境界線上の傾奇者 (ホワイトバス)
しおりを挟む

武蔵の傾奇者

初めまして、祢々です。初投稿を見てくれてありがとうございます。初めてなので、至らぬ部分もあると思いますが、よろしくお願い致します


 

 

 

 極東・武蔵。

 

 巨大な航空都市艦は艦首側より空を分け、(さざなみ)の音をもって高度の位置を航行していた。

 その航空都市艦は全部で八つの艦から成り、どの艦にも大きく黒字で "武蔵" と書かれており、また、それぞれの艦名が黒字で書かれてあった。

 

 

 まずは右舷一番艦 "品川"

 同じく右舷二番艦 "多摩"

 同じく右舷三番艦 "高尾"

 

 次に左舷一番艦 "浅草"

 同じく左舷二番艦 "村山"

 同じく左舷左舷艦 "青梅"

 

 

 最後に中心。その六艦を数十本の太縄で連結している中央艦は。

 

 

 中央前艦 "武蔵野"

 中央後艦 "奥多摩"

 

 

 これらの二艦は左右六艦を双胴とした構成で空を行く。

 

 そして、航行運動に混じって新しい響きが生まれた。

 

 それは歌。澄んだ歌声だった。

 

 

 

ーー通りませーー

 

 

 

 琴線のように、淡々と、繊細で、しなやかな歌詞を奏でる。

 

 名を『通し道歌』

 歌詞の真意こそ知らないが、誰もがこの歌を聴いて育ち、この歌を歌って生きる。子守唄、童謡、と様々な憶測は出ているが、やはり意味を知る者は居らず、けれど聴き、歌い、人々は今日も一日過ごしていく。

 

 歌が大気に消えると、やがてまた新しく音が響いた。艦内放送である。

 

 

『武蔵にお住まいの皆様、今日も税金を納めるために頑張っておられますでしょうか。尚、脱税は重罪です。 "艦尾からロープ一本で下げ吊るされる刑" にされたくなければ、大人しく納税してくださいませ。

 

 さて、準バハムート級航空都市艦・武蔵が、武蔵アリアダスト教導院の鐘で朝八時半をお知らせいたします。本日、武蔵は天山回廊からサガルマータ回廊を抜けて主港である三河へ到着いたします。

 途中、三河の山岳地帯の村の上を通過する際に、下の方達をビックリさせては武蔵の名折れですので、情報遮断型ステルス航行に入ります。

 

 それと、各艦を結ぶ連結縄で【今年一番の波が来たぜ!ごっこ】などで遊ぶのはお止めください。拾うのが結構面倒なのと聖連側の武神がマジギレしますので。

 

 なお、先日、クリスマス撲滅隊とバレンタイン反対連盟が同盟を結び、リア充殺伐連隊となりました。朝早くから夜遅くまで逢い引き中のカップルの方達はお気をつけてください。武蔵及び我々自動人形は一切責任を負いませんので。ーーー以上』

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

「「「「 なんだよ今の放送は!! 」」」」

 

 

 中央後艦 "奥多摩"は武蔵アリアダスト教導院正面の橋の上、そこで大多数の者が叫んだ。理由は後半のワケわからない内容についてだ。だが、中には『我々の存在がバレたで御座るか……』とか『リア充死すべし……』などと呟く者もいたが、それはまた別の話。

 さて、その一団に対するように一人の女が向かい合っていた。

 

 

「はいはい、放送もいいけど梅組集合ーーっ! 集まりが悪いと問答無用で打撃叩き込むわよ!」

 

 

 半ば脅しに近い掛け声。女は他が認める暴力気質な性分だった。

 その女は黒い軽装甲のジャージと長剣、元気よさを具現化したかのような笑みと、スラッとした背筋から逞しさがあふれでている。

 

 そして彼女が見る校舎側。

 そこに黒と白の制服を着た若者達がいる。人であれば、人ではない者もいる。そんな彼らに対して、彼女は笑みを作ってこう言った。

 

 

「んじゃ、昨日言ったどおり体育の授業やるわよ! ルールは極めて簡単っ! 先生はこれから品川にある『ちょっと怖いお兄さん達(ヤクザ)がいる事務所』まで行って、ぶん殴ってくるから全員付いてきてね。

 そっから先は実技だから。遅れたら教室掃除でもしてもらおっかな。ーーわかった?」

 

 

「「「「Judgment(ジャッジメント)!!」」」」

 

 

 返答。了解の意が多数側から示された。

 今の発言に些か物騒な単語がいくつか見られたが、誰もそれに突っ込もうとしない。そんなのここでは日常茶飯だし、気にしたら負けだからだ。

 

 

「教師オリオトライ。ヤクザの事務所まで行くのと体育にどんな関係が?」

 

 

 口を開いたのは金髪の美丈夫、ポーカーフェイスの青年だ。青年は親指と人指し指を繋げて輪を作り、嬉々しい顔で。

 

 

「もしや……(コレ)ですか?」

 

「バカねぇ。すぐそっち()に直結しないの。いい? 体育は運動よ? 殴るのも運動。これでオッケー。文句ある?」

 

 

「「「「 アンタも直結してるよ!! 」」」」

 

 

 『人の振り見て我が振り直せ』という諺を知らないような女教師に全員がツッコムものの、都合のいい耳は声を拾うことはなかった。

 

 

「つまり、金は関係ないということですか。金にならん商売はしない(タチ)ですので、欠席しても?」

 

「ダメよシロジロ。そしたら、『体育という名の報復 兼 八つ当たり』が出来なくなっちゃうじゃない。殴ってもいい大義名分なんだから、参加しなさい」

 

 

 この女教師、理論武装してきやがった。

 すると、一団の中から。

 

 

「シロ君シロ君。先生、この間、表層部の一軒家が割り当てられて野放図に喜んでいたら、ヤクザの地上げのせいで、家差し押さえられて最下層行きという三段落ちにあったの」

 

 

 金髪の女生徒、『会計補佐』の腕章をつけたハイディ・オーゲザヴァラーがシロジロに耳打ちするように飛び出してきた。

 

 

「それでね。自棄酒して大暴れした挙げ句、壁ぶっ壊して教員科のお偉いさんからマジ叱られちゃったの。前半はちょっぴり可哀想だけど、要は行き場のない怒りをぶつけたいんだろうね」

 

 

「「「「 くだらねぇ理由だなおい!! 」」」」

 

 

「ご名答よハイディ。あとで点数あげちゃおうかしら」

 

 

 そして、背の長剣を脇に抱えた。鞘の表面、ブランド名であるIZUMO 特有の斬撃効果重視で僅かに折れ曲がったデザインの束を撫でながら、そして出席簿を取り出して彼女はこう言った。

 

 

「んで、休んでるの誰かいる? ミリアム・ポークウは仕方ないとして、あと、東は今日のお昼頃にようやく戻ってくると聞いてるけど、ほかはーー」

 

 

 すると生徒達の中から元気よく手を上げた黒い三角帽の少女、金髪金六翼の『第三特務 マルゴット・ナイト』という腕章の少女が口を開いた。

 

 

「ナイちゃん見る限り、セージュンとソーチョーがいないかな?」

 

 

 その声を、彼女の腕を抱いている黒髪黒六翼の少女『第四特務 マルガ・ナルゼ』が次いだ。

 

 

「それと追加報告よ。正純は小等部の講師に多摩の教導院へ行ってるし、午後からも酒井学長を三河に送りに行くから、今日は自由出席のはず。

……総長、トーリは知らないわ」

 

「正純は連絡どおりね。じゃあ、 "不可能男(インポッシブル)" のトーリについて知ってる人いるー?」

「ふふ、ふふふっ♪」

 

 

 不適な笑いがこだまする。

 一同が視線を変えるや、皆よりやや後ろに下がったところ、そこからこちらからやって来る茶色のウェーブヘアの少女。余裕のある笑みと振舞いが実に魅惑的だった。

 

 

「あらあら、皆してウチのトーリのことがそんなに聞きたい? 聞きたいわよね? だって武蔵の総長兼生徒会長だものね、ウフフ。

 

ーーでも教えないわ!」

 

 

 ええっ? と皆から疑問の声が生まれた。

 

 

「だって朝八時過ぎに私が起きた時にはもう居なかったから」

 

 

「「「「お前ハイテンションなくせして朝起きるの遅ぇよ!」」」」

 

 

「っていうか、あの愚弟、人の昼食作らずに朝から早起きなんて憶えてなさいよ。おかげでメイクはギリギリ、朝食抜き、睡眠不足の三拍子揃ったダメ賢姉様になっちゃったじゃないの!」

 

「喜美ちゃん……大丈夫?」

 

「まあ、でも? メイクと朝食は教室で済ませるけど、問題は愚弟の動向よね。でも私が知ってるわけないわよ。起きたときから居ないんだもの。でも心配ないわ! だってウチ(梅組)にはアイツがいるじゃない」

 

 

 と、喜美が視線を向けたのは橋の欄干部分に腰掛ける青年だった。

 武蔵独特の白と黒の制服。それを無造作に改造したような派手な一張羅だ。ノースリーブ状の上衣と、裾を脛巾(はばき)で固定した異色な着こなし。さらに明るい赤系統の生地に金や若草色の線、梅木の紋様の付いた羽織を羽織り、刃が厚く柄の長い三尺ほどの太刀が一本。

 横に撫で付けられた黒髪から覗く目付きは鋭きながらも、穏やかさを感じさせる目だった。

 

 目が合うと喜美は妖艶に笑い、爆乳を巧みに揺らしたステップで一歩二歩近づく。そして、身体を屈め、胸が顔に触れるその手前で一言。

 

 

「慶次。アンタ、毎朝ウチのパン買っていくでしょ? 愚弟を見なかったかしら?」

 

「悪ぃが俺は知らん。お前、同棲してる癖に弟の動向も分からんのか。それにな、バカ(トーリ)のやることすることなど、俺には到底理解出来んよ」

 

 

 低い声でそれだけを返した。対して喜美は少し口を弓形に歪めると。

 

 

「そう。ならいいけど」

 

「それより胸をどけろ。男は獣みたいなもんよ。生娘がそう容易く男の眼前に胸を構えるんじゃない」

 

「あら、それは心配してるのかしら? だったらそれはとんだ誤解ね。だってアンタだからだもの、こう出来るのは。どう、味わってみたい?」

 

「意図が見えんな、お前は。熟れてきたと思えば、中はまだ青臭い小娘だな」

 

「アンタ同い年でしょ?」

 

「お前と違って中身は成熟してんだよ、バぁカ」

 

 

 ただの会話。幼馴染がゆえの他愛もない会話だった。

 男女の会話にも近い二人のやり取りは純情な学生らには羨ましく、妬ましい光景だが、実は喜美の策略だったりする。巫女や魔女、さらには複数の女生徒がはらはらしながら見つめるのを尻目に、度々ニヤついてる喜美がいるもんだ。

 

 ニヤつく喜美を放っとき、慶次は立ち上がりつつオリオトライへ問う。

 

 

「で、先生。トーリは遅刻確定だろ? これから何するよ?」

 

「あ、そうだったそうだった。忘れるところだったわ。ーーじゃ、皆いい? ルールは簡単。品川の事務所まで先生走るから、その間に攻撃を当てること。一回当てたら出席点を五点プラス。ーー意味解る? 五回もサボれるってこと」

 

 

 最後の一言に皆が『おぉ!』と声を漏らした。

 

 

「つまり朝の一限を五回サボれるのか……。太っ腹だな、先生。何か裏でもありそうだな」

 

「そうでもないわよ。で、誰か質問ある? 遠慮なく聞いていいわよ」

 

 

 その問いに、はい、と挙手し答えたのは帽子にマフラー、目元が見えない少年、 "第一特務 点蔵・クロスユナイト" だ。

 

 

「先生、攻撃を "通す" ではなく "当てる" でいいので御座るな?」

 

「おうおう、戦闘系は細かいねぇ。でも別にそれでいいわよ。手段方法も構わないわ」

 

 

 するとその言葉に、一人の男子と肩を組んで極秘の作戦会議をおっ始めた。

 会議の主催者は点蔵、さらに航空系半竜の " 第二特務 キヨナリ・ウルキアガ " が補佐を務め、小声での確認が行われた。

 

 

「ウルキアガ殿、聞いたで御座るか? あの女教師、"当てればいい" と了承したで御座るよ。これはチャンスで御座る」

 

Jud(ジャッジ).。拙僧もしかと耳にした。しかし惨めなものだな。体育だというのに、その身を汚されるというのは」

 

「同感で御座る。では、先生。先生のパーツでどこかを触ったり揉んだりしたら減点される部位はあり申すか?」

 

「または逆に加点やボーナスポイントが出るような部位などは?」

 

「肩組んで何をコソコソしてると思ったら人の乳揉もうと画策してたなんて、先生ホント残念だわ。というわけで死ね」

 

 

お許しを……と命乞いする二人を脇目にオリオトライは一同を見て。

 

 

「じゃ、始めるわよ。時間は一限目の終わるチャイムが鳴るまで。一発でも当てたら出席点を五点。いいわね? ーーよっ!」

 

 

 跳んだ。皆が反応するより早く、約一名を除いてだが、誰もがオリオトライの動きに付いていけなかった。

 一歩で、大きく、動作もなく後方へ跳んだのだ。

 

 

「ほらどうしたの! もう体育は始まってるわよ!」

 

「くっ……、お、追え!」

 

 

 誰かがようやく気づき、駆け出した。その後に追うように、次々と生徒らが走る。

 

 一人、二人と駆け出しては複数と、向かうは "奥多摩" から右舷側、多摩の方へだ。足音が時間と共に徐々に鳴り止んでいき、最後に残ったのは慶次だけだった。

 

 

「……品川まで運動、ねぇ。気が向かんのだが……」

 

 

 頭をかきため息を一つ、太刀を腰に。そして屈伸。心地よく骨が鳴るのを耳に、うーん、と背を伸ばして天を仰ぎ見、一言。

 

 

「さて、いっちょやりますか!」

 

 

仲間を追い求め、彼もまた段上から跳躍する。

 

 

それは、オリオトライの跳躍より速く、より高く、秀でた一歩だった。

 

 




どうだったでしょうか?
感想、意見などお待ちしてます。

ちなみに慶次の人物像ですが、コレが大変悩みました。
歴史的資料も少なく、一般的なイメージも『花の慶次』や『戦国BASARA』などが中心ですし……。
それだと古風な性格なので書くのが難しくなるんですよね。

仕方なく、オリ性格を書くほかありませんでした。作者の想像ですが、『竹を割ったようにサバサバして、何事も命懸けな青年』って感じです。気に入らなかったらご免なさい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疾走中の手柄者



走れや走れ

勝ち取れ、奪い取れ

それでしか得られないものもある

配点《手柄》



 

 

 

 

「やあやあ、今日日も派手にやってるねぇ。それにしても武蔵さんはいいのかい? あんな派手にやってちゃあ、後片付けも大変だろ? 」

 

「ですが、現在戦闘領域なのは多摩市中、管轄は"多摩"が担ってますので。――――以上」

 

 

 中央前艦の艦首付近の展望台デッキ、そこで無数のモップやブラシが人力を使わずして一人掃除していた。

その掃除用具を指揮するのは肩に "武蔵" の腕章をつけた黒髪の自動人形。

 不動かつ無表情ともいえる頑な態度の彼女を、後ろから呼ぶ男がいた。

 

 

「こんな朝っぱらからお掃除かい。精が出るねぇ、武蔵さんは」

 

「Jud.。掃除は自動人形の基礎業務ですし、重力制御で行っているので苦労に値しません。ぶっちゃけ暇です。――――以上」

 

 

 Jud.Jud. とその横に中年の男、武蔵アリアダスト教導院学長の酒井・忠次が並んだ。

 彼は一つ大きなあくびと共に。

 

 

「そういや、次は三河だったっけかな?」

 

「Jud.。まもなく三河入港ですが……、それが何か? ――――以上」

 

「いやね。三河中央にいる仲間から『十年ぶりに顔出せ』って飲む誘いが来てね。今三河は鎖国状態ってのによくそんな呑気なこと出来るよなぁ、あいつらは」

 

「そうでしたなら、怪異には御注意を。"新名古屋城" を建設して以来、町中に怪異が多発し、不穏な状況に陥っています。――――以上」

 

「うわ、怖ぇな三河。行って大丈夫なのかよ……」

 

 

 そのまま三河方面を見る。かつて共に学籍していた仲間らのいる三河。懐かしく、大切な友人達の思い出の巣。

 しかし浮かぶのは録でもない思い出ばかりなのですぐ視線を武蔵へと移した。

 

 

「……そういえば」

 

 

 ふと思い出す。

 

 

「今年は世界が終わる年だっけよなぁ。俺、やだよ。嫁さん見つける前に死ぬなんてよ」

 

「大丈夫です、酒井様。魅力も人望も責任感も将来性もない酒井様に、妻として務まる女性などおりません。ですので、気にせずに末世を迎えられます。――――以上」

 

「……泣いていい?」

 

 

 さらっと人間否定されてはさすがの酒井も、胸を痛めてしまう。確かに昔に仲間からは責任感と魅力がないと言われたことがあったが、あれはその場の冗談だと思い今まで過ごしてきたので、本音だったことにさらに傷付いた。

 自動人形の毒舌に軽く悶える酒井だが、逃避するために一つの話題を出した。

 

 

「そういえばさ。慶次の奴、またやらかしたそうだね。何でも、武蔵野で黒衣の団体と喧嘩したとか。その団体って、朝の放送で言ってた……」

 

「Jud.。"リア充殺伐連隊" の一員かと。――――以上」

 

 

 その名には酒井も聞き覚えがあった。

 教導院内で、出来たばかりの生徒同士のカップルに祝辞ではなく脅迫文を送り付けてくる者がいるらしい。以前はクリスマスとバレンタインのみだったが、最近は過激化していき、デート中に男子生徒が突然襲われ、ロープ一本で裸ミノムシにされると教導院中に知れ渡っている。教員科では対策を打とうと思案の日々だというほどだ。

 裸ミノムシ刑を処するのは決まって黒衣の集団。その黒衣こそがリア充殺伐連隊の正装なのだ。

 

 

「モテる奴なら誰彼構わず粛清したいんだろうね、彼ら達からすれば。しっかし、青春らしくていいねぇ。俺も若い頃は仲間と一緒にモテる奴に片っ端から顔面にパイ投げしていったなぁ。……あ、いや、俺が設立した訳じゃないからね?」

 

「Jud.。知っております。しかし、利益様に不埒な暴力を行うことは許されません。もし、それが続くようであれば()()とて強硬措置をとらせていただきます。――――以上」

 

「おお、怖いねぇ……」

 

 

 辛辣な表情に闇が加わったようにより辛辣な顔付きの武蔵に、酒井は軽くビビる。

 

 

「ですが、事実を申し上げれば利益様も些か女癖が悪いかと。女生徒を所構わず褒めちぎり、特定の部位を凝視する辺りは利益様の非です。褒めるのは宜しいですが、胸や腰を見るなど、セクハラです。――――以上」

 

「『恋は誠実かつ大胆に』。これがあいつの口癖だもんぁ。親父そっくりだな」

 

「親父? 利益様のお父様もあのような性分で? ――――以上」

 

 

 Jud.と確かに肯定した。

 

 

()()()の女癖はホント天下一だよ。一歩外出りゃ、どこぞの女引っ提げて帰ってきてな。在学中なんて手を悪さを生徒会から目つけられてたもんだ。まっ、俺があいつの監視役だけどね」

 

「まさしくお父様譲りのモテ男ですね。――――以上」

 

「そうさ。それで、とやかく言い積めてみれば、『女を怒らせても泣かせたことはない!』って豪語したんだよ。あれ、喧嘩売ってたよね。俺なんか誰からもコクられずに学校生活終わったんだぜ」

 

 

 するとだ。"多摩"市内から断続的な破裂音に続いて大きな爆発音がした。

 

 凝視して見てみれば、どうやら金と黒の飛行物体が幾つもの光の弾丸の速射射撃を用いったようだ。さらにその直後、金色の物体が宙へ放り蹴られ、飛んでいった。

 

 

「武蔵さん、今のは……」

 

「Jud.。オリオトライ様かと。さすが梅組を担任を任されているだけあります。――――以上」

 

「真喜子君も生徒相手に容赦ないねぇ。あれ、大丈夫かい?」

 

 

 そう酒井が顎で示す先、先程の爆発で黒煙が立ち込める街角。そこより二度、三度と爆発が続く合間に武蔵は言う。

 

 

「あれほどで音を上げるような方達ではありません。何せ、教導院創設以来の変人揃いですので。――――以上」

 

 

 期待を寄せるように、武蔵は爆音の絶えない市街を見つめ続けた。

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

「何をしている! 折角の射撃術式を無駄にするとは……。貴様ら、金を何だと思ってる!」

 

「ひぇぇー!? ご免なさーーい!!」

 

「あんな守銭奴に謝んなくていいのよマルゴット。それより先生の方が厄介だわ……」

 

 

 所変わって、多摩を上下に貫く商店街の瓦屋根伝いに走るのは梅組一同だ。

 

 先程のマルゴットとナルゼの非加護射撃はものの見事に躱され、無駄弾となってしまった。

 それに加え、長槍を携え突進してきたアデーレも蹴りで飛ばされた。

 

 

「少しでも速度を抑えるんだ! ハッサン君!」

 

 

 アデーレに代わり、颯爽と登場したのは褐色肌にターバンを頭に巻き、カレーを常時持っているハッサンだ。

 武器……なのかどうかわからない大皿のカレーと共に、オリオトライとの距離を縮めていく。

 

 

「カレー、カレーはどうですカ?」

 

 

 単なる売り込みだった

 

 

「今はいらないけど! お昼時にもらう……わっ!

 

 

蹴りがハッサンの腹部にぶち当たり、あっけなくリタイア。一体何しに来たのやら。

 

 

「ほら! アデーレとハッサンがリタイアしたわよ! お次は誰!?」

 

 

 余裕のある挑発に誰もがムカッと頭にきたが、すぐさま行動に移る者はいなかった。

 冷静さを失った時点で負け。そう二年の頃に散々叩き込まれた成果だ。

 

 故に、彼らを指揮する眼鏡の少年、トゥーサン・ネシンバラが吠えた。

 

 

「イトケン君とネンジ君は二人の救護を! 他の皆は先生を追うんだ!」

 

 

「やあやあ、市民の皆様、おはようございます! 決して怪しい者ではありません。淫靡な精霊 インキュバスの伊藤・健治と申します。朝から少々騒がしいかと思いますが、何卒、理解をお願いいたします!」

 

「このネンジ、友の救出に参る!」

 

 

 救護を命じられたのは全裸のインキュバスの伊藤・健治、通称 イトケンと、謎の生命体ことスライムのネンジだ。

 彼らは元気よく飛び出し、屋根に倒れる二人に近づきながら。

 

 

「やあネンジ君。今日もねばねばしくてカッコいいね!」

 

「うむ。今回は人助けだな。ならば――――」

 

 

 ぶちゃ、と踏まれ、飛び散った。

 

 

「ネンジく―――ん!?」

 

「悪ぃなネンジ! また後で謝るわ!」

 

 

 踏んだのは一歩一歩の歩幅が大きい派手物の塊。

 軽率な謝罪をしたのは遅れて走っていた慶次だった。速く、大きく、そして力強い一歩でネンジもろとも屋根を走破していく。

 

 

「あらら……、君の出番はもうちっと後でいいんだけどなぁ」

 

「悪ぃな先生。俺ぁ、手柄のことしか考えてないんでね」

 

「ふーん、それは残念だわ。だったら全力で逃げてやるわよ!!」

 

 

 高らかと宣誓したオリオトライに、慶次はまず踏み切った。屋根の瓦にヒビが入るのを構わず、強く強く踏み込んだ。

 『走るの』ではなく、『跳躍』として。

 

 

「げぇっ、ウソ―――!?」

 

 

 予想だにしなかったようなのか、顔に焦りが表れる。

 対し、慶次は一軒につき一歩の跳躍で距離を縮めていき、太刀の柄に手をかけ、間合いに入った瞬間。

 

 

「観念しな、先せ―――いッ!?」

 

 

 直後、オリオトライが進路を変えた。

 直角上に右折し、また直角上に左折と角張った動きでステップを踏んで加速する。

 翻弄させるようなジグザグ走行は猛進タイプの慶次には有効法だ。速く走ることが得意であるが故、方向転換に体の制止が掛からない。

 

そのまま流れに従い、市中の家屋へと突っ込んだ。

 

 

「こら――! 何をしてるかぁ!!」

 

「痛つつ……、あ、悪ぃ悪ぃおっちゃん。弁償するからこの場は見逃してくれねぇか?」

 

「あっ、誰かと思いきや、慶次じゃなぇか! テメェ、この前、うちの鰻まとめてかっさらいやがって! その時総長も一緒だっただろ! 二人して何に使いやがった!」

 

「じゃ、そういうことで」

 

「おいこら! 話はまだ終わってな―――、逃げんなごるぁ!!」

 

 

 魚売りの主人と口喧嘩、そして戦線へと復帰した。

 『総長』『鰻』と謎の単語が聞こえたが、それは後の話でわかるだろう。

 

 さて、それよりオリオトライだ。慶次の無鉄砲さを利用した回避術で梅組の戦力を遅らせたので、さらに加速していく。

 伽を失い解き放たれた獣の如く、まもなく 多摩と品川を繋ぐ連結縄へと向かっていった。

 

仕掛けるなら今だ。 

 

 

「さぁて、お次は誰!?」

 

「自分が行くで御座るよ……」

 

 

 帽子とマフラーと御座る口調。キャラが濃いのか薄いのかよく分からない点蔵が前へと出てきた。

 

 足音がほとんどない。当然だ。点蔵の家は由緒正しい忍者の一系である。無音で走ることはもちろん、壁走りや忍術などを得意としている。

 

 ここからは構造物や張り出し、瓦造りの屋根が連々(れんれん)続く悪路だ。銃撃や剣戟(けんげき)が障害物に邪魔され、こちらが一気に不利となる。

 

だからこそ、自分が前へ出た。ここが正念場であると。

 

 

戦種(スタイル)近接忍術師(ニンジャフォーサー)が点蔵……」

 

「おいおい忍者が叫んでどうすんの? 忍ばないの?」

 

 

気にするな、すでに一戦は始まっている。

 

そう言い聞かせ、低く低く身を下げ、彼女(オリオトライ)の道筋を辿る。

 

行って、近づいた。

 

 

「参る!」

 

 

 地を蹴り、一歩で距離をつめ、突っ走った。対し、オリオトライは長剣で応戦してくる。鞘付きの長剣は刃がなくとも強力だ。下手すれば屋根藁に埋まる。

 

 だからこそ、点蔵は身を低くした。長剣はその長さ故に立ち回りが悪く、しかも後ろ走りなので、低姿勢が有効となる。

 

 この一手貰った、と言いたい所だが。

 

 

「やはり……」

 

 

 読まれていた。こちらに対する合わせが出来上がっていた。

 このまま行っても無駄。だから叫んだ。

 

 

「行くで御座るよウッキー殿!」

 

「応よ!」

 

 

 近くの家屋の屋根から跳躍したウルキアガが頭上にいた。短時間だが制空権を確保され、尚且つオリオトライにとって頭上も無視できない驚異となった。

 

日頃の暴力や私怨を加味し、倍返しの攻撃法は打撃で。

 

 

「拙僧、発進!」

 

 

 空からのパワーダイブ。さすがのオリオトライもウルキアガほどの巨体をセーブする力はない。おまけに今まさに点蔵へ攻撃している最中、修正は不可能だ。

 

だが。

 

 

「……!?」

 

 

 顔面に打撃が来て吹き飛ばされた。見れば、長剣の鞘を外しリーチを伸ばしていた。伸びた鞘は延長化しヒット、さらに鞘のベルトを口にくわえることで剣と鞘が抜け離れることなく。

 

 

「甘いわよ、二人とも!」

 

 

 納刀出来る。ウルキアガの敗けが決まった瞬間だ。だが点蔵は叫ぶ。さらに腰を落として叫び続けた。

 

 

「ノリ殿! 今で御座る!」

 

 

 気配が来た。突然沸き出したように一つの気配が生まれた。

 

 

「ノリキが本命ね!?」

 

 

 点蔵のすぐ背後。彼の優れた忍術より影に隠れていた篷髪の青年が両手を構え、攻撃態勢に移行した。

 

 その拳には武器はない。―――いや、その『拳』自体が武器なのだ。

 

 

「解ってるなら、言わなくていい……!」

 

 

 いける。この一手で決まる。我ながらいい作戦だと自負する。直後、彼の拳を一発喰らった音がした。

 

 

―――堅いものに、当たったような鈍い音だ。

 

 

「……ぐ」

 

 

 ノリキの息をのむ声がする。さらにウルキアガが声を次いだ。

 

 

「まさか、長剣を!?」

 

「そうよ、予想外だった?」

 

 

 長剣を手放す。そうすることでノリキへの囮として惑わせ拳を無効化、そして同時に殴らせることで飛ばさせる、彼女の進行方向へだ。

 

今、オリオトライの走りを邪魔する長剣という伽は無くなった。これが意味するのは。

 

 

「さあ、体育はここからよ! ついてらっしゃい!」

 

 

 彼女の速度を上げたことになる。だが、まだ終わらない。再び点蔵は叫んだ。

 

 

「浅間殿――――!!」

 

 

 

「――――Jud!」

 

 

叫びに答えたのは弓を引き、緑の義眼で狙う浅間だった。そして彼女の足場となるのはバケツ型ヘルメットを被った大柄の少年 ペルソナ君だ。その左肩には向井・鈴という華奢な少女が座っていた。

 

赤と白の長弓 "片梅 " の側にはのんびりとした二頭身の巫女型走狗(マウス)のハナミがいる。使うは神奏術式だ。

 

 

「浅間による遠距離狙撃ってわけね! 当たるかしら!?」

 

「当てますとも!」

 

「いやね先生! 浅間のズドン砲撃舐めたら痛い目にあうのよ? あの慶次だって一年の頃はズドンされまくってじゃない」

 

「俺のことはどーでもいいんだよ。てんめぇ、腹減った腹減ったってうるせぇから人がパンやったお礼忘れたのか?」

 

「ふふ、愚問ね。そんなの忘れるわけないじゃない。お礼だけは言っておくからまた今度もよろしくッ!」

 

「ちょっと喜美! 貴女、助けてもらってるというのに何ですその言い草は! 大体貴女という人はもう少し感謝ということに――――」

 

「チパーイワンコったら五月蝿いわね。ワンコのくせしてこの賢姉様に向かって歯向かうなんて、心もチパーイなのね可哀想に!」

 

「だ、誰が犬ですか!?」

 

 

 外野がとやかく五月蝿いが、浅間は無視した。

 

 それより己の役割は狙撃だ。オリオトライは今だ走ることはやめない。だが、絶好のチャンスでもある。彼女の背中は丸出しだ。

 

ここが好機。みすみす逃すはずがない。

 

 

「ハナミ、いきますよ!」

 

【 うんうん おーけー 頑張ってねー ―――拍手! 】

 

 

 パンと軽い音、直後に光を纏った矢はオリオトライ目掛け、飛んでいく。ただ直線上に飛行するだけでなく、障害物を避け払い、追尾する術式の効果が添付されている。

 

 オリオトライが長剣で切り捨てようとしたのも考えての術式添付だ。

 

 

 そして爆発。音が響き、光が爆ぜ、衝撃が伝わった。

 爆風と煙幕が立ち込む中。

 

 

「やったか!?」

 

「……いえ、ダメです! 手応えが違います! 当たってません!」

 

 

 当たってない。それほど落胆させる凶報はないだろう。避けた訳でもなく、術式で無効した訳でもなく、ただ当たっていない、と。

 

 皆がなぜだと思い考える中で、ネシンバラがただ一人、その答えに気づいた。

 

 

「髪だ! 長剣を僅かに抜いて髪を切り、矢の軌道上にばら蒔いたんだよ! 髪に当たった矢が先生に当たったと判断して術の力を失った。なんて荒業だ……」

 

「さすがはリアルアマゾネスだな。考えることも野生染みてやがる……」

 

 

 オリオトライのすぐ後ろに、慶次が張り付いた。

 先程と比べてイラついたように激昂に満ち、頭髪には木片や埃が付着し、制服も少し汚れている。さっき商店へ突っ込んだ時の名残だろう。あの怒りも自身をこんな目に遭わせたオリオトライへの怒りだ。

 

彼女とほぼ同等の速度で寄り、笑みを浮かべたまま。

 

 

「よぉ、先生。さっきは目覚めの悪いドッキリをありがとよ。ちと悪ぃが欲しいモンが出来ちまってな」

 

「……あらあら、ほとんど無欲な君に欲しいものってなにかしら?」

 

 

 その問いに太刀を抜刀。約三尺ほどの太刀は朱色の鞘から抜かれ、刀身を輝かせる。

 そして一答。

 

 

「オリオトライ・真喜子、その首級(くび)、貰い受けるッ!!」

 

「面白いわねッ!!」

 

 

 お互い抜き身の剣と刀、それをその拳に握る。

 追走していた慶次はいつの間にかオリオトライの横へと並び、並走する形で刀を構える。一方オリオトライも前など見ちゃいない。眼前の強敵を睨み、口元を歪めるだけだ。

 

周りの生徒らが二人を見て危険信号を感知した。

 

 

「つ、ついに始まるで御座るか……! 魔の殺り合いが!」

 

「皆の衆、逃げるがいい! 捲き込まれるぞ!」

 

 

 

「さぁ~て、君、覚悟はいいかしら? 怪我しても体罰だなんて言わないでよね」

 

「……あぁ、もちろん。これはただの死合いぞ」

 

 

二人して息を揃え、告げた。

 

 

「「 いざ、尋常に勝負ッ!!! 」」

 

 

 




読了ありがとうございます!
感想や意見をお待ちしています

くだらないと思いつつも、作中にあった『リア充殺伐連隊』なんですが……、梅組の外道面子によって結成された静粛団体でして、元ネタは『バカとテストと召喚獣』の『FFF団』をモチーフにしてます。

モテない男達がモテる男らに粛清という名の八つ当たりをするという、迷惑極まりない一同です。エロゲーで性欲を発散し、粛清で妬みと怒りを発散するのが日課です。

ちなみに幹部に点蔵、ウルキアガ、御広敷が在位しています。(トーリはいません。裸ミノムシ刑を提案しましたが)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最前線の討取者


バカにつける薬はない

バカは死んでも治らない

だが、愛されるバカもいる


配点《個性》


 

 

 

 結果的に言えば、慶次とオリオトライの一勝負はオリオトライの方へ軍配が上がった。しかし決まったのは勝者敗者の位置ではなかった。

 

 これまでの二人の決闘を見ていた者ならどちらが勝ってもおかしくはなかったと言葉を述べるであろう。どちらも死力を尽くしていたし、剣筋も両者とも甲乙つけ難く、真剣での一闘だった。

 

 しかし、オリオトライの本来の目的は戦闘ではなく、『品川まで走る』ことだ。そして生徒達の目的も死闘ではなく、『攻撃を一発でも当てる』こと。本来の課題とは大きくかけ離れてる故、オリオトライはこの一戦を放棄した。それがこの場の勝敗を意味していた。

 

 慶次からすれば納得のいかない一戦だろう。今にも吐き捨てるような態度でオリオトライを睨む。

 

 

「ズルいぜ先生。まだ暴れ足りねぇ。なんで戦わねぇんだ、なんで逃げた?」

 

「残念だけどこれは体育よ、わかる? 君と戦っていたらまんまと君らの作戦にかかったことになるのよ? 一応私は教師だから、生徒に示しがつかなくなっちゃうわよ」

 

「……なんだ、バレていたか」

 

 

 『なるべく長く先生(オリオトライ)を足止めしろ》』、それがネシンバラから命じられた役割だった。点蔵らによる奇襲、浅間の狙撃、慶次が止めもしくは陽動という三重策だがまさか見破られるとは思わなかった。

 

 当たり前よ、とオリオトライは一つ息を吐き。

 

 

「私を足止めして、皆の攻撃を態勢を整えさせようとしてたでしょ? 君たちの担任何年やってると思ってるの。バレバレだったわよ」

 

「おっかしいねぇ。結構イケたと思ってたんだが……」

 

「ノリキ達があんな集団戦術使ってくるのは初耳……この場合は初見かしらね。まあそういうこと。入れ知恵したという理論なら、考えられるのはネシンバラくらいってことよ」

 

「そうか。だけど火ィ付けたまんま終わされちゃ、困るんだよ。火の不始末はやってもらわねぇとな」

 

「……元気な子よね……」

 

 

 死屍累々と倒れてる梅組生徒らの片隅で、そんな会話が繰り広がれていた。場所は品川艦首側甲板、暫定移住区、黒塗り貨物庫のまえである。

 

 その木床に倒れてる十数人の学生は汗だの涙だのと体液を漏らし、甲板を広く濡らしていく。中でも非戦闘系の生徒の汗の量は尋常じゃない。体力的な面もあるが、それ以前に体が鈍っていたせいで思うように走れなかったのが原因だ。

 

 その一片として運動嫌いな喜美がいい例だった。

 

 

「……はぁー、はぁー……、せ、先生ったら、この賢姉様に喘ぎ声出させ、蜜液流させるなんて中々いい趣味してるわよ。ふぅー、ちょっと激しすぎなんじゃない?」

 

「誤解招きそうな言い方やめてくれないかしら。まあ、貴女とか御広敷とかは運動不足だし、こういう機会がない限り走らなそうよね」

 

「あんなロリコンと一緒にしないでくれる? 言っとくけどね、賢姉様に暑苦しい肉の塊なんていらないの。私が求めるのは、そう! 美貌と若さだけよ!」

 

 

 寝込んでるくせして高らかと叫ぶ喜美に、慶次は残酷な一言を突きつけた。

 

 

「そんなんだからお前はすぐに太るん―――」

 

「あー、あー、聞こえないー!」

 

「……ホント、都合いい耳を持っているな」

 

 

 耳塞いで難を逃れる間に、他の皆も立ち上がれるほどに回復してきた。

 

 

「さて、まだへばっちゃダメよ。体育はこれからなんだから」

 

 

 まだ体育は終わっていない。この授業のシメであり、目標であったヤクザの事務所の前にいる。

 するとだ。皆の正面の事務所の扉が蹴り破られたように荒々しく開いた。

 

 

「うるせぇぞオラァ!! なに人ん家の前で騒いでやがる!!」

 

 

 怒声を撒き散らしてくるのは三メートルはある四本腕の赤色の魔神族だ。あまりの五月蝿さに我慢できなくなったらしいが、お前の方が五月蝿いと誰もが思った。

 その証拠に、鈴が軽い悲鳴と身震い、そして怯えてしまっていた。

 

 

「ちょっと、出会い頭に声荒げるなんてみっともないわよ。魔神族も地に落ちたわね……、あ、ここ空か」

 

「なんだテメェら!!」

 

 

 とにかく魔神族は何かとご立腹の様子だ。野太い脚で一歩一歩歩み寄りながらまた怒鳴る。

 

 

「一体何なんだお前らは! 授業サボって遠足か!?」

 

「んな訳ないでしょ、これも授業よ授業。で、それよりさ、先日の高尾での地上げのこと憶えてる?」

 

「ああん!? そんなのいつものことで憶えてねぇよ!」

 

 

 そう。とオリオトライは呟いた。

 

 

そっち(加害者)は忘れてもこっち(被害者)は忘れないのよ。どうする? 今謝って地下げして一軒屋戻してくれるなら許してあげるけど?」

 

 

 無茶苦茶な、と誰もがそう苦言した。

 

 

「おいおい何だよ姉ちゃん! まさかそんなことで事務所にカチコミしに来たのかよ! はっはは! 無謀だなおい!」

 

 

 向こうはゲラゲラ笑っている。それはそうだ。魔神族は体内に流体炉に似た器官を持ち、内燃排気も速く、巨軀(きょく)でパワー系の種族だ。人間であるオリオトライとは体格から身体能力まで大差が開く。とても勝ち目はない。

 

 だが我らが先生、オリオトライはただ頷くと。

 

 

「……そう。謝る気はないのね。残念だわ、ホント残念ね。えーと、赤いゴキブリさん?」

 

「テメェっ!!」

 

 

 酷い言い草にとうとう魔神族の堪忍袋の尾が切れた。

 数百キロにも及ぶ二本の怪腕を振り上げ、構えてもいないオリオトライ目掛けて力強く叩き落とされた。片腕と言えど二本。両手合わせて四本の手数なのだ。

 

 

「いい? 脳震盪は頭部に打撃が加わることで脳が揺らされ、神経が麻痺することなの。つまり頭蓋に打撃を与えれば故意に脳震盪が起こせるってわけ」

 

 

 ヒラリと身を翻して躱す。拳が木床にめり込んでいる間に、右足を踏み込んで。

 

 

「有効部位はしゅぞくによって変わるの。人間だったら顎、魔神族なら――――ここッ!」

 

 

 剣は抜かない。代わりに、強烈な拳での打撃を頭角へと叩き込んだ。

 

 

「――――!! て、てんめぇ……ッ!!」

 

 

 数歩進んでは退くその脚は、不意に崩れた。

 それに追い打ちを掛けるように、オリオトライはまた打撃を、それも一発目より強い打撃を打ち込む。

 

「ぬ、ぐぅ……ッ!」

 

 

 僅かな息をのむ声を発し、その巨体は木床に沈んだ。

 

 

「はい。じゃあ、社会科見学はこれにておしまい。次は実技に行ってみよぉー」

 

「「「「 あんな芸当出来るかぁ!!?? 」」」」

 

 

 無理。不可能。出来るわけない。と各々がそう胸に感じた率直な感想だ。

 

するとだ。これを見てたのか、事務所から複数の図太い声で。

 

 

「そ、そんな……」

 

「アニキがやられた! 何だあの女は!?」

 

「――――っ! お、おい! 先頭の女、リアルアマゾネスだ! あの(アマ)の事は知ってる。武蔵総長から聞いた話じゃあ、行き遅れの怪力ババアらしい……」

 

「おい。誰が言ってただとぉ?」

 

 

……とにかくだ。四腕の魔神族は組織内でも上位に位置するようだ。

 部下と思われるやや小ぶり、それでもオリオトライより頭一つ飛び出るほどの背の魔神族が複数が飛び出してきた。四腕の魔神族の周りで心配するようにおろおろとパニクり、梅組からも微笑が生じる。

 

 すると助けを呼ぶようにまた叫んだ。

 

 

「親分、親分! 来てくだせぇ!!」

 

 

 

「……何の騒ぎだぁ?」

 

 

 

 と、野太く低い声を発したのはやや黒ずんだ赤色の甲殻と雄々しい二角の巨大な魔神族。丸太のように太く逞しい豪腕と天を貫くように生えた二角が頭角の位を表していた。

 誰もが『ひっ!?』と怯え縮まる中、オリオトライは満面の笑みで魔神族を見ると。

 

 

「デカイわねぇ~。とうとうお出ましってところね」

 

「その服は……教導院のか。一体何のようだ?」

 

「この台詞二回目なんだけど、まあいいわ。――あのね、あんたらのせいでこっちは家失って怒られて無性に腹立ってんの。責任とってくれる?」

 

 

 件の主旨がない内容に魔神族は、何の話だ 、と理解しきれなかった。

 それでも治まることのない怒りをぶつけたいが故に。

 

 

「そっちの身勝手でこっちはホント過酷だったのよ。こんなか弱い女から何もかも奪っていくなんて、魔神族はクズしかいないの? というわけで、慶次、君に決めたッ!」

 

 

 名指しされた慶次は肩を竦め、そしてはぁと息を漏らした。まさか呼ばれるとは思わなかったらしく、重い足取りで歩き、オリオトライとすれ違うようにして。

 

 

「憎い相手というのに俺に譲るとは、何かよからぬ事でも考えてるのかい、先生?」

 

「まったくそんなんじゃないわよ。まあ、ぶちのめすのは当然だけど、別に私自身が戦わなくてもいいのよね。憂さを晴らすだけなら他人に任せて、私は高みの見物する。アイツがボコられるのを見るのが楽しみなのよ」

 

 

「「「「 最低だなアンタ! 」」」」

 

 

「つーことはなんだぁ? おめぇがヤるってのか?」

 

「……らしいな。まったく先生にも困ったものよ」

 

 

 オリオトライと入れ違いに正面、前に立つ。

 

 

 突如、風が変わった気がした。

 

 

「おめぇには悪いが、こちとらこのまま引き下がる訳にはいかんのでな。かわいい部下を傷つけた代償、おめぇの身で払わせてもらおうか」

 

「こっちも同じだよ、バぁカ。俺ぁ、ムシャクシャしてんだ。アンタにゃ悪いが、八つ当たりさせてもらおう」

 

 

 微風より強く、厳かな一風が二人の周りを吹き荒らす。

 それに乗ずるように動いたのは魔神族だ。一歩一歩を確かに踏みしめ、その豪腕を後ろへやり構え。

 

 

「おどりゃぁぁぁぁ!!」

 

 叩き込んだ。

 轟音と衝撃、微震と風圧。それらがその一撃によって周囲に悖らされた。

 

 殺った、それが率直の感想であった。

 

 だが。

 

 

「――――!」

 

 

 当たった感触がない。そして、腕を退かし、視界が晴れると。

 

 

「……いない?」

 

 

 誰かがそう呟き、魔神族が眉尻をやや下げたところで。

 

 

「……拳は強し、動きは遅し。まだまだよ」

 

 

 そんな一声に反応したときにはもう遅かった。

 声のした方へ首を向け、目を向けると同時。

 

 

「が、あぁ……っ!?」

 

 

 刀、それは鞘に納められた一刀が一角の根元へと振るわれた。

 そこは先程オリオトライが教えたばかりの脳に繋がる部位であった。

 

 

「く、ぐぞぉ……!」

 

「タフだな、結構強めにいったんだが」

 

 

 据わったギョロ目をピクピクと動かし、怒りのストレート―――も受け流した。

 

 

「お"、ごぉ……」

 

 

 すかさず対角線上に強い一撃を放った。

 呻き声、蹌踉めき、そして屈折。四腕の魔神族と同様、大きく揺れてその巨体は木床にめり込んだ。

 

 

「……ひゅ~、予想外だったわ、まさか本当に倒しちゃうなんて。将来が楽しみよねー……」

 

 

 

「オリオトライ先生、これでいいんだろ?」

 

「え、ええそうね。(何で私ったらパニクってるのかしらね……)」

 

 

 見惚れていた、なんて決して言えないことだ。振り向かず、背だけ話す慶次に対し、オリオトライは僅かに反応が出遅れていた。一瞬、彼に魅了されたからである。

 

 しかし歯痒いものだ。なぜ、こうももどかしい気持ちにならなければいけないのか。

 

 戦う姿にか。

 手柄を立てたことにか。

 (おの)が名を呼んでくれたことにか。

 

 何に見惚れていたのか、自分でも分からなかった。

 ただ周りに悟られないように、自心を偽るようにうやむやに、そして出席簿に目線を鞍替えし

 

 

「……うん、魔神族倒したから二点、いや三点は加点するわね。特に、先生の言う通り有効部位打ったのがよかったわよ」

 

「ありがてぇぜ。ここ最近出席点が足りなくて困ってたんでな」

 

「それは遅刻しまくってるからでしょうね。もっと早く来てちょうだい。教員科から目つけられて指導されないように。あとはトーリもなのよね……」

 

 

 

「おいおい、皆して何やってんだよ。俺も混ぜろっての!」

 

 

 

 噂をすれば影がさす。明るく、溌剌(はつらつ)とした、それでいてのんきな声が横入りしてきた。その声に梅組はもちろん、騒ぎを聞きつけ集まった群衆もがその声の方へ顔を向け、その主の名を呟いた。

 

 

「トーリ "不可能男(インポッシブル)" 葵……!」

 

「武蔵の総長……!」

 

 

「おうおう、俺、葵・トーリはここにいるぜ? しっかし皆ここでなにしてんだよ。奇遇だなあ。やっぱ皆も並んだのかよ。お、おお?」

 

 

 白目を剥いた魔神族に気づき驚きと興奮に満ちた顔で仰天する。

 

 

「これって魔神族だよな? うひょ~! 怖ぇ顔してんな~。慶次がやったのかよ」

 

「そうさ。向こうのは先生が。このデカイのは俺がやった。まあ、ちと遅かったがな」

 

「こらこら、話ハショると遅刻して授業サボった挙げ句、何に並んだって? 」

 

「マジかよ先生。俺の収穫物に興味あんのかよ参ったなあ!」

 

 

 パンの紙袋とは別の紙袋からアニメ系のパッケージの箱を取り出して皆に見えるように掲げ。

 

 

「これ見ろよ先生! 今朝発売したばかりの初回限定物のR元服エロゲ "ぬるはちっ!" なんだけどよ、これがちょー泣けるらしいんだ! 帰宅したらさっそくプレイして号泣しながらエロいことしよっと」

 

 

 笑顔なトーリとは反面に、半目のオリオトライが無言で圧を掛けるように肩へポンと手を置く。

 ん、と一言。そして笑顔で振り返り。

 

 

「どーしたんだよ先生。顔めちゃくちゃ怖えぞ。それに加えて先生、男運ないもんな。焼肉屋でガツガツ肉食って酒場でセクハラにあってと大変だなあ。三要先生と学長もそうだけどさ、なんでうちの教導院の教員って、結婚してないの多いんだよ。ぜってー呪われてるよなこれ」

 

 

 あのバカ! と退避行動を取る皆に気づかないでさらっと教員をディスるトーリに、オリオトライは口を重くして開いた。

 

 

「……君、先生が今何言いたいか解ってる?」

 

「おいおい先生。愚問にほどがあるぜ。俺と先生、何年、以心伝心のツーカーやってきたか解ってんのか!? 先生の言いたいことは俺にしっかりと通じてっからよ!

 

だからよ。オッパイ揉ませてくれよ!」

 

 

 どうなったらその結論になるんだ、と皆がツッコんだ。

 

 

「君、先生と以心伝心のツーカーじゃないの? だったら先生の言いたいことは解るんでしょ。答えはイヤよ」

 

「大丈夫だって先生! 安心して俺に任せてくれよな! 俺こう見えても浅間の乳揉んで育ったんだからよ!」

 

「なに? 頭大丈夫? こりゃ、一発殴ったほうがいい?」

 

 

「うん、とりあえずこれだな」

 

 

 

 

 

 むにゅり、と五指で一揉み。あ、と皆が一言。

 

 

 

 

 

「あれれ、おっかしいなあ。もっとさ、骨とか筋肉だらけて硬い見立てだったんだけどなあ……まあいいや」

 

 

 オリオトライを無視して皆の前に立つと一息、そして。

 

 

「あのさ、皆、ちょっと聞いてくんねぇか? 前々から考えていたんだけどよ。

 

―――俺、明日、告白(コク)ろうと思うわ」

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 長い間であった。世界が止まったかのように、音と時が消え去ったようであった。

 

 

「フフ、フッフッ……ハハハハハっ!!」

 

 

 だが、その中で一笑いする声があった。慶次だ。

 

 

「女に告白(コク)るとは……、いよいよ春が来たなトーリ。俺としてもそいつは吉報だ!」

 

「だろ? よし今夜は俺の告白前夜祭しようぜ! まだ場所とか計画は全然考えてねぇけど、とにかくバカ騒ぎするか!」

 

「おう、そいつはいい」

 

 

慶次とトーリの談笑にようやく我に返った茶のウェーブが立ち上がり、二人を見据えて。

 

 

「愚弟。盛り上がってるところ横入りするけど、いきなり現れて乳揉んでコクり宣言するなんて正気の沙汰とは思えないわよ。アンタ普段からバカだけど、今日に限って一段バカになったじゃないの。なんかあったの?」

 

「うれしいだけだろ。エロゲ手に入って明日、告白となりゃ、誰だって有頂天になるもんだ」

 

「そう? それにしてもアンタも少し嬉しそうじゃない」

 

「そうか?」

 

 

 顔の奥に含まれた嬉々とした笑み。心より喜ぶ者の笑みだと、喜美は直感でわかった。

 

 

「愚弟、勿体ぶらないで賢姉にコクる相手をゲロしなさい。さあ! 相手は誰? もしかして小等部の娘? アンタもロリコン(御広敷)の仲間入り!?」

 

「馬っ鹿、姉ちゃんも知ってるよ。―――ホライゾンだよ」

 

 

 

 ひゅー、と風が吹き抜けた。

 

 

 その失われた少女に、哀悼の意を示すように。

 

 

 

「バカね」

 

 

 喜美が肩を落としつつ、トーンを落として。

 

 

「あの子は……十年前に亡くなったでしょ。アンタの嫌いな "後悔通り" でね。墓碑だって父さんと皆で作ったじゃない」

 

「解ってるよ。だけどよ、もうそのことから逃げねぇ。俺、何も出来ねぇから、コクった後、皆に迷惑掛ける。何しろ、その後にやろうとしてることは世界に喧嘩売ってるようなもんだもな」

 

 

 でもよ、と一言置いて、皆の顔を見る。一人一人をじっくり、確かに、深く見つめ、トーリは言った。

 

 

「明日、明日で十年目なんだ。ホライゾンがいなくなってから。だからコクってくる。俺、今日まで悩んでさ、好きなんだって解ったんだ」

 

 

「じゃあ愚弟、今日はいろいろと準備の日よね、エロゲ持ってるけど。それと……、今日が最後の普通の日?」

 

 

「おいおい姉ちゃん、安心しろって。俺はなーんも出来ねぇけどさ

 

 

―――高望みだけは、忘れねぇからよ!」

 

 

 

 

 

 笑顔のトーリの肩を、ポン、と叩く手が。

 

 

 

「……へぇ~、いい話よね。うん、ホントいい話だわ」

 

「おっ、先生、今の聞いてたかよ! 俺の恥ずい話!」

 

「人間ってさ、怒りが頂点に達すると周囲の声が聞こえなくなるんだけどさ、それについてどう?」

 

「おいおい先生、年かよ! あれか、もうすぐ三十路だからか? 仕方ねぇな、可哀想だからもう一度言ってやんよ」

 

 

 右の親指をピンと、真面目かつ笑顔でトーリはこう言った。

 

 

「今日が終わったらよ、俺、コクりに行くんだ♪」

 

 

 

「―――よっしゃあ、死亡フラグゲットぉッ!!」

 

 

 次の瞬間にはオリオトライの強烈な回し蹴りがトーリに炸裂。彼は弾丸と化してぶっ飛び、事務所の壁に大の字を刻んだ。

 

 

 誰も言葉を発しない。驚き、呆然とする梅組の中でただ一人、慶次だけが言葉を作った。

 

 

 

「告白、ね……。こんなご時世に色事とは呑気なものだ。だが、それがいい。そして世界は絶えず動く。トーリの選択(告白)は世界に……」

 

 

 

 ―――どう影響を与えるのか、楽しみよ

 

 

 

その声は小さく、その場の者の耳に聞こえることはなかった。

 

 




主人公初めての戦闘シーンです。練習として本格的に書いてみましたがやっぱり戦闘シーンは描写が難しいですね。


意見、感想、お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷走中の副会長


人生は迷いの連続

地図もなければ、道筋もない

自ずの判断こそが道標となる

配点《決断》




 

 

 

「今日も餓死寸前だったよねぇ、正純さん。ちゃんと三食摂ってる? 年頃の女の子が無理してちゃ、体に悪いよ?」

 

「すいません……。一応摂ってはいるんですが学費と生活費に消えるんで、食費は少ないんです……」

 

「……大変だねぇ」

 

 

 厨房からバターや小麦粉、さらに焼き上がったばかりのパンの臭いが立ち籠む軽食屋 "青雷亭(ブルーサンダー)" のテーブルに本多・正純はいた。

 青雷亭(ブルーサンダー)の女店主が用意してくれたパンと一杯の水、それだけで食事の有り難みを感じながら食す。空腹は最高の調味料とよく言ったものだ。

 

 

「今日は確か三河に来港するらしいけど、これから生徒会の仕事? でなきゃ、こんな時間にいる理由がないもんね」

 

「ええ。これから酒井学長を三河の関所まで送ります。それと……、母の墓参りにも行こうかと。三河が故郷だったので、ちょうどかなと」

 

「思い出させるようで悪いんだけど、一年前だっけ。お母さんが怪異の犠牲になったのって」

 

「はい。俗に言う "公主隠し" という神隠しの類いです。それに墓と言っても、納めてるのは装飾品とか手帳などの遺品だけですよ」

 

「……そうかい。正純は強い子だね」

 

 

 その言葉を最後に、女店主は口を重くした。

 これ以上重い話題は控えたい。淀んだ空気を払拭するように。

 

 

「あの、パン、ありがとうございました」

 

「いいよいいよ。どうせ、焼き損ねたパンばかりだしさ。捨てるよりは、食ってくれたほうがもったいなくないしね。

 それよりさ、生徒会はどうだい。生徒会の面子見たら、まともなの正純さんしかいないもんでさ」

 

「はは、確かに皆、サボってるというか……自分勝手というか……。個人の所用で休むことはありますけど、それでもやれてますよ」

 

「ホントかい? でもね、何であの馬鹿なトーリが生徒会長なんてしてんだろうねえ。立候補して当選したとはいえ、正純さんの方がしっかりやれるのにさ。そう反論しなかったのかい?」

 

「え、いやあ。それは仕方のないことですよ。それに葵の方が人となりや付き合いも解ってますし、一年前に来たばかりの新参者が出る幕じゃないですから」

 

 

 新参者ねえ、と女店主は呟いた。そして何か思い付いたようで軽く腕を組んでは。

 

 

「聞いた話じゃさ、武蔵で最初に借り作ったのって慶次らしいじゃない。方向音痴のアイツを案内してやったって前聞いたらからね。それって本当かい?」

 

「方向音痴って……。まあ、そうだったような気がしますし、ただの噂だった気も……」

 

「気になるから教えてくれる? 差し支えない程度でいいからさ」

 

「はは……。えーと、あれはたしか……」

 

 

 

 

 

正純、回想中―――……

 

 

 

 

 

 武蔵生徒会副会長、本多・正純が慶次と出会ったのは一年前のことだ。

 

 あれは武蔵に移住したての新参者であった頃、教導院を探し歩いていた時だった。

 その日は朝から父は仕事で外出し、酒井学長も別件で同行出来なかったので、一人で教導院を目指すことになった。すでに転学の手続きは済ましたので、後は武蔵アリアダスト教導院でクラスに溶け込めるかどうかが心配なのだが……、まあそれはついてから考えよう。

 

それより、今立ち塞がってる問題を解決しなければならない。

 

 

「……どこなんだ、ここは……」

 

 

 本多・正純、現在絶賛遭難中である。

 道を教えてもらったとはいえ、同行なしで目的地に辿り着けるのは至難のこと。土地勘もないため、ぐるぐると同じ道を回り、迷っていた。

 

 どうするか、と悩んで考えて困っていたところにだ。

 

 

「―――なーにしてんだ、テメェ」

 

「うひゃぁっ!?」

 

 

 突然、声をかけるものだからみっともない声を出してしまう。恥ずかしさのあまり顔を赤くして俯き、腰までも抜けてしまった。

 

 

「……大丈夫か?」

 

「あ、あ、すまない……」

 

 

 差し伸べられた手を掴んで身を任せ、立ち上がる。握ってようやく気づいた。逞しく、ゴツゴツした、それでいて優しく包容力のある男の手。

 見上げた先、目に映るのは凛々しいけど強面の青年であった。

 

 

「……」

 

「何を呆然としている。俺の顔に何かついているのか?」

 

「……あ、悪い」

 

 

 裾についた汚れを払い落として改めて礼を言い直す。

 

 

「すまない、恥ずかしいところを見せてしまったな。実は、武蔵に来るのは初めてで……言い訳がましいが、土地勘もないから迷ってたんだ」

 

「初めて? つーことは武蔵に引っ越したばかりか?」

 

 

 問われ、ああ、と肯定した。

 

 

「今日から武蔵アリアダスト教導院に転校してきた本多・正純だ。前は三河の教導院に在籍していたが、ちょっと所用で移り変わることになったんだ。これからよろしく。……えーと」

 

「前田・利益だ。ま、皆は慶次と呼んでるからそう呼んでくれても構わんよ」

 

「ああ、よろしく頼む。……前田・利益か」

 

 

 その名は知っている。聖譜記述にも僅かにだが記された極東の一武者の名。武蔵に襲名者がいるとは聞いていたが、彼がそのようだ。

 

 天下一の傾奇者、前田慶次郎利益。前田利久の養子として育てられ、家督を叔父の前田利家に奪われて以降、風流や女遊びに耽ったという変わり者。しかし武だけではなく芸や茶道、漢詩や連歌もたしなみ、数々の武将を魅了させた人気者でもあったという。

 

 

「前田・利益か……。三河でもその噂は聞く。確かに、噂通りの派手な着こなしだな」

 

「あんがとよ」

 

 

 前田・利益が派手な着物を好んだと言う話は、彼にも引き継いでいったようだ。学生とは思えないほどの余分な装飾品と異様といえる着こなしが傾奇者らしさを具現させていた。

 

 

「すやり霞の袴を羽織り、銀白色のベルト。それと装飾品がジャラジャラし過ぎだ。学生としてそれは派手すぎじゃ……? 学生らしい格好じゃないとダメだろ」

 

 

 早々から説教とは悪いことしたな、と後に後悔した。

 しかし返ってきたのは力強い返答だ。

 

 

「つまらんなあ正純は」

 

「え?」

 

「俺ぁな、規則などという小さい器に染まるような男じゃねェ。人生は一度きりなんだ。好きなときに寝て、好きなときに食い、好きなときに好きなことをする。それが俺の法なんだよ。わかったか?」

 

 

 好きなときに好きに生きる、それが慶次の法。見事な傾きだな、と正純は感心した。

 

 しかしこれ以上、談笑してる暇はなかった。

 

 

「前田、一つ聞くが教導院はどっちの方向なんだ?」

 

「向こうだ。その先は商店が多いから道に迷ったら聞くといい。じゃあな。教導院でまた会おうぜ」

 

 

 随分と素っ気ない別れ言葉だが、教えてくれただけでも良しとする。

 さっそく向かうとしよう。もうすぐ一限目が始まる頃だ。転校初日から遅刻など言語道断。出だしが好調なのに越したことはない。

 

 歩もう、そう一歩踏み出した、その矢先。

 

 

「ど、どうせなら一緒に行かないか?」

 

 

 気づけばそんなことを口にしていた。しかし何故? どうして? 自問自答してその結果は。

 

 

「ほ、ほら。もうすぐ授業が始まるだろ? 初日から遅刻なんて幸先が悪いと思わないか? お、お前も学生なんだから遅刻はダメだぞ。うん、一緒に行った方がいい。どうせ、向かう先は同じだからな。

( 落ち着け、私はそんなキャラじゃないだろ!! ) 」

 

 

 とはいえ、言ってしまったものはしょうがない。今の自分を突き通す他、解決策が見つからなかった。

 ほとんど自棄、そんな一貫した態度を取り続け。

 

 

「ま、また迷ってしまったらどうする? そうすれば今度こそ遅刻だ。だ、だから、お前が教導院まで連れていってくれ。( 違う違う違う!! )」

 

 暴走にもほどがあるだろう。いよいよ、自分は正気なのかと疑い深くなる。今の誘い方はどう考えても口説くような誘いだ。おまけに会ってまだ数分。会って数分でこんな誘いをするなんて我ながら馬鹿馬鹿しいと思う。

 けれど、運命は許さないようで。

 

 

「まあ……いいが。案内はしたことないから満足がいくかどうかは保証出来ねぇな。それでもいいんならついてきな」

 

「そ、そうか。それはよかった。( 違うだろ私! 何、安堵の息なんて吐いてるんだ! )」

 

 

 本人からオーケーが出た以上、今さら無しにするのはいかがなものか。自口から出た言葉に従うしかなく、正純は慶次に寄り添って行動を共にする他なかった。

 

 

( うぅ……何やってんだ私は…… )

 

 

 その後、梅組らに同行中を見られた二人は黒魔女の濃色BL同人のネタにされたり、校内新聞に張り出されたりと初日から散々な結果になった正純であった。

 

 

 

 

 

 

……などと、あまり掘り起こしたくないことが甦ったので、頭を机に打ち付けて消すことにした。

 

 

「……なんか思い出したくない記憶でも思い出した?」

 

「……察してください」

 

 

 目に涙は浮かべずとも心で泣いていた正純に、女店主は、Jud(ジャッジ).と言う慰めを与えた。

 

 

「正純さんにも黒歴史はあったんだねぇ。まっ、内容は聞かないから安心しなよ」

 

「ありがとうございます……。けど、借りを作ったのは事実ですし、そのうち返さないといけませんよね。前田は忘れてそうですけど」

 

「完璧に忘れてるだろうね。貸し借りなんて気にしないガラだもの」

 

「らしいと言うか……、それが彼の良いところですので」

 

 

 人を褒めるのは中々難しく恥ずかしいものだな、と正純は思った。

 

 魅了的というか、吸い込まれるというか、心の壁なども無意味にさせる魔性が彼にはあった。人柄の良さ、寛容な雰囲気を漂わせ、人を裸にする誑し者と言うべき男だ。

 彼の人気ぶりそこにあるのかもしれない。来る者を拒まない人柄が、より彼の好印象を強くさせている。

 

 するとどうだろうか。慶次の性格を考えてるあまり気づかなかったが、女店主がじっくりこちらを見ているではないか。

 

 

「……正純さん。もしかして慶次のことが気になる?」

 

「はあ!? いえいえいえいえ!! と言うか何故!?」

 

 

「だってねぇ、正純さん、慶次の話をするとちょっとペースが速くなるというか、出だしがちょっと速くなるんだよね。もしかして気づいてない?」

 

「えっ!? 本当ですか!? ( よく見ているな―――そうじゃない。バレた……。いや―――そうじゃない!! それは断じてない!! )」

 

 

 とにかく持てる力で女店主の言葉を否定した。向こうもすぐに折れたのか、『冗談だよ』と話を切り上げ、店の作業へ鞍替えした。

 

 

「まあ、なんというか。ちょっと変な質問してゴメンね。というのも、トーリがこの頃調子が一変してさ。初々しいガキかって言うくらいの豹変ぶりでさ」

 

 

 チラッと目線を変えるや、見たのは外で掃き掃除をしている自動人形 P-01sだ。そして女店主は一つ長いため息を吐いて、こう呟いた。

 

 

「最初は単なる冗談か何かと思ったけど違ったね。うちのトーリは……P-01sのことが気になってるのかもしれない」

 

 

 

 

 

「―――は?」

 

 

 突然の話に正純の頭は一瞬ショートした。いきなり慶次に気があるとかないとか聞かれた次は、トーリが自動人形に恋してるとかしてないとか。

 

 何とか開いて塞がらない口を動かし、喉を鳴らして言葉を作る。出た言葉は。

 

 

「P-01sに、恋……?」

 

「そうなんだよねぇ。自動人形を好きになるなんてマニアックというか無駄というか。いくらあの子に似てるからだなんて……」

 

「あの子?」

 

 

 知り合いだろうか。昔なつかしいものでも思い浮かべるように和みのある表情が、女店主から感じられた。

 

 

「……昔、十年前にここらでよくトーリと慶次と三人で遊んでた女の子がいてね。たまには喜美とか智なんかと一緒に過ごしてたんだよ。まあ、いわゆる幼馴染みってやつだね」

 

「そ、それは知りませんでしたよ。私、武蔵に来たばかりなんで……。それで、その子は?」

 

 

 返答は答えるまでが長かった。少し考え、悩み、唸って生まれた答え、それは。

 

 

「"後悔通り" を調べてみなよ。武蔵に住んでるなら大半の人が知ってるけど、来たばっかりの正純さんが知らないのも無理はない。いい機会だし、調べるのもいいと思うよ」

 

「後悔通り……ですか? 」

 

「うん。普段、何気に使ってるけど、あそこは別の一面を持つ。その一面を見るには視点を変えることも必要さ。だからさ、調べなよ。そうすれば思いも増えるよ」

 

 

 

頑張ってね、と送り出す女店主に、正純は複雑な思いを抱いて青雷亭を後にするしかなかった。

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 青雷亭を出て、向かったのは母が眠る場所だった。だが、思わぬ先客がいたのだ。

 

 

「いや、こんな時間にここにいるのはもちろん、お前と会うなんて思ってもなかったなあ」

 

「Jud, ここの掃除は日課にしておりますので。ですが、どうして正純様がここにいらっしゃるのでしょうか」

 

 

 自動人形・P-01sだ。彼女は箒を片手に土塊や落ち葉を掃いては側溝へ持っていき、数匹の黒藻の獣にゴミを与えている。どうやら、黒藻達からかなり懐かれているようだ。

 そして、その無機質な瞳で正純を見据えて。

 

 

「本来なら、今の時間は正純様は教導院にて授業を受けてるはず。ですので、目の前にいるのは正純様ではなく正純様の形をした怪異的なナニかということですね」

 

「極論過ぎるだろそれは! 私が幽霊か何かに見えるか? 人を幽霊呼ばわりするのはいくら自動人形と言えど許さないからな!」

 

 

 ひどい言いように正純はつい声を荒げてしまった。今日の自分は何かと厄にまみれてる。浅間神社で厄払いしてもらったほうがよさそうだ。

 

 そういえば、とふと思った。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いや……、そろそろ四時限めが終わる頃でな。今、皆はどうしてるのかなってさ」

 

 

 確かにまもなく四時限めが終わる時間帯だ。ちなみに梅組は今何してるかというと。

 

『あ、あの……皆、これは一体……』

 

『おう! 東じゃねえか! 麻呂もこっちに来いよ。誰もお前のこと嫌ってないし、どうとも思ってないしさ―――』

 

『こ、こら、武蔵総長! 一体何が起こってるのか説明したまえ! 何故、全裸なのかね! あの壁の穴は一体―――』

 

『おいおい麻呂! そんな小さいことは気にすんなよ! 小さいのはインパクトの無さくらいにしとけって。ぷー、クスクス』

 

『き、貴様―――!』

 

 ちょうど教室では、トーリがオリオトライの蹴りを食らって武蔵王・ヨシナオと帝の子・東を尻目にかけているところである。

 朝言ったように今夜、肝試し兼告白前夜祭を決めたが、場にいない正純は知る由もなかった。

 

 

「だと言うなら、正純様がここにいるのは何故でしょう? とうとう非行少女になったのでしょうか?」

 

「それ、人前で決して言うなよ。『少女』の部分は特にだ!」

 

 

 自分が女だということをカミングアウトするのはまだまだ先になるだろう。騙しているわけではないが、隠していることに胸が痛む。されど、もう少しだけ秘匿でいたかった。

 

 自念はここまでにして言おう。このまま黙り込んでも良いことはない。

 

 

「今日は……、酒井学長を三河に送る予定でな。学長から自由登校を許されてるから、母の墓参りも悪くはないと思って来たんだ。まあ、墓と言っても遺骨はないし、遺品を納めてるだけだが」

 

「Jud. 率直に感想を申し上げますが、正純様はお母様がお好きなのですね」

 

 

( ―――好き、か )

 

 

 そう強く意識したことは随分と久しい。生前の頃は母の存在が身近だった故か、母の存在が愛おしく思い始めたのは、いなくなってからだ。

 

 もちろん好きなものだ。それにまだ物心つく前の幼き頃のこともよく憶えている。風邪をひいた時は遅くまで看病してくれ、暇な時にはいつも遊び相手になってくれた。

 

 そして、母が子守唄として通し道歌を歌ってくれたことも。

 

 

「どうかなさいましたか? 正純様」

 

「―――いや、昔のことをちょっと思い出してな。前に私が三河出身であることを話したことがあっただろう」

 

 

 それは何時だったか、憶えていない。けれど話したことは憶えている。

 

 

「私の名字は本多だろう? 松平家の家臣として務めていたんだ。そして松平には二つの本多が必要とされていた。

 一つは東国最強、松平四天王の一人、本多・忠勝を筆頭とする "武" の本多家。もう一つは佐渡守と称された本多・正信を筆頭とする "政" の本多家。立場役目は違えども、両方とも松平の家臣として名のある豪傑だ。そして、私の父は本多・正信の―――」

 

「襲名を?」

 

「ああ。……失敗したけど」

 

 

 正純は自虐的に言った。言い放ったのだ。

 さらに正純は続ける。

 

 

「父の無念を晴らそうと、本多・正信の子、本多・正純を襲名しようとした。けど……、結局は失敗したよ。

 十年前の松平家による "人払い" で家臣団に代わり、自動人形が世襲することになったんだ。多くの家臣・商人が地位や役柄を失い、目標と誇りを無くしていった。……私も例外ではなかった」

 

 

 本多・正純を襲名出来なかった歯痒いさは忘れられない。何年経っても、何をしても、あの悔しさだけは消えなかった。

 

 

「私は、襲名で不利にならないようにと子供の頃、胸を削る手術をしてるんだ。女から男へ……、いずれ男性化の手術をしようといた矢先に "人払い" だ」

 

 

 どれだけ頑張ってきたのだろう。

 どれだけ苦労してきたのだろう。

 なのに、それが全て "人払い" で水の泡となってしまった。

 

 

「そして……その後は謝って、迷惑をかけて、後悔して……。とにかくあまり記憶に残ってないけど、そんな流れだ。母の慰めは嬉しかったけど、それさえも痛く感じた」

 

 

 中途半端な胸。失敗した過去。"公主隠し" で消えた母。印された二境文。

 こんなにもいらぬ傷を残していって、事は終わったのだ。

 

 

「何でなんだろうな……、くそっ、泣くなんてカッコ悪いなぁ」

 

 

 一気に押し寄せてきた心残りを、吹き消すように一拭い。拭ったものは衣服に残り、シミとなった。

 それを一見して、そうなのですか、とP-01sは応えた。そしてそれに次いで出た言葉は。

 

 

「しかし、これで正純様に対する疑問が一つ解けました」

 

「疑問? それは?」

 

 

 Jud. と一つ頷いてP-01sは言った。

 

 

「結論から言えば、男装は正純様のご趣味ではなかったのですね、驚きました」

 

「……は?」

 

 

 どんよりとした空気から一気に現実へ戻された。

 色で例えるなら淀んだ紺から無意の白へ。

 

 

『まさずみ だんそう しゅみ?』

 

『づか? づか?』

 

 

 誰だこんな言葉を教えたのは。まさかあの馬鹿(トーリ)か?

 

 

『ともだち?』

 

「Jud. 正純様は最近友達が欲しいようです。今がチャンスです。つまりチョロいです。通称 "チョロ友" 。人に冷めやすいですが、下水管理にも役立てるかと」

 

「……お前ら、人を何だと思ってるんだ」

 

 

 黒藻の獣達にさえも舐められている、と正純は自嘲した。舐められてるかどうかはさておいて、さっきの悲観的な昔話は彼女らの前では無意味だと悟った。

 

 

 するとだ。空が 、雲が二分するように大きく張り裂けて町並みが見えてくる。

 

 

「ステルス航行が解除されたようですね」

 

「そのようだな。まもなく三河か……」

 

 

 かつての級友や故郷はどうなってるだろうか。そんな過去に浸る思いを胸に、正純は空から三河を眺め続けた。

 

 




意見や感想、お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

踏出す前の疑問

歩くことは簡単なのに

一歩踏み出すのを躊躇するのは何故だろう

配点《覚悟》


 

 

「お、俺さぁ、コクるなんては、初めてでよ。なにしていいかわかん、ねぇからさ。だからさ? お前らで、練習して、い、いいかよ?」

 

「「「「 何じれってんだよ気色悪っ!! 」」」」

 

「おいおい! それ言うか!? ふつー言うか!? これから告白ろうとしてる奴にそんなこと言うかよ!?」

 

 

 青空の木の下、階段を舞台に梅組のメンバーが会議中であった。会議内容は "葵・トーリの告白を成功させるゾ会議"。 メンバーはトーリを中心に慶次や喜美、点蔵、シロジロやハイディといった面々だった。

 

 

「で、どうするの愚弟? アンタ、コクるのはいいけどこれからどうする気?」

 

 

 んー、と顎に手を添えて数秒考えた後。

 

 

「視聴率だけ考えたらさ、俺がフラれたら面白くねえか?」

 

「「「「 変なフラグ立てんなよ!! 」」」」

 

「だってさー。俺の告白、武蔵全土に放送すんだぜ。視聴率高ければ放送権料の一部をくれるってシロジロが言うからさー」

 

 

 チラっと皆の目線がシロジロへと向いた。

 

 

「じゃ、シロジロ。後は頼むぜ! 大音量の高画質でな。それと祝賀会も頼むわ!」

 

「契約したからな。お前の告白などには興味ないが、武蔵中が注目してる。これを利用しない手はない。金の分配は私が九割、トーリが一割で手を打とう」

 

「「「「 お前最低だな!! 」」」」

 

 

 割りに合わない分配に皆が異議を申すが、トーリはさほど気にかけてないようだ。 

 

 

「よし、ここから真剣に成功させるために頑張ろー! ということでテンゾー! 告白ってどうやんの? お前、数だけはこなしてんだろ?」

 

「い、いろいろ否定されて御座るな!? それに『数だけ』とは、馬鹿にしてるで御座ろう!?」

 

「いやいや。エロゲでも好感度上げれず、前なんか金髪巨乳のキャラに立て続けにフラれ、一時期引きこもりになったんだろ? 一応回数はこなしてるじゃん」

 

「やめて! 点蔵君のライフはもうゼロだよ!!」

 

 

 痛いところを突かれたようでorz状態の点蔵に皆が慰める。しかしトーリはわりぃわりぃの一言で済ます。

 

 

「というわけでさ、どうコクればいいかわかんねぇから教えてくれよ」

 

「ふぅむ……そうで御座るな。……ここは一つ、恋文などはいかがで御座ろうか?」

 

 

 と言いつつ点蔵が取り出したのは手帳と一本のペン。皆が見守る中、トーリに手帳とペンを渡した。

 

 

「いいで御座るか? 何も策を考えずに告白を成功させようなどとは、愚策である。告白時にトチらないようにこの紙にあらかじめ伝える言葉を書き写すのがよいで御座るよ」

 

「つまりはこの紙に相手を好きになった経緯や部分を書けってことか」

 

「そういうことで御座る」

 

「うーん、悩むなあ。だってさ、好きとか嫌いとかエロいとか、そういう感情を紙に書くなんて難しいだろ。あんま気が進まねえよ」

 

「フフフ、愚弟。それが出来ないなら告白も無理な話よ。いい? 別に難しい話をしてるわけじゃないのよ。相手の好きなところを紙に書けばいいの。試しにそこのエロゲ忍者の嫌いな部分を書いてみなさい」

 

「き、喜美殿! 何故に自分の嫌なことを―――!」

 

「うーん、そうだな。『いつも顔隠してるのはキャラのつもりだろうけど気持ち悪い』『御座る口調はキャラ濃いけどすぐ飽きるから気持ち悪い』『服から犬の臭いがするのは色々抜きにしてマジで気持ち悪い』

 まっ。こんなものだな」

 

「ひ、ひどい! ほとんど悪口―――というか、マジレスはいらぬで御座るよ!? いつもそんなことを思っていたのか貴殿!」

 

「中々いいじゃないの愚弟。今度は彼女の良いところをいくつか抜粋すればいいのよ。ほらやってみなさい」

 

 

 喜美に磨かれてか、今度は悩むことなくスラスラと書き上げることが出来た。

 

 

「よしよしよし! 出来たっと! 『顔がちょー好みでエロい』『しゃがむとインナーがパンツみたいでエロい』『身体がマジでエロい』これでいいか!」

 

「エロだけ!? 即物的なエロしかないで御座るよ!? 最後に至ってはもはや性欲の体現でしかないで御座る!」

 

「おいおい点蔵。俺ってエロ道の権威みたいじゃね? ある人は言いました、オッパイは揉むためにあると」

 

「全然かっこよくないで御座る! むしろ馬鹿そのもので御座るよ!」

 

 

 トーリは髪が乱れるのも構わずボリボリと頭を掻き、だってよぉ。と愚図り始める。するとどうだろう。何か思い付いたのか、大きく目を見開いた。

 

 

「おい慶次。お前、女からモテるだろ!? 秘訣ねぇのかよ秘訣! イカせちゃう指技とか口説くための言い方とかさ!」

 

「そ、そうで御座る! 貴殿のモテっぷりは拙者の耳にも届いてるで御座るよ! な、何卒。何卒を秘訣をお教えくだされ!」

 

「そ、それは拙僧も気になるな。どうだ慶次。ここは一つ、情けをかけるとして教えてくれまいか?」

 

「なあ頼むよ慶次! 俺の古いエロゲやるからさ、コクり方教えてくれ!」

 

 

 哀れな三人に思わず目を背けたくなるようだが、慶次は一笑して、微笑む。面白がって、楽しんでるようにも見えるが、どこかあきれ果ててるようにも見えた。

 仕方ない。と一つ愚痴を漏らして三人に振り返り。

 

 

「解ってないなあ、テメェら。女を捕まえたかったらまず相手の心を鷲掴みにしなきゃ意味ねぇんだ。ただ上辺だけの言葉並べても本心に届かなきゃ、ダメだろうがよ」

 

「おお! さすがモテる男は違うで御座るな!」

 

 

 余談だが、梅組内どころが武蔵で一番女癖悪いのは慶次だと、皆が口を揃えて言うだろう。女なら誰彼構わず|食ってしまうのが彼の恐ろしさと言える。だからこそ、説得力があった。

 

 

「点蔵の言うように、応用で恋文使って秘中の相手を仕留めろ。お前ならやれる。何か困ったら俺を頼りな」

 

「じゃあさ、今やってみてくれよ!」

 

「……あ?」

 

 

 その一言に、場は研ぎ澄まされたように空気が張った。

 

 

「お前の口説き方ってのを見せてくれよ! 参考にしたいからさあ。んじゃ、誰にすっかな」

 

 

 まさか、ここで選ぶというのか。この外道衆が渦巻くこの場で。

 『トーリ君、私を!』や『愚弟、ここは賢姉を選びなさい! これは命令よ!』などと、己の欲を目で訴えかけてる女衆を一見し、トーリは誰をと見定める。

 

 

「よーし、ここは俺の独断と偏見で選ぶぞ! うーん……、直政! お前、やってもらえよ」

 

 

 そうトーリが名指ししたのは鈴の横で一同を見守っていた直政だった。呼ばれた本人は、はて。と一息し、その義腕で頭を掻きつつ。

 

 

「……あたしを見世物にするってのかい。別に構わないけどさ、こういうのは他に適材がいるだろ?」

 

「いいからいいから。お前が慶次と絡んでるの見たくてさ。じゃねえとアイツ振り向かねえぜ?」

 

 

 余計なことを……。と重いため息を一つ。事実だからこそ、余計断りづらい。

 すると、隣の鈴が背中を押すように一声あげた。

 

 

「直政さん、やって、みたら?」

 

「……Jud. 鈴に言われたら仕方ないさね」

 

 

 直政は自分がこういうガラではないと自覚している。故に他人の恋路や恋愛物の本といった類いは興味なく、もっと言えば苦手なのだ。だからこそ、今回の仮告白は遠慮させてほしかった。そりゃ、嬉しいところもあるが、自分の奥ゆかしさがどうも忌避している。

 

 だが、鈴の一言で踏み出せた。鈴の思いを無下にしないためにも、ここは敢えて口説かれることにしよう。

 

 

「じゃ、慶次君と直政君による仮告白披露会、やってみようか。二人ともよろしく」

 

 

 皆が二人を注目し、全員が慶次のこれからの言動を期待していた。

 直政も彼がこれから何を言うのか、楽しみであった。

 

 

 彼は目を見て、相対し、一呼吸。そして言った。

 

 

 

 

 

 

「―――綺麗だ」

 

 

「―――っ!!??」

 

 

 今のが告白なのかと疑いたくなった。堪ったもんじゃない。ただ一言誉めただけじゃないか。

 

 だがその一言で、場の女性衆を赤くさせた。その一言は率直な意見であり、心からの誉め言葉だからだ。着飾らない言い分に、直政は心身とも震えたのだ。

 しかもこの時の慶次の無邪気で溌剌とした笑顔はなんともよかった。この笑顔に、大抵の女性はとろけてしまう。

 

 直政もまた、その笑顔に魅了された。その証拠に手から煙管が放れ、地へと落下した。

 

 

「お前に惚れた。今夜にでも抱きたい」

 

「あ、いや……」

 

「これは冗談でも嘘でもない。心からお前に惹かれ、抱きたいと思った。一夜限りでも構わん。今宵にでも、その身を我が物にしたい」

 

「……うぅ……や、やめ―――」

 

「は、はいはいそこまで! 何か色々ヤバイからとりあえず中止中止!」

 

 

 ナイスだネシンバラ。と皆の思いがシンクロした。

 

 

「……中々の誉め上手さね。気持ちだけは受け取っておくよ」

 

「何だい。面白くねぇなあ」

 

「期待に応えられず悪いね。あたしはこんな色事にゃ、似合わないさね」

 

 

 何事もなかったように、直政は煙管を拾い踵を返す。さすがは女傑だ。と皆が納得した。

 しかし、中には納得してない者もいるわけで。

 

 

「フ、フ、フフフ……。そうよ。それでこそ獣よ! さすが慶次ね! 特別に今夜は私をディナーにするといいわ!」

 

「あ、こら、喜美! いけませんよ! 学生の身でそ、そんな不埒なこと、巫女として許しませんから!」

 

 

 

「おい何だよ今のナンパ! 告白っつーか、『嬢ちゃん、俺と一晩どう?』みてぇな下ネタなエロナンパじゃねぇかヨ! けど、ちょーかっけー! お前なら抱かれてもいーい!」

 

「な、成る程。告白とは己の信念を伝え、心を鷲掴みする……。こ、これで自分、念願のリア充の仲間入りなれるで御座ろうか!?」

 

「いや、それは無理であろう」

 

「それは酷いで御座るよウルキアガ殿!!」

 

 

 

「まったく……。恥ずかしいこと言うもんさね、慶次は。慎みってもんを知らないのかい」

 

「で、でも、直政さん、少し嬉し、そう、だよ?」

 

「……鈴にはお見通し、いや。筒抜けってことかい」

 

 

 そんな時、また新たな声が響いた。校舎側より複数の足音と共に、そして止まり。

 

 

「……貴方達はこんなところに座って何を―――、いえ教えなくて結構ですわ」

 

 

 阿鼻叫喚の如く騒ぎ立てる一同を見て、大概のことは理解した。

 その後ろに酒井学長を共にし、銀色の髪をしたネイトは半目で場の光景を眺める。

 

 

「……むむ、むむむ!? 近似のオパーイオーナー発見ッ!! よしいっちょ揉ませろネイト。大丈夫だって。痛いも恥ずいも最初のうちだってばよ!」

 

「フフフ愚弟。アンタ、持ち主探してんのは解るけどその発言は危なっかしいわよ?」

 

「おいおい姉ちゃん邪魔しないでくれよな? 俺には告白成功祈願とソムリエとしての役目のため揉んでんだからな?

 

 さあ~ネイト! 俺のフィンガーラッシュにイっちゃいなYO!!」

 

 

 もはやセクハラだ。と皆は率直に思った。

 

 エロ姉弟と貧乳狼が乳繰り合ってる時、密かに輪から外れた者が酒井に尋ねた。

 

 

「酒井学長、これから三河ですか?」

 

「ああ、昔のダチから飲む誘いが来てよぉ。最近の三河は評判悪いから酒飲んだらすぐ帰ってくるさ。それとな、慶次、お前数年ぶりの三河だろ? 降りなくていいのか?」

 

「いや、今回はいい。今夜は花火だ。いい場所を取りに行くから、三河に降りては時間がなくなる」

 

「そっか。なら仕方ねぇな。三河名物、ういろうとコーチンくらいは買ってきてやるか」

 

 

 そろそろ時間だわ。と一同に手を振る酒井にシンクロするように、トーリ目掛けて降り下ろそうとするネイトがいた。

 

 

 

「触るんじゃありませんよこのドグサレがァァァ!!」

 

 

 

本日、トーリは二度めの壁抜きを体験しましたとさ。

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

「―――っていうことがさっきあってさ」

 

「……もうどこからツッコんでいいのかわかりません」

 

 

 三河へ続く関所上、山岳に囲まれた道を酒井と正純は歩いていた。たわいもない話から重要な話といった話題。とにかく着くまで間を談笑していた。

 

 もちろんトーリの告白も話題に上がっていた。

 

 

「葵にも困ったものです。先日、アルコールランプとフラスコを使った闇鍋大会中に爆発させて……、今も実験室は工事中で使えないんですよ」

 

「闇鍋を光鍋にねぇ。なんだ? 闇鍋は暗くて見えないけど、光鍋は眩し過ぎて見えないってか?」

 

「いや、そういうことじゃなくてですね……。さらに先日、美食家で有名な商人へ乱暴を働いたことも―――。おかけで取引は白紙。武蔵アリアダスト教導院の名が地に落ちたんです。評判は急降下ですよ」

 

「ああ、あったあった。そんなこともあったなあ」

 

「事情は一応聞きました。何でも、ミトツダイラは立場上、手出し出来ないので代わりに俺らがやったとか。ですが、取引相手の尻に鰻突っ込んでクリームまみれにするのはいくらなんでも……」

 

 

 やり過ぎだ。と言いたいところだが、あれはあれで良かったのかもしれない。

 ミトツダイラは騎士ゆえに家柄や立場を重視する癖がある。そのせいで自分の幸せを逃してしまうのではないかと、考えていた。だがトーリ達のおかけで、その点は心配いらなかったようだ。鰻クリームまみれにしたのはちょっとアレだが……。

 

 

「鰻クリーム事件や光鍋事件に加えて、また新たに武勇伝でも残す気なんですかね葵は。しかも告白ときたら、一体誰にやるのやら」

 

「それはまた今度ね。それよりさ、三河に知り合いがいるんだろ? 三河まで行かないのかよ」

 

「無理ですよ。今、三河は過去に類を見ないほどの鎖国状態なんですよ。昔の友人に会いたいという理由で入国するのはちょっと……」

 

「つれないねぇ。まっ、今度あったら言っとくよ。『本多・正純は元気に楽しく馬鹿やってますよ』ってね。それと今夜は花火だって慶次言ってたな。正純は見に行く?」

 

「花火、ですか。となると、夜は混雑しますから遠慮しますかね。人混みは苦手ですので」

「……遠慮しがちだなあ。でもさ、話を変えるようだけど、今日は一段と変だと思わないかい?」

 

 

 何が。とは聞き返せなかった。ただ解らないという意思を示すように正純は首を傾げる。

 

 

「商人から聞いたんだけど、向こう(三河)から荷は届いても、こちら(武蔵)から渡す荷はないんだよね。おかしいと思わない?」

 

「え、ええ、確かにそうですね。人払いや怪異で人口が減少して物資が必要なくなったと言えど、あまりに少なすぎる。これじゃ、貿易の根底が覆りますよ」

 

「だよなあ。ただでさえ怪異が増えてんのに、今回の一方的な貿易か……。なーんか気味悪ぃなあ」

 

 

 するとだ。足元に影が生まれた。頭上を見上げれば、通りすぎる大きな船影が複数。数隻の艦に守られるように渡航する白い巨大な船があった。

 

 ヨルムンガンド級ガレー船、Regno unito(統一された王国)の名を持つ"栄光丸(レーニョ・ユニート)" 、その所有者は。

 

 

「K.P.A.Italiaは教皇総長、インノケンティウス……。ムラサイ派のP.A.ODAの手が及ぶ前に、総長自ら出向いて武装開発の交渉しに来たようですね」

 

「P.A.ODAが浅井攻めしてる間に、無理矢理作らせる魂胆か。八つの大罪武装(ロイズモイ・オプロ)の内、"淫蕩(ポルネイア)" を持ってるだろうがよ。これ以上何を要求するって話だよなあ。意地汚ねぇなあ、あいつら」

 

「聖連の代表国ですからね、K.P.A.Italiaは。"悲嘆(リピ)" と "嫌気(アーケディア)" を持つ三征西班牙(トレス・エスパニア)、"虚栄(ケノドクシア)" と "驕り(ハイペリファニア)" を持つ六護式仏蘭西(エグザゴン・フランセーズ)の両国に並びたいんでしょう。

 とはいえ、両国の大罪武装は二つにして一つの兵器ですし、出力は極めて低い。けど、一つでも充分牽制は出来ますし、教皇もそれが狙い目なんでしょう」

 

「残す大罪は "嫉妬(フトーノス)" だな。交渉失敗しちまえ、イタ公めが」

 

「……さっきから侮蔑してますけど、何か恨みでもあるんですか?」

 

 

 いや別に。と顔で表す酒井に、正純はそれ以上のことを聞けなかった。 

 とにかく足を歩めるのを止めず、ただひたすら歩く。歩みに比例して、口数も多くなってきた。次の話題は。

 

 

「酒井学長、一つお願いがあるんですけど、もし向こうで忠勝公の息女に会ったらよろしく言っておいてください。私、同級生だったので」

 

「ああ、ダっちゃんの娘か。いたら言っとくわ。にしても、慶次も来ればよかったな。あいつらきっと喜ぶのに」

 

「慶次、もですか?」

 

 

 何故そこで彼が出てくるのか、わからなかった。それにあいつらというのは、恐らく松平四天王だろう。どうして慶次が彼らに会う義務があるのだろうか。

 

 酒井は頭を掻きつつ、恥ずかしがるようにして返した。

 

 

「うん。慶次ってさ、ちっちゃい頃に父親と一緒にあちこちの国を旅してたんだわ。その名残で三河にも一時期いたから、あいつらとも顔馴染みなんだよ。あ、ちっちゃい頃って小等部前ね」

 

「父親、というとあいつの父ですよね。しかし、よく旅出来ましたね。その頃は知りませんけど、最近は各国間の仲も悪くなるばかりですから、入国するだけでも一苦労しますし……」

 

「そうなんだよねえ。けど、あいつは重役扱いで入国出来たし、待遇もそれなりによかった。人気はあったし、実力もあった。ちっと嫉妬するよなあ、あそこまでいくとさ」

 

「襲名者なんですか? もし襲名者ならこの流れからいくと……前田・利久かと」

 

 

 そう。と酒井は頷きとともに肯定した。

 

 

「名前は前田・利久。俺ら松平四天王とは同級生で特務を担当していてね。女好きで浮浪癖のある男だった。

 聖譜記述じゃ、前田・利益は前田・利久の養子となるけど、慶次と利久は実の親子でさ。あいつが小さい頃、利久の奴に見せてもらった。昔の慶次はめっっっちゃ可愛かったよ」

 

「昔の、アイツ……」

 

 

 可愛くて、目がくりくりしてて、白く柔らかそうな肌に、可愛くて、サラサラな髪、元気がいい、そんな子供像が浮かんでくるので―――頭を揺さぶって消すことにする。

 

 変な妄想はやめよう。雑念を捨て、酒井の話へ戻る。

 

 

「利久の若い頃にそっくりだよ、慶次のやつ。……会いてぇなあ、あいつに」

 

「会いたい。ということは、会ってないんですか?」

 

「うん、十年以上はね。旅に出るって言ったまま音沙汰なし。どこにいるのやら、何をしてるのやら、検討もつかねぇ。たくっ、あの馬鹿が……」

 

 

 その言葉を最後に、口を閉ざす。正純はなんて声をかけていいか解らず、ただ声を出さないほうがいいだろうという考えだけが生まれた。

 だから声を発さずに、酒井の出方を待った。

 

 

「……ここらへんで見送りはいいよ。あとは自分で行けるから。ああ、それと、書証はもう送ったから後は自由にしていいからね」

 

「あ、はい、ありがとうございます。こっちは調べものがあるので、今日は学校を休ませてもらいます」

 

「調べもの? へぇ、一体なによ?」

 

「後悔通りです」

 

 

 その一言に酒井は押し黙り、ただうん。と一つ頷いて考えた。少し空いた間を埋めるようにポリポリと頭を一掻き。そしてやや項垂れたまま。

 

 

「そっかあ……うん、そうだな。いいと思うよ。正純君はまだ知らなかったか、あそこのこと。いい機会だし、思う存分調べてきなよ」

 

「は、はい……」

 

「正純君もそろそろ武蔵の生活に馴れてきただろ? だからいい時期だと思うよ。正純は後悔通りへ、トーリは告白、皆は前夜祭や祝賀会の準備、三河は花火、世界は末世解決へ」

 

 

 老年らしい眩しい笑顔、それでいて穏やかで和やかな顔を見せて。

 

 

「不揃いのようで実はどこかで繋がってる……そんな気がするんだよねえ。正純君の一歩もまた世界へ影響を与えると思うんだ。そして、トーリや慶次、俺らの側へ来ることを祈ってるよ」

 

 

 




ホライゾンのキャラって何気に魅力的ですよね。おかげでエロい妄想が止まりません。

それと友達から聞いたんですけど、ジョジョ4部がアニメ化されるそうで、嬉しいです。楽しみにしてます!

意見、感想をお待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

街角の遊撃手


過去に注いでも何も変わらない

未来に注いでもどうなるか分からない

だが、今に尽くすことは出来る

配点《尽力》


 

 

 

 正純と別れてどのくらい経ったのか、解らない。数分か、十数分か、解らなくとも結構歩いたなという実感があり、それだけでもある程度時が経過したことを示してくれる。

 

 

「たくっ、もう少しいい場所なかったのかねえ。こんな場所に呼び出しやがって。年寄りを労ることを知らねぇのかよ」

 

 

 愚痴を溢しつつ歩くこと数分。向こうに新名古屋城と三河の町並みが見える道を横に、森の中を抜けて進んだ先に自然に出来た広場に出た。

 

 

「おーい! 酒井ぃ!」

 

 

 

「―――ダっちゃんと榊原か。なに、二人して俺を待っててくれたのかよ。いや~、ようやく俺のスゴさを理解したか。なんたって松平四天王筆頭だからな、筆頭だもんな」

 

「筆頭なら先について皆を待つくらいの偉大さ見せろよ。言っとくがお前が最後だぞ。左遷されたくせして遅刻なんていい度胸してんなあ、おい」

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて。それにしても酒井君も久しぶりだね。元気にしてた?」

 

 

 三人の先客。そのうちの一人はずっしりとした体格の大男。片や、いかにも勤勉そうな眼鏡の男。さらに大男の後ろで微動だにせず、沈着している少女が一人。

 

 ダっちゃんと呼ばれたのは東国無双、本多・忠勝。

 眼鏡の男性は能筆家であった、榊原・康政。

 

 俗に知られる松平四天王のうちの三人がそこにいた。

 

 

「ちょっと老けたなあ、二人とも。シワも深くなって白髪も増えて、もうホント爺だよ。若い頃が懐かしいねえ」

 

「くくく、言っとくが俺はまだまだ現役だぜ。昔から体力はずば抜けてたしな。ここに来る前も槍の鍛練してきたからよぉ」

 

「あーあ、まーた始まった、ダっちゃんの体力自慢。そんなの暑苦しいから他所でやれって言ってるのに、いい加減学べよ」

 

「忠勝君と比べて私は運動は苦手だったから、体力はもうないよ。今は書斎に籠って筆を走らせるくらいだね」

 

 

 かつての友を十年ぶりに拝められ、会話に華が咲く。しかし何かが足りないと気づいた酒井。

 

 

「そういや、井伊は? まだ来てないのか?」

 

「それがな、井伊君は―――」

 

「その件は他言無用だ、忘れたのか榊原。まあ、今回集まったのは色々事情があってだな。お前が左遷されてから会うのはこれが十年ぶりだろ。昔よく飲んだ店で懐かしき友と一献するのも悪かーねぇと思ってな」

 

「忠勝君にしてはいいアイディアでね。僕も同感だ。店は予約しているから、さっそく行こうか」

 

 

 その前に。と酒井が二人を呼び止めた。

 

 

「後ろの可愛い子ちゃんは誰? もしかしてだけど……ダっちゃんのこれ?」

 

「馬鹿かテメェ。俺の娘の二代だよ。ほら、十年前に一回会わせたことあったろ」

 

「あー、はいはいあの娘ね。しっかしえらい綺麗になったなあ。女ってのはしばらく会わんうちにこんな別嬪に変わるもんなのかねえ」

 

 

 女は知らない間に蛹から蝶になると誰かが言ってたが、まさしくその通りだな。と酒井は思った。

 

 十年前に会った時の幼い子供とは大きく変わり果て、もう大人といえるほどの肉体へと成熟していた。四肢は華奢ながら程よい筋肉で引き締まっており、出るところは出て、引っ込むべき所は引っ込みいる艶冶。髪は絹の如く雲鬢となりて、花顔以外に言葉が似合わぬ凛とした顔つきへとなっていた。

 

 しかし最も変わったのは肉体ではなく、佇まいだ。無邪気さから気迫。そんなものが感じられた。

 

 慶次がよく使う言葉を借用して言えば一個の『いくさ人』がそこにいた。

 

 

「酒井殿と榊原殿であり申すか?」

 

「え、うん。そうだけど?」

 

「此度、かような席に招いてくださり有り難き幸せ。拙者、本多・忠勝が娘、本多・二代と申す。十年ぶりということ故、ここで挨拶をしめていただきまつる」

 

「……」

 

「酒井殿と榊原殿のことは三河教導院でもよく耳にし、父上からも二人のことは聞いてるで御座る。何でも―――」

 

 

 二代が話している間に親父三人衆は肩を並べ、彼女に聞こえないか細い声で議論し始めた。

 

 

「……ダっちゃんが子育てするとあんな風になるのかよ。おいおい、どういう教育してんだよ。あれどうみても別の時代の武士じゃねえかよ!」

 

「だよねぇ。僕もついさっき会ったときは度肝を抜かれたよ。まさか、彼女がああも変わり果てるなんて……」

 

「なんだよおめえら! 揃いも揃ってため息吐きやがって! 案外傷つくんだからな、おい!」

 

 

 

 

「拙者、父上から剣術・槍術を指南していただき、恐れ多くも教導院一として―――」

 

 

 

 

「そもそもダっちゃん教育向いてねぇんだわ! どうせ、子供は自分で育つとか自由にさせようとか何とか言って、肝心なところで手出ししてねぇんだろ!? ダっちゃん体育会系だもんな。もう原因判明したじゃんかよ!」

 

「し、仕方ねぇだろ! 俺はそういうことは苦手で……っていうか、子はおろか、女房もいねぇお前にだけは言われたくないわ!」

 

「それ言うんじゃねえよ! 平常心装ってるけど本心はめっちゃ傷ついてるんだからな!? 言葉を選べってんだ言葉をォ!」

 

「だったらさっさと結婚しろよなあ! どうせ、もうすぐ末世だからって結婚しなくてもいいよなとか思ってんだろ? だからできねぇんだよお前は!」

 

「よし決めた! 『結婚』は禁句にするから。俺の前で『結婚』という単語は絶対に言わないこと。わかったかあ!!」

 

「ただの負け惜しみだよね、それ……」

 

 

 

「あの……聞いてくれぬのは少し寂しいで御座るが……」

 

 

 

 無視される二代の顔は捨てられた子猫のようであった。

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 左舷二番艦 "多摩"。そこは、表層部に商店街を構え、観光客向けの艦として恩恵を受けて成り立っている。観光客向けだけあって食料はもちろん日用品や雑貨品も揃い、艦そのものが店として機能していた。

 

 

「うーん、明日の打ち上げ用の食料はこれぐらいでいいですかね」

 

「にしちゃ、ちと買いすぎじゃないのかね。まあ、うちに大食らいが二人もいるから、仕方ないというか―――」

 

「ミトも慶次君も食欲はスゴいですし―――主に肉で。ですが、肉は目一杯買いましたから大丈夫ですよ」

 

 

 それぞれの手には山盛りの食材が入った紙袋。どれもこれも告白の打ち上げ料理用に買ったものだ。

 

 

「ガ、ガっちゃんや、ゴっちゃんとかい、いてくれると、良かった、けど」

 

「今頃、あの二人は艦を跨いで忙しいですよね。最近は私も契約関係やら術式の説明やらで多忙でして……、特に術式は過激なのばっっっかり選ぶもんで大変なんですよ」

 

「そりゃ、アンタの神社だしカウンターやってるのもアンタだからだよ」

 

 

 直政が呆れながら言う。

 

 

「人が逃げたらズドン。馬鹿やってたらズドン。欲しいもの目当てにズドン。これで悪印象持つなって無理な話だよ」

 

「……ふふふ、背を向けたら負けということを知らない人にちょっと教育を施した(・ ・ ・ ・ ・ ・)だけですよ。慌てるこたぁありませんよ」

 

「……その顔がブラックなことに気づかないのかねぇ」

 

 

 神社の跡取りがこんなんじゃ、何時しか誰も来なくなるんじゃないだろうか。

 しかし唯一の神社だけあって客足が止まらないところを見るとそれはないなと考えを改めた。

 

 

「でもまあ、皆さん買い物をしてるところを見ると総長の告白が気になるんですよね。ハイディさん達も告白のほうへ行くって言ってましたし」

 

「やっぱり、何だかんだ言って皆さんトーリ君のことが放っとけないんですね」

 

 

 確かに。と直政は静かに肯定した。

 

 

「世の中はやれ大罪武装だの、やれ織田だのと騒いでるけど、よくやる気になったもんだあの馬鹿。末世より告白が気になるなんて……『通し道歌』じゃないけど、怖いさね。

 アサマチは喜美んとこと付き合い長いだろ。幼馴染みとしてどうお考えだ?」

 

「どう考えって……。まあ、色々思うことはありますけど、成功するのが一番ですよね。それに親の関係もあったので、なおさらっていうか……。ですが、何故それを?」

 

「ホライゾンのことさ」

 

 

 苦笑しつつ、直政は言った。

 

 

「小さい頃はよく憶えてないけどさ、あいつらの馬鹿加減はよく憶えてる。ホライゾンは変に気を遣って内面に悩みを溜め込み、トーリはその横で悩みを抱えることなく馬鹿をやる。そこに慶次やら、喜美やら、アサマチやら……、まあ、そんなこんなで馬鹿をやる。それだけが記憶に残っていてね」

 

「ええ、生まれが複雑な人でしたからね。それでも、明るく接していたのは空元気だったのか……それとも彼女自身の素だったのでしょうか。でも、それに気づいたのは―――彼女が死んでからですね」

 

 

 うん。と皆が頷く。昔のことはそんなに記憶にないのに、そのことを忘れることなかった。いや、忘れることが出来なかったと言うべきか。

 

 ホライゾンという、クラスの中心にいた女の子のことを。

 

 

「……そう考えると喜美も慶次も馬鹿な奴さね。明日が十年目だというのに告白とは、わざわざ傷口を抉るようで酷だ。思い出したくないことも一つや二つあるだろうに。それなのに遠くで見守るなんて、やっぱり馬鹿だね、あの二人」

 

 

 だからこそ敵わない、あの二人には。何年経っても。

 

 

 

「ホラ、イゾン、や、優しい人、だったの……」

 

 

 腰に下げられた吊柵状対物センサーの金柱部が『鈴』のように鳴った。

 

 

「し、知ってるかな? これ、あ、合図なの。私、目見えない、から、触れるとき、こ、これで合図する、の。そ、それにね? トーリ君、私を呼ぶとき、『おーい』とか、『あのさ!』とか、絶対言うの」

 

「ああ、あたしらも何気に使ってるけど、小等部の時に馬鹿がそれやってるって気づいたときは、細かいところで点数稼ぐもんだと思ったけど……」

 

 

ううん。と否定する。そして小さいながらも一生懸命なその声で。

 

 

「これ、考えたの、ホライゾンと、慶次君なの」

 

「へぇ……」

 

「こ、怖がって、くれずに、出来るか、って、試して、くれたの。トーリ君、と慶次君、ホ、ホライゾンと、一緒に。だ、だから、ホ、ライゾンが、居なくなっても、……忘れなかったの」

 

 

 そうかい。と直政は言う。必死で可愛らしい鈴の表情に何も言えなかったからだ。

 それはアデーレや浅間も同じであった。まさかそんな話があったのか、と。また、彼ららしいな、という思い。

 

 鈴が彼らを好くのも無理はない。それが結論だった。

 

 

 

 

 

『さぁーて、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!』

 

 

 さっきまでの曇天を吹き飛ばすような威勢のいい声が届いた。皆が見てみれば、商店街の一角で人混みとは違った野次馬が出来ている。

 

 

「……何かあったんでしょうか?」

 

「ちと、見てみるか」

 

 

 

 

 

「さあさ、張った張った! イカサマや八百長などはもっての他! 誰が一着かは神のみ知ることよ! さあさあ、今のところ倍率は鰻登り。もう賭ける者はいないか!」

 

「おい小僧! 俺ぁ二口賭けるぜぇ!」

 

「俺は五口だ!」

 

「毎度! さあ、もういないか? だったら締め切るぞ!」

 

 

 慶次だ。場の取り巻きを左右するように、采配を振るように、あれこれ指示をしていた。

 金のやり取りからすれば、賭け事のようだ。商人から職人といった面々より金を回収しつつ、札を渡していく。

件のやり取りを左右していた慶次に、浅間は尋ねた。

 

 

「……慶次君、なにやってるんですか?」

 

「んん? なんだ浅間か……っと、他の皆も。何って見ての通り賭博だ。この後、ナルゼ達 配達業の奴等がレースするから賭けをやっておる。今日は三河やK.P.A.Italia の客も来てるからいい潮時だ」

 

「確かに人は栄えてますけど……」

 

 

 だからと言って白昼堂々、賭博なんてしないでほしい。遅刻、欠席、退席の常習犯だけあって、それは警告にも近い願いだった。

 

 

「明日はトーリの告白だろう? 成功したなら祝い席を用意する。失敗しちまったら……まあ、そのとき考えっか」

 

「……アンタ、そういうところはマメだね。いつも異様だから、そういうのは興味ないと思ってたよ」

 

「友として当然だ」

 

 

 さも当たり前のように言った。

 

 

「一人の男が好きな女と共にいたいと思いを伝えに行く。興味ない理由がなかろう。恋もまた戦。一人のいくさ人として、奴の恋路を見送ってやりたい」

 

 

 惚れ惚れとするまでに、男らしい。それが四人の感想であった。

 その男らしさに四人は、必死に顔を隠す。手で遮るのもいいが、俯いたり、明後日の方を見たりととにかく隠す。見せたくない顔だと全員が自覚している故にだ。

 

 さぁて、と慶次は骨を鳴らしつつ立ち上がった。

 

 

「トーリと喜美は―――、やっぱりあそこ(・ ・ ・)か?」

 

「ええ、昼休みの後、トーリ君が後悔通りに行くって言ってましたから……やはり」

 

「歩く気なのか、奴は」

 

 

 確認からの確信。間違いなく、トーリはあの後悔通りを踏む。慶次はそう確信した。

 そうか。と一頷き、納得したような顔でまた一頷き。

 

 

「今夜は花火、明日は告白ってか」

 

 

 そして嬉しそうな顔で空を仰ぎ見、また一頷きをして。

 

 

「祭りは好きだから、今日も明日も、祭りになるといいなあ」

 

 




意見、感想、お待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

街頭の清雅者

相手を思うと書いて相思

相手の心を受けとめると書いて相愛

では、二つを兼ねたものは何か

配点《相思相愛》




 

 左舷二番艦 "村山" 、その右舷側には貿易の際に荷物を運搬するための配送口があり、外交・交易に一役買っていた。

 輸送横町と呼ばれる通商のための町が存在しており、常に人や荷物が行き交う直線道路もある。

 

 そこで有翼組のマルゴットとナルゼは働いていた。

 

 

「明日はいよいよソーチョーの告白だね。成功するといいなあ~」

 

『……何で貴女が嬉しそうなの?』

 

 

 通神越しにナルゼは半目で睨む。現在、ナルゼは村山艦上空を箒で飛行中、マルゴットは箒や荷物を押し込んだカートをゴロゴロ押して移動中。通神越しの半目は離れてながらも中々の破壊力があった。

 

 

「だって告白だよッ? しかもソーチョー! どこかのモブがするよりずーーっと楽しい告白になりそうだよ!」

 

『解らなくはないけど……あの男だからこそ、先が思いやられるのよ。だけど、それだけじゃないでしょ、嬉しいことって』

 

「うん! "山椿(ヴィルトカメリー)" の姐さんから "見下し魔山(エーデルブロッケン)" の航空装備テスターの推薦貰ったの。これで "黒嬢(シュバルツフローレン)"をカスタムするんだあ! あっ、ガっちゃんの "白嬢(ヴァイスフローレン)" ももちろんカスタム出来るよ!」

 

『それは嬉しいわね。ちょうど改造したいと思ってたところだし』

 

 

 すると、ナルゼ側に新たな声が生まれた。通神である。

 

 

『先輩方、この後のレース頑張ってくださいね! 後輩一同、応援してます! なんたって、部費賭けてるんですから!』

 

『部費、ねぇ。ということは、やっぱり慶次が?』

 

『はい! 多摩で前田先輩がレースの賭けしてるんですよ! 私、先輩達に全額賭けたんで、絶対勝ってくださいね!』

 

『ええ、もちろんよ。勝ちを譲る気はないわ』

 

 

 後輩の通神が切れると同時に、マルゴットがキャピキャピと嬉しそうに微笑み始めた。通神越しでも解るほどに頬を紅潮させ、ウフフウフフと笑いが止まらなくなってる。

 

 やや引いてるナルゼ。親友として放っておくのもアレなので、思いきって聞いてみた。

 

 

『……マルゴット、なに。どうしたの?』

 

「さっきね、昼休みの後にね、ヨ、ヨッシーがね、『頑張れよ』って、……お、応援してくれたのッ!」

 

『……へぇ』

 

 

 嬉々として話すマルゴットは恥ずかしそうに顔を隠してイヤらしく身体をくねらせる。さすが梅組内乳度ランキングでは上位に食い込む強者だけあって、巨乳でスタイルがいい。ナルゼはそこにちょっと嫉妬する。

 

 

「そ、それに、正面でだよ! 正面から目見て『頑張れよ』だよ!? ナイちゃんちょー嬉しかったなあ! ねぇガっちゃん聞いてる!?」

 

『うん聞いてる聞いてる』

 

 

 マルゴットはこう見えて肉食系だ。夜は完全に向こうのペースになることがしばしばある。昔はそこまで肉食ではなかったが、『いつかヨッシーを二人の共有財産にしない?』って言ってた時代が懐かしい。

 

 それは今も健在なのだろうかと、一つからかってみた。

 

 

『どう? 総長の告白に便乗してマルゴットも告白する? 付き合ってくださいとか何とか言って慶次となっちゃう(・ ・ ・ ・ ・)?』

 

「え、えぇ!? そ、それは……、もぉ~、ダメだってガっちゃん。だって~、だってね? ナイちゃん恥ずかしいもん……」

 

 

( やばっ、何この生き物可愛い……! )

 

 

 鼻血が出そうになるのを我慢して、ネタ帳に綴る。純情マルゴットは未だひくことのない赤顔でニコニコと微笑んだ。何だかんだで幸せなマルゴットである。

 

 そんな時、ふと足を止めて立ち止まった。

 

 

「ガっちゃん、そこから武蔵野見て、……喜美ちゃんいる?」

 

『Jud. ―――いるわよ。あれから階段前から動いてないもの。……それと、慶次もね』

 

「へ?」

 

 

 のどけた声一つ。見れば確かに座り込む喜美の側に近寄る人影が一つ。長い太刀、金と緋の羽織が目印の慶次であった。

 ここからだと仲睦まじく、いい感じの二人。幼馴染みだけあって仲がいいのは構わないが、ちょっと近すぎるのではないかと思う。

 

 嫉妬と怒りにかられるのはいい材料であった。

 

 

「むぅ~、妬いちゃうなあ。……ナイちゃんのものなのになあ」

 

『それはないわよ』

 

 

 そんなぁ。と眉尻を下げ困り顔。だが、どこか怒った顔にも見える。

 それにだ。どれだけ好いていてももの(・・)扱いはいくらなんでも行き過ぎだろう。独占欲もいいところだ。ナルゼはマルゴットの将来に不安を感じた。

 

 

 

 

 

「ど、どうしたんだマルゴット。そんな怖い顔して……」

 

 

「……セージュン?」

 

 

 横入りしてきた声、それは三河帰りの正純だった。

 後悔通りに行くためにも村山を通ろうとした際、お仕事中のマルゴットを見かけ、声をかけようとしたのだ。だか、声なんてかけなければよかったと改めるほど、マルゴットの顔は怖かったのである。

 

 

「み、見るからに般若みたいなんだが……。ナ、ナルゼ、不機嫌なマルゴットを何とかしてくれないか。私じゃ、何となく、無理そうだ……」

 

『……そうね。マルゴット、そのへんにしなさい。正純がビビってるわよ』

 

「はーい。……ゴメンねセージュン。ちょっぴり怖がらせちゃった?」

 

「いや、大丈夫だが……なにか、あったのか?」

 

 

 ちょっと、ね。と歯切れがよくないマルゴット。その真意を聞こうとした正純だが、してはダメだという直感とナルゼの目線が正純を踏みとどまらせた。

 

 世の中には、知らなくていい事もあるものだ。

 

 

「あ、そうだ。セージュンに渡さなきゃいけないのがあるんだった。―――はい、これ。怖がらせちゃったから仲直りの印」

 

「ああ、ありがとう。……なんだこれは?」

 

「最後の急ぎの荷物だよ。ええっとね、『絶頂! ヴァージンクイーン・エリザベス ~初回限定版~』って、伝票にあるんだけど、これ頼んだの間違いなくソーチョーだよね? 一応、生徒会宛てだから、セージュンに渡すのもいいかなって」

 

『……しんみりしたいのかツッコミたいのかどちらかにしなさいよあの男……。っていうか、今朝のが最後のエロゲにするって言ってたわよね』

 

 

 深いため息を吐くナルゼに、すまない……。と謝意を示す正純。同じ生徒会役員のことだけあって、謝らずにはいられなかった。

 

 

「それにね。今夜、皆集めて教導院で肝試ししようって話なんだけど、セージュンはどうする?」

 

「いや、それなんだが遠慮しとく。生徒会の人間がそれでは生徒に示しがつかないしな」

 

「そっかあ、それじゃ仕方ないね。―――だったらさ、ソーチョーに会ってくれないかな? 今は後悔通りにいるだろうし」

 

「後悔通りか。それならこの後調べようとしてるんだが―――何故だ? 何で会っておいたほうがいいと?」

 

 

 その問いにマルゴットは、そうだなあ。と僅かに考え、頭を唸らせた。

 

 

「明日のソーチョーの告白に付いていけるかなって。セージュンも梅組の仲間だもん。仲間外れは嫌でしょ?」

 

 

 ―――Jud. と。了承と感謝をこめたJud.だった。

 

 すると下から上へ、吹き抜けの突風が正純らを襲った。

 振り向けば、数多の男女達が箒や器具、また翼を用いて空を翔ている。

 

 

「こ、これは……一体何だ!?」

 

「配送業の皆がやってるレースだよ! さっきは聖連の監視があったけど、無くなったから皆やりたくてウズウズしてたんだ! ヨッシー主催の賭博大会もやってるから、参加してみたら?」

 

「賭博か……。まったくアイツは……」

 

 

「来いよ 、"双嬢(ツヴァイフローレン)"!  次こそは勝ってやるぜぇ! 年寄りの威厳見せてやらぁ!!」

 

 

『 "提督(アルミランテ)" ったら、もう六十近いってのに元気なのよねえ。さて、マルゴット。かつてのエースに新米エースの力、見せるわよ!』

 

「うんうん、皆やる気だねぇ! じゃ、セージュン、荷物ちゃんとソーチョーに届けてね?」

 

 

 あ、うん、と頷く正純に手を振りつつ箒を使って空へ。

 一気に加速からの上昇、武蔵の空へと飛び立った。

 

 

 

( うーん、いい風だなぁ―――よーし、ナイちゃん頑張っちゃうよ!!)

 

 

 

 さらに加速。他の面子より速く、そして楽しく、マルゴットは武蔵の空を突き抜けた。

 

 

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な愚弟。怖かったら引き返してもいいのに、無理しちゃって」

 

 

 とは言うものの、その後ろ姿を誰よりも心配そうに見つめる奴のどの口が言えるのやら。

 一番怖がってるのは、何より自分ではないのか。

 

 

「愚弟……」

 

「トーリが心配のようだな」

 

 

 と、現れたのは慶次だ。目一杯に詰め込んだ紙袋からパンを引き抜いては口に含み、食す。遅れ気味の昼食である。

 

 

「黄昏る女はいい絵になるもんだ。特にモデルが美人なら、尚更よ」

 

「……あら、中々饒舌な傾奇者さんね。でもそんなクチじゃ、この賢姉様は振り向かないわよ?」

 

「別に口説いちゃいねぇ。ただ褒めただけだ」

 

 

 よっ、と喜美の隣に座ったと思いきや、体を反転させてゆっくりと膝元へと倒れる。俗に言う膝枕だ。これには喜美も驚いた。

 

 

「ふぅー、ここにいい枕があるな。柔らかく、いい匂いだ。なるほど、お前の膝は一品のようだ」

 

「……ふふふ、遠慮無いわね。賢姉様に許可もとらずに膝枕だなんて、高くつくわよ」

 

「後でまとめて払ったやらぁ。……うん、いい眺めだ」

 

 

 慶次の目線の先、そこは青空だ。だが視界の大半に、いい形をした喜美の双丘が映り込んでいた。

 むふふ。と助平な一笑、そして顎を撫でつつ双丘を鑑賞。なんとも淫猥な男だ。

 

 

「上から見るのもいいが、下からもまた一興だな。いつもとは違った景色が見えるものよ」

 

「アンタったらホント、オパーイ好きよね。愚弟と同等クラスよ、それ」

 

 

 梅組には乳に関して手厳しい者ばかりだ。慶次もまた、トーリに並ぶ巨乳好きであった。

 そんな慶次に喜美は言いたいことがあった。

 

 

「愚弟……、トーリの告白、どう思う?」

 

「勝手にやってろ」

 

 

 冷徹な態度で、そう返された。

 

 

「あいつがやろうとしてる事に、首を突っ込んであれこれ言っても仕方なかろう。あいつがやると決めたなら、それを応援するまでよ」

 

「……アンタ、ツンデレにも程があるんじゃない?」

 

「そうかもな」

 

 

 隠さないわね、と喜美は思った。こうは言ってるが、慶次だってトーリが心配なのだ。でなきゃ、ここまで来ることもなかっただろうし、こんなところに長居することもなかったはすだ。

 

 

「数奇だな」

 

「?」

 

「告白だよ。明日で十年目。なのに一転するようにあいつがコクるなんて言い出したんだ。最初は耳を疑ったもんよ」

 

「……そうね」

 

「告白において思い出は伽となる。奴の中にはまだあいつのことが残ってるだろうよ。それが告白時に爪を出してくんじゃねぇかなって考えてな」

 

「だとしたら、愚弟の決断も相当なものよね。だから―――、だから、今日に限って後悔通りを歩こうなんて言い出したのよ」

 

 

 恐ろしいわね、と率直な意見。それは慶次もまた、同感のようで目が語っていた。

 すると、固唾を飲みつつ、口元を捻った。やや考えるそぶりをして。

 

 

「トーリは―――

 

 

 

 好きだったんだろ、ホライゾンのことが」

 

 

 

「……そうね」

 

「俺も、ホライゾンのことが好きだった」

 

「………知ってたわ」

 

 

 やや長い間があったことに、喜美は自覚していなかった。

 そして慶次は言葉を綴った。昔話をするように、優しい語り方で。

 

 

「小等部の頃、初めて会って好きになってな。まあ一目惚れってやつだ。だが、いざ話してみればその中身に惚れていった。初恋だった」

 

 

 慶次は淡々と言葉を並べるが、なんだろう。これがやきもちというものだろうか。胸が苦しくもやもやとした感情。嫉妬にも似て、喜美は自然に顔が厳つくなるのを感じた。

 しかし、それが顔に出ることはなかった。

 

 

「ホライゾンは―――弱いのに芯があって、逞しかった。優しいところもあったから、皆から人気もあったな。だから、好きになった。当然、コクろうとした」

 

 

 だが。と声が重く下がり、トーリが向かった後悔通りの方向を見つめる。一見してから、また喜美の顔を覗いて。

 

 

「ホライゾンの目には、トーリしか映っていなかった」

 

 

 一瞬の沈黙。だが、二人の間に流れる時間は数分にも、十分にも感じた。

 

 

「どれだけ声をかけても、どんなにアプローチしても、―――ホライゾンが見つめるのはトーリだ。トーリが憎かったもんよ、あの頃は。好いた女が俺より格下の男を好きになったんだ。子供ながらに嫉妬したさ」

 

 

 なんせ、相手が相手だからな。と一心にボリボリと頭を掻く。恥ずかしさを掻き消すように、ただただ掻く。

 

 

「……そして、トーリもホライゾンに惹かれていった。ホライゾンもトーリが気になり、そこに俺が混じる。文字通り三角関係ってやつだ。今思えば、結構モテたんだな、ホライゾンは」

 

 

 困ったようにはにかむ。いつも魅力的な笑みではなく、故意を感じさせる作り笑顔だった。

 

 

「コクってもフラれる。そう確信していた。だから手を引いた。それに、……トーリならホライゾンを任せられると思ってさ。

 ただ武器を振り回すことしか出来ない俺とは違って、トーリは人を笑顔に出来る。俺と違って容易くホライゾンを笑わせられる。だからこそ、トーリにホライゾンを任した」

 

 

 自虐気味にクスッと笑う慶次に対して、どこか不機嫌でむすっとした喜美。しかめっ面に加え、重いため息を長く吐いて呟いた。

 

 

「―――馬鹿ね、アンタ」

 

「ああ、馬鹿さ」

 

「違うわよ馬鹿。アンタ、傾奇者なんでしょ? 己が道を突き進んでこそ傾奇者でしょうよ。なんでコクろうとしないかったの。愚弟なら任せられる? 自分じゃ彼女に値しない? いえ、違うわ。

 

 

 

 

 

 アンタはフラれるのが怖くなって逃げた。それだけよ」

 

 

 

 

 

 それは、おしゃれ好きなベルフローレでも、ドSな賢姉様でもなく、『葵・喜美』としての、言葉。一言の重みが違った。

 

 

「……そう、かもな」

 

 

 喜美の一言に慶次はただ項垂れることしか出来なかった。事実だからだ。故に何も言い返せなかった。

 

 トーリに勝ちを譲ったのではない。戦う前に負けを認めたのだと、喜美は言いたかった。そして慶次は、それに初めて気づいた。それを気づかせてくれた喜美に感謝する。

 

 

「……やっぱりお前、いい女だわ」

 

「当たり前でしょ。私は元々『いい女よ』。それをお忘れ?」

 

「忘れてなんかいねぇよ。いい女だ。それでもっていい膝枕だ。また今度やってくれないかね」

 

「……ホント、馬鹿な人ね」

 

 

 先程とは違った『馬鹿』。侮蔑ではなく、親しみやからかいの意味での馬鹿だった。その意を読んだ慶次もまた、いい笑顔で返した。

 

 

「ホライゾン……天国からトーリの告白見てくれてるかねぇ」

 

「見てるわよ。意外に世話好きだったもの」

 

 

 ならいいな、と慶次はすくっと起き上がって吐息と共に背伸びし、首を左右にコキコキと揺らして座する。喜美に並ぶように座り直し、階段上を見て一言。

 

 

「おいおい。教師が盗み見とは、生徒に示しがつかないじゃないのかね?」

 

「……もしかしてバレてた? なによ、面白くないわね」

 

 

 ぶーぶーと文句を垂れつつひょこっと表れたのは我らが担任、オリオトライだ。

 その手には酒瓶が一つ。顔が赤く朱色を帯びてることから封はすでに切られているようだ。

 

 

「ふーん、武蔵一のモテ男と傍若無人な賢姉さんがこんな真っ昼間から何してんの? もしかして逢い引き? いいわねー、若いって」

 

 

 よっこいしょ。と女性らしくもなく、大胆かつ股をおおっぴろげに広げ胡座で座り込んだ。

 

 ……何故か、慶次の隣にだ。

 

 

「ふふふー、もうちょっとそっちにいってねー。うん、丁度いい」

 

「……先生? こっちはキツいんだから遠慮してほしいわね。それと、……何のつもりかしら?」

 

「ううん? べっつにー? 私ただ座ってるだけなんだけどー?」

 

 

「「………」」

 

 

「二人とも、もうちっと離れてくれ。暑くて堪らん。―――お、何故だか知らんが正純も後悔通りへ行ったぞ。ありゃ、トーリと鉢合わせもあるかもな」

 

 

 森を見ていたせいか、慶次の意識が二人に回ることはなく、したがってバチバチと火花を散らす戦禍を見ることもなかった。仕舞いには舌打ちが聞こえてきそうだ。知らぬが仏とはこの事である。

 

 二者の小競り合いを置いといて慶次は、さて。の一声と共に立ち上がった。

 

 

「そろそろトーリが後悔通りから出てくるだろうし、迎えに行こうか。先生も来るだろ?」

 

「……あらあら、お邪魔虫が同行しちゃっていいのかしら。ねぇ……?」

 

「……別にいいわよ。私は寛容だもの。水に流してあげるわよ先生」

 

「? 何の話だ?」

 

 

 教えないわ。とここは息が合った二人。どこか勿体つけたような態度に、慶次は首を傾げるが、すぐにまた笑みを浮かべ直した。

 

 

「ふふふ、先生? 女の髪は手櫛なんかでやっちゃダメよ。手だとすぐ痛むし、何より髪は女の命なの。ほら、後ろ向きなさい。整えてあげるから」

 

「えへへ……懐かしいわね。昔、よく近所のおばちゃんにこうしてもらったのよ。喜美ったらそのおばちゃんにそっくり」

 

「失礼ね。私はまだまだ現役よ」

 

 

 そこには、年の離れた昵懇(じっこん)の姉妹にも見える喜美とオリオトライの姿があった。

 

 

 

 




マルゴットはどこか嫉妬深い所があると思ってるのは私だけでしょうか? ちょっと病んじゃってるレベルかなと。
ナルゼはそんなマルゴットのストッパー的な存在です。


この調子でいくとなんか喜美が本妻ポジションになりそうです。でもまあ、慶次にとって最も心を打ち明けやすい女性として映ってますから。


意見、感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

道中の迷い人

力ある者は必ずしも

上を目指さなければならないのだろうか

その場に留まることを知らないのか

配点《実力》


 

 

 正純は森の中にいる。日は照高く南に、時刻は午後を過ぎた辺り。草を掻き分けるように進み、足が絡まるところで一言。

 

 

「私って、方向音痴なのかな……」

 

 

 一年前辺りにも同じような体験をしたことがある。二回行って二回とも迷うとはもはや方向音痴 以外の何物でもない。そうだろうな。という自覚も芽生えていた。

 

 

「後悔通りに行きたいだけなのに……近道なんてしなければよかったな……」

 

 

 女店主の言葉に従ってちょっと調べようとしてこの様。横へ入って少し歩けばすぐ教導院に着いてトーリに小包を渡す予定だったのに、どうしてこうなったのやら。

 

 

「これじゃあ、自分から神隠しになりに行ってるみたいだな。……"公主隠し" は―――御免だがな」

 

 

 近年増え続ける怪異。数ある怪異の中でも謎に包まれたのが公主隠しだ。怪異を装った誘拐犯の犯行、はたまた、これも歴史再現の内だと噂する者もいたが、真相は分からず終い。

 術式を使えば見つけることの出来る神隠しとは違い、その人物が痕跡も残さず消滅してしまうのが特徴だ。

 

 母もまた、その公主隠しによって消えた犠牲者である。

 

 一年以上が経つ今でも、あのときの喪失感は忘れられず、後に染みてきた後悔は新しい記憶として胸に留まっている。一人になることを恐れ、そんな時間さえも作りたくないと怯えている。

 

 だからこそ、早く後悔通りへ行きたい。ここにいて神隠しに遭遇したらどうしようと疑心の意さえ生じてきた。

 

 けれど、現実は非情である。

 

 

「……通りはどこだあ。誰か助けてくれぇ……」

 

 

 心細さからか、いじけるように愚図り始める。

 それでも歩みを止めず。

 

 

「あ、あれは―――」

 

 

 小さいスペースを持つ小さな小屋。中にあるプレートには "御霊平庵" と書かれており、正純はこの小屋が鎮魂のために作られたものだと確信した。

 

その先、木々が重なるその先に大通りが一つ。教導院にも繋がる木のトンネルに沿う道。

 

 その名を "後悔通り" と言った。

 

 十年前、この通りで一人の少女が死した際に、そう名付けられた道だと聞く。だとすれば、その少女こそが『後悔』の正体なのであろう。

 

 そして、御霊平庵もその死と後悔のために鎮座しているのかと。

 合掌くらいするか。そう思った矢先、歌が聞こえる。通し道歌である。

 

 

「―――P-01sが歌っているのか?」

 

 

 今日は何かと彼女の歌を聴く。安らぎと癒し、その二つを兼ねた歌声が正純の不安を和らげるように森全体へ響き渡る。

 

 

「いい声だな……」

 

 

 朝は決まって、彼女を歌を聴いてから登校するのが学生の通となっている。正純もまた、一日に一回から二回は聴いて登校するのが毎日の日課でもあった。

 

 さて、そろそろ行くか―――、と。

 

 

 

 

 

「正純、こんなところで一体何をしてるんだ?」

 

 

 新たに響く声はよく知っている声。だが、正純には身をすくませる声でもある。話しかけれただけだと言うのに、その声には厳格さが滲み出ていた。

 

 

「父、さん?」

 

 

 暫定議員であり、自分の父でもある本多・正信その人であった。

 

 

「こんな時間に、ここで何をしている?」

 

「―――武蔵のことで、まだ解らないことがありましたので、実地を調査をと……」

 

「なるほど……。では、森の中にあった小屋、あれについて何か解ったことはあるか?」

 

「え……?」

 

 

 予想だにしなかった答えが返ってきた。いつもならば、そうか。とか、無言で立ち去るのが普通だったが、より真相を追求するような問い。突然のことに正純は即答出来なかった。

 

 

「―――あの休憩所に、何か?」

 

「……知らないか。勉強不足だな、何一つ理解がないとは」

 

「………はい」

 

 

 シュンと、叱られた子供のように項垂れるしかなかった。

 

 母の死から一年は経つが、父とは視線も合わせず、言葉も交わせずの一年。その間、子として愛されたことも、政治家として育まれたことも、ない。

 もはや自分のことなど、どうでもいい。そんな気がしてならなかった。

 

 

 

 

「しかし、御子息、何やら面白いものを持たれてますな」

 

 

「え? (……これのことかぁ――――ッ!?)」

 

 

 左脇に挟んだ小包。マルゴットがくれた生徒会宛のエロゲである。父の友人で、武蔵一の豪商である彼が、何故この爆弾紛いに興味を持つのか正純は理解できなかった。

 

 

「私の商売では、『そういうモノ』なども扱っているんですよ―――初回版とはまたレアなモノをお持ちで。もしよければですが、譲ってくださりませんかね」

 

「あ、あの、これは、友人のでして―――」

 

「ふむ、よくわからんが差し上げろ」

 

 

 

 無理だ、出来ない。―――それが率直な意見だ。

 

 これは私のものではない。本来なら、この武蔵艦から天空へ向かってスパーキングさせたいが、それはトーリを売ることと同類だ。

 

 例えエロゲでも、あいつに取っては一生ものの宝物なんだ、と。

 

 

「友人のものだというならば、この後に買って届ければいい。相手は気づかん」

 

「で、ですが、これは、実は友人のものでして……」

 

「正純」

 

 

 これが最後の通告だ。と言わんばかりな表情に声。正純はその身に凄みを感じた。

 

 渡してしまおうか。そのほうが楽だろう。トーリには悪いと思いつつ小包を―――

 

 

 

 

 

「おっしゃセージュン奇遇だなあ―――!」

 

 

 突如、父と正純を遮るように一つの影が飛び出してくる。やけに張りきった声。だが、どこか空元気にも感じる声である。

 声の方向を見れば、青白い幽霊顔のトーリではないか。

 

 

「お、お前、何でそこから……というより顔色悪いぞ!? 大丈夫か!?」

 

「あーあー、大丈夫大丈夫。運動したから汗かいただべ。ちょっと走ってただけっぺよ」

 

「落ち着け。なんかどこの方言かは知らんが、とにかく落ち着け!」

 

 

 少々、興奮かつ動揺しがちのトーリに心配するが、すぐに顔色を一変して目を輝かせた。視線の先は己の脇の小包、カモフラエロゲだ。あ、と正純は頼まれ事を思い出して。

 

 

「マルゴットから、お前に宅配物を頼まれてたんだ。ほら、その……とにかくほら」

 

「マジかよ! あんがとなセージュン。いやー、来んのおせーからどうしようと思ってたけど、届いてよかったー!! おおー、愛しの女王様ー! んちゅー(^3^)」

 

「具合悪かったんじゃないのか……」

 

 

 一心にカモフラエロゲにキスするトーリにどう対応すればいいか解らず、戸惑る。そしてやがてキスを終えたトーリは。

 

 

「よしセージュン。俺、明日コクりに行くから今夜教導院で前夜祭するんだけどよ。お前も来いよ。女王様届けてくれたお礼に特等席から見せてやっからよ」

 

「無理だ、大体校則違反だぞ! それに今夜は三河の花火を見に行く。悪いが、前夜祭は行けそうにない」

 

「ちぇ、しょーがねぇなあ。俺のコクる人、セージュンもよく知ってる人だから来て欲しかったんだけどな」

 

「はあ? 知ってるって……一体誰だ葵! それと私に迷惑掛かんないよな!? だよな、葵ィ!!」

 

 

 どーだろなあ~。そんな捨て台詞を残してトーリはくねくねしながら去っていった。

 

 

 

「も、申し訳ありません……。クラスメイトが邪魔してしまって……」

 

「いえ、別に構いませんよ。それに―――まさかここで後悔通りの主が来るとは……そういえば、もう十年ですな」

 

「後悔通りの、主……!?」

 

 

 正純の問いかけに商人は横目を向けてきた。

 その目線の先は、対面の歩道にポツンと寂しく鎮座している石碑。

 

 

「あそこに石碑があるでしょう。公にはなっておらぬのですが、昔ここで一人の女の子が事故で亡くなりましてな。その女の子の名は、……『ホライゾン・A』」

 

 

「ホライゾン……?」

 

「三十年くらい前でしょうか、元信公が三河の頭首になった際に、MATSUDAIRA(マツダイラ)からARIADUST(アリアダスト)へと、逆さ読みにした松平から頭文字を削ったのです。もはや松平の姓の加護は要らぬ……と、聖連への恭順を示すように」

 

 

「アリアダストって、教導院の名じゃ……!」

 

「ええ、その通りです。無論、聖連は元信公の意思を認め、姓を戻させましたが、その姓は幾つかのものに残りました。教導院も然り、その姓を用いる子というのは―――」

 

 

 今まで黙っていた父が、商人の言葉を奪うようにして、こう言った。

 

 

「聞いたことがないか? ―――松平 元信公には内縁の妻と子がいたと。その子が『ホライゾン・アリアダスト』だ。……憶えておけ、勉強不足にならんためにな」

 

 

 

 はい。とは言える状態ではなかった。

 とにかく理解しようと頭は精一杯だった。教導院の名の由来、松平公の公に出来ぬ話、そして何より、見たことのない父の説い。

 だが、話はまだ終わらない。

 

 

「そして十年前、武蔵の改修を決めた式典に出席する道中、元信公の乗る馬車とホライゾン嬢はここで衝突……。その後、松平家によって現場は回収され、武蔵には遺体も、遺品さえも来なかった。そういえば―――明日だったな、事故が起きた日は」

 

「はい。ですが、後悔通りの主にとっては後悔の連続、むしろリアルタイムなのでしょうな。何年経とうが、彼の頭の中は常に当時のまま。―――彼がホライゾン嬢を殺してしまったようなものですから」

 

 

「は…….! それは、一体どういうことですか!彼が、葵が殺した、って!」

 

 

 皆が言ってた秘密とは、このことを指してるのだろうか。

 女店主も酒井も皆して口を揃え、言っていたこの道の秘密というのは。

 

 

「後悔トーリ(通り) ……。『トーリ』と『通り』の二重の意味を持つ道。誰が名付けたかは知りませんが、皮肉なものですなぁ。―――彼もまた、ホライゾン嬢共々に事故に巻き込まれました……でも、三河から戻ってきたのは治療を終えた彼だけ。彼女は……戻ってくることはなく、来たのは、死んだという悲報だけでした」

 

 

「………」

 

 

 何も言えなかった。頷きの言葉も、悲しみの嗚咽もなく、何も口に出来なかった。

 

 大切な友人を失ったというのに、過去を忘れた訳ではあるまい。なのにトーリは何時ものようには笑い過ごしている。正純にはそれが理解出来なかった。

 

 

「彼は……、葵は、友人を亡くし、後悔を背負って尚、笑えるのでしょうか。人々は、何故彼を支持するのでしょうか。……私には、解りません」

 

 

 少なくとも、自分は笑えなかった。

 母を公主隠しで亡くした時は、一週間は人知れず泣き、一ヶ月は暗い表情で過ごした。それは今も同じだ。母を思い出すと目から溢れそうなことが多々ある。

 

 けれど、ホライゾンを目の前で亡くしたのに、彼は笑えている。十年という歳月が悲しみを薄めたのか、彼自身の性が忘れていったのか。

 

 

「それでも、彼が立ち直られたのは彼の姉と、慶次さんのおかけでしてな」

 

「慶次が……?」

 

 

 

「知りたいか? なら自分で調べるんだな、正純」

 

 

 父は言った。商人の言葉を妨げるように、そして言葉を奪ったように。

 

 

「ここで私から言ってもいいが、それでは何も得られない。自分で見つけるからこそ、価値はある。それ以上知りたいのなら、踏み込むんだな、彼の後悔の行き場に。―――おっと、会合の時間に遅れる、ここまでだな」

 

 

 あ。という間に教導院方面へ馬車を走らせる。

 置いていかれた。という思いが、何故か心に残った。ただ一つ、解るのは。

 

 

 

「……私はまだ何も分かってない、ということか……」

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 空に一隻の船。

 

 

 武蔵アリアダスト教導院の校章を付けた警護艦とすれ違うように西から東へ、一隻の艦船が過ぎ去っていく。

 

 舷に刻まれたアルカラ・デ・エナレス教導院の校章、即ちそれは、三征西班牙(トレス・エスパニア)に属する艦船であること。漆黒の長方形の艦が他艦を威圧し、その黒の輝きを放っていた。

 

 舳先近くには一組の男女。背が高く金髪の少年と、背が低く黒髪、両の義腕で持った少女が立っていた。

 

 

「あれは―――東国最強、本多・忠勝の娘、本多・二代ですね。三河教導院在籍、三河警護隊隊長だとか……」

 

「なるほど、彼女が……。本多公は御息女への襲名をお考えなのでしょうか?」

 

「どうでしょう。ですが、考えたところで無駄かと。それよりもっと前へどうぞ、宗茂様。八大竜王として大罪武装を任された身として、前へ出ることが他国への牽制にもなります」

 

「ええ、十分に承知してます。―――今の私は他国に見せびらかす兵器のような存在。もはや、八大竜王の名さえも他国の抑止力にしか役立てませんので」

 

 

 どこか自虐染みた台詞に、誾は感情的にはなれず、無言を貫く他なかった。

 どう返せばいいだろう。そんな気遣いに似た感情が脳内をグルグル回ってく内、返す言葉さえも見失ってしまった。

 

 愛する者が困ってるのに、この様。隣に立つ資格なんてない。とうとうそんな悲哀な思いさえも生じてきた、その時だ。

 

 

「しかし、彼女、見事な身体ですね……ぐぶっ!?」

 

 

 横より拳が一発入った。右のストレートである。

 

 

「ちょっ!? 何するんですか誾さん!」

 

「……いやなに。ちょっと教育(・・)が必要かと思いまして」

 

 

 悲しみは消えたようで、ゴスッゴスッとさらにもう数発。両の義腕でのスパーリングが宗茂の胴に入った。

 

 

「い、痛い! 痛いですって! 誾さんどうしたんですか!? ホントに痛いんですけど!?」

 

「………」

 

「す、すいません! 何か怒らせたなら謝りますからすいません! だから殴るの止めてくださいッ!」

 

「……Tes(テスタメント).」

 

 

 

 

 

「いつつ……。い、いきなりどうしたんですか?」

 

「いえ……何も」

 

 

 分かっている。彼はそんな男ではない。そのことは十分承知しているはずだ。彼はただ、武芸者として彼女(二代)を誉めただけである。不純な気持ちなど更々ないだろう。

 

 なのに、それだけのことで手を出してしまうなんて、自分はなんて嫉妬深く、短絡的な女なのだろうか。これが夫婦の片割れがすることなのか。誾は自分で自分を殴りたかった。

 

 そんな誾を見て宗茂はクスッと軽い一笑を浮かべて。

 

 

「嫉妬ですか? 誾さんも随分可愛いところがあるんですね」

 

「もう一度食らいます?」

「い、いいえ、冗談ですよ……」

 

 

 遠慮しときます。と困ったように微笑む宗茂は覗き見るようにして、また微笑んだ。

 

 

「ですが、そんなところを含めて私は好きですよ」

 

 

「……バカ」

 

 

 ポスッと宗茂に当たったパンチは軽く、誾の精一杯の照れ隠しであった。

 

 

 




立花夫妻……他人事ながらニヤニヤが止まりませんな。末永く続くことを願います。

意見、感想、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗闇の迷惑者

怖くてもよい

立ち向かう勇気さえあれば

臆病ではなくなる

配点《自覚》


 

 

「ねぇ、知ってるかい? この時間、出るんだよね(・・・・・・)……」

 

「で、出るぅ!?」

 

 

「しかも飛びっきりのマジなやつがね。一年じゃ話題沸騰中の怪異なんだよ」

 

「ま、まさか、ここじゃないわよね!? 出る場所って、この教導院じゃないでしょうね!?」

 

「さぁね、あくまで噂だよ。それに、ここに集まってもらったのはそれを確かめるためだ。でも、気をつけてね。特にお二人さんは」

 

「「な、何が……?」」

 

 

「それはね。霊は一番怖がってる人に憑くって言うんだ。だから、……気をつけてね?」

 

 

「「ひぇぇぇえええええ!!??」」

 

 

 甲高く、それでいて喧しい声が夜に響く。月にも届くような絶叫に皆はやれやれと肩を竦めるが、二人は全身を恐怖でひきつらせていた。

 

 

「こ、こここの鬼畜眼鏡! け、賢姉様の泣き顔を見たいだけで嘘つくなんて、ホント眼鏡は鬼畜ね! そんな眼鏡なんて私が踏み潰してやるわ!」

 

「半分眼鏡の罵倒になってますけど……」

 

 

 しどろもどろの賢姉様。いつもの余裕はどこへ行ったのやらと言わんばかりに取り乱す。どもる声、困り眉、焦点が合わぬ涙目が、彼女の心情を的確に具現していた。

 

 

「鈴さん! 鈴さん、大丈夫ですか!?」

 

「ばたん、きゅー……」

 

 

 盲目故に常人を越える想像力が生み出した幻想が、鈴の脳裏へハッキリと映し出されたようだ。まるで怯え縮まる小動物のように、アデーレに寄り添う形でガクブルと震えていた。

 

「ほら見なさい! 鈴が怖がってるじゃないの! アンタみたいな同人作家でも心の片隅に良心の呵責があるなら今すぐ止めなさいこれは命令よ!」

 

「というか、こんな夜に出来ることなんて怪談以外ないんだよね……」

 

 

 時刻は夜。場所は教導院前、校庭の上に架かる陸橋上。

 

 夜の教導院は昼間とは違い、灯りが射し込みにくく恐ろしいほど不気味だ。節電を心掛ける武蔵総艦長の発令で、付けっぱなしは厳守。してしまうと、翌朝、逆さ吊りで通学中の生徒の晒し者にされると噂されている。

 

 況してや、こんな時間に夜勤なんてしている教員など居るわけもなく、生徒全員が帰宅したのを確かめると、後は電気を切ってさよなら。つまりは無人無灯のホラースポットに早変わりなのだ。

 

 

「教導院はトーリ君が何やら準備があるから誰も入れないようにと釘を刺されてね。だから、こうして退屈な時間を過ごすため怪談やろうって話だったけど……早速、脱落者が二人。無理なら参加しなきゃいいのに」

 

「ふふん! この私が直々に厨二作家の作品を聞きにきたのよ! そこは空気読むなり気を使うなりしてなるべく怖い話なんてしないであげようという慈悲の一つや二つしなさいよ!」

 

「一体何を聞きに来たんだい君は……」

 

 

「相変わらず喜美は苦手ですねー……。小等部からこの手の話は人一倍嫌っていましたし……」

 

「怪談の『か』の時点で顔ひきつらせたよねー。……なんていうか、ビビり?」

 

「喜美の唯一苦手なものよね。まあ、おかげでネタになったわ」

 

 

 うんうん。とシンクロした動きを見せる女性衆。

 

 さて、女衆が盛り上がっている間、それに与しないメンバーはサークルから離れた位置にて、ひっそりと談笑していた。

 

 

「あっちはあっちで盛り上がっているけど、アタシらはどうも混ざる気がしないねぇ。あれでビビるのも限られた面子だしね」

 

「確かに。しかし、よくもまあ、この時間帯に肝試しする許可を取れたで御座るなあ。自分、あの先公(オリオトライ)に掛け合うのは無理と思っていたで御座るが……」

 

「ふむ。だが、こうして実現出来たのはトーリの働きといえよう。だが、遅いな、あの馬鹿は……。一体何をしてるのやら」

 

「祭の準備だよ。ああいう馬鹿は楽しいことを半端な気持ちでしないからな。何事も全力な馬鹿ってやつだ」

 

 

 と。答えのは慶次である。眠いようで片肘つけて寝転び、大きな欠伸と共に。

 

 

「喜美、お前の肩に白い何か―――『止めなさいよこらぁ!!(涙目)』―――相変わらずなこった。退屈なしねぇなあ」

 

 

 あはは。と豪快な笑い。対する喜美は一本取られ、不機嫌そうにぷぅ~と膨らませその怒りの目を向けた。

 

 

「まあまあ、怒るなって。空見てみな―――いい月じゃねぇか。こんな夜に怒るなんて風情がないだろ? ここは一つ、あの月にならって穏やかにいこうじゃないかうん」

 

「あら? この賢姉は月と同等とでも?」

「そ。だってそうだろ? どっちも何時見ても、綺麗な顔してるもんなあ」

 

 

「真顔で言うんじゃないわよ、馬鹿……!」

 

「くくく、照れたか。女々しいのう」

 

 

 仲いいなあ、と男衆。けっ……! と不貞腐れる鈴を除く女衆。

 

 だが、幼馴染みだけあってその仲の良さには他を寄せ付けない間柄が慶次と喜美にはあった。それは喜美も自覚している。だからこそ、喜美は幼馴染みという武器を使って慶次を陥落しようと目論んでいる。

 ……それが慶次に効いてるかは別だが。

 

 

「しかし、総長遅いですね。何してるんでしょうか?」

 

「トーリ殿のことで御座る。自分等を恐怖に叩き落とそうと手の込んだ仕掛けを仕込んでるに決まってるで御座ろう」

 

 

 点蔵の言葉に一同は、同意、と頷きで返した。トーリが校内に入って三十分。不満を溢すのも無理もないほどに退屈していると同時に、その遅さに皆おかしさを感じていた。あのトーリだ、何か仕組んでるに違いないと。

 

 だが、こうも考えても仕方ない。そう判断した一同は暇を弄ぶ。世間話から始まり怪談話。しかしそろそろネタが尽きてきたところでどうしようかと悩んでいた矢先、ある人物が動いた。

 

 

「皆暇してる? 暇してるわよね? それでいいわグレイトぉ! ならこの私がとっておきの話題をくれてやるわ。

 

 

 エロのエロによるエロのためのエロ話するわよぉぉおお―――!!」

 

 

 

「「「「 イェ――――イっ!! 」」」」

 

 

 

 三度の飯よりエロが好きな賢姉様だ。それに乗ずるように一部の生徒が高揚し、目一杯大きな声がこだました。

 

 

「逃げた! 怪談聞きたくないばかりに得意のエロで逃げましたね喜美! と、というか、ダメですよ、エロなんて! え、えーと、そう! 鈴さんとかいますし、何でいつもいつもそういう話(・・・・・)ばっかり……!」

 

「ふふふ、馬鹿ねエロ巫女。私はエロ神、つまり芸能ウズメ系のサダ派を奉じてるのよ。神様が命じていることを否定する巫女がひょっとしてここにいるのかしら? いたらぜひ見たいわよねー、あ・さ・ま?」

 

 

 うぅ。と痛いところを突かれたようで、浅間は反論することが出来なかった。いや、無理と言うべきか。神職でありながら神を否定するなど、本末転倒だからである。

 

 

「そうよねー、神様を蔑ろにするなんて、そんな罰当たりなことしないわよねぇ? だって巫女だものねー?」

 

「そ、そうですね! そんな神職なんていませんよねはっはっは! 喜美ったら変なこと言うものですから驚いちゃいましたよ!」

 

 

 負けたな。と皆は彼女に軽い同情を与えることにしてこの件はお開きとなった。

 

 

「さて、エロに戻るわよ。もちろん言い出しっぺからやらせてもらうわ。そうねぇ、あれはつい最近のことかしら。うちのお風呂壊れたから鈴ん家の銭湯に行った時、マルゴット達がレズプレイしてた話なんて―――『『わぁぁぁああ!?』』……あら」

 

「えっ、マジ……!?」

 

 

 滑り込むように入ってきた当事者らに、ドン引きする一同。慌てようから事実だと確信した一同に、もはや弁明の余地さえなかった。

 

 

「ちょっと、何で知ってるのよ!」

 

「ふふ、こっそり覗いてたのに気づかないなんて、よほど夢中だったのね。ホント獣のようだったわ。ちなみに、あの時は攻めだったのはどっちかしら。ナルゼ? それともマルゴット?」

 

「べ、べべべ別にいいじゃないそんなの!!」

 

「あわわわ!? ヨッシー聞いてないよねっ!?」

 

「ほぉ、隙あらば欲情するか。憶えておこう」

 

「聞かれてたー!?」

 

 

 この世で最も知られたくない人に聞かれては、さすがのマルゴットも何時ものようなテンションは皆無に等しく、終止頬を染めて俯きがちなウブへと変わり果てた。

 

 一方、ナルゼも紅潮した頬を垣間見せつつ、喜美の胸ぐらをつかんでガクブルと。魔女揃って、この日は屈辱的な日となった。

 

 

「も、もぉ! 喜美ったら、ひ、酷すぎです! 誰が好き好んで人の、え、ええエッチなことを知りたがるんですか! 完全にプライバシーですよそんなの!」

 

「ふふ、私はエロい話大好きよ。それに、アンタだってエロの塊みたいなもんじゃない。ちょっと秘密だからと言って、肌着一枚と器具を片手に一人部屋に籠ってイヤらしいことだなんて……」

 

「玉串を器具とか言わないの! それに―――何ですその指の動きは!? 指を輪に上下するなんて―――あっ、皆さん違いますからね!? これは神事の話ですから!」

 

 

 どんな神事だよそれ。と照れつつ皆が突っ込む。

 

 

「神職のアンタが神社でこそこそとナニするとは、跡継ぎとしてお父さん悲しんじゃう! それも誰かさんの名を呼びながら一人寂しくとは、アンタも無粋なものね」

 

「な、何でそれを!? というかどこで知ってたんですか!?」

 

「あら、私は賢姉よ。クラスの秘め事なんて一つや二つくらい知ってるわよ。もちろん男衆の秘密も知ってるわ。油断大敵よ♪ バラさないで欲しい? でもダメっ! だって楽しいもの! さぁて、お次は誰に、と……♪」

 

 

 その台詞に皆の反応は半々に分かれた。ひぃ!? と怯える者、自分に当たるなと願う者、明確なほどはっきりとした反応が衆に生まれた。

 

 見定め――悩み、誰にしようか、と考え抜いた先、ある一角へと向けられた。

 

 

(慶次は―――どうかしらね)

 

 

 誰が選ばれるかと楽しそうにはにかむ慶次を見て、喜美は思った。

 

 

(そういえば―――そういう話、聞いたことないわね……)

 

 

 女好きで知られる慶次。手癖が悪いことは周知だが、性格の良さが女生徒から熱い視線を送られる理由にもなっていた。それ故、女子からコクられることは多々あるが、誰とも付き合わないのだ。

 

 

(好きな女でもいるのかしら?)

 

 

 あり得る。だが、同時に否定したい。慶次が自分以外の女とつるむなど我慢できない。ただそれだけだ。

 

 

(……嫌ね、私ったら。こんなこと考えてるなんて、私らしくないじゃない)

 

 

 嫉妬に渦巻くような重い女ではない、周囲を誑し込む淫靡な女だ、と、言い聞かせて。

 けども。

 

 

(―――なんか白けちゃったわ)

 

 

 

 

 

「……やめとくわ。今ここで暴露してもいいけれど、それじゃ楽しみが減るもんね」

 

「は?」

 

「ふふ、阿呆な顔ね衆愚ども。今日の私は最高にグレイトな気分なの。だからバラすのはまた今度にしてやるわ。次回も楽しみにね!」

 

「え? え?」

 

 

 突然のお開き。長い付き合いの一同からすれば彼女らしくない切り返しだった。

 

 彼女特有の気紛れさからだろうか。そんな憶測は出つつもやはり解らず、残るはあやふやとした答え。

 

 妙な傷を残して、この会は幕を閉じた。

 

 

「おーい、おっ待たせぇ! さあさあ待ちに待った肝試しをやろ―――おい何だよこの空気! せっかくパーティームードが台無しじゃんかYO!? 仕方ねぇなあ、ここは俺に任せろって。場を盛り上げるために俺のエロゲ紀行日記を一日目からじっくりと―――」

 

 

「「「「 お前が台無しにしてるわ馬鹿! 」」」」

 

 

 拭いきれない半端な空気をトーリが壊すまで、一同の胸には喜美の不可解な行動が染み付いたのであった。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

「何で、あそこで止めたんでしょうね。喜美の性格からすれば煽って煽りまくってその苦悩の表情見て喜ぶタイプなんですが……」

 

「アンタ、喜美がいなくなると口悪いねぇ……。分からんってことはないけど―――ありゃ、喜美らしくないというか、不気味ったらありゃしないさね」

 

 

 うん。と同感を示す直政。さらにアデーレ、鈴といった買い出しのメンバーが夜の教導院内を横になって歩いていた。主に、怖がりな鈴を守る陣形だ。

 

 

「まっ、考えて理解できるような奴じゃないだろ? 考えたところで無駄だろうけど」

 

「ですよね……ちょっと疑心的になっちゃいました」

 

 

 普段から怪しげな人ですからね、と苦笑。否定出来ないほどに、喜美は内心何を考えている解らない。そういう女なのだ。

 

 

「喜美はどこか不思議な性格してますからね。人を誑かすというか人を出し抜くような―――それでも、迷惑を掛けても憎まれない……そんな優しい人柄をしていますよね」

 

「なんだい、結構喜美のこと見てんじゃないか」

 

「ち、違いますよ! あんなのが世に放たれて社会が大変になるといけないから監視として私が見てるだけですから! 誤解しないでくださいね!?」

 

 

「……前言撤回。やっぱり喜美には手厳しいね」

 

 

 だが浅間もまた、喜美を憎めない一人だ。何だかんだ言って喜美には世話になってるし、頭が上がらないこともある。

 

 

「そんな喜美を止められるのは―――慶次君くらいですかね」

 

「……いきなりどうしたんですか?」

 

「いえ、ちょっとそんな気がするなあって。だってそうでしょう? さっきの顔見ました? めちゃくちゃ嬉しそうでしたよ。いやー結構腹立ちましたねあれ。時と場合を考えろ的なあれで」

 

 

 あーうん。と納得したような同意。

 

 

「確かに言われてみればそうさね。喜美からすりゃ、慶次の奴は弱点みたいな存在に見えるんだろうよ。気のせいかね、喜美の奴、慶次を見た途端に話を止めちゃってさ。ありゃ、なんかあるね」

 

「取扱いが解らないですもんね、慶次君は」

 

 

「そうさ。だから―――まあ、なんだその。昼の―――あの時(・・・)みたいにベタな台詞が出るんだよ。まったく、困ったもんだあの馬鹿には」

 

「直政、さん、い、嫌、なの?」

 

 

 俯きがちなトーンでそう問う。嫌ってほしくない、そんな願いを込めての鈴の問いだ。その気持ちを汲み取った直政は、うーん、と髪を掻きつつ照れくさそうに。

 

 

「……嫌って訳じゃないけどさ、どこか歯痒くて。―――あたし、こんな性格だからさ、機関部の後輩からも "姉御" とか "姐さん" とか呼ばれてるんだ。別に嫌じゃないさ。あたしも自覚してるよ、女らしさはない、ってね。……けどさ」

 

 

 

 『―――綺麗だなあ』

 

 

 『なんだ? そんなことねぇって顔してんな。バぁカ、お世辞じゃねぇよ』

 

 

 『お前みたいな女、俺は好きだぜ? 特に巨乳なところがな、くくく』

 

 

 

「……何時だったかねえ、そんなこと言ってくれたことがあった。……真面目な顔して口説かれちゃ、否が応でも恥ずかしいもんだ。あの馬鹿はムードとか、時間とか関係なしにズバッと言っちまうんだよ。タチが悪いっつーか……。まあ、そんなところさね」

 

 

「……えらい赤くなってますね」

 

「……ええ、すんごい嬉しそうな顔してましたよ。こりゃ貴重な物見ましたね」

 

「……直政さんも、好きな、んだ」

 

 

 お互い様だよ、とプイッと顔を背け隠す。頬が熱いのは気のせいだ、そう自分に言い聞かせて。

 

 

「それほど恐ろしいのさ、あの傾きモンは。それに―――余計なもんまでくれたんだ。下手なこと(・・・・・)させてくれたよ、ホント」

 

 

 チラッと見たのは口にくわえた赤みかかった本体に細かい彫刻が施された愛用の煙管、これが直政曰く余計なものということだろう。

 何時だったか、男から貰った初めての品物。これが似合うという理由で渡された見るからに高そうな一品。ただそれだけでも、直政にとっては嬉しいことだった。

 

 

「……あの馬鹿も、どこか憎めないねぇ。だから惚れたんだけど。けど、惚れたほうの負けってやつさね」

 

 

 直政の敗北宣言。しかし、どこか清々しい降参だ。清々しさのあまり、同じ女性ながらも惹かれる所があった。

 

 ところが、性格がダークネスな浅間は許さなかった。

 

 

「くっ……! ここにも厄介なライバルが! いよいよこの世が恨めしく思います!」

 

「……末世が来る前にひどい言い種ですね」

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 さてさて、場面は幽霊払いに戻る。目的地である図書室に人、でもなさそうで動物でもない何かが立っていた。

 

 

「……?」

 

 

 巷で夜トイレに行けなくなるレベルほどに残虐だと評判の美少女アニメ "魔法少女バンゾック" がプリントされた白い布だとはわかった。しかし、何故ここに?

 

 

「……しかしあれだな、コニたん。近所の人に鑑賞用のシーツを見られるとは、キツいものだな。あれは堪えた……」

 

「ほぉ、貴方も同じお悩みで。ですが、私は通なお得意様用の商品と偽ってますので、世間の目は何とか。ご子息はどうですかな?」

 

「あいつは大丈夫だ、大丈夫なんだが……最近は目も合わしてくれない。終いには、キツめな態度で睨まれてな。もぉ、ノブたん泣いちゃう……」

 

 

(私は何も見ませんでしたし何も聞いていません……!)

 

 

「あれ? 今の、声、て……?」

 

 

 するとだ。二体がこちらに気づき、全身をくねらせながら駆けてきた。

 

 

「新しい価値観ッ!!」

 

 

 ズドン巫女、八つ当たりとして二発を射ち放った。

 

 




感想、意見、お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

各地の遊戯者

遊ぶのは楽しかろう

笑うのは楽しかろう

しかしやり過ぎにはご注意を

配点《限度》


 

 

 

「思えば十年ぶりだな」

 

 

 三河郊外にひっそりと佇む居酒屋。二十畳ほどの小部屋で酒井は呟いた。真っ先に反応したのは榊原・康政。何だ、と声を漏らしたのは本多・忠勝だ。その後ろに、娘である本多・二代を従えさせて。

 

 

「なんだよ突然。あー、あれか? 『次あったらもう俺奥さんいるからな!』とか左遷前に豪語してたあれか。それでどうだ? 毎朝女房の飯か? 帰ったら風呂沸かしてくれてんのか?」

 

「ナンノハナシダ?」

 

「……その様子だとまだいないみたいだね」

 

 

 まだこれからだ、と諦めきったようにも聞こえる負け惜しみが一つ。

 

 

「でもよぉ、家族っていいもんだよなあ。家帰っても一人だしさ、執務してると武蔵さん尖ってきてくるもんだから癒してくれる存在が欲しいんだよねえ」

 

「そうなると忠勝君はいいよね。帰ったら愛娘さんがお出迎えしてくれるだろうし」

 

「……いや」

 

 

 チラッと三人は二代を見る。六つの目に見られて首を傾げる二代を数秒間見続け、顔を戻して。

 

 

「……なんかゴメン。そういうのはしなさそうよね彼女。むしろ迎えられる側というか」

 

「……言うな。たしかに父親としてもそれはなあ……どっかで教育間違えたか?」

 

「脳筋のダっちゃんが育てたらそりゃ娘ちゃんも脳筋になるよ。昔のダっちゃんにそっくりだぜ」

 

「おい酒井表出ろや」

 

 

 見た目は容姿端麗そのものだ。とてもゴツい男の娘とは思えぬほど整って顔。無駄な脂肪もなくすっきりとした身体。目付きは炯眼、髪は艶々しく、姿は一匹の獅子の如く、体現されていた。

 

 猛々しい、だが儚さもあった、そんな女性の型。今だかつて見たことのない女性に三人は圧倒されていた。

 

 

「うーん、惜しいというか、欠けてるというか……。完全に武士そのものだよね。どこか抜けてる感も……」

 

「ダっちゃん、一体どういう教育方針してんだよ。文武両道とかそういうのじゃねぇだろ? どう見ても『文』の要素がねぇじゃねぇかよ」

 

「うるせぇ! 偏差値底辺の俺に学勉をさせろってか! 無理な話だろ! っていうか、まだこの話続けんのかよ!」

 

 

 徳利を叩きつけ、怒鳴り付ける忠勝の顔はやや朱に満ちている。酒が回り始めてる証拠だ。こうなると手がつけられないのが昔からの流れである。

 

 

「ダっちゃん、力はあったけど、頭のほうはなあ。テストなんて毎回赤点で、結構遅くまで榊原連れ出して勉強してたしな。懐かしいねえ」

 

「うっせ。その話はもう止めろ。大体昔のことなんざ、悪い記憶でしかないわ。思い出すと―――録な記憶がない」

 

 

 だからだな、と注いだはかりの徳利に口を添ってがぶ飲み。一気に飲み干した徳利をまたもや台に叩きつけて。

 

 

「十年ぶりに会うんだ。昔のことを忘れて心機一転して飲もうってことで昔馴染みの店の予約とって用意したんだぜ。感謝しとけよ」

 

「はいはい感謝感謝。でもよ、だったら何で娘ちゃんいるのよ? あ、俺のこと知ってる? 酒井・忠次ね。一応武蔵アリアダスト教導院の学長やってっから。つまり君のお父さんの数倍は偉いから。尊敬していいよ。それでそっちの眼鏡は―――」

 

「眼鏡って……。えーと、榊原・康政です、よろしくね。君のお父さんとは仲良くさせてもらってます」

 

「あ、宜しくお願い致す」

 

 

 二代は一瞬、挨拶が遅れてしまった。やはり眼前の二人は本物だ、と遅れた確信に走っていたからだ。

 

 なぜなら剣を学ぶ本多・二代にとって、父である忠勝を含む松平四天王は特別な存在だ。

 もちろん武術の面でもだが、人払いや怪異によって過疎化しつつある三河に残っている重臣は彼らのみだ。よほど元信公に信頼されているなと共に、その剛胆さが身に染みているのが二代の現状だった。同じ武芸者としても、差を感じていた。

 

 だが、二代はその差に感慨を覚えていた。年はとっても松平四天王。その体より流れる威厳は若く未熟な二代をより奮い立たせるには十分な因子だからだ。はっきり言って、感奮しているのだ。

 

 

「先程も紹介した通り、本多・忠勝が娘、本多・二代で御座る。この度はかような席に招かれ、恐悦至極。今日日は生涯忘れぬ日となり申す」

 

「ホントにダっちゃんの娘かってくらいに堅いねぇ。うち(武蔵)にもミトツダイラっていう堅物がいるけどさ、性格の堅さで言うと娘ちゃんのほうが堅いなあ」

 

「そ、そうで御座るか?」

 

「おいおい二代を困らせるなって。どうせ、自分は好かれやすいからって話しかけてんのか? いい加減気づけ、お前に魅力なんてないってことによ」

 

「うっせ。つーかさ、俺らだけで会おうって話なのに、何で娘なんか連れてきてんだよ。過保護?」

 

「あー、それなんだがな……」

 

 

 忠勝がチラッと横目で二代を見ると、彼女はその意を察したように、はっ! と高々と了承し前へ出た。

 

 

「拙者、幼き頃よりいつかは父を越えると父と約束したため、日々鍛練し、強くなり続けることが拙者の願い。しかし、恐れ多くも三河教導院で敵なしとまで評された拙者に次なる相手が見当たらず、このままでは腕が落ちるのではないかと。それで酒井様に、武蔵の武人を紹介していただけないかと……」

 

「なるへそ、それで同行したってわけか。つーてもなぁ、そんな奴、武蔵に……」

 

 

 どうすっかな、と酒井が悩み悩んでいるところ、忠勝が口を開いた。

 

 

「おいおい、武蔵にあの馬鹿の(せがれ)がいるだろうよ。前田の子だ。二代と肩を並べるくらいは強いんじゃねぇのかよ」

 

「馬鹿……? とは一体誰で御座るか?」

 

 

 二代が漏らした声に酒井は気づいた。

 

 

「なんだい、まだ話してないのかよ。ひでぇな、あいつとよく喧嘩してただろ。脳筋同士で毎日バトってたじゃんかよ」

 

「馬鹿、あんな不純な塊を二代に紹介してたまるかよ。それに来ても女と喧嘩の話しかしねぇだろが。どうせ、まだ旅してんだろ? 来ねぇとは思ったがな」

 

「ちょ、二代ちゃん置いてかれてますよッ」

 

「おお悪い悪い。―――そういえば話してなかったな、利久のことは」

 

 

 一つ咳き込んで、ボリボリと粗っぽく頭を掻き、唸るように考えた。

 

 

「まだ話してなかったんたがな、前田・利久ってのがいてな。俺らとは教導院の同期で、結構強かったんだこれが。けどまあ、なんというか―――女好きな不埒もんでな」

 

「ふ、不浄な……!」

 

「うん不浄だよね。それに関しては同意するよ」

 

 

 それで、と一回間を開けつつ。

 

 

「利久の子、利益……俺や武蔵の連中は慶次って呼んでるけど、とにかく慶次は強いよ。特務入りはしてないけど、特務を凌駕するくらい強いかもね」

 

「前田、利益殿……」

 

 

 慶次の名を呟く二代のその目には期待と羨望が感じられた。強者と戦える期待と、自分と渡り合える強さを願う羨望の両者だ。それは口元にも表れ、微かにほくそ笑んでいた。

 それを酒井は見逃さなかった。

 

「闘ってみたい? だよねぇ、それでこそダっちゃんの娘だよ。それでさ、うちに来ない? 正純と同級生だったでしょ? 俺、ツー本多とか見てみたいなあ。面白いと思うよ?」

 

 

 酒井が突然そんなことを言い出した。驚きと共に、今の言葉に見知った名前があった。

 

 

「正純とは……中等部以来顔を合わせておりません。武蔵に行ったと聞いておりますが、今は副会長をしてるとか……」

 

「そうそう。こんな寂しくて、味噌カツとコーチンとエビフリャーとウイロウくらいしかない所より、武蔵の方が楽しいよ」

 

「喧嘩売ってんのかテメェ」

 

 

 しかし二代は悩んだ。行きたくないと言えば嘘になるし、行きたいと言えば色々手続きが必要である。三河が鎖国状態のために、転校や転入には色々と大変な部分もある。したいと思ってすぐ出来ることではないのだ。

 

 しかし、行きたい。正純に会いたい、前田・利益と闘ってみたいという願いもあるが、それ以上にある思いが二代を動かしていた。

 

 

(武蔵に行くことも、鍛錬になるだろうか……)

 

 

 所変われば、得られるものもある。そう父が教えてくれた言葉だ。そして同時に、このようなことも修行の一つだという。武蔵に行けるならその機会をみすみす逃がしてはいけない。言わば、これは好機なのだ。

 

 話だけでも聞いてみよう。そう思い、声に出そうとしたところで思わぬ人物が口を開いた。

 

 

「ちょいと待て、酒井」

 

 

 父である忠勝だ。

 

 

「その話は嬉しいが、今は無理だ。何せ、今の三河は他国はもちろん、同じ極東の武蔵ですら交流は難しい。それにな、回廊の安全確認終わるまで待ってくれ。二代がいなけりゃ、三河警護隊は動けねぇしな」

 

「ん? ということは娘ちゃん、三河警護隊の総隊長なのかよ。射撃は無理でも、近接戦闘ならいけそうじゃんか。しかし、なんでまた―――」

 

「我なりのケジメだ」

 

 

 グビッと一飲みした徳利を静かに置き、酔いの覚めた真面目な顔で言った。

 

 

「これから世界は大きく動く。激動の時代か、混乱の時代か、そりゃ誰にも分からねぇ。そんなとき、娘くらいは自由にさせてやりてぇ。それだけさ」

 

「まあ、確かに世間は末世とか織田とか色々と揉めてるけど、それに関係するのか?」

 

「そういうことだ。武蔵に転入するのもよし。本多・忠勝を襲名するのもよし。野に下るのもよし。とにかく、安芸での後は好きにしろって言ってある。二代は自分で選らび、思った道を行く。迷ったら武蔵やお前を頼るだろうよ。その時は――――まあ頼んだ」

 

 

 恥ずかしいそうに背ける顔は朱を帯びていた。それが酒気なのか照れなのか判断は難しいが、口調からは後者かなと結論した。

 

 珍しいもん見られたな、そう思い飲もうとしたところで誰かが店内に入ってきた。二代がその名を呼ぶ。

 

 

「―――鹿角様」

 

「Jud. これはこれは酒井様、いらっしゃったのですか? 相変わらず老けた顔がお似合いで。それに―――二代様、こんな親父臭い中にいては加齢臭や駄目親父臭が移ってしまわれます。早く御帰りを」

 

 

 突然の乱入者に三人はタジタジ。三人共この手の自動人形には弱い。特に酒井は鹿角とよく似た自動人形を毎日相手してるので、苦手意識が強かった。

 

 

「おいおいダっちゃんよぉ。この人まだダっちゃんのとこにいんのかよ。俺この人と仲良く出来ねぇのに」

 

「仕方ねぇだろ。こいつが一番女房の料理の味再現出来るし、剣筋も再現可能だし、家庭教師代わりとしては最適なんだけどなぁ」

 

 

 口がちょっと過ぎる。それが口に出来ないのが苦しいところだ。

 

 

「この人無茶苦茶なんだよなあ。他人は駄目で自分はいいの鬼ルールだし、口はキツいし、目なんかあれだぜ? 養豚場の豚を見る目だよ。あれ絶対、哀れみと侮蔑の目だって」

 

「出会い頭に人を何だとお思いですか。忠勝様、もうそろそろ時間です」

 

 

 ああそうだな。と徳利に残った酒を最後まで飲み干し、席を立っては右手で、またなと降って出ていった。

 

 出ていった後、残された二人は妙な余韻に浸っていた。

 

 

「……なんかダっちゃん変わったな。体育会系から文科系―――までとはいかねぇが、文武両道系のイクメンになったなあ。年月って恐ぇよ」

 

「父親になって、色々責任が問われることを自覚したのでしょう。昔は連帯責任やらで私達が問われていましたが、大人でそれはいけないことに気づいたんですよ」

 

「なのかなあ。まあ、でも、―――親父の顔だったぜ? これも娘ちゃんのお陰かね」

 

 

 古い友人の進歩に驚きを隠せなかった二人はそろそろおいとましようと立ち上がったその時だ。

 

 

「「 あっ 」」

 

 

 二人して気づいた。

 酒が注がれてた徳利。焼鳥だった竹串。それをのせてた皿の山。

 これが意味すること、つまりは。

 

 

「ダっちゃん……食い逃げじゃん」

 

「……ですね」

 

 

 二人の長いため息が部屋にこぼれた瞬間だった。

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

「………」

 

「何の真似だ、これは」

 

 

 今なお絶えることない黒煙。毎日授業を受ける教室、全速疾走した長い廊下、昼間通っていたはずの教導院、そのあちらこちらから黒煙が立ち、ガラスやら木片やらが散乱した光景。思わず長いため息が出た。

 

 ため息の主はシロジロだ。顔は崩れずとも、その吐息だけは彼の心境を語っており、隣のハイディもまた『困ったなあ』と首を傾げていた。

 

 そして。

 

 

「おいおいシロジロ! なに縛ってんだよコノヤロウ! ……なんかシロジロとコノヤロウって似てね? どっちも叫んだら聞こえそうじゃんか! シロジロー、コノヤロー!」

 

「貴様、死にたいか? なら死なせてやろう。安心しろ、修理費はお前の保険金だ。何も背負わずに死ねるんだぞよかったな。だが額がまだ足りないな」

 

 

 ただの肝試しのはすが、いつの間にか無差別ズドン。そしてその主犯トーリは縄でぐるぐる巻きに、爆発の元凶たる浅間、同じく浅間に乗じた魔女コンビらが正座。さらには首から『私は罪を犯しました』というプラカードを下げられ、反省させられていた。

 

 

「うっ、うっ、酷いですこの守銭奴……。巫女のこの私を座らせるなんて……! 優しさがないんですか!?」

 

「巫女のくせに器物損壊してる時点で神職失格だ馬鹿者。それに巫女ならば、きっちり修理費払ってもらおう。耳を揃えてな」

 

「き、鬼畜―――!?」

 

 

 

「さて、申し分があれば聞こう。私も鬼ではないからな。ん、どうだ?」

 

「お、お願い! 今月ちょっとピンチなの! わかるでしょ? 今月お金ヤバイのよ!」

 

「塩と白米だけなの。困ったよねー。でね、もしよかったらー、減額して……くれない?」

 

「なるほど、事情は分かった。それは大変だな、お金がないなんて可哀想に―――だが断る! 貴様らも耳を揃えて払ってもらおうか!」

 

 

「「 さ、最低だ―――!! 」」

 

「はーい、これ請求書ね?」

 

 

 ニコニコ顔のハイディが差し出した請求書通神に三人は驚愕、そして絶句。ゼロが二つ三つ多いんじゃない? とまだ諦めきれないところがリアルなところだ。

 

 

「では、主犯はどうしてくれようか。私個人としては修理費だけでは気がすまん。罰金でもくれてやりたいな」

 

「まあまあ、怒るなって! 明日は俺の告白だぜ? これぐらいのことなんてちっぽけな悩みだってばよ! 生中継で稼いだ金で修復すればいいだろ」

 

「変更だ。分配は私が十、お前にはビタ一文も払わん。これでチャラだ」

 

「はあ!? 俺フラれたら損ばっかりじゃんかよ!」

 

 

 

「……こっちはどうすんのかねえ。教導院の修復より、大事なもん直さないと」

 

「……あの二人は人に見つからないように帰させるよ。特に……正純君がうるさいだろうし」

 

 

 焼け焦げたバンゾック柄白衣越しにうずくまる二人。『コニたん、いるか……?』『ええ、ここに……』と息はあるようなのでさっさと家に送って翌朝話題になるのは避けたいところだ。

 

 そしてその隣に並ぶ梅組の面子。忍者、半竜、鈴、貧従士、馬鹿姉がうーんうーんと悪夢を見てるように悶えていた。これでは何があったか聞けずじまいではないか。

 

 

「こいつらは置いといて、あの二人(・・・・)は浅間のズドン食らってよく死なんかったもんだ。ま、運が良かったというか、悪運さね」

 

「そうだね。……慶次君も大丈夫かい? ウルキアガ君達を探すときに流れ矢食らったんじゃ……」

 

 確かにそうだ。あまりに無慈悲無差別はズドンな段幕に、バンゾック(仮)は成す術もなく、集中砲火を受けることになった。

 

 酷だ。あまりに酷すぎる。ということで急遽救助隊が編成され、忍者、労働者、半竜、傾奇者の四人が教導院内へと駆けだした。

 見境なく暴れまわれる三人の戦禍を潜り抜け、二人を救出。途中、忍者と半竜が被弾したので慶次が引き返し、戦禍の中で二人を救助。救助隊が救助されるというシュールな画が出来上がったのだ。

 

 二度も戦禍へと身を投じたのだ。まったく怪我を負わないことなどない。事実、慶次の体は煤や埃にまみれていた。

 

 

「気にすんな。怪我なんざ、しょっちゅうだからよ、いちいち気にしてらんねぇさ。いつつ……」

 

「ほら、怪我してるじゃないか。背中を打ったようだし、火傷だってしてるだろ? 」

 

「たく、馬鹿二人が重くよぉ、おまけに手塞がってるのに射ってくる奴がいてな。塞ぎようがねぇからどうしようもなかったのさ。まったく、誰のおかげでこうなったのやら」

 

 

 その一言に、すいませんすいませんと謝る誰かさん。ちょっと錯乱してたとはいえ、怪我させてしまったことに負を感じてるようだ。

 

 

「だが、いい一撃だ。煙の中、正確に俺らを撃ち込んできたんだ。見事な腕だ。そこは褒めてやるさ」

 

「フォローが上手いね君は。さて、そろそろ片付けようか。こんなんじゃもう肝試しは出来ないだろうし、下手すると青空の下で授業する羽目になりそうだし」

 

「そうするか。よいしょっ―――おっと」

 

「―――ほら、肩貸しな」

 

 

 ふらついた彼の肩を担いだのは直政だ。機関部で鍛えた腕っぷしと右の義腕に体を支えられ、倒れるのは阻止できた。

 

 

「お、助かるな。お前がこんなことする奴とは思わなかったがな」

 

「……ただの気紛れさね。気にすることじゃあないさ」

 

 

 照れくさそうにはぐからす直政。人に対する態度が変わったと慶次は思う。たが、その裏には女達の談話があったことを知るよしもなかった。

 

 

「でも人手が足りなそうだ。点蔵君でも起こそうか。一応特務だし、体力も余ってるだろうし」

 

 

「自分、花畑を見たで御座るよ……それは綺麗な花が辺り一面に……」

 

「川……見事な大河が流れていた……」

 

 

「……ほとんど役に立たないようだから、僕らで片付けようか」

 

 

 肝試しに参加してないメンバーは寝かせておき、動ける面子だけで片付けを始めた。楽しかったな、またやりたいな、と各々楽しんだようで、感想が多々聞こえた。

 

 楽しかった前夜祭もこれにて終わり。悠々と片付ける中―――また新たな客人がやって来た。

 

 

「な、何の真似かねこれは!」

 

 

 シロジロと同じ台詞を発したのは武蔵王・ヨシナオ。騒ぎを聞き付けたのかは知らないが、見る限りご立腹の様子らしく焼け焦げた教導院を見るや、怒声を撒き散らして憤慨した。

 

 

「こ、これは一体……ああ、なんと! 教導院が! 麻呂の町で狼藉とは何のつもりかね!」

 

 

 あまりの怒声に悶え寝込んでいた者も目を覚ました。教導院内にいたのに外にいて、眼前に麻呂がいるのだ。混乱する者もいた。

 

 だが最も混乱し、驚いたのは鈴だ。なぜなら。

 

 

「こんな夜に一体何の真似かね! 誰がこんなことを! 君、説明してくれまえ! 何故こんなことになったかね!?」

 

 

「ひぁっ、ひ、あっ……!」

 

 

 鈴は目が見えない。故に鈴は五感のうちの四つで生活しなければならない。その点で重要となるのが聴覚だ。そのために鈴の聴覚は常人より優れ、微かな物音さえも聞き取れる。

 

 だが、優れてるが故に大きな音や声は苦手としている。その鈴の眼前で大声を出しては、無防備に殴るようなこと。突然大声をかけられたのでは、どうすることも出来ず。

 

 

 

「うわぁあぁああーーーん!!」

 

 

 泣いた。鈴が大声で泣いた。

 それだけだ。だが、それだけのことで場には緊張が走り、寝起きの者には目覚ましより効いた。

 

 鈴が泣いたことに、ある者はどうしようかと悩み、ある者は鈴を抱きしめて慰め、ある者は臨戦態勢へと豹変した。それほどに凄まじいものなのだ、鈴が泣くということは。

 

 金にがめついシロジロも動き出し、彼と言い争ってたトーリも事の現状を一目見るや。

 

 

非常事態(ワーニング)! 非常事態(ワーニング)! 武蔵の天使、向井・鈴が泣かされてるぞ! 下手人は……麻呂のコスプレしたおっさんだ! 裁決を求める―――満場一致で死刑!」

 

「問題なーし疑問なーし容赦なーし! 市中引き回しの上打ち首だー!」

 

「おぉ!? さすがだぜお前ら。躊躇なくそんなグロっちい刑罰思いつくなんてよ……! 死ぬほど感動したぜ!」 

 

「む、武蔵総長! 今回の騒動は君のせいかね? 答えたまえ! 教導院がこうなったのはどうして―――」

 

「おいおい偽物に答えると思ってんのかよ! 本物ならもうちょっとインパクトがなくって声掛けられない感があって、暇があったらマインスイーパーやってる可哀想な麻呂なんだぜ! コスプレすんならもうちょい学んでこいよ!」

 

「貴様―――!!」

 

 

 売り言葉に買い言葉。一触即発の二者に割り込む隙もなく、眺めていると―――。

 

 

「あ、れ? 音?」

 

 

 いつの間にか泣き止んだ鈴が明後日の方向を見る。武蔵の外、つまりは地上だ。森が生い茂げ、深みのある暗闇と朧気な月光が広がる各務原の山渓。そこに新たな光源が生まれた。

 

 炎、繋がるのは黒煙。そしてやや遅れて遠雷にも似た音が響いてきた。

 

 

「爆発……?」

 

 

「あそこには三河監視用の聖連の番屋がありますけど……事故ですかね? それとも火の不始末でしょうか?」

 

「うーむ、おかしいな。三河の商工会と連絡がつかん。無人……にするはずがないんだがな。三河に灯りも灯らないとは、やはり事故か?」

 

「花火じゃないですかね。松平公が今夜花火をするって言ってましたし、その準備では?」

 

 

 なのかな、と曖昧な一味。真実を答えることも、理解することも出来ないのだ。はっきり言って、彼らに今出来ることはない。

 

 

「よーし! 続きはまた今度だ!」

 

 

 トーリの締めの言葉に首肯し、各々連絡を取り始める。

 皆が解散しようと動きを見せる中で、また違った動きをする者がいた。

 

 

「あ、あれ……?」

 

「ふふ、どうしたの鈴ったら。あの炎が怖い? 心配ないわ! 幽霊とかから比べたらなーんのも怖くないもの! つまり今の私は敵無しなのよ!」

 

「ち、違うの、あれ……、その」

 

 

「―――余?」

 

 

 静かに、それでいて震えながら指を差したのは合流したばかりの東。

 何故指差されたのか当人も分からず、え、と理解出来ないようで困り顔。

 

 

「あ、あのぅ、何か?」

 

「……東、後ろだ。しっかし、初めて見たなあ」

 

 

「後ろ?」

 

 

 慶次に言われ、問い返した方向に顔を向けた東は見た。

 

 白絹の如き白髪。柔らかそうな雪肌、見る者を和ませるだろう愛らしい顔つき。東に偏った趣味がなくとも、可愛いとしか体現出来ない少女だ―――透けてはいるが。

 

 

【パパ、いないの……ママ、見つからないの……】

 

 

 

「「「 出たあ―――!!! 」」」

 

 

 

 今日一番の悲鳴が、武蔵中にこだましたのであった。

 

 

 




更新が遅れて申し訳ありません!

この時期に限って急に忙しくなるもんですから書くことが厳しくなってました。最新話を心待ちにして皆さんに再度、謝らせていただきます、本当にごめんなさい。

しかしいつもより2,000文字くらい増えております。ですので許してくれたら……嬉しいです。

意見、感想をお待ちしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三河のいくさ人

目を背け、逃げるものではない

相対し、乗り越えるものだ

配点《別れ》


 

 轟音と激震。

 

 酒井がその二者を実感したのは、忠勝達が帰った直後、榊原に渡したい物があると言われ彼の邸宅に招かれたすぐ後のことだ。

 

 だが肝心の榊原はいなかった。遅刻するようなガラではないし、約束事を忘れるような性格でもない。それに部屋に残されたあるもの(・・・・)から否定しがたい事が浮かび上がった。

 

"なにをしてるの?"

 

 血で綴られた不気味な印。酒井は一目見てわかった、 "公主隠し" だと。

 

 

「くそっ、なんだってんだ一体よぉ! 公主隠しに続いてこの爆発! 三河で何が起きてやがる!?」

 

 

 度々起こる爆発と衝撃。この原因を探るために来たときと同じようにまた道なき道を進む。草木が裾に引っ掛かるのも気にせず、とにかく走った。目的は別れたばかりの忠勝。この現状を、友が消えたことを、伝えなければならない故に。

 

 

「榊原……! お前が伝えたかったことってこれかよ! これなのか!? だから公主から目つけられたのか!」

 

 

 友の消失に悲しむことも憂うことも出来ず、酒井は走るしかなかった。これを忠勝や鹿角、そして松平公に伝え、対処してもらうためにも、酒井は全力で走った。

 

 だが途中、酒井はその足を止める。減速ではなく、急停止。それは目の前に障害物が立ちはだかる時と同様に。

 

 そして前に立ちはだかるのは、探していた忠勝と鹿角であった。

 

 

「ダっちゃん……!?」

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 忠勝に反応はない。一方、鹿角は両手を前で揃えて会釈をする。

 

 

「ちょうどよかったぜダっちゃん。さっき衝撃が三河から響いた! こりゃあ、ぜってぇ三河で何かあったに違いねぇ! 三河の町が無事だといいんだがな……」

 

「……」

 

「それに榊原が! 榊原が消えちまった! 奴の部屋に二境文があったから、ありゃ怪異の中でも最悪な公主隠しだ。今すぐ殿先生に伝えるんだ!」

 

「……」

 

「おい聞いてんのかよ! 三河が、榊原が大変なんだぞ! いくら脳筋でもこの事態は分かるだろうよ! とにかくまずは三河に―――!」

 

 

「………」

 

 

「ダっ、ちゃん……?」

 

 

 反応は依然として変わりない。むしろ聞いてなかったというように、聞くことを必要としてないと言わんばかりに微動だにしてない。集中ではなく、何かを見張ってるような目付きだ。

 

 なんなんだよ、と思った直後、ついに口を開いた。

 

 

「言いたいことはそれだけか? ならさっさと帰れ。今走ればお前の足でも間に合うだろうよ」

 

「なっ……!?」

 

 

 突き落とすような冷たい口調。それが数時間前、一緒に飲んだダチへ言う口だろうか。酒井は眼前にいる男が本当に忠勝なのか疑わしく感じた。

 

 

「こっからは三河だ。十年前に左遷された野郎が来ていい場所じゃねぇ。お引き取り願おうか、じいさんよぉ」

 

「―――!!」

 

 

「おいおい見てわかんねぇのか? こちとら完全に殺気放ってたんだが……おめぇ、老けたな。さすがの "大総長(グランヘッド)" も年にゃ勝てねぇってことか」

 

「……何のつもりだぁ?」

 

 

 殺気に対してではない。忠勝がその手に持つ物に対してだ。

 

 大柄な忠勝の身丈を悠々と越える青白の笹穂型素槍。その昔、とある武者が用い、トンボが穂先に止まっただけで両断され、その名がついたという神格武装・蜻蛉切。

 

 本多・忠勝の愛槍であり、相棒でもあるその槍の恐ろしさは酒井も十分知っている。だからこそ、今ここにあるのがおかしいのだ。

 

 

「悪酔いしてんのか知らねぇが、そんなもん持ってフラフラしてたら聖連に怒られちまうぜ? 悪いことは言わねぇ。さっさと置いて帰ろ―――」

 

「減らず口は消えねぇな酒井。悪酔いなぞしちゃいねぇ、むしろ酔いしれてるさ。久し振りの蜻蛉切に、我の血が滾ってよ」

 

「……こんの脳筋め」

 

 

 負けずと短刀を抜くが、得物の差が大きすぎる。勝負に出たところで結果は見えていた。

 

 おまけに向こうは神格武装。そして酒井は割断の間合い(・ ・ ・ ・ ・)にいる。下手な動きをすれば、即断たれてしまうだろう。これでは万に一つの成功の望みもない。

 

 

「悪ぃがちょっと質問させてもらうぜ。この揺れはなんだ! 天災とは思えねぇ! あきらかに―――故意に、揺らしたような揺れだ! これもテメェの仕業か……!?」

 

「殿の意向だ。ついさっき、殿が地脈炉を暴走させ、三河の消失を図っている。昼間言ってた花火って、こいつのことじゃねぇか?」

 

「花火ってレベルじゃねぇぞこれ……! 人災だ……。前にも織田が地脈炉を暴走させたことがあったが、それなんて比じゃねぇ。三河そのものが消えるぞッ!」

 

「だろうな。だが三河には自動人形と我らだけ……。犠牲者は生まねぇから安心しな」

「そういう問題かよ……!」

 

「そういう問題だ。それに、榊原の邸宅のほうから来たよな。あいつから何か聞いてんだろ?」

 

「榊原は消えたよ―――公主隠しにあってな」

 

 

 だが、と付け加え、榊原が書斎に残してくれた白紙の束を出した。そして一枚の紙を見せる。榊原特有の落ち着きのある字で書かれたその文は。

 

 

「"創世計画"って何だ! あれはP.A.ODA が末世対策に公表した計画だろ。何故それを榊原が伝える!? 三河と関係があるのか!? 答えろよダっちゃん!」

 

「さあ……我もそこまでは知らん。榊原は知っていたようだな。だからあの後、話があるなんて言い出したんだろうな。だが、この先は殿しか分からん。ただ一つ、絶対に言えることは。

 

 ―――これが創世計画の起点、だそうだ」

 

 

 末世に向けての創世計画。終わるだろう世界を阻止する計画が、何故消失から始まるのか。酒井にはそこが理解出来なかった。

 だが、それは忠勝も同じと言える。確信こそはないが、直感が真実だと決めつけていた。

 

 

 するとだ。頭上の木々から覗き見える空に、紅白の装甲を持つ十字型四枚翼の武神。聖連に属する武蔵監視用の重武神のようだ。その数三機。

 

 

「聖連が感づいたか。向こうも本腰いれてきたな。―――つー訳だ酒井、我に話せるのはここまでだ。奴等を倒さにゃあならんからな」

 

「―――死ぬぞ?」

 

「だろうな。だがよ、タダでは死なん。最後に悪あがきくらいはして死にてぇな」

 

 

 なんとも忠勝らしい答えだ。そして彼は言う。

 

 

「我は "いくさ人" 。死はとうの昔に忘れた。それに―――いくさ場で死ぬんだ。いくさ人としちゃ、本望だろ」

 

「ダっちゃん……」

 

「利久がよく言ってたな、『馬鹿でも屑でも、貫かなきゃいけねぇモンもある』……。要はそれだ。我には我なりのケジメがある。それを果たすのがいくさ人よ。他意はない。だからこそ『ただ勝つ(忠勝)』という」

 

 

 対し、未来にただ次ぐ(忠次)のが酒井・忠次の役目。

 似て非なる名を持つ二人は、似て非なる位置にて相対していた。

 

 

「じゃあな。最後の酒の席、楽しかったぜ。それとな―――二代を頼んだ。あいつならお前の力になれるだろうよ。……行くぞ鹿角」

 

 

 はい、と短く低く鹿角は返答した。最後に深々く一礼するその姿勢は、武士の従者として見事なほどに潔かった。

 

 

「おい待てよダっちゃん! そんなんでいいのかよ! あんな安い酒が、最後の酒か! ふざけんじゃねぇぞおい!」

 

 

 別れは簡潔でいい。そう背中で語る二人に酒井は我慢ならなかった。鬱憤を晴らすように怒声を放ったが、彼らの耳には通じなかった。

 

 気がつけば、二人の姿は消えていた。

 

 

「くそ……!」

 

 

 歯軋りが鳴る。

 

 

「くそっ、くそっ!」

 

 

 限界まで握った拳がわなわなと震え、怒りが沸いた。自分だけ蔑ろにされてることに。理解できないこの現状に。

 

 そして、友との別れがこんな別れであることに、酒井は怒りを憶えた。

 

 

「……あの分からず屋ぁ……!」

 

 

 揺れが激しくなる三河を背に、酒井は走り出した。武蔵に戻るために。

 

 

 再度、地は揺れた。三河の崩壊は、すぐそこだ。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「二代様! ご決断を!」

 

 

 武蔵の横側に並列するように居座る航空艦で、一人の女学生が叫んだ。

 

 対して、本多・二代は即答しない。この返答は三河や武蔵、聖連との関係が大きく変動しかけないのが一つ。

 もう一つが、二代には政治的な知識が皆無というほどに欠けていることだ。

 

 

(こんなとき、正純がいれば……)

 

 

 そうすれば、状況が少し変わったかもしれない。しかし武蔵に行った級友も思う暇はなく、一刻の猶予もない。

 

 

「拙者一人の考えで全て決めるつもりは御座らん。他の意見も聞きたい。いかほどか?」

 

 

 その問いに、三河警護隊副隊長が答えた。

 

 

「この一件が故意に引き起こされたものなら、責任はもちろん三河にあるとされ、極東代表の地位を奪われます。下手すれば、武蔵までもが聖連に吸収され、極東そのものが無くなってしまう可能性も……」

 

「なるほど……。では聖連はそれを利用することも?」

 

「はい。聖連が極東を支配することは願ってもないこと。その利点も多く、経済や農産の点でもメリットだらけです。はっきり言えば、極東の支配にデメリットが存在しない。そういうことなのです……」

 

「どちらを選んでも利はない……。難しいもので御座るな……」

 

 

 三河に、そして極東にとって最もいい選択が見つからない。

 しかし。

 

 

「聖連に打診を。必要とあらば、我々を使ってほしいと。今は地脈炉の暴走を止めるのが先決。下手な動きは相手を刺激しかねない。まずは聖連の返答を待つで御座る」

 

「―――Jud.」

 

 

 忠義とは、行為そのものに意味がある。と父は言ってくれた。だが、その父は今連絡がつかない。所用だと言ってはいたが、付いていった鹿角とも連絡がつかない。二人してどうしたのか。

 

 

(いかん……集中で御座るよ、本多・二代。今先決すべきは三河。この場を指揮するのが拙者の役目!)

 

 

 遥か先の光の渦と中心にある三河を見据えて、二代は思いを改めた。そこへまた新たな通神が入った。

 

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)の先方隊が三河領内に進行! なお、向こうの予測に拠ると地脈炉の暴走確定まであと十五分!」

 

 

 通神長の言葉に、場は大きく乱れた。あまりに時間の無い。予想以上に暴走が速い。そして、その速さから我々に成す術を考えさせない意図を感じさせられた。

 

 二代もまた、十五分というタイムリミットは予想外らしく、目を見開いた。

 

 

(父上……!)

 

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 

「ん?」

 

「どうかなさいましたか忠勝様」

 

「今……二代が―――いや、なんでもない。気のせいだ」

 

 

 三河に続く森の中で後ろを見た忠勝からそんな声が聞こえた。

 うやむやとした答えに何かを察した鹿角はからかう口調で。

 

 

「Jud. 二代様のことが気になりますか? ですが、酒井様に丸投げしたのは忠勝様でしょう。『あいつを頼んだ』とか随分クサい台詞を吐いてましたね」

 

「いや……だって他にねぇじゃんか! 『娘をよろしく』とかだとなんか―――だろ!?」

 

「嫁にいかせてるみたいだと? ………はぁ」

 

「結構間が空いてたなあ! 本気のため息だったろ今の! なんかおかしいこと言ったかよ!」

 

「いえ……もういいです」

 

 

 なんだよ! と叫ぶ忠勝に鹿角はしれっとした態度。

 しかしその直後に、自動人形らしくで冷たい目へと変わり果てた。その両目でまっすぐと三河を見据えて。

 

 

「配下の自動人形から通神が。まもなく聖連が送った部隊が領内に向かってきています。三征西判牙(トレス・エスパニア)重武神・猛鷲(エル・アゾウル)を筆頭に、陸上部隊が数十名ほど。武神は私が相手します。忠勝様は―――」

 

「我は殿を守り、勝つ(・・)……と言いてぇところだが、ちょっと呼び出されてな。少しの間、聖連の相手をさせちまうが―――ちゃんと我の分残しとけよ?」

 

「Jud.」

 

 

 返答、そして今度は忠勝を見据える―――いや見合うと言うべきか。

 

 

「忠勝様。貴方が何を思って元信公のために動くか、想像はしかねませんが、私は貴方様の従者です。最後の最後まで、最高の晴れ舞台を存分にお楽しみください」

 

 

 仕えるものとして、死を共にするのは当然である。

 

 

「我々自動人形には命はありません。ましてや、感情もありません。故に、死を恐怖するという概念も持ち合わせておりません。故に最後まで、仕えさせていただきます」

 

 

 武士の従者として、武家の女として、主君へ奉仕するのが当然である。

 

 

「これより三河最後の花火―――世界を相手にした最高の祭りが始まります。有終の美を飾る催しとして、これ以上に最高の物はありません。我々には勿体無き演舞でございます」

 

 

 それが、『鹿角』という自動人形なのだ。

 

 

「ああ―――最後まで来いよな?」

 

「Jud. もちろんでございます」

 

 

 そして二人は背を向け、違った道を行く。一人は三河の町へ、一人は新名古屋城へ。

 

 

 行き先は違えど、向かうべき先は同じであった。

 

 




意見、感想お待ちしてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦闘中の兵達


明けましておめでとうございます!

半月経って新年のご挨拶とはさすがに遅すぎですよね……。本当に申し訳ありません

今年も『境界線上の傾寄者』をよろしくお願いします。


 

 

 

 正純は初めて花火に不安というものを憶えた。

 

 天と地を繋ぐように一本の太く神々しい光の塔に人々の感動と魅了が渦巻く中、民衆に紛れた正純だけは不安を憶えたのだ。率直な不安だった。

 

 

(まさか――地脈炉が暴走してるのか!?)

 

 

 確信ではない。あくまでも推測だ。しかし、そうでなければこの光の塔を花火とは言いきれないし、むしろそう言わざるを得なくなる。

 

 大気が揺れ、地が揺れ、……天が揺れる、そんな花火ある訳がない、と。

 

 だからこそ、正純は不安を抱いた。響きや揺れが波の如く押し寄せ、焦りと動悸を芽生えさせるこの花火に。

 

 

「一旦離れた方がいいな……このままじゃ、人混みにやられそうだ」

 

 

「――おや、正純様もここにいらっしゃるとは、奇遇ですね」

 

「……P-01s? っと、お前たちも……」

 

 

 そこにいたのは自動人形のP-01s、そしていつも水路の掃除をしてくれる数匹の黒藻達がいた。その脇には分厚い本を挟み、相変わらずの無表情さが不思議とマッチしていた。

 

 

「花火というものが気になり、店主様に頼んで見に来ましたが――あれが花火でしょうか? 見事な光柱です」

 

『はなび きれいー』

 

『わー』

 

 

「確かに綺麗だが……あれは花火じゃない。なら何だと言われるとキツいが……少なくともあれは花火ではないことは言える。三河で何かあったようだ」

 

「そうですか。花火を楽しみにしてましたので……残念です」

 

『はなび おわり?』

 

『しょっくー』

 

 

 意外と興味があるんだな、と正純は深く感心した。

 

 だが、その余裕はないようだ。光柱見たさにどんどん人々は増えている。密度が増え、いずれ身動きがとれなくだろう。

 それに――嫌な予感がしてたまらない。嫌な予感はすぐ当たることは自負してる故、ここから離れたほうがいいと危険信号を出していた。

 

 

 

「場所を変えよう、人が多くなってきた。この辺だと――青雷亭が近いよな。そこで色々調べよう、この花火(・・)ことをな」

 

「Jud.」

 

 

 彼女の手をひいて人混みの中を掻き進む。進んでは避け、避けては進んでと人通りの悪い人混みに苦戦しつつも二人は歩んだ。

 

 

「おおっ!!」

 

「こりゃ見事な花火だぁ!」

 

 

 より強い光を帯びていく光柱に周囲から拍手と歓声が沸き上がった。場のボルテージが急上昇する反面、正純の心中に焦りが生じた。

 

 

(花火なんてものじゃない! あれはよく分からんが――とにかくヤバいものだ!)

 

 

 もはや確信に至るしかない。三河の崩壊、その最初のステップこそがあの光柱なのだと。

 

 その考えを肯定するように、音が一つ。爆発音でも崩壊の音でもない音が正純に響いた。響いたのは耳ではなく、全身。体全体に轟音がぶつかった。

 

 

 大気が、割れるような音。そして、空間を切り裂くような響き。

 

 

 ――三河の崩壊は、そこまで来ていた。

 

 

 

☆★☆

 

 

かつて振るった我が腕

 

戻るべき場所は何処へか

 

配点《いくさ場》

 

 

☆★☆

 

 

 

 

『サラゴサ! おい応答しろサラゴサ! ……ちっ、やられたか……!』

 

 

 眼前で轟沈しつつある三征西班牙の警護艦 "サラゴサ" を見て、男は嘆いた。

 三河領内に入って数分で一艦が戦闘不能。聖連に属する一国の軍としてあまりにも恥ずかしく、惨めな一瞬であった。これが聖連なのかと、思わず自虐的な思考に陥った。

 

 威力と距離からして、砲撃に用いられたのは携帯式の対艦砲だと判断。そして使用者は三河直属の自動人形だと判明。これは紛れもなく武力行為である。

 

 故に三征西班牙(トレス・エスパニア)製重武神・『猛鷲(エル・アゾウル)』が対空装備をあしらえて滑空し、三河空域へと進行した。

 

 

『いたぞ! 例の自動人形だ!』

 

 

 崩壊しつつある町、その大通りに一人の自動人形が立っていたことに視覚センサが捉えた。

 

 近づいて、地を踏む。『ADVERTENCIA(警告)』の表示枠が激しく点滅し、アラームが鳴り響いた。

 

 

『角付きの鹿角!? 本多家の自動人形か!?』

 

「Jud.お相手の方よろしくお願いします!」

 

 

 一礼はしない。ここは戦場――作法もマナーも必要ない。

 

 

 必要なのは、強さのみ。絶対的な力だけである。

 

 

 

「――剣を指運に!」

 

 

 

 地面にかざした左右の手に連動するように路面が剥がれ、地面がめくれ上がり、二つの鉄塊が浮かぶ。

 

 不格好ながらも重力制御によって組み上がったのは、押し固められ、圧縮され、整えられた全長七メートルはある双の大剣。しかし剣とは言っても、造りは甘く、波紋もなければ、鍔も柄もない。剣の形をしただけの鉄塊である。

 

 それでも、武神を切るには十分な大きさだった。

 

 

「いきます――!」

 

 

 完成と同時に斬撃を叩き込むも―――いち早く武神が動いていた。その巨体を恰かも自身の体であるように操作し、身軽にかつ豪快に避けたのだ。

 

 そして流れ行く動きで長銃を構え、……放つ。

 

 数発の弾丸のうち一発が鹿角へと迫ったが、巨剣で弾く。直後、数回の射撃。とてもじゃないが、剣だけでは防ぎきれなかった。

 

 

「――盾を視線に!」

 

 

 再び地面が跳ね上がり、"盾" が生まれた。だが路面を立てただけの簡易的な盾であるために、難なく撃ち破られる。なら質より量だ。

 

 

「追加発注!」

 

 

 "追加" と称し作られた数枚の盾が武神の間を阻むように、そして鹿角を守るように周囲へ立つ。しぶとく小賢しいやり口だが、強度は脆く銃撃で易々と壊せるはずだ。

 

 しかしそれが守りのためではなく、時間稼ぎのための物だと気づいたのは『全弾射撃』した後であった。

 

 

『しまっ――!』

 

 

 斬撃。右の長銃が払われ、破損。

 すぐさま腰の光剣と入れ替え、抜刀と共に盾を破砕しては鹿角目掛け払う。

 

 鳴ったのは、甲高い金属音。

 散ったのは、擦れ生じた火花。

 

 そして響いたのは、二つの物体が疾走し、激突する震動。

 

 

『たかが自動人形に武神が遅れるだと……!? ナメるなァァ!!』

 

 

 払いではなく、全身の力を使って両剣を押し退ける。同時に四枚翼のバーニアを点火、加速機動を付随し、全体重が加味された一撃によって両の大剣は真っ二つに破断された。

 

 

 さすが――と、鹿角は評価。バーニアを飛行ではなく攻撃の起点にするとは、さすがは三征西班牙(トレス・エスパニア)の武神乗りといえる。

 

 だからこそ、全力で戦わなければ負けると判断した。

 

 

「作り直します」

 

 

 真っ二つにされた双剣を再整形。二から四へ――リーチは狭まるがその分手数と取り回し易さが重視され、四の剣を以て剣舞の如く突撃する。

 

 剣を足場とし、後ろへ回って斬撃を入れる。誰が見ても有利なのは地の利を活かした鹿角だ。何せ、ただでさえ剣が四つもあるのだ。

 

 一つめを斬りつけるとすぐ二つめ、三つめを斬りつけると四つめ、と数に物を言わせ、武神相手に優位の地に立っていた。

 

 

『ぐぁぅ……!?』

 

 

 はっきり言って分が悪い。監視用の対空装備ではコソコソと動き回る鹿角には分が悪すぎる。

 

 

『――!』

 

 

 四の短剣と光剣が鍔迫り合い、双方の剣から火花が散り、三河の夜を照らす。

 

 二者は突貫しつつ立て続けに斬撃を与えた。一瞬前にいたところへ剣が掻い潜る。速さと動きの密接な剣戟だ。空を刈るか、剣を叩くか、その連撃が絶えず続く。

 

 

 身を反らし、切らせ、さらなる動きを追及して影へと入り、一振り。

 弾かせ、防ぎ、迎撃の流れを自然のまま転化させ、一太刀。

 

 そして生まれた隙に乗じ、背中より回して一刀――

 

 

『うおぉぉ……!?』

 

 

 圧され、砕かれた、右の腕。

 

 装甲と人工関節が破壊され、肘部から先が分断し、地へと落ちた。

 さらなる追撃を身を切らし避けようと――しかし叶わず、胴体が深く抉られた。

 

 

 格下に討たれ落ちた鷹に戦闘力など皆無。だが。

 

 

『――勝った……!』

 

 

 その後ろから鹿角目掛け銃口を覗かせる鷹が一匹。

 さらにまた、遥か後方に増援の陸上部隊。その数七十一名。

 

 だからこその『勝った』である。勝利の確信と余裕、その二つが心から漏れた瞬間でもあった。

 

 

「――なるほど、見事な連携。敵ながら称賛いたします。ですが、残念です。時間が来てしまったようで」

 

 

 迎撃はしない。重力制御を解除して、侍女服に付いた僅かな埃を払うだけで静止する。

 そして、ある男の声を聴覚センサがとらえた。

 

 

 

「――ほぉ……鹿角のやつ、ちゃんと我の分残しといたか。三征西班牙(トレス・エスパニア)猛鷲(エル・アゾウル)とはァ、十分に結び甲斐があるな――」

 

 

 

 誰だ、と思う暇はなかった。声がした方向を見れば、すでに事は終わっていた―――

 

 

 

 

「いくぜぇ……! ――結べ、蜻蛉切……!!」

 

 

 

 

 右手足が斜線上に割断され、ズレ落ちる。

 

 刃の衝撃や感触もなく、果物を切ったように滑らかな切り口を残し、一気に切断された。一閃という一撃だった。何が起こったのかも分からず、武神は流体燃料と油を溢し、そのまま地に伏した。

 

 自分だけではない。僚機も、その後ろを走っていた陸上部隊の隊員までもが片方の膝を切り割られていたのだ。

 そして眼前に立つ老齢の男へ目が向けられた。

 

 

『貴殿は……! 三河の、本多・忠勝.......!』

 

 

 倒れている武神がかすれた声を漏らす。

 

 

「Jud. そしてこちらが、神格武装・蜻蛉切。今御身に受けし一撃が、蜻蛉切の通常駆動『割断』――穂先に映した対象の呼称と共に割断する能力を持ちます」

 

『蜻蛉切、だと……! 何故、そのようなもの、を――……』

 

 

 声にノイズが重なり、武神はそこで力尽きた。

 最後に一礼する鹿角。そこには、負けた者へ対する労りと讚美する情意が感じられた。

 

 

「敵ながら、あっぱれと言いましょうか。機体が破損しても退く意思を見せない……見事なお手前でした」

 

「お前がそこまで言うとは――中々骨があったみてぇじゃねぇか。いくさ人とはかくありたいものだな」

 

 

 頭を下げる鹿角に続いて、忠勝は蜻蛉切の穂先を伏せ、一礼。それは、勇敢な武人に対して忠勝なりの称賛の意であった。

 

 

 

 

 

 

「――しかし、随分と遅かったですね。非常に迷惑をかけられました」

 

「最期まで減らず口減らねぇなお前は。……というのも、殿がえらく準備に手間取ってな。手伝っていたらいつの間にか遅れたってわけだ。

 まあ、後は殿に集る悪い虫を弾こうってことだが……お前はどうする? 仲間達の魂拾って逃げるなら、今のうちだぞ。ここから聖連の攻撃は激しくなるだろうしな」

 

 

 ご冗談を、と軽く返す鹿角には迷いがなかった。そして、それは他の自動人形も同じ。消えることを前提に、この場で朽ちていったのだと忠勝は瞬時に悟った。

 

 口に言わずとも、鹿角の声色がそのことを物語っていた。覚悟を決めた武士のように、主君のため殉死する従者のように、鹿角には武家の女と自動人形らしさを兼ねた思考が働いていたのだ。

 

 

「自動人形らしい、な。――なのにお前、俺の言うこと全然聞かねぇな。どっちかって言ったら殿の言うことばっかり聞いてるだろ。俺の家についてるってのによ」

 

「忠勝様の言うことを聞いておりましたら私とて身が磨り減ります。少しでも良心の呵責がありましたら、自分のことは自分でやってほしいものですね」

 

「そりゃ、おめぇ……、いいやもう。お前に口喧嘩で勝てっかよ。降参だ降参。それにな、そのヒラヒラする服もやめろって言ってるだろ。いくさ場に来てく衣類じゃねぇんだよ」

 

「ですが、これは自動人形の民族衣装として最もメジャーなものです。戦闘用のものもありますが、聖連が許してくれませんので――」

 

 

 鹿角の言葉が途切れた。言葉だけではない。リズムよく刻んでいた靴音もいつの間にか消えていた。

 顔をしかめつつ振り返って見てみれば、その左手を水平に、そして遠くの方を凝視している。

 

 

「鹿角? どうした?」

 

 

 返答はない。だが近づいて分かった。左手は近づくなと警告していることに。

 同じように差し出していた右手に硬貨並みの穴が空いていたことに。

 

 

「お、おい――っ!?」

 

「離れてください! 敵の増援で―――!」

 

 

 直後、胸から腰にかけてが真っ二つに断ち砕かれた。剣戟によるものではなく、強大な爪撃で削ぎ切られたように。力と残虐さの二者を以て、鹿角を断った。

 

 その向こう。上半身の鹿角に連なってようやく見えた攻撃。路面や建物、そして大地をナニかが無造作に削りとっていくのが確認できた。そしてそれは弾丸というより、剃るような形だ。彫り剃る形で広範囲を捻り切っていった。

 

 

「増援ってやつか――……」

 

 

 爪撃により崩れ倒れいく建物に混じれ、剣にも砲にも似た得物を片手にした金髪の美丈夫が一人、月下に姿を現した。忠勝は青年を見て瞬時に悟った、こいつはいくさ人だと。

 

 

 

「――お初にお目にかかります」

 

 

 若い声ながら老獪な武人のような声だと忠勝は思う。伸びしろに期待出来る、若い獅子に似た若武者。二代の男版を見ているようだった。

 

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)所属 『"神速(ヴェロシダード・デ・デイオス)"』ガルシア・デ・セヴァリョスを二重襲名しました、立花・宗茂と申します。戦種は近接武術師(ストライクフォーサー)を。

 

 ――そして光栄ながら、八大竜王の一人として数えられています」

 

 

「八大竜王とはなあ。その年で一人に入れられるとは、中々の腕じゃねぇか。誉めてやるぜ。

 (おいおい――最後にとんでもねぇ大物よこしてくれたな聖連よぉ。終焉の美を飾るにゃぁ、贅沢過ぎだぜ……!)」

 

 

 喜びか焦りか――またその二つか。

 眼前の男によって、自分に何が生まれたのか理解出来ていなかった。少なくともその二つだな――ということと、強者と渡り合える期待が新たに追加されたことも加え、忠勝は内心微笑む。

 

 

 片や、東国一の豪傑。もう片や、西国一の剛者。

 どちらも歴史に名を残す武人の名を受け継いだいくさ人。

 

 

 ――史実では(まみ)えることのなかった二人のいくさ人が、今ここで相対した。

 

 




意見、感想をお待ちしてます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

終演間際の大物達

 

 立花・宗茂、その名は聞いたことがある。

 

 忠勝ほどになれば、それぐらい知っていてもおかしくはない。いや、知らない方がおかしいと言ってもいいほどの知名度だ。

 

 その勇ましさと涼やかな人格から "西方の逸物" 、"西国無双"、とも称され、また、『東に忠勝、西に宗茂あり』と武勇の優れた武者として西国を代表する(つわもの)。戦国切って猛者でもあったと聞く。

 

 だが、その名を襲名した彼はまだ若い。これからの将来が楽しみであり、現在はどれだけの力量を秘めているのか、忠勝にはそれが楽しくてしょうがない。子供のように、純粋な笑みを浮かべていた。

 

 

「おうおう、中々の面してんじゃねぇか。さぞかし女にモテるだろうよ」

 

「……お止めください。私はすでに既婚者です。それよりも――」

 

 

 三河を一瞥すると、宗茂は僅かに目を伏せて二人を見据え、真意を説くように鋭き眼でこう訴えかけた。

 

 

「これは一体どういうことですか?

 

 何故、三河の者が三河を滅ぼそうとしているか――他国の者には理解出来ぬこともありましょうとも」

 

 

 しかし、とわざと強調させた後付け。その剣砲を胸元まで担ぎ、物々しく言い方で。

 

 

「貴殿方がしていることは国際法、さらに聖連の意思に反した行為と判断しました。故に、 "猛鷲(エル・アゾウル)" と地上部隊及び、私が参戦しました――」

 

 

 が、とさらに強調した前置きを入れ、その猛々しく鋭い炯眼で両者を一瞥し、

 

 

「我々もこれ以上の闘争は控えたく、互いの安全を懸念したものとして結論付けまして――、投降をお願いします」

 

「やなこった」

 

 

 明らか様な拒否。まあ当然でしょう、とどこか納得した宗茂は忠勝がこの状況を楽しんでいることを瞬時に理解した。

 

 だからこそ、止めなければならない。今まで()ったことのない相手に、宗茂の本能かナニかが危険信号を放っていた。

 

 

「もう一度だけ言います。投降をお願いし――」

 

「――結べ、蜻蛉切……!」

 

 

 続きの言葉は必要なかった。

 手首を返して槍を振るい、穂に宗茂を映し出し――名を斬った……はずだが、無効。その精悍な格好は姿を残し、立っていた。

 

 

「……速度か」

 

「Tes.」

 

 

 先より空いた数十メートルほどの間に、僅かに乱れた息を整えつつ、宗茂は答えた。

 

 

「神格武装・蜻蛉切――その能力は刃に映した対象の名を取得し、『結び割る』ことでその対象を割断する……しかしその反面、有効射程距離は三十メートルと短く、その対処法としては距離をとることが最適かと」

 

「なんと、ご存じでしたか」

 

「おいおい何だ鹿角。お前生きてんのかよ」

 

「Jud. しかし流体抽出装置を失い、もう間もなく起動不能になるかと――。忠勝様にも分かりやすく言うと、致命傷というやつです」

 

 

 要はもう助からない。鹿角の口調がそう告げていた。

 だが、それを悲観するほど、暇もなければ余裕もない。尚且つ感情もない。

 

 ここはいくさ場。感情を持ち合わせることなど決してないのだ。

 

 

「……死体だと思いでしたら、抱える必要もありませんでしょう。どこか生きててほしいなーとかちゃっかり思っていましたか?」

 

「いやいやいや、これは、これはだな。鎧のつもりだ。お前抱えたら一発や二発はどうってことないかと――おいこら何で首に腕を回す?」

 

「このほうが落ちにくく、安定しますので。――それとも何か不都合でも?」

 

「バカ、不都合だらけだ。お前さあ、絶対意識してやってるだろ? 可愛すぎんだよこのボケ」

 

「もう少し捻ったらどうですか。しかし先程の攻撃は一体……? 飛来した力場を左手より重力操作を連続させ、なんとか躱しましたが、その正体までははっきりとは……」

 

 

 抱擁する形で二者は宗茂を見た。一方、忠勝は左手を鹿角から蜻蛉切に持ちかえ、両の手で槍を持つ。その様は異形と言えど、豪快たる姿だ。

 

 

「ああ、ありゃ大罪武装の一つ " 悲嘆の怠惰(リピ・カタスリプシ) "ってやつだ。三征西班牙(トレス・エスパニア)に渡された一つだが……厄介っちゃ厄介な代物だ。なんせ、この蜻蛉切と同じ『割断』能力があるんだからな」

 

 

 チラリと見た蜻蛉切。相変わらずその刃は輝きを衰えさせないが、はっきり言ってしまえば蜻蛉切は年寄りの類に含まれる。若い頃より共にしたせいか、その輝きはどこか老化に嘆いてるようであった。

 

 

「確か "悲嘆の怠惰" には三つの能力があってだな。一つが蜻蛉切同様に割断する能力。二つ目は普通の剣砲としての能力。そして最後が、大規模破壊兵器である大罪武装として重要な――」

 

「『刃に映し憶えた射程距離上のものを削ぎ落とす』――ですね? 剣砲と蜻蛉切、二つの能力を兼ね備えた大罪武装ということですか……」

 

 

「Tes. 悲嘆を示す『掻き毟り』が発動し、射線を走ります」

 

 

 なるほど、と鹿角は感嘆を漏らした。

 

 

「中々チート過ぎな能力かと……。蜻蛉切の進化版といいましょうか」

 

「だよなあ。殿もめんどうなモン作ったもんだ。おい見ろよ、デザインがだっせぇだろ? 我はあれ進められても使う気にはなんねぇな」

 

「大丈夫です。忠勝様のようなダメ大人にあのような高度な物など扱えるはずがありません。よかったですね」

 

「何がよかっただ、悲観的な鎧め。それにな、我はあれ使ったことあるぞ。そっちに渡された "悲嘆の怠惰" と "怠惰な嫌気" の試作品として作られたのがこの蜻蛉切だ。テストしろって言われたもんだから、やってみたら使いづらいのなんの。――おいボウズ、そいつの超過駆動使えるのは――」

 

「――Tes. 私の力では、一度に五十パーセント前後が限界です。しかし、残り一発で新名古屋城の暴走を止めるには充分でしょう」

 

「……だそうだ。最大出力で地脈炉を撃つだろうな。だが向こうも、そしてこっちもお互いの対処法を知ってるんだ。こりゃ、長引きそうな一戦だな」

 

 

「――話はそこまでです」

 

 

 やや長くなったところに横槍を指す宗茂は少しばかり焦っていた。

 二人は僅かながら会話で時間稼ぎをしている――という盛大な勘違いのまま、素な二人の脇腹をついた。

 

 

「これ以上、同じことを何度も言わせないでください。『投降をお願いします』……御身のためでもあります」

 

「裁くなら正式に裁こうって魂胆か、聖連は。なら何度も言うぜ、『断る』ってな」

 

 

「――何故、貴方はそこまで固執するのですか? 何故これから消えるであろう三河の町に身を置こうとするのですか!?」

 

「そりゃあ、お前らみたいな西国にはわかんねぇだろうし、言えねぇな。けどよ、我は生粋の『いくさ人』だと自負してる。逃げ出すのは……どうも性に合わん。それに――三河の当主様は三河崩壊に熱心なご様子(・ ・ ・ ・ ・ ・)だぜ?」

 

 

 僅かに後ろを見つつ槍を担ぐ姿勢は――戦意のないことを示していた。だからといって武器を納めるほど愚ではない。いつでも仕掛けられるよう、気を配った上で忠勝の向こう、新名古屋城を仰ぎ見た。

 

 三河全体を照らすほどに眩しい光柱と、それを包み込む光の天球が、辺りを支配していた。そしてその発生源でもあり、因子でもある新名古屋城の門の手前に、()はいた。

 

 

「四方の抽出炉の暴走は順調――オーバーロードまであと五分といったところですか……。元信公、もうまもなくかと思われます」

 

 

 

『了解了解! いやー長かったよ鹿角君。忠勝君が手伝ってくれたおかげで今日中に出来てよかったよホント! そうそう君の言うとおりあと五分ってところかな。地脈炉もいい感じだ。

 それで今回のゲスト、宗茂君はどうするつもりかね? 攻略? 退却? それとも謀略? 優等生の意見を聞きたいものだよ』

 

「元信、公……!?」

 

 

 三河の君主。大罪武装(ロイズモイ・オプロ)の制作者。傀儡男(イエスマン)字名(アーバン・ネーム)を持つ男……

 

 

『全国の皆、見えてるー!? 共通通神帯(ネット)で放送中だけど、映ってなかったらショックだよ! 映ってたら良い子の皆はちゃんと画面から離れて見るんだよ? 目に悪いからね。さあ、チャンネルはそのままで! さん、はい! 

 

 こんにち……あ、今は夜か。……ゴホン、では改めて――こんばんはぁぁああ!!』

 

 

 松平・元信、その人であった。

 

 

   ☆★☆

 

 

生徒が質問してきたら

 

答えるのが教師の務め

 

では、世界からの問いに答えるのは?

 

配点《問者》

 

 

   ☆★☆

 

 

 

 より一層強くなるのは鼓動と光だ。大地が大いに揺れ、まるで昼間の如く眩い光の塔が辺りを支配していた。

 

 白衣を着た老年の眼鏡の男、松平・元信はスポットライトのように眩しさを放つ新名古屋城の統括炉前にいた。派手なポーズを一回、そしてマイクを片手に撮影機材に盛大に語りだした。

 

 

『ふふふ、どうだい地脈炉は。いい感じに暴走してるだろ? 課外授業として最高のシチュエーションじゃあないか。ではさっそくだけど、全国の皆に質問しよう。

 

 三河が消滅するところ見たい人――手ぇえ挙げてぇぇええ!!』

 

 元気よく、そしてはっきりと、元信は現在三河で起こっている事とこれから起こるであろう事を共通通神帯(ネット)で伝えた。そして誰もがこう口にするだろう。狂ってる、何を言ってる、と。口は違えど口にした言葉は皆同じであった。

 

 

『さあ、さあさあさあ! 思いきって盛り上げていこう!』

 

 

 松明の灯りが点くと共に、統括炉の左右陰から数十人の自動人形が列をなして元信の背後へと並んだ。

 

 多大な自動人形は各々楽器を手にし、横笛や琵琶、太鼓といった和楽器を天高く奏で――深く、そして温かみのある和音を鳴らして……唄った。

 

 

『―――』

 

 

 曲は『通し道歌』。極東人なら誰もが歌い、知っている楽曲だが――宗茂はこの歌を知らない。

 演奏と歌が混ざり、懐かしみのあるムードを漂わせる中、宗茂はただ困ったように顔をひきつらせ、場の流れを見続ける他なかったのだった。

 

 そんな宗茂に対し、元信は笑った。三日月のように歪めた口元を見せつけるように、彼は一笑した。

 

 

『んんー、いいねぇ。実にスガスガとしたいい気分だよ。場が場じゃなかったから先生も一曲や二曲、歌でも歌いたいほどにいい気分だ。世界を左右した為政者というのは、いつもこんな清々しい気分を味わってたのかな?』

 

「おいおい殿先生。あんた為政者っていうより、独裁者的な悪い顔してんぜ? 一回鏡見てこいよ」

 

『暴言を吐いてはいけませんよ本多君。バケツ持って案山子立ちで立ってなさい。期限は三河消滅するまでね』

 

「嫌だぜそんな最期! ……おい何で用意よくバケツ持ってきてんだ! 言っとくが我は持たんぞ! ?鹿角も止めろよ!」

 

「さあさあ。お持ちになってください。これで私も肩の荷が下りますので」

 

「おい鹿角てめぇ!」

 

 

 日常――彼らの日常と言わんばかりの軽さ。この現状が見えていないかのように、平然とした立ち振舞い。そこに宗茂は憤りを感じた。

 

 大多数を巻き込んで、己の仲間達を傷つけておいて、今尚 平然としている彼らに宗茂は激しく立腹し、憤りを胸の底から感じ取った故――宗茂は言葉にした。

 

 

「元信公! 一体、何のためにこのようなことを興したのですか! このままでは地脈が暴走し、三河が消滅するのは明白! 何故ゆえこのようなことを……!」

 

『質問するときは挙手しようね、三征西班牙(トレス・エスパニア)の立花・宗茂君。それと質問は一回につき一問だけだ。勉強熱心なのはいいけど、知りすぎは注意だ。皆と同じラインで行かなきゃ、不平等だろ?』

 

 

 一体何を言って、と戸惑う宗茂を他所に、元信は言葉を続けた。

 

 

『三河が消滅? 知ってるよ。そんなの誰だって知ってる。でもさ、そうなると……面白いよね?』

 

 

 

 だろ? と返答を待つ元信の顔は、至って真面目な顔。今の台詞がおふざけや冗談じゃないことがしっかりと分かった。

 

 

『危機って面白い。考えることは面白い。これが先生の意見だね。だってさ、考えるのを止めたら死んだり、滅びたりするんだよねぇ。考えること――それは素晴らしいし、考えないと色々と大変なこともある。持論だけど、危機的状況って面白い展開なんだよ、宗茂君?』

 

「だから……何だというんですか!?」

 

 

『だけど、危機より面白いものがあることを先生は知っている。さーて、第一問ッ! 最大で最高の面白いもの、それは何かな?』

 

 

 聞かれ、迷った。だが答えないわけではない。ありのまま思ったことを晒した。

 

 

「解りません! 時間稼ぎの問答ですかこれは!」

 

『――いい答えだよ宗茂君。そう解らない。これは適格な答えだよね。でも君に非があるわけじゃない。難しく考えすぎだ。簡単な――ちょっと考えればすぐ出てくる簡単な『こと』だよ』

 

「はいはーい! 我は解りましぇ――ん! 答えプリーズ!」

 

『おいおい君はこっち側の人間だろ? 鹿角君、彼につきっきりで勉強タイムだ。全問正解するまで逃がさないから』

 

 

 で、と一つ間を置き、マイクを持ち直して再び宗茂へ問い質した。見下ろす形であるが、対等で、そして持て囃すように元信は、優しい言葉遣いで語り始めた。

 

 

『簡単だ……実に簡単な『答え』だ。三河の消滅より、国の崩壊より――もっと恐ろしく、面白い(・・・)こと――それが『末世』だ』

 

 

「末世……!? だが、それを面白いとは……!」

 

 

 不謹慎だ。だが恐ろしいことは認めざるを得ない。

 近年から急速に話題へ走ってはいるが、どのようなもので、いつ、どんな風に、起こるのはまったく解らないということ、それだけが現状である。

 

 

『悲しいだろ? 今まで生きてきた『痕跡』も、友達や家族と過ごしてきた『思い出』も、これからどうなりたいかの『将来』や『夢』も、みーんな消えちゃうんだ。書いたはずの宿題を家に忘れたときと同じ絶望感を味わうんだ。悲しいじゃあないか』

 

 

 でも、と否定的な言葉を混ぜ、元信は言った。

 

 

『世界を変えられたらどうする? 未来を変えられたらどうする?

 

 末世という災厄を退かせる唯一の手段があったら……君はどうする?』

 

 

「末世を……!? そんなものが、あると言うのですか!?」

 

『質問を質問で返すのかい? 最近の教導院は随分変な教育をしてるんだね。先生の頃は質問されたら必ず答えるというのが一般的なんだが……まあそれは置いといてっと。

 

 ――集めるんだよ。先生が渡したものを、君たちが集めるんだ。そうすれば道は開けるだろうし、どうするべきかも解ってくる。これが第二問だ! さあ、考えたまえ!』

 

 

 『渡したもの』――この一言に頭の回転が早い者なら考えなくたって理解していただろう。現に宗茂も、その一言に考えることなく、それが一体何なのか理解した。

 

 そして元信も、宗茂がそのことに気づいたことを把握していた。

 

 

『そう! 大罪武装(ロイズモイ・オプロ)だッ! 九つの大罪武装こそが末世を覆させることが出来、世界を救うことの出来る存在なのだよッ! どうだい驚いたか! 遠慮なく驚いていいんだよ宗茂君!』

 

 

 大罪の名を持つ武器――大罪武装が、末世を救うためのものという事実に訳が解らないように、頭は混乱している。

 そして、宗茂は眉を潜めた。大罪武装が世界を救うことではなく、気になる単語にだ。

 

 

「九つ、とは――? 全部で八つのはずでは……?」

 

 

『ううん? おっと、口が滑っちゃったか。けど、言った通りだよ。大罪武装は全部で九つ、八つしかないなんてただの固定概念でしかない。先生は九つの大罪武装を作り、七つの国へ渡した、これこそが事実なのだよ。

 

 ――では、七つめの国は何だという顔をしているね。ではでは! 待ちに待ったラストクエスチョン! どこに何を配った(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)と思う!?』

 

 

 狂気と陽気、元信からその二者が禍々しい形で確認された。そしてその禍々しさを全世界に見せつけるように、手を大きく広げて、

 

 

『大罪武装は "嫉妬" の『焦がれの全域(オロス・フトーノス)』という……!』

 

 

 全世界に衝撃を走らせた――そして

 

 

『その "嫉妬" はあるのは……いや、語弊だね、この言い方は。その大罪武装がいる(・・)のは極東――武蔵という国だ』

 

 

 その男は禍々しさを払拭させてような眩しい笑顔を、そのままマイクへ促した一声を以て、

 

 

『その "嫉妬" の持ち主は……ホライゾン・アリアダスト。……私の娘でもあり、大罪の原材料でもある自動人形――今はP-01sとして生活しているが……彼女こそが、最後の大罪武装、『焦がれの全域(オロス・フトーノス)』そのものなんだ』

 

 

 

 

 再び、世界を驚愕の渦へと陥れた。

 

 

 

「――バカな……! それこそ愚策です! 末世を左右できる大罪武装を送り、手に入れさせるのが……私にはそこまで価値ある策だとは思いません!」

 

『価値感は人それぞれだ。だから君の言い分もよくわかる……けど押し付けるのはいけないよ? 価値感の強要は――先生好みじゃない』

 

 

 諭され、言葉が出なかった。どうしてそんなことをしたのか、と問い質したかった。樹木に僅かな火種を点け山火事へ至らせるように、世界を戦禍に包ませようとするその精神を宗茂は理解できなかった。

 

 しかし元信は言葉を続け、宗茂はただ聞く以外なにも出来なかった。一方的に説く元信に、入る余地がないと判断したまで。

 

 

『人生は楽しかろう? 面白かろう? まさか、つまんないかな?』

 

 

 その問いに宗茂は答えない。即答するほど答えは決まってないし、考えたって結論が出ないからだ。

 

 平和な生活に――どこか退屈だと思ってる自分がいることに、宗茂は鬱屈な気分になる。

 

 

『先生も似たような立場だよ。人生は退屈。平凡な日常なんてのはその日その日の凡作だ。それに――先生の友達が言ってたんだけど、自由に生きるこそが人生の勝ち組なんだってね。だから……思ったんだ、この世界を面白くしようって』

 

 

 その突飛な思想に宗茂はうねりを上げた。しかし口出しはしない。次の元信の言葉を待ち、我慢を解くように――

 

 

『吉報だ。これから世界は大きく動く。そしたら……これからの人生はもっと面白く、楽しくなるから! だってそうだろ? これから起こるのは、聖譜記述にも載ってない世界大戦なんだからね。――さて、私の授業は此にておしまい。あとは自習……君が考える時間だ。答えを聞こう、宗茂君!』

 

 

「Testament!! 貴方を止めます! 今ここで地脈炉の暴走を止め、もう一度、考えを改めさせます! それが私の答えですッ!」

 

 その答えに誰が見てもいい笑顔だと言い切れる顔の元信は拍手。そして嬉しそうな笑みのまま、

 

 

『……jud! それが君の答えか! いい答えだよ宗茂君! でも正解ではないね。かと言ってハズレでもない。悩むところだ……だから、止めなさい本多・忠勝』

 

「無茶苦茶だな! ほとんど丸投げじゃねぇかよ!」

 

 

 だがまあ、と一つ気だるさを見せ、長いため息を一つ。

 そして風は変わった。そよ風から、暴風へ。この威圧的な、荒れた風の発生源は――

 

 

「――来いよ、若造。西国最強の腕、見せてもらうぜ。こちとら伊達に東国最強の名を背負ってるじゃねぇんだからな……!」

 

「……! 行きます!」

 

 

 暴風を押すは若き伊吹。東国一と西国一のいくさ人は再び相対しあった。

 

 

……刹那、三河が崩壊する音を以て、二人は激突した――!

 

 

 




感想、意見をお待ちしてます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

双月下の喪失者

 

 

 武蔵から沸き上がるのは花火への喝采ではなく、三河で起きている一件とこれから起きる事柄に対しての戸惑いと不安の声だった。

 

 ある者は絶句し、ある者は愕然と、ある者は固唾を飲む――この様々な反応こそが元信の狙い目だ。人々が驚愕することで、記憶に刻みつける。これこそが元信のやり方なのだ。

 

 

「………」

 

「―――」

 

 

 武蔵アリアダスト教導院前、校庭に架かる橋上で一同の言動は皆無に等しかった。光の柱は目に焼き付き、地の鼓動は全身へ刻まれ、僅かな動きさえも制限されたように。

 

 しかし、慶次は違った。眼前で起こる現象に驚きはしたものの、平常心は掻き乱されることはなく、この事態に動揺する鈴や東といった面子を安堵させていた。

 

 

「け、慶次くん、あの……」

 

「心配すんな鈴。直に治まるだろう……」

 

 

 とは言うものの、側にいた鈴にはすぐわかった、彼は不安げであると。

 慶次がいくら誤魔化し隠そうとも、声色から感情を読み取ることの出来る鈴の前では無意味であった。

 

 しかもその不安は恐怖や緊張から来るものではなく、『哀しみ』から来たものだということも、鈴は分かりきっていた。

 

 

( 無理、してる…… )

 

 

 この事態にではなく、これから起こる事柄に彼は不安を憶えている、鈴はそう直感と経験で感じていた。どこに無理してるのか、そのことを問い質そうとして――代わりに音を聞いた。彼が自分から離れ、歩いていく足音。その先にいたのは――

 

 

「トーリ、話がある」

 

「ん? 何だよ慶次。そんな改まった顔して――」

 

 

『ラストクエスチョンだ! どこの国に何を配った(・・・・・)と思う!?』

 

 

 子供っぽい情緒を見せる元信は大声で全世界に問う。

 返答が来ないのを良しとし、待たずして答えた。彼は大きく息を吸い、

 

 

『大罪武装は "嫉妬" の『焦がれの全域(オロス・フトーノス)』という……!』

 

 

 そして武蔵にいる誰もがその名を聞いた。誰もが知っているその名を耳にした。

 

 

『その "嫉妬" はあるのは……いや、語弊だね、この言い方は。その大罪武装がいる(・・)のは極東――武蔵という国だ』

 

 

 自分達が生活してる土地――準バハムート級航空都市艦、 "武蔵" の名と、

 

 

『その "嫉妬" の持ち主は……ホライゾン・アリアダスト。……私の娘でもあり、大罪の原材料でもある自動人形――今はP-01sとして生活しているが……彼女こそが、最後の大罪武装、『焦がれの全域(オロス・フトーノス)』そのものなんだ』

 

 

 かつて好いていた女の名を――二人は聞いた。

 

 

 

 

「愚弟!?」

 

 

 実の姉の声より早く、トーリは走っていた。いや、 走らざるを得なかった。

 

 元信が全てを言い切る前に、肝試しで疲れたであろう身体を動かして尚、走らざるを得なかったのだ。十年前、あの後悔通りで二人して事故に遭い、死の淵を彷徨い、――殺したといっても過言でもない彼は、ひたすら走った。

 

 

「愚弟、待ちなさい! 命令よ! 待っ――!」

 

「退いてろ喜美! 俺が追う!」

 

 

 去り際に背中を叩いて喜美を安堵させ――速さを変えることなくスピードを乗せたまま……飛び出した。

 武蔵一の速さと跳躍力を持つ彼――慶次が、いや……前田・利益として、葵・トーリを追ったのだ。

 

 

「――!」

 

「皆!?」

 

 

 さらに影が三つ。

 ネシンバラとウルキアガ、ノリキの三人が梅組の面子の制止を振り切って走り出た。さらに遅れた喜美が目一杯叫ぶ。

 

 

「二人を追って! お願い!」

 

 

 Jud――。

 淡々と答える慶次の声だけが、後悔通りより響いていた。

 

 

 

☆★☆

 

 

忘れたくとも残る

 

消したくとも褪せない

 

一度ついた傷を治すことは出来ない

 

配点《後悔》

 

 

☆★☆

 

 

 

 月独特の明かりが世界を照らしていた。他に大きな明かりはない。それは三河から光が消えたことを意味し、さらに言えば、大地の鼓動も消えた。変わりに武蔵のあちこちからざわめきの音が聞こえ、また違った鼓動を見せる。

 

 

「光が……、治まった?」

 

「三河はどうなったんだ……?」

 

 

 戸惑いと不安が渦巻く中、正純は焦り急いでいた。手を引くP-01sの頭に自分の上着を被せ……周囲の目線から忌避するように。

 

 

「正純様、寒くはありませんか?」

 

「大丈夫だ。むしろ――何がなんだか分かんなくて、汗が出てるんだ。……暑い、と言えばいいのかこれは……」

 

 

 ただ己の足が速くなっているのは自覚している。それはどこか、何かを恐れてるようで、逃げているようだった。自分らしくない行動に、正純はまた戸惑いを隠せなかった。

 

 

「正純様?」

 

「とにかく急ごう……。下手に目立つと――色々と面倒だ。早く"青雷亭"へ……! 少し急ぐぞ、P-01s――」

 

( P-01sと言えば、いいのかここは…… )

 

 

 先程の放送が全て事実だとしたら、彼女はP-01sという自動人形ではなく、ホライゾンという元人間なのだろう。正純もその名は知っている。いや、今日は知ったと言うべき名か。

 

 

( ホライゾン……後悔通りで死んだと言ってたな。――葵が殺したという少女…… )

 

 

 そして、大罪武装とは彼女の感情を利用して作られた兵器、しかもそれを集めることで末世を、世界を救えると元信は言った。 

 それが意味することは、今 自分が引き連れてるのは世界の命運を分ける存在。政治の道を志す正純にとって、それがどれだけ重要なものなのかは十分 理解していた。

 

 

( 元信公の内縁の娘で葵達の同級生だった少女……。今は大罪武装の原材料で、体内に嫉妬"の大罪武装を持つ自動人形……。大方、肩書きだけで言えばこんなものか…… )

 

 

 だからこそ、厄介といえる存在なのだ。これからどうすればいいのか、分からない。政治家志望だというのに、これから何をしてどう行動すればいいのか解らず、今の正純にはどうすることも出来なかった。

 

 ならば、他人から助言してもらおう。そう思い、青雷亭に行こうとしているというのに、

 

 

「正純様」

 

 

 呼び掛けられ、静止し、

 

 

「先程の放送から察するに、P-01sはP-01sではないですのね?」

 

 

 忘れたかった事実を――ぶつけられた。

 

 

「P-01sはP-01sではなく、ホライゾンだと言われました。ですが、率直に申しまして、理解の範疇を越えております。それに――

 

 ――ホライゾンは、ホライゾンとしてどうすればいいのでしょうか?」

 

 

 問われ、何も言えなかった。突然、自分の正体を言われ、末世解決の鍵としての役目を強いられた彼女に何をしてやればいいのだろうか。

 

 だがはっきりしていることがある。それは自分が何者なのか分からないということ。己の事が分からないのは、どこか自分に似ていた気がした。

 一年前のあの時――本多・正純を襲名出来なかったあの時と同じような気持ちを、P-01sは今体験している。

 

 だから放っておけなかったのかもしれない。同じ境遇に立たされてるP-01sに、同情してるのだと。

 

 

「お前は……」

 

 

 ただの自動人形。そう、ただの自動人形のはずだ。

三河崩壊に手を貸したわけでもなく、それを指図したわけでもない……ただの一般市民なのだ。

 

 

「君は――」

 

 

 君はただの自動人形だ、心配しなくていい。その一言が軽々しく言えるわけもなく……ただ息を漏らしてとぼとぼと歩く。

 

 

 歩いて、気づいた――

 

 

「お、おい! あれは何だ!」

 

 

 ざわめきの対象は光から、巨大な影へ。

 足元がただ薄い闇から、濃さが増した闇へ変わり果てていることに、正純はようやく気づいた。

 

 闇夜の空に突如現れた巨大な艦船――三河警護艦。その航路から上側を通過ではなく、接近していると理解したのは武蔵の艦外放送が終わった後のことだった。そして彼らが何をしたかというと、

 

 

( ホライゾン……大罪武装の確保だ……! )

 

 

 聖連の命令かは知らないが、確保しに来たことに相違なかった。"村山"を包囲するように、複数の揚陸船がスピードを落としつつ、停船。

 頭上から十数人の警護隊員が降下し、二人を取り囲む形で着地する。袋のネズミとはこのことを表すのだろう。

 

 

 ……走らなかったことを後悔した。

 

 

「正純様……」

 

「心配するな、大丈夫だ。だから――」

 

 

「私なら彼女を引き渡す。――過つな、正純」

 

「父上……!?」

 

 

 何時から立っていたのか、父がそこにはいた。

 その顔と声色からして、どうも助けに来たようには見えず、辺りの警護隊員に聞こえるような響きのある声で。

 

 

「見事な協力だ。よくやった正純」

 

「――!」

 

「ああ、そうでしたか、貴方が――。我々もスムーズに回収できてよかったです。ご協力、感謝いたします」

 

 

 自然な流れで間を分け隔て、最後に敬礼。

 別れの言葉も言えずして、手を引くホライゾンは警護隊に守られるようにその場を立ち去ろうとした――その手前、足を止めこちらを振り返った。

 

 いや、正確には『こちら』ではなく、『向こう』――。大きく続く通りのずっと先を見つめ、その視線を奇異に思った警護隊が倣うように見たその時――声が届いた。

 

 

「ホライゾン――!」

 

 

「葵……?」

 

 

 葵・トーリが野次馬を押し退けて前へと突き出てくる。

 あの通神(ネット)で彼女の正体を知ったようで、その走りぶりは慌ただしく、心配げな顔だった。

 

 

「ホライゾン……!」

 

「武蔵の住人か? ……時間がない。――排除しろ 」

 

 

「待て! 誤解だ!」

 

 

 三河警護隊がなだれ込む前に、後方からネシンバラが吠えた一声によって、隊員達は急停止した。

 

 

「彼は葵・トーリ! 武蔵の総長兼生徒会長だ。これは誤解だ。警護隊員に挨拶しに来ただけだよ。道を空けるんだ!」

 

 

 咄嗟にしてはいい機転だと、正純は思った。

 事実、効果覿面(てきめん)だったのか、僅かに動揺した後、二手に分かれる形で道が出来上がる。彼らにとって、総長と生徒会長の権限を持つトーリは目上の存在。そうせざるを得ないと判断したのだろう。

 

 そしてトーリが歩み始めた。十年前、死んだ少女の名を呟きながら、ゆっくりとした足取りで彼女に近づいていき――

 

 

 ……その距離五メートルのところで――影により叩き潰された。

 

 

「なっ――!?」

 

 

 直後、ネシンバラらも降下してきた人影によって叩き潰された。戦闘系のノリキやウルキアガでさえも、突然のことに判断が遅れ、身動きがとれずにいてしまった。

 唯一逃れた正純が、立ち込む砂煙の中見たのは白い装甲服。

 

 

( その紋章は……K.P.A.Italia か――!? )

 

 

 まさか聖連の代表国自ら回収に来るとは思いもしなかった。その屈強な肉体と重装備で、場を一掃し事を済ませた隊長格は三河警護隊の前に立つ。その会話から、場の権限を移譲する気だ。

 

 それを異とするトーリが、がむしゃらに叫ぶ。

 

 

「離せよおい! 俺はホライゾンに――!」

 

「黙れ、極東の民。貴様らが首を突っ込んでいい領域ではない」

 

 

 叫びに対し、隊員はトーリの腕を力強く内側へと曲げようと――いや、折ろうと軋ませていく。

 

 体が(やわ)いトーリには耐えられるはずもなく、悶声が時おり漏れ――場の空気を増悪させる。いずれ折れると、誰もが分かりきっていたからだ。

 

 さらに力を加え、より内側へ腕を曲げる。骨が微かに鳴り、筋肉が震え始めた。

 

 

「っ……!?」

 

「これで終いだ……! ……ぬっ!?」

 

 

 骨軋りが深くなるその手前、また。新たな音が生まれ、誰もがその音を聞いた。

 

 風とも、獣の地走りの音ともいえる一定のリズム。

 屋根づたいに走ってきたであろうその者は豪快な一蹴を以て、彼らの前に立った。

 

 

「慶次……!」

 

 

 トーリと正純の声が重なる。最も待ち望んでいた顔に、二人は歓喜の色を隠せなかった。

 

 そして同時、慶次が消えたようにも見え、僅かな間を空け、ネシンバラらを押さえ込んでいた隊員が宙に投げ出された。

 

 

「貴様――!?」

 

 

 隊長格が驚くのもつかの間――さらに近場を護衛していた隊員数名が膝を屈する。全員がふらつき――膝から折れた形で倒れたのだ。

 

 隊長格がようやく気づいた。彼は敵だと。我々から総長兼生徒会長を救出するため、そして武蔵の姫を奪還するために突っ込んできた敵だと理解したのはすでに六、七人がやられた後のことだった。

 

 そして残った者を目で追い、慶次が一言。

 

 

「ひー、ふー、みー……。あと数人――ってか。こりゃ骨が折れるな」

 

 

 拳を鳴らしているところを見ると、さほど苦労している様子はない。楽勝と言わんばかりに、その笑みを絶やさない。

 

 それに引き換え、K.P.A.Italia 側には緊張が走った。突然とはいえ、ものの数秒で数人を倒したことで、彼らのプライドがそれを許さず、滅することを優先づけたのだった。

 

 

「貴様――! 自分がしたことを分かっているのか?」

 

「あぁん? 何がよ?」

 

「これは聖連の指示にして、正義たる聖譜の元に行動しているのだ。それを邪魔するということは貴様らが聖連の意思に逆らい、正義に抗いし愚者だということ。いいか、これは正義だ」

 

 

「正義、だと……?」

 

「Tes. これは正義なのだ」

 

 

 やたら正義を主張する隊長格に慶次は重くため息を吐き――息を吸って怒鳴った。

 

 

「無抵抗の者を押さえ込んで、何が正義だ! 貴様らが正義を語るな! 恥じれ、聖連ッ!」

 

「……!」

 

 

 まさしく獣の雄叫びの如きその怒鳴りは、場をさらなる緊張へと陥れた。

 

 そして(慶次)は……縄が解かれたように走り、その胸元へと拳を振るう。

 

 

「がはっ……!?」

 

「ぐっ!?」

 

 

 一人、また一人と殴り倒し、ホライゾンの方へと近づき、隊長の前へ。

 

 残る一人となった隊長は先程の気迫を受け、動けなかった。いや、動くことができなかった。

 蛇に睨まれた蛙のように、不動となったのは必然だった。体と意思が反発してしまい、思うように行動することが出来なかった。硬直状態に陥ったことを隊長は理解した。

 

 

 そして慶次は拳を振るい上げ、今だ驚く隊長の顔へ――

 

 

「これ以上、無駄だと思われます。お止めになられたほうがいいかと」

 

「っ!? ホラ、イゾン……!」

 

 

 叩き込む前に、止められた。

 

 止めたのはホライゾンだった。慶次と隊長の間を文字通り横入りする形で、打擲間際に停止を促した。

 さすがの慶次も、ホライゾンに阻まれてしまえば止める他なかったのだ。

 

 

( ホライゾンが庇った!? いや、自動人形なりに最善の判断を下したまでと言うべきか…… )

 

 

「ホライゾン……!」

 

「先程申し上げましたように、これ以上の争いは無意味かと。そう判断できます」

 

「だがよ、俺はお前を……!」

 

「正純様に借りた本によれば、この場はこうしたほうがよろしいと書いてありました。場を収拾するため、政治家が先頭に立つべきだと。過去のパターンを学ばせてもらいました」

 

 

 本の受け売りではあったが、その言葉は重かった。

 慶次もホライゾンの言葉に意見することは無く、彼女を一瞥し。

 

 

「やっぱり……ホライゾンは優しいな」

 

 

 ただ一言だけを発し、拳を納めた。その場に胡座し、腰の刀をハードポイントから外し、前へと差し出した。降伏の態度だと皆は思った。その瞬間、立ち直った隊員らが一斉に飛び掛かった。

 

 

「うぐっ……!」

 

 

 やられた仕返しなのだろう。過重ともいえる人数に拘束され、その場に座らせられ――殴られた。ちょうど慶次が隊長を殴ろうとした部位と同じ部位だった。

 

 

「チッ……!」

 

「ふん、姫ホライゾンは我々が頂いていく。土地を追われた民族らしく、貴様らはただ眺めておればよい。後は我々、聖連の役目だ。貴様らが介入していいわけがない。分かったか、ガキめ」

 

「おいおい、ガキとは何だガキとは。俺には親父が名付けた前田・慶次とつけた名があるんだぜ? 分かったかよ、おっさん」

 

「貴様……!」

 

 

 さらに一発殴ろうとした隊長。だがホライゾンが再び二人の間に立つ。今度は慶次を守るような姿勢で。

 

 

「邪魔立てする気か、姫ホライゾン。我々は障害たる奴等を排除する――」

 

「ホライゾンが正しければ、貴方達はホライゾンを確保するために来たのだと記憶しています。なら確保した以上、この武蔵に長居する理由はありません。ことを長引かせるのは得策とは思えませんが?」

 

 

「……では、この男達は何だ? 我々に対し、紛れもなく武力をかざしたではないか」

 

「ホライゾンが確保されれば無関係となります。それに、武蔵の住民を傷つけることが、聖連の望むことでしょうか。正直に申しまして、『最善』ではありません」

 

「――Tes.」

 

 

 本の内容をややアレンジした台詞に、隊長は応じる。

 

 これ以上の長居は不要だと判断し、トーリと慶次から隊員を退かせ、帰還の準備に入った。

 

 もう自分に手伝えることはない。後は聖連、そして父の仕事だ。もはや手を下さなくとも、事態は終息に向かうだろう。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

 確保部隊が去って、場は落ち着きを醸し出していた。

 だが、彼らには安息が訪れない。災いが去って尚、心に刻まれた傷は大きい故に。

 

 

「葵……慶次……」

 

 

 せめて謝らなくてはと思い、倒れたトーリを背負う慶次に歩み寄る。

 

 

「す、すまない……。私は……」

 

「ああ、別に気にすんな。お前こそ大丈夫か? 嫌なもん見ちまったんだからな」

 

 

 最後まで謝らせてくれなかった。彼は最後まで、自分の安否を気遣ってくれたのだった。

 

 

「お前、ホライゾンを "青雷亭(ブルーサンダー)" へ逃がそうとしてくれたな。……ありがとな。それだけで……十分嬉しかった」

 

 

 止めてくれ――礼を言われる筋合いはない。

 

 何も出来ず、何も救えないそんな自分に、慰めと謝意の言葉なんて不用だ。むしろ罵声が欲しかった。叱咤して欲しかった。守れなかった不甲斐ない自分を。

 

 

「おまっ……血が………!?」

 

「んあ? ホントだ。ちとしくじったか。けど、トーリと比べれば軽傷だ。ある意味、こいつのほうが重傷(・・)なんだからよ」

 

 

 額より血が滴るのも構わず、来た道を引き返す慶次。その背にトーリの背負い運ぶ彼に、正純は手出しできなかった。

 

 

「ホライゾンは……心配ない。あいつは、芯が強い女だ。あういう女は敵に回すと厄介でな。俺も何度か……いや、今はいいか。とにかくな、ホライゾンはいつまで経ってもホライゾンなんだな」

 

 

 けど、と。

 僅かに見えた頬を濡らす一滴。血か涙か、拭いもせずに滴るモノはただ静かに響いていた。

 

 

「いつまで経っても……俺はホライゾンに届かない。想いも、この手も……全然届かない。むしろ離れていく。はは、滑稽だねぇ……」

 

「慶次……」

 

 

 その言葉を最後に、残酷な静寂だけが、二人を嘲笑い続けた。

 

 

 





読了ありかとうございました。

なんか最近、一ヶ月ずつの投稿になっていますよね。ホントに申し訳ないです。頑張って半月で一話になるよう努力します。けども車の免許が……!←(言い訳ではないです)

今回では慶次がホライゾンに届かないところを強調させてみました。『花の慶次』における、まつと慶次みたいな間柄です。作者はまつとホライゾンを同一視してます。あくまで独自解釈ですが。

いくら想っても結ばれない……そんな悲恋な二人です。書いてて悲しい(T_T)。

意見、感想お待ちしてますね。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

議会中の服案者達

 

 

 懐かしい夢を見ていた。今から十年前ほど前のことだった。

 

 

「なあ、話ってなんだよ?」

 

「ああ、実はな……俺、ちょいと家空けるわ。野暮用でな。しばらくは帰れん」

 

 

 懐かしい思い出。だが、ある意味 最後の思い出(・・・・・)でもあった。

 

 子供の頃の思い出はほとんど憶えていない。だが、これは忘れられない――いや、忘れてはいけない記憶。この思い出だけは、彼の記憶にしっかりと刻み込まれていた。

 

 そして――眼前に立つ渋味のあるこの男も……彼にとっては懐かしい人物だった。

 

 

「えぇ!? なんでだよ! わかった。またどっかに作ってきた女の人と……むぐぅ!?」

 

「しぃー!! アホ、大声でそんなこと言うな! 酒井のバカに聞かれたらネタにされんだろうが!」

 

 

 否定しない辺り、あながち間違ってないことは確かだった。

 

 とはいえ、男がいなくなることに哀しみと寂しさを憶えた。たった一人の肉親。というのもあるが、何より、家族が消えるのはもう体験したくないから――。

 

 

「……バカだな。仕事済ませたら、ちゃんと帰ってくるさ。それまで、葵ん家の姉弟や浅間神社の嬢ちゃんと仲良くしてろ。前田家の男はダチを大事にしてナンボよ」

 

 

 ポンポンと頭を叩く温かみと優しげのある手は、どこか名残惜しさを感じさせ、寂寥を一層 増させた。

 

 

「俺がいねぇ間は酒井に――いや、あいつに頭下げんのは嫌だしな……。ま、武蔵さんに頼りな。酒井より百倍頼りになるし、……母さんにも似てるし、悪い気はしねぇだろ? よし決まりだ」

 

「……いつ帰るの?」

 

「分からん。五年後か、十年後か……、はたまた数十年後か。とにかく、長期間なのは確かだ。だからよ――」

 

 

 差し出したのは一本の長物――。全体が布に巻かれ、その僅かな隙間から覗いた朱色(・・)が鮮やかな長物だった。

 

 そして男は言う。邪念のない力強い笑みのまま、男は言い放った。

 

 

「――『俺の代わりに、武蔵を守れ』。……これは餞別だ。俺にはもう必要ねぇ。これからはお前が持ち主だ。だからよ、武蔵を守るのも、お前の役目だ」

 

 

 無茶苦茶な。と子供ながらにその時は思ったものだ。だが、拒否は出来なかった。男の眼差しは、真剣そのものだったからだ。

 

 故に、頷く。大切な友達を、そして男が残すこの武蔵を守るために。

 

 

「そうか! なら結構結構! さっそく前祝いに飲むかぁ!」

 

「あ、この前 酒井おじさんに酒控えろって言われたんでしょ! やめときなって!」

 

「あんな奴に言われて止める俺じゃねぇ! よーし、早速片っ端から梯子酒すっか! ついでだ。近所の奴等も呼んでパァーと盛り上がろうぜ! なんせ、お前の…し……なん……よ―――……」

 

 

 

「―――親父?」

 

 

 

 そこで慶次は目が覚めた。ぼんやりと窓から朝日が差し込む中、重い瞼を開かせた。

 

 

「……夢か」

 

 

 夢にしては鮮明なものだった。それだけ思い入れが強いのか――は知らぬが、それでも慶次にとっては印象の強い夢であった。

 

 虚な目を瞬きして正常に。ようやく視界が晴れたところで、新たな人影が生まれた。

 

 

「……随分と遅いお目覚めのようですね。――以上」

 

 

「村山か……」

 

 

 慶次の自宅は左舷二番艦 "村山" 、商店街が見下ろせる見晴らしのいい小高い場所にあった。一見、プレハブみたいな小屋のような家ではあるが。

 

 間取りは単純。シャワー室とトイレ、後は一室のみ。しかし狭さを感じさせない作りになっているため、一人暮らしの慶次にとっては『住めば都』であった。

 

 

 だが、彼自身、起きるのは喜美に匹敵するほど遅いため、教導院の本鈴がなる前に度々、村山が起こしに来るのだ。何とも羨ま……ゲフンゲフン、だらしないったらありゃしない。

 

 

「普段から遅起きとは思っていましたが、今日は一段と熟寝のご様子で。何かいい夢でもご覧になられたのでしょうか? ――以上」

 

「ある意味だがな。……教導院は?」

 

 

「Jud. 昨夜の騒動の受け、一時は休校にもなり得ましたが、様々な方の協力のおかげで通常登校です。――以上」

 

「武蔵さんは?」

 

「武蔵様は品川と共に酒井様の保釈手続きをしに三河関所へ。もうまもなく釈放される頃かと。――以上」

 

「あー……そういや、三河に居たんだっけな。事情聴取されてる最中であろう。……さて、っと」

 

 

 布団をどかし、生まれたままの姿へと――。基本、在宅中は着流しのみで過ごすのが日課な彼なだけに、裸になるのは自然なこと。それを補佐する形で、村山は当然のように着替えを差し出す。

 

 いつも通りの朝。いつも通りの準備。………なのに

 

 

( 気分が……晴れねぇな )

 

 

 その原因はもちろん――口にはしなかったが、十分 理解していた。

 

 けど、今は抑え、済ませることを済ます。着替え、帯びて、靴を履く。毎朝の一連の流れだ。当然、それさえも村山が補佐する。

 

 最後に見送り。手を重ねて一礼し見送る様は……一種の主従関係のようだが、どこか肉親関係のようでもあった。

 

 

「いってらっしゃいませ。――以上」

 

 

 いってきまーす、と怠そうな返事の慶次は、重い足取りでいつもの場所へ向かうことにした。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 いつもの朝が来た

 

 いつもの時間が流れる

 

 けど、いつもの日は来ない

 

 配点《日常》

 

 

 ☆★☆

 

 

 

コソ、コソ……

 

 

「………」

 

 

コソコソ……

 

 

「………」

 

 

 

「なーにやってんだ、テメェ」

 

「――ひ、ひぁいッ!!」

 

 

 可愛いのどけた声が一つ。梅組の標識が掲げられているドアの前に不可解な少女が一人。顔を見れば、浅間であることに衝撃的だった。

 

 

「って、慶次君じゃないですか! な、なな何です一体!? 別に八時前だから誰もいないだろうし、一番に来て待つのも嫌だから一回 様子を見て――って、違います違います!」

 

 

 コソコソとドアの隙間から教室内を覗こうするのは巫女のやることじゃないし、動きがアレなせいか、半目を向けられ、浅間はたどたどしく焦った。

 

 しかしすぐさま視点を変え、彼の顔へ――。

 

 

「け、慶次君…傷は――」

 

「別に重傷じゃねぇし、打撲くらいかねェ。まっ、人一倍 体は丈夫だから、大したことねぇな」

 

「よかった……」

 

 

 彼が無事だったことに、自然に安堵の息が漏れる。

 

 昨晩、事後の二人を見て……一同は酷く嘆いた。手を出せず、ただ嘆いただけだった。

 ボロボロに汚れたトーリと、血を流しつつ彼を背おう慶次の二者を、迎えることも慰めることも出来なかったのだ。そのことに一同は自虐した。

 

 それはまるで。

 

 

( まるで、あの日(・・・)みたいですね…… )

 

 

 数奇なものだ。今日があの日の丁度 十年後。運命とは、必然な物なのかもしれない。

 

 二人が一番 親しかったであろう少女を失ったあの日。

ようやく会えたのに、これから失われるであろう今日。

 

 どちらにも嫌な顔をした二人と、無力だった自分がいたことは常に憶えている。

 けれど。

 

( 貴方に……救われましたね )

 

 

 

「おい、何してんだ。入んねぇのか?」

 

「は、はい!」

 

 

 思慮中の浅間を気にも止めず、教室へ。

 戸を開け、最初に飛び込んできたのはクラスの皆。そして――。

 

 

「あら浅間ったら! 朝早くから慶次と一緒だなんて、もしや朝帰り!? 巫女に男 寝取られるとはこれなんてエロゲ!? これが寝取られってやつぅ!?」

 

「わー! 何言ってるんですか喜美! 違いますからね! たまたま教室前で会っただけでそんな明るい家族計画はまだ実行してませんから……!」

 

 

 朝から喧しい喜美の後ろで、机に倒れ込むように突っ伏した――

 

 

「トーリ君……」

 

「……ちっ」

 

 

「僕らが来たときからああでね。どうも番屋で説教食らってたみたいだ。それで、皆でどうするかって話してたんだけど……とりあえず」

 

 

 ネシンバラは表示枠(サインフレーム)を展開し、力を失っていない眼差しでメンバーを一人ずつ見据え――最後に浅間と慶次へ。

 

 

「ようこそ……権限を失われた総長連合兼生徒会へ。まだ来てないのもいるけど、僕らは僕らでやれることをやろう。ホライゾンと武蔵、これからの方向性について考えようじゃあないか」

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「あの……誾さん? 私ついさっきまでベッドで寝てた怪我人なんですが……いつまでこうしてるんですかね?」

 

「宗茂様ならあと数時間は大丈夫でしょう。それに、私を心配させた罰です。直立だけで済むんですから、喜んだらどうですか?」

 

「いや、罰といってもただ立ってるだけじゃないですか……」

 

 

 そう、ただ立ってるだけだ。だがそれだけで三征西班牙(トレス・エスパニア)の士気には大きく影響する。

 

 三河崩壊の一件から数時間経ったものの、その威勢は衰えずということを見せつけるように、宗茂はその場に切り立っていた。立つしかなかった。立つことで、八大竜王は健在であるいうことを証明しなければいけないのだ。

 

 

( ……うち(三征西班牙)はそんなに疲弊しましたかね……… )

 

 

 自分達の右側には撮影機器を回すK.P.A.Italia 。正面には極東で唯一の武装部隊である三河警護隊。そして部隊を率いる長髪の女武士こそが――。

 

 

( 本多・二代――。そういえば、こうして正式に顔を合わせるのは初めてでしたね…… )

 

 

 一目見るだけで分かる。さすがは本多・忠勝の娘だ。

 自分の妻と同等の匂い(・・・・・)を漂わせる彼女は今、どういった立場にいるのか……とついつい考えてしまう。

 

 

「難しそうな顔をしてますね。ダメです宗茂様。西国無双がそのような顔をしては……」

 

「皆の士気に関わる……ええ、分かってますよ。ですが、『彼女は私を憎んでいる』のではないかと思ってしまってですね……。恨まれる要素は十分ですから」

 

「……どうでしょうか」

 

 

三征西班牙(トレス・エスパニア)総長連合 第三特務、前へ」

 

 

 そうこうしてる内に、派遣団団長に役職を呼ばれた。

 故に頷き、前へ出た。その手には蜻蛉切を握り締めて。

 

 一方、二代は誾より僅かに遅れ、歩き出した。二人の距離は最初 十数メートル。歩いたことで五メートルほどの間隔になったところで。

 

 

「――父は」

 

 

 声が来た。二代の声だ。

 

 

「如何様に御座ったか?」

 

「――Tes. 忠勝公より、多くのことを教えていただきました」

 

「左様で御座るか」

 

 

 して一礼。その時、風が来た。

 

 突風のようで、押し通すような一風。風下に立っているような感覚にさせられるこの風は。

 

 

( 移動系の術式!? )

 

 

 

 使ったのは移動時のあらゆる抵抗を祓う移動術式 "翔翼"。二代が好む出雲系カザマツリの術式だった。

 

 こうすることで極東には力と武器を手にする余地があることを示そうとした。三河は、極東はまだ死んでいないと見せつけるが如く。

 

 速かった。初動を認識させる暇もなく、最初の一歩でトップスピードに差し掛かったのだ。

 

 狙いは父の愛槍にして遺品、蜻蛉切。それを手にするわけだが……

 

 風が来た。二代とは違い、清々しさを感じる清風のような、そんな一風。

 

 

「……立花、宗茂!?」

 

 

 術式が砕かれた。風は風によって、無力化されたことを二代は実感させられた。思い知らされたのだ。だが、その顔に悔しさや無念さは感じられない。むしろ、これでよかったのだと、そんな顔だ。

 

 

「――第三特務、槍を」

 

「……Tes.」

 

 

 宗茂は平然とした態度でそう告げた。

 

 (名前)ではなく、第三特務(役職)で呼んだことから、彼はこの式典を中断する気はないようだ。だから、誾は蜻蛉切を差し出した。

 

 

「――先代 本多・忠勝様よりお預かりした神格武装・蜻蛉切を、御息女である本多・二代殿にお返しいたす」

 

 

 蜻蛉は新たな世代へと受け継がれられた――。

 宗茂が仲介しての譲渡には、そんな情景が広がっていた。

 

 

「――忝ない。拙者、父以上の『いくさ人』になることをこの蜻蛉切に誓い申す!」

 

( いくさ人、ですか…… )

 

 

 聞いたことがある。極東の者は武に優れた者を『いくさ人』と称すると。

 

 そして彼女は誓った。本多・忠勝を越え、いくさ人を目指すと。その志しは立派なものだが、宗茂には気に掛かったことがある。

 

 

( 武蔵にも、このような……いくさ人がいるのでしょうか? )

 

 

 その問いに自答することも、答えてくれる者もいない。

 

 だが、宗茂は後に知ることになる。極東には、武蔵にはいくさ人がいることを。

 

 生粋のいくさ人ともいえるその男と一戦交えるまで、あと数時間後のことだった……。

 

 

 

☆★☆

 

 

 

「で、どうしようか?」

 

 シーンとした静寂から開かれた会議は、ハイディの一声から始まった。

 

 司会役を自ら買って出たハイディはいつものハイテンションで表示枠を展開し、クラスの皆に促す。

 

 

「この武蔵は三河の代わりへ、住民は松平の領地へ。今回の件で極東の立場はほとんど無意味なものになっちゃうの。ホライゾンも引責自害という形で自害させられる。武蔵に良いことなんて何も無いんだよね」

 

「それに加え、僕らの権限も無しっと。唯一奪われていないのは本多君だけだけど、暫定議員達が手元に置こうと画策しているだろうね。揉め事をさけることだけを考えてるみたい」

 

「まあ、仕方ないと言うか……当然というか……」

 

 

 彼らにも彼らなりのやるべき事があるということだ。危険のない "無抵抗" という選択を選んだ彼らを非難する訳にもいかず、一同は違った路線を探ることにする。

 

 そこでハイディは問いただした。これからの武蔵の動向を聞くために。

 

 

「それじゃ、武蔵の委譲とかホライゾンの自害止めたいなーって人、手ー挙げてー!」

 

「………」

 

「あれ?」

 

 

 誰も挙手しなかった。その代わり来たのが、意見だった。

 

 

「フフフ。無駄ね、無駄無駄。こんな質問しても無駄なの。だってそうでしょ? 最もベストな答えは『巻き込まないでくれ』よね。ホライゾンはどうでもいいから、武蔵の委譲だけは勘弁してくれ。これがお偉いさんの意見じゃなくて?」

 

「まあ、そうなんだけどー……一応、形式的にね?」

 

 

 けど、事実だったことに反論しなかった。

 もし自分が暫定議員だったら、リスクが高い方法よりもリスクのない安全な方法を選ぶだろう。誰だってそーする。ハイディもそーする。

 

 

「でも、今朝方、ホライゾンの嫡子相続が確認されたの。これはホライゾンが元信公の息女であるということが決定され、元信公がいない今、三河当主としての権限は全てホライゾンのものとなる。けど……ホライゾンが自害した場合――」

 

 ――武蔵は聖連のものになっちゃうの。解る?

 

 

 その言葉に皆は言葉を失った。

 だが、全員が失った訳じゃない。一つ長いため息が聞こえたと思いきや、また声が来た。

 

 

「で、どうする? この件から降りるか?」

 

 

 慶次だ。彼は椅子を揺らしつつ、皆に聞こえるほどのハリのいい声で問う。

 

 その問いに皆の反応は様々ではあったが、戸惑い、困っている様子が多々見受けられた。皆悩んでいるのだ。武蔵のこれからを左右するという重圧に、自分の意思を決定付けられていないのだと、慶次は瞬時に把握した。

 

 ではどうするか。そこで彼はこの場に最適な男に聞く。前列でひたすら表示枠を弄る商人に。

 

 

「シロジロ、お前の出番だぜ。ここは一つ、お前の口からご高説願いたいねェ」

 

「――ほう、私か。今仕事中なんだが……よかろう。皆、聞け!

 

 

 金について語ろうじゃあないか!」

 

 

「「「「 テメェなんてお呼びじゃねぇんだよ!! 」」」」

 

 

 

 暗い雰囲気を物色するほどのツッコミに、シロジロはふんと鼻に掛かる一笑を浮かべた。

 

 

「非協力な連中だな。だが私は協力的だぞ。何分、朝から色々と立て込んでてな(・・・・・・)。片付けなければならないことが山積みだというのに、お前たちに協力してやってるんだからな。感謝するがいい、顧客共!」

 

 

 協力的なのか態度かアレ……という誰かの呟きも、シロジロの覇気に掻き消された。彼の熱弁と振る舞いは、紛れもなく商魂が籠った一商人だったからだ。

 

 

「まずは私達の現状を整理しなければならない。…まとめるとこうだな。

聖連はホライゾンの自害と武蔵の委譲をクリアし、極東を完全に支配下に置くつもりだろう。さらには、生徒会の権限は奪われ、身動きが出来ない。じり貧というやつだ」

 

 

 はっきりとした言い方に、一段階 空気が重くなった。

 

 

「なら聖連に立ち向かおう……そんな短絡な考えは身を滅ぼすだけだ。はっきり言えば、聖連に歯向かって生じるのはデメリットばかりだ。私自身、ハイリスクノーリターンな商いは嫌いでな。商談する時はまず相手の足元を見てだな………」

 

「早く要点を言いなさいよ守銭奴。こっちは寝るの我慢して聞いてやってるんだからそれに報いなさい」

 

「高飛車だな葵姉。だが、要点だけだと馬鹿共が理解しがたいだろうと思ってな。私なりの優しさだ。感謝するがいい!」

 

 

 それでだ、と一つ前置きし、シロジロは言った。

 

 

「方法は簡単だ。――本多・正純をこちらに引き込む。そうすることで私達の権限を取り戻し、聖連に対する要を手に入れることになる。そして、各国の極東居留地を保護しつつ、寄港地から補給をうけられるようにするのだ!」

 

 思いもしない内容に場は騒然とした。

 そんなことが可能なのか、そんなことして大丈夫なのか、そんな疑心的な視線で空間は埋め尽くされた。

 

 

「ほぉ、疑うとは心外だな。確かに私は商人だ。利益や損得を第一に考え、他人に媚びへつらうような真似もする。だが、最優先にするのは人命だということを忘れるな。私も商人である前に、一人の人間だからな。ホライゾンを助けたいという思いは、貴様らと同じなのだ」

 

「シロくん……」

 

 

 いつもとは違ったシロジロに、皆は困惑しつつも感心した。ただの守銭奴ではなく、義理堅い商人。そんな彼の本性が垣間見えたような気がした。

 

 

「こんなものか。よし、貴様ら、講演料を払え! 分かりやすく教えてやったんだからなあ!」

 

「「「「 やっぱテメェ最低だな! 」」」」

 

 

 前言撤退。やはりドグサレスカタン野郎だった。

 

 

「本多・正純を引き込む。これが重要だが……あの馬鹿がああではどうすることも出来ん」

 

 

 皆の視線がトーリへと集中するが……彼は動こうとしなかった。

 相変わらず寝そべったままで、その姿勢を崩そうとはしなかった。

 

 ホライゾンが危篤だというのに、まだ変わろうと(・・・・・・・)しなかった――。

 

「たくっ…世話焼かせんなよこの馬鹿。俺が一発脳天にぶちこんでやらぁ」

 

「あ、ちょっ――!」

 

 

 

「はーいおはよー! 皆いるー? ふけた子とかいはいよねー?」

 

「オリオトライ先生……?」

 

 

 沈んだ空気をクラッシュするほどに元気がいいオリオトライだった。紙の束を教卓に置き、一同を見て出席簿を一瞥した。

 

 

「えーと、一応連絡もらってる子以外は全員いるわね」

 

「先生、目の下に軽くくま出来てんぞ。ついでに寝癖。こりゃあ、昨日からほとんだ寝ていないようだな。だから授業は中止ってことで」

 

「あらあら、心配してくれるの? 有り難いわぁ。でもね? 私も教師っていう肩書き背負ってるから形だけでも授業しないとね」

 

 

 さて、と一つ息を吐き、オリオトライは力強い姿勢で皆に伝えた。

 

 

「皆で考えてるところ悪いけど、今日の授業は作文して貰うわ。制限時間一時間半。枚数は無制限。多ければ多いほど、加点してあげる」

 

『ええー……』

 

 

 作文という課題に、自然と嘆声が漏れる。

 ヒヒヒと悪びれた一笑を浮かべ、やや柔らかくなった笑みのままで、

 

 

「お題は "私がして欲しいこと"――。皆、武蔵とか極東のこととかしか考えてないようだから、これで一旦頭を冷やしなさい。そしてよーく考えてみて。『今、自分が叶えたいこと』、それを書き出すの」

 

 

 ――ね、簡単でしょ?

 その一言に全員が、何だか背中を押されたような気がした。

 

 




二ヶ月ぶりの投稿……! 本当に申し訳ないです……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。