あいとゆうきのがっこうぐらし! (まねきねこ)
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「がっこう」

ど素人が最終回目前というテンションに酔って投稿しました。生暖かい目で見守ってくださると助かります。


私立巡ヶ丘学院高等学校。少しだけ設備が整っているだけの、普通の高校である。陽は既に傾いているが、その日差しの強さは衰えを感じさせず燦々と校舎を照らしている。

そんな学校の屋上の隅っこで、倒れていた1人の青年が起き上がろうとしていた。

 

「ここは……? 俺の部屋じゃない、のか?」

 

自身の身に起きた予想外の出来事に混乱してしまうが、それも無理ないであろう。とはいえ、『経験者』として彼は比較的素早く、客観的に事実を捉えていた。

 

「本来なら『元の世界』の俺の部屋に帰れる筈だったんだが……。 そうでないなら、3週目なのか?」

 

だがその推測が間違っている事は、彼自身も容易に推察出来た。『3週目』にしろ、『元の世界』に帰ったにしろ、彼は自室で目を覚ます筈なのだ。それに、帰れた場合は自分の隣にはとある女性が居て、別の女性が起こしにくる。文章にしてみると違和感が凄まじいが、そうなのだから仕方がない。

更に言えば、そもそも『前の世界』のことなど覚えていないはずなのである。そして、辺りを見渡せば平和で長閑な光景が広がっていた。『前の世界』でこのような光景を見る事は最早叶わない筈なのに。

 

「夕呼先生の推測が間違ってたなんてのはないだろうし……て事は別世界にループしたのか? 純夏がそんな手違いをするとは思えないけど」

 

鑑純夏。彼の幼馴染にして、先ほどから独り言を呟いている彼こと白銀武を『前の世界』へ導いた同級生。武の最も愛する人でありながら、『前の世界』では00ユニットとして活動し、あ号標的を倒した後に息を引き取った武を因果導体にした張本人である。

 

「ひとまず、場所の確認だけでも……って、これ俺が出てったら不審者直行なんじゃ」

 

今更気付いた事実に、武は今度こそ狼狽した。『前の前の世界』で、横浜基地に入ろうとして営倉入りになったのは苦い思い出である。

今回も同じ結末になるのではないかと、今更ながら恐怖することになった。

 

「ここ学校だよなぁ。白陵柊(ウチ)にそんな奴居たら俺なら通報するし、ここの人も多分そうするよな。夕呼先生みたいな人が居るなんて事はそうそうないだろうし、見つかったらアウトだ。というか夕呼先生みたいな人が何人も居る方が困るけど」

 

ひとまず、人がいなくなるまではこの学校で過ごして脱出を試みようかと考えていた矢先、ガチャリと音が聞こえた。咄嗟に身体を隠し、様子を伺うと…

 

(女子生徒か。歳は皆と変わらないくらいか?)

 

どうやら屋上へやって来た女子生徒が居たようだ。年の瀬は武とそう変わらないだろう。最も、精神年齢は既に二十歳を越えている武であるが。

どうやら彼女は奥にある畑に水をやりに来たようだ。そこでふと気が付いて武は辺りを見回した。

 

(太陽光パネルに、家庭菜園に……ビオトープ? この学校、浄水設備でもありゃ当分篭ってられるような設備だな)

 

実際は浄水設備も整っているのだが、それは彼の与り知るところではなかった。それに、彼は何か違和感を感じていた。一つ一つに違和感は感じない。しかし、これだけ揃っているとなるとそういう目的がある学校なのかと疑ってしまう。

 

(サバイバル系の何かの学校なのか? そんな学校なんてあるのか知らないけど、そんなこと言ったらそもそも世界が違うわけで……)

 

かつての自分であれば見逃す筈の小さな、とても小さな違和感。だが今の自分は、これが何か良からぬ事が起きる前兆ではないかと疑っている。現状では陽が暮れるまでする事がないのも相まって、武はこの事も含め『この世界』についての考察を深めようと決めた。

幸い、生徒は此方に気付く事はなく花壇に水をやったり、土をいじったりしている。

 

(う〜ん。身体つきは明らかに普通だから、間違いなく衛士じゃない。一応徴兵免除の可能性もあるけど、ここまで捻くれた考え方するより、素直に並行世界に飛んだと考えるべきか?でもそれも大分突拍子ないよなぁ……)

 

今だに再び並行世界へ飛んだのかと頭を悩ませているが、その問題もキリがいいところで区切ると今後の生活についての問題へと思考を移していった。

 

(戸籍はない。知り合いはいるかわからないけど、夕呼先生や冥夜クラスじゃないと今後の展開に影響は与えられないな。というか『この世界』に俺は居るのか? 純夏や冥夜、夕呼先生にまりもちゃん。皆ここに居るならこんなに悩まずに済むのに……)

 

思考を巡らすが明確な答えは出てくる気配すらない。それどころか今夜どう過ごすかという至極現実的な問題への解決策が見当たらず、野宿でもするかと決心した矢先。

 

「おっじゃまっしま〜す‼︎」

 

「もう、丈槍さん?静かにしなきゃ駄目よ?」

 

新たに2人程屋上にやって来たようだ。屋上に居るのなんて彩峰くらいのものだと思っていたが、そんな事もないらしいと武は1人感心していた。

 

(まぁ、そもそも家庭菜園があるんだから当然先生や生徒が管理してるだろうし、そこそこの人の出入りはあるよな)

 

その2人も武に気付く事はなく、1人は水やりをしている。もう1人は何やらよくわからぬ機械を使用していたので、武としてはそちらに興味津々である。

 

(あれはゲームガイじゃないな。つか小さ‼︎ しかも指で触って操作するなんて出来るのか‼︎)

 

武が居た時代は2002年。その後『前の世界』に行った事によりある程度のオーバーテクノロジーには驚かなくなったが、これ程先進的な技術を一般人らしき人が使用しているとなるとやはり興奮してしまう。

どうやらあの機械を使っている女性は教員らしく、先ほどから女生徒達が声をかけている。だが、彼女の返事はどことなく曖昧で、空返事のようだ。

 

(あれに集中してんのかな……? でも、あの返事のしかたは何か気がかりがあるとか、懸念事項があるとかそんな感じだ。ゲームに集中してるからなんて理由じゃなさそうだし、あれゲーム機じゃないのかな?)

 

『元の世界』ではないにしても、近しい世界に戻ったと感じている武はどこか場違いな思考をしていた。最も、現状では彼の判断は特別間違っていた訳ではない。むしろ『この世界』に来たばかりの彼に、この街で起きている出来事を把握する事など不可能だろう。

 

(あれ、電話なのか? すげぇ、あんな風に電話するのか……)

 

武が謎の小型端末について考察していたその時

 

 

 

 

ドンドンドンドン‼︎

 

 

 

 

屋上のドアが強く叩かれる。それと同時か、それよりも早くかったか。

 

「きゃあああああああぁぁ‼︎」

 

グラウンドから悲鳴が聞こえる。武も当然気になったので、生徒達とは反対の方向からグラウンドを見渡すと……

 

 

 

 

そこには、凄惨という言葉で片付けられないような光景が広がっていた。

生徒が、他の生徒達を、捕食している。逃げている生徒も、逃げ場を断たれてジリジリと追い詰められているのもいれば、不意に死角から現れた別の生徒に反応出来ず襲われている者もいた。そしてこの光景は、武にとある存在を思い出させた。

 

(BETA……‼︎)

 

よく見ずともわかるが、彼らは別にBETAに似ている訳ではない。しかし、それでも武はBETAを連想してしまった。多くの人が逃げ惑い、そして死んでいくその姿から。人が捕食されるという奇怪であり、悍ましい光景から。

その悪夢のような光景を見て、彼は朧げながら理解した。自分が為すべきことを。

 

(1人でも多くの人をこいつらから守る。多分、それが俺が為すべきことだ。どの道、身の振り方には困ってたんだ。『あの世界』を救いきれなかった、チンケな英雄の仕事にはもってこいだ)

 

間違いなく救えない人が出てくるだろう。いくら『この世界』の、BETAとは比較にならない程容易な相手と言えど、彼1人では必ず犠牲は出るだろう。

それでも、少しでもその犠牲を減らす。もし仲間達が周りに居たのなら、皆迷う事なくそう決めるハズだ。彼だって、そうしたいと思っている。ならば迷う事などないと、彼は決心した。 縁も所縁もない、文字通り違う世界を救う為に、戦おうと決意した。

 

(差し当たって、そこに居る生徒達を説得しねえと……)

 

武が状況把握に努めていた間に、どうやら向こうは向こうで状況が進んでいたらしい。ツインテールの可愛らしい女子生徒と、負傷している男子生徒が運び込まれていた。恐らく階下に居る化け物達から逃げてきたのであろうと推測し、一先ず声をかけようかと思った次の瞬間

 

(……⁉︎ あの男子生徒、下の奴らと同じ⁉︎)

 

彼の居た『元の世界』にもゾンビ関連の映画や漫画はそれなりにあった。彼自身も格別造詣が深い訳ではないが、一般常識程度の事は知っていた。

曰く、ゾンビとは何らかの生物実験における事故により発生すると。曰く、彼らに噛まれたが最後、自身も感染すると。曰く、ゾンビ達からは知性というものが失われ、代わりに信じられないような力を持つと。

 

「おい‼︎ 危ない‼︎」

 

全てが正しいとは思えない。何らかの共通点はあるかもしれないが、自分の知っているゾンビと全部が全部同じだとは思わない。しかし、この状況はほぼ間違いなく彼の知っている展開だ。即ち、彼はゾンビに噛まれて、自分もゾンビになったのだ。そしてその後とる行動の典型として……

 

 

 

 

「グガアアアアァァァァ‼︎」

 

 

 

 

男子生徒【だったもの】は目の前に居た女子生徒を襲った。

 

「クソ‼︎」

 

走り出すが、間に合わない。警告はしたが、正直な話彼女が何かをするなど期待していなかった。自分でさえ、『前の世界』の経験がなければこのような展開で冷静な判断を下す事など出来なかっただろうから。

しかし、彼女は武の予想を見事に裏切った。ある意味では良い方に、ある意味では悪い方に。

 

「うわああぁぁぁぁ⁉︎」

 

彼女は手元にあったシャベルをフルスイングして、男子生徒(ゾンビ)を攻撃した。その攻撃は見事に頭部に命中し、彼はそのまま地面に倒れた。しかし、彼女は攻撃をやめなかった。

倒れている男子生徒(ゾンビ)に、なおも執拗に攻撃をしていた。武が慌てて止めようとしたその時……

 

「もうやめて‼︎」

 

それよりも早く、変わった帽子を被った女子生徒が止めていた。泣きながら、彼女に抱きつき、必死に訴えていた。彼女に壊れて欲しくないと、遥か彼方になど行って欲しくないと。

 

「何でお前が泣くんだよ……。つか、誰だお前……変な帽子」

 

それにより我に返ったのか、彼女は攻撃をやめた。シャベルはカランと音を立てて地面に倒れ、2人の啜り泣く音が聞こえてきた。このまま事態は収束するかに思えたが、現実はそう甘くはない。

 

 

 

 

ドンドンドンドンドンドン‼︎‼︎

 

 

 

 

「っ⁉︎ 先生、どうすれば⁉︎」

 

扉を抑えていた女子生徒がそう叫ぶ。このままでは遠からず奴らに浸入を許してしまうだろう。あまり時間的猶予はないが、先生と呼ばれた女性は動かなかった。

 

「う……ぇ……そ……」

 

声にならない声を出し、恐怖を必死に抑え込もうとしているのがわかる。が、どうやらその成果は芳しくないようで、彼女は動揺したまま新しい指示は出せていない。女子生徒がしびれを切らし更に声をかけるものの、彼女は立ち尽くしていた。

 

「っ‼︎ 扉は俺が抑える‼︎ そこのと先生とやらは急いで何か塞ぐ物を持ってきてくれ‼︎」

 

この状況ではやむを得ないと思い、武は指示を出す。見知らぬ人間に出された指示に従ってくれるかは不明だが、このままでは全滅してしまうのは必定であった。今後の信頼関係の構築に影響が出そうだが、それもこれもここを乗り越えてからの話である。

そう考えた武は、自身も行動を起こしながら2人の行動を待つ。

 

「貴方は……?いえ、わかりました。先生、行きましょう」

 

「え……ええ、そうね。そうしましょう」

 

幸い、2人は武の登場にやや動揺はしたものの素直に従ってくれた。ロッカーや洗濯機といった品々で扉を塞ぎ、更に3人で抑えて暫くしてようやくゾンビ達は居なくなった。




実は1回未完のまま投稿して慌てて消去した過去を持ち合わせております。


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「はじめまして」

ゾンビ達が屋上から離れた後、ひとまず自己紹介をする流れになった。武はここが最初の関門だと、気を引き締めて挨拶する。

 

「先ほどはありがとうございます。私は佐倉 慈。この学校で教師をしています。ところで貴方は…?」

 

「白銀 武です。一応、私立白陵柊の3年生です」

 

在籍していたのは何年も前の話だが、卒業した訳でも退学になった訳でもないのでひとまずこういう事にしておいた。

 

「白陵柊…? 聞いた事ない学校ね……」

 

「それなりに偏差値あるんですが……ご存知ないですか?」

 

「ええ、申し訳ないのだけれど」

 

予想通りの回答が返ってきた事から、武は自身の現状を推察する。

 

(恐らく、ここは『元の世界』とも『前の世界』とも違う世界だ。俺の居た世界にあんな電話はなかったし、かと言ってBETAの脅威に晒されている訳でもない。なら、こう考えるしかない)

 

白陵柊は横浜市で中々の偏差値を誇る学校だ。教職員が存在すら知らないというのは考えにくい。

 

「そうですか……。ところで、ここは何処なんですか?」

 

「ここは私立巡ヶ丘学院高等学校。……白銀君はどうして、ここの屋上に居たの?」

 

誰だって気になるであろう、最もな質問。この学校の屋上に、この学校の生徒じゃない学生が居たら誰しも疑問に思って然るべきだ。故に武も予想出来ていたので、用意していたとおりに回答をする。

 

「それが……昨日、ちゃんとベッドで寝た筈なのに気付いたらここに。突拍子もない話なんですが、拉致された訳でもなさそうなので訳がわからないんです」

 

「目が覚めたらここに居たってこと?」

 

「はい。目が覚めたらここに居て、何処かわからない所なので、あちこち見ながら現状把握しようとしてたらその、さっきの声が聞こえて」

 

「成る程ね……」

 

(さて、どう出てくる?ここで貴重な男を受け入れるか、信頼出来る人間で固める為に追い出すか。追い出すなんて言っても、それなりにガタイのいい男1人を追い出す為にどうするか。

口実を作って屋上から締め出して鍵を閉めるか、最悪は不意打ちで始末するか? どちらにしろ確率は低そうだけど、0ってわけじゃない)

 

「……何か突拍子もないし、全部信じるのは無理だけど。今は協力しましょう? こんな非常事態なんだし、恵飛須沢さんを助けようとしてくれたみたいだしね」

 

「皆さんがそれでいいなら是非。正直、ここの勝手とかは全然わからないんで、頭下げてお願いしようかと思ってましたから」

 

(……ふう)

 

ひとまず話は終わった。予断はゆるされないが、武は『この世界』の人々は『元の世界』の人々と概ね同じ印象を受けた。全く価値観の違う世界だったならば困りものだったが、ある程度とは言え似てるのならば問題ない。

 

「じゃあ、皆にも伝えてくるわね」

 

離れたところに待機していた女子生徒達に駆け寄る。少し話した後、2人の女子生徒が此方にやって来て再び自己紹介となる。

 

「初めまして。若狭悠里です。この巡ヶ丘学院高等学校の3年よ。これからよろしくね?」

 

「…3年の恵飛須沢胡桃だ。助けようとしてくれて、あんがとな」

 

「おう、よろしくな。俺は白銀武。知らないと思うけど、私立白陵柊って学校の3年だ。同い年だな」

 

実際は違うのだが、肉体年齢的には正しいので嘘とも言い切れない。そんな微妙なことを考えていたものの、そんなどうでもいいことは後でいいかとすぐに別のことに思考を割く。

 

(皆参ってるな……当たり前だろうけど。親しい人達が軒並み化け物になって自分達を襲ってくるんだし仕方ない。だけど、あいつはすば抜けて危ないな)

 

武が考えているのは由紀の事だ。現在の彼女が、精神的に非常に危ない状況にあるのは火を見るよりも明らかであった。先ほどから泣きながら、苦しそうに嗚咽を漏らしている。

今は佐倉先生が看病しているが、何時までもそうするわけにもいかない。

 

(無理もない。普通なら時間かけて専門家に治療してもらうんだろうが、今は状況が状況だからな。荒療治はマズイけど、早めに治療しておかないと。いざって時に後悔するハメになる)

 

いざという時に備えて出来ることをしておかなければ、後々自分を呪う事になる。由紀を見ると、かつての自分を見ているような気分になる。もし上司に恵まれていなかったのなら、既にそうなっていたかもしれない。

 

(今は無理だが、遅くても明後日。なるべく明日中には手を打ちたいな。そうでないと、あいつが持たない可能性すらある)

 

「どうかしたの?」

 

「ん?いや、どうしたもんかと思って」

 

由紀について考えているうちに、どうやら態度に出てしまっていたようだ。何事もなかったかのように取り繕いつつ、ひとまずこの先どうするかという問題へ思考を移す。

 

「ここに長くは居られないわね……」

 

「まぁな。実を言えば今すぐ移動したいくらいだ。ここは便利ではあるけど、やっぱり屋内に拠点を構えたいし。ただそうすると、彼奴らをどうするか、中々考えが纏まんなくて」

 

実際のところ、ほぼ案は成立している。ひとまずすぐ下の階を制圧し、その下の階との通路にバリケードでも設置して簡易的な拠点を設けようと考えていた。

ゾンビ達の動きは、武からすれば止まって見える程に鈍い。素手でも殲滅出来そうだが、備品を借りて戦えばまず噛まれる事はない。

 

「なら、私がやる。彼奴らを倒せるのは、この中じゃ私くらいだろ?」

 

だが、全てが思い通りになる筈もない。思いもよらぬ発言が胡桃から飛び出す。恐らく、彼女は先ほど男子生徒(ゾンビ)を殺した事で責任感が芽生えたのであろう。彼らを倒すのは自分であると。それが、自分の果たすべき役割であると。

 

「いや、やるなら俺がやる。少なくとも下の階の制圧なら俺1人で何とかなる。知り合いをやらせる訳にはいかないしな」

 

武とて、その気持ちは理解出来なくもない。だが、そんな危険な真似をさせる訳にもいかないと、やんわりと断る。

 

(彼女はこの中じゃ唯一アテに出来る戦力だ。今ここで磨耗させちまうと、いざって時に使えなくなるリスクが高まる)

 

武の目的はあくまで、より多くの人を助けることだ。だからこそ、最終的には自身が居なくとも生きていけるだけの実力を身に付けて欲しかった。ここで彼女が無駄に消耗してPTSD(トラウマ)持ちにでもなられたらそれこそ困りものだ。

だからこそ、精神的にある程度安定するまでは武が制圧を担当しようと考えていた。

 

「そんなこと言ってる余裕なんてないだろ。早く下を制圧しないと、食糧もすぐ底をついちまうんだ。人手は多い方がいい。」

 

しかし胡桃は譲らない。武としても、ここでことを荒立ててギクシャクするのは望まない展開だ。

 

(この精神状態でやらせるか? ここはひとまず休ませて、衣食住がある程度確保されてからやらせるべきじゃないのか? 余裕がない今やらせて、ヘマしてこいつまで感染されると皆が持ちそうにない)

 

暫く考えたが、胡桃は譲る気配を見せていない。ならばいっそ先にやらせて、落ち着いてくる頃には慣れている状態に持っていく方がいいかと判断し、作戦を変更する。

 

「……わかった。ただし、倒す時は俺と一緒だ。噛まれたのを隠されたりしたらお互い困るし、純粋に戦力も増えるしいいだろ?」

 

「私は隠したりなんか‼︎」

 

「お前がしなくても、俺がするかもしれないだろ? 俺の監視だよ、監視」

 

そう言われ、渋々ながら胡桃も引き下がる。武としては、正直こんなところで揉めて関係を縺れさせたくはなかったとはいえ彼女を戦闘に連れて行くには些か不安が残っていた。

だからこそ、単独行動をさせないように条件付けしたのだが。

 

(こんなところで時間使うわけにもいかないからな……。まぁあんな奴ら相手なら守りながらでもどうにかなるだろ)

 

「それで、何時から行動を始めましょうか」

 

「そうだな……。相手が夜目が利かないなら今からでもいいんだが。そこのところがわからない以上、こっちが不利になり兼ねない状況で打って出るのはリスクが高い。ひとまず明日の昼頃に一回行って、ある程度数を減らしてから夜に行くか」

 

流石に夜間に不意打ちを警戒しながら、かつ胡桃を守りながら戦うのは少々骨が折れるので、余程相手が夜に弱くない限りは昼間に戦闘を行おうと武は考えていた。声や音、気配で察知出来ない訳ではないが、噛まれたら即アウトという都合上慎重になる。

 

「そう……。忙しくなりそうね」

 

「明日で拠点が構築出来るか決まるようなもんだからな。取り敢えず、しっかり休んどけよ?」

 

武は笑顔を見せてそう言い聞かせる。今は皆余裕がなく、笑うことなど出来そうにない。が、緊張したまま戦場に赴くのは小さなミスに繋がる。ひとまずリラックスさせようと、彼なりに努力していた。

 

「お前は……何で、そんな元気なんだよ」

 

一瞬、ここで過去のことをチラつかせようかと思いもしたが、まだ時期尚早であると思い直し適当に誤魔化す。

 

「こーゆー時はな、無理にでも笑えるような奴が必要なんだよ。皆に比べりゃ、俺は比較的負担が軽いしな」

 

「だからって……お前も、あんまし良い状況じゃないんだろ?」

 

「最初は野宿しながら警察にビビって生きていく予定だったんだぜ? 仮とは言え居場所が出来たんだ。そりゃ楽じゃないけど、クヨクヨする程悪いことばっかじゃないさ」

 

実際、居場所があるというのは助かっている。精神的にも、ここに帰ってくるんだと思えるだけで大分マシになる。

 

「そうか……。その、さっきは悪かったな。怒鳴ったりして」

 

「いや気にしてないからいいけど……。急にどうしたんだ?」

 

先ほどまでの剣幕から一転してしおらしくなった胡桃に動揺する。むしろこの状況下でヘラヘラするなと、怒鳴られる気さえしていただけに驚愕していた。

 

「いや、お前と話してて大分落ち着いた。まだ気持ちの整理はついてないけど、取り乱したりはしない……と思う」

 

「そうか……」

 

冷静にはなったようだが、やはり精神的に余裕があるようには見受けられない。どころか、このままでは人を殺めたという業を1人で背負い続け、倒れてしまいそうな雰囲気だ。

 

(何とか負担を受け持ってやりたいんだけど……。流石に突然現れた謎の男が無理するななんて言っても説得力はないか。今すぐどうにかなる雰囲気ではないし、奥の子の後でフォローしとこう)

 

「無理だけはすんなよ。何かあったら人に頼るのも大事なことだ」

 

気休めにさえならないだろうが、会話を繋ぐためだけに言葉を発す。無論本心からそう思ってはいるが、このような状況でそれが伝わるとは思えない。彼女から返事が聞こえたが、その声色から効果がないのははっきりとわかった。

 

まずは信頼関係の構築。それが出来なければ、彼女達に慰めの言葉さえかけられない事を痛感した武は、それを為すべく明日からの行動を考える。

これ以上、大切な人を失わせないように。己と同じ道を歩ませないように。



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「こくはく」

ようやく原作を読みました。アレで書くのは無理です、ヤバいです。


結局昨晩は胡桃を慰める事も出来ずに眠りにつくことになった。夜中の不意打ちに警戒するため、武は皆とは少し離れた場所で寝られるよう簡単に手配していた。と言っても大したことではなく、単に男女別々で寝るべきだと進言しただけなのだが。

そして早朝、由紀以外の全員で昨夜のプランを検討する流れになった。

 

「確かに、何時までもここには居られないけれど……。少し早過ぎないかしら?」

 

やはり不安なのだろう。加えて、生徒を危険に晒すのにも抵抗があるのか、佐倉先生がやんわりと制止してきた。武自身も性急過ぎる気もしないではないが、ここは拙速を尊ぶべきところだと思っている。

 

「少なくとも俺のコンディションに問題はありません。今は一刻も早く拠点を確保して、安定した生活を送れるようにすべきです。ここで休んでも食糧や天候、設備の問題なんかで頭を悩ませてしまいそうなので、身体を動かした方が精神的にも楽だと思います」

 

「そうだぜめぐねえ。ここでウダウダしてたって不安になるだけだ。案ずるより産むが易しって言うだろ?」

 

「でも、恵飛須沢さんは……。それに、白銀君にしたってその……ああいうのは初めてでしょう? やっぱり落ち着いてからの方が良いんじゃないかしら」

 

「今はそう悠長に構えていられる余裕はありません。こっちの精神的な負担も大きいですし、彼奴らはドンドン増えていきます。

向こうが数を揃える前にせめて3階は確保しないと、この先かなり厳しくなります。俺は、ここが踏ん張りどころだと思います」

 

佐倉先生は頑なに延期を主張するが、武はここで攻め所だと考えていた。というより、ここでもたついていてはこの先やっていけなくなる。ゾンビは増える一方、こちらは物資と精神を消費する一方では、そう遠くないうちに手が出せなくなる。そうなる前に、行動をしなければならない。

 

「――若狭さんも、それでいいの?」

 

「はい。遅過ぎるよりはいいと思います」

 

この2人は昨日のうちに説得済みだ。由紀はこの会話に参加していない。佐倉先生は性格上、大人数に反対されてでも自分の案を押し通すような事はない。武はそう判断した。

 

「……わかったわ。でも、くれぐれも慎重にね?」

 

「勿論です。命には代えられないですから」

 

予想通り、彼女を説得する事が出来た。理詰めで人の行動を誘導するというのには抵抗感を覚えるが、今はそのような事を気にかけている場合ではない。

 

「そう言えば、奥に居るあの子は良いんですか⁇」

 

「由紀さんは……。かなり、疲れているみたいだから。でも自己紹介くらいはしないといけないわよね」

 

そう。昨晩は佐倉先生が面倒を見ていたのもあって、武と由紀は未だお互いの名前すら知らなかったのだ。彼女がふさぎ込んでいるのはわかっているので、なるべくフォローしたいとは思っていた。

 

「じゃあちょっと済ませてきます」

 

「いいけど……余り刺激しないであげてね?」

 

と言っても、何も武と由紀の2人っきりで挨拶をする訳ではない。佐倉先生も付き添いである以上、変な事は言えない。

 

「丈槍さん? 今、大丈夫かしら?」

 

「めぐねえ……?」

 

こくりと頷く。彼女も何の用かは大体把握出来ているのだろう。ちらりと視線を武の方へ向ける。

 

「初めまして、俺は白銀武。白陵柊ってとこの3年だ。――君の名前は?」

 

「……丈槍由紀です。3-C組」

 

「そっか、よろしくな由紀‼︎ あ、由紀で良かったか?」

 

武の威勢のいい声に驚いたのは佐倉先生だった。少し離れた所にいる胡桃や悠里も驚いてはいたが。しかし由紀は微かに顔を上げて頷くと、またすぐに俯いてしまう。

 

「(やっぱかなりキテるんだろうな……。そういや、『前の世界』で会った純夏も最初は大変だったな)」

 

当時の鑑純夏は、精神的に大変不安定な状況だった。それこそ、あの夕呼すら手を焼くレベルだ。それに比べれば幾分かではあるがマシな状況だと思い、めげずに由紀に声をかける。

 

「うっし、じゃあほら、握手だ。これから友達として、仲良くしような」

 

武が笑って手を差し出すが、由紀はそれに応じなかった。

 

「ゆ、由紀さん?」

 

それに反応したのは佐倉先生だ。彼女としては、こんなところで無用な争いが起きて欲しくない上、由紀の状況を鑑みて今すぐ武のペースに着いていくのは無理があると感じていた。それ故に、なるべく穏便に済ませるべくヒヤヒヤしながらフォローをしようとする。

 

「あちゃ〜……。気が向いたら頼むな」

 

もっとも、武とて今無理に距離を縮めたい訳でもない。きっかけを用意したかっただけだ。今後この学校で生活する以上、彼女の存在を無視するわけにもいかない。その際に距離を縮め易くするのが目的である。

 

ひとまず由紀から離れ、胡桃達に合流すると開口一番に告げる。

 

「さて、始めるとするか」

 

「わかった。そんじゃめぐねえ、りーさん頼むぜ?」

 

制圧作戦の内容は単純なものになった。武と胡桃の2人が先行して階段周辺を確保。その後後続の3人が机と椅子によるバリケードを2階と3階を繋ぐ部分に構築。その後、周辺を順に制圧していき、最終的には全ての階段を封鎖する予定だ。

 

「気を付けてね……?」

 

「大丈夫だって。心配し過ぎだよめぐねえ」

 

悠里と佐倉先生は不安そうな顔だが、武と胡桃は譲らない。というより、ここで譲歩するわけにはいかないのである。

 

「それじゃあ、俺が先に行く。恵飛須沢さんは着いて来てくれ」

 

「わかった。無理ならさっさと交代しろよ? 何なら私1人でも――」

 

「前に話しただろ? 俺だって腕っぷしには自信あるし大丈夫だって」

 

シャベル片手にひらひらと手を振って答える。戦術機程ではないが、軍人として一通り訓練を受けた武にしてみればあのように鈍い相手などに怯える必要はない。あれよりも大きく、遥かに素早い兵士級(ソルジャー級)などに比べれば、警戒もずっと楽だ。

 

「じゃ、行くか‼︎」

 

まるで遠足にでも行くかのように、武は高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵飛須沢胡桃にとって、白銀武は奇妙な存在だった。彼の話は一々荒唐無稽であり、正直なところ胡桃は微塵も信じていなかった。加えて、彼の体躯は高校生のそれとは思えぬほどしっかりしており、普通の学生でない事は容易に想像出来た。

しかしながら、彼が自分を助けようとしてくれていた点、明るくて何か惹かれる物を持つ点から完全に疑う事も出来ない。結果的によくわからない存在になっている。

 

「(つっても、流石に先陣は無茶だろ)」

 

彼女は、彼奴らを未だゾンビとは認められない。だからこそ、彼奴らを倒すのは『殺す』のと同義であると感じていた。

並の人間に人殺しは出来ない。自分は経験者だが、果たして武は彼奴らを殺せるのだろうかと内心疑ってさえいた。

 

――その結果は、胡桃の想像を遥かに凌駕するものであった。

 

「ぅおおおおおっ……‼︎」

 

至極冷静に、しかし確実に。圧倒的な実力で彼奴らを薙ぎ倒す。胡桃の出番さえない、心配されるのはこちら側なのだと実感せずにはいられない。

危うさなどまるでなく、さも当然のように彼奴らの頭をシャベルで砕く。近寄られれば蹴り倒し、シャベルでトドメを刺す。時には真っ向から蹴りで窓ガラスを突き破り下へ落とす。

――デタラメだ。開始から僅か1時間で、3階にいたであろう彼奴らはその数を激減させている。それも、胡桃は1〜2体しか倒していない。それも、武によってお膳立てされた状況でのみである。

 

「(何なんだ、こいつは……⁉︎)」

 

とてもではないが普通の高校生ではない。曲がりなりにも人殺しを行っていながら、あの冷静さとあの強さは最早何かしらの秘密があるとしか考えられない。精神的にも、肉体的にも、彼はタフ過ぎるのだ。

 

「ラスト‼︎」

 

結局、胡桃は独力で彼奴らを倒す事はなかった。圧倒的な武の力を目にして、棒立ちしていたに等しいくらいだ。

 

「ふうぅ……。キッツいなこれ」

 

そして、先ほどの大殺戮を行ってなお余力がある武に最早一同は驚愕するほかない。しかも、慣れた手つきでせっせと使えそうな机を運び、バリケードの作成を手伝っている。

 

「あ、し、白銀君? 無理せず休んでいいのよ?」

 

「大丈夫ですよ。余裕ってわけじゃないですけど、無理してるわけでもないんで」

 

佐倉先生が声をかけてくるが、武は軽く受け流してバリケードの作成を手伝う。実のところ、彼とて人型の敵、元人間を倒すのには正直なところ最初はかなり抵抗感があった。しかし、それを背後に居た女性達――胡桃や悠里達にやらせてはならないとも感じた。

 

武からしてみれば単なるゾンビでも、彼女達からすればかつての同級生や先輩後輩だ。その時に背負う負担は武の比ではないだろう。ならばと武は、その負担を真っ向から受け止めにいっていた。とはいえ、そんな負んぶに抱っこを何時までも続ける余裕も予定もないが。

 

「お前……何者だ? 幾ら腕っぷしに自信があるて言っても限度があるぞ」

 

目下の問題は武に向けられる不信感である。これまた致し方ないのだが、ここで仲違いしてしまっては由紀達の精神的なフォローをする事が出来ない。それは余りにもリスクが大きいので出来る限り避けたかった。

 

「それを説明したいのは山々なんだが、ちょっとばかし説明が面倒なんだ。つーわけで、落ち着いて話せるようになったらな」

 

「そんなんで……‼︎」

 

「まあまあ、落ち着けって。中央階段はバリケードが完成するし、北は連絡通路を閉めれば時間は稼げる。南は制圧し終えてるんだから、そこで話すよ」

 

胡桃は未だ納得していないようだが、佐倉先生と悠里の説得でどうにか了承してくれた。武自身、この事を話したらどうなるかはわからない。しかし、隠し続けることもまた不可能だろう。

なればこそ、彼は自分から秘密を明かす。少しでも、信頼を得る為に。少しでも、彼女達の力になるために。

 

生徒会室に移動し、各々が席に着く。由紀は武の要請で席を外している。最も、彼とて別に彼女を除け者にしたい訳ではない。単に精神的に負荷が大きくなり過ぎると判断してのことではある。 皆が固唾を飲んで見守るなか、武は自身の身の上話を静かに語りだす。

 

 

 

そう、『あいとゆうきのおとぎばなし』を。

 

 




グダクダで申し訳ございません。更に申し訳ないことに、現在色々と行事が立て込んでおり、今後更に更新ペースが落ちると思われます。何とか隙間を縫って進めていこうとは思っておりますが、何卒ご理解とご容赦のほどをお願い致します。


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「ぶかつ」

長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。


『おとぎばなし』を話したと言っても、オルタネイティヴ計画に関してなどの機密に該当する部分はかなりぼかした。真実を全て話したわけではないが、大筋は話したしウソはついていない。最も、かなり限定した話しかしていないわけだが。

全てを話し終え、武はジッと反応を待つ。これが夕呼ならば因果律量子論で、悠陽ならば幾つかの機密で説得出来る。しかしここに居る人々にそれは通じない。

 

「――それは、本気で言ってるのね?」

 

佐倉先生はいつになく真剣に聞いてくる。その目には、侮蔑や憐憫の感情(いろ)はない。

 

「はい。信じてもらえるかはわかりません。でもこれが、俺の生きてきた『世界』なんです」

 

再び訪れる沈黙。その沈黙を破ったのは、やはり佐倉先生だ。

 

「――私は信じます。勿論、さっきの話全部を信じるのは無理だけど……。でも、彼のお陰でここまで来れたのよ? 何より、ここでこんな嘘を吐く必要もないし、今までの行動について納得は出来るわ」

 

「こんな突拍子も何もない話をか⁉︎ めぐねえ、そりゃいくら何でもないだろ‼︎」

 

胡桃がくってかかるが、悠里がそれを制して発言する。

 

「私も……全部は、無理ですけど。白銀さんのお陰で生きてこれたのは間違いないですから。それに、今ここで白銀さんを追い出すわけにはいかないんです」

 

胡桃は優秀だが、武と比較してしまうのは酷というものだろう。なにせ、現役の軍人と一高校生だ。軍人に軍配が上がらねば、世の中成り立たない。まして、武はあの悍ましい地球外起源種(BETA)と死闘を繰り広げてきているのだから。

 

「俺も、100%信用してもらおうとは思ってません。とにかく、今の話を念頭に置いてその上でここに置いて頂ければ十分です」

 

彼自身、信じ切ってもらえない事に不満はない。かつて通った道でもあり、現在はそれ以上に突拍子もない話になっているのである。その状況で、追い出されないだけマシだと思ってさえいた。

実のところ、別に武が無理をして『前の世界』について話す必要はない。誤魔化す手段などいくらでもある。しかし、この世界には武の知り合いは1人として居ないのである。ということは必然的に、この話をしたところで変わってしまう未来はないのだ。ならば、ここで彼女達に秘密を打ち明けてしまうメリットの方が大きい。失敗しようと被る損害は武の信用くらいのものであるし、その信用は実績で稼げる。一方で、成功して得られるメリットとしては武の今後の行動の自由、発言力と比較的大きいものだ。賭けてみる価値はある。

 

「……りーさんとめぐねえがそこまで言うなら私もいい。けど、何か変な動きしたら承知しねえからな」

 

「そんなの絶対しねえって。俺はダイヤモンドをも超越する鉄壁のメンタルの持ち主なんだぜ? 何せ異世界にループしても生きていけてるからな‼︎」

 

チラリと辺りを見渡すが誰1人として反応しない。実際にはこれにどう反応すればいいのかわからず固まってしまったのであるが、武はスベったと解釈し急に焦りだす。

 

「……ゴホン‼︎ まぁほら、彼奴らみたいなSFチックなのが蔓延ってんだ。俺みたいのが居る確率だって0じゃないだろ?」

 

適当な言葉を発してこの気まずい空気から脱出を図る。幸い、今回は支援砲撃要請が通ったようだ。

 

「そ、そうよね。こんな事が現実で起きてるんだもの。白銀君みたいなのが居ても真っ向から否定は出来ないわ」

 

佐倉先生の優しさに涙しそうになる武であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ〜、焦ったぁ……」

 

寝室は別にすべきという意見の元わざわざ別室を掃除し一息つこうとしたそのとき、不意に先ほどの光景を思い出し嫌な汗をかいていた。

最も、この汗は命のやり取りではなくある種の恥ずかしさからくるものであり、それが唯一救いである。

 

「さて。さっきは信じるって言ってたけど、実際のとこはどうなるのやら」

 

武とて、向こうが全てを信じてくれるなどと考えてはいない。果たしてどれほど自分を信用してくれているかは未知数だ。だが、今は彼女達が信じてくれていると信じて行動するしかない。

 

「やっぱ、あいつは見逃せないよな……」

 

武の頭にあるのは由紀の事だ。先ほどの会議にも参加させなかった事からわかる通り、由紀の精神状態は非常に危うい。戦闘中は気にかけていられなかったが、自分を卑下する発言もあったと聞く。となると、あまりのんびりもしていられないだろう。

もう一度声をかけようかと部屋を出たところで、悠里と鉢合わせる。

 

「うぉ⁉︎ あ、若狭さんか。どうした?」

 

「あ、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」

 

「あぁ、別に大丈夫だけど。んで、何かあったか?」

 

武が間借りしている場所は生徒会室の横にある生徒指導室だ。中々に広々としており、1人で使うのは勿体無いかなとさえ思い始めていた。この部屋の前に居たということは何らかの用事があったのだろう。でなければこんな鉢合わせ方はしないハズだ。

 

「由紀ちゃんの事も含めて私とめぐねえで話し合ったんだけど……」

 

「あぁ、それは俺も気になってた。だから今様子見に行こうかと――」

 

「部活を、やろうと思うの」

 

たっぷり10秒ほどフリーズした後、再度聞き返す。

 

「……え、部活?」

 

「そう、部活。学園生活部って名前になると思うわ。ただここで暮らすより、部活の方がハリが出ると思うの」

 

あらましを聞き、思案する。一見トンデモ発言ではあるが、考えるだけタダなのでひとまず考察してみる。

 

(悪くはない、か? 由紀辺りはこういう行事は好きそうだし、状況が状況なだけに日常を送るってのはいい気晴らしになるか。しっかりメリハリつければ、有事の時も余裕持って対処出来るだろうし。となると……問題無しだな)

 

そう結論付け、悠里にも話す。

 

「良いんじゃないか? いい気晴らしになるだろうし」

 

「そう言ってもらえると助かるわ。由紀ちゃん、こういうの好きみたいだから……。それに、お互いのことを知るいい機会になると思うの」

 

「確かに、親睦を深めるにはもってこいか」

 

武も自身の出自の怪しさは理解している。それでも信頼してもらうとすれば、それは自分の行動で示すしかない。ただ単に強い軍人程度では、彼女達から信用はされても信頼はされない。それに武自身も、何故かやってきた異世界で1人で生きるより、仲間と一緒に過ごすに越したことはないと思っている。

 

「それじゃあ、改めてよろしくね。あ、一応白銀君も部員になるけど、大丈夫よね?」

 

「おう、もち大丈夫だ。ちなみに部長って?」

 

「私だけど……不満?」

 

「いやいや。1番向いてると思うぜ」

 

というより、由紀の状況からして部長候補は悠里と胡桃の2人だけだ。どちらかを選べと言われたら、悠里の方が向いているだろう。

 

「ありがとね。じゃあ、胡桃達にも話してくるから……」

 

「了解。俺は部屋に居るから、何かあったら声かけてくれ」

 

悠里と別れ、再び部屋で1人になる。直後、本来の用事を思い出し慌てて外に出て声をかける。

 

「ちょっと待ったぁぁ‼︎」

 

「え、え⁉︎ な、何?」

 

「いや、さっきの話でさ。由紀についても話したつってたけど」

 

武の本来の用事は、由紀のメンタルケアなのだ。本職ではないが何かしら出来ないかと思案していたにも関わらず、あっさりと忘れてしまっていた。

 

「あ、その話ね。部活の話が通ったから知ってるのかと……」

 

「へ? 知ってるって?」

 

自分が室内を掃除している間に何かあったのだろうか。話しぶりからして良からぬことではなさそうだが、自分にとっては不都合なことかもしれないと構えてしまう。

 

「由紀ちゃんはもう大丈夫よ。勿論、本調子じゃないのだろうけど……。昨日みたいに、落ち込んではいないわ」

 

「え、いつの間に?」

 

「めぐねえに感謝しなきゃね」

 

それだけで何となくだが察する事は出来た。恐らくだが、佐倉先生が由紀のメンタルケアをしてくれたのだろう。彼女がどれほど生徒想いかは今までの行動を見ていると何となくわかる。自身も彼女によく似た人を知っているだけに。

 

(まりもちゃんも、あんな感じだよなぁ。生徒に親身になろうとして、なりすぎて舐められて、でも皆に好かれてて。生徒のためなら無茶しそうなとこもそっくりだ)

 

ここまで考えて、ふとある懸念が頭をよぎる。今までは悠里や胡桃、由紀と言った生徒側の負担についてばかり考えていたが、この状況で不安になるのは何も彼女達だけではない。佐倉先生もまた言い知れぬ不安に駆られているだろう。まして、武という懸念事項が増えたのなら尚のこと精神を擦り減らしているハズだ。

 

「ん、わかった。それじゃ、頑張ってくれよ、部長殿」

 

「ええ、頑張らさせてもらうわ」

 

挨拶を済ませ悠里と別れると、佐倉先生について改めて考える。

 

(『前の世界』の人間みたいに絶望的な状況に慣れてるってわけじゃないだろうし、無理してる可能性はあるな。そもそもまともな感覚を持つ一般人ならテンパって然るべきレベルの災害だ。こんな時に気丈に振る舞ってる人なんて無理してるかよっぽど頭がオカシイか、こういった事態に何らかの事情で慣れてる人くらいのもんだろう。後ろ2つの可能性よりは最初の可能性の方が高そうだし、注意しとくか)

 

加えて別の考えも浮かぶ。今でこそ彼女を中心にまとまってはいるが、もし彼女が彼奴らの仲間入りをしたのなら、恐らくかなりの不和を招く事になる。由紀は言わずもがな、悠里や胡桃にかかる負担もかなりのものになるだろう。

 

(佐倉先生は由紀達にとっての扇の要だ。居なくなると、バラバラになっちまう気がしてならないな)

 

流石に居なくなってすぐに不和になるとも思えないが、そう遠くないウチに溜め込んだものが噴出するだろう。そう結論付け、彼女については殊更気をつける事にした。何より――

 

(恩師を喪うなんて経験するのは、俺だけで充分だ)

 

かつて恩師を殺して(・・・)しまった身として、そのような想いを皆にさせたくはなかった。そう感じずにはいられなかった。




かなりのスローペースになりますが、今後も投稿していこうと思っています。このような拙い小説ですが、今後とも宜しくお願いします。


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