放にはいくつか条件がある」

「……何だ?」

「まず、事情を聞くのは俺と織斑だけだ。この馬鹿のことだから、余計なことを言うから聴取には織斑先生と学園長のみ。聴取記録は紙のみ。電子媒体での録音をしたら、ここの学園長には盛大な借りがあるが、俺はすぐに敵になって、IS学園を教員・生徒問わずに巻き込んで殺す。俺に対する聴取方法も同様だ。それができないと言うなら、織斑一夏は死に、俺を捕まえようと躍起になる奴らの大半は死ぬだけだ。とはいえ学園長の都合もあるから、その辺りは持ち帰って検討してくれて構わない。と言うかしろ」

 

 うん。これじゃあ銀行強盗でもしてきた気分だ。

 

「………少し待て。すぐに聞く」

「そうしてくれ」

 

 しっかし、悪いことしたなぁ。まさか十蔵さんが理事長だってばらすわけには行かないし、だから菊代さんを指定したんだが……。

 と内心後悔していると、電話を終了したらしく織斑先生は言った。

 

「学園長はもう今日は大丈夫だ、そうだ」

「じゃあ、こいつの聴取室までは俺が連行する。文句は言わせない」

 

 そうして俺は織斑を聴取室にぶち込み、待機することになった。




……書いてて思ったんですが、どうしてこうなった。
ということで、嘘八百を並べ立てた結果、こういうことになりました。


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#123 彼女が能力を持つ理由

「……はい、これで良し」

 

 そう言って零夜はつい先ほど自分が処置した部分を叩くと、マドカは苦痛で顔を歪めた。

 

「………ナノマシンを入れれば早いだろう」

「いくら早いって言っても、多用は体に毒なんだから不賛成。ということで、地道の治療に専念しましょう」

「しかしだな―――」

 

 ―――モニュッ モニュッ

 

 急にマドカの胸を触る零夜。マドカは羞恥を顔を赤らめ、殴ろうとした。

 

 ―――ガチャッ

 

 急にドアが開き、スコールが中に入ってくる。

 

「入るわよ、M………」

 

 惨状を見てそのまま無言で退場してドアを閉めるスコール。彼女はその辺りの経験も豊富だが、ティアとできているはずの零夜がマドカとそういうことをしているのは予想外だったのか、そのような行動に出た。

 

「待て、スコール! 今のは誤解だ! というかこいつが変態なだけだ!」

「そんなことよりマドカ、おっぱいが成長している気がするけど……毎晩一人でレズプレイを夢見て―――」

「貴様は死ね!!」

 

 黒い球体を精製して零夜に飛ばすも、それがすべて水によって阻害された。

 

「男日照りだったら、入れてあげようか?」

「黙れ! 死ね! 胸はただ成長しているだけだ!」

 

 今度は〈サイレント・ゼフィルス〉を部分展開して零夜を殴ろうとするが、それをかわされた挙句に余計なアドバイスもされた。

 

「大丈夫。容姿が容姿だから、重役には受けると思うよ。でもまぁ、そんなところにいたら間違いなく近い内に消滅するだろうけど」

「何のアドバイスだ、それは!!」

 

 暴れ狂うマドカをなだめた零夜は、未だに外にいるスコールを中に入れた。

 

「………ところで、昨日の無断接触の件だけど、説明してもらえる?」

「………………」

 

 圧力はあるが、微妙に慈愛の視線を感じるマドカは内心やるせない思いでいた。

 

「あなたにとっては劇的な出会いであっても、こちらは困るのよ。あまり無軌道に動かれるとね」

「………わかっている」

「あなたの任務は各国のISの強奪もあるのよ。それ以外のことに、あまりISを使うようなら―――」

 

 途端にスコールは消える。マドカも同じように消えるが、勝負はすぐに決着が付いた。壁に重い衝撃が襲い、マドカが首を絞められた状態で叩きつけられた。

 

「ふふっ、流石にいい反応―――ひゃんっ」

「やっぱり水だと性感帯を刺激しやすいな。スコールは趣味じゃないけど」

 

 そう言いながら零夜は水を蒸発させた。

 

「零夜、あなた………」

「でも、悪いけどいずれマドカはどこかの金持ちに売るつもりだから、できれば商品には傷つけてほしくないかな」

「「…………」」

 

 二人は零夜を睨みつける。だが零夜はどこ吹く風と言わんばかりに二人の無言の訴えを受け流した。

 

「まぁ、冗談だよ。流石に戦力を減らしても得は………」

 

 途中で言葉を切り、それ以上話さなくなる零夜。あることに気付いたからだ。

 

「………何か言いたそうね?」

「それはないよ、スコール」

 

 そう答えるが、零夜の脳内はあることを占めていた。

 

 ―――別に、彼女らがいなくても僕とティアがいればIS学園ぐらい落とせるんじゃないかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これは酷いわね」

 

 〈黒鋼〉の消耗を見た朱音ちゃんは素直に感想を述べる。ちょうど反省文を終わらせたこともあって顔を上げると、朱音ちゃんが《デストロイ》の部分を見ていた。

 ……あの引きこもりちゃんがここまで活発なってくれると、お兄ちゃんは涙が出ます。

 

「お兄ちゃん《デストロイ》使いすぎ。消耗が激しいよ」

「多機能だから、つい甘えてしまうんだ。本当に使い勝手が良くて……」

 

 おかげで最近は荷電粒子砲とかミサイルとか全然使ってないや。

 とか内心思っていると、朱音ちゃんが頬を膨らませる。思わず俺は写真を撮り、それを十蔵さんのパソコンに送った。

 

「でもお兄ちゃん、何で平日なのにこっちに来てるの?」

「馬鹿をボコったら停学になった」

「………お兄ちゃん」

 

 可哀そうなものを見るような目で俺を見てくる朱音ちゃん。

 

「仕方がなかったんだ。だが、やはりあそこで息の根を止めるべきだったな」

「………そう言えば、お祖母ちゃんが昨日はこっちに泊まりに来てた」

「何でまた……」

 

 ふと、織斑の顔がよぎったが気のせいだと思いたい。

 

「なんか、昨日はとある男子生徒が馬鹿なことを言っていたから、もうちょっとで殺しかけたって」

「………うわぁ」

 

 十蔵さんが浮気をしない限り怒ることはないだろうと思えるほど温厚な菊代さんが「殺しかけた」って、よっぽどなことなんだろう。っていうか絶対によっぽどのことだ。

 

「轡木主任。やはり、パーツのほとんどが消耗して使い物にならなくなっています。いっそのこと、武装を入れ替えましょう。そっちの方が早いです」

「う~ん。でも、そっちは難しいんでしょう?」

「そうですね。ですが、予備は既に作ってあるのですし、使えるものは他の部品に流用した方が良いと思います」

「……わかった。無理しないでね」

「はい」

 

 新しく入った人なのだろうか、新人と思われる少女……もとい、女性は作業着姿で帽子を目深に被っている。防止の後ろの調節部からは邪魔だからか長い髪を纏めていた。

 

「新人?」

 

 こっちに来た朱音ちゃんに尋ねると、「そうだよ」と言って説明を始めた。

 

「彼女は黒田愛子さん。身長は私と変わらなくて学歴はないって話だけど凄く優秀なの」

「……なるほど」

 

 独力か。それでこの業界に作業員として入るなんてかなり凄いことだと思う。

 思ったより見ていたからか、彼女と目が合った。

 俺は仕事の邪魔になると思って視線を外すと、こっちに近付く気配がしたので顔を上がる。黒田さんが俺の所に来ていた。

 

「あの、男性IS操縦者の桂木悠夜さんですよね?」

「え、ええ」

「わぁ、やっぱり! 初めてテレビで見た時から思ったんですが、やっぱり強い人はオーラが違いますね」

 

 ……しょ、初対面の女性が俺に対して優しいだと!?

 俺は思わず彼女から距離を取ってしまう。

 

「……あの、何か……?」

「あ、すみません。今まで初対面でまともに優しくされたことがなかったので、つい」

「……あー、そういうことですか……」

 

 気を悪くしただろうか?

 何も彼女が悪いわけじゃない。むしろきちんとした礼儀で接してくれているし、距離を取る必要はなかったな。

 

「確かに、今の女性ってそういうところ酷いですもんね。何もかも一人で作り上げたわけでもないのに、まるで自分たちが凄いみたいな言い方して、恥ずかしくないんですかね?」

「どうせ法律で勘違いしたんでしょうね。権力だけ上がったところで、やろうと思えばこの世界を壊すことなんて容易にできると言うのに」

 

 話していて思う。この人と俺、結構話が合うって。

 俺は思わず自分から手を出していた。その意味をわかったのか、黒田さんも手を出してお互い握りあった。

 

 ―――?

 

「―――そこにいましたか、桂木君」

 

 黒田さんと握手していると、菊代さんがラボの方に来ていたようだ。十蔵さんが来るならともかく、菊代さんが来るとは本当に珍しい。

 手を離して、菊代さんのところに行くと彼女は俺の両肩を掴んだ。

 

「………本当に、すみませんでした」

「…何が、ですか?」

 

 何のことだかわからないのでそう聞き返すと、菊代さんは話し始める。

 

「今まで本当にごめんなさい。まさか織斑君があそこまで救いようがない人だとは思わず、ずっと放置していました」

「……あの、何かあったんですか?」

「……ここで話すのは少し問題ですね……朱音。部屋を貸してください」

「う、うん。これ、使って」

 

 俺の予想通り、菊代さんだったら織斑が言ったことがどれだけ問題か理解してくれたようだ。

 朱音ちゃんの部屋に入ると各々適当に座り、菊代さんは話を続ける。

 

「昨日、あなたが指定した通り、私と織斑先生のみで彼の聴取を行ったんです。あなたが私のみをした理由がよくわかりましたよ。今一人、IS適性Aの人が入学を希望しているようですね」

「はい。それを聞いた時は流石に驚きました。それまで自分もその人の兄と同じ反対派だったのですが、場合によってはIS学園に入学させざる得ないとも説明しておきました」

「それは結構。ですが、その子の死を以て家族の仲を修復するのはどうかと思いますよ」

「あ、それは冗談です」

 

 痛い目に合わせる気はあったけど、本気で死んでもらう気はなかった。

 

「冗談としても、言って良いことと悪いことがあるでしょう。これからは誤解を招くようなことは言わないように」

「場合によりけりです」

「………はぁ」

 

 ため息を吐かれても正直に困る。奴らのいう「卑怯汚い」は俺にとっては上等であり、昨日はそう言う意味では黙らせる必要があったのだ。……半分はノリだが。

 

「………本当に、この状況でまたあんな行事をするべきか……」

 

 どうやら独り言らしいのだが、菊代さんの言葉が俺の耳には届いてしまった。

 

「また行事でもやるんですか? 体育祭は11月だと聞きましたが」

 

 ちなみに11月末には2学期末テストがある。

 

「ええ。昨日の襲撃のこともあって、10月中旬ぐらいに特別措置として専用機持ちのみでのタッグマッチを行うことになったのです」

「………そう、ですか」

 

 学園部隊を焚きつけて潰しにかかろうと思ったのだが、どうやらそれは叶わぬ夢となるようだ。

 

「何か問題でもありますか?」

「いえ。大丈夫です。修正できる範囲ですから」

 

 そう答えて、俺はとりあえず今後の対策を練ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菊代が悠夜を連れて自分の部屋に入っていたのを見た朱音は、黒田愛子を見る。

 

「ねぇ()()、握手した感想はどう?」

「本当に信じられないわね。それなりに筋肉は付いているけど、とてもこれまでの騒動を解決してきた中心人物の一人だとは思えないわ」

 

 さっきまでの敬語はどこへ消えたのか、通常の口調で話をする黒田愛子。彼女のその名前は入社する時の偽名であり、本当は人間ですらなければ神樹人でもない。―――ISである。

 悠夜が陽子と戦った日の翌日、朱音の部屋で目が覚めたクロは本当に驚いた。朱音に起こされた彼女は状況をまったく把握できず、何度も自分が具現化していることを確認したのである。

 朱音は誰から聞いたわけでもないが、悠夜が普通の人間でないことを前々から知っていた。冷静に考えて、たかが12歳の少年が大人を殴り飛ばすことなんてできないからである。ましてや、悠夜が殴り飛ばしたのは細身ではなく、筋肉質の男性。とても殴って7m離れた場所に移動させることはできない。

 それでも悠夜に甘えられるのは恐怖ではなく、兄のように慕っているからだ。むしろ、科学で証明できないほどの能力保持者であることに内心物凄く喜んでいた。

 

 ―――悠夜には超常的な能力があり、行使することができる

 

 それをクロから聞いて納得し、十蔵に事情を話して社員登録し、今はカモフラージュしていた。もしクロがISと知られた場合、とんでもないことになるのが目に見えているからだ。

 

「でも、悲しいけどあの男がこれまで解決してきたのよね。それも凄い力で」

 

 クロがそう言うと朱音は自分が褒められた気がするが、決してそのようなことはない。

 

「まぁ、クロもそのおかげで具現化できているわけだし、感謝しようよ」

「…………そうね」

 

 そう返事したクロは姿を消す。すると〈黒鋼〉のシステムが作動し、予備の《デストロイ》と接続を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコールが出て行ったその部屋で零夜はベッドでくつろいでいる。

 シャワーを浴び終えて部屋に戻ってきたマドカは同僚のその姿を見て呆れていた。

 

「くつろぐなら自分の部屋でくつろげばいいだろう。何故まだここにいる」

「僕の予想だと、マドカのことだから髪の毛とかそのままにして出てくると思ってね。血筋的に」

 

 実際、零夜の言う通りマドカの髪は濡れていた。

 零夜はマドカに風で吸い寄せ、股の間に座らせて髪をふく。

 

「自分でする」

「どうせ適当に済ませて「やったぞ」とか言うでしょ」

 

 実際その通りだったこともあって、マドカは反論の手立てを失った。

 

「まったく。どうして織斑の女ってこうもズボラなのかねぇ」

「貴様ら男は女に夢を見すぎだ………って待て。どうして姉さんがズボラだと知っている!?」

「王族を舐めないでよ。やろうと思えばばれずに学園内に潜入するなんて余裕だよ」

 

 ドヤ顔をし、胸を張る零夜を見てマドカは呆れを見せが、同時にさらに警戒を強めた。

 千冬の戦闘能力は常人をはるかに凌ぐ。気配察知能力の高さも異常なのだが、それに気付かれずに無事に戻ってこれるほどの能力を持つ零夜はやはり異常なのだろう。

 

「ところで、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「……何だ?」

「何でマドカは能力を使えるんだい? しかも本来なら持つことはない「闇」の能力を」

 

 その言葉にマドカは「そのことか」と思い出すように言った。

 

「さぁな。どういうことかはわからないが……気が付けば使えるようになっていた」

「いつぐらいから?」

「両親と一緒にこっちの世界に来てしばらくしたぐらいだろうな。変な幻覚を見てからだ。その時は心身共に参っていた」

「…………」

 

 零夜は手を止める。どうやら思い当たる節があったようだ。

 

「………なるほど。君も随分と絶望を味わったみたいだね」

「…君も?」

「ユウ兄さんもだよ」

 

 一体どこにあったのか、櫛を取り出した零夜はマドカの髪を梳き始める。

 

「あの男もか」

「これでも僕は小さい頃はよく本を読んでいたから、それなりに知識はあるんだ。文献によれば王族でも「闇」の力を持つ人間はそういない。過去、日本で言えば戦国時代に相当する時が神樹人の間にもあったんだ。って言っても王族の王位継承権を争うことなんだけど……」

「随分と物騒だな」

「その時に親が殺された、とか。目の前で好きな人が惨たらしく殺されたとか、それで闇の力を手に入れた王族もその時はいたらしい」

 

 思い出すように零夜は言う。マドカは興味深く聞いていた。

 マドカは自分の一族が王族と四元属家に対して酷い仕打ちをしたことを知っている。両親から話を聞いてたが、当時、幼いマドカも疑問が思うことがあった。

 

 ―――何故余計なことをしたのだろうか?

 

 要は、先祖は王族が権力を握り続けるのが古いと考えたのだ。日本のようにもてはやされるだけの存在ではなく、政治に深く関わることが疎ましかったのだろう。

 

 ―――下らない

 

 当時の人間が何を思ったのかマドカは知らない。だが、心の底からそう思っているのは確かだ。

 もっとも、今となってはどうでもいいことに変わらないことも彼女は十分理解しているが。

 

「まぁ、兄さんの場合は記憶を失っている時に散々サブカルチャーに触れた結果、あそこまでの攻撃方法を思いついているんだけど」

「………色々な意味で恐ろしいな」

「でも、おそらく織斑一族で発現するのはマドカだけかもね。織斑千冬はありそうと言えばありそうだけど、織斑一夏みたいな能天気には無理でしょ」

 

 あっけらかんと答える零夜は、さりげなくマドカの髪をいじり始める。

 

「どうかな。貴様や桂木悠夜がいたぶり、周りから殺せば発現するかもしれんぞ」

「だとしても無理でしょ。織斑一夏は、サブカルチャーに触れていない分、ISのような機械がどういうものか理解していない。僕ら兄弟は道は違えどそれなりに理解がある。だけど、織斑一夏の機体は夏に一度オーバーホールされているけど、特殊故にそこまで弄られていないから、そろそろ白式が壊れるかもしれないよ」

 

 どこか心配するように言う零夜。そんな彼を見ながらあることを疑問に感じ、尋ねた。

 

「そう言えば、桂木悠夜が記憶を失くしているとはどういう意味だ? 何故それを知っている?」

「……だって兄さん、僕が亡国機業に入れられることを知っていて、どれがどういうことか理解してんだもん。でも、キャノンボール・ファストの時に適当に叫んでみたけど、全く反応がなかったから。おそらく、お祖母ちゃん辺りが消したんだろうね。僕が知る限り、あの人も大概色々なことをしているから」

 

 零夜の言葉が終わると同時にマドカが保有する端末が振動する。ティアからの連絡であり、こう書かれていた。

 

 ―――ブルー・ティアーズとの戦闘データ、抽出してクライアントに送った




ということで、今回は色々なことが判明した回でした。
賛否両論あれど、とりあえず見守っておいてくれるとありがたいです。


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#124 全学年の倍はしていること

 ―――専用機持ちタッグトーナメント、か

 

 これはまた厄介な行事が入ってきた。本当だったら部隊の人間を徹底的にしごき、心を折って質を高めようと思っていたんだが。

 とはいえ、これを使って自分の能力を知らしめることもできるわけだ。よし、そっち方面で努力をしよう。

 と、心に思っていると、一年の階ではめったに聞かないであろう声が聞こえてきた。

 

「やっほー、織斑君。篠ノ之さんも」

 

 おまけ扱いの篠ノ之が何か突っ込みを入れるかと思ったが、どうやらそんなことはないらしい。

 ちなみに、俺と織斑がこうして平然と通っているのは反省文でかなりの数を回されたからである。本来なら、暴力を振るった件で色々と言われるところなのだが、問題があったわけだ。

 

 ―――その問題とは、言うまでもなく織斑のことである

 

 どうやら、今回の話は織斑先生すらも本気で頭を悩ませていたようだ。後で織斑先生も謝りに来たが、本当に気持ち悪かった。

 

(とはいえ、今はタッグトーナメントか……)

 

 大体、非常時に立ち上がるのって学園の部隊だよな? どっちかと言うと。でもやはり意識を高めるのは専用機の方がスペックが高いからか。わかりやすく言えば、俺たちメタルチームはスペックだけで言えばトップクラス。その次にフェイクスード。特にリベルトさんとギルベルトさんの二人はレベルが高い。下手すれば、テンションが上がりすぎて能力を行使しまくるレベルだ。……というかギルベルトさんはいつの間に受け取っていたんだ。あの人がフェイク4とか知らなかったんだが。

 

(今度、外に出る時はお土産を買っていこうか)

 

 幸那を引き取ったぐらいから持っているという話を昨日聞いたし、幸那の様子を見るついでに訪問しよう。

 そう心に決めていると、スマホから連絡が入る。

 

(あれ? 五反田弾?)

 

 こんな時間に一体何の用だと言うのか?

 とはいえメールだし、まだ時間も大丈夫だし、織斑もあの騒動以来こっちに来ることはないし、今は何故か黛がいるから来ることはない。メールを開いて内容を確認した。

 

『今度の日曜日、外に出ることってできませんか? 一度、家族と話し合いたいんですけど』

 

 なるほど。フルボッコにするのか……ってことはないだろう。たかが半月程度鍛えた程度で人は強くならない……俺みたいな特殊な存在は例外だがな。

 ともかく、用心棒とかいろいろあるだろうが、とりあえず返信しておくか。

 

『許可が出ないことには何とも言えないが、出たなら付き合うよ』

 

 そう言って送り返した。

 その様子に気付いたのか、ラウラが話しかけてくる。

 

「兄様は、モデル業をしたことありますか?」

「……モデル?」

 

 何故そんな話になったのだろうか?

 しかもラウラの口から「モデル」と言う言葉が出てくるなんて思わなかった。

 

「先程、二年生がこのクラスに来て織斑と篠ノ之にインタービューの話をしていたのですが、それでモデル業もするとかなんとか」

「ラウラはそんなことをしたことはあるのか?」

「何度か話はありましたが、すべて断りました」

 

 まぁ、誘った人の気持ちはわかる。確かに俺の側近とか奴隷とか色々と言われている(そして質が悪いことに自称している)ラウラの見た目は良い。クラスの中でも母性とかを抜きにすれば上位に組み込むことができるだろう……一度、クラスの人間を公開して「誰と結婚したいか」とかのランキングをしてみたいな。

 

「でもモデルかぁ……絶対したくないなぁ」

「何故です? 兄様なら、男性部門と女性部門のトップを取るなんて造作もないと思いますが」

「それはそれで泣けてくる」

 

 せめて取るなら男性部門トップぐらいだろうが、そもそも色気がないから無理だ。

 

「だって考えてみろよ。ラウラとか本音とか簪とか、気心知れる奴なら無心になればなんとかできるけど、今の世界だと事故でも訴えられて人生が終了するだけだからなぁ」

「それならば、ぜひ私と一緒に! ………できるかはわかりませんが」

 

 元々、ラウラはドイツの代表候補生でもあるからその辺りはまだ問題だろう。いくら日本国籍を持つババアの娘と言うことになっても、その辺りの事情は複雑なはずだ。

 ………本音を言えば、ラウラにモデルなんかさせたくないがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。生徒会室に寄った俺は珍しく一人でいる楯無に外出許可を求めに言った。

 

「で、外出許可が欲しいと」

「ああ。護衛もなしでいい。あまり他人が関わるような案件でもないからな」

 

 流石に他人の事情を覗くのも嫌だろう。

 

「……はぁ、良かった」

 

 そう言って楯無は大きな胸……に触れずに胸を撫でおろした。

 

「何か問題でも」

「ほら、織斑君も篠ノ之さんも同じ日に外出するから、どっちに行こうかなぁって」

「そもそも俺に護衛は必要ないだろ」

「………それは言わないでよ」

 

 いや、別にそう思われても仕方ないってのはわかっているが、いざ言われると何か来るものがあるな。

 

「ただいま戻りました……あら、悠夜君。来てたんですね」

「こんにちは、虚さん………って、その箱は?」

 

 俺が尋ねると、虚さんは説明してくれた。

 

「これはタッグトーナメントのくじ引きですよ。………教師たちがうるさいんです。「いつも一緒にいる人が、常に傍にいるとは限らない」と」

「……悔しいですが、正論ですね」

 

 その最たる例が、学園祭の時に織斑と組んだことだろう。俺は元々コンビで組むことなんてなかったし、何よりもどちらも前衛タイプだ。普段のことがなくても反りが合わないのは当たり前である。

 

「……まぁ、幸いなことにフレンドリファイアが禁じられていないのがせめてもの救いですね」

「悠夜君、織斑君と組んだからってそんなことはダメだからね」

 

 楯無に突っ込まれるが、それに関しては奴の行動次第、と答えるしかない。

 

「悠夜君、私もそれに対しては反対です。確かにあなたにはいざとなれば〈ルシフェリオン〉がありますが、だからと言って織斑君を見捨てて良い理由にはなりませんよ」

 

 まるで聖母のように諭す虚さん。ここまで余裕を持てる女性なんてそうはいないだろう。

 

「でも虚さん」

「でもも何もありません。今回の目的はあくまで専用機持ちのレベルアップを図るためのものです。工夫を凝らすべきですよ」

「………じゃあ、もし俺が織斑と当ったら、その時は授業をサボってひたすら特訓させますから」

 

 そう断言すると、虚さんは「それは無理でしょう」と答えた。

 

「何故ですか!? 勝負なら勝つ為に努力するのは当然! そしてタッグマッチなら弱者が強者に合わせるのは当然でしょう!? というか、織斑の戦いに合わせたらまどろっこしくてやってられませんよ!」

「………実はですね、織斑君の停学が早く解けたのは成績が問題なんです」

 

 ………ふぇ?

 確かに殴ったことはともかく、理由が理由だから織斑の開放はもう少し先だとは思ったが、既にいるしな。

 

「まさか、織斑千冬が動いたとか?」

「上層部の意向なんです。男性IS操縦者を留年させるなって……だったら悠夜君を二年生に進級させろという話なんですが、それとこれとは別のようでして」

「ぶっちゃけ今更ですしね。というかさすがに勉強量が多すぎて付いていけないんですが」

 

 そういう意味では、留年は確かにありがたい話だ。……もっとも、それは今だから言えることであるが。

 

「……もしかして、織斑の成績がすごくヤバいとか?」

「ワースト1、2は第四世代機の二人が独占しています。まぁ、篠ノ之さんの場合は政府が強制的に入れたので何とも言えないのですが、問題は織斑君でして……ワーストといっても差は大きいです」

 

 それを聞いた俺は頬を引きつらせると同時に自分の処遇がどれだけ恵まれているかを理解した。

 

「なので、これ以上は本当は外出は禁止したいぐらいなんですが……インタビューは国の方から要請でもありますし……」

「まぁ、代表候補生はそういうのもしないといけないって話ですからね」

 

 俺は一度もそんな話、来ていないけどな。

 確かに世界大会覇者の弟ってのは話題性はあるのは理解できるが、俺は一応覇者なんですが。

 

「なんか、色々と面倒ですね」

「ちなみに、悠夜君にもインタビューの要請は来ているわよ」

「………えぇ~」

「そう言うと思ったから断っておいたけどね」

 

 それはありがたい。そんなことでこっちの時間を潰したくないからな。

 おそらく学園の大半の生徒は俺の能力を認めざる得ない状況になっているが、それでも外では違うことが放映されているだろうし。

 楯無に内心感謝していると、虚さんはあることを言った。

 

「ちなみに、近々織斑君が代表候補生になるという話があります」

「………あれ? 俺は?」

「あら、意外。てっきり代表候補生なんて興味がないかと思ってたわ」

「興味はないがな。流石にあれだけ活躍しておいて何の指定もないなんておかしいだろ」

 

 自分で言うのもなんだがな。

 

「おそらく、〈ルシフェリオン〉が原因でしょうね。アレは以前、各国のISのデータを奪ったでしょう?」

「………俺を他国の代表候補生にすれば、おまけでその情報も手に入れることができる、とか?」

「そういうことです」

 

 ……面倒なことになったな。

 いや、逆に考えるんだ。別に無所属でもいいさって。

 

 ―――しかし、平和は長く続かなかった

 

 

 

 

 ―――俺たちは、密接していた

 

 いつものように悪友みたいな感じではなく、どちらかと言えば恋人同士に近いそれだろう。もっと詳しく言うのなら、お化け屋敷に入ったカップルみたいに女が「きゃー! こわーい!」って感じに男に引っ付き、イチャイチャするアレである。一度遊園地でバイトをしたことがあり、そこでお化け屋敷担当の人のメイクを手伝っていた俺は人手が足りないと言う理由で駆り出された時に何度そのカップルにIS同士による試合の流れ弾がクリティカルで直撃してくれればいいのにと願ったことか。

 話は戻るが、今の俺たちにそんな甘ったるい雰囲気はない。あるのは心の底から沸き上がる恐怖のみだった。

 

「……オネエチャン……ドコ……?」

 

 阿修羅と化した女生徒がどこからそんな声を出しているのかと聞きたくなるほどの恐ろしい声を出して近くを通る。どれくらい恐ろしいかと言うと、8mぐらいの陸戦兵器の専門家が廃病院で出た電話並みに恐ろしい。今だからこそ思うが、どうして彼はあんなにも冷静に対応できたのだろうか。

 

「……どうして……どうしてこんなことになったの……」

「どう考えてもあの行事のせいだろ」

 

 俺と楯無はひそひそと話をする。距離はほとんどキスしそうなぐらいのものだが、残念ながら俺たちにはそんな余韻に浸っている気分ではなかった。

 すると俺たちがいる場所に大きな氷柱が飛んできて、壁に当たると弾け飛ぶ。楯無はこういうことには専門家のはずなのに、悲鳴を上げ、俺に抱き着いてきた。

 

「ちょ、バカ―――」

「―――ミィイイツケタ」

 

 能力を遠慮なく行使して前方により強い重力を自分のみを対象にして引っ張り、そこから移動する。

 

 ―――本当、どうしてこうなった!?

 

 

 

 

 

 話は数時間にさかのぼる。

 朝のHRで専用機持ちタッグトーナメントが開催されると通知があり、その組み合わせはお昼休みに発表されるということだ。その組み合わせは厳選なコンピュータ選定式で誰の介入も受けられなくなっている。

 その組み合わせを見に行った俺とラウラ、そして本音に後から合流した簪と、いつものメンバーに鈴音にハミルトンもいた。ちなみにだが、ラウラは例によって抽選から除外されている。こういう時こそ入れてやれと思うが、人数の関係もあるのだろう。

 ラウラと組む可能性が潰されたのは残念だが、それはラウラに抱き着いて解消し、俺たちは抽選結果を待った。

 

 ―――で、

 

 とうとう抽選結果が発表された……のだが、

 

「俺は楯無とか……これは結構マズいな」

「そうなのですか?」

 

 ラウラにこっそりと耳打ちして答える。

 

「アイツ、俺に能力を使えるようにしろって迫って来たんだよ。あの場にいないから下手に教えていいのかわからなくてさ」

「……なるほど」

 

 本当に何で呼ばなかったんだろうな。今でも理由に検討が付かない。

 

「あの方にも考えがあってのことでしょう」

「……まっとうな考えてであることを切に願うぜ」

 

 他の奴らがどうなったか確認すると、近くで誰かが倒れそうになったので反射的に受け止める。

 

「……って、簪?」

 

 まさか、あの簪が貧血?

 心配になって様子を見ると、公衆の面前だと言うのに抱き着いてきた。

 

「……あの、簪さん?」

「……ああ、そういうこと……」

 

 鈴音が妙に納得した風に呟くので、気になった俺は簪の抽選相手を探す。鈴音はフォルテ・サファイアとだった。ツインキャッツがコンビ名になりそうである……じゃなくて、今は簪だ。簪は一体誰と―――ああ、そういうこと………納得した。

 

「―――最悪じゃないか」

「………一体どこがですの?」

 

 後ろから、やたらと聞き覚えがある声が聞こえた。気になって振り向くと、近くにオルコットがいる。近くには織斑、そして篠ノ之とジアンがいた。

 

「俺は更識さんとみたいだな。よろしくな、更識さん」

「…………ラウラ、代わって」

「私だって嫌だぞ!」

「……こうなったら、当日アリーナを爆破させて中止にするしかない」

 

 それを聞いた織斑は顔を引き攣らせる。ジアンは苦笑いするが、篠ノ之とオルコットは不愉快そうに簪とラウラを見ていた。

 

「……あの、更識さん?」

「悠夜さん。今日……ううん。今すぐベッドにいこ?」

「まだ授業が残ってるから、とりあえず落ち着け」

 

 はっきり言って今織斑なんかに構っている場合ではない。

 なんとか宥めたようと試みるが、織斑の馬鹿はこれでもかと言わんばかりに割って入ってきた。

 

「あの、俺―――」

「あ、うん。とりあえず今は消えてくれ」

 

 そう追い返すように言うと、まだ仲直りしていないからか織斑が言ってきた。

 

「俺は桂木に話しかけてない」

「ようやく姓で呼ぶ学習能力を素直に身に着けてきたのは褒めてやるが、今はそんな状況じゃないことを理解しろっての、この木偶野郎」

 

 まぁいいや。ともかく今は簪を安全な所に動かすのが先決だろう。

 彼女をお姫様抱っこしてここから離れようとすると、

 

「何が嫌なのだ……私だって一夏と組みたいのに」

「全くですわ。わたくしと組んだ方が相性がいいですのに……不公平ですわ」

 

 簪は俺の腕を回避して織斑を通り過ぎ、オルコットと篠ノ之の髪を掴んで引っ張る。

 

「ちょっと、何をするんですの!?」

「この、離せ!」

「いいから」

 

 離す気はないようで、そのまま二人を引っ張っていく。

 心配になった俺はそのまま付いて行くことにしたが、何故か付いてくる織斑。あのこともあって話す気はないようだ。

 簪たちが向かった先はなんと職員室で、鈴音がわけがわからないという風に俺に聞いてくる。

 

「どういうこと……?」

「俺に聞くな……たく」

 

 ハミルトンは別れたので、ここにいるのは一年生の専用機持ちと本音だけだ。

 ドアに触れ、そこから四人分のコードを生成して配る。先端にはイヤホンタイプのスピーカーが付いていて、俺たちは耳に着けた。

 

「あの、桂木君、僕の分はない、かな?」

「織斑みたいにみっともなくドアに耳をつけてれば?」

 

 そう返すと諦めてシュンとなるジアン。そのまま悪い噂をリゼットに撒き散らしてください。

 

『あの、更識さん? 今日は一体何の用かしら?』

 

 女尊男卑思考の教師が簪に聞くと、堂々と彼女は「直談判に来ました」と言った。

 

『直談判? 今回の組み合わせのことかしら?』

『はい。私の組む相手が気に入らないので、篠ノ之さんかオルコットさんに代わってもらおうと思いまして』

『それはできないわ。そもそも、今回の組み合わせはコンピューターで決まったことよ。それはできないわ。それと、織斑先生がいるというのに、あなたはあの人の弟と組みたくないと言うのですか?』

『もちろんです』

 

 これを聞いている全員から血の気がなくなった気がした。いや、本音だけはそうではなかった。

 

『そうですか。では、なら本人に許可を求めます』

 

 簪が移動する。おそらく、織斑先生の方に向かったんだろう。

 そして誰から見ても「猫を被っている」と言いたくなるほどの猫なで声で言った。

 

『織斑先生、あなたの弟さんが死ぬぐらい厳しい修行を付ける許可をしてください。それができないなら、私たちのコンビを解消して組み分けをやり直すか、選んでください』

『別に構わん。最悪、当日に動けなくなろうとな』

『……わかりました。じゃあ、この書類にサインをお願いします』

 

 ……書類?

 嫌な予感が全身を駆け巡る。

 

『……これは何のつもりだ?』

『実はこの展開は、予想していたんです………正しくは、最悪の場合に備えたと言うべきでしょうか?』

 

 平然と能力を行使できるようになってから、俺には紙をその場で作り出すことができるようになった。そのため、備えることをしなくてもいいのだが、簪はずっと備えていたらしい。

 おそらく簪が渡したのは、自分が有利になるように動く紙だろう。

 

『残念ながら許可できない。規則で決まっているからな』

『……じゃあ、別の方向から許可を得れば良いんですか?』

『………できるものならな』

『わかりました。じゃあ、そうします』

 

 そして足音が近付いてきたのでコードを消滅させる。現れた簪は俺と目が合うと逸らし、織斑の前に立って手を差し出す。

 

「これから少しの間、よろしく」

「おう。こちらこそ、よろしくな」

 

 そう言って手を出す織斑―――だが、簪の手に触れた瞬間、それが水となって地面に落ちる。

 すかさず俺は織斑を超えて後ろを見ると、銃口を織斑の首に向けた簪がいた。

 

「―――これから、私があなたの教官を務めます。今後一切、他の部活動のボランティアも、他人との練習も禁止。SHRが終わり次第、指定する場所に来ること。途中で逃げ出すことがあれば、試合当日にまずあなたの白式を再起不能にまで壊します」

 

 そんな悪魔のような宣告をした簪は、銃を降ろして俺に抱き着いてそっと耳打ちした。

 

 

 

 

 

「「また一緒に寝れるね」ってのは、そういうことかよ」

 

 っていうかまず、一緒に寝たら確実に交わることになりそうだな。いや、確定か。

 ともかく、今はこの状況を打開するのが優先だろうよ。

 

(あんまり簪相手に技を使うのは気が引けるが、そうも言ってられ―――)

 

 ―――やられた

 

 俺に引っ付いているはずの楯無がいない。いつの間にか水と入れ替えられていた。

 さらに言えば簪も贋物だ。おそらく、水。

 

「……怠い」

 

 にしても、簪の奴は一体何が目的なんだ……というか何でみんな、そんなに俺としたがるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜から姿を消した簪は、楯無の指で許可証にサインする。

 それを見た簪は満足そうに許可証を眺める。

 

「……ねぇ簪ちゃん。どうしてそこまで悠夜君に入れ込むのか、そろそろ教えてくれないかしら?」

 

 さっきまでの恐怖はどこに消えたのか、比較的冷静な声色で楯無は質問する。……とはいえ、わずかばかり彼女の足は震えているが。

 

「お姉ちゃんには罪があるから」

「……罪?」

「そう。罪。周りにはそうでもないようなことだけど、お姉ちゃんがしたことは、立派な犯罪。そして私は、それを清算するのを手伝っているため」

 

 そう言って許可証を持って生徒会室を出る。

 その間、悠夜が来るまで楯無はずっとその部屋の生徒会室で拘束されているままだった。




たぶん、悠夜は全学年の生徒の倍……いや、3倍は同居人が変わっている。
しかも笑えることに、同じ人がくるくる回っている状態で。

あ、ちなみにバーサーカー簪は演技ではなく、一夏と組みたくないという思いによる「素」です。


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#125 ただひたすら追い詰める

今回は珍しく長いです


 たまに思うのだが、簪って結構好き勝手にしているよな。結果的に俺にプラスに働いているわけだし、ノータッチでいいのかと思っているが。

 とはいえ、今はそんなことを言っている暇なんてないがな。

 

「………ということでラウラ」

「はい。私は幸那の家庭教師としてここで勉強を教えます」

 

 ……元々成績はいいから、あまり必要ないと思うけど。仲良くしてくれたら幸いだ。

 

 

 

 

 今日は日曜日。外出許可をもらった俺は実家に戻っていた。

 幸いなことにISを使わなくてもいい。テレポートとかはまだ練習したことがないから、ペガスを使って空を飛んで戻ってきた。

 ドアの鍵を開けると、ちょうど出かける準備をしていたらしい五反田弾が靴を履いていた。

 

「あ、おはようございます。今日はよろしくお願いします…えっと、()()さん」

「……まさか、本当に家にいるなんてね……幸那と何もなかったわよね?」

「俺には一夏と違ってラッキースケベな体質はありません」

 

 というか、あの体質者が他に何人もいてたまるか。

 

「ともかく、行きましょうか?」

「……ええ」

 

 ちなみに俺は女装モード「悠子」になっている。今日は文化祭であった二年生と言う設定で弾と一緒に五反田家に訪れることになっている。

 

「じゃあ、ラウラ。幸那のことをお願いね」

「わかりました」

 

 楯無のことは後で良いと判断した俺はラウラに幸那の足止めを頼み、俺たちは早速五反田家に向かった。

 

 

 

 

 

 正直な話、別に俺が行かなくても良かったのではないかと思う。俺が反応しなくても、弾はある程度成長していたようだし。

 

(しっかし、せっかく孫息子のご帰還だと言うのに随分な歓迎の仕方だこと)

 

 俺たちは敵……というか客に囲まれている。

 

「テメェ! 妹を放っておいて今更帰ってくるたぁどういうつもりだぁ?」

「しかもわけぇ姉ちゃん連れて帰ってきやがって! テメェだけずりぃいんだよ!」

「よぉ姉ちゃん、良かったら俺の相手をしてくれねぇか?」

 

 どうやら、この時間はガラの悪い連中が陣取っているみたいだ。これで客が減らないのは、店主の暴力によるものだそうだ。

 最初は働いている女性二人が弾の姿を見て驚きを露わにして、それから客が迫ってきた。一人、なんか口説いてくる男がいるけど、俺は男に興味ない。

 

「ごめんなさい。今日はここの家の人に用があって来たの。悪いけど道を開けてもらえないかしら?」

「……何?」

「そうねぇ。わけは、妹さんのIS学園入学させようとする母親と祖父を説得に来たと言うところかしら? だからごめんなさい。今すぐ退いてくれませんか?」

 

 だけど、どうやら退く気はないらしい。全員が俺たち―――と言うより弾の方に詰め寄る。

 だが肝心の弾は何とも思っていないらしい。

 

「すみません、悠子さん。一度出直しませんか? 今だと営業中なので邪魔になりますし。何よりも邪魔者が多いですし」

 

 すると客たちがより迫ってくる。

 

「そうね。じゃあ、帰りましょうか」

 

 本当は嫌だが、弾の手をつないで外に出る。これで第一段階の挑発は成功したと言っても良いだろう。

 

 まず、嫌な存在を「勝ち組」と認識させる。特にこれは織斑に恋をしている妹に対する嫌がらせだ。

 考えてみてほしい。今まで自分を虐げてきた相手のせいで人生を無茶苦茶にされて勇気がなくチクることができない中、その相手が段々と勝ち組になっていく様を見るのは本当に嫌だろう。まさしく何様だと言いたくなるものだ。特に織斑は攻略しにくい相手。自分に自信がある彼女が頑張っているさなか、学校をサボって財を無駄にした挙句、いとも簡単に彼女を作ってデートをしているのだ。ましてはその相手はミスコン獲得者。しかもただのミスコンではない。IS学園という美少女率ナンバーワンの学校でのミスコンに輝いた相手だ。つまり(自分で言うのもなんだが)事実上高レベルの美人である。さらに家事スキルの大半を占め、主婦としても生きていける存在。本当に自分で言うのもなんだが完璧なステータスを持っている女を彼女にしているのである。……まぁ、弾もそれなりにかっこいいんと思うんだけどな。

 特に母親に関しては大激怒だ。「無駄」とは言い過ぎかもしれないが、それなりに学費を払っているのにほとんど無駄にしているのだから。

 

 しばらく時間が経ち、「準備中」になっている札を確認して俺たちは再度中に入る。

 中には待ってましたと言わんばかりに待機する三人がいた。父親は数年単位の出張をしているので、中々帰ってこないらしい。

 

「悪いのだけれど、しばらく出て行ってくれないかしら?」

 

 母親と思われる女性にそう言われたが、こっちも丁寧に返す。

 

「それはできません。私は本日、弾君の援護をするためにこちらに伺いましたので」

「……援護?」

「はい。どうやら、娘さんの五反田蘭さんがIS学園に入学を希望しているとか。それを止めさせるための援護に来たのです」

 

 五反田蘭が驚き、兄である弾を睨む。……やっぱり、あの時冗談で言ったことを実行に移すべきだったか。

 

「それは家族の問題よ。この子とどういう関係かは知らないけど、あなたには関係ないこと―――」

「聞けば、あなた方は彼の言葉に耳を貸さなず、ただ蘭さんの入学を許可しているとか」

「それはあなたには関係ないでしょ」

 

 早速食いついてきてくれる。まずますと言ったところか。

 

「おめぇさん。アンタがこの話に介入して一体何の得があるってんだ?」

「得、ですか? 敢えて言うなら、家庭内での彼の立ち場の回復です。むしろあなた方は彼を誇るべきですよ。虐げてくる妹のためにIS学園というものがどういうところかを調査してきたのです。だと言うのに、あなた方はそれを無視するなんて………よほど、頭がおかしいと見えます」

 

 女二人が立ち上がると、同じように、そして二人よりも早く立ち上がった弾が俺の前に移動した。

 

「弾、あなた。ここ半月ほど学校に行ってないみたいね。毎日家に電話がかかってきたわ。一体どうつもり? 成績もまともに取れないあなたが―――」

「その代わり、俺はとんでもない力を得たけどな。そして色々としごかれた……」

 

 遠い目をし始める弾を小突いて正気に戻す。

 

「ですが、弾君の説明では不足し、納得できなかった部分もあるでしょう。だから今回、IS学園に所属する私が助っ人に来たのです」

 

 瞬間、三人が俺の方を驚いて向く。

 

「……IS学園……所属?」

「はい。今年で二年生になります」

 

 途端に空気が変わった。まさか目の前に立つ女に見える男がそうだと思わなかったのだろう。

 

「ああ、ご安心を。あなた方の態度や評価が変わることはありません。「あそこの家は男に厳しい」って言ったところで今の世の中のことを考えると普通と判断されるでしょう。学園には、この家を超えるほど酷い方々がたくさんいますから」

 

 その言葉に安堵したようだ。

 

「では聞かせてください。どうしてあなたはIS学園にいながら兄の味方をするんですか?」

「理由としては、あなたの入学する動機が気に入らないという点です。聞けば、あなたは一年の織斑一夏君がクラスメイトと同居をしているのがきっかけだそうですね」

「何か問題が?」

「問題はあります。ですがその前に、五反田蘭さん、あなたはキャノンボール・ファストを見に来られていたようですが、それでもIS学園に入学する気ですか?」

 

 早速手札を切らせてもらった。

 するとあのことを思い出したのか、少し顔を青くするが彼女は言った。

 

「もちろんです」

「では、あなたは今まで虐められたことは?」

「ありません」

「……聞けば、あなたは非常に成績が優秀だそうですね。先程見たように、実家のお手伝いをするほどの余裕があると見える」

「そのように教育を施してきましたから」

 

 今度は母親の方が答えた。……っていうか神樹人なのか? 母親というよりも姉の方が印象強い。

 

「確かに、蘭さんが通っている「聖マリアンヌ女学院」は大学まで行けるエスカレーター式で、IS学園に匹敵するほどの高学歴学校。そんなところに通っているなら、適応も十分早いと見込めるでしょう。では最後に、あなたはIS学園に入学して、何かしたいことがありますか?」

「やりたいことでしたら―――」

「先に言っておきますが、あなたが思いを寄せている織斑一夏君は専用機持ちの中でも最弱。そして彼自身、自分が弱いことを自覚していません。ましてや彼は他人を守ることを信条にしているようですが、機体も集団相手に戦うのに向いていません。そして何より、彼にはその技量はありません」

 

 そう断言すると、女二人は苦い顔をする。

 すると、爺さんが厳しい表情で口を開いた。

 

「そこまで一夏の酷く言うが、お前さんの技量はどうなんだい?」

「………技量、ですか」

 

 俺は思わず唸る。このまま行けば、弾とこの爺さんを戦わせられなくなる気がしたのだ。

 どうしようかと本気で悩んでいると、弾が言った。

 

「祖父ちゃん、その前に俺と手合せしてくれ」

「何?」

「弾、あなた―――」

「学校サボっていたことは悪いと思ったけど、そこの頑固ジジイを俺の手で潰さないと意見を押し通すことはできないと思ってな。もちろん、休んだ分の倍は勉強したさ……10回ぐらい死にかけたけど」

「………」

 

 あのババア、俺の友人になんてことをしてんだよ!?

 呆れながらが頭を抱えていると、爺さんがニヤリと笑って言った。

 

「良いぜ。表出ろや」

 

 それを聞いた弾は少し身を引いたが、俺はそっと耳打ちして落ち着かせてやる。

 

「大丈夫。これまでの相手を思い出すのよ」

「……そ、そうですね」

 

 一度深呼吸して瞼を閉じ、落ち着いたのか瞼を開けて先に外に出る。

 俺は椅子をどけてついていくと、三人も外に出た。

 

「覚悟はいいか、クソガキ」

「それはこっちのセリフ―――だっ!」

 

 コンクリートを蹴って前に出る弾。爺さんの方は動かず、その場で待つ。

 瞬間、少し前に移動して弾が振りかぶる拳を避けるように腕を残して移動する。カウンター狙いだ。

 だが当たる瞬間、弾はその腕を踏んで上に飛ぶと同時に顔面を膝で攻撃する。

 

「お祖父ちゃん!」

「お父さん!?」

 

 まさか弾の攻撃が当たるとは思っていなかったのだろう。ジジイの方もバランスを失い、後ろに倒れるが受け身を取って後頭部に当たるのは阻止された。

 だが、背中を地に着けたのは弾にとって大きく、着地と同時にターンして思いっきり頭を蹴った。

 

「このガキャ―――」

 

 無理やり立ち上がる爺さん。そして怒りを露わにして思いっきり殴りかかってくるのを少ない動きで回避。出された右腕がすぐに動かせさせないように左腕のジャブを入れる。

 

「テメェ!!」

 

 今度は左腕が迫る。回避するが間に合わずつかまり、そのまま壁に激突しそうになるが、内側に回って自ら「石」になって躓かせた。

 

「うぉっ!?!」

 

 自らも食らうが、それでも油断していた爺さんには効果が発揮される。バランスを崩して他人の塀に激突しそうになるのを、俺が止めた。

 

「―――これいくらいでいいのではないのでしょうか? これ以上するなら、壁に激突する程度ではすみませんよ?」

 

 鎖で受け止めてから爺さんにそう言うと、歯軋りしながら「わぁったよ」と答えて弾を解放する。

 

「……弾、あなた……学校サボってどうしてこんなことを―――」

「それはあなた方が原因でしょう」

 

 弾が答える前に俺が答える。

 

「あまり他人の家庭環境に口出しするのは趣味ではありませんが、今の時代だからこそ成績が悪いなどの理由で子供を見捨てるのは止めておいた方が良い。このように、いざという時にあなた方が予想もしない力を手に入れている可能性もあるのです。特に、あなたたちが女性であるならなおさらですよ。時に五反田蘭さん、篠ノ之束博士が世界に配布したISコアの数はいくつか答えられますか?」

「……よ、467個」

「正解です。まぁ、これは基礎問題なので答えて当たり前なのですが……では、世界の人口は約何人?」

「……た、確か70億人?」

「単純に計算して、70を2で割れば35。つまり、女性は約35億人いることになります。そして、すべてがIS操縦者になるのを夢見て努力しているとすれば、35億人がたった467個のISを奪うことになるの。IS学園で学べる生徒が「エリート」呼ばわりされているのは、大半の授業がISに割り当てられている分、より有利に時間を割ける。でもね、実際はそうじゃない。訓練機を使用できるのは、学園の生徒三学年含めて日によって差はあるけど30人ぐらい。特に一年生は中々回って来ないのもあるし、教員は女尊男卑という「男より強い」というプライドの塊。それなのに本当に使えず、むしろ全員解雇して血の気が多いのを入れた方がマシなんじゃないかと思うぐらいよ。それにあなただって、この前のことはよく知っているでしょう? 去年まではともかく、今年は特に酷い。おそらく、二人の男子のせいね。特に裏の人間はもう理解していると思うわ。「桂木悠夜を相手にするより、織斑一夏の方が楽だ」って。つまり不用意に織斑一夏君に近付けば、あなたも無事では済まないわ」

 

 途中で愚痴を混ぜてしまったが、どうやら女二人は気付いていないようだ。

 

「するてぇと、アンタは蘭に「これ以上、一夏に近付くな」と言いたいのか?」

「はい、そうです。……ここから先は聞かれてマズい話になりますし、中でお話ししませんか?」

 

 本当は結界を張ればどこだろうと関係ないが、外だと結界から出ると急に人が現れたように見える……と思う。

 なので中に入るように言うと、母親は爺さんの治療をしながら聞き始めた。俺たち三人は席に座って話を始める。当然、結界を張って時間制限を設けるのも忘れない。

 

「さて、五反田蘭さん。さっきはあなたの説得に来たって言ったけど、本当はその説得でも様々な理由があるの」

「さ、様々な理由、ですか?」

「そう。私はただあなたを止めに来たのではない。場合によってはあなたはIS学園に入学せざる得ないわ」

 

 弾は驚きを露わにするが、手を挙げて制す。意味を理解したのか、黙った。

 

「弾君から聞いたけど、あなたのIS適性は「A」のようね」

「はい。それもあって、IS学園に入学しようと思いまして………」

「IS適性が「A」の人って、世界中で100人もいないって知ってる?」

「そうなんですか? 私はてっきりもっといるのかと―――」

「中には訓練を重ねて「A」になった人もいるって話もあるけど、何もしていない時点で「A」というのは珍しい話なの。「S」ランクだと10人もいないって話だけどね。ともかく、「A」だと希少な分、様々な特典がもらえるの。毎年7月に行われる臨海学校ぐらいまでに専用機が支給される可能性もあるわ」

 

 現に楯無がまだ生徒会長でない頃、日本から専用機を支給すると言う話があったらしい。

 

「でもね、それによって妬みや恨みを買うこともある。「ちょっと適性があるからって」、「そんな理由でもらえるなんて」ってね。今年は一人、専用機をある筋からもらっていたけど、表沙汰になっていないだけだけで彼女に対して嫉妬を向けている人間はいたわ。当然よね。何かが評価されたわけじゃない。その生徒よりも上の成績を納めた人間はたくさんいる。なのに、何で彼女が? わかっていると思うけど、同じ国の代表候補生から執拗な虐めが始まる可能性もある。あなたはそれに耐えられる?」

「そ……それは……」

「言っておくけど、人を一人本気で潰そうと思えば案外できるものよ。あなたの家が定食屋であるなら、その評価を塗り替えればいいだけ。特に何も知らないニートやフリーターは面白がってするでしょうね。特に男のフリーターの大半が女尊男卑の影響が強くて働きたくても働けない現状にあるのだから」

 

 今では女が優先的に取られることが多いって話だから。それに自分の腕を信じて別分野だったISの整備業をしていた人間が、触れて高が数年程度のIS学園生のためにリストラされたって話も聞くし。そんな状況でコネと適性でISをゲットしたら、炎上して周りに被害が起きるのは必然とも言えるだろう。

 

「だから先輩として言っておくわ。よく考えて結論を出しなさい。高がひと時とも言える恋愛、そして量産できるほどの情報が開示されていない兵器として捨ててもおかしくはないレベルの物に対する憧れだけで高校生活を無駄にするか。それとも今まで通りの生活をして、これまで通りの道を歩んで安定的な企業に就職するか。場合によっては公立高校に入学して、新たな恋愛をしてもいい。あなたは―――というよりもあなた方は弾君のことを否定しているけど、彼はあなたのことを思って行動をしているのよ。それに、本気で戦って女が男に勝てると思ってるの? 今の女が立ち場だけ。私のような例外を除けば、基礎体力で女が男に勝てないわ。そうじゃなかったら、性的暴行を加えられるわけがない」

 

 そう言うと、妹は弾を軽蔑するように見るが、それを机を叩いて止めさせた。

 そのこともあって怯えるように見てくる妹。とはいえこれ以上必要はないか。

 席を立って、俺は最後に母親と祖父の方に立つ。

 

「五反田弾君は本日をもって家出を終了し、これからはここで暮らすとのことです。それが受け入れられないなら、彼とは今後会わないように取り計らない、彼の物と位置付けたものはすべて回収します。必要とあらば絶縁させて、然るべき手続きを行って新たに彼の能力を生かしてくれる親も保護者も紹介しましょう。私には何人か心当たりもありますしね。ただ、お忘れなきよう。今は女の立場が上になっているだけに過ぎず、法律では男の人権も十分保障されています。望めば彼に最適な環境を与えることも可能だと言うことですよ。それはあなた方にとっても困ること―――」

 

 するとドアから誰かが入ってきた。何やら怪しげな格好をする人間だが、政府関係ではなさそうだ。

 

「五反田ぁ! テメェ、金の用意はできてんだろうなぁ!!」

 

 …………えーと。パターン的にガラの悪い人に絡まれている感じだよな?

 どうしようか……というか、二度と抗えないように少々痛めつけようかと思っていると、ガラの悪い人たちの後ろからハツラツな声が響く。

 

「ただいま~」

「え?」「は?」「嘘だろ!?」「………嘘」

 

 四人が信じられないと言わんばかりに各々声を出す五反田家。見ると、髪が黒い男性の容姿は以前の俺のように悪いと言わざる得ない感じだった。……どこかで見たことがあるような気がしなくもないが、どこだったか?

 

「おいテメェ。今こっちが取り込み中だ。とっとと失せろ」

「あ~、やっと帰れたよ~。いや、悪いねぇ。研究がかなり長引いちゃってさ。あ、弾。大きくなったね。もう僕を超えた?」

「おいオッサン―――」

 

 伸ばされた腕が茶髪の男性に向かって飛ぶ。それを受け止めて阻止すると、視線がこっちに向けられ始めた。

 

「おいねぇちゃん。邪魔してんじゃねぇ」

「待て。それよりもその女を捕まえろ」

「へい」

 

 言われてすぐに囲み始める。にしても、やっぱり俺、裏家業相手に余裕すぎるだろ。

 

「おい五反田、この女を解放してほしかったら大人しく慰謝料出せや!」

「………あの、人質を今すぐ解放した方がいいと思うんですけど…」

 

 おい弾! 今それを言っちゃだめ!

 

「あぁ? 何言ってんだガキ! こいつは―――」

「あ、もしかして君、悠夜君!?」

 

 そして茶髪の人は何で俺の本名を知ってるんだ?!

 その声で他の全員も一気に俺の方に注目する。一応、囲まれているというのに茶髪の男性は平然と俺の所に近付いてきた。

 

「あ、やっぱり悠夜君だ。久しぶり」

「………えっと……」

「ほら、覚えてない? 桂間主任の部下で、「反田(はんだ)(じん)」っていたでしょ?」

「………あ!」

 

 そう言えばこの人、家族に会えるからって思いっきり酔った人だ。うわぁ、かれこれ7年ぶりだ。

 

「お久しぶりです、反田さん」

「うんうん、久しぶり。でも何で女装? それに声も女性だし、もしかして主任が趣味で開発してた変声機を使ってる?」

「ちょっと色々と訳ありで……」

「いやぁ、でも凄く似合ってるよ。ホント、違和感ないくらい」

 

 ………IS学園でミスコン取ったとか言ったら、卒倒するだろうな。

 二人で話していると、やーさんが5人、五反田家の4人が呆然としていた。

 

「………親父、もしかして知り合いなのか?」

 

 先に復帰したらしい弾がそう尋ねると、反田さん……もとい、仁さんは「うんうん」と頷いて答えた。

 

「だって彼、小学生の時から色々やらかして、中学生の時に日本に来ていたマフィアをたった一人で倒した猛者だからさ。そりゃあ、うちの会社では主任並に有名人で、三月には警察機動隊をたった一人で壊滅しているし」

 

 一瞬でその場が凍りついたように見えた。

 

「……あの、それって言っちゃっていいんですか?」

「別に良いと思うけど。あ、そうそう! ほら、この子が君の妻にしようとしていた娘の蘭。可愛いでしょう?」

「……………」

 

 そう言えば、そんな話をしていたなぁ。あの時は本気にしてなかったし、というかよく酔っていた時に事を覚えているなぁ。

 当の本人らは言うまでも困惑している。

 

「おいテメェら! さっきから無視してんじゃねぇ!」

「あの、反田さん。そう言うのは後で―――さっきからヤバそうな人が―――」

「良いって、良いって。蓮、悪いんだけど食事を―――」

 

 すると椅子が蹴られ、それが妹の方に飛んでいく。とっさに弾が割って入ろうとするが、弾の前で椅子は止まった。

 

「おいテメェら、さっきから調子に乗りやがって。俺らは泣く子も黙るナキヤ組やぞ! それを無視するったぁ、どんな目に遭わされても良いってことだよなぁ?」

「……やれると、思っているんですか?」

 

 仁さんから離れ、俺はナキヤ組構成員の前に立った。

 

「なんだ、変態。テメェみたいな勘違い野郎はとっとと帰れや!」

「はいはい。あなたたちの言い分は外で聞きます。ですから、ここは大人しく外へ―――」

 

 ―――ゴッ!

 

 突然、ぶん殴られた俺はそのまま倒れる。すると構成員の一人が俺の腹部を踏んだ。

 

「は! ゴミ野郎が粋がって―――」

 

 ―――ゴキッ!!

 

 とりあえず、殴った奴の右腕は脱臼させておく。そしてそのまま地面に叩きつけて、俺はそいつの顔を踏んだ。

 

「―――やれやれ、小物風情が随分と粋がってくれる」

 

 変声機を使わず、そのままの声で話し始めた。

 

「……あの、悠夜さん、女装はもういいんですか?」

「ああ。そもそも反田さんのせいで俺が男だってバレたようなもんだからな。別にいいだろ」

「………テメェ、まさか」

 

 構成員の一人が俺に気付いたようだ。

 

「何で……何で男性IS操縦者がこんなところにいるんだよ!?」

「そうか。だったら殺せ! ISが無い今なら殺せる!」

 

 銃声が鳴り響く。それが俺の頭にぶつかったが、それは凹んで地面に落ちた。

 

「………いってぇな」

「……何で銃が利かない?!」

「そう言う体質なんだよ、俺は」

 

 今度はこっちの番だ。

 俺は男の一人を思いっきり殴り飛ばす。だがこのままでは厨房の方に行くので、鎖を使って引き戻して重力で引き戸を開けて外に投げた。

 

「さて、次は誰だ? 生憎こっちは救いようのないゴミ野郎のせいでイライラしてるんだ。なぁ? テメェらって強いんだろ? だったら俺と―――俺の気が済むまで遊ぼうぜ?」

 

 そう言うと何人かがビビり始める。どうやら期待はできなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五反田蘭はその惨状を生み出した男に心から恐怖を抱いていた。

 相手は以前、営業妨害をした奴らで、そいつらは厳が殴って追い出したのだが、今回は慰謝料を請求しに来たらしい。一人を捕まえて吐かせたところ、悠夜が身の毛がよだつほどの満面な笑みを浮かべて言った。

 

 ―――じゃあ、金さえ払ったらサンドバッグになってくれるよな?

 

 ちなみにその男がそれを吐くまで3本の指があり得ない方向に曲げられている。さらに銃弾は聞かず、殴ればたった一発でも気絶するほどの威力を持つ拳だ。男たちはすぐさま降参して、今も理不尽な誓約書にサインを押すか押さないか迫られている。ある意味、酷い男である。

 

「……ねぇ、お兄。何であの人を連れてこれたの?」

「………この惨状を見れば思えないかもしれないけど、本当に良い人なんだ……普段は」

 

 ―――そんな風には見えない

 

 だが蘭は、さっきまで冷静に自分に対して説得と説明をする女性……もとい、男性を見ているため、完全に否定することはできなかった。

 さらに父から説明を受けたところ、あの「ルシフェリオン」で優勝したのも彼だという。そんなチート人間が説得に来たことすら受け止めきれなくなっている彼女の思考はさらなる混乱を生んだ。そして、その恐ろしさから思い始めたのだ。

 

 ―――IS学園の入学、もう少し考えようかな




ということで、目の前でその恐ろしさを目の当たりにした彼女は本気で考え始めました。相手はヤーさん。銃弾利かない。人は吹っ飛ぶ。ISのおかげと言われればそれまでですが、今の彼女にそんな余裕なんてありませんでした。



・キャラ紹介

五反田 仁(ごたんだ/じん)
原作未登場の弾と蘭の父親。原作準拠だったら多分彼は入り婿である。……たぶん。
「反田」は所属する企業で使用している偽名。修吾の部下で、何度か悠夜と交流がある。また、酔っぱらった勢いで蘭を嫁にという話をしているが、悠夜に本気にされていなかった。企業の研究部に所属していて、数年単位で帰ってこない。


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#126 シスターズパラダイス

お待たせしました。
しばらくはこんな感じの投稿スピードになるかと思われます。


 あの騒動が終了して、俺はすぐに家に帰った。髪の毛も元の短髪に戻っているし、今は男の格好でのんびりしている。

 

「兄様、お風呂が沸いたそうです」

「そう。じゃあすぐ行く」

 

 ……いかん。妙に女口調になっている気がする。

 ラウラがいなくなったのを確認した俺は、思考を切り替えて着替えを持って風呂場へと急ぐ。

 ここで気を付けなければならないのは、ババアとラウラと幸那がいることだ。

 気配を感じるのは後にし、衣類などで誰かがいるかを判別する。見た感じ、誰かがいるってわけではないな。

 

 ―――だが、ラウラの場合はそう言うわけには行かない

 

 最悪の場合、洗濯物を隠している可能性すらあるのだ。ここは慎重に気配を探る。

 

 ―――ちゃぷっ

 

 よし、いた! 今絶対誰かいる! ここで入ったら間違いなく人としてアウトだ!

 妙に確信めいた俺は、先に目的をすますことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ。流石は兄様」

 

 トイレから成り行きを見守っていたラウラは、二人分の着替えを持って洗面所に入り、洗濯機の上に置いた。

 そして風呂場への引き戸を開けると、中は暗いだけで誰もいない―――のだが、ラウラは構わず風呂蓋を開けた。

 中には水着姿の幸那がいて、ラウラの姿を見るやショックを受ける。

 

「……兄さんじゃないんだ」

「悪かったな。どうやら思っている以上に、兄様の気配察知力は高い様だ」

「せっかく、水着姿で迫ろうとしたのに……」

 

 そんなことをすれば、逆に気絶する可能性すらあるのだが、彼女らの頭にはそんなことがなかった。

 今回、悠夜は二人を引き合わせると言う大失態を犯してしまったのである。二人は勉強をする傍らに作戦会議をして、二人で協力して決行したのだ。今回のそれも、まず幸那が悠夜に抱き着き、ラウラはすぐに服を脱いで同じように抱き着いて無理やり一緒に入れるという理性崩壊待ったなしの行動に出たのだが、並みではない成長によって、誰かが風呂内にいると察知されたのだ。

 

「………こうなったら、残る手段は―――」

「アレしかないな」

 

 二人の脳内には今、一つのアイテムがよぎっている。そしてそれは意外にも、二人の可愛さを引き出すのにうってつけのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋のドアをノックすると返事され、ドアを開ける。

 普通、老人と言えば和室と言うイメージがあるが、桂木陽子の場合は好んで洋室を使っている。ここだけでなく山奥の方もだ。

 

「何じゃ、悠夜」

「ちょっと聞きたいことがあってな。………何で、あの時に楯無や虚さんも話し合いに同席させなかったんだ?」

 

 忙しいにしても、後から話せばいい。だが二人からはそのことで一切の話がなく、当たり前のように時間が流れていた。

 

「………なぁに。まだ二人には早いと思ったまでよ。それに、あの三人はお主に好意を寄せておるからの。簪はともかく、本音とラウラには知った方がいいじゃろうて」

「……楯無は知らなさそうだが?」

「…………まぁ、あの娘はの」

 

 楯無が俺に惚れているとは思わない。だが、簪の姉であり、同様の能力を保持していると考えてもおかしくはないだろう。―――つまり、関係者である彼女が仲間外れにされるのはおかしいのではないか、と言う話だ。

 

「なんじゃ? まさかようやく、あの娘が好きになったのか?」

「それはないんだが、ちょっとまずくなってな。楯無に能力の使用方法を教えてほしいって言われてな」

 

 それを聞いた瞬間、ババアは固まった。

 

「………嘘じゃろ?」

「こんな嘘をついたところで、一体何のメリットがあるんだよ」

「…それもそうじゃな。だとすれば、少々まずい」

「?」

 

 何が問題なのかわからない俺は首を傾げる。ババアはため息を吐いて説明した。

 

「お主と簪、そして楯無とでは大きな差がある」

「………胸の大きさ?」

「確かに揉み心地はよさそうじゃのう。一度捕えて何度も揉んでみたい―――じゃなくて、想像力じゃ。お主は能力を使う時、何を糧にしている?」

「いや、何も………」

 

 たぶん俺の中にある魔力とやらを糧にしているだろうが、俺にはその自覚がない。

 

「体内エネルギーじゃよ。お主はそれを無意識に使用し、消耗しておるのじゃ。それもかなりの量をな。そしてそれは、能力を使うだけではない。十蔵から聞いておる。お主、襲撃があるたびによく寝ているそうじゃな」

「………」

「言っておくが、体内エネルギーと一言に言っても人がそれぞれ持つ体力だけではない。……お主は何故、神樹人があれだけの能力を行使できるか知っておるか?」

 

 唐突にそんなことを言われた俺は、すかさず答えた。

 

「ト○オン器官みたいなものが、体内にあるから?」

「そうじゃ。名は「サイコヴェガ」。その部分から能力に必要なエネルギーを摂取、放出することで力を行使することができる。じゃが、それだけではダメじゃ。必ず、ヴェガからの供給と同時に想像力による物質の操作のイメージが必要になる」

「………ええと」

 

 つまりは、想像力とエネルギーの二つを使わないと、エネルギーを行使することはできないってことでいいのだろうか?

 

「ちなみにじゃが、エロいことを考えながら能力を発動すると発情する」

「何故それを今言った?」

 

 ババアの発言にため息を吐いていると、ババアは遠慮なく言ってきた。

 

「正直に言うが、悠夜、お主の能力は既に上位の位置にある。少なくとも、生身でISを相手取ることなんぞ容易じゃろう。例えそれが世界最強と言われる織斑千冬が、第四世代とやらを手にしてしたとしてもの」

「………さぁ、それはどうだかな」

「とか言って、随分と余裕が顔に出ているぞ」

 

 そ、そりゃあ……本気で殺しに行ったら訓練機だったら勝てたし。ISでも案外どうにかなるんじゃないかなぁって思う。

 

「で、一体何が言いたいんだよ」

「つまりじゃ。今のお主の立場なら彼女を作ることなど造作もないということじゃ」

「いや、何でそうなる」

「? そりゃあお主、自分の立場を気にして何もしないからじゃろう? 別に王族なのじゃし、100や200ぐらい孕ませて、子供が1000人超えたとしてもなんら問題ないのじゃし」

「個人的に問題しかねえよ」

 

 100や200って、俺にそこまでの体力はない。

 

「まぁ、多少は女にも手を出してみればいいのでは、と言う話じゃ」

「………いや、あのなぁ」

「なら聞くが、お主はラウラが他の男―――例えば織斑一夏に寝取られたとか」

「やだなぁ。そうなったら姉諸共殺してその状況を全国ネットで無修正で流すしかないじゃないか」

 

 おそらく、解体されていって各パーツが並べられていく……なんて程度のものだろう。些細なことだ。気にするな。

 

「………………つまり、そういうことじゃ。少しはそのことも考えるんじゃな」

「って、脱線しまくったが、結局はどっちなんだよ」

 

 なんだかんだで話を逸らされている気がする。

 

「別に構わんよ。ただ、あの娘がうまく扱いきれるかどうか……」

「………なら、いいけど」

 

 素質なら十分だろうよ。だって日頃から水を操る機体を操作しているわけだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そろそろ、考えろか

 

 王族って言っても没落しているようなものだし、再興しようにもそれだけの金はないし。

 父親から少しは金をもらっていたけど、それはほとんど消えているしなぁ……趣味に。

 

(でも、ラウラにはまだ早いだろ………)

 

 幸那は論外。そもそも、日本の結婚可能年齢は男は18歳、女は16歳だ。楯無や虚さんはすでに超えているが、それとこれとは話は別である。

 そんなことを考え、濡れた髪をタオルで拭きつつドアを開けると、そこには人間サイズの猫が二匹いた。

 

「……何、やってんだ?」

 

 確かにまだ9月は暑い……とはいえ、流石に胸部とパンツ、そして猫耳カチューシャだけでは寒すぎるはずだ。

 その格好をした銀髪ロングと黒髪ロングは俺を確認するや否や、すぐに近く寄ってきた。

 

「「にゃ~」」

 

 俺の理性が超合金でなければ、間違いなく二人とイケないことをしていただろう。

 考えろ、考えるんだ。今ここで何をするべきか―――つまり彼女らを観察することだ。

 まるでご褒美がもらえる犬みたいに長い尻尾を回す二人。……その尻尾がどうなっているのか気になるが、今は二人を注意する方が先か。

 

「………あのなぁ、そんな格好をして何のつもりだ。恥ずかしいと思わないのか」

 

 大体、いくら可愛くてもその格好は反則だ。猫耳、首輪、面積が少ない布上下に自動的に動く尻尾……そこまではまだいい。色も幸那が黒でラウラが白と全体的に統一されているし、はっきり言って贔屓目抜きで可愛い。

 だが、さっきあんな会話をしていたタイミングで、その格好をするのはいただけない。しかも下手すれば二人を向いて襲うことだってあり得なくもないのだ。いや、むしろ襲いたい。今すぐどちらにもキスしてそういうことをしたい―――って、何を考えているんだ俺は!?

 相手はどちらもまだ体ができていない女の子なんだぞ! しかもどういうことなのかどちらも美少女。片方はまだ中学生だ……容姿だけ見ればラウラは小学生でも通りそうだけどな。

 それなのに襲いたい? キスしたい? バカか俺は。完全に犯罪者じゃねえか!!

 

「そりゃあ……恥ずかしいけど……兄さんが好きそうな格好だから……」

 

 相手は脱ぐ気満々なようだ。って、何でだよ! 落ち着けよ! いや、好きだけどね!

 いや、ホントもう俺の股間が限界を迎えそうだ。相手は中学生なのに、もしかして俺ってロリコンだったりするのか?

 

(いや、落ち着け……俺の理性は固い。だから、ここで耐えきって見せれば――――)

 

 意志を固める。そして目の前に存在する煩悩に耐えきるんだ。

 それを心の中で叫んでいると、脳内である言葉がよぎった。

 

 ―――他の男に寝取られてもいいのか?

 

 盛大な自慢且つ過大評価だが、正直なところ俺以上の男なんていないと思う。特に戦闘能力で言えばリヴァイアサンの使い手で「零夜」という男ぐらいなもんだろう。

 俺は二人を持ち上げ、どちらもベッドに寝かせる。

 

「………兄様?」

「に、兄さん?」

 

 まさか俺がそんな行動に出るなんて思わなかったのだろう。

 俺はそのままラウラとキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が暴走を始めている頃、簪は自分と一夏が戦っているシーンを再生していた。

 その様子を見ていた楯無は、視線だけで画面の向こうにいる一夏を殺しそうな簪に戦慄している。

 

 何故学年が違うこの二人が同じ部屋にいるというと、簪が一夏と組む条件として癒しを求めた結果、楯無と共に悠夜と同居させるように楯無に働きかけたからである。完全に権力を私用で使った結果だ。もっともこの場合、「使った」というより「使わされた」と言うのが近いだろうが。

 

「あの、簪ちゃん……?」

「何?」

「………ごめん。なんでもない」

 

 そう言って楯無は掛布団で自分の体を覆い、まるで何か脅威から守るために体を丸くする。

 

(……どうして、こうなったんだろう……?)

 

 つい最近まで「大人しい」と言う印象が強かったはずの簪。だがそれは、悠夜という存在で完全に変わってしまった。

 能力を行使し、強力な機体を使い、今では自分ですら及ばない存在ではないか―――楯無はいつの間にかそう思うようになった。キャノンボール・ファストの時、自らかって出てスコールを倒しに行こうとしたのは、「そうではない」と証明したかったからかもしれない―――だがそれも、有耶無耶になるどころか成功せず、悠夜が切れてようやく向こうも本気を出し始めたようなものだ。

 

(……簪ちゃんが、強くなってくれるのは私として嬉しいことだけど……)

 

 それでも内心、楯無は喜べなかった。

 自分の立場―――「楯無」が自分から消えるかもしれないのだ。

 

 ―――もっとも、それは彼女がすべて知った時、喜ばしいことなのかもしれないが

 

 しかしそれは、()の彼女には関係ないことだ。

 彼女はもう、「裏」がどれだけのものかを知ってしまった。いくら簪が自分を超え、「楯無」としての適性があると見出されたとしても、今の彼女は譲る気はない。

 

 ―――いや、譲りたくない

 

 譲ったら最後、自分と同じ―――いや、それ以上の苦しみを遭う可能性がある。冷静に考えれば、簪を生徒会に誘うべきじゃなかった。そこまで後悔していると、何やら騒がしいと感じた楯無はベッドから出る。簪はおらず、玄関の方から誰かが簪を責める声が聞こえた。

 楯無は音を立てず廊下側のベッドの近くの壁に移動すると、誰かが叫んだ。

 

「―――いい加減にしなさいよ!」

 

 鏡で確認すると、女生徒がたくさんいる。その内の一人が簪に掴みがかった。

 

「他の専用機持ちから離してくれたのは感謝しているわ。でもね、独占した挙句にボロボロにするってどうなのよ!?」

「今日、彼はインタビューがあったんでしょ? だったら手加減するとか、そういうのを考えなかったわけ?」

 

 一人は温厚そうだが、それでも簪に対して厳しい目を向けている。

 すると簪は楯無が「庇おう」の「か」の字を思いつく前に言った。

 

「―――あんなの、いてもいなくても一緒だもの」

 

 瞬間、周囲が凍りついたような気がした。

 一見、簪の行動は厳しい鬼教官が「実戦形式」で鍛えているようにも見えなくはない。だが、当の簪はあろうことか「いてもいなくても一緒」と言ったのだ。つまり―――最初から簪は一夏のことをどうでもいいと思っているのである。実際、簪自身も「一応はあることを目的に鍛えているけど、ならないならそれはそれで構わない」としか思っていない。もしならなければ、「耐久値が少ない盾」程度だと思っているのだ。

 

「………最悪ね、あなた。何でこんな人が専用機持ちになれるのかしら?」

「簡単な話、あなたたちよりも私が強いから」

 

 瞬間、一人が簪を叩いた。

 

(―――ちょっ!?)

 

 今すぐ出て行きたい衝動に駆られた楯無だが、すぐさま踏みとどまる。

 

「ふざけんじゃないわよ! 姉の七光りで専用機をもらったくせに!!」

「………コネがない人は苦労するわね。可哀想に」

 

 仲裁するために楯無は出たが、それよりも早くさっき叩いた女生徒がもう一度簪を叩こうとした瞬間、簪が先に相手の耳を掴んで相手を柱にぶつけた。さらに悪いことに、相手は庇うために手を前に出していたため中指が突き指してしまったのである。

 いや、むしろその程度で済んでよかったかもしれない。悠夜という悪魔や魔王、死神の称号を持つ男の影響を受けている簪が相手ならなおさらだ。

 

「ちょ、簪ちゃん?!」

「あ、お姉ちゃん。起こしちゃった?」

「そ、そういうことじゃないでしょ?! 今何をしたの―――」

「別に。ただ頭蓋骨を割ろうとしただけ」

 

 何でもないと言わんばかりに簪がそう言うと、他から楯無に疑問が飛んだ。

 

「どうして生徒会長がここにいるんですか? ここ、一年寮ですよ!?」

「前もここにいたんだけどね。今回はちょっと―――」

「桂木悠夜専用抱き枕として、同じ部屋にいるというだけ」

 

 楯無の代わりに簪がそう答えると、初耳のことに楯無は驚いてしまう。

 そしてそれは他も同じのようで、非難の目が簪―――そして楯無にも向けられた。

 

「本気ですか!? 何でまだ、あんな男に拘るんですか!?」

「そうですよ! あんな野蛮人と一緒にいるなんて―――」

 

 それを聞いた瞬間、簪は静かに笑った。ただ視線は先程よりも見下しており、その目を見た一人は簪を睨みつける。

 

「何よ。何かおかしいって言いたいの!?」

「……別に。ただ、可哀想だなって思っただけ。そうやって何も知らないくせに、悠夜さんを非難して恥ずかしくないのかなぁって思って」

 

 その言葉に今度は別の生徒が簪に掴みかかろうとしたが、それよりも早く簪が腕を取ってその場に倒す。

 

「簪ちゃん、待って。それ以上は―――」

「お姉ちゃんも知らないんだから黙ってて」

 

 そう言って簪は伸びてくる腕を掴んで壁に叩きつける。

 

「簪ちゃん!」

「―――これは一体何の騒ぎだ!!」

 

 怒号が辺りに響く。まだ夜8時すぎと言うことで寝ている者が少なく、また目の前の人だかりを見てその声の主は叫んだ。

 

「お、織斑先生……」

「一体これは何の騒ぎだ?」

 

 近くにいたギャラリーらしい生徒に尋ねると、彼女も興味で来たからか全貌を理解していないのだ。

 視線を人だかりの方へと向けるのを見た千冬はその方向へと進むと、簪の姿が顕わになる。

 

「またか」

「今回の発端は彼女らですが?」

 

 そう言って簪は視線を移動させ、怪我をしている生徒たちを千冬は見た。

 

「……何故怪我をしている?」

「あ、あの人がしたんです! 私は何もしてないのに―――」

「織斑先生。彼女は外科よりも脳外科の方かもしれません。記憶障害が発生している可能性があります……クスッ」

「アンタねぇ!!」

 

 掴みかかろうとした生徒の一人を千冬は抑える。

 

「まぁいい。ともかく今回の関係者は寮長室に来い。全員な」

 

 渋々と言った感じに全員が頷き、大人しく従った。

 ただ一人、簪だけは殺気を放っていたが、その荒々しさに誰もそのことに何も言うことはなかった。




果たして悠夜が一線を越えてしまったのか、そして簪たち以下数名はどうなるのか。
それはすべて次回! 乞うご期待!……って堂々と言えるほどの内容なのは悪しからず。


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#127 ただし、限度は守るべきである

しばらく更新がないとか言っていたな。アレは嘘だ。

……気が付けば執筆している。アイディアが思い浮かぶ。これはまさしく何らかの依存症である。


 朝一でペガスに乗って戻ってきた俺は、ラウラを手をつないで登校している。

 だが俺は正直、休みたくなった。

 

(………何であんなことをしたんだろ、俺)

 

 あの後、俺はとんでもないことをしていた。

 今でもはっきりと覚えている。ラウラとキスした後、首やら鎖骨やらにひたすら甘噛みをした。さらにそれを羨ましそうに見ていた幸那にも同じようなことをしたのである。理性吹き飛びすぎだろ。まだ相手は中学生だぞ、おい。

 ちなみにラウラはさっきから嬉しそうに俺と手をつないでいる。さっきから腕を大げさに振っているくらいだ。

 

「桂木君、ボーデヴィッヒさん、おはよう」

 

 振り向くと、そこには一組の実質的なクラス委員長の鷹月静寐がいた。彼女は使えない織斑の代わりに本当によくやってくれていると思う。はーれ……もとい、俺の集団外でもそれなりに仲良くしているであろう女生徒の一人だ。

 

「おはよう」

「おはよ。何か浮かない顔をしているみたいだが、発情した篠ノ之に襲われた?「私の唯一の長所であり、短所でもあるこの乳房に触れてもいいぞ」的なことを言って」

「それはないよ……いくら篠ノ之さんが恋を患っているからって……」

「でもあながち間違いでもないだろ。唯一の長所にして短所……って響きがなんか中二病っぽい」

 

 相変わらずの自分の中二病さに惚れ惚れする。なんて思っていると、鷹月が何か言いにくそうにしていた。

 

「本当に何もないのか?」

「……まぁ、実はあるんだけど……その、織斑君のことで―――」

「…………鷹月、悪いことは言わない。俺たち男性IS操縦者なんかに惚れたってろくなことにならないからな」

 

 割と本気で言っておく。自分で言うのもなんだが、俺はもうかなりの人数をダメにしているからな。

 織斑の馬鹿は本気で理解していないようだが、実際の所、かなりの後ろ盾がない限りまともな恋愛なんてできるわけがない。

 

「それ、聞かれたらマズいんじゃないの?」

「大丈夫、大丈夫。いざって時は本気出すから。精神年齢14歳は伊達じゃない」

「それはまた微妙な数字ね」

 

 とりあえず、わけがわからないらしいラウラは放っておいて話を続けようとするが、下足室のところまで来たので、先に教室に向かう。荷物を置いてから行こうとしたが、先に着いたと言う理由からか、鷹月の方からこちらに来てくれた。

 

「その、さっきのことなんだけど………四組の更識さんが、昨日他のクラスの人と揉めたって知ってる?」

「………馬鹿かそいつら。簪が本気を出したら生身でも返り討ちにあうぞ」

 

 ましてや今の簪は楯無よりも能力者としての質は上だ。そんな奴を相手にどうするというのだろうか。

 

「うん。実際更識さんがもらったのって一発だけらしいよ」

「ともかくそいつらが今すぐすることは、姉から報復がないか警戒することだな………まぁ、流石にないだろうが」

 

 ちなみにラウラはさっきから夢見心地でどこかを見ている。その様子に気付いたのか、鷹月は聞いてきた。

 

「あの、昨日って何かあったの?」

「………認めたくないものだな。自分自身の、若さ故の過ちというものを」

「……はい?」

 

 正直、これ以上は思い出したくないぐらいだ。

 すると鷹月は俺に耳打ちをしてくる。

 

「とうとうしちゃった?」

「………辛うじて、辛うじて一線は超えてない」

「しちゃったんだ」

 

 何で俺は年下の女に微笑ましそうな顔をされるのだろうか?

 じ、実際していないからな。ちょっと行き過ぎたスキンシップをしただけなんだからな!

 

「んで、一体何の話だ?」

「あ、うん。それで更識さんにある女の子が物凄く怒ってて……」

「篠ノ之か」

 

 そういえば、確か篠ノ之と鷹月は同じ部屋なんだっけ。可哀想に。寄らば斬る。寄らなくても斬る歩く辻切り女と同居を強いられるとは、つくづく運がない奴だ。

 

「どうしてわかったの?」

「……まぁ、本音から色々聞いてるし……ああ見えて色々情報を持ってるからな」

 

 そう言うと納得したらしい鷹月。なので俺は話を続けた。

 

「それで、篠ノ之をどうにかしろって言いたいのか?」

「というか、酷くなった時の仲裁? 戦闘になると流石に私じゃどうにもならないし……」

「めんどい……って言いたいけど、鷹月にはいつも世話になっているからな。この心優しきお兄さんが一肌脱いでやろう。ま、最近篠ノ之も丸くなっていると思うし、そんなことは起こらないだろうけど……」

 

 そう付け足して話を終了すると、遅刻ギリギリになった時間に本音が入ってきて俺たちを見た瞬間、頬を膨らませていた。

 

 

 

 

 

 ―――丸くなった……と思っていた

 

 放課後になり、織斑先生と山田先生がいなくなった。予約が取れた第三アリーナに向かおうと思って席を立つと、少し先に終わったらしい簪が教室のドアを開けてロープを投げて織斑を問答無用で回収した。鮮やかな手腕に俺は思わず拍手したが、その行動に待ったをかける者が現れた。

 

「待て!」

「お待ちなさい!」

 

 篠ノ之とオルコットまでも席を立ちあがる。

 

「……何? 時間が惜しいから早くしてほしい」

 

 明らかに鬱陶しそうに対応する簪。昨日のこともあったからだろう。

 

「一夏は疲れている。今日も休ませるべきだ!」

「そうですわ! あなたは一夏さんを過労死させたいんですの!?」

 

 にしても意外だな。ジアンは何故か苦笑いはすれど止めようとしない。織斑を思うことに飽きたのだろうか?

 

「………だったらありがたい」

「何!?」

「何ですって?!」

 

 篠ノ之にオルコット、そして織斑も驚いて簪の方を見る。当然、一組の生徒のほとんどが信じられないと言わないばかりに簪に注目した。

 

「今の織斑君ははっきり言って使い物にならない。戦闘員としても盾としても話にならないレベル。だから、彼に休む必要なんてない。それに昨日は休日なのだから十分に休めたはず」

「一夏は昨日、雑誌の取材に―――」

「それがどうしたの?」

 

 「頭、大丈夫?」と言わんばかりの発言に簪は発言する。一切の迷いはない。

 

「私たちには時間がないの。それにこんなのと組まされている私の身にもなってほしい。せめて上級生の二人のどちらかとなりたかった」

 

 その言葉に織斑が何かを言う前に、篠ノ之とオルコットが切れ始めた。

 俺は席を立ちあがり、今にも暴れそうな状態の二人と簪の間に割って入る。

 

「はいはい、ストップストップ。とりあえず落ち着け」

「これが落ち着いていられるか!!」

「そうですわ! 撤回を要求します!」

「考えてみろよ。今度の大会は実戦形式で、しかも能力アリで俺とガチで戦える数少ない場なんだ。それなのにもう一人が邪魔で、織斑に露払いをしてもらう必要がある、だが相手が楯無である以上、のらりくらりとかわされて終わるだけで、どうにかまともに戦えるようにと鍛えているんだろ」

「―――ああ、言うの忘れていたが、当日は能力の使用は禁止だ」

 

 突然現れた織斑先生。誰かが呼びに行ったのだろうか、そんなことすらどうでもよくなる爆弾発言をした。

 

「うぉおおおおおい!! そいつはどういう冗談だぁあああああ!!」

 

 思わず某暗殺部隊のロンゲ隊長みたいに叫んでしまう。

 

「冗談ではない。能力の使用は一切禁止だ」

「確か今度のタッグマッチは実戦を想定してのトーナメントだよなぁ!? だったら何で能力の使用が禁止なんだ! ルシフェリオンを使用したら試合どころかIS学園消滅するから我慢してやるが、実戦想定なら能力の使用は許可するべきだろうがぁああああ!!」

「それではつまらないからだそうだ。それに貴様はあの時のことを忘れたのか?」

「……あのこと?」

 

 真剣に頭を捻っていると、織斑先生はため息を吐いて言った。

 

「学園祭のことだ。あれでどれだけのVIPが犠牲になったと思う」

「せんせー、生きているので厳密は犠牲にはなっていないと思いますが」

「………ふざけているのか?」

 

 結構真剣に言うと、かなり真面目に怒られた。まさしく理不尽である。

 

「冷静に考えてみてくださいよ、今の敵は第三世代型をぶつけたところでどうにもならないほどのスペックを持っているんですよ? 本当に実戦を想定するなら、市街地を含めてありとあらゆるシミュレートをするべきでしょう!!」

「………そのことに関して日本から正式に苦情があったがな。ISを使っているなら未然に防げと。それにその後のことも一切聞いていないのだが?」

「ああいう魚釣りは織斑みたいな中ボス前の少し強い程度のモブ……もとい、クソマズい前菜程度の餌がちょうどいいんですよ」

 

 織斑から何か抗議されるだろうと思ったが、簪が問答無用で引っかかる織斑を持って行こうとしているので、それどころではなかったようだ。

 

「おい待て!」

「待ちなさいな! 織斑先生、更識さんを止めないんですの!?」

「……許可してしまったからな」

 

 どこか遠い目をする織斑先生。というかさりげなく流されているが、能力のことを説明してもらいたいんだが!?

 

「だ、だからってあんな……最悪死んでしまいますよ!」

「「ISには保護機能があるから、大丈夫」だそうだ。違うと思うなら、世界の認識を変えろとも言われた」

 

 まぁ、実際世界の認識を変えることって難しいよな。白夜事件の時みたいに、命の危機に瀕するようなことでもしないと。……いくらブリュンヒルデ一人がどう言おうと、女尊男卑が根付いてしまった今、そう簡単にできやしないだろう。

 もっと言えば、IS学園の中で最高戦力の一人としても認識されているであろう簪に鍛えられれば少しは強くなってくれるのではないかという期待もあるかもしれない。

 

「って言うか、能力をどうしてスルーされているんですか!? 使えるようにしてくださいよ! 二年と三年の専用機持ちは全員似たようなものじゃないですか!」

「ともかく禁止だ。当日は絶対に使うなよ。……処理が面倒だ」

「ひでぇ!? そんな理由で禁止とか酷すぎる!!」

 

 後から菊代さんが空いている時間に訪問して許可するようにお願いしたが、「勝負にならないから禁止」と言われた。ちょっと嬉しいと思う反面、全力を出せないことに悲しくなった。

 

 

 

 

 気を取り直してアリーナの方に向かうと、既に楯無が準備していたので俺も〈黒鋼〉を展開して合流する。

 

「遅いわよ」

「悪いな。能力が使えないことに抗議してた」

 

 「当たり前だ」と言わんばかりの顔をする楯無だが、ちょっとぐらい期待しても良いと思う。

 

「ともかく、ちゃんと許可をもらってきた?」

「一応はな。でも仕事は大丈夫なのか? 使いすぎると眠くなるって話だし」

 

 自然と使っていたら、尚更らしい。さらに言えば、殴られた時も俺は密かに能力を使っていた、というよりか能力が勝手に発動していたようだ。あの時はやっぱり殺されてもおかしくない攻撃をされていたのかもしれないな。

 

「大丈夫よ。急造って言っても会場のセッティングとか学園部隊との打ち合わせとかだけだし、それに今日はこれといってすぐするものとかないし」

「ならいいけど……」

 

 少し不安になりつつ、とりあえず楯無に力の使い方を指導することにした……とはいえ、本当に力を使っているかわからないが。

 

「まず最初は、水を展開することからだ。って言っても楯無には簡単なことかもしれないが……」

「わかったわ。じゃあこれ、持ってて」

「?」

 

 差し出された扇子を受け取ると、楯無は胸の前に両手を持ってきて、そこから意識を集中し始める。

 だがいつまで経っても水が現れることはない。

 

「………ダメ、できないわ」

「イメージが悪いんじゃないのか?」

「でも、一応想像してはいるわよ。実演してくれないかしら?」

 

 言われて俺は楯無の扇子から周りを少し空け、その周囲に水を展開する。

 四方から展開して扇子を水に付けないように周囲を囲う。とはいえ、この術は意外と神経を使う上級編だ。……戦闘中は流石に意識していないが。

 

「……そうだ」

 

 あることを思い出した俺は、手のひらの中央に収まるぐらいの青い小石に両サイドにひもが付いた物を二つ精製する。

 

「両手を出して」

「ええ」

 

 一つずつ、それを彼女の手に付けてやる。

 

「……これは?」

「〈ミステリアス・レイディ〉のアクア・クリスタルを模した石だ。普段から行っていることの応用だと思ってやってみろ」

 

 すると、予想通り楯無はすぐに両手の間で球体を作ることをマスターした。

 

「こんな、あっさりできるものなのね」

「まぁ、将来的にはその石がなくてもできるようになってもらえると嬉しいけどな」

「………ホント、なんであなたや簪ちゃんは普通にできるのかしら?」

「簪は知らないが、伊達にルシフェリオンを作ったわけではないとだけ言っておこう」

 

 まぁ、簪も想像力が高いのが理由なんだろうが。

 実際、想像力が高いとなんでもできるという感じはある。戦闘中はほとんど無意識でしているが、それでも大技を使う時は少なからず何らかの想像はしている。

 

「でも、私の場合は水のみなのよね……正直、たくさん使えるあなたが羨ましいわ」

「………いや、水にも使い方には色々あるだろ。水分身とか、水蛇とか、水を凝縮して撃ちだしたり、水だけでも色々できる」

「……でも、制御は難しいでしょ?」

「……やってみようか」

 

 周囲に水を展開して、人型を形成。俺と同じサイズの水人形が現れるが、水だけだと制御が難しく形が崩壊してく。今度はそれに重力を加えてやると、同タイプの人形を作ることに成功した。

 

「……水だけだと難しいな。特に複合に慣れてしまっているとそっちに傾くから、単体での制御は難しすぎる」

 

 水だと親戚……というわけではないが、どうしてもスライムを思い出してしまう。あれなら軽い操作だからすぐに動かせることができるだろう。

 とはいえ、流石に石なしでそんなことをさせる気にはならないので、今は石なしで万能に戦えるようになってもらうのが先決だろう。

 

「ともかく、今は水の球体を精製することをマスターしろ。それから、それを外してマスターしろ」

「わかった」

 

 そう言って早速取り掛かる楯無。俺も小技を練習するために周囲に電気を帯びた球体を展開して、そこから一直線に攻撃させる。

 たったこれだけの動作でも、意外と神経を使うものだ。某白黒魔女の大技を参考にした「ダークスパーク」も、《ディス・サイズ》に風を纏わせた暴風「サイズハリケーン」も咄嗟に思い付いたものとはいえ、よくあれだけの威力を出せたものだ。自分でやっておいてなんだが、正直驚きを隠せないでいる。ちなみにどちらがえげつない技かというと、後者である。「ダークスパーク」は装備によれば電撃を食らうだけで済むし、人によってはそれで耐えれるが、「サイズハリケーン」は触れている間は常に削る。

 

「……ところで悠夜君」

「何?」

 

 手に電気を帯びさせ、それを伸ばそうと躍起になっていると後ろで楯無が声をかけてくる。

 

「最近、簪ちゃんが変わった気がしない?」

「……まぁ、変わったな」

 

 まぁ、最初に会った頃はまだ大人しかったからな。でもこの前のアレは本気で怖かった。今でも少し震えている。というかむしろ、嬉々として自分の居場所を取り戻したって感じがするな。

 

「……それがどうしたんだ。姉としては喜ぶべきなんじゃないか?」

 

 引きこもり……とはさすがに思わないが、それでも少しは喜んでもいいだろう。

 

「本当ならね。でも、どうしても怖いと思ってしまうのよ」

「もしかして、それが力を求めた理由か」

「そうよ。……もしかしたら、いざって時には必要かもしれないし」

 

 それを聞いて、俺はすかさず楯無の頭にチョップを入れた。

 

「……何するのよ」

「過保護すぎるんだよ。いくら簪でも、流石にそこまで酷いことはしない。それに、俺を殺せる人間は早々いないさ。まぁ、もし仮に簪が暴走したなら、その時は俺が止めて剥いてやるよ」

「……悠夜君」

 

 我ながらなんてことを言っただろうか。まぁいい。ナチュラルに混ぜたから早々気付きやしな―――

 

「って、剥いてやるってどういう意味よ!!」

 

 そう言って楯無が俺にナイフ―――いや、《蒼流旋》をぶん投げてきた。

 それを軽くいなして彼方に飛ばす。……俺じゃなければ即死だったぞ、おい。

 

「……そういえば、悠夜君は早々死なないのよね?」

 

 すると何を思ったのか、楯無は水を操作して俺の方を飛ばす。

 余談だが、この時の彼女はあの時の簪に似ていた。




次回、もしかしたら大会開始。
期待せずにお待ちください。


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#128 進む事態と女のストレス

 同時刻、第一アリーナでは試合が行われていた。

 いや、むしろそれは試合と言うよりも、一方的なリンチと言う方が正しいだろう。

 

「くっ!?」

 

 白式を纏う一夏が迫る熱線を回避。だがすぐさま水の鞭が迫り、攻撃する。

 それらが体に当たったことで絶対防御が発動し、いつも以上にシールドエネルギーが減った。

 だが、一夏はすぐに《雪片弐型》を構え直すが、ハイパーセンサーが一夏に警告を発した時には遅かった。

 

「―――なっ!?」

 

 《銀氷》の非実体の刃が迫り、それの体をまともに捉える。さらに荷電粒子砲とプラズマビーム砲が襲い、残りのシールドエネルギーをごっそりと奪った。

 

「……くっ」

「早く、すぐにエネルギーを補給してきて」

「………わかったよ」

 

 言われてすぐに一夏は予備エネルギーを使ってピットに戻り、白式のエネルギーを補給する。もちろん、彼は整備の知識がほとんどないため簡単な整備すらしない。簪はそのことに気付いていたが、かつて自分が所属し、捨てた企業ということもあって指摘しない。もっとも、学園内の操縦者で整備知識を持って本格的なことをするのは簪ぐらいなもので、世界中でも国がバックに付いているからか、あまり自分から整備をすることはない。後者の方はプロがいるから、というのが主な理由であり、よっぽどなことがない限りそのような機会がないのである。

 しばらくして戻ってきた一夏に、簪は右手の人差し指で挑発した。

 

「この―――」

 

 一夏はすぐさま瞬時加速で仕掛ける。簪は下から水柱で攻撃するとまた一夏の後ろに回った。

 

「見切った!」

 

 一夏は《雪片弐型》を持ってきて横に薙ぎ払われる《銀氷》を受けようとするが、至近距離から荷電粒子砲を撃たれて吹き飛ばされた。

 さらに簪は水柱をその場で回転させ、疑似的な竜巻を作り出して一夏に接近させる。

 

「当たるかぁあああ!!」

「ターゲット、マルチロック―――ファイア」

 

 ミサイルが発射される。水の竜巻を避けようとしていた一夏は挟み撃ちにされる。

 

「! だったら―――」

 

 一夏は竜巻に飛び込んだ。

 それに驚く簪だが、すぐに竜巻を消してミサイルを通した。

 

「そんな?!」

 

 それが、能力者が通常とは違うところである。

 大抵の二次元はこうしたあり得ない現象を容易に起こすことはできない。ある一定の制約があり、ある程度の制限は設けられているのが大概だ。出したものは容易に消せるはずがないのである。

 だが悠夜や簪はそれを容易にすることができる。

 

「反応速度が上昇していることは認めてあげる。でも―――私が求めるレベルになるのはまだまだ」

 

 言葉の途中で爆発が起こり、一夏が地面に墜落しても気にせず話し続ける簪。周りから「能力を使うのは卑怯だ」や「この化け物め!」などという罵声が飛んでいるが、慣れているのか、気にしていないのか、簪は気にせずにその場に着地した。

 

「いっつつつ………でもやっぱり能力の使用は厳しいだろ~」

「そう? 悠夜さんは50%ぐらいの力を出せばIS学園なんて跡形もなく消し飛ばせるけど」

 

 さりげなく爆弾発言した簪はそのまま一夏がさっき使っていたピットとは別の方へと向かう。

 

「あ、かん―――」

 

 ―――バンッ!!

 

 砲弾が一夏の真横を通り過ぎ、地面を抉って停止した。

 簪は睨むように一夏を見て、一言。

 

「名前で呼ぶな」

「………はい」

 

 あまり勧められないことだが、簪は気にせずピットへと向かう。そしてオープンチャネルで一夏に伝えた。

 

「今日の練習はもう時間がないからここまで。明日も取ってるから、それまでにキッチリ専用機の整備をしておくこと。そろそろしておかないと、試合当日に故障するわよ」

「……おう。でも俺、ISの整備の仕方って知らないんだよな。か…じゃなくて、更識さん、よかったら教えて―――」

「自分で調べて」

 

 そう言って簪はさっさとその場から去る。周りからはまだブーイングが続くが、彼女は一切表情に出さなかった。

 その足で整備室に向かう。たまたま一つだけ空いている場所を見つけたので〈荒鋼〉を展開し作業を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おそらく俺は、こんなに目を回した楯無を見たことがないかもしれない。

 無防備で、襲ってくださいと言う体制で寝ている楯無を眺めながらそう思っているが、さっきからISスーツで横たわっているから、目のやり場に困る。……このまま襲える人間はある意味尊敬できるが、その時は全力で阻止させてもらおう。

 

(……とりあえず、タオルでも持って来よう)

 

 そう思って洗面所の方に向かおうとすると、つんのめって危うくバランスを崩しそうになった。

 後ろを振り向くと、楯無が上から着ている制服を掴んでいる。表情からは幼さを感じさせ、何故か目が潤んでいた。

 

「……行かないで」

「すぐ戻る」

「いや」

 

 俺はすぐさま楯無の額に手を当てる。もしかしたら熱が出ているかもしれないが、どうやらその様子はない。

 これはもしかしたら、精神に異常をきたすタイプのものかもしれない。そう思った俺は真剣に今後の練習の中止を検討していると、楯無はやがて寝息を立てはじめた。

 

(……何だったんだ、今の)

 

 楯無を寝かせた俺は、ISスーツの上から彼女が何着か持ち込んでいるバスローブを出して袖を通す。脳内に「介護」と思っていなければ、襲ってしまいそうで気が気でない。

 なんとか着替え終わらせ、冷水が入った桶とタオルを持って来た俺は一度タオルを浸して水を吸い込ませ、きつく絞って額に乗せる。……何だろう。凄い既視感を感じる。

 考えてみれば奇妙なことだ。さっきの弱々しい楯無を見た時も既視感があった。おそらく、もう少しで抱き着いていただろう。父性本能? まさか同い年に? いやいや、それはない。

 そんなことを思っていると、楯無は俺の手を掴んだ来た。

 

(……こいつ、実は起きているとかじゃないよな?)

 

 いや、それはないだろう。さっきから寝息が聞こえてくるし……暗部だとそれぐらいの工作はできそうだとは思うけど。

 

(……試してみるか)

 

 俺はそっと、楯無の顔に近付ける。決してキスをするわけではない。あくまで、起きているかどうかのテストだ。他意はない。

 

(………起きているなら、そろそろ殴るなりしてくるはず)

 

 今していることが乙女の尊厳を失わせるようなことだと十二分に理解しているからそんなことを思える。

 そう。あくまでテストだ―――と心に言い訳していると、

 

「―――何をしているの、悠夜さん」

 

 勢いよく後ろを振り向くと、簪が戻ってきていた。

 

 ―――しまった。これはマズい

 

 理由はどうあれ、今の光景は楯無が寝ている隙を見計らって無理やり唇を奪おうとしていた風にしか見えない。

 言い訳を信じてもらえるかどうか考えていると、簪は慣れた手つきで俺の服を出して渡した。

 

「ともかく、先に風呂に入ってきて」

「……ああ、うん」

 

 そうだ。今は風呂で入ってきて、そこでじっくり言い訳を考えよう。幸い、俺には温度操作すら簡単にこなせるほどの能力を持っているんだ。長時間入ることなんて余裕である。

 そして体をキレイにして、言い訳を考えて外に出ると、

 

「随分。遅かったね」

「ちょっとな………」

 

 俺は思わず頭を抱えた。

 何故なら俺が風呂に入っている間、簪は楯無に猿轡を噛ませて亀甲縛りをしていたからである。ご丁寧に、首輪と、リードすら付けられていた。

 

「こっちも準備、できた」

「これはこれで別の意味で誤解を招くから!」

 

 簪は風呂に入りに行った。もちろん、楯無はそのままである。

 

(え? これを外すの?)

 

 些細な好奇心から、まさか思いっきり犯罪なことをすることにはなるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 何とかロープを切って解放し、猿轡も取って証拠隠滅して勉強していると、出てきた簪はそれを見てため息を吐いた。

 

「………ヘタレ」

「仕方ないんだ。一歩間違えれば犯罪なんだし……」

 

 それに、暗部の当主様と同居しているだけで問題なのに、襲ったら間違いなく大変な目に遭うことは確実だ。

 いや、たぶん世界破壊できるから、暗部とはいえこっちから攻めたら勝機はあるかもしれないけどさ。………って、間違えた。

 

「………あれ?」

 

 唐突の声に、俺と簪は一斉に振り向く。

 楯無が眠たそうな顔をして上体だけを上げており、こっちを見ている。

 そして俺から少し視線をずらして簪の方を見ると、楯無は顔を赤くし、簪を指さしながら言った。

 

「ちょっ、簪ちゃん……服……服は?!」

 

 え? ちょっと待って? それってどういうこと?!

 振り向いたら間違いなく何かが飛んでくる予感がした俺は、なんとか耐えきる。

 

「これが普通だけど?」

「もう10月だから! 服着なさい!」

「でも、この後に悠夜さんと色々するし………お姉ちゃんも、する?」

「しないわよ!!」

 

 それよりも早く何かを着てほしい。それが俺と、楯無の心からの願いだろう。

 

 

 

 

 

 考えてみれば、簪があそこまで積極的になったのは織斑と組んだことが原因かもしれない。

 それによって何らかのストレスが簪に生じ、キス以外にも求めるようになった。いや、原因は……

 

「……これか」

 

 ふと、目が覚めた俺が外に出ると、大量の手紙が部屋の前に置かれていた。

 俺はそれを一つ取り、中を開けると簪宛ての罵倒が書かれていた。「メスブタ」だの「援交女」だの、性関係のものばかりである。まったく。こんなことをして飽きないのかと聞きたくなる。おそらく、織斑に対しても「実はそう言う目で見ているのではないか」とか、あらぬ噂を立てられているのだろう。

 

(……全部処分しておくか)

 

 中から袋を持ってきて、俺はそれをすべて袋に入れて然るべき処理をさせてもらった。

 

 そんなこんなで数日が経ち、とうとう「専用機持ちタッグトーナメント」を迎えた。

 

 

 

 

 

 参加しない生徒にとっては、今日という日は物凄くつまらない内容だろう。織斑が好きな奴にとっても、そうでもない奴にとっても、おそらくつまらなくなるだろうな。

 

「……っていうか、実際こうして並ぶ必要なんてないだろ」

「私もそう思います」

 

 隣にいるラウラが小さくそう答える。周りから厳しい視線を浴びせられるが、気になるほどではなかった。

 だが絶対、こうして全学年が並ぶ必要はないだろうよ。

 

「それでは、開会の挨拶を更識楯無生徒会長からしていただきます」

 

 虚さんの言葉で、用意された壇上に登る楯無。実のところ、俺の中で「更識楯無が二人いる可能性がある」と思っている。簪に振り回される方と、生徒の前に立っていかにも生徒会長としての品格を持ち合わせている方だ。第三アリーナの真ん中あたりでそんな馬鹿なことを考えていると、楯無から挨拶が始まった。

 

「どうも、皆さん。今日は専用機持ちのタッグマッチトーナメントですが、試合内容は生徒のみなさんにとってとても勉強になると思います。しっかりと見ていてください」

 

 ただし、俺と言う例外は除く。飛行形態に変形するとかどう考えても他のISにない機能だからだ。というか、これ以上出てたまるか。

 

「まぁ、それはそれとして!」

 

 青色の扇子を開くと、そこには「博徒」と言う文字が書かれていた。

 

「今日は生徒全員に楽しんでもらうために、生徒会である企画を考えました。名付けて「優勝ペア予想応援・食券争奪戦!」

 

 って待てやこら。あの馬鹿、そんな下らない企画なんか考えていたのか。

 

「って、それ賭けじゃないですか!」

 

 律儀に突っ込む織斑。あいつは知らないのだろうか、学園別トーナメントでも賭けは行われていたんだが。

 

「織斑君、安心しなさい。根回しはすでに終わっているから」

 

 確かに教師陣は誰も反対しない。織斑先生は頭痛を患っているのか頭を痛そうに抱えているし、山田先生は苦笑いをしている。

 

「それに賭けじゃありません。あくまで応援です。自分の食券を使ってそのレベルを示すだけです。そして見事、優勝ペアを当てたら食券が配当され、しばらくは豪華な食事にありつけるのよ」

「そ、それを賭けって言うんですよ!」

「異議あり! どうせなら賞品も用意しろ!」

 

 俺がそう言うと楯無から即座に却下された。何故だ。

 

「では、対戦表を発表します!」

 

 対戦表が表示される。俺の一回戦の相手は……鈴音、フォルテ・サファイアの「ツインキャッツ」が相手か。ちなみにタッグにはそれぞれチーム名が書かれている。オルコット、ジアンのペアは「アサルトシューターズ」、そして今回、シード扱いになっているケイシー先輩、篠ノ之のペアは「フレイムソード」、簪と織斑は「コメットバスターズ」、俺と楯無のチームは「アクアグラビティ」。本当は「ダブルシャドウ」とか、「ディスルシファー」とかの方が良かったんだが、総じて楯無に却下された。ちなみに「ツインキャッツ」に勝てば「フレイムソード」なので、先輩に注意すればなんてことのない相手だ。

 解散され、第一試合の俺たちはすぐに準備をしないといけない。

 

「悠夜!」

 

 後ろから声を駆けられたと思ったら、そのまま抱き着かれた。

 

「鈴音か。試合前だと言うのに随分と余裕だな」

「正直不安しかないわ」

 

 素直だな、おい。

 少し引いていると、ため息を吐きながら鈴音は言う。

 

「だってアンタと戦うのよ。箒や他の学年の人間はアンタをどういう風に見ているか知らないけど、夏のアレでアンタの実力はしっかりと認識しているつもりよ」

「だったら、さっさと棄権でもなんでもするんだな」

「それは嫌よ」

 

 即座に否定すると、すぐに彼女は言い始めた。

 

「でもさ、先輩と練習しているとふと思い出したのよ。嫌々だけどなんとか抗おうと戦うアンタをさ」

「………できるならすぐに忘れたい気分なんだが」

「そんなこと言ってさ」

 

 だが正直、訓練機時代のことは忘れたい気分だ。何を思ってあんなに頑張ったんだろう。

 疑問を内心漏らしていると、鈴音は小さく言った。

 

「あの時のアンタって、実は今のアタシには活力になってんのよね。機体だけでアンタが上に行っちゃったってのは前は思ってたけどさ。7月のアレで正直評価は変わったわ」

「……いや、でもあれってバックパックあってこそだからな」

 

 そうじゃなければ、軍用とはまともに戦えないだろ。

 

「でも凄いわよ。武装がどういうものかをすぐに理解して、活用して、容赦なく攻め立て、戦えるなんて。あの後、アタシたちも戦ったけど、足元にも及ばなかった」

 

 まぁ、俺は一人での方が戦い慣れているからな。SRsでも何度かそういうイベントはあるし、珍しいことじゃない。

 

「だから約束してほしいの。いくらアタシたちが弱くても、手加減せずに全力を出すって……」

「なんだ、そんなことか………」

 

 言われるまでもない。俺は最初からそのつもりだ。

 

「当たり前だ。もっとも、俺は鈴音だけじゃなく、簪以外は眼中にないから精々楽しませてくれ」

 

 敢えて挑発を返すと、わかっていたのか鈴音は好戦的な笑顔を浮かべる。

 

「言ってくれるじゃない」

「事実だしな。まぁ、精々頑張ってくれや」

 

 敢えて挑発して戦闘意欲を高めてやる。

 

「……だったら、倒す気で相手してやるわ!」

「最初からそうしろ、チッパイ」

 

 そう言ってさらに高めておく。狙い通り鈴音から黒いオーラが出てきた。

 

(さて、俺もウォーミングアップをするか)

 

 そのためにまずは所定の場所へと移動だ。

 すると肩を叩かれてそっちを向く。

 

「ねぇねぇ、ちょっといいかしら?」

 

 黛薫子だ。新聞部が一体何の用だと言うのか。

 

「何だ? これからウォーミングアップをするつもりなんだが」

「それはともかく、コメント欲しいのよ。ほら、眼鏡取って! ポーズも―――」

 

 言われた通り眼鏡を取るが、前髪で顔が隠れる。

 

「髪の毛は切れないかしら?」

「無茶言うな」

 

 これから戦いだというのに。

 

「もう、写真はいいからコメントだけでも!」

「誰だろうと負ける気はない。精々無様な姿を晒さないように気を付けるんだな、雑魚共」

「わぉ! 言ってくれるじゃない! で、狙うは優勝?」

「当たり前だ。むしろ、この中で優勝できるのは織斑が足を引っ張らない限り俺のところか簪のところぐらいだろう。メタルシリーズのスペックは各国の第三世代機を、操縦者込で言えば〈紅椿〉すらも凌駕しているのだからな」

「正直、ここまで言ってくれるなんて思わなかったわ。じゃあね!」

 

 どこかに消えた黛を放置して、そのままアリーナのピットに向かった。




さて、これで前夜祭は終了です。いや、意味が違うような……?


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#129 動き始める運命の時

指が動いて仕方がない。


「待たせたわね、悠夜君」

 

 生徒会長モードで現れる楯無。だが何だろう、物凄く違和感しか感じられない。そして何より、ISスーツ姿は目に毒だと思われる。

 

「初戦は鈴音ちゃんとフォルテちゃんの二人だけど、頭に入ってる?」

「もちろんだ。二人に共通することは貧乳……つまり、胸を指摘して怒らせ、集中力を乱して仕留める」

 

 途端に後ろから頭を抑えられた。

 

「……今の答え、どこからどこまで本気なのかしら……?」

「じょ、冗談だ。いくらなんでもそんなことはしない。だが人間は体に触れられることに対して耐性がない。ならばそれを利用して相手を怯ませ、攻撃するのも一つの手―――」

「次、そんなことを言ったら殴るわよ。《蒼流旋》で」

「それは洒落か? 洒落なのか?」

「あなたのしていることをもう一度よく思い返すことね」

 

 でも良い案だと思うけどな。だって向こう……特にフォルテ・サファイアは絶対にないと思う。……そして、ダリル・ケイシー先輩もだ。

 

「いやでも、やっぱり触って怯ませて一方的に攻撃するのはスカッとする―――」

「忘れているかもしれないけど、これはあくまで二人組(ツーマンセル)での有事の際の―――」

 

 楯無の言葉を遮る形で、途端に〈黒鋼〉から警告は発せられる。

 俺はすぐに〈黒鋼〉を起動してアリーナ内の廊下に出ると人を轢かないように上側を通って外へと向かった。

 

「―――悠夜君!」

 

 後ろから楯無が追ってくるが、俺は気にせず上を向くと、いつも通りの数が攻めてきていた。

 

「ターゲット……マルチロック!」

 

 〈黒鋼〉の全射撃機能を起動させ、可能な限り狙いを付けて撃った。

 何故こんなにも早く知ることができたか、それは朱音ちゃんが万能すぎるからだ。彼女が遠慮なく防衛システムを開発し、いち早く異変を知ることができたのだ。ちなみにこれはメタルシリーズと全フェイクスードにしか搭載されていないシステムで、楯無の〈ミステリアス・レイディ〉には搭載できなかった。

 

「全生徒、並びに教員に次ぐ。またどこかの誰かが仕掛けてきやがった。専用機持ちは可能な限り対処に望め。非戦闘員はシェルターへ! 全員協力してさっさと避難するようにしろ!」

 

 数は100……100だと!? どれだけ来てんだよ!? まさか、篠ノ之束と亡国機業が結託して同時に攻めてきたとかじゃねえだろうな!?

 各所に分断していき、落とされながら30体はこっちに来た。ラウラは簪のサポートへと回るように指示しているし、フェイクスード隊は他の奴らのカバーを最優先にしている。つまり―――俺たちは二人で30機を相手にしなくてはいけないことになる。

 

「楯無、学園最強の称号は伊達じゃないだろうな」

「あなたたちに立場を奪われつつあるけどね。舐めないでよ!」

 

 どうやら士気は十分あるようだ。

 俺も〈ルシフェリオン〉に展開し変えようと思ったが、

 

「……展開ができない、だと?」

「どうしたの?」

「〈ルシフェリオン〉が展開できない! 前なら〈黒鋼〉と入れ違えの形でできたのに!?」

 

 突然のことに半ばパニックになるが、頭を振って冷静になる。展開できないならないものねだりしたってしょうがない。《蒼竜》を展開する。

 さらに試し打ちだ。左手に黒い球体を精製して、バラバラに飛ばすが、あれ? できる?

 

(一体、何がどうなっているんだ……?)

 

 まぁいい。力を使えるなら今はそれを使おう。

 一度試してみたかったのがある。《蒼竜》の刃を精製し、其処に黒いオーラを顕現させ、騎士のような格好をした機体を斬った。

 

(……無人機!?)

 

 冷静に考えろ。学園祭でもキャノンボールでも無人機はたくさんいた。

 だが何だろう。こいつからはあの二つのイベントとは違う何かを感じる。

 

 ―――おそらく、これはゴーレムね

 

 唐突に誰かがそう言った。楯無とは声が違う。

 

 ―――この製作者は篠ノ之束よ

 

 何故そんなことがわかるかは知らないが、今は倒すしかないだろ。

 

「悠夜君! 上!」

 

 楯無に言われて俺はそこから移動すると、言われた通り上から何かが降ってきた。

 

「………デカいな」

 

 それもそのはず、その降ってきた機体の全長は従来のISを余裕で凌駕している。目測10mくらいだろうか。

 するとそのデカい機体は左腕をこっちに向けて熱線を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、学園用の作戦指令室では彼女らの戦争が起こっていた。

 学園が襲撃されたのである。だが周囲には特殊なジャミングが施されており、最新鋭であるはずの指令室に備わっている機能のほとんどが封じられていた。

 すると、唯一生きている教員用の格納庫から通信が入る。千冬はそれに出ると、画面には真耶が映し出された。

 

『織斑先生! 敵機の姿を確認しました!』

 

 言いながら何かを送信していた真耶は、情報を開示した。そこに映し出されていた画像は、これまで見たことがないタイプのものが映っている。

 彼女らがいる格納庫も一新されていて、そこから無人偵察機を送り込むことができるなど、千冬がいる管制室とほとんど変わらないことが可能だ。いわば、第二の学園用作戦指令室と言うべきだろう。

 第一指令室での状況を知った千冬だが、真耶に状況を知らせる前に行ってくれたことに心から感謝していた。

 画像からわかるのは、クラス対抗戦で悠夜が一機、そして一夏と鈴音、セシリアの三人で倒した一機の物に似た特徴を持つタイプだ。それを千冬は「発展機」と断定し、すぐに指示を送る。

 

「山田先生、準備ができ次第すぐに出撃を。戦闘に入っているであろう専用機持ちたちの救助をお願いします。それと、例の機体は―――」

『現在、最終調整をしているところです。織斑先生もすぐに準備をしてください!』

 

 だが、千冬はその言葉にすぐに返事をすることができなかった。

 千冬がこれまであらゆる襲撃の際、自ら出撃をすることができなかったのは二つの理由がある。一つは「想定外の事態の対処における実質的な指揮」をするため。そして二つ目は、千冬の動きに付いてこれるほどの機体が開発されなかったことだ。かつて、彼女には〈暮桜〉という第一世代機があったが、今はある事情で使用することができなくなっている。

 そのため、今では自分を超えたと言っても過言ではない悠夜が使用する〈黒鋼〉の開発者が所属する「轡木研究所」での開発の許可がIS委員会からつい先日降りたが、念には念を入れ、入念な調整を行っていたため今も調整をしているのである。

 

「―――では、ここの指揮は私が取りましょう」

 

 ドアが開く音がして、聞き覚えのない声にその場にいる教員・生徒たちは驚いてそちらを向く。唯一、三年主席の虚だけは平然と復旧作業に当たっていた。

 

「轡木さん、それに学園長も……何故ここに。それに指揮は―――」

「適材適所、と言うものですよ。生憎、私にISを動かすことはできませんが、あなたにはそれができる。ならば、出るべきでしょう……?」

「ですが―――」

 

 教員の一人が立ち上がり、十蔵に意見しようとしたが―――途端に動けなくなった。

 十蔵は確かに能力者だ。だが、能力を使わなくとも女性一人を睨むだけで動けなくすることくらいできる。今では悠夜の援助を行ったことで疎ましく思われているが、かつては陽子と並んで世界から危険視されている存在である彼には、これくらいのことは朝飯前である。

 

「何か、言いましたか?」

「………なんでもありません。作業に戻ります」

 

 そう言って教員は座り、全員がその行動に沈黙した。その教員は女尊男卑思考の人間では色濃い人間であるためだからだ。

 

「布仏さん。〈黒鋼〉並びに〈ミステリアス・レイディ〉の反応は追えるようになりましたか?」

「はい。分布を出します」

 

 大画面に二つの味方の識別コードと、アンノウンのコード―――そしてそのエネルギーの強さが表される。中でも一機、一際大きなものがあるが、おそらくそれがさっき現れた巨大ISだろう。

 

「織斑先生。あなたは機体を受領後、すぐに桂木君と更識さんの救援に向かってください」

「わかりました」

 

 返事するとすぐに千冬は指令室を出る。その背中を見送った菊代は十蔵に言った。

 

「彼女だけでいいのですか? 場合によっては彼女では手に負えない状況になるかと」

「わかっている。だが、リベルトたちを下手に動かしたところでどうにもならん」

 

 その会話が何を示しているのか知るのは、その場では虚だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、簪たちの方では―――無人機が一瞬で破壊されていた。

 

「……す、スゲェ」

 

 簪が《銀氷》を抜き、その場で回転して一瞬で斬り飛ばしたのである。少し離れた場所では、ラウラが一機ずつだが、確実に《アスカロン》で破壊していた。

 

「ラウラ! 後どれぐらい?」

「まだ5機残っている! ―――何か来るぞ!」

 

 すると上から悠夜たちとは形が違う巨大ISが現れる。胸部に三つの方向があり、すべての指に光が溜められている一夏がそれを確認すると、すぐに倒すために向かっていく―――が、それよりも早く簪が飛んでいた。

 

「簪!」

 

 ラウラが《アスカロン》を簪に飛ばす。簪はプラズマビーム砲《襲穿》を展開して胸部にある三つの内二つの砲口を破壊。中央の砲口を受け取った《アスカロン》で破壊した。その直前、〈荒鋼〉の周囲にドリル状の水が現れて、機体を貫く。

 さらにもう一度《襲穿》を展開し、何度も攻撃して破壊する。そしてラウラの様子を確認した簪はすぐに《アスカロン》を投げ返した。ラウラはそれを受け取ると、接近していた機体を破壊する。

 

「くそ、この―――」

 

 簪は一夏の方に意識を向ける。見ると、最後の一機に苦戦しているようで、簪はすぐに無人機の後ろから《銀氷》で斬りつけ、破壊した。

 

「さ、サンキュー。でもよくあの大きいのを一人で倒せたな」

「別に。あれくらいできて当たり前」

 

 彼女の「当たり前」の基準が明らかに常人とは違うのだが、一夏はそのことを知らないため特に指摘しない。

 

「簪。この辺りの来たものはすべて破壊できたようだ。どうする?」

「打ち合わせ通りすればいい。先に他の人の救援に向かう」

「そうだな。ここからだと誰が―――」

 

 一夏が「誰が近いか」と聞こうとした瞬間、上から全員が知った声が聞こえてきた。

 

「みなさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です。他の生徒の救援は完了していますが?」

「いえ。最初に見つけたのがあなた方三人なんです」

 

 山田先生がそう説明する。先程、巨大ISを見つけ、追っているところに三人がいたという話である。

 

「わかりました。では私たちは「フレイムソード」の二人を探しに行きます。先生方も一緒に来てください」

「え? バラバラに行った方が効率が良いだろ?」

 

 簪が指示をすると、一夏が意見をしてそれに便乗するように教員の一人が言った。

 

「それに、さっきもう一機の巨大ISもいたわ。そっちを倒すのが良いんじゃないかしら?」

「そんなことをしたら、悠夜さんに敵諸共撃ち抜かれますよ。彼も私と同じで、満足できる敵がいなくて嘆くぐらいですから。それに、山田先生だってわかっているでしょう? 彼がそう簡単に死なないしよほどのことが無ければ暴走しないということは」

「……それはそうですけど……」

 

 言葉を濁しながら答える真耶に対して、簪は言った。

 

「今は教師としてのプライドよりも、戦力評価をキッチリしてください。彼よりも先に篠ノ之さんを回収することが先決です。彼女がいれば、エネルギーの供給問題は解決できるでしょう」

「………わかりました」

 

 内心、悠夜のことを心配する真耶だが、彼女だって十分理解している。これまでの襲撃も、なんだかんだで悠夜が活躍し、収拾をつけているのが悠夜だということを。

 途端に彼女らの上の、簪とラウラ、そして真耶が知っている物が通過した。それを見た真耶は特に顔を青くし、飛んでいく先を見て倒れそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、とある場所で女性が、IS学園の惨状を見て笑っていた。

 今なお、笑顔を浮かべながら次々と破壊していく無人機たちを見て何とも思わないようで、その光景に今か今かと待ち続けている。

 

「ねぇクーちゃん。クーちゃんはさ、この男に負けたんだよね?」

「……はい。そのせいで私は―――」

「うんうん。大丈夫。後のことは束さん、わかってるから」

 

 そう言って束は高速でキーボードを打ち、次々と発射していく。既に彼女が作ったカタパルトから、今日だけで500は超える数の無人機を放っていた。

 だがそれでも、彼女が作っていた過程でできたガラクタばかりである。それでも中には展開装甲を搭載しているものもあるので世界にとっては十分価値があるものばかりだ。

 

「束様は、桂木悠夜のことをどう思われるのですか?」

 

 「クーちゃん」と呼ばれた少女は束に質問すると、束は満面な笑みを浮かべて行った。

 その笑顔は傍から見ればとても美しいものに見えるが、それはあくまで「一般人からすれば」の話である。そして、一般人ではない彼女は、その笑みはどういう意味かをすぐに理解した。

 

「正直なところ、別にどうだっていいんだけどね―――でも、あの血筋は本当に邪魔なんだよ」

 

 一瞬、前髪がはだけて悠夜の顔が顕わになる。すると束からどす黒い殺気が現れ、少女は息ができなくなった。

 

「…………殺さなきゃ」

 

 そう言って束は本命である機体を射出し、IS学園に向かわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜と楯無のコンビは、まさしく最強の名に相応しいとすら言えるほどだった。

 メタルシリーズに比べ、目指していた物が違うと言っても〈ミステリアス・レイディ〉のスペックは同じ第三世代型とはいえ大きく劣る。だが、それを感じさせないほどの動きを見せるのは、楯無のスペックが高いのだ。

 悠夜に言われて楯無は能力を使っていないが、それでも水辺に近いからかナノマシンを海中に送ってさらに高水圧の水を飛ばして攻撃する。

 悠夜は時には変形し、先程受け取った砲撃パッケージ〈ディザスター〉で無人機を一掃し、全射撃武装を収納すると一瞬で距離を詰めて〈ダークカリバー〉で巨大ISを両断。さらに楯無に近付く敵を〈ダークカリバー〉と《蒼竜》にダークオーラを纏わせて十字に薙ぎ払った。これで、全機撃墜したことになる。

 

「楯無、無事か!」

 

 〈黒鋼〉を〈ミステリアス・レイディ〉の近くに着陸させた悠夜。楯無は「大丈夫よ」と答えていたが、その表情は暗い。それもそのはず、自分よりも後に始めた悠夜が、今では自分を超えるほどの操縦者になっているのだ。心中は穏やかではない。

 

「しかし、今日はかなりの団体さんだったな」

「…ええ、そうね」

 

 楯無の返事に覇気がないと感じ取った悠夜は、頬を掴んで伸ばす。

 すると唐突にそんなことをされた楯無はすぐに両手を弾いた。

 

「何をするのよ」

「なんか元気がなさそうだったからさ。まさか、さっきの戦いだけで疲れたとかじゃあるまいし」

 

 その言葉に楯無はますます不機嫌になるが、悠夜は構わず続けようとした。

 そんな時だった。〈黒鋼〉、〈ミステリアス・レイディ〉二機のハイパーセンサーからアラーム鳴り響く。

 

「また、性懲りもなく来たか」

 

 一機が悠夜の近くに着地する。

 その機体はさっきまでの物とは違う。かなり製作に力が入れられているのが一目でわかった悠夜は警戒を強めた、先程収納した〈ダークカリバー〉を展開した。

 同時に展開装甲を使用して先程の物とは違い高速に移動した。その機体は悠夜を驚かせるほどの速さで接近し、斬ろうした機体を何とか止めた。

 

「パワーも段違いかよ。楯無、こいつは―――」

 

 ―――俺に任せて他の奴らの救援に行け

 

 そう行こうとしたが、後ろから何かがこすり、響く音が聞こえたので悠夜は顔を向けた。

 

(まだいたのか!?)

 

 悠夜はすぐに機体をいなして楯無のフォローに入ろうと考える―――が、行動するよりも早く内臓が潰れるような、そんな気持ち悪い音が彼の耳に届いた。

 

「―――え?」

 

 嫌な予感がして楯無の方へと意識を向ける悠夜。彼が見たのは―――三機目の敵機の刃が、楯無の体を貫いた後だった。




いや、ホント指が動いて止まりません。
誰か助けて(笑)


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#130 荒れ狂うそれぞれ

執筆(?)はたいてい曲を聞きながら書くんですが、今回の…とくに最後が迷いました。
ながらだから文章が悪い? 家事は本気を出せば考えながらしています。


 ―――私、死ぬの?

 

 自分の腹部に刺さる剣を見て、楯無にそんな思いがよぎる。

 これまで、彼女は裏の仕事がある時には常に死を覚悟して戦っていた。今回もそのはずなのだが、何故か楯無は今、自分が「楯無」でいることを心から後悔しているのである。

 

「―――楯無!」

 

 声がする方に視線を移す。髪をなびかせて駆け寄ってくる悠夜。その後ろにはさっき現れた無人機と同型のものが損傷していた。

 近づいてくる悠夜が次第に縮みはじめ、姿を変える。髪は黒から白――いや、白に近い銀へと変化していき、伸びて行く。

 彼女は思い出していた。これまでの人生を―――そして、あのことを。

 

「……ゆう……くん……」

 

 呼び方に驚く悠夜だが、それも一瞬のことで構わず楯無を抱きしめた。

 すると楯無の所にいた二機が近付いてくるが、悠夜は《デストロイ》で足止めした。

 

「……ゆうくん」

「それ以上しゃべるな! 今止血―――じゃない、学園の医療室に―――」

「……もう、無理よ……」

 

 そう言い、楯無は悠夜に抱き着く。

 

「……ごめんね、ユウ君。私、ずっとあなたのことを忘れてた」

「馬鹿、何を言って―――」

「……私、ずっと簪ちゃんが羨ましかったの」

 

 ハイパーセンサーからの警告で《サーヴァント》を起動させ、まだ動く二機を牽制しつつ、楯無を抱えて離脱する。

 

「……でも、それは今気付いた。ずっと忘れてたの、あなたのことを……10年前、白夜事件であなたが私たちを助けてくれたことも……それ以前に、髪のことで虐められていた私を助けてくれた」

「しゃべるなって言って―――」

 

 熱線が近付き、悠夜は《サーヴァント》による防御壁で防ごうとしたが、瞬時に斜めにして逸らした。

 

「……ねぇ、ユウ君」

「大丈夫だ! もう少しで―――」

「簪ちゃんを……お願い」

 

 そう言って楯無の腕は悠夜の首から落ちた。

 

「楯無!? おい、楯な―――」

 

 動きを止めた悠夜。その隙を突いて無人機は左手にビーム砲を展開し、発射した。

 悠夜はまともに食らう。とっさに楯無を庇ったので彼女が傷つくことはなかったが、悠夜の左肩が完全に吹き飛んでいた。そして、その庇い方が悪かったのか悠夜の腕から楯無がするりと抜け、落ち始める。

 

「楯無!」

 

 悠夜は右腕を楯無に向ける。が、それがさらなる隙を生んだ。

 後ろからもう一機が回り込んでいて、悠夜を刺したのである。

 

「―――ガファッ」

 

 口から血を吐く悠夜。だが、すぐに楯無に意識を向けて彼女を守るために重力を生じさせ、落下スピードを緩める。そして楯無がゆっくりと着地したのを見た悠夜は既に事切れかかっていた。

 

「…………そういう、ことか」

 

 血を流しながら、悠夜はそう呟く。まるで力が抜けたかのように落下するが、そのスピードが緩くなり、着地した時の衝撃は数段上から落下した程度だった。

 〈黒鋼〉を解除した悠夜は、楯無に近付いた。既に〈ミステリアス・レイディ〉も解除されている楯無の頬に触れた。その周囲を飛ぶ無人機は全機、跡形もなく消すつもりなのか左腕の砲口をチャージし始める。

 

「………俺は……馬鹿だな」

 

 右腕で楯無を抱き寄せながら、悠夜は呟き始める。

 

「力があるのに……世界すら壊せる力があると言うのに……ずっと眼を瞑ってきた。怖ったんだ。その力で、もしかしたらみんなを壊してしまうんじゃないかって……俺みたいな人間と一緒にいたら、滅茶苦茶な人生にしてしまうんじゃないかって……」

 

 それはまるで、妹を愛でる兄のようだった。

 悠夜は楯無の髪をすくい始める。

 

「でも、そんなことがあるわけがないのに…」

 

 愛おしそうに、今はもう動かない少女に悠夜は話し続ける。傍から見れば異常な行為だが、悠夜はもう、周りを視なくなっていた。

 

「だってそう。俺は10年前に、既にI()S()()()()()()()、世界に怯える必要なんてないんだ」

 

 瞬間、超高密度圧縮熱線が二人に向かって飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、少し離れた場所で箒とダリルに合流した簪たちは無人機を破壊していく。

 だが途中で簪の手が止まり、騎士型のISが斬りかかろうとしたが、ラウラのAICによる援護、一夏と箒の攻撃で怯ませられる。

 

「ボサッとするな!」

「大丈夫か、更識さん」

 

 一夏が心配そうに声をかけ、箒が不機嫌になる。だが簪はそのことに気付いていなかった。

 

「………おい、更識」

 

 後ろからダリルが簪に声をかける。その様子から、簪はすぐに察知したのだ。

 そしてすぐに〈黒鋼〉の反応を追うが、どういうことか掴めない。

 

「一体何をしている! こんな時に―――」

 

 箒の言葉を無視してすがるように何度も何度も反応を探るが、〈黒鋼〉も〈ミステリアス・レイディ〉も反応がない。

 するとそれを遮るように朱音から通信が入った。

 

「かんちゃん! お兄ちゃんが……〈黒鋼〉の反応が!!」

「私もすぐに行けそうにない。………何か、感じた?」

 

 簪の質問に画面に映る朱音は素早く何度も頷いた。

 

「何か、ゾワって、気持ち悪いのが―――」

「……じゃあ、今すぐ避難して。たぶん、IS学園が消えてなくなる可能性がある」

 

 二人が使っているのはラボ用の回線のため、ラウラ以外のほかには聞こえなくなっている。

 だが、先程から動かないからか近くにいた箒は〈荒鋼〉の装甲を掴んだ。

 

「いい加減にしろ! 気分が悪いなら今すぐ下がれ!」

 

 箒は正論を言っているが、今の簪の気分は最悪だった。これまで溜め込んでいた負の感情が前面に出て、箒を怯ませるほどの睨みを利かせる。

 

「お、おい、更識さん―――」

「簪、どうする?」

 

 ラウラは簪と自分の差異を知っている。それ故に今の簪がどのような状況になっているか察した彼女は指示を仰いだ。

 

「とりあえず、このまま戦闘を続けて他の人たちを回収する。それからでもいい。下手に様子を見に行ったらこっちがやられる」

「ちょっと待てよ! 生徒会長を見捨てるのか!?」

 

 一夏が反論すると、簪は容赦なく言った。

 

「………たぶん、既に何かあった後」

「え!? だったら今すぐ助けに行かないと!」

 

 白式の向きを変えて離脱を図ろうとするが、簪がすぐに撃ち落した。

 

「な、何するんだよ!?」

「勝手なことをしないで。何かあったとしても、よほどのことがない限りあの二人が死ぬことはない。それに、私たちが言ったところであの二人の邪魔になるだけ」

「でも、そんなことを言って手遅れになったりしたら―――」

 

 その言葉を聞くや否や、簪は一夏を殴った。さらに、後ろから攻撃してきた無人機を《銀氷》で切り裂く。

 

「―――何か、勘違いしていない?」

 

 プラズマビーム砲《襲穿》でさらに二機、撃墜させ、一夏に遠慮なく言った。

 

「あなたがチヤホヤされているのは、あなたがお姉さんと同じくらい強くなる見込みがあると思われているからよ! 悠夜さんが本気を出さないのも、記憶が消されているし、何よりも悠夜さん自身が力を恐れているから! 周りはあなたに向けられない矛先を向けているけど、それは何も知らないからできることなの! むしろこれまでの事件、これまでただ精神崩壊()()が最大の負傷なのは奇跡なの! むしろ今考えるべきことは、30分もしない内に来るであろう史上最悪の天災をどうやって乗り切るか、よ! あなたみたいに幼馴染の気持ちすら気づかない最低最悪の鈍感屑野郎が足りない頭で勝手に動かないで!」

 

 そう言って簪は近付いてきた機体を斬りつけ、プラズマビーム砲《襲穿》と荷電粒子砲《春雷》で破壊していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し離れた場所で、鈴音たちはセシリア、シャルロットと合流して無人機と戦闘していた。だが、彼女らの場合はたったの二機である。

 これは簪、そして悠夜の方へと割かれているため、少ないのである。

 だがそれでも、彼女らは苦戦しているのは、メタルシリーズのスペック差が大きいのもあるが、少し離れた場所でおそらく彼女らに差し向けられていた機体が潰されているのだ。

 

「攻撃とは…こうするものですよ!!」

 

 途端、リベルトが使用する〈ゼクスリッター〉の胸部装甲が開き、そこから黒いビームが発射されて無人機たちを容赦なく薙ぎ払う。回避が間に合った無人機たちは、突然現れた二機の連携によって次々と破壊されていく。

 

「アラン! そっち一機行ったわ!」

「なら、これで!!」

 

 アランが使用する〈イクスイェーガー〉の右腕に大きな鋏が展開され、無人機の腹部を中心に真っ二つにした。

 それを見た無人機は突如、レオナの前に移動して斬りかかるが刃は彼女に届かなかった。脚部から展開されたビーム刃でブレードを切断されたのである。

 

「モード、スピア」

 

 短く言うとレオナが持つ大型二銃身ライフル《シュペーア・ゲヴェール》の形状が槍に変わり、レオナは連続で突いた。

 

「悪いけど、ISと違って接近戦もできなければフェイクスードを操ることができないのよ!!」

 

 本人は意識せず、とあるイギリスの青い狙撃手を傷つけるが、構わず刃から伸びたビーム刃で無人機の首を切断し、背部からスクリューに近いカッターを二枚展開して空いた穴から入れる。すると内部から仕事を終えたカッターが背部に戻ってきて収納され、無人機は爆発した。

 

「〈ロンドシュワルベ〉、高機動モード。アラン! 一気に畳みかけるわよ!」

「え? ちょっと待って! あれはまだ成功率が限りなく低い―――」

「土壇場の成功率が90%は超えているんだから大丈夫!」

 

 そう言って〈ロンドシュワルベ〉を駆るレオナは誰よりも早く飛ぶ―――しかしそれを〈イクスイェーガー〉が追い越し、〈ロンドシュワルベ〉が背面を向けたことで二機の背部から連結アームが伸び、接続した。〈ロンドシュワルベ〉が《シュペーア・ゲヴェール》を、〈イクスイェーガー〉が大型の碇を両手に一本ずつ展開した。

 

「ほう。あれをやるのですか」

 

 シャルロットに迫る無人機を剣で破壊し、二人の奇妙な行動を見たリベルトは感心するように言った。鈴音も近くにいたのか、恐る恐る尋ねる。

 

「あの、あれって―――」

「見ていればわかりますよ」

 

 〈イクスイェーガー〉はフェイクスードの中で古い機体だ。当初はリベルトが使用していたが、十蔵が引き取った子供の中でリベルトが一番優れていたこともあり、また何よりもお互いが信頼していたのでリベルト用に別の機体が開発された。そして余ることになった〈イクスイェーガー〉は当初レオナを乗せようという話だったが、試作機故に改造しやすい構造であり、整備要員として働いていたアランが改造プランを持って来たことがきっかけで話は一気に変わったのである。

 レオナは接近戦もかなり高いレベルでできるが、それは小さい頃から培われた技術から、それに「できる」だけの話で、彼女の狙撃はそれよりも高い。だが〈イクスイェーガー〉は扱いやすさも重視していたことから接近戦がメインだったので、レオナの性能を十分に活かすことができないと考えたアランは密かに射撃用の改造プランを考えていたのである。反対に、アランは接近戦が得意であり、猪突猛進型に近い彼には朱音が考え、やりやすさから〈イクスイェーガー〉に施されたのである。そして、彼女のお節介によって二人の少々特殊な突撃必殺技ができたわけだ。

 それを使用し、アランは前方からの攻撃を碇で逸らし、敵機を叩き潰していく。レオナは後ろからの敵機を防ぎ、破壊していく。さらに、高出力のブースト力が二重に働いているため、たまに電車が脱線するように〈ロンドシュワルベ〉がずれるが、構わず次々と破壊していく。

 

「私も負けていられませんね」

 

 そう言ったリベルトに応えるように、形状が変化。両肩にそれぞれ四つの緑色の球体が入っており、そこにエネルギーが溜まっていく。

 

「跡形もなく、吹き飛びなさい!」

 

 前方に二本のビームが発射される。だが放射範囲がそれぞれ扇状を形成し、大量の無人機を破壊していった。

 その姿に四人の専用機持ちたちは唖然としていると、〈ゼクスリッター〉に通信が入る。

 

「リベルトさん、聞こえる?」

「お嬢様ですか? 一体どうしました?」

「すぐに指定するポイントへ偵察に向かってください。そこから、とても恐ろしい感覚がするんです」

 

 その言葉の意味を瞬時に理解したリベルトは、ただ一言「わかりました」と答え、わずかに動き始める無人機を残りはアランとレオナの二人に任せて向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡国機業本部。その地下に保管されている鞘に異常が起こり始めていた。

 封印に使用されていた鎖は消滅していき、鞘が滞空しているとドアが蹴破られる勢いで開かれた。

 

「嘘だろ!?」

 

 その状況を見たクラウドは驚きを見せる。意味を知らぬほかの構成員には光の度合いが大きい鞘で、何か重要なものだとは思う程度だが、クラウドのように黄金の鞘がどんな意味を持つか知っている者は、その状況に恐怖すら感じない。

 炎を司る四元属家の一つ「ミューゼル」が離脱したのは、王族の勝手な振る舞いに嫌気を刺したからだ。

 そのため、彼らは私兵を集めて離脱し、「亡国機業」を作って敢えて裏切り者の織斑一族を引き入れた。嫌味もあるが、彼らは織斑が持つある技術が欲しかったのだ。「遺伝子強化技術」という、ある種の禁断の手法を。

 結果、ミューゼルはその技法を手に入れることに成功した。世界の一部にその方法を知らせたのは、教育費などの削減によるものであり、現在は各地域を襲撃して回収に当たっている。

 それほどまで勢力を拡大しているミューゼルが一つだけ、恐れているものがある。それは、その鞘の動きだった。

 黄金の鞘は、神樹国の王位継承時に用いられる道具の一つだ。陽子の時は継承前に崩壊したので、武闘派である「ミューゼル」が保管し続けているのだが、それ故に鞘のことを知っているのである。

 鞘は何もしなければ光っているだけのものだが、文献にはこう記されている。

 

 ―――黄金の鞘は、最強となった王候補の存在を感知し、馳せ参じる

 

 その意味はつまり、今この現象は、鞘が最強の存在を感知したということなのだ。ミューゼルにとって、それは何よりも避けたいことなのだ。まだ、彼らが想像する男に向かうなら話が通じると信じている。が―――悠夜に行ったとなれば話は別だ。

 亡国機業は理解しているのだ。この状況がどれだけ大変なことなのかと言うことを。

 

 ―――そして、事と次第によっては地球そのものの崩壊が起こることも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 子供は、好奇心が旺盛だ。それは何も知らないからであり、成長するにつれて何が危険でそうでないかを理解する。それは生まれながらにして人知を超えた存在であろうがなかろうが関係ないことだ。

 小さい頃は、自分が能力を使えることが当たり前だと思っていた。そして頭の回転が早いことに対しても特に違和感を覚えていなかった。一部だけの話だけど、それでも当時を振り返ってみれば何もかもが異質だと、今ならわかる。

 まだ子供のままなら、子供のまま成長すれば簪たちと一線を越えていたかもしれない。本当の意味で周りに興味がなくて、喧嘩した相手の親を黙らせ続けたあの時ならば、容赦なく()を受け入れていただろう。

 

 ―――でも、その時の記憶は失っていた

 

 力がない。そう思っていたから普通に過ごしていた。〈黒鋼〉を手に入れるまでは、自分には何もないと思っていた。〈黒鋼〉を纏って強くなるのは、あくまで得意分野の延長だからだ。

 

 ―――だから、()は来なかった

 

 いや、自分が拒絶していたのだから来なくて当たり前だ。だから、今の自分には()を否定する権利なんてない。

 

 ―――ようやく、覚悟を決めた

 

 自分は周りとは違う。自分が本当に大切なものに触れれば壊れる。その人の人生を壊してしまう。それが怖かった。戦闘中に理性が崩壊し、ただ強者を求めるのは、身体の記憶による最後の抗いなのだろう。

 

 ―――もう、心は決まっている

 

 ある意味、普通として成長したのは、記憶を消した本人とその周囲にとっては嬉しいことなのだろう。思えば自分は、過去に他人の家族を、他人の尊厳を壊しかけたのだ。今なら感謝できるが、同時に自分が好きだった少女を忘れていたことが悲しかった。

 

 ―――今なら、断言できる

 

 自分は―――俺は手を伸ばす。過去を受け入れ、現代(いま)と混ざり、すべてを一つにして未来(あす)を生きるために、失いかけている物を取り戻すために。

 

 ―――自分が、最強だと

 

 思い込みでも、幻想でも、空想でもない。ただ一つでも最強だけど、二つが混ざればより高みを目指すことができる。

 

 ―――だから、()も手を伸ばして

 

 後悔で押し潰されそうな顔をして、涙を流す少女を受け入れる。自分のために生まれたのに、自分に拒絶されて現状を作ったと思っている少女を。利用ではなく、同化へ。

 

 ―――真の意味で、一つになるために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年は、ただ知らぬ過去を目指していた。そして少女はただ、その手助けをしたかった。

 少年は微笑む。少女は真実の目を開いて観察する。そして理解する。真の意味で少年が自分を求めていることを。

 

《………ありがとう》

 

 少女はお礼を言った。そして、少年が伸ばす手を取り、引き寄せられ、同化する。それがどれだけ、世界に対して有害であり、悪影響であり、天災を超えるほどのことかを知りつつも、真の意味で受け入れてくれた主に報いるために、ようやく振り向いてくれた主と共にいるために。

 

 ―――その波動は、世界へと飛んだ

 

 だがそれを感じ取れるのは、本当の意味で特別な存在のみだ。ごく微量であり、種火程度でしかないその波動は、地球を覆うように広がっていく。

 一人は私物を持ち込んで遊んでいる時に、一人は自分が見た未来に対処するために動いている時に、一人はその未来が訪れることを信じて手伝っている時に、一人は自分を慕う家来を愛でている時に、一人は自分にはいないことに気付いて疎外感を感じている時に。

 

 ―――そして、一人は

 

「………やはり、最悪の時は始まってしまうのか」

 

 今、予見した未来に対処するために、部下に、家来に、演説を行おうとしている時に。

 そしてその一人は、演説を始める。自分を神のように崇拝する者、自分を疑わしく見ている者、様々な思いが渦巻いているその場で、その一人は慣れたように言った。

 

 ―――常識を超えた世界を垣間見たいか、と













今だから言える。「ようやくここまで来れた」と。
実は最初から、この部分でとんでもないことをさせようとばかり考えていたんです。福音戦とか、他のは結構後から考えています。「最初からルシフェリオンで!」って感じですかね。
それと今話の途中のある部分で「ここはいらないだろう」と思うところはあるかもしれませんが、実は前話のある部分に関係しています。さぁ、それはどこかな? あ、すみません。ここまで読んでくださった方は絶対わかりますよね。いや、流し読んでいてもわかることだ。どんだけ低いんだ、マイクオリティー! ま、今更ですけどね(笑)


―――と言うことで、次回予告(誤字にあらず)





彼女らは抗う。それが無駄と知りながら、自身の使命だから抗うのだ。
たとえそれが生徒でも、どれだけ抗っても勝てないことをわかっていながら止めようとする。自分たちでは、受け入れた力に勝てないとわかっていながら。

自称策士は自重しない 第131話

「一族、集結」

だが彼らには力がある。彼女らにはない神にも等しき力を、少年を止めるために振るう。


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#131 一族、集結

そろそろ別のことを頑張らないといけない。


 IS学園に黒い柱が建った。光の柱は輝いたのはほんの数秒だけで、その柱はやがて消えていく。

 だがそれでも、周りにはそこに異常が起こったと知らせるには十分だった。

 

「クソッ!」

 

 一夏はすぐにそこから飛び、一直線に黒い柱が建った場所へと向かう。

 簪たちもその後を追う。そして、その光景を目にしたのだ。

 

 

 そこは、まるで隕石でもぶつかったかのようなクレーターができていた。

 その中央には青い光を纏った卵と、その隣に黒いオーラを放つ者がいた。

 

「お前は誰だ!?」

 

 一夏はその中央に向かって叫ぶ。声がした方に黒いオーラを放つ者が注目すると、簪とダリルはその相手が誰か気付いた。

 

「………悠夜さん」

「え!?」

 

 簪の呟きに近い声を聞きとった一夏は驚きを露わにした。

 それもそうだろう。簪が「悠夜」と呼んだ者の姿はかなり変わっていたのだから。

 〈ルシフェリオン〉を展開しており、髪は長く、銀に近い白髪へと変貌している。そして瞳は紅く、見た者すべてを委縮させるほどの眼力を持ち合わせていた。現に、教師の何人かが今にも逃げ出しそうになっているのである。

 

「更識、何故あれが桂木だとわかる? あの男の髪の毛は黒かっただろう? それが、一瞬で白くなるなど―――」

「悠夜さんの髪は元々ああいう風だから。だから、再会した時は気づかな―――」

 

 簪は言葉を切る。彼女らに寒気を感じると同時に、目の前に先ほどまでクレーターにいたはずの悠夜が現れた。

 

「か、桂木、楯無さんは―――」

 

 一夏は尋ねる。すると悠夜は右腕を下から上へと鞭をふるうように上げると、一夏の左腕がに亀裂が入って血飛沫を上げた。しかし、それだけでは終わらなかったのである。

 徐々に腕の皮が千切れ、細胞が破壊され、左腕が一夏から離れたのだ。

 それを見た全員が驚きを露わにする。特に、教師陣にしては信じられない光景だった。

 そもそも、ISが最強とされるのは兵器としての有能さもそうだが、何よりも「人が死なない」という点だ。どんな激しい攻撃だろうが、操縦者は特殊なエネルギーバリアで覆われているので傷一つつかない。そしてシールドエネルギーが全損したところで予備エネルギーだけでもどこまで出撃地点から離れていようが帰投することは可能なのだ。だが今、悠夜の攻撃でそれを否定された。

 だが、一夏はここで右手に持っていた《雪片弐型》を握り直し、次に備えようとする。

 

「何するんだよ!?」

「貴様の存在が有害だと判断した。故に消すまでだ」

 

 瞬間、悠夜の姿が消える。同時に暗雲が立ち込め、周囲に景色が変わっていく。

 落雷が周囲に落ち始め、一夏の右腕が宙を舞った。

 

「一夏!」

「……そ……そんな……」

 

 隣にいた同僚のつぶやきを聞きつつ、真耶と共に来た教員の一人がゆがんでいる空間に向けて発砲した。

 だが弾丸は宙で動きを鈍らせ、その教員が持つ銃が切断される。

 

「気でも狂ったか、桂木悠夜!」

「ああ、そうだろうな。だが、常時狂っているメス豚風情が何をほざくか」

 

 悠夜の右腕が一瞬ぶれた。すると教員のIS装甲が弾け飛び、第七アリーナの白いタワーに向かって飛ぶ。そしてそのままタワーにぶつかった―――だけでなく、そのタワーが破壊され、地面に落下した。

 

「この野郎!」

「男風情が!!」

 

 同僚がやられたことで、次々と悠夜に銃を向け、発砲する。だがそれらが悠夜に届くことはなかった。

 

「フフフフフ………ハハハハハハハハ!! その程度か、IS操縦者! 10年の歳月があったというのに、またもなす術もやられるとはな! ―――死ね!」

 

 右手から魔法陣が展開され、そこから発射される黒い散弾が彼女らを襲う。だがその内の一人を引き寄せた悠夜は一夏に向かって投げた。

 

「させるか!!」

 

 箒が二人の間に割って入り、教員を受け止めようとするが、教員の機体と箒を超えて《ファントム・サーヴァント》が一夏を襲い、白式のスラスターを破壊した。

 

「一夏! この―――」

 

 だが悠夜は箒を回避し、今も痛みで悶える一夏に蹴りを食らわせる。

 

「うわぁあああああああああ―――」

 

 そのまま制御できずに地面に墜落する一夏。その様子を見ていた悠夜は高笑いすると、箒が二刀で攻撃する。しかし、悠夜は体を向けず力場を発生させて箒の動きを止め、そのまま彼方へと飛ばす。

 

「愚か。実に愚かだ、織斑一夏。守ることを心情にしながら、為す術なくやられる気分はどうだ?」

「……うるせぇ! 〈ルシフェリオン〉なんて……卑怯だぞ!」

「この期に及んでまだ自分のルールを掲げるか。〈ルシフェリオン〉…いや、自分の力をどう使おうが、俺の勝手だろう!」

 

 その言葉に一夏は驚く。

 

「まぁもっとも、あの女と違って力が使えない貴様に全力を出すのは勿体ない。だから俺は、敢えて〈ルシフェリオン〉を纏っているわけだ。何せこの機体は、俺の力を40%程度に留めるための封印具なのだから―――な!」

 

 一呼吸で移動し、瞬時に展開した《ゲイグン・ボルグニル》の矛先で仰向けで倒れる一夏の両足を切断した。

 

「ぐわぁああああああああああっ!!」

 

 痛みに悶え、叫ぶ一夏を悠夜は馬鹿にするような目で見ている。

 すると、上から無人機が姿を現す。その前を箒が駆る〈紅椿〉が先頭を切るかのように悠夜に向かって下降してきているので、まるで彼女が無人機を引き連れているようだ。

 

「これだから……馬鹿は釣りやすい……」

 

 悠夜は一夏をカタパルトの代わりに使い、箒と無人機集団の波に向かって飛ぶ。そして〈ダークカリバー〉を展開し、刀身から黒い波動を出して横薙ぎに払った。

 箒はそのモーションから動きを予想して飛んでくる位置から逃げる。しかし無人機は間に合わず、すべて破壊された。

 その理由は波動の刃が飛距離に伴って肥大化し、それ故に回避が間に合わなかったのである。

 本来、ISはISでしか倒すことができない。だがその根本だけでなく、〈ルシフェリオン〉を装備した悠夜は明らかにその常識と性能を凌駕している。そのことに戦慄を覚える箒だが、それよりも彼女の中では一夏の四肢を切り落とした悠夜に対する怒りが強い。

 それを最初から狙っていたのか、悠夜は満面な笑みを見せてその場から姿を消す。

 

「どこを見ている?」

 

 急停止した箒は後ろを見ると、そこには悠夜がいた。

 

(こいつ、不気味さが増している!?)

 

 冷静になっている頭でそう思った箒。瞬間、悠夜は右手を突き出すと、箒は一夏から少し離れた場所へと叩き落とした。

 相殺しきれないほどの急な重力に襲われた箒。だがなんとか耐えきり、怒りを露わにすると〈紅椿〉が金色の輝きを見せた。「絢爛舞踏」が発動したのである。

 装甲の修復され、エネルギーが回復する。箒はもう一度飛び立とうとするが、悠夜の笑顔を直視したことで体が動かなくなった。

 

 ―――笑っている

 

 まるでそれを待っていたかのように、笑みを見せる悠夜。

 

「馬鹿な女だ。貴様も、そして貴様の姉も。わざわざ、俺に嬲られるために回復するなど」

「黙れ! 桂木悠夜、お前を倒す!」

 

 自分を奮い立たせるために飛び立つ箒。しかし、それは誰でもない悠夜の手によって止められた。

 

「遅いな。それ、本当に第四世代機なのか?」

「な……何故……」

「ああ。別に驚くことはない。ワームホールの精製や瞬間移動なんざ、この機体を使ったら当たり前のことだから」

 

 ―――想像力の差だ

 

 すると右のマニピュレーターから黒い球体を精製し、ゼロ距離で箒に食らわせて吹き飛ばした。

 

「……まだ来ないか」

 

 箒を吹き飛ばした悠夜は何かを待つ。そして再び球体を精製して散弾に変える。それをある程度浴びせたが、それでも彼が待つ何かが来ないことにため息を吐いた。

 

「………まぁいい。では死ね」

 

 魔法陣を展開し、それを掴んだ悠夜は投げた。

 回転して箒に迫っていく。―――だが、それは彼女に届かなかった。

 

「―――ああ、そっちが来たか」

 

 先程まで、どこか飽きた顔をしていた悠夜が少しはマシな顔をする。

 

「………こうして、こういう風に会うのは実に10年ぶりだよなぁ」

「………生憎だが、私はあの戦いに負けたつもりはない」

「そうかい。だったらすぐに殺してやるよ、白騎士ぃいいい!!」

 

 途端に姿が消える。千冬は近接ブレード《葵改型》を抜き、ハイパーセンサーですら捉えられないほどのスピードで振り抜く。すると、目の前に現れた悠夜は迫る刃を頭から食らった―――が、《葵改型》の刃が砕け散り、千冬に強烈なヘッドバットが炸裂した。

 あまりの痛さに意識を手放しそうになったが、なんとか寸前で復帰する。すると、黒い熱線が悠夜を襲った。

 

「――それ以上の暴走は、流石に庇いきれませんよ?」

「リベルトか。その機体を無駄にする気か?」

「そのつもりはありませんよ。今回の目的は、あなたを倒すことにはありませんので」

 

 下の方ではアランとレオナが一夏と箒を回収している。一夏はまだ戦おうとしているが、エネルギーがほぼ0に近いことを指摘されて黙った。

 

「なるほど。あいつらを逃がすためか。まぁいい。目的は達したからな。ここは大人しく―――白騎士女を殺すか」

 

 方向転換して千冬の方へと移動する。《ディス・サイズ》を展開し、予備の《葵改型》を展開して迎え撃つ千冬を切り殺そうとした。

 

 ―――ガッ!!

 

 凶刃が停止する。IS如き、斬り落とせると思っていた悠夜は驚くが止めた相手を確認した瞬間、不気味な笑みを浮かべた。

 

「今は邪魔だが、これはこれで十分嬉しい誤算だなぁ。で、どうしてテメェがここにいるんだ、ババア」

 

 パワードスーツを装着し、《ディス・サイズ》の刃を受け止める陽子。

 

「ワシも驚いている。が、そこのいつでも殺せる雑魚より、覚醒した反動で馬鹿みたいに力を振るうアホ孫を止める方が楽しいじゃろう」

「そいつは違いねえな。俺も高がISごときで優勝した雑魚を相手にするよりアンタと戦った方が楽しいし」

 

 《ディス・サイズ》を消し、球体を精製して発射する悠夜。だが陽子は千冬を掴んだ上でその場から回避し、距離を取った。

 

「ど、どうして―――」

「あやつの暴走はISでは無理じゃからな。それに、性能じゃどれだけ大層な名前を付けられても向こうが上じゃ。今のうちに生徒を避難させるんじゃな」

 

 陽子はそう言って悠夜に接近し、速く、重たい拳を連続で繰り出す。悠夜はそれを捌き、陽子のIGPS〈阿修羅〉に楔を打ち込んだ。

 

「この楔、まさか」

「そういうことだ。果てろ!!」

 

 悠夜は陽子に向かって右手を向け、ビームを放つ。陽子はそれを回避するも、ビームは突然向きを変えて陽子に迫った。

 予め、予想していたのか陽子はそれをも回避するが、ビームに意識を向けたことで悠夜に大技を使う隙を与えてしまった。

 

「―――奴を穿て、「G・H・スマッシャー」!!」

 

 漆黒の球体を精製、そして二つの光線が螺旋を描いて陽子に迫る。だが、陽子はそれを回避し、やり過ごした。

 

 ―――しかし、それも一瞬だった

 

 圧縮され、出力が高くなっているビームが曲がっただけでなく、先端が分散してそれぞれが陽子に向かってランダムに軌道を描いて攻撃を始めた。それだけじゃない。悠夜の手元の球体から発射されている攻撃が終わったかと思ったら、そこからさらに同出力のビームが分散して陽子へと向かう。

 その数の多さに流石の陽子ですら対応できないのか、一本をまともに食らった。

 攻撃はそれで終わる―――わけがなかった。

 

「今のでやった、なんて思わねえよ、俺はな!!」

 

 〈ルシフェリオン〉の背部ウイングから、非実体の翼が展開される。そこから《ファントム・サーヴァント》が多数形成され、〈ルシフェリオン〉ごと悠夜を纏い始めた。

 

「見せてやるぜ。洒落にならない大破壊って奴を」

 

 球体、そして翼を生やした悠夜はそのまま陽子に向かって突っ込む。移動の際に障害となるものはすべて破壊しつくしている。

 施設ごと、それもISの攻撃すら耐えうる材質の壁をふんだんに使ったアリーナが、校舎が破壊されていく。

 

「止めろ桂木! 貴様は家族すらもその手にかける気か!?」

 

 千冬の叫びが聞こえたないのか、悠夜は構わず特攻をかける。

 しかしその特攻、決して無駄ではない。いや、無駄死にですらないのだ。

 

 ―――既に悠夜はその場にいないのだから

 

「仕方ないだろ。今の世界最強って言ったら、アンタよりも先にあのババアが出てくるわけなんだし」

 

 ―――後ろ!?

 

 千冬はその場から飛び退く。だが、それよりも早く右腕に《ゲイグン・ボルグニル》が突き刺さった。

 

「……何故、こんなことをする」

「憂さ晴らし、八つ当たり………そんなところだな。とはいえ、そろそろアンタの弟は目障りだったし、ちょうどウザい女もいるしで餌として使ったわけ。ま、篠ノ之は完全に被害者だわな。なにせあいつが俺に殺されかけた理由って「篠ノ之」なんだし」

 

 ケラケラと笑う悠夜。そして天を仰いで言った。

 

「そろそろ降りてこないかなぁ? あれだけ痛めつけたのに、全然降りてこないんだけど、理由はわかる?」

「……貴様は一体何の話をしているんだ!」

「あれ? わからない? アンタら三人に共通する知り合いって言ったら、ISを開発した篠ノ之束ぐらいしかいないでしょ?」

 

 夏休みの時、三人の共通の知り合いで「五反田蘭」が新たに増えたことを知らない悠夜はそう言い、話を続ける。

 

「でも正直、驚いているんだよねぇ。俺を殺そうとしたあの女はもう満足に動けないはずなのに」

「どういうことだ。貴様は束の何を知っている!?」

 

 その質問に喜々として答える悠夜。それは千冬にとって信じられないことだった。

 

 

 

 

 

「―――だって、10年前に両手両足を捥いでから神経と膣ををぐちゃぐちゃにしたんだよ。だから、満足に子供も作れない体になっているはずだし、それ以前に動くことすらままならないはずなんだけど」

 

 

 

 

 

 まるで自慢するかのように語る様子に千冬は唖然とする。

 

 ―――ありえない

 

 確かに悠夜の能力は高い。だが、それでも悠夜が束の身体能力を加味しても勝てる確率は低いと千冬は思っている。ましてや今、悠夜は「10年前」だと言ったのだ。10年前と言えば、悠夜は6,7歳である。実際、千冬の考えは間違えていない。いや、千冬だけではない。誰もが思うだろう。そんなこと、ありえないと。

 だが、悠夜の場合は話が別になってくる。何故なら悠夜の言っていることに何一つとして間違いがないのだから。

 

「まぁいいか。所詮、あの女も「雑種」でしかない。そして雑種、貴様はもう死ね」

 

 既に暗くなっている場所から、黒い何かが開かれる。そこからエネルギーが溜まりはじめ、放出された。

 

 ―――死

 

 千冬の脳内にたった一文字が過ぎった。それほどまで早く、ハイパーセンサーは異常事態を感じさせていたが彼女は動くことができなかった。その理由は《ゲイグン・ボルグニル》にある。悠夜は《ボルグニル》を通して千冬の体を麻痺させていたのだ。

 千冬が死を覚悟したその時、空間が歪む。爆音が周囲に響き渡り、また校舎やアリーナが吹き飛んでいく。

 それらが収まった時、まだ自分に意識があることに気付いた千冬は瞼を開けた。

 

「………いき…て……」

「―――だから言っただろう、ISを世に出すべきではないと」

 

 彼女の耳に、聞き覚えがある声が届く。いや、覚えがあるどころではない。その声はかつて、千冬が恋をしていた男の声であり、もう二度と聞くことはないと思っていた声なのだから。

 

「……風間…けん…じ……」

「久しぶりだな、織斑千冬」

 

 白夜事件のもう一人の救世主。その姿をした千冬のかつてのクラスメイトが目の前に立っている。

 その様子を信じられないと言わんばかりに見ていた悠夜に、火球と剣戟が降り注いだ。

 

「まったく。誰よ、こんな馬鹿なことをした奴は」

「あ、ごめん。たぶん、僕の知り合いだ」

 

 能天気に会話をする二人。その姿を見た千冬はまたも驚く。

 

「な、何故あなたが生きて……死んだはずなのでは!?」

「やっだなぁ。まさか高々あの程度の雑魚如きに僕がやられるとでも? 正直、女権団が面倒になってきたから、敢えて悠夜のそう言うところを利用したってわけ。それに、そろそろ悠夜には〈ルシフェリオン〉に慣れておいてもらわないと、いざって時に大変な風になると思ったからさ。今の状態にみたいに」

 

 終始笑顔を絶やさず説明する修吾に唖然とする千冬。そんな彼女に構わず、修吾は倒れているであろう母親にいる場所に手を伸ばして引き上げた。

 

「あれ? もう死んだ?」

「安心せい。まだ生きておる」

「いや、別に死んでいてくれてもいいんだけど」

 

 とても親子の会話とは思えない内容で話をする二人。その様子を見ていた悠夜は驚いてはいたが、やがて笑みを浮かべ始める。

 

「どういうことだかはわからねえが、ともかくだ―――そっちに立つってことは、殺されても良いってことだよな?」

「―――その前に死んだら?」

 

 途端に周囲が凍ると、〈リヴァイアサン〉を纏った零夜が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、IS学園のシェルターに避難していた本音は次々と押し寄せてくる他の生徒たちの対応に追われていた。彼女たちの気持ちもわからなくはない。そのシェルターは周囲にヒビが入っているのである。挙句、出入り口がシステムの破壊によってか開かなくなっている。

 強固なはずのシェルターが崩落の危機を迎えている。彼女らはとても穏やかではいられなかった。

 すると、さっきまで開かなかったシェルターのドアが開き、生徒たちは驚くが、すぐに逃げ始める。本音はそこから飛び退くと、彼女以外の生徒全員は押されて巻き込まれた者も含めて外に出た。そして、それはある意味罠だったのである。

 波が途切れたのを確認し、何かを閉める音が聞こえる。そして機械音を鳴らす何かがシェルターに入ると本音を見つけ、

 

「良かった。あなたを探していたんです」

 

 そう言ってIGPS〈風鋼〉を解除したミアは―――本音の胸を触った。




ということで、第131話でした。皆さんが望んでいたことになったかはわかりませんが、次回へ続きます。



ということで、次回予定


王族が集結し、絶対絶命のピンチに陥る悠夜。そんな彼に、黄金の鞘が現れる。
悠夜がそれを手にした時、〈ルシフェリオン〉が変化を始めた。

自称策士は自重しない 第132話

「堕天皇帝」

「悪いが俺は、破壊以外何も考えちゃいねえ!!」


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#132 堕天皇帝

テスト前だと言うのに、これを書いたりポケモンGOをしたり。


 一方、簪とラウラは戦線を離脱していた。悠夜がいた場所には大きな卵状の球体があり、水色に近い光を放っている。

 

「ここから、〈ミステリアス・レイディ〉の波動が感じられる」

「……お姉ちゃん」

 

 心配そうに触れようとする簪。だが、後ろからそれ止める声がかかった。

 

「―――いくらあなたたちでも、それに触れない方が良いわ」

 

 ラウラは素早く戦闘態勢を取る。だが、簪がすぐにそれを制して相手を観察する。

 その女性の髪は腰ぐらいまであり、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。

 

「誰だ、貴様は」

「風間遥……あなたたちにわかるように言うと、桂木(かつらぎ)(はるか)よ。名前で気付いたと思うけど、あそこで暴れている人たちの妻にして母親ってところかしら」

「………元々、織斑勢力にいた科学者だけど、理論や方式などが下らなく、指摘したことで勢力から殺されかけたところに桂木修吾に助けられ、王族入りをした史上初の女性」

「よく知ってるわね、更識簪。撫でてあげましょうか?」

「……いらない」

 

 そう言われると、遥はショックを受けたことをもろに顔に出した。

 

「え? いらない? 本当?」

「本当」

「い、いくらマッドサイエンティストって呼ばれても、ちゃんと実験動物と愛玩動物の区別はついているわよ?」

 

 本気の焦りようにどこか引く様子を見せる二人。ますます遥は絶望し、今にも泣きそうになっていた。

 

「何が目的だ?」

 

 構わずラウラが質問すると、どこかかっこつけるように握りこぶしから人差し指を出した状態で卵状の球体に向けた。

 

「もちろん、更識楯無の回収、そして治療と保護よ」

「……あなたに渡すことはできない」

「でも、このままじゃあなたのお姉さん、死ぬわよ」

 

 その言葉に簪の顔が青くなる。それを見た遥はゆっくりと近付いていくと、彼女の周囲に次々と無骨な機体が着地してきた。

 

『開発長、ターゲットはこいつらですか?』

「呼んだ覚えはないのだけど?」

『しかし……』

 

 遥はため息を吐きながらそう言うと、隊員と思しき人が弁解する。

 

「まぁいい。君たちに言えるのは、何も考えず今すぐここから去ることだ。残念ながら、下級機体で四神機の相手はできない」

「え―――?」

 

 途端、その隊員がいる場所のすぐ後ろで爆発が起きる。そして、先程まで遥と話していた隊員が後ろから強襲を受け、海に吹き飛ばされた。

 

「ふーん。二人以外に奈々を狙う奴はいたんだ……じゃあ、死ね」

 

 〈ダークカリバー〉を向けた悠夜は、次々と下級機体に攻撃していく。そして、遥に剣先を向けると驚きを露わにした。

 

「まぁ、あれらが生きているから不思議じゃないか」

「久しぶり、ユウ。君のことだから、てっきり全員妊娠させているかなって思ったけど、意外に理性が働いていたようだね」

「随分とご挨拶だな、母さん。俺は織斑みたいな馬鹿とは違うから」

「当たり前でしょう。あんな出来損ないと一緒だなんて、それじゃああなたたちを作った意味はないわ。今のこの現象は驚愕はあれどある意味予定調和よ」

 

 すると、悠夜に向かって剣戟が飛んでくる。それを防御して耐えると、流星の如く何かが突撃してきた。

 

「どこに逃げてるんだい、悠夜」

「逃げてるつもりはねぇよ、クソオヤジ!」

 

 刀に形状が近いブレードと〈ダークカリバー〉がぶつかり合う。火花が散り、二人は鍔競りあう。

 

「いやぁ、やっぱり持つべきものは戦える相手だ。悠夜がそんな風に育ってくれてパパは嬉しい―――よ!」

 

 飛ばされる悠夜はすぐに制動をかける。修吾は黒い球体を精製して分離、発射する。

 すると悠夜に黒い稲妻が落雷し、右手が帯電。そして撃った。だが修吾の前に水が現れ、修吾の上方へと飛んでいく。

 

「零夜、君は下がってなさい」

「父さん。言っておくけど暴れたりないのはこっちもだからね?」

 

 〈デュランダル〉に水を纏わせ、戦闘態勢を取る零夜。そして〈デュランダル〉を振り、氷の礫を悠夜に飛ばす。

 

「とか言って、レイ兄はユウ兄と戯れてたじゃん! こっちも暴れたりないんだし、下がってあのメス共の救助に行って来たら?」

「暁こそ下がれよ。どうせお荷物なんだし」

「殺すよ、お前」

「やれるものならやってみなよ、雑魚」

 

 すると二人は同時に接近し、〈デュランダル〉と〈レーヴァテイン〉の刀身がぶつかった。

 

「二人とも、血気盛んなんだから」

「呆れているところ悪いが、どっちもお主の子供なんじゃがな?」

「あなたの孫でもありますけどね」

 

 陽子と修吾は互いにそう言い、どちらも戦闘態勢を取る。すると上空が黒い球体で占められ、それが何を意味するか理解した。

 そして下では、簪とラウラを守るように別のバリアが発生するという現象が起きている。

 

「まったく。揃いも揃って血気盛んなんだから………」

 

 遥は傘を差すと、ほとんど同時に球体が落下した。IS学園が破壊されていくが、悠夜は気にせず家族の元へと飛び込む。

 

 ―――ただ、殺意のみで相手を潰すために

 

 その移動を捉えていたのか、炎と水が同時に飛んでくる。悠夜は回避すると鎌鼬が飛び、〈ルシフェリオン〉の装甲を刻みつつ通り過ぎて行った。

 

「そこじゃ!」

 

 急だった。

 悠夜の目の前に陽子が現れ、軽く陽子の腕の通常の三倍はあろうかと思わせるほどの巨大な装甲腕で悠夜を殴ろうとした。とっさのことで回避しようにも間に合わず、意識が飛びかける。

 陽子の攻撃はそれだけにと留まらなかった。

 彼女の装甲腕が分離し、オータムが学園祭の時に使用していた〈アラクネ〉の装甲脚の数を超える16本の腕が形成され、陽子はランダムに連打したのである。

 その威力に〈ルシフェリオン〉で守られているとはいえ、悠夜は意識を飛びかけた。

 

「悪いのう、悠夜。お主の怒りは理解できるが、お主を怒らせすぎれば世界が崩壊する恐れすらあるからのう」

 

 かつて、陽子は夫を殺されている。その時彼女に差し向けられた部隊は骨すら残さず、戦地は荒廃し跡形もなく消滅したほどだ。今では割り切ってはいるが、当時の彼女は心を病んでいた。そして今度は孫がなりかけているため、こうして現れたというわけだ。

 そして、今の彼女の役割は悠夜を痛めつける役だけであり、悠夜を相手にしている兄弟と親、祖母は誰一人としてそれだけで倒せるとは思っていない。

 その頃、修吾は自身が駆る灰色の機体と彼が使用する〈カラドボルグ〉が光り輝かせる。

 

「悠夜、悪いけど君には少し眠ってもらうよ」

 

 修吾が駆るIGPS〈スサノオ〉は上級ランクの一般機体だ。そもそも上級ランクの機体は一定の条件を満たさなければ支給されない、その人間専用の機体である。当然だが、スペックは悠夜たち四人が使う四神機とは比べものにならない。だが、〈スサノオ〉には四神機と遜色がない機能がある。

 

「魔法陣、展開。現れよ、アッシュ・フェニックス」

 

 灰色の不死鳥を召喚すると、不死鳥は〈カラドボルグ〉に自ら同化し、修吾は悠夜に斬りつけた。

 

 ―――だが、それは勘違いだった

 

 悠夜と〈ルシフェリオン〉は徐々に白くなり、蒸気と化して移動した。

 

「逃がすか! 絶対零度(パーフェクト・フリーズ)!」

 

 零夜がそう唱えると、周囲が凍てついて蒸気を捕らえる。その隙に暁が〈レーヴァテイン〉で蒸気を攻撃しようとしたが、周囲に《ファントム・サーヴァント》がばら撒かれ、ダメージを食らった。

 

「おのれ! まだ屈しないか!」

 

 陽子の巨大化したマニピュレーターで攻撃しようとするが、悠夜はそれを《ディス・サイズ》で切り裂いた。

 後ろから不死鳥が飛翔するが、《ディス・サイズ》を投げて竜巻を形成し、切り刻んで破壊した。

 

「流石だ。流石だよ、悠夜。よもやここまで成長してくれているとは思わなかった」

 

 修吾は笑みを浮かばせながら斬りかかる。それを〈ダークカリバー〉で流そうとした瞬間、刀身がぶれて悠夜に直接当たった。

 

「―――だからこそ、君とは1対1で戦いたかった」

「過去形にするのはまだ早いと思うがな、クソオヤジ!」

 

 悠夜の周囲に5つの球体が精製され、それぞれに飛ぶ。だが全員、何らかの方法を用いて球体を破壊して、ほとんど同時に悠夜に向かった。

 

 ―――その時だった

 

 彼らを超えるスピードで悠夜に一筋の金が迫る。それに気付いた陽子は悠夜を庇うように光の筋を妨害しようとするが、急停止した光はフェイントをかけ陽子をかわした。

 他の四人が飛び出す。しかし時すでに遅し、その光は悠夜の体にぶつかると、彼を中心に半径5mの球体を生み出した。

 

「………鞘が、ユウを選んでしまったか」

「やはり未来は変えられないってことか……でも―――」

 

 修吾はその膜に触れる。すると触れた部分から電気が発生して球体の一部が開いたが、すぐに修復が始まった。

 

「………受け入れるしかないということか。「鞘」が王を選定するなんて、滅多にないんだろう?」

「「鞘が王を選定する時、崩壊した全が修復を始める」……それが歴書の最後のページに書かれておったが……」

 

 陽子が思い出しながらそう言うと、剣嗣が「仕方がないな」とどこか悲しそうに言った。

 

「ここからは二人で話がしたい。だから、下がってくれ」

 

 零夜は呆れ、暁がため息を吐いて先に降下する。その後を追うように陽子も下に降りた。

 

「……父さん」

「………仕方ないか。僕みたいに好き勝手生きた人間に、説教を垂れる資格はないだろうし。でも一つ忠告しておく。今の悠夜は間違いなく10年前のまま……唯我独尊の状態だ」

「わかってる。あの時のユウには俺もリアも手を焼かされたからな。どこかの馬鹿夫婦は研究に没頭していたから」

 

 皮肉を込めた剣嗣の言葉に修吾は頬をかいた。

 

「それはそれ、これはこれってことで一つ」

 

 そう言い、修吾も下降していく。

 その様子を見ていた剣嗣は視線を球体に移す。それがひび割れを起こした時、各所で警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカのハワイ沖の管制室。そこでは異常事態が観測された。

 それを聞いたアルド・サーシャスは端末からの情報から、すぐさまある場所へアクセスして少し前の映像を確認すると、どこか見覚えがある機体を見て、すぐさま検索をかける。

 

「……ビンゴ」

 

 改修されたからか、細部のディテールが異なっている。だがアルドは何かを理解したのか、すぐさま管制室に足を運んだ。

 するとすでに戦闘員は集まっており、遅れてきたアルドに視線を移した。

 

「遅ぇぞ」

 

 イーリスがそう言うと、茶化すように「悪ぃ」と答え、すぐに端末を操作しながら質問した。

 

「で、作戦はどうするんだ。どう考えてもこれは故障としか思えねぇだろ」

「………ああ。だが、上は出撃するように言ってきた」

「はぁ?」

 

 端末から視線を離すと、ちょうどアルドの視線は投影型ディスプレイを捉える形となった。

 そこには、アメリカが密かに送り込んでいたある部隊からの生中継の映像が特殊な回線を使って映像が送られてきている。先程、アルドが手に入れたものは、軍事衛星からの少し前―――つまり、〈ルシフェリオン〉を装着した悠夜が嬲られているところだった。

 もっとも、あの映像を見たところで悠夜がやられるなんてことはあまり考えていないが、意外とは思っていた。

 

「前々から、上はどうにかしてあの機体を手に入れようとか考えていたんだろ。今はいねえが、その代わりにあのボールがある」

「……〈ルシフェリオン〉か」

「まさか、本気?」

 

 ナターシャが尋ねると、イーリスはため息を吐いた。

 

「アタシだったあんまり事は構えたくないけど、命令ってんなら仕方ねえだろ。それとたぶん、今も残っているあの機体だな。たぶん―――」

「白夜事件の時の一機、か?」

 

 アルドが言葉を引き継ぐと、イーリスは頷く。その場で様々な反応を見せるが、それは画面に現れた変化によって静まる。

 球体から生々しい化け物のような手が現れたのである。それを中心にひび割れが広がり、球体が砕け散った。

 黒と光のコントラストから現れた禍々しいもの。その正体に気付いたアルドは顔を青くする。

 

「……まさか、〈ルシフェリオン〉がバージョンアップしたって言うのか……?」

 

 その問いに答えられるものは、残念ながらそこにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………クフフフフ……クハハハハハ!」

 

 その高笑い。それだけで空気が汚染されるようだ。

 そんな雰囲気を持つその存在を中心に、さらに禍々しく情景が変わる。おそらく、そこが世界の最先端技術を扱う施設の一つであるなんて、初めて見る人はそうは思えないだろう。それほどまで景色が変わっていた。

 それだけではない。新たに姿を現した機体も禍々しく、雰囲気だけでやられる可能性もある。いや、大半がやられるだろう。

 

 ―――それほどまで、その姿は異常だった

 

 装甲すべてが有機物を感じさせるデザインへと変更されている。いや、力を吸収したが故にその姿へと変貌した、というのが正しいのかもしれない。

 〈夜叉〉に搭載されている投影モニターに機体名が現れる。その名は―――

 

 ―――堕天皇帝(ルシフェリオン・カイザー)

 

 それを見た剣嗣の顔は引き攣ったが、すぐに視線を戻して警戒を強める。剣嗣が攻撃を準備を行うと、悠夜は翼をはためかせる。

 

「ユウ、まさか―――」

「どけ」

 

 剣嗣はすぐに防御態勢を取る。すると黒い波動が周囲に飛ばされ、剣嗣が纏う〈夜叉〉は吹き飛ばされた。

 そして空に黒い何かが展開し、悠夜はその中に入った。

 

「待て!」

 

 伸ばした装甲が空を切ったが、剣嗣はすぐに思考を切り替えて黒い何かに入った。

 それを見ていた簪は後を追おうとすると、その前に何かが通ろうとしていたのを見てしまう。

 

「待って!」

 

 下がる隊列から離れ、簪は穴の方へと向かう機体に声をかける。唐突のことだったので、機体の主であるミアは動きを止めた。

 

「更識簪。……何か用?」

「……追うの?」

「……もちろん。今のユウ様は危険だから」

 

 その言葉を聞いた簪はミアの機体〈風鋼〉の肩部を掴む。

 

「…………私が行く」

「あなたは必要ない。今は私たちの誰かが行けばいい」

 

 否定するミアだが、それでも簪は首を振って答えた。

 

「……今回のアレは、お姉ちゃんが殺されたことで起こったもの。だったら、私が「お姉ちゃん」になって行く」

「……本気で言っていますか? あの人が10年前、どれだけあの女を大事にしていたのか知っているでしょう!? 場合によってはあなたが殺される可能性もあるんですよ!?」

「………そう、かもしれない」

 

 悲しそうな雰囲気を出し、簪は言った。

 

「でも、そうでもしなければならない理由がある。それに、あなたの代わりはいないけど、私にはお姉ちゃんがいる。「更識」は消滅してしまうけど、それでも、今は悠夜さんを止めたい」

 

 それを聞いたミアは少し迷いを見せた。しかし、ため息を吐いて「わかりました」と答える。

 

「………不本意ですが、非常に不本意ですが、あなたに協力しましょう」

「……ありがとう」

「ですが、必ず帰ってきてください。それが条件です。あの方の周りに、あなたが欠けることが最悪の形を引き起こす可能性だってあるのですから」

「……もちろんそのつもり。私だって、簡単に死ぬ気はない」

 

 そう言って簪は未だ閉じない何かに入ろうとすると、今度はミアが止めた。

 

「待ちなさい、更識簪。そのまま行くつもりですか?」

「……ダメ?」

「当たり前です。代役なら、それなりの格好をして行きなさい」

 

 そう言って二人は地上―――ではなく、地上すれすれを飛ぶ戦艦へと着艦する。

 その戦艦は彼らが所有しているものであり、簪はその一室に案内された。そこには、簪がよく知る人物がいた。

 

「か、かんちゃん!」

 

 そう、本音である。

 まさかいるとは思わなかった簪は驚きを露わにするが、ミアは構わず簪を鏡台の前に座らせた。

 

「さて、やりますよ。一世一代の大勝負を」

「……うん」

 

 簪はまだ理解していなかったが、ミアがそれをした時、彼女の狙いを理解したのである。




ミアのターンはまだまだ先です。ですが、いずれ彼女のターンも来ます。



それと、今度の更新は2週間ぐらい遅れる可能性があります。


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#133 怒りの報い

 どれくらい時間が経っただろうか。

 今はもう回収されて何もないクレーターだが、そこでは取り残された物があったのである。そう、黒鋼の待機状態だ。

 それに触れた朱音は、砂を払って呼びかける。

 

「……起きて、クロ」

 

 すると指輪がひとりでに浮かび上がり、少女の姿を形成した。

 

「とんだ災難だわ。ホント、死ぬかと思った」

「でも、あれが全力なんだよね?」

「……たぶん」

 

 未だ消えぬ黒い何かを見ながら二人は会話をしていると、クロは朱音から離れて自身の装甲を展開した。だが、

 

「……やっぱり、人の形を作ることはできても機体は動かせないわね」

 

 悔しそうにそう言ったクロに対して、朱音はある提案をした。

 

「じゃあ、私を乗せてよ」

「……はい?」

 

 まさかそんなことを言われると思っていなかったからか、本気で驚くクロをよそに朱音は言葉を続ける。

 

「誰かが乗らないと、例え自我があっても〈黒鋼〉は動かないんでしょう? だったら、黒鋼のことを知っている私が乗る」

「本気!? これから行くのは事実上の死地よ! 下手すれば、あの男の攻撃に巻き込まれて死ぬかもしれないのに―――」

「そのつもりはないよ」

 

 自信満々に答える朱音。あまりない胸を張るが、「それでも」と反対するクロに問答無用で乗り込んだ。

 

「つべこべ言わない。行くよ」

「……もう。どうなっても知らないわよ」

 

 そう言って装甲を閉じて再調整を始めるクロ。そして飛行形態へと変形してまっすぐ黒い何かへと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはまるで悪夢とすら感じさせるほどだった。

 ラボ内ではアラームがやかましく鳴り響く。防衛機能を働かせて迎撃するが、ISを一撃を落とせるほどの威力が全く効かないのである。

 そう、悠夜が転移した先は―――篠ノ之束が開発した浮遊移動ホーム型ラボの上空。ある物以外は何もないが、悠夜は空を攻撃したかと思うと、一撃で透明化機能を破壊したのである。

 そしてそのまま庭部分に着地した悠夜に対して遠慮なく攻撃するも、すべて金色の筋が入った〈ダークカリバー〉に防がれるか切り伏せられるかのどちらかだ。悠夜は、庭を蹴りながらその威力で消滅させていく。

 

「散れ」

 

 本来、家へはドアを通るものだが悠夜は壁をぶち抜いて破壊した。すると中には無人機が待ち構えていたが―――破壊するのにまったく時間がかからなかった。

 すると前方が光り、熱線が迫るも悠夜の前にワニ型の頭部が現れて口を開けると吸い込み始める。放出が終了したのか、攻撃が終了すると頭部が霧散してウイングスラスターの先端から放出する光が大きくなり、施設を破壊していく。

 

 ―――だが、それこそ罠としては本命だった

 

 後ろから何かが振り下ろされるのを感じた悠夜は後ろに刀身を移動させて受け止め、すぐに弾き飛ばす。相手を見た悠夜は意外そうな顔をするが、すぐに〈ダークカリバー〉を向けて高出力の熱線を連続して射出して迎撃した。

 

「これは意外だな。ドイツの雌犬がこんなところで何をしている」

「……今の私は、束様の忠実な僕」

「あの程度の弱者に付くとは、ラウラと違って見る目がなさすぎるだろ。まぁいいけど。どうでもいいし」

 

 少女―――クロエは二本の展開し、それを投げる。

 

干将(かんしょう)莫耶(ばくや)か。まさか、あの英雄の技ならば俺に勝てると思ったのか? ―――ふざけるな」

 

 悠夜が話をしている間、クロエはこれでもかと言わんばかりに武器を精製して放り投げては爆発を起こさせる。施設は破壊されていくが、どうやらこれは証拠隠滅も兼ねているらしい。

 それに気付いた悠夜はすぐさま距離を詰めるともう一つの反応に気付いて方向転換をする。しかし、クロエには二つの体が生まれたようにしか見えなかった。

 

 ―――まさか、これは―――

 

 クロエの視界が光に覆われ、彼女は吹き飛んでいった。

 その姿を眺めていた悠夜だが、殺気を感じて別の方を向く。

 

「…………お前」

「ようやく出てきたか」

 

 白いウサギ型のISを纏った篠ノ之束。その人が今も悠夜に殺気を飛ばす。だが彼女のそれすらも、悠夜にとっては気持ち悪い泥を浴びているようなだけだ。

 

「随分と遅かったな。見る目がないだけでなく戦うすらできないとは、よほどろくな相手と戦えなかったと見える。いや、最後のは俺も同じか」

「わざわざ私が、あんなゴミ女を殺されただけで喚く蛆虫を相手にするわけないじゃん」

「俺が蛆虫なら、貴様の友人や妹、そしてその妹が惚れている奴は全裸待機しているだけのプランクトンだな。まぁ、あんな奴らの裸で喜ぶのはお前と同等のそこらに転がっている人属程度だがな」

 

 馬鹿にするように笑みを見せながら述べる悠夜。その言葉が束をイラつかせた。

 

「まさか、この天才である束さんをそこらへんにいる人間と同等だとでも言うつもり?」

「そのまさかだ」

 

 ―――当たり前だろう?

 

 その意味を含めつつ、悠夜は言い切る。途端に、束の後ろから今まで見たことがない熱線が飛んだ。

 

「―――冗談はそれくらいにしなよ。有象無象の分際で……」

 

 瞬間、熱線が空中に静止した。

 

「……え?」

「………有象無象……か」

 

 周囲の空気が変わり、束が装着しているうさ耳が静かに落下した。

 

「―――身の程を知れよ、雑種ッ!!」

 

 ―――一瞬だった

 

 静止したビームは霧散し、悠夜を囲むように黒い何かが複数現れる。すると、そこから黒い稲妻が飛び出して束に向かって飛んだ。

 それを間一髪で回避した―――かに思われたが、束のIS〈白兎〉の装甲の一部が吹き飛んでいる。どうやら軌道を逸らしたようだ。

 本来、自然現象を物理的に軌道を変えることなんてできない。だが、神樹人はそれを行うことができた。そして悠夜は、その中でもありとあらゆる法則を無視し、自分の思い通りのことを実現する力を持っている。それ故に「選定の鞘」と呼ばれるあの金の鞘に選ばれ、本来ある事情から封印され続けていた〈ルシフェリオン〉のリミッターを解除することができたのだ。ちなみに〈夜叉〉、〈リヴァイアサン〉、〈イフリート〉も一定のリミッターは施されているものの、〈ルシフェリオン〉のように変化することもなければ、封印具としての役割を担うことがないのだ。つまり〈ルシフェリオン〉は四神機の中で唯一様々なものを施されているのだ。その理由は「悠夜を今の状況にさせないため」という理由である。

 

「―――己の無力さを呪え、己の弱さを呪え、己の無謀さを呪え!」

 

 悠夜の後ろから、黒い巨人が出現する。それが持っていた大木を薙ぎ払ったかと思うと、束のラボのほとんどが吹き飛ぶ。

 そして巨人が黒いエネルギーへと変換され、悠夜に憑依……いや、戻ったというべきだろう。そしてそれにより、悠夜から放出される。

 天井が吹き飛んだことで悠夜に直接黒い稲妻が落ちるが、それを床にぶつけたことで落下を始めた島が分割して吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女の視線の先には同じ人を想う二人がいる。

 

 ―――もし、話しかけられたらいいのに

 

 だがそうしないのはその少女が極度の人見知りだからとか、決してそう言うわけではない。見えないのだ。

 何故なら彼女もクロと同種であり、それ故に本来ならこうして移動することすらできない程度の存在である。しかしどういうことか、その少女は幽霊程度の存在として顕現していた。

 

 ―――ガゴンッ

 

 急に少女がいる場所が揺れ、移動を始める。「挟まれる」と思った少女はすぐにそこから離れると、何かに躓いて派手に金属の上にこけてしまった。

 その音が聞こえたのか、二人はそっちの方を向いた。

 

「…いたたた……」

 

 自分でもあそこまで派手にこけるとは思っていなかったのか、少女はどこか擦りむいたところがないか確認しながら立ち上がると、見事に二人と目が合った。

 しばらくそのままだったが、その二人が信じられないと言いたそうな目で少女を見ていたので、それに気付いた少女は少し移動する。だが、少女の予想に反して二人は視線を移動させてじっと少女を見ていた。

 

「……見えてる?」

 

 二人はまったく同時に頷く。すると自分が今どういう状況にあるか把握した少女は咳払いすると、何事もなかったかのように提案した。

 

 ―――私を使わない? と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、アンノウンが崩落を始めました!」

 

 作戦室では隊員の一人がその場にいる全員にそう告げる。イーリスたちもその様子は見ていたので知っており、彼女はすぐに指示を飛ばす。

 

「全員、すぐに出撃準備! おそらくあそこはウサギの住処だ!」

 

 その声に同時に返事をした隊員たちはすぐに外に出る。アルドは通信士官の一人からインカムの予備を受け取り、すぐに全員に指示を出した。

 

「出撃待て! 何かおかしい」

『どうした?』

「黒い何かも降りてきた。おそらく、そいつがウサギの住処を荒らした本人だろ。こちらで少し様子を―――」

 

 そこまで言ったアルドの耳にノイズ音が響く。それを聞いて彼は何度かイーリスを呼びかけるが、全く返答がない。

 

「クソッ! ISとの通信機能をダウンさせてきたか。一体どこのどいつ―――」

 

 黒い何かに視線を移すアルドは、それが誰か一瞬わからなかった。しかし、纏っているものから推測した彼は、その正体を予想して驚く。

 

「………ヤベェ。ISでどうこうできる相手じゃねえ」

「どうしましたか? アレはそれほどまで危険な存在なのですか?」

「おそらくアレは細部は違うが〈ルシフェリオン〉だ。ほら、ヒーローものの敵って大体あんな能力を手に入れたりするだろ? 簡単に言えばそんなもの―――」

 

 そこまで言ったアルドはふと、脳裏に過ぎった。

 

 ―――ここにいたら、自分たちも危ないのではないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なん……何なんだよ、お前! 何で束さんがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!」

 

 基地を失い、〈白兎〉の装甲の大部分が先程の攻撃で失っている束は叫ぶ。それまでに、今の束の余裕はなかった。

 

「アンタは俺を怒らせた。それが―――死因だ」

 

 一瞬で束との距離を詰め、倒れた顔に向かって蹴りを入れる。弱かったのか、そこまでは跳ばなかった。

 

「……馬鹿に……してぇ!!」

 

 束が起き上がり、悠夜に接近する。だが悠夜の姿がぶれ、束の腹に拳が入っていた。

 そのまま空へと飛ばされる束。〈ダークカリバー〉を手にした悠夜は突撃して斬った。そのせいか、束の左腕が吹き飛ぶ。

 

「―――ブレード、パージ」

 

 その言葉に呼応し、〈ダークカリバー〉の刀身が縦に4本に分離する。それらがバラバラの軌道を描いて束に攻撃を浴びせた。

 刀身がなくなった〈ダークカリバー〉。だが、悠夜は構わずそれを投げると、中央から新たな、そして巨大な非実体の刀身が精製された。

 そして悠夜も宙を舞う。その際、周囲を破壊するほどの衝撃破が起こった。

 

「精々抗え、雑種!」

 

 悠夜が分身をしたため、姿が増える。だがその分身はただの分身ではない。限りなく実体に近い非実体というべきだろう。

 悠夜は元々、運動不足を解消するために走りに行く以外は家でゴロゴロするか〈ルシフェリオン〉の製作に力を入れているぐらいだった。故に、彼の部屋にはあらゆる漫画が揃っている。つまり、ありとあらゆる設定を頭に入れることができ、今こうして役に立っているのだ。

 本体である悠夜AとC、Dはそのまま突っ込み、B、Eは魔法陣を展開して弾幕を張る。その攻撃パターンは分身と本体を巻き込みかねないのだが、悠夜たちはそれを余裕で回避した。何故なら今の彼らにはある能力が備わっているのだ。

 

 ―――サードアイ・システムという、第三の瞳が

 

 流石の悠夜でもその能力を保持することは叶わなかったが、それでも後ろからの攻撃にもこうして対応できるという事実は変わらない。

 Aが上へと飛ぶと、そのままCとDは加速して束に殴る蹴るの暴力を行う。

 束は何とか防ごうとするが、衝撃とビットからのビーム攻撃によって絢爛舞踏で回復しても追いつかないほどだ。いや、むしろまだ耐えているのが流石と言わざる得ないだろう。おそらく国家代表でも最初の数発を受けただけで下手すれば即死である。

 

 ―――さて、A…本体はどこに行ったのか

 

「―――これで終わりだ」

 

 ―――答えは、その必要はない、だ

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの舞台となっている地図にない基地(イレイズド)の基地内では警報が鳴り続いていた。

 アルドは上空に浮かぶシャレにならないものを確認してしまう。それはおそらく、基地諸共吹き飛ばしかねない攻撃だと一目でわかってしまったのだ。

 

「そんな……我々の装備では対処不可能だなんて……」

「これが……世界の終わり……」

 

 周りの兵たちはもはや諦めムード。アルドは何か声をかけたかったが、とても励ませる状況ではない。

 

(あの野郎! 俺たちは眼中にないってのかよ!)

 

 毒を吐いていると、まだ生きているモニターに他国の機体が映った。

 

 

 

 

「―――ユウ君」

 

 今にも黒い巨大球体を束にぶつけようとしていたところに、悠夜の耳に聞き覚えがある声が聞こえた。

 思わず振り向いた悠夜がその姿を確認した時、同時に球体と分身たちが霧散して〈ダークカリバー〉が元の姿で悠夜の元に戻ってきた。

 

「………奈々……!」

 

 一瞬だった。一瞬で悠夜はその場から動き、髪が伸びた状態の奈々を抱きしめ、唇を奪う。1分はキスしていたか、悠夜の方から口を離して感触を味わうためにもう一度抱きしめた。

 

「良かった。奈々、生きてたんだね」

「うん。なんとか」

「良かった………嘘でしょ、()

 

 そう言われた簪は驚きのあまり目を開くが、悠夜は構わず続ける。

 

「やっぱり。キスしただけでわかった……でも、どうし……て………」

 

 悠夜は目を閉じ、そのまま寝てしまう。疲れ……いや、彼は眠らされたのだ。

 基地の上に落下した束は何とか着地すると、悠夜から〈ルシフェリオン〉が解除されたのを確認して対IS用RPGを展開して引き金を引く―――前のことだった。

 束の肉体を何かが貫通する。

 

「……これ……クーちゃん……」

 

 恐る恐る後ろを向く束。そこには、〈黒鍵〉を装着したクロエ、そして〈夜叉〉を纏った剣嗣がいた。だがクロエの行動は剣嗣も驚いており、怪訝な顔をしている。

 

「さよならです、束様。あなたの役目はもう終わりました」

「………う……そ……」

「終わりなんです」

 

 そう言ってクロエは束の体にプラスチック爆弾を取り付け、爆破させた。

 爆風からそれぞれ異なる手段で身を守る。

 

「………意外だな。まさかそんなことをするとは」

「もう、彼女の存在は必要ありませんので」

 

 クロエの姿がぶれ、その場からいなくなる。剣嗣自身も無駄に追うことはせず、悠夜を連れて帰ろうと考えていると途端に銃を向けた。彼が悠夜の方に視線を向けると、そこでも同じように銃を向けられている。

 

「悪ぃが、お前らを拘束させてもらうぜ」

 

 ダリルがそう言うと、剣嗣はため息を吐いて答える。

 

「すまないが、今回は見逃してくれ……って言っても無理か」

「ああ。こちらにもメンツがある」

「……そうか。では―――こちらも強硬手段を取らせてもらうとしよう」

 

 剣嗣が戦闘態勢を取ると、剣嗣、簪、そして悠夜の足元に黒い何かが現れた。

 三人は急に発生したそれに入ると、アメリカ勢は為す術もなく逃がしてしまう、という結果に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どう、クロ?」

 

 事の成り行きを見終わった朱音、そしてクロ。〈黒鋼〉を飛行形態のまま空中に静止していたので、IS学園に向けて移動を開始する。

 

「……正直、空しいわ。せっかくあの女が死んだって言うのに」

 

 小人サイズになって朱音の肩に座っているクロはそう答える。

 何度かそんな話を聞いている朱音だが、今までまともに聞いてこなかったのはクロに気を使ってである。

 

「……これからどうしましょうか」

 

 クロは小さく呟くように言ったつもりだが、朱音の耳にはよく聞こえていた。しかし今は何も言わず、アクセルを踏んで急いでIS学園に戻ることを選択したのである。




真面目な話、勉強しているせいでクオリティが下がっていると言うことは自覚していますが、これからもどんどん書くつもりなので見捨てないでいただけるとありがたいです。プロットを練るよりもシンプルに数を作っていく方が良いんだ。そう思います。

ということで次回は、解決(?)編


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#134 恐悪愛女

おととい、ポケモンの映画のチケットを持っていたので映画館に行ったのですが、オープニングは熱いわ内容はヤバいわで何度か涙腺が崩壊しました。

俺、絶対に子供とポケモンするんだ……ガチの方で(とか言いながら大して強くなかったりする(笑))


 すべてが収まってから数時間。あることが判明したことで学園側は対応に負われていた。生徒たちが全員いなくなっていたのである。

 だがそれもすぐに所在が判明して事なきを得たが、勝手に行動したことで一部の教員たちから反感を買うも、ティアの一言に黙ることを強いられた。

 

 ―――四神機に勝てるの~?

 

 気怠そうに発言し黙らせたティアはそれ以降、零夜の膝枕で眠っている。

 彼女は彼女で色々することがあり、その影響だろうと零夜は思って今は黙って眠らせている。

 

「―――失礼する」

 

 桂木一族、そしてお付きのアル、コウの二人もセットになって揃っている空き教室に、轡木十蔵をはじめとする一家三人、織斑千冬に生徒会の二人に簪とラウラも入ってくる。人数はこれだけでない。

 さりげなく朱音が混じっていることに訝しむが誰も尋ねない空気の中、教室のドアが開かれると白衣姿の遥が立っていた。

 

「待たせたね」

「手術はどうだい?」

「問題ないよ。会長様の方はちょっと苦戦したけど、どこかの誰かの力が働いていたしね」

 

 その力の主も今は眠っているのでこの場にはいない。

 遥が窓側の一族の方に座ると、さらにドアが開かれてイージスの二人以外の代表候補生も全員揃って入ってきた。

 

「……君たちは招いた覚えはないが」

「ですが、わたくしたちもあの場にいましたわ。お話しを聞く権利はあるかと」

「………別に構わないが、この話を聞いたところで君たちが無駄に絶望するだけだ。それでも構わないなら同席すれば」

「では、お言葉に甘えて」

 

 そう言ってセシリアが先に入る。その後に箒が続き、シャルロット、鈴音も入室してすぐ近くの席に座った。

 全員が自分たちに注目するのを改めて確認した剣嗣は立ち上がり、話を始める。

 

「さて、一体どこから聞きたい?」

「………全部だ。何故、桂木悠夜も貴様らもあの能力を使うことができる。そして、〈ルシフェリオン〉とは一体何だ?」

「相変わらずせっかちだな、織斑は。まぁいいだろう。どうせ時期だとは思っていたからな」

 

 そう言った剣嗣に周りは誰も反対の意を示さない。

 

「まず最初に、桂木悠夜と更識楯無の二人の話をしておこう。と言っても特筆する点はないがな。ただ出会いは、ある意味いつも通り常識知らずで型破りだったらしいが……まぁ要は、あの二人は小学校の時に同じクラスだっただけだ」

「………それだけ、ですの?」

 

 セシリアの問に剣嗣は頷く。

 

「ああ。ただのクラスメイトというだけだ。それ以上も、以下もなかった。ただ一番仲が良いというだけの存在だったな。実際」

「でもその時に外出が増えたんだよねぇ。あの時は寂しかったなぁ」

 

 暁がしみじみしながらそう言うと、箒が食って掛かるように言う。

 

「では、そんな関係なことで我々はあんな目に遭ったとでも言うのか!」

「そうですわ! そのせいで……一夏さんはあんな状態に……」

 

 悲しそうな声を出すセシリア。しかし、その空気を遮断するためか、それとも心の底から笑っているのかある場所から笑い声が響いた。

 

「―――それはちょっと、酷いんじゃないかな?」

 

 一通り笑った後、修吾は冷たい声でそう言った。

 あまりの冷たさに全員が意外そうに修吾に視線を向けるが、修吾は構わず言葉を続ける。

 

「セシリア・オルコット。実は僕、君のことが気になったから調べてたけど………同じスナイパータイプにしては随分なお粗末な成績だよね。まぁ、そもそもISであんな舐めた真似をしているから未だに専用機持ちランキングで下位周辺を飛べるわけだけど」

「……何が言いたいんですの? それにわたくしのことが気になるって―――」

「リーチャド・グリント・オルコット」

 

 まるで呪文を唱えるように言った修吾。そして一番に反応したのは、零夜だった。

 

「嘘、この女があのグリントの娘?!」

「可哀想に。どうやら才能は遺伝しなかったようね」

 

 遥までも同情的な声を上げる。セシリアはわけがわからず声を荒げて尋ねた。

 

「い、一体何だと言うんですの?! あの人が何を―――」

「僕が知る限り、コモンタイプで唯一僕を追い詰めることができたスナイパーだよ。しかも、君のようにISの保護の恩恵を持たず、生身でね」

「………はい?」

 

 間抜けな声がセシリアの口から漏れる。だが、修吾は構わず続けた。

 

「君は何も知らずに彼がただ気弱な男だと思っていたようだけど実際はそうじゃない。君に対して気弱だっただけだ。昔に誤って君を殺しかけたからね」

「……そ…そんな……」

 

 修吾は止めを刺そうと思ったが、遥が止めたことで黙る。

 

「ありえない………そんなの……」

「さて、今度は君の番か」

 

 箒を見た修吾は笑みを浮かべるが、それよりも先に遥が言った。

 

「彼に関しても心配ないわ。一応、一命は取り留めた。けど、おそらく二度とまともに動けないでしょうね」

「……そんな」

「あら? あなたたちにとってはチャンスだと思うけど? 彼が動けないとなれば、彼を好きにできるし、介護ができる分距離も近くなれるじゃない? だったら、このチャンスを生かして―――」

 

 途端に机がはじけ飛び、黒い影が遥に掴みがかる。

 

「貴様……どれだけ生徒たちを侮辱する」

 

 怒りを露わにする千冬。だが、誰も掴み持ち上げられている遥を助けようとはしない。

 

「……馬鹿な女ね。ホント、あなたの母親と同じ」

「何?」

 

 千冬の腹部に衝撃が走る。

 

「―――愚かなのよ、織斑は」

 

 その強さゆえにか、窓ガラスを割って廊下に投げ出される千冬。それを見ていたほとんど全員は驚きを露わにしていた。

 

「お、織斑先生!」

 

 シャルロットは慌てて外に出る。

 

「貴様、どうしてこんなことを―――」

「頭の悪い子供には体で教える方が楽よ。それにここにいる人間のほとんどがとやかく言える立場にないわよね? 恋愛感情を持っているからって、気に入らないことをしたらすぐにISを持ち出して制裁しているくせに」

 

 それを言われて、その場いにいる全員は反論できなくなった。今にも戦い始めそうな遥と箒を修吾が抑えているのを見ながら、零夜はティアを抱えながら立ち上がった。

 

「ねぇ、もう帰っていいかな? あんまり開けているとスコールたちがうるさいから」

「ま、待ちなさいな! 逃がしませんわよ!」

 

 部分展開をして《スターライトMk-Ⅲ》を展開するセシリア。だがすぐにそれは切断された。

 起こる爆発にそれぞれがバリアを張って防ぐ。

 

「いい加減諦めなよ。あの時は手加減して相手してあげただけ。本気出せば、IS学園なんて余裕で落とせるんだから」

「レイ」

「……はいはい」

 

 剣嗣に止められ、渋々手に顕現した水を片付ける。

 するとドアが急に開かれると、銃を携帯した特殊防護服を装備した人間たちが姿を現す。その中から十蔵には見覚えがある人物が現れた。

 

「―――メアリー・ハードソン」

「お久しぶりね、轡木十蔵。まさかこうしてあなたを捕まえることになるとは……後継の理事長を探すのが面倒だけど、それはそれ、ね」

 

 銃口は十蔵だけでない。菊代や晴美、そして朱音の方にも向いている。

 簪たちの方にも向いているが、簪とラウラがすぐに戦闘態勢を取っているため本音はおそらく大丈夫だろうと安堵しながら、万が一のことを考えていたが、次の言葉でその情勢は変わったと言えるだろう。

 

「ご安心を。あなたたちも仲良くまとめてあの世に送ってあげますわ。当然、あの桂木悠夜も」

「………それを本気で言っているのか?」

「ええ。眠っている今だからこそチャンス。今、病棟に兵を向けています」

「……そうか。では、今すぐその者たちを撤退させろ」

 

 冷静な声で言う剣嗣だが、内心彼は焦っていた。

 幼い頃から亡国機業にいる零夜とティア、あまり他のことに関心がない修吾や遥。そもそも悠夜とはそれほど交流がない陽子には知らないことだが、剣嗣、リア、アル、コウ、そして暁は冷や汗をかき始めていた。それを聞いて怯えているのだ。

 もし警告を発せられた場合、状況によるが織斑一夏を差し出すだけで終わるならそれでいい。だが、そうじゃないなら―――

 

 ―――差し向けられた兵たちの死は、免れない

 

 

 

 ―――ミア・ガンヘルド

 

 彼女は生まれた三人の中で、唯一何のとりえがなかった。姉のように幼いころから優秀なわけでもなければ、妹のように科学の知識に強いわけでもない。一般人に比べれば身体能力は高いが、それでも家族が求めるほどの水準には届いていなかった。10年前に悠夜に選ばれた時も家族から反対されるほどだったのである。

 ガンヘルドの一族の特徴として、成長の見込みがあまりない。その代わり幼いころから才能が開花することが多いのだが、ミアはそうではなかったのだ。だが、「幼さ故に引き裂かれた」という事実がその常識を一瞬で覆したのだ。

 

 ―――100回以上

 

 それが離れていた10年間に、ミアが島から脱走しようとした回数である。

 もし一度でも成功しようものなら、とっくに桂木家は崩壊。郁江は精神を、幸那は人生を壊されていただろう。それほどまでミアは幼い頃から荒れていた。それを良く知っているからこそ、剣嗣はすぐに下げるように言った。

 

「あら、その態度はないでしょう? ちゃんと頼むなら、その方法があるのではなくって?」

「止めて! お願いだから早く回収して!」

「コウ! アル! 今すぐ兵を無効化してきなさい!」

 

 暁の懇願、そしてリアの命令が辺りに響く。二人はすぐに窓から出て兵たちを止めようと行動するが―――

 

 ―――バリンッ!!

 

 窓ガラスが割れ、同じ服装をした隊員が仲間を倒していく。

 メアリーがどういうことかと飛んできた場所を見ると、髪によく映える服に身を包んだミアが宙に浮いていた。

 

「………あなた、一体」

「ああ、まだいたんですか?」

 

 今の声を聞いて、シャルロットが震えあがる。おそらく、この前のことを思い出したのだろう。

 

「サーバス様、この人たちがさっきユウ様を撃ち殺そうとしていたので動けないようにしたんですが、これはどういうことですか?」

 

 虚ろな瞳を剣嗣に向けながら尋ねるが、剣嗣が答えるより先にメアリーが言った。

 

「あなた、何者?」

「私ですか? 私は、あなたたちが「桂木悠夜」と呼ぶ男性の専属メイドであり、ハーレム管理人である「ミア・ガンヘルド」です」

「は……ハーレム管理人? しかも、あんな男の……?」

 

 その言葉が引き金になったのだろう。メアリーの腹部に衝撃が走って壁に叩きつけられた。

 

「随分とうるさいブタですね。そんなに殺されたいのですか?」

 

 雰囲気が変わる。それを感じた剣嗣はメアリーとミアの間に入った。

 

「何のつもりですか、サーバス様?」

「そこまでだ、ミア。これ以上の攻撃は禁じる」

 

 戦闘態勢に入ったのだろう。ミアは剣嗣とはする気はないのか大人しくなった。

 

「わかりました。では、私はユウ様の世話に戻ります」

 

 突風が室内に吹く。ミアの姿は消え、目の前で見せられたマジックに慣れていない人間は騒然とした。

 

「君たちも彼女を連れて帰りたまえ。まだやると言うのなら、今度は私が相手になるが?」

「剣嗣様だけに戦えさせません。ここは私が」

 

 だが、彼らも最初から事を構えるつもりはなかったらしい。すぐにメアリーを回収して学園から去っていく。

 姿が見えなくなったところで、十蔵が提案した。

 

「―――ここは汚くなったので、続きはあの部屋でしましょうか」

 

 

 

 

 案内された学園長室はどうやら被害に遭っていないようで、周りと比較して綺麗な方だ。

 そこで織斑千冬と篠ノ之箒などの専用機持ちは省かれた。当初、剣嗣は凰鈴音にだけは同席する許可を出したが、鈴音は敢えて辞退を選んだ。

 

(今回のことで恐ろしく感じたか。……見どころはあるし、彼女の存在をどうにかすること自体は容易なのだがな)

 

 それはあくまでも悠夜の嫁候補の一人としての思考である。

 リアにばれないように考えるのを止め、座るように言われたソファに腰を掛けて説明する。

 

「それで、私に話とは一体何でしょう?」

「いえ。幸い、まだあの愚弟は誰とも関係を持っていないようなので、「ヤード」一族であるあなたには私たち4人のことを説明しておこうと思いまして」

「……説明? それは、王族の中でも群を抜いてとんでもない力を持っていること、でしょうか?」

 

 剣嗣の眉が少し動く。菊代はともかく、晴美と朱音は何の話かわかっていない。

 

「やはりお気づきでしたか。異常者がいるので彼女を基準に考えられている、というのは杞憂だったようですね」

「ええ。確かに陽子様の存在は異端であれど、陽子様からあらかじめ〈ルシフェリオン〉が「封印具」だとは聞いていたので」

 

 剣嗣は陽子を睨むが、陽子は気にせず知恵の輪を外そうと躍起になっていた。

 

「……それに、いくら王族と言えどプライドが高い二人の科学者はよほど自信がなければ「四神機」という大層な名称は使わないので」

 

 修吾と遥がそれぞれ照れを見せる。

 

「確かにそうですね。確かにこの二人は家庭能力はともかく得意分野に至っては無駄にプライドがあるので。……では、今の内に話しておきましょう」

 

 一息入れ、剣嗣ははっきり言った。

 

「私、風間剣嗣、桂木悠夜、零夜、暁の4人は、遺伝子改造素体(アドヴァンスド)を超えた遺伝子改造素体―――遺伝子進化素体(エヴォノイド)です」

 

 その言葉にいち早く反応はラウラだった。

 

「遺伝子改造素体を越えた遺伝子改造素体? つまり、兄様は―――」

「君の予想通りだ。我々4人は通常の遺伝子改造だけでなく、より高度の調整と肉体改造を経て通常ではありえない耐久性を備えている。非能力者である君にはわからないだろうが、能力の使用には身体に負担がかかる。更識簪が今も眠そうなのは、彼女がまだ能力に目覚めて1年も経っていないのが原因だ。非改造でも身体に慣らすために平均して1年前後かかる」

 

 そう説明されたラウラは恐る恐る簪を見る。実際、簪は眠そうだったが、まだ時間は午後の2時半。たまに昼寝をする人間もいるにはいるが、それでも今のような真剣な場で眠たそうにするような性格ではないことをラウラは知っている。

 

「かんちゃん、大丈夫?」

 

 心配そうに本音が尋ねると、簪は「大丈夫」と答える。

 

「通常、ラウラ・ボーデヴィッヒたちのような「遺伝子改造素体(アドヴァンスド)レベル」ならば、成長の促進程度しか効果が得られない。だが、我々「遺伝子進化素体(エヴォノイド)」なら、その成長力は各段に跳ね上がり、能力行使の反動すらも生身で相殺できる。もっとも―――」

「―――もっとも、これから始めることには絶対的に必要なんだけどね」

 

 剣嗣の言葉を引き継ぐように修吾が言った。

 

「これから始める、こと?」

「そう。僕らが本来住まう国の再興だ」

「―――なるほどのう。だから、お主らは「エヴォノイド」を作ったのか」

 

 陽子からの厳しい視線を修吾は軽く受け流しながら答えた。

 

「まぁね。物事を始める時には何らかのインパクトが必要だ。特にあの国は一度日米連合部隊に曲がりなりにも滅ぼされている。だからこそ、どうしても強者が必要だったんだよ。そう言う意味ではこのIS学園で印象強く残す必要がある。だから、朱音ちゃんには「サードアイ・システム」のレプリカを渡しておいたんだ」

 

 急に話を振られたからか、朱音は慌てて晴美の後ろに隠れた。

 

「でも正直驚いたなぁ。まさか僕が送ったものはそれ以外まったく使わなかったなんて。おかげで悠夜はノリノリで発病させて戦うことができたけど」

「……じゃあ、〈ルシフェリオン〉の存在意義は? 朱音に送るなら、アレを最初に送れば―――」

「残念ながら、〈ルシフェリオン〉のスペック制限は4割までが限界だったのです」

 

 今度は遥が答えた。

 

「4割……?」

「あの時は幸い、悠夜の拒絶の意思をくみ取って3割程度に抑えることができたようですが、最初から全力で行使すればおそらく銀の福音のコアは半壊。操縦者も仮に生きていても障害が残るくらいにはダメージを負っていたはずですよ」

「あと、空気を読んでか相手を舐めたか、武装と能力を抑えるか以外は使用しなかったことが大きな要因だ。そう言う意味では、君たち四人には本当に感謝してもしきれない」

 

 もし仮に、悠夜が本当の意味で本気を出した場合の説明をする剣嗣。それを聞くたび、ラウラ、本音、朱音の3人は改めて自分の身近にいた悠夜がとんでもない存在だということを改めて認識するのだが、

 

「? 何故簪は平然としているのだ?」

 

 真顔で聞いていた簪は平然と答えた。

 

「だって私とお姉ちゃん、そして虚さんは10年前に悠夜さんに助けてもらっているから」

 

 そんな、本音ですら耳を疑うようなことを口にしたことで、3人の顔色が変わった。




いつものことかもしれませんが、これって解決編?
まぁ、一応目明し編にはなるかな……アレはマジで驚いた。


一応、7章は後1話続きます(区切り良いし)


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#135 自由奔放な桂木一族+α

 〈紫水〉、〈仕狼〉を展開した零夜とティアはレーダーステルスモードで海を飛ぶ。

 彼が向かっているのは、モノクローム・アバターが使用する戦艦へと戻っているのである。

 

「それにしても、面白かったぁ」

 

 ティアがそう言うと零夜は顔を引き攣らせた。

 ティアの場合、システムを奪い取って教師陣を事実上無効化したのが主な働きだったが、零夜は違う。一歩間違えれば世界を崩壊させかねない戦いだったのだ。相変わらずのんきな従者に内心ため息を吐きつつ、これから起こるであろう別の祭りに意識を向ける。

 

「ところでマスター、まだですかぁ?」

「いや、もう来る様だ」

 

 零夜の言う通り、弾丸が零夜に迫る。だが零夜に当たるよりも早く、砕け散る。

 

「そこまでだ」

「止まりなさい、テロリスト」

 

 一人は国家代表の戸高満。そしてもう一人は候補生の教官を務める瀬戸優香だ。

 それぞれに改造された打鉄を装着しており、二人に敵意を向けている。

 

「どうしてわかったんだい?」

「タレコミがあったのよ。亡国機業の一味がここを通るって」

「君たちの所業を見逃す気はない。投降しろ」

「そう。じゃあ精々僕らのサンドバッグになってよ」

 

 そう言って零夜は姿を消し、優香を攻撃する。

 あまりの早さに反応できなかった満。ライフルを構えるよりも早く、鎌鼬に襲われた。

 

 

 

 

 

 ―――更識家

 

 その家は表向きは豪邸として家が建てられてはいるが、実際は暗部の本部。比較的に都会よりの場所に建てられているその場所で、今や少しばかり戦闘能力が高い一般人となった幸那がギルベルトと共にお世話になっていた。

 

「あ~。可愛いわぁ~」

 

 楯無……もとい、刀奈と簪の母親である「更識(さらしき)雪音(ゆきね)」が幸那を着せ替え人形にして遊んでおり、今の幸那の様子をそんな感想を漏らす。今の幸那は全身に紫色のフリルを着せられているが、実は元々雪音が簪用にと買って来たのだから当然である。

 そんな状況にあると、着替えている部屋の襖の一つが何者かによってノックされた。

 

「誰かしら?」

『ギルベルトです。珍客が来られまして、16代目から至急幸那嬢を呼ぶように、と』

 

 それを聞いた幸那は内心ホッとしていた。

 精神を調整された時は贅沢三昧をしていた彼女だが、元々気が強い性格ではない。それ故に高そうなフリルを着せられてさっきから気が気でなかったのである。

 今すぐ着替えようと服に手にかけると、雪音がそれを止める。

 

「そのままで行きなさい」

 

 並々ならぬ雰囲気を感じ取った幸那は、少し絶望しながら大人しく従うのだった。

 

 

 

 

 

 ギルベルトに案内されたのは大広間―――ではなかった。小さな、それこそプライベートルームとも言えるような、明治初期に見られた西洋の文化が入っている部屋に案内された部屋で、信じられない姿を見た。

 

「―――やぁ」

 

 その声を聞いた幸那ができたことは、精々力を抜いてその場に座り込んでしまうことだった。

 ギルベルトはすぐに幸那と修吾の間に割って入る。

 

「って、ちょっと待って! 僕は別に幸那ちゃんに危害を加えるために来たわけじゃないからね? むしろとっくの昔に気付いてたから!」

「……え?」

 

 そんな爆弾発言をした修吾に対し、幸那は驚く。

 

「どうして気付いたって? だって幸那ちゃんは常に悠夜にべったりなのに急に冷たい態度をとってたからさ。「思春期」か「精神操作」のどちらかかなぁ……と」

「………だったら―――」

「まぁ、悠夜がいるし、本気を出したら女権団なんて生身で潰せるのは知ってたからさ。むしろ、〈ルシフェリオン〉とかオーバーキルすぎると思ったよ。あ、後これも言っておこうか。「あの程度の雑魚に、僕が負けるわけがないだろ」」

 

 平然と答える修吾に、幸那に対して茂樹が言った。

 

「普段からふざけているように見えるが、ああ見えてあの男は強いからな。内心死んだと聞いて驚きを隠せなかったが………やっぱり生きていたか」

「とか言って、最初からそこまで本気じゃなかったくせに」

「当たり前だろう? お前みたいな奴の何を信じろって言うんだ」

 

 茂樹が睨むが、修吾はその睨みを平然と受け流して幸那に質問した。

 

「ところで幸那ちゃん。今も悠夜のことが好きなの?」

「おい待てや、万年迷惑男。何当たり前のように俺の嫌味をスルーしてんだよ」

「え? だって別にどうでもいいし」

「OK、表出ろ」

 

 茂樹が殺気を放ったことで幸那はビクッ、と震える。

 その姿を見て修吾が口を尖らせて言った。

 

「茂樹、君の殺気は刺激が強すぎるんだからちょっとは大人しくしてよ」

「すべてテメェが原因だゴラァッ!!」

「茂樹様、会えて嬉しいのはわかりましたから、ここは大人しくしてください」

「……たまに布仏が謀反を企ててる気がしてならない」

 

 いい歳した男が膝を抱えて泣きそうになっている様を気を使って敢えて見ないふりをして幸那は答えた。

 

「………好き。本当はもっと、一緒にいたいなって……」

「大丈夫。今だから言うけど悠夜は王族で、次男だけど王位継承権第一位だからハーレムも作れるし、おそらくそこの二人の娘4人も入るだろうからまったくもって問題ないよ」

「ありすぎだぁ!!」

 

 察知したのか、ギルベルトが現れて幸那を庇うように立つ。

 

「ギル君、君はそのまま幸那ちゃんを外に連れて行って」

「わかりました」

 

 素早くその場から離れるギルベルト。そしてその場に3人となった時、茂樹が掴みかかった。

 

「あれ? 清太郎くーん。ちょっとこの惨劇は止めてほしいんだけど~」

「悪いがこちらも事情を聞いておきたいのでね」

「あ、そういうこと」

 

 二人から殺気を飛ばされているが、修吾は構えすら取らない。いつも通りの緩いスタンスで平然と言った。

 

「どうやら、悠夜と刀奈ちゃんの記憶が戻ってしまったようなんだよね。だから、10年前の約束通りに、暗部としての「更識」を畳んでもらうようにお願いに来たんだ」

 

 そんな爆弾発言、おそらく戦闘員がいれば間違いなく騒がしくなっただろう。それほどのものを修吾は平然と言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏が目を覚ましたのは、状況が終了して2日が経った頃だった。

 静かに目を開けたため、しばらく状況が理解できなかった一夏だが、やがて自分の四肢を切断されたことを思い出した。

 

「………お、俺は……アレ?」

 

 改めて自分の身体を確認する。切断されたはずの四肢がまるで何事もなかったように自分の体に存在しているのだ。

 

「……あれは気のせい、だったのか……?」

「あら、目が覚めたのね」

 

 カーテンが開かれる。本来ならそこには晴美がいるはずなのだが、現れたのは遥だった。

 

「おはよう、織斑一夏君。体の調子はどうかしら?」

「……さ、さぁ……?」

「まぁ、私の術力は高いし白式の自己回復能力に任せれば問題ないでしょう。あなたの白式を調べさせてもらったけど、それなりの回復能力があるじゃない。データはもらっちゃった」

「え? あの、それって―――っていうかあなたは……?」

 

 一夏がそう尋ねると、遥は簡単に自己紹介を始めた。

 

「私? 悠夜の母親だけど?」

「へぇ………え?」

「まぁ、2,3日すれば普通に歩けるわよ。良かったわね。私みたいに知識欲しさに様々な能力を得た優秀な人間がいて。じゃ、私は帰るわね」

 

 遥は鞄を持って医療室から出ようとすると、一夏が呼び止めた。

 

「ま、待ってください! あの、あれは夢だったんですか!? 俺がその、手足を斬り落とされたのは」

「……疑うのは無理もないわね。だって、私の腕は超一流だもの。あなたの馬鹿な両親と違ってね」

 

 その言葉に一瞬顔をしかめる一夏。そして、自分の親の事に触れられたことに気付いた。

 

「ちょっと待ってください。俺の親を知っているんですか!?」

「知ってるも何も、私は元々あなたの両親……というより、あなたの母親の「織斑秋恵(あきえ)」の部下だったもの」

 

 当然言わんばかりに答える遥。すると一夏は遥の服を掴もうと手を伸ばしたが、気配を察知したことで回避された。

 

「求められても困るわよ。私には大事な夫がいるし、4児の母だもの」

「そ、そんなつもりはないですよ」

「それに私、あなたみたいな馬鹿には興味がないの」

 

 何か刺さった感触を味わう一夏。その感触に疑問を感じつつ、気になったことを話した。

 

「あの、俺の親は今どうしてますか?」

「さぁ? 馬鹿だから死んだんじゃない?」

「………あっさりと言いますね」

「今の私は遺伝子化学分野には手を出していないし、そもそも私、他人に興味ないから。それに、「織斑」とか「篠ノ之」みたいな仮初の強者なんてどうなろうと知ったことじゃないわ。雑魚は雑魚らしく、其処らにいるビッチや家畜程度の雌豚共と大人しく人生を謳歌しなさい」

 

 わかりやすい嫌味を吐き、一夏がどういう反応をするか待つ遥。すると一夏は怒りを露わにしたが冷静に尋ねた。

 

「それ、どういうことですか?」

「そのままの意味よ。私たちからしてみればISというそれなりに凄いのを作っても、兵器として運用している時点で正気を疑ったわ。そして思ったの。ああ、やっぱりあの時私が作った「IGPS」を見せても作り方を開示しなくて良かったな、って」

「え? あなたがIGPSを作ったんですか!?」

「何か問題でも?」

 

 問題どころじゃなかった。

 一夏が知るIGPSは、〈ルシフェリオン〉と〈イフリート〉の二機。実際、以前現れた〈紫水〉もその一機だったりするのだが、実はISとIGPSを外見で判断するのはかなり難しい。もっとも、IGPSを敢えてそう言う風にしたのは剣嗣の指示だ。例え任務中にばったり会ったとしても、ISと間違えてくれるのを狙うためである。

 そんなことを知らない一夏は悲壮感を漂わせるが、それを遮るようにドアが開いた。

 

「一夏!」

「一夏さん!」

 

 箒、セシリア、そして少し遅れてシャルロットが入ってくる。そして、

 

「貴様は、どうしてこんなところにいる!?」

「私がどこにいようと勝手でしょう? それとも、わざわざ無駄に大きいだけどのおっぱいを持っているあなたにわざわざ許可をしないといけないのかしら。……ミアちゃんもそうだけど、ホントに大きいわね」

 

 自分のものと箒のものを比較する遥。そして素早く箒の背後に回り込み、双丘を揉んだ。

 

「な、なにを……はぅ」

「あなた、声はいいのだからもう少し慎ましやかに振舞ったらどう? そしたら別に口調とか関係なくモテると思うわよ」

「や、止めろ!」

「あなた、いい加減になさいまし!」

「ちょっと待ってね。彼女が終わったらあなただから」

 

 そう言って箒の胸を揉み続けていると、ドアの方から突風が吹いて遥に直撃した。

 

「……何をしているのですか、奥様」

「リアちゃん、あなたこそ、今何をしたのかしら?」

「お仕置きです」

 

 そう言ってもう一度風の球体を作り出すリアを、剣嗣が腕を取って止める。

 

「剣嗣様、何か?」

「いや。すまないな、篠ノ之箒。うちの母親が粗相をしたようだ」

「粗相じゃないわよ。奥手な女の子に適切なアドバイスをしているだけ」

「やりすぎだ。普通に考えろ」

 

 ため息を吐きながら、剣嗣がそう言って磁力を放って遥を浮かす。その様子を見た4人は驚きを露わにする。

 

「あの、それって―――」

「我々兄弟が共通して使える能力だ。悠夜がBT兵器を容易に扱えるのは、この能力を持つことに起因している……と思う」

「……思う、ですか……」

「あまり期待しないでくれ。なにせ俺たちは10年間、まともに会話すらしていない。それに悠夜は記憶を失っていたから、逆にこうして能力を行使できるのが不思議なくらいだ」

 

 一夏に……というよりもこの場にいる全員に説明するように言った剣嗣は自分の手元に遥を引き寄せた。

 

「……そんな能力を持って、よく周りから命を狙われないですわね」

「悪いがスペックが高い分、君たちと同レベルの鍛え方はしていないのでね。伊達に10年前から組織の長に立っていたわけではない」

「……10年前?」

「『白夜事件』、そして君たち3人は既に知っているだろう。私が白騎士と共に戦った〈夜叉〉の使い手ということだ」

 

 そんな重大なことを事もなげに答える剣嗣に、事の重大さを知る4人は驚きを露わにする。さらに一夏に至っては、さっき遥が言っていたことを合わせてさらなる驚きを味わったのだ。

 

「では、我々はこれで―――と、忘れていた」

 

 去ろうとした剣嗣は一番近くにいたシャルロットに向き、スーツの内ポケットから封筒を取り出して差し出した。

 

「シャルロット・ジアン。君にこれを渡しておこう。いずれ君には必要になる」

「……僕に?」

「ああ。そこに君が知りたいことが書かれているだろう。連絡はいつでも待っている」

 

 今度こそ去る剣嗣。そしてその去り方は黒い何かを展開して中に入るといったもので、とても一般人ができることではない。

 シャルロットは渡された封筒を開ける。それには、招待チケット、そして彼女が知りたいことが同封されていた。

 

 ―――君の母親を預かっている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはまさしく隔離だった。だがそれを行っているミアはとても嬉しそうだった。

 彼女の後ろには限りなく人に近い形をしたアンドロイドが悠夜と楯無のベッドを運んでおり、彼女らはIS学園のとある場所へと移動している。その先には、今までその島になかったものが設置されていた。

 

 ―――それはまるで家だ

 

 しかもそこらにあるようなマイホームであり、一見すれば何の変哲もない建物だろう。……ただし、場所が「海の上」になければの話である。

 さらに、その家にはとんでもない奴が存在していた。

 

「あ、お帰りなさい、ミアさん」

 

 桂木家の地下の番人であり、おそらくとんでもない物を作っているはずのドロシーがそこにいた。

 ドロシーは自分の周りにある空中投影ディスプレイのパネルを操作すると、入り口が自動的に開く。

 ミアの前にディスプレイが現れると、彼女は容赦なく尋ねた。

 

「これはどういうことかしら? まだ終わっていないようだけど?」

『まだ調整中なんですよ! 大体、急に外見も整えろって言ったのはミアさんでしょ!?』

「私にはユウ様の体内で狂い始めているエネルギーを修復する手伝いをするという仕事があるの」

『とか言って、ただイチャイチャしたいだけですよね!?』

「当たり前でしょう?」

 

 さも当然と言わんばかりにそう言ったミアは通信を切る。実際、ミアや簪などとある条件を満たした彼女らは悠夜の暴走を止めるために能力の調子を操作するこごはできるが、ミアは心から寄り添う気満々だった。

 楯無は別の部屋で処置するように指示し、悠夜だけは別の部屋―――ダブルベッドの3倍はあるであろう巨大なベッドの上に寝かせた。

 そして自分と悠夜以外は追い出してドアも鍵も閉める。

 

 ―――これで、その部屋は完全に外部と遮断された

 

 緊急時に限り、そうなくなるのだがこの家にいるのは悠夜、ミア、楯無を除けば全員がアンドロイドである。ドロシーのように感情豊かのものは存在しないため、野暮なことはしない。

 ミアは風呂などで使われるプラスチック製の桶とタオルを持ってきて、悠夜の服をすべて脱がす。そして濡らしたタオルで悠夜の体をふき、今度は自分が風呂場でシャワー浴びて悠夜の前に立つ。

 

 ―――約10年

 

 厳密に言えば9月時点では既に10年は過ぎているのだが、本来ならばミアは4月の時点で悠夜と再会することができたのだが、悠夜がISを動かしてしまったことですべてが変わってしまった。

 だからこそ、より彼女はある意味壊れてしまったのである。……もっとも、ほとんど既に壊れているが。

 

 巻いていたタオルを解き、パンツのみを履いたミアはそのままの状態で未だに眠る悠夜に引っ付いた。それだけでない。今すぐ押し倒せるように自分の右足を悠夜の両足に引っかける。

 

「大好きです、ユウ様」

 

 悠夜と唇を重ねるミア。その行為で悠夜は目は醒めなかったが、それでも満足そうにミアは悠夜に迫った。




タイトル通り、自由奔放すぎる人たち。これで第7章は終わりです。
今度は第8章。ワールドパージ編です。


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第8章 世界分離-ワールド・トラベル-
#136 とんでも小学生、無双する


ということで、第8章開幕です。


 その小学校の今期入学生の頭髪異色率は比較的高い方だった。

 だが、所詮は子供。親からの報告から、その子供たちの地毛がその色だから、先祖に外の人間の血があるだろうと教員たちは思っていたのだが、まさかそれが原因で問題が発生するなんて思っていなかったのだ。

 

「いや、やめて!」

 

 8時も15分が過ぎた頃、教室内に女子児童が嫌がる姿があった。男子児童の一人が色が違う髪という理由で雑巾で拭いているのだ。

 周りにいる他の男子児童もそれを見て囃し立てる。もっとやれなど、誰も助ける気配は見えない。それもそのはず、その男子児童はクラスのガキ大将のような存在だったからだ。

 

 ―――もっとも、彼の天下はすぐに終わるが

 

 18分になると、ドアが開いて銀髪金眼の男子児童が入ってくるが、他のものは青髪紅眼の少女を虐めるのに夢中で気付いていない。

 男子児童の中で唯一そんな特異な容姿を持つ男の子はランドセルを自分の机に置くと、汚れて誰も使わない雑巾を手に取って水道から水を出さずに水を含ませ、少女を虐める男子の髪に引っかけた。

 

「まってろ。今、ちゃんと落としてやるからな」

「う、うわぁあああああ!?」

 

 突然そんなことをされた男子児童は情けない声を上げる。

 それでようやく、周りも特異な男子がいることに気付いた。

 

「ちょ、動くなよ。髪の毛についている汚れを落としているんだから」

「や、止めろ! 汚いだろ!」

 

 さっきまで自分のしていたことを棚に上げて、特異な男子に叫ぶ。

 

「大丈夫。まつふさくんの髪の毛も汚いから」

「ぎゃあああああ!!」

 

 「まつふさ」と呼ばれた児童は叫び、抵抗するが特異な男子はまったく動じず雑巾で彼の髪の毛を洗う。

 少しすると特異な男子は「まつふさ」から離れて雑巾を洗うためか一度廊下に出る。それを確認した「まつふさ」は半泣きの状態で特異な男子の机に向かった。

 

「ねぇ、何をしようとしているの?」

 

 「まつふさ」は動きを止めた。何故なら、さっき出て行ったばかりの特異な男子の声をしたからである。

 

「ど、どうして……」

「石鹸を取りにきたんだよ。って、ここにもあるんだけどね」

 

 特異な男子の手には泡が付いていて、男子は蛇口を捻って水を出し、泡を落として水を止める。

 

「ふざけんなよ。お前、俺の親を怒らせたらどうなるかわかってるのか?」

「君の親が死ぬ。それだけだよ」

 

 事もなげに答える特異な男子。すると、緑色の髪に青い瞳を持つ女子が特異な男子に話かけた。

 

「ユウさま、あの子ですか?」

「うん。お願いね、ミア」

「わかりました」

 

 ミアはさっきまで虐められて今も泣いている女の子の手をつなぎ、教室から出て行く。

 

「絶対にゆるさねえ! 覚悟しろ!」

「同級生が天国に行くことになることを?」

「お前が死ぬ覚悟だ!」

 

 そう言って「まつふさ」は椅子を持つと、ユウに向かって突進した。

 だがユウはことも無げに椅子を掴んでちからに逆らわずにまつふさを投げ、まつふさは引き戸に叩きつけられる。

 ユウは奪った椅子を床に置き、左手を上げて親指以外を動かして挑発するが、今のでまつふさは気絶したようだ。

 

「………あれ?」

 

 もっと戦うことになると思っていたユウは、動かなくなったまつふさを見て固まる。

 その状態は一人の児童が先生を連れてくるまで続いた。

 

 

 

 

 

 ユウは校長室に呼ばれ、そこでまつふさの母親に校長と共に怒られていた。

 

「よくも、私の可愛い小太郎ちゃんを虐めてくれましたわね! しかも気絶させるなんて……」

 

 キッとユウを睨む母親。だがユウは平然としており、それどころか何故怒っているのかわかっていないようだった。

 

「あの、せんせー。どうしてこのおばさんは狐顔なのにサルみたいに喚いているの?」

 

 こんな質問をする始末である。

 まさかまつふさ母もそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。度肝を抜かれたような顔をする。

 

「あ、あのね、風間君。他の人にそんなことを言ったらいけないって教わらなかったかい?」

「うん」

「………正直だね、君」

 

 校長は困り果てる。

 まさかここまで教育が行き届いていないとは思わなかったのだ。

 どうしたものかと考えていると、ドアがノックされたので校長は返事をする。ドアが開かれ、男性が現れた。後ろには女子児童が二人いて、緑色の髪をした少女はユウの姿を見ると駆けだして抱き着いた。

 

「ユウさま、彼女の髪を洗ってきました。この高級シャンプーで!」

「それってリアお姉ちゃんのだよね?」

 

 どうしてそんなものを持っているのかユウは質問しそうになったが、「今は違う」と思ってぐっとこらえた。

 

「えっと、あなたは……?」

「先程お電話いただきました。風間悠真の父、風間修吾です」

 

 修吾が一礼するとまつふさ母は睨んだ。

 

「あなたがこの子の父親ですか。あなたは一体どういう教育をしているのですか? 小太郎ちゃんの髪を雑巾で拭いた挙句、椅子でドアに向かって飛ばしたとか。野蛮にもほどがありませんこと!?」

「ちょっと待ってくれませんか、松房さん。そう言う話はもう一人揃ってからにしてもらいましょう」

 

 修吾がそう言うと、松房母は疑問を浮かべる。するとまたドアがノックされると、今度は綺麗な女性が顔をのぞかせた。

 

「あの、あなたは………」

「その、更識刀奈の母なんですが……呼ばれたので来ましたが……」

 

 ユウ―――悠真はその女性を見ると驚き、修吾のズボンを引っ張る。

 

「おとーさん。あの人、凄いね。おかーさんよりあるよ」

「悠真。そうやって特定の部位を見つめちゃだめだよ」

「だって、大きいんだもん」

「あの子も将来そうなる可能性があるけどね」

 

 すると悠真は刀奈に狙いを定めた。視線を感じたからか、刀奈の体が震え始める。

 

「ともかく悠真。これで役者は揃ったよ」

「ホント? じゃあ、まつふさを再起不能にするね」

「しないでね」

 

 洒落にならないことを知っているからか、修吾は悠真を止めた。

 

「しつもんいいですか?」

 

 悠真が挙手して尋ねると、校長は「何ですか?」と尋ねると、一度咳払いした悠真はさっきとは違って雰囲気が変わった。

 

「さっきから松房君は被害者ヅラしているけど、そもそも気絶したのは向こうが椅子を構えて突撃してきただけで、こっちはそれを掴んで受け流しただけ。それに原因は、松房君が更識さんの髪の毛を雑巾で拭いていたことだし」

 

 自慢げにそう言うと、全員の視線が松房に集中した。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! それは―――」

「ユウさまの言う通りです! その男がこの女の髪を雑巾で拭いていましたわ!」

 

 ミアもフォローするように言ったことで、校長の視線は厳しいものとなる。

 困り果てる松房親子だったが、松房がとうとう言った。

 

「それは、お前らが気持ち悪い格好をしているからだろ! この化け物共が!!」

 

 その叫びを聞いた刀奈は再び泣き始めるが、悠真はそんな彼女を抱きしめて頭を撫でる。

 一方、ミアは鞭を出して攻撃しようとしたが修吾に止められていた。

 

「―――じゃあ、ひれ伏せよ。人間」

 

 ―――ドンッ

 

 上靴のまま、机の上に乗った悠真は黒い大剣を出して松房親子に向けた。

 

「オレらは化け物なんだろう? だったら、今すぐひれ伏せ、下等種族共。それとも、わが剣の錆にしてくれようか?」

 

 校長がすぐさま悠真を止めようとするがそれよりも先に修吾が悠真を殴った。

 

「その剣を出すなって言っただろ?」

「だってぇ。松房がオレを化け物っていうから、化け物は化け物らしく振舞っただけだよ。大丈夫、俺が作る国は正しい人間にも優しいから」

 

 悠真は机から降りて刀奈の所に言って再び抱いた。

 

「それに、オレが化け物なら人間から生贄をもらえるから、この子をもらうね」

 

 そう言って刀奈をお姫様抱っこして校長室から出て行く悠真。その後ろからミアが後を追う。

 松房親子は未だ固まっている。校長もどうすればいいか慌てていると、修吾の肩を刀奈の母―――雪音が掴んだ、

 

「修吾君、ちょっといいかしら?」

「僕は被害者だ」

「そう言う問題じゃないわよね?」

 

 結局、そのものの発端は松房君が原因ということで松房家は更識家に多額の謝罪金を払ったとか。

 そんなことを知らない子供たちは誰もいない場所に移動すると、悠真は刀奈を立たせる。

 

「あー、面白かった!」

 

 そう言って悠真は階段になっている石段に腰を掛ける。刀奈もそれに倣い、悠真の隣に座った。

 

「……あり…がと……」

 

 小さな声だったが、悠真の耳には聞こえたようだ。

 

「どういたしまして」

 

 笑顔でそう答えた悠真の顔はとても綺麗で、とても男の子には見えなかった。

 

「ところで、君の名前って変わっているね」

 

 言葉―――言刃が刀奈に突き刺さる。それは本人も理解していることだからだ。

 一般の家の子なら親の影響で大河ドラマを見ていれば知っているかもしれないが、刀奈の読みは「かたな」―――とある人切りの道具を連想させるだけでなく、名前にも入っている。

 

「………あまり触れないで」

 

 話題があまりなかった悠真なりの一生懸命な策のつもりだったのだが、地雷を踏み抜いたようでたじろぐ悠真。すると、ドアが思いっきり開いて悠真に何かが抱き着いた。……もっとも、この小学校にいる人間の中で悠真のようなすぐに剣を持ち出す問題児に抱き着ける人間なんてたった一人しかいないが。

 

「ミア、重い」

 

 本来、女性にそんなことを言ってはすぐに殴られてもおかしくはないが、ミアは気にするどころか未だに発達していない胸にあえて悠真の頭を引っ付けた。

 そんな二人を見て、刀奈は小さい声だが言う。

 

「……仲、いいね」

 

 どこか羨ましそうに言う刀奈に、悠真は肯定する。

 

「まぁね。だって一緒に寝るぐらいだし」

 

 今も抱き着くミアと、離れてほしいと言いながらもそこまで嫌がっていない悠真。その仲の良さを見て刀奈は本当に羨ましく思っていた。

 彼女の家―――更識は、未だに女子に対しては男性との付き合いはうるさく、男所帯の組織であることから共学の小学校に通わせているが家では家族かある一家の男性以外との付き合いは極力避けさせている。

 

「ねぇ、刀奈(かたな)ちゃん」

「…名前で呼ばないで」

 

 まさか、そんなことを言われるとは思わなかった悠真はどうしか尋ねた。

 

「……家で、そうだと決まっているから……」

 

 規則のことを言うと、悠真は少し考える。

 

(……嫌われちゃったかな)

 

 黙ってしまった悠真に対してそう思っていると、名案が浮かんだ顔を輝かせて言った。

 

「じゃあ、これからは「ななちゃん」って呼ぶよ」

「……どういう、こと?」

「だって、かた……更識さんの名前って、「刀」に「奈」でしょ? 続けて読んだら、「かたなな」だから、後ろの2文字だけなら、「なな」になる。名前がダメなら、ニックネームで呼べば良いじゃない、マリー・()ント()ネット方式だよ!」

「『()ント()ネット』です、ユウさま」

「そうそう、それそれ」

 

 満足気に言う悠真に、刀奈は恐る恐る尋ねる。

 

「……変な子だって、思わないの……?」

「そんなことで思わないよ。それなら、世界基準で言えばオレたちの方がよっぽど変だし」

 

 胸を張れることではないのだが、ミアに引っ付かれた悠真は胸を張った。

 

「じゃあ、ななちゃんに秘密を教えてあげる」

「……秘密?」

 

 どうして自分に? ―――聞こうとしたが、それよりも先に悠真は言った。

 

「実は、風間悠真ってのは偽名なんだ。本当の名前は―――ユウ・リードベールって言うんだよ」

「……そうなの?」

「うん。だから、ななちゃんもオレのことは「ユウくん」とでも呼んでよ」

「………わかった、ユウ君」

 

 すると、悠真は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 そこで、彼女の記憶は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました楯無が最初に思ったことは、眩しいということだった。

 

「起きまシタか」

 

 限りなく人に近いが、音声がロボット調であることでナース服を着ているそれがロボットだということに気付く。

 

「……あの、私はどうして……」

「説明はミア様がシマス。少々お待ちヲ」

 

 するとドアが開く。楯無はその人物を見て誰かわかった。

 

「半月ぶり……それとも、10年ぶりとでも言うべきかしら?」

「記憶は戻ったようですね、奈々」

「ええ、おかげさまでね」

 

 「デハ、私はコレで失礼しまス」という、アンドロイドナースが部屋から出て行く。楯無は少し呆然とする頭を起こすためにミアに話しかけた。

 

「どうして私は生きているのかしら? あの時、間違いなく死んだと思ったのだけど」

「ユウ様のおかげよ。あの方が、あなたの体の時間のみを遅延させた。過去に時を戻したことがあるから、それくらいは容易……と、本来ならば言いたいけれど、時操作は一族最強のユウ様でも難しいようよ。むしろ、今までなんとかできたって感じ。だから今も眠っているわ」

 

 ―――今も眠っている

 

 本来なら、とっくに起きていてもおかしくはない。だが、時操作に加えて〈ルシフェリオン〉の限界突破だけでなく、悪魔的な能力を手に入れて破壊し回ったのだ。さらに、四神機3機とも立ち回ったことで消耗が激しく、今では少ない体内に残る魔力を増やしている状態である。

 もっとも、記憶が戻っても「悠真」、そして「悠夜」という名前が偽名であることしか知らない楯無にはわからないのだが。

 

「……あなたがいるってことは、暁ちゃんもいるのかしら?」

「みんなはもう帰った。IS学園に残ったのは私と私用に割り振られたアンドロイド兵ぐらい。そして今は、少なくなった教室でやりくりして授業をしているわ」

 

 ―――教室が、少なくなっている?

 

 さらなる疑問が楯無を襲う。質問するよりも早くミアが教えた。

 

「ユウ様の暴走によって、IS学園は施設のほとんどが機能を失ったわ。幸い、遥様があなたと織斑一夏を治療して救ったから死者は0。でも、教員用の訓練機は数機を除いて大破。あなたの〈ミステリアス・レイディ〉は布仏虚がなんとか直していたわよ」

 

 ミアは入院患者用の机に〈ミステリアス・レイディ〉の待機状態「ひし形のストラップ」が付いた扇子を置いた。

 

「じゃあ、もしかして完全には―――」

「それは大丈夫。遥様がナノマシンシステムをばれない程度に措置したって言ってたし」

 

 事もなげに答えるミア。だが楯無には聞き覚えがない言葉が出たので、補足した。

 

「そう言えば、あなたは遥様がユウ様の母親だって知らないんだっけ」

「は、初耳よ」

「ユウ様は自分の本名しか言ってないからなぁ。忘れてたわ」

 

 実のところ、楯無がユウに関して知っているのは「桂木悠夜」の人生の事しか知らない。後は、兄弟が4人いることと、雪音に会えば物凄く委縮していたことぐらいだ。後は本当に好き勝手していたことで、記憶が戻った今、今までの悠夜としての活躍は彼のスペックを考えれば「当たり前」とすら思うほどなのだ。

 

「それにしても、本当に成長したわね」

 

 ミアは楯無の胸に視線を移動させる。雪音の胸も大概だったが、楯無の胸は本当に成長した。もっとも、それはミアにも言えることではあるが。

 

「あなただってそうでしょ」

「暁様には羨ましがられたけどね。でも、ユウ様の好みを考えれば努力するのは当たり前よ」

 

 するとドアが開かれる。入ってきたのは簪で、人がいるとは思わなかったのだろう。そして楯無、ミアの順に二人の胸を見ると二人に聞こえるように簪は舌打ちした。




まさかこんな入り方をするとは思わなかった人は挙手! ……というのは冗談で、記憶を取り戻したのでこういう入り方にしました。……10話行けたら儲けもの。


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#137 名探偵を気取った生徒

お久しぶりですが、思いっきり劣化しています。


 その学校は、二人の天才美少女がいることで有名だった。一人は剣道で数々のメダルを手に入れ、一人は陰険だが数学のテストは常に満点だった。剣道少女は満点こそなかったが、いつも90点台後半の点数をキープしており、悪くても80点台後半というキチガイとも言える所業を行っていた。

 

 ―――もっとも、その二人は俺がマークしている二人だが

 

 剣道少女は「織斑千冬」、陰険数学少女は「篠ノ之束」という名前だ。どちらも容姿は優れており、織斑は男女共にモテている。篠ノ之の方は男子の一部の生徒にだろう。特に最近「踏んでください」という奴らが多い気がする。

 偶然か、必然か。かれこれ9年間同じクラスになっている俺こと「風間剣嗣」は彼女らの観察に事欠かないだろう。体育の時を除いては。

 

(流石にそこまでストーキングするつもりはないが)

 

 一つ言っておくが、別に俺は彼女らに興味があるわけではない。ちょっとした大人の事情でマークをしているだけに過ぎない。幼馴染の女従者という美味しい位置の女がいる俺にとってはどうでもいい存在とも言える。もっとも、その女も今では学園のアイドルと化しているのは知っているが、未だ知名度が二人の方が高いからそこまでの被害はあっていない。

 

「よぉ、風間」

 

 クラスメイトの一人が俺に挨拶をしてくる。そいつの名前は「御剣(みつるぎ)卓弘(たくひろ)」。俺たち3年5組の副学級委員だ。

 

「御剣か。相変わらずチャラいな」

「出会ってそういうこと、普通言う?」

 

 実際、チャラいからな。何度か篠ノ之にアタックしているが、そのたびに無視されるか椅子か何かで殴られているのを見るが、それでも諦めないのは凄いと思う。流石はドM。周りとは格が違うということか。

 

「それで何の用だ? 今度もまた「篠ノ之束を口説くために知恵をください」とかほざいたら、チョキでしばくぞ」

「そこは普通、「グーでしばく」じゃないの!? いや、グーでも痛いから遠慮してほしいけどね!」

 

 何でこいつはこうも騒がしいのやら。まったく、少しは落ち着いてほしい。

 

「で、余計な突っ込みはいいからさっさと本題に入ってくれ」

「実はお願いがあるんだけど―――」

 

 また篠ノ之を惚れさせる知恵を貸してくれだろうと予想していると、第三者が俺に声をかけてきた。

 

「風間、少しいいか?」

「織斑か。ちょうどいい。篠ノ之のタイプってなんだかわかるか?」

 

 おそらく俺と織斑の共通の話題があったのだろうが、ここはひとつ協力してもらうとしよう。

 

「? 束のか? いや、アレにそんなものはないと思うが……」

「だそうだ、御剣。諦めて全裸で特攻しろ」

「それは流石に問題があるだろ!!」

 

 まぁ、常識的に考えて問題だ。今この場で特攻したら、提案しておいてなんだが間違いなく絶交する。

 

「風間、話があるのだが」

「何だ?」

「今日の委員会だが、悪いが私は行けなくなった。家の用事で、な」

 

 と説明してくるが、これは嘘だ。この女と家族は調査対象であり、予め奴らがどんな行動をするかは聞いている。だがそれをここで見抜いて探偵気取りに説明したとしても、余計な面倒が増えるだけだ。

 ちなみに俺と織斑は学級委員だ。

 

「そうか。では今日の欠席理由は「最近告白された下級生とレズプレイするから」とでも説明しておく」

「普通に「家の用事」では説明つくだろう」

 

 俺なりのユーモアのつもりだったのだが、本気で顔を赤らめる織斑。だが正直、俺はこの女がレズだろうと思っている。理由は、さっきから彼女の後ろにいる女が原因だ。

 

「ちーちゃ―――」

「食らうか!」

 

 織斑はすぐさま御剣を引っ張ってバリアに使う。するとそれを掴んだ篠ノ之は素早く放り投げた。

 だが周りには何が起こったのかわからないだろう。俺だって日頃から訓練を積んでいなければ見えていない。

 ちなみに御剣は、とある下級生によって窓ガラスの下の壁に激突して止まった。

 

「ちょっとちーちゃん! どうしてあんな気持ち悪いゴミで防ごうとするのさ!? 机とかがあるでしょ!」

 

 異議を唱える篠ノ之。だがお前もしていることも大概だがな。第一、俺の後ろにいる奴がカバーしなければ、間違いなく御剣は死んでいた。

 しかし、残念ながら俺にとってはこういうのが日常だ。正直なところ、彼女らは俺の中では雑魚の部類に入る。

 騒いでいる二人を放置して、俺は廊下に出るとスタンバイしていたのかさっき御剣を助けた()()が立っていた。

 

「……リアか。どうした?」

 

 あまり3年生の階に来てほしくないのだが。

 俺たちが通う中学は、4階が1年生となっていて3階、2階と下がっていくと学年が上がる。そのため、2年生のリアは3階にいるはずなのだが、どういうことかギリギリまで俺の後ろにいるのだ。

 

「先程は助かった。下手すれば死んでいたところだからな」

「………」

 

 無言で返すリア。すると、何かを期待するように俺の方に視線を向ける。

 それを察したリアの頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。この状況を見れば間違いなく俺たちが付き合っているなどのただならぬ関係だと思うだろう。……認識できれば、の話だがな。

 残念ながら、それをできる奴は学校にはいない。俺が周囲に同化する術を俺たちの周囲に張ったからな。おそらくここには別の何かが置かれているように見えるだろう。

 

「それで、頼んでいたことはわかったか?」

「はい。…これを」

 

 資料を渡され、受け取った俺は軽く閲覧する。

 こうして見ておかなければならない理由は、あの美人二人がいるからだ。

 

「………やはりか」

「動機は知りませんが、大方織斑千冬のレベルアップでしょう。集団を相手にしても勝てるように。特に不良には型のようなものはなく、読みにくいのでこれから現れる敵への対策でしょう」

「その分単調だが、対策するにはうってつけか」

 

 最近、妙に部活を休んでいるわけだ。実績を残しているからとやかく言われていないが、ばれたら停学は不可避だろう。それに、去年見た例のアレもそろそろ完成するとか言っていたしな。………無駄に力を持ってしまった子供ほど、面倒なことはない。

 

「……仕掛けるつもりですか?」

「ああ。それに少し試してみたい術もあるしな」

 

 懐から紙を出す。問題は、これを使っていつ入れ替わるかだが……それに関しては問題はないな。

 

 

 

 

 

 去年の9月頃、俺は一つの設計図を見つけた。

 もっとも俺は見たくて見たわけではない。放課後、明日配る課題ノートを学級委員だからという理由で持って行かされたのだ。厚いし重いしでうまく持てるはずもなく、教卓に乗せる時に少し落としてしまったのである。

 その中に篠ノ之の課題もあったのだが、心から課題ノートを提出していることを意外に思いながら教卓に戻そうとすると、中から紙切れが落ちた。おそらくそれは御剣のような奴が見ればわからないものだったが、俺の場合は家が特殊だったのですぐに何かわかり、俺だけの心にしまおうと思っていた。チクったところであの馬鹿母が無駄に対抗心を燃やすかスルーするかのどちらかだろうからな。

 で、俺はとりあえず持ち主(この場合は持ちノート?)戻そうとしたところで篠ノ之が息を切らして教室のドアを開けたのである。

 彼女とは興味対象ではあるが別段仲が良いわけではないので挨拶も何もしなかったが、あの女は急に自分の席を何かを探しているようだった。

 しばらくしても見つからないようだったので、さっき見つけた紙切れを見せる。

 

「探し物はこれか?」

「!? 返せ!」

 

 それが何かわかったらしく、普通からかなり離れた身体能力で跳んで俺に迫る篠ノ之。だが、異常に慣れている俺にとってその早さはそこまで問題ではなかった。

 とりあえず回避すると、信じられないという顔をするがすぐに体勢を立て直し、攻撃する。

 体を無理やり捻って椅子を飛ばしてくる。癇癪を起こし、壁すらも破壊して攻撃してくる弟と違って単調ではないが回避できないわけではなかった。後ろで教室内に設置されている水道の鑑←管に椅子が当たったけど無視して回避する。

 

「そこまでだ」

 

 俺は設計図の両端を持って力を入れる素振りを見せる。

 一瞬、動きを固めるが、すぐにふざけた形をした銃を抜く篠ノ之。明らかに銃刀法違反なんだがそれにつっこんでいる余裕はない。

 

「そのまま引くって言うなら設計図を破くけど?」

「……それをしたら殺す」

「だったら落ち着け。何も、これを同行←どうこうしようとする気はない」

 

 手を移動させて畳もうとしているのを勘違いしたのか少し動くが、折りたたんで渡すとすぐに受け取る。

 

「そんなに大切なら課題に挟むなよ」

「………え?」

「挟まってたんだよ、課題に」

 

 それだけ言って俺は鞄を取り、教室を後にした。

 

 

 

 

 

 そんないきさつがあり、今あいつらが何をしようとしているのかわかっている。

 というかどうして天才というものは同じような物を作ろうとするのだろうか。あの母親も「史上最強の最小ロボットを作る!」とか言って地下の研究施設にこもっているし、その手伝いをしているとわかったが、どう見てもパワードスーツだったし。

 

「剣嗣様、用意されたものをお持ちしました」

 

 リアから渡された袋を開けると、中にはスーツが入っていた。

 これは今回の作戦に必要なものだ。幸い、会議も早めに終わったし今から着替えれば大丈夫だろう。

 学校で着替えるのは少々問題なので、ばれないようにあらかじめ持ってきていた体操服用の袋に入れておく。苦戦したが、何とか入った。

 そしてトイレに移動し、俺は作戦を実行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、彼らが住む町では不良による中年男性を狙ったオヤジ狩りが横行していた。

 観光地としても有名だったその町の管轄内の警察は見回りをしていたが、完璧なほどに裏をかかれていたのだが、どういうことか謎の女性が退治しているのである。

 そして今日もまた、オヤジ狩りが行われた。

 

「とっとと金を出せや!」

「ま、待ってください! これは会社のでして―――」

「んなこた知るか!」

 

 大柄の男がひったくるように鞄をひったくる。中身を確認するためにセカンドバッグのチャックを開けようとすると、何かが男の手に当たってセカンドバッグが落ちた。

 

 ―――カラランっ

 

 木刀が転がって止まる。男たちは飛んで来た方を見ると、そこには黒い衣装で彩られたどこかの仮面紳士のような格好をしていた。

 中年男性はそれを見て固まり、不良の一人は完全に引いていた。

 

「そこまでにしろ」

 

 タキシード姿の女は場違いな木刀を新たに抜き、彼らに迫ってくる。不良の一人がさっき弾くのに使われた木刀を手にすると、すぐさま彼女に襲い掛かった。

 

「このアマぁ!!」

 

 タキシード女は上段から振り下ろされる木刀を軽くいなし、相手の意識を刈り取った。

 瞬間、タキシード女の前に比較的身長が低いボーイッシュな女が距離を詰めてきた。タキシード女は瞬時に体を捻らせて回避する。

 

「―――やはりあなたでしたか」

「何?」

「3年3組の学級委員」

 

 そう言葉を残したボーイッシュな女はすぐさま距離を取る。そして中年男性に声をかけると、二人は揃ってその場から離れた。

 

「待て!」

「一人は追え! 残りはこいつを―――」

 

 すると、セカンドバッグから爆音とサイレンが鳴り響いてそれが路地裏だけでなくすぐ近くの往来にも聞こえた。

 野次馬が路地裏へと足を運ぶ。興味、好奇心からだろう。タキシード女はすぐさま目当てのセカンドバッグのみを回収してその場から去った。

 

(……これはどうすればいいんだろうか)

 

 近くの公園のトイレに入り、中学の制服に着替えた()()()()はボロボロになったセカンドバッグを回収した。

 おそらく金はすべて焼失していると思われるが、それでも彼女は回収してしまっていた。

 

(それにしてもあの女は、一体誰だ?)

 

 セカンドバッグと着替えが入ったエナメルバッグを持って外に出ると、さっきの女が待機していた。

 

「……貴様は」

「織斑千冬先輩……いえ、変態仮面とでも言った方がいいですか? まさか品行方正と言われているあなたがあんな奇抜なファッションでオヤジ狩りを狩っているとは思いませんでした。正義の味方ごっこはともかく、あんな格好はないと思いますよ」

 

 帽子を取ると、長い髪が露わになる。ボーイッシュだった女もといリアは、馬鹿にしたような目を千冬に向けた。

 

「………確か貴様は風間とよく一緒にいる2年生だな。何の用だ?」

「警告ですよ。もう、剣嗣様に近付かないでください」

 

 真剣な目に代わり、リアは千冬を睨む。

 

「…何の話だ?」

「確かにあなたの偽装は完璧でしたよ。完璧でしたが、人は自分の好物からは逃れられない。あなたは小学校の時から剣嗣様のことが好きでしょう?」

 

 ―――ありえない

 

 千冬の頬は引き攣る。何故なら彼女は、ずっと前からその気持ちを親友の束にすら隠し続けていたし、弟にも、両親にもばれていない自信はあった。……もっとも、リアの場合は授業中を除いていつも剣嗣を観察し、その結果わかったことなのだが。

 

「ああ。それとこちらが本題ですが…篠ノ之先輩と何かを企んでいるのならば今はしない方が身のためかと」

「………何?」

「あくまでも忠告。ですが、ちゃんと伝えましたのでもし大事ならばきちんと必要なものを取得してからしてくださいね」

 

 そう言ってリアは踵を返して去っていく。その場に残された千冬は束から連絡が来るまで動けないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――私に任せてください

 

 そう言ってリアは変態タキシード女……もとい、織斑千冬がいるであろうトイレに向かった。

 俺は既にそのトイレから出て、中年男性の格好は解いている。

 

(大丈夫…か?)

 

 遠くから観察しているが、リアには何故か「絶対に聞かないでほしい」と念を押されてしまっているため、仕方なく双眼鏡で観察しているわけだ。我ながら、趣味が悪いとは思う。

 しばらくすると、会話が終わったのかリアがこっちに近付いてきた。

 

「大丈夫だったか?」

「はい。しっかりと釘を刺すこともできましたから」

「………釘?」

 

 何のことなんだろうか?

 いや、今のは聞かなかったことにしよう。藪をつついて蛇を出して被害に遭うのはごめんだ。

 

(しかし、一体どうしてあんなことをしていたんだ………?)

 

 あの女も一武術家ならば、ああいうことはしてはいけない……もしくはしない方が良いだろうと思うのに。まぁ、強くなるためには手っ取り早い手段であることは認めるが。

 

(まぁ、しばらく放置しておくか)

 

 俺たちリードベールと織斑の溝は結構深い。そのため、未だ平然と潜伏している織斑を監視するのが役目であり、今回もこうして出向いているわけである。決して、織斑千冬が変態衣装で戦っている姿を観賞したかったわけではない。

 そもそも、俺の家は少々特殊だ。まず母親がマッドサイエンティストだし、父親はお気楽主義の戦場荒らし、祖母に関しては問題児で、配下を失うほどだ。……もっとも、ガンヘルドが異常なまでに俺らリードベールに対して過保護なところがあるってだけなのだが

 

(このまま、何もなければいいんだがな……)

 

 だがそんなことは無理だということを、内心俺はわかっていた。



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#138 容赦はしない少年

また過去編。とある事件まで二人の人物を中心に過去編が展開されていきます。


 奈々との一件で仲良くなった三人……正しくは、ユウと奈々が仲良くなり、ミアが奈々に対して激しい牽制をするようになった頃、また事件が起こった。……いや、起こることになった、だろう。

 奈々というあだ名をつけられた刀奈は、日曜日は次期暗部の長候補の一人として妹の簪、そして従者の虚を含めその他配下の子供たちと共に鍛錬をしている。そんな中、刀奈と簪の父親である茂樹に一人の従者が耳打ちした。

 

「……理由をつけて追い返せ」

「わかりました」

 

 従者はそこから離れていく。向かう方向が玄関だということもあって誰か来たのかと興味を持つ刀奈だったが、茂樹に注意されて鍛錬に意識を割くと、玄関の方が騒がしくなって今度は別の従者が現れた。

 

「何だ?」

「それが、「ここにいる末代を大人しく差し出すか、全滅させられて目の前でイチャイチャされるかどちらか選べ」と……」

「……病院に送って行ってやれ」

 

 その会話内容から、刀奈は誰が来たのかなんとなくわかった気がした。

 

「お父様、私が行きましょうか?」

 

 刀奈が立候補すると、茂樹は「ダメだ」と言って諫める。それは家が定める規則もあるが、茂樹自身その家訓は今更なものだと思っている。とはいえ、二人が大事な家族であり、生死をかける組織の長候補になるのだ。同年代のなれ合いは必要ではあれど、休日までそれを必要するはないと思っている。

 

(………せめてどこかに、家を滅ぼしてくれるほど強い奴がいればいいのだがな……)

 

 そこまで考えた茂樹は、彼の学生時代の苦渋の数々を思い出してしまい、ナイーブになってしまった。

 

(落ち着け。いくらアレの子供でも無理だ)

 

 自分が学生時代の時とは違う。今ではさらに練度が上がり、強くなっている―――もっとも、それは約30年前にも彼の父、「更識重治」も思ったことだが、それは茂樹の知るところではなかった。

 鍛錬も区切りがついたことで休憩に入る。すると、全員が刀奈たちの方へと移動する。

 

「刀奈様、お茶はいかがでしょうか……?」

「…ありがとう。でも、大丈夫。私の分はあるから」

「刀奈様、汗をかいたら塩分は取るべきですよ」

「大丈夫。レモンもあるから」

「奈々ちゃん。後で一緒に遊びに行こう? たまには息抜きも必要だよ」

「ごめんなさい。日曜日は鍛錬をしないと………」

 

 全員、刀奈の将来に期待しているからか彼女の世話をしようとする。おそらく、女である彼女に今の内に取り入っていれば、将来は自分が更識の実権を握れるかもしれないという考えが親から刷り込まれているかもしれないが。

 そんな軍団が一瞬で静まり返り、全員が一人に集中する。注目を浴びたその男の子は気にせず言葉を続けた。

 

「別に奈々ちゃんはそんなことをしなくてもいいよ。だって、いずれここはオレが潰すから」

 

 その言葉に全員が殺気立つ。中には中学生くらいの者や、小学生だが横に大きい者もいる。見るからにユウが勝てる相手はいなさそうだ。

 

「君は誰だい?」

 

 比較的大人しそうな細身の少年がユウに話しかける。

 

「お……ボクは風間悠真、更識刀奈ちゃんのクラスメイトです」

「そう。でもごめんね。お嬢……彼女は君とは遊べないんだ。だから―――」

「でも、あなたたちがどれだけ頑張ったところでボクには勝てませんよ?」

 

 瞬間、その場にいる全員がざわめく。茂樹は嘆息し、彼らを静めた。

 

「そこまでだ。風間悠真、と言ったな。君はもう帰りなさい」

「………ああ」

 

 何か納得したように、ユウは手を打つ。そして茂樹に向かって尋ねた。

 

「もしかして、奈々……刀奈ちゃんのお父さんですか……?」

「……だとしたら、何だ?」

 

 それを聞いた悠真はニヤリと笑う。

 

「じゃあ、あなたを倒して刀奈ちゃんをもらっていきますね」

 

 途端に、茂樹や刀奈らを守る子供たちを陣を作る。その内の一人が持っていた木の槍の先端をユウに向ける。

 

「貴様、どこの組織のものだ?」

「………組織?」

 

 この当時、ユウは自分の家に関しては何も知らなかった。ただ両親は忙しく、割合的には母親の方が仕事をしているということ、家が屋敷で大人のメイドや執事がたくさんいるぐらいだ。兄が1人、弟と妹がいて、妹以外にはユウにはミアがいるように、それぞれ専属メイドがいること。そして自分を含めそれぞれが好き勝手していて、少なくとも自分は、大抵の大人よりも強いということだ。

 

「とぼけるな!」

「大人しく言った方が身のためだぞ!」

 

 他の子どもたちからもそんな声が上がる中、剣呑な空気を打ち破るようにどこか和やか雰囲気が割り込んで来た。

 

「ほら、やっぱりここにいた。合流できてよかったね、ミアちゃん」

「ありがとうございます」

 

 礼儀正しく、ミアは雪音に頭を下げてお礼を言う。全員が場違いな空気に戸惑いながらも、当主夫人の立場にある雪音に対して跪く。雪音はあまり慣れていないか、どこか遠慮している風だった。

 

「久しぶりね、悠真君。もしかして刀奈ちゃんを誘いに来たとか?」

「はい。せっかく日曜日ですし、小学生の時ぐらい遊んでも問題ないかなぁって」

 

 ユウはあまり考えずにそう言うが、周りから冷ややかな視線を向ける。

 その空気を感じ取ったのか、ユウは笑みを浮かべてはいるが警戒をし始めた。

 

「でも、確かに連日鍛錬ってのもどうかと思うけど……」

「雪音、君にはこのことには口出しするなと言っただろう」

 

 茂樹がそう言うと、子どもたちが改めてユウの方を向く。

 まるで攻撃指令が出たかのようにユウに攻撃意思を向ける彼ら。

 

「さて、どこの誰かは知らないが、大人しくしてもらおう」

「…茂樹さん、止めた方がいいと思うわよ」

 

 今にも戦い始めかねない子供たち。だが、彼らの前であんなことを言った以上、よほどの理由がなければ止めることはできない。どういった理由で止めようとかと悩んでいる茂樹に雪音は言った。

 

「彼、修吾君の子供だからあの子たちが返り討ちにあっちゃう」

「攻撃、止め!」

 

 すぐさま茂樹は全員を止める。全員は意外そうな顔をし、中には直接異議を唱える者もいた。

 

「ど、どうしてですか!? この者はどこかの間者かもしれないのですよ?!」

「………まだそっちの方がマシだ」

「はい?」

「ともかく攻撃は中止だ。悠真君、君の父親の名前は「修吾」で間違いないか?」

「うん」

 

 頭を抱える茂樹。

 彼にとって「修吾」という名前は嫌な名前だ。特に、その子供である悠真が自分の娘と同じクラスになっているなんて聞いていなかった。

 何故こうなってしまったか。修吾はある日を境に姿を消して今の今まで音信不通だったのだ。そして間が悪いことに、茂樹は仕事で長期の任務に出ていて、帰ってきたのは昨日の夜遅くだったので聞くのが遅れたのである。

 

「……そうか。あいつの息子か………」

「……? おじさんはお父さんのことを知ってるの?」

「知ってるさ、嫌というほどな」

 

 遠い目をしながら答える茂樹をユウは不思議そうに見ていた。だが、まるで名案が思い浮かんだように笑顔を見せて言う。

 

「じゃあ、奈々ちゃん……刀奈ちゃんと結婚しても問題ないですよね?」

 

 瞬間、子どもたちがユウに対して殺意を向ける。これからのことを考えれば、一人でもライバルは減らしておきたいということもあるが、学校の友人というだけで裏に関わる覚悟がない年下がとんでもない発言をしたのだ。

 

 ―――だが、所詮は何も知らない子どもの戯言だ

 

 そう思ったのか、一人、また一人と笑い始める。馬鹿じゃないのかと。ありえないだろうと。

 

「馬鹿かお前、刀奈様がお前のような奴を相手にするはずがないだろ」

「身の程を知れよ」

 

 だが、馬鹿にする子どもたちに向かってユウはこともなげに返した。

 

「でも、この中で一番芽があるとしたらオレだけど。だってオレ、ここにいる誰よりも強いもん」

 

 無邪気なその言葉に全員が改めてユウに向かって敵意を向けるが、ユウはさらに言葉を続ける。

 

「だってさっきから思っていたけど、ここにいる人ってそこまで強くないもん。ただ一人除いて」

 

 ユウの視線は茂樹へと向けられる。茂樹もまたユウを見ると、一目見てわかった。

 

(この子、やる気か……?)

 

 向かって来られたら容赦なく戦う。その準備がいつでもできている雰囲気だった。

 

「……調子に乗るなよ、チビが」

 

 一人の子供が集団の中から現れる。

 その子供の身長は5年生だが既に160はあり、129のユウとは軽く31㎝の差があった。

 

「待て。客人に怪我をさせる気か?」

「ですが16代目、こんな何もわかっていない奴に馬鹿にされて黙ってろって言うのですか!?」

「でも実際弱いんだから、大人しく遊んでれば~?」

 

 空気を読まず尚も挑発するユウに、その子供は殺気を出して迫る。油断していたユウにとっては間違いなくダメージを食らうほど早かった―――が、迫りくる拳をユウは数㎜の隙間を開けて回避した。

 

「何だと!?」

 

 まさか回避されるとは思わなかったのか、その子供は次の動作を忘れたのだがユウは初めから興味がないのか、すぐに刀奈にハグをした。それを直視した茂樹は一瞬目眩が襲ったのだがすぐに引きはがすと、ユウの体が少し揺れた。

 ユウの視界の下の方に刀奈と同じ髪色が見える。視線をずらすと、怒りを露わにした刀奈のミニマムサイズの女の子がユウを睨みつけていた。

 

「簪ちゃん……」

 

 姉を取られると思ったのか、簪と呼ばれた女の子はひたすらユウを睨み続ける。するとユウは簪に手を伸ばした。簪はすぐさま噛みつき、苦痛を与えようとしたがユウは眉一つ動かすどころか引き寄せて撫で始めた。

 

「ユウ様、あまり粗相はしない方が良いと思いますよ」

「だって可愛いもん! 持って帰りたい!」

「いや、ダメですから」

 

 内心呆れながらミアはそう言い、未防備になり始めているユウの周辺に風を回す。

 瞬間、後ろから女子が一人木刀で攻撃した。そのため、木刀が刻まれ、微塵と化した。

 

「ミア、別に木刀ぐらい生身で防げた」

「私はあなたの守り人ですので」

 

 言いながらもユウは簪を撫でるのを止めなかった。

 

「……あの、悠真くん。すまないが娘を離してくれないか?」

「持って帰るから、いや!」

「……持って帰って何をするつもりだ。……簪も止めなさい。流石にそれ以上は大変なことになる」

 

 言われて簪は渋々といった感じに手を口を離すが、ユウはより一層抱きしめて頬擦りをしようとしたのでミアは無理やり引きはがした。

 

「何するんだよ」

「それ以上は流石に問題になります。するなら私にしてください」

「だって~」

 

 駄々をこねるも、簪を離さないユウ。すると、さっき木刀でユウを攻撃しようとした少女がユウの顔面を殴り飛ばした。

 

「……随分と不愉快にさせてくれますね」

「う、虚ちゃん」

「あらぁ……」

 

 まさか殴られると思わなかったのか、不意打ちを食らったユウは頭を振る。

 

「ユウ様、この女を―――」

「ミア」

 

 ユウは止めると虚と呼ばれた少女に視線を向ける。ひとしきり観察した後、息を吐いて提案した。

 

「じゃあ、こうしよう。ここにいる全員の中で総当たりで誰が一番強いか決めて、相応しいかを決めよう。それなら文句ないでしょ?」

「いや待て。何を勝手に―――」

 

 ユウは簪を離すとすぐに茂樹に攻撃した。

 茂樹はすぐさま回避。まさか自分に攻撃されるとは思わなかったが、それでもユウの攻撃を回避したのは流石だろうとミアは感心している。

 

「ちっ、避けられたか―――」

「この―――」

 

 後ろから大柄の小学生が殴ろうとするが、それよりも早く腕だけで攻撃するユウ。鳩尾に入った彼は意識を飛ばして倒れた。

 そしてすぐさま鍛錬していた子供たちの方へと向かうと、茂樹が飛び降りて間に入った。

 

「悠真君、それ以上の狼藉は流石に見逃せないぞ」

「だったら本気出して。あなただったら30%ぐらいでも戦えそうだ―――し!!」

 

 地を蹴り、回転しながら飛ぶユウを茂樹はいなす。回転を止めて着地すると驚いた顔をするユウ。少しするとそれは笑みへと変わり、地に触れると槍を出した。

 

「………ちょっとタンマ」

「無理!」

 

 ユウは叫びように言うと地面から精製した槍を振って茂樹に攻撃しようと飛び出すと、壁が壊れ、三角錐が装備されたバンが飛び出してきた。進行先にいたユウはそのまま当たられ、飛ばされた。

 バンから出てきた覆面の男たちは散弾銃や機関銃を向け、動きを封じる。

 

「目標を確認。回収する」

 

 一人がそう言うとすぐさま簪の方へと移動する。茂樹が間に入ろうとすると、別の男が上に撃った。

 

「動くな。動けば、ここにいる子供を殺―――」

「ねぇ」

 

 ―――ズズンッ!!

 

 覆面たちの後ろで何かが落下したような音がした。一人が見ると、乗ってきたバンは真っ二つにされていた。

 

「君たちも争奪戦に参加しにきたの?」

「君も動くな。子供と言えど容赦はしな―――」

「でも、残念」

 

 ユウの姿がぶれると、ユウの方へと銃を構えた男が上へと飛んだ。

 

「奈々のお父さんだから手加減したけど、ちょっと切れちゃったから本気出すね?」

 

 そう宣言したユウの姿はまたブれ、未だ宙に浮いている男性の所へと移動して踵落としで地面に叩きつけた。

 

「何!?」

「更識は人体改造をしているという話は聞いていな―――」

 

 地面が揺れはじめ、全員がその場で動けなくなる。するとユウの周りに土色の蛇が現れ、バンごと男を食らい、上へと放り投げた。

 

「世界最強たる僕に喧嘩を売ったんだ。無事でいられるとは思うなよ?」

 

 男たちは中々落ちてこなかった。何故なら彼らがいる場所は無重力空間になり、ユウが作り出した移動可空間なのだから。

 ある程度上がった場所で無重力から解放された男たちはそのまま落下する。あまりのことに気絶する者が現れたがユウは近場でまた無重力の空間を作って助ける。

 

「待て、悪かった。我々も―――」

「え? もう降参なの?」

「あ? ああ! 降参する。だからここは―――」

「だってさ。じゃあ、続きやろ?」

 

 言葉を信じたのか、ユウは振り向いてなおも戦おうとするユウ。チャンスだと思った男は銃を向けようと思ったが、その銃は既にバラバラにされていた。そして―――

 

「え? ちょ―――」

 

 どこからともなく砂が移動し、男を地面に縫い付ける。

 一方、子どもたちは大の大人相手を事もなげに倒したユウに対して怯え始める。茂樹はため息を吐いて、さっき車にぶつかられていたことも声をかけようとしたが、満面の笑みを浮かべて自分に向かって攻撃をするユウから距離を取った。

 

「あ、そうだ」

 

 急に向きを変えたユウは簪に向かうと、さっきの一戦を見ていた簪は急に泣き出した。

 

「……え?」

 

 まさか泣かれると思わなかったユウは動きを止め、呆然としてしまう。

 

「あらあら。もしかしたら怖かったかもしれないわね。ごめんな、悠真君……悠真君…?」

「……………」

「そういえば、ユウ様はこれまで動物や年下には嫌われたことがないので、耐性がないのかもしれません」

「………ぷ」

 

 その笑い声は虚から漏れた。

 一斉に注目を浴びたため、咳払いをした虚。だがユウはそのままフラフラへと反対方向…つまり、虚たちがいる場所へと移動してしまい、虚とぶつかった。

 

「ちょっと、何をするんですか?」

「………ひぐっ」

「はい?」

 

 瞳に涙をためているユウ。そしてそのまま虚に抱き着いたユウは泣き叫んだ。「あの子に嫌われた」と、大声で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな起こっている中、一人の少女は投影されたキーボードを叩く。科学は進化しているが、未だに投影式の機器を持っているのは世界を探せば彼女かもう一つの家の人間ぐらいだ。

 少女は手を止めると、笑みを浮かべて言った。

 

 ―――ようやくできた、と




この時の簪はまだお姉ちゃん子。
虚に抱き着いたのはたまたまだが……そしてこれを目撃したとある女の子は盛大に勘違いをしたとかしないとか。


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#139 対策は必要ではある

大変長らくお待たせしました。ちょっとリアルが立て込んでて中々書き上げることができませんでした。


 あの騒動の次の日、更識家の壊された入り口は謎の科学力によって修復されていたが、慣れているのか茂樹も雪音も驚かなかった。

 

「いやぁ、まさかあの子がセキュリティをすべて壊してるなんてね。ごめんごめん」

「まったくだ」

 

 半ばイラつきながらそう答える茂樹に対し、修吾は笑いながら尋ねた。

 

「ところで、清太郎君はどこだい?」

「………お前、殺されたいか?」

「君たちが殺そうとしたところで僕に勝てないのは知ってるよね?」

 

 笑みを浮かべながら馬鹿にするように言う修吾だが、茂樹はため息を溢すだけに留める。

 自分の当主に対する侮辱とも取れるその言葉を聞けば従者たちは間違いなく切れるだろうが、事を荒立たせたところで茂樹は自分も含めて修吾に……修吾だけじゃなく、彼の家族にすら勝てることはできないと理解していた。茂樹も使えることは使えるが、それでも修吾のみの相手すらできないだろう。それほどこの二人の差は開いていた。

 

「………で、今日は息子は置いてきたのか?」

「もちろん連れてきたよ」

「そうか……ちょっと待て、連れてきた!?」

「さっき急いでどこかに行っていたけどね」

 

 嫌な予感がして立ち上がる茂樹を修吾はなだめる。

 

「落ち着きなよ」

「昨日のアレを見て落ち着いてられるほど、生憎肝は据わってない!」

「まぁ、君たちみたいに普通に生きていれば動揺はするだろうけど、仮にも僕の息子だからその辺りは大丈―――」

「お前の息子だからだ!」

「……確かに遠慮はないけどさ。それでも大丈夫だよ。昨日のことはミアちゃんに聞いたし、少なくとも君が想像していることにはならないと思うけど」

 

 

 

 

 

 実際、修吾の予想は当たっていた。

 ユウは屋敷に忍び込み、ある人物を探しているのである。彼の右側には苦無が刺さっており、実はさっきまで殺されかけていたのだ。しかも、気配を察知したという理由で。

 

「ど、どうしたの……?」

 

 近くでは刀奈の声がしたので飛び出して抱き着きたい衝動にかられたユウだが、なんとか抑えて目的の人物を探すが、更識の家は小学生には広いと感じられるほどであり、普通に探すのは中々骨のようだ。

 

(一体どこにいるんだろ……)

 

 そう思った瞬間、彼の耳に何かが連打される音が聞こえる。ユウはばれないように音がする場所を覗くと、暗い部屋で一心不乱にコントローラーで何かを操作する簪がいた。

 その姿を見てユウは呆然とする。ちょうどゲームが終わったのか一息ついたらしい簪と目が合った。

 

「…あ………あの……」

 

 昨日のことを思い出した簪は震え始めるが、それよりも先にユウが中に入り、簪の口を塞いだ。

 

「しー」

 

 自分の顔の前で人差し指を立てて黙らせるも、簪は既に涙目。ユウは素早く作ってきていた物を簪に乗せた。

 簪は視線を上にすると、上から白い花びらが落ちてくる。

 

「昨日は驚かせちゃってごめんね。ってことで、お花の冠を作って来たんだ」

「………」

 

 簪は鼻冠を手に取る。雑だが一生懸命さが伝わってきて、どこか幸福的な気持ちになった。

 

「……ありがとう」

「いえいえ。……そういえば、このゲームって何?」

 

 ユウが視線を移動させ、さっきから自動的に4人のキャラクターが戦っている―――所謂デモプレイというものが展開されていた。

 簪は「知らないの?」と言いたげにユウを見ると、悠夜は頷いた。

 

「アクションゲームはちょっと苦手なんだ。僕の反応速度にコントローラーが付いてこれなくてさ、3個くらい壊した」

 

 おそらく「アクションゲームが苦手」という人間なんて五万といるが、3個もお釈迦にしたのはユウぐらいだろう。ちなみにユウが言っているのは正方形のアレだが、そのコントローラーはスティック部分が根元で折れていたたりする。

 

「……じゃあ、これをする?」

 

 そう言って簪はカート系のゲームパッケージを見せると、ユウは「やろう」と言ってすぐに行動に出るのだった。

 

 

 

 

 その頃、茂樹はユウの姿を探していた。その後ろには修吾もおり、呆れを見せながら追いて来ている。

 

「ねぇ茂樹、もう諦めたら?」

「できるか! 仮にもお前の息子だぞ。万が一ということもある」

「いや、ユウの場合はその心配から」

 

 そう突っ込むが、茂樹は聞く耳を持たず捜索を続ける。それもそうだ。何故なら修吾は過去に裏組織の抗争に勝手に乱入した挙句、「手加減しろ」という無視して相手の屋敷を木っ端微塵に素手で破壊したのだ。「手加減したけど相手の家が脆いんだよ」と修吾は行ったが、茂樹にはそんなことはどうでもよかった。

 

「どうしましたか、17代目」

 

 茂樹らの下から可愛らしい声がする。奈々を引き連れた虚が慌ただしい様子の茂樹に声をかけたのだ。

 

「虚君か。君はすぐに安全な場所に避難をしなさい」

「いやいや、だからそこまで危険じゃなって!」

「まさか、昨日の鼠ですか?」

「そうだ」

「そろそろ僕も怒っていい? 怒っていいよね?」

 

 奈々はそう言いつつも笑顔でいる修吾に頭を下げる。

 

「私も同行してもよろしいでしょうか?」

 

 虚がそう提案するとすぐに茂樹は首を横に振った。

 

「ダメだ。万が一ということもある」

「いや、あのね。いくら僕という前例があるからってユウも同じだって思わない方が―――というかそもそもその子が生きている方がおかしいと思うけど?!」

 

 素早く突っ込む修吾を無視する2人。奈々だけは同情していると、彼女の耳に聞き覚えがある音が届く。

 ほんの少し襖を開けると、クラスメイトと自分の妹が暗い中で一心不乱にコントローラーを操作していた。

 

「か、簪ちゃん!?」

 

 大声を上げる奈々。それもそのはず、彼女の目に映っている光景が信じられなかったのである。ユウが自分を含めて誰とでも仲良くできる人間であり、簪のことを気に入っていることは知っていたが、まさか人見知りが激しい簪がコントローラーを渡して協力プレイをしているとは思わなかったのである。

 

「簪!? 一体何を―――その冠は何だ?」

 

 だが誰もその質問に答えることはない。

 本当は修吾は知っていたが、黙っている方が良いと判断したし、知っている2人は簪が運転を、ユウが砲撃をして全国にいるライバルを蹴散らしているからである。

 やがてトップでゴールした2人はハイタッチをすると、簪はマズい何かを見た顔をしてユウは後ろを向くと軽く会釈する。

 すると奈々はすぐさまユウの元に移動して自分の引き寄せる。すると簪はユウの方に近付いて行った。

 それを見た茂樹は目眩がして倒れそうになり、修吾に受け止められる。

 

「……そんな……簪様がああも簡単に他人に心を開くなんて……」

「どっちかって言うとそっちに驚いているんだ……」

 

 虚の言葉に修吾は突っ込みを入れると、邪魔者は不要と言わんばかりに茂樹を引きずって虚をその場から移動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬が初めて剣嗣と出会ったのはいつだったか覚えていない。だが、気が付けばいたという関係だった。

 

「お前も、遊びに行く相手がいないのか?」

 

 一人でいる剣嗣に話しかけた千冬。あの時はただ、「一人寂しく本を読んでいる男子」というぐらいだった。

 

「……いや、一人で本を読んでいる方が楽なんだよ」

 

 そう言って剣嗣は本を読み続ける。どんな本を読んでいるのか気になった千冬は後ろから確認すると、いかがわしい雰囲気の絵が描かれていた。

 

「き、貴様、そのような本を読んでいるなど、破廉恥だぞ?!」

「この絵は主人公とプールに行ったヒロインの一人がたまたまこけただけだ。こうやって角度を付けてエロく見せることで、思春期真っ盛りの男性を刺激し、次回も内心そう言った描写を期待して買わせる。そんな商法だよ。それに、破廉恥って言ってもこの小説じゃそんな描写なんてむしろ少ないがな」

「………そうなのか?」

「今これは4巻なんだが、2巻では他国の首脳の一人を説得してもう一人の方のヒロインを形的には助ける頭脳派だし、3巻では敵のほとんどの撃退をしているハイスペック人間だ。これくらいの褒美をもらったところで、彼がここまで歩んできた悲惨なことを考えれば足りないくらいだろ」

 

 淡々と述べる剣嗣。だが千冬はその言葉の半分もわからず頭を抱えていると、別の児童が声をかけてきた。

 

「ねぇねぇ、織斑さん。そんな奴を放っておいて遊ぼうよ」

「そうだよ。変態が移ったら大変だしさ」

「………変態?」

 

 剣嗣は男子児童の言葉に反応すると、男子児童は言葉を続けた。

 

「だってそうだろ? そんな絵がある本を好んで読むなんてよっぽど変態じゃないと―――」

「だとしたら、俺はお前らより成長が早いと言えるな」

 

 勝ち誇ったような笑みを浮かべて剣嗣は立ち上がる。

 

「知らないようだから教えてやるよ。人間を含むすべての生物はいずれそう言うものに興味を持つ。認めたくないだろうが、子孫を残す以上そういうことだ。だからお前ら先に変態に成長した俺に対して敬意を払え」

 

 後から考えれば十分に恥ずかしい言葉だが、その時の千冬は何故か剣嗣に対して奇怪な感情を抱き始める。それから数日後、彼女は剣嗣が一つ下の少女と仲良く下校する姿を見て自覚したのだ。これは恋かもしれない、と。

 

「……束、一つ聞いていいか?」

 

 これまで千冬は束にこの気持ちを告白したことはない。そしてそれはこのままのつもりだが、今彼女には突然呼び出されて現状を戸惑っていた。

 

 ―――束が、涙を流していたのである

 

「何があった」

「昨日ね、ようやくできた私のISのことを説明に行ったの。だけどあいつら! まったく束さんのことを信じるどころか、嘲笑ったんだよ?!」

「………」

 

 近い内に発表しに行くと聞いていた千冬だが、まさか本気だったとは思わなかったのである。

 そしてなんとなく、束が何を言われたか理解した千冬は束の肩に手を置いて言った。

 

「束。やっぱり今は止めておかないか?」

「……どうして?」

「束は確かに天才だ。ISのシステムといい、こんなものは素人の私でもわかるくらい今の技術では実現は不可能だ。だが、お前にはある物が足りない」

「何?」

「資格だ。もしくは、束が天才だと証明するものだ。今までISの開発ばかりでそっちにも目を向けていなかっただろう? この際、そういうのにも手を出してはどうだ?」

 

 そうすれば、束が天才だと証明できるかもしれない。強いては、彼女が心血を注いできた「インフィニット・ストラトス」の存在が認められるだろう。

 そう思った千冬は勧めると、束は驚いた顔をしてマジマジと千冬を見た。

 

「……何だ?」

「いや、そう言えば一人だけ私に興味を持った奴がいてさ、そいつも同じようなことを言ってたなぁって」

「気を付けろ。それは絶対にお前の技術が目的ではない」

 

 束は15歳には不釣り合いなグラマーな体型をしている。しかも、どういう構造なのか千冬が知る限りあまり運動している風には見えないがくびれがキッチリとできている。自分もそれなりのプロポーションを持っていると思っているが、彼女の幼馴染はそれを超えていた。

 

「? そうなの?」

「ああ。そうだ」

 

 実際、修吾は束に対してそんな目で見たことはないが会ったことがない千冬にとっては知らないことだ。

 だが束は話し半分で聞いており、内心では別のことを考えていた。

 

 ―――証明するもの

 

 さっきから、束の中でそれが反復される。

 まさか千冬は思っていなかっただろう。この言葉が後にあんな事件を起こすことになるとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夜。そろそろ亡国機業と会談の日が差し迫っているので準備をしないといけないと言うのに、その準備をしていた俺は母親に呼び出されていた。

 俺の母親「風間」……もとい「桂木遥」は科学者だ。元々ガンヘルドの血を引いているらしいので、本来なら規則「四元属家は「全属家から最低一人ずつ囲わない限り」王族と結ばれてはいけない」が働いて結婚できなかったはずなのだが、雑民の出ということもあって婚姻が認められた。

 実のところ、こういう形での結婚は昔からあるらしいが、所謂外様的な立ち位置なので発言権は皆無である。それを利用してか、母親は好き勝手なことをしているが。

 

「………一つ聞いていいか?」

「? 何かあるかい?」

「ああ、あるね。……で、どうしてこれを開発した?!」

 

 思わず大声を出してしまう。何故なら、俺の目の前には鎧のようだが背部にはブースターが備えられている、所謂パワードスーツみたいなものが置かれているからだ。

 

「いやぁ、あったら何かと便利―――」

「いいか馬鹿母。そもそも俺たち王族が没落気味なのはアンタら大人が好き勝手したから…つまり、自業自得だ。そこから何か学ぼうとは思わなかったのか!」

「だって私は発言ないし……」

「その結果、一方的に責められる可能性も考えなかったのか……」

 

 とはいえ、この女は元々織斑側の人間だ。俺たちがいる今裏切るということはほとんどないと言っていいかもしれないが、それでも念には念を入れておいた方が良いだろう。

 

「でも、インフィニット・ストラトスだっけ? それが発表された今、備えられることは備えておいた方が良いんじゃない?」

 

 言われてみればそうだが、だからと言って何もこれを作る必要はない。

 俺ら4兄弟は炎、水、地、風と得意分野があるが、あくまで得意分野であって何も一つしか使えないわけではない。俺は風を操るのが得意だが、炎や地はあまり得意じゃない。そしてユウは地が一番得意だが他の属性をほとんど遜色なく使える。この辺りは出生順による調整もあるらしいが、今まで科学を発展させても万能的に能力を使ってきた王族を調べるわけにはいかなかったらしいから、あまり研究が進んでいないようだ。

 とはいえ、確かに母親の言う通り対策はしておいた方が良いとはいえ、いくら何でも西洋と和洋が合体したような甲冑なんて必要あるのか甚だ疑問ではあるが。

 

「一つ良いことを教えてあげるわ。科学者という生き物は自分の発表を否定されたら、何が何でも見返したい生き物よ。あなただって篠ノ之束を伊達に観察しているわけではないでしょう?」

「…………」

 

 心当たりがありすぎる。

 篠ノ之束という女は、周りの人間を見下している。認めているのは精々織斑千冬とその弟妹、そして自分の妹の篠ノ之箒ぐらいだろう。それが格下でしかない奴らに一方的に否定されれば見返したいと思えば可愛い方かもしれない。

 それに言ってはなんだが、この甲冑みたいなのは身を隠すと言う一点に関して言えば最適といえば最適なのだ。悔しいことにな。

 

「……で、これを俺に使えと?」

「ええ。安心して。スペックはあなたが十二分に戦えるほどに調整してあるわ。そして、あなたの能力もフルに発揮できるように機構を改造してあるの」

「……最初から俺用ってことか」

「ちなみに、これを後4機は作るつもりよ。最初からそのつもりだったし」

「最初から? ってか、4機って……確かISは1機だけでも十分1国を制圧できるって話なんじゃ―――」

「あら? 誰がISを開発したって言ったかしら?」

 

 盛大に嫌な予感がする。

 

「開発案が被るなんて今では日常茶飯事。私だって同じようなものを開発していたわよ。でも、発表したら流石に世界が荒れる。でも幸いなことに「似たようなものを作ったよ」と言って見せびらかせても問題ない機体が先に発表されて、あなたが勝てば万々歳ってことよ」

 

 世界の実権を握る気か、アンタは。

 わざとらしく大きなため息を溢して敢えて言ってやった。

 

「頼むから、俺が許可するまでこいつは発表しないでくれ」

「大丈夫、大丈夫」

 

 そう言うが心配だ。何かのはずみと見せかけて盛大に発表するかもしれない。

 

(……監視カメラ、増やそうかな)

 

 そんなことを思いながら、俺は目の前の甲冑に触れたのだった。




ということで、簪とユウの仲直り回、そして剣嗣の胃がキリキリする回でした。

簪の割にはユウとの仲直りが早いとか、言ってはいけない。


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#140 チート少年、屠る

今回は早く投稿できましたけど、また遅くなります。

それにしても、最近ポケモン関係が凄い騒ぎですね~。私は既にムーンを予約してきましたよ~。


 自分で言うのもなんだが、俺は苦労人だ。

 自分勝手に振舞う祖母に両親、さらに弟で位的には第二王子なのに第一王位継承権を持つユウ。日頃から文献を読み漁っているレイ。まともなのは無邪気な暁ことキョウだけという不思議な家族なうえ、二人の女の監視に最近従者の様子がおかしいし。ともかく平穏が欲しい。

 だけど平穏なんて訪れない。少なくとも、今の状態ではまず無理か。

 

「相変わらずじゃのう、貴様は」

「そっちこそ。相変わらず成長していないようですわね」

 

 俺はクラウドさんを見ると、どうやら彼も同じ気持ちらしい。本当、うちの家族がすみません。

 ちなみに彼と今祖母の陽子と彼女の直属の部下であったはずのスコール・ミューゼルは今となっては犬猿の仲だ。元々二人は仲が良く、神樹国崩壊後も交流していたはずなのだが、陽子が突然祖父と駆け落ちしたことが原因らしい。ミューゼルは何故か血のことを強くこだわる節があったこともそうだが、どうやら祖母の独断が続いたことで、裏切り者の織斑一族と手を組んだそうだ。

 今となっては過ぎたことでもあったのと、何よりも親父という高個体の存在があるため譲歩しているようだが、それでも何度かいがみ合ってはいるようだ。いや、今すらガチで殺し合おうとしている辺り、もう修復は不可能かもしれない。

 俺とクラウドさんで二人を止め、なんとか会議を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、良かったら一緒に遊ばない?」

 

 背中に妹を背負い、弟の手を引きながら廊下で待たされたユウは偶然会った金髪の少女に声をかける。彼女は「レイン・ミューゼル」で、あのミューゼルの末子であることに考えを至らなかったユウは平然と声をかけたのである。

 

「何だよ、お前」

「僕はユウ。何故かこんなところに連れてこられたけどさ、正直何がどうなっているのかわからないんだ。良かった教えてくれない?」

 

 「せっかく奈々と遊んでたのに」と最後に付け足すユウは、まだ名乗らないレインに手を伸ばしたが彼女はそれを払いのけた。

 

「馬鹿じゃねぇの? 何でアタシがお前みたいな雑魚と慣れあわなくちゃいけないんだよ」

「だってみんなで遊んだ方が楽しいじゃん」

「とんだ馬鹿だな、お前は。いいか? 今日のこの会議だって、お互いの立場の確認ってやつをしに来ただけ! 別にアタシらが慣れあったところで無意味なんだよ! 大体、アタシとお前の上の奴らは不仲なんだぜ?」

 

 怒鳴るレインに対してユウは頭上で疑問を浮かばせる。

 

「何で不仲なの?」

「何も知らねえみたいだな。いいか、アタシの家はお前らの親とかが迷惑かけたから愛想つかして出てったんだよ!」

「………へぇ」

 

 どうやら納得したらしいユウは言葉を返す。

 

「でもそれって、僕らには関係ないよね?」

「え!?」

 

 意外そうな顔をするレインに、ユウは続けた。

 

「だって、そんなのは所詮大人の因縁でしょ。いくら自分より早く生まれたからって、変な因縁を子どもたちにまで引き継がせるのも正直どうかと思うんだけどなぁ」

 

 本人は悪気はないようで、あっけらかんに答えたユウはぼそりと本音を漏らす。

 

「というかごめん。ちょっと面倒見てくれると嬉しい」

「良いこと言っておいて本音はそれかぁ!!」

 

 すかさず大声で突っ込むレイン。それを楽しむ暁はユウの背中で暴れ、レイはジト目でレインを見ていた。

 

「ユウ様! ようやく見つけ―――って、どうしましたか? もしかして、スパイ?」

「やばっ、見つかった―――」

「ねぇ、ボク本読みたいから椅子座っていい?」

「にいに、にいに」

 

 レイの手を離したユウはそのまま逃げだそうとするが、ミアが素早くユウの前に立つと、レインに平手を見せて力を手に集中させる。

 

「ユウ様、この人は危険です」

「なんだよ、やる気か?」

 

 レインも警戒すると、ユウはレイに暁を渡して二人の間に入る。

 

「ストップだよ、ミア」

「ですが、この女は敵です!」

「例えそうだとしても、いざとなれば僕がなんとかするから」

 

 そう言ったユウはレインの方を向くと、同時にドアが開く。中からは会議に出席していたリアが姿を現した。

 

「レイ様、ティア、剣嗣様がお呼びです。来ていただけませんか?」

 

 連れてこられていた二人は返事せず、大人しくリアの所に行く。

 二人を中に連れて行こうするリア。その前にと言わんばかりにレインとミアの方を向いて言った。

 

「わだかまりがあるのであまり騒ぐなとは言いませんが、喧嘩は止めてくださいね」

 

 そう言って二人を連れて中へと消えるリア。二人は何も言わずに黙り込むが、ユウは首を捻ってかけてくる暁を受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面倒なことになった。

 先程までミューゼル家と話し合いをしていたが、和解の条件の中に「王族の者を一人、亡国機業に派遣する」とスコールは言い始めたのだ。クラウドさんもそれに関しては了承していたようで、ガンヘルドの夫婦二人はもちろん、俺と祖母も了承しなかった―――のだが、

 

「別に構わない」

 

 なんと親父がそんなことを言ったのだ。

 本当にこの家に生まれたことを後悔している。できるなら誰かに代わってもらいたいくらいだ。

 

「が、条件を付け足させてもらおう。一つ、ティアちゃんには一切の殺しをさせない。二つ、ティアちゃんの生存だけは絶対的に保証してもらう。そして最後、二人とは自由に会うことを許す」

「いいわ。だけど、最後の場合はちょっと承服できないわね。任務によっては長時間身を隠さないといけないし」

「………仕方ないね。じゃあ、任務外の時は自由に合わせる許可を出すようにしてもらおうか」

 

 レイのことが全く触れられていないことに突っ込むべきだろうか?

 

「ねぇ、サーバス兄さん。二人は一体何の話をしているの?」

「…………」

 

 俺の口から言いたくはない。というか、言えるわけがない。

 普通、家族を裏の世界に渡すか? 悪いけど俺にはそんなことはできな―――

 

「もしかして、今よりも面白いところ?」

「それはない。だから、悪いがあなたたちの言うことに従うことはできない」

 

 俺はミューゼルに向けてそう言った。

 

「契約を反故にする気?」

「当たり前だ。よりによって何も知らない子どもを裏の世界に入れることなんてできるか」

「だからこそ、よ。子供なら、裏の世界にでもすぐに馴染むことができる」

「だったら、俺を引き入れれば良いだろう」

「あなたはもう育ちすぎたわ。そして、表の常識を身につけすぎた」

 

 ………仕方ないか。

 俺は四神剣〈風雷〉に手をかけようとすると、レイが手を出して止めた。

 

「いいよ。ボクが行く」

「レイ、止すんじゃ。お主が行こうとしている世界は甘くない」

 

 おばあちゃんが珍しく静止するが、レイは言葉を続けた。

 

「でも、誰かが行かないといけないんだよね? ユウ兄さんは更識姉妹と離れることになるから駄々をこねるだろうし、キョウはまだ幼いし、さっきそこのおばさ………ババアが言っていた通り、サーバス兄さんは無理っぽいし」

 

 わざわざ言い直したレイ。お祖母ちゃんと父さんは同時に噴き、俺らはあまりのことに呆気にとられた。そしてスコールはわざわざ突っ込む。

 

「レイ君。どうして言い直した理由を教えてもらえないかな?」

「ボクの見立てだと、おばさんは見た目の倍は生きていると思ったからかな。どう見ても僕の少し上程度にしか見えないおばあちゃんと対等に話しているし、それなりの年齢だと思う」

 

 「どうだ」と威張るようにレイは胸を張る。しかし彼は褒められることはなく、スコールを煽っただけに終わった。

 

「ところで、サーバス兄さん。さっきの条件って飲んでもらえるの?」

「レイ」

「当然飲むわ」

 

 何かを言おうとした俺を遮るようにスコールが言った。こめかみに血管が浮き出ているが、対応は普通だった。

 

「じゃあ、もう一つ付け足してもらっていい?」

「……何かしら?」

「僕らには、ふんだんに金を使ってほしいんだ。って言っても流石に使用用途は知らせるけどね。僕ら二人を迎えるって言うならそれくらいはしてくれるよね」

「…………いいわ。その代わり、ちゃんと使用用途は明示してね」

「わかった」

 

 レイはガンヘルドの二人の方に移動し、ティアを抱えるように持って言った。

 

「ということで、悪いけどティアは借りていくね」

「……それが、我々ガンヘルドの務めですから」

 

 できるだけ平静を装ってそう答えるガンヘルド家の当主。レイは一瞬表情を崩して本性を見せるが、それも一瞬のことですぐに笑顔に戻す。

 だが俺は納得できていない。なんとか諭そうとすると、親父が俺の肩を持って止める。

 

「さて、今回はこれでお開き―――」

 

 スコールが口を開けて言ったその時、俺たちがいる場所が突然揺れる。

 俺はすぐさま戦闘態勢に入ると、さっきよりも激しい揺れが豪華絢爛な会場を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが現れたのは一瞬だった。

 突然窓が割れ、特殊部隊を思わせる黒ずくめの装備をした彼らは乗り込んですぐさま廊下にいたユウたち3人を囲う。

 

「ねぇ、君たち誰―――」

 

 ユウは構わず話しかけたが、黒ずくめの男たちは銃を向けて黙らせる。だが、そこからも一瞬だった。

 全員が力なく倒れ込む。意識を失わったわけではない。ただ、その場に伏せさせられたのだ。

 

「―――図が高いぞ、雑種」

 

 さっきまでの無邪気さはどこに行ったのだろうか。

 本当に子どもかと疑問を抱かせる程の威圧感を出したユウは男たちを彼の能力である重力で抑えつけたのである。

 すると援軍か、別の場所から同様の格好をした者たちが現れる。ユウはつまらなさそうに腕を横に振ると、援軍を壁に叩きつける。

 

「ねぇ、その程度なの? 君たち大人は」

 

 目の前で倒れている、先程ユウに銃を向けた男に対して尋ねた少年。その問い答えるようにヘリコプターが現れ、下部に設置されたガトリングがユウたちに照準を向けた。

 すると主の手を離れた武器が宙に浮き始め、ナイフは窓を割って飛び、銃は火を噴いてヘリコプターに攻撃した。

 

「ミア、今は敵味方関係なく僕の後ろに移動させて。そっちの方が楽だから」

「わかりました。暁様、私から離れないで」

「はーい」

 

 惨状を楽しみ、元気よく返事する暁。ミアは今度はレインを見て手を伸ばした。

 

「何だよ?」

「あなたも早くこっちに来なさい。危ないわよ」

「侮るな。これくらい、アタシだって―――」

「いや、単にユウ様の邪魔だから」

 

 無慈悲に言ったミア。ユウはまるで部隊を率いる歴戦の隊長のようにヘリコプターを見据えて言った。

 

「―――つまらない」

 

 馬鹿にするように、心からそう愚痴を溢す。どこか寂しそうに言葉を溢したユウは、瞳をうるわせ、そして見下し、ヘリコプターを完全に空中に停止させた。

 

「何の用かは知らないけど、僕に喧嘩を売るなら相応の実力を付けてから来てよ」

 

 そう言って壁や床に張り付けた黒ずくめをヘリに引っ付けさせ、ヘリは彼らを引っ付けたままどこかへと飛んで行った。

 すべてが終わった時、会議室のドアが開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――現在

 

 轡木朱音はその惨状に戸惑っていた。

 放課後になったのを見計らってIS学園の制服を着用し、怪しまれないようにボストンバッグを持ってユウの部屋に訪れた彼女は、悠夜以外の先客がいたことに驚いていた。何度か見舞いに来ている彼女は最初はミアが裸で寝ていたことにも驚いたのはもちろんだが、何よりも自分を遥に凌ぐ巨乳に気絶しそうになったこともあるが、それ以上に今は彼女を驚かせている。

 

「ほ、本音ちゃん……?」

 

 まるで犬猫のように悠夜の傍らに丸まって寝る知り合いの姿に唖然とする朱音。何故なら朱音は生徒会が悠夜やこの前のことでの対応に追われ、さらに楯無が不在という最悪な事態に陥っているのである。生徒会役員は問答無用で呼び出されているはずなのだが、その一人である本音は今も寝息を立てていた。

 

(……まぁいいや)

 

 本来いるはずのミアがいないことも気にせず、朱音は洗面所に入って手洗いとうがいをして悠夜の隣に横たわった。場所は少しずれ、黒鋼の待機状態である黒曜石の指輪を中指にはめる。

 

 ―――その時だった

 

 急に城が揺れ、朱音はベッドから放り出された。その音で目を覚ましたのか揺れで起きたのかはわからないが、本音が顔を上げて周りを見回し、うつ伏せで痛さに呻いている朱音を見つける。

 

「あかにゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫……」

 

 弱々しくそう返事した朱音は起き上がる。

 

「ねぇ、今の―――」

「たぶん攻撃されたと思う」

 

 すると朱音は自分の腰から通信ケーブルを出して悠夜に返したばかりの指輪に差す。彼女の顔が段々と険しくなり、本音に言った。

 

「……なんか、またIS学園の方で何かあったみたい」

「―――それに関しては大丈夫よ」

 

 突然の声に二人は入り口の方を見る。彼女らにとっての普段とは違ってちゃんと私服を着ているミアの姿を驚くも、顔に出さないようにする。

 

「さっきドロシーから聞いたけど、どうやら何かが当たったみたいね。おそらくどこかの戦闘部隊でしょう」

「そんなところが、何かにぶつけるなんて真似はしないと思うけど……」

 

 本音の意見にミアは何かを思ったのか、ドロシーに連絡を入れる。

 

「ドロシー、念のために風鋼を用意しておいて」

 『わかりやしたー!』

 

 通信機の向こうから機械と思えないほどのボイスで返事をするドロシー。ミアは本音と朱音に向き直って行った。

 

「今からここは戦場になるわ。あなたたちはここから動かないで」

「うん。でも、ここの防御は大丈夫?」

「そこは問題ないわ。元々戦艦だし」

 

 そう言ったミアは部屋を出て行く。ドアが閉まると、本音と朱音は偶然か、声を揃えて言った。

 

「「……戦艦?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、専用機持ちたちは地下へと集められていた。ちなみに、今学園にいてまともに動けるのは一夏を除いた1年生のみで、楯無は自身の病室でアンドロイドに固定されているため、向かうことはできなかった。固定方法はかなり本物で、手首、足首総計4本が鋼鉄の重石で固定されている状態である。その状況をミアから聞いた簪はすぐに千冬に伝えていた。

 

「現在、IS学園ではすべてのシステムがダウンしています。これはなんらかの電子的攻撃……つまり、ハッキングを受けているものだと断定します」

 

 真耶の説明に全員が戦慄を走らせるが、簪だけが一人疑問を抱いていた。

 

(……篠ノ之博士は死んでいるはず。あの人たちならこんな攻撃じゃなくても、直接殴れば陥落するはずなのに……)

 

 あの場にいた簪はただ一人、束が殺されたことを知っている。だがそれを伝えているのは千冬のみであり、他には誰にも知らせていないはずだ。知らされていたら、一夏か箒のどちらかが簪に迫っているか悠夜の所へと向かっているはずだからだ。

 思考を巡らせる簪の隣にいるラウラは挙手して質問した。

 

「IS学園は独立したシステムで動いていると聞いていましたが、それがハッキングされることなどあり得るのでしょうか?」

「そ、それは……」

 

 返答に困る真耶。その様子を見ていた千冬は話を進めるために厳しい口調で言った。

 

「今はそれは問題ではない。問題は、現在なんらかの攻撃を受けているということだ」

「敵の目的は?」

「それはわかれば苦労はしない」

 

 内心、「束ならば」と思う千冬だが、篠ノ之束は既に死んでいる。それを知っているからこそ千冬も簪と同じ結論に達しているが、その相手が攻撃するにはあまりにも謎が多すぎる。

 そして、彼女らにハッキングに対する対抗策を知らされる。それは―――電脳ダイブというものだった。



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#141 少年、覚醒

ちょっと過去と現代をわかりやすくしてみました。


―――過去

 

 レイとティアちゃんが去って、早数日。元々家族は兄弟ですら興味対象ではないのか、元々レイが文献を読み漁ることが多いインドア派だったからか、何気ない日常が繰り返していた。そして俺も、その日常に慣れつつあった。あの選択はどうしようもなかったのだと、思い始めていたのだ。

 

 ―――とはいえ、今はそんなことはどうでもいいか

 

 レイには悪いが、生憎今の俺には家族を含めてどうこう思う暇はない。

 

(やってくれたな、あの女……!)

 

 逃げ惑う部活中の生徒たち。その中で俺はリアと共に空を飛んで家の方へと移動する。人混みに抗うよりもこっちの方が早い。

 物の数分で家に着く。中では騒ぎになってはいるが精々噂程度で済んでいるぐらいで、周辺に住んでいる子供たちが物珍しそうに俺を見ているが、今は無視だ。地下へと急ぐと、待ってましたと言わんばかりに俺の専用機と化してしまった夜叉のセットアップが行われていた。

 レイが家を去って数日間、下校した後は勉強せずにこいつに触れてばかりいた。今となっては幸いなことだが、正直なところ嫌だったな。

 

「剣嗣、今すぐ出れるわよ」

 

 母さんがそう言ったのを聞いた俺はすぐに研究室のわきにある控え室に入って専用のスーツに着替え、外に出ると避難状況を聞いた。

 

「他のみんなは無事か?」

「ええ。少なくとも、周囲にいた神樹人は全員ここに避難できたそうよ。ただ、ユウとミアちゃんがまだ帰っていないわ……」

 

 それを伝えられた俺は特に気にしないことにした。

 ユウの能力は高い。おそらく、現時点で俺を超えるほどの力を持っている。何しに出かけているかはわからないが、大抵のことはなんとかするはずだ。

 

「どうせ近くの避難場所にでもいるだろうが、一応探しておく」

「お願いね」

 

 やはり子供の安否が気になるのか、それともただ実験材料がどこにいるのか気になるかは定かではないが、今は気にせずIGPS1号機「夜叉」を装着し、うつ伏せ式のカタパルトに乗った。

 

「剣嗣様!」

 

 大声で俺を呼んだリアは、心配そうに言った。

 

「…ご武運を」

 

 こういう時は普通、妹の安否を気にするものだと思うがな。

 内心突っ込みながら研究員の一人のカウントダウンを聞き、「1」が聞こえるとすぐに意識を前方に向けた。

 

 ―――0

 

 発射台が高速で移動する。しばらくすると加速した状態で地下から地上へ上りはじめ、さらに加速した状態で空へと投げ出された。

 動かし方は幸い頭に入っている。天使や妖精が背中の翼を羽ばたかせるようなイメージで飛行し、既にいるであろうISを探す。

 ステルスモードで移動していると国会議事堂辺りだろうか、白い甲冑のような何か……いや、ISが現れた。それはすぐさま俺の方を向き、話しかけてくる。

 

「誰だ」

 

 機械音声のようだが、雰囲気といい誰かさんを思い出す。

 こちらも機械音声で答えることにした。

 

「それを聞くのは野暮というものだ」

 

 ディスプレイからミサイルの接近が知らされる。意識をそっちに向けた俺はすぐさま三叉槍《トライデント》を展開して薙ぎ払う。俺の能力による追加効果《鎌鼬》が生じ、ミサイル群を破壊していく。

 ISもそれに倣うように刀に近いブレードで破壊していく。

 

「中々やるな」

 

 向こうからそう声をかけられるが、こっちにしては日常茶飯事なことだ。

 無視して続いて飛んでくるミサイルの処理を行う。武装は三叉槍だけと心もとないが、もう一人のおかげで比較的に安全に処理ができる。

 まだ飛んでくるミサイルの処理を行っていると、途端に向こうから声をかけられた。

 

「―――お前、誰?」

 

 さっきとは違う雰囲気。同じ機械音声だというのに、どこか冷たい雰囲気を放つ。

 意識と視線を向けると、IS操縦者も驚いているようだ。

 

『今はミサイルの処理に集中したらどうだ? それとも、俺と言う予想外の存在にどう処理をしようかと考えているのか、()()()()

 

 個人間通信を無理やり接続して答えてやる。当然、ミサイルを処理することは忘れない。

 

「何の話だ」

『すべてを知っている、というだけだ。大方、この騒動も篠ノ之が仕組んだことだろう。いくつかの軍施設をハッキングしてミサイルを飛ばし、それをそのIS―――白騎士だったか、ともかくその機体で破壊していき、ISの有能性を示すのが目的か』

『何言ってるの。これは全部偶然起こったことで、私は日本を守るために仕方なくISを出しただけだよ』

『他人に対して極度に見下して関心を持たない奴が何を言う』

 

 ちょっと言い過ぎたか?

 だが、篠ノ之の行動の異常性は教員すら手に焼くほどだ。そんな奴が何か目的を持たないのに自分の作品を出して周りの人を助けるとは思わない。……それに、軍のセキュリティーは驚くほど強固でどれだけ経験を積んだクラッカーだろうが受け付けることはできない。親父が言っていたが、篠ノ之束のレベルはそれぐらいは余裕らしい。

 

(……内心、あの家族も怪しいとは思うがな)

 

 やりかねんとは思うが、信じたいという気持ちはある。

 

(とはいえ、今はこのミサイルをどうにかするしかない、か)

 

 おそらく、しばらくすれば軍関係者が出てくるだろう。そうなったら俺は退避してあの馬鹿どもを探させるつもりだ。

 《トライデント》を振って鎌鼬を精製していると、白騎士の方から何かが飛んできた。それが何かを理解した俺は鼻で笑って挑発し、尋ねる。

 

「どういうつもりだ?」

「…………」

『こちらの通信でなら答えられるか、()()()()

「………何のことだ」

『通信に出るのは二通り。それで、お前は篠ノ之が気を許す唯一の人間だからな。そして、どういうことか篠ノ之は自らの手を汚そうとはしない。弱いか、もしくはパソコンを動かせる代わりに身体能力それらが救いようのない残念系かのどちらかだろう』

『ふざけてるの、お前』

 

 冷気を帯びた声を無視してミサイル群を破壊していくと、妙な違和感を覚える。

 日本に向けて発射できるミサイルには数に限りがある。確か、3000にも満たないはずだが、俺はさっきからそれ以上の数を壊している気がするのだ。

 

『気を付けろ。何かがおかしい』

「何かとは何だ?」

 

 そんな質問を投げられた瞬間、俺は信じられないものを目にした。

 

 ―――空中にミサイルが召喚されている!?

 

 本来ならあり得ない。いや、織斑一族の科学力なら何もないところからミサイルを出すこと自体は問題ではないのか?

 そんな疑問に襲われつつ、俺はミサイルを破壊していく―――が、突然その下にミサイルの反応が現れた。

 

「何!?」

 

 流石の白騎士もそれには驚いたようだ。

 現れたのは俺たちの下方。そしてそのミサイルは―――俺達が破壊していたもののどれよりも早かった。

 追うも間に合わず、引き離していくミサイルはやがてビルに激突し、爆発した。

 

(―――!? そんな……嘘だろ……)

 

 すぐさま俺は見つけたミアちゃん、そしてその近くにいたもう一人に結界を張る。

 崩落による二次災害が起こる。だがそれはやがて緩やかとなり、不自然に小さな穴が開いた。

 

(……ユウ)

 

 ユウ、そしてミアちゃんを発見したことをリアに知らせようと、全身から冷汗が発した。

 嫌な予感がした俺は振り向くと、ミサイルが俺の後ろで爆発した。今までは既に避難が済んでいた場所で破壊していたので特に問題はないが、今は街中。すぐに破片を細切れにして誰もいない場所に流す。

 すぐさまビルの崩落に巻き込まれた人らを助けるため、近寄ろうとした俺はあり得ない現象を見た。

 

 ―――ビルが、無事なのだ

 

(……あり得ない)

 

 おかしい。確かに俺はビルにミサイルがぶつかって壊れる様を見た。だがどういうことだ。ビルはヒビどころか何もない。さっきから、その周辺では人間が逃げ惑っている。

 

 ―――瞬間、俺は重力に引き寄せられた気がした

 

 奇妙な違和感を感じた後に目に入ったのは、色とりどりのレンガのブロック。そして、何やら小さく柔らかい感触が伝わる。

 俺はおそるおそるその感触がする手を見ると、今にも泣きそうな少女が怯えた目で俺を見ていた。

 

「サーバス様?! どうしてここにいるんですか……?」

「ミアちゃんか。ユウはどこに……」

 

 ちょっと待てよ。

 今俺がいる場所は、確かユウがいた場所だ………ということは、まさかユウは「夜叉」の中にいるんじゃないのか?

 瞬間、まるで答え合わせをするかのように強大な黒い気が「夜叉」から放出されはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し前にさかのぼる。

 休みということもあり、ユウは奈々と簪を連れて遊びに行っていた。その後ろではミアや虚が尾行しており、その後ろにはさらに更識の人間が尾行している。

 

「こらこら、あまりはしゃいじゃ危ないわよ」

 

 後ろでは雪音が先に行くユウと奈々を注意する。すると、先導するユウは言うことを聞いたのかゆっくりと移動した。

 

 そんな時だった。

 突然、街に警報が鳴り響く。内容はミサイルが飛んでくるため、至急シェルターに避難しろというものだった。

 

「みんな、こっちよ!」

 

 雪音が簪を抱き上げてその場から移動を始め、ユウと奈々はその後ろに追随した。

 第二次世界大戦後、日本は発展していったが一般人が容易に避難できるほどのシェルターはあまり建設されていない。日本がまた攻められることはないと踏んでのことだろうか、シェルターに避難できるのは一般人用の者では都会に通う人間のおよそ1/10程度だけであった。

 その状況で、ユウは今すぐ飛んで行って逃げようと思った。だが、家からは絶対にそうすることを禁じられている。そしてユウはそれを従うことにした。

 ユウの戦闘能力は高い。バンのみならず、あらゆる鉱物は構わず破壊することができ、自由に飛ぶことができる。だがそれはあくまで「自分のみ」を能力付与をしているから他ならない。それをユウは、この時はまだ気づいていなかった。

 

 ―――それ故に

 

 ミサイルが「夜叉」そして「白騎士」を回避してユウたちが通り過ぎようとしていたビルに向かって飛ぶ。ユウはそれをいち早く気づき、周囲にいる更識の家の者を安全地帯に引き寄せる。そしてミア、虚、雪音、簪を同時に引っ張った。

 

 ―――そして、着弾

 

 剣嗣が見ていた通り、ミサイルが着弾したことでビルは爆散、倒壊する。ユウはその中でも能力を使って生き残った。

 そして彼は、あくまで奈々を―――更識刀奈も助けていると思っていた。

 

 だが、声をかけようと奈々に目を移したユウは、絶望の淵に叩き落とされた。

 

「……何で……」

 

 思わずユウはそう呟く。

 奈々の体には鉄骨が刺さっていたのだ。

 

 ―――嫌だ

 

 ユウは恐る恐る奈々に近付き、手首に触れる。

 普段なら動くはずのその部分は、動いていなかった。

 

「……嫌だ……」

 

 ユウの周りに黒い靄が現れる。靄はまるで主人を気遣う蛇のように辺りを這う。

 

「動いて……動いてよ……奈々!!」

 

 だが叫んでも奈々は動かない。そしてユウは―――

 

 

 ―――こんなの、認めたくない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ユウ君?」

 

 呼ばれた気がしたユウは顔を上げると、目の前には奈々がいた。

 奈々は心配そうな顔でユウを見ていると、ユウはいきなり奈々の頬に触れた。その様子を見ていたミアは奈々に殺気を飛ばすが、ユウは気にせず奈々に抱き着いたのだ。

 

「……殺しましょうか」

 

 そう呟いたミアを虚で止めている時、警報が鳴り響いた。

 ユウはすぐさま上空を見ると、少しして黒と白の機体がミサイルを撃墜し始める。

 

「………ああ、そういうことか」

「ユウ君、逃げよう!」

 

 奈々に催促されてユウはそこから走る。すると、急に立ち止まったユウは今自分がいる場所に目を向けた。

 

「ユウ君!」

 

 奈々はユウの腕を引っ張るが、ユウは動こうとしない。するとあろうことか上空に指を向けたのだ。

 示された先には黒い機体がこっちに向かってきており、奈々は何度もユウにいうがユウは頑なに動こうとしない。

 

「下がれ」

 

 そう呟いたユウ。誰も気づかなかったが、ミサイルはワープして黒い機体―――「夜叉」に当たった。

 

「……奈々」

「ユウ君、早く!」

「……大丈夫」

 

 奈々に笑顔を向けたユウ。そして優しい声色でもう一度奈々を抱きしめて言った。

 

「絶対に、戻ってくるから」

 

 ユウは、あの黒い機体に意識を向ける。すると、ユウの視界から奈々が消えた。

 

 

 

 

 

『剣嗣! 応答しろ、剣嗣!』

 

 視界がぼやけ、はっきりした時、通信機からユウの耳に聞き覚えのある声が届いた。

 

『剣嗣様、応答してください!』

 

 次もまた、ユウが知っている声。それを聞いた瞬間、ユウは確信した。

 

「―――やっぱり、ここに剣嗣兄さんがいたんだね」

『!? どうした悠真が―――』

「わからないよ。でも、今はどうでもいい」

 

 そう言ってユウは()()()()()に飛ぶ。

 ユウの視界にもう一つの機体が入ると、機械音声が話しかけてきた。

 

『どこに行っていた。やる気がないなら最初から―――』

 

 だが、ユウは無視して笑みを浮かべてミサイル群に突っ込んだ。

 

『何をやっている! そんなことをしたら破片が街に―――』

「うるさいんだよ、雑種」

『何!?』

 

 両手首から大剣級の刃が現れ、素早い動きでミサイルを破壊していく。何基かを撃ち漏らしたようで、それに気付いた白騎士はすぐさま荷電粒子砲を起動しようとしたが、すぐに戻ったユウの手で破壊された。

 

(……操縦者が変わったのか?)

 

 白騎士はすぐに行動するが、ユウは器用に刃を伸ばして破壊しっていった。そして―――すぐにターゲットを切り替える。

 

 ―――ガッ!!

 

「何をする!?」

「いや、たださっき俗物の分際で命令してきた気がするから、命を取ると行かずとも、人としての機能を壊しておこうと思っただけだよ」

 

 平然と言ったユウは「夜叉」の後ろで黒い球体を精製。そしてそれからいくつもの柔軟な針を白騎士に飛ばす。

 

『ちーちゃん、危ない!』

「―――クッ!」

 

 ダメージを受けながらも攻撃から脱出する。

 

「―――は? ふざけるなよ」

 

 急にユウはそんな言葉を放ち、右手を右耳に当てる。

 

「……わかったよ」

 

 何かに答えるように言ったユウは自分の足元に黒い靄を出し、消えた。

 その姿を見た白騎士は声を漏らす。

 

「……何だったんだ、一体」

『わからない。それよりも何か来るよ、ちーちゃん。ステルス機能は無事?』

「大丈夫なようだ」

 

 そう答えた白騎士は周囲から視認されないようにし、その場から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――現代

 

 IS学園の現在の防衛可能人数はかなり減っていた。悠夜の暴走によって大半の機体が中破から大破であり、小破のものはわずか1機。大半のものが修復されておらず、学園にいる生徒たちに着ける防衛はISでは1機もないのだ。

 

「早く校舎に戻りなさい」

「わ、わかりました」

 

 菊代に言われて戻る生徒たち。彼女の目の前では十蔵が、そして黒ずくめの男たちが銃器を構えて戦っていた。

 

「くそ、埒が明かない。アレを使うぞ」

「良いのか? アレはまだ試作段階のはずだが―――」

「データ取にはちょうどいいだろ」

 

 そう言って男がカプセルのようなものを出して宙に放り出す。十蔵は警戒すると、カプセルから化け物が現れた。

 

「………気持ち悪いですね」

 

 十蔵の言葉に内心菊代は同意する。気持ち悪いと言われた化け物は十蔵がいる場所に腕を向けると伸び、攻撃した。




ちなみに化け物の元ネタは、美人らしいアフロに付き従う元人間4体です。


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#142 目には目を、歯には歯を

本当は、この章は10月31日までには終わらせたかったんだ。だけど、リアルが忙しすぎたんだ。なのに給料が低かったり、出費が酷いんだ。

……もう、泣いていい?


C言語勉強しよ


―――過去

 

 「桂木」という表札がある豪邸とも言える家、その庭で剣嗣はため息を吐く。

 右腕から血を流しているが、相対するユウは構わず攻撃をした。

 

「―――もう止めろ、悠真。俺は今回のことで話す気は何もない」

「そう。だったらもっと痛めつけてやるよ」

 

 そう言ったユウは黒い球体を生み出し、分離させて剣嗣に飛ばした。

 だがそれは剣嗣に届く前に、ユウは止める。

 

「……何のつもり、リアお姉ちゃん」

「もう止めてください、ユウ様。これ以上あなた方が戦うのは、ただの消耗戦です」

 

 リアに言われ、ユウは剣嗣を睨みつけるとそのまま家の方へと去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠真が家に帰っていくのを確認した俺は、近くのベンチに腰を掛ける。

 するとリアが…そしてその後ろからユウと同い年ぐらいの子どもがこっちに来た。一斉に話しかけられたが、どうやら全員俺のことを心配してくれているらしい。回復能力は高いから、もうそろそろ傷は塞がると思う。

 

「悪かった、リア。君を危険な目に遭わせたな」

「構いません。我々ガンヘルドは本来、リードベールを守るために存在するのですから」

 

 まぁ、アレが止まることはなんとなくわかっていたが、正直なところ気が引けた。

 実は悠真がリアに攻撃しなかったのは、リアの事を好いているからだ。姉として懐いていると言えば良いのだろう。もし本気で好いているなら、三人を選ばせた時にリアを選んでいるはずだから。

 

「……だが、これでわかったな。……悠真は置いていく」

「…わかりました」

 

 どこか悲しそうに返事をするリア。彼女はこれからのことを考えているのだろう。俺も確かに不安だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は少し前に遡る。

 「夜叉」が戻ってくる少し前。一足先に家に戻ってきた俺は、すぐに両親を呼んで言った。

 

「二人には本気を出してもらいたい」

 

 本来、俺は「白騎士」に負けるつもりだった。おそらく「白騎士」に乗っているであろう織斑千冬のみでは空中戦は不慣れだろうと思って出撃したが、適当に挑発してISの有能性を示すつもりだった………のだが、悠真が「夜叉」を奪い取って「白騎士」を地に伏せさせたことで問題を生じさせた。

 これから世界は「IS」ではなく、「夜叉」に注目を集めるだろう。世界に溶け込もうとしている俺たちにはそれは都合が悪いのだ。

 

「で、だ。俺はこれから国を作ろうと思う」

「………はい?」

 

 父さんは聞き返し、母さんは工具を落としてしまう。……アンタらよりかまともなことを言ったつもりだが、そんなに意外だったのだろうか?

 

「剣嗣、もしかして何かあった? 精密検査をした方が良いかい?」

「二人に比べれば至って正常だ。父さんにはこれから働いてもらうが、「白騎士」の有能性を証明してもらいたいんだ」

「……ちょっと待って。それがどうしてあなたが国を作るってことになるのかしら?」

 

 母さんに言われた俺は説明した。

 

「俺たち神樹人の科学力は国が滅ぼされた今でも世界を超えている。「夜叉」を発表すれば、それこそマスコミが乗り込んでくる可能性がある。篠ノ之一人が犠牲になったところで家族ぐらいしかダメージがないが、この家はそうはいかない」

「そのための避難口として、新たに国を作ろう、と? お義母様は反対しそうね」

 

 俺たちはただの人間じゃない。全員が異能力者であり、それぞれが家族単位で一つの能力を持っている。母さんを除けば俺たち一族は一つだけではなく様々な能力を使うことができる。そしてそれは、王族のみだ。

 かつて俺たち神樹人は第二次世界大戦が始まる前に、日米ともに目障りと言うことで殺されかけた。それを俺から曾祖父に当たる夫婦と四元属家の当主が力を合わせて自滅し、国民や次期当主を逃がしたという。本来ならそう言うことはありえないが、織斑一族が配下のものと裏切ったらしい。異能力者集団が負けた理由として、これまでまともに戦ったことがなかった。当然だが、国内では徴兵制度もあるのでまったく無警戒だったわけではないと思うが、それでも敗北してしまった。そして祖母が勝手に他国の人間と結婚したことでミューゼル家と仲違いしたのである。

 元々、この国造りの計画は最初からあった。兄弟最強の悠真を新たな王として据え、四元属家の再誕という流れを。だが、今のままでは支障をきたしてしまう恐れがある。それは―――悠真の、とてつもない常識の欠如である。

 悠真は、生まれながらにして最強だった。実はこれはある意味間違っていない。産声で周囲を破壊し、高い実験器具を壊したのである。………幸いなことなのは、彼の周囲にはそれぐらいしかなかったことだ。それから3歳の時点で小学生の過程をほとんど学習して能力も大人顔負けに使えている。まともな教育をしなかったというのもあるが、それ以上に力を持ってしまったアレはいつしか自分が最強と思い込み始めたのだ。実際、現時点でガチで戦ったら辛勝……とまではいかないだろうが、かなりの苦戦は強いられると思う。

 

「それに、悠真と父さんを残してな」

「……ミアは連れて行く、ということですか?」

 

 尋ねてきたリアに対して俺は頷いた。

 

「言ってはなんだが、今のミアちゃんは姉妹の中では平凡だ。既に一戦力として数えられてもガンヘルドでは致命的、というのもあるが………表でも仕事があるこのオッサンと傍若無人のユウに挟まれて、何らかの間違いが起こっても困るからな」

「剣嗣、オッサンと言ったことはともかく、いくら何でもそれは僕を見くびり過ぎだよ。僕が小さい女の子に手を出すはずがないだろう?」

「アンタの名案という迷案に振り回される彼女の身にもなれ、って言いたかったんだがな。というか、記憶を消して普通の小学生にするためには、どっちみち同居する女の子は姉妹以外には必要がない」

 

 そう言うと、全員が驚きの声を上げる。が、それを遮るように母さんが言った。

 

「悠真が戻ってきたわ」

 

 周囲にいる全員を避難させる。リアは残ると言い張ったが、まぁそれはいつも通りか。

 「夜叉」が通路から移動されていると、ハッチが吹き飛ぶと同時に中から子供が飛び出してきた。着地もせずに、俺に向かって飛んでくるので回避すると、悠真は黒い球体を出して細い触手みたいなものを飛ばすので回避し、提案。

 

地上(うえ)に行こう。ここだとお前も本気を出せないだろう?」

 

 すると肯定の意味かすぐさま姿を消す悠真。……おかしい、悠真はテレポートみたいなものはできなかったはずだ。

 

 ―――いや、今はいいか

 

 そう思った俺は地上に出て、悠真と戦闘した。

 

 

 で、現在。

 あらかた傷が回復すると、子どもなのに子供じゃない人が現れた。

 

「―――あろうことかユウが闇属性を習得してしまうとはな」

「珍しい。滅多に来ないあなたがここに来るなんて」

「………」

 

 茶化して話題を逸らそうとしたが、どうやら向こうは真剣なようだ。

 

「……ところで、闇属性とは?」

「能力者が極限まで絶望した状態で目覚める、最悪の力じゃ。ワシも目覚めておる。そして、修吾もな」

「……それは本当か?」

「そうじゃ。ワシもかつて、爺さんが殺された時に暴走して軍隊を跡形もなく吹き飛ばしたことがある」

 

 そういえば、聞いたことがあるな。

 かなり昔、父さんが生まれて数年ぐらい経った時にお祖母ちゃんが異能力者とばれてしまい、米軍に狙われたとか。それでお祖父ちゃんがお祖母ちゃんを庇って死んだことがきっかけでお祖母ちゃんが暴走。目の前にいた兵士は文字通り骨すら残せてもらえずに消し去られ、作戦本部を置いていた場所は更地に変わったという話だ。

 

「ということは、今の悠真もそれをできる、と?」

「今は堕ちたきっかけが生きていること、そして犯人が未だわからないことで今は抑え込んでいるが、それも時間の問題じゃな」

 

 ………やはり、か。

 となれば、本格的にやるしかない。

 

「…頼みがあるんだが」

「……記憶操作、か? だが、完全に消すことはできぬ。場合によってはさらなる災害を巻き起こす可能性もあるぞ?」

「………ならば、あの二人を会せないようにするべきだな」

 

 俺はお祖母ちゃんにあの時見たことを話した。

 

「戦闘中に白昼夢を、のう。可能性があるとするなら、それは時戻しじゃな」

「……時、戻し?」

「そうじゃ。おそらく剣嗣が見た白昼夢は本物じゃろう。悠真が時戻しを発動したことで、事象が上書きされて何事もなかったことにされたのじゃ。ワシはそれよりも、悠真の体力が未だに残っていることが気になる」

「……それほど体力が消耗するのか?」

「時戻しを最初に使用したのは、おそらく修吾じゃ。ワシを倒そうと何度も巻き戻した結果、丸5日は寝込んでいた」

 

 ………あの人、何でそんな使い方してんだよ。

 10数年生きていて、本当にあの親父の思考パターンがわからない。

 

「後で聞くと、1回使うごとに1時間の休憩は欲しいらしいと言っておったが…」

「あの後平然とミサイル潰して白騎士倒して、俺を痛めつけてたな」

「よくもまぁ、そんなことができたわい」

 

 呆れ果てるお祖母ちゃんに、俺は提案した。

 

「……悪いんだけど、悠真のことをお願いしていいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、数日が過ぎた。

 神樹の民は各々土地を離れる準備をし始めている。元々、孤島だったことや王族制度があったことで親父の一声で全員が移住の準備を始めてくれた………のだが、

 

「リアが戻ってこない?」

「はい。さっきまで近くにいたはずなのですが……」

 

 ミアちゃんがそう報告する。

 しかし、今更だがよく彼女は悠真と残るなんて言わなかったな。実は結構懸念していたからすんなり承諾してくれたのは嬉しい誤算である。

 とはいえ、今は何故かいるはずのリアがいないのだが……。

 

「そうか。じゃあ、ちょっと様子を見てくる」

「わかりました……」

 

 ミアちゃんは一礼して、自分の仕事に戻る。……そう言えば彼女はガンヘルド三姉妹の中で突出して秀でていることがないだけで、言われたことはできているし主人が異常なだけじゃないか? 何であんなに低く見られているんだろうか……謎だ。

 

 

 学校に移動すると、見知った顔が俺に声をかけてきた。

 

「風間先輩」

 

 左を向くと、フランス出身の剣道部員「ジュール・クレマン」が袴姿でいた。どうやらランニングをしていたようだ。

 

「ジュールか。ミアを見ていなかったか?」

「え? あの人ならさっき私服姿の女と校舎の中にいましたけど?」

 

 ………私服姿の、女?

 嫌な予感がする。この学校で私服姿の女なんて、教師を除けば一人しかいない。

 

「……その女は、若かったか? 20代とか、そういうんじゃなくて……」

「そうですね。胸が異常に大きいってことを除けば、たぶん同年代と思いま―――」

 

 ジュールが途中で口を塞ぐ。彼には悪いが、風を起こして周囲の視界を悪くしたからだ。

 その前に父さんに連絡し、準備ができ次第すぐに出発するように知らせた。

 

(……見つけた)

 

 校舎の屋上。そこではリアが篠ノ之と戦っていた。

 リアの戦闘能力は高い方だが、何故か彼女が追い込まれている。俺は慌てて二人の間に割って入り、妨害した。ちょうど篠ノ之が飛び蹴りを繰り出すところで、俺はそれを空中で受け止める。

 

「剣嗣様。……ダメです、逃げてください!」

 

 後ろでリアが叫ぶ。俺はその意味がわからずに動かずにいるが、次の瞬間に俺の肩が撃ち抜かれた。

 

(銃!? あの女、そんなものまで調達していたのか?)

 

 だが、今のは銃弾じゃない。銃弾なら俺の肩を貫通するよりも前に防護壁によって粉々に砕かれているはずだ。それに、どれだけ早かろうと俺の眼ならばほんの少し視認できる。

 

(とすれば、レーザーか?)

 

 それしかない。やれやれ、天才というものは厄介だな。

 

「いやぁ。今日はいい日だ。化け物を2匹も狩れるなんて」

「単位間違っているぞ、天才。「匹」じゃなくて「人」だ」

「ISを使わずに空を飛べる人間なんていないよ。化け物で十分だ」

 

 そう言った篠ノ之の周りから何かが光る。リアを引き寄せて攻撃を回避すると、篠ノ之に警告する。

 

「そこまでにしろ、篠ノ之。悪いが俺はお前と戦っている暇はない」

「やなこった。何でこの束さんがお前らみたいな化け物の言うことを聞かなければいけないんだ―――よ!」

 

 またもレーザーが俺を貫く。

 

「ねぇねぇ、どうしてあれを出さないの? あの黒いのってお前が束さんの技術をパクッて開発したものでしょ? いやぁ、恐れ入ったよ。まさかあそこの部分だけであんなものを作り上げるなんてね」

「……さぁ、何のことだ―――」

 

 今度は左肩にもらった。

 

 ―――とはいえ、流石にそろそろおふざけが過ぎるな

 

「リア、先に帰れ」

「………わかりました」

 

 リアは素早く立ち上がって逃げる素振りを見せると、篠ノ之の近くが光る。だがそれがリアに当たることはなかった。

 

「―――やれやれ。随分と好き勝手してくれたな……自称天才」

「………やっぱり化け物だね、お前」

 

 ―――化け物はお前もだろうに

 

 内心そう思いながら、俺は周囲に結界を張った。

 

「……何をしたの?」

「なに。ちょっと場を整えただけだ。お前だって自分の秘密をばらされたくないだろう?」

「……はぁ?」

 

 言われていることがわからなかったのか、間抜けな声を漏らす篠ノ之。

 

「何言ってんだか。私に秘密?」

「何だ。俺はてっきり知っていると思ったんだがな。お前は、お前の親友の親に遺伝子から作られた遺伝子強化素体(アドヴァンスド)の完成体だよ」

 

 それを聞いた瞬間、篠ノ之は高笑いをした。

 

「なぁ~に言ってんのぉ? そんなわけないじゃん。ちーちゃんの親は一般社員―――」

「裏の人間がそう簡単に表の人間に素性を明かすわけがないだろ」

 

 馬鹿にすることを意識しながら言うと、篠ノ之の顔が無表情になって行く。同時に殺気が大きくなっていることから、おそらくは怒っているのだろう。

 

「大体、普通に考えてみろ。あんな機体なんて発表したところで一体何になる。お前がしたことはただの自己満足でしかないし、何よりもそれによって一番不幸になるのはお前の家族だ。両親にはもう興味がないようだが、お前の妹はどうなる」

「それは愚問だよ。箒ちゃんは私が守る」

「―――無理だな」

 

 ああ、無理だ。

 確かに今のこいつの科学力ならばあらゆる妨害から妹一人ぐらいなら守れるはずだ。だが―――

 

「科学ぐらいしか取り柄がない女に何ができる? 所詮、この世界は暴力で牛耳られているというのに」

 

 すると、篠ノ之が一瞬で俺の前に現れて鳩尾を突いてきた。それを間一髪で回避すると、驚いている風に見せてやる。

 

「もう死ねよ、ゴミ」

 

 そう言った篠ノ之はレーザーを飛ばすと同時に接近する。それを回避しつつ、相手してやる。

 決して上回らず、それでいて負けない程度に打ち合うとしびれを切らしたのか手の方にエネルギーを集中して放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――やっぱり大したことないや

 

 上下真っ二つに割れた剣嗣を見て、束は微笑む。そして満足したのか彼女はその死体を跡形もなく消失させた。結界が解かれたことで音が響き、生徒たちが校舎外に出てくるが、束は構わずその場を去った。

 

「………やれやれ」

 

 束がその場にいれば、おそらく発狂していただろう。かわせないはずの距離で撃たれた熱線。それを浴びたはずの剣嗣はさも当然と校舎の屋上にある出入り口の上に立っていたのだから。

 剣嗣は最初から束と戦っていない。戦っていたのは、彼が生み出した幻覚だ。闇の力である幻術を扱えるのには理由があり、剣嗣はあの騒動後も慣れるために何度か「夜叉」に乗っていたのだが、何度か気分が悪くなった後は何事もなかったので放置していたある日、本来「夜叉」に備わっていない分身機能が使えたのだ。修吾曰く、「悠真の闇の力の一部が「夜叉」に浸透していたのかもしれない」ということ。なので彼は、自分の能力を確認して使えるようにしたのである。短時間でそれができるのは、彼も「遺伝子進化素体」だからである。

 

「………よろしいのでしょうか? 仮にもあそこはあなたの生家。それが壊れることになっても」

「その言葉、そっくりそのまま返すぞ」

 

 呆れを見せながら剣嗣はリアに言うと、彼女の顎を持って自分の口と合わせた。リアは激しく動揺するが、剣嗣は構わずする。やがて離されたリアは問い詰めた。

 

「ど、どういうことですか!? 一体どうして―――」

「ちょっとしたくなったから」

 

 そう言った剣嗣はリアを抱き寄せつつも、内心悠真を馬鹿にできないと思っていた。

 

「………悪いな、リア。お前をこういうことには巻き込みたくなかったが」

「…それ以上は言わないでください」

 

 やがてリアも受け入れるように、剣嗣の背中を抱えるように腕を伸ばす。そして剣嗣は、そのままの状態で言った。

 

「後処理は親父に任せている。こういう時に、多少は役立ってもらわないとな」

 

 すると二人はその場から消え、しばらくすると教員たちが現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――現代

 

 楯無は、居ても立っても居られなかったな。

 自分の妹が自分の代わりに今も何かと戦っている。そう思うとじっとしていられなくて、厳重にされた拘束から逃れようと暴れ始める―――すると、拘束は解かれて床に落下して騒音を慣らした。

 

「………どういうつもり?」

 

 拘束を解いた犯人に問いかけると、犯人は無言で彼女のIS「ミステリアス・レイディ」の待機状態を渡した。

 

「………面倒な敵が現れたわ。あなたは戦える?」

「愚問ね。伊達に「楯無」は名乗ってないわ」

 

 楯無はすぐにベッドから降りると、そのままの格好で行こうとしたので犯人は肩を掴んで止めて無言で服を差し出した。



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#143 破壊の象徴

 初めて会った時、彼女から何かが違うと思っていた。でも話してみると普通で、周りと何ら変わらない普通な感じだった。それでも彼女の近くにいたのは、居心地が良かったからだ。だからこそ、自分の実力も含めて今の関係が崩れることはないと思っていた。そして、誰も死ぬことはないって思っていた。

 

 ―――あの時までは

 

 信じられなかった。守ったはずの彼女は死んでいた。

 今まで自分は何をしていた? こうならないために、大切な人を失いたくないためにあえて力を使って牽制していたんじゃないのか。

 

 ―――なのに、何で

 

 そう思うと、気が付けば時間は戻っていた。

 でも、僕にはあの記憶があって、生きている彼女を見るとどうしようもなくなって、その日、僕は思わずその場から去った。

 

 ―――悲しそうな彼女を残して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――過去

 

 彼女がそこに来た時には誰もおらず、閑散としていた。

 

(……もう逃げたんだ)

 

 どこで聞いたか、それともあの女が見ていたのか。

 そこまで考えた束は辺りを観察すると、後ろの方で音がしたので振り向いた。

 

「……お姉さん、誰?」

 

 目を腫らした少年が束に声をかけると、束は驚きを露わにした。

 

 ―――恐ろしいほど、その少年からは何も感じなかったからである

 

 まるで「無」。その少年からは、何も感じられなかったのである。

 

 ―――本当に恐ろしい

 

 そう思った束は慣れない建前を使わず、すぐさま接近して少年を殺そうとした。

 

 ―――ガッ!

 

 だが、それは失敗―――それどころか、平然と束の手首をつかんでいたのだ。

 

(なに、こいつ……痛い)

 

 幼い体躯から想像できないほどの力でねじ伏せられる束。少年―――悠真は言った。

 

「―――弱い。まるであの白いロボットみたいだ」

 

 最近対峙したことがある悠真はそう言った。束は驚愕するも構わず投げた。

 

「この―――」

 

 束はウイングスラスターを展開して自身を止め、悠真を睨みつけた。

 

「お前、今のはどういう意味だ」

「そのままの通りだよ、お姉さん。あの機体は弱かった。でも、どうしてお姉さんはそこまで怒ってるの? あの機体の関係者?」

 

 何も知らない悠真は質問すると、束は姿を消して悠真に飛び掛かる。悠真はそれを察知して少し離れて回避した。

 

「死ね!!」

 

 束の手から熱線が放たれる。悠真は意外そうな顔をしてまともに食らった。

 だが束は構わず何度も何度も熱線を放つ。そのたびに家が崩れていくがお構いなしだ。

 

「死ね、死ね、死ね!!」

 

 何度も、何度も、何度も、何度も。ただ束は目の前の存在を破壊しにかかる。

 ISは、束が長い期間……それこそ、小学生になる前から自分の能力すべてを注いだものだ。自分を認めさせるために、かなりの労力をつぎ込んだものだ。

 それを目の前の少年は否定した―――少なくとも、束はそう感じ取った。

 やがて束は攻撃を止め、ゆっくり、ゆっくりと少年の死体を確認する。この時、彼女の手元にはスコップが握られており、すぐにでも止めを刺すつもりだった。

 

「―――いやぁ、びっくりしたよ」

 

 足を止めた束は振り向く。あり得ないと思った。そんなわけがないと。

 目の前に立つ少年は、防御も何もしていなかったことを束は確認していた。だが、死んだと思ったはずの少年は多少の傷は負っているものの、その程度の損傷しか持たなかった悠真は言った。

 

「ねぇ、お姉さんって国語が苦手? どうして怒ってるの?」

「……どうしてって……それはお前が……白騎士を……」

「………白騎士? 何それ?」

「何それって……IS……」

「あいえす?」

 

 その発言に、束は心底信じられなかった。

 あの騒動の後、束が送ったファックスやアップした動画により白い機体の全貌を露わにした。名前は「白騎士」。それともう一機の機体はまさしく日本人にとって神のような存在だが、悠真はまったくそれを知らないのだ。

 

「ニュース、見てないの?」

「……ああ、あの愚民が喚いているだけの無駄なもの?」

「……ぐ、愚民って……」

 

 ―――何様だ、こいつ

 

 そう思った束だが、すぐにその自信がどこから来たのか理解する。

 

(……もしかして、この小ささで負けたことがないの……?)

 

 子供はその体格故、大人に勝つことはできない。それができるのは自分か千冬ぐらいだと思っていた束は驚きつつも、さっきの動きを思い出して納得していた。

 

(でも、化け物は排除しなきゃ……)

 

 最悪、自分の妹に厄災が降り注ぐかもしれない。そう思った束は悠真にレーザー刃を飛ばした。それを悠真は右手を前に出して力場を発生させて防ぐ。

 

「お姉さん、面白いことをするね。手品師?」

「……手品?」

「うん。お姉さんの攻撃方法は手品でしかないよ。攻撃にはなりえない。でも、僕が本気を出したところでお姉さんが死んじゃうから、できれば今日はもう帰ってくれないかな?」

 

 ―――じゃないと、本当に死んじゃうよ?

 

 警告するように言う悠真。彼にしてみれば警告のつもりだっただろうが、束はそれを一笑した。

 

「ないない。それはないよ。だってISがあるもん。それこそ、君の方が負ける」

「ははは。お姉さんは冗談が上手いなぁ」

 

 お互いが平穏に事を済ませようとする。悠真は笑っていると、束はミサイルポッドを展開して悠真に向けた。

 

「さて、遊びはおしまい―――じゃあ、さよなら」

 

 ミサイルが一斉に発射され、悠真に向かって飛ぶ。着弾して爆風が束を飲み込むが、彼女はすでにハイパーセンサーを起動させて悠真を探していた。

 

「―――ねぇ、お姉さん」

 

 束はその場から飛び退く。

 実は束はミサイルを発射した後、レーザーをミサイルに織り交ぜて飛ばしていた。回避できる面積はほとんど0だというのに、悠真はまだ生きているのだ。

 

 ―――ガンッ!!

 

 悠真の足が迫り、束は宙に走行を展開して蹴りを防いだ。悠真は着地するとさっきとは雰囲気を変えて話しかけた。

 

「―――お姉さんってさ、あの騒動に一枚噛んでる? そのミサイル、見たことあるけど」

 

 束は笑みを見せる。その笑みはとても邪悪だったが、悠真の様子が変わったことで歪み始めた。

 

 ―――そう、悠真の姿が変わったのである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――現代

 

 現在、IS学園では十蔵がいる場所を除いて3か所で戦闘が行われていた。1つはIS学園地下。地上の港でも行われ、最後は―――HIDEから持ち込まれた戦艦前である。

 そして地下では、通常のISスーツ素材で、生身で戦うことを想定して作られた戦闘服を纏った千冬、「ラファール・リヴァイヴ」を纏った真耶、「雨鋼」を使用しているラウラが、ネイビーブルーカラーの「ファング・クエイク」を装備した謎の女と彼女がカプセルから出した黒い泥のようなものと戦闘していた。

 本来ならここに簪もいるはずなのだが、今は協力者と共に上で戦闘している。

 

(……一体何なんだ、こいつは)

 

 目の前に立つ人型を形成した泥に対してさらに警戒を強める千冬。今の状態ならば常人ならば一瞬で気絶させれるレベルを出しているが、鈍いのか、はたまた元からそのような攻撃が効かないタイプなのか動じず、それでいて果敢に攻めてくる。

 苦戦しているのは、千冬だけでない。真耶も千冬と同じようなものを2体同時に相手しており、ラウラに至っては侵入者と直接戦っていた。

 

「早く降参したらどうだ」

「何を―――」

 

 ラウラは相手のブレードを受け止める。だが相手は接近戦も得意なのか、力で吹き飛ばした。

 ラウラが纏う「雨鋼」のスペックは高い。だが、戦いは決してスペックが高い人間が必ずしも勝つとは限らない。急所を的確に点けば小さい者でも勝つことはできる。今の状況はそう言う内容だった。

 

「このっ」

「当たるか」

 

 いとも簡単に回避してラウラを蹴り飛ばす侵入者は腹を、そして顔を殴るために接近する。ラウラはかわそうとするが、その後ろにいる者たちのことを思い出して踏みとどまり、攻撃を受けた。

 

(……そこか)

 

 侵入者は笑みを浮かべてラウラの後ろに向かう。だが、彼女にとって自分の後ろに行かれるのは非常にまずい。

 彼女の後ろには電脳ダイブで仮想空間に入った4人を守る任務がある。もっとも、侵入者の目的の物もその方向にあるのだが、ラウラには知らないこと。

 

「あくまでも邪魔をするか」

 

 一気に接近してラウラの急所を的確に突く。その練度は遥に高く、ラウラは再び壁に叩きつけられた。

 

「止めだ」

 

 その声が聞こえたからか、千冬はボロボロになっているラウラを目撃する。なんとかその場から離れようとするが、相手の抵抗もあってできない。

 万事休す、一人撃破―――そう誰もが思った瞬間、事態は一変した。

 

 

 ―――おい、貴様

 

 その言葉には妙な重みがあった。

 侵入者の女性がそれを聞いた瞬間、彼女はとてつもない悪寒を感じて後ろに下がる――――が、避けたはずの彼女の方に向かって黒いレーザーが降り注いだ。

 

「誰の許可を得てその女を痛めつけている、雑種風情が」

 

 全員が、化け物も含めて声がする方を向く。

 

 

 ―――そこには、異形の者が浮いていた

 

 

 人型ということだけは理解できた。だが四肢の先端はまるであくまのそれであり、髪は透き通るように白く、背中からは黒い悪魔の翼を生やしていた。

 何よりも驚きなのは金色の両目で、瞳の中央からは禍々しさを感じる。

 

「何だ、貴様は―――」

「織斑千冬」

 

 途端に壁に叩きつけられた千冬。異形は批判するように言った。

 

「強者まがいが調子に乗って。貴様らのような行き遅れは失せろ」

「う、失せろって、あなたは一体―――」

「そこの無駄乳、貴様もだ」

 

 的確に武器をレーザーで破壊した異形は指で音を鳴らす。

 するとその異形、そして侵入者らは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は30分ほど前に遡る。

 

「せいやぁあああ!!」

 

 アランが近接ブレードで目の前の敵を攻撃する。だが、付けた傷はすぐに回復していき、アランを襲う。

 

「このっ!!」

 

 レオナが射撃でアランを援護。四肢が伸びた化け物は怯んでアランを離す。その隙に上から「風鋼」を纏ったミアが叩きつけた。しかし化け物はすぐに元に戻り、ミアに攻撃する。

 それを風のバリアで防いだミアは威力に押されて吹き飛んだ。

 

(こいつ、パワーが桁違いね)

 

 ―――ボンッ!!

 

 後方から爆発。だが機体からはアラートが鳴らなかった。すぐに後ろを確認したミアはすぐさま突貫する。

 だがもう一体いたのか、ミアの前に現れて攻撃した。

 

「くっ」

 

 すぐさま近接ブレードを盾にして攻撃を防ぎ、やり過ごそうとするミア。だがその化け物は素早い動きで周り込んだ。

 

「させるかぁあああああ!!」

 

 アランが戦艦の方へと進む。瞬間、ドアが開かれて衝撃波が放たれた。それは近付いていたアランすらも巻き込み、黒ずくめの戦闘員たちを吹き飛ばした。

 

「―――人が寝ていると言うのに、随分と騒がしいな」

 

 その声を聞いた瞬間、先程まで苦悶の表情を浮かべていたミアの顔が喜びに変わった。

 

「……ユウ様……」

「しかも俺の知らない奴もいるし」

「そんな!?」

 

 「知らない奴」と言われてミアはショックを受けて膝をつく。すると戦闘員たちはユウに向かって銃口を向けた。

 

「誰だか知らんが、大人しく投降しろ」

「いや、もう学校に通わなくてもいいだろ。正直無駄だと思っている……ってボケは流石に空気を読めていない、か」

 

 そう言ったユウは〈ダークカリバー〉を展開して薙ぎ払う。すると黒いオーラが発せられ、戦闘員に降り注いだ。それを見たからか、化け物がユウを攻撃する。

 

 ―――キンッ!!

 

 攻撃を受け止めたユウは左手を開き、黒い球を発して化け物を吹き飛ばした。

 

「何だ、あの技は―――」

「構うな。奴を撃て!」

 

 一人がそう指示をすると、全員が一斉に引き金を引いて弾丸を放つ。だがその弾丸はユウに届くことなく防がれ、地面に落ちた。

 

「こいつ、まさか例の基地に現れたという奴か!?」

「まさか、何でここに―――」

 

 その言葉を聞きながら、ユウは鎖を精製して彼らの周囲に移動させる。そして、一気に締め上げてその一本を中心に鎖のタマゴを作った。

 

「これでこいつらは動けない。アラン、レオナ。後は頼む」

「……お前は……桂木悠夜なのか?」

 

 アランが尋ねると、ユウは「ああ」と答えてついでに言う。

 

「朱音なら中にいる。心配なら見に行けば……まぁ、近くにいるけど」

 

 その言葉通り、中から外の様子を伺うように朱音が顔を出していた。すると後ろから急に引っ張られた朱音。アランは慌ててスキャン機能を使うと、引っ張ったのが本音だと判明した。

 

「ユウ様!」

 

 ミアは「風鋼」を解除してユウの所に向かおうとするが、ユウは別の方向を向いて呟いた。

 

「………へぇ」

 

 瞬間、ユウの背中から黒い翼が生え、そこから消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別の場所ではリベルト、そして簪がミアたちと同じように侵入者、そして化け物と戦っていた。少し離れた場所では楯無が単体で2体の化け物と荒々しく戦っている。

 その理由は単純で、簪の「荒鋼」が解除されているからである。彼女の果敢な戦闘はリベルトが引きながらも感心するほどだが、今の状態では援護すらできない。

 

「―――動くな」

 

 戦闘員が簪に向かって銃口を向ける。楯無がそれを認めた瞬間、仕方ないと言った感じで止まる。

 何故簪が負けているのか? それは―――彼女が相手にしていた化け物に「剥離剤(リムーバー)」が備わっていたのである。

 そうと知らず近付いた簪は「荒鋼」を取られてしまい、今現在人質にされている。後ろ手に拘束されている様を見てリベルトは場違いにも関わらず同情していた。

 

「大人しく武装を解除し、それぞれの機体をこちらに渡せ」

「断る、と言ったらどうするつもりでしょう?」

「ちょっ!?」

 

 リベルトの発言に慌てる楯無。だが当の本人は余裕で答えを待っている。

 

「この女を殺す―――ではつまらないな。貴重なサンプルとして持ち帰らせてもらおう」

「だ、そうですよ」

「らしいな」

 

 簪をサンプルとして持ち帰ろうと企んだ男は急に宙を舞った。

 彼がいた後ろには翼を生やし、両手を化け物に近い姿にしたユウの姿があった。

 

「大丈夫か、()()()()()

 

 いつぶりだろうかと簪はつい考えてしまった。それほどまで懐かしいと思うその呼び名を呼ばれた彼女は、思わず昔彼を呼んでいた呼び名で聞く。

 

「……にいに、なの?」

「ああ。久しぶりだな」

 

 思わず簪は自分を抱いているであろう手に触れる。彼女が思うに、昔はここまで腕がごつくなかったはずだった。

 

「なんだ、何者だ……貴様は!?」

「少なくとも、貴様らのような雑魚には恐れ多い存在だと断言しておく」

 

 何でもない風にそう答えたユウは簪を地面に置き、彼女の周囲を結界で覆う。

 

「でだ、悪いが早く彼女の機体を返してもらえないか? そうしてくれたらこのまま見逃してやらないこともない」

「それができるほど、ISは弱くはないんでな」

「そうか」

 

 ユウは消え、一人の男をひっかく。そしてコアとなった「荒鋼」を回収した瞬間、後ろから何かの接近を感じ取ったユウは意識を後ろに向ける。

 

「うぉおおおおお!!」

 

 一夏だった。

 白式の修理のために倉持技研に行っていたはずの一夏がユウに向かって飛んでくる。

 

「ここから、出て行けぇええええ!!」

「出て行くのはお前だ。この世からな!」

 

 また消えるユウ。いや、消えているのではない。あまりの早さに視認できないのである。それほどの早さで接近したユウは一夏を蹴り飛ばした。

 

「白式が押されてるだと!?」

「当たり前だろう。俺は重力使い。そしてお前の能力は本来なら戦闘に向かないタイプ。相性が違いすぎる」

 

 その場で回転し、まるで尾で叩きつけるように踵落としで一夏を攻撃するユウ。一夏は撃墜され、その場所がクレーターとなる。

 それをまるでゴミを見るような目で見ていたユウはその場から消え、簪を回収して格納庫らしき場所の屋根へと移った。

 

「………デカいな」

 

 思わず声に出してしまうほど、ユウが見ているそれは大きかった。

 全長で20mはありそうなその巨体の赤い何かが、戦闘態勢に入っている楯無とリベルトの方を向いている。

 

「やれやれ、このようなものを用意しているとは……」

「無駄な抵抗は止めて大人しく投降しろ。さもなくば、この男と貴様らの命はないと思え!」

 

 別の隊員がそう叫ぶ。が、ユウは楯無たちの所に降りたかと思うと簪を楯無の方へと投げて突っ込んだ。

 

「馬鹿が。巨大化した「バブルス」に勝てるわけ―――」

 

 ―――ドバァッ!!

 

 勝負は一瞬だった。ユウが足を豹変させ、右足にエネルギーを集中させて吹き飛ばしたのである。

 そして戦闘員たちを鎖が拘束し、その塊をユウが持って壁に向かって投げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――過去

 

 ありえない。少女はそう思った。

 例えどんなに強くても、ISがあるから問題ないと、絶対防御があるから大丈夫だと思っていた。だが、現実は非常だった。

 

「……助けて……」

 

 懇願するように束は悠真に言った。だが悠真は聞き入れようとせず、最後に残った束の右腕を斬り飛ばした。

 




※補足

「ユウ・リードベール」
二人目のIS操縦者「桂木悠夜」の本名。過去に「風間悠真」という名前で学校に通っており、楯無たちと出会う。
現在は目覚めており、黒い翼を生やし、両手両足が禍々しさを放つ化け物と化しているが、原因は不明。自我があるので操られているとか、そういうわけではない。

「バブルス」
どこかの組織が持って来た四肢が伸びる人型の化け物。大きさはまちまちで、20m級から3m級のものまであるとか。噂では、50m級がいるらしい。どこの巨人だよ。


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#144 幻想だから問題ない

お待たせしました。本当、字数が少なくなった。

ところで、この更新までにもう一つの方と別の話軸で何故か意味がわからない展開を思いついてしまったんですが、私の脳内はどこに行きたいのでしょうかね


―――現代

 

 まるで夢を見せられているようだ―――と、部隊員から「隊長」と呼ばれている女性は思った。

 先程まで地下にいて、優勢だったはずの自分たちは化け物によってすぐに劣勢へと追い込まれてしまったのである。

 

「何なんだ……何なんだ貴様は!!」

 

 気が付けば外にいた。そしてバブルスを使い果たしたと思われる部下は逃げられず、拘束されている。

 

「おかしいな。俺は有名人のはずなんだけど……意外と問題を起こしていないのか?」

 

 戦闘中だというのに考え込むユウ。その隙に隊長はユウに攻撃した。

 

 ―――ドンッ!!

 

 衝撃を感じ、地面にぶつかるのを見て隊長は思わず勝ち誇った笑みを浮かべた。だがその喜びは一瞬だった。

 

 ―――ドバッ!

 

 自分の体から化け物の手が飛び出した。突然のことで理解が追い付かなかったが、やがて自分が貫かれたのを理解した。

 そして軽くふるわれ地面に叩き付けられたが、衝撃だけで痛みなど感じなかった。

 

「……どうして…絶対防御が……」

「忘れた? 学年別トーナメントの時にVTシステムを取り込んだから、俺も「零落白夜」を使えるんだよ。ただ

、強化してオリジナルを超えているけど」

 

 隊長は言われて、一人の男性操縦者のことを思い出した。

 

「……桂木……ゆう、や……」

「ご名答。正解した君には特別に人として生かしてあげるよ。まぁ、本当ならラウラに攻撃しようとしたから見せしめに君を両手両足を拘束して最近増えつつあるホームレスたちにプレゼントしようとしたけど」

 

 ―――すべて話してくれるよね?

 

 威圧的な雰囲気で近寄ってくる桂木悠夜に恐怖を覚える隊長。すると、悠夜の後ろから凛とした。

 

「そこまでだ」

 

 声がした方に気だるげに振り向く悠夜。視線の先にラウラを捉えた彼は飛びつくように移動し、ラウラを抱きしめた。

 

「ラウラから離れろ」

「彼女の飼い主である俺が、どうしようと勝手だろ。無粋だぞ、雑魚」

「何?」

 

 ラウラを抱いたまま千冬を睨みつける。だがラウラ本人は未だにユウが化け物のような状態であるため、どうすればいいのか困っていた。

 

「だ、誰だ貴様は! それに飼い主は―――」

「……ああ、そう言えばラウラってこの姿を見るのは初めてだっけ」

 

 すると黒く禍々しい鎧が剥がれように消え、ユウが姿を現す。するとちょうどいいタイミングで今回の戦闘に参加していた全員が集まった。

 その中から一人、猛スピードでユウの方に走ってくる。

 

「ユウ様~!」

 

 臨海学校の時、束が千冬にされたようにユウも飛んでくるように移動するミアを捕まえた。

 

「……落ち着け。確かお前は……」

「ミアですよ! まさか、私の記憶だけ抜け落ちているのですか?!」

 

 ユウは信じられないと言わんばかりにミアを凝視する。

 

「……デカいな。山田真耶に匹敵するんじゃないか?」

「当たり前です。ユウ様が思って努力したんです!」

「俺がチッパイ好きならどうするつもりだったんだ?」

「知ってますか? レヴェルの技術は高いんですよ。一日で傷がなくなるほどに」

「……ああ、そういうこと」

 

 顔を引き攣らせるユウ。すると地響きがし、ユウたちの前に巨大なバブルスが現れた。

 

「……暴走…したか」

 

 隊長がそう溢すと、巨大バブルスはユウたちの方に口に開き、光線を発射した。ユウが手をかざしてバリアで防ぐ。

 

「ミア、今のそいつらを連れて逃げ―――って、おい、ミアは―――」

 

 ―――ドバッ!!

 

 気が付けば、巨大バブルスの顔は吹き飛んでおり、近くにはミアが殴り切った姿で浮いていた。そしてジャマダハルを握り、殴るように突き出すと肉体がはじけ飛ぶ。

 

「10年ぶりに話をしているのに、邪魔するな!!」

 

 今度はその場で回転し、刃に竜巻が現れて肉体を潰していった。

 

「……私は、夢でも見ているのか……?」

「いや、そうでもないと思うけど……あいつ、成長したな」

「そんなことを言っている場合ではないと思うが!?」

 

 肉片が次々と落下してくる。ユウは〈ダークカリバー〉を出して自身の力を注ぎ、ワニに近い大口の怪物の頭部を出す。そして軽く振ると頭が伸びて行き次々と肉片を食べて行った。

 

「……で、これは一体どういうことだ? この学園で何が起こってる?」

 

 すべてを食べ終わったらしい頭部を消したユウが尋ねると、苦々しい表情をした千冬が言った。

 

「見ての通りだ」

「ラウラ……はいいか。あ、うん。そんな悲しそうな顔をしなくていいからな」

 

 ラウラの頭をユウが撫でると、目を細めて余韻に浸る。着地したミア、そして簪たちがそれを見て羨ましそうに見ていると、千冬の通信機から真耶の声が漏れた。

 

『大変です、織斑先生! 篠ノ之さんたちのバイタルが不安定になってきました!?』

「何? どうしてそうなる? まさかハッキングの―――」

 

 そこまで言った千冬は近くからの嫌な視線を感じてそっちの方を向くと、ユウが睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、こんなことになっているとはな。

 

「二勢力に攻められ、一方は生徒に任せるとはな。この学園にはセキュリティー対策すらされてないのか?」

「それをすることすらままならなかったのだ。なにせ学園内の隔壁が降ろされて身動きができないのだからな」

「もう少し、その辺りのことは整備した方がいいぜ、絶対―――と」

 

 目的地に着き、止まった俺は掴んでいた織斑先生の手を離す。この姿を織斑に見られていたら間違いなく誤解されそうだな。

 

「だがそんなこと、できる勢力なんて……身内ができるがないな」

「どうだかな」

「いや、ないと思うぜ。IS学園のレベルなんざ大会で確認できるし、おそらく向こうにしてみれば雑魚ばっかだろうよ。俺だって思うし」

「貴様らレベルで物を語るな。次元が違いすぎる」

 

 否定はしない。

 しかし、改めて横たわっている4人を見てため息が出る。どうしてこうなった。

 

「お、織斑先生……って、どうして関係者じゃない人を!?」

「そんなことよりデバイスの準備はできているか?」

「これはあなたに貸すことはできま―――って、え!?」

 

 重力で奪いように取り、すぐに頭に装着する。テニスの選手が頭に着けるみたいな感じだなと感想を抱いていると、システムが作動した。

 

「そんな!? 織斑先生、どうしま―――」

「ここは桂木に任せる」

「桂木……え? 桂木君なんですか!?」

 

 俺の見た目ってそこまで変わったか? まぁ、髪は変色しているしパッと見すぐに判別できるわけがないか。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 体に力が入らない。ああ、これが意識を失うってことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠夜が倒れてすぐのことだった。彼の周囲に鎖が展開され、主を守るように殻を形成し始める。

 その前に千冬は中に入ろうとしたが、鎖に妨害されてできなかった。

 

「あの、これは……」

「おそらく、桂木の安全が保障されていない時に形成されるものだろう。まったく、不可解な存在だな」

 

 吐き捨てるように言った千冬。すると彼女は何かを感じたのか、弾かれるように後ろを向く。すると暗い場所から作業服が似合っている轡木十蔵が現れ、思わず身構えた。

 

「轡木さん。……その汚れは」

「ただの血ですよ。私の人生の中でも稀な部類に入るしぶとさを持ったものがいまして……おやおや、彼はようやく起きたのですか?」

 

 元から知っていたのか、鎖を見てそう言った十蔵に真耶は恐る恐る尋ねた。

 

「……桂木君のことをご存知だったのですか?」

「ええ。彼の祖母とは並々ならない縁がありましてね。知ってますよ。彼がどのような人間で、ISが束になっても勝てないってことくらいは」

 

 それを聞いた瞬間、真耶は顔を青くした。

 

「まぁ、おそらく彼女らは大丈夫でしょう。いざとなれば私がと思ったのですが、彼がいるなら問題はありません」

 

 そう言って十蔵は血を滴らせながらその場を去る。千冬はため息を吐くと、真耶はその場で膝をついてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おそらく俺は、この時ほど「リア充爆発しろ」と思ったことはないかもしれない。それほどまで目の前で繰り広げられている行為を見るのは不快だった。

 

(……何を好き好んでウザい男女のそう言った行為を見なければならないのか)

 

 いずれ通る道なのは理解しているが、まさかこれほどまで他人の逢瀬に嫌悪感を覚えるとは思わなかった。

 

「だ、ダメですわ一夏さん。これ以上は―――」

「そんなことを言うなよ、セシリア。今日はそういう日だろ?」

「…そ、そうですけど……」

 

 ま、リハビリにはちょうどいいか。

 目の前の壁を破壊して部屋の中に入ると、オルコットはすぐさま布を取って自分の体を隠す。隠した所で意味はないが、彼女のプライドもあるので敢えて言わないでおこう。それに、目当ては織斑だけだ。

 織斑の頭を掴んで地面に叩きつけて割る。よほど力が強かったのか、一瞬で砕け散った。その様はまるでとある傭兵がスイカ割りでスイカをショットガンで撃ったことを彷彿とさせた。

 

「い、一夏さん!? あなた、一夏さんをよくも!!」

「あぁ悪い。思ったより脆オロロロロロロロ………」

 

 その様を改めてみると本気で気持ち悪くなったので、俺はその場でゲロを吐く。今まで綺麗だったその部屋はなんということでしょう。ものの見事に豚小屋を着飾ったようにしたみたいになった。いやマジで。

 意を決して改めて見ると、俺の汚物は金色と黒色が混じったようになっていた。

 

「許しません、許しませんわ、一夏さんを殺したあなたに制裁を―――」

「え? 何?」

 

 喉元に〈ダークカリバー〉を突き付ける。するとオルコットが動きを止めた―――が、睨みつけてきたのでとりあえず適当にグランドストライクを放った。

 世界が徐々に消滅していくと、剣先が悲鳴が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありえません。ありませんわ! 一夏さんの偽物だけでなくどこの馬の骨すらもわからないあなたなんかに裸を見られるなんて!」

「見てねえし、仮に見ても範囲外で論外だから発情しねえよ」

 

 そう突っ込みを入れると、何故か涙を流すオルコット。何で泣くんだこいつ。意味が分からない。

 

『オルコットの救出、ご苦労』

 

 唐突に上の方から声が聞こえた。この声、織斑千冬か。

 

「お、織斑先生!? これは一体―――」

「そういえば、来る前に操作パネルがあったな。あそこから声を伝えているということか……」

『そうだ。今のところ、外部からの脅威は感じられないからな。なので私と山田先生がお前の補佐をしている』

「これ以上にない不安要素だなぁおい」

『声に出てるぞ』

「狙って出してんだよ」

 

 そう答えて、改めて残るドアを選ぶ。最初に入ったのがオルコットだったが、どれも同じなので選択することは難しそうだ。

 

(……どうせ同じだろうし、適当にやるか)

 

 ここは言うなれば幻想。亜人がいないのはすごく残念だが、幻想として存在するからこそできることがある。

 

 ―――幻想だから、別に手加減をしなくても構わないだろう?

 

 なんて無駄に勝ち誇りながら次のドアを開けると、そこはオルコットの世界でみた感じの、所謂金持ち風の廊下がだった。

 

(まぁ、デュノアって一応金持ちだからそれなりには持っているだろうけど……)

 

 今度は女王プレイか? あのSMだっけ?

 曖昧な記憶を辿りながら、声を探り歩く。すると聞き覚えがある声がいかにも「ここにいますよ」と言わんばかりの大きな扉から聞こえてきた。

 とりあえずいつも通り壊して中に入ると、織斑弟が学園祭の時のメイド服を着たジアンの腰に抱き着いていた。

 

「誰だお前は!」

「通りすがりの破壊者、だ!」

 

 すぐに織斑の近くに移動して蹴り飛ばす。今度は腕を残した状態で吹き飛ばしたので、血を浴びたメイド服姿のジアンが怯えるような目で俺を見てきた。

 

「俺の腕が―――」

「安心しろ。すぐに体が潰れる」

 

 そう言って織斑の体を足で潰す。するとそこら中に血が吹き飛んで思いっきりかかった。

 

「……きったねぇ……」

 

 自分でやっといてなんだが、思ったよりも被害は大きかった。と言っても心的被害なので賠償責任とかないが。

 

「い、一夏!? 一夏ぁああああ!!」

「うるせぇ」

 

 睨みつけて黙らせる。……まさか俺、かなり人相悪くなってないか? いや、絶対なってる。

 悲観的になりつつも周りを壊す。すると世界が壊れ、さっきのドアの前に戻ってきた。

 

「あれ? ここは一体……」

「どうやら戻って来たみたいだな」

 

 そう言うとジアンは改めて俺の方を見て怯え始めた。おそらく、さっきの行動の反動だろう。実際されると思ったら誰だって怖がるだろうしな。

 

「……き、君は誰なの……?」

「そこまで変わっているのか、俺は……」

 

 思いのほか、ショックを受けるものだな。

 するとまた上から織斑千冬の声が聞こえてきた。

 

『桂木、よくやった。では次に行ってもらいたいが、今一つは織斑がしている。お前はもう一つの方を担当してもらいたい』

「え? 桂木君なの?!」

 

 意外そうな顔をして俺を見てくるジアン。そして彼女は恐る恐る尋ねてくる。

 

「ねぇ、桂木君はどうしてさっきあんなことを……」

「……ストレス発散だ。現実であんなことをしたら人殺しですぐに施設行きだからな。これまでずっとアレのせいで色々と苦労させられたんんだ。八つ当たりぐらいさせろ」

 

 そう言ってドアの方へと移動する。

 

「……待って!」

 

 行こうとしたら何故かジアンに止められ、俺は後ろを振り向いた。

 

「一つだけ聞かせて。リゼットがあんな風になったのは、あなたがリゼットにも同じことを―――」

「してないから。人聞きの悪いことを言ってんじゃねえよ」

 

 そう言ってドアを開けると、ふと思い出したことがあった。

 

「でもま、改めて思い返してみるとあの日常もそこまで嫌じゃなかったかもな。そう言う意味ではリゼットが帰るのは寂しかった」

 

 何せ俺、友達と呼べるものが一人もいないので。

 何故そんなことをこいつに言ったのかわからないが、ともかく俺はドアをくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさに無茶苦茶。彼を現すにはその言葉がふさわしいだろう。

 それほどまで、私が生み出した幻覚は次々と破壊されていった。というよりも、あの男は概念諸共壊していくのでもはや「幻覚」というものが失われているようだ。

 

(……でも次は、大丈夫)

 

 いつの間にか、私は笑っていた。これであの男とまともにやりあうのは二度目。安全地帯にいるからか、あの男をどうやって倒そうか考えるたびにワクワクしていた。

 

(次のあなたは、どんな世界を見せてくれるの?)

 

 私はそっと、黒いブレスレットに触れた。




ということで、今回は「次回予定」を久々に。


次回予定

考えてみれば、「普通」とはそう言うことを指す筈だった。
だけど彼女に襲った災厄はとても悲劇的で、誰からも救いの手を差し伸べてくれない。
そんな時、彼女を狙って一人の男が行動を起こす。

自称策士は自重しない 第145話

「厄災見舞われ廻せた後に」

「ある程度、俺の能力を反映させたようだが成長しないならその程度ということだ」

 そして幻想世界で、彼の能力は猛威を振るう。





ということで次回は丸々1話使って鈴音編ワールドパージをお送りしたいと思います。


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#145 厄災見舞われ廻せた後に

インフルエンザで死亡中


 それは唐突に起こった。

 アタシの家は定食屋だった。そう、だった。いつの間にか膨大な借金ができ、それを知った母さんはアタシを連れて家を出て元々の出身だった中国に戻った。……けれど、アタシはその家を出ることになった。

 元々、良家の出だった母さんは定食屋以外でアルバイトをしたことがないらしく、他の仕事を就こうにもうまくいかなかったみたい。そして、着いた仕事がお水商売だった。幸いなことに母さんの顔が若い方だったからかもしれない。だけどしばらくすると、母さんが男を入れ始めたこともあって家の居心地が悪くなった。

 だからアタシは、逃げるように代表候補生の訓練を受けることにした。

 

 ―――それが、間違いだったのかもしれない

 

「……適性が、C」

「残念ながら、ね。だがそう悲観することはない。君にいい病院を紹介してあげよう」

「……びょう、いん?」

 

 治療でどうにかなると思っているのか? だけど、アタシは何故か承諾した。たぶん、あの光景が目から離れないからだろう。

 

 ―――自分の母親が、知らない男と交わっているところを……

 

 いつかすることかもしれない。それはわかる。でも、アタシには耐えられなかった。好きじゃない相手とそういうことをするのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、ここは一体……」

 

 気になったアタシは黒いスーツを着た男性に尋ねようとすると、その男性はアタシの方を見ない。

 

「ちょっと、ここはどこなのよ!」

 

 明らかに病院じゃない。まるでどこかの劇場のようだが、アタシに演劇でもしろというのだろうか。代表候補生がモデルや演劇をするって聞いたことがあるけど。

 そんなことを思っていると、アタシの耳に信じられない言葉が届く。

 

「さぁ、お待たせしました! ただいまより、ヒューマンオークションを開催いたします!」

 

 ヒューマンオークション? 何を言っているんだろう、この男は?

 だけど、アタシの疑問は司会と思われる男によって氷解されていく。

 

「このオークションは愚かな女たちを我々崇高な男性たちが買い取ってやる、特殊なオークションです。さて、本日の愚かな女は―――凰鈴音さん!」

 

 名前が呼ばれると、図ったように黒いスーツの男がアタシを持ち上げて会場の中心に連れて行く。必死に抵抗するも、ほとんど聞かないようで最後は下から出てきたポールに両手を縛られた。

 

「彼女はこれまでの女たちとは違って胸が貧相すぎますが、それでも立派な14歳。遊ぶには十分な反応を見せてくれます。さて、初額は「10」万円から!」

 

 余計なことを言われたけど、観客席から次々と値段が上がっていく。アタシはその額よりも今自分が置かれている状況に恐怖していた。そんな時だった。

 

「―――お前ら全員、何を勘違いしているの?」

 

 途端に司会者の足元から何かが飛び出す。司会者から血が飛んで会場内に沈黙が訪れた。

 

「…ま、まさかけいさ…でも、そんな……」

「ねぇ、何で最初に浮かぶのがそんな雑魚? もっと他にもあるじゃん。魔王とか神とか」

 

 その声の主はいつの間にそこにいたのか、アタシの方へと歩いていく。

 

「……アンタは……」

「やぁ鈴音。君ってこんなのが趣味なの?」

「そ、そんなわけないじゃない!?」

「そうなの? まぁ、どっちでもいいか。どっちにしろ君は俺が徹底的に調教するから」

 

 言葉の理解が追いつかないうちにその男はポールを蹴り飛ばしてアタシを解放する。

 すると会場内にいる人たちも状況を理解したのか悲鳴を上げ、外から銃を持った人たちが現れた。

 

「負けるのをわかってて仕掛けてくるか。面白いな」

「ちょっと! 何でこんなことになってるのよ!?」

「大丈夫だ。すぐに終わる」

 

 そう言った男は指を鳴らすと、次々と黒服たちを殺して行った。

 

「ちょ!? そんなことしたら―――」

「まずい? んなわけねえよ。そして俺に前科もつかない。もっとも付いたところで俺が汚れることはない」

「いや、そういうわけじゃ―――」

「それにここは幻覚世界。相手がどれだけ死のうが現実世界には何の影響もない……たぶんな」

 

 男はアタシを持つと、司会の方を睨んだ。

 

「まだ生きているんだろう?」

「……よくわかりましたね」

「え? どういうこと?」

 

 思わず尋ねてしまうが、嫌がることなく男はアタシの質問に答えてくれた。

 

「この司会者が鈴音をこの幻術世界に送った本人だ。いや、本体はここにいないからさっきの攻撃で傷つくとしたら精神体か」

「簡単に言えばそういうことです」

「目的はなんだ? 雑魚」

「あなたの強さを見極めるためですよ」

 

 アタシをそっちのけで話を始める二人。アタシはまだ理解ができず混乱していた。

 

「この世界はいわば、私の常識で作り出せた世界。私の作ったルールを達成しなければ攻略することはできません。……ですが、あなたはそのルールを当たり前のように破壊し、その女も含めて3人の女を助けました」

「当然の結果だな」

 

 そう言って男はアタシを放る。舞台上に落下する―――そう思った時にアタシが見たのは見覚えがある場所だった。

 

「お、目を覚ましたか、鈴」

「……一夏……? ここは……えっと」

「IS学園の地下だ。鈴はさっきまで「ワールドパージ」されて幻覚を見せられてた」

「……幻覚……?」

 

 途端に頭痛がして、アタシは右手を挙げて触れようとするとそこで初めて自分の手が誰か握られていることに気付いた。

 

「……確か、この人は……」

「どうやら無事のようだな、凰」

 

 アタシは思わず体を震わせる。恐る恐る振り向くと、織斑先生が心配そうにアタシを見ていた。

 

「織斑先生、この人は……」

「…やはり、この男の正体にすぐに気付いたのは更識妹のみか」

 

 予想通りと言わんばかりにそう言った織斑先生は、信じられないことを口にする。

 

「あり得ないと思うがな、この男は桂木悠夜だ」

 

 アタシはもう一度その男を見る。腰まである透き通った銀色の髪、一瞬女とすら見間違う男の前髪を退けて確認すると、一部変色しているけど、彼は確かに桂木悠夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と荒い方法ね」

 

 幻覚世界を塗り替えることで機械的な幻覚ウイルスを遮断。ワクチンを用いて鈴音を目覚めさせた俺を目の前の少女は笑った。

 

「それはお前がよぉく知ってるだろ。なにせお前はラウラを殺しに来た刺客なんだから……」

「ばれてた?」

「なんとなくだがな。AICを使わないところを見るにお前は主を変えたのか?」

「……あなたのせいでね。アタシはもう少しで性処理施設に送らされるところだったわ」

 

 忌々しそうに俺を睨んでくる少女。

 

「だったら、あの場で回収して色々として……いや、なんでもない」

 

 冗談めかすと、冷たい視線を浴びせてくる少女。俺は一度咳払いし、彼女に尋ねた。

 

「……それで、どうするつもりだい。ここで幻覚勝負と行く?」

「…………遠慮するわ。あなたと戦っても何の得もない。それはあの時の実験でよくわかってる」

 

 まぁ、あれだけ派手にやったらそう思われても不思議じゃないか。

 

「私はこれで帰らせてもらうわ。こんなところで無駄に時間を使う気はないし、そろそろパーティーの時間だから」

 

 次第に少女の形がぶれていく。精神を捕まえたところで意味がないのは理解しているので、このまま放置するべきだろうと思っていると、

 

「あ、そうそう。あなたが特別な存在だと言うことは知っているけど、妹を泣かしたら許さないから」

 

 そう言って少女は消えた。

 

「………はい?」

 

 俺に謎を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、鈴音が心配そうに俺を見ていた。俺はほっぺをつつくと、声を出すよりも先にひっぱたかれる。

 

「……もちもち具合を確かめたかっただけなのに」

「まったく。心配して損したわ」

 

 呆れながら言う鈴音に、俺は温かい目で見る。

 

「お、目を覚ましたか」

「死ねばいいのに」

「第一声がそれかよ!?」

 

 ヤバいな。織斑を見ると殺意しか湧かない。だからあの時も思わず蹴ったんだが。

 

「冗談だ、冗談。やろうと思えばお前みたいな蛆虫なんざ消し炭にすらならないほど細切れにできるからな。そう考えると、これまでの敵対勢力を自分の手で殺していないのは奇跡に近いな」

「アンタがそれを言うと冗談に聞こえないから怖いわね」

 

 まぁ、実際冗談では済まないだろうな。……それにとても奇跡に近いのも事実か。

 床から浮いて立ち上がり、鈴音を抱えて出口を探す。

 

「そんなことより、こんな薄暗いところから出ようぜ。あまりいちゃいけないエリアだろ」

「……何で鈴を抱えてるんだ? 珍しく鈴も大人しいし」

「珍しいって何よ!?」

「さっきみたいに反射的にお前を攻撃しないためだよ」

「さっきって……じゃあ、もしかしてあの時俺を攻撃したのは桂木なのか!?」

「仕方ないだろ? ISじゃ足でまといってわかり切ってるし、お前なら絶対邪魔するんだから残る選択肢は「織斑を殺す」か「織斑の骨を一本残らず折る」か「白式を壊す」かの三択だけだし」

「………選択肢はともかく、否定できないわね」

「誰一人として、味方がいない」

 

 だって俺敵だしな。

 ショックを受けている織斑を無視して黒い球体のようなものを出現させる。

 

「!? 何だよそれ?!」

「闇の○廊。テストに出るぞ」

「いや、出ないわよ」

 

 素早く中に入って素早く閉じる。そして織斑をボコった場所に出ると、俺はすぐさま回れ右をしたくなった。

 

「しかし、10年という月日でこうも変わるものですね。あれだけユウ様の後ろにいた大人しいあなたの胸がここまで主張するなんて」

「ちょっ、どこ触ってんのよ!? 簪ちゃん、助けて―――」

「爆ぜれば良いのに」

「大丈夫だって。お兄ちゃんなら胸の大きさなんて気にしないけど……気にしないよね……」

 

 鈴音を降ろして辺りを見回す。幸いなことに、さっきまでいたはずのアランたちはいなくなっていた。

 

「ミア、それ以上は俺の精神衛生上止めてくれ」

「ユウ様。ご無事……とお聞きするのは野暮ですね」

「まぁな。全盛期に戻った俺に勝てる奴なんて……片手で数えるほどしかいない」

 

 ふと、昔の悪夢を思い出した。いや、大丈夫だ。あいつらがここにいるわけがない。

 

「それよりもユウ様! この女の胸、大きくなったと思いません? まさか、ユウ様がいるというのに別の場所で男を作ったとか……」

「……最低」

「いないわよ。っていうか何で二人とも本気で睨んでるの?」

 

 こういう理由は女の子同士の方が理解できるのだろう。俺にはさっぱりだ………と思いたい。

 

「考えてみれば怪しい部分は……わざわざ織斑なんかと同居しているわけだし……」

「ないから。そんなことは一切ないから。これでも暗部の長よ。織斑君程度の気配、すぐに見抜けると断言するわ」

「じゃあ、検査入りまーす」

「朱音ちゃん、その器具何? どう見ても成人指定に出てきそうな機械なんだけど!?」

「朱音、それ没収な」

 

 軽く抑えると、朱音は道具をしまってからふと動きを止める。

 

「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが初めて呼び捨てで呼んでくれた!!」

「そこ、喜ぶところなんだ……ってか、この子誰?」

 

 鈴音が尋ねると、俺たちは揃ってマズいことに気付いた。

 鈴音は確かに俺に気があるのは既に周知かもしれないが、朱音のことは今まで隠してきたことだった。いや、冷静になれ。

 

「この子は学園長のお孫さんで、将来はIS技師として技術を磨きたくてたまにIS学園に来ているんだよ」

「……その割には随分と仲が良いわね」

「その学園長と俺の祖母が友人でな。たまに両親不在ってことがあったから昔はよく一緒に遊んでたんだよ」

「うん。今日も遊びに来てたの!」

 

 よし、ごまかし成功……と言いたいが、鈴音は察しが良いから上手く伝わったかわからない。というか、見ている部位が明らかに胸の方だと思うのは気のせいだろう。

 

「まぁいいわ。悠夜は面倒見がいいし、そういうのもあるわよね」

 

 ふいに褒められたから俺は思わず顔を赤くしてしまった。

 

「ともかく帰るぞ。流石に病み上がりであれだけ暴れるのはマズかったしな」

「…に、兄様……」

 

 後ろを向くと、ラウラが今にも怒られるそうで怖がっている子どもみたいな雰囲気を出していた。そういえば、ラウラは俺だとわからなかったんだっけ。もしかしたら気にしているのかもしれない。

 俺はラウラを抱っこして部屋に帰ろうとすると、ミアが呼んでくる。

 

「ユウ様、ユウ様の部屋はあちらです」

「……え?」

 

 指したのは豪華客船、という程の大きさではないがそれなりに大きな船が止まっていた。

 

「……あの部屋?」

「はい。ユウ様はいずれ数多の女性と交わってたくさんの子どもを作ってもらうことになるのですから、大きさはあれで十分かと」

「……あの半分くらいで問題ないって。それにピンクが多い」

「ダメですか?」

「ああ。せめてもう少し小さくしてくれ」

「じゃあドロシーにそう伝えておきますね。たぶん10分あればできるので」

「………部屋の工事が?」

「部屋の工事が、です」

 

 それを聞いた俺たち全員口を開けて固まった。

 建築技術の根底を崩しかねない発言をしたミアに驚いていると、後ろから虚さんが大きな胸を揺らしながら近づいてきた。

 

「た、大変ですお嬢様!」

 

 10年の空白の記憶が消えていたら間違いなく馴染んていただろうその呼び名に妙な違和感を感じたが、どうやら彼女はそれどころじゃないらしい。

 

「どうしたの虚ちゃん」

「……家が……更識の家が消滅しました」

 

 それを聞いた瞬間、場違いにも俺は思ってしまった。

 

 

 ―――もしかしてこの騒ぎ、身内が起こしたことなんじゃないか、と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロエは意識を通っていた喫茶店に戻す。頼んでいたカフェオレは既に冷め切っていて、彼女は金だけ置いて帰ろうと思ったが、近づいてきた気配を察知して固まる。

 

「よく、私が来るとわかったな」

「………あなたは、私が軍にいた時から危険人物だと教え込まれていたから。でもあそこから逃げ出して正解だったわ。世の中にはあなたなんか目じゃないほど面白い人がいるんだもの」

「………桂木のことか」

「風間のこと、とも言えるわね」

 

 その名前を出された時、千冬の中に何かが沈んだ。

 

「ラウラも中々面白い男に好かれたわね。同時にムカついたけど。何であんな妹だけじゃなくて私も引き取らなかったのか」

「……何だ、あの男に惚れたのか? だが止めておけ、あのような唯我独尊な奴を好くと苦労するぞ」

「それは篠ノ之束のこと? それとも、あなたが惚れた「風間剣嗣」という男の事かしら?」

 

 途端に殺気がクロエを襲うが、クロエは笑顔を見せるだけだった。

 

「あなたは隠しているつもりだったけど、元主は普通に気付いていたわよ」

「なん……だと……!?」

「まさか気付いていないと思っていたの? 脳筋なのに?」

「言っておくが、貴様のその言葉一つ一つは失礼に値するからな?」

「知っているわ。その上で言っているもの。だってこうした方があの人に取り入りやすいでしょ?」

「……桂木を利用するつもりか?」

「永久就職先を見つける、と言ってほしいわね。あなたとは違って私にはその可能性があるもの」

 

 勝ち誇るようにクロエが言うと、千冬のこめかみに筋が浮かび上がった。

 このままでは怒りに身を任せそうになると察した千冬は話題を逸らす。

 

「……どうやら、本気で束を裏切ったようだな」

「じゃああなたは、其処にいても死ぬだけの未来に抗おうとしないの?」

 

 クロエの言葉に千冬は言葉を詰まらせる。クロエはカフェラテを飲み干し、席を立ちあがった。

 

「じゃあ、これから私はパーティーに出席するから。……あなたもそろそろ身の振り方を考えておいた方が良いわよ。今の世界がISを妄信する以上、いずれどこかの国は消える」

 

 そう言い残し、クロエは外に出る。そして、千冬とは違う別の誰かが近付いてくるの察した彼女は思わず笑みを浮かべた。



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#146 そして展開は次へと放つ

2日連続投稿。
インフルエンザって治ってもしばらくバイトとかできないのがつらいですよね。またしばらく私用に戻るので更新頻度は遅くなります。


「……なぁ、ミア」

「ユウ様が、まさかこのような方法がお好きだったなんて。いえ、私は別に構いません。ユウ様がどのような性癖を持っていようとも、私は必ず答えて見せます!」

「更識の家が襲われることを知っていたのか?」

「……ええ。いずれはそうなることは」

 

 観念したのか、ミアは大人しく答える。ちなみに今の彼女の格好は全身を亀甲縛りにされていた。……ラウラは一体どこからこんな知識を仕入れてきたのだろうか。

 本来なら、今回の騒ぎ(更識家消滅事件除く)について事情聴取を受けることになっているのだが、俺は俺でこの馬鹿を尋問すると言う役目があるので後にしてもらった。

 

「いずれ、ってことは前々からその予定はあったのか」

「はい。私も全容は聞かされていたわけではないので詳しい日数までは知りませんでしたが、おそらく今年度―――つまり3月末までには消えると予想はしていました。ユウ様がISを動かしたので」

「……俺が?」

 

 ミアが頷く。まさか、あの家の消滅に関わっていたとは思わなかった。

 

「いえ、正しくはユウ様がISを動かしたことで時期が早まったと言うべきでしょう。これはもう隠すことでもないでしょうから言いますが、ユウ様はISを動かすにしろそうでないにしろ、ISには関わることになっていました」

「……それは俺が、「リードベール」だからか?」

「そうです。ユウ様は元々次代の王にするためにエヴォノイドとして生み出された存在。王になることで一番最初にすることは、IS学園にいる3つの四元属家の末代を口説き落とし、日米合同軍によって落とされた神樹国を私を含めた4人の末代と共に復活させることともう一つ」

 

 ミアは隣にいる朱音とラウラを見て答えた。

 

「風、水、土、火。この純粋な4つの元素になぞらえた四元属家の復興のために末代と、それ以外の女性をできるだけ多く孕ませて減少しつつある国民の増加。並びに女性優遇制度とISの不要性の証明と女権団の破壊」

「……随分と多い難題だな」

「実のところ、ユウ様は最後に関しては既に成功させています。もっとも、予定よりも随分遅れていたのですが」

「……遅れている?」

「私は元々、この時期ではなくもっと早く来る予定でした。その時期は4月。つまり、私は藍越学園のあなたと同じクラスに転校する予定だったんです」

 

 そう言われて俺は思わず顔を引き攣らせた。いや、ちょっと待て。その時期に接触して、女権団の破壊がもっと早くってことは―――

 

「……まさか、幸那は最初から俺の女として勘定に入れていたのか?」

「はい。もっとも、彼女は精神を操られていただけで救いようがありましたが、問題は郁江の方です。彼女は根っからの男性否定者。理由は同情しなくもありませんが、ユウ様の本当の姿を見れば例え義息とはいえ殺しに来ていたでしょう。なので始末……とはいかずとも、精神は崩壊させるかどこかに監禁することは考えていました」

 

 次々と明かされることに、朱音は顔を青くする。

 俺が寝かされていた部屋はドロシーによって既に改築されており、それなりの部屋になっている。なのでベッドに座っている俺の膝の上に彼女を乗せて頭を撫で、落ち着かせた。いくらIS製作者と言っても中身はまだ15歳の女の子。そんなことを平然と受け入れられるかどうかは別問題だ。……ラウラは元軍人だから大丈夫だと思いたい。

 ちなみにここにいるのは俺たち4人だけで、奈々たちはそれぞれ別の部屋にいるらしい。そりゃあ、家があったはずの場所がぽっかりと穴が開いていれば誰だってショックを受けるだろう。

 

「軽蔑しましたか?」

「……少しな」

「まぁ、本当のところは精神変換装置で元に戻すよりも、無理やり発情薬を使ってユウ様直々に静めてもらわなければ社会的に抹殺できる方法を取りたかったのですが」

「アウト! ラウラまで顔を青くしてふらつくレベルとかアウトだろ!」

「冗談です。そんなことをすればどのような形であれ受け入れていたユウ様の妨害に遭うことは想定済みでしたから。いくら風鋼を持っていようとも、ユウ様の相手はしたくありませんし」

 

 たぶん今の、本音だ。

 考えてみれば、こいつは幼少期の頃の消したい記憶を全部知ってるわけだし、一度切れれば手を付けられないくらいは理解している。……今更ながら、どうして俺はあんなことを平然としたのだろう。

 

「まぁ、とりあえず聞きたいところはそれくらいか。あと、このことはクソ兄貴は知ってるのか?」

「もちろん。あの人が発案者ですから」

 

 ………あのクソ兄貴か。

 一体何を考えてあんな作戦を立てたのやら。そう思っていると、例の黒いアタッシュケース型の辞書が現れた。

 

「あれ、何?」

 

 そう言えば朱音は見るのは初だったか。

 俺は二人から手を離し、飛んでくる辞書を受け取る。そして開くと、「通信中」と表示されてクソ兄貴の顔が現れた。

 俺は思わずそれを捨てると、辞書は独りでに動いて元の体制に戻る。

 

『酷いな。私が現れると同時に捨てるなんて』

「目の前に気持ち悪い顔を晒されたからな」

『うっわ』

 

 明らかに引く様子を見せるクソ兄貴。こっちは言いたいことが山ほどあるんだと言おうと思ったら、先に言われた。

 

『ところでユウ、そろそろこっちに帰ってこないかい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……まだ、こんな時間か)

 

 ふと、目が覚めた俺はトイレに行き、もう一度戻って寝ようと思ったら……ミアに占領されて寝れなかった。

 どういうことか目も冷めてきたし、リビングで何か飲もうと思いついて向かうと、

 

「………」

 

 既にそこには先客がいた。

 

「…奈々か?」

「ユウ君」

 

 まさか、何でこんなところに。……ここは仇敵がいるからてっきり近づかないものと思ってた。

 

「私がここにいるってわかって来たの?」

「いや、偶然だ。あんなことをするのはうちの馬鹿一族のみだ。てっきりもう近付かないものだと思っていたし。よく入れたな。時間的にも無理があったろ」

「あなたを出しにすればすんなりと通してくれたわ」

 

 ……一体何をしたのだろうか。いや、大丈夫だ。俺の学生生活……中二病的なことしかしてなくて。

 

 ―――クスッ

 

 色々と考えていると、楯無は俺を笑った。

 

「……何だよ」

「ちょっと昔のことを思い出しちゃったのよ。簪ちゃんが泣いた時みたいに慌ててるなって」

「あれは本気で焦ったからな」

「その後にユウ君も大泣きして、虚ちゃんに抱き着いてたわね」

「人の黒歴史を掘り起こしてそんなに楽しい!? ねぇ、そんなに楽しい!?」

 

 今すぐにでも消したい記憶を平然と掘り起こしやがって、この悪魔!

 内心そう思っていると、ふとあることを思い出す。

 

「……お前は、俺を恨んでないのか?」

「え? 何で―――」

「俺はお前の家族を消した奴らの身内だ。今までどう付き合っていようが、恨んで当然だろう」

 

 そう尋ねると奈々は笑って答えた。

 

「確かに、本当にあれは驚いたわね。でも、私たちの家を考えれば当然の措置かもしれないとは思ったわ。私たち更識だって布仏を近くにいることを強制していたから」

「………そのことも知っているのか」

「すべてお父様が残していた手紙に書かれてあったわ。私と簪ちゃんの両方、あるいはどちらかがユウ君と子供を作らないといけないってことも。あなたの生まれが普通じゃなくて、エヴォノイドだってことも」

 

 マジかよ。どうやら他の奴らも普通に知っていたしな。俺の孤児情報が漏えいしているってことか。

 

「気持ち悪くなった?」

「まさか」

 

 そう答えた奈々は、俺の方に来て抱き着いた。

 

「………たぶん。私はあなたに惚れる運命だったかもしれないわね。あなたに力があろうとなかろうと」

「………………唐突に、何言ってんだよ」

「本当は、簪ちゃんが羨ましかった。あなたがすべての記憶を取り戻す前からこうしたかった」

 

 大きな胸が俺の体で広がる。より強く抱き着かれた俺は、そっと彼女の背中に腕を回した。

 

「やっぱり、ユウ君は温かい」

「………」

「そして、優しい。こんなことは、いくら作られても精神が操られていなければできないよ」

 

 よほどストレスをため込んでいたのか、甘えるように奈々は顔を摺り寄せてくる。

 

「………奈々」

「ユウ君」

 

 もう離してくれ。そう言うつもりだったが、奈々が瞳をうるわせてこちらを見ていた。

 次第に顔を距離が近くなる。お互いが名前を呼び、そっち唇を近付けて行く。だが残念だ。おそらくここでミア辺りが邪魔してくるだろう。俺たちがキスすることができ―――てしまった。

 お互いを求めるように、舌を入れてキスをしていた。いや、あれ? おかしい。ここらあたりで誰かが乱入してくるのが今の俺の現状なのに、俺たちキスしているのに、人っ子一人乱入してこない。

 やがて口を離すと、奈々は満足そうにこちらを見ていた。

 

「……ねぇ、ユウ君。ユウ君があの時私を助けてくれたのって、私がヴァダーの末代だから?」

「………俺はそういう計算で人を助けたことは一度もねえよ」

 

 他人を助けているのは、いつだって俺のわがままだ。

 その他人からは見返りが欲しい。でも、本当は失いたくないからだ。そしてあの時―――初めて彼女と会った時も、そしてあの家に変な奴らが来た時も、ただ邪魔だったから、障害になったから潰してきただけ。

 

「これからは、私があなたを「ご主人様」って呼ばないといけないわね」

「笑えない冗談だな、全く」

 

 今度は俺からキスすると、奈々はまた舌を入れてきた。

 そしてまた口を離し、奈々はそっと呟く。

 

「じゃあ、しよっか」

「……ああ」

「―――ここは流石に怪我するから、するならベッドの方が良い」

 

 ………………………はい?

 俺たちは恐る恐るそちらを見ると、さも当然と言わんばかりに簪が俺たちを見ていた。

 

「……い、いつから?」

「お姉ちゃんがにいにに迫ったところから」

 

 ……ほとんど最初じゃないですか。

 

「いやぁ、やっぱり成長するとああも積極的になるんですねぇ。ところで刀奈、あなた本当に処女ですよね?」

「だから処女だって言ってるでしょ!? そ、そういうあなたはどうなのよ!」

「狙われたことは何度かありますが、股間を斬り―――」

「ちょ、その話はやめろ!!」

 

 ……なんか、興がそれた。というか…無駄に疲れた。

 でも俺、奈々だけでなく他には最低一人は落とさないといけないんだよな。……本当、そのたびに弄られるとか前途多難だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコール・ミューゼルは現実逃避をしていた。

 

「ねぇ、まどっち。新しい機体はどんなのがいいかな?」

「まどっち言うな!」

「はいはい。ブタさんは他のブタさんとセックスしようねぇ」

「誰がブタだ!」

「あ、牛だっけ?」

「いや、それって違いあるのか?」

 

 世を天才と騒がした希代の天才と、騒がれていないが十分恐れるべき存在である零夜が喧嘩を始め、

 

「この衣装はどうでしょう?」

「分析データ上ではそこまで高くない。ユウ・リードベールはチラリズムが好きだから、もう少し意識した方がいいい」

 

 天才の娘とされているクロエ・クロニクルと束以外にもコアを生み出せる少女―ティアが結託して萌え衣装の研究しているのである。

 

(なんか最近、こんな感じよね)

 

 彼女の指す最近は、軽く数10年は遡ったりする。スコールは大人しくスープを飲んでいると、後ろからオータムが現れた。

 

「いつつ……あのガキ、何の手加減もせずに……」

「油断したあなたも悪い……って言いたいけど、状況が状況だから仕方ないわ。傷は大丈夫なの?」

「幸い打ち身程度だとよ。まさかいきなり肘討ちだからな……あいつは何を殺す気だ?」

「次代の王を殺すため、じゃない」

 

 スコールは適当に答える。ユウを殺すとなると、あの程度では無理なのは十分承知しているが、今の彼女はすべてにおいて投げやりだった。

 

「篠ノ之束。あなたは本当に我々に協力してくれるのね」

「もちろんだよ。だからこうして来たんじゃない」

 

 今回、スコール主催でパーティが催された。だがそのパーティの招待状は殺される前に送ったもので、束が死んだと聞かされた彼女はキャンセルしようと思っていたのだ。だが、

 

『そういえば招待状もらったけど、パーティやるの? おいしいもの食べ放題?』

 

 そんな電話がかかってきたのだ。用意しつつも怪しんだが、実際に束は現れたのである。

 

(……というか彼女、死んだんじゃなかったの?)

 

 亡国機業の構成員が偽情報を流すことはない……とは残念ながら断言できないが、「篠ノ之束」に関する情報だけは信頼していた。

 

(………一体、何が目的なの……?)

 

 おそらく、今回の話し合いは成功したと言える。だがスコールはどこか束を信用することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――過去

 

 自分は、馬鹿だった。どうしてあんなことをしてしまったんだろう。

 いや、自分だったらなんでもできる。そう思っていた。あんな―――子供の姿をした化け物を見るまでは。

 

(………怖い)

 

 自分の常識がすべて通じなかった。すべて防がれた。変な格好……ううん、正真正銘の化け物となって私を襲ってきて、殺そうとしていた。いや、実際私の手足は斬り落とされて……

 

(……斬り落とされて、いない………)

 

 私には再生能力が備わっていない。でも何で? 何で私の足が、手がどちらもあるの……?

 

「それは物好きな中年がお前を回収させたからだよ」

 

 唐突に、私の耳に声が入ってくる。

 目の前には私が殺したはずの男がいた。

 

「もし勘違いしているなら先に言わせてもらうが、生憎裸には興味がないし、篠ノ之が入っている培養カプセルにはちゃんとぼかされているしな」

『……死んだんじゃないの?』

「お前もうちの次期王様とガチでやりあったらわかるだろう。俺はアレの規格外な能力が一部移ってしまっている。それによってパスがなんやかんやしているってことはないが、幻術を作ることはできた」

 

 自慢げに語る剣嗣。すると先程とは一変して真面目な表情で答えた。

 

「もう、お前一人ですべてできるなんて思うな」

『………私は……』

「お前のその頭脳も、そしてその身体能力も否定する気はない。そのすべてはお前が勝ち取ったものだ。実際ISの存在とその考え方には同意できるからな」

『………お前に言われても嬉しくない』

「そうか。それも結構。先に言っておくが、今のお前がそこから出れば間違いなく死ぬ。まだ手足は完全につながったわけではないからな。何かあるなら今の内なら聞いておいてやろう」

 

 ―――誰がお前なんかに借りを作るか

 

 思わず叫びそうになったが、ふと箒のことを思い出した。白騎士の搭乗者に関しては完全に隠蔽した彼女だが、家族に関してはそうではない。不仲になっている両親はともかく、箒は何も悪くない。

 

「………そう言えば、お前の分身は作らなくていいのか?」

『……何で』

 

 先に言われた束は驚きつつ感情を隠しながら尋ねる。

 

「白騎士のデータは既に政府に提出したのだろう。そんなところでお前が行方不明になったら家族が人質にされるだろうな。俺の場合はリア以外はどうでもいいし、全員が化け物だからIS並み……いや、IS以上に暴れるが、お前の妹はそうじゃないだろう」

『…………』

 

 ………嫌だ。

 束は一瞬、箒が無茶苦茶にされる状況を想像してしまった。自分が助けに行かないから大変な目に遭う。両親はもうどうでもいい……けど、

 

『………私の分身、作ることはできるの?』

 

 それを聞いた瞬間、剣嗣はしてやったりという顔をしていたが束は気付いていなかった。

 

「……ああ。できるさ。その培養器からお前の記憶と肉体データを吸い出したら、俺の母親は普通に作り出す。後はお前の実験室にでも置いておけば黙々とISを作り出すだろうな」

 

 本当はISではなくISコアなのだが、剣嗣はコアが重要だと知らない。

 そこに突っ込むことは束は涙を流しながら言った。

 

『………お願い。私の分身を……作って』

 

 自分の分身を作り出すなど、屈辱的だった。それでも束は箒を守りたかったのである。たった一人の、自分の夢に同調してくれた妹を。

 

「……良いだろう。その分身が不要になれば爆弾でも使って消せばいい」

 

 剣嗣は待ってましたと言わんばかりに早速パネルを操作した。




※次回予定……といきたいですが、今回は特別なので、また活動報告に載せようと思います。

URL:https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=134428&uid=15171


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最終章 自覚と未来と羨望と……
#147 しかし現状はパラダイス


これはあくまで小言なんですが、実は私はISの新刊が出ることがすごく楽しみなんです。だって、新装版になってから口絵の一部に機体説明とかが出るんですよ? 私はそういうのが凄く大好きなので、新刊をすごく楽しみにしています。

………一向に出る気配がないんですけどね。一体どうなってんだ。

ま、アニメとか見る気はないし、ゲームも対戦ゲームがあるようですがやる気はないんですけどねww


みなさんはそこんところ、どうなんですかね? 新刊に求めることってあります?


 結局、奈々や簪と激しい蜜月があったかと問われればそうではない。いや、実際のところ何もなかった。

 確かにあの後、二人の部屋に半ば強制的に移動させられ、眠ることになった。それは(もう色々と諦めているし役得だから)良いが、今は別の問題に直面している。

 

「ところでユウ様、帰省はいつ頃なされます?」

 

 リビングでミアがそう言うと、その場にいる奈々、簪、朱音、ラウラが固まった。

 

「……ミア」

「そういえば、奥様が「一度ハーレムの状態見たいなぁ」とおっしゃていたことを思い出したので」

「……それって後に「可愛らしい女の子がいたら私が持って帰る」って続くよな?」

「ええ」

「………つまりミアのみと帰ることになるな」

 

 そう言うと、朱音がすぐにぶーぶー怒る。

 

「えー! 私も行ってみたい」

「……この中で奈々の次に難しいけどな」

「……足手まといにはならないもん!」

 

 似たようなことを誰かが言っていたような。………まぁ、朱音ちゃんはヤードの末代だし、一応は顔を出しておいた方が良いとは思うが。

 

「兄様、私は必ずお供します」

「……お前はそう言うと思った」

 

 問題があるとすれば、雨鋼を持ち出していいのかどうかだな。なんとかこの数日で修理で来たらしいが、また破壊されれば迷惑だろう。

 

「まぁ、私たちは出るのは難しいわね。生徒会だし」

「……私は別にサボっても大丈夫だけど」

「簪ちゃん、クラス代表はダメだと思うけど……」

「別に4組は私がいなくても動いてくれると思うけど?」

「………」

 

 いや、其処は否定しろよ。……確かに俺も、簪はいなくても大丈夫だと思っちゃったけど。

 

「ということは、行くのは俺とミア、ラウラ、朱音、簪か? 奈々、お前だって後で連れて行ってやるから」

「2人きりで?」

「良い神経しているわね」

 

 ミアと奈々が睨み始める。10年前ではありえなかった光景だからか、俺の目頭は熱くなった。

 

「まぁ、落ち着けよ。そんなことでいちいち腹を立てていたらこの先生きていけないぞ」

「それは大げさすぎますよ。大丈夫です」

「………本当か?」

「本当ですって」

「私も大丈夫と言わせてもらうわ」

 

 おそらくどちらも「いざとなれば戦うのみ」とか言いそうだな。

 ため息を吐きそうになっていると、後ろから頭を乗せられた。

 

「……何やってんだ、簪」

「あごのせ」

 

 ちょっと可愛いと思ってしまった。こういうのがあるから、一概に胸が大きい女性が好きとは言えないんだよなぁ。

 

「更識簪、そこを変わりなさい! 私もユウ様に顎乗せを―――」

「いやお前ら。今は食事中だからな」

「今の兄様が言っても説得力が皆無ですよ」

 

 朱音がラウラに便乗するように頷いた。ちょっと傷ついたのは内緒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、十蔵さんに挨拶に行くと「いずれ引っ越すから」という理由があったため、朱音の随伴は許可された。だが簪は残念ながらダメだった。

 

「まさか、クラス代表同士のリレーに出ることになっていたとはな」

「………いつもなら、他の人が出るって話なのに」

「たまにクラス代表の仕事をしろって来たもんな。そんなに専用機の威厳って大事なのかねぇ」

 

 場所は変わって屋上のテラス。俺と簪は屋上のベンチにいる。

 そもそもどうして屋上にいるのかというと、実はさっきまで俺が屋上でサボっていたからだ。というか、起きてから一度として授業に出た記憶がない。

 

「授業に出なくていいの? そろそろクラスから色々と言われると思うけど」

「IS学園が基本的に授業のサボりを許さないからな。でも正直、どうでもいいんだよなぁ」

 

 なんというか、今の授業に出ると言う行為が無駄に感じてしょうがないのだ。

 そもそも俺はVTシステムを取り込んでいるからISを直接攻撃してもダメージを与えられるし、対等に渡り合えるほどに強い。今までは自分が生き残るために勉強をしてきたが、こうして寝ながらでも普通にダメージを与えられるほど強くなってしまった今、修行などは無駄と言えるだろう。………もっとも、修行しなければダレることは間違いないだろうが、多少弱くなったところでISでどうこうされるとは思っていない。

 

「ところで、クラス代表の今度の賞品って何?」

 

 俺に膝枕をして本を読んでいる簪に尋ねると、簪は呆れるように言った。

 

「……デザート無料パスに、織斑君と一回デート券」

「…………何でだろう。織斑が可愛そうになってきた」

 

 たぶんあれだ。俺に同じことをしろと言われたら間違いなく吐き気を催すからだ。簪とかだったらすぐに襲いたいし、今もお互いかなり我慢している状態だろう。……少なくとも俺はかなり我慢している。目の前に極上の肉があるのに、かぶりつくことができないなんて生殺しだ。

 

「―――ねぇ、更識さん。その男をちょっと貸してくれない?」

 

 唐突だった。どうやら誰かが簪に話しかけているらしい。

 

「……ダメ」

「そんなこと言わずにさ。ほら、アンタも私の方が膝枕気持ちいいわよ」

 

 誰か知らないが、随分としつけがなってないな。

 

「気持ち悪い膝を見せつけてくるな。吐き気がする」

「………にいに、それは可哀想」

「事実だろ。俺は簪の膝枕が気持ちいいと思っているし、今はお互い学生だから膝枕で遠慮しているだけだ。引っ込んでいろ、ゴミ」

 

 そう言って追い返そうと親指以外の4本の指で追い払うしぐさをすると、その女が尋ねてきた。

 

「そのビッチのどこがいいの。そいつ、最近まで「桂木悠夜」とかいう中二病のダサい奴と付き合ってたんだよ」

「そのダサい奴に手も足も出ない雑魚が何をほざいているんだか。他人を中傷する暇があるんなら、ないに等しい能力を磨き上げればどうだ。どうせお前、政府というゴミにすら選ばれない取るに足らない無能が王の俺に話しかけるな。虫唾が走る」

「……ぷぷっ。王って何を―――」

 

 やかましいゴミだったから、とりあえず屋上から玄関前にある噴水にぶち込んだ。

 

「にいに、やりすぎ」

「そうか。殺してないからセーフだろ」

 

 そう言って俺は起き上がり、簪の顔を無理やり引き寄せてキスした。

 そう言えば、俺はからキスすることはなかったな。

 

「にいにの馬鹿」

 

 一度離してそう言われた。

 しかし暇だと思っていると、俺はあることを思い出し、簪と別れて自分の寮の部屋に向かう。

 

「荷物の整理をしないと……」

 

 そう思って中に入ると、そこは当時のままの部屋の状態があった。……一部掃除されている様子から見て、定期的に室内にルームキーパーを入れてくれていたらしい。最初はミアがやるって話だったが、俺が説得して止めさせたのだった。

 

(荷物の整理って言っても、簡単なものだけどな)

 

 一応、この部屋も俺の部屋ってことにはなっているらしい。だから普通に荷物を置いて行ってもいいのだが、今度の遠征でどうなるかわからないしな。こっちで暮らすにしても、ある程度は船の方に移動させようと思っているのだ。

 

「そう言えば、今回の移動はどうするつもりだ?」

 

 普通に飛んでいくのか。それも良さそうだけど、人が飛んでいるのがばれたら色々面倒だしな。

 

(簡単な宿泊セットとかは用意しておくか)

 

 先に宿泊セットを用意して、そこから荷物の整理とかを考えるか。

 修学旅行のことを考えて持ってきていた小さ目のスーツケースを下から出すと、タイミングが良いのか悪いのかドアの鍵が開かれた。

 どういうことかとドアの方へと移動すると、まるで当たり前と言わんばかりに着替えを持った虚さんが入ってきた。

 

「……あら。もうこっちに戻ってきたんですね。てっきり向こうでもう過ごすのかと……」

「それも良いとは思いますが、記憶が戻った今でもメイドという存在は未だになれませんからね」

 

 そう漏らすと、虚さんはクスクスと笑う。そのしぐさがあまりに可愛いと思うけど、どうしてこの人は未だに彼氏がいないのだろうか謎が生まれる。

 

「私も立場上はメイドなんですけどね」

「虚さんのメイド姿ですか。盗撮はしょっちゅうされるんじゃないですか?」

「どこかの誰かさんの涙で服が汚れたことはありますけどね」

 

 と言いながら俺を見る辺り、かなりいい根性をしている。

 確かにあの時は泣いてしまったけど、それはもう許して欲しい。

 

「冗談ですよ。あの時は本当に楽しかったですね」

「その言い方じゃまるで今は楽しくないって言っている風に聞こえますが?」

「楽しくないですよ」

 

 そう言って虚さんは俺に近付いてくる。

 

「あの時は私に唯一甘えてくれるユウ君が、今では一国を任されるかもしれない王様だなんて、一介の従者でしかない私にとっては遠い存在になったなぁって」

「ハハハ。ご冗談を。虚さんの相手だったら喜んでしますよ」

「本当にですか?」

「……え?」

 

 少し冗談気味に言ったつもりだったが、何故か結構マジに取られた。

 いや、今すぐ求められたら流石に断るよ。……でも、虚さんはもう18で高校3年。そして今は11月。時期的に子供ができても問題ないと思う。

 

「流石に冗談ですけどね。私なんて相手にしないでしょうし」

「嫌だなぁ。そんなことないじゃないですか」

 

 好きか嫌いかで言えば、今すぐ押し倒したいと言うのが本音だ。

 大体、彼女のような人のどこを嫌いになる要素があるというのだろう。

 

「……それよりも、虚さんはどうしてこの部屋に?」

 

 話を逸らしにかかる。このままだと、割と本気で俺の理性が飛びかねない。

 

「実はここだけなのよね、寮で風呂がある場所って」

「……まさか、たまに入りに来ているとか?」

「そういうことよ」

 

 ……もしかして、俺の部屋が妙に綺麗だったのはそれが原因なのか?

 意外なことを聞いた俺は思わず…少しばかり興奮してしまった。

 

「ところで、久々に一緒に入らない?」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはあくまでも個人的見解だが、俺にとって虚さんは雲の上の人というイメージが強い。実のところ、俺たちが一緒に会話すること自体、数が限られている。

 そもそも出会いは最悪だったし、後から知ったが10年前の彼女は少し思い上がるほど強く、同時に奈々の従者であることに誇りと責任を感じてらしいのだ。それに全く気づいていなかった俺は平然と彼女の領域を踏み荒らし、挙句にはその場で侵入者をボコっていたからな。今考えると、10年前の俺を痛めつけたいくらいだわ。

 

(………まぁ、しばらくした後に親父にボコられたけどな)

 

 今でも忘れもしない。あれが初めての屈辱的な敗北だったからな。

 神樹人でもないのに変な技を使っていた女を殺そうとしたら、急に割って入った親父が無言で俺をフルボッコにした。あの時の俺は本当に為すすべもなくやられてた。

 

(……そろそろ、現実を見ようか)

 

 自分にそう言い聞かせる。さっき簪とキスしたばかりだというのに、今度は虚さんと一緒に入ることになっているとは。数か月前の俺に言い聞かせたいね。しばらくしたらウハウハな人生が待っているから、とりあえずきた敵を遠慮なく再起不能にしておけって。……ハハハ、ハハハハ。

 

 問題は、今の状態が凄く悪いことだ。

 

「……あの、どうして虚さんはバスタオル姿なんですか?」

「やっぱりマナー違反ですよね?」

「いえ、そういうことじゃないんです」

 

 奈々という前科があるからあまり大きな声で言えないが、俺がこれまでそう言った雰囲気になってもキス程度で済ましてきたのは、彼女らの人生を考えてのことだ。

 例えば簪はラウラは、後2年学園に通わなければ卒業できない。退学という方法はあるが、その場合は学歴に傷がついてしまう。それだけは流石に避けなければならないと思って我慢していた。抱き心地がいいっていうのはあるが。だが、虚さんはもう卒業だ。もう、数か月で卒業なんだ。

 その虚さんが、ある意味雲の上の存在となっている彼女が、俺の背中を洗ってくれている。感動で言えば、共学になる女子校にテスト生として通っていた主人公のとある先輩ルートに歩んだ場合の一イベントでの感動を味わえる。たぶん、割と本気で号泣したイベントの一つだ。幸か不幸か耐性が付いていたか、他ではあまり泣かなかった記憶がある。

 まぁ、それはともかく、何故彼女にバスタオル姿に関して口出ししたかと言うと、バスタオルによって彼女の豊満の胸がより強固に強調されているのだ。これ、下手すれば山田先生を超えているんじゃないだろうか。流石隠れ巨乳の本音の姉だ。大きさが半端ない。もしこれで背中をこすられてみろ。一発で理性が崩壊して彼女を本能のままにむさぼりつくすだろう。

 

(って、落ち着けよ。いくら卒業だとしても彼女にだって人生があるんだぞ!?)

 

 キスならまだいい。奴らに聞かれれば間違いなく殺される可能性があるが、まだキス程度なら子供はできない。

 

『構わねえじゃないか』

 

 ポンッと、アニメとかでマジックとかすると聞こえてくる効果音が耳を通る。視線を一瞬だけずらすと、悪魔のコスプレをした俺がいた。

 

『今は女尊男卑だというのに、向こうはバスタオル一枚しか装備していないんだぜ? ここは相手の意思を汲み取って反応を鈍らせるまで一緒に風呂に入って、犯しまくればいい。相手だって、お前にされたいと思ってあんな格好をしている。襲われたって自己責任さ』

 

 悪魔かこいつは!? いや、悪魔か。

 

『何を言ってるんだ、このクソ悪魔! 虚さんは本体を信頼してあんな格好をしているんだ! ここは我慢して丁寧に対応することが正しいよ!』

『馬鹿が。据え膳食わぬは男の恥ということわざを知らないのか? 今はそんな状態なんだよ。相手だって本体が自分の手に負えないことは十分知っている。その上であんな格好だ。ここは行く以外の選択肢はありえない』

『あり得るさ。さぁ、本体。ここはどうするかわかっているね? 『ぴとっ』すぐだ。すぐに押し倒せ。据え膳食わぬは男の恥だ!』

 

 虚さぁあああんっ?!?

 ちょっ、何を考えているんだこの人は!? 俺に抱き着いてきたりするから、俺の中の天使が呆気なくひっくり返るオセロの駒のように白から黒へと早変わりだ。

 

「ねぇ、ユウ君」

「な、何でしょう、虚さん」

「ありがとう。私で凄く興奮しているのね」

 

 よく見ると、虚さんの視線の先は俺の………肥大化した股間へと注がれていた。

 肥大化、なんてもしかしたら生易しいものじゃないかもしれない。巻いているタオルを取れば、狂器と化した物が虚さんに襲い掛かることは間違いないだろう。

 

「違います。これは―――」

「隠さなくていいですよ。女性がこうすると男の人が興奮するって知っていたから」

 

 確信犯でした。

 いや、落ち着け。虚さんに対して興奮していたのは本気だ。というか、今だからはっきりとわかる。……この人、普段は眼鏡をかけているからお堅いイメージが付きやすいが、本当はとても可愛いのだ。モデル? あれが普通に霞むレベルだ。

 

「あの、虚さん?」

「何かしら?」

「できればそろそろ解放してくださるとありがたいんですが………」

 

 すると、彼女らしくない行動に出始める。

 虚さんは俺の耳に息を吹きかけてきた。ちょっと……いや、物凄く気持ちいい。

 

「そんなこと言わないでください。わざとですから」

「わざと何ですか?!」

 

 っていうか、あなたってそんなキャラなんですか!? 今までそんな風に思ったことがないんだけど。

 ……いや、そう思わせないようにしていたのか。もしかして、好きな人には弱みを見せるタイプなんだろうか?

 

「ユウ君」

 

 不意に名前を呼ばれた俺はそっちを向くと、虚さんとの唇が重なった。

 

(………本当、なんて日だよ)

 

 今確信した。俺は織斑を馬鹿にすることはできないかもしれな……いや、できない。

 勝手に相手を落として、そのままずっと放置して。そしてたまにはその気にさせて勘違いさせる。違うとすれば、周りは非暴力的で、その代わりとても積極的だということだ。

 今ならわかる。俺も、かなり罪な男だ。

 一度離して、俺は立ってからもう一度彼女を引き寄せてキスをした。

 

 でも、キスだけだ。まだ、それなら俺を忘れることはできるかもしれない。彼女らにとってはどうかわからないが、それは最後の優しさだと思う。

 本音に勝るとも劣らない双丘を自分に押し付けるようにして、俺はただ、本能のままに彼女を求め続けた。




今ですら十分パラダイスなのに、今度は異国でパラダイス!?

ということで、次回からはなんと帰省編です。……果たして帰省と言ってもいいのか微妙なんですが。


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#148 強襲は人気の証拠

思ったよりも早く投稿できました。
12月13日って妙に続いているので気分が良いですね。……2011年ならもっと良かったんですが(笑)


 プライベートジェットというものはご存知だろうが?

 政府の役員やデュノア社規模の社長家族となると、そういうものを持ったりらしい。そう言えば以前、オルコットが新聞部の一年にそういうことを聞かれていたことを思い出した。

 

「まさか、俺がプライベートジェットなるものを乗ることになるとは思わなかったな」

「何をおっしゃいますか!? ユウ様は今後の神樹人の未来を担う者。そんな方がプライベートジェットの一台や二台、持っていてもおかしくないです!」

「忘れていると思うが、ここ10年は庶民暮らしだったからな」

 

 ましてや記憶がなかった頃なんだ。プライベートジェットなんて乗ることはない。

 

「私も、なんだかんだで乗ったことないな~。2年前にファーストクラスに乗ってハーバーなんとかって大学に行って、変な人と話をしたことぐらいだったけど」

「………」

 

 実は晴美さんから聞いてことだが、彼女は2年前に有名な教授と対談して会話で打ち負かしたことがあるらしい。その時に表彰をもらったらしいけど、長い間見知らぬ人といたからか、ストレスで倒れたと言う話だ。

 そんな子が、あのような変人にならなくて良かったと心から思っている。

 

「そう言えば、私もプライベートジェットには乗ったことがないな」

「意外だな。ラウラはそういうのに縁があると思ったが」

「一時期、成績が落ちていたからな。いくらアドヴァンスドでも育成費に時間もかかる。そう意味で護衛任務から外されることが多かったからな」

「だったら、これで3人ともデビューしたってことだね」

 

 確かに。なんだかんだでミアはこういうのに乗ったことがありそうだしな。

 

「ええ。ご存知の通り、私もこういうものには縁がありました。ただし、常にいたのは前方の操縦席ですが」

「………はい?」

「操縦席です。これでもガンヘルドの一族故、戦闘、勉強、いざという時の操縦各種のスキルは最低でも身に着ける必要はありましたので。以前も言いましたが、私は元々4月にはあの家と女権団を壊滅させるつもりだったので、それなりにスキルは身に着ける必要はあったのです」

「………まぁ、4月は女権団絡みで色々あったからな。着替え中に襲われたりしたし」

 

 ぽつりと漏らしたが、それがいけなかったのかもしれない。

 

「ところでユウ様、その方々がどうなったのかご存知ですか?」

「いや、逃げるのに成功したらしいから追跡は不可能だと聞いていたが」

「一人は逃がしましたが、それ以外は全員今頃妊娠しているかもしれませんね。女なんて、ある程度の部位を固定すればただの性処理玩具でしかないですから」

 

 ………たぶん、常日頃からそう思っているからこそ彼女は強いのかもしれない。

 背筋に冷汗をかいていると、俺の膝の上に平然と座っていた朱音は俺の服を握って言った。

 

「……お兄ちゃんに惚れて良かった」

 

 こんなジョーカーがいる以上、下手すれば明日は我が身だからな。

 特に人のことを言えないから俺は注意しなかったが、ラウラは別のポイントに気付いたようだ。

 

「ん? さっき一人は逃したと言っていたが、その者はどうなったのだ?」

 

 そういえば、そんなこと言っていたな。後から言われたことがインパクトありすぎて頭から飛んでいた。

 

「その女は、弟のために自分の手を汚すタイプだったので、弟を人質にとって仲間の居所を吐かせた後はレヴェルに移動させました。ユウ様の恥ずかしい姿を口外しないことを条件に」

「手段は酷いが、後処理は凄いな」

 

 ……考えてみれば、俺もそんなタイプだったな。人生を潰したと言う意味で。

 そんな雑談をしていると、機内アナウンスでもうすぐレヴェルに着くことを知らされ、俺たちは大人しく席に着いてシートベルトを締める。朱音は俺の膝上が良いと言ったが、今は我慢させることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ、そしてお帰り。我が弟よ」

「ただいま。わざわざ出迎えなんてご苦労なことだな。こんなことをするなら自分の責務を務めろよクソ兄貴」

「相変わらず口を開けば罵倒だな。よくそんなことで女をたくさん口説いてこれたものだ」

「その分の活躍が凄まじいからな。まともな世界なら、IS学園の女全員を口説き落としているさ。……とか言ったが、はっきり言ってあんな女共を口説き落とすなんて吐き気を覚えるがな。マジであの女共を口説くなら、アンタとリアさんを巡って戦った方が建設的だ」

 

 本気で本音を漏らす。すると、首辺りに何かが飛んできたので、誰もいない場所に吹き飛ばした。

 

「今のは冗談として捉えておいてやる」

「ハハハ、抜かしよる」

 

 明らかに殺すつもりで風の球を射出しておいて何を言うか、あの兄は。

 

「ユウ様、やはり姉の方が良かったんですか……?」

「というか、昔は年上にそういう憧れはあったな。今はないけど」

 

 ……幼心に美人だなぁという気持ちはあったな。というか、後ろからの視線が怖い。

 

「立ち話もなんだし、今の家へと案内しよう。ユウの部屋も用意してある。そこで楽しむといい」

「………何を楽しませるつもりだ、アンタは」

 

 会話をほどほど(ただし命のやり取り込み)にして、俺たち4人は兄のサーバス、そして彼女の付き人であるリアさんに部屋の奥に案内された。

 メイド服を着た女性の人種は様々だが、黒人女性が圧倒的に多い。

 

「……気になりますか?」

 

 リアさんが俺に話しかける。俺は思わず「…まぁ」と答えると、リアさんはそのまま前を向いた。……教えてくれないんですね。

 

「さて、ここがお前の部屋だ」

 

 そう言って案内された部屋は、意外と質素だった。

 おそらく素材はかなり高級な物が使われているのだろうが、とはいえ部屋のパターンとしてはベッドがダブルベッドの1.5倍はありそうなものという点以外は案外普通なのである。

 

「どうした? 高級過ぎて言葉も出ないか?」

「いや、むしろ高級感が薄れてる……というよりも、デザインが思ったよりも庶民……?」

「確かに、もう少し高い部屋を期待していたならばすまなかったな。我々は部隊内でも兵力に力を注ぐ反面、一般的な暮らしは耐久度を除けばかなりランクが下だ」

「民が貧乏だから、少しでも楽させるために王族たちの部屋も質素にしようってか。いつの時代の考え方だよ……まぁ、落ち着くけどさ」

 

 なにせこっちは記憶は取り戻したはいいが、人格的には庶民の方が強い。……別に二重人格ってわけじゃないけどね。

 

「ユウ、二人だけで話をしたい。少しいいか?」

「………別に良いけど、他の奴に手を出したらどうなるかわかっているか?」

「その心配はない。部下にはあの映像と共に彼女らに手を出さないように強く言っている」

 

 それを聞いた俺は、朱音にいつでも非常事態を知らせるブザーを抜くように言って兄貴と共にそこから離れる。

 どこまで歩くつもりか。無言でしばらく歩いていると、兄貴は城によくある街中を見渡せるテラスへ案内した。

 

「………発展中、と言ったところか」

 

 最初に見た印象がそれだった。言うなれば、某リアルロボットシリーズではほとんど必ず出てくる「コロニー」とやらの建設中にも見える。

 

「これでもかなり建設は進んだ方だ。俺たちはまず、日本国外に移動した後にアフリカに移動した。………そこのほとんどの国が貧困で困っていたからだ」

「……神樹人の技術はISで革新的に技術が進歩した一般人らの技術を遥に凌ぐ。自給自足なんて普通にできるって話だったな。食料などを分け与え、信頼を築いたのか?」

「ああ。それが一番手っ取り早いからな。知っていると思うが、ISの登場の以後、難民の出没率、そしてISコアのほとんどが先進国が独占したことにより、発展途上国の大半が飢餓に陥った。彼らには我々の能力のことは既に公にしているが、よほど余裕がなかったのだろう。かつての雑民たちのように神や仏やと敬ってくれたさ」

 

 かなり悪い顔をしているなぁ、うちの兄貴は。

 要は、弱っている人間を引き込んで味方として引き入れたのだ。

 

「ユウ、お前をこの国に呼び戻したのは他でもない。本来の役目通り、お前にこの国を任せたい」

「………は?」

 

 ここまでしておいて!?

 もう一度周囲を見る。確かに発展途中とはいえ、いやだからこそ今の状況で俺に引き継ぐのはおかしいだろう。

 

「なに、最初の頃はこっちでもサポートをする。だが、やがてはユウが―――」

 

 急に殺気が飛んできて俺は周囲にバリア―を張る。すると機械型の拳が飛んできて、バリアーを揺らした。

 

「何だ、これ?」

「……ユウ、私はさっき言ったな。「彼女らには手を出さないよう強く言っている」と」

「……確かに聞いたが……まさかそれって、「俺には手を出しても良い」と言っておいたってわけじゃないよな?」

「ご名答。私は前もって「HIDE」には言っておいた」

「………最後に何を言った? どうせアンタのことだから「まぁ、ユウが死んだら私が続けるしかあるまい」とか言ってんだろうけどな」

「まさかこのような事態に発展するとはな」

「謀ったな、サーバス!」

 

 バリアーを解除して、テラスから飛び出す。そして飛んでくる炎の拳を受け止めた。

 

「何っ!?」

「ISだろうが、IGPSだろうが、大して差はないだろうよ」

 

 すると、目の前の白い機体は一瞬で黒色に変色して消え、後ろから殺気と共に現れた。

 バリアーで防ぎ、地面に叩きつけられないように重力を相殺。真正面から突っ込んだ。黒い機体もそれに応えるつもりか、近接ブレードを抜いて突撃してくる。

 そして俺の拳と相手のブレードが当たりそうになる瞬間、黒い機体は消えた。すぐさま後ろを向いて防御態勢に移ると、一瞬だけ姿を現してまた消え、後ろから切断された感触を味わう。

 

(……ただの突撃かと思ったら、ラグで攻撃してくるとはな……)

 

 思わず笑ってしまう。最初は白い機体ということもあって「白式」が脳裏にチラついたが、向こうは学園にいる雑魚共とは違ってちゃんと訓練を積んで実戦経験もある奴だ。一筋縄ではいかないか。

 

「暴れるぞ、「黒鋼」!」

 

 右手の中指から黒い光が発し、俺は黒鋼を装着する。

 チューンされたとはいえ、久々な上に俺の身体能力は向上している。ISに操縦者の能力を自動更新する機能があるとはいえ、俺の場合はもう一度「初期化」と「最適化」をした方が早いだろう。

 

「「ルシフェリオン」じゃねえのかよ」

「その機体に合わせてやってんだよ。っていうのは3割ぐらい本音だが、問題は下だ」

「下?」

「今下では色々開発を行われている。ここの技術力を考慮しても、ルシフェリオンで戦えば面倒なことになる………テメェならそれなりに楽しめることは確信できるが、だからこそ「黒鋼(こいつ)」じゃないと、調子に乗って周囲を消し飛ばすってのはマズいだろ」

 

 まぁ、本当は起動しなくなったんだがな。

 

「……傍若無人な部分が多いと思ったが、案外下の事は見ているんだな」

「おいおい、勘違いしてもらっては困るな。俺がIS学園で調子に乗っているのは、周りがどうしようもない雑魚のくせに未だに自分の力を認めることができず、威張っているからだ。アンタみたいに何か譲れないもののために戦う奴に対しては寛大な対処をするさ」

「………だとしても、俺はアンタを認めない!!」

 

 そう言って黒い機体はもう一度消える。俺は黒鋼を飛行形態にして適当に飛びながら兄貴に言った。

 

「けしかけた責任は取れよ。今すぐ周囲にバリアを張れ」

「………わかったわかった」

 

 

 俺を中心に大きな球体が精製される。黒い機体は思わず動きを止め、信じられないように周囲を見ていた。

 

「これで思う存分本気を出せるぜ。お互いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――少し前

 

「お兄ちゃん、黒鋼のことで話があるんだけど」

「……何だ?」

「もし誰かと戦うことになったら、できるだけ黒鋼を使ってほしいの」

 

 話の意図が理解できない俺は首を傾げて考えていると、朱音が補足する。

 

「実は黒鋼には、お兄ちゃんの能力を抑制するシステムを新たに搭載しているの。サーバスって人に協力してもらってね」

「………兄貴が?」

「うん。そのシステムはお兄ちゃんが黒鋼を展開している間に作動し続ける。でも、その分お兄ちゃんにとてもストレスがかかってしまうの」

 

 「その点に関しては問題ないってあの人は言っていたけど……」と、朱音は続けて話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時は、よくわからなかったが、今ならわかる。確かにこれは物凄く辛い……が、相手が強い分は興奮できるため、ストレスは相殺されていく。

 

「らぁっ!!」

「おせぇ!!」

 

 相手の近接ブレードと《蒼竜》の刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 俺はすぐさま《フレアマッハ》を左手に展開して引き金を引くと、至近距離でダメージを食らった相手の機体が徐々に白色に戻っていく。

 

「舞え、《サーヴァント》!!」

 

 8基の《サーヴァント》がラグを生じさせつつ舞い、相手を攻撃した。

 すると黒鋼が周囲に何かが接近していることを知らせると、次々と見たことない機体が接近してきた。

 

「………いいねぇ、この感じ。まるで俺を殺そうとせんばかりに殺気を飛ばしてきやがって。嬉しすぎてゾクゾクしてきた」

 

 迫りくる攻撃。それを回避しつつ、俺はIGPSの操縦者共に喧嘩を売りに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サーバスは―――風間剣嗣という男はユウが嫌いだった。

 生まれながらにして、自分にはない王として作られたがゆえに王位継承権を持つ弟を憎く感じていた。

 

「………まぁ、これだけ暴れればユウを認めざる得ないだろう」

 

 サーバスは確かにユウに対してけしかけた。次の王になる奴が弱ければ、自分が続けてやる。しかしそいつには暴れても大丈夫なように制限を設けさせている。という二点の説明を付けて、だ。

 

(しかし……渡しておいてなんだが、あの母親はよくあんなものを思いつくな。それを理解し、組み込めるあの少女も凄いが)

 

 母親である遥から能力抑制のシステムを渡されたことを思い出しつつも、サーバスは内心ため息を溢しながら頭をかく。

 

(……本当、母親だが何を考えているかわからないな)

 

 悠夜の周囲で爆発が起こる。その音で視線を上げると、大半の戦闘員が悠夜に喧嘩を売っていることを理解したサーバスは、頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し離れた場所で、朱音はその様子をモニタリングしている。

 システムは正常に働いており、既に同時に動いている「サードアイ・システム」と特に問題を起こしている様子はない。

 そのことに安堵していると、突然ドアが開かれた。

 

「……暁様? どうしてこんなところに―――」

 

 ミアを無視して暁と呼ばれた赤髪の少女はそのまま暁に接近すると、胸を掴みだした。

 

「………大きい」

 

 そう、ポツリと漏らす。

 それを見ていたラウラが改めて朱音を見て、もう一度自分の胸を見る。朱音の胸のサイズは比較的平均サイズだが、暁とラウラに比べれば確かに大きい。

 突然乱入した暁は本気で泣き始め、そのまま大声を出しながら走り去った。

 

「おかあさーん! どうしてアタシの胸のサイズを大きくしなかったのよー!」

 

 離れたはずなのに、未だに悠夜専用の部屋に届くほど大きな声。ミアはショックを受けたラウラと朱音を放置して、開けっ放しのドアを黙って閉めた。

 

 ………この中で、いや、世界規模でも上位に入る大きい胸を持つ彼女が、一番とばっちりを受けるとレヴェルにいたからよぉく理解しているのである。




ミアはずっと、暁に胸のことで弄られていました。
コロコロと呼び名が変わっているのは、その人から見てどの呼び方が相応しいか、と意識しています。

……次こそは、遅くなるかなぁ。


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#149 我、怠惰を欲す

手書きで何かを書くことって、あんなに辛いとは思わなかった。
本当パソコン様々だ。


「………どうか、それだけは勘弁してくれ」

「…でも、私はお兄ちゃんにおっぱいを揉んでほしいの」

 

 そんな、少し不穏な会話。あのシステムの反動か、筋肉が悲鳴を上げている俺が部屋に戻ると病んでいるラウラと放心していると朱音と、マッサージセットを何気なく用意しているミアという、意味不明な構図だった。

 最初はどういうことか、というか疲れていることもあって特に怪しまずマッサージを受けると、たまたま朱音と視線が合ったので格好はおかしいだろうがとりあえずお礼を言っておいた。

 

「助かったよ、朱音。あの抑制システムのおかげで本気で戦えた。ありがとな」

「……それ、私じゃないもん。それに胸を言うならお礼を揉んで!!」

 

 俺は呆然とした。何かが違うこともそうだが、なによりも唐突にそんなことを言われたからだ。

 いつもの思考混乱から導き出した答えを言うと、復活したラウラが突然迫ってきて言った。

 

「兄様、私の胸も揉んでください!」

「はいはい、二人とも。ユウ様が先に揉むのは私の胸ですから、どちらも揉まれるのは後ですよ」

「それフォローになってないからな!!」

「したつもりもありません」

「もうやだ!!」

 

 泣きそうになったが、それでもかなりやり込んだのかマッサージが気持ち良く感じ始めた。

 するとドアが勢いよく開かれ、見覚えがある赤い髪の少女が入ってくる。

 

「うまい具合に私の目的通りに混乱しているわね!」

「………お兄ちゃん、この人。さっき胸を揉んだの………」

 

 朱音に言われ、俺はため息を吐いた。

 

「すまん。そいつは俺の妹だ………たぶん」

「たぶんじゃないわよ! 見た目じゃ判別できないけど、正真正銘の妹!」

「それを言ったら、俺たち全員見た目じゃ兄弟だってわからないだろ」

 

 兄貴が黒髪、俺が銀、零夜は青に暁は赤。見事にバラバラだ。……とはいえ、昔からそうらしいけど。

 

(むしろ、一時期でも黒色だった俺が異質だったかもしれないが)

 

 そう思いながらミアのマッサージを受けていると、俺の謎のセンサーが危険人物を感知した。

 

「久しぶりね、ユウ」

「させるか!」

 

 俺はすぐさま鎖を展開して現れた女性―――もとい、母親を縛る。

 

「ちょっとユウ。マッドサイエンティストとして名高い私でも近親相姦には興味はないわ」

「安心しろ。いくらアンタでもそっち方面に興味がないこと自体は俺も知っている。ところで、さっきから視線が俺を無視して左右に揺れているようだが?」

「それは必要な行動だからよ」

「必要ねぇ………朱音、ちょっとおいで」

 

 手招きすると、顔が明るくなり甘えるような顔で朱音が近寄ってくる。

 

「ちょっ、そんな、この状態でそれは生殺しよ!」

「……お母さん」

「ミア、ありがとう。ラウラ、こっちに」

「はい」

 

 一体どこから出したのか、ハンカチを噛みしめて俺を睨む母親に、暁すらも引き気味だ。

 

「ユウ様ぁ~」

「胸を後頭部に引っ付けるな。……まぁ、嬉しいけどさ」

「じゃあ、もっとしますね」

 

 ミアの行動を真似てか、二人もそれぞれ行動を起こそうとするが俺がやんわりと阻止したので二人は渋々といった感じで諦める。

 

「ユウ、少し明日のことで話がしたいんだが………できるだけ早く済まして、終わったら連絡をくれ」

「さも当然と言わんばかりにフェードアウトするのを止めろ!」

 

 ご丁寧に母と暁も引っ張っていく兄貴。

 

「こういうのは誰にも見られない方が良いだろう?」

「まだ時間的に早いからな! ……まぁ、この二人はそれぞれの部屋にぶち込んでおいた方が良いだろうけど」

「ちょ、それが兄の言うこと!?」

「そうだそうだ! 私もあの子たちを堪能させろ!」

 

 女性二人はブーイングをしてくるが、俺たちは協力してトレーニング場と研究施設にそれぞれ閉じ込める。前者はともかく、後者に関しては脱走していたらしく、俺たちは感謝された。

 

「………で、話ってなんだ?」

「王位継承の話だ」

 

 ………それかよ。

 さっきはあの二人から逃げたくて乗る風にしたが、今となっては少し後悔している。

 

「さっきのあれでアンタの目的は達成されたと思うがな」

「一つは、な。だがまだ我々の目的は完全に達成されていない」

「……どうしてそんなに俺が王になることに拘る? あいつらの言う通り、アンタがこのまま指導者を続ければ良いだろ」

 

 はっきり言って、俺はこういうことには興味がある。だが、だからと言ってこれまで築いてきた他人の城の王になる気はない。……まぁ、兄貴が死ぬか事故で壊れるかしたら流石に成り代わる可能性はあるが。

 

「言っただろう? この国は元々、ユウに渡すことを前提に作ったと」

「その割には俺を襲うほど慕われているじゃないか」

 

 だとしたらずっと続ければいいと思うが。

 

「……実は、あの両親の代わりに色々と立ち回ってわかったことが一つだけある」

「……何?」

「リアとの時間が取れないんだ」

 

 …………………………真顔で何を言った?

 予想の斜め上の発言した兄貴から俺は少し引いた。

 

「忘れているようだから言っておくが、私もあの両親から生まれている。正直、もう私は限界だ。奴らはこちらの戦力を恐れているのか、全く認めようとしない。もういっそのこと私単独で主要国を滅ぼそうかなと思っている」

 

 ………そういえば。

 俺と兄貴は昔から同じ部屋で、中学生の頃に何かすごく「仕事をしている」って感じな行動をしていた覚えがある。

 

「なぁ、俺が小さい頃にアンタは夜遅くまで起きていたよな? それって―――」

「篠ノ之束と織斑千冬の調査だ。当時はどちらも危険人物だったからな。片や世界を変えるほどの技術力を持ち、片や我々の討伐対象の末代だ。織斑の方は下に弟妹がいたが、妹の方は亡国機業ようだがな」

「………「サイレント・ゼフィルス」の操縦者か?」

「そうだ。お前も何度か戦っただろう?」

 

 むしろ、一時期はあの女を狩る為に動いていたからな。後からレイが出てきたが。

 

「比較的相手になるからな。というか、織斑って裏切ったから力を封じられたんじゃなかったのかよ? まさか闇の力を操れるとは思わなかったぞ」

「闇属性は憎悪によって目覚める。存在そのものが一般的な力とは違うから使えるのだろう」

「………ということは、織斑弟も闇の力を使えるわけか」

 

 だが、アイツには無理かもしれないな。………性格的に。

 

(………いや、あるいは……)

 

 もしかして、アレでも使うことができるのではないだろうか?

 ふと、俺の頭に名案が浮かんだ。それを感じたのか、兄貴が何かを言ってくる。

 

「何か名案でも思い浮かんだのか?」

「……さぁな」

「何にしろ、明日には集会を開いてお前が次代の王になることを宣言する。準備はしておけ」

 

 俺に拒否権はないそうです。……どんだけサボりたいんだ、あの兄貴は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司会者は尊敬できる仕事かもしれない。そんなことを、ふと「HIDE」本部のテラスから色とりどり……いや、大半が黒人の戦士たちを見て思った。

 軽く辺りを見回すと、見知った(と言っても会うのは10年ぶりだ)顔を見つける。どうやら無事に更識家の人たちはこっちに移動できたようだ。

 俺はリアさんからマイクを受け取り、語り始める。

 

「さて、ここにいるみんなは既に俺……私の出生を聞かされているだろうが、改めて説明させてもらおう。私はユウ・リードベール。神樹国王族の末代次男、そして第一王位継承権を持つ次期国王として作られて生まれたエヴォノイドだ。今は「桂木悠夜」という名でIS学園に通っているが、知っての通り無駄に高い身体スペックのおかげで力を持て余している」

 

 予め兄貴がどれだけ話したのか聞いて、説明することに問題ない程度に改めて説明する。

 

「今、おそらく「HIDE」内では私が次期王として、指導者として成り代わると言う話を聞いていると思うが、約束しよう。私はIS学園を卒業し、さらに3年は就任する気は一切ない。むしろあり得ないと断言しておく」

 

 途端に下の方からざわつきが起こり始める。それもそうだろう、聞いていたこととは違うことを本人から否定されたのだから。

 

「私はもう少ししてから一度IS学園に戻る。そして、現生徒会長からその座を奪い、そこで長というものがどういうものか学んで来ようと思う」

 

 まぁ、好き勝手できると睨んでいるけどな。俺強いからやりたい放題だし。

 

「その後に王子として、次期指導者として国を周り、状況を視察した上で方針を決めてから就任するつもりだ。大体、考えてみてほしい。民あっての国であり王だ。だというのにすぐに就任は自殺行為だろう。昨日の時点でこちらの実力は把握してもらっただろうが、まだ国事情に関しては触れていないし、何よりそろそろ限界が来ているのだ。性欲が」

 

 全員が静まり返った。

 

「ここからは本音を言わせてもらうが、俺はこれまで童貞を守り続けてきた! 理由は、俺には自分を守れるほどの後ろ盾が存在していなかったからだ! 一歩間違えれば犯罪者扱い。おかげでボコられるは中傷されるはでストレスは溜まっていく。かといって、好いてくれていることを理由にむやみに発散するのは問題だろう。だが、今では違う!」

 

 さて、ここからが本番だ。

 

「俺にはもう、力がある。国一つを容易に消滅させられる力が! それを使い、俺は愚女が集まるあの学園で生徒に対して、他国に対して力を振るいたい! だからこそ、あの学園で生徒会長にならなければならないのだ! 女尊男卑という愚かな思考を嘲笑うために!」

 

 レヴェル(ここ)に住む連中は、女尊男卑を嫌っている。

 男はISと無理やり適合させるために、女はより適合率を上げるために実験させられ続けた存在。中にはラウラと同じ遺伝子強化素体も存在し、迫害を受けていた。

 だが、俺は俺自身が作られた存在であり、ラウラもいる。作られたからってそれがどうしたというのだろうか?

 

 そんな境遇にいたからこそ、絶対的に女尊男卑を、ISを推進する大人が悪と知るからこそ、この演説は成功すると思っていた。

 

「それに心配しなくていい。俺は兄貴から場所を奪っても、「HIDE」のボスの座を奪う気はない。日本で言うところの摂政や関白に就いてもらおうと思っている。あくまでも予定だがな」

 

 すると、国民が湧いた。それも尋常じゃないほどにだ。

 

「以上だ。これからも、王家ではなくこの国の発展のために動いてくれ!」

 

 そう閉めて俺はテラスから中に移動する。そして誰にも気づかれない場所に移動して、膝をついた。

 

「ゆ、ユウ様?! 大丈夫ですか!?」

 

 ミアがすぐに駆け寄ってくる。俺は右手を挙げて制し、立ち上がった。

 

「大丈夫だ。ちょっと、緊張しただけで」

「な、ならいいんですが……。今日は私を抱いて寝てくださいね。私ならもう妊娠したって大丈夫なんですから」

「……考えておく」

 

 さっきも言った通り、俺はもう限界だ。その心に嘘偽りはない。

 なら、甘えられるようにすればいいと、今思った。

 俺は改めて時間を見ると、まだ大丈夫と思ってラウラを呼び、「HIDE」の訓練施設に足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子を鍛えたいの?」

 

 タイミングが良かったのか、訓練中だった暁を呼んでもらって説明する。

 俺は頷くと、聞かせていなかったからかラウラも驚いていた。

 

「兄様? 何故私がここで鍛えることになっているのですか?」

「……実は、ラウラにはどうしても担ってほしい役割があるんだ」

 

 ラウラには、IS学園生の中で(俺が把握している範疇で)唯一の軍属だった少女だ。元々、ISはスポーツと掲げてはいるが、彼女の存在がそれを否定していると言っても過言ではないだろう。そう言う意味では「ISの軍事利用禁止」の形骸化を示している。

 それはともかく、どうしてラウラを鍛えてもらおうと思ったのかというと、IS学園の軍備関係を整えようと思っているのである。

 

(実際、戦闘になったら俺がいの一番に出るけどな)

 

 要は彼女には部隊の指揮と指導……いや、調教をしておいてもらいたいのだ。

 俺の前では見事に崩れているが、彼女にだってカリスマ性ぐらいはある。それに強くない奴が部隊を指揮しても誰も付いてこないだろうし、ここなら弱くてもそれなりに鍛えてくれるだろう。

 

「ラウラには俺が会長になった時の学園の部隊の隊長をやってもらいたい」

「……た、隊長にですか?」

「ああ。会長就任後は一度学園の部隊を解散する」

 

 これまでの敵が異常だと言うこともあるが、それでも少しばかり動きが鈍い。………そもそも、いくら男だからと言って助けるのを怠る奴らなんて解雇で十分だろうに。

 

「そして新しく募集するから向上心がある奴らを入れて、鍛えればいい」

 

 IS学園は、普通にISを申請して動かしていればまず操縦者になれない。

 そもそもISの数……というよりも、コアの数が圧倒的に足らないのだ。ISコアを作成できるのはレヴェルの陣営内でも本当に限られた奴……それこそ、あの母親やミアの妹であるティアちゃんぐらいか。

 故に、救済措置でありいざという時に戦える戦力である「学園部隊」なるものがIS学園では存在する。そこならば少なくとも週一回はISを動かすことができる。

 

「ならば、兄様が隊長になれば良いのでは? 私よりもよっぽど適任かと」

「ダメダメ。ユウ兄が隊長になったら部隊として機能しないよ」

 

 俺よりも先に否定する暁を叩く。

 

「いったい。でも本当のことじゃん。ユウ兄が隊長になってもIS学園にいる人たちって更識姉妹を除けば雑魚ばっかなんでしょ? だったら生身でも先行できるユウ兄が攻撃を仕掛けて敵部隊を壊滅ってのがオチじゃない。だからこの子に隊長をさせるんでしょ?」

「………否定はしないがな」

「じゃあ、最初から叩かないでよ」

 

 睨んでくる暁を無視して俺はラウラに言った。

 

「つまりそういうことだ。生まれ持った宿命というか、俺は部隊を率いるより単独で攻めた方が早いし他人を育てられるほどの知識はない。だがラウラは強くなれば軍にいたしそれなりの知識はあるだろ? だからお願いした」

「……わかりました。このラウラ、絶対にあの部隊を強くしてみせます!」

 

 胸を張って答えるラウラに、俺と暁は思わずラウラの頭を撫でた。

 

「じゃあ、これからラウラちゃんに部隊員とリンチ組手をしてもらうね」

「……唐突に物凄く物騒な組手が聞こえたんだが?」

「大丈夫。名前みたいに物騒じゃないから。まずラウラちゃんには、あそこに描かれているサークルの中央に立ってもらうわ」

 

 言いながら暁は白いテープで描かれた円……その中央にマークされている場所を指す。

 

「そこで、HIDEに所属する最低ランクの戦士から順に捌いていってほしいの。ああ、安心して。たぶんラウラちゃんレベルでも3ぐらいには食い込めると思うから」

「……4以上は?」

「うーん。難しいんじゃないかな? あ、別にドイツの軍レベルが低いってわけじゃないよ? ただ、4から本当に精鋭の―――それこそ肉体改造を受けて人の限界を超え始めているのが多いから」

 

 一度その組手をしてみたい。そんな欲求にかられたが、今は我慢することにした。

 

「あ、強いって言ってもユウ兄が本気出したら消し飛ぶレベルだから」

「………泣いていい?」

「ユウ兄、組手は私がするから元気出して?」

 

 何だろう。俺、強くなってからというもの、まともな訓練とかした覚えがない。

 などと思っていたが、この時はまだ暴力だけではどうすることも圧力を体感することになるとは、この時は思っていなかった。




たぶん、次回でレヴェル編は終了になると思います。


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#150 プレッシャー

 ラウラが訓練を開始して早数日。俺はレヴェル島に移動させられた更識邸に訪れていた。

 久々の訪問。今日はいつも会うために来ていた奈々はいないが、一度挨拶するべきかなと思ってきたわけだ。……ミアと朱音の説得をするのには骨が折れた。

 

「久しぶりだな、悠真君……いや、今は悠夜君だったかな」

「どちらでも構いませんよ」

「いやいや、名前というものは大事なものだ。私も「楯無」と名乗り始めた頃もその名を刀奈に譲ってからしばらくは慣れなかったから。……とはいえ、今それはどうでもいいか」

 

 ―――殺気 それも、八方から

 

 思わず〈ダークカリバー〉を抜きそうになったが、次の言葉でその動きを止めた。

 

「さて、刀奈たちとはどこまで進んだのかな?」

「できれば、虚らとどこまでしたのかも説明してもらいたいのだが」

 

 ある物は武器を手にし、ある物は指を鳴らし、ある物は覆面を被って大鎌を用意ってどこの査問委員会だ!

 

(……これ、本当のことを言っても許してもらえないだろうな)

 

 そんなことを思っていると、茂樹さんが口を開く。

 

「3年前のことを含め、これまでのことは感謝はしている。不完全とはいえ君が目覚めてくれたおかげであの子たちは無事に今も生きてくれているのだから。だが、それとこれとは話は別だ、ということは理解しているかな?」

「理解云々よりも、明日を生きれるか心配になっています」

「大丈夫だ。君の身体能力なら半殺しでも復活できる。幸い、ここの医療技術はどこの世界よりも優れているからな。だからこそ、手を抜く気はない」

 

 それはつまり、俺を殺すってことかなぁ。

 流石にそれは彼らの将来にも関わると思うので、なんとか止めようと試みる。

 

「落ち着いてください、みなさん。まだ俺は彼女らとそういったことはしていません」

「では、どこまでしたのかね?」

「……キ―――」

 

 咄嗟に俺はバリアを張ると、ツボや釘バット、のこぎりなどが飛んできていた。

 

「あの、ちょ、これは一体………」

 

 いや、言わなくてもわかる。俺も似たような心境は何度も抱いたことがあるからな。

 

「よくも……よくも我らが癒神たる虚ちゃんと本音様を汚しやがって」

「簪様の純潔は俺がいただくはずだったのに」

「イケメンは死ねイケメンは死ねイケメンは死ねイケメンは死ねイケメンは死ねイケメンは死ね………」

 

 まだキスだけだ! って言っても今のこの人たちには届かないだろう。

 しかし、なんて高い人気度だろうか。………たぶん、簪がこれを聞いたら冷たい眼差しを彼らに向けるのではないか。

 すると、襖が勢いよく開け放たれる。

 

「どこにも姿がないと思ったら、みなさんこんなところにいたんですか………」

 

 呆れ顔を見せながら、いきなり現れた女性はそう言った。

 

「ユウ君が来た時から不穏な空気を出しているし、一部では処刑道具を持ち出しているし」

 

 その一部の人たちは慌てた様子でその処刑道具を片付け始める。

 

「雪音、これは大事な話なんだ」

「大事な話、ですか。清太郎さんも交えて、高校生一人をリンチにしようとしか見えないけど?」

「大丈夫だ。まだしていない」

「………する気だったのね」

 

 茂樹って雪音さんには弱い。まぁ、未だにこんな美人な嫁さんを持ったら萎縮してしまうのはあるんだろう。……しかし、相変わらず大きな胸である。俺はこれを見て奈々と仲良くしようと思ったものだ。……もしかしたら、こんなに大きなおっぱいになると思ったからである。幼心とは時に怖いことを思いつくものだ。

 

「ごめんなさいね、後で主人にはきつく言っておくから」

「いえ、冷静に考えれば他人事ではないと思いますので」

 

 ほんと、他人事じゃない。もしかしたら20年後ぐらいには似たようなことをしているかもしれないのだ。

 

「それにしても、相変わらずお美しいですね。10年前と全く変わらないのですぐわかりましたよ」

「あら、お世辞が上手くなったわね。昔はあの二人に構うか虚ちゃんにじゃれつくかだったのに」

「そうでもしないと生きていけなかったので。あ、雪音さんが美しいのは本当ですよ?」

 

 じゃなければ、さっきから話をしているだけで殺気を飛ばされるわけがない。

 ちなみに茂樹さんは意外なことに俺が雪音さんと話していてもノーリアクションだった。

 

「もう、お義母さんでいいわよ。だって虚ちゃんとの結婚まで棒読みでしょ?」

「何?」

 

 あ、今度は清太郎さんから殺気が……。

 

「ここじゃ落ち着いて話せないわね。二人で向こう行こうか」

「……ええ」

 

 誘われた俺は二つ返事でOKする。

 後ろから殺気が飛んできたが、とりあえず無視をした。別に家庭の事情でどうこうってわけじゃないが、やっぱり嫌われたくないって思うから手を出しにくいんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪音さんに連れられて、俺は更識邸の中にあるパラソル付きのテーブルに座っている。

 愛を語らっている……ということはなく、俺は雪音さんに驚かれていた。

 

「じゃあ、まだキスまでしかしたことがないの?」

「…ええ。そうですが……」

「そっか。てっきり簪とはしたのかと思ったわ」

 

 ……何度かそれに近い状況にはなっているが、言わない方が良いだろう。

 

「でもどうして簪なんです?」

「簪は記憶を消してもらってないからね。3年前、更識の部隊の一部がマフィアと手を組んで襲撃した時の所業で、あの子はすぐに気付いていたみたい」

「……じゃあ、何で奈々……刀奈の記憶を消させたんですか?」

「………刀奈は、あなたにべったりだったからよ。親として申し訳ないけど、更識を存続させるにはどちらかの生贄が必要で、ISが兵器になった以上はすぐにでもその力を手に入れなければならない。………でも、あの時の刀奈の性格はとても当主に向いていなかった」

 

 ………言われてみれば、確かにそうだ。

 奈々は、俺に助けられてからはよく俺と行動を共にしていた。俺もべったりしていたが、奈々の方もよく俺の所に来ていたな。

 

「まぁ、他には……あなたが引っ越すことを伝えたら1日中泣き叫んでいたわね」

「……………はい?」

「もう凄かったんだから。しまいには「一緒に行く!」って言い出して、家出して」

 

 ………マジですか?

 今の奈々からはとてもそんなことは想像できない。……一度見てみたい気がするけど。

 

「で、結局どうなったんですか?」

「……しばらく軟禁状態の後、陽子さんにお願いして記憶を消してもらったの。…そうでもしないと止まらなかったからね」

 

 あまり勧めない展開だろうが、状況が状況だからある意味軟禁は仕方ないかもしれない。

 

「それはともかく、ユウ君にはお願いがあるの」

「……お願い?」

「うん。前にIS学園の生徒会長になるって言ってたわよね?」

「……ええ」

「今もその気持ちは変わってない?」

「……もちろん」

 

 食い気味に聞いてこられるので、俺は少し引いてしまう。

 

「…そう。だったらお願い。できるだけ早く、刀奈と交代してほしいの」

「…………生徒会長の仕事ってそんなに激務なんですか?」

「そうらしいわ。だから、せっかくまともな人生を送れるならできれば早い方がいいなって思って」

 

 しばらくは巻き込むつもりだって知ったら、どういう反応をするだろうか?

 

「今更都合良いってことはわかっているけど、あの子たちにはもう少し普通の人生を送ってほしいと思っているの」

「ハーレムの一部になるってこと自体、十分普通じゃないと思いますけど?」

「それは言わないで」

 

 だって、ねぇ?

 とはいえそれには賛成だ……賛成だが、

 

「そう言えば、雪音さんは娘二人が同じ男の女になることに関して疑問はないんですか?」

「……うーん。あまり考えてなかったわね。ユウ君のお嫁さんならいいかって感じ」

 

 良いのかそれで。

 俺は顔を引き攣らせていると、雪音さんは平然と答えていた。

 

「だって、刀奈が死んだと思って時間を戻したりISを生身で倒したりするのに、普段は奥手で相手を大事にする人をダメって言えないでしょう?」

 

 そう返されると弱い。

 俺は笑って応対すると、自分のためにある筈のテリトリーから何かを感じた。

 

「……雪音さん。すみませんがパーティーはお開きということで」

「…………誰かあなたを狙っているのかしら?」

「もしくは雪音さんを、か」

 

 どちらにしろ、彼女を守るためには俺の移動は必須か。幸い、ここは暗部の領域でもある。雪音さんが走って逃げれば彼女の安全は保障されるだろう。

 

「すみません、行ってきます」

 

 そう言ってから、俺は少し進んで戦いやすい場所を探しつつ相手の位置を探る。

 

「………誰だ」

「誰ってのは酷いわね。ずっと一緒に戦っていたって言うのに」

 

 現れたのは少女だった。黒髪で金色の瞳をこちらに向けている。涼しげな格好をしているが、11月に入ろうとしている今の時期だと寒いだろう。

 

「ずっと一緒に?」

「正確にはあなたが打鉄を貸し出された時からかしら」

「………相棒はいた覚えはないけどな」

 

 というか、どっちかというとほとんどソロなんだが……。

 そう考えると、途端に俺の方に殺気を飛ばしてくる。

 

「じゃあ、こうすればあなたは戦う気になる?」

 

 彼女から光が放たれ、見覚えのある装甲が顕現した。

 

「……黒鋼?」

「そう。こうして会うのは初めてだったかしら? 私はあなたのIS「黒鋼」に使用されているコア。No.は確か96だったかしら? ISコアに意識が存在しているって話は聞いたことがある?」

「授業でな。………まさか、名前が「クロ」って黒猫にありがちな名前じゃないよな?」

「………まさか」

 

 そう言いながら顔を逸らす少女の名前は「クロ」だと確信した。

 

「で、一体何の―――」

 

 ―――ゾクッ

 

 急に寒気がしたのでバリアを張ると、クロは拳を突き出して攻撃してきた。

 

「流石ね。完全に隙を突いたつもりだったのに」

「お前の殺気は濃いからな。その分恐怖は感じたが、そっちがその気なら相手をしてやるよ」

 

 俺も負けじと殺気を飛ばすと、クロは両手を挙げた。

 

「待った待った。流石に本気のあなたとするつもりはないわ。というか、死んじゃうじゃない」

「……コアでも死ぬのか?」

「当然よ。あなたを相手にしたら体がいくらあっても足らないわ。ただ、ちょっと忠告しに来たってわけ」

「……忠告?」

 

 何がしたいのかわからない俺は首を傾げていると、クロは怒った風に言った。

 

「アンタ、今後ルシフェリオンを使うの禁止!」

「………はぁ?!」

 

 ちょっと待ってくれ。この女はそんなことを言いに来たのか? 大体、そんなのはわかっているし、何よりも今俺はルシフェリオンが使えない状況だ。

 

「大体、あなたなら私でも十分に戦えるじゃない。だというのにあなたと来たら、事あるごとにルシフェリオンを使って」

「……要するに、嫉妬?」

「そうよ!」

 

 あ、認めた。

 

「でも仕方ないだろ。ISで全力出しても無双はできないんだから。仮に出来ても、簡単に制限を外したらラボに迷惑がかかるだろうしな」

 

 最初は顔を明るくしたクロだが、言葉を続けると次第に暗くしていく。

 

「……まぁ、朱音には迷惑がかかるわね」

「そういうことだ。………ところで、お前ってまさか朱音の部下だった技術者じゃないだろうな?」

「何を言っているのよ。そんなわけないだしょ」

「……だったら良いがな」

 

 ともかく、俺はクロを猫をつかむようにして持ち、自分の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでもう数日が経ち、俺たちはプライベートジェットに乗ってIS学園に戻る。

 俺の隣にはラウラが座っており、これまでたくさん訓練していたからくたびれて眠っているようだ。

 

「ユウ様、IS学園に着きました」

「そうか」

 

 俺は朱音とミアがシートベルトをしているのを確認すると、ドアを開けて顔を出す。どうやら運動会の閉会式が行われているようだ。

 奈々が顔を上げたのを確認すると、俺は宙に躍り出る。ミアが空気を読んでドアを閉めたようだ。

 

『な、何してるのよ?!』

『スカイダイビング』

『そういうことを聞いてるんじゃない!!』

 

 朝礼台の上に衝撃を殺して着地すると、周囲が唖然するのを眺めつつ奈々からマイクを借りた。

 

「さて、何をしたのかは大方察したが、ここで重大発表がある。今日、運動会とやらの終了をもって俺が新しい生徒会長に就任する」

 

 奈々はもちろん、教師陣の誰にも……それこそ十蔵さんにも伝えていない大きなことを、俺はここで平然と言った。ちなみに虚さんと簪はため息を吐いている。

 

「ちょ、ちょっと待って。確かあなたは生徒会長になる気はないって言ってたわよね?」

 

 突然のことと言うこともあって慌てふためく奈々。

 

「気が変わってな。大丈夫、しばらくは奈々のサポートは必要だから副会長になってもらう」

「し、しばらくなの……?」

「本当なら今すぐ色々したいけどな。それはともかくだ」

 

 さっきからうるさい外野の方を見ると、俺の方に何かが飛んできたので彼方へと弾いた。

 

「ちょっとどういうことよ! 何でアンタなんかが生徒会長になるのよ!」

「誰がアンタみたいな奴を生徒会長にするもんですか!!」

 

 今にも暴動が起こりそうな雰囲気だ。………まぁ、数名ほどどういうことか理解ができていないようだが。

 

「……奈々、確かIS学園の生徒会長は最強じゃなくてはいけないんだよな?」

「それは間違いないわ」

「そうか。じゃあ、黙らせる」

 

 息を吸って俺は思いっきり言った。

 

「じゃあ問おう。貴様らのような雑魚風情の意見など聞かねばらない。ましてや貴様らはそこらにある砂粒同然の存在だろう? 最恐で最強な俺に意見するなど図が高いわ」

「じゃあ、更識生徒会長と戦いなさいよ!」

 

 どこからそんな声が届く。一瞬だけ横目で確認すると、奈々は今にも泣きそうな顔をしていた。

 

「……何故だ?」

「何故って、生徒会長は学園最強がなるものよ!」

「ああ、そういうことじゃない」

 

 馬鹿かこいつは。まったく、どうして俺が―――

 

「どうして俺がいずれ妻にする女を攻撃しなければならない。貴様のような蛆虫なら話は別だがな」

 

 その時は喜んで腕か足の一本は消し飛ばすがな………と、どうやら静まったみたいだな。

 

「………馬鹿ぁ」

 

 凄く可愛い声が聞こえたので振り向くと、涙目になっている奈々。二人きりなら間違いなく襲っているだろう。

 

「「「ええええええええッ???!!!」」」

 

 途端に爆音破が飛んできた。俺は耳をふさぐと、生徒たちは次々と言ってくる。

 

「ちょっ、は、え、えええええ?!」

「ど、どういうことよ!?」

「何でアンタみたいな奴が会長と!? というか会長の妹と付き合ってんじゃないの?!」

 

 その辺りの質問には今は答える気はない。が、女ってのは噂好きだからすぐにこのことは広まるだろう。

 

「まさか、胸とか……?」

 

 誰かがぼそりと呟いたので、俺はすかさず言った。

 

「おい今原因が胸だと言った奴、胸が原因なら織斑先生と山田先生が未だに彼氏がいないことはおかしいだろ。織斑先生は弟というこぶつきで性格が男勝りだからできないとしても、山田先生は学園1の巨乳なんだからできてもおかしくはないと男からの意見として断言しておいてやる!」

 

 大体、胸で好きになるならそいつはいずれ破滅の道に行くだろう。

 そんなことを思いつつ、なんとか場を収める。……しかし何故か、姉の悪口を言ったはずなのに織斑は何も言わなかった。




おそらく、これが今年最後の投稿になるでしょう。あ、話はもう少し続きます。
だってまだ、ある一族のことが解決していませんからね。

さて、もう察した人はいるかもしれませんが、次は10巻の内容に入るか9巻のおまけとして生徒会長の日常を書くかもしれません。その辺りは未定です。


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#151 新生徒会長、奮起する

明けましておめでとうございます。今年も稚拙で不定期で独自理論を並べつつ、中二全開の話を展開して行きますが、よろしくお願いします。
ということで、フルバーストしてみました。


今回、後半は推奨BGMとして「亡国覚醒カタルシス」などを聞いた方がテンションが上がるかと思います。

※一応、利用規約は読みましたが、特に問題なさそうなので曲名を載せました。もしマズかったのですから知らせてくださると助かります。


 生徒会長になってまずすることは、現存の学園部隊の解体だ。

 今の学園部隊の機能率を全員を集めて説明する。部隊員は教師も含まれるので、ISを操縦して1年未満の俺に色々言われるのは不服だったようだ。ブーイングをはじめとして色々と俺に対する文句を言ってくるのは当然の反応かもしれない。

 なので俺は、教員10人と俺1人のISバトルを水曜日の夜にIS学園近くの海上で演習という名のリンチを提案した。ちなみに水曜日まで2日あるが、それは整備員との日程調整のためである。いくら何でも仕事を勝手に決めてってのは色々と問題だろう。

 

「じゃあ、勝負は2日後。首を洗って待ってなさい!」

「あ、当日は俺も本気を出しますんで」

「構わないわよ。あの奇妙な技を使わなければね」

 

 ………とだけ言って去っていったが、あの本気は何もそっちの技を使うわけではない。久々にあの3機を解禁しにいくわけだ。

 朱音には前もって射出するように話はしてある。まぁ、無理なら無理で俺は一向に構わないが。

 

「前々から別個にはあるとは思っていたが、部隊として動かせるのは30機か」

「実際は25機として見ておいた方が良いわ。土曜日や日曜日は多く貸し出しているから教員用の方からも5機貸し出しているの」

「1組4機で6隊を作るとして、適宜最適な場所に配置だな。アリーナなどに逃げられた場合は2隊で包囲、撃破が理想か。いや、敢えて5隊で残り1隊は狙撃のみ。数名は近接戦闘もできる奴を配置するってのもありだな。いざとなれば、その時代の生徒会長が救援に行くまでの時間稼ぎにもなるし」

 

 生徒会室で俺と奈々が話しているのを何故か簪と本音は面白くなさそうだ。

 試しに奈々の頬をつつくと、二人は揃って泣きそうな顔をする。

 

「何かしら?」

「ん? 気にするな」

 

 ただ二人で遊んでいるだけだから。

 ちなみにこういった分野はラウラが出張るだろうが、そのラウラは鍛えすぎて今は倒れている。本調子まで休ませるつもりだ。……今頃はミアのマッサージを受けているのだろう。あれは本当は気持ちがいい。

 

「そういえば、教員たちと戦う話はどうするの? 教員の戦闘能力は生徒とは違って高いわ。とても一筋縄では行かないと思うけど」

「連携訓練も積んでいるだろうしな。確かに普通なら一筋縄では行かないだろうさ。……メタルシリーズ以外はな」

「……もしかして、換装パッケージを使うつもり?」

 

 簪の言葉に俺は頷く。

 

「ありがたいことに向こうは俺の本気を所望しているからな。ここは出血大サービスで血祭りにあげるつもりだ」

「わー、ゆうやんがこれ以上ってないくらいに黒い顔をしているよ~」

「これは仕方がないことだ。そう、仕方がないんだ」

 

 なにせ向こうは提案を呑んだんだ。こっちの意図に気付かずにな。

 

「「黒鋼」に俺の身体能力をセーブする機能は付いたし、これで思いっきり戦える」

 

 精々、奴らには俺の引き立て役になってもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日が経った放課後。IS学園の海域の一部に轡木ラボ特製の特殊なバリアフィールドが張られる。その大きさはアリーナ2戸分に相応するらしい。攻めてきた外部の敵を封じるための物らしいが、今回以降は福音の件もあって海上演習にも使うことがあるだろう。

 IS学園の港から少し沖に向かったところに観客席が設けられており、そこでは通常のアリーナと同じで俺や教員などの様子がモニターされるんだそうだ。

 実はこういうのは前々からあったらしいが、使う機会がなかったようで何故か技術者からは凄く感謝された。

 

「……で、黛は俺のことを何だと思っているんだ?」

「無謀者ってところかしら。まさか生徒たちの前で結婚宣言をするとは思わなかったわ。……てっきり妹ちゃんと付き合っているものと思っていたもの」

「……………」

 

 とてもキスまでしているとは言えないよな。

 

「まぁ、そのおかげで今まで熱烈なラブレターがたくさん送られて来たわけだが」

「そのラブレターはどうなったの?」

「俺のメイドが焼き芋を焼くのに使ってた」

「メイド? 桂木君にメイドっているの!?」

「今もそこにいるけど?」

 

 親指で後ろを指すと、黛が震えあがる。おそらく「一体どういう了見でゴシップ好きのエセライターがユウ様に近付いているのでしょうか? 殺しますよ?」と言った具合だろう。

 

「ミア、そろそろ出て来いよ。お前の席も用意しているから」

「ほ、ホントですか!?」

「……流石に家でお留守番ってのも気が引けたからな」

 

 彼女だって何も俺に迷惑をかけたいわけじゃない。いつも帰ってきたら風呂が沸いているのは当たり前でごはんをいつでも食べられるようになっている。おそらく彼女のような女はパッと出てくるとしたらリアさんぐらいしか出てこない。あの人も大概甲斐甲斐しいからな。俺が知る限り、あの人は朝早く起きて兄貴の分の弁当を作っていた。

 

「ありがとうございます。ユウ様、もし必要ならば私も出ますが」

「いやいや、出なくていい。高が10人程度、俺一人で十分だ」

「それはどうかな?」

 

 黛が何か言いたそうな反応をするが、俺は奈々たちにも言われたことを言った。

 

「「相手の教員は全員が山田先生に匹敵する実力者」、だろう? もう聞き飽きたよ、その言葉は。……それでも相手は弱いと思っているけどな。だって所詮は候補生止まりだろ?」

「うわぁ、強く出るねぇ。あ、ちなみにこれは観客席に放送されているから」

「あ、やっぱり。アンタが来た時点でなんとなく察してた」

 

 談笑していると、仮設ピットに備え付けられた通信端末が音を発する。

 

「何ですか?」

『こっちの準備は良いわ。さっさと出てきなさい』

「へいへい。まぁ、精々頑張ってくれや」

 

 適当に答えた俺は二人から少し離れて「黒鋼」を展開した。

 

「二人は早く観客席に行けよ。桂木悠夜、「黒鋼」、行くぜ!」

 

 カタパルトに接続していつもの口上を言ってから発進する。

 夜の海に自動操縦のサーチライトが照らし出され、観客席にもよりわかりやすく状況を伝えるようになっている。……おそらく、サーチライトの上についているのがカメラだろう。

 

「来たわね、異端者」

「あなたの勝手で私たちを部隊から外すなんて生意気なことを」

「だったらアンタらが戦果を挙げれば良かっただけの話だ。文句は己の無能さを嘆くのみにしてくれ。ゴミ教師」

 

 瞬間、試合開始の合図が鳴り響いて試合が行われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――突然の結婚宣言

 

 運動会の閉会式に悠夜が言い放った言葉は教員・生徒問わずに反響を呼んだ。みんなの憧れである更識楯無を妻とするという宣言は全員の心に深く突き刺さったのである。それに加え、今度は教員を相手に悠夜が喧嘩を売った結果になったため、生徒たちは奮起した。あの憎き悪魔を潰さんがためと様々な生徒が動いたのだ。ある者はより相手にダメージを与える物を、またある者はあらゆる攻撃を防ぐ物を次々と開発していった。

 そのため、整備・開発科所属や志望しようとしているものはギリギリまで製作とテストを行っていたので今にも倒れそうである。

 そんな中、悠夜とは違ってモテているが自覚がない織斑一夏は悶々としていた。

 

 ―――どうして俺がいずれ妻にする女を攻撃しなければならない

 

 一夏の脳内では、あの時の悠夜の言葉が何度も再生される。普段の彼ならば流せたはずの言葉なのだが、自分とはタイプが違う相手で衝突することはあったが、実は少し一目置いていたのだ。しかし、一夏は自覚はないが恋愛に関しては鈍感で、それは自分だけではなく他人に対してでもある。それは彼自身がISという未知の分野を(自業自得とはいえ)事前学習なしで取り組んでいたのも原因だろう。さらに言えば、彼や悠夜を中心に様々なことが起こっていた……いや、起こりすぎていたと言っていい。そんな環境にいたからこそ、恋愛に対しての鈍感さにより磨きがかかったかもしれない。

 

「……か…おい、一夏!」

「え? な、何だ?」

 

 箒に呼ばれ、一夏は我に返って反応する。

 

「一体どうしたというのだ? さっきから呼んでも返事をしなかったが……」

「もしかして気分が優れないのですか? それならば部屋に戻りませんこと?」

「いや、大丈夫だ。心配かけたようで悪いな」

 

 一夏はそう言うと始まっている試合に集中する。

 悠夜が「ラファール・リヴァイヴ」7機、「打鉄」3機で構成された教員部隊を相手に立ち回っている姿に、一夏は劣等感を覚えた。

 

(……やっぱり、すげぇよ悠夜は)

 

 特殊近接ブレード《蒼竜》で《葵》と切り結ぶ。それだけではなく、左腕は《フレアマッハ》によるビーム攻撃を行っていた。

 だが、悠夜が相手にしているのはたった3機の「打鉄」と援護していると思われる「ラファール・リヴァイヴ」1機だけである。

 

(……何を企んでいるんだろうな)

 

 少しばかり楽しんでいると、背後から何かが接近してくる。それを感じた悠夜は「打鉄」を蹴り飛ばして《フレアマッハ》を持っていた手に盾を入れ替えるように展開した。

 

 ―――ガッ!!

 

 間一髪。だが、それだけでは終わらない。

 「打鉄」3機すべてが瞬時加速を行い、その場から離脱した。

 

「今よ! 全員撃ちなさい!!」

 

 その声に悠夜は反応する。振り向いた瞬間、悠夜に向かって弾丸の雨が降り注いだ。そして、おまけにもう一つあるものを放られる。

 

「―――あれ?」

 

 信じられないものを見た悠夜は反応が遅れる。動いた瞬間、悠夜の前でかつて彼が喜々として使用した例の爆弾が爆発した。

 

 

 

 その光景を見た楯無はすぐに立ち上がった。

 

「ちょっと待って。アレってユウ君が学年別トーナメントで使っていた爆弾よね?」

「……ええ。出力も同等ですわ。それがどうしてこんなところで……」

 

 虚がデータを彼女専用の端末で照合させて答える。

 楯無がすぐに試合を止めさせようとした瞬間、簪が服を掴んで止める。

 

「お姉ちゃん。止めなくていい」

「でも、あれは至近距離で爆発させたらISを行動不能にさせるものよ。「黒鋼」ならひとたまりもないわ」

「………お姉ちゃん、忘れてる?」

 

 首を傾げる簪を見て楯無は嫌な予感を感じた。

 

「……何を?」

「にぃには王子で中二病だよ」

「簪ちゃん。私にもわかるように説明してくれないかしら?」

 

 今はふざけている場合ではないと言いたくなった楯無だが、簪の言葉を代弁するように近くにいたミアが言った。

 

「例えどんな状況でも、ユウ様ならば打開できる。彼女はそう言いたいのよ」

「……ミア・ガンヘルド」

「―――え? どうしてアンタがここに!?」

 

 近くにいた一夏が立ち上がる。そして箒やシャルロットも信じられないと言わんばかりにミアを見た。

 だがミアは最初から眼中にないのか、無視して今も爆発によって見えないがいるであろう悠夜の場所を見た。

 

「しかし、随分とここにいる教員は過激なことをするのね。でも、滑稽だわ」

「……答えて。君はどうしてここにいるのかな?」

「そうピリピリしない方がいいわ、シャルロット・ジアン。あなたはここを戦場にして、ダメージを負ったと思って歓喜している間抜けな生徒たちを殺したいのかしら? それに、私はずっとIS学園にいたわよ。たまに外を走っているし」

「………なら、何故私たちがそれを知らないのだ。貴様ほどの危険人物なら知らされてもおかしくはないだろう」

「知っていてもあなたたちでは対処のしようがないからでしょうね。それに私はユウ様以外の男に興味ないの。ましてや病気と思ってもおかしくはないほどの男に恋したところで無駄に時間を過ごすだけでしょう?」

 

 心当たりがいるのか、箒たちは言葉を詰まらせる。

 すると、ほとんど同じタイミングで煙の中から悠夜が落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮にも代表候補生の集団ってことね。意外とやるじゃない』

 

 クロが冷静に言う。俺もそれに同調した。

 今、俺の海面に膝をついている。「黒鋼」は爆発の影響で煙が上がっている。

 

「どうかしら? 舐めていた相手にここまでされるというのは」

 

 彼女らの戦法は至ってシンプルだった。彼女らはまず円形になって俺を「籠の鳥」の状態にしてリンチにする。ホバリングも普通にできるから、上下運動もそこまで苦ではないのだろう。

 

「少し、あなたたちを過小評価していたよ。………まぁ、それでも俺には勝てないけどな」

「強がりもそこまで行けばご立派ね」

「クフフフフ。では見せてもらいましょうか。あなたたちが無様に這いつくばる姿を」

 

 《バイル・ゲヴェール》を展開し、俺は1機に狙いを絞って突っ込む。

 

「まるで猪武者―――キャッ!」

「年齢を考えて叫べよ。そんな叫び方が許されるのは20歳までだ!」

 

 手元の武器が爆発したから仕方ないけど。

 

「忘れたようだから言っておくけどな、「黒鋼」は完成した第三世代型で、本当の意味での私の専用機だぜ? 換装パッケージがなくても―――高々訓練機の集団如きに私が負けるわけないだろ―――が!」

 

 ライフルの先端部分は本来ならば銃剣―――つまりナイフに近い刀剣を装備されている。が、《バイル・ゲヴェール》の場合は「斧」が付いている。俺はそれを思いっきりぶつけて相手のシールドエネルギーを一気に削った。

 

「やったわね、この!」

「…《サーヴァント》」

 

 スラスターを破壊して機動力を削ぎ、一人の喉に斧をぶつける。ぶつけられた相手はカエルが潰れた声を出すが、構わずぶん回した。シールドエネルギーが急激に減っていき、「打鉄」が1台戦闘不能になる。

 

「やったわね! 今よ、ビームを放ちなさい!」

 

 「「ラファール・リヴァイヴ」」がビーム兵器を使って攻撃してくる。俺はマントを出して防いだ。

 

「何で―――」

「悪いな。この「黒鋼」のベースは海賊だ!」

 

 安定と安心の《デストロイ》を起動させてぶっ放す。収束と拡散を切り替えて「鳥籠」状態を解除しにかかる。

 

「この、なんて威力―――きゃぁっ!!」

「こんなの反則よ!」

「怯まないで! まだ数ではこっちが有利よ!」

 

 飛行形態に変えて突っ込む。最初はスラスターのみだが、《デストロイ》を後方に展開することでさらなる加速を得るのだ。

 おそらく「紅椿」と同等かそれ以上のトップスピードを叩き出す。一気に距離を詰めて「「ラファール・リヴァイヴ」」2機すれ違いざまにビームブーメラン《疾風》を展開して斬りつけた。

 

「そんな、今ので削られるなんて―――」

「おいおい、誰を相手にしているのかまだ気付いていないのか?」

 

 宇宙戦艦が180度回頭するように飛行形態のまま前後を入れ替えて人型に戻る。そのどさくさに紛れて《サーヴァント》を展開して「ラファール・リヴァイヴ」のエネルギーを削っていき《蒼竜》の強化斬撃で止めを刺す。

 

「こ、こうなったら―――」

 

 俺はすぐに例の爆弾を用意している機体の手元を《フレアマッハ》で撃ち抜き、爆発を起こす。幸い、俺はすぐに移動したので余波は届かなかったので、残っている機体を処理しにいく。

 

『後は4機よ。一気に決めて』

「じゃあ、アレで行くか」

 

 《バイル・ゲヴェール》を再展開し、俺はさらに上空に飛ぶ。そして一人めがけて光弾と実弾をランダムに撃ちながら移動を始める。

 

「ちょ、何なのよ! 出鱈目よ!」

「この程度で出鱈目とか、慣れなさ過ぎだ!」

 

 こんなの、俺の常識じゃ日常茶飯事だ。………というか、普通に地球壊しかねないことが日常茶飯事になっている。

 今の1機を落としたので残りは3機。俺はそいつらに視線を飛ばす。

 

「さて、7機が落ちた。後はアンタら3機だけだが一応は降参をお勧めしようか?」

「……ふざけないでよ。私たちがそんなものを受け入れると―――」

「降参しても俺は受け入れないがな」

「この悪魔!!」

 

 悪魔? それじゃあ程度が低いだろうが。

 

「どちらかと言えば魔王だろう? それとも、「魔王」の称号を得るにはもう少し激しくした方が良いか? ……いや、激しく、荒々しく、残虐性が必要か。幸い、相手は「男より強い女」だから手を抜く必要はないしな」

 

 結局、換装パッケージは必要ないし。……改めて考えると黒鋼って物凄く強いよな。

 

「さて、ここからは地獄への一方通行だ。死にたくなければ引け。死にたければ我が前に出よ。望み通り、消してやる」

 

 《蒼竜》を展開し、俺は残り3機を潰すために接近した。




彼女らは犠牲になった。悠夜が絶対的勝者になるための犠牲にな。

ということで、IS学園の教員は悲惨な目にあいました。……おそらく、ここまで酷い目に遭うのは後にも先にもこの作品ぐらいでしょうね。(合掌)


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#152 暴君な会長

おまたせしました。今回は短めです。


 そこはとある喫茶店。黄緑色の髪をした女性は紅茶を飲んでいる。その隣では白い猫が入っているキャリーケースが揺れている。

 

「あなたは大人しいですね」

 

 女性は出してやりたいとは思っているが、これも任務の一つであるため容易にそうはできない。

 すると喫茶店のドアが勢いよく開かれ、秋なのにまだ暑い今には似合わないニット帽を被り眼鏡をかけた女性が現れた。応待しようとする店員に「待ち合わせ」と伝えて姿を探すと、近くを通った時に女性は言った。

 

「―――あなたの宝物はここにいますよ」

 

 ぴたりと、脚を止めるのを見た女性。いつもの彼女の姿を見たら、大半の人が逃げていくだろう。

 

「座ってはどうですか? 周りに迷惑かと思いますが」

「その迷惑をあたしにかけているアンタがそれを言うサね」

「そうでもしなければあなたはここに来なかったでしょう?」

 

 黄緑色の髪の女性―――リア・ガンヘルドはイタリア代表「アリーシャ・ジョセスターフ」に言った。

 アリーシャはリアを睨むが、リアが何のアクションも起こさないのを見て大人しく座る。

 

「それで、一体何の用サね? 事と次第によってはこの場でアンタを八つ裂きにする」

「1か月前にあなたはスコールから亡国機業に加入するように言われましたね。それを止めに来たんです」

「………何でそれを? あの話は誰も聞いていなかったはず」

「こちらにもそれなりの伝手はあるんです。例えば、風とか」

 

 最初は意味がわかっていなかったアリーシャだったが、メニューが弾け飛んでのを見た彼女はリアを見た。

 

「……なるほど。アンタが風の一族「ガンヘル ド」って奴サね」

「ええ。仮に、あなたがここで「テンペスタ」を出したところでどうしようもないことはご理解ください。人……いえ、猫質もいるわけですし」

「……いい度胸してるサね」

「これでもかなり手を抜いていますよ。本当ならあなたが大好きな織斑千冬の四肢を捥いでおきたかったのですが」

 

 そう言ってリアは紅茶を飲む。アリーシャはリアを睨み続けた。

 

「……まるで、千冬如きいつでも殺せるって言っている風に聞こえるサね」

「その認識で間違っていませんよ。彼女も、そしてあなたも」

 

 ―――腕が目がなくなったことで余計に弱く見えますよ

 

 そこまでは言わなかったが、リアが言ったことは要はそう言うことだ。

 だがそれは間違いではない。今ではミアが性能を凌駕しているが、リアとて負けてはいないのだ。むしろ、レヴェルではミアが色々していた分目立っていないだけである。

 この姉妹は、本質的にはまったく同じなのである。そしてその本質は―――手段は選び、選ばない。

 

「でも、私はこれで。先に失礼させていただきます」

 

 まだ少し残っていたはずの紅茶は空になっている。リアは伝票を持って立ち上がり、アリーシャの隣を通り過ぎた時に思い出したように言った。

 

「そうそう。今度の作戦に織斑千冬に協力するそうですが、引き際は見極めた方が良いですよ」

「ふん。言われなくてもわかってるサね」

「いいえ。あなたは少しもわかっていません」

 

 ―――殺気

 

 ガラスにヒビが入る。アリーシャはすぐに戦闘態勢を取りたかったが、濃度が濃く、動けなかった。

 

「その日、あなたは行動を間違えば一瞬で消え去ります。古都は滅び、戦場と化す。その勢いはISでは起こりえない現象が、あなただけではなく、あらゆるものを消滅と導き、黒が進化し、白が黒と化す。そんな渾沌の中じゃ機械の風は呑まれるだけですので」

 

 伝え終わったリアは何一つ表情を変えずに会計を済ませてそこから出て行く。

 アリーシャがようやく動くことができたのは10分程後で、彼女はゆっくりと愛猫を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、俺は体育館の壇上に登り、全校生徒の前に立っていた。

 

「昨日は観戦、お疲れさまでした。どうでした? 調子に乗って禁止項目の武装を使った結果、無様に負けて行く教員たちの姿は」

 

 毒を交えて話すと、沈黙が起こった。たぶん、この中で笑っているのは簪くらいだろう。

 

「さて、どうやら特に反論とかもないようなので本題に行きましょう。本日から一週間、1、2年生から学園部隊に入隊希望者を募ります。希望者がいるなら、生徒会室前にて応募用の紙と投函用の箱があるからその中に入れるように。ちなみに今回はより作戦通達率を強化するため、通信・情報科志望の生徒も募集しているので興味があるなら投函しろ」

 

 そう言うと生徒たちからブーイングが起こった。

 

「誰がアンタの指揮下に入るのよ!」

「ふざけないでよ! そんなのごめんだわ!!」

 

 俺はマイクのスイッチをオフにして軽く壇上を踏む。すると体育館に地震が起こり、全員がバランスを崩した。

 そして再び、マイクのスイッチをオンにして話を始める。

 

「この通り、俺が少しでもその気になればここにいる全員を―――引いては世界を崩壊に導くことは簡単だ。なにせ俺の能力は常人程度じゃ抑えられないからな。もっと言えば俺がキャノンボール・ファスト前の授業でサボって新技開発していたことは一年一組は知っているだろうが、あの技は最初にISを、最後に人間を球体に取り込んで消滅させるための物だ。これまでは持続時間が発射後5秒程度でしか持たなかったから大した害はなかったが、今の俺ならその気になれば国一つ消滅させるのは簡単なんだよ。そんな俺が部隊を必要とするか? むしろどうしてさっさと国を滅ぼした方が早いのに無駄に人件費を使わないといけないのか甚だ疑問だ」

 

 俺には奈々のようなカリスマ性はない。あるのは異常な能力程度だ。

 だが今までその異常な能力で様々なことを乗り切った。時には助けてもらったが、今はもう何の後ろ盾が必要ないほどに成長……いや、覚醒した。

 

「だが、その力で学園が守られるのは後2年と少し………いや、場合によってはもっと少ないかもしれない。そんな中、貴様ら雑魚がまともな訓練も積まずにいればどうなる? かつて俺の義妹が言っていたが、お前らは「兵器を扱っているという自覚が少なすぎる」。いや、「無い」と言っても過言じゃない」

 

 これは以前から思っていたことだ。もし少しでも思っていたらIS学園に入学することを躊躇うはずだ。

 

「そのせいで男に対して見下したりするんだろう? 忘れていると思うが、未だに各国の有権者は大半が男。そして俺もが男だ。つまりどういうことかわかるか? こんな雑魚しかいない学園なんざ、1時間あればテメェら全員を骨すら残さず消し飛ばせる」

 

 ちなみにこれは本当だ。まぁ、あくまでも1時間は目安だがな。

 

「それに、お前らは一体何のためにISを学ぼうと思ったんだ? ISで大成するためだろう? 織斑千冬みたいになりたいんだろう? 整備や開発で新たな武器を作り上げたい、機体を作りたいなど、それぞれの夢を持っているんだろう? 整備や開発、情報ならまだ良い。優秀ならばいくらでも仕事は見つかるが、操縦科は違う。改めて聞くが、高が467個の椅子を勝ち取れるほどの技量はあるのか? いや、俺や織斑が既に持っているし、専用機持ちも既にいる。さらに言えばISコアは完全なブラックボックスだから解析のためにいくつかのISは犠牲になっているから、本当はもっと低いだろう。その少ない椅子をアンタらは取れるほどの実力はあるのか?」

 

 そこまで言うと、生徒たちは完全に黙った。本当はIGPSとかがあるだろうが、あの国にはISに興味ない奴らがゴロゴロいるし、今は機密事項だから知らないだろう。

 

「勘違いするなよ、ゴミ共。俺が「学園部隊」というのを用意するのはアンタらにチャンスを与えてやっているだけだ。そこだけは頭に入れて今後の身の振り方を考えておくんだな。ちなみに教員枠も再編する予定だから、落ちたくなければ頑張れよ? 話は以上だ」

 

 マイクのスイッチをオフにして俺は袖の方へと移動すると、涙目で簪と本音が俺に訴えかけてきた。

 

「やるなら前もって言ってほしかった」

「急にやられて怖かったんだから!」

「ついカッとなってやった。後悔はしていない」

 

 たぶん震度4は観測されているんじゃないかって思う。いや、むしろその程度で済んだことに安堵するべきか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全校集会はつつがなく終了。そして、俺たちは生徒会室に残って書類整理に戻る。

 会長の席にはたくさんの書類が並んでおり、その整理をしていると奈々がこっちに近付いてくる。

 

「手伝おうか?」

「いや、いい。これくらいは自分でこなさいといけないだろう。……っていうか、この学園って色々と特殊だよな。期間ずらして毎年全生徒が修学旅行に行くなんて贅沢の極みだろ」

 

 そう言いながら書類の一つをつまんで奈々に見せる。重要書類だが、奈々は国家代表だし元々会長だったんだから大丈夫だろう。

 

「確かにそうね。でも、進級すればますます訓練や研究に力を入れることになるし、その息抜きとして修学旅行があるわね。それに今頃の3年生なんて大変よ? 虚ちゃんはずっと生徒会に力を入れていたから卒業課題は今取り込んで所だし」

「……大丈夫なのか?」

「前々からアイデアはあったみたいだから。それに、仮にも私の右腕なんだし卒業してもらわないと」

 

 まぁ、その辺りは大丈夫だろう。あの人も去年までは奈々と二人でやってきたんだし。

 

「じゃあ、この時期で欠員が出るのは仕方ないわけか」

「あら、虚ちゃんは行くわよ」

「……マジで?」

 

 今、忙しいとか言ってなかったか?

 

「1か月で仕上げるって言ってたわ」

「……それ、死なないよな?」

 

 そういえば、最近整備員に無理ばかりさせている気がするが、本当に大丈夫か? 少し不安になってきた。

 改めてスケジュール表を確認する。昨日のことで今日も学園の整備員は大忙し。来週はテストで、その1週間後には京都の下見が始まる。

 

「なぁ、今回って結構乱入されたからIS学園所属の整備員ってボロボロだよな?」

「そうね。でも、今までが暇すぎたから勘を取り戻すには良かったと思うわよ」

 

 まぁ、今までが平和だったしな。そう考えるとこれまでの騒動は彼らにとっても良かったのかもしれない。

 

「……ところで、奈々はあの話は聞いたか?」

「…下見の話かしら? それとも、下見の本当の目的かしら?」

「二つ目だな。ということは、亡国機業が京都で何らかの動きを見せるというのは本当なのか?」

「そうね。でも、この情報は出所自体が不明なのよ。一応、IS委員会から持たされた情報ってことになってるわ」

 

 俺が生徒会長になってからというもの、対談を設けてくる奴らか。

 実は、生徒会長に就任した場合はIS委員会と会談しなければならないらしいが、俺はその申し出を一切無視している。どうせ色々と言ってくるのは目に見えているからだ。

 

「念には念を…ってことか。面倒だな」

 

 いっそのこと、レイがこっちに戻ってくれれば俺は戦わずに済むがそうは言ってられないな。

 

「……そう言えば、奈々は織斑先生の機体がどこにあるのか知ってるか?」

「……それはわからないわ。でも、ある程度当たりは付けている」

「学園の地下区間、そのどこかか」

「ええ。あの襲撃以降、織斑先生は何度か地下に訪れている」

 

 なるほどな。どうしてそれを使わないかわからないが、そろそろあの女にも働いてもらおうか。

 いくら過去に軍の教官をしていたと言っても、アレの本質は先陣を切って戦うタイプだ。そして本人もそれに気付いているはず。

 

(一度、全員の前でネタ晴らししたいな)

 

 今度の下見で、ほとんどのことに決着が着くかもしれない。俺は何故かそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイ様、今度の仕事なんですが」

「ああ。IS学園の連中が下見に襲撃するって話?」

「はい。本当に私たちは出ないといけないのでしょうか?」

 

 ティアの質問にレイは頷く。

 

「まぁ、仕方ないんじゃないかな? スコールも僕も今の世界は嫌いだからね。少しでもIS学園を崩壊に導こうとしているんだろう。そしてもう一つの目的は、ユウ兄さんをこっち側に引き込むことだし。僕もそろそろスコールには諦めてほしいとは思うけどね」

 

 レイはそう言いながら、ティアのお尻を触る。ティアはティアで気恥ずかしさがあるのか顔を赤くするが、それでもなされるがままだった。

 そして今度はお互いが求めるようにキスをしはじめる。場所は格納庫で技術主任を務めるティアを呼ぼうとした一人が首を振って2人には聞こえないように邪魔しないように通達した。

 お互いは気が済んだのか、キスを終える。

 

「ところで、ティアは本当にアレに乗るのかい?」

 

 レイの質問にティアは頷く。

 彼女の後ろには20m近い物が立っており、今も作業が続けられている。

 

「戦争でもおっぱじめる気かって突っ込まれてもおかしくないよね、これ」

「ISを落とせれば、万々歳」

「確かに、馬鹿な女に対しては有効だろうね。……でもさ、僕が直々にすべての女尊男卑の女を殺して回った方が早くない?」

「スコール曰く、デモンストレーションは必要だって」

 

 それを聞いたレイはため息を吐いた。

 

「そのために京都は犠牲になるわけね」

「……私は必要以上に撃つ気はない」

「いや、それ以前に君には戦場には出てほしくないんだけどな」

 

 レイは本音を漏らす。だがティアは、レイと常にいたかった。

 それ故に「嫌」とはっきりと断り、レイに抱き着く。

 

「わかった。でも、死にそうになった時はすぐに逃げろよ」

「………りょーかい」

 

 2人がじゃれつき始めたことで、気が利く整備兵はブラックコーヒーを配り始めた。それほど汗と油にまみれているはずのその空間はとても甘くなっていた。 




ユウとレイの差

ユウ……2人だけでもいちゃつかない

レイ……周囲に興味がないから普通にいちゃつく

実はIGPSが来るまでレイはずっと生身で出撃していたので、大怪我を負った時に離れたくないからということで始まった過度な愛情表現。


次回から、次回から本編に入ります。


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#153 京都攻略作戦会議

 新学園部隊の募集が終わり、修学旅行の下見が始まる数日前。イージスコンビを含んだ専用機持ちと主要教員らは視聴覚室に集められていた。

 集会では「専用機持ちたちが京都に下見に行く」と言っておいたが、実際は亡国機業掃討作戦である。

 その説明をすると、普段からは想像できない真剣さがあった。

 

「はっきりと言うが、現時点で亡霊共が現れるかもしれないという情報があるだけで実際はエンカウント率は低いと思われるが、それでも警戒は絶対にしろ。特に強い機体を持っている雑魚2匹」

「……面と向かって言わなくてもいいだろ」

「言わないとお前らは理解できないだろ。そして、これが当日の行動メンバーと範囲だ」

 

 指を鳴らすと、それぞれの前にモニターが投影される。

 

「まず、A班はラウラ、織斑、篠ノ之、オルコット。ラウラは当日、3人が下らない茶番を始めたらこのハリセンで叩いて潰せ」

「わかりました。必ず任務を果たして見せます」

 

 そう言ってラウラは俺の前に現れてハリセンを受け取った。

 

「次にB班だが、俺とダリル・ケイシーにフォルたん……じゃなくて、フォルテ・サファイア」

「今変な名前で呼んだな!?」

「落ち着けフォルたん。話が進まない」

「ふっざけんな!」

 

 暴れようとするフォルたんをケイシー先輩が止めてくれた。あまりの暴れっぷりに一同ドン引きである。

 

「続いてC班にはジアン、簪、ミア、鈴音」

「………あの人も、作戦に参加するの?」

「もちろんです!」

 

 上から回転しながら降りてくるミア。綺麗に着地して俺に抱き着いてきた。

 

「待て。そいつが学園にいることは知っているが、学園の生徒ではないのだろう? 何故参加する?」

 

 篠ノ之の質問に答えようとしたが、その前にミアが言った。

 

「主が戦地に赴くのに、妻である私が残るわけにはいかないでしょう!」

「単純に! 戦力の問題だ」

 

 ミアを引っ込ませて本当のことを言った。

 

「知っての通り、これまでの襲撃はたいてい複数で攻めてきている。特に亡国機業が攻めてきた場合は圧倒的に数が増える。おそらく………いや、向こうには篠ノ之束に匹敵するほどの頭脳を持つ技術者がいる。そしてあろうことかそいつは、キャノンボール・ファストにも、おそらく学園祭の時にも現れていた」

 

 全員が唖然とする。特に織斑先生は一際特殊だったな。

 

「と、ということは向こうはISコアを作り放題なの!?」

「そういうことになるな。ちなみにその子の名前も素性もわかっている。というか、これの妹だ」

 

 ミアを指しながら言うと、奈々は驚いていた。

 

「特徴はたぶん、胸以外はミアと同じはずだ。だが、確か目が黄色だったか?」

「……ねぇ」

 

 鈴音が挙手しながら尋ねてきた。

 

「その子の情報を出していいの? 仮にも、アンタの義妹なんだし」

「おそらく彼女がすべての制御をしているだろうからな。その後には装置を取っ払って逃がした方が良いけど」

「こういう時は拷問とかかけるべきなのでは? さらに情報を引き出すためにも」

 

 それを聞いた俺はため息を吐き、拷問とか言った教師に質問する。

 

「俺とレイの決定的な違いって何かわかるか?」

「何かしら? 私には皆目見当も―――」

「殺せるか殺せないかだ。そしてレイは俺と違ってずっと亡国機業にいたから他人を殺すことに躊躇いはないだろう。逆に聞くが、この中の誰がそんな人間を敵に回して生き残れる自信がある?」

 

 機体スペックを除くという条件であるとすれば奈々ぐらいだ。もっとも、奈々をレイと戦わせるつもりは毛頭ないけど。

 

「ってわけだ。後の構成員はこの前学園祭に現れたオータムという性格の悪い女だが、単純なので少し挑発すれば捕まえやすくなるだろう。たぶん、実働部隊の中で一番の雑魚だが、油断するなよ。特に織斑」

「い、言われなくてもわかってるさ」

「学園祭からかなりの日数が経過している。おそらく改修されてより強化されているからより警戒することだな。特に織斑と篠ノ之」

「だから何で俺!?」

「私も含まれるのは心外だぞ?!」

「はいはい、わかったわかった。ともかくオータムに関しては馬鹿みたいに突っ込まずに対処すればどうにかなる………が、問題はその他の構成員だ。今の確認していて、レイとティアちゃんを除いた場合の脅威なんだが、専用機持ちは全員知っているだろう。「サイレント・ゼフィルス」を装備する「エム」、そして実働部隊のリーダーと思われるスコール・ミューゼルだ」

 

 織斑と篠ノ之は無視して話を続ける。エムの方は「サイレント・ゼフィルス」を装着している状態で、スコールの方は奈々が対峙した時に写真を撮っていたらしい。織斑は驚いていたが、それはあえて無視しておく。

 

「技量はもちろん、機体スペックからしてどちらも単機では対処は難しいだろう。特にエムが駆る「サイレント・ゼフィルス」に備わっているビット兵器の多彩さはオルコットを超える。少なくとも、同じくビットをメインで扱っている俺と戦うつもりで臨んだ方がいい。そして、スコール・ミューゼルの方は―――」

「そこは私の方から説明するわ」

 

 これはあらかじめ、この作戦会議を設ける時から決まっていたことだ。

 スコールとまともに対峙したことがあるのは、この中では奈々ぐらいだろうからな。

 

「まず、スコール・ミューゼルと戦う時に注意すべきことなんだけど、彼女の周りには常に炎の壁が張り巡らせられているわ。そのため、それを突破するには「零落白夜」が必要不可欠よ」

「……ということは、その人の相手は一夏がするってことですか?」

「無理ね。いくら織斑君が成長しているって言っても向こうは国家代表とも渡り合えるほどの実力者。つまり、彼女を倒すには同じく「零落白夜」を使える人じゃないといけない」

 

 篠ノ之の言葉を奈々は否定し、織斑先生の方を向いた。

 

「……何が言いたい」

「織斑先生、今回の作戦にはあなたにも出てもらいます」

 

 途端に会議室に悲鳴に近い驚きの声が上がった。

 

「何を言う。あの機体は―――」

「IS学園の地下にあるんだろう? アンタの「暮桜」は」

 

 本来なら、国家代表を国の許可なしにやめることはできない。いくら3年前のモンド・グロッソで逃げ出して日本に泥を塗ったとしても、だ。何せこの女の実力は俺らがいなくなればいつでも第一線に返り咲いても活躍できるほどの実力は残っているからだ。そして、同時に彼女は篠ノ之束の関係者。ISを1機程度都合することは可能だろう。

 

「ちなみにごまかしたところで見つけ出すことは可能だからな。なんだったら、今すぐにでも地下に行って見つけてきてやろうか?」

「……それもサードアイシステムとやらの力か?」

「いいや。ルシフェリオンがあるなら使うことはできるが、この前の騒ぎで崩壊した。今は別の奴から情報をもらっている」

 

 さすがはクロ様だ。コア・ネットワークを使って現在地を特定した。

 

「ちょっと待て。ルシフェリオンがなくなったことは―――」

「ああ、リヴァイアサンに対抗する術は一つだけある。俺が生身で倒すだけだ」

 

 もっともそんなことをした場合は京都が沈むだろうが。

 周りは騒ぎはじめるがとりあえず黙らせ、話を続ける。

 

「さて、織斑千冬。アンタの「暮桜」は轡木ラボに回収させてもらう」

「………何故そんなことをする?」

「今回の組織襲撃を無事完遂すれば、あとはこまごまと各国からのスパイを掃討する程度だ。なぁに、下見の日までにはしっかりと返還する。山田先生の機体と一緒にな」

「わ、私の機体ですか……?」

「そうだ。他からの文句はあるだろうが、これは最初から織斑先生と一緒にいることが多い山田先生に決まっている。それに過去のデータを洗わせてもらったが、織斑先生のフォローを含めて山田先生が武装使用回数を含めて相性が良いと結果を出した」

 

 生徒会長という立場はこういう時に役立つからなぁ。まさか教師の過去の戦績なども調べられるなんて思わなかったが。

 

「あの、そんなことを勝手にしていいんですの? 織斑先生は今は一教員とはいえ、勝手に技術披露に使うなんて―――」

「IS委員会にの許可は取ってないが問題はない。確かに周りからは文句は言われそうだが、技術的には轡木ラボが一番高いのは否定できないことだし、何よりも俺を唸らせるほどの技術者がいるんだ。逆に弟同様機体に振り回されるだろうよ。それとも何か? いくらブランクがあるとは世界最強に低能技術を使わせるつもりか?」

「そ、そういうわけではないですわ。それに、IS委員会に黙っているのは流石に問題があるのでは?」

「んなもん適当に聞き流せばいいんだよ。大体考えてみろ。これから亡国機業を潰しに行くのは誰だ? 言うまでもないが俺たちだ。適当に仕事をして将来の敵をどうやって潰そうか考えているような奴らじゃない。だったら味方の能力を上げようが武装を強化しようが文句を言われる筋合いはないし、討伐をするのに広告塔代わりに使われちゃはっきり言って迷惑だ。だから、「暮桜」並びに「ラファール・リヴァイヴ」の改修は行う。お前ら代表候補生はそのことを行ったのは俺の単独って報告すりゃあいい」

 

 そもそも、討伐作戦がIS学園の人間主導でやること自体、話がおかしいんだけどな。

 

「話を戻す。そしてこれは今回の仮設本陣での待機を命じるが、いざとなれば主力として出てもらうが、D班に更識楯無、織斑先生、山田先生についてもらう。ちなみに仮設本陣には教員が適宜オペーレーターの役割をしてA~C班にも状況を伝えてもらう。先に言っておくが、私情を挟んで適当な報告をしたら、生徒会長の権限を持ってクビにするから覚えてろ」

 

 理事長と学園長の両名には了解済みだ。あの2人は元々女尊男卑には反対だし、この機会に邪魔者を減らすつもりだろう。

 

「さて、ここからはそれぞれの班の役割だが、まぁ適当にぶらぶら見学をしてろ。いざ会敵したら戦闘開始だ。当日はできるだけ人を減らすつもりらしいから安心して戦え。だがまぁ、先に言っておく。篠ノ之、お前はできるだけ戦闘するな」

「……それは私の腕を信用していないからか?」

「俺の中ではお前の価値は『絢爛舞踏』以外は一切ないが?」

「いくら何でもそれは言い過ぎだろう!?」

「あ、展開装甲も切っておけよ。無駄にエネルギーを放出してちゃあ意味がない。それとオルコット、お前は篠ノ之の近くで前衛とそのフォローをする織斑とラウラのサポートだ。エネルギーが切れたら織斑たちとは別のタイミングでエネルギーの補充するようにしろ。織斑はとりあえず囮にでもなっとけ。後は大抵ラウラがなんとかしてくれる」

「囮って酷いだろ!?」

「俺は燃費が悪いその機体を黙って使っているお前の神経が酷いと思うけどな。他の班は特に言うことはない。適宜行動して各個撃破に当たってくれ」

 

 とりあえず会議をこれで閉めて解散させる。だが織斑先生と山田先生にだけは残ってもらった。

 

「それで、私たちに用とは何だ?」

「これがアンタらように考えておいた改修プランの概要だ。目を通して、今日の内にまで俺に連絡をくれ」

 

 そう言ってファイルをそれぞれに渡す。2人は早速開いて目を通し始めたが、織斑先生の方からすぐに声が上がった。

 

「私の武装に関しては特に変更はないのか?」

「アンタが慣れているのは剣技だろう? 一応、パイルバンカーの類なども装備しておくが?」

「おそらく使わないと思うが……一応お願いできないだろうか?」

「りょーかい。その辺りのことも要請しておくよ。で、山田先生は何かあります?」

 

 さっきからだんまりな山田先生に話を振ると、おそらく大抵の男を落としてしまうかもしれないほどの破壊力がある上目遣いで聞いてきた。

 

「………あの、私が本当にこんな機体を使用しても良いのでしょうか?」

「そんなに気に入らなかったか? とすれば後でプランを練り直すが……」

 

 ちなみにその被害はすべて奈々の所に向かう。

 

「ち、違います。その、何と言いますか……」

「桂木、見てもいいか?」

「ええ、どうぞ」

 

 ……そんなに問題があったか?

 だが、山田先生の怯え方は尋常ではない。ちょっとしかロマン要素は含んでなかったはずだが。

 

「……桂木、これは本気か?」

「当たり前だろ。アンタの緊急退避の援護はもちろんのこと、D班の3人の構成を考えるなら更識姉と教員2人のペアぐらいしか思いつかないし」

 

 本当は奈々の水分身を仮設本陣においていざとなれば防衛してもらうとかってのも考えているけど。だが、どっちにしろ山田先生は射撃で援護してもらうことが多くなる。

 

「だからと言って銃火器オンリーなのもどうかと思うがな」

「いざって時は近接パッケージを装着して戦ってもらえばいいだろ」

 

 そう。山田先生の機体は中・遠距離仕様の武装しかない。一応BT兵器も搭載しているが、それは完全にコンピューター任せ。一応はスコール、エムとの対戦に重きを置いた武装構成になっている。

 

「一応、盾も装備してもらっているが防御の面は周囲に置いているタートルシールドでも防御は間に合うはずだ。アンタの力量を信じているからこそのプラン提供だ。気にせずオルコットと凰の両名を倒した時のように、思う存分力を発揮すればいい」

 

 そうじゃなければ担任と副担任のIS如きにプラン提供なんてしねえよ。

 

「ありがとうございます。当日は頑張ります!」

「お願いしますね。じゃあ、俺はこれで失礼します」

 

 そう言って部屋を出ると、タイミングよく音楽が流れたので何かと思ったらメールだった。……朱音からだ。一体何の―――

 

『お兄ちゃん、さっきお祖父ちゃんが今度の作戦が終わったら1週間休みをくれるって! だから2人で旅行に行こうよ! 私の頭は良いから冬休みの宿題を手伝えるよ。手続きとかはこっちでするから、お兄ちゃんは今度の作戦頑張ってね』

 

 そんな内容のメールだった。そうか。君は1週間まるまる旅行に使うのか。せめて1日は家でダラダラ過ごそうぜ。俺、そっちの方がいい。

 なんてことを心の中で思っていると、今度は十蔵さんからメールが入った。

 

『言わなくても、わかっているな?』

『もちろん。精々抱きしめて寝るくらいに留めます』

 

 すぐさまメールを送り返す。『それなら結構』と返ってきたので内心ホッとしていた。

 

(それに、今度の下見はただの下見じゃないし、やりたいこともあるしな)

 

 なにせ、この作戦は誰にも伝えていないおまけ。おそらく誰もがびっくりすることだ。ただでさえ、これまで実験動物扱いされたんだから、あの屑共にはもっと困ってもらわないと。

 

「……クフフフフ」

 

 誰もいない廊下で、俺はひっそりと笑う。これから起こるであろう未来を夢見て。




目前に迫る亡国機業掃討作戦。それぞれの意思は今後とも迫る脅威の排除へと向かっている。だがたった1人だけ、それ以外のことを考える人間がいた。

自称策士は自重しない 第154話

「掃討作戦の闇」

「何で……何で止めなかったんだよ! アンタは知ってたんだろ!?」

そして物語は最終局面へと向かって行く。










ということで次回から京都で戦闘が行われる予定です。
観光? そんなことよりも討伐だ!(笑)


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#154 掃討作戦の闇

 あれから数日、朱音たち轡木ラボの面々の本気で準備を終えた俺たちは京都に訪れていた。

 

 

「ところでよぉ、桂木。何でB班はこのメンバーなんだ?」

 

 ケイシー先輩が聞いてくるが、そんなものは凄く簡単なことだ。

 

「単純にサファイアを適当に放置して2人だけでデートにしゃれ込もうと思っただけですが?」

「……………」

「あ、今の冗談ですから」

 

 おかしい。今のは「ハハハ、何言ってんだよお前」とか返してくるところのはずなのに、何故か先輩は固まっただけだ。

 

「な、何だ。冗談かよ。マジな顔したから本気かと思ったぜ」

「まぁ、俺が本気出せば専用機持ちだろうがなんだろうが、代表候補生の1人や2人と結婚するなんて簡単にできるんですけどね」

 

 ちなみにこれは本気である。まだ実験はしてないが、いずれ鈴音を中国から掻っ攫うつもりだ。

 

「………」

「どーせ冗談に決まってるっスよ、先輩」

「だ、だよな…ハハハハ」

 

 そういえば学園祭の時も今感じでフリーズしていたよな。もしかして、見た目の割にはそういう経験はなかったりするのか? ………IS学園って噂ではレズの巣窟ってのも聞いたことがあるから慣れているものと思ったが。

 

「先輩ってあんまり恋愛関係の耐性ってないですよね?」

「ま、まぁな。代表候補生っていってチヤホヤする人はいるけど、結局は実力主義だし枕営業なんてもんは存在しないからさ」

 

 一応、国防はかかっているわけだからエロいことで決めても後悔するのはその国だしな。それはそれで仕方がないというわけか。

 

「じゃあ、適当に回りますか。できればさっさと誰かが現れてくれたらありがたいんですけどね」

「随分と自信満々だな」

「そりゃあ、弟とその従者以外は基本雑魚ですからね」

 

 とか言いながら、実はスコール・ミューゼルを一番警戒している。なにせあの女は四元属家の一つの炎の一族「ミューゼル」家の現当主とも言われているからだ。

 

「おーい、悠夜!」

 

 何故か呼び方が元に戻っている織斑に、面白くなさそうな顔をする篠ノ之とオルコット。ちなみに織斑はラウラに叩かれて気絶した。

 

「そういえばあのハリセン、一体何でできてるんだ?」

「プラスチックですが、ラウラを実家に連れて帰った時に凄い特訓をさせたんでレベルアップしたんです。たぶん今なら織斑先生相手でもそれなりに渡り合えるんじゃないですか?」

「そいつは化け物だな」

 

 さっきから話題に入っていないフォルテ・サファイアことフォルたんは何をしているのかというとみたらし団子を食べている。その様子が可愛かったので先輩の協力のもと、フォルたんを抱えた状態で慌てふためく状況を写真に収めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様は何を考えている。今は作戦行動中だぞ」

「え? でも悠夜はいつも通りに過ごせって言ってたぜ?」

「だからと言って別の班のメンバーに声をかけるなど言語道断だ!」

 

 気絶から復帰した一夏は悠夜たちとは少し離れた場所でラウラに説教されていた。

 

「もうそれくらいでは良いではありませんか、ボーデヴィッヒさん。一夏さんも反省はしていますし」

「それは甘やかしすぎだ。大体、こいつは今回の任務を盛大に勘違いしている」

「いや、でもさ。実際一緒に行動していた方が相手も簡単に倒せると思うんだが」

「馬鹿か貴様は」

 

 まるでゴミを見るような目を一夏に向けるラウラ。

 

「我々がいたら、兄様の足かせにしかならない」

「我々……ということはボーデヴィッヒも含むのか?」

 

 箒が質問するとラウラは頷く。

 

「ああ、そうだ。兄様が本気を出せば私は足元にも及ばん」

「そうなのか? てっきりラウラって悠夜と同じくらい―――」

「それは兄様に失礼だ。私なんて兄様の愛玩動物程度がお似合いだろう」

 

 そう言ってからラウラは引き続き一夏に対して説教をしようとした瞬間、「雨鋼」のハイパーセンサーが敵機を補足する。

 

「全員、ISを展開しろ。敵が来るぞ」

 

 ラウラはいち早く「雨鋼」を展開し、3人もそれに続く。

 途端に京都中に警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前のことだった。

 C班にの4人は適当な喫茶店でお茶をしていると、シャルロットが話題を切り出す。

 

「あの、ガンヘルドさん……」

「なぁに?」

「その、前にサーバスさんから招待状が届いたんです。母がレヴェルにいるって……」

「いるわよ」

「………何故、母はそこにいるんですか?」

 

 その質問にミアはどう答えるべきか迷っていた。だがそれも数分のことで、ミアは特に気にした風でもなく伝える。

 

「簡単な話よ。リゼット・デュノアがHIDEにコンタクトを取り、フランスから逃がした」

「でも、助け出したんならフランス内の病院でも良かったじゃないですか」

「難しいでしょうね。元々、アネット・デュノアは投資家でデュノア社以外の様々な会社にコネがあり、病院の一部の人間にも顔が利くほどよ。おそらく見つかって戻されることを恐れたんでしょうね、リゼットは。だからどの世界にも劣らないどころか勝てる軍事国家だったレヴェルに要請した。病院内では酷かったはよ。女医なんてほとんどいないし、男性だと過去のトラウマで物を壊すし……ああ、安心して。今は安定してるから」

 

 その時のことを思い出したのか、ミアは遠い目をして空を見上げる。

 

「ところで、あなたは決心したの?」

「……何がですか?」

「ジュール・クレマンと結婚して、デュノア社を手中に収める決心」

 

 唐突に結婚話を持ち込まれ、そのことにあまり耐性がない鈴音は驚く。簪は平然としていて、ゆったりと抹茶を味わっていた。

 

「………その話ですか」

「資金面に関してはレヴェルがしばらく面倒を見るそうよ。私はユウ様以外は興味ないからその辺りのことは姉任せだけど。別に話に乗っても良いと思うけどね」

「でも、私は一夏のことが―――」

「諦めた方が良いんじゃないかしら?」

 

 否定のスタイルを取るミアにシャルロットは睨むが、ミアはどこ吹く風と受け流す。

 

「勘違いしないでね。あなたの人生はあなたが決めることだけど、外れの道を進んで苦労するのはあなたよ。まぁ、私も直感的にユウ様を好きになったから人のことは言えないけど、数少ない男性IS操縦者と共にいるっていうのはそれほど難しいことなの。本人はまったく気づいてないみたいだけど、IS委員会の一部は「織斑一夏を実験体にするべき」って声も上がっているみたいね」

「……なるほど。篠ノ之束が死んだ今、織斑君を守るのは織斑先生だけ。一教員なんてどうとでもできる」

 

 簪のその言葉にシャルロットは顔を青くした。

 

「そういうこと。だから、乗り換えるなら早い内の方が―――」

 

 途端に喫茶店内に警報が鳴り響き、全員が立ち上がる。

 

「来たわね。全員、先に出撃しておいて」

「え? アンタは―――」

 

 ミアは財布を取り出して、1500円を置いた。

 

「どうせもう終わったし」

 

 さらにミアは金が落ちないように固定し、いち早く外に出て「風鋼」を展開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、仮設本陣では教員が作業を行っていた。

 

「全システムオールグリーン」

「異常は見当たりません」

「そうか。では、ディメンションバリアを展開しろ」

 

 千冬の指示で教員の一人がエンターキーを押す。すると京都中にエネルギーバリアーが展開されていった。

 

「まさか、こんなシステムを作り上げることができる奴が束以外にいるとは思わなかったぞ」

「あそこのラボは桂木悠夜という超人を囲っていますからね。彼自身も唯一認めてくれた場所として力の提供を惜しみなくしていますから」

「………まったく。こんな防御壁、IS学園名義でなければ使用不可だ」

 

 ただでさえ、ISで戦闘行為を行おうとしている。そんな異常事態を容認するIS委員会もそうだが、これだけ強固な防御壁を一研究所が所有しているとすれば、各国から問題として取り上げられるだろう。

 そこまで予想した千冬はため息を吐くと、教員の一人が千冬に言う。

 

「織斑先生、様々なタイプのISがこちらに向かってきています」

「数は?」

「およそ50機」

「な、何ですかこれ!?」

 

 別の教員が悲鳴を上げる。

 

「一体どうした」

「見てもらった方が早いかと。映像、出します」

 

 複数の空中投影ディスプレイで形成された大型ディスプレイに映像が映し出される。そこにはとても信じられないほど大きな機体の姿があった。

 

「…桂木との回線を開け」

「わかりま―――」

 

 だが既に見ていたのか、悠夜から回線が開かれた。

 

『織斑先生、アンタら3人は雑魚の方を頼む。俺はあのデカ物を倒しに行く』

「たった3人でか?」

『いや、今2人に減った』

「ちょっと待て。誰がいなくなった?」

『ダリル・ケイシー。おそらく織斑辺りを潰しに行ったと思うが、今はサファイアと一緒にいる』

『ちょ、どこ触って―――』

『騒ぐな。胸揉むぞ』

『揉んだら殺す!』

 

 一体どういう持ち方をしているのか気になった教員らだが、すぐに仕事に戻る。

 

「ではその巨大ISは任せるぞ」

『了解した』

 

 そう言って悠夜から通信を切る。瞬間、千冬は舌打ちした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 にしても、流石というかなんというか、数が多すぎるな。

 周りにいる奴らをダークカリバーで倒しながら巨大ISの方に向かっていると、俵持ちをしているサファイアが暴れる。

 

「いい加減に離せ!」

「ホントお前、先輩が……というかレインがいるかいないかで性格変わるよな」

 

 一度どこかの屋上に移動してからサファイアを降ろすと、すぐにバリアーを張って防いだ。

 

「―――流石兄さん、不意打ちにも平然と察知するね」

「相変わらず性格悪いよなぁ、お前も」

 

 流石は本の虫。色々と知識を得てひねくれたことだけはある。

 

「ところで、あの機体を止めるつもりはないのか?」

「僕としては帰ってもらえなくてさ。ティアは強情だから。……ところで、それって兄さんの愛玩動物?」

「ちょっ、誰がこんな奴の愛玩動物にならないといけないんスか!?」

「いや、女性としては超優良物件だと思うよ。たくさん妻がいるとはいえ、みな等しく愛して王になるのは確定なんだから」

 

 ちょっ、おま、なんでバラした!?

 サファイアが信じられんと言わんばかりの顔をして俺を見る。

 

「ど、どういうことッスか!? お、王って、キング?」

「そう。その桂木悠夜こそが、いずれ世界そのものを統治し、ありとあらゆる女を侍らかすハーレムキングとなるのさ!」

「何でテメェが答えている上に余計な脚色がされてんだよ!?」

「あ、ちなみにティアは渡さないから」

「いらねえよ! というかさっさとあのデカ物を止めろ!」

 

 まったく。何でいきなりあんなデカ物を投入してんだよ!? 実は中にオルコットが入っているオチじゃねえよな。うん、ねえな。あれは声が一緒なだけだ。

 

「ねぇティア、悪いんだけど撤退してくれないかな? 君がいたら僕と兄さんが戦えないからさ」

『わかった』

 

 外部スピーカーから少女の声が聞こえたかと思ったら、そのデカ物は全方向にビームを放った。幸い、ディメンションバリアを展開しているおかげで被害は街に被害が出ることはないが、俺たちIS操縦者はそうはいかない。

 さらにデカ物から何かが放出されていく。あれは……IS!?

 

「こいつは随分と本気だな」

「まぁね。なんだって総力戦だから」

「総力戦だと?」

「スコールが本気でIS学園を潰そうとしているんだよ」

 

 ……これは何でまた。

 個人間秘匿通信でサファイアに逃げるように言う。彼女は自身のIS「コールド・ブラッド」を展開してすぐさま飛び去った。

 

「あらら、薄情だね」

「邪魔だからな。お前だって嫌だろう、他の奴らに邪魔されるのは」

「否定しないね。それよりも聞かなくていいのかい?」

「……スコール・ミューゼルがIS学園を潰そうとしている理由か?」

「うん。いや、正しくは―――ISを推進しているすべての国、かな。兄さんはミューゼルが純血主義だと言うことは知ってるかい?」

 

 初耳なんですが……。

 表情を顔に出すと、レイは言葉を続ける。

 

「特にスコールはその筆頭でね。彼女、ああ見えて実年齢はかなり上でね。聞いた話によると神樹国が襲撃された時のことを知っているらしい」

「……面白い冗談だな」

「しかも、当時の王様に恋をしていたらしくてね。びっくりしたよ。当時の王様は兵士の一人に刺されていたようだよ」

 

 スコール・ミューゼルの年齢は知らないが、もしかして子孫を殺そうとでも言うのか?

 

「だから余計に殺意が湧いたんじゃない? 今回の作戦も、織斑一夏と織斑千冬の2人を殺すためだってさ」

「………なるほどな。やっぱりそっちに流れていたのか」

「………気付いてたんだ。気付いててレインを泳がしていたわけ?」

 

 敢えて驚いた風を見せるレイ。俺は一度息を吐いて言った。

 

「まぁ、ダリル・ケイシーがレイン・ミューゼルだってつながるまでしばらくかかったけどな。金髪なんてどこにでもいるし、何よりも……胸の形が大きすぎるだろ」

「あ、そこなんだ」

「忘れていると思うけどな、俺は10年間も本当のことを忘れた挙句にやれ王になれだとか言われてんだぞ。挙句にかつての国を復活させてほしいとかわがままにもほどがあるだろ」

 

 まぁ、俺に庶民の生活を体験させてまともな政治をさせることは目的ってのはわかるが………それはまぁ、別にいいだろう。

 

「さて、長話はここまでだ。ティアちゃんを撤退させたってことは、お前は戦うつもりでここに来たんだろう?」

「もちろんだよ。さぁ、始めようか」

 

 お互いの身体に光が放たれ、俺は「黒鋼」を、レイは「リヴァイアサン」を装着する。

 

「やっぱりそっちで来たか。彼女の言う通り、本当に「ルシフェリオン」は使えないみたいだね」

「だからって遠慮はいらねぇ。技は使えるんだからな」

 

 俺は《バイル・ゲヴェール》を展開して弾丸や熱線ではなく、黒い球体を瞬時に作り出して撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは突然のことだった。

 無人機を掃討している一夏。一般のISで簡単に倒せるのは動きが単調ということもあるが、彼の持つ『零落白夜』が破壊に一役買っているからである。

 そんな彼に黒炎がぶつかり、爆発が起こる。

 

「一夏!?」

「織斑、無事か!? 一体どこから―――」

 

 すると、周囲に黒い炎が現れて一夏に、そしてラウラ、箒、セシリアに向かって飛ぶ。

 ラウラはAICを使って防ぎ、箒、セシリアは機動力を活かして回避した。

 

「………そういうことか。織斑、篠ノ之、オルコット。緊急事態だ。ダリル・ケイシーが裏切った」

「何!?」

「どうしてですの?!」

「いや、裏切ったとは違うな。あの女は元々亡国機業側で、スパイとしてこっちに潜り込んでいたらしい」

 

 ラウラは悠夜から譲ってもらった《蒼竜》を展開して構える。

 

「ちょっと待て。何でラウラがそんなことを知ってんだよ」

「……兄様が知っていた。過去に1度会っていたようだが、確信は持ってなかったらしい」

「確信を持ってなかったって………」

「そもそも、兄様自身が亡国機業の内情を知ったのは最近だからな。ともかく、今言えるのは面倒な的なこの時になって寝返ったということだ」

 

「―――ご名答だぜ、遺伝子強化素体」

 

 ―――ダンッ!!

 

 ビルの上にIS「ヘル・ハウンドver2.8」が着地する。そして、ラウラたちに向かって炎の球を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムカつくわ」

「……何が」

 

 少し離れたところで無人機を掃討していたミアは呟くように言うと、近くにいた簪が反応する。

 

「私ね、自分で言うのもなんだけどそれなりに強い自覚があるの」

「それは同意するけど……何かあった?」

「あれ」

 

 ミアは一点を指さすと、簪が納得した。

 ビルの上にいたのは蜘蛛型のIS「アラクネ」であり、こっちに近付いてきている。

 

「………不満なの?」

「超不満。何で私が、あんな雑魚と戦わないといけないのよ!!」

 

 そう叫びながら風の球体を作り上げて無人機を吹き飛ばして破壊していった。




グダグダ回から一転してバトル回へ。ディメンションバリアは「ISによる破壊を回避」ではなく「悠夜が暴れまわった余波での破壊を防ぐ」ものです。ここ重要! ………ではないですね、はい。




ついに始まった亡国機業との最終決戦。
雪崩れ込む大量の無人機、あふれ出る大量の無人機。どこもかしこもISだらけになる京都。
そしてついに、「モノクローム・アバター」のエースが戦場に顔を出す。

自称策士は自重しない 第155話

「圧倒的な差」


「力を封じられたあなたなんて、私の敵ではないわ」
「甘く見るなよ、スコール・ミューゼル」

 2つのISが激突し、戦いは渾沌へと進む。


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#155 圧倒的な差

そろそろ、リアルに本腰を入れようと思っている。


 戦いが苛烈を極めている時、楯無と真耶は上空に待機している。

 そして真耶は何かを察知した瞬間、その方向に向かって撃った。

 

「―――いきなり攻撃なんて失礼極まりないわね」

「学園のイベントに何度も介入してきたあなたがそれを言うの、スコール・ミューゼル!」

 

 爆発的に加速する「ゴールデン・ドーン」。彼女が持つ炎の剣と楯無が持つ《ラスティー・ネイル》がぶつかり合う。それを援護するように真耶が射撃で応戦するが、彼女のバリア「プロミネンスコート」。それが弾丸を溶かして無力化する。

 

「無駄よ。私には普通の銃弾は通じない」

「ならばこれはどうだ?」

 

 下方から常識外れのスピードでスコールに迫る何かが近付く。スコールは咄嗟に楯無を蹴り飛ばして離脱し、その何かからも回避した。

 

「………こうして会うのも何かの縁ね、織斑千冬」

「初めましてだな、スコール・ミューゼル」

 

 千冬が纏う「暮桜」はとてつもない進化をしていた。

 まず、非固定浮遊部位のシールドは取り外されており、その代わりに全身に展開装甲が付けられている。

 

「これまた随分と変わったものね。まぁいいわ。その機体ごとあなたとあなたの弟は消してあげる」

「やれるものならやってみろ」

 

 途端に千冬から殺気が放たれる。その濃さは非常に異質で、何度も裏の仕事をして体験した楯無ですら臆するほどだ。

 スコール・ミューゼルと織斑千冬。どちらも同時に接近してお互いの武装がぶつかり合う。だが「ゴールデン・ドーン」には千冬の「暮桜」にない機能がある。それは―――炎だ。

 千冬の直上に炎が2つ形成。それらが千冬に向かって降り注いだ。

 

「させない!」

 

 楯無が間に割って入り、「アクア・クリスタル」から供給されるナノマシンが含まれる水で応戦する―――が、その熱量は水を蒸発させるのに十分だった。

 

「クソッ、更識!」

「私は大丈夫です。咄嗟に防御しましたから……でも」

 

 ―――シールドエネルギーが一瞬で半分近く減らされた

 

 その事実はこれまでIS戦でほとんどない楯無。悔しがる彼女を見てスコールは笑った。

 

「ISの水だけで私を止めることなんてできやしないわよ。あなたもヴァダーの力は持っているのでしょう?」

「…………」

「なるほどねぇ。あなたは戦士として、暗部としては優秀ではあれど巫女としては劣等生だったようね」

「貴様、一体何の話を―――」

 

 炎が一瞬で生成、そして矢の形をしたものが千冬に向かって飛んでいく。千冬はすぐに回避行動に入ったが数がとてつもなく多く、弾幕から抜け出すのにかなりのシールドエネルギーを消耗した。

 

「良いことを教えてあげるわ、織斑千冬。あなたの両親はどうなったか教えてあげる」

「……あんな親のこと、どうでもいい」

「あら、随分と酷いわね。仮にもあなたを育てた親だと言うのに―――そしてあなたも、そこらにいる雑魚のくせにあまり私に挑まない方が良いわよ」

「随分と言ってくれるわね」

「そりゃそうよ。私たち神樹の民は劣等種の情報のみ取得し続けたのは、私たちが本気を出せば劣等種なんて容易に殺せたもの」

 

 そう言いながらもスコールは次々と炎の球を生成続ける。

 

「さて、私の講義はこれで終わり―――死になさい!」

 

 生成された炎が形を変え、2人に向かって飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして何ですか、先輩!」

 

 呼ばれたダリル……もといレインは声がした方に振り向く。

 

「何でこんな……裏切るなんて……」

「これが最初から目的だったんでな。ISも手に入ったし、こっちとしてはこれ以上望むつもりはねえんだよ。だがその前に織斑一夏は殺そうと思ってよ」

「………あなたは、桂木悠夜が好きだったんじゃないんスか!?」

 

 その言葉に一瞬、ほんの一瞬だけ顔を歪ませる。その変化は本当に微妙で、ほとんど常に一緒にいたフォルテだからこそ見破れた変化だ。

 

「それとこれとは、話は別なんだよ!」

 

 レインはフォルテに向けて黒い炎を飛ばす。フォルテは氷を張って防御したが、炎はそれすらも突き破ってフォルテにぶつかった。

 

「くっ!?」

「逃がしはしねぇよ。テメェも連れて―――」

 

 フォルテに手を伸ばそうとした瞬間、2人の間に水が突っ切る。フォルテはその隙に体勢を立て直すと鈴音に抱えられて距離を取った。

 

「離してくれ! 私があの人を―――」

「あー、ごめん。それちょっとできない」

 

 本当に申し訳なさそうな雰囲気を出して鈴音は言うと、レインがいた場所にミサイルが飛んでいく。

 

「………ミアさんから伝言」

「あ? 何だよ―――」

 

 ミサイルを飛ばした犯人である簪が呆れ気味に言った。

 

「蜘蛛女を殺してから、あなたを調教しに行きます……だって」

「いや、わけわからねえぞ」

 

 同じく呆れるように言うレイン。瞬間、四方に現れたビットによる攻撃を回避した。

 レインは素早く黒い炎を展開し、さらに「ヘル・ハウンド」の両肩にある犬の首が口を開いて炎の球体を飛ばす。簪はそれをいとも簡単に回避して《襲穿》を放った。

 

「ちっ」

 

 レインは回避をしつつ舌打ちをする。その隙に簪は荷電粒子砲《春雷》を起動させており、照準を合わせずに撃った。本来なら照準をしっかりと合わせてからの方が良いのだが、最初から回避されることを前提に撃っているのである。そして本命は―――

 

「行って」

 

 ―――ミサイル

 

 計96発のミサイルがレインに襲い掛かる。レインは巨大な炎を生成、発射してミサイルを破壊していくが、何発かは炎を回避してレインに接近した。

 

 ―――シュバッ!

 

 しかしミサイルは切断され、何回か回転して爆発する。

 

「あんまり抜く気はなかったんだがなぁ」

 

 レインの手には黒く光り刀身が輝く。

 

「覚悟しろよ、1年生」

「その装甲、剥いてあげる」

 

 簪は《銀氷》を展開してエネルギー刃を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止め!」

 

 一夏が《雪片弐型》で犬型の機体を破壊する。瞬間、蛇型の機体が現れる。それをラウラが斬り捨てて近くに来ていた機体に向けて大型ライフルを向けて撃つと、黒い球体がある一点に向かって飛び、地面に着弾した瞬間に周囲を呑み込んで消滅した。

 

「ちょっ、ラウラ!? あんなものを使ったら街に被害が―――」

「鳥頭か。ディメンションバリアが張られているから大丈夫だ」

 

 そう返されたが、今の技は一夏も知っているために余計に心配する。

 

「心配するな。あの銃弾は兄様が1割程度の力を封じ込めている。そうそう壊れることは―――ない!」

 

 接近してきた別の機体の一部を斬ってバランスを崩してビルに激突させる。ビル自体には大して影響もなく、残骸が落下していった。

 

「それよりも織斑、エネルギーは大丈夫なのか?」

「ああ、まだ半分は―――」

「今すぐ回復してこい」

 

 ラウラは悠夜から一夏のエネルギーを常に8割程度を維持するように頼まれている。それほど「白式」が持つ『零落白夜』を信頼しているからだ。千冬という熟練のIS操縦者がいるのに一夏のエネルギー管理を任せるのは本当に念には念を入れているのだろう。特に、エム―――織斑マドカという存在に対して警戒しているからだろう。

 そして、ラウラをA班に組み込んだ本当の理由は―――いざという時にはちゃんとした判断を下せる人間だと信じているからだ。それを知らされた時にはラウラは心から喜んでいた。

 

(ともかく、今は時間を稼がんとな)

 

 さらに近付いてくる敵機に対して攻撃を行う。

 

 ―――ゾクッ

 

 ラウラは思わず後ろを見る。だが、そこには誰もいないが―――彼女は反射的にそこから離脱した。

 

「―――ほう、中々の反応だ。以前とは別人だな」

「……それは貴様もだろう」

 

 ラウラの前に立つ少女―――織斑マドカと名乗った少女は以前とは違うISを装備していた。

 

「……サイレント・ゼフィルスはどうした?」

「…………どうやら本当に情報は出回っていないようだな。まぁいい……死ね」

 

 マドカは大型バスターソード《フェンリル・ブロウ》を振り下ろした。ラウラはすぐさま《蒼竜》で受け止める。

 

「流石はメタルシリーズだな。「黒騎士」相手にもパワー負けせんとは」

「貴様は「サイレント・ゼフィルス」を使用していたのではなかったのか!?」

「それはこの機体の名だ。改修して「黒騎士」となった。くらえ」

 

 「黒騎士」の後ろから2基のビットが射出、それらがラウラに向かって飛ぶ。だが、ラウラが狙うのはそれだけではなかった。

 人型の無人機が後ろから現れる。どちらも近接ブレードを装備しており、マドカが攻撃するタイミングを見計らって現れたのだ。

 

「―――させないよ!」

 

 瞬時加速を使い、ラウラと無人機の間に割って入るシャルロット。そして彼女は両手に持った風の球体を無人機にぶつける。

 

「一夏!」

「おう!」

 

 シャルロットの声に合わせてエネルギーが回復した一夏はマドカの背後を取って《雪片弐型》を振るう。

 だがマドカは瞬時に上に飛び、振られる《雪片弐型》を回避する。

 

「甘いわ!」

 

 《スターブレーカー》を展開して一夏に向かって撃つ。一夏はダメージを食らいながらも逃げ切る。

 

「ほう。動きが以前とは違うな。実力差を把握できるようにはなったようだ」

「俺だって成長しているってことだ!」

「だがしかし、弱者であることに変わりはない!」

 

 《フェンリル・ブロウ》による斬撃を《雪片弐型》で受け止める。しかし戻ってきたランサービットが一夏を襲う。

 

「一夏!」

「させませんわ! 箒さんは一夏さんを―――」

 

 セシリアは援護しようと《スターライトMk-Ⅲ》を構えるが、箒たちの前に黒い機体が現れて破壊した。

 

「余計なことをするな!」

「だって暇だもん」

 

 そう言ってセシリアに掌打を叩き込んで吹き飛ばすティア。箒はその隙に一夏の所に向かおうとするが、それよりも早くティアが箒を蹴って妨害する。

 

「それに、その男を叩き潰したいんでしょ? だったら手伝ってあげる」

「……良いだろう。だが他の奴らも抑えていろ」

 

 ―――パチンッ!

 

 ティアは指を鳴らす。すると次々と無人機が展開されていった。それらがラウラ、そしてシャルロットに向かって攻撃を仕掛ける。

 

「これで良い?」

「ああ、十分だ」

 

 そう言ってマドカは一夏を追撃した。

 一夏はすぐに察知して距離を取り、追ってくるランサービットを回避する。だが、ランサービットのスピードが上がって回避が難しくなっていく。

 

(あの黒いの、確か悠夜が暴走した時に……)

 

 悠夜が持つ闇の力の詳細を、一夏は知らない。それ故に彼は気付くことができなかった。

 

「―――死ね」

 

 さっき以上のスピードでマドカが迫っていたことを。マドカの接近を許してしまった一夏は《フェンリル・ブロウ》で叩きつけられた。

 

「死ね、死ね、死ね!!」

 

 何度も叩きつけられる。斬りつけられる。そしてそれは激しさを増す。

 まるで憎しみを発散するように何度も斬りつけた。

 

(……俺は………)

 

 そしてとうとう、《雪片弐型》が消失すると共に一夏は意識を失う。満タンに回復したシールドエネルギーもほとんど消失した。

 

「これで……止めだッッ!!」

 

 マドカは《フェンリル・ブロウ》を上に放る。すると《フェンリル・ブロウ》が分身し、すべてが一夏に方向を合わせて発射した。それらがすべて一夏に刺さる―――そうマドカが確信した瞬間、変化が起きた。

 

「―――!」

 

 目を見開く一夏。動くはずのない「白式」が動き、寸でのところで回避する。

 

「何!?」

 

 一夏は転身して《雪片弐型》を再展開、マドカに迫って剣を振るった。マドカはすぐに《フェンリル・ブロウ》を再展開して受け止める。すると―――

 

 ―――白式の装甲が変わり始めた

 

「こいつは…白騎士だと!?」

 

 「白式」のコアは元々「白騎士」のコアが使われている。だがコアのデータは束直々に削除、セットアップが行われたはずだった。そしてマドカもそのことは束から聞いていた。

 

「………まぁいい。貴様ごと、織斑一夏を葬ってやるわ!!」

 

 「黒騎士」の周囲に漂う雰囲気がさらに黒く染まっていく。それはマドカが闇の力を本格的に使用する合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こうも簡単に弾かれるのは、かなり来るな」

 

 そう言いながら俺は、レイの氷の攻撃を回避する。

 

「流石だね、兄さん。それは重力との併用かい?」

「わかってんならわざわざ聞くな!」

 

 そう。現在「黒鋼」のスペックに←スペックを フルに使いながらさらに重力で加速を行っている。手に持っているのは〈ダークカリバー〉。向こうも〈デュランダル〉を持っていて、俺たちは馬鹿みたいに剣と剣で戦っている。時折《サーヴァント》を組み込んでいるけど、それらはすべて水や氷で防御される。

 

(……だが何故だ。奴はどうして本気を出してこない)

 

 すべて打ち合うだけで済んでいる。いや、むしろ向こうからは何もせずに防御だけを行っているのが現状だ。

 

(これが……圧倒的な差ってやつか)

 

 まるで相手にならない。四神機とISとじゃこうも違うのか。

 

「………やれやれ。やっぱりIS相手じゃこの程度か」

 

 瞬間、俺の腹部に衝撃が走った。そして今度は背中―――おそらく壁に激突したんだろう。

 しかし、攻撃はまだ終わらない。

 

 ―――!!?

 

 氷塊がいくつも襲い、「黒鋼」の装甲を破壊していく。

 

(損傷率を90%を超えたか……)

 

 おそらくダメージはE―――実質再生不可だろう。これ以上の戦闘行為は難しいため「黒鋼」を解除した。

 

「最初からそうすればよかったんだよ」

「悪いが、アレにゃあできるだけISを使って戦うように言われてんだよ」

 

 むしろ、ボコボコにされすぎて会社からどやされることを考えていなかったんだが。

 

「少しは強くなっただろうけど、少しは抗ってよ」

 

 瞬間、「リヴァイアサン」は姿を消した。どうやら俺がどれだけ成長しようと、四神機級になると目では負えない←追えない らしい。なら―――

 

「来い、ペガス!」

 

 すると空に穴が開き、獣型の黒いペガサスが現れる。それが分裂して俺の身体に纏うと同時にレイが俺に攻撃した。それを丸くなってできるだけ当たらないように、そして当たってもダメージを少ないように回転しながら回避する。

 

「なるほど、それが兄さん用のIGPSか」

「らしいな」

 

 初めて装着したが、思った以上に馴染んだ。……まさかバイクが飛ぶ以外にもできるとは思わなかったけどな。

 

「さて、第2ラウンドを始めよう」

「……そうするしかないか」

 

 いくら相棒だからと言っても該当するとしたら「上級」だろう。だとすれば四神機には性能では敵わない。

 俺は意識を集中させてレイとの戦いに挑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、他のISとは違う。自我が存在するし、無人機のコアをひたすら奪って成長し続けたはずだ。なのに、なんでだろう。何で―――

 

「何で、私は彼に応えられないんだろう」

 

 自分の空間でひっそりと呟く。私に合わせて彼用に能力を抑えるプログラムも入れた。でも私は満足していない。彼の力を抑えるだけで、私は他のISとは違うはずなのに。

 

 ―――本当はわかってる

 

 これがISの限界。どれだけ彼が望んだものだとしても、ISでは「神樹人」―――いや、ユウ・リードベールのすべてを引き出すことができない。

 

 ―――超えたい……ISという限界を

 

 それが……この戦いではっきりと思った。

 

「……じゃあ、超える?」

「……あなたは」

 

 振り返ると、私に似た女の子が立っていた。

 

「ネロ……」

「久しぶり、クロ」

 

 彼女は、ルシフェリオンのプログラム人格だ。ルシフェリオンが崩壊した今、彼女は存在することはない。そのはずなのに彼女は当然と言わんばかりに存在していた。

 

「どうしてあなたが―――」

「あなたを、あなたに気付かれないように弄っていた」

 

 私に気付かれないように……?

 そんなことは不可能なはず。そんなの、一体どうやって―――その思考を読んだのか、ネロは黒い球体を作り出した。

 

「……これに触れて、クロ。そうすれば、私たちは生まれ変わる」

「…生まれ変わる?」

「そう。どのマッドサイエンティストも予想しなかった、究極の存在に。自我を持った私たちだからこそ到達できる世界に」

 

 それはとても甘い言葉。でも、私にはわかった。この子も私と同じなんだって。

 だからこそ私は、黒い球体に手を伸ばし、触れた。

 

 

 

 

 

 ―――そして、世界は変わる




2人は望んだ。主を最強へと導くことを。
2人は選んだ。主が強者になることを。

それが正しいと思ったから

それが彼の理想だと知っていたから

それが彼が究極の王になることを知っていたから


自称策士は自重しない 第156話

「究極にして最凶、故に我は」


新たなる翼で駆けよ、ユウ・リードベール


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#156 究極にして最凶、故に我は

後書きを編集しただけですので、本編の変更は一切していません。
ご注意ください


 戦いが激化していく中、スコールはなおも3人の相手をしていた。

 

「流石は国家代表級の3人ね。私を相手にここまで持つとは思わなかったわ」

 

 そう言うスコールだが、彼女は汗一つかいていない。それどころか、彼女の「ゴールデン・ドーン」は未だに損傷らしい損傷はしていなかった。

 だが対する3人はそれぞれが機体を損傷させている。真耶に至っては援護射撃をしていたにも関わらずスコールは決して過小評価せずしっかりと対応していたのだ。

 

「でも残念、これが私の実力なの。桂木悠夜にのみ頼らず、もっと率先して戦っていればこんなことにならなかったでしょうに」

 

 図星だった。

 いつだってそうだった。千冬も、真耶も、そして楯無も、生徒を守る立場にあったにも関わらず、常に事件を終息させていたのは悠夜であり、楯無は関わったとしてもそこまで場数を踏めておらず、千冬や真耶に関して言えば常にサポートして、作戦指揮官としての立場に甘んじていた。

 

「だからと言って、引く気はない!」

「そう? なら、死になさい」

 

 スコールが持つ炎の剣に一瞬、黒い何かが宿る。そして瞬時加速と炎による加速で千冬の懐に入った瞬間、風で形成された槍が通過した。

 

「そこまでサね、スコール!」

「あら、アリーシャ・ジョセスターフじゃない」

 

 千冬らが上を向く。そこにはIS「テンペスタ」を装着したイタリア代表の「アリーシャ・ジョセスターフ」が立っていた。

 

「千冬は私の獲物サね」

「残念。私の獲物も彼女―――」

 

 スコールは途中で言葉を切り、ある一点を見る。千冬は楯無を見ると、彼女も同じように千冬―――いや、千冬の向こうを見ている。

 

「……何なの、この感じ」

「……レイ・リードベール。やはりあなたも腐敗した王家の一族ね。騙されたわ」

 

 千冬、真耶、そしてアリーシャの3人は2人が何を言っているのか理解できない。しかし次の瞬間、彼女らも何かを感じ取った。

 

「……何なのサね、この寒気は。「テンペスタ」も騒いでる」

「織斑先生、この感じは……」

「…………ああ。そういうことか」

 

 消したくとも消せない恐怖。身体に刻まれた恐怖が彼女らに警告を発する。―――道を開けろ、平伏せ、死にたくなければ離脱しろ、と。

 

「篠ノ之博士、桂木悠夜に仕掛けてください」

「何!?」

 

 スコールが何気なく言った言葉に千冬がいち早く反応した。

 

「あら、あなたたちは知らなかったのね。迂闊だったわ」

「何故束がそこにいる……いや、束は死んだはずだ!!」

「ええ、死んだわよ。妹を守るためにプログラムされた高性能の彼女を模したロボットはね」

 

 その言葉に衝撃を受けた。そして同時に、千冬の頭の中に以前の悠夜の言葉が過ぎる。

 

 ―――10年前に両手両足を捥いでから神経と膣ををぐちゃぐちゃにしたんだよ

 

(……あの言葉が本当なら辻褄が合う)

 

 10年前の時点で束が行動できなくなる―――だがそれは同時に箒ら家族を危険にさらしてしまうということだ。

 誰が束に手を貸して束のロボットを作ったのかまでは考えが至らない千冬だったが、それもほんの少しのこと。束の事を知り、束を自由にする人間なんてたった1人しかいない。

 

(………まさか、近くにいるのか……)

 

 千冬はハイパーセンサーを駆使して周囲を確かめる。

 

 ―――いた!

 

 瞬間、千冬に向かって何かが飛んできて蹴り飛ばす。

 楯無も、そして真耶もアリーシャも、スコールでさえも反応できなかった。

 

「………戦いが終わるまでは傍観するつもりでしたが、見つかってしまっては仕方がありません」

 

 その顔を見てアリーシャは態度を変える。殺気を飛ばすがその女性にとっては「どこ吹く風」だ。

 

「アル、コウの2人はオータムを。暁様はレイン・ミューゼルの戦闘状況次第では介入を。残りの部隊はIS学園の教員を確保。ここからの戦いに「ディメンションバリア」だけでは持つことはできません。至急、我々の物を展開するための準備に入ってください」

「………何故ここにいる、風原リア」

「我々の目的は亡国機業の組員の確保です。これより、戦闘に介入させてもらいます」

 

 そう静かに言ったリアはスコールに向けて唸りを上げる風を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダークカリバーを射撃モードにしてぶっ放す。だが水、そして機動力で回避される。

 

「やはりIGPSって言ってもその程度か。そろそろ生身で戦った方が良いんじゃない?」

「………だろうな」

 

 今度はあっさりペガスを解除したことに驚きを見せるレイ。

 「黒鋼」とペガスだと、ペガスの方がバイクとして使うからあまり使いたくないんだよなぁ。

 

「さて、仕切り直し―――」

 

 ―――ゾクッ

 

 寒気を感じた俺は、慌てて後ろを向く。さっき俺が叩きつけられた壁から黒いオーラが立ち込めている。

 

「……兄さん、何かした?」

「記憶にねえよ。あんなこと」

 

 考えてみれば、闇の力をまだ使っていなかった。

 後ろに警戒しながら弟をどうやって倒そうと考え始めると、俺たちがいるところに何かが向かってきた。

 俺は回避して機動力を上げるために翼を顕現させる。

 

「………兄さん、僕の動きに追いて来れる自信ある?」

「正直難しいが、追いていくつもりだ」

 

 おそらくレイも感じたのだろう。目の前の何かはとてつもない存在だと。だから俺は―――人族の限界を超えて黒服共を潰した時の力を使うことにした。

 

「ワオ! とうとう人間を捨てたね、兄さん」

「元からだ。というか、これくらいはしないとヤバい」

「…それは同感だ」

 

 黒いオーラを放つ何かは剣を展開、並びに見覚えがある小さな球体を展開し、放った。

 俺たちはそれを回避し、接近する。だが球体による弾幕は激しくなり、さらには目の前の敵がいなくなる。

 

(くっ、どこだ―――)

 

 俺は上からの攻撃を防ぐために腕を十字にクロスさせ、固くなった皮膚で斬撃を受け止める。

 

「レイ!」

「わかってる!」

 

 水の蛇、そして氷塊を飛ばして動きを抑えている敵に攻撃するが、

 

「何!?」

「攻撃が効かない?!」

 

 まさか、闇のオーラで消し飛ばしているのか!? どれだけ化け物だよこいつ!

 

「………ヨコセ」

 

 耳に声が聞こえてくる。闇のオーラが晴れると、目の前の機体に見覚えがあった。

 

「……「ルシフェリオン」」

「まさか、復活するなんて………」

 

 俺は何度もこいつの状態を確認したが、常に「損傷率100% 再起動不可」とばかり出ていた。だから諦めていたのに。

 

「このタイミングで復活、そして暴走か」

「………悪いけど、僕は離脱させてもらうよ」

 

 レイの奴……! まぁいい。

 

「余計なことはするなよ」

「兄さんが暴走して、止められる人間がどこにいるんだい? 後ろで待機しておいてやるよ」

「貸し1つでか?」

「それいいね」

 

 そう言ってレイは後ろに下がる。俺は押さえてくる「ルシフェリオン」に対する力を利用して回転し、踵落としをぶち込んだ。

 

「……ヨコセェ!!」

 

 「ルシフェリオン」が俺に向けて手を伸ばす。手を回避し、腕を利用し、全身装甲になった頭部を蹴り飛ばす。瞬間、「ルシフェリオン」は後ろに転移して俺を掴んだ。

 

(……流石は俺の分身……だけじゃないな)

 

 おそらく「ルシフェリオン」だけじゃない。異物、という表現は間違っているのだろう。

 触れているからわかる。こいつは「俺を求めている」。「俺という核」を求めている。

 

 俺は抵抗を止め、為されるがままにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ルシフェリオン」の体内に入ることで俺は何かを感じる。

 

(……まるで俺という存在のために存在しているようだ)

 

 これが玉座―――王が座るための椅子。

 

「………目覚めて」

 

 2つの声が同時に発しているように聞こえる。だけど俺は構わず手を伸ばす。

 

 ―――馴染む

 

 ―――まるでそこにいるのが正しいとすら思えるほどに

 

 ―――だから

 

 ―――だから俺は……

 

「目覚めるさ………だから、お前も目覚めろよ」

 

 視界が明るくなる。周りにはディメンションバリアに覆われた京都の町が見える。

 今、俺は―――究極にして最凶になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁあああ!!」

 

 マドカは雄たけびを上げて「白騎士」に斬りかかる。しかし「白騎士」は攻撃を避け、荷電粒子砲を召喚してマドカに向かって撃った。

 

「そんなもの!」

 

 マドカは回避し、同時にランサービットを先行させて仕掛ける。だが「白騎士」はいとも容易く回避してマドカに迫った。

 

「この!」

 

 《フェンリル・ブロウ》を振り下ろすと同時に《雪片壱型》を振り上げ、切り結び、蹴りを入れる「白騎士」。さらに《雪片壱型》を収納し、《ホワイトハルバート》を展開してマドカに斬りかかった。

 

「データにない武装だと!? 一体どうして―――」

 

 瞬間、彼女の頭に姉の友人の顔が過ぎる。

 

(だが、今は目の前の奴だ。……奴を倒さねば私は前に進めん!)

 

 自分に言い聞かせ、マドカは「白騎士」に《スターブレイカー》を向けて何度も引き金を引いた。

 

「消え失せろ!」

 

 《スターライトMk-Ⅲ》よりも出力が高い《スターブレイカー》の光弾を弾き、「白騎士」は「黒騎士」に肉薄する。

 

「させるかぁ!!」

 

 接近する「白騎士」と《フェンリル・ブロウ》で切り結ぶマドカ。同時に離脱して《スターブレイカー》とビットによる牽制射撃を行う。

 すると「白騎士」は予想外の攻撃を行った。荷電粒子砲とは違う銃を展開してマドカに撃ったのだ。

 

(ビームだと!?)

 

 信じられない。まるで夢を見ているようだ。その想像を打ち消すようにマドカは首を振る。

 すぐに意識を戦いに戻し、破壊された《スターブレイカー》を捨てて同じようにマドカも武装を展開する。

 

「吹き飛べ!!」

 

 「白騎士」のスラスターを1基、破壊に成功する。だが、ありえないことが起こった。

 

「瞬時に修復しただと?!」

 

 ISには自己修復機能がある。だがそれは瞬時に行われるものではない。そんな常識はずれのことが目の前で起こり、驚愕した。

 

「ふざけるな……ふざけるなぁああああああッ!!」

 

 突如機体が、そしてマドカが光を放つ。同時に「白騎士」も光を放った。

 白と黒の光が放たれ続け、両者とも姿が変貌していた。

 

「………認めるものか」

 

 「黒騎士」の可動式へと変化したウイングスラスターが開き、光を放つことによって爆発的な加速を得て「白騎士」に接近するマドカ。

 

「常に恵まれ……常に光に当てられ続け……」

 

 二次移行(セカンドシフト)を果たしたことによって復活し、バージョンアップした《スターブレイカーMk-Ⅱ》で展開して牽制しながら接近し、

 

「姉さんの寵愛を受け続け……友人にも恵まれた貴様など……認めるものかぁああああああ!!」

 

 《フェンリル・ブロウN》を絶叫しながら振り下ろす。それを「白騎士」は下段から《雪片参型》を振り上げることで弾き、振り下ろす。マドカは大型化したフィン・ビットをぶつけて軌道をずらし、ランサービットで首を攻撃する。それで動きを鈍らせ、至近距離でビームを叩き込み、《フェンリル・ブロウN》を投げた。

 回転しながら回る《フェンリル・ブロウN》。そのスピードはとても早く、また距離をあまりないこともあってマドカはダメージを確信してフィン・ビットと《スターブレイカーMk-Ⅱ》の同時射撃を叩き込んだ。だが―――

 

 ―――ガッ!

 

 先に着いた《フェンリル・ブロウN》を受け止めた「白騎士」はそれを握り潰す。

 

「何ッ!?」

 

 さらに「白騎士」はその場から消え、ビームの雨を回避した。それだけではなく、移動するたびにまるで残像を見せられているかのように姿を残しながら移動する。

 

「資格無き者に、力は不要」

「―――!?」

 

 その言葉は言刃となり、マドカの心を抉る。

 

「このクソがッ!!」

 

 だがマドカとて素人ではない。これまで数々の実験、そして戦場を駆け抜け場数を踏んで来たからこそすぐに復帰して迫り来るビームを回避した。

 

「資格無き者に、存在価値など……皆無」

「黙れ!!」

 

 叫びながらもマドカはランサービットを飛ばして牽制、《スターブレイカーMk-Ⅱ》のビームを放つが「白騎士」を捉えることはできない。そればかりか「白騎士」は瞬時加速をして距離を詰め、《雪片参型》を振るう。それがマドカに当たりそうになった瞬間、黒い機影がマドカを掴んでその場を離れた。

 

「ティア!? 何をする、離せ!」

「離さない。レイ様にあなたを下らないことで死なせるなと言われたから」

「下らないだと!? これは私が私であるための戦いだ」

「それが下らないの!」

 

 急に怒鳴ったティアにマドカは驚きを露わにする。

 普段は弄り、弄られる関係だが怒鳴ると言う行為は今までしなかったティア。だからこそだろう、ティアは攻撃を回避しつつマドカに言った。

 

「あなたが誰かなんてどうでもいい。あなたはマドカ、私たちの仲間でしょ」

「仲間だと? ふざけるな、貴様らなど―――」

「―――話は終わりか?」

 

 瞬時加速してティアと「仕狼」を蹴り飛ばしてマドカからはがす。

 

「資格無き者よ、散れ」

 

 無慈悲に白騎士」は言い、マドカの心臓をめがけて《雪片参型》を突き立てようとした瞬間、「白騎士」は急遽上へ回避した。

 

「―――ならば問おう、白騎士よ」

 

 それはよく通る声だった。しかし女の声であり、マドカは混乱する。

 

「……「ルシフェリオン」……なのに女だと」

「貴様は何故、資格者を求める。貴様の言う資格者とは何だ?」

 

 マドカの声を無視して「ルシフェリオン」の操縦者は尋ねた。

 

「闇を打ち払い、光を持つ者。それが私が求める資格者」

「……そうか」

 

 答えを聞いた「ルシフェリオン」の操縦者は口を歪ませ、吐き捨てた。

 

「―――下らないな」

「……何?」

「相変わらず下らない。いや、そんな思考を持っているからこそ持たなかった私は捨てられ、あなたが「最初」になったのね」

 

 瞬間、周囲に黒い雷が降り注ぐ。狙ってか、それらはすべて「無人機」に当たった。

 

「………あなたも、資格無き者」

「故に殺すか? 我を。10年前、倒された相手を滅ぼそうとするか?」

 

 今度は男の声。いよいよマドカは混乱し始める。

 

「……10年前」

「まぁいい。だがこれだけは言っておく。ISは、今も昔も弱者だ」

 

 そう言い残して「ルシフェリオン」は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あれでよかったの?』

 

 テレポートして「白騎士」から距離を取った俺はある人物を探して移動している時、補助AIの「ネクロ」が尋ねてきた。

 

『その前にやることがあるからな……っと、見つけた』

 

 簪とレイン、その2人を見つけた俺は《フレアマッハ》を展開してそれに近付く奴らを破壊していく。すると2人、その奥にいる鈴音とサファイアは驚きながらこっちを見ていた。

 気にせず俺は簪とレインの間に割って入る。

 

「………「ルシフェリオン」…復活したの?」

「色々あってな。さて、レイン」

 

 ダリル・ケイシー……もとい、レイン・ミューゼルの方を向くと警戒心を露わにしている。まぁ、当然か。今は敵だし。でも正直、俺はもうそんなことはどうでもいい。

 逃げようとしているレインの腕を掴んで引き寄せ、顎を持ってキスした。

 瞳を閉じてキスするのが常識。だがネクロは空気を読んで映像を送る。鈴音と簪、そしてサファイアは唖然としていた。

 少し過去に戻るが、俺は兄貴から滅んだ神樹国を復活させる方法を聞いている。それは四元属家の各家から巫女を1人選んで、マーキングした上で復活の儀式を行うものだ。そのマーキングとは―――キスである。

 他の4人とのキスは既に済ませている。ミアと最初にしたのは10年前。そして朝起きた時には何度もしている。そして奈々、簪、朱音のことは言うまでもないだろう。なので、残るは彼女だけだった。

 舌を入れてより強く、より深く愛するように相手を抑える。そして口から外すと怒りと恥ずかしさで顔を赤くしているようだ。

 

 ―――我は究極にして最凶、故に―――相手の意思を無視してすべてを手に入れることをここに宣誓する




究極の力を手にした悠夜は生徒会長として、そして王として力なき民を守るために戦う。しかし、我を貫き、血筋を顧みないことに理想を砕かれた者が彼の前に立ちふさがる。その行為が無駄と知りながらも。

一方、少女と白銀の騎士の戦いはさらなる混迷を極めた

自称策士は自重しない 第157話

「絶望的な差」

自らの存在のために、その力を見せつけろ、マドカ!!












主人公がマドカに変わりつつあるのは気のせいです。
ちなみにさりげなく白騎士はバージョンアップを、黒騎士は二次移行しています。


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#157 絶望的な差

タイトルを変えようと考えたことはあったけど、結局変えなかった。



 悠夜がいなくなったことで停止した戦いは再開された。

 未だ暴走を続ける「白騎士」。「黒騎士」を駆るマドカは防御に徹する。先程のことで衝撃を受けたまま、戦闘に突入したのだ。

 

「く……この―――」

 

 振り下ろす《フェンリル・ブロウ》が弾かれ、瞬時加速で懐に入る。《雪片参型》が振られた瞬間、「白騎士」の腕部装甲に水がまきつく。

 

「やれやれ。面倒だな」

 

 「リヴァイアサン」を駆る零夜が「白騎士」を引っ張って「黒騎士」から距離を取る。

 

「レイ! 貴様―――」

「君はいつまで「織斑」という鎖に縛られるつもりだい?」

「何?」

 

 「白騎士」が体勢を立て直してマドカを消そうとビームライフルを展開、引き金を引く。

 零夜はそれをデュランダルで防いで水の球体で「白騎士」を閉じ込めた。

 

「女は所詮、結婚すれば家を離れる。それなのに君は未だに「織斑」なんかに縛られるのかい?」

「……それが私の生きがいだからだ!」

「僕にはわからないけどね。あんな雑魚なんかに囚われる理由が」

 

 「白騎士」は水の牢を破ってビームを撃ちながら接近してくる。零夜もマドカも回避した。

 

「資格無き者よ……」

「笑わせるよ。真に資格がないのは君自身だろう?」

 

 零夜がそう言うと「白騎士」が一瞬だけ動きを止めた。

 

「マドカ、亡国機業はこの戦いで終焉を迎える。実働部隊はIS学園が、そして幹部会は既にHIDEが抑えているだろう」

「貴様、まさか裏切ったのか!?」

「残念ながら、僕は最初から茶番を楽しんでいただけさ。亡国機業という箱庭でね」

 

 すると零夜はマドカを引き寄せてキスをする。突然のことで混乱するマドカだったが、その間に零夜はマドカの口内を支配し、目的を達して口を離して何かを吐き出した。

 

「い、いきなりキスなど―――」

「悪いね。君を縛っていた楔を取り出すにはこの方法しかなかったのさ」

 

 水の球体で作られた球体。その中には何か黒い靄が存在している。

 

「それは……」

「楔の正体。これで君はスコールに命を握られることはなくなった」

「何故だ。そんなことをしたら貴様も―――」

 

 接近してきた「白騎士」を牽制しながら零夜は言った。

 

「悪いけど、亡国機業には十分すぎるほどのお土産を置いてきた。無人機の設計といい、性能を落としたコアの製造方法といい、ね。後は彼女ら次第ってことさ。―――まぁ、この戦いが終わった後にあいつらが人を集めて戦う気力があるかどうかはわからないけど―――ね!」

 

 マドカを抱えてビームを回避する零夜。そして彼はマドカを解放して言った。

 

「今から、二次移行した「黒騎士」の性能を完全開放する」

「何? 二次移行……って待て。解放ということはまさか―――」

「そ、今の今まで「黒騎士」の性能をある程度セーブしていたわけ。でも約束して。あの機体を潰したら僕らと一緒に来てくれるって」

 

 「仕狼」が飛び出し、「白騎士」と戦い始める。マドカはどうすれば迷い始めた。

 

「大丈夫。IS学園に通いたいって言うなら通ってもいいよ。だけど、一度HIDEに来てもらう必要があるんだ。本当に君に適性がある機体を開発するために」

「私の……機体……?」

「そ。だから、僕と一緒に来てほしい。スコールとオータムの処遇はわからないけど、君やレインならHIDEに行けばちゃんとした処置はされるから」

 

 零夜はマドカに手を差し出す。すると、マドカはゆっくりと零夜の手を掴んだ。

 

「………わかった。絶対に戻ってくる。私がどうするかは、考えるのはその後だ」

「OK。ちょっと待ってね」

 

 小型端末を展開した零夜は設定を弄る。すると「黒騎士」のモニターに「制限が解除されました」と表示された。

 

「行ってこい」

「ああ!」

 

 体勢を変えてマドカは「黒騎士」を「白騎士」の所に向かわせる。

 しばらくするとティアが駆る「仕狼」が戻ってきて零夜に尋ねた。

 

「良かったの? あんなことを言って」

「今まで織斑の非道な実験を受け続けたご褒美だよ。見ようじゃないか。僕らの妹がどんな決着をつけるのか」

 

 どこか楽しそうにマドカを見る零夜。ティアはそれを見て頬を膨らませて肘討ちをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眼前には「白騎士」と「仕狼」が戦っている。マドカはティアにすぐに退くように言った。

 

「交代しろ、ティア!」

「……わかった」

 

 「仕狼」が四足歩行タイプに変形して戦闘区域の離脱を図る。「白騎士」は追おうとするがマドカの乱入に対応した。

 

「資格無き者よ、散れ」

「その言葉、もう聞き飽きたわ!!」

 

 《スターブレイカーMk-Ⅱ》の引き金を引くマドカ。今までとは違って倍以上の出力が放出され、「白騎士」に当たる直前に2つに分離してスラスターを2基、完全に破壊した。

 

「ここまでの威力とは……予想以上だ」

「何故、そこまでの力を―――資格無き者よ」

「散れ、か。散るのは貴様の番だ、偶像!」

 

 蝶を模していたスラスターとは打って変わって翼に近い形状をしたスラスターが開き、黒い光を放つ。そして瞬時に「白騎士」の前に現れたマドカの手には《フェンリル・ブロウN》が握られ、振り下ろした。それを《雪片参型》で受け止める「白騎士」。しかし、《雪片参型》にヒビが入り、やがて砕け散った。

 

「あり得ない」

「あり得るさ。これほどの力を持った「黒騎士」ならな!」

 

 「黒騎士」の胸部装甲が開く。そこから闇で形成された大型のレールが4枚形成された。「白騎士」は脚部スラスターで逃げようとするが、今まで2基の大型ウイングスラスターの恩恵が強かったのか、マドカは遅く感じた。

 

「吹き飛べ、「グラビトンダークガン」!」

 

 その声に合わせて膨大な出力のエネルギーが放たれる。それが「白騎士」を呑み込んだ。

 やがてエネルギーが消失し、「白騎士」の装甲が吹き飛んでいたことが確認された。「白騎士」になったことで展開された「バイザー」は壊れ、一夏の顔が露わになる。「白騎士」に支配されているからか、赤が混じる黒い瞳は白くなっていて、顔は「信じられない」と言わんばかりになっている。

 一夏は「白騎士」の装甲を撒き散らしながら落下する。それを「仕狼」が回収した。

 

「おめでとう、マドカ」

「……助けたのは気に食わないがな」

「まぁ、今は我慢してよ。IS学園に入ったら思う存分織斑一夏を潰していいから」

 

 零夜は拳を上げる。意図を察したマドカは拳を上げて零夜のものにぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キスをし終わった後に来たのはビンタだった。

 今にも泣きそうな顔でビンタされたが、それよりも先に通信が入る。

 

『た、大変です! 織斑君の機体シグナルがロストしました!』

「予定通りだ」

『よ、予定通りって………それってどういう―――』

「いずれわかる」

 

 通信回線を閉じた俺はレインの方を向く。

 

「お、おま、な、き―――」

「本当に耐性がないんだな。意外過ぎてびっくりした」

「テメェと違うんだよ!」

「俺もまだ童貞だぜ?」

 

 そう返すと本当に耐性がないレインはさらに顔を赤くする。

 

「この作戦の、俺たち側の本当の意味を教えてやるよ。レイン、お前を一度裏切らせてから回収するためだ」

「え?」

「………聞いてない」

「敵を欺くにはまず味方から。実際、これを知っているのは俺とミア、そしてあの子だけだからな」

 

 帰ったら十蔵さんと菊代さんにボロカス言われそうだけど。

 

「それに、教えたら簪は本気を出さないだろ? だから言わなかった」

「………」

 

 頬を膨らませる簪。それが可愛かったので頭を撫でる。

 

「いや、ちょ、待てよ。じゃあ、お前がオレらと一緒にいたのは―――」

「本当ならさっさと終わらせるつもりだったんだけどな。向こうのご機嫌取りと「ルシフェリオン」の復活は予想外だった。ま、こいつが復活したらお前だってガチでやり合いたくないだろ?」

「………そうだけどよ」

 

 慌てるレインを見ていると、レイたちも終わったのかこっちに移動してきた。その近くには鈴音とサファイアもいる。

 

「悠夜、どういうこと? すべて説明してほしいんだけど?」

「終わってからな。ミア、そっちはどういう状況だ?」

 

 篠ノ之、オルコット、ジアン、そしてラウラは未だに無人機と交戦中。おそらくスコール・ミューゼルと教師陣、他に1人が戦っているようだ。

 

『あ、終わりましたか。ではこちらも終わらせますね』

 

 すると竜巻が発生して辺りを破壊していく。ミアが本気を出したらしい。

 

「よし。レイ、お前は無人機の掃討を頼む」

「言われるまでもないさ」

 

 するとレイはさも当然と言わんばかりに水を使って無人機を破壊していく。さっすが弟。やることが大胆だな。

 

「悪いなレイン、お前を拘束させてもらう」

「………好きにしろ」

 

 鎖を作り上げてレインを拘束する。それを簪に渡した。

 

「簪、お前はレインと共に戦線を離脱。鈴音とサファイアはレイたち3人と協力して無人機を撃破し、戦闘中の4人を回収した後に簪と合流しろ―――で、暁。お前はどうするつもりだ」

 

 上の方に問いかけると、光学迷彩を切って暁が姿を現す。

 

「私は傍観だよ」

「そうか。じゃあ、しばらく手を出すな」

「はいはーい」

 

 手を振って光学迷彩を起動させる。気配が消えたのでどこかに向かったのかもしれない。

 

「ところで、兄さんはどうするんだい?」

「スコールを倒してくる」

「じゃあ、いざって時の準備もしておくよ」

 

 そう言ってレイはラウラたちがいる方向に向かう。

 さて、俺もスコールがいる方に向かうとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮設本陣周辺。そこでは、スコールとリアさんのタイマンが行われていた。

 

「リアさん、離脱してくれ!」

 

 そう言いながら《バイル・ゲヴェール》を展開してスコールを攻撃する。実弾、熱線共にスコールのバリアで防がれた。

 

「ユウ様」

「他の3人は?」

「動かないように言っておきましたが、今はイタリア代表が織斑千冬と交戦しているはずです」

「そうか。じゃあ、な……楯無と一緒にレイたちと合流してくれ」

「わかりました」

 

 兄貴の従者……というよりも嫁だから言うことを聞いてくれるかわからなかったが、なんとかなったな。

 俺の方に炎が飛んできて、それを叩き落とす。

 

「レイはやられたようね」

「いや、寝返ったさ。こっち側にな」

 

 もう隠す意味もないのでネタ晴らし、そしてもう一つ伝えておく。

 

「ティアちゃんも織斑マドカだったか? そいつらもこっち側に着いたよ。レインも既に拘束済み。後はオータムだが、そいつが捕まるのも時間の問題だろう。我が軍門に下れ、スコール・ミューゼル。貴女の功績を称え、優遇するつもりだ」

「………それは現王権に従えってことかしら?」

「そうだな」

「ふざけないで。私は腐った王権なんかに従う気はないわ!」

 

 どうやらかなりご立腹らしい。まぁ、仕方ないか。俺たち王族はしたいことを散々してきたんだし。

 

「そうか………なら、アンタを倒す。この力でな」

 

 「ルシフェリオン」の装甲が霧に変わり、消えてなくなる。

 

「………舐められたものね。「黒鋼」で相手をするだなんて」

「いいや。舐めていない。だから「手加減する癖」がない「黒鋼」で相手をするんだ。それに少し勘違いしている」

「勘違い?」

「ああ。「黒鋼」を、ただのIS程度と評価していることだ」

 

 そう。残念ながらそうではないのだ。

 そもそも、それならば今まで「ルシフェリオン」として()()した意味がない。

 俺はその証明のために、背部に新たに顕現したウイングスラスターを展開する。

 

「貴女も闇に染まりし者だろう、スコール・ミューゼル。ならば本気を出せ―――闇がなくば、闇に染まりし我が愛機「黒鋼・堕天」の相手は務まらぬぞ?」

 

 後ろで黒い翼が広がっているのがわかる。その姿に怖気づいたか、それとも予想していなかったことによる驚愕か、唖然としていた。

 

「………実に愚かね、あなたは。わざわざ敵である私に本気を見せるだなんて。でもいいわ。その潔さは気に入った。………見せてあげる、この私、スコール・ミューゼルと闇の力を浴びつつもなお金色の輝きを放つ、この「ゴールデン・ドーン」の真の力をね!!」

 

 《ディス・サイズ》を展開して黒い竜巻を起こしつつ、投擲する。その間、その場から離れたスコールは黒が混じった火球を展開して俺に向かって放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮設本陣に警告音が発せられる。だけどその場にいる教員たちは突如現れた迷彩服の男たちに銃を向けられて動けない。

 

「何の警告音だ?」

「わ、わからないわ。状況を見ないと」

「そうか。ならばすぐに状況を見ろ」

 

 リアが何故彼女らを拘束したのか。それは外部への情報を漏らさないためだ。

 特にこれからの戦闘はISを纏っただけの妙技によるぶつかり合い。そんなものをIS委員会に渡ればまた悠夜を実験台にしようと言う声が上がるからである。また、力の優位を示しておけば避難などがスムーズにできるという考えもあった。

 

「……そんな」

「どうした?」

「ディ、ディメンションバリアの耐久値が著しく下降。原因は、謎の高圧エネルギーが分散できないため……ですって」

 

 ―――ダンッ!!

 

 突然木箱の一つが吹き飛ぶ。その中から朱音が飛び出してきて原因を告げた教員を退かせる。

 

「………そういうこと。お兄ちゃん、本気を出すんだ」

「誰だ?」

「ヤードの末裔。今はディメンションバリアの耐久修復プログラムを更新するために乱入させてもらった。あの人間たちが力を合わせればもっと固い物が作れるかもしれないけど、それまでの時間稼ぎのためにお兄ちゃん…ユウ・リードベールに頼まれた仕事をこなさせてもらう」

 

 彼女らにしかわからない言葉でやり取りをする。すると男の一人が「わかった」と答えてシステムの更新を始めた。

 

「ちょっと待って。ここは関係者以外立ち入り禁止―――」

「このシステムを開発したのは私だけど?」

 

 そう答えると教員らはもう何も言えない。だが、思わずにはいられなかった。「あんな凄いシステムを、こんな子供が作ったの?」と。

 

「想定値よりも2人のエネルギーが高い………」

 

 そう言いながらもキーボードを叩く。そのスピードはとても速く、この中にもタイピングの素早さに自信がある人間は何人かいるが、その人たちが舌を巻く速さだ。

 

「ったく。何でイタリアの国家代表がこんなところにいるのよ。お兄ちゃんよりも弱いくせに暴れちゃって。余計な負荷がかかるってのに」

 

 そんなことを呟きながらもタイプを続ける朱音。そしてエンターキーを叩いて仕事を終わらせた彼女は安堵する。

 

「お、終わったの……?」

「うん。じゃあ、私は寝るから」

 

 そう言って朱音は木箱の中に入って鍵をかける。中はベッドになっていることは悠夜以外は誰も知らないことである。




マドカが主人公になっている気がするけど、気のせい気のせい。

次回はあの2人が暴れます。


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#158 第3のパワードスーツ

 ―――黒鋼・堕天

 

 それは「黒鋼」が「ルシフェリオン」の力を受け継いだ姿であり、第二形態時の名前である。

 流石に完全とはいかなくとも、機動力などが軒並み上昇していて、装甲回復速度が並じゃない。

 だからこそ、俺は「黒鋼」の立ち回りに独自の格闘術を組み込んで戦うことができるわけだ。

 

「吹き飛べ!」

 

 さらに「グランドストライク」を《デストロイ》で連発して撃てるのも利点だろう。もっとも、平然とかわして炎の球による弾幕を張られるが。

 

「ネクロ!」

『了解!』

 

 ウイングスラスターから《ファントム・サーヴァント》が無数に飛び出していく。通常の《サーヴァント》程度なら俺でも動かせるが《ファントム》の場合は数が尋常じゃない。だから人に限りなく近い意志を持つ「ネクロ」の力を借りなければならない。……まぁ、簡単な操作なら俺でもできるんだがな。

 相手に動きを読まれないためか、ランダムに軌道を描く黒い球体。スコールはわずかの突破口を見つけて炎で道を作る。相手の攻撃は至ってシンプルだが、相手は100歳を超える超熟練者だ。俺よりも場数を踏んでいるから―――決して油断はしない。

 

 ―――キンッ!!

 

 ダークカリバーと炎の剣がぶつかり、火花を散らす。《サーヴァント》や《デストロイ》はもちろん、俺は「黒鋼」と「ルシフェリオン」、2機に備わっている武装をありとあらゆる使用する。それほどまで強大な存在であり、この戦いに生き残るにはそれしかない。とはいえ、「黒鋼」の部分はエネルギーなどが消耗するので、そんなに使えないが。

 火器を使用したことで、俺たちは離れる。すると俺の周囲に炎が現れて渦を形成。迫ってくる。

 

(……まさかリアルで見ることになるとは思わなった)

 

 ただし、リアルはゲームと違って渦の中でも炎が飛んでくると言う仕様。俺はそれを回避しつつ《ファントム・サーヴァント》でバリアを形成して突っ込む。

 渦の中から出てきた俺に待っていたのは無数の炎の球だった。

 

「消えなさい」

 

 闇の蛇が現れて接近、その後ろでは炎が迫ってくる。

 

『兄さん、バリアの形成、終わったよ』

「その言葉を待っていた! ダークカリバー、キングモード!」

 

 ダークカリバーを展開し、そう唱える。するとダークカリバーが金色に光りはじめ、それが「黒鋼」に伝染する。

 

「ネクロ、本当の意味で手加減抜きだ。出力最大!」

『いいの? 最悪京都が消し飛ぶわよ』

「知ったことか。それに、俺の弟妹ならこの程度のことは慣れっこだろうし、俺の本気にすら耐えないようじゃ、四神機を使っても俺に勝つことはない」

 

 俺は勝利を、そして作戦を捨てる。あるのはかつての俺―――自分の力を絶対的な正義と思い、それを躊躇わず行使していた10年前の俺のみだ。

 

「さぁ、俺を楽しませろよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ガッ!!

 

 スコールは咄嗟に左腕を立てると、そこに突然現れた悠夜が右足の装甲で蹴りを入れてきた。

 

(お……重い―――!?)

 

 咄嗟に下降したスコールの判断は正しかった。さっきまで彼女がいた場所には黒い光線が放たれていたのだ。

 

「もっと、もっと楽しませてよ、スコールぅぅぅうううううッ!!」

 

 空に穴が開く。そこから隕石が降り注いだ。

 スコールは炎のバリア「プロミネンス・コート」を前方に吹き飛ばして燃やす。

 

「まさか、原点回帰―――無邪気なあなたに戻ったって言うの……?」

 

 それがどれだけスコールにとって危険か、彼女はすぐにわかった。

 これで悠夜は白夜事件の後に記憶を消された。それ故にISの危険性を理解し、「手加減」という心がどこかにあったのだ。だが、スコールは10年前の悠夜―――ユウ・リードベールがどれだけ子供だったのか、善悪の区別がつかない存在だったかをよく知っている。そしてもしそうなったらどれだけ危険かも。

 悠夜はダークカリバーを振るう。それを炎の剣で受け止めたスコールは冷や汗をかいた。

 

(まさか、より闇の力を引き出すために制限を外したって言うの―――)

「考え事は油断を招く―――だろ?」

 

 悠夜はその場から消える。すると四方からスコールに向かって黒い熱線が放たれた。

 スコールはテレポートをする。だが―――あらかじめ予想していたのか、悠夜が現れた。

 

「この―――!」

 

 スコールは気付いた。自分が戦っている物の正体に。

 目の前にいるのは無邪気な悠夜でも、成長した悠夜でもない―――真の意味の、本当の意味での魔王。

 いつの間にか金色のオーラが無くなっていることに気付いたスコールは、「黒鋼」が「堕天」の名に相応しいほど禍々しくなっていることに気付いた。

 

 ―――ガッ!!

 

 いつの間に接近を許したのだろうとスコールは自分に尋ねる。「ゴールデン・ドーン」の要である「プロミネンス」の1基が壊されているのだ。いや―――

 

(捕食……している!?)

 

 ダークカリバーが、プロミネンスコアを捕食している。

 すると飛行形態になってビームを連続で撃ちながら悠夜が接近してきた。スコールは黒い熱線を飛ばして「黒鋼」に攻撃するも、何故か弾かれる。

 

「もっと……もっとだ……」

 

 辛うじて回避するスコール。そこで彼女は自分がギリギリの戦いをしていることに気付いた。

 

(辛うじて……ですって……!?)

 

 ダークカリバーはもうない。いつの間にか消えている。プロミネンスコアが1基欠けた程度で自分の闇は止まらない。

 

「ガキが……舐めんじゃないわよ!!」

 

 スコールは周囲に炎の壁を形成。それを京都を滅ぼすことを厭わずに周囲に広げていく―――が、いつまで経っても何かが壁に触れる時に感じる何かがなかった。

 

「―――あなたは、どこを見ているんですか?」

 

 ―――ゾクッ

 

 寒気がしたと同時に反射的に炎の剣で薙ぐ。意外だったのか、「黒鋼」の装甲が一部吹き飛んだ。

 

「あなた、私を舐め過ぎよ!!」

「だろうな!」

 

 ―――キンッ!!

 

 再び炎の剣とダークカリバーが交差する。そして今度はスコールが背部の尾から熱線を放った。慌てて回避する悠夜。その動きで彼女は自分の勝利を確信した―――ハイパーセンサーが警告を発するまでは。

 

【警告! 6時の方向にエネルギーの収束を確認! ロックされています!】

「え―――」

 

 後ろを見るスコール。ハイパーセンサーが彼女が見たいものを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つ一つが長く感じる戦いだった。だがもう、これで終わりだ。

 両方の腕部装甲を分離し、《デストロイ》と共に胸部装甲にある砲口にエネルギーをためる。

 

『エネルギー充填完了。やりなさい!』

「これで終わりだ…「超闇新星(ダークノヴァ)」!!」

 

 俺の前には《サーヴァント》によって形成された2つの輪っかが存在している。発射された黒い球体がその2つを通り、レイたちが展開してくれているバリア境界ギリギリまで巨大化した。

 

「吹き飛べぇええええええええ!!」

 

 おそらくこれがバリアなし、もしくはディメンションバリアだったらバリア崩壊からの京都崩壊―――引いては近畿を中心とした日本崩壊が起こるだろう。特に、「黒鋼・堕天」の全スペック制限なしの状態で撃ったらだ。

 反動で流石に動けないが、スコールは呑み込まれて最悪死ぬ―――

 

「これでやられると思ったら大間違いよ!!」

 

 俺は慌てて上を見る。まさか「ダークノヴァ」を抜けてきたというのか!?

 信じられなかった。それほどまであの技に自信があった―――そうだ!

 

「まだだ……まだ終わらねえ!!」

 

 ダークノヴァを目視、サードアイを開いて相手の場所を把握―――今だ!!

 

 ―――ガッ!!

 

 俺は左半身をずらしてスコールにダークカリバーで突く。炎の剣は俺の左半身を狙っていたようでかすった。

 

「今一度、我が敵を穿て「ダークノヴァ」!!」

 

 「ゴールデン・ドーン」の装甲を抉りながらダークカリバーの刀身部分が開く。そこに同エネルギーで圧縮されたダークノヴァが姿を現し、レールガンのように飛び出す。ほとんど真ん中に位置していたからか、そのままスコールをバリア上部に持っていく―――そして、周囲を、バリアすらも呑み込む爆発が起こった。

 未だに影が見えない。俺は臆病になり、希望にすがるように呟く。

 

「……死んだ……のか?」

 

 残念ながら、それを確認する術はない。何かが去って行くのを見つつ、俺はそのまま意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『随分と派手にやってくれたな、桂木悠夜』

「いやぁ、本当に予想外の連続でしたよ。突然の裏切りに予想以上の無人機の数。まぁ、裏切り者はこうして捕まえたんですけどね」

 

 そう言いながら俺は俺の膝の上に頭を乗せるレインの首に巻かれた首輪―――そこに繋がった鎖を持ち上げる。

 今、しているのはIS委員会に対する事後報告だ。

 

「まぁ、ああいった任務は経験が必要ですし、色々とあなた方に申したいことはありますが、各国の候補生はいい経験を積まれたと思いますよ。囲まれた状態で敵ISを撃破して生き残るなんて、普通ならあり得ないですから」

 

 その言いたいことの一つは、代表候補生たちにまともな装備を送ってくれなかったことだ。

 

『さて、本題に入らせてもらうわね。桂木悠夜、あなたの報告によれば、「モノクローム・アバター」のメンバーの大半が逃亡したということだけどこれはどういうことかしら? さらに言えば、一教員である織斑千冬と山田真耶のために機体を勝手に改造し、部外者まで作戦に参加させたということだけど?』

「少しでも成功確率を上げるためでしたよ。結果としては1人の死亡に1人の捕獲。後は逃亡といったところでしょうか? 良い結果だと思いますがね」

 

 ましてや大物はこの世から葬ったんだ。……そう、葬った。

 少し気分が悪くなる。俺は勝ったと言うのに未だにあのことを悔いていた。

 

「大丈夫か?」

「ああ、問題ない」

 

 心配そうにこっちを見るレイン。俺は彼女の頭に触れて軽く抑える。

 

『報告書によれば、あなたの弟もその場にいて協力したようね。何故その場で拘束しなかったのかしら?』

「拘束したところで、すぐに逃げられるのがオチですよ。それにこちらは日本を除く各国の代表候補生に雑魚2名を連れ添っての作戦行動だったんです。ましてや向こうは大量の無人機を相手にしていて満足に動けない状態だった。そんな状況で、あなたは私の弟を拘束し続けることができると? 本気で思っているんですか?」

『………口を慎みなさい、桂木悠夜。あなたは我々が寛大な処置で生きていられ―――』

「俺を捕縛することができないからだろ、クソババア」

 

 IS委員会も、そして近くで待機している織斑千冬も何か言いたそうな顔をする。

 

「この際だから言っておいてやる。俺が生徒会長になった以上、アンタらの要求にはこっちにメリットがない限り従うつもりはない。アンタらがどれだけ偉いのかなんて関係ねぇ。散々俺を馬鹿にして余計なことをしてきたくせに、いざとなれば大したことをしてこなかったんだ。そんな奴らに敬意を払うつもりもない」

「……桂木、相手は大人だぞ」

「大人だからこそ余計に許せねえんだよ。アンタも含めてな」

 

 俺の目測が甘かったとはいえ、まさか3人がかりで戦っているのにまともにダメージを食らわせていなかったと聞いた時は本当に驚いた。奈々も……いや、奈々はいいか。

 

『………随分と言ってくれるわね、クソガキ』

「ガキに討伐を任せないといけない時点で自分たちが弱者だと気付けよ。ああ、言っておくけどこいつは俺の家で飼うから」

 

 さりげなく伝えたつもりだったが、かなり衝撃があったようだ。……何故か織斑先生すらも驚いている。

 

『待ちなさい! 彼女は亡国機業の組員だったのよ!? 情報を吐かせて他の人間も拘束―――』

『―――その必要はありませんよ』

 

 聞き覚えがある声……じゃないな。というか何してんだ?

 

「回線に割り込むなんて荒いなぁ。おふくろか?」

『生憎、あの人以外にもこれくらいのことは余裕でできるのでね。ごきげんよう、各国の首脳諸君。私はサーバス・リードベール。10年前は「風間剣嗣」という名前で日本にいて、IS学園の現生徒会長の兄でもある』

 

 IS学園と各国にいるIS委員会の人間同士を繋ぐ通信回線は厳重なセキュリティがあって並大抵の奴にはできない。それができるのはおそらく国単位では「レヴェル」だけだろう。

 

『ちょっと待て。何故回線に割り込めた』

『桂木悠夜、あなたまさか教えたとか―――』

「だから自力で介入してきたって言ってんだろうが」

 

 頭を抱える。本当に大丈夫か、こいつら。

 

『今回はあなた方がに重要な話があって介入させていただきました。IS学園にいるレイン・ミューゼル以外のモノクローム・アバターの隊員たちはこちらで捕縛させていただきました』

 

 兄貴の言葉にそれぞれが騒がしくなる。

 

『現在、スコール・ミューゼルは彼が撃った技によってかなりのダメージを負ったようなので治療を施しています。それとこちらで預かっているISコアは奪取された国にそれぞれ返却する所存ですが、どれも損傷が激しくデータのサルベージもままならない状態なのでコアのみとなりますが、返却には条件があります』

 

 条件……? とスピーカーが騒がしくなった。

 

『本日をもって、我々「レヴェル」は建国を宣言。そして条件はアラスカ条約国に加盟させていただくことです』

 

 俺はスピーカーの音量を下げた。織斑先生から何も言わないってことは彼女も煩く思っていたからだろう。

 しっかし、随分と考えたなぁと思って俺は笑いをこらえる羽目になった。

 

『つまりは、あなたたちに我々のコアを渡せと言うのかしら?』

『その必要はございません。我々は既にISコアを持っていますから。そしてその内の1つは―――「黒鋼」』

 

 こればっかりは俺も驚いた。いつの間に俺のISは「レヴェル」に所属したのだろう?

 

『ちょっと待ちなさい! それはどういうこと?! ISコアの事に関してもすべて話しなさい!!』

『まぁまぁ。少し調べればわかることですが、私は織斑千冬並びに篠ノ之束と同じクラスでして、そのコネもあって彼女にISコアを作っていただけたのです』

『そ、そんな理由で―――』

『―――まぁ、けんけんたちには恩があるからねぇ。それくらいはお安い御用なのさ!』

「束、本当に生きていたのか」

 

 …………相手を殺すなら、やっぱり自分の手で仕留めないといけないな。……本当のことを言えば、スコールが生きていることに少し安堵しているけど。

 

『やっほー、ちーちゃん! 元気?』

「貴様は死んだと聞いていたのだがな? それにモノクローム・アバターにも所属していたようじゃないか?」

 

 あ、それバラすの? しかもIS委員会の面々と通信が繋がっているままで。

 

『まぁ、私にも色々あったんだよ。色々と……』

「ほう、色々か……」

『篠ノ之束、下がりなさい。それで、あなた方はどうするつもりなんです?』

 

 無駄に言い合って画面に殺気を飛ばす織斑先生。向こうを下がらせて本題に入らせる兄貴。俺たちは完全に蚊帳の外だった。

 

『……ISコアの総数はいくつ何です?』

『すべては言えませんが、20個は超えていると言っておきましょう』

 

 大人たちが唾を呑む。何故なら、大なり小なりあれどアメリカですらそこまでのISコアを保有することができないからだ。

 

『ふざけているんですか!? 今まで名前すら聞かなかった弱小国の分際でそれだけのコアを保有するなんて……!!』

『我々に分配することを要求する!』

 

 すると他の国からも「分配」や「弱小国」などの声が上がる。だが、兄貴は怒りすら見せずに言った。

 

『良いでしょう。ならば、こういうのはどうでしょうか? 我が国家代表とブリュンヒルデもしくはウインドクイーンを戦わせてみれば』

 

 リアさん、可哀想にな。まぁ、あの人って兄貴ラブだから言われたら普通にしそうだが………

 

『随分と言ってくれるじゃない』

『なんなら、『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の封印を解いてはどうでしょう? 聞けば、「ISの軍事転用」を禁止しているのにも関わらず、軍用ISを作られているとか?』

『………何のことでしょうか?』

『どちらにしても、我が国の代表はそれすらも退けれると言うのですよ』

 

 ………随分と高く評価しているな。しかし軍用相手に単機で退けられるのって上級IGPSでも無理なんじゃ―――

 

『良いわ。そこまで言うならやってあげる。精々遠吠えをする準備をしておくことね』

『と、言うことだ。頑張れユウ』

『だと思ったよチクショー!!』

 

 だが待てや。俺の機体は轡木ラボ製だからコアなんて含まれていないだろう。

 レインの身柄の話すら結局上がらず、IS委員会の話は終了したので家でもう一度連絡を入れてその旨を伝える。

 

『知らなかったのか? 轡木ラボがこちらで出資しているし、コアは我々持ちだ。それに、ユウの機体の情報開示なんてさせることはできない』

「……どういう意味だよ」

『……「ルシフェリオン」今どこにある?』

 

 すぐに首に触れると、そこにはあるはずのものがなかった。ミアにも聞いたが京都にいた時点でなかったらしい。

 

「………まさか」

『そうだ。これはかつてない事態らしいが、どうやら我々の技術であるIGPSとISが融合した。故に我々はユウの機体分類をこう呼称することにしたよ

 

 

 

 ―――IGPSIS(イグプシス)、と』

 

 そんな、非現実的なことを言われ、俺はしばらく呆然とした。




黒鋼が、ルシフェリオンと融合したのでISからIGPSISに進化しました。実はこの設定、だいぶ前からあったんですけどね。元ネタは知る人ぞ知る例のアレです。

強敵には超強力な反則技をぶっ放すのは基本中の基本。これは一般常識のテストに出るぞ←断じて出ねぇよ

※実はとある部分は某同化鬱アニメとして有名な名台詞にしていたんですが、反感を買われるのと違和感があったので変えました。さて、どこでしょう?



次回予告

国家代表との試合も終わり、冬休みも消化して溜まった仕事にギブアップを唱えている悠夜。そんな時、楯無から一枚の書類を渡されてため息を吐く。

自称策士は自重しない 第159話

「3組の救世主」

「……そろそろ部屋を引き払わないといけないかもな」





黒鋼・堕天

黒鋼の第二形態の名称。ルシフェリオンの力を受け継いで顕現しているため、スペック上はルシフェリオン匹敵するIS……と思われたが、融合しているので分類上はIGPSISになる。
全体的に装甲部が細くなっており、菱形の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が無くなり、必要時に肩部の後ろに大型砲口が隠れている。
また、背部のバックパックが縮小し、ウイングスラスターが増設。バックパックに《サーヴァント》が10基マウントされている他、胸部装甲には第二形態の福音が放っていた熱線と同等の出力の熱線を放つことができるが、それは制限をかけての出力である。

強引吸収(グラビティ・ドレイン)

黒鋼の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)相手のシールドエネルギーを吸収することができる。距離によって吸収力が変わり、近ければ近いほど早く吸い取ることができる。
また、敵味方の識別が可能で集団戦でも活躍が可能……というよりも、操縦者の意思によって吸収が可能となっているので、そう言う仕様となった。





黒騎士・怨念

黒騎士の第二形態時の名称。機体全体のグレードアップとなり、武装そのものの強化となっている。蝶に似たウイングスラスターが一般的なウイングタイプになり、ビット数が増えたこと、そして胸部装甲からエネルギーを放出する機構が増えたこと以外は主だった変化はない。



我が憎悪晴らす時(ヘイトレッド・バーン)

黒騎士の単一仕様能力。全ステータスが上がり、またエネルギーが減らない所謂無敵状態。マドカの元々のスペックが高いため、この能力だけでもかなりの脅威となっている。


※名称に深い意味はありません。単なるカッコつけです。


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#159 3組の救世主――魔王会長のレポート

最終回前って、よくインターバルみたいなのがあるじゃないですか。今回のはそんな感じになっています。


 相手にとって不足はない。むしろ、アリーシャにとって目の前の敵は千冬以来の強敵だと思っていた。

 反則級の強さ。そんな相手と戦えるのは彼女にとってこれ以上の幸福はない………だがそれはまやかしだった。

 

「何なんサ……何でアンタはそんなに強いのサ!?」

 

 スコールを破った人物。学園ではそもそもその名を知る者はほんの一握りであり、戦いっぷりからは「魔王」とも称されているが、だが訓練機複数相手に無双しただけでは強者とするにはまだまだという意見もあった。そんな人間のISは二次移行し、辞退しているとはいえ2代目ブリュンヒルデであるアリーシャを圧倒しているのである。

 

「強い? どこが? まだ本気出してないのに………だからアンタもさっさと本気出せよ」

 

 見下すような視線。髪が銀白くなったことでよりそれが際立っており、ますますアリーシャを萎縮させる。

 

「ほ、本気を出してない……?」

「アンタは……いや、アンタらは俺を舐め過ぎだ。話にならない」

 

 《バイル・ゲヴェール》を展開して黒い球体を生成。アリーシャは機動力を駆使して回避に専念するが、引き金を引いた途端にランダムに分離してアリーシャを追い、早く移動するので微々たるものだがダメージを食らった。

 

「舐めるな!」

 

 分身を作り、わざと攻撃を食らって回避、悠夜に接近する。

 そして風の剣で刻もうとした瞬間、後ろから突かれてバランスを崩す。

 

「なっ!?」

「分身を作り出せるのはアンタだけじゃない……終わりだ」

 

 刺さっているのは《バイル・ゲヴェール》―――その銃剣部分に該当する斧が銃口の前に移動している。それが装甲を抉ると悠夜は引き金を引く。

 「テンペスタ」の装甲が膨張し、爆発。圧倒的な勝利を飾った悠夜に対して、もう誰も難癖をつけることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、今も彼女はあなたの部屋にいるの?」

 

 冬休み最終日、今日も生徒会長として働いていると奈々がそんなことを聞いてきた。

 

「彼女って、レインか? 今もいるけどな。一応、生徒としては通えることにはなったが、出席日数も足りてるし無理に行かなくていいとは言ってる」

 

 現在、レインは「ダリル・ケイシー」としてIS学園に通っているが、諸事情によって代表候補生の権利をはく奪されている。まぁ、それを知っているのはごく一部のことで、言いふらさないように厳命しておいた。鈴音やラウラ、そして簪は大丈夫だが、他の奴らは納得していなかったのでオルコットとジアンは過去の事を追及し、篠ノ之は嫉妬による怒りでの備品破壊。織斑はこの前の暴走事件で「機体制御できないくせに他人を守るとかマジワロス」と言っておいた。

 

「ふーん」

 

 何か言いたげな奈々。まぁ、後は最終テストに卒業式、そして入学式。後は卒業式前のクラス対抗戦が残っている。

 ちなみにこのクラス対抗戦は1学期最初に行われたものとは違ってガチの対抗戦……つまり、情報などによって他クラスの代表の情報を洗い、より有利に戦いを進めるためのものだ。

 

「まぁそう怒るなよ。別に手を出しているわけじゃないんだし?」

「簪ちゃんから聞いたけど、あの人とキスしたとか?」

「……………それはだな。まぁ、必要だったわけで」

「何が必要なのよ! 何が!」

 

 怒られているのにどうしても今の奈々が凄く可愛いと思ってしまうのは罪だろうか。

 俺は思わず奈々を抱きしめると、腹部に思いっきり拳が入った。

 

「いっつつ……」

「それはそうと、面白い人が入学してくるわよ」

 

 そう言って奈々は2枚の紙を差し出す。面白い人? 一体誰………えっと、マジで?

 

「……これ、ジアンの時みたいに偽装されたってわけじゃないよな?」

「残念ながら本物よ。後、簪ちゃんやラウラちゃんが正式にレヴェルの代表候補生になったわ」

「……たぶんこれも片方は代表候補生なんだろうな」

 

 しっかし、よく十蔵さんが転校を許可したな。しかも3組って………しかもこの名前で。

 

「また波乱が起きそうだ」

 

 ため息を吐いた俺は、密かに明日3組の教室に行くことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予想通り、3組は騒がしくなった。だってこの時期に転校してきたこともそうだが、何よりも転校してきた人物があの有名な織斑千冬にそっくりだからである。

 

「レヴェル代表候補生の織斑マドカだ。専用機持ちなので、できれば今度のクラス対抗戦に出たいと考えているが、出場させてもらえないだろうか?」

 

 実は彼女が襲撃者だってことは幸か不幸か誰も知らない。当初は「織斑千冬の妹だし、桂木悠夜が1組にいるから」と1組に編入することになったのだが、それだと唯一クラスに専用機持ちがいない3組がますます不憫になるのでこうして編入させたわけである。ましてや実力者だし、すぐに優勝候補として名が挙がるだろう。

 

(しっかし、随分と丸くなったな)

 

 別の高校に転校したレイが言うには、かなり荒れていたらしい。それが以前の戦いで「白騎士」を倒したことで吹っ切れたようだ。横暴な姉とは違ってこうして頭を下げることはできるんだし。まさしく「他人の振り見て我が振り直せ」を体現しているようだ。

 

「えっと、もしかして織斑先生の妹……」

「じゃあ、織斑君の妹でもあるの!?」

「―――おい」

 

 クラスメイトが悲鳴を上げる。丸くなったとはいえ、そこだけは譲れないみたいだな。

 

「確かに、私はあの2人と血の繋がりはあることは否定しない。だがな、戦闘以外はからっきしな教師や主夫なゴミと一緒にするな!」

「……マドカ、落ち着いて」

 

 同じ転校生のティアちゃんが諫める。

 

「しかしだな……」

「我慢……して?」

 

 俺は思わず顔を逸らす。ティアちゃんはミアと違って胸が小さい。そういうタイプの上目遣いは本当にキツいんだ。バレたらレイに殺される。

 そしてマドカも「仕方ない」という風に殺気を静める。完全になくなったことを確認してから、ティアちゃんも自己紹介を始めた。

 

「ティア・ガンヘルドです。私は代表候補生ではありませんが、整備の勉強のために彼女と一緒に編入してきました。ちなみにマドカの機体は私がメイン技術者として開発したものです」

 

 ………とか言いながら、彼女は「仕狼」を持ち込んでいそうだけど、それに関しては黙っておこう。悪用しなければ問題ないんだ。

 ちなみにこれは本当に一部の人しか知らないが、「仕狼」は戦闘装備はあれどメインは開発や情報分析ということだ。だから許可したけど、それを聞いた簪は「物凄く便利そう」と言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで2週間が経った。

 その間、1年生は時間の合間を縫って各クラスの偵察などを行って戦力を分析、各々クラス代表を中心に各戦闘員の弱点などを把握、研究、作戦建立を行っていた。

 

「んで、鈴音が一番不人気なわけだが?」

「まぁ、そうでしょうね。アタシの武装って《龍砲》以外は目立ったものはないもん」

「そう悲観するなって。確かに《龍砲》以外に武装はないが、「燃費と安定性」は1番だし」

 

 実はこれはメタルシリーズがいようがいまいが事実だ。俺たちのは完成されているが、ビーム系が多いので消費が激しい。……まぁ、十分戦えるから問題ないし、そのための回復機構なんだが。

 

「まぁまぁ、落ち着けよ」

「落ち着け、ねぇ。相手が簪なのに?」

「大丈夫、なんとかなるさ」

「いや、なんとかしないといけないのよ。ここ最近負け続きだし………」

 

 そもそも、メタルシリーズが全部一般ISと違って反則級なんだけどな。それでも「黒鋼」に比べると他の2機はまだマシだ。

 

 そして鈴音はやっぱり負けた。それでも、俺から見れば「荒鋼」の武器を一部破壊してシールドエネルギーも半分は減らしていたのでかなり立派なんだが。

 だが所詮、生徒にとっては2組対4組の戦いは前哨戦に過ぎないだろう。

 

「よ、遊びに来たぞ」

「桂木悠夜か」

 

 しっかし、この2週間放置していたが随分と変わったな。

 

「レイン・ミューゼルは元気か?」

「まぁな」

「で? どこまでやったんだ?」

 

 本当、随分と変わったなこの子。

 

「まだキスしかしてねえよ」

「………あの男の言う通り、本当にヘタレなんだな」

「せめて「女の子を大事にする奴」だと言え!」

 

 たまに性欲が暴走する時はあるし、否定しないけどさ! ……ところで、あの男とは一体誰のことだろう。心当たりが多すぎてわからない。

 

「にしても、随分と変わったISだな」

「話を逸らしたな」

「……お姉ちゃんともまだだって聞いた」

「そろそろマズいとは思うけどな。俺の精神しかり、アイツのボディしかり」

 

 なにせ、今俺の家(というか艦?)には俺、ミア、ラウラ、レインとカオスな状態になっているのだ。その内1人はチッパイと言えど天然エロチック化しているから目のやり場に困る。ホント、困る。

 

「キスだけじゃ、そろそろ飽き足らないって言ってた」

「……生きていられるかなぁ?」

 

 激務な仕事に夜の営み。本当に生きていられるか心配だ。

 なにせ、ミアも敢えて2年生として編入させて生徒会副会長の椅子を与えたはいいがそれでも仕事の量がとてつもないのだ。以前はウザかったが、奈々が権限を振り回す理由がよくわかった。

 

「……マドカ、そろそろ時間」

「そうか。……では、発進するぞ!」

 

 マドカがISを展開して脚部装甲をカタパルトに接続。射出される。ほとんど同時に「仕狼」が展開された。

 

「……許可はもらってる」

「大丈夫。ちゃんと承知済みだ」

 

 俺もハイパーセンサーを起動して試合の様子を見ることにした。

 

「久しぶりだな、マドカ……っていうか廊下ですれ違ってるのに無視するなよ!」

「ハッ! 雑魚に振り向く馬鹿は貴様の周りにいる金魚の糞か目が腐ったゴミ以外いるわけがないだろ」

 

 うわぁ。様になっている。というか2代目魔王とか言われてもおかしくはないくらいだ。

 

「ところでティアちゃん、マドカのISが変わっているみたいだけど……?」

「うん。「黒騎士」ってダサいってことになったから一度初期化した」

「……各国の技術者が聞いたら頭を抱えるだろうな」

 

 ただでさえ、二次移行する機体は本当に少ない。それを初期化するなんて各国にしたら正気じゃないと言い張るほどだ。

 

「だから今の機体は、完全マドカ専用の「アニールヴァッフェ」。射撃をメインに置いた高機動型ISになってる」

「それは楽しみだな」

 

 ぜひ、俺のライバルになってもらいたい。

 掛け合いも控えめで試合が開始される。だが、実力者はすぐにわかった。

 

 ―――ガキンッ!!

 

 《雪片弐型》が宙を舞い、地面に突き刺さる。

 

「へ?」

「何をぼさっとしている?」

 

 マドカが蹴り上げて「白式」にダメージを負わす。脚部にはビームが展開されていた。さらにマドカは脚部装甲に設けられている大きな爪で「白式」に取りついて《フェンリル・ブロウ》を叩きつける。

 

「反応が遅い。M男風情が余韻に浸るな!!」

 

「あれ? 武装が戻ってる?」

「マドカからの要望。NEXT型だとエネルギー消耗率が激しいから、ノーマル型を使用している」

 

 ティアちゃんにそう教えてもらい、納得した。

 そこからはもう完全にマドカの独壇場。そもそも、2人の差はありすぎるのだ。以前の京都戦でマドカはかなり消耗していたという話だが、それはあくまで「白騎士」の相手をしていたから。つまり、織斑一夏を相手にしていたわけではない。それに元々、織斑兄……いや、弟はISをただのスポーツ程度しか捉えていないし、勝てる要素は皆無だ。

 そしてしばらくして、流星の如く現れた女に織斑は敗北したのだった。……ちなみに弟の方である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい戦い。そう言うしかなかった。

 現在、簪とマドカが戦闘を行っているが、なんというか地獄である。

 弾け合う熱線。交差する刃。撃ち落とし合うビット。もはや笑いしか出ない。バトルジャンキーとはまさにこのことだろう。

 実は今日は少し遅めの学園見学も兼ねていたが、中学生は見事にドン引きである。………流石に殴り合いにまで発展していないが、お互いが殺気を持って殺し合っているので、グラウンドは荒れ放題だ。

 

「アタシ、負けて良かったって気がするのよ。思っちゃいけないのに……」

 

 今にも泣きそうになる鈴音。この子もかなりの武闘派だが、今はそうでもないのではないかと思っている。

 結局、僅差……本当に僅差でマドカが勝利を掴んだ。優勝旗を渡した時に凄く「褒めてオーラ」が見えた気がした……数日後に外に出れるように手配して、レイに近況を伝えておこう。

 ………どこかラウラに通じるものがある。彼女らは将来仲良くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業式。それを迎えた俺は壇上の前で送辞を担当していた。

 だが、内容はこれと言って特にない。何を言えばわからなかったから、適当に考えて話しただけだ。基本的に3年生とはあまり面識がないからな。修正は奈々に任せ、それを話す。そして記念品贈呈をした際、俺を見た3年生が少し怯えていたんだが、そいつは確かレインと同じクラスだったような……?

 

「卒業おめでとうございます」

「あ…ありがとうございます。魔王様」

 

 見れば全体的に怯えている。唯一レインと虚さんだけは笑っていた。おいレイン、テメェ後で詳細教えろや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やっぱ、100年近く放置していれば荒れる、か」

 

 春休み。俺たちは改造されたプライベートジェットで荒れ果てた神樹国に訪れていた。メンバーは簪、朱音、レイン、ミア。奈々はIS学園に残っていざという時のために待機してもらっている。

 4人はそれぞれの位置に立つ。そして俺は巨大樹木の前に立ち、触れた。

 

「―――汝は、我に何を望む?」

「この土地の復活………いや、敢えてこう言おうか………かつて栄えた神樹国を以前よりも栄えさせるためだ」

 

 核爆発を受け、一度消えたはずの意識は復活しているようだ。じゃないと話さないからな。……もしかして、デ○の樹サマみたいな感じの継承か?

 

「リードベールの末裔よ。貴様は心は闇に染まっている。貴様のような黒い心に染まりし者の望みを叶えることは不可能だ」

「そうか。じゃあ良いや」

「何?」

「そもそも俺、別にこの国が復活しようがしまいがどうだって良いんだよね。土地があって、かなりの権力を得て、国民を自由にできるならどうでも―――俺はその土地で、すべての技術力を使って宇宙に進出する。今はもう世界にはISという存在があるし、篠ノ之束という世界最高の天才も暴力で縛って言うことを聞かせることができるし、技術には困らない」

 

 神、ということなら偽って無駄だろう。だから俺は最初から復活なんて望まなかった。むしろ、どうでもいい。

 

「土地が欲しいのは俺じゃない。だけど、真に世界の平和を、救世主になりたい奴が土地を望んだから、唯一復活できる条件を揃えた俺が来た。そして俺は、漫画やアニメのように宇宙に進出する。いずれ地球は滅ぶって言われてるけど、それならさっさと宇宙に暮らせるだけの基盤を作って地球が崩壊することを待って、再生を願ってやるさ」

「………そして、かつてと同じように技術を発展させるのか?」

「さぁ? むしろ停滞させるんじゃね? 俺が目指す技術は既に果たした。戦争したいなら勝手にやれ主義だからな。俺にとって、雑魚の戦争はただの無駄な消費でしかない。下らない茶番。それだけだ」

 

 強者の余裕。そう取られるだろうと思ったが、俺の予想に反してその樹は笑った。

 

「実に面白い。良かろう。この国を蘇らせよう」

「案外、話がわかるじゃねえか」

「貴様の心は闇に染まっているが、純粋である。我はその純粋さが気に入った」

 

 ………いや、むしろドス黒いと思っているんだが? だって俺策士だし。

 

「そっか。じゃあ、俺たちはこの汚い地球の寿命をできるだけ伸ばすことを約束してやるよ」

「………面白い末裔じゃな」

「そっちこそ。まさか人語を話すとは思わなかった」

 

 すると枝がこっちに来る。どういうことかと考えていたら樹が「握手だ」と言った。

 

「そっか。これからよろしくな、神樹サマ」

 

 その枝を軽く握ると、急に土地が緑色に光り始める。4人はその光景に見とれている。それは俺も同じだった。




次回予告

時は止まらない。人がどのように過ごしても最後以外は平等に進むものである。
同じ時を感じ、人は大人になっていく。

自称策士は自重しない 最終話

「そして未来(あす)へ」

少年は、そして王になる。


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#Final そして未来へ

ISを動かし、異能に目覚め、色々な体験をしてきた桂木悠夜。
そんな彼は今日、IS学園に来て2度目の春を迎えた。


『これより、IS学園第8回入学式を行います』

 

 視界を兼任している副会長のミア。入学式は代表候補生とか企業の会議で出席できない者以外は基本的に出席を強制されている。

 ちなみに今回が第8回目なのは、ISが世に出て技術が発展するまでそれくらいの期間があったから。……冷静に考えて、ISが出た翌年に建設できるほどの安い技術ではないもんな。

 とまぁ、そんなことはどうでもいい。

 

「……にいに、絶対何かよからぬことを考えているよ」

「うん。ゆうやんがあそこまでノリノリな時って、絶対にどこかの王様みたいにノリノリで演説する時だもんね」

 

 外野が何か言っているが、無視だ。

 入学式の内容が進んでいく。そしてとうとう―――

 

「―――次は生徒会長の挨拶になります」

 

 さて、俺の番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い銀髪をなびかせながら、IS学園初の男子生徒会長――桂木悠夜が壇上に移動する。現れた瞬間に男とわかった新入生は「どうして男が生徒会長?」と疑問を持ったが誰も口にすることはなかった。

 生徒会所属の腕章と黒い制服がトレードマークとなっており、その制服の内ポケットに忍ばせていたらしい紙を取り出して開き、マイクのスイッチを入れて話し始めた。

 

「諸君、入学おめでとう。よく高い倍率の壁を越え、今日という日を迎えてくれた。生徒会長として君たちに会えたことは心より嬉しく思う……というのは―――心の底から思っていない!」

 

 ―――パンッ

 

 突然、紙を折り畳んだ悠夜はそれを破り捨てて空中に舞わせる。すると紙に青い炎が点いてパニックになりそうになったが、悠夜が手を叩いて響かせたことで静まった。

 

「安心しろ。マジックの一種だ」

 

 新入生は在校生が苦笑いをするのを見て、おずおずと席に着いた。

 

「さて、浮かれているところ悪いが―――今すぐ気持ちを切り替えろ。貴様ら新入生共は薔薇色の人生を約束されていると思っているだろう、エリート級の待遇やISに触れ放題だと喜ぶ者もいるだろう。安心しろ。そんなことはまずない。貴様らに待っているのはISに乗ることができない地獄だ。上級生からはいびられ、気の弱い生徒は同級生から虐められる。専用機を持っていることに嫉妬される。故に狙われる、媚びられる。そんな地獄から解放されたいならばクラスを牛耳ろ。実力を見せつけろ。力を手に入れろ。アラスカ条約に加盟している国は程度は違えどすべて「女性優遇制度」なるものが制定されたが、はっきり言って徒党を組めばISを持とうが持つまいが女だろうが男だろうが最後に勝つのはあらゆる分野で成功を収めた者のみ。ましてや、男が女に勝てないと言う視野の狭い考えを持っている奴から敗北するのがこの世界だ」

 

 突然の暗い話に新入生のほとんどが生唾を呑む。中には内容が気に入らない内容もあったのか、悠夜を睨む生徒もあったが、悠夜自身ものともせずに話を続けた。

 

「確かに、女性優遇制度が出る前から日本では女の立場を優遇する立場があった。現に男女平等の世界なんかも存在していたみたいだが、それでも職業に関しては少し男が優遇されていたが、その理由はわかる者はいるか?」

 

 唐突の質問、そしてわからないこともあって、誰も手を挙げない。

 

「簡単な話、女は男と違って子どもを産むことができるが、動きが制限される。つわりや突然の体重過多など要因は様々だ。つまりは適材適所ってわけだ。考えてもみろ。お前らが乗る機体は誰が整備する? 整備不良を装って君たちを送り出して爆弾を仕掛けることもできるし、休憩室に爆弾を使えば大丈夫だ。なにもISを四六時中着けているわけじゃないんだからな。整備の時は外すだろ? だからみだりに男を見下すのは自分の寿命を縮めることだと思っておけ。媚びへつらっとけとか、体を使って関係を築けとかは言わない。だがせめて良好な関係は築け。死にたくなければな」

 

 いや、何の話だよと何人かは思い始めた頃、悠夜はさらに話を脱線させた。

 

「特に操縦科で強くなりたい奴はロボットアニメはよく見ておけ。ゲームも勉強の合間を縫ってやってみろ。特にバトルシーンがあるシミュレーションゲームとか、ロボット関係の格ゲーとかはお勧めだ。決して世界の連中とやろうとするな。四肢奮迅ならぬ四肢分解されるから………とまぁ、かなり話を脱線させすぎてしまったが、要はこう言いたいわけだ―――今の自分を信じるな。徹底的に己を否定しろ。そして、誰かに……世界に認められるほどの結果を出して初めて自分を信じろ。それまでは徹底的に努力しかない。これからの人生を幸福に過ごせるのは法律でも制度でもない。自分がどれだけ人生という怪物に対して足掻けるか、それだけだ」

 

 言い終わったため、一歩下がって一礼。悠夜はそのまま作法に乗っ取って自分の席に戻っていく。

 式は滞りなく終了し、全校生徒はそれぞれの持ち場に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた~」

 

 入学式が終了し、初日から始まった授業をこなした俺は、そう言いながら机に突っ伏す。

 

「お疲れ様。とても良い演説だったわ」

「……そうか? 女権団の連中がこっちを睨んできたんだが?」

 

 というか、まだ存在したんだな。とっくに滅んだと思っていたがどうでもないようだな。

 

「彼女たちはいい顔しないでしょうね。現に、私宛に何度か会長の席を譲ったことで批判する内容の手紙が送られてきたし」

 

 呆れつつ奈々はそう言うが、俺にとっては一大事だったので立ち上がる。

 

「……いつから?」

「確か、あなたが会長になって半月ぐらいから―――」

「わかった。今すぐ滅ぼしてくる」

「おいコラ」

 

 奈々に首根っこを掴まれる。

 

「何をするんだ?」

「その手は何かしら……というか、その手というより手に浮かんでいる球体かしらね?」

「偽縮退砲。落とせば半径100㎞は軽く吹き飛ぶ。大丈夫。敢えて姿を見せて自分が誰の眷属に喧嘩を売ったのかわからせてやるさ」

 

 なぁに。軽く数万人が消えるだろうが、世界規模でみれば全く問題ない。

 

「別にそんなことをしなくて良いわよ。私は気にしてないし……それよりも……」

「奈々……」

 

 甘ったるい雰囲気に変わる。俺が神樹様を復活してからというもの、奈々は妙に積極的だ。おそらく、防衛として、そして元会長だから仕事もわかっているからいない間のフォローを任せたのが「ハブられた」と思っているからだろう。俺もそれに応えて顔を近づけ、唇を重ねる。ホント、いくらハーレムを作ることができるし、むしろ子孫繁栄のためにたくさん作れとか言われているので何股してもいいんだが、これはこれで問題があ―――

 

「さすがはご主人様。国家代表すら自分専用の雌犬に変えてしまうなんてカリスマ性満載ですね」

 

 おい誰だ。今余計な奴なことを言った奴は誰だ!? 奈々がフリーズしてしまったじゃないか!

 俺は強引に離すと、赤いリボンをつけて少し改造を施している制服を着たリゼットがいた。

 

「………そういえば、入学してきてたな」

「はい。それもこれもご主人様と毎日致すため、すべてジュールに押し付けてきました! あとクロヴィス叔父様から伝言を言付かっております」

「………何だ?」

「「私もレヴェルに行って、娘に会いたいのだが?」と」

「んなもんジュールに言え!」

 

 すかさず突っ込みを入れるが、すでにそこにリゼットはそこにいない。

 

「―――すごいですね。私も胸に自信はありますが、それでもこの大きさは異常かと思います」

「ちょ、リゼットちゃん?! 揉むの止めて―――」

 

 何故か奈々の胸を揉んでいたので、俺はあわてて引きはがす。

 

「お前なぁ、目に毒なんだからやめてくれ」

「慣れているのでは?」

「………俺は純情なんだよ」

 

 しっかし軽いな。こいつ本当に高校生か?

 なんて思っていると、リゼットは俺に抱き着いて唇を奪う。

 

「……急に何をするんだ」

「すみません。まずは格差を見せつけるために踏まれる必要があるんですね。はい」

「そんな趣味ないから!」

 

 平伏すリゼットをなんとか立たせると、奈々は本気で引きながら聞いてきた。

 

「ユウ君、あなた本当に何をしたの?」

「何もしてない」

「そう。まだ私はご主人様と何もしてませんわ!」

「………本当に、何もしてないからな?」

 

 そもそも自分が王族だと知ってまだ1年も経ってないんですが………。

 

「まぁいいわ。で、あなたは何をされてそんな風になってしまったのかしら?」

「私は自分が所詮1匹の雌でしかないとわからされたんです。あの戦いを見て………」

「…………あれで?」

 

 どうなら奈々に心当たりがあるようだ。思い出しているけど、あれってそんなに激しかったか?

 大体、俺はあの時は素早さと身体能力ぐらいしか制限を解除していなかったから、そこまで興奮するようなことはなかったはず―――

 

「容赦なく、まるで缶を潰すように敵を潰し、薙ぎ払い、銃弾すらも叩き落とす。その時の笑顔はとても邪悪でした」

「だから何でお前はそれでこうなったッ!?」

 

 思わず叫んでしまったが、本当にどうしてこいつはこんな風になってしまったんだ?! いやいや、おかしいだろ。アレで? 邪悪って、アレで!?

 中二全開は言うまでもない。さらに言えば、相手をボコったりしたぐらいで特に問題は……それか?

 

「明らかに不利な状況。だというのにご主人様は相手を潰していきました。それはさながら猛獣のようでとても凛々しかったですわ!」

「………魔王じゃなくて?」

「そうとも言います!」

「………………普通、怖がらねぇ?」

 

 自分で言うのもやり過ぎたというのはあるつもりだったが、だからと言ってこんなになるのか?

 さっきから俺に引っ付いて離れないリゼット。するとドアが思いっきり開け放たれた。どういう法則で揺らめいているのかわからないツインテをなびかせる鈴音。怒りからか頬を膨らませる本音。そしてため息を吐く簪に笑顔を引き攣らせる朱音がいた。

 

「やっぱりこうなっちゃってたか……」

「やっぱりって?」

「実はその人、自己紹介で「悠夜様と添い遂げるために入学しました!」って言ってたから」

「初見でそんなことを言われたら、満場一致で「何だこいつ」だろうな」

 

 なんて思っていると、鈴音が頭突きをしてくるのでそれを空中に止めた。

 

「止めるな!」

「止めるから! というか止めないと国際問題になるだろ」

「あなたは確か凰鈴音でしたわね。ご主人様に何か用ですか?」

「アンタよアンタ!」

 

 睨むのを止めない鈴音に、何かを悟ったリゼットは照れずにはっきりと言った。

 

「なるほど。つまり「新顔のアンタが先に致そうとしてんじゃないわよ!」と言いたいですね」

「なっ、ちょっ、ま―――」

「―――一体何の騒ぎだ、これは」

 

 今度はラウラだ。俺が考案した黒い制服を喜々として着たこともあって、かなり似合っている。……聞けば、かつて所属していた部隊の制服に似ているとか。その制服の写真を見た時には、考案者とは馬が合いそうだと思った。

 

「ラウラか。遅かったな」

「すみません。各隊の者たちと訓練内容の相談をしていました。それよりもこれは?」

「………単なる順番待ち」

「なるほどな」

「おい待て。今ので内容を理解したのか?」

 

 どう見ても鈴音とリゼットが理由不明で争っている風にしか見えな―――

 

「その女も兄様に忠誠を誓い、その身を捧げようとしたところに鈴音が合流。兄様の寵愛を受ける順番で揉めたのでしょう。ふん、下らんな」

「何ですって!?」

「誰が寵愛を受けるかどうかなど、そもそも話し合うこと自体が問題なのだ。兄様の部屋を訪れればできるというのに」

「え………?」

 

 するとリゼットとラウラを除いた全員が顔を背ける。当然俺もだ。

 

「嘘……アンタら……っていうか楯無さんは国家代表ですよね!? そんな簡単に―――」

「あぁ、私は正式な代表じゃないから高校を卒業をすれば一般人に戻るわよ」

 

 四元属家の人間が「一般人」の部類に入るかはわからないがな。概ね間違っていない。

 そもそもどうして日本人である奈々がロシアの国家代表になったかというと、生徒会長になった時に専用機持ちじゃないことが問題になったらしい。学園最強の人が専用機を持たずにいるのはいざという時には不都合だと思ったIS委員会が、奈々の戦闘スタイルに合う機体を作成していたロシアに紹介して専用機が支給され、その機体のデータを基に今の機体を開発したそうだ。

 ちなみに、ロシア国籍を持っているのは日本国籍の人間にロシアの機体を持たせるのは体裁的にも問題があると思ったから取らされたと愚痴っている。

 

「でも、国家代表に抜擢されるぐらいだから引き留められているんじゃないの?」

「最初はね。今はそうでもないけど……ユウ君のおかげっていうかなんていうか……」

 

 実のところ、各国は最初、俺を独占したいがために様々な策を講じてきた。おそらく委員会の人間が俺が国家代表だと言われた時の反応を見て「今ならまだ間に合う」と思ったのだろう。その結果、俺の逆鱗にいの一番に触れたアメリカ―――その大使館内は荒れることになった。なにせ、IS学園の生徒を複数脅して関係を持っていると当時童貞だった俺が切れてもおかしくはないことを言われ続けたからなぁ。制止を振り切って乗り込んで、女尊男卑について徹底的に否定してきた後、萌え理論を説いて性犯罪に走る者に対しての徹底的な否定もしてきた。あまりの勢いに向こうが土下座してきたのは本当に驚いたが。

 ISは形的に日本発祥ということになっているが、未だに世界に幅を利かせてきたアメリカ。その大使館長が土下座したことはすぐに知れ渡った。おそらくイタリアの国家代表を簡単に捻じ伏せて各国が苦戦したスコールに勝った人間ということもあったのだろう。向かってきたSPも軽く潰したことも相まって、今年初めに行われる予定のモンド・グロッソに出場することを禁じられた……というか懇願された。

 

「そういうことで、簪は晴れて日本からレヴェルの代表候補生になった。おそらく鈴音自体も申請すればすぐにはってのは難しいかもしれないが、せっかく発展した国を吹き飛ばされたくないだろうから移動や自体←辞退 は比較的に容易になっているはずだ」

「私も第三世代機のテストパイロットとして一応は入学していますが、叔父様からも「いつでも嫁いでもらって構わない」と言われてますし」

「いや、それでいいのかフランス……」

「あの母親は一応、かなりの操縦者だったらしいですからね。その母を徹底的に潰したユウ様のことは元から高く評価していたので」

 

 何故かフランスからは評価が高かったけど、そう言った理由からか。

 

「あ、そうそう。お姉ちゃんからでんごーん。今度はいつ会えるかって~」

「仕事が片付いたら」

「しばらく片付きそうにないものね」

 

 奈々の言葉に俺は頷く。すると、急に生徒会長として使っている電話が鳴ったので取ると、生徒からの通報だ。どうやら篠ノ之やオルコットが切れたらしい。おそらく織斑関連だろう。

 

「じゃあ、行ってくる」

「「「行ってらっしゃい!!」」」

 

 みんなに見送られて、俺は生徒会室を出る。生徒会長になってから何故か他人のいざこざを解決しているが、その多くが織斑関連だ。だから―――

 

「一度入院させるか」

 

 俺だって人間だ。だからストレスだってたまる。IS展開? ンなこた知るか。こっちは生身でIS潰せるんだ。

 俺はダークカリバーを手に奴らを叩き潰すために走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、かなりの年数が過ぎた。

 俺こと桂木悠夜はIS学園を首席で卒業。リゼットをはじめとする後輩たちに祝福されて自国に戻り、数年してから王位に就き、神樹国改めレヴェルの王として国の発展に務めた。そして60歳を過ぎたくらいに、政治に心から関心を持っている息子に王位を譲る。四元属家を母親に持つ子供を除いて長男は自分が成ることができると思っていたようだが、その母親には悪いがそんな人間に継がせる気は毛頭なかった。

 ちなみに俺は結局義妹含めた高校時代に連れ添っていた女たちと結婚し、子どもは総勢100人を超えた。おそらく女尊男卑になってから初めてのハーレム王として語り継がれているだろう。

 

 そして今―――

 

「な、何で……」

「くそ、聞いてないぞ! 何でこんなところに海賊が現れる!?」

 

 何人か()()()時、誰かが俺の前でそう叫ぶ。だが俺は興味ないのでそのまま残りを狩ると、耳を澄ませて周りの音を聞く。

 

「……ここか」

 

 俺はドアを軽く引くと、大げさに音を立てて吹き飛んだ。

 

「見いつけた」

 

 そこにいるのは男女問わず疲弊する子供たち。最長で10代前半と言ったところか。

 

「………あなたは、誰ですか?」

「俺? 見た目と実年齢がかみ合っていない化け物って言ったところだ」

「……はぁ」

 

 インカムのスイッチを入れて周りの部隊に連絡を取る。

 

「こちらデーモン1。目標を確保した。そっちは?」

『こちらデーモン3。敵ISを大破に追い込みました。これから腐った膿を取り除きます』

「……同じ女なんだから、手加減してやれよ?」

 

 そう言うと『了解』と返されて通信が切られる。

 そして俺は未だ怯える彼女らにこう言った。

 

「初めまして。俺は君たちを連れ出しに来た」

「………私たちは売られたんですか?」

「いや、むしろ奪いに来たってところかな。言うなれば、正義の海賊ってところか。ああ、別に見返りに君の体を要求するってことは安心しな。まぁしたいなら相手ぐらいはしてやるが」

 

 ダメだ。意外と乗ってこない。せめて顔を赤くしてくれればこっちもやり様はあるのに。

 

「ともかく、外では俺たちの仲間が待っている。案内するから追いて―――」

「見つけたぞ!」

「貴様、実験動物に何をするつもりだ!!」

「ここには人しかいませんけど~?」

 

 飛んでくる銃弾を弾いて無効化しながらそう言うと、相手は笑った。

 

「はん! どうせ全員犯すつもりだろうさ!」

「それいいねぇ。あ、アンタみたいなババアには興味ないからお帰りください。むしろ今すぐ相手探した方が良いんじゃない? あ、いないか」

「ぶっ殺す!」

 

 ISを展開して攻撃して来ようとするが、残念なことに相手は俺―――無駄なのだ。

 

「な、何で動けねえ!?」

「アンタ、実年齢はもう20代後半だろ。可愛いこの子たちと違ってババアなのに、ISスーツを着ているとかウーケールー」

 

 まぁ、俺は70代後半なんだが。

 

「だっまれぇええええ!!」

「それはお前だ―――『グランドストライク』」

 

 黒い球体を生成してその女を殺す。残ったのはISコアのみで俺はそれを回収した。

 

「な、何なんだ……」

「化け物……!!」

「理解は早くて助かる。俺は化け物だ。じゃあな」

 

 腕を軽く振って風の斬撃で2人を殺し、俺は子どもたちに誘導した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとうございます。私たちみたいな存在に、ここまで良くしてくださって」

 

 場所は変わり、今は隊長室。かなり立派な部屋に座る彼女を俺は撫でた。

 

「何を……」

「いや、なんとなくこうした方が良いかなって思って」

「汚れます。私たちはこれまで様々な手術をした実験動物なんです。だから、そんなことをしたら」

 

 それでも俺は彼女を撫で続けていると、机にあるスフィアから連絡が入る。

 

『隊長、施設の調査報告がありました。中に入っても?』

「どうぞ」

 

 空気が抜けた音と同時に一人の女性が中に入ってくる。

 

「……また口説いていたのですか? あまり妻を増やすと世間から白い目で見られると思いますが?」

「もう王ではないからな。後は好き勝手やらせてもらうさ。どんな人間を口説こうが俺の勝手だろ?」

「………はぁ」

 

 娘にため息を吐かれるのって、結構効くよね。

 

「もういいです。いつもの光景なので。ですがする前にはちゃんとした施設で検査を受けさせてからにしてください」

「………いつも、何ですか?」

「ええ。いつもです。リーダー格の女性を呼んではまだ現役と言わんばかりにひたすら犯して孕ませる。わが父ながら本当に呆れますよ」

 

 そう言いながら彼女―――ルウはため息を吐いた。

 別にそれを狙っているわけじゃないもん。気が付いたらそうなってただけだもん。

 

「大体、娘……というよりも孫と変わらないどころかむしろ年下の少女と関係を持つなんて、あなたはそれでも老人ですか!!」

「………俺の祖母が150歳まで生きていたから、もう少し大丈夫だと思う」

「少しは反省しなさい!!」

 

 そう言ってルウはさりげなく少女を連れて出て行く。

 

 

 俺が神樹様に伝えた意思の通り、先駆けてレヴェルは宇宙にスペースコロニー「オーディン」を建設することに成功した。そもそも、先祖がコロニーを作成するにあたってとても重要だった酸素を人工的に、それも早く生み出す理論を完成させていて、尚且つ篠ノ之束を含む天才が複数いたことからたった3年で打ち上げ部分を完成させたのである。そこから徐々に地域を増やしていく形で場所を広げていき、さらに量産したISとIGPSを使って目標の広さを確保して本当の完成を迎えたのである。

 篠ノ之束はISコアを「宇宙にコロニーを作るために使用する」という条件で提供し、先進国を主に一部の国がコロニーを作成、打ち上げた。当然、増えたとはいえISコアには限りがあり、すべての国に行き渡らない―――行き渡らなかった国のほとんどは、ISコアを保有する国に移住を決めた。そして―――アフリカ大陸に存在する国はすべてレヴェルの管理下に入った。ISコアを保有する国もあったが、その国の一つであるギリシャは代表候補生だった「フォルテ・サファイア」を俺の嫁として機体と共に提供するほどだ。それほどまで日本やアメリカなど比較的にコアを多く保有する国に攻められることが脅威だったのだろう。アフリカ大陸がレヴェル大陸へと名を変えるほどの大合併に当然ながら他国は反対の意を示してきたが、俺たちはそれを無視して合併を承認。その結果―――世間一般では「戦争」が起こった。

 アメリカと日本を中心に、IS操縦者を集めて俺たちの国にに攻め込んで来た。言うなれば第三次世界大戦とでも言うのだろう。だがあれははっきり言って「戦争」ではなく俺たちのストレス発散程度にしかならなかった。

 

 ―――一方的な虐殺

 

 酷いことを言えばそうだが、間違っていることはないと俺は思った。結局、IS隊は俺たち4人の兄妹には手も足も出なかったのだから。…………まぁ、俺はそこで初めて人を殺したな。あまりにも殺しすぎて当たり前だとしか思っているが、今考えればとんでもないことだろう。

 

「お父様」

「何だ、ルウ」

 

 歴史を振り返っていると、ラウラを少し大きくした感じの娘が立っている。……結局ラウラはあれ以上はお腹は大きくなったがそれだけだったな。っていうかアイツは不摂生ではなかったから妊娠以外ではお腹は大きくなっていなかったが。……まぁ、流石に歳には勝てなかったのか昨年逝ったが、

 

「お休みのところ、申し訳ありません。少々、お話しをしたいと―――」

「話じゃなくて、お前の場合は甘えたいだけだろ」

「………はい」

「別に恥じる必要はない。親子なんだから甘えたければ甘えればいい」

 

 ちなみにルウはラウラが40の頃に産んだ3女で、末っ子だ。昔っから俺に懐いていて王位を退いた後に海賊をするって時もいの一番に付いて行くと言って聞かなかった。年齢で言えば彼女ももう30を超えているが、それでも俺の子どもということもあってか10代後半にしか見えない。

 俺はルウに抱き着かれたのでそのままさっきの女の子みたいに頭を撫でてやる。

 

 桂木悠夜、72歳。宇宙海賊「ディスカード」の長にして、100を超える子持ち。まぁ、宇宙海賊とか言っても違法組織の摘発を主に宇宙に流れている宝を探しているだけの存在なんだがな。

 

(ほんと、こうしてみるとラウラが生き返ったみたいだな)

 

 そんなことをしみじみ思いながら、俺はそのまま眠りについた。そして明日も、宇宙の非法組織を狩る為に航行を続ける。それが王位を退いての趣味であり生きがい、宇宙進出を果たした責任者の宿命だ。





後書きはこちらとなります。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=140248&uid=15171


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