『未来が視える』副作用(サイドエフェクト) (ひとりがかり)
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人物紹介(随時更新予定)


更新が止まっているにもかかわらず、気づいたらお気に入りが150件を突破していました。
これは何かしなければと思い、コツコツ書き溜めていた人物紹介を披露することにしました。


 三輪巴

 

 所属   :玉狛支部 

 ポジション:ガンナー兼オペレーター

 年齢   :19歳

 誕生日  :5月23日

 身長   :165cm

 血液型  :A型

 星座   :うさぎ座

 職業   :大学生

 好きなもの:家事全般、弟、迅の笑顔

 副作用(サイドエフェクト) :『特定範囲内にいる人物の副作用(サイドエフェクト)強化』

 家族   :父、母、弟

 関係   :迅悠一(恩人。パートナー)

       三輪秀次(弟。かわいい)

       唐沢克己(交渉の師匠)

       小南桐絵(憧れ+嫉妬)

 

 

 本作の主人公でありヒロイン。秀次という弟がいる。

 

 現在の所、原作で描写されているのは、三輪秀次の実の姉で、第1次近界民侵攻時に死亡していることぐらいで、詳しい容姿は疎か名前すらわかっていない。

 ただ原作での秀次の回想を見る限り、どうやら三輪(姉)は黒髪の長いストレートヘアをしていたようであり、且つ死亡後に弟の秀次が復讐に走る程の人物であることから、筆者の中のイメージが某明治剣客浪漫譚の主人公(28)の最初の妻である巴となった。

 

 なのでこのSSでの三輪(姉)の容姿も、雪のような白い肌に黒目黒髪のロングヘアの思わず息を呑むような美女となり、しかも元になったキャラとは違い愛想も普通に良いので、ボーダー内でもトップクラスの美人さんとなった。

 それに加えて、性格は思い込んだら一直線で且つ尽くすタイプなので、彼女の弟である秀次は姉が変な男に引っかかるんじゃないかと常々心配していた。(結果ある意味変な男に引っかかった)

 

 あと基本的に迅のそばにいられれば幸せなので、周りの人達は巴の機嫌が悪くなっている姿をほとんど見たことがなかったりする。

 

 

 本来なら第1次近界民侵攻の時に死亡するのだが、この世界線では迅悠一によって命を救われている。

 

 その後恩人である迅が自身の『未来が視える』副作用(サイドエフェクト)に苦しんでいるのを知り、そんな迅をそばで支えたいと考え、ボーダー設立と同時に入隊を決意する。

 しかし巴自身が持つ『副作用(サイドエフェクト)を強化する』副作用(サイドエフェクト)のせいで、迅の予知の副作用(サイドエフェクト)をより強化してしまう結果となり、またその副作用(サイドエフェクト)があるからこそ迅の補佐としてそばにいられることになったのは、皮肉といえば皮肉である。

 

 実は子供の頃に迅と会ったことがあるのだが、当時のボーダーの記憶除去装置によってその記憶を抹消されている。

 

 

 パラメーター(ガンナー時) 

  ・トリオン 8

  ・攻撃 6

  ・防御・援護 12

  ・機動 9

  ・技術 8

  ・射程 6

  ・指揮 4

  ・特殊戦術 6

  ・TOTAL 59

 

 メイントリガー

  ・アステロイド[通常弾]拳銃(ハンドガン)

  ・グラスホッパー

  ・シールド

  ・ライトニング

 

 サブトリガー 

  ・レッドパレット[鉛弾]

  ・グラスホッパー

  ・シールド

  ・バッグワーム

 

 入隊当初、巴はそのトリオン量を活かしてオペレーターではなく戦闘員になったのだが、巴の入隊当時はボーダーにある攻撃用トリガーは、アタッカー用のトリガーである孤月と一部のシューター用トリガーしかなかったためシューターになる。

 

 しかし巴はシューターとしての空間把握能力があまり高くなかったので、最初の頃はあまり勝てなくて色々と苦労をしていたのだが、トリオンを打ち出す銃型のトリガーが開発されたことで、巴の持つ銃の才能が一気に花開くこととなる。

 その銃の才能とはどんな場所にでも命中できる才能ではなく、どんな時でも照準を合わせることができる才能で、極端な話、巴は走りながらでも狙撃できる程に照準を合わせるのが早かったりする。

 

 そして巴がB級隊員になると、迅悠一や草壁早紀と共に迅隊を結成する。

 

 予知能力を持つ迅に何時如何なる時でも援護ができる巴、そして目まぐるしく状況が変わる戦場の中で予知を取捨選択しながら的確に指示を出す草壁。

 3人しかいない部隊にもかかわらず、迅隊は瞬く間にA級に上がると1位の座を巡って当時の東隊(東、二宮、加古、三輪弟、月見)や太刀川隊(太刀川、出水、天羽、国近)と三つ巴の争いをする程の強さを誇る。

 だがその後、東隊の解散と同時に草壁も迅隊を卒業。巴がオペレーター業務を引き継いで現在の形となる。

 

 

 パラメーター(オペレーター時)

  ・トリオン 8

  ・機器操作 5

  ・情報分析 8

  ・並列処理 8

  ・戦術 9

  ・指揮 4

  ・TOTAL 42

 

 予知能力を持つ迅がいるので、迅隊におけるオペレーター業務とは、迅が予知で視た情報を整理したり、迅の予知の読み逃しがないように補佐をするのが主なオペレート業務で、他の隊のオペレーターがするような感覚共有支援や敵隊員の移動予測、狙撃の弾道解析などはする必要がない。

 

 なので本部にいる他のオペレーター達が迅隊のオペレーターになってもあまり役に立たない。むしろ変に覚えると通常のオペレート業務に影響が出てしまう。

 草壁の脱退後、新しいオペレーターを入れずに巴がオペレーター業務を引き継いだのもそこに原因があったりする。

 

 

 城戸司令から迅悠一の補佐をするよう命じられている。

 

 補佐としての巴の仕事は主に根回しや交渉で、迅の予知が上手く機能するように場を作ったり、相手との交渉や利害の調整等をしている。特に迅はその見た目の胡散臭さから相手が余計な警戒心を抱くので、直接的な交渉は大体巴がしてたりする。

 

 あと迅は基本的に自身の利益ためには予知を実現させようとしないので(セクハラは除く)大きな予知に関しては迅個人ではなく、ボーダー上層部で扱うように取り計らったのも巴である。

 その後迅の予知を実現させるのために上層部の皆と一緒に話し合いをするようになり、予知に関する秘密の共有したり、ともに悪巧みをすることで、結果ボーダー上層部が派閥の垣根を越えて謎の結束ができたのは、迅の予知でも視えない出来事だったらしい。

 

 

 

 迅悠一

 

 所属   :玉狛支部 

 ポジション:アタッカー

 年齢   :19歳

 誕生日  :4月9日

 身長   :179cm

 血液型  :O型

 星座   :はやぶさ座

 職業   :大学生

 好きなもの:ぼんち揚げ、女子のおしり、暗躍、太刀川との模擬戦、家族

 副作用(サイドエフェクト) :『目の前の人間の少し先の未来を視る』

 家族   :母(故人)

 関係   :最上宗一(師匠、故人)

       三輪巴(恩人、パートナー)

       太刀川慶(ライバル)

       林道匠(ボス)

 

 原作でもお馴染みの実力派エリート。

 本来なら高校を卒業してからも大学に行かずに暗躍を続ける筈だったが、このSSでは色々あって太刀川と同じ大学を行くようになった。

 

 容姿はパッと見イケメンなのだが、どこか胡散臭い。おでこにあるサングラスが特徴。

 

 性格は普段から飄々としていて、言動もどこか胡散臭い。しかも暗躍が趣味というのもあって、何をしていても何か裏があるのだろうと周囲に疑われていたりする。

 だがそんな印象にも関わらず、彼本来の性格は他人の幸せを願い、そして行動ができるほど優しかったりする。

 巴曰く『振る舞いは器用なのに、どうしようもなく不器用な人』とのこと。

 

 ちなみに形のいい女子のおしりを見たら、思わずさわってしまう程の無類の尻好きだが、ここではさわった場合にすぐ巴に連絡が行くシステムが出来上がっているので、迅曰く『自重している』らしい。

 最近では「逆に女子のおしりがおれの手をさわれば問題ないんじゃね?」と予知を駆使してそんな未来を探しているが、そんな未来は皆無である。

 

 あと実は不眠症で、睡眠薬がないと眠れない。

 

 

 物心ついた時に『目の前の人間の少し先の未来を視る』副作用(サイドエフェクト)に目覚める。

 そして幼少の頃、その予知の副作用(サイドエフェクト)を使って当時旧ボーダーに務めていた最上宗一に助けを求め、母を近界民(ネイバー)から守ることに成功する。

 その後母を助けてくれた最上に憧れ、母と共に旧ボーダー組織に加入する。

 

 だが加入後、迅は旧ボーダーの上層部から『近界民(ネイバー)との戦いで隊員の死や大怪我の未来が視えた時、そしてその結果によって大勢の人が救われる場合、その隊員にその未来が視えたことを伝えるのを禁じる』と告げられてしまう。

 

 それは当時三門市に近界民(ネイバー)が攻めてきた場合、それが何時、どこで、どれくらいの数が攻めてくるかもわからない上に、こちらのトリガーは敵から見れば玩具のような粗悪品。さらに会ったことがない敵が攻めてくる以上、迅の予知もあまり役に立たない。

 そんな状況下で隊員達の士気を下げないための苦肉の策だった。

 

 もちろん救う手立てが見つかれば問題ないのだが、見つからない場合、迅はその隊員が死んでしまうことを伝えるのは疎か、その隊員が「おれ、死なないよな?」と聞かれても「大丈夫。死なないよ」と嘘をつかなければいけなくなる。

 仲間達の「何で?」とか「だって」とかの言葉を聞く度、当時小学生だった迅の心はどんどん追い詰められていくことになる。

 

 そしてそんな頃、迅は近界民(ネイバー)との戦闘時に偶然三輪巴に出会い、ひょんなことから彼女と一緒に近界民(ネイバー)を倒すことになってしまう。

 結果として巴は記憶を失うことになってしまったが、迅は巴と巴の住む街を守るために、心を再び奮い立たせる。

 

 しかしその後同盟国への遠征において、迅のちょっとした予知の読み逃しが引き金となり、師匠である最上を含む旧ボーダーの仲間達の半数近くを失うと同時に、迅自身も意識不明の重体となってしまう。

 

 そして帰還後意識が回復し、何とか復帰を果たした迅だったが、直後に第1次近界民侵攻が勃発。

 迅は最上の形見である黒トリガー〝風刃〟を使用し鬼神のごとき活躍をするが、巴を助けるため、結果としてたった1人の肉親である母を見捨てる決断を下すことになる。

 

 そして現ボーダー設立後〝英雄〟という称号を背負うこととなる。

 

 

 パラメーター

  ・トリオン 7

  ・攻撃 12

  ・防御・援護 15

  ・機動 9

  ・技術 10

  ・射程 3

  ・指揮 7

  ・特殊戦術 5

  ・TOTAL 68

 

 メイントリガー

  ・スコーピオン

  ・シールド

  ・エスクード

  ・テレポート

 

 サブトリガー

  ・スコーピオン

  ・シールド

  ・バイパー

  ・バッグワーム

 

 ボーダー設立後、太刀川慶と三輪巴の2人が加入することで、迅のボーダー人生は大きく変わっていくことになる。

 

 旧ボーダー時代から弧月を5年以上扱っていた迅だったが、入隊してからわずか半年程しか経っていない太刀川に孤月での勝負で負け越してしまう。

 その時『孤月では太刀川に一生勝てない』と感じた迅は、エンジニアの人達と一緒に自身の戦闘スタイルに最も合ったトリガーであるスコーピオンを開発し、見事太刀川にリベンジを果たす。

 

 そして以降ライバルとなった2人は暇さえあれば模擬戦を繰り返し、互いを切磋琢磨していくこととなる。

 太刀川が旋空孤月で中距離攻撃を覚えれば、迅はバイパーをセットして中距離攻撃を。

 太刀川が手数を増やすため孤月を2本持てば、迅はその孤月での斬撃から守るためにエスクードを。

 そして太刀川がより素早く移動するためグラスホッパーをセットすれば、迅もそれに対抗してテレポートを。

 

 お互いがお互い本気で殴っても壊れず、また殴れば嬉々として殴り返してくれるヤツが同年代にいるのだ。しかも自分が強くなればなる程、相手もまた強くなる。

 そんな日々を過ごすうちに、迅と太刀川の実力は何時しか他の隊員たちのレベルを突き放し、別格と呼ばれる忍田本部長のレベルにまで達することとなる。

 

 現在でも実力がほぼ拮抗している迅と太刀川だが、ボーダー内の個人ランクでは迅が1位であり、太刀川が2位となっていて、迅のほうが若干強い。

 その差は迅曰く『先輩としての意地』とのこと。

 

 ちなみに第2次近界民侵攻の予知が視えてから、迅はより死ぬ気で訓練に臨むためにトリオン体の痛覚遮断機能をOFFにしている。

 

 




本編の方は、もう少しモチベーションが上がったら……


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原作前
番外編その1 本当の理由


初投稿です。過去改変により、状況が原作と少し違っていますのでご了承下さい。


 突然だが、俺こと三輪秀次には完璧な姉さんがいる。

 

 もちろん、これは単なる身内贔屓なんかではなく、純然たる事実だ。

 なぜなら姉さんは、今まで何度かモデルにスカウトされたことがあり(もちろん断った)、高校生の時には文化祭のミスコンでグランプリに選ばれた程の美貌を持っている。そして勉強もできて、現在は地元の国立大学にも通っている、まさに絵に描いたような才色兼備な女性だ。

 さらに両親は仕事で忙しくて中々家に居ない中、姉さんは家の炊事洗濯だけじゃなく、弟の俺の世話までよくしてくれていた。

 

 そんな姉さんは俺にとって単なる姉だけではなく、もう1人の母のような、とても大切な存在だ。

 

 そんな完璧な姉さんだが、たった1つだけ欠点がある。

 それは姉さんが迅悠一とかいうボーダーの隊員と付き合っていることだ。

 ボーダーというのは、ここ三門市と、異世界である近界(ネイバーフッド)を繋ぐ扉である(ゲート)から出てくる、近界民(ネイバー)と呼ばれる侵略者から市民を守る界境防衛機関のことで、俺も姉さんも4年前に、当時ボーダーの前身機関の隊員だったアイツに近界民(ネイバー)から助けてもらった過去がある。

 

 どうやら姉さんは、その時にアイツに惚れてしまったらしく、アイツを近くで支えるためだけにボーダーに入隊を志願した。

 そしてそれ以来姉さんは、常にアイツの傍で、公私に渡ってアイツを支え続けている。

 俺としては、姉さんには近界民(ネイバー)との戦闘で危険なボーダーに所属していることも反対だし、当然アイツと付き合ってることにも大反対だ。

 確かにアイツには、かつて俺と姉さんの命を助けてもらったし、今俺達姉弟(きょうだい)が生きているのもアイツのおかげといっていい。それについては感謝もしている。だが、それとこれとは話が別だ。

 姉さんは助けてもらった恩と恋心を勘違いしてるだけなんだ。

 そしていつか、そのことに気づいて傷つくのは姉さんだ。

 ……それにボーダーに入隊してからアイツにばっかり構って、俺には全然構ってくれなくなったし。

 

 なので、俺が姉さんの後を追ってボーダーに入隊したのは当然のことだし、そして姉さんの目を覚ますために、アイツに模擬戦を申し込んで勝つのも、当然のことだった。

 

 

 

 ――しかし結果は。

 

「よう、弟くん。今回もおれの勝ちだな」

「……俺は、お前の弟じゃねぇ」

 

 結果は10回勝負で1-9の惨敗。

 もうこれまで100回以上アイツとこの形式の模擬戦をしているのにもかかわらず、1回もアイツに勝ち越せたことがない。

 俺もボーダーに入隊して4年。様々な経験を積んで、今ではアイツと同じA級ランクになり、個人総合ランクも5位にまで上がったが、まるで歯が立たない。

 アイツ自身確かに強いが、決してここまで差がある相手じゃないはずだ。

 

 そう考えると、どうしてもアイツの副作用(サイドエフェクト)のことを考えてしまう。

 副作用(サイドエフェクト)とは、トリオンの高い一部の人間が、稀に発現する特殊能力のことで、アイツの副作用(サイドエフェクト)は『目の前の人間の少し先の未来を見る』というものだ。

 この予知の副作用(サイドエフェクト)のせいで、アイツは俺を見るだけで、俺がこの先どういった行動をするのか全部読まれてしまう。

 

 ……反則だ。俺が毎回この模擬戦のためにどれだけ準備してきたと思っている。

 

 しかも今回は俺だけじゃなく同じ部隊の仲間達にも協力してもらってたんだ。

 対近界民(ネイバー)戦で、アイツと同じポジションであるアタッカーの米屋とは、仮想迅悠一として何度も模擬戦をしたし、スナイパーの奈良坂と古寺には何かアイツの弱点はないのか、一緒にアイツの過去の模擬戦データを見ながら何度も語り合った。

 そしてオペレーターの月見さんには戦術面でアイツに勝つにはどうしたらいいのか教えてもらった。

 特に月見さんは、太刀川さんの戦術面の師匠でもあるので、アイツの予知に対してどう立ち回れば効果的なのか、かなり具体的で的確なアドバイスを教えてくれた。

 ちなみに太刀川さんはアタッカーと個人総合で2位の実力者で、そしてアイツの唯一無二のライバルでもある。

 最初は模擬戦を観ていた周りの連中も、勝てるわけがないと言って笑っていた。

 だけど何度もアイツに挑んではやられる俺を見てどう思ったのか、今では模擬戦の度に集まって俺を応援してくれるようになった。それなのにこの結果だ。

 

 ……皆に会わせる顔がない。そう思うと余計に情けなくなってきた。

 

 そんな俺にアイツはヘラヘラと近づいて来て言った。

 

「いやー、今回はさすがの実力派エリートのおれでも危なかったな」

 

 ウソつけ。9―1で勝った奴が言うセリフじゃないだろ。

 

「特に今回はおれの癖を突いてきたからな。結構危なかったぞ」

 

 ウソつけ。全然当たらなかったぞ。見えてたんだろ? 馬鹿にしてるのか?

 

「あと戦術「全部見えてたんだろ!? 俺が勝てないことぐらい!」

 

 突然の俺の叫びに、アイツだけじゃなくて模擬戦を見ていた観客や、応援に駆け付けてくれた仲間達もビックリしている。

 

「今までの模擬戦で俺に勝てたのも! 上層部に一目置かれてるのも! 俺や姉さんを助けることができたのも! 全部その副作用(サイドエフェクト)のおかげなんだろ!?」

 

 俺はアイツに対してどこか心の中で思ってはいたが、今まで決して口には出さなかったことを言ってしまった。

 そうなんだ、それこそが俺がアイツに対してずっと抱いてた不満なんだ。

 アイツが強いのも、姉さんと付き合っているのも、……俺と姉さんの命を助けてくれたのも、全部その副作用(サイドエフェクト)のおかげで、もしその副作用(サイドエフェクト)が無かったら、アイツにはもう何もないような気がして、そしてそんなアイツに惚れてる姉さんが間違っているような気がして、だから俺はアイツが気に入らなかったんだ。

 だからアイツに勝負を挑んで、そして勝つことで姉さんの目を覚ませたかった。

 けど、今回もまたアイツの副作用(サイドエフェクト)に阻まれてしまって、ついに抑えてた感情が爆発してしまった。

 

 だけどそんな俺に対してアイツは。

 

「……そうだな。その通りだよ」

 

 そう言って寂しく笑うと、訓練室を出て行ってしまった。

 恩人に対してなんてことを言ってしまったんだ、という気持ちと、やはり副作用(サイドエフェクト)だけの奴だったのか、という気持ちやら、アイツに対する色々な感情がごちゃ混ぜになって呆然としていると、スタスタと観客の中から1人、長くて艶やかな黒髪の美人がこっちに向かってきた。

 誰だろう、あっ姉さんだ。と思うと、姉さんは俺の頬を思いっきり叩いた。

 

「秀ちゃん! 今日任務が終わったらすぐに帰ってきなさい!」

 

 そう言うと、姉さんはアイツを追いかけて行ってしまった。

 

 姉さん、泣いてた。ふと泣いているのを見るのはいつ以来かと思い、そしてそれは、4年前にアイツに助けてもらった時以来だったことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

その後行われたミーティングでは何にも頭に入ってこなかった。部隊の仲間の米屋や古寺が俺に何か言っていたような気がするが何も憶えていない。

 アイツと姉さんを傷つけてしまったという思いと、俺は何も間違ったことは言ってないという思いが混ざり合って、何も考えられなくなってしまっていた。

 

 ふと気がつくと、既にミーティングが終わっていて周囲には誰もいなかったので、俺は足取りもおぼつかないまま家に帰った。

 怒られるとわかっているのに家に帰るのは苦痛で、もしかしたら姉さんに急遽防衛任務が入って、説教は後回しになったりしないかなと祈りながら家に帰ったが、残念なから姉さんは既に帰っているようだった。

 ドキドキしながら玄関の扉を開け、そっとリビングに入ると、姉さんはリビングのカーペットの上で正座して俺を待っていた。

 そして姉さんは俺を見ると、真剣な顔で自身の前に座るように促した。

 俺が恐る恐る姉さんの前に正座すると、姉さんは俺を見て、

 

「悠一さんに助けられた日のことを憶えている?」

 

 と、俺に話しかけた。

 アイツに助けられた日のことは、もちろん今でも憶えている。

 

 

 

 

 

 

 4年前、突然(ゲート)が開き、ここ三門市に近界民(ネイバー)が攻め込んできた日。

 後に第一次近界民侵攻と呼ばれるようになったあの日、俺は部活が終わり、姉さんと一緒に家に帰る途中だった。

 姉さんと部活であったことを喋りながら家の近くの角を曲がろうとしたその時、いきなり目の前に、バムスターやモールモッドといったトリオンで構成されたトリオン兵達が現れて、俺と姉さんを見つけるや否や問答無用で襲いかかってきた。

 あまりに突然のことで、俺は驚いて硬直してしまったが、いち早く立ち直った姉さんに手を引っ張られると、俺と姉さんは訳も分からずその場から逃げた。

 すると瞬く間に周りには、自分達と同じく逃げ回る人達や、奴らトリオン兵達に捕獲されたり、殺された人達の悲鳴や断末魔が辺り一面に響き渡った。

 

 俺と姉さんはその地獄のような光景を、今でもはっきりと憶えている。

 

 俺と姉さんは嫌でも目に入ってくるそれらの光景を必死で見ない振りをした。

 もしその光景を見てしまったら、そしてその意味を考えてしまったら、あまりにもの恐怖で、おそらく逃げることさえできなくなるような気がしたからだ。

 だから俺と姉さんは形振り構わず必死で逃げた。

 

 だけど一部のトリオン兵達がずっと俺達の後を追ってきた。

 後から考えると、おそらく俺と姉さんの体内にあるトリオン器官(近界民(ネイバー)の文明に必要なトリオンを生成するための器官)を狙ってたんだと思う。

 奴らトリオン兵達は俺達が疲れるのを、そして今でいうボーダーの応援が来れないような場所にそれとなく誘導しながら、まるで狩りを楽しむかのように俺達を追い詰めていった。

 俺も姉さんも逃げてる最中にそのことに気がついたが、どうしようもできない。

 全力で走っているせいで疲労も溜まり、何も考えることができない。

 考えられることは、誰でもいいから姉さんだけでも助けて欲しいという願いと、それでも死にたくないという祈りだけだった。

 

 そしてとうとう路地裏のような所に追い込まれた俺と姉さんは、追ってきたトリオン兵達に見つからないよう咄嗟に瓦礫の中に隠れた。

 もしかしてここなら奴らから逃げ切れるんじゃないか、という淡い期待を抱きながら姉さんと2人震えていたが、奴らはまるで最初から全て分かっていたかのように、わき目も振らず俺達の方へ向かってきた。

 

 このままじゃ2人とも助からないと思ったのだろう。

 ならせめて俺だけでも助けようと思って、姉さんは救助が来るまでの時間稼ぎとして1人、奴らトリオン兵達に向かって瓦礫の中から飛び出した。

 俺はすぐにやめろと叫んで飛び出したかったけど、恐怖でガチガチと震えてしまい、追いかけるどころか、声すら出せない。

 そんな俺の目の前で1体のトリオン兵が姉さんを攻撃しようと振りかぶった。

 あの攻撃は防げない。姉さんは、ダメだ、かわせない。姉さんが死んじゃう!

 

 だけど、その攻撃は姉さんに当たらなかった。

 なぜなら、姉さんに攻撃しようとしたトリオン兵の体が真っ二つになったからだ。

 突然のことに呆然としてる俺と姉さんの前に現れた男こそ、迅悠一で。アイツは、

 

 

『もう大丈夫だ、2人とも』

 

 

 そう言って微笑むと、アイツは残りのトリオン兵達をあっという間に破壊した。

 その後俺達を救助隊のいる場所へ案内すると、アイツは逃げ遅れた他の人達を助けるため、休む間もなく街の中に消えていった。

 そしてアイツの姿が見えなくなった頃になってようやく、俺と姉さんは自分達が助かったことを理解したのだった。

 

 

 

 

 

 

「――そうね。じゃああの時、悠一さんが誰を助けられなかったかは知ってる?」

「……いや、それは知らない」

 

 あの第一次近界民侵攻の時には、結果として東三門市が壊滅し、1000名以上の犠牲者と300名以上の行方不明者を出した大事件だったので、アイツが誰を助けられなかったなんてわかる訳がない。

 

「悠一さんのお母様よ」

 

 俺はその言葉に頭の中が真っ白になった。

 そしてそんな俺の様子に気づいているのか、姉さんはさらに話を続けた。

 

 俺と姉さんを助けてくれたあの時、実はアイツの副作用(サイドエフェクト)には、俺達姉弟(きょうだい)を助けることによって自身の母親が死ぬ未来と、母親を助けることによって俺と姉さんが死ぬ未来の両方が視えていたそうだ。どちらかを助ければ、どちらかを助けることができない。

 そんな極限状態の中、アイツは俺と姉さんを選んだ。そして俺と姉さんを助けたあと、アイツは急いで母親を助けに向かったが……間に合わなかったそうだ。

 

 

 

「あのあと、どうしてもお礼が言いたくて悠一さんを探したの」

 

 救助隊の人達よって案内された避難所でアイツが帰ってきていることを耳にした姉さんは、助けてくれたお礼が言いたくて避難所にいる人達にアイツの居場所を聞いて探し回った。

 そしてアイツがいる部屋の前に着いたところ、そこにはまるでアイツを守るように3人の大人が立っていた。

 その時は知らなかったが、その3人とは後のボーダー上層部である城戸司令、忍田本部長、林道支部長の3人で、彼ら3人はアイツの部屋の前で何故か辛そうな顔をして立っていたそうだ。

 姉さんはそのことを不思議に思いながらも、部屋の前にいる3人に中にアイツがいるかどうか尋ねた。

 すると忍田本部長が、『今日の迅は色々と立て込んでいるから明日にしたらどうだ』と言ったので、お礼は明日にしようと思い、姉さんは3人にお礼を言って自分達の部屋に戻ろうとした。

 そしたら林道支部長に呼び止められ、『どうして迅に用があるんだい?』と聞かれたので、姉さんは今日アイツに助けられた詳細を彼ら3人に話した。

 

 そして話が終わり部屋に帰ろうとした姉さんに、城戸司令が『君に聞いてもらいたい話がある』と言ってきた。

 その発言に忍田本部長が城戸司令を止めようとしたのを、さらに林道支部長が制しているのを見て、これはきっとアイツに関する話だと思った姉さんは、意を決して城戸司令に『聞かせて下さい』とお願いした。

 そして城戸司令から聞かせてくれた話というのが、アイツが俺達を助けたために母親を助けることができなかった、という話だった。

 

「……どうして城戸指令はそのことを知っていたんだ?」

「悠一さんのお母様が、亡くなる直前に城戸司令に電話をかけたそうよ」

 

 アイツの母親は、死ぬ直前に城戸司令に電話をかけて息子の予知のことを話し、おそらく自分は助からないだろうと言ったあと、最期にこう言ったそうだ。

 

『どうか息子をお願いします。優しい子なので独りにさせないで下さい』

 

 と。

 

 

 

「――話を続けるわよ」

 

 城戸司令が姉さんにそのことを話したのは、自分達では彼女(迅の母親)の遺言を守ることをできないからだと。自分達では迅を独りにさせてしまうと。

 だから、『迅を頼む』と、城戸司令達3人は姉さんに頭を下げた。

 

 俺はその話を訊いて凄くショックを受けた。

 アイツが自身の母親を見捨てる結果になることがわかっていても、なお自分達を助けてくれたことに。

 あの時、あんなにカッコよく、何でもないように助けてくれたアイツが、心の中ではどんな想いを抱いていたのか、俺は想像することさえできなかった。

 

 そしてその後、アイツのいる部屋に入った姉さんが見たのは、棺桶に入った母親に向かって、『ごめん、母さんごめん。助けられなくて、ごめん』と、泣きながら何度も何度も謝るアイツの姿だった。

 

 

 

「――そしてその時に決めたの。あの人に助けてもらったこの命、あの人を守るために使おうって」

 

 姉さんは俺をまっすぐ見て言った。

 その瞳には何の迷いもなくて、恐らく誰が、例えアイツ本人が否定しても揺るがない強い決意が見て取れた。

 

「あの人の副作用(サイドエフェクト)は毒よ。未来が視えるっていうのは一見凄いかもしれないけど、実際にあの人が視える未来はいくつもの枝分かれした未来で、その通りの未来に進めようとしても、ちょっとしたことで簡単に未来は変わってしまう」

 

 そうだ、そんな簡単なことも忘れていた。

 アイツ1人が未来を決めてる筈ないのに。

 

「そして、最善ではない未来、誰かを傷つけてしまった未来は容赦なくあの人を傷つける」

「でも、それはアイツ1人の責任じゃないだろ」

「あの人はそう思わないわ」

 

 実際何度も言われてきてるしね。と、姉さんは言った。

 近界民(ネイバー)によって傷ついた人達が、行き場のない怒りをアイツに対して当たり散らしたことは、今まで何度もあったそうだ。

 そして俺がその話を聞いてまず思い出したのは、今日の模擬戦後での自分の姿だった。

 

「私があの人を支えているのはそのためでもあるの。誰よりも未来のために頑張っているあの人が、誰よりも未来によって傷ついてるなんて悔しいじゃない」

 

 姉さんはそう言って笑った。でも、それは何だかとても寂しそうで、あの副作用(サイドエフェクト)が、今でもアイツを傷つけていることがわかる、悲しい笑顔だった。

 

「……どうしてアイツは母親のことを俺に言わなかったんだ?」

 

 知っていれば俺だって。

 

「あの人が言ってたわ。『そのほうがより良い未来が視えるから』だそうよ」

 

 確かに今から思えば、俺はアイツへの対抗意識だけでここまで強くなった気がする。

 アイツを倒す為に色んな人に師事をお願いして対策を練り、努力してきた。

 

「あの人も感謝していたわ。『弟くんのおかげでアタッカーと個人総合のランクで1位になれた』って」

「そ、そうか」

 

 アタッカーというのは、近界民(ネイバー)との戦いにおいて、主に接近戦をするポジションのことで、アイツはそれも含めた個人総合ランクで、ここ3年程ずっと1位の座を守り続けている。

 そうか、俺も役に立てていたのか。

 

「でも今日の模擬戦のあとの秀ちゃんを見て、どうしても言いたくなったから言っちゃったけどね」

 

 もちろん悠一さんの許可を取ってだよ、と言う姉さん。

 

 ……どうやら今日の俺の態度はそこまで悪かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 俺は次の日、ラウンジに迅さんを呼ぶと、まず、いの一番に謝った。

 

「迅さん、昨日は本当にすいませんでした!」

 

 周りには沢山の観客や、俺の部隊の仲間もいるが関係ない。

 周りの奴らは俺が迅さんに、それも大勢の前で謝ったことに対して驚いているようだ。

 ……俺ってもしかして何が何でも絶対に謝らない奴だって思われてないか?

 

「そしてあの時、助けていただいて本当にありがとうございました!」

 

 そして、昨日姉さんから話を聞いてどうしても伝えたかった一言も付け加える。

 

「別にいいって。それよりも今からやるか? 模擬戦」

「はい、お願いします」

 

 迅さんは、まるで何でもないことのように許してくれた。

 酷いことを言われて傷つかない人なんていない。昨日の俺の発言で、迅さんは間違いなく傷ついた筈だ。

 なのに全く傷ついていないように振る舞う迅さんを見て、姉さんが迅さんに惚れた本当の理由がわかったような気がした。

 

「あと、敬語は別にいいぞ、弟くん」

「……まだ、弟じゃねぇ」

 

 覚悟はできたが、まだそれは認めてねぇ。

 

 そう言うと、俺と迅さんは昨日の続きとばかりに模擬戦を始める。

 俺が迅さんと模擬戦をする本当の理由は、姉さんの目を覚ますためでも、迅さんを倒すためでもなく、ただ迅さんに認めてもらいたかったからなのかもしれない、と思いながら、俺と迅さんは模擬戦をするため訓練室に向かった。

 

 

 

  




で、この後めちゃくちゃ模擬戦した。


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原作開始
第1話 笑顔の意味(前編)


三輪(姉)の名前は、まだ本誌で判明してないので巴と言う名前にしました。
元ネタは某幕末の人斬りの最初の妻です。


「はい、こちらは無事完了しました。悠一さん、城戸司令からです」

「わかった。繋げて」

 

 私と悠一さんは現在、急遽三門市郊外にて発生したイレギュラー(ゲート)から出てきたトリオン兵を排除するために、急いで三門市郊外に赴き、そして無事排除したことをボーダー本部へと報告しているところです。

 

 ここ三門市に突然現れる近界(ネイバーフッド)の国々への扉であり、またその国々に住む近界民(ネイバー)達にとっての、三門市までの扉でもある(ゲート)

 その(ゲート)が開く時は、本来ならボーダー内にある誘導装置によって、ボーダー本部の近くにしか(ゲート)は開かれないように調整されてます。

 だけどその誘導装置を上手く掻い潜って本部の近く以外で開いてしまう(ゲート)のことをイレギュラー(ゲート)といい、ごく稀にそのイレギュラー(ゲート)が発生してしまうことがあるんですけれど。

 

 何故かここ最近はそのイレギュラー(ゲート)の発生件数が明らかにおかしくて、この2日間で6件以上のイレギュラー(ゲート)の発生が確認されています。

 

 何ででしょう? もしかしてボーダーの誘導装置が効いていないのかな?

 それとも誘導装置のジャミング?

 でも鬼怒田さんはそのような形跡はないって言ってましたし……。

 それじゃあ誘導装置には引っかからない新たな(ゲート)が開発されたのかな?

 でも悠一さんは近いうちに解決するって言ってたし……。う~ん。

 

「巴、城戸さんが呼んでる。会議だって」

「あっはい、ではすぐに本部に?」

「そうだな、行くとしよう」

 

 悠一さんに言われて2人でボーダー本部へと向かいます。

 先程の悠一さんと城戸さんのやり取りからして、会議の内容はおそらく今回のイレギュラー(ゲート)の件かな? (ゲート)の発生を本部のトリオンで無理やり封鎖するとか言ってましたし。

 

 そして本部に向かっている途中で、私のお尻を触ろうとする悠一さんの手を叩きます。

 仕事中はダメです。

 

 

 

 

 

 

「あっ迅さん」

「えっ? あっ本当だ」

「あれがボーダーの英雄……」

「巴さんもいるぞ」

「巴さん、相変わらず綺麗~」

「お~い迅! 年末の有馬記念の未来を教えてくれ!」

 

 本部に入ると、普段は玉狛支部にいる私と悠一さんの姿が珍しいのか、本部の隊員の皆がこちらを見て声を掛けてくれます。そんなに珍しいのかな?

 あっ、綺麗と言ってくれた人ありがとうございます。

 あと諏訪さんは自重して下さい。

 

「いやいや、おれは英雄じゃなくてただの実力派エリートだから。あと諏訪さんのは、諏訪さんが頭を抱える未来しか視えないからやめておいたほうがいいよ」

「マジか」

 

 悠一さんが言う未来だけでなく、現在も頭を抱えている諏訪さんは置いといて(どうやら部隊の仲間達に焼き肉を奢る約束をしてしまったようです)、ボーダーの英雄というのは、これまでの様々な功績を称えた悠一さんの通り名のことです。

 何故か常に実力派エリートをアピールしている悠一さん(ただの実力派エリートって何?)だけど、実は悠一さん自身、自分1人だけが活躍しているとも取れる、このボーダーの英雄という通り名があまり好きではありません。

 だけど今はボーダー黎明期。

 人々は4年前の第1次近界民侵攻で受けた傷がまだ癒えてません。

 そしてまた、頼りのボーダーのトリガー技術(テクノロジー)も、まだ他の近界(ネイバーフッド)の国々と比べると明らかに遅れている状態です。

 なので人々は恐れています、再び近界民(ネイバー)が侵略してくるのを。

 だから人々は求めています、英雄を。近界民(ネイバー)への不安や恐怖から守ってくれる圧倒的な存在を。

 だからこそのボーダーの〝英雄〟なのでしょう。

 

 そんなことを考えながら、沢村さんのお尻を触ろうとしている悠一さんの手を叩きます。

 仕事中関係なくダメです。

 

 そういう訳(?)で一緒に会議に参加する予定の、元忍田さんに恋する突撃アタッカーで、現在は忍田さんに恋する本部長補佐に転属した、沢村響子さんと一緒に3人で会議室に入ります。

 すると中には、私達を呼び出したボーダー最高責任者の城戸司令に、防衛部隊を指揮する忍田本部長と我らが玉狛支部のボスである林道支部長。

 そして鬼怒田本部開発室長に根付メディア対策室長、唐沢外務・営業部長といったボーダー上層部の皆さんが勢揃いしていました。

 

 あれ? そんなお馴染みの面子の中に1人、見慣れないメガネくんがいますね。

 あれは確か、前に悠一さんが助けたC級隊員の三雲修くんかな?

 

 そして会議の話を聞く限り、どうやら今回の会議内容は、イレギュラー(ゲート)の対処ことではなく、そこにいる三雲くんが、一般市民を守るためにトリガーを使用したことによるC級隊務規定違反についての会議のようです。

 忍田さんの、違反をしたとはいえ、結果として市民の命を救ったのだから、三雲くんを今後トリガーの使用が許されるB級隊員に昇格すべきだという意見と、鬼怒田さんと根付さんの、他のボーダーの隊員の気を引き締める意味でも三雲くんをクビにさせるべきだという意見が真っ向から対立していて、室内はピリピリとした空気になっています。

 あくまで私個人の意見としては、大前提としてボーダーという組織は市民を守るために存在しているのだから、今回の件に関していえば情状酌量の余地は十分にあると思います。

 そして何よりこのままでは、隊務規定違反をしてまで人の命を救った三雲くんがあまりにも浮かばれません。

 しかしですね、そうですか、彼が。

 

「三雲くん。もし今日と同じことがまた起きたら、君はどうするね?」

 

 城戸さんの尋問なのですけれど、おそらく本人としては、あくまで三雲くんの気持ちを確認したかっただけなのだと思うのですが、城戸さんの顔と、顔にある傷が怖いせいか、下手なことを言ったら、ボーダー的にではなく、物理的にクビが飛びそうなほどの迫力があります。

 

 ――だけど。

 

「……目の前で人が襲われていたら、……やっぱり助けに行くと思います」

 

 三雲くんは城戸さんに対して怯まずに、しっかりと自分の意見を通しました。

 ……なるほど、確かに悠一さんが言っていた通りの人です。

 伊達にアンダーリムの眼鏡を掛けてないですね(?)。

 

「――わかった。処分は追って報告する。下がりたまえ」

 

 城戸さんの言葉に、三雲くんは青くなりながらも、しっかりとした足取りで会議室から出て行きました。

 しっかりとした足取りなのは、おそらく自身の行動に対しての後悔がないからでしょう。

 

 

 

 

 

 

 そして三雲くんが完全に会議室から離れると、先程まで会議室の中にあったピリピリとした空気が霧散しました。

 

「鬼怒田さんと根付さん、流石の演技でしたね」

「これでもメディア対策室長だからねぇ。お手の物だよ」

「えっ!? 何だ!? どういうことだ!?」

 

 説明しろぉ! と叫んでいる鬼怒田さん。

 ……どうやら鬼怒田さんだけは素だったらしいです。

 

「ほら、巴くんが渡した第2次三門市防衛戦の」

「ああっ、あの小僧がか!?」

 

 唐沢さんの言葉で、鬼怒田さんもようやく思い出したようです。

 

 そう、先程いた三雲くんは、これから()()()()()第2次近界民侵攻において、我々ボーダーにとっての最善の未来を引き出すために必要な、キーマンの1人なのです。

 

 私の副作用(サイドエフェクト)で強化された、悠一さんの予知によると、今から数ヵ月後までの間に、4年前に起きた第1次近界民侵攻を、はるかに上回る大量の近界民(ネイバー)が、ここ三門市を攻めて来ます。

 なので私達は、その予知を第2次近界民侵攻と名づけ、そしてその予知の情報を基に、私が第2次三門市防衛戦の草案を作成し、上層部の皆さんに提出していたのです。

 なので私としては、その第2次近界民侵攻及び防衛戦において、大事なキーマンの1人である三雲くんを即座にクビにするとは思えませんでした。

 だからあのやり取りは、三雲くんの人柄を判断するための演技だと思って様子を見てたんですが、どうやら鬼怒田さんだけは、本気で彼をクビにするつもりだったみたいです。

 

「しかし、ボーダーの規定も守れんような小僧だぞ?」

「三雲くんにとって、ボーダーの規定よりも目の前の人間の命なんでしょう」

 

 鬼怒田さんの疑問に唐沢さんが答えます。

 そう、先程の話を聞く限り、三雲くんは別にボーダーの隊務規定を理由もなく守れないような人には感じられませんでした。

 おそらく民間人を守るために戦い、結果としてボーダーの隊務規定からはみ出してしまっただけなのでしょうから。

 そして彼のような人間こそが最善の未来に必要なのだと、私は思います。

 

「だが、何も罰を与えない訳にもいくまい。隊務規定はボーダーを律するためにある」

 

 城戸さんがそう言って今回の話を纏めました。いくら三雲くんが重要人物で且つ特別な理由があろうと、隊務規定違反をしたことには変わりはないと。

 何よりも規律を重んじる城戸さんらしい発言です。

 ですがこれはこれで罰の匙加減がとても難しい問題ですね。軽くても重くても問題が起きそうですし。

 っていうか罰を与えるのは確定なんですね、城戸さん。

 

「別に罰を与えなくても大丈夫ですよ、城戸さん。あのメガネくん、明日功績を挙げますから」

 

 隣にいる悠一さんの突然の爆弾発言に、私も含め皆一斉に悠一さんを見ます。

 今、この時期に挙げる功績といえば。

 

「メガネくん、明日イレギュラー(ゲート)の原因見つけますから」

「本当か!? 迅!」

「ええ、俺と巴の副作用(サイドエフェクト)がそう言ってます」

 

 忍田さんの問いに悠一さんは自信を持って返しています。

 私も初耳だったことから、おそらく先程三雲くんを見た時にでもわかったのかな?

 現在はイレギュラー(ゲート)の対策として、本部のトリオン障壁を使って(ゲート)の発生自体を無理やり抑えています。

 ですがその方法は大量のトリオンを消費してしまうので、その方法もいつまで持つかわからないその場しのぎの苦肉の策です。

 なので明日、三雲くんがイレギュラー(ゲート)の原因を見つけられたのなら、確かに罰を与える必要はないでしょう。

 それどころかその功績の内容を考えれば、C級隊員からB級隊員への昇進も有り得ます。そしてB級隊員になれば、今後一般市民を守るためにトリガーを使用することも許可されるようになりますので三雲くんも一安心です。

 

「ただ、ですね……」

「どうした、迅?」

 

 悠一さんが城戸さんの方を見て、何か言いにくそうに頬を掻いています。

 城戸さんに対して言いにくいことと言えば、一つしかないです。

 

「――近界民(ネイバー)か?」

「ええ、メガネくんは最後のピースと一緒に原因を見つけます」

 

 悠一さんの言葉に、城戸さんは苦虫を噛み潰したような顔になりました。

 

 〝最後のピース〟とは、第2次近界民侵攻及び防衛戦において、最善の結果に終わらせるために必要な最後の人物なのですが、その人物はなんと近界民(ネイバー)なのです。

 本来近界民(ネイバー)の侵攻から街を守るボーダーという組織において、近界民(ネイバー)に協力を求めることは、玉狛支部は例外としても、ボーダー本部の方針としては、まずありえないことです。

 だけど、その近界民(ネイバー)がいるのといないのとでは、その第2次近界民侵攻及び防衛戦での被害の()が変わってしまいます。

 なので城戸さんを始め、ボーダー上層部の皆さんにはそのことを何度も説明して、件の最後のピースさんをボーダーの隊員として迎えるようにお願いしているんですが、城戸さんだけは最後まで了承してくれませんでした。

 

「……近界民(ネイバー)を隊員にするなど認めるわけにはいかない」

「しかし、城戸司令。最後のピースを手に入れないと街への被害が……」

近界(ネイバーフッド)に関する情報もなくなりますぞ」

 

 最初は城戸さんと同じく反対してた根付さんと鬼怒田さんでしたが、現在は賛成派に回り、一緒に城戸さんへの説得をしてくれています。

 やはりメディア対策室長と本部開発室長としては、自身の感情よりも実益のほうが大事だと判断したのでしょう。……まあそうなるように彼らを説得しましたけど。

 だけど城戸さんは今のような孤立無援の状態でも決して首を縦に振りません。

 城戸さんのようなタイプには下手に説得するよりも、周りから固めていった方がいいと判断して無理な説得は控えていたんですけれど、あまり効果はなかったみたいです。

 おそらくこの件に関しては理屈での説得は不可能なのでしょう。

 

 ――なので。

 

「城戸司令、一度お会いになってみたらどうでしょうか?」

「その近界民(ネイバー)にか?」

「はい、よくよく考えてみたら我々はまだその人物に会ったこともありませんので」

 

 感情で押すしかありません。

 それに、いくら悠一さんの予知があるからといって、その人物に会いもせずにボーダーに入れるかどうか決めるのはおかしいでしょうし。

 

「私と悠一さんが明日、その最後のピースに接触してみますので、ボーダーの隊員として問題ないようでしたら、一度お会いになってみるのもよろしいのではないかと」

「…………わかった、その場合、一度会うだけ会ってみよう」

 

 やった、上手くいきました。

 城戸さんとしては孤立無援の状態でしたから、とりあえず結論を後回しにできるこの案を受け入れてくれると思い、提案してみましたが、どうやら受け入れてくれたようです。

 

 ――しかし。

 

「ただし、私がその近界民(ネイバー)をボーダーの隊員にふさわしくないと判断した場合、私自らその近界民(ネイバー)を処分する」

 

 その言葉を発した城戸さんから背筋が凍るほどの近界民(ネイバー)への怒りを感じました。

 わずか4年で、このボーダーという組織をここまでの規模にした城戸さんの近界民(ネイバー)への憎しみという名の原動力。

 わかっているつもりでしたが、わかっていませんでした。

 

 そして現在城戸さんは、()()()()()使()()です。

 

 黒トリガーとは、優れたトリオン器官を持つ人間が、自身の命とトリオンを使って作った特別なトリガーのことで、使い手を選ぶという欠点がありますが、その力はまさしく一騎当千。

 先程言った処分というのも、城戸さんが所持している黒トリガーならば間違いなく可能でしょう。

 

 私と悠一さんの副作用(サイドエフェクト)では性格に問題ない人物と出ていますが、先程私自ら言った通り、私達は、実際にその“最後のピース”さんに会ったことがありません。

 万が一何かが合わなかったら、と思うと不安になってきました。

 

 ――だけど。

 

「大丈夫ですよ、城戸さん。彼はボーダーにふさわしい人物です。おれと巴の副作用(サイドエフェクト)がそう言ってますから」

 

 悠一さんのその言葉に安心してしまいます。

 それは悠一さんへの信頼か、それとも単に惚れた弱みでそう思い込んでるだけなのか分かりませんけど。

 だけどその言葉を、その声を聞くだけで、私の中の不安や恐れといったものがなくなっていくのを感じます。

 

「――では解散だ。次回の会議は、イレギュラー(ゲート)の原因が見つかり次第に開始する」

 

 城戸さんのその言葉をもって、色々あった今回の会議が終了したのでした。

 

 

 

 

 

 

 会議が終わると、私は先ず鬼怒田さんのところに向かいました。

 

「鬼怒田さん、あとどれくらいトリオン障壁で(ゲート)を強制封鎖できます?」

「城戸司令の黒トリガーがあるから、あと5日間はいけるぞ」

「わあ、さすがですね」

「はははっ、それほどでもない」

「明日イレギュラー(ゲート)の原因を見つけたらお願いしますね」

「ああ、まかせておきなさい」

 

 明日忙しくなるであろう鬼怒田さんと話をしていると、悠一さんも。

 

「根付さん、根付さん。これ見て、これ」

「ん? 何だね?」

 

 悠一さんはそう言うと、スマホを取り出して、夕方に放送されたニュースを根付さんに見せています。

 確か、今回の違反の件での三雲くんの活躍を放送していたので、それを使ってボーダーの株を回復させるための話をしているのでしょう。

 

 周りを見てみると。

 

「唐沢さん、三雲くんのことをどう思いました?」

「あくまで個人的な考えなのですが、なぜ彼が重要なキーマンなのかわかったような気がします」

「ですよね! 彼は防衛というのをわかっている!」

 

 沢村さんと唐沢さんと忍田さんは三雲くんについて話していますし、向こうでは城戸さんと林道さんも何やら色々と話しています。

 

 私がボーダーの上層部と関わるようになってから早4年。

 最初の頃はそれぞれに派閥なんてものがあって、しかもその派閥同士で色々と揉めていたりもしてました。

 なので悠一さんと一緒に関係改善の努力をした結果、今では会議が終わったあとも、お互いにコミュニケーションを取る程になりました。

 

 ……今のところは最善の未来に向かって進んでいると思っています。

 だけど、もし明日“最後のピース”さんとの接触に失敗してしまうと、最善の未来どころか、今まで築き上げてきた、この関係も崩壊してしまう可能性があります。

 

 そんなことを思いながら、ふと悠一さんを見ると、たまたまか、悠一さんも私を見ていました。そして目が合うと悠一さんは私を見て、にっこりと微笑みました。

 

 それはまるで()()()と同じような微笑みで。

 

 私は自分の胸が高鳴るのと同時に、明日は気合いを入れなければと、改めて決意するのでした。

 

 

 




“最後のピース”……一体、何閑遊真でしょうか?


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第2話 笑顔の意味(中編)

書き終わった時点では約4500文字だったのに、見直しながら手直しをしていたら、いつの間にか10000文字オーバーしていました。
とりあえずは読める状態になったと思いますので投下します。


 昨日の対策会議が終わったあと、私と悠一さんは、件の近界民(ネイバー)である最後のピースさんにボーダーに入隊してもらい、そして来たる第2次近界民侵攻にて、私達と一緒に第2次三門市防衛戦に参加してもらうには一体どうすればいいのか、夜遅くまで話し合いました。

 

 そして次の日の朝、正体がバレないようにサングラスをした私と悠一さんは、現在電柱の影で、三雲くんが家から出て来るのを今か今かと待っています。

       

 …………違うんです。これにはちゃんとした理由があるんです。

 

 元々はこんなことをせずに、直接三雲くんに会って最後のピースさんを紹介してもらうようにお願いする予定でした。

 だけど昨日の会議のあとに悠一さんが、『下手な接触をしてしまうと最後のピースが警戒して近界(ネイバーフッド)に帰ってしまう未来もあるよ』と言ったので、急遽私と悠一さんの2人よる延長戦が深夜まで行われることになったんです。

 そしてその結果、奥の手であるプランBが日の目を見ることになりました。

 プランBとは、こっそりと三雲くんの後をつけ、三雲くんと最後のピースさんがいい感じの状態になっている時を見計らって「やあやあ、お2人さん」と言いながら接触しようという、昨日の深夜に急遽立てた作戦のことです。

 ちなみに現在私と悠一さんがしているこのサングラスは開発室のお手製で、なんとステルス機能を持つ優れ物です。動いているとステルス機能が解けてしまう欠点がありますが、ジッとしている分にはレーダーなどを使わないと発見できないという、すごい物なのです。

 

 とはいえ、朝早くから電柱の影で1軒の家をじっと見ているサングラスを掛けた男女2人組。

 

 ……うん、今の私達は完全に不審者ですね。

 

 初っ端からつまずいた気がしますが、今回の任務に失敗は許されません。

 なぜなら最後のピースさんが近界(ネイバーフッド)に帰ってしまうと、この先かなり不味い事態になってしまう可能性が極めて高いからです。

 

 まず第一に考えられるのは、今回のイレギュラー(ゲート)問題の解決が遅れてしまうことでしょうか。

 現在はボーダー本部基地内のトリオンと城戸さんの黒トリガーを使って、(ゲート)の発生自体を無理やり抑え込んでますが、それもあと4日程経つと、全てのトリオンを使いきってしまい、その抑え込みもできなくなってしまいます。

 そうなると解決までの間、ボーダーの隊員達は本部周辺だけでなく、三門市全域を24時間体制で防衛していかないといけなくなってしまいます。

 当然そんなことができる余裕などあるはずもないですし、仮にあったとしても、そのイレギュラー(ゲート)問題が解決するまでの間は、常に後手に回って対応していくことになります。

 

 そしてそのイレギュラー(ゲート)問題が解決できたとしても、そのあと休む間もなく第2次近界民侵攻が起きてしまいます。

 

 イレギュラー(ゲート)問題で後手に回り、多くの被害を出してしまった結果、三門市民達の信用がガタ落ちし、そして24時間体制での三門市全域の防衛によって隊員達も疲労困憊の中で起きてしまう、大量の近界民(ネイバー)達の侵攻による第2次三門市防衛戦。そうなってしまうと――――

 

「――はひゃい!?」

 

 そんなことを考えていると、誰かが私のお尻を触りました。

 誰かっていうか、犯人は1人しかいませんけど。

 

「もう、悠一さん! 仕事中はダメだって言ってるじゃないですか!」

「ごめんごめん」

 

 私はお尻を抑えながら悠一さんのほうに向いて抗議しますが、悠一さんは平謝りするだけで全然反省しているように見えません。

 ごめんごめん、じゃないですよ。朝から何やってるんですか、もう。

 

「昨日会議の終わりに巴と目が合った時に今日さわれそうだな「とわー!」おっと」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は悠一さんが持っているぼんち揚の袋を奪おうとしましたが、見事避けられてしまいました。さすがはボーダーの英雄ですね。素晴らしい瞬発力です。

 

 ですが問題はそこではありません。

 先程悠一さんは『会議の終わりに巴と目が合った時』と言いました。ということは、昨日私が胸の高鳴りを憶えたあの微笑み。あれが実は私のお尻がさわれるから出た笑みだったということです!

 

「悪かったって、巴」

「ダメです! そのぼんち揚は没収です!」

 

 私の猛攻をヒョイヒョイと避けながら悠一さんは謝りますが、いーえ許しません。

 私のときめきを返して下さい! このっ! このっ!

 

「……すいません。ここで何を?」

 

 声がした方を見ると、そこには私達を見て、明らかに身も心も引いている三雲くんがいました。

 

 ……どうやらいつの間にか家から出ていたようです。

 

 本音を言うと逃げ出したいほど恥ずかしいけれど、さすがにそういう訳にもいきません。なのでここは、臨機応変にプランB(尾行する)からプランS(説明する)に作戦を変更していきます。

 チラッと悠一さんの方を見ると、悠一さんはこちらを見て頷いたので、ここはきっと私に説明しろという意味なんでしょう。多分。――よしっ。

 

「三雲くんは悠一さんの副作用(サイドエフェクト)って知ってましゅか?」

 

 噛みました。

 

「えっ? あっ、はい。えっ? 迅さんって副作用(サイドエフェクト)持ちなんですか?」

 

 ……三雲くんはどうやら悠一さんの予知のことを知らないようです。なので私はできるだけ平常心でサングラスを外しながら、三雲くんに悠一さんの副作用(サイドエフェクト)のことから説明することにしました。

 そして私達が変装をして電柱で騒いでいたことや、先程噛んでしまったことも、半分は隣で爆笑している悠一さんのせいであり、決して私1人がおかしい訳ではないことも説明します。

 

 

 

 

 

 

「――――という訳で、悠一さんが昨日の会議で三雲くんを見た時に、三雲くんと白い髪の子がイレギュラー(ゲート)の原因を見つける未来が見えたので、ここで三雲くんを待っていた訳ですよ」

「……すごい副作用(サイドエフェクト)ですね」

「すごすぎて手に負えないけどな」

「まったくです」

 

 そんなことを話しながら、私達3人はその予知で見えた、イレギュラー(ゲート)の原因があるであろう場所へと向かうことになりました。

 ちなみに電柱の件と噛んだことについては、(三雲くんの大人の対応により)お互い何も見てなかったし聞いていなかった、ということになりました。三雲くんは良い子です。

 

 

 

 そしてしばらく3人で住宅街を歩いていると、どうやら目的の場所が見えてきました。

 その目的の場所は、おそらく昨日のイレギュラー(ゲート)で現れたトリオン兵による攻撃跡地のようですね。あちこちにクレーターがありますし。

 そしてそれらのクレーターの中でも一際大きなクレーターの中心に、屈んで何かをしている白い髪の男の子がいました。

 ……おそらくと言うか、間違いなくあの子が最後のピースさんですね。悠一さんが言っていた特徴と一致しますし。

 思っていたよりも若いですね。年は多分12、3歳くらいかな?

 少なくとも見た目だけでは、あの子が近界民(ネイバー)なのかどうかなんてわからないですね。

 

「空閑!?」

「オサム……と、どちらさま?」

「おれは迅悠一、よろしく! ぼんち揚食う?」

「三輪巴です。よろしくお願いします」

 

 どうやら三雲くんと最後のピースさんはすでに知り合いのようですね。

 そして最後のピースさんの名前は空閑くんと言うのですか……空閑?

 まあとにかく、私と悠一さんは空閑くんとは初対面なので、自己紹介も兼ねて挨拶します。

 

「おれは空閑遊真といいます。これはこれは、ごていねいにって……あれ?」

 

 空閑くんがぼんち揚を食べながら挨拶を返してる途中で、何か気づいたようです。何かな? 

 

「どうした、空閑?」

「ジンとトモエ……どこかで聞いたような……?」

『エスタンシアだ、ユーマ』

「ああ、そうだ。エスタンシアだ」

 

 空閑くんの疑問に対し、空閑くんの手から答えが出て来ました。

 どうやら答えたのは空閑くんの手ではなく、その指に嵌めている黒い指輪のようですね。そしてさらにその黒い指輪から、大体炊飯器ぐらいの黒い小型トリオン兵が、にゅっと私達の前に現れました。

 

『はじめまして2人とも。私はレプリカ。ユーマのお目付け役であり、多目的型トリオン兵だ』

「「こちらこそどうも、はじめまして」」

「おおっ、動きが同じだ」

 

 目の前にいきなり小型とはいえトリオン兵が現れたので少し構えてしまいましたが、レプリカさんは私達にお辞儀をしながら挨拶してくれました。

 突然の挨拶に反射的に私と悠一さんも揃って挨拶を返してしまい、そしてまたその返す言葉もお辞儀をするタイミングも全て同じだったので、その場の空気が和みました。

 

 そのまま世間話になり、色々と2人の話を聞きました。

 レプリカさんが出て来たのは、(何かと)近界(ネイバーフッド)で有名な私達なら、近界民(ネイバー)である自分達に対して、問答無用でいきなり襲いかかってはこないだろうと判断したからだそうです。

 そして空閑くんとレプリカさんは現在、様々な近界(ネイバーフッド)の国々を旅しているそうです。行く先々で好奇心旺盛に色んなことに首を突っ込む空閑くんに、色々とフォローするのが自分の役目だとレプリカさんは言ってました。

 その言葉はとても温かく、どうやらレプリカさんは自身を空閑くんのお目付け役と言ってますが、彼(?)は空閑くんの家族なのでしょう。保護者役が板に付いてます。

 

「そう言えば空閑、エスタンシアって何のことだ?」

「エスタンシアっていうのは近界(ネイバーフッド)にある国の1つだよ」

近界(ネイバーフッド)の……?」

『ジンとトモエはそのエスタンシアの救世主だ』

「「「救世主!?」」」

 

 エスタンシアについて尋ねた三雲くんに、空閑くんとレプリカさんが説明してくれました。

 というか何ですか救世主って。三雲くんだけじゃなく私や悠一さんまでびっくりしましたよ。

 ……でも悠一さんのエスタンシアでの活躍を考えると、救世主と呼ばれていても仕方がないのかもしれません。

 なにせ悠一さんはあそこで起きたクーデターを阻止した立役者なんですから。そして悠一さんが姫さまに惚れられ――――ってそれは別にいいですね。何かムカムカしてきましたし。

 

「それよりも迅さんとトモエさんはどうしてオサムと一緒にいたんだ?」

「ああ、それなんですけど――」

 

 空閑くんの疑問も尤もなので、私達は空閑くんとレプリカさんにも悠一さんの副作用(サイドエフェクト)の説明をしました。

 

 

 

 

 

 

「ふーん。すごい副作用(サイドエフェクト)だね」

 

 あれ? 空閑くんは悠一さんの副作用(サイドエフェクト)を聞いても疑っていないですね。

 本来副作用(サイドエフェクト)というのは、火を吹いたり空を飛んだりといった超常的なものではなく、あくまで脳や感覚器官による人間の能力の延長線上のものです。

 なので私のもそうですが、特に悠一さんの未来視の副作用(サイドエフェクト)は、初めて聞いた人には信じてもらえないのが当たり前なんですけれど。

 先程悠一さんの予知を聞いた三雲くんも、疑ってはいませんでしたが、どこか信じきれていないようでしたし。

 

「ああ、だから空閑が向こうの世界から来た目的もわかるぞ」

 

 突然の悠一さんの爆弾発言に、空閑くんの警戒心が目に見えて上がりました。

 パッと見では分かりにくいですが、何時でも攻撃、離脱できるような構えになりましたし、レプリカさんも空閑くんをフォローできる位置にさりげなく移動して様子を伺っています。

 っていうか、あんな人を喰ったような言い方をすれば警戒されて当然です。

 悠一さんの悪い癖が出てしまいました。

 

「いやいや、私も悠一さんも空閑くんを捕まえるつもりはありませんよ」

 

 私は明らかにこちらを警戒している空閑くん達に、あわててフォローします。

 これから色々と協力をお願いしないといけない相手なのに、何やっているんですか悠一さん。

 先程の悠一さんの言葉では、空閑くんとレプリカさんは、どうやら目的があってこちらに来ているようなので、その目的を達成する手助けすることを条件に引きとめようかなと思っていると。

 

「それに空閑の副作用(サイドエフェクト)なら、巴が言った捕まえる気がないっていうのもわかるだろ?」

「そこまでわかるんだ」

 

 悠一さんのその言葉に、空閑くんがどこか納得しながら警戒を解きました。

 ……なるほど。どうして空閑くんが悠一さんの副作用(サイドエフェクト)を疑っていなかったのか。そしてレプリカさんを含めても2人しかいない状態で、数々の近界(ネイバーフッド)の国々を旅してこれたのかわかりました。

 

「空閑くんも副作用(サイドエフェクト)持っているんですね?」

「空閑はおれ達の言ってることが本当かどうかわかるんだよ」

 

 空閑くんに聞いたのに、何故か隣にいる悠一さんがドヤ顔で答えました。

 何でドヤ顔なんですか。目から星のようなものを出さないで下さい。

 そのほうが良い未来が見えたから黙っていたと思うんですけど、できれば事前に一言欲しかったです。

 空閑くんが近界(ネイバーフッド)に帰っちゃうと思ったじゃないですか。

 

「そうじゃなくて、わかるのは本当かどうかじゃなくてウソかどうかだよ」

 

 空閑くんが訂正しました。って違うじゃないですか、悠一さん。

 悠一さんの方を見ると悠一さんは明後日の方を向いて口笛を吹いていました。

 無駄に上手いのが腹が立ちます。ビブラートを利かせるんじゃありません、まったく。

 実は悠一さんの予知は、見た対象のあり得る未来が並列で視えるんですが、それはあくまで切り取った状況の一部に過ぎません。なのでそこに至るまでの経緯や解釈が多少違うことがあったりします。

 

 

 

 

 

 

「そう言えばイレギュラー(ゲート)の原因ってわかりました?」

「犯人はこいつだった」

『詳しくは私が説明しよう』

 

 そして今回の目的であるイレギュラー(ゲート)の原因を聞くと、レプリカさんが答えてくれました。

 レプリカさんによれば、今回の一連の事件の原因は空閑くんが持ってる、ラッドという名前の隠密偵察用の小型トリオン兵だそうで、そしてなんとこのラッド、いわゆる改造型だそうです。

 この改造ラッドは攻撃力をほとんど持ってない代わりに(ゲート)発生装置を内蔵しているらしく、三門市内にいる人達の体内にあるトリオンを、外から気づかれないように潜伏しながら少しずつ摂取し、そしてその摂取したトリオンを使って(ゲート)発生させているとのことです。

 なるほど、(ゲート)近界(ネイバーフッド)側ではなく、三門市(こちら)側から発生させるから、誘導装置が働かなかった訳ですか。

 

「じゃあそのラッドを全部倒せば……」

「いや~、きついと思うぞ」

 

 三雲くんの案に、空閑くんが反対しました。

 聞いてみると、どうやら数千体もの改造ラッドが、ここ三門市全域に潜伏しているそうです。

 確かに個人で全て討伐しようとしたら、いつになったら終わるか想像したくありません。

 

 ――だけど。

 

「いや、めちゃくちゃ助かった。こっからはボーダーの仕事だな」

「はい、ご協力ありがとうございました」

 

 原因さえ分かればこっちのものです。

 改造ラッドをもらい、空閑くん達にお礼を言うと、私と悠一さんは報告のため本部に戻ることになりました。

 そして道中に、悠一さんに空閑くんを見てわかったことをそれとなく聞いたところ、ニヤニヤしながら教えてくれました。

 別に報告する時に必要だから聞いただけですし、先程教えてくれなかったことに関しても、別に拗ねてなんかいません。何ニヤニヤしているんですか、もう。

 

 

 

 

 

 

 本部に戻ると、まず会議室にいた上層部(いつも)の皆さんにイレギュラー(ゲート)の原因を説明し、そして鬼怒田さんに改造ラッドを渡して解析してレーダーに映るようお願いしました。

 普通は解析するに2時間以上かかるのですが、鬼怒田さんは改造ラッドを手にすると、『1時間で終わらせる』と言い残し研究室に向かって行きました。

 そして鬼怒田さんの解析が終わるまでの間、(電柱の件を省いた)今回の報告をしました。

 

 

 

「……空閑…か」

 

 報告が終わったあと呟いた城戸さんのこの一言が、すごく印象的でした。

 

 イレギュラー(ゲート)の方はもうすでに原因が判明していて、あとは鬼怒田さんの解析が終わり次第改造ラッドを討伐するだけなので、皆さんの注目は自然と最後のピースである空閑遊真くんへとなりました。

 特に悠一さんが、『空閑遊真は有吾さんの息子ですよ』だと言ってからは、城戸さん、林道さん、忍田さんの3人が特に反応していました。

 私も先程帰り道で悠一さんから聞きましたが、空閑有吾さんとは 現在のボーダーの基となった旧ボーダー組織を設立した時にいたメンバーの1人で、林道さんと忍田さんにとっては先輩で、城戸さんには同輩にあたる人物だそうです。

 そしてもう10年以上前に近界(ネイバーフッド)の調査に行ってしまい、以来現在までずっと音信不通になっていたそうです。

 まあずっと行方不明だった仲間に子供がいたんですから、あの3人が反応するのも当然と言えば当然なんですが。

 

 私自身、どこかで聞いたことがあるような日本人ぽい名前だなと思っていたんですが、旧ボーダーの設立メンバーの息子さんの名前でしたか。

 

「迅、やつの目的はわかるか?」

「空閑の目的は“最上さんに会うこと”ですよ」

 

 悠一さんのその言葉に、有吾さんのことを知る全員が納得しました。

 最上さんとは、有吾さんと同じ旧ボーダーを設立した仲間で、有吾さんにとって、親友であり、ライバルでもあったそうです。

 しかし最上さんは今から5年前に、黒トリガー〝風刃(ふうじん)〟を遺して他界しています。なので私達は、空閑くんの望みの〝最上さんに会うこと〟を叶えさせてあげることができません。

 

 空閑くんは部外者にもかかわらずイレギュラー(ゲート)の原因を解明してくれたというのに。

 

 そして話は、どうして空閑くんは最上さんに会いに来たのかというのに移りました。

 父親の有吾さんに何かあったのではないか。

 それの応援を求めるためにここ三門市に来たのではないか。

 ならば次の遠征はどうするか。

 などと話し合っていると、改造ラッドの解析が終わった鬼怒田さんが会議室に戻って来ました。

 なので話を一旦打ち切り、全員で会議室に設置してあるレーダーを見てみると、三門市全域に潜伏している改造ラッドが一気に映し出されました。

 ……レプリカさんから話を聞いていましたが、実際にレーダーを見てみると、いかにこの事態が危険な状態だったのかがよくわかります。

 三門市全域が数千を超える改造ラッドの反応で真っ赤じゃないですか。

 レーダーを見ていた全員が満場一致ですぐに討伐ということになりました。

 

――ただ。

 

「ボーダーの全勢力を使っての討伐はやめておいた方がいいかと」

「どういうことだね三輪くん? 三門市に住む人々のためにも1秒でも早く駆除すべきだろう?」

 

 私の提案に対して根付さんが反論しました。

 確かにレーダーに映っている大量の改造ラッドを見ると、一刻も早く解決したい衝動に駆られますが、今回の場合はそうしてしまうと、少し不味くなってしまう可能性があります。

 

「今回のイレギュラー(ゲート)で攻めてきたほとんどのトリオン兵が戦闘用なんですよ」

「なるほど。第2次近界民侵攻か」

 

 私の答えに、忍田さんが納得したように答えました。

 そうです。戦力増強が目的ならこの混乱に乗じて捕獲用トリオン兵を中心として送り込むのが普通なのですが、相手はこの状況に、爆撃型や戦闘型のトリオン兵を中心に送り込んできました。

 なので相手の目的はこちらの人間を攫うことではないのでしょう。

 では何なのか、と考えて頭に浮かんでくるのは、早ければ来月にも起きてしまう第2次近界民侵攻です。

 数ヶ月以内に侵攻すると仮定した場合、捕獲用トリオン兵で人を攫って自国の兵士として育てるよりも、戦闘用トリオン兵を使ってこちらの戦力を削り、そして把握する方が効果的でしょうし。

 この改造ラッドを送り込んだ相手国と第2次近界民侵攻の国が同じかどうかはわかりませんが、どちらにしてもこちらの戦力がわかってしまうようなやり方は避けるべきです。

 考え過ぎかもしれませんが、幸いタイムリミットまであと4日程あるんですから、やれるならやるべきです。

 

「はい、なので、出動する隊員の数を絞った方がいいかと」

「わかった。この件に関しては一任する」

 

 その後、ボーダーの戦力を悟られないように出撃する部隊の数を調整しながら、今日を含めて3日間で、三門市にいる全ての改造ラッドを討伐することが決まりました。

 

 そして私と沢村さんが、急ぎでそのシフトを作成することも決まりました。

 沢村さんすいません。今度忍田さんとの食事会をセッティングしますので。

 

 

 

 

 

 

 ――そして2日後の夕方

 

『反応はすべて消えた』

「よ~し、みんなよくやってくれた。作戦完了だ」

「皆さまおつかれさまでした」

 

 レプリカさんの撲滅宣言のより、晴れて今回のイレギュラー(ゲート)問題の解決となりました。

 

 隊員のみんなも早く解決したかったのでしょう。本来なら深夜ぐらいまでかかる予定でしたが、みんなの頑張りで予定よりも早く完了することができました。

 三雲くんもホッとしていますし、悠一さんも背筋を伸ばして喜んでいます。

 苦労して改造ラッドを討伐する人数も調整したので、これで多分ラッドを送った相手もボーダーの戦力は測りきれてないと思います。

 

「空閑くん、ありがとうございました」

「お礼がしたいんだけど、何かいるか?」

 

 今回のことは間違いなく空閑くんとレプリカさんのおかげです。空閑くんはボーダーの数の力のおかげで解決できたと思っているようですけど、その数の力も空閑くん達がイレギュラー(ゲート)の原因を解明してくれなければ、活かすことさえもできませんでしたから。

 そしてこのお礼は任務を遂行できたボーダーの隊員としてだけではなく、私達の住む、この三門市を守ってくれた住民としてのお礼でもあります。

 本当はお礼として最上さんを紹介したいんですが、それはできないので、それ以外でなら、なんて思いながら返事を待っていると。

 

「じゃあ、オサムのクビ取り消してよ」

 

 その言葉に、私や三雲くんだけじゃなく、未来が見えるはずの悠一さんまで驚きました。

 

「それはいいんですけど、それだけでいいんですか?」

「うん、それだけでいいよ」

「おい、空閑!」

 

 空閑くんの要求を三雲くんが止めようとします。本来は空閑くんが受け取る筈の功績を代わりにもらうのは嫌なんでしょう。

 いや、もしかしたら三雲くんは空閑くんがこちらに来た目的を知っているのかも。空閑くんに自身の目的を優先してほしいから、空閑くんを止めようとしているのかもしれません。

 

 ――だけど。

 

「だってオサムは何も悪いことをしてないだろ」

 

 何でもないように言った空閑くんのその言葉に、制止しようとした三雲くんの手が止まりました。

 そう、三雲くんは何も間違っていません。口には出せませんが、個人的には例外を作らない隊務規定の方が間違っていると思っています。

 話を聞いただけの私でさえ三雲くんは悪くないと思っているんですから、実際に現場にいたであろう空閑くんは余計にそう思っているんでしょう。友達なら尚更です。

 

「わかった、上に伝えとくよ」

 

 私と悠一さんは空閑くんと約束しました。

 

 

 

 そして私と悠一さんは、三雲くんの件とは別に今回の件のお礼をするために、空閑くんとレプリカさんを私達の所属しているボーダー玉狛支部へ招待しました。

 そしたら空閑くんが、三雲くんと、三雲くんの幼馴染であり、最近友達になった雨取千佳ちゃんも一緒に連れて行ってもいいかと聞かれたので、三雲くんにお願いして千佳ちゃんを呼んでもらいました。

 

 ……雨取千佳ちゃん。彼女は第2次近界民侵攻において最も重要なキーマンであり、そして同時に最も命の危険が高い人物でもあります。

 どうしてかはわかりませんが、悠一さんの予知では、第2次近界民侵攻は千佳ちゃんを中心に展開していくことになると出ていますから。

 そして千佳ちゃんはボーダーの隊員ではなくて、三門市に住むただの一般市民です。

 なので千佳ちゃんをボーダーで保護するのか。

 三門市から引っ越してもらうのか。

 それともボーダーに入隊して一緒に防衛戦に参加してもらうのか。

 ボーダーとしては未だ決めかねている状態です。どの選択肢もメリットとデメリットがあり、そして正解がない難しい問題です。

 なので近いうちに千佳ちゃんに会って事情を話し、そして千佳ちゃん自身に選択してもらうつもりだったんですが、イレギュラー(ゲート)問題が発生してしまい、後回しになってしまっていました。

 そして私達がイレギュラー(ゲート)問題に対処している間に、千佳ちゃんはどうやら〝最後のピース〟である空閑くんと知り会っていたようです。

 

 ……あまり、こういう言い方は好きではありませんが、何か、例え未来が見えていたとしても、どうすることもできないような、運命的な何かを感じてしまいます。

 

 

 

 しばらく待っていると、雨取千佳ちゃんがやって来ました。千佳ちゃんは空閑くんと同じくらい背丈の、何だか守ってあげたくなるようなかわいらしい女の子ですね。

 千佳ちゃんは初めて会う私や悠一さんに少し驚いていましたが、千佳ちゃんに経緯を説明すると、千佳ちゃんは2人が活躍したことをまるで我が事のように喜んでくれ、そして玉狛支部に行くことにもOKもらいました。

 そして千佳ちゃんも加わり、みんなで玉狛支部に向かう道中、どうやら空閑くんはこちらの世界の食べ物に興味があるという話になりました。

 今回の功績で三雲くんがB級に昇格するだろうから、お祝いも兼ねてお鍋でも食べようか。そうなんです、三雲くん昇格しますよ。

 なんて和気あいあいと楽しく向かいました。

 

 

 

 そして玉狛支部に到着すると、案内のため先に玄関を開けた悠一さんが固まりました。

 後ろで不思議に思っている私達に、悠一さんが呟いた「この未来は読めなかった」という言葉がやけに耳に残りました。

 気になって玄関の向こうを見ると、そこにはアットホーム感が売りの玉狛支部とは最も程遠い人物がいました。

 

「君が空閑の息子か。話は聞いている」

 

 ……なんでここにいるんですか城戸さん。

 

 




城戸司令|/// |・ω・)ノ やぽ~| ///|


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第3話 笑顔の意味(後編)

なんとか5月中に投稿できました。


 あ……ありのまま今、起こったことを言います。みんなで仲良く玉狛支部に帰ったら城戸さんが出迎えてくれました。何を言っているかわからないと思いますが、私もまた、何を言っているのかわかりませんから。幻覚の副作用(サイドエフェクト)だとか、烏丸くんがトリガーで化けた姿でもない、とんでもないものの片鱗を味わってしまいました。

 

 ……と言う訳で、どういうことなのかと、私達が来るまで城戸さんの応対をしていた「まあまあ、メガネどうぞ」でお馴染みの、玉狛第一部隊のオペレーターである宇佐美栞ちゃんに、そっと聞いてみました。

 すると栞ちゃん曰く、城戸さんは、私達なら空閑くんを玉狛支部に連れて来るであろう、と予想していたらしく、イレギュラー(ゲート)の問題が解決した直後くらいに玉狛支部に訪れると、それから応接室で、ずっと狙撃手(スナイパー)の誰よりもイーグレットが似合う顔をして待っていたとのことです。

 

 近界民(ネイバー)である空閑くんの人柄を直接判断するために待っていたと思うんですが、事前にアポぐらい取って下さい。ことの顛末を説明している栞ちゃんが、若干涙目になっているじゃないですか。

 

 そんな城戸さんですが、城戸さんはボーダー本部最高司令官であると同時に、現在ボーダー内の最大派閥である〝近界民(ネイバー)は絶対許さないぞ主義〟の筆頭でもあります。

 そのあまりもの近界民(ネイバー)嫌いに、ボーダー内では某検索エンジンが自然と自主規制になってしまう程です。

 なのでいくら旧ボーダー本部だからとはいえ、近界民(ネイバー)のエンジニアであるクローニンさんがいて、しかも〝近界民(ネイバー)にもいいヤツがいたなら仲良くしようよ主義〟であるボーダー玉狛支部に来ることなんてもうないんだろうなと思っていたのでビックリしました。

 

 やっぱり烏丸くんがトリガーで化けた姿なんじゃないかと思い、目を細めて城戸さんをもう一度よく見ました。

 すると城戸さんの首元に光る黒いペンダントがチラリと見え、一気に頭が冷えました。

 

 ……そうですよね、やっぱり持って来てますよね。黒トリガー〝黒沼〟。

 

 黒沼とは、私と悠一さんがエスタンシアに遠征に行った際に、友好の証として、姫さまから譲渡された黒トリガーのことです。

 その能力はトリオンの無限吸収。対象に触れると、それが例え国のような大きな物であっても、中にある全てのトリオンを吸い尽くしてしまうという、凶悪すぎる黒トリガーです。

 もちろん国を構成しているトリオンを全て吸い尽くそうとすれば、時間にして数ヶ月は掛かりますし、手からしか吸収できないという欠点がありますが、相手に触れさえすれば、文字通り殺すことも可能な代物です。

 

 これを持って来たということは。

 

『ただし、私がその近界民(ネイバー)をボーダーの隊員にふさわしくないと判断した場合、私自らその近界民(ネイバー)を処分する』

 

 この前の会議で言った、あの発言を実行しに来たのでしょう。

 

 城戸さんがいるので、鍋パーティーは後回しですね。

 

 私は栞ちゃんに目配せをしたあとに千佳ちゃんを見ると、栞ちゃんはそれだけでおおよそ理解してくれて、千佳ちゃんを別室へと案内しました。さすが玉狛の誇る敏腕オペレーターです。

 千佳ちゃんも城戸さん(の顔)を見て、ただ事ではないと思ったんでしょう。素直に栞ちゃんの後をついて行きました。

 

 そして部屋から出て行く2人を、三雲くんが縋るような目で見送ってました。

 気持ちはわかりますが、諦めて下さい。

 

 

 

 

 

 

 そして現在応接室には、私と悠一さんと城戸さんに三雲くんと空閑くん。そして現在は空閑くんの指輪の中で待機しているレプリカさんの計6名となりました。

 

「まずは座りたまえ」

 

 城戸さんはテーブルを挟んで対面にあるソファーに、空閑と三雲くんを座らせました。

 私と悠一さんも突っ立っている訳にもいかないので、空いているソファーに座りました。

 

「私はボーダー司令の城戸だ。まずは今回のイレギュラー(ゲート)問題の解決の協力に、ボーダーを代表して礼を言わせてもらう」

 

 そう言うと、城戸さんは対面に座る空閑くんと三雲くんに頭を下げました。

 城戸さんが頭を下げるだけでも驚きなのに、しかも近界民(ネイバー)である空閑くんにまで頭を下げていることに、ダブルで驚きました。

 

「それはどうも。おれは空閑遊真です。こちらこそなりゆきでしたので」

 

 城戸さんの礼に対して、空閑くんも頭を下げ、礼で返しました。

 緊張のためか、三雲くんは立ちあがって頭を下げています。

 

 そしてそのまま城戸さんと空閑くんの、ボーダーの未来を決めると言ってもいい話し合いがスタートしたのでした。

 

「さっきおれのことを〝空閑の息子〟と言ったけど、きどさんは親父のことを知ってるの?」

「ああ、空閑……有吾は、むかし我々とともにボーダーの基となる組織を作った仲間だ」

「ほうほう、それはそれは」

 

 有吾さんという、空閑くんと城戸さんの共通の話題があるせいか、近界民(ネイバー)近界民(ネイバー)嫌いにもかかわらず、2人の話し合いは驚くほどスムーズに入りました。

 

 

 

 そしてしばらく有吾さんの話題で盛り上がっていた2人でしたが(城戸さんのは、ほとんど有吾さんに対する愚痴でした)、ついに城戸さんが今回の核心に触れました。

 

「こちらの世界に来た目的は何だね?」

「おれの目的は、親父の友達のモガミソウイチに会うことだよ」

 

 やはり悠一さんの言う通り、最上さんに会うことでしたか。

 

「どうして最上に会いに来たのかね?」

「親父が死んだから」

 

 空閑くんのその言葉に皆ビックリしました。特に城戸さんは目を見開いて驚いています。

 有吾さん、亡くなっていたんですか。

 

「……有吾が死んだというのは本当か?」

「うん。親父が『俺に何かあったら最上に頼れ』って言ってたから来たんだ」

「……そうか」

 

 最上さんに会いに来た理由は、有吾さんの遺言だったからなんですね。

 

「遊真の親父さんに何があったのか……いや、遊真が今まで何をしてきたのか詳しく教えてくれないか?」

「うん。いいよ」

 

 悠一さんの言葉に頷くと、空閑くんはゆっくりと、自身の過去を話してくれました。

 

 

 

 

 

 

 空閑くんは物心ついた時から、父である有吾さんと一緒に近界(ネイバーフッド)の国々を旅をしていて、そして行く先々の国で、その国のトリガーや、風土、人口などの調査などをしていたそうです。それに加えて、旅先で困っている人がいたら、その手助けなどもしたりしながら、有吾さんと楽しく旅をしていたとのことです。

 

「親父は、その国の歴史や文化とトリガーの関係がおもしろいと言っていたな」

「それはおもしろそうですね」

「そう? おれにはわからん」

 

 あるえー?

 

 そんな旅の途中で、かつて色々とお世話になった防衛隊長がいる国、カルワリアが敵の侵攻を受けていると聞いた空閑くんと有吾さんは、今までの恩を返すため、急いでカルワリアに向かったそうです。

 

「カルワリアでは何をしようと?」

「親父はムチャクチャ強かったし、おれは親父に鍛えられていたから、戦闘で役に立つと思ったんだ」

 

 事実、カルワリアでの防衛において、圧倒的な戦闘力を持つ有吾さんは当然として、そんな有吾さんに鍛えられていた空閑くんも、そこそこ活躍できていたそうです。

 

 ですが、それがいけなかったと。

 周りから頼られて自分の実力を過信した空閑くんはある日、『待機していろ』と言った有吾さんの忠告を無視して戦場に飛び出してしまい、そして戦場にいた敵の黒トリガー使いによる奇襲を受けてしまったそうです。

 ボーダーのトリガーのようにベイルアウト機能などなく、その場でトリオン大量流出により、トリオンによる戦闘体が解除されてしまい、そして生身にも致命傷を負ってしまった空閑くんの人生は、そのまま終わる筈でした。

 

 だけど、そんな瀕死の状態の空閑くんの前に、父である有吾さんが現れました。

 

 ――そして、有吾さんは『なにやられてんだ』と笑うと。

 

 

『俺がすぐ助けてやる』

 

 

 そう言うと、有吾さんは文字通り、自らを黒トリガーに変えて、空閑くんの命を救ってくれたそうです。

 

「では、空閑くんの指にあるのは……」

「うん、これはその時おれを助けてくれた、親父の黒トリガーなんだ」

 

 空閑くんは、自身の指に嵌めてある黒トリガーを撫でるように触りながら答えました。

 空閑くん、黒トリガー使いなんですね。

 

 そして意識が戻った空閑くんが見たのは、有吾さんの黒トリガーによって元に戻った自分の体と、黒トリガーになったことによって、空閑くんの目の前で白い塵になって崩れていく有吾さんの体だったそうです。

 

 その後も『親父と始めたことだから』と、カルワリアでの戦争に参加し続けた空閑くんは3年後、カルワリアが無事に講和したのを見届けると、有吾さんの言葉に従い1年程掛けて、ここ三門市に来たそうです。

 

 

 

 ……えっ? ということは。

 

「空閑くんて、今何歳ですか?」

「おれ? 15歳だけど」

「へ、へぇ~。だと思ってましたよ。うん」

「トモエさんて、つまんないウソつくんだね」

 

 ああ、しまった! 空閑くんは嘘を見抜く副作用(サイドエフェクト)を持っているんでした!

 

 そしてその嘘を見抜く副作用(サイドエフェクト)も、元々は有吾さんの副作用(サイドエフェクト)だったそうですが、空閑くんが有吾さんの黒トリガーを受け継いだ時に、何故か一緒に受け継いだそうです。

 

 有吾さんの黒トリガーによって、自身をトリオン体にすることで生きながらえることができた空閑くんですが、トリオン体には成長機能がないので、現在の空閑くんの体は、ずっと助けてもらった11歳のあの日のままだということ。

 そしてトリオン体の中に納められている、空閑くんの本当の体は少しずつ、本当に少しずつですが、今も確実に死に向かっているとのことです。

 

「……最上に会いに来たのは、遺言以外にも、元の体に戻るためか?」

「ううん、ちがうよ」

 

 城戸さんの問いを否定した空閑くんに驚きました。てっきり自分の体を完治させるために来たと思ったんですが。

 三雲くんも驚いているところから、三雲くんも同じ考えだったのでしょう。

 

「おれは黒トリガーになった親父を生き返えらせたくて、モガミさんに会いに来たんだ」

 

 空閑くんは、有吾さんの形見である自身の黒トリガーにそっと触れながら。

 

「おれがこうなったのは、あの日、親父の忠告を聞かなかったせいだから」

 

 だから、おれの体が元に戻る方法はいいんだ、と。

 

「親父が死ぬ瞬間、親父はなぜか笑ってたんだ。おれが親父の言うことを聞かなかったからそうなったのに。なのにどうしてか、笑っていたんだ。それを、どうしても聞きたいんだ」

 

 空閑くんは寂しそうに笑いながら言いました。

 ……空閑くんは、父親である有吾さんが最期に見せた笑顔の意味を知りたくて、今まで生きてきたんですね。

 

 でも、それでは、空閑くんはこのままでは……。

 

「……まず謝っておこう。君の父親と同じく、最上も黒トリガーになってしまったので会わせることができない」

 

 城戸さんは、本当に申し訳なさそうに答えると、再度、空閑くんに頭を下げました。

 

「そして、迅」

「はい」

 

 城戸さんに呼ばれた悠一さんは、空閑くんの前のテーブルに、そっと黒トリガー〝風刃〟を置きました。

 

「我々もまた、黒トリガーになった最上を生き返させる方法を知らない」

 

 空閑くんは自身の副作用(サイドエフェクト)で、城戸さんの言っていることに嘘がないこともわかっているのでしょう。風刃を見たまま黙って聞いています。

 

「だが、いずれ黒トリガーから人に戻す研究もしてゆくつもりだ」

 

 城戸さんは、空閑くんをまっすぐに見て言いました。

 空閑くんも顔を上げ、城戸さんをしっかりと見ました。

 

「空閑くん。ボーダーに入る気はないかね?」

 

 城戸さんが空閑くんをボーダーに入隊を勧めました。

 近界民(ネイバー)を憎んでいる城戸さんが、有吾さんの息子とはいえ、近界民(ネイバー)である空閑くんをボーダーの隊員としてふさわしいと認めた瞬間でした。

 

 

 

「三輪くん、説明したまえ」

「は、はい。かしこまりました」

 

 そしてそのまま、城戸さんに話を引き継がされた私は、空閑くんと三雲くんに、悠一さんが視た未来を、早ければ来月にも、ここ三門市に大量の近界民(ネイバー)が攻めてくる、第2次近界民侵攻のことを大まかに説明しました。

 その説明に2人とも驚いていましたが、その近界民(ネイバー)達の狙いは、なぜか千佳ちゃんだということを説明すると、どこか納得しているようでした。聞いてみると、どうやら千佳ちゃんは、文献に乗るレベルの大量のトリオンを保有しているらしいので、ほぼ間違いなくそれが原因なのでしょう。

 なので空閑くんには、ぜひボーダーに入隊してもらい、私達と一緒に千佳ちゃんを守ってほしいと、私と悠一さんからもお願いしました。

 

 ――そして、空閑くんの答えは。

 

 

 

 

 

 

「そうか、入隊の意思がないものをボーダーに入れる訳にもいくまい」

 

 城戸さんはそう言うと、本部に帰って行きました。その背中が少し寂しそうなのは、私の気のせいじゃないと思います。

 

「……ボーダーに入る気はないんですね?」

「うん。きどさんは言わなかったけど、おれがボーダーに入るといろいろ大変なんだろうし」

 

 空閑くんは、来たる第2次近界民侵攻で、ボーダーに手を貸してくれることは約束してくれましたが、ボーダーへの入隊は断られてしまいました。

 空閑くんは千佳ちゃんが無事守られたのを見届けると、近界(ネイバーフッド)に帰るとのことです。

 

「空閑……」

 

 三雲くんが寂しそうに空閑くんを呼びます。

 先程空閑くんの言ったその言葉は正解であり、そして間違いでもあります。

 

 私が空閑くんに声を掛けそうとしたその時。

 

「まあ、決めるのは本人だ」

 

 悠一さんが遮るように声を掛けました。

 らしくない突き放した発言に、私は思わず悠一さんを見ましたが、悠一さんはさらに言葉を続けます。

 

「だけど、お前の人生、これからもきっと楽しいことがあるよ」

 

 そして、その言葉をもって、城戸さんと空閑くんの話し合いが終了したのでした。

 

 

 

 城戸さんがいた衝撃で忘れていましたが、本来はイレギュラー(ゲート)問題の解決のお礼に、空閑くん達に鍋をご馳走するために呼んだのでした。

 なので、もう夜になってますが、今から鍋パーティーをするため、空閑くんと三雲くんは千佳ちゃんを呼びに行きました。

 なら私はお鍋の準備をしようと、台所に向かおうとしましたが、悠一さんに呼び止められました。そういえば悠一さん、得意料理がお鍋だったから自分でやりたいのかな?

 なんて思っていると、空閑くんの件の報告ために一緒に支部長室に行こうとのことです。ああ、確かに林道さんに今回の結果を報告しないといけませんもんね。

 

 

 

「……これでよかったんでしょうか?」

 

 支部長室に向かう途中、思わず隣にいる悠一さんに尋ねてしまいました。

 

「決めるのは本人だよ。巴」

「それは、そうなんですが……」

 

 でもでも、空閑くんは黒トリガー使いですし、人柄も城戸さんがボーダーの隊員にふさわしいと認める程です。だから、もう少し強引に勧誘しても……。

 ……いや、違いますね。私は、そして三雲くんも、空閑くんが残りの人生を近界(ネイバーフット)の国々で目的もなくただ旅をすると思うのが、どうしてもイヤなのでしょう。

 別に目的もなく生きることが間違いだとは限りませんし、旅をした先で新たに目的を見つけるのかもしれません。

 そしてなにより、本人の意思もなしにボーダーに入れようとするのは間違っています。

 だから悠一さんも私を制したのでしょう。

 それに先程悠一さんは空閑くんに、『これからもきっと楽しいことがある』と言いました。なので空閑くんの未来は明るい筈です。

 

 ……だけど、どこか割り切れない。そんな思いを抱えながら支部長室に入りました。

 するとそこには、我らが玉狛のボスである林道さんがいました。

 林道さんはとっくに玉狛支部に帰って来ていたんですが、空気を読んで応接室には入らずに、ここ支部長室で今回の報告を待ってくれていました。

 

「ボス。入隊届2枚と転属届1枚ある?」

「もちろんあるぞ、迅」

 

 林道さんはニッと笑うと、机の引き出しから入隊届2枚と転属届を1枚を出すと、それらを机の上に並べました。

 

「悠一さん! これって!」

 

 嬉しさのあまり、自分でも声が弾んでいるのがわかります。

 

「千佳ちゃんも含めて、3人は間違いなく玉狛(ウチ)に入るよ。俺とお前の副作用(サイドエフェクト)がそう言ってる」

 

 優しく微笑みながら、いつもの決めゼリフを言う悠一さんを見て、私は益々嬉しくなるのでした。

 

 

 

 

 

 

 ここは本部にある会議室。

 本部に帰った城戸はまず、迅に巴、林道を除いたボーダー上層部(いつものメンバー)を会議室に集めた。そして皆に、自分が今まで玉狛支部にいたことや、最後のピースである空閑遊真に自ら接触していたことを伝えた。

 聞いていたメンバーは、イレギュラー(ゲート)問題の解決直後の忙しい時に、一体何やっているんだと思わないでもなかったが、皆黙って聞いていた。大人である。

 

「それで、どうでしたか? 有吾さんの息子は」

「有吾の教育がよかったのだろう。ボーダー隊員として、人格に問題はなかった。また第2次近界民侵攻での協力も約束してくれた」

 

 城戸のその言葉にワッと沸く一同。

 唯一の最後のピースボーダー入隊反対派が認めたのだ。それだけでなく、こちらへの協力も約束してくれた。

 色々あったが、これでひと安心。と思っていると、

 

「だが本人は、外部としての協力のみで、ボーダーに入隊する意思はないようだ」

 

 城戸のその言葉に、場は再び、ざわつき出した。

 

「それは、何故?」

「自身が近界民(ネイバー)だと自覚しているからだろう」

 

 城戸のその答えに、会議室にいる全員が納得した。

 

 ここ、三門市において、近界民(ネイバー)とは敵であり、排除すべき存在なのだ。

 それは今まで近界民(ネイバー)が三門市の人達にしてきたことを考えれば当然だ。奴ら近界民(ネイバー)がしてきたことといえば、基本街を破壊して、そこに住む人達殺すか連れ去るかしかしていない。

 城戸司令が筆頭である、近界民(ネイバー)排除派がボーダー内最大派閥なのは、当り前と言っていい。

 むしろ、近界民(ネイバー)にもいいヤツがいたら仲良くしようぜという玉狛支部がおかしい。まあ玉狛も、街を破壊して人を攫うような近界民(ネイバー)とは仲良くするつもりはないが。

 

 近界民(ネイバー)である空閑もわかっていたのだろう。

 自分がボーダーに入れば、周りの人達が嫌な思いをするかもしれないと。また近界民(ネイバー)である自分を招き入れた上層部を、部下の隊員達が不審がるかもしれない、とも。

 だから空閑がボーダーの入隊を断ったのも理解できる話なのだ。

 

 さて、話は終わりだと、根付は立ち上がり会議室を出ようと席を立った。

 メディア対策室長として、イレギュラー(ゲート)関連の仕事がまだ残っている。

 だがドアノブに手を掛けた時に違和感に気づく。

 振り返ると、根付以外の全員が会議室の椅子に座ったままなのだ。

 皆、本日解決したばかりのイレギュラー(ゲート)問題の後処理がまだ残っているであろうに、何故動かない?

 話は終わったのではないか?

 根付が疑問に思っていると。

 

「待っているのですよ」

 

 皆と同じく椅子に座っている唐沢がポツリと呟いた。

 何を、と根付が思っていると。

 

「迅くんと三輪くんが、今頃最後のピースである空閑くんを説得している筈です。だから、待っているのですよ」

 

 そう言うと、唐沢は胸ポケットから煙草を取り出すと、それを口にくわえ火をつけた。

 どうやらしばらくは、ここで来るかもわからない2人の報告を待つようだ。

 周りを見てみると、皆同じ意見のようで、会議室から出ようとしていない。

 

 そう、皆――――迅と巴を、未来を見透かすことができる青年と、そしてそれを補佐する彼女に期待しているのだ。

 今回のイレギュラー(ゲート)問題も、原因を解明したのは空閑であり、その彼との繋がりを得たのは三雲だが、事態の解決に導いたのは、迅と巴なのだ。

 あの2人は、今までボーダーに様々な功績をもたらしてきた。

 それは何も、防衛、遠征任務に限ったことではない。

 警察や消防との合同訓練の実施。三門市総合病院との業務提携。迅の災害予知における内閣総理大臣とのホットラインの作成など、数に上げたらキリがない。

 そして近界民(ネイバー)である空閑のボーダー入隊は、そんな2人の案なのだ。

 なので皆、このまま終わるとは思えなかった。

 

 まあいい、もうしばらくはここで待ってみよう。そう思いながら根付は席についた。

 

 

 

 そしてしばらくすると、会議室に林道からの通信が入った。

 

『おっ、城戸司令。それに皆さんもお揃いで』

「我々が、ここに集まっている理由はわかるだろう?」

『ええ、まあそうですね。事後報告になりますが、ボーダー玉狛支部長林道匠は、空閑遊真、三雲修、雨取千佳、以上3名のボーダー玉狛支部への入隊、及びに転属を承認致しました』

 

 林道のその言葉に、会議室にいる城戸を除いたメンバーに安堵の笑顔がともる。よほど嬉しいのだろう、忍田はガッツポーズをして喜んでいる。

 そして皆、やはり迅と巴がやってくれたか、と思っているが、実際に空閑を説得したのは、三雲と千佳である。

 

「――いいだろう。本部としても空閑遊真、三雲修、雨取千佳、以上3名のボーダー玉狛支部への入隊、及びに転属を認める」

『承りました。だけど城戸司令、いいんですか?』

 

 城戸は林道の言っている意味がわかった。そして自分に気を使っていることにも。

 確かに何も思うことがない訳でもない。

 

 ――だが。

 

「問題ない。なぜなら空閑は近界民(ネイバー)ではない」

『はい?』

「やつは、有吾の息子だ」

『……そうですね』

「それに……」

『それに?』

「いや、なんでもない。ボーダーは君たちの入隊を歓迎すると伝えておけ」

 

 城戸はそう言うと通信を切った。

 最上が、そして有吾もいなくなってしまった。だが、有吾の息子がボーダーに入ってくれた。

 そう思っていると、皆がこちらを見て驚いている。

 

「何ごとかね?」

「いえ、城戸司令が笑った顔を久々に見たもので」

 

 城戸の疑問に、忍田が代表して答えた。

 城戸司令が人前で笑ったのを見たのは、一体何年振りだろうかと。

 

「……私だって笑う」

「まあ、そうですよね」

 

 城戸のどこか拗ねたような物言いに、忍田がクスッと笑いながら同意する。

 そうなのだ。かつて最上や有吾がいた頃などは、皆でよくバカをやって笑っていたのだ。

 

 ――だから、城戸が笑ったのは。

 

「……少し、昔を思い出しただけだ」

 

 そう言うと、城戸は、かつての日々を懐かしむように微笑んだ。

 

 

 




城戸:空閑遊真のボーダー入隊を認める。

――完――

太刀川、風間:えっ!?

ハーメルンに数多くのワールドトリガーSSがあれど、黒トリガー争奪戦もなく空閑がボーダーに入るSSなんて、このSSしかあるまい。と、言ってみる。
いや、もしかしたら他にもあるかもしれないけどさ。



城戸さんが持っている黒トリガーの説明

黒トリガー〝黒沼〟
適合者:城戸正宗
能力:手で触れた物のトリオンを吸収する。

迅と巴がエスタンシアに遠征に行った際に、そこでのクーデターを阻止したお礼として贈与された黒トリガー。手で触れた物のトリオンを吸収するが、その吸収速度は速く、また際限がない。通常の人間だと触れた瞬間に、黒トリガー使いでも4,5秒くらいで全トリオンを吸収して殺害することができる。
弱点は手で直接触れないといけないこと。能力が尖りすぎているので、戦闘では他のトリガー使いとの連携が必要不可欠なことがある。
なので城戸司令も戦闘には一切使わず、普段は空気中に漂うトリオンや、解析が終わった敵のトリオン兵のトリオンなどを吸収して、それを本部基地内のトリオンに貯蔵するといった使い方をしている。だが大多数の隊員達には、隊務規定違反者にも使用されると思われている。仕方ない。
ちなみに適合者が城戸司令なのは、彼しか適合者が居なかったため。初めは適合者が城戸司令しかいないことに皆疑問に思ったが、能力を聞いて納得した。仕方ない。



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第4話 するべき事と、これから

説明回です。読んでいて何か説明くさいなあと思ったら、それは筆者の実力不足ではなく、説明回だからです(説明)。


 空閑遊真、三雲修、雨取千佳の3人が、近界(ネイバーフッド)の世界にいるであろう千佳の兄である雨取麟児と、友達の春川青葉を探すためにボーダーに入隊した翌日、ボーダー玉狛支部のリビングに3人とレプリカはいた。

 3人と1体は同じソファーに並んで座っていて、目の前には、『目指せ! 遠征部隊までの道のり!』と書かれたホワイトボードがある。

 そしてそのホワイトボードの横にはメガネを掛けた美少女とメガネを掛けていない美女が立っている。1人は宇佐美栞、もう1人は三輪巴である。

 ちなみに迅は、三雲達とは別のソファーでぼんち揚を食べながら様子を見ている。

 

「さて、皆さんは、これから千佳ちゃんのお兄さんと友達を探すために、近界(ネイバーフッド)への遠征部隊を目指す訳ですが……」

 

 巴の説明を聞きながら、宇佐美がホワイトボードに色々と書き込んでいく。

 

「ボーダー内ランクのA級にならないと、遠征部隊の選抜試験を受けられません」

 

 巴がホワイトボードをコンッと叩きながら、きっぱりと断言する。

 事実、何かと危険が多い遠征部隊は、ボーダーの精鋭と言われるA級隊員であることが最低条件なのだ。

 そしてホワイトボードには、食物連鎖を表す図のような三角形が書かれてあり、その三角形の上辺にA級、真中にB級、そして底辺にはC級と書いてある。

 

「入隊試験に合格し、戦闘員としてボーダーに入隊した人達はまず、訓練生であるC級隊員からのスタートになります」

 

 C級と書かれた所に、何故かメガネを掛けてる空閑と千佳のマグネット(宇佐美特製)が貼られる。

 

「そして、C級隊員達には、そこから様々な隊員育成プログラムを受けてもらいます」

 

 宇佐美がホワイトボードに、地形踏破訓練や対近界民(ネイバー)戦闘訓練といったプログラム内容を書き込んでいく。どれも近界民(ネイバー)と相対するのに必要不可欠な訓練だ。

 

「そして、それらの訓練等で好成績を残すと、晴れて正隊員であるB級隊員へと昇格するのですが……」

 

 B級の所には、何故か冷や汗をかいている三雲のマグネット(芸が細かい)が貼られてあり、そこの位置に空閑と千佳のマグネットを移動させる。

 

 ただ今回はですね、と巴は前置きをすると。

 

「城戸司令直々のスカウトとなる遊真くんと千佳ちゃんは、入隊試験免除のうえ、訓練生のC級隊員ではなく、三雲くんと同じ正隊員のB級隊員からのスタートになります」

 

 その言葉に、三雲と千佳が驚く。空閑はよくわかっていないようだが、宇佐美も事前に迅と巴から聞いた時にはビックリしたのだ。間違いなくボーダー創設以来、初めての事態である。

 

「城戸司令がスカウトすると、いきなり正隊員からスタートになるんですか?」

 

 三雲が感心したように尋ねた。

 本部司令直々の推薦だとこういった特典がつくのか、と思っていると。

 

「そんな訳ないじゃないですか」

 

 そんな訳なかった。

 

 確かにボーダーの隊員にスカウトされると、入隊試験試験免除などの特典があるが、訓練も何もしていないのに、いきなり実際に近界民(ネイバー)と戦う正隊員からのスタートなんていうのは本来なら有り得ない。

 だが、今回はそうせざるを得ない理由があった。

 

「遊真くんと千佳ちゃんは、一刻も早くB級隊員になってもらう必要があるからです。……千佳ちゃんはわかりますか?」

 

 一刻も早くという言葉に、千佳はハッと気づく。

 

「……早ければ来月の初めにも、その、沢山の近界民(ネイバー)が攻めてくる、あの……」

「はい、そうです。第2次近界民侵攻です」

 

 巴がそのことをあえて千佳に質問したのは、本人に強く自覚してもらうためだ。

 迅の予知では、第2次近界民侵攻は、ボーダーと敵勢力による雨取千佳の奪い合いになる可能性が高いと出ている。

 それは彼女が類い稀なるトリオンを保持しているからだろう。

 にもかかわらず、千佳は今まで近界民(ネイバー)と直接戦った経験がない。敵からすれば、雨取千佳はカモがネギを背負っているどころの話ではない。黒トリガーがそのまま道に落ちてるようなものだ。

 

「B級になれば、近界民(ネイバー)との戦闘にも参加できますし、使うトリガーも正式なものになりますから」

 

 C級隊員は訓練生なので、訓練以外のことは隊務規定により禁止されている。

 なので第2次近界民侵攻時に、空閑と千佳がC級隊員だった場合、基本戦闘行為ができないうえ、万が一戦うにしても訓練用のトリガーで戦わなければいけなくなってしまうのだ。

 まあ空閑の場合は、父の形見の黒トリガーがあるが。

 

「だから、城戸司令がスカウトしたというのは、2人がいきなりB級隊員からスタートするのを、周囲に納得させるためです」

 

 第2次近界民侵攻のことは、まだボーダー上層部と一部の隊員、あとは内閣総理大臣を初め、三門市長に警察や自衛隊、あとは病院のトップといった、ことが起きてしまう前に色々と準備が必要な機関にしか伝えていない。

 それは、下手なタイミングで知られることで、三門市に住む人達にパニックを与えないようにするのと同時に、敵にそのことを知らせないためでもある。

 なぜなら迅の予知では、この時期に大量の近界民(ネイバー)が攻めてくることを発表すると、敵の数が4割から6割程増えると出ている。

 ほぼ間違いなく、敵は今の時期に攻めて来ているトリオン兵達から情報を集めて解析しているのであろう。

 なので、第2次近界民侵攻のことは、まだ世間には伏せておかなければならない。だからこそ、周りが納得できるような理由や箔が必要なのだ。

 

「あの……大丈夫なのでしょうか?」

 

 おずおずと、質問をしたのは千佳だ。

 確かにこの方法はズルをしているとも取れるし、もしバレたのなら色んな人に、特に城戸司令に迷惑を掛けるのではないかという思いがよぎる。

 

「う~ん。多分大丈夫じゃないかな」

 

 答えたのは迅だ。

 ボーダーという組織は基本実力社会なのだが、親のコネでA級1位の太刀川隊に入った唯我尊という前例があるせいか、規定が厳しいわりに、以外とそういった一面があったりもする。

 なので、バレたのならバレたで色々とやりようはあったりするのだ。

 

「それに、これはメガネくんにも言ったけど」

 

 迅は千佳を見ると。

 

「パワーアップは、できる時にしといたほうがいい」

 

 でないと、いざって時に後悔するぞ。

 と、いつものヘラヘラした顔をせず、真剣な顔をして言った。

 過去に“何か”があったのだろう。重い言葉だった。

 

「悠一さんの言う通りですよ。『訓練用トリガーだから連れ去られました』ではシャレになりませんから」

『迅と巴の言う通り、万全の状態で臨むべきだ』

 

 迅の言葉に巴、レプリカが同意する。

 敵の狙いが千佳である可能性が高い以上、千佳には万全の状態でいてもらわなければならない。

 

「なあ千佳、やめるのなら今のうちだぞ」

 

 千佳がボーダーに入るのを、正確には入る時期を変えるように言っているのは三雲だ。

 昨日さんざん話し合った結果、三雲は千佳がボーダーに入るのは納得したが、第2次近界民侵攻に参加するのは現在も反対なのだ。

 いくらトリオン保有量が多いとはいえ、千佳は何の訓練も受けていない一般人に過ぎない。それが来月にも起きてしまう侵略戦争に参加すると言うのだ。反対しない方がおかしい。

 トリオン保有量が少ない自分と比べなくても、千佳は才能がある。敵が侵攻してくるのが1年後、いや、せめて半年後ならばここまで反対しなかったのかもしれない。でも実際、早ければ来月の初めには大量の近界民(ネイバー)が、トリオンの多い人間を求めて攻めてくるのだ。

 三雲には、これから攻めてくる近界民(ネイバー)達が、千佳を浚いにやって来るとしか思えなかった。

 

「心配してくれてありがとう、修くん」

 

 千佳は三雲の目をしっかりと見て。

 

「でもわたし、第2次近界民侵攻に参加する」

 

 そして、はっきりと宣言した。

 

「どうして!?」

 

 千佳のその言葉に、思わず三雲は大声を出してしまう。

 だが、誰もそのことに関して咎めることもなく、ジッと2人の様子を見ている。

 迅の予知に頼らなくてもわかる。ここが2人のターニングポイントだと。

 

「修くん、昨日言ってたよね?」

 

 それは、とても優しそうな声で。

 

 

「『自分が〝そうするべき〟と思ったことから一度でも逃げたら、きっと本当に戦わなきゃいけない時にも逃げるようになる』って」

 

 

 このセリフは、昨日空閑に『オサムはなんで死にかけてでも人を助けるんだ?』と聞かれた時に答えたセリフだ。一度、自分に言い訳をして逃げてしまうと、肝心な時でも逃げるようになってしまうと。

 

「わたしもそう思うよ。だから、逃げたくないの」

 

 千佳は、自分が〝そうするべき〟と思うことを言った。〝逃げたくない〟と。

 みんなが自分を守るために戦っている中で、自分だけ逃げたくないと。そして、兄と友達を探すという目的からも逃げたくない、とも。

 

「――わかった」

 

 三雲は納得した。納得せざる負えなかった。

 〝危ないから参加しないでおこう〟と考えている人間が、遠征部隊の一員に選ばれる訳がないし、ましてや近界(ネイバーフッド)の国の中で囚われているであろう兄や友達を見つけられる筈がない。

 千佳にとって第2次近界民侵攻に参加することは、とても意味があることなのだと、三雲は理解させられてしまった。

 

「もちろん、私達ボーダーも千佳ちゃんが捕まらないように全力を尽くしますよ」

「そうだよ。全力でサポートするよ~!」

「大丈夫だよ、千佳ちゃん。未来なんてなんとでもなる」

『そうならないために我々がいる』

「そうだな。せっかく友達になったしな」

 

 リビングにいるみんなの気持ちが千佳に伝わる。とてもあたたかくて、そして強い気持ちだ。

 

 今まで、それこそ第1次近界民侵攻以前から、千佳はそのトリオンの保有量の多さから度々近界民(ネイバー)達に狙われてきた。

 だがボーダーが公になる前だったこともあり、周りの大人達は誰も千佳の言うことを信じようとしなかった。信じてくれたのは兄である麟児と、友達の春川、そして幼馴染で、今も目の前で自分を心配してくれている三雲しかいなかったのだ。

 そして現在、千佳の前には三雲しかいない。

 兄も春川も千佳の代わりに近界民(ネイバー)達に連れ去られてしまった。

 以来千佳は人に頼ることを恐れて、誰にも頼らずにたった1人で近界民(ネイバー)と戦ってきた。トリガーを持っていない千佳は、近界民(ネイバー)達と直接戦わず、ただひたすら見つからないように逃げるしか方法がなかった。それでも、千佳は今までずっと1人で戦ってきたのだ。

 

 そんな千佳を助けたくて三雲はボーダーに入った。ボーダーに入ればきっと千佳を助けられると、そう信じて。

 

 そして現在千佳の周りには三雲を初めとして、沢山の人達が、それこそボーダーと言う組織が千佳を守るために力を貸してくれている。

 千佳は、それは三雲のおかげだと思っている。三雲が〝そうするべき〟ことをしてきたおかげだと。

 だから、自分も〝そうするべき〟ことをすれば、きっと大丈夫。

 だって今の自分には、こんなにも頼りになる人達がいるのだから。

 

「……ありがとう……ございます」

 

 千佳は立ち上がると、そう言って頭を下げた。

 その言葉にどれだけ意味が込められているかは、本人以外はわからない。

 だけど、それを聞いた皆がさらに決意を固めには十分な言葉だった。

 

「それでは、説明を続けますね」

 

 巴は優しく微笑むと、説明を続けた。

 

 

 

 

 

 

「――そして、1月8日の正式入隊日でB級になった3人は、自分達の部隊を作って本部に登録することができますので、3人で部隊を編成してもらいます。そしてその後、ボーダー隊員同士の模擬戦、通称ランク戦をくり返し、ランク戦上位2チームがA級チームとの昇格戦を行い、勝てば晴れてA級に昇格です」

 

 B級の所にある3人のマグネットをA級の所に押し上げる。

 

「あとはA級部隊のみを対象とした選抜試験に合格すれば、遠征部隊に選ばれるという仕組みです」

 

 A級の所にある3人のマグネットを遠征部隊と書かれた所に移動させる。

 

「まあ、つまり三雲くん達3人で部隊を作って、その後ランク戦で勝ちまくればそのうち遠征部隊に選ばれます」

 

 身も蓋もない言い方だった。

 

「ふむ、わかりやすい」

 

 空閑には好評だった。

 

 

 

 

 

 

 そして話はランク戦に移行して。

 

「ランク戦と言うのは、要するにチームでする模擬戦のことです。自分達で作った部隊と他の人達が作った部隊で模擬戦を繰り返し、ボーダー内での強さの順位を決めようというものです」

 

 3人と1体のトリオン兵が巴の説明に頷く。

 

「そしてボーダーの部隊は、実際に近界民(ネイバー)と戦う戦闘員と、そんな彼らを支援するオペレーターによって構成されています」

「トモエさん。オペレーターってなに?」

「レプリカさんみたいなものです」

「なるほど」

 

 これも身も蓋もな言い方だが、間違ってはいない。

 なぜならオペレーターの仕事は、戦闘員のサポートだからだ。

 狙撃ポイントの割り出しに、敵の位置情報解析に移動経路予測、自分達の逃走経路の確保など、レプリカが普段空閑にやっていることとあまり大差がない。

 事実オペレーターの役割を話すと、レプリカも納得したように頷いていた。

 

「皆さん戦闘員志望なので、オペレーターは栞ちゃんが兼任してくれることになりました」

「3人ともよろしくね~!」

 

 宇佐美の挨拶に返事を返す一同。

 

「ランク戦っていつからできるの? 今日から?」

 

 質問をしたのは空閑だ。

 早く戦ってみたいのだろう、ウズウズしている。

 

「3人がランク戦に参加できるのは来年の2月ですね」

「……ながいな」

 

 実際ランク戦はシーズン途中に参加することができないので、3人が参加できるのは、次のシーズンが始まる来年2月からになる。第2次近界民侵攻の後になる可能性が高い。

 

「はい。なので、ここで言いたいのは、このランク戦で組む部隊が、そのまま防衛任務でも一緒に戦うチームでもあるということです」

 

 巴の言葉にハッする3人と、なるほど、と頷く1体。

 

「つまり、皆さんで第2次近界民侵攻に挑むことになるということです」

 

 もちろん迅や巴といったボーダーの隊員達も一緒に戦ってくれるメンバーなのだが、彼らは彼らで自分達の役目があるので、常に一緒に戦ってくれるとは限らない。

 だけど三雲に空閑、そして千佳の3人は同じチームの仲間なので、第2次近界民侵攻中はずっと一緒にいることになるのだ。

 

 そしてこれが、空閑と千佳をB級に上げる最大の理由だ。

 第2次近界民侵攻時には、C級隊員は単独行動をさせず、まとまって行動させる予定なので、2人をC級隊員にしておくと最悪の場合、千佳と一緒に、他のC級隊員達まで連れ去られてしまう可能性が出てくる。

 もちろんボーダーとしても、そんなことをさせるつもりなどないが、可能性がある以上排除させるべきだし、何より近くにC級という足手まといがいると、B級以上の隊員達も千佳を守りにくくなってしまう。

 なので実は今回の、空閑と千佳の2人をB級からスタートさせるという案も、ボーダー上層部内では、前例がないにもかかわらず、満場一致で可決されてたりするのだ。

 

 

 

 

 

 

「それでは次に戦闘用トリガーの説明をしますね。栞ちゃん?」

「はいはーい。これがボーダーのトリガーだよ」

 

 宇佐美は、3人の目の前にあるテーブルに、ボーダーのトリガーが内蔵されているトリガーホルダーを置いた。

 自分達がこれから使って行く武器だ。

 ほうほう、と3人と1体は興味深そうに覗き込むように見ている。

 

 ああ、そう言えば、と迅は言うと。

 

「遊真の黒トリガーは、防衛任務はともかく、ランク戦では使えないぞ」

「ふむ……なんで?」

「黒トリガーは強すぎるからな。自動的にS級扱いになってランク戦から外されるんだ」

「なんと!」

「おれもランク戦に参加する時は風刃を本部に預けてるからな」

「ふむ……そうなのか。じゃあ使わんとこ」

 

 あとは本部承認のトリガーでないことも理由に挙げられる。

 宇佐美がオペレーターを務める玉狛第一部隊がランク戦に不参加なのもこれが理由だったりする。

 

「あの、すいません。質問いいですか?」

 

 質問を希望しているのは三雲だ。何やら聞きたいことがあるようだ。

 

「はい、もちろんいいですよ」

「あの、迅さんと三輪さんは、同じ部隊にいるんですよね?」

「そうですね。私は悠一さんが隊長を務める迅隊のメンバーですよ」

 

 昨日の鍋パーティーで、三雲は玉狛支部にある2つの部隊、玉狛第一部隊と迅隊が両方A級ランクにいる部隊だと聞いていたので、その時にふと疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「玉狛第一の人達には昨日の鍋の時に会ったんですけど、迅隊の人達は迅さんと三輪さん以外まだ会ったことがなくて。一体どんな人達かなと思って」

 

 玉狛第一のメンバーである小南桐絵に烏丸京介、そして隊長の木崎レイジとは、昨日の鍋パーティーの時に出会ったが、迅隊のメンバーは、まだ迅と巴以外会ったことがないので、三雲は一体どんな人達だろうと実は秘かに気になっていたのだ。

 

「いませんよ?」

「…………はい? えっどうして?」

「いやだって現在迅隊は、隊長の悠一さんとオペレーターの私の2人組の部隊ですから」

 

 この子何言っているの? みたいな顔で巴は言っているが、これは巴のほうがおかしい。

 ボーダーのランク戦は皆、本部承認の共通のトリオン体に、共通のトリガーで戦うのだ。単純に数の差は脅威だし、1人では連携もできないので圧倒的に不利になる。

 実際のランク戦でも、序盤に1人になってしまったチームが勝利することなどまずありえない。三雲が思わず聞き返したのも当然だ。

 でもこれが、A級ランク2位部隊の迅隊のメンバー構成なのだ。

 結局この質問でわかったのは、迅のデタラメさだけだった。

 

 

 

 

 

 

「で、これがトリガーホルダーの中身ね」

 

 宇佐美は強引に話を戻した。

 

 3人と1体は分解されたトリガーホルダーの中を覗き込むと、そこには、小さなチップが上4つ下4つの計8つが中に入っていた。

 宇佐美の説明によると、いわゆるトリガーとは、このホルダーの中にある小さなチップのことで、この小さなチップが使用者のトリオンをどういう形の武器として表に出すのか決めているという。このホルダーの場合、チップが8つあるので、合計8つの武器を表に出して戦うことができるとのことだ。

 

 宇佐美がホルダーの中にある上4つのトリガーを指さし。

 

「こっちが利き手用の(メイン)トリガーで、こっちが反対の手用の(サブ)トリガーね。両手で2種類同時に使うことができるの」

 

 利き手用に収められている主トリガーの中からどれか1つと、反対の手用に収められている副トリガーの中にあるどれか1つを左右同時に出して戦うことができる。

 つまりその時の戦況に応じて、(メイン)トリガーの中にある4つの武器と、(サブ)トリガーの中にある4つの武器を選んで変えることができるのが最大の特徴だ。

 

「そして戦闘員には、戦う距離に応じて主に3つのポジションがあるんだけど……」

 

 巴はホワイトボードに近距離攻撃手(アタッカー)、中距離攻撃手(シューター、ガンナー)、遠距離攻撃手(スナイパー)と書き込んでいく。どうやら使用するトリガーによって戦うポジションが変わるようだ。

 

「まあ、百聞は一見にしかずと言うし、実際に使ってみよっか?」

 

 このあと本部に用があるためリビングに残った迅に見送られながら、皆で支部の地下にあるトレーニングルームへと移動した。

 

 

 

 

 

 

 ――玉狛支部トレーニングルーム001号室。

 

「どうなってるんですか? これ……。基地の地下にこんな広い部屋があるなんて……」

 

 トレーニングルームに入った三雲は、地下とは思えないその広さに驚いていた。建築的な面からみても明らかにおかしい。

 

『トリガーで空間を創っているからね。だから実際はそこまで広い部屋じゃないよ』

 

 別室から何やら操作している宇佐美の声が聞こえる。

 トリガーで空間を創る?

 三雲と千佳が疑問に思っていると。

 

「三雲くんや千佳ちゃんは、トリガーを近界民(ネイバー)と戦う武器だという認識だったりします?」

「あっはい。そうです」

「違うんですか?」

 

 巴からの質問に、三雲と千佳が揃って答える。

 三門市に住む人達は、ボーダーの隊員達がトリオン兵らと戦う際に、よく『トリガー()()』と叫びながら戦っているので、どうしてもトリガー=武器という認識が強かったりする。

 

「トリガーというのは、近界民(ネイバー)文明の根幹を支えている技術(テクノロジー)の総称のことです。それは武器に限らず、近界(ネイバーフッド)の国々では、生活のあらゆる所でトリガーが使われているんですよ。それに、レプリカさんも言ってみればトリガーですから」

 

 そう言われて、三雲と千佳は思わずレプリカを見る。この様々な特殊能力を持ち、人間以上の知能を誇る自立型トリオン兵もまた、トリガーなのだ。そう考えると空間を創ることも造作もないような気がする。まさに“とりがーのちからってすげー”である。

 

「まあ、その便利なトリガーも、トリオンという燃料がなければ作動しない訳ですが」

 

 そしてトリオンは〝人間〟からしか生成されない。

 だからトリオン保有量が多い千佳は常に狙われてしまうし、近界(ネイバーフッド)の国々でも戦争が絶えない理由の1つとされている。

 

『だけどこのトレーニングルームは現在、仮想戦闘モードにしてあるから、どれだけトリガーを使ってもOKだよ』

 

 宇佐美のその言葉に反応したのは、三門市出身の三雲と千佳ではなくて。

 

「えっ? それどういうこと?」

『詳しく説明して欲しい』

 

 近界(ネイバーフッド)出身の空閑とレプリカだった。

 

『開発したのは、ボスと鬼怒田さんだから詳しくは知らないけど……』

 

 それでもいいなら、と宇佐美は前置きすると。

 

『仮想戦闘モードってのは、コンピューターとトリガーをリンクさせてトリオンの働きを疑似的に再現するモードなの。なので実際にトリオンを消費してる訳じゃないから、継続的な戦闘訓練ができるって訳なんだ』

「ふむふむ、つまりトリオンが減らない訓練モードか。便利だな~」

『なるほど。トリオンを疑似的に再現しているだけだから、実際にトリオンを消費しない代わりに相手にダメージも与えられないという訳か。確かに訓練に相応しいモードだ』

 

 宇佐美の説明に、空閑とレプリカも納得したようだ。

 

『そういう訳で、今ここではどれだけトリガーを使っても大丈夫だから、巴さん、トリガーの説明お願いしますね』

「はいは~い、了解しました。栞ちゃん」

 

 そう返事をして、巴は三雲に空閑、千佳の3人のほうに向くと。

 

「それでは今からボーダーにある全てのトリガーの説明をしますので、3人にはこれからその全てのトリガーを試してもらいます」

 

 その言葉に、空閑とレプリカは納得しているようだが、三雲と千佳は驚いている。

 

「あの、どうして全てのトリガーを試すんですか?」

 

 トリガーの数は多く、攻撃用トリガーだけでもアタッカー用にガンナー用、シューター用にスナイパー用があり、それに加えて防御用トリガーやオプショントリガーといったものまである。1つ1つのトリガーを試していたら、間違いなく日が暮れてしまう。

 だからせめて攻撃用トリガーだけでも、自分のポジション用のトリガーに絞ったほうがいいのではと思い、三雲は質問したのだが、

 

「いや、だって今度このトリガーを使う人達と一緒に戦うからでしょ?」

 

 何でもないように言った空閑の一言に、三雲と千佳は揃って「なるほど」と納得した。

 そうだ、これは単に自分達が使うトリガーじゃなくて、第2次近界民侵攻や防衛戦でボーダーの仲間達が使用するトリガーでもあるのだ。一緒に戦う仲間達が使用するトリガーを知らない場合、連携どころか、足を引っ張ってしまう可能性だって出てしまう。

 

『それに、ランク戦で戦う相手のトリガーを知るためでもあるのだろう』

 

 空閑の説明にレプリカが補足する。

 3人の本来の目的は、第2次近界民侵攻に生き残ることではなく、遠征部隊の1員として、近界(ネイバーフッド)にいる千佳の兄と友達を見つけることだ。

 なので今後ボーダーで行われるランク戦や遠征部隊の選抜試験で模擬戦をする場合に、相手のトリガーの性能を知っていると、その対策も立てやすくなることにも繋がる。

 

「そういうことです」

 

 何か先程からこのパターン多いなと思いながら、巴も同意する。

 空閑のこの中学生とは思えない合理的な考え方は、今までの人生経験もあるだろうが、間違いなく父親である有吾の影響なのだろう。

 

「まず、アタッカー用トリガー〝スコーピオン〟の説明からしますね?」

 

 これは戦闘員としては、自分が教えられるようなことはないのかもしれない。

 巴はそう思いながら、スコーピオンを起動させた。

 

 

 

 

 

 

 そして3人は、巴の説明を聞きながら、1つずつトリガーを起動させていった。

 

 黒トリガーレベルのトリオン量を誇る千佳が、シューター用トリガー〝アステロイド[通常弾]〟を使用した時の、その分割されたトリオンキューブのあまりの大きさに千佳を含めた全員がビビったり。

 逆にオペレーターレベルのトリオン量を誇る三雲が、千佳と同じようにアステロイドを使用した時の、その分割されたトリオンキューブのあまりの小ささに、空閑が思わず「なんか角砂糖みたいだな」と呟いて三雲を落ち込ませてしまったり。

 そして類い稀なる戦闘センスを持つ空閑が、オプション用トリガー〝グラスホッパー〟を僅か数回でものにして、そのあまりのセンスの高さに全員が脱帽したりと。

 

 3人は、ボーダーの戦闘員が使用する全てのトリガーを実際に試し、そして試した感想を言い合いながら、自分に合う合わないを、1つ1つ時間を掛けてしっかりと確認していった。

 

 

 

 

 

 

 ――そして4時間後。

 

「どうです? 使うトリガーとポジションは決まりました?」

 

 巴の言葉に自信を持って頷く3人と1体。

 4時間もかけてポジションとトリガーを選んだのだ。もうこれしかないという気持ちがある。

 

「1つ言っておきますが、これで完成じゃありませんからね?」

 

 頷く空閑とレプリカに、驚く三雲と千佳。

 どうでもいいが、空閑とレプリカは優秀すぎるし三雲と千佳は驚きすぎである。

 

「戦う相手やその時の状況によって、トリガーは変えるべきだからな」

『それにトリガー技術(テクノロジー)は日々進化している。今後自身に合うトリガーが制作される可能性もある』

「確かにそれもありますが……」

 

 空閑とレプリカの言っていることは間違いではない。その場に応じてトリガーを変えられるほうが戦いの幅が広がるし、A級ランクになれば自分好みにトリガーをカスタマイズできるから、その時にトリガー構成も変わるのだろう。

 でもそれ以上に、巴は3人に伝えたいことがあった。

 

 ――それは。

 

「あなた達自身が、まだ成長途中ですから」

 

 三雲と千佳はもちろんだが、空閑もまだ15歳の中学3年生なのだ。

 巴は空閑をしっかりと見ると。

 

「これからあなた達3人は様々なことを経験していきます」

 

 例えばそれは、学校や玉狛支部で過ごす日常であったり。

 例えばそれは、ボーダーでのランク戦や防衛任務、そして近界(ネイバーフッド)への遠征であったり。

 例えばそれは、自分の至らなさ故に足を引っ張ってしまった時の、皆への申し訳なさや自身への不甲斐なさだったり。

 例えばそれは、千佳の兄や友達を救出した時にした握手やハイタッチの感触だったり。

 これからの人生、3人は沢山のことを学び、そして成長していくのだろう。

 

 ――だから。

 

「だからこのトリガー構成は、あくまで現時点での最適な組み合わせに過ぎないのですよ」

 

 巴の言ったことは、別に特別なことではない。むしろ当たり前のことだ。

 でもそんな当たり前のことを、巴は人生の先輩として3人に、特に自身の境遇からか、どこか達観している空閑にどうしても伝えたかったのだ。

 人生は、まだまだこれからだと。

 

「わかりました」と言う三雲と千佳に対し、空閑は少し驚くと。

 

「これからもご指導とごべんたつのほどを」

 

 よろしくお願いします。と頭を下げた。

 

 

 

「さて、皆さん。1つ言い忘れていましたが、先程話した空閑くんと千佳ちゃんのB級スタートの件ですが、実は上層部から1つだけ条件をもらっています」

 

 その言葉に驚く3人。

 でも確かに今回のことは、ボーダー創設以来初めての事態らしいので、一体どんな条件なんだろうかと思っていると。

 

「それは『三雲修、空閑遊真、雨取千佳、以上の3名が、1月8日の正式入隊日の時点で正隊員レベルの実力を所持していること』です」

 

 巴は上層部から出された条件を読み上げる。

 それは、正隊員からスタートするのだから、正隊員としてふさわしい実力を持てという、至極真っ当な条件だった。空閑と千佳の件なのに、さりげなく三雲も条件に含まれているところがポイントだ。

 その条件を聞いて「なるほど」と納得している空閑と千佳だが、今から3週間ほどで1人前になれと言っているのだ。唯一その条件の大変さを理解している三雲は、冷や汗をかきながら「ハハハ」と苦笑いしている。

 

「なので3人には、明日から玉狛支部で特訓を受けてもらいます。そう、通称――迅ズブートキャンプを」

 

 なぜか巴は目から星のようなものをキランと出しながらドヤ顔で宣言した。

 

 修行編が始まる。

 

 

 




このssでのA級ランクは、
1位――太刀川隊
2位――迅隊
3位――冬島隊
4位――風間隊
5位――草壁隊
6位――三輪隊
7位――嵐山隊
8位――加古隊
9位――片桐隊
ランク外――玉狛第一隊
となっています。
迅悠一率いる迅隊がランク戦に参加したことで太刀川隊以下が1つずつ順位を落としている状態です。
そして巴の弟の秀次が、迅を倒すために努力しまくった結果、三輪隊の順位が原作より上がっています。
ちなみに原作よりもボーダーに所属している人が多いという設定があるので、B級は28位まであります。




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幕間 太刀川くんと蓮さん

前回の最後に修行編が始まるとありましたが、修行編は幕間と模擬戦のあとになります。


 三雲修、空閑遊真、雨取千佳の3人が玉狛支部で、迅ズブートキャンプという名の猛特訓を受けている頃。

 

 ――12月21日。

 

 ここは、A級ランク6位である三輪隊専用の作戦室。

 他の隊員達がいない作戦室で、1人の女性隊員が黙々と作業をしている。

 

 その女性隊員の名前は月見蓮。

 三輪巴の弟である三輪秀次が隊長として率いている三輪隊のオペレーターだ。

 真ん中で分けた長い黒髪が特徴の美女で、冷静に淡々と、そして的確にオペレートする様は、その本人の美しい容姿と相まってボーダーにおける〝高嶺の花〟とまで言われてたりする。

 

 そんな彼女には、現在ちょっとした悩みがあった。

 

 ――それは。

 

「お~い、蓮はいるか!?」

「……入る時くらいノックしなさい」

 

 何度注意してもノックをせずに入って来る、このデリカシーのない幼馴染のことである。

 

 太刀川慶。

 月見蓮の幼馴染のヒゲであり、ボーダーA級ランク1位部隊、太刀川隊の隊長である。

 個人としては日本刀型トリガーの〝孤月〟を両手に持って戦う、いわゆる2刀流の近距離攻撃手で、ボーダー内のアタッカー及び個人総合ランクで3年連続2位の実力の持ち主でもある。

 3年連続で1位を逃しているとはいえ、ボーダー内で誰もそのことに陰口を叩く者は存在しない。なぜなら1位は、()()迅悠一であると同時に、太刀川自身も入隊してから今に至るまでの間、個人ランク戦では迅悠一以外に負け越したことが一度もないからだ。

 

 黒トリガーを使うS級隊員であり、『相手の強さを色で識別できる』副作用(サイドエフェクト)を持つ天羽月彦曰く、『他のA級の人達と違って、迅さんと太刀川さんは、忍田さんと同じ色をしている』らしい。

 つまり迅と太刀川は、単純な強さでは、ノーマルトリガーにおいてボーダー最強であり、〝別格〟とまで言われている忍田本部長と同じランクにいることになる。

 もちろん実際に戦えば、経験や諸々の差でまだ忍田のほうが強いが、ボーダー隊員の中でこの2人のみが、その別次元の領域に達しているともいえるのだ。

 

 そして蓮は、そんな太刀川の戦術面での師匠でもある。作戦立案や部隊指揮の仕方など、太刀川は部隊戦闘における全てを蓮に教えてもらったといえる。

 それは個人戦における戦闘の駆け引きやノウハウも同様で、『迅を越えるまで』と結成した2人の師弟関係は現在でも続いていたりするのだ。

 

 そんな師弟で幼馴染な関係の蓮と太刀川なのだが。

 

「太刀川くん、正座」

「えっ?」

 

 力関係は当然、蓮のほうが上である。

 

 

 

 

 

 

「太刀川くん、私が何故怒っているのかわかるかしら?」

 

 その切れ長の目で太刀川を睨みつける蓮。

 明らかに怒っている。

 

「いや、全く」

 

 答えたのは、現在蓮の前で正座して怒られている状態の太刀川。

 自分が何故怒られているのかわからないのにきちんと正座しているあたり、2人の力関係が如実に現れている。

 

 だが太刀川はつい先程まで遠征部隊の一員として近界(ネイバーフッド)の世界に遠征していたので、さすがの太刀川とはいえ、会っていきなり怒られるようなことはした覚えがなかった。

 

「花緒のことよ」

「花緒ちゃんが、どうかしたのか?」

 

 花緒というのは、蓮の妹である月見花緒のことで、B級中位グループ吉里隊に所属しているアタッカーである。

 

 オペレーターである姉の蓮と違って、妹の花緒は孤月を使って直接トリオン兵と戦う近距離攻撃手だ。

 なので姉である蓮は幼馴染であり孤月最強の隊員でもある太刀川に、妹の孤月での戦闘指導をお願いしたのだ。

 太刀川も蓮の頼みを快く引き受け、真面目に花緒の指導をした。

 その結果、花緒の実力もぐんぐんと伸び、現在では個人ランク戦における孤月のポイントも、マスタークラスと呼ばれる8000ポイントにあと少しというまでに実力をつけたのだ。

 

 ここまで聞くと何の問題もない話なのだが……。

 

「あなた、花緒に余計なこと教えたでしょう」

「…………あっ」

 

 覚えがあったようだ。

 

 蓮が言う余計なこととは、孤月の指導中の太刀川が花緒に、『孤月で攻撃を受ける時には「あっ」とか「んっ」とか色っぽく言うと相手が油断するぞ』と教えたことだ。

 

 どう考えてもセクハラである。

 

 だが、太刀川にも言い分があった。

 

「いや、花緒ちゃんにはちゃんと冗談だと言ったぞ!」

「実際に使ったのよ! ランク戦で!」

 

 そう、花緒は使ってしまったのだ。しかも大勢の観客が見ているランク戦の舞台で。

 

 元々B級下位グループの実力だった吉里隊だが、エースである花緒の活躍でこの前中位グループに見事ランクアップを果たしたのだ。

 

 だがその初めての中位グループとのランク戦で、吉里隊は他の中位グループの部隊からの洗礼を受けた。

 

 しっかりとした戦術に臨機応変な連携、そして何より個々の実力の高さ。あらゆる点が自分達より勝っていたのだ。

 事前に自分達吉里隊のこともしっかりと対策してきたのだろう。自分達の得意とするパターンに全く持っていくことができなかった。

 何より相手が悪かった。相手はボーダー随一の戦術家である、()()東春秋が率いる東隊。

 試合が始まっからずっと、吉里隊は何もすることができず東隊によって完全に抑え込まれていた。

 そして仲間が1人、また1人と落とされ、残るは花緒1人だけとなってしまう。

 

 そんな中、花緒はこの初めての中位グループとのランク戦で、どうにか一矢だけでも報いたいと思ったのだろう。何とか次に繋げたいとも。

 チラつくのは尊敬する師匠である、A級1位部隊隊長からの教え。

 恥ずかしい。でも、使えば、使えばもしかしたら……。

 

 結果として、花緒は使った。

 それは効果てきめんで、花緒が攻撃を受けた時に発した『やんっ』という恥ずかしくも色っぽい声に、相対していた東隊の小荒井(男子高校生)は大きな隙をさらしてしまった。

 そしてその隙を見逃さずに花緒は小荒井(男子高校生)を倒して、吉里隊は初の中位グループとのランク戦で見事1ポイントを得ることができた。そして、花緒は大事な何かを失った。

 

 幸いにも音声は拾えていなかったので、観覧室にいた観客の多くは何も気づくことはなかった。

 だが一部の隊員には、なんとなくだがあの瞬間に何かがあったのだろうと感づかれてしまった。花緒の姉である蓮もその1人だ。

 

 そしてその後すぐ蓮が花緒に問い詰めたところ、今回の件が明るみに出たという訳である。

 ちなみにランク戦後に対戦相手の東が上手くフォローしてくれたので、花緒が試合中に色っぽい声を出したことがボーダー内に広まるという事態はなんとか避けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

「おっ、ということは何も問題ないじゃ『ビシっ』痛ぇ!」

 

 ビンタである。

 

「あなた、声を出す以外も花緒に余計なこと教えたでしょう」

 

 それは蓮が花緒に問い詰めた時にわかったのだが、実は戦闘中に色っぽい声を出す以外にも、太刀川は花緒に胸を強調するような孤月の構えだったり、戦闘用の隊服をミニスカートにすると相手が油断すると教えていたのだ。

 もう言い逃れのできないレベルのセクハラである。

 蓮が怒っているのも当然だ。

 

「いや、手っ取り早く勝つにはどうしたらいいか聞かれたからさ」

 

 一応太刀川の言い分としては、弟子である花緒が『すぐに強くなるにはどうしたらいいですか?』という質問に対する、太刀川なりのコミュニケーションの結果なのだと。

 

 もちろん太刀川も最初は言ったのだ『そんな方法はない』と。

 戦いに勝つのに必要なのは戦力、戦術、あとは運ぐらいだ。どれも一朝一夕で如何こうできるものでもないし、仮にできたとしても当然敵もできるだろうから意味はないと。

 

 しかしそれでも花緒は食い下がってきたので、太刀川は花緒に諦めてもらうための方便としてそれらを言ったのだ。

 そしてそれらを聞いた花緒も胸を両手で隠しながら、『もう、師匠セクハラ!』と顔を真っ赤にして答えたので、太刀川は『そんな方法に頼りたくなければ地道に頑張れよ』と言って花緒に納得させたのだ。

 

 だから俺は悪くないと主張する太刀川に蓮はまったく、とため息を吐くと太刀川の言い分を理解した。

 個人的に幼馴染が冗談とはいえ妹にセクハラしたことには腹が立つが、なまじ指導の仕方としてはそこまで間違っていないのだ。

 ランク戦で使用したのも花緒自身の意思である以上、あまり強く怒れない。

 

 ――それに。

 

「そう言えばまだ言ってなかったわね」

「ん? 何がだ?」

「遠征お疲れ様、太刀川くん」

「おう今帰ったぞ、蓮」

 

 大した怪我もせず、無事に遠征から帰って来たのだ。

 まあ、今回は様々な要素が重なった不幸な事故だった、そう思うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

「で、何の用かしら?」

「おっ、わかるのか」

 

 物心つく前からの付き合いだ。それぐらいわかる。

 

「蓮て、俺に戦術を教えてくれてるよな?」

「そうね」

「それでほら、俺って今まで遠征に行ってただろ?」

「そうね」

「遠征に行ってる間って、大学のレポートできないだろ?」

「……そうね」

 

 なんだろう、もうこの時点で蓮はイヤな予感しかしなかった。

 物心つく前とか、そんなの関係なくわかる。

 

 太刀川はスッと立ち上がると、頭を下げた。とても綺麗なお辞儀だ。間違いなく風間や忍田相手にやり慣れているのだろう、とても美しいお辞儀だった。

 

「レポートの書き方もご教授下さい!」

「……なんで私が太刀川くんのレポートを手伝わないといけないのかしら?」

 

 当然の疑問である。

 

 かつて蓮は、東隊の隊長である東春秋の下で戦術のイロハを学び、現在では戦術面においての東の正統後継者とまで言われる程の戦術家だ。

 そしてその東から得た戦術面での知識を、他の隊員達にも伝授することによって、ボーダー内での戦術面での向上にも努めていたりする。太刀川もそんな蓮の弟子の1人だ。

 だが上記のそれは、蓮が太刀川のレポートを手伝うことと何の関係もなかった。

 

「本来は冬島さんが遠征の報告書を作る筈だったんだけど、遠征艇の船酔いでダウンしてさ」

「で?」

「それで風間さんが急遽遠征の報告書を作ることになったんだ」

「だから、それでなんで私が太刀川くんのレポートを手伝わないといけないのかしら?」

 

 蓮による絶対零度の視線が太刀川に突き刺さる。

 

 太刀川によると、どうやら本来なら風間がレポートを手伝ってくれる予定だったが、冬島の船酔いで手伝えなくなったので、蓮に助けを求めてここにやって来たとのことである。

 ちなみに風間は、元々太刀川のレポート何ぞ手伝うつもりなどなかったこともここに記す。

 

「……はぁ」

 

 いい年して、少年のような心ではなく、少年のような頭を持ってしまった幼馴染に頭が痛くなる。

 この、『頭が良さそうに見えるから』という理由だけでヒゲを伸ばすような幼馴染を持ってしまったのが運のつきなのだろうか。

 ……戦闘中は、かっこよく見えなくもないというのに。

 

「……いいわよ」

「……本当か!?」

 

 太刀川が下げていた頭を上げる。

 しかし蓮は、ただし、と付け加えると。

 

「明日の迅くんとの模擬戦に勝ったらね」

 

 そう言って条件を出した。

 明日は迅と太刀川による、月1で行われる恒例の1回勝負の模擬戦の日だから、それに勝てと。

 

 今年度の戦績は現在の時点で、太刀川の3勝5敗と迅が2勝リードしている。だからこの賭けは、太刀川にとっては分の悪い賭けになってしまう。

 ちなみに迅と太刀川のこの月1恒例の模擬戦はボーダー内での一種の名物となっていて、どちらが勝つのかちょっとした賭けまで(諏訪が同元で)行われていたりする。

 

「はっ、おもしろいな」

 

 太刀川はそう言うと笑った。獣のような獰猛な笑みだ。

 

 実はこの模擬戦方式で、10月11月と現在太刀川は2ヶ月連続で迅に負けている。

 それは偶々だとか、迅の作戦勝ちとか、そういうのではなく、単純に迅が強()()()のだ。

 

 特にここ最近の迅の強さは、はっきり言って異常だ。

 

 普通、隊員同士で10回勝負の模擬戦をする場合、10-0という結果になることはまずない。それは隊員同士が、同じトリオン体で同じトリガーを使って戦うからだ。同じ体で同じ武器を持って戦うのだ、多少経験やセンス、トリオン量に差があっても、そこまで一方的な試合になることは少ない。ましてや隊員とはいえ、学生同士の戦いなら尚更だ。

 

 それは迅や太刀川といった〝別格〟と呼ばれる隊員も例外ではなく、個人総合3位の二宮や4位の風間といった上位陣が相手の場合は勝ち越しはするが、何本かは落としてしまう。

 それは戦術が噛み合ったり、または駆け引きで上回ったり、もしくは偶々運が良かったりと、理由は様々だが、必ず勝機は存在する。

 

 なのに最近の迅には()()がない。予知の副作用(サイドエフェクト)があるせいか、迅に勝つのは実は太刀川に勝つ以上に大変だったりするのだが、それでも今まで何回かは上位陣も読み勝つことはできていたのだ。

 しかし最近の迅の冴えは鋭くて、上位陣でも読み勝てずに太刀川以外に負けなしという状態がしばらく続いている。

 

 隊員達の多くはこの冴えが一時的なものだと思っているようだが、蓮は、迅が一段階パワーアップしたのだと確信している。

 

 そして太刀川も気づいているだろう。あくまで現段階ではあるが、『自分は迅より劣っている』と。

 

 なので蓮は、もしかして太刀川が少し弱気になっているんじゃないかと思って今回の条件を出したのだが、目の前で笑う太刀川を見て、蓮は自身の考えが杞憂だったと改める。

 

 あれは、『自分が本気で勝つと信じている』そんな目だ。

 

「……本当、普段とは別人ね」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもないわ」

 

 才能があるダメ男を見るとつい構いたくなってしまうのは、間違いなくこの男が原因なのだろう。

 

 まったく、と蓮は先程までとは違った意味でため息を吐いた。

 

 

 

 ――決戦の時は近い。

 

 

 




月見さんと幼馴染というだけで、太刀川さんは勝ち組です(確信)。でも原作ではまだ会話したことないんですよねこの2人。
次回は迅さんと太刀川さんによる異次元バトルになります。




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第5話 ボーダーの頂き(前編)

実はこのssでやりたかったことの1つに、ノーマルトリガーによる迅と太刀川のガチ戦闘というのがあります。
あとトリガーについての独自解釈、オリジナル技がありますのでご了承下さい



 ――12月22日

 

 ここはボーダー本部内にあるc級用ランク戦室のロビー。

 本日行われる迅と太刀川の模擬戦を一目見ようと、年末が近く忙しい時期にもかかわらず、ロビーには沢山の人達が押し寄せている。

 

 2人の模擬戦なんて、それこそ年がら年中やっているのだが今日の模擬戦は違う。

 それは限りなく実践に近い形式だからだ。戦う場所は、ここ三門市と全く同じ地形で再戦なしの1発勝負。

 これは通常の10回での勝負の模擬戦などでよく見られる捨て試合を無くすためだ。複数回で模擬戦する場合、トータルで勝てばいいのだからと、どうしても最初の1試合目で様子を見たり、今後の布石のためにワザと負けるといった駆け引きがどうしても発生してしまう。

 

 だが実践は基本的に出会い頭の一発勝負。なので月に1回、そんな小細工を抜きにした言い訳なしの1回勝負の模擬戦を設けたのだ。単純にどちらが()なのかはっきりしようと。

 だからこの模擬戦は2人とも全力で戦うし、何より普段決して見ることができない2人の()が見られるのだ。

 

 今日はそんな2人の模擬戦を見ようと大勢の隊員達が、それこそ非番の隊員達のほとんどがこのロビーに集まっている。

 それだけではなくエンジニアの人達や忍田本部長の姿まで見えることから、この模擬戦に対する皆の関心の高さが伺える。

 

 ロビーにある一角で、1人の男がソファーに座り、腕を組み目を瞑って静かに精神統一をしている。黒色のロングコートを着用し、灰がかった癖のある髪に眠そうな目つき、そしてあごヒゲが特徴の男だ。

 

 

 

 男の名前は太刀川慶。

 A級1位太刀川隊の隊長にして、日本刀型トリガー〝孤月〟を扱う最強の隊員である。

 その実力は師匠の忍田本部長曰く『天才。才能だけを見れば俺や迅を越えている』とのこと。

 

 孤月はその形状故、本来は両手にしっかりと持って扱うトリガーである。

 なぜなら孤月は切れ味と頑丈さを売りにしているトリガーのためか少々重い。

 なので孤月を片手で、特に利き手ではない方の手で孤月を振っても、その重さ故上手く振ることができない。また相手が孤月を両手で持って攻撃してきた場合、片手だけでは相手の孤月を受けきれずに弾かれてしまう可能性が出てくる。

 なのでほとんどの孤月使いが、いざという時に孤月を両手で持てるよう1本装備なのに対し、太刀川は孤月を片手に1本ずつ両手に持って戦う2刀流の孤月使いだ。

 太刀川曰く『利き手だろうがなんだろうが、ちゃんと振れば片手でも振れるし、ちゃんと受ければ片手でも受けられる』とのこと。

 ちなみにそれができるのは、ボーダー広しといえども太刀川慶ただ1人。ライバルの迅や師匠の忍田でさえできない。

 

 だから太刀川慶は、ボーダー唯一の2刀流にして最強の孤月使いなのだ。

 

 

 

 そんな太刀川は現在ソファーに座って精神統一をしている。ただそれだけのことなのに太刀川の周りにはぽっかりとした空間ができてしまっている。

 なぜなら太刀川から伝わるそのピリピリした空気に誰も近づけないのだ。

 太刀川自身話しかけられたらキチンと答えるだろうし、その程度で怒るような人間ではないと皆理解している。なのに声を掛けられない。

 

 それは太刀川隊の仲間である出水と国近(ちなみに唯我は出禁)や月見姉妹も同様で、太刀川の精神統一の邪魔をしないようソファーから少し離れたところで見守っている。

 

 そんな中、精神統一をしていた太刀川が目を開いた。

 そのことに周りにいる人達が、もしかして精神統一の邪魔をしてしまったのかと焦ったが。

 

「なあ蓮、俺だけ先に来て待っているのって、何か俺だけ楽しみに待っているみたいで恥ずかしくないか?」

「いいから黙って精神統一してなさい」

 

 そうでもなかった。

 どうやら単に精神統一に飽きたらしい。

 

「太刀川さん、今日で良かったんですか?」

「ん? 何がだ?」

「いやだって昨日遠征から帰って来たばかりでしょう?」

 

 精神統一が終わったようなので、出水が太刀川に疑問に思っていたことを聞いた。

 出水自身、昨日まで遠征部隊のメンバーの1員として太刀川達と一緒に近界(ネイバーフッド)に遠征していたのだが、今現在の自分はベストコンディションとは言えない状態だ。

 見知らぬ世界に行き、それこそ死ぬかもしれないような目に遭ったのだ。もし自分ならもう少し心を整えてから今回の模擬戦に臨む。

 出水は何故太刀川が今から模擬戦をするのかわからなかった。

 

「いや、どうも遠征で不完全燃焼でな」

「……あれでっすか」

「ああ。それでどうしても本気で戦いたくてな」

 

 う~ん、と背伸びをしながら答える太刀川を、出水は信じられないものを見るような目で見た。

 

 太刀川達遠征部隊が行った国は現在戦争中だったため、太刀川達戦闘員は国の傭兵として戦争に参加しながら情報やトリガーを集めていたのだ。

 トリオン漏出しても〝ベイルアウト[緊急脱出]〟できないという状況の中、太刀川は様々な功績を上げ、結果としてその国の情報やトリガーといったものだけでなく、なんかよくわからない勲章(太刀川談)まで手に入れてたりするのだが、それらの出来事は太刀川にとって全て不完全燃焼なものだったらしい。

 

 やっぱこの人化け物だわと出水は思っていると、太刀川が立ち上がってロビーの入口の方を見た。それに釣られて全員の視線が入口の方へと向かう。

 

「……来たな」

「ええ」

「そうですね」

「だね~」

「えっ? どういう……?」

 

 師匠である太刀川の言葉に驚く花緒。

 姉の蓮や太刀川隊の仲間達も同意しているが、目的の人物である迅の姿はまだ見えない。

 花緒が疑問に思っていると。

 

「花緒、あなたも近界民(ネイバー)と戦うのならわかるようになりなさい」

「えっお姉ちゃん、何を?」

「空気が変わったでしょう?」

 

 蓮がそう言った直後、1人の男が4人の隊員を連れてロビーに入ってきた。

 

 その男は青色のジャージのような隊員服を着ていて、首にはブリッジ部のないサングラス。髪は赤みの強い茶髪でサイドを残したオールバック。そして何より全てを見透かすような青い瞳。

 

 間違いない、迅悠一だ。

 

 

 

 迅悠一。

 未来予知の副作用(サイドエフェクト)を持つA級2位部隊迅隊の隊長にして、変幻自在の軽量型ブレードトリガー〝スコーピオン〟を扱うボーダー最強隊員。

 

 その圧倒的な実力は個人ランク戦で3年連続で総合1位の座を守り続ける程で、1対1で戦えばまず負けない。

 しかも予知があるせいか、迅には狙撃どころか中距離からの攻撃さえほとんど当たらなかったりする。

 なので迅悠一率いる迅隊は、現在迅とオペレーターの三輪巴の2人部隊にもかかわらず、A級ランク2位の順位に就いているのだ。

 

 そして同時に〝物体に斬撃を伝播させる〟黒トリガー〝風刃〟を扱うS級隊員でもある。

 見える範囲でならどこからでも攻撃できる風刃は、迅のその未来が視える副作用(サイドエフェクト)と非常に相性が良く、それは同じ黒トリガー使いで、1度発動させれば周囲を更地に変える程の力を持つ天羽に勝ち越す程だ。

 

 迅はその未来が視える副作用(サイドエフェクト)を使って、三門市に訪れる様々な厄災を防ぎ、そして守ってきた。

 

 特に有名なのは4年半前に起き、現在でも〝悪夢〟とまで呼ばれている第1次近界民侵攻での活躍だろう。

 迅はその第1次近界民侵攻で師の形見である風刃を使い、37体ものトリオン兵の破壊し、3名の〝人型近界民(ネイバー)〟を殺害したことで、結果400名近くもの三門市民の命を救った過去を持っている。

 故にその実力と功績から、世間では迅を〝ボーダーの英雄〟と呼んで持て囃し、ボーダーもこのままではいけないと思いながらも、迅のその()に現在も頼りきってしまってる状態が続いている。

 

 

 

 ロビーに入った迅は太刀川を見つけると、すぐに太刀川の方へと向かって行った。

 そして迅の後ろには、その第1次近界民侵攻の時に命を助けられた1人である三輪巴に、最近玉狛支部に入った三雲修、空閑遊真、雨取千佳の姿が見える。

 どうやら4人も今回の模擬戦の見学に来たようだ。

 

「ありゃ、待たせちゃったかな?」

「いや、時間どおりに来たんだ。文句はないさ」

「遠征はどうだった? 大成功だったって聞いたけど?」

「いくつかトリガーを譲ってもらったが黒トリガーは無理だったな」

「そりゃそうでしょ」

 

 会って早々世間話をする2人。

 何せ久しぶりに会ったのだ。遠征でのことや、イレギュラー(ゲート)のことなど、正直色々と積もる話もある。

 

 だが、今はそれよりも模擬戦だ。

 太刀川は「さて」と世間話を早々に切り上げ。

 

「悪いが今回は本気で勝たせてもらう」

 

 迅に勝利宣言をした。

 勝つのは俺だと。

 

「それ先月も言ってたよね?」

「今回は本気の本気だ。何せレポートが懸かっているからな」

 

 迅の軽口にそう返す太刀川。

 実は太刀川慶と言う男。レポートの懸かった勝負では異常な程強い。

 絶対にレポートをしたくないという想いが驚異的な集中力を生み、背水の陣感がハンパなく出る。『何で大学に進学したのか』と皆が疑問に思うレベルだ。

 弟子の花緒には『手っ取り早く強くなる方法なんてない』と言いながら、自分にはちゃっかりとあったりする。

 ちなみ太刀川の後ろにいる花緒が、どこか納得できない顔をしながら師匠である太刀川をジト目で見てたりする。

 

「はははっ、それは確かに手強そうだけど太刀川さん、アンタの勝ちはないよ。おれと巴の副作用(サイドエフェクト)がそう言ってるからな」

 

 最初は笑っていた迅だったが、真剣な顔をすると太刀川にいつもの決めゼリフを言った。

 そしてこの決めゼリフを言ったあとの迅も何故か異常に強かったりする。

 ……強い人間は皆そういったものを持っているのだろうか?

 

「はっ、おもしろい。お前らのその予知、覆してやるよ」

 

 太刀川はそう言うと、転送をするためブースへと向かって行った。

 実は太刀川、()()()()()迅のその副作用(サイドエフェクト)があまり好きではない。

 なので太刀川は迅にそのセリフを言われると、必ずこう返すようにしているのだ。

 

「……太刀川さんなら、そう言うと思ったよ」

 

 そう言ってクスッと微笑むと、太刀川に続いて迅もブースに向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 転送が終わると、太刀川は軽く辺りを見渡した。

 

「警戒区域か」

 

 この模擬戦は地形でのハンデをなくすため、ボーダーの隊員達が最も戦い慣れしている三門市と全く同じ地形で戦うのだが、太刀川と迅が転送されたのは警戒区域だった。

 警戒区域とは、(ゲート)がよく開く区域のことで、その危険性のため普段はボーダー関係者以外の立ち入りを禁止している区域だ。

 

 だからだろうか。ここは戦闘シュミレーションルームで、自分と迅の2人しか存在しないにもかかわらず、まるで三門市で実際に戦うような錯覚を起こしてしまうのは。

 そしてその錯覚こそが、この地形で模擬戦をする1番の理由なのだろう。

 

 太刀川がそう結論づけると、前方に迅が転送されているのが見えた。

 

「……大体30mくらいか」

 

 太刀川はそう呟くと、鞘から孤月を抜き、そしてそのまま無拍子で横一線に振るった。

 

 

 

 ――旋空弧月。

 

 オプショントリガー〝旋空〟によって一時的にブレード部分が伸びた孤月による斬撃。

 

 旋空とは孤月のブレード部分を瞬間的に伸ばす弧月専用トリガーのことで、その伸ばすブレードの長さは、設定した起動時間と反比例の関係にある。

 つまり旋空というトリガーは、弧月が伸びている時間を短くすれば短くする程、孤月をより長く伸ばすことができるトリガーなのだ。

 

 そしてその伸びた孤月での攻撃のことを旋空孤月と呼ぶのだが、実は旋空孤月という技は難易度が異常に高い。

 考えてもみて欲しい、50m近くまで伸びた刀を振るのだ。

 普通に考えて振れるわけないし、ましてや狙ったところに斬れるなんてどれだけ難しいのか見当もつかない。

 

 しかも戦いの場では自分も相手も常に動き回っているので、旋空孤月を扱う隊員は、旋空の起動時間を最も旋空孤月が成功しやすい1秒で固定し、バムスターやバンダ―といった的が大きい大型のトリオン兵にしか使用しないのが一般的だ。

 

 にもかかわらず太刀川は、自分と迅の距離を30mだと把握すると、鞘から弧月を抜く瞬間に、射程が30mになるよう旋空の起動時間を設定し、そして刃を止めることなくそのまま旋空孤月を放った。

 

 距離にして30m近く離れているにもかかわらず、その伸びた孤月は、まるであたかも迅の首元に吸い込まれてるように伸びていく。

 

 旋空弧月を予備動作もなしに、しかも上半身のしなりのみで放つというスゴ技に、観客の誰もが、巴や忍田までもが当たると思った一撃は、迅に当たることなく、迅の背後にあった民家を真っ二つに斬った。

 

 まるで斬鉄剣で斬られたみたいに民家の上部分がズズズッと滑るように崩壊していく中、当の迅はすでに太刀川の背後に移動しており、太刀川に攻撃を仕掛けようとスコーピオンを握っている。

 

「いつの間に」「そんな素振りは見えなかった」と騒いでいる観客達の中で、個人総合4位で迅に次ぐスコーピオン使いでもある風間が、その光景を見て静かに。

 

「相変わらずテレポートのタイミングが上手いな」

 

 と、呟いた。

 

 

 

 オプショントリガー〝テレポート〟。

 視線の方向に使い手のトリオン体を瞬間移動させることができるトリガー。

 

 一見すると便利そうなトリガーに映るが、まだ試作段階ということもあり移動直後に連続して使用することができない。

 それは移動する距離が長ければ長い程、次に使用できるまでの時間が長くなってしまい、大体2メートルくらいの移動だと0.5秒程度だが、30メートル近く移動すると数秒間は使用できなくなってしまう。

 

 さらに上位陣は視線の方向から移動後の位置を予測し当たり前のように狙い撃ちしてくるので、テレポートというトリガーはまさに絵に描いたようなハイリスクハイリターンなトリガーなのだ。

 

 

 

 テレポートで太刀川の後方に回った迅はそのままスコーピオンを太刀川の背中に、正確に言えば太刀川のトリオン器官に向かって振るった。

 

 不意打ちの一撃を避けてのまさかのカウンターに対し、太刀川は旋空孤月を放った勢いそのままに、身体をぐるんと半回転させることで、自身の孤月で迅のスコーピオンを見事受け止めた。

 

 ガキンと刃同士のぶつかるカン高い音が、警戒区域に響き渡る。

 

「おいおい、危ないだろ?」

「開始と同時に旋空孤月を放つ人のセリフじゃないね」

「んなもん挨拶だ、挨拶」

 

 どんな挨拶だよ。と鍔迫り合いをしながら会話する2人。

 傍からだと、結構余裕そうに見えているが。

 

(このまま距離を取られると拙いな)

 

 そう思った太刀川は左手の孤月も抜くと、左右2刀の孤月で迅に攻撃を仕掛けた。

 唐竹からの逆風に袈裟斬からの左斬上、胴に逆袈裟、右斬上からの逆胴など、両手の孤月を使い、まるで流れるような剣閃を放つ。

 

 それらの剣閃を、迅は両手に持ったスコーピオンを使って捌き、往なし、かわしていく。

 

 普段弟子である花緒に孤月の指導をする時、太刀川は両手ではなく左手の孤月のみで指導している。それは花緒が左利きというのもあるが、太刀川は左手だけでもマスタークラスの実力があるからだ。

 利き手じゃない左手だけでも達人級の実力を持っているのだ。それに利き手である右手が加わった両手で攻める怒涛の連撃は、達人が2人がかりで絶え間なく攻めているに等しい。

 

 そんな1人連携攻撃とまで言われる太刀川の猛攻を、迅は文字通りたった1人で防いでいるのだ。

 

 

 

「……マジかよ。あの太刀川さんの攻めをスコーピオンで凌いでやがる」

「……ああ、凄いな」

 

 B級2位影浦隊の隊長であり、自身もボーダー屈指のスコーピオン使いでもある影浦雅人の呟きに、隣にいる彼の親友兼ライバルである村上鋼も思わず同意する。

 

 実際2人はこの光景は何度も、それこそ模擬戦の度に見ているが、はっきり言って迅があの太刀川の猛攻を1人で、しかもスコーピオンで凌いでいるというのが未だに信じられなかった。

 

 体のどこからでも自由に出し入れができ、またその形状も自由に調節できるスコーピオンだが、その特徴故か少々脆かったりする。

 つまり何が言いたいかと言うと、スコーピオンというのはアタッカーの()()()トリガーなのだ。長時間打ち合うとその特性故、刃が欠け、簡単に砕けてしまう。

 なのでスコーピオンで戦う場合は、相手とヘタに打ち合わずに奇襲による短期決戦で決めるのが常識であり、定石なのだが……。

 

 そんなスコーピオンを両手に持ち、迅は太刀川のその圧倒的な剣閃をひたすら受け流していく。

 

 スコーピオンの耐久力では、普通に受けると間違いなく太刀川の孤月に耐え切れず砕けてしまう。例えるならば鉄パイプの攻撃をガラス細工で防ぐようなものなのだ。

 にもかかわらず迅は太刀川の攻撃の1つ1つを見切り、そして攻撃の流れをずらすように受け流すことで、この奇跡とも言える攻防を実現させているのだ。

 

 

 

「まるで映画のワンシーンみたい」

 

 花緒が呟いたその言葉に、周りの隊員達も思わず納得してしまう。

 絶え間なく続く流れるような攻撃の数々と、それを紙一重で見切り、そして受け流していく光景は、見ていてどこか現実感がなく、まるで時代劇の殺陣のような美しさがあった。

 

 

 

「予知の副作用(サイドエフェクト)があれば、ぼくだってあれくらい……」

 

 その攻防のあまりもの美しさに、A級4位風間隊の菊地原が愚痴を溢す。

 

 太刀川のあの猛攻を受け流せるのは、ましてやスコーピオンで受け流すことできるのは、ボーダー広しといえども迅しかいないだろう。はっきり言ってレベルが違いすぎる。

 

 隊の全員がスコーピオンを扱い、ボーダー1の特殊部隊と言われている風間隊の一員である菊地原から見ても()()はありえない。

 菊地原自身、スクリーンに映る離れた位置からの2人を見ても、太刀川の孤月の先端は全く見えないのだ。ましてや正面から対峙している迅に太刀川の剣閃が見えているとは思えない。

 

 だとしたら迅は自身が持つ予知の副作用(サイドエフェクト)で見切っているのだろうと菊地原は結論づけた。

 菊地原も副作用(サイドエフェクト)を持っている。()()()卑怯だとか羨ましいとか言うつもりなどないが、多少妬むくらいはいいだろうと思っていると。

 

「いや、それは違うぞ菊地原」

 

 隊長であり、自身が最も尊敬する人間でもある風間が、菊地原の言い分を否定した。

 

「どういうことですか? 風間さん」

 

 菊地原の問いにモニターを見ていた風間は「何、簡単なことだ」と前置きをして。

 

「迅の予知はただ未来を視ているんじゃなくて、これから起きるあらゆる可能性を何本も同時に視ている訳だが……」

 

 風間は菊地原の方を振り向いて。

 

「あの嵐のような攻撃の中で未来を選択する時間なんてあると思うか?」

 

 そう述べた。

 

 そして、これが迅悠一を倒す有効な方法の1つだと。

 

 予知の副作用(サイドエフェクト)を持つ迅を倒すには、詰め将棋のように予知があってもどうにもならない状況に追い込んでいくか、予知が視えたとしても考える暇がない程の連続攻撃を叩き込むのが迅を倒す主な攻略法と言っていい。

 ちなみに前者が忍田が得意としていて、後者は太刀川が得意としている。

 

 だから現在、迅は自身の予知に頼らずに正真正銘自らの技量のみで太刀川の猛攻を捌いているだと風間は言った。

 

 

 

 迅や小南といったベイルアウトが存在しない時代から近界民(ネイバー)と戦っていた隊員達は、何があっても絶対に負けないよう徹底的に防御を鍛えている。

 負けても逃げられない状態で敵と戦いながら何年も必死に街を守りながら遠征をし、そしてあの第1次近界民侵攻後まで死なずに生き伸びたのだ。

 そんな彼らと、その後ベイルアウトが開発されて安全に街の防衛に当たれている時期に入隊したそれ以外の隊員達とでは、文字通り潜った修羅場の数が違うのだ。

 

 

 

 ――だがそんなこと。本物の〝天才〟の前では誤差に過ぎない。

 

 太刀川の迅に斬りつける剣閃の中の1つが、攻撃途中にもかかわらず突然カクッと曲がった。

 迅に攻撃を読まれていると感じた太刀川が、攻撃途中の孤月を無理やり曲げることで、迅に当てる攻撃箇所をズラしたのだ。

 

 スコーピオンでは受けきれないと感じた迅は咄嗟にメイントリガーをスコーピオンからシールドに切り替えると、前方にシールドを張り巡らすことで太刀川の孤月を何とか受け止める。

 

 しかし、シールドの防御力では太刀川の孤月は防ぐことができない。

 太刀川の孤月が迅のシールド破壊すると、勢いそのままに孤月が迅へと肉薄する。

 

 だが迅はシールドを孤月を受け止めるためではなく、孤月をかわす体制を整えるまでの時間稼ぎとして展開したのだ。

 壊されることなど予定調和。迅はバックステップをして太刀川の攻撃の回避に見事成功する。

 

 本来ならここで反撃のチャンスなのかもしれない。だがその程度では太刀川の優位は揺るがない。

 迅がバックステップでかわした分を太刀川が前に1歩踏み込むことで、まるで何事も無かったかのように、太刀川が攻めて迅が守るという先程までと同じ光景に戻ってしまう。

 

「……だとしても、このままいけば太刀川さんの勝ちですね」

「そうだな。それは間違いない」

 

 多少上手く防いだくらいでは、流れは変わらない。

 このままいけば、いずれ太刀川が勝つだろう。

 

 だが菊地原も風間もこのまま戦いが終わるとは欠片も思っていない。

 このまま終わるような人間だったなら、迅は個人総合ランクで1位になれていないし、〝英雄〟などと持て囃されることも無かっただろう。

 

 そして何より、まだ2人の全力を見ていないのだ。

 

 

 

 ――そして戦いは、2人の底が垣間見えるボーダーの頂きへと向かって行く。

 

 

 




ちなみに今戦っている2人よりも、忍田さんのほうが(まだ)強いです。


今回出てきた技の補足

・旋空孤月
このssでの旋空は起動時間を事前の設定するタイプで、敵が旋空孤月圏内にいる→旋空の起動時間を設定する→孤月を振るう瞬間に旋空を発動する→旋空発動時間内に孤月を振り切ることができれば旋空孤月成功。となっている。
孤月を扱うほとんどの隊員が、旋空の起動時間を1秒に固定して15mの旋空孤月を放っている中、忍田、太刀川、生駒の3名は、旋空の起動時間を調節することで、敵との距離に合わせた旋空孤月が放つことが可能。
特に生駒はボーダー1の剣速を誇り、旋空の起動時間を0.2秒に設定した40mの旋空孤月を、ボーダー内で唯一放つことができる。

・テレポート
原作では嵐山隊しか使っているのを見たことがないトリガー。
文字通りテレポートができるのだが、〝使用した直後に連続使用できない〟〝視線の先にしか移動できないので読まれやすい〟という欠点がある。
だが迅は戦闘時サングラスをしているので視線が読まれにくいうえに、予知の副作用(サイドエフェクト)を持っているので、移動後に攻撃されるといったことがほぼなかったりする。

長くなったので、後編に続きます。
後編は9月中に何とか……。

追記:現在後編執筆中です。戦闘描写難しすぎる……。


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第6話 ボーダーの頂き(後編)

いつか書いてみたいと言っておきながら、戦闘シーンをどう書いていいのかわからず時間が掛かってしまいました。
何度魔法の言葉である『なんやかんや』を使おうと思ったことか……!

あと、迅のトリガー構成の変更に伴って前話の内容を改稿していますので、もし時間があれば前話の方もご覧下さい。

前話でも書きましたが、トリガーに関する独自解釈があります。


(このままじゃジリ貧だな)

 

 太刀川の連続攻撃を捌きながら、迅はそう感じていた。

 

 迅の目から見ても太刀川の攻撃はおかしい。孤月を両手に持って攻撃してくるだけでもおかしいのに、自身の攻撃が相手に読まれていると感じたら、太刀川は攻撃途中だろうが何だろうが、孤月の剣閃を平気で曲げる。もちろん反対方向に曲げるようなものではなく、手首を曲げて精々中段攻撃を上段攻撃に変える程度なのだが、それでも初めて見た時は開いた口が塞がらず、そのまま真っ二つにされた程だ。

 

 それに加えて太刀川の連続攻撃にはインターバルが存在しない。

 

 孤月の2刀流という自身のアドバンテージを最大限に活かして、ずっと俺のターンと言わんばかりに攻撃が続いていき、しかも時たま途中で攻撃軌道が変わる怒涛の連撃は、迅の持つ予知の処理速度を当たり前のように超えてくるのだ。

 

「……くっ」

 

 捌ききれなかった太刀川の孤月の1つが右腕にかすり、トリオンが流出する。

 今回も何とか致命傷は免れたが、迅のトリオン体には捌ききれなかった太刀川の攻撃のよる傷がまた1つ増えた。

 先程から防戦一方で一向に主導権が取れない。

 

 純粋な剣の勝負では、迅は太刀川に一生勝てないだろうと思っている。あれは剣の申し子だ。

 忍田からも『剣の才能において、あくまでも迅は天才()であって、天才ではない』と言われている。

 

 孤月というトリガーは太刀川のためにあると言ってもいい。

 

 だからこそ迅は、太刀川に勝つために自身の長所と短所を改めて1から見つめ直し、また日夜エンジニアの人達と話し合うことで、自身の長所を最大限に活かせるトリガー〝スコーピオン〟の開発に成功したのだ。

 

 それはさて置き今現在、迅はその自身の長所を最大限に活かせる戦闘をすることができずに、太刀川の最も得意とする剣術勝負へと持ち込まれてしまっている。

 

 さらにテレポートを使い距離を取って仕切り直そうにも、テレポートを使うことができない。

 

 一見便利に見えるテレポートだが、当然幾つか弱点が存在する。

 

 それは使用した直後に連続使用できなかったり、視線の先にしか移動できないので読まれやすいといったものだけではない。実はテレポートというトリガーはトリオン体を瞬間移動させるといった性質上、シールドやグラスホッパーと言ったトリガーと比べてコンマ何秒かだが、起動に時間が掛かってしまうのだ。

 もちろん普段使用する分には何の問題もないのだが、今、この場でテレポートを使えば、起動するまでの僅かなタイムラグの間に真っ二つにされてしまうだろう。

 

 つまりテレポートというトリガーは、移動の前後が最も隙が大きいトリガーなのだ。

 

 なので現在迅は迂闊にテレポートを使うことができず、ただひたすら太刀川の攻撃を捌くといった状態が続いてしまっているのだ。

 

 

(賭けに出るしかないな)

 

 予知を使えない以上、迅は危険を承知で賭けに出るしかない。

 

 狙うは攻撃後に最も隙ができる上段からの振り下ろしをかわした直後。その瞬間ならきっとテレポートをする隙もできる筈だ。

 

 現在迅の目に映るのは予知からの組み立てを考える暇もない、畳み掛けるような連続攻撃。正直こんな方法で予知を突破してくるなんて、ボーダー広しといえども太刀川ぐらいなものだろう。

 

 圧倒的不利な状況。にもかかわらず、迅は自分の口元が釣り上がっていることに気づく。

 そりゃそうか、と迅は一人納得する。

 

 そう、迅はこの予知が役に立たない状況が、楽しくて仕方ないのだ。

 まるで、何か普通の人みたいだなと。

 

 だが、このままでは間違いなく負けてしまう。いくら今の状態が楽しかろうと、負けるつもりなど毛頭ない。

 

 覚悟を決めてからしばらくして、待ちに待った右の孤月による上段からの振り下ろしが来た。

 あらゆる攻撃の中で最も剣速が上がる、上段からの振り下ろしだ。

 

 スコーピオンを使っては意味がない。迅はそれをスコーピオンを使わずに体を捻ることで、太刀川の振り下ろしを見事紙一重で避けると、テレポートによる離脱をするため視線を離脱先に向けた。

 

 

 だが迅が視線を逸らしたその瞬間、太刀川は笑った。

 

 迅が距離を取って仕切り直したいことなど、太刀川は当然のように理解していた。そして迅が狙っているのは間違いなく上段からの振り下ろしをかわした瞬間だろうということにも。

 いかに太刀川といえども、孤月の振り下ろし途中は重力も掛かるため、孤月の軌道を曲げることができない。

 

 だからこそ、あえて太刀川は右の孤月による上段からの振り下ろしをしたのだ。

 

 そして予想通り孤月の振り下ろしを見事かわした迅は、テレポートを使用するためだろう、左手に持っているスコーピオンがスッと消えるのが見えた。

 

「甘いわ!」

 

 そう太刀川は叫ぶと、振り下ろし中の孤月の下にジャンプ台トリガー〝グラスホッパー〟を展開させた。すると振り下ろされた孤月がグラスホッパーを踏むことで、剣閃の軌道が再度変わる。

 急な方向転換に一瞬バランスが崩れそうになるが、あらかじめ予想していたことだ。足に力を込めて無理やりバランスを取る。

 

 そして軌道が変わった孤月は迅の方へと真っ直ぐ向かって行く。

 

 迅は現在テレポートを使用するためだろう、スコーピオンを右手1本しか持っていない。

 

 迅がテレポートで移動する前に蹴りをつける。仮に迅がその右手のスコーピオンで今の攻撃を防いだとしても、その次にくる左の孤月の一撃を防ぐ術を持ってない。

 

(詰みだ)

 

 太刀川が勝利を確信した瞬間、地面からトリオンの刃が生えてくるのが見えた。

 何だと一瞬思った太刀川だが、それがスコーピオンだと理解すると、ようやく迅が左手のスコーピオンを消した意図に気づく。

 

(――モールクローか!)

 

 〝モールクロー〟[もぐらの爪]とは足の裏から刃上のスコーピオンを出し、そしてその刃がまるでもぐらのように地面を通って攻撃するスコーピオンを使った技のことだ。

 

 迅はテレポートをすると見せかけて、モールクローで攻撃してきたのだ。

 

(読まれていたのは、おれの方か!)

 

 太刀川はほぼ反射的にグラスホッパーを攻撃途中の孤月の前に新たに展開させると、そのまま孤月を踏ませ剣閃の軌道を再度無理やりねじ曲げた。

 

 先程のやつと違い、今回のはあまりに急な軌道変更なため、トリオン体がミシミシと悲鳴をあげるが気にしている暇などない。

 生身では絶対できない、頑丈なトリオン体だからこそできる孤月の2度の剣閃の軌道変換という力技に観客達が驚く。

 

 そして再度軌道を曲げた孤月は、見事地中から出たスコーピオンを破壊するのに成功した。

 

 だが急に孤月の軌道を曲げたため体のバランスが崩れてしまい、今まで続いた太刀川怒涛の連続攻撃が遂に止まってしまう。

 そしてそんな隙を迅が見逃す筈もなく、迅はテレポートを使い太刀川の間合いの外に行ってしまった。

 

 

「せめて腕の1本ぐらいもらいたかったが……」

 

 間合いから離れる迅を見ながら太刀川は思わず呟く。倒せないまでもせめて腕か足の1本でも落としておきたかった。

 いや、今のは迅を褒めるべきだろう。まさかあの極限の状態でモールクローをするとは思わなかった。

 

 だがこれで、迅の最も得意とする戦闘で勝負することになってしまった。

 

 

 突然だが、迅が持つ黒トリガー〝風刃〟の最大の特徴は、物体に斬撃を伝播させ目の届く範囲のどこにでも攻撃ができる、その遠隔斬撃にある。

 途中に何があろうと関係ない。物体を伝播できる遠隔斬撃はあらゆる障害物を通り抜け、必ず目標地点に斬撃を飛ばすことが可能だ。

 だが、いくら遠くに攻撃できようと、斬撃は斬撃であり、盾にはならない。しかも黒トリガー使用中は他のトリガーを併用して使えなかったりする。

 なので風刃を使用する場合、通常なら遠距離から敵に見つからないように攻撃し、倒せればこちらの勝ちで、倒せずに敵に見つかればあちらの勝ちといった感じになってしまう。

 

 そう、通常ならば。

 

 だが未来視の副作用(サイドエフェクト)を持っている迅は、この世界で唯一、風刃の持っている力を100%発揮させることができる人間だ。

 

 それは風刃の特性である物体に斬撃を伝播させるその遠隔斬撃を、ただ遠距離から放つだけでなく、敵までの遠隔斬撃のルートをワザと迂回させ、迅自身の副作用(サイドエフェクト)で視えた地点に合わせて事前に斬撃を仕込むことができることにある。

 

 絶対的な予知に基づいて行われる、遠距離における障害物を無視した一方的な斬撃と、近距離における迂回した斬撃による多重攻撃。それがボーダー最強の隊員、迅悠一の風刃での戦い方だ。

 

 

「……さて、第2ラウンドと行こうか。太刀川さん」

 

 どうして今、黒トリガーである風刃の話をしたのか。

 それはその風刃での戦い方こそが、迅の持つ自身の長所を最大限に活かした戦い方であり。

 

 ――四角く巨大なトリオンキューブが、迅の手のひらに現れる。

 

 そして自身の持つノーマルトリガーを使い、風刃での戦い方を()()()に再現させることこそが、ランク戦における迅悠一本来の戦い方なのだ。

 

 

 シューター用トリガー〝バイパー〟[変化弾]。

 体内にあるトリオンをキューブ状の弾丸にして攻撃するトリガーの1つ。

 

 最大の特徴は、その飛ばすトリオンの弾道を自由に設定できることで、上手く設定すれば障害物を避けたり相手の予期せぬ方向からの攻撃が可能となる。

 だがその反面制御が難しく、弾道をリアルタイムで設定する場合には、実際に弾を撃った場合の速度や軌道などをしっかりとイメージできる空想力に自分を含めた周囲の状況を正確に把握できる客観的視点。そして自分と攻撃対象までの距離を正確に捉えることができる空間認識能力が必要となる。

 だから出水や那須といった一部の上位シューター以外のほとんどのシューターは、あらかじめ幾つかの弾道を設定していて、戦闘時にその設定された中から選択するという方法を取っている。

 

 

 そして迅の手にある巨大なトリオンキューブがパラパラと11個に分割されると、全てが異なる軌道を描きながら太刀川へと向かって行く。

 

 そう、迅はただのスコーピオン使いではない。トリオンが滲むような努力の末に、バイパーの弾道をリアルタイムで設定できることが可能になった上位のシューターでもあるのだ。

 

 

 迫りくるトリオンの弾を太刀川が弧月を使って1つずつ弾いていく。

 

 予知能力に裏付けられた迅のバイパーはそれだけでも厄介だ。縦横無尽に飛び回る弾の1つ1つに意味があり、決して目を離すことができない。

 

 ――だが、1番厄介なのはそれではない。

 

 いつの間にか迅が太刀川の目の前に立っていた。

 

 迅はバイパーを撃ち出したあと、太刀川の目がバイパーに注目した一瞬を見計らい、太刀川の目の前にテレポートを使って移動したのだ。

 

 そして迅の反撃が始まる。

 バイパー+スコーピオンの同時使用という、ボーダーの過去どころか未来にも現れないであろう奇抜なスタイルにもかかわらず、師匠である最上に徹底的に基礎を叩き込まれた迅の攻めは意外と基本に忠実だったりする。

 

 だが、だからこそ奇襲が光る。

 

 迅のスコーピオンと太刀川の孤月がぶつかり合う瞬間、迅はスコーピオンを消すことで太刀川の孤月を無理やり空振りさせると、そのまま流れるような仕草で右足にスコーピオンを纏わせた蹴りを放つ。

 

 バイパーを使用中ということもあり、現在迅はスコーピオンを1本しか持っていない。

 だが元々スコーピオンは守りよりも攻めに適したトリガーであると同時に、個人総合1位である迅の攻めだ。スコーピオン1本だろうがその攻撃力はボーダー内でも間違いなくトップクラスだろう。

 

 だが、太刀川はもう1本の孤月で迅の蹴りを難なく受け止める。

 

 現在対峙しているのは個人総合2位であり、迅の唯一のライバルでもある太刀川だ。いくらスコーピオン最強の迅の攻めと言えども、スコーピオン1本では孤月を2本手にしている太刀川なら対処できない程ではない。

 

 そして迅の蹴りを弾き反撃に転じようしたその瞬間、先程迅が放ったバイパーの内の3つが、まるで意思を持ったかのように突然急旋回すると、太刀川目掛けて真っ直ぐ突っ込んできた。

 太刀川はそれらを咄嗟に孤月で弾くが、その隙を迅に突かれてしまい、スコーピオンでわき腹を斬られてしまう。

 

 そうだ。これが1番厄介なのだ。スコーピオンでの近接攻撃と、バイパーを風刃の遠隔斬撃に見立てた1人多重攻撃。

 

 これが、迅悠一を個人総合ランク1位を不動のものにしている必殺のコンビネーションなのだ。

 

 

 そんな攻防が続きバイパーの数が少なくなってくると、迅は仕切り直すため、テレポートを使い距離を取ろうとする。

 

 通常ならテレポートなどせずにその場でバイパーを再度起動させるのだが、現在迅の前に立ちはだかっているのは太刀川だ。さすがの迅といえども、太刀川と戦っている最中にバイパーの弾道を設定することはできない。

 

 当然太刀川も迅のテレポートの起動を阻止しようとするが、この未来も視えていたのだろう。残りのバイパーが主である迅を守るように横やりを入れて来る。

 

 そして太刀川がそのバイパーを対処するわずかな間に、迅がテレポートを使用し旋空孤月の間合いの外へと移動してしまう。

 

 グラスホッパーを展開して追いかけようにも、迅が再びバイパーを起動する方が早いうえに、追うと間違いなくグラスホッパーの展開中の守りが薄い時に攻撃を受けてしまう。

 

 太刀川は迅が離れていくのを見送るしかなかった。

 

 

 そして遠く間合いの離れた迅の手のひらに、再度トリオンキューブが現れたのが見える。

 

 先程までとは、完全に攻守が入れ替わってしまった。

 

 

 迅がバイパーとスコーピオンによる波状攻撃とテレポートでの離脱を繰り返していくのに対し、太刀川は反撃らしい反撃をすることができない。

 

 原因はバイパーだ。

 

 唯の剣の打ち合いだけなら太刀川の方に分がある。

 だが迅の周りには常に分割されたトリオンキューブがあり、しかもそれらはいつ自分を襲ってくるかもわからない。そんな状態で目の前にいる迅と戦わなければいけなくなる。

 

 そしてその意識の差が、太刀川と迅の剣の打ち合いをほぼ互角にしてしまう。

 しかもその上、バイパーがまるで迅の第3の手のように援護してくる。

 常に死角から攻撃してくるトリオン弾は、太刀川が攻撃に移る瞬間だったりスコーピオンを防御する瞬間など、とにかく最も攻撃が来てほしくない瞬間に攻撃が来る。

 

 バイパーによって、迅はこの圧倒的有利な状況を作り出しているのだ。

 

 

 それでも初めのうちは何とか対応できていた太刀川だったが、迅の猛攻が続くに連れて集中力とトリオンがガンガン削られていく。

 

 3方向以上から同時に攻撃が来るのだ。反撃しようにもその糸口すら見つけることができない。

 建物内に逃げ込もうにも割と長めの孤月と変幻自在のスコーピオンとでは、狭い場所で戦った場合の相性が悪すぎる。

 

 太刀川は致命傷を受けないよう、ただひたすら耐えるしかなかった。

 

 

 止めを刺すつもりだろうか。先程までと同様にバイパーを放ったあとに攻撃を仕掛けてきた迅だが、片方のトリガーにバイパーを使っているにもかかわらず、迅のその両手には1本ずつ、合計2本のスコーピオンを握っているのが見えた。

 

 それを見た太刀川が吐き捨てるように。

 

「ブランチブレードか」

 

 と、迅の両手を見つめながら言った。

 

 〝ブランチブレード〟[枝刃]とは、スコーピオンを体内で枝分かれさせ、表に出すスコーピオンの数を増やす技のことで、迅は太刀川を倒すため、1本のスコーピオンを両手から出して攻撃してきたのだ。

 もちろん弱点もある。只でさえ脆いスコーピオンをさらに薄く伸ばすのだ。いくら迅といえども攻撃は兎も角、防御がさらに疎かになる。

 

 だが現在孤月1本の太刀川では、両手に持った迅のスコーピオンの猛攻に耐えられないし、仮に孤月を2本使えば迅のバイパーを防ぐことができない。

 

 ――このままでは負ける。

 

 太刀川の脳裏に敗北の2文字がよぎる。

 

 現在太刀川は満身創痍だ。迅の猛攻により、身体中傷だらけで、集中力も切れかかっている。

 迅がこのタイミングでブランチブレードをしてきたということは、そういうことだろう。先月と先々月の2か月連続で太刀川は迅のブランチブレードによって負けているのだ。太刀川が弱気になってしまうのも、仕方がないのかもしれない。

 

 ――だが、太刀川慶は〝天才〟である。

 

「舐めるなぁぁああ―――!」

 

 太刀川は自分に対して吠えることで〝負けるかも〟と弱気になってしまった気持ちを一新させると、バイパーの軌道上にシールドを多数展開した。

 

 そして太刀川は迅の両手にある2本のスコーピオンの猛攻を、同じく両手に持った2本の孤月で、そして自身に迫りくるバイパー対しては大多数のシールドを自身の周りに展開させることで防いだのだ。

 

 

 

「……どういうことですか? 蓮さん」

 

 出水から見て、現在太刀川は2本の孤月と2つのシールドの4つのトリガーを同時に起動している。だが1度に起動できるトリガーは最大2つまで。どう考えてもあり得ないことが今起きている。

 

 なので出水はこの状況で唯一答えを知っているであろう蓮に聞いてみた。

 

 聞かれた蓮は「おそらくだけど」と前置きすると。

 

「通常時にはシールドを展開していて、迅くんと打ち合う瞬間のみ孤月に切り替えているんじゃないのかしら」

 

 そう答えた。

 

 孤月というトリガーは他の一般的なトリガーと違い、別のトリガーに切り替えても形は残る。もちろん形に残るだけで、切れ味どころか強度すらない。文字通り形に残るだけだ。

 なので持っていても邪魔になるので、鞘に収めるかトリオン解除して分解させるのが普通だ。

 

 そう、普通なら。

 

 だが太刀川はおそらく孤月をあえて仕舞わずに、迅のスコーピオンが当たるその瞬間のみ孤月を起動させ、そしてそれ以外の時はシールドを展開させることで、迅のスコーピオンとバイパーの両方を防いでいるのだろう。

 よく見ると太刀川の孤月がスコーピオンに当たる瞬間のみ、太刀川のシールドが半分消えていることから間違いない。

 

「やっぱあの人化け物だわ」

 

 思わず零れた出水の言葉を否定できる人間はいなかった。

 

 

 

(おいおい、マジかよ)

 

 目の前で起きている現象に、いつも気だるそうにしている迅の目が見開く。

 

 自身が最も得意とし、忍田本部長でさえ討ち取ることがある必殺のコンビネーションを、太刀川は完璧に防いでいる。

 

 通常孤月を扱う者が、孤月を持った状態で狙撃等が来た場合、咄嗟にトリガーをシールドに切り替えて防御し、そしてその後孤月に戻して攻撃を再開するといったことはよくある。だが、あんな攻撃が当たる瞬間のみ切り替えるなんて普通は絶対にできない。

 一歩タイミングを間違えれば孤月ごと斬られるのだ。相手の攻撃する時の癖、タイミング、全てわかっていないと成功しない。予知の副作用(サイドエフェクト)を持つ迅自身ですら成功する自信がない。

 しかも今の今までしてなかったことから、ほぼ間違いなくぶっつけ本番だろう。天才と言うしかなかった。

 

 

「……くっ」

 

 手持ちのバイパーを使いきった迅が、仕切り直すためテレポートを使って離脱する。

 

 いつもならバイパーとスコーピオンによる連携で追撃などする余裕などなかったが、完璧に防ぎきったからだろう、今回は幾分か追撃を仕掛ける余裕があった。

 

「逃がすか!」

 

 正直な話、先程の迅の攻撃を防ぎきった太刀川だったが、実際はかなりギリギリの攻防だった。同じことを何度もやれと言われてもできる自信がない。

 だから太刀川は迅に追撃を仕掛けるためグラスホッパーを展開させ、迅を追いかける。

 

 

 離脱先した先で、迅が即座にバリケードのような巨大な盾を地面から出現させる。

 

 トリオンで構成された大型のバリケードを出現させるトリガー〝エスクード〟。

 

 変形できず、また動かすこともできないが、耐久力が非常に高く、メテオラやアイビスと言った攻撃能力の高い攻撃も容易く防ぐことができるのが特徴だ。

 ただ、シールドと違い透明ではないため、目の前に起動させると視界が遮られてしまう上にトリオンの消費量も激しいので、使用する場合は何かと注意が必要になってしまうトリガーでもある。

 

 太刀川はそれを見て、しゃらくせえとばかりに左右の旋空孤月2連撃でエスクードを真っ二つにする。

 

 エスクードはボーダー最硬を誇るトリガーだ。

 いくら旋空孤月の連続使用とはいえ、エスクードを切ることなど、ましてや真っ二つにすることなど普通はできない。

 なので太刀川はトリオンとトリオンの繋ぎ目を旋空孤月の2連撃を狙って叩き込むことで、エスクードを切断することに成功したのだ。

 

 この光景をモニターで見ていた隊員達のほとんどが「エスクードって切れるんだ」と同じことを思った。

 

 いくら観客達が騒ごうが、太刀川にとってこれは予定調和。いくら硬かろうが受け流せない盾など壁でしかない。

 崩壊するエスクードの奥にいるであろう迅を探すが、迅の姿が見当たらない。

 

 迅は何処だ!? 太刀川が疑問に思ったその瞬間。

 

「こっちだよ、太刀川さん」

 

 左の方から迅の声が聞こえた。

 そして思わず反射的に振り向いたその瞬間、左からくる強烈な衝撃に太刀川は文字通り吹き飛んだ。

 

 そう迅はエスクードを太刀川の攻撃から守るための盾として起動させた訳ではない。エスクードを自身がテレポートを使用する姿を隠すための壁として起動させたのだ。

 そして太刀川に見つからないようテレポートで死角に移動した迅は、その勢いそのままに足にスコーピオンを纏わせた跳び蹴りを太刀川に喰らわしたのだ。

 

 吹き飛ばされる太刀川を見ながら迅が「さすが太刀川さん」と感心したように呟いた。

 

 

 迅の跳び蹴りの、そのあまりもの強烈な衝撃に、太刀川はまるで木の葉のように吹き飛ばされてしまう。そして民家1軒を貫通し、さらにその奥にある倉庫のシャッターを突き破ることで、ようやくその勢いが弱まり起き上がることができた。

 

 倉庫の中で、太刀川は咄嗟に迅の蹴りが直撃した左腕の確認する。

 実は先程の迅の蹴りを食らう際、太刀川は反射的にシールドを展開したのだが、トリオン体で加速し、しかも当たる瞬間足にスコーピオンを纏わせた蹴りの威力は想像以上で、迅の蹴りは太刀川のシールドを破壊すると、そのまま左腕を突き刺し吹き飛ばしたのだった。

 

(……孤月は振れないか)

 

 おそらく孤月を握るだけなら何とかできるだろうが、振ることはできない。そう結論づけて倉庫を出ようとしたその瞬間、太刀川は信じられないものを見た。

 

 

 〝ピンボール〟[乱反射]という技がある。

 

 それはグラスホッパーを空中のあらゆる所に張り巡らし、そしてそれらジャンプ台を踏むことで空中を跳び回って相手を翻弄する技だ。

 迅バカで有名な緑川の得意技であり、空中をトリッキーに跳び回るその姿はまさにピンボールと言える。

 

 太刀川を追いかけて倉庫内へと突入した迅は現在、太刀川の目の前でそのピンボールをやっている。

 それもグラスホッパーを使わずにスコーピオンのみを使って。

 

 

 跳ねる。跳ねる。跳ねる。

 

 スコーピオンを足の裏からバネにのように生やすことで、地面から壁に、壁から天井に、そして天井から地面へと、ただひたすら高速で跳ねる。

 

 まるで箱の中でスーパーボールが暴れているように無軌道に動いているにもかかわらず、その移動速度があまりにも速いため太刀川には跳び回っている迅の姿を捉える事ができない。

 

 それを理解した瞬間、何時攻撃がくるのかわからない恐怖が太刀川を襲う。

 

 通常なら出口に向かって走るか、後ろからの奇襲が来ないよう壁に背を預けるのが正解だろう。いや、太刀川なら適当に旋空孤月を放つだけでも効果があるかもしれない。

 

 だが、今目の前で高速移動しているのは予知の副作用(サイドエフェクト)を持つ迅悠一だ。ちょっとでも隙を見せれば必ず攻撃が跳んで来るとわかっている以上、下手に動くことさえできない。

 

 倉庫内には太刀川と、迅のスコーピオンが壁や地面に当たって出る音しか存在しなかった。

 

 

 

「……なあ迅バカ。お前アレできるか?」

「無理に決まってるでしょ」

 

 米屋の問いに、迅を尊敬するあまり一部から〝迅バカ〟と呼ばれている緑川はそう答える。

 

 緑川もピンボールが使える数少ない人間の1人である。だから米屋も尋ねたのであろうが、明らかに顔が引きつっていることから文字通り聞いてみただけなのだろう。

 

 かつて緑川は近界民(ネイバー)に襲われていたところを迅と巴に助けてもらったことがある。以来迅に憧れ、ひたすら努力してきたつもりだった。

 

「……遠いよね」

 

 ポツリと呟いた緑川のその言葉に、米屋は「何が」とは聞かなかった。

 

 

 

 ――そして戦いは、最終局面を迎える。

 

 

「ははは…………この化け物が」

 

 遠征中でも感じなかった背筋がゾクッとする感覚を味わった太刀川は、左手に持っている孤月をトリオン解除して消滅させると、右手に持っているもう1本の孤月を鞘に収めると静かに構えた。

 

 居合いの構えだ。

 

 それは自分の抜刀速度に対する絶対的な自信。たとえ迅がどれだけ速く動こうとも、それこそ目に見えないくらいの速度で攻撃したとしても『おれが孤月で迅を斬る方が速い』という自信の表れだった。

 

 少しでも隙を見せれば負ける。そんな極限状態にもかかわらず、太刀川はかつて師匠である忍田から言われたことを思い出していた。

 

 

 

『慶。お前はもっと〝意〟を読めるようになれ』

『……い?』

『殺意、敵意、害意といったものだ』

『ああ~、カゲのやつが感じるアレですか』

 

 カゲと言うのはB級2位影浦隊の隊長である影浦雅人のことで、彼は〝感情受信体質〟という自身に向けられる意識や感情といったものを文字通り肌で感じることのできる副作用(サイドエフェクト)を持っている。

 

『そうだ。お前もそれらを感じられるようになれ』

『いやいやいや無理でしょ』

 

 太刀川自身影浦に会うまで、意識や感情が物理的に影響を及ぼすなんて信じられなかったのだ。そんな自分が影浦みたいなマネがをできるなんて到底思えなかった。

 

『あのな、慶。副作用(サイドエフェクト)なんてものは所詮人間が持つ感覚の延長線上に過ぎないんだ。もちろん影浦並みにできるようになれとは言わんが、鍛えればある程度はできるようになるものなんだ』

 

 実は忍田や林道といった旧ボーダー隊員達は、それまでの経験からか皆大なり小なり感じることができてたりする。

 

『と言うことは迅の予知も』

『あれは例外だ』

 

 その理屈でいくと迅の副作用(サイドエフェクト)である未来予知も元々人間が備わっている力の1つになるのだが、やはりあれは色々と規格外な副作用(サイドエフェクト)らしい。

 

 その後忍田から聞かされた日常生活における弊害や助成金についての話は難しすぎてほとんど覚えていなかったりする。

 

 ただ、副作用(サイドエフェクト)が発現するのは偶然なんかではなく、必ず何か発現したる理由があること。

 

 ――それと。

 

『なんで迅はあんな力に目覚めたんだろうな』

 

 そう呟いた忍田の言葉は、何故か今でも憶えている。

 

 

 

 師である忍田の言う通り、例えどれだけ速く動こうとも、それこそ目に見えない程速く動こうとも、人は攻撃に移る瞬間、多かれ少なかれ必ず殺意や敵意といったものが出る。そしてそれらは物理的に存在することが科学的に証明されているのだ。

 

 だったら迅が攻撃しようとした瞬間にそれを感じて斬ればいい。それだけのことだ。

 孤月を構えながら、ただひたすら迅が攻撃してくるを待つ。

 

 敗北一歩手前の状況だというのに笑っていることに気づく。

 ああ、楽しい。こんなゾクゾクとするのは遠征中でもなかった。

 

 どうせ目を開けてても、速すぎて迅は見えないのだ。目を瞑る。下手に開けていたら鈍る。

 耳には迅が地面や壁を蹴る音のみが入ってくる。

 速いリズムだ。いつ攻撃してきてもおかしくない。

 そう考えるとヤバい。焦ってきた。

 落ち着け。

 落ち着け。

 まだだ、沈まれ。

 大丈夫。師匠ができるんだ。だったらその教えを受けた自分ができない筈がない。

 できるったらできる。

 ……よしっ、今できるようになった。

 

 

 

 ――来る!

 

 居合いの構えをしてから30秒程たった頃だろうか。太刀川は〝迅が攻撃に移った〟と感じた。

 

 理由はわからない。それは極限状態での焦燥による勘違いかもしれないし、それとも本当に迅の敵意を感じたのか太刀川自身判断できない。

 だが結果として、太刀川は高速で跳び回っていた迅が自身へと攻撃に移行する瞬間を見事的中させたのだ。

 

 ほぼ無意識の状態で鞘から孤月を抜く。考えるより先に体が勝手に動くのを感じる。

 狙うは自身の右斜め上。旋空を起動していたら間に合わない。そのまま行く。

 抜刀速度は間違いなく過去最高。迅の動きどころか、今なら師匠の忍田より速い自信がある。

 

 今、この瞬間。間違いなく太刀川の実力が1段階上がり、2人は対等になった。

 

 

 ――一閃!

 

 

 今までの人生の中で間違いなく最速。それこそ音速を超える程の居合い斬りが迅を襲った。

 

 だが、太刀川が孤月から感じたのは迅を斬る感覚ではなく、まるで素振りをしたのような、空を斬る感覚だった。

 その有り得ない感覚に太刀川が驚く。何故だ。速度、タイミング、完璧だった筈。

 

 まさかと思い、太刀川が孤月を振った右斜め上を見ると、迅が天井からぶら下がってこちらを見ていた。

 

 攻撃に移る瞬間に天井に移動した迅は、両足にある棒状のスコーピオンを刃上に変形させて突き刺すことで、太刀川に跳びかからず天井に留まるというフェイントを仕掛けたのだ。

 

 

 孤月を空振りしたことによりできてしまった大きな隙。

 迅がそんな隙を見逃す筈もなく、天井に突き刺したスコーピオンを両手に移動させると、そのまま太刀川に向かって跳びかかった。

 

 迅が一直線に向かって来てるにもかかわらず、太刀川はいまだ孤月を振り切った体勢から動けていない。

 

 モニターを見ていた観客達が「やはり今回も迅の勝ちか」「太刀川さんも惜しかった」と口々に言い、それこそ迅自身でさえ勝利を確信したその時、迅は太刀川の口が三日月に歪むのが見えた。

 

 すると隙だらけの筈の太刀川の胸から、トリオンで構成されたブレードが飛び出た。

 

(スコーピオン!?)

 

 自身に襲いかかる太刀川の胸から出たスコーピオンに、迅は頭の中が一瞬真っ白になった。

 

 

 元々両手で孤月を2本扱う太刀川は、トリガー構成があまり変わらないことで有名な隊員だ。トリガーをその場の状況でコロコロ変えて戦うよりも、あらゆる状況を孤月に絞って戦った方が強い。それほどまでに太刀川と弧月の相性が良すぎるのだ。

 

 だからこそ、太刀川はあえてステルストリガーである〝バッグワーム〟を外してスコーピオンをトリガーに入れると、起動させる素振りさえ見せずに今の今まで虎視眈々と狙っていたのだ。

 

 全ては迅が勝利を確信して緊張が緩んだその瞬間。その瞬間にスコーピオンでの奇襲を確実に成功させるために。

 

 

(何故太刀川さんがスコーピオンを!?) 

 

 確かに太刀川がスコーピオンを使う未来も視えた。だがそれは限りなく確率の低い未来で且つ今の今まで使ってこなかったことから失念していたのだ。

 

 ヤバい。当たる。

 攻撃は中止。

 避けろ!

 

「……ぐっ」

 

 咄嗟に無理やり体を捻って致命傷を避けようと試みるが、わき腹の3分の1程スコーピオンがズブリと刺さってしまい、少なくない量のトリオンが煙となって漏出する。

 生身なら間違いなく致命傷。だがこの体はトリオン体。トリオンとトリオン器官さえ無事なら例え手足がなくても戦うことができる。

 

 迅はまるで倒れ込むように太刀川の前に着地した。

 

 そして迅が有利だった戦いの天秤は太刀川の方へと傾く。

 

 太刀川は止めを刺そうと、先程外した孤月を両手で掴んで頭上に持ってくると、上段からの振り落ろしを目の前にいる迅に向かって放った。

 

 対する迅も急いで体を起こして回避しようとするが、明らかに太刀川の攻撃の方が速い。

 

 

 

 ――そして。

 

「アレをかわすか? 普通」

 

 自身の胸に突き刺さったスコーピオンを見ながら太刀川は何処か悔しそうに呟いた。

 

『トリオン器官破壊! 太刀川ダウン!』

 

 あ~、レポートどうすっかな~と言いながら太刀川がトリオン粒子となって空に舞い上がって行く。

 

 攻撃が当たるその直前、迅は手を地面に着けてスコーピオンを射出し、その勢いのまま無理やり体を起こすことで太刀川の振り下ろしの直撃を回避すると、そのままそのスコーピオンを鞭のように伸ばして攻撃することで、太刀川のトリオン器官を見事破壊することに成功したのだ。

 

 

 そして太刀川を倒した迅は背中から落ちると、そのまま地面にゴロンと横たわった。

 当然だ。現在迅の両足には、膝から下が存在しないのだから。

 

 太刀川の最後の一撃を何とかかわした迅だったが、当然無傷とはいかず、両足を綺麗に切断されてしまった。

 それに加えてわき腹からは現在進行形でトリオンが漏れ続けている。

 

 立ち上がることさえ儘ならない。しかもあと数秒で自分もトリオン漏出過多で戦闘不能になるだろう。

 実戦ならば引き分け。ランク戦ならば間違いなく敗北だろう。

 

 ――だけど、それでも。

 

「最上さん、勝ったよ」

 

 迅は誰も聞こえないような声で小さく呟くと、拳を天井に突き上げた。

 

 迅の勝ちだ。

 

 

『模擬戦終了!』

 

 あまりもの激闘にモニターを見ている観客達から惜しみない拍手が送られる。

 

 

 ――こうして迅と太刀川の月1恒例の模擬戦は迅の勝利で幕を閉じた。

 

 

 




この模擬戦における迅悠一のトリガー構成は
メイントリガー
・スコーピオン
・シールド
・エスクード
・テレポート
サブトリガー
・スコーピオン
・シールド
・バイパー
・バッグワーム
と、なっています。

ちなみに太刀川慶のトリガー構成は
メイントリガー
・孤月
・旋空
・シールド
・グラスホッパー
サブトリガー
・孤月
・旋空
・シールド
・スコーピオン
に、なってます。


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