止めてください!!師匠!! (ホワイト・ラム)
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止めてください!!師匠!!

どうもこんにちは。
今回は何時もと違う作品に挑戦しました。
上手くできたカナ?


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

 

 

 

日の出と共に善は目を覚ます。

『ねぇ?もっと一緒に寝ましょうよ?』

という布団の非常に魅力的な誘惑をはねのけ、なんとか立ち上がる。

 

「あー、ねむい……夕方近くまで寝てた頃が懐かしい……」

そう言いつつも台所に向かい、釜戸に火を着ける準備をする。

 

もちろんここは幻想郷。コンロなんて便利な物は無い。

文々。新聞というゴシップに満ちた新聞に火打ち石で火を着け、それを火種にまきをくべる。

薪とうちわで火を大きくして、やっと調理に使える状態になる。

5人分の米を研ぎ、釜で飯を炊く。同時進行で大根を刻み、味噌汁の準備をしつつと七輪を持って庭に出る。

 

塩を振り尾びれと背びれが焦げないようにする。

見た目を良くしようとする日本人の相手を思いやる心は素晴らしいが、今はただ塩がもったいなく感じる。

そう思いつつも名前も知らない三匹の魚を七輪に寝かせる。

焦げない様にしっかり見なくてはいけない。

 

以前師匠に焦げた魚を出したら恐ろしい目にあった。

 

「あんな思いはもう嫌だ……」ガクガクぶるぶる……

セルフでトラウマをこじ開け震えだす善。

 

「アノ折檻だけは本当に嫌だ……って!魚が!!アッチィ!!」

過去の過ちを思い出していたが、またしても同じような失敗をしかける。

 

「これ位ならセーフだよな……セーフだ、セーフだと信じたい!!」

ギリギリな魚に願いを託す!!

 

魚が仕上がったら大根を入れていた味噌汁の仕上げにかかる。

 

「今日は白みそにしよう……師匠白好きだったよな?これが有れば多少のミスも多めに……見てくれないだろうなぁ~」

自身の師匠の性格を思い出し、半分泣きそうになる善。

師匠の好きな白みそを鍋に溶かしながら入れる。

最期にネギを散らし、ホウレンソウをサッと茹でしょうゆと鰹節をぱらり。

付けておいた漬物を取り出し皿に盛る。

 

焼き魚とホウレンソウのお浸し大根の味噌汁と漬物の朝食が出来上がる。

 

「たぶんそんなに時間掛かってないよな?」

時計が無いので正確な時間はわからないがかなり手際は良くなったと思う。

以前の生活から考えたら圧倒的な進歩な気がする。

 

「さて、師匠を起こすかな」

そう言って台所を出る。

 

 

 

「師匠ー!起きてくださーい!師匠ー!」

自分の師が眠ってる部屋の扉を叩く善。

中からは返事の代わりに僅かに帰ってくる寝息。

 

「しょうがないな……」

一旦深呼吸をし、扉を開ける。

 

「師匠ー……うわ。今日はまた一段と……」

目の布団には寝乱れた善の師匠が。

髪を乱れさせ、寝間着の服が大きく開き、白い太ももや重力に逆らい生地を盛り上げる胸が見え隠れしている。

さらに時折聞こえる師匠の「ん、あ……」といた寝息が善の煩悩を刺激する。

もともと寝相が良くない善の師匠だが、今朝はより酷い。

 

「んん……う、」

師匠が転がり善の目の前で胸が揺れる!

プッツツーン!!

善の中で大切な何かが切れた音がした。

 

善の右手が真っ赤に萌える!()を掴めと!轟き叫ぶ!

「シャーイニーング!!……フィンンンガぁ

「あら、善おはよう」

「おはようございます師匠!!」

姿勢をただし腰を90°曲げ挨拶をする。

 

(あ、危なかった……あと……あと少しで、死ぬところだった)

戦慄する善、あいさつの魔法で何とか命をつないだ。

「朝食はもう出来ていますよ」

無理に話題を作る。

 

「解ったわ、芳香を連れてきて頂戴」

そう言って着替えを始める師匠。

 

「わわ!師匠やめてください!まだ俺、じゃなくて私が居るんですよ!?」

 

「あら。仙人を目指す者がこれしきで心を乱すなんてダメね。心は常に平穏に、精を外に出さず内側に留め力にする。それが仙人の基本にして鉄則よ?」

口では正しい事を言ってる様だがその態度は明らかに、服を肌蹴させこちらを誘うようなポーズやしぐさをしている。

 

「と、とにかく芳香を連れてきます」

そう言って師匠の部屋を逃げる。

 

「さて、準備は良いかな」

靴ひもをキツク結び体をほぐす。

ある意味これから行う仕事は、師匠との実戦訓練より危険な仕事だ。

芳香の居る墓場を歩いて行く。

 

「確かこの辺……あ」

赤い中華風の服に青いスカート、頭には帽子をかぶった少女が墓の前に居た。

後ろ姿の為表情はうかがいしれないが、まだ朝早い時間、とてもではないが誰かが墓参りに来ている時間ではない。

それに少女は両腕を前に突き出したまま全く動かない、見れば見るほど不気味だった。

 

「……ッ!芳香?朝飯だけど……」

一回深呼吸をし、おそるおそる少女に話しかける。

 

「ちーかよーるーなー!ここは立ち入り禁止……なぜお前入っている!!」

芳香と呼ばれた少女が振り返る。

後ろ姿では見えなかったが、顔面にはお札が張られている。

 

「入ったからには……あれ?……そうだ!生かしておけん!!」

当たり前だが善は師匠の居る住居、つまりは墓の奥から来た。

それが墓を守る役目を持った芳香には侵入者に見えるらしい。

弾幕を展開しつつ、こちらに向かってくる!

 

「うわぁあぁ!やっぱりか!!」

 

全力で墓場を走る善。

その後を曲がらない関節で器用にぴょんぴょんと走って追いかけてくる芳香。

弾幕の一発が善の横をかすめ、墓石に当たる。

野原家と書かれた墓石が真っ二つに割れる!

「あわわ!ごめんなさい!」

化けて出ないでねと、見ず知らずの人の墓に謝る。

 

「まーてー。逃がさないぞー」

弾幕をさらに展開しながら迫る芳香!

絶体絶命の状況!!

しかし善には勝算が有った!!

 

(確か目印の墓の角を曲がれば、師匠の居る場所!たどり付けば何とか助けてもらえるはず!)

幻原という珍しい苗字の墓を左に曲がる!!

何?説明は敗北フラグだと!?

正 解 で す !!

 

ツルン!!「え”!?」

足の裏から絶望的な感触!

コケに滑ったのだ!!

 

「いてて……」

転んだ状況からあわてて立ち直ろうとする善。

目の前には。

 

「おーいーつーめーたぞー」

弾幕を構える芳香。

 

「う、うわぁ……」

これから襲うであろう衝撃に身構える。

しかし

衝撃は何時まで経っても襲って来ない。

 

「ん?」

おそるおそる目開く善。

 

「その怯え方……見た事有るぞ?……ん?誰だっけ?……そうだ!善だ!おはよう!」

さっきまでとは打って変って軟化する芳香の態度に脱力する善。

 

「師匠~芳香連れてきましたよ~」

師匠が待つ食卓に帰ってくる善。

 

「あら、遅かったのね?まさかついムラムラして芳香を襲ってたの?」

 

「違いますよ……寧ろ襲われた方です……」

釜戸から白米を茶碗に付け、師匠の膳に置く。

 

「あらあら。芳香は善が好きね」

楽しそうに笑う師匠。

 

「善好き~」

そう言いながら後ろから抱き着く芳香。

抱き着くというよりむしろ体当たりだが……

 

「ちょ!?やめろって!!味噌汁が零れる……おっと!あぶな!」

体制を崩し味噌汁をこぼしそうになる。

配膳を終え食事が始まる。

 

「ほら、芳香食え」

箸を持ち魚の身をほぐし芳香の口に運ぶ。

 

「うまい!」

芳香は腕の関節が曲がらないので善が食べさせる事になっているのだ。

 

「あらあら、仲睦まじいのね」

師匠が笑いながら茶化す。

 

「師匠、毎日芳香を呼ぶ役変わってくれませんか?俺…じゃなくて私そろそろ死にそうです」

 

「ダメよ。それも修行の内、頑張りなさい」

修行。そう言われては善も口をつぐむしかない。

 

「解りました……」

 

「そうそう、怪我をしたなら食事の後で見てあげる。後で私の部屋に来なさい」

 

 

 

朝食の後片づけを終えて、師匠の部屋に向かう善。

 

「打撲が有るようね、ちょっと待っててね」

そう言ってクスリ棚から道具を取り出す師匠。

 

「上の服を脱ぎなさい」

師匠の言葉に服を脱ぐ善。

 

「背中に痣が有るわね、湿布はっておきましょうか」

ペタリと何かが張られた瞬間善の身体が硬直する。

 

「あ……し…しょ。また……」

不自由な体で何とか訴えかける。

 

「そう。またなの、許してね」

師匠の手に見覚えのある札が握られている。

ぺたりと額に貼られると同時に善の意識は消えて行った。

 

「善。今日は楽しかったぞ」

芳香が頬を染める。

 

「ん?アレ?ここは?」

善は全く状況がつかめない。

 

「あら?もう意識が戻ったのね。後2日はキョンシーのままのつもりだったのに、やっぱりアナタ才能あるわね」

善の師匠がにっこり笑う。

 

「本当に止めてください!!師匠!!」

 

「どうしようかしら?」

 

 

コレは嫌々邪仙に弟子入りした主人公が、日々非人道的な虐待を受けるのを読者諸君があざ笑うための物語である!

 

 




私いつもはオリジナル原作で書いてるんですが。
原作付短編を作ったのは初めてです。(連載は有る)
感想いただけたら尻尾振って喜びます!


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孤立無援!!無関心な人々!!

まさか続くとは!!
まさに予想外!!
10月7日訳あって追記しました。


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

 

早速ですが私は……

「さあ善?今日はどんな修行をしようかしら?」

今死にかけてます!!誰でもいいから助けて!!

 

今の善の置かれている状況を説明しよう!

後ろで手を縛られて正座させられてい居る善。

目の前には善の師匠が右手に4枚の紙を、左手に黒く蠢く光弾を構えている。

そして足元には……黄色いシミが付いた師匠のお気に入りの羽衣!

何故そうなったかって?それは今から説明しよう!

 

 

 

今朝

「あー、ねむい……マジでヤバイ……」

日々の疲れがたまり足取りの重い善。

半分意識のない状態で朝食を作っていた。

お椀にたまごを割り入れ、しょうゆをたらし手早くかき混ぜる。

がちゃ!「あ”!?ヤベ!!」

箸に手が当たりたまごを半分ほど、零してしまう。

卵「ふッ……アンラッキーとダンスッちまったぜ……」

無残な卵!!

「あーあ……掃除しなくちゃな……」

そう言って適当な雑巾を探す。

「あ!これがいいや」

近くに落ちていた布を折り畳み拭く。

「よし!」

そう言って再び調理に戻る善。

朝食も完成し、師匠も起こし、芳香も呼んだ。

いざ食事をしようとした時、師匠が一言。

「ねえ善?私の羽衣知らないかしら?丁度貴方が台所に置いた布位のサイズなのだけど?」

笑顔。見た目麗しい師匠が今まで見た事のない笑顔を浮かべていた。

ただし今までのどんな顔より恐ろしかった。

「あ……こ、これです……か?」

善は震えながら朝、卵を拭いた布を師匠に差し出す。

「ああー!これこれ。仙人にはこれが無いと雰囲気、出ないわよね」

張り付いたような笑顔でそれを身にまとう。

「あらー?どうしてここが汚れているのかしら?善、な・ん・で・か・知らない?」

わざとらしく黄色いシミを指でなぞる。

「ひ、し、師匠?ごめんなさい!!朝、雑巾と間違えて使ちゃいました!!」

「あらあら……うふふふ」

 

 

 

そして冒頭へ戻る!!

 

「怖がらなくていいわ。失敗は誰にでもあるもの、けど私も修行の加減間違えそうね」

いっそう左手の光弾が大きくなる。

(アレ?コレ食らったら死ぬんじゃね?)

師匠の顔を見ていると、なんだか視界がぼやけ始める善。

「あら?泣くほど修行がうれしいのね。今日の修行は好きに選ばせてあげるわ」

そう言って善の目の前に4枚の紙が置かれた。

「コレにはそれぞれ修行内容が書いてあるわ。好きなのを選びなさい?」

①師匠の全力弾幕耐久(∞時間コース)

②芳香と一緒にキョンシー体験(一生コース)

③妖怪の山に遊びに行こう!!(全裸コース)

④岩の中で精神集中(私が飽きるまでコース)

死刑宣告!!オン!パレード!!

 

「あの……師匠?これって師匠に殺されるか、芳香に殺されるか、妖怪に殺されるか、一人さみしく死ぬか選べってことじゃないですか?」

「アラ、そんな事は……有るのかしら?」

殺る気満々の師匠!!

「……芳香……助けて……」

横で見ていた芳香に助けを求める。

「善。②番にしないか?」

死体なのにすごくキラキラした目でこちらを見てくる。

味方はいない!!

 

「師匠……本当に済みません!!マジで許してください!!」

必死で頭を床にこすりつける。

「そうね……芳香が「良い」って言ったら許してあげる」

すさまじくイキイキした笑顔で師匠がそう話す。

「芳香!!俺を許してくれ!!最悪意味もなく『良い』とだけ言ってくれればいいから!!」

善の必死の思いが神に通じたのか!

「……?……いいぞー」

「あら、お許しが出たみたいね、今回は許してあげる。羽衣(コレ)しっかり洗っておきなさい」

そう言って黄ばんだ羽衣を善の頭に乗せる。

「は……はい師匠……」

縛られた善はしばらく蠢いていた。

 

 

 

その日はいつもより少し修行が厳しかったそうな……

午前の家事と修行が終わり善は買い出しに出かける。

「買い出しに行ってきますー」

そう言って人里に向かう善。

 

「ねぇ芳香?さっきなんで「いい」なんて言ったの?うまく行けば善を芳香の仲間(キョンシー)に出来たのに……そのために羽衣の偽物まで用意したのよ?」

師匠が芳香に話しかける。

「善には生きていてほしいぞ!できるなら本人から……ん?アレ?なんだっけ?」

「もう!!芳香は本当にかわいいわ!!」

師匠が芳香の頭をなで抱きしめる。

 

「うわ!なんか急に寒気が……まあ、いいか……」

人里に向かっていく善。

計画とは本人の知らないところで侵攻する物である。

 

 

 

門番という仕事を知っているだろうか?

門を守り侵入者を排除する鉄壁の警備員。

ここ、吸血鬼の紅い屋敷以外に、人里にも出入り口を守る門番が居た。

屈強!里一番の力持ち!鉄壁の意志!小さな英雄!

今代で58代目となる里の門番は数々の名声を持っていた。

しかし彼は今……門の前に居ない……

とある人物を発見し恥も外聞もなく逃げ出したのだ

(ひいい!!ヤツが来た!!なんでだ!!もうだめだ!!)

門の影で子供の様に震えている。

 

「あれ?今日も門番誰も居ない……平和なのか物臭なのか……」

ため息を吐きながら人里に入ってく来るのは善。

にぎやかな人里の人間に緊張が走る!!

(おい、アレって……)(邪仙の弟子の……)(前、自分を実験でキョンシーにしてた……)

(目を合わせるな!!魂が吸われるぞ!!)(常に7人分の魂を体内に宿しているらしいぞ?)(だから7邪王(イビルキング)なのか……)

 

(やっぱり仙人の修行者って珍しいのかな?じろじろ見られてる……)

そう言いながら街中を歩く。

見事なすれ違い!!

「あ!肉屋に兎肉が有る!しかも安売り中だ!!買っていこう!!」

芳香が肉好きなため、安価で手に入るウサギ肉を善は良く買っていく。

(ひぃ!!こっちに来た!!)(逃げろ!!)

モーゼの様に肉屋に並んだ人が割れる。

(入れてくれるなんて親切だな……)

そう思いつつ肉屋の主人に目的の品を注文する。

「すみませーん。お肉が欲しいんですけど……」

店の奥から顔面蒼白の肉屋の主人が出てきた。

「い、いらしゃい……ませ!」

「あ!肉が……」

「う!ウチに人肉は有りません!!すみません!!娘と家内にだけはどうか!!」

店長がいきなり頭を下げる。

「いいや。人肉じゃなくて兎肉を……(大丈夫かこの肉屋……幻想郷では常識にとらわれてはいけないらしいけど……)」

「儀式用ですね!!わからましたた!!」

そう言って店の奥から絞めた兎を持ってくる。

因みに言えてない。

猟師が撃ったのか僅かに血が滴っている。

(あー、安いってこういう事(精肉前)か……何とか捌けるしまあいいや)

善は兎を10羽買っていった。

 

「ぜーん!此処に居たか!!」

街中から芳香が現れる。

「どうしたんだ芳香?急に?」

「薬が無いから、買って来いって言ってたぞ!」

「ああ、了解……早く買わなきゃどやされる……そうだ芳香!今日は兎鍋だぞ?」

袋の兎を見せる。

「やったー」

善は予定を切り上げ永遠亭に向かおうとするが……

「あ!クスリの販売来てる!ラッキー!」

ブレザーを着たうさ耳の少女を見つける。

永遠亭の薬は人気だ、早くしないと売り切れる。

もし買えなかったと師匠が知ったら……

善の脳裏に朝の四択が再び!

「コレ持っていてくれ」

さっき買った肉を芳香に渡して善は駆けだした。

「うをおおおお!!加速そぉぉぉおぉち!」

*実際には付いてません。

 

 

「ハイどうも~風邪薬に痛みどめ、夜のお供の薬まで何でもそろってますよ~」

鈴仙・優曇華・イナバはクスリを売り歩いていた。

(はあ、群がっちゃってバカみたい……)

営業スマイルを貼り付け人々に薬を高価で売りつける。

鈴仙も妖怪、常人より耳が良い。

人々の小さなつぶやきが聞こえる。

(おい、アレって……)(邪仙の弟子の……)(前、自分を実験でキョンシーにしてた……)

(目を合わせるな!!魂が吸われるぞ!!)(常に7人分の魂を体内に宿しているらしいぞ?)(だから7邪王(イビルキング)なのか……)

どうやら邪仙の弟子が居るらしく、少し里が騒がしい。

(どう考えてもおかしな噂ばかり……やっぱり地上の民は愚かね……)

冷めた考えをしていたがどうにも聞き捨て出来ない言葉が聞こえてきた。

「今日は兎鍋だぞ?」

地上の動物とはいえ自分と同じ兎、聞いていて気分の良くなるものではない。

(野蛮な物を……)

そう思う鈴仙だが……

「うをおおおお!!加速そぉぉぉおぉち!」

「ええ!?」

謎の装置の名前を言いながら必死の形相でこちら走ってくる男!!

しかも同胞(ウサギ)の血の匂いをさせながら。

そして恐ろしい事に鈴仙は気が付く。

(この声!さっきの兎鍋の声と同じ!!)

その瞬間鈴仙は恐怖に支配された!!

(この男!!まさか私を食べる気!?)

「いやー!!来ないで!!」

命の次に大切な薬箱を抱え全力で逃げる!!

「おい!どうして逃げるんだ!!」

後ろから声が!間違いない!自分を狙っている!!

必死で竹林まで駆け抜ける鈴仙。

(荷物が……重くて……捨てるしかない!!)

自分の師匠の折檻が怖いが命には変える事は出来ない!!

意を決し鈴仙は薬箱を捨てた!!

「うわ!!ヘぶ!?」

男は薬箱につまずいたのかそれ以上追って来なかった。

しかし恐怖は消えず永遠亭でしばらく震えていた。

 

 

「薬買えたか?」

いつの間にか追いかけていた芳香が追い付いてきた。

「なんか逃げられた……薬代は置いていくか……」

薬箱から必要な薬を持ちだす。

「さあ、芳香帰る……何食ってるんだ!!」

「ん?兎だけど?」

芳香の口の周りにはべったりと血が付いていた。

「食べちゃったのかよ……仕方ないまた買って帰るか……」

そうして二人は人里に戻る。

 

 

 

その頃人里では先ほどのうわさでにぎわっていた。

永遠亭の兎を7邪王(イビルキング)が襲った、誰しもがその話題を話していた。

「なあ、永遠亭の兎……」

「大丈夫だ!さすがに7邪王でも人型の妖怪は……」

「永遠亭も黙ってねーし……」

「むしろ退治されて……」

内容は希望的観測が多かったが……

その考えは再び里に現れた善を見て一変する。

 

 

「芳香ー走るなよ?」

「解ったー。兎もっと食いたい!!」

「ハイハイ、俺も食うんだからな?」

そこには口を真っ赤にしたキョンシーと7邪王が居た。

「「「「殺りやがった!!!」」」」

誰しもがそう思った。

 

 

「師匠ー帰ってきましたよ!!」

善と芳香が師匠のもとに帰る。

「あら、善に芳香お帰り」

優しい顔で迎える師匠。

「しっかりお使いは出来たみたいね。よしよし」

芳香をなでる師匠。

「あ!いま芳香は……」

気が付いた時にはもう遅い。

師匠の青い服には兎の血がべったりと……

「ねえ?善?この四枚の……」

今朝がたの紙を取り出し、善の師匠がにっこり笑う。

「本当に止めてください!!師匠!!」

「どうしようかしら?」




鈴仙ファンの人ごめんなさい!!
え?芳香が食べた兎の残り?
それなら俺の横で(冷たくなって)寝てるぜ?


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凶悪!!師匠の仲間現る!!

書いてたらなんか長くなりました。
次回からは気を付けます。
読み切りから連載にするか検討中です。


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

秋も深まる今日この頃。

舞い落ちる紅葉を眺めながら師匠が一言。

「そうだ、太子様に会いに行きましょう!」

何時の様に修行(という名の雑用)を終えた善に対して師匠がつぶやいた。

「あ……いい…ですね。んん!かた……い……」

「んん……もっと……強くシて……」

善はただ今青空の下、芳香と絶賛!!揉み相中!!

「むううう……これで……どうだ……!!」

「おお……善!すごく……いいぞ!!」

二人の行為を縁側でお茶をすすりながら見る師匠。

別にコレは善が積り積もった欲望を「ひゃは!!たまんね~ゼ!!キョンシーでもかまわねぇ!!ヤっちまえ!!!さあ!!服を脱げぇい!!」と解放したわけではない。

「あらあら、二人とも精が出るわね?でもその位にしておきなさい、()()()()()は」

ニコニコと笑みを絶やさずに二人をねぎらう。

そう、二人はストレッチ中だった!!超健全!!ノープログレム!!

「おー。善手伝ってくれて、ありがとな!!」

心なしか柔らかくなった関節でその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。

「ああ、気にするなよ。それにしても芳香の身体曲げるのって結構力使うな~」

自身の腕や腰を適当に捻る。

スト〇ッチパワーが溜まってきている!!気がしないでもない……

「お疲れさま善。ハイ、タオルよ」

師匠がやってきてタオルを渡してくれる。

「あ、ありがとうございます師匠」

タオルで顔に付いた汗をぬぐう。

運動後のタオルの包容力ってやばい。

「芳香の触り心地はどうだった?胸とおしりどっち今日のオカズはどっち?それともどっちもかしら?若いから」

善の耳元で楽しそうにささやく悪魔(師匠)

 

「師匠がやれって言ったんですよ!?芳香のストレッチを手伝ってやれって!!」

あまりの理不尽!!

タオルの包容力から顔を上げ咄嗟の抗議!!

「あら?あなたは私が『キョンシーに成れ』って言ったら成るの?」

すっと服の胸の所から札を取り出す師匠!!

何処に入れてんだ!!という突っ込みは無しの方向で!!

「イヤですよ!!やめてください!!」

慌てて後退する。

余談だが善は過去に何度か頭に札を張られ、キョンシー体験をしている。

「あれ、すごく怖いんですよ!?なんか無理やり意識持ってかれて夢も見ない深い眠りに強制的に連れて行かれる感じなんです!!」

必死に訴える善。経験者は語る!!

しかし現実は非常である。

「あら、そうなの?なら今度は意識が有りながら私のいう事を聴くしかない状態でキョンシーになるようにしようかしら?」

師匠が非常に楽しそうな顔をする。

おもわず惚れそうねなるステキな笑顔、しかし騙されてはいけない!!

見た目にだまされた結果が善の様な目に合うのだ!!

「今から楽しみだわ。どんなことやらせようかしら?私の足を舐めさせるのと服従の言葉を言わせるのと、人里に全裸コートで『俺のお稲荷さんを見ろ』は絶対として……あとは何をやらせようかしら?」

非常にイキイキした師匠!!邪仙と呼ばれるのも納得の貫録!!

「すみません、ごめんなさい!!もう口答えしないからそれだけはやめてください!」

ガバッと土下座のポーズをする。

「どうしようかしら?」

非常にイキイキした師匠の下衆顔!!本音が漏れかかっている!!

「?善、何をしてるんだ?」

土下座する善に興味を持った芳香がトタトタと寄ってくる。

「あら、だいぶぎこちないけど歩けるレベルなのねすごいわ、よしよしよし」

芳香を捕まえなでる師匠。

「今ね?善が『俺、今まで女性体験無いからさせてください』って土下座して頼んできたのよ?チェリーボーイにあるまじきアグレッシブさね」

「言ってない!!そんなの事一言も言ってませんよ!!」

善が頭を上げ、抗議する!!

風評被害です!!男の子にそんな事言っちゃダメ!!

「善……いつか良い事有るぞ?」

僅かに動くようになった腕でなでてくれる芳香。

善に突き刺さるのは憐みの視線!!

「芳香……気持ちだけもらっておくよ」

なぜか少し心が温かくなる善。

師匠のムチと芳香のアメで善の精神は何とか持っている。

ある意味では無限に地獄が続いているのだが!

 

 

 

「さてと、早く着替えてきなさい。太子様にあなたを紹介しなくちゃいけないから」

師匠が靴を履いて外に出る。

長く待たせると、修行の名目で何をさせられるかわからない。

最悪の場合、無限耐久弾幕戦とかもあり得る。

善は急いで着替えを済ませて、再び師匠の目の前に飛び出した。

「はぁはぁ……師匠。準備できました……」

「さあ、行きましょう?」

「おー!太子様に会うのは久しぶりだなー」

歩き出した師匠の後を付いていく善。

空を飛ばないのは飛べない善を配慮しての事である。

「師匠、一つ聞いても良いですか?」

前を歩く師匠に対し質問を投げかる。

「ん?なぁに?」

視線だけをこちらに向ける。

「師匠の言う『太子様』ってどんな人なんですか?話には何度か聞いたことが有るけど、実際に会ったことは無いんですよね」

過去に数度『太子様』なる人物が師匠の口から語られたが詳しい内容は教えてもらっていない。

話を聞く限りでは、自分と同じ師匠の弟子。善の知っている言葉だけなら兄弟子に近いか。

「うーん、なんて説明すればいいのかしら?私が術を教えた対象で、封印されたり、最近復活して、居る人よ」

あごに指を当てながら、太子に付いて語る師匠。

「あの?師匠?ますますワケわかんないんですけど?」

「あら?善ったら今ので理解できなかったの?解りにくく説明した甲斐が有ったわ~」

楽しそうにそう笑う。

「わざとですか!?」

「本人に聞いてみるのが一番よ?前持って知らせて固定概念が付くよりずっと良いわ」

そう言いながら足を少し早める。

「解りましたよ、本人に会って自分で理解します」

「ああ、そうそう。善?太子様があまりに好みのタイプでも襲っちゃあダメよ?返り討ちに会うだけだから」

うふふふと楽しそうに笑う。

(師匠って太子って人と仲良いんだな……)

善は相も変わらず師匠について行く。

「それはそうと……芳香」

「ん?なんだ?」

「いい加減、ずっと後ろからくっ付くのはやめてくれないか?凄まじく歩きにくいのだが……」

実は師匠と善の会話が始まる前から芳香はずっと善の後ろをぴったり歩いていたのだ。

前に突き出した芳香の両腕が視界をチラチラとさまよっている。

「ん?ごめん……でもやめない」

「なんでだよ!?」

「せっかく腕が少し動くようになったんだ。善を……えと?あれ?捕まえてみたくなったんだ!」

勢いよく話す芳香。

非常に楽しそうである。

(キョンシーの癖に良い目をしてやがる……)

「ああ、おれ……じゃなくて私の邪魔をしてたワケではないのね……けど危ないからやめてくれ」

「りょーかい」

後ろから離れ横に並んで歩く。

「おとと……」

足がもつれ芳香が転びかける。

「よっと、危ないぞ?気を付けろよ?」

手早く善が芳香を支える。

「おー、助かった。礼を言うぞ」

そうしてまた歩き出す芳香。

「なあ、何時もみたいに跳んだ方が良いんじゃないか?」

善は心配なので跳んでほしいのだが……

「いやだ。善がほぐしてくれたんだ、歩きたい」

芳香かがんとして聞いてくれない。

「師匠~」

自分の師に助けを求めるが。

「芳香は本当に善が好きなのね、思わず妬けちゃうわ」

ニコニコとするだけでまともに、とりあってくれない。

「はあ、まあいいか……」

善は芳香を心配しつつも目的てまで歩いた。

 

 

「おお!久しぶりではないか!!元気にしておったか?」

目的地の建物(師匠は神霊廟と呼んでいた)に入った時幼女が姿を現した。

師匠ととても親しそうに話している事から、知人であることがうかがえる。

「物部様ご無沙汰しております、太子様は御在宅ですか?」

非常に珍しい事に師匠が敬語を使っている。

「すまぬな、太子様なら今朝から屠自古と出かけておるぞ?」

どうやら『太子様』とやらは居ないらしい。

「時に、あそこにいる方は?」

物部と呼ばれた幼女が善を視界に収める。

「あれは私が最近飼いはじめた弟子ですわ」

ニコリと紹介する。

(俺いま、飼いはじめたって言われたぞ……)

「はじめまして。師匠の元で仙人を目指して修行させていただいてます。詩堂 善です」

「おお、仙人見習いか!!我と近しいモノを感じるな!我は物部 布都!!戸解仙にして道士!!おぬしの先輩にあたる訳じゃな!!」

ドヤっとした顔をして胸を張る。

「は、はあ……」

正直言って付いていけない……

「おぬし気に入ったぞ!!特別に我の船に乗せてやろう!!」

そう言ってこちらの返事も聞かず建物の奥に飛んで行った。

「師匠?アレって?」

「物部様ね。せっかくだし遠慮せずに乗せてもらいなさい」

「はい……」

気が進まない……すさまじく嫌な予感がするのだ。

「待たせたな!!さあ、乗るがいい!!」

 

戻ってきた布都は木の船に乗っていた。

「失礼します……」

「乗ったな?行くぞ!」

善と布都を乗せた船は音もなく空に浮かび上がる。

「お……おお!!すごい!!」

善はまだ空を飛ぶことが出来ない、そのため空の景色というのがとても新鮮なのだ。

「すごいですよ!!物部様!!わぁ!!もうこんなに高い!!」

「ふっふっふ、我の凄さがわかった様じゃな?これからは我の事は布都様と呼ぶがいい!!」

「はい!!布都様!!」

再びドヤ顔をするが今回はなぜか感動が有った。

「これからどこに行かれるのですか?」

すっかり敬語の善。

現金な物である。

「これから太子様の敵の寺を焼きに行くのだ!!」

再びドヤ顔。

「うおっぉお!!これから毎日寺を焼こうぜ!!」

興奮が続きすっかりテンションがおかしくなった善。

布都の言葉に疑問を持たない!!

 

「ここじゃ!!命連寺、ここを燃やすぞ!!」

一つの寺の上空で止まった。

「ちょっと待ってください?今どこって言いました?」

寺の名前を聞いて冷静さを取り戻す善。

急速に頭が覚めていく。

「命連寺だが?何か問題でも?」

「布都様やめましょう、こんな事不毛です」

駄々っ子をあやすように布都を止める。

「なぜじゃ?ここに知りあいでもおるのか?」

「いいえ、幻想郷自体に知り合いは殆どいません」

「ならなぜじゃ!!」

布都が問い詰める。

「理由は……です……」

もごもごと何か語る。

「何?はっきりせんか!聞き取れんぞ!!」

「ですから……住……きょ……です」

再び小さな声。

「ええい!!しっかり話さんか!!」

「ここの住職が巨乳だからです!!」

善がはっきり言い切った!!

「な、何?きょ?」

キョトンとする布都。

「そうですよ!!巨乳は全人類の宝!!里の守護者なり竹林の医者なり巨乳は正義なんです!!」

凄まじく熱く語る!!

「お主はタワケか!!女性の価値は胸ではない!!この変態め!!」

「そういう事は胸盛ってから言ってください!!」

船の上で激しく言い合う!

「ええい!!巨乳など燃えてしまえ!!」

布都の両手に炎が発生する!!

「させるか!!この下には巨乳の住職だけじゃない!!巨乳の毘沙門天代理や、たまに来る巨乳の尻尾がもふもふしたお姉さんもいるんだ!!」

布都の腕を掴む!!

「離せ!!」

「離しません!!」

激しくもみ合う二人!!

ついには……

ぐらり!!「「あ”」」

船が傾く、二人は重力に従い落下し始めた!!

「「いやぁぁぁああああ!!」」

この後運よく命連寺の池に落ちて事なきを得た。

 

 

 

 

 

後日

「ぜーん!!この新聞にあなたの事、載ってるわよ?」

師匠が風邪を引いた俺に文々。新聞というゴシップまみれの新聞を渡した。

見出しはこうだ。

 

宿敵の住居の上で!?仙人見習い達が野外プレイ!!

新聞写真には善と布都が激しくもみ合う姿がとられている。

関係者の言葉などが大量に乗っている。

「あ、頭が痛くなってきた……」

頭を押さえる善。

「あら?なら楽にしてあげる……芳香を裏切った罪は重いわ」

にこやかな師匠。

善に死神が迫る!!

「お願いです……誤解なんです……許してください!!」

必死で土下座を咄嗟に敢行する!!

「死体はちゃんとキョンシーにしてあげるから安心してね?」

冷酷な死刑判決!!

「止めてください、師匠!!」

「うふ、だ~め」




作中で善くんが巨乳に付いて熱く語ってますが作者はロリの方が好きです。
貧乳はステータス。むしろ保護対象。


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絶体絶命!!善痛恨のミス!!

4話目か!!
思ったより人気が出てきて作者自身困惑気味です。
やっぱり連載にしようかな?
短編で5話ってのは多いしね……


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

 

秋もすっかり深まった今日この頃、山は紅葉で紅く染まり肌に感じる風には肌寒さが目立つようになった。

太陽がのぼる前に今日も善は目を覚ます。

「ん……そろそろか……」

自分の体温が移った布団から抜け出し着替えを始める。

「さぶ……」

肌寒さが本格的に強くなってきた気がする。

もう冬が近いのだな、と考えながら芳香の居る墓場に向かう。

ストレッチを手伝って以来芳香に頼まれ朝食の準備前に一緒に体をほぐすのが習慣となっていた。

 

「太陽がのぼる前に起きて体操か……アッチに居た頃よりずいぶん健康的になったな……」

まだ眠気が覚めないのか足元がおぼつかない。

途中で何度か転びそうになりながらも芳香の後ろにたどり着く。

「芳香~体操に来てやったぞ~」

善の声に反応し直立不動のキョンシーが振り返る。

「ん?……誰だ……おお!善!よく来てくれた!!」

善を見た瞬間パァっと芳香の顔が明るくなる。

よろよろとこちらに向かって歩いてくる……?

 

「どうした?芳香?今日はずいぶんふらついてるな」

芳香がゆらゆら揺れながら近づいてくる。

良く転ばないモノだ、と感心してしまう。

「善?どうした?ふらついてるのはおまえだぞ?」

「え?」

気づいた時にはもう遅かった。

芳香だけでなく、周りの墓石も木も太陽さらには地面さえもぐるぐる回りだした!

「どう…し……て?」

ばたりと音がして体に鈍い衝撃がはしる!

芳香の声が遠くに聞こえる……

自分が転んだのだと理解した時には目の前はすでに真っ黒になっていた。

 

 

 

 

 

「ここは何処だ?」

善は自分が一度も見た事のない墓でパニックになっていた。

少し前まで自室でオンラインのゲームをしてた筈だ、喉が渇いてコーラでも飲もうとして……そうだキッチンに向かった筈だ。

しかしその後は思い出せない……だがここは明らかに自分の居た家ではないのは確かだ。

 

「あ!!人だ!!」

少し離れたところに人の姿が見える。

赤い中華風の服に青いスカート、そして帽子。

こちらを背にする様に立っている。

墓場という不気味な場所で人間に会えたことで安心感が芽生えた。

「おーい!!」

話しかけた相手はこちらに振り向いた。

しかしそれは明らかに人間ではなかった……青白い肌、生気を感じさせない濁った目、そして顔面には見た事もない文字で書かれた札が張ってあった。

 

 

 

「ん……アレ?」

善は再び目を覚ました。

「目が覚めたのか!!」

すぐそばから明るい声がした。

善の師匠が作ったキョンシーの芳香だ。

「あれ?どうして俺寝てるんだ?芳香を迎えに行って……」

思い出そうとした時自室の扉が開き、師匠が顔を出す。

「あら、目が覚めたのね。心配したのよ?芳香が『善が死んだー』って泣きながら走ってくるから……」

そう言う師匠の手には小さな土鍋が乗ったお盆が有る。

師匠は善の机の上にお盆を置き、善のすぐそばにしゃがみ額に手を当てる。

「うーんまだ熱いわね……」

そう言って再び立ち上がる。

「師匠?俺一体……」

立ち上がろうとするが体に力が入らず、再び布団に倒れこんでしまう。

「善、立っちゃダメだ。風邪をひいてるんだ」

芳香が善を押しとどめ布団を掛ける。

「風邪?」

確認するように善が聴く。

「そうよ、たぶん昨日池に落ちたのが原因ね。無理もないわ秋も大分深まってきて肌寒さを感じる頃なのに、外で物部様を襲うなんて……その後何を思ったのか池に飛び込むなんて……風邪をひきに行くような物よ?」

 

師匠が冷静に推理する。

その言葉尻にはこの状況を楽しんでいる気がしないでもない。

「それは…ゴホッ!誤解です……」

熱にうなされまともに回らない頭で何とか弁明をしようとする。

「大丈夫よ。わかってるわ、あなたが物部様を襲おうとしたんじゃないのはわかってるわ、あなた胸が有る方が好きだものね?なんだったかしら?シャイニング……?」

いたずらっぽくにっこりと笑う。

師匠は何がしたいのか毎回読めない。

「えっふ!!ゲほ!ごほ!!」

突然図星&バレていないと思っていた事実を告げられ咳き込んでしまう。

(シャイニングフィンガーもばれていたのか……)

自身の煩悩に負けそうになったのはすでにばれていたようだ。

 

「芳香?お雑炊作ってきてあげたから善に食べさせてあげてね?」

うふふふと、笑いながら壁を通り抜け姿を消す。

後に残されたのは善と芳香と気まずい空気。

「善、雑炊食べるか?」

いや、雑炊が残っていた。

机の上の雑炊の乗ったお盆を持ってくる芳香。

善とのストレッチの成果か、相変わらず手は前に突き出したままだが雑炊のお盆を掴んで持ってこれるくらいはできるようだ。

「ありがと……芳香……」

善が何とか上半身を起こす。

「食べさせてやろう」

レンゲを掴み、少量の雑炊を掬い善の口の前まで持っていく。

「善あーんしろ」

「あーん……」

何時もなら断ったりするところだが今日はそんな余裕はない、善はおとなしく口を開けた。

雑炊を口の中に含んだ途端に薄めの味付けの米と野菜の甘みと出汁の旨味があふれる。

大根とにんじんだろうか?ネギの風味に混ざって柔らかい根菜系の味がする。

冬瓜も有るのか、僅かだがとろけるような柔らかい触感もする。

 

「善うまいか?熱くないか?」

心配そうに芳香が尋ねる。

「ああ、うまいよ……大丈夫だ」

それを聞いた芳香はうれしそうに眼を細める。

「前は善にご飯を食べさせてもらったからな!恩返しだ」

芳香の笑顔を見ていると善はここに来て少し経ったときの事をおもいだす。

 

 

 

 

 

「師匠?芳香さんは一緒に食べないんですか?」

作るようにと言われた朝食を配膳しながら師匠に聴く。

「あら?私のかわいい芳香にこんな物を食べさせようって言うの?」

ジロリとこちらを睨む師匠。

机の上には黄身の潰れた目玉焼き、水が多くべたべたのごはん、熱し過ぎて味が濃い味噌汁(味噌の塊入り)が並べられていた。

「すいません!!釜戸って初めてで……コンロとかなら……」

「黙りなさい!!」

善の言い訳を師匠が一喝する。

ビクリと体をこわばらせる。

「まったく、必死で頼み込むから弟子にしてあげたのに……これならあなた自身を芳香のごはんにした方が良いかしら?」

その言葉に壁に立っていた芳香が反応する。

感情の全く読めない瞳で善の方をジッと見る。

それは間違いなく妖怪(捕食者)の目だった。

 

 

 

 

 

「あの時は怖かったな……」

善が遠い目をする。

「ん?何の事だ?」

芳香がレンゲを止める。

「芳香と初めて朝ごはん食った時の事だよ、たぶん覚えていないだろうけどな」

「……うん、覚えてない」

二人は笑い合って食事を再開した。

そのまま芳香は善がすべて雑炊を食べ終わるまで面倒を見てくれた。

「善本当に大丈夫なのか?死んだりしないか?」

尚も心配なのか所在なさげに布団の隣で座っている。

「ああ……大丈夫だ……師匠と芳香のお陰だ……ありがとうな」

礼を言って布団に再び横になる。

「善」

善を覗き込むように芳香が顔を近づける。

「なんだ?」

お互いの息がかかりそうな距離でささやく。

「死ぬのはダメだぞ?」

何度目かの芳香のその言葉。

それに対して善はフフッと笑う。

「ただの風邪だ……池に落ちた事が原因でな……気にすることじゃない」

「そうか、けど心配だ。ここにいさせてくれ、キョンシーだから風邪はひかない」

芳香が器用に足を前に開いて座る。

「ああ、かまわない……此処にいろ……」

そう言って善は再び意識を失った。

芳香としゃべる事自体無理していたのかもしれない。

すうすうと布団の中で寝息を立てる。

 

 

 

「…………」

芳香はそのまま横になり寝ている善にくっつく。

善の身体から呼吸音と心臓の鼓動が規則的に聞こえる。

そんな当たり前の生理反応が芳香にたまらなく【生】を感じさせた。

「生きてるんだな……」

善の額に自分の作り主がしたように手を当てる。

(熱い……私には……体温はない……)

その差が、とても大きな差な気がして芳香は少し寂しくなる。

(善は初めてのごはんの時覚えてるんだな……)

正直な話芳香は善と初めて食事をした事を覚えていた、さっきは咄嗟に「覚えていない」とうそをついてしまったのだ。

(すまない……怖い思いをさせてしまった……)

善の体温を感じつつ謝罪する。

願わくば善と自分がこのまま「生きて」いけるようにと願う。

 

 

 

暫くして善の部屋の扉が開く。

「あら……寝てしまったのね。お雑炊はちゃんと食べた?」

水差しと薬の袋を持った師匠が現れた。

コクリと芳香が頷く。

「あらあら、一緒に寝てるの?芳香は本当に善が好きね?」

師匠が芳香に笑いかける。

「善好きー」

何時もの様に芳香が答える。

「うんうん、いいわね。私も息子が彼女を連れて来たらこんな気分なのかしら?」

師匠も自分の夫との生活を思い出す。

善の頭に手を乗せゆっくりとなでる。

「よしよし、私の坊や……なんてね、うふふ」

照れ隠しの様に笑う師匠。その顔には邪仙と呼ぶには似つかわしくない表情になっている。

 

「さて、お薬を飲ませなくちゃね?善!!ぜ~ん!!起きなさい!!」

師匠がゆらゆらと善を揺さぶる。

「なんですか……師匠?」

不機嫌な顔で善が目覚める。

「ほら、芳香をはべらす前に薬を飲みなさい」

師匠の言葉に違和感を感じた善は隣を見て驚く。

「え?……うわ!!なんで芳香が一緒に寝てるんだ!?」

芳香から後ずさる。

「あら、物部様の次は芳香だったのね?節操のない下半身ね?」

冷たい視線で善を見下ろす。

何処となく怒っている様に見える。

「師匠?違うんです!コレは芳香が勝手に……」

「ハイハイ……それは解ったから薬を飲みなさい?いくら私でも弱った所に折檻するほど鬼ではないわ」

そう言って善に薬の包と水の入ったコップを差し出す。

「師匠?コレって中にヤバイモノ入ってませんよね?」

師匠の出した薬という事で反射的に警戒してしまう善。

「まあ、失礼しちゃうわ。コレあなたが買って来た薬よ?」

その言葉に気が付いてみれば確かに袋に八意製と書かれている。

包の上から薬の内容とサインが有るため、手紙の印の様に一回開けて入れなおす事は無理だろう。

「なら、安心ですね……いえ、水はどうです?怪しい薬は……」

善が言葉を発している途中で、師匠が善の水を手に取り飲む。

「はい、これでいい?あなた少し疑ぐり深過ぎよ」

「すいません……」

謝って善は薬を飲み干した。

 

「さて、そろそろかしら?」

師匠がとてもいい笑顔で笑う、邪仙にふさわしい表情だ。

「あの?師匠?が……!!」

体の一部が熱くなる!

「コレは……!!」

「解らなかったの?さっきのお雑炊に精力を高める素材が有ったのよ、冬瓜みたいだったでしょ?」

そう言いながら布団に不自然に張られたテントを見る!!

善はすでに嵌められていた!!

薬はフェイク!!恐るべし邪仙の策略!!

 

「芳香~善が汗をかいた頃だから布でふくわよ~逃げないように捕まえてて」

ガシッと後ろから捕まる!!

「頼む!!芳香!!離して!!さすがにコレはやばいんじゃないのか!?」

善が必死に説得するが芳香は手を離さない!!

「さーて。私達が看病してあげるわ~」

右手に布!左手で善の服を掴む!!

「やめてください!!師匠!!」

涙ながらに師匠に訴える!!

「ダ~メ!病人はおとなしくしなさい!」

しかし現実は非情である!!

 




看病プレイって憧れる。
けど私の場合風邪って何か食べて一日寝ればたいてい治る。
鳥インフルを半日で治して医者に
「君すごいね」
と言われた事が有ります。
あ、忘れてたけど
感想待ってます!!


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生き残れ!!サバイバルin妖怪の山!!

なんだかんだ言って連載になりました!!
不定期なので気長に待ってください!!


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

 

「よっと!!」

善が自身の発する掛け声と共に釣り糸を川にたらす。

辺りは静かな山、秋の涼しさと清流の流れの音が心地良い。

秋晴れした空はゆっくりと雲を流している。

一緒にきた芳香は何を考えているのかわからない表情で水面を眺めている。

心穏やかに成る時間である。

しかし!!

「善、死体が流れてきたぞ」

「何!?本当か!?」

そのセリフで一気に!!

台無しである!!

 

 

 

芳香に言われ川の上流を見ると、青い服に緑の髪の少女らしき人物がうつぶせで流れてきている。

「アレ、取って食べないか?」

芳香からの嫌すぎる提案!!

何でも食べる好き嫌い無し!!

「イヤイヤ、ダメだって!!なんで俺が水死体食うんだよ!!仙人というよりむしろソレ妖怪よりの生き物だぞ!?仮に俺がやったらムチャクチャホラーな展開だぞ?」

全力で否定する善!まだ人間そこまで捨ててません!!

 

「キョンシーにされたり、薬飲まされてるからそろそろ妖怪化しないのか?」

キョトンとする芳香、その言葉がクリティカルに善の心にダメージを与える!!

「芳香ぁ……ソレ言わないでくれよ……そろそろ体に深刻な影響が出てこないか自分でも心配してるんだぞ?」

最早半泣きである、善の師匠は実験好きな面があり謎の薬などを良く善に投与してる!!

気を取り直して釣りを再開する善。

この仕事は失敗するわけにはいかないのだ。

しかし気になるのは先ほどの水死体、魚よりそちらを見てしまう。

「……アレ?水死体は?流れた?」

しかし先ほどの死体は見る影もない。

「いやなモン見たな~、釣りを再開する……おお!やっとヒットしたぞ!!」

 

 

 

勘の良い読者の諸君!!次の展開は予想できるな?

さあ、いってみようか……

「おお!!大物だ!!来いやぁああ!!」

ザバァ!!と音を立て水面から先ほどの水死体が姿を見せる。

「マジか……」

出来れば関わりたくない善。

しかし釣れてしまった物はしょうがない……

「おお!!昼にするのか?」

芳香がキラキラした目で水死体を見る。

きれいだろ?死んでるんだぜ?

 

「イヤ、食べないって……それに持ちあがらないし……しかも針が外れない……」

クイクイと釣竿を動かすが外れる様子は無い。

「芳香、悪いけど針を取って……来れないよな?」

芳香の関節の移動範囲を考えても水死体が増えるだけである!!

「竿、持っていてくれ」

釣竿を芳香に持たせる。

「行くかな……」

意を決して沢を降りていく。

針を水死体から外す。

「よし……と、再開するかな。ナマンダブツ、ナマンダブツ」

水死体に手を合わせ、背を向け芳香の元に戻ろうとする。

ガシッと右肩につかまれる感覚!!

(嫌だな~肩にだけ金縛りかな?どっかで聞いたことが有るぞ、金縛りはただの思い込みの現象だ大丈夫、大丈夫……)

 

善!!必死の現実逃避!!

しかし!!

ガシィと今度は左肩につかまれる感触!!

さらに後ろから人の物らしき息遣いが!!

(お、おおう……コレやばくないか……バイオでハザートな展開じゃないか?)

震えながら後ろを振り返る!!

目の前に広がる少女の顔!!

そしてゆっくりと口を開ける。

「助けてくれてサンキュ!盟友!!」

「へ?」

善は間抜けな声を漏らした。

 

 

 

「いや~、私としたことがさ。足を滑らせて滝から落ちちゃったんだよね」

そう言いながら水死体改め少女が能天気に笑う。

「は、はあ……流されて無事だったんですか?」

頬をひきつらせながら受け答えする善。

「ん?私河童だよ?あれぐらいどうってことないさ。まあ?私自体リアルに河童の川流れするとは思ってなかったけど!」

あははと笑いサムズアップをする。

再び元の場所に戻った善はまた釣り糸を垂らしている。

しかし全く釣果は得られていない!!

 

「あ、自己紹介するよ。私はにとり、河城にとりだよ盟友は?」

盟友というのは自分の事らしい。

「あー俺は詩堂 善……仙人目指してます」

厄介な事になったと思いながら釣り糸の先を見る。

「へー!仙人志望なんだ!!いまどき珍しいね。ところでさ、なんで()()()()()()()()?見つかったら殺されるよ?」

そう!!善が居るのは静かな沢ではなく!

実は妖怪の山の中!!

先ほどのにとりが言ったように!!見つかればタダじゃ入れない場所!!

そんな危険なところでなぜ善がのんびり釣りをしているのか!?

それは今朝の事に遡る!!

 

 

 

何時もの様に芳香とストレッチを済ませた善は、師匠と芳香と自分の朝食の準備をしていた。

今日のメニューは秋の味覚の栗ごはん!!ホコホコした栗の甘みが素晴らしい!!

しかし善の師匠が朝食を見て一言!!

「秋じゃけが食べたいわ~」

この時点で善の中にいやな予感が広がっていた!!

(頼む神様!!あれが独り言でありますように!!)

この先に待ち受けるであろう残酷な運命を避けれるように神に祈る!!

「ぜ~ん」

師匠の猫なで声!!ほぼ死刑が確定する!!

「夜は秋じゃけが食べたいわ」

二度目のその言葉!!

明らかにこちらに聞こえるように言っている!!

その言葉を聞きホッとする善。

(良かった……今じゃなくていいんだな……なら少し高いけど人里で……)

予定を自分の中で立てる善。

しかし残酷な言葉が続いた。

「釣ってきて頂戴」

「は?」

師匠の言葉の意味が解らずフリーズする善。

重ねるようにさらに師匠が言う。

「前、外で食べたシャケの親子丼が食べたいの。だから釣ってきて」

ニコニコと笑いながらこちらを見る。

「あの……師匠?私、釣りとかした事ないんですけど……ていうか川自体この辺には……」

「あるじゃない?妖怪の山が」

 

 

 

その言葉に激しく善は反応する。

「あそこは妖怪の住処です!!勝手に入って密漁とか冗談じゃありませんよ!!見つかったら何されるか解ったもんじゃありませんからね!?」

必死で不可能をアピールする。

善とて若い命を捨てたくはないのだ!

「ダメ?」

師匠がかわいらしく聞いてくる。

「ダメです!!いくら修行と言っても行きませんからね!!」

ガンとして首を縦に振らない善。

「解ったわ、そうよね。私のかわいい弟子に何か有ったら大変だものね」

遂に諦めた師匠。

師匠の言葉に安堵と違和感を感じる。

(師匠がこんなにあっさり諦めるなんて……珍しいな……)

カチッと音がして師匠が何かを触っている。

「師匠?ソレなんですか?」

非常に嫌な予感がする。そう、非常に嫌な予感が……

「あら?知らない?ビデオカメラって言うのよ。最近手に入れたの今日はこれを持って太子様の所でビデオの鑑賞会をしましょう?ほら、良く撮れてるでしょ?」

再生されるビデオの映像を見る。

 

『ほーら、善。しっかり汗を拭かなくちゃね?』

『やめてください師匠!!背中だけで十分です!!前は!!前は自分で!!』

『だ~め、よ?風邪をひいてるんだから……私がシてあげる。芳香、善が動けないようにしっかり押さえててね~』

『りょーかーい』

『いやだ!!いやだぁ!!ううっ!いやだぁ!!』

『芳香~ついでに保健体育の勉強もしましょうか?丁度いい()()も有るし』

『するぞ~』

『いああああああああああん!!!』

 

「ほら良く撮れてるでしょ?」

ニコリと師匠が笑う。

「アンタ!!一体いつコレ撮った!!カメラどこに仕掛けたんだ!?」

善が顔を真っ赤にする。

死因に恥死というのが有ればとっくに死んでいるだろう。

「それはヒ・ミ・ツ。さあ?太子様の所へ行きましょうか?芳香~出かけるわよ?」

「やめてください!!そんなの上映しないでください!!ホントにトラウマなんですよ!?」

泣きながら師匠に追いすがる!!

「いいじゃない?別に減るもんじゃないんだし……」

「俺の尊厳が減るんですよ!!今度から布都様とかと偶然会ったらどんな顔すればいいんですか!!」

最早血涙!!悲惨な善!!

「ん~そうねぇ……物部様には『俺のマグナムをリアルで見してやるぜ!!』とかニヒルに笑いながら言うのはどうかしら?」

善の声マネをしながら師匠が楽しそうに言う。

「どう考えても燃やされるだけです!!」

「そうかしら?実際見せて見ないと解らないわよ?あー。そんな事よりシャケの親子丼が食べたいわ~」

わざとらしく善に向かって言う!!

逃げ場はない!!

「解りましたよぉ!!釣ってこればいいんでしょ!?」

涙を流しながら立ち上がる善!!

「芳香をボディガードに付けて上げる、それから使えそうなもの一式」

ヒョイっと壁の向こうから釣り道具を持ちだす。

 

 

 

……という事が有り妖怪の山に居る。

「仕方ない事情が有るんだよ……」

遠い目をしながらそういう。

「ふーん、大変なんだね」

にとりが興味なさそうに聴く。

「盟友困ってるなら助けてあげるよ!シャケが欲しいんだね?」

すっと立ち上がる。

「え?」

「助けてもらったお礼。ちょっくら取ってきてあげるよ!」

そういうや否や川に勢いよく飛び込んだ!!

バシャ、バシャと音がしばらくした後水面が再び波立つ!

 

「へへへ~取ってきたよ?」

にとりは大きなシャケを3匹抱えてきた。

「おお!!さすが河童!!」

釣り竿を置きシャケを受け取る。

「いや~いい汗かいたよ」

にとりが体をタオルで拭く。

「メスのシャケが要るんだろ?一匹焼いて食べようか?」

まだ昼も食べていない善にとってにとりの提案は素晴らしいモノだった。

その言葉を聞いた途端腹が成る。

「けど……長くいる訳には……」

そうここは妖怪たちの領地!!長くいるのは相当不味いのだ!!

「だったら私が、庇ってあげるよ。友達だって言えば多少はね?」

にとりの優しさが心にしみる!!

「そうだな……ありがとうにとり!!芳香!!昼飯にしよう!!」

その言葉にいつの間にか寝ていた芳香が目を覚ます。

「水死体が動いてる……」

芳香がにとりを見て驚く!!

「お前結構寝てたんだな……」

善ががっくりと肩を落とす。

 

 

 

三人が焼けたシャケを切り分けそれぞれ食べる。

秋じゃけは油のノリが良く非常に美味である。

「米が欲しいね~」

「ああ、それならもってきた」

にとりの言葉に反応し善がリュックから握りメシを取り出す。

「おお!さすが盟友!!準備が良いね!!」

「ほら、芳香も」

「おー」

塩ムスビに食らいつくにとりと芳香。

「漬物も有るぞ?」

別に持ってきていたきゅうりの浅漬けを取り出す。

「おお!!きゅうりだ!!」

にとりが瞳を輝かせる!!

「河童ってホントにきゅうりが好きなんだな……」

うまい、うまいと喜んで浅漬けをたべる。

「刺身もうまいぞ~」

芳香も楽しそうな声が響く!!

 

「え!?刺身?」

用意した積りのない料理に善が一瞬フリーズする。

「うまい!!」

芳香が生のシャケを食べていた!!

「何してるんだ!!」

「ん?」

自体を全く理解して無い芳香!!

「まあ、いい。まだ一匹……」

そう言って最後のシャケを見ると……

「にゃーん!!」

黒い猫がシャケを咥えて森の中に消えて行った!!

「ねぇこおおおお!!」

善が叫ぶが猫はノーリターン!!帰ってこない!!

「どーすんだよ!!三匹ともなくなっちまった!!」

がっくりと地面に倒れる!!

リアル!!orzの体制!!

「あーあ。もう一匹とって来てあげるよ。さすがにかわいそうだし……」

同情したにとりが川に飛び込む。

「頼むぞ~」

そう言った後自分でも釣り糸を垂らす。

「ふ~厄介な事に……」

突然視界の横に銀色が現れる!!

「へ?」

善はそれが刃物だと一瞬遅れて気付く!!

「おい!貴様!!妖怪の山で何をやっている!!」

振り返るとイヌ耳の女!幅広の剣と紅葉が書かれた盾を装備している!!

 

 

 

「助けて!!師匠!!」

「一緒に来てもらおうか?」

無情!!




ひゃほぉう!!!
もみもみ登場!!
テンション上がるぜ!!


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疑心暗鬼!!裏切りの連鎖!!

今回は難産でした……
クオリティが安定しない……


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

 

ハイテンションで解る!?

前回までのあらすじぃいぃぃいいいぃ!!

師匠「シャケが食べたいわ!!妖怪の山で密漁しなさい!!拒否権は……ない!!」

善「しょ、しょんなぁぁあぁ!!」

水死体「俺の正体は実は……にとりだったのさ!!貴様にはシャケをくれてやろう!!」

善「こ、こんなにいっぱい……」

しかし!!

芳香・ねこ「「シャケうめえええええええ!!」」

善「食べちゃらめなのおっぉおおぉおおぉお!!」

にとり「コイツ(シャケ)が欲しいんだろぉ?もっととって来てやるよ!!」

善「ありがとうございましゅうううぅうぅう!!」

???「何やってんだお前?」

 

え?まだ良くわからない?それなら前回の話を読んできてください。

 

 

 

善が修行を積んでいる師匠の住処の一つ。

今そこに近づく一つの影が有った。

烏帽子に狩衣の様な服の少女、物部 布都だった。

自身の乗ってきた木製の小さな船から飛び降りる。

「ぜーん!!おらぬのかー?人里でうまい団子屋を見つけたのだ、我と一緒に行かぬかー?」

インターホンなどという物は無いため、入り口の扉を叩く。

「あら、物部様。残念ですけれど善は今日はいませんわ」

扉の隣の壁を通過しながら善の師匠が姿を現す。

「なんと!!不在か……」

善の留守を知り少し落ち込んだ様子の布都。

「私で良ければ弟子の代わりにご一緒しましょうか?」

柔和な笑みで布都に微笑みかける。

「……うむ!そうだな。芳香殿もおらんのか?」

気を取り直し顔を上げる布都、ここでいつも善と一緒にいるキョンシーの不在に気が付く。

「芳香も善と一緒に出掛けていますわ」

「そうであったか、二人は何をしておるのだ?」

何気ない疑問を師匠に投げかける。

「修行の一環として妖怪の山で密漁させていますわ」

「は?」

師匠の言葉に一瞬フリーズする布都、しばらくしてようやく頭がのその()()()()()()を理解する。

「何を考えておるのだ!!妖怪の山で密漁など!?善殿を殺す気なのか!!」

おっとりした布都にしては珍しく声を荒げる。

他者を排除したがる妖怪の山の社会では、侵入者は基本的に容赦はしない。

それが自分たちのテリトリーで勝手に資源を盗むのならなおさらだ。

「あら、それは心外ですわ。私は善なら問題ないと考えて言いつけました、もし仮に善が死んだのならそれはあの子がその程度だった、というだけですわ」

すらすらと、当たり前の様に話す善の師匠。

その言葉を聞き布都の顔が怒りに染まる。

 

「なんと無情な!!もうお主に善は任せておけん!!我が善を迎えに行く!!今日から善は我が弟子として育てる!!」

そう言い放ち、自分の乗ってきた船に飛び乗ろうとする。

「お待ちください」

しかし師匠は布都の服の襟を捕まえ制止する。

「何をするか!!」

「言った筈ですわ『善なら問題ない』と、善は私の弟子です。()()()()()()()()()()()()()()()、私は何の才能もない者を弟子になどしませんわ」

何時もの様に平然と邪仙は笑いかけた。

 

 

 

白狼天狗の制服を着た少女が善に剣を突きつけながら見下ろす。

「あなたも知っての通りここは妖怪の山です。私達(妖怪)の領地で密漁するなんて……間抜けを通り越して滑稽ですらありますね。覚悟は出来ていますね?」

剣を構え冷たく文字通り冷酷な視線を善に投げかける。

(やばいぞ……遂に見つかった……!!だから密漁なんてイヤだったんだ!!)

絶望的な状況に内心涙を流す善!!

(よ、芳香は……芳香はどうしたんだ!!)

師匠が護衛にと付けてくれたキョンシーに目をやると……

 

「………………」チーン……

物の見事に死んだふり!!

白目をむき、口を半開きにして血を吐き一切動かない!!

(アノ!!キョンシー!!速攻で裏切りやがった!!しかも滅茶苦茶本格的な死んだふりじゃねーか!!)

善の希望があっさりと壊れる!!

キョンシーはもう死んでるという突っ込みは無しでお願いします!!

「……………」ピク……

そう思った善だが、芳香が僅かに動く!!

(やっぱり助けてくれるのか!?)

再び善の心に希望の明かりがともる!!

 

ずり……ずり……

 

ゆっくりと腕を動かし近くに有った岩に血で文字を書き始める!!

 

ハンニンは、ゼン

 

それだけ書くとこちらにサムズアップし、再び動かなくなった!!

「芳香ぁああ!!何俺を犯人に仕立て上げてるんだよ!!」

遂に善が切れて芳香に詰め寄ろうとする!!

「座りなさい!!」

白狼天狗が無理やり善を押さえつけ、関節技を腕に掛ける!!

「いででででで!!ギブ!!ギブギブ!!」

パンパンと地面を叩き降参の意志を示す!!

「まったく!いきなり動くなんて……怪しい動きは控えなさい!!」

そう言いながら善がさっき見ていた方に視線をやり絶句する。

「あなた……人間の仲間を……此処には密漁だけじゃなく死体を隠しにきたのか!!」

天狗が激高する!!

たとえ妖怪にも仲間意識は有る。

しかしこの人間は自分の仲間を裏切った!!

下衆な人間は生かしておけない!!

その考えが椛を激高させたのだ!!

 

 

 

「チッ、しょうがねーな……」

押さえていた人間の雰囲気がガラリと変化する。

善はその場で関節を外しゆっくりと立ち上がった。

「あ、あなた!!おとなしく座りなさい!!」

椛が剣を善に向けるが……

「悪いな……生憎こんなおもちゃじゃ、俺に傷一つ付けられないぜ?」

不敵に笑い剣を指先ではじく。

(な、何が起こったの!?)

椛は外見こそ落ち着いていたが内心かなり焦っていた。

哨戒中に侵入者を見つけたのはいい、これだけなら良く有る出来事。

しかしコイツは違った、死体の匂いをぷんぷんさせのんきに釣りに興じている!!

まともな精神では先ず不可能な芸当!!

この時点で椛はコイツは狂人だと判断していた!!

極めつけは匂いどかろか死体を隠し持っていた事だ。

(おそらくこの人は人里で人を殺したんだ……それがばれてお気に入りの死体を持ってここまで逃げてきたんだ……!!)

椛は善を精神異常の殺人鬼と判断した。

その瞬間人間がガラリと態度を変えた。

さっきまでの怯えた表情は消え、どこか余裕すら感じさせる不敵な表情をしている!!

 

 

 

「なあ、天狗さん?俺と決闘しないか?」

善が外れた関節を戻しながら不敵に笑い椛を見据える。

「け、決闘?」

恐怖に耐えながら何とか善の言葉に反応する。

「幻想郷の決闘と言えば弾幕、だろ?」

そう言って懐から3枚のカードを取り出す。

「その決闘に乗ってこちらに得は有るのか?」

剣と盾を構えつつ善との距離を作る。

「ほぅ?本能的に距離を取ったか……さすが野生、良い勘を持っているな……おっと。メリットだったな?俺がお前を殺さないで置いてやる、素手なら間違ってヤっちまうかもしれないからな……」

それも面白そうと言った感じで右手を握ったり開いたりする。

「良いでしょう……勝負です!!」

椛はその勝負に乗る事にした。

何処か感心したように善が笑う。

「勇気だけは認めてやろう……」

そう言って二人は距離を作り始めた。

「さあ、勝負です!!」

椛がカードを構えるが……

「おいおい、それじゃ近すぎるぜ?ハンデだ!もっと下がれ!!」

椛にさらに下がるように進める。

もうすでに一般的な弾幕合戦の距離は取っている。

「警告だ!!あんまり近いと、すぐに終わっちまうからな……」

ズボンに手を突っ込み余裕を見せる善。

そして…………後ろを向いて走り出した(・・・・・・・・・・・)

「は?」

椛はその行動が理解出来ずに、間抜けな声を上げた。

どんどん遠ざかっていく背中。

「わはは!!引っ掛かったな!!バーカ!バーカ!!頭⑨!!」

爆笑しながら走っていく侵入者()!!

 

善は必死になって走っていた。

芳香に裏切られたため、自分には武器が無い!!

善本人は弾一つ作れないのだ!!

(やっぱ犬は馬鹿だな!!簡単に引っかかったぜ!!)

しかし知恵はある!!

挑発の言葉をのこし山から脱出しようとする!!

「待ちなさい!!!」

後ろからガシッと両腕を捕まえられる!!

 

 

 

「……あれ?」

相手を見ると先ほどの白狼天狗。

「足……早くない?」

「これでも天狗の端くれなので」

無情な結果!!

「ま、まだまだぁ!!」

善は意を決して川に飛び込んだ!!

「ざまぁ見ろ!!下流まで逃げてやる……ゲぼ!!あ、足攣った!!痛い!!すごい痛い!!がぎゃ!!水が!!助けて!!誰か助けてーーー!!」

善が流れていく姿を椛はジッと見ていた。

 

 

 

数分後!!場所はさっきの沢!!

「あの……すいませんでした!!」

全身びしょ濡れの善が椛相手に土下座する!!

「いえ……それよりあなた、さっきのは?」

「全部演技です!!ホントは弾自体出せません!!関節はなんか外れました!!今、スゲー痛いです!!」

土下座したまま謝り続ける!!

「さっきのカードはなんです?」

「れ、レシートです……」

懐から3枚のレシートを取り出す。

「全部春画ですか……」

レシートの内容を見て椛がドン引きする。

「巨乳は正義!!それだけが真実!!」

濡れ土下座のポーズでどうしょうもない事を言う!!

そしてタイミングの悪い事に!!

「やっほ~とって来たよ~」

にとり帰還!!

「あれ?椛と盟友……何のプレイ?」

いぶかしげに二人を見る。

 

 

 

「つまり、師匠に言われてシャケを釣っていたと?」

「そうです~俺がやったんじゃないんです!!」

半裸(風邪をひくから脱いだ)で土下座を尚もする!!

「椛~いつまで頭下げさせてるの?」

「彼が勝手に……」

困惑気味な椛である。

「あ、俺詩堂 善です、よろしく」

土下座体制のまま右手をだし握手をする。

「ソッチで寝てるのが師匠の作った芳香です、芳香ー!起きろ!!」

善が芳香に向かって声を上げると椛が死体だと思っていた、人間が起き上がった!!

「善、シャケは?」

「今その話だ」

エヘンと椛が咳払いをし、注目を集める。

「兎に角、にとりを助けてくれた事には感謝します」

偶然釣り針がかかっただけなのだが……

「今回だけは見逃します、早く帰りなさい!」

「あ、ありがとうございます!!」

にとりの取ってきたシャケを受け取り芳香と二人で山を下りていく。

 

 

 

小さくなっていく二人の影を見ながら椛がつぶやく。

「なんだかおかしな人間でしたね……仙人志望なのに欲まみれで……かと思えば他人に対して低姿勢で……」

「けど、椛が相手を見逃すなんて珍しいね?今後の成長に期待だね?」

にとりが興味深そうに言う。

「いや、成長というより……なんだか私に近い気がして……」

何処かさみしそうに善に思いをはせる。

「近い?」

「苦労人のオーラが有るんですよ……」

そう言って再び森の奥へと走り去った。

山はもうすっかり日が落ちている。

 

「さて、私も帰るかな……あれ?盟友、荷物忘れてる……治療用のお札に……きゅうりの漬物だぁ!!あと……なんかのディスク?これがDVDって奴か!!確か家にプレイヤーが有ったから再生してみるか……」

 

 

 

「師匠ー帰りましたよー」

何とか歩いて自宅まで帰還した善。

「あら、お帰り善。シャケは取れた?」

師匠が出迎えてくれる。

「布都様も来ているんですか?」

外に止められた見覚え有る船を見て言う。

「ええ、中で善のDVDを見てるわ」

にっこりとほほ笑む師匠!!

「DVD?」

「私が善を看病した心温まる作品よ?」

その言葉を聞いた瞬間善は走り出した!!

「お、おう……善。帰ってきたのか……」

顔が赤く気まずそうな布都がリビングにすわていた。

「はい……帰りました……」

善も同じく無口になる。

「ほら!善!!今こそアレ!言いなさいよ!!」

後ろで師匠が楽しそうに合いの手を入れる!!

「止めてください!!師匠!!」

「楽しいからやーめナイ!!」

その言葉の様に笑う師匠。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にとりの家

『芳香~ついでに保健体育の勉強もしましょうか?丁度いい教材も有るし』

『するぞ~』

『いああああああああああん!!!』

「ひゅい……こりゃスゲー……」

本人の知らないところで不幸は広がる!!

 




もみもみ祭りの会場はここかぁ?
ホンット楽しいよな?ライターってのは?


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ひと時の平和!!弟子の午後!!

日曜に上げるつもりが……時間掛かりました。
殆ど居ないだろうけど……待ってた人ごめんなさい。


穏やかな秋の午後……

善たちが居を構えている場所に快活な声が響く。

「ほっ!はっ!!たっ!!」

善が汗を流しながら拳を振るい、蹴りを放つ。

「そこまでよ!」

師匠の掛け声にピタリと動きを止める。

「はあ、はあ、はあ……」

善が動きを止めた瞬間にドッと汗が噴き出る。

伝った汗が地面を僅かに濡らす。

「大分動きも良くなったわ、けど体力の消耗が激しすぎるわね~。まだまだ基礎練習有るのみよ?じゃあ、今日の修行はここまでね」

師匠の言葉に笑みをこぼす善。

最初に比べたらかなりの進歩を感じているが、目的は遠いらしい。

「はい!!師匠!!ご指導!!ありがとうございます!!」

その場で気を付けをする。

その姿を満足そうに師匠は見て笑みをこぼす。

「ぜ~ん、お疲れ」

師匠の作ったキョンシーの芳香がタオルを差し出してくれる。

こういった気遣いは非常にうれしい物が有る。

高校球児がマネージャーからタオルを渡されたら、こんな気持ちなのだろうか?

「サンキュな、芳香」

そう言ってタオルで顔を拭く。

「汗をかいてるでしょうから、お風呂に入っておきなさいね?」

そう言って師匠が帰っていく。

「着替え、有るぞ?」

芳香がスッと着替えが入った袋を渡してくれる。

手先が不自由な芳香は善の着替えを用意するのはなかなか難しかったであろう、善はその事を思うと心がいっぱいになった。

「おお!助かったありがとうな」

そう言って浴室に向かっていく。

 

 

 

「うーん……極楽だ……」

湯船につかりながら体を伸ばす善。

疲れが湯に消えていくのを感じる……

「さて……そろそろ出るか……」

身体を洗い、疲れも十分取れた所で風呂から上がる。

「牛乳飲むか?」

その時丁度脱衣所から芳香が牛乳を持って現れる。

「ああ、貰うよ」

そう言って牛乳を受け取る善。

指でふたを開け、一気に飲み干す。

「うーん……素晴らしい味だ……。芳香も風呂入るのか?」

「もう、入った」

「そうか、そろそろ服を着たいんだが……出てってくんない?割と恥ずかしいんだけど?」

当たり前だが善は風呂にいた!!もちろん全裸!!

しかしそこに容赦なく入る芳香!!

コレは善にとっては半場慣れた事態!!

というか師匠が風呂を勧めた時点で半分わかっていた!!

「おお、すまない。顔を隠そう」

「お前顔まで手が届かないだろう!!」

善が全裸で突っ込みを入れる!!別の物を突っ込んだらR18行DA☆!!

「うるさいわよ?お風呂では静かに……」

壁を通過して現れたのは師匠!!

「なんでアンタまでしれっと入って来てんだよ!!風呂を覗かれるのは普通年頃の女でしょ!?男の全裸とかどの辺の需要だよ!!」

メメタァ!!突然のメタ発言!!

*因みにこのメンバーは、邪仙(1000歳越え・人妻)キョンシー(腐った死体)人間(仙人修行中)の三人!!

あまりにもニッチ過ぎる範囲!!誰が来てもあまり喜べないのでは!?

「確かにね……あ!でも私未亡人よ?需要有るんじゃないかしら?」

スッと服を肌蹴させ始める師匠!!

「止めてください!!師匠に手を出したら後がものすごい怖いんですよ!!」

慌てて師匠の服をもとに戻す。

「善は男の夢のセリフ『旦那様より良いわ~』とか興味無いの?」

「ありません!!」

こういうが実はかなり興味深々!!ムッツリめ!!

「そう、あら?肩の傷だいぶ良くなったようね?」

そう言って師匠が手を置くのは善の右肩、そこには大きな切り傷を縫い合わせた跡が有った。

「ええ、お陰様で……」

 

 

 

実は先日、山から帰って来た後脱臼が発覚した。

師匠は善の脱臼を肩を切り、直接骨をハメなおすという暴挙に出た!!

もちろん善は嫌がったが、師匠は面白そうだからと無理やりやった!!

「なんかやばい術とか骨にかけてないですよね?」

どうしても疑心暗鬼になる!!

「え?かけたわよ?再生力が向上するタイプのヤツ」

堂々と言い放つ師匠!!慄く善!!

「それだけですか?それだけですよね?それ以外やってませんよね!?」

必死の表情で聴く善(全裸)!!

「ええ、もちろん」

にっこり!!非常に胡散臭い!!この笑顔!!

 

 

 

「さて行くかな……」

あの後何事もなく、着替えを済ました善は人里に出かける事にした。

「あ、そうだ……忘れるトコだった」

台所に戻り、出汁ようの煮干しを一匹ポケットにしまう。

そうして今度こそ家を出た。

「ほっ、ほっ!!」

少し小走り気味に墓場を走る善。

「に~」

「お、居たな?」

猫の声を聞きつけ足を止める。

「に~……」

墓場の間から現れたのは黒い猫。

「よ~し、よしよし。チッ、チッ、チッ」

近くに有った猫じゃらしを引き抜き猫の前で振る。

「にゃ!にゃ!にゃ!」

かわいらしく猫じゃらしを追う猫。

「お手!」

善は次に自身の右手を差し出す。

「にや~」

ポンと手を置く。

「よくできました!!えらいぞ~」

ポケットに忍ばせた煮干しを猫にやる。

この猫は実は先日妖怪の山で善のシャケを盗んだ猫。

なぜか善の事を気に入り偶に墓まで遊びに来ているのだ。

「かわいいな猫麻呂は……」

猫麻呂は善の付けた名前、ネーミングセンスは言いっこ無しでお願いします!!

墓石に座り、猫麻呂を膝に乗せる。

「よしよし……ここか?ここが良いのか?」

「ごろごろごろ……」

猫の喉をなでると独特の甘えた声を鳴らす。

「そろそろ行くかな……」

そう言って猫麻呂を地面に下ろすため抱き上げる。

「……ん?猫麻呂……お前メスだったのか?」

善が何気なく確認すると……

「ふしゃー!!」

バリッ!

「いって!!」

怒って善の腕をひっかき帰ってしまった。

「抱き方が悪かったのか?なんにしろ気まぐれだからな……」

実はこれが初めての事ではない、何度か遊んでいるが突然怒って帰ってしまう事が割と有るのだ。

考えていても仕方ない、猫というのは気まぐれなのだと知っている。

気を取り直して傷を気にしながら人里に向かう。

 

 

 

「相変わらず門番は居ないのか……」

無人の門を見ながら人里に入っていく。

最初はなれなかった奇異の視線にもすっかり慣れた物だ。

持って来た金銭を確認し、目的の店に向かう。

「すみませーん。団子が欲しいんですけどー」

師匠に聞いた人気の団子屋が今日の目的地だった。

店はそこそこ繁盛しているのだが!!

善が近づいた瞬間に店員!!客!!さらには赤ん坊まで動きが止まった!!

(なんかずいぶん静かだな……)

耳を澄ませれば微かに話し声の様な物はする。

 

「老い先短いし……今回は私が行くよ……高志、しっかり店と子供を守るんだよ?比恵子さん、わたしゃアンタに沢山無理言ったがアンタは口応え一つしなかった……馬鹿息子を頼むよ……」

「お、おふくろぉ……」

「お義母さん……」

「おばあちゃん行っちゃやだぁ!!」

「みんなで幸せにおなり?」ニコッ

 

店の奥から老婆が現れる。

「いらっしゃいませ……本日は何をお求めで?」

具合が悪いのか、かすかに老婆は震えている。

「あ、お持ち帰りでお団子を、あんこの6本ときな粉の6本。あ!後このズンダ(枝豆のあんこ)4本ね!」

おすすめの商品を注文し席に座る。

まるで時が止まったかのように店の中は静まりかえっている。

(この店って静かに食わなくちゃいけないルールでもあるのか?)

不思議に思った善が客に顔を向ける。

しかし皆顔を見た瞬間に目をそらす。

「なんなんだろう?」

しばらくして団子が運ばれてきた。

「どうぞ……うちの自慢の団子ですじゃ……」

異様なテンションの低さの老婆から団子を受け取る。

「ねぇ、おばあさん。なんでこの店の人って軒並みテンション低いの?もっと笑った方が良いんじゃない?」

そう言ってお金を渡す。

その瞬間老婆が狂ったように笑い出した!!

「……あはははははあははははあはっは!!」

「そうそう、笑顔笑顔。じゃあねおばあさん、また来るよ」

そう言って善は店を出て行った。

しばらく老婆の乾いた笑い声が響いていたがだんだんとかすれて消えた。

 

 

 

人里を離れ今度は妖怪の山に入っていく。

もちろん危険は承知のうえだ。

前回の河原に向かってしばらく歩き続ける。

すると突如目の前に人が降りてくる!!

「止まりなさい!!此処は妖怪の……また来たんですか?」

うんざりと言った顔をするのはこの山の白狼天狗、犬走 椛。

「この前はお世話になりました。コレ、人里で人気の団子です」

ヒョイっと手に持った団子の袋を差し出す。

「わざわざこの為に?」

そう言いつつも手に持った団子の袋を凝視している。

あと、尻尾がパタパタ揺れてる、正直かわいい。

「ええ、椛さんが見逃がしてくれなかったら正直……師匠に殺されてたかも……」

もしもを想像し震えだす善。

「しかし勝手に受け取る訳には……」

まだ仕事の最中、椛は受け取るのを躊躇する。

「あー、すみません。仕事中でしたか?」

相手の事情を察したのか少し考え込む善。

しばらくしてポンと手を叩く。

「じゃあ、にとりさんに渡しておいてください。丁度二人分ありますから」

そう言って地面に袋を置くと、踵を返す。

「待ちなさい」

ガシッと肩を掴まれる。

「いちいちこんな風に来られても迷惑です。……次から用が有るときは山の入り口の木の前で待っててください」

「あ、はい」

椛は音もなく袋を持って山に消えて行った。

椛が消えて行った山の方を見る善。

「あの人?とは仲良く慣れそうだな」

そう言って再び人里に向かう善。

 

 

 

「らっしゃい……あんたか」

店の暖簾をくぐると同時に店主が声をかける。

「前回のどうだったい?」

「んー。微妙にずれてます」

レジの近くで男二人が話会う。

この男は人里の端に有る古本屋の店主。

おもに外来の本を拾い、貸出または売却をしている。

また、善の噂を知ってなお態度を変えない人物である。

「しっかしアンタも好きだね?春画が……」

もう飽き飽きと言った感じて店主が話す。

そう!!此処は善が毎回春画(エロ本)を買いに来る場所!!

仙人修行中とはいえ善も健全な男!!しかも目の前には悪女系美人や、ボディタッチしまくりの二人が居る!!

もちろん煩悩も溜まりまくる訳で……もはや春画は日常生活の必須アイテム!!

「店長、巨乳系のエロ本ない?あ!できれば小悪魔系の!」

非常にイキイキしている!!まさに水を得た魚!!

「コレはどうだ?」

カウンターの下から、雑誌を取り出す。

「ウホッ!!洋物!!パツキンのボン!キュ!ポン!いいね!!」

雑誌を手にし、夢中でめくる善!!

「良いだろう?コレ、今なら安くしておくぜ?」

店主が気前良さげに笑い、そろばんに値段を出す。

「え……こんな良いモノこんな値段で良いんですか?」

「ああ、実はこの前、娘にコレ読んでる所見られてな……あの汚物を見るような目が……俺を追い込むんだ。けどこんなお宝捨てれねぇ……お客さん、アンタならすてふぁにぃ(今付けた本の名前)を大事にしてくれるよな?」

店主の目には涙が光っていた。

「もちろんです!!すてふぁにぃ(春画)は俺が幸せにします!!」

「すてふぁにぃをよろしく頼む!!」

「はい!!」

固く握手をする両者!!

そう言って金子を払いすてふぁにぃを連れて帰る。

何だこの茶番!!

 

 

 

場所は善の部屋に代わる!!

「ねぇ?善?アナタが箪笥の下に隠してあったこの本はなぁに?」

絶賛正座状態の善!!噴き出る汗が止まらない!!

目の前には前日買った本が並べられている!!

「なんでこれを……師匠が?」

座りながらも疑問を投げかける。

「今日の昼、芳香がアナタの着替えを探した時に見つけたのよ?」

(あのときかーーー!)

芳香が昼に着替えを持ってきてくれていた事を思い出す!!

「仙人に有るまじき行為よね?こんなケダモノと一つ屋根の下なんて……怖いわよね?芳香?」

壁にもたれかかっている芳香に視線をよこす師匠。

「こわいぞー」

全く心のこもっていない意見を出す!!

「そうよね?なら……去勢するしか、な・い・わ・よ・ね?」

スッと再び服の胸の間から鋏を取り出す!!

「ひッ!!……冗談ですよね?取ったりしないですよね?」

じりじりと鋏を片手に、にじり寄ってくる師匠!!

「…………潰す方が好みかしら?」

今度はスカートの中から木槌を取り出す!!

「いや……お願いです……や、やめてください師匠!!」

「さーあ、去勢の時間よぉ~」

「ぎゃー!!!!」

*この後何とか許してもらえました。




チクショー!!リリーブラックがだしてぇー!!
ちょっと性格キツイ系のおねェさんでよぉ!!
「はんッ!!妖精以下とか情けなくないのぉ?」
とか言わせてぇ!!けど原作にはいないんだよなぁ……
ブラックは俺の心の中にだけか……
気が向いたら出そうかな……


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欲を捨てろ!!妖怪寺の思惑!!

そろそろ寒くなってきましたね。
私はこたつを出しました、あの温かさは犯罪的ですね。


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

住職を嫌々……ではない、心から住職目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

……あれ?なんか今おかしくなかったか?

 

 

 

寒さがますます増し、冬を嫌でも意識させ始める今日この頃……

日もまだ昇らず夜中の様に暗い部屋で、一人の男が布団の中で深い眠りに落ちていた。

そしてその部屋に向かう小さな人影が一つ。

 

トタトタ……トタトタ……

 

やがてその部屋の前で足を止める。

そして……

 

「おはよーございます!!!!」

大声を上げ部屋の中に入る!!

「うわわ!!……なんだよ……まだ夜だぞ?」

あまりの大声に目を覚ましたのは仙人志望の少年 詩堂 善!!

「何言ってるんですか?もう朝ですよ?寺の門の掃除を始めましょう?」

そう元気いっぱいに話すのはこの寺(・・・)での先輩 幽谷 響子

そう、ここはかの有名な妖怪寺。命蓮寺!!

何故ここに欲望まみれの仙人志望の善が居たのかというと、物語は少し前に遡る!!

 

 

 

「ねぇ、善?あなたが欲に流されやすい所が有るのは前から知ってたわ……私や芳香の事を日々ねぶるように、色欲に満ちたいやらしい視線で見て、脳内で何度も孕ませていたのも知ってるわ……

けど仙人としてそれは有るまじき行為なの……解るわね?」

正座する善の目の前に、師匠がすてふぁにぃ(春画)を出しながら説教を続けている。

「は、はい……わかります……」

震えながら善が何とか応える。

明らかに話が盛られている事や、師匠アンタ人の事言えるのか?などの突っ込みがあるが今はそれすら些細な事に過ぎない!!

真に重要なのは師匠がその手に持った道具だった!!

「そう……わかってくれるのね?うれしいわ」

そう言って右手に持った道具を開く。

 

 

 

「……じゃあ、去勢しましょうか?」

シャキシャキ!!シャキシャキシャキ!!

そう言った瞬間右手の鋏を激しく閉じたり開いたりさせる!!

「ヒッ!!やめてください!!お願いです!!取らないでください!!」

必死になって懇願する善!!自身のタマがかかってはこうなるのもうかがえる!!

しかし師匠はなおも鋏を動かしながらにじり寄ってくる!!

「だめよ~?私も実は心苦しいの……けど煩悩の元は捨てないといけないでしょ?」

凄まじく良い笑顔!!本当にこの人はうれしそうに笑う!!

「いやです!!コレは俺が生まれたときから一緒にいる相棒なんです!!コイツ等をこんな所で見捨てるなんてできません!!」

最早涙を流しながら必死に訴えかける!!

必死の説得が通じたのか師匠が鋏を止める。

「そうなの……流石に取るのはかわいそうね……ならちょっと煩悩を消す修行をしましょうか?」

何かを思いついたのかうれしそうに手を叩く。

「はぁ……煩悩を消すですか?」

また厄介な事を師匠が始めた、と思いながらも師匠の話を聞く。

師匠の弟子たる善には最初から拒否権などはないのだ。

「そうよぉ?あなた最近修行に真剣なのは良いけど、欲に塗れすぎてるもの……チョットの間お寺で修行してきなさい。肉体面ではなく精神面を鍛えるのも仙人には必要な修行のひとつよね?」

「はあ……お寺ですか?どこの寺ですか?」

「命蓮寺」

その結果話はトントン拍子に進み、翌日には寺で修行を受ける事になったのだ。

 

 

 

「ぎゃーてー、ぎゃーてー、はーらーぎゃーてー♪」

周囲が暗い中、響子がお経を口ずさみながら箒で寺のゴミを掃除し始める。

善も箒を渡され寺の正門の前を掃除している。

「……なんで子供って朝あんなに元気なんだ?」

師匠の元で早起きはしていたが、それよりも早い時間に起こされたためもう数えきれない数のあくびを善は噛み殺している。

しかしここには修行に来た身、やれと言われたことをしない訳にはいかない、箒を使い真っ赤な落ち葉を集めていく。

「善さん?終わりましたか?」

掃除の最中で響子が善の様子を見に来た。

「ああ、もうちょっとかかりますね……風が少しふくたび葉っぱが増えているので……」

そう話している間にも枯葉は地面を少しづつ染めていく。

「あらら……この季節はこうなんですよね、先輩が手伝ってあげましょう!!」

そう言って胸を張り、善とは反対の方から箒をかけ始める。

「あ、ありがとうございます……」

先輩という事で少し気がせいてるのかもしれない。

善が目を離した、すぐに後に響子の悲鳴が聞こえた!!

何事かと思い響子の方に走り出す善!!

響子が腰が抜けたのか、怯えた様子で座り込んでいる!!

そしてその目の前には……

「芳香じゃないか、どうしてこんな所に?」

驚き声を上げる善。

そう、そこにいたのは師匠の居る墓場を守っているハズの芳香だった。

「おー、善。おはよう」

何時もの様に挨拶をする芳香。

「いや、おはようは良いけど……なんでお前がここにいるんだ?墓の警護はどうしたんだ?」

善の言葉に芳香がしばらく考え答える。

「……アレ?どうしてここにいるんだ?というかここは何処だ?善もどうしてここにいるんだ?」

全く分からないと言ったように首をかしげる。

「しっかりしてくれよ……ここは命蓮寺だ、ほら俺が師匠にここでしばらく修行するように言われたんだ、昨日の事だぞ?もう忘れたのか?」

自分がここにいる理由を説明する。

その言葉に思い出したのか芳香が声を上げる。

「あー、そうだ。思い出した、善に会いに来たんだ」

にこっと笑いそう話す。

「俺に会いに来た?どういうことだ?」

「善が居なくて……アレ?なんだっけ?……そうだ会いたくなったんだ、夜から待ってたんだが会えなくて、やっと会えたな!」

そう言ってうれしそうに話す芳香。

しかし対照的に善の顔は厳しかった。

「昨日の夜って……俺がここに来てからずっとってことか?」

そう言って芳香の手を取る。

「おー、あったかい」

善の掌の体温に微笑む芳香。

「……冷たい……ずっと俺が出てくるのを待ってたのか?一人で?こんな寒い中を?」

すっかり冷たくなった芳香の手を握る善。

「会いたくなったからなー」

何でもないことの様に話す芳香。

「芳香……会いに来てくれた事は正直うれしいよ、けどもっと自分の事を大切にしろよ?風邪ひいても知らないぞ?」

「私は死体だから風邪はひかないぞ?」

あっけらかんと答える芳香。

しかし善はなおも厳しい表情を崩さない。

「死体だからって寒さを感じない訳じゃないだろう?妖怪が出て危ないかもしれないし……さっきも言ったけど自分を大切にするんだ。ほら、寒かっただろ?」

そう言って自分の着ていた上着を芳香にかぶせる。

「ありがとなー」

うれしそうに眼を細める芳香。

「はら、響子先輩。芳香は危険な妖怪じゃないですから……あ、気絶してる……」

すっかり目を回し倒れている響子、あまりの恐怖に意識を手放したらしい。

一瞬考えほっておくことにした。

今目を覚まされるのは色々と不味い。

「仕方ない……俺は先輩を介抱するから芳香は先に帰っててくれ。あ、会いたくなったらちゃんと昼に来てくれよ?師匠心配してるだろうしな」

芳香を返し、気絶した響子の介抱、さらには掃除の後に控えている朝食の準備などを考える。

「善、この子、脱がすのか?」

「ぶぶっ!!」

突然の芳香の言葉に噴き出す善。

「ちょ!?何言ってるんだよ?そんな事する訳なだろ?」

Q目の前に気絶した子が居ます、どうします?

A脱がす!!脱がします!!

……とはならない、というかしてはいけない!!

「まえ、善の本にそんな場面有ったぞ?」

実に不思議そうに首をかしげる芳香。

「あれは……そういう必要が有ったからで……今回はその必要はないんだ!!」

必死で誤魔化す善!!

半場無理やり芳香を納得させる!!

「……解った。じゃあ私は帰る、修行がんばれ」

そう言ってふらふらと歩きながら帰って行った。

 

 

 

「響子先輩!響子先輩起きてください!!」

掃除を終えた後、寺の縁側に寝かせておいた響子を揺さぶる善。

「あれ?妖怪は?どこ?」

辺りを見回し自身の状態を確認する。

「妖怪なんていませんよ?先輩急に倒れたんですよ?きっと張り切り過ぎたんですよ、睡眠はしっかりとってくださいね?」

善は妖怪などいなかったことにした。

流石に「あれは俺の師匠のキョンシーだぜぇ!!ビビったか?ビビったかよぉ?きょーこせんぱいよぉ!?」とは言えなかった。

「うーん、気を付けるね」

そう言った立ち上がった。

「さ、先輩。今日は朝ごはんも作らなくちゃいけないんでしょ?食器の場所とか、味付けの濃さとか教えてくださいよ?」

そう言って善は響子をともなって台所に向かって行った。

 

 

 

「ただいまー」

芳香が善の師匠の住居まで帰ってくる。

「あら、芳香お帰り、善の様子はどうだった?寒かったでしょ?いま、スープをあっためてあげるわ」

笑ながら芳香を出迎える。

「えーと、寺の子を脱がしてた?アレ?違う、掃除してた」

「そう、頑張ってるみたいね……必死に頼み込んだかいがあったわ」

そう言ってにっこりと笑う。

その顔には邪仙と呼ばれる彼女に似つかわしくない笑顔だった。

「なんで善を寺にいれたんだ?」

芳香が不思議そうに聴く。

「あら?まえ教えたでしょ?忘れちゃったの?」

そう言いながら釜戸に火を着けてスープを温め始める。

「善はね?本人が気が付いてないだけでスゴイ能力が有るの……私は普通のつまらない人に興味は無いの。そんな人が来ても弟子にしたりしないわ、良い所あなたのご飯ね。けど善は違う、私や物部様はもちろん場合によっては太子様すら超える逸材よ、今まで何度も私たちの目の前でその力の片鱗を見せてる、けど本人は全く気が付いてないのよ……

面白いでしょ?だから、私はあの子を手放さないのよ。

ああ、寺に入れた理由よね?精神面が弱いのはそうだけど妖怪の山に行かせたのと同じ様に他の人と影響させて成長させるのが目的なのよ、私達以外でどう成長するのかしらね?」

非常に楽しそうに話すが芳香は半分も理解できなかった。

 

 

 

時間は少し遡る。

場所は命蓮寺の一室。

「聖、本当に受け入れるのですか?邪仙の弟子ですよ?」

寅丸が確認の様にこの寺の住職 聖 白蓮に聴く。

「私も正直言うと反対だ、ご主人の宝塔が目的の賊かもしれない」

その言葉にナズーリンが賛同する。

「ええ、確かに私達とは立場的に敵対するのかもしれません、しかし私たちは何者も受け入れる事にしています、もし彼がよからぬ事をしようとしても私達でとめるのです……それこそが真の平和につながる筈ですから」

そう言ってにっこり笑う。

 




ひゃっほほほぉう!!響子ちゃん来たぜ!!
ロリ+イヌ耳!!こんな最強の組わせが有っただろうか!!
動物好きの俺歓喜!!
Q目の前に気絶した子が居ます、どうします?
Aロリなら連れて帰る!!え?BBA?ノータッチで!


何やってるんだ俺……
ストレスか……すいません


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始動!!命蓮寺の妖怪達!!

ヤバイ……本格的なスランプです。
なかなか筆が進みません……
面白いってなんだろう?


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

住職を嫌々……ではない、心から住職目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

……あれ?なんか今おかしくなかったか?いや、あってる気がしてきた……どっちだ?

ま、いいや。

 

 

大きな鍋に少しずつ味噌をこし、お玉に少しとって小皿に入れ味を見る。

「ふーむ……少し薄いかな……響子先輩お願いできますか?」

「先輩にまっかせなさい!!」

そう言ってない胸を張る響子。

味噌汁を作っているのは詩堂 善!!

現在師匠に言われて命蓮寺で煩悩を消す修行中!!

師匠は命蓮寺の聖に前もって話を付けていてくれたため特別(キツめの)待遇!!

現在は食事当番に割り振られ先輩の幽谷 響子と共に食事の準備中!!

 

 

 

響子が善から小皿を受け取り味噌汁の味を見る。

「うーん……薄いどころか少し濃いくらいかな?」

そう言って小皿を返す。

(これでもまだ濃い方なのか……)

そう思って今の味を覚える善。

何時も師匠の所で師匠と芳香の朝食を作っているため、多少料理にも慣れているがやはり場所が変わるとそうも言ってられないらしい。

先ず住人の好みの味付けの濃さが違うし、人数も大きく違う。

何よりここは寺で有るため殺生に関する物が使えない所謂、精進料理を作らなくてはいけないのだ。

使える素材に条件が有る事は、予想以上に善に苦戦を強いていた。

 

(うーん……焼き魚は無理か……材料好きに使っていいって言われたけど何をメインにするべきだ?味噌汁、白米、豆腐……圧倒的に主役が足りない……)

何度考えてもどうすべきか思い浮かばない。

「響子先輩、毎朝みんな何食べてます?」

遂に命蓮寺の先輩である響子に直接聞く事にした。

「え?毎日?昨日はおそばだった、うどんやお漬物が多いかな?あとこんにゃく?」

あごに指を付けながらそう話す。

「そうですか……麺類か……それも有りか……」

響子の言葉から何を作るか思いついた善はさっそく調理を再開した。

目当ての材料を探し適当に棚を開けていく。

ガチャ!

(あ……これ……)

調理の途中でお酒を見つけた、しかもなかなかの良いお酒。

(ここ寺だよな?なまぐさものってダメなんじゃないか?い、イヤ、調理酒か檀家の人が間違って渡してきた的な……うん、そうだよな!!聖さんがそんな戒律に甘い訳ないよな!!)

無理やり自分を納得させる、自分の憧れ(主に乳に)の人がお酒で酔っ払っている姿はあまり見たくない。

因みに善の師匠はしょっちゅうお酒を飲んでいる!!

それだけなら良いのだが……

「ぜ~ん。一緒にのみなさぁい!!師匠めいれいよぉ~!!ほら、ほらぁ~」

「ちょ!?師匠、どんだけ飲んでるんですか!?うわ!!ちょ、酒臭い!!」

「清楚な私に向かって酒臭いですってぇ?何言ってるのかしらぁ?ほら!!フローラルな香りよぉ~嗅ぎなさい!!」

酔った勢いで酒を飲ませたり、抱き着いて来たり自分の匂いを嗅がせようとする!!

酔っていても相手は美人!!思わず反応しちゃう!!ビクンビクン!!

善!!(理性的な意味で)絶体絶命の大ピンチ!!

 

(けど……普段清楚な聖さんがが酔った勢いでってのも良いな!!)

思わずにやりとする善。

コイツ一向に懲りない!!

*ここには煩悩を消しに来ています!!

「あれ?どうしました?」

戸棚を開けたまま動かない善を不審に思った響子が、話しかけてきた!!

ビクッと体を反応させる!!妄想中に話しかけられると思わずびっくりしちゃう!!

「い、いや。なんでもありませんよ?チョーットねずみがいたから驚いただけです」

その場を何とか誤魔化した。

暫くして目的の食材が見つかり調理は間もなく完了した。

「さて、響子先輩。一緒に運ぶの手伝ってもらえますか?」

二人で食事を食堂まで運ぶ。

 

 

 

食堂に命蓮寺のメンバーが一堂に会する。

先ずは住職の聖、毘沙門天代理の寅丸 星、その監視のナズーリン、船長の村紗 水蜜、雲居 一輪と見越し入道の雲山。

実の事を言うと善は聖以外と顔を合わせるのは初めてなのだ。

昨日の夕刻に師匠に連れてこられ、聖に会され「明日の朝の掃除と食事の用意をお願いします」とだけ言われ、その後響子にだけ色々教わるようにと会されたのだ。

 

 

 

「善さん。皆さんに自己紹介をお願いします」

聖に促され、善が立ち上がりみんなの前に出る。

響子を含めた7人の目が善を見据える。

「えっと……たった今聖さんから紹介が有りました、詩堂 善です。実は昨日の夕方位から師匠……私に仙人の修行を付けてくれてる人です。に連れてこられてここに来ました。精神修行が目的です、少しの間になると思いますが皆さんよろしくお願いします!!」

そう言って頭を下げる善。

緊張のせいか、だいぶ支離滅裂な自己紹介になってしまった。

「みなさん、善さんと仲良く(・・・)してあげてくださいね?」

聖がなにかの合図の様ににっこりと笑う!!

(おお、笑顔を向けられた……ヤバイすごいうれしい)

「はーい。質問、質問!!」

セーラー服を着た錨を持った少女が手を上げる。

質問など意図していなかったのでテンパる!!

「えっと……村紗さんでしたっけ?どうぞ」

「ああ、私の事は水蜜でいいよ。そんな事より善は何の妖怪なの?」

興味深々と言ったように聞いてくる。

「え……妖怪じゃないです……仙人修行中です……」

「なーんだ、つまんないの」

善の答えにつまらなそうに村紗が答える。

(いま俺って素で妖怪に間違われたの!?)

地味にショックな善!!しょっちゅうヤバイ薬などを実験で投薬されているのでそろそろ胸を張って「人間です」と言えなくなってきたのが悲しい!!

「へぇ。人間が仙人にねぇ?どうしてなろうとしたのさ?人間捨てるって事だからね?ソレ」

次に雲山を連れた頭巾の様な物をかぶった女、雲居一輪が質問をする。

「……ッ!!それは……幻想郷じゃ弱いと生きていけないから……」

「別に人里で畑耕して暮らせばいいじゃない?なんで仙人?しかも師匠はあの邪仙なんてある意味人里よりずっと危険な気がするんだけど?」

一輪の容赦ない追及が来る。

 

 

 

しかし善が反応したのは追及に対してではなかった。

「『邪仙なんて』?もしかして俺の師匠の事を今『なんて』って言いました?」

一気に善の纏う雰囲気がガラリと変わる!!

気弱なナヨっとした頼りない冴えない男から、得体のしれない『ナニカ』を内包した存在に。

ゆらぁと自然な動作で右手を動かす、その瞬間雲山がいち早く反応し善と一輪の前に割り込む!!

それとほぼ同時に命蓮寺全員の悪寒が走った!!

まるでこの世のすべてを否定し押しつぶすような……善悪の概念に左右されない絶対的な存在が自分たちを消そうとしたような。

逃げられない「死」を一瞬にして確信させられた(・・・・・・・)

「えっと?皆さんどうしました?急に怖い顔して……何かマズちゃいました?」

善はそのまま右手で自分の頬をかく。

すっかり先ほどまでの雰囲気は消えていた。

本人自身もなぜ皆が表情を変えているのかわからない様だった。

「だ、大丈夫ですよ?ちょっと雲山が一輪に対して過保護なんです」

誤魔化すように聖がフォローをいれる。

「そうなんですか。まぁ、仙人に憧れて修行を付けてもらっていると思ってください」

善は一輪に対してそう答える。

 

「さ、さあ、みなさん今日の朝食は善さんと響子さんが作ってくれましたよ?冷める前に戴きましょうか?」

聖が話題をそらすようにみんなの意識を朝食に変える。

「あ、はい。台所に立派な椎茸、たぶん出汁を取るためなんでしょうが今回は味噌を軽く塗って焼きました。ご賞味ください」

そう言って善は自分と響子の作った朝食を配膳する。

なかなかの高評価がもらえ、その後御堂の中で聖たちとお経を読んだり、写経をしたりした。

 

 

 

「いたた……正座って地味に辛いな……」

お経、写経、さらには座禅という正座3連コンボを食らい、しびれる足を気にしながら廊下を歩いていた。

「あ、善さん」

後ろから声がかけられそちらに向く善。

「聖さん。こんにちは」

「はい、こんにちは。私と星はこれから街に行って説法をしてきます、暫く寺を開けますがよろしくお願いします」

「はい、解りました」

そう言って聖を門の所まで見送る。

「うーん……なんか一気に手持ち無沙汰だな……庭の掃除でもするか」

朝門の前は掃除したが庭はまた落ち葉が来ているだろうと思い、箒片手に庭に向かう。

 

 

 

「おお……コレはなかなか骨が要るな……」

命蓮寺の庭はすっかり落ち葉で紅く染まってしまっている。

気合いを入れて掃除を再び始める。

「ふむ。善殿掃除か?」

後ろから野太い声を聴き振り返る。

「ああ、雲山さんですか。ええ聖さんが出かけてしまって手持ち無沙汰になってしまって……サボってる訳じゃないですよ?」

「分かっておるわ。今朝は一輪が悪い事をしたな」

その場で頭を下げる雲山。

厳つい顔をしている雲山が頭を下げるというのは何とも居心地が悪い。

「き、気にしないください。確かに少しむっとしましたけど師匠が邪仙なのは事実ですし……まぁ結構酷い目に会されていますから。あはは……」

そう言いながら自身の頬をかく。

「それでもじゃ。身内の失礼はちゃんと謝罪せねばならぬからな……」

尚も深々と頭を下げる雲山。

「もういいですよ。俺気にしてませんし、それより今日の朝食はどうでした?」

「む?椎茸のみそ焼きか?あれはワシは好きじゃったな……」

そのまま二人で仲良く掃除しながら話した。

顔は厳ついが話してみると、話の内容自体に非常に含蓄のある言葉で善としては非常に楽しく話す事が出来た。

「ふぅ~掃除もひと段落ですね、後は集めた落ち葉を燃やして……」

「ムッ!!またアヤツか……」

突如雲山が何かに気が付き、飽き飽きしたように言う。

「どうしたんですか?雲山さん?」

「ほれ、アレ見てみ、たまに来るんじゃよ……」

そう言って空の一角を指さす。

そこには……空飛ぶ木製の船、小さく人が乗っているのが見える。

「あ……布都様だ……」

「知り合いか?」

「ええ、お恥ずかしながら……一応私の……身内に入るんでしょうか?師匠の身内なんですけど……」

不味いと思いながらも正直に布都との関係を話した。

「そうか……まぁこの寺は防火処理がしてあるから大丈夫じゃ」

雲山はそう言ってくれるが……

「雲山さん、俺をあの船に投げてくれませんか?何とか説得してみます」

「危険じゃぞ?やるのか?」

「あの高さなら、たぶん大丈夫ですよ」

「ならば……ふぅん!!」

雲山は善を自身の掌に乗せ、布都の船に向かって投げた!!

 

 

 

「ふんふふ~ん、さて今日も太子様の為、寺を焼くか」

そう言って右手に火を出し命蓮寺に近づく。

「どうも~、布都様!!こんにちはぁああああ!!」

その時善が飛んできた!!

「おおっ!ぜ、善ではないか!?なぜこんな所に!?いたぁ!!」

ゴチンと空中で額をぶつける!!

「いたたたた……何故ここにお主がおるのだ……」

「いま、この寺で修行中なんです……いたた」

お互いに額を押さえながら状況を話し合う。

 

「ふむ、師匠に言われてな……何故よりにもよってここなのじゃ?我に言えば道教と物部の秘術をその体にじっくり仕込んでやるものを……今からでも遅くない!!我と修行せぬか?」

船の上で胸を張る布都。

(なんで胸のない人に限って胸を張るんだ?新手の威嚇なのか?)

「いえ、それは良いですから。下におろしてくれません?」

「ああ、解った今下ろして……」

「布都ぉおお!!お前私の団子を食べただろ!!」

空中で船がぐらっと揺れる!!

突如茶色い服を着た女が現れ布都に詰め寄ったのだ!!

「と、屠自古!?我は、我は知らなかったのだぁ!!許してくれぇい!!」

「問答無用!!今日こそやってやんよ!!」

バチバチィ!!と屠自古と呼ばれた女性が火花を散らす!!

「お、い、今は善殿が居るのだぞ?」

「容赦はない!!」

バチバチバチィ!!

「「ぎゃああぁっぁああっぁあ!!」」

布都さらには善すら巻き込んで電流が走る!!

もちろん船にずっと乗ってい居る事は出来ず二人して落下する!!

「おお……太子様の加護じゃな……下が柔らかい……」

「うごぉ……ふ、布都様……どいて……ソレ俺です……」

善の上に布都が落ちた!!小柄とはいえ威力はなかなかの物!!

腹部が凄まじく痛い!!

実は運よく善はさっき集めた落ち葉の上に落ちていたのだ!!

本当ならば死んでいたかもしれない……

「善!!しっかりしろ!!仇は我が必ず打ってやろう!!」

そう言って善の上から立ち上がる。

「……そんな事より……医者……マジでコレやばいかも……」

助けを求めるが布都は知らんぷり!!

「うぉぉおおお!!屠自古ぉおぉお!!ゆ"る"さ"ん"」

両手に炎を屠自古を迎撃する!!

「いや……だから医者……ん?何の音だ?」

パチパチと音がする!!

布都は先ほどから炎を使っているため、火の粉が善の近くに落ちる!!

善の下には枯れた落ち葉!!日時は秋で空気が乾いている!!

さらに落ち葉を燃やそうと密集していたため……

早い話非常に良く燃える!!

「ぎゃぁあああああ!!!熱い!!アッツ!!あっつう!!!熱い!!熱いった!!」

服の間に燃えた落ち葉が入り込む!!

「ほわっつちゃー!!」

何処のかの映画俳優みたいな声を上げ飛び起きる!!

「うわぁああ!!!善!!大丈夫かあ!!」

布都が気が付き大声を上げる!!

「池じゃ!!池に運ぶんじゃ!!」

パニック!!パニック!!まさにパニック!!

 

*その後雲山が駆けつけ善を池に投げ入れ事なきを得た!!




うほほ!!布都ちゃんが上だと!?
それについて一回やってみたいシュチュエーションが有る!!

「布都ちゃんはかわいいな~。膝の上に座りナヨ!!」
布都「うむ、苦しゅうないぞ。……我の尻に何か固い物が当たるのだが?」ニヤニヤ



「ああ、それは……チャカ(拳銃)ですよ。我、物部一族の恨み!!今こそ晴らす!!」
パァン!!
「トオサン、カアサン……遂にやったよ……僕も今そちらに行きます……」
パァン!!


あれ?なんかおかしいぞ?どこだろう?
途中までは合ってたのに……
ま、いっか。


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悪夢!!狂気の改造計画!!

今回はこの作品が始まった時からやりたかったネタができました!!
うーん……満足!!
とりあえずひと段落したし。
コラボってやりたい人とかいます?


「はぁ、はぁ、はぁ……待って……待ってくれ!!はぁ、はぁ!!」

何処ともしれない場所で俺、詩堂 善は走っていた。

周りにはクリーム色の白い靄、足場は石が転がり所々に血の様に紅い彼岸花が咲いている。河が近いのか、水の流れる音がするのだが結局靄に閉ざされはっきりとは見えない。

視界を閉ざす靄、悪い足場、どこかも解らない場所で善は必死に走り続ける。

「待ってくれ……俺の、俺の、おっぱい!!」

「誰が待つかってんだい!!」

 

善の声に応じるのは自称死神の女!!なぜこんな事になっているかというと……

3行で説明しよう!!

 

①起きたら知らない場所!!

②自称死神(ボイン)が現れ、死亡を宣言!!「アンタ死んだよ」

③ショックを受けるも、死んだならもう何も怖く無い!!レッツ!!パイタッチ!!

↑今ここ。

 

「うおぉおおお!!死ごときで俺のおっぱいに対する情熱は止められねーぞ!!死神だろうと、閻魔だろうとナイスなサイズが有ればもみほぐしてやるぜ!!」

死を覚悟すれば人はこんなにも醜くなるのか……

読者の諸君もこうならない様気を付けていただきたい。

 

「うおおお!!俺の右手が真っ赤に萌える!!()を掴めと轟叫ぶ!!シャァァァァァアイニング・フィンガァアアアアア!!!」

「いやぁあああ!!四季様たすけてぇ!!」

ナイスなサイズの胸に触れる瞬間ゆっくりと善の身体が消え始めた。

「な、なんでだ!!後、後一センチ!!」

そうして喚く間もなく姿は完全に靄に溶けるように消えて行った。

 

 

 

嗅ぎなれない匂いがする、木の匂いコレはわかる、だが鼻に付く匂いはなんだろう?そう思いつつ善はゆっくりと目を開ける。

「アレ……ここ何処だ……?」

なんだか楽しい夢を見ていた気がするが、頭に靄が掛かったように思い出せない。

そうしていく間にもゆっくり善の意識は覚醒していく。

 

「確か命蓮寺で掃除してて……船から落ちて……葉っぱが燃えて、最後に池に……」

順番に頭の中で最後に覚えていた物事を順番に引き出していく。

記憶を漁っている最中、障子がスッと音もなく開いた。

 

「善!!ああ、良かったわ!!」

ガシッと頭を抱きかかえられる、この服に付いた匂いには覚えが有った。

「師匠?どうしてここに?」

それは善の師匠だった。いつもは不遜な表情をしている師匠の顔に珍しく隈が有り、心なしか肌も荒れている様な気がする。

「善、心配したのよ?あなた2日も目を覚まさないから……今、芳香を呼んでくるわね」

そう言って壁を通りぬけ消えて行った。

 

「ぜーん!!良かったな!!」

芳香も師匠と同じく泣きながら善に抱き着いてきた。

「良かったわね芳香、けどあんまり強く持っちゃダメよ?傷がひらくから(・・・・・・・)

「傷?」

その言葉を言われた途端思い出したように胸と腹が痛み出した!!

何事かと思い自身の身体を確認すると包帯が巻かれ、錆び臭い赤で染まっていた!!

「状況がわかっていないみたいだから、説明するわね」

そう言って師匠はゆっくりと今の状況について語りだした。

 

 

 

物部 布都の火によって全身を焼かれた善は、雲山によって池に投げ込まれる事によって火傷での死亡は回避できた。

しかし落下の衝撃と、布都自身の体重を胸と腹で強く受け止めたため、内臓と肋骨にダメージ(正確には解らないがこの状態で肋骨が3本ほど折れていた可能性が高い)が有り、池から何時まで経っての出てこれなかった。

運良く池の近くにいた村紗に池から救出されたが、口から大量の出血が見られ事態の重要性が理解出来た三人によって部屋に運ばれ永遠亭よりも場所が近い事を理由に、布都が師匠を呼びに行ったのだという。

 

「え……なんか思ってたより大怪我じゃないですか?」

思っていたよりもずっと大事になっていたため、善が驚きを口にする。

「大変なのはここからよ?あなた、折れた肋骨が肺に刺さってたみたいで、私が来たときすでに虫の息だったのよ?私大急ぎであなたの手術を始めたわ、お腹と胸を切って開けたんだけど……やっぱり重傷で、もう右の肺なんて使いものにならない状況だったのよ?腸の一部も破裂してて……大慌てで手術したのよ?苦労したわ」

疲れたようにその事を語る師匠。

善にとっては思いも依らぬ事態にだんだんと血の気が引いていく。

「え?……内臓破裂に右肺欠損って……一体俺の身体どうしたんですか!?」

恐怖半分興味半分で聴く。

「芳香のを移植したわ」

「はい?」

全くの予想外の言葉にフリーズする善!!師匠がとぼけたように返事を返す。

「そう、肺も移植したわね」

「ええええ!!いや、え?芳香の内臓を移植?なんでぇ?」

「だーかーらあなたの内臓の一部がダメになったからよ。芳香はキョンシーでしょ?実は家に交換用の内臓がいくつかストックしてあるのよ、その場に材料が無かったから芳香から借りたわ。あ、安心して?ちゃんと芳香には変えの内臓を入れてあるから」

いともたやすく行われるえげつない行為!!

師匠が穏やかな顔で微笑む!!これで内臓などと言っていなかったら惚れてしまうかもしれない!!

「お揃いだな!!」

その隣でうれしそうに芳香が笑う!!

Qこの二人はペアルックです。さて、何がペアルックでしょうか?

A内臓

嫌すぎるペアルック!!街角で聞かれたらドン引き必至!!

 

「あ!疑ってるわね?ちゃんと証拠のビデオも有るのよ?ほら」

そう言ってスカートの中からビデオカメラを取り出し画面を善に見せる。

 

 

 

「こ、このボタンを押せばよいのか?」

たどたどしい布都の声が聞こえてくる、姿が見えないからすると撮影をしているのは布都なのかもしれない。

「ええ、そうです。もう始まってるハズですわ、芳香こっちにいらっしゃい」

「おー」

「ほぉら。笑顔で映りましょうね、はい、笑ってー」

「笑うぞー」

そう言って内臓を露出させた善を挟み込むようにして、楽しげに二人でビデオを取っている!!

 

「師匠?なんでこんなに楽しげに二人で映ってるんですか!?プリクラじゃないんですよ!?ってゆうかスプラッター過ぎでしょ!!なんですかコレ!?弟子が内臓ダメになったからせっかくだから記念撮影ですか!?いい加減にしてくださいよ!!」

震えながら怒る善!!

無理もない気がする……

「あらぁ?私の実力を信じないの?もう何度も芳香を直してるのよ?いいかしら、私の手に罹ればこれくらい大したことじゃないの」

さも当然と言ったように言い放つ。

現金な話だが今生きている善本人が師匠の実力の生き証人である。

 

「まぁ……余裕って言うんならいいんですけど……」

「あ!そうだ善知ってる?あなたの薬指と芳香の人差し指ってほぼ同じサイズなのよ?」

いたずらを思いついた子供の様に笑う師匠!!その瞬間善は黙って自分の薬指を確認した!!

「あ……根元に……切った跡が……」

「気が付かなかったでしょ?」

「アンタ!!俺の身体で遊びすぎだろ!!何してんの!?完全に後の方遊んでますよね!?他に何かしました!?俺の身体に何かしました!?」

必至になって師匠に詰め寄る!!

「えーと……あとは……特に何もないわ」

「ホントでしょうね!?ホントですよね!!」

師匠の言葉が嘘でない事を切に願う善であった。

 

 

 

「さて……私は少し疲れたわ……休むから代わりに芳香をお風呂に入れてあげて頂戴」

そう言ってその場で背伸びをする師匠。

ヒョウヒョウとした態度だがやはり疲れは溜まっている様だった(なぜそこまでして遊んでたのだろう?)

「いや……師匠……お風呂って……」

「いつもは私が入れてあげてるのだけど……今回は流石にチョット疲れたわ……襲いさえしなければいいから……お願い」

そう言い切るとさっきまで善の寝ていた布団に倒れこみ、寝息を立て始めた。

残されたのは善と期待に満ちた目で見る芳香。

「……入れなきゃダメ?」

「ダメだ」

あっさりと善の希望は砕け散った!!

 

 

 

カッポーン

*お風呂と言えばこの効果音!!しかし一体何が「カッポーン」しているのだろうか?

「いいか?芳香、始めるぞ?」

「いいぞー」

手ぬぐいを顔に巻きつけた善が芳香に聴く。

流石にモロは不味いと思った善の苦肉の策である。

「もう少し上だー」

「解った……」

当たり前だが、芳香の関節の可動範囲では自分で服を脱ぐこと自体出来ない。

そのため善が脱がすしかないのだ。

ボタンを一つずつ外していく。

手探りのこの状況、神聖な寺の中でこんなことをしているという背徳感がどんどん出てくる!!

「もういいぞー」

「解った……」

するりと布が地面に落ちる音がする……

「次はスカートなー」

芳香の言葉に心臓が一瞬跳ね上がる!!

「お、おう……」

芳香の指示に従いゆっくりと手を下に下げ……

布の感触に触れ、力を籠めて……

「善!!眼が覚めたのだな!!心配しておったのだ……ぞ?」

勢いよく脱衣所の扉が開き布都が飛び込んできた!!

そしてフリーズ!!

「おっと……すまん。情事の最中だったか……1時間ほどで出直そうか……」

そう言って帰ろうとする布都を全力で止める!!

「いやー!!良かった!!丁度、人手が欲しかったんですよ!!布都様、すいませんが芳香を風呂に入れてやってください!!お願いします!!」

そう言って善は脱衣所から逃げるようにすがたを消した。

 

 

 

先ほどまで善の寝ていた部屋

 

師匠が規則正しい寝息を立てている。

その近くを何かが横切ろうとして師匠に捕獲される。

「乙女の寝顔を盗み見るなんて……失礼なねずみね……」

師匠の手の先には灰色のねずみがつかまっていた。

そして師匠は自分の髪をまとめている鑿を引き抜き、ねずみの目の前にあてがう。

「出てきなさいな?どこかで見ているのでしょう?この子が一生何も見えなくなっても良いなら構いけど?」

そう言ってゆっくりと鑿をねずみの黒い目に近づけ……

「やめてくれ!!」

障子が開き小柄な少女が入ってくる。

「こんばんは、命蓮寺のねずみさん?」

入って来た少女 ナズーリンに柔和な笑みで話しかける。

「くっ……!」

「私が善を治療している間もチョロチョロしてましたね、何か私に御用かしら」

尚もねずみに鑿を突きつけながら話す師匠。

「…………」

「あらぁ?だんまり、仕方無いですわね」

そう言って手に持った鑿を垂直に立て、その上からねずみをゆっくり近づける。

ねずみの口に鑿の先端が入れ、ねずみを重力に従わせゆっくりと手を下に下げていく。

「解った!!話す!!話すからその子を離してくれ!!」

遂にナズーリンが口を開く。

「アイツが気になったんだ……」

「善の事?」

「そうだ、アイツが2日前の朝僅かだけど力を見せた……アイツは何なんだ!!あの力は!!アンタが与えたのか!!」

ナズーリンにしては珍しく語気を荒げる。

それに対し師匠はいつもの様に真意の読めない態度で答える。

「あの子は、ただの外来人ですわ。芳香が偶然見つけて、あの子がどうしてもって頼むから弟子にしてあげたしただけです、後はぜーんぶあの子の自前の力……いったい外でどんな生活をすればあの性格であの力が付くんでしょう?不思議ですわ……だけどとっても面白いの」

「面白い!?あんなモノが!?」

「ええ、とーっても。でもまだあの子自体、自分の力に気が付いてないし使いこなせはしない……ゆっくり時間をかけて私の手で育てるんですの。あの子が完成したら幻想郷は面白い事に成りそうね、けどズーット先……その日がとても楽しみ」

邪仙はまるで生まれてくる我が子を慈しむように、善に思いをはせた。

 




「ふははは!!お前をわが軍団の改造人間にしてくれるわ!!」

今でも思い出す私の初めての『萌え』……
相手の意志を無視し改造する。という斬新な発想は私に何かを目覚めさせるには十分だった。
改造!改造!!改造!!!なんて素敵な響き!!


というわけで作者はガンプラとか結構好きです。
人体改造はちょっとハードルが高い……


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蠢く悪意!!善復活の裏側!!

理由が有って遅れましたすいません。
前回コラボがしたいとつぶやいたらさっそくお誘いが……
こりゃあ覆面作家気取ってる自体じゃねぇ!!となりまして。
今回から名前バレ。
コラボを正式に募集します!!
駄文ですが「していいよ!!」という奇特な方。
私までメッセージをくだされば幸いです。


ブウゥゥゥン、ブワァァァァンン!!

一台のバイクが荒野を走っている!!

バゴォオォォオン!!!

高台を飛び越えると同時に背後で爆発!!

 

チャチャチャチャッチャ♪チャチャチャチャチャチャ~♪

チャララン♪チャララン♪チャララン♪

 

 

仙人ライダーV3こと詩堂 善は改造人間である!!

彼は悪の軍団 デスト蓮寺の怪人フットォウォ!!に致命傷を負わされる!!

しかし仙人ライダー一号、二号の改造手術によって仙人ライダーV3へと生まれ変わった!!

戦え善!!負けるな善!!悪が滅びるその日まで!!

「変ッ……身!!仙人ライダーVスリャア!!」

 

 

あれ?なんか違う……どころか前の面影全くねーよ!!

…………大丈夫かな、このOP?……

あ、仙人志望の詩堂 善(しどう ぜん)です。よろしくお願いします。

 

 

 

 

「善が居ないと意外と暇ねー」

そう言いながら善の師匠が炬燵から頭を出す。

芳香がそれを見下ろしながらコクリと頷く。

最近冷えてきたため炬燵を出したのだが、炬燵布団からは頭だけを出し体はすべて炬燵の中だ。

正直な話をするとあまりにも俗っぽい姿!!仙人たるものもう少し私生活もしっかりして欲しいモノである。

「仙丹も作ったし……前に善に話した『意識を持ったままキョンシー化させる札』も完成させたし……何か面白い事は無いかしら?」

ごろりと寝返りを打ちながら一人つぶやく。

その姿はまさに暇を持て余した自宅警備員を思わせる!!

 

しかしそんな日常は突然部屋にドタドタと入り込んできた布都によって破壊された。

「あら、物部様。突然どうしました?善ならここにはいませんよ?」

炬燵から這い出しながらけだるそうに答える。

「そ、その善の事で来たのだ!!善が死にそうなのだ!!助けてくれ!!」

その言葉に師匠の顔がガラリと変わる。

気だるげな様子が消え去り、熟練の仙人と言われても誰も疑う事のないであろう顔に。

「善の今の状態を教えてください」

「えっと……屠自古の電撃を我が受けてだな?我の船から落ちて、その上に我が落ちてだな?その上燃えて雲山殿に助けられ、最後に池に落とされたのだ!!水は吐かせたのだが吐血が止まらず意識もないのだ……!!」

布都自体相当慌てているのか、要点を得ていないがその支離滅裂とした言葉の中から適格に善の今の状況を予測させる言葉を選び抜いて行く。

(「吐血」「火傷」「落下」……少しばかり拙い状況の様ね……)

「もういいです、大体わかりました。今しがた準備しますので物部様は船の準備をお願いします」

「私も行くぞー」

「ああ!!芳香殿!?」

師匠の言葉に芳香が反応し、玄関の方へ向かっていく。

布都が止めようと後ろから声を掛けるが一切足を止める様子はない。

「芳香も善を心配してるんですよ、黙って待ってるなんて出来ない程に……」

仙丹や札などの保存と開発をしている部屋から、使えそうな道具を一式持って来た師匠が布都にそうつぶやく。

「さぁ、かわいい愛弟子の元に向かいましょうか?」

そう言って三人は布都の乗ってきた船に向かう。

 

 

 

「コレはまた……ずいぶん手酷くやられましたわね……」

部屋に寝かされた善を見ながら、師匠がため息を漏らす。

(別にここはそんな危険な場所じゃ無いのに……運が極端に悪いのか、厄でも溜まってるのかしら……)

嘆いてばかりいても状況は良くはならない。

手早く部屋全体に簡易の結界を張り無菌状態を作る、すでにこの寺の者たちに頼んでアルコールと熱湯を沸かしてもらっている。

「それじゃあ始めましょうか……芳香以外をこのレベルでイジル(・・・)のは久しぶりね」

そう言って服を肌蹴させ触診する。

 

(拙いわね……たぶん肺に何本か折れた肋骨が刺さってる……死なない様にするのが最優先、なら!!)

自身の持って来た札をカバンから取り出す。

コレは芳香にも使っている防腐用の札を改良したものだ。

(脳に酸素がいかなくなるとダメージが残るわ、脳だけでも保護する!!)

パシッと札を頭に張ると同時に術を起動させる。

(これで時間はある程度稼げるハズ……さて、患部はどうなってるのかしら?)

麻酔をかけると同時にメスで善の胸を開く。

やはり折れた肋骨が右の肺に突き刺さっている。その数3本。

(運が良いわね、刺さってるのは右だけで左は無傷……けど損傷が激しいわ……)

折れた骨の数が思ったより多く右肺の機能をほぼ完全に停止させていた。

予想よりもはるかに重大な事態に師匠は歯噛みする。

(どうする?多少なら左肺の機能を上げる、または右肺の機能を補助するつもりで来たけど……手に負えるかしら……)

弱気になった瞬間一気に負のイメージが連鎖する!!

不安は更なる不安を呼び、思考の停止を招く。

(考えろ……考えるのよ!善をここで失う訳にはいかないわ、こんな子滅多に居ないもの……考えろ!考えるのよ!!私は不老長寿の仙人!!これ位の窮地……)

「善、苦しいのか?」

突如響いた声にハッとそちらを振り向く。

「芳香……何時の間に居たの?」

それは結界を張った時に外に出したハズの芳香だった。

「近くに居てやりたかったんだなー」

そう言って血色の悪い顔で、今や自分より血色の悪くなった善を見下ろす。

「ありがと、芳香。けど悪いけど今取り込み中で……」

「ここが悪いのかー?」

骨の刺さった善の肺をジッと見下ろす。

「そうね……芳香と違って替えが効かないから……死んでれば幾らでも変えは効くのにね?」

自身の作った芳香の手前だからだろうか?師匠は先ほどまでの不安そうな態度をひそめ、あたかも余裕が有るような態度を取り始める。

「替えが無いのか?なら、私のを使ってくれ!」

そう言って善の横に寝る。

「芳香?」

意味が解らないと言った師匠が芳香を見る。

「態度を見ればわかるぞ、善がピンチなんだろ?足りないなら私のを使えー」

師匠本人は芳香に自分の焦りを隠せていると思っていた、しかし実際には違ったらしい。すっかり芳香には師匠の感じている焦りが伝わっていたようだった。

「善が絡むと余裕が無いなー」

「あら、私としたことが……ありがとう芳香……使わせてもらうわ」

そう言って芳香の服を肌蹴させ、先ほどとは違うメスで胸を開く。

「じゃあ借りるわね?」

そう言って芳香の身体から肺を取り出す。芳香は師匠の作ったキョンシー、怪我などが有ると他の死体から部品を取って直していたりするため、その体には前もって拒絶反応を起こりにくくする術がかけられている、それでも死体から生者への移植は初めての為不安が残ったがそこは経過観察が必要だろう。

肺を入れ替え折れた肋骨はボルトで固定した。

必要な作業は基本的にはすべて完了した。

 

「終わったのか?」

胸を開かれたままの芳香が首を動かし師匠に聞く。

「ええ、芳香のお陰でね……正直今回は危なかったわ……」

タオルを熱湯に付け血で濡れた両手を拭く。

「さて、次はアナタの番ね。いつまでも胸を出したままじゃ善に襲われるわよ?家に帰ったらスペアの入れてあげるから」

善の作業をいったん中断し芳香の開いた胸を縫って閉じる。

「うーん……なんか変な感じだぞぉ……」

芳香がその場でピョンピョン跳ねる。

そんな芳香をしり目に師匠は善の胸を縫い合わせようとするが……

「そうだわ!せっかくだから善の生存祝いしましょうか?」

そう言って作業を止めカバンからビデオカメラを取り出した。

 

 

 

「ほ、本当に撮るのか?」

布都がビデオ片手に震える。

「ええ、ひょっとしたら善は……うぅ……もう助からないかもしれません……最後の思い出に、ひっく……せめてまだ生きてるうちに最後の姿を撮っておきたいのです……ああ、可哀想な善……私が未熟なばかりに……」

涙を流しながら布都に訴える。

先ほどのやり取りからわかる様にもうすでに善の手術は終わっており、後は目覚めるのを待つばかりなのだが……これは明らかに師匠なりの遊び!!

胸を開かれた弟子の前で記念?のビデオを撮るという暴挙に出た!!

「はーい、芳香笑ってー」

「笑うぞー」

善を囲むように二人でビデオを撮ったり。

「あら?良く見ると善の薬指折れてるわね、こっちも変えましょうか?芳香ー、指一本頂戴ー」

「解ったぞー」

指を取り替えたりなど人体で遊ぶ!!というまともな精神では不可能な事を始めた!!

邪仙の所業ここに極まり!!

善は泣いても良いと激しく思う!!

 

 

 

暫くして人里に出ていた聖と星が寺に帰宅した。

最初に異変に気が付いたのは虎の妖怪であった星であった。

「この匂いは、人の血の匂いです!!まさか寺で何かが!?」

その言葉に聖が血相を変える。

「寺のみんなは……!!」

焦る気持ちを抑え寺の中に聖と星が入ると……

「はぁ~お茶がおいしいわ~」

「おー!落ち葉がいっぱいだなー!!」

縁側でお茶を啜る邪仙(大量の返り血付)と中庭の落ち葉を集めるキョンシー(大量の血痕付)!!

平和な命蓮寺の庭にあまりに似つかわしくない二人!!

しかし!!そんな二人よりもずっと目を引く存在が庭の中央に有った!!

「ひ、聖殿!!助けてくれ!!ふ、二人に殺される!!」

それは必死の形相で泣きわめき助けを求める布都!!

木で出来た簡素な十字架に縛りつけられ、その足元にはせっせと芳香が落ち葉を集めている!!

「あ、あの……ウチの庭で何をなさっているんですか?」

若干頬をひきつらせながら聖が師匠に尋ねる。

「何って……ただの火あぶりですわ?」

『この人は見て解らないのか?』と言いたげに師匠が答える。

「いえ、そうでなく。何故布都さんを火あぶりに?」

「ああ、そういう意味でしたの、簡単ですわ。私のかわいい弟子を事故とはいえ燃やそうとしたので簡単な仕返しです」

とても楽しそうににこやかに笑う邪仙!!

処刑をこんなに楽しそうに見る人はいないだろう!!

「準備できたぞー」

布都の足元に大量の落ち葉を用意した芳香が、師匠の元にやってくる!!

「あら、お疲れ様」

そう言って縁側から立ち上がりゆっくりと布都の元へ向かう。

「いやだぁ!!助けてくれ!!今回は我の不注意だ!!頼む!!許してくれ!!」

「あら、嫌ですわ。『ごめん』で済んだら博麗の巫女は必要ないんですよ?」

泣きわめく布都に対して、あくまでにこやかな笑みを崩さずに話す師匠。

そして……

「ねぇ?知ってます?建物の火事で死ぬ人って基本的に煙で窒息してから焼かれるんですよ、けど火あぶりは違います、足元からじっくりじっくり炙って焼死させるんですよ?」

そう言い放ってマッチを擦って布都の足元に放り投げた!!!

「うわぁあああ!!!熱い!!熱い!!熱い!!!」

「大げさですね。まだ煙が少し出たでけです、焼けるのはこれからですわ、うふふふふ」

燃えていく落ち葉を見ながら邪仙は嗤った。

 

 

 

 

「という事が有ったのよ?」

目覚めた善に対して師匠がにこやかに説明する!!

「いやいやいや……突っ込みが追い付かないというか……笑顔でナニしてるんですか!?」

戦々恐々としながら話す善!!

それに対しやはりどこまでも微笑んだままで答える師匠!!

「火あぶり?」

「知ってますよ!!」

必至に叫ぶ善!!

「ねぇ善。今回の事で学んだでしょ?仙人よりキョンシーにならない?」

懐からそう言って札を取り出す。

「実はこの前外のニュースを見て知ったんだけど、自分の飼い猫をラジコンヘリに改造した人がいるらしいの!!」

善自身このニュースを知っている、そして猛烈に嫌な予感がした!!

「細かい所は河童に協力してもらうとして……善、空飛びたくない?」

キラキラと子供の様に目を輝かせる!!

「絶対に止めてください!!師匠!!」

 




え?なぜ布都に厳しく当たるかって?
好きな子にはイジワルしたくなるんですよ。

24時間ストーキング!!家の前で待ち続ける!!匿名で手紙を出す!!
その結果相手が眠れなく成ったとしても「ああ、僕の事を考えてるんだな……」と思ったり、相手が最悪自殺したとしても「僕の事を思いながら死んだんだ!!」と喜びます。
まさに究極のプラトニックラブ!!





……嘘です。さすがに……怖すぎますね。
ストーカーダメ絶対!!
私はサイコパスではありませんよ?


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蘇る苦痛!!過去から来た刺客!!

後一回で命蓮寺編は終了の予定です。
寺の次は何処が良いかな~?



俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

 

ギリッ……ギシッ……

「……ん?……響子先輩……?」

誰かが床を歩く音で善はゆっくりと目を覚ます。

そろそろ起床し寺の掃除を始める時間かと思い、ねむい目を擦り障子の方に目を向ける。

しかし障子に映ったのは、響子の影ではなかった。

「なんだ?……あれ?」

明らかに響子より高い身長、しかし聖や星よりもずっと体が細く見える。

なぜ『見える』などと曖昧な言い方をしたかというと、全体のシルエットがはっきりしないのだ。まるで夢でも見ている様なぼんやりとし、はっきりしない姿……

そしてその影がこちらを向き、障子に手を掛ける。

僅か、ほんのわずかに障子が開き向こう側に広がる闇から、それを切り裂くような真っ赤な目がこちらをじろりと覗いた。

善は過去にこの瞳を何度も見ている。人間の天敵、圧倒的力を持つ妖怪(捕食者)の瞳だ。

 

 

 

「善さーん!!起きてくださーい!!」

元気な響子の声がして布団から起きる善。

慌てて障子を見るが先ほどの瞳はもういない。

そもそもアレ(・・)が現実だったかどうかすら解らない。

「……夢か?」

起き抜けの為、しっかりした確証はいずれも持つことが出来なかった。

「善さーん!!!!!」

そう思うと再び響子の声が、先ほどよりずいぶん大きくなっている。

完全に怒る前に支度をせねば。

「はーい!!今着替えます!!」

そう声をかけ支度を始めた。

寝間着から着替える時、空気が肌に強い寒さを感じさせた。

胸の傷はもうかなりふさがっている。

季節は秋から冬へ、善が師匠から治療を受けてからもう3日が経っていた。

 

 

 

「ぎゃーて~!!ぎゃーてー!!おんわーかそわか!!はら~ぎゃ~てー」

もうすでに日常に成りつつある響子との掃除をしながら、善はふと口から息を吐く。

吐いた息は白く染まりつつ空に消えて行った。

「なにしてるんですか?」

息を吐く善に響子が不思議そうに尋ねる。

「ああ、響子先輩。息を吐いてるんですよ、ほら、もう白くなってる。もうすぐ冬ですね……」

消えてゆく自分の白い息を見ながら話す。

「へぇ~善さんは自分の息で冬を感じるんですね、私は雪が降ったらって考えてます!!」

響子と二人、息が白く染まるのを見つつ掃除を続けた。

そうしてると視界の端に芳香を見つけた。

「あ、芳香じゃないか!どうした?また会いに来てくれたのか?」

思わずうれしくなって芳香に話かける善。

芳香もこちらを視界に収めるが……

「詩堂……善?」

何故かフルネーム呼び……

「なんでフルネームなんだよ?まあいいや、せっかくだし修行終わったらどこか行かないか?」

今日は午後から休みを貰っている、時間が有るため芳香を誘うのだが……

「あ、ああすまない。やることが有るんだ、じゃ、じゃあな……」

そう言って歩いて帰って行ってしまった。

 

カランコロン、カランコロン……

掃除を続けていると、芳香が行ったのと逆の方から下駄の様な音が聞こえてきた。

「あれ?こんな時間に来客?」

違和感を感じつつも、客人に不作法をする訳にはいかない。

襟をただし来客者を迎えようとするが……

(……うえ!?酒臭い……誰だよ?こんな朝っぱらから飲んでるの……)

強烈な酒の匂いに顔をしかめる善!!

正直酔っ払いなどには関与したくない!!

「あ!マミゾウさーん!!」

決して歓迎的でない態度の善を余所に、対照的に非常に友好的に手を振る響子。

そして朝日に照らされるように、ゆっくりとその下駄の主が姿を現した!!

茶色い服に腰に付けた帳簿に徳利、そして眼鏡と大きな縞々の尻尾。

何処か落ち着きを感じさせる女性が現れた。

(マミ……ゾウ?)

どうやらそれがこちらに向かっている女性の名前らしい。

 

「おお、響子殿。今朝もお勤めご苦労さんじゃのう」

「はい!!がんばってます!!」

古風なしゃべり方のマミゾウに対して、響子がハキハキと元気に答える。

「あたたた、すまんが少し声のぼりゅーむを下げてくれんかの?二日酔い気味で頭が痛くての」

そう言って自身の頭を押さえるマミゾウ。

「……おや?そちらの方はまた新しい妖怪かの?どれ、何の妖怪じゃ?」

善に気が付いたマミゾウが善の頬を掴み、目を細めつつ善に顔を近づける!!

もちろん相手はかなりの美人!!思わずにやけてしまうのが男のサガ!!

しかも!!

(近くで見るとやはり素晴らしいサイズ!!酔ってるっぽいし触っても大丈夫か!?)

目の前のすぐ近くになかなかのサイズのバスト!!

善の中で天使と悪魔が囁く!!

「構うこたねぇよ!!バランス崩したふりして触っちまえよ!!」

悪魔が善を誘惑し!!

「なりません!!バランスを崩したふりではしっかり大きさを楽しめません!!ここは殴られるのを覚悟で前から揉むのです!!何をされようと触った感触だけは残ります!!」

天使!!お前もか!?

この仙人(もどき)に自分を律する存在は無いのか!?

(よぉし!!触りながら押し倒そう!!)

やはり自分を制御できない!!

 

「なんじゃ。普通の人間か……」

しかし時は残酷!!

マミゾウは善が人間だと解ると、あっさり手を離してしまった!!

ゆっくり離れてゆくおっぱい!!

善はそれを悲しく見送った!!

「しかしまぁ……こんな所でな……善坊、後で……いや、昼過ぎが良いかの?とにかく修行が終わったら寺の離れに有るワシん所来んさい、まっとるでよ」

そういてカランカランと下駄を鳴らしながら命蓮寺に入って行った。

 

 

 

「善さん?どうしました?」

去っていくマミゾウを見ながら、呆然とする善を不思議に思い声をかける響子。

しかし善はジッと去って行ったマミゾウを見ているだけだった。

「善さん?」

再度話しかけるも全く反応が無い。

「響子先輩……一つ聞いても良いですか?」

ゆっくりと善が響子に向き直る。

「私が知ってる事で良ければ……」

「ありがとうございます。ここ、幻想郷には忘れ去られた物、または無くなった物がやってくるんですよね?」

真剣なまなざしで響子に話す。

「そうですよ、ここは存在を否定されたモノ、忘れられたモノたちの最後の楽園です」

「ありがとうございます。忘れられたモノたちが……」

そう言って善はずっと、マミゾウが姿が消えた離れを見ていた。

 

 

 

それからしばらくして昼食時

今日の食事当番は一輪だった。

善は早々と食事を終えて自室に帰ったしまった。

「はぁ……」

響子が食事を突きながらため息を漏らす。

「おや?どうしたんだい?ため息なんてついて?」

近くに座っていたナズーリンが心配する。

「ああ、ナズーリンさん……実は朝マミゾウさんと会ってから善さんの様子がおかしくて……」

「響子もそう思います?」

横から声をかけてきたのはこの寺の住職 聖 白蓮だ。

「写経も座禅の時もどうしても気が抜けてるみたいで……何時もは真剣にやってくれてるんですけど……調子が悪いのか聞いてみたんですけど、違うって言うし……心配ですね」

聖も善の異変に気が付いているようだった。

「フム、仙人モドキが……ね」

そう思案するナズーリンの脳裏に浮かぶは先日の邪仙の言葉。

(あの邪仙め……よりによっていつ爆発するか解らない特大の爆弾を置いて行きやがって……何とか刺激しないようにしたいんだが……)

歯痒げにナズーリンがそう思い、こっそりと配下のネズミに善をいつもより厳重に監視するように指示を出す。

 

 

 

その時善はマミゾウが待つと言っていた、寺の離れの前に居た。

「……行くか!!」

意を決して離れの扉に手を掛ける。

その瞬間、脳裏に今朝の響子の言葉が蘇る。

『そうですよ、ここは存在を否定されたモノ、忘れられたモノたちの最後の楽園です』

(存在を否定されたモノ……つまり!!若い肉体を持て余したエッチなおねーさんもいるに違いない!!)

グッと自分の手を握る!!

読者(特に男性)諸君!!君は誰しも一度は

「こんにちは、隣に越してきた美熟女でーす」

「こ、こんにちは!!」

「あらぁ?一人身なの?さみしくなったら何時でも来てね?」ジュル

とか考えた事は無いだろうか?(特に中学)

しかし誰しも年を取ると理解する。

そんなヤツいねーよ!!と……

しかしここは幻想郷!!存在を否定されたモノ(痴女い年上の女)がいるかもしれない!!

善はずっとそれを考えてきた!!

そして目の前に遂にその可能性を持った人が現れた!!

「失礼します!!」

意を決して離れの扉を開ける!!

 

「よう来たの、善坊」

マミゾウはそう言って離れの部屋でキセルをふかしていた。

「は、はじまました!!」

緊張のあまり噛みまくる善!!

その言葉にきょとんとするマミゾウ。

「何を言っておるんじゃ?初めて……おお!そうか!!姿を変えたからの!!」

ポンと音がしてマミゾウの身体が煙に包まれる!!

「ほれ、これで解るじゃろ?」

煙の中から現れたマミゾウは狸の耳と尻尾が無く、先ほどよりも姿が老いていた。

「え?……あー!!!バァちゃん!!」

善が驚き指を指す!!

「ほんに久しぶりじゃな?10年ぶりかの?」

楽しそうにキセルをふかすマミゾウ。

「俺が佐渡に居た頃だから……11年前かな?」

自身の記憶を探る善。

「あん時の泣き虫坊がな……今は邪仙の弟子か」

何処かおかしそうに喉を鳴らすマミゾウ。

「まさか妖怪だったなんて……気が付かなかったよ!!」

「ふふふ、狸の妖怪の大将じゃからな!人間一人だまくらかすのは造作もないわい」

思いでというのは不思議だ。

長らくあっていない二人は仲良く話した。

過去善がまだ幼く、マミゾウが外に居た時のほんの短い邂逅、それが再び幻想郷で叶ったのだ。

 

 

 

「どら、久しぶりになんか食わせてやろう、出かけるぞ?」

そういてマミゾウは立ち上がった。

「うん!ついて行くよ!!」

「こうした方が運び易いの?」

そう言った瞬間善の姿が煙に包まれ、頭身がガクッと下がった!!

「きゅー!!きゅー!!」

「おお、カワイイの」

タヌキの姿になった善をマミゾウは抱き上げた。

「きゅー!!きゅー!!(バァちゃん何すんだよ!!)」

「おっと、すまんの。儂の力は『化けさせる程度の能力』運び易いでの、こっちに変えさせてもらったぞ?ほれ、尻尾につかまれ」

そう言って尻尾に善(タヌキ)を乗せる。

「さぁて、行くかの」

そう言って離れを飛び出し、人里に向かっていく。

(おお!!すごい!!)

身体が小さくなった為か、いつもより景色が大きく見える。

柔らかいフカフカの尻尾に包まれながら、善は流れていく雲を見ていた。

「きゅー……」

流石は佐渡の大妖、圧倒的な安心感を誇る乗り心地は、善をゆっくりと眠りの世界へといざなって行った。

 

「ほれ、着いたぞ。善坊起き……ろ?」

マミゾウが人里の店先に降り立った時に善が居ない!!

「はて?どこかで落としたか?やれやれ探すかの……」

キセルをふかしながらゆっくりと歩き出した。

 

その頃善は……

「とーちゃーん!!タヌキ捕まえた!!」

「デカした坊主!!昼はタヌキ汁にするか!!」

「きゅー!!きゅー!!」

善の目の前に自分と同じサイズに成った刃が迫る!!

 

「きゅー!!きゅー!!きゅー!!(助けて!!いやだぁ!!いやだぁあぁあぁ!)」

*寸での所で救出されました。

 




もふもふを何とか枕にして寝たい……
動物の体温っていいよね!!

おばあちゃんキャラは意外と好きな私です。

ヒャハ!!子供は愛せ!!老人どもはたっぷりいたわってやるぜ!!ニートはハロワ行きだぁ!!ヒャッハー!!


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未知の恐怖!!正体不明の大妖怪出現!!

今回で命蓮寺編は終了で~す。
最後という事で少し豪華にしようとしたら色々やり過ぎました。
最後にこれだけ、ぬえちゃんファンの皆さんごめんなさい。


とある少年と妖怪の会話……

「ここ、幻想郷には忘れ去られた物、または無くなった物がやってくるんですよね?」

 

「そうですよ、ここは()()()()()()()()()()、忘れられたモノたちの最後の楽園です」

 

 

 

そうか……それなら此処(幻想郷)にいる俺は……もう、()()()()()()()()()()……

 

 

 

 

 

「善坊、善坊起きろ」

誰かがゆらゆらと善の身体を揺らす。

その言葉と衝撃により私、詩堂 善はゆっくり目を覚ました。

「あれ?バァちゃん?」

はっきりしない頭で何とか話す。

「まったく、少し目を離したら食われそうになっとるとは……その不運は相変わらずの様じゃな?」

半目で善を見下ろす、気が付けば善はマミゾウの離れで横になっていた。

くくくと喉を鳴らすマミゾウ。

「最近不幸が多いな……一回本気でお祓いしてもらおうかな?」

何処かいい場所は無いかと思いながら、ゆっくり体を起こす。

「それも良いかもしれんの。どれ、もうそろそろ夕餉の時間じゃ、聖の所に行こうかの今日は村紗殿が当番じゃったしカレーが食えるぞ?善坊好きじゃったろ?」

「うん、好きだった」

言われてみれば微かにカレーの匂いが風に混ざってしてくる。

カレーの香りというのはなぜか、故郷が恋しくなる気がする。

そう思うと現金な物で、空腹を感じた善はゆっくりと食堂に向かった。

 

 

 

食堂では村紗が大きなカレーなべをかき混ぜていた。

「あ、丁度良かったよ。いま出来た所だからさ、ごはん()()()からみんなに配ってくれる?」

「はい、解りました」

そう言って村紗からカレーを受け取ると、少し離れた場所にある机にどんどん配膳していった。

間もなくして次々と命蓮寺のメンバー達が集まってきた。

「はい、これで最後です」

そう言って自分の分のカレーを机に置いたのだが……

「あれ?私の分は?無いの?」

聴きなれない声が食堂の入り口から聞こえた。

何事かと振り返ったら、そこに居たのは今まで見た事の無い少女。

黒いワンピースにニーソ。髪の毛も含めて「黒」の印象が深い少女だった。

だが明らかに人間ではない。その背中には人間ではありえないモノが生えていた。

赤い鎌の様な(翼?だろうか?)モノが3本、反対側には青い槍の様な(蛇の頭にも見える)モノが3本生えそろっていた。

「あら、ぬえ。おかえりなさい、今日は久しぶりに寺の者全員で食事ができますね」

聖が微笑んでその妖怪に話しかける。

どうやらこの妖怪はぬえというらしい。

「そんなことより私の分は?この新入りのせいで器が足りないの?別に『食うな』って言うんならいらないけどさ」

ジロッと善を睨む、とてもではないが友好的な視線ではない。

「ああ、すみません。もう一人いた事を知らなかったんです、すぐ用意しますから」

そう言って善は台所に入ってカレーをさらに一人前用意して戻ってきた。

「どうぞ」

そう言って座ったぬえの前にカレーを置く。

「アンタなんなの?初めて見るんだけど?」

「あ、すいません。自己紹介がまだでしたね。私は詩堂 善、仙人見習いです、師匠の口添えでこの寺に精神修行に来させてもらってます」

「あっそ」

ぬえの質問になるべく笑顔を作って答えたが、興味なさげだった。

 

(うーん……なんか嫌われる事したかな?)

あまりに冷たいぬえの態度に、自分の行動を振り返るが特にこころ辺りが無い。

「それではみなさん戴きましょうか!!」

聖の声に反応し、皆がそれぞれ手を合わせて食事を始める。

「善坊、そこの醤油取ってくれ」

「はい、バァちゃん」

マミゾウが善に頼み醤油を取らせる。

「ふーん……マミゾウ、ずいぶんソイツと親しいのね」

カレーを突つきながらぬえが話す。

「ん?まぁな。佐渡に居た頃近所に住んでたガキが善坊じゃ、最もすぐに善坊は引っ越しちまったがの」

醤油をかけたカレーを口に一口含み、物足らなそうに首をかしげながらマミゾウが話す。

「ふーん……佐渡に居た頃の知り合いね……けど……」

「あ!忘れる所でした。みなさーん、明日が善くんの最後の修行日に成りまーす!!教える事が有れば今日明日にお願いしますね」

ぬえがなにか言いそうだったが、聖がそれに言葉をかぶせてしまった。

結局ぬえの言葉は聴けずじまいだったが、聖の言葉に善はそれどころではなくなった。

 

(そうか、もう明日で一週間か……)

師匠が善に命蓮寺に送ったのは6日前、精神修行(煩悩を消す)ために送り込まれたが成果は有ったのだろうか?

僅かに自問自答してしまう善。

しかし出たのは別の答えだった。

 

(なんにせよ、師匠と芳香以外と知り合えたのは良かったな……)

善が始めて幻想入りしたのは今年の春、暫くは人里に居て春の終わり頃に師匠に弟子入りした。そのため実を言うと、知り合いらしい知り合いは人里以外には殆ど居ないのだ。(椛、にとり、布都などの例外はいる)

この六日間の事を考えながら、明日はどう過ごすべきか考えながら夕食を済ませた。

 

 

 

 

 

翌日……

すっかり冬と言っても過言ではない空気の中、布団というただの布と綿の道具が早起きを邪魔する最強の刺客となる!!

しかし善は寝坊する事は無かった!!

何故なら……

「ほら、起きなさい!!」

「ゲブゥ!!」

腹に何かが当たる衝撃で善は目を覚ましたからだ!!

「いたた……なんですか?響子先輩……?」

響子はこんな乱暴な事をするタイプだっただろうかと思いながら、ねむい目を擦る善だが帰って来たのは響子の言葉ではなかった!!

「響子?誰とまちがえてるの?私は大妖怪ぬえ様よ!!」

善を起こしたのはぬえだった。

ついでに今現在も腹に感じている圧力は、ぬえが足で善を踏んでいるからだ。

一部の人にはご褒美だろうが生憎善に()()()()趣味は無い。

ぬえの足をどかし起き上がった。

「あー、はいはい。で?大妖怪のぬえ先輩がなんの様ですか?」

「聖に響子に代わってやらせた、朝の掃除をやれって言われたのよ。アンタ暇そうだから誘ってやっただけ」

ムッとした表情をしたものの、ぬえはそう話した。

「あー、解りました。どうせ今日も掃除はする予定なので構いませんよ……」

そう言ったぬえを退室させ着替えを始めた。

 

 

 

 

 

命蓮寺外

「善~おはようだぞ!!」

「よう、芳香おはよう」

最早お馴染みとなった芳香が朝外で待っている光景、最近は師匠が気を利かせたのかコートを着て門の前に立っている。

「今日も掃除かー?善は掃除が好きだな」

箒を持って木葉を集めだす善を見て芳香がそう漏らす。

「いや、修行だから……好きでやってる訳じゃないからな?」

そう言いつつ掃除を続ける善。

しかし肝心のぬえが来ない。

突如として気配を感じて上を見上げる。

ぬえがゆっくり上空で飛んでいた。

 

「せんぱーい!!掃除手伝ってくださいよー!!」

上空に居るぬえにその場で声をかける。

「ああ、ごめん。アンタが愛玩人形で遊んでいるみたいだから、そっとしておいたんだよ」

 

ぬえの言葉に善の動きが止まる。

「愛玩人形……?」

「ソレ、アンタの人形じゃないの?」

ぬえが降りて来て芳香の頭を小突く。

「趣味悪いね?腐りかけの人形を侍らすなんて……まともな精神じゃ無理だよね」

「取り消してくれませんか?芳香は俺の人形じゃないしそれは芳香への侮辱です……!!」

善が右手の拳を強く握る。

この時点で善の中には怒りの感情が渦巻き始めていた。

「侮辱?アンタの人形を馬鹿にすることが?あはは、それは誇りが有る奴がいう事だよ?」

気持ち悪い、と吐き捨てる。

「俺に対する事は気にしません、けど芳香を馬鹿にするのは――」

「知らないって言ってるの、お前がどれだけそのゾンビをかわいがっても私には気持ち悪いだけ。聖には黙っててあげるから部屋に連れ込んで遊んで来たら?」

善の言葉を遮り尚も芳香を馬鹿にし続ける。

そんなぬえの様子に遂に善が、キレた。

 

「うるせぇ!!そんなんじゃないって言ってるんだよ!!憶測で物を語るんじゃねェ!!」

ぬえのワンピースの(えり)をつかみ上げる!!

「何、この手?私は大妖ぬえ様よ?切り落とされたいの?」

何時の間にかもっていた三又の槍を構える!!

「善!!危ないぞ!!」

芳香がそういうと同時に、善の身体に強い衝撃が走る!!

更に命蓮寺の門前にドロリと血が垂れる。

「おい、芳香?……芳香ぁ!!」

「無事……みたい……だな……」

そう言って芳香が善にもたれ掛かりつつ笑みをこぼす。

何か濡れる様な感触を感じ、善が自身の右手を見ると血がべったりと付着していた。

「へぇ?そのゾンビ、アンタの身代わりにもなるんだ~。よく出来てるね」

先端が血で染まった槍を振り回しながらぬえが嘲笑う。

 

「芳香ぁ!!しっかりしろ!!……確か部屋に師匠の作った治療用の札が有ったハズだ……それを使えば多少は……」

芳香を背負って自身の部屋に向かう。

だが一人分を担いで走るのだ、簡単な事ではない。

しかも

「おっと!そんな汚れたゾンビ、神聖なお寺には入れられないね~」

ぬえが目の前に立ちふさがる!!

「どけぇ!!芳香の為に札がいる!!」

「口の利き方がなってないな~。理解できない馬鹿は嫌いなんだよ……ね!!」

善の胸を槍の石突で殴る!!

「ぐぅ……」

傷に響いたのか僅かに鼻先に鉄の匂いがする。

「土下座して頼んむんなら見逃してあげるけど?」

槍の先端で善の鼻先をなでながらニヤニヤと笑う。

「……仕方ない」

芳香の傷がどれほどか、解らないが良くないのは簡単に理解できる。

プライドより優先すべき物が有る!!善はその場で片膝をついた。

 

「いいね!!土下座したら『ぬえ様に逆らってすいませんでした、どうか私の薄汚い愛玩死体人形を寺に持ち込ませてください』って言うんだよ?全く、邪仙といい人形といい弟子といい。まともな奴が居ないんだから」

両膝をついて手を地面に付こうとした時、背中の芳香が僅かに言葉を発した。

「ぜ……ん…………こい……ブッ……し…………て……」

そういうと同時に背中の芳香が重くなった。

 

 

 

「ん?どうしたの?土下座しないの?」

「……そうだな……そっちが先だよな」

そう言うと善は上着を脱ぎ地面に敷いた、そしてその上に芳香をそっと寝かせた。

「あれー?もしかして……諦めた?」

ニヤニヤとぬえが善を見下ろす。

しかし周りが何か言うがもう善には関係なかった。

「……チョット、借りるぞ」

芳香の額から札を剥した。

師匠の言葉が脳裏に蘇る……

 

『あら、そうなの?なら今度は意識が有りながら私のいう事を聴くしかない状態でキョンシーになるようにしようかしら?』

意識を持たせたままキョンシー化させる札、そんなモノが有るか解らない。

しかしそれは善に大きな希望を与えた。

「可能性は零じゃない!!」

札を自分の頭に張りつける!!

師匠がいつもする様に、キョンシー化する時特有の強烈な眠気が善を襲う!!

夢も見ない暗闇が善を引きずりこむ!!

ひたすら暗い闇、闇、闇闇、闇闇闇……

しかしその空間で僅かに善は意識を持って足掻いていた。

(まだだ、まだ終わるな!!師匠を!!芳香を馬鹿にされたんだぞ!!立ち上がれ!!)

すると薄らと夢が浮かんできた、もうずいぶん昔の気がする夢……

 

 

 

そうだ、あの時は心も、体もボロボロで……

「あら、芳香相手にうまく立ち回るわね?気に入ったわ……人里で暮らせないなら、私の弟子にならない?あなたを追い出した人間たちには届かない様な力をあげるわ。どう?」

明らかに何かを企んだような表情……

だけど

俺はその問いにうなずいたんだ。

そしてその人の手を取ったんだ。

「いいわ、あなたは今日から私の弟子よ。私は霍 青娥、みんなには娘々って呼ばせてるけどあなたは()()って呼びなさい」

 

 

 

(俺は、俺はやるぞ、やるんだよ!!コイツをぶったおして!!芳香を救うんだ!!」

突然善が雄たけびと共に立ち上がった!!

「なに?頭に札?趣味が悪……いぃ!?」

言葉の途中でぬえが吹き飛んだ!!

善が拳をぬえに叩き込んだのだ!!

 

キョンシーは体のリミッターを強制的に外すことが出来る!!そして善は修行途中とはいえ、不老にして強靭な肉体を持つ仙人!!その両方がそろった結果!!善は人間にして妖怪を上回る身体能力を手に入れた!!

 

「へぇ……やるじゃない?けどいくら体が強くたって、私が見えなくちゃ意味が無いよね!!」

寺の中庭まで吹き飛ばされたぬえは、落ちている落ち葉に『正体不明の種』をばらまいた!!正体不明の種はその名の通り付けたモノの正体を隠す物質!!今の善にとっては未知のモノに見える!!

正体がわからない「未知、理解不能」と言った人間の恐怖から生まれたぬえらしい力である。

「…………」

無言のまま善はぬえに向かっていく!!

「ほぉら!!未知の恐怖を味わいな!!」

風が吹き恐ろしいモノに見えるハズの落ち葉が善を囲む!!

しかし善は冷静にぬえを()()()()()()

 

そう、見据えていたのだ。

ぬえとて馬鹿ではない、周りの落ち葉を正体不明にした時、自分にも正体不明の種を使っている!!

善がこちらを「ぬえ」として認識するハズは無い、無いハズなのだ!!

落ち葉を体にぶつけながら一直線にぬえに向かって走る!!疾走る!!

「人間が!!妖怪に立ち向かうな!!」

恐怖を司るぬえに対して向かってくるというのは彼女に対しての最大の侮辱!!ぬえは自身の持つ三又の槍を走ってくる善に投げつけた!!

 

「それがなんだぁ!!」

槍が善に振れた瞬間!!バラバラに砕ける!!そしてその破片すらも煙を上げて消えてしまった!!

「こうなったら……!!」

懐からスペルカードを取り出した時、スぺルカードが善に握り潰された!!

カードが音も無くバラバラに砕け、虚空に消えていく。

「ひぃ!!!」

この時ぬえは久しぶりに恐怖を感じた!!

善の纏う雰囲気は『お前を消す!!』そう言っていたのだ。

『天敵』ぬえの脳裏にその言葉がよぎった!大妖怪の自分には恐れる物は無い。

そう思っていたぬえが人間相手に震えているのだ!!

 

「ご!ごめんなさい!!実は嫉妬してただけなんです!!寺のみんなと私より仲良くなって……マミゾウとも仲良くて……すいませんでした!!」

必至になって謝るぬえ、そこに善がゆっくりと歩みより……倒れた。

 

呆気にとられるぬえを無視し、楽しそうな声が響いた。

「あらあら、予想以上の力ね」

善の額に貼ってあった札を手に、邪仙が笑う。

「あんたは……」

「ウチの弟子が世話になった様ね?この事は他言無用でお願いできるかしら?ああ、知らせてくれたねずみさんによろしくね?」

善の師匠は上機嫌で寺の入り口に有った芳香を拾い帰って行った。

「なんだったんだ?」

ぬえが邪仙が去っていた方を呆然と見る。

「君は爆弾を爆発させる起爆剤に使われたのさ」

ナズーリンがぬえに近寄ってくる。

「起爆剤?」

「そう、くすぶっていた火を炎まで巨大化させたのさ。君という強力な妖怪を当て馬にしてね」

そういうナズーリンの足元には善がぐーすかと気持ちよさそうに寝ていた。

 

 

 

 

 

その日の夜

「ぜーん!!いい子にしていたか?」

「あらあら、芳香ったらまるでお母さんね」

師匠と芳香が命蓮寺現れる。

「善さん。またいつでも来てくださいね?」

聖を始め命蓮寺のメンバーが手を振る。

「ありがとうございます、またいつかお邪魔させていただきます」

そう言って去っていく善たち。

 

結局善は朝寝坊したという事で処理された、あの能力は危険すぎるとナズーリンとぬえが判断したのだ。

ヒミツは僅かな者だけが知っている事となった。

 

 

 

 

「ねぇ?善?せっかくだし帰りに何か食べに行きましょう?」

「良いですね!何食べます?」

「タヌキ汁なんてどうかしら?」

「え”!?それはちょっと……」

「食べたいのよ。またタヌキになって?」

「アンタ見てたのかよ!?」

「かわいい弟子ですもの、体内に様子を逐一報告してくれる札位埋め込んで……」

「ふぁ!?チョ!?ナニしてるんですか!?」

「ふふふ、冗談よ?」

「そういう冗談は止めてください!!師匠!!」

 




能力有るよ有るよ詐欺に成りそうなので、今回正式に能力を使いました。
実際に使う描写が欲しかったので入れました。
正式に紹介すると善の力は
『抵抗する程度の能力』に成ります。
100°の熱湯を抵抗る事で99°の熱湯をかけられたのと
同じ効果まで引き下げれます。
基本はこうです。
しかし抵抗力を上げれば100°の熱湯は0°まで下げれます。

善が作中で能力を事ごとくキャンセルしたのはそういう理由です。


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番外コラボ!!東方消失録!!

皆さんこんにちは。
今回は音無 仁さんの作品 東方消失録とのコラボ作品となっております。
作中キャラクター同士がすでに面識のある状態で登場しますが、こちら単体でも楽しめるようになっております。
気になった方がいらっしゃれば、仁さんの東方消失録を読むことをお勧めします。


『神々しい』そんな言葉が一瞬だけ頭を過ぎった。

俺自身そんな事を思う日は来ないと思っていた。

神様という存在を見た事は有るけど……なんというか俺にはどうしても『神々しい』という感想は出なかった。

けどソイツは違った。

青、黄色、緑、白、そして血の様な赤。

そんな結晶と、それに乱反射する光を全身に纏ってソイツは空から降りて来た。

そして俺に気付いたのかどうか解らないけど、確かこう言ったんだ……

 

 

 

 

 

幻想郷、師匠たちの家にて……

 

「思いがけない物が出来た様ね」

とある女性が目の前の、幾何学模様の掛かれた青い光を発するサークルを見てつぶやく。

 

「あの……師匠?コレなんですか?」

そう聞くのは仙人志望の少年、詩堂 善。

ただ今この女性に弟子入り中。

 

「食べれるのかー?」

その横でぼんやりとした目で、青白い肌に額にお札を張った少女、芳香が聴く。

 

「あら、お腹が空いてるの?けどコレは食べられないわ。実は太子様たちは『仙界』という空間を作って修行したりしているのだけれど、私も久しぶりに作ってみたのよ、けど失敗しちゃったたみたいね、何処に通じてるのか解らないのよ」

困ったように……イヤ、おそらくその表情はフェイク!!

実は新しく面白そうな物を見つけたと、内心うれしくてしょうがないに違いない!!

善は今までの経験でそう理解した!!

そして次に予想される師匠の言葉は……

 

「ぜ~ん」

 

「絶対に嫌です!!」

 

「まだ何も言ってないじゃない?」

師匠が口を開くと同時に断る!!

そしてさらに善が言葉を続ける。

 

「どうせ様子を見て来い、とかでしょう!?いやですよ!!どこに通じてるのかもわからないし、出た先に全身武器で武装した傭兵とか、吸血鬼とか、異世界に通じてたらどうするんですか!?」

尚も怪しげに青い光を揺らすサークルを指さす。

 

「善ったら馬鹿ね~。そんな事有る訳ないじゃない?ファンタジーやメルヘンじゃないのよ?」

 

「有る訳ないぞ~」

そう言って善を笑う邪仙とキョンシーの二人組。

 

「ツッコみ待ちですか?目の前に邪仙とキョンシーというメルヘンの住人がいるんですけど!?」

大声でその事を二人に指摘する。

二人はハッとしたように顔を見合わせる!!

 

「……なんにしろこんな危ないモノ、さっさと片してくださいよ。何かが逆にこっちに入ってきたら危ないですし……」

そう言っていたのも束の間、サークルから黒いグローブを嵌めたサムズアップした男の腕らしき物が出てきた!!

ダダン・ダン・ダダン!!ダダン・ダン・ダダン!!

 

「アイル、ビー……」

 

「ほら!!言わんこっちゃない!!色々と危ない人が出てきましたよ!!ほら、しまって!!しまって!!」

 

「確かにコレは、少し危険そうね!!」

グローブの男(仮)を必死にサークルの中に押し戻す善!!

師匠も今回ばかりは素直にしまってくれた。

 

「ふ~危なかった……」

何とかグローブの男(仮)を押し戻した善。

 

「アレが出てきたらどうなってたんだー?」

 

「たぶんターミネイトされたんじゃないか?」

芳香の質問に汗を拭きながら答える善。

 

「はぁ、残念だけど今回は止めておくわ、流石にどこに行くか解らないのは危険すぎるわね」

そう言って地面に書かれたサークルを、少しづつ消していく師匠。

善は何とか今回の危機は去った、と胸をなでおろした。

しかしそうはいかないのがこの邪仙の恐ろしい所!!

 

「そうだわ!!せっかくだし消す前にゴミを捨ててしまいましょう」

師匠がパチンと手を叩き、それが合図だったように芳香が姿を消した。

数秒後……

 

「持って来たぞー」

芳香が手提げカバンを隣の部屋から持って来た。

 

「ああ、コレコレ。早めに処分したかったのよ~」

そう言った師匠がウキウキしながらカバンから取り出すのは……

 

「す、すてふぁにぃ!!(春画)どうしてここに!!」

 

「あら、知らないと思っていたの?善が何処にすてふぁにぃを隠しているか、知ってるわよ?」

ニヤリとカバンを持ち上げる師匠。

もちろんカバンの中にはすてふぁにぃが大量に有る事だろう!!

 

「師匠?……落ち着きましょう?争いは何も生みません。それに私の敬愛する先人の言葉にこういう物が有ります『書を焼く人間は必ず人を焼く』と……本は雑に扱ってはいけません……それをゆっくり地面に置いてください」

焦りながらも、師匠を説得しようとする善!!

しかし自体は一向に好転しない!!

 

「けど善。これを見て?袋閉じがすごく丁寧に破いて有るの……この本は刃物を人間に使わせて殺人鬼を作る、きっとコレは人を惑わせる悪魔の書よ?こんな物は無い方が良いに決まってるわ?」

という訳で……

 

「師匠!!早まらないで!!話し合いましょう!!」

 

「善のすてふぁにぃをサークルにシュート!!」

師匠が珍しくハイテンションで、すてふぁにぃをサークルに投げ入れる!!

 

「ファアアアアア!!!!君だけは何が有っても守る!!」

やけに主人公らしいセリフを吐きながら、すてふぁにぃを追ってサークルに飛び込んだ!!

それと同時にサークルが不安定になり消えた……

 

「しまったわね、まさか消えるなんて思わなかったわ……まぁ、何かの拍子で帰ってくるわね」

 

「超エキサイティングだなー」

二人は楽しそうに、善の消えたサークルを見ていた。

 

 

 

 

 

右も左もわからない、滅茶苦茶な空間が善の目の前に広がっていた。

しかし残念な事に止まる術も、戻る術も善は有していない。

何かに導かれるように、誘われるように……

何処まで続くのかすら解らない、異次元のトンネルを善は通って行った。

そして遂に光の出口を目にする!!

 

「やった!!遂に出口が見えた!!」

そう思ったのも束の間!!

出口は空中に有った!!

もちろんだが善は空を飛ぶ術など有していない!!

ひたすら重力に引っ張られるのみ!!

 

「うそーん!!」

間抜けな台詞を吐きながら、出口の近くに有った真っ赤な洋風の屋敷のステンドグラスに叩きつけられる!!

 

 

 

 

 

紅魔館の使用人 笹塚 俊は今日も自らの職場の掃除をしていた。

何時もの様にメイドの十六夜 咲夜と共に分担していた。

俊が現在いるのは通称「玉座の間」荘厳なる装飾品に囲まれ、豪奢な玉座に座す主人の為の空間。

紅を基調とする玉座の後ろには、ち密な細工が施された巨大なステンドグラスが飾られている。

毎回ここの威厳と美しさとの前には、威怖の念を抱かずにはいられない。

しかしこの「王座の間」には有る重大な秘密が有った。

その秘密とは……

 

「ふー……だいぶ良く成ったぞ。けどなんでレミリアとパチュリーはこんな物を作ったんだ?滅多に来ないくせに……」

そう言って俊は額の汗をぬぐう。

そう!!此処はこの館の中心っぽく見えるのだが、実は二人が「かっこいいからなんとなく」作った部屋!!

当然だが人が来ること自体滅多にない!!

しかし使わなくても汚れと言う物は勝手に溜まる物なので、掃除をする者が必要になる。

毎日咲夜が掃除しているのだが、まかせっきりにしてはいられない。

今日は咲夜に頼んで、一緒に掃除を手伝わせてもらっているのだ。

 

「ご苦労様。俊、貴方のお陰で助かったわ」

 

「気にするなよ、何時も咲夜は頑張ってるだろ?俺も偶にはやってみたくなっただけだ」

 

「それでもよ、手伝おうって心使いがうれしいのよ」

そう言って優しげに笑う咲夜。

その瞬間、玉座の間に聞きなれない音が響いた!!

コツッ!!コツッ……パリーン!!

 

「な、なんだ!?」

 

「なにが!?」

俊と咲夜が同時に甲高い音のしたステンドグラスの方を見ると……

 

少年が両手を広げ、ステンドグラスを砕きながら紅魔館に侵入してきた。

『神々しい』そんな言葉が一瞬だけ俊の頭を過ぎった。

場違いな感想なのは重々承知の上だった。

しかし

ソイツはまるで他者の罪を受け入れ、許す聖者の様に穏やかな顔で

ステンドグラスの青、黄色、緑、白、そして血の様な赤を全身に纏いながら空から降りて来た。

そして……

 

「ぐはぁ!?チョー痛てぇ!!うわ!?ガラスが刺さった!!痛い!!ナニコレ!?マジで痛い……!!」

みっともなく地面に激突し……ガラスで溢れた地面を転がった後。

 

「ハッ!すてふぁにぃ!?すてふぁにぃは何処だ?あ!あった!!有ったよ!!すてふぁにぃ!!良かった!!もう離さない!!」

そう言って大量の本が入った紙袋を抱きしめた!!

 

 

 

 

 

「なぁ咲夜?今日誰か訪ねてくる予定はあったか?」

呆然としながら何とか俊が咲夜に聴く。

十中八九答えは決まっているが……

 

「いえ、そんな予定はないわ。それにお客様は玄関から入ってくるハズよ……」

瀟洒な彼女にしては珍しく、ずいぶんお粗末な答えだった。

 

「本、持ってるっぽいし。魔理沙の同業か?」

 

「そうかもしれないわね……」

そう言って咲夜は足元に落ちていた本を何気なく手にし……

 

「ひッ!?」

小さく悲鳴を上げた瞬間消えた。

彼女の時を操る程度の能力だ、床にはさっきまで咲夜の持っていたすてふぁにぃが落ちていた。

 

「あー、痛たたた……」

そう言っている間にも男は、自身の服に付いたガラス片をはたきながらのそりと立ち上がった。

そして一言

 

「う~ん?ここは何処なんだ?」

この時点で俊はこの男がこの館にとって害になる。と判断した!!

 

「オイ!お前誰だ?この紅魔館に敵襲とはいい度胸だな!!」

そう言って自身の足に付けていた、分割済みの棒を合体させ武器にする。

この棒は俊の基本装備であり、近距離中距離、さらに攻防に隙が無く、非常にバランスの良い武器であり「未知の相手との遭遇」と言った緊急事態に際し合理的な選択と言えよう。

 

 

 

 

 

一方善はというと……

混乱の極みに居た。

師匠のせいでなんやかんやあって、何処かに移動したのは分かっていた。

しかし肝心のここが何処かは全く分からない。

何とかすてふぁにぃを回収できたのは良いのだが……

 

「オイ!お前誰だ?この紅魔館に敵襲とはいい度胸だな!!」

目の前にはヤバそうなヤツが、ロッドの様な武器を持って構えて立っていた。

執事服を基調としている様だが……フード付のコートに二丁の銃、腰にクロスさせる様に二本の剣、さらに数本のナイフ……

見えているだけでこの数だ、さらに何か隠してると考えるべきだろう。

身も蓋もない言い方だが、街中に居たらおまわりさんに話しかけられるレベル。

 

(やばいよ……やばいよ!!明らかにフルコンバットな人来たよ……え?ナニこの人?傭兵かなんかなの?メッチャ武装してるよ!!)

善の頬を冷や汗が滝の様に流れおちる!!

 

「だんまりか?…………って!!善じゃねーか!?また来たのかよ?」

そう言って一気に脱力し構えていた武器を下ろす俊。

 

「イヤ、怪しい者じゃ無いですよ?私は詩堂 善、仙人の修行中にここに来たんですけど……あれ?俊さん?この前振りですね」

見覚えのある顔にこちらも力を抜く。

正直相手の武器ばかりに目が行って顔を見ていなかった。

 

「久しぶりは良いんだけどよ?最近の仙人は、人ん家のステンドグラスを叩き割って家に入ってくるのか?」

 

「え?」

 

相手に指摘され善は後ろを振り返る。

そこには無残な姿に成ったステンドグラスが……

 

(うわ……高そう……やばいぞ、思いっきり叩き壊しちまった……)

 

「いや、コレはちょっとしたトラブルで……もしかして不味い?」

 

「あたり前だろ!!一応この部屋、俺の雇い主の部屋だからな。どうなるかは知らないがお前の処遇は俺の雇い主のレミリアが決める!!付いて来てもらおうか?」

 

「その必要は無いわ!!」

その声に二人は扉の方を見る。

そこにいたのはさっき逃げ出したメイドの咲夜だった。

 

「お嬢様にはもう報告済みです。大層怒った様子で侵入者を地下牢にとらえて置けとの命令です」

 

「マジで?」

善が頬を引きつらせながらそう言うが、自体は好転することは無かった。

 

 

 

俊に連れられ善は地下牢に閉じ込められた。

湿気が多く暗くジメジメした場所。

簡素なベットとトイレだけが用意してあった。

湿気ったベットに横に成りながら、善は現在の状況を整理していた。

 

「うーん、今回はえらい事に成ったぞ……紅魔館か」

『紅魔館』その名前は善も聞いた事が有った。

霧の湖に有る、真っ赤な窓の少ない屋敷……

そこは吸血鬼が住み、嘗て幻想郷に異変を起こしたという……

屋敷の主の名はレミリア……

 

「やっべぇ……思いっきりここじゃん!!明日の朝飯は俺か?」

頭を抱えてベッドで転がる。

転がり続けて……

 

「ねぇ、お兄さん。何してるの?」

外から声を掛けられハッとする。

そこに居たのは身なりの良い10にも満たないであろう少女。

背中から結晶の様なモノをぶら下げ、手にはねじまがった鉄の槍の様な物。

 

「ねぇ、そんな所に居ないでフランと遊ぼうよ?」

その少女はニヤリと笑った。




はい、まさか本編より先に原作キャラが出るという暴挙。
しかも続きます。

因みにこの話を読んで私の作品とコラボしたいという方が居れば、気軽にメッセージをください。
特に期限などは設けないのでお気軽にどうぞ。


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番外コラボ!!東方消失録2!!

今回でコラボは終了です。
駆け足気味になってしまいましたが
私としては楽しく書けた、話です。


前回までの仮面仙人は……!!

 

???「世界は一つではありません、あなたは9つの世界を破壊しなければならない」

突如出現した、9つのパラレルワールド!!

 

師匠「善、バックルとカードよ。使いなさい」

いま、目覚める。仙人の力!!

 

眼鏡の親父「おのれぇ……仮面仙人!!お前のせいで世界は再び混沌の時代を迎えた!!」

迫りくる怪人達!!

 

善「大体わかった……」

そして目覚める!!

 

善「俺が破壊者だ!!世界の全てを破壊してやろう!!変身!!」

真なる破壊者とは……!!

 

 

 

「いや、待て待て待て!!なんだこのOP!!ふざけ過ぎでしょ!?全然あってないよ!!」

 

 

 

本当のあらすじ。

俊君の世界へ迷い込んだ善、ステンドグラスを破壊し大目玉、今地下牢。

以上。

 

 

 

「ねぇ、遊ぼうよ」

小さな子供の無邪気な笑顔。

誰だった子供の頃に経験した過去を思い出すシチュエーションだが……

その子供は違った。

彼女の名はフランドール・スカーレット。

495年もの月日を生きながら地下牢に幽閉された存在。

狂気という名の力を身にまとい、全てを破壊し尽くす最強の吸血鬼。

その圧倒的存在の意識が今、地下牢の中にいる善に向けられていた。

 

此処で善には二つの不幸が有った。

一つはもちろん彼女に会ってしまった事だろう、そしてもう一つは善が他人の妖力を感じる事の出来ない人間だった事。

その二つが相まって……善は最悪の選択をしてしまう。

 

「いいよ、遊ぼうか。何する?」

善の何気ないその言葉に、吸血鬼は瞳を見開いた。

 

 

 

 

 

「あーあ、めんどくさいなぁ~」

そう言って紅魔館の執事 笹塚 俊は地下牢への階段を下りていた。

今日の昼前に紅魔館に侵入した、仙人モドキが地下牢に幽閉されているハズなのだ。

時刻はもう深夜近い。脱獄するならこの時間帯であろうとの事で、主のレミリアから様子を見てくるように言われたのだ。

ギィ……

湿気のせいか嫌な音を立てる錆びた扉を開け、地下牢に顔を覗かせるが……

 

「あれは……フラン!?」

見覚えのある赤いストラップシューズと赤いスカートが、床に倒れていた。

吸血鬼が倒れる。そんな事万が一にも無い話!!俊は急いでフランに駆け付けた!!

 

「オイ!!一体何を……してるんだ?」

俊は近づき唖然とした。

地下牢の部屋の中にフランは手を入れ。

何かを必死で叩いている!!

 

「ああ、俊さん。邪魔しないでください!!いま良いトコなんです!!トントントン!!」

 

「そうだよ!!この勝負!!一瞬の油断が命取りなんだから!!トントントン!!」

二人して地下牢の鉄格子の間に置かれた、箱を叩いている。

その箱の上には二つに折った、紙の人形。

俊が知る限りこの遊びは……

 

「トントン相撲じゃねーか!!」

ツッコみを入れるがふたりの紙相撲熱は止まらない!!

 

「いまだ!!『左回転式・(ガトリングラッシュ・)高速ツッパリ(ワイバーン)』!!」

 

「まだよ!!『微振動式・(グランドクロス・)自爆誘発叩き(クラッシャー)』!!」

そして遂に……!!

コトン。

 

「ぐわぁあああぁああ!!!」

 

「やったああああ!!」

片方の紙人形が倒れた瞬間、善ががっくりとうなだれる。

それとほぼ同時にフランが飛び上がり喜ぶ。

 

 

 

「待て待て待て!!なんの茶番だ!?なんで他人の家の地下牢でトントン相撲してるんだよ!!」

俊が善を捕まえ締め上げる!!

 

「いや、だって『遊んで』って言われたし……」

 

「TPOをわきまえろよ!!お前捕まってんだよ!!幽閉されてんだよ!!なんで楽しそうに遊んでんだよ!!あと、何処にその材料有った!?」

必至に俊が怒鳴るが……

 

「まぁまぁ。落ち着いて、お菓子の箱と適当な厚紙で作ったんですよ。」

 

「フランも、レーバティンで紙を切ったんだよ!!」

フランが楽しそうに横で笑う。

 

「「作って~ワ○ワク!!」」

二人が同時に例の合言葉を話す!!

 

「仲いいな!!あんた等!!」

 

「ほら俊さんもやります?ほら、私の自信作の力士、四股名は『(クリアマン)の海』コレ使っていいですから」

そう言った奥にしまって有った、紙の力士を取り出す。

 

「やらねーよ!!それよりさっきからお前らネーミングセンス酷いな!!」

パシッと紙相撲の力士を叩き落とす!!

 

「ああ、せっかく作ったのに……ワクワク○んごめんなさい!!」

 

「ほら、フランも帰るぞ」

 

「えー!!善またね~」

そう言って俊はフランを抱き上げると、地下牢から出て行った。

 

 

 

3日後……

 

「初めて会うわね?私はこの屋敷の主、レミリアス・カーレット……3日前はよくも私の部屋を滅茶苦茶にしてくれたわね?覚悟は出来てるのかしら?」

善の目の前に薄ピンクの服を着た幼い少女が、メイドを横に立たせ、善に指を突きつけた。

彼女こそこの屋敷の主、レミリア・スカーレット。

見た目からは想像もつかないが、膨大な力を持つ種族吸血鬼の一人である。

そんな吸血鬼を前に善は……

 

「あー!!どうも!!話は俊さんから聞いてます。いやー突然の訪問に構わず泊めてくださってありがとうございます!!本当に感謝しています」

そう言ってその場で頭を下げた。

その態度には嫌味や皮肉を排した、率直な感謝が込められていた。

その予想外の態度にレミリアがたじろぐ!!

 

「え……いや、泊めるって言ってもここ地下牢だし……大したものは……」

レミリアにしては弱弱しく声を出す。

 

「なに言ってるんですか!!秋の寒空の下、墓の真ん中でキョンシーと一緒に寝た事ないでしょ!?風がバンバン吹くし、ベット代わりの墓石は冷たいし、芳香が侵入者と間違って襲って来るし……それに比べれば、ここ最高じゃないですか!!」

異様に熱く語り始める善!!

言葉の節々に彼の苦労が見て取れる。

その言葉にレミリアは、思わず涙を流した!!

 

「咲夜……この子少し可哀想過ぎない?こんな気の毒な人間なかなか居ないわ……」

 

「ずいぶん苦労してるんですね……」

吸血鬼とその従者から同情された。

 

「いやいやいや!!なんで!?なんで投獄されて喜んでるの!?普通もっとこう……もっとこう、とにかくなんか有るだろ!?明らかにソレ、投獄された奴の態度じゃないだろ!?」

レミリア達と一緒に来ていた俊が突っ込む!!

 

「善……しばらくは牢屋に居ても良いわ」

 

「ありがとうございます!!」

レミリアと善が握手した。

 

「え!?なんなの!?この茶番!!おかしいだろ!!何もかもおかしい!!」

俊が必死になって、叫ぶが誰も反応しない、誰も歌わない。

その日の善の夕食は少し豪華だったらしい……

 

 

 

翌日

 

「さっさと出ろ!!」

 

「いーやーでーすー!!」

俊は善の服を必死になって掴んでいた!!

何時まで経っても地下牢から出ない善!!

遂に俊は強硬手段に出た!!

それに対し!!

善は地下牢の鉄格子に付かんで、こちらも同じく必死の抵抗を試みる!!

 

「なんで牢屋から出るのを嫌がるんだよ!!」

 

「快適空間から追い出される訳には……いかないぜ!!」

二人の攻防が続く!!

*今更ですが善は囚われている人間です。

 

「お前はニートか!?ナニ?この新型ニート!!牢屋ニート?仙人ニート?」

 

「うをおおお!!!俺の抵抗力を舐めるな!!」

 

数時間後……

 

「ふふん?」

地下牢内のベットで勝ち誇った顔をする善。

牢屋の前では、俊が息を切らして両腕を地面に付いている。

 

「おまえ……いい加減にしろよ……流石の俺もそろそろ我慢の限界だ!!ぶっ殺してやる!!」

 

血走った眼をすると同時に、両脚に取り付けられた銃を手にする。

 

「ここは狭い牢屋の中だ!!避けれる物なら避けて見ろ!!」

 

「わわわ!!俊さん!?それはちょっとまずいんじゃないですか!?」

善が両手を突出し俊を止めようとするが、頭に血がのぼった俊にそんな言葉はもう無意味だった。

 

「お望みの様にこの牢屋に一生いられる体にしてやる!!」

パパン!!パンパン!!パン!!パン!!パン!!

乾いた銃の発射音が狭い牢屋の中に響き渡る!!

 

「うお!!あぶ!?あぶな!!」

善は必死になって牢屋内を走り回る!!

そして蘇るは師匠との思いで!!

 

~回想~

「ぜ~ん。今日は弾幕の耐久実験……じゃなかった。耐久を上げる修行をしましょう?」

にこやかに笑う師匠、そしてその体の周囲に形成される無数の青黒い光の球体。

 

「……今、実験って言いませんでした?」

師匠の言葉尻を掴もうとするが……

 

「あら、酷いわ。私が自分の弟子で新しい弾幕の実験をするような師匠に見えるの?」

そう言って自身の顔を自分の掌で覆う、そしてすすり泣く声が聞こえる。

 

「ああ、すいません。疑ってました、修行ならちゃんと受けますから……」

善がそう言った瞬間!!

ピタリとすすり泣く声が止まった!!

 

「あら、良かった!!善なら心よく受けてくれると思ったわ」

両手をどかし、ペロリと舌を出す師匠。

もちろんさっきのは嘘泣き!!

まんまと邪仙に嵌められた善!!

 

「じゃー始めるわよ?」

 

「は、はい……」

ピチュン!!ピチュピチュ!!ピチュピチューン!!ピッピカ!!ピチューン!!

 

「ぎゃああああ!!」

 

~回想終了~

 

(はぁ……そう言えば今日で何日だろう?帰ってないのは……師匠はともかく……芳香は心配してくれているかな?むしろ忘れてる可能性が……)

そんな考え事をしたのが、善の運の尽き!!

 

「喰らえ!!」

 

「へ!?イタァ!!」

額を撃ち抜かれてしまった!!

 

「痛たたた……」

 

「安心しろ……威力を押さえた霊銃だ、死にはしない」

一旦銃をおろし、痛がる善に対してそう言い放つ俊。

しかし幾ら威力を押さえても、痛い物は痛いのだ。

善はしきりに頭を押さえている。

 

「あー、まだ湿布あったかな?」

そう言って自身の道衣をまさぐる。実は善、この頃無駄な怪我が多くそれに対応するため、服のポケットに緊急用の包帯と湿布が隠してある。

 

「ああ、有った有った」

カチッ!!

その瞬間、善の耳に聞きなれない音が響いた。

 

 

 

 

 

1秒前

切っ掛けは些細なレミリアの一言だった。

 

「俊を探してきて」

 

「はい、お嬢様」

その命令を受けた咲夜は、自身の時を止める能力を発動させた。

事の顛末はたったこれだけの事、咲夜は善がこの屋敷に来てから何度もすでに時間の停止をしている。

この時間停止は、いつもと変わらない事のハズだった。

 

 

 

コツコツコツ……

俊を探し時間の止まった屋敷の中を歩いて行く。

俊の部屋、居ない。

王座の間、居ない。

食堂にも、居ない。

「地下牢かしら?」

咲夜は俊を探すうちに、少し前にこの世界にきた妖怪の事を思い出した。

そう思い地下牢に足を向けた。

……居た。

 

目的の人物を発見し、時間を再び動き出させようとした時。

ありえない事が起こった!!

 

「ん?俺に用かな?」

 

……!!

咲夜は反射的に牢屋から身を引いた。

そして足に刺してあるナイフを引き抜き、いつでも投擲可能な状態にした。

此処は時の止まった時間、水も風も音も光も決して動くことのない静寂と停滞の世界。

そんな世界で目の前の男は、何の制約も無く笑っていた。

 

そこにいたのは自称、仙人修行の男。

常に低姿勢で、誰にでもへこへこしているイマイチパッとしない男。

……のハズだった。

 

先ず目に付くのは何時もと違い、頭に難読な文字の掛かれた湿布を張っている点だろう。

 

「貴方は誰!?」

ナイフを構えつつ、停止した世界でその男に聴く。

 

「実際に挨拶するのは初めてか?何度か顔を合わせてるんだが……まぁいい。俺は詩堂 善 仙人を目指して修行中の男だ」

 

明らかに口調が違う、そして雰囲気も違う。

咲夜は迷う事無くナイフを投擲した!!

 

「おっと!!危ないな?」

まっすぐ飛んできたナイフを、その男は指一本で止めた。

躱すでもなく、取るでもなく、止めた。

まるでスポンジでも当たったかの様に、なんの反応も無く当たって落ちた。

 

「そうか、理解出来たぞ……抵抗しているんだ。あらゆる物に、止まった時の流れに抵抗し、ナイフの人体を切る構造に抵抗し、札の理性を無くす効果に抵抗しているのか!!やっと、やっと理解出来たぞ……ありがとう、この世界に来たお陰で俺は少しだけ成長出来たみたいなんだ……けど時間切れか……おしいな」

そう言った瞬間、善の動きが今度こそ完全に止まる。

 

カチッ!そして時は動き出した。

 

「俊。お嬢さまがお呼びよ」

 

「咲夜か、解ったすぐに……アレ?」

 

俊が何かに気が付き、牢屋を見据える。

牢屋の中には……

 

「……うー?……ああ”あ”?」

何故か額に札を張ってキョンシーと化した善!!

所在なさげに虚空を見つめている。

 

「なんでキョンシーになってるんだ?……なんかコイツの相手疲れるな……もはや予測不能だ……忙しいヤツ……まぁ、いいそんな事よりレミリアが呼んでるのか?解った、すぐに行く」

そう言って咲夜と俊は地下牢から出て行った。

(あの仙人モドキ……一体なんなのかしら……?)

 

 

数分後……

突如、地下牢の壁が青く光りはじめる。

そしてその中から細い手が現れた。

 

「YEHA!!……せっかく愛想良く出たのに、誰も居ないのかしら?」

 

「善が居たぞー」

それは師匠と芳香の二人組。

 

「何とか善をたどってここまで来たのに……檻に入れられてるのね、可哀想に……」

師匠が善を憐みの視線で見る。

 

「ぜーん、実は意識有るでしょ?そのお札新作なのよ?」

 

「…………!!……?…………!!」

 

「うん、何言ってるか解らないわ……芳香ー、善を連れて帰るわよ?おもちゃが居ないとつまらないものね?」

ニタリと動けない善に笑いかける、善の瞳が何かを訴えている様だがそこは邪仙、全くに気にはしない!!

 

「最後にお世話になった人に手紙を書いて……はい、帰るわよ?」

 

「おー!!帰るぞー!!」

二人は善を連れて帰って行った。

後に残されたのは邪仙が置いて行ったサークルの紙と、善の筆跡をまねて作った偽の手紙。

 

「(またいつか……会いそうな気がするな……できれば今度は……もっとゆっくりしたい)」

 

 

 

 

 

「善ー。ほら、今日の分の夕飯……アレ?」

俊が善を見に来たときには、すでに帰還済み誰もいるハズは無い!!

有るのは謎の模様の書かれた紙と……

 

「手紙だ……ふむふむ……?あの野郎……!!厄介なモン押しつけやがって!!」

手紙を破こうとするも、何とか押しとどまる。

 

「いつか……いつか役に立つかもしれないからな……確かに貰っておこう……」

そう言って師匠の作った異次元につながるサークルをたたみ、自身の懐に収めた。

 

 

 

「んー?善泣いてるのか?」

 

「わたし達にまた会えてうれしいのよ。さー!!帰ったらさっそく新し仙丹の実験よー」

 

「わぁーい!!善で実験だー」

 

「(……!!止めて……ください……師匠!!)」




すてふぁにぃは置いてきた!!
気にするな!!


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修行再開!!邪仙達との生活!!

皆さんこの時期って、暖房とかどうしてます?
私は基本的に炬燵頼りなんですが、ガスヒーターとかホットカーペットに憧れます。
コンビニの肉まんを思う日々です。


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

 

すっかり冬支度の済んだ、自分の部屋で善は優しい夢に包まれていた。

胸の豊満な女性に抱きしめられ、優しくなでられる夢だ。

目の前の美女に、善の理性はどんどん炎にさらされた蝋燭の様に、ドロドロに溶けていく……

しかし夢は儚く消えて行く物……

美女はだんだんと姿が薄れてゆく。

それを必死で追いかける善!!

そして遂に、力いっぱいその美女を抱きしめる!!

 

「もう離さない!!ずっとこれからは一緒だ!!」

それに驚いた美女が、かわいらしく声を上げた。

 

「アン!ダメよ善?隣で芳香が見てるわ」

その声は紛れもなく師匠の物!!

抱き着いたと有ったらタダでは済まない事が容易に理解できる!!

 

「ひぃ!?すみませんでした師匠!!つい自分を抑えきれませんでした!!」

その場で土下座の姿勢を取ろうとして、足が絡まる!!

 

ドシーンと体に衝撃!!

 

「はッ!!……夢か」

真っ暗な自分の部屋で目を覚ます善。

どうやらベットから落ちてしまった様だった。

窓から光が入ってこない事を鑑みると、まだ夜中であることが想像できた。

 

「うーむ、途中まで凄まじく楽しい夢だった……気がする。夢の続きってどうやったら見れるんだろ?まぁ、いいや」

無理な注文だと分かっていながら、夢の続きを見れる事を期待し再びベットに横になる。

 

 

 

「……どうしたの?急に起きるなんて……布団を取ったら寒いじゃない……」

 

「ああ、すいません。ちょっと淫夢という奴を見まして……すごいきれいな女の人に抱き着くんですよ……」

そう言いながら、布団にもぐりこんだ。

 

「あら、さっき急に抱き着いてきたのはそういう事なの……」

 

「はい、すいませんね……寝ぼけちゃって……」

愛想笑いを浮かべながら、再びゆっくりと眠りの世界へ落ちていく……

 

訳 に は い か な い !!

 

少しずつ善の寝ぼけていた頭が、警鐘を鳴らし始める!!

 

(あれ?夢の続きか?コレ?そんな馬鹿な……さっきに声は間違いなく師匠……そしてこの触れている柔らかい物は……)

ふにふにッ!!柔らかい!!

ふにふにッ!!素晴らしい!!

 

「んッ……ダメだって言ったでしょ?芳香が隣に居るって言ったばかりじゃない……見られてもいいの?」

 

(やばくないか!?師匠じゃね!?いや待て、落ち着け詩堂 善。師匠は自分の部屋で寝ているハズだ……コレは夢に違いない!!明晰夢とかいう奴で……)

必至に自分に良い訳をするが、流石に色々と限度が有った!!

 

「あの……師匠?なんで私の布団に?それとこれって現実ですか?」

おそるおそる会話を試みる。

出来れば完全に夢で有ってほしいのだが……

 

「……現実に決まってるじゃない?」

 

 

 

その言葉に遂に善のキャパシティがオーバーする!!

 

「なんでアンタ此処に居るんだよ!!自分の部屋はどうした!?なぜここで普通に寝てるんですか!?」

ベットから立ち上がり、机の上に有ったマッチで部屋の隅の灯りに火を着ける。

すると薄暗い灯りで、寝間着の師匠の姿が浮き彫りになる。

何時もの様に青い薄い生地の寝間着で、寝相の悪い師匠らしく肩や胸さらには太ももから白い肌が大胆に露出している!!

 

布団に寝乱れた女性!!パッと見、完全に事後です!!ありがとうございます!!

 

「なんでってもう忘れたの?」

髪を気だるげにかき上げながら、師匠が微笑む。

その言葉にゆっくり善は昨晩の事を思い出した。

 

 

 

 

 

~回想~

命蓮寺に修行に行ったり、他の場所に行ったりなどして、善は約10日ぶりに師匠たちと暮らしている洞窟の家に戻ってきた。

しかし

善が見たのは驚きの光景!!

床一面に服は散乱し、キッチンなども使ったのか洗ったのかすら、解らない食器や調理器具で溢れ、さらにゴミまで点在する。

まさに惨劇と言っても過言でない悲惨な状況下に有った!!

 

「あの……師匠?なんでこんなに汚れが溜まってるんですか?」

おそるおそる師匠に聞いてみる。

可能性としては善が気が付かないうちに長い年月がたったか、解りやすい所で言えば空き巣が忍び込んだかだが……

しかしいずれも答えは違った。

 

「ああ、家事をする弟子……じゃなくて奴隷が居なくて、散らかってしまったのよ……」

わざとらしく困ったような顔を善に向ける。

その眼は『掃除しておいて♥』と言っている。

 

「なんで言い換えた!?奴隷じゃないですよ!?弟子です!!弟子!!師匠の中では弟子と奴隷が同意語なんですか!?」

 

ムキになって師匠に詰め寄る善だが……

「似たような物だもん」ニコ

 

「『物だもん』じゃありませんよ!!かわいく言ったもダメですからね!?

……とにかく掃除は明日するとして……師匠たちこんな状況で何処で寝てたんですか?足の踏み場も有りませんよ?」

散らかりきったリビングを、物を踏まない様に気を付けて歩こうとした。

 

「善の部屋で寝てたわ、今日もお願いね」

 

「はぁい?!」

また師匠がおかしな事を言い出したと思ったら、首筋に衝撃が!!

それ以降記憶が無いため、そのまま連れてこられたのだと思われる。

 

~回想終わり~

 

 

 

 

「思い出した?」

 

「ええ、思い出しましたよ……いや、ずぼらと言うか……ウオッ!?」

師匠と善が話している時ガシッ!!と足首を掴まれる!!

 

「……ううぉ……善……?お早よ……」

師匠と一緒に来ていたと思われる、芳香が善の足首を掴んでいた!!

 

「お、おう。芳香おはよう……こうして見るとリアルにゾンビ映画のシーンだな……」

若干頬を引きつらせながらも芳香を立たせる。

すると芳香がキョロキョロと首を動かし、部屋を確認し始めるする。

 

「あれー?ここ善の部屋だぞ?……なんでみんなで寝てるんだ?」

覚えていないのか不思議そうに首をひねる。

 

「ああ、それなら……」

善が説明しようとする時、師匠の言葉が横からそれを遮った!!

 

「善の計画なのよ……芳香、善がしばらく私達と一緒に居なかったのを覚えている?」

 

「覚えてるぞー」

 

この時点で善は嫌な予感がしていた。凄まじくしていた!!

いや、もう既に何度も繰り返された、当たり前の様に知ってる未来!!

師匠はなおも言葉を続ける。

 

「そのせいで、善の情欲が溜まり過ぎてしまったのよ……昨晩善は夕食に睡眠薬を混ぜて……芳香を連れ込んで部屋で……部屋で人前ではとても言えない事をしようとしたのよ!!」

 

「な、何だってー」

どういう技術なのか、涙を流しつつ芳香に説明する師匠。

そしてびっくりするほど棒読みな芳香。

 

「アナタを人質に善は私に身体を要求したの……私汚されてしまったわ……」

そして遂に師匠が泣き崩れる。

 

「……あの師匠?茶番はもういいですか?そろそろ朝のランニングに行きたいんですけど……」

 

「あら、もう乗ってくれないのね……成長なのか倦怠期なのか……さみしい物ね」

そう言って師匠はつまらなそうに唇を尖らす。

 

「さぁて、芳香ランニング行くぞ?終わったらまた一緒にストレッチだからな?」

 

「わかったぞー!!」

うれしそうに善の後を付いて部屋を出た。

 

師匠は起きたばかりの頭で、ぼーっと善と芳香の出て行った扉を見ていた。

しかしやがて布団に再び横に成り、目を閉じた。

 

「……やっぱり善が居ると、芳香の機嫌が良いわね……命蓮寺の時もなんだかんだ言って会いに行ってたみたいだし……すこ……しだけ……妬けちゃう……わ……」

そう言って再び寝息を掻き始めた。

 

 

 

 

 

タタタタと足音を立て墓場を走る善。

そしてその後をピョンピョンと跳びながらついてくる芳香。

朝日がゆっくりと墓石たちを照らしていく。

たった数日だが、ランニングが行えなかった分とても久しぶりに感じた。

6ヶ月程度しかたっていないハズだが、幻想郷の外に居た時の事はもう既に遠い過去の事の様な気がする。

感慨深い気持ちに浸りながら、善は墓の中を走りまわった。

ランニングが終わったら芳香と二人でストレッチだ。

 

「ん~……固ったい……」

 

「もっと、もっと力を入れてほしいぞ……」

 

「芳香ぁ……お前俺が居ない間、サボってたろ?身体が……前より……固いぞ!!」

かなりの力で押しているが、前よりも体が曲がりにくくなっている気がした。

 

「善以外……やってくれないからな……もっと押してくれ……」

 

「解った……!!俺がしばらくは……やってるよ、それぇ!!」

 

「おお、感謝するぞ……」

 

「あら、二人とも精が出るわね」

二人でストレッチを続けると、師匠が墓の奥から飛んできた。

 

「善のお陰でまた、体が柔らかくなってきたぞー」

うれしそうに芳香が師匠に笑いかける。

 

「あら、それは良かったわ。最近また身体が固くなってたみたいだし……そろそろ終わりにしたら?ごはん炊いてあるから、みんなで朝ごはん食べましょ?善はお味噌汁とおかずを作りなさい」

 

「はい、解りました!!」

そう言って芳香を立たせると、墓場の奥に有る洞窟内の家に走って行った。

 

 

 

「「「いただきます」」」

3人が両手を合わせて箸を手にする。

本日のメニューは、白米と味噌汁、そしてハムエッグとサラダと言う半洋食風の食事風景である。

 

「ほら、野菜も食えよ?」

 

「解ってる」

善が箸を芳香の口元に持って行き、食べさせている。

 

「ねぇ、私達が居なかった間、お寺でどんな修行したの?教えてくれないかしら?」

サラダを突きながら、師匠が善に問いかける。

 

「命蓮寺での事ですか?そうですね、身体を鍛えたりはしないんですけど精神面での……!!痛ッたぁ!?」

突然にの痛みに善が右手をひっこめる!!

右手の親指には、見事な歯形がくっきりと残っていた。

尚も血がドクドクと流れている。

 

「おぉ……一体どうしたんだ……よ?ソーセージか何かと間違えたのか?」

指の痛みを気にしながら、芳香に向き直る。

 

「すまない、寝ぼけていた。わざとじゃないんだ、許してくれー、あと、指美味い」

おろおろしながら芳香が慌てている。

口から一筋の血と最後の一言さえなければ、かわいいと無条件で言えただろうに……

 

「まぁいい。噛んでしまった物はしょうがないからな」

 

「善、ちょっと見せなさい」

そう言うや否や師匠が善の右手を掴む。

丁度関節技を掛ける要領で!!

 

「痛!!いたた!!チョ!?入ってる!!関節入ってます!!」

残ってる左手で必死に畳をタップ!!!

ギブアップアピール!!!

 

「あら、すごいわね……噛まれた部分が死体(キョンシー)化して無いわ……」

色々な方向から善の噛まれた親指を見る。

もちろんそのたび腕を動かすので……

 

「痛い!?やばいです!!!グギって言った!!今、腕がグギって言いましたよ!?コレ以上は……これ以上はイケない!!」

グギィ!!ボキィ!!

 

「ふぁぁーぁあああ!!!」

 

善の悲鳴が周囲に響いた!!

 

 

 

 

 

「『抵抗する程度の力』ね……」

師匠がボソリとつぶやいた。

腕からヤバげな音がしたが、結局骨折までは行っておらず簡単な治療に終わった。

現在では親指に包帯が巻かれている。

 

「そうです、この前やっと気が付いたんですよ……簡単に言えば物事に対して抗体ができるって事みたいですね……」

 

「それで芳香に噛まれてもキョンシーに成らなかったのね」

食事が終わり、流しに食器を置いてから三人で善の能力に付いて話す。

 

「まぁ、知ってたのだけど」

 

「ええ!?なんで教えてくれなかったんですか?」

微笑む師匠に対して善は批判じみた視線を送る。

しかし師匠は全く意に介す様子は無い。

 

「あら、怒ってるのかしら?こう言うのは自分で気が付かなくてはいけないのよ。たとえば私が善に『善の能力は《女性の下着の色と形を100%当てる程度の能力》よ』と言ったら信じるかしら?」

 

「信じる以前に信じたくない」

きっぱり善が言い切る。

 

「そうでしょ?コレは他人に教えられるのではなく、自分で理解する物なの。とりあえずは『おめでとう』と言っておくわ、アナタは自分の力で能力を掴み獲ったのよ……長い間ずっと自分の中でくすぶっていたのね……アナタは人間の範疇から一歩、仙人として踏み出したと言えるわね」

そう言ってゆっくりと善を抱き寄せ優しい瞳で頭をなではじめた。

 

「ちょ!?師匠?」

 

「嫌がらないの、私は素直にうれしいのよ?太子様達より後に取った、初めての弟子がもう能力を手に入れた……アナタの師匠として鼻が高いわ……」

 

「おー、良くわからないがおめでとうー」

珍しく師匠、そして芳香が褒めてくれた。

しかしハタと優しさに満ちた視線をやめ、今度は逆に厳しい表情をする。

 

「けど慢心してはいけないわ。仙人は妖怪や死神に狙われる宿命よ、気をしっかり引き締めるのよ?」

 

「ハイ、師匠!!これからもがんばります!!」

優しさと慈愛に満ちた、邪仙と呼ばれる師匠らしくない言葉と表情に善は少しだけ心がくすぐったくなるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて……これからは少し注意の時間ね?」

やはりこの作品!!

良い話で終わらない!!

優しく善を撫でていた手がガシッと善を捕獲する!!

 

「善?あなた、命蓮寺で芳香のお札剥したでしょ?」

凄まじく責めるような視線で師匠がこちらを見抜く!!

 

「えっと……やっぱりダメでした?」

 

「当たり前よ!!突然、知り合いに服を無理やり脱がされるような物よ!?」

 

「ええ!?ソッチなんですか!?死体に戻るとかじゃなくて、ソッチ!?」

予想の斜め上を行く、内容に善が驚きの声を上げる!!

 

「善……私の、札……とったのか?」

裏切られた!!と言いたげな表情で芳香が善を見る!!

その顔に善は思わず良心が痛くなる!!

 

「え、あの、だな?仕方なくと言うか……必要と言うか、少し使ったら返すつもりで……」

おろおろしつつ芳香をなだめようとする!!

 

「うう……善に汚された……もう、お嫁にいけないぞ……」

今にも泣きそうな顔になる芳香!!

 

「よ、嫁!?……え?ナニ?芳香にとって頭のお札ってどういう扱いなの!?」

さらに続く爆弾発言にてんやわんやする!!

 

「かわいそうにね……大丈夫よ……そういうのはカウントしない物よ?悪い犬にでも噛まれたと思って、忘れなさい?」

そう言って師匠が、優しく芳香の肩を抱いた。

 

 

 

「いや……なんで!?お札ってそういう扱いなの!?」

 

「善、責任を取るのが男の甲斐性じゃないかしら?朝の私に働いた狼藉分も含めて…………死んでわびなさい!!」

師匠がまるで汚物を見るような視線を善に送る!!

 

「いやですよ!!」

 

「ほぅら……抵抗してみなさい!!」

師匠の手から無数の光弾が善に向かって放たれた!!

 

「や、止めてください!!師匠!!……うぎゃー!!!」

 




この作品のヒロインって誰だ!?
師匠か!?邪仙なのか!?邪仙がヒロインなのか!?
芳香か!?芳香なのか!?キョンシーがヒロインなのか!?
布都か!?布都なのか!?最近出番が無い子がヒロインなのか!?
すてふぁにぃ!?すてふぁにぃなのか!?本なのにヒロインなのか!?



ヒロインってなんだ……


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悲劇!!目の前の自分!!

皆さんメリークリスマス!!
皆さんの家にサンタは来たかな?
私は、チキンとケーキを食べました。
シャンメリーって特別な感じがして好きです。


俺……じゃなかった、私は詩堂 善(しどう ぜん)

仙人を嫌々……ではない、心から仙人目指して頑張ってます!うん……そう、たぶん。

 

 

 

悲劇と言う物は向こうからやってくる。それは善も例外ではないらしい。

夕暮れに赤く染まる部屋で、とある人物がゆっくり目を覚ます。

 

「夕日だ……いつの間にか昼寝してたみたいだな……」

自身の置かれた状況を整理し始める。

そしてそのままキョロキョロと辺りを見回す。

 

「師匠の家だよな……」

内装的に見て師匠たちと一緒に住んでいる自宅には変わりないが、何か違和感を感じる。

何時も見ているハズの空間に有る確かな違和感。

その正体を掴もうとするがベットに寝たままでは、ついぞ答えは出なかった。

 

「んー?()()()おかしいぞ……また師匠が何や変な薬を俺に投与したのか?」

クスリによる幻覚の副作用など、嫌な予感を感じつつゆっくり立ち上がろうとするが、なぜかうまくいかない!!

まるで体が固まったように殆ど動かす事が出来ない!!

 

「あ、あれ?どうして……うおぉ!?……体が固い……!!なんだコレ?寝違えたってレベルじゃ……んん!?なんだ()()!?()()()()()()()()()()んだ!?」

そして。

善は遂に有ってはならない物を発見してしまった!!

ますます混乱する頭を抱え、自分の置かれた状況を確認するため、もつれる足を必死に動かし洗面所に向かう!

 

「……嘘だろ……」

 

洗面所の鏡に映った自分の姿を見て善が絶句する……!!

いや、この場合『自分の姿』と言うのは語弊がある!!

鏡に映った姿は少年の詩堂 善ではなく……

 

「よ、芳香になってるーー!?」

そう!!師匠の作ったキョンシー、宮古 芳香の姿だった!!

 

 

 

 

 

「なんでなんでなんでなんで!?……ナンデ!?」

動かしにくい身体を何とかしながら、鏡に映る自分(芳香)の姿を様々な方行から見る。

幾ら鏡を見直しても鏡に映るのは間違いなく、自分と一緒に居た芳香の姿!!

 

「なんでこんな事に……って言っても絶対師匠の仕業だよな……」

善の脳裏に浮かぶのはやはり、自分の師匠のにやけた顔。

理解不能、予測不能、傍若無人……

『面白そうだから』と言う理由であの人は何をしても不思議ではない!!

 

その場で、芳香がいつもやっている様に飛び跳ねてみる。

するとやはり鏡の中の芳香も飛び跳ねる……

「うん……間違いなく()()は俺だな……まさか師匠がこんなことをするなんて……っていうか出来る方がすごいぞ……あの人なんでもアリか?邪仙ってマジスゲーのな……」

試しに体を動かしてみたが何の問題も無く稼働する(最も芳香自身関節が上手く動かない為、善自身だいぶ違和感が有るのだが……)

 

ありえない状況下に慣れてきたのか、それともパニックが一週回ってしまったのか。

何れにせよ、善自身も大分落ち着いてきた。

色々と表情やポーズを鏡の前で決めてみる!!

キリリとした表情、布都の様な得意げなドヤ顔、小悪魔の様に誘うような表情、そしてついには媚びるような上目使い。

 

「あはは、なかなか面白いな。いつもの芳香とは違う表情が見れる……さて、次は……」

そう言ってゴクリと唾をのみ、自身の首から下を見下ろす。

そこは自分の身体に違和感が有った時見つけた部分。

男の自分にはなく、何時も憧れていた部位!!

誰しも一度は「自分が巨乳だったら揉み放題だよな~」とか考えた事が有る筈!!

しかし彼(彼女?)は紳士な仙人志望の少年!!自分の身体でもないのに触って良い訳では無い事を分かっている。

欲望に負けない!!それが仙人の第一歩である!!

 

「あ、あれー?なんか急に胸が痒くなってきたなー、いやー俺、紳士だし?勝手に触ったりしないけどー、痒くなったらしょうがないよねー?」

誰かに聞かせるのか、良い訳がましい事を凄まじい棒読みで言いはじめる!!

この仙人!!

欲に弱すぎる!!

しかし!!大きなチャンスが来たときに限って、物事はうまくいかない!!

 

「あ、あれぇ!?胸に……胸に手が届かない……!!クソ!!あと、後少しなのに!!畜生!!芳香め!!柔軟体操サボってたな!?」

関節の関係でどうしても胸まで手が届かない!!

無念!!実に無念である!!……胸だけに。

 

そのあとしばらく自分(芳香)の胸に手を当てようと努力するが、結局うまくいかなかった!!

 

 

 

「あー!!クソ!!もっと柔軟体操手伝っとけば……」

そこまで言ってハタと気が付く。

よくよく考えてみれば自分の魂は此処にあり、芳香の身体は此処にある。

ならば、自分の身体は何処に有るのだろう?

 

普通に考えるなら、自分の身体には芳香が今入ってるハズだ。

それは問題ない、それだけならば……!!

しかし!!

同時に自分の師匠がどうにも気がかり!!

 

「あれ……コレかなりヤバイんじゃ、ない?」

芳香は基本的に、師匠のいう事なら大体聴いてしまう。

それはつまり、今自分の身体が間接的にだが師匠の言いなりになってる事を意味している!!

そこまで、思い至り善の顔が真っ青になる!!

 

あの人は絶対録でもない事をしようとするに違いない!!

善の脳裏に様々な妄想が繰り広げられる!!

 

こうしてはいられない!!そう思うと同時に人里へと、向かった!!

何処に居るかは完全に解らないが、こうなったらシラミつぶししかない!!

 

命蓮寺を通り過ぎ、ひたすら足を人里へと向かわせる!!

人里に付く頃には、すでに夜に成りかかっていた。

不便な足で本屋、八百屋など思いつく場所を探し回る!!

キョンシーの身体のせいか、里に人々が微妙に怖がっている様だがそんな事気にしている暇はない!!

 

「ぜ~ん!!どこだぁ!!」

自分の名前を呼びながら自身の身体を探し回る!!

しかし

幾ら探しても、遂に善を発見する事は無かった。

 

「よし、人里には居ないな……最悪、全裸の俺が踊り狂ってるとか考えたが、そんな事は無かったぜ!!」

最悪のパターンを回避したことを安心しつつも、次の師匠の生きそうな場所を考える。

 

「一回行っただけだけど……神霊廟に行ってみようかな?」

師匠の仲間の布都や、太子が居る場所である。

以前、師匠たちと一緒に行ったのだが、結局布都以外とは出会えなかった。

 

そう言って自身の記憶をたどりながら、神霊廟へとピョンピョン跳んでいく。

最早キョンシーの身体にもずいぶん慣れた物で、最初に比べるとだいぶスピードも上がっている!!

 

人里を抜け出し、夜の闇の中を自分の記憶をもとに神霊廟へと向かっていく。

 

「ぜぇ、ぜぇ……キョンシーでも疲れるんだな……」

愚痴を零しつつも、暗闇をひたすら歩いて行く。

しかし善は忘れていた!!

夜は妖怪の時間。

そんな中を歩いていたら……

 

「ガァグググ~」

 

「うお!?」

突如善の間の前に生物が現れる!!

四足の巨大な体躯に狼の様な顔と牙、そして体の至る所に有る黄色い目。

非常にグロテスクな妖怪が、善の前に立ちふさがった!!

 

「ま、不味いぞ……」

善は僅かだが妖怪と戦った事が有る。

正直言って全く歯が立たなかった記憶が有る。

オマケに今は芳香の身体、逃げるにもうまくいかない事が容易に予想できる!!

 

「がぎゃあああが!!」

妖怪が善に跳びかかる!!

 

「ま、負けるか!!」

必死に身体を捻らせ、タイミングを見て妖怪に手刀を叩き込む!!

 

「ぎゃん!?」

思いのほか威力有り、妖怪が悲鳴を上げる。

コレはキョンシーの身体を使っている、という点が作用しているのだが……

 

「おお!?俺意外と強いのか?修行の成果だな!!」

それにこの弟子は気が付かない!!

そして『勝てる!!』と思った善の行動は早かった!!

 

「おっしゃー!!ぶったおしてやる!!」

調子に乗って、さらに手刀!!手刀!!手刀!!

 

「ぎゃん!!キャンキャン!!!」

連続の攻撃に怯んだ妖怪が逃げていく!!

それを見て善は得意気になる!!

 

「ふっふっふっふ……仙人見習いの実力はどうだ!!」

まるで布都の様にドヤ顔を決める!!

半分以上体のスペックなのだが……

 

しかし!!

善はこの時気が付かないが新たな問題が発生していた!!

それは……

 

「ふっふ……あれ?ここ何処だっけ?」

そう!!妖怪を追い払うのに夢中で、すっかり神霊廟への道を見失ってしまったのだ!!

 

「あ、あれ?ここまじで何処だよぉ!?」

暗闇の中しばらく真っ暗な中を彷徨う事となった……

彷徨い、さ迷い、さ迷い中!!

そして遂に!!

 

「あ、明るくなってきた……」

東の空に昇るのは真っ赤な太陽!!

結局、かなりの時間を彷徨っていた様だ!!

意図せず徹夜してしまった様だ……

 

だが、悪い事ばかりではない。

明るくなった事で助かった事も多い。

周りが見えるようになった為、自分の大体の場所が分かったのだ。

どうやら、神霊廟ではなく命蓮寺の近くに行ってしまった様だ。

 

「はぁ~結局、自分の身体は見つからなかった上に、無断外泊か……怒られるんだろうな~。けど師匠たぶんもう戻ってるだろうし、帰るかな……」

そう言って、トボトボと帰ろうと

命蓮寺の前を通ろうとして……

 

「あ、あれは……」

善は衝撃的な物を発見した!!

 

それは、響子と一緒に寺を掃除する……

 

自 分 自 身 !!

 

「……へぇ~善さんは自分の息で冬を感じるんですね、私は雪が降ったらって考えてます!!」

自分が響子と二人、息が白く染まるのを見つつ掃除をしていた。

その様子に善が愕然とする。

 

(なんで……アレは間違いなく俺だ!?何で?どうして俺があそこに居るんだ……?俺が2人?なんで……なんであそこに俺が居る!?)

 

混乱する善を余所に、向こうの『善』が善(芳香)を見つけた。

「あ、芳香じゃないか!どうした?また会いに来てくれたのか?」

うれしそうに此方にかけてくる自分。

そのしぐさ、話し方、声のイントネーションまでまさしく……

 

「詩堂……善?」

自身の名前を無意識に呼んでしまった。

この瞬間、善は自身の何かが壊れるのを感じた。

 

目の前の人間は間違いなく 『詩堂 善』。

そう、自分が誰よりも知っているハズの人間、自分自身が認めてしまったのだ。

『目の前のコイツが、コイツこそが詩堂 善である』と、ならばここで新たな疑問が浮かんでくる。

『俺は誰だ?』と、自身には確かに今までの『善』としての記憶が有る、生まれた日も家族構成も、自分の趣味もすべて言える。

しかし目の前に『善』が居る、そして『善』はこの世に2人も居ない!!

 

(俺は……誰だ?)

そんな事を思う善を余所に目の前の『善』は尚も楽しそうに話しかえる。

 

「なんでフルネームなんだよ?まあいいや、せっかくだし修行終わったらどこか行かないか?」

屈託のない自身の笑顔、その何処までも()()()な顔は善の心をひどく傷つけた。

 

「あ、ああすまない。やることが有るんだ、じゃ、じゃあな……」

これ以上ここには居たくない!!

そんな感情が渦巻き、最低限の言葉だけを残してその場から走り去った!!

 

 

 

(なんでなんだ!?なんで俺があそこに居た!!俺は師匠が……師匠がいたずらかなんかで芳香と体を交換されたんじゃないのか!?)

気が付くと頬が涙でぬれている……

今まで築いた『自分』と言う物が崩れていくのを感じた……

そして歪んだ心は(イビツ)な答えを出す。

 

 

 

「『アレ』を殺そう……『アレ』が居る限り俺は『善』に成れない……アイツを消せば……一人残った俺は『善』に成れる!!」

自分以上の『自分』を殺すという決意!!

それはどう考えても破綻し尽くした理論であり、たとえ相手を殺したとしても自身の望む結果は決して手に入らない考え!!

しかし今の『ゼン』にそんな事を考える余裕は無かった。

燃えるような焦燥感だけがその身体を支配していた。

 

そう考えると体の動きは早かった。

暗殺の為にタイミングを見計らい、命蓮寺に忍び込んだ。

離れの近くに有る、茂みから『善』の様子を伺おうとする。

狙い目は、『善』が一人で中庭に出てきた時。

コチラは芳香の身体だ、多少の痛みも傷も関係ない、無理やり組み伏せて殺してしまえばいい。

幸いこの身体の性能は、昨日の夜すでに妖怪で実験済みだ。

心の中で殺意を尖らせつつ、ジッと気配を殺してその時を待ち続ける。

半日ずっと待ち遂に、絶好のチャンスが訪れる!!

 

何も考えていない様な『善』がふらふらと離れの前にやってきた!!

周りを見回すが誰も居ない!!相手は完全に油断しこちらを背にしている。

暗殺にはもってこいの状況!!

心の中で『ゼン』はほくそ笑む。

 

(貰ったぞ!!これで、これで『善』は俺の物だ!!)

草影から飛びだし、相手の首を狙おうとするが……

 

殺意とは裏腹に体が急停止する!!

どうしても身体がいう事を聞かない!!

どれだけ殺意を込めようとも、どれだけ自分になる事を求めようとも、体がそれを拒否したように固まってしまっている!!

 

(なんで!?なんで動かない!!今がチャンスなんだ!!アイツの持ってる俺を奪いかえさなくちゃならないんだ……!!)

ひたすら身体を動かそうとしても無意味だった。

そして遂に『善』がゆっくりと離れの中に入って行ってしまった。

 

コレは『善』の暗殺が困難になった事を意味していた。

それを見送ったゼンはゆっくりその場で立ち上がる……

ゆっくりと歩き、命蓮寺の外に出る。

寒さを感じない身体で、命蓮寺の外の通りを歩く。

 

「なんで……邪魔した?……何時から気が付いてた?……」

一人でぼそりとつぶやく。

ハタから見たら意味を感じる事の出来ない行為。

しかしこの行為にはしっかりと、意味が有った。

その証拠に返事がちゃんと帰って来た。

 

(善を殺しちゃダメだ)

ゼンの内側に響く紛れもない芳香の声。

師匠の住居に向かって歩きながら、ぼそぼそと自分の中で会話をする。

 

「俺は、俺に成りたかったんだよ」

 

(本当は分かってるんだろ?)

批判じみた芳香の声。

それに対し悔しそうにゼンが言葉を紡ぐ。

 

「そうだな……俺は善じゃない……たぶん善の記憶を持ってるだけだ……偽物だ……善じゃない」

自分に言い聞かせるように『善じゃない』と繰り返す。

暫くして師匠の住居にたどり着く。

 

「お帰りなさい……」

何時になく真剣な表情で師匠が出迎える。

 

「善に会ってきました……師匠、私はダレなんですか……?」

その疑問に何かを察したように師匠が自身の顔を押さえる。

 

「ごめんなさい……アナタを傷付ける気はなかったの、アナタは善のコピーよ。

命蓮寺の記憶はどこまで有るの?」

その言葉を受け自身の記憶を探ろうとするが、ノイズの様な物が掛かりうまくおもいだせない。

いや、正確にはノイズではなく。

自分自身が思い出してはならないと、暗に理解しているのだ。

思い出しては元に戻れないと、体が拒否しているのだ!!

しかし、身体に鞭打ち記憶の底に有った物を無理やり引きずり出す!!

 

「……布都様が、俺の上に落ちてきた所です」

記憶にノイズがかかるが気にせず、思い出した。

 

「そうね、その後善は大けがを負ったわ。私が善を治療したのだけれど……頭のダメージを軽くするために、術を使ったの……脳自体を保存する術よ……」

ぽつぽつとゼンの知りえない情報を話し始める。

 

「私がコピーされたんですね……」

 

「ええ、コピーかどうかはまだ解らなかったけど……何かが違う事は分かってた、それを調べるために芳香に使ったのだけど……」

師匠がそこまで言った事により、ゼンの中の全ての謎が繋がった。

 

「そうですか……私はやっぱり偽物……」

さみしそうにつぶやくゼンを、師匠が珍しくフォローしようとする。

 

「アナタが望むなら、アナタ用の身体を――」

 

「結構です。詩堂 善はたった一人で十分です。私はこのまま消えます、この身体は芳香の物だ……勝手に使ってすいませんでした」

そう言って頭を下げる。

その姿には何かから解放されたような、潔さを感じた。

 

「消えてしまっていいの?」

尚も師匠がゼンに確認をする。

しかしゼンの心は揺るがない。

 

「言った筈です、詩堂 善は一人で良いって。この身体も芳香の物、私はここに居てはならない存在なんです、さっき理解しました……」

 

「さっき?」

 

「芳香が私の中で言ったんです、『善を殺すな』って。善は芳香からこんなにも思われてるんだって……その時私は思いました、芳香も善もどっちも消せないって……だからここは……ここは偽物の私が消えます……!!」

 

「アナタ……」

遂に師匠までもが涙を流し始める。

しかしそんな涙をゼンは優しくぬぐう。

 

「泣かないでください、善はまだいます。私の代わりに善を立派にしてやってください、それが、それが()()()()()()()()私からの最期の願いです……」

 

「任せておきなさい……私の愛弟子ですもの……きっと歴史に名を未来永劫残すまでにして見せるわ……だから……」

 

「最後は笑って消してください……」

 

「ええ、ええ。それじゃあ、オヤスミ……」

 

「おやすみなさい、師匠……」

芳香の額の札に師匠の指先が触れ、火花が小さく散る。

 

 

 

 

 

「あれー?どうしてここにいるんだ?」

芳香が不思議そうな顔をする。

キョロキョロと辺りを見回し、師匠の姿に気が付く。

 

「泣いてるのかー?」

そう言って顔を覗きこんだ芳香に目には……

 

「アナタも泣いてるじゃない?」

 

「あれー?なんでだー?」

再び不思議そうな顔をする。

 

「なんでか知らないが善、に会いたくなったなー」

 

「あら、芳香も?明日で帰ってくるから、一緒に迎えに行きましょう?」

 

「解ったー」

涙の跡が残る二人は、それを忘れさる様に笑った。

もうすぐ、夕焼けが沈むだろう……




今回の話は少しわかりにくいので補足。

コレは善がまだ命蓮寺で修行していた時の時系列です。
具体的にはゼンと善が会話をした時が、マミゾウさんの来る寸前です。

ややこしくてスイマセン。


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罵詈雑言の嵐!!夜雀の屋台!!

皆さんあけましておめでとうございます。
今年も、善君をよろしくお願いします。


灯りの無い暗い夜道に、一つの提灯がともっている屋台が有る。

屋台からは芳ばしいしい香りと、美しい歌が流れてくる……

この屋台は夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライの八目鰻の屋台である。

今宵も彼女の歌と料理に誘われた客人が……

 

や っ て く る 

 

妖怪ミスティア・ローレライは思う。

生きとし生ける物は皆、さまざまな生を歩んでいると。

当たり前だと多くの者は言うだろう、しかし知識と実際に体験した物でほ大きく本質が異なるのだ。

屋台の女将をしている時、彼女は商人であり同時に。客の人生と言うストーリーの一遍の目撃者でもあるのだ。

 

「♪~♪♪~♪」

鼻歌を歌いながら、仕込みのおでんの具合を見る。

最早冬と言っても過言ではないこの時期、熱燗とおでんは本命の八目鰻よりも売れ筋になる事が多々ある。

おでんに視界を落としていた時、暖簾を誰かがくぐる音がした。

「いらっしゃいませ!!」

瞬時に笑顔を作り、3人の客人を迎え入れる。

さぁて、今宵はどの様なドラマが見られるのか……

 

 

 

 

 

「おお!!ここじゃ!!この前偶然見つけて以来、ずっと来たかったのだ!!店主殿失礼するぞ?」

「すみませんね、椛さん急に誘ってしまいまして……」

「いいえ、かまいませんよ。丁度明日は哨戒の仕事のシフトも休みですし」

入って来たのは三人組の男女。

店に人が入って来たと同時に、ミスティアは客の観察を始める。

 

最初に入って来た烏帽子に白い着物に白髪の小柄な少女は、街中で数度見た事が有る……名前は、そうだ。確か布都とか言ったか?

もう一人の白髪は残念だが見た事が無い、しかしその特徴的な見た目と『哨戒の仕事』と言う単語で有る程度予測は可能だ。

おそらく妖怪の山の白狼天狗だろう。

しかし問題は三人目の少年。

コレ、と言って特徴的な容姿はしていないが、気の弱そうな瞳と中華風の黒い上着を着ている。

確か墓場に居たキョンシーが、コレと似たようなデザインの服を着ていたか?

最もこちらの方は細部が異なり若干ではあるが、道士風と呼べる恰好となっている。

何の妖怪だろうか?

そう考えてる間にも三人は屋台に腰を下ろした。

 

 

 

「うーむ、八目鰻か……しかし冷えるからな。店主殿、おでんをお願いするぞ」

布都が、チラリとおでんの鍋を見ると同時に指を立てて注文する。

 

「あの、具を――」

「布都様、おでんはアレが丸ごと来るわけではありませんよ?何が食べたいか具で注文するのです」

真ん中に座っていた道士風の妖怪がミスティアの言葉を遮り、そう教えた。

その言葉に布都が『そうだったのか!!』と驚くような表情になる。

 

「も、もちろん知っておるぞ?我が知らぬハズ無いであろ?い、今のはお主に華を持たせたのだ!!」

凄まじく動揺しながら、明らか過ぎる嘘をつく。

周りの者達はもう慣れたのか、気にする様子は無い。

 

三人は手早く、大根とこんにゃく、たまご、牛筋を注文した。

もともと作り置きできる品物だ、すぐに提供することが出来た。

 

「それにしても、急に来るなんて驚きましたよ?私が見つけたから良かったものの、場合によっては大変なんですからね?」

白狼天狗が思い出したように二人に話す、その口には牛筋が咥えられている。

 

「しょうがないんですよ、布都様が『以前里で聞いた屋台へ参るぞ!!』って急に来て付いて来いって言って付いていったら――」

「いつの間にか妖怪の山に?」

訝しむような口調で白狼天狗が話す。

「わ、我の風水の結果ではそっちの――」

「「風水で店を探すな!!(さないでください!!)」」

妖怪二人が同時にツッコむ!!

責められたためか、布都がビクリとして涙ぐむ。

 

「わ、我は、我は自身の信じる物に従ったのみだ!!」

吐き捨てるように話すと、やけ気味に目の前の大根を口に含む!!

「あ、それは――」

道士風の服装をした妖怪が止めようとするが、すでに遅かった。

「か、辛いではないか!!」

大根にはたっぷりとからしが塗られていた、どうやら布都は気が付かずに大量に食べてしまったらしい。

 

「か、辛いぞ!!善!!どうにかしてくれ!!」

あたふたと慌てだし、目の前の水をがぶ飲みしている。

どうやらこの道士風の妖怪『善』と言う名前らしい。

 

「あーもう!!ほら、私のおでんの出汁飲んでください!!水は薄まるだけで辛さは消えませんから……なるべく味の濃い物を……椛さん、その味噌の着いた牛筋貰っていいですか?」

「わ、解りました」

そう言って白狼天狗が、味噌味の牛筋を渡す。

 

「ほら、布都様。よーく味わって食べてください?慌てないでくださいよ?」

そう言って、筋を布都に食べさせる善。

こうしてみると、白狼天狗と布都の髪の色が同じ白で有る事から、一見して親子の様にも見える。

実際は年齢など見た目からは想像不可能なのだが……

ミスティアはそう自重気味に思った。

 

「ふぅ……危機は脱した様だな……」

暫くして辛さが消えたのか、布都は再び大人しくなった。

そしてなぜかドヤ顔でうなずく。

 

「いや、完全に布都様のミスですよ。もっと落ち着いた行動をとるようにしてくださいね?」

善が諭すように話す。

相手を怒らせない様にと言う心使いは有るが、やはり注意された側は面白くない様だ。

「ふ、ふん!!わかっておるわ!!そんな事より聞いたぞ?お主、能力が目覚めたらしいではないか?」

「え!?善さん本当ですか?」

話題をそらすように言った言葉に対し、椛が思いのほか強く反応する。

「え、ええ……一応能力……なんですけど……」

「ん?何か問題が有るのか?」

気不味そうに話す善に対し布都が詰め寄る。

 

そして善が気まずそうに話し出す。

「『抵抗する程度の能力』なんですけど……『抵抗』って大したレベルじゃないんですよ……さっきの布都様みたいにからしの辛さに抵抗したとして――」

「辛さが全くなくなるのか!?」

目をキラキラさせながら布都が話すが……

「将来的には……そうなるの……かな?全く使いこなせて無いんですよ現時点で、たまに少しは役に立つかな?レベルなんですけど、通常は焼け石に水レベル……」

「なーんじゃ、ほぼ無能力ではないか。つまらん!!」

消えそうな声で話す善に対し、布都が全く相手の事を考えない物言いをする!!

 

「なんでそんな事言うんですか!?気にしてるんですよ!?」

善が目を潤ませながら立ち上がる!!

「無能を無能と言って何が悪い!!」

フフンと言ったドヤ顔で善をなじる。

「うるせぇ!!俺をなじりたけりゃもっと胸盛ってから来いや!!まだあの浮いてた幽霊の方がサイズ有ったわ!!」

 

突然、善の態度が豹変する!!

自然な感じからして今まで猫をかぶっていたと考える方が自然か?

なんにせよ店での争い事は困る、ミスティアは心の中で舌打ちした。

 

「お主……言ってはならぬ事を……!!何か有るたびに乳!!乳!!とばかり言いおって!!そんなに乳が好きか!!この変態め!!」

同じくキレた布都が立ち上がる!!

「大好きさ!!男がスケベで何が悪い!!俺達は哺()類なんだよ!!生きるのに必須アイテムなんだよ!!」

 

善と布都が同時に机を叩いて立ち上がる!!

「ひッ!?」

危険を感じたミスティアは思わずその場でしゃがみこむ!!

 

「二人とも、いい加減にしてください!!」

更に善の隣に座っていた椛が一喝する。

「ここは飲み屋です。厄介事は後にして愚痴を吐きながら飲む所ですよ!?」

椛からあふれ出す社会の歯車オーラ!!

その負のオーラに善と布都が怯む!!

 

「あ、す、済まぬ事をした……椛殿許されよ……」

「椛さん……すいませんでした!!」

布都と善が同時に謝る。

「まったく、さあ、飲みなおしますよ?」

そう言って三人は再び飲み始める。

 

 

 

 

 

酒も進み、食事も進み……

「ぜん~んはぁ、最近修行はぁ、どうなのだぁ?うひひひ……」

「おお!?いいますねぇ~毎日師匠にいじられてますよぉ?絶対あの人、俺で遊んでますぅ~」

「ウチの上司の天狗が五月蠅すぎなんですよぉ!?毎日毎日ぃ……目の前でから揚げ食ってやろうか!!なぁ~んて!!」

「「「わははははっはは!!」」」

見事に出来上がった酔っ払い三人組!!

最早会話がかみ合わなくなり始めている!!

 

「からし付けておでんたべちゃう~?」

そう言って善が布都の前に大根を差だし……

「いやーじゃー!!辛いのはもうくわーん!!ワンワン!!ははは!!」

布都が怪しげなテンションで受け答えして……

「ワンワン、わんわお!!犬じゃないって毎回言ってるでしょう!?」

椛が提灯に説教を始める!!

 

そろそろ潮時か……

ミスティアは内心ほくそんで言葉をかける。

「あの~、そろそろお代を……」

あくまで申し訳なさそうに、しかし確固たる意志を持って伝票を三人の前に差し出す。

 

「え!?」「なんと!?」「えええ!?」

三者三様のリアクション。

しかし見るのは同じ伝票の数字だ。

「ゼロが、いち、にい、さん、よん、ご……た、たくさん!?」

最初に言葉を発したのは善だった。

 

「さ、作戦会議じゃ!!」

布都が手を上げ、二人が布都の周りに集合する。

 

これこそミスティアの作戦!!酔わせて高い酒などを飲ませる常套手段!!

本来は相手を見て行うのだが、今回は布都が居る。

街中で見かけた時かなり羽振りが良さそうで、尚且つ頭が弱そうなので前々からターゲットにしていた。

更にもう一人は、集団行動を得意とする白狼天狗本人は大した、財は無いだろうが他の天狗から借りさせる事ができる。

何れもカモと呼べるタイプの客だ。

 

 

 

「どうします?さすがにそんな大金……」

「我が神霊廟に帰って持ってこようか?」

善と布都が不安そうに相談するが……

「三人で跳びかかって、踏み倒しましょうか?」

横から椛の容赦ない一言が入る!!

その眼は完全に座っていて、何時でも実行可能であると物語っている!!

「椛さん!?酒が入ると危険な人ですか!?」

「これ、明らかにぼったくりです……本気にしてはダメです。殺りましょう」

椛の心が凄まじく荒んでいる!!

「し、仕方ない……三人で処分する……善、キョンシー用の札は有るか?」

「師匠が、護身用に……身体への反動が有って5分以上は使えませんが……」

ズボンのポケットから、札を取り出す善。

 

一斉に跳びかかろうとするとき、横から声が掛かった。

 

「おう!!今夜はずいぶん混んでおるな?」

聴き覚えのある声に、善は顔を向けた。

そこに居たのは……

「バァちゃん!?」

善の知り合いのマミゾウだった。

 

「おお、善坊。両手に華か?くくく、そろそろ色を知る年頃だと思ったが、どうやら儂の予想の遥か上を行っておった様じゃな?」

そう言って楽しそうにノドを鳴らす。

指先に持ったキセルから煙が立ち上る。

 

「バァちゃん頼みが有るんだけど、お金貸してくれない?少し持ち分が足りなくて……」

申し訳なさそうに、頼む善から伝票を取り上げペラペラとめくる。

 

「ふむふむ、ずいぶん飲んだ様じゃの?たっかい酒ばかり飲みおって……しょうがないの。今回は儂のおごりじゃ、お主ら次からは気を付けるんじゃぞ?」

そう言って、懐からゴツイ財布を取り出すと札束を屋台のテーブルに置く。

 

「これで足りるハズじゃ、こいつ等は返していいかの?」

マミゾウの答えにうなずいたミスティアを見て、布都と椛は安堵した表情で帰っていく。

善も同じく帰ろうとするが……

「おっと。待て、善坊。お主はもう少し儂に付き合ってもらうぞ?折角の再会じゃ、お主の周りの事を良く聞かせてくれ」

そう言ってマミゾウに引きとめられる。

 

「わかったよ、バァちゃん。布都様、椛さん先帰っててもらっていいですか?もう少しバァちゃんに付き合いたいから……」

「構わんぞ?」

「では先に帰ってますね」

善の言葉に二人が、かえっていった。

 

 

 

ミスティアは驚愕していた。

目の前の、妖怪は知っている。

化けタヌキの親分 マミゾウだ。

外の世界では神として崇められたり、妖怪たちの大ボスとなっていたりする大妖怪だ。

悔しいが圧倒的にミスティアより上位の存在である。

しかし

そんな大妖怪に孫が居るとは知らなかった!!

 

普通の人間とは明らかに違うのは分かっていたが、まさか大妖怪の孫だったとは思いも依らなかった。

そう考えると色々と心配になる、ぼったくりしたのもばれしこの後何をされるか解らない!!

不安はさらに不安を呼び、ミスティアを恐怖に染め上げた!!

(恐怖……?そう言えば聞いた事が有る……!!里の噂で危険な人物がいるとそうだ、魂を取り込んで邪仙と共謀している男が居ると……!!二つ名は確か……7邪王(イビルキング)!!コイツがそうなの!?)

三人の中でもっと弱いと信じていた存在が、この時一瞬にして未知なる怪物に見えてきた!!

(わ、私は今……一体何と対面してるの!?)

*普通の人間です。

恐怖に縛られたミスティアは、歌う事もやめ。

ただ、目の前の存在の怒りを買わない様に務める事にした。

 

 

 

「そう言えば、バァちゃん。本当に出してもらって良かったの?」

不安げに善がマミゾウに話す。

それを見て、マミゾウが一瞬考え込んだ。

「確かにタダとはいかんな、金の代わりは体で払ってもらおうかの?今度ウチの寺にきんさい、いろいろと仕事してもらうかの」

「まぁ、それくらいなら……」

善が了承した時後ろから声がかかる。

 

「ぜーん!!おお、ここにいたのかー、探したんだぞー?」

芳香が善後ろから現れた。

芳香を見てマミゾウが目を丸くする。

「おお、おお。天狗の嬢ちゃんに戸解仙の嬢ちゃん、そんでキョンシーまでおるんか。善の守備範囲は広いのぉ?こやつも隅に置けんわい」

下世話な表情で肘で善を突く。

 

「バァちゃん、みんなただの友達だって。そんなんじゃないからさ」

「どうかの~?」

尚もニヤニヤと笑う。

 

 

 

「それじゃあ、迎えが来たから帰るよ。ありがとね」

席から立ち上がると同時に少しふらつく善。

「気にせんでええ、酔っとる様じゃな?ほれ」

マミゾウが指を鳴らすと、善がタヌキに変化する。

 

「嬢ちゃん、善坊を頼むぞ?」

そう言って善(タヌキ)を芳香の手に持たせる。

「おおー?善がタヌキに成ったぞー?」

不思議そうな眼で芳香は善を抱きながら夜の闇に消えて行った。

 

 

 

「はぁ~ついこの前まで、あんなに小さかったのにの……時間は経つのが早いわい。しかし今更になった再会とは、なんと難儀な因果じゃ、善坊よ……」

小さく独り言を漏らす、マミゾウ。

その言葉はミスティアには伝わらなかった。

 

 

 

「ううー、お腹すいたぞー」

ピョンピョンと芳香が善を手に持ち、空腹で森を歩いて行く。

ゆらりと目の前でタヌキの尻尾が揺れる。

ピョンピョンピョン、ユラユラユラ、ピョンピョン、ユラユラ、ピョン、ユラ……

 

ガブリッ!!

 

「キューンン!!??!」

タヌキの悲鳴が夜の森に広がった。

 

「あ、食べちゃった……善すまん!!」

正気に戻った芳香が謝った。

 




八目鰻って正確には鰻とかなり違う動物らしい……
味も全然似てないらしい……



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駆逐せよ!!年末掃討指令!!

ある意味今回から、第2部的な物です。
人から少し離脱した的な意味で、特に何も変わらないんだがな!!


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

遂に雪の舞うようになった年の瀬……

寒さに耐えながら、自分の布団から起き上がる。

 

「うーん……寒いわ……」

横で寝ていた師匠が、布団を引き寄せる。

しかしそんな師匠を無視し、床で寝ているハズの芳香を手探りで探し起こす。

 

「芳香、オイ、芳香起きろ!!」

 

「うーん?善がタヌキじゃないぞー?」

揺り起こした芳香が寝ぼけているのか、訳の分からない言葉をつぶやく。

 

「一体何の事だ?とにかく今日も、朝飯の準備手伝ってくれよ。流石に俺一人じゃ大変だからたのむぞ?」

 

「おー、解ったぞー」

そう言って立ち上がって、二人は日課のランニングとストレッチの為に出かけた。

 

 

 

今日はまだ大晦日ではないが、その日も近い。

大掃除や来年の準備など早めにしておきたい。

今日すべき事を考えながら、善は芳香と共に墓を走りぬけた。

 

 

 

ランニング、ストレッチ、朝食の準備とやることがひとしきり終わった頃、師匠がゆっくり姿を現す。

 

「ふぅ~わ……善、芳香おはよう……二人とも早起きね……」

何時のも様に気ダル気な様子で、寝乱れた姿のまま歩いて来る。

そして善を視界に収め一言つぶやいた。

 

「あら?善がタヌキじゃないわ」

 

「あの……一体何の事ですか?芳香も似たような事言ってたんですけど……」

遂に気になり、師匠に尋ねてみる。

正直タヌキと呼ばれる心辺りは存在しない。

 

「すっかり忘れてるのね?アナタ昨日帰って来た時、タヌキの恰好してたのよ、思わず笑っちゃったわ」

その場でプププと笑い出す。

 

「うーん?」

昨日の事を思いだそうとする。

 

(確か布都様、椛さんと一緒にに屋台に行って……そうだ!!あの後バァちゃんに会ったんだ!!)

その後の記憶が一気にフラッシュバックする!!

そして遂に!!

 

「……オイ、芳香……お前俺の尻噛んだろ?」

芳香に対してギギギと首を動かし追及を始める。

 

「し、知らないなー?何の事だー?」

 

「とぼけるんじゃない!!なーんか朝から尻が痛いと思ったら、お前の仕業か!!」

明らかに、誤魔化す!!しかし善は追及を諦めない!!

 

「絶対噛んだだろ!?俺を食うんじゃない!!」

 

「うーん?なんだか忘れてきたー」

尚も誤魔化そうとする芳香に、善がキレそうになった時のんびりした師匠の声が響いた。

 

「ぜ~ん。これ、ちょっと味濃いんじゃない?あとごはん、おかわり」

 

「なんでアンタしれっと食ってるんですか!?今それどころ――」

 

「アナタを芳香のごはんにしてあげてもいいのよ?」

 

「すぐに付けてきます!!」

一瞬だが感じた師匠の殺気に、その場で姿勢を正しお茶碗を受け取り米を付けに台所へ走る!!

師匠に勝てる気はしない!!

 

 

 

カチャ、カチャと食器の音がちゃぶ台の上で響く。

「師匠、今日は大掃除しませんか?流石にコレは散らかり過ぎですよ?……ホイ、たまご」

 

「おー!!うまいぞー」

芳香におかずのたまご焼きを食べさせながら、善が師匠に提案する。

その言葉通り、三人の周りは酷い有り様だった。

服、道具、ゴミなどが散乱し足の踏み場もない惨状になっている。

実際師匠の部屋はもっとひどいらしく、寝る場所を失った師匠は善のベットを占領しそこで寝起きしている。

 

「あら?この部屋善の趣味じゃないの?女性のだらしない一面に激しい劣情を――」

 

「催しません!!なんですか!?その特殊な性癖!!私の好みは知的でミステリアスな感じの年上の人です!!」

 

「まぁ。それって遠まわしに私の事好きって言ってるの?困るわぁー、でも私には夫が……けどそろそろ新しい幸せを掴んでも……ああん!!にゃんにゃん悩んじゃう!!」

善の言葉に師匠がその場でくねくねと体をくねらす。

 

「善、何も言わなくて良いのかー?」

芳香がやけに冷めた目で師匠を見るが、善も同じく冷めた目で優しく言い返した。

 

「師匠?師匠は知的でミステリアスと言うよりも、狡猾で腹黒い悪女――」

そこまで言って善は口をつぐんだ!!

何故なら師匠が胸の間から、札を取り出したからだ!!

 

善はこれまでの()()()()()()()()()!!これ以上言ったら容赦なくキョンシーにされる!!あの札は身体強化の為に使う札とは明らかに纏うオーラが違う!!

 

「い、いやー。遂に言っちゃいましたねー……実は私師匠みたいな知的でミステリアスな女性が大好きなんですよー、あは、あははは……」

善の口から乾いた笑いが漏れる……

 

「まぁ~うれしいわ。私もまだまだ捨てたもんじゃないわね」

楽しそうに微笑む師匠!!それに対し……

 

「チッ……チキンが……」

ボソリと芳香が凄まじい悪態を付いた様だが気にしない!!気にしてはいけない!!

キャラがブレるレベルでの悪態だが気にしてはいけない!!

 

 

 

 

 

そんなこんなで、食事の後は大掃除となった。

 

「師匠ーこの本って捨てて良いヤツですかー?」

足元にあるボロボロになった本を師匠に見せる。

 

「ああ、人体解剖論ね。それは思ったより普通の事しか書いてなかったから、捨てて良いわよ。けど、それとよく似た表紙の精神掌握論は捨てないで、取っておいて頂戴」

 

「解りました~」

 

先ほども言ったように、部屋の中は完全にゴミがミックスされている。

そのため、必要な物か不要な物かは全て手作業で分けなくてはいけない!!

正直言って非常にめんどくさい……

 

「ああ、そうそう。善、アッチの炬燵の方には私の、掛け軸前には芳香のと言った具合それぞれ、使用斉の下着が埋まってるわよ?」

 

「ぶぶぅ!!なんで今その情報言ったんですか!?要りますか?その情報!?」

要らない本をまとめていた善が、師匠の突然の言葉に噴き出す!!

 

「だって善の事だから、『グへへ!!師匠と芳香の使用済み下着を食べてやるヌッツオ!!』とか考えて居るんでしょ?箪笥を開けて新品を食べられるのは困るのよ」

 

「食べませんよ!!なんでナチュラルに俺がパンツ食べる人種になってるんですか!?あと、『ヌッツオ』ってなんですか!!語尾?一度も使った事ないですよ!!そんな語尾!!俺師匠の中ではどんなイメージなんですか!?」

あまりに酷い師匠の言葉!!善は突っ込みのしすぎで息が上がり始めている!!

 

「あら、興奮して息が荒くなってるのね」

 

「酸素が足らないだけです!!全く師匠は――」

そう言うとブツクサと文句を言いながら。善は作業に戻っていた。

 

 

 

 

 

師匠は思う。

 

善が来てから、毎日が大分楽しく成ったわ~。

弟子と言う物は太子様達以来ね。

 

そう思い自身の過去に取った弟子たちを思い出す。

 

豊聡耳 神子、物部 布都そして蘇我 屠自古。

三人とも1000年以上前の弟子だ、自らの術を教え戸解仙となった(なろうとした)者達。

自分は強者が好きだ。だからこそ、三人に取り入った。

狡猾な者、カリスマが有る物、多くの術を操る者、歴史に名を残すであろう絶対の存在。それこそが自分の愛するモノだ。

三者とも出会った時すでに、生まれ、学力、環境、育ち等……様々な意味で()()()()()()()()

だからこそ自分の術を教えた。

 

 

 

しかし自分の新たな弟子はどうだろう?

チラリと視線を善に向ける。

 

「あーあーあー。埃塗れじゃないか……ホラ、払ってやるからコッチ来い」

 

「解ったぞー」

 

自身の作ったキョンシーと仲良く会話する姿はどう考えても太子様達には遠く及ばない、全ての能力が彼女らを大きく下回っている。

芳香に侵入者として、排除された姿を最初に見た時は興味さえ湧かなかった。

逆に気まぐれで逃がした時の、みじめな逃げ様は憐みすら覚えた。

 

次に会ったのはそれからおよそ一月後……

何を思ったのか再び、私達の居場所に侵入してきた。

今、思い返すと死ぬのが目的だったのでは?とさえ思ってしまう。

芳香にやられボロボロの姿で、自分の前に連れてこられた男……

 

何時もなら、芳香のごはんか臓器などのスペアにするハズだった。

それなのになぜ?なぜあの時善を弟子に成らないかと誘ったのだろう?

 

それはきっと彼の心の中に()()()()()と気付いたから……

私はその()()に太子様達と同様かそれ以上の力を見た。

聖人をも弟子にした私の、新たな不出来な弟子……

アナタ()は私に何を見せてくれるのかしら?

なんだかとても楽しみね。

 

 

 

 

 

芳香の身体に付いた埃を取り、気が付くと師匠がこちらを見て笑っていた。

その姿に善は嫌な汗が全身に湧いた!!

 

「あの?師匠?なんでニヤニヤしてるんですか……?」

 

「善で遊ぶのは楽しいなーって思ってたのよ?」

微笑みながらそう話す師匠!!

その様子は、まるで新しいおもちゃを貰った子供に様だが内容が明らかに違う!!

 

「私『で』ってなんですか!!『で』って!!普通『と』でしょ!?」

 

「私も善で遊ぶのが好きだぞー」

横から芳香が楽しそうに話す。

 

「だ・か・ら!!なんで『で』なんですか!!」

遂に善が涙を流しながら崩れ落ちる!!

 

「まぁまぁ、そのうち良い事有るぞ?」

その善を芳香がなでる!!

関節の関係でチョップするみたいになってるのはナイショだ!!

 

「ああ、本当に楽しいわ~。善?来年も私達に楽しい物をたくさん見せてね?」

そういってその言葉通り本当に楽しそうに笑う師匠。

その笑顔に、遂に善の心が折れる!!

 

「私をおもちゃにするのは止めてください!!師匠!!」

 

「あら?それがアナタの存在価値でしょ?」

 

 

 

 

 

余談

 

命蓮寺も同じく大掃除の真っ最中だった。

「な、ナズーリン?私も何か手伝う事は――」

 

「御主人はジッとしててくれ、宝塔が無くなる方がずっと困るんだ」

手持ち無沙汰な星がナズーリンに手伝う事を提案するがバッサリ断られてしまう。

 

「仕方無いですね、大人しく縁側に――キャッ!!」

シュバババ!!

 

「しまった!!」

畳の隙間に足を取られ転んでしまった!!

それだけなら良かったが……

間違って宝塔のレーザーを誤射してしまった!!

張り替えたばかりの障子が一瞬にして炭になってる!!

しかもその方角には村紗が池を掃除していたハズ!!

 

「ああ……村紗!!大丈夫ですか!?」

心配のあまり裸足で庭の池まで走る!!

 

「ああ、私は大丈夫だよ」

池に船を浮かべていた村紗は無事の様だった。

 

「ああ、良かった……本当に心ぱ――」

そこまで言って、池から出てきた濡れた手に星の足首が掴まれる!!

そしてぬるりと水をしたたらせ、池から謎の妖怪が姿を現す!!

人の様なシルエット、しかしその眼に宿るのは修羅の眼光!!

毘沙門天の代理の星すら怯ませる謎の妖怪が、池から姿を現した!!

 

「許さん……ぞ……」

 

「ヒッ……ひぃぃ!!」

その妖怪は怨嗟の声を上げながら、ゆっくり池から出ようとする。

その時!!住職の聖が星の悲鳴を聞きつけ現れた!!

 

「そこまでです!!この寺は妖怪と人の架け橋!!その象徴たる星を襲おうとは迷惑千万!!問答無用で、いざ!!南無三!!」

 

「へぶぅ!?」

魔法により強化された拳で妖怪を殴り付ける!!

そしてあっけなく妖怪は池に沈んでいった。

 

「星、村紗、大丈夫ですか?怪我は……」

 

「あ、あのさ。聖、安心してるトコ悪いんだけどさ……()()善だよ?マミゾウが手伝いに来させてた」

 

「「え?」」

同時に、善がプッカァ……と池から浮かんでくる。

背中にはレーザーの焼け焦げ、顔面には殴られて腫れた頬。

間違いなくこっちが被害者!!

 

「ああ……大変!!村紗!!早く!!早く引き上げて!!」

 

結局、命蓮寺でもひと悶着。

 

 




なんだかんだ言って個人的に欲しくなるアイテムの上位の宝塔。
人里に向かって『薙ぎ払え!!』とかやってみたい……
すっげー怒られそうだけど……

他にもレーヴァティン&グングニルの二刀(槍?)流も憧れる……
すっげー怒られそうだけど……


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さ迷え!!次なる舞台!!

今回は少し、危険なシーンが有ります。
ヤバイ!!と思ったら引き返しましょう。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

年の瀬も迫ったある日の午後、善たち一行は妖怪の山をのぼっていた。

この山登り、何時ものように無許可で侵入した物でなく珍しくしっかり目的を

告げた上での登山だった。

 

「ふぅ……山登りなんて久しぶりね、けどいい運動になるわ」

こめかみに浮かんだ汗を拭きとりながら師匠が楽しそうに笑う。

 

「前に来たことが有る気がするぞ?何時だっけ?」

「……二人で密漁しに来た時だよ……」

記憶の一部が欠損した芳香に善がふてくされながら答える。

その様子には露骨に嫌そうな感情が籠っていた。

 

「あら?何が不満なの?折角あなたの為を思ってやってるのよ?」

「この状況全てですよ!!」

そう言って()()()()()()()善を師匠が見下ろす。

善の今の姿を、わかりやすく説明しようとすると『メタル簀巻き』!!

身体を鎖でぐるぐるに縛られ師匠に引っ張られている!!

なぜこんな事になったか!?

それは今朝に遡る……

 

 

 

 

 

「さぁ、今日の勉強を始めるわよ~?」

何処から持って来たのか、眼鏡を装備した師匠(見た目から入るタイプ)が頭の鑿で同じく何処かから用意したホワイトボードを指さす。

 

「は~い師匠……」

「おー授業だな!!」

善と芳香が机に座って、授業?を受ける。

 

「私達仙人は、外界のエネルギーを体内に溜めさらに練る事で自分の力にしてるわ」

カンッ!!と軽い音を立て、ホワイトボードの人間の絵に線を書きこむ。

地面から地脈、食物からの気、空気からの気など細かく書いていく。

 

「良い事?気の吸収、保持、熟成がポイントよ?普通は外部に出ていくだけ、だけど体内で気を練る事によってひ弱な人体を屈強に変える事が可能になるのよ、つまり仙人ね」

「……そうですね……」

善が小声で師匠の言葉に相槌を打つ。

余談だが芳香はさっそく寝ていた。

 

「精神修行と私があげている仙丹の補助のお陰で、私達は体に気を溜めやすくなってるわ。

善はこれが少しできるようになり始めた様ね。そして今回は次の段階よ!!」

師匠がボードに『ネクストレベル!!』と殴り書きする!!

 

詩堂 善この時僅かに嫌な予感!!

 

「保持して練った気をなんらかの形で使用するわ。こんな風に……」

そう言って自身の右手の人差し指を立て、指先に光弾を精製する。

「やってごらんなさい」

ピッっと完成した光弾を善の方に投げる!!

 

「わわわ!?」

光弾を受け止めようとしたがすぐに消えてしまう。

 

「ダメね~。コレは基礎の形よ?覚えなさい、手伝ってあげるから」

「ありがとうございます」

正直言って善は身体的に何か動くのは得意だが、こういった座学は苦手である。

おそらく本人の気質が影響しているのであろうが……

 

「わ、とと……」

師匠に促され自身で作ろうとするがうまくいかない!!

だんだん師匠も飽きてきており……

 

「仕方ないわね、体に直接教えましょか、芳香~善を押さえておいて」

「解ったぞ~」

「え!?チョ!?」

危険を感じた時にはすでに遅い!!

さっきまで寝ていたはずの芳香に後ろから両腕を掴まれる!!

座ったままで両腕を開いた状況で拘束される!!

こんな時だが、関節の移動範囲が大きくなっておりしっかりと、善を捕獲する事が出来る!!

 

「さぁ~、始めましょうか?」

嗜虐的な表情を浮かべ善に師匠がにじり寄る!!

正に邪仙の表情である!!

「師匠?何する気ですか?俺の第6感(シックスセンス)はビンビン反応してるんですけど……痛くないですよね!?」

不安な気持ちを押し殺し半場懇願するように質問する!!

 

「あら、そんな事を心配してるの?大丈夫よ……………………()()()()()()()()()()

ニコッっとその場で微笑む!!なぜこの邪仙は人の不幸をこんなにも楽しそうに話すのだろう!!

「い、いやだぁ~!!放せ、芳香!!俺を放してくれ~!!今度人里行った時なんでも好きな物買ってやるから!!」

「本当か!?」

必死で芳香を懐柔しようとするが……

 

「残念ね、タイムオーバーよ?」

師匠は手早く善の服の前のボタンを外し、服の中に手を入れピタッと善の胸に掌を当てる。

 

「お、お願いです師匠……痛いのは……痛いのは嫌で……す」

「うふふ、だ~め」

恐怖に震える善が最期に見たのは、一度でも見たら忘れられないくらい楽しそうに笑う師匠の笑顔だった。

 

「ぎぃゃやぁおおおおぎゃああああああ!!!がはあああぁあっぁ!!!」

師匠の住居の周囲に善の悲鳴が響き渡った!!

 

暫くして師匠が善の上着から腕を引き抜く。

善は僅かに痙攣していた。

「どうだった?身体に気を流された感想は?」

にっこりとほほ笑みながら善に話しかける。

 

「痛い……マジで痛いです……一体なにをしたんですか?」

「簡単よ、体の中の気の通り道を刺激したの。血管みたいに体の隅々まで張ってるんだけど、今回は私の気を無理やり流し込んで覚醒を早めたのよ?」

そう言って丁寧にボードに書き説明する。

 

「……痛い事を除けばそれなりに便利ですね、なんでみんなやらないんですか?」

「死ぬからよ」

「は?」

実にあっけなく答える師匠、あまりのあっけなさに善は思考が一旦停止する。

 

「通常は使ってない細い管に、大量の水を無理やり流し込むと破れるでしょ?気の通り道も同じよ。未発達な気の通り道を無理やり気を流し込んで押し広げるの、加減を間違えたら全身が裂けて死ぬ、位は想像できるでしょ?」

その言葉に善は、自身がバラバラになる想像をしてしまい震えだす!!

「えっと、師匠?そんなヤバイ事俺の身体で――」

「したわね♥」

 

「なんでやった!?失敗したらどうするんですか!!私を殺すきですか!?」

 

「ああん、そんなに責めないで?善の悲鳴を聞いてるうちに楽しくなって、本来の予定より長くしたけどちゃんとやめたじゃない?」

「ちょ!?ちょ!!ちょっと!?今なんて言いました?『悲鳴を聞いてるうちに楽しくなって』ってアンタ鬼ですか!!リアルに殺りに来てます?死んだらどうする気ですか!!」

善が怒り師匠に詰め寄るがやはりいつもの様に、まるで堪えた様子は無い!!

 

「死体はちゃんとキョンシーにしてあげるから心配いらない――」

「いやですよ!!素直に仙人の修行付けてください!!できれば死なない程度の!!」

最早何時もの会話!!

ナチュラルに死にかける修行!!

善の明日はどっちだ!?

 

「はぁ……注文の多い弟子ね……まぁいいわ。さっきので気の巡りをしやすくなったはずよ?私がやったみたいに光弾を作りなさい」

「……はい……わかりました……」

誤魔化された感は否めない物の、やれと言われた修行内容だ。

弟子と言う立場の全は断る事は出来ない。

 

自身の右手に意識を集中させる。

イメージはさっきの師匠のやり方だ。

「おッ……」

善は僅かな手ごたえを感じ始めた。

心なしか掌が温かくなっている気がする。

しかし調子が良かったのはここまで……!!

それ以上!!光弾を精製する所まで行かない!!

自分の手の皮膚がこんなに分厚くて、持ってこれない様に感じるのだ!!

暫く粘って、善は力を抜く。

 

「ぷはぁ……なんだか、手の中に気が閉じ込められているみたいです」

自分の右手を握ったり開いたりする。

「あら、それなら良い考えが有るわ。切 り 落 と し ま し ょ う 、指 を……」

 

「はい?」

善は師匠にたった今言われた言葉を聞き返した!!

これば別に良く聞こえなかったとかではなく、完全に脳が理解するのを拒否したからだ!!

 

*非常に残酷なシーンがくり返されます。

暫く音声のみでお楽しみください。

 

「手の中にあるなら、穴をあければいいのよ。だから切りましょ?第一関節から順に」

 

「いやです!!何を考えて――」

 

「芳香ー善を捕まえてちょうだーい!!」

 

「解ったぞー」

 

「二回目か!!放せ!!今回は流石にやばい!!これやばいって!!師匠だからってこんな横暴許される訳が――」

 

「大丈夫よ?指が落ちても死なないわ、あなたの望んだ修行でしょ?さ、まずは麻酔を打って親指から……」

 

「……冗談ですよね?優しい師匠はそんな事しないですよね?」

 

「もちろんよ、まさか本気にしたの?…………えい」

グッサァ!!

「ぎゃぁあああ!!フェイント入れてきやがった!!マジで落としてきたし!!さすがに今回は……止めて!!本当に止めてください!!こんな事誰も喜びは……ああ!?」

 

「はぁい、二本目よぉ~。麻酔が効いてるから痛みは無いでしょ?」

 

「あうあうあうあうあう……」

 

「さーん、よーん……あら?気を失っちゃったみたいね?あ、芳香食べちゃダメよ?」

 

「えー、お腹すいたぞー」

 

「後で何か善に作って……あ、もう無理ね」

 

数十分後……

 

「ふえぇぇ!!ししょうこわいよ~いたいのやだよぉ~!!よしかたすけて~」

「お、おおー?善が変に成ったぞー?」

子供の様に抱き着く善に芳香が困惑する。

その態度はまるで小さな子供の様だった。

 

「恐怖のあまり幼児退行したわね……流石に今回はやり過ぎたわ……指はくっつけてあげたけど……」

流石に事態を重く見た師匠が重い腰を上げる。

 

「アレを使いましょう、たしかこの辺に…………有ったわ!!」

そう言って立ち上がるとごそごそと棚を漁る。

そして何か一枚の紙の様なものを持ってくる。

 

「ほぉらぜ~ん、良いモノ有るわよ?」

「ふぇ!!ししょうこわい!!」

紙を見せながら善に近づくが、身を引いて逃げようとする。

 

「温泉のチラシよ~?最近オープンしたのよ?浴衣美人がいるわよ?」

「へ?」

師匠の言葉に善が反応する。

しめた!!と言う顔で師匠がさらに言葉を続ける。

「混浴も有るわよ?受付の女の人も美人よ?地獄鴉の子かわいいわね?」

「混浴?……美人……う……ほ……きょ……巨乳美女……巨乳美女来たーー!!!行きましょ!!師匠!!ぜひ行きましょ!!」

鼻息を荒くして善が立ち上がる!!

さっきまでの弱弱しい様子は全くない!!

 

「えー……なんでだ?」

芳香が全く理解できないと言った表情を、師匠に投げかける。

「善の抵抗する程度の能力ね。さっき無理やり気を送り込んだのも、瞬時に回復したのもそれのお陰ね。弱った状況に抵抗して戻って来たのよ…………大分おかしなつかい方だけど……」

師匠が説明するが尚も善は、紙を持ってはしゃいでいた!!

 

「で!!師匠!!この巨にゅ…じゃなくて温泉は何処にあるんですか?」

キラキラとした視線で師匠を見つめる善!!

この男、欲望が絡むと恐ろしい力を発揮する!!

 

 

 

 

 

「地獄よ」

「へ?」

「正確には旧地獄ね、妖怪もたくさん住んでるわ」

善の質問に答える。

そう!!この紙、旧地獄に有る地熱を利用した温泉旅館のチラシ!!

この前偶然ポストに入っていたのだ!!

 

「それってやばくは……」

仙人の肉は妖怪にとっては御馳走!!コレはわざわざ兎が狼の群れに遊びに行くような危険度!!正直遠慮願いたい!!

 

「まぁ、弱い仙人はそうね。けど私は強いから大丈夫よ?」

「私は?私はまだ弱い仙人です!!……モドキか?どっちにせよいやです!!」

再び涙目の善!!

柱にしがみつき動かない事の意志を表す!!

「また指切られたいの?」

「ひぃ!!すいませんでした!!」

 

鶴の一声ならぬ師匠の一声!!

善はその場で両手を放した!!

「さぁ!!年末は地獄へ行くわよー」

「字ずら最悪だよ!!」

 

「善もって行くわよー」

「おー!!」

「なんだよ!!持って行くって!!道具かよ!!」

「煩いわね~鎖で縛って持って行きましょ」

「ちょ!?鎖!?何考えて……」

 

 

 

 

 

と言う事が有り舞台は再び冒頭へ!!

 

「もう少しで穴が有る筈なんだけど……何処かしら?」

「善ーどこにあるか知らないか?」

師匠と芳香が探すが、縛られて引きずられている善に解る筈もない!!

 

「痛て……なんだよ、コレ?」

頭に何かが当たる、それは平べったく明らかに人工物だった。

何か文字が書かれている様だ。

 

「看板だな……なになに?『危険毒ガス充満中に付き死にたい奴だけ近寄って良し』?…………師匠!!ヤバイです!!ここ、毒ガスが充満してるらしいです!!危険ですよ!!帰りましょう!!」

看板の内容を理解すると同時に目いっぱい叫ぶ!!

しかし!!

 

「穴が有ったわー、良く見つけたわね善。さっそく……毒ガスの確認お願い♥」

「へ!?ナニする気ですか!?ちょっと!!」

芳香が善を持ち上げる!!

もちろんだが善は縛られている為、身動きができない!!

 

「ガスが出てたらちゃんと教えてね~」

「いやです!!死にます!!今回は流石に死にますから!!」

「よいしょ!!」

師匠が善をガスが出ているであろう所に投げ込ませる!!

 

暫くして善が無事なのを確認し、近寄ってきた。

「うんうん、毒の確認ありがと。これからもお願いね?」

「いやです!!絶対に止めてください!!師匠!!」

 




くそう……次なる舞台は一体何霊殿なんだ……?


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疾走!!旧都へ走れ!!

今日ぱらっとですが雪が降りました。
積りはしませんでしたけど……ホントに寒い……


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「さぁ、ここが入口よ」

前回に引き続き『メタル簀巻き』状態の善を持ち上げながら、師匠が旧地獄への入り口を見せる。

かなりの急斜面で何処までも暗く、深い穴がぽっかりと口を開け、善の目の前に佇んでいる。

「……深いですね……ここに落ちるんですか?底に付くまで結構かかりそうですね……」

鎖で縛られた(縛られ慣れてきた)善が首を動かし師匠に話す。

 

「飛べれば早いんだけど……善は飛べないものね?」

 

「うぐ!……そ、そこは今後努力します……」

痛い所を突かれ善が申し訳なさげに、謝罪する。

 

「良いのよ、気にしないで?流石にこっちに来て一年足らずで飛べるようになるとは思わないから」

そう、優しく微笑んで善の頬を撫でる。

瞬間!!善に走るは嫌な予感!!

毎日毎日毎日毎日、師匠の行動を見てきた善は知っている!!

次の瞬間!!自分の師匠はとんでもない事を始めると!!

まるで未来で見たかの様に知っている!!

 

その証拠に師匠のかわいらしい唇がゆっくりと開き……!!

 

「それに私に良い考えがあるの、芳香~悪いのだけど荷物を持って頂戴」

 

「わかったぞー」

師匠、芳香、善の三人分の荷物が仕舞われたカバンを芳香に持たせる師匠。

更に、善の足元から伸びている鎖を芳香の腰に巻きつける。

 

「あ、あの。師匠?何をするつもりですか?普通に私を運ぶんですよね?」

動けない体を必死になって動かしながら、善が確認するのだが……!!

 

「さぁ、始めるわよ――えい!」

 

「あっ!!ちょ――!?」

凄まじく良い笑顔の師匠は善を、深い穴に向かって蹴り込んだ!!

当然だが、重力に引かれ善は穴の暗闇の中に落ちていく!!

そして、鎖で繋がれている芳香も例外ではない。

 

「おお、おおっ!?」

暗闇の中を縛られ、身動きできずに落ちる善!!

地面と言う当たり前の物が無いと言う恐怖!!

しかし!!その恐怖は長くは続かなかった!!

 

「よっと」

 

「がはぁ!?」

瞬時に響くは師匠の声、そして殆どタイムラグ無しで体に感じる衝撃!!

そして最後に、鉄が何かに擦れる音!!

 

「師匠!?何してるんですか!?」

 

「何って、ただの移動方法よ?」

 

師匠は簀巻きにされた、善の身体の上に乗っていた。

イメージとしてはサーフボードとサーファー、スケートボードとその乗り手に近いだろうか?

 

「さぁ、地獄まで行くわよ?」

楽しそうに笑い、善を壁にぶつける!!

ギャリギャリギャリギャリ!!

身体にまかれた鎖が壁と擦れ、いやな音を立てる!!

鎖が有るため体に害はないが、まさに目と鼻の先で起きる恐怖!!

 

「うわぁ!?ちょっと!?目前一センチで火花が出てるんですけど!?」

 

「あらん、花火っていいわね。またどこかでやらないかしら?」

 

「花火じゃありません!!火花です!!あッ!!アッツ!!火花、熱い!!」

のんびり話す師匠と、目の前で繰り広げられる火花のダンス!!

しかし逃げる事は出来ない!!

 

「いやだぁ!!死にたくない!!止めて!!止めてください!!アッツ!!また、また火花来た!!――ああ!?師匠、前!!前!!カーブしてます!!ぶつかります!!前!!前!!」

善の言うとおり、目の前の穴は緩やかにだが、カーブしている!!

だが!!師匠は止まらない!!

 

「大丈夫よ~、アレくらい。あ、善歯を食いしばっておきなさい」

 

「ええ!?何をする――」

善の言葉の途中で師匠がさらに地面を蹴る!!

反動で、善の身体が向きを変える!!

 

ギャリギャリギャリ!!

ガガガガガガガガ!!

凄まじい音と火花があがる!!

 

「もう、少しよ~~」

 

「あわわわわ……」

 

ガガガガガガ!!

ギャリギャリギャリィ!!

ギャリィ!!

ガシャーン!!

今まで以上に派手な音を立て、カーブを曲がり切った!!

 

「いやぁ!!怖い!!地面怖いよぉ!!もう嫌だぁ!!」

最早恐怖で涙、鼻水、涎等様々な体液が流れだし善の顔をドロドロになっていた!!

その様子に師匠が気が付く。

 

「まぁ、なんて顔してるの?情けない顔するんじゃありません!!」

まるで母親の様な事を言い、鎖を手にし芳香を手繰り寄せる。

 

「ティッシュって何処に入れたかしら?」

 

「そこの、ポケットだなー」

 

「ああ、有ったわ。ありがとう芳香」

芳香の持つ荷物から、ティッシュを取り出し――

 

「ホッ!!」

地面を今度は前でなく、上に向かって蹴る。

 

「わわ!?」

そうする事で善の身体が、180度回転する!!

うつ伏せだった姿勢があおむけに変わる!!

 

「ほら、しっかりしなさい」

そう言って善の顔を拭き始めた。

一応言っておくが、その間全くスピードを緩めていないしこんな状況に成った原因は全て師匠にある。

 

「後少しだから、ジッとしてるのよ?」

コクコクコクと善が激しく首を縦に振る!!

 

「うんうん、良い子ね……」

そう言うと再び、加速を始めた!!

 

実は善が急に大人しくなったのには訳が有る!!

さっきまでは、善の体勢はうつ伏せつまりは地面を目の前で見ていた。

しかし、今回はさっきも言ったようにあおむけ!!

つまり師匠を見上げる形になる!!

さて、ここで勘の良い、または紳士な読者諸君は気が付いただろう。

そう!!師匠は今日も水色ワンピース!!そして善の上にライドオン!!

つまりスカートの中がうまくいけば覗ける!!覗けるのだ!!

その事実に気が付いた善!!

 

静かに、しかし確実にパンツが見えるタイミングを待つ!!

善の持つ欲望が恐怖を凌駕した瞬間である!!

 

 

 

 

 

所変わって、ここは地底の渡し橋の一角。

ここは地底に都市通称『旧都』に続く唯一の入り口。

そこには橋姫の水橋パルスィが佇んでいた。

橋姫とは嫉妬深い種族であり、彼女も例外ではなかった。

 

(ああもう!!妬ましいのよ!!)

そう思い自身の親指の爪を噛む!!

怨嗟の籠った視線を向ける先には、妖怪と人間のカップル!!

最近付き合い始めたのか幸せなオーラがにじみ出ている。

彼女の嫉妬心と比例するように、足元の河の水位も上昇していた!!

 

(ああ、妬ましい……幸せそうなあの二人が妬ましい!!)

 

 

 

「ほら、今日は地上の店を紹介する約束だろ?早くいこうぜ!!」

 

「う、うん……けど私なんかが……」

男が先に行こうとするが後ろから続く妖怪はどうも乗り気ではないらしい。

言葉にどもり、その表情は不安げだ。

無理もない、ここは嫌われ者が集まる場所きっと彼女も何かしらの理由がありここにいるのだろう。

しかし

 

「俺はさ、ただの人間だよ。けれどお前の事だけは絶対に守るから、だから俺と一緒に来てくれよ!!」

 

「うん……わかった!!命を賭けたあなたのものになる!!」

2人は強く抱きしめあった。

そこには種族すら超えた愛の形が確かに存在した。

 

 

 

(妬ましい!!妬ましいのよ!!幸せが!!私にない物を持ってるアイツが!!ああ!!妬ましい妬ましい!!パルパルパルパル!!)

その時!!嫉み続ける彼女に、嫉妬の神が奇跡を起こした!!

 

ギャル!!ギャルルン!!

 

「あら?遂についた様ね」

けたたまし音を立て、天井付近の穴から青い服と羽衣を纏った女が何か良くわからない物に乗り姿を現す!!

 

「師匠!!ここ空中!!空中です!!やばい!!やばいですよ!!」

 

「だ~い丈夫!!これ位じゃ死なないわ」

喚くボードに対して女が笑いかける。

 

「つまり無策!?」

 

グシャーン!!

「いでぇ!?」「ぐはぁ!?」「ぎゃあああ!!」

三つの悲鳴が重なる!!

ボードはカップルの女(妖怪)の上に着陸し更にカップルの男(人間)は跳ね飛ばした!!

 

「あぁあぁあぁあああぁああぁ~~~~~~~~」

跳ね飛ばされた男がパルシィの頭上を越えていく(因みに目が合った)。

 

ボッチャーン!!

「ぎゃあああ…ああ……ああ………あ……ああ………」

まるでコントの様に激流の河に呑まれ流れて行った。

「あ、あなたぁ!!」

ボードの下敷きになっていた妖怪が立ち上がり、河に流れて行った男を追いかけて行った。

 

「イェス!!ざまぁ!!」

パルシィが彼女にしては珍しく、心の底からの笑顔を見せた!!

 

 

 

 

 

「いてて……なんだったんだ?」

先ほどの衝撃で鎖がほどけ善はゆっくり立ち上がった。

ゴキゴキと体を動かす。

 

「師匠、さっき誰か轢きましたよね?」

大丈夫かと不安になり自身の師匠に疑問を呈す。

 

「あら、問題ないわ。ぶつかったのは妖怪だもの、アレくらいじゃ死なないわ」

そう言いながら背伸びをする。

 

「うう、ぐらぐらするぅ~」

ふらふらと芳香が立ち上がる、どうやら乗り物?酔いのようだ。

 

「しっかりしろ。ほら、肩貸すから」

 

「おお……感謝するぞ……」

心配した善が芳香に肩を貸しゆっくりと歩きはじめる。

 

一行は橋を渡り(なぜか橋の近くに居た妖怪に凄まじく良い笑顔で見送られた)遂に旧都へと足を踏み入れた。

 

和風だが所々洋風のデザインが入った、良い意味での和洋折衷の建物。

薄暗い街を照らすぼんやりとした提灯の明かり。

そして楽しそうに街を闊歩する妖怪達。

地上とは違うもう一つの街並みがそこに有った。

 

「うわぁ……すげぇ。なんか、うまく言えないけどこういうの好きだな」

善が街並みを見てキラキラと目を輝かせる。

 

「はいはい、早く宿を探すわよ?見つけないと此処で野宿よ?」

師匠に急かされ、芳香と共に街中を歩く。

温泉のチラシ持ってきてある為、そこに行こうと場所を探し始める。

 

「師匠ー、荷物くらい持ってください!!」

一人先に行く師匠に善が声をかける。

師匠は手ぶらであり、善は酔った芳香に肩を貸し、さらには芳香が持っていた三人分の荷物が入ったカバンを反対側に持っている。

 

「雑用は弟子の仕事よ?それに善はこんなに、か弱い私に荷物を持たせるの?」

酷い仕打ちだ!!とでも言いたげにショックを受けた表情をする。

 

「師匠?か弱い人は自分の弟子をボード替わりにしたり、鎖で弟子を運んだりしませんよ!!」

必死の言葉をかけるが、笑顔で聞き返すだけ!!

明らかな知らんぷり!!

 

「きゃ!?」

善の方を見ていたせいか前方から来た妖怪にぶつかってしまった。

 

「おおぅ!?ねーちゃんドコ見とるんや!!痛くてかなわんなーちょっとこっち来て貰おうか?」

「おうおうおう!!相棒になにしてるんやぁ!!」

ギロリとガラの悪い妖怪が、師匠を睨む。

何処にでもいるチンピラの一種の様だ。

 

「あら、ごめんなさい。少し弟子と話していた物で……許して下さる?」

珍しく下手に出た師匠に、妖怪達は無遠慮に胸や足に視線を向ける。

 

「あーあー、ホントなら出るトコ出てもらうけど、少し誠意見せてくれるだけでええで?」

 

「それはええな、良かったなベッピンさんに優しい俺らで」

 

「誠意?一体どうすればいいのかしら?」

解らないと言ったように、師匠が聴くが――

 

「師匠!!やめた方が――」

 

「黙ってろ!!今お前の師匠と話とんのや!!」

善が止めようとしたが、妖怪に止められてしまった。

 

「すこーしお話ししよか?」

 

「ほれ、ほれ行こか?」

 

「まぁ、みなさん積極的ですのね」

そう言って笑顔のまま、3人は路地の裏に入って行ったしまった。

 

 

 

「あーあ、可哀想に……」

そう言って善は三人が入って行った路地を見ていた。

 

確かに師匠は見た目()()なら清楚な美人だ。

思わずお近づきになりたくなるのは解る。

自分も一目見たらそうなっていただろう。

 

暫くして、師匠だけが路地から姿を現す。

 

「お疲れ様です」

 

「たべて良いかー」

善が労い、芳香が涎を垂らしながら路地を見る。

 

「ああ、楽しかったわー。少し遊んだだけでお金までくれたのよ?」

そう言ったうれしそうに、血の付いた現金を見せる。

明らかに違うだろ!?と突っ込みを入れたいがそんな事をすれば、さっきのチンピラと同じ運命をたどる事を善は知っている!!

 

「あら、どうしたの善?そんなに怯えて?」

 

「いや……今更ですけど私って良く生きてるなって思いまして……」

日常に生活を思い出し僅かに震えだす!!

 

「うふふ、大丈夫よ?善がどんなにされても、ちゃーんと直してあげるから……

そう言えば、さっき私の下着覗こうとしたわよね?肉塊と化す準備は出来てる?」

そう言ってにこやかに笑いかける。

ドキンと善の心臓が跳ね上がる!!

 

「さ、流石に肉塊は……そんなの嫌です!!止めてください!!」

 

「あら、本当に見たのね、仕方ないわ一旦バラバラにして――」

 

「バラバラ!?いやです!!そんな事したら化けて出ますよ!!毎日枕元に立ちますよ!!」

 

「まぁ、うれしいわー。死んでも私の所に帰って来てくれるのね?その時はちゃーんと魂を捕まえて、遊んであげるわ」

 

魂すら弄ぶ!!邪仙の本領!!

善は瞬時に理解した!!この師匠はやる!!死んでも容赦なく自分をおもちゃにすると確信した!!

 

「い、いやです!!そんなのいやです!!止めてください師匠!!」

 

「魂はビンに詰めてあげるわね」

師匠は楽しそうに笑った。




おのれ!!リア充!!

誰かモテない男がヒーローになって怪獣(リア獣)を倒す作品書いてくんねーかな?

意外と流行りそう……


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破壊衝動!!旧時代の地獄!!

遅れてすいませんでした!!
雪で指先が……動かない……



何時からだろう?雪が降っても騒がなくなったのは……

まぁ?私は今でも騒いでるんですが!!



俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「やっと着いたようね」

目的地に着いた師匠が、うれしそうに目の前の旅館を見上げる。

和風でずいぶん古い様だが、なかなかの大きさで風情あふれる建物だった。

 

 

 

「やっと……着きましたか……早く部屋で休みましょうよ?」

息も絶え絶えにそう話すのは弟子の詩堂 善。

その体には複数の荷物が絡み付いている!!

実はここに来る前に、買い物を従った師匠たちに旧都中を連れまわされたのだ!!

女性に買い物という事で半分予想できるだろうが……

アレもコレもと、言った具合に、ドンドンドンドン善が持つ荷物が増えて行った!!

最終的に持って来た荷物は倍以上に膨れ上がっている!!

 

 

 

「それくらいで息切れするなんて……まだまだ修行不足ね」

そう言いながら師匠は、荷物を持って両手がふさがる善の胸に手を当てる。

その瞬間思い出すのは、僅か半日まえの出来事!!

師匠曰く『気の流れる管を慣らす修行』だそうだが……

その修行!!実はものすごく痛い!!どれくらい痛いかというと加減を間違えると全身がバラバラになる事もあるという!!

 

「いやですよ?アレ、すごく痛いんです……今本気で体力とかやばいんですけど……しないでくださいね?ホントにしちゃダメですからね!?」

逃げる事も、守ることも出来ない善。

最早命乞いに近い状況だが、善が言葉を発する度師匠の口角がゆっくり上がっていく。

 

パチッ!!

 

「ひぃ!?」

と僅かに、胸にしびれるような感じがして悲鳴を上げるが……

 

「うふふ、冗談よ。こんな所でしたりはしないわ……こっちは家に戻ってからたっぷりしてあげるわ、すぐに拡張してガバガバにしてあげるから、楽しみにしていてね?」

心底楽しそうにそう話す!!

これぞ邪仙流の修行なのか!!

 

「な、なんか言葉が師匠が言うといやらしい意味に聞こえます……」

 

「まぁ。私がそんな人にみえるの?こんな清楚な私をつかまえて。酷いわ……悲しくなって来た……えい」

 

バチバチィ!!

 

「ぐわーぁ!?結局やるんですか!!!」

結局やります。

その後、特に問題も無くチェックインした善たち一行。

旅館の女将に部屋に案内される。

 

 

 

「おおー!!広い!!」

善が目の前の畳張りの部屋に目を輝かせる。

善はこういった旅館などの嗅ぎなれない匂いに、旅行できたという実感を感じるタイプだった。

 

「そうかー?墓場の方が広いぞー」

芳香が、机の上の菓子に熱い視線を送りながら善に話す。

 

「アッチは野外だろ?師匠たちの家でこんな広い部屋は無いって事」

そう話しながら芳香の視線に気が付いたため、備え付けの急須にお茶葉を入れ手早くお茶の準備をする。

 

「お茶、師匠も飲みますよね?」

 

「ええ、お願いできるかしら?」

 

それだけ聴くと湯呑みを三つだしそれぞれ注いでいく。

「ほい、芳香お前の分、熱いから気を付けろよ?師匠の分もここに置いておきますよ?」

 

そう言って机にお茶を置いて、もう一つの湯呑みを芳香の口元へ持って行く。

ずずず……と音を立て、芳香が美味そうにお茶を飲む。

 

「ぷはー!!もう一杯!!」

 

「……俺の分やる」

そう言った善は自分のお茶を芳香に差し出す。

 

「饅頭もほしいぞ!!」

 

「わかったわかった」

そう言って芳香の分の饅頭、さらに一瞬迷って自分の分の饅頭を芳香に差し出す。

はぐはぐと饅頭に食らいつく芳香。

そんな様子を見て師匠は微笑んでいる。

 

「どうしたんです師匠?」

 

「なんだか、あなた達すっかり仲良くなったわねって思ってたの」

自分の湯呑みを手の中で弄びながら善にそう話す。

何時もとは違う穏やかな表情だ。

その言葉に、善は弟子入り前の事を思い出す。

 

「まぁ、最初は排除されかけたりしましたけど、今はなんだかんだ言って師匠と同じかそれ以上の付き合いですからね…………いたぁ!?また噛んだな!?いい加減にしろ!!」

善が噛まれた指を、自身の元に戻す。

 

「おっと、すまない」

申し訳なさそうにする芳香を、善は自身の指と交互にみなおした。

おろおろする芳香を見て善は思った。

 

(不思議な事だな……前はあんなに怖かったのに、今はもう怖く無いんだからな……)

そこで、改めて今回の状況を思い出す。

 

(あれ?そう言えば、最近『慣れ』が進行してきてないか?そうだよな?……最初は芳香が怖くてしょうがなかったし、師匠のしごき(虐待?)も慣れて来たし……さらに言うと別に師匠たちと同じ部屋で寝るのも抵抗なくなって来たな……)

善本人が言うように、今回の旅行は三人とも同じ部屋である。

少し前なら自分だけ別の部屋にしてもらおうとしていたのだろうが、今回はナチュラルに同じ部屋での宿泊である。

 

(コレってなかなかヤバくないか?ドンドンやってはいけない事のハードルが下がっている気がする……洗脳?違うよな……いや、でもこれがもっと進んで行ったら……!!)

瞬間!!善の脳裏に浮かぶのは何時かの未来!!

 

「芳香~、ぜ~ん」

師匠が自分と芳香を呼ぶ、善はそれに対して笑顔で師匠の元に走っていく。

もちろん頭には札が張られており、身体には縫い跡が有る。

 

「師匠~、またお腹の傷が開いてきたから縫ってくださーい」

服をめくり上げながら、甘えるように師匠に話しかける自分。

 

「しょうがないわね、すぐに縫ってあげるわ」

そう言って自分の腸を詰めなおす師匠とそれをうれしそうに見る自分……

 

 

 

「いやだ、いやだ、いやだ!!こんなの嫌だぁ!!!」

突然頭を押さえて、大声を上げる善に師匠と芳香が何事かと、目を見開く!!

 

「善!?一体どうしたの!?」

 

「わ、私が噛んだのがいけなかったのか!?そうなのか!?」

心配する、二人に気付き一気に心が覚める善。

軽く自身の指を拭き、芳香の湯呑みが空になったのを確認し座布団から立ち上がる。

 

「いえ、大丈夫です……ちょっと良くないハッスルをしちゃっただけです……一回、温泉行って頭冷やしてきます……」

そう二人に告げ、自身の荷物を漁り着替えを取り出すと。

のろのろとふらつちながら、この宿自慢の温泉に向かっていく。

 

「なんだったのかしら?偶にだけど私善がなにを考えてるのか解らなくなるわ……」

「私も良くわからないなー」

師匠と芳香の二人が、去って行った善を心配する。

 

 

 

一方善は……

カラン、カランと下駄を鳴らしながら旅館の中を歩いて行く。

そして、男と書かれた青い暖簾を見つけその中に入っていく。

 

「混浴じゃないのか……」

何処となくがっかりしながら善は、脱衣所で服を脱ぎ温泉に入って行った。

 

カッポーン……

 

「あ~あ~……極楽じゃ~」

何故か口調が親父クサくなりながらも、湯船で足を伸ばす。

個人では所有する事はまず無いであろう巨大な石作りの湯船に、備えつけられたサウナ、水風呂、撃たせ湯、薬草湯などのバリーション豊かなお風呂の数々。

身体を洗った善は、様々な温泉を堪能していた。

夢中で入っていたが、速い物で30分以上の時が過ぎていた。

 

「そろそろ行くかな……おっ!!」

部屋に戻ろうとした時、ガラス張りの外に「露天風呂」の看板を発見する。

コレは行かなくてはと、行先を変えた。

 

 

 

後に善は思う、この時大人しく部屋に帰っていればと……

 

 

 

「うぉ!!さっぶ!!」

外に出た善を迎えたのは寒空の冷気だった。

今にも雪が降りそうな天気の中で、露天風呂だけが誘うようにホコホコと湯気を上げていた。

 

「アチ、アチ……フウゥ……」

外にる為か、中より少し熱い温度になっている露天に自身の身体を入れる。

巨大な湯船は真ん中が竹の壁で区切られている。

 

バシャバシャっと自身の顔にお湯をかけた時、ピクリと善が反応する。

まさか!!と思い、温泉の真ん中にある竹壁にその身をピタリとつける。

全神経を耳に集中させる。

 

「……わ……い…の……ね……?」

 

「わ……し……ん…だ……ぞ……!!」

 

聞こえる!!僅かにだか聞こえる聞きなれた声!!

その時善は一瞬にして理解する!!

 

(この壁の向こう女湯じゃね!?)

 

そう!!実はこの竹の壁はもともとは混浴だったこの露天を仕切るための物!!

善の予想通りこの向こうにはユートピア(女湯)が広がっている!!

 

自身の持てるすべての聴覚を壁の向こうに向ける!!

僅か、ほんの僅かでも構わない!!女湯のキャッキャうふふな会話が聴きたいのだ!!

読者の諸君!!所詮音だけと侮るなかれ!!

かの有名なミロのヴィーナスは腕が無いと言う『欠けた部分』が存在する!!

しかしそれは『欠けた部分』を自身で想像することによって無限の可能性が存在する事が可能となるのだ!!

『確定』していないという事は、『自身の想像を挟む事が可能』であると同義であり、不確定にこそ自分の自由な発想を当てはめる事が出来るシュチュエーションなのだ!!

 

さて、話を理想郷の乙女達(女湯)に戻そう。

 

現在壁を経て、美女と全裸状態!!このシュチューションに興奮しない訳がない!!

更に見えない事により妄想は膨らむ訳で……

 

(何とか……何とか隙間はないか!?探せ!!探すんだ!!!)

全裸でうろうろと情けなく、壁の前を行ったり来たりする!!

この男、一応仙人志望なのだが……

明らかに欲に溺れた変態である!!

 

その時!!

 

「ぜ~ん!!あなたコッチ覗こうとしてるでしょ?ダメよ~」

 

「し!!してませんよ!?」

壁の向こうから聞こえるのは師匠の声!!

見える訳でもないのに、緊張し声が裏返る!!

 

「……ああ、居てくれたのね……良かったわ」

 

「え!?」

師匠の更なる声がした後、善は自身の身体から急に力が抜けるのを感じた!!

そして……

 

 

 

 

 

善が出て行った部屋にて……

 

「そろそろ私達も、温泉に行きましょうか?入ればきっとお肌もすべすよ?」

荷物から、自分と芳香二人分の着替えを出して師匠が話しかける。

 

「ほんとか!!早く行きたいぞ!!」

最近肌のスキンケアを気にし始めた芳香が、師匠の言葉に瞳を輝かせる。

そして師匠の目の前で滑らかに立ち上がった。

 

「あら、驚いたわ……ずいぶんきれいに立ち上がれる様に成ったのね」

 

「善が毎日ストレッチでほぐしてくれているからな!!」

まるで、布都の様にドヤ顔をする芳香。

その様子が何処かおかしくて、師匠は笑ってしまった。

 

「そうなの、それは良かったわ。さあ、さっそくお風呂に行きましょうか」

 

「おおー」

芳香を伴って師匠は女湯に向かって行った。

 

 

 

「おおー広いぞー!!」

芳香が興奮気味に、温泉を見る。

あまり人里の銭湯などの施設は使わない為、芳香にはすべてが物珍しいのだろう。

実際あちらこちらと、物珍しそうに風呂を見ている。

 

「あら、露天が有る様ね、行きましょうか」

露天風呂の看板を見つけ、自身のキョンシーを伴い外の露天にその身を浸す。

寒い外気とお湯の温度差が心地よい……

どうやら芳香も気に入った用で、目を細めている。

 

「……何かしら?」

騒がしい声に、師匠が顔をしかめる。

悲鳴の様な物がし、微かにこちらに向かっている様な気さえする。

だんだんその声は大きくなり、遂には……

 

「ここに居たかぁ!!邪仙が!!さっきはよくもやってくれたな!!」

女湯だと言うのに、全くそれを気にせず入って来たのは先ほど自分が叩きのめしたチンピラ妖怪達、前回の失敗に懲りたのか今回は数人だが人数が増えている。

正直言って自分の弟子の方がまだ、戦う力が有るのではないか?とさえ思ってしまう大した事のない妖怪達だ。

 

「まぁ、皆様お揃いで……いかがいたしました?すみませんが、私共現在休暇中なので一旦時間をおいて戴けると嬉しいのですけど?」

自分と芳香の身体を、湯船に隠しながらそう話す。

残念だが、こんな奴らに自分の身体を見せる趣味は無い。

 

「ああ?俺達はこのタイミングを狙ったのさ!!そっちは全裸、丸腰の仙人なんてこわかねぇんだ!!今夜の俺達の夕食にしてやるぜ!!」

下品な表情をしながら、妖怪どもがこちらに向かってくる。

それに対して、師匠はどうした物かと考える、手を下しこいつ等を倒すのは問題ない。

問題ないのだが……

 

「めんどくさいわ~」

しかし

有る事を思いついて、髪の中に隠しておいた札を取り出す。

湿気に対してある程度耐性が有る札だ。

そして声を上げる、正直賭けだがそんな部の悪い賭けではない。

 

「ぜ~ん!!あなたコッチ覗こうとしてるでしょ?ダメよ~」

壁の向こうに居るであろう自身の弟子に呼びかける。

 

「し!!してませんよ!?」

期待通り自身の弟子は、壁のすぐ近くに居た様だ。

 

(今更だけど……あの子はすこし自分の欲に忠実すぎるわね……最も今回はそれで助かったのだけど……)

善の声が帰って来た場所から、おおよその位置を特定する、

 

「……ああ、居てくれたのね……良かったわ」

そう言って、自身の持つ札を壁の向こうの弟子に投げる!!

数瞬遅れて手ごたえが帰ってくる。

自分の札は()()()()()()()()()()()()()()()()様だ。

 

「善、いらっしゃい。この子たちの相手をお願い」

 

「了解」

そう話すと同時に、目の前の妖怪達の目の前に自身の弟子が立ちふさがる!!

 

 

 

 

 

「な、なんじゃこりゃ!?」

妖怪の群れたちが驚いている、しかしそれも無理はない。

目の前に突然全裸の男が立ちふさがったら、誰だって驚くだろう!!

いや、正確には全裸ではない。

その、何というべきが……一応大事な所は隠れている。

足と足の間にお札が張り付いており、ギリギリ見えていない。

 

「悪いな、師匠の命令だ。俺はあんた等を今からぶっ潰す!!覚悟はOK?」

こちらを指さし、その後親指を下に向けたグーで自分の首を掻っ切る様な動作をする。

動いた!!と思うと同時に、仲間に一人が呻き声を上げる!!

気が付いて見て見ると、仙人モドキの拳が深々とソイツの腹にめり込んでいる。

 

(ワン)…………(ツー)!!、(スリー)!!」

2、3の掛け声と共に、さらに二人の仲間が倒れる。

一人は、目の前で宙を舞っていた!!

 

「ぜ~ん?ここはお風呂よ?他の人の邪魔にならない様に外でしなさい?」

 

「了解ィ!!」

邪仙が一声かけると同時に、仙人モドキが仲間を壁(旅館と外を隔てる)の向こうへと『捨てる』戦いに成った、ダメージよりも外に追い出すのがメインの様だ。

千切っては投げると言う表現が当てはまるスピードで仲間たちが、温泉の外に叩きだされる!!

 

「アンタで最後だ」

 

「え!?」

気が付いた時にはもう遅い、すぐ懐に仙人モドキが入り込んでおり自分までも壁の外へ捨てる!!

 

「がはぁ!?」

土の味が口にした時初めて自分が、投げ出され外の地面に倒れ伏したのだと理解していた。

その事実のふつふつと怒りがのぼってくる!!

 

「きさまぁ!!…………ああッ!?」

怒りにみを任せ立ち上がった時には、他の仲間はすでに全滅していた!!

死屍累々と言った惨状の中で、仙人モドキがこちらを睨む!!

 

「言ったハズだ、ラストはアンタだってなぁ!!」

空中で一回転し!!こちらに蹴りを叩き込む!!

なんの声も出せずに、妖怪は意識を手放した!!

 

 

 

 

 

無数の妖怪達の中、善がひっそりとたたずんでいた。

さっきまでの戦いの余熱がまだ体を巡っている気がする。

今回はキョンシーとして操られたが意識はしっかりしていた為、『気』の巡り直に体感できるいいチャンスだったかもしれない。

善はそんな事を思いながら、空を見上げた。

 

「あ……雪だ……」

地下で空すらないのに不思議と雪は降るんだな、と善は冷静に考えていた。

そして……

 

ポンと肩に手を置かれる。

何か?と思い振り返るとそこには大柄な女が居た。

額を見ると赤い立派な角が生えている、どうやら鬼の様だ。

 

「この辺で全裸の変態が暴れてるって聞いたんだけど……ちょっと話聞かせてもらっていいかい?」

肩に置かれた手に力が、入る!!!

 

「え?えっと?」

一瞬混乱し今の自分の状況を改めて理解する!!

天下の往来で!!全裸で!!妖怪と喧嘩!!

問題なし?NO!!問題有りまくり!!

 

「いや、コレは……」

 

「ハーイ、とりあえずコレ腰に巻いときな?泣いてる子とか居るから」

そう言って善の腰に、毛布が巻かれ……両手には縄が巻かれた。

 

「あの?ちょっと!?」

 

「ああ、言い訳なら、後で聴くから……ほら、一緒に来てね~」

そう言って鬼が善を引っ張っていく。

 

「ちょ!?え!!なんで!!!し、師匠助けて~!!!!」

哀れな善の悲鳴が地獄に響き渡った。




あー寒いなー……
こんな日は露出に限るなー
……とかしないでください!!
逮捕されます!!

読者の皆さんは善君のマネをしない様にね?


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包囲!!迫りくる不運達!!

最近銭湯に良く行きます。

いやー楽しいねー

冬はやっぱりお風呂だねぇ……


悪を許すな!!地獄警察24時!! ~鬼の目に映るのは何か~

 

 

 

此処は旧時代の地獄跡地、通称『旧都』。

この街には地上を追われた者、何かが有り逃げ込んだ者たちが住む。

地獄という響からも物騒なイメージが付きまとう……

実際地上よりも治安は悪いが、完全な無法地帯という訳では無い!!

地獄の秩序を保つその一柱として、地獄の保安部隊が今日も懸命に犯罪に目を光らせる!!

 

この部隊に所属して長い、鬼の『星熊 勇儀』氏はこう話す。

 

「確かにここには荒くれ者が多いよ、けどね?そんなフウにしか生きられない不器用な奴らでも有るんだよ、だからかな?それだからこそ最低限の超えちゃならないラインが有ると思うんだ、私はそんなラインを超えた奴から不器用な奴らを守りたいんだよ。無論できる事ならそのラインを超えたヤツもね」

 

厳しくも温かい言葉で有る。

年の瀬が近い本日もパトロールである、勇儀氏は旧都の街を見て回る。

 

スタッフが聴いてみた。

「何時もこんな風にパトロールを?」

 

それに対し勇儀氏は――

 

「パトロールぅ?違う違う、ただの散歩だよ。私はこんな日常を見るのが好きなんだよ、もちろんお酒も好きだけど!!」

そう言ってにこやかに笑う勇儀氏、本人はただの散歩と言って憚らないが、彼女の睨みのお陰で確実に犯罪は減っている。

 

その時勇儀氏の表情がガラリと変わった!!

温厚な表情から、まさに鬼の表情へと!!

そして、一件の温泉宿に向かって走る!!

 

*プライバシーの保護の為、一部音声と画像が加工されています。

 

「そりゃ!!」

 

「がはっ!?くそう……」

 

「お前で最後だぁ!!」

ぐしぃ!!

温泉宿の前で喧嘩だ!!地獄では珍しくない光景だろうが今回は違う!!

この天下の往来で少年が、他の妖怪達を殴り倒している!!

しかしその少年はなぜかこの寒空の下で何の服も着ていない!!

スタッフに緊張が走る!!

 

「ちょっと話きかせてもらおうか?」

流石は勇儀氏、全裸の男にも優しい対応である。

 

「え!?」

後日調べた結果であるが、この少年の名はS・Z(仮名)

彼は妖怪に絡まれた為、撃退しただけと訴えるがそれでもこのような恰好の理由にはならない!!

勇儀氏によってあえなくお縄、連行され取り調べが待っている!!

変質者は逮捕されたが、まだこの世界には犯罪が横行している。

負けるな勇儀氏!!戦え勇儀氏!!犯罪が無くなるその日まで!!

 

 

 

 

 

善は、通りすがりの鬼によって留置所の様な所に連れていかれていた。

コンクリートの寂しい建物で、牢が有りここに暴れた妖怪達を閉じ込め頭を冷やす施設の様だ。

 

「ほら、黙っていても何も解らないだろ?なんであんな事したんだい?」

善を此処に連れて来た張本人である、星熊 勇儀が善の目の前、テーブルを挟んで座っている。

因みに善はいまだに全裸に、毛布だけという姿だ。

 

「……いや、別に露出がしたい訳では――」

 

「嘘を吐くんじゃないよ!!見せたかったんだろ!?」

 

「ち、ちがいますぅううう!!」

勇儀が善の目の前の机を叩く!!

机が悲鳴をあげ、激しく軋む!!

その様子に、善が身を引きそうになる。

 

 

 

「いいかい?ここからは本当の事だけを言うんだよ?鬼は嘘が何よりも嫌いなんだ」

ギロリと視線だけで弱い妖怪なら、その場で逃げ出してしまいそうな眼力を出す。

 

「は、はいぃ!!わ、解りました!!」

ガクガクと震えながら善がコクコクと頭を激しくうなずく。

もう少し、脅されたら毛布を汚してしまう所だった。

 

「よし、まず名前だ。《しどう》で読み方あってる?」

 

「あってます、あってます!!」

 

「……アンタは何の妖怪だい?鬼って訳じゃなさそうだけど?」

再びジロリと鋭い眼光が善を睨む。

やはりその視線には、容赦ない糾弾の感情が籠っている。

 

「よ、妖怪じゃないです……人間です……仙人志望ですぅ……」

完全に震えながら、何とか途切れ途切れで応えるが……

その言葉に勇儀に眉が不機嫌に吊り上る!!

 

「ああ!?人間?何言ってるんだい?ただの人間がなんで地獄で猥褻物陳列してるんだい!?仮にアンタが仙人の修行をしたとしよう……街中で裸に成る修行なんて聞いた事ないよ!!いったいどんなエロ修行なんだい!!」

勇儀が再度自身の拳を机に叩きつける!!

ガコン!!と危険な音が鳴り響き、いくつか破片が宙を舞う!!

 

「ほ、本当です!!師匠が、風呂で襲われて師匠が俺の事をキョンシーにして、チンピラ達を――」

 

「嘘を吐くんじゃないと言ったばかりだよ!!いい加減にしな!!訳の分からない事ばかり言って!!もういい!!一晩ここで頭を冷やしな!!」

まるで猫でも、捕まえるように首根っこを掴み勇儀が善を、檻の中に投げ入れる!!

 

「出してください!!俺は無罪です!!冤罪です!!師匠を、師匠を呼んでください!!」

檻にくっつき必死に叫ぶが、勇儀は怒りながら何処かに行ってしまった。

簡素な作りのベットと申し訳程度のプライバシーのトイレ。

鉄格子の窓が一つあり、そこからどんどん風と雪が入ってくる。

さっきも言った様に善は絶賛全裸中!!当たり前だが牢に暖房などは無い!!

つまり!!すっごく寒い!!びっくりするほど寒い!!

 

そんな善に優しく話しかける存在が居た。

この牢に先に入っていた先輩だった。

 

「少年落ち着けよ?慌てたって良いこたぁ無いぜ?」

青いツナギ風の服を着たイイ男(額に角が有るから鬼だろうか?)善を慰める。

 

「はぁ、そうですね……」

最早自分に降りかかる不幸に慣れ始めた善、諦めの境地に近い物が有る。

どこか、苦笑い気味でそう話す。

 

「ところで少年……俺の頭の角、どう思う?」

突然の質問に善が、躊躇する。

 

「え?……いや、別にドウとは……」

 

「すごく――大きくないか?」

何処か期待するように男が静かにそうつぶやく。

この時!!善の第六感が激しく反応する!!

 

(あ、なんかやばい……ぞ?)

 

「なぁ。少年、ヤらないか?」

無駄に良い笑顔でコチラに近づいてくる!!

じりじりと、端に追い込むように近付いてくる!!

更に男はズボンに手を掛ける!!

 

「あ、アレですよね?『ヤらないか』って脱獄しないかって事――」

 

「よぅし!!思いっきり喜ばせてやるからな!!」

 

「う、うわぁああああああああ!!!???!!??」

*安心してください。

このヤらないか鬼ぃさんは野球拳が好きなだけの、善良な妖怪です。

別に襲っている訳ではありません。

 

 

 

 

 

数時間後……

「はぁい、善迎えに来てあげたわよ?」

檻の近くに、師匠が迎えに来てくれた。

どうやら、勇儀には話をもう既につけてくれていた様だ。

 

「あら、どうしたの?なんだかやつれている様に見えるのだけど?」

師匠が不安げに話すのだが、それも無理は無い。

善は何処か、耐えきったような顔で僅かに震えていた。

近くに、別の妖怪がボコボコにされ気絶しているが何か有ったのだろうか?

 

「ああ、師匠……私勝ちましたよ……絶対に負けれない戦いに勝ちましたよ……」

 

「そう、お疲れ様……」

師匠が何かを察し、そう話し善をねぎらう。

何処かやりきった顔で善が、檻の外に出る。

 

 

 

 

 

師匠の持って来た服を着た善が、地獄の街並みを歩く。

「今更だけど、あなたって何処でも不幸な目に合うのね?」

おかしくて仕方がないと言った様子で笑う。

 

「ええ、その事話したらにとりさんに真剣に、知り合いの厄神様紹介してくれるって言ってました……年明けたら行ってくるつもりです」

少し前の、友人の妖怪との会話を思い出す。

 

「ふぅん、あなた人間よりも妖怪とかのほうが相性いいのね」

からかうように師匠がそう言うのだが……

 

「ええ、残念ながら必要とされるタイプではないですからね。たぶん私がいなくなっても誰も気にしないでしょうね……それならいっそ、自由気ままな妖怪達の方が一緒に居て気が楽ですね」

何処か諦めに近い感情を持ちながら、善が自嘲気味に力なく笑う。

そんな態度に、師匠がさらに言葉を付けたす。

 

「善……そんなに自分を卑下してはダメよ。少なくても私はあなたに価値を見出したわ。ううん、私だけではないわね、芳香も善の事を大切に思ってくれてるわよ。さぁ、宿に戻りましょう?芳香にご飯を食べさせる仕事はあなたの役でしょ?」

 

珍しく善を気使う師匠の言葉に、善は少しだけ気持ちが楽になった。

 

「そうですね!!芳香が腹を空かせてますよね!!いきましょうか」

師匠に笑顔で微笑み返し、旧都の街を歩いて行く。

 

数分後……

 

「師匠!!見てくださいよ!!コレ何でしょうね?すごくかわいいですよ」

善が興奮気味に、話す。

その身には、薄らと炎の様な物を纏うデフォルメされたような髑髏がまとわりついていた。

不気味な気もするが、慣れてくると意外とかわいいかもしれない。

善が自分の右手の指先で、ソレを撫でる。

 

「善……ソレ、悪霊よ?憑りつかれるわよ?」

 

「へ!?」

笑を堪えた師匠の言葉に、善がピクリと反応し動きを停止させる。

 

「地獄ですもの、浮かばれない魂位居て当然――」

 

「散れ!!シッ!!シッ!!」

善が周りの悪達を振り払った!!

しかし尚も悪霊たちは善に近寄ろうとする!!

 

「良かったじゃない、悪霊にもモテるわね」

 

「こんなのにモテてもうれしくないです!!もっと美女になってから来いや!!」

悪霊を握ると共にパァン!!と音を立てて、悪霊が破裂した!!

 

「あら、珍し技持ってるのね……抵抗する力の応用で――」

善が悪霊を握り潰したのを見て、師匠が考察を始めた。

 

「ちょ!!師匠!!数が、数が増えてきました!!たす、助けてさーい!!」

善の助けを求める声が、再び地獄に響き渡った。

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

「いでぇ!?」

布団でまどろむ善に、師匠の拳が容赦なくめり込む!!

 

あれから善たちは旅館に帰って何事も無く就寝したのだが……

 

(ああ、すっかり忘れてた……師匠は寝相が――痛!?……すさまじく悪いんだ!!)

三人川の字で寝ているのだが、何か有るたびに師匠の蹴りや拳が飛んでくる!!

更に師匠は酒をたらふく飲んでいたため、力加減がされていない!!

 

ボゴォン!!

とてもその細腕から発されたとは思えない怪力が、畳を打つ!!

アレを自分が喰らったらと考えると、背筋が凍る様だ。

 

(よ、芳香の方に逃げよう……)

意を決し、寝ぼけた師匠への偶然体が触れる等のトラブルを諦め芳香の方へ体を移動させる。

 

すーすーと、規則的な呼吸音が芳香から聞こえてくる。

寝相が悪くないのは善は知っているので、近くで枕を置くのだが……

 

「う……ぜ、善……」

一瞬名前を呼ばれたのかと、ビクリと体を強張らせるがどうやら寝言の様だった。

その後、夢の中とは言え自分が出てきているのがくすぐったく成るも、内容が気になり芳香の近くで寝言に聞き耳を立てる。

 

「ああ……善……善は、()()()()()()()()()()()

 

その言葉を着た途端!!体がさっきと違う理由で強張る!!

 

(食うなよ!!!なんで幸せそうに俺を食ってるんだよ!!)

夢に文句を言っても仕方ないとはいえ、何ともいえない気持ちになる!!

 

「うへへ……きれいなピンクだぞぉ……全部……食べてやるからな……」

尚も繰り返される夢の中の自分への暴行!!

大人しく自分の布団に戻ろうとするが!!

 

「ああん……!!」

ボゴォ!!

背中に衝撃!!

何が有ったのか確認したが、そこに居たのは師匠!!寝相が悪く転がってきたらしい!!

ガシィ!!

と善が寝ぼけた師匠によって捕獲される!!腕を掴まれるのだが凄まじく痛い!!

更に!!目の前には!!

「大丈夫だ……骨も……ちゃんとしゃぶって……」

芳香のカニバドリーム!!

 

見た目だけなら羨ましいだろうが!!

精神と体!!両方から攻撃を受ける!!

 

「二人とも……やめ……」

ひゅん……ぼごぉ!!

 

「内臓もうまいな~」

門前とキョンシー!!後門の邪仙!!

逃げ場は無い!!

 

善の悪夢は終わらない!!




くそう!!勇儀さんがあんまり出せなかった!!
見た目包容力マジぱねぇ!!

だが!!私はどっちかって言うとロリ鬼の方が好きなんだ!!
何時か出せたらいいな!!


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地獄の休日!!邪仙と死体の場合!!

皆さんこんにちは。
此処で書く事ではないんでしょうが……

暫くぶりに見たらUAがすごく伸びていた……
一体何があったんでしょう?
何かの手違い?サーバーのトラブル?

兎に角この作品が無事に出せる事を祈ります。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「う?……ん、?」

三人で宿泊している旅館の中、善が今日も目を覚ます。

修行で毎日早起きしている為、今日の様な何もない日でも体が勝手に起きてしまうのだ。

最もたとえ起きたとしても、二度寝してしまえば問題ないのだが……

 

「……なんだコレ?……雨漏り?」

善は自分の顔と頭が、僅かに濡れている事に気が付いた。

寝汗などかく季節ではないのにと、不思議に思って枕から頭を上げる。

 

「……マジかよ……」

そしてようやく謎の液体の正体を理解した!!理解してしまった!!

 

「うへへ……煮ても焼いてもおいしいぞー……」

ジュルリ……

謎の液体の正体!!それは芳香の涎!!寝言と共に絶えず流出ている!!

寝起きそうそうブルーな気分になる!!

 

「温泉、行くか……」

荷物中から自分の服を取り出し、昨日の温泉に向かう。

流石に涎塗れで寝る気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……やっぱりいいモンだな……」

洗い場で、体を洗うと湯船に身を沈める。

昨日散々な目にあった露天だが、温泉に罪は無い。

寧ろやっとゆっくり入れると、上機嫌でお湯を掬い顔に掛ける。

 

「すごい湯気だな……」

朝の早い時間帯で気温が低いせいか、昨日よりも湯気が多く出ておりお湯自体も白く白濁している為、昨日より湯船が大きく感じる。

視界が悪く、自分以外に数人の先客が居たがあまり気にならない。

もう一度、お湯を顔に掛ける。

 

「ぷはぁ!……あーまさに極楽。何時も師匠にイジられすぎて荒んだ……いや摩耗した?心が癒されて行くなー」

グーッと体を伸ばしながら一人愚痴る。

 

「あら、酷いわね。多少の事が有ってもすぐに治療してあげてるじゃない?それに仙人の修行は楽ではないの、心身共に苛め抜いて初めて成れるのよ?不老長寿を手にしたいなら励みなさい」

すぐそばから善の言葉を否定する声がする。

厳しさの中にも、優しさを感じるお言葉だ。

 

「はぁ、そうですね。けど、明らかに私の反応み…………て?……あれ?」

聞き覚えのある声に、さび付いた機械人形の様にぎこちない動きで声のした方を向く。

そこには、鑿を外し青髪を下ろした師匠の姿が有った。

 

「はぁい。善おはよう、昨日はよく眠れた?本人の前で陰口なんて、いい度胸ね?」

そう言ってにっこりほほ笑む。

 

「え?あの、え?え?ここ男湯……なんで此処に?」

混乱しながらキョロキョロと辺りを見回す!!

しかしよくよく見ると……

 

「あら?カマトトぶってるの?ここ、深夜から早朝まで混浴よ?」

そう言って親指で温泉の中央を指さす、そこには昨日まであった竹の壁が無かった。

まるでそれを証明するかのように、数組のカップルが楽しそうに会話している!!

 

「……ホントだ……気が付か――」

 

「嘘なんか、吐かなくてもいいわよ?あなたが理性を投げ捨てて、自身の情欲と若い衝動に突き動かされて此処に来たんでしょ?あなたの考えること位――」

 

「違います!!本当に偶然です!!師匠!!私はそんな事をした事すらありませんよ!!」

必死にそう話す。

その言葉に何事かと数組のカップルがこちらを睨む!!

 

「ごめんなさいね、私の不出来な弟子がご迷惑おかけしてます」

そう言って頭を下げる師匠。

圧倒的に善が悪人の空気に成ってしまった!!

 

「ええー、俺がわるいんですか?コレ……」

 

「まったく、お風呂位静かに入りなさい?」

そう言って師匠が善の隣に身を寄せる。

下衆な感想だが……いろいろと柔らかい。

 

「あの、師匠?スミマセンもう少し距離とってもらえませんか?私の理性的なモノが凄まじい勢いで削られているんですけど……」

 

「あら、何を言ってるのかしら?ちゃんとタオルも巻いてるし、コレはただの師弟のスキンシップよ?何かおかしな事があるの?」

そう言っていたずらを思いついたように、善の腕を抱き締める!!

柔らかい!!凄まじく柔らかい!!そして濡れている!!

ソフト&ウエット!!善から理性を奪える!!

 

「あははは……いや、このままでは『師弟のスキンシップ』から『R指定のスキンシップ』に移行しそうナンデスケド?」

 

全理性を総動員して善が何とか絞り出すように話す!!

 

「それは困ったわね……けどイザと成ったら善を煩悩の数で小分けするわよ?」

 

「108ツ裂き!?」

理性を失った先に有る、残酷な未来に一気に震え上がる!!

最早、煩悩がドウとか言ってる暇はない!!

 

「そうね、今度は指だけじゃすまないわよ?」

ツツーっとお湯の中で師匠の指が善の腕をなぞる。

少しでも師匠の機嫌を損ねたら、腕には三枚おろし以上の惨劇が待っているだろう!!

「や、止めてくださいね?……もう、落ち着きましたから、ね?物騒な事止めてくださいね?」

半分涙目で懇願し始める!!

辺りがお湯で、全裸でなければ土下座を敢行していただろう。

「そうね、今回は止めて置こうかしら?」

 

そう言って柔和な笑みを浮かべる。

うん、笑顔だけなら間違いなく美女である!!

 

「そう言えば指の調子はどう?違和感とか無い?」

そう言って善の右手をお湯から持ち上げる。

右手の指は昨日の朝、第一関節から切り落としてくっつけたばかりだ。

傷跡がくっきり残ってるハズだが……

 

「ああ、素晴らしいわ。しっかりくっ付けて上げた事を加味しても、この再生力は目を見張る物が有るわね」

そう言って、殆ど傷が塞がりつつある善の指をうっとりと見る。

「自分でもびっくりです。『抵抗する程度の力』負傷した状態に対しての抵抗、再生力の向上ですかね?」

自身の力だと言うのに、不思議そうに善が自身の指を見る。

傷が治りかけるその様は善に、人からの出奔を実感させた。

 

「ええ、そうよ。それと仙人自身の持つ回復力ね……良かったわー、これで多少は普通の人間には不可能な薬品の投薬とか、無理な訓練とかできるわね?」

ニコニコと笑う師匠の笑顔を見た善に戦慄が走る!!

 

「いぃ!?そんな事するんですか!?流石にそれはヤバイですよ……少し位加減して……」

善が、明らかにやばい事を始めた師匠を止めようとするが……

「とりあえず、帰ったら水銀とかごちそうしてあげるわね?」

それからそれからと、次々指折り劇物、毒物をすごく楽しそうに羅列し始める!!

「絶対にお断りです!!」

 

 

 

 

 

楽しそうな顔をした師匠と、対照的に酷く疲れた様子の善が旅館の廊下を歩いていた。

「はぁー……良いお湯だったわ」

「私はなんだか心労が――」

 

「おお!!善だ!!さがしたぞぉ!!」

そう話すと同時に芳香が善に体当たりをかました!!

 

「ぐほぉ……どうしたんだ?……ただ風呂に行ってただけだぞ?」

尚も体当たりを敢行しようとするがどうどう、と芳香をなだめながら何処にいたのかを話す。

 

「起きたら誰も居なくて心配したんだぞ?」

不安そうな顔をしている芳香を見ると、善の中に罪悪感が湧いてくる。

 

「悪かったよ。昨日ゆっくり入れなかったから風呂に行ってきただけだ、別に心配する事なんてないんだぞ?」

そう言うと芳香の頭をゆっくりとなでる。

 

「心配させてしまったみたいね、悪い事しちゃったわね?善、今日は一日芳香に付き合ってあげなさい、温泉街だものお土産とか見てるだけでも楽しいわよ?」

そう言って師匠は自身の財布から、現金を取り出し渡してくる。

どうやら、二人で遊んで来いという事らしい。

 

「だってさ、朝ごはん食べ終わったら一緒に出掛けような?」

 

「わかったぞー!!」

善の言葉に芳香はうれしそうに声を上げた。

 

 

 

 

 

「善!!アレはなんだ!?」

芳香が店先の土産ものに目を輝かせる。

その視線の先には、ポッピンがおいて有った。

 

「ああ、コレは確か……音を鳴らす道具だな、吹くか吸うと底がペコペコ成るんだよ」

そう言って芳香に説明をする。

実の事を言うとこんなことがもう何度も繰り返されている。

善は芳香の性格上、何か食べ物を見る度に注文しまくって食べ歩きに成ると思っていたが、店の商品を見る事の方が多かった。

場合によっては珍しくない道具までも、興味ありげに聴いてくる。

 

「なぁ、芳香。別にこんな物見なくても地上に有る物とか多いぞ?少し記憶力が悪く成って来てないか?」

すこし心配になり、善が芳香に尋ねる。

 

「そうかー?悪いが私はあんまり店とか見ないからなー、道具の名前を知らないんだ」

 

「うん?買い物とかしないのか?」

 

「お使い位は行くぞ?けど自分のものは買わないなー」

そう言って再び土産物を見始める。

 

芳香の言葉に、善は何時のも芳香が何をしていたかを思い出す。

(そう言えば、芳香個人の物って服位しか無い?必要ないってのも有るのか?)

「なんか欲しい物ってないか?あんまり高い物は買えないけど、買ってよるよ」

 

そう言って自身の懐から財布を取り出す。

この財布は、さっき師匠に渡されたお金とは違う。

善自身の財布だ。

此処で師匠からもらったお金を使わないのは善なりのプライドだった。

 

「いいのか!?」

善の言葉に芳香が再び目を輝かせる。

「ああ、いいぞ。いつも芳香にはなんだかんだ言って助けて貰てるからな、ほんのお礼だ」

 

「やったぞーー!!」

その場で大げさに跳ねて喜び、適当な物を物色し始める。

最終的に、悩みに悩んだ末に芳香は風車とビー玉を選んだ。

 

「もっと高い物でも良かったんだぞ?」

と善が聴くが本人曰くこれで良いらしい。

商品を受け取って、会計を済ませると、今度は芳香本人がいなくなっていた。

 

「あれ?おっかしいな……」

キョロキョロと辺りを見回す。

昨日師匠が、チンピラな絡まれた等このあたりもあまり治安は良いとは言えない為少し不安に成る、

 

「ぜ~ん!!」

そうこうしていると、隣の店から芳香が出てくる。

手には何かを持っている様だった。

 

「隣の店にいっていたのか?ほら、これ」

そう言って、自身の買ったビー玉と風車を紙袋ごと見せる。

 

「私からもプレゼントだぞぉ!!」

そう言って芳香は善の首に、マフラーを巻きつけた。

 

「なんだ、くれるのか?逆に貰ってなんか悪いな……けど、あったかいよ。心も体も」

そう言って、芳香が巻いてくれたマフラーを撫でる。

ロングのマフラーで、途中から紺と赤と2色に分かれている。

柄的に、ひょっとしたら女性物かとも思ったがせっかくの贈り物だ、ケチをつける必要は無い。

それに実際心と体があったかいのだ、それ以上は何も要らない。

 

「よぅし!!昼は師匠から結構もらったし豪勢になんか食べようぜ!!俺がおごるぞ!!」

行動には行動で返す、それが善の決定だった。

「おお!!たくさん食べるぞ!!」

 

芳香を連れて、近くの店に向かうのだが……

 

 

 

 

 

「スンスン……なんだかいい匂いがするねぇ……アタイ好みの死体の匂いだ!!」

とある妖怪が、猫車を引きながら鼻を鳴らす。

彼女はそろそろ昼を取ろうと此処に来たのだが、芳醇な死体の匂いに引かれた。

死体の香りは彼女の本能をこれ以上無い位に刺激する!!

 

「ああっ!!もうたまらない!!」

彼女は気が付いた時には、目の前にいた少女を攫っていた。

 

 

 

 

 

「うを!?」

善の身体を誰かが跳ね飛ばす!!

目の前で、猫耳を付けた少女が芳香を猫車に乗せる!!

何が起きたか解らなかったが、善は咄嗟に『マズイ!!』と判断して芳香に手を伸ばした!!

 

 

それが失敗だった!!

 

 

善は確かに芳香の腕を掴んだ!!

キョンシーの力と仙人モドキの固い握手だ。

しかし!!

謎の人さらいも妖怪だった!!

つまりこちらも力が強い!!

車の上の芳香が善を掴み、芳香を謎の妖怪が押す事に成る!!

その結果!!

 

 

攫われる芳香に善が腕ごと引きずられる!!

当然下は地面!!運ぶ妖怪は芳香しか見ていない!!

つまり!!

善は妖怪によって引きずり回される事に成る!!

 

 

 

「おおお!?痛い!!やばい!!痛い痛い!!擦れてる!!擦れてる!!」

 

「♪~♪~~」

 

「善!!がんばれ!!」

地獄の街中!!市中引き回し!!

この拷問、地霊殿に付くまで続いたそうな……

 




この前、三人称などが混ざって読みにくいとの指摘を受けました、

少し手直しして視点の固定などをしてみたんですが、何か不都合などの意見が有れば感想欄にお願いします。

出来る限り反映します。


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妖の巣窟!!地霊殿!!

スイマセン
前回から更新に時間が出来てしまいました。
改めて謝罪します。
最後にこれだけ。

さとりファンの人ごめんなさい。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……

車輪が激しく回転する音に混ざって、息が荒くなっているのを妖怪、火焔描 お燐は感じていた。

自分は妖怪だが、その辺の理性なく生きている奴らとは違う。さっきまでお燐は自身をそう思っていた。

しかし今はその考えも正さねばならぬだろう。

偶然旧都を歩いていたら、あまりに香しい死体の匂いにつられてしまった。

「いい匂いだなー」などと考えている内に無意識でその死体を持ち去ってしまっていた!!

自分の本能を激しくこの死体は刺激した!!

気が付きくと自身は死体を運んでいた!!

 

「にしても……やけに重い死体だね……ん!?」

猫車の死体が、僅かに動いた!!それだけではない!!

何かをその手で掴んでいる!!

(今更だが)死体のその手の先を見る。

 

青い布?タオルだろうか?それが自分の後方まで――

「うえぇい!?」

奇妙な叫びと共に、お燐は猫車を急停止させる!!

その、視線の先には……!!

 

 

 

「……う…う……マジで……意識……が……」

青い顔で口から泡を吹く少年!!

さっきのタオルの正体はマフラーだった!!

そのマフラーは少年の首に巻きついている!!

つまり――

「ええ!?首つり!?アタイを使った新手の自殺!!?」

お燐が驚きの声を上げる!!

 

 

 

封分後……

「いやー、本当に申し訳ない」

お燐が善と、芳香の二人組に頭を下げる。

 

「私を死体扱いとは無礼だぞー!!」

芳香がお燐に対して抗議の言葉を発する。

まぁ、何と言おうと本人は死体なのだが……

「あはは、ごめんごめん……それよりお連れさん大丈夫?」

お燐が、芳香の隣の善に視線を送る。

 

「ああ、キツかった……本当に一瞬、河原見えた……」

何事もなかったかの様に自身の首を動かす。

 

お燐の見立てでは、ほぼ確実に死んでいたのだが……

どういう仕掛けなのだろうか?

ひっそりと首をかしげる。

 

 

 

「なぁ芳香?手を放したのはしょうがない、俺も力不足だからな……けどマフラー掴むのはやめろ!!マジで死にかけたからな!?」

大層御立腹の善が、芳香を糾弾する!!

死にかけたのだから無理もない!!

 

「すまない、掴みやすい所に有ったから……」

 

「そこを掴んだら俺は命を落とすんだよ!!リアルで死ぬこと覚悟したわ!!!」

良い訳をする芳香の言葉を無視し、怒鳴りつける!!

 

「す、すまないー!!ゆるしてくれ!!」

涙目の芳香がそう言って許しを請う。

 

「まったく……まぁ、芳香の事は一旦置いといて、えーと……火焔描さんでしたっけ?」

善が、お燐に向き直り名前を確認する。

 

「うん、お燐で良いよ。そっちの方が慣れてるから」

バツの悪い物を感じながらお燐は自身の主に呼ばれているのと同じ呼び名で呼んでもらえるように指定する。

「解りました、お燐さんなんで芳香を攫ったんですか?」

 

やはりそこに行きつくかー、と思いながらもお燐が口を開く。

「いや、ごめんよ?アタイ実は死体を運ぶ系の仕事してて、あまりにも良い死体だったから夢中になっちゃって……職業病って言うの?」

あはは、と笑いながら自身の頭の後ろを掻く。

 

「良い死体?それほどでもなー」

 

「芳香お前よくよく考えろ!!褒められて無いぞ!!」

照れる芳香に、善が突っ込みをする。

それに対して芳香がハッと表情を変える!!

「そ、そうだったのかー!!」

 

「いや、あまりにもいい匂いが――」

そこまで言うと同時に、善がお燐の口をふさぐ!!

 

「ちょっと!?いきなり何を……!!」

 

「お燐さん!!最近芳香は自分の匂いとか気にしてるんです!!そこを突いちゃダメです!!」

こっそりと善がお燐の耳元でささやく。

そして取り繕う様に、笑顔で向き直る。

 

「……善……私、クサいのか?におうのか?」

今にも泣きそうな顔で善に尋ねる!!

お燐の罪悪感が刺激される!!

 

「何を言ってるんだ!!そんな事無いぞ?芳香最近お風呂とかスキンケアとか気にしてるだろ?俺はちゃーんと知ってるんだからな?」

ヤケに良い顔で、芳香にサムズアップする!!

「うう……ぜーん!!」

「芳香ー!!」

芳香が善の名を呼びながら抱き着き、善もそれを喜んで受け入れた!!

熱く抱擁な交わす二人!!関係ない人間から見ると凄まじくウザったい!!

しかし!!

「うえ、くさ……なんか腐った系の匂いが……」

圧倒的不快な匂いにボソリと善が零す!!

芳香ショック!!

上げて落とすスタイル!!

 

「……おまえ、服に血付いてるぞ……尻と背中……」

 

「え!?どこだー?」

善が芳香の背中から尻に掛けてべったり付着した粘度高い血液を指摘する。

 

「あー……ソレ、たぶんアタイのせいだね。猫車は死体運ぶ用だから、死体の血が溜まってたみたいだね……」

お燐がそう言いながら、自身の猫車に溜まった血を見る。

 

「……はぁ、仕方ないね。すぐそこ地霊殿だからそこで洗濯すると良いよ」

責任を感じたお燐が2人を自身の家に誘う。

 

 

 

 

 

「うお……すごい豪邸……」

 

「墓場と同じくらい広いなー!!」

 

善と芳香の二人組が、目の前の屋敷を見上げて感嘆の声を発する。

全体的に洋風な屋敷だが、旧都の街並みに非常にマッチしている。

 

「えへへ、そうかい?ここはねこの地獄の支配者のさとり様の家なんだ、コレ位の立派さ普通さ」

何処か得意気にお燐が胸を張る、彼女に促され二人は地霊殿の門をくぐった。

 

 

 

「あら、お燐お客さん?」

玄関を開けると同時に、奥から少女が歩いてきた。

ねむそうな半目に、胸に付いた赤い目とそれから伸びるチューブ。

彼女こそがこの家の主にして、旧都を治める妖怪の長である。

 

「はじめまして。詩堂 善です。こっちは私の連れの芳香です」

 

「うえーい!!ゾンビでーす!!」

かしこまった善と逆になぜかテンションが高い芳香。

 

「さとり様実は――」

 

「ええ、大体わかりました。お燐は芳香さんをお風呂に、洗濯は他の者にさせます」

トントン拍子に話が進み、芳香はお燐と一緒にお風呂に善はさとりが接待してくれることとなった。

 

 

 

 

 

「どうぞ、洗濯にはしばらく時間がかかるから、それまでゆっくりしてね」

客間に連れられた善にさとりが紅茶を差し出す。

久しぶりだと思いながら、紅茶に口を付ける。

 

「ごめんなさいね。ウチのペットが無礼を働いた様で」

 

「いいえ、構いませんよ。ちゃんとアフターケアしてくれたみたいですし……」

戴きます、と口に出し善が紅茶を飲む。

表面上はこれだけの会話、しかし善の心の中では様々な言葉が渦巻いていた。

 

そんな善をさとりのサードアイはジッと見据えていた。

(スゴイ豪邸だな、いくら位するんだろう?)(紅茶久しぶりだな……久しぶりに飲むと特別な感じがする……)(芳香は大丈夫か?お燐さん芳香の事攫おうとしてたしな……)(お、客間にステンドグラスが……あー、俊さん元気かな?)(師匠は今頃何してるだろう?)(首の痛みも大分引いてきたな)(さとりさんか……地底のボスって言うくらいだからきっと妖怪なんだな?)(一応仙人だっていうのは黙っておこうか)

 

浮かんでは消えていく、善の心の中の言葉たち。

本人は気が付いていないが、さとりのは全てお見通しで有る。

 

さとりはその名の通り覚りの妖怪。

相手の考えている事を全て見透かす瞳、サードアイを持つ妖怪である。

 

 

 

 

 

「うふふ……ずいぶん、落ち着かない様ですね?」

にっこりとさとりが笑い善に話しかける。

 

「そ、そんな事無いですよ?ただ、洋風の家って珍しいなっておもって……」

善が、必死に取り繕い平然を保とうとする。

だが、そんな事はさとりのサードアイの前では無意味だった。

 

(あーあ、慌てちゃって……どんなに誤魔化しても無駄なのに……)

そう言って自身の心のなかでひっそりと、ほくそ笑む。

さとりには実はサードアイを使い、相手をからかう趣味がある善はそのターゲットに選ばれてしまった!!

 

「そぉお?ねぇ善さんって気になったんですけど、何の妖怪なの?」

テーブルに頬付きを付き、善の目を覗き込むようにさとりが尋ねる。

その質問にギクリと善が固まった。

それと同時に再び心の中で、様々な言葉が浮かんでくる。

(またこの手の質問か……)(妖怪の誤認率がほぼ100%……だと!?)(いや、黙ってる訳には)(妖怪って仙人食べるんだよな?大丈夫か?)(やばいぞ!!今は師匠も芳香も居ない!!)(く、食われるか?いや、急には……)(なんとか切り抜けないと!!)

「い、いえ?別に妖怪じゃないんですよ?人間です、人間、年末だし師匠と温泉に遊びに来たんですよね」

 

「へぇ~そうなの……ねぇ善さん?知ってます?私達妖怪にとって仙人の肉ってすごいごちそうなの、年末位そんな御馳走食べたいですよね?…………知り合いに仙人っていません?」

ニタリと笑いさらに善を追いつめる!!

さとり自身は表情に出さないように必死だが、その内心!!楽しくてしょうがない!!

この妖怪!!なかなかのサディストである!!

 

「ひ、ひぃ!?い、いえ。知り合いに仙人様は居ませんね……スイマセン……」

(ば、ばれてる?そんな馬鹿な……)(気のせいに決まってる……)(いや、けどあまりに鋭すぎないか?)(ボロが出ない内に帰った方が……)(芳香がまだ出てこない!!!)(洗濯とかしてたらもっとかかる……)(落ち着け!!冷静に成るんだ、慌てない事だ!!)(いやだ、死にたくない!!)(誤魔化せ誤魔化せ)(何とかしないと……!!)

冷静を装いつつ、心の中で慌てふためく善をさとりが嘲笑う。

言葉のナイフでどんどんこの男を痛ぶってやろう。

さとりが自身の口角が上がってくのを感じる。

相手に悟られないように、自身の右手で口元を隠す。

 

(ああ、この人ホントにいいリアクションするのね……手元に置いときたくなるわ……そろそろ過去のトラウマでも見させてもらいましょうか)

サードイアが、ほんの少しだけ目の焦点をずらす。

心の表面的な部分から、その奥。

トラウマたちが眠る場所へ……

 

 

 

(さぁ、あなたはどんなトラウマが潜んでいるの?)

 

それは平和な午後の一時……

「うーん……なんか耳に違和感が有るな……耳掃除でもするか」

善が、少し音が聞こえにくくなったと思い、綿棒を使い自身の耳を掃除しようとした。

その時横から声がかかる。

「あら、耳掃除?折角だし私がやってあげるわ、こっちにいらっしゃい」

そう言って畳の上に正座で座り、自身の膝を軽く叩く。

青い髪に水色のワンピースの美女。

この記憶の主が『師匠』と呼んでる女性だ。

 

「いいんですか!?お願いしまーす!!」

膝の魔力にあっけなく陥落した善が、師匠の膝の上で横に成る!!

その行動スピードは、欲に駆られた彼だからこそ出来る動きだった。

 

「じゃあ、始めるわね?動いちゃダメよ?」

何時でも思い出せる様にと、膝の感触を必死で記憶しようとする!!

最早、師匠の声など聞こえたいない!!

だが、だが!!もう一つの音は聞こえた!!

 

ギュィィィィィッィン!!

 

それは機械音!!何かが高速で動く、ドリルのような回転音!!

その音が耳のすぐそこから聞こえてくる!!

 

「し、師匠?なんかやばい音しません?」

震えながら善が自身の師匠に問う。

 

「変な音?ああ、それならこのドリルの音ね」

そう言って善の目の前にかざすのは、日曜大工などで使われるハンドドリル!!

銃の様な形でトリガー部分を押すと同時に、細い螺旋状の鉄の棒が高速で回転する!!

 

「この前、偶然手に入れたのよ?1分間に2000回転ですって」

自慢げにドリルを回転させる。

今更だが、明らかに耳を掃除する道具ではない!!

 

「師匠!!コレ、使い方違――」

 

「ジッとしてなさい。もし手が滑って耳が傷ついたらどうするの?」

 

「み、耳どころか鼓膜や三半器官もやばいんですけど!?離してください!!やっぱり自分で――」

 

「えい!!」

ズボッと耳に何かが侵入する!!

ギュイイィッィィィィィィィイッィイッィン!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

「きゃぁあああああ!?!?!!?」

悲鳴をあげてさとりが立ち上がる!!

突然の事で善が驚く!!

 

「さ、さとりさん!?どうしたんですかいきなり!?」

慌てて、さとりに駆け寄る善だが……

その瞳はまだトラウマを覗いていた。

本人の意志とは関係なく、サードアイはさらに善のトラウマをさとりに見せた!!

 

 

 

 

 

それは有る食事時……

「おかわり!!」

善が箸を持って行っていたキョンシー(彼が芳香と呼んでいる妖怪)が勢いよくそう話す。

「芳香、そろそろやめないか?」

そう言って心配する善。

彼女はもう既に3杯以上のどんぶり飯を平らげていた。

 

「ヤダ。まだお腹すいてる」

そう言ってガンと譲らない。

「けど、もうおかず無いぞ?」

善がそう言う様に、食卓にはもう既におかずが無かった。

味噌汁なら、僅かに残っている物のそれだけというのは味気ない。

 

「大丈夫だ。イザという時の秘密兵器が有る、私の右のスカートからとってくれ」

 

「?……まぁ、良いけどさ……」

そう言って芳香のスカートの右ポケットから、一枚の写真を取り出す。

 

「おーこれこれ。これが有ればおかずはいらないなー」

そう言って芳香の見ている写真を、善が横から覗き込んだ。

 

「いいいっ!?」

それはいつぞやの手術の写真。

意識を失い胸を開かれた自分の写真!!

芳香の視線は自分の内臓が露出した部分にそそがれていた!!

 

「うへぇ。きれいなピンク色だぞ」

ジュルリと涎を垂らしながら、写真を見る。

 

「俺の分のおかずやるから、それで飯を食うのは頼むからやめてくれ!!」

 

 

 

 

 

「ひぃあああああ!!??」

更にさとりが、悲鳴をあげさらに、何かにつまずき転ぶ!!

突然の動きに完全に善は理解できていない!!

「あ、あの?一体どうしたんです?」

心配しながら善が、さとりのすぐ前にしゃがむ。

 

当のさとりはサードアイを何とか、トラウマから他の部分に向けようとした。

しかし、これが過ちだった!!

 

次にサードアイが読み取ったのは善の脳内妄想!!

正にピンク一色!!オールピンク!!健全なこの作品でほお見せできない様な妄想のオンパレード!!しかもモザイク一切なし!!

 

「ひゅう……」

立て続けに見せられた、善の心の世界に遂にさとりの精神はギブアップ!!

意識を手放した!!

 

 

 

 

 

一方善は混乱の渦中に居た。

何故かさとりが急に、奇声をあげ立ち上がったと思ったら今度は気絶してしまった。

「どうすればいいんだ?」

ほとほと困り果て、誰かを呼ぼうとするが……

 

 

 

「うにゅ!?さとりさま!?」

部屋の入口付近から声がする!!

「え?」

善が顔をあげるとそこには、長い髪、ナイスなバスト、マントか羽の様な物、素晴らしいサイズの胸、右腕に8角柱の様な物を装備した巨乳の少女が立っていた。

そしてその8角柱の様な物を善に向けた。

「【CAUTION!!】【CAUTION!!】異物侵入発見!!異物侵入発見!!速やかに処理する!!」

ヤケにアナウンスじみた声をだし、スカートから一枚のカードを出す!!

 

「核熱【ニュークリアフュージョン】!!」

 

圧倒的な炎の弾が発射され善を狙う!!!!

 

「わわわわ!?まじかーーー!!?」




べ、別に「Sなさとりん可愛いよ!!はぁはぁ!!俺を蔑んでくれ!!」とかいう理由でこうなった訳ではありません。
地底の主なので有る程度、相手を攻撃する性格だろうと考えた結果です。
チャンと理由が有るのです。
本当ですよ?

後は……私の趣味だ!!


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集合!!地霊殿の妖怪達!!

今回は少し短くなりました。

私の力不足です。
次回はもっと長くします。

*2月17日修正しました。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

地底の~お宅訪問!!

今回お邪魔したのは地霊殿の客間。

ステンドグラスが怪しくも美しく優しい光を醸し出し、上等な赤い絨毯にシックで機能性を重視したテーブル。

暖炉には、火がともり寒い時期のお客でも大丈夫。

流石は旧都の支配者の家!!

誰もが羨む、高級住宅!!

 

の!!筈でしたが!!

 

現在!!その客間は目も当てられない状況!!

 

 

 

「いったい何が有ったの……?」

善による妄想を見てしまい、キャパシティオーバーを起こした事で意識を手放したさとりは、目の前の惨状を見て絶句する!!

ステンドグラスは人が一人でて行けるサイズで叩き割られており、壁には焼け焦げと大穴!!

テーブルは燃え、家具の殆どが破壊されている。

そんな中でヤケに現実味を持って自身のペットの声が聞こえた。

 

「うにゅ!?まだ逃げるの?」

自身のペットのお空が、ステンドグラスから腕を突き出し中庭を攻撃している。

被害状況などを考えると一瞬目眩が起きるが、ここで倒れる訳にはいかない。

暴走気味のお空を放っておくとどうなるか解らない!!

意を決してお空に近付く。

 

「……一体何をしてるの?」

 

「侵入者退治……うにゅ!!……外した……もう一度!!」

ジト目でお空に尋ねながら割れたステンドグラスから、中庭を見る。

そこには!!

 

「うひぃ!?アッツ!!尻熱!!」

中庭で必死にお空の攻撃から逃げる善の姿が!!

尻に火の粉が飛び、その場で飛び上がる!!

その様子にさとりがギョッとする!!

 

「お空!?やめなさい!!、その人はお客さんよ!!」

必死になってお空を諌める。

 

「ええ!?そうなの?」

さとりの言葉にやっとお空が攻撃をやめる。

 

 

 

 

 

「ウチのペットが重ね重ね申し訳ありません……!!」

何とも気まずい空気でさとりが善に頭を下げる。

因みに善の髪は少し焦げている。

 

「いえ……運良く当たらなかったので、そんなには……もう勘弁デスケド……」

焦げた髪を気にしながら善がそう話す。

 

「お空にはきつく言って置きますから……!!」

そう言って再度さとりが頭を下げる。

善はただ、苦笑いで返すだけだった。

 

 

 

暫くして、体を洗い終わった芳香とお燐が戻ってきた。

洗濯は乾かすのにもう少しかかるらしいので、芳香はお空に借りた服を着ている。

 

「あちゃー……客間が滅茶苦茶じゃないか、さとり様二人をアタイの部屋に呼んでもいいですか?」

客間の惨状を見たお燐が気を利かせさとりに進言する。

 

「ええ、お願いできる?客間の掃除とかしないといけないから……お空手伝いなさい」

げっそりしながらさとりがお空を捕まえる。

正直今日一日、というかここ数時間で心労の溜まり方がヤバイ。

さらに言うと、善の近くに居ると色々意識(悪い意味で)してしまうのでお燐の申し出はありがたい。

 

「ええー!!私お兄さんに頼まれごとしてたのにー」

お空が不満そうに口をとがらす。

「い・い・か・ら!!来なさい!!」

恐ろし形相でさとりがお空をにらむ!!

 

「さ、お二人さん。アタイの部屋はコッチだよ」

逃げるようにしてお燐がウインクして二人を自室に連れて行く。

 

 

 

 

 

数時間後……

「はい、ここまでやればいいでしょう……割れたガラスとかはまた業者を呼んで……」

ブツブツ言いながら、さとりが客間の掃除を終わらせる。

お空の破壊した物は、殆ど捨てる事に成ってしまった。

 

「お空?ちゃんと反省してる?」

 

「は、はい!!ごめんなさい!!」

泣きそうな顔で、さとりの言葉に応える。

必死で首を振っている所を見ると、しっかり反省した様だ。

 

そこで不意に気になるのはさっきの二人の事だ。

 

(お燐はちゃんとしっかりしているかしら?)

紅茶でもまた淹れて持って行く事にする。

お空は、地底の妖怪に頼まれごとをしているみたいで、再び出かけてしまった。

 

 

 

「よし、準備出来たわ」

完成した紅茶とケーキのセットにさとりが息を漏らす。

とっておきの茶葉を使用した、至高の一杯だ。

トレイに乗せて、お燐の部屋に向かって行く。

 

扉をノックしようとして、その手が止まる。

中から僅かに、三人の声がする。

さとりはそっと、その言葉に耳を澄ませる。

 

 

 

「ほらぁ~お燐さん、このオモチャの具合はどうですか?」

善の心底楽しそうな声そのすぐ後に、お燐の切なそうな声が聞こえる。

 

「お、おにぃさぁん!?ひ、ひどいよぉ!!アタイが我慢できないの分かってるんでしょ?」

 

「もっと、速く出来るんですよ?ほらほらほらほら!!」

 

「はや、速すぎるよぉ!!」

 

「善、私もやりたいぞ!!」

 

「お、芳香もやる気か?よし、こっちを貸してやろう、二人でまわすぞ!!」

 

「おおー!!これはすごいぞー」

 

「ああっ!!ふたつ!?ふたついっぺんなんて……!!」

そこまで聞いてさとりは扉を開けた。

 

「あら、みなさんお楽しみね。何処で買ったのかしら?()()()()()()()()()

そう言って、善と芳香の持つ猫用のおもちゃを見る。

お燐は猫の姿で、じゃれついている。

 

「いやー、お土産物屋で見つけてつい買ったったんですよ、お燐さん猫だって言うから使ってみたんですよねー。ほらほら~」

そう言って、プラスチックと布で出来た猫じゃらしをお燐の前で振る。

 

少年と猫の戯れ!!健全!!全く持って健全なシーン!!

もしも、どこか不健全な事を考えた人がいたのなら心が酷く汚れています。

座禅でもして、心をきれいにしましょう!!

 

「速い!!速すぎる!!ああ、体がつい反応しちゃう~」

お燐がそう叫び、寝転がりながら先の布の部分を猫パンチする。

 

「えへへ~、かわいいぞ~」

そう言って芳香も同じようなモノを、お燐の前で振りまわす。

 

「2本いっぺん!?ああ~たまらないね!!」

そう言って2本目の猫じゃらしにも反応し始める。

 

「遊んでもらってたのね、お燐?」

さとりがテーブルにトレイを置く。

 

「そうですよぉ……はぁはぁ……少しハッスルしすぎましたぁ……」

そう言って猫の姿のまま、椅子に乗る。

 

「さて、洗濯していた服も乾いた頃ね、これ以上引き留める訳にもいかないわ」

三人にケーキを出しながら、さとりがそう呟く。

暫くしてさとりが差し出した紙袋には、乾いた芳香の服が入っていた。

 

「すいませんさとりさん、何から何まで……」

申し訳なさそうに善が頭を下げる。

それに対してさとりはふっと微笑んだ。

 

「良いのよ、これ位。それに殆どがこちらに非があるわ、お燐も気に入ったみたいだしまた今度旧都に来たときは地霊殿によってね?」

 

「はい、ありがとうございます」

そう言って善はうれしそうに頭を下げた。

暫くお燐やさとりと話した後、芳香が自身の服に着替え二人は地霊殿を去って行った。

 

 

 

「はぁ、忙しい人たちね……」

さとりが小さくなっていく善と芳香の背中を見つめる。

 

「あーあ……あの二人とは結構気が合ったのに……」

何処か残念そうに、お燐がつぶやいた。

旧都と地上の距離を知っている彼女だからこそのセリフだろう。

 

「私も少し残念に思うわ、あの子トラウマかなり量も多いし内容も興味深かったわ……師匠に、芳香に完良(あきら)、ね……またいつかゆっくり見たいわね」

さとりはそう言って、嗜虐的に笑いぺろりと唇を舐めた。

 

 

 

 

 

「あーあ、今更だけど碌な事が無いな……」

歩きながら善が一人で呟く。

思い返せば、縛られたり、投げられたり、捕まったり散々な目にしか会っていない気がする。

不運のバーゲンセールだと自嘲気味に笑う。

「そうか~?私は楽しかったぞ?」

ピュンピョンと芳香がご機嫌でスキップしている。

 

「お前はな?俺は散々な目にあってばっかりだよ……」

そう言う風にため息を漏らす。

そんな二人を見つめる複数の瞳が有った……

2人の隙を突き、その瞳たちが飛び出す!!

 

 

 

 

 

旅館にて……

善の師匠は、街で買った温泉饅頭を食べようとしていた。

 

「ふんふふ~ん♪やっぱり、御饅頭はこしあんよね~。あら、お茶がきれたわ、ぜ~ん!!お茶を……っといけない、芳香と出掛けてるんだったわ、あの子がいないと少し不便ね……」

そう言いながら、自身でお茶を入れ始める。

 

再び座布団に座り、お茶を片手に饅頭を手にしようとする。

その時!!窓が割られる音が自分の後ろから響く!!

 

「一体何かしら?」

不機嫌になりながらも、割れた窓ガラスを見る。

床には丸められた白い紙、どうやら石に紙を巻きつけて外から投げ入れた様だった。

警戒しつつも、ゆっくり紙を広げる。

そこには簡素な地図とメッセージが添えられていた。

 

数秒後師匠は紙を破り捨てて、旅館から走り出した!!

 

 

 

 

 

「よくきたなぁ!!邪仙さんよぉ!!」

指定された場所に行くと、そこは何か理由が有って破棄された旅館だった。

一昨日の妖怪が大量の仲間を集めて師匠を待っていた。

 

「善と芳香はどこ?返していただきたいのだけど?」

射抜くような視線を、リーダー格の妖怪に投げかける。

普通ならそれで、怯えてしまうのだろうが人質とさらには多勢に無勢という状況が妖怪達に活気をもたらしている。

 

「うるせぇ!!こちとらお前らにやられたせいで面目丸つぶれなんだよ!!いいか?此処は地底!!俺達妖怪どもの住処だ!!此処にのこのこ仙人風情がやってくること自体舐めてるよなぁ?餌にされてもしかたないよなぁ!?だから食ってやろうっての!!」

無数の妖怪達が咆哮を上げる!!

数は20~30は余裕で超えている。

 

「はぁ……私は善と芳香の居場所を聞いてのだけど?」

うんざりと言った感じで再び師匠が口を開く。

そこに恐怖は無く、悠然と自身の手を煩わせた妖怪達へのイラつきだけが存在していた。

 

「約束通り、札は置いてきたよなぁ?お前さんだけ武器が有るのなんて卑怯だしな?心配すんなよ!!お前の妖怪仙人モドキと、腐った死体はここだぜ?」

そう言ってリーダー格の妖怪が、天井の梁を指さす。

柱に芳香と、善がきつく縄で縛られていた。

 

「泣けるよな~、この仙人モドキ。俺らが死体になんかしようとすると必死で庇うんだぜ?死体の方は『直してもらえるから』って言うんだけどそれでも庇うんだぜ?死体がノロマだったお陰で簡単につぶせたぜ!!ぎゃはははは!!」

 

良く見ると善の恰好はボロボロだ、顔は腫れて鼻血がいまだに垂れている。

 

「人質の積り?そんなの私には――」

 

「違う違う、こう使うんだよ!!」

パチンと、指が鳴らされ仲間の妖怪が善を縛る縄をきる。

地面に落下する善を、妖怪が掴み師匠の方へと投げ捨てる!!

 

「何のお積りかしら?」

自身の足元に投げ捨てられた、善を一瞥して改めて妖怪達にむきなおる。

 

「そいつを起こせ、俺らに恥かかせたのはお前ら二人だ!!だからよ?お前ら二人をぶっ潰すのが先だろ?」

そう言ってだらりと紫の舌を伸ばす。

コレは彼らなりのけじめなのかもしれない、卑怯な手でも譲歩したことにより彼らは平等だったと思いこめる。

彼らが満足するための自己ルールなんだろう。

最も、師匠に丸腰で来させた上に善もあらかじめ痛めつけて置く等、平等性など全くないのだが。

 

「善、起きなさい。仙人ならそれ位何とも無いハズでしょ?」

 

目の前に倒れる善を再び一瞥し、そう声を掛ける。

しかし反応は無い。

「善、師匠が起きろと言ってるのよ?……起きなさい」

再度善に言葉を投げかける。

一瞬の静寂ののち、ピクリと善の指先が動く。

「…………ええ…………まだ……行けます……よ……お!!」

 

満身創痍でボロボになりながら善が立ち上がる。

何度も、転びそうになりながらもその瞳は闘志を失ってはいない!!

その様子を見て師匠はふっと笑う。

 

「良いわ、それでこそ私の弟子ね。さて、あなたのミスのせいで芳香が大変な事に成ってるわ。どうするつもり?」

視線を妖怪達に戻しながらそう善に話す。

厳しさの中にも信用を含んだ言葉だった。

次に来る言葉はもうわかりきっている。

 

「無論、奪い返すまで!!」

 

その言葉に再び師匠が、微笑む。

善と師匠が妖怪の群れに跳びかかる!!




イヌ耳も良いが……猫耳も捨てがたい……

いいねぇ……別に私はケモナーではないんだ……

ただケモ耳っ娘が好きなんだ……
無論尻尾も好きさ。

最近ドレミーさんって言う獏の子が出たけど……
あの子尻尾生えてるよね?……なら……もしかしたらだけど……獏耳も生えてるのかな?


そんな事思う今日この頃……


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抗え!!邪仙の弟子よ!!

予告のとおり長くなりました。
連続になります。

2月17日一部修正。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

(自身の気を体に流す!!丹田から両足、両手へ!!身体能力を向上させる!!)

普通の人間の身体から、超人の様な動きへ。

仙人の気を纏う戦い方、善はその方法を半場自己流で行っていた。

思い出すのは昨日師匠にキョンシーにされた時の事。

キョンシーの脳のリミッターを外す戦い方。

だが、今回は違う!!

リミッターを外すのでなく、体の身体機能を底上げする!!

結果は似ているが仕組みはほぼ逆の戦い方である。

だが、似ているからこそ善は戦うことが出来ていた!!

 

「うおおおおぅうう!!」

気を左手に流し、目の前の妖怪を殴打する!!

仙術などではない、気を使える格闘家の様な力任せの一撃!!

人間には十分必殺と言える威力!!

だが!!

「なんか止まったかぁ!?もろいぜぇ!!」

妖怪自身も、人間とはスペックが違う!!

たとえ人間に効く攻撃でも、妖怪には殆ど効果が無い場合もある!!

遠く必殺とはならない!!

逆に野太い腕であっさりと地面に押さえつけられる。

「モドキでも仙人なんだよなぁ!?食ったら格が上がっちまうかもなぁ?」

そう言って善の頬をべろりと気持ち悪い舌が舐める。

 

(くそぅ!?どうすれば!!今までの事は無駄じゃないだろ!?)

善が内心で舌打ちをする。

善はただ悔しかった、『勝てない』という現実に。

その事は、過去の自身の努力を否定されるのと同じ事!!

師匠の期待を裏切るのと同じ事!!

 

(師匠は、きっと俺なら勝てると思った声を掛けてくれたハズだ。なのにこの醜態かよ……!!)

この事態に善は無力感を感じた!!

しかしそこに良く知る声が響く!!

 

「善!!何をしてるの!!気を溜めるだけじゃないでしょ!!溜めたら外に出すのよ!!」

他の妖怪を叩き伏せながら師匠が激を飛ばす!!

 

(出す……?……でも出るトコなんて……!!)

その時思い出す師匠の言葉!!

『手の中にあるなら穴をあければいいのよ』

自身の右手!!切られつなげられた五本の指!!

 

「……穴、あったぜぇ!!」

目の前の妖怪の顔面に右手をくっつける!!

気の流れを指の傷痕から放出!!さらに自身の『抵抗する程度』の力を付着!!

 

「……ぎぃやあああああああ!!?!は、はがはがああああ!!」

目の前の妖怪が痛みで、跳ね上がる!!

その顔は、まるで手で掴まれたような形で崩れていた。

 

「な、何をしたぁ!?」

 

顔面を押さえながら妖怪がこちらに聴く。

「なるほどね……気を使って内部に抵抗する力を送り込んだが、こうなるのか……良いね!!シャイニングフィンガー(仮)と名付けよう!!」

 

ニヤリと笑い自身の好きなアニメの技の名前を仮で付けた。

そう言った善が、飛び上がり妖怪の胸に自身の右手をくっつける!!

 

「気の通り道って知ってるか?無理やり流されるとスゲー痛いんだぜ?」

 

「へ!?……ぎゃぁああああ!!?」

バチバチ!!という音と共に妖怪が跳ね上がる!!

そして白目をむいて気絶してしまった。

 

「どうよ?ホンの激痛程度だったろ?」

 

ゴキゴキと自身の右手の指を鳴らす。

「さぁーて……抵抗させてもらいますかねぇ!!」

確かな効果、それが善に自信を与えた!!

 

善は自身の腕を武器に、妖怪達に戦いを挑む!!

素早い妖怪は攻撃の瞬間に、力の強い妖怪は攻撃後の隙に、防御の高い妖怪は正面から堂々とその体に、気と抵抗する力を流し込む!!

 

「ごはぁ!!?」

善の倍近くの体躯を持つ妖怪が、痛みに転げまわる!!

 

「思ったよりやるわね?」

師匠が、善の傍に来て満足そうに笑う。

今の善はそれに笑い返す余裕さえあった。

「ええ、もちろん。師匠のお陰ですよ」

振り返りもせず、近寄った妖怪にシャイニングフィンガー(仮)を叩き込む!!

「子供の成長って早いわー。おむつを替えてあげたのがずいぶん昔の様ね」

 

「私は外来人です、師匠に替えてもらった事なんてありません……よっと!!」

心の中で礼をし、右手を振るう!!

すぱーんと音を立て妖怪がまた一人吹き飛ぶ!!

 

そして遂に……

 

「さぁて……残るはアンタ一人みたいだな?」

 

「覚悟は出来てるかしら?」

リーダー格の妖怪に向かって、善と師匠が構える。

 

「ヒュー!!スゲーな、出来るだけたくさん声かけたつもりだけど……やべーな邪仙も、モドキも。しょーじき言って舐めてたわ……」

そう言いながら、余裕で煙草をふかし始める。

善も師匠もこの妖怪と戦った事はある、大した力は無かったハズだがなぜこんなにも余裕なんだろうか?

 

その時善が恐ろしい物に気が付く。

 

「……おい……おまえ……それって……」

震えながら、妖怪が腰かけている物を指さす。

 

「あれぇ?気付いちゃった?そうだよ、これが此処が潰れたワケさ」

そう言った、バンバンと()()を叩く。

 

「ここは幻想郷……忘れられたモノの楽園だ。2~3個くらい忘れられた不発弾ぐらいあるよなぁ!!」

妖怪の足元には、乱雑に不発弾が積み重なっていた。

 

 

 

「俺も仮にも灼熱地獄のある場所生まれなんで、熱とかには強い訳よ。けどオタクらはどうだい?チーとばかし厳しいんじゃねーの?運よく避けたとしても……あの死体は燃えちゃうよな?」

そう言った天井に梁に縛られた芳香を見る。

 

「おまえ、卑怯だぞ!!」

 

「卑怯で結構!!俺のプライドの方が何兆倍もおもてぇんだよ!!」

その瞬間天井を突き破って、真っ赤な太陽が床に着弾する!!

「な、なんだ!?」

善が驚き、警戒する。

 

 

「ハズレか……まぁ、いい……誘爆するまで止めんなって言って有るしな」

善が穴の開いた天井から、外にいる人物を見る。

それは……

 

「お空さん!?」

その言葉通り少し離れた、高い建物からお空がこっちを狙っていた。

 

 

 

 

 

「うにゅ?爆発しないよ?」

お空が疑問に思って隣の妖怪に話しかける。

お空の用事とはこの妖怪に会う事だった。

「なぁに……気にするこったねぇぜ?爆発するまで撃てばいいんだからな」

 

額に大きな角を持つ青いツナギの良い鬼、通称ヤらないか鬼ぃさんがそこにいた。

この鬼、実は解体業者なのだが今日は前々から、不発弾のせいで手が出せなかった建物を破壊する事に成った。

だが危険なため、お空に協力を願いでたのだ。

無論、中で何が行われているかなどお空も鬼ぃさんも知りはしない。

 

 

 

「次の一発で、ここは吹き飛ぶかもな!!あばよ仙人ども!!」

妖怪がのけぞって笑う。

 

「善、芳香はしょうがないわ……運よく残ってたら直すから逃げるわよ!!」

師匠が善の手を掴む。

その声には珍しく焦りが滲んでいた。

 

「そんな、芳香を見捨てるって――」

『ありえない』善はそう言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。

目の前の師匠は今まで見た事の無い位辛そうな顔をしていた。

 

「辛いのは私も一緒よ!!けどしょうがないわ!!」

善は理解する、師匠自身も辛いのだと、悔しいのだと、自身の無力が呪わしいのだと……

そんな師匠の瞳に善は、見覚えがあった。

 

その瞳に善の過去のトラウマがフラッシュバックする!!

 

「お前は役には立たない!!」

 

「幻想郷では、働かない奴は生きては行けんぞ!!」

 

「たぶんだけど、妖怪に食われて終わりだよな?」

 

過去に何度も体験した、自身の無力を呪う記憶……

何も出来ず、ただ逃げるだけの、目を背けるだけの自分がいる記憶……

負け犬、敗北者、そんな不名誉な称号を受け取らざるを得ない自分……

何事をも、どんな理不尽さえも受け入れざるを得ない弱者の瞳……

師匠の目には、僅かだがそんな過去の自分に似た物が見えた。

 

(そんな目をしないでください……あなたはもっと未知で不思議で底知れない人で在ってくれ!!)

善の中で激しい感情が渦巻く!!

だが、同時に何故は冷め理解している部分もあった。

(…………しょうがないよな、芳香とは俺以上に長い付き合いだもんな……それに二人はすごく仲がいいし……俺自身も、二人には笑顔でいてもらいたい……

二人の内どっち欠けてはいけない……

じゃ、まだ終われないよな……!!)

 

善は一瞬で決断を済ませる。

後は師匠がくれた自身の能力を信じるだけだ。

静かに自身の右手を握る。

 

「師匠、コレ持っててください……燃やしたくないんで……」

ふわりと、師匠に芳香からもらったマフラーを渡す。

少し汚れて一部ほつれかかった所も有るけど、道具に無頓着な芳香が選んでくれた品物だ。

燃やしてしまいたくはない。

 

「善?何を……?」

師匠が不思議そうにこちらを見る。

「さぁて……最後のもう一足掻きだな!!」

 

そう言うと同時に走り出した。

一瞬遅れて、師匠が何をしようとしているのかを僅かに理解する!!

 

「善!!やめなさい!!」

 

「俺がそう言って止めてくれた事ありましたっけ?」

最後にニヤリと笑いう、その言葉だけ残し善はもう振り返りもしない。

 

 

 

(決断は済ませた。自身の身なら何が起きようと後悔は無い!!

目指すは、二人の無事だけ!!

両足に全力で気を流し込む!!そしてリミッター自身も無理やり外すぅ!!)

 

善は右足で思い切り地面を踏みしめ跳んだ!!

ブチ、ボキッ!!と言った嫌な音が右足なら痛みと共に響いてくる!!

散々痛めつけられた身体での、更に気を消費してでの戦闘。

極めつけに自身の限界に逆らう無理なジャンプ、すでにボロボロ過ぎた体に、無理な負荷が掛かり骨や筋肉が耐えられなくなっているのだ。

だが、そんな事は足を止める理由にはならない!!

 

「もう一回!!」

飛び出した先で、屋根の瓦を今度は左足で思い切り踏み込む!!

再び響く痛み!!激痛!!

やはりここでも先ほどと同じような痛みが走る!!

骨、筋肉、神経全てが悲鳴をあげる!!

だが、だが!!その一歩はお空に届く一歩!!

目標に向かえる一歩!!

しかし無残に事に……!!

 

()()()いくよ~」

お空の手から2発目の太陽が発射される!!

しかも軌道上は善の目の前!!

一瞬だが善の顔が恐怖に歪む!!

しかしそれも、すぐに表情を変える!!

 

「いいぜ……いいぜ!!却って好都合だ!!俺の実力見せてやる!!」

地霊殿で見たよりもずっと大きく、凄まじい熱量を持った灼熱の紅球!!

善はもう移動手段はない!!逃げれない!!たとえ逃げる手段が有ったとしても善はもう逃げない!!

圧倒的な、神の力を持つ炎に素手で自らの身体一つで立ち向かっていく!!

 

(右手に……力を集中!!全力で抵抗する!!)

右手を突出し!!

善が紅球に触れる!!

その瞬間、殺人的な炎の熱さと共に善の脳内の危険信号が一斉にアラームを上げる!!

本能が訴える!!

『避けろ!!逃げろ!!やめろ!!勝てない!!諦めろ!!生き残れ!!馬鹿な事はするな!!無理だ!!危険だ!!無茶だ!!意味などない!!救えはしない!!』

弱気な自分が叫ぶ!!それを無理やり精神で抑え込む!!

 

「避けない!!逃げない!!やめない!!勝って見せる!!諦めない!!生き残る!!やるしかない!!無理じゃない!!危険など知らない!!無茶でも通す!!意味はある!!救って見せる!!俺は!!自分を変えて見せる!!!!」

 

灼熱が善を襲う!!燃やそうと、消し炭に変えようと圧倒的な力で全身をを蹂躙する!!

しかし善は止まらない!!

圧倒的な力に屈しはしない!!無力な自分には帰りはしない!!

足掻い(抵抗し)て、戦っ(抵抗して)て、抗っ(抵抗し)て、のたうちまわっ(抵抗し)て、立ち向かっ(抵抗し)て、俺は!!俺は自分を変えて見せる!!」

涙を流す自分のビジョンを右手で握り潰す!!

 

その瞬間ふっと、真っ赤だった視界が開ける!!

目の前には、驚き顔のお空が立っていた。

 

善は灼熱の地獄を、地底の太陽を突き抜けた!!

その事実に善はニヤリと笑った。

 

「お空さん!!悪いけどそれ、ぶっこわさせてもらいます!!おらああああああああ!!!」

残った左手でお空の制御棒を思い切り殴りつける!!

ピシパシと何かが砕けるような音がする!!

善の拳が砕け、制御棒が折れ曲がりヒビが走る!!

 

「どうよ……俺の…実……りょ……く……」

お空に抱きかかえられるように、善は倒れた。

 

 

 

その様子を師匠と妖怪は黙って見ていた。

「そんな……馬鹿な……」

妖怪が力なく崩れ落ちる。

 

ヒュンと風を切る音が響き、上から芳香が落ちてくる。

どうやら何かを投げて、芳香のロープを師匠が切った様だった。

 

「これでお終ね、妖怪さん?」

意識を取り戻した芳香を抱きながら、師匠が睨む。

 

「おわり……?そうだな!!お前らは終わりだ!!」

妖怪は最後の悪あがきをする!!

妖怪が不発弾の一発を手に持ち、怪力で他の不発弾に叩きつける!!

まばゆい光があふれ爆発音が周囲に響く!!

 

妖怪の目の前にはもう誰もいなかった。

 

「やった……やったぞ!!遂に仙人どもを倒した!!ざまぁ見ろ!!俺様に逆らうからだ!!あ~すっきりした!!これで今夜はゆっくり眠れるな!!はははははははは!!」

馬鹿みたいにげらげらと笑いだす妖怪。

 

「何を言ってるのかしら?あなたにはもうそんな安心して眠れる日なんて一生来ませんことよ?」

そう言って師匠が地面の穴から飛び出してくる。

 

「な、なんで?」

 

「爆発というのは横と上に衝撃が行くものなの……地下に潜れば多少はね?」

そう言って自身の髪を停めたいた鑿を見せる。

 

「さぁて……私のかわいい弟子()とかわいいキョンシー(芳香)に手を出した覚悟は出来てるかしら?」

 

「食べていいのかー?」

ゆっくりと、しかし確実にいつの間にか復活した芳香と二人がかりで妖怪を包囲していく。

 

「せ、仙人さまは……そんな酷い事しませんよね!?ゆ、許してくれますよね!?」

泣きそうな顔で妖怪が必死で懇願する。

その顔には最早プライドのカケラすらない。

 

「あら?知りませんの?わたくしとーっても怖くて、とーっても悪ーい邪仙ですのよ?……そのお願い聞いてもらえるとおもいまして?」

白魚の様な指が妖怪の頬を撫でる……

キョンシーが涎を垂らしながら近付いてくる……

 

「ひ、ひぃ……いやだ……いやだああああああtwんwwwああああああああああ!?」

 

 

 

 

 

「まーた来たのかいアンタ?」

この世とあの世の境目……俗にいう賽の河原と呼ばれる場所に善は来ていた。

此処の船頭をしている小野塚 小町が胸をガードしながら善に聴く。

 

「死んだのか……俺?」

ボソリとそう呟く。

「まだ違うね、アタイがアンタを向こう岸に渡したら晴れて死人の仲間入りだね、けど……アンタはまだ死にそうにないね」

 

サボれて良かったよ、と小町がつぶやく。

 

「師匠が、俺を連れ戻そうとしてるのか?」

 

「正解……まったく、死をどこまで侮辱すれば気が済むのか……きっと死んだ後、四季様怒るんだろうな~……ま、アンタも同じだけどね、『抵抗する』んだろ?自分の死にすら?」

そう言って適当な石に座る。

台詞の割には何処か楽しそうにもみえる。

 

「俺の帰る場所が有るなら……俺は帰りますよ……さよなら小町さん……船の上で二人きりになれなくて残念です」

そう言って手をふる。

 

「ちょ!?ちょっと!!やめてよ!!いま、マジに背中にサブイボたったよ!!ってか船の上で何をする気なんだい!!」

そう話すが善の姿はもうなかった。

 

 

 

 

 

「あれ……ここは何処だ?」

見慣れない天井を見て善が目を覚ます。

 

「あら、ずいぶんお寝坊さんね」

 

「おはようだぞー!!」

師匠と芳香の二人が善を見下ろしていた。

 

「ここは何処です?まだ旅館?」

混乱気味な頭を何とか動かす。

 

「ここは地霊殿ですよ善さん?」

横からさとりが顔を覗かせる。

言われてみれば、そんな気もする。

 

「地底のいざこざに巻き込んですいませんでした……」

そう言って頭を下げる。

そののちにさとり達から変わる変わる説明があった。

 

あの日から3日経っていた事。

あの妖怪達は前々から問題に成っていた事。

あの建物は彼らのたまり場で結局取り壊された事

怪我人は妖怪達以外に居ない事。

お空の制御棒が修理された事。

などなど様々だ。

 

「とんだ年越しになったわね……」

ぼそりと師匠が呟く。

あの日から三日……確かに今日は大晦日だ。

折角だからと地霊殿のメンバーがそばを作ってくれる予定だ。

善の無事を確認した師匠は街に出かけてしまった。

 

 

 

両手、両足は酷い状態なので回復にもう少しかかるらしい。

傷が浅かったのか、あの状態から切断などなくちゃんと回復させたくれるのが師匠の凄い所かもしれないと善は笑っていた。

ギプスで固定され何も出来ず暇でしょうがない。

そんな折、さとりが扉を開けて入って来た……

 

「ごめんなさいね……本当にアナタ達に迷惑をかけたわ……何か私達に出来る事は……」

さとりがそう言った瞬間善は自身の頼みを心中でひっそりと話した、

 

「え?お空を……?なるほど……わかりました、準備させますね」

そう言って部屋から出て行った。

その日の深夜。

 

 

 

師匠と芳香は善の寝ている部屋に来ていた。

実は善がさとりに呼んでもらったのだ。

 

「一体どうしたの善?急に私達を呼ぶなんて?」

 

「ねむいぞー」

その時窓の外から破裂音がした。

ヒュー……パパーン!!

 

「まぁ!!花火!!」

師匠が言うようにそれは花火だった。

実は善は師匠が地底に来るとき、花火がみたいと言っていたのを覚えていた。

そのため、善はさとりにお空を貸してもらって花火型の弾幕をあげてもらったのだ。

「どうです?……私のせいで地下で年越しする事になっちゃいましたからね……あと、芳香にもプレゼント送ったし、師匠にもって」

善は少し恥ずかしそうにそう話した。

 

「まぁ、キザなのね?その態度でいったい何人の子を泣かせたの?」

 

「恋人ってか友達自体殆どいないんですけど……」

師匠の言葉に善が、テンションを下げながら答える。

 

「本当にきれいね……地底で花火が見れるなんて……ありがと」

そう言って師匠は善の頭を撫でた。

なんだか心がくすぐったいのだが、残念ながら手も足も動かせない為素直に受け入れるしかなかった。

 

「師匠、さっき出かけたけど何しに行ったきたんですか?」

そう言えば何かを買っていたなと善が話題を振る。

 

「ああ、それ?簡単に言うと私からあなたへのプレゼントよ」

嗜虐的な顔でそう話す。

その瞳に善の背筋が凍る!!

 

「あなた、私が『やめなさい』と言ったのにあの日飛び出したわね?」

そう言って鼻の頭に指を突きつける!!

 

「いや、だってあの時は……」

 

「言い訳しないの!!良い事?弟子は師匠の命令には絶対従うものよ?私が足を舐めなさいと言ったらその場で舐めて、肝臓を出しなさいと言ったらすぐにとり出して、自害しないさいと言ったら笑って死になさい!!」

圧倒的不平等!!ジャイアニズムも真っ青なブラックルール!!

師匠はそれを堂々と言い放つ!!

 

「いやですよ!!なんですかそれ!!弟子にも人権を!!」

善が不満を言いはじめる!!しかしそれも無理はない!!

 

「さて……お仕置きを始めましょうか?」

ニヤリと何時もの微笑みで、紙袋を漁る!!

今回取り出すアイテムは!?

 

「じゃーん!!元気に成るお薬~(液体タイプ)」

怪しげな小瓶に入った液体!!

善の居る場所からは見えにくいが「赤マムシ」だの「天狗」だの「百戦練磨」だの怪しい謳い文句が書いてある!!

 

「それ……なんですか?」

善は自分の予想が外れる事を祈りながら、恐る恐る尋ねる!!

 

「何って『元気になるお薬』よ?『夫婦の愛が深まるお薬』『弟妹が出来る薬』ともいうわね?」

そう言って薬を善の目の前で振る。

 

「なんでこのタイミングで持って来た!?元気に成るってもの一部だけだし!!」

 

「一応体力回復の効果も――」

 

「要りません!!返してきてください!!」

善が必死で首を振るが、しょせん動けない身!!出来る事などほとんどない!!

 

「5本セットで安かったのよ~、その手じゃ一人で()()出来ないでしょうけど……そうじゃ無いとお仕置きにならないわよね?」

師匠がビンを片手に近寄る!!

 

「いやです!!止めて……止めてください!!師匠!!」

 

「ほぉら……いやなら抵抗してみなさ~い。お薬~ゴォレンダァ!!!!!」

 

 

 

 

 

夜もすっかりふけ、二人は縁側に居た……

 

「ねぇ芳香……この一年どうだった?」

 

「う~ん……覚えていないけど楽しかったぞ!!善がいたからな!!」

師匠の言葉に芳香がうれしそうに応えた。

そうね、と師匠も満足そうに応える。

 

「来年はもーっと楽しくなるわよ?」

 

「おおー楽しみだな!!」

除夜の鐘と月だけが2人を見ていた。

 

 

 

 

「ふおおおお!!らめぇええええ!!服がこすれりゅうううう!!!」

 

「お燐離しなさい!!妄想が、妄想が襲ってくるの!!こうするしかないの!!」

 

「ナイフを置いてください!!さとり様!!サードアイを閉ざさないで!!」

 

めでたし?

 




地霊殿編は今回で終了です。

え?出てない子がいる?全員出る訳ではないでしょ?
まぁ、そのうち出てくるでしょう……

因みに必殺技に名前いいアイディアありません?
流石にシャイニング~は不味いかと……


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奪還!!3人の平穏!!

今回は前回の続きになりました。

たぶん次回よりまた地上での話になると思います。

更に今回からまたコラボを募集しようと思っています。

活動報告にも書きますが、興味を持った方はお気軽に声を掛けたください。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

コツコツ……トコトコ……

何処までも広がる真っ黒な空間、上も下も右も左もないただひたすら『闇』によって塗りつぶされた空間。

善は一人そこを歩いていた。

何もかもが見えない世界で、自分だけがはっきりと見えていた。

空腹も疲れもない、不足は無かった。だが、ここではない何処かへ……と言う願望はあった。

 

「俺は……何が欲しいんだ?」

暗闇の中でたった一言自分に問う。

解りはしない、不足はないが不満は有った。

足りない何かを満たそうと、善は再び歩き始めた。

何かを見つける為に……

 

「ああ、ここに居たのね。探したわよ?」

「ぜ~ん!!見つけたぞぉ!!」

不意に響く自身の師匠と芳香の声。

善はそれに対して振り返った。

 

「師匠?芳――へ!?」

そこまで言って善は驚きの声を上げた!!

何故ならば!!

 

ドシンドシン!!ズシンズシン!!

2人が歩く衝撃で地面が揺れる!!

「な!?なんでそんなに大きいんですか!?」

 

2人の姿は巨人と化していた!!

目算で10メートル以上だろうか?

善は2人を見上げるような体制に成る!!

 

「あら、気付かないの?あなたが小さくなったのよ?」

師匠がヒョイっと善を指先でつまんで持ち上げる!!

 

「わわわわ!?た、高いです!!下ろしてください!!」

必死でもがく善だが……

 

「うふふ、すっかりかわいく成ったわね~」

 

「小っちゃいぞ~」

2人が善を指先で突く。

 

「止めてください!!ちょ!?芳香も突くな!!」

必死で抵抗するがそれも全てむなしいだけ!!

 

「うー……お腹が空いたぞぅ」

ジュルリと涎を垂らしながら芳香が善を見る。

 

「もう、さっき食べたばかりでしょ?……善しかないわね、これで我慢しなさい」

 

「わかったー」

師匠が善を芳香の口元へ持って行く!!

 

「な、何を考えてるんですか!?止めて!!食べさせないで!!死にたくない!!まだ俺は死にたくない~!!」

必死で暴れて何とか師匠の手から逃げる!!

地面に落ちた後、がむしゃらに走るが……

 

「えい」

 

「うわ!?」

呆気なく師匠の指て、転ばされてしまう。

更にぐりぐりと腹を指で突かれる。

 

「逃がしはしないわよ~。私に掴まったのがあなたの運の尽きね、ずっとおもちゃにしてあげるから」

そう言ってニヤリと善を見下ろす師匠。

だんだん指に込める力が強くなって行き……

 

 

 

 

 

「うわぁああああああ!?や、止めて!!!止めてください!!」

善の意識が一気に覚醒する!!

視界に入るのは地霊殿の天井だった。

 

「あれ?……夢か?……ああー、焦ったぁ……」

一連の出来事が夢だと理解し、改めて自身の状態を確認しようとするが……

現実に戻ってきたハズなのに尚も腹が圧迫される!!

 

「おおおぅ!?おま!?何してるんだよ!!」

目の前には、芳香が善の腹に頭を乗せて眠っていた!!

しかも腹に巻かれた包帯が、赤く錆び臭いにおいがする!!

 

「んあ~?……あけましておめでとう……」

まるで状況を理解出来ないまま、芳香が新年のあいさつをする。

 

その時スッと扉が開き、お燐が姿を現す。

 

「もう起きてたんだね。あけましておめでとう」

 

「お燐さんまで!?もうダメか!!」

善が絶望の声を上げる!!

自分の腹の包帯が赤い!!

芳香がそこに頭を乗せていた!!

更に死体運びを生業とするお燐まで来た!!

 

「まさか内臓を食われるとは……」

半場諦めの境地で、再びベットに横に成る。

 

(新年早々死ぬとは……けど俺の死体はお空さんに燃やしてもらえるのか……それだけが救いか……なぜだろう?痛みを感じない……安らかな気分で逝ける……)

 

「あのー?お兄さん?なんで二度寝してるの?」

お燐が無遠慮に善を揺り動かす。

 

「いや、内臓系をやられたら……」

 

「えい!!」

 

「おおぅ!?死体蹴り……ん?」

そう語る善を無視し、お燐が善の腹を触る。

痛みは……ない!!

 

「あれ?痛くないぞ?」

不審に善が思って良く見るが……

 

「傷もない?あれぇ!?」

善の腹には火傷程度で傷などなかった!!

ただ単に包帯が汚れていただけだった!!

 

「お兄さん思い込みで行動するタイプだね?……コレはキョンシーの子の食べこぼしの血だよ。昨日お腹が空いたって言うから、ちょっと死体を分けてあげたんだよ」

お燐がわらいを堪えながら話す。

 

「ああ、そうなん――俺をテーブル代わりに死体食うなよ!!それはそれでダメだろ!!」

一瞬納得しかけたが善がツッコミを入れる!!

意識のない内に見ただけで恐ろしい事が平然と行われていたと考えるとゾッとする。

 

「はぁい!!善おはよう、昨日はよく眠れた?あと新年おめでとう」

師匠が笑いながら壁を透過するように現れる。

 

「ああ、師匠……新年って事は()()は初夢に成るのか……さっそくブルーな気分だ……」

先ほどの夢の内容を思い出し、善ががっくりと落ち込む。

せめて夢の中では、そっとしておいてほしかった。

今年も師匠たちに振り回されるのかと、考えると憂鬱になる善だった。

 

「あら?何か不満でも有るの?」

そう言いながら布団の傍に置いて有った油性ペンの蓋を開ける。

 

「油性ペン?何に使うんですか?」

そう質問する善を余所に、師匠は善の掛け布団をどかす。

そして手早く、善の内股に線を一本書き足す。

正正T

 

「みんなが善を見に来るたびに、何回来たか分かる様にカウントしてるのよ」

そう言ってにっこり笑う。

 

「なぜここに書いた!?凄まじく悪意のある部位に悪意のあるカウントの仕方ですよ!?」

 

「だってそっちの方が面白んだもん」

そう言ってかわいく笑う。

毎回ドキリとしてしまう表情だが、碌な目に合わない事を考えると困りものである。

 

「また、そう言って――痛ッ!?」

師匠の手から油性ペンを取り上げようとして右手を伸ばすが、その瞬間激痛が走った!!

 

「あらあら、善ダメよ?あなたは今意識が有る事自体、半分奇跡みたいなものなんだから……」

そう言って、師匠が善の右手の包帯をゆっくり外していく。

 

「コレって……!?」

包帯の下から出てきた自身の右手を見て絶句する。

皮膚は酷く焼け爛れ、爪は消失し酷く嫌な匂いがする。

場合によっては切断する必要すらあるだろう。

 

「これがあなたのした無理の『代償』よ」

伏せ目がちに師匠が口を開く。

お燐は、空気を読んだのか善にあてがわれた部屋から何も言わずに出て行った。

 

 

 

 

 

「まずは何処から話そうかしら……ふぅ、弟子にまで隠し事はしたくないわね、全部話すわ」

何時になく真剣な表情に善は息をのんだ。

悪ふざけにない師匠の言葉だ、非常に重要な事を話すのは容易に予想できる。

 

「最初にお礼を言っておくわ。ありがとう、もしあなたがいなかったら多分三人で話せていなかったわ」

そう言って珍しく師匠が頭を下げる。

横にいた芳香もそれに習う。

 

「形式上の事はこの位にしてあなたの身体に事について話すわ。

まずは全身の火傷ね、コレは大した事ないわ多少痕は残るかもしれないけど……そこまで問題はないわね。

次は両足、無理な力の込め方をしたのね?筋肉と骨がダメージを受けてたわ。

曲りなりにもあなたは仙人の力の一端が有るし能力と組み合わせれば、一週間程度で歩く程度は出来るハズよ、最も走ったり跳んだりなんて事はもちろん厳禁ね。

左手は簡単な骨折、指が5本同時と言うのは辛いでしょうけどここはこれで済んだとプラス思考に考えましょ?命よりは安いはずよ」

此処まで言って師匠は再び言葉を区切った。

 

「最後に右手ね……借り受けたモノとはいえ神の力に挑んだ代償は軽くはないわ……正直な話をしましょうか。

今は何とかくっ付いてる、けどこれからどうなるかは全く分からないわ……

私は出来るだけ補助をする気だしあなたの能力はまだ生きてるみたい。

だけど最悪は想像しておいて」

 

そう言って師匠は善の右手を持ち上げた。

激しく痛みが走り善が顔をしかめる。

 

「痛いのかー?」

善の表情を読み取り芳香が心配そうに此方を見る。

それに対し善は軽く笑顔で応える。

 

「大丈夫だ……痛いのは治る証拠だよ」

無理やり笑顔を作った善を見て師匠が軽く息を漏らす。

 

 

 

「さて、ここからはあなたの師匠として話すわ。

先ず最初に言っておくけど私、ううん違うわね。私と芳香は今嘗てないほどあなたに対して怒ってるわ」

 

「おこってるぞー!!」

善の隣に座り師匠が口調を厳しくする。

師匠だけでなく、芳香まで自分に怒りを抱いていると言っているのだ。

僅かに善は息をのむ。

 

「前にも言ったけどあの時私の命令を無視して、あの妖怪に向かって行ったわね?今後二度とあんな事はしてはダメよ!!」

 

珍しく師匠が激しい口調で善をしかりつける!!

しかし善は……

 

「あの時はしょうがなかったんです!!俺が行ったからこそ芳香が助かる可能性が……!!師匠だってさっき俺がいなかったら『3人で話せてなかったって』――ッ!!?」

 

そこまで言ってパチンと何かがぶつかる音がする。

一瞬遅れ善は自分の頬に熱を感じた。

その時善はやっと自分がはたかれたのだと理解する。

 

「うぬぼれるのもいい加減にしなさい!!それはすべて結果論よ!!あなたは自分の力を過信しすぎよ。『抵抗する程度』の能力は確かに仙人の能力と相性はいいし、守りだけじゃ無く傷の修復や攻撃に対する耐性、更に攻撃まで行える応用力が高い強力な能力よ、けどあなたはまだ『人間』でしかないわ!!自分じゃなくちゃダメ?それは私と芳香両方を馬鹿にした物言いよ。

もしあの時あなたが少しでも修行をサボっていたら、もし後少し火球の威力が高ければ、もし私があなたの指に傷をつけたいなければ……どれか条件が一つでもずれたらあなたは死んでいたわ、今回は幸運だっただけ。

良い事?2度目は無いわ、今回はそれだけ言っておくわ」

それだけ言って師匠は、善の右腕に再び包帯を巻き始めた。

まるで冷水でも掛けられたように善の心が冷えていく。

 

「……師匠……スイマセン……俺、私は少し調子乗ってました……すっかり人間超えたつもりで……」

師匠の厳しくも温かい言葉に善の、舞い上がった心が落ち着きを取り戻していく。

 

「反省している様ね……ならもう言う事は無いわ。

力を手に入れたばかりの時は誰しも、驕って痛い目を見る物よ。

これからは気を付けなさい、あなたはもう偶然私達の目の前に現れた『外来人』ではないわ、あなたは『私の弟子』よ、私がいて芳香がいて善がいるの。

3人そろってこれからもたくさん修行しましょうね……はい、出来たわ」

そう言って師匠は善の右腕に包帯を巻き終えた。

 

「はい……はい!!ありがとうございます!!」

善は二人に向かって、その場で頭を下げた。

 

「ああ、忘れる所だったわ……」

そう言って善の右手を再び掴み、小声で何かを唱える。

一瞬熱を感じた後、包帯の表面に複雑な文字と絵の様な物が現れた。

 

「コレは……?」

 

「回復用の呪術ね、人体に使うには少し危険だけどこれ位しないとたぶんダメだから。

さぁ、行きましょ?さとりさん達がおせちを用意してくれてるわ。

あなたは動けないでしょうから、持ってきてあげるわ」

そう言って師匠は、扉を開けて出て行った。

 

「師匠……芳香……」

 

「なんだ?呼んだか?」

善の言葉にすぐそばに待機していた芳香が反応する。

 

「俺、まだ強く成れるか?……もっと力を手に出来るか?」

 

「善……大丈夫だ!!善の師匠はすごい人なんだぞ!!その弟子の善も強く成れるはずだ!!」

そう言って芳香は善の頭をなではじめる。

 

「やめろ……少し力が強いぞ……」

 

「おっと、すまない……だがやめないからな!!私に心配させる善はこうだ!!」

そう言って尚も激しく善の頭を撫でる!!

 

「わかった、わかったってば……」

 

「死ぬのだけは許さないからな」

最後の芳香が口調を変え、ピタリと手を止める。

 

「分かってる……俺達はもう二人と一人じゃない。俺は師匠の弟子だ、俺達は三人だ。誰も欠けちゃいけないんだな……」

そこまで言って善は気が付いた。

 

(なーんだ……俺の欲しい物ってコレだったんだな……)

さっき見た夢の内容、善は自身のいつの間にか手に入れた幸福を無くさないようにと、一人小さく願った。

 



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2色の瞳!!心を食らう妖怪!!

前回の予告の様に今回から、また地上編です。
暫くは日常回の予定です。


「あ~寒い寒い」

年が明け一月も中ごろとなった有る雪の日。

一人の妖怪の少女が墓の中を歩いていた。

紫色の傘を脇に挟み、両手に息を吹きかける。

 

「ああ~ひもじいよぉ~」

この妖怪の名は多々良 小傘。

捨てられた傘に妖力が宿り、妖怪化した付喪神の一種だった。

彼女には普通の妖怪とは違う特徴が存在する。

彼女は人間の感情その中でも『驚き』の感情を食べ生きているのだ。

しかし感情と食べるという事は、相手を驚かすことが出来ないとまともに食事をすることが出来ない事を意味する!!

 

「はぁ~お腹すいたな~」

小傘はこの所まともに『驚き』を食べていない。

 

「せっかくこんな所(墓場)まで来たのに収穫なしか……」

小傘は周囲に人がいない事を確認し、がっくりと肩を落とす。

実はこの墓場、彼女が以前まで人を驚かすスポットとして使っていたのだが、ある日ゾンビが現れ追い出されてしまったのだ。

それ以来あまり近寄らない様にしていたのだが……

今回はあまりの空腹に耐えかね、再びこの場所にて墓参りにきた人を脅かそうとしているのだ。

 

「う~……お正月だよ?みんなもっとご先祖を敬うべき……ックシュン!!あ~、寒い……」

鼻をすすりながら、墓場の奥まで歩いてくる。

こうなったら収穫が有るまで帰れない!!

 

「寒い寒い――あ”」

小傘の目に留まったのは、倒れて重なった墓石たちだった。

すっかり雪に埋もれて、解らなかったが近づいてみると何とか理解出来た。

雪で滑ったのか、誰かがいたずらしたのか複数の3、4個程度の墓石が重なって道の真ん中をふさいでいる。

 

「しょうがないな――こんなんじゃ誰も墓参りに来てくれないよ~」

自分の縄張りが荒らされた様な気がして、小傘は倒れた墓石を直そうと近寄った。

その時!!

彼女の足に違和感が走る!!

雪で正確な姿は見えないが、グニッっとした明らかに石ではない感触!!

手に持った墓石を横にズラし、それが何なのか確認しようとしたその時!!

『ソレ』が動きだし小傘の足首を掴む!!

 

「ひぃい!?」

『ソレ』の正体は自分と同じような生き物の腕!!

ひやっと冷たい感触が伝わってくる!!

 

「な、何々!!!何なの!?」

あまりの恐怖で涙目になりその場で尻餅をつく!!

その手の正体、墓石の下敷きになっていた男がゆっくりと口を開く!!

 

「……すいま……せん……たす……け……マジで……死ぬから……」

人とは思えない青白い顔で、その顔が喋りだす!!

小傘の心の中は恐怖で支配された!!

 

「いやぁああああああ!!あああああくあくあく!!悪霊たいさーん!!」

 

「ま……まって……」

ずらした墓石を、その男に全力で叩きつける!!

 

「ぐはぁあああ!?」

墓場に悲鳴と断末魔が響き渡る!!!!

 

 

 

 

 

「すいませんでした!!」

墓石の下敷きになっていた人物、善に対して小傘が頭を下げる。

あの後、善の必死の呼びかけにより人間だと気が付いた小傘が墓石をどかし救出したのだった。

 

「あー、酷い目にあった……」

善が寒そうに自身の手を擦り、墓石が乗っていた腰の部分をさする。

 

「わちきすっかり妖怪だとばかり……ごめんなさい」

再度頭を下げる小傘。

 

「ああ、気にしないでください。妖怪に間違われるのは慣れましたから……」

そう言って何処か遠い目をした。

 

(うん、今度から初めて会った人には『人間です』って最初に言うようにしよう……)

最早半分あきらめの境地!!それまでに善の妖怪としての誤認率は高いのだ!!

 

「それよりなんで墓石の下に居たの?」

恐怖が無く成れば今度は興味が出てきたのか、小傘が善にオッドアイの瞳を投げかける。

「ああ、それはちょっと色々ありまして……」

 

 

 

 

 

~回想~

「やっぱり自分の家が一番ね~」

「一番だぞ~」

「一番ですね~」

三人の人物が炬燵の近くでダラダラしている。

 

一人目はこの家の主にして善の師匠!!

炬燵に突っ伏し、品の良い顔は炬燵の暖かさの前にゆるみきっている!!

 

二人目は師匠の作ったキョンシーの芳香!!

あまり関節の曲がらない彼女は、胸の下までを炬燵の中に差し込みだらりと寝転がっている、表情もいつもよりリラックスしている気がする!!

 

三人目はここで弟子として住み込みで修行いている少年、詩堂 善!!

他の二人に比べ普通に足を炬燵の中に入れるスタンダードな体制だが、はやりその顔は緩みきっている!!

 

このリラックス満載の一行が仙人たちだとはだれも思うまい!!

 

「ぜ~ん。みかんが食べたいわ剥いて頂戴」

師匠が突っ伏したまま、善にみかんを剥くように指示する。

炬燵の上にはみかんが山に成って置いて有る。

因みに昨日善が雪降る中、人里に買いに行った物である。

 

「え~?みかんぐらい自分で剥いてくださいよ……流石にそれは弟子の仕事じゃないでしょ?」

善が渋る。

みかんを剥くという事は必然的に、炬燵の中から手を出さなくてはいけない訳で……

本人も実はみかんが食べたかったが、寒さで断念した所なのである!!

しかしそこに来るのは師匠の無慈悲な命令!!

善は、みかんの為に両手を寒さにさらさなくてはいけないのか!?

 

「なに言ってるの?右手のリハビリよ、まだ偶に動かすと痛みが有るでしょ?」

その言葉に反応し、炬燵の中から複雑な呪術式が書かれた包帯で、覆われた自身の右手を取り出す。

その場で、にぎにぎと動かそうとするが鋭い痛みが走り、少し躊躇してしまう。

 

「今、必死で再生をしようとしているの。少し位動かさないと体に悪いわ」

心配そうな顔で、善を見てくる。

そんな事を言われれば、無下にも出来ない訳で……

 

「解りましたよ……今すぐ剥きます」

そう言ってみかんを手に取って、剥き始める!!

 

「……(案外チョロいわね)」

ボソリと師匠が呟くが善は気が付かない!!

おだてられやすいのが、善の弱点だ!!

そうこうしている間にみかんが剥け、善は師匠にみかんを差し出す。

 

「はい、剥けましたよ」

 

「ナニコレ?」

しかし!!師匠は不満気である!!

 

「何って、みかん――」

 

「そうじゃないわ、なんで外の皮しか剥かないのかって言いたいのよ。

白いスジスジが残ってるし、薄皮も有るじゃない!そっちも剥きなさい」

尚も机に突っ伏したままで、師匠は御立腹の様だった!!

 

「ええ!?こっちも剥くんですか?」

善は、白い筋も気にせず食べてしまうタイプの人間!!

よって師匠の様な、白い筋まで取ってしまう人間とは分かり合えなかった!!

 

「ぜーん!!私も欲しいぞ!!けど筋は取ってくれ、あと3個くらい食べたい!!」

更に芳香の追加注文まで入る!!

明らかに時間がかかり過ぎる!!

 

「ぜ~ん、早く剥きなさい」

 

「私も欲しいぞー!!」

かしましく二人が口を開け、善にみかんを剥かせようとする!!

 

「ああもう!!解りました!!ちょっと待っててください!!今すぐに剥きますから!!」

そっそくみかんを剥き始めるが……

 

(やべぇ……メンドクセー……ってか師匠の一個と芳香の三個剥いたら俺の分残んねーじゃん……)

カゴの中のみかんを見て善が僅かに思う、そして!!

 

(抵抗する程度の力で何とかならないか?)

余計な事を思いつく!!本人は前見たように内部に能力を送り込み、皮を実の部分から引きはがせないかと思った!!思ってしまった!!

みかんをカゴごと掴み!!!

 

「シャイニングフィンガー(仮)!!」

自身の力を使う!!

その瞬間!!

 

パァン!!パパパァン!!

中の果肉ごと見事にはじけ飛ぶみかん!!

原型を無くし、部屋中に果汁とフレッシュな香りがぶちまけられる!!

 

「善……何をしてるの……?」

 

「べたべただぞぉ……」

ゆらりと師匠と芳香が立ち上がる。

師匠は青い髪からオレンジの果汁をしたたらせながら。

芳香ははじけ飛んだみかんの残骸を顔に付けながら。

 

「あ、あふ……二人とも、フレッシュな香りです……ね?」

何とか誤魔化そうと言葉を紡ぐが……

 

「教育が必要な様ね……芳香!!」

 

「イェッサー!!」

 

「ごめんなさい、も、もうしませんから、許して、許してくださ――あああ!?ぎゃあああああ!!!」

 

 

 

 

 

「――という事が有って、ボコボコにされた後墓石の下敷きにされたんだよ」

善が昨日の自身の失敗を語る。

「いやいやいや!!どういうことなの!?仙人ってそんなことするの!?」

 

実にあっけらかんした善の様子に小傘が突っ込む!!

しかしこんな事はもはや善にとっては日常茶飯事!!

『今回は雪が降ってきて寒かったなー』くらいにしか思っていない!!

慣れとは非常に怖い物である!!

 

「それより感情を食べる妖怪ですか……変わった妖怪もいるんですね」

そう言って、善が小傘の持つ傘を見る。

本人の話では、手に持っている傘も本体だし人間の様な姿も本体であるらしい。

 

「人を驚かすなら、街に行きませんか?たぶん師匠いまだに怒ってるから、ほとぼりが冷めるまで帰れないんですよ……」

ポリポリと善が自身の頬をかく、何よりも雪が現在進行形で降っている!!

正直屋根のある場所に向かいたいのだ!!

 

「うん!!二人で協力して人を脅かそう!!」

そう言って人里に向かって歩いて行った。

ちゃっかり善も一緒におどかす役に成っているのはヒミツ。

 

 

 

 

 

人里

何時も賑やかなこの場所。

今年は寒さも厳しいが、里の仲間の協力で乗り切り新年を祝った会が有ったばかりだった。

昨日のアルコールが抜けきっていない農夫が、何時もの癖で鍬を持ちふらふらと里の中を歩く。

足取りがおぼつかなく、案の定誰かに当たってしまった。

 

「あ~すまねぇ……チーとばかり、ふら付いてて……ひゅう!?」

ぶつかった相手を見て農夫が小さく悲鳴をあげる!!

その相手は邪仙の弟子の詩堂 善!!

いや、里では彼の本名を知る者は極僅かだ、彼は人里の中では二つ名で呼ばれる。

その二つ名とは――

 

「い……邪帝皇(イビルキング)……」

ガクガクと震える農夫に対して、手に持っていた紫の傘を閉じ手を差し伸べる。

 

「大丈夫ですか?……お酒の匂い……飲みすぎですか?」

何気ない普通の行動!!しかし!!恐怖に呑まれて農夫には何か裏がある様に思えてならない!!

 

(な、何をするつもりだ!?……か、傘?……ま、まさか仕込み武器!?お、おらで試し切りする気か!?)

「う、うわぁああああ!!」

農夫はその場から悲鳴をあげ、走り去った!!

 

 

 

「あれ、どうしたんだろ?いきなり走り出して……小傘さん?」

疑問の思う反面、小傘が満足気な顔をしているのに気が付く。

 

「あっはぁ、今のオジサンの驚きおいしかったなー」

ふんと鼻息を荒くし、満足げに頷く。

 

「え?アレだけで食事終わり?」

 

「一応は食べれたよ?けどもっと食べたいから一緒におどかしてよ、やっと食べれた感情なんだよ?」

 

「……その前に適当に飯屋行きません?今朝から何も食べてないんです」

そう言って自身の腹をさする。

その様子を見て、小傘は有る事を思いつき善に耳打ちした。

 

 

 

食事処にて……

「天そば、ざるで大盛り二つね!!」

 

「ハーイただいま!!」

雪が降っていると言うのに店内ではワイワイガヤガヤと活気が有った。

誰しもが頬をふと揺らす食事風景にソレは来た。

 

「いらっしゃ……いい!?」

受付の女性が来店した、男を見て手に持っていた湯呑みをおとす!!

湯呑みが割れる音と共に、店内が水を打った様に静かに成る。

 

「何見てるんだよ?」

来店した男、善が口を開く。

その横には珍しく一人の妖怪がいた。

しかしその妖怪は明らかに様子がおかしかった!!

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

まるで壊れたレコードの様に同じ言葉を繰り返している。

 

「おい、早く席に案内しろよ……注文は適当に温うどんで。席は出来れば座敷が良い、開いてるか?」

ジロリと善が店員を睨みつける。

 

「は、はい!!ただ今!!」

びくびくしながら必死に座敷席を開け、二人を案内する!!

座敷席に向かう善と尚もひたすら謝り続ける小傘。

 

「……黙れ。殺すぞ?」

何かシャクに触ったのか、善が後ろで尚も謝り続けた小傘の首を引っ掴む!!

 

「は、はい!!ごめんなさい!!」

口をパクパク開け、必死に謝罪する小傘!!

あまりの仕打ちに、店中の視線が集まる!!

 

「行くぞ」

しかし善はそんな視線など無視して、小傘を引きずり座敷席へと入って行った。

 

 

 

周りの視線が無くなった瞬間善の態度が豹変する!!

「(小傘さん大丈夫ですか?さっき強く掴みすぎませんでした!?)」

ひそひそと小傘に耳打ちする、その姿はさっきまでの暴力的な姿とは似ても似つかない!!

 

「大丈夫大丈夫、むしろどんどんお腹ふくれてるから!!この調子でお願い」

こちらも、コロッと態度を変えてニヤニヤ笑いだす。

その表情は非常に満足気だった。

 

「は、はい……なんか小さい子に暴力振るってるみたいで、気が進まないんですけど……」

 

「私の方が年上なんだけど?」

そう、コレは小傘の考えた作戦!!

善にくっつくだけでお手軽に『驚き』が食べれる夢の作戦だった!!

*その代償として善のイメージはどんどん悪くなっています。

暫く二人の『芝居』は続いた。

 

 

 

「はぁ~、そろそろ帰りますか?」

注文したうどんを食べ終え、適当にだべっていたがそろそろ夕方近くだ。

あまり遅いと師匠が心配する。

善が伝票を手にする。

 

「うん、わちきも十分『驚き』は食べれたから満足だよ……行こうか」

帰ると言う言葉に反応したのか、小傘が一気にテンションを下げる。

2人が表に出たとき、雪が大分強くなっていた。

ドンドン降っており、明け方にはかなり積もっている事が予測できる。

 

「あー、もう少し早めに出た方が良かったかな?」

そう言いながら善が、雪降る中に足をふみ出す。

目の前を容赦なく雪が横切り、視界を覆う。

しかし不意に雪が目の前から消えた。

 

「傘を差した方がいいから……」

そう言って自身の持つ傘を、善の前に差し出す。

 

「ありがとうございます、コレお借りしますね。今度墓に来てください、返しますから……」

そう言うとヒョイっと小傘から傘を借りる。

サクサクと雪を踏みながら善は歩いて行く。

 

小傘はそれを見送ると、どこか寂しそうに善と反対方向に歩き出す。

(いいな……外来人なのに、幻想郷内に帰れる場所が有るんだ……)

一人の妖怪がそう思った。

お腹は膨れているのになぜか心にぽっかり穴が開いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談

「ただいま帰りましたー」

 

「お帰りー……善みかん――じゃなかった、芳香がお腹を減らしてるの、夕飯作ってくれない?」

 

「お腹すいたぞー!!」

最早デジャブレベルで同じ姿(炬燵から出ていないのだろうか?)の師匠たちが善に指示を出す。

 

「ハイハイ、解りましたよ……材料は有ったハズ。

できれば手伝ったもらえますか?()()()は少し作るの大変なので」

そう言いながら台所に何か作れる材料はあったかと、思考を巡らす。

4人分という善の言葉に、唐傘がうれしそうに揺れる。

 

「まったく、何処に行ってたかと思ったら……おかしなモノを()()()()()()()

師匠が紫色の唐笠を触る。

 

「つい拾っちゃったんですよ。良いでしょ?食事は人数が多い方が楽しいでしょうし」

 

「ええ、あなたの好きにしなさい」

 

その時、一人の妖怪が住居のドアを叩く。

 

「んあ、侵入者?」

芳香が起きるが善はそれを制止する。

 

「違うよ、俺の友達」

ドアの外にはオッドアイの妖怪がうれしそうに立っていた。

彼女の心は満たされていた。




珍しく?いや、はじめて?
良い話っぽくしてみました!!
偶には悲鳴エンド以外あってもいいじゃないですか。


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2色の瞳!!心を食らう妖怪2!!

スイマセン、ムチャクチャ遅れました。

少し、やることが重なって出来てませんでした。

次回は出来ればなるべく早く出すので許してください。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「あれ?……ここドコだっけ……そう言えば……あの後部屋に呼ばれて……」

善の部屋で小傘が目を覚ます。

一瞬だが、自身の知らない場所に混乱するがすぐに状況を判断する。

 

「ほへ……?二人は……?」

寝ぼけ(まなこ)で周囲を確認するが自身の隣で寝ていたキョンシー(芳香というらしい)も自身を此処に呼んでくれた仙人志望の少年、詩堂 善もいない。

ベットは空っぽで芳香の布団は、おそらく押し入れの中だろう。

2人を探すため小傘は、布団から這い出て善の部屋を出る。

昨日4人で食事した、茶の間へと向かってく。

 

 

 

「あら、多々良さん良く眠れました?」

そう言って話しかけるのは、善の師匠。

青い髪に刺さった鑿と、羽衣が揺れる。

同性の小傘からしても、思わず息をのむような美貌だ。

彼女は昨日と同じように炬燵に入って、暖かそうに眼を細めている。

 

「あ、あの善さんは?」

 

「善なら芳香と一緒に、日課のランニングとストレッチに出かけてるわ。

健全なる精神は健全な体に宿る物、仙人にとってそれは必要不可欠なモノなのよ?

時間的にそろそろ帰ってくる頃なんだけど……雪のせいかしら?少しおそい――」

 

「ただいま帰りました!!」「かえったぞー」

 

「あら、噂をすれば影ね」

玄関から響く声を聴き、善の師匠が頬を緩める。

その言葉通り、善と芳香の二人が体の雪を払いながら茶の間に入ってくる。

 

「小傘さん、起きてたんですね。

待っててください、今、朝ごはん用意しますから」

そう言うと善は忙しそうに台所へと入って行った。

善の背中に師匠が声を掛ける。

「ぜ~ん、今日は出汁巻玉子が食べたいわ」

 

「この人数で出汁巻って地味にメンドイんですけど?」

その場で振り返り嫌そうな顔を師匠に向ける。

 

「うん、だから言ったの」

それに対し師匠は良い笑顔で応える。

何度も行われたやり取りの様で、善は半場諦めた様子をしている。

 

「はぁ……解りましたよ……」

ブツブツ文句を言いながらも台所へ善が入っていく。

 

 

 

 

 

数十分後

食卓にはしっかり出汁巻が4人分並んだ。

ホコホコと湯気を上げる目の前の料理に、小傘は目を輝かせた。

 

小傘は感情を食べる妖怪、極端な話だが『驚き』の感情以外の物を何も食べなくても死ぬ事は無い。

逆に言えば食事は生きる上では不要なものだが……

 

「食事ってのはお腹だけを満たすんじゃないんですよ、仲のいいメンバー達と同じ食卓を囲む事自体に意味があるんですよ」

そう言って善が白米を盛った茶碗を小傘に差しだす。

小傘はそれを笑って受け取った。

不思議な事に『驚き』の感情を食べていないのにどんどん心が満たされるのを感じた。

昨日までのひもじさが嘘の様である。

 

カチャカチャと食事が始まる。

「そうだ師匠、明後日の夜留守にしていいですか?ちょっとばぁちゃんに呼ばれたんで」

味噌汁を啜りながら善が師匠に話す。

いつの間にか渡されていた手紙を、自身の師匠に手渡す。

師匠は善からそれを受け取り目を通す。

 

「タヌキの親分さんの所ね?いいわ、行ってらっしゃい。修行だけでは身が持たないものね?……あなたは少しばかり遊び過ぎな気もするけれど」

そういって善の焼いた玉子焼きを口に運ぶ。

玉子を口に入れた瞬間頬が僅かに緩む。

 

「師匠……一応私も成長してるんですよ?シャイニングフィンガー(仮)だって……」

遊んでばかりと言われたのが不服なのか、不満がに善が口をとがらせる。

 

「気功拳よ」

 

「へ?」

聴きなれない言葉に善がオウム返しする。

 

「あの技は『気功拳』って言うの。別に珍しい技じゃないわ、気を使えるなら誰にだって出来るもの。

あなた、いい気になってるみたいだけどアレは基礎の基礎よ?

仙人はこれ位出来なきゃ」

そう言って自身の皿に乗っている、出汁巻に拳を勢いよく振り下ろす!!

バチバチッ!!とはじける様な音がする!!

激しく拳を振り下ろしたのにもかかわらず玉子は潰れていない!!

その代わり近くにあった大根おろしの山から適量の、おろしが飛びちょこんと玉子焼きの上に乗る。

師匠は何も言わずそこに醤油を掛ける。

 

「おお!!すご――痛ぁ!?」

突然善が胸を押さえて床を転がる!!

何事か!?と小傘は目を見開くが、隣のキョンシーは全く意に反した様子は無い!!

 

「どう?空気中の気の流れを利用した、遠当てよ。

あなたも仙人を目指すならこれ位出来ないとね?」

それどころか自慢げに師匠が話し始める。

 

「痛てて……遠当て?……そんな事できるんですね、どうやったんです?」

未だに痛むのか、胸を押さえながら善がゆっくり立ち上がる。

こちらも何事も無かったかのように、再び食卓へ着く。

 

「ぜ、善さん大丈夫!?スゴイ痛そうだったけど!?」

小傘が心配になり善に尋ねる。

その瞬間!!善の時間が止まる!!

 

「え?わちき、なにか不味い事言った?」

 

小傘の目の前で善がポロリと涙をこぼす!!

それを皮切りに、どんどん善が泣き始める!!

 

「え、え!?何?なにがあったの?」

小傘が軽くパニックを起こす!!

 

「ううぅ……久しぶりに、心配してもらえた……ナニコレ、コレだけの事がすごい嬉しいんだけど……天使?小傘さん天使!?」

めそめそと尚も泣きつ続ける。

それに対しおろおろする小傘。

師匠たちは尚も食事を続けている。

 

「えっと?あの、コレって?」

どうしたら良いのか解らず、善の師匠に尋ねるがどちらも気にしている様子は無い。

それどころか……

 

「善、次は玉子が食べたいぞー」

キョンシーの容赦ない言葉が飛んでくる。

 

「ああ、解ったよ……今取ってやるから……」

そう言って、キョンシーの皿の玉子焼きを箸でつまみ食べさせた。

満足気な顔でキョンシーが頷く。

 

(そうか、基本的に善さん酷い目にしか遭わないんだ……ならなんで修行なんてしてるんだろ?……さでずむ?)

小傘が疑問に思うが他のメンバー達は何事も無く食事を再開させた。

 

 

 

 

 

食事が終わり、皿洗い、服の洗濯、部屋の掃除などを善が始める。

その様子を小傘と善の師匠は炬燵で座ってみていた。

 

「あ、あの……仙人様?善さんはなんで家事ばかり?」

小傘の持っている修行のイメージと大きく離れた事ばかりしている為、思い切って善の師匠に尋ねた。

 

「あら、仙人の修行が滝に打たれてばかりいる訳ではないわ……というより寧ろ仙人の弟子というのはこんな物よ。

良い事?私は確かに善の師匠で、あの子は弟子よ?けど仙人ってのは家業じゃないわ、極端な話になるんだけど、私の技術をあの子に教える必要は無いのよね~、師匠である私の技を見て盗むと言うのが本来の仙人の弟子ね……

まぁ、私はあの子がかわいくてしょうがないから、たまーにその身を持って技術を教えてるのよ。

愛よ、愛、美しい師弟愛ね」

 

そう言ってにっこりほほ笑む。

そして思い出すはさっきの出来事!!

小傘の脳裏に、胸を押さえ転がる善の姿がフラッシュバック!!

どう考えても明らかに可愛がるの意味が違う!!

本人は愛と言ってるが、その顔はどう見てもこちらを退治して楽しんでいる巫女と変わらない!!

小傘は心の中でひっそりと善に同情した。

 

 

 

 

 

「ホッ!!はぁ!!」

 

「む!弱い!!打ち込みがたらんぞ!!」

家事が終われば次は、組手らしい。

雪かきした庭で、善とキョンシーの芳香がお互いの技をぶつけあう。

開始直前から善は激しく動き、モーションを変え芳香を追いつめる。

しかし、戦歴の差か体の動きが鈍いハズの芳香も善をだんだんと追いつめはじめる。

 

「そこまで!」

師匠の一言で両名の動きが止まる。

 

「「ありがとうございました」(だぞー)」

そう言うと同時に二人が離れる。

 

「うーん、動きは良いし体力も十分ね、けど善はまだまだ技術が荒いわ。たぶん実践なら芳香相手に3回は殺されていたわ。

能力を使うなとは言わないけれど、それに頼ってばかりではダメね」

 

先ほどの組手を見て師匠がアドバイスを飛ばす。

善は大人しくふんふんと頷いている。

 

「解りました、今度はそこを気を付けます」

そう言って善は、タオルで芳香の汗を拭いてやる。

 

「お疲れ様、手合せアリガトな」

 

「気にするなー、善を守るのは私の仕事でもあるんだぞ!」

そう言って素直に善に汗をぬぐわれる芳香。

お互いにその様子は手馴れており、何度も繰り返された事だと容易に判別できる。

 

その後も善の修行は続く。

精神集中から、今朝方見せられた気の遠当てを見よう見まねでやったり何処に有ったのか、真っ白い見た事ないもない日本刀のような武器を振り回したり、と彼なりの努力はしている様だった。

 

 

 

 

 

それからは何事も無く時間は過ぎて行った。

有る程度修行と家事が終わった善は今晩の夕食の材料を買い、カバンを下げ人里を歩いて行く。

空はすっかりオレンジに染まっている。

荷物を持つと言う名目で、小傘も一緒について行く事にした。

 

「善さん」

 

「なんです、小傘さん?」

歩きながら小傘が意を決して善に話す。

 

「なんで、あの人の弟子に成ったの?仙人に成りたいなら、あの人以外の仙人だっているでしょ?」

 

それは昨日からの疑問だった。

正直言って自分なら、雪が降る中墓石の下敷きにするような師匠は願い下げだし、()()()がたまたま酷い目に遭っただけじゃなく、今日の様子を見ると日常的に昨日の様な目に遭っている事が分かる。

それに、善本人の前では言いにくい事なのだが、あの師匠自身あまり良い噂は聴かない。

寧ろキョンシーを使役しているのだ、良い噂が立つ訳がない。

実際善本人は気が付かないのか、気が付かないフリなのか彼の人里での評判も良くない様だった。

 

「なんで、師匠の弟子に成ったか……ですか?」

 

「あ、あの少し気になったって言うか……」

誤魔化すように小傘がつくろう。

その言葉を聞いたら、後戻りできなくなるような気がして。

何故か誤魔化してしまった。

 

「正直言って、最初は仙人に興味は無かったんですよ……別に特別な何かに成りたかった訳じゃないんです」

善の言葉に小傘の心臓の鼓動が大きくなる。

何故かはわからない、ただ聞き耳を立てずにいられなかった。

 

「最初は、私も慧音さんに助けられて人里で生活していたんですけど、あまり里に馴染めなくて……気が付いてたら他の人たちから追い出されてました」

 

「それって……!!」

唐突な情報に、小傘が震える様に言葉を絞り出す。

 

「いやー、妖怪って怖いですよね?妖精とかも容赦ないし……あ、場合によっては助けてくれる子とかもいましたよ?チルノと大ちゃんにはお世話になったなー」

過去を懐かしむように善が話す。

しかしその表情はやはり強張った物が有った。

 

「あの頃はたぶん生きてたって言えないと思いますね、死んでないだけ、呼吸が止まってないだけ、心臓が動いてるだけ、芳香の方がよっぽど俺より生きてた気がする。

周りの人がすごくキラキラしてる様に見えて……自分が無価値なものに思えて……」

尚も善は言葉を続ける。

小傘はもう善の顔を見ることが出来なかった。

小傘には解った、誰にも必要とされないモノの苦しみが。

自分以外が、輝いてる光景が。

不要とされる苦しみをその身をもって知っている!!

 

「それだけならいいんですけど――」

 

「もう止めて!!」

 

堪えきれなくて小傘は善の言葉を無理やり遮った。

 

「小傘さん?」

豹変した小傘の態度を善は訝しむ、何か有ったと思ったのか心配そうに小傘の顔を覗きこむ。

「もういいから、辛い事なら話さなくていいから!!無理に、笑顔でいなくて良いから……!!」

そんな小傘の頭に善は優しく手を乗せた。

 

「小傘さんは優しいですね。他人の思いやれるのは生きていく上で、大切な事だと思いますよ。

そんな悲しそうな顔をしないでください、今私は師匠の弟子に成れて良かったと思ってるんですから……

確かに辛いと思う事や、酷い目に遭う事も多いですよ?

けど、師匠は師匠なりに私の事を思ってくれています、本当は仙人だから食事なんて要らないのに一緒にご飯を食べてくれたり、芳香をなんだかんだいって私の護衛に付けてくれたり、この包帯もそうですよ?」

そう言って自身の右手に巻かれた、複雑な術式の掛かれた包帯を見せる。

 

「きっと、()()()よりもずっと恵まれて環境に居るんだと思います。

今、すごく充実した生活なんです。

それに師匠は私に価値を見出して弟子に成らないかって誘ってくれたんですよ、だから私は師匠の弟子なんです」

それだけ話と一息ついて再び口を開く。

 

「あの日、師匠の手を取った事を後悔した事は有りませんよ。あの日からまた私は進むことが出来たんです。

さ、行きましょう、そろそろ芳香が腹が減ったって喚く頃ですから」

 

そう言って善は帰り道を急ぐ。

その姿を見て小傘は思う。

 

(ここは幻想郷……忘れられたモノたちの最後の楽園、善さんはそこでまた再起した、御師匠さんに拾われたんだ……)

拾われた者と拾われない物、その差が小傘の心を強く絞めつける。

ドンドン二人の差が開いて行く。

善がドンドン先に進んで行く。

しかし、善が唐突に振り返った。

 

「小傘さん?どうしました?早く帰りましょう?芳香が待ってます」

そう言って小傘に自身の手を差し伸べる。

その手が、自身を必要とする様な気がして、ずっと待っていた手の様な気がして……

 

「また、遊びにいっていい?」

 

「何を言ってるんです?これから雪が多く振るんですよ?今傘に逃げられると困りますね……天気が悪い日はずっといてくださいよ」

そう言って善は小傘の手を取った。

その瞬間、雪が降り始める。

ゆっくりと、地面を白く染め……

 

「さぁ、さっそくお仕事ですよ。お願いしますね」

 

「はい!!」

そう言って小傘は自身の傘の中に善を招きいれた。

拾われた者と拾われない物、その差がゆっくりと狭まっていくのを小傘は感じた。

 

 

 

 

 

師匠宅にて……

「あら、お帰り。二人とも寒かったでしょ?お風呂、沸かしてあるから小傘さん先に入ってね。

善には良い物が有るわ、芳香ー」

師匠に呼ばれた芳香が、人ひとり入れそうな水槽をもってくる。

水槽の中には緑色した液体と、モズクの様な物が大量に浮いていた。

 

「あの?これなんです?モズク風呂?」

善が苦々しい顔で水槽を指さす。

 

「イイでしょ?コレ、この前行った地獄で見つけたの!古代の藻の一種でシェルトケシュナー藻っていうのよ。因みに効果は戦闘本能の向上ね、入りなさい」

そう言って、シェルトケシュナー藻を指さす。

 

「いやですよ!!絶対コレやばい副作用有りますって!!依存性とかヤバそうですし!!」

そう言って逃げ出そうとするが――

 

「気功掌、遠当て!」

足で地面を踏むと同時に、善が胸を押さえた転がる!!

 

「がはぁ!容赦なしか!?」

 

「ついでに退路もないわ」

ガシッと善が捕まり、水槽の目の前まで連れてこられる。

 

「うわ!?近くで見ると色ヤバイ!!なまぐさ!?くさ!?ホントに臭い!!」

 

「酷いぞ……これでも匂いは気にしてるのに……」

クサいを連呼する、善に対して芳香が悲しそうな顔をする。

 

「違うんだぞ?お前に言ったんじゃな――」

 

「えい」

ザブン!!

善の抵抗が一瞬弱まった瞬間を師匠は見逃さなかった!!

容赦なく善の頭を水槽にブチ込む!!

 

「がぼ!?ぐぼがで!!ぐぼがでぐがらい!!じごう!!(グヘ!?やめて!!止めてください!!師匠!!)」

楽しそうに笑う師匠をみて小傘は思う。

 

(うーん、やっぱりさでずむ?)

何故かこの瞬間が楽しくてたまらない小傘だった。

 




珍しく続いた話です。
基本一話完結を目標に書いてるんで、少し新鮮に感じます。


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宴会!!狸と道具と小人!!

出したいキャラクターが居るのに絡めるのが難しい……
自身の力不足ですかね?


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

暗い夜道を三日月が照らしている。

その中を3つの影が進んで行く、一人は紺色の中華風の道士服に赤と青のマフラーを巻いた男詩堂 善、その後に続くのは善の師匠の作ったキョンシーの宮古 芳香、最後の一人は紫の傘を差し、おどおどと二人の後をついて行く多々良 小傘。

暫くすると祭囃子の様な物が聞こえ開けた広場に出た。

 

 

 

「よう来たな、善坊」

広場に座っていたマミゾウがうれしそうに善を迎える。

小傘が見知った顔に頬を緩ませ、芳香は広場にある大きな鍋に目を輝かせる。

しかし善の表情困惑気味だ。

 

「ばぁちゃん、何これ?」

 

善がそういって周囲を見る。

呼ばれた場所にはたき火がされており、その周囲を手足の生えた茶碗や琵琶などが躍っていた。

道具が踊る様など見た事が有る訳なかった。

 

「ん?ただの付喪神じゃよ、小傘と同じじゃな?最近ワケあって増えたんじゃ面白いから儂が世話してるんじゃよ。おっとあそこで米を炊いておるのは儂の仲間(化け狸)じゃぞ?」

そう言ってキセルを拭きながら少し離れた、女性たちに手を振る。

その様子に気が付いたのか、2、3人ほどがこちらに走ってくる。

 

「キャー!!親分、コレが噂のお孫さん?」

 

「かわいーい!!」

数人の女性に抱きしめられる。

善の身体が優しく包まれる!!!

 

(柔らかい!!いい匂いする!!ここは天国か!?)

先ほどまでの警戒など早速忘れて、デレデレし始める!!

 

「お前ら、そんな事よりもち米をさっさと炊いて来い!!」

様子を見ていたマミゾウが、化け狸の頭をキセルで叩き散らせる。

 

「ああ、行っちゃった……おねぇさん達……」

 

「……善坊、お前仙人志望なんじゃろ?もう少し欲を抑えたらどうなんじゃ?」

露骨に残念そうな顔をする善にマミゾウが、呆れながら話す。

 

「いやだって、柔らかいし、いい匂いするし……もうタヌキでも良いかなって……」

 

「たわけが!!」

そう言ってマミゾウが善の頭に拳骨を落とす!!

 

「いてぇ……!」

 

「まったく、おなごをとっかえひっかえしおってからに……あ奴らもあ奴らじゃわい『孫では無い』と何度言っても聞きもせん」

ブツブツ言いながらキセルをふかす。

どうやら、面白半分でマミゾウの部下達からは『お孫さん』で通っているらしい。

 

「さぁて、善坊。お前を呼んだのは他でもない、今夜の餅つきのためじゃ、別に儂らでやっても良いんじゃが、こういうのは男手と決まっておるんでの、頼めるか?」

善はその言葉に自身の右手の怪我を気にし始める。

 

「少し怪我してるから、全力とはいかないけどいいかな?」

 

「怪我?……どれ、見せてみんさい」

そう言われると同時に善が、自身の右手の包帯を外し傷を見せる。

尚も破壊と再生を繰り返す右手を見て、マミゾウが顔をしかめる。

 

「……ふむ……コレは酷いなの……何処かで派手に無理をしたの?

まぁ良い、自分のした事に後悔はしていないみたいじゃしの……」

そう言うと同時に、善の右手がみるみる再生していく。

善はその様子を驚愕の表情で見ていた。

 

「儂の化けさせる力じゃよ、お前の弱った部分を健康な状態に化けさせた。

じゃが所詮妖力で誤魔化してるだけじゃから、無理は禁物じゃぞ?いいな?」

 

「ありがと、ばぁちゃん。わかった、そのお礼に今夜はたっぷり餅つきさせてもらうからさ!!」

そう言って、自身の良くなった右手の骨を鳴らす。

 

 

 

 

 

「ハイっと!」「ホイさ!」「ハイよ!」「ホイさ!」「も一つ!」「ホイさ!」

善と化け狸の女性がリズミカルに餅をつく。

善が杵を振るい、タヌキがタイミングよくひっくり返す。

 

「はーい、お孫さん一旦ストップ!」

タヌキの女性が臼から餅を取り出し、他の化け狸に渡す。

突きたての餅は小さく分けられ、餅つきに来ている妖怪達にふるまわれる

 

「ふむ、もういいぞ善坊。たぶん全員に行きわたる分はつき終ったんでの、後は適当におなごを引っ掻けるなり、餅を食うなり好きにせい」

 

「ホント!?さっきから餅ついてばっかで腹減ってたんだよ」

マミゾウからお許しを貰い善が解放される。

餅つきは意外に重労働で、なかなか体力を使う仕事だった。

 

「ふう、芳香と小傘さんは何処だ?」

いつの間にかどんどん妖怪達が集まっており、酒やつまみを持ち寄ったりしたのかちょっとした宴会会場の様に成っている。

視界の端には大型の寸胴もあり、お汁粉まで有る様だった。

この中で二人を探すのは少し骨が折れそうだった。

 

「ちょっと悪いんだけど芳香を見なかった?ほら、死体の」

足元を通りかかったタヌキを抱き上げ、尋ね人の行方を聴く。

傍から見るとタヌキに話しかけている危ない男にしか見えないのだが……

 

「きゅー(アッチで見たよ)」

 

「ん、わかったありがと」

タヌキに教えられた方へ向かって歩いて行く。

何度かマミゾウの手伝いをしているウチに、なんとなくだがタヌキの言葉が分かる様に成ってきたのだ。

タヌキに教えられた方に向かうと、芳香と小傘が2人で餅を食べていた。

 

「あ!善さんお疲れ様!!」

 

「お疲れだぞー、餅美味い!!」

2人とも宴会を満喫している様だった。

 

「善、お前の分の餅だぞ」

そう言って芳香は手に持っていた、大き目の器を善に差し出す。

どうやら善の為に、確保していてくれていた様だった。

 

「おお!ありがとう!さっそく、いた…………だ!?……くよ……」

器を見た善が一瞬硬直する。

その様子を小傘が気の毒そうに見る。

 

器の中の餅は鮮やかな紫色をしていた。

言うまでも無く芳香の両手の爪と同色である。

*芳香の爪には毒が付着しています。

 

「心を込めて善の為に、捏ねたんだぞ!!」

キラキラとした目で善を見る、その瞳には死体であることを忘れさせるようなイキイキとした光が有った。

 

「(善さんやめた方が……)」

 

「(善坊、流石にコレはやばいぞ?)」

小傘といつの間にか近くに来ていた、マミゾウが善に耳打ちする。

しかし善は毅然とした態度で芳香から、餅を受ける!!

そして二人に優しく話す。

 

「男って馬鹿なんだよ……女の子の気持ちには応えたいんだ、どこかのドラマが言ってたな……『男はつらいよ』って……じゃあ、イタダキマス!!」

その言葉と共に餅をがっつく善!!

みるみる内に顔が青くなる!!

 

「美味いかー?」

 

「あ”あ”う”ま”い”よ”……最”高”だ」

全身を僅かに痙攣させながら、すごく良い笑顔で芳香に対して応える!!

 

「善さん……」

 

「善坊……立派に成ったの……」

凄まじい男の、意地に小傘とマミゾウが感動のあまり涙を流す!!

凄まじい茶番!!凄まじい能力の無駄使い!!

 

「はぁ、はぁ……た、食べきったぞ……美味かったよ……」

口を押え、顔を見た事ない色にしながら芳香に空っぽになった器を見せる。

その姿を見て芳香は、飛び跳ねて喜んだ。

 

「そんなにうまかったか!!うれしいぞ!!おかわりも有るからな!!」

そう言って差し出すのは先ほどよりも大量で、尚且つ更に毒々しい色をした餅!!

 

「ああ、そんな……!」

 

「くぅ……コレは試練じゃ……」

あまりの事態に小傘が目をそらす。

何時も余裕のある態度にマミゾウすらも、苦々しげな表情を作る。

 

「ありがとう、丁度おかわりが欲しかったんだ……」

まるで、悟りを開いた様に穏やかな表情で善が再び餅を手にする。

自体を察した二人はもう善を止めたりはしない。

善が穏やかな、そしてやさしい表情で芳香と餅を交互に見る。

そして口を開き……

 

「いただきます」

 

 

 

 

 

数分後……

「ううん……腹が痛い……」

抵抗する力が有るとは言え、かなり無茶をした善。

敷物の上で、腹を押させ横に成っていた。

 

ギャルルルルル……

 

「はぁう!?お腹痛い!!」

震えながら、腹を押さえ動かない様に固定する。

 

「ん?なんだコレ……?」

気が付くと善の頭の前に、上等な作りのお椀が有った。

 

「お汁粉か?」

 

「うわわ!?」

何気なく手に取ると中から声がした!!

 

「ん?」

不審に思ってお椀の蓋を開く。

中には小さな人間が入っていた。

 

「ちょっと!!いきなり私のお椀を持ち上げるなんて――」

 

「しまっておこう!!」

何か言っていたが無視して、お椀に蓋を掛け開かない様に手で押さえる。

 

(やばい、やばい、やばい!!芳香の爪って幻覚作用まで有るのか!?それならまだいい……いつも接種している仙丹と毒が反応してヤバイお薬の効果がでたのか!?

ハッ!?まさかこの前のフェルトケシュナー藻の副作用か!?だからアレはヤバイって言ったんだよ!!)

幻覚を見たと思い込んだ善はお椀をしっかり持ち再び、寝転がる。

 

「(うわぁ!?止めて!!転がさないで!!暗いよぅ!!怖いよぅ!!)」

転がるたびにお椀の中から更にくぐもった声が聞こえる。

 

(ああああ!!!ダメだ!ダメだ!!幻覚作用が消えない!!!くそぅ……帰ったら師匠の作ったモズクのプールを叩き壊してやる!!)

声が聞こえないようにと更にお椀を押さえつける!!

 

「(ううぅ……私をどうする気なの?あの人みたい私を家で飼う気なの?)」

 

「違う、違うぞ?コレはアレだ……日々のストレスのせいで――」

必死に幻覚がこちらに話しかけてくるのを否定する。

黄色い救急車が幻想郷に有るのか知らないが、精神病棟送りは嫌だった!!

 

 

 

「……善坊。お前何やっとんじゃ?」

キセルをふかしながら善の奇行を見た、マミゾウが訝しむ。

 

「ばぁちゃん……俺頭がおかしくなったみたいだ……小人が話しかけてきたんだ!!」

震えながら自身の手の内にある、お椀を見せる。

ぷっと笑い善の手からお椀を取り上げる。

 

「……落ち着け、コイツは幻覚ではないぞ?針妙丸じゃな……」

ぱかっと開けると先ほどの小人が姿を現す。

 

「酷い目に遭ったよ……攫われるかと思った」

お椀をから姿を現し涙目で、マミゾウに訴える。

その様子を善が自身の目を擦りながら見る。

 

「現実?リアル?実在少女?」

今だに信じられないのか、善がゆっくりと指を近づける。

 

「死ね!!」

それに対し針妙丸が腰に携えた針を抜き善の爪と指の間に差す!!

ブスッ!!

 

「痛ってー!!?現実だ……この痛み現実に違いない!!痛い!?第二波来た!!」

 

「第三波!!」

 

「ひぃ!?」

三度針を構える針妙丸から指を離す善。

 

 

 

数分後……

「すいませんでした!!幻覚が作り出した幻だと思ってました!!」

御座の上でお椀に入った針妙丸に土下座する善。

因みに指からは未だにどくどくと流血している。

 

「まさか幻覚扱いされるなんて……」

針妙丸も針妙丸で幻覚扱いされたのがショックなのか、呆然としている。

 

「本当にスイマセンでした!!」

尚も善が頭を下げ続ける。

 

「……いや、もういいから……」

お互い心身共にダメージを抱えた両者!!

 

 

 

「へぇ~一寸法師って実際に居たんですね」

 

「そうだよ?お話しになるくらい有名な英雄なんだから!!」

針妙丸の話に感慨深そうに頷く善と、自慢げに話す針妙丸。

なんだかんだ言って二人は波長が合う様だった。

 

「あ、小槌も有るよ?見る?見る?」

 

「見たいです!!見たいです!!」

針妙丸が自身のお椀に近くに置いて有った小槌を善に見せる。

丁寧な細工が施された、上等な道具だった。

 

「おお!?これが伝説の……ってアレ?一寸法師って最後大きく成りませんでした?」

 

「ギクッ!?……それは……鬼の道具だから、副作用が有って……」

善の指摘に、不承不承と言った感じで針妙丸が話し始める。

自身と正邪の起こした異変の事、ここに居る意志を持った道具たちの事、最後に自分の身体の事。

善ジッとそれを聞いていた。

 

「……なるほど……今は力を溜めている最中なんですね……」

 

「そう、少し前までもう少し体が大きかったんだけど……ね?」

誤魔化すように針妙丸が善に笑かける。

その瞳は複雑な感情が込められていた。

 

「ところで……この小槌って触ってみて良いですか?」

それを払う様に善が目の前の小槌を指さす。

 

「別にいいけど……小人族じゃないとつかえな――」

ここで針妙丸は口をつぐんだ。

善が子供の様なワクワクした目をしていたからだ。

夢を壊すのは良くないと、彼女なりに判断したのだ。

 

「まぁ、良いよ?使ってみなよ、小判の一枚くらいなら出るかもよ?」

針妙丸の言葉に善がうれしそうに小槌を手にする。

一瞬だが、善と小槌の間にパチッと小さく音がする。

その事に針妙丸は気が付いたが、彼女が止める前に善は小槌を振るっていた。

 

「すてふぁにぃ(春画)カモン!!」

願いを聞いた針妙丸の目が点に成る。

 

「今何願った?」

 

「いや……最近人里に本屋に好みの春画が無くて……」

 

「そんなものを小槌に願うな!!お金とか、もっとこう……人間らしいものを――って言うか仙人がなんでそんなの欲しがるの!?」

こどもの様な目に騙された事を知った、針妙丸が叫ぶ!!

彼女の心は善の変態願望によって容赦なく踏みにじられた!!

 

「欲しい物は欲しいんですよ!!来いや……すてふぁにぃ来いやぁああああ!!」

何かに憑りつかれた様に善が小槌を振り回す!!

すてふぁにぃ、すてふぁにぃと叫ぶその様はもはや狂気的ですらあった!!

 

「ちょ!?無駄だから!!いくら振ってもそんなのでない――!?」

バサッ!

必死に止めようとする、針妙丸の目の前に一冊の本が落ちた!!

肌色面積が広がるその本に針妙丸のが絶句する!!

善の能力か執念の結果か、一冊の薄い雑誌が落ちてきたのだ!!

 

「やった……やったぞ!!すてふぁにぃゲットだぜ!!」

雑誌を取ろうとした瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「あれ?身長伸びました?」

 

「はぁ、代償だよ……お前が小さくなったの……」

その言葉の様に善が自身の身体に気が付く!!

針妙丸サイズの身体に成っていた!!

 

「そんな……まぁいい!!これ位すぐに能力で……そんな事よりすてふぁねぃだ!!」

しかし善は止まらない!!針妙丸の言葉を無視して目の前の落ちた雑誌に一直線!!

醜い!!非常に醜い善の欲望!!

 

しかし!!そんな善に悲劇が!!

ガシッ!!と善の身体が捕まれる!!

 

「うおぅ……善が小さくなったぞ!!……ばぁちゃーん!!」

善を捕獲した芳香が目を見開く!!

何かを思ったのか、マミゾウを善を見せようと持っていたお椀に善を投げいれマミゾウの所まで走っていく!!

 

「ばぁちゃーん!!善が……善が……!!」

 

「おお、?どうしたキョンシーの嬢ちゃん?……ははん?さては善哉(ぜんざい)が欲しいんじゃろ?今取ってやるからの?餅もたくさん入れてやるでの」

そう言うと、お玉を取りアツアツの善哉を――()()()()()()()()()()()()()()

 

「ヘッ!?……アッチィ!?熱!!アッツ!?やばい!!やばいって!!いやぁあああ!!!おおおお!!!!!」

善哉を掛けられた善が悲鳴をあげる!!

全身に纏わり付く高温の餡子と餅!!

逃れようにもそこは芳香の手の上!!

空を飛べない善にとって逃げ場は無い!!

 

「な、なんじゃ!?何が起きた!?」

マミゾウが突然響く善の声に驚く!!

芳香も芳香でおろおろしっぱなしである!!

 

「善!!今助けるぞ!!」

 

「まて!?何をぉっぉおぉ!!!?!?!?!?」

何を思ったのか、芳香が善の入ったお椀を自身の顔に向かって傾ける!!

当然重力に従って善の身体が下つまり口を開けた芳香の方へ向かって行く!!

 

マミゾウと近くにいた小傘、更には様子を見に来た針妙丸の目の前で善が……

芳香の口の中に消えて行った!!

 

「「「………………」」」

あまりの事態に、マミゾウ、小傘、針妙丸のの三人は完全に沈黙する。

三人の視線はもごもご動く芳香の口と、そこから僅かに聞こえてくる善のこえに集中した。

 

「もご、も……ご……むぐ……むぐ……」

 

「(アヒ!?何ッ?これ……うへ!?スゴイ!!何気にテクニシャン!!?ふほん!?)」

誰も何も話はしなかった、しかし芳香の口を見る三人の考えは確かに一致していた。

圧倒的な困惑、それが三人をまとめていた。

(((なんだコレ?)))

 

その時自体は再び動き出した!!

 

「もご……もご、ゴクン……あ!!」

 

「「「あ……!!」」」

 

「吐き出せ!!早く!!消化される!!」

 

「やばいやばいやばい!!善さんが食べられた!!」

 

「御先祖様スゲー!!私、絶対鬼の胃袋にはいけない!!」

パニック!!パニック!!!

4人が混乱を極める!!

 

 

「……むむ!?……オエ!!」

地面に向かって善が吐き捨てられる!!

なんだかよくわからない液体に塗れて善が僅かに動く!!

 

「………………針妙丸さん……小槌ってスゲー怖いです……」

 

「うん、私もそう思う……」

2度と小槌を悪用しないと心に誓った善と針妙丸だった。

 




初夢はしっかりと実現しました。
ミッションコンプリート!!



珍しく今回は宴会回に成りました。
人間側じゃないけど……


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コラボ!!東方医師録~オペオペの実を食べた名医~!!

今回はコラボ回となっています!!
コラボ先は音無 仁さんの『東方医師録~オペオペの実を食べた名医~』デス。
本話を見て興味が湧いた人は行って読んで見てください。
因みに音無さんとのコラボは実は二回目です。

いやー、もう音無さんには足を向けて寝れませんね。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「ああ……もう……ベタベタだ……」

身体に付いた餡子と芳香の涎を気にしながら、善は帰り道を急ぐ。

小傘はマミゾウと話があるらしく――というよりも善を帰らせるためのマミゾウの方便だろう。

2人で帰り道を急いでいた。

 

「う~、仕方なかったんだ。思わず……」

 

「思わずで俺を食うな!!胃袋から頑張って這い出てくるなんて、一生に一度有るか無いかの経験だぞ!?」

申し訳なさそうにする、芳香に対して善の辛辣な言葉が飛ぶ!!

その言葉にビクリと体を縮こませる芳香。

 

「う、あ……」

 

「まったく……お前は先に帰っててくれ、近くに川が有ったハズだから軽く体を流してくる。

はぁ、この寒いに寒中水泳する事に成るとは……」

何か言いたげな芳香にそれだけ言い放ち、道を外れ川の方に歩き出す。

 

「わ、私も一緒に――」

 

「ついてくるな!!」

先ほどよりも強い語気でそう言い放つ。

善に怒鳴られたのがショックだったのか、急におろおろし始める。

 

「……先に帰ってろ」

 

「けど……」

 

「次は無いぞ?」

尚も言葉を発する芳香を睨む善。

自身でも解らないが、何故かドンドン言葉が出てくる。

その様子を見て芳香は完璧に固まってしまった。

その表情に一瞬後悔がよぎるが……

これ以上話す事は無い、と思った善は芳香に背を向け川に向かって行く。

芳香はもうついては来なかった。

 

 

 

 

 

バシャバシャと上着を川の水で洗い、絞った後適当な木に干す。

何も言わぬまま、今度は自分を川の水に浸す。

ヒヤッとした感覚が体を包込む。

 

(さっきは悪い事したかな……?)

最後の芳香の表情を思い出し心が僅かに痛んだ。

そんな考えを振り払う様に顔に冷水を掛ける。

川の冷水のお陰か頭に昇った血が下がっていく。

大体、体の汚れを落とした後干した服に再び袖を通す。

さっき水に付けたばかりで、ビタビタだが所詮家までの事だ、善は気にしない事にした。

 

「さて、行くかな……ん?」

イザ歩き出そうとした時水面がぐにゃりと歪んだ気がした。

気のせいかもしれないが、足元も僅かに揺れた気がした。

 

「なんだったんだ……?」

善はまだ気が付いていない、いつの間にか水面に映る月が三日月から赤い満月に成っていた事を……

そして善は知らない、赤い満月の日は妖怪達が最も活気付く日だという事を……。

 

 

 

 

 

「た、たすけてぇえええ!!?!?!?」

 

「!?――近い!!」

すぐ近くの林から子供の助けを求める声が聞こえる!!

善は反射的にその声の方へと走って行っていた。

 

 

 

「ハァ――コンな月の綺麗な夜二遊ぶなんテ、キミ達ハ悪いコだねェ?悪いコハ――たべらレちゃうンだよ?」

2メートル近く有る狼の様な妖怪が口から涎を垂らしながら、木の幹に追い詰められ震える二人の子供の頭を鋭い爪先で引っ掻く。

簡単に皮がめくれ、赤い血が流れる。

子供たちは怯え震え、涙を流す。

妖怪はその様を見て裂けた口を更に大きく吊り上げる。

 

「いいゾ――子供ノきょうウふハ何時みてモ、ソソルな……さぁもっとセイに醜クすがりツイテくれヨ?」

 

走りながら両足に力を込める!!

丹田に溜めた気を両足に、気を纏い地面を蹴り人間離れした跳躍をする!!

 

「セイヤー!!」

 

「ガァはあ!?なンだ!?」

善の両足蹴りが妖怪の頬を捕え、怯ませる。

 

「逃げろ!!人里まで走れ!!絶対に振り向くな!!」

怯える子供二人を立ち上がらせ、妖怪から逃がす。

子供たちは一瞬躊躇ったが、何も言わずに人里の方角へと走って行った。

運が良ければ、妖怪に見つかることなく人里へ帰る事が出来るだろう。

重ねて言うが、運が良ければだ。

夜は妖怪の時間。

別の妖怪に遭わない事を祈るしかない。

善は子供たちに付いて行く事は出来はしないのだ。

何故なら――

 

「フゥ……なカマだと思ッて油断しタぞ?」

何事も無かったかのように妖怪が立ち上がった。

 

(チッ……コイツ強いな、ギリギリ倒せるかどうかってとこかな?)

加減なんてしたつもりは無かった、アレは全力の蹴りだった。

 

「お前を殺シた後デ追うトするカ……ナ!!」

 

「追わせるかよぉ!!」

妖怪が口を大きく開く!!

牙が意志を持ったかのように蠢き善を噛み殺そうとする!!

地面を蹴り、距離を取ろうとする。

 

「……マジかよ……」

善が妖怪を見て絶句する。

その顎に噛まれた木があっけなく噛み砕かれる。

 

「ジまンの歯だゼ?」

得意げな顔をして、妖怪がニヤニヤと笑う。

 

「そんなら全部へし折ってやる!!加減なしだ!!」

その言葉と同時に、懐から一枚の札を取り出す。

善にとっては良く見知った道具だ。

その札を自身の額に貼り付ける!!

 

「ナンだ?ジぶん二、札?――何!?」

怪訝に思う妖怪の視界から善が消えた、いや、正確には消えたのではない!!

キョンシー化により仙人としての体のリミッターが外れ、その場で上空に跳びあがったのだ!!

 

「さぁて!!コレ、体への反動がヤバイからさっさと決めさせてもらおうか!!」

その言葉どおり、後ろの木を蹴り空中で体勢を変え妖怪に肉薄する!!

 

「はやイ!?」

 

「違う――お前が遅いんだよ。気功拳――オーバーリミット!!」

 

『仙人』と『キョンシー』さらには善の持つ『抵抗する程度の力』の三つが合わさった手刀を繰り出す!!

仙人の力により底上げされた身体能力で敵を捕らえ、キョンシーの効果で限界を突破した力で敵の身体を砕き、最後に抵抗する力を含んだ気が相手の体内に入り込み、拒絶反応で内部からズタズタに破壊する!!

 

「ムイイイイイイィィィィイ!?」

妖怪は断末魔を残し、地面に倒れ伏した。

 

「はぁはぁ……やった……勝った、勝ったぞ!!」

敵が倒れたのを確認し、頭の札を剥した瞬間ドッと体に疲れが来る。

全ての能力を限界近くまで使ったのだ、ガタがきても当然だろう。

 

「あ、兄ちゃん!!」

 

「お、弟ぉ!!」

 

「へ?」

横から聞こえる声に善が、反応する。

そこに居たのはさっき倒した妖怪と同じ姿をした妖怪。

それが2匹!!

怒りに満ちた視線を善に向けてくる!!

 

「コろス……こロスぅ!!」

 

「グぎャが!!グギゃガァ!!」

2匹とも牙をむき出しにし善に跳びかかってくる!!

 

「気功拳――オーバ――痛っ!?」

技を繰り出そうとした時、右手から痛みを感じる。

その時思い出すのは、マミゾウの言葉。

『前の弱った部分を健康な状態に化けさせた。

じゃが所詮妖力で誤魔化してるだけじゃから、無理は禁物じゃぞ』

どうやら、さっきの一発はかなり無理をした一撃だったらしい。

 

「けど……そんな事言ってられないよな!!」

痛みを無視し、抵抗する力を纏った拳で近付いて来た妖怪の爪を叩き折る!!

1本2本と破損した指が、地面に落ちる。

その様子を見て、妖怪がニタリと笑い出す。

 

「落としちまったみたいだな……」

確認したら自身のの右手の指が一本、足りなかった。

 

「どウだ?これ以上やレばお前ハ――」

 

「引くと思うのか?これ位で……俺が引くわけないんだよぉ!!」

妖怪弟に今度は左手で殴りかかる!!

しかし容赦なくその手は、妖怪に噛みつかれてしまった!!

大量の血が流れ、激痛が左手から走る!!

「馬鹿メ!!ミすみス腕一本捨てタ様な物ダ!!」

 

「ばーか……お前は命捨てたんだよ……()さえあれば、俺の力は使える!!」

その言葉と同時に、腕の傷から善の持つ抗う能力が発せられる!!

善の腕を伝い、妖怪の歯を伝い、更には口の神経に伝わる。

神経が最終的に伝わる場所は脳、全ての神経をまとめる部位!!

 

「パピプぱぴいぷぺぽぱぴぷぽぺ!?」

おかしな断末魔をあげもう一匹の妖怪は動かなくなった。

 

「さぁ……残り一匹……」

両腕から絶えず流血し、足元がふらつく。

立っているのがやっとの状態で善は最後の妖怪を睨む。

 

「俺ノ弟タちヲよくモ!!オ前だケは!!」

ブチブチと何かが裂けるような音がして、最後の妖怪の口が大きく広がる!!

 

「ウララらららラららラ!!」

ガブリと音がして善の右半身に喰らいつく!!

 

「グハァ!?ゲボッ……!!」

何処かマズイ所に牙が刺さったのか、口から血が噴き出てくる!!

 

「……捕えた……ぞ!!」

だが敢えて善は、両腕で妖怪の頭を挟み込む!!

最後の力を振り絞り、自身の能力を行使する!!

 

「……ぬるいゾ……手ぬルいぞ!!人間!!」

 

「俺は……俺は仙人……だぁああ!!」

削り合い!!それはお互いの命の削り合いだった!!

牙と抵抗力!!その二つの力がお互いを削り合う!!

 

更に腕に力を込めたその瞬間!!

呆気なく善の指が落ちる!!

親指!!中指!!小指と地面に落ち右手の指はもはや薬指だけとなった!!

左手も同じだ、血液が迸り血肉の破片が飛んでいく!!

善の能力は抵抗する力!!それは言い換えれば反発する力でもある!!

その力に善の傷ついた体が耐えられなくなったのだ!!

 

「勝ッた!!カっタぞ!!」

弱り切った善の姿を見て妖怪が勝利の雄たけびを上げる!!

 

(俺も……ここまでか……師匠……芳香……小か……)

善の脳裏に今までの人生が流れ始める。

家族の顔と思いで、幻想郷に来てからの師匠との修行の日々、芳香との手合せ、小傘の何処か抜けた優しさ、あとすてふぁにぃ。

 

「ROOM!!シャンブルズ!!」

暗闇に染まる、森の中で凛とした声が響く。

内容を理解する前に善は地面に倒されていた。

 

「ゲォワ?なンだ?なゼ、弟の体ガおレの口に?」

その言葉に気が付き善が首を動かしさっきの妖怪の方を見る。

その反対側善のすぐ傍で足音がする。

赤いネクタイを締めた白衣の男が、何時の間にか立っていた。

 

「はぁ~、やれやれですよ。満月の日ほど妖怪が元気に成る日なんて無いのになぜアナタは出歩いてるんですか?命を粗末にする人は嫌いです、ぷんぷんですよ?けど、あの二人を助けてくれたのは感謝しますね、さて……すいませんがアナタ(妖怪)を倒させてもらいます!!『狼月』出番ですよ」

その言葉と同時に腰に差していた大太刀をその場で抜いた。

銀色の刃が月明かりに照らされ冷たくも美しく輝きを放っている。

 

「お前知ってゐるゾ!!人里ノ医者ダな!?確カナまエは――」

 

「ラジオナイフ!!」

鮮やかにそして優雅に()()()()狼月を振るう。

カチンと小さく音がし、鞘に狼月を戻す。

 

「すいませんね、目の前に急患が居るんです。ゆっくりしゃべってる暇は無いんですよ……大丈夫ですか?意識ははっきりしていますか?」

善の様子を見てその場で服を肌蹴させ触診を始める。

 

「そウだ!!お前ハ墨谷――墨谷 狼!!」

 

「正解です、そしてサヨナラですよ」

狼がその言葉を言い終わると同時に妖怪の体が、ぼろぼろと()()()

その様子を善は息を飲んでみていた。

 

「改めて自己紹介しましょうか、私は墨谷 狼、この幻想郷唯一の医者です」

その男はそう言って柔和な笑みを浮かべた。




次回も引き続きコラボ回です。

また、コラボしたいと思った方はいつでも気軽にご一報ください。


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コラボ!!東方医師録~オペオペの実を食べた名医~2!!

スイマセンかなり遅れてしまいました。
週に2、3回くらいが目標なんですが難しいですね……

別にエタル気は無いので大丈夫です。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

月が照らす暗い暗い森の中……

そんな中で何かが目覚めようとしていた……

 

此処は何処だ……

 

私?僕?我?朕?……違う……『我等』だ……我等は誰だ?

 

解らない……我等が誰なのか……何のために生まれたのか解らない……

 

ああ、だが……ああ、そうだ……一つだけ……一つだけ解るぞ……

 

欲だ……我等の……我等の欲望は解る……

 

もっと大きく……もっと広い世界で……

 

腹いっぱいに命を喰らおうか。

 

 

 

 

 

「いただきます」

両手を合わせて善が目の前の料理に手を付ける。

今日のメニューは白米に焼き魚、菜の花のお浸し、煮豆、豆腐とねぎの味噌汁だ。

箸で煮豆を掴む善。

 

「あ……」

 

その時手元が狂い、掴んだ煮豆が盆の上から落ちる。

 

「うーん……まだ少し本調子じゃないかな……」

 

そう言いながら落ちた煮豆を、拾い盆の上に乗せる。

その時自身の近くにいた人物の視線に気が付いた。

 

「どうしました?墨谷さん?」

 

「……いえ、医者として患者の回復はうれしいんですけど……少し速すぎはしませんか?」

そう言って複雑な顔をするのはこの診療所の主 墨谷 狼だった。

それに対して善は愛想笑いを返した。

 

「ははは、墨谷さんの処置がかなりいいからですよ。本当にきれいにくっつけてくれたのですごい速さで回復しちゃって、自分でもびっくりなんですよね」

そう言って自身の右手の指をワキワキさせる。

善が狼に助けられたのは一昨日の事だった。

指が落ち肉が裂けた患部を狼はその場で神業ともいえる技術で治療したのだ。

 

「……私だけの力ではありませんよ、オペオペの実の能力で確かに治療しましたけど詩堂さん自身の体も普通と少し違うみたいですね」

失礼、と声を掛けて善の回復しつつある右手を取り興味深そうに眺める。

指が全て揃い豆を掴むなど繊細な動きを可能にしている。

重ねて言うが脅威的な能力である。

 

「ん?『オペオペの実』?」

 

「知りませんか?この世には食べた者に能力を与える『悪魔の実』が存在するんですよ、私が食べたのは『オペオペの実』その実のお陰で私は何処でも神業的な技術で手術が出来るんですよ、もともと私も医学部の学生だったんですけどね」

 

そう言って自身の白衣の裾を持ってアピールする。

個人の趣味でその格好をしている訳でなく、れっきとした医者らしい。

 

「そんなそんな便利な物が実在するなんて……探してみようかな……」

 

「ははは、なかなか難しいですよ?泳げなくなるデメリットとか有るし……何より私には能力がもう一つあってそのお陰で手に入れて部分も大きいですかね」

 

「能力が二つ?」

 

「正確にはオペオペの実は後で手に入れて物なのでこっちが私本来の力に成ります。

たまーにですが、あちこち……場合によっては異世界や平衡世界、極端な場合に成ると2次元にしか存在しない物まで引き寄せてしまうんです。

コントロールが効かないのが問題点ですけどね」

 

「ふーん……私も『ソレ』で呼ばれたんでしょうかね?」

 

「さぁ?人を呼び寄せた事は今まで有りませんけど……さっきも言った様にコントロールは出来ないのでその可能性は否定できませんね。

まぁここは幻想郷です、ひょっとしたら帰る方法も見つかるでしょうからゆっくり探していきましょうか、狭いでしょうけど此処に暫く居て構いませんから」

 

「そうですか……助かります」

狼は飽くまでも平然と答えるがやはり他の世界というのは居心地が悪かった。

暗い考えを振り払う様に外を眺める。

善の知る幻想郷と概ね同じだが、僅かに違う世界。

 

(ここにも師匠は居るんだろうか?芳香は?小傘さんは?……そして俺は居るのか?)

そんな事を考えながら食事を再開した。

どんな場所だろうと自身は此処に居るそれが大切なのだと思い直した。

 

 

 

 

 

「この症状は……脚気(かっけ)ですね。ビタミン不足が原因です、野菜が不足しているのと……白米の食べ過ぎですかね、3~4割程度玄米を混ぜてお米を炊いてください。それだけでも改善されるハズですから」

 

 

 

「二日酔いです……いい加減にしてくださいよ?いくら頑丈だと言っても肝臓に負担がかなり掛かっているハズです、良いですか?迎え酒なんて絶対にダメです!!酔い覚ましにはブドウ糖……糖分が好ましいですよ」

 

 

 

「薪割をしていたら木の破片が手に刺さった?うーん結構深く入ってますね……殺菌した針で突いて出しますかね」

 

狼本人の幻想郷唯一の医者というのは嘘ではないらしい、早朝の開業から次々と患者がが集まってくる。

基本的に擦り傷や微熱、二日酔いなど軽傷の患者が多いが中には本格的な症状の人もいる様だった。

 

「ゲホッ……コホッ……はぁはぁ……ありがとうございます……大分楽になりました……」

一人の女性が咳をしながら狼に薬を飲ませてもらっている。

 

「大丈夫ですか?症状はある程度改善されるでしょうが無理は禁物ですよ?」

 

「はい……まだこの子たちには私が必要でしょうから……」

そう言いながら女性は傍らに立つ二人の子共を見る。

その子供は善が逃がした子供だった。

一人が額に絆創膏を貼っている。

 

「おかあさん良くなる?」

 

「苦しくない?」

2人の子供たちが心配そうに母親の顔を覗こうとする。

不安そうな顔をしていたが、狼の大丈夫の言葉に少しだけ安堵する。

 

「さて、ここからはお説教の時間です。

イイですか?この前も言いましたが夜に、しかも満月の夜に里の外に出るなんて自殺行為以外何物でもありません!!

お母さんが心配なのはわかりますが、今後は絶対にこんな事してはいけませんよ?」

狼の怒りの表情に二人の子供が委縮する。

優しい口調なのだが雰囲気は非常に尖った物となっている。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「もう、しませんから……」

2人の子供は母親に付き添い帰って行った。

その様子を善はベットのカーテン越しに見ていた。

 

(本当に人里の人達から信用されているんだな……ある種の英雄……か)

そんな事を考えてベットに寝転がろうとするとカーテンが開く。

 

「ああ、いらっしゃい。何か私に様ですか?」

柔和な笑顔を作り入って来た子共たちに微笑みを向ける。

 

「「お兄さん……この前はありがとうございました」」

2人が善に向かって頭を下げる。

 

「お母さんに薬が必要で……どうしても……」

 

「傷、大丈夫?」

心配そうな顔をする二人の子供たちの目の前で指を開いて見せる。

グーパーグーパー……

その後二カッと笑顔を子供たちに向ける。

 

「この通りもうすっかり良くなったよ、私の事は気にしないでくださいね」

そう言いながら二人の頭に手を置きワシャワシャとなでる。

その態度にパァッと子供たちの顔が明るくなる。

 

「「仙人様、ありがとうございました!!」」

その言葉を残し子供たちは次こそは本当に帰って行った。

不思議と心が温かくなるのを感じた。

いつの間にかフッと善は自身でも気が付かない内に笑っていた。

 

(偶にはこういうのも悪くない……かな)

そんな事を考えていると再び狼が姿を見せる。

 

「本当にすさまじい回復能力ですね……仙人ってみんなそうなんですか?

右胸の傷は不味いと思ったんですけど、骨も肺もすごく丈夫に出来てましたよ?

薄ら手術痕が残ってましたし、移植でもしました?」

 

「え?……ええ、昔ちょっと……」

狼の言葉に善の心臓が一気に跳ね上がる!!

誤魔化すように笑い右手を自身の胸に当てる。

表面上は取り繕っているが内心は決して穏やかではなかった。

右肺、そこは確か過去に死にかけた時師匠によって芳香の肺を移植した部分だった。

未知の地でも師匠と芳香は善を守っていてくれていたのだ。

 

そんな善の脳裏に此処に来る前の言葉がフラッシュバックする!!

『ついてくるな!!』『……先に帰ってろ』『次は無いぞ?』

心の無い言葉、無神経な言葉のナイフで容赦なく芳香を傷つけた事を善は思い出した。

呆然とする芳香の表情が何度も脳裏を過ぎる。

 

体の傷は狼程の手腕が有れば大体は治せるだろう。

しかし心の傷はどうだろうか?

深く深く傷ついた心は誰にも治せない。

善はその事を嫌というほど知っていた。

 

「……帰らなきゃ……帰って謝らないと……」

ぼそりと善の口から言葉が漏れる。

 

「詩堂さん?どうしました?」

様子がおかしくなった善を不振に思う狼。

そんな狼の目の前で善が勢いよく立ち上がった。

 

「スイマセン墨谷さん、俺帰らなきゃならないんです」

その言葉と共に、持ち物をまとめ病室から出ようする。

 

「何言ってるんですか!?傷が塞がりつつありますがあなたは未だに重傷なんですよ!!そんなに暴れたら傷が開きます!!安静にしていて下さい!!」

両腕を開き善を制止しようとする。

しかし善は止まりはしない!!自身の目的の為に狼をどかそうとする。

 

「どいてください!!こんな事してる場合じゃ無かった、今すぐにでも帰らなくちゃ……」

 

「ダメです!!絶対安静です!!いいですか?今あなたが無事なのは少し運が良かっただけです、私の到着が遅れていたらあなたは確実に死んでいましたよ。

医者は神様じゃありません!!人を助ける事なんて何人にも出来はしないんです、私達医者はその人の生きる力を助けるだけなんですだから――」

 

「だからなんだよ?俺は間違いを犯した……その事を忘れてのうのうとしてる訳にはいかないんだよ!!昨日の場所にいく!!何か帰る手がかりが有るかもしれない!!」

 

「聞き分けのない人ですね……!!あなたは自身の命が惜しくないんですか?あなたは自分の命を勘定に入れてませんよね、そんな人をほっておく訳には行きません!!

ドクターストップです!!すこし大人しくしてもらいますよ?ROOM!!」

 

狼が手を振るうと同時に透明なドームが展開される。

ROOMこの空間では狼は医者となり、この空間内の生物無生物関係なく彼の患者となるのだ。

 

「……スイマセンね……ジッとしてる暇なんて無いんですよ……」

バチバチと何かが弾ける様な音がして、僅かにROOM内の空気が歪む。

善の持つ抵抗する力が、狼のROOM自体に反発して歪ませているのだ。

 

一触即発の空気が2人の中に流れる。

 

「…………」

 

「…………」

 

「シャンブルズ!!」

狼の言葉と同時に彼の手に大太刀「狼月」現れる!!

 

「ッ!?なんですって……!!」

その剣が抜かれる瞬間違和感が走る!!

目の前に善が現れ、狼月の刃を素手で握り絞めていたのだ!!

 

「剣術の弱点は知ってます……形状的に鞘から抜かせない事なんでしょうが……狼さんの場合能力でその弱点はつけませんからね……少し痛いですか、握らさせてもらいましたよ!」

更に狼の目の前で懐から札を取り出し、額に貼り付けようとする!!

パシッと音がするが札が張られたのは、善の額ではなく狼月の鞘だった。

狼はシャンブルズで善と札の間に鞘を移動させたのだ。

 

「これ位なら余裕なんですよ!!」

更に、狼は自身の場所を移動させ善と距離を取る!!

 

「厄介ですね……身体能力と抵抗する力の噛みあわせは……!!」

 

「なるほど……こんな事も出来るのか……やりにくいな……だが!」

 

「「勝てない程じゃない!!」」

お互いが構えを取ろうとする時、来客を知らせるベルが鳴った。

 

「先生!!大変だ!!里の奴らがドンドン倒れてる!!」

大慌てで大柄な男が入ってくる!!

その肩には、同じく男が抱きかかえられている!!

 

しかし患者はそれだけではなかった。

 

「先生!!大変だ!!」「熱が下がらないんだ!!」「急に倒れてよ!!」

次々と患者が運ばれてくる。

中にはさっき治療したばかりの者も混ざっている。

全員が高熱にさらされ、汗がとめどなく流れ胸や顔に黒い斑点の様な物が現れる。

急に複数の住人が、同じ症状で運ばれ始めたのだ。

 

 

 

「何が起きてるんです?こんな事が……こんな症状……うぐ!?」

構えを解いた狼が足をもつれさせ倒れる!!

 

「狼さん!?」

善が狼を抱き上げるが、ドンドン体に汗が流れ始める!!

更に高熱にうなされはじめる!!

最後に首筋には……

 

「斑点……狼さんにも斑点が……」

他の患者の様に黒い斑点が現れ始めた。

幻想郷唯一の医者が……倒れた。

 

 

 

 

 

「いいぞ……もっとだ……もっと大きく……もっと広く……そしてより強く!!」

日差しすら入らない暗い場所で一人の妖怪が楽しそうにステップを踏んでいた。

まるで牧師の様なボロボロの黒い服に、紫の髪が翻る。

 

何事かと、その妖怪に近寄る他の妖怪が来る。

一言で言えば一つ目のサイだった。

牧師風の妖怪がそのサイを見てうれしそうに手を振るう。

 

「クギっ!?」

その瞬間サイの様子が変わる!!

体に黒い斑点が現れ、足をその場で突く。

その様子を、牧師風の妖怪がにんまりと笑いながら近寄る。

 

「苦しいか?辛いか?今楽にしてやろう」

 

サイに向かい再び手を掲げると、ビクンとサイの体が跳ね口から血の混ざったあわを吐く!!

そしてもう動かなくなった。

 

「いいぞぉ……我々の……糧と成れ!!」




えー、今回は第二話ですが、次が最後に成りそうですね。
今度は成るべく早く書きますので、よろしくお願いします。


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コラボ!!東方医師録~オペオペの実を食べた名医~3!!

どうも!!今回でコラボの話は終わりです!!
3話しか書けませんでしたが……なかなか楽しく書かせてもらいました。
次回より再び普通の話に戻ります。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「先生!!ウチの息子が!!」

「いきなりスゴイ熱を出してばあ様が倒れた!!」

「なんか……体がだるくて……薬もらえんですか?」

墨谷 狼の医院はこの日嘗てないまでの忙しさを見せていた。

何が有ったのか、突然複数の人間たちが不調を訴え狼の診療所の扉を叩いた。

 

「はぁ……はぁ……ゲホッ!!ゲホォ……またこの病ですか……ゲホッ!!はぁはぁ……原因は分かりませんので……薬は、ゲホッ!?出せません……とにかく対処療法で……患部、頭を氷で冷やしてください……いま、ウイルスの特定を……ゲホっ!?」

 

狼が大まかな指示を出し患者が帰っていく。

残念な話だが、今まで狼でも見た事の無い病気だ。

悲しいが人間は未知のモノに対して非常に無力なのだ。

 

「……これが……ウイルス?……見た事のない奴ですよ……しかも増殖スピードが異常です……」

自身の体から、口内粘液、血液、更には鼻水とウイルスが居そうな場所を片っ端から採取し、顕微鏡で観察する。

 

「……あッ!」

体の不調に狼の足元がふらつく。

 

「狼さんしっかりしてください!!」

その場にいた善が狼の肩を持つ。

善はまだ感染しておらず、狼の言葉を他の患者に伝えていたのだった。

 

「はは……助かりましたよ……詩堂さん……いやはや情けない……医者の不養生ってのはこういう事でしょうね……」

 

「狼さん……」

無理に笑う狼に対して善が、自分の無力を呪う。

 

「……今まで全く見た事の無いウイルスなんです……風邪に近いかと思ってみたんですが、全く別の奴でした……幻想入りした新種か……それとも私が引き寄せた『何か』……やれるだけやってみましょうか……」

その場で2、3回咳こみ顕微鏡のプレパラートを交換しようとする。

 

「私は医者……こんな所で……終わる訳にはいきません……おっと……」

そう言いながらも地面にプレパラートを落としてしまう。

それを素早く善が拾い上げ狼に渡す。

 

「残念ながら私は医者ではないので患者は見れません、けど狼さんの手助け位ならできますよね?」

 

「……帰らなくていいんですか?さっきまで、散々言ってたでしょ?」

 

「乗りかかった船です、沈没しようが渡りきろうがついて行きますよ」

 

無言で狼がプレパラートを拾い再び、観察を始める。

言葉は無いが確かに心はつながったのかもしれない。

 

「……変ですね……ウイルスが減ってる?」

 

顕微鏡をのぞいた狼が疑問を口に出す。

さっきまで精力的に動いて居たウイルスたちが鳴りをひそめ、それどころか数が目に見えて減っている。

 

「詩堂さん、すいませんが血を少し採取させてもらえませんか?」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

とある仮説にたどり着いた狼が善の血液を顕微鏡で観察する。

善の体内にも確かにウイルスは居たのだ。

しかし数が非常に少なく、活動もしていない。

それどころか数も少しずつ減っている気がする。

 

「『抵抗する程度』の力なるほど……!!これなら、特効薬も作れる……だが!!」

狼が口を開き一人笑うがコレには問題点が二つあった。

一つは、人里全員分の薬を精製するのに善の血液が大量に、それこそ本人からすべての血を絞り出しても足らない程に必要な事。

そしてもう一つはウイルス自身の増殖が非常に速い事、増殖が速いという事は進化のスピードも速いという事。

端的に言ってしまえばいつ善の力が及ばない程に進化してもおかしくないという事だ。

 

「……正直言ってかなりヤバイですよ、ヤバヤバです……最後の手段ですか……ね」

何かを決意した顔で狼はその場から立ち上がった。

その場には持ち主の居なくなった椅子だけが残された居た。

 

「狼さんどうでしたか?何か見つかりました?」

血を抜いた腕を押さえながら善が狼に話す。

その顔はやはり不安げだ。

 

「時間さえかければ何とか……けど今は時間が有りません……元を断ちます」

 

「元?」

 

「そうです、このウイルスの感染元です……発症した人間のリストを作ってみました、農夫、老婆、子供、猟師……一見バラバラですか全員、ここ数日人里の外のとある場所に行っています」

 

「とある場所?」

狼の言葉に何か含む物を感じ善が口を開く。

聴いてはいるが、もう善自身にも見当は大体ついていた。

 

「詩堂さんが倒れていたあの場所です」

 

「すぐに向かいます!!」

狼の言葉を聞いた善がその場で立ち上がった。

今すぐにでも、走り出そうとする善を狼が引き留めた。

 

「その前にやってもらいたいことが……」

 

 

 

 

 

木々が生い茂り昼だと言うのに薄暗い森で、一人の男が踊っていた。

 

「♪~♪~~~~♪」

鼻歌を歌いながら非常に上機嫌だった。

紫の髪が揺れボロボロの牧師の様な服がそのステップに怪しく揺れる。

 

「ピチチ……!!」

傍を通りかかった鳥が突然苦しみだし地面に落ちる。

妖怪がその鳥に気が付き本物の牧師の様な慈愛に満ちた表情をする。

 

「おお……なんと哀れな……今我々が救ってあげよう」

傍に近寄り、手をかざした瞬間鳥が口から血の混ざった泡を吹き動かなくなる!!

 

「これでいい……すべての命は繋がっている……すべての命は我等の糧になるのだ!!」

神に祈る様に膝を突き、両手を合わせる。

 

イタダキマス

 

グチャ、グシャ……ピチャピチャ……

暗い森の中で何かをむさぼる音が響く。

 

 

 

「おりゃー!!」

牧師の背中に善が蹴りを叩き込む!!

地面を転がりムクリと牧師風の妖怪が立ち上がる。

 

「なんですかな?今は神聖な時間だと言うのに……!!」

怒りに満ちた瞳で善を睨むその体からは大量の妖力が漏れ出す!!

明らかに解る人間を超えた生き物だった。

腕を十字に広げ、善をその体から精製した紫の光弾で狙う!!

 

「ROOM!!シャンブルズ!!悪いですね……人里で皆さんが待ってるんです!!すぐに終わらせてもらいますよ!!ラジオナイフ!!」

狼の言葉が響くと同時に目の前に狼が現れる!!

そしてオーラの様な物を纏った斬撃が妖怪を真っ二つにする!!

 

「なぜ……貴方が?」

 

その言葉と同時に妖怪が地面に倒れ伏す。

サラーっと砂の城が崩れる様に妖怪が地面に消えていく。

 

「詩堂さんの力なら、ウイルスを殺せる事は分かってましたからね……体に能力を流してもらえば余裕ですよ……すさまじい激痛でしたけど……」

そう言いながら胸を押さえる。

 

狼は善に自身の体に『抵抗する程度』の力を流してもらったのだ。

当然ながら、本来なら攻撃に使う技の為激痛が走るが狼はその痛みさえ耐えきったのだ!!

先ほどの技を見る限り、この妖怪が人里の病気を広めた黒幕だろう。

予想だが『ウイルスを操る程度』の力だったと思われる。

 

「ふぅ……これで一安心です……多分親玉を倒したので里も何とかなる筈ですよ?」

 

「そうですか、じゃ私は帰るための手がかりが無いか探してみます」

そう言って二人は別れようとする。

しかしその時、地の底から声が響いた!!

 

「酷いですね……いきなり切り掛かるなんて……非常に、非常に無礼です」

地面から生えるかのように再び妖怪が姿を現した。

両手で頭を持ちピタリとくっつける、ゴキゴキと首をまわし違和感がないか調べ始める。

 

「一体なんですか?ラジオナイフでの傷がくっ付くなんてありえませんよ!!」

 

「再生?別個体?何者なんだ!!」

狼が珍しく狼狽え、善が後退し構えを取る。

 

 

 

「我々の名は……イグレシア……神の使いにして命の調停者」

 

「そんなの知るかよ!!」

イグレシアに向かって善が拳を振るう!!

バチバチと弾ける様な音がして、その身を捕えようとする!!

 

「愚かな……」

イグレシアに拳が命中する瞬間、イグレシアは霧散するかのように姿を消した。

そして離れた場所にいた狼のすぐ後ろに出現する!!

 

「貴方は罪深い人だ……罰を受けなさい」

イグレシアが腕をかざすと同時に狼が倒れる!!

ガクガクと全身が激しく痙攣し、口から泡を吐く!!

 

「狼さん!!」

善が急いで狼を抱き上げイグレシアから距離を取る!!

 

「我慢してくださいよ、自分の命に縋り付いてください!!」

それだけを口にし、狼の胸に手を当て抵抗する力を流し込む!!

首に現れていた斑点が消えていく。

痙攣も収まり、何とか狼が口を開く。

 

「詩堂さんナイスです……あと、あと一瞬遅れていたら、危なかった……ですよ……」

狼は泡を袖で吹き、狼月の鞘を杖の様にして何とか立ち上がる。

 

「貴方も死に逆らうのですか?罪深い……なんと罪深い者達なんでしょう?」

イグレシアが演技掛かった、口調で話し始める。

 

「命とは誰しも平等なのです……神に決められた一生が有る……しかし貴方たちはどうです?医者ですって?人間如きが命をどうにかしようなど……烏滸がましいとは思いませんか?……罪人たちよ……貴方たちは裁かれなくてはなりません!!」

 

イグレシアがが再び狼に向かってその手を構える!!

「塵に帰りなさい……人の子よ……」

イグレシアの本性が漏れたように、ニヤリといやらしく口角があがる。

 

「させるか!!この人は、人里の希望だ!!お前に殺させる訳にはいかない!!」

両腕を広げ善が2人の間に割って入る!!

 

「無駄だと言った筈ですよ?」

一瞬後に善の()()()()イグレシアの声が聞こえる。

先ほど同様瞬間移動の様だった。

 

「クソッ!!」

薙ぐように善が手刀を振るうがそこにはもうイグレシアはいなかった。

またもや霧の様に消えてしまったのだ。

 

「さぁ、神の御許へ行きなさい……」

善の腕にイグレシアが触れる。

弾き飛ばされるように善が飛ぶ!!

 

「……直接触れてもまだ消えませんか……」

 

「はぁ、はぁ……ヤバイぞ……コイツ……」

肩で息をする善の腕に黒い斑点が浮かんでいた。

遂に善までも感染したのだ!!

 

「我等は神の使い……命の調停者!!」

勝ち誇ったようにイグレシアが再び名乗りを上げる!!

その姿には一種の神々しさも有った。

 

「……違う……お前は神の使い何かじゃない……!!」

善がイグレシアに言葉を投げかける、ピクリとイグレシアが反応する。

どうやら感に触った様だった。

 

「何を、我々は……」

 

「妖怪だよな!!……さっき触れられたわかった……妖力だ……あの感覚は間違いなく妖力だった!!」

善の言葉にドンドン、イグレシアの表情が変わっていく。

慈愛に満ちた顔から、怒りを含んだ醜い顔へと。

 

「我々は……!!神の使いだ!!命の調停者だ!!」

腕を振り上げ善を叩き潰そうとする!!

イグレシアの手刀が善の額を砕く瞬間!!

 

「シャンブルズ!!」

 

善の姿が消え狼が目の前に現れる!!

その手には一本の注射器が握られていた!!

手早く、イグレシアに針を突き刺し、中の液体を流し込む!!

その瞬間!!イグレシアが激しく苦しみ出す!!

ドロリと注射された腕が溶ける。

 

「やっと、触れてくれましたね。これは私が直接注射しなくちゃならないんですよ」

そう言って空に成った注射器を懐へとしまう。

 

「何を……した……何を我等に流し込んだ!!罪人ども!!」

腕を再生させながらイグレシアが目を見開く!!

怒りに満ちた言葉と表情には、先ほどまでの余裕の態度はすっかりと消え失せていた。

 

「何って……詩堂さんの血から作った薬ですよ。

材料が少なかったので3本が限界でしたけどね」

そう言って、黒い斑点が消えた首を見せる。

イグレシアが気が付いて善の方を見るが、そちらもすっかり回復している様だった。

 

「馬鹿な……こんなスピードで、薬が作れる訳が……!!」

 

「医者を舐めないでください?こっちは人の命救う事に命を賭けているんです!!幻想郷唯一の医者!!私は墨谷 狼!!この程度の事やって見せますよ!!」

狼の言葉とプレッシャーにイグレシアがたじろぐ!!

狼はさらに言葉を続ける。

 

「詩堂さんの言葉がヒントになりました、あなたはさっきから『我々』と言ってる様に一人じゃないですね?……いえ、この言い方は正しくありませんね。

あなたはあなた一人であなたなのではなく、極少サイズのウイルスの妖怪が集合して人型になってるんですね?」

 

「……さて……何のことやら?」

 

「とぼけても無駄だ!!狼さんの作った薬はあのウイルスを殺す為の物!!その集合体のアンタには効いただろ!!」

善がイグレシアに更に言葉を投げかける!!

狼の力と善の能力によってイグレシアの秘密がドンドンさらけ出されていく!!

 

「……見事です……よくぞ我々の正体を見破った……だが!!」

イグレシアが腕を振るうと同時にその腕の直線状に有った草、木、動物が死んでいく!!草は枯れ、木は腐り落ち、動物は血を吐いて死んでいく!!

 

「この力から逃げられる物か!!我等は命を食らう!!もっともっとだ!!この世界を食らい尽くしたら次は()()()()!!」

そう言って先ほど枯らした、木々の奥を指さす。

その奥は黒い穴に成っており空間が歪んでいた。

 

「アレは……詩堂さんを連れて来た穴ですね。

まだ残っているとは思いませんでしたよ」

狼が穴を見て僅かに漏らす。

 

「俺の世界だと?行かせる訳にはいかないな!!」

善もその言葉を聞き再び腕を構える。

 

 

 

「無駄だといったろ!!お前らはここで死ぬ!!」

その言葉を発すると同時に、イグレシアの身体が再び霧散する!!

自身を構築するウイルスの結合を緩め、目では認識不可能なレベルまで分裂したのだ!!

 

「仕掛けさえ分かればこんな物大した事有りませんよ!!」

そう言って白衣からアルコールビンを取り出し周囲に散布した!!

 

「細菌一匹一匹はとても弱いんです、コレだけでもあなたには効くでしょう?」

 

その言葉を裏付ける様に苦しむ様にイグレシアが姿を現す!!

そのまま狼に抱き着くように跳びかかる!!

善にしたように直接ウイルスを送り込むつもりの様だった。

 

「読んでないとでも?シャンブルズ!!」

狼の姿が掻き消えそこに善が出現する!!

 

「はぁい、さっき振り!!シャイニングフィンガー(仮)!!」

その手はもちろん抵抗する力が満ちており、イグレシアの顎を打ち抜くように渾身のアッパーカットがねじ込まれる!!

触れた場所から、抵抗する力が流れイグレシアの体を構築するウイルスを殲滅し始める!!

 

「まだ……まだ終わりはしない……不要な部分を捨て……」

 

「させると思うんですか?そんな考え甘々ですよ、カウンターショック!!」

狼がイグレシアの居る場所まで走り込む!!

そして体に流すのは相手を黒焦げにする高圧電流の技、カウンターショック!!

 

「行きますよ善さん!!」

 

「分かってますよ!!」

最後の確認とばかりに二人が息を合わせる!!

 

「「はぁああああああああああ!!!!」」

 

「ぐぅおおおおッおおおおおお!!!!」

胸に当てられた狼のカウンターショックがイグレシアを外から焼き払う!!

頭に当たられた善のシャイニングフィンガー(仮)がイグレシアを内部から破壊する!!

そして遂に……!!

 

「我々が……消えるぅ……命の調停者が……あああああ!!!」

イグレシアはその言葉を残し消えて行った。

 

 

 

 

 

「命の調停者ですか……そんな者が本当に要るんですかね?私だってオペオペの実を食べましたが、出来ない事も有ります……けどみんな今日を生きてるはずです……なら私は少しだけ、命を奪う存在に抵抗してみますよ……」

 

「狼さん……ありがとうございました。

私、自身の世界へ帰ります。また会う日までお元気で!!」

 

「さよならですね。善さん、何時でも来てください……チャンスが有ればですが……」

 

「ええ、さようなら、狼さんもお元気で!!」

そう言うと善は空間の穴へと身を投げた。

暫くしてその穴は、役目を終えたかのようにゆっくりと小さくなって消えた。

 

「……さようなら、もう一つの世界の仙人さん」

狼はそれを見送ると人里へと帰って行った。

 




医療系のキャラってすごい書くの難しいですね。
いろいろ間違った部分もあると思いますが、そこは勘弁してください……
それでは失礼。


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帰還不能!!神秘のマヨヒガ!!

今回からまた普通の作品なります。
そして今回も最初から謝罪デス。

今回いつもよりキャラ崩壊が激しいです。
橙ファンの皆さんごめんなさい。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、とあるお家に厄介になっています。

御主人様の躾は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

……あれ?

 

 

 

 

 

「うぉおおお!!芳香ぁあああ!!」

 

「うぉおおお!!ぜぇんんんん!!」

キョンシーと邪仙の弟子が強く抱き合う!!

訳あって喧嘩別れ気味だったのだが、再会して以来ずっとこの調子なのだ。

 

「……昨日からずっとよ?そろそろ飽きないの?」

最早何度も繰り返されて二人の抱擁にさすがの師匠も少し呆れ気味である。

苦々しい顔で目の前の緑茶に口を付ける。

 

「いやぁ、だってぇ……悪い事しちゃったなって思って……」

 

「それは私の方もだぞ?私はもう怒ってないからな?」

 

「芳香ぁ……なんていい子なんだぁ!!」

 

「うぇへへへ~褒められたぞ~」

そう言って再びお互いにじゃれ合う。

見ている側からすれば非常に不愉快である!!

 

「……いい加減にしないと……消すわよ?」

 

「ふひぃ!?すいませんでしたぁ!!」

額に青筋を立てながら師匠がポケットから、札を取り出す!!

師匠がそのモーションを取る最中に善は素早く芳香を離し、土下座の姿勢に移行する!!

その滑らかな姿は熟練の土下座リストだけが出来る、スピードと美しいフォルム!!

言うまでも無いが!!全く必要の無い、匠の技である!!

 

「まったく、勝手に何処かに行ったと思ったら……落ち着きの無い子ね?まぁ、良いわ

修行も怠けている訳じゃないみたいだし、手の方ももう殆ど回復したみたいね」

そう言って師匠は善の右手を掴む。

火傷も裂傷もすっかり治っている様だった。

 

「人体の構造を理解した縫合痕……すごく綺麗、正に神業と呼べる代物ね」

うっとりとした顔で善の回復した手に頬ずりをする。

 

「し、師匠!?」

予期せぬ柔らかい感触に善が声を上げる。

しかし師匠は気に止めもしない!!

 

「ああ、会ってみたかったわぁ。コレだけの技術が有ればすごいキョンシーが作れそうなのに……ねぇ、コレ()、分解して中を見て良いかしら?」

 

「そのオファー通ると思ってます!?絶対に嫌ですからね!!」

これ以上ここに居ると碌でもない事にならないと理解した善!!

逃げる様にその場を後にする。

 

 

 

たたたと足音をたてながら家の前の墓場を歩く。

もうランニングも終わったし何時もしている修行自体も終了している。

此処からは自主練習の時間だ。

 

「さて、今日もやってみるかな」

適当な墓石の上にみかんを置き、その場から3歩ほど距離を取る。

深呼吸をし、体に気を纏い目の前のみかんに狙いを定める。

 

「気功拳!!遠当て!!」

その言葉と当時に地面を拳で殴る!!

一瞬何かが弾ける様な音する!!

しかし……

みかんには何の変化も見られない!!

 

「……失敗かぁ……師匠はもっと上手くやったのにな」

自身の悪い所を考えながら、その後も何度かトライし続ける。

 

「にぃ~」

 

「ん?おお、猫麻呂。久しぶりだな」

何時から居たのか足元に真っ黒な猫が、善の足に身体を擦りつける。

この猫は妖怪の山に居た野生の猫で、何か理由が有るのか善に懐き偶に墓場まで遊びに来ているのだ。

 

「久しぶりだなぁ、冬の寒い間どうしてたんだ?まぁいい、ちょっと待ってろ」

それだけ言い残すと、家に戻り煮干しを持って帰ってくる。

 

「よ~しよしよし、先ずは復習だな。お手!!」

 

「にゃー!」

ポン

猫麻呂は非常に賢い猫で、善が遊びで芸を教えたらドンドン覚えて行ったのだ。

犬の芸だが善はそんな事気にしない!!

というかそこは突っ込まないでください!!

 

「よぉし!ドンドン行くぞ?おかわり!お回り!お座り!バーン!」

連続で善が猫麻呂に指示を出す、その度に猫麻呂は右手でお手をしたり、左手でお手をしたりその場で回ったり、座ったり死んだふりをしたりする!!

 

「よぉしよしよし!!煮干しだぞぉ?たくさん食べろ」

掌から煮干しを差し出すとワンオクターブ高い声をだし猫麻呂が煮干しにがっつく。

ごろごろと喉を鳴らし尻尾をゆっくり揺らす。

 

「ふっふっふ、お次はコレだ。じゃじゃ~ん猫のオモチャ~」

某国民的ロボットアニメのキャラクター風のボイスを出しながら、ポケットから猫のおもちゃを取り出す。

コレは少し前師匠達と一緒に行った地獄で買った物だった。

 

針金の先にプラスチックの蜂が付いている。

笑いながら猫麻呂の前でそれを何度も振る!!

 

「どうだ?お前こういうの好きだろ?」

ヒュンヒュンと猫麻呂の前で振りまわす!!

眼はオモチャに釘付けで首を振っている!!

そして遂に……!!

 

「ニャー!!」

 

猫麻呂がオモチャに喰らいつく!!

だがその瞬間!!

猫麻呂が口を開いた!!

 

「……他の(メス)の匂いがする……」

 

「ウェィ!?」

突然聞こえたヤンデレ風な声に善が固まる!!

にわかに状況が理解出来ず、周囲に人が居ないか確かめはじめる!!

 

「え!?何?何が有ったの!?」

 

「……浮気ですか?……いい度胸ですね」

善は自身の目を擦った!!

その声は明らかに、目の前の猫麻呂から聞こえている!!

 

「少し目を離したらコレだから……オスはちゃんと見ておかないと」

一瞬煙が上がり目の前に橙色のワンピースを着た幼女が現れる。

頭には猫の様な耳とスカートから覗く2本の尻尾。

 

「えーと……お燐さんの知り合いです……か?」

自身の記憶のある最も姿の近い妖怪の名前を出す。

彼女の同種なら、この姿も納得できる。

 

「にゅふふふ、違いますよ?そんな人、知りません」

猫じゃらしを構えたまましゃがんだ体勢の善と、幼女の視線はほぼ同じ位置だ。

ゆっくり近寄ってきて善の頬に両手を添える。

 

「えーと……猫麻呂……であって……る?」

 

「合ってますよ?けど私の本当の名前は、(ちぇん)って言うんです」

 

「へ~そうな……ん、ピィ!?」

善が応答した瞬間首に激しい痛みが襲う!!

一瞬遅れて理解する!!

橙が自分の首を捻ったのだと!!

 

 

 

 

 

「ん……何処だここ……」

暫くしてまたもや見た事ない天井が目に入る。

 

「はぁ、またこのパターンか……なんだ?幻想郷の奴らは揃いもそろって、とりあえず気絶させるスタンスを取っているのか!?一歩間違えば拉致だぞ!!良いのかコレェ!!」

自身の中に湧いた怒りに身を任せその場で立ち上がる!!

だが、ガクンと体が引っ張られる!!

 

「え……マジで……」

いつの間にか善の首に首輪が巻かれており、そこから伸びる鎖は柱に厳重にくくりつけられている!!

あきらかな拉致監禁!!

詩堂 善まさかまさかの拉致監禁初体験である!!

 

「やばくね?……怖くね?」

誰に話すでもなく、目の前に伸びる鎖をまじまじ見つめる。

1カメ、2カメ、3カメ……

どの方向から見てもコレは間違いなくチェーン!!

 

「ちぇ、ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」

無闇やたらと目の前の鎖を引っ張る!!

もちろん自身にこんな事をしたヤツが帰ってくる前に逃げる為である!!

ガチャガチャガチャ!!

 

「呼びました?」

善の横に有る障子が開き、橙が姿を現す!!

正直言って、今一番会いたくない相手!!

 

「猫ま、じゃ無かった。橙さん?悪いけどコレ外してくれませんか?」

成るべく相手を刺激しない様に、優しく好意的に提案をする。

相手はいきなりこっちの首を捻り、更に拉致監禁までセットでプレゼントしてくる妖怪だ。

いきなり指からビームを撃ってきてもおかしくない!!

*少なくとも善にはそう見えています。

 

「ダメです、善さんは放っておいたら何処に行くかわかりませんからね?ココ、マヨイガでずぅぅぅぅぅぅぅと私が飼ってあげますね?」

濁りの無いきれいな目をしながら善を覗き込む!!

『ずぅぅぅぅぅぅぅと』の部分は冗談や比喩などではなさそうだった。

 

「えっと……私こう見えても、仙人目指してるんで……その、飼われるのは困るなーって……修行出来ないし……ね?」

ガシッっと善の首筋の鎖が捕まれて、見た目からは想像できない力で引っ張られる!!そしてそのまま橙の目の前に、善の顔が突きだされる!!

 

「……そう言って逃げる気なんでしょ?逃がさないから……」

目先の一センチ前で橙の瞳が善を覗き込む!!

この瞬間!!善は理解する!!

 

(あ、だめだコレ。話聴かないタイプだ……)

サーッと背中に冷たい物が走る。

 

「さぁ、ごはんにしましょうか」

そう言って目の前に銀色の食器(明らかに犬用)に猫まんまが盛られる。

 

「あの……箸かスプーンが欲しいんですけど……」

 

「ペットにはいりませんよね?」

笑顔の返事、思わず撫でたくなるような無垢な笑顔なのだが内容は……

 

「素手で食えと?」

 

「ハイ!」

再び向けられる笑顔!!しかし!!内容は悪魔その物!!

非人道的&理解不能!!

尚もその瞳で『早く食え』との無言の圧力!!

 

「い、いまお腹いっぱいなんだよね……」

流石に人権までは失いたくない善(師匠のもとで9割以上失っているのだが……)

 

「……そうですか……なら、また後で来ますから」

そう言って橙は部屋から出て行った。

出ていく直前、こちらに向き直り。

 

「言っておきますけど、ここ結界が在って簡単には出れませんよ?」

善の心の中を見透かしたように話出て行った。

 

 

 

「やばいやばいやばいぞ……落ち着け、落ち着け詩堂 善。俺は仙人志望の男、何時も冷静沈着なクールガイだ……落ち着いて考えれば何かいい案が……」

全身の震えを何とか抑え込みながら、思案していると障子が僅かに開いているのを目にする!!

そのまま、視界を上にあげると明らかに橙の物でない瞳と目が合う!!

 

「……えっと、コンニチハ」

 

「ああ。こんにちは、入っても構わないな?」

無音で障子の向こうから今度は女性が姿を現す。

 

「アリだ……」

善がぼそりと無意識に言葉を漏らす。

目の前に現れたのは、暴力的なまでの美女!!

知的な雰囲気に、思わず目を疑うルックス!!

そして善的に無視できない豊満なバスト!!

そのすべてが善の好みだった!!

 

「お前が、詩堂か?」

目を細めながら目の前の女性が声を掛ける。

 

「は、はい!!詩堂 善です!!よろしくお願いします!!」

 

「そうか……お前が……お前が『シドウ ゼン』か!!会いたかった、会いたかったぞ!!」

非常に強い力が善の首を掴む!!

ゴキゴキと危険な音が善の首から鳴り響く!!

 

「……ッ?……!か、ハァ……!」

 

「お前が私のかわいい橙をたぶらかした男だな!?橙に手を出した罪は重いぞ……生まれてきた事を後悔させながら、死んだ方がマシと思わせる様な拷問をたっぷり味わわせてやろう……!!」

目の前の美女が更に善の首に力を掛ける!!

善の意識がもうろうとし始める!!

 

「藍様!?何をしているんですか!?」

部屋に入り込んでくるのは橙だった!!

勢いよく女性に跳びかかり、善の首からその手を払いのけさせる!!

 

「ゴホッ!?……ゲホ、ゴホ……なんなんですか?次から次へと……」

咳き込みながら二人に視線を這わす善。

無理もないが善の頭の中は混乱の極みだ。

 

「この人は藍様です、私の主人です」

 

「橙は私の式だ」

藍と呼ばれた女性が誇らしげに橙を、撫ようとする。

しかし……

「触んな」パシィ

 

容赦なく橙はその手を払いのける!!

みるみるうちに藍の顔が暗くなっていく!!

 

「ちぇ、ちぇぇぇぇぇん!?反抗期なのか?反抗期なんだな!?」

さっきまでの殺気の籠った態度は一変しあわあわとし始める。

正直テンションの変化について行けない!!

 

「何の茶番ですか?」

 

「お前のせいだ!!お前が橙を誑かしたんだろ!?調べはついて居るぞ!!橙が純粋で人を疑う事を知らないのを良い事に、魚で橙を家まで連れ去り更にそこで日々食料と引き換えに調教を施して行ったんだろ!!ああ……かわいそうな橙、こんな酷い男に見つかったばっかりに……」

そう言って善をそれだけで呪殺できそうな瞳で睨む!!

 

「藍様……違いますよ、私が善さんと遊んであげてるんですよ!!」

そこに入るのは橙にフォロー!!……フォロー?

本人はその積りだが、藍には全く無意味だった!!

 

「橙!!こんな男今すぐ捨ててきなさい!!人間が欲しいなら、紫様が冬眠から覚めた時に連れてきてもらうから!!」

 

「いやです!!私は善さんを飼いたいんです!!」

目の前で繰り広げられる、善の意見と人権を無視した言い争い!!

 

「いや……アンタら俺の話も聞けよ……」

遂に善が口を出すが二人は一切興味は無い!!

ひたすら口論を続けるのみ!!

そして善が出す答えは……!!

 

(逃げるか)

そう決め付け首の鎖を調べ始める!!

太くて頑丈な鎖だが特殊な術等は掛けられていない様だ……

 

(師匠が俺を縛る奴より脆そうだな、これなら……)

床に寝転がり、鎖を捻ってゆく。

鎖とは一見頑丈な道具のイメージはついて回るが実は強いのは引っ張る力に対してで、横に捻る力に対しては非常に弱いのだ。

 

(こんなモンか……)

ある程度捻ると鎖自身が軋みだす。

頃合いと見た善は懐から札を取り出し額に貼り付ける。

 

(筋力解放……!)

両手で鎖を捻り上げる!!

僅かな音が響いた後、鉄が変形し鎖が千切れる!!

 

「さて、行くか!!」

善がその場から立ち上がり、障子を開け隣の部屋に逃げ込む!!

一瞬遅れ藍と橙がほぼ同時に善の逃亡に気が付く!!

逃げる善に対してとにかく『追う』事を選択する!!

 

(さぁて、ドコ行くかな?)

障子を開けてどこでもいいから滅茶苦茶に移動しようとする!!

追手はすぐそこ!!ヤンデレ猫と殺人狐どちらにも捕まる訳にもいかない!!

1枚2枚3枚と障子を開けていく!!

成るべく多く、成るべく早く!!

そんな中、目の前に矢鱈装飾が豪華な扉を発見する。

 

「ああもう!!出口は何処だよ!?」

半分やけくそにいなり、その扉に手を掛ける!!

僅かな抵抗感が有りその後何とか開く。

 

「ウエッ!?この人誰だ?」

そこに居たのはまたしても美女、寝返りを打つたび金髪の髪が煽情的に揺れる!!

普通なら目の前に眠る美女が居れば、善はイタズラしてしまう健全な男性なのだが今回ばかりは違った!!

拉致監禁系幼女と見敵必殺美女の二人組から「この屋敷の人物=危険」の方程式が善の頭の中で成り立っていた!!

音をたてないように部屋から出ようとするが……

 

『おのれ……あの仙人モドキめ、何処に行った!!見つけ次第殺す!!』

 

『藍様やめてください!!善さんは私が飼います!!』

すぐそこから聞こえてくる、二人の声!!

善はこの部屋から出るに出れなくなった。

そっと耳を澄ませ相手の出方を伺う!!

 

『この辺に来たハズだが……紫様の部屋か……もしや』

その言葉と同時に藍がこちらに近付いてくる気配がする!!

善の心臓の鼓動が激しく鳴り始める!!

 

『……いや、この部屋には結界が張ってある。入れる訳ないか……』

その言葉と同時に足音が遠のいて行く。

 

「ふぅ……助かって――」

 

「無いわよ?」

 

「むぐっ!?」

突如後ろから善の口が手で塞がれる!!

必死で後ろを見るとさっきまで眠っていた美女が起きて善の口をふさいでいた。

 

「シーッ……静かに、藍たちに見つかるわよ?コレから手を離すけど静かに出来る?」

こくこくと善が首を振る。

それを見て美女がゆっくり手を離す。

 

 

 

「ふぅん……災難ね」

あれから、善の話を聞いた美女(紫と名乗った)が布団に座りながら面白そうに呟く。

 

「いや、笑い事じゃ……」

 

「分かってるわ、家の式たちが迷惑かけたわね……後は何とかしておくから、あなたは帰りなさい」

 

「え?帰るって……わぁ!?」

一瞬の浮遊感が善を襲う!!

その瞬間謎の空間に投げ出される!!

黒く複数の瞳が善を見ている。

 

「この、この空間は……!?」

何かを叫ぼうとした時、善はもういつも居る墓場の真ん中に居た。

はじめてここに来たときあの空間は見た事が有った。

数度だけ噂に聞いた事が有る『妖怪の賢者の一人』について……

 

「八雲 紫……あの妖怪が……俺をここに()()()()妖怪……」

 

そんな事を呟き地面から立とうとする!!

 

(ん?この地面柔らかい……弾力が……)

 

「ふぇ!?し、失礼しましたー!!」

いつの間にか居た小傘が善の姿を見るなり走って逃げていく。

その態度に疑問を覚える善。

そしてさらに地面が喋る!!

 

「ぜ、善?気持ちはうれしいんだが……いきなり外では……困るぞ?」

何時も聞きなれた芳香の声がする。

 

(あ、コレ不味くないか?)

ゆっくりと地面から体を起こす。

 

「よう、芳香……気分はドウだ?」

錆びた機械人形の様な声を出す。

芳香は善の下にいた、というか今善が地面だと思って手を付いている部分は……

 

「体は固いけど……()()は柔らかいな……はははは……」

次の瞬間地面と空が入れ替わる!!

容赦なく地面に善が叩きつけられる!!

 

「ハァイ、善。最近芳香と仲良く成って来たと思ったら……あなたって本当に油断できないのね?」

にっこり笑いながら師匠が近付いてくる。

ドス黒い気が師匠の体から放たれている。

一歩、歩くたびに、死が迫ってくるのを確信させられる!!

 

「師匠?……違うんです、偶然なんです!!落ちた所に芳香が……」

 

「遺言はそれだけ?私のかわいい芳香に手を出した罪は重いわよ?」

ついさっき同じような台詞を聞いた気がする善!!

逃げた先でも結局同じ!!

 

「止めて……止めてください!!師匠!!あぐぅあ!??!?!!」

 

「次はもっとムードを大切にしてほしいぞ……」

 




引っ張りに引っ張った猫麻呂を遂に回収。
まぁ、特に何か有った訳ではないんですが……


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再戦!!猫の怨返し!!

なんだか時間がずいぶんかかりました。
しかも、個人的には微妙な出来……
次の話はもっと早くに出せるようにします。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

一月もほぼ終わりかけたある日の事……

善たち一行はいつもの様に炬燵で丸くなっていた。

「ふぅ、寒い寒い」

 

「ぐー……すぅー……」

 

「あー……」

 

それぞれが炬燵の暖かさに心癒される時。

善にとってもそれは例外ではない。

 

「あら?ぜ~ん、みかんが切れたわ。持って来てちょうだい」

微睡に意識を持って行かれかけた時、師匠の言葉が飛ぶ。

善が確認すると炬燵の上のみかんが無くなっていた。

 

(そう言えばさっき芳香に最後の一個を剥いて食べさせたな……)

 

炬燵の外の寒さに辟易し、一瞬嫌な顔をするが、逆らった所で何の意味も無い事を知っている善は意を決して炬燵から足を出す。

 

「すぐに持ってきます」

台所に入っていくが、みかんを入れているダンボールの中はいつの間にか空に成っていた。

どうやらさっき食べきってしまったみかんが、最後の一個だった様だ。

 

「師匠ー、みかん無くなったみたいなので買ってきます」

一瞬我慢してもらうおうかと考えたが、師匠は我慢などしないと思い直し、買い物袋をひっかけ家から出ていく。

 

「今、雪降ってるよ!!わちきも連れてって!!」

 

「ええ、今日も傘お願いしますね」

天気を見た小傘が炬燵から出て善についてくる。

使ってもらえるチャンスを彼女はいつも探している。

意地らしい限りである。

 

「ちょっと待ってて」

出掛ける準備として小傘が用意を始める。

善は小傘に先に墓場に居る事を話し家から出ていく。

 

「はー、まだ寒いな……」

外は小傘の言う様に少し雪がぱらついている。

自身の両手に息を吹きかけ、芳香からもらったマフラーをきつく巻きなおす。

 

 

「にー……」

 

「うぉう!?」

先を急ぐ善の右足に何かが触れる感覚!!

それは善の良く知った猫麻呂の甘えた動作!!

その事を一瞬にして理解した善はその場で態度を軟化させる!!

 

「なんだよ、ビックりさせるな……ってまたアンタか!!3日も経って無いぞ!!」

一瞬何時もの癖で手を差し伸べようとして思い直す!!

指を猫麻呂……いや猫麻呂の正体に向かって指す。

 

「酷いですねー、あんなに可愛がってあげたのに……」

その言葉と同時に猫麻呂の姿が変わっていく。

橙色のスカートと猫耳二股に分かれたねこの尻尾。

妖怪、化け猫の橙だった。

 

「いや、何というか可愛がっていたのかコッチの方で……裏切られた感の方が私には強いんですけど……」

この猫の正体は橙という名の化け猫!!

実はこの橙、数日前善を拉致監禁した非常に危険な妖怪なのだ!!

幼女に監禁されてい人にはご褒美です!!

 

「まぁまぁ、そんな事言わずに。もう善さんを襲ったりしませんから」

そう言ってその場で両手を上げ敵意の無い事をアピールする橙。

 

「それにあの後、紫様に怒られて反省したんです。

善さんごめんなさい!!もう、しませんから!!

ほら、首輪まだ外せてませんよね?苦しいだろうと思って鍵持って来たんですよ?」

橙が態度をしおらしくする、彼女も尻尾も猫の耳も頭を下げるように下がっている。

橙の言葉通り、善の首には鍵のついた首輪が付いている。

鎖は引きちぎれたが首輪そのものは残っているのだった。

違和感がずっとしていた善にとって、橙の言葉は朗報だった。

 

「まぁ、そこまで反省しているなら……もうしないでくださいよ?」

見た目だけなら年下の娘だし、猫麻呂としての彼女となら今まで上手くやってきた。

反省してくれたのなら、また前の様にいい関係が持てるだろう。

そう考え善は橙を許す事にした。

 

「こっちに来てください、鍵を外しますから――あ!?」

橙がポケットから鍵を取りだすと同時に何かがポケットから落ち善の方へと転がっていく。

それは透明のビンの様だった、中に半透明の液体が入っている。

 

「……橙さん……コレって」

ビンのラベルを見て善はげんなりする。

ラベルに書かれていた文字は

 

「クロロホルムじゃないですか!?」

ドラマのお約束アイテム!!クロロホルム!!

その効果は嗅がせた相手を眠らせる薬品!!

何故橙が持っているのか?どこから手に入れたのか?

そのすべてが謎に包まれてるが!!

やろうとしてであろう事は簡単に予測できる!!

この妖怪!!断じて反省などしていない!!

 

「ばれてしまった様ですね?けど良いですよ。此処は幻想郷、妖怪が人を襲う事などいくらでもありますよね?」

さっきまでの態度は鳴りをひそめ、肉食獣の様な瞳を善に向ける!!

善はとっくの昔に化け猫のターゲットとしてロックオンされていたのだ!!

 

「紫さんは……」

 

「紫様はまた冬眠していますよ?つ・ま・り・助けに来る人はいませんよ?」

ニヤリとその場で橙が笑う。

幼い見た目をしていても、妖怪と言われても十分理解できる微笑みだった。

 

「さぁ、大人しく私と来てください、ね?」

橙がゆっくりとこちらに向かってくる。

その様子を善は、冷静な面持ちで見ていた。

 

「何時か師匠が言ってました……『仙人に近づいたのだから妖怪に狙われる』って。

なるほど、橙さんが私を狙うのもそう言う理由なんですね?」

 

「さあ?どうでしょう?けど、マヨヒガに来てくれるなら何でもいいですよ」

じりじりと善との距離を詰めていく!!

迫る妖怪に対して善が出来る事は!!

 

「ソッチがその気なら……俺も実力行使だ!!おりゃぁああ!!」

善は油断する橙に跳びかかる!!

 

「にゃ!?何を!!」

鍵を狙われたと思った橙が手早く鍵をポケットにしまった!!

しかし善の目的は鍵ではない!!素早く橙の後ろに回り込む!!

そして両手を構え!!

善は自らの両手を橙の脇腹に這わせる!!

 

「何をするかって?決まってるだろ!!くすぐるんだよ!!」

 

「え?ちょ、にゃははははあはは!!!くす、くすぐったい!!ははは!!にゃはははは!!ごめ、こめんなははは、さい!!ゆるして!!ははははは!!ゆるしてくださはははははは!!おなかははっはあは!!お腹痛い!!ははははは!!!」

必死で体をねじらせ善から逃げようとする橙!!

しかし体格差を利用し必要に橙を執拗にくすぐり続ける!!

*コレは幼女と少年がじゃれ合う非常に健全なシーンです。

 

「ほらほら、どうした?もっと激しく成るぞ?」

 

「にゃははは!!止めてあはははは、善さんははは、漏れる、くすぐられ過ぎたら漏れちゃう!!」

 

「そうか!!漏らすのがいやなら大人しく鍵を渡せ!!」

涙を流しながら体をよじらせる橙に善は尚もくすぐりを続ける!!

逃がさない!!ゆるさない!!と言いたげに激しく橙の脇を狙い続ける!!

 

「にゃはははは!!いやです!!私に飼われるまで、あははははあは!!もう、もうダメははははあはは!!」

 

「なら大人しく漏らすんだな!!びしょびしょに成ったパンツで家に帰るがいい!!」

*再び注意しますがコレは幼女と少年がじゃれ合う非常に健全なシーンです。

 

「そ、そんにゃはは!!わかった!!わかったから!!鍵渡すから!!ははははは!!」

ポロリと地面に首輪の替えや、猫缶、猫じゃらしが落ちる。

最後に鍵が落ちるのを見て善は橙の脇腹から手を離した。

 

「最初からこうすれば良いんですよ」

鍵を拾い自身の首輪を外す。

一気に呼吸が楽になりその場で深呼吸する。

その後地面にしゃがみこむ橙に視線を投げる。

 

「はぁ……はぁ……ぜ、善さん……もう、酷い事は……はぁはぁ……しないでください……」

 

「それは今後の橙さんの態度次第ですね」

 

「ふむゅ……散々胸とか触られたのに……」

今にも泣きそうな、悲しそうな眼で橙が自身の胸に手を当てる。

脇腹をくすぐっていたつもりだが、いつの間にかズレていたのだろうか?

もちろん橙が吐いた善の気を引くための嘘の可能性も有る。

 

「橙さん……知っていますか?」

橙の近くにしゃがみこみ優しく諭す様に話す。

 

「胸囲80cm以下はバストではない!!」

正に巨乳至上主義!!善の容赦はない!!

悲しむ橙に対し圧倒的な追い打ちを掛ける!!

 

「ぜ、ぜんさん……?」

呆気にとられる橙を余所に尚も善は語り続ける!!

 

「イイですか?『胸』と『バスト』は完全に別物なんです!!『胸』とはただの動物の部位の一つにすぎません、胸肉、胸筋、胸部……ドウです!?この単語にどれか一つにエロスを感じましたか!?感じませんよね!!そう、それは『胸』はタダの肉の塊に過ぎない!!しかし『バスト』はドウです?男が女性を見る時の基本、胸!尻!腿!の三大萌えパーツの一つです、無論そこには無限の夢が詰まっています!!

そう!!胸部には肉が!!バストには夢が詰まっているんです!!

あなたの胸に夢が詰まってますか?萌えが詰まっていますか!?

夢の……萌えの詰まっていないバストはタダの胸だ!!」

 

立て続けに繰り出される善の超理論!!

常人にはまず理解不能な『胸部哲学』とでも呼べる話!!

もちろん橙には理解出来るハズも無く!!(脳が理解を拒否した側面もある)

ただ目の前で繰り出される理論に呑まれるだけ!!

 

「ふ、ふぅえええええ……」

恐怖を感じ遂に泣き始める橙!!

目の前に居るのは百戦練磨の妖怪でも退魔師でもない!!

だが!!無理もない!!仕方もない!!

まだ橙には善の持つ欲望は理解できなかったのだ!!

 

「橙さん?」

 

「は、はいぃぃいい!!」

 

「でも、将来大きく成ったらまた来てくださいね?」

最後に怯える橙を包み込むように優しく善は微笑みかけた。

 

「は、はい……わかりました……」

 

 

 

 

 

「ねぇ、善?あなた一体何をしているの?」

誰かの声が響き善がその場でフリーズする!!

 

「すこし外がうるさいと思って来たんだけど……コレ何のつもり?」

麗しい声が聞こえ善がゆっくり声の主の方に目を向ける。

 

「ど、どうも師匠……えっと……偶に語り合いとかしたく成りまして……」

 

声の主は善の師匠だった!!先ほどまでの会話は家の中まで響いていたらしい!!

一見微笑んでいる様な顔だが、善は知っている!!

この顔は師匠が不機嫌な時の顔だ!!

 

「ふーん、そうなの?仙人たるもの欲を外に出さず自らの力へと変換する……一番最初に私が教えた事よね?」

 

「は、はいそうです!!気を溜め内に留め、自身を強化するのが仙人です!!」

ビシィ!!っと音がするような軍隊顔負けの敬礼を師匠に繰り出す善!!

しかし最早すでに顔面蒼白!!真冬だと言うのに汗が滝の様に噴き出る!!

 

「で?あなたはちゃんと欲を制御出来てるのかしら?」

 

「で、出来ています……よ?……多分……」

愛想笑いを浮かべながら善は師匠に話をする。

 

「出来ていないでしょ!?芳香に続き次はこの子なの?……流石にコレは犯罪よね?」

幼い容姿の橙に目を向け、師匠が善を責める様に睨んだ!

 

「違うんですよ?妖怪が襲ってきたから倒しただけで……そんな事よりみかん要りますよね!?すぐに買いに行きますから!!」

逃げる様に善が背を向けるが襟を師匠に後ろから捕まれる!!

 

「みかんは後でいいわ。今はあなたのその態度を改めさせましょうか?」

 

「あ、あの?師匠?……何を?」

ゆっくりと師匠の体から黒い気が流れ始める。

最近善は気が付いたのだが、師匠の気は絡み付くような気をしている。

本人の気質が反映されるのか、わざとそうしているのか……

その手に漆黒の光弾が生成される。

 

善は光の色で一瞬に理解する!!

(あ、コレ死ぬ奴だわ……)

 

「殺しはしないわ……運さえ良ければね?」

運さえの部分を強調しながら師匠が善を地面に跪かせる!!

 

「『ね?』じゃないですよ!!そんなの!!そんなの喰らったら……!!あああああ!!止めて!!止めてください師匠!!」

真っ黒いドロドロした気が善に襲い掛かる!!

 

「橙さん!!ヘルプ!!助けて!!マヨヒガへ、マヨヒガへ連れていってください!!」

 

「弱ったら連れて行きますね!!」

目をキラキラさせながら橙が微笑んだ。

多分その頃は間に合わない!!

 




巻末オマケコーナー!!
藍様編!!

「藍様の尻尾柔らかい!!ずっと顔をうずめていたい!!むしろ枕にしたい!!」

藍「しょうがないヤツだな~ホラ」ブチッ!!

「え”?」

藍「枕にしたいんだろ?一本やる。ん?2本の方がいいか?安心しろ、まだ8本あるから……」ブチン!!

藍様も病ませてみた!!

何やってるんだ、俺……ストレスか?


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輝く刃!!霊界の剣士!!

レッツ投稿!!

今回も長くなりました。

あれー?シンプルにするつもりだったのに……

ネタを入れ過ぎたのかな?

4月28日一部修正。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

「雪の降る幻想郷、その中の人里に小さな悲鳴が走る!!

「キャ!?」

オッドアイの妖怪の少女多々良小傘が地面に叩きつけられる!!

 

「小傘さん?最近少し調子に乗ってませんか?」

善が小傘の首根っこを掴み無理やり立たせる!!

 

「そんな事は……」

ガクガクと震え、目には恐怖のあまり涙が溜まっていく。

 

「少し、私の袖が雪で濡れたんですよ……コレは一体どういう事ですか!?

御主人様を濡らす傘なんて不良品ですよね?」

善が小傘の震える瞳を覗き込むように顔を近付ける。

 

「ご、ごめんなさ……い」

 

「あなたの代わりの傘なんていくらでも有るんですよ?それとも逆に、『イザと成ったら他の人に使ってもらえばいい』なんて思ってませんよね?」

善が首を持ったまま小傘を持ちあげる。

首が圧迫されて、小傘の呼吸が阻害される。

 

「お、思ってません!!」

 

「ふぅん……確かにこんなデザインの傘、誰も欲しがりませんか……けど、私の所有物を他人に使われるのは気分が悪いですね」

 

「痛いっ!?」

再び地面に叩きつけられる小傘。

 

「私の物だと分かるように、名前を書いておきましょうか」

そう言って善が懐からナイフを取り出し――」

 

 

 

 

 

「ソレDVってレベルじゃねーぞ!!小傘さん!?もっと自分を大切にしてください!!」

遂に善のツッコミが入る!!

 

「えー、人里でコレやったら絶対驚かれるのにー」

そう言って自身の驚かし案を否定された小傘が唇を尖らせる。

 

「いやいやいやいや!!オモックソ俺、悪人じゃないですか!?何?小傘さん私の評判を下げる様に誰かから、依頼されているんですか!?それにナイフで名前刻むって、どう考えても異常ですよ!!」

 

「えー、でも善さんのお師匠さんが『最近善に節操がなくなって来たわね、背中とかに刺青で私の名前を書いておけば人前で服が脱げなくなるかしら?』って言ったたのから着想を受けたんですけど……」

 

「師匠!?何考えてるんですか!?怖!!俺の師匠怖すぎる!!」

自身の知らない所で進行していた狂気の計画!!

あまりの理不尽さに善が声を荒げる!!

その声に著しく反応するのは人里の住人達!!

小傘が下げるまでも無く善の人里での評判は最低辺である!!

 

 

 

邪帝皇(イビルキング)だ……)

(目を合わすな!!消されるぞ!!)

(なんだ?ボロボロだぞ?)

(おそらく誰かを消した帰りか……)

(戦おうと思うな、返り討ちにあうだけだ!!)

 

善の姿を見た里の人間たちがひそひそと噂を始める。

今日の善は全身がボロボロだった、服は破れ所々焦げ目までついている。

左の肩からは流血までしている。

 

「うう……主に全身が痛い……」

 

「善さんしっかり!!」

傘を支える小傘が善にねぎらいの言葉を投げかける。

 

 

 

突然だが!!ここで前回の話を振りかえろう!!

前回の3つの出来事は!?

 

1つ!!墓場にて、再度襲撃してきた化け猫橙!!

2つ!!その橙を自身の能力を以て撃退した善!!

3つ!!最早予定調和!!師匠の折檻!!

 

だが!!だが!!善の不幸はそれだけではなかった!!

折檻を受けてボロボロの善!!

当初の予定通りにみかんを買いに出かけたのだが!!

 

 

 

「やぁ、詩堂。この前振りだな?実はさっき橙が泣いてるのを見てな?」

墓石の裏から姿を現すのは橙の主!!八雲藍!!

人ひとりなら簡単に呪殺できそうな眼で善を睨みつける!!

だが顔だけは冷静そのもの!!それが一層恐怖を掻きたてる!!

 

「こ、こんにちは……藍さ……ん」

 

「なぁ?なぜ私の橙が泣いているのか……知らないか?ん?」

困惑する善の肩に手を置く。

次の瞬間肩に激痛が走る!!

妖怪の握力で善の肩に藍の指がめり込んでいく!!

指が肉に食い込み骨を軋ませる!!

 

「痛い痛い、いたい!!!藍さんやめてください!!」

必死で藍の指を肩からどかそうとするが藍は一向に離さない!!

それどころか!!尚も力を強く込め始める!!

「あ”あ”あ”あ”入ってる!!指入ってますから!!」

 

「ん?私はなぜ橙が泣いていたか聞いているだけだぞ?」

飽くまで素面の顔で「なぜ?」を繰り返す藍。

最強クラスの妖怪だけあり善が勝つことが出来ないのは明確である。

しかし!!そんな善に救いの手が差し伸べられた!!

 

「そこまでです!!藍様!!」

善と藍の間に小さな影が割って入る!!

 

「ちぇ、橙!!なぜ私の邪魔を――」

 

「藍様は黙ってください!!」

狼狽える藍をその場で一喝する!!

 

「あ、え……橙?」

 

「善さんから手を離してください」

確かな意志の籠った瞳で藍を射抜く。

普段見せ無い橙の迫力に藍がたじろぐ。

 

「しかしだな――」

 

「はやく!!」

 

「わ、わかった」

遂に橙の言葉に従い、藍が善の肩から手を離す。

 

「善さん、ここは私に任せて先に行ってください」

なんだか主人公を救う仲間みたいな台詞を言い放つ!!

*この状況に成ったのはほぼ100%橙の責任です。

 

「わ、解りました……橙さん、ありがとう」

左肩を抱えながら善は橙に背を向けて歩き出した。

途中で尻餅をつき、泣きそうな顔をしている小傘を拾い人里に向かう。

 

 

 

「あの後どうなったんだろう?」

 

「さぁ?出来ればあの二人には関わりたくないです……」

小傘が2人の事を考えながら、善と人里を歩いて行く。

ひとまず、今日の夕飯と明日の分の食材を探す善。

みかんを買いに来たのだが、最初に買うと1箱分を抱えたまま雪の降る里の中を歩くことに成るので最後にまわす。

 

「「このみかんください」」

果物屋にて善ともう一人の少女が同時に一つのみかんの箱を指さす。

 

「は、はひ……ど、どちらがお買い上げです……か?」

怯えた様子の果物屋の主人が2人に尋ねる。

 

「私に譲ってはくれませんか?私の主人が必要としているので」

そう言って少女が善に話す。

白い髪をボブカットで切り揃え、腰と背中に計2本の剣の様な物を背負っていた。

善の目の前に白い人魂の様な物が揺れる。

 

「それは出来ませんね、私の師匠に手に入れろと言われているので」

善自身も譲る事は出来ない!!

このまま帰ったら何をされるのか解らない!!

 

「あ、あのう……妖夢さん?本日は日を改めては……」

果物屋の主人が白髪の少女に向かい、小さく声を掛ける。

妖夢というのが彼女の名前らしい。

 

「それは出来ません!!主の命は絶対です。すいませんが妖怪さん、このみかんは譲れないんですよ」

 

「私は妖怪ではありませんよ……良く間違えられるんですが。さて、こちらも同じく譲る事は出来ません、私も師匠の命は絶対なんですから」

そう言い放つ善!!帰ったら名前を書かれる訳にはいかないのだ!!

周囲の住人が2人の様子を見つけ集まり始めている。

喧嘩にしろ、騒ぎにしろ野次馬根性というのは何処にも有る様で好奇心を僅かに含んだ無数の瞳が2人を見つめる。

 

「そうですか……なら、ここでの争い毎の決め方は1つですよね?」

その言葉と同時に妖夢が懐からカードを取り出す。

弾幕で決めようと言うのが彼女の提案らしい。

 

「残念ですが私にカードは有りません、肉弾戦でも構いませんか?」

何も持ってないと言った風に自身の両手をぶらぶらさせる善。

その様子に妖夢がため息をつき自身のカードを懐にしまった。

 

「わかりました、私もカードは無しでやります。剣も峰打ちにします

さて、一応剣と拳を交えるのも同志お互い自己紹介と行きましょうか?

私の名は魂魄 妖夢。白玉楼の庭師にして剣術指南役です。

以後お見知りおきを」

 

「コレはご丁寧にどうも……

では私も、私の名は詩堂 善。仙人志望の仙人モドキです。

以後お見知りおきを」

 

2人が目で合図を交わし同時に距離を取る!!

妖夢が楼観剣を抜き正眼に構える。

善がマフラーをたたみ、近くに居た小傘に渡す。

両人の間に張りつめた空気が流れる。

 

妖夢は人里でも、良く名を知られている。

人里でも良く買い物をする姿を目撃している、しかし彼女を有名足らしめているのはそこではない!!

それは過去の異変の解決者としても確固たる実力!!

彼女の剣技は目を見張る物が有り、神業と呼べる剣の実力者だ!!

 

その実力者が正体不明の謎の妖怪(少なくとも人里の人間にはそう見える)邪帝皇(イビルキング)と戦うのだ!!

それに興味が湧かない方がおかしい!!

人々が息を飲む中、二人は相手の出方を伺い会っている。

そんな二人の心中は……

 

 

善side

(やばいよ!やばいよ!!やばいって!!何この人!?堂々と剣抜いたよ!?何?人里って帯刀アリなの!?

「どーせ模造刀背負ってるだけだよね」とか思ってたけど模造刀背負った痛い子じゃ無かったよ!!マジモンの真剣じゃん!!斬るとかじゃなくてKILLしてくる人だよ……

あ~すごい目でこっち睨んでるよ……絶対やばいって……

なんでこんな事に成ったんだろ……あー、お家かえりた――だめだ、師匠に殺されるわ……

詰んだんじゃね?)

 

善!!心の中でさっそく涙目!!現代日本で過ごしている善にとって本物の刀など見た事は無かった!!それが今!!自分を切ろうとこちらに向けられている!!

恐怖!!形を持った死の恐怖が善の体を震わせる!!

 

 

 

妖夢side

(ううう~どうしてこんな事に成ってるんですか……

前々から人里で噂だけは聴いてましたけど……この人が邪帝皇(イビルキング)

見た目は普通の人じゃないですか。もっとわかりやすく危険人物感出してくださいよ!!

一瞬普通の人だと思って喧嘩売っちゃったじゃないですか……

しかもカード封印なんて、完璧コッチ嵌めに来てますよ!!

あ!!こっちを見ながら笑ってる!!しかも武者震いまで!?こ、殺される!?

ああ、白玉楼に帰りた――だめです、幽々子様に殺される!!

あれ……私の人生……詰んだ?)

 

妖夢!!こちらも心中では涙目!!幻想郷の噂として善の事は聴いていた!!

曰く人里に危険な人物が居る、曰く鈴仙を捕食しようとした、曰く命蓮寺に出入りする大妖怪と関係が有る、妖怪の山を我が物顔で散歩する、など様々だ。

しかし彼の実態は全く掴めておらず、稗田家の当主すら彼の幻想郷縁起を作るのに苦労しているらしい。

自らの力を隠すと言う、能力者にして異端の彼。

何者か不明だが、彼が師と仰ぐ人物は有名だった。

邪仙を仰ぐ邪帝!!この組合わせは何か良くない事が起こると確信させるには十分だった!!

 

かみ合わないお互いの認識!!

そして生まれる空虚な虚構の敵!!

この膠着状態に先に動いたのは善だった!!

 

(目に雪が、入る)

妖夢の姿を見ながら目の近くにきた雪を払おうとする。

その姿は妖夢には腕を振るい、何かの力を使おうとしている様に見えた!!

 

(マズイ!!何か来る!!)

楼観剣を構えたまま、横にステップを繰り出し移動する!!

彼女の感が直線上に居るのは危険と判断したのだ!!

 

「危なかったですね……」

必死で避けて自身の体に何の傷も無い事を確認した妖夢が小さく声を漏らす。

 

(オイ、今の見えたか?)

(いや……避けたのは解るが)

(攻撃の動作っぽいのは邪帝がしたぞ)

(攻撃自体は全く見えなかったぞ)

2人の無音の攻防に住人たちが噂を始める。

弾幕の様に派手さは無く寧ろ不可視の攻撃は、ひどく不気味な物に思えた。

*実際には目に入った雪をどかしただけです。

 

「埒が空きませんね!!こちらから行かせてもらいます!!」

攻撃された(と思い込んだ)妖夢が剣を構え善に切り掛かる!!

普通ならこんな事は、まずありえないのだが今回はコンディションが悪かった!!

踏み込む瞬間!!雪でぬかるんだ泥に足を取られる!!

剣はむなしく善の足元に軌道を描き、善はそれを難なく飛び上がる事で回避する。

妖夢が滑って地面に転び、善を見上げる形に成る。

 

(いま……足の腱を狙ってきたぞ!!勝利の為なら容赦はなしか!!)

 

(千載一遇のチャンスを逃がした?いや、違う!!コレは『余裕』!!

いつでも倒せると言う彼のメッセージ!!)

更にお互い勘違いが進む!!

疑心暗鬼がお互いの心に満ちる!!

常にくるストレスに善が遂に音を上げる。

 

 

 

両者のストレスと緊張がピークに達した時!!

その場でゆっくりと両手を上げる!!

善は敵意のない事をアピールしているのだ。

 

 

 

「ど、どうです、妖夢さん……ここは引き分けにしませんか?」

藁にもすがる気持ちで、善が切りだす。

今更だが、みかんの為に命は失いたくない!!

師匠には土下座するなり小指詰めるなりで許しを請う事にした!!

 

「そ、それはいい考えですね!!!そうしましょう!!!引き分け、引き分けですよね!!」

妖夢が善の言葉に瞬時に喰らいついた!!

妖夢としても命をこんな所で捨てたくない!!

善の差し出した折衷案に飛びついた!!

安堵の内に、戦いの幕は閉じたのだった。

 

 

 

 

「では、私の取り分はこれで」

 

「はい、残りは私が」

善と妖夢が箱に入っていたみかんを平等に分ける。

量はかなり減ってしまったのは仕方ないが無血の結果なら、失敗とは言えないだろう。

 

「では、妖夢さん。また何時か」

 

「はい、今度は一緒に食事でも……」

 

お互いが相手の神経を逆なでない様に静かに分かれる。

話の内容は静かだが……

 

(『食事!?』……妖夢さんはまだあきらめないのか!?)

 

(『また何時か!?』……善さんは私を始末する気なんですね!?)

やはりお互いかみ合わない!!

仙人モドキと庭師の次の邂逅はいかに!?

 

 

 

「師匠ー、ただいま帰りました、はい、みかん」

その言葉と共に善が台所にみかんの箱を置く。

何とか必要な物を買ってくる事が出来た。

 

「あら、善お疲れ様。……所で、あの傘の子はドコ?みかん以外何も持っていない様だけど?」

 

「あ”」

 

「うー!!お腹すいたぞー!!」

空腹で暴れる芳香!!

お腹から大きな音が鳴り響く!!

 

「善、芳香がお腹を空かしているわ。コレは某ヒーローみたいに、自分の頭を千切って食べさせるべきじゃないかしら?」

 

「いやですよ!!某ヒーローは頭が交換できるんです!!私は出来ませんから!!私の顔にスペアは有りません!!そんなの無理――ぎゃー!!?」

 

「あぐあぐ……固い……けど……善の味がする」

 

「しみじみ言うな!?……ああっ!!ふらふらする……視界がぼやけ……る?」

 

「速く迎えに行かないと、無くなりそうね。あ、床の血は拭いてから行きなさいね?シミにしたくないのよ」

 

「……ししょ……う……たすけ……て……」

ドサッ

「あら、動かなくなったわ」

 

人里にて……

小傘は一人里でさ迷っていた!!

野次馬しに来た人の波にのまれ善とはぐれたのだ!!

 

「善さーん!!善さーん!!どこですかー!!わちきを……わちきを一人にしないでー!!」

哀れ小傘は一人で人里を彷徨い続ける!!

*ちゃんと回収されました。

 

 

 

 

 

余談

マヨヒガにて……

「良いか?橙、あの仙人は悪人なんだ、里の評判も芳しくない。お前にはもっと素晴らしい男がきっと居るんだぞ?」

 

藍が正座させた橙に説教をする。

藍本人は橙の反抗期ともいえるこの期間を、真摯に受け止める事にしたのだ。

辛くても何時かきっと橙は分かってくれる。

そう信じて藍は心を鬼にしていた!!

 

「……は……です……い……」

小さく橙が口を動かす。

その様子に藍がピクリと反応する。

 

「なんだ橙?言いたいことが有るならはっきり言うんだ、私はお前の言う事ならどんなことでも真摯に受け止めるぞ?」

藍は橙が反省の言葉を述べていると思い、心のなかで胸をなでおろした。

しかし!!現実はそうではなかった!!

 

「私の前に胸緯80以上の胸を置くな!!どうせ将来垂れるだけなんですよ!!貧乳がステータス!!希少価値なんです!!胸に詰まっているのは所詮脂肪です!!お腹の贅肉と同じ成分なんです!!脱巨乳!!胸にもシェイプアップを!!」

血走った目で必死に訴える橙!!

自身より遥かに下の妖獣相手に藍が、困惑する!!

 

「だ、橙?」

 

「なんですか、パイ様」

 

「パイ様って誰!?どうしたんだ橙!!」

 

「ちょっと……善さんに巨乳の愚かしさを伝えてきます!!」

 

「ま、待ちなさい!!ちぇ、ちぇええええええええええん!!!」

血走った目で、橙はマヨヒガの外に走っていった。

藍だけが「何処で教育を間違えたんだ?」と一人呆然としていた。

受け継がれる邪帝の意志!!




思った以上に、病み橙が使いやすい……
橙ファンの皆さんごめんなさい。
多分これからも病み橙出てきます。


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血風!!弟子と神霊廟!!

こんにちは、久しぶりの投稿になりました。
感覚が少し狂っていますかね?
本日はだいぶ長くなってしまったので反省します。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

二月に差し掛かり、春を僅かに意識し始めるある日、墓場の一角にある師匠宅の庭にて二つの影が舞っていた。

一つは言わずもなが、弟子の少年詩堂 善、もう一人は彼の師匠に当たる女性だった。

 

「ハァッ!!気功手刀拳!!」

善が自身の右手の手刀に気をまとわせ、更に自身の持つ能力を付着させ師匠に向かって思いっきり振り抜いた!!

 

「……なぁに、これぇ?」

 

「うげッ!?」

師匠はあっさりとその手刀を受け止めた!!

いや、ただ受け止めたのではない!!

善の渾身の一撃を左手の親指と中指でつまんで止めたのだった!!

 

「もっと本気に成りなさい。私が珍しく相手をしてあげているのよ?」

 

「痛!?」

師匠はつまらなそうに口を尖らすと、善の手を抑えている指に力を入れだした。

肉が潰れ骨がギシギシと軋む!!

 

「えい」

更にまったく力のかかっていない掛け声を上げ、自身の腕を振りあげる!!

その瞬間!!善自身の体が浮遊感に包まれ、空中に投げ出される!!

師匠は自身の指2本の力だけで、善を放り投げたのだ!!

 

「わわわわ!?イデェ!!」

そのまま受け身も取れずに地面に叩きつけられる!!

 

「あらあら……あまり私をがっかりさせないでくれるかしら?」

倒れる善に対して、師匠が上から目線で見下ろす。

 

「ま、まだまだぁ!!」

勢いよく立ち上がり、再び自身の腕に気を纏う。

抵抗する力が大気を歪め電気の弾けるようなバチバチとした音が響く!!

 

「ハァッ!!」

善の攻撃が師匠の左わき腹に食い込んだ!!

その場所から気が流れ込み同時に抵抗する力が内部で破裂する!!

……はずだった。

 

「あれ?」

予想をはるかに下回る威力に善が肩透かしを食った。

 

「はい、もう一度」

気を抜いた瞬間再び師匠に投げ飛ばされる!!

そして望まぬアイキャンフライ!!

もちろん待っているのは固い地面!!

 

「ブベラ!?」

善!!本日2回目の地面との熱いキス!!

 

「さて、こんなものかしら?今日の修業はここまでね」

 

「……あり……がとう……ござい……ます……」

ドロリとした感触がして鼻から赤い液体が流れ出る。

どうやら当たり所が悪かった様だった。

 

「あら、善鼻血が出てるわよ?まさかさっき私に触ったから?ああん,若い子の性欲って怖いわー、あれだけでこんなに興奮できるなんて……」

そういって自身の胸を抱くようにして体をくねらせる師匠!!

 

「違いますよ!!地面に叩きつけられたからです!!今見てたでしょ!?むしろ師匠が原因ですから!!」

 

「ぜ~ん!!大丈ジュル夫か?ジュル痛い所ジュルル無いか!?」

顔面から血を流す善を見て芳香が血相を変えて飛んでくる。

そのやさしさに善の瞳がわずかに緩む。

 

「芳香ぁ……心配してくれるのは嬉しいんだが……よだれ拭いてくれよ!!」

善の言うように芳香の瞳は流れる善の血に注がれている!!

その口からは絶えずよだれが零れている!!

 

「ジュル、ジュルジュルジュルルー」

 

「何言ってるかわからん!!一回よだれを拭いてくれ!!」

 

「おっと……すまない。最近善をかじるとおいしくてなー」

実にあっけらかんと芳香が告白する!!

料理がおいしいのでなく、善本人がおいしいらしい!!

 

「何でだよ!?俺がおいしいってどういう事だよ!?」

あまりの言葉に善がその場で地団太を踏む!!

もはや鼻血がドウとか言ってる場合ではなかった!!

 

「へー、善が最近おいしく成ってきたの」

横で黙って聞いていた師匠が興味深そうに言葉を話す。

一見普通の会話だが善は知っている!!この表情と声音は新しい実験動物を見つけた顔だ!!

 

「嫌ですよ?最初に言っておきますけど、私を芳香に食べさせないでくださいね!?」

 

「わかってるわよ、私がかわいい弟子にそんな事する訳ないじゃない?」

優しい穏やかな表情で善の頬を撫でる。

 

「そういえば――すっかり忘れていたのだけれど、太子様に新年の挨拶に行ってなかったわ!善、芳香準備なさい。出かけるわよ」

そういって後ろを振り向いた家の中へと入っていく。

最後に「掃除お願い」とだけ言い残して。

 

 

 

 

 

「おお、善。我に何か用か?」

神霊廟の扉を叩くと中から布都が姿を現した。

小柄だがいつのも様に快活な雰囲気を纏っている。

 

「どうも、物部様。太子様はご在宅ですか?新年の挨拶をと参りましたの」

 

「おおそうか!新年の挨拶に……はて?今日はもう月末近いのだが……」

 

「ええ、私としてはもっと早く伺いたかったのですけれど――いろいろと用事が重なってしまいまして……」

珍しく師匠が頭を垂らし、しおらしく話す。

 

「まぁよい、皆の者よく来たな。善は神霊廟を良く知らぬであろう、我がしっかり紹介してやろう!入るがよい!」

意気揚々と布都が三人を連れ、神霊廟へと三人を導いていく。

 

「ここは太子様と我らの修業場所『神霊廟』じゃ、太子様と我はここで日々厳しい修業をし切磋琢磨しておるのだ!弟子もおり我らの元で汗を流しておる」

布都が自慢げに廊下を歩き、善に神霊廟の説明をしていく。

 

「弟子ですか……師匠には弟子は私以外いないですよね?」

布都の言う『弟子』という単語に反応し、善がこっそり自身の師匠に耳打ちする。

 

「そうなのよ、コレって言う子がなかなか居なくて……居てもすぐに辞めちゃうのよねー、どうしてかしら?」

がっかりという様に両手を左右に開きジェスチャーをする。

 

「たぶん師匠に原因が――」

 

「何か言ったかしら?」

善が口を開こうとした時、師匠が善の頭を右手でつかむ!!

万力の様な力が掛かり体内から聞いたことの無いタイプの音がする!!

ギリギリギリィ!!

 

「いたたったた!?は、放してくださ――」

 

「お前ら何してんよ?」

横から声が掛けられ善の頭が師匠の手から解放される!!

締め付けられた居ないって素晴らしい!!

 

「あら、蘇我様。お久しぶりですわ」

再び師匠の表情が軟化して、頭を下げる。

いつか見た緑の浮遊する幽霊だった。

 

「おお、屠自古!良い所に来た。善、この者が我の――」

 

「あー、屠自古さん。ご無沙汰してます」

 

「詩堂か、今日は遊びに来たのか?」

布都の言葉をさえぎる様にして二人が親しく話し始めた。

一度二度話しただけではない、よく知った相手という話し方だった。

 

「む?お主ら知り合いか?」

布都が二人に対して疑問を投げる。

 

「よく里で会いますよね?」

 

「ああ、意外と気が合うから団子を食べたりしているな」

 

「たまに悩みとか聞いてもらったりしてますよね?」

その言葉を聞いた布都がショックを受ける!!

 

「お、お主ら……我をのけ者にしてこっそり楽しんでおったのか!?」

 

「いや、別にのけ者にした訳では――」

善がフォローに入る。

 

「本当だな!?今度何処か行くときは我も誘うのだぞ?」

 

「あー、ハイハイ。わかりましたよ……」

 

「よし、ならば良い!さぁ、太子様の部屋はもうすぐじゃ!」

屠自己と別れ、善と師匠、芳香は豪華な扉を開け中にいる太子と対面した。

 

 

 

「やぁ、よく来たね。貴女達が来るのも久しぶりだね」

みみずくの様な髪形にマントを纏いヘッドフォンをし穏やかな表情で太子様が迎え入れる。

 

「ご無沙汰しておりますわ、最近は弟子の育成に忙しくてお顔を見に来れませんでしたの」

一礼をして師匠が太子様の正面に座る、善も師匠に促されその隣に正座する。

 

「君が詩堂 善君だね?布都から常々話を聞かせてもらってるよ。

改めて自己紹介しようか、私は豊聡耳 神子。

外の世界では聖徳太子とも呼ばれているかな?」

 

「――っ!?」

目の前の人間を見て善は委縮した!!

今まで何人かの人間と関わりあって来たが、善はこの人は他とは違うという事を一瞬にして理解した!!

雰囲気というべきか、なんなのか善にうまく言葉にできないが明らかに普通の人間と纏う空気が違うのだ!!

すべてを包むような優しさ、何処までも尽きることの無い知的さ、同じ人間とは到底思えなかった。

『聖人』という言葉を以前、師匠から聞かされた事が有るがその意味を善は身をもって理解した。

 

(こんな人間が存在したのか……)

師匠と神子が何かを親し気に話しているが、善の耳には入ってこなかった。

それほどにこの神子の持つ存在感は絶大だった!!

 

「ああ、ごめんなさい。怯えさせてしまったかな?」

善の意識を割るようにその言葉が入ってきた!!

気が付くと心配そうに神子が善を見ていた。

 

「だ、大丈夫……です……」

何とか善はその言葉を絞り出した。

咄嗟に自身の口を手で押さえた、そうしないと口から漏れ出してしまいそうだったから。

 

「善しっかりなさい、仕方ないわね……太子様、実はここに来たのはお願いがありまして」

 

「お願い?」

師匠の言葉をそのまま神子がオウム返しする。

 

「ええ、実はこの子に他のお弟子さん達と顔合わせをさせて頂きたくて……できますか?」

 

「あ、ああ。構わないよ、布都、善君を修業場所の仙界に案内してあげて」

一瞬躊躇したが、神子はすぐに了承し近くに控えていた布都に指示を出した。

 

「かしこまりました!必ずや、善を目的の場所まで案内して見せますぞ!」

布都に呼ばれ善がその場から立ち上がろうとする。

その時師匠が小さく善に耳打ちをした。

 

「死んでしまわない様に気を付けてね」

 

「ちょ!?師匠どういう意味ですか!?」

恐ろしい言葉に、瞬時に体が拒否反応を示すがもう止まらない!!

神子の命を受けた布都には、もう善の言葉は届かない!!

見た目からは想像できない力で抵抗する善を引っ張っていく!!

 

「大丈夫なんですか!?布都様!!布都様ぁ!!」

扉が閉じられむなしく善の声がこだました。

 

 

 

 

 

目の前に広がるのは異様な光景、広大な空間に金色の柱が等間隔に並んでおり、建物の中のはずだというのに太陽があり、地面には草花が咲き乱れ、小川まで流れている。

非常にのどかな風景である。

 

「ここが我らの修業場所の仙界、と言ってもここは弟子達の修業の為の場所で太子様や我は別の場所を使っておる」

 

「ほへ~」

 

「うおおー!広いな!!」

善がぽかんと口を開け、芳香がはしゃぎ始める。

 

「『仙界』の名の通りここは神霊廟の一部ではない。太子様たちのお力でこのような空間が作れるのだ。

おーい!!誰ぞおらぬかー!!」

布都が奥の方に声をかけると3人の若者たちが走ってきた。

 

「ハハァ!布都様我らただいま参上致しました!!」

真ん中のリーダー格の男が一歩布都の前へと進み出る。

 

「おお、お主らか。突然だが今日は我の知り合いの弟子が来ておる、お主らと今日一日一緒に修業したいそうじゃ、皆の者相手をしてやれるか?」

布都の言葉に近くに控える2人の男が一瞬躊躇した。

 

「光栄ですね、ぜひよろしくお願いします」

しかし真ん中の男はすぐに了承し、善に握手を求めてきた。

布都は気が付かなかった様だが、その男の口元には一瞬嗜虐的な笑みが浮かんだ。

 

「ではよろしく頼むぞ!我は太子様の元に戻る」

それだけ話すと布都は手早く近くにあった扉を開き外へと出て行った。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「ああ、よろしく頼むぜ?邪仙の弟子さん?」

3人の男が善を囲むように立ちふさがる。

もうその目は笑っておらず、もうその心中を隠す気はない様だった。

 

 

 

 

 

師匠が机の上のお茶を手に取り、そのまま口元まで運ぶ。

一息つき、再び机の上に湯呑を戻す。

 

「さて、貴女がただここに来る事は無いのはわかっているよ。

布都と弟子に席を外させたんだ、何か目的があるんだろう?」

お茶をすすっていた師匠に対し神子がゆっく口を開いた。

 

「流石ですわね、実はあの子をお見せしたくて来たんですの。

太子様にはあの子はどのように見えました?」

にやりと口角を上げ、神子を見据える。

 

「どのように?……一見して見たイメージはチグハグな子……かな?」

 

「チグハグ、確かに言い得て妙ですわね」

更に言葉を促すように師匠が口を開いた。

 

「冥界の剣士の様に欠けた欲、生きることに対する投げやりな執着……とでも言うのかな?さらにその気質から派生したであろう能力……

仙力のごとく外部から自身を守る力。

それとは逆に妖力のごとく相手の守りを崩す攻めの力――

同じ「抵抗する力」なのにまったく逆の力……君が興味を持つのも解るわ」

そういって神子も湯呑に口を付けた。

 

「ええ、そうでしょ?それに……私があの子に望むのはその先に有るもの――

あの子、すごくかわいいでしょ?」

師匠はうっとりした様子で満足そうに再び湯呑に口を付けた。

 

 

 

 

 

「気功翔!!」

一人の男が足に気を纏い常人では不可能な跳躍をする!!

飛び上がり善に向かって足を振り下ろす!!

 

「くぅ!?」

咄嗟に腕を払い足を受け止める!!

しかしその瞬間腕に走る痛みで善は顔をゆがめる!!

 

「覇ぁ!!」

 

「砕ぃ!!」

そこに追撃する様に二人の男の気を纏った拳が善の腹にめり込む!!

 

「グハァ!?」

 

「チィ!!」

ほぼ同時にその男達が、善から距離を置く。

 

「こいつ、腹に気を纏ってカウンターを仕掛けてきやがった!」

 

「油断するな?せっかくの()()()()なんだ、すぐに終わらせない様にな」

真ん中の男がそう言って再び、足に気を纏わせ始める。

 

「ぜ、ぜん……大丈夫なのか?」

 

「ああ……これ、くらい……な」

芳香が心配そうに善を見る、先ほどから何度も善を援護しようとするがその度に善によって止められているのだ。

 

「減らず口を……俺たちはここのトップ3だぜ?いつまで持つかな!!」

3人の男たちが同時に善にとびかかった。

咄嗟に善が手をクロスして守るがそのまま地面に叩き伏せられてしまった。

 

 

 

数分後……

善は芳香に連れられ仙界の扉まで歩いていた。

何度も気を流され、足元はふらついており芳香の助けなしでは歩くのすら困難な様だった。

 

「善!!しっかりしてくれ!!」

 

「ああ、大丈夫だ……心配するな……」

歩く二人をあざ笑う様に3人の弟子たちが指さし笑う。

 

「逃げてくぜ!!情けねー」

 

「師匠自身の実力が違うんだよ」

 

「まぁ、お前は死体相手にしている方が似合ってるよな!!」

 

罵声を浴びやっとの思いで仙界から、外へ出る。

それと同時に善が神霊廟の床に倒れる!!

 

「ぜ、善!?無理してたんだな?」

心配そうに芳香が善を揺り動かす。

大丈夫と善がうなされ気味に繰り返す。

 

その時後ろの扉がギィっと開き、リーダー格の男が首を出す。

 

「さっさと帰んな!!お前たちは神聖な神霊廟に不要なんだよ!!死体も邪仙もその弟子もお呼びじゃねーんだよ!!」

それだけ言うと再び大きな音を立てて扉が閉まった。

 

「善……もう帰ろう?明日からまた強くなればいいんだぞ?」

心配そうに善の顔を芳香が覗き込んだ。

 

「はぁーキツイな……こんなに疲れたのは久しぶりだ……」

善が立ち上がろうとした時、そこを屠自古が通りかかった。

 

「どうした詩堂?ヤケに疲れているじゃないか?」

 

「ぜ、善が弟子にやられたんだ!調子が悪いみたいなんだ!!」

芳香が今にも泣きそうな声で、屠自古に話す。

 

「詩堂が?……ああ、なるほど。詩堂、別に布都の顔を立てる必要はないんだぞ?むしろ弟子なんてやめて行ってナンボだ、加減なんてしてやるな」

その言葉を残し、屠自古はまた廊下を歩いて行った。

 

「……芳香……あいつ等に勝ってほしいか?」

俯いたまま善が芳香に投げかける。

 

「善?確かに勝ってほしいけど……無理は、してほしくない……ぞ?」

 

「無理なんかじゃないさ、ならヤルことは一つ!!」

何かを決心した様に善がその場ですくっと立ち上がる。

抵抗する力が発動したのか、体内の気はほとんど無力化された様だ。

 

「おお?また弟子と戦うのか?」

 

「ああ、そうだ。だがその前に――芳香、スカートを脱いでくれ」

 

「え?善?何を言って――」

 

「ああ、大丈夫だ。ちゃんと俺もズボンを脱ぐから」

混乱する芳香を他所に善が自分のズボンに手を掛ける!!

 

「善!?何を考えてるんだ!?頭が腐ってるのか!?」

 

「大丈夫大丈夫、心配するなって」

そういって、穏やかか表情を芳香に向けた。

 

 

 

仙界にて……

3人の弟子たちが楽しそうに雑談をしている。

話題はもっぱらさっきの情けない邪仙の弟子についてだった。

 

「いやー、久しぶりにすっきりしたな」

 

邪帝皇(イビルキング)も大した事なんて無いな!!」

 

「俺たち仙人として名をはせる時も近いかもな」

気分よく話す中で3人の男達の視界をちらつく影があった。

中華風の人民帽に赤い上着に青っぽいスカートを着た人物がピョンピョン跳ねている。

詳しくは覚えていないがさっき見た邪仙のキョンシーだ。

 

「おいおい、いい加減にしてくれよ……」

 

「せっかく盛り上がっていたのによ……」

 

ピョンピョンと歩いてくると、札で隠れがちな顔で3人を見た。

 

「アレー?善を探していたけど3下しかいないぞー?3下で3バカだなー

おおっと!善を探さないとー」

へらへらと笑うとそのまま歩いて行った。

 

「おい……」

 

「お前……」

 

「馬鹿にしやがって!?」

その言葉を一瞬遅れて理解した弟子たちは、キョンシーを追いかけ始めた!!

キョンシーも気が付いたのか、慌てて走り出し仙界の扉の外へ逃げ出した!!

 

「アイツ!!どこに行った!?」

弟子が扉から姿を出すと、廊下を走るのが見えた。

 

「あっちだ!!」

邪仙の弟子を倒し気分が高揚した弟子たちは、狩りをするかのような気分でキョンシーを追いかける!!

そのキョンシーが逃げた先は、神霊廟の中庭だった。

以前はここでも修業が行われていた様だが、現在ではもっぱら仙界での修業がメインになっている。

 

「追い詰めたぞ!!」

ここまで走ってきたキョンシーを壁際まで追い詰め、3人で囲む。

その時キョンシーがこちらに向き直り、()()()()()()()()()()()

 

「え?なんで?」

キョンシーについて知っていた一人が、思わず声を上げる。

 

「よう、先輩方。さっきぶり」

3人が追っていたのは芳香ではなかった!!

その正体は芳香のスカートと帽子を借りた善だった!!

もともと上着は似たデザインのため、札で顔を隠せば気が付かないと踏んだ善の作戦だった!!

ではなぜ善はここまで3人をおびき出したのだろうか?

その答えはここにある!!

 

「なんだ、邪仙の弟子じゃないか……わざわざ仙界の外なら勝てるとでも思ったのか?」

目の前にいるのが、自分がさっき倒した男だと理解し、3人の態度が露骨に大きくなった。

 

「ええ、あそこはどうもやり難くて……」

善が自身の右手に気を纏い、近くにあった樹に拳を叩きつける!!

内部から盛り上がるようにして、樹の一部が()()()

 

「……!?」

異様な光景に3人が息を飲んだ。

当然だがこんな技自分には不可能な芸当だ。

 

「仙界……何もしなくてもどんどん気が体内に入ってくるんですね……逆に制御が難しくて……こんなの当てたら先輩方、殺しちゃいますからねー。

師匠も『死んでしまわない様に気を付けてね』って言ってましたし、あー加減するのに苦労した……何突っ立ってるんです?手合わせ、お願いできますよね?」

その言葉と同時に善が飛び出し、近くにいた男の足を踏んだ。

そのまま腕を掴み、気を流し込む!!

 

「イギャぁ!?」

派手な音がして男がのたうつ。

そのまま白目をむいて倒れてしまった!!

 

「まずは普通に気を送り込んだ技です……本来なら抵抗力で内部から破壊するんですが、人間相手にそれはまずいですよね?」

にやりと残った二人に笑いかける。

 

「あが……」

 

「じゃ、……ていこ……う?」

 

二人の男は善の人里での二つ名を思い出した。

『邪帝皇』――邪なる帝にして皇であるモノ。

善が深呼吸する度に周囲の気が吸収されていく!!

吸われた気は、邪帝皇の体内を経由しその力へと変換される!!

あるものは仙人の体を支える気として――

またあるものは邪帝皇の盾の、拒絶の力を持った抵抗へ――

またあるものは邪帝皇の武器の、防御を打ち消す抵抗へ――

 

「さて……逝きましょうか?」

さっきまで自身が浮かべたのよりも数段、嗜虐的な笑みを善が浮かべる!!

腕に巻き付き、空気を弾き絶えず小さな音を立てる紫色の気は今にも『獲物を寄越せ!!』と牙をむく悪魔の様で――

 

「さぁ……手合わせですよ?」

男二人にゆっくり善が手を伸ばした!!

 

 

 

「倒したのかー?」

善のズボンを履いた芳香が物陰から出てくる。

善の目の前には、目を回す3人の男達。

 

「なんか近付いたら気絶した……なんもしてないのに?」

 

「善は怒ると顔怖いからなー」

 

「ええ!?そうなの?プリティーフェイスとはいかないまでも……一応平均のつもり――」

芳香の言葉にショックを受けつつ善が言葉を続けようとした時!!

今まで体験したことない開放感が下半身を襲う!!

 

「あら、下着は男物なのね。3流」

いつの間にか現れた師匠が、善のスカートをめくっていた!!

 

「し、師匠!?何してるんですか!?めくらないでくださいよ!!」

まさか男に自分がこんな事を言うとは思わなかったが、スカートを抑えながら師匠に話す!!

 

「ごめんなさいね?私ちっとも善の気持ちに気が付かなかったわ……明日早速豊胸手術と工事を始めましょう?」

ウキウキとした表情で師匠がうれしそうに話す!!

善は新しい自分に出会ってしまうのか!?

「結構です!!」

 

「大丈夫よー、ちゃんとやってあげるから……善美(よしみ)明日からよろしくね?」

 

「嫌です!!ってか名前!?絶対にやめてください!!」

 

「芳香ー、妹ができるわよ、やったわね」

 

「うわーい」

 

「おいバカやめろ!!」

 

「あら、師匠に馬鹿とはいい度胸ね?」

 

「え、いや、つい反射で――」

 

「壁尻ね」

 

「え!?ちょっと!?何を考えて――ギャー!!やめて!!やめてください!!師匠!!」




やっと太子様たちが本格登場。
しかしあまり、絡んでいないと言う現実……
つ、次こそは!!


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血風!!弟子と神霊廟2!!

ふい、やっと元の感覚が戻ってきましたかな?
意見等あれば、お気軽にどうぞ!!


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「むにゃ……むにゃ……我に……お任せ……」

 

「布都様!!布都様!!起きてください!!」

神霊廟の一室にて眠る布都を、善が布団ごと揺り動かす。

2度、3度、4度とその体をゆするが一切起きる気配はない!!

善の態度がだんだん乱暴になっていく!!

 

「起きてくださーい!!おーきーてー!!」

 

「むふふふ……屠自古め……うらやましいか?……うらやま……」

 

「あー、ダメだ。このまな板起きねー、なら……必殺!!」

意を決した善が布都に覆いかぶさるように体をしゃがめる!!

両手で布団を掴み、布都ごと布団を引っ張り持ち上げる!!

 

「わわわ!?何事!?」

体に急に来る浮遊感に布都がたまらす目を覚ます!!

しかし善の技は止まらない!!

 

「布団返し!!」

空中で布団を180度回転させる!!

そしてそのまま、天地のひっくり返った布団を重力に任せ畳に叩きつける!!

 

「へぶぅ!?なんじゃ?なんじゃ!?なんなんじゃ!?!?」

混乱しながら布都が布団から這い出てくる。

無理もないが彼女は混乱の極みにいた!!

 

「ぜ、善?なぜお主がここに?……はっ!?もしや我のあふれ出る色香に惑わされて夜這いを仕掛けに来たんじゃな!?そうであろう?破廉恥な奴め!!」

胸を押さえ、善に自身の指を突きつける布都。

彼女の中ではすっかり先ほどの妄想が真実として定着している!!

 

「ハッ(嘲笑)そんな訳ないでしょ?屠自古さんに起こして来るように言われたんですよ」

そういって、善は障子を開け放ち布都の部屋へと太陽の光を入れる。

今日もいい天気だ。

 

「のう、善?お主先ほど我を馬鹿にした顔を――」

 

「さ、屠自古さんのご飯が冷めますよ。早くいきましょう!!」

布都の言葉を区切る様にして善が先陣を切って歩き出す。

 

 

 

「屠自古さん、布都様を連れてきましたよ」

善が障子を開けると、すでに全員が座って待っていた。

ここ神霊廟の常在メンバーの神子、屠自古を筆頭に善の師匠と、キョンシーの芳香まで勢ぞろいしていた。

 

「むむ?なぜ善のみならず、お主まで?」

布都が師匠に話しかける。

その言葉に反応し、神子が口を開く。

 

「忘れたのですか?昨日私が泊まっていく様に勧めたのですよ」

 

「はて……言われてみればその様な事が有った様な?」

 

布都が腕を組み、机の前に座る。

そこに善が味噌汁と白米を盛った茶碗を差し出す。

まぁいい、と呟き全員が食事を始める。

 

「そういえば……お主、昨日壁にめり込んでおらんかったか?」

沢庵を一切れつまみながら、布都が何気ない一言を善に投げかける!!

 

「ブブゥ!?げほ!!ゴホッ!?ふ、布都様見ていたのですか!?」

飲んでいた味噌汁を噴き出しながら、善がせき込む!!

 

「ああ、お気になさらずに。善には女装の趣味が有るんですの」

 

「師匠!?何しれっと嘘ついてるんですか!?」

横から口を開く師匠の言葉に善が口調を荒げる!!

布都はかわいそうな物を見る目で善に視線を送る!!!

 

「善……お主、もう少し健全な趣味を持った方が――」

 

「いやいやいや!!本気にしないでくださいよ!!私はノーマルな人間ですからね!?」

 

「善がノーマル?」

 

「あー?」

 

「むぅ?」

善の「ノーマル」という発言に師匠、芳香、さらには布都が不思議そうに首をひねる。

 

「え……なんでみんなそんなリアクションを?」

3人の予想外のアクションに善が、打ちひしがれる!!

三者三様の「オメー、フツーじゃねーから!!」の無言の視線!!

善の心に大ダメージ!!

 

「普通って何かしらね?」

自身に尋ねる様に師匠が、一人つぶやいた。

 

「ええ……大体、師匠が変な事するからですよ?

ってか、アレやってる時、誰かすごい私の尻を触ってきた人いたんですけど……

ああ、ダメだ。トラウマに成りそう……」

明らかに落ち込んだ様子の善、本人の中にかなり深く傷が残ったらしい。

不特定多数の人物に尻を触られる経験は、あまり味わいたくない経験であった!!

 

「おお!確か、猫の妖怪がお主の尻を触っておるのを見たぞ」

布都がなぜだか誇らしげに善に、昨日見た光景を伝える。

 

「うわぁ……ものすごく、その妖怪に心当たりある……」

善の脳裏に橙色のスカートを履いた妖怪が表れる!!

 

(橙さん……あなたは一体どこに向かっているんだ……)

頭痛のあまりしばらく善は自身の頭を押さえていた。

 

 

 

「詩堂君、少しいいかな?」

食事が終わり、片付けを終えた善に神子が話しかけた。

 

「た、太子様……」

 

「私の事は神子で構わないよ。そんな事より私と少し稽古をしないかい?ウチの弟子達では、君の相手をするのは務まらない様だからね。

それに、君も私も同じく『彼女』を師匠と崇めた兄弟弟子だ、仲良くしようじゃないか」

そういってフレンドリーに、善に向かって笑いかける。

 

「そんな、私が太子様の――」

 

「『神子』だよ、詩堂君。君の実力を見てみたいんだ」

穏やかな顔をして、神子が再び懇願するような表情をする。

 

(なぁ、善。お前、夢とか有るか?俺には大きな夢が有るんだ――)

その穏やかな顔が善の脳裏のとある人物にオーバーラップする!!

意図せずその人物の、顔と声が流れる!!

 

「あ……き……ら……?」

 

「詩堂君?どうしたんだい?」

善の様子がおかしい事に気が付いた神子が善を心配する。

 

「す、すこし気分が……す、すいません!!稽古は次の機会に!!」

早口でそう告げると、善はその場から逃げるように走り去った。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……はぁ……ウッ!」

えづく様に善が神霊廟の壁に寄りかかる。

口に手をあて、何かを飲み込む様に息を激しく吸い込む。

 

(こんな所で、アイツを思い出すなんて……)

 

「善?大丈夫か?」

善の背中に、よく知る声が掛けられる。

芳香が心配そうに善の顔を横からのぞき込む。

 

「よう、見てたのか……だい……じょう……ぶ……だ……」

芳香を安心させようとしたのか、自分をだまそうとしたのか。

無理をして笑顔を作る。

 

「善は神子が苦手なのかー?」

善の呼吸が落ち着いた頃を見計らって、芳香が善に質問をする。

 

「苦手?……神子様が?……そうかもしれないな……」

 

「何でだー?とってもイイヤツだってみんないってるぞ?」

自身の思う疑問を芳香は再び善に投げかける。

 

「良い人すぎるんだよ……」

絞りだす様に善が言葉を発する。

 

「良い人すぎる?」

 

「ああ、そうさ。流石は教科書に載ってる偉人だ、一目見ただけで解る。

『この人はすごい人だ』ってさ……ありとあらゆる分野で俺を遥かに凌駕している、神子様も俺と同じ、師匠の弟子だったって言うけど……はっきり解るんだ。

『俺はあんな風には成れない』まさに天上の人さ」

自嘲気味に善が笑う。

神子はその経歴からしてまさに『聖人』と呼ばれる人物だ。

善はその聖人と自身の歩む道が偶然にも一致してしまった事で多大なプレッシャーを感じたのだ。

決して勝つ事の出来ない相手、絶対的な存在が善の前に立ちふさがっているのだ!!

 

「善……諦めるのか?仙人に成るの」

悲しそうな目をしながら芳香が善に尋ねる。

 

「諦めないさ……俺がここで生きるには仙人になるしかないんだ、人里では暮らせないなら力をつけるしかない、たとえどんなに比較され蔑まれたとしても!!」

その言と共に善が握りこぶしを握る!!

強く固く!!手は赤く充血し、爪を刺した掌からは血が流れ出る!!

 

だが、拳を握ったのは善だけではなかった!!

 

「善のバカヤロー!!」

 

「イテェ!?何すんだよ!?」

芳香が善の頬を殴りつけた!!

頬を押さえ善が抗議の視線を向ける。

 

「善はえらく成りたいのか?神子みたいに成りたいのか?」

 

「それは……違う……けど――」

 

「なら、なんで自分を大事にしないんだ?」

 

「え?」

 

「善はすごいぞ。ご飯も作ってくれるし、ストレッチも手伝ってくれる、修業も頑張ってるぞ!!」

 

「いや……それもそうだけど……」

 

「善は私にとっては神子にも負けてないぞ!!

それでも、それでも負けてると思うなら、善は『今は負けてる』だけだ!

今の善は『勝つ途中』なんだ!!だから、だから負けるな!!」

要領を得ない、めちゃくちゃな芳香の言葉。

しかしその言葉は確実に善の心に響いた。

芳香の善を思いやる気持ちは、言葉以上に善の心に響いたのだった。

 

「芳香……言ってる事むちゃくちゃだ……けど、なんだろう?

元気出たよ、うん、元気出た。『勝つ途中』か、そうだよな」

うんうんと何度も善は頷いた。

 

 

 

神霊廟、善のいる場所から壁を一枚隔ててもたれ掛かるようにして、師匠がほほ笑んでいた。

 

「ふぅん……そろそろ挫折を教える頃合いだと思って、太子様に合わせたけど……

なかなか立ち直り早いじゃない……

半分は芳香のお陰だけど。

けど、あの子も馬鹿ねぇ、私がタダの人間を弟子に誘う訳ないのに……あなたには可能性があるわ、屠自古様も布都様も、私もそして太子様すら超える大きな可能性が……」

 

自身の服の中に手を入れ、わき腹を触る。

痛みが走り、指先を確認すると薄っすらと血が付いていた。

そこは昨日善との、稽古で()()()善の攻撃を受けた場所だった。

 

「金剛不懐の仙人である私に手傷を負わせた……あなたは私が予想した以上のスピードで力を付けている……

もっとも、本人に言ってしまうと調子に乗るから言わないのだけれど……」

まるでいたずらをたくらむ子供の様に嗤うと血の付いた指を舐め取り、誰に聞かせるでもなく師匠がそうつぶやいた。

そして

 

(あの子に関わって芳香も変化している、あの子(芳香)があんな事を言うなんて……良いわ、あなたは私達に新しいものを見せてくれる、大切な私の弟子よ)

心の中でそうつぶやきその場から姿を消した。

 

 

 

「もう神子を見ても気分が悪く成ったりしないか?」

芳香が何かを確認する様に善に尋ねる。

それに対して善はよくわからないといった表情をする。

 

「いや?別に、太子様を見ても気分が悪く成ったりしてないぞ?」

 

「え?なんでだ?さっきも苦しそうに――」

芳香が目を丸くし、善に尋ねる。

それについて善はゆっくり語りだした。

 

「ああ、あれな。あれは別に気分が悪いからあんな風になってた訳じゃないぞ?

いや……その、なんだ?言いにくい事なんだが……笑いを堪えてたんだ」

 

「笑い?」

善から発される予想外の言葉に、芳香の頭は完全に理解不能状態に陥った!!

 

「いや、だってよ?初めて会った時から寝癖スゲーもん!!」

 

「寝癖?」

 

「そそ!!あの2本の角みたいな奴、ミミズクか!?って頭の中で100回くらい突っ込んだよ、ぷぷッ!だめだ、思い出したら笑いが……クフ!」

口を押さえるが善の笑い声がわずかに漏れ始める!

だが!!善はまだ止まらない!!

 

「それだけじゃ、ない。あの服装な?部屋の中でマントって……ってかマントって中二病すぎじゃね!?

けど誰も突っ込まないんだよ!!まともな事、言い始めるしシリアスな雰囲気出すし……シリアスな笑いっての?けど、みんな大真面目でさ!笑うに笑えなくて……あー、キツカッター」

 

「ずっと我慢してたのか?笑うのを?」

 

「うん、そうだよ。劣等感は持つけど、気分が悪くなるレベルは無いよ」

善が芳香に向かって笑いながらサムズアップする。

なおもツボに入ったままなのか、自身の太ももを叩いている!!

 

「それは良かった」

後ろから聞こえた声に善の背筋が凍りつく!!

笑いは一瞬にして吹き飛び、危険を知らせる第六感がアラームを響かせる!!

 

「あ……れ?」

幻聴であることを祈りつつ、後ろを振り返る善。

そこには神子が悠然と立ち尽くしていた!!

 

「やぁ、詩堂君。元気そうで何より」

ニコニコとほほ笑みを浮かべる神子!!

だがなぜだろう!?笑ってるのにものすごーく、怖い!!

 

「えっと……神子さま?一体いつからそこに、いらっしゃった……ので?」

舌がうまく回らず、何度も噛みそうになりながら善が言葉を紡ぐ。

 

「『勝つ途中』の所から、だね」

 

「あ、あははははは!!そうですか……いやー、ああそうだ!!雨が降りそうですね!!洗濯物、家に干しっぱなしだ!!取り込みに帰らなくては!!」

神子に背を向け、苦しい言い訳をしその場から脱出をはかる善!!

 

「まぁ、待ちなさい。今日は快晴だ、洗濯物は大丈夫だよ」

ガシッ!とすさまじい力で善の肩が掴まれる!!

 

「詩堂君、私は世間では聖人と呼ばれているが、これでも人なんだよ。

人なんだから、怒る事が有ってもおかしくないよね?」

 

「な、なにが言いたいんです?」

 

「簡単な事さ。今、私はすごく不機嫌なんだ!!」

その言葉と共に神子が腰の刀に手を伸ばす!!

美しい刀身が翻り、善の目にその姿を表す!!

 

「名刀の錆に成れる事を、あの世で亡者に自慢しなさい!!!」

 

「うえええい!?」

フォン!!ブォン!!!

善の数ミリ前を、刀が通りすぎる!!

神業ともいえる剣技をぎりぎりで善は躱し続ける!!

その時視界に自身の師匠の姿が入る。

 

「師匠!!ヘルプ!!助けて!!神子様に!!神子様に殺されます!!」

 

「あら、善ったら……太子様に稽古をつけてもらってるの?同じ私の弟子同士仲良くね?」

嬉しそうに師匠はその場から去っていった!!

 

「どー見たらコレが仲の良い様に見えるんです!?た、助けて!!誰でもいいから助けて、ヘルプ!!」

 

「さて……詩堂君、そろそろ……戯れは終いじゃ!!」

 

「ひぃいいいい!?」

すさまじ笑顔で神子の剣が善に振り下ろされる!!




引っ張りに引っ張った神子ネタ、ついにここに完結!!
目の前に聖人がいる人たちって、嫉妬と劣等感とかかすごくないのかな?



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コラボ!!東京喰種~復讐に生きる妖~!!

今回はまたもや、コラボ企画。
ガンマン八号さんの作品、東京喰種~復讐に生きる妖~とのコラボです。
ガンマンさんの作品はどれも、味があり素直にすごい作家さんです。
初めての東方Project以外の原作に、手探り状態ですがどうかよろしくお願いします。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「詩堂、悪いか厄介事を引き受けてくれないか?」

九つの尻尾を持つ妖狐で幻想郷の賢者の式である妖怪、八雲 藍が自室で休んでいた善の声をかける。

 

「あの……藍さん?一体何処から入って来たんですか?」

手に持っていたベットの下に隠してあった本を、藍の汚物を見る様な視線に耐えながら再び元の場所に片づける。

 

(あと、あと数秒あとだったらヤバかった……)

ベットの下に戻したすてふぁにに別れを告げ再び藍に向き直る。

善はあまり藍に良く思われていないのを知っていた、そして藍に勝てないのも理解していた。

 

「普通に、ドアからだ。お前の師匠には昨日すでに話を通してある」

 

「ああ、そうなんですか(師匠……このタイミングで藍さんを私の部屋に呼んだな!?)」

座布団を取り出し、机の前に置く。

それに対して藍は何の反応もなく、腰を下ろした。

 

「さて、本題に戻ろうか。実は紫様が冬眠しているのは知っているな?」

 

「ええ、前お逢いしましたし……」

 

「実は紫様はたまーにだが、寝ぼけて外の世界とのスキマを開いてしまう事が有るのだ」

申し訳なさそうに、藍が説明する。

善は雲行きが怪しく成って来たなーと、現実逃避気味に考えていた。

 

「偶然ほかの世界につながった様なんだ。詩堂お前には――」

 

「絶対行きませんからね!!」

藍の言葉を遮って善が口を開く!!

何処につながるのか、何がいるのか、などなど全く不明の世界!!

生きて帰れる保証はどこにもない!!

そんな、事を善がする訳がないのだ!!

 

「なぜ断る?あわよくば始末――ではなく、外の世界の文化に触れられるぞ?」

 

「い、今!!『始末』って言いましたよね!?『始末』って!!何をする気ですか!?」

善はいきり立って藍に詰め寄った!!

ポロリと本音を漏らす藍!!善としては別の所がポロリとして欲しかった!!

 

「ああ、うるさい!!お前は大人しく私と来れば良いんだ!!」

善の腕を掴み藍が何処かへ善を連れ去ろうとする!!

その表情には全く自制心というものが無い!!

 

「お待ちなさい!!」

そんな藍の目の前に、行く手を遮るように師匠が立ちはだかる!!

 

「む?邪仙か……邪魔をするなら容赦はしないぞ!!」

 

「善は私のかわいい弟子です。そんな危険な事を、ただでやらせる訳にはいきませんわ!!」

牙をむき、師匠にすら威嚇する藍!!

それに対し、懐から札を出し空気中に構え術を展開する師匠!!

 

その必死な姿に善の心が熱くなる!!

ジーンと目頭が熱く成り、いつもとは違う涙が込みあげて来る!!

 

「師匠……アナタって人は……普段、厳しいけどこんな時は何だかんだで助けてくれるんですね……」

 

「勿論よ。私はかわいい弟子を見捨てたりしないわ!!善にそんな危険な事、()()でさせる訳ないでしょ!!」

 

「あれ?」

再び響く師匠の言葉、その小さな違和感に善が気が付く!!

 

「そうか、タダではだめなんだな?いくらだ?」

 

「!?」

藍がそう言いながら、牙をしまう。

いつもの余裕のある表情になりながら、師匠に言葉を投げかける。

 

「そうね、危険そうだし……これくらいはどうかしら?」

何処からかそろばんを取り出し、はじきながら藍に見せる。

 

「ちょ!?師匠!?藍さん!?」

 

「……却下だ、高すぎる。足元を見た積りか?…………これでどうだ?」

 

「うーん……手厳しいですわね……こう、ならいかが?」

師匠と藍がお互いに、そろばんの数珠をはじき合う。

この間善の意見はまったくの無視である!!

 

「あー、まだ高いな……お前の弟子はこれくらいの価値が有るのか?」

 

「ええ、少なくとも私にはありますわ……えい!」

 

「ぐわわわー!!師匠!!アナタって人は!!」

二人の隙を付き逃げ出そうとした善!!突如師匠の投げた札によって体を拘束される!!

 

「くそぅ……邪仙め。駆け引きに慣れている……では、この値段に紫様が外から持って来た名酒5本でどうだ?」

 

「6本」

 

「くぅ……わかった……それで手を打とう」

その言葉と共に、藍と師匠が手を取り合う。

詩堂 善!!!売却完了!!

 

「善、元気で暮らしなさい」

そういってハンカチを取り出し、札で拘束され藍に担がれる善を見送る。

 

「ドナドナってどんな歌詞だっけ?」

芳香が現れ連れていかれる善に向かって、敬礼のポーズとうろ覚えのドナドナで送り出す!!

歌の効果も相まって、売られる子牛の気分である!!

 

「鬼!!悪魔!!人非人!!外道!!年増!!死体マニア!!エセ清楚!!」

涙を流しながら、師匠に対して必死に罵詈雑言を送るが札束の数を数える師匠は全く気にしない!!

 

「えい!」

 

「ぎゃはぁ!?」

師匠の一発の光弾で善が焦げる!!

藍は全く気にせず善をマヨヒガに連れて行った。

 

 

 

 

 

「さぁて、橙を誑かす不穏分子は排除しなくてはな……なるべく危険な世界に繋がっていてくれよ?」

幻想郷の何処かに有る穴を見ながら、藍がつぶやく。

その手にはぐるぐる巻きで縛られ猿ぐつわを噛まされた、善が握られてている。

見下すその顔は完全に悪人のものである!!

 

「むー!!むーむむ!!」

 

「ん?なんだ?今更お前の戯言に興味はない。

では、なるべく苦しんで死んでくれ」

二ヤァ!!と擬音の付きそうな笑顔で善をスキマの中に押し込む!!

スキマ特有の浮遊感が善を襲い、目が無数に配置された上下左右の無い空間に落とされる!!

 

「ああくそ!!ドイツもコイツも俺を良いようにしやがって!!帰ったら全員ぶん殴ってやるからな!!」

猿ぐつわが外れた善が、届かぬ思いをむなしくコダマさせる。

 

 

 

「ぺプツ!?」

急に明るい空間に善が落とされる!!

顔面に食らう、固い感触、何処となく臭い空気。

体に張られた札を弾き飛ばしながら、善が立ち上がる。

 

「幻想郷じゃない……この地面、コンクリートだ。家もあるし車も走っている……それに……東京見たいだな」

善の視界に入って来た『赤いタワー』を視界に収め確認を済ませる。

 

「帰って来たのか?……ひゃうん!?」

故郷の事を思い出しながら善が一人つぶやく。

その時!!自身の尻を触る感触が善を襲う!!

 

「へー、ここが善さんの故郷ですか」サワサワ

飛び上がりその感触の主を見ると其処にいたのは……

 

「橙さん!?どうして此処に!?」

藍の式神、化け猫の橙だった。

 

「善さんが、藍様と逢引しているのを見て追って来たんです!」サワサワ

 

「逢引?むしろ取引された結果なんですけどね……付いてきてしまったのはしょうがないですね…………あの、橙さん?そろそろ私の尻から手を放してくれると嬉しいんですけど?」

 

「嫌です、このさわり心地……やっぱり時代は尻ですね!!」

 

「見た目幼女が言っていい言葉じゃない!!」

 

その後、橙がいれば藍が迎えに来る事を期待して、善は橙と行動を共にすることにした。

『外』の話を聞いた事が有るのか、橙は警戒心というのが殆どなかった。

むしろかなりはしゃいでいるいる様に見える。

 

「あれが車ですか!?はやーい!!」

車を見ては大声を出し。

 

「ええ!?一日中開いてるお店!?店員さん眠くないんですか?」

コンビニのシステムを見て驚愕をする。

 

「うわー!!すごいすごい!!」

公園の遊具ですさまじくはしゃぎ続けた。

 

いつもなら嫌な顔で追い払う善だが、無邪気に遊ぶ橙を見ていると庇護欲求を刺激されつい優しく成ってしまう。

 

「善さーん!!」

善に甘えるように飛びつきその流れで、善の尻に手を伸ばす。

 

「……コレさえなければ……ね?」

誰かに聞かせるように善がつぶやいた。

尚も橙は善の尻を触り続けている!!

 

キーンコーンカーンコーン……

 

「にゃ!?なんですか!?敵襲!?」

5時のチャイムが鳴り響き、橙がその音に派手に反応する。

その様子に善が小さく、噴き出す。

その姿は、妖怪とは思えない位かわいらしかった。

 

「これはチャイムです、『もうお家に帰ろう』って合図なんですよ」

怯える橙を励ますように、しゃがみ込みんで橙の顔を覗き込む。

その言葉に橙が不安そうな顔をする。

 

「お家……藍様、来てくれますかね?」

 

「大丈夫ですよ、橙さんを大切にしているでしょ?藍さんは橙さんを見捨てたりしませんよ」

そういった、橙を引き連れ公園のベンチに二人で座る。

橙にあんなことを言った善だが内心はやはり不安だった。

 

(ここが俺の元いた世界だと仮定して、俺の家は東京にはない。橙さんをどうすべきだ?野宿させる訳にも……)

そんな事を考えていた善だが、自身の掛かる影に気が付き思考を中断させる。

近寄って来た二人組に橙が挨拶をする。

「……こんにちは?」

 

「!?――橙さん!!避けて!!――――痛ぇ!?」

男二人の変化を見て善は咄嗟に橙を突き飛ばした!!

 

転がった橙が見たのは、三人の男達。

一人目は詩堂 善、二人目三人目はさっきの男二人。

しかしその男二人は姿がさっきから変わっていた。

 

一人は肩から赤黒い筋肉とも鎧ともつかない、歪んだバールのような異形の物体を生やしている。

もう一人は先が鞭の様に無数に枝分かれした尻尾だ、こちらはオレンジっぽくより生物感が強いが同じような物質であることが分かる。

 

そして二人とも目が真っ黒だった。

「妖……怪……?」

橙が混乱しながら無意識につぶやく。

無理もない話だ、彼女の主の主は妖怪を保護する目的で幻想郷を作った、それは逆に言うと外の世界では妖怪は殆ど残っていないことになる。

橙は疑問に思う。

 

なら目の前の異形は何だ?

この未知の生き物は何だ?

そんな思考は善の腕をみて一気に消し飛んだ!!

 

「善さん!!腕が!!」

 

さっき橙を突き飛ばした時だろうか?

善の左腕からは、結構な量の血液が流れ出ていた。

 

「ご心配なく!!これ位ならすぐに治ります!!」

異形を見ながら善が、口を開く。

治るというのは確かだが、戦闘が圧倒的に不利に成ったのは橙でもわかる事だった。

 

「お前……いい匂いだなぁ……」

バールのようなものを肩から発生させた異形が、血を舐めとる。

 

「こんな人間もいるんだなぁ?初めてこんな上手い血を舐める」

鞭尻尾の方も自身の尻尾に付いた血を恍惚の表情で舐める。

 

その二人の表情に善の背筋にうすら寒い物が走る!!

その目は紛れもない捕食者の瞳、それが完全に人の姿をしているのだから始末が悪い。

人に近く、しかし人でない。そのことが酷く不気味だった。

 

「今日は当たりだな……」

 

「後ろのガキ……ん?お前もグールか?」

鞭尻尾の方が橙をみて、そう漏らす。

橙にも2本の尻尾が生えている、そのことから同族だと思ったのだろうか?

にやにや笑いを向けながらこちらを見て来る。

 

「……チッ……どうして捕食者っていうのは、何時も傲慢なんだ」

その視線は善の癪にさわった、コイツは蹂躙する者だ。

何も考えず、弱者から絞りとる者だ。

明らかにこちらを舐めている目だ。

 

「さて、食うか」

 

「俺も食わせろよぉ!!」

 

バールが善を叩き潰そうと、頭部を狙い攻撃してくる。

その後ろで、鞭が様子を見ている。

一撃に特化したバールの攻撃を避けた所を広範囲に攻撃できる鞭が仕留める作戦らしい。

 

「……芳香や師匠の100倍遅い!!仙人舐めんな!!」

バールの一撃を無事な方の右手で受け止め、鳩尾に蹴りを叩きこむ!!

能力は無しの仙人としての素の一撃だ。

後ろに押された、鞭を巻き込むように後ろから倒れこむ!!

「ぐふぅ!?」

 

「トドメだぁ!!シャイニングフィンガー(仮)!!」

バールを掴み上げ善の能力である「抵抗する程度」の能力で生成される、人体に対して拒絶反応を起こすエネルギーを気に乗せて送り込む!!

気は本来生物などに流れる物、それはこの怪物たちとて例外でなく吸い込む様に善の気を吸収していく、そして体内に入った瞬間!!

 

「い……ぎぃ!?」

手を触れられた部分から、爆ぜる様に血が跳び散る!!

体内の気が、抵抗物質となり筋肉や血液を弾き飛ばしているのだ!!

 

「ひ……ひぃああ!!」

傷を押せえながらバールが立ち上がり、逃げ出す。

いや、逃げ出した様に見えただけだった。

 

「お、おい!!お前!!コイツの命が惜しかったら大人しくしろ!!」

近くの20歳程度の通行人を抑え込むようにして、頬にバールを突きつける!!

 

「お前も何とか言えよ!!」

 

「……」

通行人の青年はじっと、バールを見ていた。

無言の圧力があり、バールはわずかにたじろぐ。

 

「さぁて!!そこのお前は同じグールの()()()だ!逃がしてやるからどっか行きな!!」

調子を取り戻した、鞭が橙にそう言い放つ。

式を付けていない橙は現在お世辞にも強いとは言えない。

 

「ぜ、善さん!!」

 

「問題ありませんよ、すぐに片しますから」

心配する橙を慰める様にその場で、善が笑顔を作る。

しかしそれは明らかに無理して笑っている事は、誰だろうとわかり切っていた。

 

「こっちには人質が――」

 

「はぁ、厄介事はこれだから嫌いなんだ」

 

「え?」

この時初めて青年が口を開いた、それと同時にバールが最後に口を開いた時でもあった。

善の視界の真ん中で、バールの腹がうごめく。

そして、突き破る様に赤い触手の様な物が生える!!

さっき自分がした攻撃ではない、時間差で発動させる事や遠距離で発動させる事など自分には出来ない!!

なら、一体誰の?

 

自身ではない、橙がこんな力を持っているとは聞いたことがない、鞭がやったとは考えられない。

ならば……答えは?

可能性はたった一人に絞られた。

 

「グールは、まずいから嫌いなんだ。イラつくんだよ!!」

人質の青年の背中から、うごめく様に赤い触手が飛び出る!!

一本!二本!!三本!!!

4本目が出る頃には、鞭は完全に戦意を失っていた。

 

「ひ……ひあ……」

 

「俺を見た奴は生かしておけない。それが俺、SSレートの妖のルールだ」

その言葉を言い終わるか否かのタイミングで、6本の赤い触手が鞭をバラバラに引きちぎっていた!!

 

「ひ……ぜ、善さん……」

その様子を見た橙が,恐怖のあまり腰を抜かし涙を浮かべながら善を見る。

 

「橙さん、離れてください……本気出しますから」

懐から札を取り出し、善がいつでも使える様に構える。

しかしその男からかけられた声は意外な物だった。

 

「グールの女と……人間の男の……ツガイか?……安心しろ。

俺はお前たちと戦う積りはない、そんな事より逃げるぞ?

直ぐにCCGの鳩どもが来る」

 

「グール?CCG?鳩?あなたは一体?」

いまいち解らない言葉を善がくり返す。

 

「俺の名は椿(つばき) 哉碼(はじめ)。半分さっきの奴らと同じグールだ」

そうそう言って開いた哉碼の目は、片方だけがさっきの怪物の様に赤黒かった。

 

「そして、もう半分は……人間だ」




最近になってコラボの要請が来るようになりました。
私としては嬉しい誤算ですね。


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コラボ!!東京喰種~復讐に生きる妖~2!!

やっと2話目が完成しました。
相手がシリアス空気なので、なかなか書くのが難しかったですね。
いや~自分の作風って大事ですね。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「ここだ、早く入れ」

ぶっきらぼうな態度で、善の前を歩いていた青年『椿 哉碼』が一軒の家を指さす。

何処にでもある普通の家だが、表札に有る名前は『峯賀咲(みねがさき)』。

さっき名乗った椿とは苗字が違う。

 

(偽名?それとも……)

善の中に嫌な妄想が走っていく。

「善さん……」

善の不安を感じ取ったのか、一緒について来た橙がぎゅっと善の袖を握りしめる。

現代の日本に橙が詳しいはずが無いのだ。

橙の不安そうな態度は、善に心を強く持たせる決意をさせた。

 

「大丈夫ですよ、現代なら私が詳しいので安心してくださね」

 

「はい……」

橙の頭に手をのせ、哉碼と共にその家の玄関をくぐる。

 

「今、帰った」

 

「哉碼ー!!おかえりー!!」

哉碼が玄関から声をかけると同時に、建物の奥から一人の少女が走って来た。

善と同じくらいの年齢に見えるが、かなりの美少女に分類されるだろう。

 

(妹?……いや、遺伝子が仕事をしてなさすぎる。恋人、同棲してるんなら奥さんか?うーん……こんな美人な子と同棲かうらやまし――)

そんなことを考えていると足元に衝撃が走る!!

ガシッ!

 

「痛ってぇ!?」

何事かと思い足元を見ると橙が怨嗟を込めた視線で善を睨んでいる!!

橙が善の足を踏みつけており、さらにグリグリと力を込めて善の足を踏みにじる!!

 

「巨乳は……いらない……」

ぼっそりと橙の口から、声が漏れる!!

その迫力は彼女の主人である藍にも負けない迫力があった!!

 

「架憐、今帰った。今日は――」

 

「あれ?その子……誰?」

架憐と呼ばれた少女が橙を視界に収める。

その瞬間!!彼女の柔和な態度が変化する!!

 

「ネェ?……ソノ子ダレ?私、哉碼ガ帰エルノ遅イカラ、心配シタンダヨ?ネェ?ソノ女……ダレ?」

架憐の瞳が暗く曇り、橙を見た後に渇いた様な声で哉碼に『ダレ?』とまるで壊れたレコードの様に話しかけ続ける。

その姿は決して正気と言えるものではなかった。

 

(うえ……こえー、前言撤回。この子と同棲してたら命が幾つ有っても足りないな)

哉碼と架憐の会話をそんな事を考えながら善はぼーっと見ていた。

 

「落ち着け、架憐。そこで偶然拾ったんだ、喰種に襲われていたしなんか訳ありっぽいから連れてきた。

問題ないだろ?」

 

「うん……哉碼がそうしたいって言うなら私は――」

 

「なら決定だ。おい、二人ともさっさと上がれ」

押切気味に言った哉碼の言葉により、あっさりと二人の言い合いが終わり、善と橙は家に上がることが出来た。

 

 

 

 

 

「はい、コレしかないけど――」

リビングにて架憐が、善と橙の目の前にレモンティーを置く。

 

「さてと、お前ら二人はなんで、あそこにいたんだ?」

哉碼が善を見ながら口を開く。

 

「ちょっとこっちの世界に投げ込まれまして……」

善がためらい気味に口を開く。

当然だが、「異世界から来ました」なんていえば頭がおかしい奴認定されるのはわかり切っている。

だがそれが真実であるため、言葉が尻すぼみにならざるを得ない。

 

「正直に言う気は無いって事か」

そういいながら哉碼は椅子に深く腰掛けた。

 

「すいません……本来なら、いろいろ言うべきなんでしょうけど……」

気まずさからか、善は言葉を流し込むかのように、テーブルに出されたレモンティーに口を付ける。

 

「まぁいい、気にするな。それよりお前ら行くところ有るか?」

 

「え?」

 

「だから、この後何処か行く場所のあては有るのか?」

めんどくさそうにしながら、哉碼が再度口を開いた。

 

「いいえ、残念ながらありません」

 

「なら、今夜は泊まっていけ。架憐、部屋開いてるよな?」

 

「哉碼さん!?」

 

「哉碼!?何を考えているの!?」

善と架憐が同時に口を開く。

それに対して悠然と哉碼が口を開く

 

「このまま、外に放りだして死なれると寝覚めが悪いからな。

それに、本当に喰種の事を知らないみたいだ、さっき言ってた『異世界』ってのも本当かもしれないな」

真意の読めない顔をして、座ったまま体制を崩す。

 

「あのー、さっきから言ってる『グール』って何ですか?」

善がおずおずと質問を、哉碼に聞く。

それに対して哉碼がゆっくりと説明を始める。

 

「喰種を知らない?そんな馬鹿な……まぁいい。説明してやろう。

喰種っていうのは、簡単に言えば人間に近い別の生き物だ。その名の通り人間を食らって生きている」

 

『人間を食らう』の部分で善が僅かに息を飲んだ。

思い出すのはさっきの光景、あの人外二人組は比喩や暗示の意味ではなく本当に自分を捕食しようとしていたのだと改めて理解する。

 

「その態度――本当に喰種を知らないのか?」

善の驚く態度をみて再び、哉碼が口を開く。

ずっと善を観察していたようで、興味深そうに目を細めた。

 

「まぁいい、話を続けるぞ。喰種はさっきも言ったように人肉を食うが、逆にそれ意外の物を基本的に摂取することは出来ない、無論飲み物もだ」

哉碼はそう言って善のさっき飲んでいた、カップを指さした。

指摘された事に気が付き、善の持つ中身の減ったカップが僅かに揺れた。

 

「よほど上手く演技出来ない限り、お前は喰種じゃない。

更に言うとCCGの職員でもないな?CCGの職員は、喰種の出した飲食物は薬の類を警戒して口を付けたりしない――だから安心しろ()()

 

その言葉と共に、善が後ろに気配を感じて振り返る!!

そこにいたのはさっき紅茶を運んできた架憐だった。

 

「いいッ!?」

恐怖の余りきつった声が、善のノドから漏れた。

さっきまでの彼女と違う点が二つ。

一つは瞳、哉碼が見せた様に赤黒い両目。

もう一つは、その体躯の3倍は有ろうという巨大な青紫色の巨大な尻尾。

尻尾の方は今にも、善と橙の二人に襲い掛かろうとしている様に見えた!!

 

「ねぇ?哉碼……殺しちゃダメなの?人間なんでしょ?食べちゃおうよ」

尻尾が動き出し善の肩に触れる、まるで子猫が甘えるかのように善の首に尻尾が巻き付いた。

 

「架憐!!」

 

「冗談だってば、ジョーダン。そんなに怒らないでよ」

哉碼が声を出すと同時に、ころりと態度を変え尻尾がしまわれる。

 

「すまないな。架憐はどうも人間嫌いの気が有るんだ、最も人間はそれ以上に俺たち喰種が嫌いみたいだがな」

遠い過去を思い出すかのように、哉碼が口に出す。

その瞳には何処か、悲しそうな光が宿っているようにも見えた。

 

「人間とそれ以外の種ですか……仲良く成るってそんなに難しいですかね?」

この日、善が始めて明確に哉碼の言葉に反論した。

小さく哉碼が舌打ちする。

 

「思いやれば、歩みよればきっと――」

 

「甘い事を抜かすな!!」

哉碼が大きな声と共にテーブルを叩く!!

目は片方が赤黒く染まり、テーブルにヒビが入り紅茶も零れてしまっている。

 

「――悪いな。熱くなった……架憐、そいつらを部屋に案内してやってくれ」

考えむ様に哉碼は顔を押さえ、絞り出すような声で架憐に指示を出した。

 

「うん、わかったよ。お二人さん、こっちだよ」

 

「橙さん、行きましょう」

 

「はい……善さん」

善はわずかに怯える橙を手を取り、架憐の後を付いていった。

 

 

 

 

 

「橙さん、今日の宿が見つかってよかったですね」

貸してもらった部屋のベットに橙を座らせ、善が窓から外を覗く。

結構な時間話していた様で、外はとっぷりと日が暮れている。

 

「善さん……」

なにかを言いたいように橙が、口を開いて止めた。

僅かに見える善の横顔が、今まで見たどの善の表情よりも怒りに震えているように見えたからだ。

 

「橙さん……種族の違う生き物が理解し合えない、なんて思った事ありますか?」

橙を真剣な目で見ながら善が話しかける。

その瞳には複雑な思いが、幾つも渦巻いているように見えた。

 

「わかりません!」

一瞬のラグの後橙は善に言い切った。

 

「わからないって……そんな」

 

「わかり合うって何ですか?私達妖怪は基本的に個別で動きますよ、これって分かり合えないって事ですか?それなら、諍いばかりしている人間は分かり合っているんですか?」

 

「それは――」

善は咄嗟に言い返す事は出来なかった。

流石は賢者の式の式というべきか、その言葉は非常に重みがあった。

善は否応なしに、相手が自身より長く生きている生き物だと改めて確認させられた。

 

「けど――」

言い淀む善に対して橙が再び口を開く。

 

「今、私と善さんは確かにお互いを大切に思ってませんか?これって分かり合ってないとも言えないでしょ?

藍さまも、紫さまもきっとお互いに信じあってると思うんです、そこに確かな形や証拠は無くても……思いって言うのはきっと確かにあるんですよ!!」

そう語る橙は、何時もよりずっと大人びて見えた。

善自身よりもずっと、ずっと……

 

「さ!そんな事より、藍さまが来るまで待ってましょうよ!」スリスリ

 

「橙さん……あの……」

 

「どうしました?」スリスリ

 

「せっかく良い事言ったんだから……私の尻から手を放してくれませんか?」

橙は会話の途中からずっと善の尻を撫でていた!!

ちなみに器用に尻尾2本でハートマークを作っている!!

 

「嫌です!!」スリスリ

 

 

 

 

 

『すごいぞ!!もう掛け算が出来るのか!!』

父さん……

『おかえり、学校は楽しかった?』

母さん……

 

『『お誕生日、おめでとう!!』』

二人の男女が幸せそうな顔でこちらを見る。

 

そうだ……

今日は僕の誕生日だ……

でもなんでだろう?

すごく嫌な予感がするんだ……

 

一瞬の後場面がガラリと変わる。

 

走っている、全力で。

逃げているんじゃない、求めているんだ。

不安に押しつぶされそうになりながら、愛する両親の元へ。

両親の笑顔を求めて……

 

「父さん!!母さん!!」

自分の家の扉を開ける。

そこにはいつもの幸せが有るはずだった。

両親が優しく迎えてくれる()()()()()

 

「ひ……あ……」

あたたかなはずの我が家は、夕焼けの様な真っ赤な色で染められた居た。

昨日みんなでテレビを見たソファーも、自身の身長を刻んでいた柱の傷も、運動会で取った一位のトロフィーも、すべての思い出が両親の血で赤く染まっていた。

 

「うぎぃ!?……」

床に転がる物体に見覚えがあった。

何時も笑いかけてくれ、優しく頭を撫でてくれていたその物体。

それが『何か』理解した瞬間、ノドに胃液が逆流しかける!!

 

「父さん……」

しぼりだす様にその物体に声をかけるが、反応は無い。

もうこれは父ではなかった。

 

少し離れた場所で何かが動いた!!

瞬時にその対象に目と意識を向ける。

 

母だ。

母が地面に倒れている!!

少年は慌てて母に近寄る。

 

「母さん!!母さん!!」

必死で我が母に呼びかける、そこから帰るのは悲しき別れの言葉。

 

「母さんはもう助からない・・・・・・・『哉碼』も分かるでしょ?

このままいたらCCGがまた来る・・・・・・・

その前に必要な物をもって早く・・・・・・・ 」

 

「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!父さんと母さんがいなかったら僕はどうやって生きていけばいいの!? 」

少年――哉碼の悲痛な声が昨日まで幸せにあふれていた家にこだまする。

 

「ごめんね哉碼・・・・・・・生き、のこっ・・・・・・・て・・・・・・・」

母親だった物が動かなくなる。

しかし彼には悲しむ時間などなかった。

CCGのマークを付けた男が、武器を持ってゆっくりと歩いてくる。

 

 

 

「碼――!!ねぇ!!哉碼ったら!!」

 

「うわぁああ!!?」

架憐に身を揺られ、哉碼が起きる。

どうやらソファーでうたた寝してしまった様だった。

 

「架憐か……すまない、昔の夢を見た……」

汗をびっちり掻きながら、哉碼が立ち上がる。

 

「昔の夢って、ご両親の?」

 

「ああ、このところあまり見なかったのにな……あの二人を見たからか?」

哉碼の父母はそれぞれ人間と喰種だった。

人間でありながら、喰種を愛した父。

喰種でありながら、人間を愛した母。

新たな架け橋となるハズの二人は哉碼が15の時、死んだ。

 

異種間の二人組……そんな関係があの二人に重なったのかもしれない。

人間の彼と猫の様な彼女、本来なら直ぐに殺していたが家に招きいれたのも気まぐれではないのかもしれない……

 

 

 

「心配かけたな――もう大丈夫だ」

哉碼は無理して架憐に笑いかけた。




コラボもたぶん次回で終了の予定です。
最後まで読んでいただけたら幸いです。


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コラボ!!東京喰種~復讐に生きる妖~3!!

すいません。かなり大きく時間が開いてしましました。
なかなか筆が進まなくて……
待っていた人ごめんなさい。
(主に善が)何でもするから許してね!!


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

架憐に案内された部屋で、善が窓から外を見る。

以前外の世界にいた時は珍しくなどなかったビル群が今、改めて見ると酷く違和感のある物に思えた。

 

「ここは……空が狭いな……」

そんなことを呟き、視線を空ににあげるがビルの先頭が視界にチラチラと入ってくる。

夜だというのに星の光はあまり見えず、月もビルの陰に隠れここからは見えない。

幻想郷の夜とは大違いだ――と小さく声を漏らした。

 

「ずいぶん詩的な事を言うんですね」

独り言の積りだったが後ろから声が掛けられる。

 

「橙さん……起きてたんですか?」

振り返ると共に、ベットで尻尾をゆっくりと振る橙を視界に収めた。

 

「不安なのと、珍しいのと、いろいろ有って寝むれなくて」

はにかむように橙が笑いかける。

 

「善さんの世界ってこんな所だったんですか?」

 

「私の世界?違いますよ、私のいるべき場所は幻想郷です、もう……外に未練は――」

橙の瞳から目をそらす様に、善が外を見る。

家の前の道路を、哉碼が歩いていく。

 

「哉碼さん?こんな夜に何処へ?橙さん少し行ってきます」

 

「あ!!善さん!!」

まるで外の事を話すのを拒むかの様に、善は外に向かって走り出した。

背中に当たる橙の声を無視して、外に飛び出した。

 

「あれ……さっきまで――いた!!」

角を曲がる黒い服を来た男を、走って追いかけ始める。

 

「哉碼さ――むぐ!?」

 

「静かにしろ……外で俺の名を出すな」

さっきまで前にいた哉碼は善の後ろに立っており、自らの手で善の口を押えた。

哉碼のめには冷酷な光が宿っていた。

 

「すいません、こんな夜中に何を?」

善が話す様に時刻は午前4時、首都東京でも活動する人間は非常にまばらだ。

 

「この近くに喰種の(たむろ)する巣が有る、そこに用が有ってな。

ちょうど良い。お前も来てくれ」

 

「え?あちょっと!?」

善の言葉を無視して、哉碼が首根っこを掴み力尽くで善を連れていく。

 

 

 

「ここだ」

 

「これって……」

目的の場所は、潰れた映画館あとだった。

釘と板で入口がふさがれ、とても誰かが居る様には思えない。

 

「音を立てるな?もうすぐ始まる」

映画館の隣に作られたビルの屋上に、哉碼が善を伴って移動する。

屋上から、じっと映画館の様子を見る哉碼。

 

「来た様だな」

 

「あれは?」

哉碼の言葉に習い、視線を再び映画館に向けると、数人の白服の男たちが映画館の前に集まり始めた。

全員が白服で、スーツケースの様な物を脇に抱えている。

クインケだ――哉碼が忌々し気につぶやいた。

 

「CCG。俺たちグールを根絶する為の組織だ」

善の質問に感情の無い、声で答える哉碼。

善は哉碼の瞳にさっきとは違う何かが宿っているのを感じた。

 

再度、視線を映画館に戻すと映画館の中から、数人の喰種が飛び出てくるところだった。

それぞれが体から、赫子を出しCCGに対して交戦を始める。

対してCCGもトランクから武器、クインケを取り出し応戦する。

 

「……哉碼さんは行かないんですか?」

眼下の戦いは、明らかにCCGの職員の方が優勢だった。

善としては人間の味方をしたいところだが、喰種である哉碼がどうするのか気になったため放置気味である。

 

「ああ、CCGで探してるやつがいる……だが今回はハズレみたいだ」

 

「ハズレって――」

善がその言葉を発するのとほぼ同じタイミングで哉碼が『跳んだ』

風を受けながら、6本の赫子を出し混戦の最中に降り立った。

 

「――!!……?」

 

「!!……!?――」

善の位置からでは何を話しているのかわからない。

しかし哉碼に近づいた、CCGの職員の()()()()のが見えた。

空中に投げ出された職員の首が、ビルから様子を見ていた善の視線が絡む。

 

「うげぇ!!」

今起こっている事を理解した善の口内に、すっぱいものが逆流する。

その間も、哉碼は動き続ける。

殺風景な映画館前には、今や無数の赤い花が咲き誇っていた。

最後とばかりに哉碼が忌々しげに、その場に落ちていたCCG職員の武器を踏みつけ壊す。

最後のCCG職員が息絶える。

 

「はぁ……はぁ……」

胃の中の物をすべて吐き出し終った善の見たものは、食事を始める哉碼だった。

無数の物言わぬ死体の山で、まるでハンバーガーでも齧るかのように哉碼がCCGの職員の腕をもいで頬ばる。

 

「どうした?」

ビルを降りた善の前でも悠然と、哉碼が食事を続ける。

CCGの職員はもちろん、喰種の方も生きている者はいなかった。

 

「なぜこんな事を?」

 

「殺したいCCG職員がいるからだ」

食事を続けながら哉碼が、話す。

 

「今回はいなかったんでしょ!?」

 

「だからなんだ?CCGは敵だ!!敵は殺すしかない!!」

赤黒く変色した片目で善を睨む哉碼。

その目は善には、怒りに捕らわれた悲しい目にも見えた。

 

「喰種は?……あなたと同じ仲間じゃないんですか?」

 

「ここの喰種どもは少し派手に動き過ぎた。CCGに目を付けられた時点でもう長くはない」

平然と言い放ち、誰かの指をかじる。

 

「ぺッ!!」

哉碼が口から何かを吐き捨てた。

キィンと小さく音がして、何かと確認するとそれはシルバーのリングだった。

 

「……」

近くによって拾いあげると、指輪の中には小さくメッセージが彫り込まれていた。

お互いの名と苗字の頭文字、そして僅か一か月前の日にちが彫り込まれていた。

 

「何でこんな事をする……」

善の口から小さく声が漏れた。

 

「何で?ただの食事だ、丁度良かったから探している奴に出会えるか試しただけだ」

 

「食事なのはわかる、人間を餌にする生き物がいる事は理解しているつもりだ……だが、なぜ皆殺しにした!!なぜ、同じ喰種まで見殺しにしたぁ!!」

善の怒りに反応し、体から赤い気がスパークして弾ける様に漏れ出す!!

 

「復讐だ!!両親を奪われた!!俺の生きる意味はここにある!!」

善の力に呼応してか、哉碼の体から6本の赫子が飛び出す!!

触手の様にうねうねと動き始める。

 

「きっと、みんな家族がいた!!待ってる人も!!守りたい人も!!なんでアンタは――!!」

 

「甘い理想ばかり言いやがって!!お前の考えは反吐が出る!!」

血で彩られた空き地で、仙人モドキと復讐に燃える喰種がぶつかり合う!!

 

「らぁあああ!!!」

善の力を込めた渾身の一撃を哉碼が簡単に躱す。

 

「お前は、甘すぎるんだよ!!」

善の体に6本の赫子が叩き込まれた!!

 

「ぐふぅ……!?」

痛みの余り善の意識がゆっくりと暗転していった。

 

 

 

 

 

「善、起きなさい!!善!!」

もうすでに何度も聞いた声で善が起こされる。

ゆっくりと善の視界がクリアに成っていく。

 

「あれ?師匠……なんで?」

善の修業を付けてくれる師匠が、心配そうに善の顔を覗き込んでいた。

 

「私もいるぞー!!」

 

「ぐは!?」

呆けていると横から、抱き着くように芳香までもが体当たりしてきた!!

 

「二人ともなんで?ここは?」

身を起こすと其処は小さいが、しっかりした部屋だった。

 

「近くにあったビジネスホテルね。昨日から泊まってるんだけど、倒れていたあなたを見つけたから運んだのよ。はぁ、重くて大変だったわ」

疲れたと言わんばかりに、師匠が自身の肩を叩く。

 

「橙さんは?哉碼さんは?」

 

「ハジメ?だれソレ?猫の式の子なら、狐の式が見つけて運んだそうよ。

今ごろ、幻想郷に帰ってるはずね」

それを聞いて善は安心して再び、ベットに身を倒した。

 

「そうですか……それは良かった……橙さん帰れたんですね……」

橙の無事を確認した善が一人口角を上げる。

はぐれてしまった様だが、橙の無事を知り安堵した。

 

「さ、私達も帰るわよ。迎えに来てあげたのだから感謝しなさいよ?」

 

「善、帰ったらなんか食べさせてくれー」

師匠と芳香が急かす様に立ち上がる。

手早く荷物をまとめ、部屋から出ようとする。

 

「あの、師匠……」

 

「何かしら?」

善の言葉に、師匠が振り返る。

師匠の目は相変わらず何を考えているかわかりはしない。

 

「あの……うまく言えないんですけど……少し帰るの待ってもらっていいですか?」

このままでは帰れない。

上手く言えないが善の中に、魚の骨がのどにつっかえたかの様なしこりが有るのだ。

 

「あら、わざわざ迎えに来てくれた自分のお師匠様を待たせるの?弟子の分際で?」

 

「うぐッ……それは……」

師匠の責め立てる様な口調に善が固まる。

しかし、師匠はすぐに笑みを浮かべた。

 

「なーんてね。いいわ、あなたにも考えや、やりたい事が有るのよね?

た・だ・し・そんなには待ってあげないし、助けてあげないわよ?

自分の事は自分で決着つけなさい。

この近くの公園で待ってるわ、悔いのない様にしてきなさい」

 

何か食べましょう、と言って芳香をつれ師匠が部屋を出る。

コチラの事を考えてくれた師匠なりの判断だった。

 

「ありがとうございます!!」

師匠が去っていくまで、善は頭を下げていた。

 

 

 

 

 

「おかえり、哉碼。昨日の猫の子、さっきお迎えが来て帰ったよ」

 

「そうか……面倒事が片付いたな」

自宅に帰った哉碼が、架憐からの報告を聞いてリビングのソファーに座る。

なんだか体が酷く怠い。

 

(大した戦闘は行っていない……CCGと喰種にとどめを刺しただけだ……アイツは倒すだけで殺してはいない……体力が下がったのか……)

けだるい気分に飲み込まれそうになるのを感じながら、手を開いたり閉じたりする。

 

「架憐。少し休――」

まだ朝だというのに、ひどく疲れた気分を感じて哉碼が目をつぶろうとした時。

 

「お宅チェックの時間だオラァ!!」

 

「な!?何!!何が起きたの!?」

玄関のドアが蹴り開けられる!!

同時に響くのは少年の声と、それに驚く架憐の声!!

更にずかずかと善が靴を履いたままで家の中にまで入ってくる!!

 

「ちょっと!!あなた……!!」

 

「よう……何しに来たんだ?」

いきり立つ架憐と、けだるげに反応する哉碼。

 

「文句とリターンマッチに」

座る哉碼と善の視線が絡む。

 

「命を取らないでやったのに、捨てに来るとは馬鹿だな!!」

ガバッと哉碼が立ち上がり、赫子を展開する。

赤い触手が計六本、善の目の前に立ちふさがる。

 

「知りませんよ!!それにね!!こっちだって言いたい事が有るんですよ!!

まずは文句その1!!アンタの不幸自慢が気に気わない!!」

 

「不幸自慢だ……と!?おまえ!!」

家の中だというのに容赦なく、赫子が善を薙ぎ払おうと振るわれる!!

すさまじい衝撃がして、3本の触手が再び善を叩き伏せた!!

ハズだった。

 

「ぐが!?」

ドロリと、赫子の一本から血が流れる。

フローリングを赤く染め、架憐が悲鳴を上げる。

 

「やっぱ、グールにはキョンシーだよな~」

触手の間から、額に札を張り付けた善が悠然の姿を現す。

仙人にしてキョンシーの持つ腕力により、力づくで赫子を受け止めたのだった。

赫子に突き刺した腕を引き抜き、血を掃う。

 

「お前……!!何者――」

 

「仙人モドキですよ!!他の世界から来たね!!」

反対方向から来た触手を、先ほどと同じようにはたき倒す!!

 

「くそぉがぁ!!邪魔するならお前も――グぅ!?」

床を蹴り哉碼に肉薄した善が、頬を掴みあげる。

 

「殺すって?復讐するって?」

壁に向かって哉碼を叩きつける善。

 

「そうだ――俺から幸せを家族を奪った奴らを一人残らず!!」

呪殺する様な瞳で善を見抜く。

喰種と人間2色の瞳が善を睨みつける。

 

「文句その2!!好きにすれば良いですよ、復讐は敗者の特権です。

自身の為、死んだ家族の為、何を理由にしようと私は攻めはしませんよ。

けどねぇ!!」

倒れる哉碼を善が蹴りあげる!!

 

「哉碼!!アンタいい加減に――」

善の暴行に架憐が怒り、昨日の夜の様な赫子を出し善に襲い掛かろうとする!!

しかし!!

 

「動いちゃダメですよ?あなたの首位簡単にちぎれますから」

架憐の首に、橙のとがった爪が突きつけられる。

 

「帰ったんじゃ――」

 

「善さんが心配なので、此処まで来たんです」

驚く架憐に橙が笑いかける。

その顔は昨日までの幼女の物ではなかった。

人とも喰種とも違う、まさに別種の捕食種だった。

捕食する側の架憐にとって『捕食されるかもしれない』というのは、CCGに狙われるのとは別の恐ろしさを感じた。

 

「哉碼!!」

 

「大丈夫ですよ、善さんは誰かを殺したりなんて、しません」

橙は小さく架憐に耳打ちした。

 

 

 

「復讐したら、復讐される覚悟はあるんですか?あなたが殺した人にも家族がいるんですよ!!いつまで、こんな事する気なんですか!!」

 

「うるせぇ!!邪魔する奴らが居なくなった時、俺の人生がまた始まる!!」

トドメと言わんばかりに哉碼から、さらに黒い2本の触手が体から飛び出る。

善はその触手すらも弾き飛ばし、再び哉碼の元に走る!!!

 

「おらぁ!!」

 

「舐めるなぁ!!」

両人が右手を振るう!!

善は札が外れ、哉碼は赫子が間に合わない。

お互いの素手で渾身の一撃!!

 

両人の頬に、お互いの拳がぶち当たる!!

そして両人が同時に倒れる。

 

 

 

「何がしたかったんだ……仙人モドキ……」

寝転がったまま、哉碼が口を開く。

 

「生きてないみたいだから……復讐だけで、死んでないだけに見えたから!!

復讐をやめろとは言いませんし、言えませんよ。

けど本当にいいんですか?

それは、血を吐きながら永遠に走り続けるマラソンですよ?」

 

「それがどうした?俺の人生はもう、一度死んだ。復讐だけが俺の生きる意味だ」

尚も倒れたまま、哉碼が声を上げる。

 

「アナタを心配してる人がいるでしょ!!」

 

「架憐……か」

善の言葉に、尚も首に爪を突きつけられている架憐を見る。

 

「哉碼ぇ!!」

倒れる哉碼に尚も架憐が声をかけ続ける。

 

「あなたを大切に思う人は、まだいるんです……少しだけ……そのことを覚えておいてくださいよ……きっとあの人はアナタの帰りを待ってるはずです……。

仲間が……帰る場所が有るなら……少しだけ他人に優しく成ってあげてください……

あなたにやさしくしてくれている人の為に……」

橙から解放された架憐が、哉碼に駆け寄る。

 

「善さん……私たちも、行きましょう?」

 

「ええ、そうですね……」

これ以上の言葉は不要だと思い、残った二人置いて家から出る。

札の反動で痛む体を引きずり、橙に支えられながら約束の公園に向かう。

 

 

 

 

 

「善さん、あの二人は……」

 

「私にもどうしたらいいのか、解りませんよ。

私の親はまだ生きてるはずです、それを殺されたり――なんて事は考えてくもありませんが、たぶんきっとすごくつらいですね。

安易に『やめろ』とも言えませんし、私に出来る事は何もありません。

けど、けど、あの人の事を大切の思う人だけは……悲しませちゃいけないんだって、それだけは確かな事です――すいませんね、師匠みたいに達観している訳ではないのでうまく言えないんですよ」

何も言わず橙は善の言葉をじっと聞いていてくれた。

橙も妖怪。

人間と違う種だ、思う事も、それぞれ歩んでいく道も違うのだろう。

けど今は、今だけは同じ道を歩んでいる。

たとえそれがどんなに短い時間でも、他者と出会いその出会いがその後に大きくその人の人生を変えるかもしれない。

嘗て違う種でありながら、愛の元に同じ道を歩んだ哉碼の両親の様に……

 

 

 

「ぜ~ん!!こっちよ!!」

 

「早く何か作ってくれー!!」

小さなスキマの中で、師匠と芳香が手を振る。

 

「いま、今行きます!!」

だんだんと、スキマが小さく成り始める。

しかも思ったより早いスピードで。

 

「まって!!師匠待ってください!!」

体を引きずりながら善が走り出す!!

 

「早くしないと置いていくわよ?」

 

「うわぁあああ!!それは嫌ですぅ!!」

 

「今、あれが閉じれば……善さんとずっと一緒にいられますよね!?善さんあきらめましょうよ!!」

走ろうとする善に橙がしがみつき、走るのを邪魔し始める!!

 

「ああああん!?この猫、何を血迷ってんだぁああああ!!」

 

「二人で暮らしましょうよ~」スリスリ

 

「尻を撫でるなぁ!!師匠も!!師匠も待って!!」

 

「邪魔しちゃ悪いし……二人とも幸せにね?」

 

「ハイ!幸せになります!!」

 

「詩堂ぉ!!!許さんぞ!!私の橙はお前にやらん!!」

 

「ちょ、ドイツもコイツも待ちやがれよ!!」

 




今回のコラボもなかなか難しい作品に成りました。
相手の作品を生かしつつ、自身の作品とリンクさせる。
あー、すごく手こずりました。
書いて、消して、書いて、消してのくりかえし……
他のコラボをやっている作者さんが素直にすごいと思えましたね……


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暗殺計画!!月の兎再び!!

みなさん、今回は鈴仙・優曇華院・イナバが再登場です。
もはや、お約束ですが今回鈴仙がすさまじくひどい目に会います。

鈴仙は俺の嫁!!鈴仙万歳!!ジーク鈴仙!!
な人は、気を付けてください。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

暗い竹林の中でひたすらに逃げ続ける影が、一つ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

冬だというのに、汗が全身から吹き出て体にへばり付きひどく不快だ。

だが、そんな事を気にしている余裕などなかった。

 

「ああッ――痛ッ!!」

足がもつれ、竹の幹に手を付いた。

擦りむいたのか掌から、血が流れる。

 

『――は、ははは――』

何処か遠い様で近い様な不思議な位置で声がした。

 

「ひッ――」

恐怖にかられ、咄嗟に口を押える。

無駄だと解っていながらも、再び走り出す。

自らに迫る()()()から逃げる為。

 

「え?」

ポタリと一滴、何かが自身の顔に落ちる。

腕で拭うと、それは赤い粘度のある液体。

嫌な予感が外れる事を祈り、視線を上にあげた。

 

「て、てゐ――くうッ!!」

もう何度に成るか解らない声にならない悲鳴。

視界の上部、切られ槍の様に尖らされた竹に、さらし者にされるかの様な姿で自身の仲間が吊るされていた。

濁った瞳にはいつもの快活さなど微塵もなく、ただ無念を訴えていた。

 

パチパチ――パチパチ――

手を叩くかのような音が僅かに聞こえた。

殺意を持った目で、その音の方を睨むと――

 

「あ……え?」

今度は否定の為の声が出た。

夜だというのに、明るい。

自らが住んでいる家の方が()()()

 

「嘘でしょ……」

彼女の職場にして、家でもある永遠亭が――燃えてた。

 

『は、ははは――』

またしてもくぐもる様な笑い声が聞こえる。

 

「みんな!!」

悲痛な声を今なお燃える我が家に向けて、ノドが潰れんばかりに絞り出す。

 

「イナバ……逃げな……さい……」

肉が焼ける嫌なにおいと共に、永遠亭の主人が炎の中から姿を見せる。

自慢の髪は焼け焦げ、もう元が誰かなどわかりはしないだろう。

 

「姫様!!」

彼女の目の前で、倒れ伏し焼死体へと変貌していく。

 

「うわぁああああああああ!!!」

頭を押さえ、肺の中の空気をすべて押し出すかの様な慟哭を響かせる。

彼女の瞳はいつもと違う理由で赤く染まっていただろう。

 

「優曇華院――」

泣きはらす彼女の後ろから再び声がする。

彼女の敬愛する師匠その人の声である。

 

「師匠――あ……」

親に呼ばれた子供の様な気分で後ろを振り返った。

しかしそこにあった光景は、そんな幸福な光景とは似てもなつかないモノだった。

 

「うど――」

人の形を失い爆ぜる!!風船が割れる様にあっさりと。

実にあっけなく爆ぜて――消えた。

 

「――――」

もはや声も出なかった。

ただ放心状態で、地面に落ちる師匠だった物を眺めていた。

 

グチィ!!

 

「あ……」

まるでゴミでも踏みつけるかの様に、地面に落ちた肉片が踏みにじられる。

鈴仙は小さく声を漏らす事しかできなかった。

 

「はははは――」

目の前の男が嗤いながら肉片を踏みにじる。

懇切丁寧に、一欠けらずつ一欠けらずつ。

鈴仙の心をゆっくりと、壊していく。

 

「なんで――なんでこんな事をするの?」

無意識に声が漏れていた。

彼女は知りたかったのかもしれない、なぜこの男がこんなことをするのか。

きっと何か、理由があるに違いない。

きっと不幸な勘違いで、こんな風に成ってしまったのだ。

鈴仙はそんな答えが返ってくるのを、珍しく神に祈った。

そしてその男の口は開かれた。

 

「楽しいから。お前たちが苦しいと――楽しいから」

男は鈴仙と同じ視線までしゃがみ、彼女の顔を覗き込みにっこりと楽しそうに笑った。

 

「もっと、僕を笑顔にしてよ」

赤い稲妻の様にも見える気が、悲鳴の様にも聞こえる音を出しながら――

右手が鈴仙の顔を掴もうとする。

 

邪帝皇(イビル・キング)――」

震えながら鈴仙は、その男の二つ名を声に出した。

 

 

 

 

 

「うわぁああああああ!!!はぁはぁはぁはぁ!!」

鈴仙が深夜の永遠亭のベットで跳び起きる。

確かめる様に自身の全身をまさぐり、体の無事を確かめる。

 

「はぁはぁはぁはぁ」

肺が機能していないような気がする。

いくら吸っても、酸素が体にいきわたらない。

自身の心臓の音でさえひどく不愉快だ。

 

「優曇華院。またあの夢を見たの?」

一体いつからいたのか、部屋の端に鈴仙の師匠である、八意 永琳が立っていた。

 

「師匠……すいません、最近見なかったのに……」

 

「優曇華院?きっとそれは精神的な物よ、薬で何とかしてあげたいけど……

いっその事、記憶自体を封印しましょうか?」

心配そうに、永琳が鈴仙の顔を覗き込む。

さっきの男にされた様な体制だ。

先ほどとは違い、鈴仙の心に安堵が走っていく。

まるで彼女の顔自体がリラクゼーション作用が有るかの様に。

 

しかし、夢とはいえあの男は師匠を――!!

 

「私、戦います!!もう逃げちゃダメだ!!あの男に勝てないイメージが有るから、こうなるんです!!戦って!!勝って!!

そうしないと、あの悪夢は消せない!!」

 

布団をぎゅっと握りしめる鈴仙。

 

「優曇華院……そこまで言うなら、もう止めないわ。

休暇を上げるから気の済むまでやりなさい」

 

「はい!!わかりました!!」

嘗て脱走兵であった月兎は、困難に立ち向かう事を選んだ!!

胸に決意を深く込めて。

 

 

 

 

 

「ねぇ、芳香。今日の善、何時もと何か違わない?」

 

「んー?なんか!いつもより楽しそうな気がするぞ!!」

家事を終わらせ善が、座禅をして席を外した時に師匠が芳香に自身の疑問を訪ねた。

今となっては、自分よりも長くそして近くで善を見ている芳香に聞く方がより正確な情報が聞けるという、師匠なりの判断だった。

 

(まぁ何にせよ、本人に聞くのが一番よね)

芳香を撫でながら師匠がそう考える。

それで!!

 

 

 

 

 

「何を隠しているの?さっさと白状しなさい」

 

「いきなり、なにごとですか?」

中庭の中央、冷たい地面の上で善が正座させられる。

目の前には縁側に腰かけた師匠の、射貫く様な視線が投げかけられる!!

 

「ぜ~ん?あなた何か隠しごとしてるでしょ?弟子と師匠は厚い信頼関係で結ばれるものよ?

隠し事はしてはいけないのよ?」

 

「隠し事はダメだぞー」

芳香までもが善を睨む。

 

「えっと……心当たりが無いんですけど……」

地面に正座したままで、善は自身の行動を思い出す。

 

(あれー?なんだか師匠がご立腹だぞ!?なんだ、何処で不味った!?

あれか!?洗濯物でハンカチと師匠のパンツを間違えて自分の部屋にパンツを持って行ったことか!?

いや、アレは超極秘に師匠の部屋へと返したはずだ、バレる訳が――

ハッ!?芳香か!?寝ている芳香を見ていて偶に「死体でも胸が柔らかかったんだよなー」と考えてる事がばれたのか!?

い、いや、いくら師匠でも俺の心の中までは覗けないハズ――

まさか!?前、橙さんに……

「知ってますか?藍様はマヨヒガでは基本全裸なんですよ?『スッパテンコー』とか言って服を滅多に着ないんです」

とか言ってたのを聞いて真剣にマヨヒガに行こうと考えたことか!?

どれだー!?心当たりが多すぎる!!!)

 

善!!その心の中は思った以上に欲望に満ちている!!

だらだらと、冬空の中で汗が流れ落ちる!!

 

「え、えっと……とりあえずごめんなさい……」

 

「ふぅん……自分のミスを認めはするのね?」

縁側に座りながら、師匠が足を善の顎に持ってくる。

顎をくいッと持ち上げられる。

 

「あなたが朝からご機嫌な理由を私は知りたいのよ。

な・ん・で・そんなに楽しそうなの?」

冷水の様な冷ややかな視線を師匠が善に投げかけた。

その言葉に遂に善が合点が行った。

 

「ああ!その事ですか。

それならコレですよ、ほら」

自身の服の上着のポケットから、一通の手紙を取り出す。

 

「これは?」

 

「ラブレターです!!!いや、年齢=恋人いない歴でしたが遂に、私にも春が来たんですよ!!

我が世の春が来たー!!ユニバース!!!

『迷いの竹林で待ってます』ですって!!デートですよね!!デート!!」

手紙を興奮気に善が見て喜ぶ。

 

「へ……へえ……そうなの……」

詳しく内容を読んだ師匠が引きつり気味に笑う。

 

「善デートに行くのか?手をつないだりとかキスとかしちゃうのか?」

芳香が心配そうに善に尋ねる。

 

「おいおい、芳香も急な事いうなよ。

そんな訳ないじゃないか、初デートだぞ?

けど、相手はウサギの妖怪らしいし、ウサギは年中発情期らしいし?

念のために今日は新品のパンツを穿いているんだが?

あははははははは!!人生バラ色だ~」

ウキウキと楽しそうに善が笑いながら話す。

 

「善……」

悲しそうな目をして師匠が善を見る。

 

「善さん……逢引って本当ですか?」

 

「ひぃ!?」

まるで地獄の底から響いてくるような、亡者の怨嗟の声の様な声が善の耳に刺さる!!

恐怖を感じその方向を向くと――

 

「橙さん!!どうして此処に!?」

ずるりと幽霊が這い出す様に、縁側の下から橙が体を引きずり出す!!

橙のうつろな目と合わさって非常に怖い!!ビックリするほど怖い!!

これには流石の師匠も引き気味だ。

 

「私はずぅうううぅううぅうぅぅぅと善さんを見てますよ?

昨日のご飯の内容も、お風呂でお師匠さんにからかわれた事も、芳香さんを見て『柔らかかったんだよなー』ってつぶやいて居た事も全部知ってますよ?」

 

橙はすべて見ていた!!

ちなみに後半の内容を聞き、師匠と芳香の顔が鋭くなったのは言うまでも無い事だ!!

 

「は、はは……わ、私デートの時間なので!!出かけてきます!!」

橙から逃げる様に善が立ち上がる!!

助走をつけて、庭を区切る塀を飛び越え墓場に向かって走る!!

 

「ぜーんーさーん……逃がしませんよ!!」

同じく橙が驚異的なスピードで善を負う!!

その姿はまさに電光石火の早業でネズミを捕まえる猫そのもの!!

墓場のど真ん中でハイスピード追いかけっこが今始まる!!

 

「うわわわわわ!!あの猫妖怪、無駄に足速えーよ!!足の筋肉胸にやれよな!!」

 

「貧乳はステータスです!!希少価値です!!」

フォン!!

橙が腕を振るうと同時に、空気を切り裂く音がし、驚くべきことに善の後方の墓石が切断される!!

 

「な、なんて物を人に向けてるんですか!!当たったら一生障害残るレベルですよ!!」

 

「介護なら!!私がしますから!!安心して当たってください!!」

フォン!!フォンフォン!!

 

「いやだー!!絶対藍さんに介護と称して嬲り殺しにされる未来しか見えない!!」

橙の攻撃を回避しつつ、善が墓場の角を曲がる。

その時視線の先に、紫いろの傘が止まった。

 

「驚けー!!」

 

「小傘さんナイス!!」

勢いよく飛び出した子傘を、善が脇に抱きかかえ走り出す。

 

「え?ええ?善さん?」

 

「今大ピンチなんです!!ひっそり練習していた『アレ』やりますよ!!」

フォン!!スパァン!!

呆ける小傘の視線の先で、卒塔婆の束が真っ二つのされる!!

僅かに痛みを感じ小傘が頬に手をあてると、血が少し流れていた。

 

「善さん!!なにしたんですか!?すごい怒ってるよ!?」

 

「話は後です!!脱出しますよ!!ほら、息を合わせて!!1!2!3!」

 

「は、はい!!1!2!3!」

 

「「ポピンズ!!」」

二人が声を合わせると同時に、善が勢いよく地面を踏みつける!!

小傘が善に自身の傘を渡し、広げる!!

 

「なぁ!?飛んだ!?」

橙が驚き声を上げる。

善は小傘を抱えたまま、手に持った小傘の傘で空を飛んだのだった!!

以前より善は、空を飛ぶことにあこがれていたが一向にその力が開花せず。

小傘の飛ぶ姿を見て、自身も一緒に飛べないかと密かに二人で練習していたのだった。

最も『飛ぶ』というよりは、妖力と気を利用して『滑空する』といった方が近いのだが……

 

「おお、空ってそんなにも気持ちいんですね……少し感動です」

流れる雲を負いながら善が声を出す。

日常的に飛んでいる小傘にとっては珍しくない景色も善にとってはとても新鮮らしい。

 

しばらく善の脚力を利用した滑空を続け人里の近くに降りる。

人里には小傘の、ベビーシッター等の仕事の拠点が有るらしい。

 

「ありがとうございますね、楽しかったですよ」

笑いながら善が小傘の頭をなでる。

 

「楽しんでもらえて良かった……また、やらせてね?」

 

「ええ、もちろん。小傘さんの様なすごい傘が使えて、私は幸せ者ですよ」

最後にそう言って笑いながら、善が竹林に向かっていった。

 

「『幸せ者』――えへへ……」

嬉しそうな小傘を残して。

 

「かわいそうに――あの子、邪帝皇に――」

 

「良い子じゃったんじゃがな~」

 

「妖怪の力を強制的に発動させる力もあるのか……恐ろしい!!」

人里でまたしても悪いうわさが増えたがそれは別の話。

 

 

 

 

 

「ふははー!!デートだ!!デートだぁ!!」

スキップしながら善が竹林を爆走する!!

竹林の案内人が止めてもお構いなし!!

落とし穴に数回落ちてもお構いなし!!

生死に関わる罠が有ってもお構いなし!!

そして遂に気が付く善!!

 

「あ”!!そう言えば……竹林の何処で待ち合わせなんだ?」

まさかのミステイク!!なんと竹林の何処で待ち合わせか確認していなかった!!

 

「どーしよ!どーしよ!!すっぽかしたと思われたら最悪だぞ!?」

そのばでグルグルとあたりを回りだす。

そんな善をスコープ越しに見つめる影が一つ。

 

善をこの竹林に呼び出した本人、鈴仙・優曇華院・イナバだった。

おおよそ300メートル離れた位置で、ライフルのスコープを覗く。

その表情はいつもの彼女ではなく軍人としての表情だった。

 

「風向き西方、時速38キロ。温度12,4°湿度41パーセント。距離およそ300!!このコンディションなら……!!」

ガサガサと善が動いていたが、何かを見ているのか立ち止まる。

 

「そのすました顔を吹き飛ばしてあげるわ!!」

鈴仙が冷酷にトリガーを引く!!

弾丸が発射され、善の頭を吹き飛ばす!!

ハズだった。

 

「なんですって!?」

鈴仙の見守る中、善がしゃがむように姿勢を低くして攻撃を回避する!!

弾丸は空しく、竹林の中へと消えていった!!

 

「タイミングが読まれた!?そんな馬鹿な!?」

 

*真実は……

善side

 

「あ、ウサギが居る!!かわええな~」

ウサギを発見した善が撫でるために、体をしゃがませた!!

たったそれだけの事!!

*ちなみにこの場で後数センチ、善の頭が高く上がっていれば死んでいました。

 

「ヨイショッと……うーん……鈴仙さんは何処で待っているんだろ?」

ウサギを抱きかかえながら、善が再び歩き出す。

 

鈴仙side

 

「うッ!?な、仲間を人質に!?なんて卑怯な!!容赦はないって事ね……!!」

善に抱きかかえられたウサギを見て鈴仙が歯ぎしりをする。

これは、人質と同時に生きた盾を相手が装備したことを意味していた。

 

「けど、大丈夫よ……この先には!!」

鈴仙が善の歩く方向を見てにやりと笑った。

 

「……よし!!かかったわ!!」

鈴仙の見る前で善が落とし穴に落ちる!!

それは前もって鈴仙が先頭の為に仕掛けておいたモノ!!

穴から出る無防備な瞬間を狙うための物だった!!

 

善side

 

「うをおお!?また、落とし穴か!!いったい誰が……?」

 

先にウサギを穴から逃がし、落とし穴から這いだそうとするが……

 

「うお……落とし穴って、結構出にくい……抵抗する力で、穴から落ちない様に出来るか?」

落とし穴の淵に手を掛け、抵抗力を流しこむ。

何時もは壊すための反発する、力だが今回は逆。

自身の体の力を底上げする為の気を、もろい土に混ぜて強度をあげる。

以前師匠がやって見せた、卵焼きをつぶさず他の部分に気を与えて飛ばす技の要領だ。

 

「よっこら……せ!!

登れたな……」

気を使いやっとの思いで、上る善。

気が付くと手には……

 

「あれ?弾丸?落ちてたのか?新しい気もするけど……ぶっそうだな……

まぁこれくらい大した事無いか?」

いつの間にか手にしていた弾丸をほおり投げ、逃がしたウサギに当たらなかった事を安堵して歩く。

 

鈴仙side

 

「なんなの……あれ……」

目の前で信じられない光景が起きた。

 

「素手で……弾丸を止め……た?」

呆然とする鈴仙の前で善が口を動かす。

鈴仙は読唇術で善の言葉を負う。

『これくらい大した事無いが?』

 

「ッー!?挑発!?それよりもこっちに気が付いてる!!」

善の顔がこっちを見たような気がした。

 

「接近して――とどめを刺す!!」

銃を捨て、体一つで鈴仙が走る!!

目指すは、敵の排除のみ!!

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……見つけたわ」

 

「あ!鈴仙さーん!!待ちました?」

善の前に飛び出した鈴仙が、指を構える。

何の注意も無く、鈴仙に近づく善。

 

「ねぇ、私の目を見て?」

鈴仙が自身の能力を発動させつつ、善と視線を交わす。

彼女の能力は狂気を操る能力!!

生き物の波長を読み、精神に作用させる事さえできる!!

まさに精神攻撃のエキスパート!!

 

「え……あ、れ?」

鈴仙の力で善の視界が歪みだす。

 

(流石にこれは、効くのね。

安心したわ、思ったよりも化け物じゃなくて!!)

指に力を籠め、銃の様に構える。

 

(距離10センチの接射なら!!)

善の額の10センチ前に、指を構える。

呆然とする善はいまだ動かない。

 

「さようなら。私の悪夢!!」

パァン!!

と渇いた音がして善が倒れる。

 

「はぁ、やってみれば大した事ないわ――ね?」

鈴仙が背を向ける中で善がゆっくりと起き上がった。

 

「いってー、なんだコレ?急に頭痛が……芳香に噛まれ過ぎたか?」

鈴仙は知らなかった!!善の力が抵抗する力だという事を!!

そして、その力は何度もダメージを与えられた部位を集中的に抵抗力を上げる事を!!

この数日間!!芳香の頭を噛まれまくった善の頭部は、かなり強固な部位と化していた!!

さらに当たる瞬間後ろにのけぞった事で、ほとんどノーダメージとなっていた!!

 

「うえ、気持ち悪い……あー」

さっきの鈴仙の「さよなら」は聞こえていたため今日はもう帰る事にした。

抵抗する力があれど、それほどまでに精神の波長を狂わされるのは、ダメージとなるのだ!!

 

「撤退……!!撤退よ!!」

鈴仙が戦闘は不可能と判断しその場から逃げ出す!!

しかし!!鈴仙は忘れていた!!

此処が自身の作ったトラップゾーンだと!!

ガサッ!!

「え――きゃ!!」

落とし穴に落ちた鈴仙。

咄嗟に自身の波長を操り、善から知覚できない様にステルスを掛ける!!

落とし穴の中という状態、捕まれば死を意味する極限状態!!

 

「ああ……気持ち悪う――あ」

吐き気を堪える善の前に、穴が有った!!

今にもリバースしそうなその状況!!

 

(野原にぶちまけるよりは……)

穴に近よる善!!

 

「ひッ!?」

鈴仙の頭上に善の顔が現れる。

 

(大丈夫、見えていないハズ。ちゃんと落ち着いて――)

 

「オロ……」

善が口を開ける!!

 

「え?ちょっと……!?」

慌て戸惑うがもう遅い!!

善の口からミラクルシャワー(比喩表現)が!!

 

「オロロロロロロロロ」

シャラララララ♪

 

「い、いやー!!」

逃げ場のないウサギにミラクルシャワー(比喩表現)が襲い掛かる!!

 

「おろろ…………ふぅ、すっきりした。

帰るか」

 

「お、おろろ……」←もらいミラクル。

すっきりした顔で善はかえって行った。

波長をいじったウサギは誰にも気付かれない!!




鈴仙の耳の個人的見解について。

『取れる』という人がまれにいますが、私も取れる派に人間です。
月の時代で敵につかまり、耳を切断され、義足ならぬ義耳を付けていると考えて居る派ですが、そんな設定重すぎて、フツ―無いな。
と気が付き、いまだに「アレ、なんだろ?」と答えの出せない作者です。


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聖人君臨!!豊聡耳よ再び!!

もう、何話かしたらまた、コラボの予定です。
いつの間にかずいぶん話数も増えたと思う今日この頃。

5話くらいで終わる予定だったとか、もう言えない……


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

広い墓場の真ん中で、その場にひどく不釣り合いな人物が佇んでいた。

赤と青のマントに、ミミズクの様な髪形そして腰にぶら下げた宝剣。

『聖人』と呼ばれる人物の一人。豊聡耳 神子だった。

 

「ふぅ、たまには此方から顔を出そうとやってきたが……

詳しい場所を聞かなかったのは間違いだったかな?」

一人つぶやき、再び墓の中を歩き出す。

 

「む――」

神子の視界の端に複数のカラスが何かを貪っていた。

羽の間からわずかに見える、肌色。そして五指。

 

「気の遠くなる様な時間を生きても、人の苦しみは変わらない……か。

せめて弔う位は――」

死に対する虚しさを感じつつも、神子は死体に近づいていく。

背丈から見ると少年の様だった。自らの100分の1も生きていないであろう者の死。

彼女の心の中に言いようのない感情が渦巻く。

 

カァ、カァ、カァ、カァ!!

バサッと風が舞いおこり、倒れる少年の顔が明らかになる!!

その顔に神子は見覚えがあった!!

 

「詩堂君……修業に耐えきれなかったのか……せめて安らかに……」

 

「あ!神子様!!どーも、この前振りですね!!」

倒れた善が突如目を開け、しゃべり始める!!

すっかり死んでいる者と思った神子は大層驚いた!!

 

「し、詩堂くん!?君大丈夫なのかい!?カラスとかすごく集まっていたけど!?」

 

「ちょっと修業で、ミスりましてね。

動ける様になるまで、時間がかかりまして……

っていうか、現在進行形でまだ体が動かない……

すいませんが、師匠の家まで運んでもらえませんか?」

寝転がったまま、善が神子に懇願する。

非常にシュールな絵である。

 

「解ったよ。よいしょっと……生憎私も君たちの家に用があってね。

案内を頼んで構わないかい?」

 

「ええ、お願いします」

動かない善を持ちあげ、神子が自身の背中に善を背負う。

戸解仙である、神子は人間を超越している、少年一人背負うの訳ないのだ。

 

「詩堂君、なぜこんな所で倒れていたんだい?

良かったら教えてくれないかな?」

疑問に思った神子が善に尋ねた。

それに対して道を説明しながら善が答える。

 

「今日は芳香と一緒に、お互い毒を飲んで組手相手を倒した方が一本だけの解毒剤を飲める組手、通称――『ポイズンデスマッチ組手』をやったんですよ。

油断したら、芳香に見事にやられてしましまして。

いやー、お恥ずかしい所をお見せしましたね。ははははは」

 

「詩堂君!?君一体どんな修業をやれされているんだい!?」

恐ろしい修業内容に、さすがの神子も驚き声を上げた。

 

「え?師匠が神子様の時も考案したって――」

 

「少なくとも私たちの時代にそんな修業は無かったよ!?

それより、よく平然としているね!?」

 

「いえ、今実はすごいお腹痛くて……あー、トイレ行きたい……」

善のお腹がゴロゴロ言い始めたのを聞いて神子の顔が青冷める!!

 

「も、もう少し待ってくれないか!?今、君たちの家が見えたから!!」

善を運びながら、師匠が目的地まで進んでいく!!

 

 

 

 

 

「いや~、やばかった。あーきつかった。

神子様ありがとうございますね。流石は聖人ですね」

トイレで用を足した善が、手を拭きながら出て来る。

 

「こんな事で、聖人呼ばわりされても微妙なんだが……」

苦虫を噛み潰した様な顔で、神子が話す。

 

「生憎師匠たちは居ないみたいですね。

あの後何処かへ出かけたのかな?」

善が家の中を見てきたがどうやら、師匠も芳香も出かけてしまった様だった。

 

「そうなのか。前もって連絡位しておくんだったね。

私の準備不足だ、まぁいい。詩堂君とも話したいことは有ったしね」

そう言って神子が善に笑いかけた。

 

「そうですか。なら、奥の私の部屋で待っててもらっていいですか?

突き当りの部屋です、適当に座布団とか敷いて(くつろ)いでいてください。

お茶、持っていきますから」

そう言って善が台所に入っていった。

 

「そうだね。しばらくそうさせてもらうよ」

 

 

 

「さて、聖人ってどんなお茶飲むんだ?

適当に黒烏龍茶とかで良いのか?

緑茶は有るけど、師匠は中国茶の方が好きだしな……」

善は今非常に困って居た!!

突然の神子の来訪!!そしてまさかの師匠の不在!!

正直言ってあまり神子が得意でない、というよりむしろ苦手な善にとってプレッシャーがかかっていた!!

読者諸君も想像してほしい!!家の自室に歴史上の偉人が居る光景を!!

非常に気まずい気分にならないだろうか!?少なくとも善はそうだった!!

 

「よし、此処は普通に玄米茶だな。一番新しいし、何より俺はコレが好きだ!!」

半場やけくそになりながら、お茶請けの羊羹を切り分けお盆に乗せ自室に向かった。

 

ガチャ

勢いよく、善が自室の扉を開ける。

 

「神子様!お茶をお持ちしました!!」

 

「ん?ああ、詩堂君ありがとう頂くよ」

善の入室に気が付いた、神子が雑誌から目を上げ善を見る。

 

「どのお茶が良いか迷ってしまいまして、お待たせしてすいませ……ん?」

 

「どうしたんだい詩堂君?そんな顔して?」

きょとんとしながら、神子がお茶を受け取り羊羹を口に運んだ。

 

「神子様?あの、さっき読んでいた雑誌は?」

プルプルと震えながら、机に上に置かれた雑誌を指さす。

 

「ん?ああ、ベットの下にあった雑誌だよ」

悪びれもせず神子がお茶をのみ続ける。

 

「大丈夫、君も男の子という事だろ?人の欲を見てきたからね。

アレくらい気にしないよ」

そう言って善に優しく笑いかける!!!

聖人スマイル!!罪を許す優しいスマイルだった!!

しかし!!

このスマイル全く効果はなかった!!

母親が自身の部屋を掃除して、机の上や本棚にきちっとエロ本がしまってあった時の気まずさに似ていた!!

要約するとここでの優しさは全く意味をなさない!!

 

「いや!?ごまかされませんからね!?何堂々と人のベットの下あさってるんですか!?

良いですか!?年頃の男の子の部屋、特に本棚や机の引き出しやタンスも下の段は触れてはいけないんですよ!!

あそこはある意味聖域!!たとえ成人だろうと立ち入ってはいけない場所なんですよ!!」

善がヒートアップする!!

もはや相手が誰だろうと、関係など無かった!!

 

「詩堂君……すまない事をした様だね。

私も反省しているよ……所で、この雑誌の次の巻は無いのかい?」

そう言って有名な漫画を取り出す。

 

「ああ、それならタンスの下の段の――って全く反省してないじゃないですか!?

それよりなんで聖人がそんなの欲しがるんですか!?」

 

「まぁまぁ。落ち着いてそれよりも――」

 

「むっつりだろ!?ホントはアンタむっつりだろ!?むっつり聖人!!俺はむっつりよりもむしろムッチリした方が好き――」

 

「落ち着こうか詩堂君?」

シャキーン!!

笑顔のまま、神子が腰の剣を抜き善の前に突きつける!!

 

「ひぃ!?すいませんでした!!調子乗ってました!!」

両手を上げた降参のポーズ!!そのまま土下座に素早くチェンジ!!

 

「ふぅ、私に対する無礼の数々は許そう。

私も少しばかり無神経だったようだからね」

クールダウンした、善に対して神子が話しかける。

 

「は、はい。所で神子様は一体何用で?」

 

「うーん、本来は君の師匠に話が合ったんだけど……

居ないモノはしょうがないね。そっちはまた今度だ。

詩堂君、前は出来なかったし、私と少し手合わせする気は無いかい?」

 

「そんな、神子様相手に恐れ多いですよ……」

手を広げ、善が神子に対して遠慮する。

相手が相手だ、善としても手合わせは無謀だと考えたのだろう。

 

「はぁ……正直いって、その態度はやめてほしいんだよ」

深くため息をついて神子が話す。

頭に手をあて、本当にうんざりといった感じだった。

 

「神子様?」

 

「みーんな私の事を聖人と呼ぶ……

そう呼ばれるのは嫌いではない。

けどね?私も聖人である前に一人の人間なんだよ、いつまでも気を張ってばかりでは疲れてしまうんだ。

解るかい?」

普通の少女の様な顔と態度で神子が言う。

その顔は本当に聖人というより一人の人間だった。

 

「神子さま?」

 

「私は君の思う様な完璧な人間ではないんだよ。

むしろ、人より醜い部分も多くある。

戸解仙になったのもそうさ、死を恐れそれから逃げようとして……

私が忘れ去られるような時間を眠り、再びこの世界に戻って来た。

私はね、1400年という気の遠くなる様な時間を生きてなお、なお!!

まだ求めるモノが有るのさ。だから私はまだ生きている。

詩堂君。君は何が欲しくて仙人に成ろうとしているんだい?

金?名誉?長寿?他者に無い力?それとも、君の欠けた欲を埋める為?

一体、『彼女』を師と仰ぎ死にそうになりながらも何を欲しているんだい?」

神子がジッと善を見て来る。

善にとって兄弟子に当たる神子の言葉は、それなりの重さが有った。

 

「私は、私は人間に成りたいのです」

 

「人間に成りたい?もうすでに君は人間だろう?」

善の言葉に神子が、頭をひねる。

妖怪と間違われる事は多々あっても善は間違いなく人間だった。

少なくとも『人間に成りたい』というのは不可解な望みである。

 

「なんて言うんでしょう?人としてもっと上に行きたい?

いや、そうじゃないそう――」

ガチャ――!!

 

「ただいまー。ぜーん、居るなら荷物を運ぶの手伝いなさーい!!」

 

「はーい!!ただ今ー!!

……神子様、すいません。この話はまた今度」

師匠の呼ぶ声に、善が走り出し部屋から出て行った。

 

「やれやれ……にげられてしまったかな?

布都がしきりに彼を推すから見に来てみたが……」

一人つぶやく神子の元に善が戻ってきて顔をのぞかせた。

 

「神子様!!今日家で夕飯食べていきますか?」

 

「ああ、お邪魔していいかい?」

 

「はい、わかりました」

返事を聞くと再び帰っていった。

 

 

 

 

 

「では、神子様お願いします」

 

「ああ、いつでもかかって来なさい」

庭にて、善と神子が距離を取って見つめ合う。

善本人は渋ったのだが、師匠の一言で神子との組手が始まったのだ。

 

「ぜーん!!がんばれー!!」

 

「ファイトですよ!!」

 

「善さーん!!応援してますよー!!」

4つの影が縁側から善を応援する。

善の師匠が作ったキョンシーの宮古 芳香。

彼が拾い、雪の日に使っている付喪神の多々良 小傘。

善が気に入った為、何度も家に遊びに来いる式の橙。

死体、道具、動物。

それぞれ全く出生の違う者達が、集まりそれらがすべて聖人の神子ではなく善を応援している。

 

(やれやれ……とんだアウェー戦に成ってしまったよ……)

一人神子が思う。

無意識に神子の口角が上がっていく。

 

(なぁんだ。本人が思ほど詩堂君は――悪い人間ではないね!!

自分で卑下してるほどなら、他人に、それどころか仙人の敵の妖怪に!!

こんなに好かれはしない!!)

 

「気功翔脚!!」

善が自身の足に気を纏わせ、筋力を強化し踏み込みと同時に手刀で神子を薙ぐ!!

 

「なるほど!神霊廟の弟子達が使った技を見て覚えたんだね?」

 

「師匠は『技は見て盗め』派なんですよ!!手とり足取りなんてやってくれませんからね!!」

更に一撃!!といった具合で善が右手を握る!!

赤い気が漏れ出し、腕に絡みつき空気に対抗しバチバチと弾ける様な音が鳴る!!

 

「いいね!!それは、君の、君だけの力だ!!」

咄嗟に剣を抜き、善の右手に切り込む!!

剣の刃は善の拳の薄皮を切り裂いたがすぐに止まってしまう!!

柄にもないが神子の口に好戦的な笑みが浮かぶ。

 

「いいね、いいよ詩堂君!!さぁ、私に弟弟子の力を見せてくれ!!」

拳と剣がはじき合い、距離が出来る!!

神子も自身の剣に気を纏わせる!!

善も右手に注ぎ込む気の量を倍増させる!!

 

「はぁああああ!!」

 

「うおおおおお!!」

両人の剣と拳がぶつかる瞬間!!

 

「ぜ~ん。お米を買い忘れたから、買ってきなさい。

おつりで好きな本買っていいから」

最悪のタイミングで師匠の声が響く!!

 

「え!?本当ですか!?」

師匠の言葉に善が嬉しそうに振り向く!!

言うまでも無いが買う本の目途は付いている!!

グサッ!!

 

「わーい!!なに買お――グサ?」

はしゃぐ善が嫌な効果音に気が付き、その方を見る。

 

「し、詩堂君……」

神子が青ざめ、持っている剣が震える。

 

「あ……やっべぇ……」

真っ二つに成った善の右手!!

ドロドロと大量の血が流れ落ちている!!

 

「師匠!!包帯!!包帯持ってきてください!!」

 

「善!!今助けるぞ!!ジュルリ!!」

 

「ハンカチならありますよ!!」

よだれを垂らしながら芳香が、ヤケに興奮しながら橙が走り寄ってくる!!

 

「むぐ、むぐ……血がうまい!!」

 

「血を舐めるな!!」

 

「止血に使ったハンカチは洗わないで返してくださいね?」

 

「橙さん!?何に使う積りですか!?」

 

「何してるの?太子様を待たせる気?

直ぐにお米を買いに行きなさい!!」

師匠が面白そうに笑いながら、善に包帯を巻きつける。

複雑な文字が書かれており、包帯が善の血で染まっていく。

 

「あの?師匠?コレ、一体何の効果が有るんです?」

善が包帯に書かれた、文字を見て疑問を口にする。

どうやら嫌な予感がした様だった。

 

「ああ、これ?35分間は血を止めるのだけど、その後は逆にすさまじい勢いで血を放出させる効果が有るのよ」

 

「なんのためにそんな効果与えたんですか!?って、うわ!!とれないし!!これ!!」

 

「35分以内に米を買って戻ってきたら、それを解いてあげるわ。

出来なかったら全身の血が、腕から流れて死ぬから注意してね?」

笑顔でにっこりと師匠が笑いかける。

無垢で悪意など全くないかのように笑いかける!!

内容を気にしなければ、思わずホレてしまいそうな良い笑顔だった。

楽しさにあふれた顔に、神子の背筋に寒い物が走った!!

 

「ちくしょー!!小傘さん!!跳びますよ!!そうでもしなければ間に合わない!!」

 

「は、はい!!」

小傘を抱き寄せ善が、飛び上がり人里を目指す!!

直ぐに姿は見えなくなった。

 

「あら、善ったら。財布も持たずに……

それに帰りはどうする気なのかしら?小傘ちゃんでも善と米を同時に運べる訳ないのに……」

あくまでも楽しそうに善の飛んで行った方を見る師匠。

 

「何故こんな事を?」

 

「実はね?あの子の怯えた表情が私とても好きなんですの!

見た事あります?ビデオで保存したのがたしか……」

 

「止めてあげなさい!!」

 

「ああん、いくら太子様のお願いでもこれは聞けませんわ!!」

善には優しくしてあげようと思った神子だった。

何はともあれ……

 

「ああ、あの子の悲鳴が今から聞こえる様だわ~」

楽しそうに身をよじる師匠を見て、神子はひっそりと心の中で善に同情した。




文字数が伸びてる……
4500位だったのに……
成長か?


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顕在!!神の力!!

次回以降、再びコラボが続きそうです。
よろしくお願いします。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

2月ももはや終わろうとした時期。

善たち一行は妖怪の山の中腹にいた。

 

「そろそろ良いかしら?」

 

「もういいのか!?」

持って来た七論の上で、味噌が塗られた野菜が焼かれている。

師匠が箸で野菜の様子を見て、芳香が目を輝かせる。

天気は少しだけ雪が降っており、師匠と芳香をぬらさない様に小傘が傘をさしている。

 

「そろそろ、いただきましょうか。あなたもこっちにいらっしゃい」

3枚の皿を取り出し、小傘を手招きする。

 

「あ、ありがとうございます……けど、いいのかな……?」

皿を受け取りながら、小傘が辺りを見回す。

辺りには3~4名の白狼天狗が倒れていた。

山には侵入許可をもらっているハズだが、何かの手違いからか襲い掛かって来たので善が倒したのだった。

全員後遺症などが無いようにしっかり手加減している。

 

「そうよね。この程度を倒すのに時間かかり過ぎなのよね~

まだまだ修行不足ね。聞いてるのかしら、善?」

師匠がそう話すと、近くの木に縛ってある鎖を手にする。

 

ジャラジャラと音を立てて、鎖を引っ張る。

鎖は、横を流れる川の中に伸びており……

 

ザプッと音がして、川の中から善が引きずり出される。

 

「滝業って、仙人の修業らしくていいわよね」

 

「寒い寒い寒し寒い……」

雪の積もった地面に転がる善がガチガチと歯を振るわす。

凍える体に容赦なく雪が吹き付ける!!

 

「今、拭いてやるからな」

震える善をタオルで芳香が吹き始める。

 

「お酒も、もうそろそろね」

そう言ってもう一つの鍋にくべられていた、日本酒の熱燗を取り出す。

 

「アチ、チチ……はぁ。雪見酒なんて風情が有っていいわね」

お猪口に注いだ酒を飲み干し、ホッと一息ついた師匠の吐息が白く濁る。

 

「あ、あの、師匠?なんで急にこんな修業を?」

芳香のお陰で復活した善が、尚も震えながら師匠に尋ねる。

 

「ただ滝に打たれただけじゃない?修業としてはメジャーな部類だと思うけど?」

 

「滝に打たれる修業は知ってますよ!!師匠のは縛った私を滝つぼに投げ込んだだけでしょ!?

滝業は、下で座る物です!!断じて滝の真ん中付近に吊るされる修業じゃないでしょ!?

死にますよ!?普通に息が出来なくて死にますからね!!」

普通の滝業とは明らかに違う修業!!善がそのことに激しく突っ込む!!

 

「これが、私流なのよ。善にはこの方があってるハズよ?」

熱燗をあおりながら師匠が、楽しくてたまらない!!

といった表情でニヤついた!!

 

「ぜ~ん!!お腹が空いたぞ!!早く食べさせてくれ!!」

尚も師匠と話したい事が有ったのだが、芳香がそう言うなら仕方ない。

善は持って来た弁当箱を開ける。

芳香を無視した場合、最悪頭をかじられる事すらあるので優先度は非常に高い!!

 

「ほら、おにぎり」

 

「梅か?すっぱいのは嫌いだぞー」

芳香の言葉を聞き善が、別のおにぎりに持ち変える。

 

「はい、岩海苔の佃煮」

 

「おー!これこれ」

芳香が目を光らせおにぎりにかぶりつく。

なんだかんだで、修業は中断され妖怪の山中腹で昼食が始まる。

本日のメニューは、冬野菜の香葉味噌焼きとおにぎり、それと酒のつまみ数種。

師匠はこの前、藍との交渉でもらった酒を飲んでいる。

 

「むぅー、シメジはうまいなー」

目を細め、シメジ味噌を口にする芳香。

 

「そうね、お酒に良くあうわ」

その隣で、師匠が2本目の熱燗を用意しながら箸で同じく焼いた鳥肉をつまむ。

 

「師匠、少し飲み過ぎでは?まだ昼ですよ?」

 

「飲まなくちゃ、やってられないのよ。

不出来な弟子を育てるのは思った以上にストレスで……」

よよよ、と泣きまねを師匠が始める。

 

「ええ……?ストレス?師匠が?毎日すさまじく(他人の迷惑を顧みず)楽しんで生きてストレスなんて感じてなさそうなのに?」

善が疑問を口に出しながら首を傾けた。

 

「あら?『親の心、子知らず』とは言うけど、あなたの場合は『師の心、弟子知らず』ね。

私があなたの為をどんなに思っているか……

いくら、あなたの事を思っても伝わっていなかったのね……悲しいわ……」

今度こそ師匠が両手を顔に当てて、すすり泣きし始める。

小傘と芳香が、避難の目で善を睨んだ気がした。

 

「すいませんでした!!師匠の事、私解っていませんでした!!」

師匠に向かってその場で善が頭を深く下げる。

今更ながらも、師の姿に善は心打たれたのだった。

 

「解ってくれるのね……じゃ、食事が終わったら早速修業再会ね?」

ジャラリと、師匠の手の中で鎖が音を鳴らす。

催促する様に、後ろで滝が轟音を立てる!!

 

「あの、もう少し普通の修業は無いんですか?」

 

「仙人は自身をどれくらい追い詰めれるかで、修業の成果が出るわ。

並みの修業じゃ、仙人に成る頃にはあなたおじいさんに成ってるわよ?」

 

「いや、あの、確かに師匠の修業成果出てるっぽいですけど……

神子様の所の弟子より力があったり、警備の天狗を倒せたり……

けど、その、大げさに言うとちょっぴり……つらいです……はい」

じりじりと師匠が善を追い詰める様に歩いてくる。

 

「あっ……」

善のすぐ後ろが再び川に成っている。

そして流れる先には滝が。

 

「あの、師匠?一応聞いていいですか?」

 

「あら、なぁに?」

 

「本当は楽しんでませんか!?」

善の言葉通り、師匠の顔には楽しくて仕方ないといった笑顔が張り付いている!!

善は知っている!!師匠のこの顔は!!自身を追い詰めた時の最後のあがきを待っている時の顔だ!!

 

「そんな、訳ないわ。滝は自身の精神を集中させなおかつ、自然エネルギーと一体化する修業よ?

さあ、午後の部、行ってみましょうか!!」

ジャラン!!と手早く善の腰に鎖が巻き付いた!!

 

「師匠!?私まだ芳香におにぎり食わせただけで、昼食食べてませ――」

 

「GO!!」

 

「グはッ!?」

師匠に蹴られた善が空を舞う!!

その先に待つのは再び、川!!

ちなみに水温マイナス10°!!

 

ぼっちゃーン!!

 

「善、日々努力よ。努力はあなたを裏切らないわ」

 

バキッ!!

鎖の反対側、木の枝に括りつけられた部分が、軋んだ末に引きちぎれる!!

当然支えを失った善は滝を流れ落ちていくのみ!!

 

「わーわーわーわーわ……わー……わー…………わー…………」

空しくも善の悲鳴が小さく成っていった。

 

「善はどうなったんだ!?」

芳香が、滝つぼの方を心配そうに見つめる。

 

「流れたわね。まぁあの子なら、大丈夫よ。さ、昼食の再開ね」

 

「うわーい!!そろそろ肉を焼いてほしいーぞ!!」

 

「はいはい、少し待ってね?」

 

(善さん……大丈夫かな……?)

楽しそうに談笑する、二人の中で、小傘だけが善の事を心配していた。

 

 

 

 

 

下流にて……

 

「とうちゃーん、魚とれるかな?」

 

「大丈夫だ!今夜は久しぶりに、魚食わせてやっからな!!」

漁師の親子が釣り糸を垂れていた。

もうすぐ春の兆しが見える頃だが、栄養のバランスは考えなくてはならない。

野菜ばかりでなく、タンパク質なども必要になってくる。

その為、一部の漁師は妖怪の山の天狗と交渉し、一年で数度だけ山の中で魚を釣る事が了承されていた。(もちろんそれなりに、対価を払う必要はあるが……)

 

「うわ!?引いてる!!大物だよ!!」

先に子供の竿に当たりが来た!!

 

「でかした!!坊主!!釣り上げる――」

ザバァ!!

 

「「あッ……」」

 

「死ぬかと、思った……はぁ、はぁ……」

最早おなじみ!!水から現れたのは善!!

二人の親子が絶句する!!

 

「おい、なんだよお前!!釣りの邪魔すんな!!」

 

「坊主!!やめろ!!この方にそんな口を利くんじゃない!!」

瞬時に善の事を見破った、父が息子の口をふさぐ!!

生き物をとらえる仕事を生業にするだけあって、父親は非常に危機に対して敏感だった!!

 

「逃げるぞ坊主!!命あっての物種じゃ!!」

 

「あ!!とうちゃーん!!」

父親がすべての荷物を置いて、子供だけを抱きかかえ、必死になって逃げて行った。

 

 

 

「何だったんだ?……拭く物とか、貸してほしかったのに……」

濡れた服のまま、善が雪の山を歩いていく。

 

「寒い、せめて風を避けれる場所を――アレは!!」

善の前にボロ屋が現れる。

小さな小屋だが、風は防げるだろう。

一目散に、小屋に走りこんだ。

 

「はぁ、これで一息……あ」

濡れた服を乾かそうと、自身の身に着けている服に手を掛けた時、小屋の住人と目が合った。

二人組の少女、部屋の隅で震えて肩を寄せ合っていた。

 

「い、いらっしゃい……」

気まずそうに片方の少女が声を上げる。

 

 

 

「本当にすいませんでした!!」

二人の相手に向かって善が頭を下げる。

 

「ああ、もういいから……」

 

「うん、もういいよ……」

二人組の少女がうなだれている。

 

「はぁ、久しぶりに参拝が来たと思ったら……」

 

「ねぇさん、落ち込まないで。こういうのに親切にすることが信仰の第一歩だよ」

このどことなくマイナスオーラが漂うじめじめした二人組は秋 静葉と秋 穣子。

話によると秋の神様らしい。

 

「いや、その、神様のお宅に勝手に上がったのは謝りますから……」

善が何とか二人をなだめようとする。

しかし……

 

「物理的に、何か返してよ。具体的には信仰心的なので」

穣子が、善にそう話す。

神様なのだが……季節が冬なせいか、余裕というものが無い。

さらに言うと神々しさ的な物が全くない!!

 

「信仰ですか?あの、二人は何の神様で?」

 

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたね。詩堂君!!私達秋姉妹はズバリ秋の神様さ!!ねぇさんが、紅葉。私が作物の収穫がメイン!さぁ!!信仰してくれた?」

穣子が無理やり感に満ちたハイテンションで、語り始める。

神としてのセールストークだろうか?

 

「え?秋?今冬ですよ?紅葉も、収穫時期ももう――」

 

「詩堂君、少し黙ろうか?ねぇさんのメンタルがそろそろやばいから……」

 

「紅葉しか出来なくてごめんなさい、紅葉しか出来なくてごめんなさい……紅葉しか――」

暗い瞳でぶつぶつと、静葉が体操座りでつぶやき始める。

 

「わーっと!!そんな事無いですよ!?私、紅葉って風情があってすごい好きですよ!?去年の秋とか、芳香と墓場で『紅葉』を題材にした詩を読み合いましたよ!!」

善が慌ててフォローに回った。

正直言って紅葉など興味はなかったが、こうでもしないといけない気がした。

 

「詩堂君、本当?」

 

「え、ええ。一枚一枚色のムラがあって、それが個性的でいいですよね!!」

 

「詩堂君……ありがとう。一枚、あげるね」

そう言って、静葉が一枚の紅葉を取り出し善に渡した。

紅と黄色が混ざった美しい紅葉だった。

 

「おおー、詩堂君やりますなー。君、実は女泣かせだったりする?」

下世話な、顔で穣子が善の脇を突いた。

 

「いや、むしろ泣かされる側です……」

少し前の事を思い出し、善の目頭が熱くなる。

 

「まぁまぁ、その葉っぱ神様直々にくれた霊験あらたかな物だから大切にしなよ?」

 

「あ、はい……」

 

「じゃ、私からもっと――はい、さつまいも!!」

穣子がスカートの中に手を突っ込み、その中から一抱えもある芋を取り出した。

 

「あ、ありがとう……ございます……」

出した場所が出した場所なので、顔を引きつらせながら善が芋を受け取る。

 

「うーん?もう少しよろこんでも良いんじゃない?」

穣子が、つまらなそうな顔をして善を突いた。

 

「ありがたいんですけど……その、出る所が……」

 

「えー、そんなの気にしてたの?ってか詩堂君的にはご褒美じゃない?人肌ならぬ神肌温度だよ?」

 

「ワザとか!?ワザとやってたのか!?」

予想外、というか神様らしくない行動に遂に善が声を荒げた!!

 

「まぁまぁ、お腹空いてるんでよ?」

解ってる、と言いたげな顔で穣子が指摘する。

その瞬間善の腹が空腹を訴え始めた。

そういえば、昼を食べ損なったのだった。

 

「いただきます……ん!?この味は!!」

一口齧った芋から甘味が爆発する!!

人肌ならぬ神肌温度だが、それが何とも心地良い。

優しくしっかりした口どけの良い上品な甘さだった。

 

「おいしいです……すごい、優しい味です……」

善が夢中になって食べ進めていく。

 

「そうだよ、詩堂君。コレが神の力だよ」

自慢げに穣子が善を見る、最も善は食べるのに夢中で全く気付かないのだが……

 

「ふぅ……うまかったです。ごちそうさま」

芋と二柱の神に手を合わせる。

 

「どうよ、詩堂君。神様の作った芋は?モノが違うでしょ?」

 

「ええ、素晴らしい味わいですね。具体的に何か普通の芋とは違うんですか?」

今まで食べたことの無い味に、疑問を呈す善。

それほどまでに穣子の芋は一線を隔した味だった。

 

「私達は神様だからね、その道のプルフェッショナルなのさ。

神気をたっぷり吸い込んだ芋はおいしくて、虫にも強い芋になる。

そう思わない?」

 

「神……気?」

その言葉に、善はさっき静葉から渡せれた紅葉を取り出す。

木からはがれ、落ちた葉であるにも関わらず非常にみずみずしい。

 

「これだぁ!!」

 

「ひぃ!?」

 

「なに!?」

突如叫んだ善に2柱が驚く。

 

「この葉っぱは落ち葉だ!!木から栄養をもらっていないにもかかわらず、ここまで鮮やかでみずみずしい!!

静葉様!!この紅葉にも神気が含まれているんですよね?」

 

「うん……私が神気を込めて紅葉させた葉っぱだよ?」

おずおずと静葉が説明する、彼女の掌で他の葉っぱが紅く黄色く染まっていく。

 

「これなんだ!!人体に気を溜めて、そのものを強化する術!!

そうか、やっと理解したぞ、この葉っぱみたいにすれば……!!

さっきみたいな水中でも、体に溜めた気で長く潜っていられる!!

師匠は気の持続性を持たせるつもりだったんだ!!」

先ほどまで疑っていた師匠の真意に気がついて善。

乾かしてた、服を手早く羽織ると秋姉妹の神社から飛び出した!!

 

「ありがとうございました!!おかげで、もう少し修業がはかどりそうです!!」

 

「はいは~い」

 

「またきてねー」

 

「なんだか、うるさい子だね……」

 

「まぁ、いいんじゃない?仙人なんて今時珍しいしさ……」

手早く二人に礼を告げ、気功翔脚で山を登っていく。

 

 

 

「師匠!!戻ってきましたよ!!」

さっき流された所まで、一気に駆け上がる。

 

「あら、戻って来たのね。……ふぅん?何か掴んだ様ね?」

師匠が善の顔を見て満足げに頷いた。

 

「ええ、少しだけ、ほんの少しだけ師匠のやってる事に意味を見つけましたよ」

 

「あら、私のしていることに?

そう、少しでも解ってくれたなら師匠冥利に尽きるわね」

そう言って静かにほほ笑んだ。

 

「じゃあ、修業再開――のまえに、あの子達の相手もお願いね。

芳香~、子傘ちゃん~、こっちにいらっしゃい」

 

「え?師匠?」

二人を抱き寄せた師匠が何か札の様な物を、地面に叩きつけた!!

強い閃光と激しい爆発音がして視覚、聴覚が同時に潰れる。

 

「ん……?何が……?」

目を開けた善の周りには多数の白狼天狗が待機していた!!

 

「善さん……また、問題を起こしましたね?人間の親子に泣きつかれたんですが?」

うんざりと言った顔で椛が、太刀を善に向ける。

 

「あ、椛さん……いや、向こうが勝手に驚いて……」

 

「もう、いいですから……運が良ければ、一週間位で出れますからね?」

 

「「「「「「確保ー!!」」」」」」

椛が手を上げると同時に複数の、白狼天狗が善に襲い掛かる!!

その時思い出すのは師匠の言葉!!

 

『あの子達の相手もお願いね』

 

「くっそー!!こいつらの事かー!!うを!?」

善の目の前を刃が踊る!!

10人単位の天狗たち!!

その時、善の視界の端に師匠がうつる。

木の上で楽しそうにこちらを見て笑っている!!

助ける気ゼロ!!圧倒的ゼロ!!

 

「ヘルプ!!師匠!!助けて!!助けてくださいよ!!」

善が必死のSOSを送る!!

その時小さく師匠の口が動く。

唇の動きから、内容を読み取る善!!

 

『が・ん・ば・っ・て・♥』

それだけ話すと再び師匠の姿が消える!!

 

「ちくしょー!!」

冬の山に弟子の悲鳴が響き渡った。

 

 




何気にパワーアップイベントでした。
実際に目の前にモデルがあり、内容を理解できるのは大切。
まねできるかは別として……


そういう意味では神とはある意味一つの事に特化したモノだと言える。
全知全能なら、オールマイティだが、日本は何か一つの事に特化した神が多いと思う。
というか、日本人は完全な悪というものが無いと思う。
疫病「神」や貧乏「神」ですら神の一種。
欧米の様な「悪魔」の様な敵対者は少ない。
八百万の神という事で、何か小さな事、悪い事にすら神は宿るのではないか?
長くなったが要約すると「秋姉妹かわええ」。


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コラボ!!星の一族の末裔が幻想郷で暮らす様です!!

さて、今回からまたコラボです。
ジョースターさんの「星の一族の末裔が幻想郷で暮らす様です」からキャラをお借りしました。
まさかのジョジョネタですね。
ジョジョは一応は知っているのですが、詳しいというレベルではないので結構苦労したりしました。
好きな作品ではあるんですけどね?

ジョジョネタが苦手な人は注意。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

世界とは無数に存在している。

此処もその一つだ、善が居る幻想郷とはまた違う幻想郷――

この幻想郷にはとある一族の末裔が住んでいた。

 

「やれやれだぜ……勘弁してくれよ……」

学ランを来た男が小さくつぶやいた。

学生帽に跳ねた前髪が黒、金、青とバラバラの色でなびいている。

数瞬後、その男はまるで空間と空間の間に落ちる様にして消えていった。

 

 

 

 

 

「おい、もう出ていいぞ」

見張りの天狗が牢の扉を開ける。

その中から一人の少年が立ち上がる。

紅い導師の様な服に、赤と青のマフラーそして白のラインが入ったズボン。

仙人志望の少年、詩堂 善だった。

 

「全く、妖怪の山で暴れるなんて……馬鹿な事をしましたね」

椛が善を連れて行きながら話す。

 

「いや……向こうが急に襲い掛かってきて……」

 

「それは此方の連絡ミスです……すいません」

正直に椛が頭を下げる。お互い使われる者同士解らない訳ではない。

 

「あ、お迎えが来たようですね」

そう話すと、椛が姿を消した。

その数秒後……

 

「ぜ~ん!!迎えにきてやったぞー!!」

芳香が楽しそうに走ってくる。

嫌に笑顔で手をふってくる。

 

「おおぅ!!芳香ぁ!!来てくれたのか!!」

善もそのまま走り出し……

強く抱き合う!!と同時に!!

 

ガブリ!!

 

「よし――いでぇ!?」

 

「ふぅうぅぅぅうううう!!」

抱き着くと同時に芳香の歯が善の肩に食い込む!!

 

「痛い痛い痛い!!放せ!!とりあえず一回放せ!!」

尚も息を荒げながら、歯を食い込ませ続ける芳香を説得する!!

 

「はぁ……1週間ぶりの善の味だ……」

 

「しみじみと言うんじゃない!!」

肩を押さえながら善が、芳香を糾弾する!!

つらい話だが、最近芳香が善の味を覚えてきた気がする。

 

「いつかお前に食い殺されそうで怖いよ……」

震えながら、止血の終わった肩から手を放す善。

 

「ダメだ。死ぬのだけはダメだからな?」

いつになく真剣に芳香が話す。

何時もは何処か抜けた様な性格だが、『死』については思う所があるのか、非常に真剣なのだ。

 

「良い事言ったポイけど、お前のせいだからな!?

お前が噛んだから俺が死を覚悟したんだからな!?」

 

「大丈夫だ!!死なない様に調節してるぞ!!」

 

「違う!!そうじゃない!!噛まない様にするんだよ!!」

善が全力で芳香に突っ込む!!

善は知らないが、いまだに善の頭には芳香の歯型が残っているのだ。

トボトボと歩き、善たちの活動のメイン拠点になる墓場まで戻って来た。

ちなみに流血は尚も継続中!!そろそろふらふらする!!

 

「あー、少し休むか……そんな急ぎの用も――うおっ!?」

墓石にもたれ掛かった善の体が、墓石ごと宙に浮いた!!

じたばたと暴れるが、まるで磁石でくっついたかのように離れない!!

 

「うぉおおおおお!!!墓石だぁあああああ!!!」

 

「え?ええ!!?な、なにぃ!?」

浮かび上がった善が他の墓石に叩きつけられる!!

3つほど巻き込んで、ガラガラと崩れ去る!!

 

「あ……すまねぇ……しっかり見てなかった。大丈夫か?」

 

墓石ごと善を持ちあげ投げつけた、大柄な学ランを着た男が善を見下ろした。

ざっと目算で190㎝以上、日本人離れした身長だ。

 

「え、ええ……少し頭の傷が……痛む位で……」

 

「頭の傷?もうふさがっている様だが?」

 

「え?」

その男にそう言われ、慌てて自身の頭部に手を伸ばす。

流れた血こそ付着しているが、すっかり傷そのものは治っていた。

 

「本当だ……いつの間に?」

僅かに混乱する善を他所にその男が再び口を開いた。

 

「見た目ほど大きな傷じゃなかったって事だ。運が良いな。

それよりも、お前。この辺でDISCを見ていないか?

これ位の大きさで銀色の薄っぺらい丸い円盤なんだが」

そう言って胸の前で、人の頭より少し小さいくらいのサイズを表す。

 

「いえ、見てませんけど?CDかDVDの事ですよね?」

 

「なんだ、お前も外来から来たヤツか。

此処の奴にDISCって言っても理解出来んからな」

 

「へぇ、あなたも外から来た人ですか。

此処は過酷な環境ですからね、大人しく人里で暮らすのが賢いですよ。

初めまして、詩堂 善です」

哀れみ、同情、そして親近感を持ちながら善が手を伸ばす。

 

「おう、よろしく頼む。俺の名は空条 承太郎。

出会いとは、引力だ。これも何かの縁だな」

二人がその場で握手をする。

 

「んあ?善、引力ってなんだ?」

 

「気にするな芳香。難しい事言ってごまかそうとしているだけだ」

芳香の言葉に、善が優しく答えた。

僅かに承太郎の機嫌が悪くなったが善は気が付かない!!

 

「で?承太郎さん、そのDISCって?」

 

「ん……理解出来るかどうか解らないが一応説明してやる。

この世には超能力がある、幻想郷に居る奴らを見たことがあるだろ?

俺にもそのうちの一つがある」

 

「『程度の』って奴ですよね?」

 

「俺のは違う。そばに立つ者――通称『スタンド』と呼ばれている。

それはパワーあるヴィジョン!!」

承太郎が、帽子の向きを正しながら善に言い放った!!

 

「ぜ~ん。コイツ言ってる事意味わからないぞ?」

 

「気にするな芳香。ほら、もうすぐ春だろ?春になるとこういう「頭が春」な人が出て来るんだよ……」

芳香の質問にまたしても善が答えた。

善にとってこの時点で承太郎は「関わるとやばい奴」認定されていた!!

 

「野郎……いいだろう。少しだけ俺のスタンドを見せてやる。

と言っても、スタンド像は見せれないから能力だけだが……」

 

承太郎が手をかざし、倒れた墓石の前に立つ。

 

「『スター・プラチナ(星の白金)』!!」

 

『オラァ!!』

空気が一瞬揺れた様な感覚がして、目の前の墓石が砕けながら宙に浮かぶ。

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!』

善の見ている前で墓石がバラバラに吹き飛んだ!!

 

「すごいパワーだ……コレがスタンド?」

 

「ああ、最もスタンド使いじゃない奴には見えないが、コレをやった奴が俺のそばに立っているのさ。

そうだな、物理干渉出来る守護霊または背後霊だとでも考えてくれ」

再び承太郎が手をかざすと、今度は砕けた墓石がビデオの逆再生の様に再生していく。

地面に横たわったままだが、粉砕された墓石が新品の様に成っている。

 

「『クレイジーダイヤモンド』生物や物質を治す力だ」

 

「おお!!すごい!!こんな力があったのか!!」

善が次々と目の前で起こる摩訶不思議な現象に目を見張る。

どれも到底普通の能力とは言えなかった。

 

「ふん、どうやら信じた様だな?さて、問題はここからだ。

このスタンドだが『スタンドや記憶をDISCにして抜き取るスタンド』が存在する、ちょっとした手違いでそのDISCをばらまいちまったんだ……

今、その回収をしている……

俺が此処に来たのは二日前、全部で10枚飛び散った。回収したのは現在2枚」

そう言って承太郎は懐から、2枚のDISCを取り出した。

 

「まさかと思いますけど……それって他の人間が使ってるって可能性は?」

 

「大いに有る、むしろ妖怪が持ってる可能性もある」

ソノ言葉を聞いて善の脳裏に嫌な予感がよぎる。

 

(師匠が拾ったりしてないよな……広範囲にカビをばら撒くとか、体内の金属を操って内部から殺すとか、死体をゾンビとして操るとかそういうの拾ってないよな!?

妖怪よりあの人がそういうの持っている方が厄介なんだよなぁ~)

 

「そうですか……私も手伝ってあげたいんですけど……

スタンド相手に戦うのはどうですかね?」

 

「解っている、もともとそんな期待はしてない。

墓場に来たのは、此処が写ったからだ」

 

「写った?」

承太郎が無言で懐から、一枚の写真を取り出す。

その写真には墓場と亀が写っていた。

 

「亀?」

 

「ココジャンボ、いやミスタープレジデントと呼ぶべきか。

居住空間になるスタンドだ、念写を使ってここを割り出した。

いくら俺でも、野宿は避けたいんでな」

そういうと墓の中を、探し始めた。

 

「もうなんでもありだな……」

 

「善!!私もスタンドが欲しいぞ!!」

 

「俺にどうしろってんだよ……」

呆然とする善に対して芳香がスタンドをねだる。

しかし、当然無理である……

 

 

 

 

(む?行ったか……)

草むらを探しながら、善が去っていったのを承太郎は見ていた。

 

『にっひっひ!!いや~、大変だね承太郎?』

 

「お前のせいだろうが!!」

 

『オラァ!!』

横からかけられた声に承太郎が頭を上げずに答える。

再びスタープラチナが現れ、その声の主を殴りつける!!

 

『ぐぎゃぁああああ!!!』

ゴロゴロと地面を転がる、黒い男。

黒いマントに体を隠し、奇妙な仮面をかぶった怪しい男。

この男の正体はスタープラチナやクレイジーダイヤモンドと同じスタンドの一体である。

名は『ブラッドメモリー』承太郎の()()()スタンドである。

腕力は無いがその分強力な特殊能力を有している、それは『過去の血族の記憶を再現する』能力。

承太郎の血族の過去の体験した出来事を記憶しており、それを力として引き出し承太郎に与ええる事が出来るのだ。

スタープラチナが力と正確性、クレイジーダイヤモンドが再生の力ならブラットは記憶のスタンドと言える。

その結果承太郎は一人にして、複数のスタンドを扱える唯一のスタンド使いなのだ。

このブラッド、能力が特殊ならその存在自体もかなり特殊なスタンドだ。

明確な自身の意思を持ち、承太郎の予想外の行動をとる。

 

「全くよ!!久しぶりにゆっくり昼寝でもしようと、していたのに台無しじゃねーか」

事の始まりは二日前、此処とは違う世界で承太郎がくつろいでいたのだが……

 

 

 

 

 

「ふぅ……武器の整備終了。修理が必要な物は無いな」

畳の上にズラッと複数の剣やナイフが並んでいる、これは承太郎が日常に武器として使っている物だった。

一息ついて、自作したコーラに口を付ける。

 

(もう少し、カラメルの量を変えるか……レモン果汁を入れるのも……)

口に中で味わいながらそんな事を考えていると、自身の後ろでブラッドな何かを並べているのを見つけた。

 

「おい、何をしているんだ?」

 

『ん~?いや、こっちもスタンドの整理をしようと思ってね?

『ホワイトスネイク』でいくつかのスタンドをDISCにして整理してるんだよ』

そう言って手の中で、DISCを転がす。

 

「ほう、感心だな……咄嗟のタイミングで使用するスタンドを間違うのは厄介だしな。

しっかり整理しておいてくれよ?」

 

「ああ、解った―――――――――――飽きた!!すごい飽きた!!」

突然ブラッドが態度を変えて、スタンドのDISCを放りなげた。

 

「お前、飽きっぽ過ぎないか?」

 

「あ!!そうだ!!承太郎!!異世界行こうぜ!!異世界!!!よし決定!!

あ!そ~れ!!カウントダウン!!5・4・3・2――」

謎のポーズとってブラッドがおかしなことを言い始める。

恐ろしい事にブラッドは本人の力で空間を渡ることが出来る!!

 

「おい!!?馬鹿やめ――」

 

「いいや!!限界だ!!行くね!!」

承太郎の抵抗空しく、空間の穴に承太郎は吸い込まれていった。

 

 

 

「うぉおおおおお!!!」

異空間を通るトンネルを抜けて出た世界は善の居る幻想郷。

承太郎の住む幻想郷とは違う場所だった。

 

「なにぃ!?空中だと!?」

出た先はまさかの空中!!じたばたと承太郎が手足を振り回す!!

 

『あ!やっべ!!出る所間違えた~』

 

「ブラッド!!テメェ!!」

 

『オラァ!!オラオラオラオラ!!』

笑うブラッドに対して承太郎がスタープラチナを叩きこむ!!

 

『あ!?ちょ!!ディ、Disc!!』

殴られた衝撃でDISCがブラッドの体から数枚排出される!!

 

「チィ!!てめーは!!余計な事しかしやがらねぇ!!」

承太郎の怒声が、周囲に響き渡った。

 

 

 

 

 

そして再び現在。

 

「見つけたぜ……これで野宿ともおさらばだな」

茂みに隠れていた亀を見つけ、承太郎が一安心する。

 

「さて、飛び散った奴の内、ヤバそうなの――『キングクリムゾン』と『キラークイーン』は手の中にある……問題は――」

 

『DIOの記憶のDISCとそのスタンド『ザ・ワールド』だね』

 

「チィ……厄介な組み合わせが逃げちまったぜ」

DIOとは、過去承太郎の一族を追い詰めた宿敵であり、その当人の持つ脅威の力を持つスタンドである。

その能力はまさに『世界を支配する力』と呼べる物であり、承太郎の最優先回収対象であった。

亀の中で、ブラッドとそんな事を会話していた時。

 

「ジョータローさーん!!」

 

「ん?善の奴が呼んでるな……何か有ったのか」

善の声に気が付き、承太郎が亀の中から姿を現す。

 

「どうした善?何か用か?」

息を切らせ走って来たのか、善の体は汗に濡れている。

 

「スタンドって……相手の年齢を下げる奴ってありますか?」

 

「年齢を下げる?――あるな……セト神、あの屑野郎のスタンドがそうだった」

承太郎の脳裏にブラッドによって記憶されてた一人のスタンド使いの記憶がよぎる。

 

「大至急来てください!!」

 

「お、おい!?一体何が?」

善が承太郎の腕を引っ張り、墓の端にある洞窟を利用した住居に承太郎を連れて来る。

 

 

 

「あ、善!!いたか?」

 

「ああ、まだいたよ。良かった……承太郎さん、この子にかかったスタンドを解いてくれませんか?」

そう言いながら、善が芳香の抱いていた女の子を受けとる。

7歳から10歳くらいの年頃で、青い髪の鑿を髪留めの様に付けている。

 

「誰だ?こいつは?」

 

「私の師匠です!!」

 

「わたしセーちゃん!!よろしくね!!」

慌てる善を無視して、幼女が楽しそうに笑った。




今回は設定の説明がメインに成りました。
次回以降から本格的に物語が動く予定です。


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コラボ!!星の一族の末裔が幻想郷で暮らす様です2!!

なるべく早くという事で、投稿。
今回はDIOのイメージが崩れる可能性があります。
ファンの人はそこに注意してください。


「何とか成りませんかね?」

 

「無理だ」

善の問いに承太郎が短く答える。

胡坐をかいて座る善の足の上には一人の幼女が座っている。

 

「よしよし、セーちゃんはかわいいなー」

 

「仙人さまぁ、くすぐったいです」

善が目を細め、セーちゃんと呼んだ子の頭を撫でる。

 

「はぁはぁ……本当に……本当にセーちゃんはかわいいねぇ!!!」

 

「きゃはぁ!!」

善が後ろからセーちゃんを抱きすくめる!!

後頭部に顔を乗せ満足げに話す。

 

「こう……年を取らせるスタンド的なの、無いですかね?」

 

「無理だと言ったハズだ。老いさせる事は出来るが、精神の成長はない…………

おい!!ペド野郎!!いい加減その子から手を放せ!!」

会話の最中のも構わすセーちゃんを撫で続ける善に遂に承太郎が切れる!!

何かあったらスタンドをぶち込もうとさえ、考え始めていた!!

 

「まぁまぁ、落ち着いて承太郎さん。

ほら、セーちゃんが怖がってますから……

ほーら、セーちゃん怖がらなくてもいいよ~?あの人はカルシウムが少し足りないだけだからねー?」

 

「はい……怖くない……怖くない……」

 

「あー!!たまらん!!かわいいなー!!セーちゃんは将来美人さんになるぞー!!

おおぅ……よしよし……」

膝の上でおびえるセーちゃんを善が撫で続ける。

善は気が付いていない。

承太郎の目が犯罪者を見る目に成って居た事を……

善は知らない。

芳香までもが、善を汚物を見るかのような眼で睨んでいることを……

そして……

行ってはいけない道を爆進している事を知らない!!

 

 

 

「さて……ペド野郎は一旦置いておいて、解決策を考えるぞ」

 

「はい、承太郎さん」

善がセーちゃんを膝から下ろし、承太郎の前に座る。

 

「さて、コレはほぼ完全にスタンド攻撃だ。

『セト神』という本体の影と融合するスタンドの仕業だな、その影と触れ合うと精神と肉体を若返らせることが出来る。

普通の人間なら、数秒影に触れただけで胎児の状態まで戻されちまう。

そうなると、当然死ぬ。まぁ、当たり前だよな?

解決するには本体を倒す以外に対処は無い。お前の師匠が子供の戻る程度で済んだのはラッキーだな。

あと数秒見つけるのが遅ければ、今頃確実に死んでいただろう」

 

承太郎の言葉に善が息を飲みこんだ。

善にとってはだが、師匠はかなりの実力者だ。

「とっては」という表現なのは、師匠の全力を見た事がないからだ。だが、神子や布都との会話で仙人が1400年以上生きる事の難しさは聞いていた。

師匠はその時間を生き抜いてきた確固たる実力者、使える術も本人曰く1000を軽く超えると言う。

その師匠があっけなく倒され、場合によっては死んでいた可能性があると聞かされ、酷く動揺した。

 

「スタンド使いはそんなに強いんですか……」

 

「強いというよりも勝負にならないと言った方が正しい、スタンドは普通スタンドでしか倒せない。

そもそも普通の奴にはスタンドを見る事すら出来ない。

勝てる見込みは現実的に言って、ゼロだ」

承太郎が帽子の位置を直しながら答える。

善の脳裏にさっき見たスタープラチナとクレイジーダイヤモンドの能力がよぎる。

墓石を粉砕するパワー、そしてそれを再生する特殊能力。

物理的な力、特殊能力、どれをとっても次元の違う力だった。

 

「まぁ、お前はここでまってろ、飛び散ったDISCは残り7枚。

全てのDISCを回収すればお前の師匠も元に戻るハズだ。

幸い、探し物をするためのスタンドもある」

それだけ話すと承太郎が立ち上がった。

 

「夕飯は承太郎さんの分も作っておきます。

しばらく、亀の中で生活するのは窮屈でしょ?」

 

「ああ、そうだな。しばらく世話になる」

そういうと今度こそ承太郎は、善たちの家から出て行った。

 

 

 

「さて……亀の中に有ったカメラを持ってくれたのは、幸先良いな」

学ランの内ポケットから、承太郎はポロライドカメラを取り出す。

 

ハーミットパープル(隠者の紫)!!」

承太郎の右手を覆う様に、茨の様な紫のスタンドが出現する。

そしてその腕で、ポロライドカメラを叩き壊した!!

 

「さて……と」

壊れたカメラから射出された、一枚の写真を見る。

最初は真っ白だったが、ゆっくりと『此処ではない場所』が写っていく。

これぞハーミットパープルの能力『念写』だ。

 

「人が多いな、後ろに有るのは農耕具だ。人里の畑を耕す奴らを探すか」

写真をポケットにしまって承太郎は人里に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

時間は約1日前に戻る。

 

「さぁてと、今日も一日一仕事だべ!!」

 

「んだ、んだ」

数人の男たちが長屋で目を覚ます。

此処は農耕を生業としている男達の家だった。

家族を持たない、または家族から離れて暮らす男達が集まっている。

 

「おーい土井、早く準備するべ」

リーダー格の男が、部屋の端で上半身裸で寝ていた男に話しかける。

 

「ふん、農耕などに興味は無い!!王には王の、料理人には料理人にふさわしい器という物がある。

このDIOに農耕など――ぐぁ!?」

自身をDIOと名乗った男が、リーダー格の男に頭を殴られる!!

 

「土井!!なーに訳解らん事言ってんだべ!!さっさと準備するだ!!」

 

「な、なにをするだー!!……はッ!?口調が……

とにかくこのDIOは農耕など――」

 

「土井!!いい加減にするべ!!」

DIOは抵抗空しく、リーダーに畑まで引っ張られていった。

 

 

 

「はぁ!!とぉう!!」

ジャガイモ畑にて、DIOが鍬を手に畑を耕す。

その顔は屈辱に染まっていた。

 

(くそう……偶然とはいえ、DISCから逃げ出せたのは運が良かった……

スタンドも拾えたし、DISCを拾った男の精神を乗っ取る事に成功したのも良しとしよう……

だが!!なぜこのDIOが今更畑など耕さねばならぬのだ!!

このままでは……このDIOがDOI(土井)とか言う奴の為に働いてる様ではないか!!

しかも……「世界(ザ・ワールド)」!!)

自身の分身であるスタンドを呼び出す。

黄金のボディに筋骨隆々のたくましい体。

背中のポンプに手の甲の時計意匠。

世界を支配する力を持った、スタンド名実共に最強のスタンド!!

……のハズだった。

 

『無駄ぁ!!』

ザ・ワールドに命じて、リーダー格の男を攻撃する!!

背中から野太い腕で、殺す気の一撃を加える!!

 

「イデェ!?なんだ?最近叩かれるような痛みが……」

一瞬、痛みに顔をしかめるが再び農耕を再開する。

 

「くそう……やはりだめか!!」

DIOは忌々し気に自身のスタンドを見る。

乗っ取った土井の精神に影響が有ったのか、すさまじいレベルでの弱体化を受けてしまっていた!!

 

「だが……だがまだ出来る事は有る!!ザ・ワールドよ!!ここら一帯を肥沃な土壌に変えてやるのだ!!」

DIOの命令にザ・ワールドが一瞬驚いた様な顔をする。

しかしその後、余っていた鍬を手に取り農耕を始めた!!

DOIの精神は思った以上にDIOを侵略していた!!

 

「あんれまぁ……土井の隣で鍬が勝手に畑を耕してるべー。

付喪神かなんか知らねーが、土井すげーべー。

初之瀬が病気で開いた穴もすぐに埋まるべな」

 

「WRYYYYYYYYYYYYY!!!手回し耕運機だ!!!」

手回し耕運機を持ち出しDIOがすさまじい勢いで畑を耕していく!!

 

 

 

 

 

再び善たちの家。

 

「よしよし……セーちゃんはかわいいな~」

 

「くすぐったぁ~い」

膝の上に乗せたセーちゃんを善が再び撫でる。

撫でられるたびにセーちゃんが僅かに身をよじる。

 

「善は本当は小さい子の方が好きだったのか!?」

芳香が善を見て、遂に口を開く!!すさまじい怒りの形相である!!

 

「いやぁ?俺年上の人の方が好きだぜ?こう……『悪い女』って感じの人に弄ばれたい的な?包容力のある、頼りになる人が好きだな」

 

「けど、セーちゃんはちっちゃいぞ!!おっぱい無いぞ!!」

芳香がセーちゃんの胸を指さす。

びくりとセーちゃんが体をこわばらせる。

 

「こら、芳香。女の人を胸で判断しちゃダメだろ!?

それに俺は、セーちゃんに対してそういう感情は持ってない!!」

 

「本当か?」

 

「ただ……セーちゃんを見てると……『ああ、俺はこの子を守って残りの人生を生きて行くんだな』って気分になるだけだ」

優しい父親が娘をいつくしむ様な顔で、セーちゃんの頭を撫でる。

善の感情が伝わったのか、セーちゃんもその身を善の腕に預ける。

 

「うわーん!!善が手遅れだー!!ロリコンは病気だー!!」

ごろごろと床に転がって、泣きわめく芳香!!

善はさらに追撃をかけた!!

 

「なぁ芳香。養子縁組ってどうやるっけ?」

 

「養うのか!?善はパパになるのか!?」

 

「セーちゃん……セーちゃんさえよかったら、俺の事を『お父様』って呼んでいいんだぞ?」

 

「お父様?」

芳香の突っ込みを無視して、善がセーちゃんに意見を聞き始める。

 

「ぜーん!!自身を取り戻せ!!お前はそんなんじゃないだろ!?いま、すてふぁにぃを持って――」

 

「セーちゃんにそんな物見せるんじゃない!!

ああもう……さて、セーちゃんをお風呂に入れてあげないと……

墓場に居て少し汚れているし……」

セーちゃんを抱き上げ、風呂場に善が向かっていく!!

 

「や、やめろぉ!!それはいけないぞ!!それは!!だめだー!!」

 

「芳香、お前じゃセーちゃんをお風呂に入れられないだろ?ここは俺がやるしかないんだよ!!!大丈夫だ、子供相手に邪な事を考えるハズないだろ?

さぁ!!セーちゃん、お風呂で遊ぼうね!!」

あわや犯罪者一歩手前!!……もうすでにアウトか?

とにかく善が理論武装をした善が、理性を投げ捨てようとする!!

その時、居間の扉が開いて小傘が顔を見せる!!

 

「善さ――あれ?」

珍しく芳香と激しく言い合う善を見る。

そして彼の手には、何処かで見た青髪の幼女。

 

「む、娘さん?」

震える指で、小傘やセーちゃんを指さす。

 

「あー!!良い所に来てくれたぞ!!この子をお風呂に入れてやってくれ!!」

芳香が善から、セーちゃんをひったくると小傘に渡す。

小傘は、人里でベビーシッターの様な事をしている為、こういった事には慣れている。

端的に言えば、善よりも適任なのだ。

 

「ああ……セーちゃんとのお風呂が……」

すさまじく残念そうな顔で、小傘も去っていった浴室の方を見る。

相変わらず芳香が厳しい目で善を睨み続ける。

 

 

 

 

 

「さっぱりしました!!」

セーちゃんが再び善の膝に座りながら髪を乾かしてもらっている。

 

「セーちゃん♪セーちゃん♪」

善が上機嫌で、セーちゃんの髪を触っていた。

 

その横では芳香が小傘に事の説明をしていた。

 

「なるほど……スタンド……そんなのが」

 

「善はすっかり、この調子なんだー」

ひそひそと小傘と芳香が話し合う。

チラリと視線を向けると、非常に仲のよさげな二人が居た。

 

 

 

「あ、雨だ」

最初に異変に気が付いたのは小傘だった。

彼女は傘から変化した為か天候、特に雨に敏感だった。

 

「さっきまで雲ひとつなかったのに……」

そういって善が立ち上がり、雨が入らない様に窓を閉めに行く。

 

「この雨、なんだか……変。

なんて言うんだろ?普通の雨じゃ……ないみたい」

小傘の言葉を聞いて善の顔色が変わる。

 

「芳香、必要な物をまとめろ。

小傘さん、前私がやったみたいにセーちゃんを抱いて跳べますよね」

 

「え?善さん?」

小傘が自体に付いていけず、慌て始める。

 

「仙人は妖怪にとってご馳走、師匠を弱体化させたのは捕食する為でしょう。

けど、スタンドを持ってる奴が持ってない俺たちから逃げる必要はないハズ……

にもかかわらず、この姿で残した。

考えられる、可能性として……『師匠を幼くしたスタンド使いは、別のスタンド使いに命令されてやった』という可能性。

いざ、倒そうとした時承太郎さんを見て逃げた。って言うのが私の予想です。

けど、今承太郎さんは居ない……はやりこのタイミングを狙って来たか……」

善が、札を懐に数枚しまう。

グギグギと指を鳴らし、気を使い体の強化を始める。

 

「芳香、15分で戻る。俺は今度この家に入るときノックを4回してから入る。

それ以外の方法でこの家に入って来た奴は俺じゃない。

その時は中庭から師匠を連れて人里に逃げろ、流石の妖怪も人里までは追ってこないハズだ」

善は手短く、そう告げると居間から出ようとする。

 

「善、待ってくれ」

 

「なんだ?」

去ろうとする善を芳香が後ろから抱き留める。

 

「死ぬのはダメだからな?」

 

「………………ああ、そうだな」

芳香の言葉に、答え善はゆっくりと玄関へと向かっていく。

この時確かに二人は約束したのだろう。

”生きて帰る”と……

 

 

 

 

 

「コレはすごいな……」

家のドアを開けた瞬間、すさまじい雨と風が善の全身を容赦なく打ち据える。

さっきまでの天気を考えるとまずありえない事である。

 

「おお、いたいた」

墓の入り口方向から、一人のレインコートの男が現れる。

その横は雨が降っているのだが、人型に雨が避けている。

いや、見えない何かが『居る』と考えるのがふつうだろう。

 

「ほう、弟子がお出迎えか?」

レインコートの男が、顔を上げる。

くりぬかれた様に真っ暗な両目に、痩せこけたミイラの様な肌。

どう見ても人間でないのは確かだ。

 

「何か御用でしょうか?妖怪さん?」

 

「お前の師匠がよぉ?弱くなったから、食おうと思ってな?それとコイツ……と言っても見えないか、それの実験さ」

雨で浮彫にされた何かが、両手を上げる様に動いた。

 

「スタンド……」

 

「銀色の丸い奴を拾ってさぁ、コイツが覚醒したんだよ……

名前は……『ウェザーリポート』仲良くしてやってくれよ!!!」

妖怪が腕を上げると同時に、ウェザーリポートが走る!!

地面の水も波紋が揺れ、風は善の頬をかすめる!!

 

「気功拳!!」

タイミングを合わせ、カウンター気味に腕に気を纏わせた手刀を振り抜く!!

しかし手当たりは全くなかった!!!

 

「ばぁ~か!!ハズレぇ!!」

善の首が強い力でつかまれる!!

持ち上げられ、首が締まる!!

 

「窒息させてやる!!」

 

「お前、馬鹿だろ?触られたら、何処にいるかって教えてる様な物だ!!」

人型の顔があると思われる場所に、拳を叩きこんだ!!

しかし善の拳は空しく空を切るだけだった。

 

「スタンドは、スタンドでしか倒せないぜ?そんな事も――――がぁ!?」

妖怪の顔に石がめり込み、鼻血を垂らす。

スタンドには触れられないが、スタンドを使う妖怪には通常攻撃も効く様だった。

 

「一発もーらい……」

 

「ふざけ、るな、よぉおおお!!ウェザーリポートぉおおおお!!!」

善が投げ捨てられ、墓石に叩きつけられる!!

 

「ウェザーリポートは雨を降らせる能力じゃない……ウェザーリポートは天候を操る!!」

 

「ぐぅあああああああ!!!!」

善の胸が掴みあげられ、そこから白く凍結していく!!

 

「どうだ?このまま、肺を凍結させて呼吸不可能にして殺してやろうか?それとも……こっちの方がお望みかな!?」

 

「な、が、はぁ!?」

善の眼球が紅く染まっていく!!眼球内の血が充血しているのだ!!

 

「自身の身近にある空気には毒があるって知ってるか?

この前偶然見つけたんだ……空気を少しいじれば人間はどんどん弱っていくぞ?」

妖怪は詳しい原理を知らない様だが、空気の中にある酸素の濃度をこの妖怪は上げているのだ。

酸素の濃度が上がれば、人間は生きて行く事は出来ないのだ!!

 

(はぁはぁ……この前の修業でやった……水中で少しの空気ですごすやり方を――気の使用法を変えなくちゃ……)

先日の修業と、抵抗する程度の力を使い死をゆっくりにしていく。

少なくとも時間は稼げるハズだった。

 

「さぁて!!死のうか!!」

さっきとは反対方向に、善が投げ捨てられる!!

この妖怪は遊んでいるのだ、絶対の武器があり必ず勝てる相手にワザと手を抜き、嬲り殺しにする気なのだ。

 

「無様ぁ!!帝だとか皇だとか大仰な二つ名の割には、雑魚だな!!」

 

「二つ名?そんなの俺にはねーよ……」

息を止めながら善が立ち上がる。

 

「……いいね、足掻け!!ウェザーリポート!!」

不可視の拳で善が殴る飛ばされる!!

浮遊感が善を襲い空中に投げ出されたのが解った。

無我夢中で善が手を伸ばした!!

指先に何かが当たり吹き飛ばされるのが止まる。

 

「ぐふっ!?」

重力に引かれ善が地面に倒れる。

指が引っ掛かったのは、承太郎が善を投げつけ倒した墓石だった。

 

「運がいいな?」

善の目の前で、墓石が砕ける!!

おそらくウェザーリポートが砕いたのだろう。

 

「次は殺すぞ?」

妖怪の言葉は善の耳には入ってなかった。

善の視線の先には……

 

「なんで……此処に?」

砕けた墓石のしたから見える銀色のDISC!!

それはスタンドのDISC!!

 

「最初から、此処有ったのか!?俺が投げられたその時に……!!」

善は承太郎の言葉を思い出していた。

『出会いとは引力だ』

 

「トドメだぁ!!!」

ウェザーリポートの拳が善の頭を砕こうと振り下ろされる!!

 

「がぁ!?」

妖怪が手を引っ込める!!

急激な痛みとに顔をしかめる!!

 

「おまえ……それは!?」

 

「『出会いとは引力』なるほど、その言葉は嘘じゃないらしい……」

スゥっと息を吸い込み、自身の分身の名を呼ぶ――

 

 

 

 

 

嘗て100年の眠りから目覚めた怪物がいた。

そしてそれをを倒そうとする、スタンド使い達がいた。

星の意思、黄金の精神に導かれ……

集まった高貴なる戦士たち……

その男達は――星屑の十字軍(スターダストクルセイダース)

 

そして、その十字軍に成れなかった男が居た。

 

『今度こそジョースターどもを殺してきてくれよ。

わたしのために――さもなくば私がお前を殺すぞ!』

 

恐怖に敗北し――己の無力を知り――

 

立ち向かう事を諦めた――

 

『一番よりNo.2!それが俺の人生哲学よ!!』

 

そんな男……その諦めた男のスタンドが今!!

忘れ去られた者達の楽園で!!

あの日選べなかった、選択をするかのように!

困難に立ち向かう男の手に!!

今!!再びその姿を現す!!

 

 

「『皇帝(エンペラー)』!!」

メギャンと音がして善の右手に黄金の銃が握られる!!

 

「銃は剣より強し!!さあ、最終ラウンドだ!!」




実は個人的にハーミットパープルが好きなスタンド上位に入ります。
何というか、チート臭い強さよりも工夫で戦うという方が好きなんですよね。


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コラボ!!星の一族の末裔が幻想郷で暮らす様です3!!

さて、今回もコラボの最終回デス。
最初に話すと、今回ビックリするほど話が長くなりました……
やりたいことを詰め込み過ぎた結果ですね……

次回よりまた通常回に戻る予定です。
よろしくお願いします。


「『皇帝(エンペラー)』!!」

メギャン!!と独特の効果音と共に善の右手に金色のリボルバーとオートマチックピストルを合わせたような銃のスタンドが現れる。

 

「スタンド……お前もか?だか、なんだそれは?ずいぶん小っちゃいスタンドだな?

何かの道具か?」

妖怪が、自身の背後にスタンドを出現させる。

濁った白とでも言うべきらカーリングの、頭に角の様な物が生えた人型が妖怪を守る様に立っていた。

 

「そうか、ここの妖怪は『銃』を知らないのか……

そして……『アレ』がスタンド像か」

ウェザーリポートを自身の視界に収め、善がつぶやく。

 

「まぁいい!!さっさと、トドメだ!!ウェザーリポート!!」

妖怪が指を指すと同時に、ウェザーリポートが腕に風を巻き付け殴ってくる!!

フォン!!

と風を切り善の右拳がウェザーリポートの左拳と空中でぶつかり合う!!

 

「ぐぅああああああ!?」

ウェザーリポートの腕にヒビが入り、妖怪が苦痛の余り悲鳴を上げた!!

 

「なるほどね……能力は共存可能か」

善の右手の指の間から、赤い気を纏った弾丸が覗く。

コレはエンペラーの弾丸。

出現と同時に善が指の間に握りこんでいたのだ。

 

「スタンドはスタンドで狩れる。なるほど一回クッションが有れば俺の『抵抗力』もまだまだいけるな!!」

今度は妖怪に向かいエンペラーを構える!!

右手で銃身を握り、左手を添え抵抗する力を纏わせる!!

 

「ファイア!!」

マズルフラッシュが瞬き、3発の銃弾が発射される!!

 

「く……はぁ!!ッ――その程度!!叩き落せ!!ウェザーリポートぉ!!」

 

『シュアー!!』

弾丸にウェザーリポートの拳が向かう!!

先ほどよりもずっと早く、そしてずっと大きな竜巻を纏っている!!

ウェザーリポートが銃弾を叩き落す瞬間、弾そのものが移動コースを変える。

 

「あ……え?」

 

「弾丸だってスタンドなんだ。これ位出来るさ」

驚く妖怪のしり目に善がニヒルに笑いかけた。

弧を描くように3発の弾丸が、スタンド像を避け……

追い込むかのように、妖怪に襲い掛かる!!

 

「グぅ!?」

妖怪の右肩に弾が食い込む!!

 

「がはぁ!!」

今度は左膝!!

痛みを堪え妖怪が前を向く。

最後の一発の弾丸が軌道を変え、眉間めがけて気を纏いながら飛んでくる!!

 

「や、やめろぉぉおっぉお!!!」

恐怖にかられた妖怪が叫び声を上げるが弾丸は止まらない!!

ピスッ……

驚くほどあっけない音がして、妖怪の額に最後の弾が命中した!!

ドサッと音をたて、力なく地面に倒れた。

それと同時にウェザーリポートの姿が書き消える。

 

「あーあ、変なの拾っちゃったな~。

コレ外せるかな?

ん、呼吸も楽になったな……」

そんな事を呟きながら深呼吸をし、善が妖怪の横を通り過ぎ墓場の家に帰ろうとする。

セーちゃんと芳香たちの無事の確認が最優先だった。

「…………おい、もう立つなよ」

 

「……ウェザぁああああありぽおおおおおおとぉおおおおお!!」

善の背後から、出現したウェザーリポートが手刀を善の頭部に振り下ろす!!

 

ガギィン!!

 

「馬鹿な!?」

ウェザーリポートの一撃はエンペラーで止められていた。

そしてそのまま、腕を掃いのける!!

後ろに振り返り妖怪を蹴り飛ばす!!

 

「がハァ!?……うぐッ………お慈悲を……」

倒れた妖怪の腹を踏み、善が顔面にエンペラーを突きつける。

 

「師匠を子供にした『セト神』の使い手は何処だ」

善の問いの妖怪が息を飲む。

善の目的はあくまで『セト神』の奪還、本来襲い来るスタンドとの戦闘は目的ではなかった。

 

「ここには……来てない……というよりも、もう来ないハズだ……」

 

「なぜ?」

 

「アイツは、鞍替えしたんだ……俺よりももっと大きな力を持ったスタンド使いの妖怪に引き抜かれたんだよ!!」

善はじっと妖怪の言葉を聞いていた。

 

「その妖怪の特徴とスタンド能力は?」

 

「それは俺の知る限りで悪いんだが――」

妖怪がぺらぺらと、スタンドの説明を始める。

しゃべりながら妖怪が、チラリと目くばせする。

視線の先には、小柄な子供程度の身長の別の妖怪。

 

無言で頷き、善の後ろから影を伸ばす。

手に包丁のような錆びた刃物を持つと、影も同じように形が変化する。

無音で、影を伸ばしていく。

これぞ師匠を幼女にしたスタンド!!セト神!!

善の目の前の妖怪の話しなどすべて嘘だった。

全ては善を油断させるための罠だった!!

影さえ触れてしまえば、妖怪たちの勝利は決まったも同然。

スタンドとはまさに無敵の能力!!

セト神の影が善の影と交わり、一瞬にして善を無力な子供に変える!!

 

 

 

…………ハズだった。

 

「はぁ……エンペラー」

ため息をつき。その体制のまま善がエンペラーを後ろに向かって数発ぶっ放す!!

 

「ぎゃぁああああああ!!」

少し離れた墓石の後ろから叫び声がし、何者かが地面に倒れる音がした。

 

「警戒を怠ったとでも?私が?師匠すらハメた奴ら相手に舐めた態度をとるとでも?」

尚も妖怪を見下ろし善が、口を開いた。

その悠然にしてまさに『君臨者』と呼ぶにふさわしい姿に、妖怪は改めて人里で呼ばれている善の二つ名を思い出した。

 

「はぁ……はぁ……頼むよ、見逃してくれ!!もう、もう人は襲わない!!アンタ等にも手は出さない!!な!な?頼むよ!!俺はスタンドを拾って調子に乗ってただけなんだ!!あ、謝るから許して――」

 

「お前、覚悟してきてる妖怪だろ?」

 

「え?」

 

「相手を『始末』するってんだ、逆に『始末』されるかもしれないって危険を、常に覚悟しているんだろ?」

妖怪の目の前に再び、エンペラーの銃口が向けられる。

 

「ハッ……はぁッ……!!

うぇ……ウェザーリポ――」

パァン!!パァンパパンパパン!!!

スタンドを出そうとした妖怪に向かって、ありったけの弾丸を善は打ち込んだ!!

 

「あ……ぎぃ……」

妖怪意識を失い、気絶する。

頭部の周りをキレイに銃弾が討ち抜いていた。

 

「ま、弾丸だってスタンドだからこの位置からでもハズせるんだよね~

さ~て、承太郎さんに早く引き渡すかな」

そういって気絶した妖怪と、同じくさっき撃った妖怪を墓石の裏から引きずりだし自身の家の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「ふぅ、『セト神』に『ウェザーリポート』確かに回収したぜ」

承太郎の手の上で2枚のDISCがくるくる回る。

 

「お前の中の『エンペラー』も含めて、残りは4枚か……

DIOの所の『記憶』と『ザ・ワールド』でさらに2枚……

そうすると残り発見できてないDISCは2枚……か」

苦々しく承太郎がDISCを見る。

あれ以来、いくら探してもハーミットパープルで念写出来ないのだそうだ。

 

「くっ、しばらくかかりそうだな……」

そう言って承太郎は自身の湯呑からお茶を飲む。

 

「ふぅん……スタンド能力……ね。

興味あるわー」

青髪の女が、いつの間にか手にしていたDISCを手の中で触る。

彼女こそが、セト神で子供の姿にされていた善の師匠らしい。

何というか……危険な感じのする美女だった。

 

「返せ、触っていいもんじゃねー」

そういって師匠からスタンドのDISCを取りあげる承太郎。

 

「あら、冷たいのね……まぁいいわ。

ぜ~ん、あなたのスタンドを見せて頂戴」

 

「あ……はい……」

師匠の言葉にボロボロになった善が反応する。

師匠がもとに戻った時、徹底的に折檻されたらしい……

顔が痛々しくはれ上がっている。

 

「え、エンペラー……」

善の右手にエンペラーが出現するが……

 

「何もないわよ?」

不満げに師匠が言葉を漏らす。

当然と言えば当然だが、スタンドはスタンド使いにしか見ることが出来ない。

『見せろ』と言われても一般人に見せる事は不可能なのだ。

 

「はぁ……使えない弟子ね」

がっかりと言った様子で師匠が善なじる。

 

「で、承太郎さん。例のDIOとか言う奴のスタンドは?」

 

「農耕をしているだろう場所を当たっても結局いなかった。

農具が後ろに写っているから、絶対それに類推する場所に居るハズだが……」

そう言って承太郎が湯呑に口を付ける。

どうやら、探しているDIOという男は見つからなかった様だった。

 

「善、私にもお茶」

承太郎と善の会話を区切るかのように師匠が横から口を出す。

 

「はいはい、解りましたよ」

師匠の言葉に善が何処か嬉しそうに台所に入っていく。

やはり、善にとって自身の師匠が無事に戻って来た事が嬉しいのだろう。

たとえそれが、自分自身に無茶を言う師匠であっても……

承太郎はそんな二人を見て少しだけ、懐かしい気分になった。

 

(師か……悪くないな……ああ、そうだ……師というモノは人生に必要だよな)

そう思い承太郎の脳裏に()()()()()()嘗ての師の姿を思い浮かべる。

にぎやかで楽しい時間が過ぎていく……

 

 

 

そろそろ夜が来る…………

 

 

 

 

 

深夜その時間にDIOが目を覚ます。

僅かに物音がした気がする。

 

(チィ……このDIOが野郎どもと雑魚寝とは……眠れもせん!!)

僅かに苛立ちを感じ、せんべい布団から身を出す。

 

「少し散歩でも行くか……」

誰につぶやくでもなく、DIOが長屋から出る。

冬の空気に触れ、寒さで身が締まる。

夜の中は静寂で包まれていた。

吐く息が白く染まり虚空に消えていく。

 

「今日は新月か……月さえも見放したか」

自嘲気味にDIOが笑い、今日耕した土地に目をやる。

かなりの範囲で開墾され、しばらくすれば畑なり田んぼなり使えるようになるだろう。

 

「コレを私がやったのだ……下賤な仕事だろうと、このDIOにかかればこの通りだ」

今日の事をDIOが思い出す。なんだかんだ言ってまともに働いてしまった。

なぜか解らないが、もう少しここで土地を耕したくなった気がしたのだ。

久しぶりに動かす体が、働くことを心地よく思っているのかもしれない。

 

「よう、土井。こんな時間にどうしたべ?」

 

後ろを振り返ると、この開墾グループのリーダー格の男が立っていた。

年老いた細い腕だが筋肉が程よくつき、まさに働く男の体だった。

いつからいたのか、DIOにも解らなかった。

 

「ふん、お前か」

 

「お前は無いだろう?お前は……

一応お前たちの中心の積りなんだぞ?」

 

口調は怒っているがそれでも、楽しそうに聞こえるのは気のせいだろうか。

 

「知らん。このDIOが声をかけてやっただけで、十分だ」

 

「ははは!!この前からどうしたんだ?ヤケに自信満々で、お前らしくも無い……

まぁ、仕事もきっちりするし、性格もそんだけしっかりしてれば十分だろ」

何処か感慨深そうに話した。

 

「十分とは?」

 

「わしももう年じゃ……体が若い頃みたいに動かん。

そろそろ潮時じゃろうて……な?

初之瀬に次の長を任せるつもりじゃったが、お前の方がふさわしい様じゃ」

DIOの脳内に初之瀬という男の姿がよぎる。

一日中壁に向かってぶつぶつ言っていた危ない男だ。

今日は珍しく外に出たようだが、じっとDIOを見ていただけで、結局鍬を握る事は無かった。

 

「あんな奴と比較していたのか?」

不機嫌に成りながらもDIOが口を開いた。

その感情は相手にも伝わった様だった。

 

「はは……何でか知らんが、少し前妖怪に襲われて以来あの様子じゃった。

心配したが、何も話してくれんのだ……

今夜も何処かへ出かけたみたいじゃしの……わしの力不足じゃな……」

自嘲気味に男が笑った。

 

「さて、帰ろうか?ここは冷える……わしはもう少し初之瀬がかえって来るのを待とう――おや?珍しいな、この季節に蚊か」

 

バチィン!!

 

「ぐはぁ!?」

 

蚊を叩き殺すと同時に、男が体中を何かに叩きつけられたような衝撃が襲い倒れる!!

目を見開き、口から血を流していた。

ひょっとしたら、骨折もしているかもしれない。

 

「おっとっと?爺さんしか掛かんなかったかぁ~!!

あ~あ、便利だけど使いこなすのスゲームズイな!!」

DIOに視界から隠れるように、一体の妖怪が立っていた。

ぶよぶよっとした体に、短い手足が生えていた。

そしてその後ろには黄金のボディをしたスタンドが立っていた。

 

「ゴールド・エクスペリエンス……」

DIOがそのスタンドの名を口に出す。

 

「あへッ?オタクこいつが見えんの?俺らだけじゃ、ねーんだ。

ツッても?俺たち4人は全員見えるんだから?他の奴にも見えてもおかしくねーっしょ?」

驚いたようにな顔を一瞬だけしたが、再びへらへらと語り始める妖怪。

 

「お……は…………D……が……る」

 

「はぁ!?何か言いましたかーーーーーー?」

僅かに聞こえたセリフに耳に手を当て、妖怪がDIOを挑発する。

 

「お前は!!このDIOがやると言ったのだ!!」

DIOを守り立つかの様に黄金のシルエットがこちらにも出現する。

相手のゴールド・エクスペリエンスよりも太くたくましい体、威圧する鋭い眼光!!

そして手の甲に有る時計の様な意匠。

 

「ザ・ワールド!!」

 

「ゴールド・エクスペリエンス!!」

2体の黄金の体を持つスタンドが、夜闇の中でぶつかり合う!!

 

「俺の!!スタンドの力を教えてやるぜぇ!!それは――」

 

「『生命を生み出す力』だろう?知っているさ!!」

ザ・ワールドが野太い腕での一撃をゴールドEに振るう!!

その瞬間ゴールドEが横の岩を叩き、そこから木の枝を生み出した!!

 

「ぐぅ!?」

木の枝を殴った、DIOが苦しみだす。

その胴体には人の拳の様なくぼみが出来ていた。

 

「生まれた生命へのダメージは、攻撃した相手の体に戻る……知らなかったのかい?」

 

「知っていたさ、だから力を押さえこの時間を待っていた!!」

 

「え?――うお!?」

突如妖怪の目の前を砕けた石の破片が襲う!!

破片によって視界が奪われる!!

 

「なに――をした?」

 

「ふん、さぁな!!だが、このザ・ワールドは世界を支配する力を持つとだけ言っておこうか!!」

 

「粋がる――な!?」

妖怪の目の前から、DIOがスタンドごと消えた。

そして自身のすぐ後ろに立っていた。

妖怪には理解できていなかった。

これこそがザ・ワールドの能力、『時を停止』する力だった。

もっとも本体との相性か、2秒ほど止める事が精いっぱいだが……

「な、なにが……」

 

「貴様は、喧嘩を売る相手を――間違えた!!!

WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!」

ザ・ワールドの拳が妖怪の顎を殴りあげる!!

ゴールドEで反撃をしようとするが……

 

「ふん!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!!」

 

「ぐぅあああああああああ!!!」

数えるのもおっくうになるほどの正拳突きラッシュを受け妖怪が吹き飛ぶ!!

人、一人殺せないのなら、その力を相手に効くまで打ち続ければ構わない!!

 

「あっけないな……驚くほどあっけない。

本来の性能の10分の1も出せていなかったぞ」

DIOが倒れ伏す妖怪をみて、吐き捨てた。

そして同じく倒れる、男へと向かった。

触れるまえに、男が寝返りを打った。どうやら気絶だけで死んではいない様だった。

 

「悪運の強い奴だ……」

DIOが倒れる男に手を伸ばした瞬間。

 

「ぐ……は……!!」

男が口から血を流し、物言わぬ骸と成った。

 

「お前は……」

DIOの視線の先に初之瀬が悠然と佇んでいた。

 

『フン!!』

初之瀬の姿が一瞬ブレる、何かが動きDIOの足元に何かが落ちる。

それは獣だった、いや、正確には獣型の妖怪であろう。

 

「あ……ぎぃ……」

白目をむいた、妖怪の後ろで初之瀬がライターに火をつける。

 

『再点火したな!!』

倒れる妖怪の影から、スタンドが出現する。

黒い影法師の様な姿に、黒いマント。

『ブラックサバス』と呼ばれる()()()()使()()()()()()のスタンドだった。

 

「まさ……か……」

呆然とするDIOの前で、ブラックサバスが初之瀬に向かってその両手を突き出す!!

 

「はぁー……『マッド・チェスター(悪意のある場所)』……」

 

『チャンスをやろ――う!?』

ブラックサバスが初之瀬の背後から出現した、怪物に首を掴まれる!!

それは一言でいうと騎士の鎧を纏った機械人形だった。

黄緑色のボディを全身鎧で覆った巨体、顔の部分に3つの穴がありその一つから瞳が覗いており外を見てる様であった。

そして巨大な両腕、体の至ところからギアのかみ合う音と鎧の隙間からチューブや歯車が見える。

 

『これは……』

 

『ギヤァ!!』

じたばたと暴れるブラックサバスをマッドチェスターが殴りつける!!

 

『グぅ!?おおう!?』

殴られた部分に、数本の釘が発生する。

その釘の鋭角に引っ張られるように、ブラックサバスが後退する。

 

「お前たちには感謝している……この力はすさまじく刺激的だ」

ドロリと解ける様な不快な顔を初之瀬がDIOと二人の妖怪に対してする。

 

「2日前に、お前らに襲われなかったら……こんな力は手に入らなかった!!」

 

『ムゥオオオオオオオ!!!』

初之瀬に反応する様にマッドチェスターが震える。

 

「土井、お前もだ……ザ・ワールドねぇ?スタンドの動かし方の良い見本に成ったよ。

だが、もう不要だ……そこのジジイの様に……死ね!!」

 

『ムゥウウウウウウウウウオオオオオオオオオオ!!!!!』

マッドチェスターがDIOを倒そうとその手を薙ぐ!!

 

「ザ・ワールド!!」

DIOの意思に呼応し、同じく金色の姿をしたスタンドが腕を十字にクロスさせ体を守る!!

 

「無駄……だ!!」

まるでボールでも蹴とばすかの様にザ・ワールドが蹴とばされる!!

同じく引っ張られる様にDIOも吹き飛んでいく!!

 

「良い気になるな!!このDIOが――」

 

「もうお前は、負けてるんだぜ?」

初之瀬がその言葉を発すると同時に、DIOが体制を崩す。

 

「な、なんだ一体?この釘は!?」

DIOの腕には数本の釘が刺さっていた。

実物ではない、スタンド能力による物だろう。

 

「マッドチェスターが殴った物体は、その釘の指す方向に進み続ける。

解除できるのは俺だけだ――――そしてぇ!!!」

初之瀬が飛び上がり、DIOをさっきまで休んでいた小屋に叩きつける!!

 

「ぐぅ!?う、動けん!!」

DIOの体がピタリと小屋にくっつく。

まるでピンで刺された、昆虫標本の様だった。

 

「はぁ……屑な仲間どもにもお別れだな!!!マッドチェスター!!」

 

『シュアーーーー!!』

マッドチェスターが10本の指の穴から、無数の釘を小屋の屋根に飛ばす。

ミシミシミシッ!!

ひびが入る様な音がして、DIOを巻き込み小屋が倒壊する!!

 

「フヒッ!……あっけないなー、実にあっけないな!!

これさえ、この力さえあれば!!俺はこの世界を支配できる!!

妖怪どもに怯える、毎日ともおさらばだ!!フヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」

 

「スタープラチナ!!!」

 

『オラァ!!』

 

勝利の咆哮を上げる、初之瀬の顔面に屈強なスタンドのパンチが突き刺さった!!

様に見えた。

 

「ぐぅ……コイツ!!」

承太郎のスタープラチナの拳をマッドチェスターが受け止めていた。

 

「ああん?誰だお前?」

勝利の余韻に水を差された初之瀬が不機嫌になる。

 

「まさか……善に教えられて、里のハズレの農地に来てみたら……

新しいスタンド使いが生まれているとはな!!」

腕を支点にし、スタープラチナが距離を開ける。

さっき倒れていた妖怪二人から、すでにゴールドEとブラックサバスは回収していた。

 

(チィ……まさか、ブラックサバスまで――それも弓の部分までコピーしていたとはな……)

一人忌々し気に、舌打ちをする。

 

「お前も!!ぶっ潰してやるよ!!マッドチェスター!!」

 

『ボルボルボルボルボルボルボルボルゥ!!』

拳から釘を生やしながら、マッドチェスターがスタープラチナめがけて拳を振るう!!

 

「くぅ!!接近戦は不利か!?」

スタープラチナのパワーで地面を蹴り、マッドチェスターの攻撃を避ける。

 

「逃がしはしないぃ!!!」

 

『ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃギャガががぎゃぎゃ!!!』

マッドチェスターが嗤う様な声を出し、指から釘を射出する!!

 

「しまった!!スタープラチナ・ザ・ワールド!!」

承太郎はスタープラチナのもう一つの能力を発揮する。

それはDIOのザ・ワールドの様に時間を停止させる能力!!

空中でマッドチェスターの釘が停止する。

 

「やろう……マジのやばい奴だぜ……時は動き出す!!」

冷や汗をかきながら承太郎が、再び動き出す時の中で活動を再開する。

 

「ほう……便利な能力だ、だが!!」

初之瀬が承太郎に向かって土を蹴りあげる!!

無論これにもマッドチェスターの能力は有効であり、土を利用した煙幕が重力に逆らい落ちる事無く承太郎に向かう!!

 

「なにぃ!?」

釘と土の二重構造に承太郎が息を飲む!!

あの釘に触れる事は敗北を意味する。

 

「エンペラー!!」

土埃の弾幕に、赤い気を纏った数発の弾丸が穴をあける!!

チャンスとばかりに承太郎がそこから、脱出する。

 

「善。ついて来たのか?」

 

「師匠に、手伝って来い……もとい、運さえ良ければDISCの一枚でも奪取して来いって言われたんですよ……」

承太郎の後ろに善がエンペラーを構え、立ちすくんでいた。

 

「ほう、お前の師匠は油断ならない奴だな」

帽子をかぶり直し、承太郎が再び初之瀬とマッドチェスターに向き直る。

 

「アイツを倒す。手伝ってくれるか?」

 

「ええ、もちろん」

スタープラチナとエンペラーが並び立つ!!

エンペラーの銃身とスタープラチナの拳が打ち合わされる。

 

「まぁあああああああああああああど!!!ちぇすたああああああああああ!!!」

 

『ぐぎゃがやぎゃぎゃがやぎゃがやがやぎゃぎゃぎゃがや!!』

初之瀬とマッドチェスターの咆哮が重なる!!

ヒュン!!ヒュンヒュン!!

無数の釘が空中から二人を狙う!!

 

「エンペラー!!」

善のコントロールする、弾道が釘を弾き飛ばし、承太郎の道を作る!!

 

「行くぜ!!スター!!!プラチナぁあああああああ!!!」

 

『オラァアアアアアアア!!!オラオラオラオラオラオラオラァ!!』

スタープラチナのラッシュがマッドチェスターを襲う!!

 

「させるかよぉ!!」

初之瀬の蹴り上げた、石が釘に突き刺さりすさまじいスピードで承太郎に向かう!!

 

「うぉッ!!」

間一髪で避けるが、それはしょせん囮だった。

スタープラチナのわき腹に、一本の釘が突き刺さる!!

 

グンッと後ろの方向へと重力がかかる!!

突き出した拳が、マッドチェスターから離れる!!

 

「ここまで――」

 

「じゃねーぞ!!」

さっき初之瀬の投げた石を、承太郎が投げる。

俺は空中で、植物の種の様に成り、さらに成長し木の形になる!!

生命を操るスタンド、ゴールドエクスペリエンスの能力だ。

 

「なるほど!?大木を投げて、俺を潰す気だったか!?」

根を張り、巨大化していく木を見て初之瀬がつぶやいた。

 

「うっ!?」

初之瀬が驚きの声を上げる。

木の影から、3発の弾丸が飛んでくる!!

善のエンペラーだった。

2発の弾丸が、初之瀬にめり込む!!

「ぐぅ!?こんな物!!――――がハァ!?」

 

「3発じゃねーぞ?」

木の反対側からも数発の弾丸が飛んできて、背中を攻撃する!!

 

「この――雑魚がぁああああ!!!!」

マッドチェスターが善を木に押し付ける!!

 

「はぁ――はぁ――もう、終わりだぁああああ!!!」

マッドチェスターが善の頭部を叩き潰そうと腕をふるう。

 

「ああ、もう終わりだぜ」

初之瀬のすぐ後ろで、承太郎の声がする。

 

「何故!?」

承太郎はもう、此処に近寄る事すら出来ないハズ――

疑問符が初之瀬の脳裏を支配する。

承太郎の横に立つのは、銀色の古代ローマの兵士を思わせるスタンド。

クレイジーダイヤモンド!!

その手に握るは、一本に木の枝。

それが見えない力で治され、さっき育てた木に戻っていく。

当然、木の枝を持つ承太郎『治る力』に引きずられる!!

 

「トドメ、お願いします」

ジャラ……

善のエンペラーからこぼれた、抵抗する力を纏った銃弾をスタープラチナが拳に挟む。

 

「お、おい……それ……は」

初之瀬が初めて青ざめた。

 

「お前は俺たちが裁く!!」

 

『オ~ラ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!』

 

岩おも砕く拳が、スタンドマッドチェスターを叩き壊す!!

鎧が砕け、釘がへし折れ、頭蓋を叩き潰す!!

 

「ぐぁああああああああああああ!!!!」

殴られながら、初之瀬が承太郎の後ろに控える黒いマントを纏った仮面の男を見る。

二ヤリと楽しそうに笑い、わずかに理解する。

『こいつは自分よりもずっと大きな力を持つ存在だと』

自身のマッドチェスターも、弱くはない。

むしろ使った感覚では、負ける気はしない。

しかし、このスタンドは格が違う。

ずっと上位の存在だろう……

「君は……試練だ……承太郎をより強くする為の……生贄だ」

僅かにその仮面のスタンドが口を動かす。

 

「ち、ちくしょうおおおおおおおおおおおお!!!!!!

ドチクショオオおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

初之瀬が全身から血を流し倒れる!!

死なない程度にクレイジーダイヤモンドで治療されたが、しばらくは再起不能だろう。

 

『へへぇ……「マッドチェスター」かぁ……

貰っておこうかな?』

ブラッドの後ろに白と黒のスタンドが現れ、DISCにして初之瀬からマッドチェスターを引き抜く。

 

『停滞と猛進のスタンドか……』

ブラッドは嬉しそうに懐に、DISCをしまった。

 

 

 

 

 

「さて、ひと段落ですね。エンペラー取れますか?」

長屋を直し、DIOとザ・ワールドを回収した承太郎に善が一言そういう。

 

「なんだ、スタンドは要らないのか?」

 

「ええ、私の欲しい力はコレじゃないので。

それに、『スタンド使いは引かれあう』んでしょ?

もう、こんな騒ぎこりごりですよ……」

困った様に善が笑う。

 

「そうだな……さて、やる事は全部終わった。

ブラッド、もういいだろう?」

 

『ん~?そうだね、じゃあ――』

 

「まった!!」

世界を移動しようとする、ブラッドを善が止める。

 

「ん?なんだよ?まだ何かあるのか?」

 

「夕飯、食べる約束でしょ?」

笑いながら善がそうつぶやく。

一瞬承太郎は考え……

 

「そう。だったな。ご馳走になる」

笑いながら、墓場まで向かっていった。

 




はい、本編でオリジナルスタンドが出ました。

一体を完璧な悪人にする訳に行かず……
ちなみの能力等は此処に。

スタンド――マッドチェスター

黄緑色の機械鎧の様な姿のスタンド。
腕から、釘を発生させ釘の切っ先に対して重さ、または引っ張られる感覚を持たせる。
物に対して移動のベクトルを強制すると考えると解りやすいか?
釘の持つ力の強さは調整可能で少し邪魔になる程度から、押さえつける、押しつぶすなど使い道は多い。
重力に逆らえるので、使い方次第では空を歩ける。


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労働!!仙人求職中!!

今回から、またしばらく普通の話になります。
最近熱くて、なかなか書く気が起きない……
スランプ以外で書けなくなるとは……


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

3月の半ば、善たちの住む家の居間に3人の住人が集合していた。

家族会議ならぬ、師弟会議とでも言うべきか……

今回の議題は?

 

「さて、いきなりだけど……今、我が家は財政難よ」

ため息を付くように師匠がそう話す。

 

「財政難?特に贅沢をした気は無いんですが……」

 

「私も毎日ご飯は4杯までで我慢してるぞー!!」

善と芳香がほぼ同時に口を開いた。

ちなみに芳香はあまり我慢していない。

 

「実はちょっと高い買い物をしちゃってね?そのせいなのよ」

テヘッと師匠がウインクし、舌を出す。

かわいらしいがなかなかにつらい状況である。

 

「ええ……師匠のせいじゃないですか。

なんで私たちに相談するんですか?

って言うか、今更ですが生活費的なのは何処から出てるんですか?」

 

「あら、家の収入源が気になるの?確かに弟子から授業料も取ってないし、芳香のメンテナンスには定期的にお金も使うし、気になるのも当然よね。

実は、人里の人に私の作った薬なんかを売ってるのよ、効果は抜群で里に行く度に

『頼むよ、仙人さん!!……薬を……薬を売ってくれぇ……金はいくらでも――」

 

「もういいです!!それ以上言わなくても良いですから!!それ以上はいけない!!」

そこまで口に出し善がそれ以上の師匠の言葉をかき消す。

『聞いてはいけない』本能がそう判断した!!

 

「うふふ、冗談よ。ちゃんと墓場の死体から使える内臓を取り出して――」

 

「ああもう!!知らない!!私は何も知らない!!ああ!!しまったー!!突然耳が遠く成ったぞ!!難聴系主人公にジョブチェンジしてしまった!!あーあーあーあ!!なーにーもーきーこーえーなーいー!!」

 

耳を押さえ大きな声をだして、必死に師匠の言葉を聞かない様にする!!

知ったら最後!!知らなかった自分にはもう戻れない!!

 

「はぁ、全く冗談を冗談と解らない弟子はダメね」

残念な顔をしながら、やれやれと腕を上げる。

 

「さて、結局馬鹿な事をしていても自体は好転しないわ。

善、あなたに一月分のお休みを上げるわ。

何処か他の所で仕事して、家にお金を入れなさい!!

勿論自主修業は怠ってはダメよ?」

びしっと善に対して師匠が指を突きつける。

善は不満げな態度だった。

 

「財政難の原因は師匠でしょ?何に使ったかは知りませんが、そこは節約するだのして乗り切ってくださいよ。

流石にコレは弟子の仕事の範疇を超えてます!!」

 

「黙りなさい。いい?弟子の物は師匠の物、師匠の悩みの種は弟子の物よ。

という事で黙って私の為に働いてきなさい!!」

物わかりの悪い子供に言い聞かせる様に説明を始める。

 

「ええ……なんですか?その一方的に搾取されるだけの関係は!?」

空気に耐え兼ねたのか、ちゃぶ台の上にある自身の湯呑のお茶を注ぎ口を付ける。

 

「それに、前言ってたじゃない。『私を養ってくれる』って」

その言葉に、善が固まり手に持っていた湯呑を落とす。

足に熱いお茶が掛かるがそんな事気にならないほど、背筋に冷たい物が流れるのを感じた!!

 

「ねぇ。お父様?私を養って?」

師匠が子供の様に高い声をだして、善に寄りかかる!!

 

「ちょ!?アンタまさか覚えて――」

 

「ええ、もちろんぜーんぶ覚えているわ。あなたが私を膝の上にのせて無遠慮に体を撫でまわしたり、お尻に固い物が当たっていたのを……

ああ、あのまま戻らなかったら、無垢な私は善の歪み切った性癖の餌食にされる所だったのね!!

ああ、恐ろしいわ!!」

さっきまでの甘えた態度は一変!!

冷酷な冷たさを目に溜めながら善の耳元で師匠が話す!!

気が付くと、善の胸の当てていた師匠の手に禍々しい雰囲気を纏う札が握られている。

 

「あ、あひ……」

 

「ねぇ、善?ここで解体されてキョンシーにされて、馬車馬のように働かされるのと自分で仕事を探すの、どっちが良い?」

冷たい目が善の目ををじっと覗き込んでいる。

選択権は……ない!!

 

「い、いやー。たまには社会勉強も良いですよね!!適当に仕事探してきます!!」

 

「私も手伝うぞ!!」

逃げる様に、というか完全に逃げだが、慌てて居間から飛び出した!!

善の後を事態を理解していないのか、芳香が楽しそうに付て来る。

 

 

 

善の部屋にて……

「所で善。お尻に当たっていた『固い物』ってなんだ?」

 

「事実無根だ、お前は知らなくていいんだよ」

芳香の疑問に優しく善が答える。

 

「さて、働くって言っても何の仕事をすべきだ?急に仕事って言ったってな。

なるべく楽なヤツが良いんだけど――」

ガラッ!!

 

「善さん!!話は聞きましたよ!!私に任せてください!!」

突然善の部屋の押し入れが開き、中から橙が出現する!!

自信満々といった様に胸を張る。

 

「橙さん?……一体いつから押し入れに?っていうか、平然と不法侵入……」

善が指摘するが橙は気にしない!!

というより無駄である事を善は半分理解しており、半ばあきらめの境地!!

 

「善!!何時もの猫だ!!」

 

「追い出しても追い出しても入ってくるんだよな……橙さん、後で布団に付いた毛取っておいてくださいね?

寝る時、芳香に付くと困るから………」

何だかんだいって、最終的に善にツケはやって来る事を知っている。

 

「で?紹介してくれる仕事って言うのは?」

 

「簡単ですよ、マヨヒガでの仕事です!!

具体的には私の部屋で寝転がりながら天井のシミの数を――」

バタン!!

橙の言葉を無視して、善は押し入れの戸を閉めた!!

つっかえ棒をして、押し入れを開かなくする!!

中から激しく戸を叩く音が聞こえる!!

 

(ぜんさーん!!あけてー!!すぐに終わりますから!!大丈夫!!初めてでも優しくしますから!!さぁ!!恥ずかしがらずに!!)

尚もくぐもった橙の声が聞こえるが善は気にしない!!

無視して外に出かける準備を再開する!!

 

「善、あの仕事しなくていいのか?」

 

「あ、うん。大切な物を失ってしまうからね。

この世には、お金よりも大切な物が有るんだよ」

嫌にいい笑顔をして芳香の頭を撫でる。

支度を済ませた善が出ていった後も、しばらく橙の戸を叩く音は聞こえていた。

 

 

 

 

 

「ほぅ……それで儂の所に来た、と?」

命蓮寺の離れの一角に善が座っていた。

目の前に居るのは狸の親分のマミゾウだった。

 

「うん……人里、特に商売の事なら俺よりも詳しいかなって思って」

そう話す善の前でマミゾウがキセルを口に咥え、試案する様に腕を組む。

 

「ふぅ~む。いきなり来て仕事を寄越せとは……はて、今善坊に出来そうな仕事は……

よっと、何か有ったかの?」

ヒョイっと、違い棚から一冊の本を取り出しぺらぺらとめくる。

しばらく無音の部屋に、紙をめくる音だけが響いた。

 

「む。これじゃな……!」

マミゾウが一つの仕事を見つけ二ヤリと嗤う。

数分後、詳しい内容を知る狸と善は再び、人里に向かう事になった。

 

 

 

 

木製の扉を誰かが叩く。

此処は人里の家の一部、商売をしていたが家主の無計画が祟って結局潰れた反物屋だった。

「ちッ!誰だよ……こんな時間に……」

ぶつくさ言いながら元反物屋の主人が、扉を開ける。

そこに居たのは小さな少年の様な妖怪。

背中から覗くのは、その小さな身には不釣り合いなくらいの大きさの狸の尻尾。

狸の妖怪の様だった。

 

「こんにちは……二ツ岩組の者です……貸したお金の返済期限が――」

気弱な性格なのか、怯えた様に言葉を発する。

 

「ああ?悪いが返せるモンはねーよ。こっちも、金が無くて――うっ!?」

男の視線が後ろに、向かった瞬間言葉が止まる!!

何時もの妖怪の後ろに居たのは――!!

 

邪帝皇(イビルキング)……!!」

善が暇そうに立っていた、その時あくびをするのだが、住人の乗っては大口を開けてこちら等を威嚇している様にしか見えない!!

 

「ああ!?」

更に横に居る、キョンシーを発見して男が情けないレベルの悲鳴を上げる!

 

処刑人(イビルキング)と、死体処理係(キョンシー)の両方がそろってるじゃねーか!?

消す気か、俺を消す気満々じゃねーか!?

ああもう!!妖怪相手に金を借りたのがいけなかったのか!?)

 

「す、すいませんでしたぁあああああああ!!!

ま、まだ新しい仕事が見つかってないのでゆるしてくださあぁあああいいいいい!!」

その場で、男が土下座して地面に自身の頭を激しくこすりつける!!

 

「え、あの……ちょっと?」

豹変した態度に、狸の少年自体が躊躇する。

 

「ど、どうか命だけはぁあああああ!!!」

尚も土下座を続行する男!!もはや、プライドや意地などすべてがどうでもいい!!

といった感じである!!

 

「ぜーん。なんであの男、善の座り方してるんだー?」

 

「芳香、アレは俺が独自に考えた座り方ではなくて、相手に対して許しを請うポーズなんだよ……

うーん、頭のこすりつけ具合が悪いな、悲壮感が足りない……」

芳香の言葉に若干心を痛めながら善が、男のポーズの問題点を上げていく。

最早土下座のプロというべきレベルの善からすればフォームはまだまだの様だ。

 

「流石善だな!!しょっちゅうしてるもんな!!」

あはは、と楽しそうに芳香が笑った。

あはは、と善も渇いた声を漏らした。

 

 

「と、兎に角、払えないって言うのなら一回親分の所まで来てもらっていいですか?

細かい部分は、その時に……物品回収でも構わないそうですが……」

 

「な、なら!!売れ残った反物が有ります!!す、すぐに持って来ますからあああ!!」

狸の少年と話していると男が、家の中に走りこんで上等な反物を幾つも持って来た。

それを受け取って少年が満足げに頷いた。

 

「これだけあれば問題ありません、返済は完了という事にしていきますね」

カバンから伝票を取り出しさらさらと、メモを書き終ると男に渡した。

 

「あ、ありがとうございますうぅぅぅぅぅぅ!!!」

去っていく3人を見ながら、男はいつまでも頭を下げ続けていた。

 

 

 

「ふぅ……何とか一件おわったぞ」

狸の少年がメモを見ながら、一人つぶやいた。

 

「一回反物をバァちゃんの所へもっていきますか?」

反物を背負いながら善が、狸に聞いた。

正直いって、これを背負ったまま一日中歩くのは骨が折れる。

 

「あ、大丈夫ですよお孫さん。この近くに親分の系列がやってる質屋が有りますからそこに置いて置きましょう」

そう言って近くにある店を指さす。

 

「バァちゃん、いろいろ商売に手を出してるんだな……」

改めてマミゾウの影響力の大きさに善が驚く。

偶に、離れの掃除を任されたり茶屋に行ったりするが、善本人が思っている以上にマミゾウの力は人里では大きい様だった。

*本人は気が付いていないが、善も同じくらい()()()()()影響力を持っています。

 

「お孫さんもすごいですよ!!いろんな妖怪と知り合いなんでしょ?

この前の宴会もそうだったじゃないですか!!」

狸の子が目を輝かしながら善に話す。

 

「ん?宴会?あれ?その時会ってた?」

ずいぶん前にやったマミゾウ達との宴会を思い出す善。

確かに無数の狸が居たので、この子が混ざっていても不思議ではない。

 

「嫌だなぁ。お孫さんが僕に芳香ねぇさんの場所を聞いたんですよ?」

その言葉に善が合点がいった。その場でポンと手を叩き合わせる。

 

「あー!!覚えてる覚えてる!!あの時の子か。

人間に化けれる様になったのか!!」

まるで知り合いの小さな子の成長を見る様な気分になり、狸の子を頭を善が撫でる。

 

「あー!私が善を食べた時の事だな!!」

芳香が懐かしそうに善の肩を叩き話す。

何故か少しよだれが零れているが、気にしてはいけない!!

 

「そうだよ!!あの恐怖はもう味わいたくないな……

にしても……よくそんな昔の事覚えてるな?もう少し記憶力が悪いと思ってたぞ?」

 

「ふふん!!私は善の事はちゃーんと覚えてるんだぞ?

なんて言いながら、謝っていたか全部言えるぞ!!

まずは――むぐ!?」

 

「言わなくていい!!言わなくていいから!!むしろそこは忘れろ!!」

善の情けない部分を、暴露しようとする芳香の口を善が必死になって抑える!!

 

「あはは、お孫さんと芳香ねぇさんは仲がいいですね」

そう言って、狸の少年が笑いかける。

そんな事を話しながら質屋に、受けとった反物を収める。

 

 

 

「さて、午後からもお願いしますね」

軽く食事を済ませた後、狸の子が立ち上がり歩き出す。

まだまだ、やるべき事は有る様だった。

 

「あ!!善さーん!!」

人込みを歩くと、小傘が歩み寄って来る。

話によるとベビーシッターの仕事だった様だが……

 

「もう仕事終わったんですか?」

 

「うん!!予定より早く繰り上がって……

善さんは何を?」

小傘が何時ものメンバーに居ない狸の妖怪の子を見て、不思議そうに語る。

 

「いろいろありまして……今は、借金取りみたいな事をやってます……」

 

「お師匠さん……か」

善の気まずそうな顔と、その態度でおおよそ起こりうる内容を予測した小傘が同情の視線を送った。

この妖怪、だんだん師匠の行動に慣れてきている様だった。

 

「私も手伝うよ!!」

借金取りの部分に何か感じ得る所が有ったのか、小傘が意気揚々と言った具合で善たち一行に加わる。

 

 

 

 

 

「ごらぁ!!金返さんかい!!人として当然の事ちゃうんかい!!」

 

「ひ、ひぃいいい!!すいませんでした!!」

まるで黒塗りの車に乗ってそうなお兄さんの様な口調で、住人を脅す小傘!!

何処から持って来たのかサングラスまでかけて、やる気は十分の様である!!

から回っている感が否めないが……

この妖怪!!すさまじくノリノリである!!

 

「小傘さん!?何をしているんですか!!明らかに怯えてるじゃないですか!!」

小傘の服を掴み、怯える人の前から連れ出す善。

小さな声で、小傘を叱りつける。

流石にコレはまずいという善なりの判断だ。

 

「いやー前読んだ、外界の本にこんな場面が有って……いつかやってみたいなーって思ってて……」

 

「ダメですってば!!完璧ガラの悪い人ですからね!!」

 

「この家の分終わりましたよー」

狸の子がほくほく顔で、高そうな日本刀を持ってくる。

今回も物品回収に成った様だ。

 

(この狸の子……意外と(タチ)悪いぞ……)

楽しそうにする狸の子を見て善がそう判断する。

その後もメンバー達の回収作業は続く。

 

 

 

「さて、今日の分は全部終わりましたよ」

やり切った顔をして、狸の子が帳簿を見る。

そのまま、マミゾウの入る離れまで帰っていく。

 

「おお、お疲れさまじゃな」

行くときと同じように、マミゾウがキセルを吹かせながら善たちを迎え入れる。

狸の子の帳簿を確認しながら満足げに頷く。

 

「うむうむ。ようやった、ようやった……

さて、とこれからどうするかな……」

そうすると再び、マミゾウが試案を始める。

 

「バァちゃん。もう、お金の回収はいいの?」

あれですぐ終わると考えていない善が疑問を話す。

影響が大きい分、回収しきれない所も多く有ると思っていたため少し拍子抜けだった。

 

「ん?お前らが帰って来る少し前な?貸してた奴らが命からがらといった様子で、わしの所に直接会いにきての。

金を返すなり、物品を渡すなり、期限の延長を頼むなりしていったわ」

かかとのどを鳴らし、笑うマミゾウ。

実の事を言うと、コレは半場予想通りの結果である。

人化したばかりの狸に自信を付けさせる目的と、善の悪評を使い里の中の滞納者を一斉に慄かせる事に成功したのだ。

 

「ほれ、給料じゃ。若干色を付けておいたから、感謝するんじゃぞ」

そう言って善にそこそこの厚さの有る封筒を渡した。

 

「バァちゃん、ありがとう……」

 

「さて、お前のお陰で助かったわい。もう一件、住み込みの仕事を見つけといてやったでの、早速行ってみるがいいぞ」

そう言って別のチラシを、善に渡した。

 

「何から何まで……うん、今から行ってみる!!

芳香、師匠にコレ渡しておいてくれ」

それだけ言うと、小傘と芳香にもらった給料袋を押し付け出て行った。

 

「ふむ、忙しい奴じゃな……ま、いいか。

活力にあふれておる事は良い事じゃしな……」

 

「本当のおばあちゃんみたいだなー」

マミゾウの言葉を聞いて芳香が話す。

 

「キョンシーの嬢ちゃんか……お主の主人の方が儂より年上なんじゃよな……

もう少し若つくりすべきかの?」

マミゾウが一人悩み始める。

 

 

 

 

 

「ほっと!!はっと!!」

気功翔脚を使い善が、跳ぶ様に走っていく。

目的は渡された紙に書かれた住所の場所。

 

住み込み・制服貸与・3食、食事付・体の丈夫な人優遇・家事手伝いの簡単なお仕事です……等のうたい文句がそのチラシの載っていた。

貰った休みは一か月。その期間帰る事の出来ない善にとって、住み込みと食事が付くのは善にとって非常に好ましい条件である。

逃す訳にはいかない、好条件なのだ。

しばらくして立ち止まり、確認の為再び懐からチラシを取り出す。

 

「えーと……霧の泉近くの――チルノ達の居た所だよな……

()()()()?」

確認を済ませると、視線の向こうに霧に隠れてうっすらと紅い壁の様な物が見える。

 

「あれか!!」

そう言って善がその場所に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

カチャーン!!

紅い絨毯の上に、紅茶が零れる。

割れたカップが、一瞬にして消え絨毯のシミまでもがきれいに掃除される。

そしてテーブルの上に落としたはずの紅茶が、湯気を立ててのっていた。

その紅茶に口を付け、小さな影が面白そうに口を開いた。

 

「へぇ……これは面白い運命が来たわね――」

二ヤリと嗤うその口には小さな尖った歯が見えていた。




遂に舞台は、あの場所へ!!
なんだかんだ言って、一番良く書かれている場所な気がする。
某メイドの兄弟に成りたい人や、某吸血鬼姉妹の兄弟に成りたい人が多いのかな?
一度でいいから、それ系を描いてる人の合作が見て見たいです。
何人兄弟になるのやら……


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危険度極大!!悪魔の住処!!

さて、レッツ投稿タイム。
この前見たら、いつの間にかお気に入りが300人越え。
読者のみなさん、いつも応援本当にありがとうございます。



俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

善の目の前に佇む巨大な紅い館。

濃い霧のせいで全貌を見ることは叶わないが、見える範囲だけでもかなりの大きさであることが解る。

 

「窓が少ない……昼間なのに人気がない……まさか!?」

善の脳裏に外の記憶がよみがえる。

このような建物に心当たりが有った!!

昼は人が少ない!!派手なお城の様な作り!!そして高給なバイト代!!

そこから導き出される答えは一つ!!

 

「まさか、ここは幻想郷のラブ――」

 

「あー!いたいた!!まさかもう来てたなんて、驚きましたよ」

善が非常に失礼な事を考えてる最中に隣から声をかけられた。

意識をその声の方に向ける。

 

親しみやすい笑顔に、中華風の服。

龍の文字が書かれた星のバッチ帽子をつけ紅い長髪を翻していた。

そして結構なサイズの胸が揺れる。

 

「良い……」

 

無意識に善の口から声が漏れる。

男のサガか、顔よりも揺れる胸の部分に目が行くが無意識だから仕方ない。

 

「初めまして!!アナタが来るのを待っていましたよ」

ニコニコと笑いながら女の人が手を差し出す。

 

「えっと……バイトの話を――」

ヤケにとんとん拍子に進む話に善が不振に思う。

 

「ハイ!お嬢様がもうすでにその運命は見ていた様なのでそのことはわかっています。

あ!自己紹介が遅れましたね。私の名前は紅 美鈴です。クレナイ ミスズじゃないですよ?」

自分の名前がしょっちゅう間違われるのか、クレナイの部分から目が笑っていない。

 

「美鈴さんよろしくお願いします」

 

「はい。と言っても、まだ面接があるので一緒に働くのはその後ですけどね。

そこまで私がお連れ――」

 

「その必要は無いわ」

美鈴の言葉を区切り、横から声が掛けられる。

善と美鈴がそちらの方を見ると、銀色の髪のメイドが立っていた。

足音気配共に一切なかった、まるで突然出現した様だった。

 

「あ、咲夜さん」

 

「お嬢様が言っていたのは、この子かしら?

とりあえず、こちらへ。会場に案内します」

咲夜と呼ばれたメイドに連れられ、善は紅い屋敷の門をくぐった。

 

 

 

 

 

その屋敷は外だけでなく、内部までもがすべて紅い色で染められていた。

絨毯、壁紙、家具、言葉の通りすべてが紅一色。

そしてドアも……

メイドがスカートから一本のカギを取り出し、一つの扉を開いた。

 

「ここでしばらくお待ちください。机の上にアンケートが有るのでまずはそれを」

それだけ話すと再び善の目の前から消えた。

今回も気配や足音一つなかった。

 

「行ってみますか」

自身を鼓舞する様につぶやくと、扉を開け待合室に入る。

其処も同じくすべてが紅い道具で構成されている。

 

「うわぁ……目がちかちかする……」

ガチャン!!

 

「うえ!?鍵かけられた!!しかも開かない!!」

後ろから、錠をする音が聞こえドアノブに手を掛けるがもう、開かなかった。

だんだんと善の中に嫌な予感が広がっていく。

 

「そうだよ……思い出した。

此処、紅魔館じゃん……吸血鬼の館の……

えー……妖怪の巣じゃん……生きて帰れるかな」

早速泣きそうになりながら、机の上のアンケートを手に取る。

やってないと何をされるか解らない。

 

「審査なしで食糧庫勤務とか嫌だぞ……」

そんな事を考えると、自身といつも一緒に居るキョンシーのことが脳裏によぎる。

チクリと後頭部に痛みが走る。

 

「あ……もう、食料にされてる……」

気がついては成らない事実!!なぜだか悲しく成ってくる善!!

それを振り払うようにアンケートスタート!!

 

①貴方の血液型は?

 

②一人暮らしレベルの家事は出来ますか?

 

③体力に自信はありますか?

 

④妖精と仲良くできますか?

ets、ets……

その他の質問がどんどん流れていく。

 

「よし、これで最後だ」

100問目の質問を書き終えるとほぼ同時に、カギが開きさっきのメイド(確か咲夜とか言ったか?)が顔を見せる。

 

「お待たせしました、お嬢様がお呼びです」

まるで機械の様に淡々と言葉を話し、善を別の部屋に連れていく。

 

 

 

「失礼いたします」

 

「失礼します……」

咲夜が一声かけてから、扉を開け中の住人に対して頭を下げる。

その様子を見ていた善もそれに習う。

 

「よく来た。そう緊張するな、顔をあげろ」

威厳のある声と重圧の有るセリフに恐る恐る善が顔を上げる。

 

「お前か?我が紅魔館で働きたがっている人間というのは?」

善の目の前に紅いアンティークと思われるテーブルとイス、そしてそこに座る10歳にも満たないであろう容姿の幼女、先ほどまでの言葉はすべてその幼女から発されていた。

 

「は、はい!!そうです!!」

直立不動の体制で善が気を付けをする、その様子に奥の人物が小さく笑う。

 

「ははは、そう緊張するな。

確かに此処は悪魔の住む館だが、いきなり取って食ったりはしない。

まずは座れ。話はそれからだ、いつまでも私にお前を見上げさせるないよ?」

 

「はい!!失礼します!!」

威圧する様な顔に、善が大急ぎで近くにあった椅子に腰かける。

その後、いつまでも防寒具をしているのは不味いと気が付いた善がマフラーを外し、畳んだ後足元に置く。

それを見て、満足げにその悪魔は頷いた。

いつの間にか、善の書いたアンケートの紙を手にして読み始める。

 

「では、お前の面接を開始しようか。お前の名前は?」

 

「詩堂 善です……」

 

「よし、紙に間違いはないな……

料理経験あり、か。得意料理は何だ?」

 

「えっと、厚焼き玉子と肉じゃがです」

 

「ほう、なら身体能力は――」

その後も試験官と善の問答が続いた。

 

 

 

「よし、質問はこれで終わりだ。

なるべく早く結果が欲しいんだったな?」

 

「は、はい!!」

尚も緊張しながら善が声を出す、どうしても試験官の紅い瞳と高圧的な態度がどうも苦手だった。

 

「喜べ、採用だ。早速今日の夕刻から働いてもらう」

試験官がサラサラと紙に何かを書きこみ、『合格』と書かれたハンコを押し、その紙を善に投げ渡す。

 

「ほ、本当ですか!!あ、ありがとうございます!!えーと……」

 

「レミリア、レミリア・スカーレットだ。この屋敷にいる間は、私がお前の主人だ。

私の期待に応えてもらうぞ?」

 

「は、はい!!レミリア様」

 

「うん、それでいい。小悪魔、善を使用人室に案内してやれ」

善の態度と言葉に満足気に頷くと同時に扉が開き、赤い髪をした女性が入って来る。

此方の女性も背中に小さな蝙蝠の様な羽が生えている。

 

「はぁい、新人さん!私があなたの下宿場所まで案内するから付いてきてくださいね!」

あざとい顔と声音で善を伴って歩いていく。

なるほど、『小悪魔』の呼び名は伊達ではないらしい。

 

 

 

 

 

「いやー、採用良かったですねー、男の人の採用ってあんまりないから……

『ああ、今回もダメなんだなー』って思ってましたよ」

前を歩く小悪魔がにこやかに善に笑いかける。

 

「へぇ、そうなんですか。給料とか待遇とか良いのに……」

 

「あーっと……さっき言った、『男の人の採用』って部分実はちょっと違うんですよ。

正確には妖精や妖怪以外って言うべきでしたね」

ピンと人差し指を立てながら小悪魔が説明する。

 

「???」

小悪魔の言葉に善が頭をひねらせる。

言っている意味がよくわからなかった。

 

「よくわからないって顔してますね。

じゃあ解る様に話します、第一にここは悪魔の住む館です、第二に此処に住むお嬢様の食料は人間の血液、そしてここは妖怪たちの禁猟区の人里の外。

最後にこの館の全員がグル、口裏合わせはお手の物。

此処まで言えば私の言いたい事、解りますよね」

ニタァっと嫌な笑顔を顔に張り付け、小悪魔が舌で自身の唇をぬらす。

 

「へぇ……それは怖いですね。()()()()()()とっては」

それに対して善は無表情で、小さく右手の骨を鳴らす。

その瞬間、小さく空気が弾けてパチパチと音がする。

長い紅い廊下の中で、小悪魔と善が3歩ほどの間隔を開けて立ち止まる。

 

「あはッ!冗談ですよー、冗談!!ここで人を襲ったりなんかしませんよ。

実は私、新人さんを見るとからかいたく成るクセが有りまして、脅かしてごめんね?」

 

「あー、もう!!すごい怖かったですよ?あー、未だに心臓バクバク言ってる!!

小悪魔さん脅かさないでくださいよー!!」

はははと両人がほぼ同時に笑い出す。

さっきまでの剣呑な空気は一気に吹き飛んだ。

笑い合うと同時に、小悪魔が一つの扉をひらいた。

 

「いや、だって。詩堂さんガチガチに緊張してるでしょ?

それを見てたら、いたずら心が刺激されちゃってぇ……

はい、此処が使用人室(男)です。今のところ詩堂さん以外男のスタッフは居ないので実質貸し切りですよ。

仕事着の制服は棚に畳んでありますから着替えて、待っていてください。

えーと、あとコレは屋敷の地図です。大きいと迷う事が有るので……

私に会いたくなったら、この『図書館』まで来てくださいね。

それじゃあ、詩堂さんまた後で」

 

「おお!!広い!!小悪魔さん何から何までありがとうございます」

にこやかな笑顔で、小悪魔に感謝して頭を下げる善。

それに対して小悪魔は何も言わずにニコニコと笑い手を振って仕事に戻っていった。

 

 

 

 

 

長い廊下を小悪魔が、指の爪を噛みながら歩く。

その顔は何処か恍惚としていて、それでいてなぜか冷や汗をかいてる様でもあった。

 

「ちょっかい出す相手は考えなさい、小悪魔」

通路の一角を通り過ぎた時、小悪魔の後ろから声が掛かった。

小悪魔が振り返ると、紫色の服をきた眠そうな顔をした少女が立っていた。

 

「パチュリー様、見ていたんですか?」

 

「貴女が新人にちょっかい出すのは日常茶飯事じゃない?

けど、良かったわ。何事も無くて……」

うんざりと言った様でため息を付きながら、パチュリーと呼ばれた少女が手にしていた本に目を落とす。

 

「だってあの子、なんだか美味しそうで……食べようかなーって一瞬本気で思っちゃいましたよ」

 

「美鈴の様な『気』を使かう妖怪ね。驚くほど人間に擬態してるけど、私の目はごまかせない。

貴女がからかった時、少しでも襲い掛かるそぶりを見せてたら――

いえ。それどころか後半歩立っている位置が違ったら危なかったと思うわ。

差支えなければ、後で図書館に紅茶を持ってきて頂戴」

そう言うと、そのまま図書館の方に本を読んだまま歩いてった。

 

「『後半歩』ですか……それくらい私も解ってますよ。

頼りなさげなオドオドした男かと思えば、急に剥き身の刃物のような一面を見せる……

なるほど、面白い()()ですね」

小悪魔が善を人間と判断した理由は簡単だ、自分自身に対して本気で驚いていたからだ。

妖怪や妖精は根本的な部分で『死』に対して何処か、諦めの境地が有る。

精神に重きを置いているからか、肉体が少々傷ついても自分は簡単に死なない事を理解している。

死ぬときは死ぬ、それが妖怪の多くのスタンスだ。

だが、あの少年は違った。

露骨に自身を守ろうとした、つまり『死に対する恐怖』を知り尚且つ『迫る死に抵抗しようとした』そんな生き物は、人間しかいない。

自身の口角が上がっていくのを小悪魔は自覚した。

 

「あはッ、なかなか面白い人が来たみたいですね」

上機嫌で、図書館まで歩いていった。

 

 

 

 

 

一方その頃の善は……

ある意味ピンチを迎えていた!!

 

「くぅ……小悪魔さんからもらったこの地図……

どーしてトイレの位置が書いていないんだ!!」

小悪魔からもらった地図は簡素な手書きの物!!

大まかな、部屋の場所は書かれているが日常的に使い過ぎて盲点だったのか、トイレの場所が一切書かれていない!!

執事服に着替えようとして、尿意を感じた瞬間もう遅かった!!

身体の奥からくる欲求に逆らえない!!

最悪の結果が脳裏をよぎる!!

 

「いかん……いかんぞ……それだけはいかんのじゃ……」

何処かで聞いたフレーズを口に出し、善はトイレを探すべく扉を開けた。

目指す場所は、さっきの面接会場。

今行けば、まだ誰か残っている可能性がある。

 

「うおぉぉおおおおお!!!」

怒声をあげ、地図を片手に走り出す!!

 

「ひッ!!ナニアレ!?」

 

「か、隠れなきゃ!!」

善の恐ろし気な気配を感じて、妖精のメイドたちが隠れる。

要するに結果的に自分の首を絞めているのだ。

 

 

 

 

 

「ここだぁ!!」

走り続けて、さっきの会場(案内図には第3応接間とある)の扉を開ける。

 

「あの、すいません。ト――」

 

「ねぇねぇ!!咲夜!!さっきの私のカリスマ見た!?

威厳たっぷりだったでしょ!?もうこれでカリスマ(笑)とか、500歳児とか言わせないわよ!!」

 

「流石ですお嬢様。しっかりとその勇士は私の心に刻みました!!

余りのカリスマに鼻血が――――あ」

 

「うー☆これで私の人気上昇違いな――――あ」

そこまで言って全員の時間がピタリと止まる!!

時間操作系能力者に時間を止められた訳ではない!!

目の前の状況を見て、フリーズしたのだ!!

 

カリスマ(笑)に満ちる吸血鬼!!それをヨイショするメイド(鼻から忠誠心)!!

そしていろいろ限界の近い仙人モドキ!!

気まずい、実に気まずい空気が流れる!!

 

「「「…………………」」」

キィ……パタン

気まずさに耐え兼ねた善が扉を閉める。

何というかリミット的な物も近かったし。

 

「最悪誰かに聞いてもいい……兎に角、見つけなくてはならない!!」

華麗に数秒前の事を記憶の彼方に追いやった善が、再び廊下を走り出す!!

 

 

 

 

 

「うをぉおおおお!!どこだぁああああああ!!!」

限界の近い善!!もはやまともな思考は働いていなかった!!

目についた地下への階段を跳ぶ様に降りる!!

 

「すいません!!!トイレの場所知りませんか!!」

 

「ひぅ!?何!!おにいさんダレ!?」

地下の部屋で、クマのぬいぐるみを壊していた幼女が驚き声を上げる!!

 

「いや、そんな事より、ト、トイレを――」

 

「そ、それなら、私の部屋を出て右、三つ扉を超えた突き当りのドア――」

 

「ありがとうございます!!」

幼女の言葉を聞くなり、善が駆けだした!!

 

数分後……

 

「いやー、助かりましたよ……あと数秒遅れていたらまずかった」

 

「ふぅん?緊急事態だったんだ、なら今回は特別に許してあげる。

本当ならレディの部屋に入るときはノックは絶対なんだからね!!」

礼を言いに部屋に戻って来た善に、その部屋の住人が頬を膨らませ、威嚇する様に善に右手の人差し指を突きつける。

 

「無礼は謝罪します、その、今思うとかなり礼を欠く行為でした……」

幼女の言葉に素直に善が頭を下げる。

その態度に幾分その幼女は気が紛れた様だった。

 

「全く……そう言えばおにいさん誰?新しい私のオモチャ?それとも……泥棒?」

二ヤリとこちらも笑みを浮かべ、右手をゆっくり開いていく。

そして勢いをつけて一気に何かを押しつぶす様に手を動かす!!

 

「二ヒ……」

握りつぶす寸前で右手は止まっていた。

だが尚も、狂気的な笑みは消えていない。

 

「違います……臨時のアルバイトです……

しばらくここで働かせてもらう予定です……」

話が通じにくい事を理解した善が恐る恐るといった感じで言葉を発する。

何とかい事態を回避しようと思考を巡らせる。

 

「リンジーノ・R・バイド?変な名前。

うーんと……リジーじゃなくて……レン、レジ……ル?

うん、そう!!あなたの事は『レジル』って呼ぶわ!!

仲良くしましょ、レジル」

そう言ってさっきと打って変わって人懐っこい顔を浮かべ、こちらに手を伸ばす。

 

「いや、あの……ソレ、名前じゃ……」

 

「なに?私の考えた名前は不満だっていうの?そんな事言っていいのかな~?

きゅっとして……」

先ほどの様に再び、幼女が笑い右手で何かを握りつぶす様な仕草をする。

瞬間善の第六感が一斉にアラームを成らす!!

 

「ドカーン!!」

ビリィ!!ブチブチ!!

 

「いい!?」

善のすぐ横に有った、クマのぬいぐるみが内部から弾ける様に引き裂かれる!!

触れる様子一切なかった!!不可視、不可回避、そして理解不能の攻撃!!

 

「ねぇ、私の付けた名前、気に入ったでしょ?」

再びにっこりと笑い近付いてくる。尚も右手を閉じたり開いたりしながら……

その時善が気が付く!!この幼女にも翼が有る事に、そしてさっき見たレミリアの様な小さな牙が生えている事に!!

天使の様に見える笑顔だが間違いない!!彼女も立派な悪魔だった!!

 

「は、はい!!気に入りました!!いやー、ニックネームなんて初めて付けてもらったなー!!うれしいなー!!」

 

「そんなに喜んでくれるなんて、照れちゃうなぁ。

そう言えばしこ紹介がまだだったね。

私はフラン、フランドール・スカーレット。

此処で働くんでよ?今日からよろしくね、レジル?」

そう言った善、改めレジルの腕にしがみついて無邪気に笑う。

 

「は、はは……はははは……」

レジルの口から渇いた笑いが零れる。

逃げ道は……ない!!




余談。
名前について、名前というのは人を縛る『呪い』という側面がある、と考える人がいる。
某神隠し作品でも、他者の名前を奪う事で、相手を縛る魔女が出て来る。
個人を特定し、呼ぶことが出来るのは確かに一種の魔術や呪いに近いかもしれない。

クラスや職場で、自身を指す名前を呼ばれると反応してしまうのが解りやすい。
その空間では、確かに自分は他者の知る自分の名前に縛られているという事となる。

名前とは遠巻きに自分とイコールに成る物なのだ。
ニックネームなど、正式名称以外にも『名付の呪い』は確かに存在する。
オンリーワンの名前ならなおさらそうだろう。

逆に名前の無い物は酷く、不気味に思える。
だから、人は名を付ける事で相手を縛る、または形を持たせるのだろう。



結論としては「レミリア様やフランちゃんにニックネームでよばれてーな」となる。


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激務の役職!!執事長!!

思ったより時間がかかった今話。
うーん、進めたいように物語が進まない。
少しもどかしさを感じます。


私はリンジーノ・R・バイト。

紅魔館で執事長をさせて頂いております。

皆さまどうか、気安く『レジル』とお呼びください。

白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。

青と赤のネクタイを締めれば、それが私の戦闘服(仕事着)

太陽がのぼる前に私の仕事が始まります。

 

チリーン……!!

 

早速お嬢様のお呼びですね。

さぁて、今回は何をお望みですか?

 

 

 

 

 

…………名乗り口上はこれで良いですかね?

 

流石レジル!!バッチリよ!!

 

はぁ……帰りたい……

 

 

 

 

 

ジャァ……ジャッ、ジュー……

フライパンにバターを伸ばし、牛乳と刻んだチーズを混ぜたとき卵を何個も投げ入れる。

調理するのは、少し前から配属された執事、詩堂 善。

正式に調理部に配属された訳ではなく、現在は研修という形に成っている。

通常、紅魔館の仕事の部が幾つか分かれている。

一つ目は、善が今やっている様に調理部。

二つ目は、十六夜 咲夜がほぼ一人で行っている掃除部。

三つ目は、紅 美鈴が率いる門番部隊、当然だが門番を美鈴一人がやっている訳ではなく、戦闘にある程度心得の有る妖精が配属される。

その他として、図書館の小悪魔の応援、買い出しなど細かな部分は多く有る。

 

此処は、紅魔館の第二厨房。

第一厨房では善の先輩に当たる妖精メイド(調理部)が屋敷の主要なメンバー、当主のレミリアや、客人であるパチュリーなどの為の食事を作っている。

この第二厨房では妖精メイドや門番部隊、さらには何故かいるゴブリンたちの食事を作る場所となっている。

第一厨房が高級な料理を少人数分調理するのに対し、此方では安価な料理を大量に制作する事に成っている。

 

「スクランブルエッグ、追加分入りました!!次、マッシュポテト調理入ります!!」

妖精メイドに自身の作った木製ボウル一杯のスクランブルエッグとケチャップを渡し、皮をむいて茹でておいたジャガイモをザルにあける。

以前命蓮寺で少し人数が増えた料理を作ったが、今回はさらに大人数となっている為少し手間取ってしまう。

そう考えると、師匠の家のでの食事の準備はずいぶん楽に思える。

 

「レジル執事長なかなか、手慣れてるねー?」

ポテトを潰す善に、横から声をかける妖精メイド。

彼女は別のフライパンでベーコンを焼いている。

 

「毎日、家で食事を作らされていましたから……っていうかすっかり『レジル』が定着しつつある……」

 

「ソレ、妹様が付けた愛称でしょ?執事長の本名ってリンジーノ・R・バイドじゃないんですか?」

 

「名前を一向に憶えてもらえない……」

初日に勘違いでフランドールにつけられた『レジル』という愛称はもはやすっかり紅魔館内で定着していた。

殆どの妖精メイドたちが、善の本名をレジルだと思い込んでいるのだ。

むしろ本名が使われないせいで『詩堂 善』と聞いてもそれ誰?状態なのだった!!

 

「まぁまぁ……執事長。落ち着いてくださいよ、すぐに慣れますからね?」

そう言って妖精メイドが調理の手を止め、大皿にカリカリに焼けたベーコンを乗せ給仕の妖精メイドに渡す。

違う、そうじゃないという言葉を飲み込み今は自分の仕事に集中することにする。

 

 

 

「ふぅ……カットフルーツ完成……」

デザートに当たる果物を切り終え、やっと善の朝の仕事が終わる。

今日善に与えられた仕事は、使用人たちの食事の調理。

テーブルに並んだはずの料理を取りに向かうが……

 

「うわぁ……ほぼ全滅か」

大量に調理した料理が殆どもうなかった!!

少数の豆の茹でた物と、パンが数枚、皿の端に残った冷めたスクランブルエッグ程度。

 

「時間がかかるとみんな食べちゃうんですよね~」

同じく使用人の一人である、小悪魔がリンゴジュースを口にしながら、善に語り掛ける。ちなみに小悪魔は善の本名を知る数少ない住人である。

 

「しっかり食べてくれる嬉しさと、空腹感が心の中でせめぎ合ってます……」

素直に喜べない気持ちを胸に、善がつぶやいた。

 

「まぁまぁ、こんな事も有ろうかと――ジャーン!!善さんの分をキープしておきましたよ」

悲しそうな顔をした、善の前に小悪魔が一人分の朝食をもってくる。

トレイにあらかじめ取っておいてくれた様だった。

 

「こ、小悪魔さん……ありがとうございます!!」

感動の余り小悪魔の手を取って善が喜ぶ!!

 

「あはは、そんなに感動されると逆に照れますね~」

 

「いえいえ!!朝ご飯は一日のエネルギーの始まりですよ!!

仙人としても、食べない訳にはいかないんですよ。

では、いっただきま――」

 

「レジル執事長、お願いが」

善が手を伸ばそうとするとき、さっきまで一緒に調理していた妖精メイドが話しかけて来る。

 

「ん。なんですか?」

口に入ったパンを飲み込んで、話を聞く。

 

「あの、門番の美鈴さんの分を持って行ってもらえません?」

そう言って、手に持っていたサンドイッチの入ったバスケットを善に差し出す。

美鈴は門番だ、その仕事を果たすべく毎日門の前で侵入者を待ち構えている。

おそらくだが、夜の間も眠る事なく侵入者に対して目を光らせているのだろう。

そう考えると善は、食事を持って行かなくては!!という使命感にかられた!!

 

「解りました、ちょっと行ってきます。

あ。ご飯はまだ食べるので残しておいてくださいね」

小悪魔にそう告げ、サンドイッチのバスケットを受け取り厨房から走っていく。

 

「どうです?詩ど――じゃなかったレジルさんの方は?」

小悪魔が、近くにいた妖精メイドの話しかける。

 

「執事長ですか?うーん……実際有能なんですけど、たまーに『この人、闇深いぞ』って言う発言するんですよね」

 

「へぇ……そうなんですか」

それを聞いて満足げに小悪魔が立ち上がった。

その瞳は面白そうな物を見つけた、子供の用にきらきらしていた。

リンゴジュースを再び、手に取る。

 

 

 

 

紅魔館の紅い長い廊下を出て外に出る。

屋敷を囲むこれまた紅い塀を伝って屋敷正面まで歩いていく。

小さな守衛室の外、門の前に美鈴が居るハズだ。

 

「美鈴さーん。お疲れさまでーす、朝ご飯持って来ました……よ?」

 

「ZZZ……ZZZ……ZZZ」

門にもたれ掛かり、帽子で視線を隠す美鈴。

善が近づくと静かに、いびきの様な物が聞こえて来る。

 

「美鈴さーん?もしもし?美鈴さーん?」

 

「ZZZ……ZZZ……むぅ……サボってないです……ZZZ……ZZZ……」

これはもう!!どう見ても!!明らかに!!

 

「寝てんのかい!!」

善がその場で勢いよくツッコミを入れる!!

結構な声を上げたのに尚も美鈴は眠ったまま!!

 

「えー?寝ずの番じゃなかったのか?思いっきり寝てるし……ってか起きない」

 

「ZZZ……」

ポテンと帽子がずり落ち、地面に落ちる。

非常に気持ちよさそうな顔が露わになった。

その表情をみて、善がほほ笑んだ。

 

「せっかく寝てるんだから、もう少しそっとしておいてあげますか」

渡された、美鈴のサンドイッチを足元に置いてその場から去ろうとする。

 

「善さーん!!」

上空から声が掛かり、空を見上げると……

 

「小傘さん!!来てくれたんですか?」

傘を使い、空を飛んできた小傘が下りて来る。

 

「はい、コレ。お師匠さんの所から持って来た善さんの服です。

制服は有っても下着類は無いでしょ?」

そう言って、大き目の袋に入った衣類を渡す。

 

「ありがとうございます!!いやー、お恥ずかしながら昨日からパンツを替えてなくてなくて……

本当にありがとうございますね」

そう言って小傘の頭に手を乗せ頭を撫でる。

 

「えへへ……」

褒められた嬉しいのか、小傘が顔をだらしなくゆがめる。

 

「さて、着替えたらまた仕事だな」

小傘に短く別れを言って後ろを振り返った時!!

 

「侵入者はっけーん!!!紅魔館には一歩も入れさせませんよ!!」

 

「え?ちょ、ぐぇ!?」

突如美鈴が跳び起き善にタックルを食らわせる!!

地面に倒れた善に容赦なく、足を絡め4の字固めをかける!!

 

「いででで!!ギブ!!ギブギブ!!美鈴さんギブ!!」

 

「あわわわ!!善さんが何時もの様に!!」

必死な顔で地面をタップし続ける善!!

最早半分予測していた小傘が、その様子を見て慌てる!!

 

「美鈴さん!?美鈴さん!!放し――」

 

「むにゃ……私が……zzz……守る……」

 

「寝てんのかい!!寝相悪ぅ!!師匠とどっこいどっこいレベ――いででで!!」

寝ぼけながらさらに善に技をかける美鈴!!寝ているのに非常に技のクオリティが高い!!

流石門番!!流石妖怪!!意識を失い尚も門を守るその心意気には見習いたいものが有る!!

 

「も、もういやぁ……もうらめぇ……もう寝技らめぇ!!イギィ!!!」

グギィ!!

「ぜ、ぜんさーん!!!」

小傘の見守る前で善が断末魔を上げ動かなくなった。

 

 

 

数分後……

 

「ふぅ、よく寝たなぁ……ふぅ~わ……

アレ。サンドイッチだ、誰かが持ってきてくれたんですね」

目覚めた美鈴は上機嫌で、サンドイッチに手を付ける。

 

「うん!!美味しい!!」

にこやかな顔で美鈴が笑った。

*善は小傘の尽力に付き救出され、逃げ出しました。

 

 

 

「はぁはぁ……美鈴さんに……届けてきま、うぐ!!

届けてきましたよ……サンドイッチをねぇ!!」

ボロボロの姿の善が、扉を開き倒れる様に椅子に座る。

 

「あの~ずいぶんボロボロだけど……大丈夫?」

小悪魔は心配そうに、善を見る。

何かたくらむというより、完璧に心配している様子だった。

 

「ははは……ちょっと……寝技を食らいました……

大丈夫です、これ位……もはや日常レベル……

ふひひ!!私に平穏は似合わない……これで、良いんだ……ふひひ……」

疲れた様に善が無理して笑う。

むしろ壊れた人形の方がイメージとして近いか。

 

「うわぁ……闇深い……」

さっき妖精メイドに言われた感想を、早速小悪魔が口に出した。

 

「どうしたの、レジル?朝からお疲れ?」

重い空気を蹴散らす様に軽快な声が善にかけられる。

気が付くと善の真正面にフランが座り、パンをかじっていた。

 

「フランお嬢様……なぜ使用人用の食堂へ?」

 

「えーと?ただ何となくレジルに会いたくなったから?」

かわいく首をひねり、コップに注いだ牛乳を飲み干した。

 

「はぁ……じゃぁ最後にもう一つ。

さっきから食べてる物は何ですか?私の朝食が見当たらないんですがね?」

 

「うん?テーブルに余ってた。まだご飯食べてなかったから、いただいてまーす」

そう言って最後のベーコンがフランの口の中に消えていく。

 

「それは私の朝食じゃないですかねぇ!?」

 

「うーん、67点!!」

善の指摘を無視して、フランが点数をつける。

アリか無しかではギリ有りの様だ。

 

「あうう……私のご飯……」

空腹を訴える腹を押さえ力なく、善が机に突っ伏す。

それを見て、フランの罪悪感が少し刺激される。

 

「レジルちょっと待っててね?」

一言そう告げるとフランが、その場から飛び上がる。

屋敷の中だというのに、器用に羽を広げ厨房から飛んでいく。

 

「フランお嬢さま?」

善はフランの飛んで行った方向を、呆然と見ていた。

 

「レジルー!!ごめんね?フランのオヤツ上げるから元気だして」

直ぐに扉から戻って来たフランの手には、さらに盛られたクッキーが有った。

まだ熱を持っているのを見ると、出来立ての物を持ってきてくれた様だった。

 

「良いんですか?」

 

「うん!!私が食べちゃったのがいけないんだよね?

お腹が空くのは誰だって嫌だもんね?」

そう言ってなおも、クッキーを差し出して来る。

人の(正確には吸血鬼)温かさに、さっきとは違う意味で涙が零れそうになる。

 

「じゃあ、いただきま……」

クッキーを口元に持って来た時善の腕が止まる!!

ゆっくりと、口元ではなく鼻の近くに持ってくる。

甘い砂糖の匂い、わずかに焦げたよう香ばしいナッツの香り、流れるチョコチップの匂いに混じる『コレ』は……!!

 

「あのぅ……フランお嬢さま?このクッキー材料は何ですかね?」

一旦クッキーを置き、フランに尋ねた。

嗅ぎ慣れたこの匂い、この正体を明かにしなければならない!!

 

「えっとねー、たしか前咲夜に聞いた時……お砂糖、卵、小麦粉、牛乳……あ!バターも!!それとトッピングのナッツとチョコレートと()()()()!!」

最後の最後でアウトの食材!!

善は人間!!流石に最後のは食べられない!!

 

「あー……なるほど……へー……」

 

「どうしたの?食べないの?」

フランは尚も善の顔を覗き込んでいる。

その紅い瞳は善の次の動きを待っている様だった。

 

「あ、あの……ですね?実は私、な、ナッツのアレルギーなんですよ。

一口でも食べると……体中に蕁麻疹がでてきて、まともに生活すら出来ないんですよ……

すいませんね。気持ちだけ頂いておきます」

アレルギーはもちろん嘘、フランを傷つけない為の言葉だった。

 

「へーそうなんだぁ……なら仕方ないね?ナッツの入ってないクッキーをもらったらあげるね!」

 

「大丈夫ですって、仙人たるもの一日を木の実一個で過ごせるんですよ?私にもそれくらい出来ますよ」

そう言って立ち上がる、この後も仕事が入っている。

というより、このままだと何処かボロが出そうで、逃げ出したというのが正しいのかもしれない!!

 

「あ!レジル!!」

 

「じゃ、フランお嬢さま、またお会いしましょう!!」

まだ研修が終わっていないため、善には様々な仕事が割り振られる。

この後は、屋敷の客室の掃除、さらに言うと小悪魔から図書館での本の整理も頼まれている。

午後からは、門番に復帰した美鈴と共に日没まで守衛となっている。

 

「あー!!忙しいなー!!」

忙しくも多忙な仕事に善は確かな、やりがいを感じていた。

 

 

 

 

その日の深夜……

部屋で善がリラックスしている。

激務と言っていい仕事だ、ゆっくり休める時間は貴重だと思える。

明日は朝一で美鈴と門番の仕事だった。

早めに寝る必要が有った。

 

「うーん……使用人室のベットがスゲー柔らかい……外でもこんなベットなかった」

非常に柔らかいベットで、善がゆっくりと睡魔に意識を溶かしていく。

 

「いいねぇ……このまま……朝までぐっすり……」

 

「レジルー!!あーそーぼー!!」

 

「ぐはぁ!?」

扉が壊れんばかりに開かれ、フランが飛びついてくる!!

悪魔の持つスピードで善の体に体当たりが鳩尾にめり込む!!

当然だがすさまじく痛い!!ビックリするほど痛い!!

 

「こ……こーひゅー……こひゅー……げほ!!!ゲッホ!!はぁ……はぁ……」

肺の中の空気を奪い取られ、体は空気を欲する!!

むせながらその場で息を吸う。

 

「レジル大丈夫?」

フランが心配そうに首をかしげる。

 

「誰のせいで成ったんでしょうねぇ!?心当たりありませんか!?」

 

「うーんと?フランのせい?」

 

「はい、大正解!!わかったらもうやめてくださいね?場合によっては骨が折れますからね?

で?……何か用が有ったんでしょ?」

深呼吸を済ませた善が、改めてフランに向き直る。

何の用もなく来るとは思えなかった。

 

「今日は、月がキレイなんだよ!!一緒に見よ!!」

そう言って笑いながら、善の袖を引いて窓の外を指さす。

 

「月見ですか……いいかもしれませんね」

せっかく誘ってくれたのだ、善としては好意は無下にできなかった。

上着とマフラーを羽織るとそのまま外に出た。

 

 

 

「へぇ……これは」

紅魔館の最も高い場所。時計塔。

その頂点で、善はフランと共に月を見ていた。

ひんやり冷える夜風に、三日月が紅魔館を優しく照らす。

 

「夜は私達(吸血鬼)の時間だよ。この暗闇の満ちた世界はみーんな、フランたちの世界」

アハハと笑い空中を踊る様に、くるくると回る。

回るたびにフランの金色の髪と、七色に輝く背中の羽の結晶が揺れる。

 

「きれいだ……とっても……」

無意識の善が言葉をつぶやいて居た。

仕方ない事かもしれない、闇夜に輝くその姿はまさに芸術品の様で……

楽しく笑う顔は天使そのもので……

 

「ようこそ!!私たちの世界(紅魔館)へ」

そう言ってフランは今日一番の笑顔を善に向けた。

 

 

 

 

 

「ふぅん……あの男、フランに気に入られたか」

紅魔館の一室でレミリアが、時計塔で話す二人を見ていた。

すぐそばには咲夜が、直立不動で立っていた。

 

「あの男を正式に執事長として採用するのですか?」

レミリアに紅茶を渡しながら、感情の読めない声で咲夜が尋ねる。

 

「ああ、その積りだ。読み書きが出来て掃除、洗濯、料理があそこまで出来る奴はそうそう居ない。

妖精メイド達より役に立つ、それに……」

 

「それに?」

 

「あの男の運命は酷く読みにくい……

おそらく運命の分岐点に立っているんだ。私の力のせいか?

まぁ、見ているだけで暇つぶしにはなる」

そう言って咲夜の淹れた紅茶に口を付ける。

 

「あ」

その時、咲夜が小さく口を開いた。

 

「どうした、なにかあったか?」

 

「いえ、あの男が時計塔から落ちただけです」

 

「そうかなら――って!!一大事じゃない!!咲夜!!パチェを起こして!!!

早く治療しないと!!」

 

「明日の朝食にしては?ポッと出の新人のくせに、妹様と夜の逢引とか万死にゲフン、ゲフン――」

 

「ウチのメイドが偶に黒い!!ああもう!!」

レミリアがそう叫んで、自身でパチュリーを呼びに走った!!




昼寝をしていてサボっているイメージの有る美鈴。
侵入者が入って来るのって基本夜でしょ?
夜はずっと起きていて、比較的に安全な時間に昼寝しているイメージ……

其処へ来る容赦ないメイドのナイフ!!
少しだけ美鈴には優しくしてあげたくなる作者です。

まぁたぶん交代は有るんでしょうが……


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狂気の衝動!!悪魔の妹!!

熱い……リアルに死にそう……あー、いろいろキツイっす……
今回、フランに対して独自解釈が強く成っています。
苦手な人はブラウザバック推奨。


私はリンジーノ・R・バイト。

紅魔館で執事長をさせて頂いております。

皆さまどうか、気安く『レジル』とお呼びください。

白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。

青と赤のネクタイを締めれば、それが私の戦闘服(仕事着)

太陽がのぼる前に私の仕事が始まります。

 

チリーン……!!

 

早速お嬢様のお呼びですね。

さぁて、今回は何をお望みですか?

 

 

 

 

 

…………名乗り口上はこれで良いですかね?

 

流石レジル!!バッチリよ!!

 

はぁ……なんだか疲れるなぁ……

 

 

 

 

 

「そう言えばさー、レジルって何の妖怪なの?」

地下の部屋の一室にて、善が紅茶とケーキのセットをフランに出している時聞かれた。

大きなベットに寝転がり、両手を頬に当て足をバタバタと動かす。

その度に、背中の羽の結晶と絹糸の様な髪が揺れる。

 

「フランお嬢様、私は人間ですよ。なぜか良く間違われるんですがね?

そんな事よりお行儀が悪いですよ?しっかり座ってください」

善がフランに注意を促しつつ、用意の出来たお皿を近くのテーブルに置く。

子供っぽい外見の通り、ケーキを見た瞬間瞳がパァっと明るく成りその場で羽を羽ばたかせ飛んでくる。

 

「いっただきまーす……むぐ……むぐ……」

フォークを手早く手に取り、ケーキを食べ進めていく。

 

「そんなに慌てないで、誰も盗ったりしませんから」

そう言いながら善が、紅茶のお代わりを注ぐ。

 

「うーん……この紅茶、少しは美味しく成ったけどやっぱり咲夜にはかなわないね。

まだまだしゅぎょーが足らないよ?」

紅茶を一気に飲み干したフランが、カップをソーサーに戻しながら話す。

 

「うぐ!今回のは自信作だったのに……解りました。

これからも、精進させてもらいますね」

フランが食べ終わったのを見計らって、皿を片付け始める善。

そんな善にフランが再び言葉を投げかける。

 

「そんな事より、なんでレジルは正体を隠すの?ここは妖怪だらけの場所だよ?

ねぇ、私にだけこっそり教えてよ?」

善の首にふわりと、フランの腕が巻き付いた。

耳元でフランの吐息交じりの声が聞こえる。

 

「だーかーら……私は本当に人間ですよ!!

仙人として修業をしているので多少他の人とは違うでしょうか、結局の所まだ普通の人間です!!」

半場ムキになって否定する、人間として理解してもらえなという焦りも善なりに有ったのだ!!

振り払うように、フランに振り返る。

少し空中に浮いてフランが距離を取る。

 

「うっそだー!!普通の人間は紅魔館の時計塔から落ちてピンピンしてる訳ないじゃない!!」

怒ったように、羽を広げるフラン。

指を突きつけ、善の矛盾を指摘する!!

 

「アレ、イッパイイッパイなんですよ!?『もう一回やれ』って言われても絶対にしませんからね!!」

そう言って3日前の事を思い出す善。

 

 

 

 

 

フランに誘われ時計塔で月を見た後……

 

「さて、そろそろ戻りますかね。明日も朝から仕事が有るので」

月を見た後、善がその場で立ち上がる。

その言葉の通り、明日も使用人全員の食事と美鈴への朝食の差し入れの仕事が有る。

美鈴の事を考えると、後半は遠慮したいがそうもいかない。

 

「えー?」

 

「戻りますよ、フランお嬢様位の子はしっかり寝なきゃダメです!」

指を立て、フランに注意する。

それに対してフランは露骨に不機嫌な顔をする。

 

「私位って……一応495歳なんだけど?」

 

「へぇ、1000歳超えてない時点でまだまだですね」

通常なら驚く所なのだが、善のすぐ近くに1400年ほど生きている『師匠』が居るので大した驚きに成らない!!

それどころか『まだ、子供だな』とさえ思ってしまう!!

すっかり年齢に対する、感覚が壊れてしまっている!!

*ちなみに善は十代半ばである。

 

「さ、また明日も遊んであげますから」

 

「うーん……わかった!!約束だからね!!指切り、しよ?」

そう言って、フランが善に小指を差し出す。

懐かしさを感じながらも、善も同じく小指を差し出す。

そこに巻き付くのはフランの圧倒的な指の力!!

小指一本とは思えない、パワフルなパワー!!

 

「ゆーびきーり、げーんまーん、嘘ついたーら、針千本の~ます!!」

 

「痛い!!痛い痛い!!ぎりぎり言ってる!!指ぎりぎり言ってるから!!」

笑顔で指切りするフラン!!必死になって指を離そうとする善!!

全くかみ合わない両者の表情!!

 

「ゆ~び切った!!」

指を離された善の指は半分、紫に変色していた!!

あと少しでちぎれていたかもしれない!!

 

「お嬢様?もう少し力を抜いて頂けると嬉しいんですがねぇ?」

指を押さえながら、善がフランに尋ねる。

 

「えへへ、こんなの久しぶりだから思わず……ごめんね?」

 

「全く、今度から気を付けてくださいね?」

舌を出して謝るフランにすっかり毒気を抜かれた善が、あっさりとフランを許してしまう、ひょっとしたらこういう部分も悪魔なのかもしれない。

 

「さぁ、帰――」

バキッ!!!

その時善のもたれる手すりが、嫌な音を立てる!!

しまった!!と思った時はもう遅かった!!

善が夜の紅魔館の中庭へ自由落下を始める!!

 

「う、そぉおおおおお!!」

 

「あ、レジルおやすみー」

助けを求める善だが、フランは全く事態に気が付かない!!

ただ単に善が下りるのが面倒だから飛び降りた、程度にしか思っていなかった!!

しかしコレ、場合によっては一生お休みすることになる危機的状態!!

 

(どうする?どうする!?時計塔は大体18~20メートル位として、頭から落ちたら流石に死ぬ!!いや、下は花壇に成っていたハズ!!両手で頭をガードすれば……!!)

そう思い、目前に広がるハズの花壇を見る。

ソコには冬の為、花の数は少ないが柔らかい土が有る!!

 

「良し!!これなら――ってああ!!」

希望を見つけた善が両腕で頭を守ろうとした瞬間!!

花壇の真ん中の不自然に剣山が出現する!!

まるで、突然出現した剣山!!誰かが設置したのか、針の山が善を狙っている!!

 

「だ、誰が剣山なんて置いたんじゃー!!!」

*犯人はメイド

 

「ああもう!!こんな所で死んで溜まるか!!死ぬならせめて巨乳に抱かれて死にたい!!プルンプルンの中で死にたい!!あ~、師匠に真剣に揉ませてくださいとか頼んでおけば良かった!!芳香も結構サイズ有るんだよな!!寝てる間とかやっておけば!!いや、むしろちゃんと頼めば――」

追い詰められた善!!死の危機にあるせいか!?どんどん醜い欲望が出て来る!!

驚くべきはこのセリフを発するのに0,94秒しか掛かっていない点!!

しかし空しいが、空を切る手には柔らかい感触は来てくれない!!

 

「そうだよ……この詩堂 善には夢が有る!!叶えたいと願う夢が!!有る!!

うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

足に気を流し込み脚力を強化!!

 

ダァン!!

 

時計塔の壁を蹴りこみ落下方向を変える!!

 

「いっけぇええええええ!!!」

 

目指す場所は、中庭の木!!

最善は木の中に飛び込むこと!!うまく行かなくても木に掴む事で落下の威力を落とせる!!

 

ガサガサガサ!!!

バキバキバキ!!!

 

「よ、よし!!」

善の目論見は見事成功!!

木の中に自分を飛び込ませた!!

落下の威力は抑えられ、木から落下した!!

多少の傷は仕方ないとして、安心して善が木から落ちる。

此処での不幸は、なぜか花壇の剣山が木の下へ移動していた事!!

善はそのことに気が付かない!!

*犯人はメイ――おや、誰か来た様だ。

 

グサァッ!!

 

「いぃぃぃっぃでぇええええええ!!!」

尻に剣山の刺さった善が、その場で飛び跳ねる!!

さらにそこへ!!

 

「パチェ!!善が時計塔から落ちたのよ!!あっち!!治療を!!」

 

「はぁはぁ……待って、レミィ……すぐに……はぁはぁ」

レミリアがパチェリーを連れて、やって来る!!

寝ていたのか、寝間着を来たパチュリーが魔導書を片手に息を切らせながらやって来る!!

 

「善!!無事の様ね?木で体を切ったのね?思ったより、重症でなくてよかったわ。

傷が有るなら、パチェに治して――」

 

「し、尻に剣山が!!ぬ、抜いて!!優しく抜いてください!!」

レミリアの言葉に安心した善が、尻を二人に向ける!!

二人の目前に、尻に突き刺さり血を流す剣山が!!

 

「ええ……」

 

「うわぁ……」

 

「は、早くしてください!!これ、むちゃくちゃ痛い!!」

善の容体をみて二人が絶句する。

 

「レミィ……コレ治さなきゃダメ?」

 

「ほ、本人は苦しそうだし……お願いできる?」

 

「会って、数時間しか経っていない男の尻を見ることになるなんて……」

 

「わ、私も手伝うから!!」

微妙な空気の中、3人が会話する!!

 

ズボン!!

「イギィ!?」

レミリアが善から剣山を引き抜き……

 

「えーと……部補移身(べホイミ)……」

シャララララン!!

パチュリーが回復を呪文をかける!!

 

「はぁうぅぅぅぅぅぅ…………」

善が回復の余韻に顔を緩ませる。

 

「さて、帰ろうかしら……パチェ?」

 

「ええ、そうね……レミィ」

顔を緩ませる善を置いて、二人は帰っていった!!

何かを話すには疲れ切っていた!!

 

 

 

 

 

「ぷッ!!あっはははははは!!!おし、お尻に剣山って!!!

あはッ!!あははははははは!!あ~おっかしい!!」

話を聞いたフランがベットでお腹を押さえながら笑う。

バタバタを足を動かし、おかしくてしょうがない様だった。

 

「笑わないでください。こっちは必死なんですよ?」

フランの様子に不機嫌になる善、その様子を見てフランがベットから立ち上がった。

 

「ごめんごめん、こんなにおかしいのは久しぶりだったの。

そうだ!!お詫びにレジルにすごい事教えてあげる!!」

 

「すごい事?」

悪だくみをする様な顔をするフランの言葉に、期待を込めて善が耳を傾ける。

 

「実は咲夜の胸は――」

 

グサぁ!!

 

「ぎゃぁあああ!!!」

突然空中にナイフが出現して、善の後頭部に突き刺さる!!

そのまま悲鳴を上げ、善が床に倒れる!!

 

「フラン様」

 

「あ、咲夜」

倒れた善を踏みながら、咲夜がフランの前に立つ。

 

「今夜は前々から計画されていた、使用人たちの親睦会です。

レミリアお嬢様はもちろん、パチュリー様や美鈴も参加予定です、フランお嬢様はいかがいたしますか?」

 

「私はパス、レジル以外の使用人たちに私好かれて無いもん。

私が出る訳にはいかないの」

咲夜の話につまらなそうに視線を外す。

フランはいつもこうだった、屋敷の中を動く事は有っても決して外には出ない。

使用人とも会話する事自体少なかった。

 

「そうですか……なら、彼を置いていきますね。

何かあれば()()呼んでください」

咲夜は善の頭の刺さったナイフを引き抜き、音もなく消えていった。

 

「かわいそうなレジル……私に目を付けられちゃって……きっと貴方もいつか私に壊されるのね」

尚も倒れる善を拾い上げ、フランが一人つぶやいた。

近くに有った椅子に座らせ、死んだように眠る善を眺めるフラン。

 

「あれ?」

さっき善を持ち上げた時に付いたのか、フランの手に血が少し付いていた。

半場無意識にその血を舐めとった。

 

「!!…………へぇ、人間っていうのはウソじゃなかったんだ」

善の血の味を見て、言葉にウソが無かったのを理解する。

確かに善の血はフランが良く口にする人間の味がした。

 

『なら、作り変えてしまおうか?』

 

「!?」

ゾクリと嫌な感覚がして、誰かの声が聞こえた。

その声は尚も囁き続ける。

 

『人間は脆い、100年も経たずに死んでしまう。解る?

私が生きてきた時間の5分の1以下しか生きない、それなら作り変えてしまえばいいんじゃないかな?』

 

「ダメ……きっとレジルはそれを望まない!!」

 

『けどフランドール(わたし)はそれを望んでいるよ?』

さっきから聞こえる声はフランの心の中の声だった!!

『悪意』か『狂気』かそれとも『願い』か何なのかは解らないがそれは囁き続ける。

 

「うぅ……」

その時善が、わずかに動き首筋がフランの目に飛び込んでくる!!

 

『さぁ、牙を突き立て彼を私の眷属にしよう?彼に永遠をあげよう?』

 

「ダメぇ!!そんなの!!絶対にダメ!!」

理性が抵抗するが、フランは誘蛾灯に誘き寄せられる虫の様にふらふらした足取りで善に向かっていく。

 

『さぁ、レジル。私のトモダチになろう?』

善の髪の毛を掴み、目の前に首筋を持ってくる。

口を開き、自身の牙を突き立てようとする瞬間!!

 

「よ、芳香ぁ!!噛むんじゃない!!まだ死んでないぞ!!」

突如善がフランを突き飛ばし、目を覚ました!!

 

「レジ、ル?」

突然の出来事に尻もちをつき、フランが目を白黒させる。

 

「あ、アレ?芳香じゃ……すいませんね、フランお嬢様。いつの間にか寝ていたのかな?ちょっと頭をかじられる夢を見まして……寝ぼけてたみたいです」

何時もの様に笑顔を見せ、フランを立たせる。

 

「えーと、今の時間は……やばい!!もうパーティ始まる!!」

支給された懐中時計を取り出し、時間を確認した善が慌て始める。

その言葉に、さっき咲夜がそんな事を言っていたなー、と他人事のようにフランが思う。

 

「フランお嬢様も行きましょうよ!!」

そう言って、善が手をフランに差し伸べる。

自分何をしようとしていたか知らない、その無垢な笑顔はフランを傷つけた。

 

「私、行かない」

 

「え?せっかくのパーティですよ?」

 

「行かないったら行かない!!行きたければレジル一人で行って!!」

しまった!!と思った時はもう遅い。

フランの目の前に、呆然とする善が立っていた。

 

「そうですか……わかりました。失礼します」

フランに対して頭を下げ、善が急ぎ足でその場から立ち去っていた。

 

「ま、待って――」

声を掛けようとするが、善はもうすでに扉から出て行った後だった。

 

「そうだよね……私が、選んだんだよね……この結果は私が……」

フランが力なく、ベットに横になる。

地下だというのに、中庭でのパーティの喧騒が僅かに伝わってくる。

 

「はぁー……結局私は一人か……キュッとして……」

自身の能力を使い、天井の『目』を自身の掌に移動させる。

この『目』はすべての存在に有るいわば急所、それを握りつぶせばその存在は脆く壊れてしまう。

つまり今、フランが手を閉じれば天井はいとも簡単に吹き飛ぶのだ。

 

「あーきたっと」

手の中の『目』を放り投げ、フランは布団を頭からかぶる。

何も考えたくない、ただ一人で居たかった。

けれど、なぜか少しだけ、ほんの少しだけパーティがうらやましく思えた。

 

ガチャ

自身の部屋が開く音がする、おそらく咲夜が何か持って来たのだろう。

それか、またパーティへの参加催促か。

 

「なに?私パーティには……」

 

「ええ、知ってますよフランお嬢さま」

そこに立っていたのは善だった、何かを隠す様に右手を背中に持って行っている。

 

「レジル?パーティに言ったんじゃないの?」

 

「また遊ぶって約束したじゃないですか。だから此処に来ました。

レミリアお嬢様には此処に居る事はちゃんと言ってきましたから」

 

「なんで、そんなに優しいかな?なんで、私に――」

 

「そうだ、お嬢さま。コレ」

そう言って、一体のテディベアを持ち出す善。

 

「コレ……私が壊した……」

それは、フランが善と初めて会った時に能力で壊したテディベアだった。

バラバラに成ったハズなのに、しっかりと縫合されておる。

 

「直しました。師匠から縫合を少し教えられているので……

さ、一緒に遊びましょうか」

善がフランに笑いかけた。

 

「…………うん!!」

フランもそれに負けない様な笑顔で返した。

太陽の光の射さない地下でその笑顔が、何よりの輝きだったのは説明するまでも無かった。

 

 

 

 

 

「何して、遊びます?」

 

「図書館で見つけたこの本でしてる事したい!!」

 

「こ、これは!?」

一部の妄想力豊かな読者諸君は恋愛小説のワンシーンで『恋人ごっこ』や不健全お兄さんたちは『薄い本ごっこ』などを思いうかべるだろうが、この作品は非常に健全な作品!!

そんな物は出てこない!!

フランが取り出した作品は――!!

 

「き、キン○マン!?」

某超人たちが活躍する漫画だった!!

表紙には額に『肉』の文字が書かれたキャラクターたちが技を掛け合ってる!!

 

「キン○バスターをかけて見たいの!!」

 

「ぜ、絶対にダメです!!流石にコレは洒落に――」

 

「逃がさないから!!!」

 

「つーかまえた!!」

フランから逃げる善の後ろから、再びフランの声!!

 

「え!?双子!!?双子なの?」

前を見ても、後ろを見てもフラン!!

善が混乱する!!

 

「ざんね~ん・ハ・ズ・レ」

 

「まだまだ、いるよぉ?」

更にもう二人のフランが、出現して善を取り囲む!!

 

「な、何で!?なんで四人もいるの!?」

 

「さ~ナンででしょ?」

 

「に・が・さ・な・い」

 

「どうしよっかなぁ?」

がしぃ!!と四人全員が善を掴む!!

そしてベットに向かって投げ捨てる!!

 

「「「「必殺!!フランちゃんバスター」」」」

説明しよう!!『フランちゃんバスター』とは!!

フォーオブアカインドを利用した関節技で、上は首、下は股関節まですべての急所を同時にロックしさらに相手を逃がさない!!成功率ほぼ100%の狂気の技である!!

 

「ぐえええええ!!!!」

グギィ!!ボギィ!!グチャン!!

 

「勝利のV」

 

「ひどい……ひどすぎる……」

ぴくぴくと善が痙攣する。

その時自身の右手が何かを持っている事に気が付いた。

 

「あれ?コレって……」

フランの背中に視線を送る善、結晶の様な羽が枝の様な部分から垂れてる。

 

(1、2、3、4、5、6、7……1、2、3、4、5、6?)

数を数え、指が震えだす!!

善の手の中に有るのは……!!

 

「お、お嬢様!!は、羽が!!」

フランに自身の持っていた、青い色の結晶を見せる。

 

「え?あー、取れちゃったか……大丈夫。そのうち生えるから」

そう言って、もう一つ羽の結晶を引き抜く!!

 

「はい、もう一個上げる。だからさ?もう一回コンティニューしようか?」

 

「「「ねーレジル?」」」

再び4人のフランの八本の手が善に迫る!!

 

「止めてね!!結晶一個じゃコンティニュー出来な――!!」

 

「「「「フランちゃんドライバー!!!」」」」

 

「ぎぃぃぃぃゃああああああおおおおお!!!」

 




夏休みになると、小学生の頃の事件を思い出します。

TVに影響されたのか、急に教育ママに成った母。
夏休みの宿題を目の前でやらせる。ここまでなら何処にでもいる母。
イラつきが有ったのか、計算途中でも横から消しゴムで私の書いた答えを消すんですよ。
「何で消すんだよ!!」
「消されたくなければ、消されない字を書きなさい!!」
とのこと。
仕方ないので答えをボールペンで書いてやったぜ!!

キレる母、家から追い出される私。

そのまま遊びに行って帰って来ませんでした。
夜に離れた場所の公園で無事見つかりましたが……

あの頃は若かったな~
少し反省してます。


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冷酷!!悪魔の屋敷のメイド!!

レッツ投稿。
さて、今回は咲夜さんが――といっても大体の人はこの作品を読む上での注意はわかって言るとおもうのでそこまでは言いません。
ダメな人は、ブラウザバックよろしくお願いします。


私はリンジーノ・R・バイト。

紅魔館で執事長をさせて頂いております。

皆さまどうか、気安く『レジル』とお呼びください。

白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。

青と赤のネクタイを締めれば、それが私の戦闘服(仕事着)

太陽がのぼる前に私の仕事が始まります。

 

チリーン……!!

 

早速お嬢様のお呼びですね。

さぁて、今回は何をお望みですか?

 

 

 

 

 

…………名乗り口上はこれで良いですかね?

 

流石レジル!!バッチリよ!!

 

なんだかなぁ……

 

 

 

 

 

暗い廊下の中を一人の男が走り回る。

右、左、右、右、今度は左と迷路の様な廊下を必死の形相で走る。

足がもつれ、肺が酸素を求め叫ぶ。

だが今は休む余裕はない、逃げなくては!!一cmでも、一mmでも遠くへ逃げなくてはならない!!

追ってくる悪魔から、何としても逃げ延びなくてはならない!!

 

「は、フゥ!?」

曲がった角の先、壁にもたれかかる影を見て男が息を飲む。

 

「レ~ジル♪何処へ行こうとしてるのかな~?」

好奇心の強そうな活発な紅い瞳を、紅魔館の執事である善に向ける。

 

「ふ、フランお嬢様?こ、この後、私はそ、掃除のシフトが入っていまして……遊ぶのはその後にして頂けると、私、感謝感激シマス!!」

 

「え~?どうしよっかなぁ?」

震え縮困る善を見て、フランが楽しそうに嗤う。

この表現、善にとっては非常に見慣れた物、何か無茶を言う師匠の顔に非常に似ているのだ。

 

「ダァメ♥おねぇ様には言っておくから、このオモチャで私の部屋で遊びましょ?」

そう言って、何処からかトランプのスペードをイメージさせるグニャグニャに歪んだ杖とも剣とも槍ともつかない棒状の物を取り出す。

 

「何それ!?明らかにオモチャじゃないよ!?殺意の波動的なのがすごい伝わって来ますよ!?」

 

「大丈夫だって、コレはただのレーヴァテイン。怖くない怖くない」

 

「で、伝説上の武器ですよ!?ソレ!!」

怯える善を目の前に、ブンブンとレーヴァテインを素振りするフラン。

 

「さぁ、レジル?私とあそぼうね~?」

 

「う、うわぁああああ!!いやだぁああああああ!!!!」

フランを背にし、善が全力で走り出す!!

札を頭に張り付け、仙人としての能力を限界まで引き出す!!事実上の全能力使用状態である!!

 

「鬼ごっこがしたいの?良いよ!!付き合ってあげる!!アハハッハアハハ!!」

最強の捕食者が善を追う!!!

 

 

 

 

 

コン……コン……

紅魔館きっての有能。十六夜 咲夜がフランの幽閉されている地下へと足を踏み入れる。

その表情はいつもの様に、クールな表情だが内心は非常に穏やかではなかった。

この内心というのは今に始まった事ではなかった。

善がやってきて早くも10日が過ぎた。

仕事もきちんと覚え、戦力になるかならないかという所なのだが……

 

 

 

昨晩の事

夕食の時間となり、テーブルに紅魔館のメンバーが集う。

集うと言っても主であるレミリア、その友人のパチュリーの二人と、その給仕をする数人の妖精メイドと咲夜というのが良くある組み合わせだ。

だがその日は、何の気まぐれかフランも同じテーブルについていた。

そしてもう一人、少し前までいなかった人物がもう一人。

 

「ほう、良い味だ。使ってるワインが良いのか?香りと味に深みがある」

レミリアが皿からビーフシチューを掬い、味わう。

 

「確かにコレ。いいわね、咲夜また腕を上げたんじゃない?」

パチュリーもレミリアの言葉に賛同する。

シチューを浸したパンをかじり頬を緩ませる。

何時もなら、喜ぶべき二人からの称賛の言葉、しかし咲夜は気まずそうに口を開いた。

 

「あ、あの……コレは――」

 

「このシチュー作ったのレジルでしょ?」

ズズーっと皿を傾け、シチューを飲み干したフランが口を開いた。

 

そう、フランの言葉の通り今日の夕食のコックは新人の善だった。

通常、このタイミングで任される事は無いのだが善の料理が好評である事、さらに幻想郷では少し珍しい洋風の料理を作った経験がある事から、例外的に抜擢された。

調理するところは咲夜も見たが、まだ粗削りな部分や付け入るスキがある物の概ね、館の主に出しても問題の無い物が出来た。

 

「ほう、善が作ったのか……いい味だ。この調子でまた頼む。

っと、そうか……珍しくフランが地下から出てきたと思ったら目的は善の料理か」

面白そうに、頬を緩めてフランを見やる。

 

「別にいいでしょ?レジルがせっかく作ったんだし……」

レミリアの指摘に対してフランが気まずそうに、視線を逸らす。

 

「構わないさ、料理に釣られたとはいえ、妹が地下から出てきたんだ、喜ばしい事さ。

善、これからもよろしく頼むぞ?」

 

「ハイ、レミリアお嬢様」

レミリアが善に笑いかけ、善が深くお辞儀をした。

 

「な……」

このやり取りは咲夜にショックを与えた!!

基本『居ないよりマシ』程度の妖精メイド達は褒められる事はない!!

レミリアからのお褒めの言葉は自分の物。というイメージが付いてる咲夜にとって非常に嫉妬心が突かれる事態だったのだ!!

更に言うと『レジル執事長』という響きが有能っぽいのが気にくわない!!

 

「レジルー!!このシチューお代わり!!あとパンも!!」

空に成った皿を掲げ、フランが善を呼ぶ。

咲夜の名ではなく、善の名が呼ばれた部分にまたしても咲夜の嫉妬心が刺激される!!

 

「はい、お嬢様。……の前に、お顔がシチューまみれですよ?レディはもっとしっかりしませんと……」

そう言って、紙ナプキンを取り出しフランの口元をぬぐう。

 

「まったく、お前という奴は……もっと淑女らしい振る舞いを身に着けろと、いつも言ってるだろう?」

レミリアが楽しそうに口を開く。

口調こそ厳しいが、家族の団らんを楽しんでいるのが伝わってくる。

 

 

「おねぇ様だって、その口調無理やりやってるでしょ?いつもは『うー☆さくやープリンー』とか言ってるでしょ?」

 

「な!?言ってないわよ!!いつ私がそんな事言ったっていうの!?――――あ”」

フランの言葉が癪に障ったのか、テーブルを叩くとシチューの皿のスプーンに手が当たり、シチューが跳ね上がりレミリアの服を汚す。

 

「あーあ、おねぇ様ったら汚しちゃった!レディらしい振る舞いをした方がいいんじゃありませんこと?」

ヤケに芝居がかった口調で、不安がレミリアを挑発する。

一瞬後には、レミリアの服が変わっておりシミが無い服に成っていた、咲夜が何かしたのだろう。

フランの皿にも、新しいシチューと焼いたパンが置いてあった。

 

「フラン、アナタ……姉に逆らうとはいい度胸ね?」

 

「あは、久しぶりにヤル?おねぇ様」

レミリアとフランが同時に椅子から立ち上がる。

お互いが体から妖力を放出し始める。

妖力の奔流に、テーブルの上の食器がカタカタと揺れ始める。

パチュリーが慣れた様子で自身の周りに結界をはり、咲夜が二人から距離をとる。

一触即発のその時!!ゆっくりと善が動きだした!!

 

「お嬢様方。今はまだ食事中です、品の無い行為はお控えください」

構える二人の間に立ちふさがる!!

3者の視線が一瞬絡み合った。

 

「そう……ね。礼の欠く行為だったわ、食事を続けましょう。ほら、フランも」

 

「ですわね、おねぇ様」

 

「それでこそ、お二人です。本日はデザートもありますよ?

私特性のクリームブリュレです」

 

「本当!?」

 

「うー☆ブリュレー!!」

フランとレミリアが同時に目を輝かせる。

剣呑な空気が一瞬にして吹き飛ぶ。

 

「うーって……やっぱり、言うんじゃないですか……」

善の指摘に、レミリアが気まずそうに視線を逸らす。

微笑ましい空間!!その空気に咲夜は疎外感を感じていた!!

咲夜の心配はそれだけではない……

 

 

 

 

 

「さて、掃除をしようかしら」

何時もの様に、掃除道具を手にとり客間の扉を開く。

そして小さな違和感に気が付いた。

 

「あら……掃除がもう、してある?」

部屋がきれいだったのだ。

確かに昨日妖精メイドがここの掃除のシフトだったはずだが、ヤケにきれいすぎる。

 

「あれ?メイド長そこで何を?」

洗濯籠を抱えた、妖精メイドが咲夜に話しかける。

 

「掃除、の積りだったんだけど……思ったよりキレイで――」

 

「ああ、そこなら昨日D班の妖精の子達がやってましたよ」

昨日の事を思い出しながら、その妖精メイドが語る。

 

「貴女達が、此処を?」

 

「レジル執事長がそう言うの得意で、やり方を教えてもらったんですよ。

他の班の子達もやり方を教えてもらって、やってますよ」

その言葉にを聞いた瞬間隣の部屋へと時間を止めて移動する。

隣の遊戯室を開いて中を見るがこちらも、掃除がしてあった。

 

「あ、あの、妖怪!!」

居ないよりマシなハズの妖精メイド達が、戦力として使え始めている!!

『自身が紅魔館を支えている』というプライドに傷がついた!!

紅魔館的にはプラスなのだが……

更に……

 

「ねー、レジル執事長ってちょっと良くない?」

 

「あ!わかるー、影が有る所がいいよねー」

 

「妹様のガードさえなければ……夜、部屋で一緒に飲んだりするのにねー」

 

「うわー、肉食系!!」

 

「「「「あははっははははは」」」」

 

妖精たちの会話を廊下を挟んで聞いていた咲夜。

 

(よ、妖精たちにモテ始めた!!私なんか、むしろ恐れられているのに……!!)

仕事に続き、人望も持ってかれ始めた!!

 

「なんとか……何とかして、アイツに無実の罪を着せるとかで、アイツの人気を失墜なくては!!」

此処に咲夜の限りなく私怨に近い、計画が始まった!!

 

 

 

 

 

そして現在

(粗を探さなくては……あの、妖怪。妹様の部屋で何を?)

仕事の時間に成ってもちっとも出てこない善を探しに来ていた。

ここ数日から、フランと善が良く会っているのは知っていた。

最初はすぐにフランから逃げ出すと思ったが、何だかんだ言って地下に行っている様で咲夜の主のレミリアも黙認していて、半場公認となっている。

だが!!だが咲夜はそこが面白くなかった!!

 

(毎日、妹様に構ってもらえるとか……うらやま――死刑ね!!

今、この瞬間もあの男が、部屋の中でイチャラブしてるとか……

なんにせよ、あの男は早めに――)

そこまで考えて、視界の端で善が酷く怯えた様子でしゃがんでいるの気が付く。

 

「何をしているの?あなたのこの時間のシフトは掃除のハズでしょ?」

 

「あ、ああッ……つ、次は一体いつ!?何処から襲ってくるんだ!?」

ガタガタガタと酷く狼狽した様子で、ぶつぶつと呟き続ける!!

 

コーン、コーン……

 

「ひ、ヒィ!?き、来た!!」

善が必死になって頭を押さえ始める、必死にその足音を聞かない様にしているかの様だった。

そのリアクションの通り、靴音を立てながら廊下の奥からフランがゆっくりと歩いてくる。

 

「アハッ!!レジルみ~つけた!!次は何をして遊ぼうかな~?」

レーヴァテインを地面に引きずり、ゆっくりと歩を進める。

 

「お、俺に近寄るなぁアアアアアアアああああ!!!」

 

「うるさい」

 

「アベシ!!」

咲夜が善の額にナイフを投げると、倒れたっきり動かなくなった!!

 

「あ~あ、レジルまた寝ちゃった……」

倒れた善を見て、フランがつまらなそうにつぶやく。

 

「妹様?彼はこの後、掃除のシフトが入っています。

遊ぶのはまた後にしてください」

 

「えー?それじゃ、つまんない!!

他の使用人はすぐに壊れちゃうんだもん!!

フランのオモチャはレジルじゃなきゃ、務まらないの!!」

そう言って自身の物だ!!と主張する様に善を抱き上げ胸元に抱きしめる。

 

『死 刑 確 定』の単語がこの瞬間咲夜の脳裏によぎる!!

しかしなけなしの理性を総動員して、理的にふるまう。

 

「い、妹様?彼も仕事ですので……それに、仕事を怠けたせいで彼が解雇になると結果的に困るのは妹様では?」

 

「むぅ……それは……」

咲夜の指摘にフランが葛藤する。

善の顔をみて、さらに咲夜の顔を見る。

 

「わかった。けど、けどレジルが起きたら、またフランに会いに来るように言ってね」

 

「了解しました」

そう言って、善の額にさっき自分が突き刺したナイフを引き抜く。

傷を押さえていたナイフが無くなり、血が流れ始める。

 

「あ、もったいない」

そう言うや否や、善の額の傷跡に口を付け血を舐めとり始める。

 

「い、妹様!?おやめください!!」

 

「レジルの血って結構おいしいんだよ?おねぇ様はこの味を知ってるかな?」

唇に血をつけながらフランが顔を上げる。

自身の口元の血を舌で舐めとる顔が何処か艶めかしく美しくもあった。

 

「さ、さぁ……存じ上げかねます……」

コレ以上此処に居るのは不味いと、半場無理やり善を受け取り地下から出ていく。

 

 

 

 

 

「一体どうやってあそこまで妹様を……是非とも御教授をいただきたい物ね」

そう言って、自身に抱えられる善を見る。

額の傷がもう治りかけている、人間には不可能なスピードだ。

 

「………なんだか、イライラしてきた」

 

「仕事の時間よ!!起きなさい!!」

善の胸倉をつかむと顔面にビンタを何度も叩き込む!!

バシン!!バシン!!バシシン!!

 

叩きながら思うのはさっきの光景。

(さっきのアレ……私もお嬢さまにしてもらえないかしら……こう、ミスで自身にナイフを刺したって奴で――)

 

「キャッ!!」

 

「どうしたの咲夜?」

 

「手元が、滑って額にナイフが――」

 

「珍しいわね、貴女がそんなミスをするなんて?」

 

「すぐに顔を洗ってきま――」

 

「待て。偶には、直接お前の血を飲むのも悪くない、こっちに来て傷を見せろ」

 

「は、はい。お嬢様」

 

(的な感じで、お嬢様が私に――いけない!!いけない!!理性が!!)

善を叩きつつ妄想を爆発させるメイド長!!

顔はだらしなく、歪み鼻から大量の忠誠心(鼻血)が吹き出る!!

 

「お嬢様過激すぎですー!!」

バンバンバン!!

加速する妄想!!増加する忠誠心!!強化される善へのビンタ!!

 

「さ、咲夜さん!?なにしてるんですか!?」

通りかかった小悪魔が、咲夜を後ろから羽交い絞めにする!!

 

「え、ちょっと?何を――」

 

「それはこっちのセリフです!!咲夜さんこそ一体何をしているんですか!!」

小悪魔の必死の形相に、気が付き手に持っていた善を見ると……!!

 

「あ……ぐぅ……」

ぴくぴくと痙攣する善!!さらにその顔は両頬が真っ赤に腫れ、顔中血だらけ(半分は咲夜の忠誠心)そして咲夜の手に付く大量に血痕!!

更に気が付くと、周囲には数人のギャラリーが!!

 

「咲夜さん……血まみれに成っても殴るのを止めないとか――」

 

「ほら、最近焦りもあったんじゃない?」

 

「レジル執事長、良い人だったのに……」

 

「自身の立場があやぶまれる前に処理を……」

 

ざわざわと咲夜を非難気な眼で見る!!

しかししょうがない!!コレは客観的にどう見ても『咲夜がレジルを殺しに行っている』様にしか見えない!!

 

「咲夜あなた……」

気が付くとレミリアまでもが、咲夜を見ている!!

 

「ち、違うんです!!これは、その、えっと――」

 

「そうよね、今まで私は貴女だけに負担を掛け過ぎたのよね?大丈夫、休日をあげるから、3日位休みなさいね?」

震えながら、レミリアが咲夜に休みを提案する。

余りの恐怖に誰も咲夜に目を合わせない!!

*その後必死の弁明で説明できました。

 

 

 

 

 

その日の深夜

フランの居る部屋へと咲夜が近付く、ノックをしようとして部屋の中から聞こえる声に気が付く。

 

「ねぇ、レジル知ってる?咲夜の秘密」

 

「咲夜さんの秘密?お嬢様、あんまり人の秘密を言いふらすのは良くないですよ?」

フランを善がたしなめる。

どうやら今夜も、善が遊びに来ている様だった。

思いのほか紳士的な善の態度に、咲夜が少し胸がすく。

 

(そう言えばレジルは、何だかんだ言って紅魔館にプラスの人材なのよね……

私は、妖精たちは戦力外として切り捨てたけど、執事長はしっかり教えて全体の妖精の質を上げてる……

妹様の部分もそう……あんなに楽しそうなフラン様は久しぶり……

あの、妖怪はこの館をいい方向に導くのかもしれないわね……)

そう思い立ち去ろうとして、再び足を止める。

 

「えー、咲夜の胸の話なのに?実は咲夜の胸は――」

 

「ああ、PADでしょ?知ってますよ?」

その言葉を聞いてピキィンと咲夜の体が固まる!!

 

(一体どこで?いつ、私の秘密が!?)

咲夜の秘密!!それは胸部に装備品を付けていることだった!!

 

「えー!?レジル知ってたの!?なんで!?」

 

「簡単な話ですよ。いいですか!!

大なり小なり、人の胸にはサイズに関わらず『夢』とか『希望』が詰まってるんです!!

私は基本大きなサイズが好きですが、此処はあえて『サイズは関係ない!!』と言っておきます。

そう、大きいのが良いに越した事はないんですが……

あ、話を戻しましょうか。

どんな胸にも『生命の輝き』とでも呼べる物が有るんです!!小さくても、大きくても、確かな『輝き』が有るんです!!

けどね?けどね!!咲夜さんにはそれが無いんですよ!!

あの胸は……あの胸は冷たい作り物の胸――」

 

ガシィ!!

 

突如善の方が掴まれる!!

首に伝わるのは冷たい金属の感覚!!

 

「ずいぶん楽しそうな、話をしていますね?レジル執事長?」

 

「さ、咲夜メイド長……!!」

 

「フランお嬢様?今夜の遊び、私も参加していいですか?」

 

「う、うん、いいよ!!」

咲夜の威圧感に押され、フランが渇いた声を出す。

 

「じゃ、レジル執事長……始めましょうか!!」

空気中に突然出現するナイフが善を容赦なく狙う!!

 

「お、おおお!?」

 

「さぁ!!血だるまに成りましょうね!!執事長ぉっぉぉおおおおおお!!!」

 

「い、いやだぁああああ!!!!」

悪魔の館の地下には今夜も、血と悲鳴があふれている!!




巻末おまけコーナー

「さぁ、善。巻末おまけコーナー始まるわよ」

「師匠!?なんで此処に?ここは作者が暴走する場所じゃないんですか?」

「作者は、交番に向かって『幼稚園児の彼女ほぴぃいいい!!』とか言って突っ込んで捕まったわ」

「まじっすか……」

「嘘よ、そんな訳ないじゃない。
今回私がここに居るのは本編で出番が無いからよ!!」

「ええ……」

「作者から、手紙をもらっているわ。
『更新遅れて読者の皆様ごめんなさい、(善が)なんでもするから許してね』
だそうよ」

「何で私が!?」

「じゃぁ早速……」

「何で師匠が!?」



という事で茶番、師匠を書いていないので久しぶりに此処に。


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小休止!!執事長の休日!!

なんだかスランプ気味な今日このごろ……
うーん……何かいい解決方ってありますかね?


私はリンジーノ・R・バイト。

紅魔館で執事長をさせて頂いております。

皆さまどうか、気安く『レジル』とお呼びください。

白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。

青と赤のネクタイを締めれば、それが私の戦闘服(仕事着)

太陽がのぼる前に私の仕事が始まります。

 

チリーン……!!

 

早速お嬢様のお呼びですね。

さぁて、今回は何をお望みですか?

 

 

 

 

 

…………名乗り口上はこれで良いですかね?

 

流石レジル!!バッチリよ!!

 

もう、慣れたモンですよ。

 

 

 

 

 

悪魔の屋敷――紅魔館にも休日というのが存在する。

もっとも、よくよく考えて年中無休、なんて事が有ればすさまじくブラックな労働環境なのだが……

 

という事で、我らが主人公 詩堂 善も今日は休みの日となっている。

午前中休みや、午後休みではなく完全な休日だった。

 

朝日が昇る前に目を覚まし、部屋で軽くストレッチをして着替えてから屋敷の外に出る。

今は執事として働いているが善の本職は『仙人の弟子』だ。修業を怠る訳にはいかない事を重々本人は理解している。

 

「おはようございまーす」

 

「レジル執事長!今日も何時もの日課ですか?」

門の前に居る、美鈴が善に気が付き手を振ってくれる。

昼寝しているイメージが強い美鈴だが、何だかんだいってしっかり自身の仕事はこなしている様だ。

 

「そうです、美鈴さん。今日も手合わせお願いできますか?」

 

「構いませんよ。もうすぐ交代の時間なので、その時に」

 

「はい」

美鈴に手を振り返すと紅魔館の屋敷の周囲を走り出した。

大体5周もすれば、朝のランニングは終了となる。

その後、中庭に赴き花壇に近くで瞑想と精神集中を始める。

息の上がった体が、一呼吸毎に楽に成っていく。

息をゆっくり吸いながら、周囲の『気』を自身の中に取り込んでいく。

空気の中の『気』が肺を伝い自身の体を駆けていく……

それを何度も繰り返す。

 

「レジル執事長」

 

「美鈴さん、来てくれたんですね」

後ろから掛かる声に反応し、善が閉じていた目を開き立ち上がる。

交代を終えた美鈴が人懐っこい笑顔を見せている。

 

「邪魔、しちゃいましたかね?」

 

「いいえ、そんな事はありませんよ。むしろ美鈴さんの教えてくれたこのやり方のお陰で前より、集中が出来て助かってます」

そう言って善は、花壇に植えられた花を見やる。

 

「そこは私じゃなくて、執事長の筋が良いからですよ」

照れたように、美鈴が笑う。

美鈴は仙人ではないが『気を使う』という点で善と近い能力を持っている。

もともと善が自主練習をしている時、美鈴に話しかけて以来、美鈴流の力の使い方を教えてもらっているのだ。

 

「では、私も始めましょうかね」

 

「はい、美鈴さん」

二人並んで、地面に座り目を閉じる。

美鈴の言っていた気の流れを読もうと精神を集中させる。

善は美鈴の言っていた事を、思い出していく。

 

 

 

「良いですか?『気』というのは『流れ』の力です。

木にも、水にも地面にも、それこそ生き物にすら微弱な『気』が流れています。

妖精なんてある意味『気』の塊ともいえるかもしれませんね、さて、私はその『気』の流れを体に取り込むことで力にしています。

心を平常に、我を薄め自然の力に自身を浸すんです……

そして、自身の流れて来る自然の『気』を体内で循環させるんです」

……

…………

……………………

 

(気を取り込み……体で循環を……)

目を閉じ、微弱な『気』を感じていく。

地面を河の様に走る龍脈。植物がその力を根っこから吸い上げ、美しい花として実らせる。

この花の様に……自身の体にも……もっと、気を――

 

ポン!!

そこまでして、善の肩を美鈴が叩く。

 

「美鈴さん?」

 

「執事長、今日はここまでにしましょう?一日が座って終わっちゃいますよ?

ほら、もうこんな時間」

美鈴の言葉を聞いて、時計塔の時間を見て善が驚く。

いつの間にか、2時間近く経っている。

ずっと座っていた様だった。

 

「朝ごはん、無くなっちゃいますよ」

 

「そう、ですね」

美鈴に誘われ、使用人用食堂へと向かっていく。

 

 

 

「そう言えば、執事長って誰に『気』の使い方教えてもらったんですか?まだ、修業してそんなに経ってないんですよね?」

サラダを突きながら、美鈴が善に尋ねた。

 

「私の仙人としての師匠ですね……最初には普通に溜める方式だったんですが――

一回、胸に手を当てられて無理やり『気』の通り道を作られたのがある意味最初かな?」

師匠との思い出を語る善、懐かしく成って他の事も話していく。

 

「師匠ったらひどいんですよ?体の外に放出出来ないって言ったら、『穴をあければいいのよ』っていって、私の右手の指、5本とも切断したんですよ。

その後、くっつけてもらってちゃんと違和感無く動くんですけど……未だに傷後が消えないんですよねー。

見ます?ほら、右手の指の付け根」

美鈴に自身の右手を見せた時、善は初めて美鈴が固まっているのに気が付いた!!

 

「美鈴さん?」

 

「執事長。悪い事は言いません、早く別の師匠を見つけるべきですよ!!」

 

「へ?」

 

「さっきの修行法、よくよく考えれば理に適った修業方法ですけど、倫理的には完全に間違った方法です。

むしろ邪法と言われる部類ですよ!!悪い事は言いません!!別の師匠を見つけるべきです!!」

美鈴にしては珍しく、語気を荒げ善を説得しようとする。

その瞳には真摯な感情が満ちていた。

 

「大丈夫ですよ。美鈴さん、何だかんだ言って師匠はちゃんと、その後のケアをしてくれてますから。

たぶん、すごく私の事を考えてくれていますから。

ハチャメチャに見えても、きっとしっかりと細かい部分まで計算しています。

だから――だから、私は師匠を――裏切れない」

 

「…………」

善の言葉に、美鈴が押し黙った。

納得した訳ではない、安堵した訳でもない、むしろその逆だった。

 

「執事長、アナタは――」

 

「おっと、もうこんな時間だ。パチュリー様の図書館で探したい本が有るので失礼しますね」

美鈴の言葉にかぶせるように、善が言葉を発し、自身のトレイを片付け立ち上がる。

そのまま速足で、善が逃げる様にその場を後にする。

 

「執事長……」

美鈴は静かにさっきの善の顔を思い出す。

善は何時もは柔和で気弱そうな笑みを浮かべている。

そして、手合わせなどの時は粗暴で冷酷、それでいて好戦的な表情を見せる。

此処までは問題ない、手合わせとはいえ戦いの場。

邪魔に成らない程度の、精神の高揚は有った方がいいに決まっている。

だが、だが、あの師匠に対して語る顔には盲目的な部分が有った。

信頼、と言えば聞こえはいいが、そこには確かな危うさが存在する。

美鈴はそのことが、わずかに不安として心に残った。

 

 

 

 

 

紅魔館内図書館。

フランのいる地下とは別のルートで入れる、半地下にある巨大な図書館。

上を向いても横を向いても壁が見えず延々と本棚が続く、ある意味狂気じみてさえいる。

そしてここはパチュリーが常に、何らかの研究をしている知識の宝庫でもあった。

使用人たちも利用する事はゆるされているが、あまりパチュリーとその下部の小悪魔以外が利用しているのを見たことが無い。

 

「あら、いらっしゃい」

机に上にある、紅茶をソーサーに戻しながらパチュリーが善に声を掛ける。

魔導書?を閉じて山に成っている本の上に置く。

 

「今日も、例の本?精が出るわね……小悪魔に案内させるわ」

パチュリーが言い終わる前に、小悪魔が数冊の本を抱えてやって来た。

手に持つ本の表紙を見て、善が探していた本だとすぐにわかった。

 

「はい、善さん。何時もの系統の本です、足りないものが有ったら言ってくださいね」

にこやかに笑う小悪魔を横目で見ながら、パチュリーが何かを言おうとして止める。

 

「ありがとうございます、どれもこれも良いですね」

ぺらぺらと数冊の本を、開いていく。

そこに書かれているのは主に料理に対する物、俗にいう料理本の類だ。

 

「休みの日まで、料理の研究だなんて……あなた思ったより真面目なのね?」

熱心に本を読みながら、持ってきてメモ帳に書き込む様子を見てパチュリーが口を開いた。

 

「お屋敷の為って言うのが全てじゃないですよ?もともと日常的に料理はしなくちゃいけないので、ちょっとでも作れるメニューを増やさないと……

小悪魔さん、出来れば中華料理がメインの本ありますか?」

 

「中華系の料理本ですね、すぐに持って来ます」

善の言葉を聞き、文字通り図書館の奥の方まで小悪魔が飛んで行った。

 

「むきゅー……小悪魔、私の頼んだ本はちっとももって来ないのに……

まぁ、良いわ。根を詰めすぎても良くないのはわかっているもの。

そんな事より、仕事の方はどう?あなたはあまり、仕事で此処に来る事は無いからゆっくり話せないのよね」

本を閉じ、パチュリーが善の隣まで歩いている。

その瞳には知的な品性と、好奇心が見えていた。

 

「順調ですよ。小悪魔さんが密かにサポートしてくれたりして、助かってます」

 

「小悪魔が?珍しいわね」

善の言葉を聞きパチュリーが考え込む。

 

「珍しい?しょっちゅう助けてくれますけど?フランお嬢様と遊んだ後、包帯や湿布を持ってきてくれたり……良い人ならぬ、良い悪魔ですよ?」

 

「『良い悪魔』なんているのかしら?」

 

「善さーん!!」

善に尋ねる様に口を開いた時、再び奥から小悪魔が本を抱えて戻って来た。

 

「あ、小悪魔さん」

飛んできた小悪魔が、机に数冊の本を置いていく。

 

「はい、中華料理系の本です。

けど、なんで中華料理なんですか?」

小悪魔が何気ない質問を口に出した瞬間!!

善の顔に影が差す!!

 

(あ、地雷踏んだ)

その様子を見た小悪魔が、心の中でひっそりと呟いた。

 

「理由ですか?理由……ね……

実は……と言っても小悪魔さんはもう知ってる通り私は、ある人の弟子として修業をしているんですよ……

修業と言っても、師匠の身の回りのお世話も含まれているので、料理、掃除、洗濯等の雑用をこなさなければなりません……」

 

(なるほど、レミィが有能って言ってたのは、日常的に似たような事をしていたからなのね)

パチュリーが勝手に理解し、数度うなずく。

 

「前に、料理を失敗しましてね?…………偶然その日、師匠が不機嫌だった様で――

…………ああ!!ごめんなさい!!!許して!!もっと、もっと頑張りますから!!あの折檻だけは……!!あの折檻だけは許してくださ――」

突然善が、頭を押さえて震え始める!!

いきなりの事に、パチュリーが目を白黒させる!!

それに対して小悪魔は慣れているのか、優しくほほ笑むと善の背中をゆっくり撫で始めた。

 

「大丈夫ですよ~?ここには怖い人は居ませんよ~?」

 

「はぁはぁ……すいませんね。少し心の古傷が開きましてね……

まぁ、すさまじい折檻を食らいまして……

けど、逆に美味しい物を食べると少しだけ師匠の機嫌が良くなるんです、特に中華料理が好きみたいで……なるべき覚えておきたんですよね――――()()()()()()んで」

最後の部分だけ、イヤにリアルな感じがしてパチュリーが少し震えた。

 

「闇、深いわね……あと、貴女なんで手慣れてるのよ?」

 

「闇、深いですね……そりゃあ、悪魔ですからね。人の心に付け込むのは得意ですよ」

渇いた口調で笑う善を見て、パチュリーと小悪魔がつぶやいた。

 

「小悪魔、今日はもういいから、執事長に付いてあげて……」

これ以上関わるのは危険と判断した、パチュリーがその場を後そそくさと後にした。

扉からパチュリーが出ると再び図書館に静寂が戻った。

 

「さ、整理整理っと」

小悪魔はパチュリーの残した山積みの本を、数冊ずつ手に取って本棚に返していく。

コレが彼女の仕事だった。

それをみて、善が再び本にを開く。

 

「なるほど……中華の辛さは一種類じゃないのか……刺す様な辛さと、しびれる辛さ?他にも種類が……

山椒は問題ないけど、唐辛子って幻想郷でも手に入るか?」

ぺらぺらと使えそうな知識をメモしていく。

 

「えーと、コレは――!?」

手に取った本を急いで閉じる!!

その本は、料理本ではなく小説の本だった。

キョロキョロと周囲を見回すが、いつの間にか山の様に積みあがっていた本はすっかり片付いており、小悪魔も何処かへ行ってしまった様だ。

辺りに誰もいない事を確認して、再び善はさっきの本を開く。

 

(小悪魔さん、一体どうしてこんな本を?こんだけ広ければ、一冊位あるだろうけど……)

ドキドキしながら中身に目を通す善!!

本の中では、欲求不満な未亡人が宅配業者に秘密を握られて、だんだんと――といった感じの官能小説である!!

ぶっちゃけた言い方をすると、成人向けエロ小説。

 

「ま、間違って、入った?」

 

「『間違って入った?』なんて言わないでくださいね?」

 

「うぉおお!?」

すぐ後ろ、耳にかかる吐息を感じて善が椅子から転げ落ちる。

見えあげると小悪魔が妖艶に笑いながら立っていた。

 

「えっと、あの……興味があった訳じゃ、ないんですよ?紛れていたから、間違って手に取っただけで――」

非常に気まずい気分を味わいながら、善が言い訳を並べ始める!!

その間も、小悪魔のにやにやとした張り付いた笑みは消えない!!

 

「本当ですかぁ?隠さなくても良いんですよ?善さん位の子には必須アイテムじゃないですか?」

善に体を寄せる様に、小悪魔が本を善の目の前に持ってくる。

直ぐ近くにある小悪魔の胸に善の視線が行く!!

 

「こ、小悪魔さ、ん?」

 

「私は、善さんの味方ですよ?本当はこういうの好きでしょ?胸の大きな年上の子」

更に、『女教師』だの『人妻』だの『未亡人』だのうたい文句が踊る数冊怪しげなタイトルの本が置かれる。

善の心が激しく揺れる!!

当然だが、此処にすてふぁにぃは持ってきていない!!

前、小傘が下着や包帯、仙丹を持ってきていたがすてふぁにぃだけは入っていなかった!!

仙人志望とはいえ、善も年頃の少年である!!

すてふぁにぃが恋いしくなる夜もあった!!

 

「……秘密にしてくれます?」

 

「悪魔に誓って」

その言葉が終らない内に、小悪魔と善が固く握手する!!

相手が悪魔だろうとお構いなし!!欲にまみれた男である!!

誘惑する者に善はとことん弱かった!!

 

「さーて、さっそく持ち帰って――」

 

「執事長!!」

善が本を受け取ろうとした時、妖精メイドが図書館に走りこんで来る!!

非常に慌てた様子で、タダ事ではない事が容易に想像できる。

 

「どうしたんですか?」

 

「執事長に、お客さん……です?」

歯切れの悪い、メイドの言葉に疑問を持ちながらも善は美鈴のいるハズの門に向かった。

 

 

 

 

 

「なー!なー!はやく入れてくれー善に会いたいんだー」

 

「もう少し待ってくださいね?今、確認に向かっているので。

それとココに『善』なんて男の使用人は居ませんよ?

一応、唯一いる男の使用人を今、呼んでますから……」

美鈴の影の隠れて見えないが、非常に聞きなれた声が善の耳に届く。

 

「その声……やっぱり芳香じゃないか!!」

 

「ん?おー!!善!!探したぞ!!!」

善の姿を見た瞬間、芳香が善に抱き着いてくる。

 

「おー、おー、どうした?俺に会いに来てくれたのか?」

顔を尚も擦り付け続ける、芳香を抱きしめながら善が周囲からの視線に気が付く。

皆絶句した様な、顔でこちらを呆然と見ている!!

 

「えっと、みんなどうしたの?」

 

「執事長!!肩!!肩ぁ!!」

 

「え?」

善が気が付きそこを見ると!!

芳香が深く歯を付きたてていた!!

服が鮮血で真っ赤に染まっていく!!

 

「ああ、久しぶりだから……な?お腹が空いたのか?」

 

「フーッ!!フーッ!!善の、善の味だぁああ!!」

 

「よしよし、確か厨房に何か残っていたかな?美鈴さん、この子は知り合いです。

怪しい者じゃないですから、入れてあげていいですかね?」

絶賛被捕食中だと言うのに全く動じない善!!

目の前で繰り広げられるスプラッタな光景に、気弱なメイドに至っては泣き出している者もいる!!

 

「え、ええ……客人なら……構いませんよ?」

引きつった笑みを浮かべ、何とか美鈴が絞り出す様に話す。

 

「じゃ、行こうか?久しぶりに俺の料理食べだせてやるからな?」

 

「うわぁーい!!」

齧られながらも善が、食堂に向かっていく!!

 

 

 

「執事長……いい人だと思ったのに……」

 

「アレって死体よね?」

 

「え?死体?死体を連れて歩いてるの?」

 

「それよりも、執事長偽名を使ってたよ?」

 

「あの人……やっぱり、闇が……」

 

「前々から、普通の人間ではないと思ってたけど……」

 

「なんだか……怖い……」

 

「詮索しない方がいいよ……ね?」

妖精たちの中で広がる恐怖!!

こうなってくると、善の何時もの笑顔すら狂気的の思えてしまう!!

ただいま!!善の株が絶賛下落中!!

しかし善は気が付かない!!

 

「早くたべたいぞー!!」

 

「よしよしよし……」フラフラ

恐怖を振りまく二人の歩みは止まらない!!




何だかんだ言って芳香がと師匠が一番書いてて、安定するという事実。
何処となく不穏な空気が漂う所が好き。


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暗雲!!死体と悪魔!!

最近少し涼しくなってきましたね。
実の事を言うと、ラムは夏や春より冬が好きなんです。
空気が澄んでいて、朝の布団がすごく心地よいのが私なりのポイントです。
それでは、今回のお話をお楽しみください。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

やっぱりこっちの方が安定するな……

 

 

 

 

 

「おい、こっちだ。はぐれるなよ?広いから探すの大変なんだからな?」

 

「わかったぞー」

善が芳香を連れ、自身の使っている使用人室まで連れていく。

というか、さっき噛まれた傷がやばい!!

早く、師匠の包帯を巻かないと出血で倒れることはもはや明確!!

 

「おおー!!広いぞ!!すごいぞ!!」

使用人室の広さに芳香が目を輝かせ、はしゃぎ始める!!

 

「で?突然何の用なんだ?」

包帯を巻きながら善が芳香に尋ねる。

 

「んー?えーと……あれ?なんだっけ?なにか……する事が?」

頭を抱える芳香、ごそごそと自身の服のポケットを漁り始める。

 

「おいおい……しっかりしてくれよ?」

 

「うーん?あ!!そうだ!!」

 

「思い出したか?」

ギュルルルルッル……

 

「お腹が空いたぞ!!」

すさまじい音と共に芳香が、言い放つ!!

一気に脱力する善。

対する芳香は、用事を思い出すのはあきらめていた!!

 

「わかった、何か作ってきてやる」

 

「うおー!!善のご飯だー!!」

喜びの余り芳香が善に跳びかかって来る。

柔らかい芳香の感触に善が頬を緩ませるが……

 

「うぇ!?ゲホッ!!臭!!なんか、洗ってない犬みたいな匂いするぞ?」

強烈なにおいが鼻に突き刺さる!!

 

「なんだとー!!ちゃんと3日前にお風呂に入ったぞ!!」

善の言葉に芳香が抗議の声を上げる。

 

「3日前かよ!?ちゃんと毎日入りなさい!!師匠は何してるんだ……」

よくよく見ると芳香の服は所々解れて、砂埃や泥が付いている。

ぶっちゃけると小汚い。

 

「えーと……思いだしたぞ!!3日前に、手紙を預かって善の居る場所まで行くのに迷ったんだった!!」

パアッと表情が一気に明るく成って、ポケットから一通の手紙を取り出す。

 

「お前、3日間ずっと俺を探してたのか?」

 

「そうだぞ?大変だったんだからな?」

芳香の恰好を見ると、その言葉に嘘が無い事はすぐにわかった。

同時に、自身の為にここまでしてくれたという申訳なさが出て来る。

 

「そうか……うん。

腹減ってるんだよな?飯作ってやるから……レミリア様に頼んで風呂場を使わせて――」

その時、使用人室の扉が開かれる。

顔をのぞかせたのは、善の雇い主のレミリアだった。

美鈴からの報告を聞いて、やって来たのだ。

 

「善、当主に隠れて女を連れ込むとは……お前も隅に――――

あ”、えっと……取り込み中だった?」

芳香を抱きしめる善を見て、頬を染めて扉に身を隠す。

モジモジとしながらも、扉の端から此方の様子をうかがう。

今回のカリスマブレイクタイム 1,08秒!!

 

「おー?お前が館の主人かー?」

 

「そ、そうよ?私がこの館の――」

 

「手紙を預かってきているぞ」

レミリアの言葉を無視して、芳香がレミリアにくしゃくしゃに成った手紙を差し出す。

チラッとだが、差出人の所に師匠の名前が見えた。

 

「あ、あら。ありがと……」

芳香の独特の雰囲気が苦手なのか、レミリアは困惑気味だった。

しかし直ぐに、態度を直すと再び威厳たっぷりで善に向き直る。

 

「善。お前の知り合いとはいえ、この女は我が紅魔館の客人だ。

粗相のないようにお前が接待しろ、いいな?」

 

「ハイ!!ありがとうございます!!」

善の態度を見て、レミリアが満足げに頷いた。

しかし!!

 

「じゃー私をお風呂に入れてくれ!!」

 

「流石にそれはダメよ!!」

芳香の言葉に一気に噴き出す!!

カリスマブレイク!!2回目!!

驚きのスピードでカリスマブレイク!!

 

「お嬢様、実はここに来るまで3日位彷徨っていたらしくて、泥だらけなんですよ。

流石にこのままは……」

 

「わかった、わかったわよ!!咲夜に入れさせるから、アンタは……えーと……何か作ってあげて!!」

 

「了解しました。さ、お客様此方へ」

一瞬にして咲夜が現れ、芳香を浴場へと連れていく。

 

「あ、善。コレ持っていてくれ」

自身の額に貼ってある札をはがし善に渡す。

 

「濡れるのは困るもんな」

 

「その……大事な物だから……イタズラしちゃ……ダメ、だぞ?」

なぜか恥ずかしそうに、頬を染めながら札を渡して来る。

キョンシーにとって、札はどの様な扱いか善が激しく気になった。

 

「あ、預かっておくよ……」

ぎこちなくそう言って芳香を見送った。

 

「お前の知り合いは、面白い奴が多いな」

さっき渡された手紙を読みながらレミリアがつぶやく。

 

「お前の師匠が、図書館の閲覧を求めてきた。

どこぞの魔法使いより、よっぽど紳士だな」

読み終わった手紙を、自身のポケットにしまい踵を返す。

 

「あ、あの……お嬢様。芳香の件ありがとうございます!!助かりました!!」

去っていくレミリアに対して善が深く頭を下げる。

 

「ふふ、気にするな。無礼を働かぬ者を追い返すのは、紅魔館の名折れ。

私は、そう思って行動しただけだ。

だが――お前が私にどうしても礼をしたいなら…………」

急にごにょごにょと小さくレミリアが言葉を漏らした。

とても小さくて、善は聞き取る事が出来なかった。

 

「え?すいません、聞こえなかったのでもう一回お願いします」

 

「また……れ………を……れ」

尚も小さな声が帰って来る。

 

「はい?」

再び善が聞くと、チョイチョイと指でこちらにしゃがむ様にレミリアが指示する。

そのジェスチャー通り善がしゃがみ、レミリアに耳を近づける。

 

「その……また、ブリュレを作って欲しい……の」

照れながら、レミリアがそう頼み込む。

小さな子供がオヤツをせがむ様な、無駄にかわいい感覚だった。

 

「良いですよ?その位なら、いくらでも」

気が付いた時には、善はレミリアの頭を撫でていた。

 

「ちょっと!!なに撫でてるのよ!!」

 

「いや、なんか。可愛かったんで……つい……」

怒るレミリアから慌てて手をどかす。

見た目は幼女だが、相手は強豪妖怪に違いなかった!!

 

「全く!!アナタは私が悪魔だという自覚が無いのかしら?」

カーッと歯を見せ威嚇する!!

しかし!!

 

「いや、小さい子が脅かしてるみたいで、むしろ微笑ましいですね。

撫でていいですか?」

再びレミリアに手を近づける善!!

 

「馬鹿にしたことを後悔させてあげるわ!!」

 

「へ?イデェ!?」

レミリアが飛びかかり善の首筋に食らいつく!!

首から何かが吸われる様な感覚が伝わって来る!!

 

「お嬢様!?吸ってる?まさか吸ってます!?」

 

「ぷはぁ!!結構なお手前でした」

口と服をこぼした血で真っ赤にしたレミリアが降り立つ。

ご飯をこぼす子供的なかわいさだが!!

口元周りが非常に物騒!!

まぁ、それに目をつぶって、かわいさだけを見ると吸血無限ループに陥る事は読者諸君でも理解できるだろう。

え?陥りたいって?知らんな!!

 

「うえぇ……血吸われた……俺これから日陰者か?

いや、むしろヴァンパイア仙人とか目指すか?」

自身の首筋の傷を気にしながら善が話す。

 

「馬鹿ね、そんな訳ないじゃない。

吸血だけで吸血鬼が増えたら世界は今頃、吸血鬼だらけよ?

ちゃんと妖力を相手に送って、吸血しないと吸血鬼の眷属には成らないわ」

口元の血を拭いつつ説明する。

それを聞いて善が安心する。

 

「ホッ……一瞬だけど、全力でどうしようか悩みましたよ……

あー、良かっ――イデェ!?」

 

胸をなでおろす善の首に再びレミリアが食らいつく!!

そしてさっきよりも、勢いよく吸血される!!

 

「なんで、今噛んだ!?」

 

「貴方って、意外と美味しいのね?食料要員としてもイケるわよ?」

再び口元を汚したレミリアが、楽しそうに翼を羽ばたかせる。

 

「謹んでお断りします!!」

 

「そう、残念ね?まぁいいわ。私の恐ろしさが身に染みたでしょ?

それよりもさっきのブリュレの件忘れないでね?」

溜飲が下がり満足したレミリアは、今度こそ使用人室から姿を消した。

 

 

 

 

 

廊下にて……

 

『良いですよ?その位なら、いくらでも』

さっきレミリアの問いに対して善が言った言葉だ。

その言葉を聞いた本人は、思案をしながら廊下を歩いていた。

 

「ふぅん……悪魔()に対してずいぶん、軽く答えたわね。

さて、これからどうなる?前々からそうだったが……

あの一言から、一気に運命が読めなくなった」

コレはどんな場合かレミリアは知っていた。

 

「運命の岐路に立たされている時……か

あの男……一体これからどうなる?」

 

「おー?独り言かー?」

 

「うわ!?」

レミリアを覗き込む芳香の言葉に、腰を抜かし床に尻もちをつく。

 

「だいじょーぶか?」

 

「ええ、心配しないで。貴女はさっきの部屋に戻りなさい?

私の執事が、食事を用意しているハズだから。

洗濯と、服を繕うのに時間がかかるから今日は泊まっていきなさい、ね?」

近くにいた妖精メイドに、案内する様に言付けその場を後にする。

 

 

 

 

 

「ぜーん!!戻ってきたぞー!!」

使用人室の扉を開いたが、善が居ない!!

一瞬何処か考えるが、すぐに自分の為の食事を用意しに行ったことを思い出す。

 

「しかたないなー、しばらく待つかー」

ベットに座り、善を待つ。

フッと鼻に懐かしい香りがする。

 

「このベット、善の匂いがする……」

何時も使用しているマットレス。

偶に、猫が入ってきて善の布団で『善さん!!善さんに包まれてましゅぅうぅ!!』とかやっていたがなんとなく今ならその気持ちが解る。

 

「良かった……私。善の事忘れてないぞ」

芳香の記憶は消えやすい、その事は芳香本人が良く理解しているつもりだ。

正直言うと今日不安だったのだ。

自分が善を忘れていないか、善の顔を見ても解らないのではないか……

そんな不安が、絶えずついて回っていた。

だが……

 

「だいじょーぶだ。ちゃーんと覚えていたぞ」

なんだかうれしく成って、心がくすぐったく成って善のベットに寝転んだ。

 

「うん……この匂いも覚えてる……」

その時扉が勢いよく開いた!!

 

「レジルー!!あーそーべ!!」

命令系で勢いよくフランが、使用人室に入って来る!!

そしてベットに寝転ぶ、芳香を見つける。

 

「アナタ誰?おねぇ様が新しく雇ったメイド?」

 

「んー?私はメイドじゃないぞ?キョンシーだ!!」

勢い良く立ち上がり、額に札を見せようとする。

もっとも今は善が持っているので、何もないのだが……

 

「きょんし?何それ?まぁ、いいや。レジルは何処?」

 

「ん?れじるって誰だ?私は知らないぞ?」

常識が欠如している系女子の会話!!

見事にかみ合わない!!

 

「ぶー、なんで居ないのよ!!

今日はお休みだって言うから、一日中遊んでもらう積りだったのに!!」

フランが不機嫌そうに、地団太を踏む。

余りの威力に床がミシミシと危険な音をたてる!!

その時再び、扉が開いた。

 

「おまたせー……って芳香!?

なんだその恰好?」

入って来た善が芳香の恰好を見て驚く。

それもそのハズ、何時も赤い中華風の上着に濃紺のスカートだった芳香は今、メイド服を着ていた。

フリルが華美でない程度に付いた、エプロンドレスに身を包んでいる。

前情報さえなければ完全に、紅魔館のメイドにしか見えない。

 

「服がほつれていたから借りたー、銀髪の女の人が貸してくれたぞ?」

その情報に咲夜の事だと善が気づく。

 

「そうか……後でお礼言わないと」

 

「最初の服は、胸がきつくて入らなかったんだー」

その言葉で完璧に咲夜だと認識する善!!

 

「そうか……後で謝らないとな」

何かを察した善が、気まずそうにつぶやく!!

 

「ねぇ、レジル。この子、知り合いなの?」

 

「善、この子は誰だ?」

フラン、芳香両名が同時に善に聞いてくる。

 

「順番に説明するから待っててな?

まず、芳香からだ。

この子はフランお嬢様、この屋敷の主であるレミリア様の妹だ」

 

「フランドール・スカーレットよ。よろしく」

しぶしぶと言った様子でフランが自己紹介をする。

 

「で、今度はフラン様に。

コイツは芳香。私の仙人の師匠の作ったキョンシーです」

 

「よーろーしーくー」

善に札を貼ってもらいながら、芳香が手を振る。

何時もの様に人懐っこい笑顔だ。

 

「腐乱ちゃんかー、なんだか、親近感がわくぞー」

 

「何だろう?少しむかむかする……」

それに対してフランはつまらなそうに話す。

 

 

 

「ぜーん!!お腹空いたぞー!!ごはんまだか?」

 

「わかってるって、余ったパンと牛乳が有ったからフレンチトーストにしてみた。

こういうのって初めてだろう?」

ニコニコと笑いながら、手に持っていたフレンチトーストの山をテーブルに置く。

見たことの無い食べ物を見て、芳香が目を輝かせる。

 

「メープルシロップをかけて食べるんだ。コレな?」

芳香の目の前で、シロップを垂らしていく。

 

「うまそうだぞ!!善!!はやく!!早く食べさせてくれ!!」

ひな鳥の様に芳香が口を開き、善を急かす。

その様子を善が楽しそうに見る。

 

「ほら、よく噛んで食えよ?」

 

「むぐ……むぐ……上手いぞ!!甘い!!それに……美味しいぞ!!」

何度もうまいうまいと、芳香が口に出す。

その度に善は、何度もナイフとフォークを口もとに運んだ。

 

「おまえは、もう少しボキャブラリーをふやせないのか?」

そうは言うが、善の表情は楽し気であった。

 

バギィ!!

 

突如、床が砕け穴が開いた。

音に驚いた善がそちらの方を向くと、フランが床を右足で踏み抜いていた。

 

「フランお嬢様?」

 

「ねぇ……なんでその子に構うの?」

押さえる様な口調で、絞り出す様に話す。

下を向いているフランの表情は解らない。

 

「客人ですので……レミリア様からもてなせと、言われています」

 

「じゃあ、ソレ食べたら帰ってもらってよ。

ううん、それより誰か他の人にその子の相手させてよ。

ねぇ、レジル。今日も私と遊んでよ?」

尚も、頭を下げたままフランが話す。

何時もの明るい声色が嘘のような暗い声だ。

 

「今日は泊まっていけって言われたぞ?」

口にシロップを付けながら芳香が、トーストにかぶりつく。

 

「お嬢様、今日だけは勘弁してもらえませんか?

せっかく尋ねて来た芳香を――」

 

「もういい!!」

善の言葉を遮るようにフランが叫ぶ!!

妖力が漏れだし、部屋その物が揺れる!!

羽を広げ、扉を乱暴に開いて走り去ってしまう!!

 

「フランお嬢様……」

善がフランの去っていった方を、複雑な面持ちで見た。

 

 

 

 

 

嫌い!!キライ!!きらい!!レジルも!!レジルを奪うあのキョンシーもキライ!!

 

フランが一人紅魔館の廊下を走っていく!!

目的地など特に決めていない。

タダ自身の心に中にあるムカつきから逃げる為に知り続ける!!

 

バダン!!

 

「あら?どうしたのフラン?そんな顔して」

玉座に座っていたレミリアが、驚きの声を上げた。

気が付かない内に、レミリアの部屋まで走ってきたようだった。

 

「おねぇ様……私、アイツ嫌い!!大っ嫌い!!」

感情を込めて、思いっきり叫ぶ!!

 

「どうしたのフラン?何かあったの?」

怯える様子もなく、レミリアがフランを心配する。

 

「レジルが、遊んでくれない……あの死体の世話ばかりするの!!」

 

「彼女は客人よ?たとえ相手が死体でも、客人であればもてなすのが私の流儀よ?

それに、何もしなくても明日で帰るわよ」

慰める様に、レミリアがフランを撫でる。

 

「本当?」

 

「ええ、手紙を読んだの。

明日、レジルの師匠が図書館に本を借りに来るそうよ、事前に知らせるなんて何処かの魔法使いに見習わせたい――っと、話がそれたわね?

まぁ、明日来た時、一緒に連れて帰ってもらうわ。

これで問題無いでしょ?」

レミリアが笑顔で応え、フランの目に希望が一瞬だけ見えた。

 

「レジルの師匠?」

気に成った単語を、思わず口に出す。

その反応にレミリアは思わず答えてしまった。

 

「知らないの?あの子、今時珍しい仙人に憧れているんですって。

で、明日の客人はレジルの師匠なのよ」

 

「レジルは……レジルは紅魔館(ウチ)の雇った執事長じゃないの?」

 

「そうよ、でも一時的な物ね。

一か月だけ、あと10日程度でその役目も終了よ」

レミリアの言葉を聞き、フランの目の前が真っ暗になる。

 

10日?たったの?あと、たったのそれだけで……

 

「……レジルはどうなるの?」

祈る様な、懇願するかのような声でフランがレミリアに尋ねる。

 

「帰るの、本来の場所、あの師匠の元に――」

 

「ヒグッ――」

聴いてはならない言葉、それをフランは聞いてしまった。

 

「ちょ――フラン!?何処に行くの!?」

気が付いた時にはフランはもう走り去っていた!!

何処をどう、どれだけ走ったかさえわからない。

気が付くと、フランは自分の部屋のベットで布団にくるまって、泣いていた。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ……レジル、レジル、レジル……!!」

ガクガクとまるで真冬の寒空のした、裸で放りだされたかの様に震える。

 

「嫌だぁ……嫌だぁ……」

壊れたオルゴールの様に、同じ言葉を繰り返し続ける。

 

『何で泣いてるの?』

何処かから聞こえる声が、フランの耳に届く。

 

「レジルが……レジルが!!」

 

『そうだよね?悲しいよね?辛いよね?

やっと一緒に遊んでくれる、オモチャが出来たのに、取り上げられるなんて嫌だよね?』

『声』はフランの心を揺さぶる様に、語り掛ける。なんども、なんども……

 

「うん……もっと、遊んでほしい……」

 

『あの死体は、ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅとレジルと楽しく遊ぶんだろうね?()()()()()

その言葉に、フランの声が上ずる。

 

「いや……いやぁ……」

ぽろぽろと涙が、布団をぬらす。

 

『なら、レジルを捕まえよう?捕まえて、壊して、私のオモチャにして……

この部屋でずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと遊ぶのよ?』

 

「あはッ!それって……それってとっても、とーっても素敵」

涙の付いた頬をぬぐう事すらなく、張り付いた笑みを浮かべながらフランが立ち上がる。

 

『「あの、死体の目の前で、レジルを私の物にしちゃおう」』

暗い、地下の部屋で狂気の蕾が今、花開いた。




巻末おまけコーナー!!

フランちゃんのいなくなった、使用人室編!!

「一体何だったんだ?」

「善!!もっと!!もっと食べたいぞ!!」

「落ち着け、あ。シロップがメイド服に……」

「おー!?脱がすのか!?この服はやっぱり脱がすのか!?」

「何で、そんな事言うんだよ?」

「善のすてふぁにぃでは、この服着た人はみんなそうしてたぞ?」

「ぶほっ!!見てたのか!?」

「えーと……セリフは……『ご主人様ありがとうございます!!みだらなメイドにどうかお仕置きを――』」

「や、やめろぉ!!そんな事言うんじゃありません!!」

「えー、なんでだ?すてふぁにぃは――」

「すてふぁにぃの真似はするんじゃありません!!帰ったらしっかりしまわないと……」

「すてふぁにぃは、薪の代わりに使ったからもうないぞ?」

「す、すてふぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっぃ!!!!!!」


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悲痛!!悪魔の願い!!

今回で、紅魔館編は終了です。
後日談があるかな~程度です。


私はリンジーノ・R・バイト。

紅魔館で執事長をさせて頂いております。

皆さまどうか、気安く『レジル』とお呼びください。

白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。

青と赤のネクタイを締めれば、それが私の戦闘服(仕事着)

太陽がのぼる前に私の仕事が始まります。

 

チリーン……!!

 

早速お嬢様のお呼びですね。

さぁて、今回は何をお望みですか?

 

 

 

 

 

…………名乗り口上はこれで良いですかね?

 

…………え?…………うん……いいと思うよ?

 

お嬢様?

 

 

 

 

 

紅魔館の使用人室、今日も此処から一日が始まる。

 

「起きろー、あさだぞー!!」

メイド服を着た芳香が、善を起こす為に部屋に入って来る。

その時丁度、善が着替えを終えた所だった。

 

「おう、もう起きてるぞ?っていうかお前なんでまだメイド服なんだ?気に入ったのか?後、顔上向けろ、第一ボタンが留まってないぞ?」

芳香のボタンを直しながら善が尋ねる。

 

「おー!!この服かわいいから気に入ったぞ!!」

ボタンを留めてもらうと、楽しそうにその場で芳香が飛び跳ねる。

 

「もう少ししたら、師匠が来るはずだから一緒に帰れよ?お前一人じゃまた遭難するだろうからな……」

芳香を伴って、使用人用食堂に向かう。

今日は朝から、そこの調理の仕事が有るのだ。

 

 

 

「ふんふふふ~ん♪」

善が手早く調理をしていく。

上機嫌で、茹で上がったソーセージをさらに盛り付ける。

 

「執事長……なんだか、ご機嫌ですね?」

珍しく調理を手伝っていた小悪魔に話しかけられる。

 

「そうですかね?別にいつも通りの積りなんですけどね?」

 

「お客さんが来てから、張り切ってませんか?」

ニヤニヤと小悪魔が善を肘でつつく。

 

「な!?そんな事ありませんよ、早く作り終って食事しましょう」

 

「クスクス、そういう事にしておいてあげます」

作り終えた料理を運びながら、小悪魔が再度笑った。

 

 

 

「うん!!今日も美味いぞ!!」

善に朝食を食べさせてもらいながら、芳香がはしゃぐ。

最初は他の妖精メイド達も引いていたが、慣れとは恐ろしく半場受け入れられていた。

 

「さて、と……ご飯が終わり次第、師匠を待つために門に行かなきゃな……」

前日、善はレミリアによって師匠の出迎えを申し付けられていた。

というか、手紙にもその事を希望することが書かれていたらしい。

 

「あれ?」

予定で目が回りそうだった善が、この時いつもなら食事を食べにくるフランが来ていない事に気が付く。

 

「おかしいな……まだ寝てるのかな?」

多少の疑問を残しつつも、善は自身の仕事を果たすべく芳香を連れ歩き出した。

 

 

 

 

 

時間は飛び昼の少し前。

 

「ようこそ紅魔館へ、お待ちしておりました」

 

「あら、あなたが執事服なんて、馬子にも衣装ね」

恭しく頭を下げる善を見て、師匠が笑って口元を隠す。

 

「私も着替えたぞー!!」

見て見てと言わんばかりに、芳香が師匠に自身のメイド服を見せつける。

 

「まぁ、かわいいわ。芳香は元がかわいいから何を着ても似合うわね」

笑いながら芳香の頭を師匠が優しく撫でる。

 

「ところで――」

芳香から善の視線を向ける一瞬!!時間にして一秒もないタイミングで師匠が冷めた冷ややかな視線を善に投げつけた。

 

「芳香にメイド服を着せて――ずいぶんお楽しみだった様ね?」

底冷えする様な、周囲の温度が5度くらい下がったようにさえ感じる、言葉を繰り出す!!

 

「えっと、コレは私の趣味ではなくて――」

 

「4日も芳香が帰らないからおかしいと思ってたのよね。

まさか、善が芳香をメイドにしていたなんて……一体どんな淫らなご奉仕をさせたのかしら?」

 

「さ、させてませんよ!!させる訳ないでしょ!?」

 

「さぁ?どうかしらね?あなたの性欲は私の予測を遥かに上回るもの……

家に帰ったら、どんな事をしたのか芳香とあなたの体にた~っぷり聞いてあげるわ」

 

「体に!?」

家に帰ると拷問が決定した!!その日まで震えて眠れ!!

師匠はそこの言葉を残し、図書館に向かって歩き出した。

 

「じゃーなー善!!」

芳香が師匠の後を付いていく。

善は善で他の仕事がまだ残っているのだった。

 

 

 

 

 

「あれ、フランお嬢様まだ起きてないのかな?」

フラン用に一人分残しておいた、食事に手が付いていない事に善が気が付く。

 

「う~ん。持って行ってあげましょうかね」

トレイを受け取ると善はフランのいる地下へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「コレと……コレ、あとこれもお願いできるかしら?」

紙に数冊の本のタイトルを書いて小悪魔に渡す。

 

「あ、はい。少々お待ちくださいね」

小悪魔がリストを持つと、パタパタと飛んでいく。

 

「おー、本がいっぱいだぞ!!」

芳香が師匠の隣で、適当な本を取り出しぺらぺらとめくっていく。

 

「傷付けちゃだめよ?希少な物も多いんだから」

心配そうに師匠が声を掛ける。

 

「安心しろ。本当に希少な物は、もっと奥に厳重に封印されている」

師匠に後ろから声を掛ける人物がいた。

この屋敷の主レミリアスカーレットだった。

 

「あらあら、吸血鬼さん。直接顔を合わせる事が出来るなんて、思いもしませんでしたわ」

振り返り、外見用の表情に素早く変わる。

 

「まぁ、座れ。今咲夜に紅茶を持ってこさせる」

レミリアに促され、テーブルに座ると同時に紅茶が出現する。

 

「へぇ、便利な能力ね。

(紅茶がカップの端を濡らしていない……超高速とは違う類ね……瞬間移動にしては、温度が紅茶の92度から91度、もっとも飲み頃の温度……なるほど、時間操作――いや時間停止系か……)」

自身に出された紅茶に口を付けながら師匠が、今の状況を整理する。

 

「一体私に何の用でしょう?弟子入りなら、お断りしていますわ。

私の様な未熟者は弟子を一人育てるだけで手いっぱいですもの」

 

「その弟子の事についてだ」

レミリアが、赤い瞳を師匠に向ける。

通常の力の弱い妖怪なら、それだけですくんでしまうであろう瞳を受けなお師匠は涼し気だった。

その姿を確認し、レミリアはゆっくりと口を開いた。

 

「うちの妹がお前の弟子を気に入った様だ。だから、()()()

レミリアの言葉を聞いた瞬間、師匠の動きが一瞬止まる。

 

「お断りします。あの子を拾ったのは私、せっせと此処まで磨いた原石を手放す気はありませんわ」

余裕を崩さぬ師匠の様子に、レミリアの口角が嗜虐的の歪む。

 

「勘違いするなよ?コレは『お願い』ではない。お前の弟子を寄越せという『命令』だ」

音もなく、首すじに咲夜のナイフが師匠に突きつけられる。

 

「ここで、ドンパチするつもりかしら?」

 

「安心しろ、此処は図書室を模した結界の中だ。

私の友人の魔女が、そういうのが得意でね」

 

「あらあら、怖い怖い。けど、善は私から離れるかしら?」

 

「離れるさ、もう運命は動き出してるからな!!」

 

 

 

 

 

「フランお嬢様?起きてますか?朝食をお持ちしまし――ッ!?」

扉を開き、善がトレイを持ってフランの部屋に入っていく。

一瞬にして善は、この部屋の異常性に気が付いた。

破れ、壊れた無数の家具。少し前に自分が縫ってフランに渡したクマまでもが原型を残していない!!

そして、部屋の中央に立つ生気のないフラン。

 

「あ、レジルだー。おはよー」

 

「お嬢さま!?どうしたんですか!?この部屋は!?」

トレイを、唯一無事だったタンスに置き、フランに駆け寄る。

善が近付くと、フランが不気味な笑顔を顔に張り付ける!!

 

「ねぇ、レジル。レジルは私の事好き?」

 

「は?……え……いや、嫌いでは……ないですよ?」

いきなりの質問に、しどろもどろになりながらも答える。

 

「私、レジルの事好きだよ。遊んでくれるし、ごはんおいしいし、見ていて楽しいし……

ねぇ。()()()()()()()()

 

「はい?何を言って――」

突如、フランが牙をむき善の首筋に噛みつこうとする!!

善はそれを突発的にはたいて回避する。

痛みを感じ、右肩を見ると服が破れ血が流れていた。

 

「何をするんですか、お嬢様!!」

肩を押さえながら、善が尋ねる。

 

「ねぇ……ねぇ、ねぇ!ねぇ!!レジルは、仙人に成りたいんだよね!!私知ってるよ?昨日夜、パチュリーに頼んで仙人の事教えてもらったんだ。

不老長寿になりたいんでしょ?なら、私がレジルを不老不死にしてあげるよ……

私がレジルを噛んで、私の眷属にしてあげる!!

そうすれば、とーっても簡単に長生きできるよ!!

だから……だから私の、眷属(モノ)になって!!」

 

いつも以上にかみ合わない、フランの言葉。

善はいつもとは別の意味で、恐ろしい物を感じた。

 

「ごめんなさい……お嬢様。

私は、お嬢様の眷属には成れません。私の欲しい物はソレじゃないんです。

さ、朝ご飯を食べましょう?今日も、やることが――」

 

「違う!!違う!!違う!!」

フランの体から、妖力があふれ出し、踏み抜いた床がひび割れる!!

ビリビリとうねる妖力に善が、ひるんだ。

 

「お嬢様……紅魔館の執事をしている間は――」

何とかフランをなだめようと善が、近づいていく。

 

「ソレ、後何日?もう10日無いんでしょ?たった、たった10日でレジルは私の前から消えるんでしょ?」

 

「お嬢様……」

 

「成れ……私の、私の眷属に成れ!!

私の物に、私の物にしてやる!!」

牙をむいて、フランが善に跳びかかる!!

 

「な――ぐぁ!?」

フランが善を壁に叩きつける!!

善の両手を、自身の両手で押さえつけ目を真っ赤にして牙を善に突き立てようとする!!

 

ガチン!!ガジン!!と目の前でフランの血走った顔と牙が何度も善を狙う!!

 

「放せ――!!」

バチィン!!

と弾ける様な音がして、フランがその場から飛びのく!!

 

「へぇ……こんな事出来るんだ――」

フランが自身の手から流れる血を見て、つぶやいた。

 

「師匠の所で手に入れた力です……」

善の両手に赤い雷のような、弾ける気が巻き付いていた。

 

「生意気ぃ!!レジルをボロボロにして、私に助けてくださいって命ごいさせてあげるから!!」

フランが、レーヴァテインを構える!!

炎が巻き付き、ますます剣か槍か杖かさえも解らなくなる!!

 

「死なない程度に――壊してあげる!!あはははっははははははは!!!」

狂気を纏うフランの一撃!!

咄嗟に善は、札を探すが持ってきていない事に気が付く!!

使用人室に行かなくては無い!!

 

「逃げるしかないか!」

そう決心した、善のすぐ脇を圧倒的熱量をもつ物質が通り過ぎていく!!

石造りの壁がヒビ入り、わずかに石が解ける!!

 

「くっそ!!」

扉を突き破り、善が走り去る!!

逃げるのも、戦うのも道具が無くては出来ない。

それほどに、フランと善の実力差は有った。

 

 

 

 

 

「ぐふっ!?…………お嬢……様……申し訳……ありませ……ん」

本棚に叩きつけられた咲夜が、意識を失い倒れる。

 

「普通の人間が此処までやるなんて、正直びっくりね」

師匠が笑いながら、倒れる咲夜に視線を向ける。

余裕の態度だが、完全に無傷とは言えなかった。

 

(正直言って状況は拙いわね……思った以上に札を使い過ぎた……)

自身の持つ札が心もとない事を、師匠が僅かに不安に思う。

 

ガラララ!!ガシャーン!!

 

その時足元から聞こえた、音に師匠が一瞬だけ意識を取られる。

 

「どうやら、地下でも始まった様だな……」

 

「?」

 

「お前の弟子をフランが獲りに行ってるのさ。

最悪私はここでお前を、足止めすればいいだけだ」

余裕の態度をもってレミリアが、戦闘が始まって以来初めて椅子から立ち上がった。

紅魔館の主が来る!!

 

 

 

 

 

「アハはッハハハハハ!!逃がさない!!」

フランの投げた、レーヴァテインが壁を突き抜け、廊下を走る善を狙う!!

 

「ぐぅ!?ぁあああああああ!!!!」

体を無理やり逸らし、回避しようとするが背中を撫でる様に炎を纏ったレーヴァテインが通り過ぎる!!

 

「アハハハハハハハハ!!早く私にお願いしないと……まるこげに成っちゃうよ?」

完全にフランは遊んでいた。

無理やり、倒しても心まで折る事は出来ないと理解した為――

 

「何度でも、何度でも!!何度でも!!!アナタを痛めつけてあげる!!

痛くて苦しくて怖くて辛くて悲しくて絶望して――――涙でボロボロになったあなたが私に頼むまでずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと続けるから!!」

 

狂ったように笑いながら、分身した二人のフランが善の両手を引っ張る!!

グギグギと骨が軋み、関節が激痛を訴える!!

 

「ぐぅあああああ!!!!」

 

「どうしちゃおっかな~」

 

「ぺキぺキしちゃおうか?」

左側のフランが、恋人同士がするように自身の指と善の指を絡める。

そして――

 

「エイ!!」

ボギボギボギ!!

 

「い―――ギャァアアアアアアア!!!」

木琴を鈍くしたような音をたて、善の左手の親指以外が全て逆側にへし曲げられる!!

 

「じゃーわ・た・し・は……えーい!!」

今度は右側のフランが、善を壁に叩きつける!!

数度の戦闘で、脆くなっていたのか壁が砕け鼻を打った善が鼻血を流す。

 

「ごぶぅ……」

鼻と口から漏れる血を右手で拭う善。

立ちあがろうと、足に力を入れる。

 

「ねぇ、私にも頂戴?」

フランが、善の右頬を指で切り傷を付け、流れ出る血を舐めとる。

 

「ツッ!!」

傷口に舌でほじくられる痛みを感じながら、善がフランを振り払う。

 

「あー、おいしいなー。これから毎日コレが飲めるんなんて、夢の様!!」

くるくるとその場でフランが笑いながら飛び回る。

 

「ねぇ、そろそろ私の物に成る気になった?早くしないと……死んじゃうよ?」

倒れる善の目の前にフランが降り立ち、顔をすぐそばまで近付ける。

 

「断ります……私は、仙人以外に興味は――」

 

「チッ、うっさいな!!もう!!仙人仙人って!!」

レーヴァテインを振りあげ、善の左腿に振り下ろす!!

 

ボギィ!!

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

目を見開き、血が出るほど歯を食いしばる!!

 

「ねね、良い物見せてあげる」

 

「フーッ!!フーッ!!痛!!」

フランが善の左腿の傷に自身の指を滑り込ませる!!

グジュ……グチッ………………………ブジン!!

 

「あは♪取れた、見て見て!!レジルの足の骨!!」

フランがまるで、珍しいオモチャを見つけたかのように、善の目の前に血だらけの骨を突きつける。

 

「これでもう、歩いたりで出来ないね!!」

 

「……………………」

笑顔のフランと対照的に善が、無言でフランを睨む。

その瞳にまだ光は宿っている。

 

「何?その目は!?諦めなさいよ!!もうその足じゃ、逃げるどころかまともに生きる事も出来ないのよ!?私に頼んでよ!!

『フラン様の眷属にしてください』って言いなさいよ!!」

 

「……………………嫌です」

 

「~~~~~~~ッ!!!ああああああああああ!!!

どうしろっていうのよ!!どうすれば満足なのよ!!!」

善を持ち上げ、廊下の向こうまで投げ捨てる!!

その方向は使用人室だった。

 

「はぁはぁはぁはぁ……」

その事に気が付いた善が這いずりながら、使用人室のドアを開ける。

 

「善!!どうしたんだ!!?」

中に居た芳香が、倒れる善を抱き上げる。

 

「よう……少し……子供のわがままに付き合っちまったんだ……お前こそ……師匠はどうした?」

師匠と一緒にいったハズの芳香を見て、善が疑問を呈す。

 

「私だけ、壁抜けで結界から外に出れたんだ。善を助けてやれって言われて……」

 

「そうか……心強いな」

芳香に肩を借りた善が、机の中から師匠の仙術包帯と2枚の札を取り出す。

 

ギシィ!!

 

それと同時に、壁が壊されフランが飛び出して来る!!

 

「みぃ~つ~け~たッ!!」

善を見ると同時に、レーヴァテインでわき腹を殴りつける!!

 

「ぐぅ!!」

芳香を巻き込んで、善が吹き飛ばされる。

 

「しまった!!」

その衝撃で、善が手に持っていた2枚の札を放してしまう!!

空気中を舞い、一枚はフランの近くへ。

もう一枚は、善とフランの間に落ちる。

 

「これを!!」

 

「させない!!」

善とフラン、二人が同時にその札向かって跳びかかる!!

 

 

 

 

 

「取った!!」

フランが手にした、札を善に見せびらかせる。

もう一枚の方の札を拾い上げ……

 

「仙人の力なんて――こう!!」

ビリィ!!

あっけない音をたて、あっさり札が引きちぎられる!!

炎で燃やされ、炭へとなっていった。

 

「あはははははは!!どう?レジル?あなたの希望はまだ何かある?」

 

「……くそ…………」

 

()()が最後だよね?」

フランが視線を芳香に向ける。

 

「今日から、貴女のもらって来たレジルの笑顔は私の物だよ?

そこで、じっくりレジルが壊れるのを見ててね!!」

レーヴァテインを振りあげ、芳香を狙うフラン!!

 

「待て――!!」

片足で跳びあがり、フランと芳香の間に自身の体を滑り込ませ、指の折れた左手でレーヴァテインをガードする!!

紅い炎と赤い気が反発し合って、周囲に人の肉が焼ける匂いが充満する!!

 

「わっと!!いったい何してるの!」

フランが慌てて、レーヴァテインをどかす。

 

「芳香……無事か?」

 

「わ、私は大丈夫だ……けど……善が……」

お互いを心配し合う二人。

未だ壊れぬ絆――すべてを壊す者が未だ壊せぬ物…………

 

「うわぁあああああああ!!!壊す!!壊してあげるから!!!!!!!!!!!!!ああああああああああああああ!!!!壊す壊す壊す!!壊すああああ壊す!!!!」

 

「ごぼっ?」

フランがレーヴァテインを善の腹に突き刺す!!

皮膚と内臓と骨を貫通して、石の壁に突き刺さる!!

仙人としての力を使えば、死は免れるだろうが非常に危険な状況なのは間違いない。

最早、善の生死など関係なかった。

ただ、気にくわないモノを壊すだけの存在にフランは成っていた。

 

「貴女を――壊せば……レジルは私を見てくれるよね?」

壁際に追い込んだ芳香の目の前で、フランが歪に顔をゆがめる。

最早笑っているのか、泣いているのか、怒っているのかさえわからなかった。

 

「よしかぁああああ!!!うぉおおおおおおおおお!!!」

善が自身の腹に突き刺さったレーヴァテインに手を掛ける!!

 

「きゅっとして――――――」

フランが右手を構えると同時に、善の視界にある物が飛び込んできた。

そしてソレに手を伸ばす。

 

「どかー……」

 

「むぅん!!」

手を握ろうとした、フランを善が押しのける!!

突き飛ばされたフランが目を白黒させる。

 

「何で!?どうして動けるの!?」

芳香に肩を貸してもらい、右手にへし折れて半分になったレーヴァテインを持った善を睨む。

 

「なにって……コンティニューしただけですよ……」

ポロリと善の口から何かが零れる。

青い色をしたガラスのようなパーツ……

 

一瞬既視感を感じたフラン、アレは何かと思考を巡らせる。

そして答えにたどり着いた。

 

「それって……私の……」

 

「そう……前にもらった……羽の結晶ですよ!!」

フランの羽の結晶!!それはその名の通り吸血鬼という最高クラスの妖怪の一部!!

欠片とは言え、大量の妖力を含む!!

それを善は取り込んだのだった!!

だが!!

 

「止めなよ……人間にとって妖力は猛毒だよ?死んじゃうよ?」

震えながら、フランが止める。

この行為ははっきり言って自殺行為以外の何物でもない。

 

「お嬢様は何言っても聴かないでしょ?なら、私は――自分の力で此処を出ていきます。

芳香ァ!!でかいの一発やるから、俺の体支えてくれ!!」

 

「わかったぞーー」

芳香が善を強く抱きしめた。

 

「ま、待って!!それ以上は!!それ以上はだめだよ!!本当に死んじゃうから!!」

 

「ダメ押しのコンティニュー2回目!!」

ポケットから、もう一つのフランの羽の結晶を取り出す。

 

「だ、だめぇええええ!!」

フランが跳びかかるのを無視して、2個目の結晶をかみ砕き妖力を体内に取り込む!!

自然の気を取り込むのと同じ要領で、体に大量の妖力がまわる!!

妖気が人体を攻撃しようとするが、抵抗する力で無理やりねじ伏せ取り込んでいく!!

 

「仙人舐めんな!!」

へし折れたレーヴァテインに気を纏わせ頭上に振りあげる!!

善の赤い気に反応したのか、善の持つレーヴァテインに青白い炎がまとわりつく!!

 

「必殺!!【邪帝の鉄槌(ルシファーズ・ハンマー)】!!!」

振りあげたレーヴァテインはフランではなく、壁を破壊する!!

壊した壁から、吸血鬼の弱点である日光が降り注ぐ!!

 

「熱ッ!!」

突如降り注いだ日光に、フランがひるむ。

善はゆっくりと光の道を歩き出した。

 

「ま、まって!!レジル!!」

フランに背を向ける善。

追いすがろうにも、日光の中には手が出せない。

 

思い返せば、善は一回としてフランを倒すことを目的にした攻撃をしていなかった。

全て、逃げる為だけだった。

 

「善ー、良いのか置いてきて?」

 

「はは……まともに話できる状況じゃ……ねーよ……やべぇ……目がかすんできた……」

芳香に連れられる善の体中から血が流れている。

 

「あら……ずいぶんボロボロね?」

師匠が同じく、屋敷の上部から出て来る。

 

「あれ、師匠無事だったんで?」

 

「ええ、あの吸血鬼の従者をキョンシーにして、後は私の鑿で天井に穴をあければ余裕だったわ」

それを聞いて安心したのか、善がゆっくり倒れる。

 

「レジル!!」

自身の体が焼けるのを無視して、フランが善の元に走って来る!!

 

「ああ!!ああああ!!私が、私が悪いの!!お願い!!レジルを、レジルを助けて!!こんなことする気なかったの!!ただ、私のそばにいてほしかっただけなの!!」

泣いてフランが師匠に、まとわりつく。

その泣き顔に対して、師匠が笑顔で答える。

 

「無理ね。コレはもう死んでるわ、魂が体に戻ろうとしても、体が壊れちゃどうしようもないわね。

ほら、見てごらんなさい。()()()()

 

「え?」

善の体から薄らとした光が漏れ出す。

そして最後に体から脱皮するように、一匹の蝶が出て来る。

 

「レジルの……」

 

「魂ね」

ふらふらと蝶が、空に向かって飛んでいく。

 

「いや……行かないで!!行かないでえええええええ!!!」

フランが必死になって手を伸ばすが、遠く遠く届かない。

 

「行きなさい。芳香」

 

「おーう!!」

師匠の命令で、芳香が飛び出して――食べた。

グシャ!!ムシャ……ムシャ……

 

「あ……あ……」

 

「行くわよ。はぁ、善には期待していたんだけど……はぁー、無駄な時間食ったわね」

芳香を連れて、師匠は帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「善、起きなさい」

 

「ん……んん?なんですか師匠?」

 

「あれ?師匠少し背、伸びました?」

 

「あなたが小さくなったのよ?今の方が前よりかわいいわね。

芳香ー、鏡見せてあげて?」

 

「わかったー」

芳香が、巨大な姿見を持ってくると……

 

「な、なんじゃこりゃー!?」

鏡に映ったのは……中性的な容姿をした幼い子供だった。

 




集え!!カリスマブレイカー!!

レミリア様のカリスマをブレイクせよ!!
カリスマブレイカー大募集!!

用意する物、カリスマを壊そうとする強い気持ち。
皆の好きなシチュエーションでレミリア様のカリスマをブレイクしよう!!

突然の納豆でブレイク!!

「ふ~ん、ふふーん……!?うわぁ!?私の紅魔館が納豆におおわれている!?誰がこんなことを!?」

咲夜の告白でブレイク!!

「お嬢様……実は……私の本体は胸のPADなんです、この体は適当に洗脳しているだけに過ぎないのです……」

「マジで!?」

サプライズパーティでブレイク!!

「「「「おめでとーう!!」」」」

「え!?なになに!?今日私の誕生日って知って――」

「いや、なんとなく騒ぎたくなっただけです」

思い人からの告白でブレイク。

「お慕いもうしております!!」

「うッ……うれしい……夢じゃないわよね?」

「ええ、もちろん」

不憫なレミリアが書きたかったんですが書けなかったのでここに。
因みにいないと思いますが本当に募集されても困るだけなので、各自勝手に投稿してください。


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困惑!!新たな姿!!

投稿が遅れに遅れました。
少し、私生活でトラブルが有ったので……
来週からまたコラボかなー?


俺……じゃなかった、私の名前は詩ど――「ああーん!かわいいー!!」

ただ今、仙人目指して修行ちゅ――「ほぉら。こっちに来なさい?」

…………師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも――「来ないならこっちから行くわよ?」

 

ガシッ!!

 

「うふふ、よ~しよしよし。いい子ね~」

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうしてこんな事に?

 

「ずーっとこのままでいてね?」

嫌ですよ!!

 

 

 

 

 

 

外は桜が咲き、もはや春と言っても過言ではない今日この頃。

何時もの様に善が台所で、師匠たちの昼食の準備をしようとしている。

 

「よっと……おとと……」

今は訳あって、少し大きめの台を使い包丁を握る。

何時も来ている胴衣はダボダボで、上着だけで足まで長さが足りてしまっている。

そこに音もなく誰かが後ろに立つ気配がする。

おそらく、師匠だろう。

 

「今、すぐに食事を準備しますね」

後ろを振り向こうとした時、師匠に無言で包丁を取りあげられた。

不機嫌な表情で善を睨む。

 

「あの……師匠?何か――」

 

「『何か?』じゃないわ!!あなた何をしているの!!」

 

「昼の準備を……」

なぜか怒り心頭の師匠に対しておずおずと善が答える。

 

「お昼は芳香に買いに行かせたわ。あなたこっちに来なさい!!」

ヒョイっと善が師匠に抱き上げられ、居間まで連れていかれる。

師匠が座布団の上に座り、その膝の上に善が座らされる。

 

「はーい、此処で芳香が来るまで大人しく待ちましょうね?

包丁は危ないから、イタズラしちゃだめよ?」

ネコなで声を上げ師匠が善の頭撫でる。

自分の無力さに打ちひしがれ、善が居間に掛けられた大鏡を見る。

そこには、上機嫌で小さな子供を撫でる師匠が映っていた。

 

善が右腕を上げると、鏡の中の子供は左手を上げる。

鏡の中の子供が、悲しそうな顔をして善を見ている。

 

「いったい……」

 

「?」

 

「一体どうしてこんな事になったんだぁあああああああ!!」

 

 

 

 

物語はおおよそ一週間前にさかのぼる!!

フランの癇癪によって大けがを負った善。

しかし反則すれすれの手段と善の機転により、その窮地を脱した!!

だが、その時すでに生命維持が不可能なくらいまで、善の体は破損していた。

そして、意識を失い目が覚めると――――!!

 

「どうして子供になっているんだ!?」

善が鏡に映る子供をみて、声を上げる。

鏡の中の善は、どう見ても10歳に満たない――ちょうど数日前まで一緒にいたレミリア、フラン両名と同じかそれより少し幼い容姿をしていた。

愛嬌のある整った顔に、いたずらっぽい快活な印象を与える瞳。

腰までの長さのある青みがかった灰色の髪が揺れる。

 

「嘘でしょ?マジで!?」

ぺたぺたと自身の顔を触ると鏡の中の子供も自身の顔を撫でる。

 

「仕方なかったのよ。あなたが死んじゃうからいけないのよ?」

師匠が後ろから回りこみ、子供の体となった善を撫でる。

混乱の極みに居る善だったが『死んだ』という単語が聞こえて、体がピタリと止まった。

 

「死んだ……?私が?」

震えながら、自身の顔を指さす。

 

「ええ、そうよ。死因は失血死と内臓の破損ね」

それを聞いてさっきとは別の意味で意識が遠くなりそうになる。

 

「あ、あの……じゃあ、この体は?」

当然だが、自身の幼少期はこんな姿ではない。

というか、この体自身の本来の性別とも違う様な気が……

確認していないため、正確には言えないが……

 

「かわいいでしょ?私が用意したのよ?」

師匠がしゃがみ込み、善の顔にほおずりを始める。

 

「あなたは、あの一件で確かに死んだわ。

けどね?私、何時かこんな事が起きるんじゃないかって半分予想してたのよ」

師匠の言葉に、自身の身に過去に訪れた不運を思い浮かべる。

 

右肺が使えなくなった、命蓮寺での事件。

四肢に大ダメージを負った地底での一件。

どれもこれも、危機一髪で死を免れた事ばかりだった。

いうなれば、今までは『たまたま運が良かった』だけなのだ。

 

「イザという時の為に、芳香に言っておいたの。

『善が死んだらその魂を食べなさい』ってね?

回収した魂を、一時的に別の肉体に移す術は研究していた事が有るのよ。

その甲斐あって今、あなたはこうして、曲りなりにも生きてるのよねー」

 

「本当の……体は?」

震えながら善が師匠に聞く。

ひょっとしたらという、嫌な妄想を断ち切りたかった。

 

「私が直してるわ。私が邪仙で良かったわねー。

以前太子様たちに使った、戸解仙の技術と芳香を作ったキョンシーの技術を利用して体を再生させているわ。

驚きなのよ?あなたの能力のお陰かしら?壊れた体がすさまじいスピードで修復されているの、上手く行けば3週間くらいで復活できるハズよ。

ちゃ~んとした人間としてね」

師匠の言葉を聞き、安心した善。

腰から力が抜け、ペタリと座り込んでしまった。

ダボついた服がうっとおしいが今回はそんなの気にしない。

 

「は、はぁ~。良かったー、私の体は無事なんですね?

あー、あー、安心した」

深く深く息を吐き出す。

 

「ちなみにこの体は?」

そう言って自身の顔を指さす。

 

「私の作ったキョンシーよ。

昔は芳香以外にもたくさんのキョンシーを作ったのよ?

その中で、芳香が最高の出来なんだけど、その体が2番目にいい出来だったから残しておいたのよ。

それが、今回役立った訳ね」

 

「へぇ、流石師匠。ただの邪知暴虐の仙人じゃないんです――」

そこまで言って善は口をつむった。

師匠に対して暴言など、言ったら何をされるかわからない!!

自身の体に来るであろう衝撃に備え、体を縮こませる!!

 

しかし!!

 

その衝撃はいつまでたってもやってこない!!

 

「あれ?」

恐る恐る、善が目を見開く。

 

「全く、ひどいのね……せっかく、私が助けてあげたのに。

失礼しちゃうわ!!」

ぷんぷんと怒りをかわいくジェスチャーで示す師匠。

明らかに、何時もと様子が違う。

 

「そんな子はお仕置きです。なでなでの刑よ!!」

手早く師匠が、善を膝に座らせ体を無遠慮に撫で始める!!

 

「師匠!?ちょっと――くすぐったです!!」

 

「お仕置きなのよ?それくらい我慢しなさい」

その時、芳香がゆっくりと部屋に入って来た。

善は慌てて、芳香に助けを求めた。

 

「よ、芳香!!助けてくれ!!師匠が――」

 

「あー!ずるいぞ!!私も撫でたいぞー!!」

撫でられる善をみた芳香までもが、床に座り善を撫で始めた!!

 

「いいわー、動いていると……その体すごくかわいいわー!!」

 

「うへへー、私も善をよしよしするぞー!!」

邪仙と死体の二人に善がもみくちゃにされた!!

解放されたのはおよそ一時間後だった。

 

 

 

 

 

そして現在。

「あーあ……助かったのは良いんですけど、もう少し、成長した体なかったんですか?

本来の体と手の長さとかの勝手が違って、不便なんですけど」

余りに余った袖を振りながら、善は師匠に話す。

 

「あら、その体不満なの?こーんなにかわいいのに?」

此方の寄って来た師匠が無遠慮に善を再び抱き上げ、自身の膝の上に座らせる。

 

「不満っていえば不満ですよ……ぱっと見、男か女か分からないし……

なにより修業が出来ないのが、嫌です!」

師匠に撫でられながら、不満気に唇を尖らせる。

体が本来の物でないので、身体を鍛える系の修業は意味をなさない。

余談だが、ひねくれて、唇を尖らす善は正直言ってかなりかわいい。

 

「あら、その姿でも修業は出来るわよ。ちょっと待ってね?」

シュルリと音がして、善の視界がふさがれる。

音と顔に触れる材質から、師匠のいつもしている羽衣で目隠しされたのだと一瞬の混乱の後に理解する。

 

「ちょっと!?師匠何を――」

 

「慌てないの、ゆっくり私にもたれ掛かりなさい」

不安は多々あるが、ゆっくり善が師匠にもたれ掛かろうとする。

 

ポワン……フワン……

 

「!?」

 

「どうしたの?」

突然動きを止めた善を師匠が不思議そうに聞く。

 

「い、いえ……なんでもありません……」

そう言って再び、体を師匠に預けていく。

 

フワァ……ポイン……

 

(この独特の感触は……間違いない!!)

視界のふさがった善が心の中で密にガッツポーズをする!!

今、善は師匠の膝に座らされている。

そして本来の体より、2周り以上身長が低い。

本来は、芳香よりも高身長、師匠と同じくらいの善だが今は遥かに善の方が身長が低い!!

丁度師匠と芳香を見上げる立ち位置に居る。

 

つまり今、今!!この後頭部に当たる異様な柔らかを誇る物体は!!

 

(はぁ……はぁ……マジで……マジでいいの!?)

加速する善のリビトー!!男の本能スタンダップ!!

欲望解放率10.40.70!!加速度的に上がっていく!!

 

「ほぅら、もっとしっかり、もたれるのよ」

更に響く師匠の甘いヴォイス!!

それと同時に師匠が善をさらに抱き寄せる!!

 

「あ……あああ!!」

柔らかい感触は二つに割れ、善の耳を撫でその二つの中心に善が収まる!!

 

(ふ、ふかい!?谷間が……谷間が深い!?溺れる!!谷間で溺れる!?)

善は今更だが自身の身長を、計算に入れていなかった!!

子供の頃遊んだ公園に行くと、遊具が小さくなっている感覚は無いだろうか?

善には今その『逆』が起きている!!

日夜、善の煩悩を刺激する師匠のバストは、相対的に巨大化している!!

その結果、善は『溺れる』という事件に至ったのだった。

 

ダイブ・トゥ・ディープ…………善(の理性)は死ぬ。

 

「あら、どうしたの?そんなにニヤけて?」

 

「い、いえ……少し魂の深淵をのぞいてしまって……ビックリするほどユートピアでした」

 

「?……まぁいいわ。では今日の修業を始めましょうか。

まずは、その体制のまま私を感じ取って?」

先ほど考えていた言葉に続き、師匠のさらなる追い打ちに理性が吹き飛びそうになるが必死に耐える!!

欲を出したら最後、楽園からの追放は必至だ!!

 

「私の気を読み取るのよ?ぴたっとくっついてるからわかるでしょ?」

奪われた視界の中、心を穏やかにして師匠の気を読み取っていく。

極端な話だが、紅魔館でやっていた美鈴の技の応用だ。

暗闇の中で師匠の形がぼんやりと浮かんでくる。

草や地面、さらにフランの羽の結晶から吸収したのとは桁違いの気が師匠を中心に渦巻いていた。

 

「私の事……感じれた様ね?」

 

「はい……すごいです……私より、ずっと持ってる気が大きい。それだけじゃない、練度?濃度っていうんですか?それも、ずっとすごい……なのに、しっかりと人の形をしてる」

今ならわかる自分と師匠の力の違いに、善が息を飲む。

師匠はまさに自然などの超巨大なエネルギーを、人間の形に作り替えた様な雄大さがあった。

 

「うふ、それが解る様になったのなら、とりあえず良しとしましょうか?」

満足げな師匠の声が聞こえてくる。

 

「次よ。今度は、自分の気を移動させて他の物に影響を与えるの」

師匠の気が僅かに歪む、右腕を持ちあげた様だった。

 

カタン……カタカタ……

目の前のちゃぶ台から何かが動く様な音がする。

音的にさっきまで飲んでいた湯呑だろう。

 

「気功拳の遠当てもこの、応用ですね?」

 

「ええ、そうよ。空気中の気の流れ道を見つけて、私の気を流すの」

善は自身の気功拳を思い出す、アレは通り道を無視して腕に纏った気を直接ぶつける技だった。

 

「けど、今はそっちじゃなくて、気の読み方を覚えなさい。

体が違っても、それならできるでしょ?」

 

「はい!」

善は自身の気を伸ばし、周囲の物を探っていく。

ぼんやりとした、芳香の気。

天井裏になぜか有る気はおそらく橙の物だろう。

 

「?……い!?」

最後に善は地下の眠る禍々しい気を見つけ出す!!

生物が胎動するように、ドクンドクンとおぞましい気を流している。

 

「師匠!!地下……地下に何かが――」

慌てて師匠に話すが――

 

「ん?ああ。ソレ回復中のあなたの体ね」

 

「え!?俺の体って、こんな恐ろしい気纏ってるんですか……?」

今更だが、こんな気を纏っていたら妖怪と間違われるのも理解できる気がする……

 

「そうよ?普段はもっと隠れているんだけどね?

さ。今日はもう終わりよ、後は自分でやりなさい」

シュルリと再び音がして、善の視界が拓ける。

久方ぶりの光に善が、目を細めた。

 

「うーん、まぶし――」

そして、鏡に映る姿をみてまたしても固まる。

 

「え?師匠?母娘?」

鏡に映るのは、何時もの様に笑う師匠と、その膝の座らされる小さな師匠の姿!!

バッと立ち上がり自身の姿を見る!!

 

水色のワンピースに青のラインが入った白のベスト。

青みがかった灰色の髪はリボン結びの様に結ばれ、ご丁寧に簪まで刺さっている!!

ぶっちゃけると、師匠の何時もの恰好と同じだった。

 

「やーん!!かわいーい!!良く似合ってるわぁ~

詩堂娘々完成ね!!」

パチパチと師匠が手を叩いて笑う。

 

「詩堂娘々!?いつの間に着替えさせたんですか!?」

 

「さっきあなたが、ニヤ付いてた時。

気を読むので夢中だったから簡単だったわ」

 

「何でこの恰好!?服をくれるなら、普通にズボンをくださいよ!!」

夢中になって否定する詩堂娘々。

 

「嫌よ。可愛くないもの……ねぇ、善。その体は芳香と同じキョンシーなの、つまり放っておいても300年位は死なないわ、私も一生懸命お世話するから……

これから、私の娘として生きない?」

全く濁りのない目で師匠が善の目を覗き込む!!

 

「ぜ、絶対に――むぐ!?」

師匠が再び善を抱きよせる!!

今度は顔全体に襲う理想郷の柔らかさ!!

 

「ねぇ、なって?私の娘に……これからは詩堂娘々として、生きて?」

もがく善に、言い聞かせる様に優しく師匠が囁く。

善の理性がすさまじいスピードで溶けていく。

全てがどうでもよくなっていき……

 

「は、はい……今日から私は……詩堂娘々……として――――生き……生き……生きませんよ!!

お断りです!!私は元の体に帰りますからね!!」

必至に誘惑を振り切り、師匠の胸から逃げ出す!!

間一髪!!あとすこし、あと少しで善は本来の自分を失う所だった!!

 

「ちょっと出かけてきます!!」

追撃を恐れ、善は師匠の返事を聞かず飛び出した!!

目的地も無くがむしゃら、全力で走る!!

 

「まちなさぁ~い。まだ、貴女に着せて無い服があるのよ?」

セーラー服を持って師匠が追撃する!!

 

「ぜーん!!これを着ないか?」

同じく芳香も、メイド服を持ってくる!!

 

「何でだよ!?なんでそんな服持ってるんだ!?」

逃げる善!!逃げ出す墓の入り口付近で――

 

「逃がしませ~ん」

ネコ耳+尻尾+首輪+肉球グローブを持った橙と!!

 

「小傘さんまで!?」

 

「か、かわいいと思うから!!」

ゴスロリ服を持った小傘が立ちふさがる!!

味方は、居ない!!

 

「さぁ~、かわいくなりましょうね~?」

 

「いやです……やめて……やめて、本当に止めてください!!師匠!!アーッ!!」

*この後めちゃくちゃ着せ替えさせられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談『そして誰もいなくなった後』

 

 

 

 

紅魔館の地下奥、そこにフランの部屋は有る。

汚れた部屋も今ではすっかり、メイド達のよって修復されしっかりした部屋に戻っていた。

その中央、巨大なベットの上でフランドールが、呆然と天井を見ていた。

手に何か持ち、転がしている。

 

「レジル……」

右手の中にある、汚れた白い塊。

フランが善の足から引き抜いた骨だった。

 

部屋は直され、体の傷は癒え、善は死んだ。

 

全ては元に戻ったのだ。レジルの来る前の日常に。

メイド達も気にしているのか、フランの目の前で得てして『執事長』の名を出すことはなかった。

この骨が無ければ、あの日々は夢だったのではないかとさえ思ってしまう。

 

「いいんだ……私は……私がまた一人、人間を殺しただけ。

何も変わらない、何も――!!

きゅっとして――――」

善の骨を放り投げ、目を自身の手の中に移動させる!!

 

(そうだ、壊しちゃおうよ!!こんなもの(善の骨)なんて!!)

掌の目を壊せば、善の骨は砕ける。

全てを壊して元通りになるハズだった。

 

だが――何ごとも無く骨は地面に落ちた。

 

「なんで――なんで壊せないのよ!!」

掌の目がふと消える。

そしてベットから降りて、善の骨を大切そうに抱きかかえる。

 

「なんで――なんで、居なくなっちゃったのよ!!」

ぐずぐずと泣きじゃくりながら、フランがベットで善の骨を握りしめる!!

 

本当はわかっている。すべて自分のわがままの招いた結果だと。

無理して、引き寄せて、気に入らないと暴れて……結局大切な物は壊れてしまった。

 

「レジル――」

再び呆然として、静かに涙を流し続ける。

 

コンコン。

 

扉がノックされ、フランが現実に戻って来る。

おそらくメイド達がまた食事に呼びに来たのだろう。

だが、今はそんな気分ではない。

 

「入って来ないで!!今、一人になりたいの!!」

近くにあった、紅茶のポッドを中身ごと扉に投げ捨てる!!

 

ガシャーン!!!

 

派手な音がして、ポッドが割れた。

また、この手で物を壊した――

 

ガチャ

 

フランの言葉を無視して、扉が開く。

 

「入ってこないでって言ったでしょ!?アナタも壊して――」

 

「ダメですよ?今日の仕事は、お嬢様のお守りなのでそれに……

また遊ぶって約束したじゃないですか」

扉を開けて入って来たのは……

白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。

青と赤のネクタイ。

この紅魔館でこんな服装をする男は一人しか居ない!!

いつかのパーティを休んだ時と全く同じ言葉を話しながら……

紅魔館の執事長。リンジーノ・R・バイドが現れた!!

 

「レジル!!」

フランがレジルに飛びついた!!

支えきれずに、レジルがフラン事尻もちをつく。

 

「なんで!?なんでここに居るの!?アナタは死んだはずよ!!」

 

「雇用の日……今日までなんで……最後に来ました」

そう言ってレジルが笑い、近くに控えていたメイドから何かを受け取る。

 

「これ、レミリア様にお願いされた、クリームブリュレです。

後で渡しておいてもらえませんか?直接顔合わせるのは……その……気まずいんで……」

頭を掻きながら、レジルが白い箱をフランに渡す。

中から甘い匂いがする。

 

「なんで?なんで戻って来たの?私、レジルにひどい事したよ?いっぱい、いっぱいひどい事したのに……!!    

なんで?なんで!!」

泣きながら笑うフランをレジルが、やさしく撫でる。

 

「約束が有ったので。それにね?

お嬢様は、きっと一人で泣いてるんだと思ったからです……

一人は誰だって嫌でしょ?だから、此処に来ました」

前の様な屈託のない笑顔をフランに向けた。

 

「れ、レジルぅ!!!」

フランがレジルに抱き着いて、何度も顔を擦り付ける。

 

「あのね、あのね。私ね?ずっと、ずっと謝りたかったの!!ごめんなさいって……ごめんなさいって」

言いたいことが多すぎるのか、内容が不明になりつつあるフラン。

善は嫌な顔一つせずに、じっと聞いてくれた。

ゆっくりと長い長い時間を二人は過ごした。

 

ボーン……ボーン……

 

フランの部屋の時計が夜の12時を告げる。

レジルの最後の仕事が――――――――終わった。

 

「さて、行きますか」

レジルが立ち上がり、背伸びをする。

 

「ねぇ……また……また来てくれる?」

不安そうな顔でフランが小指を指しだす。

『約束』がしたいんだろう。

 

「難しいですね……」

善の言葉に、フランが泣きそうになる。

そう、シンデレラの魔法が12時で切れる様に、彼はもう紅魔館の執事、リンジーノ・R・バイドではなく、邪仙の弟子、詩堂 善なのだ。

 

「だから、お嬢様が遊びに来てください。そうすれば、私はいつでも遊んであげますよ?」

その言葉にフランが笑って小指同士を絡める。

 

「うん」

いつか見た笑顔よりずっと、きれいな笑顔をフランは見せてくれた。

 

 

 

「あーあ、無駄な時間食った!」

隣を歩くメイドが、背伸びをして悪態をつく。

手には、使用人室から回収した善と芳香の服一式がある。

 

「まぁまぁ……ぬえさん、たまにはいいじゃないですか」

ごそごそと袋の中から、青と赤のツギハギのデザインのマフラーを取り出し、首に巻いた。

メイドの姿がモザイクの様に溶けて、黒いワンピース服の少女に変わる。

背中に左右非対称の奇妙な翼が生える。

その姿はまさに、命蓮寺に住む大妖怪ぬえだった。

 

「私は正直言うとアンタの事、大ッ嫌いなんだからね!?マミゾウが頼むから仕方なく付き合ってあげただけなんだからね!!」

その言葉が終る瞬間、善の姿が子供の姿に戻る。

 

「あ、バァちゃんの力が切れた……小悪魔さんにも、お礼言わないと……」

善は、マミゾウに頼み込んで元の姿に化けさせてもらっていたのだ。

全ては、フランに会うためだった。

幸いシフトはわかっていたので、今日外出予定の小悪魔にコンタクトを取り、裏口から紅魔館に入れてもらったのだ。

 

 

「あ!」

何かに気が付いた、ぬえが再びメイドの姿に変わる。

前からくるのはこの屋敷の主、レミリアスカーレットだった。

 

咄嗟にぬえが善のも『正体不明の種』を使ったので、善も今は只の「見知らぬメイド」に代わってるハズだった。

 

心臓をドキドキさせながら、レミリアの隣を通り過ぎる。

 

「なぁ、お前」

レミリアの後ろにいた善が立ち止まる。

 

「は、はい……お嬢様……」

バレたかと、あせる。

 

「よくもやってくれたな……本来なら、ここの場で引き裂いてやるのが私流だが……

フランが悲しむ。

妹に免じて今日は見逃してやる。

それと…………これからも妹をよろしく頼むぞ?

何かあったらウチに来い。食料としてなら雇ってやる」

それ以上は何も言わずに、レミリアは去っていった。

 

「……運命を操った?今日、俺がこのタイミングで来るように?……まさか……ね?」

やきもきした気持ちを抱えながら、善は先を行くぬえを追った。




本編と余談の温度差がヒッデェ……
因みに命蓮寺に行ったときの善の姿は、詩堂娘々のままでした。
マミゾウとぬえにドン引きされたのは仕方ない……

一応新しい姿は男です。
一応は……人里でHENTAIさんたちに絡まれる描写(上半身服ブレイク有)を書いたが、需要が無いので消しました。


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コラボ!!東方交錯録!!

はい、今回は予告通りコラボ作品となっています。
コラボの相手は白煙さんの『東方交錯録~大罪を犯した少年は旅をする~』デス。
古代スタートで、いろんな意味でスケールの大きい作品です。
気になった方は見て見ましょう。


現代よりも遥かにありとあらゆる技術が進歩した世界――月。

そんな月で一人の男が、漆黒の空の下を駆ける。

白いカッターシャツに黒いベストとズボン、内側が黒で外側が赤の派手なマントを纏い、体のいたる部分に異様に長い、それこそ包帯のようにさえ見える赤いベルトを巻いている。

腕にそれぞれ4本、足にぞれぞれ7本など非常に目立つ外見。

右側の腰に一冊の本、反対側にはシルバーで鳥の意匠の付いた杖かステッキか……

 

「……あれか……」

 

男は、ターゲットを見つけると、そこにふわりと舞い降りた。

「な、なんだ貴様!?」

 

「まさか月面に侵入者!?」

扉の前で警備をしていた二人の玉兎が同時にその男に向かって銃を構える。

その様子は大層混乱していた様で、事態の異常性がよくわかる。

次の瞬間男が消える!!

 

「遅い……」

気が付くと玉兎の後ろに移動した男が、つまらなそうな顔をして杖を振る。

ヒュンと風を切る様な音がして、一匹の玉兎が意識を失い倒れ伏す。

 

「え……?」

相棒の倒れた玉兎はその姿を呆然と見ていた。

未だに状況がつかめていない様だった。

 

「すまないが、私の質問に答えてくれはしないか?」

ズイッと玉兎の目の前に、ステッキを突きつけながら男が話す。

話すその男の目は退屈そうで、ひどく濁っている様に見えた。

 

「は、はひぃ……!!」

 

「月の頭脳と言われた……ええと?誰だったかな?

まぁ、良い。とにかく、その頭脳とやらが作った『不老不死の秘薬』は何処にしまってあるのかな?ここか?」

扉にステッキを突きつけつつ、男が玉兎を脅す。

急かす様にカンカンと、扉をステッキの先端が叩く。

チラリと玉兎が視線を施錠されたドアの方に向ける。

 

「は、はいぃ……そ、そうですぅ……」

泣き出しそうな顔をした玉兎が何度も首をコクコクと縦に振りながら、絞り出す様に話す。

 

「そうか……ご苦労!!」

ステッキに黄色い光が纏われ、一撃で玉兎の意識を刈り取る!!

 

「軽い警備だったな」

男が剣の様にステッキを振るうと斜めに鋼鉄製のドアが切り裂かれる。

 

「見つけたぞ」

この時男の顔が初めて、喜びの正の感情を見せる。

その間に手を伸ばし保管庫の中から、3本の水色に輝くアンプを取り出す。

 

「これで、私は――」

 

「させるか!!」

パァン!!と銃声が響き、アンプが破壊され地面に液体が零れる!!

地面に3本分の液体のシミが広がった。

 

「おやぁ?少しは骨がありそうな奴がいるじゃないか?」

目の前には蒼く長い髪をした一人のローブの人物が立っていた。

いや、『人物』というのは御幣があるかもしれない。

背中から生えるコウモリの様な羽、口から覗くの白く長い牙が人でない事を物語っている。

 

「ソフィア!!」

 

「はい。イグニス様!!」

一体何時からいたのか、そのローブの傍らに立っていた銀髪短髪の美少女が瞬時に、2本の剣へと姿を変えた!!

 

「貴方は何者だ!?侵入者に容赦はしません!!」

 

「ほう。月で吸血鬼、というのもオツな物だな?名を聞いておこうか?」

 

「イグニス、イグニス・ホワイトだ!!」

 

「それはご丁寧に。私はオルドグラム、オルドグラム・ゴルドミスタ。

まぁ、簡単に言うと……()()()だ」

その言葉と同時に両者が跳ぶ!!

 

カァン!!キィン!!

 

空中で両者の、双剣とステッキが打ち合わされる!!

火花が空中で激しく散る!!

 

「くっそ!!コイツ!!」

 

「イグニス様!!」

 

「解っている!!その道具、奪わせてもらう!!」

イグニスが手をかざした瞬間、見えない力が作用しオルドグラムのステッキが独りでに動き、イグニスの手に収まる。

 

「むぅ!私の武器が……」

オルドグラムが驚きの表情をする。

しかし口調は興味深い物を見つけた様で非常に楽し気だった。

 

「武器の無い戦士は怖くない!!おとなしく投降しろ!!」

イグニスがオルドグラムの額に、双剣が変化した白い龍の意匠を持つハンドガンを突きつける。

 

「ほう……その武器、自在に変形できるのか……そしてさっきから聞こえてくる『声』なるほど?付喪神か……いや、道具に付着するのではなく『武器』という概念の――」

銃を突きつけられながら、全くオルドグラムが同様する様子はない。

それどころか、ソフィアと呼ばれた道具についての考察までしている。

 

「全く、コイツは一体なんなんだ?月面の侵入者っていうのもおかしいし……仲間もいないみたいだし……

おい!!聞いてるのか?」

イグニスが、オルドグラムを怒鳴る。

 

「ん?すまないな、考え事をしていたよ……さて、私はそろそろ()()()()だ。

お暇させてもらうよ?」

 

ポン……

 

オルドグラムが右の腰に結わえ付けられた、羊皮紙の表紙の上等な本を撫でる。

タイトルは、『グリモワール・オブ・オルドグラム』

 

「しま――」

戦士ではなく、魔術師だと理解した瞬間イグニスが後ろに跳ぶ!!

 

「少し反応が遅いぞ?――詠唱『英知と追撃の宝剣(エターナル・ソード)』」

オルドグラムの手に紫色の刃を纏う銀色の大剣が召喚される。

そしてそれを振った瞬間、剣から斬撃と無数の光弾が発射される!!

 

「ぐぅ!?光弾の斬撃の威力を0に!!」

一瞬障壁の様な物が出現し、すべての光弾を消滅させる!!

だが、斬撃は消えずイグニスは自身の双剣でその攻撃を受け止めた。

 

「くっくっく……油断が過ぎるぞ、吸血鬼よ。

私の武器は返してもらったぞ?」

オルドグラムが手に持つステッキをくるくると回す。

 

「くそ!!なら、もう一度奪うだけ――うわ!?」

 

ボウッとオルドグラムを囲むように、赤い魔法陣が広がっていく。

オルドグラムがぼそぼそと何かを唱えている。

 

間違いない、何かの詠唱だ。

それもさっきの剣の呪文よりずっと大掛かりな。

 

その時、イグニスの耳にしていたインカムにイグニスの交際相手の依姫から通信が入る。

『イグニス、大変だ!!多量の穢れが町に現れて、大変なことになっている!!

玉兎たちが対応しているが、正直力不足だ!!

すまないが、大至急応援に来てくれ!!』

 

「おやおやぁ?お仲間が大変の様だ。助けに行かなくてはいいのかな?ヒーロー君?

さぁ、選び給え。

君が手を取るのは私か?それとも仲間か?」

ニヤニヤとオルドグラムが、嫌な笑みを顔に貼り付かせ、せせら笑う。

イグニスは逡巡する、此処で敵を追うべきか、仲間を助けるべきか――

 

「くそ!!次は絶対に捕まえる!!」

 

「くははははは!!早く行きたまえ、大変なことになるだろうね?」

マントを翻し、オルドグラムは悠然とその場を歩いて後にした。

こうして今回の物語は始まった……

 

 

 

 

 

日常っていうのは簡単に壊れるらしい、思いもよらぬ相手から、思いもよらぬ方法で――

 

「な、なんだ!?」

突如起きた地面の揺れに、善が驚き師匠の膝から転がり落ちる。

 

「にゃ、にゃ!?」

 

「ひ、ひー!!怖いよ!!」

 

「なんだか揺れてないかー?」

同じ場所にした、橙、小傘、芳香までもが驚く。

対して、師匠は落ち着きはらっていたが。

 

「何かの術ね――善、外を見なさい」

師匠に促され、善は窓をみて絶句する。

 

空が上下逆さまだった、正確に言うと師匠たちの住居が地面、墓場ごと浮かび上がり。天地が逆転して、さっきまで地面だった穴にゆっくりと落ちていっている!!

地面の一部がまるで、コインの一部をひっくり返すかのように表裏が逆になる!!

そして、穴の開いた地面に上下逆さまになって落ちていく!!

 

 

 

 

 

「此処は……」

地面に落ちたハズの善たちの家は何処か見慣れない場所に、最初からそこに在ったかのように存在していた。

空は宇宙の様に暗く、見慣れない建物が広がっている。

そして、頭上に輝く青い星。

 

「ぜーん!!アレなんだ?見た事ないぞ?」

芳香が、頭上の青い星を指さす。

 

「あれは、地球だ……俺たちの住んでる惑星だ。

月が無い……ってことはここは月か?」

呆然としながら、善が芳香に説明する。

自身で言ってなんだが、到底頭が追い付かない状況に居る。

 

「じゃ、アレはダレだ?」

芳香が墓の入り口付近の人物に指を指す。

うさ耳を付けたブレザーの学生に見える。

丁度、何時か見た鈴仙がこんな格好をしていた様な――

 

「あ、あの――」

善が話しかけた瞬間、うさ耳の少女はすさまじいスピードで耳を動かし始める!!

 

「こちら偵察部隊、識別番号ロ―112!!穢れを発見!!地球人の侵攻と思われます!!」

叫んだ数秒あとにこちらに指鉄砲を構える。

 

「掃射開始、ファイア!!!」

 

「善!!危ないぞ!」

芳香が、善を抱き上げ師匠の元に帰ってくる!!

もうすでに、小傘、橙は家のなかに避難している様だった。

 

バタン!!

 

扉を勢いよく閉め、善が肩で息をする。

次々起こる異常事態に頭が付いていけていない。

 

「くそ!!何だってんだいきなり!!」

 

「さぁね?けど、喧嘩を売られたのは確かな様ね……

じゃぁ、こっちも反撃。しましょうか?」

そう言って珍しく好戦的な表情を浮かべ、師匠が天井を壁抜けして上がっていく。

 

「私もでるぞー!!」

芳香までもが、腕まくりをして外に再び出ていく。

 

 

 

 

 

「そこの穢れー!!おとなしく投降しなさーい!!君たちは方位されている!!」

表には大量の玉兎たちが、指を構えていた。

中には、ゴツイ銃を構えている者もいる。

 

「あらあら、ずいぶん私も舐められたモノね?

すごく……不愉快」

一枚の札を取り出し、地面に投げる!!

 

「有象無象の兎なんて、すぐに片付けてあげる。

保身勅命!!立戦我敵倒害、返命帰、仙名令!!」

手早く何かを唱えると――

 

「うひぃ!?」

一匹の玉兎が悲鳴を上げる!!

そのどよめきは群れ全体に伝わってくる!!

 

「ああ……ぼ……うぅ……」

墓の地面を突き破り、古代中国の歩兵の様な恰好をした無数のゾンビが立ち上がる!!!

 

「おー!!みんな久しぶりだな!!元気だったかー?」

芳香が、同じ死体仲間をみて目を輝かせて飛び跳ねる!!

 

 

 

「私のキョンシー達に勝てるかしら?兎さん?」

師匠の言葉で戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

無数のキョンシーが不死の体で、玉兎を追い詰め。

玉兎は隊列を組み、隙の無い銃撃でキョンシーを近づけさせない戦法を取る。

 

「!?――みんな!!イグニス様がこっちに向かってるそうだ!!」

 

「なんだって!?」

入ったばかりの情報に、玉兎が士気を取り戻す。

此方に向かっているのは、月でも指折りの実力者、戦局を変えることは十分可能だろう。

明るい希望が、玉兎の中に広がっていく。

 

 

 

バァーン!!

一発の狙撃で大量のキョンシーが宙を舞う!!

多くの玉兎が、そこに降り立ったイグニスに目を輝かせる。

 

「イグニスさまー!!」「来てくれたぞー!!」「待っていましたー!!」

 

「みんな、よく持ちこたえてくれました。ここからは私が先陣を切ります!!」

師匠を視界に収めた、イグニスがスナイパーライフルを構える!!

 

「貴女を――討つ!!」

銃弾でけん制しつつ、イグニスが師匠の元に向かう!!

 

「うおおおおおおおお!!!」

スナイパーライフルを黒い龍の意匠を持った大剣を構え、師匠に躍りかかる。

 

「へぇ、少しは骨のある子もいるのね。

予定より少し早いけど、仕方ないわ――()()()()

一枚の札をイグニスの足元に、投げつける!!

 

「邪なる心持ちし、人の子よ。

我が名において幾千の邪法により死の壁をすり抜け……今ここに、蘇れ!!」

 

ボゴォ!!

 

地面から一本の腕が天を掴もうとするかの様に手を伸ばす!!

大量の血が付着し、見たことの無い術式が書き込まれた包帯を全身に巻き付けた男が立ち上がり、右手でイグニスの剣を受け止める!!

生身の体だというのに、剣と拮抗しさらにバチバチと赤い雷の様なエネルギーがほとばしる!!

 

「な、なんだコイツは!?」

目の前の男の存在そのものから、大量の穢れを感じる。

ボロボロの体に包帯だけを纏った男が、こちらに目を合わす。

 

「むぅぅぅぅぅぅあああああ!!!」

ガギィン!!

金属をはじく様な音がして、イグニスが吹き飛ばされる!!

イグニスの目の前で、善が地面から残りの体を引きずり出す。

 

「はぁー……ここは……空気が美味い、こんなに気が満ちた場所は初めてだ……神子様の仙界以上だ……それに体が軽い……月の重力下だからか?」

ゴキゴキと腕を動かして、自身の体の様子を見てる。

 

「うん。やっぱりこの体が一番だ」

その時善のイグニスの視線が交わった。

 

「さて……私達を襲うあなたを、処分しなくてはいけませんね!!」

善が腕に力を込めた瞬間、腕に巻かれた包帯が吹き飛んだ!!

抵抗する力が空気に反発して、バチバチと激しく音をたてる!!

 

「えい」

ボゴン!!

 

「イデェ!?」

いつの間にか後ろに立ってた師匠が、善の後頭部を殴りつける!!

 

「師匠!?一体何をするんですか!!」

 

「善、自分の状況を見て見なさい?

戦局は膠着、このまま行ってもこっちがジリ貧になるだけ……

貴方、結構権力のある地位よね?どうかしら、休戦しない?」

柔和な笑顔を浮かべ、師匠がイグニスに微笑みかける。

 

「休戦?こっちに、選択権が?」

イグニスは自身の置かれておる状況を見る。

敵地の真ん中で、救援はしばらくかかる。

更に目の前には、敵の大将クラスが二人……

この提案に乗らなければ、どうなるかは簡単に理解できた。

 

「……悪女め……」

 

「失礼ね、私は仙人よ?弟子だっているんだから♪」

師匠が有無を言わせない、表情で笑った。




コラボ一話目。
本来、私の作品に出す予定の無かった月メンバーと絡めるかもしれませんね。
そう言った嬉しい誤算もコラボの醍醐味です。

因みに、作中の敵は私の昔書いていた別作品のキャラです。
今回の舞台、ストーリー共に丁度いい配役なので、登場してもらいました。
スターシステムとでも思っていてください。

そしてビックリするほど、ふざけていない……
基本ギャグなのに……
「ふざけんな!!ふざけろ!!」状態です。
じ、次回こそは……!!


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コラボ!!東方交錯録2!!

いろいろあって、遅れました。
お待ちしていた皆さま、すいません。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

月という本来ならありえないシチュエーションでイグニスを見下ろしながら、墓場の真ん中で師匠が要求を提示していく。

「さて、私達が今欲しいのは――」

 

「ゲッホ!!ゴッホ!!うえ!?口が血と土の匂いがする!!ぺっぺ!!ぺっぺ!!」

イグニスと師匠の目の前で善が口から土と砂、あとよくわからない赤い液体を吐き出す。

げんなりした表情で、師匠が頬を引きつらせる。

 

「……情報よ。ここが何処か、なぜあなた達が――」

 

「クッサ!?なんか体から、酢酸系のスッパ苦い匂いがする!!クッサ!!

しかも包帯だけで、基本全裸だし!!あー、もう!!最悪だー!!

何でわざわざ土の中に、呼び出したんですか!?そうそうまた、死ぬかと思いましたよ!!」

更に、自身の体の匂いに気が付いた善が、嫌そうに身をねじった。

ボロボロと危うい位置まで包帯がズレる。

再度自身の言葉を遮られた師匠が露骨に不機嫌になる!!

 

「ぜ~ん?」

 

「ハイ?なんですか?」

 

「少し黙りなさい!!」

額に青筋を浮かべながら、師匠が善のノドに手刀を叩きこむ!!

 

「ぐぇ!?うぐッ!!お……ゴフッ……」

ビチャビチャと音をたて、善が血と土を口から吐き出して倒れる。

 

「ちなみに、貴方を土の中に呼び出したのはその方が、登場的にかっこいいからよ?」

倒れ伏す善に、師匠が言葉を投げかけた。

しかし善には聞こえていない!!

 

「ひっ!」

白目をむいた善の顔を見て、イグニスの武器であるソフィアが小さく息を飲んだ。

 

「さて、ええと……ああそうだ、この場所の情報と私達をここに呼んだ理由ね。

貴方の上司に聞いてきてもらえないかしら?」

 

地面の音もなくうずくまる善を無視して、師匠がイグニスに要求を突きつける。

「解りました、しかし私の一存ではどうにも――っていうか、この人大丈夫なんですか?」

イグニスが地面に倒れる善を指さす。

少し前まで、恐ろしい生き物だと思っていたがその考えはすっかり変わってしまっていた。

寧ろ哀れみや、心配すら覚える。

 

「イグニス様!!依姫さまからの通信です!!」

そこに向かって、一人の玉兎がモニターを持って走ってきた。

 

「あら、丁度良い物が来た様ね」

師匠がそれをみて、二ヤリと笑った。

 

「あー、死にそう……早速、死に戻りしそう……ゲッホ!!げほ……おえ……」

口から漏れたよだれを拭いながら、善が立つ。

 

「まだ、生きてる!?」

ソフィアが、震えながらイグニスの袖を握った。

 

 

 

 

 

薄型テレビの様なモニターに一瞬のノイズの後、一人の女性が映る。

この画面の相手が『綿月 依姫』らしい。

 

「はぁい、こんにちは。ご機嫌はいかが?」

挑発する様に、師匠が画面に映った女性に手を振る。

 

「ふん、侵略者のくせにずいぶんな挨拶だな?私が出向いて殺してやりたい位だ」

依姫が師匠を睨むが当の本人は全くと言っていいほど気にした様子はない。

 

「侵略者?私たちが?仕掛けてきたのは、貴女達よ?

こんな田舎に呼び出されて……

あーあ、嫌になっちゃうわー」

やれやれとジェスチャーをして見せる。

 

(なんだ?会話に齟齬が……)

微妙にかみ合わない会話に善が密かに頭をひねる。

しかしその疑問はすぐに解決した。

 

「そこは僕が説明するよ」

善の横、ソフィアと呼ばれた少女を隔てる様に座っていたイグニスが口を開いた。

 

「たぶん、この人達は今回の件に巻き込まれてだけでだ。

事実、蓬莱の薬を手に入れようとしていた男はもっと別の存在だった……

なん言うか、存在そのものが異質――人間っぽいんだけど、人間じゃない。

けど、具体的のどこがおかしいのかわからない……

例えるなら――そう、まるで『本物そっくりの造花』……」

 

思い出す様に、イグニスが自身の右腕を見る。

未だに剣とステッキを打ち合わせた衝撃が残っている気がする。

 

「そうか……お前にそこまで言わせる存在が……」

依姫がギリリと歯ぎしりをする。

 

「で?私達は『侵略者』さんと貴女達のくだらないイザコザに巻き込まれたって事でいいのかしら?」

話す二人を見て、不機嫌な様子で師匠が口を開く。

 

『そういう事になる……な』

バツが悪そうに、画面の中の依姫が視線を逸らした。

 

「ふーん?月のお偉いさんが、何の罪もない仙人を襲ったのね?

いきなり、玉兎をけしかけて……穢れ呼ばわりして、ふーん?」

ネチネチと、師匠が依姫に嫌味っぽく何度も声を掛ける。

 

「くッ……!!しゃ、謝罪はする……!!」

普段地上人を見下しているのか、苦虫を噛み潰した様な顔で頭を下げる依姫。

 

「謝罪?謝るだけなら、10にも満たない子供でもできるわよ?

賠償は?私達帰れなくて困ってるんだけどなー?」

 

「く、くぅぅぅぅ!!お、お前達の!!月にいる間の衣食住を保証する!!元の世界に変える方法も全力で探す!!その代り、大量の穢れを発するお前たちの今の住居は結界で封印させてもらう、これでいいか!!」

絞り出す様に、耐える様に依姫が決断を下した。

未だに墓場から漏れる、濃度の高い穢れの気配、それは月人である依姫達にとって猛毒の様だ。

さっきの言葉通り、自分で直接手を下さないのが証拠だ。

 

「まぁ、流石月の御仁!やることが太っ腹ですわー」

それを知ってか知らずか、にっこりと笑って師匠が両手を合わせる。

 

「ねぇ、善?あなた何か欲しい物はない?月の太っ腹な御仁がなんでも用意してくださるそうよ~」

師匠が善に向かって振り返ると……

 

「はぁはぁ……とりあえず、着るものと風呂、使わせてもらえませんか?」

ボロボロの姿で、震えながら善が話した。

話し合いの間ずっと、ほぼ全裸!!

墓場の奥の方から、橙が息を荒くしてこっちを見ているし、小傘すら顔を覆った指の間からこっちをチラチラと見て来る!!

はっきり言うと、非常にいたたまれない!!

 

「あー、近くに玉兎たちの訓練施設があります、そこを使いましょう。

依姫、連絡を入れておいてくれるかな?」

 

『ええ、解ったわ。イグニス』

イグニスと依姫の会話が終ると同時にモニターが切れた。

 

 

 

 

 

イグニスが、善を連れて廊下の一部を歩いていく。

此処は本来玉兎たちの訓練施設だったが、現在は善たち一行の為に開放されている。

師匠の家ごと、この世界にワープしてきたのはいいのだが、当然井戸などは使用不可能となっているし、穢れを嫌う月人にとっては『墓場』というのは穢れの塊の様なもので、家全体に結界を貼り出入りを不可能にしてしまったのだ。

この、急場の宿場は善たち一行にあてがわれた仮の家なのだった。

 

「入浴室はここです」

イグニスが、白い施設の一室の扉を開いた。

そこは豪華な銭湯の浴室の様に成っており、大小様々の風呂が有った。

 

「ココが?……あ!!すっごい!!ジェットバスとか有る!!」

はしゃぐ善を見て、イグニスが手早く詠唱をして指先に魔力を溜める。

そして、無言で善の後頭部に指を突きつける。

 

「…………」

 

 

「露天とかないかな?地球を見ながらってのも、経験してみたいよな~」

ワクワクした顔で、風呂場を見ている善。

すぐ後ろでイグニスが術を発動させているが、全く気が付く様子はない。

 

(この人……本当にさっきのヤツと同じ人物なのか?)

イグニスの中にそんな疑問が沸き上がる。

ついさっきまでとは、明らかに雰囲気が違う。

凶暴な魔獣を思わせる禍々しい男は、今となっては年相応のはしゃぐ子供に成ってしまっている。

イグニスの攻撃に気が付く、予兆すら見せない。

 

「あなたは一体なんなんですか?」

魔法を消すと同時にイグニスの口から、半場無意識にそんな言葉が漏れた。

 

「へ?ふつーに、人間ですよ?あ、仙人として修業中なので、完全に普通って訳ではないんですけどね?

あっと!!自己紹介忘れてましたね、私は詩堂 善。

さっきも言ったように仙人目指して修業中です」

にへらと笑い人懐っこい顔で手を差し出して来る。

 

「いや、そういう事じゃなくて……ま、いいか。危険はなさそうだし……

私はイグニス・ホワイト。この月では……まぁ、いろいろやってます。

あなた達一行は基本的にこの施設の中から出ないでくださいね?

いろいろと困る事が多いので」

どうも調子が狂うなと密かに、汗をかく。

そこまで話すとイグニスが会釈をして、部屋を出て行った。

 

「イグニス様、ご無事でしたか?」

男湯の入り口で待っていたソフィアがイグニスを心配する。

 

「大丈夫だよ。特にあの男は……

そっか、仙人か……ほかの世界には居るんだなぁ」

 

「???」

すっかり毒気を抜かれた、イグニスの態度にソフィアの頭が疑問でいっぱいになる。

 

 

 

 

 

「どうしたんだろ?あの人、まぁいいや。さて、この体では久しぶりにゆっくりできるな――痛ッ!」

体を洗おうとした時、激しい痛みが走り手にしていたタオルを落としてしまう。

落ち着いて改めて、自身の体を見るが痣や傷、何かを縫った様な跡が多い。

特にひどい物は、腹にある傷で反対側の背中にも同じ様な傷がある事から、何かが貫通した後だと解る。

 

「レーヴァテイン……か。

我ながら無茶したなー」

傷に手を這わすと、激しい痛みが走る!!

 

「アッ……ゲフ!!」

咳き込むと同時に、口に血の味が広がる。

 

「食道もか……」

フランが妖力は人間にとって猛毒である。との情報はウソではないらしい。

痛みをこらえながら、備え付けられていた椅子に腰を下ろす。

体に刺激を与えない様に、そーっとさっき落としたタオルに手をのばす。

 

「大変なことになったなぁ、体を洗うのも一苦労だ……」

 

「なら、私が手伝ってやるぞ?」

 

「え”?」

善の腕を追い抜いて、もう一本の白い腕が床に落ちたタオルを拾ってくれる。

善はその声の主を知っていた、というか毎日同じ部屋で寝起きしている。

そこにはタオルのみそ装備した芳香が、ほほ笑んで善にタオルを差し出す。

 

「芳香!?なんでここに!?師匠の差し金か?」

 

「そうだー、きっと困ってるだろうから、手伝ってやれって言われたー」

善の脳裏に、困っている善をあざ笑う師匠の邪悪な笑みが浮かんだ!!

 

「だ、大丈夫だ!!一人で出来るから――ッ!!」

再び腕が痛み、またタオルを落とす。

 

「あー、ダメダメじゃないかー。

大丈夫だぞ、ちゃーんと優しく洗ってやるからな?」

 

「あ、ああ……頼む……せ、背中だけだ!!前は自分で出来るから背中だけやってくれ!!」

不味いと解りながらも、善が芳香にタオルを手渡す。

こういった場合芳香は、変に頑固で折れてくれないので折衷案を出すのが賢いのだ。

タオルを受け取った芳香が、ボディソープを泡立てる。

 

「よーし、洗うぞ?」

 

「お、おう――ひゃ!?」

芳香のタオル背中に当たった瞬間、声がでた。

 

「どうしたー?痛いのかー?」

 

「い、いや、久しぶりの感覚で、ちょっとくすぐったかっただけだ……」

 

「そうか、痛かったり痒かった時は言うんだぞ?」

ゴシゴシと丁度良い、力加減で芳香が善の背中を洗ってくれる。

意外な心地よさに善が目を細めた。

 

「その……なんだ、洗うの、上手いじゃん……」

 

「そうか!?なら、今日から毎日やってやろうか?」

嬉しそうな芳香の声が、浴室に響く。

 

「それは俺が、師匠に殺されるから無理だな」

はははと、笑い話風に善が笑い飛ばすが――

 

「なぁ、善」

不意に芳香の手が背中を離れ、善の腹を後ろから抱きしめる。

 

「よ、芳香!?どうした!?」

体に直に感じる、芳香の感覚に善が慌てる。

 

「前にいったよな?死ぬのはだめだって――」

芳香の手が、善の腹――レーヴァテインの傷跡を撫でる。

痛がることを理解してか、あくまで優しく。

 

「確かに、言ってた」

死に掛けるたびに芳香に言われてる気がする言葉だ。

もう、ずっと耳のに残っている。

 

「なぁ、善。もう()()()()()()()()()()()()()

私はキョンシーだ……生きてないんだ、ただの動く死体だ……

だから、私を助けて善がケガするなら……

私を助けないでくれ」

 

「いやだ」

芳香の言葉にかぶせて善がはっきりと宣言した。

それは芳香の願いへの真っ向からの、否定だった。

 

「善!!私を助ける意味なんて無いんだ!!私が壊れても、すぐに直せる!!

それだけじゃない!!善も見ただろう?私以外にもキョンシーは沢山いるんだ!!

だから、だから――」

 

「お前は一人しか居ないだろうが!!俺にとってお前の変わりなんて、ドコ探しても居ないんだよ!!」

善が怒りに満ちた顔で立ち上がり、芳香の肩を掴んだ!!

目の前で芳香が、涙を目に溜めてイヤイヤをする。

しかし善が、芳香の頬を掴み自身の顔を無理やり見せる。

 

「お前は只のキョンシーじゃないんだ。俺にとって大事な人の一人だ。

師匠がいて、お前がいて、俺が居て、小傘さんが偶に遊びに来て、橙さんがいつの間にかいて――

そんな、生活が俺は好きなんだ!!俺は、このまま生きて行きたい。

その為には誰も欠けちゃ、いけない。

勿論お前もだ、だから、もうそんな事言うなよ?」

善の言葉を芳香が、呆然としたように見ていた。

パクパクと口を動かすが、言葉が出てこない様だった。

 

「わ、私は……大切なのか?」

 

「当たり前だろ?何を言って――うわ!?」

勢いよく芳香が善に抱き着いた!!

滑りそうに成りながらも、必死で踏ん張る!!

 

「どうした、どうした、どうした!?」

ふふふと笑いながら、芳香が善の肩に顔をうずめた。

 

「よーし!!元気だして、いくぞー!!」

一気に力を取り戻した芳香が、ハイテンションで風呂場を出て行った。

 

「なんだったんだ?」

一人残された善は、一人芳香の感覚を思いだそうとしていた。

 

ふにゅん……ふみゅん……ぽみゃん……

 

(うん!!柔らかい!!)

違う意味でスッゴイ元気出た!!

 

 

 

 

 

ガクガクガク……ブルブルブル……

善たち一行が居間の代わりに使っている会議室。

その端で、橙と小傘が抱き合って震えている!!

橙は尻尾を2本とも内ももに巻いてしまい、小傘は2色の瞳両方に今にも零れそうな涙をためている!!

 

「小傘さーん?橙さーん?覚悟はできてますねー?」

二人の目の前には、善が邪悪な笑みを浮かべ立ちはだかっている!!

 

「は、はひ……ぜ、ぜんさん……」

 

「げ、元気になって、よかったニャー……」

 

「二人とも……少し前まで――ずいぶん私を『可愛がって』くれましたよね?」

更に善が、笑みを強める!!

 

「ぜ、善さん、最近お師匠さんに似て来てませんか!?」

小傘が、怯えて声をうわずらせる!!

 

「そ、そうですにゃー、ニャー……」

橙に至っては、恐怖の余り無駄だと解っていても必死に猫のフリをしている!!

 

「さぁて……バツゲーム……執行!!」

 

「「ひぃ!?」」

非情な善の言葉で、両人が縮みあがる!!

 

「まずは、小傘さんへ――これを」

そう言って、灰色の布のくっ付いた筒状の物を渡す。

 

「そ、それは!?」

 

「そうです、折り畳み傘です!!」

バァーン!!と効果音が付いて、小傘の目の前で傘を折りたたんだり、開いたりする!!

 

「やめてぇぇぇぇ!!か、傘の骨を、折りたたむなんてー!!」

小傘が有らん限りの悲鳴を上げる!!

傘である、小傘にとって折り畳み傘は全身がべきべきに折れた痛々しい傘に見えるらしい。

 

「10回。小傘さんの手で、折り畳んでください」

 

「む、無理だよぉぉぉぉおっぉ!!」

小傘の絶望の声が、月に響き渡った!!

 

ガチガチガチ……

 

絶望した小傘を見て、橙が同じく震える。

 

「わ、私には……な、なにを!?」

 

「橙さんには――みかんをスジスジまで、きれいに剥いてもらいます!!それも、3個!!」

 

「ギニャァ嗚呼あああああああ!!!」

橙に3個のみかんを渡す善!!猫は柑橘系の匂いが大の苦手!!

それは猫又の橙も変わらなかった!!

つまり!!みかんの筋をすべて取るまで、ひたすら嫌いな匂いに耐えなくてはいけないのだ!!

 

「「いやだぁあああああああああああ」」

二人の悲鳴が、遠く遠く響き渡った。

 

「ふぅ……すっきりした」

 

「ぜ~ん?ちょっといいかしら?」

良い気分の善に師匠から声が掛かる。

 

「な、なんですか?」

嫌な予感に僅かに震えながら、善が反応する。

さっきの小傘、橙とほぼ同じ構図である。

 

「芳香の様子がおかしいのだけど……何かしたわね?」

 

「確定!?そこは確定なんですか!?」

笑顔で、威圧感を出す師匠に善がひるむ!!

 

「月まで来て……こんな非常事態に……アナタねぇ?

少し、は・ん・せ・い。する必要ないかしら?」

懐から、何時もと毛色の違う札を取り出す。

 

「し、師匠、落ち着きましょう?争いは――」

 

「知ってる。何も生まないわよね?だ・か・ら」

パチン!!と音がして、善の体から力が抜ける!!

次の瞬間には、地面に倒れる自分を見ていた。

 

「あ、あれ?」

 

「やっぱり、こっちの方がかわいいわぁ~

新しい、簪も似合ってるわよ?」

そう言って師匠が善を抱き上げる。

ふわりと髪が舞って善の視界を、青みかかった灰色が包む。

 

「また、この体ですかー!?」

 

「そうよ?まだ、あなたは回復途中なのだから。

イイでしょこの術、何処でもアナタをこの姿に出来るのよ?」

小さくなった、体で師匠の腕から抜け出す!!

 

「今すぐ、元の体に――」

 

ポン

 

善の両肩が後ろから伸びてきた、手に捕まる。

 

「え?」

振り返ると其処には――

 

「善さーん?」

 

「またこの姿ですね?」

小傘と橙が、にやにやして立っていた!!

 

「ふ、二人とも――」

 

「どうしようかな?」

 

「そうだねー?」

仲の良い友人の様に小傘、橙が笑い合う!!

 

「「また、かわいがってあげます!!」」

 

「いやぁあああああ!!!」

今度は善の悲鳴が、響き渡った。

 

 

 

 

 

月の重役の集まる部屋――

依姫とその姉の豊姫、さらには月の頭脳と呼ばれる永琳が並んで座っていた。

早くもオルドグラムの襲撃から、地球時間で一夜明けた。

 

「穢れを一時的に結界に封じ込めることに成功したわ、今後の影響は経過を見なくちゃだけど――」

永琳が資料を見ながら、つぶやいた。

 

「くっそ!!侵略者の魔術師だけでなく、おかしな奴らの対応もしなくては――」

 

「まぁまぁ、あせってもどうにもならないでしょ?ゆっくり一つずつ変えていきましょ?」

依姫に対して、豊姫が優しく諫める。

 

ガチャ――

 

「あ、イグニス帰って――貴様は!?」

イグニスかと思い緩みかけた、依姫の顔が再び険しくなる!!

 

「やぁ、月のお偉方。元気にしているかね?」

黒い服に巻き付く赤い包帯の様なベルト。

まるで自己がどこにいるかを教えているかの様な、自己顕示欲あふれる格好をした男がゆっくり入ってくる。

 

「どうして、此処が!?」

依姫が立ち上がり、腰の剣を抜く。

 

「どうして?完全な隠れ家など、在りはしない。

そんなことも解らないのか?」

やれやれとポーズを取る、オルドグラム。

 

「何が目的かしら?」

永琳が試す様に、声をかける。

 

「なぁに、単純な事さ。『不老不死に秘薬』を渡してもらいに来た。

ほら、だせ。そうすれば、血を流すことなくすべては解決する」

 

「抜かせ!!」

依姫がオルドグラムに切りかかる!!

 

「馬鹿め――!!」

それに対して、オルドグラムがゆっくりと腰のグリモワールに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

「すいません、遅れ――!?」

善たちの対応をしていて遅れていたイグニスが部屋に入ってくる。

イグニスが目の前の惨状をみて、呆然とする。

破壊しつくされた、部屋そしてボロボロの永琳と豊姫。

 

「い、イグニス……依姫が――攫われた……」

そう言って永琳が気を失い倒れる。

唯一無事だった、テーブルの上には一枚の手紙が置かれている。

 

『拝啓、月の首脳諸君。

私の名は、オルドグラム。偉大な錬金術師だ。

今回は諸君らの秘宝である『蓬莱の薬』をいただきに参上した。

しかし、今は品切れの様だ――そこで私は一計を案じた。

諸君の仲間一人と、薬を交換しようではないか。

薬が完成次第、私の召喚した墓場まで持ってきてくれたまえ。

 

諸君らの賢い判断を期待する。

                   オルドグラム・ゴルドミスタ』

 

「イグニス様……」

ソフィアが、話しかける。

 

「くそ……くそぉおおおおおおおお!!!!」

イグニスが、慟哭と共に思いっきり手紙を破り捨てた。




改めて、思うのは月の力加減の難しさ。
チートて、個人的に使いにくいイメージがあります。


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コラボ!!東方交錯録3!!

今回、かなりまた長くなりました。
うーん、力を入れすぎたかな?


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「なーんか、気にくわないんですよねー」

あてがわれて、玉兎の訓練施設の一角。そこで善が、濡れた芳香の髪をドライヤーで乾かしていた。

 

「おー、おー?おーおー……」

善に櫛で髪を触られながら、芳香が驚きの声を上げる。

熱風が出でて来る道具など、知りもしないのだろう。

 

「この、世界が?」

 

「ええ、そうです」

師匠の言葉に、善が答える。

 

「私たちを『穢れ』って、一体何の積りなんですかね?」

善は芳香や師匠が玉兎に『穢れ』と呼ばれたのが気にくわないらしい。

実際の意味は知りはしないがニュアンス的にこの好まれるものではないと解る。

 

「仕方ない部分もあるわね。誰だって、『穢れ』に触れたいとは思えないわ。

穢れとは、命、あるいはそこから生まれる『死』を意味するの」

 

「『死』?」

師匠の言葉に、善が聞き返した。

 

「ねぇ、道端にネコの死骸が落ちていたら……触りたくなる?」

 

「いいえ、正直言って触りたくありません」

師匠の問いに善が答えた。

死体など、触りたくない。善にとって当然の話だった。

 

「じゃあ、生きてるネコがじゃれついてきたら?」

 

「それは、撫でますね。ネコとか小さい生き物好きですし」

それを聞いた橙が目を輝かせて善の足元に寝転がった。

撫でませんよ?と言っても、そこを離れる気は無いらしい。

 

「なぜ?同じ猫なのに?死体は動かないから、死んでいる方が触る方としても安心できるハズよ?」

今回の師匠の言葉で、善はなんとなく師匠の言いたいことが分かってきた。

 

「無意識に……死を恐れたから?」

 

「そうね、目に前にある『死』を見せつけられるとその『死』が次は自分に移るんじゃないかって、心の底で思うのよ。

だから、『死』を見せつける『穢れ』を嫌がるの」

そう言った後、芳香の表情に気が付いた師匠が芳香の頭を撫でる。

 

「勿論、芳香は別よ?だって、とーってもかわいいんだもの?」

わしゃわしゃと、善の整えた髪をなでる。

 

「お、おー……善は……」

 

「俺も、別に気にしたりしないぞ?そんな理由でお前を嫌ったりしないからな?

俺はお前がたとえ死体でも大切にしてやるからな?」

師匠がしたように、善も芳香を撫でる。

そうすると、辛そうだった芳香の顔に笑顔が戻った。

 

「そ、そうかー?善は、やさしいなー」

えへへと笑って、再び髪を梳かされに戻る。

 

「……ねぇ、善。今のってプロポーズ?」

師匠が口元を押さえながら、善に尋ねた。

 

「え!?ち、違いますよ!!その……普段の感謝を口に出したというか――」

 

「私は善はお断りだなー」

善の言葉を遮って芳香がつぶやいた!!

 

「はぁう!?」

善がその言葉にショックを受ける!!別に告白するつもりなどなかったが、それでも相手からのごめんなさいは心に来るものが有った!!

 

「い、いや……別にショックじゃねーし……」

落ち込む善をみて、師匠たちが笑う瞬間!!

変化が起きる!!

 

白い部屋が、まるでパレットに絵具をぶちまけた様に塗りつぶされる!!

薄暗く、赤い、何処か紅魔館を思い浮かべる様な部屋に塗り潰されていく!!

 

 

 

 

 

そして完成した空間は、洋風の大広間だった。

縦長で長方形の形をしている。

薄暗く、ほんのりと壁の赤い壁紙が見える程度で足元が暗い。

壁には蝋燭が燭台に立てられているが、それでもなお薄暗さをぬぐう事は出来ない。

そんな部屋の中央にテーブルクロスのしかれた長いテーブルが有り、豪華な料理が並んでいる。

そして奇妙な事に、その部屋には()()()()()()()()()()()()()()

 

「急なお誘い、重ね重ね謝罪する。申訳ないね」

低い男の声が響き、部屋にいた善たち一行がほぼ同時にその声の主を見た。

薄暗い部屋の中、蝋燭の頼りない明かりに照らされてその男は椅子に座っていた。

 

「諸君、遠慮せず座ってくれたまえ。私が諸君らをこの次元に招待した――オルドグラムだ」

最悪の魔術師が、そこに座っていた!!

 

 

 

「あなたが私たちをこの世界に呼んだ張本人?」

師匠が険しい目をしながら、オルドグラムに尋ねる。

 

「その通り、私が空間移動術式を使用して君たちをこの次元に呼んだ」

 

「何の為に?」

平然の答えるオルドグラムにさらなる質問を重ねた。

 

「目的は、月人達への陽動の為。穢れを嫌うモノ達には効果は覿面だったよ。

別に、誰かでなくてはいけないというのは無かった。たまたま近くの次元に君たちがいたから呼んだに過ぎない」

目の前に置かれた水差しから、水を汲んで煽るオルドグラム。

その姿は余裕に満ち溢れていた。善たちは知る由もないが、現在のオルドグラムはステッキもマントもない丸腰と言っても過言ではない黒い服装だけだった。

 

「へぇ、ではあなたが私たちをこの場所に呼んだ理由は?」

 

「それを今から話す。まぁ、ただ聞いても退屈なだけだ……

一緒に……食事でもどうかな?腹が減っているのではないか?」

二コリと笑い、席に着く様に促す。

善たちの目の前のテーブルにはいつの間にか豪華な食事が並んでいた。

 

「食事って……そんな怪しい誘いに――」

 

「むぐ……むぐ……この肉おいしいぞー!!」

 

「何食ってるんだ!?」

躊躇する善の隣で、芳香がナイフを手にしてステーキを口に運んでいた。

善が驚き声を上げるが、全く止まる様子は有りはしなかった!!

 

それどころか!!

 

「このスープ、おいしいわね」

師匠までもご機嫌な様子で、コーンスープを運んでいた。

 

「師匠!?なんで食べてるんですか!?毒とか、警戒してないんですか!?」

 

「大丈夫。あの男は本気に成れば、私達を倒すのは余裕なハズよ?

わざわざ毒なんて、まどろっこしい事はしないわ」

チラリと師匠がオルドグラムに視線を送る。

 

「ふぅむ。嬉しいね、此処に来てその胆力、物怖じしない性格。

場数も相当踏んできた様だ……

クククッ、いいねぇ。惚れてしまいそうだ」

椅子に姿勢を崩して、オルドグラムが嬉しそうにのどを鳴らした。

 

「あら、嬉しいお言葉ですわ。けど、ごめんなさい。

私もう結婚してますの、それに娘もいるんですのよ?」

そう言って懐から、一枚の写真を取り出しオルドグラムに投げ渡した。

 

「ほう、見た目麗しい娘だ数年後が楽しみだ」

そう言って再び写真が投げ返される。

 

「あっ……」

写真に写っていた、詩堂娘々を見て善が密かに落ち込んだ。

 

(見た目麗しいって……娘って……)

地味に落ち込んだ善の思考を芳香の声が遮った。

 

「ぜーん!!この肉切れないぞー!」

ステーキにフォークを刺した芳香が善の助け舟を出す様に頼んだ。

 

「ああ、解ったよ。コレはスペアリブだな……骨つきだから、ナイフが通らないんだよ」

渡されたナイフで、骨の部分を切り離していく。

 

「善さ~ん!!私のスープが熱いので、善さんの息でふーふーしてください!!」

何を思ったのか、橙までが自身の皿を持ってやってくる。

 

「いや、自分で出来るでしょ?アッツ!!ちょ!?スプーンを顔に押し付けないで!!」

 

「ふーふーふーふー!!!」

尚も橙は善にスプーンを押し付けてくる!!

因みにどんどん善に体にスープが垂れている!!

 

「はははは!君たちは本当に愉快だな」

その様子をみてオルドグラムが笑った。

 

「橙さん!!行儀よく食べてくださいよ!!小傘さんはきれいに食べてますよ?」

善が指摘した通り、きちっと食べ終えた小傘がナイフとフォークを重ねて斜めに更においている。

 

「ふふん、すごいでしょ?」

どや顔で橙に視線を向ける。

因みにこの後デザートを口に運ぼうとして、服に落として涙目に成ったのは秘密。

 

「ぶー」

善と小傘の態度に、不機嫌に頬を膨らませた橙が自身の机に戻った。

 

「それで、結局この食事会の意味は?」

 

「ああ、そうだった。すっかり忘れていたよ。

私の魔術で君たちを呼んだのだが、正直言って君たちにもう用は無い。

私の目的が終り次第――というよりも、術式自体が私抜きでは存在できない為もうすぐ元の世界には帰れるはずだ。

今回は、勝手に君たちを召喚してしまった事への謝罪だ。

さて、私の話は以上だ。

後は、君たちで勝手にやってくれたまえ」

ソテーの汁を食パンで拭って食べきるとオルドグラムが立ち上がった。

 

「そうだ、最後にこれだけは――――私の邪魔をした場合は、『殺す』」

ゾワッと善の体に嫌な汗が流れた!!

久方ぶりに肌で感じる殺意!!

同じく隣にいた橙が尻尾を逆立てていた!!

その場にいた全員が本能的に理解した!!

この男の言葉に嘘はない!!一件穏やかな雰囲気だが、その心の奥には邪魔者を容赦なく処分する冷酷さと、他者に対する一切の情を捨てた非情さがあった!!

 

「では、失礼」

二コリと笑うと、今度こそオルドグラムが姿を消した。

 

 

 

「ハッ!?」

善は気が付くと、イグニスによって与えられた仮の家に戻ってきていた。

オルドグラムはご丁寧の此処まで戻してくれた様だった。

机と料理のみが、目の前で湯気を上げていた。

 

 

 

 

「逃したか……」

何時からいたのか、イグニスが忌々しそうに入口付近の壁を殴った。

 

「イグニスさん?どうしました?」

並々ならぬ表情を浮かべるイグニスに対して、善が質問する。

 

「何でもありませんよ」

背を向けるイグニスに対して師匠の言葉が投げかけられた。

 

「貴方、あの魔術師と何かあったわね?」

ピクリとイグニスの動きが止まった、その沈黙こそが答えだった。

 

「私は中立の積りだけど、話を聞かない事は無いわ。

あの魔術師の目的……あなた達なら知ってるんじゃなくて?」

師匠の問いに対して、イグニスが少しずつ話し出した。

 

「あの魔法使いは、永琳様の作った『蓬莱の薬』を求めているんです……」

 

「聞いた事のある名ね。確か、魂の形を固定しいて永遠の命を与える薬よね」

師匠の言葉に、善はもちろん橙や、小傘までもが驚く。

 

「そんな良い物じゃ、ないですよ。永遠なんて……

終わりがないってことは、永遠の牢獄なんです。

他人が死んで、世界が変わっても自分だけが変われない――残酷なまでに自分だけが存在し続ける……

生も死も無い自分だけの世界で存在し続けなくちゃならない……

それはとてもつらい事なんですよ」

まるで誰かから聞かされたセリフを読み上げる様に、イグニスが話した。

生物の夢である『不死』。その欠点をイグニスは深く理解しているのだろう。

 

あの魔術師が不死に成る――善はそのことを考えただけで恐ろしくなった。

 

「で?その薬は何処なの?」

 

「言えません――」

師匠の問いに対してイグニスが口をつぐんだ。

 

「ない、じゃなくて言えません?」

横で聞いていた、小傘が口を挟んだ。

 

「あの男が最初に奪おうとした、3本は破壊しました――けど、月の一部の上部達が全ての薬の破棄は出来ないと――」

悔しそうにイグニスが話した。

 

「そんなに……死が、怖いのか」

小さく善がつぶやいた。

穢れを避け、不死の薬に頼り、それでいて退屈な永遠を望む。

全ての者がそうではないのだろうが……

 

「それでは――私はこれで、まだやることが有るので――」

善の言葉を聞いた後で、まるでこれ以上の会話を避ける様にイグニスが出て行った。

 

「待ちなさい。善、この人を手伝ってきなさい」

 

「「はぁ!?」」

師匠の言葉にイグニスと善、両名が同時に声を上げた。

 

「な、なんで私が?」

 

「簡単よ、あの魔術師放っておくと、大変なことになりかねないわ。

今のうちに、処分しておきたいのよ」

明日ゴミの日だから出しておいて、程度の感覚で師匠が話す。

 

「ええ!?私じゃ、勝ち目ないでしょ?むしろ師匠が行くべきでは?」

 

「私が行ってもいいんだけどね?私の術じゃ、周囲に穢れをばら撒くことに成るから、向いてないのよねー。

という事で、行ってらっしゃ~い」

ふりふりと、手荷物ハンカチを振るう。

 

「仕方無いですね、イグニスさん。私で良かったら援護くらいはしますからね?」

 

「は、はぁ……ありがとうございます」

師匠の言葉で、ころりと意見を変えた善を不思議そうに見ながら、イグニスはとりあえず礼を言った。

 

(待っててくれ、依姫……すぐに!)

心の中で固くイグニスは、愛しい人との再会を願った。

 

 

 

 

 

善たちの暮らす墓場。現在は穢れに対応する為、封印がされておりいつも以上に無人の状態となっていた。

 

「そろそろ、時間ですね……」

イグニスが時計を見ながら話す。

 

『では、作戦通りに』

イグニスの耳に付けたインカムから、善の声が聞こえてくる。

あの後、善はイグニスとオルドグラムの情報を示し合わせ作戦を練っていた。

特に墓場の死角になる場所を知っている小傘も意見をだし、紫の空間移動系術をよく見る橙の意見は非常に参考に成った。

 

『あ!』

インカムから小さく、善の声が漏れた。

墓場の真ん中にゆっくりと、男が出現し始めた。

 

「月の吸血鬼……名は、えーと何と言ったかな?

まぁいい。不老不死の秘薬は持って来たか?」

オルドグラムが、縛られた依姫を横に置きステッキを依姫に向けた。

 

「ええ、それならここに――」

イグニスがトランクに入った、青白い薬を見せる。

当然だが、コレは偽物。永琳が作った見た目と匂いを似せた物だった。

 

「人質はここに置かせてもらうぞ?」

オルドグラムが、依姫を二人の中間の場所に開放する。

 

「くッ!!……屈辱だ……」

依姫を迎えに来た、イグニスがその場に薬を置く。

 

「大丈夫だ、さぁ、帰ろう?」

依姫を連れて行き、オルドグラムがトランクを開いた。

 

「ほう?コレが……」

キャップを外し、スポイトで一滴取り出す。

 

「浮上しろ……」

小さく何かを唱えると、オルドグラムの手に一匹のネズミが現れた。

ポタリと薬を垂らし……

グシャ!!

ネズミを握りつぶした!!

 

「この薬……私が望んだものではないな?」

苛立たし気に、オルドグラムがイグニスを睨む。

 

「当たり前だ!!悪いけど、私達はお前なんかに屈しはしない!!

もう、永琳様達に罪を重ねさせはしない!!」

 

「そぉか!!奪われるのが好みか!!」

オルドグラムが、グリモワールに手を伸ばした瞬間!!

魔力の奔流がほとばしる!!

 

「今だ!!全員構え!!」

イグニスの言葉と共に、一瞬にして周囲の墓石が形を変えた!!

無機質な墓石は、ブレザータイプの制服を思わせる、うさ耳の少女たちへ!!

全員が高威力の銃を構えている!!

 

「なにぃ!?」

 

「「「「「「「「「「「「「「ファイア!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」

360度全方位から襲い来る無数の弾丸!!

更に!!

 

「ソフィア!!」

 

「ハイ、イグニス様!!」

イグニスがソフィアを大剣に変換して、跳ぶ!!

 

「『オルドグラム以外へ銃の威力をゼロに!!』」

自身の能力『数を変える程度の能力』を発動させ銃弾を気にせず魔術師にとびかかかる!!

 

「はぁあああああ!!!」

 

「くぅ!?」

半分捨て身の攻撃にオルドグラムが目を見開いた!!

自身に襲い掛かる全方位からの銃弾!!

そして大剣を掲げ銃弾の雨の中、迫りくる吸血鬼!!

 

オルドグラムが馬鹿にした、月が力を合わせ!!

今、最悪の魔術師を倒すべく一つになる!!

 

「しゃぁああああ!!」

 

「なにぃ!?」

銃弾の雨の中、イグニスの剣技がオルドグラムのステッキをはじく!!

 

「まだだぁ!!」

オルドグラムがグリモワールにい手を伸ばした瞬間、ソフィアの姿が再び変化する!!

長く、威力の高いライフルへと!!

 

「今だぁ!!」

イグニスとソフィア、二人の力が合わさりオルドグラムの魔導書を弾き飛ばした!!

 

かに見えたが……!!

 

「はぁはぁ……こいつは……こいつだけは触らせん!!」

オルドグラムが自身の右手を犠牲にして、魔導書を守った。

血の流れる、掌で魔術を発動させようとする!!

 

イグニスとソフィアは既にオルドグラムの術の効果範囲内!!

 

「ははッ!消し飛ばしてやろう!!月の吸血鬼よ!!これで、終わりだ!!」

グリモワールから漏れた魔力が、オルドグラムの手に大剣の形を形成し始める。

 

「ああ、そうです。これで、終わりです」

ボゴォ!!

地面から手が生え、オルドグラムのグリモワールを弾き飛ばした!!

 

「な、に?い、一体何時から!!?」

地面から現れた善によって、オルドグラムが丸腰に成る!!

 

「最初からですよ!!イグニスさんのアイディアです!!」

 

「そう、術を発動する瞬間だけ、魔導書は無防備になる!!

魔法使いの基本ですよね!!狙うなら!!その一瞬!!」

 

ステッキを失い!!魔導書を失い遂にオルドグラムが無防備になる!!

そこへイグニスが双剣を構え一歩踏み込む!!

この一撃は!!自身の無力を乗り越え!!オルドグラムに届く、月の使者の一閃!!

月の者達全員の思いを乗せた一撃!!

 

「はぁああああああ!!!!森羅万象!!一切合切!!全て切り捨てる!!!」

 

「グぅああああああ!?」

2本の剣に切り裂かれ、オルドグラムの体から光の粒子が吹き出る!!

 

「そんな……ばか……な…」

二発目の攻撃で、ついにガラスにヒビが入る様に砕け散った!!

死体も残らずに、光の粒となってオルドグラムが消え失せた!!

 

「や、やった……やったぞ!!」

一匹の玉兎が小さく、つぶやいた。

 

「侵略者を倒した!!」

二匹目の玉兎の言葉で一気に歓声が広がった!!

 

「あー、怖かった」

 

「そ、そうかしら?アンなの余裕ー余裕ー」

 

「アンタ逃げようとしてたくせに、良く言えるわね?」

やんややんやと、玉兎同士が笑い出す。

皆、緊張の糸が切れてその反動が来ているらしい。

 

「イグニス、良くやってくれた」

 

「依――うわっぷ!?」

依姫がイグニスに抱き着いた!!

その様子をみて、他の玉兎たちがヒューヒューと口笛を吹いた。

 

「イグニスさん、おめでとう」

善が笑って、手を差し出す。

 

「善さん、あなたのお陰だ。あんな奇襲普通は出来ませんよ」

 

「イグニスさんだって、私が銃弾を受けない様に能力で助けてくれたじゃないですうか」

二人笑い合って、手を握った。

そこには月と地上その遠い距離を乗り越えた、確かな結束が有った。

 

「それにしても、なんでアイツは消えたんでしょう?死体も残らないっていうのは」

善がすっかり消えてしまったオルドグラムのいた場所を指さす。

もう、グリモワールが落ちているだけだった。

 

「あの男はたぶん幽霊です」

 

「幽霊?」

イグニスの言葉に善が聞き返した。

 

「そう、あの男の侵入経路を探ってみたんですが、不自然に消えた後がありました。

あの男が、貴方たちの住居に居た時、調査装置で調べたんですが明らかに人間とは違う反応を見せました、知ってる限りでは幽霊に近かったんです。

可哀想に、死者が蓬莱の薬を飲んでも生き返る事は――あ」

何かに気が付いた、イグニスが声を上げた。

善が視線を動かすと、小傘が向こうを向いてオルドグラムのグリモワールを触っていた。

 

「小傘さん、ダメですよ?勝手に触って――え?」

振り返った小傘を見て、善が固まる。

小傘の服には、数滴の返り血が付いていた。

 

「オルドグラム……自分を囮にするなんて、馬鹿ね?」

 

「そうでもないさ。お陰で、上手く言ったろ?」

薄っすらと、影の薄く透けて見えるオルドグラムが姿を現した。

 

「な!まだ生きて!!」

 

「小傘さん!?」

イグニスと善が、別の方向に慌てる。

善はまだ状況が理解できていなかった。

 

「どう?私の力にびっくりした?」

善の方を見て、小傘が舌を出す。

 

「い、一体何が有ったんですか!!」

 

「もー、鈍いなー。オルドグラムが本当に無作為にアナタ達を呼んだと思ったの?」

慌てる善を前にして、小傘が馬鹿にしたように言い放った。

 

「コレは、最後の手段だった。彼女は、私の元居た世界の小傘。

ここに来たのは、もともと私と彼女の二人だ」

オルドグラムが指を2本立てた。

 

「気が付かなかった~?」

えへへと笑い再び舌を出す小傘。

次の瞬間、着ている服が変わっていく!!

薄い青の服が、オルドグラムの様な赤と黒を基調とした魔導士風の服へと。

赤い包帯の様な、ベルトが体に巻き付いていく!!

最後に、拾ったオルドグラムのステッキを芯にした傘が完成し、自身の肩に構える。

 

「そして、お前達を呼んだ理由は、お前達の中に『そちらの世界の小傘』が居たからだ。昨日の食事会の時に、入れ替わって居たのに気が付かなかったか?」

そう言われれば、思う所は幾つかあった。

余り馴染みのないナイフとフォークを使いこなしていたり、オルドグラムの殺気の怯えなかったりと、怪しい点はいくつかあったのだ!!

 

「オルドグラム、欲しがっていたものだよ?警備が薄れたのは、狙い通りだね」

そう言って、小傘が青白い液体の入った瓶をオルドグラムに差し出す。

 

「ああ、ありがとう。すべて、狙い通りだ。反魂香――」

魔導書から、お香が出現してオルドグラムに体を生成した。

 

「それは!?」

 

「死者を一時的に、蘇生させる香だ。別に珍しい物ではない」

実体化したオルドグラムがビンに口を付けた。

 

「やめろ!!」

イグニスの静止を振り切って、オルドグラムが全ての薬を飲み干した!!

 

「なんて、事を――不死なんて……」

 

「不死など良い事はない。とでも言う積りか?」

イグニスに対して、オルドグラムが面倒臭そうに話す。

 

「貴様ら不死者はいつもそう言うのだ。永遠の牢獄!?永久の倦怠!?違う!!違う!!違う!!断じて違う!!

それは貴様らが!!欲を失ったからだ!!

この世にある無限!!それは人の欲望!!金、名声、地位、名誉、財産!!

まだまだまだまだまだまだまだまだまだ!!!欲しい物はいくらでも有る!!

我が欲望は留まるところを知らぬ!!!我が欲望は無限!!我が欲望は悠久!!

そして、その欲望を満たすには不死という永遠の器が必要なのだ!!

ふはは、フハハハハハは!!遂に!!遂に手に入れたぞ!!

無限の欲望を満たす永遠の器が!!はぁああああははははは!!!

わぁはははっは!!!ヒャハ!!ヒャハハハハハハ!!!!!!」

オルドグラムが狂ったようにゲラゲラと笑い出した!!

 

「さぁ!!!新しい私の体の試運転に付き合ってもらおうか?」

凶暴な笑みを浮かべ、オルドグラムが善とイグニスに向き直った。

 

ヒュン!!

 

一発の弾丸が、オルドグラムの頬を掠っていった。

頬に付いた血を見て、オルドグラムが不機嫌になった。

 

「どうした事だ?私は不死だ、なぜ傷がふさがらない?」

 

「咄嗟に、薬の効力をゼロにした!!アンタは、今は不死じゃない!!

そして、アンタが初めて私に会った時言った言葉……

その反魂香、タイムリミットが有るんだろ?霊体は薬を飲めない。

アンタはリミットと同時に体内の薬を失うんだよ!!」

銃を構えたイグニスが、そう言い放った!!

 

「なるほど!!つまり!!貴様を殺し、能力を解除させれば問題ないんだな?」

オルドグラムがステッキを召喚し、イグニスに躍りかかる!!!

 

「残念だけど!!今回は私もいるよ!!」

同じく小傘も、イグニスに向かって跳びかかろうとする!!

しかし、目の前に現れた男に邪魔される!!

 

「なに!?邪魔しないでよ~」

 

「そうはいきません!!小傘さんを返してもらうまではね!!」

小傘の目の前に、善が立ちふさがった!!

その怒りに呼応するかのように、全身から赤い気が流れ出る!!

 

「小傘?あー、あなたの世界の私ね?ハイ」

グリモワールを開くと、縛られた小傘が、地面に倒れる!!

 

「むー!!むー!!」

口に布を巻かれ、うごめいてる。

 

「あ。」

目の前のオルドグラム世界の小傘を見て善がどうでもいい事に気が付いた。

 

「ん?どうしたの?」

オルドグラム小傘が不思議そうな顔をする。

あちらの服装は、赤と黒の魔法使い風の姿。しかしベルトが体に巻かれ体のラインを強調する形になっている。

 

(あっちの方が、俺たちの世界の小傘さんより、大きいぞ……)

何処とは言わないが、兎に角大きかった!!

 

「小傘さん、すぐに助けますからね!!――ああ!?」

縛られる、小傘を見て善が更に気が付く!!

 

後ろ手に縛られ、胴体に縄が巻かれた小傘。

縄がぴっちり服越しに肌に食い込んでおり……

此方も、同じくらい大きかった!!

 

(着やせするタイプだったのか!?)

ドウでもいい事で、小傘に驚く善!!

 

「あれ?」

 

「ふぐ?」

二人の小傘が同時に善の驚きの感情を食べる。

なぜ、驚いたのか気が付かないが……

 

「ぜーん!!ここは任せろ!!」

 

「善さんは向こうを!!」

呆然とする、善の後ろから芳香と橙が応援に来る。

オルドグラム世界の小傘に向き直る!!

 

「二人とも――よろしくお願いします!!」

二人に背を向け、オルドグラムへと走りこんだ!!

 

 

 

 

 

「どうした!!こんなものかぁ!!」

ステッキを振るい、オルドグラムがイグニスを追い詰める!!

 

「まだ、まだぁ!!!」

 

「イグニス!!加勢するぞ!!」

イグニスをかばう様に、依姫が走り込み、剣でオルドグラムに切りかかる!!

オルドグラムがそれを簡単にいなしてしまう。

 

「くそ!!強い!!」

 

「強い?私が?もちろんだとも!!努力を怠った者が私に勝てるハズ無いのだ。

私は、力の為ならどんなことでもした!!生まれ持った力に胡坐をかいたお前達とは違う!!退場願おうか?過去の遺物達よ!!

詠唱――【繁栄と調和の罠(エターナル・トラップ)】!!」

緑と黄色の魔法陣が融合して、金色の鳥に嘴の様な物が出現した!!

 

「なんだ、コレは!?」

光が瞬いたと思うと、周囲の玉兎たちが一斉に金色のイバラが体を縛りあげていた!!

 

「種族ごとに、相手を縛る魔術なのだが月人指定では……やはり吸血鬼には効かないか」

特に残念そうな、顔をせずにオルドグラムが笑った。

 

「はぁあああああ!!!」

イグニスが、大剣を持って再びオルドグラムに切りかかる!!

 

「おおっと!!ずいぶん積極的なアプローチだなぁ?」

拳を握り、イグニスの顔面を殴りつける!!

 

「お前を……許しはしない……月の仲間を馬鹿にしたお前を!!」

 

「ふん!!貴様に許しなど請わぬわ!!」

何度目かもわからない、剣とステッキの打ち合い!!

 

キィン!!

イグニスの剣が飛ばされ、宙を舞う!!

 

「終わりだぁ!!」

 

「させない!!」

善が懐から、札を取り出し自身の額に貼る!!

清浄な気と弱い重力、その二つに強化された仙人にさらに、人体の限界の力を引き出すキョンシーの術式が加わる!!

 

そして時が――遅れる。

 

超高速で善が走り、空中にはじかれたソフィアをキャッチする!!

 

「セイヤー!!」

剣術もまともに知らない善の一撃がオルドグラムを襲う!!

 

「ぐぅ!?単純な力押しで来たか!?」

 

「アンタは、小傘さんに手を出した!!」

善の蹴りが、オルドグラムの腹に突き刺さった!!

 

「ぐほぉ!?久方ぶりの痛みだ……恋焦がれたぞ」

 

「イグニスさん、これを」

ソフィアを投げ渡し、善とイグニスがオルドグラムを睨む。

 

「悪いが、そろそろ時間切れだ……本気で行かせてもらう!!

【浮上せよ】英雄たちよ!!我が力の糧と成れ!!

英雄奇譚(ザ・ストーリー)』!!」

オルドグラムの、ステッキに爆発しそうな濃度の魔力が集まる!!

彼の最後の技だろう。

 

「消えろ!!我が覇道の前に!!」

 

「ソフィア!!行くぞ!!」

 

「はい、イグニス様とならどこまでも!!」

 

「コレが俺の本気だ!!」

魔力を纏ったステッキを振り下ろすオルドグラム!!

善が全身の気をすべて両手に込めて、ステッキを押しとどめる!!

そこへ、イグニスの剣が更にステッキを押し返す!!

 

「はぁああああああ!!」

 

「うおおおおおおお!!」

 

「ぬぅうううううう!!」

魔力の奔流に押され、善が潰れる!!

両腕から、血がほとばしり骨の折れる嫌な音がする。

事実状の善のリタイアにオルドグラムがほくそ笑む。

 

「まだ、だぁ!!」

善が懐から、さらに札を取り出し握る。

その瞬間、善の力が抜けた。

 

「!?」

善の肩に小さな、子供の手が置かれた。

そして、背中から引きずりだされるように青味かかった灰色の髪の少女が現れた、自身の頭の簪を引き抜く!!

 

「師匠のお手製……なるほど」

簪の先端、黒いハートマークに成っている部分をオルドグラムに向ける!!

少女が持つ手の方には、鎖の先に揺れる小さな魔力の結晶。

 

「いくぜ!!小型版!!『邪帝の鉄槌(ルシファーズ・ハンマー)』!!」

青白い炎が、オルドグラムをひるませた!!

そこをすかさずイグニスの剣が切り裂いた!!

 

「やはり……いい……娘……だった………か」

オルドグラムが今度こそ倒れた。

 

数瞬後、再び光となってオルドグラムの体が消えた。

ビチャっと音をたて、地面に青白い液体が零れた。

 

「私達の勝ちです」

イグニスと善が霊体の戻ったオルドグラムを見下ろす。

 

「その様だ……いつの時代もうまく行かない物だ」

残念そうにして、霊体の戻ったオルドグラムが立ち上がる。

 

「悪いが、今回はあきらめさせてもらおう?小傘!!」

 

「はぁ~い。わちきをお呼び~?」

傘を使って跳ぶ、小傘の腰のベルトにオルドグラムのグリモワールが巻き付かれる!!

 

「ふはははは!!さらばだ、月の吸血鬼!!また、何時か運が悪ければ会おう!!」

笑いながら、空間に穴をあけて消えていった。

 

「逃げられた……って事ですかね?」

善が高く成った、声でイグニスに聞く。

 

「追い払った、って思いましょう?出来ればもう2度と会いたくないですか……」

お互い、フッと笑い合う。

 

ぐらららら!!

 

地面が揺れ始めた。

オルドグラムが居なくなって、空間を繋げることが出来なくなったのだろう。

少しずつ、墓場が浮かび始める。

 

「さよならですね、イグニスさん」

 

「そうですね……また、何時か運が良ければ会いましょう」

イグニスと善の距離がどんどん離れていく。

最後に拳を打ち合わせて、また、何事もなかったかの様に善たちの墓場は消えていった。

 

 

 

 

 

「はぁ……大変な日でした……」

イグニスが愚痴をこぼした。

 

「イグニス様、けど楽しそうじゃないですか?」

 

「わかるかい?」

偶にはああいう出会いも悪くないと、イグニスは密かに思った。

 

 

 

 

 

「あー、やっぱ我が家が一番だなー」

戻ってきた世界で、善がちゃぶ台でお茶をのむ。

 

「そうね、月の資料とか、面白い物も見れたし」

ほくほく顔で、師匠が何かを書いていく。

 

「私を、使ったのってまさか……」

 

「月の、技術を見る為だけど?」

 

「やっぱりアンタ!!それが目的か!?――うわッ!?」

平然と言い放つ師匠に対して、立ち上がろうとしてコケる善。

 

「あーあ、まだ、月の重力が抜けないの?」

 

「だって、地上に帰ってきたら、6倍重くなるなんて、聞いてない……」

すっかり月の重力に成れた善にとって、地上はすさまじく重く感じるのだ!!

 

「なら、今回はこれで――」

札を押し当てられると同時に、善の体が軽くなる!!

 

「お、おお!?」

 

「詩堂娘々なら、体重が軽いから大丈夫よね?」

 

「う、うーん……まだ少し……重い様な……」

 

「善さーん!!」

その時小傘の声が響く!!

 

「見て見て!!、別世界の私の着ていた服、作ってみたの!!着て着て!!」

目を輝かせて、小傘が迫る!!

 

「絶対に嫌です!!アーッ!!」

善の抵抗空しく散る声が今日も響いた。




12000文字越え……はー、疲れた……


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暗躍!!虚飾の鴉天狗!!

今回は、久々に注意点があります。
タイトルで解るとおり、今回は射命丸 文が酷い目に遭います。

「文!!俺だ!!結婚してくれ!!」や「あー、射命丸と二人で新聞を作って生きて行きたいんじゃ~」な人は注意してください。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

カリカリカリ……

純和風な一室で一人の少女が原稿用紙に向かっていた。

山伏の様な赤い帽子に紅葉模様の入った白いシャツ。そして背中から生える鴉の様な黒い羽、明らかに人外の存在だがその顔はそんな事すら些細に思えるほど美しく、魅力的だった。

しかし、その顔はわずかに歪み、軽快な筆の音は止まり、せっかく書いた原稿を丸めてゴミ箱に投げ捨ててしまう。

そしてまた、新しい原稿に向かう。

 

カリカリ……カリカリ…………カリ……カリ…………

 

「…………あーもう!!だめだー!!」

頭を掻きむしり、原稿用紙を破り捨てた!!

もう何度目に成るか分からない自ボツ。

新聞を書いてる妖怪の鴉天狗、射命丸はその四肢を畳に投げ出した。

 

「やばい……今回本当にまともなネタが無いじゃないのよぉ。

なんですか、今回の一面トップが桜前線って!!

他の新聞も同じことやってますよ!!

もっとこう、読者を引き付ける何かが必要なのよ!!

けど、それが無いのよねー……

やはり、『アレ』を題材にするしか無いのかなー?」

 

立ち上がり、自室の棚に入っている一冊の本、『幻想郷縁起』から写し取った紙束を見る。

臨時に追記されることは有るが、今回はその中でも非常に稀な事態が起きている。

問題となった頁を開く。

 

『君臨する、悪夢のヒトガタ。~邪帝皇(イビル・キング)~』

 

能力 不明

 

危険度 極高

 

人間友好度 低

 

主な活動地域 幻想郷全般

 

理不尽な恐怖を味わった事が有るだろうか?信用していた者が豹変して襲い掛かって来たような、突発的に現れる恐怖だ。もし、その様な恐怖を味わいたくなったら『彼』の出番だ(決しておすすめはしないが)。

幻想郷では、妖怪が人に化けることは稀にだがある。人に化けて生活を営むという事もある、実際飲み屋を覗けば角や尻尾の有る客人がいる事も珍しい事ではない。

この妖怪もその一種と考えられる。

だが、その妖怪たちと違う点が二つある。

 

一つは、この妖怪が自身を妖怪であると隠す気が無い点。

人里の真ん中で、堂々と殺気を漏らし楽しそうに歩く様は見る者を戦々恐々とさせる(そのくせ、頑なに妖怪だとは認めない)。

ここではこの妖怪を『彼』と呼ぶことにする、非常に残念な話だが『彼』の本来の名を誰も知らないというのだ。

 

そしてもう一つは『彼』は人里でよくみられる妖怪なのだが、その正体能力のすべてが一切の謎に包まれている。

目撃情報では、付喪神の傘の能力を無理やり発動させていたり、目視不可能な攻撃を白玉楼の剣術指南役の向けたりと、能力の統合性が全く見えない。

自身の力を誇示するのではなく頑なに、秘匿とする。

存在は広く知られているが、能力は全くの不明。

人はただただ、不安と恐怖を募らせる事になるのだ。

まさに妖怪としても異端の存在である。

 

*命蓮寺の妖怪に似たような特性を持つものがいるが、本人曰く『気に入らない』らしい、どうやら知り合いではある様だ。

 

 

 

目撃情報

『キョンシーをいつも連れているのを見た、死体の処理をさせてるとのもっぱらの噂だが、怖くて真偽を確認したくはない』人里の金物屋

 

『素手で剣を止めるのを見た、赤い火花の様な物が掌から出ていた気がする。なんとなくだが、それが「触らない方が良い物」だと思った』通りすがりの子供

 

『団子やで店員の態度が気にくわなかったのか、笑顔を強制していた。

機嫌を損ねるのは避けた方がいいかもしれない』ヤマモト屋の妻

 

 

 

 

 

どれもこれも、危険な妖怪であることは伝わってくるが肝心なことは何一つ解っていない。

ほぼ空白のページと言ってもよいだろう。

まさにこの妖怪は有名無実という単語がふさわしい。

 

「この妖怪をすっぱ抜けば……次の新聞の大賞は私で決まり!!」

思い立ったが即行動をモットーにしている射命丸。

即座に、外出用の服装に着替えて外に出かけた。

 

これが、彼女の生涯で忘れられない一日になるとも知らず……

 

 

 

 

 

「さぁて~、あのワンちゃんは何処ですかねぇ?」

妖怪の山の上空からキョロキョロと椛を探して飛ぶ。

やってきた鴉から椛のいるであろう、おおよその方向を聞き出す。

 

「ん!見つけた、見つけた!」

見覚えのある白い髪を見て、射命丸が急降下して椛の前に降り立った。

 

「どうも~清く正しい――」

 

「あっと、時間だ」

目の前の降り立った、射命丸を無視して椛がそそくさとその隣を歩いていく。

今に始まったことではないが、一瞬すさまじくめんどくさそうな顔をしたのを射命丸は見逃さなかった。

 

「ストップ、ストップ、ストップですよ!!何、無視して先に行こうとしてるんですか!?せめて『わーい!文さまだー、嬉しいワン!!』とかのリアクションをしてくれても良いでしょ!?」

去ろうとする、椛を肩を掴む!!

しかし尚も、椛は視線を合わせてくれない!!

 

「ちょっと、私の話を――」

聞いているのか?という言葉を射命丸は飲み込んだ。

椛の頭の白い犬耳は、ぺたーんと頭に張り付いており露骨な聞こえてませんアピールをしていた!!

 

「そ、そこまで私の話が嫌ですか!?」

 

「話というより、存在そのものが」

 

「聞こえてるじゃないですか!?」

嫌そうに話す椛に、射命丸のツッコミがさえわたった。

 

「で、なんの用ですか?私はこれから約束が有るんですけど」

決して友好的でない椛の視線が射命丸を射抜いた。

 

「いや、ちょーっと、暇そうなので人里に一緒にいって取材でも、と――」

 

「私、さっきも言ったようにこれから用事があるんです。では、失礼します」

約束があるの一点張りで、すたすたと歩いていこうとする。

 

「ま、待ってくださいよ。一体、誰となんの約束があるんですか?

貴方、基本休みは家でゴロゴロしてたり将棋指してるだけでしょ?」

最近、少し明るい噂もあるが、基本椛は暇だと思っている射命丸が再度目の前に立ちふさがった。

 

「友人と会う約束です。人里で夕食を一緒にとる予定です。

ほら、これでもういいですか?時間が迫っているので」

 

「待ちなさい椛!!その一件、私も連れて行きなさい」

再度椛の前に立ちふさがり、ビシッと指を突きつける射命丸。

その顔には、面白そうなものを見つけた!!と言いたげな厄介な笑顔が張り付いていた。

 

(ふふふ……あの堅物の椛にも遂に春が来ましたか。

そう言えば、風の噂で山に何度も入ってくる人間と、懇意な仲になっていると聞いた事が有りますね。

こっちをネタにしても面白いかもしれませんね)

射命丸の野次馬根性、もといジャーナリズムが激しく新聞への創造意欲を高めていく!!

彼女の脳内にはすでに『犬走 椛、白狼天狗から人間の愛玩動物へ転職!!~今夜も椛を躾けてワン~』や『ダメ犬、椛のご主人様への御奉仕奮闘記』などの怪しい見出しが想像されていく!!

 

「嫌ですよ、せっかくの休暇になんで、そんな不毛な物に付き合わなくちゃいけないんですか?」

 

「まぁまぁ、そう、言わずにー。

もっとも?私の速さを使えば逃げれる訳ないんですよね!!」

無駄にいい笑顔で、射命丸が付いてくる。

 

「…………チッ……」

そのうざったい態度をみて、椛が小さく舌打ちした。

その時、射命丸の肩に一匹の鴉がとまった。

 

「え?ソレっぽい人を見つけた!?ナイスですよ!!

さて、では私はまた後で、合流しますから~

そんじゃ、ばはは~い」

一方的に話し終ると射命丸が何処かへと飛び立ってしまった。

カラスに見つかっては流石に、逃げるのは無理だと思い一人で約束の場所へと向かった。

 

 

 

 

 

「詩堂さ~ん!」

パタパタと尻尾を振りながら、私服に着替えた椛が山の中腹にある木に向かう。

この木はもう何度も善との待ち合わせ場所として使われている。

偶に、他の天狗と将棋を指していたり、河童と相撲を取っている場合すらある。

 

「あ。椛さん、お仕事お疲れ様です」

実際の年齢より少しだけ、幼く見える人懐っこい笑顔を浮かべて善が椛の方を振り返った。その手には黒い鴉が握られていた。

 

「詩堂さん?何をやって……?」

 

「ああ、椛さん知ってます?鳥って生涯足を地面に付けたまま生活するから、こうやって……

ひっくり返されると混乱して、動かなくなるんですよ!!」

ペタンと鴉の背中を地面につけて手を離す。

善の言葉の通り、カラスはじっとしたまま動かなくなってしまった。

 

「へぇ、知らなかったですよ」

椛が笑う前で、善が動かなくなったカラスを持ち上げ、他の動かないカラスの隣に置く。

 

「ゴミでも有るのかな?今日すごいカラスが寄って来て……

さっきから捕まえては並べてを繰り返してるんですよ」

善の後ろには5~7匹の鴉が、転がされていた!!

 

「二へッ……早く行きましょう、詩堂さん。

せっかく手に入れたチケットですし!」

そう言って笑う椛の手には『九十九姉妹和楽器ライブ』の文字が印刷されている。

 

「え、ええ……行きましょうか?」

一瞬、転がるカラスをみて椛が黒いほほ笑みを零したように見えたが善はそれを無視して二人で歩き出した。

 

 

 

「お待たせしました~。こんにちは、私の名は清く正しい射め――何が有ったんですか!?」

タッチの差でやってきた射命丸が、地面に転がるカラスたちを見て大声を上げた!!

目の前の光景はまさに死屍累々!!動けなくなったカラスたちが弱点の腹をさらけ出して倒れている!!

 

「カ、カカァ……(ワリィ、文さま……奴らに逃げられた……)」

 

「ガ、ガァー……(何されたのか、解んねぇ……)」

 

「ガァー、ガァー(痛みも傷もねぇ、なのに体が動かねぇ……)」

 

「カ、カカッカ!!(慈悲の積りか!!いっそ殺せ!!)」

 

「な、なんて非道な事を……!!許せません!!

椛の彼氏め!!必ず今日の事は後悔させてあげます!!」

怒りに満ち視線を持ち、射命丸がその場から飛び立った!!

 

 

 

 

 

椛一行は……

「いやー、良かったですねー。和楽器の魅力って言うのを再確認できましたよ!!」

 

「そうですね、良い音色でした」

善と椛がお互いに、さっき聞いた音楽の感想を言い合う。

知り合いの小傘が付喪神である事からか、善は非常に興奮している様だった。

 

「あ、そうだ。椛さん、例のヤツ、手に入りましたよ」

背負っていたカバンから、一枚のサイン色紙を取り出す。

そこには、幽谷 響子のサインが有った。

 

「わはぁ……!鳥獣戯楽の幽谷さんのサインだ!!しかも、『椛さんへ』って書いてある!!」

パタパタと尻尾を振って椛が大喜びする。

 

「この前、ばぁちゃんの所に行った時にもらったんですよ。

一応知り合いなので……」

頬を掻きながら善が笑う。

予想以上の喜び様に、少し混乱気味だった。

 

「ありがとうございます!!お礼に今夜の夕食は奢りますね!!」

 

「いや、そんな悪いですよ。サイン位で、大げさな……」

 

「ダメです!!こういった恩には恩を返さないと――

さ、行きましょう?」

すっかりテンションの上がった椛が、善を連れお気に入りの店へと向かっていく。

 

 

 

「見つけましたよ!!」

目的の店の前で、射命丸が二人の前に立ちふさがる!!

往年の妖怪であるためか、こんな状況下でも羽を隠し人間にうまく擬態している。

 

「えっと、椛さんの知り合いですか?」

 

「ええ、私の上――」

 

「シャラップ!!私は、こういう者でして――」

椛の声を遮る様に、射命丸が社会はルポライターと書かれた名刺を差し出す。

 

「あ、コレはどうも。しまった、名刺を忘れた……」

反射的に名刺を受け取り、自身のポケットを探すが名刺が無い事に気が付く(最近師匠に作らされたらしい)。

 

「実は、本日は妖怪と人間の親交について調べてましてー。

天狗と友人のあなたはどんな人なのかなーと。

お話お聞かせ願います?食事でもとりながらで構いませんので」

酒を使って、言葉を引き出すのは射命丸の常套手段の一つであった。

嘘は書かない、()()。それが射命丸のプライドであった。

 

「そうですね、たまにはいいかもしれませんよ?」

今まで見たことの無い笑顔を浮かべて、椛が善を連れて近くの店に入った。

 

「座敷席が空いていてよかったですねー」

射命丸が通された、座敷席で善の前に陣取った。

 

(さぁて……あの子(カラス)達の分も記事に成りそうな事を、言ってもらいますよ~)

 

そんな事を考えていたら、ガラッと座敷のドアが開いた。

 

「お待たせしました。お任せ3品盛りです」

店員の置いた皿をみて、射命丸が目を見開いた!!

 

「こ、これは!?」

 

「何って、焼き鳥ですよ。ここ焼き鳥屋ですもん」

椛が今にも笑い出しそうな顔で話す!!

一瞬だけ、椛の笑顔が歪んだ気がした。

 

「いや~、此処の焼き鳥最高ですね」

隣で善が、櫛に刺さった鶏肉を口に運ぶ!!

肉汁が零れ、幸せそうに肉が屠られていく。

二人の捕食者によって、射命丸の目の前でみるみる肉が消えていく!!

 

「もう一皿、行きましょうか?」

すっかり空に成った皿をみて、椛が再度焼き鳥を頼む!!

そして、今度はスズメの丸焼きが並ぶ。

 

「あ、ああ……あああ」

呆然とする射命丸!!目の前の料理は鳥が引き裂かれ、串刺しにされ焼かれた物!!

当然いい気分にはならない!!

 

「椛さん、そっちのツクネ取ってください」

 

「はい、どうぞ?」

しかし!!そんな射命丸の様子に飢えたケダモノたちは気付きはしない!!

今しがた善が食べた物は、鳥をグシャグシャにつぶした物!!

それに少年がおいしそうに食らいつく!!

 

「も、もう、やめて……!!」

射命丸が小さく声に出すが二人は止まらない!!

尚も食事を続ける!!

尚も焼き鳥は供され続ける!!

 

「さて、アレ。やってみますか」

 

「そうですね」

二人が陶器の器を持ってくる。

その中にはうす茶色の卵が一つ。

 

「ま、まさか……」

射命丸の中に、嫌な予感が走った!!

 

「や、やめ――」

 

「ホイッと!カキマゼール!!」

 

カシャ

 

小さな音がして、卵が割れる!!

そして箸で激しくかき混ざられる!!

 

「と、尊い尊い命の揺りカゴがぁああああ!!!!」

 

「さ、射命丸さんもどうぞ?」

 

「食べてくださいよ」

善と椛の二人が、卵に焼き鳥を付けて射命丸に差し出す!!

 

「あ、は、はは……」

何時もの作り笑いにも力が入らない。

 

「「さぁ、さぁ。熱い内に――」」

善と、椛が同時にこっちを見て来る!!

そしてその手には、ホカホカと湯気を立てる……

 

「す、すいません!!用事を思い出しましたぁ!!」

射命丸はそれだけを言い放つと、幻想郷最速の力を使用して逃げて行った!!

余裕を常に持つ彼女らしからぬ必死の『逃げ』!!

その日射命丸は数百年ぶりに逃げる為に自身の能力を使った!!

 

「あれ、どうしたんでしょう?」

 

「さぁ?わかりませんね。くふふふふふ……!!」

訝しがる善と椛の含み笑いが小さく夜の闇に消えていった。

危ない顔して、ケタケタ笑う椛を見て密かに引かれたのはまた別の話。




私は、投稿し終わった作品を実際読んでみて、誤字などを探したりします。
最初にやれってのは、言わないでください。

それで、前回の誤字を探していたら「小傘が舌を出す」と書いたつもりだった部分が「小傘が下を出す」に成っている部分を発見。
脱いだのかよ!!と一人ツッコミを入れました。


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極悪!!華愛でる加害者!!

今回は、なかなかのスピードで投稿できたと思います。
このペースを保ちたいですね。


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

人里から離れた小さな丘、通称『太陽の丘』。

そこに小さな家が建っており、そこに一人の妖怪が住んでいる。

彼女の名は風見 幽香。幻想郷でもトップクラスの実力者である。

恐れるモノなど何もないであろう彼女……

しかしそんな彼女にも悩みがあった!!

 

「友達が……出来ない!!」

バキン!!

妖力の衝撃で使用しているテーブルがひび割れ破壊される!!

お気に入りのお茶のセットが床にぶちまけられる!!

しかしそんな事は、今の彼女には些細な事!!

今、彼女が抱えている問題の方がよっぽど重要だった。

 

風見 幽香は孤独だった。

強く麗しくそして美しく……

四季の華を愛でて闊歩する、孤高の存在である。

だが、だが……!!

 

「友達が出来なぁい!!」

当人は結構なさみしがり屋だった!!

今日も一人ボッチライフを送る……はずだった。

 

 

 

 

 

「え?宅配便?」

善がマミゾウから聞かされた言葉を繰り返す。

 

「そうじゃ、実は花の種と肥料を頼まれておったんじゃが、その役職のモンが腹痛で休んでの。

他のモンは仕事が忙しい時期じゃし、ほれ……

やれ花見やら、やれ春告精が出現しただので手が離せんのじゃ。

悪いが行っとくれんかの?もちろん小遣いは弾むぞい?」

キセルを口に咥えながら、ウインクを飛ばすマミゾウ。

 

「まぁ、バァちゃんの頼みなら……特に用事も無いし。

今日中で良いんだよね?」

 

「おお、行っとくれるか?

じゃ、花の種と肥料を積んだ台車が裏に停めてあるから頼むぞい?

金はもうもらっとるから伝票にサインだけ頼む」

善の返事を聞いた瞬間マミゾウの顔がぱぁっと明るくなる。

そして手早く目的地の地図と伝票を差し出す。

 

「バァちゃん……俺が断らないの解って言った?」

余りにも準備が出来過ぎている事から、善がうすうす勘付いていた事を口に出す。

それに対してマミゾウが二ヤリと笑い、悪びれもせず答えた。

 

「化け狸が人間化かして何が悪い?むしろこっちが本職じゃよ」

悪戯っぽく笑って見せてる。

 

「はぁ、小遣い期待してるからね?」

 

「まっかせぃ、そっちは葉っぱじゃのうて、本物にしたるわい!」

丸め込まれた感を感じながら、マミゾウに見送られ裏の台車の所に行く。

確実に過積載と言える量の荷物が、山のように積まれたリヤカーが停まっていた。

そのリヤカーに鎮座する肥料の山……

その光景をみて善は小さくため息を付いた。

 

「目的地は……そんなに遠くないな。

太陽の丘?」

ため息を付いても仕方ないと、目的地を再確認して善は台車を引いて歩き出した。

 

 

 

 

 

「すいませーん。二ツ岩組の者でーす、風見 幽香さんいますかー?」

太陽の丘に建つ一件の家をノックくする善、此処まで来るのにそこまで距離は無かったのだが、いかんせん量が量だ。

仙人の力をもってしてもそこそこの重労働だった。

 

「い、今、開けるわ!」

上ずった声が聞こえ、小さな家の扉が開かれた。

その瞬間善に衝撃が走る。

 

(あ、やべぇ……スッゴイ美人……スッゴイ好みのタイプ……)

善は目の前の美女に眼を奪われた。

赤いチェックの服とスカート、たわわに実った胸。

気の強そうな瞳、そして醸し出される年上の出来るお姉さん感。

年上好きの善にとっては、一瞬で心が奪われた。

*ちなみに善の(見た目は)好みタイプの人に、師匠、藍がランクインしている。

 

「あ、コレ、ご注文の花の種と肥料です……

何時ものを50袋ずつ……」

 

「あら、ありがとう。待っていたわ」

リヤカーに積まれた肥料を、幽香に見せる善。

二コリと幽香が笑い、善も愛想笑いをする。

 

「丁度今、お茶を入れようと思っていたの、良かったら一緒にどう?」

 

「いいんですか?では、是非!」

幽香からの願っても無い誘いに、善が喜んで幽香の家へと入って行く。

善からは見えなかったが一瞬幽香がニタリと笑みを浮かべた。

 

「ゆっくり、寛いでね?」

キョロキョロと周囲を見回す善をみて、幽香が台所へ逃げる様に足を運ぶ。

 

 

 

「やった、やった、やったわ!!何時もはすぐ逃げ帰るのに人を呼び止めるのに成功したわ!!

うふふふふふふふふふふふふ!!これで、これを切っ掛けに私の友好的な面を見せれば……!!

お友達が出来るかもしれないわ!!ハァ、ハァハァ……!!」

友人が出来るかもしれない!!幽香はその事実に興奮を隠しきる事が出来ない!!

*ちなみに何時もは……

 

『お茶でも一緒に――――』

 

『ま、まだ死にたくなぁぃいぃぃっぃぃ!!!』

 

となる。

 

 

 

その頃善は……

(きれいな部屋だなぁ……それに、なんだかいい匂いがする)

まさか招待されるなんて考えていなかった善、しかも美人からの誘いだソワソワしないはずが無かった。

 

「おまたせ、お茶が入ったわよ?」

 

「わぁ、ありがとうございます!」

幽香がトレイにクッキーと紅茶を入れてきた、アップルティーの良い香りが部屋に広がった。

 

「お茶も、お茶菓子も遠慮しないで好きなだけ飲んでね?」

 

「いただきます!!」

再度礼を言うと、善が笑顔を浮かべる幽香の前で、紅茶に口を付ける。

その時善の首に巻いているマフラーが揺れた。

 

(マフラー?この暖かいのに?部屋の中なのに……?)

 

ドクン!!

 

幽香の中で何かが動いた!!

 

(だ、ダメよ……!!今は、こんな所で……!!)

……

………………

…………………………

…………………………………………

 

「ふん!!」

ガクン!!

 

「わっと!?」

幽香の足払いによって、善が椅子事床に落ちる!!

 

「何を――」

 

「何の積り?」

抗議しようとした善を遮って、幽香が善のマフラーを掴む!!

 

「私の部屋でマフラー?常識を知らないのかしら?防寒具は外でしなさい!!

それとも、それは馬の手綱かしら?

いいわ、特別にあなたに乗ってあげる!!」

 

「え!?うわ――」

善を無理やり四つん這いにさせ、幽香が背中に乗る。

そしてマフラーを馬の手綱の様に引っ張る!!

 

「ほら!!駄馬は、家の外に行かなくちゃね!!早く走りなさい!!」

足で善のわき腹を蹴る!!

 

「ひ、ひーん!!」

泣きそうな声を出して、善が家の外へと四つん這いのまま走らされる。

ぐいぐい首を絞めて、善をマフラーを使って操る!!

 

「ほぅら!!こうされるのがお好みよね!!

あーっはっはっは!!あーはっははは!!」

さらに幽香がいつも持っている傘で、何度も善の尻を叩き続ける!!

パチィン!!パチィン!!と風を切る音と共に肉が叩かれる音が響く!!

 

「そうよ!!いい顔に成ってきたじゃない!!」

 

「は、はひぃん!!」

太陽の丘に幽香の笑い声と善の悲鳴が響き渡った。

…………………………………………

…………………………

………………

……

 

「いやー、本当に美味しいですね」

 

「ハッ!!」

善の言葉で幽香が()()()()()()()()()()()

幽香には困ったクセが有る、それは彼女が極端に他者を加虐するのが好きな性格である事。人は彼女をこう呼ぶ、究極(アルティメット)加虐(サディスティック)生物(クリーチャー)――USCと。

 

そして彼女は目の前の少年から、ナニカを感じ取っていた。

あどけない人懐っこい笑みの奥に、今まで何度も何度も何度も被虐を受けたであろう、熟練の被虐者オーラを……その天性の加虐性で感じ取っていた!!

本能が訴える!!この男を加虐したい、と!!

 

(耐えろ、耐えるのよ、風見 幽香!!ここで、ここで怯えさせたら全てが水の泡よ!!)

自身を叱咤して、己の中の加虐性を押し込める!!

そんな彼女の葛藤を知らず、ニコニコと楽しそうに善はお茶を続ける。

 

「なんだか、いい匂いがしますね。アレ、アロマキャンドルですか?」

窓際に飾ってある花びらの入ったガラスコップのキャンドルを指さした。

 

「ええ、そうよ。バラの香りを閉じ込めたの。

ああいうの好きなの?」

 

「はい、良い香りがして好きですよ?」

……

………………

…………………………

…………………………………………

 

「そう、なら……」

幽香が棚に有った予備のキャンドルを持ってきて、火をつけた。

辺りに甘い香りが広がっていく。

 

「たっぷりと、あげるわ!!」

 

「な、何を――うわぁ!?」

ビリィ!!

力任せに、善の上着を破り捨てる幽香。

白い肌が、さらされ腰を踏みつけ捕縛する。

振り返った善の怯えた表情が、幽香を刺激する!!

 

「ほぉら、あなたのだぁいすきな、キャンドルよ?」

ゆっくりキャンドルを傾けると同時に、溶けた蝋が善の背中に零れる。

 

「アツゥイ!!」

踏んでいる足を通して善が体を震わせるのを感じる幽香。

2滴3滴と解けた蝋を零すたびに、少年が震え幽香の口が吊り上がっていく!!

 

「今日は特別にもう一つあげるわね?」

さらに、もう一つのキャンドルに火をつけ両手に構える。

 

「さぁ、垂れる、垂れるわよ……うふふふ……」

 

「あ、ああ、ああ!!アッチィ!!」

…………………………………………

…………………………

………………

……

 

「ちょっと、乙女っぽい趣味ですかね?」

 

「ハッ!?」

はにかむ善をみて、幽香が再び現実に戻ってきた。

目の前には、少し恥ずかしそうにする善。

 

「そ、そんな事無いわ!!花の良さがわかる男って素敵よ?」

 

「本当ですか?嬉しいですね」

言葉通り受け取った善、屈託のない顔で褒められたことを喜ぶ。

己の本性を悟られぬ様に必死になってごまかす幽香。

 

「あら、もうお茶請けが無いわね?男の子だし沢山食べるハズよね、もっと持ってくればよかったわ」

皿に乗せて有ったクッキーが無くなった事に幽香が気が付いた。

これを理由に、この場を去らなければ……!!

この少年を、加虐しまうかもしれない!!

 

「あー、お昼前なんで食べすぎちゃいました……ごめんなさい」

そう言えばもうすぐ、昼食の時間だ。

見た目は育ち盛りの少年だ、この食欲も仕方なしと幽香は判断した。

 

(心象は悪くないハズ、此処で帰せば……

けど、もし私が食事をご馳走したとすれば?

そんな事すれば、確実に友達っぽわよね!!)

己の嗜虐性を押さえ、友情を育もうとする幽香!!

 

「もうそんな時間なのね?今朝、私が焼いたパンで良ければ、食べて行ってくれない?私一人じゃ食べきれないのよ」

にこやかに、あくまで自然な笑顔を心がけて幽香が善をさそう。

さっきからこの少年の一動作一発言毎に幽香の嗜虐性が刺激される!!

心の中では「加虐したい心」と「友達に成りたい心」が激しくぶつかり合っている!!

 

(ああ、いじめたい……この子を泣かせたい!!

涙を溜めた目でおびえた表情をさせたい!!)

もはや、ポーカーフェイスも崩れかけ、その顔には怪しい笑みが張り付てるが、幽香の胸ばかりに気を取られている善は気が付かない!!

この場は非常に微妙な、それでいて奇跡的なバランスの上で成り立っていた!!

 

「そんな、食事まで……流石に悪いですよ」

 

「沢山焼きすぎちゃったのよ。腐らせて捨てるのはもったい無いでしょ?

美味しい内に食べてくれないかしら?」

遠慮する善を引き留め、再び台所に入り、今度はパンを持ってくる。

今朝焼いたばかりで、小麦の良い香りが善の鼻をくすぐった。

「これも作ったの」と言って幽香がイチゴのジャムを置いてくれる。

 

「いただきます」

眼を輝かせて、善がパンにかじりついた。

夢中になってパンをほおばっていくのを幽香はじっと見ていた。

 

「あっと……!」

慌てすぎたのか、善の手からパンが逃げる。

そのパンはまっすぐに床に向かって――

……

………………

…………………………

…………………………………………

 

「せっかく私の作ったパンを落とすなんて、何様の積りかしら?」

 

「ご、ごめんなさい……」

突如豹変した、幽香に善が戸惑う。

幽香はにっこり笑って、テーブルの料理をすべて床にぶちまけた。

 

「いいのよ、気にしないで。それよりも、()()()()()()()()

善の首根っこを掴んで、床に押し付けた!!

 

「あ、そんな……床に、落ちた物を――」

 

「食べるのよ、豚みたいに這いつくばって!床を舐めながら食べるの!」

尚も強い力で、幽香が善を床に押し付ける!!

 

「い、いやです――勘弁して――」

 

「あらぁ?最近の豚は人の言葉を話すのかしら?

ねぇ?豚はなんて鳴くんだったかしら?ほら、ほら、ほら!!

鳴いてごらんなさいよ!!」

 

「ぶひ、ぶひぃぃ!!」

 

「そうよ!!良い声に成って来たじゃない!!」

…………………………………………

…………………………

………………

……

 

「よっと!」

善が手からこぼれたパンを空中でキャッチして口に放り込む。

 

「セーフ、こんなパン落としちゃ、勿体ないですからね。

風見さん、ご馳走様でした。

パンもジャムも紅茶も全部おいしかったです」

さっきの欠片が最後の一つだったのか、もうすでに善のテーブルの上には何も残っていなかった。

手早く帰り支度を始める。

 

「ハッ!!……あ、ええ、お粗末様。

ねぇ、私とお友達になってくれない?

また、一緒に食事しましょ?」

オドオドと、珍しく躊躇しながら幽香が手を差し出す。

 

「私で良ければ、喜んで。風見さん」

 

「私の事は幽香って呼んで?善くん」

不意打ち気味の「善くん」に思わず驚く善。

 

「わ、解りました……幽香さん……ま、また来ます……」

テレ臭くなって、善は逃げる様に太陽の丘を後にした。

 

 

 

 

 

「耐えきった!!耐えきったわ!!そして私にも遂に……ついにお友達が出来たわ!!」

すさまじい笑顔の幽香!!

さっきまで抑えていた加虐衝動を満たす様に、岩を!!地面を!!近くにいた妖怪を破壊し続ける!!

その笑顔!!まさに究極加虐生物!!

 

「はぁはぁはぁ……けど、何時か、善くんの……悲鳴も聞きたいわねぇ……」

すっかり更地になった、クレーターの真ん中で幽香が笑った。

 

 

 

 

 

その頃善は……

「ねぇ、善?あなたが紅魔館から借りて来たこの本の中の写真……

コレは何?」

縄でグルグル巻きにされた善が木の枝から逆さで吊るされている。

そして師匠の手には、一枚の写真。

 

メガネをかけた小悪魔が、何時もの司書風の上着のボタンをすべて外しその地肌が見えている、首からへそさらには腰までの艶めかしいラインが素敵だ。

スカートはめくれ、下着こそ見えないがストッキングも脱げかけて……

端的に言えば非常にクル写真だ。

そして、小悪魔の口に咥える紙には『オカズの差し入れです(はぁと)』の文字が。

 

「流石小悪魔さん……誘惑が上手いな~」

現実逃避気味の善が語る。

 

「セイ!」

 

「グホ!?」

善に容赦なく師匠の拳がめり込む!!

 

「アレは、小悪魔さんが勝手に!!お願いです!!信じてください!!」

 

「ええ、信じるわ。けど殴るわね」

 

ボゴン!!

 

「うえ……頭に血がの上っちゃいます……」

 

「あら、大変!!頭に穴をあけて血を逃がしてあげるわね」

鋭い針を持って師匠が迫る!!

 

「ファ!?やめて!!止めてください!!師匠!!」

 

「はぁ~い、頭ぐりぐり~」

 

「あ”あ”あ”あ”!?」

 

加虐完了!!




地味な疑問、幽香さんに押し花見せたらどうなるんだろ?


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コラボ!!悪魔の店!!

皆さんこんにちは。
唐突ですが、今回はコラボに成ります。
コラボ相手は、執筆使いさんの『悪魔の店』に成ります。

ハッピーエンドで終わったり、逆に不快感を残して終わったり、偶に他のキャラクターが出てきたりと、読み応えのある作品です。
一話ずつが短いので、ちょっとした時間等に読んでみてはどうでしょう?

少し矛盾した物言いですが、私はいたたまれない様な、心に不快感を残す作品が好きです。
今話では皆様にそんな『心地よい不快感』を味わってもらえたら幸いです。


カランと鳴るはドアの音

コロンと鳴るはベルの音

 

 

 

悪魔の店には何でもあります

お客様の願いや要望を必ず叶えて差し上げます

 

 

 

さてさて、今日のお客様は?

 

 

 

 

 

『i』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな小さな喫茶店。

何処かの世界の片隅に、不思議な不思議な店がありました。

 

そこの店主は変わりモノ。

 

客に勧めるは様々な道具達。

 

それさえあれば、愛も、地位も、名誉も、善意も、悪意も、夢も、理想もetc……

全ての願いが、欲が、希望が、呪いが叶う。そんな店……

 

「ふぅむ……最近、閑古鳥が鳴いていますね。

やはり、前に来たお客さんにアレを渡したのがいけなかったんですかね?」

 

ガチャ!!カラン、コロン!!

 

静かな空間を壊すかのように、一人の男が店に走りこんで来る!!

 

「た、頼むよ!!助けてくれ!!あ、アイツらおかしいんだ!!

も、もうこんなものいらない!!返す!!返すから助けてくれ!!」

入って来たのは、今しがた店主が会話に出した男。

身なりの良い服をしているが、ボロボロで所々引っかき傷や切り傷がある。

叫び終わるなり、店の床にキャンディをばら撒いた。

 

「おやおや、アナタの願いは『女性にモテる事』。

約束通り、その飴を一粒食べて名前を呼ぶだけで、相手を夢中にさせれるハズ……おや?」

 

ビチャ!!

 

店の窓を外から赤い液体が汚す。

それと同時に罵声が聞こえてくる。

 

「アンタが!!」「シネェ!!」「薄汚い売女め!!」「雌犬が!!」

 

「おやおやおや……コレは――」

何処かおかしそうに、それでいて悲しそうに店主が口元を歪ませる。

そこに言い訳がましく男の言葉が響いた。

 

「ま、町中の女を全員俺の物にしたかったんだ!!

一日一粒じゃ、足りなくて!!

こ、こんな事になって――」

 

「残念ですが、約束を破ったあなたには、追加料金が発生します」

 

店の店主がその正体を現す。

 

「あ、ああ……あああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

「やれやれ、人の欲望は恐ろしい物です。

劣情を愛だの、恋だのに言い変えても、結局は欲にまみれ醜く歪んでいく……

さて、彼を巡って女性たちが殺し合いを始めた様ですね……

ここに居るのは危険だ。

店ごと避難しましょうかね?次はもっと――

そう、もっとおかしなモノ達が闊歩する世界に行きましょうか」

店主がそう言ってコーヒーを口に含んだ。

 

 

 

 

 

俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

カリカリカリ……

善の部屋を何かが引っかく様な音がする。

 

「はいはい、今開けますよっと」

 

「善さん見てください!!良い物を捕まえましたよ!!」

扉を開けると、橙が誇らしげに自身の捕まえた獲物を見せて来る。

ネコを飼った事のある人はわかるだろうが、ネコは自身の狩った獲物を見せに来ることがある、猫又の橙も例外ではなかった様だ。

褒めて褒めて、と二つの瞳が訴える。

 

「今度は一体なにを――!?」

 

「小人です!!」

橙の手の中でぐったりする、見覚えのある小人。

確か、前マミゾウに誘われて出かけた宴会で会った――

 

「針妙丸さん!?針妙丸さんしっかり!!」

 

「うう……正邪……」

ガクッと、力が抜け針妙丸が動かなくなった。

 

 

 

「ううっ……死ぬかと思った……」

包帯を巻かれぐったりとした、針妙丸が善の机の上で横になる。

彼女サイズの布団は無かったので、ハンカチに彼女は寝ている。

 

「橙さんには後で、ちゃんと言っておきますから……

所で、こんな所で何を?」

 

「また……小槌の妖力の残滓を見つけて、調べてたの……

けど、反応が無くなって……私の思い過ごしだったのかな?」

針妙丸は疲れた。と言って眠ってしまった。

どうやら相当疲れていた様だった。

可哀想だな、と思いながら善はもう一枚ハンカチを針妙丸に掛けた。

 

「まさか、善さんの知り合いだったなんて……」

ベットの下から黒猫姿の橙が這い出て来る。

どうやらずっと居たようだった。

 

「橙さん……まぁ、本能的な部分だし、頭ごなしに否定は――――ってアンタ何処から出て来てるんだ!?」

橙を抱き上げ、自身の膝の上に置く。

当然だが善は思春期真っ只中のケンゼンなオトコノコである。

その為ベットの下には常に、他人に見せてはいけないすてふぁにぃ(春本)が居る!!

まさにベットの下は聖域!!そこに入り込んだ橙を善は速やかに取り出したのだった!!

 

「橙さ~ん?私のベットの下や、タンスの引き出しを抜いた後の空間は漁らない約束でしたよね~?」

恥ずかしさと怒りがない交ぜに成った表情で静かに橙を威嚇する。

しかし――

 

「ベットの下には誰もいませんよ?」

なぜかハイライトの消えた瞳で静かに告げる。

 

「まさか!?」

嫌な予感がして、善はベットの下を見る!!

そこには何もない空間が只広がっていた。

 

「す、すてふぁにぃ(春本)がいない……」

 

「はい、コレ。メモが残ってましたよ」

 

『私の未熟者の弟子へ。

すてふぁにぃ(春本)は野生に返しました。きっと今頃自由を満喫してるわ。

PS最近、肉食系未亡人の本が増えたけど、あなた性癖変わった?

                        あなたの偉大なお師匠様より。』

 

「……うわぁああああああ!!!死にたい死にたい死にたい!!

違うんですぅうぅぅぅ!!!誘惑に負けて浮気しちゃう人妻もいいけど、最近は性欲を持て余してる未亡人に興味が沸いただけなんですぁあああああ!!!!

すてふぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!かむばぁあああああく!!!」

師匠からの、メモを破り捨て床でゴロゴロを悶え転がる!!

捨てられた、だけならまだ耐えられただろうがPS~の部分で完全にトドメを刺しに来ている!!

なぜだか、目から汗が流れる!!

その様子をもうすでに慣れた橙が優しい目をして眺めている。

 

「善さん……私で良ければ慰めて――」

 

「あ、まな板は結構なんで、藍さんレベルまで成長してから出直してください」

ピタリと泣き止み素面に戻った善が、真顔で橙に告げた。

どんなに弱っても、年上、巨乳は捨てられないポイントらしい。

 

「善さんのばかぁ!!あんなモノただの脂肪です!!余分三兄弟の一人です!!」

橙がわめくが、善は気にしない!!

巨乳至上主義者である善の耳には入ってこない!!

 

「さて、少し早いけど夕飯の買い物に行きましょうかね?

橙さんも食べてくでしょ?小傘さんは、今日は来ないって言ってたから――」

立ち上がりながら、今日の献立を考えて買い物袋を手にする。

落ち込むのも立ち直るのも、かなりのスピードだ。

 

「じゃ、いってきまーす。

はぁ……すてふぁにぃ……」

師匠に一言告げて、落ち込んだ様子で善は人里にむかって歩き出した。

 

 

 

 

 

「あ、あの!!詩堂さんですよね!!」

 

「はい?」

人里に向かう途中、後ろからかけられた声に善が立ち止まる。

振り合えると、何処かで見た事のある気がする女が立ってた。

うすい生地のロングスカートにスリットが入っており、白い足が見えている。

黒い服だが、地味さはなく艶やかな美しさがあった。

美しい少し茶色がかった長髪に、人の良さそうな垂れ目。

優しそうな雰囲気とわずかな儚さが混ざった、美女だった。

 

「えっと……確かに、私は詩堂ですけど。

どなたでしたっけ?」

既視感は有る為、完全に初対面ではない……と思う。

相当の美人かつ、なかなか自分好みの女性、簡単に忘れるハズは無いのだが……

そう思い、善は頭を悩ませる。

 

「ああっ……やっと、やっと逢えた!!私の愛しい人!!」

 

「え――ちょ!?!!?」

女は嬉しそうな、感極まって泣き出しそうな顔をして善を抱きしめた!!

女の胸の顔を押し付けさせられた善が、混乱しつも幸福感に包まれる。

 

「あ、ごめんね?自己紹介がまだだったね。

私の名前は――愛逢(あいら)……そう、愛逢!!私の名前は、愛逢

貴方と愛し合う為にやってきました」

 

「え、あの……はい?」

 

「うふ、詩堂君だーい好き。

私の事、彼女に――ううん、私をあなたのお嫁さんにしてください」

混乱する、善無視して愛逢が嬉しそうに強く善を抱きしめた。

 

 

 

 

 

「詩堂君、見て見て!!カエルだよ!!冬眠から目覚めたんだね!」

愛逢が楽しそうに、河の近くにいたカエルを指さした。

天真爛漫な愛逢に対して、善はどうしても煮え切らない態度を取っていた。

 

(おかしい、何処かで見たことは有るけど……どこだっけ?

いや、それよりも……なんでこんなに俺のことを『好き』って言ってるんだ?)

さっきから妙に絡みつく既視感といい、明らかに普通ではない状態を善は怪しんでおり、わずかに彼女を警戒している。

心当たりとしては、妖怪の類だろうか?

知り合いを装う、詐欺師の様な妖怪が居ないとは限らない。

 

「あ、あの、あなたは一体誰なんです?何処かで会いました?」

 

「そんな事どうでもいいじゃない。ね、せっかく河が有るんだし、少し早いけど泳がない?」

愛逢が指を鳴らした瞬間、愛逢の着ている服がすぐさま、際どい水着へと変化する。

かなりのボリュームを誇る胸が激しく揺れる!!

 

「おおぅ……」

善の理性も激しく揺れる!!

そんな善の葛藤を知ってか知らずか、楽しそうに自慢げに説明を続ける。

 

「えへ、どうかな?コレが私の力。どんな服装も――って訳にはいかないけど、大体の服装が出来るよ?ちなみの髪の毛も変幻自在よ?」

パチン、パチンと愛逢が指を鳴らす度に服装や髪形がどんどん変わっていく。

本人は自慢げに話しているが、この時点で人間でない事が半場判明してしまったと言える。

その為、善の顔が厳しくしまった。

 

「愛逢さん、あなた。人間じゃありませんね?

妖怪ですか?」

善の言葉を聞いた瞬間、愛逢の表情が凍る。

楽しそうな、表情は消え去り冷たい視線でじっと無言で睨む様に善を見ていた。

 

「詩堂くん……私を疑ってるの?仕方ないよね、あんな女の所に居たんだもん。

女の人に対して、疑心暗鬼に成っちゃうんだよね?大丈夫、私は詩堂君を責めてる訳じゃないんだよ?」

明かに取り繕った態度と言葉で、善をなだめる様に諭した。

 

「だから、私はアナタなんて知りは――」

 

「ねぇ、ねぇ、詩堂君。君がの望むなら私なんでもシてあげるよ?

どんな格好も、どんな命令も聴くよ?私を好きにしても良いんだよ?

だから、ねぇ。

私を愛して!!私を、私を抱きしめて!!私の事好きって言ってよ!!」

再度の拒絶の言葉を言わせないとばかりに、愛逢が激情を露わにした。

その姿に善は恐怖を感じた。

 

「止めてください!!私はあなたなんか知らないし、あなたと付き合う積りもありません!!お願いですから、どっか行ってくださいよ!!

今なら、まだ見逃がしますから!!」

愛逢に向かって、拳を構える。

気を纏い、威嚇する様に空気中でスパークさせて見せる。

 

「詩堂君……ひどいよぉ!!わ、私はあなたのことが好きなだけなの!!

騙してる訳なんて無いのに!!ねぇ!!お願いだよ!!もう時間が――」

 

「時間がありませんね」

愛逢の声が、何者かに遮られる。

善と愛逢が同時にその声の方を向く。

 

「どうも、愛逢さん。楽しんでいますか?」

この生き物は何だ?それが善が最初に感じた感想だった。

仮面の様に張り付いた笑顔、形だけなら笑ってるのだが全く感情という物を感じさせない、ひどく冷たい笑い顔。

仕立ての良い白と黒の服、喫茶店の店員が一番イメージとしては近いだろう。

だが、その恰好にも言い表す事のできない違和感が渦巻いている。

無理やり形容するなら、ものすごく精巧に人を真似た『異物』。

 

「て、店員さん……」

 

「もうじき、約束の日没です。

本来こんな事はしないのですが……あなたの場合はひどく特殊な立ち位置に居るので。

私が直接出迎えさせていただきましたよ?」

店員と呼ばれた男の言葉の意味が分からず、善の頭にクエスチョンマークが満ちた。

 

「あと、どれくらいなの?」

 

「そうですね……今は、雲に隠れて夕日が見えにくいので、お教えしますと後5分ほどかと」

ポケットから、懐中時計を見ながら淡々と店員が答えた。

その表情に、小さく何かを期待する感情が見て取れた。

それと正反対に、愛逢の顔には焦りが見えた。

 

「そんな!!まだ、デートすらしてないのに!!」

 

「申訳ありません。さっき申した様に、あなたの場合はかなり特殊でして」

 

「あの、さっきから何のことを?」

余りにもわからない事が大すぎた為、善が二人に尋ねた。

どうしても話が見えて来ないのだ。

 

「おや?話してなかったんですか?

ご自分の正体を、愛逢さん、いえ――()()()()()()さん?」

 

「え?」

意外すぎる単語に善が固まった。

その停滞を壊す様に、ゆっくりと愛逢が語りだす。

 

「あは、バレちゃったね……そうだよ。

私はすてふぁにぃだよ、あなたが小槌で私を生んでくれたんだよ?」

愛逢が、涙を浮かべながら無理やり笑った。

その言葉でやっと善は合点がいった。

彼女は小傘と同じ、付喪神!!

 

「その恰好、服も、全部、全部!!」

 

「そう、本の内容からコピーしたんだよ?君の好みは全部知ってるんだから」

涙をぬぐって、悪戯する様に無理して笑う。

しかし、すぐに泣き崩れてしまう。

善は慌てて、愛逢を抱き留める。

 

「彼女は私が契約した中でも、非常に稀な存在です。

本来、命の無い物体が、自我を宿し私に『体が欲しい』と願った……

残念ですが、今日一日がその体の使用期限です。

さぁ、もうすぐ時間ですよ、契約通り――魂をいただきます」

その言葉と共に、悪魔が漆黒の羽を広げる。

そして生き物をあざ笑うかのような、裂けた様な醜悪な笑みを浮かべる。

全身からあふれ出る、呪力とでもいうべき邪な力!!

その余波だけで、善の全身の毛穴からドッと嫌な汗をかく。

 

「さぁ、ひと雨来る前に、回収しましょうか」

悪魔がこっちに足を一歩進めるだけで、全身を裂くような恐怖が善を襲う。

勝てる以前に戦おうとは思えなかった、逃げる以前に足が動きはしなかった。

 

「あ、あと、一分。一分だけ待って!!」

愛逢が悪魔に決死の思いで叫んだ。

仙人として修業した善よりも、成りかけの付喪神である愛逢が悪魔に意見を述べた。

ワザとらしく悪魔がアゴに手を当てて、考えるそぶりを見せる。

 

「構いませんよ、それくらいなら。あと1分、その間私は何が起きようともアナタの魂を奪わないと約束しましょう」

その言葉を聞いた、愛逢が礼を言って善に小さく耳打ちした。

 

「愛逢さん!?何を言って――」

 

「お願い。あなたにしか出来ないの!!あなたじゃないとダメなの!!」

躊躇する善に対しして、何処までもまっすぐに愛逢が懇願する。

愛逢の願いは善にとってやろうと思えば、簡単に出来る事。

だが、絶対にしたくない事でもあった。

 

「あと30秒です」

冷酷に悪魔が告げる。愛逢の懇願で手に入れた時間はもう半分が消えてなくなったことに成る。

 

「ねぇ、最後に私のお願い。聞いてよ?

私は、道具だけど、あなたに使ってもらえて幸せだったんだよ?

だから、最後だけは、最後のお願いだけはきいて欲しいの」

愛逢が強く善を抱きしめた。

その体には確かに温かさが有った。『生きている』というぬくもりがあった。

 

「あと20秒」

カウントダウンは続いていく。これ以上躊躇すると間に合わなくなる可能性がある。

それでも、それでも善は――

 

「私を――私の『命』をもらって?悪魔に、あげたくないの」

 

「ぐぅ――っ……」

善が懐から、一枚の札を取り出す。

決意を決められぬまま、額に札を貼り付ける。

体に力が満ちて居く、そしてその力の一部を右手に纏わせる。

 

「あなたのことが好きでした」

悲しくも、二コリと不器用に笑う。

その姿に、善の最後の決心がついた。

 

「ッ!!あぁあああああああ!!!!」

右手を愛逢の胸に深く突き刺す!!

皮膚を裂き、骨を砕き、内臓を潰し――命を奪う感覚が伝わってくる。

最後に魂を掴み――つぶした。

 

「ごふっ!……ありがと……う……」

愛逢の体が、透けてその場に残るのは穴の開いた一冊本。

最早用途を果たせなくなった、他者から見ればただの『ゴミ』

だが、ついさっきまでそれは確かに、生きて自身を愛してくれたものだった。

 

 

 

「こんな結果とは……残念ですよ。珍しい魂が手に入ると――おっと!!」

悪魔が立つ場所を、赤い閃光が走る!!

善が、手刀を構え立っていた。

ぽつぽつと雨が降り出す。

 

「何をするのですか?私は願いをかなえただけです。

そして、彼女の命を奪ったのは貴方だ。

貴方に恨まれる筋合いは有りませんよ?」

 

「解ってる。愛逢がアンタに願った事だ。俺が決断した事だ。

これから、愛逢を殺した罪を背負っていくのを、後悔はしない……

だけど、どうしてもやりきれないんだ!!」

再び、手刀を振るう善。勝てないのはわかってる。この悪魔が悪くないのも解ってる。

けれど、どうしたらいいのかだけは、善には解らなかった。

 

「あなたに付き合う必要はありませんよ。さらばです」

一瞬にして、悪魔はその場から霧の様に消え去った。

善は敵のいなくなった場所で、雨にうたれながらずっと暴れ続けていた。

 

 

 

 

 

「愛……ですか。

くだらない、劣情にきれいごとを並べて見た目を取り繕ったに過ぎないのに……

所詮欲望を満たす理由の、隠れ蓑でしかないくせに……

 

 

 

どうしてでしょう?なぜ、あんなに尊いんでしょう。

一日の命と知りながら、命を奪う辛さを知りながら――

なぜ、あの二人は……

ああ……ああ、人間は本当に度し難く、脆く、醜く……そして素晴らしいのでしょう……」

小さく悪魔の座るカウンターが、濡れる。

2滴3滴と水滴が限りなく落ちていく。

 

「おや、雨漏りですね……困った困った

ここでの商売はやめにすべきですね……」

傷一つない天井を眺めながら悪魔が、無理して笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本編重いよ!!おまけコーナー!!

物悲しい雰囲気で終わりたい人は、注意。

 

ガチャ!!カラン、コロン!!

 

「おや、今日はずいぶんお客が多い日ですね。

ようこそ、いらっしゃいました。

ここはあなたのどんな願いでも叶う店です。

 

あなたの願いはなんですか?」

 

「店?ここは、店なのか?雨が降ったから、雨宿りに来たんだぞー?

けど、お腹が空いたから、この飴が欲しいぞ!!」

客人が、店の端っこに置いてあったキャンディの入った瓶を手にする。

誰かが食べたのか、もう数個しか残っていなかった。

 

「おやおや、その飴は――まぁ、賞味期限も近いですし、効能も弱って来てるハズですし……

いいでしょう、差し上げましょう。

ただし、さっきも言ったように賞味期限が近いので1週間以内に食べ終わってくださいね?」

 

「わかったー」

奇妙な客は、飴のビンを抱えて嬉しそうに帰っていった。

 

「ふむ、この世界には奇妙な魂を持つものが多いですね、もう3人目だ」

そうひとりごちて、店主は再び冷めたコーヒーに口を付けた。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

暗い顔をして、善が歩いていく。

心は一向に晴れない、最良の決断をしたつもりだが、それでも――と何度も後悔を胸の中で繰り返す。

 

「雨、濡れますよ?」

不意に、雨が遮られる。

何時から居たのか、小傘が傘を差しだしてくれていた。

 

この子と同じ付喪神を――

 

「構わないでください!!」

そう、意識した瞬間、小傘を拒絶していた。

しまった、と思った時には小傘目に涙を溜めていた。

 

「も、もう、私はいらない――?」

 

「そんな事ありませんよ!!今日、少し雨に濡れたい気分だっただけで――

寒くなってきたから、入れてくれますか?」

そう言って、慌てて小傘の傘の中に入る。

 

「何か、あったの?泣いてる?」

二色の目が、善の瞳を覗きこんで来る。

 

「すこし、辛い別れをしました」

 

別れ、か。と小さく小傘がつぶやいた。

 

「私も道具だからね、いつかは壊れて――きっと消える日が来るよね。

けど、それでも、最後まで使われたい――道具はみんなそうだと思うよ?

もし、もしも、私がいらなくなったら、()()()()()

使われるのが道具の仕事、なら使わなくなった道具を壊すのは持ち主の仕事だよ?

誰にも使われないなら、せめて持ち主の手で壊してほしい。

きっと、道具はみんなそう思うはずだよ?」

 

「そうですか……」

何とも言えない気持ちで善がつぶやいた。

 

「おーい!!」

その時後ろから、声が聞こえてくる。

聞きなれた人物の声だ。

 

「芳香?どうしたこんな所で――」

 

「ぜーん。飴食べるか?」

芳香が手に持った飴を見せながら『善の名を呼ぶ』

 

「……芳香ァ!!お前はなんてかわいいんだ!!」

小傘の傘から出て、濡れるのも気にせず芳香に抱き着く!!

 

「な、なんだ!?一体どうしたんだ!?」

突然の善の行動に芳香が目を白黒させる。

 

「本っっっっ当にお前は可愛いな!!少しとぼけた様な性格も、食欲旺盛でなんでも食べる所も、結構巨乳な所も素敵だぞ!!」

イマイチ状況のつかめない芳香を何度も何度も撫でる。

ひたすら、かわいいを連呼して撫でまわし続ける!!

 

「ど、どうしたんだ!?何があった――――」

 

「お前、照れると体温少し上がるのか?温かくなったな。

勿論、ひんやりしてるお前も好きだ。

なぁ、キスしていいか?」

 

「き、きききき……!?何をいってるんだ!?

そ、そう言うのは、結婚する相手としかしちゃダメなんだぞ!?」

 

「よし、じゃあ結婚しよう!師匠に許しをもらいに行くぞ!!」

狂ったような笑顔を向けて、善が芳香の手を握って走りだした。

 

 

 

*この後、師匠を説得する途中で正気に戻りました。




拝読感謝です。

この作品、できれば死人は出したくないというルールが密かに有ります。
ぼっこぼっこ殺すと、なんだかキャラそのものが安っぽくなる気がするんですよ。
勿論例外はありますが……

これを以て現時点で私の作品とのコラボ依頼者が、理由があってストップしているケースを除きすべて終了しました。

これを読んでいる作者の方。
もし「コラボしてやってもいいぜ」という方がいらっしゃったら私の以前の活動報告か、個人にメッセージをください。

期限は決めませんので、何時までも待っています。


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不可思議!!冥界の館!!

さて、今回はあの場所がメイン。
と言っても、そこまで多くは出ませんが……


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「はぁー……」

善が目の前のみかんを見て小さく唸って居る。

そしてみかんの皮が小さくめくれ始めた。

 

「良いぞ!!がんばれ!!」

 

「ファイトですよ!!」

 

「ふぁいとー」

その様子を見ていた芳香と小傘が隣で善を応援する。

その横では師匠がジッと善の様子を見ていた。

 

「はぁ!!」

気合を入れた掌から赤い雷の様な気が迸り、みかんに絡みつく。

音もなくみかんの表面の皮が、ちぎれ飛んでいく。

 

「出来た……!」

興奮気味に話す善を横目に、みかんを師匠が手にする。

様々な方向から、みかんを観察する。

善が小さく息を飲んでその様子を見守る。

 

「……及第点……と言っておくわ。

だいぶ気の使い方が上手くなったわ、まだまだ甘い部分も多いのだけど」

師匠がみかんを善に投げ渡す。

受け取った瞬間、師匠の放った気によってみかんの内側の筋が全て吹き飛んだ。

 

「あ、ありがとうございます!!」

師匠に対して善が頭を下げる。

コレは少し前から、師匠が考案した修行法である。

気を使い、みかんの外側の皮を破り、逆に中身の果肉を傷つけない。

手でやれば簡単な事なのだが、中身より硬い皮を破りながら脆い果肉を傷つけない様にするのは、なかなかに難しいのだ。

纏った気の精密な動かし方と、威力の強弱を同時に修練出来る修業方だった。

 

「部屋をベタベタにしなくなったのは、良い変化よ?

今度はみかんの筋を剥けるようになりなさい、それが出来たら――あなたの好きな仙術をなんでも一つ教えてあげるわ」

自らの弟子の成長を見て嬉しそうに、上機嫌で師匠が笑う。

なんだかんだ言って、一番喜んでいるのは善よりも師匠なのかもしれない。

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ええ、覚えたい術を考えておきなさい。

余り上級はあなたにはまだ、早いのだけど」

最後に、調子に乗らない様に釘をさして師匠がちゃぶ台の前に座ってお茶を飲み始める。

 

「善!!みかん!!わたしも食べたいぞ!!」

 

「私も食べたい!!」

じっとしていた芳香が、善に飛びついてみかんを剥く様にせがむ。

 

「解った、解った。すぐに剥いてあげるからな?」

頼まれた善は笑顔で自身の力を使いみかんを剥いていく。

数度失敗しながらも、何とか芳香にみかんを渡す。

 

「うわーい!!」

 

「うわぁい!!」

はぐはぐと嬉しそうに、みかんを食べる芳香を見て善の心が温かくなる。

 

「お茶にしましょうか?」

そろそろ小傘が来る頃だろうと、思い善が湯呑と昨日買っておいた団子を皿において持ってくる。

 

同時に、入り口から小傘の声が聞こえてくる、ほんとにいいタイミングだ。

 

「はい、お茶と団子」

芳香に皿を渡す。

 

「小傘さんにも」

 

「ありがとうございます」

 

「橙さーん、いますよね?」

 

「勿論です!!」

屋根裏から出て来た黒猫に、少しぬるめのお茶を出す。

 

「はい、あなたにも――」

いつの間にか居た、帽子をかぶって胸に青い球体をぶら下げた女の子にも渡す。

 

「おにーさん、ありがとー」

 

「善、お茶のおかわり」

師匠から掛かった声に対して、すぐに急須でお茶を注ぐ。

そんなこんなで、休憩を取っていく。

食器を片して、散歩に行こうと善が墓場に出ていく。

 

 

 

 

 

「さて、今日はなんか、良い事が有りそうだな」

そんなことを呟きながら、墓場を歩いていく。

善の行先を遮る様にとある人物が、道をふさぐ!!

 

「あ、あなたは――!!」

 

「ど、どうも!!おひさしぶりです!!」

白い髪に腰と背中の大小二本の刀、そして頭の近くをゆらゆら飛ぶ白い物体。

白玉楼の庭師、魂魄 妖夢が立ちふさがる!!

 

瞬間!!両名に嫌な緊張が走る!!

 

(い、いたぁ~、まさか墓場に居るっていう噂でしたが、本当にいるとか……

誰を?誰を殺した帰りですか!?)

 

(やばいよ、やばいよ!!前会った、銃刀法違反っ娘だよ!!

なに、なにか俺悪い事したっけ!?あれか?辻斬りがライフワーク的な人なの!?)

ブルブル震え、お互いに微妙な距離を置く。

それほどまでに、両名のイメージはかみ合って居なかった!!

 

「ええと、妖夢さんでしたっけ?ほ、本日は何の御用で?」

 

「じ、実は冥界に来てほしくて――」

 

「め、冥界!?(殺しに来たよ!!この人リアルに殺しに来たよ!?)」

冥界という言葉に善が、驚き大げさに反応した。

 

「そ、そうです、そこで料理を教えてほしいのです……(冥界って言った瞬間目の色が変わった……この人どんだけ血に飢えてるんですか……)」

妖夢の言葉に善の震えが止まった。

全く持って意外な単語を聞いたからだ。

 

「料理を?」

 

自身の主の為、妖夢は恐怖と戦う道を選んだ!!

意を決し、善にその頭を下げる!!

 

「異界の出身だと聞きました……我が主が真新しい料理を所望してまして――

お願いします!!冥界で料理を教えてください!!」

 

「こ、こっちに戻れるんですよね?」

 

「私が送り迎えします」

善の質問に対して、妖夢が目をみて答えた。

濁りの無いまっすぐな目だった。

 

「解りました、今日の夕方までに帰れるなら、お供します」

 

「ありがとうございます!!」

珍しく二人がまともに意思を交わした。

しかし心の中では――

 

((機嫌を損ねるのは不味い!!機嫌を損ねるのは不味い!!機嫌を損ねるのは――))

すれ違いばかり!!まったく正しく意思が伝わっていない!!

ある意味似ている二人だった!!

 

 

 

 

 

空の向こうのそのまた向こう、その名も冥界。死者がたどり着く場所の一つ。

少し靄のかかった場所で善が目の前の階段を見上げる。

 

「スッゴイ高さだ……頂上が見えない」

 

「この階段の先に、白玉楼は有ります。

また、負ぶっていきましょうか?」

妖夢が善に提案する、空を飛べない善は此処まで妖夢に抱きかかえられて飛んできたのだった。

それなりに恥ずかしかったが……

 

「大丈夫、地面が有るなら、これで」

懐から札を取り出し額に貼った。

足のばねを生かし、階段に向かって高く跳ぶ!!

 

カッ!!カカッ!!

 

石製の階段を飛び上がりながら駆けあがっていく!!

僅かな、階段を蹴る音だけが小さく響く。

 

「明らかに、人間ではない動き……やはり物の怪?」

抱いて飛行する最中に全くとして、妖力を感じなかった妖夢が善の正体について考え出す。

しかし――

 

「私も負ける訳には――行きません!!」

生来の負けん気が刺激された妖夢も同じように階段を走り始めた。

考えるのはまた後になりそうだった。

 

 

 

 

 

「ホイッと!到着……かな?」

階段の上、豪華な建物が目の前に鎮座する場所にて善が小さくつぶやいた。

気が付けば妖夢を置いてきぼりにしてしまった。

危険そうな相手だが、知らぬ場所で頼れるのは彼女だけだ、心配になって靄でかすむ階段を最上段から覗き込むと――

 

「妖夢さーん!ここで――グッ!?」

 

「これで最――ごッ!?」

覗き込んだ善の顎に下から上ってきた妖夢の頭がぶつかる!!

 

「「ッ~~~~~~~~!!」」

声に出せない痛みを感じ善は顎を、妖夢は頭を押さえ白玉楼地の面に転がった!!

 

「……妖夢さん……此処が――」

 

「白玉楼よ」

妖夢が答えるより前に、後ろからぽわぽわした声が響いて来た。

尚も痛みに悶える妖夢を他所に善が後ろを振り返った。

そこには、うすい色の着物を着たおっとりした美女が扇子を持ち笑っていた。

 

「いらっしゃい、白玉楼へようこそ。私はここの主、西行寺 幽々子。

あなたが妖夢の言っていた人ね?今日はよろしくね」

柔和な笑みを浮かべて、そのまま白玉楼内へと歩いて行ってしまった。

 

「美人だ……すごく……美人だ……」

柔らかな幽々子の魅力にあてられた善が、ぼおっ幽々子の去って行った扉をいつまでもだらしなく見ていた。

 

「痛つつ……なんで平然としてるんですか?」

未だに頭を押さえ、涙目になっている妖夢が立ち上がって、涼しい顔をしている善に問いかける。

 

「妖夢さん……さっきの人って――」

 

「ここの主の幽々子様ですね……幽々子様がどうかしましたか?」

 

「いや、美人さんだなーって、思っただけですよ」

未だに心、此処にあらずといった表情の善を見て妖夢が小さくため息を付く。

 

「はぁ、確かに幽々子様はお美しい方ですが、不埒な真似はやめた方がいいですよ?

でないと――私があなたを斬る事になります」

背中の楼観剣に手をやり一瞬だけ、殺気を出し善を威嚇する。

相手がどんな存在であろうとも、幽々子に牙を向ける者は排除するそれこそが妖夢の戦いのスタンスである。

 

「……それは困りますねぇ」

余裕を持った態度で小さく善がつぶやいた。

 

 

 

 

 

その頃の幽々子は……

 

「さっきの人が妖夢の言っていた異界の人ね。料理を教えてもらうって言っていたからすっかり女の人だと思っていたわぁ……

そっかぁ……妖夢がねぇ……」

ぽわぽわした幽々子の表情がぴしりと凍り付く。

そして、頭を大きく振りかぶり!!

 

「うわぁあああああああ!!!遂にこの日が来たかぁ!!!!

うわぁああああああああ!!!妖夢が!!妖夢が男を連れてきたァ!!

うわぁあああああああん!!!あんなに、あんなに幼かった妖夢がぁ……」

ゴロゴロとひっきりなしになって、床を無我夢中で転がる!!

幼い頃から見て来た妖夢が、男を連れて来た!!

それは幽々子の中で大問題だった!!

 

『幽々子様、私この人と幸せになります。

その、次代の魂魄家の跡取りが出来たらお見せしに来ますね……』

幽々子の脳内で幸せそうに腕を組む妖夢と善の姿がイメージされる。

 

考えるだけで涙がこぼれる!!

居てもたってもいられない!!

 

「ま、まだよ!!まだ、あの子が妖夢の男と決まった訳じゃないわ!!

様子を――様子を見るのよ……」

バタバタと暴れて、乱れた着物を直し静かに部屋を開け妖夢を探して廊下を歩いていく。

 

小さく話声がする。玄関の方だ。幽々子がそちらに足を向ける。

 

 

 

 

 

「妖夢ぅ~お腹が空いたから何か作って――」

笑みを作り、なるべく自然体でいる事を意識して顔を覗かせる。

 

 

 

「はぁああ!!この妖怪が鍛えた楼観剣に斬れぬ物などあんまりない!!」

妖夢の斬撃を、能力解放した善が気を纏った右手で楼観剣ごと掴んで無理やり止める!!

善が傷を負わない事は勿論、迷いも躊躇もなく剣を握りしめる胆力に妖夢が驚愕に眼を見開く!!

 

「どうやら、私の体はその『あんまり』の方に含まれる様だ。

うれしいねぇ!!!」

パッと掴んでいた楼観剣を離して、蹴りを放つ!!

 

「私の剣はもう一本あります!!」

手早く腰の白楼剣を抜き、その足を斬りつける!!

剣と気が拮抗して、善のズボンに切り傷が付く!!

 

「ハッ!」

 

「くッ!」

両人が同時に再び距離を置く。

そして、再びお互いの剣と拳を打ち合わせる!!

 

「え、なに?痴情のもつれ?痴情のもつれなの!?」

スペルカード無しのガチファイトに、幽々子が驚き声を上げる。

その瞬間、両名が同時に幽々子をみて止まる。

 

「あ、幽々子様。お腹が空いたんですね、ただいま準備しますから」

 

「妖夢さん、私も手伝いますよ」

二人ともコロッと態度を変えて、武器をしまう。

 

「えと、二人とももういいの……?」

あっさりした決着に、幽々子が困惑気味に尋ねる。

 

「ええ、少し話した結果、意気投合しまして――」

 

「意外と話せるモンですよね~」

楽しそうに、妖夢と善が笑いあう。

二人は従者ポジション、主の無茶ぶり、修業中の身、苦労人体質、生真面目な性格等お互い話してみると意外なほど共通点が多く、変に気が合った!!

料理を教える前に、お互いの技をぶつけあってみようと成り二人で手合わせした様だった。

 

「前は人里でしたよね、いやー、いきなり剣を抜くからどんなやばい人かと……」

 

「詩堂さんこそ!!その気を纏うとすごく怖いんですよ!?完全な危険人物なんですからね!?」

 

「いや、コレは私の能力の関係で――」

仲睦まじく笑い合う様子を見て幽々子が、小さく震えだす!!

 

「じゃ、二人で準備しますか」

 

「なら、簡単な蒸しプリンから、卵と牛乳ありますよね?」

二人して、厨房の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「妖夢~コレ、おかわり~」

さっきまで悩んでいた事など、さっぱり忘れて上機嫌で幽々子が箸を進めていく。

はじめはやけ食い気味だったのだが、善の料理がなかなか美味でむしろ「毎日コレが食べられるならいいんじゃないかしら?」とさえ思い始めていた!!

善が下半身の忠実な男なら、幽々子は胃袋に忠実な女だった!!

 

「た、ただいまお持ちします!!」

空になった大皿を幽々子が妖夢に渡す、バタバタと慌てる様に忙しく台所を走り回っている!!

 

「詩堂さん!!ローストビーフ追加です!!早く!!」

 

「わ、解ってます!!今焼いてます!!あと、7いや、5分待ってください!!」

手早く他の料理に善が手を伸ばす。

驚くべき事は、この相手がたった二人だという所!!

幽々子と紫の食事を作っている善だが、この忙しさは紅魔館の調理をしていた時以上だった!!

 

「詩堂さん!!また追加が――」

 

「どうなってんだ!?相手は一人だろ!?」

白玉楼で、善の叫びが響いた。

 

 

 

 

 

「ふぅ~お腹いっぱい。

詩堂君だったかしら?なかなか美味しかったわ。

また、遊びに来てくれるかしら?」

満腹で上機嫌になった、幽々子が善を見る。

よっぽど疲れたのか、肩で息をしている様だった。

 

「え、ええ……時間が有れば……」

なるべく来たくない、といった顔で善が返事する。

 

「けど、妖夢はあげないからね」

 

「はい?」

幽々子の言葉の意味が分からず善は頭にクエスチョンマークを付ける。

 

「あら、今忙したったかしら?」

善のすぐ横に、空間の裂け目が現れて、中から金髪の美女が現れた。

相手を見て幽々子が、料理を食べる時とも、妖夢に見せる物とも、違う笑みを浮かべる。

 

「紫、冬眠から起きたのね?今年はずいぶんゆっくりじゃない?」

 

「なんだか、寝すぎちゃったみたい。

藍に愚痴を言われて大変だったわ。

あら、意外な所で会うわね」

チラリと善の方を見て、紫が笑った。

 

「あなたは、確か橙さんの――」

 

「あの時はうちの子が迷惑をかけたわね、お詫びに今日は私があなたを家まで送ってあげるわ、それに話したい事もあるしね?

じゃ、幽々子、この子借りてくわよ?」

 

「え、ちょ――――わ!?」

一瞬の無重力感を味わい次は見た事のない、空間だった。

赤く、目や道路標識が大量に浮いている。

 

 

 

「まさか、あんな所に居るなんてね。

ねぇ、あなたにいい事教えてあげる」

その空間の中で、紫は有る事を善に告げた。

 

「あ、え……そんな……」

紫の言葉に、善が目を見開いた。その言葉は善の心に重くのしかかった。

その後、何度か善が紫と会話をする。

そして数分後……

「付いた様ね、じゃあね詩堂君?」

 

「ま、まって!!」

善の返事を聞くまでも無く、紫はスキマから善を追いだす様に善の住む墓場に落とした。

 

「おー、善飛べる様に成ったのか?」

後ろに居た芳香が目を丸くする。

 

「違うよ、送ってもらったんだ……そう、送ってもらったんだ」

何処か悲しそうな顔をして、善が立ち上がる。

ふと見上げると桜が散り始めている、もう花見も終わりかもしれない。




幽々子様ローストビーフ……牛一頭分食べてそう……


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認知不能!!閉じた瞳の妖怪!!

最近少し不思議なことが起きました。
この作品の評価が上がったり下がったりを繰り返して……

どうしたんだろう?
まぁ、高評価が来れば素直に嬉しいですし、低評価が来れば素直に悔しいです。

まぁ、これからも頑張っていきます。
それでは今回もスタート!!


俺……じゃなかった、私の名前は詩堂 善(しどう ぜん)

ただ今、仙人目指して修行中です。

師匠の修行は厳しいけど、きっとそれも私の事を思っての事。

 

うん……そう、たぶん。おそらく、きっと……あれ?どうして涙が出るんだろ?

と、兎に角今日もがんばります……はぁ……

 

 

 

 

 

「おかわり!!」

 

「はいはい、すぐにつけて来るからな」

芳香が空っぽになった茶碗を差し出して来る。

善はそれを受け取って、お櫃から米を盛り始める。

 

「あ、わたしもおかわり!!」

 

「はいは~い」

同じく善の反対側に座っていた女の子も茶碗を差し出してくる。

其方に対しても、茶碗を受け取り米を盛る。

 

「はい師匠、お待たせしました」

 

「頼んでないわよ?」

新しく付けたご飯を師匠に差し出すが、その言葉通り師匠は今現在手に茶碗を持て居る最中、おかわりは必要無いはずだ。

 

「ん~?おかしいぞ?今日は小傘さんも橙さんもいない……

私を含めて、茶碗が四つ?あれ?なんで四つもあるんだ?」

数が合わない事に善が混乱し始める。

何度数えなおしても、茶碗が一つ多い。

 

「それ、私の!!」

 

「え?」

善の隣に居た子が善から茶碗を奪い、パクリと口にほおばった。

 

「お?」

 

「あら」

芳香と師匠が同時に、この異常な事態に気が付いた。

見慣れない子が一人、当然の様に()()()()()

 

「お味噌汁もちょうだい!」

今度は空になったお椀を差し出した。

 

 

 

 

 

「古明地こいし?」

 

「そうそう、私の名前」

漬物をポリポリ齧りながら、いつの間にか居た少女が楽し気に笑った。

不思議な話だが本当にいつの間にか、一人増え当たり前の様に生活していたらしい。

 

「ぜ~ん?あなた、年上が好きって公言してるけど……

なんで小さな女の子ばかりと仲良く成るの?あなた本当はロリコンの変態――」

 

「違いますよ!!小傘さんや橙さんとかフラン様が勝手に寄ってくるだけです!!

何度も言いますが、私の好みは年上、巨乳、包容力の3つです!!これだけは譲れません!!譲れませんからね!!!」

何時になく善が力説する!!

最早周囲の人間には聞き飽きた善の主張!!

しかし、小さい子ばかりを集める善、この主張本当なのか?

 

「はいはい、あなたの好みはこの際どうでもいいわ。

所で貴女、一体何時から家に居たの?」

興味津々といった表情で師匠がこいしと名乗った少女に尋ねる。

お茶を飲み干し、小さくげっぷをした後、少し考えた後……

 

「う~ん、あんまり覚えてないけど……このおにーさんが、お屋敷でお仕事を始める少し前位かな~」

ぽわぽわした表情で話が一同は一瞬にして凍り付いた。

お屋敷とはおそらく紅魔館の事だが、そうなると一ヶ月以上前の話だ。

この子は一ヶ月以上居た事になる。

誰にも、全く気付かれず。

 

「師匠気が付きました?」

 

「いいえ、正直全く。面白いの能力ね、興味深いわ」

人に気が付かれないのではなく、人に気にされなくなる。

非常に珍しくそして非常に強力な力である。

 

「けど、なんでこの家に?」

 

「えへへ、遊んでたら帰り方が分かんなくなっちゃって~

あと、此処は居心地が良かったしねー。

そのまま居ついちゃった、テヘ」

イタズラがばれた子供の様に、舌を出して笑う。

 

「何その適当な理由……」

 

「おにーさんの事はずっと見てたよ?

死体のおねーさんと組手してる時も、ごはん作ってる時も、青いおねーさんに術を教えてもらってる時も、お風呂に入ってる時も、ネコの子と遊んでる時も、二人で寝ている時も、ベットの下にある本を取り出して――」

 

「ストップストップ!!ストーップ!!!言わなくていい!!もうそれ以上お願いだから言わないでね!!」

ヤバい事まで言われそうになった善がこいしの口を押えた。

振り返ると師匠と芳香がひそひそと、ロリコンだの、優しい言葉で騙しただの、幼い肢体に夢中だの不穏な単語を囁き合っていた。

その目は完全に犯罪者を見る瞳!!

現代なら通報待ったなし!!

 

「ええと、古明地って旧地獄のさとりさんと同じ苗字だよね?

知り合いだったりする?」

 

「おねーちゃんだよ?私の」

 

「ああ、姉妹なんだ。良かった、身元は分かった。

丁度旧地獄には行きたかったし、送って行くよ。

構いませんよね?師匠」

 

「今のあなたなら実力的には大丈夫そうね、性癖的には不安なのだけど……

まぁ、いいわ。行ってらっしゃい」

師匠の了解を受けた所で、未だに続く芳香の射す様な視線を背中に受けながら、出かける準備をする。

そしてそそくさと逃げる様に、部屋を去って行った。

 

帰ったら、絶対に誤解を晴らすという誓いを立てて(死亡フラグ)

 

 

 

妖怪の山中腹部。

善の目の前に、旧地獄へとつながる穴がぽっかり開いている。

前に師匠と一緒に地獄へ行った事がずいぶん前の事に思える。

 

「あれから俺は……」

様々な思いが胸の内にあふれるが、口から出る事は無かった。

迷いを振り切るかのように頭を振り、こいしが近くに居る事を確認してから穴に飛び込んだ。

 

すさまじい速度で、周囲の景色が変わっていく。

半分自由落下しているのだ、無理もないだろう。

壁面が近付いた時、洞窟内の壁を蹴って方向変換をする。

壁から壁へ、地面から天井へ、仙人として手に入れた脚力と研ぎ澄まされた反射神経で落下の勢いを半場殺し、半場利用しつつ洞窟内を進んでいく。

 

初めて地獄に向かった時には、こんな事が出来る様になるとは思っても無かった。

それだけ自分が師匠の技を習得しているのだと、今更ながらに実感した。

 

「ここからはまた、平面か……こいしさん、ついて来てます?」

ほぼ直角だった洞窟は、緩やかな斜面になりやがて善の居るほぼ横ばいの洞窟へと変化した。

余裕が出来た善は、こいしを呼んだ。

 

「ついてきてるよ~、おにーさん足速いね。

少し疲れちゃったよ」

帽子に付いた汚れを払いながら、こいしが無邪気に笑った。

 

「ねぇ、おにーさん何かあったの?」

 

「ん?何か?」

こいしが善の横に立ちながら、尋ねて来た。

 

「最近元気ないみたいだよ?」

 

「別にそんな事ありませんよ?むしろ修業が身についてきて喜ばしい限りです」

意図して笑顔を作り、こいしに笑いかけた。

 

「嘘だ。私にはわかるよ、おにーさん何か隠してるでしょ?

心が読めなくてもおにーさんを見てたから、()()()

こいしの言葉に善の表情が引きつった。

その言葉はカマをかけているのではなく、確かな真実を言っているという確信があったからだ。

 

「地獄はいい思い出が無いので緊張してるんですよ。

それだけです、そう、それだけ」

お前に話すことはない、という態度で善が何度も「それだけ」という単語を繰り返した。

そうこうしている内に、洞窟を抜け、橋を越え、旧地獄の活気が見えて来た。

 

「せっかくだから家まで来てよ。おねーちゃんも喜ぶからさ」

さっきの雰囲気は一転、ころころと音のする様な笑顔を浮かべ、こいしが善を地霊殿へと誘う。

 

「さとりさんってやっぱり妖怪だったのか……」

 

「おねーちゃんは悟り妖怪だね、心の中を覗けるんだよ!!私には無理だけどね」

善のつぶやきに、自身の閉じた瞳を手にしながら善に説明をする。

なんとなく妖怪である事は知っていたが、どんな妖怪なのか知らなかった善にとってなかなか驚きの情報だった。

 

「心の中が覗ける……か」

 

「そうだよ!!だから、おねーちゃんの前では変な事は考えちゃダメ!!だよ?」

こいしが指で〇を作り、オーケーサインを出す。

 

「うーん、意図して考えないって、辛いな……」

 

「ダメだよ?絶対にエッチな事を考えちゃダメだからね?」

そう言って、自身の指の輪っかに、反対の手の指を突っ込んで出し入れし始めた。

激しく何度も、指が円の中を出し入れする!!

 

「なんでこのタイミングでソレをやった!?」

 

「え?あ、ごめーん。無意識にヤっちゃった!!」

こいしが形だけの謝罪をして、自身のスカートに手を突っ込んだ。

ワザとか、本当に無意識か非常に審議が分かれる部分だ。

だがニヤニヤと楽しそうに、こいしが笑っているので、ワザとである可能性の方が高い。

 

「……楽しんでませんよね?」

 

「嫌だなー、おねーちゃんじゃないんだから、他人をいじめて喜んだりしないよ!」

今度はぷんすかと頬を膨らませる。

怒ったり、ふざけたり、ころころと表情が変わって見ていて楽しい。

 

「なら良いんですけど……ってかさとりさんの趣味……」

 

「あれ?おにーさんじゃない?どうしたの?」

苦笑いを浮かべる善に、背中から声が掛かった。

楽し気で軽快なこの声には、聞き覚えがある。

 

「お燐さん、久しぶりですね」

 

「観光?あ、こいし様、帰ってきたんですね」

お燐が視界にこいしを入れて、ぱぁっと明るく笑う。

久しぶりなのか、非常にうれしそうだった。

 

「や、ひさしぶり~」

歯を見せて二コリとこいしが笑う。

 

 

 

 

 

「へぇ~、地上に……」

 

「そうだよ!!このおにーさんの家に居たの!!」

お燐とこいしが並んで話している、善は帰ろうとしたが二人に呼び止められ地霊殿へと招待された。

こいしがお燐の猫車を引いて、善がネコの姿になったお燐を抱いている。

橙とは違う、美しくしなやかな毛並みは撫でていて楽しい。

 

「さとり様が心配――ゴロゴロ……してました――ゴロゴロ……

おにーさん!!今話してるから、ノドを撫でないで!!」

思わずお燐のノドを撫でてしまった善、お燐に叱られてしまい少し落ち込んだ。

 

「だって、ネコって抱かせてくれないし……

橙さんは、なんか撫でてると不自然に息が荒くなるし……

普通に抱けるネコってお燐さん位しかいないんですよ!!」

 

「む、むぅ……それなら仕方ない、かな?

ちょっとだけだよ?」

善に釘をさして再び撫でられに戻るお燐、その表情は満更でもない様子。

夢中になって善はお燐をなで続ける。

 

そうこうする家にひと際大きな家の前で止まる。

旧地獄の主、古明地さとりの家、地霊殿だ。

 

「久しぶりの我が家だね!!おにーさんも来て!!来て!!」

こいしに手を引かれながら、善は再び地霊殿の門をくぐった。

 

「おねーちゃーん!!ただいまー!!」

靴を脱ぎ捨てると、廊下の方まで叫びながら走って行った。

 

「あーあ、靴を脱ぎ散らかして……」

お燐を下ろして、こいしの靴をそろえると自分も靴を脱いで上がる。

 

「おにーさん、しっかりしてるねー」

先に上がっていたお燐に感心がられる。

 

「芳香が、こんな感じなんで……

私がしっかりしないとダメな部分が多いんですよ」

善が困った様にしかし楽しそうに笑った。

その時奥の方からドタドタと、再び足音が聞こえて来た。

 

「おねーちゃん!!友達連れて来たよ!!」

 

「はいはい、一体誰を連れて――――き!?」

こいしがさとりの袖を引っ張りながら走ってきた。

善を見た瞬間!!さとりの表情が凍る!!

 

「どうも、さとりさん。ご無沙汰してます」

 

「う、うわぁああああ!!!」

善を見た瞬間!!さとりのトラウマがフラッシュバックする!!

師匠にからもらった羞恥!!痛み!!苦しみ!!それらをありありと思い出してしまう!!

それだけではない!!前に見た善の心の中のR18な妄想シリーズも、さとりはしっかり覚えていた!!

 

『今すぐ帰ってもらいなさい!!』

 

そんな言葉がさとりの口から出かけた。

しかし!!しかし彼は珍しく妹が連れて来た友人!!

無下にしていいのか?そんな事をしたらこいしが悲しむのでは!?

 

「よ、よく来たわね……ゆっくり、していって……ね?」

苦渋の選択!!彼女は、善をもてなす事にした!!

 

「あ、あの、さとりさん?なんで、胸の目を思いっきり手で閉じているんですか?」

 

「ふぁ……ファッションよ!!気にしないで!!」

自身のサード・アイを無理やり指で閉めながらさとりが渇いた笑いを零した。

 

 

 

「お燐、お客様の相手をして!!」

 

「は~い」

叫ぶ様にお燐を呼びつけると、客間に送り込む。

さとりはお燐の彼が意外と仲が良いのを知っていた、お燐を使って自身の心を落ち着かせるまでの時間稼ぎをすることにした!!

 

「こいし!!なんであんな男を連れて来たの?知らない人を地霊殿に連れてきちゃダメでしょ!!」

紅茶の準備をしながら小さく、小言を言ってこいしを諫める。

 

「ええ~?悪い人じゃないよ?」

 

「あなたは心が読めないから、あの男の怖さが分からないの!!

何をされるか、分かったもんじゃないんだから……」

 

「一緒に寝たりー、ごはん食べたりー、運動したりしてたよ?」

こいしの言葉にさとり、本日2回目のフリーズ!!

お茶を入れる体制のまま、張り付いた笑顔を浮かべる。

 

「え、寝た?一緒に?え、え?」

 

「同じベットでー」

*無意識下の行動です。

当然ですが、善本人は最近布団が狭いなー程度にしか思っていません。

しかしさとりには、善のイメージと混ざって最悪の状況しか浮かばない!!

……

…………

………………

『お嬢ちゃん、一人なの?家においで、ごはん食べさせてあげようね』

 

「うわぁーい!!」

食事後……

 

『ぐへへへ!!さて、宿代をもらおうか!!』

 

「きゃー!!」

………………

…………

……

 

「わ、私がしっかり見てなかったばっかりに……

悪い男に引っかかってしまったのね……!!

ごめんね……ごめんね、こいし……!!」

何時ものさとりなら、少し考えてみればわかる事なのだが、それだけ彼女には余裕がなかった!!

ポットを落とし、ぽろぽろと空しく涙を流す。

 

「???、私お燐の所行ってくる!!

おにーさんさっきお燐を抱きたいって言ってたから、私も混ざって来る!!」

そう言って楽しそうに笑って、走り去っていくこいし。

 

「お、お燐まで!?年上だけでなく、と年下も守備範囲なの!?

彼は性欲の権化なの!?」

さとりの目が、何かを決心した者の目へと変わる。

 

 

 

 

 

「おにーさん!!あーそーぼ!!」

お燐を撫でている善に、こいしが飛び付こうとした。

 

「うぁあ!?」

しかし善は咄嗟にお燐を離しこいしから逃げる!!

 

「どーしたのおにーさん?」

 

「な、なんでナイフを持ってるんですか!?」

こいしは善に指摘されて、自身が初めて手にナイフを持っているのに気が付いた。

切っ先がキラリと光る。

 

「あれ~?どうしてだろ?おにーさんをエントランスに飾りたいと思っていたら、自然に……」

 

「ナチュラルに殺そうとしたの!?怖いよ!!止めてね!!」

善がこいしを止めようとした時、扉が勢いよく開いてさとりが顔を出す。

まともではないさとりの表情に善が困惑する。

 

「えっと……?」

 

「それ以上、私の妹とペットに指一本触れさせないわ!!」

さとりが走り、近くにあった椅子を手にして善に殴りかかる!!!

 

「わわ!?なに!?何が起こったの!?」

 

「はぁあああ!!旧地獄の支配者を舐めるな!!」

 

次はテーブルを掴んで善に向かってフルスイング!!

妖怪の力で叩かれた善は、テーブルごとステンドグラスを叩き割り地霊殿の外へと投げ捨てられた!!

 

「一体どうなってんだ!?この姉妹!!」

 

「お空!!追撃!!」

 

「了解~」

 

「ギィやぁあああ!!!」

お空を呼びつけ、善の飛んでいった方へと光弾を大量に打ち込んだ!!

断末魔と共に善の悲鳴がかき消えた!!

 

「終わったわ……悪は去ったわ。

こいし、お燐、お空。貴女達は私の家族よ、私が何が有っても守ってあげるからね」

 

「おねーちゃーん!!」

 

「さとりさまー!!」

さとりにこいしとお空が抱き着く。

一見家族の絆を繋ぎなおしたこの光景。

 

「おにーさん、大丈夫かな?」

お燐だけが、犠牲となった善の心配をしていた。




自分の家族の為に、恐怖に打ち勝ちその相手と戦う。
主人公っぽいですね。


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晴天!!同じ空の下で!!

はじめに。

此処まで付き合ってくださった読者の皆様に最大の感謝を。
ありがとうございました。


人は生まれた瞬間から、様々な物を受け取る。

魂、肉体そして名前……

とある日、とある場所で一人の男の子が生まれた。

 

自信家で有能な父親はこう願った。

「この子に多くの才能が有りますように、たった一つの欠点など無い様に」

 

努力家で人当たりの良い母親はこう願った。

「この子が優しく在りますように、他者から敵意など買わない様に」

 

完全(カンゼン)』である事、そして『善良(ゼンリョウ)』である事。

その子供は親から二つの()いを込めた名前をもらい受けて――

 

少年はこの世に生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

「善さん!!善さんの匂いがしましゅ~!!」

何時も善の寝ているベットの布団が激しく荒ぶっている!!

跳ねる布団とシーツ、転がる枕!!

何が楽しいのか、橙が善の布団の中で遊んでいるのだ。

というか最近は、気が付くと黒猫姿の橙が良く寝ている。

善本人は、ネコの毛が付くので嫌な様だ。

 

「たのしいのかー?」

芳香が持ち主のいない布団に向かって話しかける。

 

「楽しいですよ!!なんというか、抱きしめられている気がします!!」

布団の間から、顔だけ出したネコが満足そうに話した。

直ぐに布団に戻り、また遊び始める。

 

「暇だなー」

今日、というかこの所善は何処かに出かけている事が多くなった。

ある程度実力がついて妖怪と戦えるからか、一人で出かける事が多々ある。

 

「ん?なんだコレ?」

橙の暴れるベットの下、そこから何か箱の様な物が幾つか覗いている。

気になった芳香がしゃがんでベットの下からソレを持ち出す。

 

「お、おー?」

 

「なんですか、ソレ?」

同じく、気が付いた橙の興味がその箱に注がれる。

黒くて中身は伺いしれない、大小様々、計4つの箱が出て来た。

 

「またすてふぁにぃか~?善はすてふぁにぃが大好きだからなー」

 

「くぅ……!!あんな脂肪の塊に――え?」

忌々しそうに、箱を開けた橙が固まる。

箱の中から出てきたのは、オレンジ色の小さな女物のカバン。

コンパクトで非常にかわいらしいデザインだ。

 

「善がなんでこんなの持ってるんだ?」

 

「まさか、誰か女の人へのプレゼントでは?」

認めたくないという態度を見せる橙、その言葉に芳香までも少し嫌な気分になる。

 

「他の箱は、なんだー?」

 

「開けてみましょう!!」

他人の物である事などすっかり気にしない二人!!

気分はまるで浮気調査中の探偵だ、真実の為なら他人のプライベートなど気にしない!!

 

手早く二つ目、この中では最も大きい箱を開く!!

 

「おお?服か?」

 

「ワンピースですね」

出てきたのは、緑の落ち着いた色合いのワンピース。

当然だが、明らかに男の着るものではない。

 

「むむむ……!!怪しい……」

 

「プレゼント?」

 

「あら、二人とも何してるの?」

善の部屋の壁に穴が開き、師匠が顔を覗かせる、二人が何やらしているのに気が付いた様だった、興味有り気に箱の中身を見ている。

 

「あらあら、善ったら女の子にプレゼントかしら?

あの子も年頃だものね」

母親がまるで、初めて彼女を連れて来た息子を見る様な優しい目でワンピースを見る。

 

「何処の女狐ですか……!!善さんを誑かしたのは!!」

怒りに任せて、橙が3つ目の箱を開ける。

その瞬間!!3人の視線が箱の中で止まる!!

 

「なんだ……コレ?」

 

「え、え?」

 

「髪の毛……いえ、カツラね。

人里じゃ、出回ってないハズ――この前、旧地獄で買ったのかしら?」

師匠が箱の中から、黒い長髪のカツラを取り出す。

単体であると不気味な道具だが、それは確かにただのカツラだった。

箱の底には、カツラに付ける物なのか女物の髪留めまでついている。

 

「「「……まさか……」」」

三者の考えがこのカツラの登場で一気に、ひっくり返る!!

現在出て来たアイテムは、カバン、ワンピース、カツラと髪留め。

その、アイテムを同時に使用すれば――!!

 

「こんにちは――ってどうしたのこの空気!?」

重い空気の中、タイミング悪く小傘がはいってくる!!

何処かうなだれる3者を見て、驚きの声を上げる!!

 

「善が、善が変態になったー!!」

 

「だ、大丈夫ですよ……女装癖が有っても私は、私は!!」

 

「アレかしら?私が何度もすてふぁにぃを捨てたのないけなかったのかしら?

何処でこんな歪んだ性癖を……

ハッ!?詩堂娘々が癖に成ったのかしら?」

混乱または、動揺する3人から話を聞いた小傘、同じく嫌な汗をかく。

 

「さ、最後の箱を開けてみましょうよ!!そうすればきっと何かわかるハズ!!」

止める3者を押しのけて、小傘が最後の箱を開ける。

最後の箱は、他の箱の中で一番重かった箱だった。

 

「コレは――」

あけた瞬間、箱の中か甘い匂いがした。

小傘が箱から取り出した物は――

 

白粉に頬紅などの化粧品一式!!

カツラ、女物の服、カバン、化粧品!!

これから導かれる答えはたった一つ!!

 

 

 

 

 

「ただ今、帰りました」

その日の夜、夕食の少し前に善が家に帰ってきた。

皆のいる居間まで、歩いてくる。

 

「あ、皆さん集まってますね――――どうしました?」

何時ものメンバーが同時にこちらを見て苦笑いするの感じて善がたじろいだ。

師匠、芳香、橙、小傘の4人が作り笑いを浮かべているのが分かる。

そして、此方をにっこりと不気味な笑顔で迎える。

 

「さ、さて、夕飯の準備を――」

 

「それは私がやる!!こういうの得意だから!!亭主関白っぽく待ってて!!」

その場で勢いよく手を上げて、小傘が台所へと走っていく。

こんな事始めてだった。

 

「???

まぁ、いいや。せっかくだし、ゆっくりするか……」

そう言って、善が座わろうとすると橙が座布団を持ってくる。

 

「善さん!!私を撫でてください!!

胸もお尻も欲望の赴くまま、好きなだけ撫でてくださいね!!」

座布団を置き、善に自分を撫でる様に迫ってくる!!

 

「橙さん!?一体どうしたんですか!?撫でませんよ!!

仮に撫でたとしてもネコの時だけ、背中を撫でさせてくれれば結構ですから!!」

偶に撫でろと、ネコ姿の橙が近寄ってくるが人間姿の時は初めてだった。

 

「ねぇ、善?あなたって、思ったより筋肉あるわね~」

 

「師匠!?急に一体何してるんですか!?」

スルリとシャツに手を入れ、師匠が善の腹筋を触る。

直ぐ近くに師匠の顔が来て、ドキリとしてしまう!!

 

「ああん、男の子のたくましい体って素敵。

疲れてるでしょ?マッサージしてあげましょうか?」

後ろから、シャツに手を入れたまま師匠が抱き着いてくる!!

当然こんな事など、今まで一度もない!!

 

「みんなどうした!?一体何があったんだ!?」

 

「ぜ~ん、すてふぁにぃを持ってきてやろうか?」

混乱する善に対して、芳香が近寄って来て話す。

コレが善にとってのトドメとなった!!

 

「あ、アンタ等何が目的だ!?」

橙、師匠を振りほどき、壁際まで逃げる善!!

 

「解ったぞ!!お前ら師匠たちの偽物だな!!

見た目はそっくりだが騙されないぞ!!

俺の師匠は悪逆非道で冷酷無比な人だ!!」

何時もと違うみんなの様子、善はこの4人が偽物だと判断した!!

 

「やぁねぇ、私は本物よ?あなたのお師匠様よ?」

優しい顔をして、弁解する師匠に対して善は指を突きつけ、容赦なく言い放つ!!

 

「嘘だッ!!師匠はあんな事しない!!

寧ろ、俺の弱った所に嬉々として精力剤とか投与する人だ!!

はんッ!見た目は確かに似てるが、師匠の性格の悪さま真似できなかった様――」

 

「善は年上が好み」

 

「は?」

善の言葉を遮る師匠の言葉に、善が戸惑う。

危険な状況だというのに、自身の好みをタイプをいう相手に混乱したのだ。

 

「昨日の夕飯は、肉じゃが。善は芳香に肉を食べられ、結局ジャガイモしか食べていない。

小傘ちゃんの分で薪を使い終わったので、善は昨日、ぬるいお風呂にしか入っていない。

夜、寝ようとして布団に入ったら、ネコの毛が口に入って結局掃除して寝るのが遅くなった。

更に言うと、前去勢しようとした時、善が『まだデビュー前のジュニアをいじめないでください!!』と叫んだことから善は童て――」

 

「わかった!!わかりました!!わかりましたから止めて!!」

次々と繰り出される、師匠じゃないと知り得ない情報に、善は目の前の女が師匠であると遂に認めた。

というか、これ以上暴露されたくない事を言われると困る!!激しく困る!!

主にプライド的な面が。

 

「分かってくれた様で何よりよ」

此処でやっと師匠はいつも通りの笑顔を浮かべた。

 

「で?結局なんでこんな事をしたんですか?」

 

「実は、善に男らしさを取り戻させようとしたのよ」

 

「男らしさ?」

思ってもみなかった言葉に、善が師匠の言った単語を繰り返した。

 

「善さん、コレ……善さんのですよね?」

小傘が戻ってくると同時に、昼間の例の箱を持ってくる。

 

「カツラに、化粧品にワンピースにカバン……

その……女装の趣味が?」

困惑気味に小傘が尋ねて来る。

他のメンバーを見るが誰も彼も真剣そうにこっちを見ている。

 

「あー、そっか……確かに、この組み合わせだとそう見えるか……

大丈夫、私に女装癖なんてありませんよ。

これは、皆さんへのプレゼントです、もう少し隠すつもりだったのになー」

そう言って、箱を開いた。

 

「まずは、この化粧品セット。

コレは師匠に、師匠位の人って何あげたら喜ぶか分かんないので、正直いって店員さんのおすすめですけど……」

そう言って、化粧品のセットを師匠に渡した。

 

「私に?これを?」

まさか自分のだと予想してなかったのか、珍しく師匠が驚いている。

 

「次に、このカバン。

これは橙さんへ、いろいろ拾ってくるので小さなカバンを」

そう言って、オレンジ色のカバンを橙に差し出す。

紐を持って肩へとかけてくれる。

 

「わぁ!!大切にしますね!!」

ぱぁっと花が咲く様な笑顔で橙が受け取る。

 

「小傘さんは、正直いって変わりダネですがカツラと髪留めです。

ほら、前に『黒い長髪の幽霊は怖い』って話してたでしょ?カツラだけだと寂しいので、髪留めも」

 

「あ、ありがと……」

複雑な表情で小傘が受けとる。

 

「待たせたな、芳香。

お前には、このワンピースだ、いっつも似たような服着てるだろ?

女の子なんだから、もっとおしゃれしろよな」

 

「わ、私にかー?」

何度も見ながら、ワンピースを受け取る芳香。

前に、紅魔館にぬえと一緒に服を取りに行った時、芳香の服のサイズを覚えたのだという。

 

「あらあら、結構スカート短くない?このワンピース……

芳香、気を付けなさい。

善はだんだん丈の短いスカートを着せて行って、最終的にあなたを自分好みのキョンシーに変えるつもりよ!!」

 

「そ、そうだったのか!?」

師匠の言葉に、芳香が驚いてワンピースを取り落とす。

わなわなと小さく芳香が震える。

 

「違う!!断じて違いますからね!?」

 

「うふふ、冗談よ。ねぇ芳香?

せっかく貰ったんですもの、明日それを来て二人で遊んで来なさいな。

最近、芳香に構っていないでしょ?埋め合わせ位しなさいよ?」

師匠が善に対して、楽しそうに視線を送った。

 

「おー!!それは良いな!!」

芳香が嬉しそうに答えた。

 

「それが出来たら、確かに幸せだな」

それに対して善は悲しそうに笑った。

そして再び口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「けど、ごめんな。もう、時間切れなんだ」

善のすぐ横、空間が割れて中から紫色の派手なドレスを着た美女が姿を現す。

小さく笑い、扇子で口元を隠す。

 

「こんにちは、今日はいい花見日和ね」

此方の事情など知ったことではないと言わんばかりに、柔和な笑みを浮かべた。

幻想郷で最も有名な妖怪、そして幻想郷の創造者、八雲 紫がそこに現れた。

 

「善、時間切れってどういう事だ?」

芳香の質問に紫が答える。

 

「彼は元居た場所に帰るのよ。外の平和な世界にね」

 

「それは本当?」

師匠が善に視線を投げた。

さっきまでの穏やかな表情は消え失せ、厳しいまなざしを向けている。

 

「仕方無いんです……」

 

「そう、仕方ないのよ、コレはルール。

幻想郷で人が妖怪になるのは最大の禁忌、彼は仙人を目指し修業してきた……

それなら別に構わないわ、実際彼以外に修業してる人間もいる。

けど、その人間達は普通は仙人にはなれない、だからその芽を摘む必要は無いわ。

それなのに、この子は例外。

すさまじい勢いで力を付けている……

冬眠から覚めてビックリよ?いつの間にか仙人が一人増えようとしてるんだもの、その場で殺してもいいんだけど――――橙が嫌がるのよね」

チラリと紫が、橙に視線を向けると泣きそうな目で善の袖を握っていた。

 

(そこまで、この人間が気に入ったのね)

 

「だから、殺さないで外に返す事にしたの。

この子にもその話はしたはずなのだけど?」

紫の言葉に、全員の目が善に向く。

説明を待っている様だった。

 

「この前、白玉楼に行った時聞かされたんです……

死ぬか、帰るか……

それなら当然私は帰る方を選びます。

今日まで時間を使ってお世話になった人達に挨拶して回ってたんです……

皆には言い出せなくて……ごめんなさい」

 

善がみんなに頭を下げた。

 

誰も言葉を発しはしなかった。

コレが夢だと、ナニカの冗談だと思ってる様ですらあった。

現実味だけが無い、それが素直な気持ちだった。

 

「皆さんには本当にお世話になりました。

ありがとうございました!!」

善が再び深く頭を下げた時、スキマに落ちてその場から善と紫は消えた。

後には善のいつもしていた、赤と青のツギハギデザインのマフラーだけが残っていた。

 

 

 

 

 

「さ、あの先が貴方の部屋よ」

スキマの空間の中、紫がその割れ目を指さす。

 

「………………」

呆然と善はそのスキマに向かって歩き出す。

 

「戻ろうとは、考えない事ね。

貴方は本来、外来人でも妖怪の食料として送られた人間よ。

弟子として、過ごしている方がイレギュラーだったのよ」

内容の入ってこない善、気が付くと慣れ親しんだ現代での自身の部屋に居た。

 

 

 

「また、此処か……」

ホコリの積もった机の上にあるパソコンを付ける。

何をする訳でもない、適当にサイトを見て回る。

そう、幻想入りする前の生活に戻っただけだ。

元に戻っただけ、元に戻っただけなのだ……

 

 

 

 

 

「これも、もう要らないわね」

善が消えて3日経った、あの日以来橙を見ない。小傘も見ない。

邪仙は嘗て弟子であった男の荷物をまとめていた。

 

墓場にはたき火がされ、不要な物を燃やしているのだ。

 

「なんで、なんで善の服を捨てるんだ?」

今にも泣きそうな顔をして芳香が、邪仙に聞いた。

 

「もう、いらないでしょ?あの子はもう居ないわ」

そう言って、今度は善がいつもしていた、芳香がプレゼントしたマフラーを箱に投げ入れる。

 

「ッ――!!それは、ダメだ!!それは捨てちゃダメなんだ!!」

邪仙の手から、マフラーを奪い取る芳香。

滅多に見せない敵意のこもった目で、自身の作り主を見る。

 

「…………覚えていても辛いだけね。今、楽にしてあげるわ」

ゆっくり立ち上がり、小さく何かを唱える。

そして、自身の指を芳香に向ける。

 

「やめろ!!ダメだ!!消さないでくれ!!」

 

「大丈夫、コレはあなたの為なのよ?」

壁際に追い込まれた芳香、その額の札に小さく邪仙が触った。

 

「あ、あ……あ――き、きえ…………

あれー?私は何をしてたんだー?」

キョロキョロとあたりを見回す。

 

「おはよう、芳香。悪いけど、ゴミを燃やしてきてくれない?

外にたき火がしてあるはずよ。

終ったら、いつも通り、お墓の警備をお願い」

 

「分かったー!!」

芳香は嬉しそうに、マフラーの入った箱を手にして外に飛び出した。

 

「別にいいでしょ、善?

もう、あなたには不要な物……

イイじゃない、あなたも私も同じ空の下に居るもの……ね?」

 

 

 

 

 

「どーん!!」

箱をひっくり返し、たき火に落とした。

 

パチパチ……パチパチ……

 

小さく音をたてて、服が燃えていく。

これで、仕事は終わりだ。

次は墓の警備に行かなくては。

 

「んー?雨か?」

いつの間にか、自身の上着が濡れている事に芳香が気が付く。

空は晴天、雲一つない。

 

「おかしいなー?なんで、()()()()()()?私」

止めどなくあふれる涙、しかし芳香にその理由はわからなかった。

 

 

 

 

 

「こんな時、なんて言うんだろうな?とりあえず、おかえりかな?」

善の部屋の気配を聞きつけ、一人の青年が嬉しそうに話す。

善とよく似た雰囲気と姿を持つ青年が、歩み寄り善を抱きしめる。

 

「心配したんだぞ?どこに行ってたんだ?

あ、そうだ。父さん母さんに知らせなっちゃな」

 

「ただいま、()()()……」

 

「ああ、おかえり!!」

 

この青年の名は詩堂 完良(あきら)

嘗て、両親のより『完璧』と『善良』を望まれて生れて来た男。

そしてその願いを、見事に果たした男。

そして善に生まれつき、一生消えない劣等感を与え続けた男……

 

「本当に良かった!!」

何処までも落ち込む善とは裏腹に、完良は何処までも嬉しそうに弟を抱きしめた。

 

その日の空は嫌になる位、キレイで明るくて晴れていた。




誰も覚えていない事は、なかった事なんかにならない。
忘却に彼方、当人たちでさえ、忘れていても必ずあった事はなくならない。

次回 「想起!!少年Zと少女Y!!」


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想起!!少年Zと少女Y!!

さて、今回も投稿。
前回の話は自分が思った以上に反応が大きくて驚きました。
今回も楽しんでいってください。


人は生まれた瞬間から、様々な物を受け取る。

魂、肉体そして名前……

とある日、とある場所で一人の男の子が生まれた。

 

自信過剰気味な父親はこう願った。

「この子が完良の様に多くの才能が有りますように、たった一つの欠点など無い様に」

 

努力信者で外面ばかり良い母親はこう願った。

「この子が完良の様に優しく在りますように、他者から敵意など買わない様に」

 

完全(カンゼン)』である事、そして『善良(ゼンリョウ)』である事。

嘗てソレを見事に体現して見せた兄の様に成る事。

その子供は親からたった一つの()いを込めた名前をもらい受けて――

 

少年はこの世に生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

時刻は23時54分。

もうすぐ終わる、今日という日が後数分足らずで終わる。

ベットにパソコンに本棚、タンスにテーブル、テレビに自分。

たったこれだけ、これだけがこの部屋の全てだった。

不足は無いが不満だけが有る世界。

それこそが、今の詩堂 善の住む世界。

 

「一日が……長い……」

帰ってきた事を兄に喜ばれた、しかし両親はそうではなかった。

興味を失っていた疫病神、成功作である兄に成れなかった失敗作の帰還にやはりどこか他所他所しかった。

表面上は穏やかな会話、しかし心の底にあるモノが善には透けて見えた様に感じれた。

 

帰ってきた時の二人の顔を思い出す。

口では心配するが、目で言っている。

「なぜ帰ってきた?」「此処にはお前の居場所はない」

善は逃げる様に自分の世界へと帰ってきた。

 

 

 

何も考えず、何もせず、何かから逃げる様にずっとパソコンの画面だけを見ていた。

しかし、それも終わりだ。やることが無いと、パソコンを電源を落とした。

消えた画面に、死んだような目をした自分が映った。

 

その姿を見るとなぜか、悲し気持ちになった。

 

「俺は、確かに進んでいたハズなんだ……

この、俺から、変われたはずなんだ……

ちくしょう……ちくしょう!!!」

誰に向けるでもない怒りが込み上げて来て、パソコンの横の壁を殴りつける!!

 

「痛ッ!」

何かを殴った衝撃と、多大な痛みが腕に走った。

なぜか殴った手の皮膚が小さく裂けている、数本の傷後から血が滴り落ちている。

 

「なんで……?」

何時もしていた様に、自身の右手に気を纏わせる。

鮮やかな血の様な赤い色をした、気が腕に巻き付くハズだった。

しかし、現れたのは黒く濁ったヘドロの用な気、重く鈍い気。

 

「くあッ!?」

その気が善の腕を傷つける!!

咄嗟に解除して、腕の傷を見る。

さっきの裂傷は他でもない自分の力だったのだ。

 

「ははッ……もう、もう自分にすら見捨てられたか……」

なぜか渇いた笑いが喉から漏れた。

 

もう嫌だ。全部が嫌だ。

 

改めて思う。『夢』の時間はもう終わった。

これからは、何もない空っぽの自分として生きて行くのだ、と。

 

全てを忘れようと、ベットに潜り込んだ。

 

カサッ……

 

ポケットから一枚の紅葉が出てくる。

何時か、妖怪の山で静葉様にもらった物だ。

 

その葉は色あせない鮮やかな紅色をしていた。

 

「もう、寝よう……」

全てが有る部屋で、何もない善が眠りについた。

願いが叶うなら、この葉っぱが『夢』の続きを見せてくれる事を祈りながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夢の終わり』

 

 

 

「少年君、少年君。起きたまえよ」

 

「う、う~ん?」

一人の少年が造りの良い和風の部屋で、着物を着た少女に揺り起こされる。

上等な作りの狩衣の様な姿で、烏帽子を頭にかぶっている。

 

「はぁ~あ……ミヤコさん、おはようございます……」

少年が眠い目を擦りながら、背伸びをして布団から這い出す。

 

「うん、少年君おはよう。朝餉の準備はもう出来ているよ?」

その様子を見た少女が満足そうに頷いた。

 

「すぐに、行きます……」

少女に連れられ、少年はうつらうつらしながら少女の後を付いていく。

 

ふわりと甘い匂いが少年の鼻をくすぐった。

桜と梅の匂いだ。

 

「良い香りですね……」

 

「んん?少年君、それは私に言っているのかな?なるほど、異性の体臭で興奮を催す人種だったのか……

構わないよ、私の体臭で良ければ好きなだけ嗅ぎたまえ!!」

ばっと、目の前の少女が両腕を開く。

ハグの体制だろう。

 

「……違いますよ、ミヤコさん。

庭の梅と桜ですよ。()()()()なんですね」

 

「ああ、()()()()()()()が、今はすっかり春だよ。

忙しい物さ」

ミヤコと呼ばれた少女が、花を見ながらほほ笑んだ。

 

「うーん、そろそろ何か……

思いだしてもいいのになぁ」

少年が、困った様な表情で指で鼻の頭を撫でる。

 

「まぁまぁ、ゆっくりやりなよ。

私はこのままでも構わないんだよ?」

 

「そんな事言うなら、俺の事教えてくださいよ!!」

 

「さぁ~てね?気が向いたら、教えてあげるよ」

ミヤコは少年をからかう様に笑った。

 

 

 

 

 

この少年には、此処に来るまでの記憶が一切ない。

気が付いたら庭で、ミヤコと名乗るあの女と一緒に俳句を作っていた処から少年の記憶はスタートする。

 

ミヤコと名乗る女の住むこの場所はとても不思議な場所だった。

大きな日本風の屋敷で、庭には池と様々な種類の木々や花が埋められている。

此処までは何のことの無い普通の屋敷だ。

 

だが、おかしいのはここから。

『毎日』季節が変化するのだ。昨日は大雪だと思ったら今日は庭でタンポポが咲き誇っていた。というのも珍しい事ではない。

一日一日と時間は過ぎていくのに、天気も季節も全てバラバラ。

全く持っておかしな世界なのに、その住人のミヤコは何も教えてくれない。

 

ただ毎日、詩を読んで何かを食べ、少し庭に出て花を愛でる日々。

そんなゆっくりした日々が流れていた。

 

 

 

「花と雲――いや、花吹雪……違うな、うーむ……」

ミヤコが手に筆と紙を持って、花を見ながら小さくうなっている。

花盛りの桜を使った詩を読みたい様だが、良い句が出てこない様だ。

風に散った花びらが、地面を薄桃色に染めていく。

 

花舞(はなまい)なんてどうですか?散るや、落ちるより楽し気ですよ?

地面に眼をやって、花びらで染まる様子を『桃染め』なんてのもどうですか?」

うなるミヤコに対して、お茶を持って来た少年が口を出した。

ミヤコは表情を変えずに、目だけチラッと少年の方へ向ける。

 

「少年君。君のアイディアは見事だ、素晴らしいよ。

けどね?私としては、良い表現を先に言われる。というのはなかなかに悔しい物が有るんだよ、分かるね?」

 

「ではどうしろと?」

 

「やんわり教えてくれたまえよ、やんわりと」

ミヤコは少年の持って来た湯呑を取ると口に含んだ。

春の陽気に、小さく彼女の吐息が混ざった。

 

「そこは各人の表現の自由ですよ……」

 

「ああ!!少年君が冷たい!!幼い時はあんなにも私に懐いてくれていたのに!!

ああ!!あの日、少年君は私の為に将来を捧げるとすら言ってくれたのに!!」

急に悲観する様な顔をして、両手で顔を覆い泣きまねを始める。

 

「嘘でしょ?どうせ、なんとなくソレは嘘だってわかりますよ」

 

「バレたか」

あくまで冷静な、少年の言葉を聞いてミヤコは小さく舌を出して笑った。

少年はどうにもこの顔を見るとすべてを許してしまいたくなるのだった。

その後もゆっくりと時間は流れていく。

ゆっくりと、しかし確実に――

 

 

 

「少年君、少年君」

ミヤコが少年を廊下で呼び止めた。

 

「なんですか?急に」

 

「今日は、良い月が出そうなんだ。

一緒に縁側で月見でもしないかい?」

そう言うと、皿に盛られた団子の山を見せる。

 

「いいですね、そういうの」

少年もその言葉に習い、縁側に座布団を運ぶことにした。

 

 

 

「うん、今夜はいい詩が読めそうだ……」

団子を片手に、縁側で足をぶらぶらさせながら夜空に浮かぶ月を見る。

 

「上弦の月ですね」

少年が下半分が消えた月を見上げ、つぶやいた。

 

「あはは、違うよ。今夜は下弦さ。

ほら、アレ上半分が弧を描いているだろう?

下弦、上弦はいずれも弓をイメージしているのさ。

弧を描く部分が、弓でその両端が弦を張る部分になる。

だからアレは下弦」

すっかり勘違いしていた少年の間違いを、ミヤコは優しく笑いながら教える。

 

「そうだったんですか……」

 

「少年君、女の子相手に月を見ていう言葉がそれかい?

相手にガッカリされても知らないよ?」

バカにしたように少年に笑いかけるミヤコ。

 

「いや、そんなに蘊蓄知らないですし……」

 

「おやおや、それは残念だ。

月の蘊蓄は意外と面白いのに……

水面の月を取ろうとして死んだ詩人は知ってるかい?

自らの天下を望月に例えた政意者は?

『あなたと居ると月がきれいですね』の英訳は?」

困った様な顔をする少年に対して、ミヤコが畳みかける様に様々な知識を披露してくれる。

なんだかんだ言ってミヤコは説明するのが好きなんだと、少年はうっすらと理解していた。

 

「今夜は、一晩中付き合う事に成りそうですね」

冗談めかして、少年がミヤコに話す。

だが、その時ミヤコが悲しそうな顔をする。

 

「今夜だけじゃないさ、君には私の知っている事を全て教えてあげたかった。

けど、残念だね。

()()()()()()、少年君。君は本来此処に居るべきではないんだ」

 

「どういう事ですか、ミヤコさん……」

ミヤコの言葉に、少年が固まる。

嫌な予感がする。

 

「!? これは――」

気が付くと、少年の足から先が消えているのに気が付いた。

 

「此処はね、なんて言うんだろう?私の魂の記憶の世界なんだ。

本当の私はもう、ずっと前に死んでるんだ。

けどね、体にも記憶は残るんだよ。

たとえ魂が消えても体に記憶は残ってる、たとえ脳が忘れてもね。

この世界はそうやってできた世界だ。本当は君はいない」

 

「なにを……何を言ってるんですか!?訳が――」

少年の声が響いていく、尚も体は消え続けている。

足先が完全ぬ消え、どうやって自分が立っているのかすら、分からなくなってくる。

 

「けど、君は今ここに居る。

【私】が君の魂の入れ物として自分を使ったからだね」

 

「???」

最早完全にミヤコが何を言っているのかわからなかった。

只、何処となくこの人は自分の為に何かをしてくれてるのが分かった。

 

「君は今、生と死の間に居るんだ。

死ぬのはダメだ、けど帰る為の体が壊れた。

だから君の師匠が、新しい体を用意してくれたんだね。

お別れだ、君はもう少ししたら自分の体に帰るんだ」

 

「だから訳が分からないって言ってるんですよ!!」

さよならは嫌だ、そんな気持ちが胸から口へと言葉として駆け抜けた。

 

「お別れだよ少年君。

けど、永遠の別れじゃない。

君はきっと覚えていないだろうけど、私はずっとそばに居るよ。

私も【私】も少年君の事が大好きだからね。

さぁ、夢の覚める時間だ。君には現実の世界が待ってる。

少しの間だったけど、君と話せて良かったよ。

 

行っておいで、詩堂 善。

君の夢は、まだ終わるべきじゃない――」

最後の言葉を聞き終わる前に、少年のすべての体が消えてなくなった。

ただただ、消えていく景色を見ていただけだった。

 

 

 

 

 

「新しい体に、善の魂が入ったわ。

芳香、お疲れ様」

とある部屋の中、師匠が2体のキョンシーを前にして話す。

一体は、少女と呼べる位まで成長していた。

 

「善……小さく成ったな……」

目の前には、10歳に満たない程度の幼子のキョンシーが居た。

善の仮の体となる為、師匠が用意したものだ。

 

「そうね、けど死ぬよりはいいでしょ?

もうしばらくしたらきっと目を覚ますわ。

吸血鬼相手に大立ち回りして……

本当にこの子は無茶するわね、心労が絶えないわ」

 

「けど、大切な弟子だろー?」

 

「うふ、そうね。この子は大切な私の弟子よね」

芳香の言葉に師匠が笑い返した。

 

大切な思いは、夢の中へと消えた……

しかし、何処か。心の何処かに残っているのか――

幼い容姿のキョンシーの目から、一滴の涙がこぼれた。

善が現代に帰る約一か月前の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある墓の真ん中で、一体のキョンシーが涙を流し続けている。

拭っても、拭っても一向に涙は止まってくれない。

 

「困ったぞ、どうしたんだ?どうして止まらないんだ?」

自分の泣いている理由が分からない。

だが胸が締め付けられる様に痛くて、理由も無いのに苦しい。

こんな事始めてだった。

 

「わ、私は警護をしなくちゃいけないんだ!!」

何かを振り切る様に頭を振るい、何時も自分が待機しいる場所まで走っていく。

 

トタタタ……トタタタ……

 

おかしい、此処でも違和感がある。

自分は一人だ、だけどいつもは誰かが一緒に走っていた気がする。

説明不能の違和感が芳香を締め付ける。

 

チラリと、誰かの顔が頭をよぎった気がした。

 

「お前は、誰だ?」

問いかけるが所詮幻。答えてくれるはずはなかった。

逃げる様に走って、何時もの場所にたどり着く。

 

自分は今から、此処で警備をしなくてはならない。

目印にしている墓場にとある物が置かれている事に気が付いた。

 

風に吹かれてカラカラ回る、風車(かざぐるま)

青赤黄色の様々な色を閉じ込めた様な、ビー玉。

 

芳香はそれに見覚えがあった。

 

「コレは――私がもらった物だ……」

 

『もっと高い物でも良かったんだぞ?』

 

「ッ――!!」

脳裏に響く知らない誰かの優しい声。

 

自分はこの声の主を知っている。

自分のすぐそばに、いてくれた気がする。

 

「――――ッ!!ぁああぁぁ……ああ!!」

まるで雪崩の様に、優しい誰かの記憶が流れてくる!!

 

『ほら、行くぞ?』『噛むんじゃない!!』『ほら、おかわり持ってきてやったぞ?』『女の子が体を冷やすのは良くないぞ?』『ありがとう、丁度腹が減ってたんだ』『待たせたな、お前の分だ』……

 

何度も自身の名を呼ぶ声。

自分はこの声が大好きだった。

困ったような顔、驚く様な顔、笑う顔、泣く顔。

風車の様にカラカラと変わっていく顔が好きだった。

ビー玉の様に様々な感情を閉じ込めた目が好きだった。

 

自身の心が騒いでいるのが分かる!!

 

『私も【私】も少年君の事が大好きだからね』

胸の中、誰かが笑った気がして――――芳香は走り出した。

目指す場所は決まっている。

 

「そうだ、覚えてる……覚えてるぞ!!忘れるわけない……絶対に忘れちゃいけないんだ!!」

燃え滾るたき火の中に手を突っ込む!!

熱さに手を引こうとしてしまうがダメだ。

この中には、大切な物を落としてしまったのだ。

炎の中、自身の手が目的の物を掴む。

 

ソレは、まるで持ち主の力が乗り移ったかのように――

 

炎の中で、自身の形を保っていた。

 

「コレも覚えてる。私のあげたマフラーだ……

行こう、『善』を探しに」

灰を払うと、芳香は自身の首にマフラーを巻き付けた。

 

「何処に行くつもり?それは捨てておいてって言ったハズよ?」

墓の奥の洞窟から、邪仙が姿を現す。

 

「善を探しに行く」

芳香の言葉に、邪仙が目を見開いた。

 

「何で……覚えて?」

 

「あの時、善は悲しそうだった。

きっと一人で待ってる、だから私は善を探しに行く!!」

 

「『待ちなさい』」

術を込めた言葉で芳香を制止する。

だが、そんなものは最早意味がなかった!!

芳香は一人、悠然と歩いていく。

 

「なんで……なんで、あなたまで!!

『止まりなさい』『止まりなさい』『止まりなさい』よ!!」

 

「嫌だ。」

 

「ッ~~~~~!!わかったわよ!!

分かったわ、そう、分かったわ……

あなたの気持ちは分かったわ。

だから待ちなさい、善を追うのにも準備が有るわ」

邪仙の言葉に芳香が足を止めた。

何かが吹っ切れたような、すがすがしい顔で師匠が笑った。

眼には決意が宿り、萎れていた師匠に活気が戻ってきた。

何を考えているのかわからない、怪しく蠱惑的な笑みを浮かべる。

 

「ええ、じゃあ。迎えに行きましょうか。

そうよね、これ位じゃあの子を諦める訳にはいかないわよね。

あの子が居なくなったショックでそんな事すら気が付かなかったわね。

 

芳香のお陰で目が覚めたわ……

さて、迎えに行きましょう?どうしようもなく手の掛る、あの子(私の弟子)をね?」

 

邪仙とキョンシーが再び動き出した。




この前、ランキング乗りました!!
急にUA伸びててすごいビックりしました。

これからも、応援よろしくお願いします。


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前編!!心の望む場所!!

大変長らくお待たせしました。
読者の皆様申し訳ありません。

大きな山場の為、長らく悩んでいたら飛んでもなく長くかかりました。
そして気が付けば15000字越えの為、前後編に分かれました。
後編はもう出来ていて、細かい部分を直し次第投稿予定です。
明後日位には発表出来るのでお待ちください。


「おはよう、善。朝ご飯出来てるから一緒に食べよう?」

にこやかな笑みと共に、善の部屋の扉が開かれる。

兄の開けた窓から、日光が入り込んで嫌が応にもまた一日が始まってしまった事を感じる。

今は朝の8時、夜の11時に寝るとして15時間以上時間を()()しなくてはいけない。

ゲームの様にスキップする機能が有れば良いな、と善は思いながら起きた。

 

「さ、今日はお前の好きなスクランブルエッグだぞ?

俺が腕によりをかけて作ったんだ」

笑顔を振りまいて、兄が自身に話しかけてくれる。

その悪意のない笑顔が、善は大嫌いだった。

 

「……うるせぇよ、俺の事はほっといてくれ!!俺がどうなろうと兄さんには関係ないだろ!!

さっさと学校でも行けよ!!邪魔なんだよ!!出てけ!!俺の部屋に入るな!!」

 

「ぜ、善……」

 

「出てけぇ!!」

朝一だというのに、のどが張り裂けそうになる位の大声を上げて兄を威嚇して、部屋から追い出す。

扉を閉めて、開かない様に押さえつける。

 

「なぁ、せっかく帰って来たんだし!父さんや母さんも心配してるんだぞ?

一緒に話す位いいじゃないか!!」

完良が数回扉を叩いた後、反応が無い事を確認して諦める様にその場を去る。

 

 

 

「せ、せめて何か食えよ?扉の前、おにぎりにして置いておくからな?」

 

ドンッ!!

 

兄の気使いがうっとおしくて、枕元の時計をドアに投げつけた。

ドアが一部へこみ、時計のガラスにひびが入った。

時計の針はもう止まってしまっている。

 

アレ(時計)はもうだめだな」

意図せず、言葉が漏れた。

 

アレ()はもう、ダメだな」

ほぼ同じタイミングで、父の声が聞こえた。

声が聞こえた瞬間、時計の針の様に善の中の時間が止まる。

此処はマンションの一角、善の部屋以外の声も耳を澄ませば聞く事が出来る。

 

「そうね、完良はこんなに良い子なのに……

善を甘やかしたのがいけなかったのね」

 

「ふん、無能だが家の子だ。捨てる訳にはいかない、良くない噂が立つからな……

まったく、完良の様になってくれればよかった物の、親不孝な子だよ。

家出したまま帰ってこなければよかった物を……」

両親の言葉が聞こえてくる。

それ以上聞きたくないと、パソコンの電源を付け、ヘッドフォン付け大音量で動画サイトの歌を聞き始める。

聞きたくなかった。自身と兄の大きすぎる差は自分が一番理解しているつもりだった。

それでもなお、突きつけられた言葉は善の心に傷を負わせる。

 

 

 

物心付いた時から、称賛の言葉は全て完良に送られていた。

完全にして、善良。

誰しもが望む『理想の存在』として詩堂 完良は常に目の前にいた。

 

勉強やスポーツを始めおおよその事は出来て、それでいて驕らず誰にでも優しい。

まさに絵に描いた様な、良くできた存在だった。

 

そして、善はそんな完良に()()()()()()人物だ。

 

『――♪――♪、!――――♪』

逃げる様に付けたサイトから、ヒーロー物をアニソンが流れる。

勇気、希望、絆、夢、そんな耳当たりの良い言葉ばかり流れていく。

昔は、こんな歌を歌詞を真剣に聞いていた。

 

けど、現実は変わってくれない。善はその事を理解してしまっていた。

 

『――――♪、♪――!――♪』

誰にも会いたくなくて、善は再び自分だけの世界に身を投げる。

今と成ってはそこだけが、自分は本当の自分でいれる気がする。

 

 

 

 

 

ピンポーン……

 

「はっ!?」

家のチャイムの音で善が気が付く。

どうやら、いつの間にか眠ってた様だ。

パソコンの画面もスリープモードに成っている。

 

ピンポーン……!ピンポーン……!

 

時刻を見れば、すでに昼の2時を過ぎた所。

働く両親、学校へ行っている兄、その両方が居ないこの家には誰も居ないことに成る。

自分を除いて……

 

ピンポーン!ピンポピンポーン!

 

「なんだよ、うるさいな。

帰ってくれよ!!」

再びパソコンに向かうが、そのチャイムは一向に止まってくれない。

 

仕方ないと立ち上がり、苛立ちを覚えながら善が玄関の扉を開いた。

 

「はい、どちら様――」

 

「どちら様?お師匠様よ」

 

「私も居るぞ!!」

 

「な!?」

自身の目の前の光景に善が口を開く。

ソコには、現代風の服に着替えた師匠と、善のあげたワンピースに身を包んだ芳香が立っていた。

 

「な、なんで!?どうして、此処に?」

 

「そんな事、後。疲れてるから家に上げて頂戴」

 

「私は、お腹が空いたぞー」

ずかずかと二人が善の家へと入りこんで来る。

物珍しそうに、勝手に居間へと歩きソファーに腰かける。

 

「善、お茶。それと茶菓子も」

 

「私もだー」

夢でないかと、自身の頬を抓り確認するが痛みをしっかりと感じた。

コレは紛れもない現実だ。

捨てたハズの二人が今、こうして目の前に居る。

 

「なんで二人が?芳香に、その――」

 

「あら、もう私を『師匠』と言ってくれないの?」

言いよどむ善に対して、師匠が言葉を投げかける。

一方的に別れを告げた善にとって、二人にどう対応すればいいか分からないのだ。

仕方なく、善は顔を背ける。

 

「まぁ、良いわ。ええ、あなたが私を裏切って逃げたのは別に気にしてないわ。

弟子なんて、すぐに止めていくものだもの……

けど――芳香は別みたいね」

 

チラリと師匠が横を見る。

そこには芳香がジッと善を見ていた。

 

「芳香?」

 

「善……私は……私は、会いたかったぞ!!」

バッと飛び付き、善の首筋に歯を当てる。

何時のも様に噛みつきが来ると善が、覚悟をするが――

 

「か、噛まないのか?」

何時まで経っても痛みはやってこない。

首筋に濡れた歯が当たる感覚だけが有る。

 

「芳香?どうした?」

再度芳香に声を掛けるが、帰って来たのは嗚咽だった。

 

「グスッ……善は、善は私が噛むから――グスッ……弟子を止めたんじゃないのか?

私が嫌になって、グスッ……出て行ったんじゃないのか?」

抱き着かれている為芳香の表情は見えない。

しかし、どんな顔をしているかは声音で明らかだった。

 

「んな訳ないだろ?お前が噛む位、もう気にしないって。

まぁ、何度も噛まれるのは勘弁だけどな」

なるべく優しい声で、自身の気持ちを伝える様に抱き着いて来た芳香の背中を撫でる。

撫でるごとに、善の心の中のもやもやが消えていく気がした。

改めて、芳香と師匠の存在の大きさを善は認識した。

そして自身の未練がましさも……

 

「う、うぅ……良かった。善は私の事が嫌いに成ったと、思って、思って――」

 

「よしよし、大丈夫だ、俺がお前を嫌いに成ったりする訳ないだろ?」

善は芳香が安心するまでずっと、優しい声を掛け続けていた。

その時間は芳香だけでなく、善にとっても心が安らぐ時間だった。

 

「さてと、善にも会えたし――

何処かで食事でもしましょう?疲れた上にお腹が減ったわ。

善、近くの店に案内しなさい」

抱き合う二人に対して、師匠が声を掛ける。

その言葉で善自身も、昨日の夜から何も食べていない事を思い出した。

 

「お肉!!私はお肉が良いぞ!!」

顔をベタベタにした芳香が、すっかり調子を取り戻して嬉しそうに笑った。

懐かしい空気を思い出し、知らず知らずの内に頬が緩んでいた。

 

 

 

 

 

「おおぅ~!!」

炭火の七輪の上で焼けていく肉に芳香が目を輝かせる。

肉が食べたいという芳香の希望で、善は少し歩いた場所に有る焼肉屋に来ていた。

町の様子はちらほら変わっており、正直この店が有るのか心配になったがそれは杞憂だったようだ。

 

「コレ、全部食べていいのか!?」

 

「いいぞ、食べ放題のコースだからな。

90分はこの中から、なんだろうといくらでも食べていいんだぞ?」

芳香がメニューを何度も見て興奮気味に話す。

来た肉を善が七論に並べていく。

 

「ふぅ、外は美味しい物に事欠かないわねぇ」

師匠の持つ、空のグラスの氷が音をたてた。

酒のメニューも、充実してて師匠は上機嫌でグラスを傾けていく。

早速だが、ほのかに頬に朱がさしてほろ酔い状態だ。

 

「飲みすぎないでくださいね?」

 

「あら、一丁前に私の心配?ふぅん?」

善の言葉に、師匠が目を細めて笑う。

捨てたハズの日常。

それを思い出させる景色に、久方ぶりに気分の良いまま時が過ぎて行った。

 

 

 

 

 

「少し歩きましょ?」

食事も終わり師匠の言葉に誘われ、家の近くの公園のベンチに座る。

善と芳香も近くに座った。

 

「あ、あの……」

無言の二人の善が、何か言おうとするがすぐに止まってしまう。

気まずさが再び首をもたげてきた。

 

「良い世界ね、ここは……

幻想郷に無い物が沢山あるわね。

いいえ。無い物など無いという方が正しいのかしら?」

夕闇に沈む町並みと、ぽつぽつと灯る明かりに師匠が目を細める。

なぜか悲しそうに見えた気がして、善が口を開いた。

 

「そんな事ありませんよ……ない物も、たくさんありますよ」

 

「それってなんだ?」

 

「それは――」

芳香の言葉に応えようとした時、横からかけられた声によって善の言葉が遮られた

 

「やぁ、出掛けていたのか?」

 

「兄さん……」

薄暗くなっていく公園の中、善の兄の詩堂 完良が現れた。

 

「善が二人に成ったぞー?」

 

「へぇ、お兄さんが居たのね」

芳香、師匠の二人が現れた完良を見て、驚いた様子を見せる。

それほどまでに、二人は良く似ていた。

 

「ん?友達かな?初めまして。善の兄の詩堂 完良です。

お二人ともよろしくお願いしますね」

にこやかな笑みで、完良が挨拶をする。

 

「あらあら、兄弟そろってそっくりですわね。

何歳差の兄弟ですの?」

 

「4年ですね。少しだけ年が離れててるんですが、俺にとっては可愛い弟です。

これからも、善と仲良くしてくださいね。二人とも……

じゃ、俺は先に帰ってるから。夕飯までに戻ってきてくれよ?」

来た時と同じ様な、さわやかな笑みを浮かべ完良は帰って行った。

 

「おー、ビックリするくらい似てたなー」

芳香が去って行く完良と善を思い出して比べる。

 

「似てないよ。俺と兄さんは似てない……

あっちは成功作、俺は失敗作だ」

 

「確かに、そうね」

自嘲気味に話した言葉を、師匠が肯定して善に衝撃が走る。

 

「止めてください……」

 

「あんな人間まだ居るのね。

太子様と初めて会った時の事思い出しちゃったわ……」

師匠の楽しそうな声が善の耳に届く。

俯いてる為、どんな顔かは分からないがそれでも話の内容から大体は理解できる。

 

「ねぇ、止めてくださいよ」

 

「時代さえ、いいえ。

場所さえ違えば、きっと聖人や神の子と呼ばれる存在ね。

少し話しただけで解るわ、賢く、優しく、それでいて傲慢でなくそして――」

 

「止めろって言ったるだろ!!」

 

「ぜ、善!?」

遂にキレた善が、師匠の胸元を掴む!!

師匠は静かな目で見ているが、芳香は大慌てで善を師匠から引き離そうとする。

 

「この手は、何?」

冷ややかな眼で師匠が善をにらむ。

その視線に善が少しだけひるんだ、しかし言葉は止まらなかった。

 

「俺の前で、アイツをすごい奴みたいに言うな!!

そんな事もう知ってるんだよ!!

生れた瞬間から、アイツは俺の目の前に居た!!

近所に住むおばさんも、先生も、友達も、父さんも、母さんも、全部、全部アイツを褒め称えていた!!

知ってるさ!!アイツの優秀さも、俺の無能さも!!

 

俺は生まれつき、詩堂兄弟のダメな方で、ダメな方の息子で、完良の出来損ないの弟で、結局俺は()()()()()()()()()()でしかないんだよ!!

全部、全部知ってる……知ってるんだよ!!

誰も、俺を見てくれない!!俺は完良になれなかったヤツでしかないんだよ!!」

堰を切る様に、善の口から言葉が流れ出て来る。

恥じも外聞ももう関係なかった。

夕闇に染まる公園で、一人の少年の言葉が延々と吐き出され続ける。

 

 

 

「はぁ、なんて……なんて無様」

 

「ッ!?」

まるで興味など無いと、言いたげな言葉で師匠が善の言葉を遮った。

 

「芳香が頼むから、来てあげたけど……こんな無様な負け犬になってるなんて。

正直言って、ガッカリ。もう、良いわ。

サクッと殺して、キョンシーにして死体だけ持ち帰りましょ」

 

「ぐ!?」

師匠の手が伸びて善の首の指が絡みつく。

そこから万力の様な力で首を締め上げる!!

 

「か、カハ!!」

ドンドンと師匠の手を叩いて、手を離す様にアピールするが師匠も芳香も知らんぷりだ。

 

「はぁい、暴れないでねー。

あなたは自分の力で抵抗するから、毒殺はすごくめんどくさいのよ。

手っ取り早く、終わらせるにはコレ(絞殺)が一番簡単なのよね」

善が、師匠の手を歪んだ抵抗する力で弾こうとする。

鈍色の濁ったヘドロの様なドロリとした気が手から漏れる!!

その気を見て、師匠が小さく声を漏らす。

 

「自分の力まで失ったのね……

あなたの力は何の力か、何の為の力かすらも忘れたという事ね。

もう、あなたは要らない。此処に用はないわ」

その言葉を聞き終わった善の意識は闇の中に消えていった。

 

 

 

 

 

「うぁ!?」

寒さを感じて、善はベンチから跳び起きた。

辺りを見回すが、師匠の姿も芳香の姿も無かった。

公園の時計を見ると、3時間近く気絶していた様だった。

 

『もう、あなたは要らない。此処に用はないわ』

 

「うっ――」

脳裏に最後に聞いた師匠の言葉がフラッシュバックする。

 

「見捨てられた……師匠に……」

今、自分の発した真実が言葉と共に胸の奥までジワジワと浸食してくる。

自分は、この世で唯一自分を見てくれた人たちからも、遂に捨てられたのだ。

 

誰も、誰も、誰も、誰も、だれも、ダレも、ダレモ、()()()()()()()()()

 

「うぁ……うぁああ!!うわぁあああああ!!!!うわぁああああああああああ!!!!あああああああああああああああ!!!!!!!」

公園の中、最後の希望を失った善の慟哭が延々と響いた。

 

 

 

ピピー……パパー……ブゥーン……

 

 

 

トボトボと歩く車道の横、すぐ横をすさまじい速度で車が走り抜けていく。

その反対側には、電車の走る線路もある。

 

「飛び込んだら、楽になるかな?」

さっきからそんな事ばかり考えてしまう。

 

またしても、目の前を車が通り過ぎていく。

何度やろうとしても、足がすくんでしまう。

 

「ははッ、死ぬ勇気すら、無いか……」

自嘲気味に笑い、自分の住むマンションに戻ってくる。

気を晴らそうとパソコンの電源を付けようとして止める。

 

 

 

「なんで……なんで俺は……」

思う事は沢山あった。

 

なぜ、自分は完良に勝てないのか?

 

なぜ、紫に話して幻想郷に残ろうとしなかったのか?

 

なぜ、迎えに来てくれた師匠と芳香の手を取らなかったのか?

 

だが、答えはもうわかっている。

結局自分は大切な所で一歩が踏み出せないのだ。

結局大切な所で自分は怯えて、足がすくんでしまった。

 

本当は、師匠たちが来てくれてうれしかった。

差し出した手を取って、帰りたかった。

また、みんなと一緒に生きたかった。

だが、それも妖怪の賢者に奪われた、いや自分で捨てたのだ。

 

「俺は、俺はもう一度あの場所に帰りたかった!!」

力を込めて、壁を殴りつける。

隣の部屋は確か空き家だ、誰も気にはしないだろう。

 

「俺を見てくれる、人たちと、一緒に居たかった!!

俺は、俺は――!!!!」

 

「うるさいわよ、静かにしなさい」

 

「え?」

泣き叫ぶ善の隣の壁に、丸い穴が開いて師匠が顔を出す。

横からひょこっと芳香までもが顔を覗かせてる。

 

「え、ええ?隣、空き屋……鍵……え?」

 

「壁抜けしただけよ?」

混乱する善を無視して、頭の鑿を指さす。

 

そう言えば、この人壁抜け出来た。マンションのセキュリティとか余裕だ。

 

「よいしょっと」

 

「お邪魔、するぞー」

師匠芳香の両人が壁の穴から、善の部屋へと足を踏み入れる。

 

「え、あ、あの?」

善を他所に、師匠がニコニコと笑う。

 

「ぜ~ん?あなた知ってるかしら?」

しかし次の瞬間、クワッと表情を変える!!

 

「男のツンデレに需要は無いわ!!」

 

バチーン!!

 

すさまじい威力の平手が、善の頬のヒットする!!

平手の威力で善がベットまで吹き飛ばされる!!

 

「い、ぎゃ!?」

壁に頭をぶつけて、思わず涙目になる。

 

「この馬鹿めー!!」

 

「イデェ!?」

更に追撃の芳香の噛みつきが善の頭部を襲う!!

 

「隣の部屋で全部聞いてたわ。嬉しいならさっさと、帰って来なさい!!

無様に跪いて『お師匠様のそばにおいてください~』って懇願しなさい!!」

 

「そうだぞー!!帰りたいなら、帰ってくればいいんだぞ?」

ベットにへたり込む善を二人が見下ろす。

 

「けど、俺は……俺は!!逃げたんだよ、自分の命かわいさに、師匠を裏切った!!

芳香を裏切った!!もう、帰れない!!夢の時間はもう終わったんだ!!

俺は一生、無為にも生きて行くんだ!!」

自らの心の内にある弱気な部分が口をついて出た。

 

 

 

「それがあなたの答えなの?何もない部屋。そこで人としての時間が終るのを待つだけ?

自殺する勇気も無い、かといって明日に向かう気力も無い。

ただただ一日が終わるのを、部屋の中で一生待ち続けるだけなの?

それがあなたの望んだ生き方なの?」

 

「違う……」

 

「何?聞こえないわよ?短小だと声も小さく成るのかしら?」

 

「短小じゃねぇ!!それに好きで、こんな生き方してるんじゃない!!」

 

「そう、で?ならあなたはどうしたいの?願望を言うならタダよ?

妖怪の賢者も、あなたのお兄さんも関係ないわ。

()()()は、どうしたいの?」

 

「俺は……俺はまた、修業したい!!俺を完良の出来損ないじゃなくて、『善』として見てくれる人の居る場所に行きたい!!

完良とは違う俺の力を伸ばしたい!!」

言葉にする、たったそれだけだ。

たったそれだけで、善の心が軽くなっていくのが分かる。

だが善はきっとずっとそれすら出来ていなかったのだろう。

 

「そう、なら。また私の弟子になる?言っておくけど、厳しいわよ?」

誘う様に、師匠が手をさしだす。

この手は嘗て、自身に差し出された手。そして、自分で離してしまった手。

 

「また、俺の手を、引いてくれるのか……?」

師匠の手を見て尚も躊躇する善。

しかしその心の内は、師匠には当の昔に解っていた。

 

「はぁ、本当にバカな子ね……。けど、それがあなたなのかもしれないわ。

あなたが私を超えるその日まで、私の望む存在へとたどり着くまで、私があなたを見ててあげるわ」

差し出す事を躊躇した手を師匠が握りしめた。

たったそれだけで、さっきまでの自分が消えていくのが分かる。

そうだ、自分はこんな所で弱ってる必要は無かったハズだ。

 

「…………んぅ……」

善は無言で師匠の手を握り返した。

 

「ふふふ、情けないけど……さっきよりはいい顔になったわね。

けど、言葉使いは直しなさい?乱暴な言葉を使う弟子が居ると師匠の品格が疑われるのよね~」

 

「はい、わかりました。師匠」

頷く善を師匠は満足そうに見ていた。

 

「そう、それでいいのよ。

さて、ならやる事は決まってるわね」

善の言葉に、師匠が笑った。

それを芳香は嬉しそうにニコニコと見ていた。

今、再び邪仙の弟子が動きだしたのだった。

 




自分を見てくれる人って大切ですよね。


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後編!!心の望む場所!!

さて、いよいよ後半戦。
7000文字程度の予定が、どんどん多くなった……
短く収めたいけど、使いたいセリフやシーンが多すぎた……

*12月15日、一部修正。


(なんで、こんな事に成ったんだ……)

詩堂一家の揃うリビングで、椅子に座った善は嫌な汗をかいていた。

チラリと視線を上げると、父の厳しい視線が向く。

隣を向くと、母の今にも叫びだしそうな顔がある。

そして自身の兄が少し困った様な顔で、こちらを見ている。

 

そして自身の隣には……

 

「はじめまして。私、こういう者です」

両親に愛想を振りまく師匠が、父に名刺を差し出す。

 

「この、親不孝者が……一年姿を隠していたと思ったら、コレか」

 

「一体何が有ったのか説明してもらいますからね!!」

名刺を受け取った両親の視線が、善に突き刺さる。

しかしそんな善に対して――

 

「義父様、義母様、善を責めないで上げてくださいまし。

私達は、しっかり心の底から愛し合ってるんですの!!」

 

「パパー、すきー」

涙を流して、師匠が善の腕に抱き着く。

善は頬が引きつらない様に、細心の注意を払って師匠を抱きかえす。

逆側から抱き着く芳香に対しても撫で返す。

 

「しかしだね……」

 

「まずは私たちの出会いからお話するべきですわね……」

 

「いや、待ちたまえ――」

困惑する父の言葉を遮り、師匠が語り始める。

 

「実は仕事が上手くいかなくて……夫に先立たれ、そしてその連れ子の芳香のうまく行かない母娘関係……

そんな進退窮まっていた私に一筋の光をくれたのが、善でしたわ……

逃げる様に家を出た善と、仕事と義娘の子育てに追い込まれた私……

お互いがお互いに安らぎを求めて――」

両親の言葉を無視して、監督脚本師匠のでまかせのラブストーリーが展開される。

何処からそんな設定思いつくんだ?という様な無駄に凝ったストーリー!!

 

駆けだし薬剤師の師匠と、家出少年の善。

追い込まれた二人が、お互いの心の傷をいやしていく……

 

そして、事故で死亡した師匠の元夫が連れて来た、血の繋がらない年の近すぎる義理の娘芳香と師匠の母娘としての確執。

善の尽力によって解決される障害、そして次第に本当の家族へと変わっていくハートフルストーリー!!

 

およそ60分にも及ぶ嘘100%の思い出が師匠の口から流れた。

 

「それで、永遠の愛を誓いあった私たちは、正式に式を挙げようと思いまして。

ご両親に挨拶を来ましたの。

『この子』もきっと喜んでくれるわ」

唖然とする善を他所に、師匠が両親の目の前で自分のお腹を愛おしそうに撫でる。

 

「ま、まさか……!?」

母親が驚いた様な顔をして、師匠が愛おしそうに撫で続けるお腹を見る。

 

「善……いえ、夫にはたくさん愛してもらいました。

愛の結晶も此処に――」

両親から刺さる視線が怖くて、善はひたすら自分の膝を見る事を選択した。

きっと両親は見たことない様な顔してんだろうなーと、現実逃避気味に考える。

 

しかし、そうもいかない!!

父親がいきり立ったと思うと、善の頬を思い切り殴りつけた!!

 

「善!!お前は勘当だ!!二度と家の敷居を跨がせん!!帰れ!!

その女を連れて、今すぐ帰れ!!二度と顔を見せるな!!二度と我が家と関わるな!!」

 

「まって、義父様――」

 

「ええい!!呼ぶな!!気色悪い!!

何処の女かは知らんが、ろくでもないのは確かだ!!

いいか!!我が家の評判に傷がつく!!完良にまで良くない噂がつくとかなわん!!

今後一切我が家と関わろうとするな!!」

 

「あ、ああ――そんな――」

師匠が泣き崩れる真似をする。

まぁ、一年家出した未成年の息子がバツイチで、血の繋がらない上に息子とほぼ同じ年頃の娘を連れた素性の分からない女と結婚します、なんて言えばこうもなるだろう。

 

「ま、まぁまぁ。父さん、今日はもう遅いしせめて一晩だけ宿を貸そうよ、ね?」

 

「な、むぅ、完良が言うなら……

そうだな……だが、今夜だけ、今夜だけだ!!明日には出て行ってもらうぞ!!」

激高する父を完良が諫める。

少しだけ、落ち着いた父が善に来客用の布団を投げる。

 

 

 

 

 

「パパーすきー」

 

「いや、もういいって!!」

棒読みで抱き着く芳香を善が引きはがす。

その様子を見て師匠が、小さく噴き出す。

 

「あー、楽しかったわ」

 

「なんであんな事をしたんですか?勘当されたんですけど!?」

尚も頬に痛みを感じながら善が、師匠の方を向く。

 

「どうせ幻想郷へ帰るんだもの、いらないでしょ?

それにね。コレはあなたの未練を断つ意味もあるのよ?」

勘当という一家の一大事を師匠は平然と流してしまった。

余程面白かったのか、またしても小さく噴き出す。

 

「そうですけど……」

 

「計画は順調ね。あ、明日は早いわよ?準備しなさい。

今夜があなたがこっちで過ごす最後の日になるわ」

師匠の言葉に善が頷く。

そうなると、突然生まれ育った過去を思い出す善。

 

「……少し、トイレに行ってきます」

何かを考える様な顔をして、善がトイレへと立った。

 

 

 

 

 

翌日

 

「善ー、朝だ……ぞ?」

完良が善の部屋の扉を開く。

ソコにはモヌケの空となった二つの布団と、冷たくなっている善がいた。

外傷も無く、損傷も無い、しかしその善は二度と目覚める事は無かった。

 

昨日の夜話したのが最後の別れ。

完良はもう生きている間に善に出会う事は無かった。

こうして、詩堂 善という人間は現代社会から永遠に姿を消した。

 

 

 

 

 

「死体の偽装まで出来るとは……」

 

「あら、アレくらい余裕よ?帰ったらやり方教えてあげましょうか?」

電車の中で、善が小さく師匠の技術に驚く。

昨日の夜、何処かから師匠が持って来た竹を自分に偽装して家を発った。

今頃、兄が見つけて騒ぎになってるかもしれない。

 

いや、あの両親は経歴に傷がつく事を嫌がるから、少し怪しくてもしっかりは調べず、葬式を上げてしまうだろう。

と善は一人窓の景色を見ながら思う。

 

「私、こっちではもう死んだことに成ってるんですね」

 

「未練があるの?」

善の言葉に師匠が小さく聞いてくる。

一瞬考え、ゆっくりと口を開いた。

 

「全くない。と言ったら嘘になりますね。

今さらですけど、完良とは和解出来たハズですし、両親を騙す様な形に成っちゃいましたし……

仕方ないって、頭の中では分っているんですが……」

胸の中に、言いようのないモヤモヤが渦巻いている。

考えれば考えるほど、もっと良い一手が有ったのでは?と思ってしまう。

 

 

 

「そう、未練ね……私も偶に思うわ。

もし、仙人を目指さなかったら……

1000年を超える過去の話よ、当時結婚していた夫と一緒に幸せに暮らして人のまま一生を終えていたら……私はどうなっていたのか。

家族のぬくもりを、味わって暮らしたかった。

そして、愛する者達に囲まれ一生を終えてもよかった……

なんて思う事は私にも有るわね」

意外な師匠の後悔の言葉に、善が目を丸くして驚く。

何時も楽しそうに生きる師匠。彼女には後悔など無いと思っていたからだ。

善の中で師匠は、誰よりも力を楽しんで使い、誰よりも自由で、過去など気にしない人物だと思っていた。

 

「けど、それを実現しなかったからこそ、芳香にもあなたにも会えたわ。

私未練は少し有るけど、それ以上にあなた達に逢えた喜びが大きいのよ?」

まるで恋する乙女の様な清純な笑顔で、師匠が笑いかけた。

だがそれも一瞬、そしてまた何時もの様な心中の読めない表情に戻る。

 

「さぁ、この駅よ。

この駅から、近くの神社が幻想郷との境に有る神社。

そこから、入りましょう」

 

「はい、師匠」

 

「わかったー」

師匠に連れられ、善と芳香が電車を降りた瞬間。

 

一瞬にして周りの空間が書き換わった!!

 

黒い空間で、目の様な物が無数に浮かびこちらを見ている。

善はこの空間に覚えがあった。

 

「忠告はしたハズだけど?なぜ、戻ってきたの?」

空間の間に切れ目――スキマが開き紫のドレスを着こんだ美女が姿を現す。

この騒ぎの元凶、八雲 紫だ。

 

「俺の居場所は、外じゃない……

俺はもう一度――」

 

「言ったハズよね?あなたの存在は罪だと……

それでも、来るのね?」

善の言葉を遮り、扇子で口元を隠す。

此方を見る目は明らかに敵意とイラつきが混ざっていた。

その視線の臆する事無く、善は力強く頷いた。

 

「外から、幻想郷への侵入者――これは、異変とでもいうべきかしら?

けど、博麗の巫女は今、宇宙で起きた異変を解決しに行っている最中……

特別に、私が手を下してあげるわ」

一歩、紫が下がるとすさまじく濃度の高い、妖力が漏れ出す!!

ぬえともフランとも違う、桁外れの妖気が善を敵と認識してあふれ出す!!

 

「うぁ!?」

瞬時に足元の感覚が消え、何処かに飛ばされる。

紫お得意の、空間操作だろう。

 

落ちた先は、一面の草原だった。

草の懐かしい匂いが鼻をくすぐる。

そして、後ろから聞いた事のある声がかかる。

 

「今日は実に気分が良い、そう、実にいいぞ。

やっと、やっとお前を処分できるのだからなぁ!!」

 

「藍さん!?」

紫の式、八雲 藍が獣の様な牙と目をして、善に襲い掛かる!!

 

 

 

「さぁ!!なます斬りにしてやろう!!」

藍の爪が空を切り、近くの葉が風で飛ぶ。

善は必死にそれを避け続ける。

 

「橙を誑かすお前が気に食わなかった、いつも!いつも!!いつも!!!殺したいと願ったお前を遂に殺せるのだ!!こんなうれしい事は無いぞ!!

弾幕などお前には使わない。

この爪と牙でゆっくりゆっくりと真綿を締めるように、肉が裂ける感覚を、骨の砕ける感覚を、お前の命が無くなる感覚を味わってやる!!」

 

「なめ、るなぁ!!」

善は爪を振るう藍にカウンター狙いで、蹴りを放つ!!

しかし、藍はそんな事を見越したようにスルリと回避する。

そして、手を振ると同時に善の足に切れ目が走り血が飛び散った!!

 

「くっくっく……味も見てやろうか……」

爪についた血を、藍がペロリと舐めとった。

恍惚の表情で、弱っていく善を見る。

 

「待っていたぞ!!この日を!!貴様を引き裂く日を!!」

藍が、爪で善の腕を狙う!!

だが善はあえて逃げない!!

あえて深く懐に入り込み、藍の爪を受け止める!!

左手を盾にして、腕に刺さった爪ごと藍を捕まえる!!

 

「まずは、一発!!」

善が無事な右手を振るい、藍を殴ろうとする瞬間!!

 

「まずは一発?あなたはもう、終わりよ」

空間が開き、紫が現れ善の胸をトンと、手で付く。

紫に取って藍など囮でしかなかったのだろう。

最初から藍が紫の命より、自身の私怨を優先させるハズが無かったのだ。

 

「自身の過去の亡霊に殺されなさい」

その言葉と共に、善の意識が刈り取られた。

 

 

 

 

 

「さて、こっちの相手もしてあげないとね?」

師匠の前に、紫が姿を現す。

扇子で口元を隠し、感情の読み取りにくい声音で師匠を見る。

 

「邪仙ともあろう者が、馬鹿な事をしたわね。

仙界を作りその中でさらに仙界を作る……

それを繰り返して結界の外に出る、そして希薄になった弟子の気を探して追う。

そのどちらも膨大な力を使ったハズ……

流石の貴女ももう余力がないんじゃないの?」

腕を振るうと同時に、光弾が生成され師匠を狙う!

 

「……くっ!!」

師匠はそれを光弾を生成して空中で破壊した。

余裕の表情を浮かべているが、それも空元気な事はわかっている。

肩が上下してうっすらと汗をかいている様だ。

 

「なぜあの子供にそこまで入れ込むの?

惚れでもした?」

 

「惚れた……そう、かもしれませんね。

最初は面白い芸が出来る犬を拾った程度にしか、考えていなかったけど……

いつの間にかそうじゃなくなっていたみたいね。

大きな伸びしろ、面白い能力、そして何よりも、私を信頼し切ってる所も素敵……

分かる?普通ならとっくに逃げ出してる修業を、ずっと続けてるのよ?

へこたれても、その度立ち上がって……

見ていて、庇護欲が掻き立てられてしまうわ。うふふ」

息も絶え絶えで、ふざけた様な言葉を発する。

いつもの様に真意の読めない、口調と表情だ。

 

「へぇ、まさか……ね。

まぁ、良い。どっちにせよ、あの子供に肩入れして、此処まで手引きした貴女を処分する事に変わりはない。

さようなら、邪仙さん?」

 

師匠の目の前に、妖力を集めた光弾を生成する。

流石の師匠も、これを受けるのは危ないと冷や汗をかく。

 

「わ、私が守るぞ!!」

師匠の前に芳香が立ちふさがるが、おそらく犠牲者が二人に増えるだけだろう。

覚悟して、ぎゅっと目をつぶった。

 

「終わり、ね!!」

 

ピシッ……!

 

紫の光弾が師匠に着弾する瞬間、小さな音を立て光弾が四散して消滅した。

 

「……まだ、何か隠し持っていて?」

 

「…………」

僅かに動揺する紫、師匠も顔には出さないが内心かなり動揺していた。

 

パキ……パラ……

 

二人の視線の先、ガラスが割れた様に穴をあける空間と、その先の剣の様な物が地面に突き刺さていた。

 

ピシ!メキ!!バリン!!

 

空間の穴が更に大きく広がる。

まるで、何かがこちらにやって来ようとする様に……

 

()()()()()()()()()()()……」

紫の空間の中、そこを引き裂く様にマントを来た男が現れた。

全身を覆う、土気色のぼろ布の様な恰好。

右手を出しているが包帯を巻いており地肌は見えない。

顔に関しても同じ様で、グルグル巻きにされた包帯から黒い髪が所々覗いており、最後に狐の様な面で顔を隠している。

 

「あなた、何者かしら?」

 

「通りすがりの、仙人ですよ」

紫の疑問に悠然とその男は答える。

仙人と自らを称したが、師匠も紫も信じてはいなかった。

体に纏う気が妖怪とも、神とも、人間とも、魔法使いとも違う!!

無理やり当てはめれば、ひどく違和感がある歪な存在。

 

「なんの用かしら?仙人さんが?」

 

「同じ仙人のよしみで助けただけです。

彼女から退いてくれるなら、もう手は出しませんよ?

八雲 紫さん?」

 

「そう、そうなの……けど、そうはいかないわ。

私は幻想郷を調停者、ルールを破るモノを許しては置けない。

無論、邪魔するならあなたも同じよ?」

パチンと紫が指を鳴らすと、大量の隙間が開いた。

そこからさまざまな妖怪が現れ始める。

 

「これは、式か。知能を低くして、代わりに力を上げた――」

 

「ご名答。では、ごきげんよう」

扇子を振るうと、無数の式たちが男に襲い掛かる!

 

「舐められたものだ」

男は地面に突き刺さった、剣の様な物をひき抜く。

引き抜くと同時に、剣が短くなっていく。

短くなって、初めてそれが剣でない事が分かった。

 

それは小槌だった。

金色の本体に、松の枝がデザインされ、本来革が張られるハズの面の片側には鬼の顔の装飾がなされ、さっき剣先に見えたのは小槌の頭頂部の飾りが伸びた物だと解った。

 

「行こうか」

仙人が式の群れに飛び込む!!

 

「ひゃぁあ!!」

 

「がぁあああ!!」

爪が、牙が、角が十重二十重に重なり仙人を狙う!!

無数の攻撃を全て紙一重に避けていく。

 

「ふむ、数が多いな。なら――ば!

邪帝の奥儀は歪の奥儀、無色の糸で絡めとり、誘うは黄泉路、迷い道……

邪帝777ッ皇戯(奥儀)『デリート・スパイダー』!!」

 

一瞬手から赤い糸の様な物が見え地面に吸い込まれた。

そう思った次の瞬間、周囲の式の動きが一斉に停止する。

 

「まぁ」

師匠が小さく息を飲む。

空間の地脈に気を送り、その気に触れた者を蜘蛛の糸が絡みつく様にして捕獲するのが分かった。

精密性、隠密性、気の熟練度。

いずれもかなりのレベルではないと不可能な技だ。

 

「藍」

 

「ハッ!紫様!!」

紫の言葉に、空間が割れまたしても藍が仙人に襲い掛かる。

 

「藍さんか……流石に二人同時は――

ならば、此方も――」

仙人は今度は、マントの下からメイド服の人形と、一匹のうさぎを取り出す。

人形は敬礼をして、うさぎは鼻をひくひく動かした。

 

「人の作りし、意思無き者よ。我が名において心を持て!!

空虚なる、魂の器よ。我が力と命により再び目を覚ませ!!」

 

空中に投げられた人形が、等身大の人間のサイズへと変化していく。

人の様な皮膚が付き、間接が隠れ、目には光が宿る。

人形はメイド服を着て姿勢を正し敬礼する。

 

「お呼びいただき感謝します。我が主!!何なりとご命令を!!」

 

同じく、うさぎも等身大に人間の姿となりヘラヘラと笑い出す。

鈴仙の様に、頭部にはツギハギのうさ耳が揺れる。

 

「はぁい。私達をお呼びぃ?」

だらしない白衣を着崩した様な姿で、ヘラヘラと敬礼をする。

 

「藍さんの相手を頼むよ。二人とも」

 

「な、なんだコレは!?」

突然目の前に現れた二人組に藍が、驚嘆の声を上げた。

その隙を二人は見逃がさなかった。

 

「主の命のにより、お覚悟を!!」

 

「狐かぁ。嫌いなんだよね!!」

驚く藍を他所に、人形はウィンチェスターライフルを鈍器の様に、殴打武器として扱い。

うさぎは体の一部をライオンや蝙蝠の羽などに変化させて藍を迎え撃つ。

波状攻撃に藍が次第に紫のそばから離されていく。

 

 

 

「さぁ、紫さん。これで一騎打ちですね。

けど、あなたと戦うのは私じゃない……

そうでしょ?」

真っ黒な空間の中で、仙人が腰に戻した小槌を振るう。

飾りの鈴の音が遠くまで響いていく。

 

「見つけたっ!」

左手を握り締め、殴る様に伸ばすと先ほどの様に空間にヒビが走った。

引き戻された、腕の先には善が眠っていた。

 

「その子を頼りにするのは無駄ね。

心の中で過去の自分に殺されてるわ」

紫が話す通り、善は虚ろな目で反応一つ返しはしない。

しかしそれでも仙人は気にも留めない。

 

「あと、少しだけ。この子を信じてくれませんか?」

振り返り、師匠と芳香に話しかける。

師匠も芳香も、この仙人が善に敵意の無い相手だという事はわかっていた。

だから、その言葉に応えた。

 

「勿論よ。何度手が掛かろうと、この子は私の大事な弟子ですもの」

 

「おう!善が困ってるなら助けないとな!!」

 

 

 

「無駄な事を――」

紫がジッとその様子を見ていた。

そう、彼の心の弱さは知っている。

さっき、心と夢のスキマをいじり彼の心に、悪夢を仕込んだ。

きっと今頃、自分の心に殺されている頃だ。

 

 

 

 

『よぉ、結局ここに戻って来たのか』

 

「お前は……」

気が付くと善は外の世界の自分の部屋にいた。

パソコンの前に座る自分をみる。

此方に背を向け、部屋の中の善は目すら合わせてくれない。

 

『馬鹿な事したよな、あんな胡散臭い邪仙について行くなんて。

そのうち、飽きられて殺されるのがオチだろ?

なんで、この部屋から出た?ここなら安心だ、兄さんを見ない様にして、両親の小言に耳をふさげば、何も怖くない。

何が不満なんだ?修業も辛いばっかりだろ?せっかく手に入れた力もダメにしちゃったじゃないか?』

 

「…………」

善は座る自分を見下ろす。

 

『なんだよ、その眼は!!俺はお前だぞ?

俺の言ってる事は全部、本心だろ!?わかってるハズだよな?

俺はお前だ、俺の思う事はお前の本心だろ!?』

 

「『ここなら安心』か……確かにそうだよな……

この部屋は壁だ、私の心の弱さを守る為のシェルターだ」

そういって、懐かしむ様に壁を触る。

 

『そうだろ!?じゃあ、こっちに戻って来いよ。

こっちで、楽しくやろうぜ?な?な?』

座る善が、尚も顔を合わせずに此方に手を伸ばす。

善はその手を掴んだ。

 

『そーだよ、それで良いんだよ。これでお前を――』

 

「やっと、お前を捕まえれた」

座る善が小さく驚いた様に見えた。

背中越しでも同様が伝わってくる。

 

「そうだよな。兄さんと比べられるのが嫌だったんだよな。

誰でもいいから、兄さんの成り損ないじゃなくて『自分(俺/私)』を見てほしかったんだよな」

 

『はぁ!?何言って――』

 

「やっと、やっと分かった。私の力が何の為の力か」

 

『気に入らない奴らをぶっ壊す為だろ!?』

 

「違う、そうじゃない。

両親も、友達も先生も、近所の人も、そして自分さえも見捨てた自分の中で、叫んでたんだ。

ずっと!ずっと!!まだ負けていないって!!まだやれるって!!心が叫んでいた!!周りのレッテルと戦う為の力だったんだ、兄さんと並び立つ為の力だったんだ、また、立ち上がって進む為の力だったんだ!!」

その言葉と共に暗い、閉塞感の有る部屋に風が吹いた気がした、日差しが差し込んだ気がした。

 

『そんな訳、有るか!!』

座り込む善が慌てて手を振り払い叫ぶ。

そしてそれに対面する善がゆっくりと振り返る。

後ろから聞きなれた声が聞こえて来た。

 

「善、早くこっちに来なさい?お師匠様をいつまで待たせる気?」

 

「善!!早くしろー、お腹が空いたぞぉ、なにか作ってくれ!!」

振り返ると其処は真っ暗な闇、少しも先が見えずただただ虚無が広がっていた。

だが、不思議と怖くなかった。暗闇の向こう、善を呼ぶ二人の声がする。

善は、部屋に座る自分に背を向け、一歩踏み出る。

 

『ま、待ってくれ!!俺にまで見捨てられたら、俺はどうすればいい!?』

縋りつこうとする善だが、部屋の外の善には出る事が出来ない。

だが善はそんな自分に再度手を差し伸べる。

 

「お前は私だ。忘れようとして、無視して無かった事にしようとして、あの部屋において来た私の心の一部だ。

行こう、私の思う事はお前の本心でも有るんだろ?」

 

『ああ、そうだ。連れてってくれ……

俺も、光を浴びたいんだ……もう、一人きりは嫌なんだ……』

二人に分かれた善、弱った心と前へ進む心が強く結びついた。

 

 

 

 

 

「やっと帰ってきた様ですね……」

仙人が小さくつぶやいた。

その言葉通り、善が目を覚ます。

 

「あなたは?」

 

「通りすがりの仙人ですよ。

さぁ、此処からはあなたの舞台だ。存分に行きなさい」

その言葉を聞いた善が師匠と芳香に向き直る。

 

「皆さん、お待たせしました」

紫の前で、うなだれていた善がゆっくりと声を出す。

 

「そんな、自分の心にやられたハズ……」

呆然と紫が驚き、扇子を取り落とす。

 

「ええ、やっと自分と向き合えましたよ。

忘れちゃダメだったんだ、一緒に進まなくちゃいけなかったんだ。

あの部屋の私も、私の一部。捨てちゃいけなかった!

やっとそれが分かった」

 

「何をしてるか、知らないけど……

どちらにせよ、終わりよ。

心で殺せないなら、直接殺せば良いだけの事よ。

仙人モドキさん?」

紫が手を振るうと、大量の式が空間を割って現れる。

それらが善に向かって殺到する。

慌てる事も無く、善がゆっくり息をすう。

 

「さぁ、始めよう。また、此処から何度でも!!」

呼吸と共に、肺に空気がまわる。

その空気は丹田の気の溜まり場を介し全身に気を送り込む。

呼吸ごとに、周囲の気を取り込み自らの力へと変える。

そして、心のうちに有る感情を混ぜこみ右手の傷跡から放出する!!

 

「んッ!」

鈍色のドロリとした気が腕に絡む。

だが、その沈んだ気を弾く様に血の様な深紅の雷の様な気が現れる!!

 

「まだ、まだ!!私は進化し続ける!!」

雷の様な気は腕を覆い、オレンジを混ぜた様な鮮やかな色へと変わっていく。

それは太陽のように、優しくしかし力強く輝く気へと変化した!!

 

「な、このタイミングで……成長!?」

 

「成長じゃない。進化だ」

太陽色した腕を式たちに向かって振る!!

それだけで、多くの式たちが吹き飛んでいく!!

ビリビリと肌に刺さる様な力を感じる!!

 

「なら、私が直接相手をしてあげるだけ」

紫の言葉と共に、善の周囲に無数のスキマが開く。

そこから、ちぎれた道路標識が槍の様に無数に飛んでくる。

 

「善!!コレを使えぇ!!」

芳香が額の札をはがし、善に投げる!!

標識の間を抜け、善の手に札が収まった。

 

「始まりはこの札だったな。あそこから、俺の力は始まった!!

どけ!!俺の歩く道だ!!!

おぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」

芳香の札を額に貼り付ける!!

その瞬間、暴発しそうな力が全身から湧き出るのが分かる!!

抵抗する力が、暴れだし体外へと這い出る!!

 

――ピシッ!!バギッ!!グギャ!!

 

その気は、スキマ空間を引き裂く様な音を立てながら、襲い来る標識をすべて叩き落した!!

抵抗する力が、紫の空間その物に牙を立てて小さく震えるのが分かる。

音からすると、何処かが綻び始めている様だ。

 

「なに?」

吹き飛んだ標識が、まるで善を囲む様な人為性有る動きで地面に突き刺さった。

まるで、『こっちに来い』と言ってる様なまっすぐな道を作る。

 

「行きなさい」

 

その標識の道。善の後ろから錆びた電車が走ってくる!!

運転手も乗客も居ない、無人の電車だ。

気が付くと足元にはいつの間にか線路が出来ていた。

 

「チィぃぃぃぃ!!!」

逃げ場が標識のせいで経たれている!

善は一瞬にして、電車を受け止める選択肢を取った。

 

パァー……!!

 

汽笛を鳴らしながら、尚も電車は善目がけて加速する!!

容赦なく、轢き殺す気だ!!

 

「はぁあぁああああ!!」

善は両手で車両を押しと止めようとする!!

当然、電車に勝てる訳なく善が後退する。

だが、死にはしない!!線路に足を突き立て電車の車輪から火花が散る!!

 

「まさか、これでも耐えるなんて……」

 

「師匠が、私の壁を壊して手を引いてくれた!!

芳香が背中を押してくれた!!

なら、私はもう止まらないし、止まれないし、止まる気も無い!!

はぁあああぁああああああ!!!」

 

善が地面に足を突き立てると、電車の速度が遅くなっていく。

 

「まさか、そんな!?」

 

「うおおぁぉおぉおおおお!!!

仙人……!!!舐めんなぁ!!!」

仙人の気を使う力で、善の体は強化され、更にキョンシーの能力で強化された力を限界まで引き出す、そしてその限界を抵抗する程度の能力でさらに広げる!!

3種の力が善の中で永遠にループし続ける!!

そして、無限に力を高め続ける!!

善の求める場所まで永遠に!!

 

グシャァァアアアアン!!!

 

けたたましい音を立てて、紫の召喚した電車が横転する。

車両の前方には、拳大の大穴が開いていた。

 

「恐ろしい力……そう、コレはあまりに危険すぎる……

けど――!!」

紫が両手を振ると、善を挟み込むようにしてスキマが現れる!!

 

「あっ――」

そのスキマの奥に善が飛ばされていく。

師匠と芳香、その二人が見守る中で善は、遠くに消えていった。

 

「コレで、良いわ。臭い物には蓋を――」

 

――――――――ビキィ!!

 

突如鳴った音に、紫が自らの言葉を飲み込んだ。

そして音の鳴った方を振り向いた。

 

「うそ――でしょ?」

 

バキ!ベキ!!グギィ!!

 

――――――ガリィ!!

 

紫の目の前、スキマを叩き割り一本の腕が出現する!!

その腕の周囲に、次々とヒビが入って行く!!

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉらぁあああああああ!!!!」

 

ベリン!!

 

紫の目の前、全身から気を垂れ流しながら、スキマを引き裂いて善が戻ってきた!!

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

善の額から、札が剥がれ落ちる。

その前に紫が悠然と降り立つ。

 

「見事、ね。正直言ってそれしか言葉が出ない。

今、言えるのはそれだけ」

 

「はぁ……!」

跳びかかった善が、紫のわき腹を殴る。

余裕で避けれる一発を紫はあえて受けた。

勿論受けたとしても、大した効果は無いと踏んだのだろうが……

 

「あら、被弾しちゃったわ。この勝負あなたの勝ちね」

コロッと、表所を変え紫が笑う。

 

「は?」

 

「あなたの勝ちだって言ったのよ。

勝者の特権よ、幻想郷へご招待~」

何処から取り出したのか、福引のベルを振った。

 

「はぁ!?え、何?」

 

「鈍いわね~

幻想郷の支配者が、自分の庭にあなたを招待してるのよ」

全く話しが見えない。

善があっけにとられている。

理解が追い付かない様だった。

 

「え、けど、幻想郷では人が人を超えるのは罪だって――」

 

「そうだけど?

ここ、一応私の空間だから幻想郷じゃないわよ?

そしてあなたは、妖怪の賢者に一撃入れる実力者、もう人間とは呼べないでしょ?

つまり、あなたはもう人外。そして私は幻想郷の維持者。

どう?一番新しい仙人さん、私の庭に来ない?」

まるで師匠の様に悪戯っぽくほほ笑んだ。

 

「それなら、喜んで――」

誘うような、悪戯に成功したような紫のセリフに善が頷きかけたが――

 

「この未熟者!!」

 

「痛で!?」

後頭部に師匠からの拳骨を受けて倒れる!!

 

「何するんですか!?」

 

「調子に乗ってるからよ。

あなたが仙人ですって?こんな未熟者を認めれる訳ないでしょ?」

 

「ええ!?せっかく成長したのに?」

師匠の言葉に、善が唇を尖らせ不満を漏らす。

 

「黙りなさい。さっきの気もう一回見せて見なさい」

 

「え、あ、はい――あれ?出来ない……おかしいなさっきは出来たのに……!!」

何度も腕に力を入れるが、出るのはいつもの様な紅い雷の様な気ばかり。

多少は量が増えた様だが、それでもさっきまでの太陽の輝きの気には遥かに見劣りする。

 

「はぁい、未熟者決定。帰ったらまた修行ね。

今回の収穫は、外の外食とあなたの成長に兆しが見えた事だけね」

 

「そうね、仙人は取り消し。けど、見込みアリという事で幻想郷にはおいてあげる。

じゃ、仙人の修業がんばってね~」

紫がハンカチを振るうと、善の足元の床が無くなる。

そしてもはや何度目か、忘れた浮遊感を感じる。

 

「ま、またこれ!?地面に落ちる時結構痛いのに!?」

空しく、善の声が響いていった。

 

 

 

「行ったわね、あの子……」

 

「ふぅ、予想以上の伸びしろね。

貴女の弟子は。

見込みがないなら、本当に処分する気だったけど――」

 

「ええ、すごいでしょ?初めて力を見たときは、ダイヤの原石どころか金の鉱脈と油田と運命の恋人を同時に見つけた気分だったわぁ……

それを自分好みに育てられるんですもの、これほど素晴らしい事は無いわ~」

笑う邪仙を見て、付き合いきれないという表情をして紫が隙間へと姿を消した。

 

 

 

「決着が付いた様だ。二人とも戻っておいで」

 

「は!我が主!!」

 

「狐さん、ばはは~い」

 

「くッ!ま、待て!!」

藍と戦っていた二人を回収して仙人が歩き出す。

戦闘で擦ったのか、右手の包帯がはがれる。

 

「仙人様。助けて頂いて感謝しますわ」

歩く仙人に師匠が頭を下げる。

 

「いや、なに。大した事は有りませんよ。

では、私は――」

仙人が手を振った時、師匠がその右手を捕まえ、あるモノを発見する。

 

「あら?右手の指、全部切断した後くっ付け直した痕がありますわね?

酷い事する人も居るんですのね?」

なんとなく、仙人の正体を察した師匠が意地悪く笑った。

 

「む、昔はやんちゃしてたので……

で、では!!愛する娘と妻が待ってるので失礼!!」

逃げる様に仙人は空間に穴をあけ逃げ出した。

 

「ふぅん、結婚してるのね……

私も帰ろうかしら?芳香、行くわよ」

 

「わかったー!早く善と遊びたいぞ!!」

仙人の去って行った方向を師匠はじっと見ていた。

その横では芳香がニコニコしながらスキップをしていた。

 

 

 

 

 

「あら、善。私達を待っていたの?」

扉の前で座る善を見て師匠が小さく笑う。

 

「違いますよ、カギが締まっていて開けられなかったんですよ」

 

「壁抜けすればいいじゃない?」

 

「私には無理ですよ!!」

善の言葉を無視して、師匠がカギを差し込み扉を開く。

家に入ろうとする善を師匠が首根っこを捕まえ、引きずり出す

 

「善?あなた、何か言う事有るんじゃないかしら?」

 

「え?あ、迎えに来てくださって――」

 

「違うでしょ?此処は、もうあなたの家でも有るのよ?」

師匠の言葉にやっと善は合点がいった様だ。

そして、その言葉を口にした。

 

()()()()。師匠、芳香」

 

「おかえりなさい。善」

 

「おかえりー!!」

3人はお互いの顔を見て笑い合った。

その日の空は、初めてこの場所を訪れた時よりもずっと美しいと善は感じた。




ふぅ、これで現代入り編は一応完結です。
善の選択はこれで良かったのか?
結局完良の真意はどうなのか?
両親はどうなったのか?

等々謎が残りますが、今回は此処まで。
次は後日談かな?


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捜索!!春告げる妖精!!

さて、新年一発目という事で少し張り切らせてもらいました。
これからも善をよろしくお願いします。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

「わ、私が知って、のはそれだけ、す!!本当です、許して――」

鍬を持った村人が可哀想なくらい震えて、言葉を絞り出す。

呂律が回らないのか、聞き取りが困難な部分も多い。

 

「そうですか、ありがとうございました」

ため息を付いて、善がその村人を解放する。

その場から歩いて、再びため息を付いた。

 

「う~ん、春告精っていざ探すと見つからないんだな~」

ポリポリと頬を掻く善。

今、訳が有って善は春告精を探していた。

花見の季節もほとんど終わり、夏に向けて熱くなってくるであろう幻想郷。

その幻想郷に春を告げるのが、春告精と言われる妖精だ。

少し前まで、高ぶった感情を弾幕に乗せ空を飛んでいたが、いつの間にかすっかり姿を消してしまった様だ。

地道な作業では限界があるのかもしれない。

 

「仕方ないな、椛さんの所に行くか……」

気が乗らないという、態度を見せ妖怪の山の方へと走って行く。

 

 

 

「今日は大丈夫かな……」

妖怪の山の入り口付近の大きな木の下、善がそこで待っている。

此処は善と椛の待ち合わせ場所。

妖怪の山は一応立ち入り禁止区域の為、この様な場所が必要となるのだ。

 

ガサ――ザザッ!!

 

「詩堂さん!?やっぱり詩堂さんじゃないですか!!」

突如木々をかき分け、目の前に白い影が躍り出る!!

今日は休日なのか、白狼天狗の制服を着てはいるが盾も剣も装備していない。

善にとって良く見知った妖怪の友人、犬走 椛だ。

 

「ど、どうも~。えっと、ご無沙汰してま――」

気まずそうに話す善を椛が跳びかかり、押し倒した!!

 

「詩堂さん!!詩堂さ~ん!!

帰って来たんですね、もう会えないかと――」

留守番していた犬が帰ってきた飼い主に甘えるような態度で、何度も善の胸に顔をうずめる。

 

「あ、あの、椛さん?あんまりくっつかれると、そのいろいろと当たって――」

上から覆いかぶさる様な姿勢で椛が善を押し倒す為、女の子特有の匂いや体温さらに体の重み、そして柔らかなふくらみが当たる。

 

「あ、あっと!!し、失礼しました。再会が嬉しくて」

善の言葉を聞いて椛が善の上から退く、尻尾が今にもちぎれそうなくらい揺れている。

 

「いきなりで悪いんですが探してほしい人?が居まして――」

きょとんとする椛に、訳を話し目的の妖精の居場所を聞く。

椛は自身の能力で遠く離れた景色を見る事が出来る、今回のような探しモノにはうってつけの能力だった。

 

数分後――

 

「見つけました、たぶん春告精ですね。

この山の中、大滝を超えた平坦な花畑が有る場所の近くです、私が許可を出しておくので探してきてください。

経過をみて、また合流しますから」

しばらく閉じていた目を開いた椛は、善に手早く紙に大まかな場所を記して渡してくれる。

幸いな事に、何度か行った事のある場所の近くだった。

 

「椛さん、ありがとうございます」

その後2、3言話すと善はその場から再び走って行った。

 

 

 

 

 

「にー……」

 

「みゃー……」

 

「なーご……」

とある原っぱで無数のネコが一人の少女を心配そうに囲んでいた。

次々と放たれる鳴き声は、言葉が分からずともその少女を励ます言葉だという事は十分わかるだろう。

囲まれた少女が初めて口を開いた。

 

「うん、みんなありがと。大丈夫だから……

仕方ないことだったんだから……うん、もうすこし、もうすこしだけ。

こうしたらきっと大丈夫に成るから……」

慰めの言葉も、励ましの言葉も、この少女橙には届いていない様だった。

胸の中に有る空虚な感情が無くならない――きっとコレが『喪失』という感情なのだろう。

 

「私は弱いな……まだ、善さんの事考えてる。

今でも、顔を出すんじゃないかって――」

伏し目がちに、何かを堪える様に話す。

きっと言葉にして出さなくては零れてしまうから――

 

「あ、橙さん、どうも」

 

「え?」

橙の視界の端を夢にまでみた男が走って行く。

導師風の上着に紺のズボン、そして赤と青のツギハギのマフラー。

橙の知る限り、あんな恰好をしている人は一人しか居ない!!

 

その人物は尚も、走って離れていく。

 

「ま、まって!!みんな、あの人を捕まえて!!」

橙の一言で、そこら中に隠れていたネコが善に殺到する!!

 

「うわぁ!?なんだこれ!!ネコの群れが、ネコの群れが襲ってくるぅ!?

おわぁあああ!!!爪がぁー!!!牙がぁー!!でもちょっと幸せ!!」

 

「にー!!」

 

「シャー!!」

 

「フゥー!!」

橙の目の前、無数のネコに組み付かれた中で善と目が合う。

間違いない、橙のよく知る仙人モドキだ。

 

「あー、ネコカフェって行った事ないけど、こんなんだったら良いなー」

のんきな事を話す善の前に橙が向き直る。

 

「善さん……わ、私が忘れられなくて戻って来たんですね!!」

ネコをかき分け、橙が善に抱き着く!!

ネコたちの抗議の声を無視して、善の膝の上に座り込んだ!!

 

「あー、どうも橙さん……えっと、帰ってきました……」

 

「善さーん!!はぁはぁ……理由なんてどうでもいいんですよ。

私の事が忘れられなかったんですよね!!

そんな事より、今は春ですよ?恋の季節!!愛を二人で語り合いましょう!!

さぁ!!今こそ感動の再会の中で交――――ビ!?」

怪しく息を荒くする橙を、首筋への当身で気絶させその場から立ち上がる。

ネコたちの、不満気な瞳に睨まれながら立ち上がる。

 

「に、肉食獣は怖いなー。

何というか、段階をすさまじい勢いですっ飛ばすんだからなー。

あ、橙さんが起きたら明日の昼位から、墓場に来てくれるように伝えといて」

ネコたちにそう告げると、逃げる様に善は再び春告げ精のいる場所へ向かって走り出した。

出来れば、逃げたかった。

何というか、今の橙には容赦的な物はなさそうだし。

 

 

 

 

 

「あ、いた!!」

木々の間、半透明な羽と風になびく金糸の様な髪を善が見つける。

間違いない、妖精だ。

椛の話が正しければ、目的の春告精のはずだ。

 

「あ、あの――待ってください!!リリーホワイトさん!!

あなたに頼みがあって――」

ゆらゆらと飛ぶ影が、善の言葉で止まり振り向いた。

 

「あ”あ”ん?ホワイトぉ~?一体誰と勘違いしてるの?

私は、リリー()()()()よ!」

不機嫌そうに振り向いた妖精は名の示す通り、黒い服を着ていた。

 

 

 

「えっと……リリーブラックさんでよろしいです……か?」

 

「だからさっきからそう言ってるじゃない!!アンタ耳遠いの?」

おずおずと小さく聞く善の前に、妖精のリリーブラックが座っている。

頼みを聞くにあたって、善は接待としてリリーブラックを人里の甘味処へと連れて来ていた。奥の座敷席で二人っきりで会話をする。

というよりも遠まわしにブラックが要求したのだが……

 

「ブラックさんは、春告げ精なんですよね?」

 

「そうだけど?ゲップ!!」

10何本目になる団子を胃に押し込めながら、ブラックが返事をした。

むしゃむしゃと、更に団子を食べていくブラック。

 

(あれー?おかしいぞ?妖精ってこんなキャラだったっけ?

もっとこう、精神的の幼いというか、純粋というか、なんかこんな()()()感じじゃないイメージが有るぞ?)

自身の知っている妖精のイメージと、明らかにかけ離れたブラックの言葉と態度に善が少し焦る。

彼の中の妖精像――と言ってもチルノや大妖精、後は光の三妖精くらいしか知り合いではないが――とかけ離れている為どうしても躊躇してしまう。

 

(ま、まぁ、チルノだってカリスマを発揮する時は有るし、大ちゃんだって結構怖い事を平然と言う事もあるから別に珍しい事じゃない……のかな?)

自分を無理やり納得させて、善が再びブラックに頼み込む。

 

「実はえーと、外れの墓地ってわかります?そこに春を告げて欲しいなーって……

お願いできません?」

下手に出る善をジロリとリリーブラックの気の強そうな瞳が捉える。

無言のプレッシャーが放たれる。

 

「あの……お願いできませんか?」

 

「別に、いいけど?

一応私の仕事だし」

更に団子を頬張って、善の要求を呑む。

 

「じゃ、早速――」

 

「んで、報酬は?」

 

「え”報酬……」

 

「なに、タダでやれっての?アンタそれは無いんじゃない?」

食べ終わった櫛を捨て、ブラックが立ち上がった。

まさか、報酬を欲しがるとは思っていなかった為、善が言い淀んでしまう。

 

(どうしよう……この妖精なんかヤダぁ……

もっと素直に「春ですよー」とか言って告げてくれないの!?)

 

「ええと……団子じゃダメですか?」

 

「はぁ?春はそんな安くないのよ!!

春なのはアンタの頭の中だけみたいね!」

話にならないという様に、リリーブラックが立ち去ろうとする。

 

「お、お願いしますよ!!連れて帰らないと師匠に怒られ――いえ、殺されるんですよ!!」

そんなブラックの足に善が縋りつく!!

というか本当に死活問題に成りかねない!!

師匠の頼みを無視することは出来ないのだ!!

 

「ちょ、ちょっとぉ……ええ?

そこまでする?」

 

「お願いします!!このとーり!!」

ブラックの前に、座り頭を畳に付ける。

突然の土下座スタイルに、リリーブラックが僅かに引いてしまう。

見た目が幼女に土下座をする少年、何処となくブラックな雰囲気がするのは何故だろうか?

 

「はぁ、仕方ないわね……

また今度なんか、食べさせなさいよ?」

 

「それくらいなら、いくらでも!!」

 

「分かった、分かった。外れに有る墓場に春を告げるのね?

明日の朝にもやっておくわ、それでイイ?」

 

「は、はい!!ありがとうございます!!」

何とか了承を取り付けた善が、尚も土下座スタイルで礼を言う。

 

「そうだ、良かったらブラックさんも来てくださいね」

 

「何のこと?」

不思議そうにする、ブラックに善が説明を始めた。

 

 

 

 

 

その日の夜、何処かに有るリリーブラックの家にて――

 

「春告げの仕事が来るなんて……

腕が鳴るわね。

それはそうと――明日は()()()()()()べきかしら?」

ブラックは黒いワンピースを脱ぐと戸棚から白い方のワンピースを取り出し、鏡の前で自分にあてる。

 

「いつもみたいに、元気が一番ですよーーー!!

けど、急に白い方が来たらあの人困っちゃいますかね?」

首をかしげて、鏡の自分に笑いかける。

実はこれこそが、リリーブラックの秘密!!

本当の事を言うと、『リリーブラック』という妖精は存在しない!!

ではリリーブラックとは何か?それは、春先で気持ちよく弾幕をばら撒き、その結果退治されたホワイトがそのイライラをぶつける為の仮の姿なのだ!!

 

自身のぽわぽわしたイメージを崩さぬ様に、ブラックという別の妖精を装う!!

それこそが、リリーホワイトの秘密であった。

 

「どうしましょー?怖い顔するのって、結構疲れるんですよねー。

けど、黒い恰好の時に約束しちゃいましたしー」

鏡を見ながら、リリーは明日どちらの恰好をするか悩みながら、久方ぶりに来た春を告げる仕事に胸を高鳴らせた。

 

 

 

 

 

翌日

「はーるですよ~!!」

リリーブラックが、墓場の桜の近くをくるくると飛んで回る。

彼女が通り過ぎた場所には、桜が再び花を開かせ薄桃色の絨毯が地面に出来ている。

 

「ブラックさん、ありがとうございます」

気が付くと、下で善が手を振っていた。

改めて見ると、墓石と土しかなかった墓場が桜のお陰で明るく楽し気な場所へと変わっていた。

ニコニコと嬉しそうに善が笑う。

そのそばへ、ブラックが下りていく。

 

「ブラックさん、おつかれさ――」

 

「このペド野郎!!下で何してやがった!!」

ブラックの蹴りが善の脛に当たる!!

突然走った痛みに僅かに涙目になる。

 

「いや、別に今きたばかり……」

 

「覗いてないか?私のスカート、覗いてないか?」

ジト目で、ブラックが善をなじる。

不信感に満ちた目で、尚も話かける。

 

「覗いてません!!ってか流石にブラックさん位の子にそんな事するのは犯罪――」

 

「あ”あ”!?いい度胸だなコラ!!」

まるで不良みたいに、ブラックが善の胸倉をつかみあげる。

何というか、一世代前の不良を見ている様な気分だ。

そのうち、鎖のヨーヨーとか取り出さないか善は心配になる。

 

ガブリ!!

 

「イデェ!?」

突然、悲鳴を上げた善に驚き、ブラックが手を離す!!

いつの間にか、善の後ろにキョンシーが立っていた。

善が頭を押さえている所を見ると、どうやら何かした様だった。

 

「芳香ぁ!!なんでいきなり噛んだんだよ!!

不意打ちはやめろ、不意打ちは!!」

 

「善がまた小さい女の子を襲ってるから悪いんだぞ!!」

ぴしゃりと善の言葉を切り捨てる芳香。

どうやら見た目よりご立腹な様だ。

 

「あら、またなの?節操がないというか……」

更に奥から、師匠が歩いてくる。

周囲の桜に眼を向け、小さくらほほ笑んだ。

 

「季節を少し外してるから、心配したけど、ずいぶんきれいに咲かせてくれたわね。

ありがとう、妖精さん?」

そう言ってリリーの頭を優しく撫でた。

 

「さて、夜まで準備を済まさないと――」

気を取り直して、善が腕まくりをする。

その時、二つの声が掛かった。

 

「善さん!!手伝いに来たよ!!」

 

「藍様から、お酒もらってきました」

墓場の入り口、そこから楽し気に走ってくる小傘と橙。

小傘は食材の入った袋を、橙は高そうな酒瓶を持っている。

 

「二人とも、ありがとうございますね」

二人を優しく善が抱き留め頭を撫でる。

 

「リリーさんも、せっかくだから楽しんでいってください」

 

「???」

善の誘いに、リリーが頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「今日は宴会だぞ!!善が帰ってきたお祝いだー!」

横のキョンシーがまたしても楽し気に、笑った。

それにつられた様にみんながほほ笑む。

 

「善さん、今日は非番なのでお手伝いに来ましたよ」

 

「盟友ー、キュウリってあるかな?」

今度現れたのは、白狼天狗と河童。

その後も続々と、様々なメンバーが集まってくる。

 

「おう、善坊。よう戻ってきたの。

外の地酒でも買って戻ってきておらんか?」

 

「なんで、私が仙人モドキの宴会なんかに……」

妖怪狸のマミゾウが喉を楽しそうにならしながら、正体不明の妖怪ぬえがぶつくさ言いながら――

 

「ううん、なんだか此処落ち着くねぇ~」

 

「お燐も来たんだ!!意外~」

お燐が猫車を引きながら、そしていつの間にかいたこいしが物騒にナイフを持ちながら手を振る。

 

「は~い、お嬢様。付きましたよ」

 

「レジルー!!あそーべ!!」

日傘をさした小悪魔と、それに今にも飛び出しそうなフランが――

 

それだけではない!!

次から次へと、妖怪たちが集まってくる!!

所属や主張は全く関係ない!!

ただ、みんな善の開いた宴会に為に集まって来たのだ。

 

 

 

 

 

「すごい――」

リリーが驚き声を上げる。

いつの間にか、というよりも今もどんどん宴会の規模が大きくなっていく。

夕焼けが沈む頃には、まるで神社で開かれる異変解決を祝う宴の様な規模になっていた。

様々な種が、笑い合い、語り合い、各自持ち寄った食料や酒をふるまい合う。

昼間の殺風景な墓場と同じ場所だとは思えない。

 

「リリーさんも、楽しみましょうよ」

善がリリーに声を掛ける、手には里芋の煮つけが有る。

 

「すごいでしょ?野菜、たくさん静葉さまがくれたんですよ。

穣子さまが、げっそりしてたのが少し気になりますけど――

さぁ、一緒に騒ぎましょう?今日は無礼講ですよ」

善の言葉、周りの楽し気な雰囲気。

もともと祭りなどが好きなリリーはもう我慢が出来なかった。

 

「みなさーん!!!春ですよーーー!!」

大きな声と笑顔で、ブラックのキャラ付けすら忘れて、夜の墓場を弾幕で美しく彩った。

こんなに楽しい、宴は久しぶりだとリリーは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宴が終り、皆が帰った頃。

善が食器を洗いゴミを片付けている。

 

「よっしと」

用事が終り、すっかり夜も更けた家の中を歩く。

 

カラーン……

 

小さく氷のすべる音がする。

居間の方だ。

 

「片付け、終わったの?」

居間の中、机に酒瓶をグラスを置いて師匠が酒を煽る。

ほんのり頬が紅い。

 

「師匠、起きてたんですか?そのグラス、後で台所に片しておいてくださいね?」

立ち去ろうとする善の腕を師匠が掴んだ。

 

「待ちなさい、偶にはお師匠様に付き合いなさい?」

半場強引に、席に座らせられる。

勿論場所は師匠の隣で、同じくグラスに酒が注がれる。

 

「あの、一応私まだ未成年なんで、お酒は――」

 

「此処ではそんなの関係ないわよ。

あなたはもうこっち側なんだもの、誰も咎めはしないわ」

クスクスと笑い、グラスを善に差し出す。

 

「ねぇ――今日の宴会どうだった?」

師匠が横目でこちらを見ながら、つぶやいた。

 

「楽しかったです、とっても。

外では、私の事を思ってくれる人はたぶんこんなにはいなかった。

いえ――完良は見ててくれたのかな?

こっちに来る前の日の夜、完良と話したんです」

 

「ふぅん?」

善の言葉に師匠が、目を細めた。

 

「ずっと、俺は完良の成り損ない。

影のようなモノだと思ってました、誰しもがみんな『完良に様に成れ』って言うんです。

俺は生まれた瞬間から、完良の出来損ない。一人の人間ですらない……

完良モドキだったんです。

 

ずっと、そう考えてました」

 

「今は、違うの?」

 

「ええ、完良――兄さんは言ってくれました――

 

『俺はお前をずっと、手を引いていてやりたかった。

出来ない事は俺が教えて、出来るまで待つ気だった――

けど、その仕事は俺のやる事じゃ、無かったみたいだな……

お前の、奥さん――って言ってもソレ嘘だろ?なんとなくわかるよ。

まぁ、誰でもいいけど――その人の近くがお前の輝く場所なら其処に行けよ。

何も心配はいらないんだ。お前はお前の信じた道を行け、それは俺にもまねできない道だろ?だから、行ってこい』

 

――って……

今日の宴会、みんな私に逢いに来てくれたんですよね。

皆、完良モドキとしてじゃなくて、私を見てくれる人ばかりだ。

師匠、これからもよろしくお願いしますね!」

 

善は笑うと、師匠のグラスに酒を注いだ。

無言で笑うと師匠は酒を飲みほした。

 

「馬鹿な子。あなた、本当に救いようのない馬鹿ね。

当たり前の事でしょ全部、何一つおかしい事なんて無いわ。

けど、それ以上に馬鹿なのは――私に弟子入りした事よ。

 

私は邪仙、死体を弄び、人を騙し利用する、妖怪よりも厄介な存在。

実際あなたは、実家に勘当されたし、非情な修業もたくさんやらされた……

なのになぜ毎日、『お師匠様~』って私に師事するのかしら?

ねぇ?不安や、後悔はないの?」

いじわるな質問をあえて師匠は投げかけた。

今日来た妖怪たちに頼めば、邪仙の弟子以外に善の将来が見えてくる。

中には、何不自由なく生きる事の出来る選択肢もあるだろう。

 

「ありませんよ。

師匠が私の力を見つけてくれた。

師匠のお陰で私はその他の有象無象から、より確かな一人の人間に成れたんですよ。

だから、私は師匠について行きます。いつか貴女を超えるまで」

そう言って善が自身の指先に気を集める。

鈍色の気は、紅に染まりさらにはより美しく抵抗する力と混ざり太陽を思わせる色へと変化する。

まるで、暗く淀んでいた善という人間の人生を明るく照らす様に。

 

「私を超える、ね。言ってくれるじゃない。

けどそう言うの、嫌いじゃないわよ」

再度師匠はグラスを煽り、酒瓶すべての酒を飲み干した。

 

「片付けてきますね」

善が師匠から、空になったグラスを受け取り立ち上がる。

 

「善、あなたって意外と将来有望なのかもしれないわね。

だから――()()()()()()()

 

「はい?」

師匠が立ち上がると同時に、善が壁に押さえつけられる。

両手が万歳する様に壁に押さえつけられ、唇に何かが当たる。

 

「……!?!?」

気が付くと、目の前には師匠の顔がすぐそばに。

そばというよりも、当たっている。

 

何処に?

 

それは分からない。

だが唇が何か柔らかいモノで塞がれている気がする。

今自分が何をしているのか、という事の理解がやっと始まる。

 

コレはまさか――

 

驚愕に眼を見開く善に対して、師匠はいたずらっぽく目を細める。

 

ヌルリ――

 

「!!!!?」

ナニカが善の口内に侵入してくる。

ソレは善の口に中を楽しむかのように蹂躙していく。

尚も師匠はいたずらっぽく目を細めるのみだ。

 

一秒にも、一分にも、一時間にも感じられた時間が終り、師匠の顔が善から離れる。

ありきたりな表現だが、二人の間に一瞬だけ光る糸のような物が見えた気がした。

 

「あ、あう……し、ししょ……」

様々な言葉が浮かぶが、脳が処理落ちを起こした様に言葉にならない。

さっきの感触を思い出す様に、無意識に手を自身の唇に当てる。

 

「あら、初心(うぶ)な反応、かわいい。

初めてだったみたいね。

そっか、初めてかぁ……

奪ちゃった♪奪ちゃった♪善の初めて奪ちゃった♪」

自分の唇を軽く舐め、師匠が歌う様に部屋から出て行った。

呆然と善はその様子を見ていた。

 

「――痛ッ!」

足に痛みを感じて、床を見るとグラスが割れていた。

普通は音で気が付くハズだが、一切そんな音がした記憶がない。

 

「超えるか……結構無謀な事、言うちゃったかもな」

言っておいてだが、師匠に勝つイメージが全くわかない善。

何だかんだいって、300年位は弄ばれてばかりな気がする。

 

そしてもう一つは――

 

「嫌な気がしない……

どうしよう!?師匠は美人だけど、性格に難があり過ぎるんだよ!!

けど、けど、それでもイイ!!って思う自分が居る!!どうしよう!!」

一人夜遅くまで悩む少年が居たそうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外伝~『影無き男』~

完全で在れ何よりも。善良で在れ誰よりも。

 

自分に込められた願いだ。

愛する両親は、俺にそんな願いを込めてその名をくれた。

 

キィ――

 

小さく音がして、一つの部屋の扉が開く。

此処は詩堂 完良の弟で会った詩堂 善の部屋()()()場所だ。

 

「善……」

すっかり片付けられた部屋は、がらんどうで何もありはしない。

善の葬式が終って以来、両親が業者を雇って全て捨ててしまった。

まるで、善という人間の痕跡を消す様に……

 

「善……」

再び声を掛けるが、もうその部屋の持ち主は返事を返してくれない。

 

自身は良い兄で在ったか?

 

完良の胸のそんな疑問が渦巻く。

弟の事は大切に思っていた。

 

幼い頃は自分の後を付いてきてくれた。

だが、今はもう――

 

「何処で、間違った?俺は、お前と一緒に暮らせるだけで良かったのに……」

ある日弟は姿を消した。パソコンの画面はつきっぱなしで、ほんの少し出歩いた。

そんな雰囲気で、一年以上弟は帰らなかった。

 

「家出か、全く迷惑な」

 

「そのうち嫌でも帰って来るわ、来なくてもいいのに……」

両親が二人で話す。

完良は耳を疑った、たった一人しか居ない弟が居ないというのに、この両親は心配すらしていない!!

空っぽに部屋で、弟の痕跡を探しながら時間が過ぎた。

 

ある日、ある日唐突に弟は帰ってきた。

まるで途切れた時間がつながった様に。

 

完良は喜び、両親は嫌がった。

 

完良は、善に話しかけるがもう言葉は届いていなかった。

まるで抜け殻に成った弟。

 

だが、そんな弟に知り合いと名乗る女は笑顔を戻してくれた。

どんなに話しても戻らなかった善の喜びを、その怪しい女は簡単に奪っていった。

 

 

 

「俺じゃ、力不足か……」

弟に無関心な両親に嫌気がさして、気分転換に町を歩く。

何かをすれば、誰かが称賛の言葉をくれる。

だが、今完良の欲しいのは罵倒だった、弟に為に何もできなかったというレッテルが欲しかった。

誰かに無力を罵倒してほしかった。

 

「にーちゃん、まって~」

 

「ほら、早くしろよ」

視界の端、小学生の兄弟が横断歩道を渡る。

遅れた弟を兄が手を引く。

それは完良がいつか、自分で行った光景でもあった。

過去に有った光景だ。

 

「俺たちは、何時変わってしまったんだ?」

二人は完良とすれ違い、駆けていく。

 

「あ――」

完良の足元に、りんごが転がってくる。

どうやら子供が落としてしまった様だ。

それを何気なく拾う。

 

「君、落とした――あ」

そこに子供はいなかった。

否、正確には転がった別のりんごを追って横断歩道からずれていた。

 

「危ない!!」

車が来る!!

一瞬で判断した、完良が走って弟を兄の方へと突き飛ばす!!

 

ブッブー!!ブブー!!――――――――――――グシャ

 

鉄の塊に跳ね飛ばされ、完良が空を舞う。

コンクリートに叩きつけられ、手足が有らぬ方向へと曲がる。

 

(あ、たぶんもう……ダメだ)

直感で解った。もう、自分は助からない。

唯一動く目で、さっきの兄弟を探す。

 

二人とも呆然とこちらを見る。

泣きそうな顔をしているのも無理はない。

 

「に、にーちゃ」

 

「大丈夫だ。俺がすぐに警察を――」

震える弟の手を兄が強く握った。

それだけで、完良は少しうれしくなった。

 

「その手を離さないでくれ、絶対に……放さないでくれ」

薄れゆく視界の中、名も知らぬ兄弟は再び強く手を握った様に見えた。




大丈夫だよな、師弟のスキンシップだよな……
たぶん大丈夫……だと思いたい!!


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解析不能!!師の思惑!!

今回は師匠がメインの話です。
中盤は善が全く出てこないという暴挙。
しかしあのキャラが再登場。
ゆっくりお楽しみください。



皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

「ぜ~ん」

 

「ん、どうした?」

昼下がりの午後、居間で善が師匠と芳香、更には自分の分の洗濯物を畳んでいる。

そんな善に芳香が先から何度もくっ付いてくる。

 

「呼んだだけだ~」

 

「ん、そうか……」

嬉しそうな芳香の頭を撫で、て再び善が洗濯物を畳み始める。

尚も後ろから芳香はくっついて満足そうにほほ笑む。

 

「あ、その服」

善が今しがた畳もうとした服をみて芳香が小さく声を上げる。

それは緑のワンピース、善が芳香にプレゼントした物だった。

 

「そう言えば前、外で着てたよな。

あー、その、似合ってたぞ?

お前やっぱりもっとおしゃれした方がいいんじゃないか?」

照れくさそうに自身の頬を掻く善、当然だが女の子に服をプレゼントした経験など無かった。

 

「そっか、じゃまた今度一緒にどっか連れてってくれ」

芳香がにんまりと笑った。

 

「おう、時間が出来たらな」

あの時とはもう違う、今の善にはたくさんの時間がある。

この約束はきっと守れるだろう。

 

「二人とも仲がずいぶん良いのね」

スルリと壁から顔を出し師匠が話す。

 

「そうですか、別に普通ですよ?

な、芳香?」

 

「外で目立たない服が有ってよかったわ。

因みに私もこんなの買ってみたの!」

そして壁から、師匠が全身を出す。

 

「うえ……」

その恰好を見て、善が固まる。

師匠の恰好は、セーラー服にスカートという学生スタイルだった。

本来師匠はすさまじく魅力的なのだが……

 

「どう?かわいいでしょ?」

 

「かわいいというか……

兎に角学生には見えません……こう、行った事は無いんですが、制服で接待してくれる夜の蝶的な人にみえまぁあああああああああ!!!」

 

ギリギリギリィ!!

 

「なにか、とてつもなく失礼な声が聞こえた気がするのだけど?」

笑顔を顔に張り付けたまま師匠が、善の頭を両手で押さえつける!!

頭蓋骨あたりから、悲鳴が聞こえる!!

 

「痛い!!放して!!放してください!!ダメです!ダメですって!!

歪んじゃう!!頭歪んじゃいますぅううう!!!

ほ、惚れそうです!!師匠の美しさに、あどけなさが加わって惚れてしまいそうです!!

登校初日で、クラスのマドンナ確定だなぁあああ!

あぁあああ!!本当にかわいいなぁああ!!!

こんな娘のいる、学校生活送りたかったなぁああああ!!!」

 

「あん。褒めても何も出ないわよ?」

善の言葉にくすくす笑いながら師匠が手を離す。

離されはしたが未だに、頭部が痛む善。

 

「芳香ぁ、俺の頭大丈夫か?歪んでたりしないか?」

頭痛を押さえて芳香に頭を向ける。

 

「あ!大変だ!!頭に歯型が付いてるぞ!!

こんなにくっきり……大丈夫なのか?」

頭部に傷を見つけた芳香が驚く。

 

「いや、十中八九それ付けたのお前だろ!!

昨日だってさんざん噛みつきやがって!!」

 

「う、あー?覚えてないなー?なんのことだ?

キョンシーだから記憶がー、キョンシーだから仕方ないなー」

善の追及に対して芳香がそっぽを向いて、わざとらしく視線を逸らした。

 

「コイツ……!嘘つくな!!お前結構頭いいだろ!!

この前、ペラペラ夕飯の内容覚えてたのはビックリしたわ!!」

口笛を吹く芳香に善が迫る。

 

その様子を師匠はじっと見ている。

善の言葉の通り偶に芳香は変に記憶力が良い時が有る。

この前、善の記憶を消した時もそうで有った様に、師匠自身予測していない部分が芳香には有るのかもしれない。

 

(善と一緒に居させたせいかしら?

始めは只の護衛の積りだったけど、手足の関節の部分や……そう、この前の時もそう。

芳香は善の一緒にいる事で確実に変化してるわ……興味深いわね)

横目でチラリと二人を見ていた。

 

「所で師匠、外の世界に迎えに来てくれた時ってお金どうしたんですか?

こっちとは流通している通貨、違いますよね」

善の疑問は最もだった。

外の世界とこちらの世界では使用している通貨が違う。

しかし師匠は外で、食事をしたりさっきの様な服を買ったことに成る。

 

「ああ、簡単な事よ。

タヌキの親分さんから借りたわ、あの人少し前まで外に居たから外貨とか持ってたのよ。助かったわ~」

 

「へぇ、流石バァちゃん。頼りに成るな~」

心強い仲間の存在に善が小さく心躍らせる。

また今度会った時お礼を言わなくてはと、一人考える。

 

「そうそう、すっかり忘れてたわ。

はい。コレ、あなたにね」

何かを思い出した師匠は立ち上がると、隣の部屋から一枚の紙を持って来た。

チラリと見えた文面に善の頭が再び痛み出す。

 

「まさか……」

 

「はい、借用書。返しておいてね♥」

手渡されるののは、借金の明細書!!

結構な額の金額が書かれているのは一旦置いて置こう。

此処で問題なのが――!!

 

「なんで私名義何ですか!?

しかも利息が!!利息がやばい事に成ってるじゃないですか!!」

借金した人物欄の名前は『詩堂 善』!!

しかも利息は闇金も真っ青のハイレート!!

 

「返済期限いつだったかしら?」

 

「3日過ぎてますよ!!3日も!!

ヤバいやばい、やばい!!バァちゃん金にはシビアな所有るからなぁ……」

詩堂 善!!未成年にして初借金!!

 

「い、いや待て……拇印が押してあるけど俺の指じゃない……効力はないハズ……」

 

「命蓮寺の時覚えてる?折れた指一本回収したのよね」

僅かに見えた希望!!それをあっさり打ち砕く師匠の言葉!!

 

「うぁぁああああ!!!!なんで俺がこんな目にぃいいいい!!!

す、すぐに話をしなくちゃ!す、少し出かけて来ます!!」

バタバタと手早く準備して、善が家の外へと走り出した。

きっとマミゾウになんとか、待って貰えるように交渉しに行ったのだろう。

 

「気を付けていってきなさーい」

 

「帰りになにか買ってきてくれー」

その様子を師匠と芳香が手を振って見送る。

善が出て行った事を確認すると、居間の机の上に重箱を置く。

 

「さてと、やっと話が出来るわね。

針妙丸ちゃん?」

 

「ん……」

その箱に入っていたのは、小人の針妙丸だった。

何処か怯えた様な表情をしている。

 

「えっと、詩堂君のお師匠様だよ……ね?」

 

「ええ、そうよ。怯えなくても大丈夫よ?何もしないから。

今日はあなたに貸してもらいたいモノと見てもらいたいモノが有るの」

そう言って、師匠が針妙丸の小槌を取り出した。

 

「ッ!返して!それは小人にしか使えない――ううん、小人ですら完全には使いこなせない危険な道具だよ!!」

両手を伸ばすが師匠の手には当然届きはしない。

 

「けど、例外が有るのよね。私の弟子とか。

他にもきっと……」

 

「――ッ」

師匠の言葉に、針妙丸が黙り込む。

初めて善の会った時の宴会、どんな仕組みなのか善は小槌で一冊の本を呼び出してる。

 

「鬼……なら、きっと……」

すごすごと針妙丸が語りだす。

 

「もともとこの小槌は鬼の、道具だから……鬼なら使える――と思う。

試したことはないけど……」

この小槌のルーツ、それは針妙丸の先祖までさかのぼる。

暴れる鬼を退治して、鬼から奪った道具。

それこそが針妙丸の持つ小槌である。

 

「ふぅん……鬼の道具、ね」

師匠が顎に手を当て考え始める。

今回の様なケースは前にもあった。

フランの時だ、あの時善は妖力の結晶を取り込み悪魔の武器を使用している。

もともと、善の『抵抗する程度の能力』を混ぜた気は妖力と間違われやすい。

 

(抵抗する力がセーフティを外した、または妖力だと道具が誤認した可能性が高いわね……)

机上の空論かもしれないが、その仮説は師匠にとって朗報だった。

 

(妖怪の道具を使える仙人……いいわぁ、いろんな事が出来そう)

様々な想像が師匠の脳内で巡っていく。

気、意外に使える力が増えるのは単純にして強大なメリットだ。

デメリットが無ければの話だが……

 

「ありがとう、この小槌返すわね。

じゃ二つ目のお願い。

コレ、本物の小槌かしら?」

そう言って、師匠が二つ目の小槌を取り出す。

だがこの小槌は針妙丸の小槌とはデザインが大きく違った。

 

槌の面の一方が鬼の顔に成っており、頂きには鈴が付いている、更には松の掘り細工が側面にそして全体が金箔で染められている。

 

「初めて見るよ、こんな小槌……どこで手に入れたの?」

 

「何処だっていいでしょ?あなたはコレが本物かどうか、調べてくれるだけでいいの」

この小槌は、師匠を紫から助けた仙人の物だった。

去り際にこっそり師匠は仙人から小槌を盗んでいた。

 

「……たぶんで悪いけど、本物だよ……

只の道具じゃない、私の持ってる小槌と同じく妖怪――無いし少なくても妖力を持った存在が作った道具だよ」

長い間一族に伝わってきた小槌を受け継ぐ針妙丸だからわかる感覚。

妖怪の作った物には、普通と違うクセの様な物が出来る。

特に顕著なのが書物で妖怪が書いただけで妖魔本と呼ばれる本がある。

それにあやかるなら、この道具は『妖魔導具』とでも呼べるかもしれない。

 

「そう、本物なのね。ありがとう、それさえわかればもういいわ。

物騒だから、お墓の外まで送るわね。

芳香、お留守番お願い」

 

「分かったー」

笑顔を浮かべた師匠は針妙丸に小槌を返すと、墓場の外まで送って行った。

 

「ね、ねぇ……その道具使う積り?」

お椀の中の針妙丸が師匠に声を掛ける。

気になるのはやはり、見せられた小槌だ。

アノ道具は危険。それだけが針妙丸にはわかっていた。

 

「ええ、力が有るなら手にしますわ。

邪仙ですもの、私も、そして私の弟子のあの子も……」

ニタリと、邪悪な笑みを一瞬だけ師匠が浮かべた。

その顔をみた針妙丸は逃げる様に去って行った。

 

「とは言ったものの……どうしようかしら?」

墓場の真ん中で、小槌を適当に振り回す。

道具としての観点として、すでに師匠は小傘に見てもらっていた。

彼女曰く――『道具としての見た目は似せれるけど、複製するのは無理』らしい。

材料を見ると外に塗ってある金粉は、人の欲から出る金を流用した物だが要所要所にある金属器などは見た事すらない金属らしい。

 

「別の世界の道具かしら、平行世界かまたは――未来、とか」

 

「あぁ!!や~っと見つけた!やっぱりここかぁ!」

墓場に間延びした声が響いた。

師匠がその声の主の方を向く。

 

「あなたは……」

 

「へろぉ!邪仙さん、この前振りぃ」

ヘラヘラ笑って、頭にツギハギのうさぎ耳を付けたヨレヨレの白衣に身を包んだ女が立っていた。

間違いなく、あの時仙人が召喚した子の一人である。

 

「たしか、仙人様のお付きだったかしら?」

 

「半分せ~かい。私は、キョンシーさ」

そう言ってその女は、自身の白衣の腕をまくった。

ソコには、芳香の頭にある様な術式が入れ墨として彫り込まれていた。

 

「あら、ずいぶん個性的なキョンシーね?

制作者はあの仙人様かしら?」

 

「おっとっとぉ?質問は無しよ。

兎に角それ返してもらいたいんだけどなぁ?」

右手を師匠に向かって差し出す。

 

「へぇ、情報は渡さない積りね。

別にいいわ。けど、コレ正直言って気に入ってますの」

 

「返してほしければ取って見ろって事?」

師匠と、白衣のキョンシーの視線が交差する。

師匠が目を細め、白衣のキョンシーが牙をむく。

 

「追い返して差し上げますわ」

後ろに一歩バックステップを取った師匠が、指先に濃い紫色の光弾を無数に発射する。

 

「へぇ、先ずは小手調べかぁ」

白衣のキョンシーが両腕を高く掲げ、地面に向かって振りおろす。

その瞬間両腕が鳥の羽根に変化する。

両腕で風を掻き、空へ羽ばたく!!

師匠の放った光弾を簡単に飛び越えた。

 

「前はライオンの様な腕を使ってたけど……別の力も使えるのね」

 

「そぉうだよ。私、いや『私達』はご主人の傑作の一人ぃ。

偽りの獣(コード・ビースト)』の錦雨(にしきあめ) 玉図(ぎょくと)

よろしくね?」

空を悠々と羽ばたきながら、玉図が笑った。

羽を一部をばら撒くと同時に、急降下して師匠を狙う!!

 

「傑作?甘いわね、まだまだ」

その場を師匠も飛び上がり、空中で体を捻りつつ今度は半円型の気光弾を発射する!!

 

「本当にぃ?」

今度は玉図が腕を組むようにして、両手を自身の腋の下に持っていく。

そして、両腕をこすり合わせる様にして師匠に、灰色のトゲの様な物を複数投げる!!

半円型の気と、無数の刺が空中でお互いを消しあった。

 

「ハリネズミの力……ずいぶんマニアックね」

 

「残念コレはヤマアラシでした~」

目を細め静かに笑う師匠と、ヘラヘラと緊張感なく笑う玉図。

二人同時に笑いが止まる。

 

「ふふっ」

 

「あはッ!」

両人が体に力を纏う!!

師匠は濃い紫の様な気を――

玉図は金色の蜃気楼の様な力を――

墓場の中心で、二色の力がお互いを牽制し合う!!

 

「止めておきましょうか。不毛だもの」

先に言葉を発したのは師匠だった。

同時に自身の気を霧散させる。

 

「ありり?見逃してくれるのぉ?」

その態度に、玉図も警戒を解除する。

 

「ええ、あの仙人様には借りがあるモノ。

貴女を倒して恨みを買いたくはないのよね。

はい、コレ」

そう言って師匠が仙人から盗み出した小槌を返す。

 

「ふんふん。本物だね!

じゃ、交渉材料として持って来たコレは要らないカナ?

ま、持って帰るのも邪魔だし置いてくよ」

パチンと指を鳴らすと、墓の端に白い布でくるまれた何かが現れた。

玉図が近付き、布を取ると中から銀色の機械が現れた。

 

「コレは?」

 

「月の兎さん達が送り込んだ侵略兵器の足。

珍しい金属だから、山の上に放置してあるのを一本へし折って持って来た。

ちなみの小槌に使ってるのと同じ金属」

 

「へぇ、いただいておこうかしらね」

師匠がソレに触れた瞬間術式が展開され、地面に吸い込まれる様に消えていった。

後ろを振り返った時、もうすでに玉図の姿は無かった。

 

「さようなら、邪仙さん。またいつか会えるのを楽しみにしてるよ」

声だけが、何処かからか聞こえた。

 

 

 

 

 

その日の夜。

「あー、ひどい目に遭った……なんというか、はぁ……」

食事の席で善がため息を付く。

その恰好は、ボロボロだった。

 

「辛気臭いわね、やめなさいよ」

横目で善を見ながら師匠がつぶやく。

 

「あ、すいません……」

 

「ねぇ、善。あなたキョンシーに興味ない?」

師匠の言葉に、善が反応する。

隠しているつもりだろうが、横目で芳香も善の言葉に注目しているのが師匠にはわかっていた。

 

「実は少しあります。

外で芳香がケガしたとき、応急処置位しか出来ないので……」

 

「善……私の事を思って――」

善の言葉に芳香が胸を打たれたような顔をする。

 

「…………」

師匠としては「キョンシーを作る気は無いか」という意図で質問したのだが、正しく理解されなかった様だ。

 

(まぁいいわ。善は芳香と一緒に居るだけで満足だものね)

 

何時か善が「芳香をください」というのではないかと一瞬おもって、思わず口元が緩む師匠。

その時一体芳香はどんな顔をするだろう?

そして自分はどんな顔をして、善に言葉を返すのだろう?

 

「なんか、師匠が黒い笑みを浮かべてる……」

 

「あら?お師匠様のご尊顔に向かってなんてことを言うのかしら?

お仕置きね」

 

「すいませんでした!!師匠の顔はいつも魅力的です!!」

 

「まぁ、うれしい。お礼にお仕置きの量を増やしてあげるわね」

 

「なんでですか!?止めてくださいよ!!師匠!!」

 

 

 

 

 

外伝~立ちふさがるモノ~

 

炎が燃える。人、一人どころか山一つ消し炭に変える様な炎の柱が――

 

「やられたな、今回の地獄長も考えたな……」

その真ん中で、一人の仙人が立っていた。

仙人の逃れられない宿命、100年に一度の死神の襲来だ。

 

「触れれば大火傷……では済まないな。

しかも、酸素をどんどん消費してる……下手に手を出したらバックファイアでドカンか……

炎はあくまで手段で狙いは窒息か。

小槌と玉図の無いタイミングを狙ったか」

そう呟いた瞬間、仙人の横を何かが通り抜ける。

黒いローブで顔は見えないが、手にはかぎ爪を装備している。

獰猛なうなり声が、フードの下から聞こえてくる。

おそらく、死神。それかもっと恐ろしいナニカ。

 

「なるほど。監視も居るのね」

唸るような声を上げ、かぎ爪を振りかぶりナニカが跳躍する!!

 

 

 

「たっだいま~」

玉図が炎の柱を見ている軍服姿で背中にライフルを背負った少女に声を掛ける。

彼女も、少し前に師匠たちに姿を見せた人形だ。

 

「玉図、首尾は?」

 

「この通りぃ。

お、久しぶりの死神じゃん。いーなー、遊んでもらえて……」

退屈そうに持ち帰った小槌を振り回す。

 

「ふぅ、暑かった……」

その時後ろに、仙人が降り立つ。

着ていたマントや、狐の仮面が焦げてなくなっている。

 

「主様、ご無事で!」

 

「おっかえーりん!&ただいま~。

ほい、コレ」

二人が仙人に挨拶する。

玉図が小槌を投げ渡す。

 

「ありがとう、玉図。

少し焦ったよ、何処でなくしたか、心当たりが無くてね」

 

「いやいや~」

遠慮気味に笑った時、仙人の懐から電話の音がした。

 

「あ、すまない。ちょっとでるよ」

裾に手を突っ込み、黒電話の受話器が出てくる。

顔が笑顔に成った為、玉図は相手が誰だかわかった。

仙人が急にデレっとした声に変る。

 

「はぁ~い。ドしたのかなぁ?パパでちゅよ~

お話し、したくなったのかなぁ?何を――

え”!?ベットの下の本……!?」

 

雲行が悪く成ったと、玉図が思った。

 

「いや、違うんだ!本当に愛してるのは、君たちだけで――けど、興味がある的な――

帰ったらちゃんと説明するから、ママには――

ええ!?もう見つけた!?実家に帰ってる途中!?」

仙人は受話器を取り落とした、袖口からコードでぶらぶらと揺れる。

一息つくと仙人がキリリと表情を直す。

 

「二人とも、私にはやるべきことが出来た。

各自解散!!自由行動!!」

それだけ言い放つと、小槌を腰にすえ、背中からガラスに走るヒビの様な形の羽根を展開して超高速で飛び去って行った!!

 

「大変だねぇ」

玉図はヘラヘラと楽しそうに見ていた。

 




出来ればあまり出したくないオリキャラシリーズ。
玉図は謎の仙人のキョンシー。

非常に俗っぽい性格で忠誠心が薄い。
動物の能力を使える。
基本それだけ、たぶんもう出ない。



因みに完良が思った以上の人気で驚いてます。
オリキャラが愛されるのはうれしいですね。


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コラボ!!東方悪夢男‐フレディ・クルーガーが幻想入り‐!!

さて、今回はコラボと成りました。
お相手は流星のインプレッサさんの『東方悪夢男‐フレディ・クルーガーが幻想入り‐』です。
実はかなり前から、応募してくださっていた作品でやっと発表出来ました。
フレディの活躍がメインなのですが、結構なブラックなシーンもあり、ホラーとクロスしてるんだなぁと感じさせてくれる作品です。

因みに私は、ホラー作品が苦手です。
怖いのは苦手なんですよねぇ……


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

静かに雪の降る夜、雪雲もまばらで雲の切れ間から満月が優しい光で大地を照らしている。

 

「ふぅ……」

そんな真夜中の庭で、師匠が自宅の縁側に座り熱燗を煽る。

ため息をつく度に、吐息が白く濁り雪の中へと消えていく。

 

「私に何か用かしら?」

そんな中、不意に自身の後ろに誰かが立つ気配を感じる。

それが誰かなど確認する必要はない、彼の持つ独特の気は背中越しでも簡単にわかる。

 

「善?」

師匠の横を通り過ぎ、善が雪の薄く積もる庭へと裸足で降りる。

一瞬の躊躇い。そして小さな一呼吸。

そして、善の口が開かれる。

 

「お師匠様……お師匠様!!

わた、私は!貴女様の事をお慕いしております!!

どうか、どうか私を恋人にしてください!!」

ズボンの濡れる事など気にせず、善が片膝をついて頭を伏せる、そして自身の右手を掌を上にして師匠に差し出す。

 

「へぇ……?」

その姿を見て、師匠が足を組み替える。

何かを考える様に、顎に手を当てる。

そしてとあることに気が付く。

 

(ああ、コレ『夢』ね。今は春で雪なんて降らないし、善は私の事を『お師匠様』とは呼ばないわ……)

一瞬だけ残念な気もしたが、コレが夢だと解ればそれはそれで面白い。

 

明晰夢。

それは今自分が見ている夢が夢であると、理解した場合その夢の内容をある程度自由に出来るという物。

無論今の様な状況をさす言葉である。

 

(せっかくのシチュエーションだし、少し遊ばせて貰おうかしら?)

そう考えると、師匠は邪仙と呼ばれるにふさわしい笑みを浮かべた。

 

「お師匠様!どうか、どうか――うわッ!?」

尚も頭を下げて跪き続ける善の顔を蹴とばす!!

 

「この未熟者は一体何を言ってるの?

修業中の分際で、色恋事にうつつを抜かすとは何事かしらぁ?

しかもよりによって自分のお師匠様に手を出そうなんて……

それに忘れたの?私もう結婚してるのよ?」

白く染まりつつある庭に、蹴られた善が転がり怯えた様な表情で師匠を見上げる。

小さく唇を舐めた師匠は、倒れる善に近づきその首掴む。

 

「お、お師匠様……申し訳ありません……けど、心よりお慕いしております……

どうしても、たとえどんな障害が有ろうとも、師匠の心に決めた人が居ようと!!

この気持ちは抑えきれ切れないんです!!」

 

「くどいわ。そんな言葉もう聞き飽きてるの、私に言い寄ってくる男は幾らでも居るもの。

そんな有象無象達に無い魅力が、あなたに有るのかしら?

ねぇ、善?私があなたを選ぶ事に対するメリットは、なぁに?」

善の服の胸元を掴んで、自身の顔の高さまでもってきて目を覗き込む。

 

「お師匠様に私の全てを捧げます!!身も、心も、魂すらお師匠様に!!

どんな事でもします、そんな苦行にでも耐えます!!

恋人にしてもらえなくても結構です!どんな扱いでも構いません。

だから、だからどうか!!私を、私をおそばに置いてください!!」

 

「へぇ……本当に私に全て捧げるの?

今の自分の全部を捨てて……私のくだらない遊びの為だけにあなたの残りの人生を消費してもらう覚悟があるの?」

尚も頼み続ける善を見下ろす師匠。

 

「はい勿論です。私を近くに置いてくださるなら……

私の全てをお師匠様に差し出します!!お師匠様を愛してます!!」

善の話す卑屈すぎる一言一言を聞く毎に、師匠の背筋にはゾクゾクした快感が走り、口元が意図せずにやける。

 

「ふふふ……そこまで言うなら。

いいわ、ええ、いいわ。あなたの人生で遊んであげる。

うふふふふ……後悔しても、もう遅いわよ?

さぁ、先ずは――」

 

ガサッ――

 

「おい、ゴーストフェイス!見ろよ、この寒いのに野外でSMやってるぜ!

実際あんなのって居るんだな!!」

 

「不味いっスよフレディ先輩!見つかったら半端じゃなく気まずいっスよ!!

っていうか、早く帰りましょうよ!!」

家の茂みの外、小さく空間が開いた部分に二人組の異様な恰好をした男がいた。

一人はフレディと呼ばれた長身で焼け爛れケロイド状の顔をし、右手にかぎ爪を装備した恐ろしい風貌の男。

もう一人のゴーストフェイスと呼ばれた男は、顔にムンクの叫びの様な表情の仮面をかぶっている。

 

いずれにせよ、異様な風体といえるだろう。

 

「大丈夫だって!意外とプレイに夢中で気が付きはしない。

イザと成ったら夢を操って――」

 

「先輩!あの人、ムッチャこっち見てるっスよ!!」

 

「マジか!?」

まるでコントの様なやり取りを始める二人。

そんな二人に師匠がゆっくり笑って近づいていく。

 

「ねぇ、さっきの話もう少し詳しく聞かせて?」

成るべく優しい笑みを浮かべて、師匠が二人に話しかけた。

こうして邪仙は、悪夢を操る殺人鬼に巡り合った。

 

 

 

 

 

「ふぅ~あ……」

早朝、善が目を覚ましあくびと共にベットから這い出す。

 

「んぉ?善、起きたのか?」

 

「おう、芳香。早起きだな……おはよう……」

珍しく少しだけ先に起きていた芳香に挨拶をして、芳香の使っていた布団を片付けようと押し入れを開ける。

 

「おっと、私がやるから善はじっとしていてくれ」

ヒョイっと、布団を持ち上げ押し入れの上の段に仕舞った。

善はその様子を()()()()()()

 

「さ、ご飯を食べに行こうな」

そう言って芳香が善に笑いかけ、ヒョイっと善を抱き上げた。

 

「おお、そうだな。師匠に髪の毛を結ってもらいたいしな」

二人は仲良く、居間まで歩いていった。

 

 

 

「あら、二人ともおはよう。早く座りなさい、すぐにご飯に成るわ」

ちゃぶ台の前で、師匠が座って待っていた。

 

「師匠ー、髪結んでもらって良いですか?」

 

「構わないわ、こっちにいらっしゃい」

善は立ち上がり、ニコニコと楽しそうに笑う師匠の膝の上に座った。

櫛で優しく善の髪を梳いてくれる、善はこの時間が大好きだった。

思わずウトウトしそうな時間が過ぎていく。

 

「はい、出来たわよ」

師匠の言葉に反応して飾ってある鏡を見ると、自身の長い青みかかった灰色の髪は師匠の様な形に結わえられている。

 

ズキンッ

 

「ッ――――!?」

鏡を見ると同時に、善の脳裏に痛みが走った。

 

(おかしい、変だ)

 

そんな言葉が、脳の奥から聞こえて来た。

 

「あれ……?なん……で?」

ぬぐい切れない大きすぎる違和感。

それがちくちくと善の脳内を責める。

 

「どうしたの?」

師匠の言葉に反応するのも忘れて、鏡に映る自分を見る。

そこに写るのは幼い少女――(おかしい)

さっき結ってもらった自慢の青味の有る灰色の長い髪――(自分はこんな髪形ではない)

おねだりして、作ってもらった師匠お手製のお気に入りのワンピース――(そんなものは有りはしない!!)

 

何時も見ているハズの景色すべてに違和感がある!!

コレは違う!!コレは正しい姿ではない!!

全細胞、全神経、全身がそう叫んでいる!!

 

「ね、ねぇ、師匠?私と師匠の出会いって、どんなんでしたっけ?」

思わず疑問が善の口を突いて出る。

その瞬間、師匠の瞳がスゥッと鋭くなった。

 

「何言ってるの?もう忘れたの?

外の世界に行った時に、あなたが両親に捨てられていたのを拾ったんじゃない。

「お母さん」って呼んでって言うのに未だに呼んでくれないのよね……」

 

(違う!違う!!違う!!!)

違和感がすさまじく大きな意を唱える!!

そうではない!!と強く強く!!

 

「ち、違――」

 

「ご飯の時間スよ!」

 

「ああ~、腹減ったぜ」

善の言葉をかき消す様に二人の男たちが扉を開けて入ってるく。

その男たちの風体に、善はギョッとしてしまう。

鍋を抱えた男はまだいい、ムンクの叫びの様な仮面は確かに異様だがそのインパクトはもう一人の男の恰好ですっかり消えてしまっている。

 

「おう、善ちゃん。俺の顔に何かついてるかい?それともイケメン過ぎて惚れちまったかな!?ヒヒヒヒヒヒヒ!!」

ケロイド状の焼け爛れた顔に右手に付けられたかぎ爪、フランクに話しかけるがこんな男は見た事がない!!

善の違和感が頂点に達した!!

 

「アンタ誰ですか!!あなたの顔なんて、一回も見た事無いですよ!!」

 

「あ”あ”!?今俺のこのケロイド顔のこと何つった?」

平穏な空気が一瞬にして壊れた。

怒り狂う男が、手のかぎ爪をカチカチと鳴らす。

 

「俺の火傷にケチつけてムカつかせたヤツは何モンだろうと許さねぇ!このケロイド顔がデ○ィ婦人みてぇだと!?」

 

「いや、別に顔の事を言った訳では――」

 

「確かに聞いたぞコラァ!!」

 

ダン!!

 

机に拳を叩きつけるケロイド顔の男。

事態を見ていたもう一人の仮面の男が止めに入った。

 

「ちょ、先輩止めましょうって!!」

 

「貶す奴はゆるさねぇ!!そのかわいい顔をズタズタに――」

 

「フレッド君、そこまでよ」

静観していた師匠が、穏やかな口調でフレッドと呼ばれた男を止める。

一瞬だけ、嫌な顔をしたがすぐにフレッドは爪を片付けた。

 

「ごめんなさいね?この子、寝ぼけてるみたいで……

二人とも自己紹介、してくれるかしら?」

 

「ああ、俺の名はフレッド・クルーガー……っても、あだ名フレディの方が名として通ってるぜ」

 

「ゴースト・ファイスっス!フレディ先輩の後輩ス!

どうしたっスか?寝不足っスかね?今日は早めに寝るっすよ?」

フレディが納得いかなそうに、ゴーストファイスは元気に自己紹介をしてくれた。

 

「ね?思い出した?二人とも、ずっと一緒に居たじゃない?」

師匠が話しかけると、二人と今まで過ごした記憶が蘇ってくる。

皆で、出掛けた温泉。

皆で、行った花見、皆で行った宴、食事、修業……

確かな記憶が蘇るがそのどれもが現実感の無いモノばかりだった。

 

「ん~?」

何とも言えない不思議な違和感を感じつつ善は朝食を終えた。

 

 

 

 

 

「此処は墓場だ、キョンシーがいてもおかしくない。そうだよな?

キョンシーが居るなら、悪夢を操る殺人鬼も、謎の仮面の男が居てもおかしくない。

……のか?」

ぬぐい切れない違和感から逃げる様に、善は家をでて墓場の墓石に腰かけていた。

 

「よぅ、善ちゃん。さっきぶりだな」

 

「あ、フレディさん……」

家の方から、爪を振りながらフレディが歩み寄ってくる。

記憶は知ってるのに、はやり大きな違和感がぬぐえない。

 

「お前、俺の事知らないだろ?」

さっきまでのふざけた態度を捨て、確認する様に聞いてくる。

 

「正直言って、すごく違和感がありますね……っていうか、自分の体事態にもですけど……」

そう言って、自身の恰好を見下ろす。

幼い少女の体、見覚えは有るのだが……

 

「よしよし、やっと味方が出来たな」

 

「味方?」

善の問いに、フレディがケロイド顔をニタリとゆがめる。

 

「ネタバレしちまうとこの世界は夢の世界だ。

本物のお前は今頃ベットでグッスリ、オネンネ中って訳だ。

因みに夢だから、こんな事も出来るぜ!!」

善の目の前で、フレディが自身の顔の皮をプロレスのマスクの様に引っぺがす!!

 

「ほい、やる」

 

「うぉぉおおお!?」

叫ぶ善を他所に、皮がめくれ頭蓋骨を露出したフレディが皮を善に投げ渡す!!

 

「オイ!優しくキャッチしろよな!!」

 

「いやぁあああ!!!」

投げ渡された皮膚が勝手にしゃべりだし、更に善が驚く。

 

「どうよ、ビックリしたか?」

 

「心臓止まるかと思いましたよ!!二度としないでくださいね?

これ以上やると本気で泣きますからね?」

 

「いいセリフだ。感動的だな。だが無意味だ。

という訳で、今度は頭蓋骨を――」

 

「ヘェイ!パッス!!」

頭蓋骨を投げようとする、フレディにさっき渡された顔の皮を投げつける!!

 

「イッテェ!!何しやがる!!」

顔面に自分の皮を投げつけられたフレディが不満げに話す。

 

「はいはい、茶番ばっかりでちっとも話が進まないので要点だけお願いします。

いろいろと気になることもあるんで」

憤るフレディに対してあくまでも善が、淡々とした事務的な口調で話す。

その態度にすっかりフレディもへこんでしまった。

さみしそうな顔をして、さっき投げ返された顔の皮をかぶる。

 

「この幼女、ノリ悪ィな……ま、いいや。

俺の種族は夢魔、夢を操る種族だ。

ぶっちゃけるとこの夢の世界の基盤は俺様が作ったんだぜ?」

なるほど、さっきの顔面の皮等のおかしな動きはのその能力に依る物だったんだろう。

夢という『なんでもアリ』の世界を操る能力、師匠が見たら大層喜ぶだろう。

そこまで考えて、善は思わずハッとした。

 

「えっと、まさか……」

自身の悪い予感が外れてるのを願ってさらにフレディに言葉を促す。

 

「少し前、ゴーストファイスを連れて適当に夢の中を散歩してたんだよ。

体の良いストレス解消的な?けど、な~んか調子悪くてよ。

夢の中で迷子に成っちまったんだよ。

気が付いたら、あの女の近くで――」

フレディの言葉に、善は思わず頭を押さえる。

事態は最悪の方向にに向かっている気がする。

 

「うわぁ……もう聞きたくない、現実逃避して家でふて寝したい」

 

「いや、むしろ寝てる最中だぜ?んでな?

突然お前の師匠に、ぼっこぼっこにされて気が付くと――!!

子供に成って――」

 

「あー、はいはい。このザマですね」

善が自身のスカートをつまんで見せる。

 

「へっへっへ……ウェルカム、トゥ、ナイトメア。

俺の悪夢へようこそ!!」

 

「乗っ取られてるじゃないですか!!」

恰好付けるフレディに、善が全力のツッコミを入れる!!

 

「ぐす……気にしてんだよ……」

するとすぐに態度を改め、フレディが泣きまねを始めた。

 

「はぁ、ってか起きれば万事解決じゃないですか?

結局の所夢でしょ?起きれば消えるハズ――」

 

「そこは俺の能力よ!夢で負った傷は現実のお前にフィードバックするぜ!」

 

「現状ではマイナスにしか働いてない!!」

善は今の自分の姿を思い出す。

さっきのフレディの『夢』という単語で思い出したが、自分は幼女ではない。

この体は、前に師匠が作った緊急事態用のキョンシー「詩堂娘々」だ。

自分の性別は男でおっぱい大好き。思春期だから、男の子だから仕方ない。

そう、自分は男だ。うんそうだ。そう思いつつ、足の間に手を持っていく。

理解した瞬間、サァーっと血の気が引いていく。

 

「なくなってる……俺の相棒(エクスカリバー)が!!俺の黄金回転の鉄球が!!」

 

「ボールブレイカーしちまったな!!ぎゃははは!!」

他人事のフレディは自身の言葉がツボにはまったのか、ゲラゲラと大爆笑している。

 

「お、起きれば元に戻りますよね!?元気な相棒が帰ってきますよね!?」

 

「起こすのは簡単だ。そう、赤子を殺すより楽な作業よ……

けど、さっき言ったみたいにフィードバックするから、姿はそのまんまだな!!」

すがるような善の言葉をフレディが最悪の形でアッサリ一蹴する。

 

「うっそだ……最悪だ……」

 

「まぁ元気だせ、女として生きれば良いじゃないか。

金持ちイケメンと結婚して玉の輿狙えるぜ?」

 

「誰のせいでこんな事になったと思ってるんですか!?」

無神経な神経を逆なでするようなセリフに善が、立ちあがってフレディの胸倉をつかもうとするが、当然身長差で届きはしない。

 

「落ち着けよ、()()()()()?お前のお前がこうなったのは、お前の師匠が夢の中で暴れてるからだ。そして夢の中で暴れて現実に影響を出すのは俺のせいだ。

もっとも、そうなったのもお前の師匠に手を貸したせいでもあるし……ハッ!

俺のせいだ、全部俺のせいだ!ははははは!聞いたかよ?全部、全部俺のせいさ!!

だが俺は謝らない!!」

無駄にキリッとした顔で、フレディが善に言い放った。

 

(この人、絡み辛い……)

無駄に高く、更に話題が簡単に変わるフレディに、善が辟易する。

 

「一番の方法は、お前の師匠をこの夢から追い出す事だな。

夢をゆがめてるのはソイツだし、後は俺の力で何とかしてやるよ」

 

「へぇ、私に逆らうのね?」

 

「「!?!!」」

やっと示された解決案、その最中聞きなれた声が善の耳に届く。

この声は間違いない。

 

「し、師匠!」

二人の少し離れた場所。

そこにふわふわと師匠がアンバランスな位置で揺れていた。

 

「違うでしょ?私の事はお母様か、母上でしょ?」

 

「違いますよ!あなたは私の師匠です!!」

言い含ませる様な師匠の言葉を振り切り、善が毅然とした態度で言い放つ。

その瞬間、師匠の表情が暗くなった。

 

「あら、すっかり思い出しちゃったのね。まぁ、良いわ。

フレッド君を殺さず生かさずで捕まえといて、その後いくらでもイジってあげればいいんだもの」

表情をコロッと変え、楽しそうに平然と師匠が言い放つ。

夢とは言え、世界を自由に出来る力を手に入れた影響かもしれない。

まぁ、もともとの性格がこんな感じだった気もするが……

 

「お前の師匠、スッゲェ怖えな!暴走してんのか?」

 

「いえ、平常運転です」

怯えるフレディに、訂正をする。

そうだ、思い出してきた。

この人は大体こういう性格だ。

 

「まぁいい、せっかくそっちが来てくれたんだ。

此処でぶっ倒して俺は元の世界に帰らせてもらうぜ!!」

 

「えーと、私も元の体が恋しいので……」

意気揚々と手の爪を掲げるフレディ、オズオズと頭の簪として使っている、小型レーヴァテインを構える善。

 

「ふふっ、必死ね。いいわ、ゲームをしましょうか?

私はあなた達に手を出しはしないわ。

代わりにこの子達を相手してもらいましょうか」

 

パチン

 

師匠が指を鳴らすと同時に、ゴーストフェイスと芳香が駆けつける。

 

「そいつ等が相手か?このフレディ、顔見知りでも容赦せん!!

俺のかぎ爪が血を欲してるぜ、ヒヒヒヒヒヒヒ!!」

意気揚々と言った感覚で、フレディがべろりと長い舌で自身の爪を舐める。

明かに敵役なポーズに、一瞬だけ善が何か言おうとしたが結局止めて口を閉じた。

 

「あはは、違う違う。この子達はギャラリーさ。

私の戦いをなるべく沢山の人に見てもらいたいからね」

聞きなれない声が響き、善が声の主に顔を向ける。

そして時間が止まった様に体が動かなくなった。

 

「な、なんで――」

 

「さぁ、私が相手ですよ」

フレディと善の前に現れたのは、もう一人の善だった。

だが恰好が違う、光沢のある体のラインの出るライダースーツの様な恰好に身を包み、腰からコートの裾が広がる様に左右計6枚の布がスカートの様に揺れる。

そして肩には闇色のマントを風にたなびかせ、マントの内側に背中に背負う様に大剣を持っている。

 

「この子は、私の理想を投影した弟子。勝てるかしら?」

 

「行ってきます。私のお師匠様」

その言葉と共に、弟子が背中の剣に手を伸ばす。

大剣に巻き付く血のようなシミの広がる包帯を解く、その下から出てきたのは巨大な鉈にも見える大剣。

飛び上がり、善とフレディの中間に大剣を振りおろす!!

 

ガギィン!メシャ!!

 

大剣の重量かそれとも使用者の技量か、墓場の石畳が大きなヒビを入れられそこに切っ先がめり込んだ。

弟子がその剣を左手で逆手に持ち、右手に紅い気をバチバチとスパークさせる。

角度的に影に成った顔半分が、血のような色の気によって照らされる。

 

「うふ、このゲーム私の勝ちかしら?」

 

「ハッ!どうかな?テメェは俺を怒らせた。

こっちも隠し玉の出番だ!!」

何処からともなく、フレディが黄色のよくわからないアイテムを取り出す。

一世代前のゲームカセットを入れる様な穴が二つ在り、ピンクのレバーと液晶画面が見える。

次世代のゲーム機だと呼ばれれば信じてしまうようなデザインだった。

ソレをフレディは、腰にくっつける。瞬時に皮ベルトが腰に巻き付きソレが巨大なベルトのバックルだったことが分かる。

 

「夢の運命は俺が変える!ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!」

フレディの手にプレートの様な、ピンクのガジェットが現れる。

持ち手の部分にピンク色をした一等身キャラが書かれている。

小さな黒いスイッチをフレディが押して、ベルトに押し込む!!

 

『マイティアクションX!!』

 

「ゲームなら俺に任せとけ!!変身!!」

 

『ガッシャットォ!!レッツゲーム!ムッチャゲーム!メッチャゲーム!!ファッチュアユアネーム?』

 

『アイアムカメンライダー……』

フレディの声と、ベルトから漏れる音が交互に聞こえてくる。

まばゆい光に包まれ、その中から現れたフレディは姿が変わっていた。

 

3等身位の、ゆるキャラみたいな奴に……

 

「フレディさん!?それ、どー見ても戦力下がってません!?」

どっからどう見ても強そうではないキャラクターに善が焦る。

この戦いは文字通り自分の将来がかかっている。

こんなキャラに任せて大丈夫なのか?という心配がどうしてもぬぐえない!!

 

「大丈夫、大丈夫、見てろよ?大・だ~い変――シン!?」

弟子が大剣を使って、思いっきり変身したフレディを殴り飛ばす!!

 

「脆いな」

ころころと地面を転がるフレディを弟子が見下ろした。

 

「お前、変身中を狙うのは卑怯だろ!!お約束を守れよな!!絶対にゆ″る″さ″ん″!!!」

ずんぐりむっくりした体形で、何とか立ち上がろうとしてバランスを崩しまた転ぶ。

 

「ああ、もう!何やってるんですか」

善が尚も倒れるフレディに近づき何とか助け起こす。

やはり、どう考えていても戦力が下がってる気がする。

 

「うふふ、どうするの?このままじゃ、時間切れが近いんじゃない?」

 

「時間切れ?」

師匠の言葉に、善が反応する。

そう、と一回言葉を区切って師匠がまた説明を始める。

 

「永遠に眠る事なんて、出来ないでしょ?

どうしても朝が来れば起きるわ。

その瞬間あなたの今の情報は固定されて、その姿で新しい人生が始まるのよ?

勿論この子のもね?」

そう言って、傍らに寄り添う自身の理想を投影した弟子の頭を撫でる。

弟子はその手を恍惚とした表情で見ていた。

 

「正直言ってヤベーな……、ある意味アイツは俺様の力の一部から生まれてる。

要するに、俺と同じような力を持ってる」

 

「マジですか……それって、事実上無敵なんじゃ?」

さっきのフレディのパフォーマンスを思い出す善。

自身の顔面の皮を剥がして、簡単に元に戻し、いきなり見たことの無いアイテムで全く別の存在に変身する。

夢という独壇場では、フレディに適うものなど在りはしない。

 

「俺が居るから、条件は同じハズだ!!」

元の姿に戻ったフレディが、またしても弟子に襲い掛かる。

しかし、簡単に防御されてしまう。

 

「うわぁぁあぁぁ……!」

フレディが弟子に殴られ、宙を舞い石畳に落ちる。

 

「わ、私も――」

善も弟子に襲い掛かるが、簡単に腕を掴まれてしまう。

 

「君はお師匠様のお気に入りだから、傷付けずに持って帰ろうかな」

 

「放せ!!」

振り払おうとするが、力の差かどうやっても振りほどく事が出来ない!!

圧倒的な力の差を感じる善。

 

「俺の前で、幼女の手握って楽しそうにしてんじゃねーよ!!

妬ましいなコイツゥ!!パルパルパルパルパルパルパルパルパr(ry」

フレディの攻撃をあっさりと、弟子は回避する。

余裕のある弟子に対して、フレディは息が切れかかっている様だった。

 

(はぁはぁ……やべぇな……上手く力が使えねぇ……やっぱ邪仙なんか、手を出すんじゃなかったぜ……)

その胸の後悔が出でるが、弟子のニヤけた顔を見た瞬間そんな気分も消えていった。

 

「けどテメェの顔がムカつくから殺す!!」

再び、弟子に向かって爪を振るう!!

今度は爪ごと、素手で捕縛されてしまった。

 

「夢魔のフレディか……夢を操るという、類稀な能力……か。

結構面白かったけど――バイバイ!!」

弟子が善を話し、拳をフレディに向ける!!

 

「ばーか、俺の目的はこっちだぜ」

 

トン

 

フレディが、善の額を弱く小突く。

その瞬間、善の背後に黒い穴が出来てそこに落ちていく。

 

「ワリィな、俺のせいでこんな目に遭わせちまって……

結構反省してるんだぜ?だから、せめてお前は自分の夢に帰れ」

最後に不敵な笑みを浮かべ、フレディが善を穴に押し込む。

正直言って賭けだが、今は仕方ない。

コレは自分と邪仙の問題だ、弟子とはいえあまり関係ない者をこれ以上巻き込むのは容認できなかった。

 

「ふぅ、逃がしたか。ま、近いうちにまた探せばいいか」

弟子はフレディに向かって、大剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

真っ暗な夢の境目とでもいうべき空間で、善が暴れていた。

フレディに師匠の夢から逃がしてもらった為か、恰好は元の少年の姿に戻っている。

正直な話、フレディと師匠の問題なのだろうが放っておく事は出来ないと思った。

何とかして、師匠の夢に戻らないといけない。

 

そう考えて、善は何もない空間でどうにかして、戻ろうと暴れていたのだ。

 

「あー、くっそ!師匠も師匠だけど、フレディさんも何してんだか。

早く戻らないと……」

 

クスクス……

 

その時善の耳を、小さな声がくすぐった。

 

「だ、誰だ!?」

振り返るが誰もいない、さっきと同じく闇が広がっているだけだった。

しかし、何かが居る気配は消えなかった。

 

「あ~ら、ずいぶん乱暴です事。わたくし、怖くなってしまいますわ」

 

「!?」

直ぐ耳元でくすぐる様に誰かの声が消えた。

 

「あ、あなたは――」

 

「『あなたは誰ですか?』なんて、言わないでくださいましね?

もう何度も、相まっていますのよ?わたくし達は」

その声を聴くと、善の脳裏に白黒のポンポンの付いたワンピースが脳裏に浮かんだ。

 

「あ……」

牛の様な尻尾がシュルリと善の頬を撫でた。

 

「思いだしてくださったみたいですね?本当なら正式に自己紹介したいのですけど……

今、切羽詰まってまして……夢の支配者、とだけ名乗っておきますわね?

『初めまして』は次回にしましょうか。

けど、お近づきの印にこれを――」

 

ソレは自身の右手にふよふよ浮かぶ、半透明の物体を善の顔の前に持ってくる。

それはやがて、形を新円の球体へと変化させた。

 

「コレは?」

 

「『オカルトボール』と呼ばれていましたわね、確か。

貴方にはお願いがありますの、コレでこの騒ぎを片付けて来てほしいんですの。

お師匠様にも、偶には()()()したいでしょう?」

善は何かに導かれる様に、ソレを手に取った。

 

 

 

 

 

「ぐぁ!」

投げ出されるフレディを師匠と弟子が見下ろす。

弟子が、大剣を構えてとどめを刺そうとする。

 

「待ちなさい。善を逃がしたのは困ったわね……

もう少し、フレッド君にはやってもらう事が有るわ。

逃げない様に、気絶だけはさせておいて」

 

「了解しました!!!お師匠様、貴女様の命ならどんな事でも!!」

弟子が大剣を振り下ろすその瞬間!!

地面からせり出した、黄色と黒の標識によって剣撃が止められる!!

 

「ん?」

 

「あ”?」

 

「あら?」

その場の全員が、突如湧いた謎の物体に眉を顰める。

 

カンカン……カンカン……カンカン……

その物体についていた赤いランプが左右交互に点滅し始める。

フレディ、師匠の両名はその道具に見覚えがあった。

師匠に至っては、少し前に見たばかりだ。

 

「……踏切の……遮断機?」

師匠がその道具の名を言った。

 

「そうですよ。よく知ってますね」

よく通る声が響き、3者が視線を向けた先には小さな幼女が、手にボールを持って立っていた。

 

「フレディさん、もう一回いけますか!?」

善の何かを決心した顔をみて、フレディがニタリと笑った。

答えはもう決まっている。

 

「勿論だ、フレディ様を舐めるなよ?」

 

「回収して頂戴」

 

「はい、お師匠様!!」

師匠の言葉に、弟子が剣を捨て飛んだ!!

善はその様子を冷静に見て、手に持つボールを砕いた。

 

「出発進行!!『最終電車あの世逝き』!!」

 

カンカン……カンカン……カンカン……カンカン……カンカンカンカンカンカン!!カンカン!!!カンカンカンカン!!!カンカン!!!!カンカンカンカンカンカンカンカン!!カンカンカンカン!!カンカンカンカンカン!!カンカンカン!!

 

地面から無数の遮断機が出現して、師匠と弟子の視界を覆いつくす!!

耳に聞こえるのは、無数の遮断機の警告音!!黒と黄色と警告音が全てを塗りつぶした!!

 

「は!?」

次の瞬間、師匠は電車内で目を覚ました。

意識ははっきりしているのに、体が動かない。

声を出すのも、殆どできない。

唯一動く眼球で周囲の様子を確かめる。

 

「ん?」

車両の前から誰かが歩いてくる。

それと同時に、車内にアナンスが流れる。

 

「皆様ー、ご乗車大変ありがとうございます。当電車猿夢特急はあの世逝きと成っております。

乗り換え、途中下車等不可能なので、あらかじめご了承お願いしますー」

マイクを持った髪の長い子供が後ろの方へ歩いていく。

その後ろに男が小さく「ランランルー」と良く分からない言葉を呟いて追従している。だがその右手に、光るかぎ爪を見つけ師匠が小さく息を漏らした。

なおもアナウンスは続いている。

 

『次はー、生け造り、生け造りでございまーす』

 

今、なんと言った?師匠がそう考えていると途中で――――

 

「イイィギギャァァアアアア!!!!」

 

後ろから悲鳴が聞こえる!!

何かが激しく暴れる音!!

そして、自分の方まで謎の赤い液体が飛んでくる!!

突然の悲鳴に師匠が身を縮こませる!!

 

『次はー、抉り出し、抉り出しでございまーす』

 

「ぐぅあ!!はああ、あっ、あぁああ……あああ!!」

アナンスが響いた次の瞬間、すぐ後ろの席から声が聞こえた!!

グリグリと何かを、回すような感覚!!

更に飛び散ってくる赤い液体!!

 

ボトン!!

 

師匠の視界の端、列車の通路の真ん中に何かが落ちた。

それに対して、師匠は視線を向けてしまった。

 

「ひ!」

それは自身の弟子の成れの果て。

頬肉が削げ、目が抉り出され何とか分かったのが奇跡のようなものだった。

 

「あ、ああ……」

渇いた声が口から漏れる。

 

『次はー、ひき肉ー、ひき肉でございまーす』

5本の爪が席に掛けられる。

ゆっくりと、顔がケロイド状に成った男と目に何の感情も宿していない幼女が現れる。

 

『次はー、ひき肉ー、ひき肉でございまーす』

再度、死刑の宣告をするかのようにアナウンスが流れる。

かぎ爪と幼女の手が師匠に近づく!!

 

「いや……いやよ、来ないで!来ないでぁえええ!!」

抵抗空しく、体に4本の腕が絡みつく!!

師匠は自身の体がぐちゃぐちゃにつぶされる感覚を味わった!!

 

 

 

 

 

「消えましたね」

 

「ああ、そうだな」

だんだんと景色の崩れていく墓場で、本来の姿に戻った善とフレディが話す。

師匠は叫び声をあげると同時に消えてしまったのだ。

 

「きっと、跳び起きたんだろうな。

ひひひ!もっと脅かしてやりたかったんだが……」

物足りなさそうにフレディがそう話す。

善としてはもう十分なのだが、フレディはそうではないらしい。

 

「さて、もうすぐ朝だ。

お前も、起きる時間だな。

えーと、お!居た居た、ゴーストフェイス!!起きろ!!

帰るぞ!!」

うっぷん晴らしか、近くに倒れていたゴーストフェイスを結構な力で殴って起こす。

 

「いてって!先輩なにすんスか!?」

 

「お前は、俺が大変な時に……無能なヤツはこうだ!!」

ゴーストフェイスに蹴りを入れて、此方に手を振る。

 

「じゃあな!またいつか、俺の悪夢で会おうぜ!!」

 

「お断りします!!むしろ、なんかいい夢見せてくださいよ。

優しいおねーさんにビーチサイドで囲まれるとか……」

 

「つまんねーだろ?そんなのよ!!

夢は起きたら消えちまう、けど俺様の恐怖は忘れんなよ!!」

最後にそう笑ってフレディは消えて行った。

 

 

 

 

 

「ふぅ~あ……」

早朝、善が目を覚ましあくびと共にベットから這い出す。

 

「んぉ?善、起きたのか?」

 

「おう、芳香。早起きだな……おはよう……」

珍しく少しだけ先に起きていた芳香に挨拶をして、芳香の使っていた布団を片付けようと押し入れを開ける。

 

「おっと、私がやるから善はじっとしていてくれ」

ヒョイっと、布団を持ち上げ押し入れの上の段に仕舞った。

気が付くと右手に、ガラスの様な玉を持っていた。

 

「?」

ソレが何か分からなかった善は。とりあえず箪笥にそれを仕舞った。

 

「さ、ご飯を食べに行こうな。

っと、師匠を起こさないと」

そう言って善は、芳香を連れて師匠の寝室へと足を運んだ。

 

「師匠?起きてます?」

 

「あ、あ……善、そう、善よね?」

布団にくるまった師匠が善を見る。

 

「どうしたんですか?」

 

「何か、怖い夢を見たんのよ。

そう、怖い夢を……」

珍しく弱った師匠を見て、善はなぜか心が少しスッキリした。

 

「さ、母上、朝食にしましょう?」

 

「あら」

 

「お?」

師匠、芳香の二人が何かに反応する。

 

「今、母上って言ったぞ!!」

 

「あら、なぁにぃ?急にお母さんが恋しくなったの?

まだまだ、子供ねぇ?

善ちゃ~ん、ママよ~おいでおいで~」

芳香と、師匠の二人が善をからかう。

 

「や、止めてくださいよ!!ってか、私が師匠の子供って年齢合わなさすぎでしょ!!」

 

「そうよねー、もっと早く、そう……赤ん坊のころに拾えたら、自分好みに調教――もとい教育できたのに……残念よね

私に服従でさせて、力を調節して、武器も用意して……」

 

「なんか、倫理感とかが著しく欠けてそうですよ……」

なぜか、嫌にその姿がリアルに想像できてしまった善は朝一でげんなりする。

 

そう言えば、自分も夢を見た気がするが内容はもう思い出せなかった。

ただ何となく、怖い思いと楽しい思いをした気がした。

何処かで、ケロイド顔の男の笑う声が聞こえた気がした。




さて、コレで現在、訳あり以外の全てのコラボが終りました。
見なさんありがとうございます。


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激突!!月の姫君!!

今回は永遠亭が舞台です。
という事は鈴仙が出ます。

端的に言うと今回も鈴仙はひどい目に合うので、鈴仙ファンの方は注意してください。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

永遠亭の玄関口で絶世の美女が心配そうに頬に手を当て、自身の弟子を見送る。

その視線の先では、大きな薬箱を背負って男性の様な恰好をした鈴仙・優曇華院・イナバが草履の紐を結んでいた。

「優曇華院、本当に大丈夫なの?」

 

「もう、大丈夫ですよ。私だっていつまでも休んでられませんから」

おそらく鈴仙は無理をして笑っているのだろう。

彼女の薬師としての師匠である、八意 永琳はその事を理解していた。

 

(歯痒いわね……)

鈴仙の笑みをみて、心の中で小さく永琳が爪を噛む。

彼女のトラウマを記憶毎埋めてしまうのは楽だ、しかし決して鈴仙はそれを望まない。

彼女は彼女なりに歩んでいるのだ。

無理をせず待ってあげるのが、自分に出来る唯一のことだと永琳は理解している。

 

「心配しないでくださいね?もう、この通り元気なんですから!!

それよか、今度会った時はむしろ私が退治して見せます!!

邪帝皇だろうか、何だろうと私の力で一発――」

 

ガラッ!

 

「すいませーん、二ッ岩組の者なんですがー」

 

「ひぐぅ!?」

玄関口から現れた男の姿を見て鈴仙が小さく悲鳴を上げる!!

その男は間違いなく邪帝皇!!何度も何度も鈴仙にトラウマを植え付けた最悪最凶の男!!

その男が今、自分の目の前にいる。

しかもただいる訳ではない、自分は師匠である永琳と話す為に玄関口に背を向けている。そして邪帝皇は玄関から堂々と侵入した。

つまり!鈴仙は邪帝皇に無防備な背中を超至近距離で丸出しにしている事に成る!!

 

絶望的な状況!!しかしそれでも鈴仙はあきらめない!!

突発的に男の方へ向き直り、後ろにバックステップをする。

 

(この距離は危険!ならば、敵の攻撃範囲から離脱する!!)

鈴仙の選択は正しい。しかしこの場に置いては例外だった。

彼女の恰好は薬を売る為の変装スタイル、要するに背中に重い薬箱を抱えているそして草鞋の紐を結んでいる最中。

要約すれば、背中に重し、足元は不安定、そんな状況で碌に確認もせず後ろへジャンプすれば結果はもう見えている。

 

グラッ――

 

「あッ!?」

玄関にある段差に足を取られる鈴仙。

自身が転んでいる事はわかるが、『なぜ』転んでいるのかまでは理解できなかった!!

 

(まさか、コレが噂の不可視の攻撃!?私の目を持ってしても、見えないの!?)

 

慌てる鈴仙、しかし彼女にはもう一つ不幸があった。

それは、目の前の少年が転びそうな女の子が居たら、手を差し伸べる程度には親切だった事。

 

「危ない!!」

目の前の少年、善が鈴仙を助けようと咄嗟に右手を鈴仙に差し出す!!

親切心からの行動、しかし恐怖にかられる鈴仙にはそんな事は分からない!!

 

今の鈴仙に善の姿は――謎の攻撃で足を奪いバランスを崩した自分にトドメを刺そうとしているようにしか見えていない!!

 

グシャ!パリィ!

 

背中の薬箱の薬が、鈴仙のジャンプ後の落下の勢いで割れる。

そしてその薬の割れる衝撃は、目の前の手をこちらに伸ばす善の姿と結び付けられイコールで結ばれる!!

 

(何か、?!され――痛ッ!?)

最後に鈴仙が思いっきり、床に自分で頭を叩きつけて気を失った。

 

ゴチン!!

 

「え……?」

 

「ん……?」

善と永琳二人の声が重なる。

この二人にとって今の光景は、善が扉を開けたらなぜか鈴仙が後ろにジャンプして、勝手にバランスを崩して、廊下の床に後頭部を打ち付けて意識を失った様にしか見えた居ない。

鈴仙の受けた恐怖をこの二人は全く理解できていないのだ。

 

「えっと……大丈夫ですか?……おーい、鈴仙さーん?」

心配そうに、善が倒れて気絶する鈴仙を頬を優しく叩く。

 

「一体どうしたのかしら?まぁ、いいわ。それより注文してた物よね?料金は先払いしてあるから受け取りのサインで構わないかしら?」

一瞬だけ心配したそぶりを見せた、永琳が善の存在を思い出し永遠亭のもう一人の住人が頼んでいた物が届いたのだと理解した。

 

「はい、お願いしますね」

善がマミゾウから渡されていた、伝票を見せサインをもらった。

 

「優曇華院に運ばせる積りだったけど、これじゃ困ったわね……」

 

「じゃあ、私が運びますよ」

少しだけ、悩んだ後善が自ら買って出た。

これ位サービスの内だろう、というのが善の考えだった。

 

「そう、じゃお願いね。

誰でもいいから、この子を姫様の所まで案内して」

永琳が奥に声を掛けると、ピンクのワンピースを着た幼女が跳ねて来た。

鈴仙の様にうさ耳が付いてるが、人化して日が浅いのか言葉ではなく、ジェスチャーでついてこいと表現する。

その様子を見ると、安心した様子で永琳は鈴仙の頭の耳を引っ掴んで引きずる様に去って行った。

 

「うわぁ……弟子ってのは、何処でも大変なんだなぁ……」

鈴仙の余りの扱いに、自身の境遇と重なった善。

同情しながら、こっそりと心の中でエールを送った。

まぁ、実際にそんな事をしたら鈴仙は大変なことに成るのだが……

 

 

 

 

「ここ?この部屋?」

 

「……!……!!」コクコク

驚くほど長い廊下の先の先。

豪奢な襖が有り、うさぎの幼女がそこへ手招きする。

善の問いかけを聞いて、肯定する様に笑顔でその場から去って行った。

 

「今の子、良い子だなぁ」

善が去って行った幼女を見る。

何というか、スレた感覚が無く純粋な子というイメージが善に着いた。

師匠を始め、いろいろな意味で『イイ性格』した知り合いの多い善にとっては少しだけ心が癒される出会いだった。

 

「すいませーん、頼まれた荷物持って来ましたー」

トントンと襖を叩く善、中からごそごそと動く音が聞こえる。

 

「あー、もう、なによ?まだお昼じゃない、この時間は起こすなって言って――あ」

襖の間から、美少女が姿を見せる。

髪はボサボサ、服はヨレヨレ&食べ物の食べカスでドレスアップ!!

一目でわかるダメ人間がそこに居た!!

そしてその美少女は、すぐに襖を締めてしまった。

 

数秒後……

 

「良く来ました。私は永遠亭の姫君、蓬莱山 輝夜……一体なんの用かしら?」

さっきと打って変わって、厳かな高貴な人オーラを纏いながら輝夜と名乗る少女は再び姿を現した。

しかし!!

 

「いや、今更取り繕っても……遅いですからね!?

仕切り直しは出来ませんからね?」

淡々とした口調で、必死になって取り繕う輝夜にとどめを刺す!!

 

「今日はちょっと、油断したのよ……本来はもっと、ちゃんとしてるわよ?」

震えながら、視線を明後日の方向にずらしながら輝夜が話す。

 

「まぁいいです。そんな事よりも注文していた黒松の盆栽、持って来ましたよ」

そう言って、自身が持って来た松の盆栽を輝夜に見せる。

 

「あー、コレコレ。いいわねー。

悪いけど、中庭に運んでくれる?」

輝夜が襖を開け部屋の奥、外に続く小さな扉を指さす。

 

「分かりました、運んでおきますね」

輝夜に先導され、いろいろな物が転がっている汚部屋を歩いて中庭に盆栽をおく。

コレでマミゾウから頼まれていた仕事はひとまず終了だ。

 

「うん、よし」

しっかりと台の上に置くと、善は一緒に置かれている盆栽を目にした。

 

「どう?良いでしょ?私の盆栽」

いつの間にか後ろに居た輝夜が、盆栽の自慢を始める。

輝夜位の見た目の子が、盆栽について語ると少し違和感だあったが善はじっと聞いていた。

 

「へぇ、良い趣味ですね。地面から栄養の取れないハズの盆栽なのに、すごく躍動感がある。イキイキしてるのを感じますね」

善は仙人としての能力上、気を感じ取る力が少しだけ高い。

輝夜の見せる盆栽は、まるで本物を大木を盆栽サイズに縮小したかのような存在感があった。

只のインテリアではなく『イキモノ』である事を感じさせるものだ。

 

「なかなか、目が良いわね。他のも見てきなさいよ」

盆栽を褒められ、少し調子に乗った輝夜が次々と他の盆栽の説明を始める。

残念だが善はそこまで詳しくはないのだが、輝夜の説明は聞いているだけでも楽しかった。

 

「ふぅ、こんなに喋ったの久しぶりな気がするわ。

えーと、詩堂って言ったかしら?面白い物見せてあげるわ」

何かをたくらむ様な顔で善を自身の部屋に呼ぶ。

 

「えーと、えーと、確か……」

ごそごそと、部屋の横にある道具をぽいぽいと、投げ捨てながら何かを探し始める。

 

「輝夜さん?」

 

「ちょーっと待ってて、そこらへんの物、適当に触ってていいから」

そう言って尚も、輝夜は部屋の中を漁り続ける。

中庭に面した位置に居る善の方にも様々な物が飛んでくる。

色とりどりの玉が付いた枝や、真っ赤な宝石、楕円形の漬物石みたいなモノ、何かの動物の鱗、ピンク色した貝殻、赤い着物等が足元に散らばる。

 

(うわぁ……ガラクタばっかりだな……美人だけどだらしないタイプの人か)

そうおもいながら、足元の玉の付いた枝の様な物を拾う。

因みに善は気が付いてないが、この適当に落ちている道具は一つでも売れば善の借金を帳消しにしたうえで、おつりが来るほど高価な道具ばかりだった。

 

「あったわ!ほら、こっちに来なさいよ」

部屋の中、輝夜が座布団に座り込み、同じく自身の隣に座布団を置き、それを叩いて善にこっちに来るように呼ぶ。

 

「失礼します……」

微妙に湿ってる気がする座布団に座ると、輝夜はとある道具を取り出して見えた。

 

「ふふん、コレ見たら絶対驚くわよ?」

そう言って、自身の手に持つ道具のスイッチを入れる。

 

ブゥン――

 

一瞬のタイムラグの後、目の前にあった黒い大きな箱状の装置が動き出す。

そして、何かを読み込む様な機械音。

善はその道具に見覚えがあった。

 

「どう?ビックリした?コレは外の世界の玩具で――」

 

「テレビゲームだ!!」

善がテレビの画面に映った、8ビットキャラを見て興奮気味に声を上げた。

 

「知ってる……の?」

 

「勿論、ってか現代っ子は大体知ってると思いますよ?」

思った以上にあっさりした反応に、輝夜の出鼻がくじかれる。

輝夜は善を幻想郷生まれの妖怪だと思っていたので、この反応は意外だった。

因みに、永琳が医療用具の使用に電気を必要とするものが有り、永遠亭では一部の部屋に電気が通っているのだ。

 

「なーんだ、もっと驚くと思ったのに……

まぁ、それはそれでいいわ」

輝夜が、善にコントローラーを投げ渡す。

 

パシッ!

 

「対戦型ゲームをしましょ?永琳もイナバも手加減してばっかでつまらないのよ。

貴方は楽しませてくれるでしょ?」

コントローラーを受け取った善をみて、輝夜が好戦的な笑みを浮かべる。

 

「へぇ?けど、このゲームはどれもこれも古い物ばかり……

少し、ゲームをやったことのある人には当然経験済みの物ばかり。

あえて言いましょう輝夜さん。()()()()()()()()()

 

「へぇ、面白いわ」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

と効果音が聞こえて来そうな顔で、両者の視線が絡み合う!!

今、まさに、元引きこもり仙人モドキと!!絶賛インドア派月の姫君による小規模な戦いが始まろうとしていた!!

 

選ばれたゲームは『爆走チャリンコ!!』チャリンコを選択して、危険なコースを走る妨害アリの超過激なサバイバルゲームだ!!

 

『セレクト・カー!!』

電子音声が、チャリンコを選べと画面を表示する。

 

「キリヤ君で」

 

「私もソレ」

選んだのは両人とも同じマシン!!

つまりこれは、当人同士の腕と拾うアイテムでの運による勝負という事に成る。

 

『レディ?3!!!2――』

 

カチャカチャカチャ!

 

「!?」

まだ発進する前だというのに、善がコントローラーのダッシュボタンを高速で押し続ける!!

 

「ロケットダッシュって訳ね!」

それに追いつこうと、輝夜もダッシュボタンを連打する!!

 

『スタートォ!!』

ナレーターの声で両人が一斉にマシンをスタートさせる!!

と思ったが、両名とも発進させなかった!!

 

「甘いですね、輝夜さん」

 

「読まれた?!」

スタート地点、そこで輝夜のマシンが一人でにスピンをした。

本来ならこのスピンは、相手のスタートを妨害する技だがそれも相手がマシンを発進させた時のみ。

あえてマシンを動かさない事によって、善は輝夜の攻撃を回避したのだ。

 

そして、輝夜のマシンのスピンの当たり判定が消える瞬間に――

 

「GO!!」

善のマシンが勢いよくダッシュする!!

裏技的な、ダッシュボタン連打。そしてそれを妨害するスピン攻撃、さらにそれを回避する技術――

 

「貴方、このゲームやりなれてるわね!?」

 

「さぁ?どうでしょう?」

あせる輝夜を他所に善は涼しい顔で答えた。

 

『1/3』

説明キャラが、頭の上に表示を持ってくる。

コレは、3周回るレースの内早くも1周目が終わった事を意味していた。

マシンの性能は互角、お互いの実力はほぼ僅差、だが!!

善にはスタート地点でのリードが有った!!

 

「くっそぉ、何よアンタ!人畜無害な顔して、とんだ食わせ物じゃない!!」

半場ムキに成って、輝夜がゲームを操作する。

 

「人畜無害で食わせ物って……師匠じゃないんですから!」

責められはするが、あくまで理性的にこなしていく。

そんな中――

 

「ああもう!!この体制やり難いのよ!!」

正座していた輝夜が、足を崩し胡坐の姿勢に成る。

その瞬間!!

 

ピチューン!!ティウンティウン……

 

「あ」

 

「あ」

独特のエフェクトを上げ、善のマシンがコースアウトした。

 

「いえーい、私の勝ちィ!!」

その場で輝夜が飛び跳ねて喜ぶ。

 

「どうどう?もう一回やらない?」

 

「いいですけど……」

輝夜の提案により、再びゲームが開始される。

次のゲームも善が途中まで有利だったのだが……

 

「あー、足が痺れて来たわ……」

 

ピチューン!!ティウンティウン……

 

またしても善のマシンはコースアウトしてしまった。

その様子を見て、輝夜はニタリと笑う。

 

「ねぇ?貴方、ちょーっと誘惑に弱すぎるんじゃない?」

 

「な、なんの事ですか?」

気まずそうな顔をして、善が答える。

 

「私が、少し足を見せると反射的にそっち向いてるじゃない?

ほら、ほら、コレが好きなの?」

チラリと、自身のスカートを持ちあげる輝夜。

白い太ももが善の視線にさらされる。

 

「男の悲しきサガですね……」

 

「あはははは!変態~、好色~、ダメ男~、エロ仙人!!」

輝夜が善を馬鹿にしてからかう。

その様子はすさまじくフレンドリーだった。

 

「うるさいですよ!!」

追求から逃れる様に、善が立ち上がる!!

尚もケラケラと、輝夜は善を見て笑う。

だが一瞬だけ真顔に成って――

 

「また、ゲームの相手しなさいよ」

 

「……気が向いたら、来ます」

輝夜の声を背中に受け、善は部屋を後にした。

軽く永琳に挨拶をして、永遠亭の扉を開ける。

 

「だらしなかったり、変にフレンドリーだったり……困った月の姫様だな」

善は珍しく気分好く、永遠亭を去ろうとした。

 

が――

 

「逃がすかぁあああああ!!」

閉めたばかりの扉が勢いよく開かれる!!

 

「鈴仙さん?」

 

「うをぉぉぉお!!!」

頭に包帯を巻き入院着を着崩した鈴仙が、手にうさ耳の付いたメガホンの様な物を持ち善を押し倒す!!

 

「え、ええ!?ちょっと積極的すぎ――」

混乱する善の顔に向けて、メガホンを突きつける!!

 

「最大火力で!!」

メガホンは銃だった!!

善の馬乗りに成った鈴仙が無数の光弾を発射し続ける!!

 

「わた、私の勝ちぃいぃぃ!!」

 

「何してるの!!」

雄たけびを上げる鈴仙を、輝夜が蓬莱の玉の枝で殴って気絶させた。

 

「貴方、大丈――うわぁ……」

倒れる善は、鈴仙の押し倒されたからか、非常に満足気な顔で気絶してた。

何とも表現しにくい感情が輝夜の中で巻き起こった。




一緒にゲームが出来る友達は、外で善が手に入れられなかったモノです。
部屋の中でずっと一人でゲームをしていたんですね。


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浸食!!静かなる狂気!!

いろいろ時間が掛かった今回。
懐かしのあのキャラが再登場です。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

師匠の手渡した拳大の石を、善が自身の両手で包みこむ様に持つ。

自身の気と抵抗する程度の力を混ぜ合わせ、石に這わせていく。

 

ピシッ……パリッ……

 

小さな音を立てながら、次第に自身の手の中の石が形を失っていくのを感じる。

指の間から小さく砕かれ石から砂に成ったモノが、サラサラと落ちていく。

 

「いいわね。ええ、威力は申し分ないわ」

地面に落ちた石だった砂を見て、師匠が嬉しそうにつぶやく。

 

「仙気と能力の同時使用での攻撃は文句無しね」

珍しい師匠の誉め言葉に、善の頬が僅かに緩む。

しかし師匠がそれを目ざとく見つけ釘をさす。

 

「何時も言ってるけど、調子に乗ってはダメよ?

あくまで今のは、防御を考えない相手の話。

しっかり防御した相手はそうはいかないわ、破ってごらんなさい?」

足元に落ちていた落ち葉を師匠が拾い、それに自身の気を纏わせ、善に渡した。

 

「んっ、んん……」

たかが落ち葉、さっきの石よりずっと脆いハズのもの。

しかし、破ろうにもなかなか破る事が出来ない!!

 

「はぁああ!!」

 

ビリッ!

 

全力の力を込めて、やっと落ち葉を破る事に成功した。

破れたのだが、やはり師匠の力にはまだかなわないらしい。

 

「落ち込まなくていいのよ。現段階はさっきのでもう十分だから。

さてと、そろそろ『弾幕』を教えてあげましょうね?」

 

「本当ですか!?」

師匠の言葉に善が喜ぶ。

チルノや大ちゃん、更には妖夢など過去に数人の弾幕を見ていた善にはその美しさそして技術の高さは憧れの的だった。

それを手ほどきしてもらえると言われては、興奮しない訳は無かった!!

 

「うふふ、そんなにはしゃいじゃって……まるで子供みたいね。

けど、弾の生成よりまずコントロールから。

これを持ちなさい」

 

「ん?紙ですか?」

師匠が取り出したのは習字などに使う紙、墨で渦巻きの様な模様が書かれている。

当然だが、弾幕と関係が有る様には思えない。

 

「こうするのよ?」

師匠は足元に落ちていたさっきの砂を手にして、渦巻きの書かれた習字紙の上に落とす。

そして端を持って、自身の気を流した。

 

「お、おお!!」

師匠の手の中、バラバラだった砂が動き出して渦巻きをなぞる様に並ぶ。

 

「気を使って砂を動かしたのよ?そして次は持続する事、こんなふうに」

師匠はその紙を横にした、普通は重力に沿って砂は地面に落ちるハズだが尚も紙の上の砂は形を保ったままだ。

 

「最初は簡単な形でいいわ、だんだんと複雑な形に変えていくの」

パンと指先で、師匠が紙を叩くと砂が動き出し、善の顔へと変わっていく。

特徴が上手くとらえられている名作だ。

なぜか、うずくまり誰かに蹴られて、恍惚の表情を浮かべているが……

 

「じゃ始めなさい」

師匠に渡された瞬間、砂が形を失いざっと崩れる。

 

「はい、師匠」

善は勢いよく、砂に気を流し始めた。

力む善を見て師匠は小さく笑い、家の中へ戻って行った。

今日は珍しく、マミゾウの仕事も無い。

まだ返すべき借金が有るが、何とかなるレベルまでやっと落ち着いた。

一時期は本当にやばく、マミゾウに――――

「お主そう言えば、前おなごの姿があったのぉ?それをちょっと利用して働かんか?かわいいドレスを着て、男と酒を飲みながらお話するだけじゃぞ?」

と非常にグレーな仕事を持ちかけられた事もあった。

勿論善は全力を持って回避したが……

 

 

「ん、難しい……けど、弾幕の為だ、もう少し――」

 

「弾幕が見たいのか?」

 

「見たいというよりやってみたい。という気分で――す?」

突如後ろから響いた声、師匠の物ではない。芳香の物でも小傘でも橙でもない。

知的な、年上の落ち着いた声だった。

 

「あ、こ、こんにちは、藍さん……」

声の主は八雲 藍。

橙の主で、非常に優秀なのだが橙が好きすぎるという少々困った性格をしている。

そんな藍は当然、橙に気に入られている善が好きな訳はなく――

 

「やぁ、詩堂。橙を探して来たんだが、居ない様だな。

私はすごーく忙しいんだが……何時も橙が世話に成ってるからな。

特別に私の弾幕を見せてあげような」

そう言って、穏やかな声音のまま懐から数枚のカードを取り出す。

 

「あ、あわわわわ……」

 

「さぁ、詩堂――――――死ぬがよい!!」

ケモノの獰猛な笑みを浮かべ藍が飛ぶ!!

 

 

 

 

 

「♪~~♪~~♪」

橙が鼻歌を歌いながら橙が墓場を歩く。

今日は善の膝で昼寝をする予定だ。

善は結局詰が甘く、黒猫姿ならあまり抵抗なく膝に乗せてくれることを最近橙は気づいていた。

 

「お得意の能力はどぉしたぁ!?もっと抵抗しても良いんだぞぉ!?」

橙の前から必死に走ってくるのは、目的の少年!!

そしてその後ろを走るのは、光弾を発射し続ける修羅の様な顔をした妖怪!!

 

「善さん!?藍しゃま!?」

 

「橙さん!!良い所に!!藍さんを説得してください!!」

走りながら橙を抱き上げる善。

しかし、どう見ても我を失っている主の様子に橙は震えあがる!!

 

「橙……ちぇん………ちぇぇぇぇぇぇん……こっちにおいでぇ?

さぁ、そんな変態の所からこっちにおいでぇ?」

精一杯の笑顔を向ける藍、しかしその笑顔はどう見ても正気には見えない!!

橙が震えあがった!!

 

「むりむりむり!!あんなの説得できません!!」

 

「あー、もう仕方ない!!切札を使うか!!」

善は自身の服の胸ポケットに手を伸ばした。

そして――

 

「藍さん!!これを受けてみろ!!」

その何かを藍の後ろに投擲した、それは薄茶色で四角くて柔らかそうな見た目をしていた。

しかしそれは藍に向かわず明後日の方向へ飛んでいく!!

 

「ハッ!何かは知らないが無駄な策を――――ッ!?」

バカにする藍、しかし善の投擲した物を見て彼女の体が止まる。

 

「あれは――」

藍の獣の嗅覚がアレが何かを伝える。

アレは、アレは――

 

「油揚げ……油揚げ!!」

藍の好物油揚げ!!しかもこの距離からでも解る、色、艶、香!!

間違いなく最高級品だ!!

 

「ふん、馬鹿め!!私がそんなモノに心を奪われるハズ――」

藍の視界の端、油揚げが遂に重力に捕まり地面に落ち始める。

 

「あっ……」

藍が無意識に声を出す。

落ちてしまう。

油揚げが、美味しく食べて貰える様に職人が丹精込めて作った油揚げが、地面に落ち、砂にまみれて汚れ、笑顔を齎すハズのソレがゴミに成ってしまう。

 

自分が救わないと、救わないといけない!!

藍の胸の内に油揚げが助けを求めている気がした。

 

『藍さまー、ボクを助けてー』←幻聴。

 

「待ってろ油揚げぇ!!」

藍の全身の筋肉が一瞬にして縮まる!!

足の筋力を使い、地面を蹴る!!

そして全速で跳ぶ!!

 

50cm、30cm、10cm……油揚げが地面に触れる!!

 

「うをぉぉぉぉぉ!!と、どけぇぇ!!!」

地面をスライディングする藍!!

倒れこむ自身の伸ばした右手には――

 

「油揚げ!!良かった!!」

黄金色に輝く油揚げが。

藍はその油揚げを優しく抱きしめた。

世界はその瞬間藍と油揚げだけのモノに成った。

 

 

 

「ナニアレ?」

善に抱き抱えられながら、橙が油揚げに頬ずりする自身の主人を見る。

何というか、顔面が油まみれで非常に汚い。

 

「く、そぉ!!一か八かだ!!」

放った弾幕に追い詰められた善が、飛び上がる!!

藍の弾幕に当たる瞬間!!

抵抗する力を足に集め光弾を蹴とばし、空へ跳ぶ!!

 

「で、出来た!!出来たぞ!!ふははは!!ザマァ見ろ!!」

興奮気味に話す善、藍の残した光弾を足場に墓場から逃げ去って行く!!

 

 

 

 

 

「ふぅ、此処までくれば……」

人里から少し離れた場所。

善が休憩をし始める。

 

「それ、何をしてるんですか?」

 

「修業ですよ……」

善が習字紙の上に砂を蒔いて握っている。

たぶん彼の師匠から言いつけれれた修業なのだろうが、橙にはよくわからなかった。

 

「あー、詩堂君!詩堂君だよね!!」

今度は快活な声が聞こえ、善の手をその声の主が握る。

橙はこの相手を何度か見た覚えがある。

だが、名前が思い出せない誰だったか?

 

「穣子様?お久しぶりです」

善が相手の女相手に頭を下げる。

そうだ、確か妖怪の山の余り有名でない方の神様だ。と橙は一人納得した。

 

「どうしたもこうしたも無いよ!!ちょっと、詩堂君?

この前、ねぇさんに迂闊な事言わなかった?」

眉を吊り上げ、穣子が責める様な口調で話す。

 

「迂闊な事?私が帰ってきた時に会ったきりですけど――」

 

「その時だよ!!覚えてないだろうけど君、確かに私たちに『今度参拝に行きますね』って言ったんだよ!?」

 

「言われてみれば、言った様な?」

自身のあやふやな記憶を手繰り寄せながら善がつぶやいた。

 

「ねぇさんすっかりその気に成っちゃって……

毎日私に『ねぇ、穣子ちゃん。今日、詩堂君遊びに来るよね』ってずっと聞いてくるんだよ!?」

必死な様子で話す穣子!!

確かに毎日、そんな事言われたら精神が病んで来るだろう。

 

「それは、悪い事しちゃったなぁ……今度また行って――」

 

「ダメ!!今、今すぐ来て!!じゃないと、私が危ないの!!」

必死の形相で穣子が善の腕を引っ張る。

実はこれには訳があった。

それはついさっきの事――

 

 

 

「ねぇ、穣子ちゃん。詩堂君今日は来てくれるかな?」

 

「ねぇさん……きっと仙人の修業で忙しんだよ。

まったく、そろそろ私達の季節だってのに、だーれも来やしないんだから」

静葉の言葉に、いつもの様にあしらいながら話題を逸らす穣子。

だがその日は少しだけ違った。

 

「ねぇ、穣子ちゃん。詩堂君、一大事に成ったら来てくれるかな?」

静葉のぞくっとする様な声を聴いて穣子が固まる!!

今までかなり長く一緒に居たが、こんな声初めてかもしれない。

 

「ね、ねぇさん?何持ってるの?」

 

「え、畑を耕す鍬だよ?」

穣子が指摘するように、静葉の手には鍬を持っていた。

 

「ねぇ、穣子ちゃん。詩堂君、一大事が起きたら来てくれるかな?」

濁った様な目でこちらを見ている、ゆっくりゆっくり鍬を持ち上げながらこっちに迫ってくる!!

危ない!!穣子の全神経がそう判断する!!

殺られる。少なくともあの鍬で土以外の物を耕される。

 

「い、今からちょっと呼んで来るね!!」

穣子は慌てて社を飛び出して走って行った!!

 

 

 

 

 

「病んでない?静葉様病んでない?」

ガクガクと震えながら善がつぶやく。

相手は神様、そんな相手が病んでるとかもはや恐怖以外何もない。

 

「ちゃんと信仰さえすれば……命だけは」

 

「命だけは!?命以外取られるかもしれないんですか!?」

思ったより危険な状態に善が戦慄する!!

 

「嫌だなー、私達は戦の神とは違うんだよ?

大丈夫、だって。きっと、ねぇさんの管理下で半永久的に畑を耕す事になるだけだって!」

 

「強制労働+拉致監禁じゃないですか!?ばぁちゃんの所の方がずっと良心的ですよ!?

兎に角く、今は修業が忙しいので――」

 

「詩堂君、まだ逃げれると思ってる?」

底冷えする様な穣子の言葉に善が固まる。

嫌な予感がする、そしてその嫌な予感程善は良く当たる。

 

「詩堂君って、ねぇさんの落ち葉まだ持ってるよね?」

静葉の落ち葉、それは善が初めて静葉に逢った時もらった彼女が紅葉させた葉っぱ。

渇いているのに、決して枯ず鮮やかな色をした落ち葉。

神通力が込められているらしく、善が外界に帰った時師匠は善が持って行ったこの葉っぱの神の気を追って善を探したらしい。

 

「持ってますけど……」

 

「うん、その落ち葉の気。込めた本人のねぇさんからすれば、どこに居ても丸わかりなんだよね~。

あ、いまさら捨ててももう遅いよ?きっと君にはもう、ねぇさんの気が染みついてるから」

あっけらかんと言う穣子。

その突然の言葉にゾクリと背中に嫌な物が這う気がした。

 

「君のお師匠様が探したように、ねぇさんも同じ事が出来るんだけど……

ねぇ、詩堂君。ねぇさんの癇癪が爆発しない内に逢いに行ってくれないかな?」

ここまで言われてはもう選択肢は無い。

善は無言で頷いた。

 

 

 

 

 

「詩堂君来てくれたんだぁ」

静葉が嬉しそうに飛び跳ねる。

穣子曰く非常に危険だったらしいが、そんな風には見えない。

今改めて、心の内が分からないって怖い事だなーと善が思う。

 

「危ないから、少し下がっていてくださいね」

ザックザックと善が秋姉妹の社の横にある畑を鍬で耕す。

場合によってはコレが自分に振り下ろされたかと思うと、何とも言えない気分になる。

 

「みんなー、がんばってねー」

 

「にー」「な”-」「ごろー」

その隣では橙指導のもと、猫たちが作物の種を耕した地面に埋めていく。

第一波のネコが善の耕した土を盛り、第二波のネコがそこに穴をあける、そして第三波のネコが種を埋めていく。

何というか非常にシュールな絵だ。

 

「穣子ちゃん、今年は沢山人が来てくれたね」

 

「そ、そうだね。ねぇさん……」

例年よりずっと多い参拝に静葉がウキウキ気分で穣子に話す。

何というか、人間は善一人だしその他は妖怪のネコが一匹、それ以外の参拝客が全てネコという非常に高いネコ率を誇るのだが、そんな事静葉には関係がないらしい。

 

「善君、葉っぱいつも大事にしてくれてありがとうね」

華が開く様な静葉の笑顔、とってもきれいなハズなのに善の心に再びゾクリとした冷たさが走った。

 

 

 

 

 

「あらあらあら……善ったら、修業をほっぽってどこに行ってるのかしら~

お師匠様の放っておくなんて……コレはすこーし厳しめの罰が必要ね?」

墓の真ん中、善の様子をみた師匠が、笑顔のままつぶやく。

此方も一見笑顔。しかし善が見たら即座に土下座して許しを請う笑顔!!

 

「さぁ~て、今日の折檻は何にしようかしら?」

まるで今夜の献立を決める様な口調で師匠の顔が嗜虐的に歪んだ!!

どっちにせよ、善に平和なエンドは訪れない!!

 

 

 

 

 

おまけコーナー!!「今日の優曇華院」

 

「あー、帰りたい……」

邪帝皇の潜伏するという墓場に鈴仙は一人来ていた。

目的は決まっている。

姫がなぜか気に入った邪帝皇を永遠亭に呼ぶためだ。

鈴仙は全力で反対したいが、その意見は聞きいれてもらえない!!

姫の意見は絶対なのだ!!

 

「!!」

何者かの気配を感じる鈴仙!!

咄嗟に波長を読もうとするが、止める。

邪帝皇は不可視の力を使う、波長を見るのは無意味だとあきらめたのだ。

 

「待ってろ油揚げぇ!!」

何かが鈴仙の横を高速で通り過ぎる!!

その何かはすさまじい威力の弾幕をばら撒いて走る!!

 

「え、ちょ!?」

 

バァん!!

 

鈴仙の顔面にその何かがばら撒いた弾幕がヒットする!!

 

「で、出来た!!出来たぞ!!ふははは!!ザマァ見ろ!!」

意識を失う瞬間、何処かで邪帝皇が笑う声がした。

 

(なるほど……この前顔面を撃った意趣返し……ね)

混乱が一周回って、冷静に成った鈴仙が気絶した。

*この後めちゃくちゃ折檻された。




そろそろ本格的にチルノを出したいと考えるこの頃。
別に現実世界で寒さを感じたからではないですよ?


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探索!!氷精の事件簿!!

さてと、今回も投稿です。
今回は、今までとは少し違う方法を試してみました。

少し馴染みが無いかもしれませんが、よろしくお願いします。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

今日も今日とて邪仙とその弟子が潜む墓場。

昼間の墓場に、二つの声が高く響いた。

 

「うわぁん!!いやだぁああ!!」

 

「逃げるんじゃない!!こっちに来るんだ!!」

先を逃げるのは死体でキョンシーの宮古 芳香。

その後ろを追いかけるのは、弟子の詩堂 善。

善が芳香を遂に墓場の隅っこまで追い詰める!!

 

「ぜ、善、お願いだ。やめてくれ……」

 

「ダメだ、もう我慢できない。

溜まりまくってるんだよ!!

さぁ、脱げ。それとも俺が脱がした方がいいか?」

ギラギラとした目つきで芳香をさらに追い詰める!!

その瞳はまさに捕食者にして襲撃者!!

 

「そ、外でヤルのか!?それに、前やった時は、血が出て痛かったから嫌だ!!」

 

「あの時は、俺もまだ若かったからな……

大丈夫だぞ?今回は優しくしてやるからな?」

イヤイヤと首を振る芳香に善がゆっくりとにじり寄ってくる。

どうやら見逃がす気はサラサラ無いらしい。

 

「わ、分かった。けど、優しく、優しくしてほしい……ぞ?」

 

「勿論だ。さて、じゃ脱がすか」

遂に観念した芳香を見て善が二ヤリと笑みを浮かべた。

そして芳香の足を掴み、ポケットから()()()()()()()()()

 

「あうあう……」

恥ずかしそうにする芳香から、靴を脱がしてつま先を確認する。

 

「あー、ほらやっぱり!

こんなに爪垢がたまってる!!体が柔らかく成っても、やっぱりつま先は洗いにくいか?」

 

「まだ、そこまでは手が届かないー」

グイグイと手を伸ばして見せるが、芳香の手は自身の足首までしか届かない様だ。

 

「さて、爪を切るぞ?女の子のおしゃれは見えない所と足元からだからな?」

パチン、パチンと爪切りで芳香の伸びた爪を切っていく。

 

「うー……前は、痛かったぞぉ……」

 

「あー、それは悪かった。今度は深爪しない様に気を付けるからな?」

 

「わ、分かった……」

 

 

 

数分後……

 

「よし、きれいにできたぞ」

 

「おー、すっきりだー」

短く切り揃えられた足の爪を見て、芳香が喜ぶ。

 

「あなた達の会話って、別の意味に聞こえるわよね」

いつの間にか後ろに立っていた師匠がため息を付きながらそう言った。

 

「そうですか?師匠の心が汚れているからじゃないですか?」

 

「この未熟者、それがお師匠様に対する態度ですか!!」

師匠が善の後頭部を殴る!!

 

「イッテェ!?」

殴られた頭を善が涙目に成りながら撫でる。

 

「ふん、今日は折角の芳香とのお出かけだからこの程度で許してあげるわ。

善は先に人里の入り口で待ってなさい。少ししたら芳香を向かわせるから」

 

「え、なんで態々そんな事を?

普通に二人で行けばいいじゃないですか!!」

 

「ぜ~ん?女の子には準備に時間が掛かるものなのよ?

そこを察してあげるのが、男ってものよ?

さ、芳香。行きましょ」

 

「わかったー」

師匠が芳香を伴って、家の方へと帰っていく。

どうも釈然としないが、そう言うモノだと自分を納得させて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、暇だなー」

霧の湖の水面の上、氷精が氷で作ったボートの上で寝転がり暇そうに足をぶらぶらする。

青いワンピースに、氷の塊で出来た6枚の羽根、気の強そうな顔をして頭には真っ赤なリボンが結んである。

彼女の名はチルノ。

氷の妖精である。

 

「大ちゃんも居ないし、カエル凍らせるのも飽きたし……

面白い事ないかなー?」

 

氷の塊を作り、適当に湖に投げ込んで遊ぶ。

投げた氷の塊が光を反射して、一瞬だけ自分ではない誰かを映した。

 

「あ!善だ!!」

湖のほとりを歩く男にチルノは見覚えがあった。

相変わらずザコっぽい顔をして首に何か巻いている。

彼を見た瞬間、チルノの中では彼と遊んでもらう事が半場無条件に確定した。

勢いよく立ち上がり、彼の方へと飛んでいく!!

 

「おーい!ひさしぶりー!!サイキョーのアタイが遊んであげるわ!

こーえーに思いなさいよね!!」

久しぶりに会う彼は以前よりも少し成長して見えた。

飛んできたチルノに驚き彼は大きく口を開けた。

その様子が面白くて、チルノはさらに加速してグルグル彼の周囲を飛ぶ!!

 

「ふっふっふ……アタイのサイキョーの加速はどう――うえっぷ!?気持ち悪い……」

少し調子に乗って飛び過ぎた様で、チルノが気持ち悪く成ってへたり込む。

 

「え?うん、だいじょーぶだよ?アタイ、サイキョーだモン!!」

心配する男に対して、胸を張って見せる。

その様子が微笑ましかったのか、男が小さく笑いかけた。

 

「もう、笑うなー!!それより、アタイと遊んで遊んで!!

今日は大ちゃんも居なくて暇なんだ」

それに対して男が申訳なさそうに口を開いた。

 

「えー!?人里でやる事が有るの?

それってアタイより大事な事なの?」

躊躇しながらも彼は首を縦に振った。

 

「うーん、分かった。ソイツを見つければイイんでしょ?

ならアタイも手伝う!!チルノ探偵始めるよ!!アタイが探せば一発ね!」

どうあっても付いてくる気らしい。

その事に気が付いた男はやれやれと、肩を上げるとチルノを伴って人里へ向かいだした。

 

 

 

 

 

「おー、賑わってるー。早速探すよ!

むむむ!アタイの勘じゃ、あそこが怪しいわね!」

そう言ってチルノが指さすのは人の集まる甘味処。

それと時を同じくしてくぅ~と小さくチルノのお腹が鳴る。

 

「違うわよ!そうじゃないって!アタイは別にお腹が空いてなんか……

え?お腹が空いてるのは自分の方?

へ、へぇ、一人時じゃ寂しいならしょうがないわね!

一人で入れないアナタの為について行ってあげるわ!!」

そう言って嬉しそうにチルノが甘味処まで飛んでいく。

その後を男が苦笑しながらついて行く。

 

 

 

「おかわり!!ん?なによー、別にこれ位じゃ太ったりなんかしないわよ!!

え?コレで最後?うー、分かった。

そうだよね、まだ探してる人見つかってないもんね……」

男に言葉にすごすごとチルノが今ある中では最後の団子を口に入れる。

にこやかな顔をしたままお会計をして二人が出ていく。

甘味処の女将さんが上機嫌で最後の団子をサービスしてくれた。

 

「お土産?へー、美味しい物を買ってきてって頼まれてるんだ。

他にもいろいろやってるの?ふん、ふん、ふん、ふん……

…………へぇー、なんか大変そう……

ねね、嫌なら止めちゃえば?アタイが面倒見るよ?

大ちゃんもきっと受け入れてくれるよ?」

チルノの誘いに男が首を横に振るう。

その瞬間チルノが露骨なまでに残念そうな顔になる。

さっきまでの元気な姿が、あっさりと霧散してしまった。

 

「うわ!?やめろー!サイキョーのアタイの頭をなーでーるーな!!

え?元気が出ただろうって?

ふ、ふん!!アタイはいつでもサイキョーに元気に決まってるわ!!」

意図しないタイミングで励まされたチルノは、ごまかす様に立ち上がり店の外に出る。

その様子をみた男が、会計を澄まし店の外へ出る。

 

「さてと、チルノ探偵活動再開よ、アタイの頭脳によれば次は――」

チルノがキョロキョロとあたりを見回し、妖怪の山の方を指さす。

 

「アッチね!アタイの脳細胞がピンピンしてるわ!!

さぁ、一緒に付いてきな――え?」

自身満々に男が今度は別の行先を伝える。

 

「へ?ハクレイ神社に行くの?なんで?

へー、そっちの方で探してる子を見たって人が居るって聞いた?

……アタイの次位にさいきょーね!!じゃあ特別に私の子分にしてやるわ!感謝しなさい!」

指を突きつけ、男にそう宣誓するチルノ。

男はその言葉に思わず吹き出してしまった。

 

「な、笑うなー!!そうよ、私はアンタの親分だから偉いんだから!

子分はサイキョーの親分に黙って付いてきなさい。

さ、チルノ探偵とその子分でまた調査再開よ!!」

チルノに導かれる様にして、男が再び歩き始めた。

 

「んじゃあ――うわっと!?」

何かが飛んで来てチルノを突き飛ばす。

すぐさま男がチルノを抱き上げて回避させたお陰で、無事だったが。

気が付くと、人だかりが出来てた。

その中心には、二人の男と怒声が響いている。

どうやら喧嘩の様だ。

 

「やっちまえ!!」

 

「そこだ!!いけぇ!!」

更にタイミングの悪い事に、周囲に居る酔った男達が当事者たちを焚きつけている。

実はコレは非常に危険な状況。

折れるに折れれなくなった、当事者たちがヤジを受けてヒートアップしてしまっている危険な状況なのだ。

 

「わぁー!喧嘩だ!!見てこうよ!!」

見た目より血気盛んなのか、面白そうに喧嘩をする男達を見ている。

 

「だぁらぁ!!」

 

「グフッ!?やりゃがったな!!」

片方の男の拳が、鼻に当たり鼻血を流す。

遂に起きる流血騒動に、更に周囲の観客がヒートアップする!!

完全な悪循環だ。

このままでは、どちらかか、または両方が大ケガをすることに成るだろう。

 

「あ”?」

 

「なんだ?」

 

チルノに小さく告げて、男が二人の間に立つ。

突然の闖入者に、当人だけでなく周囲も一瞬止まる。

 

「やっちまえ!!」

 

「そうだ!そうだ!!」

だがそれも一瞬、ヤジにより二人組が共通の敵として侵入した男に狙いを定める!!

 

「この――うを!?」

 

「はぇ――!?」

両人の腕を掴んだと思った瞬間、二人仲良く地面に倒れる。

本当に一瞬の事で、何が起きたか分かる者などいなかったろう。

 

「あ、」

 

「う」

倒れる二人に落ち着かせる様に、胸を優しくポンポンと叩く。

すると、急に二人とも穏やかになり、そそくさとその場から帰って行った。

あれだけ有った熱気が霧散してしまったのだ。

その様子を見た、人込みも同じくバラバラに帰って行った。

 

「あー!!やっと見つけた!!」

人込みをかき分ける様に、アメリカ国旗を思わせる非常に派手はデザインの妖精が姿を現す。

独特な形のピエロの様な帽子に手に火のついた松明を持っている。

 

「コイツが探していたヤツ?」

チルノの問いに対して男が頷く。

それに対して奇妙な恰好の妖精がジロリと二人を睨んだ。

 

「一体今までどこに行ってたの?勝手にどっか行くなってご主人様に言われて――

はぁ?迷った?それで助けてもらったって?ごしゅうじんは変な所で抜けてるからな~

まぁいいや。さてと、じゃさっさと永遠亭に居るご友人様を迎えに行こうか?

久しぶりの外は楽しかった?」

 

妖精の言葉に、今日有った事を楽し気に語りだす男。

まるで遠足前の小学生みたいなリアクションに松明を持った妖精がヤレヤレと肩をすくめる。

 

「じゃ、早く行こうか?あー、里中探しちゃったよ……」

今度は別の妖精に連れられて男が歩き出す。

最後にチルノに振り返って小さく「ありがとう」と口に出した。

 

「ばいばーい、ちぇ。また暇に成っちゃった~」

再び一人に成ったチルノが何か無いかと、再び面白い物を探し始める。

 

「チルノちゃん……」

 

「あ!大ちゃーん!」

人込みの中、今度は自身の友人の大妖精を見つけてチルノが上機嫌になる。

しかし大妖精の表情は晴れない様だ。

 

「ねぇ、チルノちゃん。今の人、誰?」

 

「えー?大ちゃんもう忘れたの?善だよ、少し前まで世話してあげてたじゃん」

 

「チルノちゃん。今の人、詩堂さんじゃないよ?よく似てるけど、詩堂さんはもっと身長も低いし、見た目も子供だよ?あの人はそれより少しだけ、年上じゃないかな?」

 

「そうなんだ!アタイちっともわかんなかった!!」

アハハと大妖精の前で笑うチルノ。

彼女にとっては暇が潰れればそれで良いらしい。

大妖精はそんなチルノを心配そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巻末付属 ~『罪と罰と償いと願い』~

 

 

 

魂は必ず裁かれる。

魂は絶えず輪廻を繰り返す。

それを決めるのは閻魔の仕事だ。

そんな閻魔の前に今日も一人の男の魂が現れる。

 

コーン……!

 コーン……!

  コーン……!

 

「よく来た罪人よ。人は生きる間に必ず罪を犯す。

その罪を暴き、罰を与えるのが私の仕事だ。

この鏡にお前の生前の善行悪行全てが映る、嘘は言わぬことだ。それだけ罪が重くなる」

大柄な、まさに閻魔!と言いたくなるような大男が、裁判台の様な物を木槌の様な物で叩く。

 

「では裁きを与えよう。

お主は生前、親の願いを受け取り多大な努力をした様だな。

晴れて極楽行だ!!……とはならない。

確かにお前の行為は素晴らしい物だ、だがお主は自身の親より先に死んでいる!!

コレはゆるされない事だ、なぜなら息子のお前が親より先に死ぬという事は、親の葬儀を上げれないという事!

親の葬儀を上げんなど許されん!!それだけではない。

お主の死因、子供を助けて轢死とのことだが、コレは自罰的な部分が目立つ。

自死も同じく大罪だ!!だが、先も言った様にお主は、他者に与えた良い部分もかなり多い、その結果として、地獄で100年の拘束後に人への輪廻とする!!」

地獄で100年の拘束。コレは罰の中でも非常に緩い物となっている。

通常なら地獄で責め苦を1000年というのもザラだが、今回は拘束のみで刑罰も無い。こんな事になる人間は非常に稀だ。

 

「んん?不服そうだな?何か、申し開きが有るか?」

閻魔がその男に話しかける。

そしてこの時やっと男が口を開いた。

 

「ダメです、足りません!!それっぽっちの罰じゃ俺の心が納得しない!!

もっと、もっと重い罰を求刑します!!俺はそれだけで許されるべきじゃない!!」

男の言葉に裁判会場がどよめいた。

減刑を求める者は大勢いたが、自ら罰を求める者はやはり非常に稀だった。

いや、初めてかもしれない。

その異常な事態に、閻魔さらには閻魔補佐までもが騒めく。

 

「ダメだ。罰とは、過不足は有ってはいかん!!

重すぎる罰も、軽すぎる罰もあってはならん!!

貴様の罪は――」

 

「あらん?別にいいじゃない?」

閻魔の言葉に、別の声――ここには不釣り合いな位の非常に軽い声が響く。

 

「あ、貴女は――!!なぜ、こんな所に!?」

 

「たまーに裁判って見たくなるのよね。しかも珍しい魂なら尚更ね」

傍聴席から歩み寄ってきたその女はひどくラフな格好をしていた。

赤青黄のチェックのスカートに、黒いシャツに「Welcome Hell」と書いてある。

此処が地獄だとして、ずいぶん悪趣味なジョークだ。

だが、頭の上に真っ赤な球体が乗っており、首に掛かるチョーカーからも二つそれぞれ青と黄色の球体が浮いている。

 

「ハイセンスだ……」

罪人が密かに彼女のファッションを見てつぶやく。

現世ではあの様な服を好んで買っていたが、両親、さらには弟から必死に止められた為、家の中でしかしたことの無い恰好だった。

 

「貴方、罰が欲しいのよね?」

いつの間にか目の前に現れた女が、こちらの瞳をじっと見ている。

 

「いいわ、なら私が地獄の女神として直々に罰を上げましょう。

死神に成りなさい、魂を奪う死神に……

生者から無情に命を奪い、汚れ仕事と後ろ指を射され、ひたすら他者の死を眺め続ける仕事よ?どう?満足かしら?貴方にこの仕事こなせるかしら?」

 

「完遂して見せましょう。

『完善』で在れ何よりも、『善良』で在れ誰よりも。

それが私が両親からもらった願いですから」

 

「うふふふ、良いわ、実にいいわ。

来なさい、純狐やクラウンピースに貴方を紹介しなくちゃね?」

こうして新しい死神が一人誕生した。

 




まさかのあのキャラ。
けどたぶんあんまりでない予感。


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波乱の人里!!二人の休日!!

一月以上お待たせしてすいませんでした!
これからは
なるべく早く投稿するように頑張ります。
本当に申し訳ありません。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

「ねぇ、このやり取りすごい久しぶりじゃない?」

 

あ、師匠もそう思います?不思議ですね。

 

 

 

 

 

ミーン!ミンミーン!!ミーンミンミーン!!

 

すでに何処にいてもセミの声が聞こえるようになった人里。

そんな中を善が一人で歩いていた。

 

「アッチィ……」

じりじりと熱気が善の気力を奪っていく。

額に汗が浮き、流れていく。

今日は前々から、約束していた芳香と出かける日。

しかし師匠が先に行けと言うので一人で人里までやって来ていた。

そんな善の前に立ちはだかる影が一つ!!

 

「お、おい!!いつまでも俺たちが、お、お怯えている!!

だけだと思うなァ!!きょ、今日こそ年貢の納時だ!!」

目の前の男は青い作務衣に、手には針と酒瓶を持っている。

 

「えっと?誰ですか?」

 

「うるせぇ!!今日こそ目に物見せてやる!!」

男は自身を鼓舞するためか、それとも恐怖を誤魔化すためか、大きく酒瓶を煽った。

吐き出す息に酒臭い匂いが混ざり小さく善が顔をしかめる。

 

(酔っ払いかよ……ツイてないなー……

まぁ、芳香が来る前で良かったとするか)

善はそう考えるが、真実は全く別の処にあった!!

 

震えて酒瓶を煽る男の周囲に、息を潜めじっと見る複数の目が有った。

 

「この作戦成功すると思うか?」

 

「大丈夫だ、あの針は博麗の巫女も使う対妖怪用の針だ。

それだけじゃない、あの服の内側には巫女に大枚はたいて書かせた札が大量に仕込んである!!いくら邪帝皇(イビル・キング)と言えど、妖怪なら一発だ!!」

問いかける男に対して別の男が答える。

この男たちは人里の有志達が集まった集団!!

善を討伐するための、勇気の使途なのだ!!

 

「今日でアイツに怯える日も終わりだ!!」

片方の男が勢いよくそう言うと――

 

「……もう、もう、終わりだ……」

もう一人の男がひどく怯えた様子で指さした。

 

「いやだぁ!!助けてぇ!!死にたくない!!」

さっきまで善に向かっていた男が、善に引きずられている!!

 

「な、バカな!?妖怪用の針は!?大枚はたいて買った札は!?」

男が視線を横にずらすと、そこには無残にひん曲がって折れた針が地面に突き刺さっていた。

男の服は暴れた衝撃か、破れてしまっている。

 

「酔ってまた暴れられても困るからな。

酔い覚ましにはコレだよな」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、いやだ、死にたく――うわっぷ!?」

善が井戸に近づき、汲んだ水を男に掛ける。

本人は酔い覚ましのつもりなのだが――

 

「ゲホ!?ゴッホ!!た、助けて……おぼ、溺れる!!溺れる!!」

恐怖にかられた男には拷問でしかない!!

それどころか、水を飲んでしまい激しくせき込む!!

 

「ひでぇ……どうしてあんな事を――」

 

「見せしめ……見せしめだ!!逆らったら()()成るっていう、見せしめなんだ!!」

様子を伺っていた男二人が震えあがった!!

 

「もう、こんなことしちゃダメですよ?」

にっこりと笑い、善がその場を後にする。

周囲には人だかりができ、笑顔でその場を去る善を戦慄しながら見ていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ、たまに来るとあんなのが居るから困るんだよな~」

酔っ払いを撃退した(と思っている)善が鼻歌を歌いながら再び約束の場所まで歩いていく。

 

「……今更だけど、これってデートだよな……」

女の子と待ち合わせして、遊びに行く。

思いなおさなくても、立派なデートな気がしてきた。

 

「け、けど……芳香は死体だし――いや、死体だからって差別するなよ!!」

自身の考えにセルフで突っ込みを入れる善。

 

その瞬間――ドンッ!!

 

善の腹に何にかが当たった衝撃がする!!

ハッとして前を見ると、5歳くらいの女の子が倒れていた。

人里の人にしては珍しく青いワンピースを着ていた。

 

「ごめん。考えごとしてたんだ!」

反射的に謝り、その子に手を出す。

 

「……あ、わかい……ちちうえ?」

その子は呆然としたような顔で善を見る。

 

「ん?若い?」

 

「ハッ!わ、若い乳に飢えた男ですわ!!

え、ええと、家出中なので失礼します!!」

そういうとその子はスタコラと走り去ってしまった。

 

「何だったんだ一体?」

 

「あー!!いたー!!」

その子を見送った善に後ろから声がかかる。

声の方を見て善が目を丸くする。

 

「え?芳香、か?」

善の視線の先にいたのは善のプレゼントした緑のワンピースを着た芳香だった。

だが、それだけでは無い!!靴は赤いヒール成っているし、頭にはカチューシャまで乗っている。

わざとらしくない程度に化粧もしている様だった。

 

「善、やっと見つけたぞ?」

完全な美少女が善の目の前まできて、優しく微笑む。

そのかわいらしい貌に善ご胸がドキリと大きく鳴る。

 

「や、やっぱりどっかおかしいか?」

何も言わずフリーズする善を見て、芳香が心配そうに自身の姿を見る。

 

「ち、違うぞ?あんまりにもお前がかわいいからびっくりしたんだ」

慌てて善が取り繕う。芳香の姿は善をフリーズさせるには十分すぎるほどだった。

 

「そうかぁ?それならうれしいぞ!」

心配そうな顔から一転、ぱぁっと花が咲くような笑顔へと変わる。

 

「じゃ、どっか行こうか?なんか食べようぜ?甘味処が近いか?」

この辺のうまい処があったと言って、善が歩き出そうとするが――

 

「ぜ~ん?私の事食べてばっかりだと思ってるだろ?」

ジト目で芳香が善を見る。

 

「いや、そんな事は――有るかも……なら、適当にぶらぶらするか?」

 

「おう!そっちの方がいいぞ!!

けど、その前に――――善に、て、手を繋いでほしいんだ……」

顔を真っ赤にしながら芳香が手をこちらに差し出す。

 

「え?」

目の前にある白いほっそりした手を見て善が息をのむ。

 

「だめ……か?」

 

「い、いや……大丈夫です。それをすることは私はできます」

芳香の目を見て否定出来なくなった善が、芳香の手を取る。

緊張のあまり、英語訳を失敗したようになってしまったが二人とも気が付きはしない。

本当の恋人の様に指を絡ませると、死体特有のひんやりした感触が伝わってくるが、握っていると少しずつ暖かくなる。

芳香も照れると体温が高くなるんだなーと、ぼんやりと善は考えていた。

 

「す、すごいな。こんなにちゃんと出来るなんて」

 

「ぜ、善が毎日ストレッチを手伝ってくれるからな!!」

お互いがお互い余裕のない会話。

そういえば初めて会った時は、芳香の両手はまっすぐで曲がらなかったことを思い出す。

 

「そ、そういえば善はいつもそのマフラーをしてるな。

も、もうすぐ夏だし熱くないのか?」

芳香の方も、誤魔化すように会話を振ってくる。

 

「せ、せっかくのプレゼントだしな?

それにほら、コレ師匠の羽衣みたいでかっこいいじゃないか?

熱いから、そんなにきつく巻かないでスペースを開けてるんだ」

 

「そうなのかー」

 

ギクシャクした会話をしながら目的もなく歩いていく。

しかしすぐに会話のネタが尽き気まずい沈黙が流れる。

 

「ま、まぁ。芳香は俺にとって大切な人だからな。

お前からのプレゼントを大切にするのも当然――あ”」

会話を持たせようと結構大胆な事を言ってしまったと善が冷や汗をかく。

そんな善の様子を見て芳香が口を開く寸前――

 

「あー!こんな所にいた!!ずっと探したんだからね!!」

突如善が見知らぬ妖精に指を突き付けられる。

 

「へッ?」

 

「んあ?」

善と芳香両名が同時に素っ頓狂な声を上げる。

芳香はもちろん、善すらその妖精を知っていなかった。

 

「えっと、誰でしたっけ?」

アメリカの国旗を模したワンピースタイプの服を着た妖精。

こんな強烈な個性を持った人は忘れないだろうが、善にはやはり見覚えはなかった。

 

「んん!?よーく見たら別人?面影はあるけど別人かー」

相手は結局人違いだと分かったのか、妖精がっくりと肩を落とす。

 

「なんか、ごめんね?」

落ち込む妖精を見て、善が小さく謝る。

 

「あー、いーよ、別に。また探すだけだから」

善たちに背を向け、妖精がまたどこかへ飛ぼうとする。

 

「待ってくれ!!私たちも一緒に探すぞ!!」

妖精の背中に芳香が言葉を投げつける。

 

「芳香、いいのか?せっかくの休みなのに?」

 

「善はこーゆーやつを放っておけないだろ?」

知ってるんだぞ?と言いたげに芳香が問いかける。

 

「そうだな。じゃちゃっちゃと探すか」

芳香に笑いかけ、妖精との3人で目的の人を探し始めた。

と言っても妖精の探す人の特徴は要領を得ず、バラけた所で連絡手段はないので入れ違いになる可能性が高いため、3人固まっているだけなのだが。

 

「うーん、大通りを見るべきだよな?」

 

「それなら、先に小道をつぶした方がいいんじゃないかー?」

仲良く話す二人を見て、妖精がいたずらっぽく笑う。

 

「おにーさん達やさしいカップルだね」

 

「な、ち違うぞ!!善と私は――えっと……善と私の関係はなんだ?」

顔を真っ赤にして芳香が否定する。

 

「えー?けど、嫌いじゃないんでしょ?」

なおもその妖精はにやにやと笑い続けている。

 

「はいはい、芳香をからかうのもコレ位にして。

また探すよ?」

妖精を諫めるように善が言葉を紡ぐと、近くで男同士の争う声が聞こえてきた。

どうやら喧嘩している様だった。

 

「お前のずさんな作戦の乗った俺がバカだった!!」

 

「うるせぇ!!邪帝皇が規格外すぎるんだ!!」

 

「どーせ、札の金をケチったんだろ!?」

 

「ちげぇよ!!そんなんならお前がやればよかったんだ!!

俺はもうごめんだ!!アイツみたいに溺れさせられたくない!!」

 

「もう遅ぇよ!!俺たちがヤツを消せなかったから終わりなんだよ!!」

激しく言い争う男たちの周りにギャラリーが出来ていく。

 

「二人とも、別の場所を探そうか?」

芳香はともかく、幼い容姿の妖精に見せるのは気が引けて善がその場を離れようとするが――

 

「ああー!いたー!!見つけたよ!!おにーさん達ありがと!!

アタイ、クラウンピース!!今度お礼するねー」

人込みの中に目的の人物を見つけたのか、妖精が駆け出した。

手を振りながら人込みの中に消えていった。

 

「ふぅ、嵐のような妖精だったな」

ため息をついた善が、芳香に話しかける。

 

「な、なぁ……善は私が大事なのか?大切に思ってるのか?」

試すように、祈るように静かに芳香が善に聞いてくる。

 

「ああ、大切だよ。おまえは俺の――」

 

「その先は聞きたく無いぞ!!」

自身の言葉を以て、芳香が善の言葉を拒絶した。

 

「わ、私は善が嫌いだ!!大嫌いだぞ!!

すてふぁにぃばっかり見てるし、ロリコンだし、未熟者だからだ!!

も、もう帰るぞ!!」

早口でまくし立て、芳香がその場から走り去った。

 

「芳香……?」

呆然とする善。

その後、家で顔を合わせても寝る時間になっても芳香は善と一言も口をきいてくれなかった。

今日の結果はさんざんだったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

「…………………あー……………」

時は深夜の自宅。

芳香は縁側に座って、呆然と月を見ながら虫の声を聴いていた。

 

「むぅ………」

中庭の池に映る月を見ても、虫の声を聴いても心の中のモヤモヤは消えなかった。

 

「どうすればよかったんだー?」

胸中を埋めるのは、善の言葉。

あれからずっと善の顔と共に胸の中で響き続けている。

 

「あら、ため息なんてついてどうしたの?」

一体いつからいたのか、月を眺める芳香の後ろに師匠が笑みを浮かべて立っていた。

 

「…………善に……『大切な人』って言われた……」

うつむきながら、芳香が静かに答えた。

 

「まぁ!良かったじゃない。

ふぅ~ん?やっとそこまで行ったのね」

にやにやと笑いながら師匠が芳香を茶化した。

 

「良くないぞ!!良くなんて……ないんだ……」

茶化す師匠の言葉を遮り、芳香が再び俯いた。

 

「私は……私はキョンシーだ!!生きてないぞ!!死体だぞ!!

だめだ、だめだ、だめだ……

善はもっと大切にすべき人がいるはずなんだ……そういう事は生きてる女の子とするべきなんだ……

(死人)なんかじゃない……生きてる子と――」

グズグズと遂には泣き出してしまい、廊下をわずかに濡らした。

師匠はいつもより小さく見える芳香を見下ろしていた。

 

「それも、そうよね。

じゃぁ――――――()()()()()()()

 

「え?」

師匠の言葉に、到底信じられないという表情をした芳香が顔を上げた。

 

「私なら問題なしね。

あの子、年上好きだし、私生きてるし、それどころかもう同棲してる上にご両親に挨拶まで済ませてるのよね~」

 

「え?え?」

呆然とする芳香の前で師匠が体をくねらせる。

 

「昼は子弟として過ごして、夜は恋人として過ごすのね~

うふふ、なんだか想像しただけで楽しく成ってきたわぁ」

 

「ま、待て!待つんだ!!な、何かおかしいぞ!?

そ、そうだ!善の気持ちはどう――」

 

「どうとでも成るのよね~。

だってあの子、びっくりする位誘惑に弱いもの。

ちょ~っと胸の開いた服を着て、ちょ~っと誘惑すればコロッと落ちハズよね」

なまめかしいポーズを取って、服の胸元を開ける師匠。

その姿に芳香の脳内に、善が喜んで師匠に飛びつく姿が浮かぶ!!

弱い、善は非常に誘惑に弱い!!

その事は芳香の中でも確定している!!

 

「うふふ、善にはたっぷりと私に奉仕してもらわなきゃね?

ああ、安心して?偶には芳香にも善を貸してあげるから」

楽しそうにくるくるとその場で回って見せる。

 

「あ、あわあわ……」

 

「さぁて、善は急げよね?……善だけに」

呆然とする芳香の前で、師匠がニコリと笑い善の部屋に向かう。

そんな師匠の前に芳香が走りこんで両手を広げ、とおせんぼする。

 

「だ、ダメだダメだ!!ダメだぁ!!

う、うまくは言えないけどそんなのダメだぞ!!

とにかくダメだぁ!!」

師匠はそんな芳香の必死な顔を見て笑みをこぼした。

 

「うふふ、芳香は善が大好きなのね。

なら、しっかりそばに居なきゃね?じゃないとすぐに誰かに取られちゃうわよ?」

師匠の言葉に芳香がハッとして走り出す。

 

「善!ぜ~ん!!」

わき目も振らず一直線に善の部屋に向かったようだ。

 

「あ~、かわいい。初々しいわぁ……

芳香ちゃんのあんな顔初めて見た」

また新しい楽しみが出来た。とつぶやき師匠はスルリと壁の中に消えていった。

 

けど――

「早く取らないと……私が本当に貰っちゃおうかしら?」

クスクス笑いと共にその言葉も消えていった。

その言葉を聞いていたのは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「ぜ~ん!!昼は私が悪かった!!ごめん!!

許してくれ!!」

バタバタと走って芳香が善の部屋のドアを開ける。

 

「うわ。よ、芳香!?」

突然現れた芳香を見て、善が自身の後ろに何かを隠す。

 

「善?何を隠したんだ?」

 

「な、なんでもないぞ?本当に何もないから、な?な?」

ジト目で芳香が善を睨む、その視線に耐えかね善が座ったまま後退する。

 

「反対側から見えてるぞ?」

 

「え、マジか!?」

芳香が指摘すると、善がその場で背を向けて自身の背後を確認する。

クルリと振り返った善の後ろ手には、すてふぁにぃがしっかりと握られていた。

 

「またすてふぁにぃか……」

うんざりしながら芳香がつぶやいた。

 

「え、あ!こ、これは……そう!『拾ってください』って書かれた箱の中にあったんだ!!可哀そうだから、連れてきただけでそんな深い意味は――」

言い訳がましく善がすてふぁにぃを抱き寄せる。

その情けない姿に芳香は――

 

「言い訳無用だ!!そんなものばっかり読んでる善は制裁だぞ!!」

怒り顔で牙をむき爪を立てる!!

 

「や、やめろぁあああ!!噛むな!!引っ搔くな!!

うわぁあああああ!!すっげぇ痛い!!!!ごめん!!許して!!

悪かった!!俺が悪かった!!」

 

「ふーッ!!フーッ!!すてふぁにぃを捨てるか?」

謝る善から爪と牙を外して問いかける。

しかし――

「それは出来ない!!すてふぁにぃ大事。

それを捨てるなんてとんでもない。OK?」

こんな状況でもソコだけは譲れない!!善の魂の奥の奥まで染み付いた煩悩である!!

 

「善のバカぁ!!!!!」

 

「いぎゃぁああああああ!!!」

善の悲鳴が墓場に響き渡った




今回の話は前回と全く同じ時間軸です。
善と完良は何度もニアミスしてます。


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小さな影!!迷い込む者!!

誰が言ったか、2月22日はにゃんにゃんにゃんの語呂合わせで猫の日だそうで……
その日に投稿したかったんですが、大幅な遅れが……
お蔵入りも考えたんですが、もったいないのでここに。

季節感のずれは許してください!!


あら、いらっしゃい。

私に一体何の御用かしら?

あらあら、そんなに怯えなくてもいいんですよ?

 

私は仙人。強く麗しい素敵な仙女。

困った人間の――あなたの優しい味方。

 

もう安心なさってください。きっと、きっと助けてあげますわ?

けれども注意して?私ちょっぴり怖い邪仙ですから。

うふふふふふふふふふ………

 

 

 

「師匠なにしてるんですか?」

 

「一度でいいから、私の口上を言ってみたかったのよねー」

 

 

 

 

 

(しまった……失敗したわ)

善の暮らす邪仙の仙窟。

その地下の部屋、いつも師匠の着ているワンピースからもぞもぞと姿を現し、小さくため息をつく影が一つ。

 

(……気分転換で別の術を研究したのがいけなかったのかしら?)

違和感を感じる足を動かし、何とか座る。

 

(はぁ、一体どうしましょう?)

部屋に飾ってある鏡に映るその姿は――

 

(あら、かわいい)

一匹の猫だった!!

 

事の始まりは、今日の昼から。

以前より研究していた道具の製作がどうにも行き詰まり、気分転換にと以前見た『通りすがりの仙人』の使っていた玉図の動物の体を再現する力を真似ようとした。

その結果が――

 

(どうしようかしら?)

成れない動きで師匠が自身の顔を掻く。

見た目は完全に、顔を洗う猫になっている。

 

(ひとまず善に助けを呼ぼうかしら?まずはそこからよね)

四つ足で歩きだし、自分の部屋のドアを見る。

 

(ドアノブ……なんとか、引いて開けない――と!!)

その場で師匠が飛び上がり、ドアノブに腕を掛けようとする!!

しかし!!

 

ゴンッ!!

 

ジャンプ力が足りず、ドアに頭突きをかましてしまう!!

 

(痛った~い……)

ずきずきとする頭を抱え、果敢に数回チャレンジする。

 

ゴンッ!ガンッ!ボンッ!!

 

ゴシン!!!

 

(ッ~~~~~~~~~!!!)

何度も頭を打ち付け、わずかに涙目になる師匠。

それほどまでに、猫の体は不便だった。

 

ガチャ……

 

(やっと、やっと開いたわ……)

十数回に及ぶチャレンジの結果、ついに師匠は扉を開かせることに成功する。

 

(はぁ……本当に不便……)

いやそうな顔をする師匠の前に鎮座するのは――

 

(次は階段……)

自身の伸長とほぼ同じになった階段!!

当然今の身長は本来よりも、ずっと小さい。

そのため階段一段一段が、壁の様に立ちはだかっているのだ!!

 

(いいわ……邪仙の力、思い知らせてあげる!)

 

「フニャ!!にゃ~!!ふんふん!!」

師匠自身は本気なのだろうが、その姿はどう見ても猫が必死に階段を上がるほほえましい光景にすぎない!!!

 

(はぁ、はぁ……ずいぶん登ったはず……よね?)

チラリと師匠が後ろを見ると、そこはまだまだ途中。

というか、半分も行っていない。

 

(もうひと踏ん張り――きゃ!?)

 

飛び上がった師匠が前足を滑らせてしまう!!

 

(そんな、そんなのダメ、ダメよ!!)

しかし現実は無常。師匠の体が重力につかまり落ちる!!

 

ダン!ゴン!!ドン!!!

 

哀れにもここまで登った師匠はゴロゴロと転がり、最初の場所に戻されてしまった!!

 

(ああ……こんなのって……)

無力感に打ちひしがれ、師匠は意識を失った。

 

 

 

 

 

「あ、起きた」

次に師匠が見たのは、善の顔。

上からこちらを覗き込むように見ている。

 

(何があったの?)

いまいち状況の読めない師匠が、きょろきょろと辺りを見回す。

部屋の内装から見て、善の部屋のベットに寝かされていることが分かった。

 

「にゃー、にゃ。にゃ(よかったわ。丁度あなたを探していたの、少しミスをしてこんな風になったの、だから――)」

 

「どうした?どこか痛いのか?それとも腹が減ったのか?」

急に鳴きだした猫を不安そうに善が見る。

どうやら、今の師匠の声は善には猫の鳴き声にしか聞こえないらしい。

 

「さてと、一体どこから来たんだお前は?師匠の研究室のある地下にいたんだよな?

…………まさか、師匠の研究の実験材料か?」

酷く哀れんだ目で猫を見る善。

 

(あなた!!私をなんだと思っているのかしら?)

目を吊り上げ、抗議の言葉を発するが、やはり善には理解されない。

 

「おーおー、落ち着けって……どうすっかな?」

善が立ち上がり、本棚から数冊の本を持ってきてベットに置く。

 

「えーと、この鳴き方は――」

パラパラとめくる本の内容は『簡単!猫の飼い方』と書かれた本。

置いてあるほかの本に目を向けると、猫の躾や理想のお家など猫を飼うための本、ほかには簡単な料理に本や、どこかで何処かで見つけたのか仙術のものまである。

だがやはり。本棚においてある本全体を見ると、犬の飼い方、ハムスターの飼い方など生き物についての図鑑などの本が多かった。

 

(へぇ。この子……生き物がこんなに好きだったのね。

なんだかんだ言って、橙ちゃんを追い出さないのもそのせいね)

今まで知らなかった弟子の一面に、師匠が小さく微笑んだ。

なおも、図鑑を見ながら唸る善を見る。

 

(多分、橙ちゃんが来れば通訳は可能。通訳できるならそう焦る事はないわね。

しばらくこの子の様子を見るのも悪くはないわね)

余裕が出来た師匠は、この状況を楽しみ始める。

 

「あれ、静かになった……もういいのかな?」

急に静かになり、さらに余裕を見せ始めた猫の対して善が訝しがる。

 

「それにしても、あーあ。埃だらけだな……

ブラッシングするか?」

無遠慮に師匠を抱き上げ、小物入れに有った猫用の櫛(橙が持ち込んだ物)を手に取る。

 

「にゃー、なーお。にゃー(ブラッシングするなら丁寧にしなさいよ?)」

 

「あ、こいつ()()()

何気ない動作で、善が猫の性別を確認する。

その瞬間!!!

 

「フシャァアアアア!!!」

 

「いでぇ!?」

猫の爪が善の目を狙いすましたかのように引っ掻いた!!

 

サッサッサ……

 

「にゃあ~」

猫を膝に抱いて座る。

善の顔はまるで碁盤の様に無数の線が刻まれており、わずかに涙目になっている。

 

「痛てて……まさか、急に引っ掻くなんて……」

顔の痛みを我慢しながら、なおも猫のブラッシングを続ける。

猫の毅然とした態度に、だんだんこちらがブラッシングをささせてもらっている様な気分になる。

 

「よしと……きれいになった。美人……って表現はおかしいか?美猫?」

うんうんうなりながら、埃が取れて綺麗になった猫を見て満足気にうなづく。

そして猫を再びベットに下ろす。

 

「さてと……始めるかな」

善が部屋を出ていき、少しした後にコップに入った水を持ってきた。

 

「(何をする気かしら?)」

興味を持った師匠が、善の手元を覗き見る。

善は自分の指を、コップの中に入れていた。

 

「ふぅ…………っ!」

善が息むと同時に、指をゆっくり引き抜く。

指の先で、水が歪な円の形でぶら下がっている。

 

「(へぇ、前見せた砂を動かす修業法を独自に発展させたのね……

この子って意外と努力家なのよね)」

ゆらゆらと尻尾を揺らし、善が何とか水球の形を変化させようとしているのを見る。

少々歪だが、丸、三角、四角を繰り返し、最後には球体から数本の突起が出たような形になる。それを何度も何度も作り続ける。

その時間凡そ3時間近く。

ずっと、重力に逆らい続け、気の力のみで形を作っている。

なかなかのスタミナと繊細さが必要な技術だ。

 

「ふぅ、だいぶ良くなった。もう少し形がきれいになったら師匠に見せれるな」

水をコップに戻し、満足気に頷いた。

 

「(へぇ、思ったより成長してるのね)」

その様子を見ていた師匠も小さく感嘆の声を上げる。

 

「んんっ、く~!」

背伸びをして、凝った体をほぐしながら善が立ち上がる。

 

「そろそろやるか……」

不安そうな顔をして、善が柱の近くへと歩み寄る。

そして自分の頭を壁につけ、その位置に傷をつける。

子供が、壁に自身の身長を刻むアレだ。

 

「どうだ!?……くっ!

せめて、170㎝を……」

壁の傷の位置を見て善が悔しそうな顔をする。

どうやら身長が伸び悩んでいる様だ。

 

「(馬鹿ねぇ、仙人は不老長寿。不老という事は、成長もしないという事なのに……

まぁ、まだ完全に仙人とは言えないから成長が緩やかになる程度ね)」

あくびをしながら、弟子の小さなコンプレックスを眺める。

その後も善は部屋でリラックスした時間を過ごす。

 

時折、猫姿の師匠に歩み寄り、話しかけたり体をなでたりする。

 

「よォしよし、お前はかわいいなぁ。橙さんは変になでると興奮するし、お燐さんはなかなか地上に出てこないんだよな~

……この子、飼っちゃダメかな?師匠に頼んでみようかな?」

独り言なのか、猫に話しているのか、猫のお腹や頭、のどを優しくなでる。

 

「ゴロゴロゴロ……(ん、意外と、なでるのうまいじゃない……)」

優しい善の手に、猫がのどを鳴らして甘えてくる。

師匠としても、いつもは見れない善の姿や、芳香にしか使っていなかった砕けた口調を受ける。

 

「んーんー」

遂には抱き寄せた猫の頭にほおずりする。

 

「ゴロゴロゴロ……(ちょっとくらい、いいわよね?わかりはしないんだし……)」

のどに当たる指が心地よくて、師匠は甘えた声を出してしまう。

 

「にゃぁ~」

遂にはすりすりと、猫が善に自身の額を押し付ける。

善はその様子を見て笑顔で応える。

 

「なぁ~お」

コロンと転がり、自身の腹を見せ善になでるように催促する。

善は無言で微笑んで、猫の腹に指を這わせた。

 

「にゃぁ~、ごろにゃぁ~ん!」

 

「よしよしよし……」

猫をひとしきり撫で終わると、次はちゃぶ台を片付け始めた。

 

「?」

もっと撫でてもらいたい猫は、不満げに立ち上がった善を見る。

 

「今日もこの時間が来たな……」

修業の時よりもなおも真剣な顔をする善。

突如、しゃがみこんで畳を平手で叩く!!

すると――

どういった仕組みかは分からないが、畳が立ち上がる様にして起き上がった!!

 

「寂しかったね~、俺のすてふぁにぃ」

ニヤける善の視線の先には、数冊の本が!!

どれもこれも、胸の大きな女性が挑発的なポーズを取っている。

零れんばかりの胸に善が喜び勇んでページをめくろうとする!!

 

「にー!」

 

「はっ!?」

すてふぁにぃに手を伸ばそうとすると、善を責めるような目で猫がこちらを睨んでいる!!

 

「ね、猫ちゃん?少しの間外に……」

その目に耐えかね、善が猫を部屋の外へと出そうと手を伸ばすが――

 

「フゥー!!」

 

「う、うわぁ!ご、ごめんなさい!!」

猫に威嚇され、すぐに畳をもとに戻す!!

力関係はこちらが上、何か具体的に言われた訳でもない。

しかし!!

善はなぜかこの猫に逆らってはいけないと本能的に理解した!!

 

「にゃ~……」

 

「も、もうしません……だから、許して……」

なおもにじり寄る猫に謝罪の言葉を投げかける。

 

「なんで善がねこに謝ってるんだ?」

その時扉を開けて姿を現した芳香に不審な目で見られる。

 

 

 

 

 

数時間後

 

「ごちそうさまー」

 

「ご馳走様」

 

「はい、お粗末様」

善と芳香さらには遊びに来た小傘の3人が手を合わせる。

不運なことに、今日は橙が遊びに来なかった。

 

「珍しいね、お師匠さんがいないなんて」

 

「んおー、どっか行ったみたいだー」

 

「まぁ、師匠ですし滅多な事はないと思いたいですけど……

小傘さん、皿洗いお願いできます?風呂を沸かしたいので」

 

「はいはーい、わちきにおまかせー」

頼られる事に喜びを覚えるのか、嬉しそうに走っていった。

 

「さ、次はお前の番だな?」

食事中もずっと膝にのせていた猫に、善が食事を与える。

 

「にゃぁー(仕方ないから、最後の手段を使うわ)」

少しだけ不満そうに猫が鳴く。

 

 

 

 

 

さらに数時間後――深夜

 

「(やっと、ね)」

みんなが寝静まった頃、善と同じベットで寝ていた猫が動き出す。

布団に潜り込み、善の右手を目指していく。

 

「(あった)」

善の右手、そこには過去に自分が気の放出のために切り取った傷がある。

5本の指それぞれが、指輪をしている様に細いラインの形の傷跡が残る。

猫はその指の傷跡に思い切り噛み付く!!

 

バチィ!!

 

突然の攻撃行為に、善の体が反射的に『気』と『抵抗する程度の力』による二重の防御を展開する!!

之こそが、師匠の狙っていた物!!

善の『抵抗する程度の力』は術などの一部に抵抗を与えることで狂わすことが出来る!!生物に使えば生物の体の正常な働きを歪め、機械に使えば一部を停止させ誤作動を起こさせ、術ならば一部を破壊し効力を消失させる!!

 

「ふぅ、やっと戻れたわ」

善の布団の中、元の姿に戻った師匠が小さく漏らす。

 

「さて、早く帰って――あ」

そんな時、自身が覆いかぶさっている善と()()()()

 

「し、師匠?なぜ、私の布団に?な、なぜ、全裸なんですか?」

目が覚めた善が震える!!そう、猫は服など着ない!!

当然、猫から戻った師匠の姿は全裸!!

悩ましいナイスバディが布団の中で善に密着する!!

 

「よ、夜這い……!?まさか、夜這いですか!?それとも、ウワサの房中術!?

い、一体いつから、ここはエロ同人次元になったんですか!?――――確かに師匠は美人だし正直いって好みドストライクですけど、年の差が14歳差どころか、14世紀差は流石にキツ――むぐ!?」

混乱する善の口を師匠が抑える。

 

「馬鹿ねぇ、これは夢よ?あなたの中に有る『お師匠様大好き!!人生のすべてを捨ててもいいから、にゃんにゃんしたい!!』という願望が形になっただけよ?

――――というわけで、お休みなさい!!」

一瞬だけ、安心させて師匠の手刀が善の意識をきれいに切り取った。

 

 

 

 

 

翌日

 

「う~ん?」

おいしそうな味噌汁の匂いで芳香が目を覚ます。

匂いに釣られ台所に行くと師匠が朝食の準備をしていた。

 

「あー!帰って来たのか!!」

師匠の姿を見た瞬間、芳香が嬉しそうに駆け寄る。

 

「あら芳香。昨日は急にいなくなってごめんなさいね?

今、ごはん作ってるからもう少し待ってね?」

 

「わかった~ところで、()()()()()()()()()?」

芳香の指摘通り、台所の端に一匹の猫が袋から顔だけ出して縛られていた。

 

「うふ、かわいいでしょ?昨日拾ったのよ?」

何処なく、幸せが薄そうな猫を師匠は袋の中から取り出す。

何処にでもいる三毛猫なのだが、なぜか芳香には既視感があった。

 

「うふふ、この子ね?オスなのよ?オスの三毛猫はとっても珍しいのよ?」

ほら、見て。と上機嫌で師匠が猫の足を持つ。

 

「にゃ!?にゃ~!!にゃ~!!!」

突如慌てたように、猫が抵抗する。

しかし、当然仙人の力にかなう訳がない!!

 

「本当だ、オスだ~。珍しいんだな」

芳香がそう話すと、猫が恥ずかしそうに身をよじる。

 

「うふふ、後で妖怪の山の橙ちゃんの所に遊びに行きましょうか?

今、丁度発情期のメス猫がたくさんいるらしいのよね~」

師匠の言葉を聞いた猫が暴れ始める!!!

 

「フニャ!?なにゃー!!ニィィヤァ!!」

 

「おー?どうしたんだ、一体?」

 

「さぁ?『止めてください!!師匠!!』とでも言ってるんじゃないの?」

師匠は楽しそうに笑った。




ちなみに私は犬派です。犬派です!!重要なので2回!!


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邂逅!!第二の鴉天狗!!

今回は久々の注意点があります。
姫海棠 はたてについて独自解釈の強い内容となっております。
苦手な方はブラウザバック推奨です。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

涼やかな河のせせらぎが聞こえる妖怪の山の一部。

見回り警備の役目を受けた白狼天狗、犬走 椛は竹筒の中の水を啜っていた。

 

「!」

彼女の耳がこちらに迫りくる者の音を聞き、白い耳がピンと立ち上がる。

次の瞬間!!彼女の目の前の別の影が躍り出る!!

 

「あ!天狗さん。今こっちに人間が走ってきませんでした?」

黒い猫の耳に2本の尻尾、オレンジのワンピースを着た小柄な体躯。

橙が尋常ではない目をしている。

 

「さっき、河に飛び込んで下流の方へ――」

 

「匂いを消したつもりですね?ありがとうごじゃいましゅ!!」

興奮のあまり言葉を忘れかけた橙が、すさまじい勢いで河を下って行った!!

 

「…………もう行きましたよ?」

下って行った事を確認した椛が、河に向かって声を投げかける。

 

「ぷはぁ!!やっと行ったか……」

河の中から現れたのは毎度おなじみ、詩堂 善。

橙を巻くために水中にずっと潜っていたのだ。

 

「……詩堂さん……とりあえずこれで……その……前を……」

顔を赤らめて自らの盾を差し出す椛。

今の善の姿は何と全裸!!妖怪の山の中で裸一貫!!見つかれば即通報どころか殺処分されてもおかしくない姿!!

 

「あ、ありがとうございます……」

こそこそと、盾で自分の局部を隠す。

 

「なぜ、こんなことに?」

 

「ちょっといろいろありまして……名も知らない猫たちのパパになる所でした……」

師匠に連れてこられた猫の里で、オス猫に飢えたメス猫が善を見て一気に活気立った!!

無数の猫たちが善に群がり、全身を引っ掻いたり噛み付いた!!

危ういところで術が切れたが、その直後に群れのボス――橙が現れて善を追いかけてきたのだ!!

 

「……何やってるんですか……」

予想の斜め上をいく出来事に、椛が小さくため息をつく。

 

「いてて……猫の爪って結構鋭いな……」

 

「おっす!盟友ー、何してんの?」

ザバッと水しぶきを上げ、にとりがさっきまで善のいた河の中から姿を現す。

どうやら気が付かなかっただけで、近くにいたらしい。

 

「ありゃ、椛も一緒か……なんかのプレイ?」

 

「「違います!!」」

善と椛二人が同時に否定した。

 

 

 

「あひゃひゃひゃ!!ねこ、猫にまで襲われてるの!?」

内容を聞いたにとりがゲラゲラと腹を抱えて笑い出す。

 

「こっちは貞操が掛かってたんですよ!?」

 

「あー、ごめんごめん。いいもんあげるから許してよ」

自身の背負う巨大なリュックを漁り、中からおかしなものを取り出した。

 

「これは……犬耳カチューシャ?」

 

「尻尾もあるよ」

それは、椛に似た色の犬風の耳のカチューシャともふもふの尻尾、こちらはベルト式で腰に巻けるようになっている。

 

「これでどうしろと?」

横からその様子を見ていた椛が無言で頷き、飛んで行った。

 

「あー!馬鹿にしてるなー?これは私の発明ですごいんだぞ?

この頭につける耳は中に機械を内蔵していて、装着者がこめかみを動かすことで自由に動かせるんだぞ!?尻尾だって、お腹に力をいれると少しだけ動くんだぞ!?」

発明を馬鹿にされたと思ったにとりが力説する。

 

「いや、すごいんでしょうけど……一体何の意味が――」

 

「変装して帰るんですよ」

その時椛が風呂敷を抱えて戻ってきた。

 

「はい?」

 

 

 

 

 

数分後……

 

「どっか、おかしいトコロ……ありませんよね?」

椛の持ってきた同僚の白狼天狗用の制服と、にとりの発明したアイテムを装備した善が自身の体をひねる。

その姿はぱっと見完全に白狼天狗にしか見えない。

 

「おおー、馬子にも衣装だね。装置も動かしてみてよ」

 

「すこし、違和感が――いえ、それくらいなら」

二人の言葉にこたえる様に、善が耳と尻尾を動かして見せる。

問題なく稼働する様だ。

 

「普通の服って無かったんですか?」

善が椛に聞くが本人はバツの悪そうに否定した。

 

「残念ながら、女物しか持てなくて……昔同僚の子が着ていた『それ』しか貸せる服もなくて――」

 

「人間が天狗の制服着てるのバレたら大変な事になるでしょ?全裸で帰れる訳もないし。

だったらいっそ、天狗に化けて山から下りた方がうまくいくからさ!

因みにレンタル料は安くしてくよ?」

 

「金取るんですか!?」

まさかのにとりの言葉に善が驚愕する!!

 

「と、兎に角!詩堂さんはその恰好で山から下りてください。

制服は私のではないので返却は結構なので、適当に燃やすかして捨ててください。

これ以上は私も助けれませんから、くれぐれも、くれぐれも問題を起こさないでくださいね!!間違っても私の名前は出さない様に!!」

いつになく真剣な顔で椛が善に釘を刺す。

 

「わ、わかりましたよ。じゃ、二人ともありがとうございま――」

 

「犬走、交代の時間だぞ?

ん?見ない顔だな、新入りか?」

二人に別れを告げて帰ろうとした時、大柄な天狗の男が善の前に降り立った。

 

「はい。そうです!!けど、今日は休日なので人里へ行こうと――」

 

「人手が足らん!!手伝え!!犬走、送り届けたら、俺と交代だからな?」

 

「え、ちょっと――!?」

にとりと椛、二人の見ている前で善が抱きかかえられ、どこかに連れていかれた。

 

「うわぁ……速攻だね……」

 

「詩堂さん、前世か何かで大罪でも犯したんでしょうか?」

呆然とする二人、にとりはふざけながら、椛は心の中で善の無事を祈った。

祈るだけで何もしないのだが――

 

 

 

 

 

「おい、新入り!!お前には子守を頼むぞ」

 

「こ、子守!?」

突然の要望に善の声が上ずる。

 

「鴉天狗のお守りだ。相手は名家のご令嬢だ、粗相はするなよ?」

一軒の家――というか最早豪邸と呼んでも差し支えない家の前に降り立ち、ノックして扉を開ける。

 

「姫海棠様ー、手伝いの天狗をお連れしました!!」

 

「……入ってー」

 

「頑張ってこい、新入り!!」

奥からわずかに聞こえてきた声に頷き、善をその家に押し込んだ!!

 

「痛て……」

薄暗い家の中、最後に叩かれた背中を気にしながら声の方へ歩いていく。

 

(はぁ……大変な事になったなぁ……椛さんにあれほど言われたのに……

何とか、バレない様にしないと……そう言えば、椛さんに聞いたことがある……

天狗には上下関係が強って、鴉天狗は白狼天狗より上で、その中にも家でランクがあるって……)

先ほどの天狗が『名家のご令嬢』と言っていたのでなおさら不安になる。

 

 

 

「し、失礼します……」

わずかに光の漏れる襖を開き善が顔をのぞかせる。

部屋を開けた瞬間、わずかにインクのにおいが鼻を擽る。

 

「……ん?あー、適当に座ってよ……」

その中央、くしゃくしゃにまるまった原稿の山に埋まる様に一人の天狗の姿があった。

紫の市松模様スカートに、同じ色のリボンでツインテールにした髪型。

そして背中に生える黒い翼――話に有った鴉天狗だろう。

 

「えっと、詩堂 善です。よろしくお願いします」

 

「あー、姫海棠 はたてー、ま、よろしくー」

こちらに全く目を合わせず、振り返りもせず、気の抜けた返事だけが帰ってくる。

 

「悪いけど、まだ書き上がるまで時間かかるから」

そう言って、チラリとだけこちらに視線を投げかけた。

一瞬だけ見えた目には、びっくりする位クマが出来ていた。

 

「ねー、なんかさー、今白狼天狗内で流行ってるもんって、ナンかないの?」

筆を持ったまま血色の悪い顔をこちらに向けてきた。

 

「えっと……特にこれと言って……」

当然だが天狗内のブームなど知りはしない。

 

「あっそ。じゃ、適当に……花見情報でも――」

 

「はたてさん?もう夏です……春はもう終わってますよ?」

はたての余りにもタイミングをずらした話題に、善が訂正を入れる。

 

「え?夏?春は?桜は?」

 

「数か月前にもう……」

 

「うそぉ~~~ん……」

そのまま滑る様にはたては紙の山に倒れ伏した。

 

「は、はたてさん!?大丈夫ですか!?ウッ!?」

慌てて近寄ると、インクのにおいに隠れて気が付かなかったツンとする匂いが気になった。

近くでよく見ると、髪もぼさぼさで服も埃と皺だらけだ。

 

「あぁ~~~……お腹すいた……何か作って……」

 

「あの、はたてさん。どれ位この部屋にいます?」

 

「ん~?春前だったはずだから……数か月?アイディアが煮詰まって……」

ドロリと擬音を立てそうなくらい濁った瞳が善を一瞬だけとらえる。

 

「ごはんを――いや、まずはお風呂を、清潔感大事!!

はい、起きて!!着替えを用意してください。

私はその間に風呂掃除と食事の準備をしますから」

生活態度に業を煮やした善が勢いよく立ち上がる。

「えー?ごはんはー?」

 

「後です!!」

 

「……ぶー」

気分を悪くするはたてを無視して、服の着替えを取りに行かせる。

その間に善は、風呂場の場所を聞き出し水を張り風呂をわかす。

 

「うー……」

浴室からはたての声が聞こえてきた。

 

「しっかり体を洗ってくださいね?烏の行水は許しませんよ?」

 

「はーい……」

薪を入れながら善が風呂場に向かって声をかけると、だるそうなはたての声が帰って来た。

適度に温度が出来たら今度は、台所へ向かう。

善以外の天狗が世話を焼きに来ていたのか、食品だけは新鮮なものがそろっていた。

豪邸、大きな風呂場、豪勢な台所。

確かにはたては名家のお嬢様なのかもしれない。

そんなことを考えながら、善が調理をしていく。

 

 

 

十数分後……

「スン……スン……いい匂い……」

襦袢を着たはたてが、台所に導かれる様に入ってくる。

 

「あ、丁度おかゆが出来た所ですよ。おかずは待っててくださいね?」

そういって、はたての前に土鍋に盛られた卵粥が置かれる。

 

「はぁ……ふぅ。おいしい……!」

一口食べた瞬間に、はたての目が見開かれた。

 

「漬物と、煮物です」

しばらくして、たけのこと椎茸と里芋の煮物を出す。

それらもはたては食べ進めていく。

 

「はぁ~、おいしかった。生き返ったわー」

食事を終えたはたてが、椅子からたちあがり背伸びをする。

 

「元気になったみたいで良かったですよ」

ニコリと善が笑いかける。

しかしはたては不機嫌顔だ。

 

「まったく!あんたね!目上の私に命令するとかどうゆう要件よ!

本来なら山から追放ものなんだからね!

まぁ、今回だけは特別に許してあげないこともないけどー」

 

「は、はぁ……ありがとうございます」

助けたのはこちらなのに、なぜか許してもらう不思議。

 

「えっと――善だっけ?名前?」

 

「はい、そうです」

 

「ふーん、覚えたから。なんか有ったら上にソッコー、チクるから。

新聞、書くの手伝いなさいよ。拒否権無いから」

 

「えぇ……」

びしっとこちらを指さすはたてを見ながら、小さく善が声を漏らす。

静かに山から脱出するつもりだったが、どうやら本格的に厄介なことに巻き込まれたようだ。

 

「ってか、書いてたの新聞だったんですか」

 

「……そうよ……さっきのアレ!!全部私の新聞『花果子念報』の没よ!!

いーわよ、どうせ私は文の『文々。新聞』みたいなの書けないわよ!!人付き合いの少ないボッチよ!!なによ、文句アンの!?」

地雷を思いっきり踏み抜いた善!!涙目ではたてがまくし立てる!!

 

「手伝いなさい……私の新聞書くの手伝いなさいよ!!!

ビックな新聞かき上げてやるんだから!!殺人事件とか、書いてやるんだから!!」

突如善の首をつかみ激しく揺らす!!

天狗の腕力に、今まさに殺人が起きようとする!!

 

「す、少しだけですよ……?

といても、私は新聞なんて書けませんから、書くための空間つくりですけど……」

襟を正しながら、善が向き直る。

そしてはたての部屋に戻り掃除を始めた。

 

「はたてさん、これ捨てていいやつですか?」

座って新聞を書くはたての近くに紙束を持ってくる。

 

「え、ええ……いいわよ?」

言葉を濁し、はたてが了承する。

 

「?」

違和感を感じつつも善が掃除に戻る。

 

(アレ、一体どういう事……?)

はたては内心大きく動揺していた。

さっき善の揺らした時、胸の前がわずかにはだけた。

そこには天狗ごとの名前と所属が書かれているのだが――書かれていた文字に問題があった。

明記されていた名前は『狗灰 机』。

さっき名乗った彼の名とは違う。

考えにくいが、服を間違えた可能性もある。

気になったはたてが、白狼天狗の所属の書かれた名簿を手にする。

 

「あなたの苗字って、詩人の『詩』にお堂の『堂』で当ってるわよね?」

 

「そうですよー」

 

(詩堂……詩堂……無い!!)

名簿を隅々まで見たが当然、詩堂なんて名前はない!!

 

(なら、アイツは何者!?)

そうなると当然気になるのが、彼の正体!!

本来天狗の山にいない正体不明の男にはたてが恐怖する!!

 

ゴクリと唾を飲む。

 

(まさか、殺人鬼!?)

さっきの新聞の内容からとんでもない想像をしてしまう!!

 

「よいしょっと」

袖をまくった善がゴミを持ちあげる。

その腕には無数の引っ掻いたような傷跡!!

*猫のもの。

 

(ま、まさか本当に殺人鬼なんじゃ!?)

無数の傷を見てはたてがさらに震えあがる!!!

 

(こ、ここは人通りの少ない場所に有る家……そして住人は私一人!!

助けを呼ぶこともできない!?

そういえば聞いたことが有るわ……『殺人鬼には常人には理解不能な拘りがある』って。

きっと、風呂を沸かしたのも食事をふるまったのも、そんな拘りから……!!

つまり、いよいよ……次は!!)

いやな汗をかき、そっと部屋から抜け出る。

足音を殺し、善が向かったハズの台所へ行く。

 

(私の思い過ごしよね?偶然名簿から漏れただけよね?)

そっと扉を開け、台所の善を見る。

何かを刻んでいる様だ。

 

「ふぅ、疲れたー。計画が狂いっぱなしだ……はぁ、だんだん頭が痛くなって来た」

そういって、自身の頭の耳に手を伸ばし――

 

「よっと」

 

「取れたー!?」

外れた耳を見て、はたてが声を上げる!!

その声に驚いた善が、包丁を持ったまま振りかえる!!

その手に持つ包丁は真っ赤な液体に濡れていた!!

 

「いやぁあああああ!!!血ぃぁああ!?」

恐怖のあまり腰の抜けるはたて!!!

善が包丁を持ったまま近づいて来る!!

 

「殺さないで、殺さないで……殺さないで……

なんでもいう事聞きます。どんな事でもしますから、殺さないで!!」

ガクガク震えて善に懇願する!!

 

「あのーはたてさん?」

 

「な、なんでもしますから!!なんでもしますからぁ!!」

怯えるはたてに包丁を突きつける!!

 

「これ、血じゃないですよ?トマトです」

 

「あ……え?ほんとだ……」

確認するとそれはトマトだった。

非常にベタな手だが、慌てると気が付かないらしい。

 

 

 

邪仙の弟子説明中……

 

「へぇー、仙人の修業でー」

関心したようにはたてが、善の話を聞く。

仕方ないと、善が自身の正体を明かしたのだ。

 

「あのー、はたてさんこそ黙っててもらっていいですか?その……バレると困るので……」

申し訳なさそうに、善が言う。

 

「ええ、いいわよ。けど一つだけお願いが有るの、いいかしら?」

はたてが小さな条件を出した。

 

 

 

数日後……

「おい、見たかこの新聞!!」

 

「見たさ!これ、アレだろ?」

人里の住人が興奮した様子で、花果子念報をみる。

そこに写るのは――

 

『発見!!妖怪の山に潜む怪人!!』の見出し。

ぼやけた写真には黒い影が、腕から赤い稲妻のような物を出し振っている写真。

内容としては、謎の怪人を捉えた物だが、里の住人はコレが何か知っている為非常に関心が高まっている。

 

邪帝皇(イビルキング)の写真なんて……撮影者はどうなったんだ?」

 

「死んだだろ?あいつが証拠を残させるはずがない……」

非常に貴重な写真が載っている新聞として、その号だけは爆発的に売れたそうな。

 




個人的はたての解釈。

彼女は天狗の中でも、あまり周りと友好が無いらしい。
だが、本来天狗は上下関係の厳しい社会。
そのため、どうしても仕事で顔を合わせる必要がある。
だが、逆に言えばそれなりの地位に居れば、顔を合わせる必要はない。

彼女は引きこもっていても許される立場にいるであろう。
という解釈。

そんな事より、今、何でもするって言ったよね?


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誘い!!不死者の悲鳴!!

今回は、少々グロテスクなシーンがあります。
被害者が輝夜さん&妹紅さん。

二人のファンの人は気を付けましょう。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

「ふぅ……熱いなぁ……」

最早見慣れた何時もの墓場。最近増えてきた雑草をあらかた抜き終わり井戸の水でのどを潤す。

 

トタトタ……

 

善が視界の端にこちらに向かって走ってくる小柄な少女をとらえた。

永遠亭にいる輝夜の使いの妖怪ウサギだ。

 

「やぁ、ズーちゃん。遊びに来たのかい?」

最近人化してばかりでまだうまく言葉を話せない彼女はフルフルと首を横に振ってジェスチャーで自身の意思を告げる。

カサカサとスカートのポケットから一枚の手紙を出す。

 

「えーと、なになに?」

要約すると輝夜がまたゲームの相手をしてほしいという物だった。

 

「どうしよっかな?」

 

「いいじゃない。行ってきなさいよ。

かつて時の権力者が欲っした姫からの直属のご指名なのよ?」

 

「うわぁ!?」

突如耳元にかかる師匠の声で善が驚く。

さっきまでいなかったのに、唐突に師匠が現れた。

 

「お師匠様の顔をみて、その態度は何ですか!!まったく、失礼しちゃうわ」

わずかに師匠が頬を膨らませ、不機嫌な態度をとる。

 

「いきなり現れたら、誰でも驚きますよ!!なんで師匠は平然とパーソナルスペースを無視するんですか!?」

 

「確か入ってほしくない、個人の空間だったかしら?別にいいでしょ?

お師匠様特権ね。

そんな事より、私も少し出かける積りだしあなたも出かけてきなさい」

言われてみれば、師匠の横には大きな風呂敷が置かれている。

初めて見る大荷物だ。

 

「?どこかに行くなら私も――」

 

「大丈夫よ。けど、2~3日開けるかもしれないからその間芳香のごはんをお願いね?」

 

「わかりました……」

芳香に出かける旨を伝え、妖怪ウサギに導かれながら永遠亭へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「おじゃましま~す……」

一匹のウサギに導かれ、迷いの竹林を抜けた先。

不死の姫君が住まうと言われる永遠停がある。

 

「ひぎぃ!?」

ゴンッ!!

善が扉を開けた瞬間、鈴仙が驚き頭を打って気絶する。

 

またか。

 

といったリアクションで善が、なおもこちらを誘うウサギについて長い廊下を進んでいく。

最近街中でも別の2羽組のうさぎに絡まれた。

片方は杵を持っており振りあげた瞬間、それを頭に落として自爆して、もう一方はなぜか食べていた団子をのどに詰まらせ自爆した。

 

(ウサギの妖怪ってそそっかしい人が多いのかな?)

そんな事を考え、廊下を進んでいく。

 

その途中、銀髪の美女とすれ違う。

 

「詩堂君じゃない。また姫様のお相手かしら?

何時もありがとうね?」

そういって柔和な笑みを浮かべる女性はこの永遠亭の薬師の八意 永琳。

善の好みにドストライクな美人の女性である。

 

「お、お邪魔してます!!」

 

「うふふ、そんなにかしこまらないで?輝夜の友達は私にとっては大切なお客人なのだから、ゆっくりしていってね?」

 

「は、はい!!」

去っていく永琳の(倒れた鈴仙を引きずっている)後ろ姿をみて、笑顔の余韻に浸っているとチョイ、チョイっと一つの扉を指さしてうさ耳少女が立ち止まる。

最早見慣れた豪奢な作りの襖だ。

 

「ありがと、ズーちゃん」

善がここまで導いたうさ耳の少女の頭をなでるとくすぐったそうに笑った。

垂れた耳がぴくぴくと動く。

 

「あ~、やっと来たわね。待ってたのよ?」

襖が開いて、中か輝夜が顔を出す。ちなみに目の下の隈がすごい事になっている。

最近こんな天狗を見たなーと善が一人思う。

 

「どーも、輝夜さん……あの、コレなんですか?」

そういってポケットから一枚の紙を取り出す。

上質そうな見た目と質感の紙に、乱雑な文字で――

 

『詩堂~野球(ゲーム)しようぜ~』とだけ書かれていた。

 

「中島か!?某海の一家の友人か!?」

 

「え?誰よそれ、っていうかせっかく呼んであげたんだから、さっさと入りなさいよ」

ゲームのコントローラーを持ちながら手招きする。

輝夜の後ろ、部屋の中をのぞいたら何時もの様に大量のごみが散乱している。

 

「はぁ、時の権力者が欲っした姫の正体がコレとは……」

なんというか、非常にいたたまれない気分になる善。

 

 

 

 

 

数分後~

 

『いやだぁ!!死にたくない!?うわぁああ!!うっ、はぁ……

私の、私の野望は不滅だぁああああ!!!!』

テレビ画面の中、善の操るキョンシーのキャラが消滅する。

それと同時にGAMEOVERの文字が躍る。

 

「ふぅ、やりぃ!私の勝ちね!!」

輝夜が興奮気味に立ち上がる。

 

「あー、くっそ!!」

それに対して本気で悔しがる善。

なんだかんだ言って仲良くゲームをする二人、変な所で波長が合うのかもしれない。

 

「姫様ー、そろそろ食事をとってください……」

すごすごと鈴仙がこちらを見ながら、お盆を差し出す。

善と目が有った瞬間に、ビクッと体が震える。

 

「じゃ、また後で取りに来ますから……」

鈴仙が逃げるように部屋を後にした。

 

「なんか、嫌われる事したかな?」

以前、転んだ拍子にスカートがめくれパンツをマジマジと見てしまったのがいけなかったのだろうか?

 

「むー……」

悲しそうな顔をしている善に気が付いたうさぎが優しく励ます様に頭をなでる。

 

「ズーちゃん……ありがと」

座っている善と立っているうさぎ、うさぎの胸に丁度善の顔が当たる。

 

「なに?うちのイナバに名前つけてるの?ゲぇ~プ!」

鈴仙の持ってきた食事を寝転がりながら、口にする輝夜。

何というか、いろいろ汚い。

 

「Zooって確か外来の言葉で動物園だったかしら?

うさぎだから動物園?」

 

「違いますよ、ズーって言うのは地図の図です。

竹林を進むための地図で、ズーちゃん」

今さらながらに善が説明すると。ズーちゃん本人がショックを受けたような顔をする。

本人自身知らなかったようだ。

 

「へ~、なんというか……センスないわね」

味噌汁を飲み干して、再び輝夜が横になる。

 

「食べてすぐ寝ると、牛になりますよ?」

 

「うっさいわね。なる訳ないじゃな――あ!

そう言えば、今日出かける用事が有ったんだわ。

詩堂、付いてきなさいよ。ちなみに拒否権はないから」

 

珍しく?輝夜が、鏡で髪と服をなおす。

永琳に一声かけると、迷いの竹林をずんずん進んでいく。

 

 

 

 

 

「えーっと……場所は此処で、時間もあってるハズ」

 

「おーい、輝夜-」

輝夜がキョロキョロとしていると、竹林の奥から白い髪をした赤いモンペを履いた女が出てきた。

フレンドリーに手を振り、こちらに近づいてくる。

 

「妹紅~」

彼女の姿に気が付いた輝夜も同じく手を振りかえす。

友達と会う約束があったのかな?と善が思う矢先で!!

 

「死ねやコラァ!!」

 

「脳漿晒せぇ!!」

突如妹紅が、腕に炎を巻き付け輝夜を殴る!!

それを間一髪で避けた輝夜が、自身の言葉の通り取り出した蓬莱の玉の枝で相手の額をかち割った!!

 

ガボッ……

 

何かがつぶれるような音がして、妹紅と呼ばれた少女が頭から血とナニカを流して倒れる。

 

「ふぅ、とりあえず一回ね」

 

「うわぁああああ!!こ、殺したぁあああ!!

か、輝夜さん!?何やってるんですか!?やばいですよ!!

ゲームのやりすぎで現実の区別がつかなくなったのか!?

自首、しましょう。罪を償てください」

なぜか達成感を味わう輝夜と対照的に、目の前でたった今起きた殺人に善が動揺する。

 

「ああ、大丈夫よ。だってこいつは――」

 

「しょっぱなから、やってくれるじゃないか?え?!」

さっきまで倒れていた、妹紅と呼ばれた少女が立ち上がり、後ろから輝夜を羽交い絞めにする。

 

「な、離しなさい――――ぎゃぁああああ!!!!」

 

「焼き加減は何がお好みだぁ!?」

突如輝夜が悲鳴を上げ、辺りに嫌な臭い――何かが焦げる匂いが漂う!!

よく見ると、妹紅の手が輝夜の頬をつかんで焼いている!!!

辺りに漂う匂いは輝夜の焦げる匂いだった!!

 

「あわあわあわあわ……」

目の前で起こるスプラッタバトルに善が震えあがる!!

脳天かち割りに始まり、顔面焼却!!

静かで平和な竹林は今やバイオレンスが支配する地獄の装いを見せている!!

 

びちゃ……

 

「ひぃ!?」

自らの足元に飛んできた眼球と目が合い、善が小さく声を漏らした。

 

「詩堂ー、それ、こっちにパスして!!」

到底良い子に見せれるものではない顔をした輝夜が、善の足元に落ちた自身の眼球を指さす。

 

「む、無理無理無理無理!!」

到底触る気が起きない善は全身を使って無理を連呼した!!

その後も、目の前で二人による殺し合いが続けられた!!

 

 

 

 

 

「ふぅ……一時休憩ね」

 

「ああ、そうだな」

輝夜と妹紅、さっきまで殺し合っていた二人が離れる。

服はボロボロだが、体は二人ともすっかり元通りだ。

 

「どう?詩堂?私の華麗な戦いっぷり見えくれた?」

 

「んだよ。今日は珍しく男連れかよ?」

石の上で胡坐をかきながら、妹紅がこちらに言葉を投げかけた。

 

「えっと――」

 

「はぁ?珍しくないわよ。むしろ私、姫よ?これくらい当然でしょ?」

善の言葉を遮って、輝夜が言い放つ。

 

「おいお前、コイツだけはやめておいた方がいいぞ?

まともに家事一つ出来ないからな」

バカにしたような口調で、妹紅が輝夜を指さす。

 

「あー、それ分かります。部屋とか片付けれないし……

っていうか、永琳さんの方が見た目的には好きなんですよねー」

ビッグなバスト=正義!!善の中の絶対的不変のルール!!

そう!!正直着物で分かりにくいが、輝夜の胸は慎ましやかなのだ!!

善の食指は動かない!!

だが、これを面と向かって言うとさっきの妹紅の様にされるので秘密だ!!

 

「ちょっと!?詩堂!!私を裏切る気!?」

善の言葉に気を悪くした輝夜が、拳をその場で振り上げた。

 

「いや、最初から輝夜さんの味方って訳では――」

 

「裏切者ー!!」

輝夜が怒りを込めた視線で善を睨む!!

 

「はははッ!お前なかなか見る目が――って、あれ?アンタ……」

 

「何か?……あ、店長さん」

ここにきてやっと初めてお互いの顔をしっかり見た善と妹紅。

相手の顔には見覚えが有った。

 

「知り合い?」

 

「うちの店の常連」

 

「行きつけの店の店長です」

輝夜の問いかけに二人がお互いに相手を紹介する。

 

「ほら、焼きやってるだろ?結構な頻度で来てくれるんだよ」

 

「安くておいしいので毎回助かってます」

善が頭を下げて、妹紅にお礼を言う。

 

「ぷっ!男連れとか言って全然関係の無い奴じゃないか!!

なんだ?少し優越感に浸りたかったか?ん?」

芳香や師匠、さらには椛と一緒に来ている事から、妹紅は善と輝夜が特別な関係で無い事をすぐに見抜いた!!

 

「うっさいわね!!けど詩堂はこっちの味方よ!!

うふふ、あなたは自分の常連客に応援される私に負けるのよ!!」

不敵な笑みを取り戻し、輝夜が再度蓬莱の玉の枝を構える。

 

「そっか……私を応援してくれたら、今度焼き鳥割引するぞ?」

その一言で善の目が変わる!!

 

「マジっすか!?妹紅さんファイト!!ほら、ズーちゃんも応援して!!

せーの!!も!こ!う!も!こ!う!」

 

「うー……!ぼ……ごう……ぼご……」

二人そろって、必死になって声を張り上げる!!

 

「ちょっとー!?何本格的に裏切ってるのよ!?

アンタねぇ!!」

憤る輝夜!!しかし善は動揺しない!!

 

「仕方ないんですよぉ!!芳香が……芳香がめっちゃ食うんですよ!!

分かります!?たった一回外食するだけで、家計が……家計がぁ!!

バイトさせられるぅ!!バァちゃんの所でグレーなバイトさせられるぅうぅぅぅ!!」

何かトラウマでも触ったのか、必死な顔をして頭を押さえる。

その鬼気迫る表情に、輝夜は勿論妹紅まで冷や汗を流す。

 

「家計の為なら、ムチャクチャ応援しますよ?

そ~れ!!も!こ!う!も!こ!う!」

 

「あーもう!!あんた何でそんな俗っぽいのよ!?

仙人でしょ!?なんで仙人が焼き鳥食べて、家計を気にしてるのよ!!」

 

「ふっ!輝夜。所詮お前のモテ期はもう終わっているんだよ……!!

そう!!引きこもって、ゲームばっかりのお前に、誰かとの友情なんて出来る訳ないんだよ!!」

休憩は終わりとばかりに、妹紅が座っていた石から飛び出し、背中に不死鳥型の炎を纏う!!

 

「くッ!!」

 

「これで止めだぁああ!!!」

輝夜を狙う妹紅!!

だが、輝夜は回避行為をしなかった!!

代わりに不敵に口元を緩め――

 

「詩堂!!手伝ってくれたら、焼き鳥全額おごるわよ!!

因みに友達も同伴可!!」

 

「よぉっしゃぁあああああ!!!!」

輝夜の言葉に善が弓矢の様に飛び出る!!

炎を纏う不死鳥を正面から、殴りつける!!!

赤い炎と紅い気がぶつかり合い、不死鳥が霧散する!!

 

「ぐはぁ!?流石に卑きょ――」

倒れた妹紅を、善が後ろから羽交い絞めにする。

炎で対抗しようとすぐが、身動ぎどころか怯みもしない善に妹紅がわずかに恐怖する。

 

「ふふふん?今日は私の勝ちみたいね。

あなたの敗因は――――財力よ!!」

 

「そんなことで勝ち誇んな!!

っていうか、忠告してやる……本気で後悔することになるぞ!!」

必死な顔で妹紅が説得するが――

 

「はぁ?後悔なんてする訳ないじゃない?

今夜の祝賀会はアンタの店でやってあげるわ!!」

蓬莱の玉の枝が、再度妹紅の頭にめり込んだ!!

 

 

 

 

 

その日の夜……

 

「ね、ねぇ?詩堂?そろそろやめない?」

 

「いやです。あ、妹紅さん、特上盛り10種追加で20皿」

 

「はぁい、まいど!」

すでに顔面蒼白の輝夜、目の前の並ぶ無数の皿、皿、皿、皿、皿……

優に100皿は超えたであろう焼き鳥はなおも二人の胃袋へ消えていく。

恐ろしい事に、今日は貸し切り。この皿すべてをたった一組の客が食べたことになる。

 

「うまいなー!!!すごくうまいなー!!!」

目を輝かせ、芳香が夢中で焼き鳥をほおばっていく。

そんな芳香を見て、善が優しく笑った。

 

「はっはっは……たくさん食べろよ?今日は奢りらしいからな!!」

 

「うわぁーい!!もっとー!!」

 

「ねぇ!?詩堂、聞いてる!?聞いてるの!?もうやめない!?」

ガクガクと震える輝夜!!

だが止まらない!!!キョンシーの食欲は一向に止まらない!!

育ち盛りの仙人と、食べ盛りのキョンシーに満腹の二文字はまだ見えない!!

 

「妹紅さーん、鳥飯5個追加でー」

 

「詩堂!?アンタ鬼!?」

まるでそこに輝夜が居ないであろう完全無視の態度!!

 

「特上盛り10種、ひとまず5皿ね。

ああ、輝夜。現状での伝票ね?」

震える手で、輝夜が伝票を見る。

そこに書かれた額は――

 

「ふぁぁああああああああ!!!!!!!」

静かな夜の人里に、輝夜の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

月の姫君 蓬莱山 輝夜……………………破産!!




死なず老いずの蓬莱人。

死なずって言うのはどうなんでしょう?
細胞が変化しない=全く同じに再生する(劣化しない)なら老化はしない。
それは簡単に分かります。

死なずの条件ってなんだろ?
一説によれば、魂の形を固定してるのだとか。
固定された魂に、全く同じに再生する体のコンボ……

不死って考察が楽しいですよね。

因みに永遠に生きるって言われても、実際永遠生きてみないと確かめようがないですよね?
9という数を知っているには10を理解していないといけないのと同じ。


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胎動!!禁忌の力!!

小傘、橙は自分の中では準レギュラーとして使ってます。
けど、すてふぁにぃの方が出番多い気がします。
皆さんの好きなキャラは誰ですかね?



キッヒヒヒヒヒヒ!!!

 

すぅ~はぁ~……

 

なんだか、今日は気分が良い……

 

どうしてだ?全身に漲る高揚感!!そして圧倒的な全能感!!

出来る!!今の私ならなんでも出来る!!

今の私に不可能はない!!今の私を止めるモノなどありはしない!!

 

「うわぁ……」

 

「うわぁーん!!善がおかしくなったー!!」

 

 

 

 

 

「♪~~!~~♪~~♪」

夏場の墓場を、小傘が鼻歌を歌いながら上機嫌で歩いている。

 

「あ!善さんだ!!」

視界の先に、青と赤のツギハギマフラーを夏なのにしてる男を見つける。

それと同時に小傘の中に、悪戯ごころがむくむくとわいてくる。

 

「おどかしちゃおっと」

大きな木の影に、隠れて善が来るのを待つ。

太陽の位置から見て、善の影がこちらに近づいてくるのが分かる。

鈴でもつけているのか、乾いた音も聞こえてくる。

タイミングを見極め、息を殺す。

そして――――一気に飛び出す!!

 

「おどろけぇ!!!――――あれ?」

しかしそこには善はいなかった。

さっきまで、いたはずなのに影も形もない。

 

「おかしい――」

 

「おどろけぇぃ!!!」

 

「うひゃお!?」

突如自分の後ろから掛かった声に、小傘が驚きしりもちをつく!!

善は木の枝に、自分の足を絡めて逆さまになってこっちを見ていた。

彼らしくないにやにやした笑いを浮かべている。

 

「どうどう?小傘ちゃん驚いた?驚いたん?

脅かす側なのに、驚かされちゃったねー」

 

「へ、善さん……ですよね?」

何時もなら絶対に言わないであろう言葉使いに、小傘が混乱する。

 

「そうだよん?因みにさっきからパンツ見えてる!!!

……黒か、ここ一番の驚きぃ!!」

 

「ちょっと!?」

善の言葉に、スカートを直すと尚も善はにやにやと笑っている。

 

「善~!!まて~!!」

墓の奥、善の来た方から芳香と、久しぶりに見た師匠が走ってくる。

 

「おおっと!怖い二人が来たねー!

悪いけど、小傘ちゃんまた今度ね~

またパンツ見せてねー、セクシーなの希望!!!

んじゃ!!!」

反動をかけて、枝の上に立つ善、その時腰に付いた小槌が小さく鈴を鳴らした。

そしてそのまま、空に向かって飛び上がった!!

 

「善さんが……飛んだ?」

理解不能すぎる事態の連続に遂に小傘が、思考を放棄した。

 

「ああ、逃げられた……」

 

「やるわね。あの子にしては」

芳香と師匠が飛び去って行った善を見る。

 

「あ、お師匠さん、お久しぶりです……

あの善さんは、一体?」

小傘が尋ねると、師匠はため息をついてゆっくり話し出した。

 

 

 

 

 

時は昨日に遡る。

 

「どうだ芳香?気持ちいか?」

 

「おお~、気持ちいぞぉ……」

夏の暑さに参ったのか、少し調子の悪い芳香の為に、善は大きなタライに水をためその中で芳香を遊ばしていた。

水がぬるくなるたびに井戸から、冷えた水を汲んでくる。

 

「師匠遅いな……2、3日って言ったのにもう1週間超えるぞ」

 

「うー、多分大丈夫だ……」

心配する善を他所に、芳香が水の冷たさに脱力する。

そんな事を話してると、二人の視界に師匠が見えた。

 

「あ、師匠!!おかえりなさい!!」

 

「おー、ただいまー」

 

「芳香ちゃん?お帰りでしょ?」

芳香のミスを訂正しながら、微笑んで師匠が帰ってくる。

 

「帰りが遅くなったわ……ふぅ、疲れたわぁ……

善、お風呂用意して頂戴、今夜はゆっくり休みたいの」

お疲れの様子の師匠の為、善が風呂を沸かし、食事を作り、最終的に肩もみまで命じられた。

 

 

 

「――で交渉が長引いちゃって……

本当に大変だったわぁ……」

布団の上で横になった師匠の背中を指で押しながら、愚痴を聞く善。

内容は今回の用事がいかに大変だったか、だった。

 

「お疲れ様です。師匠」

 

「ほんとよ……はぁ。

ああ、忘れるといけないから。

ハイ、これ」

そう言って、どこからともなく一振りの小槌を取り出す。

全体が金色で、松の模様が掘られ、槌の片面には鬼の顔があしらわれ、頂きには鈴が2つ揺れている。

 

「これって――」

善はこの道具に見覚えが有った。

忘れる訳がない、この道具は自分と師匠を助けてくれた仙人の物!!

それが今、目の前に有る!!

 

「盗んだんですか!?」

 

「違うわよ、これは私が新しく設計した小槌。

善の言うように、あの仙人の物をモデルにしているわね。

大変だったのよ?使ってる材料も貴重品ばっかりで、設計構想はあらかた出来ていたんだけど、顔見知りの鬼に頼んで作ってもらったのよ?

はぁ、鬼との交渉が一番疲れたわ……んッ!そこ……もっと……強く……」

鬼って実際いるんだなーなんて事を考えつつ、善がマッサージを続ける。

しばらくしたら、師匠がゆっくり起き上がった。

 

「明日から、コレ(小槌)を使って新しい修行をするわ。

そのつもりでいなさいね?」

 

「はい、師匠!」

その日上機嫌で師匠と善は眠りについた。

 

 

 

「なんだか、機嫌良さそうだなー」

芳香の布団を敷く善に芳香が尋ねる。

小さく鼻歌まで歌って、誰が見ても一目でわかるくらいの上機嫌だ。

 

「そうか?別にそんな気持ちは無いんだけどな?」

布団が一式出来上がり、そこに芳香が座り込む。

善が自分のベットに腰かけ、二人が向き合う。

 

「本当は戻ってきてくれてうれしいんだろ~?」

 

「師匠の事か?確かにうれ……しいのか?自分でもよくわからん。

兎に角、今は夏だしお前の防腐対策も俺じゃ限界があるからな……」

今日の昼の事を思い出す芳香、大きなタライに水を張りそこに自分を入れてくれた。

夏も真っ盛り、自身の死体の体にはきつい季節だ。

 

「少し臭うか?」

 

「うーん、いつも一緒に居るからわからん……

前、お燐さんに『死臭が染み付いてる』って言われたのは微妙にショックだったな……」

力なく笑いながら、自身の頬を霍善。

 

「本当はさ――」

自身のベットから下りて、芳香の隣に座る。

 

「俺がお前をメンテナンスしてやれればいいんだけどな?

その……ほら、いつも一緒に居るだろ?」

誤魔化す様にそっぽを向く善だが、それでも耳まで赤くなっているのに芳香は気が付いた。

 

「そうかぁ。じゃ、善には修業をもっと頑張ってもらわないとな!!」

 

「おう!見てろよ?すぐに超一流になって、1000年でも2000年でも生き抜いてやるからな!!」

二人して笑い合って、蝋燭の明かりを消して寝床に潜り込んだ。

 

 

リン……

……リン……

 

「なんの……音だ?」

深夜、善の耳に何かが鳴る音が聞こえてくる。

リン……リン……

……リン……リン……

 

その音は止まる所か、少しずつ大きく成っている気がする。

リン……リン……リン……

……リン……リン……リン……

 

「んー……どうしたー?」

寝ぼけた目をこすりながら、芳香が起きる。

一瞬、音について聞こうとしたが全く気にした様子が無いため、聞こえていないと理解した。

 

「いや、なんでもない。ちょっとトイレに行ってくる」

どうしても真相が気になった善。

芳香に一言告げ、部屋を出る。

耳を澄まして、音の鳴る方へと向かっていく。

 

リン……リン……リン……リン……

……リン……リン……リン……リン……

 

音に導かれ、暗い丑三つ時の廊下を渡る。

なぜだか分からないが、この音は『自分を呼んでる』気がした。

 

リン!……リン!……リン!……リン!……

……リン!……リン!……リン!……リン!……

 

一歩歩くたびにその音は大きく、そして確かな物へと変わる。

善の前に、大きな地下への階段が現れた。

これは師匠の術の研究室。以前不思議な猫を見つけたのも此処だった。

 

ぽっかりと口を開ける地下への階段に、善はゆっくりと足を踏み出した。

不思議と恐ろしさは無かった。ただ自分を呼んでるナニカに早く会わなくてはという思いが有った。

 

きぃぃぃぃぃ……

 

師匠の研究室のドアを開き、小さな箱を見つめる。

音はそこから来ている様だった。

 

「まってろ、今あけるから……」

箱の中に有ったのは、さっき師匠の見せた小槌。

暗い部屋の中で、それだけが輝いて見えた。

 

「きれいだ――」

考えてもいない言葉が、口を付きその小槌の柄をしっかり握った。

握った瞬間から、善の中の何かが変わる。

それは一瞬だが、確かに自分の中の何かが書き換わった気がした。

 

「一体、何をしてるの?」

その時、後ろから怒気を孕んだ声が聞こえる。

そこには寝間着姿の師匠が立っていた。

 

「師匠……」

 

ドォン!!

 

「急に入ってくるなんて――――きゃッ!?」

師匠の目の前、善が壁に左手を付いてすぐそばまで顔を近づける。

所謂、壁ドンというやつである。

 

「ぜ、ぜん?」

突然の弟子の行いに師匠がドギマギする。

しかしそんな師匠を無視して、善が師匠の左手を握った。

 

「師匠……前々から思ってましたけど師匠って……」

小さく息を吸い、笑みを浮かべる。

 

「すごく美人ですよね。例えるなら……そう、女神だ」

 

「は、ひゃい!?」

突然の意味不明な言葉と態度に、師匠までもが可笑しな声を漏らす。

だが善は止まりはしない!!

壁に付いていた、自身の手を放し両手で師匠の手を握った。

 

「烏滸がましいのは分かってます!けど、けれど!!

私は、師匠のその微笑みを独り占めしたい!!

今日、この一瞬から私の為だけにその笑みを向けてはくれませんか!?」

 

「え、えっと?えっと?」

ますます混乱する師匠。

おかしい、一体どうしてこうなった?

誰かが、自分の研究室に入るのに気が付いて、様子を見に来た。

うん、合ってる。ここまでは有ってるはずだ。

問題はこの次……

その侵入者は、自分の弟子の善で咎めようとしたら――

 

この指(左薬指)に、俺の指輪をつけてください!!」

 

「な、なによぉぉぉぉぉ!?ぷ、プロポーズのつもり!?

弟子のくせに、善のくせにプロポーズなの!?」

訳が分からない!!慌てた師匠が善の元から逃げようとする。

しかし――

 

「逃がさない!!俺の、俺の気持ちを受け取ってくれるまでは――

師匠の苗字が俺と同じ『詩堂』になるまでは!!」

 

「ほ、本気じゃない!一体どうし――!!」

自身の意思に反して顔が赤くなる師匠。

絶えずこちらの目を覗き込んでくる師匠は、善の瞳の色が赤いのに気が付き言葉を止める。

可笑しな、態度に赤い瞳、そして善の腰にぶら下がる()()()()()()()()

 

「呪いね?道具を持った反動が来たのね……」

針妙丸のことを思い出した師匠は善を突き飛ばす。

あの小槌は、設計こそ自分が行ったが作ったのは正真正銘の『(妖怪)』だ。

何らかのデメリットが本物の小槌と同じくあってもおかしくない!!

 

「ははは……なんでしょうね?力が湧いてくるんですよ……

ずーっと、私を抑えつけていた『限界』って蓋が剥がれた様な……

バラバラだったパズルのピースがピタッとはまった様な……」

小槌を持ち、暗い部屋の中で善の赤い気が煙の様にゆっくりと流れる。

赤い目と相まってその姿は完全に妖怪にしか見えない。

 

「善、今すぐその小槌を置きなさい。

今ならまだ許してあげるわよ?」

 

「いいじゃないですか……これ、持ってるとなんか、なんかこう、すごい力が出てくるんです。

なんでも出来る気がするんですよ!!放しませんよ?絶対に手放しませんから!!」

 

バン!!バチチィン!!

 

小さく赤い火花が散り、その衝撃に師匠が身を引く。

その一瞬のスキをついて、善は扉から逃げ出した!!

 

「くッ……逃がしたわ……厄介なことに成ったわね」

師匠が縁側から、空に向かって飛んでいく善を見る。

恐らく善の持つ本能的な能力を、あの小槌は開花させているのだろう。

 

「一体何が有ったんだ!?」

アレだけの騒ぎだ。眠っていた芳香までもが走ってくる。

 

「あら、大丈夫よ。善が少し、バカな事をやっただけだから」

そう言って、師匠は無理して芳香に笑いかけた。

 

 

 

 

 

そして再び現在。

 

「えぇえええええ!?何それ!?昨日からずっと追いかけてるの!?」

師匠の説明に、小傘が目を丸くする。

さっきのおかしな態度はやはりちゃんとした訳が有った様だ。

 

「疲れたぞー……」

芳香が辟易しながらそう呟いた。

確かに昨日の夜からぶっ続けならばしょうがない。

 

「善の目的が分からないわ……何時もの善なら、目立つ場所にすてふぁにぃを置いておけば簡単に捕まるのに……」

師匠が困り顔でそう話す。

酷いたとえだが、小傘は善が一回この仕掛けに捕まるのを見たことが有るので非常に複雑な気分だ。

 

その時、誰かの鼻歌が聞こえてきた。

3人がその方向を見ると、橙が上機嫌で歩いてきた。

 

「みなさん!!聞いてください!!さっき善さんに会ったんですよ?

すごくかわいがってくれて……ああっ、積極的な善さんも素敵です~」

橙の言葉に、3者が大きく反応する!!

 

「どこだ!!どこで善に会ったんだ!?」

 

「何処かへ行くって言ってなかったかしら?」

 

「おかしな所はなかったかな?」

詰め寄る3人に橙が少し、驚きゆっくり話し始めた。

 

「え、えっと。出会ったのは妖怪の山で――

そうです!!春告げ精の、黒い方と遊んでました!!

それから、私とも遊んでくれたんですけど、急に立ち上がって……『もっと、もっと身長の低くて胸の無い娘と遊びたい!!』っていってどっか行っちゃいました」

 

「アウトじゃない……」

師匠がなんとも言えない顔をしてつぶやく。

なんというか、発言が完全に犯罪者というか……

小槌の呪いであって、善の本性が出てきたのではない事を師匠は強く願うことにした。

 

 

 

 

 

「ダーイブ!!」

善が何かを見つけ、何もないハズの地面に抱き着く様に飛びつく!!

 

「うわぁ!?」

ゴロゴロと転がり、やっと止まった善の胸にはこいしが抱きかかえられていた。

 

「うふふふふ~。俺からは逃げられないよ~?よしよしよしよしよしよし~」

ちょっと乱暴な手つきで、こいしの頭をなで続ける。

 

「おにーさん何してるの急に?」

 

「ん~?何でもないよ?ただ、急にこいしちゃんみたいな身長の低くて胸の小さな見た目の幼い子に会いたくなっただけだよ~」

すんすんとこいしの髪に鼻をつけ、匂いを嗅ぎながら善が嗤った。

 

「うわぁお……こりゃ、ちょっとやばそうだねぇ……」

珍しくこいしが冷や汗を流した。

 

「ふふふふふふふ……幼女最高!!」

善の言葉に反応するように、腰の小槌が小さく鳴った。




初めての悪堕ち?
何はともわれ、次回に続く。


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驚愕!!闇操る妖怪!!

皆さんお久しぶりです。諸事情で投稿が遅くなりました。
最近めっきり熱くなってきましたね。
まだまだ、本格的な暑さは無いにしろ、熱中症にご注意くださいね。


キッヒヒヒヒヒヒ!!!

 

すぅ~はぁ~……

 

なんだか、今日は気分が良い……

 

どうしてだ?全身に漲る高揚感!!そして圧倒的な全能感!!

出来る!!今の私ならなんでも出来る!!

今の私に不可能はない!!今の私を止めるモノなどありはしない!!

 

「ぜ~ん……そろそろ戻って来てくれぇ~」

 

「はぁ、なんだかめんどくさく成って来たわ。

適当に術使って、力ずくで連れ帰っちゃダメかしら?」

 

 

 

 

 

今日も平和な神霊廟。

神子、屠自己そして布都と大勢の弟子たちが暮らす修業の聖地。

そこへやってくるのは神子の師匠であった邪仙。

居間で寛ぎ、屠自古の持ってきたお茶をすすり、その傍らでは芳香が不安そうに自身の作り主を見ている。

 

その二人の前に座るのは神子――ではなく、布都だった。

 

「おぬし等が太子様ではなく我に頼み事とは、珍しいな……アチッ!」

屠自古のお茶に手を伸ばし、舌をやけどしたのかうっすらと涙目になりながら此方を見る。

 

「ええ、実は今回の事ばかりは太子様よりも、物部様の方が適任かと――

どうか私たちのお願い、聞いていただけないでしょうか?」

珍しくしおらしい師匠の姿と、頼られているという事実が布戸の心を大きく揺さぶった。

 

「ふふん、おぬしもやっと我の力に気づいたのだな。

よかろう!!おぬしらの小さな悩みなど我の力に掛かれば、大したものではないわ!!」

きりっと、ポーズを決め、ドヤ顔をする布都。

 

 

 

 

 

数分後――――

 

「おのれー!!おぬしら我を謀ったな!?何をする気だ!!

いいや!わかっておるぞ、乱暴する気じゃろ!?善の持つすてふぁにぃの様に!!

すてふぁにぃの様に!!」

一本の木の太い枝から、両手両足を後ろに縛られた布都が涙目で揺れる!!

首には『ご自由にどうぞ』と書かれたプラカードが掛かっている!!

 

「良いですわ。そうやって大きな声を出して早く獲物を呼び寄せてくださいね」

 

「おー、頑張れー」

木の影に隠れた二人が、こっちを見ながら手を振ってくる。

 

「獲物!?一体何を呼ぶ気なのだ!?」

余りに不穏な師匠の言葉に布都が慌てるが、それでもむなしく縄が軋むだけ。

布都はただただ無力に吊るされるだけだった。

 

ガサッ!バキバキッ!!

 

少し離れた場所から、何か音が聞こえてくる。

木を蹴って、猿が走ってきている様な、そんな音だ。

 

「ひぃ!一体何が――」

じたばたと暴れる布都。

次の瞬間、目の前に善が空から飛んで来た!!

 

「ぜ、善ではないか!?助けてくれ!!おぬしの師匠が――」

意外なタイミングで登場した見知った顔に安堵の表情を浮かべる布都、コレで助かったと気を緩めるが――

 

「ダメだ……足りない……」

すさまじく冷めた声で善が布都の言葉を遮った。

 

「ん?なんに事だ?それよりも我を早く――」

 

「幼さが足りねぇ!!!ダメだ、ダメだ!ダメだぁ!!

こんなの俺の求める幼女じゃない!!ただのまな板だ!!」

無駄に情熱を感じさせる言葉で、善が熱く語ってはいけない内容を語りだす!!

 

「んな!?おのれ!!子弟揃って我を馬鹿に――」

憤る布都の言葉を遮って、善が縄に吊るされた布都を指でつつき始める。

 

「つんつん!!ツンツン!!」

 

「あ、コラ!やめ、やめぬか!!あちょ。どこを突いておる!?」

 

「う~む……やはりただのまな板か……価値無し!!」

何かが気に食わなかったのか、来た時と同じように再び空に飛びあがって善が消えていった。

 

「あー!!しまったぞ!!」

 

「……入違った様ね」

善が飛んだ一瞬の後、芳香師匠の両名が走ってくる。

近くで様子を見ていたのだろうか?

 

「お、おぬしら!!一体今まで何をしていったのだ!?」

 

「もちろん、善を捕獲するために隠れて機会をうかがっていましたわ」

キリッとした顔で、師匠が話すが――

 

「お蕎麦おいしかったー」

 

「あ、芳香ちゃん!しっ!」

 

「おーぬーしーらー……我を吊るしておいて食事をしておったのだな!?いかに寛容な我と言えど――」

 

「このまな板は使えそうにないし、ほかを当たるわよ」

 

「わかったー」

何か言っていたが、師匠は気にせずほかの方法で善を捕まえることにシフトしたようだ。

歩き出す師匠の後ろを不安そうな顔で芳香が付いていく。

 

「あ、コラ!!おぬしら!!おい!!おーい!!我を置いてく気か!?

せめて縄をほどいて――おーい!?おーい!!」

後ろで何か言っていたが気にしない様にして、二人は再び善を探すことにした。

 

 

 

 

 

ぴくッ……

「――――――あ」

魔法の森の中、その中をふわふわと浮遊していた一匹の妖怪が、おいしそうな臭いに足を止める。

嗅いだだけで涎がドバっと出てくる。

滅多にいない『上物』の獲物のにおいだ。

 

じゅる……!

 

「はぁ……今日のお昼はこいつに決定ー」

妖怪――ルーミアは自身の周りの闇を凝固させ、本能の赴くまま飛び出した!!

 

スン……スン……

 

近い――すごく近くだ――

 

嗅いだことのない程のおいしそうな臭いに、カモフラージュの積りか死体の様な臭いがする。

だが、今のルーミアにはそんな事関係は無い!!

漆黒の球体は、獲物を狙い走り続ける!!

 

有るのは自身の内側から溢れる衝動に突き動かされるだけ……

 

胸が高鳴る早くコイツに食らいつきたいと――

腹が鳴る早くコイツに牙を突き立てろと――

 

そしてその匂いがすぐ近くに――!!

 

「いただきまーす!!」

ルーミアは本能の命じるまま、その匂いに思いっきり食らいつく!!

 

「おぉう!?」

哀れな獲物の悲鳴が聞こえる。

その瞬間!!ルーミアの口内にうまみが爆発する!!

これは一体なんの肉だ?鳥?猪?兎?それとも人間?

いずれかは分からないが、その哀れな犠牲者の顔を見るためにルーミアが自身の能力で作っていた闇を消す。

 

そこに居たのは――

 

「いきなり『いただきます』だなんて、ずいぶん積極的な子だねぇ?」

赤く光る眼を持った変態(ロリコン)だった。

 

 

 

 

 

木々に遮られ、昼間でも暗い魔法の森の中。

じりり、じりりと追いつめられるのは妖怪であるルーミアだった。

 

「はぁ……はぁ……いきなり、人の胸に噛み付くなんて……イケナイ子だね?

此処は敏感だから、優しくしないといけないよ?」

自身の服の胸の部分に付いた、ルーミアの歯形を気にする男。

 

目の前の男は、いろいろな部分が異常だった。

まず瞳が赤い、なぜか夏なのに赤青のツギハギのマフラーを巻いて、腰に鬼の面が付いた小槌をぶら下げ、なんの意味があるのか、ルーミアと同じくらいの子を肩車している。

 

「けど、けど良いんだよ……お兄さんは小さな女の子には優しいから良いんだよー!!」

非常に興奮した面持ちで、ルーミアの手を取る男!!

 

「あーあ、また始まった……」

男に肩車された少女、胸に青い球体の様な物をつけている。がうんざりとばかりに話す。

 

「まぁまぁ、人との出会いは一期一会だよ?人生に一回しかないんだよ?

ほら、こいしちゃんも挨拶して」

 

「私、古明地こいしー、よろしくー」

男に促され、上の幼女が挨拶する。

 

「こ、こんにちは……」

出来れば一生こんな出会いはしたくなかったと、勝手に思うルーミア。

いい加減重くなったのか、男が肩車していた少女を下ろす。

 

「なんで、あんな格好をしてたのー?」

気になった事を思わずルーミアが聞く。

その疑問は勿論だろう、今日は炎天下と言っても過言ではない天気だ。

そんな中、少女を肩車して走るのは得策とは言えない。

 

「何を言ってるんだい!?これこそが今の時代の最先端ファッション!!

機能性と、見た目を兼ね備えたパーフェクト!!」

こいしを再び、自身の首元に持ち上げる男。

 

「今の季節は夏!!一年で一番暑い時期だね?野外で怖いのは脱水症状!!水分が不足することね?

けど、それは水を飲むだけじゃダメなんだ、汗と一緒に塩分も出ていくからね。

水と塩!それが必要なんだよ……

さて、改めてこの格好を見てくれるかな!?」

はきはきと楽しそうに語る男、どう見ても女の子を肩車している様にしか見えない。

 

「?」

 

「分かんないかなー?ほら、私の顔が後ろから太ももで挟まれてるでしょ?

今は熱いから、しっとり汗で濡れてるんだ。

汗!!つまり塩と水!!!」

 

「うわぁああああ!!お前、変態なのかー!?」

力説する男の姿が怖くなったルーミアが逃げ出そうとする!!

 

「おにーちゃん、本当に舐めたら首の骨折るからね?」

上に乗るこいしが不満そうに話す。

 

「もう、冷たいなー。

だ・け・ど!まだまだ!!こいしちゃん!例のアレを!!」

 

「はーい」

男の合図に、こいしがスカートをパタパタ振って男を仰ぐ。

 

「はぁぁぁぁ……ロリコニウムが補給されてく……まさに楽園の風……

そう、自動での空調まで完備……!これぞ、我が完成形態」

男が恍惚の表情で、笑い出す。

 

「キモいのかぁあああああ!!!」

色々と越えてはいけないモノを見てしまったルーミアが逃げ出す!!

彼女の本能が告げた!!

『食事などどうでも良い!!だから逃げろ!!』と!!

 

逃げる!!全力の力を以てして逃げ出すルーミア!!

後ろを振り向きもせず、ひたすら飛び続ける!!

もっと早く、もっと遠くへ、もっともっと!!

変態がおってこれない場所まで!!

 

何処をどう逃げたか分からない、だがまだ森の中だ。

木々をかき分け、ひたすら逃げるルーミア!!

 

ドンッ!

 

「あいて……」

突如何かに当たり、ぶつけた自身の頭をさする。

 

「な、なんなの――」

 

「やぁ、お嬢さん。さっきぶり!」

そこに居たのは、さっきの男!!

息一つ乱さずに、そこに悠然と立っていた!!

 

「うわぁあああ!!!どうしてここにぃ!?」

 

「普通に飛んだだけだよ?因みにこいしちゃんの能力で姿も消せるよ?」

慌てるルーミアと対照的に、男は軽い様子で笑い飛ばす。

指で合図を送ると、自らの言葉の通り男の姿が見えなくなっていく。

 

「あ、あわあわあわ……」

変態と透明化!!これほど相性のいい能力が有るだろうか!?

不可視となった変態が罪のない幼子を襲う!!

 

「と、いう感じだね」

ルーミアの真後ろにいつの間にか移動していた男が、彼女の頭に手を置く。

その瞬間、ルーミアの意識は飛んで行った。

 

ブぅン!

何かが切れるような音がして、スルリとルーミアの頭から何かが地面に落ちる。

それは、彼女のつけていたリボンだった。

 

「んん?」

それを拾おうとした瞬間、目の前の闇が爆発した。

昼だというのに、深い深い深い『黒』が目の前を覆いつくす。

 

くすくす……くすくす……

 

闇の中、誰かが嗤う声がする。

此方を嘲笑い、抵抗する様を見るのがたまらないと言った様な笑い声だ。

 

「おにーちゃん……」

不安なのか、こいしが男の頭を握る。

 

「くふふふ……バカな子達……故意か偶然か、私の封印を解いてしまうなんて……

本当に、お馬鹿さん」

闇の中、女の顔が浮かび上がる。

黒い闇の中でなぜかゾッとするほどの白さを誇っていた。

 

「さっきの子は?」

男が目の前の顔に問う。

 

「くふふ……まぁだ気づかないの?

アレは私、私の封印された姿……そしてこれが本当の姿」

その言葉に、男がビクリと体を震わせる。

 

「封印を解いてくれてありがとう。お礼にあなた達から食べてあげるわ……

安心して?食べるって言ってもすぐには殺さないから、手足をちぎって芋虫みたいにして、私の暗闇の中に閉じ込めてあげる。

くっふふふふ!私がた~くさんのごはんを食べるのを特等席でた~ぷり見せてあげるわぁ」

ドロリとした闇が零れるような笑みを浮かべるルーミアだった女。

 

「――じゃ――よ」

小さく男の口が動いた。

 

「んん?なぁに?命乞い?大丈夫よ、殺さないって言ったでしょ?

さぁ、まずはあなたから――」

 

「ちょっと、ごめんよ。こいしちゃんちょっと待っててね?」

一言謝って、男がこいしを地面に下ろす。

ぐるぐると首を回し、妖怪を見る。

 

「あんた、それが真の姿なのか?」

 

「そうよぉ?誰もが慄く大妖か――」

 

「ロリじゃないんかい!!」

男の一喝と共に、赤い気が走り足元の闇を消し飛ばす!!

その様子に、妖怪がたじろいだ。

 

「おま、お前!マジありえねーよ!!マジねーよ!!

ちっちゃくてかわいい子だと思ったら、超絶BBAじゃねーか!?

いい年して若作りしてんじゃねーよ!!俺のときめき返しやがれ!!」

男が額に青筋立ててブチ切れる!!

 

「……あなた、とっても不愉快!!」

妖怪が、自身の闇で男を包む。

この闇は彼女の一部、この闇に包まれた者はゆっくりと闇に溶ける以外の未来は無い。

 

「はぁ、暗いの嫌いなんだ……よッ!!」

瞬時の右手に赤い気が固まる!!そしてそれは輝きを増し太陽の様に優しい色合いを誇る。

だが、それも一瞬。

腰の小槌の鬼の顔の目が光ったと思ったら、その太陽は男の精神を反映してか、黒い色が混ざっていく。

おかしな表現だが、赤い黒い太陽が右手に生成された。

 

魔奥義(魔王儀)獄・太・陽(ヘル・サン・バーン)』!!」

自身の腕を地面のたたきつける!!

すさまじい力の奔流が起き、妖怪の闇が吹き飛んだ!!

 

「か……ハッ……!」

妖怪が闇を失い、地面の倒れる。

無言で男が、腰の小槌を抜き歩いてゆく。

 

『バイオレント……』

小槌から音声が響き、頂点の飾りが伸び剣の様になる。

 

「あ、あっ、いやぁ……いやぁ!!」

妖怪が視線の端に見えた家に向かって助けを求める。

しかし、仮に誰かいたとしても助かる見込みはほぼゼロだ。

 

「あ、ああ……!!いやだ!!死にたくない!!」

男が小槌を振り上げた瞬間。

 

「ふぅわ!?なんなのだ?」

突如、妖怪の姿がルーミアに戻った。

 

「あー!るみちゃん戻って来たんだね!!」

途端にぱぁっと、笑顔に戻った男がルーミアを抱き上げた。

二人とも気が付いていないのだが、妖怪は偶然自分を封印していた頭のリボンに触れてしまったのだ。

その為、この姿に戻ったのだ。

 

「な、なんで少しの間記憶がないのか!?

な、なにかしたのかー!?」

ガクガクと震えながら、ルーミアが自身の体を触る。

その様子は見ていて、気の毒になるほど怯えたモノだった。

 

「はっはっは、大丈夫!無理やり襲ったりする訳ないだろ?

YESロリータGOタッチ!だけど、無理やりは良くないよね!!

っと、そろろそ暗くなるなー、今日はもうどっかで休もうかな?」

 

「この先、無縁塚ってところが有るよ?そこでなら休めるんじゃない?」

戻ってきたこいしが教えてくれる。

彼女は放浪が多いため、こういった情報に詳しいのだ。

 

「無縁塚か、そうだね。

行ってみようかな、明日も素敵な幼女との出会いの為に休憩だね」

男――善の言葉に、ルーミアこいしの二人が困ったように目くばせした。

 

 

 

 

 

「ついたわ、ここよ」

 

「あ、ここは……」

師匠と芳香二人が、とある施設の入り口に来る。

見上げると長い階段があった。

 

「ここに善がいるのか?」

 

「正確には、『最終的に来る場所』が此処よ」

二人の視界のなか、階段の中ほどに小さな影が現れる。

 

「あなたが、小槌に細工してそうなる様に仕組んだんでしょ?鬼の総大将さん?」

 

「あちゃー、読まれてたか」

階段の人物が、笑い越しの瓢箪に口をつける。

 

彼女の名は伊吹 萃香。

善を狂わせた小槌の製作者である。

 

 

 

 

 

「ねー、ウンピちゃん。どっちがいいかな?」

人里の服屋、その中で一人の男が妖精に話しかける。

この店、外界から来たものを扱う珍しい店で、男の好みの服が良く売っているのだ。

 

「だーかーら!!ウンピって呼ぶなー!!

後、その服どっちもダサい!!」

 

「ええ!?カッコ良くない?どっちも」

男の持つ服、片方は黒字に赤い線で七福神が凶悪な顔で描かれ、端っこに『BAD七福!!』と書かれている。

もう一方は、白いシャツに道路標識がなぜか規則正しく書かれているモノ。

 

「まぁまぁ、ウンピちゃん。前、ご主人に買っていったら大喜びしてたじゃないか。

明日は死神の仕事もお休みだし、ゆっくり選ぼうよ」

 

「だーかーら!!呼び方!!なんで、なんでも出来るのにセンスだけは死滅してるの!?」

この叫ぶ妖精の名はクラウンピース、そしてもう一人の名は――

 

「すいませーん、コレ両方包んでもらえますか?」

 

「はいはい、完良さんいつもありがとうございますね」

 

完全で善良なる男、詩堂 完良だった。




ルーミアのセリフが地味に難しかった今回……
EXの方は、妾を使おうと思ったくらいです。

因みに一時はルーミアではなく、三妖精を出す計画もありました。
音も姿も気配も消しても匂いは消えていない!!

「はぁはぁ……幼女の……幼女の匂いだぁ!!!」
とか言って、善が三妖精を捕獲するシーンも書いたんですが、流石にキモいので没になりました。


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再会!!めぐり合う者達!!

さて、作者の「幼女にハァハァした話が書きたい」という思いつきから書いたこの一連の騒動も遂に完結です。
色々ごめんなさい。


キッヒヒヒヒヒヒ!!!

 

すぅ~はぁ~……

 

なんだか、今日は気分が良い……

 

どうしてだ?全身に漲る高揚感!!そして圧倒的な全能感!!

出来る!!今の私ならなんでも出来る!!

今の私に不可能はない!!今の私を止めるモノなどありはしない!!

 

 

 

「はぁ、そろそろ戻ってきなさいよ?」

 

「私もお腹がすいたぞー!」

 

 

 

 

 

無縁塚の中の適当な木の枝に寝転がり、善が寝息を立てていた。

火照った体を、風が撫でていくが善の体の真ん中に宿った炎は消えはしなかった。

 

リン!リン!!リン!!!リン!リン!!リン!!!

リン!リン!!リン!!!リン!リン!!リン!!!

リン!リン!!リン!!!リン!リン!!リン!!!

 

「チッ……うっせーな……」

そばに居るこいしルーミアを起こさない様に善が舌打ちした。

この小槌を手に入れて以来、体の奥から自分でも制御できないほどの力が次々と湧いてくる。

そしてそれに比例する様に、小槌の鈴の音がずっと頭の中に響いているのだ。

まるで、善をどこかに呼んでいる様にも思える。

 

「どうしろってんだよ……」

少々乱暴に自身の頭を掻きむしり、無理やり寝ようと耳を両手でふさいだ。

だが、その音は止まらない。

ただひたすらに頭の中でリフレインし続ける。

 

「くっそ……あ”?」

善の視界の端、明らかに生き物で無い妖怪が姿をあらわす。

当然だが、ここは人里の外で妖怪の闊歩する幻想郷。

仙人の近い力を持つ善は、妖怪に狙われる定めにある。

この妖怪も、その一匹だろう。

 

「丁度いい……!

ストレス発散したかったんだよ!!」

善が小槌を腰から抜き、頂点部を剣の様に伸ばす!!

 

「おらぁ!!!」

まるで鈴の音を振り切る様に善が暴れる。

 

 

 

 

 

数時間前。

とある神社の階段前で、一人の鬼と一人の仙人が言葉を交わす。

鬼は小さな子供の様な姿をしているが、階段に腰かけているのでおのずと師匠の視線は上を見上げるような形になる。

 

一人の仙人は、何時も不敵な笑みを浮かべる顔を珍しくゆがめて。

もう一人の鬼は、楽しそうに腰にぶら下げた瓢箪に口をつける。

 

「あなたには、私の弟子は関係ないハズでしょ?」

珍しく敵意を持った目で鬼を睨む師匠。

そんな視線を受け、なおも涼しい顔をしている鬼、伊吹 萃香。

小柄な体系からは想像できないほどの戦闘力を誇る妖怪だ。

 

「あんたってさ、結構前から霊夢にちょっかいかけてたろ?

気入られようとさ」

そこまで言って腰の瓢箪を持ち上げ、再び口をつけた。

一瞬だが、咽てしまいそうなくらいの強い酒気を感じた師匠。

その鬼は平然とそれを飲み続ける。

 

「ええ、そうでしたわね。けど、最近子育てが忙しくて来れませんの」

 

「はははっ!そうだよ、それそれ。

アンタは強い奴が好きだろ?私もそうさ!もっとも『戦いたい』って意味だけどね?

だからさ、興味が湧いたんだ。

()()()()()()()()()()がどんな奴かってさ」

萃香が目を閉じ、次に目を開けた時、そこには非常に好戦的な光が宿っていた。

鬼の本能は戦闘による強さの誇示。

いくら、ゲーム感覚の弾幕ごっこで勝敗を決めることに成ろうとも魂の根幹にある戦いの本能は消えない。

 

「それで?あの子を呼ぼうと?」

 

「そうそう!あんたが私に小槌の製作を頼んだ時、チャンスだと思ったんだ。

あの小槌には、私の妖力が入ってる。

それをちょちょいといじって、持ち主に私の方へ来るようにしたんだ」

萃香の言葉を聞いて、師匠が考える。

 

(なるほど、本来ならあの鬼に向かうハズだったのだけれど、あの鬼は善の力を計算に入れてなかったのね……)

善の能力は抵抗する力。小槌の発する『伊吹 萃香の元へ迎え』という命令に対して抵抗した結果『伊吹 萃香に似た体型の者の元へ迎え』となったのだと勝手に考える。

考えるのだが――

 

(寄りにもよって、なんでこんな風にゆがむのよ!!)

余りに可笑しな変化に、師匠が地団駄を踏む!!

仮にだ、仮に能力が発され萃香の元に向かったならいい。たいした戦闘力は無い善と戦ったとしても、すぐに萃香は飽きて善を返すだろう。

 

そう!!これこそが最悪の抵抗の形!!

狙いすましたかのような最悪のパティーン!!

 

「ふぅ、善と戦いたいならご自由にどうぞ。その代わりすぐに返してもらえないかしら?」

 

「ありゃりゃ?珍しいね。あんたの事だから、なんだかんだ言ってのらりくらりとかわすと思ってたけど……」

本当に意外そうに、萃香が瓢箪から再び酒を煽る。

 

「もうそういうの良いですわ。むしろ善を探してほしいという気持ちが強いんですの」

 

「ん?アンタが代わりに来たんじゃないの?」

 

「違うぞー!!善が、善が行方不明なんだ!!見つけてくれ!!」

今まで黙っていた芳香が、我慢できなくなったのか、萃香に駆け寄る。

 

「行方不明?なんで?」

 

「あなたのせいですわ。あなたのせいで今、幻想郷中のすべての幼女に危機が迫ってますわよ?」

悪意を隠す気などないと言いたげな表情で、師匠はゆっくり事の起こりを説明し始めた。

 

 

 

 

 

「うわぁああああ!!あああああああ!!!」

深い森の中、善が小槌を手に暴れまわる!!

叫ぶ人間(獲物)の声に導かれ、森の奥から奥から次々妖怪たちが湧き出てくる。

 

リン!!リン!!リン!!!リン!!リン!!リン!!

消えない消えない消えない!!鈴の音が消えない!!

リン!!リン!!リン!!!リン!!リン!!リン!!

善は小槌を振るう!!攻撃したいわけでない、自らの頭に響いてくる音から逃げたいだけなのだ。

リン!!リン!!リン!!!リン!!リン!!リン!!

 

「うおぉぉぉぉぉおお!!消えろ!!消えろぉ!!!!」

自らの視線の上、満月に向かって咆哮する!!

無数の妖怪を倒し、無数に積まれたその身体の上に立ち尽くす……

 

「なんなの……コレ……」

近くを通りかかったのか、それともここに住んでいるのか。

金髪の髪をした少女が、目の前の惨状に言葉を無くす。

 

「違ウ……お前……じャなイ……」

剣の様な物の切っ先をこちらに向ける。

真っ赤に光る赤い瞳に射貫かれ、その少女が露骨なまでにたじろぐ。

 

「しゃ、シャンハイ!!」

何を思ったのか、無数の人形を展開するが――

 

「邪マだ!!キえろ!!!」

腕の一振りで人形が飛び散り、残骸が少女に降りかかる。

 

「あ、ああ……」

怯えしりもちをつく少女、その姿をみて妖怪が一瞬はっとする。

さっきまでの、非理性的な話し方が消える。

 

「た、戦うつもりはないんです、ごめんなさい……すいませんでした……

また、改めて謝罪するので、今は失礼……します……」

小槌を持った手が震える。

だが、その妖怪は深く謝罪して、逃げる様にそこから撤退した。

 

「な、なんだったの……あれ」

怯えたままだが、なぜかあの怪物が少しだけ可哀そうに見えた少女。

 

 

 

 

 

「う、あああ……力が抑えれない……あふれて、あふれてくる!!」

森から逃げ出した善。

自身を内から書き換えられるような恐怖に、震える。

酷使した体と力が悲鳴を上げる。

だが、それでも止まりましない。止まることが出来ない。

 

「なにしてるんだよ……こんな所で」

そんな善によく知った声が聞こえる。

そうだ、いつもいつも聞いていたはずの声。

だが、この声は誰の声だろう?

頭に靄が掛かった様な善には、この声の主が分からない。

視界に、その男を捉えるがその男が『誰』なのかが理解できない。

 

「ね、ねぇ。この子、助けてあげられない?前、一回だけ助けてもらったことが有るの……」

その男の傍らに浮かぶ手に松明をもった妖精が、男に頼む。

 

「うん、ウンピちゃん。俺もコイツだけは助けたいんだ。

だって――もう、二度と会えないハズの人だったから」

 

「なんだお前はぁ!!なんだ、なんなんだ!!むかつく……

お前むかつくぞ!!気に入らない!!なんか無性にぶっ殺したくなる!!」

善が小槌を構え、飛び上がり上から切りかかる。

 

「ヘカ様も、こういう時なら許してくれるよね?」

男の首に巻かれた首輪、その先に地球の様な青い球体が一瞬だけ光って男の姿が変わる。

街中によくいる着物から、旧日本軍の憲兵と呼ばれた服装になる。

違うのは、色が純白で帽子に髑髏のマークと後ろから右肩に黒いマントが伸び、右手を完全に隠している点。

マントの中から、右手を出し左の腰にぶら下がっていた剣の手を伸ばす。

 

シュッ

 

機能性など考えず、明らかに装飾に重きを置いたその剣は剣先が丸く戦闘によるアドバンテージを自ら捨てるような形だ。

この剣は、通称エクスキュージョナーソードと呼ばれる、貴族など名誉を持つものに尊厳を与えて殺すための処刑器具だ。

コレがこの男の、死神に与えられる鎌の代わりなのだろう。

 

「あああああああ!!!」

 

「ふぅ―――」

ムチャクチャに小槌を振る善。

そして男がしなやかに、そして的確に無駄な動きをせず攻撃をかわしていく。

 

「じゃまだぁ!!!」

善の体から、血の様に赤い気が大量に漏れ出す。

腕にそれが集まり、太陽の様な色へ変化し、さらにそれが赤黒く染まっていく。

 

「――――――悲しいな」

男がその姿をみて、一言述べた。

そして、善がそうしたように自身の体の『妖力』を解放する。

 

漆黒の、一点の曇りもないすべてを飲み込む黒へ。

そして、その黒に次々と小さな光が灯っていく。

恐怖を感じるハズなのに、触れたく思う。

すべてを飲み込む黒なのに、美しく思う。

 

その男の発する妖力は、まさに夜空とそれに瞬く星々の輝きを閉じ込めた様に見えた。

「星々の瞬きを刻もうか――銀河『カシオペア・ストーリー』」

 

「ふぅあ!?」

善が明らかに動揺する。

そしてその妖力に二人は包まれた。

 

 

 

 

 

「!?――何か、いるわね。芳香、行くわよ」

その力を感じた師匠は芳香を伴って、そこへ向かっていく。

少し飛ぶと、よく見知った姿が倒れていた。

 

 

 

 

 

「あれは――善!!」

地面に倒れる、善をみて師匠が駆け寄る。

 

「ッ!――あなたは」

そしてそこに一緒に居た男をみて、師匠が固まる。

その男はもう二度と会うハズの無い男だったからだ。

 

「あ、奥さん。お久しぶりです」

 

「奥さん?――――ああ、お久しぶりですわ、()()()

一瞬男の言葉に言いよどむが、そういえばこの人たちには善とは夫婦関係だと説明していたのを思い出した。

 

「事情はお互いありますよね。

何時か時間の出来た時にでも――」

 

「ええ、そうなんですわ……主人ったら、最近お腹の大きくなってきた私を心配して……

こういうのって、男親の方が神経質になるって本当でしたのね……

うっ、つわりが……失礼しますわね?」

 

「それは大変だ。ご自分だけの体じゃないんですから気を付けてくださいね?」

男はそういって、師匠に背を向ける。

手を振って去っていく中、妖精がその後を追っていく。

 

「あ、そうだ。()()()()()今回だけですからね?」

男は一瞬だけ、すさまじい妖力を解放して見せた。

その妖気に反応する様に、周囲の野生動物たちが一斉に逃げ出す。

その力に善を背負う芳香の戦慄が走る。

 

「おっと!待ちなよ。アンタ強いんだろ?私と喧嘩しないかい?」

立ち去ろうとする男の前、萃香が立ちふさがる。

どうやら次の獲物を見つけた様だった。

 

「ごめんなさい。上司に早く帰ってくるようにって、さっき連絡が有ったので」

 

「良いじゃないか、ちょっとくら――――――あ、しかたないか……そんなら……」

男の手が触れた瞬間、萃香の闘争心が一瞬にして消滅した。

強者との闘いに喜びを見出す彼女にしては珍しいを通り越して、あり得ない事だ。

 

「あー、勝手に能力使ったー!!」

責める様にクラウンピースが言うが、男はそれを笑ってごまかした。

 

 

 

 

 

「あなたにはまだ、コレ(小槌)は早かった様ね」

師匠が懐から、布を取り出し直接小槌に触れない様にしてから回収する。

 

「よかった……よかったぞ……」

よっぽど不安だったのか、芳香が倒れる善を抱き上げ大切そうに抱きしめる。

 

「あらあら、芳香は善が好きね」

 

「ち、違うぞ!!これは、その……心配だったからだ!!」

顔を赤くして、芳香が誤魔化した。

 

「はいはい、そういう事にしておきましょうか?

ソレよりも善を運んで頂戴、家に帰るわよ」

 

「分かったー」

芳香が嬉しそうに答えた。

 

 

 

 

 

「っ、いってぇ!?」

自身の体に走る痛みで善が目を覚ました。

 

「ここは――」

右左と見回し、自分の住む師匠の家であることを自覚する。

 

「何が――痛っ!」

記憶がはっきりしてるのは、芳香と一緒に寝て小槌に呼ばれるまで。

その後はひどく記憶がぼんやりしている。

まるで忘れかけた夢を思い出すかの様な、ひどく実感のない記憶。

 

「あら、起きたのね。心配したのよ?」

 

「へ?一体何が――痛っ!」

起き上がろうとしたが、体に痛みを感じ起き上がれない。

 

「ぜ~ん!!起きたのか!!」

 

「イデェ!!いでででで!!」

心配した芳香が寝ている善に抱き着くが、触れられた所から激しい痛みが走る!!

 

「おっと、すまない許してくれ」

残念そうな顔をして、芳香が善を離してくれる。

 

「無理しちゃダメじゃない。全身筋肉痛なのよ?」

 

「全身筋肉痛?なんで?」

身に覚えのない怪我に善が疑問を持つ。

その様子をみた師匠が一瞬何かを考える。

 

「確認だけど、小槌を私の研究室から持ち出したのは覚えてる?」

 

「芳香と一緒に寝たトコまでは、はっきりしてるんですけど……

その後は、なんとなく感覚はあるんですけど、現実感が無いんです……」

 

「ふぅん。寝て意識を失った所らへんかしら?

ま、いいわ。

あなたは小槌の力に飲み込まれて、幻想郷中を駆け巡ってたのよ?

キョンシーの札を使った時、身体能力を100%出していたなら、小槌はそれ以上120%を出したの、そんな状況で一日以上ぶっ続けで動き回ればそんな風にもなるわよ?」

 

「ええ……いろいろと記憶ないんですけど……

いや、ぼんやりとリリーさんや、小傘さん、橙さん達と遊んだ記憶が……?」

そこまで言って、師匠と芳香の異様に鋭い視線に言葉を飲み込む善。

ゆっくりと、動けない善を追いつめる様に二人が近づく。

 

「善、ここからは重要な質問よ?心して聞きなさい」

 

「は、はい」

師匠は勿論芳香までの真剣な表情に、善が息を飲む。

 

「善、あなたの好みのタイプは?」

 

「え?へ?好み?」

まさかの単語に善が、一瞬何を言われたのか分からなくなる。

 

「あなたの好きな人のタイプよ、言いなさい!!」

 

「そうだぞー」

芳香まで師匠に同調する。

 

「えっと、年上で、デキるタイプの人で、包容力があって優しくて。

……………………あと巨乳?」

善の言葉を聞いた二人の表情がぱぁっと明るくなる。

 

「そうよねー、善の好みは私よね?」

 

「そうだぞー、善はロリコンじゃないもんなー」

何がうれしいのか、二人して善の抱き着き倒れる。

布団の転がり、善を挟んでにやにやと笑いだす。

 

「!?!?!?!?!?いったいなにが?」

全く状況の見えない状況に善が焦る。

そんな中、師匠が立ち上がり善の腰の上に座る。

両手を抑えつけ、師匠が善の顔を近づける。

 

「うーん、やっぱり善は私の下に居るべきよね。

迫られてドギマギするなんて、私らしくないわよね?」

何を言いたいのか分からないが上機嫌なのは善にも分かった。

 

「さてと、安心した所で――――今後について話しましょうか?」

 

「おー!」

 

「お、おー?」

師匠の言葉に不穏な物を感じる善。

 

「この子を自由にしたら、どうなるか分からないわね。

だから、今後は何もかもすべて私が管理するわ」

 

「ちょっと!?いろいろおかしくないですか!?

前提からして人権無視!!!」

 

「黙りなさい。私が助けなきゃどうなってたか……

という事で、私に体でその恩を返しなさい、代わりに私は善の全部を管理してあげるから」

 

「何その搾取されるだけの関係!?

付き合ってられませんよ!!」

起き上がろうとしても、師匠が善の乗っている以上逃げることが出来ない!!

 

「知らないの?お師匠様からは逃 げ ら れ な い」

 

「どこの魔王ですか!?と、トイレです、トイレに行くのでどいてくださ――」

 

ドン――!

 

善の視界の横。

半透明なビンが置かれた。

それは底が平らに成っていて、置けるようになっていて如雨露の様に見える。

善はコレに見覚えがあった。

そうだ、確か永遠亭の入院患者が使っていた――尿瓶。

 

「トイレに行きたいのよね?

その身体じゃ、歩くのも大変でしょ?

大丈夫、私がやってあげるから――

芳香ー、こっちに来て善のズボンとパンツを脱がして頂戴?」

 

「わかったー」

 

「いやだぁああ!!放せ!!放せぇ!!」

 

「暴れないの!いったでしょ?善の全部を管理してあげるって?

さ、思い切り甘えていいのよ?私って本当にお師匠様の鑑よね?」

 

「やめて!!止めてください!!師匠!!

男の子は意外とそういうのデリケートなんですよ!!

いやぁあああああああ!!!!」

 

「はぁい、暴れない暴れない。零れるでしょ?

うふふふ……そういえば、何か忘れてる気がするわね……?」

 

「羞恥心ですよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

物語は再度数時間巻き戻る。

とある場所にて、布都が抗いがたい敵と戦っていた。

師匠に善を呼ぶ囮として、ぶら下げられて早半日以上。

布都とて、修業を積んだ身。半日程度の絶食など問題ではない。

 

問題なのは――

 

「だ、だれか……我を……我を(かわや)へ!!

は、早く、だれでもかまわん……

あ、ああ!も、もう、もうだめじゃぁあああぁぁぁぁ………………………ぐすッ……」

 

修業を積んでも勝てないモノがあるのだった。




因みに現時点では完良の方が善より圧倒的に強いです。
常に彼は善の前に立ちふさがる最強の壁です。

なるべく対称的な力になる様にしています。
例、能力の形が太陽と銀河。
  頭文字が完良がA、善がZ。
  善の能力が万能型器用貧乏、完良の能力は局地的だが制圧力が高い等です。

何時か完良の能力もしっかり見せます。
現段階でかなり使っているので、予想できる人はしてみてください。
ヒントは、善の同じく今までの生き方から能力に昇華したタイプです。


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暴露!!暴かれし真実!!

今回は『善悪堕ち編』の後日談です。
次からはまた別の方へ――の前に、特別編かな?
そんな感じです。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

ある昼下がり、夏も終わりに近づきセミの声が少しづつ弱弱しくなっていく。

そんな中で、縁側で善が杖を傍らに置き座る。

「善、お茶飲むか?」

 

「ああ、ありがと。もらうよ……」

芳香の持ってきてくれたお茶を飲んで一息つく。

 

「ふぅ……」

 

「何か欲しいモノはないか?」

心配なのか、甲斐甲斐しく善の世話を焼く芳香。

それもそのはず、善の体は未だに疲弊しており、杖無しでは歩行も困難なのだ。

 

「大丈夫だ……よ。

気にするな……」

そういって遠いトコロを見る善。

その顔は、まるで心にぽっかり穴が開いたような、そんな顔。

こうなった原因は別の処に有った。

それは、昨日の昼へと遡る。

 

 

 

 

 

自宅の中、リハビリも兼ねて善がゆっくりと杖を突いて歩く。

筋肉痛とその身体を休める為に鈍った筋肉をわずかにでも動かそうとする。

さらに言うと、トイレに行きたいというのもある。

頼みさえすれば――否、頼まずとも師匠は尿瓶を持ってきて世話をしてくれるのだが……

そう、流石に尿瓶はいろいろと善の精神衛生上良くない物が多いのだ。

主にプライド面とメンタル面で……

そんななか――

 

「みーっ付けた!」

 

ドン――!

 

「ぐえ!?」

突然後ろから掛かった衝撃に、善が杖を突くまでもなく前のめりに倒れる!!

かろうじて受け身をとり、鼻を床に打ち付けることは無かったがやはり弱った体で転ぶと痛い事は変わりなかった。

 

「一体なにが?」

後ろを振り返ると、たのしそうにこいしが立っていた。

()()()()()()()()()()ハズなのになぜかつい最近会った気がするのはなぜだろうか?

自らのおかしな感覚に疑問を覚えながらも、声の主に振り返った。

 

「やぁ、こいしちゃん久しぶり。

遊びに来たの?悪いけど、ちょっと今調子が悪いんだよね……」

そういって杖に手を伸ばそうとするが、

 

「久しぶり?昨日会ったばっかりでしょ?」

 

「え?」

不思議そうな顔をして、こいしが首をひねる。

正直な話、善には約2日分の記憶がない。

師匠の話では、小槌の妖力に魅入られ暴走したらしいがその間の記憶はひどく不確かだ。

 

「ねぇ、その時の事教えてもらっていいかな?」

師匠は気にすることは無いと言ってくれ、詳しく聞こうにもはぐらかされるばかりで真実は分かりはしない。

やはり記憶が2日分もないというのはどうしても気になる事で、その間を知っているこいしの話を聞けるのは朗報だ。

 

「それなら、この子に聞くのが得策よ?」

怪しげな声と共に、一人の幼女が床に落ちる。

落ちた方より少し上空に、スキマが開いて八雲 紫が手を振っていた。

 

「あ、紫さん。お久しぶりです」

 

「はぁい、詩堂君修業頑張ってる?

今回はさんざんな目に遭ったみたいね?」

全て知っているという事をこれ見よがしに話す紫、その時足元に落ちた小さな影がピクリと動いた。

 

「あの、紫さん?足元に落ちてるこの子は?」

 

「伊吹 萃香。あなたの小槌の製作者で、今回の事件の黒幕ね。

本当に大変だったのよ?旧地獄が地上を火の海にしようとするし、妖怪が大量にトラウマ量産して、寝込むし……

はぁ、ゆかりん疲れちゃった~」

口元を隠していた扇子を閉じ、萃香を突く。

なんだか、子供っぽい言い方に不気味な物を感じる。

 

(黙ってたら美人なんだけどな~)

善がひそかに残念に思う。

 

「う……うう……酒……さけぇ……」

倒れた萃香がげっそりして、うなされながら酒を求めている。

 

「大丈夫ですか……コレ?」

 

「半日禁酒させただけなのだけど?はい、コレ」

紫が萃香に瓢箪を渡す。

その瞬間、しおれていた萃香の気力が持ち直し瓢箪に直接口をつける!!

 

「ん、ぐ、んぐん、ぐんぐんぐ……ぷっはぁ~!!

生き返ったぁあああああ!!!」

まるで水を得た魚の様に、萃香が復活する。

ぐぐーっと背伸びをした後、再び瓢箪に口をつけた。

 

「よ!あんたが邪仙の弟子?

いや、今回の事は悪かったよ」

目算で軽く3リットルくらい飲んだ萃香が、善を興味深そうに観察する。

 

「は、はぁ……実はあんまり記憶なくて、何が有ったか具体的に知らないんですよね……

気が付いたら全身、筋肉痛で記憶二日分無いし、師匠ははぐらかすばっかで教えてくれないし……何があったか知ってます?」

 

「知ってる知ってる。っていうか、さっきまでさんざん紫のそれで叱られたからね。

うーん、スペースが足りないか……いや、墓場なら……

よし!墓場で待ってな。関係者呼んできてやるから」

言うや否や、萃香の姿が霧の様に薄れて消えた。

 

「おにーさん、早く行こうよ!!」

面白い事を見つけたと言わんばかりに、こいしが善の手を引く。

 

 

 

 

 

10数分後……

 

「よーし、順番に話をしてくれー」

墓場で萃香の持ってきた椅子に座る善。

目の前には、半透明で顔が隠れるサイズの板が置かれている。

なんというか、犯罪の被害者のインタビューを見ている気分になる善。

 

「どっから、持ってきたんですか……」

 

「河童に作らせた!!」

酒が入ってテンションが上がってるのか、いやにいい笑顔で説明する萃香。

無茶ぶりを言われ、困惑するにとりの顔が浮かぶ。

 

「はーい、まず一人目どうぞー!!」

 

「なんか、始まったし……」

善の心配をよそに、一人目が半透明の板の前に座る。

 

 

 

一人目。リリー・グレー(仮名)さん

*プライバシーの為、音声は加工してあります。

 

『えっと、その日は夏だったんだけど……偶には外に行きたくなってー。

妖怪の山で遊んでたの、場所?名前なんて詳しくは知らないわよ!

で、そしたら『アイツ』が着て――

信じられないんですよ!!いきなり『春以外に会えるなんて嬉しいな!!リリーちゃん、あーそーぼ!!』って、いきなり抱き着いてきて!!なんどもかわいい言いながら、頭とかお腹とか触って来たの!!!ああ、もう最悪!!ロリコン死ね!!』

捨て台詞と共に、リリー・グレー(仮名)さんは帰っていった。

 

「一件目からやばくない!?あ、『アイツ』って私の事さしてます!?」

色々と聞きたくない情報聞いた善が、焦りながら横に座っている萃香に縋りつくように聞く。

 

「うん、アンタの事だね」

 

「アウトっぉおおおおお!!俺アウトー!!

どうしよ……流石に犯罪……流石に犯罪……」

一剣目だというのに、アウト100%な内容に善が戦慄する!!

正直な話、続きを聞きたいとは思えない!!

 

「はーい、2件目行ってみようー」

焦る善を無視して、萃香が二人目を連れてくる。

 

二人目。ジャッキー橙(仮名)さん。

*プライバシーの為、音声は加工してあります。

 

『えっと、善さんとはくっつくかくっつかないかの距離にいるんですけど……

いっつも恥ずかしがって、素直に成ってくれないんですよ。

けど、その日は違いました!!

何時もみたいに、妖怪の山を散歩してたら季節外れの春告精と遊んでいるのを見つけたんです。声を掛けたら、善さんこっちに気が付いたみたいで……

すっごく興奮した様子で

『橙ちゃんじゃないか……前々から思ってたんだけど――

その尻尾!!そろそろ夏毛に生え変わる時期だよね!?コロコロしたい……コロコロさせてぇ!!』

っていって、動物の毛を取るコロコロで私の尻尾をコロコロしてくれました!!

何時もより乱暴なんだけど、やさしさだけは伝わって来て……

『ほら、尻尾の又の部分まで毛全部コロコロしちゃったよ?夏毛が生えてくるまでは赤ちゃんみたいにつるつるだね?』って……恥ずかしいです!!藍様くらいにしか見せたことなかったのに~』

そういって、恥ずかしそうに身をよじった。

 

「あわあわあわ……だ、大丈夫……大丈夫……ただ毛をコロコロしただけだし……ふ、普通だし……」

何かを必死になって否定する善が、椅子で震える。

横で萃香がにやにやとその様子を見ながら、酒を煽った。

人の不幸という物は意外と、酒の肴になるらしい。

 

三人目。コガサグラム・ゴルドミスタ(仮名)さん。

*プライバシーの為、音声は加工して(ry

 

『正直な話、わちきはそんなに被害無くて……脅かされて転ばされて――

その、ぱ、パン――し、下着を見られてだけだから!!

ただの不幸な事故だから!私は気にしてないからね!?』

 

被害報告なのに、逆に励まされた善。

今度何か奢ってあげようと、胸の中で決める。

その後も数人の話が出てくる。

話のたびに善がどんどん衰弱していく!!

 

古明地 こいC(仮名)さん。

*プラ(ry

最早隠す気すらない、仮名の妖怪がボードの前に座る。

 

『うわぁーい!!こんなの初めて!!

おにーさん見てる?ピース!ピース!』

見たことないセットに興奮してるのか、こいC(仮名)さんが楽しそうに話す。

非常に明るい口調だが、善はというと……

 

「もうヤダぁ……真実とか知りたくないぃ……お家カエルぅ……」

 

「うわぁ……相当追いつめられてるなぁ……」

絶望して目に光の宿らない善を見て、流石の萃香も引き気味!!

 

『えーっと、突然肩車してきてー。

私の足の汗を舐めようとしたりしてすっごいキモかった!!』

笑顔で放たれるトドメの一撃!!

善の心に!!ひび割れたハートにクリティカルヒット!!

 

ドサァ!!

 

遂に椅子から転がり落ちて、白目をむいて倒れる!!

 

「おい、大丈夫――じゃないなコレ……

はーい、各自解散!!帰っていいよ!!」

びくびくと痙攣する善を見て、萃香がため息をつき家まで連れていく。

 

「ぜ、善!?一体どうしたんだ!?」

気絶した善を見て、芳香が驚く。

 

「あー、知らない方がいい真実を知っちゃったんだよ……

ふぅ、人生は難儀だねぇ」

へらへら笑って、萃香が瓢箪を手にしようとするが――

 

「あれ!?無い!!どこ行った!?私の瓢箪!!」

酒が手元にないと不安でしょうがないのか、慌てて無い無いと叫びながら家を出ていった。

 

「まったく、あの鬼反省が足りないんじゃなくて?」

壁の奥から、萃香の瓢箪を持った師匠が現れる。

 

「昔から、ああなのよ。言い出したら聞かないの」

同じくスキマが開いて紫が顔を出す。

胡散臭い女二人が向き合う何とも言えない世界。

 

「コレ、片しておいて。それと、コレも」

萃香の瓢箪がスキマの中に消え、師匠がもう一つの物を持ち出す。

 

「あら、それ例の小槌ね?いいの?

萃香の力の一部が込められた妖魔道具とでもいうべき道具――

密にする力と疎にする力、うまく暴走させればあなたの弟子がやったみたいにすさまじい力が出るのだけど?」

紫の視線の先、師匠の手には大量の札が張られ封印された小槌が有った。

 

「善には少し早すぎたみたい。けど、いつかきっとこれがまた必要になるわ。

それまでは――」

そういって、師匠が別のスキマに小槌を投げ入れた。

 

「ふう、なんとか歩ける程度には回復したのね。

これでこの子の介護から解放されるわ」

 

「へぇ?()()()けどずいぶん、楽しそうにしてたわよ?」

 

「あらあら、私はこの子のお師匠様ですもの、弟子の世話位しますわ。

芳香ちゃん、善を部屋まで運んであげて?」

 

「分かった~」

 

「じゃあね、妖怪の賢者さん」

 

「さよなら、邪仙の師匠さん」

お互いに怪しい笑みを交わして、両者は消えていった。

 

 

 

 

 

その日の夜。

 

「芳香……どうしよう……俺、ロリコンの変態かもしれない」

布団を敷く芳香に対して、善が真剣な顔をして言った。

 

「そうなのか?」

非常に馬鹿らしい話題だな、と芳香は辟易気味に生返事した。

しかし善の取ってはそうではないらしい!!

 

「そうかもしれない……けど……けど俺、ロリコンでもボインが好きだ!!

ゲスな話だというけど、お姉さんとあんなことやこんなことしたい!!」

 

「な、なにを言ってるんだ!?そういう事は人前で言っちゃダメだぁ!!」

芳香が止めるが善の魂のシャウトは止まらない!!

 

「俺の心が叫んでるんだ!!

俺の愛すべき対象はまな板じゃない!!幼女じゃない!!

年上のお姉さんだ!!ビックでボインで夢が詰まったおっぱいだ!!

そうだ!!我思う、ゆえに我あり!!これこそが俺のすべ――――て!?」

 

「うるさいわよ!!」

隣の部屋、壁を抜けて上半身を出した師匠に後頭部を殴られる!!

 

「へヴんっ!!」

今は気の力さえ弱った状態、いつもより派手な音をたて善が壁にたたきつけられた!!

 

「一体なにを言ってるのかしらこの弟子は?」

全身を出し、倒れた善を見下ろす師匠。

 

「師匠……今、自分を見直してました。

俺は、俺は確かにおっぱいが好きな詩堂善です!!

ロリコンじゃな――――むぎゅ!?」

 

「はいはい、私の事が大好きな私の弟子でしょ?」

うるさい善の顔を足で物理的に黙らせ、飽きれたように言い放った。

 

「まったく、あなたって本当に煩悩消せないのね?

仙人は程遠いわ」

善を座らせ、自分もその正面に座って向き合う。

責める言葉に善が少しバツの悪そうに顔をそらす。

 

「気を操る力は間違いなく仙人の技術、けど仙人じゃない。

人としての領域はとっくの昔に超えてるのに……

なんて言うのかしらコレ?仙人の術を使いつつも、仙人の徳の高さもない、自分の欲望を優先させる存在――」

そこまで言われて、善の頭にある存在が浮かんだ。

それは――

 

「――()()と呼ばれる存在ね?

良いのかしら?仙人なんて天人を目指す中ではただの通過点。

このままじゃ、あなた邪仙よ?邪仙で止まって良いのかしら?」

試すような師匠の言葉――

射貫くような師匠の視線――

急に変わった空気に善が息を飲む。

 

「天人ってのがどんなのかは知らないですけど……

俺は、師匠の教えを受けて自分で決めます。

自分の生きたいように、成りたいようになります。

結果、それが邪仙と呼ばれても――俺はそれはそれでかまわないです。

っていうか、師匠を見てると楽しそうなので邪仙もいいかもしれませんね。

師匠自体も噂ほど悪い人じゃないですし」

そういって、師匠を方をむくと珍しく呆然としていた。

 

「あの、師匠?」

 

「――――なんて言えばいいのかしら?

ごめんなさい、ちょっと心の整理がつかないわ」

あたふたとして、顔を手で覆う。

くねくねと体をひねったかと思うと、突然手を顔から退かした。

 

「善、私にプロポーズしなさい」

 

「はぁ!?なんでですか!?」

脈略の無い話に善が面食らう。

 

「善が、私の事好きでしょうがないことが分かったし。私もそろそろ再婚しても良いかな~って思ってるのよ。

という事で私に尽くしなさい。

指を取って、『リングをつけてくれ』って言ったり、『俺と同じ苗字になるまではなさい』って言いなさいよ」

 

「うえ!?プロポーズの言葉クッサ!今時そんな奴いるんですか?」

 

「最近言われたわよ?あ、芳香にプロポーズでも可よ?

姑としてついていくから」

 

「な、何を言ってるんだー!?」

流石に予想外だったのか、師匠の言葉に芳香が驚く!!

 

「いやですよ!!まだ私は結婚できる年齢じゃありません!!

それに、私にはもう心に決めた恋人がいるんです!!」

 

「なに!?」

 

「ええ!?」

善の言葉に芳香と師匠が驚く。

 

「ぜ、善恋人いたのか!?」

 

「誰!?言いなさい!!小傘ちゃん?橙ちゃん?

――ハッ!妖怪の山の犬天狗!?」

 

「違いますよ。私の今の恋人はすてふぁにぃです!!

疲れた私をいやしてくれるエンジェ―――ルゥゥゥゥゥ!?」

 

ビリ!!ビリビリィ!!

 

師匠、芳香両名が善の部屋のあらゆる場所に隠されたすてふぁにぃを容赦なく破る!!燃やす!!引き裂く!!

 

「せめて、修業が恋人って言いなさいよ!!」

 

「2次元は認めないぞー!!」

まるで親の仇の様に、すてふぁにぃを破壊する二人!!

 

「やめて!!止めてください師匠!!俺の、俺の魂の恋人がぁあああああ!!!!」

 

「全部のすてふぁにぃを破棄するわよ!」

 

「おー!!」

二人の決意のこもった声が響き渡った。




アイテム紹介。

すてふぁにぃ。
豊かな胸の書かれた本の総称。
外界から来た写真もあれば、幻想郷内で書かれた絵の物まである。
善が愛読し、大切にし、時に心を支える。彼を彼でたらしめる存在。

入手経路は、人里の本屋。
本屋の主人は妻娘持ちだったが、扱う本が扱う本なので娘からは白い目で見られている。
最近鈴奈庵に客を取られ気味で、経営不振。

その他の入手方法は拾う事。
善は拾った5円玉に紐を通して、ナズーリンの様なペンデュラムとして使っている。
コレでお宝(すてふぁにぃ)をゲットだぜ!!


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EXstage-Stand by you

今回の話は、本編とあまり関係の無い話です。
何処かの誰かが、見た。
『有ったかもしれない世界』です。


クスクスクス……

 

クスクスクス……

 

あらぁ?珍しいお客さまですわね。

 

ようこそ、私の世界へ。私の名はドレミースイート。

 

ここは夢と現実のハザマ世界。

 

あなたの見たものは現実かも、しれませんし、夢かもしれない不思議な場所ですわ。

 

けれど、たとえそれが夢でも、現実でも貴方が見て、覚えているのなら――

 

確かに『あった』と言えるのかもしれませんわね?

 

クスクスクス……

 

 

 

 

 

「ねぇ、善」

 

「なんですか?師匠」

夏の昼下がり、善が芳香との組手を終えて膝で息をする。

日陰の隠れた師匠が、汗を流す善をねぎらう。

 

「そろそろ、再婚しようと思うのよ」

 

「へ!?」

師匠の言葉に善がおどろく。

師匠の過去は今まで少しだけ聞いたことが有る。

曰く1400年以上仙人をしている。

仙人に憧れ、当時結婚していた師匠は自分の死を偽装し家族を欺き修業に出たと。

曰く今の苗字は、昔結婚していた相手の名だと――

 

「まぁ、いいんじゃないですか?

確かにずっと一人はいやですもんね。

私は応援しますよ。

けど、修業ってどうなります?まさか、私は破門なんてことは……」

応援しつつもなんだか、胸の中で嫌なモヤモヤが生まれる善。

師匠には幸せを求める権利がある。それは分かっているのだ。

だが、しかしどうしてもなぜか、いやな気分が消えない。

破門の可能性があるというのに、気になるのはなぜかそっちだった。

 

「うふふ、大丈夫よ。あなたを破門したりはしないわ」

その言葉に、善が少しだけ安堵する。

だが、

自分でも驚いたことなのだが、『それほど安堵できていない』のだ。

むしろ、さらに「自分は師匠と旦那さんのイチャ付きを身近で見るのか」とか、「相手の人との距離感どうしよう」など、心配事だらけだった。

だが、善は無理やりポーカーフェイスを作り、話題をそらす様に言葉を紡いだ。

 

「あ、ああー、良かった。ちゃんと仙人に成れないと困りますからね。

神霊廟とは微妙に距離感有るし、師匠がおしえてくれて助かりましたよ。

所で、相手はどんな人ですか?」

最後の一文は、不意を突いて口から出た。

知りたくないのに、知りたい。

そんな矛盾した感情だ。

 

「それは――」

師匠が口を開く。

1秒が10秒に、10秒が30秒に、30秒が一分に感じられるほどに

善はこの時間がすさまじく長いモノに感じられた。

心臓が早鐘の様に鳴り響くのが分かる。

 

「あなたよ」

口を閉じた師匠。

善の頭が、すさまじい勢いで他人の顔と名前を思い出し始める。

 

(あなた?穴た?あ鉈?穴だ?阿名他?アナタ……穴田?

穴田さん?そんな人いたっけ?)

混乱する極みの善が、知りもしない人物を創造する。

 

「へ、へぇ……穴田さんかぁ……へぇ。

じゃ、俺風呂入ってくるんで!じゃ、じゃあ!」

一刻も早くその場を離れようと、師匠に背を向けるが……

 

ガシッ!

 

「ぐぇ!?」

襟をつかまれ、後方に引っ張られる善。

のどに衝撃が走った!!

「待ちなさい。どこに行くつもり?」

 

「い、いや……汗をかいたので風呂へ……」

 

「今、芳香が入ってるでしょ?覗くつもり?

そんな事より、私に対する返事を聞かせてくれないの?」

こっちを覗き込むような師匠の目、心の奥に有る感情すら読まれている気になる。

正直な感想を言ってしまうと、善はどうしていいのか分からなかった。

だから――

 

「も、もしかして私の事ですか!?

も、もう、からかわないでくださいよ!!

そういって、私を誘惑しないでください。

残念ながら、私はまだ結婚適齢期ではないので。

芳香が風呂から出たら、すぐに入りたいので、失礼しますね」

 

「あ、善――」

だから、だから善は卑劣な事に、師匠の言葉を何時もの悪ふざけだと決めつけ踏みにじった!!だが、その後も師匠の言葉は続いた。

 

「ねぇ、善――」

 

「ああっと、買い物行かなきゃ!!」

事あるごとに話しかける師匠。

 

「今、時間いいかしら?」

 

「自主修行の時間なんで、すいません!!」

そして善がそれを無視し続ける。

まるで、そうしてればなくなて行くかのように。

そしてやがて、師匠も学習し言葉を話さなくなっていった。

 

 

 

夜、布団を敷く善に遂に芳香が、尋ねる。

「善、今日は一体どうしたんだ?何かあっただろ?」

 

「ん?何もないぞ。どうしたんだ、いきなり?」

布団を敷き終わった善が、芳香の言葉に優しく答えた。

 

「嘘だ!二人ともどう見てもおかしいぞ!私の目を誤魔化せる訳ないだろ?」

射貫くような芳香の視線に善がひるむ。

分かっているのだ、自分の師匠の中に何かが有ったことをこのキョンシーは。

 

「わかった、言うよ……

師匠に……その、求婚?された……」

誤魔化せないと分かった善は、芳香に大雑把な話をして見せた。

はっきり言いきらないのは、善なりの抵抗か、恥ずかしさか……

 

「そうなのか……で、なんて答えたんだ?」

 

「い、言う訳ないだろ!?

保留だよ!!保留!!

そんな事!!」

 

「様子をみた所そうだなー。

善は肝心なトコで意気地なしだからなー

けど、善は嫌いじゃないんだろ?

なんで、OKしないんだ?」

不思議そうに、芳香が善に聞く。

その言葉に、善は口を噤んだ。

 

そして、ゆっくりと語る。

 

「俺、どうしたらいいか分かんないんだよ……

俺は、どうしたらいいんだ?俺、不安なんだよ。

師匠はすごい人だよ!!弟子の俺は知ってる!!

釣り合う訳ないのも分かってる……

方や聖徳太子すら弟子にした1400年を生きる仙人様だぞ?

それに、それに自分の価値は当の昔に知ってる、『完良の出来損ない』それが俺だったハズだ。

だけど、師匠はそんな俺に価値を見出してくれた……

それだけで充分なのに……これ以上なんて……」

 

「善……」

芳香が目を伏せる。

思い出すのは、善が外の世界に帰った時の事。

幻想郷とは違う部分を善が多く見せた世界。

どんな無茶な修業よりもずっとつらそうな顔をしていた世界。

 

「弟子に成れてよかったんだな……」

泣き叫ぶ善の心に師匠が希望を与えたのは言うまでもないだろう。

 

「ああそうだ……俺は、あの時あの瞬間から生き返ったのかもしれない……

やっと、自分として生き始めたのかもしれない」

 

「そうか……」

余りに真剣な善の顔に、芳香が目を伏せた。

何かを言える訳がない。

横から、誰かが手を出していい問題ではないのだ。

 

「けど、それとこれは話が別だよな……

師匠の魅力的な部分は知ってる。

知ってるけど、それと同じくらい困った所も知ってるんだよな……」

善がため息をついて、指折り数える。

 

「まず年上すぎだろ?14歳差じゃなくて14世紀差だし、なんだかんだ言って突然無茶ぶりしてくるし……

あ!あと倫理観だよ!倫理観!!他人の痛み的な物を全く理解できないんだよな!!」

腕を組んで、芳香に話すが――

 

「ん?どうした?」

焦ったような顔で芳香が、善の後ろの壁を指さす。

この時、いやな予感がしていた善。

ゆっくり振り返ると――――

 

「あらあら……私の陰口かしら?」

壁の穴をあけ、両肘をつくように楽しそうに笑みを浮かべている。

 

「あ、師匠……これは――」

 

「遠慮しなくていいわよ?

年増で、無理難題を押し付けてくる上に、倫理感皆無のお師匠様が聞いててあげるから。

ほら、続けて続けて?」

平坦な笑顔が逆に怖かった。

だが、何も言わずなおも師匠は笑い続ける。

 

「す、すいませんでしたぁあああああ!!」

ベットの上で、目の前の師匠に土下座して謝る!!

当然、自身の脳天にキツイ一撃を貰うのも覚悟の上だ。

 

「…………?」

だが、何時まで経ってもその折檻の一撃は飛んでこなかった。

チラリと視線を上にあげて師匠を見る。

 

「なによ……私の事が嫌いなら、出ていけばいいじゃない……」

唇を噛み、悲しそうな顔をして師匠が帰っていった。

体に痛みはないが、不思議と胸が酷く傷んだのを感じた。

 

「あーあ……やっちゃったなー」

芳香がつぶやく。

 

「芳香……俺――」

 

「違う、()()()()()()()()

芳香がはっきりした口調で否定した。

 

「え?俺じゃなくて……師匠の方?」

いまいち状況の理解できない善の芳香が説明を始める。

 

「そうだぞー、きっと恋が苦手なんだなー。

いや、好きに成った相手への近づき方かなー?」

ぽつぽつと芳香が語る。

 

「何言ってるんだ?師匠はむしろそういった系のプロじゃないか?

清濁関係なく手段を選ばず、相手に自分を好きに成る様に仕向けるのが得意だろ?」

それは善もよく知っていたことだ。

流石は手練れの邪仙というべきか、他人の心を操るのが非常にうまい。

 

「たくらむのは得意だけど、素直に成れないんだ……」

その言葉で善はハッとする。

 

「そうか……師匠自分では動かず相手を動かしてばっかだったから……」

善の脳裏に浮かぶ師匠は、自身で動くことは無かった。

たくらみ、裏から手をまわし追い込んでいくのか何時もの手段だ。

 

だから、だからこそ、なんの打算の無い感情が苦手なんだろう。

恋や愛という感情に対して、途端に不器用に成ってしまうのだろう。

 

「そういえば……師匠不安そうにしてた……

師匠も不安だったんだ!!それなのに、俺に必死にアプローチしてくれたんだ……

俺、俺行かないと!!師匠の、俺を好きに成ってくれた人の言葉に応えないと!!

ちょっと、俺行ってくる!!」

芳香にそう告げ、善が走り出した。

 

「ふぅ、不器用な奴ばっかりで困るぞー」

何処か悲しそうに笑って見せた。

 

 

 

「師匠!!お話があります!!」

地下室へ走り、一枚の扉の前で大きな声を出す。

 

「……なによ……まだ、いたの?」

不満げな顔を扉の隙間から、のぞかせる。

 

「待たせてすいません。私なりの答えが出ました」

善の言葉に、師匠が息を飲むのが分かった。

 

一瞬の静寂、善が一回息を吸った。

 

「私は――」

ここまで、言葉を紡いで善は口を閉じた。

違う、こうじゃない。邪仙の弟子としての言葉ではダメだ。

ここからは、師と弟子ではない。

一人の人間としての、詩堂 善としての言葉でなくてはダメだ。

 

「俺は……()()()()()()()()

理由はいろいろある、自由な所も、ずっと楽しそうに生きている所、その他の所も全部!全部!!全部!!俺にはまぶしい!!

その姿に、初めて会った時からずっと憧れているんだ!!

だから俺と――ぐはぁ!?」

突如あごを殴られ、善が空中に浮かぶ。

 

「いてて……一体何を……」

あごをさすりながら、相手を見る。

 

「うーん、不合格」

 

「はぁ!?」

 

「なんて言うか、こう……『コレジャナイ感』がするのよ。

あなたに名前で呼ばれるのって、どうにも違和感が有るのよね。

あと、なんかイラっとしたわ」

やれやれと、言いたげな顔をして師匠が腕を組む。

そのしぐさに、善の中の何かが弾けた。

 

「分かりました……()()の言いたい事はよーくわかりました。

修業しましょう。修業して師匠よりすごい仙人に成って、そんな事言えなくしてあげますよ!!寧ろ『青娥のこと、恋人にして欲しいにゃん』とか言わせてやりますよ!!

やるぞ!!うおぉおおおおおおおお!!!!」

大空に誓うように、善が大きな声で咆哮した!!

 

「うるさい!!」

 

ボコッ!

 

「あて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――という事がきっかけに成って、私たちは付き合う事に成ったの」

そう言って、膝の上にのった小柄な少女の髪を梳かしながら師匠が笑った。

 

「…………へぇ」

上機嫌の師匠と裏腹に、髪を梳かしてもらっている子は不満げな顔をしている。

 

「それでね?アナタを授かった時は――」

 

「もういいです!!もういいですから!!

そんな話しないでください!!」

話の雲行きが怪しくなったと思たのか、膝の上の少女が声を荒げる。

 

「……もう、寂しいのね?来年から寺子屋なのに、甘えん坊さんね?

可愛い!」

小さく笑い、膝の上の子を抱きしめる!!

 

「あーもう!!母上は自由すぎるんですよ!!」

 

「あなたが、不自由なだけじゃない?私は自由奔放に育ってほしいのに……」

 

「反面教師って言葉知ってます!?大事な言葉ですよ!?」

何気ない母娘の会話。

それを引き裂く様に、部屋の扉が開いた。

一人の男が顔をのぞかせる。

狐の様な面に、ぼろきれで体を隠し、腰には小槌をぶら下げている。

 

「あら、アナタ。お帰りなさい」

 

「父上……」

二人の様子をみて、男が顔を隠していた仮面を外す。

 

「二人とも……寂しかったよー!!今帰ったよ!!

過去の世界の紫さんと藍さんすっごい怖かったよー。

けど、頑張ったよー!!」

男が二人の思いっきり抱き着く!!

 

「あん、ダメよアナタ、娘が見てるわ」

 

「おお~よしよしよし!!」

男が娘の顔に何度も何度も高速でほおずりする。

……摩擦熱が起きるくらいに。

 

「あつ!熱いです!!アッツイ!!」

何とか父親をどけた娘が、膝から勢いよく立ち上がる!!

 

「全く!!なんなんですか!!私の両親は!!

自由すぎるでしょ!?世間離れしすぎでしょ!?」

頬を膨らませて自身の怒りを両親にアピールする。

 

「それで?過去には行けた?」

 

「うん、なんとか行けたよ。昔の自分をちょっとだけ助けてきた。

けど――なんでかな?もう、一回行こうとしたけど行けないんだ」

娘を事を無視して、両親は何やら相談を始めた様だった。

 

「きっと、分岐したのね。『今』に至る歴史と違う歴史を過去のアナタが歩み始めたのよ」

 

「『今』にたどり着けないから、もう過去へはいけない?」

 

「だって、そうでしょ?アナタが違う選択肢を選んだんだもの。

別のアナタって事。

そもそも過去にかかわる必要はないわ。あなたならきっと大丈夫。

それは歴史が変わっても同じ、そうよね?」

 

「ああ、勿論さ」

男は笑って、師匠を抱きしめた。

 

「なに、良い雰囲気出してるんです!?

少しは、こっちを心配――――ああ!もういいです!!

家出します!!しばらく帰ってきませんからね!!」

一大決心をしたと言いたげな表情で娘が話す。

 

「へぇ、行ってらっしゃい。変な人についていっちゃダメよ?」

 

「一人なんて危ないだろ?護衛をつけてやろう。

玉図~、玉図来てくれー」

 

「ハァイ~!」

男の声に呼ばれて、バタバタと白衣を着たツギハギ耳のうさぎキョンシーが走ってくる。

 

「…………もう、知りません!!私はしばらく一人で生きます!!」

そう言い残し、少女は扉を閉じて何処かへ消えていった。

「また?」と言いたげな顔をして、うさぎキョンシーが走っていった子を見る。

 

「はぁ、余裕がないのね……アナタに似たのかしら?」

 

「行動派なのは、君に似たんだろうね?」

お互いが目くばせして、笑う。

だがそれも一瞬のことだった。

女は無言で、胸の豊かな女性の書かれた漫画を取り出す。

 

「ねぇ、アナタ。アナタの留守中お部屋を掃除したんだけど――」

 

「ち、違う!!それは私のではなくて――」

女の声に何かを確信した男が即座に言いわけを始める!!

 

「言ったはずよね?『2次元も浮気』って……

さ、アナタ。地下室へ行きましょうか?

たまには夫婦の水入らずの時間が必要よね?」

笑みと青筋を浮かべ、男の服の襟をつかむ!!

頭の鑿をふるうと、音もなく床に穴が開く。

 

「い、イやだぁ!!誤解なんだ!!一番愛してるのは――」

 

「もちろん知ってるわ。私でしょ?」

家の地下で男の悲鳴と、女の嘲笑が響きわたった。

だが、ほかの住人は気にしない。

そう、これはずっとずっと続いている日常の一部だからだ。

 

 




END?

コラボと思った?残念If世界でした。
というのが今回のお話。
6月はジューンブライドという事で……

相手が年増のバツイチは私は流石に――
という人ならBADエンドです。

キャラクター紹介。

謎の仙人。
すべてが謎の包まれた仙人(自称)

800年の時を生きる仙人の一人。
非常に多くの術と、キョンシーたちを持つ。
通常仮面をつけており、顔は伺いしれないが声質と体格で男だというのが分かる。

鬼の顔が付いた小槌を腰に下げている。
右手の指には切断してくっつけた跡、左手の薬指には指輪。既婚者らしい。
多くのモノを凌駕する圧倒的な実力を誇るが、妻には頭が上がらないらしい。

その正体は完全に不明で、一説には天地開闢にて最初の仙人が姿を変えた者という意見も有れば、悪逆の限りを尽くした妖怪が修業の末仙人み目覚めた姿とも、月から逃げてきた月の権力者が仙道を極めた姿とも、
師匠を見返そうと必死に修業して、清濁関係なく、仙人、邪仙はおろか天人の力まで納めて、ありとあらゆる力を身につけた詩堂 善本人という噂もあるがどれも真偽不明。
ひょっとしたら、何処かですごく意外な形で正体が判明するかもしれない。


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乱闘!!神対巫女!!

今回は早苗さんがひどい目に遭います。

早苗さんファンの人。
のんびりした守矢神社一派が見たい人の願いは容赦なく踏みにじられますので、それが嫌な人はブラウザバックしてくださいね。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

突然だが、幻想郷に神社は一つではない。

外の世界を隔てる結界、その間に立つ博麗神社。

そして、妖怪の山にも神社がもう一つ――

 

「暇だなー」

妖怪の山の中の神社の縁側で、守矢神社の神の一柱、洩矢諏訪子が暇そうに足をぶらぶらさせていた。

幼い容姿に、カエルをイメージさせる緑の目のついた帽子。

あどけなさと、老獪な怪しさを含んだ不思議な表情。

 

「信仰自体がわずかだが減っているようだね。

そろそろ秋というのもあるが……」

後ろの別の女性、こちらは凛々しさをたたえた顔立ちで、背中に注連縄を背負っている。

 

「神奈子様ー、諏訪子様ー」

暑い中を、誰かが2柱に向かって走ってくる。

胸まである緑の髪と、腋の露出した服装。

 

守矢神社の風祝いにして、現人神。

東風谷 早苗だった。

 

「お帰り早苗」

 

「おかえりー」

2柱が出迎える。

 

「最近神社の信仰が減ってる理由が分かりました!!」

 

「なに!?」

 

「なんなんだい?」

早苗の言葉に2柱が反応して見せる。

信仰の減少は死活問題である2柱が食いつく。

 

「秋巫女の仕業です!!!」

早苗が、そう言い放った。

 

 

 

 

 

「秋巫女様の土作りが始まりますよ~」

河童の作った拡声器で、少女が声を上げる。

 

うおおおお!!と男の団体がとある場所を目指して走っていく。

 

「…………ん……」

地面に紅葉の生えた小枝が四方に刺さり、区切られた地面。

10歳にも満たないであろう少女が、身の丈に合わない様々な装飾がなされた、大きな鍬を構える。

秋巫女と呼ばれた様に、赤く色付いた紅葉を思わせる色の袴に、なぜか腋が切り取られ肩をだしている巫女服の上。

土で汚れるからなのか、足元は何も履かずに裸足だ。

 

「あ、あき、秋の訪れをつ、告げる紅葉を見せる静葉様。

秋の豊かな実りり、の恵みを授けてくだ、さる穣子様。

そして、信仰していただく皆様の為に、こ、この鍬を振るいます!!」

うっすらと青味が付いた灰色の長い髪を揺らすと、頭と鍬の鈴が小さく鳴った。

男たちは、目の前の幼女と言っても過言ではない巫女を見る。

 

言葉の端にも、ためらいや吃逆があふれ、とても緊張している様が見て取れる。

だが、そう不馴れな姿は言い換えると初々しさであり、幼い子が初々しさを感じさせながらそれでも、役割を全うしようとしている姿は庇護欲求をすさまじく掻き立てるモノであった。

ぶっちゃけると、幼女カワユスお持ち帰りしたい!!!となる。

 

リン……リン……!

 

秋巫女が鈴の音と共に鍬を振るい、畑を耕していく。

秋が近いといってもまだまだ夏日、直射日光に当たりながらの作業は幼い秋巫女の体力を奪っていく。

一生懸命働き、畑を耕し汗が飛び散り畑をわずかに潤す。

現代の時間で大よそ30分。

わずかな部分であるが、秋巫女の『開墾という名の舞』が終わった。

 

「以上で、秋巫女様の舞の午前の部は終了します。

次は正後からとなります」

ナレーションと共に、小さな袋を持った男たちが畑の隣に作られた場所に集まってくる。

 

「皆様、ありがとうございますね」

秋巫女が笑い、男たちからお布施を貰い、さっき耕した畑の土を袋に入れて握手する。

 

「秋巫女様、ありがとうございます!これで来年の豊穣は間違いなしです!!」

 

「ああ~、やわらかい手だぁ……畑仕事で鍬を持っていた様には思えない……」

 

「あ、秋巫女様!!ら、例年もきっと来てくれますよね!?」

男たちの荒い鼻息を受けながら、秋巫女が困ったように笑う。

やがて、お布施を貰いすべての土を配り終えた秋巫女が、みんなにお辞儀する。

 

「皆様、たくさんの信仰ありがとうございます。

穣子様のお力がこもった御神土が無くなったので、もらえなかった方は午後の部までお待ちください」

露骨に聞こえる落胆の声、秋巫女はお布施の溜まった台を掲げて、2柱の待つ神社へと入っていった。

 

 

 

「秋巫女お疲れ!」

 

「お疲れ様……」

穣子、静葉が秋巫女に話しかける。

 

「…………」

秋巫女は黙ったまま。お布施の束を神棚に置くと――

 

「ああああああ!!!もう!!!帰りたい!!

帰りたい帰りたい帰りたい!!」

床に転がってバタバタと手足をめちゃくちゃに動かし始めた!!

 

「あら、何が不満なの?あんなにかわいかったのに?」

青い髪をした邪仙が笑う。

その後ろに控えるキョンシーが近寄って来て、秋巫女の顔に付いた土を払ってくれる。

 

「お疲れ様だぞ()

 

「あ、芳香?その名前は今出しちゃダメよ?

今のこの子は、神様に使える巫女様なんだから」

おかしくてたまらない様に師匠が笑い出す!!

 

「なんで……なんでこんなことが起きてるんだぁああああ!!」

秋巫女と化した善の慟哭が社の中だけ反響して消えた。

 

 

 

 

 

事の始まりは15日前に戻る。

 

「ッ……」

 

「まだ痛むのか?」

墓の中を歩く善が、わずかに痛みを感じて足を引っ込める。

その様子を芳香が気が付いて気使ってくれる。

 

「ああ……相当無茶したみたいだからな……」

休憩とばかりに、近くの墓石に腰かけて、未だに杖が離せない善が自嘲気味に笑う。

 

「そうか……可哀そうだけど、私がその分善を守ってやるからな!!」

任せろ!と言わんばかりに芳香が善に話す。

師匠に弟子入りした当時みたいだな。と二人で笑い合った。

その時、墓の入り口から二人の見たことのある人物が走ってきた。

 

「あ!詩堂く~ん!!」

 

「詩堂君……杖、どうしたの?」

両人揃って、紅や黄色の鮮やかな服を着た2柱組の神。

妖怪の山にいる秋姉妹だ。

 

「穣子様、静葉様。すこし無茶しただけですよ。

何か御用ですか?」

二人はいつも山の社付近にいて、外に出ることは珍しい。

片方だけ、という事は有るかもしれないが少なくとも善は2柱が同時に社を開けるのを見たことは無かった。

 

「そうだったそうだった!聞いてよ詩堂君!!

実は最近、秋も近いって事もあるんだけど信仰が増えてきてるの!!」

 

「へぇ、良かったじゃないですか」

わざわざ自慢しに来たのかと、疑問に思いながらも善が笑顔で応える。

 

「そうなのよ!けど、いつもより信仰が多くてね?」

 

「……ちょっと気に成って調べたの……」

穣子、静葉が代わるがわる言葉を紡ぐ。

 

「そしたら!前、詩堂君がうちの神社の畑、耕したのを見てた人がいてさ~」

 

「……一緒に田植えしてた猫が人気の原因みたいなの……」

その言葉に善が幾らか前、穣子に頼まれ?脅され橙と一緒に畑を耕したのを思い出す。

 

「へー、そうなんですね」

 

「あー!もう!詩堂君は鈍いなー。

女の子に対してもそうなの?拉致監禁されても知らないよ?

後ろから刺されても知らないよ?」

 

「美人の人ならアリです!!」

とっさの言葉がまさかのコレ!!

一瞬神2柱がたじろいだ!!

 

「とにかく!可愛いは正義なの!!

可愛いキャラが居ればうちの信仰UPは間違いなし!!

このチャンスを逃す手はないわ!!」

 

「……詩堂君……お願いできるかな……?」

懇願する二柱には申し訳ないと思いながら善は首を横に振った。

 

「また橙さんと?けど、体がまともに動かないんですよ……

杖がなきゃ、まともに歩けいないし……

山を登るなんて、まして畑を耕すなんて――」

 

「できるわよ?」

善の後ろ、家の方から師匠の声が聞こえてきた。

嫌な予感を抑え、後ろを振り向くと案の定――

 

「私に良い考えが有るの。

善、あなたにとっても良い話よ?」

まるで悪戯を思いついた子供の様な顔で、師匠が笑っていた。

 

 

 

そこからは話はトントン拍子に進んでいった。

 

以前紅魔館の事件後に用意した、『詩堂娘々』の体に再び善を入れる師匠。

善繋がりで交流が有った、命蓮寺のマミゾウとのコネクションによって、見た目はただの小屋だった2柱の社の改築と、商売仲間を呼んでの社の近くに屋台の配置。

一部人里の商人も参加しているらしい。

秋姉妹をクッションにして、椛、にとりをはじめ一部の天狗と河童を取り込み、さらに売り上げの一部を収めることを条件に大天狗に妖怪の山の中での商売の許可。

あらゆる下準備を終え、守矢神社の様に人里の人間を来やすくした。

 

「はぁ……私ってすごい人を師匠にしてるんですね……」

師匠はこの交渉を大よそ一人で行ってしまった。

最後にマミゾウを混ぜての天狗との交渉の終わった帰りに、善が一人つぶやいた。

 

「あら、今更気が付いたの?

安心しなさい、私はあなたに仙術だけを教える積りはないわよ。

私の持つ、話術、占術、邪術、秘術、禁術、錬金術、体術、武術ets……

そして、考え方や思考まで、全部を教え込んであげるわね」

 

「……が、頑張ります……」

余りに離れすぎた師匠の力に善が何とか答えた。

 

「かかか!善坊も大変じゃの、邪仙の弟子は」

 

「あら、おばあ様。私は請われたから教えているだけですわよ?」

マミゾウの言葉に、師匠がしれッと答えた。

 

「おお、そうじゃった。例の物完成したぞい?」

そういって、マミゾウが一着の秋色の巫女服を見せる。

それは、おぞましい事に()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「えっと、まさか……?」

最悪の想像の善が、冷や汗をかき始める。

 

「新しい神社には、()()()()()が必要よね?」

 

「そうじゃ、出来れば可愛いおなごが良い。

()()()()()()からの」

わざとらしく、実にわざとらしく師匠とマミゾウの会話が繰り返される。

 

「……いやだ……私は……」

半場己の運命を悟った善が震えだす。

目の前の絶望に、いつもの様に抗おうとする。

 

しかし、悲しいかな。

 

今の姿では本来の力が使えない。

 

無力かな。

 

今目の前にいるのは、物の怪たちの大将と呼べる大妖怪。

 

無情かな。

 

今、嬉しそうに服を宛がってくるのは、1400年の時を生きる邪仙。

 

勝てる見込みは――0%!0%!!0%!!!

*お見苦しいシーンが流れるので、しばらく音声のみでお楽しみください。

 

「さぁ、善。可愛くなりましょうね?」

 

「ほほうぅ、コレはコレで良いモノじゃのォ」

 

「着ません!!そんなの絶対着ませんからね!!」

 

「我まま言うんじゃありません!半分はあなたの為なのよ?」

 

「私の心は半分どころか全壊ですよ!!」

 

「善坊、男はあきらめが肝心じゃぞ?おっと、今はおなごか?」

 

「この体でも男ですよ!!しっかりついてます!!」

 

「私の趣味よ!いいでしょ?」

 

「うむ、通向けじゃの!!」

 

「恥ずかしがらないの!どっちの体でも、私の見た事の無い部分なんて無いんだから」

 

「ほう?おぬしらそういう関係じゃったんか?」

 

「まさか!まだまだソコまで行くにはこの子は未熟ですわ。

実力を付けてからなら――どうかしら?」

 

「……ブクブク……」

 

「しまった、気絶しておる」

 

「精神が耐えられなかったのね」

 

「「まぁ、この方が都合が良い(んじゃがの)わね!」」

 

 

 

 

 

そして再び今へ――

 

サクサク……サク……サク……

 

「むぐ……むぐ……レベルの高い味ですね……

流石は……むぐ……むぐ……作物の……むぐ……むぐ……神……」

神社の出店の中、敵勢調査の名目の元で早苗がフライドポテトを味わう。

外はサクッと、中はホクホクだ。

 

「あ!スイートポテト!!神奈子様と諏訪子様にも――って危ない危ない!」

夢中になりかけて、早苗はとっさに自分の頬を叩いて正気に戻った。

そう、今は敵勢調査だ。遊んでいるヒマなどない――!!

 

「焼き鳥ー!藤原の焼き鳥だよー!!

オラ!輝夜ぁ!!声もっと張れェ!!!給料差っ引くぞ!!」

 

「うぐぐ……妹紅ぉ……覚えておきなさいよ……!!」

 

「ああ!?誰が妹紅だ?ん、ん?バイトの輝夜君よ~?」

 

「うぐ、う……す、すいませんでした、妹紅()()……」

コントの様なやり取りをしている焼き鳥屋を見る。

くぅ~と早苗のお腹が鳴った。

 

 

 

「ああ……すっかり敵の術中なのですね……おいし」

焼き鳥を食べながら、早苗がつぶやく。

備え付けの椅子に座りながら、辺りを見回す。

 

「男の人が多いですね……」

此処は、豊穣を司る神も祭っている。

そうなれば、『豊穣を願う者』が集まってくるのが普通という物。

だが、これは明らかに人数が多い。

 

屋台まで出てまるで縁日だ。

そして――

 

「スイートポテトに、フライドポテト……場所によってはもっとハイカラな物も……」

明らかに、幻想郷の物では無いであろうモノまでも縁日の屋台として出ている。

それは遠回しに、外界の知識を持つ者がこの神社の中心にいることを意味する。

 

「新しく里に来た、外来人……ではありませんね」

そう、そんな人物が仮にいたとして、秋姉妹に加担するメリットは無いし、秋姉妹も怪しい外来人を雇用したりはしないハズだ。

 

「そして……妖怪でもない」

当たり前だが、妖怪のハズも無いのだ。店の中に妖力を感じさせる店員はいた。

だがその妖怪たちにとって神に与する必要は全く無いし、たとえ商売のメリットはあってもそれならほかに良い稼ぎ方がいくらでもある筈だ。

 

「居るハズです……この楽しさに隠れた中に……

外界の知識を持ち、尚且つ妖怪を利用し、神の力すらも足掛かりにして。

『何か』をたくらむ存在が、この中に――!」

自身の恐ろしい想像に震える早苗。

 

『新しい異変か』とさえ疑ってしまう。

 

 

 

そしてその早苗の思う、黒幕は――

一人静かに泣いていた!!

 

「はぁ……心が消耗していく……

ダメでしょ……弟子って普通こんなんじゃないでしょ……?」

休憩時間、社の隅で善が体育館座りで密かに涙を流す。

弟子ってなんだっけ?という今更な事を考え続る!!

 

「まぁまぁ、おかげですごい人気だよ?

10日分くらいで、投入した分は回収できたって、タヌキの親分さんも喜んでたよ?」

 

「……全部……詩堂君のおかげだよ?」

仕方なしとばかりに、秋姉妹が善を励ます。

開始以来ここまで人気が出たことがなかった2柱はホクホク顔だ。

 

「本当ですか?」

感謝されている事実に、善が顔を上げる。

しかし――!!!

 

「その分たくさんみんなに見られたって事だなー」

 

「うわぁあああああ!!!!!死にたい!死にたい!死にたいぃ!!!」

芳香の一言で止めを刺された善!!

大ダメージを受けて、叫びだす!!

 

「うわぁあああああん!!せめて巫女服かえません?

腋がなぜか露出してるし、おかしいでしょ?」

 

「え?幻想郷では巫女はみんな腋出してるよ?」

 

「んなわけないでしょ!!嘘つくならもっとまともな嘘を――」

 

「いや、そっちのが人気あるんだって!

この前、おじさんが『秋巫女様の腋から、胸が見えそうなんだよ!!』って興奮してたよ?

別に男の娘だし、上半身裸はOKだよね?」

何かをたくらむ様な、穣子の言葉に善がとっさに胸を押さえた!!

 

「脱ぎませんからね!!あと、男の子のイントネーションおかしくないですか?」

 

「何言ってるの?善はどこに出しても恥ずかしくない男の娘よ?」

またしても微妙に違うイントネーションで師匠が話す。

 

「さ、午後の部始めるよ!!!」

 

「あー……もうですか……」

時計を見た穣子が善を促す。

しっかり予定は詰まっているのだ、やらない訳にはいかない。

土のついていない服に着替え、きれいにした鍬を持って再び社の外へと出ていった。

 

「うひひ!うちの神社始まって以来の繁盛だね~。

もっと、詩堂君をこき使ってうちの神社を盛り上げるぞー!!

ゆくゆくは、パッと出の守矢すら潰して――うひひひひひ!!」

 

「……欲が絡むと、醜くなるのは人も神も同じなのね」

やれやれと言いたげに師匠が見ていた。

 

 

 

 

 

『秋巫女様の舞、午後の部が始まります』

拡声器の声を聴いて、早苗が秋巫女が舞う畑に近づく。

ファンがいるのか、男が目の前でスタンバイして待って居るが早苗が近づいたタイミングで『奇跡的』にトイレに行きたくなったのか、その場所が丁度開く。

 

「力……使っちゃいましたね」

早苗がつぶやく。早苗にも力がある。

それは『奇跡を操る程度の力』現人神である早苗は世界その物に影響を与え、自分の運を良く出来るのだ。

 

「さて、一番怪しいのはあの巫女です」

早苗の目が鋭くなる。

見たことも無い人間、しかし明らかに人外の力を持つのは分かっている。

 

「みんなが見ている今こそが、チャンス!!

その正体を暴きます……!」

早苗が、秋巫女を睨む。

すこしづつ力を解放する――!

人間でも、妖怪でも、関係ない。

自分は神なのだ!!妖怪の山は神奈子様、諏訪子様――そして自分がやっと見つけた安住の地!!

それを訳の分からない輩に蹂躙されてたまるものか!!

 

「さぁ――奇跡の力よ。あの存在の正体を皆の前に!!」

早苗の奇跡の力が発動する!!!

 

 

 

「あ……この、感覚は――」

 

ドサッ――!

 

皆の目の前、秋巫女が急に倒れ動かなくなる。

 

ざわざわ――ざわ――ざわざわ――

 

急に倒れた巫女に、周囲のみんなが慌てる。

それもそうだろう。人はとっさの事に反応できない者が多い。

そして『奇跡的』に近寄って様子を見ようとする者もいない――!

 

「大丈夫ですか!」

早苗がその様子を見て、巫女に近づく。

コレこそが合法的に秋巫女に近づく唯一のチャンス!!

 

「意識はありますか?」

助け起こす様に、うつ伏せで倒れる秋巫女に手を伸ばす――が!!

 

ボコッ!

 

「え?」

突如、土の中から手が現れて早苗の手首をつかむ!!!

 

やったぞ……復活だ……永かった……本当に永い間だった……

 

地の底から、響くような重々しい声が響く。

そして、腕の生えている地面から、赤い液体が漏れ出す。

 

「い、いや……」

 

「だが、復活だ……たった今から!!完全に復活だ!!

わぁあははっはははああっははああははっは!!!」

狂ったような嘲笑と共に、土地に満ちていた気を吸収した善が蘇る!!

コレこそ、師匠の作戦!!

神気が宿る場所の力を、仙人として吸収し復活する事!!

神が作る清浄な気は、仙人にはピッタリの力だった!!

 

「いやぁああああああ!!!」

 

「う、うわぁあああ!!!」

目の前に突如現れた存在!!

邪帝皇の噂を知っていて、姿を見たことのある住人は一斉に逃げ出した!!

知らない者達も、周囲の逃げまどう人々を見て、同じように逃げ出した!!

 

「いやぁ……た、助けてください!!」

妖怪退治に楽しさを見出す早苗すらも、その存在を見て慌てて逃げ出す!!

それほどの、それほどまでにその存在は恐怖に満ちていた!!!

 

 

 

 

 

「んー!復活ぅ……体が自由に動くってたのしー!」

体をほぐしながら善が嬉しそうに、師匠たちと下山する。

 

「ぜーん!!良かったなー」

 

「おう!今日は腕によりをかけてうまいモノ作ってやるぞ?

あ、それと最近さぼりガチだった、柔軟体操もな?」

 

「分かったぞー!!」

 

「あらあら……二人は仲良し――いいえ、ラブラブね?」

 

「そ、そんなんじゃないぞー!!」

 

「「「あっははははは!!」」」

夕焼けに3人の笑い声が響いた。

 

 

 

 

 

「ねぇさん……何も残らないね……」

 

「そうだね……穣子ちゃん……」

邪帝皇が復活した場所として、二人の神社はすっかり寂れてしまった。

それどころか、例年より人が来ない――来たとしても慌てて帰ってしまう。

という事に成った。

結局は元通りという事だった。

 

 

 

 

 

「早苗ー、出てきなよー」

 

「まだ、出てこないのか?」

諏訪子、神奈子が部屋にこもりっきりの早苗を不安そうに見る。

 

「そうなんだよ、話しかけても『最初から私を利用する気で……』とか『私が復活の手伝いをしてしまった』とか言って、出てこないんだよ」

 

「何が有ったんだろうね?」

2柱が滅多に落ち込まない早苗が落ち込む様を見て心配する。

 




さて、これで基本主人公たちがメイン2人を残して全員集合しました。

十六夜咲夜→嫌われてる。
鈴仙・優曇華院・イナバ→怖がられている。
魂魄妖夢→仲は良い、友人。
東風谷早苗→危険視される。

主人公系には、ほぼ嫌われていますね。
その分ロリキャラには好かれていますが……


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阿鼻叫喚!!貸本屋の悲劇!!

投稿遅れました。
最近すっかり熱くなってきましたね。

場所によってはもう梅雨入り。
雨はすきなんですけど、じめじめはいやですね。
そんな日の時間潰しに本作がなれるなら幸せですね。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

さ、さぁ!気を取り直して今日も修業です!!

 

 

 

 

 

「らしゃい、詩堂さん。聞いてくれよ。

すごく今、幸せな気分なんだよ!!」

珍しく上機嫌に店長が口を開いた。

だがどうにも様子がおかしい。

 

「妻と娘が出ていった。晴れて自由の身だよ。

はっはっははは……はぁ……」

一瞬でわかるカラ元気を見せて、すぐに店長が頭を抱える。

娘と上手くいっていなかったようだが、妻とも上手くいっていなかったようだ。

 

「きっと最近話題に成ってる鈴奈庵のせいだ!

そうに違いない!!妻が出ていったのも、娘が冷たいのも、全部そのせいだ!!!

鈴奈庵絶対許さねぇ!!」

怒りに満ちた瞳を見せ、松明を持って立ち上がる!!

 

「店長!?何する気ですか!!」

 

「燃やすんだよ!!きれいさっぱり燃やしてすっきり――」

 

「正気に戻れ!!」

松明を取り上げ、イった目をした店長を善が殴る!!

 

「うう……どうせ俺は無力だよぉ!!

お~おうおうおう……」

何かの糸が切れたかのように倒れると、今度は大きな声で泣き出した。

明らかな情緒不安定な様子に善が困り果てる。

 

「詩堂さん頼みがある」

突然店長が泣き止んで、善を見る。

 

「あんたは、この店に詳しい。いわば常連、お得意さんだ。

鈴奈庵に入り込んで、ウチと何が違うか見てきてくれ!!」

真剣なまなざしの店長。

小さく深呼吸をすると、カウンターのしたから袋を一つ取り出す。

 

「ウチは貧乏だ。だが!!春画の種類だけは誰にも負けない自信がある!!

前払いだ!!詩堂さん行ってくれ!!」

 

「こ、これは!?」

バッと袋をひっくり返すと、案の定すてふぁにぃ!!

今回は白衣の天使!!ナース!!

表紙には『Hカップのいたずらナース。~あなたも乳淫(入院)してみない?~』!!

シチュエーション、写真、セリフ回しなどすべてが善の好みにクリティカルヒット!!

いわばS級すてふぁにぃ!!

その本を見た瞬間!善の顔つきが変わった!!

何処にでもいる少年から、金剛不懐にして狡猾な仙人の顔へ!!!

 

「この店はお世話に成っていますからね。

任せてください、鈴奈庵の人気の秘密、必ず!!」

善が受け取った本を服の中にしまう。

微妙に、「ナースさん」「乳淫……」「淫ピ……」などと聞こえるのは気のせいだ!

鼻の下が伸びて、鼻血が出ている様に見えるのもすべて気のせいだ!!

ここに、非常に下品な男同士の契約が成立した!!

 

こんなんだから、妻に逃げられたり、師匠に折檻されるという事を指摘しては成らない!!

男には愚かと分かっていようとも譲れない物が有るのだ!!

 

 

 

 

 

チリーン……

 

「いらっしゃ――――あ、なんだ阿求か」

 

「なんだとは何よ、なんだとは」

呼び鈴を音に反応して、本屋のカウンターに座る頭に鈴をつけた少女――本居 小鈴が挨拶をしようとして止める。

その言い草を受けた、小柄な黄色い花柄の着物をきた少女――稗田 阿求が不機嫌そうに頬を膨らませる。

此処は鈴奈庵。

人里でも有名な貸本屋である。

 

「はい、コレ。借りたの返すわ」

どさっと、3冊ほどの本が小鈴の座るカウンターに置かれる。

 

「はーい、どうも……えーと、確かに全部ね」

内容を確認して、小鈴が帳簿を付ける。

その時、目ざとく阿求の異変に気が付いた。

 

「どうしたの?なんだか、お疲れ?

まさか、またアレ?」

 

「そう、例のアレ、『邪帝皇(イビルキング)』。

幻想郷縁起に追加したくて取材をしてるけど、目撃情報はほとんど当てに成らないのよ。

妖怪の山で見たとか、迷いの竹林でと、旧地獄でとか、統合性が一切ないのよ。

裏付けがない適当書く訳にもいかないのよね……」

はぁ、と彼女にしては珍しくため息をついた。

 

「容姿は大体決まってるんでしょ?」

 

「基本は特徴の無い人間型。

首からは青赤混ざった2本の触手、両腕には紅い稲妻。

色々とおかしいでしょ?これもきっと噂が足された結果よ。

どーせ、命蓮寺のぬえが正体とかじゃない?」

ぶつくさと文句を言う。

 

(長くなりそうだなー、阿求こういう時長いからなー)

阿求の愚痴を聞きながら、小鈴が作り笑いを浮かべる。

 

チリーン

 

「いらっしゃいませー」

 

「……私にも挨拶しなさいよ」

来客に対して、一瞬だけ挨拶をしてその客人が、阿求の後ろを通り過ぎる。

 

「全くもう!」

 

ドン――!

阿求がカウンターの机を叩くと、小鈴の飲んでいたお茶が落ちる!!

 

「しま――」

お茶が阿求にかかる瞬間、後ろの男がしゃがみ空中で湯呑をキャッチした!!

 

「おおー」

 

「おおー、じゃないわよ。

すいません、助かりました」

 

「いいえ、気を付けてくださいね?

本屋さんではお静かに」

湯呑をカウンターに戻し、善が笑った。

 

 

 

「ねぇ、今の人よく来る?」

阿求が、小鈴に尋ねる。

 

「あの人は――始めてかな?

ってか、阿求の方が記憶力良いでしょ?」

阿求の問に小鈴が答える。

 

「――里の中で見たことは、多分あるわ。

此処で見たことが無いから、気に成って」

阿求は見たこと聞いたことをすべて記憶できる能力を持っている。

小さな木の揺れる景色、水の流れる音の葉の一枚、水滴一滴まですべて記憶できるのだ。

 

「すいません、ここって貸本がメインって聞いたんですけど……

販売用の本ってあります?」

 

「ソレなら入り口側から3番目までの棚がそうですよ」

小鈴が答え軽く会釈をして、善が歩いていく。

 

「あ、あの!何かお探しなら手伝いましょうか?」

善の後ろから阿求が声をかける。

 

「本当ですか?こっち始めてなので、助かります」

阿求の申し出に善が笑顔で乗っかった。

 

 

 

 

 

「ハ班、ニ班に交代だ」

鈴奈庵の正面、行きかう人に擬態した数人の阿求の護衛が言葉を交わす。

阿求は幻想郷にとっては成らない指名を持つ者の為、秘密裏に阿求を保護する特殊部隊が存在する!!

 

「了解、ニ班。ハ班と交代――あれは!?」

ハ班のメンバーの一人が、驚愕に目を開く。

その視線の先には、本屋で阿求と本を選ぶ邪帝皇(イビルキング)の姿が!!

 

「緊急事態発生、コードEです」

 

「!?」「!!」「なに?」

一人の隊員が発した言葉、それは邪帝皇の出現を意味する言葉だった。

阿求を守るために、いくつかの事態が想定されているが、その中に勿論『邪帝皇』についての対策もある。

『コードE』!!それは文句なしの最高警戒レベル!!

メンバーが騒然となる!!

 

「誰が邪帝皇だ!?」

 

「一緒に居るあの男です、過去に一度白玉楼の庭師と対戦するのを見たことが有ります」

隊員の一人が善を指さす。

顔は割れているハズなのだが、正体を漏らすと消される(と思っている)為、人里の人間は善の顔と邪帝皇の顔が=に成っていない。

唯一分かる場合は噂に成っている、血の様に紅い稲妻の気を使った時のみ。

 

「くそう!!

邪帝皇はここ3週間姿を見せていなかったのではないのか!?」

 

「巫女を生贄にして復活したとの噂でしたが……

まさか、本当だとは……」

 

「何をするか分からん奴だ!!ありとあらゆる最悪を想像しろ!!」

隊長の言葉で、隊員が懐の武器に手を伸ばす――

 

 

 

「はぁ、鈴奈庵位一人でも大丈夫だと言っているのに……」

隊員たちの姿を見た阿求がため息をつく。

自分は幻想郷にとって重要な人間だ。

守ってくれるのはうれいいが、此処まで厳重に守られては気分が良くないという気持ちも有った。

 

「知り合いですか?」

 

「え、ええ……護衛の様な人ですね……」

 

「護衛!?阿求さんって、いいとこのお嬢様?」

あまり聞かない単語に善が驚く。

里には確かに大きな塩問屋などがあるが、上質な着物を見るに阿求はかなりの両家の娘だと善は判断した。

 

「あはは、ただ良い家に生まれただけですよ……」

 

「それでも、すごいじゃないですか」

誰かは分からないが、善は応援の気持ちで阿求の見ていた方の人たちに敬礼をした。

 

 

 

 

 

「!?――全員、武器から手を離せ!!」

 

「!?」「なぜ?」「攻撃しないのですか!?」

隊長の言葉に、隊員がざわめきだす。

 

「向こうは、もうこっちに気が付いてる……今、こっちに向かって、頭に手をくっつけるポーズを送ってきた……」

隊員がその意味を考え、息を飲む。

 

「『頭を使え、こっちには阿求がいるんだぞ?』とでもいう気ですかね……」

 

「恐らくそうだろう……くそう!阿求様が人質に取られては、手出しが出来ん!!」

 

「斜めの手は、いつでも首を刎ねられるという事のアピールだ……

スキを待つしかない……」

歯がゆそうに隊員たちは、一歩後退した。

 

 

 

 

 

「詩堂さん、本棚の上の本を取りたいのですが……

その、差し出がましいのですが、私を持ち上げてくれませんか?」

 

「ええ、いいですよ」

 

「恥ずかしいので持ちあげている最中は店の奥を向いてくれますか?」

 

「分かりました、では失礼します」

阿求を抱きあげ、本棚の上の方へと体を上げる。

丁度お尻と顔が同じ位置に成るので、善がそれを見ない様に視線を外した。

 

「(……アナタ達、もう帰りなさい!!はやく!!)」

店の窓から、阿求が両手を広げて『向こうへ行け』のジェスチャーをする。

このまま、じっと見られているのも嫌なので、阿求が警備を帰らそうとするのだ。

 

 

 

 

 

「ああ!!阿求様が晒し者に!?」

 

「あんなに手を広げて、助けを求めている……!」

 

「我々が、無力なばかりに……!」

 

「人質としての価値があるから、まだ大丈夫なはずだ。

要求を待つかしかない……悔しいが……!」

屈辱に耐えつつ、メンバーたちが邪帝皇からの要求を待つ。

だが――

 

「何時に成ったら来るんだ?」

 

「そろそろ、なにかある筈……」

現代時間で大よそ一時間。

阿求を人質に取った邪帝皇は一向に、要求を出してこない。

タダならぬ雰囲気を感じ取り、周囲には少しずつではあるが野次馬が出来始めている。

 

 

 

 

 

「えーと、外界の本が主なので……あ、ありました」

 

「あ、コレ、昔有名だった奴だ」

小鈴の代わりに阿求が善を案内し、本を見繕てくれる。

パラパラと本をめくり、善がどの本を借りるか迷う。

 

「詩堂さんは、外界出身なんですか?」

 

「ええ、そうです。一年と半年位前にやってきましたね」

善にしては珍しく、自身の出身の事を話す。

 

「ゆっくり聞かせてくれませんか?

私、体が病弱なので、あまり外にでたことが無いんです。

此処にはよく来るんですけどね?」

すこし、座りましょう。と言って阿求が善を奥の開いているスペースに誘う。

いったん本を閉じて、空いてる椅子に座る。

 

「珍しいわね。阿求が護衛も付けずに?」

勝手知ったる仲なのか、小鈴がお茶を2杯出してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

「詩堂さんのお話面白いから。

外界の事色々教えてくれるのよ?」

 

「へぇ!今度見てもらいたい本があるんだけどいいかな?」

外界の単語を聞いて、小鈴も目を輝かせる。

善は知らないが、物ではなく、生きて幻想郷に適合した『人間』というのはなかなかレアなケースなのだ。

外界の知識や技術など、得られる恩恵は大きい。

気が付けば、一時間近くも話し込んでしまっていた。

 

 

 

「あ!いっけない!そろそろ時間だわ」

小鈴が立ち上がり、本棚の中から一冊の本を取り出す。

その様子をみて、子供たちが奥の部屋に集まりだした。

 

「絵本?」

 

「そう。字が読めない子も多いから、そういう子の勉強も兼ねて絵本の読み聞かせもやってるんですよ」

自慢げに阿求が説明する。

小鈴はその様を何か言いたそうに見ていた。

 

「へぇ、ただの本屋じゃないのか……」

多方面に働く鈴奈庵をみて、善が関心する。

 

「あー、忙しいってのに……」

 

「じゃ、代わりにやりましょうか?本くらいなら読めるので」

愚痴を言う小鈴から、本を受け取ってパラパラとめくる。

多少形は変わってるが、良く知っている内容だ。

 

「え、そんな……わるいし……」

 

「良いじゃない、小鈴。詩堂さんに任せてみれば?」

 

「困った時はお互い様ですよ。

阿求さんに本を紹介してもらった分もありますし。

それに、みんな楽しみにしてるでしょ?」

善が後ろを指さすと、子供たちが目を輝かせて待っていた。

 

 

 

 

 

「なんだ、やけに子供が多いな……」

 

「この時間、鈴奈庵では読み聞かせが行われていて、それ目当ての子供かと」

隊長の問に、隊員の一人が答える。

 

「子供まで人質に――」

 

「いや、逆にチャンスだ。子供にお菓子でも上げて、スパイにしよう」

隊長の言葉に、隊員が賛同して偶々通りかかった子供に声をかけた。

 

「坊や、すまないがあの本屋にいる首に布を巻いた男が何をやっているか私たちに教えてくれないか?

出来たら、お菓子をあげるよ?」

 

「本当?」

隊長の言葉に、子供が喜び勇んで店の中に入っていった。

 

「えーと、首に布をまいたお兄ちゃんは……あ!いた」

子供は店の奥、絵本を読もうとする善を見つけた。

 

「はーい、みんな、今日は私が小鈴さんの代わりに本を読むからねー。

じゃ、一冊目は『カチカチ山』」

善は子供に向けて、絵本を読み始めた。

 

 

 

数分後――

 

「坊や、例の男は何してた?」

隊長に聞かれ、子供がゆっくりと『カチカチ山』の記憶を思い出す。

 

「えーと、おばあさんを殺して食べてた。

ババ汁だって」

 

「!?」

子供の言葉に、隊員全員に緊張が走る!!

遂に被害者が出た!!そしてその中で未だに阿求が捕らわれているという事実!!

 

「隊長!突撃命令を!!一刻の猶予もありませんよ!!」

 

「まだだ!まだ情報を――」

戦慄する大人たちを不思議に思いながらも子供は話を続ける。

 

「他には……薪を背負わせてそれに火を付けたり……

傷口に唐辛子を塗ったり、水で溺れさせたりしてた!!」

少年の口から語られる残酷すぎる行為の数々!!

隊員の達の脳裏には、火のついた薪を背負わされ熱さと恐怖に泣きわめく子供の姿や、傷に唐辛子を塗り込み嘲笑する邪帝皇の姿が思い浮かんだ!!

 

「隊ちょぉおおおおおお!!!」

同い年位の息子がいる隊員が叫ぶ!

 

「うぐぐ……突撃だ!!阿求様の救助を最優先に!!

我らの力を見せるのだ!!!」

同じく耐えかねた隊長が突撃命令を下す!!!

隊員たちが、善を消すべく店に飛び込んだ!!

 

 

 

数時間後――

 

「師匠ー、芳香ー、ただいま帰りました」

 

「ぜーん!おかえりー!!お腹すいたぞ!!」

 

「あら、善どうしたのその服。泥だらけじゃない?」

 

「本屋に寄ったら暴漢が大量に攻め入って来て……

怪我はしなかったんですけど、店を直すのを手伝ってきました」

 

「まぁ、物騒ね。芳香も気を付けなさいよ?」

 

「わかったぞー」

 

 

 

 

 

事件の噂を聞きつけて、射命丸が小鈴と阿求に取材を取っていた。

 

「で?男たちが急に?」

 

「そうなんです、いつもは私たちを助けてくれるんですけど……

集団ヒステリーですかね?完全の正気を失ってました……」

不安そうに阿求が語る。

 

「あーあ、お店もめちゃくちゃ……どうしよ?」

小鈴も意気消沈としている。

 

「子供も居たとの事ですが、怪我は0人?」

 

「はい、とっても素敵な人が助けてくれました」

阿求が嬉しそうに語る。

 

「おやおや~これは記事の内容が少しかわる発言ですね~」

射命丸がにやにやと笑った。

 

「………………」

小鈴が急に黙る。

阿求は動転して、気が付かなかったが小鈴は見ていた。

 

あの男が一瞬だけ見せた力を――血の様に紅い稲妻の気。

里の中で、まことしやかにささやかれる噂。

決して触れてはならない、邪なるモノたちの帝にして皇の存在……

 

「(正しいのがあの男の人たちだったとしたら……)」

これ以上考えてはいけない!!

小鈴の本能がそれ以上の思考にストップをかける。

 

ふと隣をみると、楽し気に笑う阿求。

願わくば、この笑顔が絶望に染まらぬようにと、強く願った。

 

 

 

 

 

「善、汚れがシミになる前に洗濯しないさい?」

 

「ハイ師匠――あ”」

 

ドサッ……

 

「……………『Hカップのいたずらナース』?『病院に乳淫』?

ふーん?」

 

「あ、ちが、誤解です、やめて!

カードを構えないで!?芳香も、そんな目で見ないで!?

止めてください!!師匠!!」

英雄にして邪なる者!!ここに散る!!




そろそろ、本格的の詩堂娘々の名前を決めたい。
秋巫女とは色々と不自然だ……

といっても、活動報告に書くほどではないと思う。
なにか、いい案が有れば、こそっとメッセージで送ってください。
採用されるかもしれませんね。


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一期一会!!遭遇する死体!!

皆さま、本当にすいません。
色々リアルの事情やスランプが重なって、非常に遅れました。
2週間以上も待たせてしまい、申し訳ありませんでした。
コレから、少しまだ遅くなる可能性が有りますが、どうかご容赦ください。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

「あ、そうそう。今日の主役あなたじゃないから」

 

「え”!?」

 

 

 

 

 

夏の終わりと秋の始まりが交差する今日この頃……

キョンシー宮古 芳香はいつもの様に善の修業に付き合っていた。

 

「ふぅー……これでいいのか?」

ストローを吹くと、空中に小さな玉が浮かび上がる。

シャボン玉だ。

 

「上出来よ、芳香」

芳香の吹いたシャボン玉が風に乗って揺れる。

 

「今日はコレを使って、キャッチボールをするわ」

師匠が目の前のシャボン玉を()()()()()()()

 

「え?」

 

「気を纏わせて相手を強化するのよ?

あなたの場合は『抵抗する』力があるから壊すのは得意でしょ?

石すら粉々に出来るモノね?

けど今回は逆、壊さず強化するの、自分以外に影響を与えるの」

そう言って、しょぼん玉をこっちに投げる。

ふわりふわりと浮かぶシャボン玉。

 

「はい……あ……」

善がそれを取ろうと手を伸ばすが、その瞬間むなしくシャボン玉は割れてしまった。

 

「芳香、もう一回お願い」

 

「分かったー」

師匠の合図で再びしょぼん玉が出来る。

 

「今度はあなたから掴みなさい」

 

「は、はい……な、なんとか――――あああ!」

またしても、シャボン玉は割れてしまう。

 

「訓練あるのみよ。

一生懸命に励みなさい、私があなたなら出来ると判断したんだから。

私の期待を裏切らない様に務めなさい」

師匠流の微妙にズレた激励を受けて、善が再び芳香のシャボン玉に向かう。

 

「芳香、頼むぞ」

 

「分かったー」

善に請われ、芳香が何度もシャボン玉を吹く。

芳香の目の前で、善がシャボン玉をつかもうと躍起になる。

何時もは見せない真剣なまなざし、芳香は善の事を見て、少しうれしくなった。

 

 

 

数時間後

「ぜ~ん、シャボン玉出来ないぞ?」

芳香が首に下げたシャボン液の瓶を見せるが空っぽだった。

どうやら、全部吹いてしまった様だ。

 

「そうか……なら――」

 

「それなら、お茶にしましょう?」

善の言葉を継ぐように、師匠が現れる。

手にはお茶とお茶菓子が乗ったお盆を持っている。

 

「あ、師匠……」

 

「根の詰めすぎはかえって逆効果よ。

一旦休んで、夜からまたやればいいわ」

 

「うわーい!お饅頭だぞ!!」

師匠の言葉を聞いていた芳香が、お盆の饅頭をみて目を輝かせた。

 

「そういえば、お前コレ好きだったよな」

善の言う通り、この饅頭は芳香の好物の一つだった。

 

「覚えていたのか!?」

 

「もちろんだよ。ほら、俺の分もやるよ」

そう言って、お盆の上から自分の分を饅頭を芳香の饅頭の隣に置いた。

何気ない優しさだが、芳香にはその心使いがとてもうれしかった。

たのしい、とても楽しい時間が過ぎていく。

 

 

 

 

「えーと、次はお肉だなー。

あ、けど閉まってる……

しかたないなー、もう一軒奥の方へいくかー」

芳香が人里で買い物をする。

何時もは善もついていくのだが、シャボン玉の修業をしていたので芳香が師匠に必要な物をメモしてもらい、一人で買い物に来た居たのだ。

 

 

 

 

「えーと……これが欲しいぞ!」

肉屋の店内に並ぶ、肉の一種を指さす芳香。

 

「チッ……!」

主人が舌打ちをして、肉を切り分け始める。

芳香を見てからずっと不機嫌な様相を浮かべている。

 

「あいよ。死体のねーちゃん」

 

「お、お金お金……わとと!」

店主が肉を投げ渡すと芳香が財布を落としてしまった。

 

チャリーン!

 

硬貨が転がり芳香は慌てて拾おうとするが……

 

「やめろよ。ウロチョロするな!!

死体はさっさと帰れ!悪いうわさが付く」

財布の事など一切謝罪せず、冷たく言い放った。

 

「うっ……」

不快感を隠そうともしない物言いに、芳香の心はひどく傷ついた。

だが――

 

「言っておくが、俺はその辺の奴とは違うぞ?

ある事無い事、巫女に報告してやってもいいんだぞ?

嫌ならさっさと帰れ!死体人形!!」

冷酷な言葉、いつも優しい言葉ばかりを受けていた芳香にそれは深く突き刺さった。

 

もう帰りたい、そんな風にすら思った。

 

その時――

 

「あら、ずいぶん接客態度がなってない店がありますね?

頑固オヤジがウリ、なんて数世紀以上前の考えをまだ持っているのかしら?」

芳香は一瞬自分の製作者が来たのかと錯覚した。

それほどまでに『その子』は似ていたのだ。

 

「何もしていない子に対して、少し無礼が過ぎますね?」

長い青い髪を揺らし、薄い水色のワンピースをはためかせる。

見た目はおよそ5歳ほどだが、そうとは思えないほどの怪しい雰囲気を纏っている。

 

「あなた、はたしか……

芳香ねぇ様で大丈夫でしたっけ?」

 

「お、おう……」

いきなり『ねぇ様』呼びに面食らう芳香だが、不思議と嫌な気はしなかった。

 

「これ、拾っておきましたよ?

自己紹介がまだでしたね。私の名前は仟華(せんか)苗字は、ひ・み・つ・です」

 

「え?」

 

「な!?」

芳香の手に、中身が全部入った財布を手渡す。

仟華が入って来たのはついさっき、ソレなのに芳香の財布を渡したのだ。

二人が驚いて、床を見るが何も落ちていない。

 

「い、一体いつ……?」

戦慄する店主に、仟華の射殺すような視線が突き刺さる。

 

「念のために言っておくと、ちゃんと本物ですよ?

あなたが足の下に隠した硬貨もちゃんと回収済みです。

勿論これも――」

 

「はぁ!?」

そう言って、渡すは血のついた包丁。

店主が隠し持っていた物だ。

 

「お、お前妖怪――」

 

「違います。人間ですとも。

ちゃんと人間の両親から生まれましたからね」

 

「し、信じるモノか!!この――」

店主が仟華の異質な目を見て、言葉を飲み込んだ。

 

「おやぁ?何をする気ですかぁ?

本来は、こんな事したくないんですけどねぇ?」

仟華の口元がニヤリと三日月型に歪んだ。

言葉と本心が一致していない事は芳香にも簡単に分かった。

 

ぺち……!

 

「!?」

何かが店主の腕に絡みついた!!

それは、商品の肉だった!!

さらに他の飾ってある肉もまるで意思を持っている様に動き出す!!

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

「あはははは!これが本当の肉布団ですねぇ?

このまま、肉塊に生成し直して――」

楽しそうに嗤う仟華に、一つの影がとびかかる!!

 

「ちぇすとー!」

 

「痛いです!?」

その影は手刀を繰り出し、正確に仟華の頭頂部を捉えた!!

 

「な、何をするんですかぁ……」

涙目になって、仟華が自身に手刀を見舞った相手を見上げる。

 

「やぁ~っと見つけた。そろそろ家に帰ってくるつもりはない?」

よれた白衣に、ツギハギのうさ耳。

芳香の記憶の奥にかすかに覚えている。

たしか――

 

「仙人の連れてた、うさぎか?」

 

「そうだよ~、せ~かい!」

芳香の言葉に大げさにリアクションをして見せたのは、錦雨 玉図だった。

 

「ま、また妖怪が増えやがった……」

店主が何とか起き上がって、そう呟いた。

 

「な~に言ってるのかな?()()()()()()()でしょ?

血の匂い……まだ、新しいね……

そこの冷蔵庫の中、何が入ってるのかな?」

鼻を鳴らして、玉図が閉じている冷蔵庫を指摘した。

 

「うぐぐ……ぎ……」

 

「だ~いじょうぶ!私は、通報したりはしないよ?ほんとだよ?

けど~?人里でコレはバレたら不味いんじゃない?

来ちゃうかもねぇ?博麗の巫女とか、人里の守護者とか……邪帝皇とかさ?」

玉図の言葉に、店主が露骨に唾を飲み込むのが分かった。

 

「さ!暑いから、どっか喫茶店でお茶しようよ~」

玉図が半場無理やりに、芳香と仟華を連れて店を出た。

取り残された店主の心を知る者はない。

 

 

 

 

「……たすかったぞ、ありがとなー?」

芳香の感謝の言葉に、仟華が気を良くする。

 

「気を付けてくださいね?キョンシーに拒絶反応を持つ人は一定居るんですから……

全く、見る目の無い人たちは困りますね。

ただ死体が動いているだけなのに、派手に反応しすぎなんですよ……」

店の備え付けのSと書かれた瓶から白い粉を取り出しコーヒー大量に入れかき混ぜる。

 

「う~ん!さすがチーちゃん!言う事が違うね~」

玉図がけらけらと笑って、運ばれてきたミルクに口をつける。

 

 

「おまえは、嫌ったりしないんだなー。

私の事を……」

仟華から受け取った瓶の中身を自身のコーヒーに混ぜる。

フォローが有るとはいえ、ありありと自身に対し不快感を見せた相手の事で、芳香は少し落ち込んでいた。

 

「私には芳香ねぇ様もそんなに特別には見えないんですよ。

死んでるだけで、普通の子ですよ?少なくとも、私にとっては」

 

助け船を出すような仟華の言葉。

同様な言葉をくれた人がいる。

 

そうだ。自分にもそういう人はいる。

自分の事を想って、大切にしてくれる人が――

 

「そうなのかー、いつも私を大切にしてくれる人がいるんだぞ?

特別じゃない、普通の子みたいに世話してくれるんだ」

そう話す芳香の脳裏には、善が笑う姿が思い浮かんだ。

そう思うと、不思議と胸の中が温かくなる気がする。

 

そうだ、私には善が居る。

 

そんな言葉が芳香の脳裏に確かに流れた。

不思議なことに芳香にとって、仟華の気遣いは善を思い出させるものだった。

ひょっとしたらどこか雰囲気が似ているのかもしれない。

 

「……そうですか。よかったですね」

 

「うん!そうだぞー」

一瞬だけ気まずそうな顔をする仟華、いやな事実を押し込むように、ソレとは反対に上機嫌になった芳香は嬉しそうに、コーヒーに口を付けた。

その瞬間!!二人の目が見開かれる!!

 

「ブーっ!?まっず!!何ですかコレ!?これでお金取ってるんですか!?」

仟華の言葉に店主がこちらを睨むが、仟華は気にしない。

 

「うーん、変な味ー」

不思議そうな顔をして芳香が二口目を飲む。

 

「なんなんです?これは……

珈琲のくせに変にしょっぱい?

けどなんで?瓶にはちゃんと砂糖(sugar)のSって……」

 

「お嬢ちゃん、それはそのシュなんとかじゃねーよ。

(sio)のSだ。ハイカラだろ?」

 

「まさかのローマ字……」

 

「すまねぇ、珈琲はそれが最後の2杯なんだ。

他のモンで良かったら出してやるよ?」

 

「いいえ、大丈夫ですよ」

ぶっきらぼうに見える店主の提案を仟華は断った。

そして、塩の入ったコーヒーの上に手をかざす。

 

「これくらい、問題ありません」

 

「どうなってるんだ?」

仟華のがコーヒーに手を差し出す頃、黒い水面から白い結晶――塩が浮かび上がってくる。

しばらくして、塩を皿の上の捨てた。

 

「ふふふ、コレは私が産まれた時から持っていた能力です。

物体のを構成してるもの事に分けて、好きに再構築できるんです。

今は混ざった珈琲から、砂糖を分離させて味を元に戻したんですよ」

そう言って、今度は芳香のコーヒーから塩を抜き出した。

 

「はいは~い。自分語りが好きだね~。

力を自慢したくなる癖、どうにか成らないかな?」

うんざりと言う様に、玉図がミルクを飲み干した。

 

「おじさーん!ミルクおかわりー!」

 

「あいよ」

自分の自慢を邪魔された仟華がむくれるが、玉図はまったく気にしない!!

驚くべき精神のずぶとさで、知らんぷり!!

 

「あ!そういえば、私お金無いや!」

 

「!?」

 

「ええ!?」

玉図の言葉に芳香と仟華が目を見開く!!

 

「な、なんでないんですか!?誘ったの玉図でしょ!!」

 

「わ、私もあんまりお金ないぞー?」

慌てる二人!!

しかし玉図は冷静!!慌てない!!

 

「私、用事おもいだした~。

じゃね!ごっそさん!」

テーブルに自分の分には微妙にたらない金額を置くと、チーターの様な高速スピードで逃げ出した!!

 

「ああ!?あのツギハギうさぎ逃げやがった!!」

仟華が制止の言葉を話す前に、玉図の姿ははるか彼方に!!

 

「ど、どうしよう……」

進退窮まった芳香がおろおろとする!!

まさか、こんなことに成るとは思っても居なかった!!

そんな時!!救いの神はベルの音と共に現れた!!

 

ちりーん……

 

「お、芳香じゃないか。後ろの子は……友達か?」

夏なのにマフラー。紺色の道士風の服。本人の実際より少し若く見える童顔。

そして、自分を助けてくれる弟子――詩堂 善だった!!

 

「ぜ、ぜーん!お金貸してくれ!!」

 

「へ?いや、いいけど……」

少し困惑しながらも、ズボンから財布を取り出す・

芳香、仟華両名!!ピンチからの脱出に成功!!

 

 

 

「あ、ありがとうございました!この恩は忘れませんから」

仟華が頭を下げ、少し小走りで走っていく。

まるで、嵐の様だと芳香は思う。

 

「なんか、今の子……師匠に似てなかったか?」

去っていく仟華を見ながら善が話した。

その意見の芳香は大まかに賛成だが……

 

「私には、善にも少し似てる気がしたぞ?」

 

「ええ?まさかぁ?気のせいだろ――あっ!詩堂娘々のせいか……

芳香のなかでのイメージがアレか……」

勝手に自己完結して、善が酷く落ち込んだ。

 

「そういえば、善は何をしていたんだー?」

 

「あ、そうだよ。買い物だよ、忘れてた。

師匠はもう、芳香が先に出たって言ったから、慌てて追いかけてきたんだぞ?

さ、買い物手伝ってくれよ。

師匠がBBQがしたいって言いだして、聞かないんだよ」

 

「そうだったのか!なら、材料一杯買わないとな!」

善に連れられ、芳香は楽しそうに街中へと消えていった。

 

 

 

その後……

 

「や!チーちゃん、無事に脱出できたね~」

一人歩く、仟華にへらへらと玉図が話しかけてくる。

 

「……一人でさっさと逃げた、あなたが何を言うんですかね?」

 

「えー?なんのこと?自分の分は払ったしー?」

仟華の言葉を華麗にスルーする玉図。

 

「はぁ、ま。いいです……」

少し寂しそうにため息をつく仟華。

 

「ん?どったのー?」

 

「いえ、すこしショックで……

芳香ねぇ様、さっき私に今まで見せたことのないような顔見せまして……

なんでしょう?

信頼?思慕?そんな、相手を大切にする顔を見せたんです。

それだけ、相手の事を想っていたんですね」

寂しそうに話す仟華。

仟華は自分を無意識に芳香に重ねていたのかもしれない。

無邪気に笑顔を向けられる相手。心置きなく会話できる相手。

家出してきている仟華に当然そんな相手などいなかった。

 

 

だから、仟華はちょっぴり家が恋しくなった。

 

 

「はぁ……なんだかなー、この世界って私の居場所ないんだなー」

詰まらなそうに仟華が足元の小石を蹴り上げる。

 

「そうだねー。

こっちに分岐したから、私たちの世界には通じない世界だからね。

私が来れるって事は、私はあんまり今の世界線とは違いが無いって事なのかなー」

そのすぐ後ろ、玉図が木にもたれる様に立っている。

 

「私の生まれない世界……か」

顔を下に向け、玉図からは表情がうかがい知れない。

だが、唇をかみしめているのは見えた。

 

「見てたけど、二人ともチーちゃんが産まれた時は喜んでたよ?

特に旦那の方なんて……

あー、知らない方がいいかなー」

ニヤッと笑って、もたれていた木から反動をつけて歩き出す。

 

「……気になる言い方をしますね。

けど……見てて思いました。私は私の世界に帰ります。

若い父上は見れたし、母上は……あー、興味が有るけどなんか怖いしから、良いです。

兎に角、私の居るべき場所は此処ではありません!

さぁてと、戻ったらまたいろいろやらなくては!」

仟華が立ち上がると、勢いよく宣誓した!

 

「よしよ~し、やっと私の仕事は終わりかー。

疲れたよ~」

玉図はため息をついた後、仟華を抱き上げる。

 

「結局は父上の差し金なんです――ね!?」

 

「しゃべると舌噛むよ~?」

玉図の纏った白衣を内側から押すように蝙蝠の様な羽が生える、そしてそこに鳥類を思わせる羽が生えていき、大きく羽ばたくと同時にそこから飛び去っていった。

そこには、彼女たちがいた確かな証左として、一枚の羽が落ちているだけだった。

きっと、自分を大切にしてくれる人たちの元へ、両親の元へ帰ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で?結局買えなかったの?」

 

「すいません……」

畳の上で、善が正座をして師匠に叱られる。

 

「お肉を買ってくるだけだったのに?

簡単なお使いじゃないかしら?」

 

「いや、けど肉屋に入ったら店員さんがいきなり『じ、自首します!!』って言って、どっか行っちゃたんですよ!!本当です!!

芳香も見てたよな!?な!!」

善が必死になって、芳香に同意を求める。

確かにそうだ。さっきの肉屋に出戻った瞬間、店主は悲鳴を上げて逃げ出したのだ。

余程、玉図の脅しが効いたらしい。

 

「おー、そうだぞー、肉屋がにげたんだー」

 

「へぇ……なんでそんなことが……」

芳香の言葉に納得した師匠。

しかし、すぐに別の手に切り替える!!

 

「けど、明日の宴会、お肉無しになっちゃうわよ?」

 

「それはやだ!!善!!私も肉が食べたいぞ!!」

ころっと意見を変える芳香!!

善がすてふぁにぃ大好きなら、芳香はお肉大好きだった!!

 

「いや、いまさら、どうしろと……?」

時間はもう遅い、ほかの肉屋を回って肉はあるにはあるが……

 

「最近、暴れ熊が出るらしいのよ。里の人が討伐する予定らしいんだけど……

その前にひと狩り行かない?

父、母、子の三匹が居るらしいのよ。

子も結構大きいって噂だから……量としては十分ね」

師匠の言葉に、善の脳裏にいつか見た熊のニュースを思い出す!!

『被害で死亡』『大変危険な』『銃を受けてもひるむ程度』etc!!

それが掛ける3!!牙も爪も危険度も3倍!!

 

「いやだ、死にたくありません!!熊はやばいですって!!」

 

「大丈夫よ……えい!」

師匠が笑って、何時から持っていたのか小鍋の透明な液体を善に掛ける!!

 

ざばぁ!!

 

「あちちちち!?何ですかコレ!?」

 

「この前お肉屋さんで貰った牛脂よ?

これで熊もイチコロね」

べとべとの油で善の全身がおいしそうにコーティング!!

クマさんに取って、とってもおいしそうになりました!!

 

「いや、オオカミとか、ほかにもやってきますよコレ!?

肉食獣全部から、最悪天狗からも狙われますよ!!」

 

「善、お肉の為よ?頑張って!」

 

「かわいく言ってもダメ!!止めてください!!師匠!!」

 

「久しぶりに聞いた気がるわ。ソレ、でも止めない!!」

何時もの光景に、芳香がふっと頬を緩めた。




仟華。
年齢 6歳。
趣味 キョンシー作り
好きな食べ物 甘いもの全般
嫌いな食べ物 苦いもの、すっぱいもの、辛いもの

名前の由来は両親の漢字から一文字音を貰い、そこから「濁りの無い子なる様に」と濁点を取ったもの、また仟は1000人規模の隊の隊長を現す字でもある。

今から806年後の世界から来た、未来の人間。
生まれつき、再構築する程度の能力を持つ人間。
再構築とは物を材料ごとに『分別』して『成分』はそのままに自由に組み替える力。
応用すれば、分解、融合、瞬間移動等様々な事に使える。

その代わり周囲一メートル以内の物しか再構築できない。
そして、その構築で生き物を殺すこともできない。
バラバラにされても、なぜか生き物は生き続ける。
そこをキョンシーに改造して、自身のおもちゃへ作り変えてしまう。

本人は自分の事を常識人と思っているが、周囲からは危険人物視されている。
自由すぎる母親、過保護すぎる父親に間ですくすくと成長している。
最近は自身の両親の仲が良すぎるのが悩み。

多分もう出ない。


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偽りの姿!!正体不明の悪意!!

まだまだ、熱くなりますね。
場所によっては、梅雨明けした所も多いんですかね?
まだまだ夏は続きます。

暑さでばて気味な作者です。
今回はぬえが被害者です。正体不明に飲み込まれたい方、大妖怪で不気味なぬえちゃんが好きな人は注意しましょう。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

「あ、そうそう。今日の主役あなたじゃないから」

 

「また!?」

 

 

 

 

 

「ふん、ふふん、ふ~ん」

 

命蓮寺の離れ、そこに住むマミゾウが風呂敷に酒などを詰めていた。

鼻歌まで歌って、その様子は非常に上機嫌だった。

その時、離れの扉が開いた。

 

「あれ、どっかでかけるの?」

 

「おお、ぬえ。実は善坊に呼ばれての、熊肉が大量に手に入ったから妖怪の山で、焼いて食うんじゃと。

儂もお呼ばれしたんじゃ」

飲むつもりなのか、数本の酒やつまみを集めてる。

 

「へぇー、あの仙人モドキ、まだ修業してんだ。

根性なさそうだからとっくにやめたと思ってた」

 

「そう、棘のある言い方をするもんじゃないぞい?

どうじゃ、一緒に行かんか?相当量が有るみたいなんで、呼んでも構わんと言われておるんじゃ」

命蓮寺はお寺だ。

そうなれば、当然肉食はタブーだ。

そのため、マミゾウは唯一大手を振って誘える、ぬえに声をかけた。

 

「はぁ?行くわけないじゃん。私あの仙人モドキ嫌いなの。

そりが合わないって言うか……気に入らないって言うか……」

 

「まぁ、土下座して謝った相手にはそうじゃよな」

 

「マミゾウ!!それを言わないで!!私の中で最上級の屈辱なんだから!!

第一ね、あれは私の負けじゃないの!!初見殺しにびっくりしただけなんだから!!」

露骨に機嫌を悪くして、ぬえが唇を尖らせる。

 

「お主……里での善坊を噂を知らんのか?」

 

「噂?知る訳ないじゃん。興味ないんだし」

 

「ふむ、ま。それも良いじゃろう。

どうせ、いやでも顔を合わせる事に成る。

あ奴、儂の見立てではあと200年は確実に生きるぞい?」

マミゾウの言葉にぬえが固まった。

 

200年?それはとても人間の生きる時間とは言えない。

そう、もうすでにアイツはそこまで変わっているのだ。

 

「人の成長は早いわね……」

 

「じゃろうな。でなきゃ、儂ら(妖怪)は外の世界でもっと派手に動いておるよ」

 

「……」

マミゾウの言葉にぬえが黙りこくった。

 

「さて、んじゃ。儂はそろそろ出かけるかの……

秋巫女のヤツの打ち上げも兼ねておるからの」

そう言ってマミゾウは立ち上がった。

 

「秋巫女?」

 

「何でもないわい。もう、終わった事じゃ。

ああ、そうそう。聖には言っておいたが儂、明日の夜近くまで帰らんからな」

夜通し騒ぐぞい。と楽しそうに手を振って出ていった。

 

 

 

「……はぁ、すっかり孫と遊ぶおばあちゃんじゃない……

タヌキに言われてすっかりその気?」

マミゾウまでいなくなって、ぬえが退屈そうに寺の自室へと戻ろうとする。

しかし――

 

「あ!」

一瞬何か、思いついたような顔をしてすぐさま、マミゾウの部屋へと戻る。

そして、棚にある冊子を手に取り、パラパラとめくる。

これはマミゾウの仕事相手のリスト、勿論働く従業員の顔もきちんと載っている。

 

「えっと……あった!」

善のページを見て、ぬえがニヤリと笑って見せた。

数分後……

 

 

 

「うーん、完璧!」

鏡の前で、善がくるっと回転する。

その姿は完全に善その物。

だが、その正体はぬえだった。

正体不明の種を使って、善に化けたのだ。

変化が得意なマミゾウから、ヒントを得た。

 

「さぁーてと。この姿をつかってアイツの評判を下げてやるわ」

善の化けたぬえが、外に飛び出した。

 

 

 

人里……

 

「さてまずは、適当に人間に喧嘩でもふかっけて……」

そんな事を考えていると、男に声を掛けられる。

 

「おお、詩堂さんじゃないか!!

聞いてくれよ、この前やっとカミさんと娘が帰って来たんだ。

コレもあんたのおかげだよ。詩堂さんの好きそうなブツを用意したから、好きにやってくれよ!!遠慮することは無いからさ!!」

そう言って、男は善に化けたぬえに紙袋を渡してきた。

 

(知り合いでも気が付かない……うんうん、うまく化けられた様ね)

ひとまず自身の変化に安堵する。

 

「じゃーな、詩堂さん」

男は上機嫌で帰っていった。

 

「よしよし、確認も済んだしまずは腹ごしらえかな?」

あわよくば、善の姿で踏み倒してやろうと息巻いて近くの「藤原屋」と書かれた焼き鳥の暖簾をくぐった。

 

がらららー

 

「チッ……らっしゃーせー」

店の中に入ると、こちらも見向きもせずに、黒髪の店員がカウンター席にだるそうに座ったまま挨拶をする。

横顔を見る限り美人だが、明らかに態度が悪い。

 

(いきなり舌打ち?ま、いいわ。

これは喧嘩の火種にして――)

 

「おい、お前――」

ぬえが口を開こうとした時――

 

ダダダダダッ!!!

 

「輝夜ァ!そのだるそうな挨拶はなんだ!!

客商売舐めてんのか!?

まずはお冷とお絞りとお席に案内だろうがぁ!!」

 

「いぎゃ!?」

奥から白髪の少女が走り込んできて、だるそうな定員の顔面を思いっきり蹴飛ばす!!

 

「ちょ、ちょっと……」

いきなり始まるバイオレンスな光景に流石のぬえも閉口する。

信じられるだろうか?いきなり顔面を蹴り、さらに追撃する様に背中を踏みつける店長という異様な光景を!!

 

「いやー、すいません。コイツ世間知らずで……

後でよく言っておきますんで――あ、詩堂さんか」

善の事を知っているのか、白髪の店長がぬえにフレンドリーに話しかける。

名前を聞いた瞬間、倒れていた店員が反応した。

 

「え?詩堂?

ああ、見つけた!!こいつ!ここで会ったが100年目よ!!

アンタのせいで、この様よ!!どうしてくれんのよ!!」

鼻血を全く拭かずに、店員が顔を上げる!!

 

「え、えっと?」

 

「しらばっくれる積り!?アンタが私を破産させたせいで、こっちはバイト生活よ!!

永琳に話したら話したで『ついに就職を?……ぐす、姫様、ようやくようやく社会復帰を……』なんて泣き出すし!!

全部アンタのせい――ぐぎぃ!?」

 

ボギンィん!!

 

店員が店長に首をあらぬ方向へ捻じ曲げられ沈黙する。

 

「あわわわわ……」

世紀末もビックリのバイオレンスワールドに、ぬえが震えあがる!!

 

「まったく、皿とか椅子とか壊すせいでコイツちっともバイト辞められないんだよな……

ま、大体は詩堂さんのおかげかな?おまけするから、何か食って――」

 

「も、もう結構です!!」

ぬえは逃げる様にその場を後にした!!!

 

(やばいやばいやばいやばい!!あの店、おかしい!!

簡単に店員殺す店長も、そいつと顔見知りのコイツ()も!!)

震えながらぬえが走る。

 

思いだせば、あの店員は善が自分を破産させたと言っていた。

過酷な労働環境、きっとあの店は悪徳業者の店に違いない。

 

(まさか善のヤツが、破産させたあの子を店に売ったの?)

ぬえの脳裏には、邪悪な笑みを浮かべて札束を数える善と、怖いお兄さんに捕まえられ涙を流すさっきの店員の姿が浮かぶ!!

 

「こっちまで、邪仙譲りなのね……」

勝手に善の裏の顔を思い浮かべ、ぬえが戦慄した。

 

 

 

「あ、詩堂さん。こんにちは」

 

「!?あんたは……」

突如後ろから掛けられた声にぬえが振り返った。

そこにいたのは――

 

「稗田 阿求……」

 

「はい、名前。憶えてくれたんですね。

うれしいです」

にこやかに阿求が笑って見せる。

 

(何?コイツ、阿求とまで知り合いなの?)

稗田 阿求といえば、人里でその名を知らぬものはいない。

いや、妖怪のほとんども彼女の名と()()を知っているだろう。

幻想郷縁起の執筆。彼女が転生を繰り返し、長い間書き続けている本だ。

そう、彼女はいわば幻想郷の中核の一人。

重要さで言うなら、博麗 霊夢、八雲 紫と肩を並べる存在だ。

そんな相手に、邪帝皇が顔見知り……

 

(ど、どう云った間柄なの?)

邪仙の弟子にすぎない男と幻想郷の重役、その二人の関係はひどく気になった。

 

「この前はありがとうございますね。危ない所を」

 

(危ない所!?危ない所で何をしたの!!)

 

「ま、まぁね。あれくらいは、お安い御用だよ」

何とか怪しまれない様に話を合わせるぬえ。

 

「そうそう、詩堂さんのアレ(読み聞かせ)すごい人気でしたよ?

子供たちも、もっともっとって言ってましたよ」

 

(アレ?人気?もっともっと?

……それ、やばいクスリとかじゃ……!?)

ぬえの脳裏に怪しげな薬を配る善の姿が浮かぶ。

 

「い、いやそうだね、機会が有ればね?」

 

「私は毎日でもって、思ってるんですけどね?」

 

(毎日!?ヤク中なの!?コイツ、ヤク中じゃない!!)

 

「は、はは……なかなか難しいですね……」

これ以上は危ない!!これは幻想郷の触れてはいけない闇の部分だ!!

そう判断したぬえが立ち去ろうとする。

 

「あ、詩堂さん!お忙しいのは分かってますけど……

また、お店(鈴奈庵)に来てくださいね?

(コーヒーとか)サービスしますから、私待ってますから!」

 

(コイツ、何者だよ!?『サービス』!?

お店!?『待ってる』って……

夜のお店なの?幻想郷の重鎮をヤク漬けにして、ヒモ生活してるの!?)

ぬえの脳裏に、あられもない恰好で三つ指を付く阿求とそれを好色な瞳で見下ろす善の姿が浮かぶ。

 

「わ、悪いけど。用事思い出した――」

 

ドン!

 

阿求に背を向け走り出すぬえ、その時路地から出てきた男と激突した!!

 

「イデェ!?」

 

「ああもう邪魔なんだよ!!俺の里を荒らすな!!」

半場ヤケに成って、なんとか善のイメージを下げようとあえて乱暴な口調でぶつかってきた男に怒鳴り散らす!!

頭をぶつけたのか、男は気絶していた。

 

「詩堂さん大丈夫――」

 

「こっちに来るな!!」

心配する阿求を突き飛ばし、反対側に歩き出す。

もう、ぬえは振り返らない。

振り返るのが怖いから、一刻も早く里から逃げたいから!!

 

「詩堂さんなんで……」

酷くショックを受けた阿求。

 

「阿求様ご無事ですか?」

近くにいた、阿求警護の人間が阿求を心配する。

その時、倒れた男を介抱しようとした別の警護が声を上げる!!

 

「隊長!!この男、例の人肉事件の首謀者です!!」

 

「なにぃ!?」

最近分かった事だが、里の中で人を攫い、肉屋に化けた妖怪が妖怪に人肉を売る事件が有った。

先日、その実行犯は自首したが、計画を立てた首謀者の別の妖怪は逃げたままだった。

妖怪は、阿求警護隊によって連れていかれた。

 

「詩堂さん……」

突然走り出したのは、妖怪を捕まえるために。

突き放す態度は自分を危険に巻き込まないために。

『俺の里を荒らすな!!』の言葉は、彼なりの幻想郷への愛……!

 

「貴方は、素晴らしい人なのですね!!」

阿求の中で、善の評価が大きく跳ね上がった!!

 

 

 

「あー、この森いつもジメジメしてるなー。

はぁ、なんか疲れた……」

ぬえが魔法の森の中を善の姿で飛び回る。

色々しようとしたが、皆失敗ばかりだ。

そろそろ帰ろうかな。とつぶやき踵を返すと――

 

ドン――ッ!ドサッ!

 

「いてて……」

何かなぶつかり、ぬえが転んだ。

打った頭をさすりながら、ぶつかった相手を見る。

それは、黒いワンピースを着た妖怪。

ルーミアだった。

 

「貴方は食べて良いにん――げぇぇぇん!?」

お決まりのセリフの最中に、ぬえの顔を見て腰を抜かす!!

 

「ん?どうしたの?」

怯えるルーミアを心配して、ぬえが蹲る彼女に手を差し出す。

その時、跳ね上がる様にルーミアが飛び起き、後ろの木に体をぶつける!!

 

「いやぁあぁああああ!!ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!

謝るから、もうしないから、ひどい事しないで。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご――」

虚ろな、まるで彼女自身が生み出す闇の様に暗い目をしながら、ひたすら「ごめんなさい」を繰り返すルーミア。

 

「い、一体何が……

マジで何なのよ、コイツ()……」

なぜ、このような事になったか分からないが、ぬえはひどく動揺した彼女から逃げるように姿を隠した。

それがルーミアの為になると思ったからだ。

ぬえが去った後も、むなしくルーミアの声が響いていた。

 

 

 

 

 

「ふぅ、結局収穫は無しか……」

残念そうにぬえが変化を解き、命蓮寺の中に入る。

 

「あ、丁度いいところに」

庭にいる聖と視線が合う。

珍しく、マミゾウ以外の全員がそろっていた。

 

「なに?なんかしてんの?」

 

「檀家さんから、お芋を貰ったのでお八つ代わりに食べることにしたんですよ。

落ち葉も集めて、チリ紙と一緒に焼くんです」

聖が優しいほほえみを浮かべながら、籠に乗った大きな芋を見せる。

 

「へぇ、焼き芋ね。それは――」

 

「古紙を持ってきま――おっとっと!?」

ぬえが話そうとした時、星が足元に会った古紙につまずき、ぬえにぶつかった。

その拍子でぬえの持っていた、本屋に渡された物――すてふぁにぃが地面に落ちた。

 

ドサッ……!

 

ぬえの落とした紙袋に皆の視線が集まる。

その瞬間!!時間が止まった!!

 

「あっ……」

皆の紙袋に向けていた視線が一斉にバラバラに分かれた!!

ある者はぬえに、またある者は所在無さげに地面に、またある者はなおも地面に落ちた本の注がれ続けた!!

 

共通するのはただ一つ!!皆ぬえに、同情ともいえる生暖かい笑みを浮かべたこと!!

 

「ち――違うから!コレ私のじゃないから!!」

慌てて否定する様に、皆に言い放つ。

 

「別に、誤魔化さなくても良いんですよ?人の好みは人それぞれ、妖怪である貴女もそれは変わらないでしょ?」

ぎこちない笑みを浮かべ、聖がぬえにそう言ってくれる。

くれるのだが――

 

「なんで微妙に距離を取ってるの!?ねぇ!!」

微笑を浮かべたまま、ゆっくりと後ろに聖が後退する。

 

「あ、そうでしたー。檀家さんの方へ行く予定が有ったので、失礼しますね~」

笑みだけは何とか作ったまま、聖が逃げるように寺の中へ消えていった。

 

「……はぁ、君もなかなかの好き者だったようだね……

こういうのは、邪仙の弟子だけにしてほしいよ。

コレ、処分しておいてくれよ?彼はいつの間にか私の術を真似して、こういう本を探すのが上手くなってきたからね」

ナズーリンが、ため息をつく。

 

「な、ナズーリン?あの本は一体……」

 

「ご主人は知らなくてもいいよ。

毘沙門天の代理が、あんなもの読みふけっているなんて噂が立ったらたまらないからね」

 

「しかし、ぬえをほおっておく訳には――

それにお芋も――」

 

「さて、ご主人がそろそろまた宝塔を無くす時間だから、二人で探しに行くよー」

わざとらしい理由をつけてナズーリンが星をかばう様に、何処かへ連れていく。

 

「ま、待ってよ!!別にそんな事言わなくても良くない!?」

 

「ぐす……えぐい……黒いよ~!グロいよ~!

こんなのおかしいよ~」

 

「よ~しよし、もう大丈夫だぞ?」

思った以上に初心だったのか、村紗がそれをみて泣き出している。

一輪が姉御肌な部分を見せ、村紗を胸に抱いているが、その表情はやはりこわばっている。

その後ろで、雲山が厳しい視線をこちらに投げかけている。

 

「あ、あああ……」

 

「さ、村紗行こう?部屋でお茶を入れてあげるから」

何も言えないぬえを横目に、二人が寄り添うように去っていく。

残った雲山の鋭い視線がぬえに突き刺さる。

 

「儂も男じゃ、そういう物に心動かされない事はない。

だが、裸を見るのは生涯守ると決めた者のみ!!

お主は軟弱だったようじゃな……!」

そして、雲山までもがその場を離れた。

 

「うう、っ……ぐす、みんな信じてよ……私は……」

崩れ落ち、涙をこぼすぬえの肩に小さな手が置かれた。

見ると、モフモフの耳をした少女――幽谷 響子だった。

 

「うう……響子……」

 

「エッチなのはいけないと思います!!」

耳元で大声でそう叫んだ!!

幼い純真な心はぬえの荒んだ心にクリティカルヒット!!

痛恨の一撃!!

 

「ぬ、ぬえぇええええええええん!!!!」

遂には、大きな声で泣き出した!!

その声は、里を超え、河を超え、山を越えて……

 

 

 

 

 

「ん?師匠、今何か聞こえませんでした?」

 

「そうかしら?何も聞こえなかったけど……

気のせいじゃない?それよりも、お肉お替り」

 

「わたしも、欲しいぞー」

 

「はいはーい。

あ、そろそろこっちの芋も良い感じですよ?」

善の耳にだけかすかに聞こえて消えた。




お薬乱用ダメ絶対!!
人を呪わば穴二つです。

珍しく今回は善の悲鳴が有りませんでした。
善の苦しむ姿や、悲鳴や命乞いが好きな人ごめんなさい。


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SOS!!紅い屋敷からの悲鳴!!

今回は所謂つなぎの回になりました。
そして、またあの場所へ。

そして、今回は咲夜さんが割とひどい目に遭います。
咲夜ファンの人は気を付けてください。


私はリンジーノ・R・バイト。

紅魔館で執事長をさせて頂いております。

皆さまどうか、気安く『レジル』とお呼びください。

白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。

青と赤のネクタイを締めれば、それが私の戦闘服(仕事着)

太陽がのぼる前に私の仕事が始まります。

 

チリーン……!!

 

早速お嬢様のお呼びですね。

さぁて、今回は何をお望みですか?

 

まさか、この口上をまた使うことに成るとは……

 

 

 

「そーっと、そーっと……」

芳香の吹いたシャボン玉を善が細心の注意をもって、つかんだ。

さらに飛んでくる複数のシャボン玉も同じようにつかんでいく。

 

「よ、よし、後は――」

善が手を離すと、シャボン玉は再び浮かんで飛び始める。

だが――

 

「あっ……」

地面に触れた瞬間、シャボン玉はむなしく割れてしまった。

 

「へぇ、つかむだけなら出来るのね……

ネックになるのはいかに、手を離した状態で気を込めた物をコントロールするか……

うん、一応は及第点ね」

少し考えた後、師匠がよく出来ました。と言って善をだきよせて頭を撫でる。

だが、善の表情はすぐれない。

 

「ッ……!」

顔を顰めて、とっさに右手をかばう。

 

「どうしたの?まだ手、痛い?薬塗ってあげるわね」

そう言って、手に持っていた軟膏を善の手に塗ってくれる。

 

「い!?ツッつつ!!」

 

「我慢しなさい。この火傷のおかげで力のセーブのコツがつかめたんだから」

痛がる善を見て、笑いながら耳元でつぶやく様に話す。

師匠の軟膏を塗る善の手には、火傷の傷が有った。

 

「はぁ、正直言うと――痛っ!

普通に楽しみたかったで――っぅ!」

実はこれ、この前の山でついたものだった。

 

 

 

 

 

「はい、こっちの肉もういいですよ。野菜はもう少しです」

妖怪の山の中の河のほとり、秋姉妹の神社の近くで善が大きな鉄板の前でヘラを動かす。

運よく仕留めた熊の親子の肉塊を切って、小傘に頼んで作ってもらった特大鉄板で焼いていく。

そこはもはやちょっとした、祭り会場の様になっていた。

もともと計画した師匠、芳香、善と小傘、橙に加え、呼び寄せたマミゾウ、椛、にとり場所を貸してくれる秋姉妹、いつの間にかやって来ていたこいし。

そして最近見てないなーとおもったら、案の定、家で干からびかけていたはたてを加えた総勢12人分を善がほぼ一人で調理していく。

 

「詩堂君、私にもお肉!野菜とか、どうでもいいからお肉!!」

皿を手に穣子が善に絡む。

 

「穣子様さま!?それ。自分の存在意義否定してません!?」

 

「ええ?だってぇ、肉の方が良くない?」

そう言って笑う穣子の顔は朱に染まり、片手には酒のジョッキが握られていた。

最早言うまでもないが、完璧に出来上がっている状態だった。

 

「……穣子ちゃん?……あんまり、詩堂さんを困らせちゃダメだよ?」

静葉が優しい調子で、自身の妹をなだめるが……

 

「……詩堂さん……良かったら、コレ……差し入れ……」

そう言って、渡すのは秋色の袴と腋の開いたデザインの巫女服!!

こっちもこっちで、酔っている様だった!!

 

「要りません!!もう、やりませんからね!!絶対にやりませんからね!!」

善が必死になって否定する!!

 

「ふぅ、終わらない夢。私とねぇさんの夢の形よね」

しみじみと話す穣子、そう言って静葉の持つ巫女服を優しい目で見る。

 

「その夢、私にとってはもうデメリットしかないんですけど!?」

 

「なによぉ!?私たち姉妹のとってここX00年ぶり位の大繁盛だったのよ!?

あの人気さえ、有れば守矢も怖くないのよ!!

それなのに……それなのに詩堂君の我儘のせいでぇ!!」

今度は、大きな声で泣き出した。

 

「そうじゃぞ?アレが一番手っ取り早く儲ける方法じゃぞ?

新しく、活動用に名前も用意したぞい?確か――シェン――いや、受け入れやすいように『仕縁』という字を使うんじゃが……」

秋巫女改め、シェンの活動計画をマミゾウが自慢げに話す。

その内容は善の頭が痛くなるものばかりだった。

マミゾウは善の羞恥心など知らぬ!とばかりに利益を最優先する!!

本日何度目かのため息をついて、善が頭を押さえた。

 

「詩堂さーん」「善ー」「お肉まだー?」「魚釣れましたよ!!」「はい、ウチのジャガイモ」「ぜーん!私もほしいぞ!」etc……

次々来る注文に、善の頭がぐるぐる回る!!

しかし、その原因は複数の注文だけではなかった。

秋の始まりとは言え、まだまだ暑い日は続く。そんな中、熱した鉄板の前にずっといればいくら仙人に近い存在と言えど、限界が来る――

 

「あれ?」

意思に反して、急に足から力が抜け視界が反転する――

 

ドシャ!?

 

(あれ?なんの音だ?良い匂いと……なんだか、熱い?)

一瞬の思考のタイムラグを置いて、善は自分がどうなっているのかを唐突に理解した!!

 

「あっちぃぃぃいいいい!!!!!?」

善が顔面から、鉄板の上に倒れ込んだのだ!!

跳ね起き河に飛び込んだ!!

そこで、一度善の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

「いきなり倒れるからびっくりしたぞ」

 

「はは、はたてさんの事を言えないな……」

芳香の言葉に、善が困ったように笑った。

本来なら顔面も大火傷だが、重要な場所だったのか無意識的に抵抗力で守ったらしく傷は無かった。

 

「本当よ、私が善を介抱してあげたんだからね?」

師匠が同調する様に後ろから言った。

 

「あ、師匠がやってくれたんですね。

感謝してます。気が付いた時、だいぶ楽になってましたから」

善はテントの中で寝かされ、枕もとには飲み物と体に濡らした布が要所要所にあてがわれていた。

 

「楽しかったなー、また河で泳いだりしたいぞー」

 

「そうね、また来年――善!?どうして、血涙を流しながら地面を殴ってるの!?」

 

「くッそ!なんで、だよ!!河遊びとか……絶対逃しちゃいけないイベントじゃないか!!

なんで、俺は合法的に水着を見れるチャンスを逃してんだよ!!」

今まで見たことのない顔をした、善が火傷した手で地面の石畳みを殴っている!!

力があふれて、石にヒビが入っていく!!

 

「そこまで悔しがる事!?」

 

「おー、前一緒にお風呂入った事も有るから良いだろー?」

 

「悔しがりますよ!!」

師匠芳香の二人に対して善が大きな声を上げた!!

 

「良いですか?水着ですよ、水着!!いわば他人に見せる為の合法的服。

下着とほぼ変わらない布面積、なーのーに!他人に見せる!!可愛い!!いやらしくない!!

嗚呼、師匠の水着とか……すごいみたい!すごく見たかった!!芳香のも見たい!!布一枚を隔てて揺れる、乳!!これほど神聖な物はこの世に有りませんよね……

あ、最後に言っておきますけど、今のは私くらいの年頃の男の子はみんな思ってる、世間における一般論ですから。

私くらいの、年の人はみんな思ってるから!私だけが特別な訳じゃありませんよ?」

善が説明してくれるが、師匠も芳香も完全に引いている!!

 

「ぜ~ん?私、仙人やって長いけど……1000年くらい生きて善程の変態に逢った事はないわよ?」

 

「やめてくださいよ!次、なんかで紹介される時『1000年に一度の変態』とか浮いたらどうするんですか!?」

 

「順当な意見だと思うぞー?」

必死になって否定する善に、芳香の容赦ない一言が突き刺さった!!

 

「ぐす……けど、けど水着みたいモン……ひと夏の青春したいモン!!」

目に涙を浮かべ、善がダダをこね始める!!

なんというか、IQがすさまじい勢いで下がっている気がする!!

 

「ら、来年また着てあげるわよ!」

 

「そ、そうだぞ?」

暴れる善をなだめる為、師匠と芳香がしょうもない約束を善とかわす。

 

「本当ですか?」

 

「はいはい、乳離れの出来ない弟子は困るわね……

その代わり、ちゃんと修業するのよ?」

 

「はい、師匠!!」

師匠の言葉に、善が元気よく返事した。

 

 

 

「よーし、頑張る――ぞ?あれ?」

元気よく立ち上がる善の視界に、誰かが入る。

紅い髪に、黒いスーツの様な服。背中から生えるのは蝙蝠みたいな羽。

 

「小悪魔さん?」

見覚えのある相手の名を告げると――

 

「善さん……善さーん!!!助けてぇえええ!!」

涙を浮かべながら、小悪魔が善に抱き着いてきた。

 

 

 

 

 

「で、メイド長が倒れたせいで、紅魔館が大変な事に成ってると?」

 

「はいぃぃぃ……進退窮まってここに来ましたぁ!」

よっぽど追いつめられているのか、よく見ると小悪魔の目下が黒い。

しばらく寝不足の様だ。

 

「じゃ、すぐに助けに――」

 

「助けに行くの?」

善の言葉を、師匠が遮った。

責めるような瞳には、制止する意思が宿って見えた。

 

「あなた、あの屋敷で何をされたか、忘れたの?」

師匠が近づいて善の、服を胸近くまでめくりあげる。

 

「忘れる訳ないわよね?この傷をつけたのが、誰か?」

師匠は、善の脇腹を撫で始めめる。

そこには子供の拳程度の大きさの引きつった傷跡があった。

前と後ろ、腰を貫通する様に2つの傷が付いている。

 

「……」

申し訳なさそうに、小悪魔が目を伏せる。

しかし――

 

「良いんですよ。これ位――」

 

「死んでるのよ?あなた、一回あの屋敷で。

あなた(小悪魔)もそうよ。殺した人に頼るなんて、おかしいと思わないの?」

 

「これは、私の独断です……」

今にも消え入りそうな声で、小悪魔がつぶやいた。

 

「はぁ、あなたのお人好しさには、飽きれるわね……

いいわ。行ってきなさい、その代わり私もついてくわ。

当然よね?」

心配なのか、師匠がそう言って芳香に荷物を取りに行かせた。

 

「あ”、あ”り”が”と”う”ざい”ま”す”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”ぅ”う”」

感極まって小悪魔が、泣きながら礼を言った。

 

 

 

 

 

「ええ……これが、紅魔館?」

 

「なんか、ボロイぞー」

善が目の前の建物をみて、声を上げる。

紅く美しいラブホ――もとい、城の様な館は今、廃墟までのカウントダウンを刻んでいる様だった。

一部の外壁が剥がれ、壁に穴が開き、草は手入れされず生え放題。

 

「門なんて、半分近く草に埋もれちゃっているじゃないですか……」

 

ふにっ……

 

「あれ、柔らかい……?」

門に触れると、何か柔らかいものに触れる。

鉄とかレンガなどでは決してなく、布のような肌触りに手の中で自在形を変える。

弾力があり、ずっと触っていたくなる。

 

「……ふぇ?詩堂さん?」

突如、草の一部が持ち上がり、善の目が合う。

()()()()

 

「め、美鈴さん!?」

 

「どうもー、詩堂さん!」

善が壁だと思って、触れていたのは――

 

「美鈴さん!?植物が生えて壁と一体化してますよ!?」

 

「あれー?寝すぎちゃったかな?」

 

べリン!!!

 

体に生える草を引きちぎり、美鈴が推定1月ぶりに立ち上がる!!

 

「あー、肩凝った……たまーに、寝てる間に漏れた気の影響で植物が異常繁殖しちゃうですよねー。

あれ、なんで詩堂さん自分を手をワキワキさせてるんですか?

あ!触らせませんよ!!こういうのは恋人だけって決めてるんですから!!」

怒った様に、美鈴が自身の胸を腕でガードする。

 

「へー、そうなんですか……じゃ、ちょっと用が有るので通してくださいね?」

善が苦笑いを浮かべ、美鈴の横を通り過ぎる。

その後ろで、師匠、芳香、小悪魔が善を何とも言えない顔で睨む。

 

 

 

館の中もひどいものだった。

そこら中に、瓦礫がたまっている。

 

「何が有ったんですか!?まさか、敵襲?」

 

「いいえ、詳しくはお嬢様に……」

師匠、芳香を伴って、善は自らの記憶をたどる様に、紅魔館の当主の部屋――レミリアの部屋へと足を進めた。

 

「お嬢様。詩堂さんを連れてきました」

小悪魔が、扉を開けると酷くやつれたレミリアと、同じくやつれたフランが部屋の中にいた。

 

「お二人ともご無沙汰して――」

 

「詩堂ぉおおお!!」

 

「レジルぅぅぅ!!」

善の言葉の途中で、スカーレット姉妹が善に抱きついた!!

 

「おおっ!?どうしました、二人と――もッ!?」

 

ジュ~!!

 

ジュルジュルジュル!!

 

「おお……た、助けて……絞り、とられる……!!」

二人に地面の押し倒され、なおも善に食らいつく二人!!

 

「た、助けなくていいのか!?」

 

「大丈夫じゃないかしら?多分」

ぴくぴくと力なく揺れる善の腕と、幸せそうに動く2対の羽を見ながら師匠が芳香に応えた。

 

数分後……

 

「まさか、2度までも吸血鬼の館に入る人間がいるとは……

命知らずも此処まで来ると滑稽ね」

カリスマを取り戻した、レミリアが椅子に力なく座る善を見る。

 

「レジル~!レジル~!!」

フランは善によりかかって、その周囲を忙しく飛び回っている。

 

「ああ……」

善は二人に吸血されてすっかり、干からびてしまっている。

頬まで痩せこけているが、対照的に吸血鬼姉妹二人の肌には艶が戻ってきている。

 

「私の弟子が答えられないみたいだから、私が代わりに話すわね。

本来なら、もう来ない積りでしたけど……

この子がどうしてもと言うので。特別に来て上げましたわ。

はぁ、最近の吸血鬼はいきなり吸血して、謝罪もないのかしら?」

敵意を隠す事など一切なく、師匠がレミリアに言い放つ。

 

「お前を呼んだつもりは無かっ――」

 

「芳香-、帰るわよ。善を持って来て」

 

「ああ!わかった、わかったわよ!!

ごめんなさい!許してください!!」

せっかくの善を回収されそうになって、レミリアが必死になって謝る。

 

「そ、最初からそうすればいいのよ。

何が起きたか、教えてもらいないかしら?」

師匠の言葉にレミリアが悔しそうに語りだす。

 

 

 

 

 

2週間前――

 

「ごほっ、ごほっ!」

咲夜がマスクをして、仕事をこなす。

 

「あら、夏風邪?気を付けなさいよ?」

配膳の途中でレミリアに咲夜が注意される。

夏の暑さに加え、屋敷の大きさの依る仕事量の多さ、そして不意に季節が変わりつつある事によって、咲夜は風邪気味だったのだ。

 

「も、申し訳ありません……お嬢様……」

 

「休め、今お前に必要なのは、休息だ」

限界の時は確実に来てた。

 

 

 

「パチェ、人間の病気を治す本って、どこかしら?」

図書館の中で、レミリアが咲夜の為に本を探す。

 

「えっと……少し古いけど、コレかしら?」

パチュリーも同じことを考えていたのか、すぐ近くにあった本を見せる。

 

「へぇ、これは効きそうね。

早速準備するわ」

レミリアが満足そうに言った。

 

 

 

「咲夜ー、良いものを持ってきたわよ?」

 

「お嬢様?私の為に?」

主人が自分の為に何かをしてくれる!!

その真実に、咲夜は涙を流して喜んだ!!

 

「はい、コレ」

 

「え”!?」

レミリアの見せた物をみて、咲夜の時間が止まった。

彼女の主人が持つ物は、黒く焦げた――

 

「ヤモリの黒焼きよ」

レミリアの行為は決して間違いではない!!

魔術士の中には、薬学を得意とする者も多くいる。

その中でも、ヤモリの黒焼きは多くの病気に聞く魔術媒体だが……

不幸なことにレミリアは魔女ではない、魔術のレシピを普通のレシピと思い、作ってしまったのだ!!

 

「あ、これ……」

 

「遠慮するな、まだ沢山あるぞ?」

レミリアが背中に隠した、大皿一杯のヤモリの黒焼きを見る。

以前善が、芳香の毒入り餅を食べた様に、咲夜にも覚悟が有った!!

自分の主人の頑張りを無為にしては成らない!!

 

「いただきます!!」

咲夜は意を決して、ヤモリに食らいついた!!

 

 

 

その結果!!

 

「何が、いけなかったのかしら?」

完璧に寝込んだ咲夜をレミリアが心配する。

 

「おねーさまは、やり方が古いの。今の時代はコレよ?」

困るレミリアを見かねて、フランが緑と白の棒を取り出す。

 

「それは?」

 

 

 

咲夜の部屋――

 

「咲夜起きてるかしら?」

 

「お、お嬢様……申し訳……」

うわごとの様に、謝罪する咲夜をレミリアが優しく制止する。

 

「大丈夫、すぐに良くなるわよ?」

フランが寝込む咲夜をレミリアの尻を向ける様に四つん這いにさせる。

 

「あ、あの、お嬢様?」

 

「咲夜、力を抜きなさい?すぐに楽になるから、ね?」

 

「あの、その手に持った『ネギ』は何ですか!?」

 

「治療に使うのよ?」

フランが咲夜の、スカートをめくりあげる!!

 

「お、お嬢様!?」

レミリアが咲夜の下着に手を掛ける!!

此処が最後のチャンス、断るための最終防衛ライン!!

しかし、しかし咲夜は不幸なことに、忠誠心溢れるメイド!!

主人の思いを断る事など――

 

「あ”ぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」

出来はしなかった!!

 

 

 

 

 

「……帰って良いですか?ってか、かえろ」

飽きれた善が、椅子から立ち上がる。

もっと困った事なら助けようと考えたが、ひどくしょーもない理由!!

 

「ちょ、待って!待ちなさいよ!!屋敷、設備好きに使っていいわよ!?

給料も増やすわよ?」

 

「あ、いや。咲夜をそっとしておいてあげてくださいよ」

 

「ぷ、プールとかあるわよ?昔、海を作ったから!水着も貸すわよ!!」

不味い。師匠はそう思った。

この提案は、自分の弟子にとって――

 

「本当ですか?やるやるやりますよ!!

ね!師匠!!ね、芳香!!」

こうかはばつぐんだ!!

嫌にいい笑顔で、善が仕事を受けた。

 

 




さっさと紅魔館に行かせたかったんですが、前半が長くなりました。
因みに、ネギって風邪の本当に効くんですかね?


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侵入者!!下克上の天邪鬼!!

さて、今回は鬼人 正邪がメインの被害者です。
彼女のファンの人、彼女と一緒に下克上したい人は注意してください。


私はリンジーノ・R・バイト。

紅魔館で執事長をさせて頂いております。

皆さまどうか、気安く『レジル』とお呼びください。

白いシャツに黒いジャケット、そして仕立ての良いズボン。

青と赤のネクタイを締めれば、それが私の戦闘服(仕事着)

太陽がのぼる前に私の仕事が始まります。

 

チリーン……!!

 

早速お嬢様のお呼びですね。

さぁて、今回は何をお望みですか?

 

「私も働くぞー!!」

 

「いいけど、無理するなよ?」

 

 

 

 

 

紅魔館の朝は、控えめに言って「戦場」だ。

特に朝早くから、仕事をする者はその傾向が顕著だ。

だがその忙しい時間にあえて、善は使用人たちを集め演説を始める。

 

「さて、皆さん。噂で聞いてるかもしれませんが、今日から私が咲夜さんの代わりに復帰することに成りました。

短い間ですか、レミリアお嬢様から一時的に『執事長』の肩書を頂いております。

私の指示に協力をお願いします」

善の言葉に多くの妖精メイドたちが頷く。

今ここに集まっている使用人の8割以上は善が以前、この屋敷で働いていた事とその実力を知っている。

 

「今この屋敷は、危機的状況です。多くの解決すべき問題があります。

今日は皆さんにとって激務と言える一日になるでしょう。

しかし!!使用人とは、本来そういう物!!

他者に奉仕することを仕事とする私たちにとって、この状況は不名誉極まりません!!紅魔館の使用人は十六夜 咲夜以外は皆、無能な給料泥棒なのか!?

違う!!断じて違う!!皆さんの力で、使用人の栄誉を取り戻しましょう!!」

善の厳しい言葉にプライドが刺激され、妖精メイドやゴブリンたちの目に光が宿る!!

初めて善を見た者もその言葉に心を震わせた。

冷やした冷水を思わせるような、心地よい厳しさを胸にする。

 

「それから、もう一人。咲夜さんの代わりのメイド長代理が入ってくるから、そっちもよろしく」

善の言葉に、全員が首をかしげる。

 

「おー、私がえーと……」

 

「(メイド長)」ボソッ

 

「そうだ!私がメイド長の代理だぞ!!

よろしくー!」

話す内容を忘れ、善に耳打ちされながら芳香が自慢げにメイド服を翻す。

 

「ぜーん、私しっかりできたか?」

 

「もちろんだ。さすが芳香だぞ?何をやっても上手だし、メイド服も似合ってるぞ?」

さっきまで厳し顔をしていた善が急にデレデレして、芳香をほめたたえ始める。

 

「うわぁ……」「ええ……」「執事長、あの子好きだから……」「基本はかっこいいんだけど……」「たまに無性に無能になるのよね……」「大丈夫なのこの人?」「ゆ、有能ではあるのよ?」

突然心配になった妖精メイドたちが噂を始める。

何はともあれ、善を主体にした紅魔館再生計画が始まった。

 

 

 

 

 

「ん?なんだ?騒がしいな……」

紅魔館から少し離れた木の上、一人の妖怪が望遠鏡をのぞく。

白と黒の髪に赤いメッシュが入り、体中に矢印をイメージさせた服を着た妖怪。

天邪鬼 鬼人 正邪だ。

彼女は、幻想郷全体にマークされている危険な妖怪で、現在も「下克上」を目指し様々な所で活動を続けている。

そんな彼女の次のターゲットは紅魔館だった。

 

「最近活気が落ちてきたと思ったが……なんだ?

今のうちに打って出るべきか?あそこを乗っ取れたら、食料と住むところには困らない……さて、どうする?」

試案する様に腕を組んで静かに考え始めた。

 

 

 

 

 

「へぇ、こんな立派な食事が出るなんて……驚きね」

食堂にて、師匠が目の前の朝食に笑みをこぼす。

焼きたてのクロワッサンに、サラダ、ポーチドエッグ、茹でたソーセージにコーンスープ。見た目の味も館の主人や客人に出せるクオリティの物だった。

 

「さす――」

 

「さすがレジルね!!」

レミリアの言葉にフランが自身の言葉をかぶせる。

 

「うふふ、そうね。昨日は見ただけで死にそうな見た目してましたものね。

どう?吸血鬼さん、私の弟子の血はおいしかったかしら」

ポーチドエッグにナイフを突き刺し、黄身を絞り出しながら師匠が笑みを二人にぶつける。

 

「……」

 

「ん……」

師匠の嫌味たっぷりな言葉にレミリア、フラン両名が顔を伏せる。

 

「全く、何をやってるのかしら……

自身の配下の面倒すらまともに――」

 

ダァン!!

 

師匠の言葉に耐えかねたのか、レミリアがフォークを机にたたきつける!!

そして、殺意のこもった目を師匠に向ける。

 

「なに?私の事、無礼な客人として追い出す?それもいいかもしれないわね。

その時は善を連れて帰るだけですけど?」

善を連れ帰るという切り札を、師匠はちらつかせて見せる。

その言葉に、館の主は黙るしかなくなる。そう、久しぶりに飢えたがあんな思いはしばらくはごめんだ。

 

「カットフルーツをお持ちしました!!」

その時、善が皿に盛られたフルーツを持ってくる。

 

「あ!レジルー!りんごある?フランりんご食べたい!!」

さっきの話など知らないとばかりに、フランが明るい声をだす。

 

「はいはい、たくさんありますよ。けど、本命はぶどうですね。

妖怪の山にいる秋の神様からの直送品ですよ?」

フランの小皿に、ぶどうをりんごを多めに置いてくれる。

 

「師匠大人しくしてますか?立場を利用して、レミリア様たちに嫌がらせしてませんよね?」

 

「まぁ!そんな事私がする訳ないじゃない」

心外だ!と言わんばかりに師匠が頬を膨らませる。

 

「そうですか、じゃ、まだ仕事が有るので失礼します」

そう言って手早く部屋から出る。

言葉の通りまだまだやることが有るのだろう。

 

「ふふふ、どうやらお前もあの弟子には甘いようだな?

確かに、この館に引き抜かれたら困るものな?」

師匠の猫を被った姿をみて、レミリアが面白そうに羽を揺らす。

 

「あら、そうかしら?あの子は私に夢中なのよ?

お子様の吸血鬼なんか、見向きもしないんだから」

自身たっぷりに話す師匠を、フランがじっと見ていた。

 

「お子様……」

笑う度に揺れる師匠の胸、その次にフランは自身の胸に手を当ててみる。

 

「……あう……」

なんというか、貧しい。いろいろと足りない。戦力差は圧倒的。

例えるなら、あちらが柔らかい餅、こちらは……クッキーだろうか?

 

「……おねぇ様!!牛乳!!そこに有る牛乳とって!!全部飲むから!!」

 

「ちょ、フラン?一体どうしたの!?」

 

「負けてられないから!!」

ひったくる様にレミリアから牛乳を受け取り、かなり大きな瓶の中身を一気飲みした!!

 

「あらあら」

師匠はそれをほほえましく眺めていた。

 

 

 

 

 

「1・2班のゴブリンの人は、図書館側の壁の修復をお願いします。

3班は妖精メイドC・D班の人と共に館内の瓦礫の撤去をお願いします。

基本は妖精さんで大きくて持てない物の、補助をゴブリンさんに、男の意地見せてもらいますよ?」

 

「「「「おー!」」」」

数人のゴブリンが妖精メイドを引き連れ、部屋を後にする。

 

「妖精メイドA班は中庭の草むしりの役を、B班は私と一緒に夕食の仕込みです」

てきぱきと善が仕事を分け、指示を出す。

妖精メイド数人と、調理室へ入り野菜を切りはじめる。

 

「芳香、保管庫に野菜――ええと、人参、玉ねぎ、ジャガイモが有るらしいから取って来てくれ。野菜スープを多めに作って昼に出す、夜はそれを使用人用のカレーにするから、そのつもりで」

 

「わかったー」

芳香がパタパタと走っていく。

大鍋に野菜を仕込んでいくが――

 

「レジル執事長!もうすぐ、メイド志望の方がやってくるのでその面接をお願いします」

一人の妖精メイドが、ボードと紙を持ってくる。

どうやら、レミリアが面接することもあるが、現在は師匠の接待(監視含む)も有るのでそっちに掛かれないらしい。

 

「分かりました。芳香が戻ってきたら一緒に料理をさせてください。

アイツ、力はあるから大鍋とか移動させるのは出来るハズですから」

紙とボードを受け取り、善が面接室の準備をする。

ひとしきり終わったあと、とあることに気が付く。

 

「そういえば、正面玄関は美鈴さんのせいで半分、緑と一体化していたな……

まずは、そこをやるべきだったか!!」

善が慌てて、外に飛び出す。

 

 

 

「ここが、例の屋敷……」

一人の町娘が、紅魔館の募集を見て息を飲む。

 

「紅いっていうより、緑だな」

蔦が這った壁を見て、わずかに笑みを浮かべるが――

 

「ん?誰だあれ?」

一人の少年が、門の奥から出てくる。

そして、壁の蔦に手を付き、血の様に紅いナニカが一瞬、体から放出される。

 

「んな!?」

その後、館に絡まってた蔦がすさまじい勢いで枯れていく!!

まるで命を()()()()()()()様に、美しい緑は枯れその後、塵と化して消えてしまった。

 

「な、なんだ……」

異様な光景に、町娘がその少年を見る。

僅かに、その少年と目が有った気がして――

 

「うわぁあああ!!」

気が付いた時には逃げていた。

思い出すのは、里に密かに流れる紅い力を使う邪帝の噂。

里内でもタブーとされる力を見た少女は必死になってその場を逃げだした!!

 

「あれ?メイド志望の人ってあの人じゃないのか……ま、いいや」

必死になって逃げていく人を皆がら、善がつぶやいた。

踵を返して、館に帰ろうとした時――

 

「おい、アンタ。仕事の募集を見て来てやったぜ」

正邪の声が善の耳に届いた。

 

 

 

「では早速お願いしますね、着替えてえーと、地下の食糧チームへ行ってください」

 

「はい、わかりました。執事長!!」

キラキラした正邪の目を見て、善がその場を後にした。

 

「……にっひっひ、ここまで上手くいくとはな……」

正邪が善の去っていったドアを見て、舌を出す。

館に近づいてきた町娘から、屋敷の奉仕の仕事だと見抜き、帰っていく様子を見て彼女に成り代わった。

目論見は上手くいき、善は自分を普通の人間だと思い、人出不足を理由に即時採用した。

そして、さらに運のいい事に早速一人になる事が出来た。

 

「さーてと、食糧庫で腹を膨らませたら、あとは計画を詳しく練るか……」

館に入ってしまえばこっちの物、メイドとしての立場も手に入れているから、ゆっくる周囲の状況を知る事が出来る。

 

「お、氷室だ」

地下の部屋、その一室をみて正邪が興味本位であける。

涼しい風に頬を緩ませるが、奥に人型の何かが有った。

 

「人間か?食糧庫にこんなものが有るなんて――」

流石吸血鬼の館、と言おうとした時!!

その死体が動き出した!!

 

「おっと、寝てしまったぞー」

 

「うえぇ!?!??」

急に動き出した死体に正邪が大声を上げる!!

 

「んー?お前は誰だー?」

 

「あ、お前、いつかの墓に居たキョンシーじゃないか!?

なんでここに?」

芳香に見覚えがあった正邪が、指摘する。

そうだ、メイド服で分からなかったがこのキョンシーは確かに見覚えがある。

 

「んー?誰だ?私は今、メイド長代理だぞ?」

 

「メイド長代理?」

芳香の言葉に、正邪が反応する。

この館のメイド長は十六夜 咲夜だ。

それが、なぜかこのキョンシーが代理と言う。

 

「そうだぞ?メイド長が病気だからなー」

そう言って、頼まれていたジャガイモと玉ねぎを持って氷室を出ていく。

 

「なるほど、メイド長の不調がこの屋敷の惨状の原因か……」

すべてに納得がいった正邪。

なるほど、確かに今は限りないチャンスの様だ。

 

「にひ、やっと私にも運のツキが来たようだな。

まってくださーい、メイド長代理ー」

正邪はチャンスを生かすべく、芳香についていくことにした。

 

 

 

「えーと、切ってー、切ってー」

芳香が善に貰ったレシピを見ながら、野菜を切っていく。

 

「はい、次はコレ」

正邪が芳香を補助する様に料理を手伝う。

放っておくと、芳香は自身の爪で野菜を切り始めるので注意が必要だ。

 

「はい、肉!!ああもう、なんで私がこんなことを!!」

正邪がぶつくさ文句を言う。

そうだ、ここで芳香が失敗して、目立てば自分の計画がおじゃんだ。

正邪は必死になって、芳香のサポートをしていく。

 

「うーん、コレとこれ?」

 

「違う!こっちだ!!」

芳香が間違う度に、正邪が訂正を入れていく。

 

だが、正邪は重要な事に気が付いていなかった。

芳香は戦うためのキョンシー、その爪には毒が付着している!!

そして――!!

 

「味見-」

 

「あ、コラ!直接木べらを舐めるな!!」

芳香の唾液にも毒がたっぷりと!!

 

 

 

 

 

時間は過ぎ、夕食の時間。

正邪の芳香によって、使用人分のカレーが完成した。

 

「お、ちゃんと出来てるみたいだな」

主人と客人分の夕食を出し終わった善が、顔を出す。

 

「ぜーん、私がんばったぞー」

 

「おおー、そうかー、よくやったな。

正邪さんもありがとう」

 

「ふん!」

正邪は褒められた瞬間、反射的に悪態をついた。

 

「二人とも、食べて来てくださいよ」

そう言って、善は別の鍋にお湯を張り始めた。

 

「ん?まだ、何かするのか?」

 

「ええ、咲夜さん風邪らしいから、お粥を作ろうと思って……」

棚から、梅干しを取り出しネギを刻もうとして、やめる。

 

「あ、そうだ。薬味のネギは外しておかないと……

咲夜さんネギは見たくもないだろうから」

そう言って、善がネギを下ろす。

善の言葉を聞いた正邪に天啓が走る!!

 

これは使える!!

 

「執事長、私が行きます。挨拶も兼ねて」

 

「え、けど……」

 

「粥くらい私だって作れるから、ほら、さっさと行った!」

追い払うような正邪の言葉に、善が少し困惑しながらも了承する。

 

「分かりました。じゃ正邪さんよろしくお願いします」

 

「ぜーん!カレー、早く食べたいぞ!!」

 

「分かった、わかった」

善がカレーの鍋を持って、部屋を出ていく。

その背中を正邪がにやにやと笑いながら見ていた。

 

 

 

「そうだよ、メイド長が弱ってるなら、むしろ人質にしてやればいいんだよ!!

へっへっへ!これで、この館は貰ったも同然!!」

メイド服を脱ぎすて、お湯の張った鍋を蹴倒しながら笑う。

正邪がある物を手にしながら、邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

カラぁん!

 

「!?」

一人の妖精メイドが、喉を抑えながらその場で倒れる!!

カレーを一口食べた、次の瞬間に悲劇だった!!

 

「大丈夫ですか!?何が――」

善が驚くが、まだ悲劇は終わらない!!

次々と、妖精メイドたちが倒れ始める!!

 

「ああ!!」「うぐぅ!?」「お、お腹が痛い!!」「なんで……?」「うげぇあ……」「ひ、ひぐう!?」「あああああ!!」「なんで、と、トイレ――」

 

あっけない音を出しながら、メイドたちが次々と!!

さっきまでメイドだったものがあたり一面に転がる!!

 

「い、一体なにが起きたんだ!?」

善があり得ない状況に戦慄した。

 

 

 

 

 

「ふぅ、熱も下がった様ね。体も特に不調は無し……」

咲夜が自身のベットで背伸びをする。

腋から抜いた体温計は平熱を現す温度を示している。

 

「この調子なら、明日から業務を再開出来るわね。

何時までもあの、キョンシーや仙人モドキに好きにさせないんだか――」

その時、咲夜の部屋のドアが蹴破られる様に開かれる!!

 

ガチャン――!!

 

「ウォラァ!!クソ館のクソメイド長!!

覚悟しなァ!!!テメェを人質に取って、お前の主様からこの館を乗っ取ってやるぜ!!」

正邪が中指を突き立て、下品に舌を出しながらズカズカと部屋に入ってくる。

だが、その姿は異様の一言。

 

「お前の弱点は分かり切ってんだよ!!コレだろ!!」

そう言って、自身の手に持つ緑のネギを見せる。

頭のハチマキにネギ!!両手にネギ!!足にまでネギ!!そして首にもネギ!!

まさにフルアーマーネギ!!緑のぷぅんとした匂いが部屋を包む!!

 

「はっははは!まさか、あのメイド長様の怖がるものがコレとはなー!!」

勝ち誇った様に、正邪が大声で笑い散らす!!

 

「…………」

咲夜が小さく微笑み、自身の力を使う――

 

カチッ――!

 

「はっは――は!?」

一瞬にして、正邪の目の前に大量のナイフが現れる!!

 

グサグサグサグサァ!!

 

「いえぇああああ!!??」

血だらけで正邪が倒れる。

その前には着替えて何時ものメイド服に戻った咲夜が瀟洒な様子で立っていた。

 

「実は、少し鬱憤が溜まってて……準備運動も兼ねて少し付き有ってもらおうかしら?」

スッとナイフの腹を正邪の頬に当ててぺちぺちと叩く。

 

「だ、誰がお前の――ギャァ!?」

グッサァ!!

 

正邪の脇腹にナイフが刺さる!!

妖怪で死なないとはいえ、非常に痛い!!

 

「さ、頑張って逃げて?」

 

「い……」

あくまで笑顔で微笑む咲夜に対して、正邪の首筋にナイフより冷たい感覚が走った。

 

 

 

 

 

「最近暗い事件ばっかりですね……」

紅魔館での短期の仕事が終わり、思わぬ臨時収入を手にした善が居間で、文々。新聞を読む。

その中でも一つ興味のそそられる見出しが有った。

 

「あ、この前の事件だ」

善が見るのはこの前起きたばかりの事件。

紅魔館にお尋ね者妖怪の鬼人 正邪が押し入り使用人たちの食糧に毒を入れ、さらに咲夜を人質にしようとした事件だ。

結局咲夜の尽力によって、正邪は倒され人里に突き出されたようだ。

なぜか全身にネギを装備した、血だらけの正邪が拘束される写真が見出しとして載っている。

 

「やっぱり、賊の仕業だったのか……」

 

「怖いわね。私の料理と別だったのが幸いしたわね」

善のつぶやきを聞いて、師匠がため息をつく。

 

「こ、こわいなー」

そして、芳香が目をそらしながら賛同して見せた。

 

 

 

「あー!っていうか、結局水着は!?水着!!」

 

「まだ言ってるの?」

本人にとっては重要な事を思い出した善が、大きな声で騒ぎ出す。

それに対して師匠はうんざりしたような顔をする。

 

「いや、だって……それが目的、的な?」

 

「そう、そんなに着たいのなら、好きなだけ着せてあげるわ!!」

師匠が一枚の札を出して、善の頭に張り付けた。

 

 

 

パシャ、パシャ!

 

「うーん、とっても可愛いわよ?」

師匠がカメラを持って、河の近くで遊ぶ子を写真で取る。

 

パシャ、パシャ!

 

「師匠、もう、止めましょ!?すっぱり諦めますから!!」

 

「いいえー、まだまだ撮るわよ?」

レンズの覗く先、そこには仕縁の姿にされた善が、水着を着ていた!!

仕縁の体は師匠の作ったキョンシー、当然師匠は簡単に使役できる!!

 

「さぁ、もっと脱いでましようねー?」

 

「!? 嫌だ!!いやだぁ!!うわぁああああ!!

止めて!!止めてください!!師匠!!」

 

「あら、ちょっと過激ね」

善の制止を無視して、無常のシャッター音が響いた。




個人的にもっと正邪は書きたいキャラですね。
なんというか、師匠が巨悪の根源から、正邪はアンチヒーロー感があります。

ボッコボコにされる、アンチヒーローって良くないですか?


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ようこそ夏!!欲望の海!!

今回は水着回。
水着回です。ポロリも有るよ。本当だよ?
まだ今年は海に行っていない作者です。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

 

 

 

 

トントン……トントン……トントン……

 

「誰か来たのかな?」

墓場の一角、木に水をやっている小傘がドアを叩く音に気が付き、如雨露を地面に置く。

 

ドン、ドン!ドン、ドンドン!!

 

焦らすな!とでも言いたいように、扉を叩く力はどんどん大きく成っている。

そのドアを叩くのは小柄な幼女、紫色のチューブが胸の丸い球体に伸びている。

 

「あ、古明地……さん、だっけ?」

 

「今日お兄さんは?」

こいしがドアをなおも叩きながら、善を探す。

 

「今日は出かけてるよ。えーと、紅魔館ってところに遊びに行ってるの。

うみ?ってので遊ぶんだって」

善が教えてくれた情報を小傘が教える。

楽しそうに笑う善の姿が印象的で、自身も興味があったがどうやら「うみ」は水場らしく、傘の自分が雨以外で濡れるのはなんとなく嫌で、お断りしたのだ。

 

「今頃、ハメを外して遊んでるんだろうな~」

まだ見ぬ「うみ」を想い、小傘がつぶやく。

願わくば、いつも心労の祟っている彼が、今日だけはゆっくりと羽を伸ばせることを祈った。

 

 

 

 

 

「ヒャッホォ!鮮やかなスカイブルー!!白い砂浜!!来たぜ海!!

そして、水着の美女(師匠)美少女(芳香)!!俺の夏、始まったな!!」

紅魔館の一室、レミリアが作り上げた人口の「海」の部屋で、善が波の音に心躍らせる!!

 

「善、もう秋だぞ?寒くないのか?」

 

「水を差すんじゃない!今、俺は青春を満喫しているんだ!!

所で師匠は?」

 

「…………善はソレばっかだなー」

ここしばらく見たことのない位の笑顔を浮かべる善を見て、辟易しする芳香。

好きなものは、仕方ないのだろうがもう少し節度を持ってほしいと思う。

キョンシーである芳香ですらそう思う。

 

「芳香の水着可愛いぞ?」

 

「本当か?えへへ、そうかぁ、似合うかぁ」

中華風のワンピースタイプの水着を善が褒めてくれる。

芳香もまんざらでもない顔で、照れたように笑う。

 

「あ、師匠!!こっちこっち――……ええ……」

 

「あら、何か文句でもあるのかしら?」

師匠の姿を見た善が露骨にテンションを下げる。

その姿は、ノースリーブの青いワンピースでサンダルという出で立ち。

確かに薄着ではあるのだが……

 

「なんで、海なのに水着じゃないんですか!?」

 

「だって、肌焼きたくないし、海水って嫌いなのよ。

だから、今日は此処でゆっくりさせてもらうわ」

そう言うや否や、ビーチに置かれていたビーチチェアに腰かけ、日傘の下でトロピカルドリンク片手に本を読み始める。

 

 

 

 

 

「えー、つまんないのー」

こいしがつまらなそうに、頬を膨らませる。

そういえばこの前のバーベキューの時も居たなーと、なんとなく小傘が思う。

 

「お茶位なら、出すよ」

小傘が師匠から渡されたカギでドアを開ける。

 

「あ、お二人ともおはようございます」

扉を開けると橙が丁度玄関前を横切った。

彼女は小傘とは違い鍵など持っていないハズだが、どうやって入ったのだろうか?

考えても仕方ないと、小傘はすぐにあきらめた。

そう、橙は本当にいつの間にか家の中にいるのだ。

本人曰く化け猫だそうだが、本当なのか小傘は怪しく成って来たなーと思った。

 

 

 

 

 

「あれ?そういえば、芳香は何処に――」

楽しみにしていた師匠のまさかの水着レスに善が落ち込む。

師匠の水着はあきらめ芳香と遊ぶことにする。

 

「ぜーん!これ、たのしいぞー!」

何処かで見つけた浮輪で遊ぶ芳香!!

しかし!!その姿ははるか遠く、海の向こうまで流されている!!

完全に波にさらわれている!!

 

「うわわわわ!!流されてる!!流されてるぞ!!

待ってろ、すぐに行くから!!」

善が慌てて、海に飛び込み泳ぎ始める。

 

 

 

 

 

「そういえば、お腹空いた!」

こいしが突然、ちゃぶ台を叩いて元気に自身の空腹をアピールする。

 

「少し図々しいですよ!もっと、節度を持つべきです!!」

こいしに向かって、橙がくぐもった声で注意する。

くぐもる理由は当然――

 

「はいはい、橙ちゃんも善さんの布団の中から出て言おうね?」

 

「こうしていると、善さんの香りに包まれて……

抱きしめられてるみたいです!!体中に善さんの臭いがマーキングされ――」

 

「軽く何か作ってくるね!!」

遂には枕に顔を押し付け、ハスハスと深呼吸を始めた橙を置いて小傘が台所へ走った。

なんというか、これ以上橙の奇行も見たくないし、こいしの予測不能な会話も聞きたくなかった。

 

「善さんいつもよく無事だなー」

なんだかんだ言って平然と過ごしている善のすごさに、少し関心した。

 

 

 

 

 

「海の家まであるのか……」

砂浜の端、実際の海岸にあるような海の家に善が懐かしい気持ちになる。

 

「お腹空いたぞー」

 

「ああ、そうだな。何か食べようか?」

 

「私にはかき氷をお願いね」

善の問いかけに、本に目を落としたまま師匠が注文を付ける。

それに了解の意を示し、善が芳香を連れて歩いていく。

 

「いらっしゃい!」

元気に挨拶を返してくれるのは、小悪魔だった。

パーカーを着こんで、両手のヘラで焼きそばを焼いている。

 

「あ!小悪魔さん、図書館は良いんですか?」

 

「パチュリー様にはちゃんと言ってありますよ。

ソレより、何か食べて行ってくださいよ、お嬢様にはちゃんともてなす様に言われてるんですから」

笑みを浮かべる小悪魔、鉄板で炒められる麺にソースを垂らすと辺り一面に良い香りがブワッと広がる。

焼きそばのソースの焦げる香に、自然と善も空腹を感じる。

 

「コレ、コレ食べたいぞ!!」

それは芳香も同じようで、よだれを垂らしながら善の袖を引っ張る。

 

「まいど~」

小悪魔が手早く、皿に大盛に盛り付け奥の席に持っていく。

 

「いただきまーす」

芳香が大喜びで、焼きそばを食べ始める。

その様子を見ながら、今度はかき氷を小悪魔が作り始める。

 

 

 

 

 

「はーい、お蕎麦が出来ましたよ――って、お酒くさ!?」

お盆に持った蕎麦を落としそうになりながら、小傘が顔を歪める。

橙かこいしかは分からないがどちらかが酒を昼間にも関わらず、空けてしまっているらしい。

 

「大体ですね、善さんは胸で判断しすぎなんです!!」

ドンと音を立て、机におちょこを置く橙の顔はもう真っ赤だ。

 

「わかるー、おねーちゃんも『あの人は、人としての理性が外れてます』って言ってたー」

けらけらと笑う、こいしも手にグラスを持っている。

 

「二人とも、まだお昼なのに……」

いつの間にか始まっていた酒盛りに小傘が苦言を呈すが……

 

「だーいじょうぶ、別にお仕事とか無いしー。

仙人のおばさんは、お金とお酒を上げれば歓迎してくれるしねー」

 

「帰ると藍しゃまがうるさいんです……

きっと更年期障害ですね、にゅふふふふ!!!」

各方面から怒られそうな言葉を平然と吐く二人。

鬼の居ぬ間の洗濯ならぬ、師匠の居ぬ間の暴言だ。

今の橙とこいしは、止める者の居ない為ハメを外しているのだろう。

 

「はぁ~きちんと片付けてよ?

善さん嫌がるから」

半分黙認しながら、小傘がちゃぶ台に蕎麦を置いて箸に手を付ける。

 

「そういえば、初めて善さんと食べたのはうどんだったな」

ちゅるりと麺啜りながら小傘がつぶやく。

初めて会った雪の日の事を思い出した。

 

 

 

 

 

「すいませんね、お仕事も有るでしょうに……」

 

「あはは、気にしないでくださいよ。

なんだかんだ言って、私自身うれしいんですから」

朗らかに答える小悪魔。

この笑みを見ていると彼女が悪魔であるという事を忘れそうになる。

 

「けど、鉄板系って大変じゃないですか?」

少し前に、師匠たちとバーベキューをしたが善は鉄板の熱気に()てられ、熱中症をおこし倒れてしまったことがある。

 

「相変わらず優しいですね、けど大丈夫です。

人間より丈夫――ん?人間だっけ?ま、いいです。

詩堂さんよりは丈夫ですよ。そ・れ・に……」

誘うような笑みを浮かべ、小悪魔が善の前に体をさらす。

 

「ちゃ~んと、薄着ですから」

小悪魔は大きめの赤いパーカーを着ていた。

だが、裾が長く股下ぎりぎりの長さとなっており、パッと見下には何も来ていない様に見える。

さらに、ほっそりした白く長い足と、豊かな胸がパーカーのやぼったい生地を押し上げている。

何時も見るまじめな、司書風の服とは違った趣があった。

 

「……」

自身でも無意識に、善は唾を飲み込んでいた。

 

「アハッ!いけないんだぁ……

自分の師匠に、キョンシーに、妹様まで……

女の子をあ~んなに侍らせてるのに、私にも気が有るんですかぁ?」

 

「侍らせている訳では……」

善としては全くそのつもりは無いのだが、小悪魔の指摘に居心地が悪くなる。

 

「アハハッ!良いんですよ?(悪魔)の前では、理性なんて捨てて――あ”」

何かに気が付いた小悪魔が、小さく声を漏らした。

その瞬間!!

 

「ん?――いぎゃ!?」

善の後頭部に激しい痛みが走る!!

 

「ぜーん!!ぜーん!!何をしてるんだ!!」

ガリゴリと芳香が善の頭をかじり続ける!!

 

「痛い!痛い!!痛い!!!スッゴイ痛い!!」

逃げる善をなおも芳香が必要に追い続ける!!

そのまま二人は、走って逃げていってしまった。

 

「あ~あ……善さん本人は簡単に堕とせそうなのに……」

小悪魔はチラリと、視線を師匠の方へと向ける。

ビーチチェアに寝転ぶ師匠、さっきと同じ様に見えるがその手にはしっかりと札を握っている。

そして此処から出も分かるほどのプレッシャーを感じる。

 

「周りのガードが固すぎるんだもんな~」

小悪魔はその場で、降参とでも言いたげに両腕を上げて見せた。

 

 

 

 

 

「見つけちゃった……」

こいしが善のベットの下から、一冊の本を取り出す。

表紙には水着の女の人が大胆なポーズを取っている。

 

「ちょっと、勝手に漁っちゃダメだって!!」

小傘が必死になって、止めるがこいしは内容を見ながら「おおー」だの「すごーい」だのを繰り返すばかりだ。

 

「にゃぁああああ!!ぜ、善さん、こんなものまで!?」

いつの間にか、別の本棚を漁っていた橙が本を取りこぼす。

小傘の目の前で、ページがめくれ……

 

「ねこ?」

無数の猫たちの写真が現れた。

 

「な、なんて本なんでしょう!!こんなあられもない姿をさらして!!

こっちなんて、紐しか着ていません!!」

橙が指さす写真には、猫が毛糸玉で遊び体に毛糸が絡まっている写真だった。

タダの猫の写真だが、同じ猫である橙にとっては意味合いが違うらしい。

 

「善さんは、触手とかが好きなんでしょうか?」

橙が不安そうに毛糸に身をからめとられた猫の写真を見る。

 

「そんな事ないと思うけどな……」

小傘がおずおずと訂正する。

 

 

 

 

 

「うわぁあああ!!?!?なんだ、なんだコレ!?」

海で泳いでいた善が、紫色したヌメヌメした触手にからめとられる!!

海中から、巨大なイカの様な生物が善の全身に触手を絡ませる!!

 

「海って、あんなの居たかしら?」

本から、目を上げて師匠が不思議そうにイカの様な生き物を見る。

 

「あッ!?ちょっと!!海パンに触手を伸ばさないで!?

ああ、脱げる!!脱げちゃう!!」

イカに逆さ吊りにされ、重力に従い海パンが脱げそうに成っていく。

 

「助けてください、師匠!!」

 

「やぁよ、めんどくさいもの……

ん、冷たい!きーんと来たわ」

師匠はかき氷を一口含むと、自身の目頭を押さえた。

 

「あーあ、パチュリーのイカ、また暴れてる。

キュッとして……ドカーン!」

 

バァン!!

 

突如イカが弾ける様にして、破裂した!!

その衝撃で、善が海に投げ出され、水切りの石の様に3度水を切って砂場に漂着した。

 

「いてて……何が……むぅ!?」

頭を押さえる、善が顔を何者かに抱きすくめられる。

 

「だーれだ?」

 

「……フランお嬢さま」

心辺りある声に、善が顔を上げる。

 

「はい、せーかい!」

予想通り、フランが同じく水着で立っていた。

 

 

 

 

 

「詩堂ー、遊びに来てあげたわよー?」

 

ガチャ

 

「すいません、今詩堂さんいないんです……」

ドアの隙間から小傘が申し訳なさそうに顔をだす。

食事の終わり、呼び鈴が鳴った気がして小傘が玄関に向かった。

そこには、びっくりする位の美女がいた。

 

「えー、詩堂いないの?せっかく妹紅の店が早く終わったから、私が直接足を運んだのに……

時代が時代なら、男は泣いて喜んだわよ」

ぷんすかと怒る美女の影に隠れるようにして、一人の少女が申し訳なさそうに頭を下げていた。

 

「ええと……」

 

「ああ、私に会うのは初めて?

この子は見たことある?」

輝夜がおどおどする小傘に気が付いて、足元の少女を抱き上げて見せた。

 

「は、はい……ズーちゃんですよね?」

 

「(コクコク)」

少女が肯定する様に頭を振った。

善にも聞かされたことがある。

曰く永遠亭への道案内。曰く自分が付けた愛称がいつの間にか本名に成っていた。曰く人間に化けれるが、うさぎ時代の癖で上手く声帯を使えず、身振り手振りで会話する等だ。

 

「私は、蓬莱山 輝夜。よろしくね」

そう言って輝夜はにこやかに笑った。

 

 

 

 

「レジルー、スイカ割りしよ!

咲夜に頼んで二つ持ってきたよ」

太陽が少し特殊なのか、炎天下の部屋の中でフランが楽しそうに胸に抱いたスイカを見せる。

 

「おー、スイカー」

早速気が付いた芳香が、目をキラキラさせる。

 

「良いですね。海って感じがしてきましたよ――」

スイカを見た善が、後ろに振り返って走り出した。

目指したのは、パラソルの下の師匠だ。

 

「師匠!師匠もスイカ割りしましょうよ!!」

 

「……胸に抱いたスイカを見て、思い出したでしょ?」

サングラスを取る師匠の目は善を責め立てる様な形だ。

 

「ギクゥ!?……ち、違いますよ!師匠も一緒に思い出作り、しましょうよ!

本当は、日焼け止めとか塗りたかった……」

 

「最後、本音が出たわね」

ため息をついて師匠が立ち上がった。

そのまま善の肩に、両手を置く師匠。

 

「あの、師匠?」

 

「はーい、今日の折檻始めるわよ?えい!」

師匠が地面に向かって全力で善を押し込む!!

齢1400年を超える仙人の力で、善は思いっきり砂浜へ押し込まれる!!

通常の人間なら、大けがだが善もタダの人間ではない!!

つぶれる事無く無事に砂浜に、押し込まれていく!!

そして、手早く善の周囲の砂を固める!!

 

「動け……ない!?」

哀れ、善は砂浜から首だけ出ている状態にされてしまった。

 

「動いちゃダメよ?」

嫌にいい笑顔を浮かべた師匠が、善の頭にスイカを乗せる。

 

「芳香ちゃーん、こっちよー」

優しい声色で、師匠が芳香を呼ぶ。

 

「ん……おー?こっちか?」

フランに目かくしをされた芳香が、棒を手にこっちにフラフラ歩いてくる。

 

「うおぉぉぉ!?ストップ!!芳香ストップ!!回れ右だ!!」

善が必死になって、回避しようとするが……

 

「いけ、いけー!!」

 

「みぎみぎー!!」

 

「行き過ぎ行き過ぎ!!」

 

「キャハハハハ!!壊れちゃえ!!」

4人に分裂したフランが煽り立てる!!

味方はゼロだ!!紅魔館の海!!

 

「はぁい、芳香ちゃんストップ。そこで振り下ろして?」

 

「まて、待つんだ芳香!俺の頭脳をこの世から消しては成らない!!!

待つんだ芳香ぁ!!」

 

「行って良いわよー」

 

「「「「行って行って!!」」」」

師匠フランの声が飛ぶ。

 

「行って良いって言ってるぞー」

芳香が目かくしをしたまま、金属の棒を振り上げる!!

 

「まて、待つんだ!!あぁあああああ!!!」

 

「フルスロットル!!」

芳香の棒が善の頭のスイカを叩き割った!!

*善は仙人の特殊な訓練を積んでいます。読者諸君は絶対に真似しないでください。

 

 

 

 

 

「あら、あの木って桃の木?」

輝夜が墓の端に植えられた、真新しい一本の木を指さす。

 

「そうです。この前、山に居る豊穣の神様からもらったんです。

丁度1年と少し――善さんが、幻想郷に来た時と同じくらいに芽が出たんですって」

 

「へぇ、こっちに来た詩堂と同い年……

『桃栗三年柿八年』なんて言うけど、私にとっては一瞬の様なもの……

けど、あなた達との出会いはきっと詩堂にとっては衝撃的よね」

目の前に並ぶ、3人の妖怪を見て輝夜がつぶやく。

 

「(それにしても、見た目が少し幼くないかしら……まさか、詩堂……)」

少し心配になる輝夜。

木の枝を一本つかんで見せた。

 

「いないのは仕方ないわね。

けど、少しくらい何か――」

輝夜が力を籠めると、その枝だけが超高速で成長を始める!!

アッという間に桃が3個ほどなる。

 

「まだまだ、本来は実をつけるのは先……

けど、いつか、詩堂とは普通に実った桃を食べたいわね」

桃をもぎながら、小傘に渡す。

 

「今、切ってくるので待っていてくださいね」

笑みを浮かべた小傘が、走ってゆく。

その背中はとても幸せそうに見えて、輝夜は小さく笑みを浮かべた。

 

「いつか、大きくなったこの木の下で……」

輝夜は目を閉じて、桃の香りを楽しみながら、たくさんの友と一緒に木の下で笑い合う善の姿を夢想した。

 

 

 

 

 

ピシ……パキ……

怪しげな音が、善の埋まった地面からする。

 

「なんの音かしら?」

 

「あ!多分これは――」

 

 

 

紅魔館地下

 

「妹様……今頃あの仙人モドキと……」

地下の掃除をしながら、咲夜が歯ぎしりをする。

海で遊ぶ約束をした以上、お嬢様の決定には逆らえない。

咲夜は気に入らない仙人モドキにせめて関わらない様に、地下の掃除を一人で引き受けたが……

 

「ああもう!!今頃、水着の妹様とイチャコラしてると思うと、むっかつく!!

あー、私も海でお嬢様たちとアレやコレした!!

砂浜と海カモン!!」

うらやましさと、嫉妬と、誰も居ない解放感から瀟洒な咲夜のテンションが少し狂う。

その時!!

 

ピシ……パキ……

 

「え?」

頭に、少量の砂が降ってきた。

上を見上げると、天井にヒビが!!

そして、砂と僅かに水が流れている!!

次の瞬間!!

 

ドガ!バキ!!

 

「えぇええええ!!!??」

 

「おぉおおおおお!??!?」

天井を突き破り大量の砂と海水が!!

実はここは丁度善たちの居た、海の下!!

師匠の衝撃と芳香の衝撃、そして善の体が削岩機の役割を果たし、床を打ち抜いたのだ!!

すさまじい衝撃と砂と水の奔流が咲夜を襲った!!

 

「か、カモンとは……言ったけど……」

無数の砂と泥水、そして仙人モドキの水着がかなり危ない所まで、脱げかけているのを見て咲夜の意識はゆっくりと暗く――ポロリ――した。

意識を失う瞬間咲夜は思った。

 

「最後に見る景色、汚すぎる!!」




ポロリありましたね。
こうしてみると、かなり善の知り合いは増えました。
長期連載ですからね。しかしまだまだ出ていないキャラも多いという事実。
全キャラとの絡みを書きたいですが、難しいですかね。


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逆行!!幼き瞳!!

さて、さて、今回も投稿です。
最近少し寒くなってきましたね。
朝起きると肌寒さすら感じます、こういった体温の変化についていけない人は良く風邪をひくので注意してくださいね。



時を渡る列車「スキマライナー」次の駅は過去か未来か……

 

「師匠!?これは不味いですよ!!ぱ、パクリじゃないですか!?」

 

「善、パクリじゃないわ。オマージュよ」

 

「さすがに無理ですって!!」

 

 

 

 

 

「ふぅあ……あら、もうこんな時間……」

自室で師匠が目を覚ます。

時計を見るともはやお昼近く。

昨日新しい術の研究で根を詰めすぎたのか、いつの間にか寝てしまった。

 

「ぜ~ん、ぜ~ん……居ないのかしら?」

弟子を呼びつけるが、帰ってくるのはただ静寂ばかり。

小傘も橙も芳香すらいない空っぽの家の中――

 

「ウチってこんなに静かなのね」

静まり返った家の中で、食べ物を求め歩みを進める。

その間にチラチラと部屋を覗くがやはり誰も居ない。

 

「あら?メモが」

台所に一枚のメモが張ってあった。

良く見慣れた善の字であることはすぐに分かった。

 

「えーと、なになに……

『お師匠様へ。

今日知り合いになった、衣玖さんと芳香を連れて出かけてきます。

夕方までには戻る予定なので、買い出しの必要はありません。

お疲れで良く寝ている様でしたので、このような形になりました。

朝食の残りが有るので朝昼兼用で召し上がってください。

衣玖さんやばい、衣玖さん、衣玖さん、揺れる、胸部。

羽衣素敵、可愛い。美人、巨乳、パツパツ……衣玖さん、衣玖さん

むふふふふふふふ……*これ以降文字が荒くて解読不可能』」

恐怖を感じて、師匠はその紙を放り投げた!!!

 

「私の弟子怖すぎ!?なんなのよ……一体何が有ったのよ……

あ、裏が有るわ……

『PS表の木にぶら下がっている変態は、ただの通りすがりの野良変態なので気にしないでください』?」

少し気になる文章を発見して、庭の木へと向かう。

 

「むー……むーぅ……」

 

「ええ……なぁにこれぇ?」

庭の木の幹に剣の様な物が突き刺さり、そこからロープで青い髪をした少女が目隠しされ、さらに手足を縛られぶら下げられていた。

殴られたのか、服の一部が破れ泥や土で汚れている。

さらにその下に盛り土がなされ「てんこのは”か」と書かれた石が積まれている。

問題なのはその吊られた当人が目かくしされていながらも非常に楽しそうにしている事!!

イッツ!アブノーマル!!

 

「はぁはぁ……あら、もう放置プレイは終わりかしら!?

こんなの全然大したことは無かったわ!!

さぁ!!あなたの邪帝皇と呼ばれた力をもっと私に見せなさいよ!!」

何か言ってる、野生の野良変態を無視して、師匠は自身の家へと帰っていった。

まさか今日初めての、人とのコンタクトがコレになるとは認めたくはなかった。

 

 

 

「弟子がおかしいと、周りにも変な人が来ていやね。

何とか矯正する方法はないかしら?」

困ったように、師匠が善の作った朝食を食べる。

その時、音もなく師匠の目の前の空間が開いた。

 

「邪仙さんこんにちは」

 

「あら、妖怪の賢者様が何の用かしら?」

 

八雲 紫。スキマに潜む妖怪の賢者が師匠と目を合わす。

この二人、幻想郷でもトップクラスの問題を起こす元凶コンビで、無力な人間にとっては非常に厄介な組み合わせ!!

二人の出会いは何か(ろくでもない)ことが起きる前兆!!

 

「邪仙さん、過去へ行ってみない?

貴方の弟子の過ごした過去へ」

そう言って渡すのは一枚の不思議なカード、善の姿が描かれており今から10年ほど前の日付が付いている。

 

「このカードを貴女の弟子に掲げれば、記憶をたどって過去の世界へ飛べるわ。

この数字の年にね、帰るときは自動で戻ってこれるから。

カードは一回こっきりの、往復よ」

 

「まぁ、素敵。けど、こんなことするなんて、何か理由が有るのでしょ?」

願っても無い言葉に、師匠が警戒心をあらわにする。

 

「いいえ、ウチの猫を預かってもらってるお礼ですわ。

まずは少しだけ、お試しのサービスよ?

歴史の修正力に抗えたら、少しだけ彼を矯正できるかもしれませんわよ?」

パチンと指を鳴らすと、師匠が一瞬の浮遊感の襲われる。

次に地面に足を付けた時、そこはもうすでに師匠の知っている場所ではなかった。

 

 

 

「ブランコに、滑り台……なるほど、公園ね」

周囲を見回し、今の位置を確認する。

そして、ここが『いつ』なのかを知るため、子供を探す。

大人より警戒心が薄く、公園という場所的にも上手く出会える筈だ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!高いよぉ!怖いよぉ!!

董子ちゃんやめてよ!!」

 

「うるさい!!男でしょ早く上りなさいよ!!」

遊具ではなく、木の上に男の子が別の女の子によって追いつめられている!!

高い所が怖いのか、それとも降りれなくなるのを気にしているのか。

嘲笑を上げながら、眼鏡の女の子が木に蹴りを叩き込み、その振動で尚も男の子は泣き続ける。

 

「……あのこ、見覚えが……」

なんだか聞いたことのある悲鳴。

というか、毎日聞いている助けを求める声――

 

「はぁ……善って、昔から虐められる体質なのね……」

ため息をつき、木の場所へ。

 

「ん?何よおばさ――」

 

「お姉さんでしょ?」

下で善を追いやってた子に、にこやかな笑みを浮かべ訂正させる。

 

「いや。おばさ――」

 

「お・ね・え・さ・ん・よ?」

生意気そうな女の子の頭を引っ掴み、目の前で再度笑みを浮かべる!!!

その顔は確かに笑っているが纏うオーラはまさに鬼!!

 

「ご、ごめんなさいでした!!」

その女の子は慌てて逃げ出した。

 

「さぁ、もう大丈夫よ?こわくな――あ”」

 

がたがた、ブルブル、がたがた、ブルブル!!

 

木の上、善が師匠の迫力に完全にビビってすくみ上っている!!!

師匠の笑顔の余波は善にも及んでた!!

 

「た、食べないでください!!」

 

「食べないわよ!!」

尚も震える善に師匠があきれたように、言い放った。

 

 

 

「ほら、こっち来なさい」

 

「うん……」

木の上の善を飛んで空中で抱き上げた。

善には手品だと言い聞かせている。

 

「お、おねーさんありがと……」

地面に下ろした善が師匠にお礼を言う、現代ではほぼ同じ身長(若干善が高い)位なのだが、まだ幼い事もあり、善は師匠を見上げるような形になる。

具体的に言うと上目使いである。

 

「はぅ!?」

 

バキューン!!

 

何かが、何かが師匠の心を打ち抜いた気がした。

小さく怯える小柄な体躯、おどおどした気弱そうな目、まるで小動物を連想させる少年がそこに佇んでいた。

 

「ね、ねぇ、ボク?おねーさんのお名前教えてくれない?」

 

「はい、ボクはしどう ぜんです。6歳です!」

そう言って自慢気に指を5本差し出し、そのあと逆の手で指をさらに一本差し出した。

 

(か、可愛いじゃない……善のくせに……)

師匠は無意識に、善の頭を撫でていた。

 

「ねぇ、善君、おねーさん道に迷っちゃったんだけど、此処何処か教えてくれない?」

 

「えーとね、ボクの家の近くの公園!」

 

「ああ、そうじゃなくて――もう、可愛いから良いわ!」

師匠が善に抱き着き、持ち上げた。

色々と考えるやすべきことが有るだろうが、善を見ているとそんなことどうでもよくなる!!

ジーっと見てると、ドーでもよくなる!!

 

 

 

「そっかぁ、善君は来年小学校なのね」

 

「うん、そう!学校で一番になるの!!」

善と楽しく話す師匠。

今更だが、ここに来た理由を思い出す。

そう、彼の趣味を変えて今を変えなくてはいけない!!

 

「ねぇ、善君?」

 

「なぁに?おねーさん?

善君って、さっきの子嫌い?」

 

「嫌い!!僕の事いっつも馬鹿にするから!!

そのくせ兄さんにはくっついてさ!!」

怒るのもわかるわ。と善をなだめすかす。

ここで彼の興味を年上ではなく同年代にしなくては成らない。

年上好きが高じて、おそらくあのような性格になったと、師匠は推理した。

 

「けどね?自分と同じ年ごろの子には優しくしないとダメなのよ?

善君は男の子でしょ?男の子はね、女の子をまもる使命が有るのよ?」

 

「使命?」

分からないと言いたげに、善が聞き返す。

 

「そう、だってその方がかっこいいじゃない?

ヒーローは他の人を守るものなのよ?」

 

「ヒーロー!?ボクも成れる?」

 

「ええ、成れるわ。みんなに優しく、強く成りなさい」

 

「うん!わかった!」

善が笑顔を浮かべた瞬間、師匠の目の前が光に包まれる。

 

 

 

「あら、ここは……戻ってきたのね」

気が付くと、いつもの墓場。

先まで吊るされていたハズの野生の変態も居ない。

木に剣の刺し傷が無い事から、ここが別の世界だと分かる。

 

「善はどうなったのかしら?」

家の中へ、ドアを開けて入ってみる。

 

「芳香~芳香~」

 

「うー!やめろー、離せー!!」

善が逃げる芳香に、フリフリの服を当てがっていた。

ピンクでフリル過多の、なかなかに着るのに勇気の要る服だ。

 

「あ!師匠、おかえりなさい。

ね、ね、師匠も芳香にコレ似合うと思うでしょ?」

そう言って、自身の持つ服を芳香に見せた。

 

「嫌だぞー!こんなの着たくないぞ!!」

 

「絶対に似あうって!!」

ピンクのフリフリを掲げて、なおも芳香を追い回す!!

騒がしいが何処か微笑ましいと、師匠が思った時――

 

「コレ、すてふぁにぃに出てきた子の服だ!!

私に何をさせる気なんだ!!」

 

「ぐ、偶然の一致です!!不可抗力です!!」

すてふぁにぃの単語を聞いた瞬間、師匠の目が吊り上がった!!

 

「あなたまだ、そんな事言ってるの?」

改変に失敗したことに気が付き、師匠がいら立ち始める。

 

「すてふぁにぃは俺の恋人です!!絶対に守る!!」

居間の机の上の紙袋を大切に抱き上げた!!

必死の形相!!しかし!!守るべき対象が違う!!

 

「ああもう!!やり直しよ!!やり直し!!」

善からすてふぁにぃを奪い取った師匠が、紫から渡されたカードを善の前にかざすと、干物の様に善が縦に割れる。

その間に飛び込み、師匠は再び過去へと!!

すべては、善の好みを直すために!!

 

 

 

 

 

「ふぅ、また来たわね……とりあえず、コレを捨てて……」

思わず持ってきたすえふぁにぃを何処かへ捨てようと、公園にを横切ろうとすると――

 

「あ、善君」

公園のベンチの中、善が座って泣いているのが見えた。

 

「どうしたの、なんで泣いてるの?」

気が付けば再び、善に話しかけていた。

 

「おねーさん……お母さんに怒られた……」

グズグズと涙を流し、シャツがべたべたに成っている。

ゆっくりと嗚咽交じりで善が話し出した。

 

「ふーん、お勉強上手くいかないんだ……」

 

「うん、ボク好きじゃない……

頑張っても、兄さんに勝てないお父さんも、お母さんも『完良はもっと出来た、お前はサボってるからできないんだ』って。

ボク頑張ってるのに……」

そう言って、再度泣き出す善。

親の評価は仕方ないだろう、実際にもっとよく出来た息子がいるのだ。

同じような存在は必ず比較され、優劣が付けられる。

そして劣った側の存在は――

 

「なら私と来ない?」

 

「え?」

師匠の言葉に善が目を丸くする。

師匠は本気だった、この時間の自分が何処にいたかは覚えている。

過去の自分へ善を預ける積りだった。

 

「貴方を認めないお父さんお母さんを捨てて、私のウチの子に成らない?

勉強以外でも、生きるのに大切なことはいっぱい有るわ。私が全部教えてあげる。

私のウチね、他にも一人居るの。芳香っていう子なんだけど、貴方とはきっと仲良くなれるはずよ?どう?」

師匠の言葉に善が考える。

通常子どもは親の元へ行こうとする。

『考える』という事は、心が揺らいでいる証拠であり、親という絶対的な存在への揺らぎが生じているという事だ。

だが……

 

「おねーさん……やめておくよ。

だってまだボク頑張れるから!!にーさんみたいになるんだ。

みんなからすごいって、褒められたいんだ!!

ボクにだって出来るハズだからさ!」

純粋な笑み。クリアな透き通るような笑みを浮かべる。

だが、師匠は知っている。

この笑みは必ず曇る、この決意は必ず叶わない、だがそれでも善が望むなら手を出す気はなかった。

ならば今できるのはたった一つ。

 

「頑張りなさい、善君なら絶対に出来るわ」

 

「うん、ありがとおねーさん。

何時かボクが大きく成ったら、また一緒に遊んでね!!」

 

「ええ、頑張りなさい。何度心折れようとも……

私は、その先に居るんだから。

またいつか、会えた時一緒に遊びましょうね」

師匠は去り行く善の背中に声をかけた。

 

「おねーさん!!」

 

「ん?どうしたの?」

いつの間にか善が振り向いている。

そして、小走りにこちらに走って来て――

 

「おねーさんありがと、ボクおねーさん大好き!」

善が甘える様に師匠の胸に飛び込んできた。

そして再度、師匠の視界が白く染まる。

 

 

 

 

 

「さぁ!もっと!もっと来なさいよ!!」

 

「……結局、元の世界ね」

気が付くと、元の墓場。

善によって吊るされたであろう、野生の変態もぶら下がったままである。

師匠はそのまま自分の家へと入っていった。

 

 

 

「あ、師匠おかえりなさい」

 

「おー、おかえりー」

居間で善と芳香二人が、桃を食べている。

 

「衣玖さんから、天界産の桃を貰ったんですよ。

師匠も食べるでしょ?」

 

「そうね、お願いするわ」

善が台所へと桃を剥きに行った。

見た所、大きな変化どころか、なんの変化も無いようだった。

 

「はぁ、特に収穫は無しね」

色々あって、疲れた師匠。

ふと気が付くと手に紙袋を持ったまま、結局捨てるのを忘れてしまったのだ。

師匠はそれを忌々し気に投げ捨てた。

 

「師匠ー、桃……うお!?」

投げ捨てた本が善にぶつかりそうになって、慌てて善が避けた。

 

「なんですか、コレ?」

 

「私の馬鹿で、お調子者で、色魔で、未熟者で、ろくでなしで、変態で、無能で役立たずの弟子の愛して止まない本よ」

色々と嫌になっていた師匠は、善から桃をひったくるともくもくと食べ始めた。

優しい甘い味が広がるがどうにも、心のむかつきは消えない。

 

「ひどい言われ様ですね……あれ?これ、私のじゃないですよ?」

投げられた衝撃で、紙袋が破れ中の表紙が少し見えている。

 

「うわぁ……これはひどい……」

善が取り出す本は、一応は春画の系統なのだが……

 

「えーと、『ドS幼女に調教され隊』?『幼女帝に跪いて』、『ロリロリファンタジー』?

なんですか、コレ……うわぁ、キッチィ……」

表紙を見て、善は本気で引いている。

 

「え、うそ……」

ソレに驚いたのは師匠も同じ、当然だが善の好みは知っている。

そしてこれがその好みで無いのも分かる。

思いつくのは一つの可能性――!

 

「そうだわ……戻って来た時は、表に誰も吊るされてなかったわ。

そして、『本来の改変される前』が『今の世界』」

紫の言う「時の修正力」という言葉が、脳裏をよぎった。

 

「最初の世界は『私が改変する事』まで織り込まれた世界なのね。

私が改変しないと善はロリコンに成っていたんだわ……」

なんというか、壮大な仕掛けにまんまと乗せられた気がする師匠。

コテンと、背を倒し床に寝そべる。乾いた笑いが零れる。

 

「ふふふ、なぁんだ……ぜーんぶ、無駄な労力ね……」

少し笑って、一周回って逆に師匠はすっきりする。

そうだ、そう言えば約束していたことが有った。

 

「ねぇ善」

 

「は、はい!師匠!これは私のじゃないですからね!?

その橙さんとか、小傘さんとか見てたら罪悪感でこういう系は完全に無理で……」

急に倒れ笑い転げた師匠を見て不安になっていた善、急に言葉を掛けられビクリと震える。

言い訳する善を無視して、とびっきりの笑顔を作る。

 

「ねぇ、明日ってヒマ?

修業の息抜きにデートしましょうよ」

 

「え、明日――で、デート!?」

突然の言葉に、善が驚く。

 

「良いでしょ?芳香とは何度も行ってるんだから、たまにはお師匠様をエスコートしなさい」

突然の師匠の意見に善が右往左往するが、結局は覚悟を決めて――

 

「は、はい!喜んで!!」

善の嬉しそうな顔に、10年前の善の笑みが重なって見えた。

 

「長い長い時間の果てに、あなたは今ここに居るのよね」

小さく師匠が微笑んで笑って見せた。

多分善はもう覚えていない、ずっと昔の事。

だけど、時を重ねて確かに今、あの日泣いていた少年はここに居る。

遠回りをしただろうが、少年は確かに今、自分の手元に居るのだ。

そう思い、師匠は明日のデートの内容を夢想し始めた。

だが――

 

「はぁ、なんでこんなに劣化したのかしら……

あのまま育てば、私好みだったのに……」

 

「急に訳の分からない理由でがっかりするのは止めてください!!師匠!!」

今日も()()()()()の時が流れる。

 




実は、善はヒーローが好きという設定が有ります。
現代に戻った時、ヒーロー物の音楽を聴いていたり、一部の技を使うイメージにヒーローを使っていたりしています。

タイムパラドックスは、考えていても頭が痛くなりますね。
プロットを書くのが苦手(基本書くのはノリと勢い)な作者には強敵ですね。

因みに、あの選択肢で師匠についていくを選ぶと、なかなかBADな世界へ……
何時か特別編という形で、見せれたらいいな~と思っています。


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理想郷の閻魔!!交差する命!!

今回は小町が久しぶりに登場。
さて、今回の被害者は誰かな?


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

 

 

 

 

「ふん、ふふん、ふ~ん♪」

鏡を見ながら師匠が、自身の体に服を宛がう。

その様子を芳香はじっと見ている。

 

「ねぇ、芳香ちゃん。偶には髪を下ろすのも良いわよね?」

自身の髪を梳かしながら師匠が、芳香に向き直った。

 

「い、いいと思うぞ……?」

 

「うふ、大丈夫よ。貴女から善を取ったりしないわ」

不満げな顔をした芳香をなだめるように、師匠が優しく芳香を抱き寄せる。

その言葉を聞いて安堵した様子を見せるが、すぐにハッと成って頭を横に振る。

 

「べ、別に善とはそういう関係じゃないぞ!それにもともと私のでもないぞ!」

 

「あら~、そうだったわね。じゃ、私が遠慮なく貰うわ」

 

「え、あ、う~」

ちょっと意地悪してやろうと師匠がからかうと、芳香はすぐに泣きそうな顔に変わってしまった。

 

「うふふ、芳香にこんなに思ってもらえるなんて、私の弟子は罪作りね」

 

「だ、だ~か~ら~!そんなんじゃないぞ!!」

慌てて否定する芳香が面白くて、かわいくて師匠は再び小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

人里の中、人々の中に混じって小柄な少女が腕時計で時間を見る。

他の人とは明らかに違う服装に、見た目の年に不相応なほどの凛とした意志の強そうな瞳が、彼女が普通の人間少なくとも幻想郷の人ではない事を雄弁に語っていた。

 

「全く小町は……」

彼女の名は、四季映姫。ヤマザナドゥ――所謂閻魔の仕事を持っている。

清廉潔白にして、品行方正、一切の私情無く死者を裁く魂の番人である。

閻魔の仕事をこなしている為か、彼女はルールという物に非常に厳しい。

そう、サボってばかりの部下が珍しくオフの日の気分転換に誘ってきたので、意気揚々と外出したのに、約束の時間を1時間半ほど過ぎている――なんてことが起きたら非常に不愉快になる程度にはルールに厳しかった。

 

「はぁ、新人研修に来た子はしっかりしているのに……

あの子はちゃんと後輩を指導しているのでしょうか……!

指導を、指導をしっかりさせなくては!!」

苛立たし気に拳を握る。

その時――!!

 

「すいませんでしたぁ!!出来心だったんですぅ!!」

近くを通りかかった若者が、突然映姫の前のに土下座で許しを請い始めた!!

 

「え、あの、え?」

突然の出来事に、映姫が困惑し始める。

その時地面の頭をこすり続けていた少年が頭を不意に上げた。

 

「……あ、しまった。つい癖で……すいませんね、おかしなもの見せて」

恥ずかしそうに善が顔を上げた。

 

 

 

「なるほど、私が『指導をしっかりさせなくては』と言ったのを自分が怒られたと勘違いしてんですね」

話を整理しながら、映姫が善に尋ねる。

 

「苗字が詩堂なもので……お恥ずかしい限りです……」

善が恥ずかしそうに誤魔化す様に頬を掻く。

映姫と善が茶店の椅子に並んで仲良く座る。

 

「貴方の罪状は浅慮です。まったくもって貴方は考えが浅すぎます。

街中で突然怒られたと思ったという事は、貴方は日常的に何か後ろめたいことが有るという事ですね?

それだけではありません、詳しく内容も聞かないうちに頭を下げるなんてするべきことではありません。

良いですか?それは「謝ればいい」という心の表れです。

相手がこちらを叱るという事は、間違ったことを正そうとしているのです。

それに耳を傾け自己の過ちを直していくのが、相手にとっての最大の感謝の現し方であり、そしてもう二度と同じ過ちを犯さない様にするのが貴方のなせる善行ですよ?」

言い終えて、映姫は思わずハッとした。

今の自分はオフ、つまりは閻魔ではない。

それなのに長々と、しかも初対面の男にしてしまった!

 

「…………」

善は映姫をじっと見ている。

 

しまった。

映姫は自身の失敗を確信した。

自身の見た目は不本意、非常に不本意だが見た目より()()幼く見える。

年下の小娘に長々と説教されたとあれば、この男が不機嫌になる事は火を見るより明らかだ。

 

(彼の怒りの琴線に触れてしまったかもしれない。

力で負けることは無いでしょうが、ここで騒ぎを起こすのは……)

映姫がそんなことを考えていると、目の前の男が自身の腕を上げてこちらに近づけてきた。

 

(一発程度、殴られて済むなら――)

映姫が意を決して目をつぶる。

しかし、受けたのは痛みではなく――

 

「映姫さんは偉いですね、自分の意見をしっかりと持ってるんですね」

やさしく頭を撫でられる感覚だった。

 

「え、いえ……あの?」

 

「いやーその年でしっかりしてて大したものですね。

阿求さん曰く、里の子は識字率はあんまり高くないらしいけど……

映姫ちゃんも良いトコのお嬢様かな?」

優しい顔でなおも、映姫の頭を撫でる善。

 

「や、止めてください!!

私はそんなんじゃ……というか、何時まで撫でているんですか!!

子ども扱いしないでください!!」

尚も子ども扱いして、笑う善の手をはたいて自身の頭から退かす。

 

 

 

 

 

「ふぅ~あ……よく寝たー、さてと、今日は何しようかね?」

自身の寝床で死神、小野塚 小町が目を覚ます。

彼女は最近調子が良い。

なぜなら、厄介事の様に押し付けられた新人死神が、非常に有能だからだ。

仕事を教えたら、てきぱきと何でもこなし、高い実力で多くの事を非常に効率的に行ってしまう。

まるでベテランの様だった。

普通の死神なら自身の立場を脅かすのではと警戒するのだが、小町はそんな事考えもせずただ「自分の分まで仕事してくれてラッキー」程度にしか思っていない。

 

「さぁてと、昼からつまみに麦酒で――

いやいや、せっかくの休みなんだから、何処かでリフレッシュを――あ”」

この瞬間!!この瞬間、眠っていた小町の脳細胞が大切なことを思い出す!!

 

「そう言えば、今日四季様と――だ、大丈夫時間までに間に合えば――」

縋るような気持ちで、時計を確認するが、時は無情。

すでに約束の時間を2時間以上過ぎていた。

 

「や、やばい!!」

小町は慌てて準備を済まして、約束の場所へと飛んだ!!

 

 

 

 

 

「うふふ、少し気合を入れすぎたかしら?」

漸く満足のいく服装となった師匠が、善との約束の場所へ向かう。

コレからのデートを考えると意図せず口角が上がってしまう。

 

「二人で出かけるなんて、そう言えばすごく久しぶりね」

その時、師匠が茶店の表にある椅子に座る善を視界に捉え手を上げようとする。

が――

 

「あ、れって……!」

善の横に座っている人物に、師匠は見覚えがあった。

変装の積りか服はいつもと違うが、あの背丈の顔には明確に記憶に残っている。

 

「四季映姫――閻魔の一人……!」

師匠は1400年を生きる、金剛不懐にして不老長寿の仙人である。

しかし、仙人にも弱点はある。

妖怪に狙われ、修業を怠った仙人は体が朽ち果て死に至るというがそれよりも恐れるべき事、ソレこそが100年に一度の死神の強襲である。

死神は命を刈り取る存在、不当に長寿を誇る仙人を刈り取るのも、もちろん死神の仕事だ。

そして、その魂を裁くのが他ならぬ目の前に居る映姫だ。

 

(なぜ、なぜ死神が?まさか、仙人になりつつある善を始末しに?

けれどもまだ100年目ではないのになぜ?)

師匠が隠れ、こっそりと善と映姫の様子を見る。

 

ガタッ……

 

その時、映姫が何かを善に向かって言い始める。

 

「貴方の罪状は――」

 

 

 

「『罪状』!?やっぱりあの子……

いいえ、仙人としてでなく日々の生活を見ても……」

日常の善良な善を思い出そうとするが、どう考えても思い出すのは胸の大きな女性に鼻の下を伸ばし、してふぁにぃを買い集める姿ばかり!!

どう考えても判決は黒!!

 

「あ、ダメかも……」

師匠が珍しくうなだれた。

 

 

 

時を同じくして、ほんの少し離れた場所――具体的には、師匠が善と映姫を見ているのと逆方向の路地にて――

 

「どうして、どうして四季様とあの仙人モドキが!?」

小町が家の影に隠れ、様子を見る。

死者を彼岸に送る仕事をしている小町は過去に数度、あの仙人モドキを見たことがある。

現世に彼岸での記憶は持ち帰れない為、明確には覚えていないだろうが、出会う度にあの男は小町に襲い掛かっている!!

 

思い出すのは、好色な笑みを浮かべ「死ぬときはおっぱいに包まれて死ぬって決めてるんだ!!という事でレッツパイタッチ!!」

と小町の胸めがけてとびかかってくる。

死を理解した瞬間、本音が出るタイプは多いが彼はその中でも群を抜いてる!!

 

「このままじゃ、四季様もあの男の餌食に……ああッ!!」

心配する小町を前に、善が手を振り上げ映姫の頭に振り下ろした。

その様子は嫌がる映姫の髪を無理やり仙人モドキが引っ掴んだように見えた!!

必死に耳を傾け、二人の会話を聞こうとする。

 

「し……ちゃんはえ……いねー。自分のい……ん……ちゃんと持っ……る」

僅かに聞こえた内容を頭の中で組み立てる。

 

(えと、四季ちゃん?は、え、え……エロいね?自分の淫を持ってる?

こ、これは不味いのでは!?四季様に何をさせているんだ!?)

まさかの自分の上司のピンチに小町が焦る!!

だが焦っているのは小町一人ではなかった!!

 

 

 

(ぜ、善!?何してるのよ!!閻魔の頭を撫でるなんて!!

下手に刺激しちゃダメじゃない!!)

路地の中から、自身の弟子の暴挙に師匠がハラハラする。

分かるだろうか?死者の魂を裁く恐ろしい存在の頭を、気軽になでるという事の無謀さを!!

そして、案の定手を振り払われた善をみて、何とかする方法を必死に試案し始める。

 

 

 

 

 

「あ、映姫さん。てんとう虫が居ますよ?」

不意に視界を横切る小さな赤黒い虫。

それは映姫の服の脇腹の位置に止まっていた。

 

「え、申し訳ありませんが取ってくれませんか?

此処からではすこし見えにくく、万が一潰すといけないので……」

虫が苦手なのか、映姫がわずかに身をよじり善に指摘された部分を見せる。

 

「はい……えっと……」

両手を広げ、逃がさない様に一気に映姫から両手で包み込むように、虫を捕まえる。

掌を広げるとてんとう虫は空に飛んでいった。

 

 

 

善が両手を映姫に向かって当てた瞬間、小町の中の何かが弾けた。

自身の上司のピンチに、無意識に走っていた!!

 

「四季様ぁあああ!!」

その小町の声に反応したのは師匠!!

 

「死神!やはりいたのね!!善を渡しはしないわ!!」

一瞬遅れ、路地裏から善の名前を呼びながら向かう!!

 

 

 

「「ん?」」

善と映姫の両方が、ほぼ同時に自身の名を呼ぶ声に気が付きそちらの方を向く。

 

「師匠!?」

 

「小町!?」

驚く両人を、走ってきた両人が流れるようなスピードで抱き上げて元の場所へ戻る。

 

「師匠!?一体どうしたんですか?

なんですか、怒ってる?何か私まずりました!?」

 

「大丈夫よ、もう大丈夫。怖かったわよね?私が来たからもう安心よ?」

ビックリするくらいの優しい笑みを浮かべ、師匠は善を抱いたまま空に飛びあがった。

 

 

 

「小町!?一体なんの積りですか?

遅れてきたと思えば、突然こんな事を――」

 

「大丈夫ですよ、四季様。もうあの仙人モドキは此処にはいませんからね?

アタイが来たからもう大丈夫ですから」

小町にしてはかなり珍しい真剣な顔に、映姫は少し違和感を感じた。

 

 

 

 

 

「え?本当に偶然会っただけなの?」

 

「ええ、っていうかあの人、閻魔だったんですか」

急遽予定を変更して、旧地獄に逃げ込んだ師匠と善が映姫について話す。

 

「そうよ、まさか閻魔が居たなんて、びっくりよ……

もっとも、今日は普通に遊びに来ていただけみたいだったけど……」

安堵した師匠が、何処かで休もうと適当な小料理屋を探す。

 

「けっこう、仲良くなれそうな気がしたんですけどね……」

 

「あなたって、変わったわね。

前はもっと人見知りするタイプだったのに……

修業の成果かしら?」

 

「微妙な成果ですね……あ、けど能力は上がってますよ!!

ちょっと、面白い使い道考えたんで今度見てもらっていいですか?」

師匠が見てきた10年前の様な無邪気な笑顔で、善が笑った。

それに師匠は満足そうに頷いた。

 

 

 

 

 

「全く貴女は!!自分から誘ってきた計画に遅れるなど――」

小町は映姫の前に正座させられ、がみがみと説教を受けていた。

せっかく助けた積りなのに、映姫からは約束を破った件でこっぴどく叱られている最中だ。

 

「はい、はい……反省してます……」

 

「全く貴女は、貴女の後輩の方がよっぽど優秀じゃないですか!!

その内役職も抜かれて、後輩の部下に成ってしまいますよ?」

小町を叱る映姫はまだまだ口を閉じる様子はなかった。

 

「いや、だってあの後輩、地獄のトップの推薦でしょ?

エリートと比較しないで下しさいよ……」

 

「いいえ!たとえ、推薦でも実力が伴わなければ意味がありません!!

彼は努力をして、その推薦を勝ち取ったのです!!」

 

「そろそろ、お説教は止めてください!!四季様!!」

小町の叫びが足のしびれとともに、むなしく響いた。

 

 

 

 

 

雲が月すら隠す、丑三つ時――

3つの影が里の外に在った。

 

「やめろぉおお!!」

体の奥から引き絞られるような少年の声、だがもう一人は止まらない。

もう一人が緻密な装飾のなされた宝剣を振るった。

 

キン――

 

金属が鳴る音が聞こえた瞬間、最後の影が地面に倒れる。

それは今にも折れそうな――否、たった今折れて地面に倒れた一人の少女の影。

白い髪、白い肌そして赤い瞳。

「なんでだよ!!なんでこんなコトするんだよ!!」

 

「この子の寿命は今日だった。

この子は本来地下牢で死ぬはずだった」

 

「しってらぁ!だから、俺たちと一緒に逃げることにしたんだろ!?」

焼けつくような少年の瞳と、もう光を写さない少女の赤い瞳。

アルビノ、先天性の体色異常。極端に色素が薄く肌と髪は白く、瞳は赤く染まる。

現代では多少珍しい程度の事。

だが、幻想郷では違った――

 

生まれた赤子が人と違う。

人間が妖怪を生んだと、その子は産まれた瞬間から忌み子とされ名すら与えられず、屋敷の奥の地下牢にて暮らした、産まれて以来一度も日の光に当たった事のない肌はより白く染まった。

 

唯一の話相手は、世話役の少年。

 

他は、暴力を振るう者達のみ。

屋敷の商売が上手くいかなければ「忌み子のせい」と罰が与えられた。

身内の不幸はすべて「忌み子」のせいだった。

屋敷の商売が上手くいけば「忌み子が弱ったおかげ」結局忌み子に暴力が行くのは同じ。

ただゆるりと、殺されていく日々。

 

「ありがとう……」

少女が、小さく微笑んだ。

 

「おい、しっかりしろよ!!もっといろんな物見るんだろ?」

 

「……コレが、星なんだね……とってもきれいだね……

ねぇ、生まれ変わったら、またいつか、また、ここで……」

此処に一つまた命が消えた。死神の知る予定通り。

満点の星の元で、一つの命が消えていく。

 

「約束通り、星を見せたよ」

死神が帽子を目深まで被る。

彼女との約束、それは星を見せる事。

生かすことは出来ない、だがそれ以外はかなえられる。

 

「なんで、なんで殺したんだよ!!」

少年が落ちていた石を手に、死神に殺意の視線を向ける。

 

「俺は死神。命は救えない、ルールは破れない」

 

「なら、殺せよ!!こいつをこんな目に合わせた屋敷の連中を殺せよ!!」

 

「できない。彼らはまだ死ぬ時じゃないから」

 

「ふっざけんな!!なんで、コイツを殺して屋敷の連中を殺さないんだ!!

なんで、そんなに強いのに!!なんで!!」

少年が涙を流し、敵意を向ける。

少年の慟哭を聞くものはいない。

死神は静かに消えていく。

 

 

 

「……苦しいなら、泣いても良いんじゃない?」

アメリカ国旗を思わせる妖精が、松明を持って飛んでくる。

 

「いいや、良いんだ。ウンピちゃん……

これは俺の選んだ仕事だから……」

完良が目を伏せる。

 

「なんで、死者に対して関係を持とうとするかな?

傷つくのは、そっちだよ?」

 

「ただの数字で終わらせたくないんだ。

ずっと、俺は気が付かなフリをしていた、なら、今度はもっと心を知りたいんだ。

ソレこそが俺が俺に与えた贖罪だから」

完良は回収した魂を大切に懐へとしまう。

 

10年という月日は、善だけを変えた訳ではなかった。

こうして、彼もまた変わっていた。




優しいだけの世界って無いですよね。
多分誰かが笑う陰で、誰かが泣いているハズ。
気が付かないだけで、残酷は結構あるのかもしれません。


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邪帝襲来!!風祝堕つ!!

今回は再び守矢神社に焦点が行きます。
そして今回のゲスト(犠牲者)は早苗さんです。

『早苗と一緒に守矢神社を切り盛りしたい!!』
『キミに出会えた奇跡を喜びたいんだ!!』
という、思いは容赦なく壊され「ぜったい許早苗!!」となる可能性があるのでご注意を。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「ただいま帰りましたー」

師匠と善がデートを終えて家に帰ってくる。

結局映姫を見た師匠は地上を警戒して、突発的に旧地獄へと2人で足を向ける事にした。

年末の事件を振り返りながら、二人で街道を歩いて買い食いしたり、休憩も兼ねて適当な温泉宿に止まり一夜を過ごすことにした。

思いもよらず外泊してしまった為、善は少し芳香が心配だった。

 

「ぜーん!!おかえりー!!」

 

「ただいま、心配を――うお!?」

家の奥から芳香が、走って来て善に抱き着いた。

その衝撃で善がふらつく。

 

「うふふ、芳香ったら。すっかり甘えん坊さんね」

くすくすと師匠がその姿を見て笑う。

 

「どこに行ってたんだ?」

 

「旧地獄の温泉だよ」

 

「善に宿に連れ込まれちゃったのよ……

ぐす、信じてたのに……善もケダモノなのね……」

 

「芳香、饅頭買ってきたから食おうか?

地獄の新商品だってさ」

 

「おー!饅頭食べたい!!」

泣きまねを始める師匠を無視して、善がお土産に買ってきた温泉饅頭を取り出す。

緑のおどろおどろしいパッケージに「冥・界!黄泉黄泉黄泉……」のキャッチフレーズの書かれた『ヨモツヘグリ饅頭』という商品だった。

 

「あら、反応すらしてくれないのね……」

師匠が少し寂しそうに唇を尖らせた。

 

 

 

「うん、うまい!」

はぐはぐと芳香が早くも4個めの饅頭を口にする。

にこにこして善がお茶をつぎ足し、自身も饅頭に口を付ける。

 

「お、アリだな」

ヨモギを練り込んだ饅頭の皮とこしあんがベストマッチしてお茶が進んでいく。

良い香りが口内に行きわたり、あんこの甘さがお茶でサラッと流れていく。

 

「にしてもコレ、ずいぶん縁起の悪い名前よね」

師匠がパッケージを見ながらつぶやいた。

 

「善、お茶お替り!」

 

「はいはーい」

何がいけないのか、善には分からなかったが芳香の声を聴き、そんなことはすぐに忘れてしまった。

 

「そーいえば、まだご飯食べてなかった。

善、何か作ってくれ」

 

「今、饅頭食べたばっかりだろ?お昼まで待て」

 

「うー、お腹空いたぞ!!」

善の言葉に芳香が、機嫌を悪くする。

いやいやをする時、芳香の服がほんの少しめくれる。

師匠がその様子を見て――

 

「そう言えば、最近少し太ったんじゃない?」

 

「え……?

そ、そんな事無いぞ?」

師匠の言葉に、芳香が固まる。

そして不安気に自身のお腹を両手で隠すようにする。

 

「やっぱり師匠もそう思います?実は私も最近……」

 

「善!?」

まさかの善の言葉に、芳香が慌て始める。

 

「わ、私は死体でキョンシーだぞ?太る訳ないじゃないか!!」

 

「けど、おまえ。ごはん最近沢山食べるし、運動してないだろ?」

善が最近の芳香の行動を指摘する。

最近は秋も深まってきたという事もアリ、芸術の秋、読書の秋、スポーツの秋などそれぞれの趣味に精を出す物が多い。

師匠も新しい術を研究したり、善も自身の能力を磨くことに余念がないが、そんな中芳香は食欲の秋を思う存分堪能していた。

 

「は、はは、キョンシーが太るなんて……」

思い当たる節に芳香が、苦笑いを浮かべる。

 

「脱衣所に体重計があるから測ってきたら?」

尚も現実から逃走しようとする芳香に、師匠が逃げようのない一言を投げる!!

 

「え、えっと、明日――」

 

「はい、体重計」

師匠が壁をすっと抜けて、体重計を渡す。

 

「ゴクリ……」

何時もとは全く違う理由で唾を飲み、そっと体重計に乗ると――

 

「う、うわぁあああああああああああ!!!!

あああああああああああああああああ!!!!」

メモリの差した数字を見て、芳香が絶叫を上げる!!

太っていた、確かに、確実に芳香は太っていた!!

 

「ダイエットしなきゃな?」

善が優しく言い聞かせるように口を開く。

 

「ごはん……減らさなきゃダメ……か?」

可愛そうな顔をして、芳香が善に尋ねる。

善は無言でその問いに頷いた。

 

「お、おやつは……?」

 

「しばらく我慢だな」

善の言葉に今度は芳香が絶望したように、膝から崩れ落ちた。

 

「そんな……お、お腹が空いたときに善をかじるのもダメか!?」

 

「かじるなよ!!っていうか、オマエそんな理由で俺をかじってたのか!?」

 

「善をかじるくらいなら、大丈夫――」

 

「じゃないですからね!!」

師匠の言葉を善が大声で否定する!!

 

「芳香、別にそれ位気にするなよ。

俺はちょっとくらいムチッとした子の方がスキだぞ?」

 

「あなたの趣味は聞いてないわよ……

芳香が太ったのはいけないわね。今はまだ、そんなにだけど太る癖がつくと加速していくかもしれないわよ?そんなの嫌でしょ?」

 

「うぐ、いやだ……ダイエットするぞ……」

師匠の言葉に、芳香がしぶしぶといった様子で頷いた。

その様子を見て、師匠も満足気に頷く。

 

「善、芳香のダイエットに協力しなさい。

こういうのは、巻き添え――もとい、一緒にやる人がいる方が捗るもの。

拒否権はないわ!」

 

「あ、このパターン久しぶり……」

師匠の言葉に、何処か懐かしさを感じながら善が頷いた。

 

 

 

 

 

「ほっ!ハッ!」

妖怪の山の奥にその神社はあった。

守矢神社に一人の少女が――否、『一柱の神』が境内で遊んでいた。

緑のカエルを思わせる帽子、少女と呼ぶには幼すぎる肢体、そして手に持つ鉄の輪。

彼女こそ、この神社に奉られる神の一柱である洩矢 諏訪子だった。

実は諏訪子以外にも八坂 神奈子という別の神がいるのだがそちらは今、天狗のお偉いさん方との話の最中。

そして、この神社の巫女――正確には風祝という職の東風谷 早苗が居るのだがそちらも「修業」と称し妖怪を狩りに行っている。

 

「はぁ、早苗もこっちに慣れたのは良いけど、妖怪狩りはどうなのかな~」

諏訪子が心配する。

こっちの世界は妖怪もいる世界、面白半分で退治して大変な事に成らないと良いのだが……

実際少し前まで『恐ろしい者を見た』といい、ふさぎ込んでいたため、元気な今の姿に文句を言いにくいというのもある。

そんな風に、手慰みに鉄輪を転がす諏訪子の耳に聞いたことのない声が聞こえてきた。

 

 

 

「よし、到着だな」

 

「おー、立派だー」

 

「もっと早くこればよかったな」

芳香を連れ、善が鳥居をくぐる。

今回善がランニングの場所に選んだのは、妖怪の山だった。

それも、いつも行く秋の神社のさらに上にある神社を目指してみようという物だった。

 

「水だ、丁度良かった」

神社の脇にある、水舎に行き思いっきり杓子で水を飲み始めた。

ごくごくと喉を鳴らし、うまそうに飲んでいく。

 

「お、良いな、俺も飲もう――」

 

「ちょっと待ったぁ!!

この水は飲むもんじゃないの!!」

善が飲もうと杓子を手に取った時、諏訪子が善に待ったを掛ける。

 

「えっと?」

 

「この水は外界の穢れを落とす物なの、飲む物じゃないんだから!」

諏訪子がぷんすかと二人に怒って見せた。

 

「えっと、ごめんなさい」

 

「(ごくごく)ごめん(ごくごく)だぞー」

尚も水を飲みながら、芳香が謝る。

 

「……まったく、最近の人は神社の参り方も知らないんだか!」

諏訪子が頬を膨らませ、自身の怒りをアピールする。

 

「いや、あんまり神社とか来ないし……

初詣か縁日位?」

 

「うぐ、信仰が足りない……」

善の言葉に今度は、諏訪子が涙目になる。

怒ったり泣いたり忙しいな、と善が思う。

半場あきれる善に対して、諏訪子は少し違う考えを持っていた。

 

「仕方ないな~、今回は特別に私が案内してあげる」

暇を持て余した諏訪子が善と芳香を連れて、自身の神社を案内しようとするが――

 

「諏訪子様ー、ただいま帰りました」

ハキハキした声が、二人の間に響く。

緑の髪に、蛇とカエルを足したような飾りを頭につけた、腋を露出した巫女服。

この神社風祝、東風谷 早苗だ。

 

「あ、早苗ー、おかえりー」

 

「あ、御参拝の方が来ていたんですね。

すいません、神自ら接待させてしまい」

 

「え、神様?」

 

「そうだよ。ここは私の神社なんだから!」

胸を張る諏訪子に対して、善が小さく驚く。

 

「……へぇ、神様に逢うのは2いや、3柱目かな?

あれ、芳香は?」

チラリと芳香を探すがいない。どうやら飽きて遊びに行ってしまった様だ。

 

「あれ……前に、何処かで?」

自ら覚えた既視感に早苗が疑問を呈す。

 

(どこでしたっけ……?)

上手く思い出せない、喉に魚の骨が刺さったような違和感。

 

「どこか具合でも悪いですか?

気分が悪いなら、コレどうぞ」

顔を顰める早苗を、不調と思ったのか善が声をかけてくれる。

言って懐からハッカの飴を取り出す。

 

「あ、ありがとうござま――!?」

飴を受け取る瞬間、とある光景がフラッシュバックする!!

血にような物で濡れた腕を突き出す、異形の存在。

土の中から現れた、人里でまことしやかに語られるモノの存在――

 

邪帝(イビル)……(キング)……?」

早苗の疑問を肯定する様に、男が笑みを浮かべ背を向ける。

そんな訳ない。あれは人里の不安が作り出した都市伝説の様な物。

実際には存在しないハズの人物だ。と無理やり早苗が自分を納得させる。

 

(けど、警戒は必要な事は変わりませんね)

不埒な事を考える小悪党という、有りそうな可能性にかけて早苗が善を睨む。

 

「そんなことより、拝んで拝んで!!

あ、お賽銭はあっちね」

早苗の疑問を無視する様に諏訪子が賽銭箱を指さし、反対の手でバシバシと自分の平らな胸を叩く。

 

(諏訪子様ぁああ!!ダメです、そんな挑発的な事をしちゃ!!)

余りに軽率な行動に、早苗が声を漏らそうとして気が付く。

 

(諏訪子様は明らかに油断して、超近距離に居る。

この距離なら、確実に諏訪子様を屠れるという彼のアピール……

けど……)

善はどう見ても、隙だらけだ。

ならばこちらから先制するべきと、札に手を伸ばすが――

 

「えっとじゃ――」

 

パンパン……!

 

早苗の意識を付くように、善が2度手を打ち鳴らす。

その行動は無言の警告の様に早苗には思えた。

そっと、懐の札から手を放す。

 

 

 

一方善は、諏訪子に教えてもらったように鈴を鳴らし、二礼二拍一礼最後に自身の中で願いをする。

あくまで普通に、教えてもらった通りに。

 

「なに願った?なに願った?」

興味津々と言いたげに、諏訪子が尋ねる。

 

「えっと、美人の知り合いが出来ますように?」

 

「うっもう!善君ったら、積極的~

私と知り合えたよ?良かったね!

あ、早苗もいるよ?ダブルでかなったね!!

しかも、相手は神様だよ?神様の知り合いいないでしょ?」

にやにやと諏訪子が笑い、善の腹を肘でつつく。

 

「いや、いますよ?ここに来る途中たまに会いますもん」

諏訪子の言葉に早苗が困ったような顔をする。

 

(要求は、ソレですか……!!)

早苗が自身の手をぎゅっと握る。

明らかにこちらを指した言葉にニヤついた笑み。

ゲスな笑みを浮かべ、舌なめずりしたように早苗には見えていた。

彼の言葉から推理するに、秋の神様はもうすでに……

 

「秋の神様は、元気ですか?」

 

「ん?あ、やっぱ分かります?

あそこには結構言ってるんで、そのたびに色々くれますよ。

おいしい思い、させてもらってます」

野菜などを貰う事を善は指して言った気なのだが……

 

(『色々くれる』?

すでにあちらは散々食い物にしたという訳ですね……)

悪びれすらしない善の態度に早苗の表情がこわばった。

 

「はぁ、出会うならもう少し年上の方が良かったなぁ……」

 

「う、な……」

まさか、速攻で否定されると思っていなかった諏訪子がショックを受ける。

早苗が気の毒そうに、諏訪子を見る。

 

(年上……狙いは、神奈子様ですか……

まずは表の顔を自分の物にする気ですね)

良く練られた計画に、早苗が冷や汗を流す。

幸運なことは今、神奈子は神社を開けている事、奇跡とでもいう幸運に早苗は自身の能力に感謝する。

 

「あ、おみくじだ。ちょっと引いてきますね」

ショックを受ける諏訪子を無視して、善がおみくじを引きに行く。

お金を入れて、自分で一つとるタイプの様で、適当に善が一枚引く。

 

「えーと、本気(マジ)吉?

なんだコレ……」

 

「あ、それは私が考案したくじですよ。

本気で良い吉、つまりは大吉以上なのです」

早苗がおめでとうと、祝ってくれるが正直言ってありがたみが全くない。

冷静を装う早苗だが、内心はかなり同様していた。

このくじ、実は一枚だけ唯一作ったくじだった。

しかしそれを簡単にこの男は当ててしまった。

 

(おそらく、確立や運命を操るタイプの能力……

つまりは――私と近しい能力タイプ!!)

早苗は自身の力に自信を持っている、可能性や確率を少しだけ自分に有利に動かし、『奇跡』をおこす力、その力は使われる側からすれば、非常に不条理な力だと早苗は知っている。

 

「(なんだか、早苗さん顔怖くないですか?)」

こそっと、非常に厳しい顔をする早苗の事を、諏訪子に聞いてみる。

さっきからずっと、こちらを射殺さんばかりの目で、善は少し居心地が悪かった。

 

「(やっぱりそう思う?いつもはもっと、柔らかい子なんだよ?)」

早苗の様子がおかしい事を察した、諏訪子が心配そうに話す。

心配そうなその声音に、諏訪子が本当に早苗を大切に思っていることが読み取れた。

 

「(実は具合が悪くて、無理してるんじゃ?)」

 

「(そうかも……)」

 

「じゃ、私はそろそろ帰りますね……

芳香ー、帰るぞー、どこだー?」

早苗の体調を想い、この場から善が帰ろうとして芳香を呼ぶ。

 

「ほーい……」

何処か離れた場所で、芳香の間延びした声が聞こえてくる。

ガサガサと音を立て、早苗のすぐ後ろに芳香が降り立った。

 

「妖怪の襲撃ですね!!」

早苗の目が怪しく輝く。

そう、妖怪が来たのなら風祝として倒さねばならない。

懐から、スぺルカードを取り出し宣誓する瞬間――!

 

「少し待って下さい」

 

パシィ……

 

横から善が手を伸ばし、早苗の腕をつかむ。

早苗の神通力と善の抵抗する力が拮抗して、赤い血のような気が漏れ出した。

 

「あ……」

『自身の手をつかむ、紅い血の様な物にまみれた手』早苗はこの光景に覚えがあった。そうだ、これは秋の神様の神社で一瞬だけ見た――

その瞬間!!すべてのパズルのピースがそろった!!

 

邪帝(イビル)……(キング)……」

その名を自身の中で転がした瞬間、早苗が飛びのいた!!

今まで考えた中で、最悪のパターンが当たってしまった。

そう!!この男はやはり、あの時の!!

 

「つ、ついにここまで来ましたか!!?」

無数の弾幕を展開して、善を睨む。

そうだ、あらかじめこの事態は想像していた。

秋の神を取り込んだのなら、次に狙われる場所は此処だ。

早苗の持つ、札とお祓い棒が震える。

 

「早苗?どうしたの!?」

 

「おおっと?」

諏訪子と善が同時に、驚き声を上げる。

さっきまで友好的に話していた、相手が急に戦闘態勢を取ればこうも成るだろう。

 

「なんで……!」

震える手を、自覚しながら早苗がお祓い棒を握りなおす。

倒せるだろうか?

早苗の中に、未知の敵に対する疑問が浮かぶ。

 

「諏訪子さん、なんかヤバくないですか?」

 

「いや、私にも何が何だか……」

こそこそと諏訪子に近寄る善。

二人の間に光弾がたたきつけられる!!

 

「うわわわ!?」

光弾が目の前で、弾けた芳香が目を白黒させる。

よろめいた先、さらに大きな光弾が芳香に叩きつけられそうになる!!

 

「早苗!!ちょっと、やりすぎ!!」

しかし、その間に諏訪子が入り早苗に手刀の一撃を加える。

その一撃で早苗の意識は闇に埋もれていった。

 

「諏訪子様……なん……で?」

 

「少し働かせすぎたのかな?

ストレスも溜まってるだろうし……

今日、忙しいから誰か雇えたらな……」

困ったように、諏訪子がため息をつく。

そして一瞬のためらいの後、善が一枚の札を取り出す。

 

「諏訪子さん、巫女服の予備あります?」

 

「おー!今度は、巫女だ!!」

善の考えていることを読み取った、芳香が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。

 

「?」

いまいち現状が理解できない諏訪子は不思議そうに、首をひねった。

 

 

 

「あ、お仕事は!?」

布団を跳ねのけ、早苗が起き上がる。

掃除に、お守りの売り子など細かい仕事はたくさんある。

それをすべて、すっぽかしたとなればいい顔はされないだろう。

 

「諏訪子様!!」

慌てて、着替えて外に出る。

小柄な巫女服をきた少女が、箒で境内を掃いている。

 

「あ、早苗さん。起きたんですね」

長い青味掛かった紙に優しい瞳、その姿はかつて秋の神の神社で見た、仕縁という名の巫女で――

 

 

 

「い、生きてた……生きてたんですね!!

良かった、良かったぁ……」

早苗がボロボロと泣き出し、仕縁を抱きしめる。

そう、自分の目の前で死んだと思っていた、子が生きていた!!

まさに奇跡と云える事態に、早苗が何度も何度も仕縁を抱きしめた。

 

「そうですよね。邪帝皇なんている訳ないんですよね……

全部、夢だったんだ……あー、良かった」

心底安心したように早苗が笑った。

 

 

 

「おうふ……」

そこそこ豊満な胸に善が抱きしめられる!!

同じく巫女服の芳香がジト目で睨むが気にしない!!

その光景はまさに、善が守矢神社に望んだのもに他ならない!!

 

「諏訪子さん……この神社すごいですね……」

 

「あ、うん……すごいでしょ……」

すさまじく恍惚な表情をする仕縁を見て、諏訪子がドン引きしながら答えた。




余談ですが、芳香はすぐに痩せました。
原因は食べすぎ。

そうそう、UAが100000を超えました!!
何か企画がしたいなーと思っています。


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絶望!!協演する悪夢!!

最近少し寒くなってきましたね。
今までペットボトルのお茶ばかり飲んでいましたが、久しぶりに茶葉と急須でお茶を飲みました。
やっぱり香りが違いますね。

さて、今回は再び永遠亭が舞台。
鈴仙のストレスが再び、マッハです。



皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

 

 

 

 

シャー……

永遠亭の風呂場、化学が進歩したこの風呂場にはシャワーが取り付けられている。

 

「…………」

温かい水がシャワーとして、体を流れている。

肌で水滴が跳ね、空中で水流と一つになり床に触れて排水口へと流れていく。

 

「…………」

わしゃわしゃと鈴仙が自身の髪を洗う。

鏡に映る鈴仙の顔はひどく疲れたように見えた。

 

わしゃわしゃ、わしゃわしゃ――ブチッ――!

 

「あ……」

力なく、声をだす鈴仙。

その手には自身の髪が大量に絡みついていた。

 

「ん……」

何かあきらめたように、鈴仙が再び頭を洗い始める。

こうなった原因は度重なるストレス。

 

永琳にこき使われ、てゐにいたずらされ、忙しい中輝夜から雑用を押し付けられる。

此処まではまだ良い。いや、正確にはどう考えても良くないが100歩、いや100光年歩分譲って理不尽を飲み干そう。

 

問題は――

 

「うどんちゃ~ん、また遊びに来たわよ?」

 

「ひっ!?」

不意に浴室の外から聞こえた声に、鈴仙が怯える。

優しくそれでいて、芯の通った声なのだが今の鈴仙には恐怖の対象でしかない!!

 

「は、早く……!」

慌てて、シャワーを切り上げ体を拭くのもまばらに、急いでその声の主に所まで走っていく。

息を切らし、2度目のノックを聞き、3度目はないと自分に言い聞かせ慌てて扉を開く。

 

「い、らっしゃいませ、はぁ、じゅ、純狐様……」

 

「こんにちは、うどんちゃん。また遊びに来たわ」

ボロボロの鈴仙に優しく柔和な笑みを浮かべた女性――純狐が穏やかに微笑む。

 

 

 

 

 

「ど、どうぞ……粗茶ですが」

自分の部屋、椅子に座って微笑む純狐に対して鈴仙が湯呑でお茶をだす。

 

「ありがとう、いただくわ。

……おいしいわ。うどんちゃんが淹れてくれたお茶はおいしいわね」

まるで優しい母親のような、穏やかな口調で湯呑を置く。

何気ない一動作だが、その姿やたたずまいからは高貴な雰囲気が漂ってくる。

 

「あ、ありがとう、ございます……」

しかし鈴仙は知っている!!

油断してはいけない!!決して気を抜いてはいけない!!

純狐、彼女は鈴仙を大きく上回る実力者にして、何か些細な事で正気を失う可能性をつねに秘めた危険人物!!

 

キリキリと、キリキリと鈴仙の胃腸がダメージを受ける!!

 

「今日は良い天気ね」

そんな鈴仙の心配を知らずに、純狐が笑いかけた。

そして、同じ永遠亭の中に鈴仙を悩ますもう一つの存在が密かに息を潜めていた。

 

 

 

 

 

『ふわぁははは!我こそが、命の管理者。

下等な生物達よ、お前たちの運命はすべて私がジャッジする!』

ゲーム画面に、黒と金のボディアーマーを身にまとったキャラが剣を振り回す。

それにたいして、緑と赤の2体のキャラが敵対する。

 

「ほら、詩堂!右、右!!召喚したゾンビの相手して!!」

 

「輝夜さん、協力プレイしましょうよ!!」

暗い部屋の中、最近やっと働くようになってきた輝夜と、仙人モドキの善がコントローラーを握る。

 

「お、おー!おー!シドー!」

その後ろで、ズーちゃんが二人を応援する。

まだまだ意味のある言葉をしゃべれはしないが、声を出すことは出来るように成ってきたようだ。

 

「必殺17連打!!うおおおおお!!」

 

「輝夜さん!?コントローラー壊れるから!!」

何処かで見た技を出して連打する輝夜を見て、善が慌てる。

みるみるウチに敵のライフが減っていく。

 

「いける……!いけるわ!!」

自身の勝利を確信した輝夜だったが――

 

『ふふふふ、私にはコレがある!』

 

『ポーズ!』

敵がおかしな動作を見せた瞬間、画面の善と輝夜のキャラの動きが止まる。

 

「あ!こいつ――」

 

「あーあ……」

その状態に輝夜が怒ったような、善があきらめたような態度をとる。

 

『リスタート!』

 

『うわぁあああ!!』

 

『ぐわぁあああ!!』

再度画面が動き出すと同時に、輝夜と善のキャラクターが倒れて、GAMEOVERの文字が画面に踊る。

 

「ああもう!!何よコレ!!クソゲーじゃない!!」

怒りに任せ、輝夜が地団駄を踏む!!

このゲーム、幻想入りしていることから半場予想できるが、昔のゲーム特有のひどくゲームバランスが壊れた敵が登場するゲームなのだ。

特にこのラスボスの『絶版首領(ドン)』は強く、さらに第三形態まで変化する、もはやクリアさせる気のないラスボスだ。

 

「一旦一息つきますか……」

ゲーム画面を見続けて疲れた善が、目頭を押さえながら空を仰ぐように顔を上に向ける。

 

「詩堂!何してるの、早く続きをするわよ!」

さっきまでさんざんこき下ろしていた輝夜だが、もう立ち直りコントローラー片手に自身の隣の座布団を叩き、善を呼ぶ。

 

「少し休みましょうよ……

目がチカチカします……」

パチパチと瞬きをして見せる。

 

「アンタねぇ!私姫よ?

私に声かけてもらうだけで、昔は何人もの男が涙したっていうのに!!」

ゲームだ負けた苛立ちからか、輝夜が善を叱りつける。

 

「いや……そんなこと言われましても……」

 

「この前行った時はいないし、その前は何処か出かけるし!!」

 

「あー、椛さんとの将棋の大会に出る約束があったんで……」

その言葉に、輝夜がさらに目くじらを立てる!!

 

「私の前で他の女の話?アンタのせいで、妹紅のアホに頭下げて仕事してる私に対してその仕打ち!?

アンタは、私がかまってあげてるだけでも泣いて喜ぶべきなんだけど?」

ゆらりと輝夜が立ち上がるが――

ちゃぶ台の角に足をぶつける。

 

ガッ――ゴン!

 

「痛ぅ!?」

上に乗っていた本がピンポイントに、輝夜の足の小指に落ちる!!

結構な重さと、予期せぬタイミングだったことが合わさり輝夜にそこそこのダメージを与える!!

 

「うわ、痛そう……」

 

「なんなのよ、この本は――あ”」

輝夜が本の名前を見た瞬間止まる。

本には、『売り上げ伝票』と書かれており、それは輝夜に数日前の会話の記憶を思い出させた――

……

…………

………………

『あれ、おかしいな……どこ行ったんだ?』

 

『妹紅、どうしたのよ?探し物?』

 

『妹紅”店長”だ、バイトの輝夜君。

売り上げの伝票まとめた本が無いんだ、今月の売り上げ計算ができないと困る。

間違って、持ってってないか?これくらいの――』

 

『知らないわよ!なんでも私のせいにしないで!!

全く、自分の管理不足が原因でしょ?』

………………

…………

……

 

「これだぁー!!どうしよ!!

間違えて持ってきちゃったんだ!

あわわわわ!!!」

輝夜が慌てて、身支度を始める。

急いで自身の来ている服を脱ぎだし――

 

「輝夜さん?何が――わっぷ!?」

 

「覗くな!!ちょっと、妹紅のトコ行ってくるから!

イナバー、詩堂の相手してて!!」

善に服を投げつけた輝夜がおお慌てで、部屋を出ていった。

 

「……輝夜さんどうしたんだろ?」

 

「ん、んー?」

善とズーちゃんが顔を見合わせて不思議そうにつぶやいた。

 

 

 

 

 

「それでね、うどんちゃん――」

 

『イナバー、詩堂の相手をしてて!!』

 

「ひゃい!?」

純狐も話しを聞いている間、輝夜の非情な命が鈴仙の下された。

 

どうする?聞こえないふりをするか?

鈴仙が自身の中で自問する。

相手は邪帝皇(イビルキング)、何の目的か姫様に取り入っているが、何時その凶暴で残虐で冷酷な本性を現すか分からない!!

だが、彼は()()()()()なのだ。

姫様に逆らう事は、彼女を溺愛している永琳に逆らうことに成り、永琳に逆らう事は永遠亭での居場所を失う事につながる!!

単純に言うと、姫様の命令からは逃げられない!!

 

「あら、急用が入ったみたいですね」

 

「い”い”!?」

気が付くと、純狐がこちらを心配そうに覗いている。

近すぎる距離に、鈴仙が飛び上がりそうになった。

 

キリキリキリキリキリィ――

 

前門の純狐、後門の邪帝皇。

絶対絶命の危機に鈴仙の胃腸が悲鳴を上げる!!

喉の奥に、すっぱい匂いの液体が逆流するのを感じる!!

空前絶後の絶対のピンチ!!

だが!!そんな鈴仙の脳裏に、夢か幻かダンディな男の姿が浮かぶ!!

 

『何?化け物クラスが二人で襲ってくる?

逆に考えるんだ、『襲わせちゃってもいいさ』ってね。

化け物には化け物をぶつけるんだよ!!』

逆境に追いつめられた鈴仙が、逆転の一手を打つ!!

 

「はーい、すいまえんけどこっちですー」

 

「失礼しますね」

鈴仙の声と、ズーちゃんの案内によって善が客室の襖を開いて入ってくる。

善と純狐の視線が空中で絡み合う。

一瞬、ほんのわずか一瞬だが、両者の波長が揺らいだのを鈴仙は感じ取った!!

 

「こんにちは。そちらの人は、初めましてですかね?」

 

「こんにちは。そうですね、貴方とははじめてお目にかかるわ」

純狐と善がお互い軽く挨拶を交わす。

 

「あ、この前地獄に行ってきたんですけど、その時のお土産です」

良かったらと言って、善が持って来ていたヨモツヘグリ饅頭を差し出す。

 

(ヨモツヘグリ!?いきなり!?)

鈴仙が善の出す饅頭に驚く、本人が軽く『地獄に行ってきた』と言ったのも驚いたが容赦なく差し出したその饅頭の存在だ。

ヨモツヘグリとは「黄泉戸契」と書き、食べると黄泉から戻れなくなる食べ物の事を指す。

意訳すれば「死ね」と言っている様な物であり、それを純狐に堂々と差し出した邪帝皇に鈴仙が冷や汗をかく。

実際に、饅頭を見た瞬間純狐の顔が一瞬引きつった。

 

「お、お茶を持ってきますね!!」

戦線離脱とばかりに、鈴仙がその場を後にする。

願わくば、怪物同士が同士討ちしてくれることを願いながら――

 

 

 

「えっと、純狐……さん?お饅頭苦手ですか?」

 

「ちがうのよ、コレ、私の友達がデザインした物なのよ。

だからびっくりしちゃって」

数か月前、完良がヘカーティアと相談しながら旧都の名物を考えていたのを思い出す。

そして純狐が善の向けて笑いかける。

 

「へぇ、すごい偶然ですね」

善が嬉しそうに笑う。

その笑みをみて、純狐が口元を隠すようにして笑う。

 

(どうしよ……この子、スッゴイ可愛いじゃない……

なんか、純朴そうで、純粋そうで……うどんちゃんに会いに来たけど、この子も良いわ!!)

思わず鼻が熱くなるのを感じる。

ひょっとしたら、鼻血が出ているかもしれない。

 

一方善も――

 

(スッゴイ美人だ……

優しそうな年上のおねーさんって感じだ……)

年上の包容力と優し気なまなざし、時折出来るえくぼがドキリとさせてくれる。

チラリと九尾の書かれた前掛けを押し上げる純狐の胸部へと目をやる。

でかぁああああい!!説明不用!!

こちらもこちらで、鼻血が出そうになる。

 

「あら、貴方……仙人、いえ、仙人の見習いなのね」

善の状態に気が付いた純狐が善の右手を取る。

 

「え、なんで?」

今まで仙人と見抜いた相手は皆無なので、善があっけにとられる。

 

「私は仙霊、仙人とは少しだけ近い存在なんですよ?

いつも修業頑張ってるんですね」

思いも依らない相手からのねぎらいの言葉に、善が少しだけほろりとする。

純狐が触れた部分から、善の持つ紅い気が漏れる。

本来ならそれは他者を傷つけるハズだが――

 

「仙人の自然を取り込む力、そしてこれは――抵抗力?

面白いですね。

自身を消して自然と一体になる仙力と、自己の存在を確固として他者を弾く力が一つに成っています……貴方のお師匠様はとても偉大な方なんですね」

 

「あ、あ”り”が”と”う”ご”ざ”い”ま”す”……」

励ますような、称賛の言葉に善が遂に涙する。

自身の努力が初めて師匠以外に認められた気がした。

 

「ああ、一体どうしたんですか?

何を泣くことが有るんですか?」

純狐が立ちあがり、善を後ろから包み込むように抱く。

 

「お茶が入りました――よ?」

その時鈴仙が扉を開けた瞬間固まる。

 

「な、なにが?」

最悪部屋中が血まみれや、巨大な肉片が2つなんて惨状を想像していた鈴仙には、その光景が酷く意外だった。

 

なぜか、泣き出す邪帝皇。

そしてそれを鼻血を出しながら、優しく抱きしめる純狐という全く予想していない事態だった。

 

「な、何があったの?」

 

「(ふるふる)」

ズーちゃんに聞くが、よくわからないと言いたげに首を横に振るだけだった。

 

しばらくして――

 

 

 

「あ、そろそろ夕飯を作らないといけない時間だ。

鈴仙さん、輝夜さんにはよろしく言っておいてください。

お茶、御馳走様でした」

時計を気にした善が立ち上がる。

その瞬間鈴仙が露骨に安心した顔をする。

 

「私もお暇しようかしら、うどんちゃんまたね?」

善の続くように、純狐も立ち上がる。

 

「ま、またいらしてくださいね……」

全く持ってそうは思っていない言葉を吐きながら鈴仙が二人を見送った。

 

「さてと、買い物に行かなくちゃ」

 

「私も一緒していいかしら?」

善のつぶやきに、純狐が反応して二人で迷いの竹林をズーちゃんの案内で進んでいく。

 

「純狐さんも、ありがとうございました。

楽しい時間が過ごせましたよ」

 

「まぁまぁ、お上手なのね詩堂君は。

ソレもお師匠様に教えられたのかしら?」

クスクスと純狐が袖で口元を隠して笑う。

 

「いや、うーん……そうですかね?」

困ったように善が頬を掻く。

 

「あなたを今すぐ、仙人にしてあげましょうか?」

 

「え?」

純狐の言葉に善の時が止まる。

 

「私は物を純化する力を持ってる。

今のあなたの中に有る仙人の力を純化すれば、今すぐにでもなれるわよ?」

純狐が真剣なまなざしでこちらを見る。

修業も何もかも不要で、今すぐに師匠と同じ力が手に入る――

それは善にとってまたと無い、大きすぎるチャンスで――

 

「やめときます。なんか、最後まで自分の力で成し遂げたいので」

 

「あら、本当に良いの?

仙人は成りかけが一番大変なのよ?」

純狐が再度問いかける。

きっとこれが最後通知、この幸運を逃したら次は無い。

 

「ゲームと一緒です。ズルして手に入れた力なんて欲しくないんですよ。

一歩一歩、時間はかかるけど自分の力は自分で手に入れたいんです」

輝夜の言葉を思い出しながら善が言う。

そうだ、きっと一歩一歩の歩みが大切なはずだ。

 

「そう、そう……そうよね!

流石詩堂君ですね」

次の瞬間、純狐が善を抱きしめた。

 

「じゅ、純狐さん!?」

突然の行動に善が目を白黒させる。

 

「あなたのその選択は正解よ。

もし私が純化させたら、あなたの抵抗する力は失われてた……

安易な道に進まず、自ら苦難を望む道を選ぶなんて……

ああ、本当によくできた子ですね」

まるで自分の子の様に純狐が善を撫でる。

 

「お、おおう……」

豊満な胸と、女性特有の優しい香りに包まれ善が嬉しそうに微笑んだ。

その顔は明らかに仙人ではないが、純狐本人が気が付かないから良しとしよう!

 

「そうだわ、お饅頭のお礼にこれを上げましょうね。

貰いものだけど、きっとあなたに似合うハズよ?」

そう言って、純狐がある物を善に差し出した。

 

 

 

 

 

「ただいま帰りましたー」

善が家の扉を開けて、入ってくる。

買い物袋から買った食材を取り出し、夕飯の準備を始める。

その背後に、師匠が音もなく壁から上半身を透過させる。

 

「善、今日の夕飯は何?

季節だし、松茸ごはんと土瓶蒸しが食べ――何そのシャツ!?」

 

「え、かっこいいでしょ?貰ったんですよ」

善が嬉しそうに見せるそのシャツは、ダークピンクのドギツイデザインで、口を大きく開けた狐のシルエットがプリントされている!!

そしてトドメと言わんばかりに、胸から脇腹にかけて『Pure FOX&Nine Tailズ』の文字が躍る!!

控えめに言って、日本語の美しい相手を思いやる文化を利用しても――

 

「そのシャツ変よ!!」

 

「変じゃないですよ!!」

善と師匠の口論が始まる!!

 

「脱ぎなさい!!今すぐ脱ぎなさい!!」

 

「いーやーでーす!!お気に入りなんです!!」

師匠が善のシャツを思いっきり引っ張る!!

しかし、流石は地獄製!!仙人が引っ張っても破れない!!

 

「脱ぎなさい!!脱がないと破門よ!!

こうなったら力ずくでも!!」

 

「止めて!!止めてください!!師匠!!

ああ、シャツがぁ!!服を脱がさないで!!」

 

ビリビリィン!!

 




鈴仙・優曇華院・イナバの胃の防御力を仮に1000としましょう。
そして邪帝皇が与えるストレスが100。
通常なら、鈴仙の胃を破壊することは出来ませんが、純狐を用意することでストレスは2倍の200!!
そしていつもの2倍の距離まで近づくことでさらに2倍の400!!
そこに、3倍の回転を加えれば400×3で1200!!
鈴仙の胃を破壊するには、これ位のパワーが必要です。

皆さんも試してみましょう。

そろそろてゐちゃんを出したいけどうまくいかない作者。
竹林でずっと追いかけっこしたいですね。
ずっと、うん。そう、ずっと。


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蘇る禁忌!!触れては成らぬ力!!

今回の犠牲者は鬼人 正邪です。
下克上?なにそれ?というレベルでひどいめに合います。
彼女のファンの人は閲覧注意です。


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

 

 

 

 

秋も深まった今日この頃、善たちは秋の恵みを楽しんでいた。

本日のメニューは、松茸の土瓶蒸しと松茸ごはん、そしておそらく今期最後になるであろう落鮎だ。

 

「にゅふふ♪にゅふふっ♪」

橙が上機嫌で落鮎を突つく。

猫又である橙にとってやはり魚はごちそうらしい。

 

「う~ん、卵がホクホク!」

卵を食べながら橙が自身の頬に手を当てる。

どうやら当たりを引いた様だった。

 

「松茸ごはんもおいしいぞー」

善の隣では、芳香が大盛の松茸ごはんを嬉しそうに食べる。

 

「お……とと……」

反対側では、小傘が土瓶蒸しの銀杏を箸でつまもうと四苦八苦している。

 

「はぁ……秋ねー」

おちょこに出汁を注いだ師匠がほっこりたため息をつく。

 

そんな中……

 

「卵が入ってない……」

小さな声で、善がつぶやく。

不幸なことに、善の鮎に卵が入っていなかった。

当然だが、卵を持っているのはまだ産卵していないメスのみ、見た目など気にせず適当に取っているのだが……

 

「あ……銀杏が……」

善の箸から銀杏が転げ落ちて、床に落ちる。

 

「なんか、運悪い……」

 

「辛気臭いわね、そんな顔するんじゃありません!」

なんというか善は、基本的に運が悪い人物だ。

だが――

 

「最近特にツイてないんですよ……」

洗濯物に鳥の糞が落ちていたり、転んで財布の中身をばらまいてしまったり、不思議と最近の善に不幸が重なっている。

 

「なんか、前世辺りで悪い事でもしたの?」

遂にはおかしな被害妄想が始まる!!

 

「善の前世は確か……私が人間だった頃、近くに住んでた悪ガキだったわね。

ずっと一緒に居たいって言ったから、魂に細工して輪廻の度に私の近くに現れるように……」

 

「何ソレ、怖い!?」

十中八九嘘なのだが、『輪廻』という物があるなら嘘とは言い切れないのが恐ろしい所だ。

 

「冗談よ、本気にしないで?

善の前世は知らないけど、実は私の血を引いてるのは確かね……

左首筋の裏を見てみなさい?そこには十字型のアザがあるでしょ?

それは、私の一族に見られるアザなの」

師匠が自身の左首筋のアザを見せる。

善が自身に首筋をみると、()()()()()()()が!!

 

「そ、その血の宿命(さだめ)!?」

 

「おー?ソレ、昨日書いてた落書きだぞ?」

 

「あ、芳香ちゃん!しっ!」

芳香の指摘に、師匠が慌てたような声を出す。

 

「落書き?

あ、拭いたら落ちた!

ずいぶん手が込んでますね……」

 

「だって、最近善がちっとも私にかまってくれないから……」

そう言って師匠が子供の様に唇を尖らす。

 

「まったく……師匠は……修業で忙しいのもあるんですよ……

午後からまた、命蓮寺に行く用事も有るし……」

困ったように善が息をつく。

 

「ねぇ、さっきの話だけど私、あなたを弟子として育てているし、それに此処あなたん家だし、育ての親って事に成らないかしら?

ほーら、ママよ~、おいでー」

今度はふざけて両手を広げておいでおいでする。

 

「ふ、二人は親子だったのか!?」

師匠の言葉に、いまいち理解できていない芳香がびっくりする。

 

「あら、芳香ちゃんも私が作ったキョンシーだから、私は産みの親よ?」

 

「あの、師匠?それだと芳香と私は兄妹になるんですが……」

 

「ぜ、善は私のにーちゃんだったのか!?」

 

「違う!!」

再び芳香に対して、善の声が飛ぶ。

その様子を、小傘や橙が微笑ましそうに見ていた。

部屋の隅で人参をかじっていたズーちゃんが、やれやれと言いたげにため息をついた。

 

 

 

 

「はぁはぁ……はぁ、はぁ……ウッ!?」

ゴホゴホと咳をして、地面に透明な唾液が零れる。

ボロボロの布を纏い姿を隠す()()の髪の一部が布切れの下から現れる。

白髪混じりの黒い髪に赤いメッシュ、そして頭の上に2本の小さな角。

息を潜め、周囲に生物の気配がない事を確認してゆっくりと石の上に腰を下ろす。

 

「へへ、巻いてやったぜ!愚図共が!」

ここに居ない追っ手に向かってペロリと舌を出す。

彼女の名は鬼人 正邪。

幻想郷の抱える問題児の一人である。

彼女が目指すのはズバリ下克上!

強い妖怪を倒し、自らがその上に立つのが目的。

そのために、日夜様々な活動をしているのだが……

 

「くっそ、痛ぇ……

吸血鬼共の館は失敗だったな……」

脇腹を抑えると、未だに傷口から血が流れ出ている。

この傷は、前回紅魔館を襲った時の物だった。

偶然居合わせた男から、メイド長の弱点を聞き出したが、その情報はガセで返り討ちに合ってしまった、さらになぜか妖精を毒殺した罪まで擦り付けられ、今の今まで投獄されていたのだ。

 

「だが次の策はもう練ってあるぜ……」

正邪の言葉が、暗がりに消えていった。

 

 

 

 

 

「ごほっ!、ごほっ……!

埃が……あー」

命蓮寺にある蔵から善が出てくる。

 

「おう、お疲れさん!」

埃まみれの善をマミゾウがねぎらう。

 

「あー、埃臭かった……」

 

「掃除するつもりじゃったんじゃが、終ぞ後回しに成っての。

ホレ、駄賃をやるからお前んトコのキョンシーになんか買ってやれ」

煙管を吹かしながら、マミゾウが善に封筒を押し付けてくる

 

「ありがと……」

思わぬ臨時収入に、少し戸惑いつつも善が帰ろうとする。

その時、廊下の向こうから星が慌てた様子でやってくる。

 

「あ!詩堂君!私の宝塔見てませんか!?」

 

「いえ、見てません……」

 

「そうですか……」

ひどく落胆した星が再び何処かへ走って行く。

その時、そっと彼女のポケットが()()()

そして、ポケットからこぼれたカギを軒下にいた誰かが素早く拾う。

 

「ん!?」

一瞬、手の様な物が見え、自身の目をこする。

 

「おかしいな……今、手っぽいものが……」

不思議そうに善がつぶやいた。

 

 

 

「(やった!やったぞ!遂に手に入れた!!)」

正邪が星から盗み出したカギを使いとある部屋の錠前を開く。

そこは善の掃除した蔵とはまた違う場所。

あるのは目が眩む位の金銀財宝、古今東西の貴重な道具。

星の能力は『財宝が集まる程度の能力』、その為こうした財宝を保管する部屋という物が存在している。

 

「みんな売払って、資金調達だ!」

そう言って、周囲の道具を物色し始める。

目的は金目の道具。

そして、もう一つは『強い力を持つ武器』。

価値のある道具とは、貴重であるという意味だけでなく、強力という意味もある。

正邪が利用した一寸法師の持っていた、打ち出の小槌の様な道具を探すのも正邪の目的。

 

「これは……小槌か?」

正邪が一つの小槌の様な道具を拾う。

『様な』としたのは、形は小槌なのだがなぜか札を大量に張り付けてあり、厳重に封印されているからだった。

 

「これは……使えそうだ……!」

正邪が札を剥がし始める。

槌の面の片方を外した時、鬼の顔の様な装飾があるの気が付く。

 

「……おっ!?」

装飾の鬼が一瞬正邪の方を見た気がした。

驚き小槌を落とす、正邪が慌ててそれを拾おうとする時、善が姿を見せた。

 

「あなた誰ですか!?この寺の者じゃありませんね!!」

 

「くそ、見つかっ――な!?」

その瞬間、正邪の持つ小槌が引っ張られる様に善の方へと独りでに飛んだ。

 

「この小槌、なんで此処に?」

善が無意識にその小槌に手を伸ばす。

 

「く、そ」

不味いと思った正邪が善の隣を通ろうとした時――

 

「ぐぇ!?」

突如すさまじい力で、首元を引っ掴まれる!!

 

「テメェ!!放しやがれ!!」

 

「うう~ん!強がりな子は良いねー!」

突如善の口調が変わる。

こちらを小ばかにした様な、非常に軽い口調へ。

 

「は、な、せー!!」

正邪が善に向かって横薙ぎの手刀を放つ!!

しかし、その手の先に善はすでにいなかった!!

 

「ん?怪我してるじゃないか、可哀そうに」

正邪の視界の下、正確には左下後ろにしゃがむようにして、善が座っていた。

そして――

そのまま、邪がのシャツの下から善が手を入れる。

 

「バ!?バカ野郎!?何をして――痛ッ!!」

 

「刺し傷?包丁か、ナイフか……

女の子に肌になんて事を……」

善が無遠慮に、正邪の素肌に指を這わす。

 

「こ、コイツ!?」

今度は足で蹴りを放つが、その時にはもうすでに善はそこにいなかった。

 

「乱暴な子だね~」

正邪が蹴り上げた足の指先にさっきの姿勢のまま立っていた。

 

「てめぇ!ナニモンだ!!

何処の妖怪だ?見たこと無ねーぞ?」

 

「ヤダなぁ、俺は仙人。まだ修業中だけどね?」

よっ、と小さく声を上げて、正邪の足から下りる善。

治しておいたよ?の言葉に、自身の脇腹の痛みが無くなっていることに気が付く。

 

「どうなってるんだ……?」

 

「うーん?生きものの体はみんな抵抗力を持ってるんだよ。

病気に成らないのも抵抗力のおかげ、傷が治るのも抵抗力のおかげ。

それをちょーっと、俺の能力で後押ししただけ」

にやにや笑いながら、手のひらで小槌をくるくる回して遊ぶ。

その時――

 

バタバタバタ!!

 

「なんだか騒がしいね?」

 

「チぃ!騒いだんでバレちまったか!!」

善と正邪の両人が、こちらに向かって走ってくる人の足音を聞きつける。

仕方ないとばかりに、正邪が何も持たずに宝物庫から逃げ出す。

財宝の場所まで行って、何も手に入らなかったのはシャクだが捕まるよりは良い、と自分を納得させる。

 

「響子ちゃんは可愛いね~」

 

「ぜ、善さん!?」

中庭で善が響子を後ろから抱きしめて頭を撫でる。

お腹や足に手を伸ばし怪しい手つきで、何度も響子を撫でまわす。

 

「うふふふ、俺はね?響子ちゃんみたいな、小さな子が大好きなんだよ?」

 

「あぶねー!?何してんだお前!!」

正邪が慌てて、響子から善を引きはがしその場を脱出する。

そのまま命蓮寺の少し離れた廃屋を利用した隠れ家に善を連れてくる。

 

 

 

「どっかで見たことあるんだが……う~ん?」

隠れ家の中で正邪が既視感のある善を見て首をかしげる。

紅魔館で一度見ているが、今回の小槌を持って暴走する姿と雰囲気がかけ離れていることで正邪は理解出来ていなかった!!

 

「お?ナンパ?ナンパなのかな~?

最初に家に連れてくるトコをみて……かなり積極的だね!!」

 

「気のせいか……」

紅い瞳をして、へらへらしながら小槌で遊ぶ姿は正邪から、既視感を奪い去った!!

 

「……まぁいい!!お前、下克上に興味はないか?

どうだ?今の、幻想郷をぶっ壊して、弱者が踏みにじられない世界をつくらないか?」

芝居かかった口調で、正邪が善を誘う。

コイツは使える。それが正邪が善に下した判断だった。

強大な力を持つが、どうやら頭は大したことは無く、なぜか小槌の様な道具まで使える。

正邪は善を利用して、最後には罪を着せて自身の身代わりにすべく、スカウトを始めた。

 

「お、デートの誘い?良いよ!遊びに行こうか!!」

 

「お、おい!?お前!!」

善が立ち上がると、左手に正邪を抱える。

そして上を向くと――

 

「とう!!」

剣の様になった小槌を振るい、天井に穴をあけそこから大空へと飛び出した!!

 

「な、何してんだ!?」

悲鳴を上げる正邪、下を見るとせっかく用意した隠れ家が崩壊するのがみえる。

もともと廃屋だ。それが人一人出られる穴などあけられて無事なハズは無かった!!

 

「そんな……」

正邪の脳裏に、あの廃屋をアジトにするまでの苦労がフラッシュバックする!!

 

 

 

 

 

「よしっと、とうちゃ~く!

あれ?なんで泣てんの?」

 

「う、うるせぇ!目にゴミが入っただけだ!」

努力が無へと帰した正邪は、静かに涙を流す。

 

「(くっそ、コイツ絶対ぎゃふんと言わせて――)」

 

「助けてー」

 

「!?」

正邪の耳に聞き覚えのある声が響く。

この声は、自分が散々利用して捨てた――針妙丸の声だ!!

 

「あー、やっぱ良いわねー、何とかして外に連れ帰れないかしら?」

虫籠に閉じ込められた彼女を眺めるのは、外界から来たと思わしき眼鏡の少女。

彼女の趣味なのか、文字の様な物が掛かれたマントを羽織っている。

 

「たーすーけ――あ!正邪!!助けて!!」

針妙丸がこちらに目を向けた瞬間、正邪に緊張が走る!!

当然だが正邪は逃亡中の身、名前を呼ばれるのは非常に拙い状況!!

 

「(ここは、無視だ、無視!)」

露骨に目をそらす正邪、関わってはいけない。

ここから静かに逃げようと善に声を掛けようとするが――

 

「針妙丸ちゃん、ちーっす!元気ー?」

 

「話しかけんなー!!」

へらへらと針妙丸に話しかける善を見て、正邪が大声を出す!!

 

「おー、持ち運べる自宅って便利だねー」

 

「違うよ!!この人、人さらいなの!!助けて!!」

籠の中から、必死になって針妙丸が籠を抱える少女を指さす。

その少女は善を指さして固まっていた。

 

「あれ?アンタ昔、ウチの近くに住んでた――」

 

「さ!野生にお戻り!!!」

 

「あ、ちょっと!?」

手早く少女から眼鏡を奪うと、妙な掛け声とともに空に向かて眼鏡を投げすてた!!

 

「あ、あんた何するの――」

 

「ハイ、ドーン!!」

詰め寄る少女を無視して、空中にある眼鏡に向かって小槌を投げつける!

小槌は空中で眼鏡を破壊して、ブーメランのように再び善の手に戻ってくる。

 

「な、私の眼鏡!?」

 

「んじゃーねー!」

少女から虫籠をひったくると、善は再び正邪を抱えて、里の人込みの中へ消えていった。

 

 

 

「二人ともありがと……」

里の中の正邪の隠れ家で針妙丸がお礼を言う。

 

「お礼とか寒気がするね!」

天邪鬼の性か、針妙丸にお礼を言われたことで正邪に自己嫌悪に陥る。

 

「詩堂君も――あ……」

針妙丸が、善の腰の小槌を見て固まる。

それは彼の師匠に見せられた物と酷似しており、そして今まで見た小槌よりもずっとおどろおどろしい妖気を発していた。

 

「正邪!!それを取り上げ――」

 

「へん!ヤダね!誰が頼みなんか聞くかよ!」

正邪が断ると同時に、善に変化が見え始めた。

 

「針妙丸さんは可愛いですね……ちいさくて、元気で……すごくかわいいですねぇ?」

善が酷く興奮した様子で、針妙丸を撫でる。

なんというか、本能が危険を激しく訴える!!

 

「ウチで飼いたい……そうだ、飼おう。

毎日ご飯をあげて、お風呂に入れてあげて、夜は一緒に寝ましょうね!!」

 

「せ、正邪ー!助けて!!」

妖しい妖気を漏らす善!!

このままでは彼の愛玩動物にされてしまうと、悲鳴を上げる!!

 

「うふふふふ!!」

正邪の目の前で、針妙丸が善に撫でられる。

可愛い、可愛いと狂ったように連呼するその瞳には間違いなく狂気が宿っていた。

 

「正邪ぁああ!!」

もう何度目かも分からない針妙丸の声、そしてそれをかき消す善の嘲笑。

 

「おい、そいつを放せ……!」

 

「ん?」

 

「そいつを利用して良いのはアタシだけなんだよ!!」

なぜか分からない、助けを求める声など無視するのが天邪鬼なのに、正邪はその声を無視できなかった!!

 

「掛かって来いよ!!邪仙モドキ!!この天邪鬼様が相手してや――」

 

「あら、善こんなとこに居たのね?」

 

正邪が啖呵を切った時、壁に穴が開き本物の邪仙が顔を見せる。

その瞬間、善の気は霧散して穏やかな笑みすら浮かべる。

 

「あー、お師匠様!!」

嬉しそうに、邪仙の腰に手を巻き付け抱き着く。

 

「遅いから心配したのよ?命蓮寺で、宝物庫破りが在ったって聞いたし……

あなたの気の残滓を追って来たんだから。

あら、ふーん……そういう事ね」

師匠が善の腰に揺れる小槌と、正邪を見て大よその検討は付いたとばかりに頷いた。

 

「お騒がせしちゃったわね。けど、いい勉強になったでしょ?

封印されてる力は容易に開けちゃダメって。

さ、善帰るわよ?」

 

「はーい、お師匠様!!」

邪仙とその弟子は、壁に開いた穴の中に音もなく消えていった。

 

「な、何だったんだよ……」

引っ掻き回すだけ、引っ掻き回して邪仙達は消えていった。

だが、無事に切り抜けたという確かな安心感に、正邪が満足感を覚えしりもちをついた。

 

「へ、へへ、アイツら逃げやがった……」

 

「正邪ー!!正邪大丈夫!?」

虫籠から逃げ出した、針妙丸が正邪に走り寄る。

 

「おい、礼なんて言うんじゃねー!

アタシは天邪鬼だ、礼なんて何の足しにもならねーんだよ!!」

そう言った正邪の顔は、なぜか分からないが少しだけ幸せそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

「師匠ー、師匠好きー、愛してるー」

半分空中に浮きながら、善が師匠に絡みついてる。

 

「はぁ、また小槌の暴走ね。

まさか、賢者様が命蓮寺に隠してたなんて、びっくり。

何はともあれ、早く取り上げて――」

 

「しーしょー……すきー」

 

「……も、もう少しこのままでも、良いわよね?

そう、これは、小槌に慣れる為の修業……修業なのよ!」

師匠が言い訳がましく幸せそうな声で言った。




出来れば入れたかった、正邪と師匠の会話。
「ねぇ、天邪鬼さん。なんで人は良い子じゃないといけないと思う?」

「へん!なぜって?そんなの親の都合に決まってるだろ!?」

「うふふ、違うわ。
嘘つき……卑怯者……そういう『悪い子』こそ本当に悪い大人の格好の餌になるからよ?」

師匠は、邪悪なセリフが似合いますね。


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師事せよ!!紅き色の仙人!!

今回は、茨木華扇様が登場です。
華扇、華仙と表記がばらつくようですが、今回は『華扇』で統一です。
赤というよりピンクの仙人。
皆さんピンクって、どんなイメージですか?


皆さんどうも!こんにちは。

私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

偉大で優秀なお師匠様の元で、仙人目指して日夜修業中です。

 

目標はまだまだ遠いけど、千里の道も一歩から!!

毎日どんどん修業して、がんばって行きます。

 

……うん、別に底なし沼にダイブした訳じゃないよな……

けど、もう戻れないんだよな……だ、大丈夫、うん、そう……たぶん、きっと……

俺は間違ってない……ハズ……

どうしよう、自信無くなってきた……

 

「あら~?私の修業が不満?」

 

「そんな事ありませんよ!!ははは!!」

 

 

 

 

 

「いただきます」

人里の中、とある人物が茶店で団子をほおばっている。

桃色の頭髪に俗に「お団子頭」といわれることもある髪型。

右手は包帯に覆われており、地肌が見えない。

一口食べて、お茶を飲み、また一口団子をパクリ。

幸せな気持ちが、彼女の中に満ちる。

 

「あら、華扇さん。こんにちは」

 

「貴方は……」

師匠が彼女――茨木 華扇の名を呼ぶ。

 

「偶然ですわね、修業の方はどうです?」

ナチュラルに微笑み、師匠が華扇の隣に座る。

 

「私は毎日、大変ですね」

露骨に困ったような顔をして、華扇がつぶやく。

師匠の言葉から分かる様に、華扇もまた仙人の一人だった。

 

「そうなんですの?私も最近ずっと、弟子の世話で忙しくて――」

 

「ぶっ!?で、弟子ぃ!?ごほっ!貴女弟子なんて、ゲホっ!いたんですか!?」

弟子という単語に華扇が飲んでいたお茶を噴き出す。

おかしな場所に入ったのか、咽て自身の胸を叩く。

 

「はぁ、はぁ……人里の子供を甘い言葉でだましたり――」

 

「なんて事はありませんわよ?

外界から来た所を、紆余曲折あって拾ったんですの。

とーっても手の掛かる子で大変ですわ」

師匠が楽しそうに話す。

その様子を見て華扇は心配した。

 

(……彼女が弟子を?

うーん、邪仙の弟子に成るなんて、一体何を考えているのかしら?

やはり、騙されて連れていかれた可能性が――)

師匠の態度を訝しがり、華扇がブラフをかけてみる事にした。

 

「そうなんですか。弟子をね。

手が掛かるなら、少しの間だけ家で預かりましょうか?

幸い部屋も空いてるし、動物以外に指導してみるのも面白ろいかもしれないわね」

 

「まぁ、本当?

願っても無いチャンスですわ。

なら、少しの間だけお願いできます?」

師匠の言葉は、華扇にとって少し意外だった。

この邪仙が気に入った物を一時といえど手放す性格で無い事は知ってるし、本当に弟子が居る言うのにも驚いた。

 

「では、明日の正午に妖怪の山に向かわせますわね」

華扇の思惑とは離れて、とんとん拍子に話は進んでいった。

 

 

 

 

 

翌日正午、約束の場所へ行くと数名の天狗が集まって河童と相撲を取っているのが見えた。

なぜか行者を、山の上のカエルの方の神様がしていた。

丁度勝敗が付いた様で、勝った方の河童がガッツポーズをする。

 

「……やっぱり、居ないじゃない」

どんな怪人が来るのか、若干不安だった華扇が安堵のため息を付くが――

 

「盟友モドキー、仙人さん来たみたいだよ?」

 

「モドキって……あ、仙人に近いイコール人間(盟友)じゃないって事か……

なんか、いやだなー」

丸く書かれた簡素な土俵の中から、負けた方の少年がこっちに向かって歩いてきた。

 

まさか――

 

「茨木 華扇様ですよね?

今回はありがとうございます」

少年――詩堂 善が笑顔で応えた。

 

 

 

 

 

「ここを右です、しっかり付いて来なさい」

華扇が自身の修行場兼自宅へと善を案内する。

彼女の自宅は、特殊な結界が張られており、非常に濃い霧に覆われてる。

ある特定の順番で歩いていかないと、入り口に戻されてしまう作りなのだ。

 

(一体、どういう事?あの邪仙の弟子って言うのだからもっとこう、外界から逃げてきた凶悪犯や、屈強な大男なんかを想像していたんだけど――)

 

「おお、あとと!?」

華扇の目の前で、善が足元を木の根に取られ躓きそうになっている。

そして慌てたように、笑顔を向けて取り繕ってきた。

 

「…………足元に気をつけなさい」

 

「はい。華扇様!」

 

(どう見ても純朴そうな少年じゃないの!)

余りに普通過ぎる邪仙の弟子に、華扇が心の中で騒ぐ。

だが油断してはいけない!!どんなに普通に見えてもこの少年は邪仙の弟子。

一体何を仕掛けてくるのか、予想すらできない。

その瞬間、不意に霧が晴れた。

 

「さ、ここが貴方の修行場です。

部屋に案内するから――」

華扇が後ろを振り向くと――

 

「トラぁ?!」

善がトラに驚いていた。

 

「ああ、おかしなことをしなければ大丈夫ですから。

さっさと来てください」

 

「は、はい……華扇様……」

ひどく怯えた様子で、華扇のついていく善。

華扇は屋敷に入ると、善に一つの部屋をあてがった。

 

「さ、ここが貴方の部屋です。

基本は此処にいなさい。

勝手に屋敷の外に出ることは許しませんからね」

 

「はい、華扇様」

 

「うぐ、分かればよろしい……」

もう何度目かも分からない善の返事、なんというか非常にまっすぐした目で、つい気おされてしまう気がする。

 

「荷物を置いて、修業着に着替えたら庭に来なさい」

 

「はい、華扇様!」

 

ピしゃッ!と音がして、部屋の障子が閉まる。

 

「さーてと、修業修業!

師匠以外に稽古をつけてもらうなんて初めて――?

初めてだな!!」

一瞬脳裏に「我にお任せを!!」としゃべるまな板がよぎるが、何かの間違いだろう。

 

「さーて、と――あ”」

 

「ぷぅ!」

善がカバンを開けると、白い毛に包まれた2つの耳が揺れる。

カバンから出てきたのは、一匹のうさぎ。

輝夜が善に遣わしたうさぎのズーちゃんだ。

最近は家の近くの墓でたむろしているのだが――

 

「準備してたカバンの中で寝ちゃったのか……」

 

「(コクコク)」

昨日カバンの中に入って遊んでいた事を善が思い出した。

 

「困ったな……勝手に帰る訳にはいかないし、外にはトラが居るし……

大人しくしててね?」

善の言葉に再度ズーちゃんが頷いた。

 

「遅い!!一体何をしているの!?」

ちっとも来ない善にしびれを切らした、華扇が障子を開いた。

 

「す、すぐに行きます!!」

幸い着替えは終わってたため、ズーちゃんを隠すようにして善が庭へと飛び出した。

 

 

 

「さて、まずは組手ですよ。

仙人としてある程度の、手ほどきは受けていますよね?」

 

「は、はい!」

庭の真ん中で、華扇と善がそれぞれ構えをとる。

 

(この子、なるほど――弟子というのは嘘では無い様ね)

善が構えると同時に、体に気が纏わりついていく。

良くある一般的な、地脈(龍脈ともいう)からくみ上げた気を一度丹田に溜め、呼吸と同時に全身に行きわたらせていく。

確かのそれは仙人の力だが――

 

「行きます、よ!!」

善が地面を蹴り、右手の突きを華扇に向かってふるう!!

だが、華扇は自らの体を横にずらし、右手首で攻撃をいなそうとするが――

 

「なんの――ん!?」

突如見えた異質な、力に警戒してその場から飛びのく!!

善の拳が触れた右手の包帯の一部が、傷つきほどける。

自身の身を強化し支える力とは真逆の相手を傷つける力だ。

 

「なるほど、仙術以外にも力を持ってるようですね?」

 

「えっと、これは、なんというか……

自然についたものなので、力を使うと自然に出てしまって……」

困ったように、善が頭を掻く。

 

「なるほど」

一瞬、わずかな一瞬だが、この少年は妖力に酷似した力を使って見せた。

その瞬間だけ、この純粋無垢な少年は剥き身の刃物の様な気配を見せた。

 

(なるほど、これで確定、ね。

間違いなくこの子は邪仙のお気に入りって訳ね……)

自身の疑問が黒に確定したことで、彼の目標を今度は考え始める。

 

「どんどん行きますよ!華扇様!!」

 

「ええ、来なさい!!」

拳と拳、蹴りと蹴り、そして技と技を交わし、華扇が考える。

 

(彼の目的はなに?なんで、お気に入りの弟子を一時とは言え手放した?)

そんな考え事をしていた為か、華扇は善の下段の突きを躱し損ねた。

いや、正確には体は躱したのだが――

 

ビリィ!!

 

「――あ”!?」

 

「え?――きゃ!?」

善の拳が、華扇のスカートに際どい部分までスリットを入れてしまう!!

 

「ば、ばかものー!!仮とは言え、師事している師匠を辱めるとは何事ですかー!!」

 

「わざとではないんです!!すいませんでした!!」

必死にスカートを抑える華扇と、同じく必死に謝る善。

 

(まったく、一体どうしてこんなことに――はっ!?)

その時華扇に、天啓が来る。

 

(ひょっとしたら、彼の目的はこっち!?)

華扇の脳裏に、何かをたくらむ邪仙の子弟が浮かぶ。

 

……

…………

………………

 

「お師匠様ぁ……」

 

「どうしたのかしらぁ?」

 

「師匠って本当に美人ですよねぇ?

仙人ってみんなそうなんですかぁ?」

 

「うふふ、どうかしら?

そうだわ、里にもう一人居るから、確かめてきたらどうかしら?」

 

「ついでに邪仙堕ちさせましょうね~」

ゲスで好色な顔を浮かべた二人の影が絡み合う。

………………

…………

……

 

「わ、私は簡単に堕ちたりなんかしませんからね!!」

微妙にフラグっぽい事を言って、華扇が部屋の中へ引っ込んで入った。

 

「???」

突然の態度の変化に善が戸惑い立ち尽くす。

 

 

 

 

 

夕飯時。

机の上に、善の用意した料理が並んでいる。

里芋と椎茸の煮物と、かきたま汁、ホウレンソウのおひたし、そして焼き魚。

 

「はい、華扇様。ごはんですよ」

 

「あ、ありがと……」

善によって渡された、茶碗を華扇が受け取る。

弟子の仕事の多くは所謂雑用、掃除炊事洗濯は弟子がやって当然の事。

当然善が、華扇の為に夕食を作る事はおかしくないのだが……

 

(きっとこの料理のどれかに、媚薬が入ってるんでしょうね……)

華扇の脳裏に、ゲスな顔をして舌なめずりし善が浮かぶ。

 

『げっへへへへ!!どうですかぁ?

師匠お手製の媚薬はぁ?これ一滴でオカタイ仙人様も一匹のメスだぜ!!

ぐへ!ぐへ!ぐへへ!!』

 

 

 

「今回かきたま汁が自信作ですよ?

すごく良い感じに卵がふわふわなんです」

 

「いただくわ……(それに媚薬が入ってるのね)」

 

「いただきます。はぁ……温まりますね」

かきたま汁を飲んだ善がほっと一息つく。

 

(あったまる!?そろそろ体が熱く成って来たような……

し、仕掛けてくる気ね!?)

*暖かいモノを飲んだ効果です。

 

しかし、華扇の予想とは裏腹に――

 

「ふぅ、美味しかった。

食べ終わった食器片してきますね」

 

「え、ええ?」

善が襲い掛かってくると思っていた華扇には、あまりにあっさりして言葉に虚を突かれた。

 

 

 

カッポーン……!

 

食事の後、風呂を沸かし華扇が浸かる。

「なぜ何も仕掛けてこないんでしょう……

まさか、焦らして?

い、いやいや。別に仕掛けて欲しい訳では――」

 

「華扇様ー湯加減はどうですかー?」

 

「ひゃい!?」

突如かけられる言葉に、華扇が不意を突かれる。

 

(お、お風呂!?そうです!お風呂は合法的で全裸!?

もし、もし此処で「熱い」なんて言ったら……)

……

…………

………………

「え?お風呂の、温度が悪い?これは直に入って確かめるしかないですねぇ(ゲス顔)」

 

「ちょっと、なんで入って――」

 

「さぁ!!お風呂で楽しい事しましょうねぇ!!

ぐへ、ぐへへへへ!!」

 

「いやぁあああ!!」

………………

…………

……

 

ゴクリと華扇がつばを飲む。

 

(こ、ここは、先輩仙人として、彼の歪んだ心を矯正しなくては!!

決して、決して下心がある訳では、ありません!!)

 

「すこし、熱いですかねぇ?」

 

「じゃ、薪を入れるの止めますね」

 

「え?(入ってこない?)」

善の普通過ぎる言葉に、肩透かしを食う。

その後熱くしても、何もしてこなかった。

 

 

 

 

 

「さてと、俺もお風呂入ってくるから。

コレでも食べてて?」

カバンの中に隠れていた、ズーちゃんに台所からひっそりとくすねた人参を渡す。

 

「おー!」

大好物を貰ったズーちゃんは大喜びでかじり始める。

その様子をみて、善が風呂場へ向かう。

食事を済ませると、再びカバンの中に入っていく。

 

「詩堂くん、明日ですが――」

善の入れ違いで華扇が部屋に入ってくる。

当然善はおらず、カバンからズーちゃんの耳が出ている。

 

「うさ耳!?」

……

…………

………………

 

「ゲヘへ!華扇様のバニー姿似合ってますよぉ?

うさぎみたいに年中発情してそうですねぇ?」

 

「くっ……なぜ、私がこんな格好を……」

 

「違うだろぉ!?華扇様は今うさぎだから、語尾は『ぴょん』だろ!?

俺にまたがってぴょんぴょん(意味深)するんだよ!!」

 

「ぴょ、ぴょんぴょ~ん!!」

………………

…………

……

 

「来るわね、寝静まった頃に……!!

来なさい!!返り討ちにしてやるんだから!!

バニー服なんかに負けない!!」

再度フラグっぽい事を言って自室の布団の中に、潜り込んだ。

 

1時間後……

 

「寝るのを待ってるのよね?

今頃欲望の駆られて――」

 

一方善は……

 

「ふぅ、何とか一日が終わったぞ。

明日も早いだろうし、もう寝ようか?」

 

「おー……」

 

 

 

2時間後……

 

「そろそろね。今にもきっと全裸で扉を開けて……

!?――足音が!!こっちに……あ、とおりすぎた……」

 

 

side善

 

「ZZ……ZZ……ZZ……むにゃ……

ドレミーさん……お久しぶりです……むにゃ……」

 

ガラッ

「ふぅあ……」

トイレに行った来たズーちゃんが善の布団に潜り込む。

 

 

 

3時間後……

 

「なんで、なんで来ないんですか!?

邪仙の弟子でしょ!?夜這いは普通でしょうが!!」

余りに待たされた華扇が遂に部屋を飛び出し、善の部屋へ向かう!!

 

 

 

「何時まで寝てるんですか!?早く起きなさい!!」

 

「うぇ!?華扇様!?」

 

「くぶー!?」

善の部屋を開けると、大きく盛り上がった布団。

そして、一緒に寝る善と、うさ耳を付けた幼子!!

 

「よ、幼女連れ込んでるぅううう!!!???」

朝も近い華扇の家、珍しい華扇の悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

「で、家から連れてきてしまったと?」

 

「は、そうです……」

華扇の前、善が座りズーちゃんについての説明をする。

 

「ご、ごほん。別に動物を連れてきたことを責めたりはしません。

ワザとでは無いでしょうし、他の動物たちに危害が及ぶような存在でもないでしょうし……」

わざとらしくせき込んで、華扇が善を許した。

 

「本当ですか!?よかったね、ズーちゃん」

 

「おおー!」

善の言葉に本当にうれしそうに、うさ耳の少女が喜ぶ。

その様子をみて、華扇がふっと笑う。

 

(邪仙の弟子だからといって、私は色眼鏡で彼を見ていた様ね。

こんなに、うさぎの子も喜んで……

彼は、本当に純粋な子なのね)

自身の勝手な思い込みを反省して、華扇が笑う。

 

「さ、今日も修業ですよ?

朝一番は目を覚ます意味を含めて滝行ですからね?」

 

「はい、華扇様!!」

 

 

 

ざざー、ざざー

華扇の家の近くにある滝で、薄着の華扇と善が滝に打たれる。

 

(ハッ!?詩堂君から、邪気が……

い、いえ。まだ疑っているの?彼はそんな子じゃないわ!)

その身に感じた、邪気を間違いだと断じて再び目を閉じて集中する。

その隣では――

 

(やべぇ……でかい……マジで巨乳(でか)い!!

しかも、滝行の服って白い上に薄いから――

ああっ!肌に張り付いて布地の上から肌色が見えるのが良い!!

あれぇ!?しかも、胸のアレが見えて、いや、見えない?どっち!?どっちなの!?)

煩悩100000%!!

しかしそれでも華扇は善を信じ続ける!!

 

 

 

 

 

「そろそろ、善が帰ってくる頃かしら?」

冬も近い墓場の真ん中で師匠が、散歩をしている。

今日は善が華扇の元から帰ってくる日だ。

時間にして1週間ほど、だがずいぶん久しぶりな気がする。

 

ガサッ――

 

「あら、善おかえり」

枯れ葉を踏む音に振り返ると、そこに善が立っていた。

 

 

 

「結構楽しかったな……はぁ、また明日から師匠の理不尽に付き合うのか……」

そんな事を考えながら、善が墓場を歩く。

視線の先に師匠が立っている。

 

がさっ――

 

枯れ葉を踏み、善が歩いていくと師匠が振り返る。

 

「あら、善おかえ――」

 

「お前、誰だ?」

 

バッチィン!!

 

墓の真ん中、師匠の手刀とそれを握って止めた善の右手が、お互いの力をスパークさせ音を立てる。

 

「まさか、瞬時に見破られるとはな!!」

師匠の顔をした誰かが、声を上げる。

その声はしわがれた男の様な声だった。

 

「毎日顔を合わせているんですよ!!」

 

「お前の師匠は、そうでもなかったぞ?」

声のしわがれた男が、指さす先。

そこに善にとって良く見慣れた青髪を美女が、落ち葉に埋もれる様に倒れていた。

 

「な――」

信じられない光景に善が目を見開く――!!

 

 

 

「ごふっ……え?」

師匠が自身の胸から生える、刃物に困惑する。

 

「なんで……?」

剥き身の刃の持ち主が自身の弟子、しかしその弟子が今までに見たことのない顔でこちらを嘲笑う。

 

一瞬、ほんの一瞬だけ自身の弟子の裏切りを考えるがすぐにやめる。

()()()()()()。そう、()()()()()

 

「死神ね――」

答えにたどり着き、師匠が静かに目を閉じる。

 

 

 

「起きてくださいよ!!ねぇ!!師匠!!!

死ぬなんて嘘ですよね!?からかってるだけですよね!!

ねぇ、起きてくださいよ!!俺、まだ未熟なんですよ!?

まだ、成りそこないなんですよ!?言ったじゃないですか!!

俺の面倒を見てくれるって!!師匠の全部の技術をくれるって!!

まだ、1000分の1も貰ってないじゃないですか!!

止めてくださいよ!!質の悪い冗談ですよね!?

死んだふりなんですよね!!起きてください。

死んだふりなんて止めてください!!師匠!!」

悲しみの声、それに返す言葉はなかった。

ただ、夕暮れに沈む空だけが赤く、紅く、朱く……

ただ何度も何度も善の声だけが――

 

「止めてください!!師匠!!」




思春期の男の子の心と体の変化を、気遣ってくれる華扇様は本当に仙人の鑑ですね。
決して淫ピではないのです。


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横断!!生命の境界!!

さて皆さまお待たせしました。
長らく続いてきたこの作品、結構初期から考えていたネタです。
明るさは少ないですが、それでも楽しんでいただけたら結構です。


キィ……キィ……

 

真っ白い霧の中、河の中を一人の老人が船に揺られていた。

老人の目の前には、よれた刃を持つ鎌を持った死神。

この三途の河で死者を渡す役割を持つ死神、小野塚 小町だ。

 

「なぁ、儂は地獄逝きなのか?」

 

「さぁねぇ?アタイの仕事は死者を裁くことじゃないからねぇ。

けど、河の広さで人の生前の罪の重さを大体予想は出来る」

必死な様子の老人に対してあくまでのんびりと、自身のペースを全く崩さず小町が答えた。

 

「なら――」

 

「けど、この霧じゃ無理だね。

辺り一面真っ白さね。これじゃいつ向こう側に付くかわかったもんじゃない。

ま、雨が降ってる訳じゃないんだ。気長に行こうや」

 

「この河を渡りきった時が、儂の死か――」

 

「そうだね、といってもだ。例外が無い訳じゃない」

何処かあきらめた様につぶやく老人に対して、小町が答える。

 

「それは――?」

 

「確かに、渡り切れば死さ。

けど、向こうへ行った後、戻ってくればどうかねぇ?

試したことは無いけど、閻魔の誰かが地獄か、どっかに割り振る前に戻っちまえば……

いや、あり得ないか。忘れとくれよ」

あり得ない妄想だと、小町が笑って否定する。

 

バシャ――

 

「ん、魚か?惜しいねぇ……霧が晴れたたら、景色や河の色をもう少し楽しめたのに……」

 

バシャ――!

 

「ち、近いぞ……?」

老人が、小さくうろたえる。

小さな物音にさえ不安を感じている様だ。

 

「まったく、男ならもっとシャキッと――」

 

バチャン!!バシャ――バチン!!バシャシャン!!

 

「この、音は――まさか……!?」

何かの音に気が付いた老人ががたがたと震えだす。

 

「ちょ、ちょっと!どうしたのさ!

水音がなんだって――!?」

 

バチィン!!

 

霧の中の船の上、真っ赤な血のような色をした稲妻が二人の前に降りる。

それは人だった。

いや、人の形をした何かと言う他無かった。

 

道士の着るような紺色の中華服の上着に黒の長ズボン、そして首に巻き付いた赤と青の長い布地。

両手両足からは、血のような力を流し、水面を蹴って移動していた。

『ソレ』は老人と小町の乗っている子船のヘリに足を乗せ、そのまま踏台にして河の彼岸、あの世へと走り去っていった。

 

「なにが――?」

一瞬の出来事、あの存在が踏んで傷ついた船の傷が無ければ、白昼夢でも見たと忘れるトコだった。

 

「やっぱり、やっぱりだぁ!!」

老人が両手を合わせて、必死に念仏を唱え始める。

それはもう、必死過ぎて何を言ってるか分からないほどだった。

 

「あれはなんだい!?」

 

「里に、里に出るバケモンだ!!

誰も退治できない!!誰も逆らえない!!誰も機嫌を損ねちゃならねぇ!!

だから、誰も噂しねぇ、誰もヤツの正体を知ろうとしねぇ!!

ヤツは、奴は邪帝皇だ。誰も本当の名前すら知らない、本物のバケモンだ!!」

 

 

 

 

 

「ズーちゃん!!永遠亭へ!道案内よろしく!!」

 

「お、おー!」

倒れる師匠を善が抱き上げ、ズーちゃんを自身の胸へ押し込んで、最後に自身の額に札を張り付けすさまじい速度で走り始める!!

風を切り、川を飛び越え、竹林へと急ぐ!!

 

 

 

永遠亭の玄関。

ノックを手早くして、返事も聞かず扉を開ける。

丁度、出かけようとしていた輝夜と鉢合わせる。

 

「し、詩堂?どうしたの――」

 

「輝夜さん、師匠を助けてください!!」

師匠を抱きかかえたまま、善が頭を下げる。

 

「無理よ――」

師匠の様子を見て、輝夜が答える。

輝夜は残念ながら医者ではない、だが師匠の状況を見たら助からない――否。

もうすでに死んでいる事はたやすく理解出来た。

 

「刃物――死神の鎌か何かね……胸をざっくり。

これはもうアナタの師匠じゃないわ。

これは――」

 

「お願いです!!師匠を!!」

輝夜の説明など聞いていないとばかりに、善が今度は土下座をする。

まだ、彼は認められないのだ。

何事かと、駆け付けた永琳も同じく目を伏せる。

 

「詩堂君、私は確かに命に対する仕事をしてるわ。

けど、死者を生き返らせることは私では――いいえ、禁忌とされた蓬莱の薬にすら不可能よ。

死ななくすることは出来ても、死者を返す事は出来ないわ……」

なだめる様に、永琳が話すが――

 

「師匠は出来ました。芳香は死体だって――」

 

バチン!!

 

「いい加減にしなさい!!」

輝夜が善の頬を殴る。

その目には涙が浮かんでいた。

 

「認めなさいよ!!帰ってこないのよ!!

アナタの師匠は、アナタの師匠は――」

 

「言うんじゃない!!それ以上は!!それ以上俺の前で!!」

輝夜の襟を善がつかみ上げる。

 

「輝――」

 

「まって、永琳」

輝夜が永琳を手で制す。

善は輝夜の襟をつかんだまま、泣き始めた。

 

「くっそ、なんで!!なんで今になって!!

1400年生きた仙人じゃないのかよ!!

狡猾で悪辣で邪法を操る邪仙じゃなかったのかよ!!

俺に、自分の技を全部教えてくれるんじゃなかったのかよ!!

う、ううっ、ぐす、ああ、ああ、あああ~!!」

ボロボロと善が泣き出す。

 

「詩堂、聞きなさい。私たち蓬莱人は死なない永遠の存在。

けど、それでも別れは有るわ。大切に思うイナバが死んでいった事だってある。

それは仕方ない事なの、痛みを抱えてあなたは生きていくしかないのよ?

大丈夫、あなたが忘れなければあなたの師匠はあなたの心の中でずっと生きてるわ」

優しく輝夜が諭す。

 

「永琳。せめてもの手向けに詩堂のお師匠さま綺麗にしてあげて」

 

「分かったわ……」

永琳が師匠だったものを優曇華の用意した担架に乗せる。

 

「ねぇ、詩堂。考えたことある?

肉に形成された動物を、全部元の生きてる状況につなげなおしたらって……

機械とかのからくりはバラバラにしても、戻せばちゃんと動くわよね?

けど、動物は元通りに成らないの。どんなにしっかり生きてるのと同じにしても……

それは、死んだ瞬間に魂が失われたから――魂が離れたら死ぬのよ」

 

「なら――」

善が輝夜の手をつかむ。

 

「ひっ!?」

顔を上げた善の顔を見て、輝夜は悲鳴を上げた。

善の目には怪しい輝きが宿り、その輝きは狂気とすら呼べるモノだった。

 

「生きてるのと同じにして、魂を戻せば……」

 

「止めなさい!!それは踏み込んではいけない領域よ!!」

危険な事をつぶやく善を輝夜が止める。

そう、それは決して犯しては成らない領域で――

 

「あはは、邪仙の弟子はやっぱり邪仙か……」

自嘲気味に笑う善。

 

「輝夜さん。お願いが有ります。

師匠の体を直すのは永琳さんに頼みますけど――

私を殺してくれませんか?」

冗談ではない事は、輝夜にもすぐわかった。

 

「こ、ころし?」

 

「そうです。私も死んで師匠を追いかけます。

大丈夫です、体が無事なら私は自分の体に戻ってきますから」

以前、フランに体を破壊された時の事を思い出す。

そう、本来なら魂は消えていくハズだが、善はそうは成らなかった。

抵抗する力は!!自身の死にすら抵抗して見せた!!

 

「だから――」

 

「何を言ってるんだ!!」

善の後ろ、永遠亭の入り口に芳香が立っていた。

漸く善に追いついた様だった。

ほんの少しして、小傘と橙も追いついた様だ。

 

「善さん……」

 

「みゅう……」

芳香の後ろで、悲しそうな目でこちらを見る小傘と橙、言いたい事は3人とも同じ様だった。

 

「詩堂……みんなアナタの事を想ってくれてるわ。

この子たちを残して死ぬなんて出来る?

ねぇ、アナタのお師匠様の施術は永琳でもしばらく掛かるわ、その間その子達としっかり話し合いなさい」

輝夜が3人の方へと善を促す。

後ろ髪を引かれる思いをしながら、善の言葉を待つ3人の元へ行く。

 

 

 

「みんな、聞いて欲しい。師匠が――死んだ。

輝夜さん曰く、死神が手を下したらしい……」

 

「そんな……」

小傘が悲しみから口を押え、橙は静かに視線を地面に落とした。

対して芳香は善をずっと見たまま、視線を離さない。

 

「で、善はどうするんだ?」

芳香の言葉が投げかけられる。

 

「師匠を追う。一回死んで、あの世まで言って師匠をまたこっちに引っ張ってくる」

 

「出来る訳ないだろ!?」

芳香が善に食って掛かる!!

 

「なんでだ?俺は前、一度死んで復活したぞ!!」

 

「それは、まだ完全に死んでなかったからだ!!」

 

「一度、完全に死んだ人はもう……」

芳香の言葉に便乗する様に、橙が話してくれる。

小傘の様に目に涙がたまり、今にも泣きだしそうだ。

 

「やてみなきゃ分かんないだろ?」

 

「じゃ、じゃあ――善さんはどうなるの?」

小傘が遂に口を開いた。

 

「どうなるって、普通に戻って――」

 

「戻ってこれなかったら!?善さんまで死んだら!?」

堰を切ったように、小傘が言葉を並べる。

向かう先は彼岸、そう。死神たちのいる生者の居ない死者のみの世界。

当然帰ってこれる保証などありはしない。

 

「私はいつも言ってたぞ?死ぬのはダメだって。

覚えてるか?」

芳香が善に尋ねる。

そう、何か命に係わることが有った時、芳香は必ずそう言っていた。

 

「悪いな、無理だ。今回だけは、死ぬ必要がある」

 

「止めてくれ……たのむ、善までいなくならないでくれ!!

私のそばから離れないでくれ!!」

 

「わ、私も!!私も嫌だ!!」

 

「私もです!!死ぬなんて、ダメ!!」

芳香に続き小傘、橙まで善にしがみ付く。

3者とも悲しいのだ、師匠の死を悼んでいるのは善だけではないのだ。

だが――

 

「ごめん、みんな。

諦めることは出来ない。

ここで諦めたら、一生後悔する。今ここでやらないと、俺の心が死ぬんだ。

俺は足掻いていたい、困難に立ち向かいたい。諦めてする後悔よりも、失敗してする後悔の方が何倍も良いんだ。

諦めて、逃げて、忘れたフリはもうできないんだ」

優しく諭すように、3人に話す。

泣き出す3人の背を優しくなでる。

 

(みんな、俺の為に泣いてくれるんだな……)

ここに居る知り合いはまだ出会って2年もたっていない。

相手が妖怪だという事を加味して、今まで生きてきた中の100分の1も共に時間を過ごしていないのではないだろうか?

だが、それでも死ぬかもしれない自分の為に、必死で止め涙さえ流してくれる。

その事実が善にはうれしかった。

 

そして同時に、()()()()()

 

帰れるかどうか分からない旅路。

自身も3人との別れがつらくなる。

 

始めに小傘が善から離れた。

 

「行ってらっしゃい……善さんなら、きっと戻ってくるよね」

 

次に橙が善から離れた。

 

「絶対帰ってきますよね?善さんはすごい人ですからね!!」

 

無理して笑顔を向ける二人。

尚も芳香は善にくっついたままだった。

 

「善、絶対、絶対帰って来てくれ……

私を一人に――」

 

「しないさ、絶対にだ。

明日みんなで出かけよう、小傘さんと橙さんを誘って……

椛さんやにとりさん、静葉さんと穣子様のいる山にハイキングに出かけような。

勿論師匠も一緒だぞ?

こいしちゃんの家のある、旧地獄の温泉地にも行こうな?偶にはゆっくり羽を伸ばしたいもんな?

人里へ行って、阿求さんと一緒に小鈴ちゃんの店をのぞいて、妹紅さんの店で夕飯にしような?」

溢れてくる。

思い出が、懐かしさが――

 

善は何も持たずにここに来た。

だが、いつの間にか本当に多くのものに囲まれていたらしい。

なんて、なんて自分は幸せなんだろう?

 

だが、コレじゃ足りない。師匠がいない。師匠がいない明日なんて欲しくは無かった。

 

(欲張りかな……欲張りだよな)

自身を止める最後の手が、善から離れた。

善はもう3人の方を振り返らなかった。

 

 

 

 

 

「あんたって本当にバカね……史上まれにみるバカよ!!」

輝夜が開口一番に、そう言って頭を殴ってきた。

 

「輝夜さん……」

 

「さっき語った、未来予想図私がいないんだけど!?

明後日は私に24時間耐久でゲームに付き合いなさいよ!!

ん!!」

突き出すように出した手には、濃い紫の色の液体が満たされた小瓶があった。

 

「アンタのその力を考慮して濃度を調節した毒薬よ……

本来は薬なんだけど……

ぎりぎり致死傷のハズ、あんたはコレで仮死状態になるわ。

アナタの抵抗する力なら、きっとすぐに生き返ってしまう。

だから、私の力で何とか仮死状態を維持するわ。

けど、あんまり長くは出来ない。

アナタの肉体と私の精神的な問題でね……」

そう言って、輝夜が指を3本立てる。

 

「3時間よ。3時間がぎりぎりの時間。

それまでに、あなたの師匠を取り戻しなさい!」

 

「輝夜さん、ありがとうございます」

善は輝夜に連れられ、師匠の隣に寝かされた。

 

「永琳ごめん、こんなこと……」

 

「いいのよ輝夜。貴女がしたいことが私のしたい事だもの……」

永琳の輝夜の短い会話。

確認の後に、永琳の持つ毒薬が善の血管に注射された。

 

「あ、ねむ、く……」

ソレから3分ほどで、善は眠る様に息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザー、ザザザー……

 

波の音が聞こえる。

目を覚ますと、そこは三途の河。

濃い霧がかかって、向こう岸は見えない。

 

「来たか……なんとか、向こう岸に渡る方法は――」

 

「船かなぁ?けど無いっぽいよ?やっぱり、無理やり死んだからかなぁ?」

 

「うお!?」

善のすぐ横、生意気そうな顔をした少女が立っていた。

頭に生えるのは2つのうさ耳。

その姿は――

 

「ズーちゃん?なんでここに?」

 

「なんでって、道案内。

死んだはいいけど、どこ行けばいいか分かんないでしょ?」

 

 

 

 

 

「逝ったわね……」

永琳が善の死亡を確認して、メモを取る。

 

「ねぇ、永琳。

死んだことないから、わかんないけど……

詩堂の魂ってどうなってるの、今」

 

「自分の師匠の魂を追ってるでしょうけど、場所が分かるとは――」

 

パァン!!

 

「なに!?銃声!?」

部屋のすぐ近く、鈴仙の部屋で銃声が聞こえる。

鈴仙が武器として銃火器を持っているのは知っているが、暴発させたのは聞いたことが無かった。

 

「師匠!!大変です!!この子が!!」

鈴仙が仲間のイナバを一匹抱いて走ってくる。

頭からは血を流していて――

 

「突然、この子が自分の頭に銃を突きつけて!!」

 

「自害したって言うの?」

鈴仙の言葉をきいて、抱きかかえられているのはズーちゃんだと気づく。

 

「なんで――道案内の積り?」

さっきの会話を思い出す。

そう、死者なら死者が何処へ向かったか分かる筈だ。

死者は同じ道を歩む。この子は善を案内するために自らを捧げたのだ。

 

「なんで、なんでみんなバカばっかりなのよ!!」

輝夜が死体となったズーちゃんを抱きしめ慟哭した。

 

 

 

 

 

「いやー、魂だけって便利だねぇ。

声帯が無くてもバリバリしゃべれるよ~」

善の服の内側、ズーちゃんがうさぎ姿で話す。

 

「河渡ってる時くらいもう少し、静かに出来ません!?

ってか、そんな口調だったのか……」

 

「そーです!!ご主人に名前を貰ったこの『錦雨(にしきあめ) 玉図(ぎょくと)』こと、ズーちゃんは生まれてこの方この口調で~す!

いや~しゃべれないって、結構苦痛なのよ~」

決死の意を決めて、善は河の上を抵抗する程度の力を使い走っていた。

水の気の流れを踏み、沈む足を一瞬だけアメンボの様に水の上に立ち、沈む前に新たに一歩を踏み出すことを繰り返し、何とか走って河を渡っていた。

 

 

 

 

 

ザァツ!!

 

石の砂利に足が付く、三途の川の向こう岸。

そこに善は降り立った。

 

行く先は荒野に続く一本道、遥か視線の先大きな山が見える。

 

「人はねぇ、49日かけてあの山を越えるのさ。

そしてや~っと出会った閻魔様に、死を告げられて地獄か天国か決まるんだよ」

玉図の言葉を聞いて、善がその道を走り始めた。

ひたすら走るまま時間が過ぎてくが――

 

ジャキン!!

 

善の目の前、鎌の様な物が地面に突き刺さる。

頭上を見上げると、死神が立っていた。

 

「お前誰だ?今日のリストに無い奴だぞ?

!!――おい!!」

死神を無視して、善が走り始める!

突如、死神の視界が90度回転する。

一瞬遅れて気が付いた、自分は攻撃されたんだと。

 

「侵入者、侵入者だ!!あの世に侵入者が来たぞ!!」

トランシーバーのような道具で、この付近一帯の死神に応援を呼ぶ!!

 

メキャン!!

 

倒した死神の持つトランシーバーを踏みつけ破壊する。

拙い状況だ。応援を呼ばれた。

 

「ズーちゃん飛ばすよ!!」

足に力を入れ、気を集中させる。

地面を蹴るのではない、地面や空気中に走る気の流れ、それに沿うように自身の足を乗せる。

 

イケる――!!

 

「気功翔天脚!!」

バッと飛び出し、気の流れに乗る。

そしてその流れをたどる様に自身の気を反発させ高速で飛ぶ。

イメージとしては流れる川の上を、一歩ごと飛翔しながら飛ぶ感じだ。

 

倒した死神はすでに遥か後方、何時か他の死神に出会うだろうが待っているよりもましなハズだ。

 

景色が高速で流れてく、全身で空を切り走り続ける。

 

「え――」

善が遥か前方、立つ人物の顔を見て足を止める。

 

「よう――久しぶりだな」

その出会いは何時か果たされるモノだったのだろう。

その出会いは必然だった。

その出会いは様々な名で呼ばれる。『運命』『宿命』『因果』『因縁』そして――『奇跡』

 

「なんで、お前が此処にいるんだよ」

 

「俺、今は死神なんだ」

一つは凛々しく、一つはあどけなさのある非常に似通った顔。

お互い言いたいことはたくさんあった。

けど――そして次に出す言葉は同じ立った。

 

「「出来れば会いたくなかった」」

 

死神――詩堂 完良。

仙人――詩堂 善と遭遇。




再会する二人の兄弟。
栄光を歩む兄と、自らの幸福を歩む弟。

出会うハズの無い別れをしたが、因果と運命の末再びここに。

次回、ついに長い因縁に決着が付く!!


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終焉!!進み続ける運命!!

さて、今回で長らくお送りしてきた「止めてください!!師匠!!」は一旦の終了です。
2年の間、ご愛読ありがとうございました。

とはいっても、まだまだ、出したいキャラとかありますし。
書きたい絡みもあるんですよね~

今後も、たまにですが書いていくと思います。
しかし、ひとまずラストはこの形で。


大地を湿らす雨にも最初の一滴が在る様に、人にも「はじまり」の時がある。

 

――私の始まりは、いつ?――

 

薄れる意識、夢とも現実とも分からない、濃い霧の中に居るような感覚――

 

 

 

一人の美しい少女が一冊の本を読む。

これは父の本だ、勝手に読んでは怒られる。

しかし、少女はその本を読むのをやめる事は無かった――

 

「儂は仙人を目指す」

父はそう言って家を出た。

『仙人』それが何か、少女には分からなかった。

だがその『仙人』とやらは、父が母と自分を捨てる理由としては十分だったらしい。

 

ぺラッ……

 

父のいなくなった部屋。少女は父の残した仙術の本を読み漁る。

――いつか、自分も仙人へと変わり、父と再会する。

そんな事を考えながら、少女は仙人を目指した。

そして時が経ち……

少女も年頃の乙女へと変わっていった。

 

 

 

――うつくしいですなぁ――あなたは可憐だ――私と一緒になりませんか?

 

誰だったか、もう顔もひどくあやふやな男。

名家の男、金があり、権力があり、優しかった男――

何度も言い寄られ、そしていつか自身の夫となっていた男――

 

「いや、見た目はすごく良いんですけど……性格が……」

一瞬だけ、男とは別の少年の姿と声がした。

 

その後は自分でもよく覚えていない。

幸せだったのか、不幸だったのか。

何不自由のない生活を送っていたのは覚えている。

 

だが、その生活を以てしても少女の仙人へのあこがれは消えることは無かった。

 

それほどまでに父を想ったのか、それとも仙人の力に魅せられたのか。

今ではもう分からない。

だが、その男を捨てたのは覚えている。

 

竹を用意して、自身の覚えた仙術を掛ける。

 

――ああ、なぜ君は死んでしまったんだ――

 

夫が悲しんでいるのが分かる。

だが、自身はその夫の元へ帰ることは無かった。

 

「まさか死体の偽装まで出来るとは……」

まただ、また別の少年が出てきて、苦笑した。

自分はなぜかこの少年の言葉がうれしく思えた。

 

海を渡り、東極の島国へと向かう。

そこには聖人がいるらしい。

自信の仙術を教え、取り入ってみたい。

 

何時しか少女は仙女となっていた。

最早後悔は無かった、自身の心のままに進んでいくばかり。

 

――なるほど、これが道教の力なのですね。

 

聖人と言われた存在が、自身の術に驚愕する。

力を持つ者に、自身の術を教える喜び。

聖人もまた、仙女の同じように仙人へと変わるだろう。

長い時が流れ、何時しか仙女は邪仙と呼ばれる存在へと変わっていった。

だが、邪仙の心は少女の頃のまま、自身の望んだモノを欲しがり手にして、不要なものは容赦なく切り捨てる。

子供の純粋さと残酷さ、そして大人の強かさを持った邪仙へとなっていた。

 

不意に現れるのは、何度も見たさっきの少年。

泥だらけで、ボロボロの服。打ちのめされた弱者の瞳。

けっして自分が興味を抱かないであろう存在に対して自身が口を開いた。

 

「気に入ったわ……人里で暮らせないなら、私の弟子にならない?

あなたを追い出した人間たちには届かないような力を上げるわ。どう?」

その言葉に少年の瞳にわずかに光がともる。

面白い玩具を手に入れた。数日遊べれば儲けものだと思い、邪仙は彼に手をさし伸ばした。

 

少年は邪仙の手を握り返した。

邪仙は分かっていた。この少年はそうせざるを得ない事を、だから笑ってやった。

 

「いいわ、あなたは今日から私の弟子よ。私は霍 青娥、みんなには娘々ってよばせてるけどあなたは()()って呼びなさい」

 

「はい、師匠……俺は、俺の名前は――」

その時、意識に掛かっていた靄が急激に薄れていった。

 

 

 

「ここは――」

目覚めると、そこは果てない山の奥の奥。

目の前には動物の骨の仮面を被り顔を隠した影が一つ。

 

「私は死神に――」

師匠はそこで、自身に何が在ったのか思い出す。

 

「ふん、漸く走馬燈を見終わったか……

1400年も生きるとずいぶん掛かる」

酷くしわがれた老人の声、その声に師匠は聞き覚えがあった。

 

「まさか……」

 

「ふん、()()()()()()ことを目的としていたじゃと?

実に下らんな。

この仙人の成り損ないめ……!」

ゆっくりと仮面を外した死神の顔はさっき走馬燈でみた顔で――

 

「お、お父様……」

 

「お前を娘だとは思わん。

気安く呼ぶな……!」

死神は忌々し気にそう吐き捨てた。

その時、死神が何かに気が付いた。

 

「侵入者――なるほど、『コレ』の弟子とかいうガキか……!

ふん、見逃してやった物をワザワザ死にに来るとは……

まぁいい、丁度面白いモノもある」

そう言うと死神の体が変化していく、声もしわがれた老人の物から若く活力のある声と姿へと!

そして――

 

「ふん!!」

死神が、自身の手を師匠の腹に深く突き刺した。

 

「お父……さ、ま」

師匠はそのまま、倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷く荒れた狭い道。

そっくりな顔をした二人の人間が顔を合わせる。

一人は精悍な顔つきで、腰に剣を携えた白い軍服。

旧日本軍に在ったとされる軍人用の警官、憲兵を白くしたような格好だ。

もう一人は、道士の様な中華風の服で、首には赤と青のツギハギのマフラー。

 

「なんで、なんで完良(あんた)がここに居る!!」

 

「俺は死神だ。今はこうやって、魂を運んでいる。

汚れ仕事って奴さ」

憤る善に対して、あくまでも完良が平然と答える。

 

「死神――!?

師匠を殺したのは、あんたの差し金か!!」

死神の言葉に反応して、善が完了にとびかかる!!

右手に紅い気を纏い、容赦なく殺そうとする!!

 

「まて、落ち着け――!」

すっと、音もなく腰の剣を抜く完良。

それは切っ先が丸く、派手で華美な装飾がされた西洋の権力者を処刑するために使われる剣、エクスキューショナーズソードと呼ばれるモノだった。

 

ぎりぎりギリィ!!

 

善の気を纏った拳を、完良が自身の剣で受け止める。

 

「奪うのか……あんたは!!

今の俺の生活すら奪うのか!!そんなに俺が憎いのかぁ!!」

 

「んっ!?」

鬼気迫る表情の善、完良が一瞬どよめく。

善はその隙を逃がしはしなかった。

剣を受け止める、拳を支点に完良の首筋に向かって蹴りを叩き込む!!

そう、しようとしたが――

 

「なに!?」

完良は自身の剣を離し、善の支点を崩す。

そして体制を崩した善の足をつかんで見せた。

 

「俺に触るな!!」

 

バチィ!!

 

善の足に巻き付いた紅い気が完良の手を攻撃する。

皮膚が裂け、善のズボンに血が滲む。

 

「なんでだ、なんで避けない」

尚も血を流しながら、完良は優し笑みを浮かべる。

 

「落ち着こうぜ、な?」

 

「ふざけてるのか!!」

完良のつかまれた足に向かって逆の足で挟み込む様に蹴りを放つ!!

一瞬、一瞬だけ完良は守ろうと反対の手を出すが、すぐに引っ込めた。

当然防御が無くなった完良の頭に善の蹴りが叩き込まれる。

蹴りを受けた顔に裂傷が出来、額から血が流れる。

それでもなお、完良は笑みを浮かべたままだった。

それどころか、捕まえていた善の足を離し、さらに自身の剣すら投げ捨てて見せた。

 

「どうしたんだ?もっと打って来いよ」

まるで自身の罪を受け入れた聖職者の様に、完良は両手を広げて見せた。

 

「何を考えてる……?」

その様子に善が躊躇する。

 

「そんなに俺が憎かったんだよな。

ごめんな、気が付かなかったよ。

いいんだ、好きなだけ殴れ、好きなだけ蹴れ。

だけど、だけど気が済んだら、帰るんだ。

現世へ、生きてる世界へ……お前の人生はまだまだこれから楽しい事が始まるんだろ?

死んでちゃダメだ……」

優しい笑みを浮かべて見せた。

その顔はかつて、善が完良を純粋に尊敬していた頃と全く同じ顔で……

 

「兄さん……俺は……」

善は自身の拳を開いた。

 

「いいんだ、ゆっくり話そう?俺たちには兄弟として話す時間が足りなかっただけなんだ。

だから、だから――――危ない!!」

突然、完良が善を突き飛ばした。

そこに落ちてくるのは、死神の鎌。

視線を上げると、複数の死神と思わしき集団がやって来ていた。

最初の死神の呼んだ応援だろう。

 

「まずいな、あの数は……

今更ツケが回って来たかな?」

落ちていた剣を完良が拾う。

そして、右手を虚空にかざすと黒い渦の様な物が空間に生まれる。

 

「行ってこい、お前の奥さんはきっとここにいる。

此処は俺に任せて先に行けよ」

まるで映画のキャラクターの様なセリフを吐いて、完良が善を渦の中に押しこんだ。

開いたままの渦。これは死神の一部が使う移動用の能力だ。

開いた渦はしばらくこのままで、追っていくのは非常に簡単なのだ。

だから――

 

シャン!!

 

完良が渦の前に剣で地面に一本の線を引く。

 

「何をしているんです?早くアイツを追わないと……」

 

「完良さん、なにをやってるんだ!!」

口々に死神たちが、怪訝な顔をする。

 

「悪いけどさ、アイツだけは手を出させる訳にはいかなんだよね。

来なよ。俺が相手をしてやる!!この線から先には一歩も進ませない!!」

 

パチィ!

 

完良が指を鳴らす。

コレが完良の持つ能力の発動の合図だ。

 

「ふざけやがって!!!」

 

「殺してやる!!」

 

「裏切りは許さねぇ!!」

死神すべてが殺気立つ。

そう、コレが完良の能力。

完良は「悪意を操る程度」の能力を持つ。

ヘカーティアが言っていた。

 

『貴方は有能な力が有るわよん。

けど、それに嫉妬する者がいないことに疑問を抱いた事はないの?

答えは、簡単よん。あなたは他人の悪意を操れるわ。

誰も貴方を恨まない、嫉妬しない、僻まない。

けど――』

 

「誰とも一緒に歩けない――か」

完良が死神の群れに向かって剣を振るう。

そうだ。いつだってそうだ。

自身に送られるのは、称賛の声!!

羨望のまなざし!!憧れという感情のみ!!

だが、だがお互いに歩む者はいなかった!!

並び立とうとする者は誰一人居なかった!!

 

常に努力し、誰よりの先を行く完良と歩む者は無い。

有るのは手の届かないモノに対するあこがれの視線だけ。

賞賛に囲まれ、たった一人で歩くだけだった。

 

「おらぁああああ!!!」

 

「ぐわぁあああ!!」

完良の剣が死神の群れに切り込んでいく。

何度も何度も攻撃を受けるが倒れない!!

善の去っていった道をひたすら守る!!

それが、今の完良に出来る唯一の事だった。

 

「あぐ!?」

倒したと思った死神に、足を取られる。

目の前には、別の死神の鎌が迫っていた。

 

「此処までか……最後に、やっと兄貴らしい事が出来たよな?」

善の顔が浮かぶ。

アイツだけが、完良に心をぶつけてくれた。

アイツだけが、自身に追いつこうとしていた。

 

「ありがとうな――」

鎌が完了の首に刺さる瞬間――

 

キィン!!

 

「え――?」

鎌を紅色の雷が叩き壊した!!

 

「先に行けとか、後で追うとか……

気にしすぎなんだよ!!なんで、なんで「一緒に行こう」って言えないんだよ!!

このバカが!!」

渦の中から善が飛び出し、完良の頭を殴った。

 

「善……なんで先に……」

 

「だから、先とかじゃないって!!

アンタは天才様なんだろ?

んで、俺は修業中とは言え、仙人様だよ。

一人じゃ無理でもさ、二人ならこんな数、目じゃないだろ?」

照れるように、善が完良に手を指し伸ばす。

 

「――そうだな」

善の差し出した手、完良が上から叩いた。

 

「二人!?それがなんだ!!!」

無数の死神たちが、二人を襲う。

 

「勝てる気か?俺たちは――」

 

「完全と善良であることを願われた兄弟だぜ?」

その一言は、善の名前の呪いを消す言葉だった。

兄に成ろうと願われた名は、たった今兄弟の決して破れぬ絆へ変わる!!

 

善が両手に大量の気をため込む!!

そして――

 

「そぉれぇ!!!」

それを地面に振り下ろす!!!

 

「ぐぁあああ!!」

 

「ぎゃぁあああ!!」

地面を伝わる、気の流れに大量の地面に降りていた死神が倒れる。

間一髪、飛びあがった者達も――

 

「良い的だな」

完良が剣から斬撃を飛ばす!!

 

「兄さん!!」

 

「おう、行ってこい!!」

善が飛び上がり、完良がその靴裏を剣で弾く!!

死神の腕力と仙人の能力が合わさり、善が飛んでいく。

そして――

 

「決めて来い!!」

 

「良いねぇ!!超ゴキゲンだ!!

兄弟符『AtoZ(オール)―OVER・THE・WORLD』!!」

善が全身から、紅い気を放出する。

完良が剣に力を籠め、エネルギーを纏わせる。

2種の力が間に居た死神たちを挟み込んだ!!

完良の生み出す力を善が抵抗する力で跳ね返し、さらに追撃を加える!!

その力は二人の力。しがらみを超え、生と死すら超えて合わさった二人の力!!

 

「さてと、俺はそろそろ、行くかな?」

完良が別の渦を生み出し、そこへ向かおうとする。

 

「なんだよ、もう行くのか?」

 

「盛大に死神を裏切ったからなー。

あーあ、一応公務員で安定してたのに……

ま、仕事位探すさ」

 

「私もこっちかな~。

これ以上はヤバそうだし」

ズーちゃんが懐から出て、完良についていく。

 

「また、会おうね?

約束だよ?絶対に、また会おうね?」

やけに念を入れて、ズーちゃんが完良について消えていく。

 

「ん?ああ、また今度ね」

別れを惜しみ、善が気合を入れなおす。

完良の作ったチャンスだ。無駄には出来ない。

それに帰ったらやる約束がまた増えた。

 

(今度は兄弟として、うまくやれるかな?)

そんな事を想いながら、善は完良の最初に作った渦へと消えていった。

 

 

 

 

 

「くっ……」

渦の先、完良が山の中で膝を付く。

 

「やっぱりもう……」

悲しそうに、ズーちゃんが目を伏せる。

 

「ああ、どうしても善の前で、死ぬわけにはいかなかった……

アイツは優しいから、絶対に自分を責める……」

完良がマントを脱ぐと、大きな傷があった。

戦いの最中、完良はすでに致命傷を負ってた。

腹の傷を抑え、ゆっくり立ち上がる。

 

「お互い死ぬ身か……」

ズーちゃんの体も消え始める。

彼女もまた此処までの様だった。

 

「後悔はないさ……ああ、いい人生だ……

なにも、悔いはない……

そうだろ?ウンピーちゃん……?」

完良の前、クラウンピースが立っていた。

 

「ばかだ……あんたは、本当にバカだよ……

せっかくもらったチャンスを!!

あと、ウンピーって呼ぶな!!!」

最後にふっと、笑って完良は消えた。

クラウンピースが見守る中、ズーちゃんがと完良が消えていった。

ピースの手に二つの魂が現れる。

その魂を手に彼女は何時までもグズグズと泣いていた。

完良の持っていたエクスキューショナーズソードだけが、墓標の様に地面に刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、ここ……」

完良のつなげた渦の先、そこには異様な光景が広がっていた。

錆びた大量の機械、ペンキの剥げたキャラクターに、腐ったベンチ。

そこはまるで、遊園地の廃墟だった。

いや、廃墟ではないだろう。

なぜなら――

 

『ガー!……ピぃぃぃ!!♪~♪ガがザー、ザザッー!♪~』

 

ゴォン……ガシン!!ガチャン!!ガジジン!!

錆び切ったスピーカーからはノイズ交じりに音楽が聞こえるし、今にも壊れそうな観覧車は錆びをこぼしながらもゆっくりと動いている。

 

明らかに地獄でもあの世でもない世界。

だが、この世界が何かわかりはしなかった。

完良の連れてきた場所だ、疑う事は無かった。

 

「師匠は何処だ?」

キョロキョロと善は広大な廃墟寸前の遊園地を歩き出す。

 

「ここは、私の心の風景よ」

無人の遊園地、善の声と錆びた機械音以外の音がようやく聞こえた。

 

「あ…………」

遊園地の広場、朽ちたベンチに師匠が座っていた。

 

「人は誰しも心の風景を持っているの。

あなたも私も、ここは私の心の生み出した世界よ」

師匠が軋みながら、部屋が一つ落ちた観覧車を見上げた。

 

「心の世界?」

その言葉に善は過去、紫と戦った時見せられた自身の部屋の幻を思い出した。

恐らく『コレ』もそれに近いモノだろう。

 

「善、ここまで来てしまったのね?バカな子……

もう、ここから現世へ帰る事は出来ないわ……

だから、せめて一緒に死にましょう?

けど、うれしいの。あなたがこんなに私の事を想っていてくれてたなんて……

消えるまでの間、ずっと抱きしめてあげる。こっちに来て?」

悲しそうな眼をする師匠。

そして、両手を善に向けて広げる。

善はそんな師匠に向かって走り出す。

 

「そうよ、来て。お師匠様と最後の団欒を――」

 

「騙せると本気で思ってます?」

 

「え――ぐぇ!?」

善の全力の蹴りが、師匠の顔面にめり込んだ!!

 

ミシィ!!

 

師匠の顔がひび割れる。

ひびは全身に広がって、師匠の姿が完全に割れた!!

 

「なぜ、騙せんのだ?本物を正確にコピーしたというのに……」

ひび割れた師匠の中、しわがれた声の死神がゆっくりと姿を現す。

それと同時に、広場にあった銅像が崩れ中から師匠が出てくる。

 

「善……」

 

「今度は本物の様ですね」

善が師匠に駆け寄り、無事を確認する。

 

「あなた、胸で判別してるでしょう……?」

 

「ああ、良かった。今度こそ本物だ。

師匠、迎えに来ました。さ、帰りましょう?」

何時もの師匠のしゃべり方と態度に善が安心する。

 

「帰れると思っているのか?本気で?」

死神の声が聞こえる。

しわがれた声がだんだんと若く、張りのある青年の様な声に――

 

「私の術を破ったと思うのか?

違うな、コレはただの仮面の力。

いうなれば、様子見の為の道具だ。

お前を刈るのは、私の力で刈ってやろう」

死神がゆっくりと立ち上がる。

声の様に青年の姿だ。広げた指には10指すべてに指輪。

「ここは、私が――」

 

「善!!」

善が師匠を置いて、前に出る。

先手必勝と言わんばかりに、地面を蹴り空中で体勢を変え、死神を狙う!!

 

「ははは、無知とは怖いな!!」

死神の手に、大きな火球が生成される。

空中で善に向かって投げられるが、善は抵抗する力を使い、空中で避ける。

 

「まだまだぁ!!」

 

「!? ごぱぁ!?」

再び手を振るうと、今度は水柱が生まれ善を水中に閉じ込めた!!

 

「ごぼ……び……!!」

善は両手を合わせ、大きな気の塊で水柱を吹き飛ばす!!

 

「どーした、息が上がっているぞ、若造!!」

死神が再度、両手をクロスする様に振るうと、虚空から無数の銃弾の弾が発射される!!

善が勢いよく走りながら弾丸を避け、遊園地の遊具の影に逃げ込んだ。

 

「何が――ッ!」

掠ったのか、腕から流れる血を善が抑える。

始めは炎、次は水、そして今度は弾丸の雨だ。

能力の統合性という物が全く見えない。

何かの能力だろうが、一体何なのか――

 

「げほ!?ごっほ……!?」

突如息苦しさを感じ、善がせき込む!!

息をするだけでもつらい、これは恐らく――

 

「どうかね、私の毒の味は?」

早急に、息を吸うのを控える。

丹田にある気を消費し、生命の活動を抑える。

水中での修業で会得した奴だ。

 

グラァ……

 

「!?」

遊園地の一部、壊れた鉄筋が落ちてきて善を狙う!!

 

「わぁあああああ!!」

間一髪といった所で、善が鉄筋から逃れる。

その先には死神が待ち構えていた。

 

「おお、まだ生きているのか?

普通ならもう10回は死んでいるだろうに……」

倒れる善の首をつかみ上げ、立たせる。

 

「善!!」

善の後ろ、師匠の声がする。

 

「無知な若者に、良いモノを見せてやろう」

 

「放せ――!!」

善の言葉を無視して、死神が飛び上がる。

そして錆びた観覧車の頂上へ降り立つ。

 

「見えるか!!これがお前の師匠の見てる世界だ!!!」

高い場所から、初めて遊園地の全貌を善は見た。

 

「これは――」

それはひどく広大な遊園地。

しかし、ほとんどは錆びて腐食して動かない遊具ばかり。

だが、遊園地の中心、そこでは真新しい遊具が建設され、逆に中心から離れた遊具は崩壊してもはや遊具だと分かりもしないだろう。

 

「この遊具は()()()()だ。

この邪仙にとって貴様らはただ、自分を楽しませる道具でしかない!!

所詮は一時の興味のみだ。大切にされるのは飽きるまでよ!!

分かるか?次はお前が()()なる番かもしれないぞ?」

死神が遊園地の端に、善を向ける。

そこには人を象ったメリーゴーランドがあったが、みるみるウチに劣化していく。

そして崩れ地面に嫌な音をたてながら消えていった。

 

「可哀そうな奴だ。邪仙のおもちゃにされたばかりに……

まだある寿命を捨てたな」

 

「うぐ!?」

死神の手が、善の腹に突き刺さった。

善が血を吐く。そして死神が観覧車の頂点から善を投げ捨てる。

 

「さらばだ、哀れな邪仙の玩具よ」

死神がどこか憐れんだように善に言い放った。

 

 

 

 

 

――俺は、玩具――飽きるまでの――ただの玩具――

 

善が死神に言われたことを反芻する。

考えるべきことは他にあるのに、それだけが心に響いた。

分かっている、邪仙と呼ばれた師匠はそう言う存在だと。

だけど、あえて考えない様にしていた。

何時か、何時か言われる気がしていた。

 

『もうあなたに興味はないわ。要らない』

そんな師匠のイメージに、両親の残念そうにこっちを見る顔がオーバーラップする。

 

――だめだ、戻る――

 

善の体から力が抜ける。

師匠に会う前の、無力な自分に――

 

――ああ、そんな――

 

誰もつかむハズの無い虚空に手を伸ばすが――

 

パシィ!

 

「!?」

善の手を、芳香がとった気がした。

芳香だけではない、橙も、小傘も、輝夜も、椛も、にとりも、マミゾウも、今まで出会った幻想郷の住人が善に手を伸ばした気がした。

 

そして最後に――

 

「善!!何をしてるの!!」

自分に手を指し伸ばしてくれた人が――

 

ドサぁ!!

 

「いてて……」

 

「受け身位取りなさい!!」

師匠が走り込んで善を受け止めた。

さっきまで震えていたハズなのに、けが人どころか死人なのに――

 

「バカ!あなたは!!私を追ってくるなんて!!」

必死になってこちらを心配する師匠。

その顔がなんだかおかしくて、けど大切にされてる実感が確かに有って。

さっきまでの不安な自分がばかばかしく思えた。

 

「そうだよな。何にも怖がることなんて無いんだ。

師匠の良い所は、弟子の俺が一番わかってる。

あははは、我ながらバカな事したな~。

師匠、帰ったらデートしましょうよ。

此処まで来たんです、頬にキス位のサービスお願いしますよ?」

なんだか急に楽になった気がして、善が立ち上がる。

 

「え、ええ。いいわ。やってみなさいよ。

私の心、捕まえてみなさい?」

師匠の言葉を背に、善が立ち上がった。

 

 

 

「まだ、立ち上がるか……おとなしくしていれば楽な物を――」

死神の言葉を聞いて、善がうなずく。

 

「確かにそうしてりゃ楽だろうね。

けどさぁ!!後ろにとびっきり美人の女の子がいるんだぜ?

強敵と美人!男の子としちゃ、こんなおいしいシチュエーション逃せないでしょ?

やっぱさぁ!!人が強くなるのって、因縁の相手と戦う時でも、許せないヤツと戦う時でも、復讐する時でもなくってさぁ!!

女の子の前でカッコつける時でしょうよ!!!!」

 

こっそりと心の中で(師匠は女の子って言うには少し年が――)

 

「善、後でお仕置き」

 

「ナチュラルに心を読まないでください!?」

 

「ふん、バカ騒ぎに付き合ってられんわ!!

私の力、死を操る力で消してやろう!!」

死神が拳を握る。

その瞬間、善の周囲の鉄骨が浮かぶ。

 

「死の形――圧死」

鉄骨が善の方へ向かう!!

 

ボゴン!!

 

「甘いっての!!」

善の拳で鉄骨が吹き飛ぶ!!

その額にはキョンシーの札が揺れる!!

 

「ははは、まだまだ死の形は尽きぬ!!

死の形――感電死!!」

両腕を振るう、死神!!

その手から無数のイカズチが善を狙う!!

 

「気功拳!!」

善も同じく、両腕に雷の形の気を纏う!!

黄金色の雷と紅の雷のような気がぶつかり合う!!

 

「ほらほら、どんどん来いよ!!」

突きと蹴り、その両方を使い死神にラッシュを加える!!

 

「馬鹿め!!やすやすと懐へ入り込み寄って!!

死の形――刺殺!!」

地面を突き破る様に、先端の鋭い鉄柵が足元から善の狙う!!

さらに後ろからも、挟み込む様に!!

 

グワァサァン!!

 

けたたましい音と共に鉄の重なり合う音が聞こえる。

 

「ふはは、やった――」

 

「この力は、あんまり使いたくなかったんだけどな――」

ふわりと、死神の背後に青味掛かった灰色の長い髪をした巫女服の少女が降り立つ。

優雅な動作で、頭の簪を引き抜き――

 

「裏技――小型レーヴァティン!!」

簪の青い結晶が揺れると共に、すさまじい妖力の奔流が死神を包む!!

 

「うわぁああああ!!!」

全身から、煙を出して無理やり死神が力の奔流から逃げる。

 

「はぁはぁ……なぜだ!!なぜ!!私が邪仙の弟子ごときにぃ!!」

 

「さぁ?アンタが俺より弱い、それだけだろ?」

一枚のふだを取り出すと、少女が邪仙の弟子と空間をまたいで入れ替わる。

 

「うわぁあああ!!死の形――轢死!!」

死神にまとわりつく様に、戦車(チャリオッツ)のような鎧が構築される。

足元の車輪が高速で回転して、善に突っ込む!!

 

「ふぅ――」

善は小さく息をすう。

右手の紅の気が大きくなる、そしてオレンジ色が混ざりそして太陽のような色へと変わり――

 

「おらぁあああ!!!」

死神に思いっきり正面からカウンターを撃ち込んだ!!!

 

「あぁああ、あああ、そんな……そんな馬鹿な!!

ありえん、アリエンありえん!!ありえん!!

死の形――死の形ぃ!!慙死!!失血死!!惨死ぃ!!」

空気中から無数の、剣やナイフや斧、ありとあらゆる刃物が出現して、善の方へ飛ぶ!!

 

「切り刻んでやる!!それがお前の死の形だぁ!!」

 

 

 

 

 

リンリンリンリン!!リンリンリン!!リン!!リン!!

 

「なによ、うっさいわね。冬眠できないじゃない!!」

マヨヒガにて、襦袢をきた紫が苛立たし気に、寝室から出てくる。

 

「紫様。それが、弟子の小槌が反応してまして……」

藍が困ったように話すが――

 

「あー、またコレぇ?道具本人が行きたいとこあるんでしょ。

好きにさせなさいよ」

紫が、小槌の封印の札を剥がす。

その瞬間小槌は、紫のスキマへ飛び込むと何処かへ消えていった。

 

「はぁー癖のある道具って、コレだから困るのよ……」

紫が小さくため息を付いた。

 

 

 

 

 

「終わりだあ!!」

善の死神の剣が到達する瞬間――

 

リンリンリン!!

 

小槌が鈴の音を鳴らし、剣を弾きながら空間を超えてきた。

 

「お、いいね。なんか、これ。フィットするんだよね」

善が握ると、小槌はうれしそうに鬼の目が光った。

 

「おらぁ!!」

刀身が出現した、小槌を振るう。

それによって、死神の剣が払われていく。

 

 

 

時を同じくして――

 

ずずッ――

 

地獄のどこか、墓標の様に突き刺さっていた完良の剣が、善の元へ飛ぶ!!

渦を作り、戦場のど真ん中へ疾風の様に駆けつける!!

 

 

 

「ほっと、お。

二刀流ねぇ」

いたずらっ子の様に笑う善の手に、小槌と完良の剣がそろう。

善の体に小槌の力と、死神――完良の力が合わさる!!

 

「なんだ、なんだその力は!?貴様は何者だ!!」

死神が善に恐怖を怯える。

全身から千切れんばかりにあふれる力!!

妖精の様に自由で、妖怪の様に傍若無人で、神の様に絶対的で、そして人の様に変幻自在。

そして禁忌と言われる力さえも平然と手を伸ばす強欲さ!!

死神は、この様な存在にたった一つだけ、覚えがあった。

それは――

 

「おわぁあああ!!来るな!!来るなぁ!!」

死神が透き通る赤い壁を作り出す。

壁を通った物が、朽ち果てていく。

 

「これは死の壁!!生者を死者へと変える力だ!!

この壁に触れた者はすべて死ぬ!!貴様も例外ではない!!」

だが善はそんな事お構いなしに飛ぶ!!

両腕を高く掲げ、小槌と剣に力を纏わせ――

 

「な」

 

「おりゃぁあああああ!!!」

渾身の力で、小槌と剣を振るう!!

死をもたらす力と、抗う力がぶつかり合う!!

 

ミシィ……!!

 

壁にひびが入る!!大きな亀裂が走る!!

死神は恐怖した、壁の向こう。

決して破れる壁が、たった一人の人間により砕かれていく!!

 

「お前は、お前は何なんだぁ!!」

 

「壁抜けの邪仙の弟子ですよ!!

だからこんな壁――!!」

 

パッキーンン!!

 

「仙人舐めんな!!」

恐怖をもたらす存在、死神はとある名が脳裏に浮かんだ。

恐怖を振りまくと呼ばれる、人里の怪人――邪帝皇。

それが今、まさに目の前に!!

 

倒れる死神の前に、善が小槌を突きつける。

 

「待て、儂はお前の師匠の父親だ!!

師匠の父を手にかけて良いのか!?」

老人へと姿が戻った死神が、善に言い放つ。

 

「父親……?」

真偽の確認の為、師匠の方を向くがそこにすでに師匠はいなかった。

代わりに――

 

「ごめんなさい、お父様。

実は私もう、身も心もこの子の物なの……」

一体いつ移動したのか、善の後ろから師匠が体を絡めてくる。

 

(なんか、言っておきなさい)

そっと耳元で、師匠が善につぶやく。

それなら言う事は一つだ。

 

「まて、待つんだ!死神に手を掛けるのは罪が重いぞ!?

どうだ、現世に返してやるぞ?それだけじゃない、他の死神の情報も流してやる。

死神の襲撃に怯えるのは、嫌だろ?だから――」

 

善が両腕に力を籠める。

気の質が変わりだしたのか、右手は墨のような真っ黒の気が集まり、指を縦に裂くように紅いラインがはしる。

左手は雪の様に白く染まり、指を裂くように青いラインが走る。

 

「お義父さん!!娘さんを、私にくださぁあああああいいいい!!!」

 

「いぎゃぁあああああ!!!」

両腕の白と黒の気を全力で死神にぶつける!!

死神は大きな悲鳴を上げながら、遊園地――師匠の心の世界から叩きだされた!!

 

「ふぅー、すっきりした。

あ、けどお義父さんぶっ飛ばして良かったんですか?」

善が背伸びをして、師匠に尋ねる。

 

「ああ、いいわよ。十中八九偽物だから。

死神の良くある手口なのよ~

けど、もうずいぶん前の人だから、顔すらあやふやなのよねー」

詰まらない事だと言うように、師匠が話す。

 

「けど、良かったです師匠が無事で――」

 

「助けに来るのが遅いわ!!未熟者!!!」

師匠が善の頭にげんこつを落とす。

 

「いてぇ!?ええ、死後の世界まで来たのに、この扱い!?」

 

「実際未熟ね、さ。帰りましょ。

あなたの力、使うんでしょ?」

ほっ、と小さく掛け声をかけ、師匠が善に飛びついた。

 

「え、師匠?」

 

「あなたはこのまま、体に引っ張られるでしょうから、それにただ乗りさせてもらうわ。

ほら、しっかり私を抱きしめなさい!!途中で落としたらどうするの?」

そう言って、師匠はさらに両足を善の腰に巻き付ける!!

正面を挟んでの抱き着き、さらに女の方は足まで男に絡めている。

 

「あのこれ……」

以前すてふぁにぃに出てきた「だいしゅきホールド」の体制である!!

知らない人が見たら「これ絶対入ってるよね?」とか言われる状況!!

 

「うふ、善ありがとう。今回はとっても嬉しいわ。

私、あなたの事がすっかり――」

師匠が何かを言った様に聞こえたが、残念ながらそこで善の意識は途絶えた。

次に目覚めたときは――

 

 

 

「ここは……」

 

「おー、本当に生き返ったのね……」

輝夜が寝転ぶ善を眺めていた。

 

「輝夜さん、師匠は!?」

 

「先に戻って来て、今永琳が見てるわよ」

輝夜の言葉に善が体を起こす。

 

「ああ、無理しないで。体がまだ慣れて無いみたいだから」

珍しく輝夜が心配してくれる。

 

「ぜーん!!戻って来たのか!!」

 

「いでででで!!噛むな!!噛むな!!」

扉を突き破る様にして、芳香が善の頭に噛み付いた!!

 

「おっと、すまない。けど、良かったぞ、約束守ってくれたんだな」

芳香が優しい顔で迎えてくれた。

 

その後しばらく師匠は様子見という事でしばらく入院。

最後に言いかけた言葉を聞こうとしたが、もう師匠は教えてくれなかった。

そして、ズーちゃんの死が輝夜の口から告げられた。

どこか、最後の言葉を聞いた時、うすうす善も気が付いていたのか、静かに

 

「そうですか」

と言っただけだった。

ズーちゃんの遺体は師匠に教えてもらい、輝夜に許可をもらい、本人の希望もあって防腐の術を掛けて、善が引き取ることに成った。

何時の日か、また会う約束を果たすために――

 

 

 

 

 

「あー、楽しかった」

師匠より先に退院した善。

まだ入院している師匠を置いて、3人との約束を守る事にした。

一人ずつ順番に、遊びに行き心配させられたお詫びをさせられた。

 

小傘が珍しく、物をねだった1日目。

藍が血の涙を流して乱入してきた2日目

そして、もはや何度も一緒に出掛けた、常に隣にいてくれた芳香との3日目。

最後の締めくくりとして、墓場まで戻って来た。

 

「善!覚えてるか?ここ、初めて会ったトコだぞ?」

芳香が、とある墓石の前に立つ。

 

「そうだったな、忘れる訳ないよな」

 

「もちろんだぞ!私は、私は善の事はみんな覚えてるんだぞ?」

嬉しそうに笑う芳香、善もそれにつられるようにそっと笑った。

 

「すまん、少し眠くなて来た……」

善が墓石を背に少し、目をつぶる。

 

「善、疲れたのか?いいぞ、寝ても。

私は、ずっとそばに居るからな」

芳香も善の依りそう様に眠りについた。

 

 

 

数時間後、善が目を覚ました。

「紫さん、いますか?」

 

「ええ、いるわ。本気なのね?」

スキマが開き、紫が姿を現す。

 

「ええ、外の世界へ行きます。

死神相手に派手に騒ぎましたからね、はは……

そろそろ追っ手が来る、ここに居たら芳香や師匠まで……」

前に、外へ行ったときとは違う。

逃げでもなく、強要された訳でもなく、だた自分から思い立った善だった。

 

「行く当てはあるの?外では死んだ扱いでしょ?」

 

「何とかなりますよ、海外に行ってみようかな。

師匠の生まれた国も行ってみたいし……」

楽しそうに、善が話す。

 

「そう……好きにしなさい……貴方の旅に幸、多きことを」

紫がスキマを開く。

そこに足を掛ける善。

不意に後ろを振り向く。墓石にもたれかかる芳香がいる。

 

「ありがとう、お前がいてくれたおかげで俺は変われたよ」

最後に礼を言い、善はスキマへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

ソレから3日後――

善の残した手紙を読んだ芳香は静かに泣いた。

小傘も、橙も皆悲しんだ。

何時も居た、顔がいない。ソレだけ彼は多くの部分を占めてたのだろう。

 

「読まないのか?」

病室で横に成る師匠。

善からの手紙はまだ読んでいなかったようだ。

 

「ええ、くだらない別れの言葉なんていらないわ」

そう言って、師匠が立ち上がる。

 

「けど、何時まで経っても落ちこんでいられないわよね?

気分転換に散歩がしたいわ。博麗神社まで久しぶりに行ってみましょうか?」

外出許可を取り、師匠が芳香を伴って博麗神社に向かった歩き出した。

 

 

 

博麗神社境内にて――

 

「恋府『マスタースパーク』!!」

すさまじい勢いの光線が放たれ、何者かが黒焦げで落ちてくる。

 

「いてて……」

 

「今回も私の勝ちだぜ?」

金髪の少女が、勝ち誇って見せる。

縁側でお茶を啜っていた巫女服の少女が興味なさげにせんべいをかじる。

 

「はーい、という事で今日の帰還も中止-」

その言葉に反応した黒焦げが立ち上がる。

 

「そんな!!いい加減の外へ返してくださいよ!!紫さんからは許可貰てるんですから!!」

 

「ダメよ、妖怪は外へ出してはいけないの。

ってか、紫が私に言ったのよ?『この子を外に出していいか決めて』って。

それっきり冬眠しちゃうし……

はぁー、なんでこんな奴押し付けたかなー?」

巫女が困ったように腕を組んで見せる。

 

「けど、家事とかやってくれるんだろ?

いいよなー、ウチにも一人欲しいぜ。

なぁ――」

 

「ダメよ」

 

「まだ何も言ってないだろ!?」

 

「どうせ、貸してーとか言うんでしょ?

コイツはウチの小間使いなんだからいなくなったら困るの!!」

魔女と巫女が激しく言い争う。

 

「はぁ、カッコつけて出てった手前帰れないし……どうする――」

 

「こんにちは、久しぶりに遊びにきまし――」

 

 

 

「「あ”」」

黒焦げと、邪仙の視線が合う。

 

博麗神社の巫女博麗霊夢は思う。

運命という物は在るのかもしれないと。

 

遠くに消えていく声――「止めてください!!」と懇願する少年の声。

そしてそれを嬉しそうに引きずっていく邪仙のキョンシー。

自身の勘が告げてる。

 

あの少年はきっとあの二人とこれからもずっとああしているだろと。

きっと、運命の赤い糸ならぬ運命の黒い鎖で全身を雁字搦めにされて、おまけに多数の重りを無数につけられているのだろうと。

決してどんな力でも抗えない、そんな力によって決められているのだろと、霊夢は思った。

 

 

――――END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巻末おまけ――邪仙の異常な愛情と弟子の比較的オーソドックスな性癖。

 

「さー、善帰りましょうねー。

帰ったら二度と私を裏切れない様に、洗の――じゃなくて教育してあげましょうねー」

 

「今洗脳ってお言うとした!!間違いなく言おうとした!!

死神が私を狙ってくるから、一緒にはもう――」

師匠に引きずられ善が引っ張られていく。

その後ろを芳香が楽しそうについていく。

 

「馬鹿ね、ほっておいても仙人には来るわよ。

それにあれ、お迎えじゃないわよ?

本来100年に一度程度の頻度だもの、今回は間が短すぎるわ。

きっと、一部が勝手に先行したのね、今頃死神をクビに成ってる頃よ。

死神にもちゃんとルールがあるの。今回は異例中の異例ね」

師匠の言葉に善が固まる。

 

「え、要するに私の心配のし過ぎ!?」

 

「それを加味しても、帰ろうとしたって事は、私たちが善を捕まえておく必要があるって事よね?

うん、芳香。善と結婚しない?」

 

「「ブーっ!?」」

善と芳香両名は同時に噴き出した。

 

「な、何を言っているんだ!?」

 

「そう言うのは、当人で決める事でしょ!?」

 

「あら、お二人はお似合いよ?

けど、芳香が遠慮するなら、私が結婚するわ」

そう言って師匠が善に抱き着いた。

 

「し、ししょ!?」

 

「ああん、ひどいわ。名前で呼んで欲しいわ。

ねぇ、ア・ナ・タ♥!きゃ~はずかし~!!

もう、両親に挨拶は済ませたし、コレで行きましょう?

さ、帰ったら小傘ちゃんに指輪を作ってもらいましょうね?」

 

「どんどん進めますね!?」

 

「やっぱり芳香ちゃんの方が良い?

芳香ちゃんを娶るなら、私は義母としてついていくし、私を選ぶなら、芳香ちゃんは義理の娘としてついてくるからあんまり変わらない――」

 

「止めてください!!師匠!!」

 

「ぱぱぁ~」

 

「お前も乗るんじゃない!!」

抱き着いてきた芳香を善が離す。

 

「あら、いいの?こんなチャンスないわよ?

私ほどの人に告白される事、この後の人生にある?」

胸を強調するポーズで、師匠が善に抱き着く。

 

「いや、年上は好きですけど、巨乳は人生ですけど!!

師匠は、あ、えっと、性格と年が……」

 

「年上はダメ?私、夫には尽くすタイプよ?」

上目使いで師匠が善を見上げる。

なんというか、非常にかわいらしい。

 

「あ、あうふ、あふ!?」

様々な心が善の中でせめぎ合う。

思いが杞憂であった事、師匠の性格、自身の面子、芳香との関係。

ぐるぐると、善の中で思いが交差する。

 

「し、師匠の誘惑には負けませから!!

俺の恋人はすてふぁにぃただ一人!!」

煩悩を断ち切って、善が師匠に向かって宣誓する!!

 

「師匠なんかに負けない!!」

 

 

 

 

 

「うふ、勝てなかったわね。ア・ナ・タ」

 

「そうですね~、勝てなかったですね~。マイハニー」

善が大切そうに師匠を抱きしめる。

なんというか、慈しみに満ちた動作で師匠を労わる。

 

「おー、ハッピーエンドだな!!」

仲の良い二人を見た芳香が嬉しそうに笑った。

願わくば、この幸福が決して色あせぬ様にと、3人は願った。




芳香のルートは、近いうちにまた書きます。
最後まで、師匠と芳香で迷ったんですね。
個人的には芳香で決めたいんですが、流れ的にこうなりました。

きっと邪仙パワーで、私は操られたんだと思います。
多分。


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EXstageーShe look up moonlight

お待たせしました。
今回は師匠ではなく、芳香に思いを告げたバージョンです。
師匠エンドで満足の人は、このまま回れ右です。

因みにタイトルは意訳で「月明りを見上げる彼女」とでもしておいてください。
英語は苦手なんです……


クスクスクス……

 

クスクスクス……

 

あらぁ?珍しいお客さまですわね。

 

ようこそ、私の世界へ。私の名はドレミースイート。

 

ここは夢と現実のハザマ世界。

 

あなたの見たものは現実かも、しれませんし、夢かもしれない不思議な場所ですわ。

 

けれど、たとえそれが夢でも、現実でも貴方が見て、覚えているのなら――

 

確かに『あった』と言えるのかもしれませんわね?

 

クスクスクス……

 

 

 

 

 

夕焼け色に染まる墓地の一角、3つの影が楽しそうに揺れていた。

いや、正確には揺れているのは2つだけで、最後の影はずるずると地面を引きずられている。

 

 

「さー、善帰りましょうねー。

帰ったら二度と私を裏切れない様に、洗の――じゃなくて教育してあげましょうねー」

 

「今洗脳ってお言うとした!!間違いなく言おうとした!!

死神が私を狙ってくるから、一緒にはもう――」

師匠に引きずられ善が引っ張られていく。

 

「馬鹿ね、ほっておいても仙人には来るわよ。

それにあれ、お迎えじゃないわよ?

本来100年に一度程度の頻度だもの、今回は間が短すぎるわ。

きっと、一部が勝手に先行したのね、今頃死神を首に成ってる頃よ。

死神にもちゃんとルールがあるの。今回は異例中の異例ね」

師匠の言葉に善が固まる。

 

「え、要するに私の心配のし過ぎ!?」

 

「それを加味しても、帰ろうとしたって事は、私たちが善を捕まえておく必要があるって事よね?うーん、どうしようかしら?」

困ったような顔をする善を楽しそうに師匠が引きずる。

その後ろをトボトボと芳香が付いていく。

 

「……芳香、どうしたの?」

 

「な、何でもないぞー」

師匠が静かにしている芳香を不思議に思ったのか、振り返って尋ねる。

 

「?」

一瞬師匠が訝しんだが、再び前を向いて善を引きずりに戻る。

 

「あ……」

沈む夕日の中で、木が影を作り芳香を影に包む。

日差しの当たる部分に居る師匠と善。

光の中を歩く二人、そして影の中に居る自分。

 

『死ぬのはダメだぞ』

 

自分がいつも言っていた言葉だ。

自分はキョンシー、所謂死体だ。

この体は、自身の操り主により蘇らされ、()()()いるだけにすぎない。

 

生と死。

 

決して超えては成らない不可侵のラインにして、世界の理だ。

この影で隔たれた自分と二人には、決して超えようのない壁がある。

 

薄れる記憶の中、どんなものか明確には覚えていないがに、『死』は良くない物だという事だけは体が覚えている。

 

「あれはいかん。あれだけはいかんのだ……」

口が勝手に自分の心の中の言葉を吐きだした。

独り言を聞かれたかと、焦るが善も師匠も聞こえていない様だった。

自身を置いて、家の中へと入っていく。

 

「みんな変わっていくんだな……」

生者は常に成長を続ける。精神的な意味でも、肉体的な意味でも。

だが、死体である自分は()()()()()

 

そう、今回もだ。

死神によって死んだ師匠を善は自らも死ぬ事により、彼岸へと渡り魂を連れ戻すという離れ業をやってのけた。

万に一つも成功しないであろう策、当然自分は善に止める様に懇願した。

自分だけでもない、小傘も橙も3人で引き留めた。

皆善に死んでほしくなかった。

 

だが、善は自分たちの手を振り払い、師匠を選んだ。

 

――私より、師匠の方が大事なんだ――

 

心のうちにそんな言葉がよぎった。

目を閉じても瞼の裏に、自身に背を向ける善の姿が浮かぶ。

 

「うぐっ……」

なぜか、視界が滲み始めた。

もうやめたい。だけど、一度動き出した心は止まらない。

 

――善と最後に、出かけたのも私だ――

 

そう、今善は此処に居るが、本人は外界へ帰るつもりだったらしい。

外界へ帰る最後の時間、そばにいたのは自分だった。

自分は、外へ帰ろうとする善を引き留める事すら出来なかった。

それが容赦なく芳香の心に突き刺さる。

 

何時しか善は力を付けた。

もう自分では善についていくことは出来ない。

自分(死者)(生者)の差は開くばかりだ。

 

 

 

『もう芳香は要らないわね。善が居るモノ』

 

『芳香なんていらないですよ。だって死体だし、邪魔だし』

 

『そうよね。護衛の積りで付けたけど、今の貴方の実力なら、要らないわね』

 

『はい、そうですね』

 

『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』『要らない』

 

 

 

「うわぁあああああ!!」

二人に捨てられるイメージが脳裏に起こり芳香が声を出す。

 

「あ、あああ、あああ……」

滲む視界。

涙がぽろぽろ零れる。

何度ぬぐっても涙は消えない。

 

そうだ、自分は死人。自分はキョンシー。自分は生き物のまがい物。

自分はただの道具。残酷でグロテスクなただの魂の抜け殻。

善も師匠も優しくしてくれるから、すっかり勘違いしてしまっていた。

 

呆然と空を見上げる。

美しい満月が輝くが、雲が自身に降り注ぐ光を遮る。

それに対し目の前の仙窟を、祝福する様に優しく月光が照らした。

 

(胸が苦しい……心がいたい……

私がただの心の無い死体なら、こんな気持ちに成らなかったのか?)

しかし、見上げた月は()()()

心は消して消えてくれないと、否応なしに芳香は理解させられた。

 

ガラッ――!

 

その時小さく音がして、仙窟の奥から師匠が出てきた。

それに気が付いた芳香は慌てて、顔の涙をぬぐった。

 

「あら、外にいたのね。そろそろ寒くなるから、家の中へ帰りなさい?

私は着替えを手に入れたし、永遠亭に戻るわ。

はぁ、検査の為の入院ってヒマよねー」

あくびをしながら、師匠がふわりと浮かんで飛んでいく。

月に照らされ浮かぶ仙女は美しく、自身では届かない物だと芳香は思った。

 

 

 

「昔から月って、美しさの象徴だよな」

 

「善……」

気が付けば、善がすぐ隣で師匠の飛んでいった彼方を見ていた。

どうやら善も師匠の姿を見て、同じに思ったらしい。

 

「な、なぁ、芳香……その、()()()()だな」

 

「!?」

善の言葉に芳香が驚く。

その言葉はかの有名な文学者が訳した英文の意訳で――

 

「善、その、意味は――」

 

「あ、えっと、知ってる……だろ?」

照れたように善が口を開く。

暗くて良く見えないが、その顔はほんのり紅い様に見える。

 

「お月見をするって事だな!!

私も団子が食べたいぞ!!」

 

「そうじゃない!!そうじゃないんだ……これは、コレはな?

えっと、その、お、俺の家族に成ってくれ……的な意味だ」

絞りだす様に、善がそう呟いた。

 

「ぱぱ?」

 

「あ、いや、そっちじゃなくて……」

一瞬ガクッと、するがすぐに体勢を立て直す。

 

「じゃあ、にーちゃん!?」

 

「そっちでも無くてなぁ!!

あー、もう……どうする?なんていうか、もう直接……」

 

 

「ぜーん?」

ぶつぶつとつぶやき始めた善の顔を芳香が覗き込む。

 

「よし、決めた。ストレートで行く」

 

「どっか行くのか?」

真剣な顔をする善に芳香が尋ねる。

一瞬だけ善が、息を吸い込み自身の頬を平手で叩く。

 

「芳香。お前が好きだ、お付き合いしてください。

んで最終的にはその、結婚的な……」

 

「お付き合い?……ん、ん!?

お付き合い!?ぜ、善!?何を言ってるんだ!!」

漸く言葉の意味を飲み込めた芳香が急に狼狽える。

その様子は、まるで善の感情が芳香に投げ渡されたようにも見える。

 

「前々から、お前のことが気に成ってて……

彼岸の世界でもうダメだって、時最初に浮かんだ顔がお前だったんだよ。

師匠も大事だけど、俺には待っててくれる人が居たし、その人たちの元へ帰りたいって思った。俺が戻ってくれたのは絶対、俺だけの力じゃないんだ。

だから決めたんだ。お前の事、絶対に幸せにするから――」

 

「わわわわわわ……」

混乱する芳香の肩に両手を置いて、諭す様に善が言葉を綴る。

 

「なぁ。だからさ。俺と――」

 

パシィン!!

 

「ダメだ!!」

 

「つッ!」

芳香が自身の肩に置かれていた善の手を乱暴に振り払った。

 

「私は、私はキョンシーなんだ!!

善とは違うんだ!!だから、一緒にはなれない。

善は生きてる女の子を好きに成るべきだ……」

善を突き飛ばし、芳香が善を睨む。

 

「それに、私は善が大嫌いだ!!」

 

――(だいすき、だいすき、だいすき)――

 

「どうせ、胸ばっかり見てるんだろ!!

私より、にゃんにゃんの方がおっきいぞ!!」

 

――(私を選んで、私を選んで、私を選んで)――

 

「ど、道具の私に、そんな、感情は、持っちゃダメだぁ!だから、だから――」

芳香の心が爆発しそうになる。

胸の内から、喜びがあふれてくる。

 

――(善が私の事を好きだと言ってくれた)――

 

だけど、その気持ちには答えてはいけないのだ。

自分は必ず、置いていかれる。

自分は先へ進むことのない死者。

善はきっと自分が遅れる度に、躓くたびに手を指し伸ばすだろう。

 

ダメなのだ。ソレでは自分は重石にしかならない。

善の未来の為、自分はここで身を引かなくてはいけないのだ。

だから――

 

「私以外の子を好きになってくれ」/(もっと私に好きだと言ってほしい)

誰も居ない墓場、そこに芳香の声がこだました。

善は静かに芳香の言葉を聞いていた。

 

そして――

 

「なぁ、今のお前すっげぇ変な顔してるぞ」

小さく善が笑って見せた。

 

「な!真剣な話を――」

 

「してるさ。今のお前、本当におかしな顔だぞ?

口は笑ってるのに目は泣いてる」

 

「!?」

善に指摘され、芳香が自分の頬を触る。

確かに涙で濡れている。

口角に手を当てると、確かに口は笑っている。

 

「拒絶するにしては、どっちの反応もおかしいよな?」

さっき突き放された距離を善は歩いて詰めた。

 

「うぐ、けど、言葉は変わらないぞ。私は死体で、キョンシーで……」

 

「知ってるんだよ。そんな事とっくの昔に!!

けど、俺の気持ちは変わんないんだ。

俺はお前が好きだ。この世とあの世を合わせた中でも、誰よりも」

芳香の否定を善があっさりと破る。

近づくなと、必死で張った壁をあっさり善は飛び超えていく。

 

(そうだ、すっかり忘れてた)

 

芳香はこの少年の特性をやっと思い出した。

自分が好きに成ったこの詩堂 善という少年は――

 

「キョンシーでも、死人でも構わない。

芳香、俺はお前が世界で一番好きなんだ」

壁抜けの邪仙の弟子、どんな壁でも簡単に飛び越えてしまう。

自分が作った拒絶の壁も、世間の作った偏見の壁も、そして生と死の壁すら意とも簡単に飛び越えてやってくる。

ならば、自分も一歩だけ、ほんの少しだけ前に出ても良いハズだ。

 

「わ、私も善が好きだ……」

いつの間にか、足元の影は消えて善と芳香は同じ月明かりの下に居た。

同じ場所に立って、二人は見つめ合っていた。

 

 

 

月だけが見下ろす墓場で、一人と一人の影がお互いを抱き寄せ二人になった。

そして二人はゆっくりと近くの墓石に腰を下ろした。

 

「キョンシーを好きに成るなんて、善は私よりバカだぞ」

 

「そうかもな……」

墓石に座る善。

そしてその膝の上に芳香が座る。

後ろに居る善が、芳香の腹に手を回し、無言で抱きしめる。

 

「んっ、何時か絶対後悔するぞ」

 

「どうかな……?」

 

「わ、私は執念深いんだぞ!!もう、今更別れたいって言っても無駄だからな!!」

 

「はは、わかってるって。

ま、離す気も無いんだけどな!」

善が芳香の頭に自身の顔を押し付ける。

 

「やめろー、私の臭いを嗅ぐなー!」

 

「芳香の臭いがする。俺の世界で一番大切な子の臭い……」

その言葉に芳香の顔がかぁっと、朱に染まる。

 

「変態……善は変態野郎だったのか……」

 

「そうかもなー……」

 

「た、頼むから否定してくれ……」

尚も芳香の後頭部に善は顔をうずめたまま話す。

善からは見えないが芳香の顔は真っ赤だった、そして善の顔も同じく耳まで真っ赤になっていた。

 

「善?私、きっと他の子と違う所沢山あるけど……それでも――」

 

「良いさ。芳香の良いトコなら、たくさん知ってる。

『良いんじゃない』お前じゃなきゃダメなんだ」

 

「うっく……」

善の言葉を聞いた芳香の胸が跳ねる。

今までのような、引き裂く冷たい痛みでもなく、千切れそうな寂しさの痛みでもなく。

むずがゆく、くすぐったくなる様な甘い甘い鼓動。

 

「お前のこと、一生大事にするからな」

 

「死が二人を分かつまで?」

 

「違うさ。死ぬのはダメなんだろ?

なら、一生、一生、一生、ずっと一緒だ」

善の言葉を聞いた芳香が、膝から下りて善の再び抱き着き首筋に顔をうずめる。

 

「芳香?――痛っ!?」

芳香が顔をうずめる首筋に、痛みが走る!!

 

「浮気はゆるさいないからな!」

若干冗談めかして、芳香がそう言った。

 

「ああ、勿論だ。それにしても、お前といると()()()()()()

 

「善、その意味知ってるのか?」

 

「阿求さんから聞いた。なんかさ、どっかの誰かに調べてくる様に言われた気がするんだよ。

ホントはさっき言いたかったんだけどな?タイミング、外しちまった」

誤魔化す様に善が笑う。

つられる様に芳香も笑った。

 

「あはは、善らしいな。けど、善と居ると()()()()()()()()()

そう言って二人は笑い合った。

夜の墓場、死体と寄り添う邪帝皇と呼ばれる少年。

見る者すべてが彼らをおぞましいと罵るだろ。

誰も彼らの本当の心を知る者はいない。

 

 

 

 

 

翌日――

 

「師匠。リンゴを里で買ってきましたらか、剥きますね。

ゆっくりしててください」

 

「ええ、お願い」

永遠亭、師匠の病室へお見舞いに来た善と芳香がリンゴを準備する。

 

(いいか、芳香。作戦通りにやれよ?)

 

(おー、分かってるぞ)

こそこそと善がリンゴを剥きながら、芳香と話す。

 

「師匠ー、リンゴ剥けましたよ~」

 

「善と付き合う事になったぞー」

 

「へぇ、そうなの」

師匠がリンゴを一つ咥える。

 

「芳香!?タイミング早いって!!

こういうのは、お腹が膨れて気分が良くなったときに繰り出す物であって――

あの、師匠リアクション薄くないですか?」

全く持って動揺を見せない師匠に対して、善が小さく驚く。

 

「いえ、驚ては居るのよ?

あなた達まだ付き合ってなかったのね」

 

「あっと?」

 

「どういう事だー?」

逆に驚く二人を無視して、師匠はさらに新しいリンゴに手を伸ばす。

 

「え、だって、いっつも一緒に居るし、仲は良いし、お互い気も合うでしょ?

もう付き合ってるとばかり思ってたわ……付き合ってなかったのね。

なーんか、真剣な顔してるから、芳香にオメデタでも有ったのかと……」

 

「お、オメデタ!?」

 

「そ、そんな訳ないぞ!!キョンシーだぞ!?」

狼狽える二人!!病室だというのに、リアクション芸人ばかりの派手なリアクションを切り広げる!!

 

「静かにしてください!!」

 

「「ごめんなさい」だぞー」

数秒後通りかかった鈴仙に諫められ、二人は漸く落ち着きを取りもどした。

 

「師匠も冗談が過ぎますよ?」

 

「あら、冗談なんかじゃないわよ。

芳香の変化に気が付いてないの?」

 

「芳香の変化?」

 

「私、なんか変か???」

師匠に指摘され、善が芳香を見るが何時もと変わらない。

全く持っていつも通りの芳香だ。

 

「キョンシーは死人を使って術で行使するモノよ。

死体を動かすだけ、操り人形と一緒。

人形を使うか死体を使うかの違い。だけど……芳香はどうかしら?」

 

「?」

 

「?」

師匠の言ってることが理解できずに、二人は顔を見合わせる。

 

「ニブいわねぇ、私の弟子なのに……

芳香は死体なのに、お腹が空くし、髪や爪も伸びるでしょうが!」

 

「え、キョンシーってそんなもんじゃないんですか?」

師匠の言葉に善が驚く。

そう、芳香は普通の人間の様にお腹は空かすし、髪や爪も伸びるし、ストレッチをすれば体はやわらかく成る。

 

「違うわ。所詮死体に新陳代謝は無いのよ。

けど、芳香にはそれがある。いいえ、出てきたというべきかしら?」

師匠の言葉に合点が行ったのか、芳香が両手を叩く。

 

「不思議だったのよ。芳香を貴方の護衛につけて以来、少しずつ髪が伸びたり爪が伸びたり……

ああ、外界へ善が帰った時なんかは、私の命令を無視したのよ?

キョンシーなのに、意思がないハズの操り人形のハズなのに……

ぜーんぶ、善が此処に来てからね」

 

「えっと……?」

 

「そうか、善が私に心をくれたんだな。

キョンシーなのに優しくしてくれて……

そっか、私善のおかげで()()()()んだ」

芳香が善に抱き着いた。

 

「善、あなたと居るうちに芳香は、生きてる人間の様を少しずつ思い出したのよ。

決して生者ではない。けど、その身体がゆっくりと生きる者へと近づいている。

あなたが、タダの死体を一人の女の子に変えたのね……

本当に不思議、こんなキョンシー見たことないわ」

 

「善、キョンシーの私でも生きてるって言えるんなら……

この今の命を善と一緒に居る事に使うからな……」

芳香が善に抱き着いて顔をうずめる。

道は長い、死者は帰らないという。

正直な話どうなるかは分からない、けど芳香は歩み寄ってくれた。

ならば自分ももっと芳香に歩み寄ろう。

ほんのりと、ほんのわずかに、道が明るくなった気がした。

 

「ああ、これからもよろしくな」

善が優しく芳香を抱きしめ返した。

 

 

 

「ああ、けど悲しいわ。善ったら死んだ世界であんなに私のナカで暴れたのに……

一回自由になればもはや用無しなのね……」

師匠のセリフに二人が固まる。

 

「ぜ、善?どういう事だ?」

 

「師匠の精神世界の中って事だよ!!

そこで死神相手に――」

すっと、目のハイライトが無くなる芳香。

いや、死体だから微妙に濁ているが今回はいつもより濁っている気が――

 

「私のお父様に、挨拶に来てくれたのよ?

『娘さんを私にください』って本当に聞くのは初めてだったわ。

もう、キュンキュンしちゃった」

 

「善!!どういう事だ!?」

芳香が善を睨みつける!!

さっきまでの甘い空気は一瞬にして修羅場へ!!

 

「いや、その物の弾み的な……?

あ、けど本物じゃなかった――」

 

「か、どうかは分かんないわね。

まぁ1400年以上あってない顔だし、十中八九偽物なんだけど、ひょっとしたら……」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと!?」

急に掌を返した師匠に善が縋りつく!!

 

「ぜ~ん~!私は、すっごい悩んだんだぞ?

キョンシーなのにって、居ても良いのかって。

なのに、この仕打ちか~?」

ゴゴゴ……!!といった擬音が聞こえてきそうな顔で芳香が善を追いつめる。

善は師匠に視線を投げて、助けを求める!!

 

「所で子作りはした?昨日二人でシたんじゃない?

出来れば二人の感想を聞かせて欲し――」

 

「止めてください!!師匠!!

なんて事言うんですか!!」

 

「そそそそそ、そうだぞ!!

ぜ、善!!お腹空いたぞ!!

早く帰ろう、な?な!!」

善と芳香が焦る。

話題はそれたが、付き合い始めての二人にはあまりに危なげな話題!!

 

「なーんだ、つまらないのー。あ、キスは済ませた?善は能力で抵抗するから芳香にキスしても、キョンシーに成らないわよ?

そう考えると、もう1人増える日は遠くないかもね?

お二人さん、何時までも幸せにねー」

師匠が手を振る中、二人は気まずい空気を纏いながらそそくさと帰っていく。

真っ赤な顔をした二人を見て、師匠がにやにやする。

そしてコテンと、電池が切れた様にベットに横に成る。

 

 

 

「あーあ、芳香に善を取られちゃった……

しかもこれ、善の芳香を取られたってことでも有るわよね……

あー、なんか悔しい……」

師匠がベットで転がる。

いつも何かをたくらんでいる師匠の脳裏は、少しだけ混乱していた。

 

(一応、善は芳香経由で私の物……?

出来れば、私があの位置に……けど、芳香は幸せそうだし……

あーあ、仙人としては残念だけど、芳香ちゃんの作り主としては満足ね……

微妙な気持ち……)

ぐるぐると、頭の中で考えが纏まらず横に成る。

今だけは退屈な入院生活で良かったと思う。

 

自身の胸に手をやる。

死神に切られた傷があった場所。

永琳の手術にて綺麗に縫合されたが、傷が少し残っていた。

だが、今はその痕跡すらない。

 

「善の『抵抗する程度』の力……」

その力は自身の傷に抵抗して、傷を消滅させた。

ひょっとしたら芳香も同じく――

それとも、献身的に世話をしたことで、心が活発になり体も活性化したか……

 

「本当に不思議な子……

けど何時か、芳香を娶って幸せな家庭を築いて欲しいわ……

キョンシーにだって幸せになる権利位あるわよね」

まるで生きている娘の様に化粧をした芳香が善と腕を組んで歩いていく姿を想像する。

そこで、師匠はハッと成る。

 

「これじゃまるで、息子と娘の結婚に浮かれる母親みたいね」

 

 

 

 

 

朝が来て、善が自身のベットの中で目を覚ます。

弟子の朝は早い、太陽が昇る前にベットから起き上がる。

 

「芳香、起きろ。今日も修業だぞ。

ランニングの後に組手、そっから朝ごはんだ」

 

「うー……わかった……」

善の足元の布団、芳香が目をこすって起きる。

着替えて、歯を磨いて仙窟の前に居る善の元へ芳香が向かう。

 

「さ、一緒に行こうぜ?芳香」

 

「善とならどこまでも行くぞ」

朝焼けに照らされた光あふれる道を、二人は手を繋いで走り始めた。




師匠と芳香、どちらが正しい歴史かは考えていません。
ドレミーさんが言っている様に、あなたが見たのならそれは真実と言えます。

ではでは、またいつか。

次はクリスマスかな?早ければ11月22日(いい夫婦の日)に。


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番外!!良い夫婦の日!!

今回は、11月22日=良い夫婦の日という事でちょっとした番外です。
師匠と結婚した善のその後を描いています。

さて、尻に敷かれる善の生活とは!!(ネタバレ)


幸福とは何か。

それはある意味永遠の命題。

金、権力、恋人、友人、家族、健康、はたまた今日の食事にありつける事?

人によっては、まさにマチマチ。

だけど、私にとっては――――

 

 

 

 

 

暗い部屋の中、一人の少年が目を覚ます。

ベットから体を起こし、背伸びをする。

 

「すぅ……すぅ……」

自身の後ろにある布団から寝息が聞こえる。

さっきまで自身が寝ていた布団の中、もう1人の住人に目を向ける。

 

「うぅん……すぅ、すぅ……」

自身の使っている寝具の中、まさに女神や仙女と呼ばれても納得してしまう女性が眠っている。

長く美しい髪に、艶やかな色の唇。

つぶったまなこは、美しく引き込まれそうになる。

その声音は、聞くものを魅了する魔性の美声だ。

抜群のプロポーションは、否応なしに自身の心を引き付けて離してくれない。

彼女のすばらしさは到底自分程度の語彙力では現し切れない。

 

此処まで考えて、男はふっと笑った。

いけない、いけない。さすがにこれは身内贔屓が過ぎた。

そう、『身内』。彼女と自分の左手の薬指には同じデザインの指輪が輝いている。

幸運な事に彼女は少年の妻なのだ。

何時もは何を考えているか分からない彼女の、こんなにも無防備な顔を見れるのは、夫である自分だけの特権だと、少年は笑った。

 

「ん……アナタ、起きていたんですね。

おはようございます……んふ」

しばらく見ている内に、彼女が目を覚ました。

少年がじっと自分の顔を見ていた事に気が付いたのか、わずかに恥ずかしそうな顔をする。

 

「行ってらっしゃいませ。

これ、寒いのでどうぞ」

家を出て日課である早朝のランニングをしようとすると、妻が入り口まで見送ってくれた。

手に持ったマフラーを首にかけて優しく微笑んだ。

少年は手を振って、ランニングへと向かう。

 

 

 

「おかえりなさいませ。朝ごはんもうすぐ出来ますからね」

台所の中、妻がエプロンを身に着け鍋を見ている。

ほっそりした体を包むエプロン。

少年は胸が好きだったが、最近妻の腰から尻を見ていると派閥を変えるべきかと真剣に悩んでしまう。

楽しそうに揺れる彼女を見ていると、いたずら心が刺激される。

 

「アナタ、どうしまし――きゃ!?」

後ろから料理中の妻に抱き着いた。

 

「もう、料理中は邪魔しないでくださいっていつも言って――

うんッ、ダメ、です……耳元で愛してるなんてつぶやいたって許しませんから!!

だ、ダメですって、言ってるのに……わ、分かりました!!私も愛してますよ?」

 

 

 

「うー、せっかく綺麗に焼けてましたのに……」

食卓の上、ごはんに味噌汁、香の物に焼き魚、そして少し焦げた卵焼きが鎮座している。

 

「謝っても許しません!!まったく、旦那様はまだ日も高いうちから何を考えているんですか!仙人たるものそういった欲は自身の中に封じておくべきです!」

どうやら今回はいつもよりお怒りの様だった。

 

「はぁ、あまりお説教してもダメですわね。

こういうのは華扇様の方が得意でしょうし……

アナタ、反省なさってくださいね?」

妻の言葉に少年が反省の意を示す。

 

「そこまで言うなら、今回は許してあげます。

今回だけですよ?もう料理の邪魔はしないでくださいね?」

妻の言葉に少年は再度頷いた。

 

「じゃ、いただきましょうか!

卵は焦げちゃいましたけど、味噌汁は少しお味噌を変えて――

え――食べさせて欲しい?私に?」

自身の箸と、目の前のひな鳥の様に口を開ける夫を見て妻が躊躇する。

 

「し、仕方ないですね。甘えん坊な旦那様ですものね?」

すぐに笑みを浮かべ、箸を旦那の方へと差し出す。

 

「おいしいですか?よかったぁ。

旦那様の為に今日も愛情たっぷりで作ったんですよ?」

二人が愛を確かめ合いながらゆっくりと、朝食をとっていく。

とても幸せな味がするのはきっと愛情が隠し味なのだと思った。

 

 

 

 

 

「だ・ん・な・さ・ま!

お洗濯もおわったので、夕飯のお買い物に行きましょう?

何が食べたいですか?

え?私が食べたい?もう!何を言っているんでしょうね?

だめですよ?まったく仕方のない人。

罰として、今回の買い物はずっと私の手を握っててくださいね?

私を困らせた罰ですよ?」

可愛く笑う妻に、微笑みを返し腕を差し出す。

 

「じゃ、失礼しますね?」

腕に愛しい妻が抱き着いた。

そのままたわいも無い会話を繰り返しながら、夕飯の材料を買いに行く。

 

 

 

 

 

「旦那様!あなたの愛妻がお背中を流しに来ましたよ?

うふふ、朝の仕返しです。今回は私がびっくりさせちゃいましたね?」

入浴の最中、タオルのみを身に着けた妻がタオルを手に風呂場に入ってくる。

 

「あ、背中大きい……旦那様もちゃんと男の人なんですね。

とってもたくましくて立派な背中……

なのにとってもすべすべですね?女として少し嫉妬しちゃいます」

優しく妻が背中を流してくれる。

言い得ようのない幸福感が少年の中からあふれてくる。

 

「アナタ?え?ええ。一緒に入りましょうか……

ちょっと狭いですけど……ピッタリ体をくっつければ……

その、流石に夫婦と言えど、多少、恥ずかしさが……」

ピッタリとくっついた湯舟の中。

妻の体温を感じながら、のぼせる一歩手前までお互い微笑み合う。

 

「そろそろ、出ましょうか……」

妻が先に湯舟から出て、首だけをこちらに向ける。

 

「アナタ……このあとは、その……

いっしょに寝るのだけど……

沢山ご奉仕しますからね?朝はあんなこと言いましたけど、妻として夫に求められるのはうれしい事なんです。

今夜は、おあずけした分まで沢山可愛がってくださいましね?

それから、子供の名前。今から考えて下さいね?」

甲斐甲斐しい妻の言葉。

それを聞いた夫はもう我慢など出来る訳もなく――

 

ドガッ――!!

 

「に”ゃ!?」

冷たい床の衝撃で、善が目を覚ます。

時計を見ると深夜の丑三つ時。

草木も眠るという時間帯だが、腰の痛みで目が覚めた様だった。

 

「またか……」

自身の使っているベットからは、白いほっそりした足が一本突き出ている。

しばらくしてそれが、引っ込むと同時に壁を蹴飛ばすすさまじい音がする。

間違いない。あの足の一撃で自分は腰を蹴られベットから叩き落されたのだ。

 

「うん……」

善の左手には、輝くシルバーリングが一つ。

そして自らのベットを占領している師匠にも同じものが。

 

優しくて、知的で、優雅で巨乳←(重要)で夫を立ててくれて、夜はちょっぴり大胆←(すごく重要)な奥さん。

そんな人と一緒の新婚が始まると期待!!

――していた時が善にもありました。

 

「実際はそうじゃないんだよな……」

深夜の部屋、冷たい床の感覚が心に響く善。

死神撃退後、師匠に気に入られ色々あって、婚約。

というか、その後は師匠は凄まじい勢いで物事を進め、わずか3日後には式と書類提出が終わっていた。

 

「神霊廟に行くわよ」

 

「はい?」

師匠の言葉を受けていくと、廟には飾り付け&神子がスタンバイ完了状態!!

着替え、入場、神子による仲人の後、指輪交換と余韻もへったくれもなく、気が付いたら指にリングがはまっていた状態。

因みに書類等はその時、既に提出済み。

準備はすべて師匠が一晩でやってくれました。

ジェバンニもびっくりだよ!!

 

以前漫画で、「階段を上ったと思ったら降りていた」といって混乱するシチュエーションがあるが、こっちは「師匠に気に入られたと思ったら妻に成っていた」状態だ。

催眠術とか高速移動とかではない、もっと恐ろしい邪仙の片りんを感じた善であった。

 

「んお……善またか?」

部屋の端、布団に寝ていた芳香が今の衝撃で目を覚ます。

 

「ああ、そうなんだよ……

師匠の寝相を直さないと、俺の睡眠不足が酷く成るばっかりだ……」

もともとは善のベットのすぐ横に寝ていた芳香。

しかし度重なる師匠の寝相攻撃により落下してくる善を回避すべく、布団を敷く位置をずらしたのだ。

 

「とにかく師匠を一回起こし――いた!?いででで!!」

 

ドカッ!!バキッ!!ドゴン!!

 

師匠を起こそうとベットに近づくが、師匠の寝相という防衛能力により、ボッコボコに蹴る殴るの暴行を加えられる!!

『仙人』の前や後ろに三流や、(仮)、仮免、モドキが付く善とは違い師匠は正真正銘、本物。それも14世紀を生きる超熟練仙人。

たとえ眠っていても、その腕力は人間は勿論、大多数の妖怪を凌駕する力を持っている!!

 

「あんた本当は起きてま――セェン!?」

 

ガァンン!!!

 

「……むにゃ……ダメよぉ……アナタぁ……むにゃ……」

寝ぼけた師匠の蹴りが善の鳩尾に深々と叩き込まれた。

 

「おっご……」

芳香の目の前、白目を剥いた善が地面に倒れる。

 

「…………もう少し、寝るかー」

突っ込みに疲れた芳香は、善が動かなくなったことを確認して、再度布団に潜り込む。

 

 

 

 

 

数時間後、朝日を浴びて師匠がベットから起きだす。

 

「ふぅあ……よく寝たわ……今日もすっきりさわやかな目覚めね」

 

「むぎゅ!?」

 

「……なんで私の足の下に居るの?」

ベットから起きると丁度自身の足元に寝ていた善の顔を踏みながら師匠が話す。

 

「なんででしょうねぇ!!」

怒り気味に善が目覚める。

 

 

 

 

 

「ねぇ、師匠?そろそろ別のベットで寝ません?

あのベット一人用で、二人で寝るには狭いですよ」

朝食を食べながら、善が師匠に提案する。

エプロン着た妻にいたずら!!

なんて事柄は全くなく、修業の一環として今日も善が朝食を用意した。

 

「まぁ!なんて事……新婚一ヶ月経たずで、夫が別々に寝ようなんて……

くすん……なんて寂しい夫婦生活なの……」

大げさにリアクションして、泣きまねを始める師匠。

 

「いや、現実問題として考えましょうよ?

師匠の寝相のせいで、寝不足なんですよ?今日は腰も痛いし……」

 

「まぁ、新婚夫婦に寝不足と腰の酷使による痛みは付き物よね」

 

「寝相のせいって言いましたよね!?」

しれっとふざけて見せる師匠に善が声を荒げる。

 

「けど、あの部屋。ダブルサイズのベットを置く余裕はないわよ?

と言うか新しいベット自体買わないといけないし……」

 

「いや、だから別の部屋で――」

 

「夫婦は同じ布団で寝るものよ!!」

善の提案を突っぱねる師匠。

師匠なりに譲れない部分なのかもしれない。

釈然としない物を感じながら、善が渋々了承する。

 

 

 

 

 

「太子様、この前は仲人ありがとうございますね?」

神霊廟の応接室、師匠と善が並んで先の式で仲人を務めた神子に、礼を言いに来ていた。

 

「いや、気にする事はないよ。

私も自身の師とおとうと弟子の婚約の仲人を務められてよかったと思うよ」

二人の前に座った神子が朗らかに笑う。

そんな神子に対して、師匠が自慢する様に自身の左手のシルバーリングを見せる。

善の手にも同じ物がはまっているが実は、少しだけ違うのだ。

 

「それにしても、良くお主決心したな。

最近の若者は年の差や性格の違いを気にすると聞いていたが――」

 

「こら、布都何言ってんだ!」

布戸の言葉を、屠自古がしかりつける。

 

「そうだとも、愛する二人にそんな物些細な事さ。

詩堂君、これからもくれぐれも、くれぐれも彼女の事を頼むよ?

いやぁ、本当に、よくぞよくぞ決心してくれたね」

くれぐれの部分にやたら力を入れた神子の言葉に善が苦笑いを浮かべる。

 

「うむ、お主の師匠は自由すぎるからな!

適当な人柱――ではなく、支えてくれる者が居ると助かるぞ」

 

「今、人柱って言いましたよね?」

布都の言葉を善が指摘するが――

 

「うふ、私を縛り付けるという意味では正解ですね。

私すっかり、今の夫に夢中で……

身も心もすっかり、染められてしまいましたわ……」

そう言って善にいとおしそうに寄り掛かった。

布都の言葉も神子の態度も全く持って、師匠は気にしていない様だった。

 

『縛り付ける』の言葉で、善が自身の指輪に目をやった。

製作は小傘だが、仕上げは師匠がやったこの指輪。

いくつかの不思議な力が付いている。

第一に外れない。引っ張っても、温めても冷やしても、自身の抵抗する程度の力を使っても外れない。

まるで体の一部になったかのように、ピッタリくっついてる。

第二に師匠の指輪に信号を送っているらしく、どこに居ても指輪の場所が分かるのだ。

師匠は「これで無くさないわね」なんて言ってたが、外れない以上無くしようなどなく……

 

 

 

「うう、妻のDVがひどすぎる……そして、その状況に慣れつつある自分が怖い……」

 

「そうよねー?私だけがアナタに染まるんじゃなくて、アナタもまた私の色に染まっているのよね?

あら、いけない。夕飯の材料を買いに行かないと。

庭で遊んでる芳香を呼んでくるわね?」

そう言って、師匠が善から離れる。

漸く、漸く善が自由に動けるようになった。

 

「うむ、その……いろいろ頑張ってね?」

珍しく神子が言い淀みながら善にエールを送る。

何時だったか、まだ結婚にあこがれがあった頃、すてふぁにぃを買いに行く本屋の店長に聞いたことがある。

結婚ってどんな感じですか?と。

本屋の主人はこう答えた。

「楽しいぞ、けど……人生の墓場ではあったな……」

今の神子たちの目は、ひどく可哀そうな者を見る目で――

 

「し、新婚生活楽しいなー!!すっごい楽しいです!!」

無理して善が笑って立ち上がった!!

指輪は外れない!!紛失防止機能までついてる!!

多分恐らく、きっと妻の愛だろう!!

 

「あ、愛がなせる業だなー!!」

なぜかほろりと来たが、きっと風が目に染みたのだろう。

善は気にせず、歩き出した。

 

 

 

「太子様……あれ……」

 

「ふふ、詩堂君も彼女も素直じゃないな。

口ではあんなことを言いながら、心の中では――」

同情する布都をしり目に、神子が小さく微笑んで見せた。

 

「???」

 

「心配する事はないよ。あの二人がうまく行くと思ったから、私の名の元に仲人を承諾したんだよ?

それにね、彼が本気で嫌がっているなら、指輪程度簡単に壊しているハズだからね」

心配ないと、怪訝そうな顔をする布都に微笑み返す。

 

 

 

 

 

「あ、華扇さーん!」

 

「うぐ、貴女は……」

善と芳香が買い物で少し空けている間、師匠が華扇を見つけ手を振って見せた。

師匠は笑顔なのだが、華扇は少し困ったような顔をする。

 

「偶然ですわね」

 

「ええ、そう――!」

手を振る師匠の指に輝くリングを見て、一瞬華扇が言葉を詰まらせた。

 

「ああ、これ?私最近再婚しましたのよ?」

 

「そうですか、仙人が結婚などよくしたものですね。

相手とは寿命も違うでしょうし、全く――」

悔し紛れといった様子で、手に持った団子を一口パクリ。

 

「相手は善ですわ」

 

「ブーっ!?」

師匠の言葉に華扇が団子を吐き出し、咽て胸を叩く。

 

「な、なんで?あの子?あの子と?

年とか全然違うじゃない!!と言うか、あの子まだ18歳以下だから外の法では――

と言うか、貴女たちやっぱりそう言う関係だったのね!!

若い男の子を仙人にして、一体何を考えているかと思えば!!」

まくし立てる様に華扇が叫ぶ。

ざわざわと周囲の視線が集まるが気にしない!!

 

「『そう言う関係』が何を指すかは知りませんけど……

そう言えば、あの子、最近寝不足で腰が痛いってぼやいてましたわね。

毎晩毎晩、大変よね……若いって言っても限度があるかしら?」

 

「わ、若い?毎晩!腰痛?寝不足!?

ふ、不埒もの~!!なんてうらやま――じゃなくて!!

仙人が何んたるかを、ちっともわかってません!!

正しい仙人を育成しなくてはなりません!!わ、私も若い男を弟子に――」

 

「居ると良いですわね、今時そんな奇特な方」

仙人はデメリットが多い。

妖怪に狙われ、死神に狙われ、修業はひたすらに厳しい。

新しい仙人などめったに、希望者自体現れない。

たとえ現れても、神霊廟に行くので仙人志望のフリーは滅多にいないのだ。

 

「く、くぬぬぬぬ!!覚えてらっしゃい!!」

まるで悪役の様なセリフを吐いて華扇が逃げる様に去っていった。

 

「師匠~買い物終わりました、って華扇様?どうしたんだろ?」

 

「何でもないわよ?ちょっと優越感に浸っただけかしら?」

師匠が楽しそうに笑った。

 

 

 

その後楽しく3人で夕食を食べ、一人寂しく風呂を済ませ善がベットに入る。

師匠と寝るコツは先に寝てしまう事だ。

そうすれば、師匠が寝付くまでは眠ることが出来る。

 

「アナタ~……あら、寝ちゃってるわ……」

 

「疲れたって言ってたぞー」

部屋の端で同じく布団にくるまる芳香が説明する。

 

「あら、そうなの……確かに今日はいろいろ連れまわしたものね?

紹介もしたせいで心労もあるでしょうし……

ま、いいわ」

師匠も同じく善の眠るベットへと体を滑りこませる。

 

 

 

しばらく、時間が経ち夜中――

 

「んん……?」

なんとなく師匠が目を覚ます。

目の前には()の背中。

 

「ん~……」

善の左手に光るリングを見て師匠が目を細める。

 

「うふ、結婚しちゃった……私、また誰かの妻になったのね」

もうほとんど思い出せない、前の夫との生活。

今の夫は前の夫とは大きく違う。

金も権力も名声も、ありはしない。だが――

 

「それでもアナタが好きよ……

邪仙と蔑まれた私の為に、迷わず命を懸けてくれた。

私に優しくしてくれた、アナタが好きよ……

自分の両親を捨ててまで私を選んでくれたんだものね?

私が新しい家族に成ってあげましょうね?」

口ではそう言う物の、それだけでは無かった。

自分は優しい善を誰にも奪われたくなかった。

自分だけに愛をつぶやいて欲しかった。

自分だけの物にしたかった。

 

「けど、コレでアナタは私の物……

そして私は、アナタの物……」

自身と夫の指に光るリングを見比べて笑みを浮かべる。

 

「アナタの事を愛しています。

誰よりも、何よりも、だから私を置いて逝ったりしないでね?

私の大切な旦那様――

所で善、本当は起きているでしょ?」

 

「ギクぅ!?」

 

「あら、本当に起きてた。カマかけてみるモノね」

 

「カマだったんですか!?

そういう、心臓に悪い事は止めてください!!師匠!!」

ベットで上半身を起こしながら善が話す。

 

「いいじゃない、そ・れ・よ・り。

私の告白を聞いたのよ?返事すべきじゃない?

というか、奥さんを大切にするのは夫の義務でしょ?」

 

「あ、えっと……?」

 

「上手に言えたらキス位、許してあげるけど?」

 

「そ、それじゃあ――」

一世一代の告白台詞を善がゆっくりと口にした。

その後のセリフは善も良く覚えていない。

そう、覚えていない。

なにか、すさまじくこっぱずかしくなるセリフを言ったのは確かだろうが、唯一正確に覚えているのは、自身の妻の柔らかい唇の感触だけだった。

 

「アナタ、私を大切にしてね?」

 

「もちろんだよ!マイハニー!!」

 

「すてふぁにぃは全部捨ててね?」

 

「も、もちろんだよ……マイハニー……」

 

「先が思いやられるぞー」




2000文字以上が妄想で占められている……
なんてこった……


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お祝い!!クリスマスの夜!!

さてさて、忘れたころに投稿です。
今回はクリスマスの特別編。

作者は今年もボッチでした……
さみしくねーし……
1人の人生超楽しいし……


皆さんどうもこんにちは。私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

まだまだ駆け出しですが、実は仙人やっています。

 

私の師匠は邪仙で、年齢1400歳以上の超年増で、我ままで自己中で、無茶ぶりと自分の事が大好きで、善悪や良心の呵責が一切なく非道な行いを簡単に行える所謂サイコパス気質な危険人物……

ですがそれでも毎日楽しく過ごしています。

さぁ、今日も師匠とその手下のキョンシーの芳香と一緒に修業――

 

「あらぁ?何か今、聞こえた気がしたわねぇ~?

半人前で、仙人モドキで、下半身と脳が直結して、ドジで運が無くて、そのくせお調子者の私の弟子が何か言ったのかしら?」

 

うぐっ!?師匠、いつからそこに……?

 

「最初からだぞー!」

 

いでで!?噛むな噛むな!!

 

 

 

 

幻想郷の冬。

善たちの暮らす仙窟の前の墓は皆、雪で白化粧をしている。

そんな中、一人の男が――

 

「ふん、ふーん、ふふふふーん♪」

善が鼻歌を歌いながら上機嫌で、部屋の隅に飾ってあった日捲りカレンダーを引っ張る。

ビリっと、小気味の良い音と共に、一枚カレンダーが外れる。

手に持ったカレンダーの日付は12月23日。つまりこの一日後は――

 

「ついに来たぞ、この日が……!」

 

12月24日(えーん)25日!!

その日は何の日か!?

なんて、質問はもはや野暮を通り越して、わざとらしさすら感じるほど有名な日。

とある聖人の誕生日にして、子供がサンタクロースにプレゼントをねだる日!!

だが、もう一つ。もう一つこの日には意味が有る!!

それは、それは――

 

「リア充の日だぁ!!ほぉうい!!」

余りの嬉しさに、善が破ったカレンダーを投げすて、コロコロと床を転がり始める。

そう、毎年毎年、クリスマスの日は男子シングルパソコン使用型だったが、今年は違う!!

今年の自分は画面の向こうにいた、バカップル側の人間へ生まれ変わったのだ!!

 

「うっほほほほほぉい!!」

上がるテンション!!高速化する善の床ローリング!!

奇声を上げて、床を転がり続ける!!

 

 

 

――そして、不意に感じる冷たい視線!!

 

「はっ!?」

 

「善……?何をやってるの?

悩みがあるなら、相談……乗るわよ?」

 

「ぜん……大丈夫か?つらい事があるなら、行って欲しいぞ?」

壁から上半身を突き出した師匠と、部屋の入り口で心配そうにこちらを見つめる芳香。

初めて見る位優しい目をして師匠が、逆につらい!!

 

「あ、いえ……大丈夫です……」

なんとも気恥ずかしい気持ちを抑えて、善が視線をそらしながら話す。

 

 

 

 

 

「え、クリスマス?やらないわよ?」

 

「え”!?なんで!?」

居間の中、朝食を食べながら放った師匠の一言に、善が絶句する。

 

「だって、(ウチ)道教だし。

他所の宗派のお祝い事をなんで祝わないといけないのよ?

現に去年はやってないでしょ?」

さらっと、話す師匠だが善は不満げだった。

 

「今、外の世界じゃみんな祝ってますよ!?

この季節普通じゃ、外では何処行ってもクリスマスソングが流れて、おもちゃ業界でも11月12月が商戦が激化するし、みんなクリスマスムード一色ですよ!?

っていうか、家が道教なこと自体今日初めて知りましたよ……」

善が芳香に、追加のごはんをよそいながら話す。

 

「そうね……私の教える仙術は、道教の物だけど――

善は、私が教えた事を覚えていくから道教とは関係ないのよね」

 

「そう……ですね」

善がそれに同意する。

そう、仙術とは道教の力によるものだが、善本人は『道教』という宗派に興味などなく、自身の師匠が使う技を覚えていくことで仙人となっていっている。

その為、自身が道教の術を使っているという自覚が全くないのだ。

 

「ま、宗教とか、気にしたこと無いんですよね~

命蓮寺にだってしょっちゅう行ってるし……」

なんて風に善がおもい浮かべる。

 

日本人はあまり宗教にこだわらないタイプが多い。

国によっては、ドッグタグに名前や年齢、血液型の他に自身が信仰している宗教の名を書くものもあるらしいが、善にとっては不思議な話だった。

それどころか、クリスマスに騒いで、初詣に神社に行って、葬式には坊主を呼ぶという正に宗教の坩堝とも言える国で生きてきた善には、土台興味自体無い話だった。

 

「なー、善。外では、えーと、栗?升?に何をするんだ?」

善の隣、味噌汁を飲み干した芳香が善に尋ねる。

どうやら外の世界のイベント事に多少の興味があるらしい。

 

「クリスマスな。クリスマス。

さっき師匠が言った様に、有名な聖人の誕生日を祝う日だ。

といっても、半分それは形だけで、もっぱらサンタが子供にプレゼントを持ってくる日に成ってる」

 

「サンタ?」

 

「白いひげをした、おじいさんがトナカイの引くソリで、プレゼントを持ってくるんだ。

良い子にしてないと、プレゼントは貰えないんだよ」

得意げに善が説明するが、芳香がプルプルと震えている事に気が付く。

 

「どうした?何かあったか?」

善が心配して尋ねると――

 

「うぐ……!

わ、私、今まで貰ったことがないぞ……

私は悪い子だったのか!?」

心配そうに、目が潤み始める。

それを見た善は――

 

「そんな事無いぞ?

お前が良い子なのは、俺がちゃんと知ってるからな?

サンタは、その、あれだ。子供にプレゼントを配るのに忙しくてお前の事を見逃していたんだよ。

きっと、今日あたり、枕もとにプレゼントが送られてくるんじゃないか?」

芳香を抱きしめて、諭すように教える。

その言葉を聞いた芳香が安心して、頬を緩めた。

 

「そうかー、なら、今日は早めに寝ないとなー」

善の諭され、あっさり上機嫌になった芳香が嬉しそうに話す。

 

「あらあら……頑張ってね?

お・と・う・さ・ん」

 

「違いますから!!」

師匠の言葉に、善が否定して見せる。

 

「あー、あとは夕飯にごちそうを食べたりするかな?

パーティとか、それが転じて男女のお付き合いに……」

 

「御馳走!?くりすますはご馳走が食べれるのか!?」

実に芳香らしい部分に注目して、目を輝かせてみせる。

 

「へぇ、外ではそんな事に成ってたのね……

善だけは部屋で、一人でパソコンして居そうだけど……」

 

グサァ!!

 

「あうふ!?」

何か、何かが善の心の奥に深く深く突き刺さった音がした!!

 

「ち、ちげーし!!友達いなくねーし!!いなくても平気だし!!

クリスマスとか興味ねーし!!

あー、お部屋中、最強だわー!!一人きりのユートピアだわー!!」

悲鳴の様に叫ぶ善!!

なぜか視界は滲み、鼻から汗が染みだすがまぁ、季節外れの花粉症という事で気にしない事にする!!

 

「……そこまで、したいならクリスマスする?」

 

「良いんですか!?」

体操座りで落ち込む善に、師匠が話しかけた瞬間凄まじい勢いで目が輝く!!

 

「あ、と……そこまで、したかったの?」

 

「もちろんですよ!!リア充のイベントに参加するんですよ?

TVに映ったバカップルに殺意を抱いて、ゲームのクリスマスイベントに虚しさを覚えて、クリスマスになんで自分は恋人がいないんだって……ずっと!!

思ってた私にも春が来たんですよ!!」

 

「あ、ああ……そうなのね……うん、好きにしなさい。

ええと、芳香も楽しみにしているみたいだから、ご馳走作ってあげてね?」

善の全身から漏れ出す、マイナスオーラに流石の師匠すら怯んだ!!

 

「御馳走食べれるのか!?」

 

「ああ、勿論だ!!腕によりを掛けて、すごいごちそう作るからな!!」

 

「おー!!やったぁ!!」

善と芳香が手を取り合って、ぴょんぴょんとその場で飛ぶ。

 

(この二人のテンションには偶に付いていけなくなるわ……)

尚もはしゃぎ合う二人を見て師匠が小さく汗をぬぐった。

 

 

 

 

 

「よぉし!!クリスマスを全力で楽しむ!!

楽しむんだぁあああああああああ!!!」

 

「まずは何をするんだ?」

墓場の真ん中で、叫ぶ善に芳香が尋ねる。

 

「クリスマスのごちそうに必要な物を集めるぞ」

 

「御馳走だー!!」

善は芳香を連れて、人里へ向かった。

 

 

 

「えーと、後は……」

人里の中、短髪に白頭、そして背中と腰に差した2本の剣。

冥界の館、白玉楼に仕える庭師兼剣術指南役の半人半霊の庭師――魂魄 妖夢だった。

 

「すいません、この店の野菜とりあえず全部ください」

 

「は、はいよ、妖夢さん……」

若干引き気味な、八百屋の店主が妖夢からお金を受けとる。

 

ガラガラ……

 

妖夢が食材が山盛りに成ったリアカーを引いて人里を歩く。

 

「えーと、次は……お肉ですね」

メモを見ながら、妖夢が角を曲がると――

 

「よし、肉は十分だな」

 

「おー、たくさんだな!!」

妖夢と同じく大量の鶏肉を抱きしめた善が歩いていく。

 

「詩堂さん!?その大量の肉は?」

 

「どうも、妖夢さん。ちょっと、お祝いがありまして――食材が必要なんですよ」

 

「そ、そうなんですか……実は私も幽々子様に言われて大量の食材が必要なんですよ」

お互いが笑みを浮かべて、お互いの食材に目を向ける。

それと同時に、里の中の食糧事情を大よそ理解する。

 

「詩堂さん、私の主の為――」

 

「妖夢さん、私の夢の為――」

 

「「その食材おいていってください!!」」

人里の真ん中!!

妖夢の剣と善の拳が再び相まみえる!!

進化した善の力と、さらに磨きのかかった妖夢の技がぶつかり合う!!

 

一時間後……

 

「んじゃ、私はこれだけ……」

 

「それでは、私は……」

善と妖夢がお互いのリアカーに食材を分ける。

一時は死者が出るのでは?とさえされた二人の戦いだが、危険を察知した人里の住人が大量の食べものを持ってきた事により、お互いある程度の食糧が手に入り大よそではあるが満足して去っていく。

余談ではあるが、善が街中の鳥肉を買い占めたことにより、妹紅も焼き鳥屋が大打撃を受けるのはまた後の話。

 

 

 

 

 

妖怪の山、中腹……

「さ、さむいよ……ねぇさん……」

 

「寒いね、穣子ちゃん……」

神社の中、秋姉妹の静葉、穣子の二人がくっついて震えている。

冬も本番真っただ中、外を闊歩する雪女の姿に怯え、秋が過ぎさり参拝客のいなくなった中で震えあがる。

その時――

 

バァン!!

 

神社の扉が大きく開け放たれる!!

 

「ひゃう!!」

 

「ひゅう!!」

二人が同時に冷気に身を縮ませ抱き合う。

 

「穣子さ――あっと、お邪魔でした?」

扉の向こう、入ってきた善を見て二人が疑問符を頭に浮かべる。

 

「えっと……神様なら、姉妹でもあり……なのか、な?」

善の言葉に穣子が自身の状態に気が付く。

誰も居ない密室の中、ピッタリと体をくっつける女が二人――

 

「ち、違うから、ねぇさんと私は――ぐえ!?」

 

「誤解だよ?詩堂君!」

弁明する穣子を蹴飛ばし、静葉が善に駆け寄る。

 

「どうも、静葉様。今年の紅葉も綺麗でしたよ?」

 

「そんな……綺麗なんて……」

善の言葉に、静葉が照れて見せる。

 

「いてて……で?今日は、参拝?それともまた『仕縁』を――」

 

「やりませんよ?実は、少し用意してもらいたい物がありまして――」

善が穣子に頼み込む。

そして、紅魔館から借りてきた一冊の本を取り出す。

「?」

 

 

 

「むりむりむり!!出来ないって!!」

善の話を聞いた穣子が、全力で否定する。

 

「お願いします!!クリスマスケーキには、どうしてもイチゴが必要なんです!!」

必死で拝み倒す善の欲するものは、ケーキには欠かせないフルーツのイチゴだった。

人里で探した善だが、まだイチゴ自体で回っていないのか、季節が合わないのか、入手する事は出来なかった。

そこで、豊穣を司る女神の所へ来たのだが――

 

「えっとね?詩堂君。私は確かに神様だよ?

けど神様だからって、勝手に植物をはやす訳にはいかないんだよ?

そんな、図鑑に載ってる写真を見せられた所――で!?」

突如後ろから、静葉が穣子の首根っこをつかむ。

 

「ねぇ……穣子ちゃん。詩堂君は私たちの為にいつも一生懸命だよね?

今年はずいぶん助けられたよね……?

ちゃんと信仰してくれる人には……ちゃんとお返しをすべきじゃないかな?」

目の光が消えた暗い瞳で、静葉が穣子の瞳を覗き込む。

その瞳が訴えている「やれ」とさらに言うと「やらないと殺るぞ」という脅しも多分に含まれている。

 

「ね、ねぇさん!?だって全然知らない果物だし、図鑑の情報だけじゃ無理――」

 

「穣子ちゃん?無理は嘘つきの言葉なんだよ?」

 

「ひっ!?」

静葉が「ちょっと待っててね」の言葉と共に善と芳香を神社から外に出す。

そして扉が閉まると同時に――

 

『ねぇさん!?無理無理!!止めて!!無理だって!!

あああ、無理、むりぃ!!そんな、そんなに!?けど、うわ……

うわぁあああああ!!!いやぁあああ!!!は、あひ、ひふぅ!?』

 

「善、何か聞こえてくるぞ?」

 

「芳香、産みの苦しみは神様もいっしょって事なんだよ?

だから、ちゃんと毎回いただきますするんだぞ?」

なんて風に、教育っぽい事を言っている内に、再度扉が開いた。

 

 

 

「はい、詩堂君のお望みのイチゴ……」

静葉が籠いっぱいのイチゴを持って現れた。

 

「わぁ!ありがとうございます静葉様!!

ケーキ作ったら、明日持ってきますね」

 

「気にしなくていいのに……ありがと」

ニコリと静葉が笑いかけた。

 

「所で、穣子様は?お陀仏?」

 

「生きてるわよ!!なんとか生きてるわよ!!」

扉を開けて、穣子が飛び出してくる。

何かがあったのか、服装は乱れ息も荒い。

 

「本当にありがとうございますね!!」

 

「うっさい!!あんた結構質悪いわよ!!

邪仙!!不遜なのよ!!あと、仕縁ちゃんやって!!」

 

「やりません」

ニコリと笑うと、再びお辞儀をして帰っていった。

 

 

 

 

 

「にゅふふふふふふ!!ここまでです!!」

材料を集めて、墓場に帰る善と芳香の二人の前に、橙が立ちふさがった!!

 

「あ、橙さん……寒くないんですか?」

勝手に猫イコール寒さに弱いの図式が出来ている善がいつもと同じ格好で家のドアを前に立つ橙を見る。

 

「善さん知ってますか!!今日はクリスマスです!!

藍しゃま曰く子供が出来る日なんですよね!?」

此処まで聞いて、善は嫌な予感がしてきた。

 

「にゅふふ……今こそ、例のヤツをやる時ですね!!

プレゼントは私です!!さぁ!!思う存分けだものに――」

 

バサッ!!と音をたてて、橙が自身の服をめくる!!

白いお腹には赤いリボンが掛かっており、過ぎ捨てたスカートの下もリボンのみだった――が!!

 

ひゅう~

 

「寒!?さむいです!!」

橙が吹き付ける風に、一期に服を戻す。

当然外で全裸にリボンなんてしたら寒くて居られないだろう。

脱ぎ掛けた服をおずおずと着なおす。

 

「今日の夕飯は少し豪華ですよ?」

 

「わぁ~い!!」

善の言葉に平然と、橙が家の中へと入ってくる。

その様子を見て、善と芳香が笑い合って家の中へ入っていく。

 

 

 

 

 

「わぁ……!」

芳香が目の前の、ローストチキンに目を輝かせる。

食卓には、スープにチキンに、ローストビーフにサラダに、ポテトグラタンにと善が工夫を凝らした料理が所せましと並んでいる。

 

「少し多めに作っておいて正解でしたね」

橙が遊びに来た後、すぐに小傘も遊びに来て、さらこいし(実は最初からいたらしい)と予期せぬ大人数に成ってしまった。

 

「ねぇ善?ごちそうって、言ったけど……少し量が多すぎない?」

まさかのローストチキン一人一個という暴挙に師匠が、苦笑いを浮かべる。

 

「そんな事無いぞー?」

むしゃむしゃと芳香が食べ進めていく中――

 

「そうだ、お酒持ってきたよ?」

小傘曰く以前マミゾウからもらった酒を持って来て、善以外のみんなが飲んで騒ぐ。

会場が最高潮に高まったら、主役のケーキの登場だ。

小傘、こいしが見たことも無い外界の菓子に目を輝かせ、にぎやかにお祝いが過ぎていく。

 

 

 

 

 

「んん……ふぅあ……」

夜中、みんな揃って雑魚寝してしまった居間から善が外に出る。

片付けをしなくては、と思ったがせっかく気分が良いのだ。

明日にさせてもらおう。

 

「あーさぶ……あ、雪だ」

中庭へ抜ける廊下の中、しんしんと音もなく降りそそぐ雪に善が頬を緩める。

通りで寒いと思ったら……なんて考える。

 

「ふぅ……ついに俺も恋人持ちか……

急に知らない場所に来て、師匠に弟子入りして、何回も死にそうになって……

最後には恋人まで出来た……か。

恋人が出来るまですごい遠回りしたな……ん?」

不意に、気配を感じると後ろには善の大切な大切な人物がいた――

善は彼女に笑みを浮かべて返す。

 

「愛してるよ。ずっと、ずっと」

雪の中、照れることもなく善は確かにそう言った。

それを聞いた彼女も優しく微笑み返して――()()()()()()()()()

 

「うわっぷ!?」

突然飛び掛かられ、二人並んで空を見る。

尽きることなく、雪が降ってくる。

横を見ると、彼女と目が合い――どちらともなく笑った。

 

くしょん!!

 

善がくしゃみをして、また笑った。

もうすぐ新しい年が始まる。

そしてこれからもずっと――




ラストは、師匠か芳香どっちかはあえて書いていません。
最後にあなたが思った方が、正解です。

実は、こっそり付き合っていた橙だよ!!とか、妾の小傘ちゃんだよ!!とか、はぁ!?こいしちゃんに決まってるんだろJKという考えでのありっちゃアリです。
すべては受け手の貴方次第です。

次は1月1日かな?
それか、今頂いているコラボかな?
それとも、クラピーを主役にした完良の内容保管か……


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交差!!新年の日!!

今回は特別編ですが。

すいません!!1月1日投稿どころか、3日にすら間に合わない始末。
そして、まさかのあのキャラが再始動?


皆さんどうもこんにちは。私の名前は詩堂(しどう) (ぜん)

まだまだ駆け出しですが、実は仙人やっています。

 

私の師匠は邪仙で、年齢1400歳以上の超年増で、我ままで自己中で、無茶ぶりと自分の事が大好きで、善悪や良心の呵責が一切なく非道な行いを簡単に行える所謂サイコパス気質な危険人物……

ですがそれでも毎日楽しく過ごしています。

さぁ、今日も師匠とその手下のキョンシーの芳香と一緒に修業――

 

「あらぁ?何か今、聞こえた気がしたわねぇ~?

半人前で、仙人モドキで、下半身と脳が直結して、ドジで運が無くて、そのくせお調子者の私の弟子が何か言ったのかしら?」

 

うぐっ!?師匠、いつからそこに……?

 

「最初からだぞー!」

 

いでで!?噛むな噛むな!!

 

 

 

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

鐘の音が鳴る。

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

それはずっと遠くで鳴っている様にも――

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

すぐ近くで鳴っている様にも――

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

どちらにも聞こえる不思議な鐘の音だった。

 

 

 

「……ん……て……れ!……ぜ……お……く……!」

すぐ近くで、大事な人の声が聞こえる。

 

なんだ芳香?悪いが正月くらいゆっくり寝させてくれ……

腹が減ったなら、台所に餅が有ったハズ――

 

「善!!起きろ!!」

 

ガリィ!!

 

心地よい惰眠の世界に、「痛み」がやってくる!!

それは頭上から発され、激痛というシグナルになって善を眠りの世界から叩きだす!!

 

「いっでぇえええええ!!!

何すんだ!?おい!!かじるなっていつも言ってるだ――ろ?」

あまりの痛みに飛び起きる善。

案の定、目の前には芳香が立っているが問題はそこ以外。

 

「ここ……どこだ?」

善が小さくつぶやく。

思い出そうとして、ずきっと頭が痛くなる。

記憶の中に靄が掛かった様な、はっきりしない感覚だった。

 

「あれ、確か俺……大晦日に師匠と芳香と夕飯食べてて……」

 

「牛鍋だったー」

 

「その後、誰か来たような……誰だ?」

善の記憶はそれ以降が酷く曖昧だ。

確かに、3人で夕飯をかこった事は覚えている。その後、『誰か』がやって来て――

 

「ダメだ……これ以上は出てこない……」

思い出す事をあきらめ、現在の状況を整理する事にする。

そこは、いつも善と芳香が眠っている部屋では無かった。

地面は白い石畳に隙間に草が生え、陶器製と思われる噴水から水が流れ出し、日陰を作る様に木々や草花が植えられていた。

 

「気が付いたらここに居たぞ?」

善の独り言に応える様に芳香も口を開く。

 

「あ、ああ……」

なんと言って良いのか分からず、周囲をきょろきょろと見回す善。

石作りと自然を調和させたような庭。

少し離れた部分に大きな木が一本立っていた。

立派で大きく、そして悠然と大地に根を下ろし遥か昔から存在したかのような巨大な樹木だった。

 

「すーっ……なんだろ、此処……」

 

「なんか気分が良いぞ!!」

背伸びをする芳香の言葉に善が心の中で同意した。

なんと言うか、この庭は豊かな気で溢れているのを全身で感じる。

秋姉妹の力がしみ込んだ畑や神子の作った仙界を思わせる空気だった。

モドキが付くが善とて仙人の端くれ、地脈から気を吸いとる者でありどのような力なのかが大よそ分かる。

 

「うーん……自然の力が豊富なのか……」

石作りの床や噴水などを見ると、人工物を使いながらも気を妨げない様に留意してこの庭が作られているのが分かる。

 

「誰が作ったんだろーな?」

明らかの幻想入りには無いであろう場所に、芳香がソワソワする。

 

「あ、こら、勝手に歩くなよ!」

興味が抑えられないのか、芳香が石で作られた壁をよじ登る。

最近の芳香はますます体が上手く動く様になり、木を登ったりなどが出来る様になって来たのだ。

 

「んあ!?何だこれ!!」

壁の向こう側を見た芳香が驚く。

その声を聞いて善も同じく壁に登ると――

 

「空……なのか?」

壁の向こうは一面の空。

視線をずらすと庭の底から鉄の足場のような物が作られ、先端にプロペラがゆっくりと回っている。

その下は海なのか、一面の青。

空と海の青が混ざってずっと向こう側まで見えている。

 

「なんだよ……これ……」

もう何度目に成るか分からないそのつぶやき。

だが、あまりの光景に善の背中にゾッとする物が走っていった。

昔TVのアニメであった、天空を浮かぶ城の話が脳裏に浮かび、悪い冗談だと善が自嘲気味に否定した。

 

「善ー?」

 

「大丈夫だ、俺が付いてるからな?

お前だけは、何が起きても俺が守るからな?」

 

「お、おお……うれしいぞ?」

突如自身の恋人から発せられた言葉に、芳香が顔を赤くする。

何を考えているか分からないが、まぁ本人がかっこいい事を言っているのだ、何か言うのは野暮だろう。

 

「見た所、噴水の水は飲めない事は無いな……

幸い木とか草は大量に生えてるし、雨風はしのげるな。

サバイバルで必要な、寝床と水は確保できたっとして……

肝心の食糧はどうする……仙人としては生命活動を弱めて消費を少なくするとして……

芳香に何か食べさせてあげないと……何か果物とか――」

ぶつぶつと、善が何とかして生き残る術を考え始める。

なんというべきか、師匠の無茶ぶりに続く無茶ぶりを受け続けた善はこういった時、何時までも混乱せずに、心を立て直す術を知っている。

仙人にはきっと、機転の変化も大切なんだと勝手に思う事にする。

 

(おー、善が何時になく真剣だ……)

ぶつぶつと何かをつぶやく善。

その真剣なまなざしは、修業中とすてふぁにぃを前にした時しか善が見せた事のない物だった。

 

「私も何か、するべきか……?」

 

「あれ、芳香ねぇ様どうして此処に?」

善を見ていた芳香が、横から声を掛けられる。

その主は――

 

「……お、おー!仟華ちゃんじゃないかー!!」

白いワンピースに長い、水色の髪。

何処か自身の作り主を思わせる風貌をした幼い少女、仟華だった。

 

「……今、一瞬詰まりましたよね?名前思い出すのに、時間要りましたよね?」

微妙に固まった笑顔を顔に張り付け、仟華が苦笑いを浮かべる。

 

「な、なんのことだー?」

芳香が誤魔化す様にそっぽを向く。

 

「……まぁ良いです……なにかの拍子にこっちに迷いこんできてしまったのですね。

あちらの方は?お友達ですか?」

 

「そうだー、善も一緒だぞ?」

芳香の指摘に、今までずっと唸っていた善が顔を上げる。

 

「善……?」

 

「ん?あれ、一人増えてる!!」

二人の会話に気が付いた善が、悩んでいた顔を上げる。

 

「あ!ちちう――ち、乳に飢えた男ですわ!!」

 

「うぐ……前もそんな事言われた気が……」

仟華の言葉に善が微妙に落ち込む。

なんと言うかほぼ初対面の相手に、いきなり自分の性癖を突かれてはこうも成るだろう。

 

「うあ……なぜ、此処に?

うーん?まぁ、一旦落ち着いて……ええ、悩んでも変わりませんから……

っていうか、コレ実は私のせいだったり……しませんかね?いや、そんなまさか……」

善に続き、仟華までもがぶつぶつと悩み始める。

 

(なんか、似てるなー)

芳香がそんな事を想いながら同じポーズで悩んでいる二人を眺める。

雰囲気と言うか、お互いが持つ空気が似ている気がする。

 

「兎に角二人とも、家で休みましょう。

そうしましょう、ね?」

 

「お家があるのかー?」

 

「え、ここの子なの?」

 

「はい、そうですよ。お茶とお菓子で一旦落ち着きましょうか」

芳香と善、二人の声を背に仟華が慣れた様子で庭を歩き出す。

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

「お、この音は――」

聞き覚えのある音に善が反応する。

 

「3時の鐘ですね。お茶には丁度いいですね」

聞こえてきた鐘の音を聞き、その音の方へと進んでいく。

そこには鐘を頂きに据えた洋館が有った。

紅魔館と比べると二回り以上小さいが、こじんまりした白い屋敷は善にとってなかなか居心地の良さそうな場所だった。

 

「なんか、こういう家って良いな。

将来はこんな家に住みたいな……」

 

「おー、いいなー」

善の言葉に芳香も同意して仟華の後をついていく。

 

「仟華様、おかえりなさいませ」

その時、屋敷のドアが開き軍服の意匠が有るメイド服を着た女性が現れる。

金髪の長い髪に、背中に背負うライフルが非常に不似合いだった。

しかし、なぜかその姿にデジャヴを善が覚え――

 

「ジパング、大切なお客様です。

お茶の準備をお願いできますか?」

 

「これはお懐かしい顔ですね。

はい、丁度アップルパイが焼きあがったので、アイスクリームと一緒に――あ!?」

仟華の言葉に、ジパングと呼ばれたメイドの女性が屋敷に振り返った瞬間、自身のスカートを踏んで躓き――

 

ガシャン!

 

派手な音を立てて前のめりに倒れる。

 

(うわ、いたそう……)

受け身すら取れず、顔面を思いっきり地面にたたきつけたその姿に善が同情をする。

その時、足元に何か白い球体が転がって来た。

 

「あの……大丈夫ですか?」

仟華はもう慣れたのか、無反応で芳香はアップルパイの事で頭がいっぱいの様だったのか同じく反応しない。

 

「ええ……大丈夫です……お客様の前でお恥ずかしい姿を……」

鼻を抑えて立ち上がる、ジパングには右目が無かった。

ぽっかりと穴が開いていて――

 

「あ、そっちに行ってしまいましたね」

残った左目の視線をたどると、善の足元の白い球体にたどりつく。

 

まさか――

 

と思うより先に、白い球体と()()()()

 

「うわぁあああああ!??!!??

目、目ぇぇえええええ!!!」

いきなりのスプラッタに善が悲鳴を上げる。

 

「ああ、落ち着きください私は――」

ガシャン!!

今度はうろたえるジパングの右腕が落ちる!!

 

「いやぁあああああ!!!」

 

「私は人形でございます。これ位大した事ないのですよ?」

悲鳴を上げる善をなだめる様にジパングが説明する。

 

「に、人形?」

 

「はい、私は意思を持つ人形を目的として作られ、そして実際に意思を持った人形第一号なのです。

決して人間の様な、存在ではないのですよ?」

そう言って右手が落ち、右目ががらんどうに成ったジパングが笑う。

 

「なので――こういった事も可能ですよ?」

 

すぽっ!

 

今度は残った左腕を使い自身の髪をつかみ、首を胴体から外して見せた。

 

「ね?」

そう言って右手の無くなった首なしの体が、外れた自身の首を突き出して見せる。

 

「あ、そうなんだ……へぇ」

正直人形と分かってもリアルでなかなかに怖いので、善が密かに震えて視線を外す。

 

「あの時は、説明出来ていませんでしたからね」

 

「あの時?」

ジパングの言葉に善が一瞬言い淀むが――

 

「あ!ああ!!あの時の!!仙人さんが連れてた!!」

 

「はい、そうです。忘れていたんですか?」

善の言葉に、ジパングが腕と体のパーツをくっつけながら微笑んだ。

 

かつて、善が外の世界に帰った時、再び幻想郷へ戻る時紫が善の前に立ちふさがった。

そしてその時善と師匠を救ったのが偶然通りすがったという、仙人。

その仙人が連れていた二人の従者の一人だったハズだ。

 

「そうだ、そうだ!仙人さんの連れてた……そう言えば人形だった!

んで、もう1人は確か――」

その瞬間、ジパングの目から光がスッと消えた。

 

「お客様。あのような粗忽(そこつ)者覚えて頂かなくて結構ですよ。

ええ、そうです。あれは野良犬ならぬ野良キョンシーの様な物。

ただ私よりも少し先に、主に取り入ってそのままズルズルと一緒に居るだけの、知性ある者ではなく、タダの芸を覚えた畜生でござますから。

ええそうです、ただ主との付き合いが私より少し長いだけの、無能ですとも」

張り付いた笑みのまま、さんざんにもう一方の仲間を馬鹿にする。

嫌、馬鹿にするというよりも多分に私怨が含まれた物言いだった。

 

(仲悪いのか……)

なんとなく二人の関係を察した善が黙る。

 

「(ジパングはおっちょこちょいで、思い込みが激しく暴走しがちなんです。

その癖、無駄に忠誠心が高いので、いい加減なくせに実力だけは有る彼女に嫉妬しているんです)」

こそこそと、善に仟華が耳打ちして教えてくれる。

なるほど、さっきからの手厚い接待はそうする事で何とか相手より自身がすぐれている事をアピールしようとしているのだと善が気が付く。

 

「(まぁ、本人が頑張ろうと思う気持ちは大切なんじゃ――)」

 

パァン!!

 

銃声と共に、善の頬をかすめて銃弾が後ろに消えていく。

 

「あ、すいません……服がトリガーに引っかかった様ですね」

おずおずとジパングが、誤射してしまったライフルを背負いなおす。

 

「あの、おっちょこちょいで何人か殺してません?」

 

「大丈夫です、私も私の母上もキョンシーを作るのは得意なんです」

 

「いや、良くないでしょ!?」

仟華の言葉に善が怒声を上げた。

 

 

 

 

「むぐむぐ……お替り!!」

 

「はい、ただいま!」

庭園の中に用意されたテーブルの上に乗ったお菓子を芳香が頬張りながら幸せそうに頬を緩ませる。

ジパングに見せた皿は、11皿目のアップルパイだった。

 

「……よく食べますね……私の分もいります?」

 

「ほら、俺のも食えよ」

仟華と善がほぼ同時に、自身のアップルパイを差し出す。

 

「良いのか?」

芳香はそれを喜んで受け取る。

 

「しかし、あの仙人さんに娘さんが居たとはなー

っていうか、コレ全部が仙界?」

紅茶に砂糖を溶かして、善が仟華に尋ねる。

 

「あはは、えーと、何処かの木が切り倒される事になった時に、父上がその木を永らえさせる為に作ったって言うのが始まりらしいですね。

水を張って、太陽の光を用意して後は気の世話をするのと、ちょっとした隠れ処的な場所として作ったらしいです、因みに広い空と海はある程度行くとループしていて実際はそこまで広くないらしいです。

詳しくは知りませんけど……」

仟華が視線で、屋敷の丁度真正面、この庭園の中心にある木を指し示す。

あの木が件の木だろう。

 

「ひゃー、あの木の為に作った仙界かー、規模がでかいなー。

ってあれ?『隠れ処』って事は仟華ちゃんの家は此処じゃないの?」

スケールが大きすぎて善自身が付いていけない。

思わず関係ない所に突っ込んでしまう。

 

「今はちょっと……」

気まずそうに、仟華が視線を逸らす。

所在無さげにティーカップを触る。

 

「両親の話?つらいことが有るならどんな形でも吐き出すべきだよ」

不意に思い出す自身の両親。

完全と善良を兼ね備えた者になるべく名をくれた二人、結局和解する事すら出来ず、けんか別れに成ってしまった自身の両親が善の脳裏に浮かんだ。

 

「けど……」

 

「俺で良かったら、話し聞くからさ?」

仟華の両親がどんな人なのか知らない、父親はあの仙人だとして、その配偶者など想像も出来ない。

一体どんな悩みが――

 

「両親の仲が良すぎるんです……」

 

「あれぇ!?俗っぽいぞ!!」

仙人同士の両親からくるあまりに俗物的な、悩み!!

しかし仟華は真剣なまなざしでなおも続ける!!

 

「深刻な悩みなんですよ!?ええ、そうです。

あのフリーダムすぎる母上と、母上至上主義の父上の二人を見ているだけでかなりきついんですよ!?

この前なんて、『付き合って7212ヶ月記念』とかやってますし、絶対に月に3回はデートに行ってますし、二人の時はお互いに『アナタ』『マイハニー』呼びだし――

『クリスマスには何が欲しいんだい?弟かな?妹かな?』

『もう、アナタったら仕方ない人なんだから!けど、何時までも末っ子は嫌よね?』

とか、馬鹿なんですか!?頭湧いてるんですか!?

あー、もう年頃の娘(6才)にする話じゃないでしょうに!!」

仟華が大声をあげて、自身の頭を掻きむしり、地団太を踏む!!

 

「どうどう、落ち着いて……ほら、両親が仲いい事は悪い事じゃないから、ね?」

 

「うぐ、この前見たことない人が、両親を訪ねてきました……ひ孫を見せに来たそうです……長生きしてると、ひ孫までいるんですって……

なのに、もう1人とか……」

 

「おおう……」

何とも言えない空気に善が黙る。

正直いって、あの仙人はカッコよく感じていた為、密かなあこがれを抱いていたのだが……

 

「けど、そんな風に長い間一緒に居れたら良いな」

さっきまでもくもくとお菓子を食べていた芳香が反応する。

 

「度が過ぎてる気がするけど……」

 

「けど、私は善とずっとそんな風にしていられたら、幸せだなー」

甘えるような声で芳香が微笑む。

それに善も同じく微笑み返した。

 

「え――なん、で?」

その様子に、仟華が大きく動揺する。

まるで()()()()()()でも見たかのように――

 

「ああ、びっくりしたかな?芳香はキョンシーだけど、俺の大切な人なんだよ」

 

「善は私を選んでくれたんだぞー?」

そう言って、芳香が幸せそうに善に抱き着く。

何のこともない、普通の抱擁だが――

 

「なんで、だって……それじゃ、私は……?

私はどうなるの!?」

急に立ち上がり、訳の分からない事を言い始めた。

 

「え、仟華ちゃ――むぐぅ!?」

心配して立ち上がる善だが、後ろから伸びてきた手に目と口を封じられる。

凄まじい力で外すことは出来ない。

善はの残った聴覚に感覚を研ぎ澄ませる。

 

「あらあら、困ったわね。この木は記憶を読み取る木……

きっと他の記憶がこっちとつながったのね……

こんなことが有るなんて、やっぱり幾つになっても飽きないわね」

心の隙間に入り込んでくるような、ドキリとしてしまうほどの甘い声。

善はこの声に聞き覚えがあった、嫌、あったのではない。

毎日聞いている。そうだ、この声は忘れるはずもない――

 

「さぁ、善、もう帰る時間よ」

 

「止めてください!!し――」

此処で善の意識は途絶えた。

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

鐘の音が鳴る。

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

それはずっと遠くで鳴っている様にも――

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

すぐ近くで鳴っている様にも――

 

ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

どちらにも聞こえる不思議な鐘の音だった。

 

「あれ、此処は……」

夜の縁側で善が目を覚ます。

 

「ああ、やっと目が覚めたんですね?心配したんですよ?」

目の前に聖が立っている。

庭では芳香が年越しそばを啜ているのが見えた。

 

「あれ?私は……?」

 

「おう、起きたか?さんざんじゃったな?」

笑いながらマミゾウが話しかける。

その瞬間、善の記憶がパズルのピースの様に一気に組みあがっていく。

 

「そうだ、確か夕飯を食べた後、ばぁちゃんが来て……」

 

「除夜の鐘を叩くのをお願いしたんですよ?」

聖が善の言葉を継ぐ、そうだ、あの時――

 

 

 

寺で聖に迎えられ、鐘を叩くのを頼まれたのだ。

「あら、よく来てくれましたね?

お二人はいつも仲が良いですね、生死をこえた友愛、素晴らしいです」

一つのマフラーを2人で使う様子をみて、聖が笑う。

 

「あの、実は……」

 

「今、恋人同士なんだー」

 

「まぁまぁ!素晴らしいですね、前途ある若者同士が……」

涙ぐむ聖が、素手で鐘を思い切り叩く!!

 

ごぉおおおおん!!

 

強化された衝撃で、鐘はベルの様に吊るされた部分を支点に大きく持ち上がり――

振り子の要領で善と芳香にフルスイングされた!!

 

「鐘で殴られたのか……」

 

「ご、ごめんなさいね?その、ついうれしくなって……

芳香さんと一緒にお蕎麦食べて行って下さい、せめてそれ位は――」

必死に謝る聖の後ろ、芳香が善に近づき――

 

「なぁ、善。私はなんだが洋風のお菓子が食べたい気分なんだ」

 

「何が食べたいか当ててやろうか?アップルパイだろ?」

善の言葉に芳香が肯定を含めて抱き着く。

善も芳香もあの庭園での事は覚えていない。

きっとあれは夢だったのだろう。

 

どこか遠い、遠い世界ではあの夢は現実なのかもしれない。

ただ、今確かに善はここで芳香を伴って、師匠の待つ家へと還っていく。

 

「新年おめでとう、二人とも」

 

「師匠、おめでとうございます」

 

「おめでとー」

墓の中で、3人が小さく微笑み合う。

たった今から新し一年が始まった。

そして、これからその一年を重ねていつかは――

 

「ねぇ、善。孫の顔が早く見たいわ。

姫始めはしないの?」

 

「止めてください!!師匠!!」

 

「善ー?ひめはじめってなんだ?」

 

「それはね~?」

 

「だから止めてください!!師匠!!」

新年最初の善の悲鳴が響いた。




今だから言える小ネタ集~謎の仙人編~

謎の仙人の作者の脳内設定。

彼には6人の部下が居る。
①錦雨 玉図 キョンシーのうさぎ、様々な動物の能力を使える一番の古株。
②ジパング・シャン・グリラ 自立人形、ドジでおっちょこちょいなメイド、誤射はお愛嬌、腕を投げて、ロケットパンチが出来る。戻っては来ない。
③魔術士※ネーム未定 とある本が人化した付喪神、服や髪型を自由に変える能力を持ち、後天的に魔術を覚えた変わり種。謎の仙人の妻からは微妙な目で見られている。ちなみにメイン資金源でもある。
④ゴッコ・ロッコ グレムリン、機械整備担当、好物は飴、河童はライバル。
⑤詳細不明
⑥詳細不明

仙人は自身をゼノンと名乗る。

因みに、本編で師匠が「ゼノン……?ふぅん、Zen-on(ゼノン)ねぇ?」
と正体に気が付くシーンを入れようとしたが、ゼノンは洋風で似合わあいとして削除。
代わりに、切断された指の傷跡の描写が入りました。


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