学校嫌いな彼と鮮烈な少女たち (勇忌煉)
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第1話「やっちまったぜ」

 サツキとイツキの姉であるスミレの出番が比較的多くなり、主にイツキ視点で描かれます。


 学校なんてクソだ。前に学校ってのは青春をまっとうする場所だと姉さんが言っていた。しかし、俺はそうは思わねえ。

 くだらねえ連中にくだらねえ授業。そしてくだらねえ上下関係。

 学校になんの魅力があるのか全然わからない。むしろ魅力なんてあるのだろうか?

 もちろん、友達もいないが言うほど苦にはなっていない。

 だから俺は、この先もずっと一人で青春を送っていく――はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「風が気持ちいいなぁ~」

 

 通学路を歩いていると、そこそこ強い風が吹いた。もう少し強ければ女子のスカートが捲れていたかもしれない。

 道の両脇には桜が――ない。地球には当たり前のようにあったんだけどなぁ。

  もう少しこの気持ちよさを味わおうと思っていたら、手首につけてあるアームバンドが光った。

 

〈大変恐縮ですがマスター。いい加減に走ってください〉

「なんでだよ? 今ちょうど風が気持ちいいんだぞ?」

 

 アームバンド型の愛機(デバイス)、セラことセラフィムに急かされた。急ぐ必要あんのかねぇ?

 ちなみにコイツは姉さんの愛機と同タイプだったりする。

 

〈ですが――〉

「いいじゃねえか別に。減るもんじゃねえし」

〈――ですがマスター、ただいま盛大に遅刻してますよね!?〉

 

 言ってほしくなかった現実を見事に言われてしまった。そう、俺は今遅刻してる真っ最中なのだ。

 実は今朝、どうせ始業式だけなんだからサボってもよくね? ってスミ姉に相談したらぶん殴られた。

 頬が未だにヒリヒリする。少しは手加減してほしいものだ。

 

「俺は走らねえぞ」

 

 あと数分で着くしな。

 

〈走ってください!〉

「やだね」

〈走りなさい!〉

「だが断る」

 

 歩いていける距離なのになんで走らなければならないんだ。解せぬ。

 それから少しだけ言い争っていたが、すぐに校門前に着いてしまった。

 ここからまたクソッタレな日々が始まるのか。イヤだなぁ。

 

〈マスター。ショボくれても仕方ありませんよ〉

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

「どこだっけ教室……」

 

 俺がこのミッドチルダに来てから2年。

 今はなんとかヒルデ魔法学院に通っている。ついでに言うなら今日から中等科1年だ。ピッカピカの1年生ってわけだ。

 まあ、そんなどうでもいいことは置いといてだ。教室がどこにあるのかわからない。

 

「ここ……か?」

〈ここ……みたいですね〉

 

 どうにか教室にたどり着けたようだ。

 

「すいませ~ん。遅れました~」

 

 軽い感じで教室に入ると、これからクラスメイトとしてこの1年を共に過ごすことになるであろう奴ら全員の視線が俺に向けられた。

 あらやだスゴく恥ずかしい。俺ってもしかして人気者だったりする?

 

「俺の席ってどこ?」

「……あそこです」

 

 とりあえず近くにいた先生らしき人物に俺の席がどこなのか聞き出した。

 ラッキー、一番後ろじゃねえか。残念ながら窓側だけど。

 

「よいしょ」

 

 席につき、鞄を机に置く。しかしさっきから連中の視線がこっちを向いたままなんだけど。

 さすがにイラつくな。言いたいことがあるならはっきり言えってんだ。

 

「オホン!」

 

 先生がわざと咳き込むと全員そっちに視線を向けた。ありがとう先生。なんか助かった。

 ふと一番窓側の席、というか隣を見てみると、結構な美少女がいた。将来的にも有望な。

 しかし同時にも残念な奴だな、とも思った。だってその子、虹彩異色だもん。

 

「――もしかして中二病か?」

 

 思わず口に出してしまったが、幸いにも真面目な子だったのか気づかれることはなかった。

 だがその虹彩異色を含めても美少女なのは確かだ。それと――普通じゃない。

 他の奴らとは雰囲気が違う。姉さん風に言うなら本物ってやつだろう。

 

「先が思いやられるねぇ……」

〈精進あるのみです〉

 

 セラの言う通りだ。なんとかこの状況を切り抜けるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、もう皆さん帰りましたよ……?」

「ふがっ! ……にゃにが?」

 

 気持ちよく寝てたら誰かに起こされた。誰だ俺の安眠を邪魔する愚か者は。

 ていうかいつもならセラが起こしてくれるはずだ。

 

〈私は起こしましたよ? 起きなかったマスターが悪いんです〉

「めんごめんご」

 

 さてと、人様の眠りを妨げたのは――

 

「――中二病?」

「違いますっ!」

 

 件の中二病だった。ていうか見るからに物静かで真面目そうな子がなんで俺を?

 いや、それよりも皆帰っちまったってどういう……あ、今日は始業式だけか。

 

「なんでコイツなんだよ」

〈その人しかいなかったもので〉

「あ、あの――」

「他にもいたろ!?」

〈いえ、本当にその人しかいなかったもので〉

「あの――」

〈大体マスターが寝なければこんなことにはならなかったんです!〉

「なんだとコノヤロー!」

「あのっ!!」

「〈あっ、はい〉」

 

 まだいたのかこの子。

 

「俺になんか用?」

「あなたのお姉さんがストライクアーツの有段者というのは本当ですか?」

「ストライクアーツの有段者ではないが、そう言われても違和感がないほど強いのは確かだな」

 

 発言からしてスミ姉ではないな。おそらくコイツが知りたがってるのはスミ姉の妹で俺のもう一人の姉さんで間違いないだろう。

 それにしてもとんだ物好きもいたものだ。あの死戦女神に興味を示すなんて。

 

「こんなこと聞いてどうすんの? まさかとは思うがやり合うつもりじゃねえだろうな?」

「…………お手合わせ願いたくて」

「そんで姉さんの居場所を知ってそうな俺に聞いたのか」

「はい」

 

 マジでやり合うつもりなのか。

 

「あー、姉さんがいそうな場所なんだけど――」

 

 とりあえず教えてあげることにした。最近なんか通り魔が出てるらしいけど、姉さんなら大丈夫だろう。

 ていうかその通り魔が心配で仕方がない。姉さんに殺されてしまいそうで。

 

「なんというか、その……健闘を祈るよ」

「どうしてそんな遠い目で私を見るんですか……?」

 

 君が心配だから。ていうか遠い目?

 

「え? 俺そんな目になってた?」

「はい。まるで誰かを哀れむような感じでした」

 

 哀れだと思った覚えはないんだけど……仕方ないか。

 

「そんじゃ、俺はこれで」

「あ、まだ言ってないことが――」

 

 中二病がなんか言おうとしていたが、俺はそれをスルーした。めんどいし。

 

 

 

 こうして俺――緒方イツキの新たな学校生活が幕を開けた。ま、なるようになるしかねえな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあと聞いた話によると、姉さんは例の通り魔に襲われたらしい。

 ……通り魔あの中二病か。ごめん姉さん。あんたが襲われたの俺のせいだわ。反省しないけど。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 12

 通学路を歩いていると、そこそこ強い風が吹いた。もう少し強ければ女子のスカートが捲れていたかもしれない。
 道の両脇には桜が――

「――あんのかよ!? すげえ咲き誇ってんぞ!?」
〈マスター! 早く写メ撮りましょう! 早く早く!〉

 落ち着けセラ。デバイスってこんなに興奮するもんだっけ?
 とりあえず桜を撮るとしよう。まさかこっちでもこんなに咲いてるなんて思わなかった。




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第2話「初耳なんですがそれは」

「もう朝かよ……」

〈早く支度してください〉

 

 昨日の深夜辺りからちょっとした筋トレをしていたのだが、いつの間にか朝になってしまったようだ。

 仕方がない。とりあえずリビングに行こう。こっちに来てからはスミ姉こと緒方スミレと二人で暮らしている。

 姉さんはスミ姉のことをジークさん以上の風来坊と言っていたけど、あれは半分間違いだ。

 実際は仕事で次元世界を適当にうろつき、それ以外のときは家にいる。それだけだ。

 

「おはよーイツキちゃん」

「ちゃん付けやめろ」

「えー? だってこうしないと不公平じゃん」

 

 リビングでは朝飯を作り終えたらしいスミ姉が座っていた。久々に会ったときは驚いたよ。

 だって女の子みたいな人になってたんだから。俺と姉さんの知るスミ姉は尋常じゃなかった。

 こっちではJS事件とかいう大きな事件の当事者だし。ホント、何があったんだよ。

 

「早く食べなよ」

「へいへい」

 

 今日の朝飯は和食か。地球の料理が多いけど、俺的にはそれでいいかな。

 ……相変わらずうめえな。俺も人並みには料理するけどここまでの味は出せない。

 

「今日は遅刻しちゃダメだよ」

「わかってるよ。ていうかこんなに早く起きたらイヤでも遅刻できねえってんだ」

「嘘はいいから」

「はい」

 

 さすがの俺もスミ姉の前だと大人しくせざるを得ない。いろんな意味で。

 

「んじゃ、行ってくる」

「いってらっしゃーい」

 

 俺もいつか姉さんみたいに一人暮らししてえなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はどうやって回避しようか……」

〈……少し前向きに考えてみては?〉

 

 通学路なう。欠伸をしながら今日の授業をどう回避しようか考えていると、セラにそう言われた。

 前向きねぇ……。うん、ちょっと前向きに考えてみよう。

 

 

 

 楽しい連中に楽しい授業。そして――楽しい上下関係。

 

 

 

 ――俺はすぐに考えるのをやめた。

 

「ふざけんな! ひたすら空しいだけじゃねえか!」

〈何をどう考えたらそんな答えが出るんですか!?〉

 

 何が楽しいだちくしょう。やっぱり前向きに考えても意味ねえな。

 とはいえ、さすがに学校自体をサボるわけにはいかない。姉さんじゃあるまいし。

 

「あの……」

「なんだコノヤロー」

 

 後ろから声をかけられたので思わず条件反射で振り向くと、そこには例の中二病がいた。

 今日も輝いてるな、その虹彩異色。

 

「おはよう、中二病」

「おはようございま――私は中二病じゃありませんっ!」

「え? 違うの? てっきり中二病って名前かと思ったよ」

「私の名前はアインハルト・ストラトスです!」

「いや、まるで前にも言ったかのような振る舞いで言われても困るんだけど」

 

 たった今初めて聞いたんだけど。

 

「昨日言おうとしたらあなたが帰ったので言えなかったんです」

「……そう。で、名前なんだっけ?」

「…………アインハルト・ストラトスです」

「あ、アイ……アイハ……はにゃ?」

 

 ごめん。ほとんど覚えられなかった。えーっとアイなんとか……あれ?

 下の方なんだっけ? ストライク? ストライキ? ストライカー? まあいいや。

 

「じゃあな。早く行かねえと遅れんぞ」

「あ、はい」

〈昨日思いっきり遅刻した人の言うことではありませんね〉

 

 否定はしない。

 

「……あのさ、なんでついてきてんの?」

「私の校舎がこちらにあるからです」

「いや、俺もこっちなんだけど……ああ、クラスメイトか」

「そういうことです」

 

 どうりで同じ教室にいたわけだ。信じたくなかったけど。

 つーかコイツ、感情表現乏しくねえか? ぶっちゃけ笑顔とか想像できねえぞ。

 

「……どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 

 言えない。君の表情を観察してたなんて言えない。言ってしまえばただの変態になってしまう。

 いや、俺は変態じゃねえぞ? ついでに言うとホモでもない。女子には興味あるし、エロほ――参考書ぐらいは普通に読む。

 その参考書の半分はなぜか姉さんに盗られたけど。何がしたいのあの人。

 

「あのさ中二病」

「アインハルトですっ!」

「あのさアイなんとか。どうすれば授業を回避できると思う?」

「………………え?」

 

 あれ? 俺なんか変なこと言った?

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「……そう。で、名前なんだっけ?」
「…………アインハルト・ストラトスです」
「あ、アイ……アインハルト・ストラトスか!」
〈バカなっ!? あのマスターが人の名前をちゃんと覚えただと!?〉

 なに言ってんのお前。




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第3話「視線誘導って便利だよね」

「俺は緒方イツキ。まあ、一応知ってると思うけど」

「名前は聞いたことがあります。物凄くバカだけど魔法だけは優れている人だと」

「…………」

 

 教室に着いた途端これだよ。目から涙が出そうでござる。いや、マジで。

 確かに頭は悪いよ? だけどそれを他人に言われるのはイヤなんだよね……仕方ないけど。

 

「はーい皆席についてー!」

 

 先生も来たことなので、さっそく教科書を開いてみる。……はにゃ?

 なんだこの次世代語は。漢字でなきゃ読めねえぞおい。わけわかんねえもん並べやがって。

 

「あー………………」

「い、イツキさん?」

「はっ! な、なにかな?」

「寝てはいけませんよ?」

「……あ、はい」

 

 アイなんとかに注意されて目が覚める。どうやら教科書を見ているうちに寝ていたらしい。

 筋トレの疲れが今になって響いてきたか。やっぱり睡眠は取るべきだった。

 

「……寝てないんですか?」

「うん。ちょっと筋トレしてたんだよ……徹夜で」

「…………」

 

 お願いだからそんな興味深そうな目で俺を見ないでくれ。恥ずかしいから。

 ていうか筋トレって言葉を聞いただけでこうなるってどうなの?

 

「さて……なあアイなんとか」

「なんでしょう?」

「あれなんて読むの?」

「え」

 

 英語読めないでござる。

 

 

 

 

 

 

 

「やっと終わったぞ~」

「……どうして私ばかりが当てられたのでしょうか」

 

 昼休み。授業でよくあるここを……○○さん、みたいなやつで俺が当てられそうになったので何度も視線誘導を活用させてもらった。

 もちろん標的はアイなんとか。だってコイツ、外見で俺より目立ってるもん。

 

「飯飯っと……なんで一人?」

「それは私の台詞です」

 

 もしかしてコイツ、ぼっちというやつか?

 

「まあいいか。……次って体育だっけ?」

「はい。体育です」

 

 確か模擬戦やるとか言ってたなぁ……。よし、久々に暴れてやるか。

 おっと、まずはこの弁当を食わねえとな。今日は鯖の味噌煮かぁ……鯖の味噌煮?

 

「弁当に鯖の味噌煮とか合わねえんだけど!? 何回言ったらわかってくれるんだよあの人は!」

 

 ぶっちゃけ弁当に鯖の味噌煮が入ってなかったことなんて一度もない気がする。

 ま、ご飯がある分この間よりはマシか。この間はミカンしか入ってなかったのだから。

 

「そのお弁当、イツキさんが作ったんですか?」

「うんにゃ、姉が作った」

 

 めちゃ怖い本性を秘めたすんげえお姉さんが作りました。

 

「……もう飽きたよこの味。うん、弁当食うのはやめだ」

「…………」

「……な、なに?」

 

 なんかすっげえ非難の眼差しを向けられてるんだけど。俺またなんかやらかしたの?

 そう疑問に思っていると、アイなんとかがこう言ってきた。

 

「食べ物を粗末にしてはいけません」

「しねえよ!? いくら俺でも粗末にはしねえよ!?」

 

 コイツはどこか抜けてるみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

「オラァ!」

「うわぁ!?」

 

 そんなこんなで迎えた体育の授業。いきなり体育館で模擬戦である。けどまあ、俺からすればめちゃくちゃ楽すぎる。

 だって他の奴弱いし。アイなんとかとは性別の問題でやり合うことはないだろう。……さっきからすげえ見られてるけど。

 

「緒方。少しやり過ぎじゃないか?」

「へいへい。以後気をつけまーす」

 

 担当の先生に注意されたので適当に返事を返す。まあ、無理だろうけど。

 にしてもマジでろくなのがいない。どいつもコイツもヘボばっかだ。

 

「ふむ。その様子だともう一戦やれそうだな?」

「は?」

 

 なに言ってんのコイツ。

 

「次、緒方とストラトス」

「はい!」

「いやちょお前待てよゴラァ!」

 

 アイなんとかも元気よく返事してんじゃねえよ。

 つーかなんで急に男女混合になってんだよ。いきなり過ぎて笑えないんだけど。

 

「今回は特別だ」

 

 全然嬉しくない。

 

「やりましょう! イツキさん!」

「なにイキイキしちゃってんのお前」

 

 無表情だけど目が無駄に輝いている。やめて、そんな目でこっちを見ないでください。

 周りを見ると、男子からは嫉妬の眼差し、女子からは軽蔑の眼差しを向けられていた。

 この状況で嫉妬するとかどんだけ女に飢えてるんだよ。年齢考えろよバカ共。

 あとさ、なんで軽蔑されてんの俺。君たちにはなんにもしてないよね?

 

「あのさ、やっぱりやめな――」

「始め!」

「人の話聞けやぁあああああっ!!」

 

 前言撤回。やっぱり楽じゃない。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 10

 おっと、まずはこの弁当を食わねえとな。今日はポテトチップスかぁ……は?

「なんで菓子なんだよあのアマァ!!」
「……か、変わったお弁当ですね」

 それ以前の問題だと思う。




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第4話「本質とは変わらないもの」

「どうして逃げたんですか!」

「非難を受けるこっちの身にもなれよ!?」

 

 放課後。模擬戦はアイなんとかの攻撃をひたすら受け流すだけで俺は攻撃しなかった。

 理由はクラスメイトからの非難だ。うるせえんだよアイツら。

 早くやられろだのくたばれだの、マジでウザかった。

 

「で、お前はどうすんだよ?」

「…………」

「ま、いいか」

 

 俺には関係ないし。

 

「そういうイツキさんは?」

「帰って筋トレする」

「魔法の練習はしないんですか?」

「してなんの意味があるの?」

 

 俺はあえてそう答えた。まあ、実際は魔法の練習もやってるけどさ。

 俺は姉さんよりも魔力量が多いらしいし、その分制御も大変なんだよね。

 

「……そうですか」

「そんじゃ、せいぜい頑張れよ~」

 

 さてさて、俺は俺のやりたいことをやろう。

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんであんたがいんの?」

「イッちゃん久しぶり~」

 

 帰宅途中、乞食さんことジークリンデ・エレミアが道端に倒れていた。

 なんで汚れないんだこの人は。普通ならボロボロになってるだろ。

 まあ、どうでもいいからとりあえず――

 

「――俺はもうこれで」

「ああっ! イッちゃん待って! お腹すいて死にそうなんよ!」

 

 お願いします。俺に関わらないでください。

 

「ワタシ、アナタノコトシリマセン」

「嘘つくの下手やな!?」

 

 あんたにだけは死んでも言われたくない。

 

「こりゃ姉さんが嫌がるわけだ……」

「サッちゃんがどうかしたん?」

「なんでもねーです」

 

 おかしい。俺は確かに小声で呟いたはずだぞ。なのにどうして姉さんって言葉に反応したの?

 とにかく、これ以上関わってはいけない気しかしない。

 

「そんじゃ、俺はホントにこれで」

「お願いやから(ウチ)にご飯をー!」

 

 ダメだこりゃ。

 

 

 ――数分後――

 

 

「ほらよ」

「ありがとう~」

 

 結局、俺はジークさんにご飯を奢るはめになった。とはいってもお金がないため、昼の残りを差し出すことで難を逃れた。

 ていうか美味いのか? 鯖の味噌煮。いや、飽きない限りは美味いけども。

 

「なにしてたの? あんた」

「いろいろあってな~」

 

 お腹がすいたので倒れてました、でいいだろ。普通に。

 ずっと気になっているのだが、コイツのジャージの下はどうなっているんだろう? やっぱり素っ裸かな? だとしたら見せてほしいものだ。

 

「このあとどうすんの?」

「イッちゃん――(ウチ)、サッちゃんのヒモになるまで死なへんよ!」

 

 逃げろ姉さん。ここに変態がいる。

 

「イッちゃんは?」

「帰るに決まってんだろ」

 

 マジでそのつもりだったし。あんたが倒れていたからこういうことになってんだろうが。

 あーあ、もうすぐ音楽メドレー始まっちゃうよ。録画もしてないのに……。

 

「そうやイッちゃ――」

「イッちゃんイッちゃん気安く呼ぶなこの乞食」

「誰が乞食や!?」

 

 お前だよお前。

 

「まあええわ。ヴィクターの屋敷への道を教えてほしいんやけど」

「迷子だったのか」

 

 なんか迷子になっていたらしいので、仕方なく道を教えて別れた。

 二度と会いたくない。会いに行くなら姉さんの方にしてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

「お帰り」

 

 家に帰ると、珍しくスミ姉がいた。ホントに珍しいなおい。

 この時間帯にいるってことは……仕事は休みか。だからエプロンなんか着てんのか。

 

「スミ姉……全然似合わねえよ」

「殺すぞ」

 

 サーセン。

 

「飯できてるから早く食べろ」

「へーい」

「ところでイツキちゃん」

「なんだよ?」

「もうヤった?」

「ぶふっ!?」

「テメエ人様の飯吐いてんじゃねえよ!」

「あんたがアホみたいなこと聞いてくるからだろうが!」

 

 何がもうヤっただコノヤロー! 年齢的に早すぎるんだよ!

 経験あるからって調子こいてんじゃねえぞ。ちくしょうが。

 

「なんでイツキちゃんだけ不良にならなかったんだろうね~?」

「俺がそれを望まなかったからだ」

 

 根っから不良のあんたらとは違うんだよ。俺はできるだけまっとうな人間であるつもりだ。

 あんたらにはあんたらの不良道(い き ざ ま)があるように、俺には俺の生き様ってのがあるんだよ。

 ……待て。これは生き様といってもいいのだろうか? 世間的にはアウトな気がする。

 

「あんたまだ不良やってんの?」

「全盛期ほどじゃないけどね」

「…………あっそ。俺は筋トレしてから寝るわ」

「その前に飯食えや」

 

 どうやらこの人は大人になっても変わることはないみたいだ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 23

「イッちゃんは?」
「帰るに決まってんだろ」
「サッちゃん家に?」
「それはねえよ。だって俺、姉さん家がどこにあんのか知らねえし」
「…………チッ」
「おいコラなに舌打ちしてんだテメエ」




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第5話「めんどくせえガキ共だ」

「……珍しいな」

〈ええ、本当に〉

 

 アイなんとかが学校に来ていない。一体なんの前触れだこれは。

 もしかしたら夢なのかこれは。でなきゃアイツが来ないなんてあり得ねえぞ。

 とりあえず夢かどうかを確かめるため、俺は自分の頬をつねってみた。

 

「いてて。夢じゃないのか――」

「すみません、遅れました」

「――夢じゃないのか……」

 

 なんつータイミングで来ちゃってんのお前。

 

「……なんで遅れたの? ――通り魔さん」

「っ!」

 

 間違いない、この反応。やっぱりコイツが自称“覇王”だったのか。

 まあ、スミ姉から姉さんが襲われたって聞いたときに気づいたんだけどね。

 

「その様子だとなんかあったみたいだな」

「……いろいろありました」

 

 あっそ。

 

 

 

 

 

 

 

「イツキさーん!」

「……あ?」

 

 昼休み。たまにはぶらつこうと適当に歩き回っていたら高町ヴィヴィオと出会った。

 どうやら知らないうちに初等科の校舎に来てしまっていたらしい。

 

『お、おい、あの人って……』

『うん。確か魔法以外は私たちよりダメだって噂の……』

『なんで初等科の校舎にいるんだよ?』

『大方迷子になったとかだと思う』

『カレーパン食べたい』

 

 なんか不穏な噂しかされていない件について。

 あと誰だカレーパン食べたいとかいったクソヤローは。ボコボコにしてやるから出てこいよ。

 

「イツキさん……?」

「ん? ああ、どうした?」

「話、聞いてましたか?」

「雑音のせいで全く聞こえなかった」

 

 一体何を話していたのか全くわからなかったんだけど。それどころか話してることにすら気づかなかった。

 もしかしてお前、ステルス機能でもお持ちですか? だとしたらここで透明になってほしいな。

 

「雑音なんて聞こえませんよ……?」

「あれ? おかしいな。確かにカレーパン食べたいって雑音が聞こえたはずなんだけど……」

「それは雑音じゃ――」

「さらばだっ!」

「――あー! また逃げたっ!」

 

 またってどういう意味だコラ。まあいい。俺はとにかく走った。その場から立ち去るために。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、先輩っ!」

「なんなんだよ立て続けに!」

 

 あれから数分後。初等科の校舎から逃げたのはいいが、途中でコロナ・ビ――ティミルと出会ってしまった。

 なんでこんなところにいるんだよ。お前、いつもならヴィヴィオと一緒にいんだろうが。

 

「立て続けに?」

「あ、ああ、気にすんな。俺にもいろいろあるんだよ」

「初等科の校舎から走ってくるのが見えたらしいんですけど……」

「待て。ということは見ていたのか?」

「はいっ! ――リオが!」

 

 なんでお前が胸を張る必要あんの? 年相応だからペッタンコなのは仕方がないけど。

 あ、コイツがペッタンコなら初等科の女子は皆ペッタンコか。

 ていうかウェズリーどこにいんだよ? 俺を見たっていうウェズリーはどこだ?

 

「今、先輩を殴らなきゃいけないような気がしたんですけど……」

「やめるんだティミル。お前はそんな暴力系女子じゃないだろう?」

 

 お前が殴るつったら絶対に素手じゃないのが目に見えてる。

 

「そんじゃ、俺はこれで――」

「あ、コロナ! 先輩!」

「――わかってたよちくしょう!」

 

 ああ、わかってたよ! そんな簡単に終わるわけないって!

 

「…………なんだよウェズリー」

「それはこっちのセリフですっ! どうして先輩とコロナが一緒にいるんですか?」

「たまには愛の逃避行をしようと思って」

「殴りますよ!?」

「…………嘘に決まってるじゃん」

 

 マズイ。下手に口を開くと殺される。

 

「わたし、信じてますから……! 先輩がそんな人じゃないって信じてますから……!」

「あ、そう――待て。それだと俺が犯罪の容疑を掛けられているみてえじゃんか」

「「違うんですか!?」」

「違うわっ!」

 

 勝手に信じられても困るだけなんだよなぁ。あとマジで違うから。

 にしてもめんどくせえガキ共だ。思い込みが激しいとはまさにこの事である。

 

「……もういいわ。疲れたから戻る」

「道わかるんですか?」

「殴るぞ!?」

 

 さすがに中等科の校舎に戻る道ぐらいはわかるっつの!

 そんなこんなで俺はギリギリではあったが教室に戻ることができたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 34

「……もういいわ。疲れたから戻る」
「道わかるんですか?」
「俺を誰だと思ってやがる?」
「「ちょっぴりやんちゃでおバカな先輩」」
「ぶっ殺すぞクソガキ共!!」




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第6話「これが孔明の罠か……!」

「へぇ、ヴィヴィオとねぇ……」

「はい……」

 

 翌日。なんかアイなんとかが少しガッカリしていたので何があったのか訪ねてみた。

 経緯はこうだ。ヴィヴィオと出会い、お手合わせをして勝った。そこまではよかったが、コイツにとっては手応えのない相手だったらしい。

 あれ? でもヴィヴィオってそこそこやるはずなんだけど……ああ、あれは使わなかったのか。

 

「イツキさんなら……」

「んだよ」

「な、なんでもありませんっ!」

 

 なんでそっぽ向かれてんの俺。

 

「まあいいわ。ところでアイなんとか」

「……アインハルトです」

「この数式がわからないんだけど」

「え?」

 

 頼むからそこまで大袈裟に驚くのやめてくれ。泣いちゃうから。

 しかも周りからはなんか視線を感じるし。主に嫉妬の。

 

「ここはこうしてですね……」

「ふむふむ」

 

 

 ――数分後――

 

 

「――で、ここをこうすればいいんです」

「……………………」

「頭から湯気が出ていますよ!?」

 

 大丈夫だ、問題ない。

 

「大丈夫だ、問題ない。確か連立方程式をやってたんだっけ?」

「正常な判断ができていない……!」

 

 そんなことはない。俺としては連立方程式という言葉を言えたことが奇跡なのだから。

 ま、まあ、問題はなんとなくわかったから大丈夫だよな、きっと。

 

「んじゃ、俺はこれで」

「まだ昼休みですよ?」

 

 ダメだ。正常な判断ができていない。

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、イツキ」

「どうもザフィーラさん。今日は狼じゃねえのか」

「しばらくはこの姿でいるつもりだ」

 

 場所は代わって八神家なう。八神さんに呼ばれて来たのだが、その八神さんがいない。

 ついさっき話を聞いたのだが、どうやら仕事があるらしくてここにはいないとのこと。

 

「なんで呼ばれたんだよ、俺」

「あたしに聞かれてもわかんねーよ」

 

 たった今現れた合法ロリことヴィータさんに問いかけるも、答えは出なかった。

 これで年上だもんなぁ。どっからどう見てもクソガキだけど。

 

「なんか失礼なこと考えてなかったか?」

「さあ?」

 

 危ない危ない。もしバレてたらゴルフクラブみたいなデバイスで殴られていたに違いない。

 

「師匠……。お、遅くなりました……」

 

 俺が命の危機を感じていると、誰かを呼んだであろう弱々しい声が聞こえてきた。

 最初に声がした方に振り向いたのはザフィーラさんだった。師匠ってお前かよ。

 

「お、やっと来たか……!?」

「ん? どうした……!?」

 

 次に振り向いたヴィータさんが絶句した。一体なんだ? と思いつつ振り向くとそこには――

 

 

「あぅ……」

 

 

 ――ビキニかトランクスかよくわからないツーピース水着を着た男の娘がいた。しかも下にはスカートみたいなフリフリが付いている。

 

「ミウラ……な、なんだその格好?」

「…………相撲でもするのか……?」

「ふぇ!?」

 

 ヴィータさんの反応が普通だろう。だがザフィーラさん、テメエはダメだ。

 ミウラと呼ばれた男の娘はどうすればいいのかわからない、という感じでオドオドしていた。

 

「…………」

〈ま、マスター?〉

 

 俺はというと、文字通り固まっていた。いやそうだろう? 今の季節で水着とかあり得ねえぞ。

 しかし、それ以前に――

 

「なんだよ?(ブババババッ)」

 

 ――俺の命が危ない。

 

「い、イツキ!? なんか凄い勢いで鼻血が出てんぞ!?」

 

 違うぞ! 決して男の娘なのに思わずときめいたとかじゃねえからなっ!

 

「おのれ孔明の罠かぁああああっ!!」

「お前は何を言っているんだ!? ザフィーラ! とりあえず救急箱!」

 

 まさか着方一つで男の娘にここまでの破壊力があるとは思わなかった……!

 今度アイなんとかにも話そう。そう思いながらも、意識は薄れつつあるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「は、初めましてっ! ミウラ・リナルディです!」

「あ、どうもこれはご丁寧に。俺は緒方イツキだ」

 

 あれから数十分後。なんとか一命を取り留めた俺は男の娘リナルディと自己紹介をしている。

 気弱な男……だよな? どう見ても女には見えないんだけど。

 

「勘違いしてるとこ悪いが、ミウラは女だ」

「バカなっ!?」

 

 どこに女の要素があるんだ!?

 

「俺が知っている女というのはもっとムチッとプリっとしているはずだ……!」

 

 ちなみにアイなんとかは無難に許容範囲内だ。初等科のガキ共は論外だけど。

 

「……いや、ヴィータさんみたいな合法ロリもいるんだからボクっ娘がいても不思議じゃないか」

「シバくぞてめー!?」

 

 しまった。本音が出てしまった。

 というわけで、リナルディが女子だということが判明した。

 よかった。俺の性癖は正常だったのか。それにしても、なぜコイツは水着姿だったんだ?

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 55

「は、初めましてっ! ミウラ・リナルディでしゅ!?」
「――ごはっ!!」
「うぉい!? どうしたイツキ!?」

 ヤバイ。この破壊力はヤバイ。




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第7話「通学路のアイちゃん」

「……これは夢か?」

「夢ではありません」

「……これは夢――」

「夢ではありません!」

「あっ、はい」

 

 男の娘もといボクっ娘のリナルディと出会った次の日。俺は……なんというか、男として幸せな状況にある。世間的に見れば。

 昨日、筋トレの際に利き手である右を痛めてしまい、箸が掴めないという危機的状況に陥ってしまったのが事の始まりだったりする。

 だが、それを知ったアイなんとかに弁当のおかずを食べさせてもらうことになったのだ。

 なんでも慣れない左腕で食べようとして何度も失敗している俺を見かねたらしい。

 

「…………は、早く食べてください」

「だったら普通に箸でいいだろ」

 

 世間的に見れば男として幸せな状況だが、俺からすればそうでもない。

 だってアイなんとかの奴、弁当のおかずである鯖の味噌煮を俺に投げようとしてるんだぜ? 俺は手負いの猛獣かっての。

 もし俺が食えなかったら鯖は床に落ちる。それがスミ姉にバレようものなら――殺される。

 

「普通にあーんでいいだろ!」

「恥ずかしいので嫌ですっ!」

 

 ごもっとも。

 

「……やっぱいいわ。さすがにそれ落としたら俺の命が危なくなるから」

〈食べない時点で危ないかと〉

 

 しまった、そうだった。この弁当はスミ姉の手作りだったな。鯖の味噌煮以外。

 ヤバイ。これもう食べるしかないじゃん。しかし肝心のサポート役であるアイなんとかは普通に食べさせてくれない。

 どうすんのこの状況。前みたいに残したら本気で殺されてしまう。

 

「仕方ない、腹くくるか」

「……………………い、イツキさん」

「なにかな?」

 

 アイなんとかに呼ばれたので振り向くと、目の前に鯖の味噌煮を掴んだ箸があった。

 ま、まさかこのシチュエーションは……!?

 

「――は、はいっ!」

「んぐっ!?」

 

 残念ながらあーんではなかった。ていうか無理やり口に鯖の味噌煮をブチ込まれたんですけど!?

 いやまあ、恥ずかしいのはわかるけどよ……これは酷くねえか!?

 あ、ちょっと待ってこれヤバイ……! 喉に詰まりそうだ……!

 

「み、水……!」

 

 確か鞄の中にミネラルウォーターがあったはず……!

 

「こ、こここれでしょうかっ!?」

「それそれ、早くよこせ……!」

 

 まだ頬を赤くしているアイなんとかが取ってくれたミネラルウォーターを一気に飲み干した。

 ふぅ、マジで死ぬかと思いましたよ。今度からは無理してでも自分で食べよう。

 

「夢は所詮夢だったか」

「??」

 

 アイなんとか。女の君には一生わからないよ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとな。弁当食うの手伝ってくれて」

「いえ……」

 

 放課後。アイなんとかの助力もあって午後の授業は奇跡的に切り抜けた。

 にしても、まさか帰る道まで一緒だったとか驚きだよマジ。

 このあとどうしようかな……腕が治るまで筋トレは無理っぽいし……。

 

「イツキさん」

「なんでぃ?」

「そろそろアイなんとかって呼ぶのはやめてください」

「やめてくださいって言われてもなぁ……」

 

 お前の名前、アイしか覚えてない。

 

「うーん……どうしたものか……」

〈いっそあだ名で呼んでみては?〉

「アイなんとか」

「……やめてください」

「アイリス!」

「誰ですか!?」

 

 どうやら間違っていたようだ。やっぱり思い出せねえわぁ。

 セラはあだ名で呼べって言ったけど名前がわからない以上、それは無理って話だ。

 

「えーっと……アイアイ!」

「怒りますよ?」

 

 ごめんなさい。

 

「あーもう! やめだやめ! 今まで通りアイなんとかでいく!」

「諦めないでください!」

 

 これなんて青春ドラマ? 名前呼ぶだけなのに励まされるとか初めてなんですけど。

 とはいえ、思いつかないのも思い出せないのも事実。

 

「ま、明日また考え――」

「また逃げるんですか?」

「――違う戦略的撤退だ」

 

 またってどういう……ああ、体育の模擬戦か。あれは仕方なかったんだよ。

 結局、今日で終わりそうにないため続きは明日に持ち越された。

 まだ続けんのかよこれ……。

 

 

 

 

 

 

 

「イツキさん」

「ついてくんな」

「イツキさんっ!」

「ついてくんなっ!」

 

 翌朝。アイなんとかと鉢合わせするなり謎の追いかけっこの始まりである。

 どんだけアイなんとかって呼ばれるのイヤなんだよ!?

 

「待ってください!」

「待たねえ」

「待ってください!!」

「待たねえ!」

 

 さっきからこんな感じのやり取りが続いている。早く諦めてくんねえかなぁ。

 いや、ここは俺が諦めるべきなのか? でもなんかイヤだなぁ……。

 

「イツキさんっ!!」

「んだよ!?」

「やっと止まってくれました……!」

 

 しまった。あまりのしつこさに思わず立ち止まってしまった。

 

「昨日も言ったようにアイなんとかでいいだろ!」

「よくありません!」

 

 だったらなんて呼べばいいんだよ。名前で呼ぼうにもアイしか覚えて――アイ?

 

「……イツキさん?」

「……決まったよ。今日からお前は――アイちゃんだ!!」

 

 決まった。なんかよくわかんねえけど決まった。そうだよ、普通にちゃん付けでいいじゃねえか。どうして深く考えてしまったのだろうか。

 なぜ今に至るまで思いつかなかったのか自分でもわからないけど。

 

「あ、アイちゃん……!?」

「うん。アイちゃん」

「そ、その――」

「ん?」

「――その呼び方はダメですっ!!」

 

 顔を真っ赤にしたアイちゃんに拒否られてしまった。なんでやねん。

 それとアイちゃん、ここ通学路のど真ん中なんですけど。

 

 

 

 




 というわけで、アイちゃんというあだ名はこうして生まれました。

《今回のNG》TAKE 31

「……イツキさん?」
「……決まったよ。今日からお前は――アイちぇんだ!!」
「……………………ちぇん?」

 しまった。盛大に噛んでしまった。




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第8話「どうせ俺はクソだよ」

「ではここを――緒方くん」

「へあっ!?」

 

 英語の授業にて、またまた当てられてしまった。マズイ、全く読めない。

 これで五回目だ。もちろん、どれもまともに答えることはできなかった。

 隣のアイちゃんに助けを求めようにも、全員が俺に注目してる以上は無理だ。

 

「え、えーっとその……わかんないっす」

「はぁ、仕方ないですね。ではストラトスさん」

「はい」

 

 まただ。また答えられなかった。初等科のときもこんな感じだったな。

 そう思いつつ席に座ると、周りが少しだけざわつき始めた。

 

 

『あれ読めないとかあり得なくない?』

『俺、英文は読めないけどさすがに英単語くらいは読めるぞ』

『前期試験で補習確定だな』

 

 

 そして聞こえてくる俺への非難。一回だけならまだしも、何度も聞いてるとさすがに腹が立つ。

 とはいえ、ここで姉さんみたいに暴れたとしても自業自得でしかない。

 だからといって我慢できるほど人間ができてるわけでもなく――

 

「――っ!」

 

 俺は両手で机を思いっきり叩いて立ち上がった。もう無理だ。

 一気に先生やクラスメイトの視線がこっちに向けられたが、そんなことはどうでもいい。

 そのまま教室から出て、溜め込んでいたものを一気に吐き出した。

 

「はいはい、俺はバカだよ」

 

 まず最初に、廊下で呟きながら壁を蹴飛ばす。

 

「バカで悪いか文句あんのかオラァ!」

 

 次に反対側の壁に持っていた鉛筆を投げつける。

 

「俺は英単語も読めねえバカなんだよ。つーかわかってんだよ俺だってよ、学校が無理だってわかってんだよ!」

 

 さらに上着を脱ぎ捨て、噴水のある中庭みたいなところにたどり着いた。

 

「クソがぁ!」

 

 最後に近くにあった木を蹴飛ばし、ベンチに寝そべった。

 思わず上着を脱ぎ捨ててしまったが、今日はなぜかTシャツを着ていたために寒くはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「またやっちまったよ……」

 

 あれから時間が経ち、ただいま放課後。

 どうやら俺は寝てしまってたようだ。なんてこったい。

 ただ、姉さんみたいに暴れなかったのは不幸中の幸いだろう。

 

「この癖も治さないとなぁ」

 

 そう呟きながら、教室にあるであろう鞄を取りに行こうと起き上がったときだった。

 

「――見つけました!」

「ふぁいっ!?」

 

 後ろからいきなり声をかけられ、思わず跳ね上がってしまった。

 誰だ俺をビビらせようとしたバカヤローは。目から眼球が飛び出しそうになったじゃねえか。

 

「って、アイちゃん?」

「その呼び方はやめてください」

 

 だが断る。

 

「どしたよ? もう放課後だぞ?」

 

 一体何しに来たというのだろうか。見つけました! とか言ってたし俺に用があるのかな?

 いや、真面目なアイちゃんのことだ。きっと急いでいて誰かと間違ってしまったんだな。

 

「えっと……相手間違ってない?」

「いいえ、イツキさんで合っています」

 

 俺だったのか。

 

「なんの用かな? って言いたいところだけど今はそんな気分じゃないんだわ。んじゃそゆ――」

「鞄と上着ならここに」

 

 あるぇ? 俺まだなんも言ってないんだけど。

 

「今のイツキさんの考えなら手に取るようにわかります」

「マジか」

 

 すげえぞコイツ。読心術が使えるのか。今度教えてもらおう。

 さて、教室に戻る必要もなくなったし、帰るとしますか。

 

「………………い、イツキさん?」

「今度はなんだよ」

「その格好で帰るんですか……?」

「あ……」

 

 あらやだTシャツのままだった。けどこれ、下着じゃないから別に問題はないはずだ。

 そうだ、これはクールビズなんだよ。だったらなおさら問題ないな。

 

「クールビズだから別にいいよね?」

「よくありません」

 

 ダメだったようだ。

 

「そういや、お前何しに来たんだよ」

「そうでした! イツキさんに提案があるんです!」

「て、提案?」

 

 なぜだろう、イヤな予感しかしない。

 

「少し早いですが、前期試験に向けて勉――」

 

 

 ダッ(俺、猛ダッシュ)

 

 

「――い、イツキさん!?」

 

 勉強という言葉が聞こえそうになった瞬間、俺は条件反射でその場から逃げ出していた。

 勉強とか授業だけで足りてるっつうんだよこんちくしょう!

 

「あ、でもどうせ学校で会っちゃうしなぁ……」

 

 今逃げたとしても明日また学校で鉢合わせするに違いない。

 ヤバイ。退路なんてどこにもなかったんだ。明日までにいろいろ考えておくか。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 4

「クールビズだから別にいいよね?」
「よくありません」
「じゃあ下も脱げってか!? お前は鬼か!」
「どうすればそんな発想に繋がるんですか!?」




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第9話「お前らなんなの!?」

「どうしてこうなった…………」

「…………」

 

 俺が久々に自棄を起こしてから二日が経った。あれからアイちゃんの視線がとても痛い。

 ついでに周りの視線も痛いでござる。ていうかお前ら関係ねえだろ。

 

「セラ。突破口ねえか?」

〈そちらのゴタゴタを私に吹っ掛けないでください〉

 

 愛機に冷たく拒絶されてしまった。なんなのコイツ。でも正論すぎて何も言えない。

 もうすぐだな。俺は椅子を少しだけ後ろに引き、すぐに立てるようにしておく。

 

「――はい、今日はここまで!」

 

 

 ガタッ(俺が椅子から立ち上がる音)

 

 タタタッ(扉目指してひたすら走る音)

 

 ガラッ(扉を開ける音)

 

 

「脱獄だコノヤロー!」

 

 そして授業が終わると同時に教室から飛び出した。荷物はあらかじめ準備してたから大丈夫だ。

 今度こそ抜からねえ! 昨日は荷物を忘れて教室に戻るはめになったからな。

 

〈脱走の間違いでしょう?〉

 

 決してそんなことはない。

 

「――イツキさん!」

「ふぁっ!?」

 

 俺を呼ぶ声がしたので後ろを振り向くと、アイちゃんが全力疾走で走ってくる姿が見えた。

 バカなっ!? 昨日よりもずっと速くなってるだと!?

 しかも道は一方通行で曲がれるところがない。クソッ、こうなったら――

 

「――窓からぴょーんっ!」

 

 たまたま開いていた窓から飛び降り、しっかりと着地してから再び走り出した。

 アイちゃんはというと、窓からこっちを見つめながら悔しそうな表情を浮かべていた。

 俺と違ってスカートを履いているアイちゃんにこの芸当は無理だ。つまり……

 

「今日もなんとか逃げ切ったぞ」

 

 安堵すると同時に、この先もこんな追いかけっこが続くのかと思うと不安でしかなかった。

 ちなみにアイちゃんがスカートで窓から飛び降りた暁にはその中を撮影してやろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、先輩!」

「……俺に八重歯の知り合いはいません」

「怒りますよ!?」

「めんごめんご」

 

 あれから数分後。帰り道でウェズリーと出会った。あれ? コイツ一人か?

 いや待て、もしかしたらコイツは迷子になっているのかもしれない。

 

「なにしてんの?」

「それはこっちのセリフです。先輩、帰り道間違ってますよ?」

 

 なんてこった。コイツの迷子ではなく俺が逃げるのに必死で道を確認していなかったようだ。

 とはいえ帰り道が奴と同じである以上、すれ違いや待ち伏せの確率が高い。

 もちろん、その8割が奴――アイちゃんによるものだと俺は考えている。

 

「気にすんな。たまには別のルートから帰ろうと思っただけだ」

「でも、こっちに行くと先輩の家から遠ざかってしまいますよ?」

「え? マジ?」

「マジです」

 

 想定外だ。これはマズイ。

 

「やっぱ戻るわ」

「…………ぇ……?」

「え?」

 

 なんでそんなにガッカリしちゃってんのお前。エロほ――参考書が見つからなくて犬みたいにションボリしてる変態と同じ顔になってんぞ。

 ていうか俺、お前とはなんもないよね? いや、前に初等科の校舎付近で遭遇はしたけど……

 

「お、俺なんかした?」

「いえ、その――構ってくれないんですか!?」

 

 ちょっとでも心配した俺がバカだった。

 

「マジか。じゃあ今までの行動は構ってほしい一心でやったってのか……?」

「そういうことですっ!」

 

 偉そうにナイチチを張られても困る。どうりでバイオレンスな面があったわけだ。

 遭遇するなり懐や腰に突撃してきたり、頭や背中にしがみついてきたり……お前はサルか。

 

「というわけで構って――」

「さいなら!」

「あぁっ! 先輩待ってくださいー!!」

 

 待たない。絶対に待たない。

 

「ちくせう! これなら普通に帰ればよかった!」

〈自業自得です〉

「待ってくださいってばー!!」

 

 どんなに喚かれても待たねえよ。待ってしまえば人として大事なものを失いそうな気がするからな。

 とにかく後ろは振り向くな。ただひたすら走り続けろ、俺。

 このあとウェズリーをどうにか撒くことに成功した俺は、身を隠しつつ帰路についたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 25

「お、俺なんかした?」
「いえ、その――叩いてくれないんですか!?」

 ダメだコイツ。もう手遅れだ。




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第10話「やってやんよバカヤロー!」

「イツキちゃん、お客さんが来てるよ」

「お客さん?」

 

 ウェズリーから逃亡して数日後。あれから学校ではアイちゃんから逃げ続けていたよ。

 ダンボールやゴミ箱に隠れたり、木のふりをしたり、ホントに大変な日々になりつつある。

 

「こんな朝早くから誰だよ全く……」

 

 そんなことを考えつつも、俺は早朝からやってきたお客さんとやらを追っ払うことにした。

 

「はいはい、イツキさんが来ました――」

「おはようございます、イツキさん」

 

 

 ――バタンッ

 

 

「間に合ってます」

 

 なんだ、ただのピンポンダッシュか。そんなことだろうと思ってたんだよね。

 うん、目の前にアイちゃんがいたとかじゃなくてよかった。とてもよかった。

 

『イツキさん! 開けてくださいっ!』

 

 学校に行きたくない。

 

「スミ姉、一生のお願いだ。今日だけ休んでもいいかな?」

「ガールフレンド外に待たしといて何をほざくかと思えば……さっさと搾られてこい」

 

 それはシバかれてこいの間違いだよね? そうなんだよね?

 

「なんでアイツがいるんだよっ!」

「知るか。私が聞きたいぐらいだ」

 

 スミ姉が知らないとなると……調べたな。そこまでして何が目的なんだよ。

 いや、なんとなくわかってる。べ、勉強とか言ってたからな……。

 とはいっても許可が出なかった以上は行くしかない。俺は支度をして外に出た。

 

「……おはようございます」

「おはようさん」

 

 さすがにここまで来られては逃げられないな。遅かれ早かれわかってたことだ。

 なのに気づけなかった。これはこれで酷いな、ホントに。

 

「で、何しに来たの?」

「学校だとイツキさんは話も聞かずに逃げてしまいます。なので失礼ながら朝からお迎えに参りました」

 

 マズイ。このままだとアイちゃんまでおかしくなってしまう。あのウェズリーのように。

 

「…………降参だよ」

「やっとその気になりましたか」

「話の内容は大体わかってる。勉強だろ?」

「はい。今のイツキさんの学力だと補習や追試は確実です。実技試験は大丈夫でしょうけど」

「まあな」

 

 ぶっちゃけ実技は楽勝だ。なんせ筆記よりは頭を使わずに済むからな。

 ただひたすら対戦相手をブチのめすだけ。ドミノを倒すだけのように簡単で――つまらない。

 だけど筆記はダメだ。なんだあの次世代でなきゃ解けないような高等数学は。

 なんだあの異星人でなきゃ読めないような古代英語は。

 

「なので私が協力します」

「意味がわからん」

 

 お前には関係ねえだろ。

 

「ですから――」

「アイちゃん。なんで俺ばっかに構うんだよ」

「……わかりません。ですが、逃げてばかりなのはよくないと思います」

 

 いや、そこまで逃げた覚えは――あるな。

 主に学校から逃げている。中等科1年になった今もそうだ。

 

「…………いいのか?」

「はい。ですが私が協力するからには最低でも平均点は採ってもらいます」

 

 君のボーダーライン高すぎだろ。

 

「……下げてくれませんか?」

「ダメです」

「チッ」

 

 今度こそ退路は断たれてしまった。

 そういや、試験休みを使って合宿するとかスミ姉が言ってたな。

 ……おいおい、これイヤでも赤点回避しないと俺の命が危ないじゃんか。

 

「やるしかないみたいだな……」

「? よくわかりませんが、やる気になってくれたのなら何よりです」

「やると決まったところで、何から始めるんだ?」

「まずはイツキさんの学力がどれほどなのか確かめ、次にその学力に合った教材を用意します」

「いや、俺の学力なんて知れたもんだろ?」

「それでも詳しく知る必要があります」

 

 そういうものなんかねぇ?

 

「……まあ、できるだけ従うよ」

「そうしてくれると助かります」

「いつからやんの?」

「今日からです」

 

 

 ダッ(身を翻す俺)

 

 ガッ(その肩を掴むアイちゃん)

 

 

「どこに行くんですか?」

「ちょっとお腹が痛くなって――」

「学校にもトイレはあります」

 

 てっきり明日からだと思ってた。今日からやるとか冗談じゃねえぞ。

 

「えーっと、さすがに今日から――」

「その場合、今日の分も合わせてやってもらいます」

「――やってやんよバカヤロー!」

 

 どっちにしろやらなきゃなんねえなら今やるしかねえぞこれは。

 そんなこんなで、優等生であろうアイちゃん先生によるご指導が決定したのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 19

「こんな朝早くから誰だよ全く……」

 そんなことを考えつつも、俺は早朝からやってきたお客さんとやらを追っ払うことにした。

「はいはい、イツキさんが来ました――」
「先輩っ! おはようございますっ!」


 ――バタンッ


「人違いです」

 八重歯がトラウマになりそうだ。




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第11話「口実と魔女の悩み」

「あのさアイちゃん」

「はい」

「これって勉強なんだよね?」

「はい」

「これはこれで学力を知るためなんだよね?」

「もちろんです」

「そっかそっか。それなら問題ないな。はっはっはっは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃあなんで俺はお前とスパーしてんだ!? これ勉強じゃなくて練習だよな!?」

 

 アイちゃんの協力もあって勉強すると決心した日の放課後。

 俺はなぜかアイちゃんとスパーをしている。本人は勉強だと言っているが……

 

「本音は?」

「模擬戦の続きをしましょう」

「んなことだろうと思ったよちくしょう!!」

 

 勉強を口実にしやがったぞコイツ。

 

「ですから逃げないでください!」

「こっちはハメられたってのにやる気出るわけねえだろ!」

 

 いつかの模擬戦のときと同じく、俺はアイちゃんの攻撃をひたすら受け流している。

 ていうかコイツ、なかなかやるな。もしも正面から激突すればおもしれーことになりそうだ。

 だが今はやる気が出ない。なんせ騙された感がすげえし。

 

「あ、イツキさんだ!」

「ジーザス」

 

 声がした方を見ると、ヴィヴィオとその取り巻き――ティミルとウェズリーがいた。

 なんつータイミングで来てくれちゃったんだよお前らは。

 

〈ここは練習場なので仕方ないかと〉

 

 正論すぎて何も言えない。

 

「アイちゃん。そろそろ終わりにしない?」

「まだ始まったばかりでしょう!」

「知るかそんなもん!」

 

 こうなったら力ずくで終わらせる!

 俺はアイちゃんの拳をバックステップでかわし、すぐに詰め寄ってから懐に蹴りを入れる。

 反応が遅れたのか、アイちゃんは防御すらできずにヴィヴィオたちのいるところへ吹っ飛んだ。

 

「…………あれ? やり過ぎた?」

〈やり過ぎです〉

 

 ま、まあ大丈夫だろう。近くにいたヴィヴィオたちが吹っ飛んだアイちゃんの元へと駆けつけた。

 よーし、今のうちにずらかろう。でないとまたスパーやらされそうだ。

 こうして俺は、なんとか練習場から離脱できたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、魔女……だと……?」

「……どうも」

 

 練習場から離脱して数十分後。俺はちっこい魔女と遭遇していた。

 なんだろう、よくわからんがただの他人じゃなさそうだ。

 

(「……………………サツキに似ている」)

 

 なんだ? 今なんて言ったんだ?

 

「い、今なんと?」

「なんでもない」

「さいですか」

 

 なぜだろう。今姉さんの顔が浮かんだのだが。

 

「………………ファビア・クロゼルグ」

「緒方イツキだ」

「…………緒方?」

「そうだけど」

 

 俺の苗字を聞いた途端、魔女――クロゼルグは少し驚いたような顔をした。

 そんでもってやっぱり姉さんの顔が浮かんだのだが……あの人関係あんのか?

 

「いや、まさかな……」

「……??」

 

 まあいいか。姉さんに聞けばわかることだし。

 

「で、クロゼルグは何をしていたんだ?」

「……悩んでいた」

「え」

 

 悩みながらケーキを食っている人なんてそうそういねえぞ。街のど真ん中で。

 ていうかそれチーズケーキじゃねえか。あと手にぶら下げている袋には何が入ってるんだ?

 

「悩み?」

「……うん。知り合いにあだ名で呼んでもらえない」

「…………その知り合いってどんな人?」

 

 なぜかすげえ気になる。

 

「……決して良い人ではない。でも嫌いになれない。そんな感じの人」

 

 えーっと、善人ではないけど嫌いにもなれない。どんな人物だよソイツ。

 ていうか今日はやけに姉さんの顔が浮かぶな。なんの前触れだよ一体。

 

「そ、そうか……ならストレートに伝えるってのはどうだ?」

「…………ストレート?」

「ああ。小細工なしの直球勝負だ」

 

 下手な小細工をするぐらいならストレートに伝えた方が断然いいに決まってる。

 誤解もされにくいし、気持ちも伝わりやすい。

 

「…………やってみる」

「おう、頑張れよ」

「……ありがとう、イツキ」

 

 おっと、一つだけ聞いておかなければ。

 

「ところでさ、なんでさっき俺の苗字を聞いて驚いたんだ?」

「……………………知り合いと同じだったから」

「……苗字が?」

「うん」

 

 マジか。ソイツも緒方って名前なのか。いつか会ってみたいな。

 という感じで今日は不思議な日だった。魔女と出会うわ、やけに姉さんの顔が浮かぶわで。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

「あ、イツキさんだ!」
「ジーザス」

 声がした方を見ると、ヴィヴィオとその取り巻き――ティミルとウェズリーがいた。
 なんつータイミングで来てくれちゃったんだよお前らは。










「あたしだけセリフがない……」
「わたしもだよ……」




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第12話「これは酷い」

「それでは勉強を始めます」

「うっす!」

 

 翌日。自習室みたいな場所に呼び出された俺はアイちゃんと勉強を始めようとしていた。

 つーかよくこんな場所を確保できたな。てっきりアイちゃん家でやるのかと思ってたよ。

 さてさて、どんとこいってんだチキショー! どんな次世代英語だろうとぶっ潰してやんよ!

 

「まずは数学ですっ!」

「ゑ」

 

 オワタ。

 

「どうかしましたか?」

「え、あ、いや……なんでもねえです」

「そうですか。では始めてください!」

 

 その合図と同時に、俺は少し自棄になって教科書を開いた。

 ちくしょう!! 高等数学でもなんでもかかってこいやぁ――っ!!

 

 

 

 

 

 ――1時間目 数学――

 

「んー……………………」

 

 

 次の計算をしなさい。

 

 (χ+γ)×(-5)

 

 

「……イツキさん?」

「アイちゃん。これ数学だよな?」

「はい」

「なんで数学なのに英語入ってんだよ……?」

 

 

 答え -5(χ+γ)

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

「………………………………な、なるほど」

「……んー……………………」

 

 

 

 

 

 ――2時間目 英語――

 

「私が今から出すボードに書かれている英単語を読んでください。ではどうぞ(スッ)」

 

 

 bat

 

 

「……バット!」

「正解です(スッ)」

 

 

 notebook

 

 

「……の…………ノテボーク!」

「…………………………(スッ)」

 

 

 homework

 

 

「…………ホメウォアーク!」

「ホームワークです」

「ああ……ホームワーク!」

「………………(スッ)」

 

 

 tomorrow

 

 

「トモアロー!」

 

 パコッ(アイちゃんがボードで俺を叩く音)

 

「ふざけないでくださいっ!」

「地元の奴らがそう読んでたんだよ!」

「じゃあこれは!?(スッ)」

 

 

 orange

 

 

「……オ()ンジ!」

 

 パコッ(アイちゃんがボードで俺を叩く音)

 

「当たってんだろうがよ!!」

「そこはオ()ンジですっ!!」

「っ…………!!」

 

 

 

 

 

 ――3時間目 歴史――

 

「えーっと、ベルカ諸王時代の王様の名前だよな?」

「はいっ!」

 

 

[問題]

 ベルカ諸王時代を生きた三人の王。聖王オリヴィエ、冥王イクスヴェリア、あと一人は?

 

 

「ああ、聖王冥王ときたからには……あれだよ、顔は浮かんでんだよほら…………」

「…………誰ですか?」

「えー、あの人だよあの人……んー……あ、覇王だろ!? 世紀末覇者拳王だバカヤロー!」

「っ……………………!!!!」

「……あー……もういいや。知らねえよ!! どうでもいいよ覇王なんかよクソッ!!」

 

 

 

 

 

「………………やっぱ無理なんかな……」

 

 かれこれ数時間。俺は見事にボロクソにされてしまった。

 特に歴史なんかアイちゃんが自分ですっ! 自分ですっ! みたいなアピールしまくってたせいで集中すらできなかった。

 お前歴史の偉人じゃねえだろうが。仮に偉人だとしても何歳だよテメエ。

 

「また……また逃げるんですか?」

「あァ?」

「イツキさんは逃げてばかりの腰抜けですかっ!?」

「…………あークソッ!! やりゃいいんだろやりゃあ!!」

「はいっ! その意気です! まずはこれから始めましょう!!」

 

 俺がやる気を出したからか妙に張りきり出したアイちゃんは、俺の目の前に分厚い本を置いた。

 なんて分厚さだ! だけど俺は負けな――

 

「って、小学生が意気がってんじゃねえぞコノヤロー!!」

 

 思わず本にメンチを切ってしまった。だって仕方ねえじゃん、『小学校の問題』ってタイトルなんだからよぉ!

 ていうかそこはせめて中学校にしてくれよ! どんだけバカにされてんの俺!?

 アイちゃんに非難の眼差しを向けるも、すげえ涼しそうな顔でスルーされた。

 

「やってやる……! 俺はやってやるぞ……!!」

 

 持っていた鉛筆を鉛筆削りで思いっきり削り、本を適当に開く。

 さっそく数学かよ。だが、俺でもこのレベルなら簡単に解け――

 

 

 パキッ(鉛筆の芯が折れる音)

 

 

「クソッタレぇええええええっ!!」

 

 鉛筆の芯が折れた瞬間、俺は今日一番の叫び声を上げたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 83

「やってやる……! 俺はやってやるぞ……!! この世から巨人を一匹残らず駆逐してやる……!!」
「イツキさん! それは何か違うかと!」
〈マスター、アウトです〉




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第13話「最凶との再会」

「えーっとベルカ諸王時代の王様は……聖王オリヴィエ、覇王イングヴァルト、冥王イクスヴェリアでいいんだよな?」

「はいっ! よく覚えられましたね」

 

 あれから数時間後。ようやく俺は解放された。こんなのが毎日続くのか……。

 分厚い方の問題集に関しては鉛筆を削りまくっていたこともあってあんまりできなかった。

 まあ、進展があったのは今話していた歴史だな。そのときのアイちゃんすげえ怖かったし。

 

「この式は解けますか?」

「全然解け――」

「…………」

「――ごめん。マジで解けない」

 

 いやホントに数学は一筋縄じゃいかないんだってば。お願いだから睨まないでくれ。

 せっかく私が教えているのに、みたいな感じで睨まれても困るから。ホント困るから。

 

「……あの、イツキさん」

「ん? どうした?」

「少し行きたいところがあるんです――」

「ついてこいってなら了解だよ」

「すみません……」

 

 珍しいな。アイちゃんが寄り道するなんて。あとそろそろ睨むのやめてくれ。

 

「どこ行くの?」

「本屋です」

「……本屋?」

「はい」

「なんで?」

「新しい教材を買おうかと」

 

 前言撤回。アイちゃんはアイちゃんだった。どんだけ真面目なんだよ。

 さすがのイツキさんもこれにはドン引きだよ。わりとマジで。

 

「見えました。あそこです」

「意外と近かったな……」

 

 もう着いたみたいだ。ていうかホントに遠くなかったぞ。

 するとちょうど店から誰かが出てきた。あれ? あの人どっかで見たような…………は?

 

「どうかしましたか? イツキさん?」

「……アイちゃん。先に行っといてくれ。俺は後から行く」

「どうして――」

「いいから行け」

「あ、はい……」

 

 とりあえずアイちゃんを先に行かせ、こっちに歩いてくるその人を見てみる。

 肩まで伸びる赤みがかった黒髪、三白眼ほどではないが鋭い目付き、それを含めても整っている顔立ちにパーカー越しからでもわかるバランスの良い体型。

 そして他とは比較にならないほどの凄まじい風格。俺はコイツが誰なのか知っている。

 

「――マジか」

「…………あァ?」

 

 死戦女神の名で有名となった不良、緒方サツキその人だ。

 とはいっても死戦女神=姉さんだという事実は全く知られていない。

 どうやら手に持っている袋を見る限り、買い物帰りのようだ。

 本屋にはついでで寄ったのだろう。コイツが本を買うなんてあり得ないからな。

 

「ようっ!」

「………………おー」

 

 思いきって挨拶するも、すげえめんどくさそうな面で返事された。

 

「久しぶりだな、姉さん」

「おお、そうだな」

 

 お願いします。せめて普通に返事してください。

 そんなことを思いつつ、俺と姉さんはすれ違った。俺は本屋に行かなきゃならねえからな。

 店の入り口に着くと同時に一旦立ち止まり、思わず振り返る。

 姉さんも同じこと考えていたのか、立ち止まってこっちに振り向いていた。

 しかしすぐに歩き出し、何事もなかったかのように去っていった。

 

「まさかこんなところで会うとはな……」

〈さすがの私も予想外です〉

「……………………イツキさん」

「ん? おお、アイちゃん。どったの?」

「…………」

 

 あれ? なんか怒ってない?

 

「あ、アイちゃん?」

「……なんでしょうか?」

「もしかして怒ってる?」

「……そんなことはありません」

「いや、怒ってる――」

「そんなことはありませんっ!」

 

 今までで一番怖いんですけど。冷や汗が滝のように流れるくらいには怖いんですけど。

 俺なんかしたの? したんなら何をしたか言ってくれないとわかんないよ……?

 

「……早く行きましょう」

「あ、あのさ、怒ってるならそうと――」

「早く行きましょうっ!」

「……………………あ、はい」

 

 ヤベェ。女子ってこんなに怖かったのか。

 そして次の日、アイちゃんは学校が終わるまで目を合わせてすらくれなかった。

 ちなみに姉さんとは後に練習場で再会することになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 




《今回のNG》


「ごめん……気分的に無理だわ」




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第14話「俺とボクっ娘は同い年!?」

「今度はなんの用だよ?」

「ぼ、ボクに聞かれても……」

 

 今日も八神さんに呼び出されて八神家に来ている。前は姉さんのせいで大変だったよ。

 ちなみに今回はリナルディが一緒だ。いや、今回も、だったな。

 ていうかリナルディしかいない件について。八神さんはどこにいったんだよ。

 

「あ、そうだリナルディ」

「なんでしゅかっ!?」

「――ごはぁ!?」

「イツキさーん!?」

 

 ちくしょう……! せ、セリフ噛んでんじゃねえぞコノヤロー……!

 まさか鼻血だけでなく吐血までしてしまうとは。ミウラ・リナルディ……恐るべし。

 

「だ、大丈夫ですかぁ!?」

「あ、ああ、つい萌えてしまっただけだ」

 

 大丈夫なわけねえだろ。

 

「そんなことよりもリナルディ」

「は、はい……!」

 

 恐れるな俺。ここで退いたら負けだぞ。

 

「――今日は水着じゃねえのか?」

「ふえぇ!?」

 

 あれはインパクトがありすぎた。初対面で水着姿を披露するなんて誰にでもできることじゃない。

 むしろよほどの露出狂か変態でないとできないだろう。

 

「あ、あれはその……!」

「なんだよ」

「はやてさんとリインさんに着せられて……!」

「………………は?」

 

 うわー……あの二人って変態だったのかぁ。

 

「……な、なんでまた?」

「そ、それは……女の子っぽいファッションとかなんとかでワンピースから始まって――」

「ごめん。長いと覚えられないからできれば一言で」

「――はやてさんとリインさんに着せられました……!」

 

 やっぱりあの二人は変態なのかもしれない。

 

「ん? 女の子っぽいファッション?」

「はい……」

「…………お前、普段の服装は?」

「ふぇ? こ、こんな感じですけど……」

「いや、こんな感じって……」

 

 どうりで男の娘と間違えてしまったわけだ。いや、初対面は水着だったけども。

 ボクっ娘は需要あるけど男の娘はあんまりないからなぁ。

 

「とりあえず――組み手でもするか」

「イツキさん、格闘技できるんですか……?」

「一応な」

 

 

 

 

 

 

 

「お前、結構やるんだな……」

「イツキさんこそ……」

 

 あれから数時間。休憩を挟みつつ俺とリナルディは組み手をしまくった。

 コイツ、結構強いぞ。もしかしたらアイちゃんにも引けをとらないかもしれない。

 それにしても疲れた。ここまで疲れたのは久しぶりだぞ。

 

「インターミドルには出てないんですか?」

「出ないよ。興味ねえし」

 

 俺は姉さんほど強者を求めてるわけじゃないからな。

 

「で、でも、それだけ強いなら――」

「出ねえし興味ねえつってんだろ」

「あ、あう……!」

 

 それに今年は姉さんのセコンドってやつをやる予定だしな。

 つまりあの人の戦い――ケンカを間近で見れるってわけだ。

 

「そうだリナルディ」

「はいぃ!?」

 

 そこまで大袈裟に驚かなくても……俺ちょっと傷ついた。

 

「お前って初等科か?」

「い、いえ……ちゅ、中等科1年ですっ!」

「……………………ふぁ、ふぁいっ?」

「えっと、ですからその…………中等科1年です!」

「嘘つけ!!」

「ふえぇっ!?」

 

 お前どっからどう見てもヴィヴィオとあんまり変わんねえんだけど!?

 それともあれか、男の娘もといボクっ娘だからそう見えてしまうというのか!?

 

「まあいいわ。一応そういうことにしといてやる」

「い、一応って……ボクは本当に――」

「一応そういうことにしといてやる」

「うぅ……」

 

 抗議しても無駄だ。

 

「んじゃ、俺は帰る」

「え? あ、あの――」

「待たない。めんどいし」

「め、めんどいって……」

 

 結局、今回も八神さん本人が現れることはなかった。いや、姉さんと来たときにはいたな。

 ていうかなんで俺が来るときに限って誰もいないんだ?

 もしかして色恋沙汰でも狙ってんのか? だとしたら年齢考えろってんだ……。

 まあ、一応リナルディが格闘戦技の実力者っていう収穫があったからいいけどさ。

 ひょっとしたらアイツ、姉さんとやり合える可能性があるかもしれないぞ。まだ可能性だけど。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 71

「まあいいわ。一応そういうことにしといてやる」
「い、一応って……ボクは本当に――」
「一応そういうことにしといてやる」
「――本当に中等科なんです!!」
「……………………あれ?」

 なんかいつもより押しが強いんだけど……?




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第15話「暴漢はどこですか!」

「イツキさん」

「ん? どったの?」

「以前から気になっていたんですが、その手首に着けているものはなんでしょうか?」

「ああ、これか」

 

 通学路にて、俺はアイちゃんに昔から愛用しているリストバンドについて聞かれた。

 ていうか今まで忘れていたよ。体が慣れすぎたのかもしれない。

 

「これはリストバンドだよ。ま、俺のは特別製だけど」

「特別製?」

「おう。ほら、着けてみなよ」

「は、はい――っ!?」

 

 うむ、予想通りの反応で何より。

 それにしてもよく持っていられるね。確か一つだけでも5㎏はあるはずなんだけど。

 いや、アイちゃんなら余裕なんだろうな。納得いかないけど。

 

「こ、これは……」

「中に重りが入っているという簡単な仕掛けだよ。要はトレーニング用の道具」

「なるほど……」

 

 実は足首にも重りが入ったアンクルバンドを着けているというのは内緒である。

 

「やはり不足はありませんね……」

「不足?」

「いえ、こちらの話です」

 

 あ、そう。

 

 

 

 

 

 

 

「あのさあ……」

「どうかしましたか?」

「これなに?」

「確かヴィヴィオさんの……」

 

 昼休み。いつも通りアイちゃん同様、席に座ったまま弁当を食べようとしたら空飛ぶウサギ人形が現れたのだ。

 アイちゃんによるとヴィヴィオのデバイスらしい。へぇ、新型じゃん。

 

「で、コイツは何が言いたいの? アイちゃんに用があるみたいだけど」

「さ、さあ……」

 

 誰か異種翻訳機持ってきてー。

 

「なんか必死になってんぞ」

「……はっ! まさかヴィヴィオさんの身に何かあったのでは!?」

「は?」

 

 何を言っているんだこの中二病は。

 

「イツキさん! 行きましょう!」

「待て。なんで俺まで行かなきゃ――っておい! 人の話聞けやゴラァ!」

 

 勝手に自己解釈したかと思えば俺の手を掴んで走り出したぞ。

 ホントに待ってくれ。引っ張られてるこっちはめちゃくちゃ痛いから。

 そんなことを考えていると中庭に到着した。うわー、あそこの木まだ直ってないのかよ。

 

「アインハルト・ストラトス! 参りました!」

「……なんで先輩がいるんですか?」

「ごめん。それは俺にもわからないんだ」

 

 わかる方がどうかしてると思う。

 

「――暴漢はどこですか!」

「へ!?」

 

 何をどうしたらそんな解釈になるのか教えてほしいんだけど。

 ていうかこれさ、どう見ても昼飯の誘いだよね?

 

「もー! どんな説明したのクリス!」

「ただひたすら両手を振り回してたぞ」

 

 あれで伝えられることって結構限られてくるよなー。

 ちなみに手話ならそれなりにわかるが、まあコイツには無理だろう。

 

「…………それで結局、なんのご用だったんですか?」

「いえ、大したことじゃないんですけど……皆で一緒にお弁当どうかなって」

 

 果てしなく予想通りの答えだった。

 

「…………」

「ご、ごめんなさい! くだらないことで呼び出したりして――」

「取りに戻ります」

「え?」

「…………お弁当、ご一緒したいので」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ガキ共の表情が明るくなった。

 やったねアイちゃん! ついにぼっち卒業だよ! あとは同い年の友達だけだね!

 

「さて、俺も教室に戻るかな」

「え? 先輩も取りに戻るんですか?」

「ちげえよ」

 

 なんでお前らと食わなきゃなんねえんだよ。俺はただ巻き込まれただけだっつうの。

 そして早くこないだ手に入れた参考書を読みたい。

 

「大体、誘ったのはアイちゃんだけだろ?」

「それはそうですけど……」

「乗りかかった船ということでご一緒しましょうよ!」

 

 ウェズリー、お前はホント元気だなぁ――うぜえほどに。

 

「とにかく、俺は帰る」

「せっかくなので、イツキさんもご一緒にどうですか?」

「待て! 誰が弁当を持ってこいと言った!?」

 

 なんとアイちゃんが俺の弁当を持ってきちゃった。クソッ、参考書を読むのは諦めるか……。

 そんなこんなで、俺は初等科の三人とアイちゃんと一緒に弁当を食べたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばあそこの木、まだ直ってませんね」

「でもどうして破損していたんでしょうか?」

「…………」

「さあ、どうしてだろうな」

「…………」

「アイちゃん、こっち見んな」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 29

「乗りかかった船ということでご一緒しましょうよ!」
「タイ○ニックだから無理」
「へ?」
「先輩の言ってることがたまにわからなくなるときがあります……」




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第16話「なぜか逃げられない」

「ああ、クソッ!」

 

 俺はゲーセンにて格ゲーをしているのだが、最高難易度でやってるのでボロクソにされている。

 ぶっちゃけゲーマーってレベルじゃないからな。そこそこってレベルだ。

 飽きたのでゲームセンターから出る。今日は珍しく負け越しだちくしょう。

 

「やめだやめ。久々にやってみたらこれだよ」

〈ストラトスさんに言われた範囲、そろそろやりましょうよ……〉

「やだ、めんどいし。それにストラトスって誰?」

〈…………アイさんです〉

 

 ああ、アイちゃんね。

 

「ていうか範囲ってどこら辺だっけ?」

「数学と英単語です」

「ああ、そうだったな――え?」

「奇遇ですね、イツキさん」

「アイちゃぁん!?」

 

 いつからいたんだお前!?

 

「き、奇遇だねアイちゃん」

「ところでイツキさん。聞き捨てならない台詞が聞こえたのですが……?」

「さあ……なんだろうねー?」

「めんどいと聞こえたのですが――」

 

 

 ダッ(身を翻す俺)

 

 ガッ(その肩を掴むアイちゃん)

 

 

「私からは逃げられません」

「なぜだぁ!?」

 

 ホントになぜだ。アイちゃんから逃げることができない。

 もしかしてコイツ、未来からやってきた暗殺ロボットか?

 

「さあ、今ならまだ間に合います! 早く行きましょう!」

「いや何が!? 言ってることがまるでわからないんだけど!?」

 

 わかる奴がいるならぜひ教えてくれ。

 

「もちろん――」

「はいはい。どうせ勉強だろ?」

「――お手合わせですっ!」

「待て! どうしたら今の流れから戦うことになるんだ!?」

 

 なにコイツ、前から思ってたけどもしかしてバトルジャンキー?

 

「アイちゃんってバトルジャンキー?」

「違います。私はただ、本気のイツキさんとお手合わせしたいだけです」

「お断りだね。第一、やる理由がねえだろ」

「あります」

「なんだよ?」

「模擬戦の続きです。決着はまだ着いていません」

 

 まだ根に持ってんのかよコイツ。俺なんかとっくの昔に忘れていたぞ。

 ていうかそういうのマジ勘弁してくれ。普通にめんどくせえから。

 とはいえ、仮にここではぐらかしたとしてもまた迫られるだけだしなぁ。

 

「前にやったスパーで俺が勝った。あれも確か模擬戦の続きだったはずだ。だからもうおしまいだろ」

「確かに勝ったのはイツキさんです。ですが私には勝ったというより逃げたように見えました」

 

 あれ? 普通にバレてる?

 

「ですから、今度こそ逃げずに正面から戦ってほしいんです」

「…………」

「それとも、私に負けるのが怖いんですか?」

「……なんだと?」

「理由はどうであれ、逃げているのが何よりの証拠です」

 

 まさかそうくるとは思わなかった。

 そっかそっか、確かにそういう風に思われても不思議じゃなかったなぁ。

 

「……………………そこまで言われちゃあ黙ってらんねえな」

「……受けてくれるんですか?」

「ああ、受けてやるよ。その代わり――」

 

 俺は一旦言葉を句切り、アイちゃんにはっきりと告げる。

 

「俺が勝ったら二度と指図すんな」

「………………わかりました」

 

 という感じでアイちゃんと戦うことになった。場所はアイちゃんが勝手に用意してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「えー、そんなわけでアイちゃんとやることになりました」

「だからなに? どうでもいいんだけど」

 

 家に帰宅し、今回の件をスミ姉に伝えたが見事に一蹴されてしまった。

 マジかよ。少しは興味を持ってくれると思ってたのに。

 

「だからなんだつってんだよ。テメエが勝手に買ったケンカだろうが」

「まあ、そりゃそうなんだけど――」

 

 大丈夫、スミ姉ならわかってくれる。

 

「――観に来てほしいんだよ」

「めんどくせえからやだ」

 

 やっぱりダメだったか。

 まあ、ここでオーケーされても慌てるしかなかったからな。

 

「ま、伝えることは伝えたから」

「ゴム買っとけよ」

「……は?」

 

 あんたは何を言っているんだ。

 

「輪ゴムだよ、輪ゴム」

「更正し過ぎて頭がおかしくなったか?」

「殺すぞ」

「サーセン。マジサーセン」

 

 このあと朝まで精神統一をしたよ。せっかく徹夜したんだ、最大限の実力を出せるようにしねえとな。

 それにしてもケンカか……ホントに懐かしく感じるな。

 あとは場所だけだ。なんとかしてくれよ、アイちゃん……!

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 3

「ま、伝えることは伝えたから」
「ガム買っとけよ」
「……は?」

 なんでガム?




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第17話「お前おもしれーなァ」

「まさかイツキさんとアインハルトさんが試合するなんて……」

「先輩のバリアジャケット初めて見たな~」

「…………ね、ねえヴィヴィオ」

「どうしたのコロナ?」

「あれ試合だよね?」

「うん。そのはずだけど……」

「そんな風には見えないよ?」

「あたしから見てもあれはケンカの一歩手前だよ」

「う~ん……」

「あ、何か話してる!」

「ここからじゃ聞こえないよ~!」

「後でノーヴェに聞いてみるしか……」

 

 

 

 

 

 

 

「――お、お前ら聞いてたか?」

「大丈夫だ、問題ない」

「問題ありません」

 

 俺とアイちゃんは今、ノーヴェが手配してくれた廃倉庫にて正面から向き合っている。

 当のノーヴェはルールの説明と試合開始の合図をしてたらしいのだが、それに関してはセラに任せよう。

 俺のバリアジャケットは一言で言うならスカジャンがモデルになっている。

 ちなみにアイちゃんはいわゆる大人モードというやつになって――というか、変身魔法だな。

 将来的にもこんな風に成長してくれたら嬉しいんだけど……おっと、それは置いといてだ。

 

「テメエとはここで終わらせてやるよ……アイちゃん」

「私の鍛えた時間を返してください……イツキさん」

「クソでもねえよ……この自称覇王が」

「覇王の拳……甘く見てもらっては困ります」

 

 ある程度言葉を交わし、互いに距離をとってからようやく構える。

 しばらく沈黙が続いたが、先に動いたのは俺だった。

 俺は自分の攻撃が届く範囲にまで詰め寄り、すんでのところで急停止した。

 アイちゃんは俺が突っ込んできたところを狙って打ち込むつもりだったらしく、右拳を突き出していた。

 当然その拳は俺に届いておらず、あと数センチというところで止まっている。

 

「なっ!?」

 

 まさか俺がすんでのところで急停止するとは思ってなかったのか、声が出るほど驚いていた。

 もちろん、その隙を見逃すなんてあり得ない。

 俺は突き出されていた右腕を左手で掴み、空いている右でボディブローを打ち込んでからアッパーをかます。

 これを食らったアイちゃんは数歩ほど下がり、そこで踏ん張った。

 どうやら完全には入らなかったようだ。

 

「女だから顔は殴らない、なんていうのはねえから安心しろ」

「それは安心していいのでしょうか……?」

「もちろんだ。ちゃんと本気は出してやるよ」

 

 アイちゃんが構えたのを確認した俺は、再び詰め寄ろうと一気に迫る。

 それを読んでいたのかアイちゃんは俺以上のスピードで肉薄し、左拳を突き出してきた。

 俺は不意をつかれたということもあってその拳をモロに食らってしまった。

 顔いってぇ……マジかよコイツ、俺のスピードを上回りやがったぞ!?

 

「まさかスピードまで俺とタメを張れるなんてな……」

 

 さすがにこれは予想外だ。――とはいえ、ちょっとばかり違和感を感じるな。

 純粋に速いというよりはなんか小細工を使ってるような、そんな感じだ。

 違和感の正体を確かめるため、一旦距離をとってからこっちの考えを悟られないように構える。

 アイちゃんは一瞬だけ眉をしかめるも、すぐいつもの無表情になって再び肉薄してきた。

 

「――なるほどな」

「っ!?」

 

 俺は口元を少し歪めてしまうもすぐに気を引き締め、突き出された右拳を横にかわす。

 そのまま回転の要領を生かし、左のエルボーを隙だらけの顔面にぶつけた。

 違和感の正体はおそらく歩法(ステップ)だ。なんかの本で似たやつを見たことがある。

 

「……やはり相手として不足はありませんね」

「…………そりゃどうも」

 

 おいおい、仮にも顔面だぞ。少しぐらいは痛がれよ。

 あとその意見には賛成だな。やっぱり実力なんてものは正面からぶつかり合うことで初めてわかるのかもしれない。

 今度は右のハイキックを繰り出すも左腕でガードされ、懐にボディブローを打ち込まれた。

 

「っ……!?」

「まだですっ!」

 

 予想以上のダメージに思わず後退してしまうが、アイちゃんは俺の顔面に拳をぶつけてきた。

 それを食らった俺は倒れそうになるもなんとか踏ん張り、跳び前蹴りを繰り出す。

 アイちゃんはこれを両腕でガードするも後ろに下がった。

 

「…………ヤベェわ」

「……何がですか?」

「いや、なんつーか――」

 

 体勢を整えた俺は思わず笑みをこぼしてしまう。

 だってそうだろ? 自分と同等かそれ以上の奴が目の前にいるんだぜ? バトルジャンキーでなくても笑ってしまうわ。

 俺は構えると同時にアイちゃんにはっきりとその言葉を告げる。

 

 

 

 

 

「――お前おもしれーなァ」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 16

「まさかイツキさんとアインハルトさんが試合するなんて……」
「先輩のバリアジャケット初めて見チゃッ!」
「……リオ、今噛まなかった?」
「…………さ、さあ? 気のせいでしょ?」




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第18話「ヤバイぞこれは」

「だらぁっ!」

「ぐっ……!」

 

 俺はアイちゃんの懐目掛けて後ろ蹴りを繰り出し、動きが止まったところを狙って踵落としをかます。

 さすがのアイちゃんもこれは効いたらしく、意識を失ったような感じで倒れた。

 

「…………そうこなくちゃな」

 

 それでもアイちゃんは難なく立ち上がった。

 すぐに右拳を突き出してくるも、俺はこれをかわしてハイキックをブチかます。

 しかし左腕でガードされ、逆にその隙をつかれて脇腹に右蹴りをぶつけられた。

 

「っ! こんクソがぁ!」

「しまっ!?」

 

 俺はその右脚が脇腹から離れる前に左腕で掴み、空いていた右手で肩を掴んでから頭突きをかました。

 アイちゃんも頭突きされるとは思ってなかったらしく、二、三歩ほど下がっていた。

 次にローキックを繰り出すもバックステップで避けられらてしまう。

 

「……っ!」

 

 アイちゃんはそこから一瞬で俺に迫り、左、右の順で拳を打ち込んできた。

 俺はこれをなんとか受けきり、右、左の順にミドルキックを繰り出す。

 右はガードされるも、左はモロに食らってくれた。

 しかしアイちゃんも負けじと俺の顔面に右拳を打ち込み、左でアッパーをかましてきた。

 拳は食らってしまったが、アッパーはギリギリで回避した。

 互いに一旦距離をとり、俺は口に溜まっていた痰を吐き出した。

 

「ははっ、そんなもんか?」

「……いいえ、まだやれます!」

 

 そう言うとアイちゃんは右拳をアッパー気味に繰り出してきたが、俺はこれをアイちゃんとすれ違う感じで回避する。

 次にその隙をついて顔面に二発ほど拳を叩き込み、右肩目掛けて回し蹴りをぶつけた。

 アイちゃんはそれに耐えるとすぐさま左拳を突き出してきた。

 俺はこれを受け止め、アイちゃんと取っ組み合いの状態になる。

 だけどすぐに突き放し、右の拳による渾身の一撃を顔面に連続でブチ込む。

 

「う……っ!?」

 

 思わずといった感じで膝をつくも、立ち上がったアイちゃんは体勢を整える。

 すぐさま左拳が飛んでくるも、俺はこれを受け流して膝蹴りをぶつける。

 それをガードしたアイちゃんは密着状態のまま再び左拳を打ち込んだ。

 俺はアイちゃんを引き剥がし、そのままタックルをかました。

 一瞬倒れそうになるも、なんとか堪えた。すげえな、お前。

 互いの拳が顔面に突き刺さり、俺たちはようやく動きを止めた。

 

「……はあぁっ!!」

 

 そしてアイちゃんはこれで終わらせると言わんばかりの気迫で顔面に右拳を打ち込んできた。

 おそらく渾身の一撃だろう。これを食らった俺はマジで倒れそうになるも、どうにか踏ん張った。

 

「クソだらあぁっ!!」

 

 そして俺も渾身のハイキックをぶつけた。

 今度こそアイちゃんは倒れたが、意識を翔ばすまでには至らなかったようでフラフラながらも立ち上がられた。

 ぶっちゃけ俺も立っているのがやっとだ。足がガクガクと震えてやがる。

 そんな状態でも俺とアイちゃんは構え、アイちゃんは足下に魔法陣を展開した。

 

「覇王」

 

 なるほど、必殺技というやつか。

 

「断空……!」

「こんの……っ!」

 

 俺もそれに合わせて左拳を振り上げる。次こそブッ潰す!

 アイちゃんもその一撃をストレート気味に繰り出そうとしていた。

 そして互いに拳を突き出そうと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――突き出そうとしたところで力を失った人形のようにぶっ倒れた。

 

「…………眠てえ」

 

 あかん。マジで眠い。まさかここまで体に響くとは思いもよらなかったな。

 

「先輩!」

「アインハルトさん!」

 

 俺のところにはティミルが、アイちゃんのところにはヴィヴィオが駆けつけた。

 ウェズリーとノーヴェはいきなりぶっ倒れた俺たちを見て呆然としていた。

 

「大丈夫ですか!? アインハルトさん!」

「………………は、はい。今朝の筋肉痛が今になって響いてきたようです……!」

「えっ……?」

 

 なんじゃそりゃ。

 

「先輩も大丈夫ですか?」

「…………ここ最近徹夜だったからなぁ」

「…………え?」

 

 え? と言われても困る。だって精神統一ばっかしていたのだから。

 ホントはちゃんと睡眠も取る予定だったけど、気づけば朝になっていたパターンが続いた。

 寝不足になって当然である。ていうか冗談抜きでヤバイ。ヤバイぞこれは。

 

「………………起きたら、ぶっ殺す……」

「ダメです……! ここで寝てしまったら……!」

「お前らなぁ……!」

 

 なんかノーヴェがお怒りのようだがどうでもいい。

 俺はとにかく眠いんだ。悪いが寝かせてもらうぜコノヤロー。

 ノーヴェの怒声を最後に、俺の意識はついに途絶えた。

 

 

 

 




《今回のNG》


※イツキが寝てしまったのでお休みします。




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第19話「なぜか気まずい」

「…………お、おはよう」

「…………おはようございます」

 

 あの試合から二日後。どういうわけか俺とアイちゃんは気まずい状態にある。

 俺の方は力があるにも関わらず女相手に勝てなかったという事実があるけど、どうしてアイちゃんまで気まずくなってるのかはわからない。

 いやホントになんで? 納得がいかないのでまたやりましょう、とかならまだわかるんだけど。

 

「……あのさアイちゃ――」

「イツキさんっ!」

「あっ、はい」

 

 とりあえず適当な話題を述べようとしたらアイちゃんの方から話しかけてきた。

 

「え、えっと……」

 

 なんか話しづらそうだな。もしかして転校とか?

 

「そのですね――」

「あ、先輩とアインハルトさんだっ!」

「おう…………」

 

 アイちゃんが何か言おうとしたところでティミルに遮られてしまった。

 うん、その気持ちはよくわかるぞ。それにしても久々だな。通学路でガキ共と会うのは。

 

「よっす」

「おはようございますっ! 先輩っ!」

「お前は無駄に元気だなぁウェズリー」

 

 構ってちゃん属性(だっけか?)がなければただの元気っ娘なのに……残念だ。

 残るヴィヴィオはこっちを見ながら心配そうな表情をしていた。

 そして他の連中に気づかれないように俺のところへ近づいてきた。

 

「ま、まだ仲直りできていないんですか……?」

 

 なぜそうなる。

 

「いや、仲直りとかそういうことじゃ――」

「え? でもアインハルトさんとケンカしましたよね?」

「してねえよ」

 

 ケンカなんてやった覚えは微塵もない。アイちゃんとやったのは試合だよ。

 

「あれは試合というよりケンカに見えたんですけど……」

「悪いがお前らの言うケンカと俺の知るケンカは絶対に違うから」

 

 ケンカに試合のようなルールはない。

 

「ヴィヴィオと先輩、何を話してるんですか?」

「もしかして逢い引きの計画――」

「違うよっ!」

 

 確かに違うけどさすがにここまではっきりと否定されるのは悲しいな。

 もし俺がロリコンだったら膝をついて涙を流していたに違いない。

 そもそも逢い引きの計画ってなんだよ。地球にいた頃ですらそんな言葉は聞いたことがない。

 

「……はっ! まさか次世代語か!?」

「違うと思いますけど……」

 

 声がした方を見ると、いつもの表情になったアイちゃんがいつの間にか俺の隣に戻っていた。

 

「先輩とヴィヴィオって付き合っていたり?」

「だから違うってば!」

「そうだよリオ! 付き合ってるじゃなくて愛し合ってるだよ!」

「コロナはコロナで何を言ってるの!?」

 

 うわぁー……。なんか盛大な勘違いをされてらっしゃる。

 まあ実際のところ、君たちは俺のストライクゾーンに入ってないけどね。

 

「……アイちゃん」

「はい」

「…………行こうか」

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

「えーっとだな……ここがこうなるわけだから……そうかっ! 答えは0か!」

「非常に惜しいです」

 

 放課後。俺とアイちゃんはいつも通り勉強をしている。

 勉強が日常化しつつあるんですが……僕とてもイヤなんですが……。

 ちなみにアイちゃんは自主勉まで始めている。なんだこの偉い子ちゃんは。

 

「そういや、朝なんて言おうとしたの?」

「え」

 

 え?

 

「…………また俺なんか悪いことしたの?」

「い、いえっ! そういうわけでは……」

 

 じゃあどういうわけだよ。気になって仕方ねえんだよ俺は。

 このままじゃ薄い本にも集中できねえじゃんか。今は勉強してるけど。

 

「…………も、もう一度お手合わせできたらいいなと」

「……うん、もっと他に言うことないの?」

 

 アイちゃんなりに勇気を出したのはわかるけどさ、やっと出た答えがそれってどうなのよ。

 俺てっきりデートの誘いかと思っちゃったよ。こないだの喫茶店を思い出すなぁ。

 そういえばそのときにも何か言おうとして同じ答えではぐらかされたんだよな。

 

「…………アイちゃん?」

「きょ、今日はここまでにしましょう!」

 

 顔を赤くしたアイちゃんは今までで一番早く勉強を早く切り上げた。

 ちくしょう、コイツ逃げる気だな。

 

「では明日っ!」

「待てコラァ!」

 

 このあとアイちゃんとの追いかけっこが展開されたが、結局捕まえることはできなかった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 35

「…………また俺なんか悪いことしたの?」
「い、いえっ! そういうわけでは…………なくもありませんね」
「待て! 俺はなんもしてねえぞ!?」
「中庭にある木を破損させたのはイツキさんですよね?」
「否定はしない」
「……………………」

 あ。




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第20話「意外と重いんですけど」

「で、なんか心当たりない?」

「心当たり、と言われましても……」

 

 翌日。どんなに頑張っても常時全力全開のアイちゃんを捕まえることはできなかった。

 なのでアイちゃんとそれなりに交流のある初等科三人組に事情聴取をしている。

 

「せーんーぱーいーっ!」

 

 しかし調査は難航を極めている。特にウェズリーが邪魔でしかない。

 おいコラ背中に引っ付くな。お前意外と重いから。

 

「ティミル、この構ってちゃんを降ろしてくれないか?」

「わたしじゃ無理だと思います……」

「じゃあヴィヴィオ」

「無理じゃないんですけど……むしろそうしてほしそうにしてるからやりにくいです」

 

 えー。

 

「ウェズリー、そろそろ降りてくれ。お兄さんめっちゃ苦しいから」

「あたしそんなに重くありませんよ!?」

「そういう問題じゃねえよ」

 

 俺が窒息してしまうから降りてほしいんだよ。あとお前は重い。

 思いっきり後ろに体重をかけてるからホントに重い。

 

「倒れて下敷きになっても責任は取らねえぞ」

「そんなものはいりません! だから早く下敷きにして――じゃなかった、早く倒れてください!」

 

 お前はそれでいいのか?

 

「…………ティミル、ヴィヴィオ」

「「……は、はい」」

「今すぐこれを引き剥がせ」

「「はいっ!」」

 

 このままだと本気で窒息するのでティミルとヴィヴィオに八重歯を引き剥がしてもらった。

 やっと息ができるようになったよ……空気が吸えるってすばらっ!

 

「なんで引き剥がしたのさ!?」

「先輩が死んじゃうからだよっ!」

「人殺しはダメだよっ!」

「あたしはそんなことしないよ!?」

 

 なんか言い争いが始まったので退散してもらうことにした。

 残念ながら収穫はなしっと……。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺がお前なんかと……」

「ふぇ!? ですからボクに聞かれても……」

「男ならメソメソしない!」

「ボクは女です~!」

 

 翌日。俺はリナルディと街中をぶらついている。

 なんでも八神さんが言うにはせっかくの休日なんだし、俺と出掛けてこいだと。

 チッ、今日はカメラのメンテナンスでもしようと思ったのに。

 

「まあいいや。で、これどこ行けばいいんだ?」

「さ、さあ――」

「じゃあ帰るか」

「えぇぇー!?」

 

 お前はさっきからうるさいんだよ。気が弱いつってもここまでのはいないぞ。

 それにしてもホントに女の要素がない。せめてスカートぐらい履けよ。

 

「ほら、行くぞ」

「で、でも……」

「お前だって休みの日くらいゆっくりしたいだろ?」

「いえ、練習したいです……!」

「休みの意味を調べてこい!!」

「ひぃっ!?」

 

 そこまで怖がることはないだろ。

 

「俺なんも間違ったこと言ってないよね……?」

「すみませんすみませんっ!」

 

 あれ? 俺なんも悪くないはずなのに罪悪感が湧いてきたんですけど……。

 リナルディはというとさっきからずっと可愛らしくオドオドしてる。

 

「そろそろ泣きたい……」

「何かあったんですか……?」

「いろいろあるんだよ」

 

 アイちゃんの事とか初等科のガキやお前によるストレスとか。

 

「とりあえずアイスでも買うか」

「はいっ!!」

 

 アイスという言葉を聞いた瞬間、リナルディは元気になりやがった。

 もしかしてコイツ、アイスが好きなのか……?

 

 

 ――数時間後――

 

 

「美味かったな、アイス」

「久しぶりに食べました~!」

 

 あれから俺とリナルディは適当に買ったアイスを食べ、近くにあった公園で散歩した。

 しかし、まさか数時間も経つとは思ってなかったけどな。

 頼むからその笑顔をこっちに向けないでくれ。もうそろそろ鼻が限界だから。

 

「さてと、今度こそ帰るぞ」

「い、イツキさん……?」

「ん? どうかしたか?」

「そ、その……」

「なんだよ――あ」

 

 なるほど、いつの間にかリナルディの手を握っていたみたいだ。

 俺はその手を離し、少し距離を置いてから歩き出す。

 

「帰ったら勉強だよ全く……」

「あ、あはは……ボクもです……」

 

 そんなこんなで、俺とリナルディは帰路についたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 2

「帰ったら勉強だよ全く……」
「ボクはトレーニングですっ!」
「…………シバくぞ」
「ふえぇ!? すみませんすみませんっ!!」




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第21話「なぜ進歩してないんですか!?」

「んー…………」

 

 俺は今、アイちゃんが作成したという模擬テストをやっている。

 これがまたレベル高くてさ……まあ、かなり苦戦してるってわけだ。

 作成者であるアイちゃんは俺の監視をしつつ自主勉を行っている。

 ちなみにあの気まずい事件はまだ解決してない。さっきも聞こうとしたけど威圧されてしまった。あれめっちゃ怖いんだけど。

 

「アインハルトさーん!」

「あ、先輩もいる!」

「皆さん、少し静かにしてもらえませんか?」

 

 教室の扉が開いたかと思ったらヴィヴィオたちが現れた。

 大方アイちゃんと帰りたいから迎えに来ましたってやつだろうな。

 一応、ここは中等科の教室だしな。今は貸し切り状態だけど。

 

「どうしてですか?」

「模擬テスト中だからです」

「え? でもアインハルトさんがやってるのって自主勉ですよね?」

「私は試験官で、テストをやっているのはイツキさんです」

「イツキさんいたんだ……」

 

 ええ、いましたよ。お前ら気づくの遅すぎ。

 よし、あと半分といったところか。周りのことなど気にせずやっていこう。

 

「どんな問題やってるんだろ?」

「あ、ダメだよリオ! 先輩の邪魔しちゃ!」

「先輩だから大丈夫だよ!」

 

 全然大丈夫じゃねえよ。

 

「先輩っ! 調子はどうですか?」

「んー……イクスヴェリア」

「へ?」

 

 なるほど。確かここの問題は歴史だったな。どうりで冥王に関する問題が出ていたのか。

 俺はすぐさま解答欄にイクスヴェリアと書く。ふっふっふ、これでこの問題は終わりだ。

 

「い、イクスヴェリア?」

「うーん…………」

「リオさん。テスト中ですよ」

「えー!?」

「リオ、外で待っていようよ」

「はーい……」

 

 どうやらヴィヴィオたちは教室から出ていったみたいだ。まあ、今の俺には関係ないことだが。

 ていうかウェズリーよ、テスト中にカンニングはダメだろう。

 あれ、また歴史だよ。覇王と冥王はもう出たから残るは……聖王か。しっかし……

 

「聖王って誰だっけ――あ」

 

 オリヴィエか。

 

 

 ――そして数十分後――

 

 

「よっし! できたぞ!」

「では採点をしますので貸してください」

「あいよ」

 

 俺的には結構手応えあったからな。70点ぐらいはいってるだろ。

 特に歴史は一番叩き込まれたからそこそこ自信がある。

 

「……採点、終わりました」

「お、意外と早い――」

「10点です」

「――は?」

 

 は?

 

「じゅ、10点……? それ、100点満点だよな……?」

「はい。100点満点中、10点です」

「テメエふざけてんのか!?」

 

 さすがにあり得ねえだろそれは!

 

「…………ふざけているのはあなたでしょう?」

「はぁ……?」

「あれだけ勉強したというのに、どうやったらこんな点数が採れるんですか?」

「っ……!」

 

 確かにその通りだ。だけどそんなことは俺でもわからない。

 勉強してるときには解けた問題も、テストだと解けなくなる。なんでかはわからない。

 ただ言えるのは――今のままじゃ赤点は確実だということだ。今回の点数はまさにそれだった。

 

「……………………あー、はいはい。もういいわ」

「……イツキさん?」

「とりあえず帰るよ。テストも終わったし」

 

 なんかもう、疲れたわ。気まずい事件といい、今回の模擬テストといい……。

 俺は憂鬱な気分で教室から立ち去った。帰ってリラックスしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「せ、先輩……?」

「んだよ?」

「アインハルトさんと何かあったんですか?」

「どうしたの急に。もしかして色恋沙汰でも嗅ぎつけた?」

 

 教室から出ると、アイちゃんを待っているであろうヴィヴィオたちがいた。

  最初に話しかけてきたのはティミルだ。どうやら察しは悪くないらしい。

 でもまあ、話しかけてほしくはなかったな。早く帰りたいし。

 

「いえ……ただ先輩が――」

「相変わらずちっせえな。揉むことすらできねえじゃんか」

「も、揉む? ――どこを見てるんですか!?」

 

 水平線なペッタンコを見ている。

 

「ああそうそう、アイちゃんはまだ残るそうだよ」

「え? 本当ですか?」

「うん。そんじゃ俺はこれで」

 

 これ以上話すとバレそうなので無理やり話題を逸らし、その場から退散する。

 さぁて、なんとかリラックスできる方法を探さなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、アインハルトさん」

「ヴィヴィオさん。どうかしましたか?」

「いえ、その……イツキさんと何かあったんですか?」

「……………………いえ、特に何も」

「だといいんですけど……」

「…………すみません。私は用事を思い出しましたので先に失礼します」

「え? あ、アインハルトさん!?」

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 37

「……採点、終わりました」
「お、意外と早い――」
「0点です。イクスヴェリアさん」
「――は?」

 は? イクスヴェリア?

「な、なんでイクスヴェリア?」
「…………名前の欄にイクスヴェリアと書いてあったからです。イクスヴェリアさん」
「うん。わかったから連呼するのやめてくれないかな」

 めっちゃ恥ずかしいから。




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番外編「ハロウィンヤベェな」

 今日はハロウィンということで今作初の番外編です。


「ハロウィン……ですか?」

「おうよ」

 

 10月31日。俺とアイちゃんはハロウィンの話をしていた。

 しかしミッドチルダでは全くやってないらしい。

 特にベルカ関連にしか興味がなかったアイちゃんはなおさら知らないようだ。

 

「それはどういったことをするのでしょうか?」

「そうだな……カボチャでランタンしたり仮装したりするお祭りだ」

「あ、あの……それだとカボチャを遺体に見立てて焼却することになってしまいま――」

火葬(そっち)じゃねえよ」

 

 何をどう考えたらそんな答えが導き出せるんだよ。

 

「まあいいや。ヴィヴィオたちも誘ってみるか」

「それはいいですね。では――」

 

 アイちゃんが通信でヴィヴィオたち初等科組を誘っている間に俺はカメラの準備をする。

 せっかくだから写真を撮っておきたい。開催場所は……うん、高町宅がいいな。

 

 

 ――三時間後――

 

 

「お待たせしました~!」

「おおっ、魔女か」

 

 高町宅なう。最初にやってきたのはティミルだった。これはこれで可愛らしいな。

 ただやっぱり……本物を見たことがある身としてはソイツにも来てほしかった。

 もちろん俺はカメラのシャッターを切る。またとない機会とはまさにこのことよ。

 

「せんぱーい!」

「…………」

 

 次にやってきたウェズリーは吸血鬼だった。これもまたいいな。予想通り、八重歯が牙に見える。

 すぐさまカメラのシャッターを切り、様々な角度から撮りまくる。

 後はヴィヴィオとアイちゃんだが……遅いな。ちなみに俺はフランケンシュタインの仮装をしている。

 ブギーマンことマイケル・マイヤ○ズの仮装をしたかったぜ……!

 

「先輩。なんで顔につぎはぎがあるんですか?」

「…………これはそういう衣装だ」

 

 正確にはメイクともいう。

 

「じゃじゃ~ん♪」

「パス」

「え」

 

 やっとヴィヴィオが可愛らしく登場したのだが、衣装がなぁ……。

 

「それ学院祭のときにも着てたよな?」

「そうですけど……」

「だからパス」

 

 そう、ヴィヴィオの衣装は学院祭のときにも着ていたデビル――悪魔だ。

 いや、小悪魔といった方がいいかもしれない。もう撮ってあるんだよね。

 ヴィヴィオは少しだけ落ち込んでいた。もしかして撮ってほしかったのか?

 俺はこっそりとヴィヴィオにカメラを向け、シャッターを切る。うん、これはこれで……後でいっぱい撮ろう。

 

「もうっ! よく見てくださいよっ!」

「いやどう見ても学院祭のときに――あ」

 

 おう、気づけなかった自分が憎いぜ。よく見るとヴィヴィオの悪魔衣装がハロウィン仕様になっていた。

 こっそり撮っておいて正解だったかもしれない。

 

「残るはアイちゃんだけか……」

 

 確かアイちゃんの衣装って――

 

「お、お待たせしました……」

「遅いぞアイちゃ……!?」

「アインハルトさぁん!?」

 

 思わず俺たちは驚愕してしまった。いやいや、さすがにこれはマズイだろ。

 

 

 だって今のアイちゃん――ほぼ全裸なんだぜ?

 

 

 い、いや、まだ包帯を巻いているからギリギリセーフのはずだ。

 

「どうしたらそんな格好になるんですかぁ!?」

「え? こ、これはこうして着るものでは……?」

「違いますよ!?」

 

 まあ、包帯でわかると思うがアイちゃんの衣装はミイラ男――のはず。

 だって今のアイちゃん、包帯で大事なところを隠して後は全裸という露出狂待ったなしの状態だもん。

 ていうかあの包帯どうなってんだ? なんかふわふわ浮いてるんだけど。

 当然アイちゃんは赤面しながら俯いた。うん、俺でも恥ずかしいよそれは。

 

「あっ! 先輩は見ちゃダメですっ!!」

「シュワット!?」

 

 痛い痛い、やめろウェズリー!! 首が捻れるように痛いぃぃぃぃぃっ!! つーか捻れてる! めっちゃ捻れてるんだけど!?

 そうしてる間にも、アイちゃんはヴィヴィオに連れていかれてしまった。

 ウェズリーに首を捻られたせいで撮影することはできなかったが、脳内にはしっかりと焼きつけたぞ。

 でもやっぱり――

 

「――撮りたかった(ブババババッ)」

「先輩!? なんか凄い勢いで鼻から血が出てますよ!?」

 

 違うっ! 違うんだっ! これは本能的なものでいわゆる不可抗力というやつなんだっ!

 

「だ、大丈夫だ、なんの問題もない(ブシャァァッ)」

「全然大丈夫じゃありませんよね!?」

「鼻血の勢い増してませんか!?」

 

 あ、ヤバイ。意識が薄れてきた……。

 

「二人とも、俺はもう逝くよ……」

「縁起でもないこと言わないでくださいっ!」

「まだジャック・オー・ランタンも作ってないんですよ!?」

「トリック・オア・トリートもやってないんですよ!?」

 

 お前らとりあえず蘇生したらチョップの刑だ。

 

 

 ――しばらくお待ちください――

 

 

「死ぬかと思った……」

「本当ですよまったく……」

 

 あのあと、俺は駆けつけたアイちゃんとヴィヴィオによって一命を取り留めた。

 そのアイちゃんはというと、腕と脚と顔に包帯を巻いている。結構それらしくなったな。

 当然だが、俺は全力でシャッターを切っている。そろそろスペアに替えた方がいいかも。

 

「よし、ジャック・オー・ランタンできたぞ」

「で、どうするんですか? これ」

「家の前にでも飾るか……」

「それじゃあ、イタズラしに行こう!」

「「おー!」」

「先輩っ! トリック・オア・トリートです!」

「俺かい!?」

 

 俺がトリック・オア・トリートされた。

 

「はぁ~……ほら、残りもんだけどポテチで我慢してな」

「もう少しマシなものはなかったんですか?」

「ない」

 

 まあ、そこそこ楽しんでくれてるっぽいからいいか。

 俺はカメラを弄りながら思わず微笑んでしまう。それにしても、あの二人がよく許可してくれたものだ。

 

「リオ、どうだった?」

「うーん……あんまりおもしろくないね」

「「「「………………」」」」

 

 コイツ最低だ。

 まあ、そんなこんなで俺たちはハロウィンを楽しんだのだった。

 ……ハロウィンってもう少し大規模だったような気もするが別にいいかな。

 

 

 

 




《今回のNG》


※アインハルトの最初の衣装がNG。




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第22話「俺の純情を返せ」

 やっと書けたので久々に更新です。


「あのさアイちゃん。俺あれから考えたんだけど」

「奇遇ですね。私もあれから考えてみたんです」

 

 俺とアイちゃんは通学路で鉢合わせするなりほぼ同じ発言をしていた。

 模擬テストの結果が散々だったあの日、帰宅した俺は憂鬱な気分をどうにかしようと筋トレや精神統一を丸一日やってみたのだが、昨日の夜に時間がないことを思い出した。

 もう逃げることはできない。前期試験がすぐそこまで来ている。

 

「…………イツキさんからどうぞ」

「ん、それじゃあ――こないだは自棄になって悪かった。だからまた一緒に勉強してほしい」

 

 アイちゃんが先手を譲ってくれたので、忘れてしまう前に言いたいことを口にする。

 それを聞いたアイちゃんは目が点になり、まるで信じられないという顔になった。

 

「………………誰ですか?」

「怒るぞ」

 

 いくらアイちゃんでも怒るぞ。

 

「す、すみません……イツキさんからそんな言葉が聞けるとは思わなかったので、つい驚いてしまいました」

「こっちは大真面目なんだけど」

 

 それを『つい』で片付けられるのはさすがに心外である。

 アイちゃんは少し戸惑いながらも、「次はありませんよ」と涼しい顔で許してくれた。

 ……まあ、次はアイちゃんだな。一体何を言いたいのやら。

 

「俺の言い分は以上。次はお前だ」

「あ、はい」

 

 アイちゃんはその場で深呼吸し、年相応の胸を張って俺にこう告げた。

 

「明日、私と一緒に出掛けましょう」

 

 …………………………え?

 

「…………」

「い、イツキさん?」

「はっ!? あ、いや……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、全身が電気を感じたようにビリっと震えた。

 お、俺、デートに誘われたのか?

 いや待て、そんな都合のいいことがあるわけがない。出会ってからそんなに経ってないのにいきなりデートはない。きっと彼女は俺を買い物か何かに誘おうとしているんだ。そうに違いない。

 ……あかん。シチュエーション的な問題でどうあがいてもデートにしか見えない。

 

「あ、あはは、俺は別に構わないよ」

 

 とりあえず平常を装いつつ、アイちゃんの誘いを受ける。

 こういうのを放っておくと、前に勉強しようと迫られた件の二の舞になる可能性があるからな。

 あれは本気でトラウマになるかと思った。もう家には押しかけられたくない。

 

「では明日、朝イチでお迎えに参ります」

「時間と場所を教えて! メールで! もう家に来るのはやめるんだ!」

 

 これ以上は俺の命が危ない。身内に殺されてしまう。

 うちのスミ姉、昔は過激派だったけど今は穏健派でひっそりと暮らしたがってるからなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

「イツキィィ!!」

「んぅ……朝からうるせえな~……」

 

 翌朝。久々にアイちゃん先生のご指導を受けてくたばっていた俺は、スミ姉の猛獣もビックリな怒鳴り声で目を覚ました。

 なんだなんだ珍しい。何か不幸なことでもあったのかな?

 スミ姉は俺の部屋に入ってくるなりドアを破壊し、ズカズカと俺の眼前に迫ってきた。おおう、まさに鬼の形相じゃねえか。

 

「私言ったよな!? 朝っぱらから誰か迎えに来るときは連絡しろって、私言ったよなぁ!?」

「おい待ておい待て、なんの話だ!?」

 

 眼前に迫ってきたと思えば、いきなり俺の胸ぐらを掴んで上下に揺さぶり始めた。

 やめろスミ姉! それ以上揺さぶられると俺はゲロってしまう!

 ていうか話が見えない! 俺が一体何をしたというんだ!?

 

「お前のガールフレンドがまた来てんだよ!」

「アイちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 俺の話を聞いてなかったのかアイツは!? 来るなって何度も念を押したはずだぞ!?

 

「オラはよ行けこのポンコツ! ぶっ殺すぞ!」

「ちょ、俺まだパジャマ! せめて着替えさせてくれ!」

 

 いくらなんでもパジャマでお出掛けは恥ずかしすぎる。あと笑われる。

 俺は命がけで着替えを終え、財布などの貴重品を持って逃げ出すように家から出る。そしてすぐに横を見てみると、私服姿のアイちゃんが立っていた。

 彼女はこちらを心配するように見ていたが、イラッとしている俺には関係ない。

 

「おいコラなんで家に来た……!? あれほど来るなって言っただろ……!?」

「で、ですがこうでもしないとイツキさんは来てくれないと――」

「だまらっしゃい!」

 

 言い訳しようとしたアイちゃんをピシャリと黙らせる。一度やってみたかったんだよね。

 あと俺、信用されてなかったのか……ちょっと傷ついた。

 俺はアイちゃんの顔を睨みつけるように凝視する。当の彼女は可愛らしくオロオロしているが、それを堪能するのは後回しにしよう。今は言うべきことを言わねば。

 

「いいか、もう一度だけ言うぞ……二度とここには来るな。わかったな?」

「は、はい…………」

「よし。そんじゃさっそく…………どこに行くんだ?」

 

 スケジュールは全部アイちゃんに任せてあるから俺には何もわからない。

 そもそも俺は誘われた側だしな。エスコート頼むよ、アイちゃん。

 

「えっとですね、まずは――」

 

 

 □

 

 

「では始めましょう」

「俺の純情を返せ」

 

 いよいよアイちゃんとのデート――じゃない。お出掛けが始まったと思いきや、なぜか張り切っているアイちゃんに図書館へ連れてこられた。

 その時点でわかったよ。コイツの目的が勉強だということを……!

 確かに俺は一緒に勉強してほしいって言ったよ。でも、でもさ――

 

 ――誰もハードにしろとは言ってないぞ!?

 

「あ、あのさアイちゃん」

「手が止まってますよ」

「いや、そうじゃなくて」

「手が止まってますよ」

「……だからそうじゃなくて」

「手が止まってますよ」

「話ぐらいは聞いてくれないかな!?」

 

 ダメだコイツ、聞く耳を持ってない。

 

「イツキさん」

「お、やっと話を聞く気に――」

「図書館では静かにしないとダメですよ」

「…………はい」

 

 さらさらとノートに計算式らしいものを涼しい顔で書いているアイちゃんにそう言われ、思わずげんなりしてしまう。

 正論過ぎて何も言えなかった。確かに、図書館ってのは静かに本を読む場所だったな。

 ……俺ら本を読まずに勉強してるけど大丈夫なのか?

 

「ちょっと数学の本でも探して――」

「それならもう取ってあります」

 

 とりあえず適当に館内を回ろうと立ち上がるも、私から離れるなと言わんばかりに引き止められた。この場合、なんにも嬉しくない。

 別に逃げようとしたわけじゃないんだけど……仕方がない、腹をくくって勉強しますか。今回は英語だったな。

 

 

 ――数分後――

 

 

「も……も……も…………もうダメ……」

「しっかりしてください。その程度で根を上げるようでは補修確定ですよ」

 

 たった数分で俺は絞りかすとなった。この感覚、妙に懐かしく感じる。

 もうダメだ。頭がパンク寸前だ。パードンってなんだよ。そこはリピートアフタミーにしてくれよ。どっちも意味はわからないけど。

 

「今日やったところをしっかり復習してください」

「イヤだ! 今日は脳ミソを休めるためにぐっすり眠るんだ!」

 

 

 ガシッ

 

 

「歯を食いしばってください」

「待て! お前言ってることとやってることがバラバラだぞ!?」

 

 セリフ的には殴られるはずなのにどうしてアイアンクローをかましているんだお前は。

 このあと無事に解放されたが、アイちゃんに言われた復習をしていたせいで寝るのを忘れてしまったのはまた別の話。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 44

「歯を食いしばってください」
「待て! 六法全書はヤバイ! 特に角はヤバイ! せめてビンタにしてがっ!?」

 頭のてっぺんがとても痛い。




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第23話「忘れてた……」

「お……お……お…………終わった……」

 

 前期試験当日。寝坊で30分も遅刻するという重大なミスを犯すも、アイちゃんに勉強を教えてもらってたおかげでいつも以上に問題が解けた。少なくとも10問に5問ほどは解けた。やったね俺!

 しかし、その反動はこないだアイちゃんとやり合ったときよりも大きかった。なので今は机に突っ伏して動かないようにしている。今日も帰ったら脳ミソを休めるためにぐっすり寝ますか。

 

「緒方くん、大丈夫?」

 

 苦笑いしながら心配そうな声をかけてきたのは黒髪と青い目の女子、というかこのクラスの委員長だ。名前は……わからん。

 でもどっかで会った気がするんだけど……どこだっけか。こんな美少女と会ったのなら忘れるはずはないんだけどなぁ……。

 俺が珍しく考え込んでいると、委員長が持っていた鞄から何かを取り出した。

 

「これ、緒方くんのだよね?」

「それは……」

 

 委員長が取り出したのは以前、自棄になった俺が投げ捨てた鉛筆だった。お前さん、生きてたのか……投げた衝撃で逝ったのかと思ってたよ。

 学校の連中は基本的に嫌いだが、この委員長は他の奴に比べたらマシな方なので邪険に扱う気にはならない。なので手渡された鉛筆を受け取ることにした。コイツ以外の誰かだったら窓ガラス目掛けて投げていたかもしれない。

 少しだけ身体が軽くなったので、また重くならないうちに帰ることにした。もしかして委員長にはアロマテラピーのような効力があるのか?

 

「じゃあな委員長」

「あ――」

 

 俺が立ち上がると委員長が何か言いたそうな顔になったが、一度動かした足は止められない。彼女には悪いが、また今度だ。

 今やるべきことは……寝るっ! 寝て脳ミソを休めるぞっ!

 

 

「――変わってないね、あの頃から」

 

 

 教室を出る際、後ろから委員長の呟く声が聞こえてきたが、他の連中がうるさかったせいで内容は聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「補修ですね」

 

 今日は前期試験の結果が発表される日でさっき発表されたのだが、俺はギリギリで補修を回避するという奇跡を起こした。だからこそ、たった今アイちゃんの言ったことが理解できなかった。

 赤点じゃないんだぞ? ギリギリでボーダーラインを越えたんだぞ? なのにどうして補修なのか。意味がわからないよ。ちなみにそんな意味不明な発言をかましたアイちゃんは学年上位だった。この優等生め。

 きっとアイちゃんは疲れてるんだな、と思ってもう一度確認することにした。

 

「パードン」

「発音が片言ですが……その程度の英語は言えるようになったんですね」

 

 感心してないでさっさと答えろ。

 

「イツキさん、補修です」

「ふざけるなぁ――っ!!」

 

 賑やかな教室で思わず叫んだ俺は絶対に悪くない。だってよ、赤点でもないのに補修とかおかしいだろ。こればっかりは遺憾の意を表させてもらうしかない。

 俺は言いたいことを頭の中でまとめ、涼しい顔をしているアイちゃんにこう告げる。

 

「遺憾の意を表する!」

「そんなことが言えるとは驚きです」

「スカートまくり上げんぞテメエ!?」

 

 あまりにも酷くないだろうか。いくら勉強ができないからって……!

 さっきから複数の視線を感じるのでハッとして周りを見渡すと、クラスメイトのほぼ全員が俺とアイちゃんを見ていた。視線の種類は嫉妬と軽蔑と好奇の三つに別れている。なんでこんなにもわかりやすいんだろう。

 しかし、今回だけはそれをスルーしてみることにした。まずはアイちゃんの説得だ。

 

「いいかアイちゃん。俺は赤点を回避したんだ。なのにどうして補修なんだよ?」

「以前、私はあなたにこう言いました。『最低でも平均点は採ってもらう』と」

「………………え?」

 

 あれそういう意味だったの?

 

「理解できましたか?」

「い、いや、理解も何もそんなこと言われた覚えないんだけど」

 

 とりあえずごまかしてみる。傍から見れば『わかりやすいにも程がある』とか言われそうだが、生真面目なアイちゃんなら大丈夫だろう。

 そのアイちゃんは頑張ってシラを切ろうとしている俺をジト目で見ていた。あら可愛い。周りの視線よりは遥かに可愛い。

 すると彼女は小さくため息をつき、明後日の方向へ視線を移してから口を開いた。

 

「…………わかりやすい人ですね」

 

 まさかアイちゃんにまでそう言われるとは思わなかった。

 

「まさかそういう意味だとは思わなかったんだよ! 紛らわしいにも程があるわ!」

「開き直られても困ります」

 

 ええい、かくなる上は――

 

「――さらばだぁっ!」

 

 逃げるが勝ち!

 

「あっ! 待ってください!」

「誰が待つかバーカバーカ!」

 

 残念ながら、俺はそこまで素直な人間ではない。試験の疲労がまだ取れていないんだ。早く帰ってお寝んねしなければ。

 教室から脱出し、ただひたすらに校門まっしぐらである。これでも校内のルートはある程度知り尽くしているんでな。

 それを良しとしなかったのか、ちょっぴりお怒りの表情をしたアイちゃんが全力疾走で追いかけてきた。鬼神みたいに迫力が凄えです。

 

「バカって言う方がバカなんです!」

「じゃあお前もバカだよ!」

「イツキさんにだけは言われたくありません!」

「スカートまくり上げんぞテメエ!?」

 

 廊下を全力疾走しながら痴話喧嘩。第三者から見ればまさにそんな光景だろう。だがしかし、俺にとっては地獄への入り口が二足歩行で追いかけてきているようなものだ。

 ここで捕まったら俺はきっとガリ勉へ改造されてしまうに違いない。怖いったらありゃしねえ。

 

「止まってください!」

「お前がな!」

 

 それから10分ほど追いかけっこは続いたが、最後は俺が窓から飛び降りたことで決着はついた。

 

 

 □

 

 

「忘れてた……」

 

 次元港にて、俺は大きな荷物を背負いながら姉さんたちが来るのを待っていた。

 合宿、今日からじゃねえか……忘れてたよちくしょうが。せっかくベッドで丸一日はぐっすり寝ようと思ってたのに。ま、まあ、スミ姉が言うにはポロリもあるらしいから思わず釣られてしまったけどさ……。

 到着してからずっとげんなりしてる俺を見かねたのか、一緒に待っていたスバル・ナカジマさんが話しかけてきた。

 

「どうしたのイツキ? げんなりしちゃって」

「なんでもねえです……ホントに……」

 

 何をどう言えばいいのか全くわからないので、とりあえず適当に返事してみる。ま、げんなりしてても仕方ないか。

 鞄の中から撮影用のカメラを取り出し、壊れてないか確認する。ふむ……水に浸けなければ大丈夫だな。後はフィルムにメモリーカード、それと……二日で作り上げたドローンのメンテもしておこう。こいつは意外とデリケートだからな。

 

「それってドローン?」

「そうだけど……」

 

 ドローンを見るなり興味があるという感じで話しかけてきたのはティアナ・ランスターさん。今は執務官をやっているが、かつてはスバルさんの相棒だったらしい……今もかな?

 というか気まずい。男が俺しかいない。しかも美女二人と一緒にいるので幸せな気分になれんこともないが、今回はもう一人くらい男がいてもいいんじゃないかとしみじみ思う。

 とにかくこの二人にも言うべきことがある。姉さんたちがいない今のうちに言っておこう。

 

「スバルさん、ランスターさん」

「ん?」

「どうかした?」

「その……姉二人がご迷惑掛けます……」

 

 ちょっとだけ頭を下げ、言いたいことをさっさと言ってから頭を上げる。スバルさんは楽しそうに微笑んで「大丈夫だよ♪」と言ってくれたが、ランスターさんは苦笑いしていた。

 このあと無事にスミ姉たちと合流したが、寝惚けていた姉さんにぶん殴られた。なんでやねん。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 30

「それってドローン?」
「そうだけど――」


 ガシャァンッ


「ドロ助ぇぇぇ――っ!!」
「ドロ助!?」

 ドロ助が壊れたぁああああああっ!!




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第24話「俺は男だ」

「よろしくね~イツキちゃん」

「あの、俺一応男なんですけど……」

 

 合宿先である無人世界カルナージに到着したのはいいが、メガーヌ・アルピーノさんに『ちゃん』付けで呼ばれてしまった。初対面なのに。

 ほんわかな雰囲気に紫色の長髪、何より見た目が若々しい……ホントに一児の母かよ?

 肝心の姉二人だが、一人は何かを訴えているかのような遠い目で『来てしまった……』とでも考えてそうな顔で立ち尽くし、もう一人は……

 

「頼むからやめてくれスミ姉。このままだと俺のあだ名が“シスコン”になってしまう」

「いいじゃん別に」

 

 俺にべったりしているように見せかけて俺の髪をもみくちゃにしている。おいやめろ、これ以上俺の経歴に汚点を付けるんじゃねえ。

 周りではアイちゃんを中心にご挨拶が行われており、森の茂みから人型の昆虫が現れていた。何あれちょっとカッコいいんだけど。

 ルーテシアとやらの説明によると、あの人型昆虫は彼女の召喚獣らしい。……虫の間違いだろ?

 

「それにしても……大自然だよな、この世界」

〈無人なのが大きいかと思われます〉

 

 カルナージの大自然にガチで見とれ、それに気づいたセラの言葉を聞いてとりあえず納得する。

 人の手があんまり加えられてないから大自然の姿を保てるんだな。つまり人間がやってる森林の伐採ってのはその大自然を破壊してるんだから愚かとしか言いようがない。文明の発展と引き換えに自然がなくなっていくのか……。

 

「イツキ、お前はどうすんだよ?」

 

 感慨深い気分に浸っていると、平常に戻ったらしい姉さんに話しかけられた。どうするって、何をだ……?

 どう答えればいいか悩んでいると、セラがこっそりと内容を説明してくれた。えーっと簡単にまとめると、大人はアスレチックでトレーニング、子供は純粋に川遊びをするってことか。

 はっ、そんなの――

 

「――川遊びに決まってんだろ。アガルタが俺を待っているんだぞ!?」

 

 カメラやドローンを調達してきた甲斐があったというものよ。ホントならお風呂タイムのときに使おうと思っていたが、これはありがたい。

 俺の気合いの入った返事を聞いた姉さんは『それでこそイツキだ』といった感じで微笑んだ。

 そういやカメラは防水性かな? でないと写真が撮れないぞ……物凄く心配である。

 

 

 □

 

 

「ノォォォォォ……!!」

 

 約二時間後。俺は水辺でショックのあまり叫びながらその場で膝をついていた。

 泳いでる最中に水着のサイズが合ってないことに気づいて自力で修正し、そのあとは失血死するかしないかの瀬戸際でガキ共やルーテシアやアイちゃんを撮影していたのだが、珍しくビキニを着ていた姉さんが離脱してしまったのだ。

 なんで戻るんだよ……あんたスタイルだけはいいから結構売れるのに……ま、まあいいか。ボイン枠はノーヴェやルーテシアでも売れそうだからその辺りは大丈夫だろう。ちなみに貧乳枠はガキ共とアイちゃんだ。最近売れ行きいいんだよね。

 

「イツキ……私たちを撮ってる暇があるなら泳いできたら?」

 

 声がした方を振り向くと、ワンピースタイプの水着を着たボイン枠――ルーテシアがジト目でこちらを見ていた。え、何? 俺なんかした?

 とりあえず……あれだ、嫌な予感がする。ここは適当にはぐらかして撃退するのが妥当だろう。

 

「誰もお前らなんぞ撮ってないけど(パシャ)」

「今撮ったよね? なんの悪びれもなく堂々と私を撮ったよね!?」

 

 しまった。あまりにもベストショットな状況だったのでつい撮っちまった。

 

「景色を撮ったんだよ。勘違いしてるとこ悪いが、俺だって一線は弁えてるんだぜ?」

「じゃあそのカメラのデータ、見せてよ」

 

 そう笑顔で言うルーテシア。お、おう、目が笑ってないぞ。ていうか冗談じゃない。このカメラには商品候補のデータが入っているんだ。商売としてはかなり成り立っている。つまりお客さんが俺の写真を待っているんだ……!

 ついでに言えば稼いだ額の3分の1は姉さんにあげていたりする。もちろんタダではなく、トライベッカさんやシェベルさんの写真と引き換えだけど。あの人たちの写真は姉さんに頼むのが一番手っ取り早いからな。

 

「ほら、見せるぐらい良いでしょ?」

「このカメラには指一本触れさせない……!」

「そ、そこまで大切なものなの……?」

 

 大切なのはカメラ本体ではなく、データだ。今すぐにでもメモリーカードを取り替えたいのだが、今いる場所は水辺なので水をかけられるとアウトだから無理だったりする。

 まあ、さすがに気づかれたりはしないから大丈夫のはず……

 

「見せないと水をかけるよ?」

 

 大丈夫じゃなかった。

 

「だ、ダメだ……子供たちが俺の写真を待っているんだ……!」

「…………話が飛躍してない?」

 

 決してそんなことはない。子供たちが待っているというのはマジだったりする。大体がガキ共と同い年か俺と同い年の連中だけど。

 

「見せて」

「イヤだ」

「見せなさい」

「イヤだ! 見せるぐらいならこのアガルタから離れてやる!」

「アガルタって……歯を食いしばりながら血の涙を流すほど名残惜しいものなの?」

 

 アガルタという言葉を聞いたルーテシアはさっきよりもジト目になって呆れ出した。

 キサマ……アガルタを知らないとは何事か。アガルタってのは男の楽園なんだよ! 水着の女子がキャッキャウフフしている場所なんだよ! それを知らないなんて……!

 

「アガルタを知らないとは何事だ!」

「……イツキ、それを言うならユートピアか桃源郷だと思うんだけど」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが砕け散った。そ、そんな……男の楽園を一言で言うとアガルタになるはずじゃなかったのか!?

 

「………………」

「さ、わかったらそのカメラをこっちに――」

 

 

 ダッ(俺、猛ダッシュ)

 

 

「ちょ、イツキ!?」

 

 本日二度目のショックを受け、ヴィヴィオのデバイスであるクリスから愛機のセラを受け取って猛ダッシュでその場から離脱する。なんか後ろからルーテシアの声が聞こえるけど振り返りはしない。前だけ見て走るんだ、緒方イツキ。

 男の楽園はアガルタ、男の楽園はアガルタ、男の楽園はアガルタ……

 

「男の楽園はアガルタだぁぁぁぁぁっ!!」

〈マスター! 気を確かに!〉

 

 このとき、セラの呼び掛けがなかったら俺は発狂していたかもしれない。

 

 

 □

 

 

「に、逃げ切ったのはいいが……」

 

 あれから数分ほど逃げ続け、やっとルーテシアの追撃を免れた俺は森の中で迷子になっていた。

 いや、正確には迷子ではない。さっきまで俺がいた水辺に戻っている。どうやら逃げているうちに一周してしまったようだ。しかし、幸いにも反対側だ。そう簡単に見つかりはしないだろう。魔法を使わない限りは。

 さて……一旦身を隠せたのはいいが、茂みの向こう側ではルーテシアがお怒りだ。リアル激おこぷんぷん丸だ。けどこれはチャンスでもある。今のうちに本体からメモリーカードを――

 

「ん?」

 

 なんかジジジって音がするかと思ったら小さな虫のようなものが大量に飛んでいた。いや、これは虫というより……小型探査機か? なんでこんなものがいるんだ――

 

「そこねイツキ!?」

「るぁっせぇ!?」

 

 怒号がした方を振り向くと、お怒りのルーテシアが泳いでこちらに向かってきていた。なぜ見つかったんだ!? まさかこの虫か!?

 とにかく逃げないとマズイ。捕まればデータが吹き飛んで何もかもおしまいになってしまう。

 

「待ちなさい!」

「誰が待つかバーカ!」

 

 そのあとも俺とルーテシアによる小規模リアル鬼ごっこが続いたが、さすがにやり過ぎだと感じたらしいガキ共がルーテシアを食い止めたことで幕を閉じた。ふぃ~死ぬかと思ったよ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「男の楽園は(放送事故)だぁぁぁぁぁっ!!」
〈子供の発言とはとても思えませんね〉

 何を今さら。




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番外編「一年前の七夕」

 今日は七夕ということで書きました。
 言えることは一つ。イツキはこうして――に目覚めた。


 

「ほら、手を動かして緒方くん」

「へいへい……」

 

 このなんとかヒルデ学院に転校してから三ヶ月ほど経った。

 天気は快晴、気温も炎天下。だというのに、俺はクラスの委員長に自主勉とやらをやらされている。全く、なんで俺がこんなことを……。

 しかも今日は七夕だ。チッ、そんな時ぐらい休ませてくれよ。

 

「何ボーッとしてんのさ」

「帰りたい」

「ダメだよ」

 

 どストレートに言ったというのに却下されてしまった。じゃあ聞くなよ。

 転校してまだ半年も経っていないが、早くこんな学校からはおさらばしたい。まだ地球の学校の方がマシだわ。

 どうもこの世界の学生は差別意識が激しく、最初は俺をなぜか落ちこぼれとして扱ってきやがった。そんで我慢の限界がきたのでブチギレ、連中を半殺しにした結果、今度は問題児扱いである。

 本来ならやってしまったというところだが、今回ばかりは俺にケンカのやり方を教えてくれた姉さん達に感謝だ。

 もちろん、問題児として扱われているので友達はいない。俺に近寄ってくる奴もいない。

 

「だからそこは――」

 

 しかし、転校初日から何かと気を掛けてくるコイツを除けばの話だが。黒髪と青い目の少女。クラス委員長をやるほどのしっかり者で、勉強もできて周りへの気配りも良い。ついでに容姿も良いから男子からの人気もある。

 そんなマドンナ的存在が俺に勉強を教えてくれている。正直言って放っといてほしい。勉強なんて別にできなくてもいいから。

 

「そうそう。後はこの記号を――」

「あのさ委員長」

「――ん? どうかした?」

「もう放っといてくんない?」

 

 考えることが嫌いな俺は思ったことを委員長に話した。なんで問題児の俺に構うのか、なんでわざわざ勉強を教えてくれるのか、それでお前にメリットはあるのか。自分で言っといてあれだが、回りくどくない分は良いだろう。

 けど考える素振りすら見せず、きょとんとした顔の委員長から返ってきた答えは俺の予想はおろか想像すら越えるものだった。

 

「だって放っとけないんだもん」

 

 委員長という立場上、仕方なく俺に構っている、弱みを握る、とかなら納得はできる。だけどコイツが言った答えの内容はお節介のそれだ。にわかには信じられない。

 もしかしてコイツの感性は人とは違うんじゃないか。だとしたら……

 

「俺に構うことで生まれるメリットは?」

「そんなものないよ」

 

 良かった。委員長は一般人の感性をお持ちだ。

 一息ついて、『それなら俺に構うな』って言おうとしたら委員長がそれを遮るように続けた。

 

「でも、困っている人を助けるのは当たり前だよ。人間は助け合う生き物なんだから」

 

 そう言いきった彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 助け合う? 蹴落とし合うの間違いだろ。思わずそう言いかけたがグッと堪える。

 まあいいか。これ以上は無駄だと判断し、ノートを閉じて席を立ち上がる。早く帰ろう。

 

「こらっ! さらっと逃げないの!」

 

 チクショウが。

 

 

 □

 

 

「もうっ、ああやってすぐに投げ出そうとするのはやめるべきだよ!」

「うるさいなお前は! そうやって耳元で叫ぶのやめろバカ!」

「バカにバカって言われくないよ!」

 

 ようやく自主勉とやらが終わり、綺麗な夕焼けに照らされながら俺達は帰路についていた。

 どうもミッドチルダには七夕祭りという文化はないらしく、委員長に聞いても「何それ?」としか返ってこない始末である。

 ……せっかくだ。彼女には七夕の何たるかを教えてあげましょう。

 

「委員長」

「なに?」

「七夕、やってみねえか?」

 

 なんかデートに誘うみたいで緊張するな。だとしてもまだ早すぎるけど。

 短冊とそれを吊るための笹はスミ姉にでも頼めば用意できるだろう。

 

「……いいよ。異文化交流みたいで楽しそうだし!」

 

 その発想はなかった。

 

「決まりだな。俺は短冊と笹を取りに帰るから委員長はどっかで待っといてくれ」

「女の子を待たせるにしては酷く適当だなぁ……誘拐でもされたら全部君のせいだからね?」

 

 だってあんたの家、どこにあるか知らないし。そっちの家庭的な事情もあるし。

 俺の心情を何となく察したのか、委員長はとんでもないことを言い出した。

 

「んー……じゃあさ、せっかくだから緒方くんの家でやろうよ」

「お前は何を言っているんだ」

 

 銅像もびっくりなレベルの真顔でそう言った俺は絶対に悪くない。

 このあと委員長は本当についてきたが、スミ姉が用事を盾に却下したことで結局彼女の家でやることになった。なんかごめん。

 

 

 □

 

 

「これでよし」

 

 委員長宅の庭(?)にて、俺はスミ姉からもらった笹を準備している。とはいっても倒れないように立てているだけだが。

 今日の夜空は格別だな。雲一つないうえに、お星様がいっぱいだ。

 流れ星でも流れないかな~、なんて思っていると浴衣姿の委員長がやってきた。

 

「遅れてごめんね。お母さんがうるさくて……」

 

 委員長は苦笑いしながら、服装が乱れていないかチェックする。

 何でも男友達を家に連れてくるのは俺が初めてだったらしく、彼女の母親は『娘がボーイフレンドを連れてきた!』と大騒ぎ。一方で父親の方は落ち着いた物腰で挨拶してくれた。

 なんというか……父親の性格が俺の親父に似ていた気がしてならない。というかお母様は娘に浴衣を着せる辺り、七夕をご存じのようだ。

 

「それで……似合って――」

「似合ってるよ。時間がないからさっさとやろうぜ」

「……せっかちだなぁ」

 

 否定はしない。

 

「ほら、この短冊に願い事を書いて笹に吊るすんだよ」

「ほんとに叶うの?」

「知らん」

 

 実際にガチで願い事が叶った奴を見たことはないからな。

 俺は委員長に見られないように適当な願い事を書き、彼女がいる位置とは反対の場所に吊るした。ちょっと恥ずかしいな。

 委員長も書き終えたらしく、俺の短冊が吊るされているのを見てそうやるのかと言わんばかりに短冊を吊るした。

 

「なんて書いたんだ?」

「内緒だよ!」

 

 ですよねー。……まあ、それでも見たいので見させてもらいますがね。

 さっそく委員長が星空を見ている隙に短冊を手に取り、なんて書いてあるのか見てみる。

 えーっと――

 

 

『緒方くんが笑ってくれますように。

           ユミナ・アンクレイヴ』

 

 

 ――え?

 

「…………」

 

 これ、委員長のだよな?

 最後の欄にユミナ・アンクレイヴと名前が書かれた短冊を見て言葉を失う。

 そういえば……なんとかヒルデ学院に来てからはいつもひねくれた態度を取り、授業中は居眠り、売られたケンカは買う。そんな日々で……笑ったことは一度もなかったな。

 

「……よし」

 

 短冊をもう一枚取り出し、今度はちゃんとした願い事を書いて笹に吊るす。これでおあいこだ。

 やることはやったので星空を満喫しようと、委員長がいる方へ歩き出し――

 

「わっ!? どいてどいて――」

「えっ? 何々!?」

 

 俺に向かって転んできた委員長の下敷きになった。後頭部が痛いです。

 それと右手になんか柔らかいものが……あ、これ揉み心地いいな。ずっと揉んでいたい。

 

「……放してくれると嬉しいんだけど」

「ん?」

 

 委員長の一言で我に返った俺は簡単に状況を確認することにした。

 身体は委員長の下敷き、右手にはおっぱい、目の前には頬を赤く染めた委員長の顔。

 ……あー、あれだ。

 

「委員長」

「……何?」

「――女子の胸って柔らかいんだね」

 

 直後、委員長の強烈なビンタが俺を襲った。

 思えばこの時だったはずだ。俺が何かに目覚めたのは――。

 

 

 *

 

 

「………………」

 

 なんだろう……今、唐突に何か思い出しかけたぞ。しかも物凄く大事なことだった気がしないでもない。一体何だったのだろうか……。

 

「イツキさん? 大丈夫ですか?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 

 珍しく心配そうな顔をしたアイちゃんに声を掛けられたので、とりあえず一言返した。

 今日は七夕である。俺はアイちゃんと一緒に今年から開催された七夕祭りに来ている。

 アイちゃんは浴衣を着ており、ちょっと新鮮だ。いつもより可愛い。

 

「うーん…………」

 

 それからも必死に思い出そうとしたが、頭から煙が出てしまったので中断せざるを得なかった。

 仕方がない。今は目の前の祭りを楽しみますか。だけど――

 

「アイちゃん。まずは短冊を吊るそうぜ」

「短冊とは何でしょうか?」

 

 そうだった。この世界の連中は短冊を知らないんだったな。

 俺はアイちゃんに短冊について簡単に説明し、それを吊るす場所である笹の前にたどり着いた。

 

「では、また後で」

「おう。迷子になんなよ」

 

 それぞれ短冊に願い事を書くため、ちょっとの間だが別行動に移る。

 今回の願い事は……一枚の短冊に二つの願い事を書くのはありかな?

 

「…………できた」

 

 願い事を書いた短冊を吊るし、ちょっとだけ威張るように胸を張る。

 表には個人的な願いを、そして――

 

 

『委員長に恩返しができますように。

                緒方イツキ』

 

 

 ――裏にはこれを。何でか知らんが頭の隅っこにポツンと残っていた。

 きっと大事なことだろうと思い、こうして願い事として残すことにしたのだ。

 やることはやったし、美少女のアイちゃんと祭りを満喫しますか!

 さっそく彼女と合流し、どこから回るか俺なりに考える。

 

「アイちゃん。早く回ろうぜ」

「落ち着いてください。まだ時間はあります」

 

 今回限りであろうアイちゃんの浴衣姿を目に焼き付けながら、俺は祭りを楽しんだのだった。

 ……これでもう少し胸が大きければ――

 

「イツキさん? どこを見ているんですか?」

「何でもないです」

 

 女の子って怖い。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 12

「イツキさん? どこを見ているんですか?」
「年齢のわりには小さな胸を見ている俺の頭が割れるように痛いぃぃぃっ!!」

 アイアンクローは反則だと思うの。




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第25話「桃源郷とは覗くもの」

「ねえイツキ。これやめた方がいいよ」

「何を言ってるんですかモンディアルさん。ここからが本当の戦いです!」

 

 スミ姉に昼飯をたらふく食べられ、昼寝して、自業自得とはいえ姉さんにフルボッコにされるという波乱しかない午後を過ごした俺は、男仲間であるエリオ・モンディアルさんを連れてホテルアルピーノ名物、天然温泉大浴場の近くにある木陰に待機している。

 今この時間は女性メンバーが勢揃い、かつ一糸纏わぬ姿で入浴している。つまり塀の向こうにはアガルタならぬ桃源郷が広がっているんだ……!

 目的は言うまでもなく、その桃源郷をカメラに納めることだ。こんな機会はおそらく二度とないからな。

 

「モンディアルさん。例のやつを」

「例のやつって……このドローン?」

「うっす。それにカメラを付けて飛ばします」

 

 ここでドローンの出番だ。というか、こいつはこういうときのために自力で製作したんだ。今使わなくていつ使うよ。

 さっそくドローンにカメラを取り付け、コントローラーで操作して慎重に飛ばす。ちょっとでも水に触れるとアウトだからな。

 

「イツキ。僕もう戻っていいかな?」

「女々しいですね。それとも女性に囲まれて過ごしてたから女よりも男に興味があるとか?」

「前者は否定しないけど、後者は徹底的に否定させてもらうよ」

「チッ、このリア充が」

「待ってイツキ。親の敵を見るような目で睨むのはやめてほしいんだけど」

 

 という感じでモンディアルさんと軽口を叩きつつ、ドローンを塀の近くに到達させた。

 さて、問題はここからだ。少しでも前進させたらカメラに映るのは桃源郷だけど、それは同時に発見される可能性も高めてしまう。

 ……いけない。塀の向こうにあるものを想像したら鼻血が出てきた。

 

「鼻血が出てるよ?」

「大丈夫です。これくらいでヘコたれる俺じゃありません」

「僕としてはヘコたれてくれると助かるんだけど……」

 

 絶対にヘコたれるもんか。

 

「ではいざ」

「ストップストップ! 本当にこれ以上はアウトだって! ていうか、そこまでしてカメラに納めることに何の意味があるのさ!?」

「意味なんてありませんよ。けど――」

 

 どうやらモンディアルさんには男の尊厳というものがないようだ。

 

「――そこに女の裸体があるなら、それを見ようとするのが男でしょうが!」

「この上なく最低だ!」

 

 純粋な欲望のために女風呂を覗いて何が悪い。俺はあの日から、自分の気持ちに正直に生きると決めたんだ。……あの日っていつだっけ?

 

「緒方イツキ、突貫します!」

 

 桃源郷への一歩を慎重に踏み出し、モニターを通じてカメラに映っているものを確認する。

 おおっ、風呂場が映ってるじゃねえか。後はボインとペッタンコをカメラに納めるだけだ!

 

「んー……お? キタキタァ!!」

「ごめん皆。イツキの暴走を止められなかった僕を許して……」

 

 見える! 見えるぞぉ! 湯煙が邪魔になってはいるが見えるぞぉ!

 

「今年初の豊作キタコレ(ボタボタ)」

「い、イツキ!? 物凄い勢いで鼻血が出てるけど大丈夫なの!?」

 

 大丈夫。これくらい何てことないさ。こんなところで止まるわけにはいかない!

 俺は震えながらもドローンを操作していき、誰のものかまではわからないが、裸体が――

 

「…………っっ!!(ダバダバ)」

 

 ――裸体が映ったところで鼻血の勢いが増した。ここまでなのか……いや、

 

「ある人は言っていた……! 例え魂だけになっても覗き続けると……! だから俺も……!」

「いや無理だから! 魂だけになったらあの世に逝って終わりだから!」

 

 くっ、仕方がない。桃源郷が納められているドローンを回収するとしよう。

 モンディアルさんに支えられながらもドローンを無事に帰還させ、取り付けていたカメラに納められているであろう桃源郷を改めて――

 

「――ここまでかっ!!(ブシャァァァアア)」

 

 桃源郷を改めて見ようとしたらギリギリ抑えていた鼻血が大噴射してしまった。

 さすがの俺でも今回は失血死しそうだ。意識も遠退いてきてるし……

 

「しっかりしてイツキ! というか覗きで死にかける人なんて初めて見たよ!?」

「感無、量……ッ!!」

 

 このあと、意識が朦朧としていた俺をモンディアルさんがロッジに連れ戻してくれた。

 今度ルーテシアかキャロさんの写真でもあげようかな? 貸し借りは無くしたいし。

 ちなみになんで最後までいたのかモンディアルさんに聞いたところ、少しだけ俺の発言を真に受けていたとか。軽い男め。

 

 

 □

 

 

「大丈夫ですか? イツキさん」

「あー大丈夫。多分大丈夫……」

 

 教会から差し入れに来たセインさんが作った凄え美味しい料理を食べてる最中、貧血でフラフラしている俺をアイちゃんが心配してくれた。

 一部からの視線が妙に痛いが、それに報いるものを手に入れられたので何も言えない。

 姉さんは心底どうでもいいのかひたすら飯を食べ、スミ姉はニヤニヤしながらこっちを見ている。姉妹ってこんなに違うものだっけ?

 

「……ちょっと横になってきます」

 

 とりあえず戻ろう。戻ってついさっき撮影した桃源郷を――違う、輸血しないと。

 一人でテーブルから離脱するも、何を思ったかアイちゃんがついてきた。

 

「……女の子が一人で男についてくるとは感心しねえな」

「私はあなたの教育係なので」

 

 初耳である。ていうか、いつから俺の教育係になったんだよお前は。

 ……去年もそんな奴がいた気がするな。記憶が曖昧だからわからんが。

 

「それに、いざというときは力ずくで何とかします」

「やれるもんならやってみろ」

 

 これでも同世代に遅れを取るほど落ちぶれちゃいないし、お前の戦い方は大方把握している。俺が負ける要素などない。

 

「そういや明日は模擬戦だって?」

「はい」

 

 今思い出したが、明日は全員で練習会――模擬戦をやるらしい。せっかくだから一回は出ようと思う。良い体験になりそうだからな。

 でも姉さん達とは当たりたくない。当たったらどうなるかなんて目に見えてる。

 

「敵同士になったときは負けませんよ。あの時は体調管理を怠ったせいで引き分けになりましたが、今度は私が勝ちます」

「……なったらの話だがな。勝つのは俺だし」

 

 特別勝ちたいわけじゃないし、コイツみたいに強さがほしいわけでもない。それでも負けるのだけはやっぱりごめんだ。

 ……輸血のついでに愛機のセラフィムのメンテでもやりますか。最近放ったらかしだったし。

 

「なあセラ」

〈愛機のメンテを放ったらかしにするマスターの事なんて知りません〉

 

 なんで機械が拗ねてるんだよ。アイちゃんも目が点になっちゃったじゃねえか。

 途中でアイちゃんと別れた俺は自室で輸血し、明日の模擬戦に備えて一応愛機のメンテを行ったのだった。

 ……その際、何者かによって桃源郷のデータどころか今月撮影した分が全て削除されていることがわかった。泣いてもいいかな?

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「モンディアルさん。例のやつを」
「例のやつって……このドローン?」
「うっす。それにカメラを付けて――」


 ガシャァンッ(モンディアルさんがドローンを投げて破壊する音)


「ドロ吉ぃぃぃ――っ!! 何てことしてくれたんだキサマァ!!」
「君の覗きを阻止するにはこうするしかなかったんだよ! というかドロ吉!?」

 ドロ吉が壊れたぁああああああっ!! 桃源郷への入り口がああああああっ!!




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第26話「模擬戦」

「はあぁっ!」

 

 二回目の模擬戦が始まって以降、私とコロナさんはイツキさんとサツキさんのお姉様であるスミレさんと対峙していた。

 彼女は旅人が着るような薄茶色のローブを着用し、右腕にガントレットのようなデバイスを装備している。

 私が手も足も出なかったサツキさんを子供扱いしていたほどの人だ。一人じゃまず勝てない。

 でも、これはチーム戦。それに大人組にはある程度のハンデがあると聞いている。一人じゃ無理でも二人なら……!

 

「おっ、ナイスパンチ」

 

 私が打ち出した拳をあっさりと受け止め、余裕の笑みを浮かべるスミレさん。もしかしなくても余裕なのだろう。

 彼女の後ろでは、コロナさんが創成した巨大ゴーレム――ゴライアスが拳を構えている。

 それに気づいていないのか、スミレさんはあくびをしながら私を蹴り飛ばした。

 

「ゴライアスッ!」

 

 懐に蹴りが入り、数メートルほど後ろへ引きずられるもどうにか踏ん張ったところでコロナさんの声がはっきりと聞こえた。

 スミレさんも片眉を吊り上げ、後ろを振り向く。私も痛みを堪えて彼女と同じ方向へ視線を向けると、放たれたゴライアスの巨大な拳が目に入った。あれされ決まれば――!

 

「お見事」

 

 しかし、直撃まであと数センチというところでその拳は右手で受け止められてしまった。

 不敵な笑みを浮かべるスミレさん。彼女は間髪入れずに受け止めたゴライアスの拳へ軽く、それでいて素早く左の拳を振り下ろし――

 

「え……」

「ふえぇっ!?」

 

 ――ゴライアスを粉砕した。受け止めていた拳だけではなく、本体ごと。

 ガラガラと音を立てて崩れ落ちるゴライアスを見て私は呆気に取られ、コロナさんは驚きの声を上げる。こういう現象をデタラメと言えばいいのだろうか。

 魔力を込めた一撃とか、渾身の一撃ならまだ納得はできる。でも今のはどう見ても軽く振り下ろされた拳でしかない。

 

「二人に教訓ー」

 

 あっけらかんとした態度で私達にそう告げると、スミレさんはゴライアスを粉砕されて隙ができたコロナさんを掌底で吹き飛ばし、魔法で加速でもしたのか一瞬で私の目の前に現れた。

 彼女の背後に目をやると、力なく倒れるコロナさんの姿が見えた。

 

「試合だろうと実戦だろうと――一瞬の隙が命取りだよ」

 

 ハッとなってすぐに繰り出した左の拳が彼女の顔面に突き刺さるも、何かしたのかと言わんばかりに平然としている。

 続いて右の拳を放とうとするも、それより速くスミレさんの拳が私の顔面に炸裂した。

 拳を叩き込まれた私はきり揉み回転しながら宙を舞い、数十メートル離れたところに建っていたビルへ叩きつけられた。

 

「あ、が……」

 

 まさかこれほどの威力とは思わなかった。毒でも射たれたかのように意識が遠退いていく。

 このままじゃダメだ。もう負けたくない。覇王流が最強であることを証明するためにも。

 そう思いながら私達に背を向けてその場を立ち去るスミレさんの姿を目に焼きつけ、私の意識は途絶えた。

 

 

 □

 

 

「いきますよイツキさん!」

 

 とうとう模擬戦が始まった。とはいってもこれは二戦目であり、一戦目は最終戦争が起こったせいか引き分けに終わっている。

 そのとき印象に残ったのは終始共倒れを狙った二人の姉の姿だ。あの人達にチーム戦は無理だろう。まあ、それは俺もだけど。

 俺はもう一人の姉、緒方サツキと入れ替わりで参加したので赤組となっており、ポジションも同じFA(フロントアタッカー)だったりする。前線とか最悪だよ。

 

「先輩、覚悟してくださいっ!」

 

 しかもどういうわけかヴィヴィオとウェズリーに挟まれている。いわゆる2on1ってやつだ。

 なんで君たちはそんなにワクワクしているのさ。俺なんて心臓がバクバクしてるんだぞ。

 スカジャン風のバリアジャケットは……以上なし。体調も万全。やってやるか!

 

「雷神装!」

 

 最初に仕掛けてきたのはウェズリーだった。彼女は電気を纏って加速し、右側へ回り込むと炎熱を纏った左の拳を繰り出してきた。

 それを紙一重でかわし、同時に反対側から放たれたヴィヴィオの蹴りを右脚で相殺する。

 次に突き出されたウェズリーの左腕を掴み、彼女をヴィヴィオに向かって投げ飛ばすと同時に二人まとめて蹴り飛ばした。

 一つ言えるのは、二人とも大人モードに変身しているので比較的やりやすいことだ。体格差がなくなってるからな。

 壁が崩れたことで舞っている煙から先に飛び出してきたのはヴィヴィオだった。

 

「ディバインバスター!」

 

 左手に溜められていた虹色の魔力が、右の拳を突き出すことで砲撃として放たれる。

 もちろん俺はこれを回避する。生憎と姉さん達のように素手で弾き返すことはできないからな。ていうか、あの人達が特殊なだけなんだ。

 

「隙ありっ!」

 

 声がした方を振り向くと、いつの間にか復活して背後へ回り込んでいたウェズリーが笑顔で拳を打ち出していた。

 一発目は避けられずに食らってしまうも、二発目は咄嗟に受け止めた――

 

「――轟雷砲!」

 

 が、バックステップで後退して跳躍し、炎熱の飛び蹴りを繰り出してきた。

 俺は交差した両腕で蹴りをガードしたが、それを待ってましたと言わんばかりに取っ組み合いへ持ち込まれる。けど、この場合有利なのは……

 

「あれ?」

「力比べなら負けません……!」

 

 おかしい、全然押しきれないぞ。それどころか全く動いていない気がせんでもない。しかも炎熱の飛び蹴りの影響か腕が熱い。

 えーっと……なんだコイツ!? こんなに腕力強かったか!? いや待て、さっきティミルの巨大なゴーレムを投げ飛ばしていたな――

 

「――がっ!?」

 

 後頭部に鋭い衝撃が走る。痛みを堪えながら振り返ってみると、左脚を突き出すヴィヴィオの姿があった。蹴りやがったなクソガキ……!

 一発ブチかましてやりたいが、未だにウェズリーと取っ組み合ったままだ。

 少し強引だが……こうなったらやるしかなさそうだ。でなきゃ墜ちる。

 

「チッ……!」

 

 ウェズリーの脇腹を何度も蹴りつけ、彼女が離れたところを後ろ回し蹴りで吹っ飛ばす。

 さらに間髪入れず周囲に無数の魔力弾を生成、後方にいるであろうヴィヴィオへ全弾撃ち込む。

 アイちゃんと違って、ヴィヴィオには魔力弾を受け止めて投げ返す技術はない。倒せなくとも足止めはできるだろう。

 

「いぃっ!?」

 

 後ろからヴィヴィオの慌てた声が聞こえるが、今は放っておく。それよりもまずは――

 

「――雷龍!」

 

 元気っ娘のウェズリーを撃墜してやる!

 

「って雷の龍!?」

 

 なんかウェズリーの奴、ドラゴンの形をした電撃を放ってきたぞ!?

 これって……射撃? 砲撃? 属性攻撃? どれも違う。――魔力砲か!

 そんなものをどうにかできるわけがなく、襲い来る雷龍をひたすらかわす。ええい、追尾式かよこれ! しつこいんだよ!

 必死に雷龍をかわしていったが、俺が壁にぶつかったことで回避劇は幕を閉じた。

 

「追い詰めましたよ!」

「笑えねえなおい」

 

 これは笑えない。ウェズリーは雷龍に続いて炎の龍も生成しやがった。変換資質だけでも貴重なのに炎と雷のダブル変換とか反則かよ。

 すかさず周囲に弾幕陣を生成して迎え撃とうとするも、突如飛んできた虹色の魔力弾をかわすのが先になった。

 虹色……姿が見えないけど間違いなくヴィヴィオだろう。

 

「どぉりゃぁーっ!」

 

 今度はウェズリーの掛け声が聞こえたかと思えば、炎と雷の龍が襲い掛かってきた。

 一頭だけでも不味いのに今や二頭だ。これはヤバイ。急いで両手に魔力を纏わせ、二頭の龍(の形をしたエネルギー)を張り手で打ち消した。

 

「嘘ぉっ!?」

 

 少し大袈裟に驚くウェズリーだが、もちろん張り手で打ち消したわけじゃない。正確には、張り手を繰り出した際に手のひらから放った魔力の衝撃波で消し去ったのだ。

 動きが止まったウェズリーに肉薄し、右の拳を顔面に打ち込む。拳がヒットして我に返ったのか、痛そうにしながらもミドルキックを放ってきた。それを左脚で受け止め、彼女が打ち出した右の拳を左の拳で相殺してから腹部を蹴り上げる。

 最後に前屈みになったウェズリーの顔面目掛けて、姉さんのものを真似て覚えた豪快なサッカーボールキックをぶっ放した。

 

「が……!」

 

 その蹴りをモロに食らったウェズリーは仰向けに倒れ、動かなくなった。

 や、やっと一人目か。思ったよりも疲れたぞ。しかし、まだ敵は残っている。

 

「――ここっ!」

「ぐぁっ!?」

 

 いきなり下顎を殴られ、意識が翔びそうになるも歯を食いしばって耐える。

 体勢を整え、拳が飛んできた方向を見るとヴィヴィオが足裏に魔力を纏った姿で立っていた。あんな魔法あったか……?

 それにしても、あの弾幕を無傷で切り抜けたのか。なかなかやるなこのガキ。

 

「私だけになっちゃいましたね……」

 

 くたばったウェズリーをチラッと見てからそう言うと、ヴィヴィオは加速するかのように肉薄してきた。いや、加速してるぞこれ。

 まるで敵討ちと言わんばかりに打ち出される拳の連打を一つ一つ丁寧にかわしていき、そのうちの一発である左の拳を受け流して頭突きをお見舞いすることで距離を広げ、

 

「だらぁっ!」

 

 渾身の跳び後ろ回し蹴りを顔面に炸裂させた。

 これをモロに食らったヴィヴィオはその場に倒れ伏せたが、震えながらも起き上がろうとしていた。ガキって皆タフなの?

 

「……起きたいのなら早くしろよ」

「言われなくても――ッ!?」

 

 唇を噛み締め、怒るように起き上がったヴィヴィオをもう一度跳び後ろ回し蹴りで沈める。

 

「起きろつってんだろ!」

「……ッ!!」

 

 二度も同じ技で沈められたのが悔しかったのか、ヴィヴィオは今度こそ起き上がると握り込んだ右の拳をぶつけてきた。

 俺はその拳を左手で受け止め、右拳を連続で彼女の顔面にブチ込む。

 五発目を入れようとしたところでヴィヴィオが紙一重で拳を避け、針に糸を通すほどの精密さで左拳を顔面に打ち込まれた。

 やっぱりコイツ……高い学習能力を活かし、相手を一撃で沈めるカウンターヒッターか!

 

「やば……!」

「アクセル――」

 

 彼女が構えた右の拳を見て、背筋に嫌な汗が流れるのを感じる。これを食らってはいけないと、俺の直感が告げていた。

 本能的な感覚で身体強化に使っていた魔力の量を増やし、

 

「――スマッシュ!」

 

 放たれた右のアッパーを、直撃スレスレのところで上体を反らして回避した。

 ヴィヴィオが目を見開いて驚いた一瞬の隙をつき、左脚に魔力を集中させて、

 

「一撃必殺!」

 

 渾身のハイキックをブチかました。

 隙をついたということもあり、これをなす術もなく食らったヴィヴィオは目を回してようやく倒れ伏せた。

 ……勝負の世界に性別なんて関係ない。だから女子相手にやり過ぎとか言われませんように。

 

 

 その後、縦横無尽に暴れ回るスミ姉を止められる者がおらず、赤組は敗北したのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 5

「おっ、ナイス――」


 ゴスッ(スミレさんの鳩尾に私の拳が直撃する音)


「――クソガキがァ!」
「おぶふっ!?」

 怒ったスミレさんに思いっきり殴り飛ばされた。何が間違っていたんだろう。




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第27話「今日は何色?」

「う、腕が上がらない……」

「起きられない~……」

 

 模擬戦が終わったのはいいが、アイちゃんとガキ共が筋肉痛で動けなくなっている。

 俺は一戦しか参加してないからその心配はないが、全戦参加させられていたらこうなっていたのかもしれない。

 まあ、通り魔やってたアイちゃんにとっては勉強になったはずだ。君が姉さんみたいに裏舞台へ立つのは不可能なんだよ。

 

「どうかしましたか?」

「え」

 

 おおっ、これは良いぞ。ベッドで横になりながら向き合うヴィヴィオとアイちゃん。凄え様になってる。良いですねぇ。

 バレないようにこっそりと写真を撮り、ついでにティミルとウェズリーも撮影する。ほっほっほ、これはこれで収穫ですな。

 

「イツキ。後でそのカメラ寄越しなさい」

「やだね」

 

 今度こそ、絶対に守ってみせる。

 

「あ、そうだアインハルト。今日の試合が良かったんならこんなのはどうかな?」

 

 そう言ってルーテシアが出したのはインターミドルの映像だった。

 DSAA公式魔法戦競技会。出場可能年齢は10歳から19歳。限りなく実戦に近いスタイルで行われる魔法戦競技だ。

 姉さんが出場選手なので知っているが、何でも全管理世界から集まった魔導師たちが魔法戦でてっぺんを目指す大会らしい。一般的にはインターミドル・チャンピオンシップと言った方がわかりやすいかもしれない。

 年齢的にヴィヴィオたち初等科組が今年から出場可能だな。どうやらルーテシアも出場するつもりのようだ。でもこの調子だと――

 

「あ、イツキさんもどうですか? インターミドル!」

「そいつは無理な話だ」

 

 そら来た。さっそく声を掛けてきたのはヴィヴィオだ。しかし、今回は生憎と予約が入っているから無理だったりする。

 ティミルが信じられないと言った顔になっているが、むしろ出場するのが当たり前だと思っているお前らに驚きだわ。

 皆は理由が知りたいのか、真剣な顔で俺を見つめていた。……言わなきゃならないのね。

 

「今年は姉さんのセコンドをやるんだよ。スミ姉と一緒にな」

 

 上位選手である姉さんのセコンド。少なくとも貴重な体験はできると思っている。

 それに出場するとしても俺は男子だ。女子の部と男子の部に分かれているからどっちにしても対戦することはできない。

 正直に理由を言うと、ヴィヴィオとティミルは驚愕し、ウェズリーはポカンとした顔になり、ルーテシアは納得したように何度か頷き、アイちゃんは――

 

「――嘘ですね」

 

 信じてくれなかった。なんでやねん。

 

「なんで疑われなきゃならんのだ」

「いえ、信じたら負けだと思ったのでつい」

 

 一体何と戦っているんだお前は。ていうか今回も『つい』って言いやがった。俺の事情、君の中じゃどんだけ軽いんだよ。

 どうすればアイちゃんに信じてもらえるか必死に考え、一つの答えを導き出した。

 

「アイちゃん」

「何でしょう」

「俺ほどの正直者はいないよ?」

「もっと信じられなくなりました」

 

 なぜだ。俺ほど(自分の欲望に)正直な人間などいないはずなのに。

 次の手を考えていると、ルーテシアの母であるメガーヌさんとヴィヴィオの母である高町なのはさんがドリンクを持って部屋に入ってきた。

 

「えーっと……アインハルトちゃんとイツキちゃんはどうしたの?」

「どうもしていません」

「そうですよなのはさん。あとちゃん付けはやめてください」

 

 メガーヌさんといいなのはさんといい、どうして大人の女性は俺をちゃん付けで呼びたがるのだろうか? 俺もう泣いちゃうよ?

 

 

 □

 

 

「シッ、シッ!」

 

 その日の真夜中。珍しく寝付けなかった俺はロッジの外で軽くシャドーをしていた。

 今思い返せばろくに自主練もしていなかったからな。せめてこれくらいはしとかなきゃ。どんなに強い奴も鍛練か実戦経験を多く積んでいる。前者にはジークさんやトライベッカさん、後者には姉さんやスミ姉が当てはまる。

 俺はどちらかと言うと前者だ。あの二人ほど実戦経験は積めていない。いくら才能が優れていようと、それは磨かない限り宝の持ち腐れにしかならない。だからこうして、身体が鈍らないように練習をしている。

 今度は両手両足に魔力を流し込み、素人なりに構えを取る。……さっきから見られてるな。

 

「今日のパンツは黒か」

「殴りますよ」

 

 そう言って建物の陰から出てきたのはオッドアイが眩しいアイちゃんだ。トイレにでも行っていたのだろうか?

 

「それと今日は白です。黒ではありません」

「わざわざ教えてくれてありがとう」

 

 そっか、今日のアイちゃんは白なのか。これは嬉しい誤算だ。白以外にも履くのかな?

 口を滑らせたアイちゃんはしまったと言わんばかりに顔を赤くしていた。鉄仮面と思っていたけどそういう感情表現はできるのか。可愛いね。

 

「で、何してた?」

「……少し眠れなくて夜空を見ていたら集中力のようなものを感じたので、表へ出てみるとイツキさんがいたんです」

 

 それ、多分俺の集中力じゃない。おそらく姉さんのものだろう。

 ちょうどいい機会なので彼女にあることを聞いてみることにした。

 

「アイちゃん。お前がインターミドルに出場するのって――ご先祖様関連?」

「はい。覇王流の強さを証明することです」

 

 ご先祖様が使っていた流派――覇王流の強さを証明、ねぇ。

 覇王流つったら『ベルカ古流武術』とも言われる古い流派で、最近流行っているストライクアーツとは違う強さがあるらしい。

 俺はアイちゃんの事情を詳しく知らない。だからどうこう言える義理はない。でも、少なくともこれだけは言えるだろう。

 

「――無理だな」

 

 とはいっても、今はだけど。鍛練を積んでいけばいずれは達成できるかもしれない。

 少し方向性が違うけど姉さんだって世界戦へ進出こそしていないものの、格闘技の経験がなく魔法にも優れていない素人がケンカでインターミドルの都市本戦まで勝ち上がれることを直に証明している。実際問題、その光景を見た選手の大半が希望を持ち始めているぐらいだ。俺の学校にだって姉さんの影響を受けた奴はたくさんいる。

 証明ってのはそういうことだと思っている。目立つところまで勝ち上がるか、有名な選手と好勝負でもしないと証明どころか世間に認知すらされない。世の中はそんなに甘くないのだ。

 

「……なぜですか」

「自分で考えてくれ。頭の悪い俺には説明ができないからな」

「頭が悪いことを盾にしてはぐらかすのはやめてください」

 

 はぐらかしたつもりはないんだけど……今考えていたことをそのまま言うべきだろうか? それとも姉さんにでも聞けと言うべきだろうか?

 

 ――どう考えても後者だな。

 

「姉さんにでも聞くといい」

「…………ではそうします」

 

 上手くいったんだよなこれ? アイちゃんに虫けらを見るような視線を向けられているけど上手くいったんだよなこれ?

 とりあえず歩き出したアイちゃんについていくことにする。何かあるとヤバイからな。

 このあと精神統一をしていた姉さんを見つけた俺とアイちゃんだったが、会話中に姉さんが本来の――ヤンキーとしての殺気を出したことで黙りざるを得なかったのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 19

「それと今日は白でちゅ――白です。黒ではありません」
「…………ッ!!」

 どうしよう、笑いと鼻血がこみ上げてきた。破壊力が尋常じゃねえぞこれ。




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第28話「野郎、タブーに触れやがった」

「地球じゃ雨が降りまくってる時期だな……」

 

 無事に合宿を終え、ミッドチルダへ帰還してから二日後。五月も終わりを迎えるこの時期、俺たちなんとかヒルデ学院の生徒たちはある事で頭がいっぱいだった。それは――

 

「――運動会、ねぇ」

 

 そう、ミッドチルダじゃ地球とは違って秋ではなく梅雨の時期に運動会があるのだ。……初等科とは一応合同で行われるとかなんとか。

 今はその運動会の数ある競技に誰が出るのかを決め合っている最中だ。率先しているのはもちろん委員長。相変わらずしっかりしてるなぁ。

 だが、俺に言わせればこれはチャンスだ。女子の体操服姿が撮れる。もしかしたらポロリだってあるかもしれない……!

 

「ところでアイちゃん」

「何でしょう?」

「この世界の運動会って何をするの?」

「え」

 

 実を言うと去年にも運動会があったらしいのだが、俺はボイコットしていたので何をやるのかさっぱりわからない。

 地球のそれなら長距離走とか障害物競争、パン食い競争とかあるけど……こっちでは魔法を扱った競技がありそうで困る。

 なんせ俺はカメラを回す役に徹するつもりだからね。女子の体操服姿のために。

 

「……そういえばイツキさんはこの世界の出身ではありませんでしたね」

 

 ため息をつきながらもアイちゃんはご丁寧に説明してくれた。

 話を聞く限り、大体は地球の運動会とやることはほとんど変わらないようだ。一部魔法を扱う競技があることを除けば。

 魔法に関しては問題ない。というか、この学院の誰にも負けるつもりはない。

 

「――緒方くん!」

「ん?」

 

 何だと思って教壇の方へ振り向いてみると、委員長が珍しくお怒りの表情で俺を指名していた。

 俺なんかした? いや、何もしてないぞ。てかそんなことより眠いな。

 

「……何すか?」

「もうっ! さっきから呼んでるのに!」

 

 怒ってないでさっさと用件を言ってほしい。

 

「君には『長距離走』と『短距離走』と『障害物競争』と『二人三脚』と『学年対抗綱引き』と『チーム対抗リレー』に出てもらうからね!」

「おい待てやゴラァッ!」

 

 多い。多すぎる。ここまで多いと休憩時間が減る。つまり撮影時間もなくなる!

 競技名が書かれた黒板を見てからまさかと思ってもう一度委員長の方を見てみると、彼女は全てを見透かしたような笑みを浮かべていた。

 

「ふふっ、何も撮らせないから」

「悪魔めぇ……!」

 

『おいマジかよ』

『この多忙なスケジュールだとさすがの緒方もキツいぞ……』

『俺たちで何とかできないか?』

『だな。これくらいは肩を持ってやろうぜ。俺が緒方の代わりに短距離走をやります!』

『私も緒方くんに代わって長距離走をやりたいです!』

『そんなことよりおうどん食べたい』

 

「何この無駄な団結力!?」

 

 委員長の悪魔の一言にざわつき始めるクラスメイト(主に男子)。最後の奴はぶっ殺す。

 まあ、全員が俺を支援してくれるわけではなく一部は委員長を支持していた。

 上等だボケぇ……! テメエがそこまでやるってなら俺にも考えがある……!

 

「どんな手を使ってでも絶対にベストショットを撮ってやるからな! 覚悟しとけよ!」

「なんで諦めないの!?」

 

 皆の期待を一身に背負ってるんだ。ここで諦めたら後が怖い。

 

『緒方! 俺たちの希望のためにも頑張ってくれ!』

『委員長! 皆のためにも彼を止めて!』

 

 何この小規模派閥。『イツキ派』と『委員長派』に分かれてしまったぞ。

 わりと乗り気になっている委員長だが、それは俺も同じだ。ちなみにアイちゃんは『委員長派』につきやがった。裏切り者め。

 

「昔はもう少し荒れていたのに……なんで今はこんな変態になってしまったの……?」

「そんなの俺が知りてえよ」

 

 しばらくの間、教室内で『イツキ派』と『委員長派』による大口論が行われたが何事だと担任が駆けつけたことでようやく幕を閉じた。

 結局、俺は委員長に言われた競技のほとんどをやるはめになってしまった。ちなみに除外してくれたのは『障害物競争』だけである。

 

『早く教室に入りなさい!』

『え、ちょ!?』

 

 担任が授業を始めた瞬間、教員の声と妙に聞き覚えのある声が聞こえ――

 

「ととっ……!」

 

 ――一人の女子が押される形で教室に入ってきた。長めの紫髪に(年齢のわりには)結構発達した胸。それにあの独特のリボン。

 

「なんですかあなたは!?」

「あ、その……転校生ですっ!」

 

 間違いない、ルーテシア・アルピーノだ。でもアイツ、確か14歳だったよな? もしかして留年真っ最中だったりする? ていうかなんでミッドチルダにいるんだ?

 本人はやってしまった、という顔だが担任はそうでもないらしい。信じちゃってるよ。

 担任が指定した席へ座ろうとするルーテシア。チッ、かなり近いな。

 

「あの……?」

「あ、お隣よろしく――アインハルト!?」

 

 マズイ。このままいくと俺がいることにも気づいてしまう。

 すかさず持っていた教科書で顔を隠し、上からも顔が見えないように机に突っ伏す。よし、これでしばらくは見つからないぞ。

 

「お、同じクラスだなんて奇遇ね……」

「……あれ? ルーテシアさんって確か年上」

「次の授業は何かな~!」

 

 さすがのアイちゃんでも年齢の違いには気づいたか。

 ……マジで眠たくなってきたな。せっかくだし寝ちゃおう。

 

 

 □

 

 

「よく寝たわ……」

 

 昼休み。あれからホントに熟睡した俺は未だに机に突っ伏していた。

 このままいけば今日は見つからずに済むかもしれない。なんで隠れてるのかは俺自身もわからないけど。そろそろ起きようかな?

 

「そう言えばアインハルト。さっき教科書を見せてくれたときに憧れてたとか言ってたよね?」

「あ、はい」

「もしかして……あなた友達いないの?」

「…………」

 

 野郎、タブー中のタブーに触れやがった。

 

「ご、ごめん……あっ、イツキはどうなの?」

「イツキさんは友達というより……教え子、でしょうか?」

「教え子?」

 

 めちゃくちゃ否定したい。俺はお前の教え子じゃないと。

 その後もアイちゃんとルーテシアは他愛もない会話をしていたが、ルーテシアの何気ない一言で状況は動いた。

 

「イツキはどこのクラスにいるの? ここにはいないようだけど……」

「………………私の隣の席で寝ているのがイツキさんです」

 

 野郎、最大級のタブーに触れやがった。

 

「えっ? そんなに近くにいたの!?」

「バラすなよお前……このまま完全不干渉でいこうと思ったのによ」

「いずれこうなっていたので問題はありません」

 

 大アリです。主に俺の学校生活に影響が出てしまいます。

 というか、ホントに気づいてなかったのかルーテシアよ。演技でもしてるのかと思ったよ。

 

「ま、お休みということで――」

「いやいや待ってよ。イツキにも聞きたいことはたくさんあるんだから」

 

 このあと何度も寝ようとしたが結局ルーテシアに捕まってしまい、さらにアイちゃんのせいでいろいろと付き合わされるはめになったのだった。

 ……なんでだろう。美少女二人といたのに全然嬉しくなかった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 23

「ふふっ、何も撮らせないから」
「悪魔めぇ……!(パシャッ)」
「言ってるそばから私を撮らないの!」

 なんでやねん。




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第29話「連写は常識」

「ルーテシアさん……よろしければ一緒に帰りましょう!」

 

 放課後。俺の隣でアイちゃんが転校してきたルーテシアを誘っていた。

 でもねアイちゃん……それルーテシアちゃう。ましてや人間でもあらへん。それガリューや。

 さっき授業で召喚魔法の基礎をやっていたのだが、その際にルーテシアがカツラを被せたガリューを身代わりにして抜け出したのだ。アイツ自分の召喚獣を何だと思ってんだ。

 ルーテシアもルーテシアだが、こんな子供騙しを見破れないアイちゃんも大概だと思う。

 

「さーて、今日はどうすっかなぁ」

「行きますよ、イツキさん」

「うん。また明日~」

「行・き・ま・す・よ・?」

「……はい」

 

 最近はこの通り、アイちゃんによく連行されてしまう。お願いだから一人で帰らせてください。

 俺の首根っこを掴み、引きずりながら校門へと向かうアイちゃん。それとガリュー。寡黙を貫いてないで何かアクションを起こしてくれ。

 校門近くまで来たところで、ガリューの主であるルーテシア本人と合流した。

 

「い、イツキさん……!」

「なんじゃい」

「ルーテシアさんが二人います……!」

 

 アイちゃんの頭がとうとう壊れてしまったか。いや、文字通り筋肉だけになったのかも。

 彼女が震えながら指差した方向を見てみると、ルーテシアとカツラを被ったガリューが立っているだけだ。……ああ、なるほど。

 ルーテシアが何とかしろ、的な視線を向けてくるので口を開こうとしたら初等科組がやってきた。なんて間が悪いんだ。

 

「お待たせしました! アインハルトさん!」

「大変ですヴィヴィオさん! ルーテシアさんが二人いるんです……!」

「ちょ、ちょっと? 私が本物なんだけど?」

「……ほ、本当だ!」

「どっちが本物なのかわからないー!」

 

 このガキ共、アイちゃんが冗談を言っているとでも思ったのか悪ノリしやがった。

 さすがに我慢の限界が来たのか、少しずつ涙目になっていくルーテシア。おおっ、収穫もんだ収穫もんだ。可愛いじゃねえか。

 ルーテシアの涙目になった顔をこっそり激写していると、再びこっちを見て目で訴えてきた。

 

「………………」

 

 俺にどうしろと言うんだ。理由もなく助けるわけがないだろ。

 なんかアホらしくなってきたのでさっさと帰ろうと一歩踏み出した瞬間、ルーテシアが信じられないことを言ってきた。

 

「胸でも何でも触らせてあげるから!」

「お前らちょっとオイタが過ぎるぞ!」

 

 美少女が涙目で困っているというのに助けないなんて男らしくない。

 ガキ共が軽蔑の眼差しを向けてくるも、今の俺にはそんなものちっぽけに見えるぜ。

 ……まあ、助けたことだしとりあえず褒美をもらうとしましょうか。

 

「よーし、ではさっそく――」

「こっちに来ないで――!!」

「――ふざけんなクソッタレぇぇぇぇッ!!」

 

 なんで逃げた!? 俺は合意の上でパイタッチしようとしただけなのになぜ逃げられた!?

 ルーテシアは逃げるや否や数秒で俺の視界から姿を消した。

 まさか約束を破られるとは思いもしなかった。仕方がないので早く帰ろう。

 

「疲れた……」

 

 ちなみにこのあと、なぜかアイちゃんに説教された。叩かれなかっただけマシかな。

 

 

 

 

 

 

 

「……お前、何してるの?」

「ひゃぁぅ!?」

 

 翌日。休日ということもあって新しいカメラを買おうと街に向かっていると、近くにあった木の陰にティミルが不審者っぽく隠れていた。

 全く、小学生が一人で出歩くなんて危ないったらありゃしない。

 どうして隠れているのか聞いてみたところ、何でもヴィヴィオやアイちゃん、そしてウェズリーにはある大人モードが自分にはなく、その事をウェズリーに小馬鹿にされたことでプッツン。無謀な約束をかまして今に至るらしい。

 

「で、件のウェズリーは?」

「あちらです……」

 

 ティミルが指差した先へ視線を向けると、そこには唖然としているウェズリーとティミルを大人にしたような外見の女性がいた。

 ……いや、あれ誰よ? もしかして未来からやってきたティミルとか? だとしたらタイムマシンどこよ? 俺も乗りたいんだけど。

 

「…………」

「……あれはゴーレムです。頭から煙を出すのと連写で撮るのやめてください」

 

 いけない。つい連写してしまっていた。それにしてもゴーレムかぁ……便利なものだ。

 連写をやめて二人の様子を見ていると、ウェズリーがいきなり膝をついた。

 

「おっぱい、負けた…………」

 

 ああそうか、ウェズリーは大人モードになってもペッタンコだもんな。だが希少価値だ。

 ティミルも大人になったらあんな感じになるのだろうか。いや、なってくれ。

 あれが粘土じゃなくて人だったら良いなと思っていると、二人は遊園地に行こうとしていた。大人のデート……か?

 

「リオ×コロ……!?」

「帰るわ――」

「待ってください」

 

 寒気がしたのでその場から離脱しようとするもあっさりと捕まってしまった。

 不味い。このままだと俺までカップリングの対象にされてしまう。

 

「ここで会ったのも何かの縁。先輩には最後まで付き合ってもらいます!」

「嫌だ……って言ったら?」

「先輩の姿をしたゴーレムを作ってあることないこと言いまくります」

 

 俺に残された選択肢は一つしかなかった。

 

 

 □

 

 

「大人二枚!」

 

 遊園地の入り口まで来たのはいいが、こういうところって子供は保護者が同伴でないと入れないはずだ。ティミルはわかっているのだろうか?

 まあ、俺は姉さんほどではないが充分に長身だからいける。……子守りとかめんどくせえな。

 

「大人一枚と子供一枚で」

「畏まりましたー」

「……あっ」

 

 たった今遊園地の入り口に来ていることに気づいたティミル。

 これ俺がいなかったら今ごろティミルは門前払い食らってるぞ。確実に。

 受付のお姉さんから券を受け取り、ついでにお姉さんをこっそりと撮影する。抜かりはない。

 

「あ、ありがとうございます……」

「貸しイチな」

 

 ただで奢るほど俺は優しくない。

 

「先輩のケチッ!」

「はいはいワロスワロス」

 

 大人モードのウェズリーとティミルもどきをバレないようにつけながら軽口を叩き合う。

 どうやら最初はウォーターライドに乗るようだ。……ウォーター?

 

「おいティミル」

「はい?」

「あのゴーレム、水はいけるのか?」

「…………あ」

 

 ダメらしいな。材質が粘土だから水はどうかと思っていたがやはりダメらしいな。

 

「……俺達も乗ろうぜ」

「……はい」

 

 とりあえずウォーターライドに乗ろう。水が掛かるのは確実だが、祈るしかない。

 それにしても懐かしいな。地球の遊園地にもこういうのはあったが、乗るとなるといつ以来かわからないほど懐かしい。

 そこそこ大きいボートに乗り、それが動き出すと同時に落ちないように掴まった。

 

「……しまった! これ、よく考えたら俺達もずぶ濡れになっちまうぞ!」

「今さら何を言っているんですか!?」

 

 忘れていたのだからしょうがない。

 

「お、おう――!?」

「ひゃぁ――っ!?」

 

 ボートがブレーキしたかのように前のめりになった瞬間、発生した水しぶきが俺達を襲った。これ水しぶきじゃなくて波だろ!?

 当然、俺とティミルはずぶ濡れになってしまった。……風邪引いたらどうしよう。

 

 

 □

 

 

「最後はお化け屋敷!」

 

 あれから様々なアトラクションを回る大人ウェズリーとティミルもどきを尾行しつつ、二人と同じアトラクションを楽しんだ(?)俺とティミルはお化け屋敷に入っていく二人を陰から見つめていた。……定番だな。

 ていうか、ウェズリーはアウトドア過ぎるわ。さっきだってジェットコースターに三回も乗ってたし。俺なんか吐きかけたぞ。

 ティミルによれば水をモロに浴びたらしいティミルもどきは限界が近いらしく、粘土の部分が表面に出つつあるとか。

 二人を見失わないようすぐにお化け屋敷へ突入する。……仕様はなかなか本格的だな。まるでテレビの向こう側に来た感じだ。

 

「ティミル。とりあえず俺の右腕に引っ付くな」

 

 怖いのはわかるが引っ付かれると歩きにくい。それともこういう形でご褒美を味わえと?

 俺らの少し前を歩いている大人ウェズリーは大袈裟に怖がるふりをしてティミルもどきにくっついている。クソッ、なんて羨ましいんだ……!

 

「…………」

「ティミル、痛い。痛いから腕をつねるのと足を蹴るのやめてくれないか」

「ウボアアアアアア」

「っ……!!」

 

 ゾンビが不意討ちでティミルの背後から飛び出した瞬間、彼女は悲鳴を上げないように頑張って俺にしがみつく力を強めた。

 ……何だかんだでコイツもガキんちょだからなぁ。怖くて当然か。

 その後もホッケーマスクの殺人鬼やハロウィンマスクの殺人鬼の不意討ちでビビりまくるティミルをカメラに納めながら進んでいき、出口が見えたところで彼女がいきなり話しかけてきた。

 

「さっきから平然としてますけど、先輩は怖くないんですか……?」

「全然」

 

 ぶっちゃけ二人の姉の方がよっぽど怖い。

 

「ほら、出口はすぐそこだ。安心しろって」

「先輩は油断しすぎです……! こういう時ほど大物が待ち受けて――」

 

『ギャ――ッ!!』

 

「――いるはずなんです……!」

「今の悲鳴をスルーするか」

 

 スルースキルを磨けばお化け屋敷も何のそのになるかもしれないぞ。

 ていうか、今のはウェズリーの声だった。コイツの言う通り大物でも出たのだろうか?

 最後の曲がり角を曲がり、光が差し込む方を見てみると、

 

「あぅ~……」

 

 気絶しているらしいウェズリーが目に入った。その隣には水で溶けたティミルもどきが立っている。何あれめちゃくちゃ怖いぞ。

 

「せ、先輩っ!! ほら、やっぱり大物が出てきましたよ……!!」

「落ち着け。ありゃお前のゴーレムだ」

 

 恐怖のあまり周りが見えていないティミルは水で溶けた自分のゴーレムを幽霊として認識してしまっていた。確かに怖いけどさ。

 このあと俺とティミルは気を失っているウェズリーを引きずって遊園地から退散した。

 ちなみにその後日、ウェズリーは休んだという。ティミルもどき恐るべし。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「ティミル。とりあえず俺の右腕に引っ付くな! 関節があらぬ方向へ曲がってるからやめいだだだだだっ!!」

 しばらくの間、俺の右腕はゾンビのようになってしまった。……痛い。




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第30話「私欲まみれの大運動会(前編)」

《お待たせしました。それではこれより、St.ヒルデ学院大運動会の開催です!》

 

「やってやるぞお前ら!」

『うおおーっ!』

「緒方の援護をするついでに勝つぞ!」

『やってやるぜぇぇーっ!!』

 

 とうとう始まった初・中等科合同の大運動会。だが、俺の目的は優勝じゃない。女子の体操服姿をカメラに納めることだ。

 クラスメイト――『イツキ派』の皆も優勝そっちのけである。というかついでになっている。

 委員長率いる『委員長派』は真面目に優勝を目指している。まあ、頑張れ。

 ちなみに言っておくと対立しているだけで『イツキ派』と『委員長派』は同じクラスの連中の集まりである。

 

「まずは『短距離走』か……」

「負けませんよ、イツキさん」

 

 最初の競技である短距離走が行われるグラウンドへ行く。そこにはアイちゃんと――

 

「あっ、イツキさん!」

 

 ――初等科の高町ヴィヴィオがいた。あれ? この競技って学年対抗だっけ?

 とりあえず体操服姿のヴィヴィオをこっそりとカメラに納め、位置につく。

 

「本当は一緒に走りたかったんですけど、初等科と中等科は別々なので応援してますね!」

「ありがとうございます。ヴィヴィオさんの応援があれば百人力です」

 

 ヴィヴィオが応援すると聞いて気合いを入れるアイちゃん。仲の良いことで。

 そろそろ時間なのでスタートの構えを取る。短距離なら一瞬だな。この競技は多少の魔力を使用しても問題ないらしいし。

 両足に魔力を集束させ、いつでもロケットダッシュができるようにした。

 

「それではよーい……スタート!」

 

 パァンと火薬の音が聞こえた瞬間、俺は集束させていた魔力を噴射するイメージで暴発し、ロケットダッシュをかまして一気にゴールした。その間、わずか一秒ほどである。

 二、三秒ほど遅れてゴールしたアイちゃんをよそに、俺は走ってくる女子達をカメラに納めていく。おっ、あの子は揺れてるな。儲け儲け。

 

「……イツキさん」

「さいならっ(パシャッ)」

 

 ゾンビみたいに揺れながらお怒りのアイちゃんをカメラに納め、すぐさま逃走する。捕まったら俺の明日はない!

 こうして、俺と委員長の戦いは本当の意味で幕を開けた。

 

 

 

 

 

 ~ 競技№2 借り物競争 ~

 

「イツキさん。何も言わずについてきてください」

「えっ? 何? アイちゃん? なんか目が怖いんだけど!? ねえ、アイちゃん!?」

「…………えーっと……」

「ご本人も了承済みなので問題はありません」

「まあ、そういうことならゴールしてもいいよ。君、若いのに大変だね……」

「おい待て! 中身を見せろ! その紙にはなんて書いてあるんだ!? 頼むからぐぁっ!?」

 

 

 ~ 競技№3 チーム対抗リレー ~

 

「待てコラァァァァッ!!」

「あんたなんでそんなに速いの!? もしかして人間やめちゃってる!?」

「カメラを返せアイちゃぁぁぁぁんっ!!」

「返しません! 返したら負けてしまうので!」

「ちゃんとリレーをしなさいよあんた達!? ガリュー! あの二人を止めて!」

 

 

 ~ 競技№4 障害物競争 ~

 

「ふえぇっ!?」

「こ、コロナがびしょ濡れに!?」

「…………!!(パシャパシャパシャ!)」

「こら緒方くん! なに撮ってるの!?」

「げっ!? 委員長!」

「さあ、大人しくそのカメラを――」

「さらばだぁっ!」

「あっ! 待ちなさい!」

 

 

 ~ 競技№5 パン食い競争 ~

 

「うぅ……お腹が空いて力が出ない……」

「リオ! 頑張って!」

「ウェズリー! はい、ピース!」

「へっ? あ、はいっ!」

「……よし! 次だ次!」

「しまった! 出遅れた!?」

 

 

 

 

 

「やっと午前最後の競技か……」

 

 女子の体操服姿をわずかな休憩時間の間に激写しつつ、妨害してきた委員長とアイちゃんからとにかく逃げまくった俺は疲労のあまり自分のクラスのベンチに座り込んでいた。

 今から行われる競技は初等科による『ゴーレム棒倒し』だ。ティミルのゴライアスであっさりと終わりそうだからベストショットは難しい。

 にしても、ウェズリーが手のひらに乗せている変な生き物が気になる。人型のゴーレムを作ろうとしたらできちゃった的な感じの生き物だし。

 

「ゴライアスッ!」

 

 ほら、やる気満々で創成しちゃったよティミルの奴。アイツらのクラスは勝ち確定だな。

 巨人並みの体格を持つゴライアスは他のゴーレムの攻撃も何のそので棒に拳を入れていく。

 誰もがヴィヴィオのクラスの勝利を確信した瞬間、目を疑うような出来事が起きた。

 

「ゴライアス――ッ!?」

 

 ティミルのゴライアスをウェズリーの手のひらに乗っていた変な生き物が一撃で倒してしまったのだ。デタラメにもほどがある。

 念のためその瞬間はカメラに納めていたので何度も確認した。どう見ても手のひらサイズの生き物が頭の触角のような部位でゴライアスの懐を突いている。あの小さな体にどんだけパワーが秘められているんだよ。

 皮肉にもそれが決定打となり、ヴィヴィオのクラスは敗退したのだった。

 

 

 □

 

 

「お前ら! これが午前中の結果だ!」

『キタァァァァッ!』

 

 お昼休憩に入るや否や俺の派閥の連中に結果を現物を見せることで報告する。これで少しは士気が上がるだろう。

 ちなみにうちのクラス、得点は三位だったりする。何気に運動部のエースが集まってるからなぁ。そりゃふざけていても上位にいるわけだ。

 結果報告を終えた俺は、観に来ていたスミ姉の元へ一直線に向かった。

 

「やっはろーイツキちゃん」

「はいはい。で、昼飯は?」

「これだよ」

 

 スミ姉から弁当箱を受け取り、敷かれていたシートの上に座り込む。

 さてさて、中身は何かな? できれば鯖の味噌煮以外で頼む。

 

「おっ……スミ姉が作った弁当にしては美味しそう――じゃねえ!?」

 

 中にはマグロの頭が丸ごと入っていた。あまりにもリアルすぎて怖い。もはやホラーだこれ。

 よく見てみると、マグロの頭をメインに、マグロの目玉、骨、ヒレが入っている。

 ……よし、言いたいことはまとまった。後はスミ姉に抗議するだけだ。

 

「スミ姉!」

「ん~?」

「これ刺身が入ってないぞ!?」

「大丈夫だよ。そのままでも食えるから」

 

 確かに食えるが精神的なダメージが半端じゃない。せめて調理してほしかった。

 すぐ近くではなのはさんとテスタロッサさんが何か言い争っていたが、俺はその二人と呆気に取られていたヴィヴィオをカメラに納めることで頭がいっぱいだったので、さすがに何を言い争っているかまではわからなかった。

 さーて、もうすぐ午後の部が始まるな。今度こそポロリを頼むぞ!

 

 

 □

 

 

「負けるかぁ……!」

「こっちのセリフです……!」

 

 午後の部が始まった。最初の競技は『学年対抗綱引き』だった。

 不幸にもヴィヴィオのクラスと当たってしまい、力のある俺とウェズリーを中心に抗衡し合っている。要は互角になっているわけだ。

 それに先輩としてのプライドもあるから負けるわけにはいかないっ!

 

「諦めろクソガキぃ……!」

「諦めません……! 絶対に……!」

 

 さっきから本気で引っ張っているのに全く動かない。どうしたものか。

 

「……お?」

 

 ここで俺はある事に気づいた。なんとウェズリーの服が捲れそうになっていたのだ。つ、ついにポロリ来るか!? ポロリ来ちゃうか!?

 すぐさま綱から手を放し、ウェズリーを連写で撮る。もう少し、あともう少し……!

 

「どっせーい!!」

『うわぁ――っ!?』

「あ」

 

 馬鹿力のウェズリーに唯一対抗できる俺が手を放したことにより、彼女がありったけの力で中等科のメンバーごと綱を引いてしまった。あらら、俺のチーム負けちゃったね。

 だがしかし、本日屈指のベストショットは撮れた。こいつは儲けもんだ。

 

「……緒方くん?」

「はっ!? 邪悪な気配っ!」

 

 背後から委員長の声が聞こえたので条件反射で走り出す。捕まったらカメラがお陀仏に……!

 後ろを振り返ると、委員長だけでなく拳を握り締めたアイちゃんまで追いかけてきていた。俺が一体何をしたというんだ!?

 このあと『委員長派』の連中全員に怒りの形相で追い回されたが、教員が止めてくれたことで事なきを得た。死ぬかと思ったぜ……。

 

 

 □

 

 

「どうしてそんなに速いんですか……!」

「はっはっは! 俺が速いんじゃなくてアイちゃんがノロすぎるだけだよ!」

 

 休憩する間もなく迎えた『長距離走』にて、俺はトップを余裕で独走しながらアイちゃんを始めとする女子の走る姿を激写している。

 けど、残念ながら揺らすほどの胸を持っている女子はいない。こうなったら……

 

「君に良いことを教えてあげよう!」

「良いこと、ですか……!?」

「大人モードになるんだ! このまま無様に負けたくなかったらなぁ!」

 

 軽くアイちゃんを挑発してみたが、思惑通り彼女は豊満な胸の大人モードになってくれた。

 よしきた! そのまま走れ! 走って揺らしまくるんだ!

 ……まあ、これくらいなら教員達も許してくれるだろう。てか許して。

 

「ん?」

 

 激走するアイちゃんを連写していると、彼女は怒りに身を任せているのか俺との距離をどんどん詰めてきた。マジで追い越されるな。

 一位を取ることよりも大人モードのアイちゃんをカメラに納めることにした俺は、あと少しのところで彼女に勝ちを譲った。これまたベストショットだな。これを待っていたんだよ!

 そして二着でゴールした俺はそそくさとその場を立ち去ろうと――

 

「あとはこいつを――」

「どこへ行くんですか……?」

 

 立ち去ろうとしたら大人モードのアイちゃんに捕まってしまった。怖い、今のアイちゃん冗談抜きで怖いです。

 後ろを振り向かなくてもわかる。これガチギレしてるぞ。どうにかしないとヤバイ。

 

「アイちゃん」

「歯を食い縛ってください」

 

 必死に弁明しようとするよりも先に彼女の鉄拳を顔面に食らうはめになった。

 幸いにもカメラは守りきったから良かったものの……もしも壊れていたらどうすんだ全く。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 34

「……緒方くん?」
「はっ!? 邪悪な気配っ!」
「君にだけは言われたくないよ!?」
「失礼な! 俺ほど純粋な奴がどこにいるってんだバカヤロー!」
「バカは君だよ! 女の子ばっかり撮って!」
「なんだとこのバカ!」
「バカって言う方がバカなんだよバカ!」

 どうやら彼女とはここで決着をつける必要があるみたいだ。




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第31話「私欲まみれの大運動会(後編)」

「…………これは何の陰謀だ」

 

 第九種目の玉投げでウェズリーが足を挫くというハプニングが発生したものの無事に終わり、いよいよ本日最大の目玉競技、二人三脚が始まろうとしていた。

 初等科とは合同で、アイちゃんはヴィヴィオとペアを組んでいる。ティミルも当初はウェズリーと組む予定だったらしいが、そのウェズリーが足を負傷したので棄権せざるを得なかったとか。

 そんで俺はクラスメイトを影武者に仕立てて撮影に回るつもりだったが……

 

「言ったでしょ? 撮らせないって」

 

 委員長に捕まってしまい、無理やりペアを組まされてしまったのだ。普通なら万歳してでも喜ぶところだが、今回は目的が目的なので喜べない。

 やむを得ずバンドで委員長と足を繋ぎ、グラウンドにあるスタートラインへ向かう。

 ……視線が痛い。主に俺の派閥の連中の視線が果てしなく痛いです。

 軽やかにその場で駆け足の練習をしてみるも、恐ろしいほど息が合わなかった。

 

「お前わざとズラシてるだろ!?」

「それはこっちのセリフだよ! こんなときぐらいちゃんとしてよ!」

「してるわボケ! テメエがちゃんとしろよ!」

「そのセリフ、伸しつけて返すよ!」

 

「「…………!!(ガンのくれ合い)」」

 

「あちらは随分と賑やかですね……」

「多分違うかと……」

 

 ヴィヴィオとアイちゃんがなんか言っているが気にしない。

 スタートラインに付き、もう一度駆け足の練習をしてみたがやっぱり息が合わない。

 

「いい加減にしろよお前!?」

「緒方くんこそ、いい加減他の女の子をジロジロ見るのやめてよ!」

「女子を見て何が悪い! 見ない奴なんて同性愛者だろうが!」

「偏見なうえにこの上なく最低だ!?」

「なら俺を今すぐ解放しろ!」

「ダメに決まってるでしょ!?」

 

「「…………!!(メンチの切り合い)」」

 

「やはりあちらは賑やかですね……」

「絶対に違うと思います……」

 

 またしてもヴィヴィオとアイちゃんがなんか言っているがこれも気にしない。

 全員の準備が整ったのか、教員は黒いピストルが握られた手をゆっくりと天に持ち上げ――

 

 

 パァンッ!

 

 

 銃声が響き渡る。

 それがスタートの合図だとわかった瞬間、俺らを始めとする参加者は一斉に走り出した。

 確かコースは校舎全域だった気がする。グラウンドだけならまだしも、これは辛い。

 しかも各所に障害物があるとのことだ。障害物競争やった意味なくね?

 

「遅えんだよバカ!」

「緒方くんが速すぎるんだよバカ!」

 

 そんな会話とは裏腹に、さっきのゴタゴタが嘘のようにリズムはピッタリ合っている。

 校舎へ続く道を一直線に走っていたが、

 

「曲がるぞ」

 

 なんか嫌な予感がしたので方向転換して直角に折れ曲がる。委員長が耳元で文句を言ってくるがそれどころじゃない。

 もう一度方向転換してゴールへとコースを取り直した瞬間、後ろから悲鳴と何かがハマったような不可思議な音が響き渡った。

 何かと思って立ち止まり、振り返ってみると何もなかったグラウンドにぽっかりと大きな穴が開いている。

 ……え? 落とし穴?

 

「いつの間に掘ったの!?」

 

 それは俺も気になるところだが……まず委員長が取り乱しているのでその姿をカメラに納める。

 教員の後出し説明によると、穴に落ちた人は失格になるとのことだ。

 スリルがあるのは面白いが、ヴィヴィオとアイちゃんのペアが驚異的なスピードとコンビネーションで追い上げてきたのでひとまず二人を振り切ることに集中しよう。

 

「走れ委員長! 俺はさっさとゴールして女子の体操服姿を撮りたいんだ!」

「穴に落ちたらどうするのさ!?」

「俺の言う通りにすれば絶対に落ちねえ!」

「不安だよ~!」

 

 委員長を引きずるようにグラウンドを駆け抜け、トップで校舎内へ進入する。

 所々にある矢印に沿って走っていると、中等科の教室にたどり着いた。

 教室内には机がいくつか置かれており、その上にある一枚の用紙が目に入った。

 ……まさか。

 

「あ、これ小テストだね」

「委員長、後は任せた!」

「何さらっと逃げようとしてるの!?」

 

 嫌だ! せっかくの運動会なのに小テストをするなんて嫌だ! 俺はただ女子の体操服姿を撮りたいだけのに勉強するなんて嫌だ!

 俺が混乱している間にも、委員長はスラスラと問題を解いていく。どうやら一人で半分は解かないといけないようだ。

 

「ほら、後は小学生レベルの問題だから頑張って!」

 

 渡された用紙に目をやると、中学生レベルの問題が全て解かれていた。委員長スゲえ……。

 少しやる気が出た俺はすかさずペンを持ち、最初の問題を書こうとしたときだった。

 

「終わりました。先を急ぎましょう」

「はいっ!」

 

 聞き覚えのある声がした方を振り向くと、こんなの余裕だと言わんばかりに小テストをあっという間に解き終えたヴィヴィオとアイちゃんのペアがいた。いつの間に追いついたんだ?

 

「あっ、お先に失礼しますっ!」

 

 ヴィヴィオは俺達に礼儀正しく挨拶すると、アイちゃんと共に教室を出ていった。

 ……上等だクソッタレ。こうなったら男の意地ってやつを見せてやる!

 そうと決まればさっさと解いちまおう。小学生レベルならいくら俺でも――

 

 

 次の問題に答えなさい。

『古代ベルカ式と近代ベルカ式の違いを一つでもいいから挙げなさい』

 

 

 わかるかそんなの。

 

 

 □

 

 

 かなり順位が落ちてしまったものの、委員長の懸命な助言もあってどうにか小テストをやり終えた俺と委員長のペアは、ようやく第三の障害に差し掛かっていた。

 どうやらお次は借り物競争のようだ。こいつは運が重視されるな……。

 委員長が教員に差し出された数枚のカードから一枚のカードを引く。

 そしてカードを引っくり返すと、お題であろうメッセージが書かれていた。

 

 

『お互いの好きな人』

 

 

「「…………」」

 

 新手の公開処刑だろ、これ。何でもこっちの様子はモニターで観客に知られてるらしいし。

 委員長も言葉の意味を理解したのか、かつてないほど顔を真っ赤にしている。あら可愛い。

 何にせよ、これでリタイアできるぞ。さすがの委員長もこれを真面目にやるほど――

 

「……そ、それならここにいます! 本人も了承済みなので!」

「お、そうかい? なら先に進んでいいよ」

 

 どんだけ優勝したいんだお前。そこまで本気だとは思わなかったぞ。

 まあ、クリアしてしまったものは仕方がない。言われた通り先に進みますか。

 

「見つけました」

「は?」

 

 一歩踏み出すと同時に腕を掴まれたので誰かと思って振り向くと、片手にカードを持ったアイちゃんとヴィヴィオのペアが立っていた。

 ていうか、今見つけたって言ったよな?

 ヴィヴィオは困惑しているが、アイちゃんは至って冷静である。

 

「この人がそうです」

「あ、アインハルトさんがそう言うのなら……」

「…………ま、まあ合格でいいよ」

 

 どうやら俺はこの二人の借り物のお題にされたらしい。助け船を出してしまったか。

 お題が何だったのか確かめるためにアイちゃんが持っていたカードを覗き込む。

 

 

『大人の女性にちゃん付けで呼ばれる男子』

 

 

「殺すぞキサマァ!?」

 

 思わずアイちゃんにブチギレた俺は絶対に悪くない。俺だって男なのに……!

 

「落ち着いてくださいイツキさん! いくら事実だからって怒るのは良くないです!」

「おどれもブチのめしたろか!?」

「ひぃっ!?」

「下級生に手を出しちゃダメだよ! 何かあったのかは知らないけどほんとに落ち着いて!」

 

 ヴィヴィオと委員長に制止されること十五分、俺はようやく落ち着きを取り戻した。

 

 

 □

 

 

「もうすぐで終わりだね……」

「だな……俺もう疲れたよ……」

 

 あれから俺と委員長は様々な障害を切り抜け、五体満足でグラウンドへ舞い戻ってきた。

 改造された体育館とか、お化け屋敷の迷路とか、金魚すくいとか、皿回しとか、ゴーレム討伐とか、それはもう大変だったぜ。

 特にゴーレム討伐。ティミルのゴライアスだけならまだしも、ウェズリーの作った変な生き物が大量に現れたときはガチでトラウマになるかと思った。お願いだから夢にだけは出てくんな。

 ここまで来たからには走りきろう。何でも俺達がトップらしいし。

 

「優勝したらなんかあるんだっけ?」

「賞品があるって聞いたけど――」

「あっ! いました!」

 

 もう声と足音だけで判別できる。やはりと言うべきか、ヴィヴィオとアイちゃんのオッドアイペアが猛追を掛けてきていた。

 俺と委員長もできるだけ全力で走るが、相手は覇王の子孫と高町なのはの娘。そう簡単には突き放せず、逆に距離が縮まっていく。

 気づけばゴールテープがすぐそこまで近づいていた。あそこを突っ切ればゴールだ。

 

「あと少し……ッ!」

 

 すぐ隣で声がしたかと思えば、オッドアイペアが俺達と並走していた。

 ちくしょうが、ここまで来たってのに負けてたまるかぁ……!

 

「もっとスピード出せ委員長! 追いつかれちまったぞ!」

「これが限界だよ……!」

 

 相方の委員長はとっくに体力が尽きていたらしく、息切れを起こしている。

 もうこうなってしまえば結果など見えている。勝利を確信したのか、ヴィヴィオとアイちゃんが一気に前へと躍り出た。

 それでも気合いで二人と並んだ瞬間、

 

 

 バコォォォォォ!

 

 

 という聞き覚えのある音が足元から聞こえてきたと同時に、俺の視界が茶色一色に染まった。

 思いっきり叩きつけられるように尻餅をつき、痛みで顔を歪めてしまう。

 何が起こったのか確かめるべく周りを見渡すと、上から落っこちたような状態のアイちゃんとヴィヴィオが目を回していた。俺の隣では委員長が砂煙で咳を拗らせている。

 

 ――どう見ても落とし穴です。本当にありがとうございました。

 

「最後の最後で落ちるなんて……」

 

 呆れるように呟く委員長。

 

「あー……嫌な予感はあったかも」

 

 ふと思い出したように呟く俺。ヴィヴィオとアイちゃんを追い越すのに夢中で忘れていたよ。

 俺の呟きを聞いた委員長は恨めしそうに睨んできた。これは酷いや。

 

「……なんで避けなかったの?」

「少し歩いたら忘れてた」

「君は鳥頭か何かなの!?」

「おい待て怒鳴られる覚えはねえぞゴラァ! 大体テメエがスタミナ切らしてなければ普通に勝てたんだよ!」

「うっ……それは否定しないけど、忘れる前にかわしてほしかったよ!」

「忘れてたんだから無理に決まってんだろ! 無茶言うなアホンダラ!」

「バカにアホって言われたくないよ……!」

「なんだとこの……!」

 

「うぅ……なんで落とし穴があるの~……?」

「少し静かにしてもらえると助かります……」

 

 言い争いから取っ組み合いへ発展させていく俺と委員長をよそに、ヴィヴィオとアイちゃんはくたくたになっていた。お疲れさん。

 競技が終わってから数分後、俺達は救出されたが俺と委員長の言い争いと取っ組み合いはさらに数十分ほど繰り広げられた。

 そして、優勝したのは全く知らないクラスであった。ちなみに俺のクラスは二位で、初等科限定ではヴィヴィオのクラスが一位だった。

 ……ま、ベストショットは撮れたから俺個人だと大勝利だったけどな!

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 10

「言ったでしょ? 撮らせないって」
「やはり悪魔か……!(パシャッ)」
「本当に人の話を聞かないよね、君」

 はっはっは、何のことやら。




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第32話「委員長とシスター」

『高町さんの体操服姿を一枚!』

『なら俺はアルピーノさんを!』

『私はウェズリーちゃんを!』

 

 大運動会を終えてから二日後。教壇で運動会中に撮った写真を売り飛ばすイツキさんを見て思わず頭を抱えてしまった。

 委員長――ユミナ・アンクレイヴさんも諦めたと言わんばかりに机に突っ伏している。

 それにしても……委員長とイツキさんは仲が良いのでしょうか? 二人三脚のときも言い争っていたのにお互いの息は合っていたし、何より対立してたときの委員長は楽しそうでした。

 

「……よし」

 

 こういうのは本人に聞いてみるのが一番だ。そう思った私は教壇で商売(?)をしているイツキさんの元へ向かった。

 ……改めて見るといろんな写真がありますね。よく見たら私やコロナさんの写真、それにいつ撮ったのかわからないものまであります。

 

「イツキさん」

「どったのアイちゃん。ヴィヴィオの写真でも欲しくなった?」

「一枚ください――じゃなくてですね」

 

 危ない。誘惑に釣られかけてしまった。

 

「じゃあ何? 商売の邪魔なんだけど」

 

 今すぐその商売を止めるべきだと思った私は絶対に悪くない。

 それでもどうにか堪え、頭の中で考えていたことを口に出す。

 

「――イツキさんは委員長のことをどう思っていますか?」

「え」

「あ、アインハルトさん!?」

 

 委員長が顔を赤くしながら大声を上げるも、私は構わずイツキさんの答えを待つ。

 周囲からクラスメイトの殺気が少しずつ漏れ始める。私がここにいなかったら今ごろ彼は袋叩きに遭っているだろう。

 そのイツキさんは珍しくほんのりと頬を赤くして固まっていたが、ハッと我に返ると素早く首を振ってこう答えた。

 

「美少女は皆好きだ」

 

 殴りたいという衝動を必死に抑え、次は何を聞こうかと考える。

 とはいえ、これは脈というものがあるのかもしれない。あのイツキさんが赤面するほど動揺した。明らかに委員長を意識しているのは確かだ。

 

「…………次の質問です」

「え、何? 何この事情聴取?」

 

 事情聴取ではありません。何てことのない普通の質問です。

 

「――委員長とはいつ頃からお付き合いしているんですか?」

「さらばだぁっ!」

『あっ、待てこら!』

『反逆者の緒方が逃げたぞ!』

『ブチ殺せぇーっ!』

『おうどん食わせろぉーっ!』

 

 私の一言を引き金にクラスメイトの大半が暴走。命の危機を感じたイツキさんも全力疾走で教室から出ていく。

 教室には私と委員長、それから少数の女子だけが残った。

 

「アインハルトさんっ!」

「は、はいっ」

 

 委員長が顔を赤くしながら怒鳴ってきたので思わずたじろいでしまう。

 何がいけなかったのだろうか? ちょっと質問しただけだったのに……

 

「私と緒方くんはそういう関係じゃないよっ!」

「知ってます」

「じゃあなんであんな質問したの!?」

 

 赤面した委員長によると、私の質問の仕方がいけなかったらしい。なんでもあの聞き方だと、イツキさんと委員長がすでにお付き合いしているということになってしまうとか。

 それを理解した私は少し申し訳ない気持ちになった。まさかそんな誤解を生んでいたとは……慣れないことはするものじゃありませんね。

 

「ごめんなさい……」

「わかってくれたならいいよ……それにしても、アインハルトさんがあんな質問をするなんて珍しいね。何かあったの?」

「あ、いえ……彼とあなたの関係が気になったものでつい……」

「…………『つい』で片付けられるのはちょっと心外だな~」

「でもイツキさん、委員長の写真だけは売ってなかったみたいですよ?」

「え」

 

 これは本当だ。さっき彼が並べていた写真の中に委員長のものはなかったのだから。

 委員長は再び顔を赤くしながらあたふたし始める。なんというか、可愛らしい。

 しかし、一分も経たないうちに何を思ったのか頭を抱え込んでしまった。

 

「…………」

「あ、あの……」

 

 これでもかと赤面しながら何か呟いているようだが、声が小さくてなかなか聞き取れない。

 もう少し集中して耳を澄ませると、やっと聞き取れる程度の声が耳に入ってきた。

 

「ど、どうしよう……いきなり過ぎてまだ心の準備ができてない……。そういう関係になるのはまだ早すぎるよ……。でも、もし本当にそうだとしたら私の人生はどうなるの……!?」

 

 本当に何を呟いているのだろうか。彼女にとっては深刻なことなのでしょうが、私にはよくわかりません。

 

「い、委員長……?」

「いくらなんでも嫁入りは早すぎる……。この年で緒方ユミナになるのはさすがにアウト――」

「落ち着いてくださいっ!」

「はっ!?」

 

 このままだと委員長が精神的に参ってしまうと思い、失礼ながら怒鳴らせてもらった。

 正気を取り戻した委員長は、咳払いをすると私をじっと見つめる。

 何と言いますか、少し恥ずかしいですね……。

 

「私のことはユミナでいいよ!」

「わかりました。ユミナさん」

 

 よかった。いつものしっかりとしたユミナさんに戻ってくれました。

 ……とはいえ、ユミナさんもイツキさんには苦労させられているんですね。

 

 

 □

 

 

「どうもでーす」

「げっ! イツキ!」

 

 放課後。暴徒達を撃退した俺はヴィヴィオの誘いで聖王教会を訪れた。

 そんでシャンテ・アピニオンとバッタリ遭遇したというわけだ。この人は姉さんに対してトラウマを持っている。その姉さんの弟である俺を見て苦々しい顔をするのも当然かな。

 とはいえ、この場合は俺に姉さんの面影を被せているだけなので大きな支障はないだろう。

 

「…………(キョロキョロ)」

「姉さんはいないから安心してください」

「安心できるかっ!」

 

 慌てふためきながら辺りをキョロキョロ見渡す彼女をカメラに納め、どうすればアピニオンさんが落ち着いてくれるか考える。

 んー……要は姉さんがいないとわからせたらいいんだ。少し強引だがやってみるか。

 けどその前にトラウマがどれほどのものか確かめておこう。

 

「アピニオンさん」

「何!?」

「どんだけ姉さんが苦手なんですか」

「苦手とかそんなショボいレベルじゃないよ! あの人がいるだけであたしの人生の大半がサンドバッグになってしまうんだからっ!」

 

 教えてくれ姉さん。あんたはアピニオンさんに何をしたんだ。

 

「なんか……うちの姉がいつも迷惑を掛けているようですいません」

「うぅ……なんで姉と弟でこんなに違うの?」

 

 涙目で嘆くように口を開いたアピニオンさんには悪いがそれだけは答えられない。

 てか、そんなの俺が知りたいくらいだ。俺だって昔は姉さん達みたいにひねくれていたし。

 せっかくなので彼女に俺と姉さんの家系についてほんの少しだけ話すことにした。

 

「うちの母、元ヤンなんですよ」

「なんでだろう……その一言で大体わかっちゃった気がする」

 

 要は遺伝である。スミ姉と姉さんはあのババアの気質をモロに受け継いでしまったのだ。

 俺も当初は同じ気質を持っていたが、いつの間にか美少女大好きの健全な少年となっていた。元々ヤンキーにはそれほど興味がないので、別に戻りたいとは思わない。

 まあ、家系について話したところで姉さんへのトラウマを克服できるわけじゃないんだけど。

 

「じゃあ、あんたはお父さん似?」

「違いますね」

 

 うちの家系から見れば、俺は間違いなく後天的な突然変異だろう。

 

「……で、それがあたしのトラウマとなんの関係があるわけ?」

「特にありませんよ。ただの気まぐれです」

 

 この程度で克服できるものをトラウマとは呼ばないだろう。

 アピニオンさんはちょっぴり期待していたらしく、げんなりと肩を落とした。しかも未だに落ち着いていないらしく、辺りをキョロキョロと見渡すのをやめようとしない。

 

「ここからが本題です。アピニオンさん」

「何? いつあの人が来るかわからないのにあんたの無駄話を聞いてる暇なんて――」

「本当に姉さんを呼びますよ?」

「落ち着いたっ! 落ち着いたからそれだけはやめて! お願いだからやめて!」

 

 わかってくれたようで何よりだ。

 

「ほ、本題って何?」

「何もないです」

「……へ?」

「あんたを落ち着かせるための措置ですよ」

 

 本題の内容なんて全く考えていない。というか、よくこれで日常生活に支障が出ないものだ。前言を撤回する必要があるかもしれない。

 恨めしそうにアピニオンさんが睨んでくるが、俺はそれもカメラに納めた。

 

「いつもありがとうございます」

「そんなことでお礼を言われても嬉しくないよ」

「次はあの下乳――バリアジャケットでお願いします!」

「今あんた、下乳って言わなかった!?」

 

 あのバリアジャケットはヤバかった。初めて見たときには驚愕と感動のあまりに噴水のような鼻血を出してしまったほどだ。

 なんせ生の下乳をこの目で見ることができたんだからな。

 虫けらを見るような視線を向けてくるアピニオンさんをよそに、俺はヴィヴィオが迎えに来るまで当時の光景を思い出し続けるのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 40

「今あんた、下乳って言わにゃかった!?」
「…………」
「…………」
「……セラ」
〈はい〉
「……録画、したな?」
〈バッチリと〉
「……再生――」
「やめてぇ――っ!! あんたやっぱりサツキさんの弟だよ――!!」

 とまあ、涙目で叫ぶアピニオンさんが最高に可愛かった。




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第33話「猫型デバイスとか最高かよ」

「……今なんつった?」

「アインハルトのスパー相手をしてほしいんだよ。お前、どうせ暇だろ?」

「いや、暇だけどさ……そういうのは公式試合に出場したことのある奴にさせろよ。素人の俺がアイツとスパーやっても意味なんかねえし」

「あたしもそのつもりだったんだがな……」

「何かアクシデントでも?」

「アクシデントってほどのもんじゃねーが、ちょっとミカヤちゃんの方に用が入っちまってな」

「シェベルさんがアイちゃんのスパー相手やってたのか?」

「まあな。とにかく、その日は頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

「――てなわけで、俺が今日のスパー相手となった緒方イツキだ」

「あ、これはどうもご丁寧に。アインハルト・ストラトスです」

 

 まるで初対面であるかのような挨拶だが、俺とアイちゃんはクラスメイトです。

 ノーヴェに彼女のスパー相手を頼まれた俺は、スミ姉が用意してくれた山の広野でアイちゃんと正面から向かい合っている。そのアイちゃんはボインの大人モードへと変身している。なんつーか、気合い入ってるな。

 具体的に何をすればいいかはノーヴェから大体聞いているから大丈夫だ。

 

「まず始めに聞いておく。確か格闘型は斬撃と相性が悪いんだっけ?」

「はい」

「そっかそっか」

 

 アイちゃんは接近戦型である。しかも武器を使用しない徒手格闘型。素手で武器とやり合うのはそう簡単なことじゃない。

 ま、ちゃんとした斬撃対策はシェベルさんとのスパーでいくらでもどうにかなるだろう。となれば、素人の俺が教えられるのはイレギュラーの対処法ぐらいだ。

 要は型にはまらない変則型や我流のスタイルで戦う選手への対策やね。例えるなら姉さんのような喧嘩馬鹿とか、トライベッカさんのような砲撃馬鹿とか、ジークさんのような総合型とか。

 

「んじゃ、とりあえず小手調べな」

「小手調べ――え? 小手調べ?」

 

 周囲に無数の魔力弾を生成し、目が点になっているアイちゃんへ遠慮なく弾幕をそれぞれ違うタイミングで撃ち込んでいく。

 彼女がそれなりに強いのは知っている。けど詳しくは知らない。だからこうして知っておく必要は少なからずある。

 

「っ! これは――!」

 

 おっ、もう気づいたか。さすがアイちゃんと褒めてやりたいところだ。

 今アイちゃんにやっているのはアウトレンジシューターのスタイル。しかし、相手の踏み込みを完全に潰そうと徹底的に突き放す生粋のシューターがやるものではない。できるだけ再現したそれにちょっと誘導弾を加えた俺のアレンジだ。

 当のアイちゃんは魔力弾を壊さずに受け止める、上手くかわすの二択で次々と弾幕を回避していく。スゲえな、冷静そのものじゃん。

 

「っ……こんなものでしょうか」

 

 全ての弾幕を回避したアイちゃんは少し息を切らしながらも涼しい顔をしている。

 ……なるほど。これならアウトレンジシューターは攻略できるな。

 

「お疲れさん。んじゃ、さっそく練習を始めるか」

「今のが練習じゃないんですか?」

「そんなわけねえじゃん」

 

 あの程度の練習なら俺じゃなくてもできる。それこそ実力派の人に頼めばいい。

 

「セラ、いけるか?」

〈いつでも〉

 

 愛機のセラを腕輪から鉈へと変形させ、手に合うか確かめるため軽く振り回す。

 アイちゃんは……構えたな。よしよし、準備が早くて何よりや。

 まずは軽く居合い以外の斬撃対策だ。何も斬撃ってのは居合いだけじゃない。

 

「いいか? 俺が今から鉈を振り回すから、君はそれをひたすら避けろ。防御しても掠ってもアウトだ。防御ってのはどうしても避けられないときに使うもんだからな」

「はぁ……なるほど。イツキさんの指導にしてはまともですね」

「ちなみに反撃はありだぞ。できるもんならな」

「…………少し頭にきました」

 

 一言余計だったので軽く挑発したのだが、やっぱり効果あったか。ていうか、乗せられやすいにも程があんだろ。

 攻撃をかわせるのにわざわざそういう技術を使って防ぐ奴の気が知れる。俺ならそれは秘策として取っておく。

 

「よーし――いくぞ」

「っ!?」

 

 歩法と似たやり方でアイちゃんとの間合いを詰め、首筋目掛けて鉈を振るう。

 一瞬で間合いを詰められたことに驚いたのか、反応し遅れたもののギリギリ屈んでこの一閃を回避した。チッ、危ねえな。

 次に振り切った腕をすぐに振り上げ、アイちゃんの脳天目掛けて振り下ろす。

 彼女は自分を一刀両断にしようと迫り来る刃を受け止めようと白刃取りの構えを見せたが、俺の言ったことを思い出したのかこれまたギリギリで横へ転がるように回避した。

 

「っらぁ!」

 

 地面に突き刺さった鉈をなぞるように振るい、アイちゃんの下顎目掛けて振りかざす。

 体勢を整えていたアイちゃんは上体を反らしてかわすも――鉈の先端が彼女の下顎を掠った。

 それにより体勢を崩し、あっさりと尻餅をついた。ヤベェ、カメラに納めたい。

 

「はいアウト」

「………………くっ」

 

 なんでそんなに悔しそうなのお前。

 

「ほらほら、休んでる暇はないぞ」

 

 最初の練習でくたばられても困る。このあとこれに体術を加えたパターンや他の武器への対処もやってもらうんだから。

 というか、なんでアイちゃんは俺にだけは負けたくなかった的な視線を向けているの? ついでに小馬鹿にされている気もしてならない。

 

「言われなくても、わかってます……!」

 

 怒気を含んだ声でそう言いながら立ち上がるアイちゃん。……だからなぜ怒る。

 まっ、そうこなくちゃ俺が困るんだよ。練習はまだ始まったばかりだし。

 

 

 □

 

 

「うしっ、こんなもんか」

「…………」

 

 あれから様々な練習をアイちゃんにさせた俺はちょっとスッキリしていた。

 そして、そんな俺のすぐそばには屍のようにくたばったアイちゃんがいる。どっかの某龍球で見たことのある倒れ方だな。

 鉈を始め、斧、弓、槍、手裏剣、短剣など様々な刃の対策をやらせた他、それに体術を組み込んだスタイルや我流のスタイルの対策も実行した。

 

「おーい、生きてるか?」

「…………」

 

 返事がない。まるで屍のようだ。

 

 てかこれ……もしかするとパイタッチできちゃうパターン? 今のアイちゃん、大人モードだし。揉んだらさぞかし柔らかいんだろうなぁ。

 ……よし、触るか。触るなら今しかない。起きる前にパイタッチを――

 

「にゃぁっ!」

 

 ――しようとしたらいつの間にか現れた小さな猫(?)が俺の指に噛みついてきた。

 ていうか何この子。贔屓目なしでめっちゃ可愛いんだけど。

 

「おーコラコラ。イタズラはダメだよー」

「にゃっ!?」

 

 噛む力が意外と弱かったこともあり、簡単に引き剥がすことができた。

 いつもなら怒っているところだが、さすがに小動物相手にマジになるほど俺は酷じゃない。

 さてと、にゃんこを頭に乗せたところでもう一度アイちゃんの――

 

「にゃぁっ!」

 

 ええいまたかっ!

 

「コラコラ、イタズラはダメだって親か飼い主に教わらなかったのか?」

「にゃぁーっ!?」

 

 すぐに引き剥がし、再び頭に乗せる。とりあえず可愛いから許す。

 とはいえ、邪魔であることに変わりはないからどうにかしないと。

 にゃんこを頭に軽く押さえつけ、今度こそアイちゃんの――

 

「何をしようとしているんですか」

 

 あらやだ、アイちゃんもう起きていたのね。にゃんこのせいで気づかなかったよ。

 仕方がない。正面突破に切り替えよう。しかも元の姿に戻ってるし。

 

「何ってタッチだよ」

「遠慮しておきます」

 

 チッ。

 

「私のティオを返してください」

「ん? この子の名前、ディオって言うのか」

「ディオじゃありません、ティオです」

 

 なんだ、てっきり某人間をやめた吸血鬼の名前と同じかと思ったぞ。

 まあ、こんな可愛い子に奇声を出させるのはあれだよな。アウトだよな。

 

「ティオは何歳かな?」

「……勘違いしているところ悪いのですが、ティオは私のデバイスです」

 

 マジかよ。ヴィヴィオの白ウサギと同タイプじゃねえか。……あれの名前なんだっけ。

 

「にゃっ!」

「んー? どしたティオちゃんよ」

 

 ティオが俺の頭を可愛らしくペチペチと叩いてくるんだけど。

 アイちゃんからは嫉妬の眼差しを向けられているが、それだけなので気にしない。

 それにしても可愛いなぁ。せめてお持ち帰りできないだろうか。

 

「アイちゃん。この猫ちゃんを俺にくれ」

「歯を食いしばってください。それとティオは猫ではなく雪原豹です」

 

 断りの返事を入れるところでどうして殴ります宣言なのか。

 てか、ティオは猫じゃなくて豹だったのね。どうりで模様が……いや、どっちにしても猫か。

 

「いいのかい? そんなことしたらティオちゃんに当たっちまうよ?」

「ぐっ……!」

 

 ちょっとニヤニヤしながら、未だ俺の頭に乗っているティオをアイちゃんに見せる。

 さすがの彼女も自分の愛機に拳を入れるのは厳しいようで、渋々ながらも悔しそうに振り上げていた拳を下ろした。

 

「可愛いご主人様だなぁ~」

「にゃぁっ!」

「同調しなくていいですっ!!」

 

 その後もティオとのんびり戯れていたが、そのせいで涙目となったアイちゃんが可愛す――もとい、可哀想だったので返してあげた。

 ……生まれて初めて、犬より猫が好きで良かったと思ったぜ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 19

 マジかよ。ヴィヴィオのデバイスと同じタイプじゃねえか。……あれの名前なんだっけ。とりあえずクリスタルまでは思い出したけど……

「うーん……」

 なんだっけなぁ……クリスタルにレイクを付け足せばいいのか?

「…………バカですね」

 失礼な。




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番外編「バレンタインデー」

 ふとネタが浮かんできたので即執筆。久々にスラスラと書けました。


「寒いなぁこんちくしょう……!」

 

 2月14日。いつもギリギリか寝坊の俺は珍しく早起きし、スミ姉よりも早く家を出て猛ダッシュで学校に向かっていた。

 今日は特別な日だ。俺だけじゃなく、性別がある全ての生き物にとっても特別といえる。

 この日を迎えるとどんなに大人しい性格の奴も気分がハイになる。実際、俺が前に通っていた学校の生徒も半数以上が暴徒と化していた。

 十分も経たないうちに学校へ到着し、脇目も振らずに走り続ける。

 

「頼むからいてくれよ……!」

 

 必死に祈りながら廊下を走ること二分。見慣れた自分の教室が見えたのでブレーキを掛けて立ち止まり、教室内へ駆け込む。

 そして首をキョロキョロと動かして辺りを見回し、目的の人物を発見した。

 綺麗な黒のロングヘアーに青い瞳。わりと地味な特徴だが素材が非常に良いため、外見は相応の人気を誇る美少女になっている。

 彼女は俺の存在に気づくと読んでいた本をパタリと閉じ、微笑みながら口を開いた。

 

「おはよ――」

 

 バンッ! と机を叩いて壊し、少女の身体がビクッとしたうえに挨拶の言葉を遮ってしまう。マジで済まん。しかしこっちは時間がないのだ。

 三回ほど深呼吸をし、腹を括った俺は何事だと怯えるようにこちらを見る彼女へ一言。

 

 

「チョコレートくれぇぇぇぇぇ!!」

 

「まずは机を直してぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 そう、今日はバレンタインデーだ。

 

 

 

「聞いてよハルえもん。愛しの彼女がチョコをくれないどころか俺の頬が真っ赤になるまでビンタしやがったんだ。何がいけなかったのかな?」

「何がいけない、と言われましても…………その前に変なあだ名で呼ぶのはやめてください。というかそろそろ私の名前を覚えてください」

 

 今朝、委員長ことユミナ・アンクレイヴにチョコレートをもらおうと頭を下げたものの、何故か怒りを買って見事に玉砕してしまった俺はハルえもんことアイちゃんに相談していた。

 碧銀の髪と右目が紫、左目が青の虹彩異色(オッドアイ)が特徴的な美少女。見た目だけなら完璧に中二病だが、残念なことに彼女はクールと世間知らずに天然が混ざった属性の宝庫だ。

 もう一度言うが今日はバレンタインデー。女子が好きな男子にチョコを渡す、もしくは男子が好きな女子にチョコをたかる特別な記念日だ。

 たかがチョコで騒いでんじゃねえ、とか思ってる奴らは少なからずいるだろうが、俺は騒ぐ派だ。女子にモテるのは良いことだし。

 

「まずユミナさんの机を壊した時点でダメかと」

「ちょっと力んだだけだ」

 

 まさかあんな簡単に壊れるとは思わなかったんだよ。何度か机を壊したことはあるけど、それでも簡単には壊れなかったぞ。

 手作り弁当のおかずであるコロッケを頬張り、モグモグと確かめるように味わう。チッ、味が薄い。もう少し念を押せば良かったな。

 そういやスミ姉や姉さんはモテるのだろうか。あの二人は目付きが悪いだけでブスではないから物好きくらいには好かれてそうだ。

 ただ、姉さんは確実にもらえるだろうな。それも本命を二つ。スミ姉は交友関係がふわふわなのでまずそこから洗う必要がある。だから論外。

 

「次にストレート過ぎます。さすがの私でもあれはないです」

「回りくどいのより直球な方が良いじゃん?」

「否定はしませんが、限度があります」

 

 何かを伝えることに限界はない。俺はそう思っている。下手に回りくどいやり方をした結果、向こうが誤解してしまうよりかはマシだ。そういうのってよく不吉なフラグが立つし。

 それにしても……カメラを忘れてしまうなんて不覚だわ。チョコがほしくて早く来た結果がこれだよ。次からは予備を学校に置いておこうかな?

 

「最後に、お二人はそういう関係なんですか?」

「いや、まだ違うけど」

「つまりはそういうことです」

「どういうことなの」

 

 アイツとはまだ恋人でもなんでもないが、周りからは最近それっぽいと誤解を受けている。ちやほやされるってあんな感じなんだな。

 ……ちょっと待とうか、俺よ。これじゃ一方的に情報提供してるみたいで不公平じゃねえか。アイちゃんからもいくらか聞き出そう。

 何せせっかくのバレンタインだしな。コイツや他の奴らの、その手の事情を知るのもありだろう。ていうか普通に知りたい。

 

「ところでお前は誰に渡すの?」

「渡すこと前提ですか……」

「そりゃそうだろ」

 

 アイちゃんの本命候補となれば指で数えられる程度しかいない。それこそ後輩の金髪オッドアイとロリ魔女とクラス委員長の三人ぐらいだ。

 あ、でも女子が同性の友達とチョコを交換する友チョコってのがあるしなぁ。案外それだけで終わってしまう可能性もある。

 俺的にはおもしろくない終わり方だが、今回は俺ももらえる側になるつもりなので他を笑える余裕はない。むしろ笑われる側だ。

 

「で、誰に渡すの?」

「教えません」

「本命ありと受け取った」

「…………はっ!?」

 

 しくじったと言わんばかりに両手で口を隠し、頬を赤らめるアイちゃん。その様子だと本当にいるんだな。わかりやすくて助かる。

 そうこうしてる間に弁当を完食し、まだ時間があることを確認して教室から出る。アイちゃんは置いてきた。足手まといになりそうだし。

 まずは……ていうか、行く場所なんて限られている。未だに気が引けるが、それでも行くしかない。無駄な時間を過ごす気はないのだ。

 中庭を通って初等科の校舎にたどり着くと同時に、お目当ての三人を視界に捉える。どうやら外へ出るつもりのようだ。これはいい。

 

「あっ、イツキさんだ!」

「ほんとだ! せーんーぱーいーっ!」

「ごふっ!?」

 

 三人組と目が合った瞬間、八重歯ことリオ・ウェズリーにタックルされた。さっき食ったおかずがリバースしたらどうするんだ全く。

 先輩としての意地もあってどうにか踏ん張り、彼女を引き剥がして脳天に拳骨を入れる。悪い子にはお仕置きってね。

 涙目で唸るウェズリーだが、口元は嬉しそうにヘラヘラしている。もう手遅れなんだよな、あれ。めんどいからそう思っておこう。

 

「いつもリオがすみません。やめるよう注意してはいるんですけど……」

「ああ、もういいから。それ言っても無駄なパターンだし」

 

 非常に申し訳なさそうに頭を下げる金髪オッドアイ――高町ヴィヴィオを見た途端、怒る気が失せた。もう一発入れてしまったが。

 ……ずっと我慢していたが、そろそろ最後の一人にも声を掛けておくか。後で変に迫られると困るし、今すぐ止めないとヤバイ。

 

「おいティミル。さっきから俺達を見てカップリングを呟くのはやめろ」

「大丈夫です。別にリオ×ヴィヴィオに先輩が加わったら良いネタになりそうだなんて、決して思ってませんから」

 

 この底なしレベルで腐ってやがるツインテールはコロナ・ティミルだ。人としては比較的まともなはずなのに、特定のネタが絡むとこうなる。

 いわゆる腐女子というやつだが、コイツはBLよりも百合を扱っている節がある。これに関しては近くに俺以外の男がいないのが大きいのかもしれない。ネタがないという意味で。

 だがそれを除けばこの三人の中では一番好みの女子だ。この間は一緒に薄い本も描いたし、何らかの定義について語り合ったこともある。だが俺はノンケで腐ってはいない。

 

「おっと忘れるところだった。お前ら、今日がバレンタインデーなのは知ってるか?」

「もちろんです! どうぞイツキさん!」

「あたしからもっ!」

 

 質問をする前にウェズリーとヴィヴィオが、手のひらサイズの小包を俺にくれた。多分チョコなんだろうけど……小さすぎませんかね?

 まあ考えても仕方がない。義理だと割り切っておこう。ティミルは二人と違って恥じらう仕草を見せながらそこそこ大きい小包をくれたが、俺はこの状況に見覚えがあった。

 

「なあティミル。俺はこのシチュエーションを知っているぞ」

 

 俺がそう言うと女の子がしてはいけない顔で舌打ちし、いつもの明るい笑顔になるティミル。その程度で俺が落ちると思ったら大間違いだ。

 

「安心してください! 一応義理なので!」

 

 何をどう安心すればいいのか全くわからない。

 

「まあ、ありがたくもらっとくよ」

 

 とはいえ、女子がくれたチョコであることに変わりはない。はっはっは、これで三つも女子からチョコをもらえたことになる。

 さて、義理チョコをもらったところでそろそろコイツらの本命を聞き出すとしますか。もうすぐ昼休みも終わってしまうし。

 

「単刀直入に聞くぞ。お前ら、本命はいるのか?」

「そ、そんなのいませんよぉ!」

「本命……本命……本命?」

「本命って何?」

 

 どうやらヴィヴィオは脈あり、ティミルは忘れてる、ウェズリーはバカのようだ。チッ、ヴィヴィオ以外は弄れそうにないなこりゃ。

 まあこれ以上は何も得られそうにないから聞かないでおこう。これでも俺は紳士だからな。

 

「なるほど。まあ頑張れや」

「だからいませんってばぁ~!」

「いたようないなかったような……まあいっか」

「本命って何?」

 

 ティミルはマイペースなのだろうか? ウェズリーはいつまでもアホ面してないで一番まともなヴィヴィオに教えてもらえ。

 

 

 

「ヤベェ、学校が終わっちまった……」

 

 気づけばもう放課後になっていた。どうしよう、このままだとチョコをもらえずにバレンタインが終わってしまうんだけど。

 しかしお目当ての彼女はいつもより早く教室から出ていったのでもういない。ついでにアイちゃんもいない。詰んだなこれ。

 ぶっちゃけチョコをもらうこと自体は別に明日でもいいのだが、何かそれは違うと思うんだよ。

 

「はぁ、まあ義理でもチョコはもらえたし贅沢は言えねえか」

 

 帰って参考書でも読もう。そう思いながら足を進めていると、校門辺りに人らしきものが立っていた。もう少しだけ視力がほしいな。

 だけどシルエットで一応誰なのかはわかった。というかチャンスが回ってきた。

 

「……遅かったね」

「お前が早すぎるんだよ」

 

 やはりユミ――委員長だった。何でムスッとしているのかはわからないが、可愛いから許す。

 そして互いに一言も喋ることなく、淡々と帰路についた。何話したらいいのかわからねえんだよなぁ、こういう時って。

 一度玉砕している以上、同じ手はもう通用しない。でもチョコはほしいから諦めない。こうなったら少し角度を変えてお願いするか。

 

「お願いだからチョコを――」

「は、はいこれっ」

「――チョコを?」

 

 顔を赤くして、それはもう恥ずかしそうに希望の詰まった小包を俺に差し出すユミ――委員長。

 ……うん、やった。とうとうやったよ俺。生きてて良かったわマジで。

 ついに望んでいたことが起きて実感が湧いてこないけど、帰宅して自分の部屋に入ったときの自分がどうなるかは想像できる。

 

「あ、ありがとうユ――委員長」

「……委員長?」

「じゃなくてゆ、ゆ、ゆ……ユミちゃん」

「よろしい」

 

 委員長ことユミちゃん。今はこう呼ばないと睨まれる。嫌じゃないのだが、いざ呼ぼうとするとめちゃくちゃ恥ずかしくなるのだ。

 最初の間はファーストネームで呼んでとうるさかったのだが、恥ずかしがった俺がしつこく拒否したのとアイちゃんのときみたいに名前を忘れられちゃ困るということで今の形に収まった。

 

「委員長ってのはあくまでそういう役職名であって名前じゃないの。私の名前はユミナだよ!」

「しつこい。もう覚えたから」

「じゃあ言ってみて」

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆゆゆ……!」

 

 このあとユミちゃんと呼ぶのに大苦戦を強いられたが、三十分ほど経ったところでやっと呼ぶことができたのだった。

 ……改めて思ったが、バレンタインデーとは毎回こんな感じなのだろうか。まるでリア充を萌え殺したいのかと言わんばかりに恥ずいわ。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 14

「いつもリオがすみません。やめるよう注意してはいるんですけど……」
「ああ、もういいから。それ言っても無駄なパターンだし」
「無駄にならないパターンってあるんでしょうか?」
「あるといいなぁ」
「そうですねぇ~」
「…………」
「…………」
「……あるといいなぁ」
「……そうですねぇ~」




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第34話「俺とティミルと薄い本(前編)」

 やっと書けた。本当は一話にまとめる予定でしたが、キリがよかったので分けました。


「あぁーのぉーなぁー!! 俺ァあくまでも見るだけならイケる派なんだよ!! いつから俺がキサマの趣味を受け入れたと錯覚してやがったんだァ!?」

「いえいえ、最初から受け入れてましたよね!? さっきだって『もう一声』とか言って、これ以上にないほどハマってましたよね!? その程度で私を欺こうだなんて、お笑いもいいところですよ!!」

「二人ともやめてよ! なんで私の頭をボタンを扱うかのようにポンポン叩くのさ!? めちゃくちゃ痛いんだけど!?」

 

 顔を赤くした少年がバンッと机を思いっきり叩きながら大声で叫び、暴走気味のツインテール少女が対抗するかのように言い返しながら、互いに一人の少女の頭を叩き続ける。

 その光景をアインハルトとヴィヴィオのオッドアイコンビ、そして八重歯が特徴的なリオが呆然としながら眺めていた。

 

「……アインハルトさん」

「……なんでしょう」

「……いつになったら終わるんでしょうか、これ」

「……力ずくでも止められる気がしません」

「……ダメだよ二人とも。これもう手遅れだよ。止める手立てがないよ」

 

 三人ともどこか遠い目でため息をつき、目を背けたいという衝動を抑え、逃げるように逸らしてしまった視線を今もなお暴走している二人組と被害に遭っている少女へ向ける。

 そして彼女達は思った――どうしてこんなことになったんだろう、と。

 

 

 ――事の始まりは数時間前に遡る。

 

 

「締め切り、ねぇ……」

「は、はい……」

 

 雲行きが怪しくなっていたある日。気持ちよく机の上で寝ていた俺は、目の前でめちゃくちゃ焦っているティミルに協力を仰がれていた。

 話によるとコイツ、小学生のくせに趣味で薄い本を描いているらしいのだが、どうも今回はネタに行き詰ったようで締め切りまでに間に合わないかもしれないとのこと。

 簡潔に言うと、俺はティミルのお手伝いをすればいいみたいだ。まあ、どうして俺に白羽の矢を立てたのかが最大の謎だが。

 ……あと何故小学生が薄い本を出せるのか、についてはツッコまないでおく。この世界は地球と異なる点が結構多いからな。

 

「なんで俺なんだよ」

「先輩は美少女に目がない。そこに例外はないと見たからです」

「つまり?」

「二次元にも精通していますね!?」

「お前は探偵か」

 

 何故わかった。そんな素振りはこれっぽっちも見せていなかったのに。

 彼女の言う通り、俺は美少女が大好きだ。リアルに限らず、二次元も含めて。

 最近では某掲示板の美少女スレで呟いていたが、思わず火がついて『美少女の定義』という議論が十スレ以上に渡って続いてしまったので、そこから離れ個人でブログを始めている。

 

「だがなティミルちゃん。それだけで俺に頼むか普通?」

 

 手伝いとは言うが、絵が描ける奴でなきゃ作業は進まない。上手く描ける保証のない俺に頼むのは良い判断とは言えないんだぞ。

 ティミルはそう来ると思っていたと言わんばかりに胸を張り、明るい表情で口を開く。

 

「大丈夫です。先輩ならできると信じてますから」

「やめてそんな期待に満ちた眼差しで俺を見ないで」

 

 何がどう大丈夫なのか全然わからない。期待の眼差しを向けられても困るだけだ。

 絵が描けないと言えば嘘になるが、俺が描いたところで同じ絵にはならないぞ。イラスト集ならまだわからんでもないが。

 ……仕方がない。可愛い後輩のために一肌脱いでやりますか。

 

「わかったよ、協力する。ジャンルは?」

「百合ですっ!」

「帰る」

 

 それは俺の専門外だ。

 

「待ってください。どうして百合と聞いただけで帰るんですか」

「俺はノンケなんだ。百合とBLは管轄外」

「私のアシスタントでいいから協力してください! 絵を描くか案を出すだけでいいんです!」

「それ丸投げじゃね?」

 

 作家がアシスタントに丸投げしてどうすんだよ。俺ができるのは絵を描くことだけだ。

 周りから嫉妬の視線を感じながらも、俺の腰にしがみつくティミルを丁寧に引き剥がす。

 ふむ、後ろから美少女にしがみつかれるというのもそれなりに役得だな。シチュエーション次第では個人的なネタとしても使える。

 

「よし、やっぱ協力するわ。良いもんもらったし」

 

 そうと決まれば頼りになる仲間を呼ぶとしよう。女ばっかだけど。

 やることも決まったのでとりあえず通信端末を操作していると、両腕で身体を抱き締めたティミルがジト目でこちらを見ていた。

 

「…………変態ですね」

 

 お前にだけは死んでも言われたくない。

 

 

 

「んじゃ、始めるぞ」

「うん、ちょっと待って」

 

 放課後。今日中にティミルの薄い本を完成させるべく、頼りになる仲間達を俺の家に召集していた。ここまで大掛かりになるとはな。

 もちろんスミ姉という最大の障害があったものの、新刊の完成に必死なティミルの熱意に負けたらしく、呆れながらも許してくれた。

 参加者は俺とティミルを筆頭に、ヴィヴィオ、ウェズリー、アイちゃん、そして委員長だ。要はいつものメンバーである。

 途中でルーテシアを呼ぼうとしたが、スミ姉から定員オーバーになると言われ断念。拝むものは拝みたかったぜちくしょう。

 

「いや、待たない。こっちは時間がないんだ」

「話は後で聞きますから」

「これ私達が来る意味ないよね!?」

 

 何を言っているんだお前は。ネタがないと作業が進まんだろうが。

 

「ネタは黙ってネタしてろ」

「ヴィヴィオさん、ユミナさん、止めないでください。私は今すぐこの人を殴らなければならないのです」

 

 無表情ながらも額に青筋を浮かべ、拳を振り上げるアイちゃん。それをヴィヴィオと委員長が慌てて左右から押さえ込んだ。

 なんか最近の彼女、凄く暴力的だなぁ。カルシウムが足りてないってやつだろうか?

 というかティミル、お前はウェズリーと楽しく雑談してる暇があるなら準備しろ。

 

「落ち着いてください! イツキさんはともかく、スミレさんに迷惑を掛けるのはダメです!」

「落ち着こうアインハルトさん。こいつ――緒方くんを殴っても状況は変わらないから」

 

 い、委員長がこいつって言うた……。

 

「皆さん! 準備ができましたので順番にベッドの上で絵のモデルになってください! もちろん仲の良いペアで!」

「ほんとに薄い本描くんだね……」

 

 いつの間にか準備ができたらしいティミルが皆に声を掛け、原稿とペンを構える。俺はアシスタントだから彼女の補助が主な仕事だ。

 まず先陣を切ってベッドの上に乗ったのはアイちゃんと委員長。クラスメイトという繋がりこそあるが、それ以上の接点は……。

 

「どうですか先輩」

「俺に聞くのか……あー……とりあえず委員長が仰向けになったアイちゃんに覆いかぶさろうか」

「なるほど。アインハルトさんが受けですか」

 

 特に何も考えていなかったので、薄い本なら必ずあるであろうシンプルなシチュエーションを要求する。俺的には服を脱がせたかったが、こんなことで人生を棒に振りたくはないので却下だ。

 アイちゃんが受け、委員長が攻め。これは性格面を考えると妥当だろう。

 物静かなアイちゃんは意外と好戦的な面があるものの、今のところ委員長のように明るく積極的な面は見受けられないしな。

 

「こ、こうでしょうか?」

「うぅ……内容を知ってるせいか凄く恥ずかしいなぁ……」

 

 とか言いつつも、律儀に言われた通りの姿勢になる中等科コンビ。二人とも顔が真っ赤だ。さっそくカメラに納めておこう。

 初等科コンビはそれを見てきょとんとした顔になっている。こういうのに疎くてまだ幼いから仕方がないと言えばそれまでだが。

 顔がタコのように茹で上がった中等科コンビを、真剣な目付きで見つめながら高速でペンを動かすティミル。するとおもむろに立ち上がり、追い討ちを掛けるように一言だけ告げる。

 

「もう一声!!」

 

 よほど興奮しているのか頬は赤く、クワッという感じで目を見開いている。ついでに堂々とガッツポーズまでしちゃってる。

 

「こ、これ以上は無理だよ……」

「恥ずかしくて死んじゃいそうです……」

 

 二人揃って俺や初等科コンビに助けを求めるような視線を向けるのはやめてくれ。これでも良心に突き刺さってるから。

 当の初等科コンビは今のティミルを止めるのは無理だと諦めモードになっており、逃げるようにアイちゃん達から目を逸らしている。

 そして俺は善人じゃないし、ここで助け船を出すほど人が良いわけでもない。だからお前達の期待には応えられないんだよ。

 ……ぶっちゃけ本音を言えばこの状況をもっと楽しみたいしな。

 

「もう一声だ二人とも。あと少しの辛抱だから」

「それってどれくらい……?」

「ティミルが満足するまで」

「「…………」」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間、アイちゃんと委員長は目を点にして固まった。

 こればっかりは仕方がない。俺はあくまでアシスタントに過ぎず、最終的な決定権を持つのは絵を描くティミルなのだから。

 その後も俺とティミルによる『もう一声』コールが続き、二人が恥ずかしさのあまり力尽きたところで交代させることにした。

 

「次はあたしたちだね!」

「やる前から恥ずかしいよぉ……」

 

 未だに天真爛漫なウェズリーだが、ヴィヴィオはアイちゃんと委員長の奮闘を見てこれが恥ずかしいことだと認識したらしい。

 それにしても笑えない。もしも俺がモデルになって様々なシチュエーションをさせられる、と思っただけでかなりの悪寒が走る。

 

「原稿もあと数枚! ここからは本気でいくよ!」

 

 そろそろ変な寒気まで感じてきた中、ガッツポーズで本気宣言をするティミルに、俺達は戦慄せずにはいられなかった。

 

 

 

 ~ シチュその一 ~

 

「まず手始めにヴィヴィオは受け、リオは攻めで!」

「え、えっと……」

「ヴィヴィオは仰向けになって、ウェズリーがそこへ覆いかぶさる。さっきアイちゃんと委員長がやってた通りにすればいいぞ」

「こうですか?」

「そうそう、そんな感――」

「もう一声!!」

 

 

 ~ シチュその二 ~

 

「次は二人ともぺたん座りで恋人つなぎ!」

「恋人つなぎって?」

「お互いの手の指の間に指を絡める握り方だ」

「つまり……こうだっ!」

「ふぇ!? 顔が近いよリオ!?」

「そこは気合いで――」

「もう一声!!」

 

 

 ~ シチュその三 ~

 

「力いっぱい抱き合ったまま――」

「あー、抱き合うだけでいいから。その先はやらんでええから」

「こうですか?」

「さっきのポーズに比べるとそんなに恥ずかしくないかも……」

「…………じゃあその先をやってみろ」

「「え?」」

「唇と唇をあぶるッ!?」

「緒方くんのバカッ!! 小学生に何やらせようとしてるのさ!?」

「もう一声!!」

 

 

 

「――終わりましたっ!」

「やっとか……」

 

 午後九時ごろ。ついにティミルの描いていた薄い本が完成した。作家的には長いどころかむしろ短い時間だろうが、俺的には長かった。

 可愛らしく歓喜するティミル先生、机に突っ伏してげっそりとする俺、そして力尽き真っ白になってしまった頼りになる仲間達。

 彼女達は本当に頑張ったよ。ついさっきまでモデルと打ち上げの準備を両立してくれてたんだから。俺はお前達をマジで尊敬するぜ。

 

「お、終わったみたいだね……」

「一時はどうなるかと思いました……」

「こんなに疲れたのは初めてかも……」

「お、お腹すいた……」

 

 ティミルの喜ぶ声を聞いてゾンビのように起き上がり、一人一人椅子に座っていくモデル組。

 それぞれの親御さん、特に高町家の二人が押しかけて来ないかが心配だが、そこはスミ姉が上手くやってくれるだろう。

 さて、俺とティミルも席についたことだしジュースでも……

 

「ん?」

 

 なんだこれ。濃い褐色とか珍しい飲み物だな。最近スミ姉がよく飲んでたやつに似てなくもないが……まあいいや、この瓶に入った飲み物は俺が飲もう。美味そうだし大人っぽいし。

 ティミルを含む女子組が自分のコップにオレンジジュースやアップルジュースなどの定番を入れる中、俺だけこの変なやつを入れていく。

 

「えー、今回は私の新刊作成にこんな時間まで協力していただき、本当にありがとうございました! それでは皆さん――」

 

 

「「「――乾杯っ!」」」

 

 

 そして口から白いものを出しているオッドアイコンビ以外の皆と盛大に乾杯した俺は、それに入れた飲み物をグイッと飲み干した――。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 10

「大丈夫です。先輩ならできると信じてますから」
「やめてそんな期待に満ちた眼差しで俺を見ないで」
「まさか先輩、こっちよりも家畜を見るような目の方が好みなんですか!?」
「ふざけんなクソガキ! それは委員長だけがやってもいい行為だッ!」

 アイツ以外のそれは認めない。例えアイちゃんであっても認めない。




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第35話「俺とティミルと薄い本(後編)」

「ふっふっふ、新刊のタイトルは『放課後ユリビア』です!」

「もう少しマシな名前はなかったの!?」

 

 クラスメイトの自宅にて、ユミナは三杯目のジュースをコップに入れながらハイテンションでコロナにツッコんでいた。

 あまりにも突発的なタイトルでこそないものの、自分達が絵のモデルだということがわかる人にはわかってしまうタイトルだ。

 すぐそばではヴィヴィオとアインハルトが世間話をしており、取り残される形で孤立したリオは八重歯をぎらつかせて肉を齧っている。

 そして歓喜するコロナの隣では、

 

「今日も疲れたなぁ~」

 

 アインハルトやユミナと同じクラスメイトであり、元凶でもあるイツキがリオのようにご飯を食べていた。濃い褐色の怪しい液体を飲みながら。

 今回の件、彼に呼び出しを受けていなければこんなことにはならなかった。ちょっとした嬉しさで二つ返事で承諾してしまった自分が憎い。

 

「ユミナさん?」

「ん? どうかしたのアインハルトさん」

 

 後悔の念に襲われて頭を抱えていると、ヴィヴィオとの雑談を中断したアインハルトが話しかけてきた。相変わらず綺麗な瞳である。

 

「いえ、その……何やらイツキさんを見つめて後悔したかのような表情になっていたので、()()気になってしまいました」

「…………アインハルトさん、人の事情を軽視するのはやめた方がいいと思う」

 

 前にもこんなことがあった気がする。その時も『つい』という二文字を使っていた。

 本人にその気がなくとも、こちらからすればその程度の事情だと決めつけられているようなものだ。誠に心外である。

 ユミナの意思に気づいたのか、アインハルトは今にも目を回しそうな勢いで慌て始めた。

 

「そ、そんなつもりはなかったのですが……すみません」

「……いいよ別に。わざとじゃないだけあいつよりはマシだから」

 

 そう言いながらジト目になり、未だに怪しい液体を一気飲みするイツキを睨みつける。だんだん飲み方が大雑把になっているのは気のせいだろう。

 

「そう言えばユミナさん、さっきもイツキさんのことを『あいつ』と言っていましたけど、彼とは長い付き合いなんですか?」

「んー……そうかもしれないし、違うかもしれない。去年からクラスが同じで最初はかなり一悶着あったけど、それだけかな。最近まで疎遠だったし」

 

 かなりの一悶着……一体何があったのでしょうか。真意は掴めませんが、私には彼女が何かを隠しているように見えます。

 ここは聞くべきか、黙っておくべきか。どうしようか迷っていると、いきなりバンッという大きな音が部屋中に響き渡った。

 音が聞こえた方へ振り向いてみると、怪しい液体の入った瓶を片手に持ち、俯いて沈黙しているイツキの姿があった。

 

「…………」

「い、イツキさん? 大丈夫ですか?」

 

 ヴィヴィオが心配そうに声を掛けるも、イツキは故障かバッテリーの寿命で機能を停止したロボットのようにピクリともしない。

 さすがに様子がおかしいと思ったユミナがヴィヴィオに代わり、彼の安否を確認しようと肩に手を置き、話しかけた瞬間、

 

「ねぇ、大丈夫――」

 

「服がなってねぇ」

 

 沈黙していたイツキが再起動し、学生服を着ているユミナに意味不明なツッコミを入れた。

 思わず「は?」と間の抜けた声を出し、ポカンとした表情で彼を見つめる一同。

 よく見ると顔は真っ赤になっており、彼が息を吐く度に酔っ払いと同じ臭いが部屋に漂う。

 

「いいか()()()!! マジもんの学生だからってプライベートでも学生服とかお腹いっぱいなんだよ! 最低でも裸Yシャツかになれや! それか脱げ! 脱いでしまえバカヤロー!!」

「緒方くん、今――って意味わかんないよ!? なんで脱がなきゃならないのさ!? 絶対に嫌だからね!? それに私が制服なのは放課後になってすぐ君が呼び出したせいだからだよ!?」

 

 暴走気味のイツキに決して呼ばれることのないファーストネームで呼ばれ動揺するも、すぐにツッコミを入れるユミナ。

 彼女以外のメンバーが二人の様子を呆然としながら見つめる中、ついさっき完成したばかりの新刊を持ったコロナがふと呟いた。

 

「せ、先輩もしかして酔ってるんじゃあ……?」

 

 さっきまでのテンションはどこへやら、まるで常識人のように困惑するコロナ。唖然としていたヴィヴィオとリオも、彼女に続く形で口を開く。

 

「酔ってる……でもなんで?」

「いやいや、どう考えても先輩がずっと持ってるアレのせいでしょ……」

 

 普段はイツキを振り回す側のリオも今回ばかりは呆れ顔になり、彼が持っている瓶を指差す。

 そこには遠目から見てもわかるほど濃い褐色の液体が入っており、誰かが貼ったであろうラベルには『ダークラム』と書かれている。

 聞いたことのない単語に首を傾げる初等科組だが、アインハルトは違った。

 

「アレはお酒の名前です。アルコール度数、というものが高い部類に入ると聞いたことがあります」

「やっぱりお酒だった……」

「あんなお酒もあるんだ……」

 

 夜に二人の母親が飲んでいる姿を見たことがあるためビールくらいは知っていたが、さすがにラム酒は知らなかったヴィヴィオ。

 とりあえず絡まれているユミナを助けるべく、イツキを鎮めようと拳を握り込む四人だったが、イツキの一言で状況は動いた。

 

「だぁーかぁーらぁー、俺はノンケだつってんだろうが!! ティミルのバカバカしい腐女子趣味を受け入れた覚えはねぇんだよ!!」

「誰もそんなこと聞いてないから! てかもう喋るの――」

 

「今なんと言いましたか!?」

 

 彼を落ち着かせようと必死になるユミナの言葉を遮り、今のは聞き捨てならないと強引に割り込むコロナ。その顔は珍しく怒りに満ちている。

 

「私の趣味がバカバカしい……? バカバカしいのは先輩ですよ!! さっきどう見てもハマってましたよね!? 私の趣味にこれでもかと言わんばかりにハマってましたよね!? しかもこんなに素敵な人がいるのに美少女趣味に興じるなんて、頭がどうかしてるとしか思えません!!」

「痛っ!? 痛いよコロナちゃん! なんで私の頭を叩く必要があるの!?」

「俺は見る派なんだよボケが!! どうかしてるのはキサマの方だ!! その年で腐女子化してるヤツにゴチャゴチャ言われる筋合いはねぇんだよ!!」

「だから痛い、痛いってば! 緒方くんも叩くのやめてよ! 私の頭は君たちのボタンじゃないんだよ!?」

 

 どちらか一方が怒鳴る度に、ユミナの頭は容赦なくバシバシと叩かれる。一刻も早くイツキを止めたい彼女にとっては最悪の無限ループだ。

 暴走する腐女子と美少女好きの酔っ払いによって仲裁に入った少女は叩かれ、賑やかだったリビングはカオスな空間と化していく。

 ユミナの意志を引き継ぐかの如く、コロナを止めようとするヴィヴィオとリオ。だが、そうは問屋が卸してくれなかった。

 

「――ヴィヴィオしゃんっ」

「あ、アインハルトさん!?」

 

 頬を赤くしたアインハルトが、いきなりヴィヴィオに抱き着いたのだ。知らないうちにどこかでアルコールを摂取してしまったのだろう。

 何事だと慌てふためくヴィヴィオをよそに、唯一魔の手に掛かっていないリオは強烈なアルコール臭に思わず鼻を摘まむ。

 

「助けてリオっ! アインハルトさん、いつも以上に力が強くて引き剥がせないの!」

「ごめんヴィヴィオ。今回だけは自分第一だから……」

 

 普段の彼女なら迷うことなく助けていたが、今回は状況が悪すぎた。

 そしてそれは止まることを知らず、時間が経つにつれて悪化していく。

 ストッパー役の大人もいない絶望的な状況の中、リオは暴徒となりつつある彼らを無視して食事に没頭する。もちろん、距離を取って。

 

「いいか腐れ娘!! 趣味は人それぞれなんだよ!! そんなことも理解せず一方的に押しつけるとか論外!! もっと視野を広く持てクソヤロー!!」

「言ってることがブーメランになってますよバカ先輩!! つべこべ言ってないでそろそろノンケという殻をブチ破ったらどうなんですか!? そっちこそ視野を広く持ってください!!」

「もうやめてよ二人ともぉ……!! 頭が痛すぎてガンガンするからぁ……!!」

「ヴィヴィオしゃんはいい匂いがしますねぇ~」

「ひぃっ!? だ、誰か……助けてママぁ……!!」

 

 エスカレートが過ぎてオタク談義を展開する者、頭を叩かれ過ぎたせいで泣き出す者、後輩に抱き着いて匂いを嗅ぐ者、先輩に抱き着かれて助けを求める者……。

 そんな彼らを眺めつつ、リオは口に放り込んだスパゲティを飲み込み、この場を締めるように一言だけ呟いた。

 

 

「この人たちと同類にされたくはないな……」

 

 

 

「……………………何この状況」

 

 多分翌朝。朝日であろう眩しい光を顔に浴び、俺は目を覚ました。

 まず目の前に――委員長のめちゃくちゃ可愛い寝顔がある。一つの掛け布団に男女が入る……これが夢にまで見た添い寝か。神がいるなら土下座で礼を言いたい。

 とりあえず彼女の眠りを妨げないように上半身だけ起こし、状況を確認する。

 リビングは酷く荒らされ、破片やら食べ残しやらが散らばっている。その中心ではアイちゃんに抱き着かれたヴィヴィオが寝ており、悪夢でも見ているのか酷くうなされている。

 そして残るティミルとウェズリーは、リビングの隅っこで安全を確保したかのような状態で安らかに眠っていた。良い寝顔だ。

 ……昨日何があったのかこれっぽっちも覚えてねえ。てか頭がクラクラガンガンする。これ間違いなく二日酔いだわ。

 

「ん……」

「よう、委員長」

 

 もう少し寝ようとした途端、静かに起きた委員長と目が合った。

 彼女はこちらを見てジッとしていたが、半開きだった目を見開くと同時に顔が真っ赤に茹で上がり、素早くそっぽを向いてしまう。

 

「なんで目を逸らすんだよ――とは言わないでおく。昨日の俺、どうなってた?」

「え、あぁ、うん…………とんでもない何かになってたよ。私が恥ずかしさのあまり死んでしまいそうなほどにはヤバかった」

「わけがわからねえんだけど」

 

 どうやら昨晩、この委員長が赤面するほどの出来事があったらしい。

 まあ事情もある程度把握したし、水でも飲もう。そう思いながら立とうとした瞬間だった。

 

 

「――ただいま~」

 

 

 悪魔の声が聞こえたのは。

 

「いや~参った参った。まさか朝帰りになるとは思わなかっ……たよ……」

 

 たった今帰宅した俺の上の姉、緒方スミレはリビングの惨状を見て絶句している。さすがに全部が俺のせいってことはねえよな?

 委員長もスミ姉の存在には当然気づいており、どうすればいいのかわからず目をあちこちに泳がせている。やだ可愛い。

 状況を把握したスミ姉は静かに、それはもう静かにこちらへ振り向くと、誰が見ても怯えるような無表情のまま静止した。

 

「ち、違うぞスミ姉。これにはわけが――」

「委員ちゃん。うちの弟が何か粗暴でも?」

 

 俺が原因であること前提なのね。俺が原因なのは確定なんですね。

 ヴィヴィオが未だにしがみついているアイちゃんを引き剥がし、のっそりと起き上がっているけどそれどころじゃない。ていうかティミルとウェズリーはそろそろ起きろ。

 委員ちゃんこと委員長はスミ姉の質問に身体をビクッとさせるも、平静を保って一言。

 

「は、恥ずかしい目に遭わされました……」

 

 おい待てそれだと俺がお前を性的な意味で襲ったかのような言い方にもなるんですがぁ!?

 さ、さすがに手を出してはいないはず。そうだよね? そうだよね昨日の俺!?

 

「……イツキ」

「はいっ!?」

 

「――とりあえず遺言と死に方を考えとけ」

 

 ティミルと薄い本を完成させた翌日。どういう経緯かは不明だが委員長と添い寝し、彼女を恥ずかしい目に遭わせたらしい俺は、朝帰りの実姉から死刑判決を下されたのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「助けてリオっ! アインハルトさん、いつも以上に力が強くて引き剥がせないの!」
「ごめんヴィヴィオ。今回だけは自分第一だから……」
「リオのバカぁ!! そこまで――イツキさんより頭が悪いとは思わなかったよ!!」
「ちょっと待って! さすがにあの人と同列に扱うのだけは勘弁してほしいんだけど!?」

「キサマら……さっきから俺をバカにしてんじゃねぇよ!! ぶっ殺すぞ!?」

「「ご、ごめんなさい!」」




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第36話「幸運の放課後」

「はぁ……美少女に抱き着きたい」

「いかがわしい発言はやめてください」

 

 休み明け。頼りになる仲間達を巻き込んだ例の騒動で三度も死にかけた俺は、晴天で勉強がダルイこともあり、いつも通り机に突っ伏していた。

 なんか最近、少しとはいえこの世界に馴染んできているような気がしてならない。向こうですら居心地が最悪だったのに。

 学校は今も嫌いだ。アイちゃんや委員長のような美少女がいなければ通いたくもないし、これが義務教育でなければとっくに退学している。

 でもまあ、姉さんやスミ姉のように道を踏み外して犯罪の片棒を担ぐのはごめんである。だから嫌でもまっとうに生きるしかないのだ。

 

「はぁ……美少女とイチャイチャしたい」

「私はお断りです」

 

 さっきから隣の席に座っているアイちゃんが冷たいでござる。しかも自分のことだと思っていたらしく、バッサリと断りやがった。

 それにしても授業ってこんなに長かったか? 体感的にはもう三時間は経っているはずなのに、実際は始まってから三十分も経っていない。

 

「はぁ……美少女と寝た――あだっ!?」

「それ以上はいけません」

 

 欲望のままに願望を言おうとした俺の頭を、教科書の角で叩くアイちゃん。まあ、分厚い六法全書で叩かれるよりはマシだが。

 

「アイちゃん。今なんの授業してるんだっけ?」

「…………数学です。それくらい覚えてください」

「そっか。んじゃ頑張って寝る――」

「頑張る方向が違いますよ」

 

 そんなことは気にしたら負けだ。ではさっそく寝るとしましょうか。

 ………………ダメだ。眠れない。目が冴えてるせいか全然眠れないぞこんちくしょう。

 これは反省すべき点だ。居眠りなしで授業を切り抜ける方法も考える必要があるな。

 

「なぜだ……なぜ眠ることができないんだ……」

「午前の授業全てで居眠りしていたせいですよ。真面目に授業を受けてください」

 

 その後もアイちゃんとこんな感じのやり取りを先生にバレない程度で繰り返した後、俺は最後の五分だけ真面目に授業を受けた。

 

 

 

「イツキさん、この前の続きをやりましょう」

「待ってアイちゃん。いくらなんでも唐突過ぎるんだけど」

 

 放課後。早く帰って美少女のイラストでも描こうと意気込んでいた俺は、まっすぐな瞳でこちらを見つめるアイちゃんに決闘を申し込まれた。

 この前の続きというのは、諸事情で行った練習試合のことだ。あの時は共倒れしたから引き分けに終わったんだが……まだ根に持ってたのか。

 俺達のいる場所がまだ教室ということもあり、周囲からは何事だと言わんばかりの視線を向けられている。見せもんじゃねえぞ。

 

「誰も今日やるとは言ってません」

「じゃあいつやるんだよ」

「大会が終わった後です。今はコーチが許してくれませんから」

 

 当然である。

 

「……断ってもいい?」

「構いませんが、私は諦めませんよ」

 

 お願い諦めて。俺のためにも。てかどうして彼女はここまで俺に目をつけるようになったのだろうか。そこが気になって仕方がない。

 ……もしや、これは好意の裏返しというやつか? だとすればこの場合、ツンとボコが妥当だな。アイちゃんのこれまでの行いを見る限りは。

 とはいえ残念ながら、どちらも好みではない。俺の好みは前向きで裏表のない奴なんで。

 

「……何を考えているんですか」

「ツンとボコについて」

「??」

 

 何を言っているんだこの人は、的な顔で首を傾げるアイちゃん。嘘は言ってないぞ、嘘は。

 もしここで『その態度は好意の裏返しだね!?』とかストレートに言ったら今の五千倍は冷たい視線を向けられるに違いない。

 だから要点だけ言ってそれ以外をはぐらかしたのだ。やだ俺ってば天才。

 

「じゃ、そゆことで」

「?? よくわかりませんが、勉強もせずに帰れると思っているのですか?」

 

 しまった。決闘の申し入れを断るのに夢中でアイちゃんとの全然ありがたくないマンツーマン指導を忘れていた。この際だ、逃げよう。

 

「あばよっ!」

「また逃げるつもりですか!?」

 

 一言告げて教室から逃げ出すも、アイちゃんは今度こそと言わんばかりのいつも以上にキリッとした表情で追いかけてきた。

 この逃亡劇、これで何回目だろうか。勝敗で言うと結構負けてる。しかも俺が勝ったときは大体スカートの短所が利用されている。

 身体能力と魔法なら俺の方が上だ。だが、無駄のない動きと優れた頭脳という点ではアイちゃんが有利だ。俺が地球出身ということもあり、向こうは学校の構造を俺以上に把握しているからな。

 

「チッ! そろそろ逃げ場がなくなってきたな……!」

 

 ゴミ箱の中、木のモノマネ、他の生徒や教員の背後、跳び箱の中、木の上、机の下。

 今日に至るまでアイちゃんを振り切ろうとあらゆる場所へ隠れていたが、同じ場所はさすがに無理だと二日前に判明している。

 

「窓から――」

「させませんっ!」

「うおっ!?」

 

 さっそくスカートの短所を有効活用できる逃げ道を使おうとした途端、伸びていた右足をアイちゃんに掴まれ、廊下に投げ出される形で引き戻されてしまう。

 すぐに受け身を取ってダメージを抑えたのはいいが、問題は前方のアイちゃんだ。無情にも逃げ道の窓を閉めやがった。

 とりあえず彼女から距離を取るべく、生徒を避けながら廊下を全力疾走する。先生にバレるのは確実だが、捕まらなければ大丈夫だ。

 もちろん、俺の逃亡をよしとしないアイちゃんは優等生らしからぬ顔で追いかけてくる。足、この前よりちょっと速くなった?

 

「諦めて止まりなさい!」

「はっはっは! 止まれと言われて止まるバカがどこにいるのかね!?」

 

 止まったら勉強漬けという名の地獄へ連れていかれる。なのに俺が素直に止まると思っているお前の姿は相変わらずお笑いだぜ。

 階段を下りるなんて真面目なことはせずに全段飛ばしをかまし、真面目に一段ずつ階段を下りてくるアイちゃんとの距離を広げていく。

 

「くっ……! どうしていつも運はイツキさんの味方なんですか……!」

 

 運以前の問題だと思う。

 

 

 

「ふぅ、ここまで来れば少しは大丈夫だろう」

 

 アイちゃんを撒いた俺はあえて自分の教室へ戻り、疲れを取るため席に着いて机に突っ伏す。

 もう誰もいないから静かだな。というか皆、最近帰るの早すぎだろ。今回も放課後になってまだ五分しか経ってないぞ。

 まあ、静かなら静かで別にいいけど。しばらくは見つからないはずだからぐっすり眠れるし。

 ……しまった、午前中にとことん寝まくったから今ここで寝るのは無理だな。とりあえず未完成の美少女イラストでも描くとしよう。

 

「…………その絵の女の子、私に似てない?」

「何奴ッ!!」

 

 背後から聞き覚えのある声が聞こえたので振り向いてみると、今から帰るつもりだったであろう委員長が立っていた。

 ていうかマズイ。これはマズイ。イラストを見られた。よりにもよって委員長に。記憶を消そうにもコイツが相手だと無理だ。

 

「き、気のせいだろ」

「いやいや似てるよね? ほら、髪の色とかヘアスタイルとか瞳の色とか――」

「すんません絵のモデルにさせていただきましたァ!!」

 

 言い訳上手な俺でもこれはごまかせない。

 怒られる前に頭を下げ、素直に謝罪の言葉を述べる。土下座だけは絶対にしません。

 そして頭を上げた瞬間、やれやれといった感じで首を振る委員長の姿が目に入った。こうして間近で見てみるとホントに可愛いな。

 

「はぁ……緒方くんだから良かったけど、もし他の人がやってたら本気でヤバかったよ」

「面目ない――ん?」

 

 今なんと申したこのお嬢さん。

 

「俺なら描いてもいい、だと……!?」

「う、うん――はい?」

 

 それって俺専用になるってことだよね? 俺専用のモデルになるってことだよね? つまり俺のものになるってことだよね!?

 完全に盲点を突かれた。この展開は想定外どころか予想すらしてなかったぞ。

 これは嬉しい。嬉しすぎる。今すぐ皆に自慢してやりたいほどには嬉しい。

 だ、だがしかし……合意とはいえ自分の好きな女を物扱いするのはさすがに気が引ける。純愛派の身としては罪悪感が半端じゃない。

 

「…………何か勘違いしてない?」

「してないぞ。えーっと、確かお前が俺のものになるんだよな?」

「わ、私が君のもの…………ちちち違うよっ!! な、なに意味のわからないこと、い、言ってんのさ――じゃなくて、意味はわかるけどそういうことじゃないから!! 今は違うからー!!」

「今は違うの!?」

 

 ジト目から一気に顔を真っ赤にし、動揺しまくる委員長。お前はそれでいいのか? 今じゃなければ俺のものになってくれるというのか!?

 ヤバイ。胸の高まりが尋常じゃない。嬉しさのあまりドキドキしちゃってる。思わず彼女に抱き着いてしまわないか心配だ。

 ……まあ彼女の羞恥心も限界っぽいし、ここらではっちゃけるのは止めておこう。

 

「ごめん、マジでごめん。今はまだ冗談だから安心しろ」

「そこは今じゃないの!?」

 

 なんかデジャヴだなおい。

 

「ったく、年齢考えろよ。付き合うにしても早すぎるわ」

「うぅ……でも、この前テレビで『愛があれば年齢は関係ない』って言ってたから特に問題はないよ――でもなくて!! とにかくそれは君の勘違い! 勘違いだから! わかった!?」

「アッハイ」

 

 物凄く強引に結論付けられた。つっても適当にはぐらかされたわけじゃないし、大きな収穫もあったから良しとしますか――

 

「見つけましたよイツキさん!」

 

「逃げるぞ委員長!」

「え――はぇ!?」

 

 とりあえず納得したので頷こうとした瞬間、ついさっき振り切った悪魔のアイちゃんが教室へ入ってきた。思ったよりも早かったな。

 それと同時に、俺は状況を飲み込めないでいる委員長をお姫様だっこで担ぎ逃走する。当然、委員長の顔はリンゴの如く真っ赤になった。

 こうなったら彼女と共に愛の逃避行だ! 俺はこの戦いに勝利する!

 

「イツキさん! 関係のないユミナさんを下ろして止まりなさい!」

「待ってアインハルトさん! その言い方だと優先順位が逆になってしまうんだけど!?」

「意外と抜けてるよね、アイツ……」

 

 今日はいろいろと幸運だな。俺はそう思いながら、アイちゃんから逃げるため可愛い委員長と共に校舎を駆け巡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このあと捕まった挙げ句、関係のなかった委員長も加わってめちゃくちゃ勉強させられた。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 80

「はぁ……緒方くんだから良かったけど、もし他の人がやってたら本気でヤバかったよ」
「そんなにヤバイのか?」
「ヤバイに決まってるじゃん! ただでさえ変態の緒方くんがいるというのに、そこへもう一人増えるなんて堪ったものじゃない!」
「どんだけ俺を変態にしたいんだよ!?」

 そろそろ泣いてもいいと思う。




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第37話「ひでえ言い草だ」

「う~む、どうしたものか……」

 

 俺は今、店内のお肉コーナーでどの肉を選べばいいのか本気で考え込んでいる。

 実はついさっき、彼氏の家から帰宅したスミ姉が上機嫌で『お好み焼き作っちゃうぞ~!』とか言い出したのだが、肝心の野菜や肉といった材料が全く揃っていないことが判明したのだ。

 自分のミスは自分で片付ける、ということで本来ならスミ姉が行くべきだったのだが――

 

『今の私は凄く上機嫌。だからお前が行け』

 

 ――って言いながら物凄い笑顔になったので、俺が行くはめになった。

 とりあえず何らかの高揚感に浸っていたいのはわかるが、もう少しストレートに言ってくれると嬉しい。何も脅す必要はないと思う。

 てなわけで近所のスーパーへ行ったのだが、どうも定休日だったようで店にシャッターが下ろされていた。貼り紙もあったし。

 その後も知っている店舗を転々としたが、どこもかしこも閉店や定休日ばかりで店内にすらたどり着けなかった。大丈夫かあの街。

 

「定番の豚肉もいいが牛肉も捨てがたい……いやしかし――」

 

 もちろん、そのまま帰ったらスミ姉に滅されてしまうのでやむを得ず隣町に訪れ、三分で見つけたどでかいスーパーに突入して今に至る。

 肉を見つけたのはいいが、まだ野菜選びが残っている。しかもただいま夕方。晩飯まで時間がないからゆっくり選んではいられないのだ。

 というかスミ姉、前々からそんな気はしていたけど彼氏いたのね。あの準サイコパスを攻略するとは……彼氏さんは一体何者なんだ……?

 

「あれ? 緒方くん?」

「おっ? 委員長じゃないか」

 

 なんか聞き慣れた声がしたので横を見てみると、愛しの――もとい我らの委員長がそれはもう可愛らしい私服姿で立っていた。買い物かごを持つその姿はまさに主婦のそれである。

 もちろん個人的な目的でこっそりと彼女の姿をカメラに納めた。こんなオーパーツ並みのレア物、撮らない方がどうかしてる。

 

「さっきから『どっちのルートを選ぶべきか』みたいな顔で思い悩んでるようだけど……何かあった? 頭痛薬でも飲む?」

「ひでえ」

 

 それ完全にギャルゲーのヒロイン攻略ルート選択じゃねえか。お前の頭の中にいるであろう俺がどういう存在なのか物凄く気になるんだが。

 にしても俺はともかく、なんで委員長がいるのだろうか。ここ隣町なんだけど。

 

「牛肉か豚肉、どっちにしようか悩んでたんだよ。お前ならどっちにする?」

「そうだね……間を取って魚肉かな」

 

 その発想はなかった。

 

「魚肉入りのお好み焼きか……物好きだな、委員長」

「待って。どうして畏怖を込めた視線を私に向けるの?」

 

 俺には委員長の好物がわからない。魚肉入りのお好み焼きとか地球にもないんだぞ。

 家事スキルの高いスミ姉なら作れないこともないだろうが、味は最悪に違いない。いや、怖いもの見たさで挑戦するのもアリか?

 

 ――ミッドチルダの人間パネェ。

 

 前代未聞のチョイスに戦慄していると、委員長が自分の子供を心配するような顔になって口を開いた。そこは夫を見る目で頼む。

 

「というか緒方くん、お好み焼き作るの?」

「おう。まあ正確には俺じゃなくてスミ姉が作るんだけどな」

「ふーん……だから材料を揃えにわざわざ隣町まで出向いてきた、ってこと?」

「そゆこと。ほら、なんか地元の店舗全滅してただろ?」

 

 どこか思うところがあったのか、人差し指で頬を掻きながら苦笑いする委員長。

 ええいっ、こういう動作の一つ一つは可愛いんだよなぁコイツ。学校で真面目に接してくる点はどうしても許容できないが。

 

「もうすぐ七夕祭りが開催されるらしいから、その関係かもしれないね」

「七夕……うっ、頭が……」

「大丈夫? こういうときに備えて買っておいた頭痛薬飲む?」

 

 ホントにひでえ言い草である。いやホントに。確かに頭痛薬は必要かもしれないが、コイツの場合は常にこういうシチュエーションを想定している節があるから結構質が悪い。

 まだ委員長だからマシなのだが、これがアイちゃんや初等科のガキ共だったら殴って矯正しているところだ。そう、殴ってでも。

 女子を殴るのは気が引けるが、いざやろうとすると罪悪感が消え失せてしまう。この辺りはクソ姉二人にそっくりだと自覚している。

 にしても七夕かぁ……去年は委員長と二人きりで、しかも彼女の家で行った記憶がうっすらと残っているが、それと同時に起こった物凄く大事なことを忘れている気がしないでもない。

 ……ま、まあとりあえず去年の件は置いておこう。大事なことならいずれ思い出すに違いないし、無理に思い出そうとすれば思考回路が三回はオーバーヒートしてしまうからな。

 

「そういうお前は何してるんだよ?」

「見てわからない? 晩御飯の材料を買いに来てるんだけど……」

「そろそろデコピンかますぞテメエ」

 

 魔力で最大限に強化した一撃をな。

 

「ごめんごめん、三割は冗談だから」

「つまり七割は本気ってことじゃねえか」

 

 ホンットに、これがアイちゃんや初等科のガキ共ならボッコボコのボコボコにしてやるんだがなぁ。惚れた弱みってやつか?

 もしかすると、スミ姉にもこういう一面があるのかもしれない。見たくはないが。

 っと、かなり時間食ってしまったな。早く選んで買って帰らないとスミ姉に殺される。

 

「んじゃ、またな委員長」

「え? も、もう帰るの?」

「いや、まだ野菜を買ってないから帰ることはできんな」

「そ、そっか……じゃあ一緒に選んであげようか?」

 

 それは助かる。主婦――じゃなくて料理のできる女子がいると作業が捗るからな。

 牛肉、豚肉をかごに入れた俺は委員長と共に、できるだけ早足で野菜コーナーへと向かうのだった。こりゃ間に合いそうにねえや。

 

 

 

「ドラララララァ!!」

「はいっ、せいッ、ハイッ、セイィッ!」

 

 お好み焼きの件から数日経ったある休日。俺はスミ姉と共に以前アイちゃんをフルでボッコボコにした山へ訪れ、軽い組み手を行っていた。

 俺が打ちまくっている拳のラッシュを、スミ姉は右手だけで軽々と捌いていく。しかもかなり余裕っぽいからむっさ腹立つ。

 続いて身体を回転させ、下から連続で蹴り上げようとするもあっさりとかわされ、間髪入れずに右手で胸ぐらを掴み左の連打を繰り出す。が、彼女はそれを額で簡単に受けきった。

 もう一度言うがこれは軽い組み手である。だが、相手はあのスミ姉なのでどんなに軽くても殺し合いの域に突入してしまうのだ。

 

「ふぅ、しゃいくぞオラァ!」

 

 正拳突き、後ろ蹴り、蹴り上げ、とどめに踵落としを入れるもガード、回避、受けきる、刀よろしく白羽取りの順に対処されてしまう。

 するとスミ姉は白羽取りで対処した俺の足を両手でガシッと掴み、身体を持ち上げると腕力だけできりもみ回転させながら地面に叩きつけた。

 必然的に体勢が仰向けになるも、スミ姉の踏みつけという名の追撃を食らう寸前で起き上がり、すぐさま距離を取る。

 そして牽制の魔力弾を両掌から連射するも、スミ姉は弾幕全てを両手で弾いてみせた。

 

「その技、負けフラグだからあんまり使わない方がいいよ」

「言われなくても、わかってラァ!」

 

 俺は合わせた両掌の間に大きな魔力の塊を作り出し、足に微量の魔力を込めて暴発させ、一気に間合いを詰めて作ったそれを展開した魔法陣から砲撃として豪快に放つ。

 もちろんスミ姉はこれを回避し、俺の背後を取った。ははっ、一回死んだな俺。

 しかし、彼女が回避したからって砲撃が消えるわけではない。撃ち出された魔力は地面を削り取り、地形を変化させてしまった。

 

「隙だらけだよ。もしかしてわざとやってる?」

「そりゃ実戦じゃなくて組み手だしな。いろいろ試したくなるんだよ!」

 

 そう叫びながら間合いを詰めてスミ姉の肩を掴み、足下に魔法陣を展開して両手から魔力を変換させた電撃を放出させる。

 さすがに効いたのか眉をピクッと動かし、右の前蹴りで俺を強引に引き剥がすスミ姉。おおう、髪が大変なことになってら。

 単純な攻撃だが、アイちゃんやガキ共のそれとはモノが違う。胃液を吐きそうになるも必死に堪え、詰まりに詰まった呼吸を整える。

 

「けほっ、ごほっ……いくぜ」

 

 今度は正面に魔法陣を展開し、右手にこれまた魔力を変換させた氷結を纏う。

 次に地面スレスレで右腕を振るい、展開した魔法陣を通じて衝撃波のような冷気を放った瞬間、数十メートルはあろうかという巨大な氷塊が作り出され、スミ姉に向かっていく。

 が、スミ姉は迫り来る氷塊をワンパンで粉砕。拳圧で地面に張られた氷を吹き飛ばし、お返しと言わんばかりに魔力の衝撃波を撃ってきた。

 咄嗟に展開した魔法陣でガードするも、威力を殺しきれずに身体が宙を舞ってしまう。

 

「いでっ!?」

 

 ドスンという大きな音が響き、背中から全身に掛けて鈍い痛みが走る。クソッ、溜めと予備動作なしで撃つとか反則だろ。

 

「ふぅ……一旦休憩にする?」

「…………だな」

 

 やっと終わった。全身から力を抜きその場で仰向けになり、大の字で寝転がって同時に着ていたバリアジャケットを解除する。

 うーん……術的プロセスがあるとはいえ魔力変換は便利だな。自分でもよくできると思う。炎熱の変換も行っとけばよかったか?

 実は暇があればこうしてスミ姉や八神家の愉快な連中と組み手を行っている。今回が初めてというわけではないのだ。

 もちろん、魔法の使用に関しては許可が下りている。というかスミ姉が強引に下ろしてきた。どうやって下ろしたのかは知らんが。

 

「最近よく鍛えてるけどさ、インターミドルにでも出場する気?」

「信義に掛けて誓おう。それはない!」

 

 ちょっとカッコつけてみた。一度でいいから言ってみたかったんだよね。

 

「全然カッコよくねえから。シバくぞ」

「サーセン」

 

 スミ姉には受けなかったようだ。

 

「……じゃあなんで妙に気合いが入ってんのさ」

「さあな……」

 

 アイちゃんと引き分けた、合宿の模擬戦でガキ共に苦戦を強いられた等々、それらしい理由ならいくつか浮かんでくる。

 だが、本音の部分には何もない。空っぽだ。あえて言うなら生まれ持った才能を無駄にしないため、ってのが妥当なところか。

 そういやあと一週間でインターミドルの選考会だな。今頃ガキ共は特訓に勤しんでいるに違いない。帰ったら適当にエールでも送ってやろう。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 1

「そういうお前は何してるんだよ?」
「見てわからない? 晩御飯の材料を買いに来てるんだけど……」
「そろそろカンチョーかますぞテメエ」

 このあと滅茶苦茶ビンタされた。




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第38話「ボクっ娘と八重歯」

「とりあえず最良のスタートッ、おめでとうッ!」

「ありがとぅッ!? ……ございますッ!」

 

 夜の浜辺にて、俺はリナルディにお祝いの言葉を送りながらハイキックを右腕でガードし、こちらもお返しに右のハイキックを繰り出す。

 まさかその方向から来るとは思っていなかったのか、彼女は咄嗟にこの蹴りを防いだものの、威力を殺しきれずに引き摺られる形で後退。

 俺は追撃を入れるべく地面を蹴って跳び上がり、身体を横回転させながら右拳を繰り出すも、リナルディはこれをバックステップで回避した。

 

「――そこまでっ!」

 

 それと同時に合法ロリことヴィータさんの声が響き、俺とリナルディは構えを解く。

 リナルディは両手を膝に置いて、俺は背伸びしながら呼吸を整える。さすがに疲れた。

 

「ふぅ……」

「はぁ……はぁ……」

 

 ――今朝。

 俺はパソコンの電源を入れたまま寝落ちしていたところをスミ姉に殴り起こされ、DSAA主催の公式魔法戦競技会、インターミドル・チャンピオンシップの選考会を観に行くはめになった。

 もちろん、原因と目的はガキ共とアイちゃんだ。というかアイツら以外は知らない奴ばかりだしな。写真になる女子は大量にいたが。

 悪い結果にならないか心配――でもなかったが、全員スーパーノービスからのスタートとなった。ちなみに姉さんはシードだ。

 ノーヴェが言うには『最良のスタート』らしく、一回勝てばエリートクラスに上がれるとのこと。トーナメントの組み合わせが決まっているのに選考会をやる必要とは一体。

 その後、上の観客席で姉さんと彼女の愉快な知り合い達が軽く揉めているのを目撃。姉さんのせいでちょっとばかり怯えてしまった。

 そして帰りにガキ共と別れたところでザフィーラさんに誘われ、今に至る。この際、拉致られて掘られると思っていたのは内緒である。

 

「ミウラはともかく、お前はそんだけ強いのに出場しねーとか損してるぞ」

「お言葉ですがヴィータさん。俺は持った才能を無駄にしたくないだけで、わざわざ大会に出てまで知名度を上げたいわけじゃないんですよ。わかります?」

「わからなくはないが……もっと先を、上を目指そうとかは思わねーのか?」

「常に目指してますよ、そんなもの。目指した結果がコレですから」

 

 そう言いながら魔力を変換させたものである炎熱、電気、氷結を一瞬だけ披露する。

 何故どいつもコイツも俺を出場させようとするんだ全く。こっちは願い下げなんだよ。

 

「ところでリナルディの対戦相手って誰でしたっけ?」

「スーパーノービス戦はゼッケン399の子、その次が上位選手のミカヤ選手です!」

 

 子供のような高い声で答えたのは第二の合法ロリことリインさんだ。フルネームはリインフォースⅡ。Ⅱはドイツ語でツヴァイと読むらしい。

 わかりやすく彼女の名前を要約すると、二代目リインフォース。スミ姉に聞いた話だが、彼女には初代が存在している。

 確か名前は……八神さんはアインスとか言ってたっけ。写真で見た感じは凄い美人だったし是非とも会ってみたいと思ったが、すでに故人となっていたのでその願いは叶わなかった。

 ……ちなみにスミ姉は一度だけ会ったことがあるらしい。詳しいことは教えてくれなかったが。

 

「シェベルさんか……」

 

 それにしてもなんか雑魚っぽいゼッケンの子はともかく、初出場で上位選手、それも屈指のベテランが相手とはリナルディもツイてないな。

 かつて対戦したことのある姉さんが言うには大した相手じゃないらしいが、それはあの人が自分を基準に判断しているのでアテにならない。

 なので客観的に見れば、居合いの腕は達人のそれと言っていい。対戦したことも会ったこともないから詳細まではわからんが。

 ただ、それ以外で注目させてもらうならあの容姿だ。美人なうえに胸がデカい。人の好みにもよるが、男なら間違いなく興奮するだろう。

 

「……鼻血が出てるぞ」

「おっと失礼」

 

 ヴィータさんに指摘され慌てて鼻元を拭ってみると、手の甲に赤い液体が付着していた。

 リナルディはこちらに微妙な視線を向け、リインさん――二代目は苦笑い、ヴィータさんは呆れたように口元を引きつらせている。

 

「男の子なら興奮するのは仕方ないです」

「まあ、そういうこった。お前も気をつけろよ」

「? は、はい……」

「いや待ってください。なんで男は皆こうだ、みたいに言ってるんですか。それにリナルディは対象外なんで変な気は起こしませんよ。多分」

 

 いくら何でもこれは心外である。

 そもそも大体の男は欲望を隠している。俺はその隠していた欲望を解放しただけに過ぎない。

 つまりムッツリからオープンになっただけだ。さすがに理性は残っているがな。

 

「あ、あの……」

「ん?」

「よ、よくわからないんですけど……つまりボクには女性としての魅力がないってことになるんですか……?」

 

 物凄くションボリした顔で俯き、今にも泣きそうな声を出すリナルディ。

 とりあえず普通に可愛いのでカメラに納めておこう。これはこれでレア物だろう。

 だがどうしよう。一般的に見れば間違っていないから彼女に掛けてやれる言葉が見つからない。

 

 ――俺的には充分イケると思うけどな!

 

 まあ、何か言わないとアピニオンさんや合宿時のアイちゃんのように虫けらを見るような視線を向けられるのは確実である。

 だから俺はこう答えよう――

 

「――それだけはないから大丈夫だ。人によっては需要ある存在だからな、お前は」

「?? そ、そうですか……」

 

 意味がわからないと言わんばかりに首を傾げてはいるが、どうにか納得はしてくれたようだ。

 要は一般論である。自分なりの答えが見つからないとき、この理論は必ず俺を助けてくれる。

 

「まあイツキの戯言は置いといて、試合に向けてあたしとシグナムが今まで以上に相手をしてやる。ガッツリ鍛えていくから覚悟しろ!」

「イツキも協力してくれると嬉しいですっ!」

「は、はいっ! お願いしますッ!」

「たまにならいいですけど……」

 

 そんなこんなで、俺はリナルディの修行に協力することになったのだった。

 

 

 

「先輩っ! 遊んでください!」

「そんな暇があるなら練習してこい」

 

 リナルディの協力者になって二日ほど経ったある日の午後。

 俺は八重歯が特徴的なリオ・ウェズリーという、自分の知る美少女の中では一番苦手な奴と公園で遭遇してしまっていた。

 何故よりにもよってコイツなんだ……まだ姉さんLOVEなジークさんの方がマシに思えてくるレベルだぞ。あっちもあっちで嫌だけど。

 

「とりあえず……離れろぉ!」

「冷たぁっ!?」

 

 背中にしがみついていたウェズリーを、氷結を彼女が凍らない程度に使って引き剥がす。

 まさかこんな形で変換技術を使うことになろうとは思いもしなかった。これは酷い。

 ウェズリーは不満そうに頬を膨らませるが、やることの一つ一つがアレなので全然可愛く思えない。見た目は普通に可愛いけど。

 皮肉なことに慣れつつあるのでむやみに手を上げることはないが、イラつきはするので聞こえない程度に舌打ちをする。

 

「お前、練習はどうした」

「もう終わりましたっ! なのであたしに遊ばれて――あたしと遊んでください!」

 

 今コイツ遊ばれてとか言わなかったか?

 

「遊ばれるのも遊ぶのもお断りだ」

「それじゃあ、あたしで遊んで――痛ぁ!?」

 

 どさくさに紛れてとんでもないことを言おうとしたのでデコピンをかまし、言葉を遮る。

 今のところは大丈夫そうだが、もしもここが街中で聞かれていたらと思うとゾッとする。こんなことで人生を終わらせたくはない。

 今度こそその場から――ウェズリーから逃げようと背を向けた瞬間、背中に柔らかい感触が伝わってきた。あと結構な重さも。

 

「……降りろクソガキ」

「先輩が遊んでくれるまで降りませんっ! 氷結を使っても無駄ですよ!」

 

 ウェズリーがそう啖呵を切った途端、感触と重さに続いて背中が熱くなっていく。そういやコイツ、炎と雷の変換資質を持ってたな。

 悔しいが、これで氷結は使えなくなった。それにこのガキ、両腕を俺の首に回して後ろに体重を掛けてやがる。このままじゃ窒息してしまう。

 ここが校内だったら力ずくによる逃げの一手なのに、世間の視線があるこの公園や街中じゃ下手に動けない。どうにかならないものか。

 ……どうせ彼女は殴っても喜ぶだろうし、諦めてもくれない。構った時点で俺の負けだ。なのでそれを利用させてもらう。

 

「よしわかった、遊んでやる。遊んでやるから降りてくれ」

「はいっ!」

 

 諦めたふりをしてそう言うと、ウェズリーはあっさりと降りてくれた。もちろん、俺の狙いは彼女が離れる瞬間である。

 

「それじゃ先輩、何して遊び――ああっ!?」

「さらばだウェズリー!」

 

 期待の眼差しを向けるウェズリーを置き去りにし、全速力のダッシュで公園から離脱する。

 まともな話し合いが通じず、暴力でも解決ができない以上、こうするしか道はないのだ。

 ある程度公園から離れたところで後ろを見てみると、プンスカと怒りながら追いかけてくるウェズリーの姿があった。うむ、可愛い。

 

「待ってください先輩! どうして逃げるんですか!?」

「変態から逃げない奴はいないのだ!」

「あたしは変態じゃありませんよ!?」

 

 いやどう考えても変態である。自分の身体が下敷きになるのを喜び、殴られても嬉しそうに口元を緩めるなど、まさに変態の鑑と言っていい。

 

「先輩はあたしのことが嫌いなんですか!?」

「安心しろっ! 俺はこれまでの人生で美少女を嫌いになったことは一度もない。だが、お前は苦手な部類に入る! それだけだ!」

「逃げる時点でその言葉に説得力はありません!」

 

 こーんな感じで一時間ほど逃げ回っていたが、最初にいた公園へ戻ってきたところでウェズリーの姿と気配はなくなっていた。

 ……悪いな。お前のことは本当に嫌いじゃないんだ。ただお前の属性が特殊過ぎて近寄りたくないだけなんだ。許してくれたまえ。

 今度何か奢ってやろう。些細な罪悪感でわずかに心を痛めた俺は、そう思いながらウェズリーを絵のモデルにしようと考えるのだった。

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 32

「――それだけはないから大丈夫だ。人によっては需要ある存在だからな、お前は」
「?? そ、そうでしゅか……!?」
「グッハァッ!!」
「い、イツキ!?」
「大丈夫ですか!?」

 いかん、また萌え殺されるところだった。




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第39話「認めたくないものだな」

「ふぃ~。対戦相手のデータだけでもこんなにあるのか……」

「そりゃ都市本戦までが前提だからね、サツキちゃんの基準だと」

 

 我が家のリビングにて、俺とスミ姉は姉さんの対戦相手になるであろう出場選手を研究すべく、スミ姉が入手してきた資料を見ていた。

 今年はスミ姉と共に姉さんのセコンドを務めることになってるからな。自分で志願した身だ、最低でもこれくらいのことはしないといけない。

 ……とはいえ、別にこんなことしなくても姉さんなら余程のことがない限り都市本戦への進出は確定的である。あれでも上位選手だしな。

 

「うーん……どれもパッとしないなぁ……」

「サツキちゃんがトップシードになっている3組はルーキーが多いからね。第2、第3シード枠の選手以外は試合にすらならない可能性もあるよ」

 

 本来ならここに姉さんも加わるべきだが、大抵のことは初見で対応してしまう人なので相性の悪い相手以外は対策を立てる必要すらない。つまり彼女がいても邪魔になるだけだ。

 そんなことを考えつつ資料を一枚ずつ見ていくと、少しばかり興味深いものがあった。

 

「リンネ・ベルリネッタ……?」

 

 こんな奴いたっけ?

 

「スミ姉、このデータなんだよ」

「ああ、それね。今日たまたまフロンティアジムってとこに寄ったら面白そうな子がいてさ。必要ないけどこっそりデータを取っておいたよ」

 

 そんなことでイチイチ余計なもん増やすなよ。というかよくバレなかったな。

 ――白くて長い髪に紫色の瞳。さらに当然というべきか、整った顔立ちをしている。アイちゃんや委員長に引けを取らない美少女だ。

 フロンティアジム所属の格闘競技選手で、年齢は11歳。デビューして半年も経っていないためか、今のところは無敗である。

 ご丁寧に入手されていた映像で見る限り、発育も良さそうな感じだな。特に胸なんて今のアイちゃんの倍はありそうだし。

 本人に会ったら是非とも写真を撮らせてもらおう。そう思いながら資料を読み進めていくと、今度は別の意味で興味深い内容が書かれていた。

 

「トータルファイティングか……」

 

 俺やジークさんと同じスタイルじゃないか。まあ俺の場合はどっちかというと魔法主体になるけどな。となるとジークさん寄りか。

 ――立ち技・組み技の両方に優れ、インでもミドルでも戦える打撃スキルを持つ。魔法にも長けているようで、目立った弱点は特になし。

 これだけなら嘘くさいと吐き捨て嘲笑していた俺だが、資料を読みながら映像を見ていくうちに笑いも出なくなっていた。

 

「…………マジかよ」

 

 このお嬢さん、信じがたいことに本質的にはパワー型と書かれている。そう、パワーだ。

 腕力、脚力、体幹と全身の筋力が強い。実際に映像の彼女も見た目からは想像もできない、したくもない派手なプロレス技を披露している。

 しかも力が強いせいでどの技も必殺の一撃になるようだ。第二の姉さんかコイツは。

 そして彼女はU15で活躍している選手だが、筋力・魔力共に凄いのでスペック上は姉さんを始めとした怪物共の巣窟、U19でもやっていける可能性はあるだろう。

 もちろんあくまで可能性な、あくまで。どんなに強くても所詮はルーキー。いきなりトップに勝てるほど、世の中は甘くできていない。

 ……そう言えば。

 

「ベルリネッタって大手企業だったよな?」

「それがどうかしたの?」

「半年くらい前にそこの養子が自分の通っていた学校で事件を起こした、みたいな感じでニュースになってた気がするんだけど……」

「ああ、あのお茶の間の子供達が号泣してもおかしくなかった事件ね」

 

 確か事件を起こしたのはイジメの被害者――つまりベルリネッタのお嬢さんで、簡潔に言うとイジメっ子に対して報復を行ったのだが、その内容が凄惨だったこと、被害者兼実行者が大手企業を立ち上げるベルリネッタ夫妻の養子だったことで話題を呼んでいたはずだ。

 しかもその被害者は現在、格闘技選手になっているときた。全国的なニュースになるほどの一件にどうやって決着をつけたのか結構気になる。

 

「よく牢屋にブチ込まれずに済んだな」

「そういうイツキちゃんもね。()()()()()を保護観察にまで下げるの大変だったんだから」

 

 スミ姉がさりげなく言ったアレの処分、と聞いて思わず顔をしかめてしまう。クソッ、今となっては黒歴史なことを思い出させやがって。

 

「まあ、俺達にとっては住みにくい世界だよな、ここ」

「…………そうだね」

 

 俺達の生まれ故郷である地球なら例えイジメの被害者であろうと関係なく、事件を起こしたその時点で加害者へと扱いが変わり、例外でなければ最終的には法の裁きを受けることとなる。

 そう考えるとミッドチルダの犯罪への対応は状況にもよるが、地球よりかは比較的優しいと思う。俺の知る限りでは、だが。

 これぞ世界観の違いというやつである。ミッド人からすれば異世界の住人である俺らは異質の存在になるし、その逆もまた然り。

 なのでここの連中がそういう奴らを見下したり、敬遠したりなんてことは意外とよくあるのだ。差別意識が激しいとも言う。

 

「さーて、仕事仕事」

 

 危ない危ない。いつの間にか話が逸れてたうえに、昔を思い出して物思いに耽ってしまった。

 読み終わったベルリネッタの資料を投げ捨て、作業に戻る。つってもあと数枚で終わるが。多いつっても一人でやってるわけじゃないし。

 

 

 

「…………あったぞ」

 

 とある書店にて。俺はイラストの素材を手に入れるべく、人目も憚らずに美少女がいっぱい載っている雑誌を二冊ほどかごに入れている。

 いつもこうしているわけではなく、普段はスミ姉を通じて薄い本を大量に入手している。さすがに堂々と成人向けの薄い本を買うのは無理だからな。身分証明書を見せたら一瞬で詰むし。

 まあそんな地球では当たり前のことを考えつつ、三冊目の美少女雑誌をかごに入れる。今度は水着のお姉さんが載ってるやつだ。

 

「――ん?」

「あっ、イツキ」

 

 必要なものは全て確保したのでさっそくレジへ向かっていると、建築関連のコーナーで真剣に悩むルーテシアと目が合った。

 薄紫っぽい色のワンピース(?)を身に纏い、首にスカーフを巻いている。豊満な体型に合わせて大人っぽくしたのだろうか?

 

「こんなところで何してるんだ?」

「人の胸にヤラしい視線を向けるバカでも見たらわかるでしょ? 買いたい本を選んでるの」

 

 一言余計だがそのスタイルに免じて黙認してやろう。カメラにも納めたし。

 

「……お前、こないだ自分の才能が怖いって言ってなかったか?」

「それがどうかした?」

「わざわざ買う必要なくね?」

「それとこれとは話が別」

 

 コイツ、確か合宿で使用した訓練場や温泉を自力で作り上げたと言っていたはずだ。そこまでやれる奴に説明書が必要とは思えない。

 その才能あるルーテシアは手に持っていた『建築の定義』という難しそうな本を棚に戻すと、真面目な表情でこちらへ近づいてきた。

 すぐにそれを軽く制止した俺はレジで会計を済ませ、店を出たところで口を開く。

 

「ふぅ、なんか聞きたいことでもあるのか?」

「まあね……セコンドのあんたから見たサツキさんの試合はどうだった?」

 

 セコンド。

 その単語を聞いた俺はその場で考え込み、昨日行われた姉さんの試合を思い返していく。

 ――昨日は初戦、二回戦と二試合あったのだが、姉さんは両方とも秒殺でケリをつけてしまった。最初は参考にしようと思っていた俺でもこれはダメだと言えるほど、一瞬で。

 しかも決め手はただのパンチ、それも魔力による身体強化はなしときた。こんな選手は姉さんをおいて他にいないだろう。

 

「はぁ……言っとくが敵情視察ならやめておけ」

「どうしてこういうことには鋭いのよあんた」

「俺の第六感に不可能はない――あっ、今のなし」

 

 危なかった。あと少しで自分がバカだと認めてしまうところだった。

 

「……………………で、どうだったの?」

「一瞬だったよ。勝負にすらなってなかった」

 

 凄い間があったけど気にしたら負けだ。

 ルーテシアは予想通りの返答だと言わんばかりにため息をつき、後頭部を掻く。

 だがちょっと待て。俺から見た姉さんの試合つったなコイツ。ということは……

 

「お前も試合見てたのか」

「モニター越しだけどね。あとヴィヴィオ達も会場で見てたらしいわよ」

 

 マジかよ――いや、別に驚くことでもないな。アイツらも出場選手だ。俺やスミ姉のように相手の研究くらいは行っているに違いない。

 ……今回の場合は対策どころか参考にすらなっていないのは容易に想像がつくけど。あの人身体能力が異常なだけで格闘技は素人だし、魔法もバリアジャケット以外は使ってないし。

 とりあえず他の奴らに姉さんの勇姿は見られている、ということは記憶させてもらおう。

 

「まっ、そういうことだから――カメラのメモリを渡しなさい。データを全消去するから」

「絶対に嫌だね」

 

 そんなこと、例え合意の上でパイタッチや(ピー)ができるとしてもやらねえよ。まだバックアップ取ってねえんだぞ。

 ていうかカメラを持ってるのがバレてることと話が一気に逸れたことに驚きだよ。

 何か抜かっていたのだろうか。ちょっと疑問に思った俺はジト目でこちらを睨むルーテシアに聞いてみることにした。

 

「なんで俺がカメラ持ってるってわかったんだ?」

「シャッター音とフラッシュよ」

 

 俺のバカヤロウ。

 

「ヴィヴィオ達のためにも、カメラのメモリを渡しなさい。これが最後の警告よ」

「はっ――お断りだバカヤロー!」

「あっ! こら待てイツキ!」

 

 そう告げると同時に駆け出し、追いかけてきたルーテシアを振り切ろうと裏路地へ入る。ここならアイツでもついてこれないはず。

 にしてもアイちゃんといいルーテシアといい、最近はやけに女子から追っかけられるなぁ。これがいわゆる女難の相というやつか。

 このあと先回りしていたルーテシアにあっさりと確保されたが、カメラを守るべく変換技術を駆使して再び逃げることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………カメラが壊れた」

〈強引に変換技術を使ったせいですよ〉

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 18

「はぁ……言っとくが敵情視察ならやめておけ」
「どうしてこういうことには鋭いのよあんた」
「お前は知らないだろうが、俺には心の目と第三の目があるの――」
「ぶふ……っ!!」
「――今のなし! なしで頼む!!」

 こうして俺に新たな黒歴史ができた。





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