ギルガメッシュ旅行記 (おかえり伯爵)
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岩沢まさみ Angel Beats

ーーこの気持ちをどう表せば良いのか私には分からない。

 

久しぶりの雨。いつも使っている場所は屋根が無いから、今日だけ特別にこの公園に来てみたがやっぱり誰もいない。・・・当たり前か。こんな雨の中公園に来る奴なんて私くらいなものだろう。地面はドロドロ、傘を差していたのに服も靴の中もびしょびしょだ。足踏みをするたびに足の指の間を水が行ったり来たりしている。でも幸いなことに相棒のギターだけは濡れずに持ってこれた。濡れていたら発狂していても不思議じゃない。

 

「雨かぁ」

 

吐く息が少し白い。気温のせいか指も悴んで擦り切れて痛いはずの指の感触が無い。私にとってこれは好都合だ。これなら一日中弾ける。

 

ケースからギターを取り出してチューニングをする。これも慣れたものでものの1分で終わらせてギターの弦に指を乗せる。この一瞬が堪らなく嬉しい。辛いことも悲しいことも全部歌に乗せて飛ばしていける。自分の心の叫びを歌としてぶつけてやれる。とは言ってもこの天気では観客の一人もいやしないのだが。

 

「さ、歌おうか」

 

この前ピックをなくしてしまったから指で弦を弾いてアルペジオ風にアレンジ。まだ下手糞な私ではプロの演奏には遠く及ばないけどいつかその領域に入って、そこから見える世界を感じてみたいと思っている。

 

「全力でもう倒れそうだ」

 

体から毒が抜けていく。ストロークでは得られないしっとりとしたギターのしらべ。サビを激しくして強弱を明確にするとより世界に浸れる。

 

「希望照らす光の歌を」

 

ああ、終わってしまう。それが残念でならない。歌は世界を創るもので私はその世界にずっといたい。けれど終わりがあるから始まりが楽しいんだ。終わったならまた始めれば良い。だって私は始める術を知ってるんだから。

 

演奏を終えて顔を上げる。先ほどまでの世界は消え私の知っている退屈な世界がそこにはあった。と思ったんだけど・・・。

 

「ん、終わりか?遠慮することはない。続きを始めよ」

 

金色の髪、赤色の瞳。モデルのような美しさの男性外国人だ。観光かなにかで来て偶然私を見つけたのだろうか。ちょっと偉そうな口調にイラッとするけど我慢我慢。せっかくの観客だ。持て成すとしよう。

 

「あ、はい。次はーーです」

 

それから多分2時間くらい歌い続けた。途中で声が枯れたけど歌い続けた。なぜだか知らないけどいつもの十倍くらい歌いたかった。この人なら私の歌を理解して受け止めてくれると確信してたから。期待通りこの人はルビーのような瞳を閉じて聴き続けてくれた。そしていつの間にか雨が上がっていた。

 

「そんな存在になって見せるよ」

 

全能感にも似た脱力感。やりきった、燃やしきった。後何回やってもこれ以上は望めない。今の私を全部出し切った。私はギターを太ももに寝かせて律儀に聴いてくれたたったひとりの観客を見る。腕を組んで、口元はわずかに笑っている。

 

「ふむ・・・悪くない。我の無聊を慰めたその功績は誇るが良いぞ雑種」

 

「ざ・・・ありがとうございます」

 

「その褒美をくれてやる。我が決めるのも味気ない故、貴様が決めよ」

 

「・・・褒美?」

 

いきなり何をいってるんだこの人は。もしかしたらと思ってたけど、この人どっかの国の富豪とかなのかな。金持ちの気まぐれってやつね。でもお金取れるほど私の演奏は上手くないし断るのも・・・機嫌を損ねそうだ。なら、これしかない。

 

「分を越えた願いでなければ何でも与えてやろう」

 

「じゃあ、この近くにいる間できるだけ私の歌を聴きに来てくれませんか?一度でも構いません」

 

私の言葉にこの人はーー笑いだした。ツボに入ったみたいで大声で笑っている。ギャクでもなんでもないんだけど。

 

「フハハハハハハ!!王たる我に、もう一度足を運べだと!?クククッ・・・なんと戯けた女よ。だが許そう。我もこの時代に少々飽きていたのでな。暇つぶしくらいにはなるだろう」

 

王様・・・って王制の国って今時あんまりないはずだけど。国務とか大丈夫なのかな。本人が許すって言ってるし大丈夫なんだろうけどさ。

 

「ははは・・・じゃあ今日はこれくらいで。私は岩沢まさみって言います。貴方は?」

 

「・・・そうだな、ではアーチャーと呼ぶが良い」

 

「アーチャーさんですね。いつもはーーで歌ってるんですけど来れそうですか?」

 

「そちらの方が近いな。ではな、雑種」

 

アーチャーさんは不敵に笑って帰っていった。名前を教えたのに呼ばないってどうなのとは思ったがあの人らしいか、と諦めた。そんな些細なことよりもあの人ともう一度会えることに私の胸は高鳴っていたから。

 

この晩、私は興奮して眠れなかった。

 

 

 

 

 

 

あれから2週間。アーチャーさんは毎日歌を聴きに来てくれている。特に会話もないけど、一つだけ言えるのはこの人がすごい人だってこと。分かりにくいミスや私が見落としたミスを的確に指摘してくれるしそれに伴って私の演奏が前に比べると段違いに進化した。道行く人たちで足を止めて聴いてくれる人が増えて、ギターケースにお金を入れてくれる人も増えた。昨日など合計7万も集まった。おかげで新しい弦を購入できた。新しいギターも欲しいけど、頑張ってくれているこの子をもっと歌わせてあげたいから保留中だ。

 

「今日もありがとうございました。明日には新曲が出来るのでぜひ聴きに来て下さい」

 

返事はない。一度たりとも帰ってきたことはない。口元が笑っているから多分明日も来てくれるに違いない。半端な歌にならないよう頑張らないと。

 

 

 

 

 

「遅いなぁ」

 

アーチャーさんは今日に限っていつもの時間に来なかった。いろんな人が聴いてくれているから嬉しいんだけどやっぱりあの人がいないとモチベーションがあがらない。私はいつからそうなってしまったのか。

 

日が暮れて人々がそれぞれの道を帰っていく。もう夕暮れか。結局あの人は来なかった。国へ帰ってしまったのだろうか。

 

「ねぇねぇ、君可愛いね。良かったら俺らとお茶しない?」

 

「奢っちゃうよ~。ささ、行こうぜ」

 

「ギターは俺らが持ってあげるからさ」

 

耳障りな声。見てみれば関わり合いたくない人種だった。サングラス、鼻にピアス、いかにも軽そうな態度。私を誘って襲うつもりだとその腐った顔が告げている。

 

「興味ないからどいてくれる?帰りたいんだけど」

 

「いいじゃん遊ぼうよ。絶対楽しいって」

 

「しつこい」

 

無理やり間を通ろうとすると男の一人が腕を掴んできた。

 

「おい、そういう態度はないんじゃね?」

 

思いのほか強い力で握られているせいで腕が痛い。

 

「離してよ」

 

「ああん!?」

 

口で駄目なら暴力でとかありえない。道行く人たちも我関せずと顔を伏せて通り過ぎていく。当たり前か。誰だって面倒ごとには首を突っ込みたくはない。下手に口を挟んで自分にまで被害が及んではいけないからだ。だから彼らは間違ってはいない。間違っているのはこの歪んだ世界の方だ。

 

「もう容赦しねぇ。おい、さっさとこの女ヤっちまうぞ」

 

「おう」

 

抵抗しても引きずられていく。こんな・・・こんなくだらない奴らに従うなど耐えられない。従うくらいなら死んだほうがましだ。

 

「離せ!!」

 

裏路地にまで引きずられて一人の男に羽交い絞めにされている。3人の男に囲まれてもうどうしようもない。助けを呼んでも誰もこないだろう。結局私はこうなる運命だったんだ。一生地べたを這いずって生きていくだけの踏みつけられる人生。

 

ーー諦められない。

 

やっと這い上がってきたんだ。諦めてたまるか。

 

「ああああああああああああああ!!!」

 

「うわっ!!」

 

私は羽交い絞めにしている男の腕に噛み付いて、緩んだ隙に距離をとる。噛んでやった男の顔が苦痛に歪む。

 

「てめぇ、噛みやがったな!!糞ったれ・・・犯して殴ってまた犯してやる。泣いてもゆるさねぇ、絶対にな!!」

 

怒りに任せて突進してきた男。私は逃げ切れずに押し倒される。男は容赦なく私の服をもって強く引っ張った。ボタンが弾け飛んで下着が見える状態になる。男は獣欲に任せて私を押さえつけて顔を近づける。

 

「へ、へへへ」

 

傍で見ていた男2人も私の両手を押さえつけて動きを奪う。私は体を乱暴に動かして逃れようとするが男たちの力に及ばず徒労に終わる。

 

「さーて、やりますか」

 

「死ねクソッタレ、ペッ!!」

 

「てめぇ、唾吐きやがったな!!」

 

私の上に乗った男の平手が頬を叩く。耳にも当たったみたいで耳がキーンと悲鳴を上げた。男は一発では足りないようで何度も何度も私の顔を平手打ちしたが私は男をにらみ続けた。

 

「な、なんだよその眼は!!クソ、クソッ!!」

 

やがて私の顔全体が晴れ上がって感覚もなくなっていった。視界も狭くなって見ずらいがそれでも睨むのだけはやめない。やめてやるもんか。負けない。だってあの人は諦める人間は好きじゃないはずだから。身の丈以上の夢をもって全力でもがく人間が好きな人だから。私はあの人だけは裏切れない。抵抗し続けてやる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・。ははは、ひでぇ顔だな。これから犯してやるから覚悟しとーー」

 

上の下着を剥ぎ取って私の胸に触れようとした男の手が消えた。比喩でもなんでもなく物理的に消えた。手首から噴出す血を唖然と見つめる男。突然すぎて理解出来るはずがない。

 

コツンッ、コツンッ、コツンッと路地に響く靴の音。その音を辿って視線を向けるとーーあの人がいた。いつも通りポケットに手を突っ込んで堂々とこちらへ向かってきている。違うのはその表情。口元が笑っていない。いや、わかりにくいけどあれは怒っている。それも恐ろしいくらいに。

 

「うぁ・・・うあああああああああああああああああああ!!手が!!俺の手が!!」

 

「お、おいしっかりしろ、おい!!」

 

「何だよこれ!!」

 

「外したか。確実に息の根を止めるつもりだったのだがな」

 

「誰だよてめぇ!!てめぇがやったのか!?」

 

「虫けら風情がこの我に問いを投げかけるか。よほど死にたいらしい」

 

アーチャーさんが指を鳴らすと手を失った男が吹き飛ぶ。その胸には大きな風穴が空いていた。

 

「うぁあああああ!!人殺し!!なんで殺す必要まであるんだよ!!」

 

「我が敷いた法に背いた。その女は王である我のものだ。王のものに手を出したのだ。死罪が妥当であろう」

 

右側を抑えていた男も胸に穴を空けて吹き飛んだ。残る一人は私から離れて背を向けて走り出した。

 

「我に背を向けるだと?不敬な虫けらには串刺しが似合おう」

 

足から順に何本も剣が突き刺さって男は痛みを味わうまでもなく絶命した。圧倒的すぎるシーン。人は死んだが死んでも仕方がない奴らだから構わない。問題はアーチャーさんが逮捕されてしまうかもしれないことだ。・・・それも問題なさそう。この人に出来ないことなんてないだろうし。

 

「我の宝物がこのような下らぬ虫けら共の血で汚されようとはな。もはや回収する気すら起こらぬ」

 

そういって私を見るアーチャーさん。心なしかその瞳は優しげだ。私も人が死んでいるのにやけに落ち着いている。きっとアーチャーさんが近くにいるから冷静でいられるんだろう。

 

「ずいぶんと薄汚れたものだな雑種よ。醜い貌だ」

 

「・・・結構殴られましたから。あーあ、ついてない」

 

「さすがにその貌を見続けるのは気分が悪い。我の気まぐれに感謝せよ」

 

アーチャーさんの背後が歪んでそこから黄金の壷らしきものが出てきた。それを私の頭上で傾けると中から液体が流れ落ちてきた。当然私の全身を濡らし

 

て、全身がずぶ濡れだ。

 

「えっと・・・」

 

「こんなものか」

 

「この液体は薬かなにかですか?」

 

「そうだ。これを浴びた貴様は常人を遥かに超える治癒能力と強靭さを得る」

 

「はぁ・・・えっ、本当に治ってる」

 

鏡を手渡されて自身の顔を見たら本当に治っていた。さっきまでの腫れた感覚もないし完治したみたい。世界中どこを探してもこんな薬は存在しないはず

 

。いよいよこの人の正体が人間じゃなくて神様なんじゃないかと思えてきた。

 

「まさみ、我を神などと勘違いするな。我は貴様ら雑種を裁定するもの。断じて神などではない」

 

心でも読めるのかこの人は。

 

「すみません」

 

「特許す。それよりもだ。新曲とやらは完成したのか?」

 

「はい。ただ、ギターを置いてきちゃったので取りに行かないと」

 

「それならば我が回収しておいてやった。さぁ、我のために歌うが良い。我がその真価を確かめてやろう」

 

ギターを受け取って構える。死体が転がっているが関係ない。今この瞬間はこの人に捧げる。そう決めた。

 

出だしは優しく、儚く。

 

「苛立ちをどこにぶつけるか探してる間に終わる日」

 

世界が私とこの人の二人であるような錯覚と優越感。

 

「泣いてる君こそ孤独な君こそ正しいよ人間らしいよ」

 

永遠があるならきっとこの人のためにあるんだろう。話して、触れて、理解した。

 

「だから手を伸ばすよ」

 

見守ってくれる貴方に救われて。

 

「挫けた君にはもう一度戦える強さと自信とこの歌を」

 

貴方にもらったたくさんの強さを忘れない。

 

「こんなにも汚れて醜い世界で」

 

暗い世界に貴方という光を感じて這い上がろうと頑張れるだけの心を持てた。

 

「出会えた奇跡に」

 

奇跡があるならこの出会いが奇跡だったんだ。

 

「ありがとう」

 

ありがとう。私は貴方に出会えて最高に幸せです。

 

いつの間にか月明かりが私を照らしていた。瞳を開けるとそこにはもうアーチャーさんはいなかった。

 

「いっつ!」

 

右の手の甲に痛みが走る。確認すると赤いタトゥーが刻まれていた。更に、ギターのネックにネックレスが掛けられていた。

 

「・・・結局、お別れの言葉は言えなかったか」

 

これはこれであの人らしい。私は笑って月を見上げたーー。

 

 

 

 

 

 

「ってことがあったんです」

 

「え~、またまた~」

 

「ふふふ、信じてもらえないかもしれませんけどあの人はいつでも私の王様なんですよ」

 

「そのネックレスがもらったっていうヤツ?」

 

「はい。もう十年も使ってるのに汚れ一つも付かないんです」

 

「ふ~ん、不思議な話ですねぇ。・・・さて、では歌ってもらいましょう。曲名は?」

 

「The King Of Heroes」

 

ーー私は世界に手を伸ばした。

 

 



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仲村ゆり Angel Beats

公園には王様がいる。あくまで自称なのだが振る舞いとか雰囲気はそれっぽい人だ。常に自己中心で偉そうな態度をとっているが、子供には優しく私にも食べきれないほどのお菓子を毎回くれる。今日も公園で他の子達と戯れている王様はジ○ンプを子供たちと回し読みして楽しんでいた。

 

「おお、ゆりも来たか。お菓子はそこのシーソーに纏めて置いてある。好きなだけ食べるがよい」

 

「ありがとう、ギル。今日もカッコいいわ」

 

「当然のことを言っても我の機嫌はとれんぞ?なに、言わずとも分かる。弟たちの分も持って帰りたいのだろう。長女としての役目大義である。我が態々分けておいてやった故、後でお土産にすることを許す」

 

ギルは私が考えていることをいとも簡単に読み取って叶えてくれる。本人は『王たるもの、臣民に施すのも義務である』だとか。それにしてはギルが子供以外に何かをあげているのを一度も見ていない。やはり子供好きなだけなのだろうか。

 

「ギル~、早くジ○ンプ読ませてよ~」

 

「戯け、我が読み終わるまで待てと言ったばかりではないか。待たぬと申すならば雄太には貸してやらんぞ」

 

「ごめんなさい、ギル。待つから読ませて~」

 

「ねぇねぇギル~。私これが欲しいなぁ~」

 

「甘えた声で言っても我の決定は覆らん。美那子にこのネックレスはまだ早い。代わりにこのリボンを買ってやろう」

 

ギルはジ○ンプ片手にティーンズ向けのアクセサリカタログを見て他の子どもたちとも会話をしている。器用というか、学校で習った聖徳太子みたいなことを平然とやってのける。そんなギルが私は好きだ。思い立ったら行動がモットウな私は前にギルに想いを伝えたことがある。ギルは馬鹿にした風でもなく『我が妻になるということは世界を手にすると同意。その心意気は褒めてやるが今のゆりでは足りんな。今よりも努力し、磨き上げよ。さすれば我が寵愛に値するやもしれん』と頭を撫でてくれた。

 

その日から私は変わった。

 

勉強も運動も容姿も人の倍以上に成れるように毎日毎日頑張っている。同級生からの告白は全て断わり、ギルにふさわしい女になるために積み重ねていく。めんどくさかった日常がこんなにも輝いているのはやっぱりギルのおかげなのだろう。彼に関わる全ての者は良い意味でも悪い意味でも高みへと押し上げられていく。ギルはすごいのだ。

 

「そうだ、今日はゆりの誕生日であったな。プレゼントは何が良い?」

 

「覚えててくれたの?」

 

「我を誰だと思っている?唯の雑種ならともかく未来を担うかもしれぬ幼童の誕生日程度覚えておらずして何が王か。ゆりよ。我の妻を目指すならば王たるこの我を疑うなどあってはならぬ。以後気を付けることだ」

 

「うん、ごめんね」

 

「して、何が欲しい?」

 

「・・・ギルとの絆が欲しいな」

 

「ほう」

 

無茶なお願いなのは承知の上でギルに頼んでみる。だって、ギルがふらっと現れたようにふらっと消えてしまうような予感がしたから。ギルは少し考え込んでから思い出したかのように言った。

 

「よかろう。この髪留めを与えよう」

 

「--綺麗」

 

紅い宝石のついた黄金の髪留め。ギルの髪と瞳の色と同じでとても綺麗だった。ほかの女の子たちは『いいなー』と言って横から覗き込んでくる。私は早速髪につけて誇らしげに胸を張った。ギルのものになったような気がして嬉しくてニヤケ顔になっているのはいただけないが。

 

「その髪留めは少し特別でな。護りたいという心に呼応してゆりの大切なものを護ってくれるだろう。ランクは低いが雑種相手であれば十分だ」

 

「何言ってるか分からないけど絶対大切にするね、ギル!!」

 

「ふむ、やはり幼童の笑顔は国の宝である。我の妻を目指すのも重要だが幼童らしくするのもまた重要なことだ。それを忘れぬことだ」

 

「うんっ!!」

 

ギルは私に微笑むと滑り台の上に立ち腕を組んだ。ちょうど公園全体を見下ろせる場所で、皆ギルを仰ぎ見ている。

 

「我は豪勢なものを好む。お前たちがこの下らぬ世でどう変わっていくか、我が見定めよう。雑種となった者は我を見るにあたわぬ。我の臣下となりたくば己の真たるを知り己を極めるがよい。我はそうしてもがくお前たちを嗤いながら見守るとする」

 

「難しいこと言ってもカッコよくないぞー」

 

「そうだそうだー」

 

「ふっ、今は我の威光、偉大さを感じていれば十分だ。そら、お前たちの大好きなヴェ○タース・オリジナルをくれてやる。涙して食すのだぞ」

 

偉い人、偉そうな人はこの世界に沢山いるけれど、ギルを知ってからはそいつらがちっぽけなものに見えてきてしまう。ギルのカリスマに魅せられて育つ私を含めた子供たちは偉大な人間になるだろう。そうならなければならないのだ。

 

ギルと遊んでもらっている内に17時をしらせるチャイムが鳴る。ギルが来る前ならばまだ夏の太陽が沈んでいないこともあってそのまま遊んでいたことだろう。しかし、ギルは私たちが遊び続けるのを良しとはしなかった。家に帰り、学ぶべきものを学ぶこともまた必要なのだと言ってギルは公園から私たちを追い出すのだ。もちろん誰一人不満を口にするものはいない。ギルがそういうのだからそうなのだろうと会って一日で納得させられるものが彼にあったからだ。

 

今日もチャイムと同時に皆は帰っていく。それは私も例外ではない。帰り際、ギルは私を見て嗤った。あれは試されているときの目だった。その時は意味が分からず首を傾げていたが家に帰ってその意味を知った。

 

 

 

 

ーー誰だ、こいつらは。

 

夏なのに暑そうな目だし帽を被り、厚いジャンパーを着ていた。私は一目で悪いことをしに来たのだと分かった。両親は仕事で不在。弟や妹達は震えながら部屋の隅で蹲っていた。私は長女として絶対にこの子たちを護らないといけないと思い、男たちに声をかけた。

 

「何が目的ですか?」

 

男たちは私の声を無視して家の中を荒らしまわる。引き出しを開けっ放しにし次から次へと散らかしていく。やがて苛立ち始めた男たちは椅子などでテレビや窓ガラスを壊し始めそこでようやく私と目があった。血走った目が私を捉え、私の全身に鳥肌が立つ。足も力が入らずガクガクとバランスを崩し始めた。

 

男の下卑た表情。悪寒が走り、私は唇を噛んだ。負けていられない。護るんだ、私の家族を。ギルとの約束を。

 

「お姉ちゃんは一番大きいから長女かな。だったら家の大事なものの在処くらい教えられているだろう?地震が来たらそれを持って逃げなさいだとか強盗さんがやってきたらそれを差し出して逃げなさいだとかさ、聞かされた覚えあるだろう?」

 

「知らない・・・そんなの知らない!!」

 

両親からそんなことを聞いた覚えはない。戸惑う私に男たちは最悪の提案をしてきた。

 

「知らない?そんなはずはないだろう。さぁ、早く探しておいで。僕らが気に入らなかったらこの子達とは悲しいことだけど一人ずつお別れになってしまうよ?一人につき10分。10分毎に一つ持っておいで」

 

私は必死に家の中を探し始めた。頭が酷く痛かった。吐き気がした。倒れそうだった。あの子たちの命がかかってるんだ。何としてでも探してもっていかないといけない。けど、頭が真っ白な私には考えられる余裕なんてない。焦りと不安で時間だけが悪戯に過ぎていき時計を見れば時間が迫っていた。

 

「時間が!!急がないと!!」

 

部屋を見渡すと大きな壺が目に入った。直観でこれなら高い物のはずと感じ持ち上げようとするが重たくて僅かにしか持ち上がらない。それでも私はふらつきながらも持ち上げて一階へと続く階段を降り始める。壺が大きすぎて前が見えない為一段一段降りるしかない。失敗は許されないーーはずだった。

 

「あっ!!」

 

私は階段を踏み外した。身体ごと滑り落ちていき壺は無残にも粉々に割れてしまった。後たった5m。それだけで家族を救えるはずだったのに。

 

私は失敗した。

 

茜色に染まる部屋が見える。弟の喉もとにはナイフが当てられていた。無慈悲な男の時間を告げるカウントダウン。

 

「3」

 

やーーて。

 

「2」

 

やめーー。

 

「1」

 

止めて!!

 

一瞬で駆け巡る映像。これは・・・ギル?

 

ギルは私を無表情で見ている。虫けらを見る冷たい目だ。

 

ーーどうしてそんな目で私を見るの?

 

人一倍頑張ってきたのにどうして。友達と遊ぶのを我慢してピアノのお稽古をした。積極的に行事に参加して褒められたことだってある。美術も音楽も手を抜かなかったし勉強だって100点を取り続けてきた。なのになんで?

 

『雑種は我を見るに能わぬ』

 

雑種。私が雑種。どこにでもいるとるに足らない無価値な存在。嫌だ。そんなの嫌だ。こんな訳も分からないまま雑種になんてなりたくない。勝つんだ。勝ち続けるんだ。私が私であるために。仲村ゆりであるために。そして護るんだ!!私の愛する家族たちを!!

 

私の髪に隠れていたギルから貰った髪飾りが輝きを増す。私の護りたいという心に反応してギルが力を貸してくれるようだ。分かってるよギル。あんな雑種共、やっつけちゃおう。

 

髪飾りから光の刃が文字通り光の速度で放たれる。光の刃は壁を突き破り男たちを貫いたらしい。絶命寸前に漏れた声がこちらまで届いた。

 

私が覚えているのはここまで。目を覚ませば病院のベッドの上だった。目を覚ました私を涙を流して抱きしめる両親。私も堪え切れず涙を流した。

 

 

 

 

「あれ、髪飾りがない」

 

「髪飾り?・・・警察の方に聞いてみるわ。今は家に帰れないからここでゆっくり休みなさい。ゆり、貴女は私たちの自慢の娘よ。ありがとう」

 

両親が病院から出て行ったあと病室のドアが開いた。黄金の髪を靡かせて自分の部屋に入るような自然体で入ってきたのは当然ギル。手にはお見舞い用の果物・・・のはずなんだけどなぜかどれも金色をしている。食べられるのだろうか。

 

「ゆりよ、見事であった。お前は雑種ではなくゆりとなった。我の臣下のゆりとなった。誇るがよい。この時代で最初の我の臣下である。そこでだ。我の真名を教えてやろう。我の名はギルガメッシュ。そして臣下となったお前に命令を2つ下そう。一つは我の偉大さを後世まで語り継がせよ。もう一つは我を楽しませる世界を創れ。以上が我の決定だ」

 

「はい、わかりました。その代り成し遂げたら私を妻としてくれますか?」

 

「く、くははははははっ!!残念だがゆりよ。この程度成し遂げたところで我の妻とはなれん。だがそうだな・・・妾くらいには値するやもしれんな」

 

「そっか、ならもっと頑張る。頑張るから見ててね」

 

「--」

 

ギルは微笑んで部屋を出て行った。いつかあの偉大な背中を追いかけられるような人間になる。そう私は心に誓った。

 

「あ、髪飾りのこと聞くの忘れてた」

 

あの力についてとかいろいろ質問があったのにギルは行ってしまった。

 

「ま、いっか」

 

今後、ギルにはもう会えない確信があった。だから私は会いに行けるくらいの人間になってやろう。それがギルへの感謝の印となり、ギルへのささやかな意趣返しになるのだから。

 

「私を振ったことを後悔させてやるんだから」

 

窓の外の空は蒼く澄んでいる。きっと私の未来もそうなっていくはずだから。まっすぐ立ち向かっていこう。この醜く美しい世界を、どこまでも。

 

 

 

 

「世界大統領!!何か一言お願いします!!」

 

「就任された時の気持ちなどをどうか一言!!」

 

「多くの国々から支持を受けているそうですが、そこに至るまでの経緯をお話いただけますか!!」

 

メディア関係の群がりを見て私は顔を歪める。正直言っていちいち一つひとつを相手にしている時間も余裕もない。そんなことに時間を割きたくはないのだ。ならばメディアにではなく世界の人々ーーいや、世界のこれからを担っていく子供たち(みらい)に伝えてやろう。偉大な王の決定を。

 

「では、世界の子供たちに伝えます。雑種にはなるな。貴方は貴方になりなさい。そして、我らが英雄王を讃え後世まで語り継がせなさい。貴方たちが真なるものとなれたなら私のこの言葉がわかるでしょう」

 

メディアたちに背を向けて紅いカーペットをあるく。ここはまだゴールじゃない。スタートラインだ。もっと高く、高みへ登る。その頂上からようやく王の姿が見えるのだからーー。



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音無結弦 Angel Beats

「降ってきたな」

 

バイトを初めてからどれだけ経ってもこの雨というやつは苦手だ。服は濡れるし視界が悪くなるから怪我もしやすくなる。とは言っても工事現場での作業だから大抵作業中止になることが多いのだが。

 

バイトの先輩はやたらと喜んでいるが、大学生ならそんなものなのだろう。フリーターの俺にとっては明日のバイトがなくなるかもしれないからちっとも嬉しくはない。

 

何も知らない、何も分からない俺にとってこのバイトは貴重なものだ。力仕事だけでお金をもらえるしそこそこ支払いも良い。病院で今も届かぬ外の風景を見続けている妹に比べて俺は夢も希望もないなんてつまらない人間なのだと思うことも多々あるがそれもまた俺がバイトに没頭する一因となっている。

 

「そういえば今日だったか」

 

唐突に俺は思い出した。今日は妹の誕生日ではないかと。だとすれば今日の雨はラッキーだ。普段ツイてない俺にもささやかながら幸運は訪れるらしい。妹のことだ、俺が誕生日を忘れていても怒りはしないだろう。しかし、アイツの喜ぶ顔を見るのが好きな俺にとってこのイベントは見逃せない。現場の監督に掛け合ってみるとしよう。

 

監督は簡易テントで他の作業員と話している最中だった。はやる気持ちを抑えて手を後ろで組んで待った。おそらく5分ほど待ったところで監督はこちらに気が付いたようで苦笑いしながら俺に言った。

 

「作業は続行だ。まだ小雨だから大丈夫だろうって先方から連絡があってな。完成をやたらと急がせてくるからすまんが作業を続けてくれ」

 

「・・・わかりました」

 

そうさ、結局はこうなる。ぬか喜びで終わったのはむしろ当然だ。努力もせずにただ生きているだけの俺に幸運なんてやってくるはずがない。妹には申し訳ないが誕生日は明日祝ってやろう。

 

雨で濡れた麻袋を肩に担いで持っていく。肩に泥がべったりとついてしまったが気にしない。どうせ洗うのだから汚れの大小など変わりはしない。それよりも妹の誕生日プレゼントだ。アクセサリの類をあげてもつけることができないからおもちゃかゲームが良いかもしれない。

 

「うーん」

 

「ん?どうした音無。女のことでも考えてんのか?」

 

「いや、妹が誕生日なんでプレゼントは何にしようかなと」

 

「お前妹がいたのか。妹に誕生日プレゼントをあげたって喜ぶのか?俺の妹はキモっとか言って捨てやがったからな」

 

「ははは・・・。俺の妹は嬉しそうに受け取ってくれますよ」

 

「羨ましいねぇ。交換してほしいくらいだ」

 

こちらの事情を知らない先輩はとめどなく言葉を連ねる。俺はそれに愛想笑いで答えた。幸せな家庭に育った人間の話は文句ばかりで聞いていて疲れてしまう。だから聞き流して忘れる。そうしなければ俺は俺を保っていられない。

 

「んでさ、アイツが嫉妬で俺を殴るわけよ」

 

「そりゃ怖いですね」

 

「だろ?」

 

いつの間にか先輩の彼女の話にシフトしていた。案外時間がたっていたようだ。防水の腕時計の針は作業終了の30分前をさしている。今日もまた無駄な時間が終わろうとしている。ぼうっと残りの30分を過ごそうと思っていたのだが視界に一人の男が写った。道路整備の作業であるため歩行者が珍しげにみているのだろうがいかんせん立ち位置が悪い。水溜りの前しかも路側帯に傘をさして立っているため車が走ろうものなら水をまき散らし、たちまち趣味の悪い毛皮のコートが泥まみれとなるだろう。いくらするか想像もつかないコートが汚れるのだ。金持ちでも容認はできまい。仕方ない、注意してやるとしよう。

 

「おい、アンターー」

 

男は俺を一切視界に入れていないから声をかけてやろうとしたその時、車が通り過ぎた。予想通り水溜りを通過して泥水をまき散らして。注意するつもりが自分がかけられては今更言えない。羞恥心などないと思っていたがかけら程度は残されていたようだ、そして、今まで俺を視界にすら入れなかった男が俺を見た。

 

ーー今日もついてないな。

 

男は泥まみれの俺に反して一切濡れていない。それもそうか。俺が庇うように立っていたのだ。この男が濡れるはずがない。男は俺を下から上まで眺めて、口元を歪ませた。どうやら嗤っているらしい。恩を着せるつもりはないが嗤うのはどうなのだ。もうどうでも良い。さっさと作業に戻るか。踵を返そうとした俺に意外にも男は話しかけてきた。

 

「雑種にしては殊勝な心がけだな。王のために身を挺して泥を被るとは。雑種よ、お前に名を名乗る栄誉を与えよう」

 

「いえ、俺は仕事がありますので」

 

関わると面倒くさそうだ。早々に立ち去るのが吉だろう。だが、そうはさせてくれないらしい。男は瞬間移動でもしたのか俺の前に立ちはだかってニヤニヤとしている。

 

ーーコイツ、頭がおかしいのか?

 

「我が許すといったのだ。答えるのが世の道理であろう」

 

「・・・音無です」

 

答えなければ付き纏われそうだったので名字だけ答えた。偽名を使わなかったのは自分でも意外だったがまあいい。どうせこの場限りの出会いだ。

 

「音、無しか。これはまた数奇な運命のもとに生まれたものだな」

 

人に名乗らせておいて自分は名乗らないらしい。久々に感じる喜怒哀楽に戸惑いながら俺は男の横を通りすぎる。今度は邪魔をせずに男も俺とは逆方向に歩き出した。俺はそれに安堵して残り少ない労働時間に勤しんだ。

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん」

 

「よう、今日も元気そうだな」

 

「最近は調子が良いから」

 

「そっか・・・あ、これいつもの漫画な。それと誕生日おめでとう。人気のあるおもちゃらしいから買ってきたんだけどどうかな?」

 

「わぁ、ありがとう!!大切にするね!!」

 

「・・・」

 

薬品の匂いが鼻につく部屋。白で統一された室内は清潔さを印象付けるが俺には汚れを許さないという病院側の態度がみてとれるようだった。そんな息苦しい病室に閉じ込められている妹。名前は初音。音が無い状態からの初めの音は震えるほど感動を受ける。それと同じくらい初音が生まれたとき両親は嬉しかったらしい。

 

「もうすぐクリスマスだね」

 

「クリスマス?・・・24日だっけ?」

 

「25日だよ。24日はクリスマス・イヴ。でもキリスト教の人たちは24日からお祈りをしたりするんだって」

 

無知な俺を笑うわけでもなく初音は苦笑した。初音の笑顔に影が出始めたのは最近になってからのはずだからきっとクリスマスに出かけたいに違いない。

 

「クリスマスか・・・そうだ、クリスマスにどこかへ出かけるか?」

 

「えっ!!いいの!?」

 

「最近、初音の体調が良いから病院の先生も許してくれると思うぜ。明日にでも掛け合ってみるよ」

 

「うんっ!!ありがとうお兄ちゃん!!」

 

俺が欲していた笑顔がそこにはあった。責任重大だ。絶対に外出許可をもらわないとな。

 

 

 

 

 

現実とは厳しいものだ。翌日、医師に相談したらokを貰った。というのにクリスマスが近づくにつれ初音の容体は悪化するばかりで医師も前とは一転して外出は許可できないの一点張りになってしまった。こんなのありかよ。初音が何をしたっていうんだ。初音は外に出たがっている。それすら叶えてやれないのか俺は。

 

俺の中で囁く声がする。そうだ、医者のいうことなんて無視して初音を連れ出せばいいんだ。一日くらいなら大丈夫だろうし初音も喜ぶ。歩けないなら俺が背負ってやればいいだけの話。簡単じゃないか。

 

こうして24日は訪れた。俺は初音の希望通り冬の街に連れて行った。ライトアップされた街路樹が並ぶ煌びやかな夜の街は普段歩きなれた俺でも息を漏らすくらい綺麗だった。背中に感じる初音の暖かな温もりが寒さを吹き飛ばしてくれているようで、なんだかくすぐったい。街を歩く人たちも俺たちを見ている。きっと俺たち兄妹が羨ましくで見ているのだろうな。

 

「なぁ、そう思うだろーー初音?」

 

「--」

 

ゆっくりゆっくり街を眺めながらクリスマスソングをBGMに歩き続ける。そして、街の端に到達したころに初音は今にも消えてしまうそうなか細い声で言った。

 

「お、にいちゃ、ん。--ありがとう」

 

背中に軽い衝撃を受けて俺は立ち止った。俺の日常が終わってしまう。妹の、初音の笑顔が消えてしまう。俺は認めまいと再び歩き始めた。街を出て、橋を越えて、やがて教会にたどり着いた。

 

「教会か」

 

クリスマスの教会はもっとたくさんの人がお祈りをしていると聞いていたがそうでもないらしい。少なくとも物音ひとつ聞こえず静寂に包まれている。俺は導かれるまま教会の扉を開けた。

 

「誰も、いない」

 

ここは廃棄された教会なのだろうか。人影が全くない。

 

「あれ、おかしいな。寒くないはずなのに今更体が震えてきやがった」

 

震えが止まらない。視界も歪んできた。顎から何かが落ちて、鼻水も出てきた。

 

「くそっ」

 

初音を椅子に寝かせて顔を見る。穏やかな顔だ。これなら明日も・・・明日も。

 

「ざけんなよ・・・ふざけんなよ!!」

 

なにが明日だ。初音に明日などこない。かろうじて息はしているが直にそれもとまってしまう。

 

「クリスマスはお祝いの日じゃねーのかよ!!皆幸せになれる日じゃねーのかよ!!ふざけんな!!神様がいるなら出てこい!!俺がぶん殴ってやる!!」

 

これは唯の八つ当たり。この世界には神も仏もいない。一人で生きて独りで死んでいく。これがこの世界のルール。変えようもない真実。だけど認めたくはない。なら、何のために生まれてきたんだ。誰にも求められずに生きていくことに意味などあるのだろうか。

 

「神を祀る場で神を罵り、挙句ぶん殴るだと?ずいぶんと興じさせてくれるではないか、雑種」

 

「あんたは」

 

あの日偶然会った外国人の男だった。教会にお祈りでもしに来たのか。めでたい奴だ。

 

「そこな雑種よ。俺はな、神が嫌いだ。やつらは我が物顔で我の庭をに荒らしに来る賊にも等しい。神はお前に何も与えぬだろう。なにせお前は音無なのだから。名は起源を表すことが多いがお前はその最たるものだ。そこの幼童はお前の妹だとすれば同じ音無。名が音に関連していればお前たちの姓は呪いにも等しい」

 

「・・・初音は神様に恨まれるような妹じゃない。こんな俺を笑って迎えてくれる優しい妹なんだ。死ぬなんて間違ってる。絶対に間違ってる!!」

 

「そうか。だがお前に何ができる?病院へ連れていくか?そこの幼童はもって後30分。間に合わぬし間に合ってももはや手の施しようはない。さて、どうする?」

 

男は嗤う。俺が苦しむのをひたすらに楽しんでいる。クソッタレが。

 

「どうにもできないだろうが!!それともお前が治してくれんのかよ!!できねーくせに偉そうに言うな!!」

 

「たわけ、我にできぬことなどそうありはせん。ふむ、些か対価が足りんが我が魔術師共のルールを守る必要もない。--言峰、治療してやれ」

 

教会の奥からゆらりと神父姿の男が出てきた。がっちりとした体系の男は不気味なオーラを纏っている。

 

「お前が人助けだと?今更改心でもしたのか?」

 

「ふん、この雑種は神をも恐れぬ愚か者のようでな。以前の功績も踏まえて決定したにすぎん。お前も愉しんだのだから対価も必要なかろう。そら、時間がないぞ。我が助けると言ったのだ。失敗はゆるさん」

 

「厄介事ばかり持ってくるなお前は。・・・仕方あるまい。そこの少年、話は影から聞かせてもらった。私ならば全快とはいかずとも生かすことはできる。私に任せてみるかね?」

 

胡散臭いが迷ってなどいられない。

 

「お願いします、助けてください」

 

生まれて初めてする土下座。額を床に擦り付け真摯に頼む。神父らしき男は頷いて初音を奥へと連れて行った。残された俺と外国人の男は会話もなく待ち続けた。

 

 

 

 

 

あれから何回クリスマスを過ごしただろうか。初音は一命を取り留め5年という長い年月を経て退院した。俺は人を治せるようになりたいという一心で医者への道を志し、今年卒業した。

 

5年前立ち寄った教会は翌日には綺麗さっぱり無くなっていた。今でも幻だったのではないかとおもうことがある。だが初音の笑顔を見るたびに思うのだ。あれはきっとクリスマスの奇跡だったのだと。神にも仏にも祈らない。けれど、彼ら二人には祈りを捧げている。どうか幸せでありますようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

「岩沢さん、そのネックレスどこで手に入れたの?」

 

「ん?ああ、これは恩人から貰ったもので買ったんじゃないんだ」

 

「ふぅん、貰った、ね。その人の名前ってわかるかしら?」

 

「・・・悪いけど言えない。世界大統領だとしてもあの人の前では霞んじゃうからね」

 

「言ってくれるわね。・・・でもま、知ってるから確認でしか無いんだけど」

 

「なるほど、貴女もあの人に影響されたクチか」

 

「世界的ロックミュージシャンに世界大統領。まったく、敵わないわね」

 

「私ははなから越えられるとは思っちゃいないよ。別次元の人なんだと諦めてる」

 

「じゃあギルの正妻の座は頂くとするわ」

 

「ギル?・・・あれ、アーチャーさんじゃなかったっけ?」

 

「・・・アーチャー?」

 

「私にはそう名乗ってた」

 

「・・・貴女、名前を教えてもらってないのね、ごめんなさい」

 

「謝られてもなぁ」

 

「でも羨ましいわ。ギルからそんなネックレスを貰えるなんて。私の髪飾りは無くなっちゃったしね」

 

「このネックレスって何で出来てるのか分からないんだ。この世界には存在しない未知の物質で出来てるって。あの人本当に何者だったんだか」

 

「岩沢さんは神話とか読まないの?」

 

「あー、音楽キチだからそっち系は読まないな」

 

「そう、ならメソポタミア神話を読んで御覧なさい。そこに答えがあるわ」

 

「・・・神話に出てくるような人だったのか。よし、それを題材に新曲を作ってみようかな」

 

「楽しみにしてる。私の就任一周年記念の式典に出てもらうのだから中途半端な歌だけは勘弁してね」

 

「もちろん、最高のステージにするよ」

 

「「「手を挙げろ!!我々は世界大統領廃絶を目指す組織のメンバーだ。大人しくついてきてもらおうか」」」

 

「・・・警備は?」

 

「全員死んでもらった。残っているのはお前たちだけだ」

 

「ったく、警備を少し緩めた途端これだものね。会話を聞かれなくないから防音の部屋を選んだんだけど失敗だったわ」

 

「世界大統領も大変だね」

 

「何をのんびり話してやがる!!さっさと手を挙げろ!!」

 

「お断りよ。屈するなんて死ぬのと同じだもの」

 

「そうか、なら先にこの女に死んでもらうとしよう」

 

「なっ、やめなさい!!彼女は関係ないでしょう!?」

 

「駄目だ、お前には我々の怖さを思い知らせる必要がある。じゃ、死んでくれ」

 

「・・・はぁ?」

 

「「「・・・」」」

 

「玉の無駄だからやめといたら?私の体は普通じゃないから銃じゃ殺せないよ」

 

「ば、化け物め!!」

 

「ひどいなぁ、これでも人間のつもりなんだけど」

 

「・・・ギルの仕業ね。ここまで読んでいたなら預言者もビックリね」

 

「考えるだけ無駄だよ。あの人は理解しようとしてできるもんじゃない」

 

「まだまだ正妻への道は遠いわね」

 

「頑張れ。さてと、こいつらもうっとうしいから倒すか」

 

「「「ぐふぅううう!!」」」

 

「人間が水平に吹っ飛ぶのなんて初めてみたわ」

 

「私も驚いてる。本気じゃなくても結構力が出るもんだね」

 

「ミュージシャンやめて私のボディガードにならない?」

 

「お断り。私から音楽をとったら私は私じゃなくなる」

 

「・・・ギルが気に入るわけがわかるわ。さっきのは忘れて」

 

「了解」

 

「うーん、この国の警察は何番かしら」

 

ある一人の王によって運命を打ち破った二人は意気投合しながら今日もまた世界を動かしていく。きっと、ずっと、いつまでも永遠に。



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魔法少女リリカルなのは

「とも、だち」

 

いつもいつも私の邪魔をしてくるあの子。母さんのためにジュエルシードがいるのにあの子は横取りしていく。私だって闘いたいわけじゃない。でも仕方ない。何度注意してもあの子は私の前に出てくるんだから。

 

「ともだちってなんだろう」

 

友達の意味くらいは知っている。要するに家族以外の誰かと仲良くなって一緒に遊んで一緒に笑って、最後には別れる他人。独りじゃ何もできない人が群れをなして弱い立場から強い立場に成り上がろうとする行為の最終形。そう母さんは言っていた。私もそう思う。家族以上に大切なものなどないし、余分なだけだ。

 

「でも」

 

あの子の必死な表情。私を心から心配してくれているようなあの表情に私の心が揺れている。珍しく他人に優しくしてもらったせいだろうか。それとも最近の母さんの様子がおかしいせいで私の心が弱っているからだろうか。

 

「今日も母さん怒るだろうな」

 

ジュエル・シードの反応があって来てみれば反応はすぐに消えてしまった。多分あの子が持って行ってしまったんだ。もっと早ければ手に入れられたかもしれないのに。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

それにしてもこんな殺風景な場所に人がいて、しかも私を見ている。その目は私を舐めまわすような嫌な目で堪らず私はアルフを連れて離れようと背を向けた時、その男性は私に話しかけてきた。

 

「実に精巧にできた人形だな。この時代ではクローンというのだったか。さぞや造るのに手間が掛かったのだろう」

 

「・・・」

 

「・・・人形風情が我を無視するとは万死に値するぞ」

 

「--!!」

 

背後からの殺気で私は咄嗟に横へ跳んだ。だが、一向に攻撃してくる気配がない。私は男を睨み付けて身構える。

 

「アンタ!!あたしらとやろうってのかい!!」

 

「狗の使い魔か。それも相当に高位のようだな。英霊に比べれば格は相当に落ちるがその年で契約するにしては中々上等だ。良いペットを持っているな人形」

 

「アルフはペットじゃない、家族だよ」

 

「ク、クククッ・・・ハハハハハッ!!獣畜生が家族だと!?我を笑い死にさせるつもりか!?」

 

「笑うなっ!!」

 

初対面でここまで言われたのは初めてだ。ジュエル・シードが手に入らなかったというイライラもあって私はつい感情的に叫んだ。デバイスであるバルディッシュを握りしめて殺意を込めて睨む。しかし、あの男が言ったことが引っかかる。あの男が言った人形、クローンという言葉。どこかで聞いたことがある。あれはそう、母さんが夜一人で呟いていた言葉だ。『やっぱり人形じゃダメなの・・・』という疲れ切った声。そうか、そういう・・・ダメだ。これ以上は考えちゃダメなんだ。考えてしまえばーーワタシガニセモノナノダトリカイシテシマウ。

 

「それ以上この男の戯言に耳を貸しちゃいけないよ、フェイト!!」

 

「う、うん」

 

「ほう、そうか、人形、お前自分が何者であるか気づいていなかったのか。これは傑作だ。罰をと思ったが気が変わった。帰ってお前の造物主に問うてみるがよい」

 

「逃げるのかい?」

 

アルフの挑発に男は先ほどまでとは比較にならない威圧感をもって答えた。

 

「ーーそこまでにしておけよ。でなければ次の一言で罰を与える」

 

「・・・帰ろう、アルフ。余計な戦いは管理局に目をつけられちゃうから」

 

「・・・フェイトがそういうなら」

 

私が帰ると母さんは今日も私を教育した。身体に痣が増えていくたびにアルフが心配してくれるけど身体はすぐに治るから大丈夫。でも、母さんが最後に言った人形という言葉が私の心を粉々に砕いていた。そっか、やっぱり私は・・・。

 

 

 

 

 

「私は・・・」

 

「どうやら真実を知ったようだな」

 

「あなたは・・・」

 

「人形が人間の真似事などやめておけ。所詮真似事などどこかで綻びが生じるもの。早い段階で過ちを正せたのだ。これからは人形らしい生を謳歌できるというものよ」

 

この人のせいで私は・・・違う、遅かれ早かれ分かったことだ。それが早まっただけ。人形の私には本物がなにもない。これからどうしていくかを考えないといけないのかな。この人は善意ではないと思うけど本当を教えてくれた。なら感謝しないといけない。

 

「・・・そう、かもしれない。・・・ありがとうございます」

 

「罵らず感謝するか。やはりお前たちのような人形は魔術師どもには勿体ない。魔術師どもではお前たちの純粋さに報いられんからな」

 

お前たち?この人は私以外の人ーー人形を知っているんだろうか。

 

「興が乗った。お前にひとつ昔話をしてやろう」

 

「昔話?」

 

「そうだ。神と人間との間に生まれた男と神によって作られた人形の話だ」

 

タイトルはともかく私を慰めようとしているのかな。この人にそんな優しさがあることに内心驚きつつ私は耳を傾ける。

 

「男は何もかもが完璧だった。金も地位も女も全てにおいて最高のものを持ち、常に頂点に君臨し民から敬われながらも恐れられていた。そうしている内に男は調子に乗って民を虐げ始めた。有体に言えば退屈だったのだ。だが神々が男の傲りに怒り一体の人形を産み落とした。人形は男と同じかそれ以上の力を持ち、男と闘った」

 

「どっちが勝ったんですか?」

 

「どちらも勝った。男は人形に国の財宝すべてを投げつけ、人形も姿を変え形を変え男を襲った。最後は二人とも倒れこんで笑ったものだ」

 

この人の表情が懐かし気に緩む。きっと認めはしないだろうけどとても優しげで私の痛む心が少しずつ癒えていく気がした。

 

「一人と一体は神々の予想を裏切ってお互いを認め合った。どこへ行くのも一緒、何をする時も一緒だった。しかし、神々は次第に手段を選ばなくなっていってな。ついに人形は決して治らぬ病に倒れた。人形は死に際に涙を流してなんと言ったと思う?」

 

「・・・わかりません」

 

「人形は『私が死んだあと誰が貴方を理解するというのです。一人この世界に取り残される貴方の苦悩を思えば涙を流さずにはいられません』といったのだ。その時男は思い知ったのだ。この世界のありとあらゆる財宝よりも目の前の人形に価値があったのだと。男にとって最初で最後の友だったのだと」

 

「・・・友?友達とどう違うんですか?」

 

「友とは生涯一人だけ。決して互いに譲らず認め合ったもの。友達など雑種どもの戯言。そんなものいくら作ったとて意味などない」

 

友。あの子は私の友になってくれるかな。私の私だけの友に。

 

「どうやら友に相応しい人間に心当たりがあるらしいな。ならば行け。行って確かめてくるがよい。誰が認めずともこの我が認め許そう」

 

私の頭を撫でる手がとても優しくて私は泣いた。泣いた後には薄っすらと虹が架かり黒く濁っていた世界が綺麗に見えた。

 

 

 

 

 

この日以降、私は高町なのはという少女と激闘を繰り広げそして友となった。養子にしたヴィヴィオという少女となのはの3人で暮らす生活にも慣れ、私の人形生活も順調だ。あの人はあの日以来あってないけどそれでよい。だってあの日の思い出は私だけのもの。人形になった日の大切な思い出なのだから。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

魔法少女になってジュエル・シード集めにも少しだけ慣れてきたころ、私は不思議な男性に出会った。

 

いつものようにジュエル・シードが暴走、街を破壊している最中、その男性は面白そうに嗤って暴走を眺めていた。私は声を荒げて男性に逃げるように言ったが聞こえていないのかこちらを見ようともしない。焦っていた私は呑気に立っている男性を助けようと腕を掴んで引っ張った。男性はそれで気が付いたのか私を見下ろした。

 

「ん?・・・魔術師か。その歳でその規模の魔導を扱うとは中々の珍種だ。魔力量もそこいらの雑種の数百倍はあろう。・・・ふむ、どうやらこの聖遺物を回収しにきたらしいが早く回収せずとも良いのか?」

 

「だから、危険なんです!!早く逃げてください!!」

 

「逃げる?この我が?・・・この我を侮辱する気か、娘?」

 

「もう!!早くしてください!!危ないんです!!」

 

「雑種!!我を突き飛ばすとは正気か!!」

 

思わず数メートル吹き飛ばしてしまったが男性は平気なようで安心した。これで封印に専念できる。こうしている間にも街への被害は広がるばかり。急がないと。

 

「シュート!!」

 

ジュエルシードの力で動くようになってしまったものは弱らせてからでないと封印できない。私は魔力をボール状にしてジュエルシードの怪物に向けて放った。でも簡単に弾かれて、怪物は空へと逃げ始める。まずい、これじゃあ被害がもっと広がっちゃう。

 

「シュート!!、シュート!!」

 

焦りからか私の放った魔力球は大きく外れて一発が突き飛ばした男性に向かって飛んでいってしまった。

 

「あっ・・・れ!?」

 

着弾寸前、私の魔力球が一瞬でかき消された。まさか、あの人も魔導士なの?

 

「お、おおお」

 

男性は塵と埃にまみれた格好でプルプルと震えながら立ち上がってアスファルトの地面を踏み砕いた。

 

「おのれぇ!!突き飛ばすだけでなくこの我に魔術を放つだと!!覚悟はできているのだろうな、雑種!!」

 

「にゃにゃ!!に、逃げなきゃ!!」

 

ジュエルシードよりもあの人の方が怖いよぉ。眼が元々紅いのに更に血走ってるし、血管も浮き出てて手がつけられなさそう。落ち着いたころに謝ることにして今は逃げなきゃ。

 

「逃がさん!!」

 

「あわわわわっ!!」

 

ゲームの中でみるような剣や斧が次々とどこからか飛び出して私を追ってくる。当たったら死んじゃうよ!!

 

「せめて散りざまで俺を興じさせてみせよ、雑種!!」

 

「ごめんなさいぃぃ!!」

 

「ジュエルシード、封印!!」

 

「えっ!!」

 

私が逃げ回っていると、いつの間にかそこにいたフェイトちゃんがジュエルシードを封印していた。街の皆の安全を考えれば良いことなんだけど、損な役回りをしているようで凄く複雑な気分。

 

「・・・?」

 

突然、私への攻撃が止まったからなんだろうと男性を見ると、男性はフェイトちゃんと私を見て少し嗤って私に手招きをした。フェイトちゃんは男性には気がついていないみたいで私をチラリと見てどこかへ行ってしまった。ここまできてようやく、男性から魔力を感じられないことに気づいたんだけど・・・魔導士じゃないならこの人はなんなんだろう。

 

「雑種、あの人形はお前の知り合いか?」

 

「そ、そうです」

 

「そうか、お前があの人形のーーか。我に挑む度胸だけは認めるが・・・いや、決めるのは我ではないか」

 

「あ、あのぉ・・・ごめんなさいっ!!」

 

「ん?、何故謝る?」

 

「だって・・・私が下手くそで貴方に当たっちゃったから」

 

「己のやったことを後悔し謝罪するなどそこいらの雑種のやることだ。・・・まったく、これのどこが気に入ったというのだ。我にはさっぱり解らん」

 

男性は呆れた表情でため息までついている。もう怒ってなさそうだけど・・・失望されてる?フェイトちゃんのことを気にしているって事は・・・。

 

「もしかして、フェイトちゃんのお兄さんですか?髪の色も似てるし」

 

「ハハハハハッ!!我とあの人形が兄弟だとっ!?お前は我を笑い死にさせるつもりか!?」

 

「やっぱり違いますよね」

 

「当然だな。ふむ・・・雑種、お前は稀に見る純なる者のようだ。なるほど、あの人形はその純粋さに惹かれたのやもしれんな」

 

「あの、さっきから人形って言ってますけど、フェイトちゃんは人形じゃなくて人間です!!」

 

「お前は知らんだろうがあれは人形だ。人間の欲の為だけに生み出された複製品。故に人間にはなれん」

 

「言ってることが難しすぎて分かりませんけど、フェイトちゃんは人間です!!例え私達と違う生き物だったとしてもあんなに悲しそうな眼をしてる女の子が人間じゃないわけないもん!!」

 

私の眼が熱い。たぶん私は泣いてるんだろう。そんな私を複雑な表情で眺める男性。二人で睨み合っていると男性が瞳を閉じて口元を緩めた。

 

「そうか・・・ならば証明してみせよ。あの人形の心は既に壊れかけている。急がねば本当の意味での人形となってしまうぞ」

 

私にはこの冷たい言葉がこの人なりのエールなんだと感じて胸が温かくなっていくのを感じた。

 

「はい、がんばります!!」

 

 

 

結果から言うと私とフェイトちゃんは友になった。唯一絶対の決して切れない絆を結んで、養子をとって今は幸せに暮らしている。フェイトちゃんは自分のことを人形だといって聞かないけれど今の私にとってはどちらでも良いかな。だって、こんなにもフェイトちゃんが楽しそうに笑っていてくれるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

「ほう、それがあの人形の媒体か」

 

「あなた・・・誰?」

 

「世界が違うとはいえ我の名を知らぬとはな。まぁ良い。我ながら酔狂なものよ。人形のためにこうして足を運ぶなどそうそうありはせん。運が良かったな女」

 

「救う?私を?貴方みたいなわけの分からない男が?・・・馬鹿なことを」

 

「願いを言え。我が叶えてやろう」

 

「狂人の相手なんてしたくないのよ・・・どうやったかは知らないけど助けてもらったことには感謝するわ。でも、私に生きる資格なんてないのよ」

 

「感傷に浸る前にさっさと答えろ女。我とて暇ではない」

 

「・・・なら、アリシアを生き返らせて。この子はなにも悪くないの。悪いのは全部私」

 

「それが願いか。そら、これを使え」

 

「・・・琴?」

 

「これはオルフェウスの琴といってな。死者の国から魂を呼び戻す宝具だ。使用者の想いの強さによって呼び戻せるかどうかが決まり足りなければ使用者は死ぬ」

 

「こんな、琴で呼び戻せるならアルハザードなんて必要ないのだけれどね」

 

「確かに渡したぞ。あと、そうだな、これもくれてやる」

 

「・・・薬かしら」

 

「唯の若返りの薬だ」

 

「・・・必要ないわ」

 

「その老いた肉体では長くもつまい。フェイトの願いはお前があの世で幸せになっていますようにという馬鹿げた願いだったのでな。こうして時間を越えてまで叶えてやりにきたのだ。ありがたく頂戴せよ」

 

「フェイトの?・・・馬鹿な子、あんなにひどい仕打ちを受けてまだ私なんかに幸せになれって言うの?」

 

「人形らしい愚直なまでの一途さよな。では我は行く。本当は道化ぶりを観賞するつもりだったのだがこれはこれで楽しめた」

 

「アリシアが本当に生き返ったらフェイトに謝るわ。ーー何度でも許してくれるまで」

 



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