ガンナーは神と踊る (ユング)
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第一話

知っている人は知っている旧猫世界、現グインです。
またちょくちょく投稿していくのでよろしくお願いします。
以前読んでいてくださった方も、初めて読む方も楽しめるような作品に出来たらなと思います。


彼らは世間一般で言う不良であった。

学生服をだらしなく着こなし、髪を奇抜な色に染めて、腰にはジャラジャラとチェーンを巻きつけていたり、人によっては耳や鼻に穴を開けてピアスをつけていたりといかにもな連中であった。バイクを乗り回し、他者に暴行を加え、教師や親なんざ関係ないと万引きやカツアゲなど問題を起こしては警察の世話になると札付きのワルであった。当然、地元に住んでいる人たちからは嫌悪の眼で見られていたが、触らぬ神に祟りなしといわんばかりに避けられてもいた。彼らの親もまた彼らの扱いに困っており、肩身狭い思いをしていた。

しかし、そんな悪評すらも誇らしげに掲げ、俺達は社会に束縛されている連中とは違うと主張していた。気に入らないことがあれば我慢せず、国家権力に敗れても心までは屈服したわけではないと不敵に笑う。それはしがらみだらけの社会に対するアンチテーゼだったのかもしれないし、平凡に生きたくはないという彼らの願望であったのかもしれない。

だが、今となっては、もう知る術もない。

何故なら、ある男と出遭ったことで彼らは劇的に変わってしまったからだ。

それこそこれまでの己の行動原理を思い出せなくなるほどに、理解不能になってしまうほどに。

 

―――逢魔ヶ時に遭遇したその男は衝撃的であった。

 

最初にその違和感に気がついたのは、誰であったか。

いつものように後輩から金を巻き上げて、学校を自主退席しては適当にぶらつき遊びまわっていた彼らは、日が傾きほのかに赤く染まっている道を連れ立って歩いていた。

勿論、夕方になったから家に帰るなんてことはなく、むしろ彼らの時間はここからだといっていい。これから来る夜の時間に、彼らだけの時間に心なしか浮き足立っていた彼らだが、ショートカットするために公園を横切っていた時、ふと周りの様子がおかしいことに気が付いた。ふざけながら歩いていたので、最初はそれが何かが分からなかった。だが、道を歩いていくうちにその違和感の正体に気付く。

静か過ぎるのだ。

いつも聞こえている音が無くなったかのような、そんな静寂。

まるで世界に俺達だけしかいないような、奇妙な感覚。

いや、何よりもまだ夕方なのに自分達以外の人影が見当たらないことが何より不可解だった。この公園は広く、いろんな人がたくさん来る。影ではカップルがちょめちょめなんてこともあるくらいだ。実際さきほどまでは結構な数とすれ違っていた。だが、今はその影すら見えない。

あまりの異常事態にその場で立ち尽くす彼らの耳は、かすかな音を拾い上げた。

地面を踏みしめる音だ。

どんどん近づいてくるその音は、前方から聞こえてきた。

ザッザッと、普段は意識もしないただの足音なのに、殊この静寂の世界においては恐ろしく強調されていた。

やがて、彼らの目の前の一つの影が現れた。

風景から浮いているようなそんな違和感。よくある怪談話に似た状況が彼らの心臓を跳ね上げる。だが人影が近づくにつれて、安堵のため息をつく。あることに気がついたからだ。夕日の影に隠れて顔こそ見えないものの、その人影は男で、どうやら彼らと同年代であること。その男は学生服を身に纏っていたのだ。

要するに彼らはちょっと変な状況に陥って冷静な判断を見失っていたのだ。だがふたを開けてみれば、別にどうってことはない。たまたまだったのだと安心する。

 

状況が自らの認識の外を行く未知なる非常識でなく、自らの知る常識内に当てはめることができることが彼らの緊張を和らげる。

だからこそ、その反動が目の前の人影に向くのは必然のことであった。

八つ当たりである。相手は学生。しかも都合のいいことに一人であり、お金をせびるにはいいカモである。不良たちはビビッてしまった自分たちを塗りつぶすように、矛先を相手へと向け、にやにやと顔をゆがめながらその足を前へと動かす。

 

瞬間、彼らは圧殺された。

手も足も腕も顔も胴体も、身体のあらゆる部分がふかしたジャガイモのようにたやすく、あっさりと潰された。

―――そう錯覚した。否、錯覚させられた。

 

気が付けば全員座り込んでいた。中には嘔吐する者もいた。失禁する者もいた。だが、それを咎める者も嗤う者もいない。そんな余裕など吹き飛んでいる。目があった瞬間死を錯覚させられた。漫画ではなく現実で、それも恐ろしくリアルに。

平和な日本の中に生きていて、そんなものに耐えられる人間は少なくとも彼らの中にはいなかった。

もはや彼らには、身体を震わせるしか出来ない。逃げることは愚か、立つことも動くことさえ出来ない。ともすればショック死していた可能性も考えると、むしろ全員息をしていることは奇跡だろう。

そんな不良たちのあられもない姿を見ても、男は尚少しも歩みを止めない。

まるでそれが当然の如く、堂々とした足取りで歩く。

 

不良たちに近づくに連れて、明らかになっていくその容姿。

不良たちは確信する。

 

こいつだ。

公園の異常なまでの静けさ。この男こそがその原因であると。

 

夕闇の影に浮かぶ眼光。そこから放たれる威圧。

 

これは文字通り威圧だ。殺気なんてちゃちなもんなんかじゃない、威圧だ。

そうとしか、この現象を表現できる言葉を不良たちは持ち得なかった。

事実、その表現は的確であるといえよう。

彼が一歩歩くたびに、木々が軋み、空間が悲鳴を上げる。これが錯覚だとは思えなかった。こいつは、世界を威圧している!

 

普段は平穏に暮らしているであろう虫や我が物顔で散歩をする猫達動物が見当らないのは、この男の放つ威圧に恐れをなしたからだ。そして、不良たち以外の人間がこの場にいないのもきっと同じ理屈に違いない。思えば、すれ違っていた人々は只ならぬ様子であった。そして、俺達と違って逃げ出せたのはこいつが姿を現す前に気が付いて、一目散に逃げ出したからだ。そのことに気がつきはしても、もはや意味のないことであった。今更後悔しても、もう全てが遅すぎた。

 

もうこいつの『眼』から逃れられない。

否、こいつの『眼』から目を離せない。

 

―――――ああはなりたくねぇ・・・。

 

そう、呟いたのは誰であったか。いや、本当に呟いたかどうかさえさだかではない。しかし、それは誰もが心のうちに思い浮かべたことだった。

それは人が息をするがごとく自然に、そして当然に思い浮かんだ。

何一つ疑問を抱かず、さながら子供が理屈なしに納得するがごとく、彼らは頭でなく本能で理解していた。嫌悪と恐怖の目で彼を見ていた。普段自らに向けられる目と同じ目で彼を見つめていた。

 

どう生きれば、いやどう生まれればあんな『眼』になるというのだろうか?

前髪に申し訳程度に隠れているだけで、不良たちの目には彼の眼がはっきりと映っている。

三白眼というには余りにも鋭すぎ、光を映さない死んだ眼というには余りにも暗すぎ、あらゆる負の感情が見え隠れしているというのに、余りにも整いすぎている男の眼が。

 

あんなの、あんなおぞましいもの人間がしていいものじゃない。なのに、こいつは化け物じゃなくて人間だ。そして、あれは俺達の行きつく先の果ての果てのその果てだ。

不良たちはそのことを本能的に悟った。

 

そして同時に自分自身の目に対して、言いようもない不安を抱く。万が一もないのに、万が一の可能性を考えてしまったからだ。今、目の前にいるこいつの『眼』だけは自分にあってほしくない。どれだけ悪業を働いてもあんな目つきになるとは思えないが、一瞬でもその可能性を考えてしまった時点でもう彼らはこれまでやってきた己の行いになんら魅力を見出せなくなってしまった。ほんの少しも、あの目に近づきたくないという拒絶反応が全身を襲う。

 

こんなものいつまでも見ていたいものではない。

しかし、自分の目が男を視界に捉えるのをやめてくれない。目が目の前の男から離れてくれない。いっそ意識を失いたいというのに、その意識が無理矢理男に向かってしまう。

 

ああ、闇が、混沌が、暗い暗いクライくらい・・・・・・

 

「ふひゃ・・・ふひ・・・・ふひゃはははははあは・・・・」

 

笑い声が聞こえる。幻聴なのか、誰かが笑っているのか、それとも自分で笑っているのか。

精神が壊れたのか、はたまた精神の安らぎを求めるために無理矢理笑っているのか。

分からない。分からないわからないわからないわからないワカラナイ・・・・・・

闇がより一層その濃さを増した。

きひっ、きひひきひゃはあ。誰も彼もが堰を切ったよう笑い出した。

男は一瞥もせずに、彼らとすれ違う。彼らの存在など気にもかけていなかった。

男が公園から姿を消しても虚ろな笑い声が響いていた。

警察が彼らを保護するまでずっと、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺には前世がある。

などと臆面も無くほざく奴がいた日には間違いなく正気を疑うものだが、いざ自分がその立場になって見るとそう言っていられなくなった。しかし、なるほど、実際に経験してみてなんだが、やはり信じられるものではない。今までの常識を覆すこの現象を受け入れまいとして常識が非常識を拒絶し、それでも現状がそれを事実として物語っているわけなのだから、無理矢理にでもねじ込まれていく。ならいっそのこと認めてしまったほうが楽だ。

 

この俺田中太朗には前世がある。

うん、改まって宣言するとやっぱり恥かしい。事実であるというのに、なんともいえない羞恥心はまるで自分が特別な存在であると思い込んでいたのが、年を重ねるにつれてそうではないと自覚し、社会人になってもふとした拍子に思い出してしまう、そんな黒歴史のようなものだ。何故大人になってまでこんな妄想染みた現実を考えなければならないのか。しかし、俺は悪くない。

 

悪いのは、鉄骨の雨を降らせた建設業にいそしんでいた人たちだ。それが原因で俺は死んでしまい、その先で神を名乗る存在に出会い、流されるままによくあるネット小説のようにテンプレなやりとりをして適当な世界に転生させられたのだから。

何かが切れる音がしたと思ったら、轟音と共に振ってくる影を見たときの絶望感といったらなかった。視界に映る全てがスローになり、俺は呆然と立ち尽くしたまま圧殺された。

救いといえば、痛みもない即死で逝けたことだろうか。

ああ・・・だけど、明日はくるものだと信じていたのに何の前触れもなくこうして死んでしまったという事実は、俺の気分を最悪にさせる。俺には未練というものはほとんど無かったけれど、それでもあるにはあったのだ。

前世に残してきた未練。それは、両親の存在。

みんなに嫌われる俺を二人は愛してくれた。一時期荒れたときもあった。引きこもった時もあった。二人に迷惑をかけるだけ、かけてきた。

叱られたことも、殴られたこともあった。泣かせたこともあった。

それでも二人は見捨てないでくれて、俺が成長するのを待っていてくれた。

そして、何の恩も返すことも無く勝手に死んでしまった。

一体俺という存在は何だったのだろうか。

無意味に生まれて、無関係に生きて、無価値に死ぬ。まさにそんな言葉を体現したような人生だった。

 

遠く離れた場所どころか、世界をまたいでしまった今、二人とはもはや一目見ることも一言話すことも叶わない。

元の世界にどれだけ似通っていようが、この世界には二人はいない。

俺がどれだけ二人に救われて、どれだけ二人に感謝していたのか、それを伝える手段はなくなってしまったのだ。

もはや後悔の念しかない。そんな不幸な事故にあってしまった自分の不運と不幸と不甲斐なさに、涙がこみ上げる。

 

だから、せめて今の両親だけでも、たとえ誰に自己満足だといわれようと恩を返そうと思った。前世の知識というアドバンテージをフル活用し、親が皆に誇れるような職業に就こうと小さい頃から勉学に励んだ。公務員にでもなれば、今の両親もかつての両親も喜んでくれるだろう。

ああ、だけどなんだろうなぁ、このこみ上げてくる空しさは・・・・。

 

「そう簡単に割り切れるもんでもないよなぁ」

 

そう呟いて、ため息をつくのであった。

暗い方向へと向かう思考を切り替えるために、目の前に集中する。

気が付けば、いつも通る公園前まで来ていた。

 

「相変わらず人の気配がないな」

 

学校から家への帰路の途中にあるこの公園を、俺は近道のつもりで毎日通りかかっているのだが、まだ夕方であるというのに人気がほとんど感じられないというのは一体どういうことなのだろうか。ここそれなりに広いから場所によっては人がいるかもしれないけど、それにしたって静かだ。普通は連れ立って帰る親子とすれ違いそうなものだけど。

まぁ俺にとっては都合がいいけどね!

 

そう、この静けさは俺にとっては好都合なのだ。何故なら、俺は生まれつき目つきが悪い。それこそ出会い頭に人に悲鳴を上げられるくらいに悪い。前世でもこれのせいで俺は嫌われていた。神様に普通の目つきにしてくれとお願いしておくのだったと後悔するくらい悪い。むしろ、悲しいまでにパワーアップしている。

そのため、この目つきの悪さを隠すためにサングラスをかけている。学校でも勿論許可は取っている。というか、むしろ推奨された。解せんことはないけど、釈然としない。

 

だから、人がいないこの公園は俺にはとっても落ち着く場所なのだ。誰ともすれ違わないから、安心して堂々と歩いていける。サングラスもここでは外せるのだ。てか、夕方ってほのかに暗いからサングラスつけると視界が暗すぎて危ないしね。

というわけで早速ここまでの道中つけていたサングラスを外し、中に入る。

やっぱり人気ないなぁ。

見慣れているため、特に見るところもないのでさくさくと進む。

しばらく歩いていると前方に人影が見えた。結構な人数いたが、そんなことよりもこの公園に人がいることの方が驚いた。それだけ人がいる状況は珍しいのだ。

とはいっても、珍しいだけなのでそのまま足を進めていく。

近づくにつれて、様子がおかしいことに気が付いた。

その人たちは全員明らかに不良だった。もう見た目からして不良だった。自分も人のこと言えないがこいつらは明らかに不良だった。服装もそうだが、何よりも。

 

「けひっ・・・けひぇへっへっへ」

「あひゃひゃひゃ」

「うひひひひぃ」

 

全員、正気を失っていたのだ。しかも寒そうに身体を震わして。

明らかに怪しい小麦粉的なものをやっているに違いない。そうでなければ、こんなに状態になるはずがない。

虚ろな眼をして、何が楽しいのか笑っていた。もう時間帯と相まって不気味だった。とても怖い。しかも何が怖いって、俺の足音に反応したのか、全員こちらを見て笑っているのだ。

とりあえず、見られたからには、こちらも見返すしかない。

相手が不良だということで睨みつけることにした。いわゆるガンつけだ。常人であれば、ただの挑発行為も俺の眼にかかれば話しは別だ。俺のことはガンナーと呼びな。

などと胸中でふざけていると、不良たちは狂ったように笑い出した。

日常に潜むホラーって奴を垣間見た気分だ。どうやら、俺のガンつけが悪い方向に作用してしまったらしい。

とりあえず、ここに放置するわけにもいかないので、携帯を取り出して警察に任せることにした。

 

公園で久しぶりに見た人たちがアレな感じだったのにやるせなさを感じつつ、俺は公園を去った。

襲い掛かってこなかったことに安堵のため息をつきながら。

 



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第二話

―――口は災いの元
そのことを身をもって体験したというにはあまりにも大きな失敗であった。
                              とある教師の述懐より抜粋


不思議な感覚だった。

とにかく、ぼーっと呆けていたような気がするのに、意識ははっきりしている。

自分でも意味が分からないけど、それが一番近い状態だ。

そうして、どれくらい経ったのか知らない。一瞬だったような、結構たったような。

けど、気がつけば俺の耳はある音を捉えていた。

 

・・・ん

・・・ーん

ちょーん

 

それは何かを強く打ち合わせたとき生じる、高い音。

しばらくして、それが拍子木の音だってことに、思い至る。

その音が、力強く響いては、段々こちらに近づいてくるが分かった。

 

自然と耳を傾ける俺。

すると、拍子木の音だけじゃないことに気がついた。

声だ。どこからともなく、女性の声が聞こえるんだ。落ち着いて、深みのある美しい声。少なくとも声だけは、俺の好みにはドンピシャだった。

気がつけば、俺は音楽とも言うべき、その二つの音色に意識を集中させていた。

 

ちょーん。

『ひふみよ いむなや こともちろらね』

 

拍子木の音にあわせて、清んだ歌が響く。

 

ちょーん

『しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか』 

二つは決してお互いを邪魔することなく。

 

ちょーん

『うおゑにさりへて のます あせえおれけ』

 

むしろお互いを高めあうかの如く、綺麗なハーモニーを奏でていた。

 

ああ、心地良いなぁ。

貧相な語彙で悪いが、イメージは昔の日本の音楽って感じだ。

聞けば心が清められる、心が安心できる音楽。

ああ、いつまでも聞いていたい。

しかし、幸福な時間はいつまでも続かない。

拍子木の音が徐々に遠くなっていき、じきに終わりが来るのを悟った。

 

ちょんちょんちょーん!

『ひふみよいむなやここのたり ふるべ ゆらゆらとふるべ』

 

そして、静寂が訪れる。

胸に去来するのは、心からの賞賛だった。

心に直接訴えかけるような、清涼感溢れる余韻に浸る。

言葉にはならない気持ちが、全身を緩やかに満たしていった。

ああ、目を覚ませばとても素敵な一日になるだろうな。

ん?また遠くから何かが聞こえてきた。

もう一度あの歌が聴けるのだろ―――・・・・・・

 

『牛が笑うとうっしっしっだと?牛ディスってんのかこのヤロー、あぁん!?なんか言えやゴルァッ!』

 

 

 

「・・・・・」

 

吹き飛ばされた。何をかは分からないが、何故か真っ先にそう思った。

・・・・・・いい夢を見ていた気がするが、モーモーうるさいその声のせいで忘れてしまった。

これはフラグか?なんてことを寝ぼけ眼で思いつつも、どこからか沸々と湧き上がるこの感情の腹いせに、不快な感じに甲高い男の声を響かせる目覚まし時計を叩いて強制的に黙らせる。

直後『我々の業界ではご褒美です』と叫んだので、個人的に男がやったら罰だと思うと心の中で開発者さんに心のツイートをしておく。

やはり、同じやられるなら女の人がいい。付け加えるなら蔑んだ眼をオプションにするとよかろう。いや俺にはそんな嗜好はないが。うん、マジで。

毎度のことながら、何で殴るたびに変なことを叫ぶ機能をつけたのか、不思議でたまらない。むしろ、どんな仕組みになっているんだ。

そうは言っても、『爽やかな朝をあなたに』をテーマに作られたこの目覚まし時計、意味不明なネタや方向性はともかくとして、その役割は十全に発揮され、俺は無遅刻無欠席の皆勤賞を絶賛更新しているのは事実。目覚ましの声にイラッとして思わず力一杯時計を叩いてしまったが、おかげですっきりした。なるほど、確かに『爽やかな朝』を約束している。

『牛』の他にもまだいくつかネタは入っているが、とまれ常人であれば、全力でぶん殴りたくなる衝動に駆られること間違い無しのこの時計、そこを俺は鋼の精神力を以って全力の一歩手前の力にまで抑えているのだから、我ながら流石と自画自賛したくなる。おかげで、幼少の頃に買ってもらって以来一度も壊れることもなく、今日を迎えることが出来ているのだから。それともこいつは俺の思っているよりも高い耐久力を持っているのだろうか。

 

それはさておき、目が覚めたのだから、学校へ行く準備をしなければならない。眠気で重たい頭を無理矢理起こして、立ち上がる。冬は過ぎ、春が来たとは言っても布団の外の空気はまだまだ冷える時期だ。自分の口からうひっという声が漏れた。シャツの隙間から忍び込んでくる冷たい空気が肌を舐めたからだ。ああ、寒いったらありゃしない。

それでも何とか着替えていく。そして、身だしなみに気を使う俺は姿見に自分の姿を映して、服装の細かいところをチェックしていき・・・・またうひっという声を漏らす。

 

姿見の中には、悪魔のような眼をした人間がこちらを睨みつけていた。

勿論、俺である。毎朝見るが、何度見てもビクッってなる。この眼は生まれた頃からの付き合いであるのに、一向に慣れない。俺でさえこうなんだから、他の人からみればやっぱり怖いんだろうな、などと一考。

 

未だ、エンジンをふかしているかのようにバクバク音を鳴らしている心臓を無理矢理落ち着かせながら、いつものことと切り捨て身だしなみを整える。

そして、最後にサングラスをかけ、部屋を出た時には通常運転にまで持ち込むことが出来たのだった。

朝シャンならぬ朝サンである。

・・・・・・まだ寝ぼけてるのかな俺。

 

 

 

 

 

自分の容姿にコンプレックスを抱えている人は、この世知辛い世の中にはたくさんいる。誰も彼もが同じような悩み不安を抱え、日夜誤魔化すための術に頭を悩ませていることだろう。俺の場合サングラスがそれに当たる。

しかし、これを俺が付け始めたのはここ2・3年の話だ。

 

三歩職質という言葉を知っているだろうか?

一歩進んでは俯かれ、二歩進んでは通報され、三歩歩けば職質されるという事例を挙げることで、存在が既に犯罪そのものであると意味している言葉だ。

何が言いたいのかというと、サングラスを身につける前までの俺は、こんな冗談のようなことが俺の身に往々にして起こったいた。

驚嘆すべきは、こんなことを往々に起こす俺の目つきの異常性である。

どんなブサイク顔でも、変な動きをしていない限りは、避けられることはあっても通報されるまではいかないはずだ。だが、この眼についてはその限りではないのだという。

なんだそりゃあとは思うも、それが現実なのだ。

当人に意味不明なことでも、実際に起こったことなのだ。

 

だからこそのサングラス。

いっそのこと隠してしまえばいいじゃないかという発想で買ったのだ。

しかし最初の方は、そううまくことは運ばなかった。ていうか出だしで躓いた。

当然だろう。義務教育では必要のないものの持ち込みは禁止されている。

つけていったら、当時の担任に怒られた。

子どもが格好つけるんじゃない。外して、もう二度と持ってくるなよ。とまで言われたのだから、従うしかない。

おかげで、随分と苦労したもんだ。

一応、前髪で隠すなどの工夫はしていたのだが、目に入る髪が痛いし、うっとうしいしで中途半端な感じになっていた。

そんなわけで、サングラスをつけ始めたのは高校に入学してからである。

 

このサングラスをつけてからは、劇的に変わった。

三歩職質されることもなく、平穏無事に登下校を行えるようになったのだ。

一切騒動のない穏やか朝を感受できるようにまでなったのだ。

 

サングラスをつけていなかった時代の名残か、始まる一時間前にはもう学校に着くよう、毎朝早く家を出ることにしている。少しでも、人に出会う確率を下げようとしていたのだ。

この時間帯の道は、閑散としていて寂しく思えるが、まだ夕焼けのように黄色い空には雲ひとつ無いことが分かっているので、非常に爽やかな朝だ。

 

だが一つ問題がある。

確かに爽やかな朝だが僅かに、道に霞掛かっているのは減点だ。経験上、こんな日は碌なことが起きないことが分かっている。

 

ほぅら、早速現れた。

道の前方に浮かぶ黒い影に まさか噂をすればというやつかと戦々恐々。しかし、ここ数年何度も交わされたやり取りだ。サングラスをかけていなかった時代ならともかく、今なら問題はあまりないはず。なので慌てることなく、落ち着いて道を歩く。

 

こちらのほうが歩くのが早いのか、徐々に詰められていく距離。

近づくに連れ、明瞭になっていく人影。同じ学生服を着ているので、同じ学校に通っていることが分かる。

と思ったら、人影がこちらに近づいてきた。

 

「タロ兄さん、おはよう!」

 

そして、口から飛び出たのは、俺にとっては珍しい爽やかな挨拶。一瞬本当に俺に向けられているのかと疑った。悲しいことにあまり声をかけられることってないのだ。主に外見のせいで。

 

「おはよう」

 

とりあえず、俺も爽やかに応じる。

視線の先には満面の笑みを浮かべる好青年。

彼の名前は草薙護堂。

この春高校一年生になった幼馴染にして、後輩だ。

非常に男気に溢れ、義理人情にも厚い人柄なので、男女問わず色んな人にもてるのだが、何故か俺をタロ兄さんと呼び慕ってくれ、これまた何故かキラキラとした視線を向けてくるのだ。ああ、眩しい。

 

しかし、その理由が分からないため少々戸惑いが先んじる。

全く心当たりがないのに、このような視線を向けられるのは誰だって居心地が悪いものがあるだろう。

そんな俺の気を知ってか知らずか、俺の横を歩く護堂君。

どうやら、彼の中でこのまま一緒にいくことになったらしい。こっちとしても、相手が護堂君であるなら、特に断る理由も無い。

 

「朝練か?」

「いや、部活には入ってないよ」

「・・・・・・ああ、そうだったな」

 

護堂君は小学校になってから九年、野球をやっていた。東京選抜や代表にまで選ばれるくらいの名選手だった。俺も諸事情で直接は無理だったが、それでも応援はしていた。

だけど、それは去年までの話だ。

護堂君は肩を壊してしまったのだ。野球をする者にとって、肩は選手の要だ。それを壊すということは、選手生命を絶つに等しいこと。必然的に、彼は野球をやめてしまった。

そのことに思い至り、その時の感覚で切り出した俺は反省した。

 

「気にしてないから、タロ兄さんも気にしないでくれ」

「そうか」

 

だが、なんということだろうか。

まるでなんでもないことのように言う護堂君。

そんなことあるわけ無い。長年続けてきたことを、やめさせられるのがどんなに辛いのか、決して俺にも分かるといえるはずないが、それでも想像するだけでも辛い。

なんでもないわけない。

それでも前に進もうという護堂君の姿勢、心の強さに驚嘆し、感動した。

そして、自分を恥じる。何逆に慰められているのかと。本当に辛いのは彼であって俺が落ち込むなどあってはならない。そんな暇があるのなら、彼のためにできることをしろと。

否、そもそも俺如きが彼のためにできることなど皆無に等しい。

己の無力さなど嫌と言うほど知っている。

俺に出来ることなどたかがしれている。何もしない方がよほど彼のためになる。

身の程など知り尽くしている以上に、知り過ぎているのだから。

 

会話が途切れ、空気が重くなる。

そんな空気を打ち消すように護堂君が快活に口火を切った。

 

「きょ、今日はいつもより早く目が覚めてさ。それで、暇だしたまには図書室で勉強でもしようかなって」

「そうか」

 

会話終了。

やったね、タロちゃん!空気が重くなったよ!!

いや、俺にどう答えろと?

だが、そこでめげる護堂君ではなかった!

 

「そ、そういえば、タロ兄さんも早いけど、部活とかやってるのか?」

「特には」

「じゃあ、俺みたいにたまたま朝早く起きた・・・・・・とか?」

「いや、そういうわけでも・・・・」

「用事とか・・・」

「いや、まぁ、な?」

 

視線を逸らす。言葉も濁す。

そんな俺を不思議そうに見るが、すぐに気まずい表情になった。長い付き合いだから色々と察しが付いたのだろう。悟られてしまったのは悲しいが、もう慣れたことなのでその辺にポイしておいた。

 

だが、護堂君は気まずい表情のまま固まったままだった。その様子が少々つぼに入ったので、おもわずクスリとしてしまった。そんな俺を護堂君は目を丸くして見ていたが、ちょっとしたら、彼も笑う。

先ほどの重苦しい空気も完全に吹き飛び、俺達二人は軽い足取りで学校へ歩き出す。

 

それからは、二人で他愛も無い会話を楽しんでいた。

久しぶりに会ったので、話は弾むこと弾むこと。最後に会ったのはイタリア旅行に誘われたときだったか。残念ながら、他に予定が入っていたから泣く泣く断念したが、もったいないことをしたと少し後悔している。イタリア行きたかったなぁ・・・・・・ちくせう。

 

そして、今更ながら旅先の話を聞いていないことに気付く。

土産話はもっと落ち着いたところでゆっくりと聞くべきだろうが、次に話せる機会などいつになるかもわからんし。昔は頻繁に遊んだ仲とはいえ、今はそれほどでもない。そういった存在は大人に近づくにつれて、疎遠になっていくものだ。

 

「ところで、護堂君。イタリアの話を聞かせてくれないか?向こうで金髪の綺麗な女の子と知り合ったんだろ?」

 

結局聞くことにした。好奇心に勝てなかった。

 

「!?どうしてそれを!いや、やっぱりタロ兄さんももしかして知ってたのか!?」

これはどうしたことか。

予想外にも護堂君が驚愕の様態を示したので、こっちもビックリした。

 

そして、すぐに納得する。ああ、やっぱり向こうでも女の子のハートを鷲掴みしたんだと。金髪云々は外国人に多いから適当に言ったんだけど、どうやら当たっていたらしい。

兄さんもっていうのは恐らく一朗さんあたりにもばれたのだろう。もともと、あの旅行は一朗さんが立案者らしいし、洞察力も優れているから不思議ではない。ということは、静花ちゃんにもばれていると見てもいいだろう。

 

先にも言ったが、護堂君は色んな人にもてる。

男にも変人にももてるが、特に女の子にもてる。

常人であれば、『もてすぎて困るぜミ☆』と贅沢な悩みを持ちそうなくらいモテモテだ。

俺が知っているだけでも両手では収まらないくらいにはいて、どの娘も皆可愛かったり、綺麗だったりする。しかし、残念なことに、本人は単なる友達とか知り合い程度にしか見ておらず、自分に向ってくる恋慕の視線には気が付いていないのが現状である。

さらに日本人が好んで使う建前を、文字通りの意味にとってしまう。要するに、ツンデレフラグを真正面から叩き折る猛者だ。

傍から見れば明らかなのに、これはもう鈍感というよりもはや病気ではないのかと心配してしまう。

 

命短し恋せよ乙女な彼女たちをやきもきさせる男、草薙護堂。

要するに彼はフラグ乱立男という、それなんてエロゲ?を地で行く人類半分の敵であり憧憬そのものなのだ。その求心力、某そげぶの人に匹敵すると俺は見ている。

なので、イタリアでもフラグを立てていてもなんらおかしくはない。むしろ、納得してしまうのが彼の彼たる所以だろう。

 

そんな彼は、同姓から乙女の敵や裏切り者など様々なレッテルを張られている。

要するに嫉妬の嵐に巻き込まれている。噂では、嫉妬しすぎて人間をやめてしまった人もいるそうな。

しかし俺は、彼の祖父一朗さんと同じように、彼の理解者を自負していたりする。

異性に興味は無いわけではないが、俺からしたら容姿がどうこうより、自分を受け入れてくれる人であれば、その人が俺の|運命〈ディスティニー〉なのだ。だから、護堂君を微笑ましく思えど、嫉妬に駆られたりすることはない。

そんなわけで、理解者である俺は生暖かい目で見守るだけ・・・。

 

「護堂君もほどほどにな。じゃないと・・・死ぬぞ」

 

背中を刺されて。月の無い夜には気をつけたほうがいい。否、月のない夜だけと思うなよ?

 

「・・・・・・分かった。肝に銘じておくよ」

 

俺が七割方本気で言ったからか、護堂君も真剣な顔で頷いてくれた。だが、あの護堂君なのでこういったことには余り期待できないだろう。でも安心してくれ。もし刺されても、『いつか刺されると思っていました』なんて薄情な証言はしないから。『彼は器の大きい人間だっただけで、何も悪いことはしていません』ってフォロー入れるから。

 

「・・・・・・タロ兄さんは」

「話はまた今度だ」

 

護堂君が何か言いかけたが、残念ながらタイムアップだ。

おしゃべり効果で、あっという間に昇降口に到着していた。イタリアの話は次の機会の楽しみにしよう。ヨーロッパのことは漫画とかから得た知識が多いから、実際の体験談とか聞きたかったんだけどなぁ。しかし、収穫もあったのでトントンといったところだろう。この焦らし上手め!

 

一緒に図書室まで着いていってもいいのだが、俺はこの学校では悪い意味で有名だ。

俺と一緒にいる所を目撃されると彼に迷惑がかかる。というか、以前かけた。

 

俺は、自分の下駄箱へと足早に向った。

護堂君は何かを言いたそうにしていたが、渋々と下駄箱で靴を履き替える。

そして、彼が図書室へ向かうのを見送った後、俺も教室へと足を運ぶ。

久しぶりに会えてよかった。

早起きは三文の得というが、まさにその通りであることを実感した。

今日は素敵な一日になりそうだ。

 



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第二話裏

もしこの世界にヒーローがいるのなら、タロ兄さんがそうだと俺は信じている。
                        草薙護堂が妹へ語った言葉より抜粋



初めて会う者同士が友人になるにはまずお互いのことを知らなければならない。

一体どれだけの人がこの当たり前のことを理解し、実行に移せているか。

普通は意識しないことを、俺草薙護堂がこうして疑問として持つのは一重に尊敬している兄の存在に他ならない。

兄と言っても血が繋がっているわけではなく、俺が勝手にそう思っているだけだ。

 

この人との出会いは俺が三歳になった時だ。

三歳だったのに、今でも鮮明に思い出せる。

兄、タロ兄さんとの出会いはどうしようもないほど衝撃的だった。

いや、出会い自体は親同士が知り合いだったから、みんなで集まったという至極ありふれたものだった。

おれ自身も、二つ離れているとはいえ、新しくできるであろう友達を楽しみに待っていたのを覚えている。

では何が衝撃的だったのかといえば、彼の目だ。

 

子供ながらに理解できた。

あれは、子供が、いや人間がしていい目ではないと。

子供の感性の赴くままに、ただ漠然と捉えた第一印象は決してよいもモノではなく、むしろ吐き気がするほどのおぞましさを捉えていた。

 

嫉妬、憎悪、憤怒、絶望、悲哀、嫌悪・・・・・・

挙げればきりがない負の感情を密集させ、ドロドロに煮詰め、凝縮させたようなそれは、混沌などと可愛い言葉では収まりきらない。

混沌というにはあまりにも整いすぎていてからだ。

 

(マイナス)

一言でいえば、それだけであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

そして、この言葉をおいて他に、形容できる言葉など世界の何処を捜しても見つからないと確信を持って言える。

 

当時まだ子供だった俺は、名状し難いそれに身を震わせることしかできなかった。

薄らと浮かんでいた笑みは、まるでこの世の全てに嘲笑しているようであり、そんな自分に自嘲しているようにも見えた。

 

トラウマだった。

わけが分からず、怖くて気持悪くて仕方がなかった。その負の圧力は否応なくこちらを押し潰さんとしていて、恐怖で身体は固まってしまっていた。

そんな状態で遊ぶという選択肢などあるはずもなく、一刻でもはやく彼を視界から追い出したい、むしろ彼の視界から消えたいとまで考えていた。

当然、その日はすぐにお開きとなる。

それから何回か遊びにきたことがあったが、それでも同じ流れになった。

 

そんな俺が、彼を兄とまで慕うようになったのはある事件からだ。

それもまた今でも鮮明に思い出せる。

不思議なもので、その日を境にタロ兄さんへの認識が変ったんだ。

恐怖が和らいだとでも言うのか。

その事件のおかげで、タロ兄さんと仲良くなれた。

逆にその事件が無かったら、一生彼に脅え続ける日々を生きていたかもしれない。

つい最近、酒の席でおじさん(タロ兄さんの父親)に聞いた話だと、事件の起こった日を最後に遊びに来るのをやめるって決めていたらしい。

今思うと、兄さんも兄さんで、会う度に恐怖で錯乱されることに参っていたのかもしれないな。

良くも悪くもあの事件が分かれ目だったのだろう。

 

そんな風に昔のことを思い返しながら、学校へ続く道を歩いていた。今日は珍しく朝早く起き、気分も爽快だったので学生の本分たる学業を修めようと家を早く出たのだ。

いつもは喧騒に包まれている商店街も、この時間滞では閑散としており、静けさの中を一人悠々と歩くのは、まるで世界に一人しかいないような、なんともいえない寂寥感があった。それでいて、趣深い。

じいちゃんと違って雅さとかそういった風流な感性とは無縁だけど、普段とは異なる状況には誰だって心躍るものだ。

そうなれば、道に霞が掛かっているのはポイントが高いのではないだろうか。などと調子にも乗ってみたくもなる。

 

似非風流、あるいは風流モドキの余韻に浸っていると、背後からザッザッと足早に駆ける音が聞こえてくる。どうやら、結構な速度で歩いているようで、すぐにでも追い抜かれる勢いだ。

こんな朝早くに慌しい人もいるんだなと思って、横目でちらりと追い抜いてきた人物を見る。

 

一言でいえば、男子高校生だ。

同じ制服を着ていることから、同じ学校の生徒だろう。

特異な点は真っ黒なサングラスをかけていることだろうか。

 

って、あれは、タロ兄さんじゃないか。

間違いない。あんな風に、朝からサングラスをして歩く男はタロ兄さんくらいしかいない。

折角久しぶりにあったので、声をかけるべく、俺も歩く速度を速める。

すると、タロ兄さんも逃げるようにスピードを上げる。

きっと、俺だと気付いていないのだろう。

なので、さらにスピードを上げた。

しかし、タロ兄さんもさるもの、ギリギリ徒歩で通じるスピードまでギアを上げた。

これにはたまらんと、俺もまたギリギリ徒歩で通せる速度まで上げる。

いっそ走ればいいのにと思っても、ここまで着たらそれを通すしかない。むしろ走ったら負けだ。

そうして爽やかな朝なのにデッドヒートを繰り広げる俺達。

こうして爽やかな朝なのに無駄な体力を消費していく俺達。

傍から見たらなんて滑稽なのだろう。

 

ようやく追いついた時には、若干息が乱れていた。

空気を吸って吐いてで息を整えて、声をかける。

 

「タロ兄さん、おはよう!」

 

そこでようやく俺だと気が付いたのか、タロ兄さんが顔をこちらへ向けた。

結構な距離を競歩していたのに、息切れどころか汗一つかいていないのは流石であった。

昔から、この人の体力には目を見張るものがある。

 

「おはよう」

 

タロ兄さんの挨拶が返ってくる。

こちらを押し潰すかのような重量感ある声だと以前友人の一人が言っていたが、それは間違いだ。

何故なら、彼の声は何の特徴もない平凡な声なのだから。

彼の目がそう錯覚させるのだ。

彼の一挙手一投足の威圧感は全てその目につられているに過ぎない。

現にサングラスの後ろに隠れている今、言うほど威圧感を感じない。

恐るべきは彼の目のインパクトだ。

 

「朝練か?」

「いや、部活には入ってないよ」

「・・・・・・ああ、そうだったな」

 

タロ兄さんの顔にはやっちまったという念が浮かび上がる。

あまり感情を表情に出すことのないタロ兄さんだが、長い付き合いだから分かる。

 

九年。

俺が野球をやっていた年月のことだ。

少し前まで、俺は野球をしていた。わりと努力していた甲斐あって、そこそこ強いチームのレギュラーもはっていたし、東京選抜などの代表にも選ばれたこともあった。

だけど、肩を壊してやめてしまった。

俺としては、九年も続けたのだからもういいかなと特に未練もないのだけど、タロ兄さんは気にしているようだ。

 

・・・・・・思えばタロ兄さんはいつも応援してくれていた。

いくら誘っても試合に直接見に来ることはついぞ無かったけど、前日に鼓舞してくれたし、テレビで俺が出た試合は録画していたと彼の両親から聞かされた。怪我で引退すると話した時、タロ兄さんは心底残念がっていた。そういう意味では、彼の期待に応えられなくなった事が心残りといえば心残りだ。

 

この様子を見るにタロ兄さんは野球の件は触れてはいけない問題のように考えているようだが、それは全くの誤解だ。さっきもいったがこっちとしては特に未練もなく、納得しているからだ。

 

それに、実は野球は続けようと思えば続けられる。

とある理由でもう肩は完治しているのだ。そして、同様の理由で二度と野球はやらないと決めている。その事実を伝えるわけにはいかないが、野球をやめることは納得した上だということを理解してもらい、この誤解は解く必要がある。

 

「気にしてないから、タロ兄さんも気にしないでくれ」

「・・・・・・そうか」

 

明るく朗らかに言ったつもりだが、どういうわけか空気が重くなった。

何故だ、タロ兄さん。どうして、そんなどんよりとしているんだ?

会話が途切れ、時間が経つたびに重くなっていく場の空気。

ある意味で野球の話は触れていはいけない話題だったかもしれない。

 

「そ、そういえば、タロ兄さんも早いけど、部活とかやってるのか?」

 

言ってから気付く。

場の空気を変えるべく発した言葉はより強力な重力場へと転じた一言だったと。

今度は俺がやっちまったの番だった。

 

「特には」

「じゃあ、俺みたいにたまたま朝早く起きた・・・・・・とか?」

「いや、そういうわけでも・・・・」

「用事とか・・・」

「いや、まぁ、な?」

 

ああ、会話が重い。というか寒い。

春先だからとかそんなのじゃ説明付かない。

なんだ、いつから日本は極寒の地になったのか?

 

俺の馬鹿野郎。

タロ兄さんの『三歩職質』の悲劇を忘れたか。

あれ以来すっかり人通りが苦手になったのを間近で見ただろうに。

 

再び、重くのしかかる空気。誰でもいいから助けてくれ!などという嘆願は当然誰にも届くことはない。

この状況をどうにかしようと、脳をフル回転させるも、浮かぶのはどれもネガティブなもの。そうして、どんどん思考が負の方向へと向っていく中、

 

「ふはっ」

 

堪えきれないといった様子で噴出すタロ兄さんの姿があった。

一体何が面白かったのか。いきなりの事態に唖然とする。

失礼な話、正気を疑った。

 

「ごめん。護堂君の顔が面白くてね、くふふ」

 

向こうも失礼だった。

自分の困った顔がタロ兄さんのつぼに入ったようで腹を抱えて笑う。

そして、状況に置いてきぼりになって唖然としている俺を見てまた笑う。

普通だったら憤慨ものであるが、笑い転げるタロ兄さんを見たら馬鹿馬鹿しくなって、俺も笑う。

滅多に笑うことのないタロ兄さんの笑顔を見て、気が抜けたというのもある。

それがまた嬉しくて、つられるように笑う。いや、実際につられていた部分もあった。

 

感慨深く思う。

ああ、これがタロ兄さんだと。

どうしようもなく怖い外見のくせに、バカみたいに優しく強い人。

心無い人の悪意を一身に浴びているのに、人を嫌いにならない。

彼の目を見た人は皆こう言う。

この世のどんな光も映すことはないと。だけど・・・

 

―――――俺のことを怖がってもいい。けど、今だけは俺に助けられてくれ。

 

あの時、あの事件で、そう叫んだ兄さんは、まるで画面の中のヒーローのように輝いていた。

 

その後は他愛もない話で盛り上がる。

今流行りの音楽の話もすれば、高校生活の話もした。

爺ちゃんは相変わらずモテモテだよと言えば、護堂君も人のこといえないよと返ってくる。

失礼な。俺は爺ちゃんと違うっての。

 

「ところで、護堂君。イタリアの話を聞かせてくれないか?向こうで金髪の綺麗な女の子と知り合ったんだろ?」

「!?」

 

冷や水を浴びせかけられた気分だった。

それまでの和気藹々とした雰囲気が一気に引いていく。

 

「どうしてそれを!やっぱりタロ兄さんももしかして知っていたのか!?」

 

イタリアで金髪の少女といえば、アイツ(・・・)しかいない!脳裏に傲岸不遜でありながら、可憐な笑みを浮かべる少女が浮かぶ。

どういうことだ、彼女のことは誰にも話したことはない。彼女について話すには、イタリアでの出来事に触れなければならないからだ。

なのに、タロ兄さんが知っていた。

それが意味することはすなわち――――。

 

タロ兄さんと目が合う。

サングラス越しからでもわかる、悪戯が成功した悪ガキのような得意げな表情。

 

「護堂君もほどほどにな。じゃないと・・・・・・死ぬぞ」

 

肯定、一転して本気の表情。

心臓が握りつぶされるような錯覚に陥る。

間違いない。タロ兄さんは知っている!

 

「・・・・・・分かった。肝に銘じておくよ」

 

サングラス越しでこれだ。外したら一体どれほどの圧力になるのか。

……これはきっと警告で、忠告だ。

 

「タロ兄さんは」

「話はまた今度だ」

 

タロ兄さんは一体何者なのか。

俺の言葉にかぶせるように遮って、彼は教室へと去っていった。

雑談している間に、昇降口にまで到着していたらしい。

うまく逃げられてしまった。

止める間もない早業であった。

 

タロ兄さんは何者なのか?

俺のことも気が付いていたみたいだし、裏についても詳しいみたいだ。

いつから知っているのか、なぜ知っているのか。

いろんな疑問がわいてくるが何よりも気になるのは。

 

―――――なぜ、その目にあそこまで底知れない闇を映しているのか。

 

「って、今更か」

 

考えてみれば、昔から色々と謎の多い人だったな。

それに、タロ兄さんが何者でも。

 

「俺にとってはヒーローだ」

 

変な風に考える必要はどこにもなかった。

 

 



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第三話

すみません。間違えて一回消してしまいました!
では改めてどうぞ。

この学院に七不思議は存在しない。
しかし、七不思議よりもおぞましく名状し難い存在はいる。
                              とある生徒の言葉より抜粋


友達の存在が学校生活で重要な立ち位置にあるのを、他の誰よりも自負している。きっと友達一人いるだけで、学校生活は薔薇色の体を為すことだろう。俗にいう青春である。

そうなれば、昔受けたアンケートの、学校に来る理由の答えを『勉強のため』などと心にもないことを書かず、素直に心躍るような心持ちで『友達のため』とミミズが躍り狂っているような字体で書いたことだろう。あ、でもあれマークシートだったわ。

 

人という字は支えあって出来ているとは誰の言葉だったか。

そんな名言も俺に対しては大した意味を為さず、支える人も支えてくれる人もいない寂しさを、しみじみと感じ入るしかないのである。趣深さとはかけ離れていることをここで、強調させてもらう。

 

そもそも何で俺に友達がいないのかといえば、何度も言うように生まれつき持ち合わせたこの凶眼のせいである。それも他者に人間がしていい目ではないと言われるほどの凶眼である。

だからだろう。きっとこの眼と人間の体がマッチしていないから、そのギャップが不気味で気持悪い印象を抱かせるのだ。そんな事が分かったとしても、なんとかできるはずもない。どうしようもない、お手上げだ。

 

「『やあ太郎ちゃん、今日も堅気とは思えないね』」

「・・・・そういうクマさんは可愛い顔してるよな」

 

アンニュイな気分に浸っていたら、大層失礼な声をかけられた。

人が気にしていることを。

なので、俺も同じくらい失礼に返す。

顔をそちらに向けると、そこには可愛い顔立ちをした男の子が週間少年ジャンプを片手に立っていた。

男に対して可愛い感じと表現するのは何か間違っているような気がしたが実際そうなので、何もおかしいことはなかった。

 

「『酷いよ太郎ちゃん!よくも男に、それも親友にそんな心無い言葉を言えるね!僕は親友として君に物申すよ!』」

「正しく正論だけど、先に言い出したのはクマさんだ」

「『そうだっけ?そんな昔のことは忘れちゃったよ』」

「可哀想・・・・まだ高校生なのにもう痴呆が・・・・・いや、もともと鳥頭か」

 

こんな風に俺とまるで仲良しのする会話のキャッチボールを繰り広げることのできる奴は、彼ぐらいだろう。護堂君はどちらかと言えば、幼馴染で弟的な感じだから、こんな感じではない。

 

紹介しよう。

彼の名は球磨川禊。

変態という言葉が彼のためにあるのだと納得できる程度には、そっちの方にオープンな奴だ。

上着パンツ、裸エプロン、手ぶらジーンズなど様々なエロティズムを細かいところまで追求し、追究する。

彼の手にかかれば、あらゆるものがエロスに転じるだろう。

エロのソムリエとは彼の事。

そして、それゆえに彼はクラスのみんなに避けられている。

ううむ、これほどあけすけなやつなんだから、男友達とか多そうなものだけど、何故かそういった光景を余り見ない。

実はそういうのは漫画の世界だけであって、現実ではドン引きされるものだろうか?

漫画脳乙

 

あと親友です。

え?友達いない設定はどこいった?

友達はいないけど、親友はいるっていう、でっていう。

要するに彼は友達という言葉では収まらない器なのさ。

そして彼はお互いを支えあう仲というより、肩を組んでコサックダンスを踊るような仲だ。

そして二人してバランス崩して倒れる。

そんなオチだけど、何か文句でも?

アンケート?親友のためなんて書けるか、はずかしい。あっ、あれマークだったわ。

 

そんなこんなで、だべりながら、親友であるクマさんと一緒に時間を潰す。朝早くから来ただけあって、教室には誰もいない。

 

「『それにしても太朗ちゃんは真面目だよね。毎朝毎朝早く来てさ、僕だったら到底耐えられないような生活習慣だよ。気が狂ってるとしか思えないや』」

「そうはいってもクマさんだってみんなが来るより早く来ているじゃないか。俺が真面目なら、クマさんも真面目になるが?」

「『僕がかい?おいおいやめてくれよ。僕ほど真面目からかけ離れている奴なんてこの世界にそうはいないさ。僕がこの時間に来ているのは妹に無理矢理登校させられているからだよ』」

「クマさん妹いるんだ」

「『いるよー、超いるよー』」

「へぇ、今度紹介してよ」

「『それはやめておいた方がいいかな』」

「何で?」

「『だって・・・・いや、これは言わないほうがいいだろうね。太朗ちゃんのせいで妹が発狂するなんていったら、見た目と裏腹に繊細な太朗ちゃんのことだ、きっとロープにぶらさがるだろうしね。吊り的な意味で』」

「ふー・・・・・・久々に切れちまった。体育館裏に来いや」

「『やめてよねー、何でもかんでも暴力に訴えるなんて平和主義者の僕からしなくてもとんでもない暴挙だ。そうだ!ここは平和的に話し合いで解決しようよ。人間みんな話し合えば分かるってどこかのだれかがいってた気がする』」

「突っ込みどころ満載だけど、言っていることは正しかった。それもそうか。大体俺らみたいなもやしだと、体育館裏に行くまでに倒れちまう」

「『もや・・・し・・・?君が・・・?』」

「何か?」

「『今度ググール先生にもやしについて聞いてみるよ』」

「言わんとしていることはわかるけど失礼過ぎるわ。お茶目なジョークだ」

 

何か信じられないようなものをみたとばかりに、大げさに目を見開いたあと、すぐにいつもの素敵笑顔に戻るクマさん。いや、自覚しているけど、冗談でいうくらいにはいいじゃないか。それとも俺は冗談を言うことも許されないのか?訴訟も辞さない!

 

まぁ実際クマさんがいうように、俺はもやしではない。

勿論、それには理由がある。単純に神様特典の一つさ。それだけの話だ。

だから、身体鍛えたとかではないのに、この身体は凄まじいスペックを誇っている。

何が凄いって漫画みたいな動きを可能にするところが凄い。

たとえば・・・・・・あっ、ダメだ。パッと浮かばん。まぁとにかく凄いんだ。

 

「『ところで太朗ちゃん、大事な話があるから今日の放課後、屋上に来てくれないかい?』」

「特に用事はないからいいけどクマさん屋上まで体力持つの?」

「『あはは。一度、太郎ちゃんの中の僕がどれだけ体力ない存在なのか見てみたいね』」

「え・・・やめてよね、こんな朝からそんな・・・・俺の中を見たいだなんて・・・いくら俺とクマさんの仲と言っても親しき仲にも礼儀ありって言葉が」

「そんなに頭に螺子込まれたいのなら、いつでも螺子込んであげたのに」

「ごめんなさい。もう言いません。許してください」

 

笑顔を消したマジ顔で、どこからともなく出した馬鹿でかいを突きつけてくるクマさんを見て、素直に謝る。

この顔のクマさんはいつものひょうひょうとした笑顔のクマさんと違って変な凄みがあるため、下手に逆らえないのだ。

きっとこの顔で『のいて』なんて言った日には誰もが道を開けるんだろうな。

 

しかし、いつも思うけどこんな太くてでかいもの、一体どこから出し入れしているのか。

いつ手に持ったのか見えなかったのもそうだけど、おまえ具現化系能力者なんじゃないかってくらいぽんぽん出しているのも不思議な話だ、常識的に考えて。

まぁでも『クマさんだから』で納得できてしまうのが彼の凄いところ。

クマさんは恐ろしいお方・・・。

 

「『全く。太朗ちゃんは僕に対して失礼すぎるよ。同じ見るなら、女の子に限るのさ。いつの日か、女の子一人一人に似合うパンツを選んであげるのが僕の夢さ』」

「あー・・・。とりあえず放課後に屋上に行けばいいんだな?でも、何でわざわざそこでやるん・・・はっ、まさか!?」

 

今俺は恐ろしい想像をしている。想像は想像でしかないが、僕の心のどこかがこれを真実であると告げている。

二人っきりの屋上というシチュエーション。ここから連想されることは唯一つ!!

こいつッ、俺に告白するつもりだ!!

 

「『冗談は顔だけにしてよねー。まぁ告白といえば告白だけど君の考えているようなことじゃないよ』」

「その言葉が聞きたかった」

 

で、なんでわざわざ屋上でするのかといえば、あそこが一番誰にも邪魔されない場所だからなんとか。

意味深なこの発言も、発言者がクマさんではさしたる意味はない。

 

「ん?」

「『どうかしたかい、外なんか見て?はっ、まさか有名な死のノートが!?』」

「いい年した高校生が現実と作り話をごっちゃにしちゃいけない。いいかいクマさん、あれは漫画だ。現実じゃあない」

「『ネタにマジレスされると萎えるの・・・』」

 

しょぼんとするクマさんである。

 

「それはそれとして、ちょっと用事が出来たから、行って来る」

「『ん~、僕はジャンプでも読んで友情、努力、勝利について勉強しておくよ。太朗ちゃん、ほどほどにね!』」

「任せろ」

 

何をほどほどになのかはわからんが、とりあえず頷いて席を立つ。

しん、となる教室。そして、視線が俺に集まる。

一瞬、体が強張るも、気にしないで歩き出す。

俺が学校についてから一時間は経過し、既に校内には結構人で溢れかえっていたが、だからこそ余計に静かになった感じがする。

教室から出ると、またもや静寂に包まれ、俺に視線が集まる。

そして、飛びのくように道を開けてくれた。

・・・・・・サングラスしていてもやっぱり怖いのだろうかと考えると、切なくなる。

まっ、いつものことだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

廊下にいた生徒たちは、壁に寄りかかりながらその背中を見送った。

千差万別な人間のいる世の中だ。

簡単なことで仲良くなれるようなやつがいれば、逆にどんなに接しても仲良くなれそうにないやつもいる。それでも最初は相手を知ろうとするものだ。

そんなことは誰しも理解できていることだ。

だからこそ彼らは思う。

 

――――やっぱ怖いわあいつ・・・。

 

この学院には触れてはならない存在がいる。

一人は田中太朗だ。

彼と相対した時、彼の醸し出す重苦しい雰囲気、あるいは迫力というべきものによって、ほとんどの人は萎縮してしまうのだ。そこに長身痩躯な図体とサングラスも合わされば、まず堅気には見えない。

 

誰もが言った、『彼の前に立つだけで潰されそうになる』と。

 

学校での田中太朗の評価は概ねこんな感じである。

この学院において、彼に接する人物はクマさんこと球磨川禊と後輩の草薙護堂以外にはいないといっても過言ではない。

教師ですら眼を逸らし、避けるようにして極々最低限の関わりしかもっていない。

彼が彼らに対して直接何かをしたことは一度もない。

だが、まことしやかに囁かれている、とある噂話が今の評価を作り上げていた。

 

田中太朗は極道の跡取りである。

 

無論事実無根の噂話であり、彼の家は一般家庭である。

だが、いくつかの要素によって、彼は、彼らの中で極道の跡取りにされてしまった。

 

太朗はいつもサングラスをしている。

晴れの日も雨の日もどんな日でも彼がサングラスを外した姿を見たことがない。

そして、授業の時つけていても、教師に咎められることもない。

当然、他の人がおしゃれで付けたサングラスは没収された。

彼だけが学校でサングラスを許されている理由は何なのか?

教師が彼に対して大きく出れないのは何故なのか・・・?

その不可解さが、生徒たちの想像力を加速させた。

それだけではない。

学校で流れている彼の噂話が想像を超加速させたのだ。

具体的には以下のよう噂話だ。

 

曰く、『不良に囲まれていたと思ったら、いつの間にか不良たちが泣いて許しを乞いていた』

曰く、『警察も泣いて許しを乞いていた』

曰く、『暗闇の中、お前何処でそれ買ったっていうくらい馬鹿でかい釘で誰かを刺していた』

曰く、『おい、あいつの右手のアレ、まさか銃なのか!?』

曰く、『ものすごい勢いで坂を駆け抜けていた』

曰く、『この間は森で何かごそごそしていた』

曰く、『あれ、錯覚か、奴が二人いるぞ・・・?あ、やっぱ一人だった』

曰く、『路地裏で消えた・・・?』

曰く、『赤い液体が垂れた、人一人分入りそうな袋を何個も持ち歩いていた』

曰く・・・・

 

このように彼にまつわる噂話が事欠かなかったのだ。

そして、普段のあの迫力である。

彼らが何をどう想像していったのか、わかるというものである。

極道の跡取り、田中太朗の誕生の瞬間である。

勿論そんな事実はないが、必死になって否定する先生たちの態度が逆に拍車をかけた。

生徒たちからの理解の目をされて、何も言えなくなってしまう先生たちがいることはまた別の話。

ただ、一ついえることは、実は彼が成績優秀者であることを知る人間は少ないといことである。

 

さて、ではもう一人は誰なのか?

彼がいなくなったことで、ようやく動き出す場の空気。

その場の何人かは太朗が出てきた教室に入る。

 

「『くっ、さすがネガ倉君だ。まさかあそこから、こんな熱い展開に持っていくなんて、さすがの僕も戦慄せざるをえないね・・・!』」

 

教室を入って、入り口から最も遠い右奥の机。

そこには、球磨川禊がジャンプ片手に一人汗を拭う仕草をしていた。

だが、ただ一人として彼を視界に入れようとはしなかった。

 

この男こそ、もう一人の触れてはならない存在であった。

太朗とは別に、彼についても別の意味で彼らは恐れていた。

 

何故なら、気持ち悪いからだ。

何が、とは明確に言えない。

だが、確かに何かしらが気持ち悪いのだ。

例えるなら、ゴミにたかる蛆虫の大群を見たような、そんな気持ち悪さがある。

そして、気持ち悪いものを好き好んで視界に入れようなんて酔狂な輩はこの場にはいなかった。

 

最初は、そんなこと微塵も思っていなかったが、しかし同じ空間で過ごすにつれて、その異常性に気付いていった。

あのへらへらした笑顔のしたで何を考えているのかがわからないが、普通はやらない狂気染みたことを何のためらいもなく仕出かしそうな、そんなおぞましい空気を誰もが感じ取っていったのだ。

今では誰も関わりあいたいと思わない。

どんな形であっても、あんなのと関わることになるくらいなら、なりふり構わず全力で逃げる。

あの男と関わったら、自分までああなってしまうのではないかという恐怖も、その気持ちを後押ししていた。

 

さっきも巨大な螺子を何処からとも無く取り出して、相手の顔面に突き刺そうとしていたのも狂気の沙汰だ。

そんなことしたら、スプラッタどころではない。

しかもそれを何でも無い顔して、指二本で白刃取りした太朗も絶対おかしい。

だからこそ、こんな奴と平気な顔で付き合える太朗はやはり普通ではないというのがみんなの共通見解であった。

 

幸いなことに、二人とも特にこちらに対して何かするということがない。

球磨川の方は太朗がいればおとなしいし、太朗の方も直接何かされたことはない。

だが、いつそれが崩れ去るか、そんな不安との戦いの毎日である。

願わくば今年一年、いや今日一日だけでも平和な日であるように、祈ることしか彼らには出来ない。

今日も今日とて、こんな奴らのいるクラスになってしまった自らの不運を嘆く彼らなのであった。

 




おまけ
「ねぇ聞いた?あの話」
「どの話?」
「あれよ。最近この当たりで幅利かせてた不良たちの話よ」
「それってもしかしてあれ、今までが嘘みたいに正反対に真面目になっちゃったっていう噂の・・・?」
「そう。あれ噂じゃなくて実話だったみたい。この前あいつらにカツアゲされてた知り合いが家で土下座までされたんだって!しかも、お金もバイトして返すとかなんとか」
「うわぁ。それってやっぱりまたあの人が・・・?」
「みたいよ」
「さすがは極道。一体どんな恐ろしい目にあわせたのやら」
「想像したくないわね」

こうして太郎の新たな噂は広がっていく・・・。

*球磨川さん難っ!
球磨川さんのキャラを表現しきれない自分が申し訳ない・・・。
もっと精進します。
では、また次回もよろぴく(0ω<)ミ☆


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第四話

こういうのはクマさんの役目だと思うんだけど・・・・・・
                     教室を出て数分後の田中太朗の呟き



「あれ~?本当にどこいったのかな・・・」

 

登校する生徒の姿もまばらになってきた中、校庭の植え込みの影でゴソゴソしている少女がいた。

彼女は陸上部に所属する一般生徒である。

彼女が朝から影でごそごそしているのは、あるものを探しているからだ。

 

実は彼女、昨日の部活終わりに鞄につけていた人形を、木の枝に引っ掛けて落としてしまったのだ。

わざわざ田舎まで行って手に入れたとあるキャラクターの地域限定品。

今ではもう売られていないレアモノ。

当然拾おうとしたものの、どこか変な隙間に入ってしまったのか、全く見つからなかった。

日は完全に落ちていたし、明かりも携帯のライトしかない状態だったので、朝練の後に改めて探そうと決めてその日は帰ったのである。

明るくなればすぐ見つかるだろうと期待して。

だが、実際は中々みつからず、ただ時間だけが過ぎていった。

お気に入りなのでなんとかして見つけたいものの、このままではHRが始まってしまうと焦っていたその時だった。

 

視界端に人影が映りこんだ。

探し物に熱中していた少女は、引かれるように頭をあげ、そして息を呑む。

こちらに手をかざし、見下すようにして立っている男の姿を見て、息を呑む。

真っ先に目に入るのは、サングラス。

この学園において、サングラスをかけていいのはただ一人しかいない。

どれだけ熱中していたというのか、ここまで近くに来るまで気付かない己の鈍感さを呪う。

 

『田中太朗と球磨川禊。この二人に半径五十メートル以内に近づいてはダメよ』

 

部活に入ってすぐのことであった。

部活の先輩が冗談を一切許さない真剣な顔でこちらに注意を促してきたのを、私は思い出した。

その言があまり穏やかでないことから、一瞬いじめの可能性を考えてしまったが、こちらの表情から察したのか、あるいはよく言われるのか、落ち着いた態度でこちらの考えを否定する。

 

そうではないと。

あなた達を心配して言っているのだと。

先輩方は口々にそう言っていた。

その時の尋常ではない必死さや冗談を一切許さない表情が彼女には印象的であった。

しかし、同時にあまりに現実離れしすぎた噂話の数々を聞いても信じられるような内容ではなく、話し半分で受け止めていた。

 

その噂の君が立っていた。

しかも、己の手の届く位置に。

少女は思った。

 

(あっ、この人絶対に堅気じゃない)

 

噂の正しさを確信した。

まずまとっている空気からして、ありえない。

漫画や小説じゃないんだから、そんなゴゴゴ…!みたいな効果音がつく迫力出すなと突っ込みたい。

先輩たちの言っていたことは本当だったんだ。

ごめんなさい、もう疑いませんっ!

 

そんなことを考えている少女だが、余裕があるように見えて、その実かつてないくらい余裕がなかった

 

(この人すごく怖い!?ありえなくない!?本当に同じ高校生なのっ!?あと、握ったり開いたりを繰り返しているその手は締めたいの!?何をとはいわないけど締めたいのかな!?)

 

とにかく怖い。

それに尽きる。

まずこちらがしゃがみ込んでいたのもあるが、相手の背が高いのも相まって威圧感が半端ない。

しかも、こちらに手をかざしたまま無言状態を保っているのも怖い。

何か言ってよと口に出していえればと思うも、そんな挑発的なこと口走ればどうなるのか想像に難くない。

 

(いや、もう本当に何この状況!神様は私が嫌いなの!?私何かしたっ!?ああもう、だれか助けて・・・っ!)

 

視線をわずかにいる周囲に彷徨わせても、眼を逸らされる。

思わず、このタマなし共っ、と罵りたくなる。

だが、彼等の気持ちも痛いほどわかってしまうので何もいえない。

永遠とも思える沈黙の中、徐々に強くなっていく重圧のせいで息が苦しくなってきたその時、状況が動いた。

太郎が少女に伸ばしていた手を戻し、ポケットに入れたのだ。

他の人なら特になにも思わないその動作も、田中太郎であれば別である。

少なくとも、少女にとっては。

 

(ハジキ的なものを取りだそうとしてらっしゃるッ・・・!?私殺されるの!?)

 

混乱の極致の最中、彼女に潜む生存本能やら危機感とかがなんか爆発的なパワーを引き出した!

 

「ひぃいいいぃいいいいいい!!殺されるぅううううううう!!」

 

普通、恐怖の対象から逃れたいとき、相手に背を向けて逃げ出す。

だが、恐怖のあまり正気を失った彼女は、大胆な行動に出たのだ!

そう、彼女は背を向けず、むしろその逆!

相手の真正面へと突撃した!

 

お互いが手の届きそうな距離で相手に向って突撃したら当然――――

 

「ぐぅおっほ!?」

 

――――正面衝突は必死であった。

 

太朗にとって不幸なことは、少女がしゃがみこんでいた状態からクラウチングスタートの要領で走り出したことにあった。

要するに少女の頭が太朗の鳩尾にジャストミート。

突然のことに驚いて固まっていた太朗は、無防備な状態で相手を迎え入れてしまった。

 

むせる太朗を見向きもせずに、少女はその勢いのまますり抜けていった。

陸上で鍛えた健脚をフルに活用し、また火事場の底力というべきか、平時の何倍もの速さで駆け抜けていく。

 

陸上部に所属しているためか、走り出した彼女の思考に冷静さが戻ってきた。

木を隠すなら森の中、人を隠すなら人ごみの中。

そう考えた少女は真っ先に昇降口へと入り、人がたくさんいる場所へと逃げ込む。

思ったとおり、既にほとんどの生徒が登校しており、廊下に溢れるほどいた。

障害物の多い中を走るのは大変だったが、生き死がかかっていることが、彼女の集中力を極限にまで高めた。

生徒たちの動きを先読み、最善の抜け道を構築し、スピードを落とさずに駆け抜けることに成功したのだ!

あいつにこの人ごみの中を私と同じように駆け抜ける術は無いはずだ。

しかし、ここで安心していてはいずれ奴に追いつかれてしまう。

さっさとこの身をどこかに隠してしまおう。

後ろで人がざわざわしている。

だが、あの人ごみの中をぬけたところで私の姿はない。

いや、まて!

なんだこのズルズルと何かが伸びる音は

そんな、ああ、窓に!窓に!

 

 

 

 

 

 

 

 

護堂君と別れた後のことだった。

クマさんが来るまでずっと教室で過ごすのは暇すぎてだるいので、学校の敷地内を散策していたその途中、植え込みの影に人形が落ちているのに気が付いた。

なにやらライオンを機械化してデフォルメ化したらこうなるなっていう感じのデザインで、落し物かと思って拾っておいたのだ。

後で職員室に持っていこうとポケットに入れておいたのだが、散策している最中に忘れてしまったのだ。

後回しにしていたら用事を忘れるなんてことは誰にでも経験があると思う。

今回もそれと一緒だ。

 

で、そのことを思い出したのはクマさんと会話していた最中であった。

外から女子の気になる会話が聞こえてきたのだ。

この辺りでお気に入りの人形を落としたとかなんとか。

で、目を向けると友人であろう人たちと別れて、一人植え込みの辺りを探す少女の姿が見えたわけだ。

その時になって、朝あの辺りで人形を拾ったことを思い出したわけだ。

 

普段であれば、絶対に自分から直接渡さないのだけど、その時の俺はまぁなんというか朝から護堂君と久しぶりに楽しい時間を過ごせたこととクマさんとの会話でテンションのあがっていたわけで。

気分も良かったし、自分で渡そうと軽く考えて現場に向かったわけですわ。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

その結果がこれですよ。

 

意識を現実に戻したら、目の前には涙目でこちらを見上げる少女がいた。

その目には明らかに怯えが見え隠れしている。

見慣れたもんだけど、そうやって明確に態度で示されたら普通にショックなんだ。

もう少し考えてから近づくべきだったかと自分の選択ミスを悔やむ。

 

いや、どのみち同じ結果を辿ることは目に見えてわかる。

これ以上の策なんてなかったと自分を慰める。

 

いまや伸ばした俺の腕は意味をなくし、俺と少女の奇妙な膠着状態だけが続いていた。

 

・・・・・・何故こうなったのか。

 

ほんの少しだけ時間を戻す。

現場に近づくにつれて、俺はある致命的な問題に気が付いたわけだ。

 

(どうやって声かけよう)

 

自分から話しかけるということがもはや天文学的なレベルで少ないという事実に思い至った時、己のあまりの軽率さに後悔した。

それに、普段クマさんや護堂君のようなある程度慣れた人ならそれなりにしゃべれたりするが、慣れない相手、しかも初対面が相手となるとまず声を出す勇気があるか自信がない。

かといって、己の存在に気が付いてもらわないことには人形は渡せない。

 

そうして、必死に考えて末に、立てた作戦が次のとおりだ。

肩をたたいて、人形を渡して、即離脱。

シンプルイズザベスト。

 

そして、いざ作戦実行をしようと少女の肩に手を伸ばしたのだ。

誤算は、こちらが触れるより先に、向こうが弾けるようにこちらに顔を向けたことだった。

その勢いのよさに驚き、また作戦の瓦解を理解した俺は思考停止に陥った。

予想外の事態に弱いのは、勘弁して。

 

で、正気に戻った今どうしようかというところだ。

向こうは向こうで涙がもう決壊しそうだし早く手を打たなければいけない。

というわけで、そのまま強引に作戦続行することにした。

 

人形を取り出すべく、制服のポケットに手を入れて取り出そうとした瞬間だった。

相手は何故か息を呑んで、より一層怯えの色を濃くした。

俺の直感が、囁いた。

これはやばいと。

 

「ひぃいいいぃいいいいいい!!殺されるぅううううううう!!」

 

学校中に響かせる勢いで少女が叫びだしたと思ったら、俺に体当たりしたのだ。

しかもいい具合に鳩尾に頭をめり込ませて!!

途方も無い衝撃に思わずむせてしまった。

 

その間に少女はものすごい勢いで走り去ってしまったわけだが・・・。

 

(いやいやいや、どういう思考すればそんな発想になるわけ!?)

 

呆然とそれを見送っていた俺は、しばらくしてから正気に戻り、彼女にツッコミを入れる。

心が折れそうになったが、しかし手元に彼女のものであろう人形があることを考えると追わないわけにもいかない。

それ以前に、必死の形相で逃げている彼女のせいで、またあらぬ誤解を生み出しそうな時点で追わなければならない。

森の熊さんかよ、畜生!

次から絶対直接渡すなんてことはしないと決意を新たにして、遅れて俺も走り出す。

 

少女が校舎の中に入ったのを確認した俺は、その後を追って中に入り、見失わないように彼女を追いかけ、絶句する。

HRが始まる前のこの時間帯、多くの生徒が廊下に出ていたのだ。

授業の準備をしている人もいれば、HRが始まるまで廊下でふざけている人もいる。

そんな中を、人なんていないかのようにすいすいと駆け抜けていく少女の姿が見えた。

 

(すごい。だけど、このままでは見失ってしまう)

 

焦っても、人が邪魔で彼女との差は広がるばかりであった。

こんな状況下では、凄まじいスペックを誇る身体は何の役にも立たないのである。

だからこそ、彼女が階段を上りだしたのを確認したとき、俺はもう一つの神様特典を使うことにした。

 

走るのをやめた俺は、周りの視線が集中するのを無視して、その辺に落ちていた飴の袋を拾う。

それを握り締めて俺は窓から外に踊り出た。

背後でどよどよしていたので、一睨みして黙らせる。こういうときは便利。

そして、彼らの視線が逸れている間に、外から階段の辺りにまで近づき、一気に能力を解放した。

 

ゴミを木に変える能力

 

それが、俺が神様に貰った能力。効果はまんまである。

ゴミがないと使えないので、暇があればゴミ拾いをしている。

実はあの人形を拾ったのもその途中であったりする。

俺の好きな漫画の能力だったので、貰った当初は恥ずかしながら、大興奮した。

 

その能力を駆使して俺は階段の窓まで木を成長させる。

運のいいことに、丁度窓もあいていたのでそこから滑り込むように入る。

 

「ひぃ!」

「もう逃げられないぞ。観念するんだな」

 

窓から入ってきた俺に驚いたのか、腰を抜かして眼を極限にまで丸くしている。

よく見ると動向も開いていて、なにやら呼吸もかわいそうなくらい荒い。

 

「誰か・・・・・・誰か助けて・・・・・・」

 

弱々しく何か呟いたと思ったら気絶してしまった。

いきなりのことで慌ててしまったが、その体を抱きかかえることに成功する。

 

「その方から手を放しなさいッ!」

 

と同時に、鋭い声が響く。

見ると、亜麻色の長髪の少女が静かな敵意を瞳に浮かべ、こちらへと駆け寄ってきた。

何故あの時冷静になって少女を追うなんてことをせず、人形を職員室に持っていかなかったのか。

そのことを今更になって後悔する俺だった。

 

・・・・・・もうどうにでもな~れ♪

 




やっぱり勘違いって難しいと思うの・・・・。
そして影響されすぎな作者である。
クトゥルフ神話の存在を最近知ったにわかな作者だけれど、書かずにはいられなかった。
這い寄る混沌より這い寄る過負荷という言葉をめだかボックスで見たとき、ふとミソギンチャクというワードがよぎった。でも仕方がないと思う
イソギンチャクがクトゥルフばりに異形すぎるのが悪い。
ミソギとイソギが似ているのが悪い。
だから作者は悪くない(>皿<)

ちょっと中途半端だけど、ここまで。


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第五話

教室の中に張り付けられた夥しい数の目・・・・・さすがの僕もぞっとしたよ。
                             とある安心な人外さんの独白


芯の強い人という表現があるが、階下から現れた少女はまさしくそれにピッタリ当てはまる少女であった。

身を震わしながらも俺の視線を真正面から受け止め、俺が抱きかかえている少女のために一人前へ出る。

 

「もう一度言います。その人から手を放しなさい」

「いきなり出てきてそんなこと言われてもな。一応理由を聞いておこうか?」

「危害が加えられようとしている人を助けるのに理由が必要ですか?」

 

やだこの子、ステキング。いや、ステクイーン。

やけに剣呑としていると思ったら、危害って酷い勘違いもあったもんだ。

まぁあんな大声でそう叫ばれたら、そう思われても仕方がないか。

とはいえ、俺もそうそうに言う通りには出来んのだよ。

いや、そうしたいのはやまやまなんだけどさ。

 

なんかこの子が出てきてから一気に空気がざわついたんだよね。

周りの空気がおかしくなったというか、目の色が変わったというか。

今腕の子を放したら一斉に飛び掛られるような、そんな危機感があるんだ。

だから、申し訳ないけどもうちょっとこの状態を保たせてもらう。

 

「悪いが、この子に用があってね」

「・・・・・この場で問題を起こすのは得策ではないと思いますが?」

「その通りだ。だが、それは君ら次第だと思うのだが」

 

そういって視線を後ろにやる。

用があるのは事実だし、辺に騒ぎ立てることなく、事の成り行きを見守ってくれれば静かに事は運んで万事解決。

だから、わかるだろ?

それが通じたのか黙る野次馬たち。

よかった。

この子の乱入で一時はどうなるかと思ったけど、冷静にこちらの話を聞いてもらえそうだ。

これなら必要以上に焦って誤解を解くより、ゆっくりことの経緯を話して笑い話にしてしまおう。

と思っていたら、少女が変なことを言い出した。

 

「交換条件といきましょう」

「交換条件?」

「私がその方の代わりになります」

「うん?話が見えないんだが」

「その方にしようとしていたことを私が全て引き受けましょう。あなたが私を嬲るというのであれば受け入れましょう。だから、その方を放してください」

 

この子いきなりなに言い出してるの?

 

一瞬の静寂の後、爆発する周りの喧騒。

彼女の友達であろう女の子たちが、彼女に思いなおすように言い寄っている。

だがまるで魔王に身を捧げんとするかのような態度で、静かに眼を伏せている彼女。

 

一瞬本気で何を言われたのかわからなかったが、今のこの状況が犯罪者と人質の構図になっていることに気が付いた。

どこからどう見てもその通りですありがとうございました。

なんてこったい!今日は厄日か!?

一瞬で状況が変わった。

これは早急に誤解を解かないといけない。

 

上も下も人が集まっているこの状況下では既に手遅れな気がするけど、逆に言うとこれはチャンスだ!

俺はただ人形を渡したかっただけなのだと。

誤解を解けばここにいる皆が証人になる!

 

「いや、俺はただ「私では役者不足だというのですか?」」

「そんなことは「では交渉は成立ですね」」

 

少しはこっちの話を聞いてくれよ。

随分余計なことしてくれちゃってるんだけど君!

なんていうか、この子暴走しすぎじゃないか!?

冷静そうに見えて、実は相当テンパッテいるだろう!?

 

「やばい、このままだと万理谷さんがあの男の魔の手に・・・・・」

「いや、まだ今からでも遅くは・・・ッ!」

「馬鹿野郎!何のために万理谷さんが身体張っていると思ってるんだ!!今俺達が動いたら本末転倒だろうが!」

「クソっ、俺にっ・・・・・・俺たちにもう少し力があればッ!クソォッ!」

「ちげぇよ・・・・・・俺たちに足りないのは一欠けらの勇気だよ・・・・・・ちくしょう・・・・・・」

 

どんどん大事になりすぎて、どう収集つければいいのかわからん!

クマさーん、俺だー助けてくれー!

じゃないと俺泣いちゃうぞーーー!!

 

俺が黙っているのを了承と受け取ったのか、少女はこちらに向ってくる

動きが多少ぎこちないが、確実に一歩一歩上ってくる少女にどう対処しようか迷っていると、腕の中の少女が気絶から眼を覚ました。

なんてタイミングだ。作為的なものを感じる。

だけど・・・・・・よし、あっちが無理ならこっちだ。

すぐこの子の誤解を解いて助力を求めよう。

 

「あれ・・・私・・・?」

「起きたか。なら話を聞い「いやぁっ!!」」

 

こちらを拒絶するようにして、俺を押す彼女。

起きて早々錯乱である。

誤解をといて助力を求めるとかそんな次元の話ではなかった。

階段でそんなことすれば当然、バランスを崩してしまい倒れこむ。

いきなりでびっくりした勢いもあり、俺は両腕を思いっきり振り上げてしまった。

結果。

 

少女の身体が宙に投げ出された。

 

一瞬何が起こったのか分かっていない少女の顔がやけに印象的であった。

そして少女の落下軌道上にいたもう一人の少女が咄嗟に腕を広げて抱きとめようとしているのが目に入る。

階段でそんなことすれば、二人とも大怪我を負ってしまうだろう。

 

誰もが息を呑む中、身体を動かす。

 

「―――ッ!!」

 

時間が圧縮されたように全てがスローな世界にただ一人俺だけが普通に動く。

俺の腕から離れて落ちていった少女の腕を掴み、そして入れ替わるようにして投げる。

無事に、階段の踊り場へ落ちたのが目に入り、今度は身体をひねって腕を広げている少女を軌道上から外す。

後は俺が体勢を整えて着地すれば誰も怪我せずに住む。

この身体のスペックさえあれば、そんなことを一瞬で可能なのだよ!

速さが足りた!

 

だが、ここで予想外のことが起こる。

 

「危ないっ!」

「えっ」

 

視界端で亜麻色の髪が踊る。

そこには必死な形相で手を伸ばし、飛び出している少女の姿があった。

 

(あ、やべ)

 

思いっきり腕をつかまれて勢いを殺された。

しかも、この少女が邪魔で体勢整えられない。

このままでは二人そろって大怪我を追いかねない。

仕方がないか。

 

せめてこの子だけでもと俺は少女を抱き寄せる。

なあに、俺の身体は何度でも言うが凄まじいスペックを誇っている。

なら、この程度の高さなんてものともしないだけの力はあるはずさぁ!

 

(なるほど、これが女の子の匂いか)

 

少女の甘い匂いが鼻腔をくすぐるが、それは今意識の外に置いておく。

身体に当たっている柔らかい感触についても、考えない。

役得だなんて思ってないんだからね!

なんてそんなふざけられる時間もないので、さっさと自分は下に、少女は上にする。

衝撃はその後すぐに来た。

 

背中をたたきつけられたことで、一瞬息が詰まるも、この身体のおかげか、大したことはなかった。

人一人分の体重をものともしない。

咄嗟に受け身を取れたのが効いたのかもしれない。

 

少女の方はというと、友人と思われる人たちに安否を問われている。

どうやら無事のようだ。

 

「大丈夫ならさっさとどいてほしいのだが。重くはないけど立てないんでね」

「え、ぁ、すぐにどきます」

 

なにやらあっけに取られている様子だが、素直にどいてくれた。

きっと、落ちたことにビックリしたのだろう。

だが、友人二人に危険人物から遠ざけられるように離されたとき、少し名残惜しさを感じたのはここだけの話。

 

いやね。俺も男子高校生で、そういったことに多感な時期でもあるわけですよ。

それを表に出すような愚は起こさないけどね。

え?ただのむっつり?

ほっとけ。

 

「よし、女子はそのまま離れてろ!万理谷さんと階段の子を頼んだ!」

「この野郎!よくも好き勝手してくれやがって!」

「溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせてもらうぜ!」

 

しかし、これどうしようか。

思いっきり予想的中してもうたやん。

成り行きでも、女の子回収した瞬間これですよ。

めっちゃこいつら俺を殴るつもりでいるよ。

平和な学園生活は何処に行ったんだ。

目的の少女も逃げたのかいなくなってるし。

 

「てめぇなんざこわかねぇんだよ!このグラサン野郎!」

 

そういって、一人殴りかかってきた。

すると、一人また一人とどんどん蹴る殴る。

実はそんなに痛く無いのだが、うっとうしいので防御くらいはする。

信じられるか?ここ日本の高校なんだぜ?

すると、誰かの拳が俺のサングラスを掠めた。

どこかへ飛んでいくサングラス。

サングラスを学校で外すのは初めの経験だった。

 

「うわぁあああああああああああああああああああああ―――――!」

「なっ・・・なん、なんだよこいつぅ!?」

「ひぃっ!?こ、こっちみんじゃねぇ!」

「ひぃ、きひひ、きひひひひ、あああはははははははあはは」

 

その瞬間、俺の眼を見て、殴っていた奴らが騒ぎ出す。

・・・・・・いい加減俺は怒っていいだろうと思う。

確かに騒動の原因は最初の時点で誤解を解けなかった俺にあるかも知れないが、向こうも向こうで悪い。

話を聞いてくれなかったのだから。

単なる親切心がこんな有様だよ。

それに、助けたのにこの仕打ちってどういうことだ。

しかもサングラスを外した瞬間、錯乱するし。

 

いや、それ以上に、それ以前に。

そもそも、こいつらの俺を見る目だ。

 

(どいつもこいつも嫌なことを思い出させやがる)

 

彼らが俺を見る目は、いつも一緒だ。

違うのは本当に稀だ。

両手で数えられるんじゃないだろうか。

この目が嫌になったからサングラスをつけたというのに。

 

『どうして**君はそんなことばっかするの!?』

 

前世での記憶が刺激される。

その瞬間、目の前が真っ赤に染まる。

 

「どいつもこいつも好き放題してくれる」

 

気が付けば、俺は怒りに任せて行動をしていた。

それを冷静に見る部分がいる反面、とめようなどとは思わなかった。

 

「クマさん曰く、俺の負倶帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)は取り返しがつかないそうだが・・・」

 

俺は能力を軽く発動させる。

俺の手には市販ではまずない、等身大の釘が握られた。

 

「「全員釘付けにするくらいは構わないだろう?」

「『いやいや、ほどほどにっていったじゃないか』」

 

能力を全力で解放しようとしたら、横から凄まじい衝撃を受けて吹き飛んでしまった。

ゴキリッと何か凄く嫌な音を響かせながら、その勢いのまま壁に激突する。

眼を白黒させていると俺がさきほどまで立っていた場所には親友が立っていた。

く、クマさん!

 

「『まったく、なんか騒ぎが起こっているから見にきたら、案の定太朗ちゃんだったし。太朗ちゃんは一度ほどほどの意味を知ったほうがいいよ』」

 

いや、好きでこんな騒ぎ起こしたわけじゃないし。

むしろ極めて穏便に済ませようとしていたし。

でも、おかげで冷静になれた。

 

「・・・・・ありがとうクマさん。おかげで頭が冷えた。少しかっこ悪いところ見せたかな」

「『あはは、気にしないでいいよ。僕たちにとってそんなのは日常茶飯事なんだから』」

 

クマさんが俺の右腕を引っ張り挙げて立たせてくれた。

クマさんのどこにそんな筋力が!?

そして俺の右腕がさっき折られたような気がするけど、そんなことはなかった。

相変わらずクマさんってチートだなぁ。

大嘘憑き(オールフィクション)だっけ?

 

それはさておき、サングラスを拾って俺は亜麻色の少女の前に立つ。

 

「すまなかったな」

 

俺が声をかけるとびくりと身体を震わせる亜麻色の少女。

何故か凄く疲れている様子だ。

その目には色んな感情がないまぜになって浮かんでいた。

一番濃いのは恐怖だろうか。

もう慣れたが、これほどの美少女にそんな目をされるとやっぱりショックだ。

なので、さっさと用件を済ませて去ることにする。

 

「それと、疲れているところ悪いがこの人形をあの少女に渡してくれないか。彼女の落し物だろうからな」

 

もう自分で渡すことは諦めた。

なので、誰かに預けることにしたのだが、丁度この女の子は彼女の顔を知っているし、俺に対してあれだけ強く向ってこれたのだから、とてもいい子なのがわかるしやってくれるだろう。

 

「『あー、太朗ちゃんってば一年生をパシリに使うなんて~。それも女の子を。よっ、この不良!』」

 

うるさい。

あんたは口を閉じてなさい。

さて、後は・・・・

 

この死屍累々の空間から逃げることだけだな。

てか、今日はもう俺はいない方が学校的にもいいだろう。

というわけで、俺は逃げる!

 

「クマさん、今日はもう俺帰るわ。悪いけど、今日の放課後の話はまた今度で」

「『えぇ~!酷いよ太朗ちゃん、僕の一世一代の告白をなんだと思っているのさ!』」

「え?なんとも思ってないけど」

 

俺は学校を後にした。

 

「タロ兄さん・・・・・」

 

残された場所では、意識を失った亜麻色の少女を抱き、悲しげに顔を伏せる護堂の姿があった。

 




信じられるか・・・・・?これ、まだHRが始まる前の出来事なんだぜ・・・・。


というわけで次もよろしくb


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第五話裏

私は一体何を霊視したというのでしょうか・・・・
                             万理谷祐理の疑問より抜粋


今年、晴れて私立城楠学院高等部に入学した万理谷祐理は、朝から言い知れぬ不穏な気配を感じ取っていた。

身支度整えるのために使っている櫛の歯が折れ、いつも使っている湯飲みにひびが入った。

普通は偶然と切って捨てられるものでも、媛の位を持つ巫女たる祐理では話が違う。

彼女の持つ霊視能力は極めて優れており、彼女が不穏を感じれば何か良からぬことが起こる前兆なのだ。

 

(全身があわ立つほど強い気配・・・・・・ただの杞憂であればそれが一番ですけど)

 

そうはならないだろうと、彼女は思う。

自分の持つ霊視能力のことはよく分かっている。

この力が囁くのであれば、きっと何か大変なことが起こるのだ。

予感は予感に過ぎないと切って捨てるには彼女の力は大きかったし、何よりもその気配がこちらを押し潰すように存在を主張している。

霊視を除けば基本非力な彼女は、何が起こっても冷静に動けるように、心の準備だけをする。

 

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいい。殺されるぅうううううううううううう」

 

そんな彼女の耳に悲痛な叫びが届く。

まるで強盗にでもあっているような、学校という舞台に相応しくない悲鳴。

その声を聞いた時、彼女は走り出していた。

平均よりも劣る身体能力だが、それでも駆け出さずにはいられなかった。

その意志に反して遅すぎる我が身を叱咤して、とにかく走る。

 

不意に、外から膨大な呪力の流れを感知した。

類稀なる霊視の才を持つ彼女は、その禍々しい呪力に圧倒される。

反射的に窓の外を見る。

 

そこで彼女が見たものは男の手の中で急速に成長する木であった。

平穏な日常からかけ離れた明らかな異常。

一瞬、彼が木に取り込まれようとしていると息を呑んだが、男から流れ込む呪力がそのことを否定する。

男はそのまま成長を利用してぐんぐん昇り、二階の開いている窓にするりと滑り込むように入った。

 

だが、本当の驚愕はここからだった。

用をなくした木がそのままひしゃげ始めたのだ。

如何なる力を加えられているのか、物体の体積、質量、密度など無関係といわんばかりに、どんどんひしゃげ丸まり小さくなっていく。

5~6mはあった木が、1cmあるかないかの大きさになって、それはようやく止まる。

その異常な光景に、万理谷祐理は硬直する。

何よりもその現象に呪力の使用を感知できなかったことに、そら恐ろしさを感じた。

 

魔術師にしろ呪術師にしろ、術を行使する際は必ず呪力を必要とする。

さきほど、木を成長さていたのもおそらく呪術に類するのだろう。

珍しいがまだ納得できる。

だが、そのあとのあれはなんだ?呪力を用いずにあんなことが出来るのか?

如何に神秘の世界に身を置く彼女であっても、否、神秘の世界に身を置く彼女だからこそ、今の力に得体の知れなさを感じずにはいられない。

 

(っ!呆けている場合ではないですね。今はこのことよりも先にやることがあります)

 

正気に戻った祐理は、そう自分に言い聞かせて走り出す。

 

(先ほどの悲鳴とあの男・・・・恐らく無関係ではないでしょう。なら、あの男が向った場所にいけばいいはず)

 

息を切らせて廊下を駆けていく。

すれ違う誰もが、息を走らせて走る祐理に眼を丸くしていた。

だから、地面に突き刺さる等身大の釘が人しれず消えていくことに気が付く者は誰もいなかった。

 

 

 

 

祐理が男のいるであろう場所、すなわち二階へ続く階段にたどり着いたのはすぐのことであった。

そこでは人だかりができており、容易に前に進めなかったが、それでも強引に人を掻き分けて前へ出る。

前へ出ようとする彼女に気が付いて、道を開ける人逆に通さないと止める者もいたが、聞く耳をもたず前へ出る。

 

「もう逃げられないぞ、観念するんだな」

「誰か・・・・・・誰か助けて・・・・・・・」

 

はたして、そこで彼女が見たものはすがるように助けを求める少女の姿であった。

顔を真っ青に染め、絶望一色に染まっている瞳は目の前の男しか映していない。

ただひたすらに助かりたい一身で男から逃げようと後ずさる。

だが、男は決して逃がさない。

誰も彼女を助けようとしないのは、助けるには遠すぎるからだろう。

下手に助けようとすれば逆に危険に晒されてしまう。

彼らには手をこまねいて見ているしかなかった。

 

邪魔もされない男は悠々と少女を階段の踊り場の隅へと狡猾に追い込んでいく。

ふいに、祐理と少女の目があった。

祐理はその少女の顔に見覚えがあるような気がした。

緊張の糸がきれてしまったのか、彼女は崩れ落ちる。

 

「その方から離れなさいっ!」

 

祐理は、後悔していた。

たどり着いた時、すぐに口を出すことをためらってしまったことに。

先ほど見た異様な光景の得体の知れなさ、そして背中から感じ取ることの出来るその威圧。

かつて会った老いた魔王に負けるとも劣らないそれに、記憶を刺激されてしまった。

その衝撃から彼女は口を閉じてしまった。

 

だけど、少女のあの顔を見たらそんなものは吹き飛んでしまった。

崩れ落ちる瞬間、彼女は見た。

迷子の子どもが母親を見つけたような、安心した笑みを。

あれだけの恐怖にさらされながら、少女は祐理を見て安心したのだ。

 

彼女が祐理に何を見出したのか、それは本人にしかわからないが、しかし頼られたのなら、それを見捨てることなど祐理にはできない。

これ以上のあの男の好き勝手にはさせない。

祐理の心に火が灯る。

 

「もう一度言います、その方から手を放しなさい」

 

男が少女を腕に抱え、振り返る。

サングラスをかけているため表情が読み取りづらいが、あからさまにため息を付いていることから、面倒くさそうな表情をしていることがわかる。

楽に獲物を追い詰めていたのに、それを邪魔されたと言わんばかりの態度だ。

鳥肌が立つほどの重圧を声に乗せ、彼は口を開く。

 

「いきなり出てきてそんな事言われてもな。一応理由を聞いておこうか」

「危害が加えられようとしている人を助けるのに理由が必要ですか?」

 

そう祐理が応えると、男が笑みを浮かべる。

嫌な笑みだ。まるでこちらを嘲笑っているかのように。

違う。実際に嘲笑っているのだ。

 

「悪いが、この子に用があってね」

 

これだけの数に囲まれているのに、悪びれもせずに堂々と言い放つ。

野次馬も多いが、祐理のように悲鳴を聞きつけて、同じように正義感で来た人だって多い。中には今にも飛び出しそうな人も見える。

だが、そんなものはものの数ではないと暗に言いはなったのだ。

ほとんどの人がその意味を理解し、怒りに駆られる中で、祐理は今の台詞に違和感を感じ取った。

この子という言葉を強調していたのだ。

まるで、その少女にこそ価値を見出しているかのような・・・・・・

まさかっ!

 

「この場で問題を起こすのは得策ではないと思いますが?」

「その通りだ。だが、それは君ら次第だと思うのだが?」

 

祐理は確信した。

言葉だけであれば、この場全員に言っているように聞こえるだろう。

君らが見逃してくれれば問題ないとこちらをとことん馬鹿にして言っているように聞こえるだろう。

だが、そこに込められている裏の意味、真意は違う。

さきほどの言葉は、この場にいる人たちに向けられたのではない。

祐理に向けられたものだった。

 

『少女を取り戻したくば、お前が来い』

 

祐理にはこう聞こえた。

 

祐理は少し前に見たある資料を思い出していた。

それは、正史編纂委員会から渡されて目を通した、この学院にいる潜在的に呪力の高い人間のリストだ。

そういった存在は裏の事情に巻き込まれやすいため、組織が裏で目を光らせているのだが、その中には目の前でぐったりと意識を失っている少女のことも載っていた。

祐理が見覚えあると思ったのは、そのせいだ。

 

そして、だからこそ彼女は彼に狙われた。

彼女の知っている情報、そして知識や経験が、彼女に最悪の想定を抱かせる。

 

(生贄ですかッ!)

 

祐理にかつてないほどの激情が駆け巡る。

以前、どこかで呪力の高い人間は高等儀式の格好の生贄になるという話を聞いた事がある。

そのほとんどが、狂気染みた儀式であるとも。

そんなものに、事情を知らない人たちを利用するという恐ろしさ。

 

そして今も。

これほど朝早く、しかも学校で行動を起こしたのは正史編纂委員会の手が出せない状況下を生み出すため。

下手な動きをすれば、彼も黙っていないということだ。

それが仮に先ほどの呪術や謎の現象を起こすことであれば、これだけ人がいる空間だ、被害は甚大なものとなるだろう。

そして霊視に特化している祐理にそれを防ぐすべはない。

大量の人質を取られたというわけだ。

 

何よりおぞましいことに、これだけのことを仕出かしても、本人は一切裏の事情を出すことなく、秘密裏にこちらに要求を突きつけているのだ。

一般人は何も知らずに利用されている。

 

吐き気を催す邪悪。

彼を表現するに相応しい言葉であった。

 

だが、どれほど激情に身を焦がそうと今の状況はほぼ詰んでしまっている。

男は、場を整えてしまった。

 

確かに、少女は潜在的には呪力が高い。

しかしそれはあくまでも平均値を一回り上回ると意味でだ。

媛巫女として己の力を高め続け、呪力を磨き続けている祐理の方が、生贄の価値として極上といえるのだ。

媛巫女という位は伊達ではない。

 

だが、男が自分からはっきり言わないのは、どっちでも構わないからだろうと祐理は考える。

我が身可愛さで少女を見捨てるか、それとも少女を救うのか。

たとえ祐理でなくても、少女がいれば別に問題なく、祐理が来れば極上の生贄が手に入ったと得するだけ。

そんなどっちであっても男が損をするということはない、茶番染みた選択。

されど少女を助けようとしている祐理に迷いはなかった。

ゆえに、彼女から話を切り出す。

 

「交換条件といきましょう」

「交換条件?」

 

分かっているくせに、白々しく聞き返す。

この男は楽しんでいる。

だけど、祐理には少女を見捨てると選択肢がないため、苛立ちを抑えて、話を続ける。

 

「私がその方の代わりになります」

「うん?話が見えないんだが」

「その方にしようとしていたことを私が全て引き受けましょう。あなたが私を嬲るというのであれば受け入れましょう。ですから、その方を放してください」

 

(実際は嬲るなんて言葉では済まない耐え難いものになるでしょうけど、それで彼女が解放されるのなら・・・・・・)

 

「ダメだよっ万理谷さん!あんな男のところに言ったらなにされるかわからないんだよ!」

「絶対酷いことされるよっ!」

「澤さん、宮間さん・・・・・・」

 

友人二人が壁になるように立ちはだかる。立ちはだかってくれた。

それだけで祐理は満たされた。

思わず弱音を吐きそうになってしまった彼女だけれど、それを押し殺して、振り切るように一歩前へ出る。

 

それに、まだ最悪の事態というわけでもない。

もし、この出来事が神社に勤めるものたちの耳に届けば、正史編纂委員会が動いてくれるはず。彼女の友人が動いてくれる。

そうすれば助かる可能性の方が高いのだ。

 

「私では役者不足だというのですか?」

「そんなことは」

「では交渉は成立ですね」

 

最後まで言わせなかったのは祐理なりの抵抗であった。

男は祐理が来るまで少女を手放す積もりはないのか、特に動きを見せなかった。

それを読み取った祐理は一歩一歩階段を上り、男に近づいていく。

しかし、後数段というところで予想外のことが起こる。

 

「いやぁ!」

 

短い悲鳴。

何かがぶつかる音と、宙を舞う少女の姿。

男を跳ね除けるように押した少女が、その反動で宙に投げ出されたのだ。

それを認識した祐理はすぐさま、受け止めようと腕を広げる。

だが、次の瞬間彼女は目を疑う。

 

黒い影が躍った。

男だ。

落下中の少女の腕を捕まえて、入れ替わるように階段の踊り場へと放り投げた。

そして、男は空中で身を翻して祐理を落下軌道上から外し、頭から落ちていく。

それら一連の流れはまるで早送りのようであった。

 

「危ないっ!」

 

その時彼女が動いたのは、やはり反射のようなものであった。

理由なんてなかった。ただ、思考するよりも先に身体が動いたとしか言えない。

何故敵を助けたのか。

そう問われたのなら、彼女は凛としてこう返すだろう。

危害を受けようとしている人を助けるのに理由は要らない。

そう応えたのは他ならぬ祐理である。

そしてそんな彼女だからこそ動いたのだ。

 

咄嗟に飛び出した祐理は、男の腕を掴む。

そのまま引っ張りこもうとしたが、非力な彼女でそれが叶うはずもなく、また前のめりになっている彼女が男の体重が加わった重力に逆らえるはずもなく、一緒に落下に巻き込まれていく。

来る衝撃を想像して、祐理は思わず目を閉じてしまう。

 

「?」

 

だが、想像に反してあまり衝撃が来なかった。

結構な高さから落ちたというのに、大した衝撃はなかった。

 

「万理谷さんが落ちたぞぉー!?」

「だ、誰か保健室に!」

 

場が騒ぐ。

祐理は起き上がり、自分の状態を確認する。

特に痛いところはない。

 

「万理谷さん大丈夫!?」

「えぇ、私は大丈夫なのですが……」

 

しかし、祐理にはその理由が分からない。

それにあの男も一体どこへ行ったというのか。

 

「大丈夫なら、さっさとどいてくれるとありがたいのだが」

 

その疑問にこたえるかのように、祐理の下から恨みがましい声が届く。

目を下に向けると、そこには仰向けに男が横たわっていた。

祐理は男を敷く形で座り込んでいたのだ。

 

「重くはないが立てないんでね」

「え、ぁ、すぐにどきます」

 

(助けられた?でもどうして・・・?)

 

生贄目的であればどちらかが無事であればいいはず。

だが、二人とも助けたのはどうしてだろうか?

まさか土壇場になって欲が出る男でもないのは話していてわかる。

では何故?

 

「っ!万理谷さんこっち!」

「よし、女子はそのまま離れてろ!万理谷さんと階段の子を頼んだ!」

「この野郎!よくも好き勝手してくれやがって!」

「溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせてもらうぜ!」

 

友人に身体を引っ張られ、祐理の中の疑問は答えの出ないまま、強制的に遮られる。

残された男は、血の気の多い男どもに囲まれる。

蹴る殴るの制裁を加えられる男。

祐理はやりすぎではと思い、止めに入ろうと割り込んだが、他の人が彼女を止めて出来なかった。

結果誰も止めようとする人物はいなくなった。

やがて、誰かの拳が男のつけていたサングラスが霞めた。

飛んでいくサングラス。

同時に、彼の表情が露わになる。

 

殴られて青あざだらけになった顔。

鼻血も垂れて、唇からも血が流れ落ちていた

だが、それでもその圧倒的闇を讃える眼に陰りなど一欠けらもない。

深く、暗く、蠢く、静かに、あらゆる負の感情が渦巻いていた。

 

「うわぁあああああああああああああああああああああ―――――!」

「なっ・・・なん、なんだよこいつぅ!?」

「ひぃっ!?こ、こっちみんじゃねぇ!」

「ひぃ、きひひ、きひひひひ、あああはははははははあはは」

 

悲鳴が上がる。

恐怖に怯える声が届く。

狂ったような笑い声が響く。

 

――――その中心には、サングラスのない素顔を晒した男、田中太朗の姿があった。

 

(これは精神汚染っ!?)

 

祐理は彼らの症状を看破した。

しかし、これもまた得体の知れない力が働いているのか、呪力の流れを感じ取れなかった。

そんな力を男は複数もっているというのか。

 

「どいつもこいつも好き放題してくれる」

 

これだけの状況を生み出した本人は悠然と立ち上がり、祐理に近づいていく。

祐理はその眼を見てしまった。

いや、視てしまった。

 

色彩をなくした世界に立っていた。

人のいなくなった学校。

どこを見渡しても白と黒しかない、現実味をなくした世界であった。

やがて白黒の世界に変化が訪れる。

最初は小さな変化だ。

遠くで何かが開くのが見えた。

今度は比較的近くの壁に。

それは大きな眼だ。

次々と開いていく大きな眼だ。

眼は天井知らずに開いていき、壁、床、天上をどんどん埋め尽くしていく。

それが夥しい数になった時、それらは一斉にこちらを見る。

 

あまりの恐ろしさに息を呑む。

 

背筋が凍りつきそうな恐怖に身を震わせるも、祐理はそれら一つ一つに感情が浮かんでいることに気が付く。

 

嫉妬、憎悪、憤怒、絶望、悲哀、嫌悪・・・・・・。

あらゆる負の感情が浮かんでいることに・・・・・。

 

意識を取り戻したとき、祐理が悲鳴を上げなかったのは、彼女の強い心の為せた技だろう。

それに、依頼で魔道書などを霊視するときも大きい。あれらの中には時として精神的にきついものもあった。

だが、そんな彼女であっても、疲労困憊の状態に陥ってしまった。

あの霊視はそれほどまでに彼女の精神力を削り取っていた。

 

「クマさん曰く、俺の負倶帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)は取り返しが付かないそうだが・・・・・・」

 

どこにもっていたのだろうか、いつの間にかその手に大きな釘を持っていた。

この場にいる人間は、この場の全てが歪んでいくような感覚に恐怖した。

 

「全員釘付けにするくらいは構わないだろう?」

「『いやいや、ほどほどにっていったじゃないか』」

 

その手を振りかぶった瞬間、太朗は思いっきり吹き飛び、壁に激突した。

右腕が折れる鈍い音。

階段から新たに飛び降りてきた男が、太朗にとび蹴りを食らわせたのだ。

 

「『まったく、なんか騒ぎが起こっているから見にきたら、案の定太朗ちゃんだったし。太朗ちゃんは一度ほどほどの意味を知ったほうがいいよ』」

「・・・・・ありがとうクマさん。おかげで頭が冷えた。少しかっこ悪いところ見せたかな」

「『あはは、気にしないでいいよ。僕たちにとってそんなのは日常茶飯事なんだから』」

 

右腕の骨が折れているというのに、折られた側が礼を言うという異様な光景。

新たな男が手助けして立ち上がった太朗はサングラスを右腕(・・)で拾う。

意味不明であった。

先ほど折られていたというのに、今はもう直っている。

もはや、祐理の理解の範疇を超えた出来事であった。

 

「すまなかったな。それと、疲れているところ悪いがこの人形をあの少女に渡してくれないか。彼女の落し物だろうからな」

「『あー、太朗ちゃんってば一年生をパシリに使うなんて~。それも女の子を。よっ、この不良!』」

 

人形を手渡される祐理。

この惨状をものともせず、和気藹々とじゃれながら去っていく彼らを見送る祐理は、気持ち悪いものを見る眼であった。

やがて、色んなことがありすぎた祐理の精神は限界を迎えたのか、祐理の意識は黒く塗りつぶされる。

祐理は倒れこむ寸前、何か暖かいものに抱きとめられた気がした。

 




作者はがんばった。
勘違いも難しいが原作のキャラを書き出すのも難しいの・・・・
てか霊視ってこんな便利なものでもないだろうに・・・
人間の限界なんてこんなもんだ。

まだまだ精進あるのみですね。
というわけで、次回もよろしくお願いします。


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第六話

田中太朗は、あなたが言うような人物ではなかったですよ一朗……。
                            楠城学院理事長の呟きより抜粋



――――田中太朗が遂に問題を起こした。

 

この情報は瞬く間に学校中に広まった。せめて卒業するまでおとなしくしてほしかったと、受験期に入った三年生は一様に思った。彼のことをよく知らない一年や二年は、これまで様々な噂が流れていた田中太朗という存在を思い知る。噂でしかなかった田中太朗の存在が、今こうして身近な災厄として牙を剥いたことに恐れおののく。

 

一年生の少女を朝っぱらから襲おうとしていたというこの情報。その理由については様々な憶測が飛び交っているが、一つ分かっているがこれから一年心穏やかに過ごせることができないということだ。特に件の少女にいたってはいつまた襲われるのかわからないことに身を震わせ、余りの恐怖に情緒不安定になってしまった。立ち直るのにかなりの時間が掛かることだろうと、周囲の人間は同情した。すでに精神科医に連絡をつけたという話もある。

 

しかも少女だけでなく、他にも彼の被害者は実に多い。酷いときには正気を失って、妹のいないはずの男が妹は全員俺が護ると叫んでいたという。そういった人たちもまた自宅養生するために早退した。ちなみにその男、108人の妹がいると普段から豪語していることから、実は普段どおりではないかという見方もあるが、その常軌を逸した気迫から念には念を押してと言い渡されたということらしい。それ以外の者は二時間目から授業を受けることになった。一時間目に関しては現場の後片付けと生徒たちが落ち着くための時間に当てられた。

 

さて、一方でこのような被害をもたらした太朗に対して臆しながらも、凛として立ち向かった少女の存在もまた広まるのは必然であった。言うまでもなく万理谷祐理のことだ。悪役の名が轟けば、正義の味方の名も轟くのは世の常である。しかも彼女は楠城学院の誰もが認めるたおやかで可憐な華ということもあって、その存在はまるで物語の英雄のように持て囃された。一部ではまるで女神の如く崇め奉っている熱狂的なファンも現れているという。そんな人たちが集まってファンクラブも出来たとかなんとか。当の本人は、そんなことになっているとは露知らず、自宅のベッドで寝かされているが。

 

そして、この事件の中心人物である田中太朗はといえば。

 

「あぁ……世の中どうかしてるなぁ……」

 

公園のベンチに座って、うなだれていた。その哀愁漂う後ろ姿は、まるでリストラされた一家の大黒柱のごとく有様であった。

それは少し時間を遡ったときのことだ―――……。

 

 

 

 

 

 

無遅刻無欠席皆勤賞の名誉を返上して、生まれて初めてのサボりをしようと靴を履いたところ、放送で名前を呼ばれた。理事長室に来いとのお達しだ。恐らく、先ほどの件について詳しく話を聞きたいのだろう。不本意ながら俺も中心人物の一人であったわけだし。

そんなわけで、若干気落ちしながらも、理事長室に向う。

 

 理事長室の扉をノックすると中からどうぞという声が返ってきたので、中に入る。部屋の中は、素人目にも分かる高級な調度品で整えられていた。雰囲気でしかわからんけど。机とか椅子とかなんていうか重厚感があって俺は好きよ?

 

そんないい感じに重々しい空間の椅子に初老の男が座っている。一見好々爺に見えるも、落ち着いた姿勢と滲み出る威厳。幾多もの人生経験を経て得ただろう力は彼の老獪さを教えてくれる。そして、顔には笑顔が張り付いているものの、その目は明らかに笑っていなかった。本来笑顔は威嚇であると聞いた事があるが、これがそうなのだろうか。

 

「よく来てくれました。立ち話もなんですから、どうぞお座りください」

「ありがとうございます」

 

 俺は促されるままに席に付く。うむ、身体が深くまで沈むようなこの感覚、これは素晴らしいものだ……!思わず足を組みたくなるが、理事長の前なのでそこは自重する。クマさん辺りはそんなこと気にしそうにないだろうけど、俺は気にする。無意識にでも組まないように、足に気を配っておく。

 

「さて、では早速ですけど色々とお聞きしたいことがあります。何故他の生徒を襲ったのでしょうか?」

 

基本この人は生徒にも丁寧にしゃべってくれるので、生徒から人気がある。自然と耳に入ってくる周囲の会話によると、優しくて、姿勢態度もかっこいいから尊敬できるそうな。その思うと、確かにこの人動きの一つ一つに気品を感じられる気がする。しかし、俺が生徒を襲った発言は少々見逃せない。

 

「そんな記憶はございませんが?」

「おや、では朝の騒動は一体どういったことでしたか?」

「あれは些細な勘違いからの騒動ですよ」

「勘違い?」

「そうです。そもそもの始まりは・・・・・・・」

 

俺は懇切丁寧に説明をした。ことの始まりは善意で、それを向こうが勝手に勘違いして悲鳴を上げたからあんな騒動が起こったということ。そう考えると如何に俺が怖かったのだとしても、それだけであんな騒動を引き起こした少女が悪いことになるな。俺被害者。そこまでは言わないけどね。

 

「なるほど。あなたはただ人形を渡したかっただけであると」

「そのとおりです」

「しかし、それで済ますには生徒の被害が大きいのですが」

 

こちらを睨みつける。何を求めているのか知らないが、正直いってそれに関しては俺の知ったことではない。俺は何もしていないのだから。いや、最後ちょっと怒り心頭になって彼らの衣服を壁に釘付けにしかけたけど、実際は未遂であるしそもそも手を出したのは向こうが先なわけだし。

 

「それは彼らの自業自得でしょう。俺からは何もしていませんし、人を助けたのに殴られたのですから、むしろ被害者は俺の方ですね」

「それはあなたの行動が……」

「話を聞こうともしない相手にどう誤解を解けというのですか。出来ればご教授願いたいのですが」

 

さすがに口を閉ざしたか。まぁ、俺だってずっと、しかも誰よりも深く考えていると自負している。ぽっと考え付くようなものなら、とっくに俺が採用してますよなんて、心の中で呟く。これは前世からの難題だ。思わずかっとなって思っていることを嫌味たっぷりに吐き出してしまったが、俺だって人間だ。1から10まで俺が悪いみたいに言われると、流石にムッと来る。

 

「俺は悪くない。それとも理事長は生徒の善意をないがしろにすると?」

「ッ!」

 

少し言い過ぎたかな?いや、でもこれくらい言わせて貰わないときっと今日のことは、全部俺が悪いみたいになるだろう。うん、ここは心を鬼にしないといけない。しかしあれだ。考えれば考えるほど俺が悪かった要素って少ないよな……。まぁ、俺も反省する意味で今日一日は自宅で大人しくしよう。家にいる母も説明すればわかってくれるはずだ。

 

「話はそれだけですよね。周りからすれば俺がいると落ち着かないでしょうから、今日はもう帰ります」

「いいえ。もう少し待って下さい。話はそれだけではありません。……あなたには今日から自宅謹慎を命じます」

 

え?今なんて言った?思わず見返すと、笑みを消して冷徹なまなざしでこちらを見据える理事長の姿があった。

 

「納得いかないって様子ですね。しかし、入院までした生徒がいる中で、あなたに何も罰がないというわけにはいかないのですよ。たとえあなたに悪意は無かったとしても、保護者の方は納得しない。あなたは自分が仕出かしたことの責任は取る必要があります」

「責任って……」

「これは決定事項です。本来であれば退学レベルの惨事だったのを、その程度に抑えているのですから文句を言われる筋合いはありません。それとも退学の方がよろしいですか?」

「いえ……」

 

そういわれてしまっては俺には何も言えない。所詮一学生が口を挟めることではないのだから。だが、俺にはこれがどうしようもないほど理不尽なことに思えてしまう。

 

「それに、今あなたがいると生徒が動揺してしまう可能性があります。ほとぼりが冷めるまで家で大人しく……ッ!!?!?」

 

頭が真っ白になる。何も考えられないという意味ではなく、怒りで頭がどうにかなりそうだった。だが、ああだが、反射的に暴れだしたいのを全力で抑え込む。その行動が一体どんなことになるのかを俺は経験で知っているからだ。だからこそ、努めて冷静に俺は聞く。

 

「いつまで……?」

「ッぁ!?……また追って連絡します」

 

言葉尻に怒気が乗ってしまうのは仕方がないだろう。俺はそれだけの理不尽を、不条理を感じているからだ。これ以上ここにいるのも不愉快だった。他に話はないだろうと俺は判断して、怒り心頭のまま理事長室を去り、そのまま学校を出て行った。そして、時間は公園へと戻る。

 

 

 

 

 

 

あの後頭が冷えて冷静になった俺は、親になんて言おうか迷っていた。事実上の無期停学である。三年目にしてこんな不名誉を被ることになろうとは思わなかった。ああでもない、こうでもないと必死に考えても何も思い浮かばない。これはもう正直に起こったことを説明するしかない。親もきっと分かってくれるだろう。後は学校側とも話し合いを設けてももらって、こちらの意志をきちんと伝えるように勤めるぐらいしかないな。

 

 腹をくくり、俺は立ち上がる。その時、視界端で何かを捉えた。一体なんぞと思って見ると、公園内にある森、その木々が生い茂っている奥で何かがチカチカしていた。暇になったのと、気になったのとでその正体を見ようと森に入ることにした。

果たしてそこには、世にも美しい女性がいた。

息を呑む美しさ、というのを直に体験するのは初めてだ。十人が十人とも見惚れるであろうその容姿、白磁を思わせるような滑らか肌が衣服から顔を覗かせ、三日月を模した髪飾りの添えられた黒髪は闇夜を思わせる。そして、その黒い瞳は何を憂うのか、もの寂しげに揺れている。派手な美しさではなく、しとやかにしかし静かに力強くその存在を主張するような、そんな美しさがあった。

まさに一枚の絵、神秘的な光景であるといえるだろう。

 

――――もし、その女性が枝の上に立って、及び腰で幹に抱きついていなかったら。

 

若干プルプルしている姿が、何処と無く木から降りられない猫を思い起こした。いや、そんなまさかね。

 

「……」

「……」

 

目が合った。サングラス越しではあるが、確かに目が合った。合ってしまった。絶世の美女と言っても差し支えのない女性は喜色満面といった笑みを浮かべ、こう言った。

 

「おぉっ!丁度良いところに!貴様に妾を助ける権利をやるのじゃ!」

 

―――――『じゃ』って語尾につける奴本当に実在したんだ。

 

対して俺が思ったことは、全く以ってどうでもよいことであった。

 




短めですが、今回はここまで。
次回からストーリーが加速していく!といいなぁ。

ちなみに理事長視点で太朗の発言をどうとらえかも書こうか迷いましたが
別にどうでも良い事だったのとテンポ悪くなると思ったので、今回はなしで。
結論だけ言うと、あの後、理事長は胃に穴が空きました。


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第七話

魔術、呪術、方術、超能力、武術、科学、兵器……如何なる力であろうとそれが人間のものである限り、まつろわぬ神やカンピオーネには届きはしない。
                              とある賢者の絶望より抜粋


 権利とは、とある事象に対して許可を得るということであるとは考える。権利の行使には責任が生じるが、同時にそれさえ果たせば好き勝手に扱うことが出来るはずである。基本、権利とつくものはどれも自分に利益が生じるものばかりであるため、誰もがこぞって権利を得ることを望んでいるといっていいだろう。昔で言うなら、女性の参政権がその最たる例といえるのではないだろうか?

 

「さぁ、妾を疾く助けるがよい」

 

それを踏まえた上で、この女性の言を考えてみよう。さも俺が助けるのが当たり前の如く振舞うこの女性。どうも、木に登ったのはいいが怖くて下りられなくなってしまったらしい。やんちゃだな。この人はほんの数秒前に『妾を助ける権利』とやらを俺に与えてくれたのだという。彼女の言うとおりなのだとしたら、俺は『この女性を助ける権利』をもらったのだ。だとしたら、俺の取るべき行動というのは一つしかない。

 

「そういうのは間に合っているので」

 

俺は権利を地球の外へ向かって全力投球した。今頃地球外生命体の誰かがおいしくいただいているだろう。美女のポカンとした顔を見て、俺は背を向けて家へと歩を進める。チカチカしていたものの正体がこの人の付けている三日月の髪飾りだったことも分かってすっきりしたし、ここにもう用はない。

 

「……はっ!き、きききき貴様正気なのか!?妾じゃぞ!?誰もが倒れ伏す愛くるしさとこの世のものとは思えない美しさを兼ね備えた女神と言う名の妾じゃぞっ!?妾のような美女を助けられるまたとない栄光、これ以上はありえない誉れを手に入れる機会なんじゃぞ!」

 

残念だが俺の善行はもう朝の時点で完売してしまったのである。どれだけ泣こうが喚こうが助ける気は無いったら無いのである。ほかを当たってくれたまえ。何、あんたほどの美しさをもつ人だ、世の男性が見過ごしはしないさ。

 

「はっ、そうか!ふふん、貴様の意図が読み取れたぞ。妾とて伊達に神をしておらぬわ!」

 

去っていく俺を見て、何か言い出し始めた。それもとてつもなくイタイ発言だ。神って……いい歳した女性がとんだ病を患っているもんだ。だが偏見の目で見てはいけない。もしかしたら根はいい人なのかもしれないし、相手のことを知らないうちからそうやって決め付けてしまうのは良くないことだ。

 

「貴様からあふれ出るその呪力、妾を前にして尚色あせないその威。人間にしては相当なものじゃ。ふふふ、神である妾が言うだから間違いない。であるならば、妾を助けた暁には貴様に褒美を取らせようぞ?貴様のような者であれば、喉から手がでるような代物をな」

 

 言っていることはイタイけど、内容には興味が惹かれた。助けたら何かくれるらしい。だがそんな餌に釣られるような俺ではない。クマさんでも釣ってろ。

 

「何をくれるんだ?」

「ふっふっふ、そう焦るでない」

 

簡単釣られましたが何か?即物的なのは仕様だ。振り返り、女性に聞く。もったいぶるように含み笑いを浮かべ、自信満々な様子から期待ができる。さぁ、この女性は一体何をくれるというのだろうか。

 

「それはのう……」

「それは?」

 

喉を鳴らし、彼女の言葉を待つ。焦らしてくるということは相当価値があるもの違いない。俺の期待感がどんどん高まっていく。在りし日の俺がサンタさんからのプレゼントの中身を確認するような、そんな期待感だ。そして、彼女はそれを口にする。

 

「妾の……微笑みじゃ」

「ファーストフード店で売れ」

 

あの時確認したクリスマスプレゼントの中身がキャラモノの鉛筆ダースだったあのがっかり感を思い出した。いい顔で言っているが、別にいらない。そんなわけで俺は改めてその場を去ることにした。

 

「ま、待てぇい!貴様どこへいくつもりじゃ!!」

「家」

「わ、妾の、女神の微笑みは要らぬと申すか!静寂と安らぎを与える夜と命を生む礎たる海とを支配する妾の微笑みじゃぞ!その価値が分からぬ貴様ではあるまい!?」

「分かりませんのじゃ。のじゃのじゃ」

「~~~っ!貴様妾をバカにしているんじゃな!ににに人間の分際でっ!?身の程わきまえよ!ここここのような屈辱は初めて……でもないが、よよ夜になったら覚えておれ!」

「もう忘れた」

「きぃ~~~~っ!」

 

その場で地団駄を踏む勢いであるが、枝という不安定な足場であるためそれも出来ずフラストレーションだけが募っていく。なんという悪循環。この人からかい甲斐があるぞ。

 

「大体神様なんだから自分で何とかしろよ」

「やかましい!!なぜか知らんがこの森に入った瞬間、妾の力が発動しなくなったから、自分でなんとかしたくてもできないのじゃ!」

 

 イオナズンのflashを思い出した。あれって滑稽で面白いけど、ちょっと深読みすると空恐ろしくなるのは俺だけだろうか?

 

「この辺りの木は俺が特典を駆使して植えたものが多い。その関係で力の行使が片っ端から阻害されているのかもしれんな」

 

なんて相手に合わせて発言してみたり。実際植えたけどな。後先考えずゴミを木に変える能力でゴミを木に変えまくった結果、公園の半分を埋め尽くす程森が広がってしまったように感じるのはきっと気のせい。

 

「阻害というよりは戻されている感じじゃが……って違う!それが本当なら貴様のせいではないか!はようなんとかせぬか!」

「権利は放棄したし……」

「もはや義務じゃ!ええいつべこべ言わずに、妾を助けろ!!」

「だが断る」

「むきぃ~~~~~ッ!!もう怒ったのじゃ!今更後悔しても止めぬぞ!」

 

片腕を掲げ、一言二言何事か呟く。……場は静寂に包まれる。一秒、二秒……何秒経過しても場に変化はない。

 

「しかし力は発動しない」

「忘れてたわぁああぁあぁああああああああああああああああああ!」

「マジックポイントがたりない」

「やかましいわ!」

 

息も絶え絶えといった感じで肩を上下させる自称神様……いや、自称さん。さっきから叫んでばかりで喉が心配になるレベルだ。

 

「朝からこんな叫ぶなんて、元気だな」

「誰のせいじゃと思っておるっ!!」

「さぁ、誰だ?」

「もうよいわ!……ハァ。高慢ちきな姉上や野蛮な愚弟、それに足元のこやつ……どいつもこいつも妾を馬鹿にしおって……妾を誰じゃと思っておるのか」

 

叫ぶ気力もないようだ。ちょっとからかいすぎたか、全力で落ち込み始めてしまった。ぽつりぽつりと愚痴をこぼし始める。その言葉を聞くに、なにやら自称さんにも色々とあるらしい。その姿がまるでどこかの誰かを思い起こさせるようで、嫌に胸に響いた。……仕方がない。

 

「今回だけだからな」

「う?」

 

俺は手に大きな釘を生み出し、彼女が乗っている木に打ち込む。そして、『負倶帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)』を発動させた。いつもは人に見られないように気をつけているが、ここにいるのは自称さん一人。仮に彼女が言いふらしても内容的に誰も信じないだろう。

 

めぎょ…ぎごごぎぎゃ……きぎゃぎゃぎゃぎゃあぁ……

 

低く響く異音と共に、木に変化が訪れる。俺が学校で証拠隠滅のために一気にひしゃげさせるように発動させたものとは違い、今回は自称さんの安全面も考えてゆっくりと縮むように発動させる。音こそ穏やかではないものの、絵面は穏やかなものだ。

 

「うっ?うぬ?うぬぁ!?ぬぉあぁぁあああああ!?!??巻き込まれるのじゃ――――っ!!」

 

嘘だ。凄く恐ろしい絵面である。ゆっくりではあるが、否、ゆっくりだからこそ全体が勝手にひしゃげてねじれて丸まっていく光景は相当ぐろい。『負倶帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)』は制御が難しいから仕方がない。だけど、自称さんは巻き込まれる前に無事に飛び下りることが出来たから問題はない。しかしあれだ。悲鳴に色気がないのは女としてどうなのか。

 

「大丈夫か?」

「……」

 

呆然として座り込んでいた自称さんに問いかける。が、反応がない。息を呑むほどの美人さんが口を半開きにしてぽかんとしている様子はなんだか滑稽であった。これが残念美人というものか。

 

「呪力の動きは無かったところを見るに、恐らく異能の類じゃろうが、それにしては随分異質じゃ……。神たる我がこれほどおぞましさを感じるなど……」

 

なにやらブツブツと呟き始めた。まぁ普通は見る機会のないはずの超能力を直に見たのだから、驚いているのだろう。自称さんしているのも、きっとそういうのに憧れているからだろうし。しかし、自称さんよ、意外にこの世界には俺みたいな奴は溢れているんだぜ。噂によると箱庭学園という場所ではそういった人間に事欠かないらしい。それに比べたら俺なんて平凡なものさ。

そんなことを考えながら、俺はB玉くらいに小さく丸まった木の残骸を握り締め、木を生やす。そしたら自称さんが目を大きく見開いた。まぁこれも常識ではありえないちからだし、やっぱりびっくりするんだろう。

 

「……貴様今何をしたのじゃ?」

「見たまんまだが?」

「答える気はないということじゃな」

 

いや、見たまんまだって。自己解釈するのは人の勝手だから何も言わんけど。それはさておいといて。

 

「木から降りられて良かったな。そんなわけで今度こそ俺は帰るぞ」

「少し待たぬか」

「まだ何か?」

「もっと他に方法はなかったのかとか自分ごと潰されそうで怖かったとか助けるのならもっと早く助けろとか色々言いたくはあるが、そんなことはこの際置いておくのじゃ」

 

自称さんはこちらを見据えてこういった。その真剣な眼差しは先ほどの茶番染みた空気など一切含まない、厳かな雰囲気を放っていた。そして、たった一言、こう口にする。

 

「感謝するぞ、人間ッ!」

 

上から目線な発言とは裏腹に、その顔には無邪気な笑みを浮かべていた。純粋な笑みとはきっとこのことを言うんだろうなと、その余りに綺麗な笑顔に俺は見惚れてしまった。なるほど、確かに彼女の微笑みには極上の価値があった。

 

「……どういたしまして」

 

目が覚めてから良い事があったと思ったら、最悪な事態を経験して気分がどん底に落ちていたが、彼女のおかげで大分持ち直した。思えば、俺がさっさとここを去ろうとして、でもなんだかんだこの場に残っていたのは、彼女の放つ空気というか、雰囲気が居心地のいいものだったからだろう。言動はアレだけど。自称さん相手だとなぜだか普通に話せるんだ。これほどの美人でなくても、普段ですら緊張して固まるのに、スラスラと言葉が出てくる。初対面の相手でこれだけ気分の落ち着く相手は初めてであった。親友のクマさんでも最初はアレだったのに。

 

「うん?なんじゃ妾に見惚れてしまったか。何それは恥ずべきところではない。妾の美しさの前に世の男子共は平等にひれ伏すのは世の理じゃからな!」

「お断りの間違いだろ。自惚れるんじゃない」

 

自分の思考に埋もれて黙り込んだのを、何を思ったのか調子に乗り始めた。様にはなっているが、正直見ていて痛々しいというのが先に来る。確かにこれだけの美貌を誇るのであるからその言葉も納得してもいいところではあるのだが、残念美人という言葉の方が似合っていると個人的に思うのである。

 

「貴様の力にも興味があるが、出遭った当初から妾に対するその不遜な態度もきになるのじゃ。……よし、しばらく貴様に着いてゆくことにしたのじゃ!」

「はぁ?」

 

急展開過ぎて、意味が分からない。だが、自称さんは逃がす気はないと目を爛々と輝かしていた。これは獲物を狩らんとしている捕食者の目だ……ッ!

 

「貴様に身の程をわきまえさせてやるといったのじゃ、人間!」

 

木の葉の隙間から刺す日の光の下で、高らかにそう宣言した姿は、巫女に託宣を下す神に見えなくもなかった。……いつもなら関わりあいになりたくないと思うはずなのにどういうわけか、俺の口から出たのは自分で自分の正気を疑うような言葉であった。

 

「勝手にしろ」

 

息を吐くように自然にこの言葉が口をついて出た。自分でも何を思ったのか分からない。だけど、満更でもない自分がいた。

 

「言われるまでもなく勝手にするのじゃ。というか人間が神である妾に権利を与えようなどおこがましいにも程があろう?それは我らの特権。覚えておくがよいぞ、人間」

 

嬉しそうに目を細める自称さん。……今日はかつてないくらい激動の一日だ。これまでも色々と巻き込まれてきた俺だが、それなりに平穏であった今までの反動の如くツいていないと言っていいだろう。でも、まぁ。

 

「田中太朗だ」

「む?」

「人間じゃない。田中太朗だ。いつまでもそう呼ばれるのもなんだからな、軽い自己紹介だ」

「ふむ、確かに他の人間と区別できなくなるのはちと不便じゃ。だがの、貴様などグラさんで十分じゃ!」

「……まぁいいか。よろしく、自称さん」

「自称さん!?なんじゃその無礼な呼び方は!」

「じゃあなんて呼べばいい?」

「ふん、貴様のような無礼千万の相手に名乗るのも癪ではあるが、そのように不愉快な名で呼ばれるのはもっと癪じゃ。然らば、特別に貴様に教えてやる!その魂にしかと妾の名を刻み込むが良い!」

 

きっとこの出会いは俺に何かを運んでくれる、そんな気がした。

 

「三柱の貴子の一柱にして、生と死の狭間にて時を観測し夜と海とを支配する神、まつろわぬ月読尊とは妾のことじゃ!畏怖と敬意と親しみを込めてツッキーと呼ぶがよい!」

 

やっぱり気がするだけかもしれない。ポーズまでしっかりと決めたツッキーを見て、なんともいえない微妙な気分になる俺であった。あいたたたたたたた。

 




今回はここまでです。できれば金曜日に投稿したかったが、作者は遅筆なのです。
話は進まなかった。そして、次回はツッキー視点になるかもしれないからやっぱり話は進まないかも。許してや(>ω0)
え、神様もうちょっと焦らせ?HAHAHA、作者の構成力ではこれが限界さb
でも彼女の設定は色々と練っているつもりだから、それで許してや(0ω<)ミ☆
というわけで次回もお楽しみに。


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第八話

どうやら俺の道理は大衆にとっての道理ではなかったみたいだ。
                              ****のある日の悟り


今回は閑話というか短編みたいなものだから、進展なし。
本当は土日のどちらかに投稿したかった……


生物は自分より小さなものを可愛がる性質があるという。それはオスでもメスでも関係なく存在し、だからこそ群れを成す生物たちは子ども達を護る習性があるわけだ。そして人間もまたこのような性質がある。ペットを思い出してみよう。ハムスターやイヌ、ネコなんでもいいがどれも可愛いだろう。勿論個人差はあるものの、大方可愛いという感想をもち、可愛がることだろう。では神はどうだろうか?その答えを知る機会が丁度ここにある。天津神たる月読尊ことツッキーがそれを示してくれる。

 

田中太郎が登下校に通り抜ける公園。朝が早く、田中太郎も通る心配もないこの公園には、それなりに人がいた。暖かな朝日に包まれて健康体操をしている人もいれば、公園内を散歩している人もいる。何故彼女がそこにいるのかという疑問は当然あるだろうが、今の彼女にとってそんなことはどうでもよいことであった。今、それどころではない事態に遭遇していたからだ。

 

彼女の視線の先には手乗りサイズの物体。つぶらな瞳、ふわっふわな毛並み、ちんまい黒い体躯。まだ生まれてからそれほど経過していないことが分かるその生物。なんという愛くるしさ満点、あざとい可愛さアピールであろうか。猫である。子猫である。可愛い可愛い猫である。将来を美猫になるだろうことが予測される、今もときめく愛くるしい猫である。この世すべての愛くるしさといっても過言ではないほど可愛い、とりあえず抱きしめたくなるほどの猫である。いやどれほどの言葉を尽くしても可愛いことには違いないのだし可愛いという言葉において他に言葉はないのだからそれが正しいのだけれどしかし自分の語彙の少なさを嘆きたくなるような可愛らしさはどうにかならないのかそれにしても可愛い猫だなぁオイ。

 なんというあざとさ。縦にすれば三百アザトース、横にすれば四百アザトースになるだろう。ちなみに一アザトースがごくごく一般的な普通の人があざといことをした時の数値なのは常識である。比較対象を出すのなら、某動画サイトの歌姫であれば二百アザトースは軽く記録するのも周知の事実であろう。それほどのあざとさをアピールした生物に対する月読尊の反応はといえば。

 

「ほう。ほほう。ほほほう。猫じゃ。猫じゃな。猫ではないか」

 

これである。これなのである。これなのであった。傍から見て動揺が明らかである。

 

「く、くく。こ、この妾にこやつをどうしろと?だきしめろと?もふれと?た愛でろと?神たる妾に、風がふけばそのまま旅立ってしまいそうなこの矮小な生物を高貴で気高くて美しくてとりあえずなんだかんだ凄い妾に持ち帰れと?」

 

その余りの可愛さに心打たれたのか、プルプルと何かを耐え忍ぶかのように振るえ、フラフラと近づき始める。誰に対してしているのか、その口からは言い訳がましい言葉がマシンガントークばりに躍り出ていた。

 

「まぁ妾は優しい神様じゃからここでこのようなかわいいではなく誰もいない状況下いや一人でいるというかわいそうな状況下にある何ら罪もない子猫を可愛がるのもやぶさかではないのじゃがそうする理由もないがかといってそうしない理由もないわけで今こうして妾という存在をその目に焼くつけることができた幸運だけでも一生分の運を使い果たしたといっても過言ではあるまいがまだまだ先は長いのだし妾は慈悲深いから妾が目をかけてやらんこともないのにゃではなくないのじゃそもそもネコという生き物はどこかの異国であれば死者の国に魂を運んでくれるという伝承があったようななかったようなということは黄泉の国にもいそうな気もするから妾がこうして可愛がるということになんら不思議はないというそんな仮定が生まれるわけであるがそれについつい惹かれる妾ではないということをここに証明しようぞいやいやそれでも神とは言え一人の女子として愛いもの愛いとして接するべきであるからしてそうしたらあの馬鹿で愚かでくそったれな弟なんかは明らかに妾に絡んでくることを考えると下手に動くことはできないわけで別に妾はあの愚弟を恐れているわけではなくこう三貴子の一柱という立場のものがそう気安く下賤な生物に関わっていいはずがないわけなのでからといって―――――」

 

いまだ息をつくことなく一息で言えているのはある意味で神の証明になるだろう。支離滅裂で何を言いたいのかさっぱりわからないがとりあえず可愛がりたいことだけは分かった。じりじりとその距離を順調に縮めている。

 すると、子猫の方が月読尊に近寄ったではないか!その顔を足に擦り寄らせてみぃと鳴く。

 

「ふっ…こ、これは不可抗力なのにゃ。妾から触ったわけではなくて、こ奴の方からすり寄ってきたのだから妾は悪くないのにゃ。必然的にこうして抱き上げるように見えているのはこ奴が身の程知らずにも妾の手の中に入ってきたからであって、決して妾から抱き上げたわけじゃないのにゃ。つまりこ奴が今妾の手の中にいることは何も不思議ではないのにゃ」

 

などと顔にだらしない笑みを浮かべて可愛がる。でっれでれである。神ですら斯様にデレさせるとはさすが子猫、フラグ一級建築士の称号をデフォで持つ生物よ。月読尊の語尾が完璧ににゃんこ語にシフトチェンジしている。

 

「むっ?どこへ行くのにゃ。危ないのにゃ」

 

そういうお前はどこへ向かっているのかという話である。子猫が身じろぎして、ツッキーの腕からするりと抜け出す。そして、走り始めた。時々立ち止まってはツッキーを伺う様子は彼女についてこいと言わんばかりである。

 

「妾について参れというのかにゃ?」

 

無礼者、などと言っているが、顔は思いっきりにやけたままである。とりあえずそのだらだらに緩んだ顔をどうにかしてこいとどこからか突っ込みが出そうである。そんなツッキーの様子などお構いなしに子猫は走っていく。その後ろをツッキーが追っていく。子猫が走っていく先には森が広がっていた。

園路から少しわき道に逸れて進むと辿り着く森。日の光を遮るほど群生した森はこの公園の触れてはならない裏の顔。数年前までは何もなかったはずのエリアにいつの間にか侵食するように存在を現し、公園の半分以上を覆うほどになった不気味な森。地元の人たちは国にお願いして、何度か木を伐採してもらったこともあったが、数日経てば何事も無かったかのように元通りになっていて、今では誰も彼もが気味悪く思い、子ども達に入ることを禁じたいわくつきの場所である。そこに足を踏み入れた瞬間であった。

 

「な、なんじゃこの森は?!何が起こった!妾の術が解かれたじゃと!?」

 

浮かれに浮かれて、意識がどこかへ飛んでいた月読尊は一気に正気へとたたき落とされた。先ほどまで自らに書けていた術が強制的に解除されたためだ。人の目から己を隠すための術だ。今はまだ目立ちたずに水面下で行動しようとしていたのに、これではパーになってしまった。漏れでる神気をこの国の呪術師に補足されてしまったら、少々面倒くさいことになる。

 

「厄介なことに今この国には羅刹王もいる。別に戦ってもよいのじゃが、今に限ればそれは得策ではない。何より妾の目的を邪魔されるのは避けたいのじゃ」

 

空を見上げる。空にはただ晴れ渡った青と燦燦と姉神の象徴たる太陽が照っているだけだ。しかし、月読尊の目には今は見えていないものがはっきりと写っていた。

 

「……急いで術を掛け直すべきなのじゃが、この空間では呪力の流れがおかしくなるのじゃ」

 

月読尊は術を発動した際の異常事態に思考をめぐらせる。この森に一歩入った瞬間、いきなり呪力が流れ込んできたと思ったら、術が解除された。そして、先ほど試しに適当に力を発動させたら、発動した瞬間に呪力が戻ってきた。つまりこの森ではあらゆる力が元の形に強制的に戻されるというのだ。

 

「なんともけったいな場所に連れてこられたものじゃ。人間の仕業とも思えぬし、一体どこぞの神格の仕業なのかのう?」

 

どんな術であろうと、それが人間の力である限り神には決して届かない。それはこの世界における常識だ。いわゆる魔術や呪術が飛び交う神秘の世界では絶対なのだ。頑張れば、傷を負わすことは出来るだろう。気合を入れれば彼らの攻撃を防げるだろう。それ以上のことは出来ない。ましてや神を倒すなんてのは無理難題どころの話ではない。

だからこそ、それを覆した魔王たちの存在は異常なのであるが、今は置いておく。重要なのは人間の力では、神を脅かすということは通常は無理なはずである。だから、この現象を別の神格の影響であると月読尊は考えた。

 

「……全く、貴様のせいで妾に施された術が解けてしまったのじゃ。この落とし前どう付けてくれる?」

「みゃあ?」

 

凄むも何も分からないとでもいうように首を傾げる子猫。無垢な瞳には、ただただ純粋な光。もし、今襲われるような事態になれば月読尊はその身一つで対応しなければならない。それは彼女としては避けたいところである。

 

「はぁ……まっ、この程度で貴様を絞り上げる妾ではないのじゃ。どうやらここの神は今はお出かけのようじゃし、すぐに離れれば問題なかろう。それにほいほい付いてきたのは妾自身じゃし、さっさとこの森を出ればどうとでもなるじゃろう。さ、目的の場所まで連れて行かぬか」

「みゃあ!」

 

毒気が抜かれたのか、それとも、もともとそんなに追求するつもりもなかったのか、そのまま子猫に先を促す。この森が目的地ではないということらしい。

森の奥にどんどん進んでいく。森というには小さいが林というには大きい。そんな絶妙な規模の森はあまり手入れされていないのか、枝と枝が所々からまっているのもあり、少し薄暗いように思えた。とはいえ、肉眼で遠くまで十分見通せるくらいはあるのであまり大した障害にはなりえない。だが、月読尊は少しこの森に違和感を感じ取っていた。

 

(そう、ここにある木の一本一本がまるで作り物めいているような……気味が悪いのじゃ。これもこの地の神格の仕業か?)

「みゃあ!」

「ぬおっ!?いきなり鳴くでない。びっくりしたじゃろうが!」

「みぃ……」

「そ、そんな全力でしゅんとするな!これでは妾が悪いみたいではないか!」

 

子猫の鳴き声で思考を中断させられた月読尊は目的地についたことを知る。

 

「にぃ……」

 

子猫がもう一匹いた。共にいた黒い子猫と違いこちらは白い子猫だ。木の上に上っていて、月読尊を見下ろす形になっていた。白い子猫は枝にしがみついていた。まるで、登ったはいいが降りられなくなってしまったかのように。可愛そうに、その小さな体を不安で震えていた。

 

「みゃぁ!」

「にぃ?にぃ!にぃ!」

 

黒い子猫が一声鳴くと、安心したかのように白い猫が鳴きだす。

 

「……まさか貴様妾にこやつを助けろと?そのために妾をここまで連れてきたのか?」

「みゃあ!」

 

肯定するように一鳴き。

 

「……」

「みゃあ?」

 

黙り込んだ月読尊に首をかしげ見上げる黒い子猫。わなわなと体を震わせて、何かを耐えるかのように声を絞り出す。

 

「調子に乗るでないぞ畜生風情が」

「みっ!?」

 

溢れるその怒気を抑えることなく黒い子猫に叩きつける。この畜生はあろうことか三貴子の一人、夜と海とを支配する月神に畏れ多くも命じたのだ。みゃあとしか言っていないが、少なくとも月読尊はそう思った。畜生風情が神に向ってこともあろうに助けろと命じたのだ。なんという傲慢。

普通に考えて、格下相手に命令されたら誰であってもイラッとするだろう。それを許すのは慈悲深い神だけ。そして、彼女はそれほど慈悲深い神ではなかった!それがどれだけ神にとって耐え難いことか、神ならぬ子猫に知る由もないが、本能で逆鱗にふれてしまったことを知る。

哀れ子猫はただ目の前にいる神の審判を待つだけの存在になってしまった。子猫はその短い命を終えるはめになってしまったのだ……。

 

「なんての!妾はそこまで寛大じゃ!その程度のことで怒る妾ではないのじゃ!」

「みゃぁ!?」

 

なんてことになるはずもなく、手の平返しで月読尊はからからと笑った。どうやら怒っていたのは演技だったようだ。態度が一転したことに目を白黒させる子猫を他所に彼女は忠告する。

 

「じゃが、妾でなければ酷いことになっておったじゃろうな!まぁ心まで美しい妾は優しいからの、そっちの白いのを助けるやるのにゃ。決して下心ではないぞ?」

 

顔を再びでれでれにして宣言する月読尊。ここで補足すると、彼女が矛先を納めたのは寛大だからではない。まつろわぬ神であることも関係しているが、それ以上に彼女自身の性格として気に入らないことがあればすぐに感情を爆発させてしまう節が彼女にはある。それでも今回その荒ぶる御霊を鎮め、お灸を据えるだけに止まったのは。

 

「可愛いは正義なのじゃ!」

 

と天下無敵の理由があったからである。

 

「さて、助けてやるにしてもこの場では力を使えぬわけなのじゃが……仕方がない。登って直接助けようかのう」

 

木に登る。するすると意外にもうまい具合に登っていく。だが、月読尊は気付いていなかった。というか後のことを考えていなかった。致命的なミスに気が付いていなかった。それは後の祭り。無事に木を上り、つつがなく白い子猫の元についた彼女は子猫を抱き上げる。

 

「全く、妾に助けてもらえるなどその身に有り余り過ぎた光栄じゃということをその身にしかと刻むが良いのじゃ」

「にぃ……」

「さて、では降りようとするか……しまったのじゃ!」

「にぃ?」

 

声を上げ、致命的なミスを叫ぶ月読尊。

 

「登ったはいいが降りられないのじゃ!」

「にぃ!?」「みぃ!?」

 

驚愕の声を上げる猫二匹。意外かもしれないが、月読尊は降りられない。先ほどまでは上を見ていた。だが、今、下みてその高さを認識してしまった。実は結構高いところにいたりするが、別に飛び降りてもちょっと足が痺れるくらいのところだ。ただし、飛び降りるには結構覚悟が必要となる。

では、登ってきたときと同様に手足を枝に引っ掛けながら降りていくべきだろうが、さてここで子猫を落とさないように抱えながらそんな器用なことが彼女に出来るかといわれれば、彼女にはそんなヴィジョンは全くない。むしろ失敗のイメージの方が先に来る。

では飛び降りようとするが、足がすくんで踏ん切りがつかない。

 

「ふっ、まさか目覚めて早々にこのような窮地に立つことになろうとはな。じゃが、この程度で妾をどうにかできると思うなよ!」

 

 言っていることはかっこいいが、高いところから降りれなくなっただけに大げさである。だが、彼女は神である。己の力が使えなくなった今、体一つでどうにかしないといけない状況下はこれが初めてではないだろうか。一人額に汗を浮かべて熱血展開に持っていこうとも、シュールなだけである。

 

「こんな時、力さえ使えれば!力さえ使えればこんな危機なんてすぐに打開してやるものを……!」

「みぃ……」

「な、なんじゃその目は?ほ、本当のことだぞ?」

 

下にいる黒い子猫が白い目で見ているのはきっと気のせいではない。膝の半分の高さにも満たない小さな生き物にそんな目をされてしまっては、居たたまれなくなる。

 

(こ、このままでは妾の威厳が地に落ちてしまう……!)

 

軽く危機感を覚え、何とか現状打破を試みようとする。だが、事態は待ってくれなかった。

 

「にっ!」

「こ、これ暴れる出ない!」

 

どうしたことだろうか?おとなしく抱きかかえられていた白い子猫が急に暴れ始めた。黒いのもそわそわして落ち着きがなく、明らかに焦っていた。まるで、何かを恐れるように。

 

「ど、どうしたというのじゃ。全く心配せずとも妾が何とかしてやるというに……のわ!しまった、危ないのじゃ!!」

 

何とか宥めようと言葉を搾り出したが、依然暴れることをやめず、むしろ徐々に酷くなっていく。そして、ついにその白魚のように美しい指先に噛み付く。まだ生まれてそれほど経っていないとはいえ、歯は生えている。痛みに驚いて思わず拘束を緩めてしまう。その隙をついて月読尊の手から抜け出して木から飛び降りる。その機敏な動きはさっきとは別人、いや別猫である。咄嗟に手を伸ばして抱きかかえようとするも、それは構わず猫は落下を続ける。あわやと目を瞑るも、猫は華麗な着地を決めた。火事場の馬鹿力というが子猫にもそれが発揮される稀有な事例だろう。そして、無事脱出できた子猫はもう一匹と合流して、茂みに隠れて走り去ってしまった。

取り残された月読尊はといえば。

 

「置いてかれたのじゃ……」

 

微妙にショックを受けていた。ほんの少しだけの付き合いだったとはいえ、一応可愛がっていた相手においてけぼりにされたのはさすがの神といえど堪えるものがある。だが、そればかりにとらわれるわけにもいかず、現状をどうしようかと思考をめぐらせる。

 

「うぅ……もう少し愛でていたかったのじゃ」

 

若干未練は残ってはいるが。言葉を並べてまで不可抗力を訴えていたはずなのに、既に飾ることをしない直球勝負で出た言葉にその未練がいかに大きいのかを示していた。そんな悲しい出来事が起こった現場に、子猫たちと入れ違いになるように男が現れる。サングラスをかけ、学生服に身を包んではいるが、少なくとも堅気には見えない風貌の男だ。出くわしたら、まず声をかけることはしないだろう。普通の人であれば。

 

「おぉっ!丁度良いところに!貴様に妾を助ける権利をやるのじゃ!」

 

だが、月読尊は神である。常人とは違うのだ。たとえ、どれだけ纏う覇気が底知れなくても、呪力を潤沢に感じようとも、彼女は臆すことはない。神だから。たとえ、その男からこの辺り一体に漂う呪力と同じ気配を感じ取っても、恐れない。神であるがゆえに。

これが二人の出会い。この出会いがどうなるのか、それを知るものは誰もいない。神さえも。

 

 

 

 

 

 

「ということが、グラさんが来る前にあったのじゃ。分かったであろう?如何に妾という神が慈悲深く心美しき神であるのか。貴様が来たせいで二匹とも逃げられたがの」

「いや、美しいというかなんだろう、こう、欲にまみれていないか」

「にゃんだと!妾の話を聞いてどうしたらそんな見方ができるのじゃ!貴様相当ひねくれているぞ!」

「にゃん……だと……」

「にゃんはもういいわ!」

 

我らがツッキーはどうやらへそを曲げてしまわれた。口もヘの字に曲げてしまっている。そんな様子をサングラス越しに眺める太郎はいったい何を思っているのか、やはりサングラスに遮られて読み取れない。

 

「しかし、貴様は人間のくせしてやるのう?神でもないくせして、妾の力を完封するとは並大抵のことではないぞ?妾を助けるのに使った力もそうじゃが、一体何をしたのじゃ?」

「超能力だ」

「それでなんでもかんでも妾が納得すると思うなよ?」

「特典だ」

「意味分からんわ。……まぁよいのじゃ。よく分からぬが、異能の類なのは間違いないじゃろうな。あの不気味すぎる木を生み出すのもそうだが、貴様には謎がおおいのう」

「よく言われるが、実はそうでもなかったりするかもしれないぞ?案外俺はただツッキーのいう異能とやらを持っているただの人間の可能性も……」

「はっ、それは無いのじゃ!」

「……そうか」

 

鼻で笑って即答する彼女を見て、少し寂しげに答える太朗。月読尊の中では太朗は、ただの人間ではないとしている。あの神の力すら元に戻す森を作ったのが、人間であったのだ。どこか異国の神格とすらまで考えていたのに、その正体である太朗がただの人間であるはずが無い。月読尊はそう考えている。

変な風に解釈されるのは、いつものことだ。

さりげなく誤解を解く努力を放棄した太朗は、ふとあることに気づく。

 

「……ところでツッキー。後ろの奴らはどうするんだ?」

「うん?何の話じゃ?」

「話に出ていた例の猫たち」

「にゃんだと?!」

 

ばっと振り向くツッキー。数メートル離れた先に、歩く白と黒の小さな体。それを認識した途端、彼女は目を輝かせて、手をわきわきさせる。傍から見たら、危ない奴に見える。

 

「みぃ……」「にぃ……」

「ふぉおおおっ!」

「なんていうか、あれだ。こう……やっぱなんでもない」

 

太朗は形容し難いそれを見て、諦めたように口を閉ざした。色々手遅れだ。美人さんでも度が過ぎると惹かれるより先に身を引く人が多いと太朗は思った。

 

「はっ……ふ、ふん!貴様らは妾を見捨てていったではないか!何を今更こうしておめおめと顔を出したのじゃ!」

「ツッキー、顔、顔」

 

言っていることと表情が一致していない。顔を赤らめて緩ませているのではつんけんした態度にはならないのだ。

 

「みぃ」「にぃ」

「そ、そんな顔したって妾は許さんのじゃ!あの時裏切られた妾の気持ちが分かるか!それはもう月が地球に落ちてくるくらいに沈んだんじゃぞ!」

「どうあがいても絶望じゃないか」

「只の比喩じゃ!それくらい察せ!」

「みぃ…」「にぃ…」

 

子猫たちは申し訳ないよぅという感じの声で、しかしある一定の距離を保ったまま近づかない。近づきたくても近づけない様子である。

 

(これはあれか。俺が怖いからツッキーに近づけないというやつか)

 

そう察してさりげなく彼女から離れる。さりげない気遣いである。

 

「くぅっ…うぅっ……この畜生どもが……」

 

月読尊もまた、一向に近づいてこない子猫たちの距離を縮めていく。

 

「やっぱ可愛いは正義なのじゃぁあああああああああああああ」

 

そして思いっきり二匹に抱きつく。子猫もみぃにぃ鳴きはじめる。

なんていうか、なんだろう。なんて太朗は首を傾げる。今度は太朗が置いてけぼりにされていた。そんな彼をよそに月読尊は声高に宣言した!

 

「妾についてくるが良い!」

「みぃ!」「にぃ!」

 

彼女の両肩にそれぞれ張り付く二匹の子猫。それを意気揚々と幸せそうな顔で撫でる月読尊。大団円だ。

 

(イイハナシカナー?)

 

とりあえず、太朗は蚊帳の外であった。

 




お久しぶりです皆様。そして遅れてすみませんでした
今回は何の進展もなしです。いうなればツッキー回です。
様々な試行錯誤を重ねた結果、廻りまわってこんなへんてこな話が出来上がってしまいました。でも次回は確実に話が進んでいきます。
では次回もお楽しみに(>ω0)b



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第九話

次は絶対勝つからな!
                        とある魔王の幼少時の宣戦布告より抜粋


「ツッキー」

「なんじゃ、グラさん」

「ツッキーはどうしてツッキーなの?」

「愚問じゃな。妾がツッキーであることに疑問を持つのは夜に月があることに疑問を持つのと同義よ」

「よく分からん」

「神の教えを理解できない愚か者め。だから貴様はグラさんなんじゃ」

 

よく分からんけどツッキーがツッキーであることは常識らしい。

 

「ツッキー」

「なんじゃ、グラさん」

「ツッキーはどうしてそんなことになっているの?」

「愚問じゃな。妾の今の状態に疑問を持つことは、妾がツッキーであることに疑問を持つのと同義よ」

「意味分からん」

「神の教えを理解できない愚か者め。だから貴様はグラさんなんじゃ」

 

意味分からんけど、ツッキーが動物に包まれているのはツッキーだかららしい。イヌ、猫を筆頭に公園の鳩に池にいた鴨その他色んな動物に包まれて、もう顔も見えないツッキー。動物がそんなに集まってくるなんて凄いなー憧れるなー。僕にはとてもできない。

 

「ツッキー」

「なんじゃグラさん」

「そろそろきつくない?」

「愚問じゃな。見て分かるじゃろ?」

「つまり?」

「めちゃくちゃ重くて蒸されている状態がきつくないわけあるか!だから貴様はグラさんなんじゃ!」

「なるほど」

 

俺は自販機で買った缶コーヒーを一口、口に含む。明らかに砂糖過多な甘ったるい味が脳を刺激する。飲みすぎたら糖尿病まっしぐら。注意しないとな。

 

「飲んどる場合かァーっ!さっさと妾を助けんか!」

「最初に助けるなとか言ったのはどこのツッキーだっけ?」

「限度ってものがあるじゃろうが!って、おい貴様ら妾の口に足をむごべべべっ」

「ミツバチのスズメバチに対する攻撃方法を思い出した。丁度今のツッキーみたいな感じで相手を閉じ込めて、体を振るわせてサウナ状態にするんだよな」

「みぃ!」「にぃ!」

 

真っ先に肩から落とされてしまった白黒キティズが慌しく動物の塊の周りを回っていた。助けたくてもどうすることも出来なくて、手をこまねいているようだ。まさに小招き猫だな。……今のは無かったことに。

若干自分の発想に羞恥を感じていたら、ツッキーがそろそろやばそうだった。倒れて、顔から色々な液体を出して顔面崩壊の危機に陥っていた。やれやれ、仕方がないから助けてやるかね。サングラスを外せば、こいつらは蜘蛛の子を散らすようにどっかへ逃げていくだろう。

 

 

 

 

 

 

「酷い目に遭ったのじゃ」

「その前に何か言うことはないのか?」

「おおっ、そうじゃそうじゃ。クロにシロ、助かったのじゃ!」

「みゃあ!」「にゃあ!」

「俺には?」

「豆腐の角に頭ぶつけてシネ!」

 

解せん。助けたのは俺のはずなんだけど。まぁいいか。それより。

 

「ツッキーって動物に好かれているよね。その子猫たちとか」

「ふん。それは当然のことじゃ。妾じゃからのう」

「生まれてこの方、あんなにたくさん動物見たのは初めてだ。動物園とかにいっても俺がいると姿を見せてくれないんだよね」

 

前世ではそれなりに見たことあったけど、現世ではほとんど見たことがない。これだけ動物に嫌われるのは珍しいと思う。動物にまで恐怖されるってどんだけだよ。流石と賞賛できるほどぶれないな、俺の悪魔のような目つきは。その点、俺がいながらも、ツッキーに子猫らを筆頭に動物が集まってくるのを見るに、この人実は凄い奴だったりするんじゃないだろうか。そう思っていたら、鼻で笑われた。

 

「そんな物騒な気配漂わせておいて動物が寄ってくるはずないじゃろうが。もっと妾みたいな高貴で優しい雰囲気をじゃな」

「はいはいすごいすごい」

「もっと畏怖の念を込めんか!それに、今夜はまだ三日月じゃから畜生程度しか引き寄せぬが、このまま月が満ちていけばもっと凄いことになるんじゃからな!」

「凄いことって?」

「教えてほしくばそれなりの態度で示すのじゃな!手始めに地面に両手をつき、頭を擦り付け、地面を舐めてお願いしますと言うがよい。さすれば、考えてやらんでもないぞ?ん?」

「どうでもいいからパスで」

「貴様は本当に妾を怒らせるのが好きじゃな!」

「それほどでもない」

 

しかし、大名行列の如く動物達を引き連れているのは一体どういうわけなんだか。少し大げさに言ったけど、それでも傍から見たら集団の脅威ってレベルじゃないぞ。今もツッキーに群がろうと虎視眈々とこちらの隙を窺っているのがありありと見てとれるし。動物を引き寄せるフェロモンでもあるんだろうか。ツッキーへの魅力と俺への恐怖、この戦い、サングラスをつけていたら分が悪いな。人前だから外さないけど。

 

「なんであいつがこの時間に」

「サボりかしら」

「やっぱりそうなのねぇ。一朗さん騙されているのかしら?」

「えっとみんな動物に疑問はないの?」

「何もしないといいんだけどねぇ」

「ていうか一緒にいるあの女の人、大丈夫なの?」

「誘拐?」

「えっとそれより動物に」

「警察に通報した方が」

「でも」

「動物……」

 

ひそひそと聞こえてくるささやき声に、ため息をつきたくなる。聞こえないと思っているんだろうけど、意外に聞こえてくるもんだ。隣にいるツッキーなんかは気にもしてないというか、気付いてもいないようだけど。ていくかこのままここにいたらやばい。

 

「む、どうしたのじゃ?」

「いや、何でもない。それよりさっさと別のところにいこうか」

「あっ、これ待たぬか!」

 

ここには居づらいので、さっさと公園から出て行くことにする。これ以上、あらぬ濡れ衣をかけられても困るしね。動物達は一睨みしたらおとなしくなった。サングラスを取らなくても、少し力を込めたらツッキーのフェロモンに拮抗するが、目的は離れさせることだから、俺の勝ちってことで。と思ったら、ツッキーに軽く怒られた。解せん。

 

「それで今から何処へむかうのじゃ?」

「俺の家だが?」

 

まずは家にいるであろう母親に弁明をしないといけないのです。ああっ、胃がきりきりする。そんな俺をツッキーは不思議そうに見ていた。

 

―――――ちょおおおぉん……

 

公園を去るとき、なにやら聞き覚えのある音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

「あらあらあらまぁまぁまぁ」

 

というのがツッキーを見たときの母の言葉。普段おっとりとしていて、大抵のことに驚きを示さないような人が今回ばかりはめずらしく目を丸くした。一方ツッキーはといえば、恰幅のよい母に近寄られて、少しばかり怯んでいた。

 

「タロが女の子を連れてくるなんて、どこでさらってきたの?」

「珍しすぎるからって息子を犯罪者にしないでくれ」

「あら?でもうちの息子ならこの時間は学校で授業を受けているはずなのだけど?」

 

躊躇なく確信を突いてきた。向こうから切り出されるとは想定していなかった!てか、話題の切り替えをいきなりしないでほしい。心臓に悪すぎる。

 

「学校で女生徒に襲い掛かって自宅謹慎くらったんでしょ?」

 

バレテーラ。てか襲い掛かってないし。善行をしようとしただけだし。そんなことよりなんでこの人事情把握しているの!?

 

「さっき学校から連絡が来たのよ。何人も病院送りにして、退学にならなかっただけでもまだマシね」

「いや、でも」

「だまらっしゃい。あなたがそんなことをするような子ではないのは分かっているわ。実際は違うかもしれない。でも、それとこれとは別問題よ。あなたの行動が実際に人様に迷惑をかけてしまったのなら、そこは反省すべきだわ」

 

はい。何も言えません。ごめんなさいとしか言えません。指摘が的確すぎて心にグサグサ刺さっています。弁明させてもらうなら、それでも俺は悪くないと思うんです。何言っても論破されそうだけど。

 

「ふぅ。まぁ今日はゆっくりしなさい。あなたも頭を冷やす時間が必要でしょう?」

「……はい」

 

そうだな。今日は少し熱くなりすぎた。仕方がない部分もあると思う。けど理事長にはああいったけど、もうちょっと穏便にことを済ませる方法はあったんじゃないだろうか。向こうが冷静さを欠いていた分、俺が冷静になる場面だったんだ。

 

「というわけでもないのかしら」

 

そう思っていたら、母さんの方から反対の言葉をいただいてしまった。どういうことだ?

 

「一体どこでこんな綺麗な子を引っ掛けてきたのよ?学校で騒ぎを起こしたと思ったら、そのままナンパ?タロいつの間にそんな事覚えたのよ」

「はい?」

「あらあら、もしかしたら別の意味で頭が熱くなっているのかも。こんな綺麗な子ならそれも仕方がないわ。でも、いくら若いといってもあなたは高校生なのだからきちんと責任をもって健全に付き合いなさいよ」

「母さん。一体何を……」

「母さん心配していたのよ?女ッ気はないし、昔は何かと護堂君のことばかり口にして。最近はクマさんだったかしら?もしかしたら、この子はそっちの方に興味があるのだとばかり思って、孫の顔を見ることを諦めていたのに……」

「母さん?」

「でもでも杞憂だったのね!もう!タロったらそんな顔してやるときはやるんだから、油断できないわ!でもこんな綺麗な人ならお母さんゆるしちゃう!」

「母さん!」

 

俺の言葉が右から左へ抜けていっている!?完全な暴走状態だ!これがオバサンとして覚醒した母親の力……!?ツッキーなんて最初から空気だったけど、今度は圧倒されてしまっている。俺も話についていけてないが、ツッキーはもっとポカンとしているじゃないか!!

 

「あなたお名前は?」

「わ、妾はツッキー、ではなくて月よ」

「ツッキーちゃんね!うちの息子はこんなんだけど、これからもよろしく!」

「う、うむ任されたぞ……?」

 

何かとてつもないことが母さんの中で進行していないだろうか?これを見ているとそう思えてならない。

 

「タロもこの人を手放してはダメよ。女の子はデリケートなのだから大切に扱いなさい」

「そ、そうじゃそうじゃ!妾をもっと大切にするんじゃ!」

 

お前は便乗するんじゃない!絶対何のことかよく分かっていないだろう!?ただ大切って言葉に反応しただけじゃねぇか!何なんだこれ!?

 

「きゃーっ!やだ何この子達超可愛い!」

「むっ!そうじゃろうそうじゃろう。妾さえも認めるこの可愛さはもはや天井知らずじゃ!存分に愛でるがよい!」

「タロ少しこの子たち、借りるわね!ああもう、幸せ!」

「・・・・・・お好きにどうぞ」

 

俺をのけて二人だけの楽しそうな空間が出来ていた。母さんは母さんで女のお客さんが来てテンションの上がり方が凄いし、ツッキーはツッキーでクロとシロを褒められて凄く嬉しそうだし。俺の居場所なくて、正直居たたまれない。

くそっ、こんなところにいられるか!俺は部屋に戻るぞ!勇み足で俺は階段を上り、自室へと入る。

 

「ツッキーちゃんもゆっくりしていってね?」

「うむ。くるしゅうないぞよ」

 

扉を閉める直前で、下の階では女二人の楽しそうな声が聞こえた。・・・・・・俺は素直に自宅に、いや自室に引きこもってよう。

 

 

 

 

―――――ちょぉおおおおおぉん……

 

どこからか、木を打ちつけたような、澄んだ高い音が聞こえたような気がした。

 

「ぅん……?」

 

俺は意識を取り戻す。いつの間にか寝てしまっていたようだ。気が付けば窓の外の空は既に暗くなっていた。色々あって疲れていたのを加味して考えても、随分と熟睡してしまったようだ。寝ぼけた頭でおぼろげにかつ少しずつ状況を把握していく。寝すぎて固まった体をほぐし、俺は部屋から出る。丁度母さんと出くわした。

 

「あら、おそよう。随分と寝ていたわね。顔にシーツの跡やよだれの跡が残っているわ」

「……顔洗う」

「いっそ、お風呂にでも入りなさい。それと、あなたが寝ている間護堂君が来たわよ」

 

えっ、マジか!起こしてくれればよかったのに。

 

「呼んでも起きなかったから、帰ってもらったのよ。タロも疲れてるみたいだったしね。また明日また来るそうよ」

「ん。了解。明日はきちんと会うよ」

 

それは申し訳ないことをしてしまった。珍しく護堂君が来てくれたのに寝こけてしまうとは。しかし、一体何の用だろうか?

 

「何でも聞きたいことがあるとかなんとか」

「明日聞けば分かるか。……それよりツッキーは?」

 

やばい。いくら頭に一応が付くとは言え、仮にも自分が招いた客人を放置してしまったのは人間として最低だ!!

 

「ツッキーちゃんなら、外よ。まったく、いくら疲れていたとはいえお客さんを、それもあんな美人さんを放っておくなんて……」

「それについては弁明も出来ないけど、ツッキー帰ったのか……」

 

挨拶もなしに帰してしまったのは、酷く後味が悪い。あれだけギャーギャー騒いでいた人がいなくなるとこうも静かに感じるものか。俺相手にあんなに話してくれたのは珍しかったのだけど。……逃した魚は大きかったかな?と若干寂しく思っていたら。

 

「誰も帰ったなんて言ってないわ。外に散歩に出かけたのよ。誰かさんが寝ていたせいで暇だったのね」

「……反省しています」

 

夜に女性一人で散歩か。まぁ、この辺りで変な人は出るはずないし心配ないかな。

 

「反省するだけじゃなくて、きちんと行動で示しなさい」

「へい」

「具体的には今から彼女を迎えに行きなさい」

「……なんで?」

 

唐突な我が家の最高権力者様からの命令に疑問を抱く。彼女を迎えに行くことがどうしてそう繋がるのか。迎えに行かなくても勝手に戻ってくるだろうに。

 

「ツッキーちゃんみたいに綺麗な子はこの辺りでは初めて見たわ。ていうことはこの辺りの地理に慣れていないでしょうに。それに、誰かに絡まれるとも限らないし。何か文句でも?」

「いいえ、ありません」

 

ううむ、母親の目がマジである。これはもう迎えに行くしかない流れだろう。うぁ、面倒くさい。暗い中をサングラスで歩くのはやばいけど、ツッキーを迎えにいく手前、外すわけにもいかない。まぁ何とかなるだろう。

 

「それと今日からツッキーちゃん一緒に住むことになったから」

 

えっ?俺は何を言われたか、すぐに理解できなかった。今日一番の衝撃だ。一瞬耳がいかれたかと思うくらいだ。

 

「いや、何がどうしてそんな話に……?」

「それはね……乙女の秘密よ☆」

 

茶目っ気たっぷりに断言されてしまった。乙女って年でもあるまいに。

 

「……さっさと行くか、晩飯が豚の餌になるかどっちがいいのかな?」

「すぐさま彼女を迎えにいくであります!」

「彼女は公園辺りをぶらつくといっていたから、速やかに連れてきなさい。私は晩御飯を用意して待っているわ」

「サーイエッサー」

 

軍隊のようにきちっと返事を決める。お昼を食べてない俺としてはそんなことされては敵わないので、すぐさま家を飛び出すのであった。勘の鋭い母親である。

さて、母さんの言うことが正しければ彼女は公園にいるらしい。この辺りで公園といえば、俺が毎日利用しているあの公園しかない。特別遠いというわけでもないので、俺はゆっくりと歩いて行くことにした。今日は空に三日月が映えている素晴らしい夜だ。

 

―――――ちょぉおおおおおん……

 

……まただ。俺の耳に澄んだ音が響く。今度こそ聞き取れた。これは拍子木の音だ。一体誰が打っているのだろうか。姿は見えず、ただ音だけが響く。どっか見えないところで打っているのだろう。公園に近づくに連れて、その音は大きくなっていった。

まるで引き寄せられるように公園に着いた時、その入り口で俺は立ち尽くす。その光景に魅入る。夢か……現か……。

 

美しい……。

 

俺が思ったのはたったその一言だけだ。

 

―――――ちょぉおおおおおん

―――――ひふみよいなむやここのたり

 

誰もいない公園。月に照らされた黒髪をなびかせ、悠然と舞う女性が一人。歌を紡ぐ彼女は幻想のように儚く、神秘的なものに思えた。

 

―――――ちょんちょんちょぉおおおおおん

―――――ふるべゆらゆら ゆらゆらとふるべ

 

まるで、この世が彼女を中心としているかのようにその舞踊は優美で、彼女は美しかった。

女神と言っても、信じてしまいそうなほどに……。それほどまでに俺は彼女に見惚れてしまっていた。

 

「いや、お前誰だよっ!?」

「!?」

「あっ……」

 

舞いを中断して、勢いよくこちらに振り返るツッキー。

しまった!

残念系美人と認識していたツッキーの意外な一面を認められず、俺は思わず突っ込んでしまった。そのせいで、見つかってしまった!いや、別に見つかるのはいいのだが、これではまるで俺が覗いていたかのようじゃないか!

断じてそんなものではないということを弁明しなければ。だが、俺が弁明するより先に放たれた彼女の言葉が俺を凍りつかせた!

 

「って、グラさんでしたか。これはお恥かしいところを見せましたね。出来るなら忘れてもらいたいところです。それで、何かありましたか?」

 

謎じゃない違和感。そんなっ、どういうことだ!?ツッキーが敬語……だとっ……!?

俺の反応がないことを訝しげな様子を見せてくるが、俺はそれどころではなかった。

 

本当に誰だこいつは―――――!?!??!!!

 




大分遅くなりました。
もうちょっと早くかけるようになればいいのですけど……
今回ツッキーが謎の豹変をしましたが、一体彼女に何が。
というわけで次回もよろ(0ω0)b


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第十話

作者は頑張った!


私はとある目的のために公園でいました。今夜はまだ三日月。出来ることに限界はありますが、やることはやるのが私です。公園という場所を選んだのは、あらゆる力を強制的に還元する森の影響なのか、力が異常なまでに滞留しているのです。もし、彼がこの状況を意図的に作り出したというのであれば、一体何が目的でそのようなことをしたのでしょう。それに、あの森は……いえ、これ以上は考えても詮無きこと。利用できるのであれば利用してしまいましょう。

 

――――ちょおおおおおぉん

 

私が舞い始めると同時に、土地神達や地精達が騒ぎ始めます。実体化するほどの力を持たない彼らはそれでも私の目的のためにその力を振るってくれるのです。私はこの辺りに流れる龍脈に、滞留した力を乗せていきました。彼らの役割はその際に生じる龍脈の乱れを最小限に抑えること、そして力を最大限にまで高め調整すること。龍脈に乗った力は、巨大なうねりとなって各地を巡り、彼らを目覚めさせてくれるでしょう。もっとも、完全に目覚めさせるにはそれだけでは足りないですが、このまま月が満ちていけばその心配もなくなるでしょう。

私が舞い、地精が叩く。ウズメほど舞いは得意ではありませんが、それでも力は順調に流れていきました。ですが、突如響いた声によってそれは遮られてしまいした。いきなりのことで、思わず制御をミスってしまったような気がしますが、大したことはないようなので、意識を声に向けます。

 

闇に溶け込むように、いえ闇から浮かぶように人間の男が現れました。グラさん……私が興味を持った人間。全身から放たれているその威圧からは悪意が満ちており、悪霊や怨霊共が大量に纏わり付いていました。力が滞留してしまっているこの場ではそういった良くないものまで引き寄せてしまうのです。しかし当の本人はあくまで自然体。人間である彼が何故平然としているのか分かりませんが、彼の異能が関係しているのでしょう。……異能、呪力を用いずに特異な現象を引き起こす能力。稀にそういう力を生まれ持つ人間がいると聞きますが彼もその一人です。しかし、あの時私を木から下ろすのに使った力がそれに当たるのでしょうが、関連性が見当らないですね。それにもう一つの力も気になりますし。

 

しかし、この状況覚悟はしていましたが少々厄介かもしれませんね。間違いなく、勝手に滞留した力を使ったことには気が付かれています。彼の出方次第ですが、相手は未知の力を使ってきます。今の私の状態であれば討伐はされずとも、封印はされてしまうかもしれない。それは私にとっては好ましくない展開です。せめて、舞いが終われば、後は彼らが勝手に動き出してくれるのですが……。今はここをどう乗り切るかですね。私は何が起こってもいいように力を溜め、いつでも発動できるようにする。たいしたことは出来ないが、人間一人相手にするくらいであれば余りあるくらいだろう。彼の力は不確定要素が大きいので油断は出来ないが。

 

「あんた誰だ?」

 

彼は私を警戒しているのか、距離をとっていました。出会い頭にそういわれると思いませんでしたが、よくよく考えて見ればそれも理解できます。昼の私と今の私の違いに驚いたといったところでしょうか。彼から放たれる圧力がその勢いを増していました。

 

「そういう反応をされてしまうと昼の私がどんなものか、明言されずとも分かってしまうものですね。ですが、あれも私であることには変わりません。ですので、その問に対する答えは私も月読尊です」

 

内心穏やかではないまま、私は応対します。

そう、いかに昼の私がアレであっても、それは太陽の威光により天が照らされているためだ。夜の領域を支配する私ではあるが、かつては天という括りで共に支配していた名残か、今も太陽の影響を受けてしまうのです。いえ、そもそも月は太陽がなければ輝けない。どうあってもその威光は私に届いてしまうのでしょう。だから、日が昇っている間は常に力を制限されてしまうのです。

 

「まさか二重人格なのか?」

 

にじゅうじんかく……二重人格でしょうか?ふむ、言葉から察するに私に二つの人格が重なっている状態にあることを指しているのでしょうか。しかし、それは正確ではありませんね。あくまで人格は私がベースになっていますし、日が昇っている間はその威光に影響されて頭がアレになるのであって、もう一つ人格があるわけではないのですから。

ですが、他から見ればそこに違いはないのでしょう。説明するのも面倒ですし、この感覚を正しく伝えられそうにも無いので、その理解でいいと思います。

そのような主旨の内容を私は彼に伝えましたところ、彼は何故か目頭を押さえてしまいました。しかし、この反応、演技なのか本気なのか、眼を隠されていると判断しにくいですね。

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。それは置いておいて、家で美味しいご飯が待っているから帰ろう」

 

意外なことに、彼は圧力を緩め、警戒態勢を解いた。……なにやら、ものすごく優しい声で気持ち悪かったです。こちらを見る眼もなにやら嫌な感じです。何かを企んでいる……?いえ、それにしては隙が多すぎる気もします。

「ああ、わざわざ迎えに来てくれたんですか。それはありがとうございます。ですが、もう少しだけ待って下さい。後少しで終わりますので」

「ああ分かった。ツッキーの好きにしてくれ」

 

だめもとで言ってみたのですが、すんなり通ってしまいました。あっさり過ぎて、少々裏があることを疑ってしまうレベルですが、どうやら、力を勝手に使われていることを気にも留めてないみたいです。それとも泳がされているのでしょうか?……なんであれ、油断は出来ませんね。でもそこまで言われるのであれば、こちらの好きにさせてもらいましょう。いえ、本来私は好き勝手してもよい立場なんですけどね。

 

それにしても。

 

「ツッキーですか」

 

頭が若干弱いときの私は勢いでそう呼ぶように言ってしまいましたが、今の私からしてみれば恥かしいのです。微妙な雰囲気が伝わったのでしょう、グラさんはこんな提案をしてきた。

 

「月読尊にちなんでお月さんとかどうだ?」

「むむむ」

 

お月さんときましたか。ツッキーも大概ですが、そのように気安く呼ばれたことは無いですね。ですが、悪い気はしませんね。月読尊たる私は月の化身でもあるわけですから、違和感もそうそうないですし。あれ、意外にいいのではないでしょうか?

 

そう思って、それを受け入れたのですが、その際提案した本人の顔が微妙な感じに歪んでいたのは一体どういうことなのか。まぁ、純粋に私は気に入ってしまったので、グラさんにたいして一言二言お礼を言いました。勿論他意はありませんよ?本人がどうとろうと勝手ですけどね。

 

胸を押さえて固まっている彼をよそに私は舞い始める。中途半端になっていた力の流れを澄みわたった河川の水のように流していきました。膨大なまでに滞留した力は至純なものであり、この世のあらゆる生命の源となり、健やかな命を紡いでいくことでしょう。同時に、私の目的も果たしてくれることでしょう。そして、グラさんに纏わり付いていた悪霊や怨霊たちは私の神気に当てられたのか、その流れに浄化されて黄泉路へと旅立っていきました。

 

「終わりましたよ。さあ、帰りましょうか。

 

すべてが終わって、私はグラさんに声をかける。すると、肩にふわりとかけられました。

 

「春といえ、まだ冷えるからな。男臭いかも知れないがそれで我慢してくれ」

「……くるしゅうないですよ?」

「さよけ」

 

照れたように顔を背けるグラさん。意外な一面を知って思わず頬がつりあがるのを止められないまま、帰路に着きました。

 

 

 

 

 

 

「あんた誰だ?」

 

俺は問わずにはいられなかった。姿形はまったく同じなのは明らかだ。でも目の前の人物が果たして本当に俺の知っている奴と同一人物であるのかを判断できない。昼寝をする前まではあんなに外見年齢に不相応な落ち着きの無さを見せていたというのに、今は相応な佇まいだ。

 

「そういう反応をされてしまうと昼の私がどんなものか、言われずとも分かってしまうものですね。ですが、あれもまた私であることには変わりません。ですので、その問に対する答えは、私も月読尊です」

「まさか二重人格なのか?」

「二重人格……?それが人格がもう一つあることをさしているのなら、厳密には違います。簡単に言えば、日が昇っている間は太陽の威光に月は隠れてしまうのですよ。ですが、その理解で問題ありません」

 

そんなこといっているが、やっぱりそうなんだろう。そっか……ツッキーも辛い人生を送ってきているんだな。二重人格……正式名称を解離性同一性障害だったか。様々な漫画や小説で取り扱われていて、人格の交代でまるで便利なもの扱いされている描写もあるが、実態はそんな生易しいものではないという。『障害』といわれているものが、そんな便利なものであるはずがない。

そもそも、どうして別人格が生じるのかを考えてみればいい。普通に過ごしていてそんなことが起こり得る可能性は果たしてどれだけのものだろうか?生半可な経験ではならない。そして、ツッキーはそれだけ辛い経験をしたのだろう。

そう考えれば、ツッキーのこのイタイ発言もそれも関係しているのだろう。辛い人生を少しでも楽しく生きようとして……。そう考えると少し目頭が熱くなってきた。

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」

 

俺はこういう話にはめっぽう弱かったりする。同情してしまうのは相手に失礼かもしれないが、それでも俺は同情せずにはいられないのだ。俺の事情と重ねてしまうからかもしれない。俺もまた、なんだかんだでいつも諸悪の根源にされているからな。

 

「それは置いといて、家でおいしいご飯が待っているから帰ろう」

「ああ、わざわざ迎えに来てくれたんですか。それはありがとうございます。ですが、もう少しだけ待って下さい。後少しで終わりますので」

「ああ、分かった。ツッキーの好きにしてくれ」

 

まだ踊り足りないのか?流すように手をひらひらとさせどうぞどうぞすると、彼女は何か微妙な顔をしていた。流石に適当すぎたか。と思ったら違うことのようだった。

 

「ツッキー……」

「ああ、そっか。他の呼び方の方がいいのか」

 

不満そうな声を受けて、俺は考える。月読尊だから、月読、ツッキー、つきりん、つきつき……ろくなのが浮かばないな。ここは原点回帰でいこうか。だったら、あれなんてどうだろうか。どことなく古風だし、彼女に似合うだろう。

 

「月読尊にちなんでお月さんとかどうだ?」

「むむむ」

 

何がむむむだ!俺の言葉に頭を抱えて悩む。まぁ自分で言っていてなんだが、無いな。そこまで悩むほどでもないだろうに。嫌なら嫌って言っていいのよ?

 

「まぁ、ツッキーよりはましですか」

 

いいのか!?お月さんだぞ?空に浮かんでいるでっかい球体の名前を付けられたことに疑問を抱いてくれよ。冗談で提案したのに、受け入れられたら罪悪感が生じてしまうだろうが!

 

「お月さんですか。ふふっ、未だかつてそのように呼ばれたことはありませんね」

 

それはないだろうよ!何気に気に入ったのかよ。やめろよ、そんな嬉しそうな顔されたらやっぱなしでとかいえないだろうが。

 

「グラさんの名前のセンスに脱帽です」

「……なんかすまん、いやごめんなさい」

「どうして謝るんですか?私に純粋にあなたを褒めているのですが」

 

やめろ、やめてくれ。言葉の一言一言が心にグサグサ刺さってくるんだ。言葉は凶器だっていうけど、別の意味でそのとおりだよ。澄んだ瞳を見ると嫌味に思えない。くそ、褒められているはずなのに、何でこんなに苦しいんだ?俺の罪の意識がそう感じさせているのか?褒められなれていないからなのか?

俺の苦悩をよそに、ツッキー……いやお月さんは再び舞い始める。拍子木の音がどこからともなく響き始める。その舞いはゆっくりで優雅さを感じさせるが、俺にはそれに見惚れる余裕は欠片も存在していなかった。

 

「終わりましたよ。さぁ帰りましょうか」

 

お月さんの額には汗を浮かび、息も上がっていた。ほほも赤く染め、どことなく色っぽい。しかし、まだ春も始まったばかりで夜は冷え込む今の時期だ。今は運動したばかりで体は温まっているだろうが、少ししたら冷やしてしまうだろう。俺は上着を彼女の肩に乗せた。

 

「……くるしゅうないですよ?」

「さよけ」

 

上目遣いでそう言われても照れてやらないからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

月読尊によって流されていった力は、龍脈に乗って各地へと流れていく。

北へ、西へ、東へ、南へ、北東へ、南東へ、南西へ、北西へ。

ゆっくりと、そして着実に。

それは巨大なうねりを伴って日本中を流れていく。

月読尊の思惑を乗せた力は巡り、そして、引き寄せられる。

 

 

 

 

 

 

――――物語は動き始める。

 




色々矛盾や疑問点はあると思います。

でも軽い気持ちで呼んでいただけると嬉しいです。

では次回もよろしく(0ω<)b



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第十一話

*最初からオリジナルばっかなので、オリジナル展開タグ付けました。オリジナルに対して憎しみにも似た感情を持つ方はご注意ください!それと、話が進まないのは仕様です
仕方ないね!

ではどうぞ


甘粕冬馬は未曾有の事態に頭を抱えていた。一体誰がこのようなことを想定していたというのか。しかし、やらずにこのまま事態を眺めてしまえば被害はさらに甚大なものとなってしまう。

 

龍脈が乱れた。昨晩、仕事も一息つきさぁ帰って寝ようとしたとき、そのような報告が登ってきた。龍脈が乱れたと軽く一言で済ましてしまってはいるが、これはほうっておくには少々大きすぎるものだった。龍脈の乱れは天変地異を起こす。程度にもよるが、それは明らかなものだ。だから、地元の呪術師たちと協力してその乱れを正そうと大規模な儀式を行おうとしていたのだ。だが、ここで思わぬ事態となる。

この乱れに呼応するように、各地に散らばっている『大太』の封印が解けそうになったというのだ。結果的にはすぐに収まったが、問題はここからだ。

 

「これは少しばかり洒落にならないですねぇ」

 

術を用いて遠くからその様子を見ている甘粕は絶句してしまう。閉ざされた森の中、闇に蠢くそれらに。

怪異だ。目覚めかけた『大太』の、国土神達の力が漏れ出し、日本中で様々な怪異が現れたのだ。日本にて古くから語られる妖怪の姿、力を受けながら、それら妖怪とは異なる存在。それらが、創造主たる神々の封印を解くべく動き始めたのだ。厄介なのは彼ら僕使と呼ばれる存在には元となった妖怪の撃退法が通じない点にある。要するに力づくで滅する必要があるわけだが……。

 

「この数は尻尾巻いて逃げ出したくなるレベルですねぇッ!」

 

背後から飛び出してきた影に合わせて、蹴りを入れる。カウンター気味に入った蹴りで影が吹き飛ぶのを確認した甘粕は、すぐさまそこから離れる。全力で駆け抜けるッ!

一歩遅れて、様々な影が彼を追うように飛び出してくる。

奇妙な姿をした連中であった。姿形こそ妖怪だ。大常・小常やべとべとさんといったマイナーどころから有名どころまで様々いる。だが、その体を構成しているのは機械のようなものであった。妖怪に似つかわしくない、機械の体。まるでロボットだ。見えるだけでも数十体。これだけの数に囲まれるのは流石に圧巻だ。

 

「田ぁおカエセェェェエエ!」

「まぁ給料分の働きにはなるんですがねー」

 

襲い掛かってくる敵を適当にいなしながら、時に呪術を巧みに使い、静かに、そして鮮やかにその場から離れていく。その身のこなしは忍者もかくやというべきものだった。彼が上司にマスターニンジャと揶揄されるのも頷けるというものだ。

 

かくして、その場から逃げ出せた甘粕は上司に事態を報告する。だが、恐ろしいことに怪異の問題はここだけではない。他にも数箇所、県を跨いで怪異は出現している。これを収める間にどれだけ被害がでてくるのか。幸いなのは、怪異だけならまだ呪術師たちだけでも何とか対処できることだが、さもなければまつろわぬ神達の一斉蜂起も起こりうることを考えると、迅速に動かなければならない。これからしばらく忙殺されることを考えると頭の痛くなる甘粕であった。

 

 

 

 

「さっさと起きるのじゃ!」

「ぐぉっふ!?」

 

ズンッ……!

腹部に乗せられた衝撃により俺は目を覚ました。その衝撃はすぐさま波紋のように体全体へと伝わっていき、俺の意識は強引な覚醒を余儀なくされた。一体何が起こったというのか。

衝撃にむせるなか、俺はおなかにかかる謎の重みの正体を確かめるべく、目を向ける。そこには幼馴染が座り込んでいた!なんていうこともなく、ツッキーの極めて鋭い肘が突き刺さっていた。通りで息が苦しいと思った。

 

「うげっ、なんとも不愉快な眼をしておるのじゃ」

「げっほ……ひ、人に奇襲しかけておいてごほっ……それはないんじゃげほげほ……ないか?」

 

呼吸が乱れすぎていてしゃべりにくいが、言いたいことは言えた。少しずつ呼吸は収まっていくが、酷い目にあった。まさか目覚ましにエルボーくらうとか欠片も思いもしなかった。斜め上を行くツッキーには恐れ入ったよ。ってあれ?

 

「ツッキー?」

「なんじゃ?」

「俺の目、怖くないのか?」

「怖いというよりきもいじゃな」

「きもい!?」

 

そんな風に言われたのは初めてだ!いつもなら阿鼻叫喚の嵐を作り出す俺の目を前にして平然としているツッキーに俺は驚いた。どんな鋼の精神力をしているんだこいつは!

「……なるほどのう。それが妾を助けた時に使った貴様の力の正体か」

「!」

 

なんか言い出した!?

 

「隠しても無駄じゃ、妾は時すらも観測する神ぞ。その程度のこと分からないはずがなかろう!……思っていた以上におぞましい力じゃ。そんな状態で平然としている貴様の正気を疑うぞ?」

「……酷い言い草だ」

 

まぁ、俺の負倶帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)に限って言えばそうだけどな。

負倶帯纏は特典ではなく、生来のものだ。この力はあらゆるものを圧縮するというなんとも物騒な力だ。そういう意味では、おぞましいと言われても仕方がないのかもしれない。それにこの力、中々制御し辛い上に、常時発動している。ちょっと気を抜くと周囲のものを容赦なく圧縮してしまうから困る。一回やらかしたことがあって、それ以来意識して限界まで抑えているし、使うときは力を釘の形にして使っているからよほどのことが無い限り暴走することはないと思う。

 

けど断じて俺のこの凶眼とは関係はない!ツッキーの知ったか入りましたーッ!でも俺はあえて突っ込まない。その勘違いを胸中でによによと笑ってやる。

 

「神様(笑)」

「?なんか言うたかの?」

「何も」

 

目の前で首をかしげている彼女の顔を見て思う。うん、何処にだしても立派に恥かしいアホ面だ。これを見てると昨晩のことがあやふやになってくるな。本当にあれは現実だったのだろうか?

考えてみると、お月さんとツッキーで違いがあまり無かったりするのかもしれない。なんていうか、ノリがツッキーと対して変わらない気がする。なんとなくだけど。二重人格とはいえ同じツッキーだからかな?

 

「どうしたのじゃ?妾の顔をまじまじと見つめて?ようやく妾の虜になったのか?」

「ないない。片腹痛いって」

 

……ま、でもこうやって平然としてくれるのは若干、いや正直涙出るほど嬉しいけどね。案外本当に神様だったりしてな。なんて戯言を呟いてみる。俺だって冗談を言いたくなるときはあるのさ。即答されたことに腹立てたのか、ツッキーが無言でぺしぺし叩いてくるが、痛くもかゆくもないので好きにさせる。

 

それにしても、自宅謹慎をくらっている以前に今日は休日、起きてもやること無いんだよなぁ。……顔洗うか。

 

 

 

 

 

さて、こうやってツッキーに起こされてしまったわけだが、しかし休日をはさんでもしばらく学校に行く必要もないため何もすることがない。そうなると今後どう暇を潰すかが問題になってくる。

復帰した時に遅れないために勉強するにしても、あんなことがあったのでは身が入らない。というかやる気でない。こうなるとどう暇を潰すか迷ってしまう自分の趣味の無さに愕然としてしまう。

ツッキー誘って遊びにいくか?謹慎中の身だけど、近く散歩するくらいなら別にいいだろうし。いやでも、罪悪感が半端ない。だが、暇だ。

娯楽と呵責、どっちを優先すべきか。

 

そういえば、ツッキーといえばだ。何故月読尊なんだろうか?

月読尊。寝る前にツッキーが名乗る名前しかしらないその神について調べてみたところ、驚くほどに情報が少なかった。何故そんな名を名乗るのか不思議なほどに月読尊には活躍がない。面白い説は色々とあるんだけど、彼女の姉であるアマテラスや弟であるスサノオノミコトの方が逸話に比べると、ね。

というか、月読尊って男説が浮上しているんだけど、ツッキー実は男の娘なん?あの少しだけ自己主張している胸を見るとそう信じたくないのだけど。神話の中の話だし実際は性別に関しての描写が一切ないようだから、女であってもおかしくないとは思うけど。どこかで、月は陰性、すなわち女を象徴すると聞いた事があるし。でもそうすると陽である太陽は男になってアマテラスが女であることに矛盾が生じるわけだけど、そうなると実はアマテラスは漢女だったりするのかな?ふわりとした衣装を纏った筋骨隆々な漢女の姿が脳裏をよぎる。……深く考えるのはやめよう。にわかにとってこの問題は難しすぎる。

 

話は戻って、昨日直接何故ツッキーはツッキーなの?と聞いてみたけど、その時に馬鹿を見る目で見られたので直接聞くことはしたくない。けれど、気になる。よってその理由を推測するとして、遠回しにいくつか質問してそこから考えていこうと思う。早速、リビングでシロとクロと戯れている彼女に聞いて見る。

 

「ツッキーには兄弟がいるのか?」

「急になんじゃ?…まぁいるがの。姉と弟がな」

「兄弟仲は良かったりするのか?てか、ここにいて心配とかされたり」

「…ふん、あんな引きこもりと野蛮人のことなどどうでも良いのじゃ!」

 

あ、察し……。これは駄目だ。明らかに地雷を踏んだ気がする。どうも兄弟仲は良くないと見える。そして、苦労しているようにも見える。不機嫌になった彼女をどう宥めようかと考える傍ら、ツッキーが月読尊を名乗る理由が色々見えてきてしまった。

日本神話と同じような家族構成と二重人格、そして普段の言動。つまりはそういうことなんだろう。俺はそれ以上自分の中で追求することはやめた。ツッキーはツッキーなのだから。この話題はもうやめにしよう。

 

折角のいい天気だし、気分転換に散歩にでも誘おうかね。ご機嫌取りと暇つぶしも兼ねて。

 

「ところでツッキー、今から外出するのだが一緒にいくか?」

「断る。妾は今愛でることに忙しいのじゃ」

 

そういってシロとクロの喉を掻くツッキー。こちらに顔を向けずに、この即答である。なんというでれでれした横顔。所詮俺のお誘いは子猫に比べれば塵も同然なのさ。喉をごろごろ鳴らす2匹を横目に、俺は空しい気分になった。

 

「というか貴様、じたくきんしんとやらで家を出てはいけないのではなかったのか?」

「家にいても暇だし、母さんもいるから何か連絡あっても大丈夫。バレなければ問題ない」

 

とはいっても、俺悪い意味で目立つからばれる可能性が高いけどね。だから行くとしたら家周辺になるわけだけど、そうなると行く場所は限られてくるな。

 

「タロ、どっか行くのならついでに頼まれ事されてくれないかしら?」

「買い物とかなら嫌だ」

「届けてほしいものがあるのよ。これなんだけど」

 

そういって手渡されたのは、紙袋であった。袋には古臭い本が色々と入っていて、結構な重さになっていた。

 

「一朗さんから借りていた本なのだけど、返そう返そうって思ってもなんだかんだ忙しくてついつい先延ばしにしちゃったのよ。代わりに返してくれないかしら?」

「任せろ」

 

一朗さんの名を出されてしまったらしょうがない。あの人は俺にとって神様みたいなもんだからな。いや、どちらかといえば仏様か?

 

「一朗とは誰じゃ?」

「神様です」

「妾を差し置いて定命の存在が神を名乗るか!そのような不届き者、妾が成敗してくれいたッ!?何をするんじゃ!?」

「余計なことはしなくてよろしい。それに俺が勝手に崇め奉っているだけだから。ツッキーも会えば気に入ると思うぞ」

「ほぅ?ということは真の神たる妾のことはそれ以上に敬っているということじゃな?」

「んなわけあるか、このすかぽんたん」

「ええいっ!そこになおれぇい!今一度神の何たるかを教えてやるわ!」

 

ぎゃーぎゃー喚いているツッキーは無視して、出かける準備を進める。上着よし、鞄よし、携帯よし、財布よし、腕時計よし。

 

「ならば!」

 

俺が準備している横で、顔を真っ赤に染めたツッキーが急に立ち上がる。

 

「お主がそこまで言うその一朗とやらを妾が見定めてやるわ!」

 

一朗さんに興味を持ったようです。そう宣言するや否や、彼女はクロとシロを肩に乗せて、準備万端といわんばかりに玄関へ駆けていく。どうやら一緒に来るみたいだ。なら、一朗さんにあってその垢抜けっぷりを存分に味わうといいさ。

 

「いいの?ツッキーちゃんも一緒に連れて行っても?」

「?何か悪いことでもあるのか?」

 

別に何の問題もないと思うけど、俺の気付いていない何かがあるのだろうか?

俺の純粋な疑問と裏腹に母さんがなにやらあくどい笑みを浮かべていた。一瞬悪魔の尻尾のようなものが見えたような見えなかったような……?母さんが何か含んだような表情が妙に癪に障る。

 

「一朗さんはまぁ年が年だし大丈夫だとは思うけど、護堂君ならどうでしょうねぇ?」

「何の話か分からないんだけど……?」

「あらあら、分かっているくせにこのこのぉ」

 

意味不明なことを言ってこちらを小突くのはやめてくれませんかね、マイマザー。地味にウザイのだけど。

 

「ツッキーちゃんを護堂君に取られないようにしっかりキープしておくのよ?」

「……別にそんなんじゃないんだが」

 

ようやく言わんとしていることが分かったが、別にツッキーはそんなんじゃない。一緒にいて楽しいし落ち着く相手ではあるけど、母さんが思っているようなことは一切ない。そのことを分かりやすく伝えたが。

 

「まぁそういうことにしておいてあげるわ」

 

そういって取り合ってくれなかった。結局ツッキーから早く案内せいと言われたため、誤解はそのままになってしまったが、まぁいいか。

 




この辺りから足洗い邸のキャラを出していきたいと思います。
今のところ読んでの通り神様関連だけですけどね。

日本神話ややこしいの……


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第十二話

どぞー


月読尊は、休日であるためにそれなりに人が多いだろうと考えた太朗の案内で、長年蓄積してきた人どおりの少ない経路を選んで歩いていた。必然的に、異性とほぼ二人きりの構図になるが、二人の間にはそんな甘ったるい空気は存在していない。トレンドマークになりつつある彼女の両肩にシロとクロがそれぞれ鎮座しているからというのもあるが、それ以上に二人の意識にそんな考えがのぼっていないためだ。せいぜいが、仲良しこよしで散歩といった程度の認識である。お互いを異性としてみていないということも一つの要因だろう。果たして、太朗の母親が望むような展開がくるのか定かでないが、それを二人が望むかどうかは別問題である。

 

そんな二人が並べば、人通りは少ないとはいえ目立つ。元々悪目立ちする堅気に見えない太朗に、黙っていれば目を見張るほどの美人である月読尊というチグとハグのチグハグコンビ。すれ違うたびに、いろいろな意味で避けられるのは免れることではない。とはいえ、今更それを気にするような二人ではない。それに今の月読尊は思考に没頭していたこともあって、意識を外に向けていなかった。もし太朗が手を引いていなかったら壁や電信柱にぶつかってしまう場面も度々あるほどであった。

 

彼女がそこまでして自分の中に閉じこもっていたのは朝のことを思い返していたからだ。彼女は今朝初めて、サングラスをつけていない太郎の素顔を見た。あらゆる負の感情渦巻くおぞましき瞳を間近で見たとき、彼女は理解した。

 

太郎は自分に向けられる、人間の深層心理に潜む『負』の視線を無造作に、無尽蔵に、無差別に、そして丁寧に束ね、己に視線に乗せているのだと。天体を観測することで時を読み取る月読尊は、他者を観察することで力を読み取ることができる。彼女は太郎の持つ異能の本質が視線にあることを正確に捉えたのだった。

そして思い浮かぶのは昨夜森で見た太郎の状態だ。纏わり付いていた悪霊怨霊の類は、彼自身から漏れ出ていた『負』に呼応したのだ!

 

視線の圧力という言葉がある。

どこかの美術館で長時間人の目に晒された絵画は表面が少しだけ削れるという逸話から、もしかしたら視線には圧力があるのではないかという仮説が生じて出来た言葉。実際誰かに見られていると感じると思ったことはないだろうか?諸説はあるが、もし実際に視線に圧力があって、彼が自分の視線に他人の視線を乗せることが出来るというのなら、それが意味することは、七十億人もの人間が生きるこの世界において彼の目は、あらゆるものを圧縮するほどのパフォーマンスを発揮するということだ。それこそが彼の過負荷(マイナス)、負倶帯纏《コンプレックス・コンプレッサー》の正体。

糸屋の娘は目で殺す、その言葉を体現したことになる。

 

そしてその弊害か、彼は意図せずとも常に威圧した状態になっている。もしくは、視線の圧力によって相手が萎縮してしまうと言い換えてもいい。当然だろう、彼の目には七十億人分の負が宿っているのだ、それに当てられた人間が耐えられるはずもない。サングラス越しでこれなのだから、直に見れば精神の崩壊か、はたまた狂気を呼び覚ますか。どんな形であれ、碌な結果にはならないだろう。

月読尊としても迸る怖気に正直鳥肌が立つほどであった。神としての矜持からか、それを表に出すことは無かったが。そして、そんな状態で平然としている太朗の異常性、精神性こそが最も恐るべき事柄でもあるのではないか。そんな風に月読尊は思う。

 

(あるいは気付いていないだけの愚か者か……)

 

月読尊と太朗が出会ってからまだ一日しか経過していない。知らないことも多いが、それでも分かることがある。太朗は見た目とは違って、いい奴なのではないか。初めて会った時はその威圧感と不気味な木を作る力に興味を持つと同時に、彼を危険視していた。だが昨日、肩に掛けられた上着の暖かさを思い出す。短い時間の中で彼から与えられる心遣いを思い出す。

彼女は太朗との掛け合いを実は嫌いではなかったりする。むしろ、歯に絹を着せぬ彼の言動を密かに好ましいとさえ感じていた。絶対に口に出したりはしないが、それでも太朗との時間は嫌いではないのだ。

 

「ついたぞ」

「ん?」

 

どれくらい思考に没頭していたのか、気が付けば目的地についていた。呼び鈴を鳴らしている太朗を横目に、月読尊の意識は外界へと向けられた。

 

「いらっしゃいタロ兄さん。それ、とっ!?」

 

そして、気付く。神としての目の前の家に染み付いた宿敵の気配に!

扉を開けたのは、羅刹王、すなわち神殺しの魔王だった。

 

 

 

 

 

「グラさん貴様ッ!?妾を謀ったのか!?全て、このための演技であったのか!?」

 

隣で黙り込んでいたツッキーにいきなり叫ばれた。その目は先ほどまで無かった憤怒の色一色で染められていた。突然の豹変に俺は戸惑うばかりであった。

 

「タロ兄さん!早くそいつから離れるんだ!」

 

そして、たった今玄関から出てきた護堂君も何故かそんなことを叫んできた。基本人当たりのいい彼がこんなことを言うのははっきり言って珍しい。ツッキー何が気に入らないというのか。

 

「グラさんッ!」

「兄さんッ!」

 

二人に詰め寄られても、俺はオロオロと戸惑うことしか出来ないっ!

 

「どうしたんだい?」

 

そこに救いの手が差し伸べられた。護堂君の背後から出てきたのはお爺さんだ。既に七十は過ぎているというのに、恐ろしく垢抜けている護堂君の原点にして起源、一朗さんだ!

彼ならこの場を容易く収めてくれることだろう。

何故かお互いを敵視している二人を見て不思議そうな顔をしている一朗さん。

すぐに人を安心させるような笑みを浮かべた。

 

「護堂。昔からの付き合いとはいえ、お客様に対してその態度はどうかと思うよ?」

「ッ!?だけどじいちゃん!こいつは」

「護堂?」

 

一朗さんに口答えをする護堂君だが、役者が違う。彼の笑みに黙殺されてしまった。さすが一朗さん!俺に出来ないことを平然としてやってのける!そこに痺れる憧れるぅ!そしてモテる男はフォローも忘れない!

 

「うちの護堂が失礼したね。さ、立ち話も何だからどうぞ中に入って」

「……」

「ツッキー?」

 

その場から動かず、睨みつけるように護堂君を睨みつけるツッキー。まるで宿敵に遭遇したような、そんな顔だ。一体護堂君に対して何を思っているのか。と思ったら、勢いよくこちら睨みつける。凄く怖い。肩のクロとシロが彼女を宥めるように頬を舐めていた。それで少し落ち着いたのか、大きく息を吐き、護堂君を指さして宣言した。

 

「ふんっ!良かろう、貴様の誘いに乗ってやるわ!」

「タロ兄さん。説明してもらうからな!」

 

俺が説明してほしい。肩をいからせて荒々しく家に入っていくツッキーの背中を見送る。護堂君も微妙な表情で後に続く。

 

「あ、これ頼まれてたものとつまらないものですが」

「これはご丁寧にありがとう。さ、太朗君も中に入りなよ。お茶出すから飲んでいきなさい」

「お構いなく」

 

呆然としていた俺もにこやかに見守っていた一朗さんも二人の後を追うように家の中に入っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「粗茶ですが」

「無理しなくても……」

「大丈夫ですのでお構いなく」

 

突き放すような言い方をする少女。カタカタ震える小さな手がちゃぶ台にお茶を置いていく。そのくりくりと可愛い瞳は俺を真正面から捉えているが、よく見ると見慣れた感情が浮かんでいる。他の人に比べれば気にするようなものでもないが、それでは目の前の少女は納得いかないらしい。俺にはよく分からないが、彼女は向上心が高いから俺という恐怖を乗り越えたいのだろう。

彼女は草薙靜花。今年中等部3年にあがった護堂君の妹だ。俺の美的感覚が狂っていなければそれなりに可愛いらしい顔立ちをしており、将来が楽しみな子だ。

護堂君と長い付き合いがあるように、彼女とも長い付き合いがある。とはいっても、話せるようになったのはここ2、3年のことなので、深い付き合いではなかったわけだが。昔は俺がこの家に来た瞬間部屋に引きこもっていたというのに、今はこうして俺の前に姿を現しているのだから何が起こるか分からない。本当、どういった心境の変化だろうか。俺は一口お茶を含みながらボーっと考える。うん、うまい!

 

「それに、タロ兄さんから逃げたくないですから」

「何か言ったか?」

「なんでもないです!そんなことより、あの二人喧嘩でもしたんですか?」

 

ぼそりと呟いた言葉を聞きなおしたら、顔を真っ赤にして露骨に話題を逸らされた。

『お兄ちゃん大好き』とでも呟いたのだろうか?ツイッターの存在を知ったら毎日ツイートしそうなくらい、これまで全身でそれを表現しているのに何を今さらっと言った感じではあるが、本人としてはそのことを隠しているようだし、他人に聞かれると確かに恥かしい。なので、俺は何も聞かなかったことにした。

 

「……」

「……」

 

目を合わせず、険悪なムードの二人組みの姿を意識したくないっていうのもあるがな。会話もなく、今にも舌打ちしそうなあの二人の間に一体何があったというのだ。まるで空間がゆがんでいるような、どす黒く、重い空気に包まれていた。

 

「いい加減にしないか、護堂。いつものお前らしくないよ」

 

一朗さんが宥めるようにそういうが、護堂君はプイッと視線を逸らすだけだ。これは重症だな。一朗さんもため息をついているし。

 

「ツッキーもいい加減に矛を収めろよ。クロとシロが部屋の隅で縮こまっているじゃないか」

「裏切り者が何をいうかッ!この痴れ者が、恥を知れ!!」

 

俺もツッキーを宥めようとしたら、何故か怒られた。ツッキーが一体何を怒っているのか分からないが、どうも見ている様子だと護堂君と何か関係があるらしい。しかしそうなると二人は元々知り合いだったことになるけど、どこでどう知り合ったかが気になるところだ。どう考えても第一印象が悪かっただろ、これ。

 

「お兄ちゃん。この人に何したのッ!?どうせお兄ちゃんがいらないちょっかいをかけたんでしょ!」

 

あまりの空気に見かねたのか、静花ちゃんが切り込んでいった!凄い勇気だ。

 

「人聞きの悪いこと言うなよ静花っ!大体この人とは初対面なんだ。ちょっかいもなにもあってたまるか!」

「初対面でどうしたらこんな重い空気なるのよ!また嘘ついて!」

「嘘じゃない!それにまたってなんだよ!?」

 

兄妹喧嘩勃発である。

意外な事実の発覚である。初対面同士でここまで仲悪いのか。う~ん、よっぽど二人の相性が悪いということなのだろうか?しかしそんなことがあるのだろうか。それにしては、一朗さんが言ったみたいにらしくない。昔から一朗さんに連れられて諸国に置いてきぼりにされて色んな人と接したせいか、どんな人でも大体受け入れているのにね。

 

「二人とも、そこまでにしておきなさい。お客さんの前で失礼だよ」

「あ……ごめんなさい」

「……流石に熱くなりすぎた。ごめんなさい」

 

冷静になったのか、素直に頭を下げる二人。さすが一朗さん。年長者としての威厳が凄い。さすが、俺の憧れなだけはある。

その後初対面であるならと、一朗さんの提案でお互い自己紹介する流れになった。彼の意図としては喧嘩するにしても、印象だけで決め付けず、知らないのならまずは知ろうということらしい。さすが一朗さん、その深謀遠慮に恐れ入るぜ!と、なにやら、ツッキーが顔を歪めていた。

 

「これでは妾が道理の分からぬ子どもみたいではないか」

「え?まさにそのとおりだろ?」

 

軽口を叩いてみたが、無視された。やっぱり、まだ怒っているのだろうか?でも無言でぺしぺし叩いてきてくるのはいつものことだし、一体どういう状態なのだろうか?

 

「草薙護堂だ。よろしく」

「月読尊じゃ。よろしくしなくてよい」

 

それに、護堂君に対しても思うところがあるのか、ツッキーは頑なに態度を崩そうとはしない。やっぱ子どもじゃないか。まぁ、一朗さんを前にしたら他の人は子どもみたいなもんだ。さすが、一朗さん。その存在は止まることをしらないのか?

 

「ツッキー」

「なんじゃ。貴様に文句を言われる筋合いはないぞ?」

 

鋭い目つきで睨みつけられる。さっきからどうしてそんなに怒っているのか分からない。ここに着くまでなんともなかったのに。護堂君と会ったから?でもそれがどう繋がるのかが分からない。

 

「何でそんなツンケンした態度をとるんだ?」

「何で?何でじゃと?貴様、本気で言うておるのか!?」

 

あ、やっちまったか?

 

「妾を神の宿敵たる羅刹王の前に連れてきたくせに、よくもそのようなことをぬけぬけということが出来るな!無恥厚顔が過ぎるぞ!」

「羅刹王?護堂君のことか?」

「その白々しい演技をやめぬか!貴様はあの男がそうであると知っていたのだろう!貴様ほどの男であれば気付かぬはずはないのじゃからな!」

 

護堂君が羅刹王だという。それが意味するのは何かしらないが、それが二人が険悪な理由なのか。いつもなら、ツッキーの戯言だと切り捨てるが、護堂君までそれを受け入れている節があるのはどういうことか?

 

(おい、その話を今ここで持ち出すなって。じいちゃんと静花それにタロ兄さんもいるんだぞ!)

(妾の知ったことではないのじゃ!)

(クソっ、神って奴はどうしてこう自分勝手な奴ばかりなんだ!)

 

顔を寄せて二人で何かを話しだしたぞ。そして、盗み聞きは良くないが若干聞こえてきてしまった。その話をするなとかなんとか。この様子を見ているとさっきの険悪ムードはなんだったのかと思うけど、仲良くなれそうで何よりだ。一朗さんの血を濃く受け継いでいるせいか、女性と仲良くなるのはお手のものだな護堂君は。

 

「……お兄ちゃん、もう女の人に手を出してる。さっきまであんなに仲が悪かったのに……やっぱおじいちゃんと一緒ね」

 

同じことを思ったのか、静花ちゃんがむくれてしまった。お兄ちゃん大好きと呟くくらい好きだもんね。冷たい視線で二人を見ているのは嫉妬が6割、護堂君の女性遍歴を思い起こしてが4割といったところだろう。

 

「待った!それは流石に聞き捨てならないぞ!俺はじいちゃんと違う!!」

「おやおや、その言い方はまるで僕が悪いみたいな感じだね」

 

いつも通りに戻りつつある空気にツッキーも毒気が抜けたのか、少し声に軟らかさが戻ってきた。

 

「それで、貴様は妾をどうするつもりなのじゃ?」

「俺はあんたをどうこうするつもりはないぞ」

「そうか。ならば妾もこの場では矛を収めるとしよう」

 

よく分からんが、どうやらあっさり和解が成立したようだ。よかったよかった。しかし、羅刹王か。言葉が厳ついのはこの際置いておいて、ツッキーと護堂君があそこまで仲悪い理由がそこにあるらしいが、一体何を意味することなのか。

知り合いであったなら、護堂君がツッキーの設定に付き合っているという風に納得できたが、初対面であるというし。いや、待てよ?逆ではないか?

実は初対面というのが嘘であり、知り合い同士で護堂君が羅刹王というツッキーの設定に付き合っているのだと。そして、いやな顔せずにツッキーの設定に付き合っているほど親しい関係で考えられるのは、恋人くらいしか思い浮かばない。あえて敵対関係を演じているのは、障害があるほど燃え上がるからか。情熱的だな二人とも。

そう考えると、さっき二人して小声で話していたその話をするなというのは、この話からそれがばれるということを避けたかったからか。

 

一つの謎が解けると、いろいろなことが見えてくる。先ほどの険悪ムードはただの照れ隠しで、ツッキーが俺に向って起こっていたのはばれていたと勘違いして焦ったのだろう。そうかそうか、二人は付き合っていたのか。……まぁ護堂君なら仕方ないか。

胸に去来するこの気持ちは一体なんだろうか、なんてセンチなことは考えない。うぶなねんねじゃあるまいし、これでも前世含めて三十年近く生きている計算になるわけだし。何より、母さんにも言ったがそんな風に思ってはいなかったのだから。って誰に言い訳しているんだか。

 

「これを狙って、妾をここに連れてきたのか?」

 

少しだけしんみりしていると、ツッキーがよく分からないことを聞いてきた。『これ』って何だ。しかし、向こうが分かってるだろみたいな感じで聞いてきたのに、俺がそれを汲み取れないのであれば絶対に後で馬鹿にされる。

 

「さぁな」

 

なので、ここは濁す。男なので見栄張って肯定しても良かったがバレた時が面倒くさい。

 

「そうか……なら、そういうことにしておくのじゃ」

 

そういって胸に抱いた子猫を撫でながら、微笑むツッキーはどうやら完全に怒りを静めたようだ。俺の回答に満足してくれた用で何よりだ。下手に答えなくて良かった!

 

「ところであなたはタロに、田中先輩の何なんですか?」

 

ツッキーに向って静花ちゃんがそんな質問を投げかけた。しかし静花ちゃん、そんな詰問するような言い方せんでも。

 

「なんじゃ貴様は、藪から棒に」

「いいから答えてください!」

「……貴様、妾に向って何じゃその口の利き方は。不快ぞ」

「ツッキー」

 

何やらツッキーから物騒な気配を感じ取ったので、声をかける。すると鼻を鳴らして、椅子に座りなおす。

 

「感謝するがいい、小娘。グラさんの顔に免じて答えてやる。妾とグラさんの関係じゃったな。……ふむ、なんじゃろうな。妾もよく分からぬ」

「分からないって……」

「一ついえることは、妾らの関係は他のどんなものよりも奇妙で奇怪なものなのじゃ」

「……ぷっ、なんですかそれ」

 

おどけたように言い放ったツッキーの言葉に、静花ちゃんが笑った。

女性陣も概ね良好な関係を築けていけるようで何よりだ。

 

「で、タロ兄さん。説明してもらえるんだろうな?昨日のこともあいつのことも」

 

だから護堂君や、警官みたいにそんな目を光らせてくれるな。謎の迫力があって怖いんだ。女性陣みたいにもっとほのぼのとした対話をしようよ。

 




蛇足:田中太朗は草薙一朗教の信徒であるし、草薙一朗狂である。

しかし、徐々に勘違いから遠ざかっているようなと思う今日この頃である。
もはやタグから消すべきか……?いや、まだ粘ろう。


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第十二話裏

視点が護堂君メインなので、一応裏にしておきましたが話はゆったり進んでいます。
では色々と突っ込みどころあるだろう今話をお楽しみください!
どぞー


もし一人一人の人生を小説としてみるのであれば、俺の物語の始まりは間違いなく中学時代最後の春休み……勝利の軍神を降した時からだろう。

エピメテウスの落とし子。

羅刹王。

あるいはカンピオーネ。

世界に君臨する七人の覇者、魔王にして絶対者、神殺しの一人になったあの日から、俺の周りには物騒なことばかりが引き寄せられるようになった。さらわれたり、襲われたり様々だ。死にかけたことは一度や二度ではない。つい先日のG.Wのあの馬鹿との戦いだって記憶に新しい。

だが、そんなものは昨日の衝撃で吹き飛んでしまった。

 

あの外見以外は大人しいタロ兄さんが事件を起こしたのだ。それも学校全体を揺るがすほどの事件を。

そのおかげで、今あの人は自宅謹慎を喰らってしまっている。

 

昨日、騒ぎを聞いて俺もその場に向かったが、その時にはもう凄惨な事件の跡が残されていただけだった。最初に目に付いたのは、学校の設備よりも悲惨な生徒達への被害だった。

殴りあう人もいれば、自傷行為をやめない人、ケタケタと狂ったように笑う人もいれば、放心状態で何の反応も示さない人もいた。三十人近い生徒達が十人十色で錯乱していた。俺の知り合いも何人かいたが、その内の一人である名波も正気を失っていた。百八人の妹を護るとかなんとか叫んでいて、一瞬いつも通りと思ったが、頭を掻き乱し、泡を吹き、目を充血させ、常軌を逸した様子は狂気に近いものを感じた。そんな生徒が何人もいたのだ。押さえつけて落ち着かせたりするのが大変だった。先生達は親に連絡して迎えこさせたり、病院に搬送したりと慌しく対処して回っていた。俺もタロ兄さんの去り際に抱きとめた亜麻色の少女を保健室に送ってから、現場の後始末の手伝いをしていた。

 

そこまでの事態になりながら休校にならなかったのは、あえていつも通り授業を行うことで残された生徒の心を安心させようという意図があったのだと思う。

だけど、そんなことはどうでもよかった。

ただ、俺はタロ兄さんがこんなことを仕出かすなんて思っていなかった。思いたくなかった。悲しかった。認めたくなかった。

あの人には昔から世話になっているし、俺にとってはヒーローだ。誰が認めなくても、俺だけはそう思っている。

だから、何かの間違いだと思う。いつもみたいに外見で勘違いされているんだと信じたい。だけど残された事実は残酷なまでに現実を突きつける。それでもすがりつくような気持ちで俺はあの人の正しさを確認したかった。

学校が終わってすぐに俺はタロ兄さんの家を訪ねた。結局会うことが出来なかったけど、それでも会えるまで何度も訪ねるつもりだ。

そう思っていたのに。

呼び鈴に誘われて開けた扉の向こうにいたのは。

俺が想い悩んでいたタロ兄さんと。

神殺しの宿敵である神であった。

 

……思い悩んでいたことが、一気に吹き飛んだ気分だ。

 

 

 

 

 

神の来訪に警戒したものの、向こうから手を出すということはないというので、こちらもなにかするつもりはないと答えた。俺としても好き好んで戦うということをしたくないからだ。平和を謳う時代らしからぬ決闘なんて言葉を平然と口にするような連中ばかりだと思っていたけど、こういう神様もいるのか。

意外だったのは、タロ兄さんの彼女に対する態度が柔らかいことだ。慣れていない人であればいつも緊張で口が回らなくなるはずなのに、今は俺と話すときみたいに淀みない。タロ兄さんにしては珍しいどころか、ありえない光景だ。

件の女神は妹の静花と楽しげに談笑している。毛並みの艶やかな黒猫と毛並みの鮮やかな白猫について女の子らしくきゃいきゃいわいのわいの騒いでいた。

 

そして、俺とタロ兄さんはといえば。

 

「さぁ、説明するんだタロ兄さん」

「護堂君。俺は悪くない。何も悪くないんだ。だから落ち着こう」

「俺は落ち着いているし、その判断は俺がするから、タロ兄さんは聞かれたことを素直に答えてくれ」

「答える。答えるからまずは落ち着こう。その手に持っているものを机にそっと置くんだ」

 

男らしい殺伐とした会話を楽しんでいた。

 

「それで、ツッキーのことを説明すればいいのか?」

「そっちも気になるけど、まずは昨日のことから説明してほしい」

 

あのつく……なんだったか。とにかく、ツッキーとかいう女神のことは確かに気になる。が、今はそのことはどうでもいい。後に回しても構わない。そんなことよりも昨日のことだ。

 

「昨日……、あの騒動のことか。とはいっても、護堂君はもう知ってるだろ?」

「俺は兄さんから、直接聞きたいんだ」

 

確かに、知っている。タロ兄さんが女の子を襲って、それを助けようとした一人の生徒と対立して、乱闘騒ぎにまで発展し、最後はああなったのだと。

だけど、俺の知っているタロ兄さんは理由もなくそんなことをしないはずだ。どこかでこの人と生徒の間に食い違いがあるはずだ。ただでさえ学校での評判が良くないこの人が、昨日のような問題を起こしてしまったら、世間は彼に心無い誹謗中傷を与える。そうすると、タロ兄さんが学校を去ってしまうかもしれない。この人の言葉に耳を傾けてくれる人は、彼が思っている以上に少ないのだから。俺が何とかしなければ。

 

「まぁいいか。理事長にも説明したんだけどそもそもの始まりは善行のつもりだったんだよ」

 

そこから、聞いたのは俺の知っているものとはある意味同じで、全然違う事の真相。

どうすれば人形渡そうとするだけでそんなことになるのか想像もつかなかったが、タロ兄さんの見た目が為せる業なのだろう。でも、今の話を聞く限り、贔屓目に見なくてもタロ兄さんが悪くない。いや、誰も悪くない。強いて言うのなら、対立した人が余計なことをしたように思えるが、それは結果論だし、何より人生経験の浅い生徒にそんな冷静さを求めることが間違っているだろう。襲われている人を見れば助けたくなるものだ。彼には悪いが、確かにサングラスをつけているこの人は傍目からは堅気に見えない。これは、少女の勘違いから始まった悲しい事件だったんだ。

だけど気になることもあった。

 

「けどあそこまでやる必要はなかったじゃないか。いくら多勢に無勢とはいえさ」

「俺はあいつらに対して何もしていないが?」

「でも、たくさんの人に心の傷を与えただろ。サングラスまで外して」

 

俺は最近何も思わなくなったけど、他の人が見ればどう思うかは理解できる。だから、普段気をつけているはずなのに、あっさりとサングラスを外したのに疑問を抱いた。それが周囲に与える影響のことを兄さんもそのことをよく理解しているのにもかかわらず、あっさりと外したことに違和感を持っていた。

でも、彼のことだからきっとあそこまでやるのは本意ではなかったのだと思う。タロ兄さんも心を痛めているはずだ。だけど、タロ兄さんの言葉は俺の想像していたものとは違った。

 

「心の傷って……なんだそれ。俺は本当に何もしていない。俺を殴ってきたのはあいつらだし、サングラスを飛ばしてそれで勝手に恐怖したのもあいつらだ。だから」

 

そこで一拍置いて。

 

「俺は悪くない」

 

うっすらと笑みすら浮かべてのたまった言葉に、思考が停止してしまった。

そして、その意味を理解した時、ぞっとした。

俺は昔からタロ兄さんと一緒に遊んでいた。だから知っている。

この人と目を合わせた人は、あまりのおぞましさに心を病む場合があることを!いや、正確には違う。この人の目が外に出れば、周囲の人間はそれに釘付けになる!つまり、高確率で心を病むことになるのだ。昨日の正気を失っていた生徒達もそうだった。

そして、このことは当然俺よりも理解しているはずなのだ。だから年を重ねるたびにそのおぞましさを増やしていく目を、酷く嫌っている。だから、サングラスで隠している。心を病ませる人がいないように。心優しい人だから、他者が傷つくのを酷く嫌う人だから。

なのに、今の言い方ではまるで一切の罪悪感を持っているように思えなかったのだ!

これでは傷を負った人達に対して何も感じていないみたいじゃないか。

 

俺の持っていた人物像との食い違い。

違うだろ、タロ兄さん。あんたはそんなことを言う人じゃ……

 

「まぁまぁ護堂君。暗い話はこのくらいにしよう。過ぎたことだろう?」

 

そのことを口から出すより先に、タロ兄さんが話題を変える。

 

「今度はツッキーについて話すよ。あれは俺が昨日家に変える途中のことさ」

 

おどけた口調で話す内容はほとんど俺の耳からすり抜けていく。

そんなことよりも、もっと大事なことを考えていたためだ。

兄さんがこうなったのはいつからだ?最後に会った時はいつも通りだった。

なら最後に会った春休みから昨日までの間で彼の周りであった変化があるはずだ。

遡って考えていくうちに、俺はある噂を思い出した。

四月初め、入学式が終わった後に高等部3年生に転校してきた人物の噂。

球磨川禊のことを。

 

(まさか、球磨川ってやつのせいなのか……?)

 

球磨川禊についてあまりいい評判を聞かない。だけど、タロ兄さんといつも一緒にいるという話をよく耳にするから、言われているほど悪い人ではないと思っていたのだが、これは少し探ってみるべきだろうか。

いや、いっそのこと直接会って、どんな人物かを見定めたほうが手っ取り早いな。

 

「そんなわけで、ツッキーと俺はであ「タロ兄さん!」おぅ!?どうした!?」

 

急に大きな声を出したせいか、タロ兄さんが目を白黒させる。

 

「球磨川禊って奴のことを教えてくれないか?」

 

きょとんとする兄さんが少し可愛いと思ったのはここだけの話だ。タロ兄さん、俺があなたをもう一度元の優しい兄さんに戻すから、待っていてくれ!

 

 

 

 

太朗たちが和気藹々とした空気を作っている家の外で、亜麻色の少女、万理谷祐理はオロオロとしていた。

 

「ここが草薙護堂さんの家なのはいいのですが……」

 

昨日倒れそうになったところを抱きとめてくれた人を、人づてながら聞きまわり、直接お礼を言おうとここまで来たのだ。意外なことに、その人が自分の所属する茶道部の後輩、草薙靜花の兄でもあって、祐理は世間が狭いことを実感したのだった。

ところが来たはいいが、昨日の疲れが残っていたのか、事前にアポを取ることを忘れて突然来訪してしまったので、呼び鈴を鳴らそうとして、鳴らせないまま立ち往生していたのだった。予期せぬ来訪なんて向こうに迷惑だろうと。礼儀正しく、人付き合いが丁寧な彼女の性格がここに来て災いした。呼び鈴を押そうか、帰ろうか決まらないまま、いつまでも時間が過ぎていく彼女に声が掛けられる。

 

『あれー、そこにいる君は太朗ちゃんのパシリちゃんじゃないか!こんなところで会うなんて奇遇だね』

 

明るく朗らかなのに、どことなく不気味でどこまでも人を馬鹿にしたその声を祐理は聞き覚えがあった。

振り返ると、そこには――――……

 

 

 

 

 

 

すこし時間を遡ること十数時間前。まだその顔をほとんどかけさせている月が昇っている夜。

とある山奥にその口を開いている洞窟、その最奥に暗く大きく広がる空間にて、火に照らされて数多の人影が踊っていた。一様に現代にそぐわぬ衣褌に頸珠といった古風な出で立ちであった。その中で色んな飾りを着飾った女が彼らの前で声を響かせる。その目は見えないのか、硬く閉ざされていた。

 

「聞け皆の者!つい先刻、啓示を得た!月が満ちる時、我等が畏れ奉る神が顕国為されると!」

 

――――かつて、我等が祖先が来るより昔、この地に住まいし者達は東西南北をひとまたぎにまたいで歩く巨大な『人』を見た。

 

「おおっ!」

「ではっ!」

 

その託宣に色めきだつ者達。その意味するところは、永きに渡る時を経て、ついに彼らの宿願が果たされるということだからだ。

 

「今より各地にて封じられている彼の神の各部位を目覚めさせる時!」

 

かつて、人は自然と共にあった。

 

――――その(くに)を歩き、その足跡は池や湖となった。

 

人は自然を畏れ、自然を愛した。

 

――――土をはこび、島に遍く山々を築き上げた。

 

だが時代と共にその思想は廃れ。

 

――――巨人は先住民族達からその偉業を讃えられ、大自然の擬神、国の王と崇められた。

 

今や自然を破滅させる科学が世に蔓延ってしまうまでになった。

 

「我等が大太様のために!」

「大太様のために!」

 

―――其の巨人の御名は、大太羅法師と言った。

 




今章主要キャラ草薙宅に集結!
後祐理に声かけた人物の括弧はこれから『』だけにします。小説版になぞらえて。
一体何川さんなんだ……?


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第十三話

どひゃーやってもうた!間違えたのです
削除と編集間違えて消してしまった。
文量少ないと思ったので加筆しようとしたら、消してしまいました。
加筆しましたが、ほぼ昨日の内容と一緒です!後半少し加筆しただけです><
ごめんなさい。


とあるカラオケの一室。きちんと掃除や招集がされているためか、煙草のにおいはほとんどない。

 

『さぁさぁ皆!遠慮なく歌って食べるんだ!何てたって今日は太朗ちゃんのおごりだからね!』

「そうそうドンドン曲を入れていってくれ。注文も好きなのをとっていい」

 

俺はクマさんをジト目で睨みながら、他の皆にそう促す。このやろう、何が『財布忘れてきたテヘペロ』だ、思わずその豆腐が詰まっている頭をはたいてしまったわ。

 

「えっと、兄さん、俺達も」

「気にするな。俺先輩、お前ら後輩」

『きゃー太朗ちゃんかっこいい!あ、僕はアイスコーヒーで』

「クマさんは後日返せ」

『えー奢ってくれないのー?』

「クマさんに対してはいくらでも驕ってやるよ」

『ホント!?じゃあ色々と頼まないと損するね。護堂ちゃんも祐理ちゃんも遠慮せずに頼みなよ、ほらほら』

 

備え付けの電話口に立って、受付に色々と注文するクマさん。驕りはするけど、奢らないってね。勘違いしたのはクマさんだから、俺は悪くない。だから、後日お金の返却を求めてもそれは当然の権利だ。

 

「かように狭き部屋で歌って何が楽しいのじゃ?」

「思いっきり歌えることが気持ちいいんだ。ツッキーも何か歌うか?」

「妾は遠慮しておこう。汝らの言うような歌は一切知らぬからな」

「さよけ」

 

今この部屋には俺とクマさんを含めて六人と二匹いることになる。カラオケにも最近はペット同伴が出来る店があることを初めて知ったが、まぁ許可されたのだからいいだろう。正確には子犬限定と見えたが、聞いてみたら大丈夫といわれたのだからいいだろう。たとえ目を逸らしながら言われても許可は許可だからな。

問題があるとすれば子猫たちがこのカラオケの耐えられるかどうかだが、最悪音量を下げればいいしな。ツッキーも何やら自信ありげに問題ないといっていたし。

 

「な、何故このようなことに……」

 

万理谷さんが一人でブツブツと頭を抑えていて、護堂君が心配していた。

しかし、彼女の言っていることも一理ある。何故皆でカラオケに来ているのか?遡ること数十分前、丁度クマさんが来たときのことだった。

 

 

 

 

 

 

『で、こんな所で何してるの?』

 

ほとんど接点はないはずなのに、まるで旧知の仲であるかのように馴れ馴れしく振舞う球磨川禊。その近すぎる距離感を拒むように、祐理は後ずさる。彼の無邪気な笑みからは危ういものを感じるからだ。さながら濁っていて、どこまでも澄んでいる『負』を。人当たりの良い祐理であっても、あまり対面したくない相手であった。昨日おぼろげながら、平然と骨を追っているのを思い出して、尚更そう思った。

 

「わ、私はただここに住まわれる方に御用が……」

『へぇ~そうなんだ!これまた奇遇なことに、僕と大体一緒だ!だったらこんなところで立ち往生してないで、さっさと中の人を呼ぼう』

「え、あちょっとま」

 

止める間もなく、軽やかな身のこなしで躊躇なく呼び鈴を鳴らす。しばらくして、扉の向こうでドタドタと足音が駆け寄ってくる。

 

「は~い、だれですか・・・ま、万理谷先輩ッ!?」

「こ、こんにちは静花さん。突然の訪問失礼します」

 

鳴らしてしまったものは仕方ないと頭を切り替えて、出てきた静花に挨拶をする。

 

『僕のことも忘れないでね~』

「……?失礼ですが、どちら様ですか?」

『僕かい?僕は生まれも育ちもジャンプから飛び出してきた球磨川禊っていうんだ。よろしくね』

 

面白いとおもっているのか、滑稽な態度でいっそ清々しいほど明るく自己紹介。親戚に変人の多い草薙家であっても、輪をかけて変な人が来たと静花は思い、類が友を呼んだ可能性を考えてしまう。とりあえず、静花は球磨川なる人の訪問理由を尋ねる。

 

「その球磨川さんがうちに一体何の御用で?」

『それがさー、ちょっと、このあたりに僕の親友がいそうな気がしたからさ、適当にそこらへんの呼び鈴を鳴らしてみたんだよ。そしたら君が出てきたのさ』

「……で?」

『それだけだよ?』

 

小首を傾げて、馬鹿にしているのか。禊は、悪びれた様子を見せやしない。この態度で、静花は真面目に取り合うことをやめて、悪戯として後回しにすることにした。そして、もう一人のお客さんの用件を聞くことにした。まさか、祐理の方も同じ理由ということはないだろう。

 

「万理谷先輩は?」

「私は草薙護堂さんに用事がございまして……」

「お兄ちゃんに?万理谷先輩が?」

「ええ、昨日のことで少し」

 

その言葉を聞くやいなや、二人をほっぽって中に駆け込んでいってしまった。残されてポカンとする。

 

『お兄ちゃん。ちょっとそこに座りなさい』

『座ってるだろ?何言っているんだお前。それよりお客さんは……』

『いいから椅子から降りて、そこに正座してって言ってるの!それとお爺ちゃん!ごめんだけど代わりに出て!一人は悪戯だから追っ払っても大丈夫だから!』

『やれやれ、慌しいね』

 

そんなやりとりが玄関越しに聞こえてきてしばらく、草薙一朗が外に出る。その齢にして70近い彼は、物腰丁寧に二人を出迎える。

 

「とりあえず、二人とも中に入りなよ。丁度今皆でお茶をしているんだ」

「あ、いえお構いなく」

『では遠慮なく』

 

恐縮する祐理と我が物顔で家に上がる禊の構図は酷く対照的であった一朗は後に語る。

 

 

 

 

 

何やら静香ちゃんが慌しく入ってきたと思ったら、護堂君に正座を強要して、その後しばらくしてクマさんと昨日の亜麻色の少女が入ってきた。

 

『おぉ。本当にいたよ!百回中百回は外す僕の勘がこうして当たる日が来るなんて!やったぞ僕、凄いぞ僕!これで僕もプラスの仲間入りだ!……なーんてね。本当は事前にここにいることを聞いて来たんだけどね』

「君は太朗君のお友達だったのかい?さっ、君達の分のお茶も入れるから自分の家だと思ってゆっくりしていきなよ」

「天より零れ落ちし月の神格……、まさか貴方は!?そんな羅刹の君まで……ッ!?それに貴方は昨日の……!??!?」

「ほぅ、貴様、妾の正体を一瞬で看破しよったか!見事な霊視よな!」

 

クマさんが何か語りだしたり、一朗さんがマイペースだったり、亜麻色少女が顔面蒼白で今にも倒れてしまいそうになっていたり、ツッキーが何故かドヤ顔決めていたり、視界脇では草薙兄妹が説教したりされていたり。

一気に慌しくなったなぁ。

 

「田中先輩もここに座りなさい」

 

気がつけば、修羅を背後に顕現させた静花ちゃんに説教喰らっていた。なんでもあの亜麻色少女は彼女の先輩だそうで。そうですね、いらない騒動を起こしちゃったもんね。中学生に怒られる俺情けないぜ。

横では、交代で解放された護堂君は、扉の前で固まっている亜麻色少女に話しかけようと席を立つ。だが。

 

「きゅう」

「うぇ!?なんだ急に!大丈夫か!?」

 

亜麻色少女が急に全身の力が抜けたように、近づいた護堂君に向って倒れこむ。気絶してしまったようだ。慌ててそれを抱き抱える彼だったが、突然のことで、彼女の下敷きになってしまった。幸い怪我はないようだ。ここに来た時から顔色悪かったし、病気か何かだろうか?しかし、気付いているだろうか、護堂君よ。今君の手に収まっているそのやわらかな感触に。

 

「お兄ちゃん……?」

 

鬼神や…鬼神が御光臨なすったぞ―――っ!はわわ祟りじゃあ……静まれ、静まりたまえぇ!なんて覇気!静花ちゃんの顔が夜叉となり、さすがの護堂君もたじたじの様子!

 

「まてこれは不可抗力だ!」

「お兄ちゃんのばか――――――っ!さいって―――――――っ!」

 

しかし、乙女の胸を許可なく触ったのだからそのくらいの罰は受けて当然。護堂君のおかげで解放された俺は、触らぬ神に祟りなしとばかりに傍観を選ぶ。

 

『にぎやかな家だね、ここ』

「今日は一際にぎやかだけどな」

 

カオスともいうが。

 

 

 

 

 

 

で、その後ちょっとして目を覚ました亜麻色少女、すなわち万理谷さんが護堂君やツッキー相手に、これは少し丁寧すぎではないかね、というくらい慇懃な態度で接したことで、静花ちゃんと一悶着あったりして、なんやかんや周囲を巻きこんで最終的にクマさんがカラオケで親睦を深めようという提案をしたから、こうなったんだ。

 

道すがら護堂君と万理谷さんは和解したのか、必要以上に丁寧になることはなくなった。が、元々礼儀正しいのか、常に敬語だ。同級生に対しても敬語というのも珍しい。まるでいいとこのお嬢さんみたいだ。俺?俺は近づくことすらできなかったよ?会話なんてもってのほかだね。

ちなみに何故かツッキーに対しては今でも慇懃に振舞っている。残念系の人にそう振舞う必要はないのに。同じ女としてその美貌に敬意を払っているからとかかな?ツッキーは満更でもなさそうで、ふんすふんすと鼻息が凄い。調子のんな。

 

しかし、護堂君と万理谷さん、二人は見ていて本当にさっき知り合ったばかりかと疑問になるくらいには仲がよくなった。何か聞くときは彼か、元々接点のある静花ちゃんに聞くし。……いやそれについては、他が俺とクマさんとツッキーしかいないから当然の帰結かもしれない。護堂君が人間ホイホイであるなら、俺達はグラサンと変態と残念系だからな。

とはいえ、近くに恋人がいながら当の本人の放置して別の女と仲良くしているのはどうなのか。

 

「そこんところどう思う?」

「何故妾が若い神殺しのことを気にせねばならんのか。関係なかろう?」

「そんな事言ってまたまた」

「くどい!」

 

おやおやどうやら、拗ねているようだ。彼女としても気分のいいものではないらしい。全く、護堂君も罪深い男だぜ!

 

『ほら、次は祐理ちゃんだよ』

「え?!私入れてませんけど!?」

『僕が適当に盛り上がりそうなのを入れておいたよ!ほら早くマイクもって早く早く!』

「え?え?」

「おぉ巫女が歌うのか。では妾も一緒に歌おうかの。静花よ、貴様も一緒じゃ」

「いいですよ!一緒に歌いましょう!」

「え?えぇぇ?」

「何じゃ妾では不服か?」

「いえ、滅相もございません!」

 

しかし、ツッキーはウマがあったのか静花ちゃんのことを気に入っているが、意外なことに万理谷さんのことも気に入っているらしい。シロとクロの次くらいで可愛がっている。顔が明らかにニコニコしている。静花ちゃんもツッキーのことが好きみたいだ。まぁ女の子同士で何か通じることもあるんだろう。万理谷さんはなんだかんだで付き合っている分、嫌いではないんじゃないかな、ただ態度が固いだけで。

 

「ところで盛り上がりそうな曲って何入れたのさ」

『パンチラオブジョイトイ』

「!?」

 

結果は言うまでもない。

クマさんが入れた曲が流れる始めた瞬間、俺達は逃げるように部屋を飛び出した。女の子に平然とあんな事ができるなんて。さすがクマさんやでぇ……。どんな空気になるかわかるだけに、あの空間にいたくないのですよ。静花ちゃんと万理谷さんに挟まれていた護堂君南無。

外に出ると既に日が傾きかけていた。腕時計に目を落とすと二時間ほど経過していた。結構時間が経っていたみたいだ。休日とはいえ、そろそろ解散しないと万理谷さんと静花ちゃんもあまり遅くなるのも嫌だろう。ほとぼりが冷めたら戻って終わりにしよう。

 

『ふふ、ようやく二人きりになれたね』

「え、なに急にきもい」

『太郎ちゃん、人には言って良い事と悪いことがあるんだぜ?』

「クマさんが口に出したのは男に言ってはいけないことだ」

 

クマさんがいきなりきもい発言をしたので焦った。別の意味で身の危険を感じる。全身に鳥肌が立つのを抑えられない。しかし、確かに二人きりになったのだから、時間潰すついでにあの件について済ませてしまおう。

 

「クマさん、昨日告白したいことがあるとか何とか言ってたよな」

『え、告白って……そんな僕達男どう、あっ、はい。ちゃんと話すから。話すから、釘を突きつけないでよ』

 

満更でもないといった感じで恥らうクマさんに、怒りを通り越して殺意が沸いた。ああ、これが昨日のクマさんの気持ちか。確かにこれは釘を刺したくなる。物理的にもな!

 

『ていうか、ここで話しちゃうの?』

「ここで話せないのか?」

『んー。まぁいいか』

 

いかにも重大そうな顔したと思ったらすぐにけろりとする。いいのかよ。

そして、クマさんを俺にこんな事を聞いて来た。

 

『太郎ちゃんは転校したいと思ったことない?』

「急になんだ」

『いいから答えてよ。軽い気持ちでいいからさ』

 

普段へらへらしているクマさんが何やら真剣な顔になっている。軽い気持ちといいつつも、彼は何かを見極めようとしているのかもしれない。

転校か……。転校……。

 

「考えたことないな」

『それは現状に満足してるってことかい?』

「満足?」

 

それは今の生活にということだろうか。どうだろうか。クマさんがいるから、学校生活は楽しい。家とか日常であれば、草薙家と時々交流があるから楽しい。それで俺は満たされていると考えてもいいかといえば、俺の場合満足というよりは―――。

 

「どうでもいい、かな」

 

ポツリとこぼれ落ちる。その言葉をどう受け取ったのか、クマさんはいつもの浮かべている笑みを深くした。

 

『へぇ……。太郎ちゃんもそんな顔するんだね!うん、安心したよ。君と関わってもう一ヶ月になるけど、今ようやく確信した!やっぱり君は僕と同じで、違うんだって!』

「うん?それは矛盾してないか?」

『僕にとっては全然矛盾してないから良いんだよ!そんなことより、君に、この世に二人としていない唯一無二の親友にお願いがあるんだけど』

 

そんな真顔で言われても照れくさいんだが。ってか本当に急にどうした。

 

「金は貸さないよ?」

『あはは、違う違う。そんな現金な話をしているわけじゃないよ。もっと大事でどうでもいい話さ』

「矛盾してない?」

『矛盾してないよ。お願いって言うのは、僕に君の力を貸してくれないかっていうのだよ』

 

そして、キリリッと顔を引き締めてこう続けた。

 

『あの安心院さんを倒すためにね』

 

 




サーセン本当にサーセン。


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第十四話

く、クマさん!?

というわけでどぞー


クマさんに言われたことを吟味する。まず真っ先に気になったことがあった。

 

安心院(あんしんいん)さんというのは、安心院(あじむ)なじむのことでいいのか?親しみを込めて安心院さんと呼ぶように強制してくるあの人でいいのか?」

『あれ、知ってるんだ。でも名前に違和感があるような……?』

 

訂正されなかったということは、どうやら同じ人物を脳裏に描いているということでいいらしい。どこかの教室で、どこぞの学校の制服を身につけ、絶対手入れが大変そうな長くて黒い髪の女。

何故俺が他にあまりなさそうな苗字なのに確認したかといえば、実は俺は一度彼女と会ったことがあるからだ。だからこそ俺はクマさんがその人物の名を口に出したことに驚いた。だってそうだろ?自分の夢に出てきた人の名を他人から聞くなんて、偶然なんてレベルではない。

短いスカートから伸びている黒のニーソで覆われたおみ足がそこはかとなくエロもとい色っぽかったから、てっきり性欲をもてあましているのだと自己嫌悪におちいっていたのだけど、クマさんの口ぶりだと実際に存在していることになる。そういえば、本人も夢ではないよ的なことを言ってた気がする。てっきり、そういう夢かと思っていたけど、俺やクマさんのような超能力者なのかもしれない。

そうすると、あんな事してしまったのは、悪かったかもしれないなぁ。……まぁ本人はピンピンしていたし大丈夫か。

しかし、そうなると穏やかではない。倒す、という言葉は日常生活においてあまり使わない言葉だ。勿論、倒すにしても色々とあるだろうが彼はどんなつもりで言ったのか。例えば運動会とかでライバル的ポジにいる相手と競い合って勝つみたいな感じなんだろうか?

 

「倒すって言うのは?」

『そのままの意味さ。僕がまだ中学生だった時のことなんだけど、僕の過負荷(マイナス)で彼女を封印してさ。その時手に入ったのが大嘘憑き(オールフィクション)で……まぁ詳しいことを飛ばすと完膚なきまでに彼女を螺子伏せたいんだよね』

「何で?」

『……それが彼女の望みだからさ』

 

ふむ、まとめてみよう。色々と意味の分からないことがあるが自分なりに解釈してみよう。

まず中学時代安心院なじむを過負荷(マイナス)、つまり超能力で封印した。そしたら大嘘憑き(オールフィクション)を手に入れたと。あれ、そうするとクマさんは大嘘憑きではない能力を持っている?いや、今は置いておこう。

でも今こうして俺に協力を頼んでいるのは、結果的に出来なかったことが窺える。なぜならクマさんが『完膚なきまで』と強調するくらいだ。彼女にとっては屁のカッパだったんだろう。確かに、前会ったときもそんな節はあった。

で、そもそもクマさんが彼女を封印したのは彼女がそれを望んでいたからで、今もまだ望んでいるからだと。

なるほどなるほど、彼女はクマさんに封印されることを、もっと言えば倒されることを望んでいるようだ。倒す、倒される、ねじ伏せる、ねぇ……。ん?

クマさんに、完膚なきまでに……たおされるのを望んでいる……?ねじ伏せられることを望んでいる……?

…………

へ、変態だ―――ッ!?

よくよく考えてみれば、安心院さん!?あんたクマさんになんてレベルの高いプレイを……!?

それに応えるクマさんもクマさんだよ!?めがね好きにされることを望んだノートン先生よりも欲求がハードさだよ!ノートン先生は動機が仲間のためだったからまだしも、倒してほしいってどんな動機であっても絶対そういうマクドナルドの頭文字的意味だろ!?服の大きさ大中小の中だろう!?

でも普段はクマさんが返り討ちにされてるから小なのか!?そういえばおみ足綺麗でしたね!

じゃあ、何か?安心院さんの欲求を一人で満たせないから俺に協力してくれと?アブノーマル過ぎて付いていけないぞ!どんだけだよ!?

 

クマさんの知られざる一面を知ってしまった瞬間だった。

俺は扉の向こう側の別世界を垣間見たような気がして、思わずクマさんから目を逸らしてしまった。いや、クマさんは俺のたった一人の親友だ。これくらいのことを受け入れる度量を見せなければ。かなりきついけど、見せなければ。いや、ま、まずはクマさんの気持ちを聞かなければ。

 

「クマさんはそれでいいのか?」

『……ふぅ。さすが太郎ちゃん、僕のことお見通しだね。でも、いいんだよ彼女の望みをかなえられるのなら』

「ちゃかすなよ。格好つけんなよ、二人きりなんだ。こんな時くらい本心を言ってみな」

 

これは大事なことなんだ。なぁなぁで済ますなんて、納得いかない。二人の営みに水を指すようなマネ、クマさんだって本心では納得いかないはずなんだ。そして、俺には受け入れる度量はやっぱない!

だから、本心を引き出し、クマさんに考えを改めるように促す!この作戦で行こう。さぁ、クマさん、本心を言うんだ!

 

「彼女を倒したい」

 

それはいつもみたいにへらへらした顔でも、さっきまでみたいなキリリとした顔とも違う、力の抜けた自然な、そしてクマさんらしい顔だった。

 

「負け続けている僕だけど。何一ついいところを持っていない僕だけど。弱点だらけの弱っちい僕だけど。それでも、勝ち続けている彼女に。たくさんいいところを持っている彼女に。弱点なんて見当らない彼女を倒したい!」

 

どこまでも自分を貶し、相手を誇りながらもそれでも倒したいと願う姿。

 

「才能がなくても、努力しなくても、勝利しなくても、卑怯でも、おちこぼれでも、不幸でも、はぐれでも、嫌われ役でも、憎まれ役でも、恨まれ役でも、どんな手を使ってでもいい!非才も怠惰も敗北も落ちこぼれも不幸も嫌悪も憎悪も怨恨も全て混ぜ込んだ『負完全』な僕でも、『負完全』な僕だからあの人を倒して、螺子伏せたいんだ!」

 

そこにあるのはこの世の誰よりも無様な負け犬の遠吠えでありながら、この世のどんな鉱物よりも硬い不屈の心で立ち上がる男の姿であった。そこに彼の信念のようなものが見えた気がした。……思った以上に熱く語られてしまった。

 

「だからお願いだ太郎ちゃん。僕に力を貸して」

 

そして俺に頭を下げた。クマさんそりゃないよ……。

 

「クマさんは俺を見縊っていないか?」

 

ああ、くそ。本当クマさんは畜生!

 

「俺は親にきっちりかっちりとしつけられているんだよ。特に友達は大事にしろってな」

「それじゃあ」

「そこまで言われて手を貸さない奴がいるかよ、こんちくしょう!」

「太郎ちゃん!ありがとう!」

 

人の気もしらないで、いい笑顔しやがって。

とんだやぶへびじゃねぇか!ああ、二人の高度なプレイになんて巻き込まれるつもりはなかったのにな!そんな風に言われたら、断れるわけないだろうに。確信犯だろ絶対に。でも分かっちまったんだよ。

 

「クマさんは安心院さんがそこまで好きなんだな」

『流石にばれちゃうか』

 

やっぱりか……。いや、そりゃ安心院さんのレベルの高い要求に応えるくらいだからそう思ってたけどさ。いつもの笑みを浮かべて、こともなげにいうクマさん。

 

『でも、向こうはそんな風に見てくれていないだろうね』

 

爆弾投下された――――っ!?ヤバイよ!安心院なじむ、あんたレベル高すぎるだろ!?好きでもない相手にそんな要求するって相当だよ!?俺今クマさんの顔まともに見れなくなっちまっただろうが、不憫すぎて!

 

「そうか。安心院さんは相当な天上人なんだな」

『そりゃそうさ。だからこそ倒しがいがあるってもんだろ?』

 

そういって、気取って笑うクマさんは、つくづく尽くす男なんだろうなとしみじみ思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「球磨川先輩!あんた、何が盛り上がるだ!あの後静花たちの空気が氷点下にまで下がって、フォロー大変だったんだぞ!?タロ兄さんまで俺を置いていきやがって!」

『おかしいな~?あの曲を歌えば場は盛り上がるって聞いたんだけどね?そんなデマを流した人が悪い。僕は悪くない。後、逃げた太朗太郎ちゃんは確かに悪い』

「すまなかったな護堂君。それとクマさん、その理屈でいうなら、一緒に逃げたお前も悪い」

 

灯台下暗しって感じに愕然とすんな、当たり前だろうに。

三十分くらいしてから戻ったところ、護堂君が怒り心頭で絡んできた。当然といえば当然だが、元凶のクマさんが何一つ悪びれないのはどういうことなのか。この中で一番図太いのは彼かもしれない。

そして、彼を発端として、被害者の女の子達がそれに追従する。

 

「あれを歌わせようとする人がおかしいんです!なんですか、あのは、破廉恥極まりない歌詞は!」

「セクハラですよセクハラ!ツッキーさんだってそう思うでしょ!」

「妾からすればどれもこれも似たような歌ばかりだったのじゃ。それにもっと恥かしいことを知り合いが……いやなんでもないのじゃ」

『え!もっと恥かしいの!?なにそれ聞きたい知りたい覚えたい教えてツッキー!』

「ええい近寄るなこの蛆虫にも劣るクソ虫が!」

「クマさん、ツッキーの言葉に反応するなって。クマさんも反省しろよ」

『おいおい冗談はよしてくれよ。場を盛り上げるために必要なのは省みないことだよ?反省なんて言葉はそれに真っ向から喧嘩売っているじゃないか』

 

他人にやらせるのではなく、自分でやらないと意味がないけどな。

そもそも、ああいったネタ曲は野郎ばかりの中で歌うものであって、断じて女性がいるところで歌うものでもないし、歌わせるものではない。仮にいたとしても、彼女達のような人達ではなく、もう少しそういうことに理解を示してくれる人でないと無理だ。

とはいえ、結果だけを見ればいい親睦会になったのではないだろうか。見ると女性三人組と護堂君は仲がよくなっている。クマさんと俺はまぁいつも通りだが、そこはいつものことだしな。

宴もたけなわですが、という決まり文句で場を閉め、俺達は色々とゴタゴタはあったものの、すっきりとした気分の余韻に浸っていた。

外に出た時、日がほとんど沈みかけており、ひんやりとした冷気が襲い掛かる。しかし、歌ってほてった身体を冷やすには丁度良い具合であった。

 

「グラさん、グラさん」

 

袖を引かれたので何かと思えば、ツッキーがちょっと寒そうに身体を震わせていた。ほとんど歌わず、途中から子猫を可愛がることにシフトチェンジした彼女にとって、この気温は心持ち肌寒いようだ。

 

「貴様の上着、妾に掛けさせてやってもいいぞ?」

 

上目遣いでこちらを見上げる彼女は、上から目線でそんなことをのたまった。何故俺にそんなことを言うのか?恋人である護堂君に言えよ。と思ったら、当の護堂君は万理谷さんに上着をかけていた。護堂君、君って奴はホント……。静花ちゃんがそんな護堂君に、物申す。俺の中でも護堂君の評価が一部下がる。彼は天然なだけなんだと呪文を唱える。

 

「クロとシロがいるだろうに」

「貴様は妾にこやつらの毛皮を剥げと言うのか!?」

「剥いでも足りないだろうが!」

『その言い方だと足りてたら言ってたのかい?とんでもない人間だよ』

 

生きたホッカイロがいるだけでは足りないらしい。別に上着を貸すことを渋っているわけではなく、護堂君の前でそんなことをするということに抵抗があるというか。だからって、護堂君の前じゃなくてもしないけどな。

しかし、どうしようか。このままだと流れるままツッキーに上着を貸さなければいけなくなる。そうすると護堂君に嫌われてしまう!

どうにか窮地を脱出しようと鋭敏になった俺の感覚器は、くちゅんという音をとらえた。小さく、典型的なその音は、静花ちゃんのくしゃみであった。

 

「静花ちゃん、もしかして寒いのか?」

「えっと、実は少し」

「よし、俺のでよければ上着を貸すよ」

「え、でも」

「いいからいいから、風邪引くからね」

 

遠慮がちな姿勢を無視して、俺は強引に静花ちゃんに上着を渡す。戸惑いながらも、静花ちゃんはそれを着込む。よし、これで上着はなくなった!

 

「グラさん貴様っ」

「ツッキーは神様だから、当然年下に譲る優しさは持っているよな?」

 

言外に『え、まさか持ってないの?』と投げかける。プライドの高いツッキーは当然これを受け止めるしかないわけだ。

 

「み、見くびるな!その程度の懐の広さはあるのじゃ!神を愚弄するでない!」

 

ぐぬぬって顔している。だが、何も言えない。当然だ、なんてったってツッキーは神様で偉いのだから、器は大きいもんなぁ?

 

『うわぁ、太朗ちゃん凄く悪い顔してる』

 

だまらっしゃい。大体護堂君が万理谷さんに上着を渡したのが悪い。そうすればこんなことにはならなかっただろ。

 

『仕方がない。親友のために僕が人肌脱ごうか』

「貴様のはいらん!」

『……』

 

うわぁ、一刀両断しやがったよ。これは酷い。俺は親友のフォローに入る。

ほらほら、笑顔のままクマさん泣かないの。ツッキーは酷いね。でも、それ学生服だろ?ツッキーに貸したら何着て学校にくるんだよ。どの道駄目だっただろ。はいはい、また勝てなかったまた勝てなかった。

 

「もう知らんのじゃ!」

 

怒って、先に言ってしまうツッキー。謎の罪悪感に駆られるが、仕方がない。ため息一つついて、それらを押し出そうと試みる。

 

「よ、良かったんですか?その、ツッキーさんが先に言ったのに……」

「気にしなくていいよ。ツッキーは大人なんだから、どっかで折り合いつけるさ」

 

うちに帰ってからが大変そうだけどな!

 

「神にあんな態度を取るなんて……」

 

万理谷さんが凄く驚いていたのが目に入った。何だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

なんじゃなんじゃ。グラさんの癖して!妾を優先しないとは何事じゃ!

ええい、腹ただしいわ!羅刹王との会合で少し見直したと思ったらすぐこれじゃ!あ奴は妾に対する畏敬の念という者が足りぬ!否、無い!無さ過ぎるわ!

むっ?

 

「そうか、ようやく日が落ちるのじゃな」

 

気が付けば一人じゃった。天に月が幽かに姿を現し、日が地平の彼方で沈むのがみえたのじゃ。それでも尚天には太陽の威光が行き届いているのが、さすがじゃ。だが、それも後数分。

数分後にはこの威光から解放され、妾の本来の力が戻ってくる。

しかし昇りゆく月はまだまだ上弦にも満たぬ半端なもの。後、十日いや、せめて一週間を無事に過ごせればよいのじゃが……。

 

「それは難しいでしょうね。月の引力は要らないものまで引き寄せてしまいますから」

 

丁度日が隠れ、太陽の呪縛はなくなりました。『妾』が『私』へと戻る感覚。それは切り替わるようにではなく、器が満たされるような感覚。力が内側から溢れだし、微光を伴い、意識が覚醒する。同時に己の本分へ立ち戻ろうと誘う強い欲求が沸いてくる。

しかし、私はそれを抑えていました。気が抜けるとすぐに『反転』させようとする激情を私は抑えていました。まつろわぬ神としての本分を存分に発揮せよと囁きかける本能に抗っていました。それが(ルール)ですから。

何より、大呪法『大太招来の儀』を発動する条件はまだ満たされていない。昨夜の舞だけでは、不十分。

意識は揺さぶられ、力が十二分にあたえられても、彼らには顕現するに必要な『体』はない。今、彼らの僕使達はそれらを集め封印を解こうと動いているでしょう。

……あの野蛮で粗野な愚弟は言いました。これは『芸舞(げーむ)』だと。

ならば私は(ルール)に従い、己に与えられた使命を全うしましょう。

全ては月が満ちてからです。

 

「おや、あなたは既に目覚めていましたか」

 

ふと結界が張られるのを感じた。墓場のように重苦しい結界。それでいて、如何なる達人であっても、極近くに来るまでは気付かせない恐ろしく隠蔽性の高い結界。

 

ずりずりと何かが這いよってくる音。

壁に巨大な影が映ります。

一見すると人の姿。だが、明らかに違うと分かる異質な存在。

ボロ衣を纏い、その下から見えるのは金属で作られた骨の体。その『骨』という文字が刻まれた顔も金属で作ったしゃれこうべであった。だが、何よりも目につくその下半身がその存在を人から遠ざけていた。彼の腰から下につながれたそれも巨大な骸。あらゆる機械を無理矢理繋いで作った骸であった。地を這うようにずりずりと進むとそれは、人間にとっては怖気を誘うものでしょう。

 

彼は大太の中でも基盤となる部位を担う存在。

あなたが一番のりですね。

お久しぶりです。轟天支える骨(大太の骨)土雲八十建命(つちくもやそたけるのみこと)




私はいい訳をしない。
書きたくなったから書いた。
ただそれだけだ。
だから、私が口にするのはただ一言。

サーセン

それと安心院なじむはわざとです。


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第十五話

どぞー
少し補足回と急展開注意


最初は国立公園内に収まる程度の広さ、景観を意識した美しい森であった。

空気を清浄し、木々の適度な間隙によって光が地面にまで浸透し、明るい空間を構成し、落ちた葉っぱが地面に積もり、腐葉土として新たな芽を育む下地になり、理想的な森林空間を作り出していた。緑と水と土、そのバランスの取れた三要素に引かれる様に、小動物や昆虫といった生物も多種多様に集まり、生物多様性もまた優れていた。

身近で自然に近い環境で子ども達を遊ばせることが出来るこの森は、当然住民達に親しまれていた。昆虫採集やかくれんぼ、秘密基地といった森の特徴を存分に活かして、遊べる場であったのだ。

しかし、祝福され、賞賛された素晴らしい森が一転したのは十年前のことであった。

ある日を境に、誰もが意図しない所で、その森は急激にそれでいてゆっくりと公園内を侵食し始めた。

光に溢れていた森は次第に鬱蒼とし、まるで巨大な生物が口を開けて待ち構えているような印象を抱かせるほど生茂った。人の手で保たれていた景観は荒れ果て、その森には生命の鼓動を感じないはずなのに、何かの存在を感じさせる。怖気を誘うような底知れない不気味さが子ども達を遠ざけ、かつて溢れていた子ども達の活発な声はどこかへ消えてしまった。跡に残ったのは奇妙ほど作り物めいた奇怪な森だけ。

 

暴食の森。

 

現在も無差別にその範囲を拡大していることから、そう名付けられた忌まわしき森である。

 

「しかし、僕達から見ればそれはまた別の意味を持つ」

 

手元の資料から顔を上げ、誰に向けるでもなく呟いたのは、男装の麗人という言葉が似合う少女。

 

「甘粕さんは彼のことをどう思う?」

 

彼女、沙耶宮馨は懐刀である甘粕冬馬に問いかけた。

 

「彼と言うのは、例の?」

「そうさ、長年僕らが監視をし続けている彼のことさ」

 

今彼らの話に登っているのは、とある高校生の話だ。彼が森に出没した時から、『ご老公』と呼ばれる存在に言いつけられ、正史編纂委員会は彼を監視していた。

何故ただの子どもを。

当初抱いた疑問は、監視を続けるに従って間違いであったことに気付かされる。

国の管理している公園に許可なく植樹を行っていたのは、今は置いておこう。問題なのはその方法が異常である点なのだから。

ゴミを集め、それを圧縮し、木へと変貌させる。

それを延々と繰り返していたのだ。注目すべきは、このゴミを木へと変えるところだ。この力の異常なところは存在の置換にある。考えてみてほしい、家電製品やプラスチックのような植物からかけ離れた粗大ゴミが、どうすれば木になるというのか!如何なる呪術を用いればそんな非常識なことがまかり通るというのか!人の身に余る、神の奇跡にも等しい所業だ。

 

「普通なら、ボランティア精神溢れる青年なんですけどねぇ」

「ゴミ拾いに植樹、行動だけみればそのとおりだよ。でも、おかげであの森は少々厄介なことになった。結界張るだけしか出来ないのが、その証拠だよ」

 

暴食の森と呼ばれるようになってから、あの場所は死霊や怨霊たちの怨パレードになっている。調べた結果、龍穴のような、力の吹き溜まりになっており、それにつられているのだという。一歩森に立ち入っただけで、尋常ではないほど気分が悪くなり、憑かれる人間も後を絶たないだろう。

当然そんな場を放っておくことをよしとする組織ではないのだが、これまた厄介なことに、何故かあの地での呪術の行使は全く出来ない。発動の瞬間、単なる呪力に戻される。これでは浄化のしようがないのだ。

 

「あの森の恐ろしいところは、そこなんですよねぇ。どうも調べた者の話によれば、木に付加された力が発動しているということらしいですが」

「かといって、あの木々を物理的に除去しようにもすれば怨霊たちが邪魔をする。これではお手上げだよ」

 

幸いなことにあの森から出るということは今のところなく、近隣住民への被害もない。万一が無いように、森周辺に結界を張り巡らせて外へ出ることは防いでいるくらいはしているが、それだけでは十分ではない。根本から断つべき事案なのだ。だから、正史編纂委員会は彼に何度か接触した。それ以上木を植えることを禁じるためと呪術を還元する木をただの木にするように圧力をかけるためであったのだが、結果は散々であった。

 

「僕らが差し向けた人員も全員ただでは済んでいない。特に外傷ではなく内面を深く傷つけられている。何人もやられて、ご老公もついに僕らに接触を禁じたくらいだ」

「ことこちらに干渉することを避ける方々だけに、よっぽどのことなのでしょうねぇ。何を隠しているんだか」

「けど、禁じられるとしたくなるのが人情なわけで」

「おやおや、何かやらかしたんですか?」

「いや、流石に分別はついてるさ。でも、僕は昔から疑問に思っているんだよねぇ。どうしてそこまでして森を広げているのか。だから僕なりに調べて考えてみたわけだ。そこから彼について何か分かることがないかと思ってね」

「はぁ、それで何か分かったんですか?」

 

そこで、馨は一端言葉を切り、何かを思い出すように目を瞑る。

 

「甘粕さんは、大太教って知っているだろう?科学によって成り立つ世界じゃなくて、大自然の溢れた世界を望み、国土創生神『大太羅法師』を奉る宗教団体」

「ええ、知っていますよ。彼らにも随分と手を焼かされていますし、ってもしかして馨さんは彼とその宗教が関係あると考えているんですか?」

 

便利なものが溢れた科学は人間を怠惰に貶め、人間としての生き方を奪っていると考え、大自然の中で生きてこそ人間が人間らしく生きられることを理念とした宗教。故に、その信者は俗世から隔離された自然の中で過ごしているという。体を鍛え、精神を養い、厳しい環境にも手と手を取り合って生きている。そこには科学の入る余地は一切なく、自らの手で日々を切り開いていた。

 

「昔から山にこもってばかりいた彼らが、十八年前を境に人里に降りてきた。そのまま山にこもって平和的に過ごしてくれたらよかったのに、急に人が変わったように布教を始めたんだ。ここ最近は特に活発だ。過激なことをするほどにね」

「十八年前といえば、丁度彼が誕生した年と重なりますねぇ」

「そこなんだよ。科学の産物から木を生み出す彼の力はあまりにも大太教の理念思想に即しているんだ。そんな彼が十八年前に生まれた時、大太教徒も動き始めている。出来すぎだと思わないかい?」

 

ここまで聞いて甘粕の中であることが繋がった。

 

「つまり、呪術師の家系でもなんでもない一般人であるはずの彼が、神の子よろしく大太教が待ち望んだ存在であると?あの森がその証明のためのものであると?」

「そ。まぁ全部僕の推測でしかないけど、大筋は合っていると思うよ。けど、こうであったらヤバイなぁっていうのを僕の都合のいいようにつなげて考えたものだから、所詮は僕個人の推論なわけで。だから、こうして甘粕さんに聞いているのさ」

 

そこで言葉を切って、茶目っ気たっぷりに問いかける。

 

「甘粕さんは彼のことをどう思う?」

「そこで最初の質問に繋がりますか。ですが、馨さんの推論に私も概ね納得できましたよ?」

「僕が聞きたいのはそんなおためごかしな言葉じゃなくて、甘粕さんの意見だ。ほら、修羅場くぐっている分僕より経験豊富だろ。自分の経験則で何かなかったりしないのかい?」

「そこまで買いかぶられても困りますねぇ。私程度の人間なんてそこらへんにたくさんいますよ?」

「よく言うよ。で?」

 

馨が今求めているのは自分にはない視点だ。懐刀として信頼している甘粕であれば、何か面白い解答を聞かせてくれるだと期待していた。

 

「私見ですから適当に聞き流してくださいよ。……案外偶然だったりするかもしれませんよ?」

「ほぅ?面白いこというね、その根拠は?」

「私の大好物なんですよ、勘違い系の小説が」

 

甘粕の返答に、馨は目を逸らし、そっと身を引いたのであった。

 

「とうとう妄想が現実にまで……」

「あら!?そ、そんな反応されると私も困るんですが。軽いジョークですって」

「大丈夫。僕はこれでも理解ある上司を自負しているつもりだ。今まで僕の右腕として働いてきてあなたを見捨てたりはしないよ。さぁ僕の知り合いが開いている精神病院があるんだ。そこに紹介を」

「いえいえ、その必要はありませんって。というか、勘弁してくださいよ。私が悪かったです」

「まぁ僕も少し悪ノリしてしまったところがあるから、お互い水に流そうか」

 

そして、会話を元に戻す。

 

「なんにせよ、もし彼が大太に関係あるのなら、その内接触するのではないかと」

「まぁ、最終的にはそこに行き着いちゃうんだけどさ、それだと見も蓋もないというか」

「はっはっは。まぁ、そんなものではないですか?後手に回ってしまうのが問題ですけどそのための私たちですし」

「まぁ、そんなもんかな。結局彼……田中太朗は何者なんだろうね?例の銃みたいな武器やあの厄介な異能も気になるし。あの森の怨霊どもを放置しているのも意図が読めない」

「新しい『王』らしき人物のことも気になりますしね」

「あ~ぁ、問題は山積みだなぁ。うらわかき乙女がする仕事量じゃないよコレ」

 

結局グダグダな結論のままこの会話は終わる。

龍脈が乱れたという報告を受ける、一日前のことであった。

 

 

 

 

 

 

ツッキーが家に居ついてから四日、つまり俺が自宅謹慎を言いつけられてから四日が経過した。やることのない俺はついに教科書を開き、自主勉を始めたのであった。謹慎中の授業は自分自身で補うということをしなければならない。自慢ではないが、これでも前世の教訓を活かそうと、幼少よりほぼ毎日予習・復習してきたのでそれほど苦ではない。学校でまだ習っていない分野も、適当な参考書を読めば大体分かるし、というか高校程度の知識は十分に蓄えているので、別に勉強しなくてもいいのだが、やることのないつまらない男という称号は伊達ではない。

ツッキーは朝からどこかへ行ってしまって、ここにはいない。何でも旧知の仲にある人物に会いに行くとかなんとか。うらやましいこった。ちなみに、クロとシロは日の当たる所で毛玉とかしているらしい。らしいと伝聞形なのは、一度誤って掃除機に吸い取ってしまって以来、俺の前に姿を見せないからだ。元々近寄ってこなかったのが、更なる段階へと登ってしまった。完璧に自業自得である。

母さんも俺に留守番任せてどこかへ遊びに行ってしまったし、家にいるのは一人と二匹だけだ。そうなると話し相手もいないので、やることといえば自堕落にゲームや本・漫画を読むくらいしかないわけで。しかし、世の学生が学校で授業を受けている中で俺だけがだらだらするのも、というわけで勉強をしているわけだ。

 

そして、気がつけばお昼を過ぎていた。

母さんは夕方まで帰ってこないし、昼は俺一人で適当に作って食べていいといわれたので、適当に作ることにする。料理は簡単なものなら出来る。料理は科学というが、そんな計らないといけないような代物を作るのは億劫だ。簡単に出来てある程度美味しければいいわけで、そこまでこだわる必要もない。冷蔵庫から適当に食材を取り出して、切って、炒めて、ご飯と絡めて焼ご飯を作ることにした。

 

鼻歌歌いながら、塩コショウを心の赴くままに振りまいていると呼び鈴が鳴る。

慌てて火を止めて、玄関へと向かい、客を迎える。その際サングラスをつけることを忘れない。

 

扉を開けると、そこにいたのは、奇妙な格好をした男女がいた。なんかよくテレビとかであるような、日本神話のようなコスプレ。なすびのような髪型をしており、首元には勾玉をつけているなど、現代には限りなくそぐわない服装であることは確かであった。渦のようなマークが印象的だ。

どう対応しようか迷っていると、集団は唐突に左右に分かれ、その間から目を閉じた女性が前へ出てくる。

真っ先に思ったこと。白いなぁ。であった。

全体的に白く、額や髪に花っぽい意匠を拵えた青銅の飾りをつけた儚い印象の女性。目が見えないためか、足元がすこしおぼつかないので、はらはらしてしまう。

そして無事俺の前まで来ると、彼女は不思議なことをのたまった。

 

「参りました、お迎えに、貴方を」

「宗教の勧誘お断り」

 

怪しかったのでとりあえず扉を閉めた。さぁ、昼飯昼飯。

 




矛盾点あったらおねがいします。
相変わらずテンポが悪いと思ったので、今後はもう少し急ぎ足で進めていこうかと想います。
では次回もよろ(0ω<)


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第十六話

キャラに違和感を持つ方が出てくると思います。
そういったことが大丈夫な方はどぞー。
大丈夫でない方はまぁ……許してや。


登校してすぐ護堂は真っ先に三階へ向った。一年生が三年の教室に行くというのは珍しいので、もっぱら注目の的になったりしているが、それ以上に目を引いたのが学院一不幸な教室として名高い教室に迷わずに足を運んだのが更なる注目を集めた。

知らないと思ったのだろう、お節介焼きの先輩が無知な後輩を止めようと説得するも、護堂は聞く耳を持たず、そのまま教室に入る。

果たして、教室の隅にはジャンプの新刊を読みふける球磨川の姿があった。護堂は彼に用があるのだ。周囲の人間が止めるのもなんのその、勇み足で球磨川に話しかける。頼むから穏便に済ませてという周囲のハラハラした様子が気の毒だ。

 

「球磨川先輩」

『ん~?誰か知らないけど、もうちょっと待って。今ジャンプ読んでるから』

 

手元のジャンプから目を離すこともなく、興味ない返事をする球磨川。護堂が見る限り、今彼が開いているページはまだ半分もいっていない。どう見ても『もうちょっと』待てば予鈴がなってしまうだろう。そんなことはさけたい護堂は、少々乱暴だが、球磨川の手からジャンプを取り上げる。

 

『あっ!ネガ倉君が!?』

「すみません、球磨川先輩。でもどうしても話を聞いてほしいんです」

『君は……くささぎごろーくん、くささぎごろーくんじゃないか!』

「護堂です」

 

微妙に似ているのがむかつくが、今は置いておく。

 

『そうだっけ?で、護堂ちゃんは僕に何か用なのかい?』

「球磨川先輩、あんたタロ兄さんに一体何をした?」

 

単刀直入に尋ねる。前カラオケに行った時は太郎もいて聞けなかったこと。彼のいない今だからこそ聞ける。

 

『ん?それは何の話だい?』

「とぼけんなよ。兄さんがおかしくなったのはあんたのせいだろ!」

 

前にも思った。球磨川から薄気味悪いものを、薄ら寒いもの感じる。見ているだけで、ざわざわと這い寄ってくるような悪寒で背筋が騒ぐ。カンピオーネとしての体質で、真剣勝負において彼の肉体は最善の状態を保とうとする。そして、そうなっている今、これは護堂にとって真剣勝負に他ならなかった。

長年太郎と付き合っている護堂にとって、球磨川の気配などどうってことない。あの全てを押し潰さんとするプレッシャーに比べればどうってことない。そう心中で呟いて、嫌な感覚と真正面から向きあう。カンピオーネとしての本能が油断できないと警告する。

 

『おかしくなった?う~ん、やっぱりなんのことか分からないかな。もうちょっと具体的に教えてくれないと僕も答えようがないよ』

「タロ兄さんが誰かを傷つけて平気なはずがないんだよ!あの人は不器用だけど誰よりも優しくて、誰かが困っているのを見捨てることができない人で、俺のヒーローなんだよ!」

 

それがどうすれば。

どうすればあんな気持ち悪い笑みを浮かべることができるというのか!

本気で知らないと言いたげなとぼけた顔が、態度がどうしようもなく白々しく、それが護堂の神経に障る。

 

「あんただろ!兄さんを変えたのは」

『ん~、そうかもしれないし~、そうじゃないかもしれないなぁ』

「真面目にってうわっ」

 

胸倉を掴みかかる勢いで詰め寄る護堂は、背後から羽交い絞めにされる。

 

「た、頼むからこれ以上変に問題を起こさないでくれ!」

 

それは、そのクラスの総意であり懇願であった。ただでさえ球磨川禊と田中太郎という災厄な爆弾を抱え込んで、受験生でありながら幸先の悪い一年を送らなければならないというのに、問題が起こったのがつい先日。

それから幾ばくも経たない内に目の前で新たに問題を起こされてしまえば、彼らの胃に穴が開くことは必然。巻き込まれたくないのが人情だ。

そんな彼らの思いを護堂は読み取った。そして、自分のしたことが少し悪手であることに今更気付く。話すのならこのように人目が多い場所ではなく、人のいないところで話せばよかったのだ。どうやら感情が先走りすぎてしまったようで、名も知らぬ先輩に止められた護堂は頭を冷やす。

そして、また後でと一端その場を引こうと思った矢先のことであった。

 

ドスッ!

 

護堂の顔の横を何かが掠り抜けた。べちゃりと何かが頬に付き、重力に従い顎へ向って滴りおちていく。

 

「え?あ……?」

 

そう口にしたのは誰だっただろう?拘束が緩むと同時に背後でドサリと、何か重たいものが落ちる音がした。護堂は否、誰もが呆気に取られた。どうして、目の前で球磨川は何かを投擲したような体勢にあるのか。どうして、自分を羽交い絞めしていた生徒は頭から血を流しているのか。

 

どうして、図太い螺子がその生徒の顔から生えているのだろうか?

 

「き、きゃああ……え?」

「う、うわぁああ……は?」

 

思考が事態に追いつき、悲鳴が上がり、そしてまた別の事態にあっけに取られる。

それは一瞬。まるで幻であるかのように、顔から螺子は消え、身代わりのように床に突き刺さっていた。意味が分からない。まるで、男子生徒の顔に螺子が刺さったなんて事実が無かったかのようだ。幻覚にしては飛び散った血の跡や匂いがあまりにも現実味を帯びていた。

しかし、その痕跡すらも何処かへと消え去ってしまった今、残ったのは本当に死を体験したかのように顔を真っ青に染める男子生徒だけ。

 

『駄目だよ君。後輩をいじめるなんて先輩としての態度がなっていないし、他人の会話に割り込むのも人としての礼儀がなってないよ。そんなんじゃあ、後輩に愛想つかれるぜ?』

「ひっ!」

 

優しく丁寧に教えるように、気取ったように語る球磨川。言っていることは間違いなく正しいのに、どうしてこいつの言葉には害虫が体中を這うような怖気が走るのだろうか?それに当てられた男子生徒はカチカチと歯を鳴らし、ガタガタと体を震わせるだけ。

 

「あんた今一体何を!?」

『おいおい、襲われていた君を助けたのにそれはないだろ?親に助けられたらお礼をいいなさいって習わなかったのかい?』

 

悪びれることなく、むしろ護堂の発言を咎める始末。

 

『さ、邪魔者もいなくなったことだしさ、話の続きをしようか?確か下着Yシャツについての僕なりの考察だったっけ?』

 

んーでも僕の最近のトレンドは裸エプロンなんだけどなーなどという戯言を本気で困った表情で吐く。全く理解が出来なかった。

 

「あ、あんた。今人一人を殺したんだぞ!?どうしてそんな平然としていられるんだ!」

『殺したって、人聞きの悪いこと言うなよ。そこの彼はちゃんと生きているじゃないか』

「それはあんたが生き返らしたからだろうが!」

『あっはっは。面白い事を言うね護堂ちゃん。小説や漫画じゃないんだから、人が生き返るわけないじゃないか?それ以前にだ』

 

うっすらと浮かべる真っ黒な笑み。凍えそうな気配を撒き散らし、何もかもを全身全霊をもって他者を馬鹿にするその笑みは凄惨の一言!誰もが目の前の球磨川に飲み込まれていた。

 

『僕のような過負荷(マイナス)からそんな異常(プラス)な力が生まれるわけないだろ?僕を見縊るなよ』

 

誇れるところなど無いことを誇る彼のあり方は、普通ではない。はっきり言って理解が及ばない、既知の外側の存在だ。あまねく変人と接する機会の多かった護堂をして、目の前の存在は意味不明の極みにあった。だからこそ護堂は決意する。彼を突き動かすのは目の前の男を許せないという義憤、そしてそれ以上に彼が尊敬している人のためだ。

これ以上こいつの傍にいたら、あの人は駄目になる!

 

「球磨川先輩!いや、球磨川ぁ!あんたが兄さんと同じような超能力者だろうが決めたぞ!あんたはタロ兄さんの隣にふさわしくない!」

『随分と酷いことを真正面から言うんだね君は。そんなこと言われたら僕の心ははりさけちゃいそうだよ』

 

へらへらした顔で全く説得力ない球磨川の言葉。だが。

 

『でもね、君が太郎ちゃんをどう見ているか分からないけど、コレだけは言えるよ』

 

直後に彼が言った言葉は護堂の神経を逆なでするには十分な威力であった!

 

『男の嫉妬は見苦しいぜ?』

「球磨川ァァアアアアアアア―――――ッ!」

『僕は悪くない』

 

人類が唾棄する敗者と人類を代表する勝者。

この二人の戦いは必然であり、行方もまた明白であった。

結末を述べるのであれば、平和だったはずの学園の朝は、この瞬間を以って崩壊し、少しして何事も無かったように元に戻ることになる。

とある人物達の痕跡がなかったことになって。

 

 

 

 

 

もし、目の前に怪しげな集団が現れたらどうするか。

簡単な話、ただそれだけの話であるわけだが、今の俺は少々戸惑いが生じていた。

というのも、そいつらが言うことには俺を迎えに来たのだという。なんら心辺りもない今日この頃、果たして俺が取るべき行動というのは一体どういうもんなのか。自分で考えるには難しい過ぎるこの難題、こういった経験のない俺が参考できるものは当然なく、現実逃避で中華鍋をただひたすら動かす。チャーハン作るよ!

 

ピンポーン。

なんて呼び鈴が再度なるが、今出て行ってもどうせ同じ連中が外にいるわけだし。あ、でもそんな連中が外にいる状況はまたよからぬ噂の原因になってしまわないだろうか。ま、今更か。無視してその内帰ってもらうの待とう。

 

(白姫様、出てきませんぜ?)

(どうしましょう?なるべく済ませたいのですが穏便に)

(いっそのことこのドア突き破って強引にでも……)

(手段ですそれは最後の。やりましょうやれることはとりあえず)

 

何か不穏な会話が聞こえてきた。本当にこのまま無視していいのかと不安になる会話だ。俺は何が起こっても大丈夫なように、全身に力を入れる。こういうときこそ特典と超能力をフル活用すべきだ。最悪『神器』を使ってでも奴らを追い払えばいい。

警戒レベルをマックスに引き上げ、相手の出方を窺う。

 

ピンピンピン ピンピンピン ピンピンピンピンピンピンピンポーン

(あら、しまいました失敗して)

(白姫様!ガンバです!)

 

ピンピンピン ピンピンピン ピンピンピンピンピンピンピンポーン

(あら、難しい意外と)

(ファイト!三度目の正直ですって!)

 

ピンピンピン ピンピンピン ピンピンピンピンピンピンピンポーン

(できませんねなかなか)

(大丈夫です、失敗は成功の元ですよ!)

 

「いい加減にしろ!何度鳴らせば気が済むんだ!」

「きましたね出て。さぁ参りましょう」

 

あ、しまった。お前らグルグル巻きすんな!簀巻きにすんな!やめろ!どこへ連れて行く気だ!離せぇ!って、首に手足がついたような気持ち悪い生物が出てきやがったぁ!?妖怪飛頭蛮の亜種か何かか!?

 

「あはりや遊ばすと舞うさぬ飛び乗り物参りたまえ!」

きょん!

 

その首だけの奴がそう叫んで、拍子木を一叩きすると虚空に昔の貴族が乗ってそうな乗り物が現れる。そして、戸が開き中から巨大な長い手が伸び、俺と白いのを掴んで引きずり込む!必死に離そうと暴れても、どんな握力をしているのか、びくともしない。なにもできないまま、俺は身を委ねるしかなかった。白昼堂々この誘拐、どうしようもない。てかこの世界にホラー要素があったんだなおい。SANチェックしなければ。

戸が閉まる直前、シロとクロが飛び出してくるのが見えた。なので俺は力を振り絞り叫ぶ。

 

「留守番よろしくぅううううううううぅ――――っ!」

「「みゃ?!」」

 

オロオロする二匹を最後に映して、戸は閉まる。あ、鍵閉めてないや。




次回作の予告

「俺の負倶帯纏(コンプレックスコンプレッサー)が発動しない?……まぁいいか」

気が付けば太郎は何も無い場所に流されていた。『無』しかないその場所では一体誰の視線を束ねるというのか。本当に何も無い場所を漂っていた。いや、何も無いが有るのか。それとも何か有るが無いのか。思考の堂々巡り。ふわふわ漂うだけの俺に今出来ること。

「……?」
「……?」

やがて馬鹿でかい赤い龍と遭遇する。
首を傾げ、見詰め合う一人と一匹。何かシンパシーを感じたような感じなかったような、そんな感じで一人と一匹は行動を共にする。そんなほのぼのした物語。

「あそこに誰かいるぞ?」
「うぅ……イッセー……さん……」

金髪の美少女を拾ったり。

「面白い力を持っているな。よし、お前俺と戦え!」
「赤さんやったれ」
「ちょっ」

白いのに赤い龍をけしかけたり。

「アーシアを離せぇ!このグラサン野郎!」
「よせ一誠!そいつは神殺しだ!」

もう一人の赤いのが襲いかかってきたり、黒い羽を生やしたチョイワルイケメンが焦ったり。

「クロとシロなのか……?」
「にゃ?」
「誰ですか?」

クロっぽいネコミミさんやシロっぽいネコミミちゃんがいたり。

「我、静寂を得たい。協力して」
「だって、赤さん」
「ずむずむいやーん」
「だって、黒さん」
「……?」

黒い美幼女と無の中で和んだり俺はラジバンダリ。

「貴様、一体何者だ!」
「俺か?通りすがりのガンナーさ。ガン付け的な意味で」

いつか、本当の意味でガンナーを名乗れる日が来ると信じて!

「この世界は平和だなー」
「ずむぽちいやーん」

これはそんな物語。

2013年夏本格始動。

嘘だけどね。
四月一日だから許してや。まぁ、知ってただろうケドね。
折角だからやってみたかったんだ!自己満足で何が悪い!
俺は悪くねぇ!


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第十七話

遅くなりましたがどうぞー。



僕の噂話をされたような気がしたから思わず来てしまったぜ。俗に言う噂をすればってやつさ。

やあ、久しぶり。僕だよ。安心院なじみだよ。断じて韻を踏んだ名前じゃないからね。覚えにくいのなら、親しみを込めて安心院さんと呼びなさい。いや、君だったらなじみんでもいいよ?それともなっちゃんがいいかい?

 

って、どうしたいきなり土下座して。

ああ、初めて会ったとき、君の太くて長くてしかも固いものを僕の大事なところに突き刺したのを気にしているのかい。はっはっは、殊勝な奴だな君は。これが球磨川君だったらそうはいかないぜ。彼はひねくれ者だからね。むしろ喜ぶね。

ま、それに関しては僕は一切気にしていないさ。避けようと思えば避けれたのに、そうしなかったのは僕だからね。それに、あれのおかげで僕は目覚めたんだ。

 

なんていうんだろう、長いこと生きてきたわけだけど、初めての経験だったよ。今まで話にしか聞いたことがなかった感覚、いわゆる新しい扉が開いた感じかな?快感だったと言い換えてもいい。僕としたことがこんな陳腐で頭の悪い賞賛しかできないのが悔しいはずなのに、どこかへ吹き飛ぶくらいの衝撃だったさ。刺さった場所から突き抜けるように脳天に伝播して、頭の中がもう真っ白になったね。思い出すたびに、できるならもう一度味わってみたくなる。あ、でも本当にされたら僕はもう駄目になるから自重してよね。

 

って、どうしたんだい、今度は目を逸らしてくれちゃってさ。僕みたいな人外は目に入れたくないってことかい?失礼しちゃうぜ、こんな美少女相手にさ。それとも、照れかな?

……おい、どうしてじりじりと距離をとる。まるで僕を手の施しようのない変態みたいな扱いするなよ。ほら、目を逸らしてないでこっち見ろ。何壊れた人形みたいに謝ってるんだよ?球磨川くんがどうしたって?

 

まぁその話は良いんだよ。夢とはいえ、折角久しぶりに会えたんだ。もっと積もる話でもしようぜ。君と会うのは実に3年と少しぶりだよ。丁度球磨川君に封印されてからだから、結構経過したね。三兆年生きている僕からすれば瞬きした位の感覚だけど。

三年前のあの時は頑なに僕のことを性欲の権化なんて失礼な呼び名で呼んでくれちゃったわけだけど、どうやらその勘違いは無事解消されたみたいだね。君の言うとおり、僕は能力保持者(スキルホルダー)、いわゆる超能力者さ。それもただの超能力者じゃないぜ?ただの平等なだけの人外だったりしたりするのだ。わはは、恐れ入ったか。以前問答無用で襲い掛かってきた時は、どうしようかと思ったんだよね。ん?ああ、本当に気にしてないよ。おかげで傷物にされたとか全然思ってないわー。

 

……おい、だから本気にするなって。どうして、そんな末期患者を診るような目で見る。だから何故そこで球磨川くんに謝る。謝るなら普通僕だろ?人間誤ることは仕方がないけど、謝るのはきちんとしないとね。なんつって。でもま、女の冗談を本気にするような男は一生もてないよ?分かればよろしい。

 

そうそう球磨川君といえば、最近は随分と大人しくしているみたいじゃないか。やっぱ、君っていう親友の存在が大きいみたいだ。彼を君にけしかけた僕が言えたことじゃないけど、君達が初めて出会った時を思い出すと、とても信じられないね。君の学校がまだ廃校になっていないのも驚きだ。君の功績は大きい。誰にも知られていないけど。そんなショック受けることないさ。むしろ知られてしまえば、君としては厄介だっただろうね。

 

しかし、そうなると僕は君達の友情の仲人を勤めた功労者なわけだ。ああ、勘違いしてはいけないよ。ゲームのつもりでけしかけたのは確かに僕だけど、仲良くなったのは君達自身の力なのだから、そこは胸を張って誇るところさ。球磨川君もそう思っているだろうしね。だから、君に僕を倒すための協力を申し出たんだろうし。ちなみにそれを知っていて平然としているのは、僕が楽しみにしているからさ。……おい、だから何故引く。君もしかしなくてもさっきから変なこと考えていないか?違うから、君が考えているようなことは無いから。全く失礼しちゃうぜ。これでも僕は一途だったりするんだぜ、きゃっ。……ババア無理すんなって言った奴誰だ。能力(スキル)ありったけ脳内にぶち込んで脳汁溢れさせて頭をじゅるじゅるにしてやるから出て来い。

 

……それにしても、この教室も相変わらずだ。床だろうが天上だろが、机だろうが、嫌な感じの目が開いて気持ち悪いったらない。どんなスキルでも、僕の作ったこの場所にここまで影響を及ぼすのは他にはないんじゃないかな?はっきり言って人間には過ぎた過負荷(マイナス)だぜ?かといって誰の手であっても余るだろうけど。僕ですらそんな力扱い切れるとは思わないしね。そして、だからこそ君の異常性が浮き出るわけで、だからこそ君に僕は興味を抱いたわけだ。おい、だから何故引く。嬉しいだろ?喜べよ童貞。

 

は?この教室がこうなっているのは僕の力のせいだからじゃないかって?

ふむ。これはこれは面白い質問をするんだな、君も。こんな悪趣味な空間を僕のようなか弱くて儚い可憐な乙女が作るとでも思っているのかい?とんだお笑い種だぜ。

それとも何か?君は自分の力がただ圧縮する能力だとでも思っているのかい?はは、冗談はよしてくれよ。そんなこと微塵も思っていないくせに。

 

君が僕の身体に刺した釘。これのせいで、これのおかげで、この三年間で1京2858兆0519億6736万3865個の能力(スキル)のうち94億6080万個の能力(スキル)を駄目にされて、今も現在進行形で毎秒1000個ずつ駄目にされているわけだけど、それでも残りの1京2858兆0425億0656万3870個の能力の内の、欲視力(パラサイトシーイング)をはじめとした読心系や観察系の能力はまだ残っているんだ。たった今1京2858兆0425億0656万0870個になったか。それらを駆使すれば、君の事が見えてくるもんさ。

君、本当は自分の能力の正体に、負倶帯纏(コンプレックスコンプレッサー)の正体に、気が付いているだろ?それも誰かに指摘されたわけでなくて、最初から明確に正確に。ツッキーはその一部を読み取ったようだけど、所詮は氷山の一角。まだ月は満たされていないからそれも仕方ないといえるけどね。

今の彼女は其処が見えても、底が視えていないのさ。そして万理谷祐理に至っては正体を視ることができたものの、本質の理解にまで至らなかった。いや、至りたくなかったのかな。この辺はどちらでもいいか。

問題は、君は気がついていること。理解していることなんだ。

そして君がそうやって気付いていないふりをしているのは、とぼけた愚か者のふりをしているのは。

 

――――さっぱりきっぱりどうでもいいと思っているからだろ?

 

……だんまりかい。まぁそんな君を誘惑するのは骨が折れるなぁっていう話は置いておいてだ、そろそろ本題に入ろうか。いや、それも大事なんだけどね?

本題を言うと、近いうちに僕もそっちに行こうかと思ってさ。月読命ちゃんの権能に引き寄せられてというのもあるんだけど、元々君とは現実で会いたいと思っていてね。夢の中での逢瀬もいいけど、僕としては夢だけじゃ我慢できないんでね。だから、現実で会おうぜ。ついでに大太なんて傍迷惑な奴を起こさないようにしたり、月読命が『反転』させるのを阻止するのにも協力してやるよ。あ、『反転』って言ってもうちの半纏君とは違うからね。反転院だけど。しかも大太解体魔人とか月読命とかだけでも厄介なのに、とある聖遺物が君の弟分を通してこっちに着そうなのは正直冷や冷やもんだ。本当神様やカンピオーネって奴らは面倒ばかり運んでくる。まぁ、そのあたりは僕が何とかしよう。

 

球磨川くんの封印?ああ、そんなのもあったねぇ。まぁ、何とかなるさ。今彼そこはかとなく幸せそうだし。多分、きっと、メイビー。なぁに、僕が本気を出せば何とかなるさ。うん、明日本気出す。だから、安心してそっちで待っていなよ。安心院だけにね。せいぜい首を洗って熱烈に歓迎してくれたまえよ。

じゃあまたね。僕の愛しいヒトデナシ君。

 

 

 

 

 

目が覚めたとき、なんともいえない気分になったその理由を俺だけは知っている。

 

「何故だろう。あの人の台詞が痛々しく思えてならない。どの台詞一つとっても安心出来ない。安心院さんなのに……」

 

きっと彼女は思春期から抜け出しきれていないだけ。三兆年だとか一京だとか、とにかく大きな数字をかっこいいと思っているのがいい証拠。下手に超能力なんて持っているのが悪かったんや。ここは生暖かく見守るしかない。いつか彼女の病気が完治するまで。

 

「でも人でなしとまで言うことはないと思うのだが」

 

面と向って言われたくない言葉である。

 

「覚ましましたね目を」

「っ」

 

急にぬっと視界端に飛び出してきて、びくっとした。よく見ると青銅の飾りのつけた三三七拍子の白いあの少女であった。怪談とかで、水辺に出たらきっと怖いだろうその容姿は水辺でなくてもビックリしたが、額に付いている何かの花が刻まれた飾りはおされであった。とはいえ、相手は初対面。緊張で口があまり動かない。黙ったまま、見つめるだけになった。それが気に障ったのか、白いのの横にいた飛頭蛮の亜種が跳ねる。

 

「やいっ、貴様!おひいさまに向ってなんて態度でござりまするか!」

 

サッカーしようぜ、お前ボールな!

一瞬でそんな言葉を思い浮かべた俺はきっとどこに出しても恥かしくないゲス。いや、まだ引き返せると信じたい。でも、ぴょんぴょん跳ねてこちらに唾を飛ばす勢いで捲くし立てる飛頭蛮の亜種にイラついたのは仕方がないんだ。蹴りたくなる

そこで、俺はさりげなく割り込んだ物体に疑問を抱く。

 

……飛頭蛮の亜種だと?

俺は現状を思い出した。そういえば有無言わさず拉致されたんだった。それも随分と非常識な方法で。目の前の飛頭蛮がその筆頭である。あの大きな手に乗り物に引きずり込まれた後、気を失った。握り締められていたところを渾身の叫びで酸素を吐き出しきってしまった結果、新しい酸素を肺に供給できないまま酸素不足で倒れたのだろう。

そして、彼女と会ったんだけど、まぁ俺の手には負えないことになっていた。クマさん、俺のせいで君の想い人はあんな事になっていたよ。すまない。本当にすまない。謝っても謝り足りないのわかるけど、謝らずにはいられない。

いや、もうよすんだ俺。彼女は別に悪くない。悪くないんだ。

言い聞かせるように呟く俺に対して、首を傾げる白いの。

 

「どうか、しましたか?」

「……」

 

 

切り替えよう。首だけのやつがギャーギャー騒いでいるが無視する。

今考えるべきはここは一体どこで、何のために連れて来られたか、そしてどうするかだ。こういうときこそ冷静に、順番に考えていこう。

今俺がいる場所は結構広い板張りの部屋であった。どのくらい広いかといえば、手の長い女と足が長い男が寝転がってもまだまだ余裕があるほどだ。てか、あの二人?はなんだろうか。とりあえず手長いさんと足長いさんと呼ぼう。いや待て。足長いさんだと?まさか、彼は足長おじ、いやそこまでだ。色々敵に回してしまう。

 

思考を戻して、こんな場所に俺が連れてこられた理由を考えるんだ。

俺の家はお金持ちというわけでもないし、こいつらのような異形が関わるような家系でもない。ということはこいつらの目的は身代金とかではないと思う。第一、今俺は束縛されていない。となると大分絞られてくる。

 

「目的は俺か」

「いえ。身代金です」

「……」

「おひいさまの冗談でございまする!さぁ、笑いなされるがいい!」

「これ守道。やめよ恥かしいから」

 

良かった。冗談だった。家の玄関前で俺を迎えにきたとか言っていたのに、真顔で言うから本気で信じかけてしまった。白いのは照れたのか、頬を赤く染めて俯いてしまった。あら可愛い。とはいえ相手は誘拐犯。油断なんてしていられない。

 

「興味がありますあなたに」

 

閉じていた瞼を見開いて言う。それは普通の目ではなかった。青銅のような青一色。瞳はより深い青をもって区別されていた。その目には白い部分はなく、青一色、ただそれだけであった。その普通なら気味悪いだろうその目は、彼女の不思議な雰囲気と相まって不可思議な魅力となり、人にはない妖しい美しさを放っていた。まるで、全てを見通そうとするような妖しさ。

魅入るのか、魅入られるのか。彼女の目は俺をはっきりと映す。

 

「通じるところがありますあなたの木を生み出す力は我等大太に。だからこそ、あなたがほしい」

 

平時であれば嬉しい言葉。しかし、彼女の持っているものがそうではないことを示している。

彼女の手の平の上には、『右手』が浮いていた。彼女の右手とは違う、手首から先がない右手そのもの。その『右手』は右手だけであるというのに、雄々しく、力強い気配があった。明らかに普通の右手ではない。

 

「田中太朗。大太の依り代となりや」

(クロガネ)

 

ヤバイと思った。理屈じゃなしに本能でという表現があるが、そんなのは生ぬるい。突き出された手を見た瞬間、自分が自分では無くなるような危機感、あるいは焦燥感に駆られて俺は『神器』を解き放っていた。幸い変える力の発動条件となる『手で覆えるサイズのゴミ』はポケットに入っていた。

俺の腕を包むように木の根っこが絡みつき、人差し指と中指には黒い筒が装備されていた。

 

一ツ星神器『(クロガネ)

の凄まじく小さい版。本来の鉄は巨大な大砲が腕に装備されるはずなのに、俺のものはその影もない。きっとていうか明らかに、俺の圧縮する力が影響している。これではまるで豆鉄砲だ。

しかし、その威力は絶大!

 

右手を銃のように構え、撃ちだす!撃ち出されたのは、鉄特有の弾丸ではなく、またこの力の持ち主であった彼のような木の弾丸でもない。

それは釘。穿ったものを圧縮する黒い釘だ。

 

「おひいさま!」

 

白いのに一直線に向う釘は、飛頭蛮のおかげでささることはなく、そのまま後ろの壁に突き刺さる。壁は釘を中心に直径4メートルほどの綺麗な円形の穴を開けた。すかさず負倶帯纏を駆使して、瞬間移動の如く穴との距離を縮め、俺はそこから飛び出た。

視界端では、手長いさんが手を伸ばしてきたがここまできたらこちらのものぉッ?!

俺は飛び出たことを後悔した。眼前に広がるのは遠くなった大地。

 

どうやら俺は遥か空高くから、宙に投げ出されてしまったようだ。

出てきたところをもう一度見るとそこには俺が引きずり込まれた輿のような乗物が炎を伴いながら飛んでいた。

……移動中だったんかい。

俺のそんな余裕は落下とともに消えていった。

 

―――ひふみよ……

 

頭上からそんな歌が聞こえてきた気がしたがそんなことよりどうしよう。




クマさんにしろ安心院さんにしろ、どうして俺の好きな西尾のキャラはこうも難しいのでしょうか。
そして、ついにガンナー要素が出てきたぜ。ネイルガンだけどな!
ちなみに没案として最初は(クロガネ)鉄爪(クロガネイル)へと変更しようと思っていました。やめたのはなんていうか、別段うまくもなかった上に、つまらなかったという理由。
というわけで次回お楽しみに。


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第十八話

少し短めですがどぞー。


俺が特典として受け取った『ゴミを木に変える力』。その能力はまんまその通りのものであるが、ただの木ではなくても、実はある程度の融通がきく。ゴミが手の平サイズであれば、質量保存の法則を無視してイメージどおりの種類・形状にすることができるのだ。たとえば、この能力を持っていた漫画の主人公も、ゴム(・・)の木というゴムのような弾力性のある木を生み出していたし、あるいは渦状の木を生み出してバネのような木を生み出していた。なので、いつかチョコの木を作ってみるのが俺のささやかな夢だ。

そして、能力にはレベル2がある。ゴミを木に変える能力は一方通行ではなく、サイクルしている。つまり、出来たものをゴミとすることで新たに木が出来るというリサイクルの構図ができるのだ。そして、その構図を当てはめることで能力を元の状態に戻すことができるという能力者に対して優位に立てる力だ。とはいっても今のところ活躍の兆しは見えないが、超能力者のいるこの世界だ、きっとどこかで使う機会が出てくるだろう。

 

で、この能力を貰ったとき、『神器』というものも付随した。本来は天界人のみが生まれながらに持っている武器で、道具で、力だ。実は天界人であった主人公も、これらを駆使して戦っていた。さて、この『神器』というものはおもしろいことに『能力』と一体化してその性質が現すのだ。俺や主人公で言うなら木で出来ているというように。理想を現実に変える能力であれば、理想的な神器になるように。物を透明に変える能力であれば透明な神器になるように。無生物を生物に変える能力であれば生きている神器になるように。

これは能力の正体が天界力が変化したものだからであり、同じ天界力から生み出されている神器と一体化するのは当然の帰結だ。

しかも、天界力にさらに天界力が加わるためにその威力は通常の神器より巨大で強大なものになる。その代わり普通の神器にはならないが。

そして、俺の場合はどうももらった能力だけでなく、『負倶帯纏(コンプレックスコンプレッサー)』とも一体化しているようだった。ゴミを木に変える能力と違って、負倶帯纏では天界力を使っている感覚はないので、どういった理屈で一体化しているかは分からないが、『(クロガネ)』が指二本分の豆鉄砲みたいな形状になって、釘を打ち出しているのがその証拠だ。小さいとはいえ威力は問題ないのだが、刺さったら一切合財容赦なく圧縮するので使いどころは難しいことには代わりなく、宝の持ち腐れ感が半端ない。

 

さて、さっきから神器神器と一言で説明しているが、天界人が所有する神器は実は一ツ出は無い。『鉄』を含めて、その数なんと十もある。

 

ドカンと一発、一ツ星神器『(クロガネ)

ドシリと構える、二ツ星神器『威風堂々(フード)

スパッと爽快、三ツ星神器『快刀乱麻(ランマ)

ガブリと一噛み、四ツ星神器『唯我独尊(マッシュ)

ボコリと一突き、五ツ星神器『百鬼夜行(ピック)

ヒュンと地を駆る、六ツ星神器『電光石火(ライカ)

スッと捕獲、七ツ星神器『旅人(ガリバー)

ビシッと痛すぎ、八ツ星神器『浪花(なみはな)

ギュンと空飛ぶ、九ツ星神器『花鳥風月(セイクー)

そして唯一無比の無形生物、十ツ星神器『魔王(マオウ)

 

どれも使いこなせばとても強力だ。それだけに誰も彼もが全てを使えるわけではない。習得するのには相当な鍛錬を必要とし、おのおのに定められた条件を満たさなければ、己の中で腐らせたままになってしまう。しかし、この星の数が大きいほど習得は難しく、『魔王』にいたっては一握りの天才だけが得られるのだという。全てを習得するのは実質不可能だろう。

裏技がないこともないが、その方法はこの世界では絶対に無理だし、できるとしても命を投げ捨てる覚悟が無ければとてもではないができない。

 

とまぁグダグダとこんな何の価値もない前置きを語ったわけだが、当然理由はある。価値がないというのも、実際は何の意味も無く振り返っていたわけではなくて、結果として何の価値も見出せなくなってしまったわけだけで。

これらの内容を踏まえて、本題というか少し問題を出したいと思う。

 

果たして俺は一体どの神器まで覚醒しているでしょう?

 

答えは……

 

「またあっけない人生だったな……」

 

(クロガネ)』しか使えない、である。

というわけで、今俺は重力に従い、ノーパラ空中遊泳で最期を迎えようとしていた。

無駄な抵抗を諦めて、潔く俺は目を閉じてその時を待った。

瞬間全身に衝撃が走り、俺は意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

『どうしてそんなことばっかりするの?』

 

俺が一体何をしたというのか。

 

『一体どうして君はそう問題ばかり起こすんだ!』

 

そんなのは俺の方が聞きたい。

 

『またあいつがやったみたいだぜ。マジでいなくなってくれよもう』

 

むしろ俺にも聞きたいことがあるんだ。

 

『全部……全部!』

 

どうしてお前らは。

 

『お前のせいだ!』

 

全部俺のせいにしようとするのか?

 

《我輩は鬼である。よろしく頼むぞ、太郎よ》

 

……は?

 

 

 

 

「……生きてる」

 

視界には木々が繁茂しており、狭い空が広がっていた。どうやら何処かの山に落ちたようだ。

気が付けば地面に大の字で寝転がっていた。普通に死んだと思った。しかし、木々の上に落ちて多少のかすり傷はあっても、背骨が折れたとかはない。いくら神様印の高いスペックを誇る体でもあの高さから落ちたら死ぬか、最低でも全身の骨が折れるくらいのことは有っても不思議ではなかったんだが。

 

「これは……でかい布?」

 

大きな布が木のいたるところに絡まっていた。そして、その布は俺に繋がっていた。乗物から飛び出したときにはこんなもの着けていなかったというのに、いったいどこから現れたというのか?

 

クイッ

 

腕を引っ張られた。振り返っても誰もいない。眼前には森が広がるばかり。野生生物の『や』の字も感じられないこの場所で、一体誰が、いや何が引っ張ったというのか。

……気のせいだ。きっと袖が枝に引っかかっただけだ。

 

クイクイッ

 

そんな俺の思考を嘲笑うかのように、また引っ張られる。

だが、そこには誰もいない。冷たい風が頬を優しく撫でる。

俺は無言で釘を構える。もう片方の手にはゴミを持つ。さぁ、どこからでもかかって来い!

上下左右警戒を怠らない。だが、敵の方が何枚も上手であった。

 

「!」

 

突如、何かが下から飛び出す!予想外の登場にぎょっと目を見張る。

どうしようもないほどの隙である。だが、意外なことに相手は何もしてこなかった。

飛び出したそれ(・・)は挨拶のつもりか、こちらの驚愕などお構いなしに右手を振る。否、これは正確ではない。

己の体を振る、これが正しい。

そう、それ(・・)は右手そのものであったのだ!右手だけが体から切り離され、自らの意志を持つかのように単独で動いていたのだ!

しかし、陽気に呑気に振舞うさまに、怖さよりも滑稽さが勝った。

 

――――やあ

 

そんなことを言う右手を錯覚した。

 

 

 

 

「つまり助けてくれたと」

 

右手(?)から詳しい話を聞いた。とはいっても相手には口なんてないため、筆談になるわけだが、それにしても宙にホワイトボードとマーカーを創り出したのには驚いた。無から有を創り出すなんて、錬金術も真っ青になるほどのハイスペックな右手だ。

ホワイトボードは俺が持ち、そこに右手が書きこんでいって大体の状況を理解した。

 

どうやら落ちている最中俺に追いついたこの右手さんはパラシュートを創ってくれたのだという。どうもあれは落下による衝撃ではなくて、勢い良く落ちていたところに急にブレーキが働いた慣性の法則による衝撃だったようだ。それで気を失ってしまったのは、本気で死んだと思ったことによるショックだろう。そのままショック死しなくて良かった。

 

菊理姫(くくりひめ)によって縁が強く結ばれてしまった今、君が死ねば我輩も一緒に死んでしまう。それでは我輩も困る》

「くくりひめ?」

《白姫のことだ》

「白姫……ああ、白いのか」

 

そういうと、右手はピタッと動きを止めて震えだした。そして、震えながら何かを書きはじめる。

 

《世界広しといえど、彼女をそんな風に呼ぶのは君くらいのものだろう。あれでも彼女は格の高い神であるのだが、しかしなるほど、『白いの』か》

 

そこまで書くと、また動きが止まり、何かを堪えていた。これはもしかして、笑っているのだろうか?

 

「神って、あいつら妖怪だろ?飛頭蛮とか」

《ひ、飛頭蛮?まさか守道のことか?アレもまた高位の道祖神なのだが……ううむ、これが時代の流れか。恐ろしいものだ》

「まぁ日本の神は八百万(やおよろず)の神、ものすごくいるというし、首の神様もいてもおかしくないわけか」

《首ではなくて、道の神だ。まぁその辺りはそのうち自分で調べてみるといい。それに妖怪というのもあながち間違いではないからな》

「うん?ややこしくなりそうなら、簡単にまとめてくれ」

《要するに我輩たちは神であり妖怪でもあるのだ。少し違うがその理解でいいだろう》

「へぇ」

《……なんとも興味のなさそうな声だな》

 

実際興味ないし。流石にそれを面と向っていうことはしないが。

あ、でも気になったのが一つある。

 

「今更なんだが、あんたは何て名前の神で、どんな妖怪なんだ?」

《我輩は熊曾川上健命(クマソカワカミタケルミコト)、そして妖怪としての名を手洗い鬼という》

「じゃあクマさんは駄目だな。他だと……」

《我輩の呼び名か?別にクマさんでもよいが……》

「それだと俺の親友と一緒の呼び方になるんだ」

《ほう?親友がおるのか?それはよい。君のような者にはそういった存在は何よりの救いになるだろう。大切にするがいい》

「……言われるまでもない」

 

一瞬、お前が一体俺の何を知っているのかと怒鳴りたくなったが、抑える。別に変なことは言っていなかったし、言われてもいない。そんなことより、何て呼ぼうかな。

クマさんはさっき言ったとおり没、カワカミン……は危険な香りがするので没、タケルはつまらないし……鬼ぃさんとか?いやそれもどうだろう……はっ!来た!閃いた!!

 

「今日からお前は御手洗さんだ。手洗い鬼だし呼びやすいし覚えやすいし」

《……御手洗さんだと?》

「決定。拒否権はないからな」

《いや、拒否するつもりはないが、こそばゆい感じがしてな》

「気に入ってもらえて何よりだ。さて、随分と話し込んでしまったし、そろそろこの山から下りて道に出よう」

 

そう促して俺は立ち上がり、山を適当に下っていく。ここがどこか分からないが、とにかく下っていけばそのうち道に出るだろう。そうすれば車も通るだろうから後はヒッチハイクでもなんでもして乗せてもらえばいい。

 

「ああ、言い忘れてた。助けてくれてありがとう」

 

返事は無かったが、まるで気にすることではないと手を軽く振った。いい奴だ。それを見て、俺は足元に注意する。道なき道を歩こうとしているので、下手に足を滑らせたら大事だ。

 

だからこそ、俺は気付くことはなかった。

俺の肩には右手が何か言い足そうに浮かんでいたことに、気が付くことは無かったんだ。

いや、もし気付いていても結果は同じだっただろう。

 

全ては縁を結ばれた時点で終わっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

後日、とある山道にて三つの手を持つ男の噂が尾びれをつけて急速に広まったのは別の話。




次回、一気に時間が跳ぶッ!かも……


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十九話裏

色々と急展開。
まだ個人的に気に入らないところとかあるので機会みて改編していきたいと思います。
てわけでどぞー。
それと裏なのは仕様です。


日本は平和ボケしている。そう評価されるほど、日本は平和だ。

日本で紛争地帯のニュースが流れても、他人事。いや、たとえ身近に事件があっても、それが事故であっても、当事者にならない限りそれは他人事の範囲なのだ。

自分は大丈夫などと根拠ない自信がどこからか来る。それが日本という国の悪い特徴である。しかし、そんな日本が、ひっそりとまるで水が染み入るように平和が崩されようとしていた。

 

ここ最近、原因不明であるが日本の各地で海面が徐々に上昇していることが報道された。場所によっては砂浜を飲み込んでいたり、海の状態も荒れていたりとあまり良好な状態ではないが、それ以上に別のところでは低下しているという報道が注目を浴びていた。まるで、その分が日本へと送られているようであり、その怪奇現象に娯楽に飢えている人々は色んな意味で沸き立つ。地球温暖化などでその危険性が十分に伝えられる中で、その報道は人々の不安を煽り、一方ではそのうちなんとかなるだろうとそんな楽観的な思考もまた溢れていた。海岸近くに住む人間は、間近でその影響を見ているだけに心穏やかではない。日本本土から離れた小島もいつの間にか姿を消しているのだという話もあり、海面上昇に対する日本人の反応は場所によって温度差があるという。

 

だが、それだけではない。

 

全国の動物達や昆虫達がここ数日急に生息場所を移動し始めたのだ。どこを目指しているのかは分からないが、草食動物肉食動物例外なく、まるで何かの意志に導かれるように移動し始めている。魚類もその例外ではなく、普段東日本で見るはずのない魚がみられたりするということも多々あった。その弊害は近隣の市町村に大きく現れており、どこもかしこもその対処に忙殺されていた。それでも動物達や魚達は移動をやめない。人の住処を横切るように移動をする。その姿は追い立てられるようなものでもなく、まさしく移動であるといえた。そしてそれは、猫や犬が地震前に騒ぎ始めるように、もしや天変地異の予兆ではないかとTVで取り上げられるほど、目立っていた。

 

だがそれだけではない。

 

この数週間の間に、犯罪が急激に増加していることが報道された。万引きや盗み、傷害、恐喝、果ては露出狂まで出ているという。その全ての犯行は月が昇ってから深夜にかけて行われているおり、しかも毎日絶え間なく起こるため警察各所はコレまでにないほどの負担を強いられていた。ネットでは『警察が本気すぐるwwwww!あ、給料泥棒脱却おめっとさんでーす!』『警察さんちすちーっす』『警察が働いている…だと…?給料泥棒脱却をお祝いします』『天変地異の前触れか!?給料泥棒脱却おめでとうございます』などと祝福の嵐であったが、負担を強いられている身からすれば溜まったものではない。幸い殺人や放火といった大きな事件はまだ無いが、時間の問題ではないだろうかと不安は尽きない。

 

だが、それだけではない。

 

ここのところ、全国で妙な噂が絶えなかった。ある場所では熊のようなでかい鼻(?)に挨拶された、またある場所では気味の悪いロボに襲われた、これまたある場所では百鬼夜行に連れ去られたなどと、いわゆる怪談の類であったが、そういったマイナーな妖怪から有名な妖怪に襲われたというような話が連日連夜、ネットやメディアを通して広まっているのだ。最初は笑い話であったその被害報告は、日が経つごとに急激に増えていき、だからか人々はその異常性に疑いを持ち始めていた。もしや本当なのかと?

 

だけどそれだけだ。

こんなことばかりが、報道され、ネットでもお祭り状態になっていても。

日本で何かが起きようといると誰もがそう感じ取っていたとしても。

そんなことよりも、草薙護堂にはもっともっと重大な事があった。

 

(どこに行ったんだ……兄さん)

 

彼が兄と慕う田中太朗が、ここ数日行方不明になったのだ。事件や噂が登り始めた時期と丁度重なるようにして。だからこそ思う。彼はまた何かに巻き込まれたのではないだろうか?太郎の両親はそのうちひょっこり帰ってくるとのほほんとしたものだが、護堂は妙な胸騒ぎを感じていた。

 

(いや、大丈夫だ。兄さんだから大丈夫だ。球磨川もなんとか追い出したし、もう心配事は何も無い。兄さんさえ戻ればいつも通りの日常に戻るんだ。球磨川が最後に言っていたことは気になるけど、所詮はあいつの言っていたことだから問題ない。だから、ただの杞憂。心配することなんて……)

 

だが、そういった不安は得てして考えれば考えるほど増大していくものだ。それは護堂とて例外ではない。さながら虫が果実に巣食うように、じゅくじゅくと彼の心が締め付けられる。何より、護堂には何か引っかかるものがあった。

何かを忘れているような、いや、見落としているようなそんな違和感を。

 

「草薙さん」

「万理谷さんじゃないか。どうしたんだ?」

 

放課後、教室に残る生徒もまばらである中、護堂の元を訪れる人がいた。思考を中断して顔を上げた先には最近知り合った同級生、万理谷祐理。少し前に一緒にカラオケに行き、彼女について裏のことも含めて知った。最初は慇懃であった彼女も今では態度も柔らかく、それなりに関係を結べており、時折こうしてこちらの教室に来てくれたり、最近は途中まで一緒に帰ったりしているほどだ。その都度、クラスメイト(主に男子)から嫉妬と殺意のこもった目で見られたり、妹の草薙静花にジト目で見られたりするが、居心地が悪くても、それを意図的に無視できる護堂は、流石というべきか、図太い神経をしていた。

しかし、今日はかなり焦っているようで、義理人情に厚い護堂はそんな彼女のただならぬ様子を見て、何があったのかと事情を聞く。急いできたのだろう、その白い肌には珠のような汗を浮かべ、彼女は頭を垂れる。

 

「あなたの……王たる御身のお力をお貸しください!どうか、馨さん達を助けて……!」

 

返ってきたのは彼を再び非日常へと引き込む嘆願であった。動揺からか途中から言葉にならず、それだけにその必死さがよく伝わった。

図らずも、彼の悩みの答えが、向こうからやってきたことに気が付くのはそれからしばらくしてからのことであった。まずは。

 

(草薙の野郎……俺達の聖女万理谷様に頭を下げさせてやがる!)

(どう落とし前をつけてくれヨウカナァ……)

(ただでさえいつもいつも擦り寄っているのが目に付くのになぁ!)

(誰か親衛隊に連絡を。その間に俺達はアイツを捕えるぞ!)

(アァ……ソレハイイ……。イヤ……ソレガイイ……)

「なんだよ、お前らっ!?」

 

ここから逃げ出すことを優先しなければならない。

じりじりと包囲網を敷いていく、先のとんがった覆面を被る不気味な集団から、祐理の手を引いて逃げる護堂。それが火に油を注ぐ行為であることに気が付くのは一体いつになるのか。

 

命を懸けた学園脱出の幕が今上がる!

 

 

 

 

『彼』と大太教の接触。これによって彼らの間には繋がりがあることが証明されたが、そんなことよりも驚愕に値する報告があった。

『彼』は大太の一部を自分に取り込んだ上で活動しているというのだ。一体何の冗談だと誰もが思った。

想像してみてほしい。コップがダムに溜めた水を受けることができるだろうか?

神の力というのはそういうものだ。たとえ、大太の一部となって本来の力の何割かを削がれている状態の中、神としての名とは別の『名』を与えられてさらに力を落とされた神であっても、その力を取り込むというのは自殺行為どころか、己の魂すら消し飛んでしまうほどの自滅行為だ。成功するはずのない事象であって然るべきなのだ。

だが、『彼』は受けきった!ダムから降り注ぐ何十トンもの水をコップで受け切ったのだ!それが冗談ではなく一体なんだというのか!だが、それが現実!

 

「これは考えられる限りの最悪の事態って奴かな?」

「目的が見えてきませんが、本当勘弁してくださいって感じですな。もしこれ以上に最悪なことが起これば辞表出してどこかへ逃げますよ、えぇ」

「例えば?」

「たとえばヨーロッパあたりの神が襲来する……とか」

「あはは、ただでさえ手一杯で問題も解決できていないのに、そんな事態になれば日本は終わることはなくても、日本史上最悪の被害になりそうだね」

「もはや発狂もんですよねー。いっそ祐理さんの報告に上がった若い王様に丸投げしたくなります」

「つい最近なったばかりの王様に現状を対処できるか凄く疑問だけどね。しかも祐理いわく本人は内面的に普通の人らしいし」

「彼らには常識が通じないと聞きますけどねぇ。でも一歩間違えれば日本滅亡フラグですか?」

「そうならないように足掻くのが僕達の仕事だろうに」

「そりゃそうですな」

 

今二人がいるのは大太の一部が封印されているとある山村。

外からほとんど隔絶されており、その村の住人は皆封印の監視者である。今はその姿は見えないのは、とある理由によるものだが、置いておこう。山村部なだけあって、少々冷たい風が二人の身体に巻きつく。着込んでなければ体が縮こまったことだろう。

あははーっと軽口を叩き会っている二人だが、しかしその朗らかな会話とは裏腹に、いつ何が起こっても対処できるように体には力を張り巡らせていた。二人は知っているからだ。今『彼』がこちらに向ってきている事を。故に二人に油断はないし、隙も見せていない。とはいっても、馨は非戦闘員であるため半ば甘粕に護られる形ではあるが。せめて心構えだけでもということだ。二人が待つこと数分、それは聞こえてきた。

ガサリガサリと踏みしめる音。まるで隠す様子もなく、迷いのない足取りで堂々としたものだった。近づいてくるにつれ、空気が押し潰すそれへと変質してゆく。周囲一体がのしかかるような錯覚を覚える二人だが、それに耐え来訪者を待つ。ガサリガサリと音がする。

一歩一歩いっそ丁寧なほどに草木を踏み潰しているのだろう。目の前を遮る障害物を押しのけて道を作るためにしては、無駄に力を込めているようであった。

風の音が止む。まるで空気すらも押し潰されたかのように。

ぞっとするほどの静けさが場を支配する。ただガサリガサリと踏みしめる音だけが響く。ガサリガサリ……。

やがて、木々の間からぼぅと滲み出るように『彼』が現れた。軽口もほどほどに、彼女達は『彼』へと話しかける。

 

「君がここに来るのはおよそ考えられる可能性の中で最も低いと考えていたんだ。考えた結果それだけは無いと思ったほどにね」

「いっそ賭けにしようかって話もありましたからね」

 

『彼』は反応しない。ただ二人の様子を自然体で近づいてくるだけだ。警戒すらしない。舐められたものだと思うが、それが当然。それだけの彼我の差が二人と『彼』の間ににはあるのだから。一歩一歩近づくたびに、世界が悲鳴を上げる。空間が歪むように、引き裂かれるように、ただただ重苦しく、耐え難い威圧に圧倒される。第三の手であるもう一つ右手が『彼』の周りをひらひらと飛んでいた。大太の右手である。苦もなく、まるで自分の体の一部のように扱っている様子から、やはり『彼』はその力を取り込んだのだと改めて思い知らされる。

それでも二人は慌てることも無く、ただ冷静に相対していた。

 

「全国が慌しい中で、ここに人手を割くなんて出来るわけないからね」

「手薄もいいところですな」

 

二人が軽口を叩く理由は二つ。一つは言うまでもなく冷静であるため。状況は芳しくないが、たとえ相手が圧倒的であっても、こちらが乱されるようではどんな場だって乗り切れないのだ。まずは自分のペースを保ち、流れをこちらに引き寄せる。

 

「でも常に最悪は考えておくべきだって今回の件で身に染みたよ」

「まだまだお若いんですし、馨さんなら次に活かしていきますよ」

「というわけでここは引いてくれないかな?正直今の戦力で君と戦うのはちょっとなぁなんて思うわけで」

「……悪いが」

「だよねー。とすると僕らは必然的に戦わないといけないわけど」

 

そしてもう一つは――――。

 

「残念だけど僕達の勝ちだ」

 

その宣言と同時に、『彼』の足元が青白く光り始めた!甘粕は馨を抱えて一気に後方へ飛び退く。

 

「……もう少しまとめな抱え方はないのかな?お姫様だっことかさ。これでも僕は女なんだけど」

「あっはっは。そんな余裕ありませんて。いつか白馬の王子様にしてもらってくださいよ。私はただのスーツのおじ様でしかないわけで」

「三点」

「これは手厳しい」

 

馨が雑な扱いに抗議している間も、状況は進む。

『彼』を中心に線が走る。線は孤を描きやがて何重もの円を作り、そして半球が『彼』を覆う。甘粕と馨の二人はその外側におり、『彼』だけが内側に残る。大きさにして直径約10mの結界に閉じ込めたのだ。

気が付けば、何十人もの人間が姿を現し、『彼』に手を向けて囲んでいた。

この地における大太の封印を護る術者たちだ。

そう、もう一つは時間稼ぎだった。

彼ら術者たちが術を発動するのに必要な時間をかけるために時間を稼ぐ必要があった。

勿論、古くから各地の大太の封印を護る呪術師たちは、当然如何なる襲撃があってもすぐさま対処できるよう色々と練っている。瞬時に対処できないようでは存在の意味がないのだ。今回だって、本来であれば一瞬で発動できる。しかし、『彼』と相対するに当たってはただの結界だけでは無意味!

 

『彼』は瞬時に状況を理解すると何かを握り締める。凄まじい勢いで木が成長し始める……はずであった。

 

「!?」

「君の生み出す力は厄介だ。こちらの術を無力化する。ほとんどの術は君の力の前では無意味だ。でも、僕達もただ手をこまねいていたわけじゃない!この結界の中では呪術は発動しない!」

 

どれほど珍しい呪術・魔術であろうとも、『彼』の力が呪力によるものである以上、対処はできる。とはいえ、このように呪術を発動させない類の結界を使うには条件がある。それは対象となる術を指定し、かつその呪術について詳しく知らなければならないということ。さらに予め場所を定めて準備をしなければならない上に、発動には時間が掛かるのだ。かなり使い勝手が悪く、使用するにも応用が効かないため、使いどころが難しいが、一度型にはまるとこれほど心強いものもない。そして『彼』は正史編纂委員会が長年監視してきた対象だ。その過程で『彼』と戦い、散っていった仲間達が少しずつ残してくれたものが今こうして報われた。

 

しかし、そこまでしても彼らは油断しない。

なぜなら本当に厄介なのはもう一つの力だからだ。あくまで封じたのは呪術であり、あの全てを圧縮する力はその限りではないのだ。呪力を使わない、彼らが『異能』と称するもの。これについても、いくらか対処は出来る。『彼』があの力を出すときは、釘を媒介にして、突き刺すことで発動させている。だから、この結界は、数十人で維持することで物理耐性を極限にまで上げており、釘は刺さらないようにしていた。そうすることで結界を崩させないようにして。

また、別の術者は『彼』の集中を阻害し、意識を乱していた。その成果があってか、今の『彼』は動きが鈍く、異能を使う様子は未だに無かった。効いているのだと、彼らは確信を深める。だが『彼』に対しては油断などしてはいけない。一番の対処方法は発動される前に押し切ること。よって、術者たちの動きは迅速であった

まるで彼の魔王たちを相手取るように、その場にいる者達は『彼』を扱っていた。大太の力を取り込んだ時点で、それだけの相手だと、それほどの相手であると誰もが認識しているからだ。

 

「正直な話、ここへ来るなんて思わなかった。いや思いたくなかったよ。たとえ君が大太に協力して各地の封印を解きまわっているといっても、ここは、ここだけは絶対に最後にすると思っていたんだ」

 

ここに眠る大太の一部は、他のどの大太の一部よりも厄介きわまりない、最悪の化身であった。目覚めさせてしまえば間違いなく軽く町一つが滅ぶレベルだ。故にこの封印だけはなんとしても護らなければならない。

だけど、とも思った。それは大太の神たちも困るのだと。

しかし、馨は一抹の懸念により可能性の低いこの場へと自ら赴いた。それは、常人が考えはしても、実行に移さないであろうことを、『彼』なら度外視する可能性に思い至ったのだ。可能性が低いからこそ、『彼』は来る。なかば確信ともいえる予感に突き動かされるように彼女は行動を起こした。正史編纂委員会から動かせる人員は少なく、また彼と相対しても無事であるとなればもっと少なくなる。適切な人材を引き連れて、大太の封印を護る術者達と連携を見せながら、外れてほしいと願っていた。だが、現実は残酷である。予感は正しく、彼女の願いは踏み躙られ、いっそ清々しいほど堂々と『彼』は姿を現した。故に彼女は決断する。するしかなかった。

 

「君には大太の一部もろとも眠ってもらう!」

 

馨は覚悟を決めていた。大を救うために小を切り捨てる覚悟を。いくら大人びているとはいえ、まだ十八歳という年齢でありながら、人一人を断罪するという重責を負おうとしていた。彼を今放っておいたらこの先何人もの犠牲者が出てしまう。ここで仕留めなければならない。

恨んでくれて構わない。彼女はそう口に出した。いくら『彼』が悪人といえども、割り切ることなどできない。なら彼女にできるのはそれを受け止めるだけだ。

彼女は印を組み、大太に封印を施そうと呪力を練る。馨に呼応するように、術者たちも呪力を練り始め、彼女へ呪力を集める。馨が封印術の中心となり、術を束ねるのだ。この役割は媛巫女にしかできず、『彼』を前にしても冷静でいられる馨が適任であった。

 

「この心臓の秘密舎利の宝篋へ!」

「「心は心臓、秘密は悟り、言葉に及ばぬ全身舎利!」」

「「「「「多宝神たる大太羅男尊によって、加持させられたる舎利尊よ、円満したまえ、円満したまえ!」」」」」

「「「「「「「「「「「成就あれかしや!」」」」」」」」」」」」」

 

謳うように、歌うように、祝詞を唱える。最初は馨だけであったのが、一人二人と増えていきやがて周囲の術者全員が唱えていた。

結界内の様子も変わっていく。大地が、泥のように柔らかくなり『彼』を引きずり込まんとする。大地に取り込まれていく『彼』は抵抗らしい抵抗も見せずに為されるがまま。やがて彼の体は頭まですっぽりと沈みこんでしまう。

そのまま地下深くまで引きずり込まれて、夢へと誘う。そして二度と日の目をみることはできなくなるのだ。同時に結界も彼と共に沈んでいく。彼が自力で封印を解除しないようその呪術を封じるために。

力を封じ、肉体を封じ、精神を封じる。この三重の封印を以って、術は為される。彼は大太と共に、永い夢の世界へと旅立つのだ。

この上なく『彼』に有効な封印であった。

 

―――誤算があったとすれば……。

 

「フルべユラユラユ……っ!?」

 

このまま『彼』と大太の一部が封印されると思われた矢先のことであった。

 

パリンッ……

 

土が消え、ガラスが割れるような音と共に、結界も封印もあっさりと崩壊した。

一拍置いて、巨大な木が地面を押し上げて成長していく。その成長は止まることを知らず、家屋をも飲み込んでいく。

巨大な木の成長が止まったとき、その頂にはこちらを嘲笑し、見下すように仁王立つ『彼』の姿があった。

『彼』は月を背に、先刻までつけていたサングラスを外し、その凶悪な目が晒された。

その姿から、誰もが脳裏に全く同じ単語を連想した。

その単語は畏れ多く、しかし、これ以上ないほど相応しい風格を以って、『彼』という人物をあらわしていた。

 

―――――魔王、『田中太朗』ここに在り

 

誤算があったとすれば、彼の異能がこの世で最も唾棄すべきものであることに気がつけなかったことだろう。

 




最後の一文に関しては、クマさんの大嘘憑きも相当ですけどね(>ω<)
却本作り?あれはご褒美でしょうJK。なんてね。
ではまた次回!


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第十九話

今回は微妙な気もしますが、とりあえずどぞー。


乗物から落ちた後の話をしよう。

何処とも知れない場所に落ちた後、着の身着のままでさらわれた俺にできることといえば、途方にくれることだけであった。外出の必需品である財布、携帯電話、サングラスのうちの最初の二つの無い状態でどうしろというのか。ヒッチハイクなんてのは論外である。御手洗さんを見て絶叫をされたのだから間違いない。

よって方角も分からず、当てもなくただ道に沿って歩くだけの俺に、救いの手を差し伸べたのは、ヒッチハイクの邪魔になっていた御手洗さんだった。右手なだけに。

俺の周囲をぷかぷか浮いている彼が急に上昇したかと思うと、周辺の情報を集めてくれたのだ。そして、彼の指し示すままに歩くことになった。どうにも彼のお仲間が各地にいるということで、彼らを起こして情報を集めていけばそのうち家につくだろうという話だった。

というわけで、御手洗さんのお仲間を起こしては、道を聞いて少しずつ家への帰路を辿ることに成功する。どうにかしようと思えば、どうとでもなるんだなと思った瞬間である。ちなみに、目覚めたお仲間さんはその後どこかへと去った。そのお仲間さんといのが、変な奴ばっかだった。

あるお仲間さんは、この世で最も綺麗な髪であると言われても違和感のない艶やかな髪の女性だったが、その髪を編んで服にしているのはさすがにどうかとおもった。もっとまともな服は無かったのか。とりあえず毛深いねと言ったら自慢の髪なんだよぅとけらけらと笑いながら自慢してきた。本人が喜んでくれたようで何よりである。さわり心地は良かったとだけ言っておく。

また、血のように赤くて、血管みたいな髪の女性が現れたときは、美人さんだなとおもったけど、目の前で自分の腕を引っかいて、俺に向って付着した血をぶっかけようとしたので、ちょっと怖かった。お近づきになりたくない類の人種(?)である。だが美人だ。

そして、極めつけは髪で片方の目を隠し、もう片方の目も閉じた少年が現れたときであった。盲目なのかなと思った瞬間、隠していない方の目を見開き、こちらを観察するように見たのだ。その見開き方が半端なくて、目が顔に取って代わったといっても過言ではなかった。ホラーである。しかし、ガン付けとあればガンナー(笑)の俺が黙っているはずもなく、思わずこちらも対抗してサングラスを外した。睨み合うこと数分、同時に握手。お互いの健闘を讃えたのだ。ここに新たなガンナーが生まれた。

そんな感じで御手洗さんのお仲間と会ったわけだが、個性的な面々であった。もう少し友達を選んだほうがいいのではないかと、御手洗さんに言おうか迷った。が、俺の言える義理ではなかったので、口を堅く閉ざした。第一印象で判断するのは、俺が最もしてはいけないことである。深い付き合いのある御手洗さんであれば、大丈夫だろう。

御手洗さんの仲間との出会いで、クマさんのことを思い出した。今頃元気にやっているだろうか?

 

そんなこんなで、キャンプ気分で野宿しては、地道に実家への道を辿ること数日、山に光が灯っているのが見えた。村である。山奥にひっそりとあって、まるで隠れ里のような雰囲気であった。

その村の近くにも御手洗さんのお仲間がいるという話であったが、そいつは避けようと御手洗さんの方から提案された。一体何故だろうかと尋ねれば、起こせば厄介と返される。

仲間はずれか?と問えば、そういうわけでもないらしい。歯止めが利かないとかなんとか言っていて要領を得ず、どうも他人が触れていい問題ではないようだ。とはいえ、もう夜も更けていて、限りなく満ちている月が空に昇っていた。もう少しで満月なんだなぁと思いつつ、月といえばツッキーどうしてるだろうと連想ゲームのように思い起こされたが、目先の欲に駆られてすぐ頭を抜け出して言った。つまり、久しぶりに屋根のあるところに寝たかったのだ。そうして、はやる気持ちを抑えながら村へ泊めてくれるよう頼もうと思い、とりあえずは村に近づいたところ。

 

「正直今の戦力で君と戦うのはちょっとなぁなんて思うんだけど」

「……悪いが(何を言っているのか、全然わからない)」

「だよねー。とすると僕らは必然的に戦わないといけないわけど……残念だけど僕達の勝ちだ」

 

ピカァァ……と光る地面。

透明半球に閉じ込められる俺。

あれよあれよと言う暇もなく変なことに巻き込まれてしまった。口を開こうとするたびに、先手を打たれて、結果何もいえないまま襲われてしまった。

不用意に近づくからそうなる。もうちょっと学ぼうと決意する一幕であった。

 

 

 

 

 

さて、どうするか。

半球内にいると神様特典であるゴミを木に変える力が使えない。

そして、それは神器も『回帰』も使えないことを意味していた。では代わりに、負倶帯纏(コンプレックスコンプレッサー)をと考えても、発動することが出来なかった。これについては、半球のせいではない。

 

(頭が……いたい……か、カラダもうごかない……てか全部イタイ……)

 

全身に響く激痛や、吐き気や寒気が襲い掛かってきたためだ。そのせいで、俺の意識は霞かかったように薄れ、前後不振の状態にまで陥っていた。身体も鉛のように重く、立つこともままならない。病気にでもなったかのような状態異常のせいで、いつ意識が飛んでも不思議ではなかった。

負倶帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)は制御するのはかなりの集中力がいる。

下手に発動しようとすれば、ちょっとした暴走状態になるだろう。状況は全然わからないが、このままだと大変なことになるくらいは分かる。

 

(……ヤバイ……はやくなんとか……しない……と)

 

周囲で何か言っているのが聞こえるが、どれも素通りしていく。必死に意識を繋ぎとめようと耐え忍ぶが、効果が薄い。御手洗さんが慌てているのが見えた。俺は何かされているのだと理解していても、何も出来なかった。何かに包まれるのを境に俺は意識を……。

 

(あ、めっちゃすっきり)

 

手放さなかった。唐突に、打って変わってそれまでの苦痛が無くなり、むしろより通常時の快適な気分が強調された感じだ。健やかな気持ちとはこのようなことを言うのだろう。

はて?一体何が起こったのだろうか。

意識を取り戻したとき、眼前に広がるのは真っ暗な世界であった。まるで何も見えない。おまけに体が動かないものだから、もどかしく思える。指一つ動かせないばかりか、髪の毛の隙間までびっしりと何かで埋まっているような感覚であった。まるで石の中にいる気分だ。ガシっと全身が固定されている感覚はある意味新鮮で、とてつもない閉塞感でもやもやする。自由に身体を動かせないっていうのは相当なストレスになるようだ。

恐らく、金縛りか何かだろうが、どちらにしろこんな状態ではゴミも握れないため、『回帰(リバース)』は使えない。ちなみに『回帰』というのは、ゴミを木に変える能力のレベル2のことで、簡単に言えば、変えられたものを元に戻す力だ。昔から怪しい連中が使ってくる魔法みたいなのを、無力化して無双するのに役に経っている。

どうも、魔法を魔力(彼ら曰く呪力)に戻しているらしい。詳しくは知らないが、倒すたびに『呪力に戻った!?』などと驚いているから多分当たっている。隙を突けばいいだけの簡単なお仕事でした。

が、強力だが、今使えないので意味はない。

ではどうするかを考えなければならないわけだが……。

 

(太朗君。体は動かせそうかね?)

(うおっ!?なんだっ、頭の中に声が……)

(我輩だ)

(お前だったのか……ってその一人称、もしかして御手洗さんか?)

(いかにも)

 

たこにも。ちょっとくだらないやりとりをしながらも、重厚感ある声が頭に響くのはあまり気分のいいものではなかった。脅されている気分だからだ。御手洗さんのテレパシーらしい。これが若本ヴォイスであればクスリッときたが、バスの域にまで達するほどのおどろおどろしい低い声ではグスリとなる。子どもであれば涙腺大崩壊間違いなし。

って、これまでは筆談であったのに、ここにきてテレパシーだと?

 

(最初からそうしてればよかったんじゃないのか?)

(そうしようにも、できなかったのだ。できるようになったのはつい先ほどのことだ。それよりも、太郎君)

(何だ?)

(気付いているか?今君は目を閉じていることに)

(マジで?てことはこの暗闇は目を閉じていたからって落ちなのか?てかそれが何?)

(……本気で気付いていないのか、意図的に無視しようとしているのか、あるいはまた別の何かか、判断に困るところだな)

 

俺の返答に、御手洗さんはそう呟いたが、一体なんのことだろうか。

 

(今の状況を説明すると、君は封印されてしまったのだ。今はまだ意識もはっきりしているかもしれないが、徐々に薄れ、もう二度と目覚めることはないだろう)

(封印!?どうして俺が封印されないといけないんだ)

(それについてはすまないとしか言えないな。以前説明したように、我輩達は大太の一部。そして彼らの目的は大太の復活の阻止だ)

(……つまり、敵対関係にあると)

(我輩に協力して封印を解き回ったのも、君が彼らに敵視されている理由のようだ。これまでは月読尊のおかげで巫女や呪術師はいなかったが、今回は先読みされたようだ。敵ながら天晴れだ)

 

要するに今まで敵と遭遇しなかったのは、運が良かったからだと。薄氷の上を気付かずに歩いていたなんて、これほど恐ろしい話もない。いうなれば、地雷原を裸足で駆け抜けるようなもんだろ?

 

(ていうか、どうしてここでツッキーの名が出て来るんだ?)

(む、それは彼女が……あ)

(?どうした御手洗さん)

(太郎君、君に一つ残念なお知らせがある)

 

嫌な予感しかしない。

 

(先ほど君は封印されたといったが、それは我輩にも当てはまるのだ。むしろ、基幹になっているのは大太の封印であり、大太と繋がっている太郎君も大分影響を受けるのだが、そこは置いておこう。問題は今、我輩達がいるのは封印の中で、もっと具体的にいうと地中に引きずり込まれたのだ。人間である君が地中にいれば息なんてできるはずもないから、我輩がそれとなく土の中に含まれている空気を集めて君に供給していたのだが)

(なんとなく想像ついて聞きたくないけど、つまり?)

(我輩眠くて空気作れない)

 

思ったより深刻な問題だった。石の中にいるではなくて、土の中にいるだったか。それにしても、さっきから息苦しくなってきたな~って思ってたけど、それを聞いた瞬間冷や汗がドッとあふれ出した。どうするんだよ!?このままお陀仏になれってのか!

 

(今の我輩は少しでも気をぬけばころりと堕ちる。今はそなたとの会話で無理矢理頭を働かしているが、時間の問題だ。だから、すぐにここから出よう)

(出る方法があるのか!?)

(先ほどの一連の会話はそれを話そうとしていたのだ。話が脱線しまくってしまったがな。ああ、眠い……。無駄話が過ぎたな。意識……が……。要点だけ……言うと、我輩がサングラスを……取る。そなたは目……を……ぐぅおおお……くかぁああああ)

(御手洗さん?……御手洗さぁあああああああああああん!?)

 

最後まで説明してから寝てくれよ!そして、いびきうるせぇ!

てか、このままだとヤバイ!どんどん息が苦しくなってきた!本気で何かしないとヤバイ。

脳は酸素が回らないと停止してしまうから、早く……しないと!

 

(御手洗さんは何を言おうとしていたんだ?目?俺の目をどうするんだ……?)

 

焦燥。

これが三回目の命の危機。一回目は前世、あの時は普通に死んだ。

二回目は最近のノーパラダイビング。

そして、今は窒息死。

何度遭遇しても慣れることはない中で、焦りだけが俺を困惑させていく。

 

――――気付いているか?今君は目を閉じていることに

(これだ!!)

 

ほとんど酸素が回っていない、朦朧とした意識で思いついたら即行動。御手洗さんの言葉が何の意味を持っているのか知らないが、目を開ければいいのだと、最後の力を振り絞って目をこじ開けた。

 

パリンッ……と何かが割れるような音と共に、視界が一気に広がった。同時に真ん丸の石みたいな塊が地面に落ちる。触ってみると滑らかで、堅かった。土の塊のようだが、かなり圧縮されたことが窺える。

御手洗さんの言っていた通り、地中深くにいたようで、俺は穴の中にいた。クレーター状に抉られた土の中心からは、星空が見えた。月が円の中心に昇っており、俺のいるところを奥深くまでしっとりと優しく照らしてくれるような光で満たしていた。気が付けば俺は自由に動けるようになっていた。どうやら、封印は完全に破壊できたらしい。

 

(サングラスがない。御手洗さん、やることはやっていたんだ。ああ、空気が美味しい)

 

空気のありがたみというものを俺は感じ取っていた。当たり前のものであっても、なくなってしまえば困るもの。空気にはとても大事な価値があるのだ。

今の心境は例えるのなら、サウナから出た後のあの爽快感だ。満面の笑みを抑えられない。

しかし、疑問も残る。何故、御手洗さんは俺が目を開けばこの封印が解けるといったのか?

 

(どうでもいいか。とりあえず解けたのなら……)

 

俺はポケットの中からゴミを取り出して握る。木が手からあふれ出す。

地面奥深くに根ざし、天へと向って成長し続ける。俺は、自由に動けないストレスとか息苦しさから解放されたせいか、かなりテンションが上がっていた。

それはもう、類をみないくらいにだ。

だからだろう。俺がイメージした木というのは。

 

ジャックと豆の木のように大きな木であった。

 

流石に天にまで届くことはなかったが、周囲を巻き込みながら成長していく巨大樹を見て、俺は少しだけやり過ぎたと反省した。

もう笑うしかないね!

 

さっき襲ってきた人達、ドン引きしてる。しかも、膝をついてうなだれている人もいる。良く見ると家屋を巻き込んでいて、きっとその持ち主だったんだろう。まぁ、襲われたのはこちらも同じなので、お互い様と言うことにしておこう。こっちは殺されかけたわけだしね。

 

――――ズグンッ……

「?気のせいか?」

 

一瞬だけ、右手が大きくうずいたが、それどころではないので無視した。俺は右手に(クロガネ)を作り出して、戦闘態勢に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

「すまない皆。僕のミスだ。あいつを、田中太朗を甘く見すぎていた……!」

「馨さんは何も悪くないですよ。しかし、今のでしとめられなかったとなると、ちょっとこちらが不利ですね」

 

実際はちょっとどころではない。彼の力を封じるものが全て駄目になってしまった今、彼らに残っている対抗手段は尽きた。彼らにできることは、被害を最小限に食い止めて逃げることだけ。後一歩まで追い詰めることができて、何たる様だと誰が罵れよう。彼らは田中太朗のことを良く研究し、その最善の対策をとった。想定よりも常に上で脅威を設定していたのにも関わらず、こうなってしまったのは田中太朗が彼らの想像を遥かに上回っていたからに他ならない。相手が悪かった、そういうしかない。

だからこそ、甘粕の決断は迅速であった。

 

「私達が全力で時間を稼ぎますので、その間に馨さんは何人か連れてお逃げを」

「な、何を馬鹿なことを!それに大太の封印だって!」

「馬鹿なことでもないですよ。こうなってしまった以上、残る手は逃げの一手のみ。一度体勢を立て直さなければ、全滅します。封印については多分何とかなります。それにあなたは媛巫女、ここで失うわけにはいきませんからねー」

 

その言葉に、馨は歯噛みすることしかできない。

甘粕の言葉は正鵠を射ている。今逃げなければ全滅は必死。それだけは避けねばならない。そして、馨は日本の呪術界が大事にしている媛巫女の一人。彼女を失っても代えはいない。甘粕は腕の立つ男であるが、しかし彼の代わりはいる。この場での役割ははっきりしていた。

 

「……行ってください馨さん。何、これでも逃げ足には自身がありますからね。安全を確認できたら、すたこらっさと逃げますよ」

「甘粕さん……」

「早く。いつまでも彼が待ってくれるとは限りませんから」

 

見れば、田中太朗の右手の指には銃のようなものが生み出されていた。二人はあれの存在を知っていた。だから、何か言おうとした馨の言葉を遮って、甘粕冬馬はせかす。少し逡巡した後、彼女はその場から離れた。

その様子を満足そうに見届けてから、甘粕は彼と向き直る。

 

「全く、ここ数週間の出来事は例えるなら某シューティングゲームの難易度ルナティックですよ。次から次へと絶え間なく厄介ごとが起こって、今も一歩気を許せば日本存亡の危機ですからねぇ。全く、働くこっちの身にもなってほしいものですよ」

「……東宝プロジェクトか」

「おや、ご存知で?意外にあなたもいける口だったりするんですね。私は西妙寺妖々子とかが好きですよ。あなたはどうですか?」

「……」

「つれないですねぇ」

 

先手必勝といわんばかりに、甘粕から仕掛ける。太郎の背後(・・・・・)から。

今目の前でしゃべっていたはずの甘粕ではない、もう一人の甘粕が後ろから殴り掛かってきたことに、太郎は目を見張る。

 

「分身の術か……!」

「それはどうでしょう?」

 

かろうじて相手の拳を受け止めるも、足場の不安定な枝の上であっては踏ん張れない。太朗は甘粕と一緒に地面へと落ちていく。

 

「さぁ、最後まで私たちに付き合ってもらいますよ!」

 

その言葉と合図に、周囲の術者たちが襲い掛かる。

田中太朗はそれを無感動な目で見るのであった。いっそ、ため息をつきそうなほどに無感動な目で……。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

甘粕らと別れた後、馨は数人を引き連れ、森の中を走っていた。あの村までは車に乗って訪れたのだが、その車は太朗の木の成長に巻き込まれて動かなくなってしまった。そのため、今こうして自らの足で駆け抜けなければならないのだが、夜も更けており、森林内という視界もままならない中を走るのは大変である。

それでも彼女達は逃げていた。後悔の念と罪悪感を抱きながら。

 

(すぐに助けに行くから、それまで死なないでくれよ)

 

彼女達は知っていた。これがきっと今生の別れにもなると。そして、残った甘粕たちも知っていただろう。そんな決断をさせてしまった己の無力さ、不甲斐なさに馨は歯噛みしながらも、泣くことはなかった。今はそんな場合ではないからだ。まだ戦っている彼らをどう助けるのか、走りながら必死に考えるべき時なのだ。

 

だが、そんな妙案がぽっと湧き出るのであれば苦労はしない。よくない想像ばかりが浮かび上がるのをどうにかして抑え込んで、あらゆる方法を模索していた。

そんなときであった。

 

「!?」

 

一筋の光が正面から差し込んできたのだ。暗闇であった中、急に明るくなれば、その落差に人間の目は追いつけない。すかさず腕で目元に影をつくり、何事かと足を止める。こんな時にとイラつきながら。

 

「馨!」

「馨さん!」

 

果たして、聞こえてきたのは二人の少女の声であった。

そしてその後ろからは一人の少年が。

馨に一筋の光が差し込んだ。

 




話すすまねぇー。
もうちょっと展開を練ることを覚えていかないとなぁ。
そんな感じの第十九話でした。
次回もよろしく!


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第二十話

久しぶり、待った?


昔々のお話。

俺が生まれ変わる前のお話。

神なんて存在はいなくて、漫画のような能力もなくて、超能力なんてもってのほかな世界での、ただ目つきが悪かっただけの男のお話。

小学生だった俺は、虐められていた。どこにでもある話だが、当事者にしてみれば理不尽で不条理であった。目つきが悪い。それだけでいじめられる対象になるなど、当時ただの子供だった俺に想像できるはずもなく、降りかかる火の粉に嫌気のさす日常であった。

机に落書きされたり、靴を焼却炉に入れられたり、上履きに画鋲が入っていたりと他にも色々あるがおおむねそんな陰湿な日々。積もっていく陰鬱とした感情を押し殺し続けた。先生も見て見ぬ振りをしていたため、味方などいないも同然であった。直接的な暴力が無かったのは、恐らく彼らなりにばれるのを恐れてのことだろう。

俺はただひたすら耐えていた。

親にも話さなかった。だって大好きな二人に心配なんてさせたくなかったから。

そんなある日のことだ。

いい加減虐められることに疲れてしまった俺は、この状況を変えようと自分で動きだした。

頼れる人はいない。教師は口ではきれいごとを言うだけで、何もしてくれない。両親にも心配させたくない。ならば、自分で解決することを決意するのは当たり前な思考の帰結であった。

 

まぁ、結果はいわずもがなさ。

今となってはどうでもいいことだし、ここで語ってもつまらないことだから詳細は控えるが、一つ言えるのは、抗うというのは皆が思っている以上に疲れることってことだ。

 

 

 

 

甘粕、大太の封印を護る者達と太朗が本格的な戦闘に入った瞬間、その大半が戦闘不能となった。

それというのも、彼に本気で睨みつけられたからだ。普段サングラスによって抑えているが、それらが一切取り払われた状態での彼の本気のガン付けの圧力は恐ろしいものだ。

その圧力たるや呪力で強化した肉体がまるでゴミ屑を扱うが如く尋常なものではなかった。全身を圧縮してくる圧力波に耐えることができず、大半がこれにより手足が骨ごと粉砕されて戦闘不能となる。太郎がガンナーを名乗っているのは伊達ではない。もっとも、その程度で済んだのは幸いだろう。下手をすれば、文字通り全身が圧縮されて見れたものではなくなるところだったのだから。あるいは、その程度に彼が抑えたのか。

この圧力に対応できたのは甘粕たちレベルの術者であった。熟練した肉体強化がこの圧力に抗うことに成功させたのだ。しかし、厄介なことに彼のガン付けは彼らだけを圧縮したわけではなかった。

その目力は彼らのいる空間をも歪ませる。いや歪ませるという言葉では済まない。

さながら四方を固定した紙の真ん中だけをぐしゃぐしゃにしてしっちゃかめっちゃかにするかのように、引き裂くやひき潰すとも違う、理解の届かない空間へと変化させていく。

かつて、不良たちを追い詰めたときの空間の悲鳴の比ではない、それは断末魔とまで言えるほど身の毛がよだつものであった。

そして、空間にかかる圧力により彼らに流れる時間の流れもまた変化した。すなわち、太朗とは相対的に遅くなってしまったのである。彼らからしてみれば、太朗が急激に速くなったように見えただろう。これは少し前階段から落ちた万理谷裕理を助けたときに用いた力でもあった。この力のせいで、彼と戦えることのできる人間はさらに限られてしまう。

 

かろうじて戦闘不能を逃れた彼らを待ち受けていたのは、『衝撃』であった。その『衝撃』により一気に3~4人の人間が吹き飛んだ。さらにもう2~3人が後に続く。甘粕達が唐突に現れた『それ』に目を見張る。

『それ』を持つのは大太の右手、手洗い鬼の御手洗さんであった。

『それ』は万物を創り出す彼の力によって生み出された巨大なハンマーであった。人間の手の何倍も大きい、人外の右手にふさわしい巨大なハンマーは、彼らの驚愕を置き去りにしたまま、敵を達磨落としのように吹き飛ばしていく。叩き潰されるものがいないのは、太朗の慈悲か御手洗さんの優しさか、そうであっても超重量が正面からぶつかった破壊力は人の身体を容易く壊していく。太朗たちからすれば普通の速度で、甘粕たちからすれば超スピードで振るわれるハンマーは、まるで自我があるかのごとく自由自在であり、悪夢そのものであった。

ここまで大太の力を掌握しているのかと、戦慄させるほどの衝撃を与えた。もちろんこの衝撃は精神的なものである。

状況を打開する手を考える時間もない甘粕たちは、どんどんその数を減らしていった。

馨さん達を逃がすだけの時間稼ぎになっているだろうか。

そんな疑問が頭をよぎる甘粕であったが、次の瞬間には気を引き締めて戦いに集中する。

 

 

 

日常茶飯事というのは、日常で普通に起こることを言うのであれば、まさに今の状況は俺にとっての日常茶飯事に他ならない。

襲われる。

この世に生れ落ちた俺には至極慣れ親しんだものだ。だからこそもはや俺は驚くようなことはしない。俺にはよくわからない理由で、向こうの勝手な理屈で襲いかかられた回数はもう両手両足では事足りない。最初はパニックに陥って、何が何やらわからないうちに撃退してきたが、今となっては慣れたものだ。

今の肉体はかつての俺では想像つかないほどのスペックを持つのだから、武術を嗜んでいなくても相手を上回る速さで近づいて、防御されてもそれを上回るだけの力でぶん殴れば相手はそれだけで倒れてくれる。どこかで読んだことがあるのだが、武術は弱い奴が強くなるための技術だという。であるのなら、最初から強い生物は武術なんて必要ないのだ。冗談みたいな話だが、冗談ではない。ダメ押しに(クロガネ)を打ち込めばおしまいだ。百発百中、とはいかないが、伊達や酔狂でガンナーを名乗っていない。7割当たる。それに『鉄』の釘は生き物相手だと物理的な圧縮は起こさないので、人が肉塊になることもなく、釘付けにすることが出来る。単発なので作り直す必要があるが、打ち出した(クロガネ)なんてゴミに等しいし、大きさも豆鉄砲なので、限定条件は簡単にクリアできる。端的に言えば、左手で覆えば釘はリロードされるということだ。左手は添えるだけとは誰の言葉だったか。

それに、相手の呪術だか魔術だかはレベル2を付加した木で無効化できるし、俺の類稀なる動体視力のおかげで今世界のすべてはスローモーションだ。よく漫画であるような意識だけ先行する状態ではなく、きちんと俺の身体はこの世界にあわせて動くことができる。相手も何人かそれなりに速く動ける奴がいたけど、俺には全く及ばない。後は、赤裸々となった相手の動きに合わせて、カウンターを決めればいい。

まさに俺の独壇場。

そして、この場にはこれまでとは異なる存在もいることを忘れてはいけない。背後からブオンッと背筋の凍る音が放たれる。そして、響く声。

 

(我輩に任せろー!)

ばきばきー

 

思わずやめてと叫びたくなるのを堪える。ついでに生々しい音に耳を塞ぎたくなる。

巨大なハンマーをもった右手が、背後から飛び掛る三人の男たちをなぎ払う。嫌な音を上げながら吹き飛んでいく三人は、木に叩きつけられてそのまま気絶する。あれは痛い。

 

そう御手洗さんである。

俺を護るようにフヨフヨと漂うその右手の頼もしさといったら。

最初に背後から飛び掛ってきた分身っぽい男の拳を受け止め、そのまま遠くまで投げ飛ばした力強さといったら。

惚れる。彼が女だったら『右手が恋人』とかできたのに。

冗談はさておき、彼も戦ってくれるおかげで随分と負担が軽くなった。避けるだけでいいとか今までの戦いからは考えられない。いくら戦いに慣れたとはいえ、多勢に無勢、対処するのにも限界がある。しかも遠くから状態異常を仕掛けてくる奴もいるらしく、時折動きが鈍ったり、体の一部に激痛が走ったりする。レベル2は、神器同様、木一本に付き一つしか還元できない。要するに相手が別々の術を使ってきたら、その都度新しく木を生み出す必要があるわけだ。『手で覆えるだけのゴミ』という限定条件がある以上、神器と違って、それが隙になってしまうのは言うまでも無い。生み出した木は当然手で覆えない大きさであるし、何より神器を常時発動しているため、レベル2の木は常に一つずつしか生み出せない。ゴミの方はなんとでもなるが処理が追いつかない以上、隙はどうしても出てくる。

だが、その弱点は御手洗さんのおかげで無くなっていた。彼がいるおかげで隙は埋められすぐさま敵を沈めることができていた。ここまで余裕のある戦いは、いつぶりだろうか?

殴って、蹴って、打ち込んで、時々、御手洗さんにも巨大釘を打ち付けてもらいながら、粛々と殲滅していく。

今、俺達一人と一体で無双していた。

神の一手とは御手洗さんのことだったんだ!

 

「こいつで最後だな」

(ああ、我輩がいうことではないが、死屍累々だな……)

 

やりすぎたか、テヘペロなどと言っている御手洗さんはさて置いて。

気が付けば、相手は後一人になっていた。戦いの前に、東宝プロジェクトについて語り合おうとしていた人。ちなみに俺は紅白な主人公が好きである。黒髪で紅白で巫女とか滾る。

その最後の一人は、息も絶え絶えでありながら、しかし戦意はまったく失われていない。むしろ、虎視眈々とこちらの喉を食い破ろうとする気迫が伝わってきた。先ほどの戦いでも、分身とかなんか忍術っぽいものを使ってこちらに対応していたことから、忍者だろう。そうすると、下手な油断は禁物だ。いつだって猫は鼠に噛まれないようにすべきなのだ。

一瞬の気の緩みが命取りなのだから。

この男は、幻術とか分身とかを使ってこっちを翻弄してきた。また幻か分身かもわからないので、直接触って確かめることにする。男の首を掴み、持ち上げる。若干力を込めてみると苦しそうにうめく。感触からして、多分本物。

そして、思った。

 

(あれ?これだと俺が悪役みたいじゃないか)

(それは今更であろう)

(ていうか、この後どうしよう)

 

首を掴んで持ち上げてみたのはいいけれど、これ以上危害を加えるつもりはない。とはいっても、手を放した瞬間手ひどい反撃を食らうのもごめんである。とりあえず、この人にも釘を打ち込もうと、(クロガネ)の照準を鳩尾辺りに向ける。零距離射撃ゆえに離す可能性は0!

 

「ふ、ふふ……」

 

!?手の中でうめきながらも、笑みを浮かべる男。周囲は壊滅し、これだけ痛めつけられたのにも関わらず急に笑いだしたので、気味が悪かった。痛めつけられて悦にはいる変態性ゆえか、それとも別の理由があるのか。

……後者であると信じたい。

 

「何を笑っている」

「いえ……我ながら……この状況は笑うしかないなと……」

 

ああ、なるほど。こいつらは俺を倒す戦略・戦術をかなりの精度で練り上げてきていた。これまでの俺だとあっさりやられるほどに。もし、今回御手洗さんがいなかったらと思うとぞっとする。

しかしだ。最終的には俺に軍牌が上がった。それが結果だ。

そもそも、俺に襲い掛からなければこんなことにはならなかっただろうに。いや、むしろ俺に襲い掛かったからこんなことになったのか。どちらにしても、俺からすれば自業自得だ。弁明の余地もないだろ。

ということを言おうとして、そこまで回らない俺の口に絶望した。知り合いでなければ、うまく動かないのです。

 

「……貴方相手に有効な戦略……大太の封印……今回はいけると思ったのですがねぇ……ままならないものですよ……」

 

首を絞められているせいか、苦しげに言葉を紡いでいる。そして、徐々に雰囲気が変わっていく。

 

「その目……その目ですよ……私の同僚が……一般の方々が……おかしくなるのは……」

「何が言いたい?」

「ふふふ……ことここに至って理解しました……ああ……圧縮なんてとんでもない……私達はとんだ思い違いをしていました……」

「……何を言おうとしている?」

 

背筋に嫌な予感が這い上がる。今からこいつが口にしようとしていることを、俺は聞いてはいけない気がする。鉄の付いている右手に力がこもる。

 

「目です……その目なんです……そうでないと説明が付かない……あれだけ周囲が圧縮されていて……圧縮だけに目が……どうして……人が死なないのか……目です……目なんです……滑稽だ……貴方は気付いているのに……くふふ……目を逸らしている……」

「俺が何に気付いているって?何から目を逸らしているって……!?」

 

さっきからこいつは何が言いたいんだ!虚ろな笑みを浮かべて、何を

 

「あなたは目を逸らしている……ああ滑稽だ……こんな奴に私達は……何故今気がついて……釘付けになっていた……?いや……今釘付けになった……ならやはりそういうこと……だから目を逸らしている……何に?どちらにしても……滑稽です……気付いているのに……気づいていない矛盾……くふふ……でもあなたは気付いている……今の貴方の顔は……」

 

反射的に(クロガネ)を打ち込む。これ以上、こいつの思考が入り混じった意味不明な羅列に付き合いきれない。はっきり言えば、気持ち悪いし気味が悪い。鳩尾辺りに打ち込めば黙るだろうと思ったが。

 

「ふふふふ……ははははははははは……駄目なんですよ……その目は駄目なんです……その目が駄目なんです……その目で駄目なんです……ふふふ……違う……その目で見るな……その目で私を見るな……」

「……もうやだこいつ」

 

壊れたようにブツブツと呟くばかりであった。なんていうか、キモい。

 

(……御手洗さん。俺の顔って今どんな感じ?)

(……いつも通りだが?)

 

少し、本当に少しだけ。この男の言葉が気にならなかったといえば嘘になる程度には気になったので、御手洗さんに俺の顔を見てもらったが、特に変化はないようだった。良かった。

さて、こいつは適当に捨てて―――……

 

(太朗君、後ろだ!!)

(うぇっ?)

 

咄嗟に手に持っていたもの(・・・・・・・)を背後に掲げる。寸前で止まる刀に、俺は新たな敵の来襲を知る。

 

「あちゃー、今のいい感じだったのになぁ。ていうか甘粕さんを盾にするなんて聞いていた以上に外道だねっと!」

 

新たな敵は、可憐な少女であった。大和撫子を思わせる風貌に、野生児を思わせる快活さ。何処と無く浮世離れした彼女は、奇襲に失敗したと悟るやいなや、すぐさま距離をとる。

 

「こらっ、清秋院!あまりタロ兄さんに物騒なことを……こ、これは!」

「そんな全滅!?い、急いで手当てを!」

「祐理、そんなことより今は敵に集中して!」

 

聞き覚えのある声と見覚えのある姿。

木々の間から出てきたのはこの前一悶着起こした万理谷さん、先ほどここから逃げたと思しき少女、そして。

 

「護堂君……何故ここに?」

「タロ兄さん……」

 

悲しそうな表情で俺を見る護堂君がやけに印象的であった。

俺たちの久しぶりの再会は、たくさんの人が釘に打ち付けられている中という、随分と殺伐した場所であった。

 




突っ込みどころ満載?
というわけで、皆様お久しぶりです。ようやく一段落ついたので、また更新をぼちぼちしていこうと思います。週一更新を目指して頑張ります。
また、後ニ・三話は展開的に若干だれると思いますが、よければお付き合いください。
といわけで、次回お楽しみに。


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第二十一話

週一更新を目指すと入ったが、できると入っていない(キリッ
ヒーローは遅れてくるってな!(笑)
すまねぇ、すまねぇ。
俺にはこれが限界だったんだ!
真剣に御免なさい。

というわけでどぞー。


負具帯纏(コンプレックス・コンプレッサー)は言うまでもなく過負荷(マイナス)だ。それは負完全である球磨川禊も人外である安心院なじみも認めることだ。そして、その二人をして太朗の過負荷はこの世で最も残酷な力の一つであると言わしめたのだった。

自分に向けられる視線を束ね、その圧力で対象を圧縮する力。

なるほど、これは間違っていない。確かに彼の力は対象を圧縮する力だ。物質だけではなく、無形の物までも逃げられない。時間だろうが空間だろうがすべては圧縮されてしまう。

距離を圧縮すれば一瞬で距離を詰めることができ、速度を圧縮すれば相手を強制的にスローにすることが出来る。

しかし、その程度では最低な力などといわれないだろう。

そして、その程度が負具帯纏の本質ではない。

『圧縮』という現象に捕らわれてはいけない。

この過負荷は圧縮などとは別のところにその本質があるのだから。

 

 

 

 

 

死屍累々

その状況を表すのであればこの言葉が適切だろう。

先ほどまで村として機能していた場所は大量の木に埋もれ、その木々には巨大な釘を打ち付けられて張り付けにされた、大太の封印を護る呪術師たち。まるで虫の標本であった。敬意も思いやりもなく、無感動に、さながら流れ作業のように一人、また一人と木に打ち付けていったのだから。不思議なことに、その衝撃的な見た目に反して血は一滴もこぼれ落ちておらず、失血死をすることはなさそうだが、しかし全員が絶望に彩られた表情で気絶していた。

 

月を背にし、甘粕を見下す太朗。他の呪術師たちが戦闘不能に追いやられていくなか、甘粕が最後に生き残っていた。しかし、甘粕も無傷ではない。むしろ彼は慢心創痍であった。体のいたるところに傷があり、息も荒くなっていた。身体に残っている呪力も心もとなく、万事休すと彼の表情には諦観の念が浮かんでいた。巨大ハンマーの暴風にも似た攻撃を紙一重で避け続け、その隙間を埋めるように次々と生み出される大質量の木々をかわし続けた。執念にも似たその奮闘は、彼の隙を見定めるためのものであった。

だが、一撃でも喰らえば戦闘不能に陥る重圧に耐え続けた彼の抵抗は、動いている針の穴に糸を通そうとする作業と同程度の集中力を必要とし、当然長く続くことは無かった。隙を見つけることもできず、ただただ体力も気力も削られていく。彼の集中力は限界に来ていた。

しばらくは膠着状態が続いたが、ほんの一瞬だけ、動きが鈍ってしまった。そして、それが決定的な隙となってしまった。

その隙を太朗は見逃さない。

すかさず鞭のようにしなる木を二本、左右から挟むように生み出した。超重量であるはずの木を軽々と振り回す姿は彼の膂力が尋常でないことを物語っていた。

上に逃げるしかなかった彼を待っていたのは、太朗のかかと落としであった。

全身が砕けそうになる衝撃に意識を持っていかれそうになるもなんとか引き止める甘粕。しかし、彼の必死の抵抗はそこまでであった。全身に力が入らず、倒れ付したまま太朗と相対することになってしまった。

いくら魔王を連想させられたとはいえ、相手は人間のはずだった。隙を突けば攻撃は通じるはずで、あわよくば倒せればと思っていたが、同時にそんな楽観的な考えが通じる相手ではないことは最初から分かっていた。

 

(しかし、こうまで自分達の力が通じないとは、心底イヤになりますねぇ……。先達の方々の心が折れるのも納得ですな)

 

素の状態であの身体能力は脅威であるが、これまでの経験上彼は何故か呪力を用いての肉体強化などをおこなわないため、それ以上の身体能力の上昇はない分、まだ対処の仕様はある。自分達の持つ術で動きを鈍らせたり、肉体を強化して相手の身体能力に追いつけばいい。

問題は彼の持つ呪術と異能だ。この力のせいで、彼らは常に太朗に辛酸を舐めさせられていた。

 

呪術を封じても異能が、異能を封じても呪術が。

片方が使えない状況を生み出しても、もう片方の力でことごとく乗り越えられてしまう。だから、必要であった。どちらも封じる方法が。そして、彼の力の正体を分析し続けて、かなり高い精度にまで暴いていったのだ。

そして、今回の戦いではそれらを込みで戦術を練り、追い詰めたというのに、想定外のことがあっただけでこの体たらく。もし最初から封印を打ち破られる可能性を考えていれば、結果はまた違ったことになっただろう。所詮はifの話であり、誰もが封印に絶対の信頼を持っていたために、今となっては栓無き事だ。

だが、想像できるはずないではないか。

大太の力を掌握した人間に、その大太を封じることを前提の術が打ち破られるとどうして思えるのか。神すら封じる力を打ち破られることをどうして想定できるだろうか。

同時に、ここに彼らの敗因があったのかもしれない。

今までも常識はずれであると分析していたにも関わらず、根っこの部分では田中太朗のことを人間の枠を外れないと考えてしまった。なまじ神やそれに匹敵するカンピオーネの存在がいたからこその弊害であった。次元の違う力を持つ存在達を知っているからこそ、太朗の力はそこまでは及ばないと考えていた。この結果は彼らの知る最も大きな基準が判断を誤らせたためといえよう

だが、考えてみれば、齢五歳にしてとある事件を乗り越え、またその事件がきっかけで差し向けられる正史編纂委員会のエージェントを今日まで撃退し続け、挙句に大太の一部とはいえ神の力を受け止めた田中太朗。

そんな男をどうして、同じ人間だと思ってしまったのか!

自分達の常識に当てはめようとしたのが間違いだったのだ。あるいは、気付いていながらもそうであってほしいという願望であったのか。今となってはどちらでも同じである。

前提条件を間違った。最初から詰んでいたのだ。

そして、それが意味することは、田中太朗は神や魔王にも匹敵する正真正銘の生まれながらの化け物ということに他ならなかった。現代に生まれた、生まれながらの英雄あるいは化け物。だが、彼はそんな高尚な存在には思えなかった。

もし、この場に安心院なじみがいたのなら、彼女ならこう評するだろう。

 

―――田中太朗はヒトデナシである、と。

 

 

今にも意識を飛ばしてしまいそう甘粕。彼は気力を振り絞り、唯一動く口を回すことで時間を稼ごうとする。そもそも、甘粕冬馬は封印が破られた時から、二つの目的を以って時間稼ぎに徹していた。

ここでの戦闘においての勝利条件は、田中太朗の撃破及び彼に取り込まれた『大太』の右手の封印ではない。それは、あくまで最も理想的な勝ち方なだけである。

この場における勝利の最低条件は、この地に眠る『大太の一部』復活の阻止である。

このことは、こういってはなんだが、大切な媛巫女の安否よりも優先すべき事柄である。勿論、甘粕個人としては彼女には無事でいてほしいという気持ちがあるが、組織の一員としては封印が優先であった。

 

今より三百年ほど昔、あることが原因で目覚めた彼の化身による被害は甚大なものであった。伝承によれば、封印のために送られた者達をことごとく壊滅させ、幾度と無く戦いを繰り返し、ついにはご老公を動かしてまで封印したという。その間に滅んだ村々は数知れず、森は消え、野は剥げ、川は枯れ、山々は果てるという日本史上でも類をみない被害を出す結果になったのだ。鎮めに来た呪術師達をも飲み込み、このことが原因で失伝してしまった術も少なくない。

なんとしても、この化身を起こすわけにはいかなかった。

 

そして、化身を起こさないための手段はこの時間稼ぎにかかっている。

ここに来る前に報告を受けた、例の少年。

彼が万理谷祐理そして媛巫女筆頭と共に、この場へ向っていることを知っていた。彼らが来るまで、なんとしても、時間を稼いで封印がある場所へ行かないようここに太郎を縛り付ける。魔王の一人を頼らざるを得ないほどにまで状況は切迫しているのだ。そして、新たな魔王は、太朗とも関わりの深い人物であることから、全く知らないわけでもなく、少なくともその人格的には信用の置けると踏んでいる。万理谷祐理との仲も良好で、彼女も彼に信頼を抱いているようだ。

だからこそ、太朗との関係が不安であるが、悪い方向には転ばないだろうと深くは考えない。というより、もうそうするしか手がないのと、疲弊した身体ではそこまで考える余裕はなかった。

故に、首を締め上げられて尚、彼は唯一動かせる口を止めなかった。彼は時間を稼ぐことに全てを賭けている。それは長ければ長いほどいい。だから、甘粕は最後まで戦い続ける。自分の命がなくなるその時まで。

 

至近距離で彼の悪魔のようの目と目が合う。相も変わらずおぞましく不気味な目であるが、真っ向から受け止める。心までは屈しないという、せめてもの抵抗であった。普段なら絶対にしない行為だが、自分にはどうしようもないという状況下だからか、甘粕は冷静に受け止めることができた。そこでふと思った。

彼の目をじっくりみるのはこれが初めてではないだろうか?と

いつもはサングラスで隠しているし、時折露わになるそれも遠目からだ。それでもそのあらゆる負の感情を丁寧にまぜこぜにした目には圧されていたが、ここまで至近距離で彼の目を見たことは、記憶になかった。

そのことに思い至った瞬間、甘粕は何故かわからないが言いようのない違和感に襲われる。

 

(え?そんな馬鹿なっ!?圧されないですって!?)

 

甘粕は気付いた。彼の目を見ても圧倒されない。真正面からみても、これまで数多の人間の人生を台無しにしてきた圧力を感じられなかった。

 

気がつけば、その目に釘付けになった。

これほどまで近づいたからこそ気付いた。気付いてしまった。

嫉妬、憎悪、憤怒、絶望、悲哀、嫌悪……

それまで見えていた、あらゆる負の感情を凝縮させた悪意の塊。

あからさまといえるまでに目立つその悪感情の、その奥に見えた彼の目に!

一瞬言葉を失う。全身の血の気が引く。言葉が出ない。出せない。なぜなら、見えたからだ。見えてしまったからだ!見得てしまったからだ!!

 

万理谷祐理の霊視の意味が!

田中太朗の異能本来の本質が!

 

これまで本当の意味で男の目を見ていなかった!

いや違う、見てはいけなかった!見ては生けなかったのだ!!

私達は圧縮に捕らわれていた!悪感情に捕らわれていた!

それがどれほどの救いであるのか!救いであったのか!!

圧縮なんてとんでもない!そんなものはただの過程だった!

ああ、伝えなくては!このどうしようもない状況下でこいつのおぞましき力の本質を!来てはいけない!あの人達はここに来てはいけない。伝えなくては!私はもう手遅れ(・・・)ですが、ここに向かっている者達に伝えなければ!見てはいけない。見ては生けない!駄目なんです!この男の目は!

ああっ!そんな目で私を見ないでください!

私は、私ハ!ワタシハ――ではないッ!!

 

気がつけば、甘粕は正気を失っていた。口に出す言葉は本人もよく分からない考えをただ口から流すだけの支離滅裂なものであった。それが虚しくも、当初の予定通り時間稼ぎになっていることが皮肉であった。

そして、そんな状態の彼にも理解できることはあった。

 

甘粕の首を持ち上げている太朗が自分を見て。

 

―――怖気を誘う笑みを浮かべていた

 

そのことを甘粕は理解していた。

 

 

 

 

 

 

何故ここに護堂君がいるのか、思わず聞いてしまったわけだが、それの答えは一つしか考えられないのではないだろうか?つまり、俺を迎えに来てくれたという答えに。

 

「タロ兄さんを止めにきた」

「そうか」

 

ほら、これで帰れ……あれ?今、思っていたのと違う言葉が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか?そう思って、護堂君を見る。しかし、彼の顔には何かを決意した色しかなかった。気のせいではなかったようだ。

不穏な空気を感じ取ったので、念のため等身大の釘を取り出す。(クロガネ)をリロードしようにも今手が塞がっている状態だから難しいのだ。

それで、何を止めにきたって?

 

「甘粕さんッ!」

 

聞きなおそうとした言葉は、誰かの叫び声によって遮られた。先ほど逃げた女の子だった。いや、男か?どちらとも取れるが、麗人というのはきっと彼女のことを刺す言葉なんだろう。で、何でここにいるの。

 

「……あ」

「ああっ!」

 

悲鳴が上がる。急に声を出すから、誤って釘を刺してしまった。見た目ショッキングではあるが、生き物がこの釘にさされても死にはしないから問題ない。悲しい事故だ。仕方がない。手が滑ったんだから。まぁ、敵だったし気にしなくてもいいか。

とりあえず、手が塞がったままでいるのもなんなので、その辺に捨てる。ドシャッという音とともに地面に落ちた男は意識を失った。

護堂君たちが悲痛な顔で俺を見る。

 

「それで護堂君、何しにきたって?」

「甘粕さんをよくもッ!!」

「待て、清秋院!」

「待たないっ!」

 

聞く耳を持たない少女が突貫してきた。挨拶するように奇襲をしてくるような奴だからね。そのあたりのねじが緩んでいるのだろう。

護堂君が彼女を止めようとしたが、意に介さず激情に駆られるがままに襲い掛かってくる。金属がぶつかりあう音と何かが軋む音が鳴り響き、軽い衝撃波が辺りを駆け巡る。

 

「大太の右手かッ!!」

「大太?違う、御手洗さんだ」

(太朗君、油断するな、草薙の剣だ!)

 

安定の御手洗さんである。御手洗さんマジ御手洗さん!

ていうか草薙の剣だと?護堂君の剣か。という冗談は置いておいて、俺の漫画あるいはゲーム知識にその名前の記載がある。確か別名、アマノ……アマノ……。

 

「草薙の剣。何故そんなものを持っているんだ?」

「おじいちゃまに借りたんだよっと!」

 

孫にそんな危険な物を貸すんじゃない。まさか本物ではないだろう。いや、でも妖怪の御手洗さんが断言したことだし、本物なのだろうか?どちらにしても、やっぱり孫にそんな危険なものを貸すなよ見知らぬ爺さん。

御手洗さんが攻撃を捌いている間、俺は護堂君と話すことにした。というか、向こうから呼びかけてきた。

 

「タロ兄さん!やめてくれ!こんな戦いに意味はないはずだ!」

「だったら……」

「無駄だよ、王様!この人にそんな言葉は届かない!」

 

だったら、まずこの子を止めてよ。そしたら、俺も止まるから。

そんな感じのことを言おうとしたら、草薙の剣で切りかかってくる子に遮られた。どうでもいいけど長いから、今後はアマノさんって呼ぼう。後、さりげなく御手洗さんが押されているのは、気のせいか?

アマノさんの言葉は続く。

 

「だから止めるなら力づくで止めるしかない!」

 

いえ、そんなことありませんよアマノさん。そんな怖いこと言わないで、話し合いで解決しましょう。人類皆友達。ラブ&ピースの精神で行こうよ。

 

「……ッ!何でだ!何でだよ兄さんッ!どうしてこんな事をッ!今までも清秋院の仲間を廃人にしてきたって聞いたぞ!」

 

襲われたから返り討ちにしただけですが何か?でも、まぁあれだ。

 

そんなこと(・・・・・)より護堂君。そこにいたら巻き添えになるから、離れた方がいい。少し離れた所に大きな木があるだろう?あそこで少し休憩してきなよ。その間に終わらせておくからさ。ああ、万理谷さんも一緒にね」

 

一般人の護堂君とその傍で心配そうにこちらを見ている亜麻色の少女を遠ざけておこう。危ないからね。どうにもこうにも二人とも変なこと吹き込まれているみたいだし、誤解を解こうにも今は間が悪い。ひとまず、目の前のアマノさんと麗人さんを片付けた後に、ゆっくり誤解を解こう。それに、護堂君は俺の力についてある程度知っているとはいえ、いきなりこんな非現実的な景色を見せ付けられたんだ、万理谷さんとあわせてその辺のフォローもしっかりしないとな。

 

「タロ……兄さん……?」

「ほらほら、さっさといきなさい。タロ兄さんはもう一仕事あるからね」

 

愕然とした様子の護堂君におどけるように手をひらひらとさせて促す。サービスで微笑みつつ、すこし離れた場所でシャドーボクシングのように御手洗さんと戦うアマノさんに集中する。気がつけば御手洗さんが押されまくっている。自分が押せ押せのくせに逆に押せ押せに弱い御手洗さんがへたれているのか、それとも尋常じゃない気配を漂わせているアマノさんが凄いのか、判断に困るところだ。まぁ、後者ということにしておこう。さて、俺も加勢しようかね。

 

「……どういうつもりかな? 」

「……」

 

そこに立ちはだかる人物。いうまでもなく、護堂君であった。

優しく言っても、俯いたまま黙して語らず。しかし、態度からは頑としてそこを動かないという不動の決意が見て取れた。

俺が右に動けば右に、左に動けば左に動いて俺をブロックするように立ちはだかる。その隣では万理谷さんが護堂君を支えるように寄り添っていた。同じように、彼女からは不屈の決意が見て取れた。

 

「護堂君、そこをどいてくれないとあいつらやれないんだけど」

「……タロ兄さん。俺は考え違いをしていたみたいだ」

 

ぽつりと、彼が呟く。なにやら雲行きが怪しいぞ?

 

「最初は話せば止まってくれると思ってた。でも違った。今のタロ兄さんを見て理解した。止めるだけじゃだめだって」

 

顔を上げて、瞳に強い光を灯して宣言した。

 

「俺は決めたぞ!タロ兄さんをふんじばってでも迷惑かけた人達に謝らせて、真人間にするって!」

 

弟分がちょっと意味の分からないことを言い出した件について。

右手がズグンッ……と大きくうずいた。

 




お、俺の右手がうずく……!皆、は、離れろ……!俺の右手に封印されしエクゾディアっぽい何かが暴走するぞ……!
そんな回でした。
テンポ遅めなのが申し訳ないです。でも後一二話続きます。
それでもよければお付き合いください。
それはさておき、せい……アマノさんのキャラ・口調がどことなくふわふわしているのが否めない。
原作をもう一度読み直さないとな。
そして甘粕さんェ……
甘粕さんファンのかた御免なさい。
でも、俺も甘粕さん好きなんだけどね☆


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第二十二話

一週間更新といったな。
人の夢と書いて儚いと読むんだぜ。

遅くなりました。ごめんなさい。
ではどぞ


自分では真人間のつもりではあるのだが、ふと辺りを見回すとそういえないのが不思議。だが、俺は悪くない。襲ってきたら抵抗するのはどんな人間であっても当然のことだ。いわば正当防衛だ。殺されかけたのだから、どんな目に遭おうと向こうの自業自得。

しかし、第三者の視点から見れば、とりわけたった今来たばかりの護堂君からしてみればどうか。答えは今目の前にある。

 

(太朗君、太朗君ッ!?たすっ、助けてっ!巫女が神がかって我輩大ピンチ!)

(大丈夫、御手洗さんは神っているから)

(神っているって我輩にとってただのノーマルだからッ!こんなスーパー巫女巫女タイムみたいにならないからッ!今の我輩は割と容易く封印されるくらい非力だからッ!)

 

頭に直接届く声。ぎゃーぎゃー喚いているが、楽しそうなので意識から外す。汝、非情といふ勿れ。そもそも、御手洗さんの言動と行動が一致していない。確かにアマノさんの動きは素人目の俺が見ても神がかっている。しかし、そのアマノさんの太刀をひょいひょいかわしているのだ。なら、大丈夫だろう。攻撃しないのは、御手洗さんがフェミニストだからだと思われる。え?避けるので精一杯なだけ?聞こえんなぁ。

というわけで、今は目の前の護堂君に集中する。一般人の護堂君に集中する。

この構図、まるで人質をとって閉じこもる犯罪者とその説得のために連れてこられた犯罪者の家族みたいだ。適当言ってるけど、人質事件ってなんかそんなイメージあったりする。実際はどうか知らんが。それはさておき。

俺は困っていた。

簡単な話、護堂君と戦うなんてこと俺には出来ない。大切な弟分だ。それも、俺を何故か慕っている貴重な人物。だが、彼の後ろにいるレイさん(麗人さんの呼称)はこれまで迷惑を被ってきた組織の一員だし、アマノさんも彼女と一緒に来たことから同じ組織だと思われるため、ただでは済ましたくない。そして何故いるかは知らない万理谷さんについては、まぁ護堂君の彼女的な、雰囲気的に正妻な感じだし置いておこう。

……ツッキーがいる身なのにね。しかも二人に加えてイタリアで金髪少女を引っ掛けたって前言ってたし。さらに、中学校時代の彼の非公式の戦歴を加えると……考えるだに恐ろしい。俺の知らない情報も絶対あるだろうし、彼はこのまま一朗さんの後継者といえるほどの、いやそれ以上のプレイボーイになりそうな気がするが本当に大丈夫だろうか。兄貴分としては少し心配だよ、刺されないかどうか。俺はどうでもいいが、このままだと本格的に世界の半分が、月夜ばかりと思うなよと血の涙を流しそうだ。

思考が逸れた。とりあえず、アマノさんについては御手洗さんに任せるとして護堂君だ。

今の状況は結構厄介だ。

 

「もう一度言う。そこをどいてくれ」

「どかないっ!」

 

こちらを睨みつけるようにして、一刀両断。

あ~これは駄目だ。こうなった護堂君はてこでも動かないだろう。なら、こうするしかない。

足元の石ころをいくつか拾って、木に変える。成長する木々は爆発的な勢いで成長し地面を伝っていく。ほぼ一瞬で彼らの足元まで届いたそれらは、地面から飛び出し、護堂君たちを閉じ込めた。即席ではあるが、木の檻の完成だ。今回生み出した木は堅く、よほどの衝撃でもない限り、壊れることはない。

敵であるレイさんも一緒に閉じ込めてしまったが、奴は後でいい。これなら護堂君と万理谷さんを傷つけないで済むし、そろそろ真面目に声に泣きが入っている御手洗さんの救出に向かわないといけない。最初見たときは雄々しいと思った右手が、今やへたれて女々しく見える。

ため息つきながら檻を横切ったその時であった。

 

「おぉぉおおおおおおぉおおお!!」

「は?」

 

雄叫びに振り向いた俺の目に映ったのは驚きの光景であった。まるで雑草を引き抜くように、檻の一部を引っこ抜いたのだ、護堂君が!

いやいやいやいやいやいやいやいやいや。

思考が嫌になるくらい「いや」で埋め尽くされるくらいには衝撃的であった。まさに『よほどの衝撃』だった。俺に対してだが。そんな俺に構わず、護堂君は引っこ抜いた木を大きく振りかぶり、そしてためらわず振り切った。

思わぬ反撃に動揺するが、木をそんな軽々と振り回されては俺もたまらない。枝や棒なんかではない、木そのものをだ。俺もやろうと思えば出来るが、他人がするのを見るのはやっぱり仰天ものだ。ましてや、それが護堂君であるのなら尚更だ。

あまりにも現実的ではない光景、そしてだからこそ俺は思いっきり吹き飛ばされた。ぐえっ。

 

(おぉ!太朗君、ようやく来て……Oh……)

(日本の妖怪が外国っぽい反応するな。それと来てるぞ!)

 

吹き飛ばされた先は丁度御手洗さんが戦っていた所だった。合流した俺達は背中合わせに臨戦態勢。アマノさんは俺が合流したからか動きを止め、こちらの出方を窺っているようであった。その隙に、この状況をどうするかを相談する。

 

(とりあえずこれを返すぞ!)

(サングラス……この暗闇をサングラスつけて戦えとか鬼畜すぎ)

(我輩は手洗い鬼であるからして。それとその目は我輩も苦手だ)

(はいはい、慣れているからいいけど。暗闇も見通せる高性能な俺の目に感謝してくれ。で、どうする)

「王様!」

「清秋院はそのままその右手を頼んだ!俺は兄さんの相手をする!」

 

追いついてくるや否やアマノさんに指示を出し、そのまま俺に向ってくる護堂君。相談する暇なかったか。大体サングラスのせい。

木を抱えていては動きづらいと思ったが、よくよく見ると指を幹に突き刺して片手で持っていた。どんな怪力だ。明らかに異常だ。それに気になることもあった。

 

「護堂君、肩の怪我は……」

「タロ兄さんの知ってのとおりだよ!」

 

だったら尚更安静にするべきだ、これ以上悪化する前に!そう叫ぼうとしたが、その前に木を叩きつけられた。全身に走る衝撃に意識が思い切り揺さぶられるも、それ以上に俺はあまりのことに呆然としていた。

護堂君の肩の怪我。それは彼が九年も続けていた野球から離れてしまうきっかけであった。その怪我が完治したなどという話は聞いたことがない。

今も猛威を振るう彼の怪力と合わせて、異常なことだ。一般人の彼が、何かの力に目覚めたというようなご都合展開でもない限り、そんな力を発することはない!

恐らくドーピングの類。それも、超常的な分野での。

問題は、そういう類の力は明らかに体に負担を強いることだ!

今は大丈夫でも、後々それがどう響くのか分かったものではない。

 

(お前か!)

 

少し離れた場所に、まるで祈るように護堂君を見ているレイさんがいた。その傍には万理谷さん、そして倒れ伏した釘を刺された男。檻から出た後駆け寄ったのだろうが、そんなことはどうでもいい。今も彼に力を送っているのだろうか。送ってるんだろうな。

ああ、一般人を、それも護堂君を巻き込みやがって……!

怒りが沸々と込み上がる。

 

(待て、羅刹王を前にうかつな真似を……)

 

即座に両手に釘を持ち、俺は彼女に襲い掛かる!!御手洗さんが何か叫んだが聞く耳を持たなかった。彼女をどうにかすれば、護堂君も元に戻ると思ったからだ。

護堂君は確かに怪力を得たが、しかしその動きは依然そのまま。要するに俺のスピードには追いつかない。一息で彼女の元まで辿り着いた俺は、しかし後ろから思いっきり蹴飛ばされてしまった。慌てて起き上がり、振り返る。混乱で頭が冷えた。

そこにいたのは護堂君であった。俺のスピードに追いついた!?だけど、さっきまでは確かに……ッ!

だがよく見ると、今護堂君の手の中に木は無かった。そして、新しい木に手を伸ばす気配もなかった。

 

「タロ兄さん。悪いけど、すぐ終わらせるからな!!」

 

混乱している俺に、護堂君は獰猛な笑みで宣言すると共に一瞬で間合いを詰めてきた。その速さたるや、俺の目でも捉え切れないほどであった。今までの中で最も速いと断言できる。だが、本人もあまりそのスピードに慣れていないようにも見える。だが、俺に拳を当てるくらいはできるようで、拳で弾幕を張ってきた。先ほど見せた怪力とは違って、一発一発はたいした攻撃力はなくとも、速さにものを言わせた数の暴力は如何ともしがたい。どうやら攻撃力特化から速度特化に変更したらしいが、むしろこっちの方が厄介といえる。

おかげでレイさんに近づけない。そうまでして助かりたいのか!

それに、護堂君の顔色が明らかに悪くなっている。先ほどの怪力以上に速度特化は体に負担があるようだ。だからこそ、護堂君もすぐに終わらせようとしているのだろう。あの笑みは負けず嫌いな彼の強がりでもあるのか。

その姿を見て、俺は一つ決断する。彼を力ずくで止める決断を。

―――俺ごときのために、彼が辛い思いをする必要はない。

俺は彼の腕を掴み、投げ飛ばす。勿論、ふわっとなるように加減はしている。本気で投げると赤い花になってしまうのが容易に想像できてしまうからだ。ハナガサイタヨなんてことになればトラウマになってしまう。

それはともかく、この隙に俺はその辺のものを握り締めて特典を発動させた。

生み出された木は護堂君の胴体に巻きつき、抑え込む。少しきつめに巻きつけたので、身動きは取れないだろう。勿論、レベル2も発動させている。

これで、レイさんからの支援は途切れたはずである。護堂君も傷つけることなく無力化もできた。最初からこうすればよかったが、頭に血が上ってしまったから仕方がない。

 

「さて、後は御手洗さんの方を片付けて色々したら一件落着だな」

 

と言っているうちに御手洗さんは息も絶え絶えな感じになっていた。本格的に助けに行かないとヤバそうだ。レイさんは後で落とし前をつける。今は御手洗さんが先だ。

以前、御手洗さんが言っていたが、俺と御手洗さんは繋がっているからどちらかが死ねばもう片方も死ぬという運命共同体である。つまり今彼がヤバイなら俺もヤバイ。

 

「もう終わった気でいるのか、タロ兄さん」

 

急いで助太刀に向おうとする俺を引き止めたのは護堂君であった。その顔は力の供給が途絶えたためか、顔色はかなりよくなっていた。さすが少し前まで野球選手とあってか、回復が早い。

 

「終わった気も何も、護堂君はそれ以上何も出来ないはずだ」

「それはどうかな?」

 

それはどうかなって、彼はこの状況で冗談を言うような性格だっただろうか?

 

「ここに来る前に沙耶宮からタロ兄さんの大体の力について聞いた。勿論、力を戻す力についても」

「そういえば、それについては教えてなかったっけ」

 

まぁ、一般人の護堂君にその力を教えようとしても、難しいからあえて避けてたんだけどね。それ以外はある程度は見せたこともあるけどね。それで、彼は何が言いたいんだろうか。

 

「その話を聞いた時、俺は思った。術の類はカンピオーネには効かない。けど、タロ兄さんの力はなんとなく効く気がするって。実際は少し違ったけど、おかげで心臓も痛くない」

 

カンピオーネ?知らない単語が出てきたが、話の流れからして多分護堂君をを指しているようだがよくわからない。そして、御手洗さんのSOSがうるさすぎて困る。

しかし、先ほどから冷静に語る護堂君の様子を見ていると嫌な予感がした。護堂君のあの目は何か途方もないことをしようとしている時の目だっ!!

 

「背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出せ!血と泥と共に踏みつぶせ!鋭く近寄り難きものよ、契約を破りし罪科に鉄槌を下せ!」

 

なにその言葉、厨ニチックでかっこいい。けどそれ以上に重く、恐ろしさを感じた。

変化はすぐに現れた。一瞬で地面が黒に染まる。

地響きを伴い、地面から、いや足元から黒くて巨大な何かが浮上していく。あまりの事態に目を白黒させていたが、護堂君がつっこんできた。腕を咄嗟に組んで防ごうとしたが、この俺の意識が一瞬飛ぶほどの突進力だった。

黒い何かから落とされた俺は、受け身もままならないまま、地面に叩きつけられる。

起き上がろうにも、痛みのせいでうまく起き上がれない。

そうこうしていても、黒い何かはドンドン浮上していく。

そして、それはついに全貌を現した。

それはあまりにも巨大な猪であった。

だが、ただの猪であるはずがない。

その巨体もそうだが、それ以上に猪とはこんなに禍々しい存在ではない!こんなに猛々しい存在ではない!畏怖を感じさせるその存在の登場に、ただ立ち尽くす。

 

「ルォォオオオオオオオオオオオオオンッ―――――!!」

 

耳がイカレそうなほどの咆哮。

暴力のような鳴き声に耳を塞いで耐えている中、護堂君の顔は雄弁に語っていた。

さぁ、第二ラウンドの始まりだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

ズクンッ……

 




レベルⅡの扱いは次回触れます。
拘束されていても、護堂君のドヤ顔は絵になるのか……それが問題だ。
そして割とピンチな御手洗さんの運命はいかに!?


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第二十二話裏

先生、一週間更新の中に、半日と少しの遅れは含まれますか?
というわけでどぞー。



太朗と護堂の戦いから、時間は遡る。

戦えばクワガタムシにも負けることが宿命付けられている男、球磨川禊との戦いは一瞬で終わった。それはもうあっけなく、赤子の手を捻るように。既に教室には人は居らず、ただ二人の姿だけがあった。廊下で数人その様子を見ている生徒もいるが、誰一人として口を出す人間はいない。関わりたくないからだ。

勝者は勿論草薙護堂その人である。球磨川禊は、無様にボロボロになっていた。それも一瞬で。

むしろ、一瞬でここまでボロボロにするほうが難しいというのに、この男一体どこまで弱いのか、護堂は後味の悪さを感じずにはいられなかった。自分がカンピオーネとかそういう以前の問題だ。

弱すぎて、まるで話にならない。

これではこちらが悪者のような、言い知れぬ不快感がドンドン増していく。

直前のやり取りで、油断出来ないと感じ取っていただけに、この結果は予想外にも程があった。

 

『あ~あ、ゴローちゃんてば酷いよぉ……人をこんなに痛めつけるなんてこと普通できないよ?』

 

ボロボロの体に鞭打って、立ち上がろうとする姿は見ていて痛々しく、敵対していた護堂をして罪悪感を抱かせるも、尊敬する太朗のために心を鬼にする。

 

「あんたがもうちょっとでも強ければそこまでにはならなかったんだけどな。それと俺は護堂だ」

『冗談じゃない。僕は弱いからこそ僕なんだぜ?強くなって君らみたいなのに勝っちゃうようなありきたりな展開はもう皆飽き飽きのはずさッ!』

 

言うや否や、巨大螺子をもって再び特攻する球磨川。迎え撃つ護堂は、躊躇するもボールを打ち返すが如く球磨川を殴り返す。

クロスカウンターが綺麗に決まった。綺麗なお星様が光るのを球磨川は確かに見た。

 

『カハッ……』

 

顔を抑えるその手からこぼれるように流れる鼻血が、ぽたぽたと床に落ちる。

はっきり言おう。

草薙護堂は心が折れかけていた。

そもそも家が少しずれているだとか、カンピオーネであるとか関係なしに、彼は平和な日本で平和に暮らしていたのである。戦いのスケールでいうのなら、彼のそれは凄まじいといえる。何せこれまで戦ってきた相手は神、神、カンピオーネと常識はログアウトしましたといわんばかりの次元の違う相手だ。

かといって、戦うことには高い抵抗があるし、ましてや弱いものいじめをするような性根の腐った人間でもない。いくら、太朗のためであるからといって、これは堪える。

簡単に挑発に乗ってしまった自分に、後悔していた。しかし、今更引き返せない。

 

『あはは、なんて顔してるんだいゴドーちゃん。まるで君が被害者みたいだよ?まさか、君から始めたこの戦いをもうやめたいとでも思ってるのかな?人をここまで痛めつけて、そんなムシのいいことを考えていたりするの?』

「ッ!?」

『ねぇねぇどんな気持ち?弱いものいじめしてるけどどんな気持ち?今どんな気持ち?ねぇどんな気持ち?』

 

球磨川は護堂の心境を的確に見抜いる。自分が世界で最も弱い人間だと自認している彼は、弱いところを知り尽くしている。相手の嫌なところを彼は躊躇なく突く。冷静に考えれば、球磨川が太朗に近づくことをやめさせたかっただけなのだ。それなのに、いくら挑発されたからといって暴力を行使してしまったのは明らかに護堂の失策である。太朗のために引けない戦いであるがために、護堂はこの先の展開を見出せずにいた。

どこまでやればいいのか。どこまですればこの男は引くのか。先の見えない戦いに護堂は今更ながら、戦慄する。

この男に引く気はこれっぽちもない。しかし、かといってやりすぎればこの男相手だと万が一ということもある。球磨川はそれを分かっていながら、分かっているからこそ引く気がない。

青天井の強さを誇る神や同類とは正反対に、底なしの弱さを武器にする相手がこれほど厄介であることを嫌になるほどに実感した。

そんな護堂の思いを見透すように、いや事実見透かした笑みを浮かべる球磨川。

しかし、次の瞬間にはコロッと態度を変える。

 

『でも、いいよ!僕もこれ以上こんな痛い目に遭うのは嫌だしね』

 

あっさりと彼はそういった。それはつまり護堂の目的は達成されるということだろうか?

いっそ、清々しいまでにいい笑顔で、先ほどまで痛めつけられていたとは思えないほどの爽やかさをもって、彼は護堂に微笑みかけた。嫌な予感がする。

護堂に追い討ちをかけるように、球磨川は言った。

 

『でも、それだと僕の勝ちになるねっ!なんていったって君から吹っかけてきた喧嘩だしね。いやぁー人生初の勝利がこんな形で手に入るなんて、最近の僕、何か来てるんじゃないかな。よし、早速太朗ちゃんに電話して一緒に打ち上げだ!』

「俺はやめたいなんて一言も言っていないッ!!」

『えー?まだ僕みたいなか弱い存在をいじめ足り無いの?ゴローちゃんてば本当に外道だよ。流石の僕もこんなことしないぜ?ま、僕より弱い奴がいないってのもあるけどね!』

 

そんな期待を抱くのは、球磨川相手には間違いだ。普段であれば絶対に言わないことを言わされる。これほど癪に障る言い方をされて気分がいい奴などいるはずがない。

 

『大体さー、身に覚えの無いことで殴られるなんて気分のいいものでもないんだよ?そこんとこちゃんと分かってるの?』

「ふざけるなっ!だったら何でタロ兄さんはあんな、あんな風に、あんたみたいに……ッ!」

 

あんな顔で笑う人じゃなかった。あの時見た笑顔。怖気を誘う、同じ人間なのかと思いたくなるような、笑顔。嘲るように、この世の何もかもを馬鹿にしていた。

 

『あんな風がどんな風かはわからないけど、まぁ僕と太朗ちゃんは親友だ。そりゃあ似ることだってありえるはずさ、良い事じゃないか!』

 

そして、目の前の男も同じだった。仮面を貼り付けたように、嘘のように笑う。

この感覚、色々とずれたところはあっても平和な日本で極一般に生きてきた草薙護堂は抑えることが出来なかった。背筋を這うような、這いずるような、じわじわとした悪寒。だけど、もしこの感覚を認めてしまえば、慕っている太朗のこともそれと認めてしまうことになる。なってしまう。だから否定する。否定するしかない。

だって、昔、あの時、俺を助けてくれた太朗は輝いていた。

だけど今は気持ち悪い(・・・・・)だなんて。

草薙護堂は断じて認めない!

 

「他の誰があの人を悪く言っても、タロ兄さんは俺にとってヒーローでッ!憧れなんだ!あんたみたいな奴と一緒にするな!」

『気持ち悪ぃ』

 

球磨川は護堂の激情を真正面から両断した。その顔は先ほどまでの笑みとは打って変わって、本気で萎えた顔をしていた。口をへの字に曲げた彼の顔に、一瞬護堂は唖然とした。何を言われたのか、あまりの即答に理解が追いつかなかったのだ。

 

「あ、あんたがそれを言うか!」

『なんていうか、太朗ちゃんがああなった理由が分かったよ。君や君のような存在が今の中途半端な太朗ちゃんを作り上げちゃったんだね、可愛そうに(・・・・・)。どっちに転んでも、彼にとっては不本意なところを目の当たりにするとさ、彼の人生も不条理に満ちているよねって思うよ。まぁ、その辺りが、負完全な僕に対して、負条理な太朗ちゃんらしいところだけどね』

 

何かを悟ったように一人で勝手に頷く球磨川に、護堂は戸惑いを隠せない。球磨川の独り言は、全て聞こえているがその内容が一切分からない。中途半端?可愛そう?不条理?こいつの言っている言葉の意味が分からない。

 

「どういう……」

『うん?要するに、太朗ちゃんから離れるべきは君達って事さ』

「なんだと「――――!!」っ!?」

 

廊下から複数の足音と、怒声が響き渡った。騒ぎを聞きつけて教師が駆けつけてきたのだ。

 

『あ~あ、残念っ!時間切れだねっ!』

 

護堂が瞬きをした瞬間、球磨川の怪我が、衣服が、荒れた教室が全て治っていた。まるで、全てが幻だったかのように。

その後入れ替わりに入ってきた教師の一人が、球磨川に詰問しようと近づくも、球磨川は口八丁手八丁に受け流していく。生徒の証言や護堂も自首しようとしても、争っていた証拠が何一つないため、軽い注意だけでお咎めはなかった。廊下で見ていた生徒達は触らぬ神に祟りなしと口を閉ざしていたのも後押しした。

そのことに護堂は後味の悪いものを残すことになったまま、教室を出ることになる。

結局、護堂が球磨川に相談にきていたということで決着がつき、この戦いは無かったものとして処理されることになった。誰も何も言わないまま、いつも通りのHRが始まる。

そして、いつも通りのへらへらした表情を浮かべ、球磨川は呟いた。

また勝てなかったよ、と。

 

 

 

 

 

そのことを思い出しながら、護堂は太朗と再会した。太朗の姿を見たときに、自然と浮かび上がったのだ。球磨川の意味深な発言を見逃してはいけないのだと、訴えかけているようであった。

そして、それは間違いなく正しいのだと、確信していた。

巨大樹の根元、月明かりに照らされた彼を見た。

こういう表現は不思議であるが、彼の右手に銃が巻きついており、左手で木に押し付けている甘粕に丁度打ち出そうとしているところであった。止める間もなく、正史編纂委員会の用意した車で知り合った清秋院恵那が襲い掛かった。

だが、太朗はまるで見えているように振り返り、手に持った男を盾にした。当然止まり間合いを取る清秋院。護堂は二人の間に割り込む。当然、太朗を説得するためだ。

最近の出来事だけではなく、俺の知らない間に起こっていた事件についても、車の中で聞いた。それでも護堂は太朗の味方でいようとした。何かの間違いだと、太朗と話をさせてくれと、頭を下げて頼み込んだ。まずは真実を知りたかった。

 

だが、真実とは得てして毒である。

そのことを護堂は身に染みて理解することとなった。

 

護堂は見た。

自分が説得する言葉を聞き流し。

その顔に凄惨でおぞましい笑みをたたえて。

無慈悲に甘粕を撃ったことで踏み躙った男の姿を。

無感動に、ゴミ屑のように。

その事実に、思考が停止した。

撃ったことをそんなことと流し、何事もなかったかのように護堂と万理谷の身の安全を護ろうとする太朗の言葉のなんと白々しいことか。まるでこちらを見ていない。

護堂は悟った。悟らざるを得なかった。

もう、タロ兄さんはあの時とは違うのだと。俺の知っているタロ兄さんではないのだと。

同時に湧き上がるのは使命感であった。

 

(あの時のような、俺が憧れた兄さんに戻す。戻さなくてはならない。こんなの認められるか!俺が、俺だけが知っている。あの日、見た兄さんが、どれだけ大きくて、かっこよかったか!)

 

そうして始まった戦い。

予想以上に太朗は戦いづらい相手であった。

まず、太朗の素の肉体のスペックが尋常ではない。しかも、どういうわけか月明かりしか光源がないのにも関わらずサングラスをかけて問題なく動いているのには、閉口する。護堂でさえも、カンピオーネの性質が戦いを万全にしているために見通せているだけであり、通常であれば見えない。おそらく、向こうで甘粕と合流した万理谷や沙耶宮はほとんど見えていないだろう。

もはや、同じ人間とは思えないほどの性能であった。力、速さ、頑丈さ、何をとっても規格外。神という存在を知る護堂をして、驚嘆せざるを得ない。昔から強いし速いなとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。

そして、木を作り出す力。その生成スピードが馬鹿にならない。物を握った瞬間、反応できないまま囲まれていた。それほど速かった。もし、木をどうにかできる力がなければ、護堂の戦いは何も出来ないまま終わっていた。

しかし、幸いなことに、彼には力があった。

この世界の強者が何人束になっても敵わないほどの圧倒的な力が!

護堂は脳裏に雄牛を浮かべる。

護堂は力が漲るのを感じ取る。

相手が尋常ではないほどの力を持つ場合に発動できる力。

それは、護堂が討ち取ったまつろわす軍神ウルスラグナより簒奪した10ある化身の一つである。この化身を発動している間、護堂の肉体は想像を絶するほどの怪力を発揮できる。

太朗の肉体は、護堂にこの化身の行使を可能とさせるほどのものであった。

この化身の恐ろしいところは、その上限が対象により上がっていくことにある。常に相手以上のパフォーマンスを発揮するこの化身は、単純ゆえに強力だ。

さらに条件や制約があるとはいえ、他に九つの化身を持つ。それだけに使いどころは難しいが、どれも強力無比な化身ばかりである。

先日もヨーロッパの某所にて破壊活動を繰り広げてきたばかりであり、魔術師達の畏怖の対象になるのも納得できる。不可抗力と言う言葉では片付けることができない損害を与えたのだから。

護堂は檻となっている木を一本、即座に引っこ抜き、それを武器として振り回すことにした。どの化身にも共通しているのは、基本的に発動時間は十分しか持たない。さらに、一度化身を使えば二十四時間経過するまで使えない。そのため、護堂は短期決戦に挑む。

木の幹に指をめり込ませ、無理矢理片手で持つことで視界を広く保つことに成功。かなり重いはずの木は、今の護堂にとって枝も同然。軽々と振り回しながら、太朗を攻撃していく。彼の耐久力を信じているが故に、容赦のない全力の攻撃であった。

その際肩について聞かれたことが引っかかったが、大して気にしなかった。

膠着状態は続くが、護堂はこの状況を打開しようと動く。

いくら力があってもその速さは変わらず、太朗と護堂のスピードの差は歴然であった。だから、思考をすぐさま切り替え相手の攻撃を誘うことにしたのだ。

それは、鳳の化身を発動するためだ。相手が尋常でない力をもっていれば発動できる雄牛は、他の化身と違って実は発動しやすい。だが、鳳は少し面倒くさい条件を課せられている。高速の攻撃を受けることだ。一歩間違えれば致命傷にもなりかねないが、この化身は神速で動けるようになる。そうなれば、太朗をスピードで圧倒することもできるだろう。そして、チャンスは来た。右手の指に銃が巻きつきから釘が放たれたのだ。普通であれば避けるだろうが、護堂は逆に当たりにいった。それが自分ではなく、足元を狙って撃っていると分かったからだ。

太朗の放ったそれは牽制であり、こちらを傷つける目的のものではない。そのことに、護堂は不謹慎であるが嬉しく思うと同時に、悲しくもなった。どうして、倒れている人達には容赦をしなかったのかと。状況から見ても、その余裕は太朗にあったはずだった。そのことに気付かない護堂ではなかった。やはり、自分が何とかして真人間に引き戻さなければと、改めて使命感に燃える。

としている間に鳳の化身を発動した。気がつけば何故か太朗は万理谷達のいる場所に襲い掛かっていた。慌てて追いつき蹴り飛ばし、勝負に出る。神速の動きを可能とするこの化身だが、その代償は大きい。時間が経つほど心臓が痛くなり、痛みが治まっても身体が硬直してしまうのだ。

徐々に痛みに動きが鈍っていくのを自覚しながら、しかしオーバーキル以外の決定打に欠けている護堂は最終的に投げ飛ばされ、木()縛られてしまった。

そして、護堂はこれに賭けていた。

 

(!!やっぱり、効果ありだ!)

 

カンピオーネとしての性質上、ほとんどの呪術は効果がない。もし、カンピオーネに呪術を掛けたいのであれば内側から掛けるしかないわけだ。思わず護堂はヨーロッパで出遭った金髪美少女とのアレコレを思い出してしまったが、首を振って追い出す。

護堂が賭けていたのは、太朗の呪術の効力がカンピオーネに届きうるかどうかであった。そして、それは届いた!しかも、護堂が思い描いていた以上に都合の良い形で!!

 

(話では術を無効化していると言っていたけど違う!鳳の化身がまた使える感覚がはっきりと分かる!つまり、タロ兄さんの力は元に戻す力!しかもデメリットもなくなった。流石に雄牛の化身にまでは効果が及ばなかったけど、元々そういうものだから仕方がない。そしてもう一つ、そんなことよりも重要なことを知ったぞ!)

 

今、太朗の中には二つ、確信できたことがある。

一つは太朗のレベル2によって呪力に戻された化身はもう一度使えること。

そして、もう一つ、これは感覚的なものになるが、恐らく間違いないと護堂は踏んでいた。カンピオーネの野生動物染みた直感は時として戦いを左右するほどのものになる。

そして、その直感が言っていた。太郎のレベル2は抵抗しようと思えば抵抗できると!

その場合は相殺と言う形でその化身も使えなくなってしまうが、鳳が持つようなデメリットも一緒に消える。デメリットもまた能力に含まれているからの効果なのだろう。相殺することにメリットがあるかどうかは、護堂次第であるがこの二つの情報を得たことで、護堂の戦略は大きく広がることになった。

 

(つまり、戻されるにしても、相殺するにしても、タロ兄さんには一切の遠慮はいらないということ!)

 

勝つために、相手の力も利用する。護堂の顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。

護堂の権能は、はっきり言えば使い勝手のいいものではない。小技なんてものは出来なくて、馬鹿火力の必殺技しか持っていないと言えば、どれだけ使い勝手が悪いか分かるだろうか?

それでも、なんとか戦って勝ててしまうのがカンピオーネのカンピオーネたる所以だろう。

 

(いつもなら周囲の被害を考えて呼ぶのを躊躇するが、今回に限っては問題ない!思いっきり暴れてもいいぞ!)

 

目標は、巨大な木。

巨大なもの(対象は一定以上大きければ物でなくても可)を対象に指定することで発動できる猪の化身。この化身は、神獣たる巨大な猪を呼び出し、対象に指定した巨大なものを破壊させる。また付随効果として、護堂も猪並の突進力を得ることができるのだ。ただし、この猪、厄介なことに対象を破壊する過程で、周囲を破壊することもいとわないため、あまり呼び出したくない存在でもある。しかも、護堂の命令もなるべく破壊に沿った内容でないとあまり聞いてくれなかったり、破壊を中止して帰らせようとしても中々帰らなかったりと本当に厄介な存在なのだ。

ちなみにそんな猪の化身を呼び出したのは、発動条件を満たしていたためだ。

 

(タロ兄さんを止めるためには使えるものは使う必要がある!迷っている暇はない!)

 

護堂には木でできた拘束を振り払う腕力も時間もない。なので、今は流れをこちらに引き寄せることに集中する。猪の突進力で太朗を突き落とし、倒れこむ。両腕ごと拘束されているのでバランスが取りづらいが、振り落とされないように下半身に力をいれ、猪の毛を掴む。不恰好であるが、必死で取り付く。鼻腔を獣の臭いが入り込んでむせそうになるが、この高さから落とされるのは普通に怖いので、耐える。猪の突進が始まる直前、猪に向かって槍のように木が伸びる。

 

「ルォォオオオオオオオオオオオオオンッ―――――!!」

 

一本から始まったそれは勢いを増し、猪の突進を邪魔するように次々と伸びていく。太朗が猪の足元で絶えず木を生み続けているのだ。その姿勢は土下座のようにも見えるが、本人は構わずに生み出していく。この距離では、さしもの太朗も大きさに意識を割く余裕がなかった。レベル2を付加した木を片っ端から生み出しているのだ。地面に手を突っ込み、土を握ることでそれを可能にした。生まれる木には統一性がなく、乱雑に、そして乱暴に生み出されていった。太朗もここまで大々的にゴミを木に変える力を行使したのは初めての経験であった。徐々に、額に汗が浮かんでいく。

一方、大量の木をブチ当てられている猪は、うっとうしいとばかりに身体を震わせる。それだけで、木が砕け散る。だが、同時に一つ当たるたびに、ピシリッ、ピシリッと音を立てて、猪の身体に僅かな亀裂が走っていく。もし、このまま木々に当たり続けたらさすがの猪もただではすまないだろう。

だが、それがどうしたと言わんばかりに鼻息を荒くして足を進める。次から次へと伸びてくるためか、その足はゆっくりであった。しかし、それ以上に力強く踏み込み、破壊対象へと向っていく。眼前の障害物など眼中になどないのだと。一歩踏みだすごとに、身体が崩れていく。だが、気にも留めない。破壊すべき巨大樹へと着実に足を進めていくのだ。その衝撃が、周囲を吹き飛ばし破壊する。耐えられるのは、規格外のスペックを誇る田中太朗だからであった。

だが、猪の一歩は死神の一歩と同義である。

一歩近づかれることが、田中太朗が死へ近づいていくことにも他ならない!

そうなれば太朗といえども、蹂躙されるだけだ。今この手を止めても同じだ。

既に状況は、決着は、太朗が蹂躙されるか、猪が崩壊するか、この二つでしかつかないところまで来ている。

 

「嗚呼アアアアァッァアアアアァアアアアア――――ッ!!」

 

先に吼えたのは田中太朗であった。珍しいどころではない。

遠視で状況の推移を見ていた沙耶宮馨は初めて見た。あの男がここまで感情を露わにするのを。サングラス越しに浮かべている彼の表情はただ獣の進攻を必死に食い止めようとする、かつてない激情!

その激情に応えて木々の勢いが増す!増すッ!!増すッ!!!

 

「ルォォオオオオオオオオオオオオオンッ―――――!!」

 

追従するように猪も吼えた。

破壊するのだ。この身を構成するのは破壊の意志であり、存在意義は破壊にこそあるのだ。破壊に値しない矮小な存在が邪魔をするなと。

その意思が、その意義が前へ進めと猪を動かす!動かすッ!動かすッ!!

 

「嗚呼アアアアァッァアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアア――――ッ!!」

「ルォォオオオオオオオォオォオオオオオォオオオォオオオオオオオオ―――――ッ!!」

 

果たして勝利の女神が微笑んだのは―――……

田中太朗であった!!

 

ついに限界を向かえ、体の崩壊に耐え切れなくなった猪は、空気に溶けるように光の粒子となって消えた。その最後はあっけのないものであった。

残された太郎は、流石に疲れたのか、その息を大きく乱していた。あの田中太朗がである!

 

そして、草薙護堂はこの機を待っていたのだ!!

 

「わが元に来たれ、勝利のために!不死の太陽よ、我がために輝ける駿馬を遣わし給え!俊足にして霊妙たる馬よ、汝の主たる光輪を疾く運べ!」

 

東の空が紅く燃える。

その理由は、護堂が『白馬』の化身を、すなわち太陽の力を解き放ったためだ!

最初から発動条件を満たしていた化身であった。

その発動条件は相手が民衆を苦しめる大罪人であること。そして、田中太朗はそれに見事当てはまっていた。その事実に、この化身が問題なくこうし出来てしまうことに、護堂は素直に喜べなかった。だが、使えるものは使う。そうした考えで、確実に当てられる状況になるまで温存していた。

猪を使ったのもこのためだ。太朗の力と猪を相殺させ、拮抗状態をできるだけ長く維持し、決着がついて気を抜いたところを狙い打つ。

目論見はこれ以上なくうまくいった。

しかし、ここから護堂の、太朗の能力に対する過度な信頼と勘違いが足を引っ張ることになる。そして、そのことを生涯悔やむことになる。

 

天空から擬似太陽が世界を白く染め上げ、尾を引いて落ちる。

流れ星のような儚さなどない、むしろ荒々しい存在感を持って太郎へと光の槍が伸びていく。それを真正面から受け止めようと太朗は、もう一度地面の中に手を入れて……

 

「発動しない……か。打つ手なし。でも、前に比べればマシか。どうでもいいけど」

 

諦めたように笑い、そして、為す術もなく光に飲み込まれた。

 




球磨川のキャラってやっぱり難しいな。これじゃあただのクマさんだ。そんな餌につられク(ry
そして、主人公は溶けました(笑)

ゴドー?誰それ、俺ゲドー(ゲス顔)
なんてネタをしてみたい今日この頃。
『ゴ』と『ゲ』、五十音表で一つ下にずれるだけでこうなる素敵な名前。
一発ネタでうまくないけど。

ところで、猪といえばこの前の夜に車を運転していたら猪がとことこと歩いていてビックリしました。
いきなり現れた猪の優雅な姿に一瞬惹かれました。でも一歩間違えていたら、向こうが車に轢かれていたと考えると笑えないなぁとしみじみ思います。
もしかしたら、車の突進力と猪の突進力、どちらが強いか試せる機会だったのかもしれませんね。


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第二十三話

お待たせしました。
一週間とはなんだったのか……。
ではどぞー。



土の一粒一粒を木へと変えていくことで、迫りくる怪物に対抗した。だが、あの巨体に対して俺の生み出す木のなんと小さなことか。その進撃を遅くするしか出来なくて、今にも踏み潰されそうな、その暴力的な気迫に押し潰されそうだった。あの怪物の威歩からは明確な死を感じ取れる。

だが、悪いことばかりではない。生み出す一本一本に回帰の力を込めたからか、当たれば当たるほど、あの怪物からはヒビが入る音が聞こえてくる。このまま気張れば、凌げるだろう。巨大樹をぶつけて一気にケリをつけようとしないのは俺とあの巨大な猪との距離では、悠長にそんな大質量のものを生み出す時間がないためだ。そんなことをすれば、真っ赤な押し花に人生の転職をすることになるだろう。

いくら恐くても、焦らず、落ち着いて対処するべきだ。

だが。

 

(息が苦しい……。まずいっ、意識が飛びそうだ……!)

 

体から何かが抜け出ていく感覚を生まれて初めてきついと思った。何かは恐らく、彼らの言う呪力だろうが、今まで軽く流していた。しかし、ここにきてこれが大きな負担となっていた。

恐らくは大量に木を生み出している弊害だ。

今まで、こんな大量に、しかも間をおかずに発動させたことがなかった。だから、この力に限界があるとは思わなかった。いやMPを放出している以上、いつか底につくことは自明の理であるが、これまでそれがなかったから油断していたのだ。だから、初めてである。吐き気を抑えられないほど気持ち悪い上に、頭をガンガン殴られている気分は。

しかし、ここで力の行使を止めてしまえば間違いなく踏み潰されて死ぬ。

前世で鉄骨に押し潰されて死んだ記憶がフラッシュバックした。

最悪なときに、最悪なことを思い出してしまった。

 

「嗚呼アアアアァッァアアアアァアアアアア――――ッ!!」

 

知らず、吼えていた。

別に死ぬのが怖いわけじゃない。むしろ、どうでもいいとさえ思っている。

だけど、その死に方だけはイヤだった。体が、精神が、魂が、その死に方を拒絶していた。

かつての両親との別れを強要されたあの死に方を。

全力で立ち向かう。俺の全てを出し尽くす勢いで、ゴミ(つち)を木へと変えていく。

潰されたくない俺と潰したい奴。意志と意志のぶつかり合い。

奴と俺の戦いの決着はすぐについた。

 

結論から言うと、俺は圧死を回避できた。

後一歩、奴が前に進んでいれば違っていたかもしれないが、結果は結果だ。

勿論、俺もこれ以上何かできる気はしない。ここまで消耗したのは、生まれて初めてだった。まだ、戦いは終わっていないのに、余力は一切残っていない。だけど、そんなどうでもいいことよりも、もっと目を引くことがあった。

 

(いきいきしてる)

 

護堂君のあの顔を見るのはいつ以来だろうか。彼が自覚しているかどうかはわからないが、今の彼は野球をしていた時のようだった。その姿を見て、ストンと、腑に落ちた。

護堂君、強くなったんだなと。乗り越えたのだろう。野球をやめた後の護堂君はどこか寂しそうに見えた。でも、今はそんな様子は欠片も見られない。男子三日会わざれば、とはよくいったものだ。

だからこそ、さっきまでの怪力とか速すぎる動きとかリアル召喚獣とかは彼自身の力だったのだと自然と思える。今の護堂君であれば、何でもありのように思えるからだ。疲れているからかもしれないが、なんとなくそう思った。

護堂君は、俺に憧れを抱いているようだけど、俺も護堂君に敬意を抱いている。彼が一番彼らしくあるのが、今のように勝負事に全力投球している時だ。彼は昔からそうだった。

野球選手であった時も。

 

――――次は絶対勝つッ!

 

初めて出会った日の帰り際に、そう叫んだあの時も。

どういう理由かは知らないしどうでもいいが、彼も凄い力を手に入れたものだ。笑いたくなるくらいに、凄い力を。

 

深夜であるというのに、空が明るくなった。小さな太陽が落ちて来る。これも護堂君の力だろうか。それをなんとかしようとするにしても、今の俺にはどうしようもない。感覚的にレベル2どころか小さな木一本さえ作れないと分かるからだ。作ったところで燃える……いや溶けそうだな。それに、出し切ったせいか、賢者モードになっているみたいだ。もうなんか、色々どうでもいいや。

初めて会った日のことを思い出したのは、今更になって走馬灯だと気付いた。今となっては懐かしい感覚だ。

圧死じゃないなら、どうでもいい。どんな死に方であっても、それよりはマシだ。

……護堂君には悪いことするな。変に気にしなければいいけど、大丈夫だろうか?どうしようもないけど。ま、彼の周りにはたくさんいい人がいるんだ。悪いことにはならないだろう、きっと。

どちらにしても、太陽がもう来た。

 

――――――のじゃぁぁ

 

灼熱の炎に包まれる時、何故かツッキーのドヤ笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 

――――――ちょーん

――――――ズグンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

気がつけば、どこまでも広がる真っ白な空間にいた。見覚えがある。というか、忘れることが難しい場所でもある。だって、ここは―――。

 

「おおっ、太朗よ、死んでしまうとは情けない」

「やっぱりお前……あれ?違う、この声は」

 

ここ数日で聞きなれた声だったので、少し安心した。またあいつ(・・・)に会うのだけは嫌だったから。安心院なじ、なじ、なじむ?みたいな美少女とかなら大歓迎だ。というか、あいつ(・・・)以外なら巨大ゴキブリでも大歓迎……は流石に無理だ。比較対象が自分でも良く分からないが、どっちにしろ会うのは嫌だった。

 

「む。最近はこういうのが流行していると思っていたが、無反応とは。君は冷たい男だ」

 

……そろそろ思考に逃げるのはやめて、現実に戻ろうか。この目の前の相手に話しかける。

 

「みたらいさん、ですか?」

「うむ、我輩こそが手洗い鬼にして大太の右手、その名を熊襲川上建命なり!ついでに、最近一部からは御手洗さんとも呼ばれておるよ」

 

その相手は、一見すると大男といえよう。2mは超えるため、見上げる形になるほどの背丈。そこまでなら、限りなく珍しいが探せば普通にいるだろう。だが、その大男は普通ではない、あからさまな異形である。

その大男は上から下まで手で構成されているのだ。頭も、腕も、身体も、足も、全てが手で構成されているのだ。学校の美術の時間などで、手だけを使った課題でできた代物がこれですといわれても、納得できてしまう。手で出来た頭には、指が天へと伸びており、それがいわゆる鬼の角のようにも見えた。

そんな相手が、自身を御手洗さんであると僭称している。

なんということでしょう。あの右手だけであった御手洗さんが驚きのビフォーアフター。これには流石の太朗(俺)も動揺を隠せない。

 

「……えーっと、その、なんだ……あれだ、なんか全部どうでもよくなった」

「なにゆえ!?」

 

あまりに衝撃的すぎて、今の状況とか聞きたい事が全部吹き飛んでしまった。

 

「もっとこう、我輩に対して一言もないのか!?かっこよいとか、大きいとか、威厳あるとか、神々しいとか、こうほら何か!」

「子供が見たら泣くね、確実に」

「マジで!?てか、君に言われたくはない!」

「そりゃあごもっともで」

「なんで簡単に受け入れるんだ!?自分のことだろ、もっと熱くなれ、熱くなれよ!?」

 

さっきの戦いの反動か、御手洗さんのテンションが高い。

落ち着くのを見計らって、話を進める。はいそこ、我輩一人騒いで馬鹿みたいなんて落ち込まない。

 

「で、やっぱり俺達は死んでしまったのか?あの日の玉に飲み込まれたら流石のハイスペックな肉体を持つ俺でもイチコロだし、仕方がない」

「そんなわけなかろう。もしそうなら、我輩と君は消滅している」

「え、でも、さっき死んでしまうとはって。それにここだって……」

 

そこまで言って、はたと気がつく。あの空間と似ているといっても、同じとは限らないではないかと。

 

「あれは冗談だ。そして、ここは君と私の境界だ」

「俺と御手洗さんの……境界?」

 

詳しい話を聞くと、以前言われたとおり、俺と御手洗さんは繋がっている。それは例の白いのが俺達の縁を結んだためだ。縁結びの神様である白いのは、どんな縁であっても強引に結びつけることのできる能力を持つ。石と木の縁だって結んでしまうことだろうとのこと。

 

「ここがその結び目だ。まぁ、我輩達の精神世界とでも思っておけばよい」

「野郎同士の縁を結ぶなんて白いのは腐ってんの?」

「?腹黒いところはあっても、性根は腐ってないと思うが……」

「いや、通じないのならいい」

「そうか。それにしても、月読尊の加護を得ていたのが幸いしたな」

「ツッキーの加護?」

 

なんだろう、全く心当たりがないことを言われた。それにしてもツッキーの加護って、役に立つようには思えない。裏人格のお月さんならともかく、ツッキーじゃあ、ねぇ?ってそうか、お月さんの可能性もあるのか。

 

「む?気付いていなかったのか?我々がこうして生きているのは、今も彼女が身体を張っているからなのだが……」

「え?ツッキー来てんの?」

「土雲八十健命とその怪異たちと共にな」

「土蜘蛛?そいつも御手洗さんの仲間なのか?」

 

以前、がっちりと握手を交わした同胞(ガンナー)の姿が脳裏によぎる。彼は今頃何をしているだろうか。

 

「その通りだ。そして、君の身体は今月読命に抱えられている状態だ。いわゆるお姫様抱っこでな」

「マジで?」

「マジで。君の危機に颯爽と現れ、降りかかる太陽をものともせずに君を助けたのだ。まぁ、君に加護が与えられていたからこそのタイミングであったわけだが。ちなみにそのついでのように助けられた我輩は立つ瀬がない」

 

しかも助けてくれたのは土雲だったし……と遠くを見る御手洗さんになんと声をかけていいのか。というか、そんな余裕はなかった。

聞きたくなかった。男としての尊厳を気にするわけではないが、ツッキーにお姫様抱っこされるのは、絵面的にも精神的にもクるものがある。いや、助けてくれたことには感謝している。だけど、それとこれとは別問題だっ……!

 

「というか、加護って?」

「本当に心当たりがないのか?どうも、二週間近く前に与えられたもののようだが……」

「二週間近く前って、俺とツッキーが出会った頃だが」

 

―――感謝するぞ、人間!

 

ふと、無邪気に笑った彼女を思い出した。ついさっきのドヤ笑顔ではなく、彼女らしい天真爛漫な綺麗な笑顔を。

って、いやいやいや、待った。そもそも何で当たり前のようにツッキーが加護(笑)を与えるような存在という前提の話になっているんだ。

 

「何でも何も、月読命は正真正銘女神だからであるが……そういえば、君は彼女のことを随分と親しげに呼ぶのだな。ううむ、三柱の貴子をそのように呼ぶとは……」

 

悩む御手洗さんから衝撃的な言葉が発せられる。

正真正銘女神、だと?あのツッキーが、本当に女神?えぇー……ウソだぁ……。

 

「まぁ、それは置いておくとしよう」

「いや、相当聞き捨てならないのだが」

「そろそろ、目覚めな(・・・・)ければならない(・・・・・・・)

 

スルーされた。だが、御手洗さんの言うとおり、いつまでもだべってばかりはいられない。そろそろ、現実世界へと戻るべきだろう。そして……そして、どうするんだ?

襲い掛かってきた敵を返り討ちにした後、護堂君と戦って死んだと思ったけど実は生きていて、今はツッキー(今はお月さんか?)が戦っている。それも御手洗さんの仲間を連れて。その中で俺のすべきことってなんだ?戦いを止めることか?でも、問題はその後だ。戦いを止めて……それで?そもそもツッキーと護堂君が戦っている理由はなんだ?二人は恋人同士じゃなかったのか?訳が分からなくなってきた。

ていうか、気のせいだろうか、これもう事態は俺の手から離れかけてないか?分からん。何もかも分からん。

 

「御手洗さ……」

 

ドスッ……。

顔を上げ、知恵を借りようとした矢先、何かが身体に突き刺さる感触を覚えた。

 

「……あぁ?」

 

あまりにも一瞬だったためか、何が起こったのか分からなかった。自分の鳩尾辺りを御手洗さんの右手が貫いているのを確認して、初めて意識が認識した。不思議と痛みはなかった。だが、何かがかき乱される感覚は、思いのほか気持ち悪い。

 

「何を……」

「無駄だ、太朗君。時間はかかったが、君が我輩の依り代となるのはもはや確定事項だ。そして、君にそれを防ぐ術はない。唯一可能性のあった異能も我輩の力によって無効化していた。時々戦いの中などで解除しては冷や冷やしていたが、何とかなってなによりだ」

 

もともと厳つい表情だったのが、何も感じさせない淡々とした表情となってさらに厳つくなっていた。しかし、そんなことが気にならないほど、俺は存在が溶けだして吸い込まれるような、ほつれて取り込まれるような嫌な感覚を味わっていた。

 

「君の異能はいうなれば我輩とは間逆の能力であるが故に、干渉し浸食することができる。とはいえ、力のほとんどを君の異能に向けることになって、ただでさえ弱い状態がさらに弱体化してしまったが、ようやく顕現することができそうだ」

「そう……か……」

 

言っていることが良く分からないが、ちょっと前から腕が疼いていたのは御手洗さんの影響らしいことはわかった。

 

「……体を奪われそうになっていながら、君は何も思わないのか?」

 

確かに普通ならここで泣き喚いたりするのだろう。騙していたのか、とかそんな感じに罵倒したりもするのだろう。だけど、俺の場合はやっぱり。

 

「どう……でも……い…………い」

 

そう思うだけだ。

 

「それは本心から……いや、よそう。聞かなかったことにしてくれたまえ」

 

質問を中断し、御手洗さんは続けた。だが、それに答えるとするのなら、その答えは簡単だ。

―――どうでも……

 

「後は我輩に任せてゆっくりするがよい。……す……い」

 

その言葉を最後に、俺の意識は白い空間に溶け出していった。最後の瞬間、何か聞こえた気がしたが、俺の意識はそこで…………

 




生きてると思った?残念、やっぱり溶けました!
なんて、いろいろ突っ込みどころ、矛盾が有りそうで怖いです。
もし、何かおかしいところがあれば、遠慮なく指摘お願いします。
できれば、この愚図がっ!と語尾につけてくださればご褒美です(・ω・≡b

とまれ、今回のお話で太朗君の異常性が少し現れていたらと思います。
タロェ……。
あ、次回から展開が一気に進むと思います。予定だけど。


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第二十三話裏

一ヶ月とちょっと……
約一週間だな!(錯乱)
というわけでどぞー


あまりにもあっけなく『白馬』に飲み込まれた太朗を見て、何が起こったのか分からなかった。護堂は、『白馬』も回帰の力で相殺されると思っていたからだ。だが、予想がはずれ、あっさりと決着がついたために、思考が追いつかないのだ。

そして、追いついたとき、護堂の身体は知らず震えだした。

 

そもそも、護堂の予定では太朗が『白馬』を相殺した直後、最初の戦いで沙耶宮と逃げた術者達に抑えさせるつもりだったのだ。彼らにはここへ来る前に、戦いになった場合の打ち合わせの段階で伝えているため、後は護堂の合図一つでいつでも動けるよう、待機してもらっていた。

その合図は『猪』の後でも良かったのだが、太朗を見たとき、息を乱しながら座り込んでいてなおうっすらと余裕をうかがわせる表情に脅威を感じ、まだ切り札があるのだと判断して『白馬』の化身を使ったのだ。

だが、結果はどうだ。目の前の現実はどうだ。

 

(まさか、殺した……?俺が、兄さんを……?)

 

あまりにもあんまりな結末に、あってはならない想像に、護堂は恐怖を覚える。だから、気付かない。対象に着弾したというのに、白い炎が未だに消えていないという事実に。

 

「フーッハッハッハッハッハ―――!妾参上!」

 

護堂を恐怖から解放したのは、場違いな哄笑と不思議な光であった。それと同時に、白い炎が弾け飛ぶ。周囲に散らばるようにして弾け飛ばされた高温の炎は、木々を燃やすことなく、そして跡形も残さず、その圧倒的であった太陽の存在感はまるで幻であったかのように空へと消えた。

現れたのは長い髪を棚引かせ、気絶した太朗を横抱きにして――俗に言うお姫様抱っこ――その人間離れしたたおやかな美貌に天真爛漫な笑みを浮かべた女性であった。限りなく満月に近い形の髪飾りが光輝いており、彼女の夜を凝縮させたような黒髪をより一層艶やかに魅せた。持ち主の周囲から危険が消えたと悟るように、髪飾りの光は徐々に失せていった。

その正体は、護堂と以前互いに不干渉を取り決めた女神、月読命であった。彼女の周囲には大小様々な岩の塊が浮遊している。まるで、中心にいる彼女を護るようにして。

新たな乱入者の登場に驚きで固まる護堂の前で、月読命の表情は徐々に知的で凛々しいそれへと変化していく。動から静へと、あまりにも急激な変化。『白馬』の化身、太陽の力が消えたことでツッキーからお月さんへと戻ったのだ。

 

「久しぶりですね、羅刹の君、いや草薙護堂」

「なんであんたがここに!」

「以前グラさんに与えた加護によって、彼の危機を知り、彼を助けるためにここへはせ参じたというだけのことです」

 

初めて出会った時、田中太朗はこの美しき月の女神を助けていた。そして、彼は気付かなかったが、約束どおり彼女から褒美を貰っていたのだ。彼女の褒美として与えた『女神の微笑み』とは、例えるなら勝利の女神が微笑むことと一緒である。つまり、『加護』を与えることであった。

そして、月の神である月読命の加護とは、『導き』である。遍く広がる威光を以って人々を導く。転じて、手探りばっかりの深い闇の中にあっても、解決への道筋まで導いてくれるのだ。夜の濃さ、すなわちその解決の困難さに応じた導きを齎すが、今回は相手が神殺しであるために、彼女自らが導かんとしてこの場に現れたのである。

 

「さて、草薙護堂。以前私と貴方で相互不干渉の協定を結びましたが、今この瞬間、破棄させていただきます」

「なっ!」

 

一方的にそう述べた彼女に、一気に引き寄せられる。言うまでもない、月の神である彼女からは常に強力な引力が発生している。それを自在に操れる彼女は、その引力を以って護堂を引き寄せたのだ。引き寄せられた護堂はなす術もなく、浮遊する岩石群が放たれる。

月読命の呪力が込められた岩石群は、降り注ぐ隕石に等しく、護堂に与えられる痛みは想像を絶するものであった。

否。

むしろカンピオーネである護堂であったからこそ、その程度で済んだといえる。普通の人間であれば、いやどのような人間であれど、ボロ雑巾のような肉塊へと変わること間違いないのだから。

カンピオーネの恩恵たる頑強さでなんとか四肢が千切れておらず原形もとどめているが、それだけだ。誰がどうみても瀕死であった。

そこに、巨大な影が現れた。

誰もが見上げるほどに巨大な骨格のような、ゴミの集合体だ。知る者が見れば、がしゃどくろと例えるだろう。ゴミでできたがしゃどくろ。

そのがしゃどくろの巨大な腕が持ち上がり、振り下ろされる。

護堂の意識はそこで途切れた。

 

「護堂さんっ!」

「おや、巫女よ、貴方もいましたか」

 

そんな護堂の無残な姿を見た祐理の目の前には、いつの間にか月読命が立っていた。

 

「あっ……」

「積もる話はありますが、今は色々と立て込んでいますのでまた今度お話でもしましょう」

 

祐理と馨の額に手を当て、二人の意識を奪う。

さらに、少し離れた場所で戦っていた神懸りの少女を一瞬で引き寄せると、同じように意識を奪った。

 

『……間一髪であった。感謝するぞ、月読命よ』

「熊襲川上健命………………いたのですか?」

『………………………………いたのだよ。それと今は御手洗さんだ』

「縁が……白姫め、勝手なことを」

 

月読命は一目見て、太朗と熊襲川上健命の状況を看破した。二人の間に結ばれた縁、そこからゆっくりと侵食されていった太朗。月読命は、何がどうなってこんなことが起こっているのかを、正確に読み取った(・・・・・)。故に、憤慨する。

 

「これだからあの女はいけすかない!人のものを勝手に人柱にするなんて!」

『むしろ、お主が目をつけたからこその今と言えよう。別にお主に責はないが』

「それで、どうして未だ顕現していないのですか?」

『顕現できるようになったのはついさっきのことなのだが……』

「ええ、ですから聞いているのです。顕現できるようになった今、どうしてそうしないのですかと?」

 

満月が近づき、以前よりも深く太朗について読み取れるようになり、彼の力や厄介さを改めて知った上での発言だ。神にも届き得る彼の異能(マイナス)

しかし、それを度外視してもお釣りがくるほどに、太郎は依り代としてはこれ以上ない逸材である。それは太朗と言う存在の根幹からくるものだが、ネックとなる彼の過負荷をどうにかできる存在である大太の右手が、何故未だに顕現しないのか、月読命には疑問であった。

 

『……質問を返すようで悪いが、顕現してもよいのか?』

 

熊襲川上健命の言葉の意味を月読命が理解していないはずなどない。依り代を得た神が顕現するというその意味を。それを理解している上で改めて彼は問う。それでよいのかと。

 

「それはどういう意味でしょうか?まさか、大太の右手ともあろう神が情にほだされたというわけではないでしょう?」

「月読命ガ、『大太ノ意志』デアルオ主ガ加護マデ与エタ人間。マシテ、目ノ前デ自分ノモノトマデ公言シタノダ。ソンナオ主ノ前デドウシテ顕現デキヨウカ。手洗イ鬼ハソウ言イタイノダロウ』

『……いたのか、土雲の』

「イタノダヨ」

 

フォローに対して、なんとも失礼な答えを返されたが、彼のように巨大な塊に気付かない熊襲川上健命は逆に凄いといえるのではないか。

 

「加護を与えたのはただのお礼です。どの道、縁で結ばれた以上、縁切りの神のような存在でなければあなた方を断つことはできません。満月が近づく今、過ぎたことをどうこう言うほど、私は狭量ではないです。心底不愉快ではありますが、我々の目的を優先するべきでしょう」

『……そうか。ならば何も言うまい』

「ええ、さっさと顕現してください」

 

その瞬間、太朗の身体に御手洗さんの本体(・・)が突き刺さる。そして、太朗の体が変化し始めた。まず右手が膨張し、異形のものとなった。そこから全体へと空気が送られるように、体が膨らみ、異形化が進んでいく。そしてついに体のほとんどを右手で作ったかのような鬼の姿となった。手洗い鬼、熊襲川上健命の顕現であった。

 

「うむ、さすが依り代とした肉体が最高級のものだけあって、調子がよい」

 

手を閉じたり開いたり、肩をまわしたりして調子を確かめていた彼は満足したように何度も頷いていた。実際、他の人間であればここまではならないだろうと確信するほど、力が漲っていた。熊襲川上健命は、国津神としての力を完全に取り戻したのだった。

 

「眠っている大太の化身も僅か。この地に眠る化身は最後に目覚めさせるのが理想ゆえ、早く次の土地へ参りま―――」

 

――――ゴォッ

 

言葉をを遮るようにして、大地が大きく揺れた。そして、大地の精気がある場所へと急激に集まっていくのをこの場にいる神々は感じ取った。そして、それが何を意味するのかを分からないはずがない。もし、太陽が昇っていたのなら、東に見える山の中腹の木々が円を広げるようにして急激に色あせていく様子が見えたことだろう。

 

「……熊襲川上健命」

「……なんだね。それと我輩のことは御手洗さんと呼んでおくれ」

「……この地以外の国津神達は全員目覚めていましたっけ?」

「……先刻の自分の発言を思い出してみよう。ところで我輩のことは御手洗さんと」

「……では何故、『肉』の化身が目覚めようとしているのでしょうか?」

 

この振動は、この地に眠る大太の化身の目覚めの、その予兆であった。

大太の『肉』の化身。大太の化身の中でも異質な存在である。

他の化身と違い、その存在の全ては文字通り『肉』だからだ。そして、それゆえに知性も理性も持たない。

最後に目覚めたときの、この化身による被害は尋常ではなかったのはそこに理由がある。この化身の齎す災害には際限がないのだ。まつろわぬ神々といえど、意志がある。気まぐれに人の言葉に耳を貸してやめることもないわけではない。飽きれば去ることもある。自ら眠りにつく酔狂な神もいる。時には気に入った者に加護を与えることもあるだろう。

 

――――だが、肉の化身にはそれがない。

 

目の前にあるものをただ飲み込んでいくだけの存在。善悪関係なく、山を、川を、森を、大地を、村を、人を、動物を、全てを、ひたすらに飲み込んで決して止まることのなかった存在。それが『肉』の化身だ。

そして、術式すらも飲み込んでいくがために、当時はご老公への嘆願なくして封印など到底できるものではなかった。それほどまでに凶悪な神であった。

大太の化身たちからしてみても、そんな扱いに困る奴がいては面倒だった。だから、最後に目覚めさせてそのまま一気に合神しようと企んでいたのだが、その目論見はあっさりと消え去った。

 

「……さてな、原因までは分からんよ。それはそうと我輩のことは」

「……なるほど、あの男のせいですね。何を考えて……いえ、何も考えていないのでしょう。まぁ、いいでしょう。理想など所詮その程度です。今目覚められたのは面倒ではありますが、早いか遅いかの違いです。というわけで、肉の字は放置しましょう」

「……我輩は既にアウトオブ眼中ですか、そうですか」

 

日本側の神々はそのまま肉の化身を放置して去るようだ。色んな物が少し(・・)飲み込まれる程度のことは気にしない。むしろ、一緒にいてもやっぱり扱いに困るだけだ。敵、味方関係なしに動く肉の化身の厄介さが現れていた。

 

「では今度こそ参りましょう、次の地へ。ついでにこの巫女もつれていきましょう。太朗ほどではないでしょうが、依り代に使えそうです」

 

そして二柱はその場から姿を消した。巫女を一人一緒に連れて。

 

「やれやれ、ようやく行ったか。神を複数相手するのはさすがの僕でもしたくないからね。命がいくつあっても足りないよ。さて、こいつら回収して僕達もサッサととんずらしようぜ」

『ねぇねぇ安心院さん。いきなり連れて来られた僕は何一つとして事態をつかめていないのだけど説明してくれないかな?あ、十文字以内でね。自慢じゃないけどそれ以上超えると僕の頭だと知恵熱を出すから』

「太朗君が危ない」

『なるほど、それは僕が動かないわけにはいかないね』

 

入れ違いに現れた二つの影の片方の疑問、それに返したもう片方の、字面で七文字、言葉でも十文字ぴったしな見事な説明であった。

その正体は、ただ平等なだけの安心院なじみ(人外)と混沌よりも這い寄る球磨川禊(マイナス)であった。

 

「とはいっても、打てる手はもう打ち終わったし、後は太朗君次第なんだけどね」

『ふぅん。ちなみにさ、さっきの場所においてきたあのメダルみたいなのは一体なんだったんだい?』

「あれかい?あれはゴルゴネイオンていう、大変レアなメダルだよ。ドラクエで言う小さなメダルのようなね。だから、あそこの神様にお供えしたのさ。嬉しそうに貪っていただろ?」

『色んなものが飲み込まれていく様子は圧巻だったね、いや悪感かな?』

「こりゃあかん、なんつって」

『え?なんだって?良く聞こえなかったからもう一回言ってよ。こりゃ……何?』

「……」

 

球磨川がこの後どうなったのか、知る者は当人を除いていない……。

 




時間が一気に進むといったな、ありゃウソだ。
こりゃあかんorz


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とある『彼』のお話

あけおめことよろ!
短いですが、どぞー。


もし生まれ変わる機会があるとしても―――……
                      田中太朗の死に際の念


田中太朗はまどろんでいた。

大太の依り代となり、その肉体から命まで捧げた人間は消滅するはずであるが、田中太朗は彼の神の中で未だに無事でいた。

まどろみのなかで、太朗は理解していた。今こうして彼が存在しているのは、彼を保たせようと何らかの力が働いているためであることを。その力がなんの力か、確信とまではいかないがうすうすと気付いていた。気付いていて目を背けていた力だ。

彼は知っている。この力が昔から働いているものであると。

一言で言うのなら暴力だ。別の言葉で言えば、自分と言う存在の特異性を示すものだ。

これがある限り、自分は消滅することもできないだろう。この力に護られていることは皮肉の一言でしかないが、すぐにどうでもよくなった。どの道どうしようもない。

故に何をすることもなく、できることもない今の彼はまどろみの中へと自ら意識を溶かしていった。寝れば暇つぶしにはなるだろうと考えて、彼の意識は深く深く潜っていく。

そして―――……

 

 

 

 

この世界における田中太朗とは何者なのか?

その答えの一つとして、彼は過負荷(マイナス)である。だが、過負荷(マイナス)とはいわば『心』の在り方である。

全てに弱い男、『負完全』球磨川禊の大嘘憑き(オールフィクション)の力は彼の心がないとまで言われるほどの虚ろさが手の平孵し(ハンドレッドガントレッド)を螺子曲げたともいえるし、あるいは彼の始まりのマイナス(ブックメーカー)はどれだけ己がマイナスであっても、マイナスとして同じ土俵で戦い、マイナスとして正面から勝ちたいという彼の想いから生じたものといえる。

そこでいうところの田中太朗の在り方とは一体なんだ。

田中太朗は過負荷(マイナス)である。

だが、そうである前に転生者である。そこに彼の心のあり方を示す解がある。

そう、すべての始まりは彼が死んだあの日からであった。

それを語る前には、まず彼の前世である××××について知らなければならない。

 

××××は目つきの悪い男であった。何かあれば真っ先に疑われるくらいに。

彼の周りではよく物がなくなることがあったし、誰かがいじめられていることもあった。その全てが彼の責任になることはよくあることであった。どこかの誰かが彼の名義で好き放題するのだ。いつしか教師の間でも要注意生徒として名が挙がることになった。誰も彼の言うことを信じるものはいない。何かがあれば彼のせいであるという空気が出来上がっていたのだ。

身に覚えのないことに対して、彼は憤りを感じていた。その鋭い目つきがもっと鋭くなるのに時間はかからない。そして、彼はついに動き出した。信じられるのは己だけ。時々気にかけてくれる先生がいても、彼が問題を起こしている前提である。彼が実は何もしていないと信じてくれる人はいなかった。彼の世界は既に敵しかいなかったのだ。

 

彼のした行動は至って単純だ。他の生徒に話を聞く。どうせなんでもかんでも俺のせいだからと開き直って、時に強硬手段を使ってでも情報を集めた。

そうして、自分をこんなめに合わせている奴を特定していった。はたして、そいつは学校一の優等生であった。彼と相対した優等生は笑っていた。彼のおかげでいいストレス発散ができたと。責任が自分に回らず、しかも好き放題できるこの状況は素晴らしかったと。謝罪の言葉はない。

 

その瞬間、彼の頭は真っ白になった。気がつけば、全身を焼き尽くす激情に駆られ、彼を殴っていた。その瞬間、まるで計ったかのように入ってきた教師に取り押さえられた。鬼の首を取ったかのような優等生の顔を彼は忘れない。

 

その後は流れるようであった。それまではまだ疑惑であったが、これまでの問題は全て自分のせいであると確定(・・)した。現行犯で掴まったのだから申し開きもできない。情報収集の手段も後で思うと不味かったのだろう。要するに彼は焦りすぎたために、逆手にとられ、嵌められたのだ。

彼に対し処分が下され、彼はそれを受け入れざるを得なかった。勿論、自身が被害者であると訴えなかったわけではない。だが、周りの視線を見て彼は悟ってしまった。誰も彼もがゴミでも見るような目であった。

 

身に染みて思い知らされた。数に逆らうことの愚かさを。空気に逆らう無様さを。理不尽に逆らう恐怖を。この世の全ては多数決で、大多数の意見が正しい。たとえ自身の無実を訴えたところでだれが信じてくれるというのか。ましてや周囲の事実に対する無関心さ(・・・・)を変えるだけの労力も時間も無駄なのだ。誰かが我慢すれば全ては円満に進む。それがこの世の正しい姿だ。

 

この事件のせいで、両親も呼ばれることとなる。相手の親に頭を下げている二人を見て申し訳なくなる。外でのことが彼らの耳に入ればきっと軽蔑されるだろう。少なくとも話の中の彼は褒められた人間ではないのだから。罪悪感が募った。恥ずかしい上に、自分が情けなくなった。二人の顔を見れない。家に帰れば、何を言われるのか想像もつかなかった。

だが帰り道、彼らは何も言わなかった。ただいつものような暖かい笑顔で家に迎え入れてくれた。

そして入った瞬間、怒られた。だが、その方向性は彼の思っていたのとは別方向であった。

何故頼ってくれなかったのか。その言葉に集約された心配の念を、彼は感じ取った。

面食らった彼であるが、何を言われたのか理解して彼は泣いた。これまでの鬱憤を全て流しだすようにして彼はおいおいと泣いた。

二人は彼を信じてくれていたのだ。優等生を殴ったことだけは謝るべきことだから、そのことだけは親に謝ったが、それ以外のことは何かの間違いだったと信じてくれているのだ。

 

これがどれほど彼の心を救ってくれたのか、二人は理解してくれるだろうか。彼の味方であってくれたことが、彼を立ち直らせるきっかけとなった。

 

やがて、彼は引きこもる。両親が信じてくれていても、心の傷はまだ癒えない。彼の両親はそんな彼に時にはゆっくりすることも大事だと、受け入れた。ゆっくりでいいから、また立ち上がりなさいと。そんな二人の優しさに彼はある夢が芽生える。

 

―――いい大学に入学して、いい会社に就職して、初任給でご馳走しよう。二人にたくさん孝行を尽くして、俺が二人にどれだけ感謝しているか、一生をかけて伝えるんだ

 

希望に満ちていた彼の想い。その時彼にあったのは感謝と誇りであった。自分を信じてくれたことに感謝を。そんな二人の子供であることの誇りを。今までの彼からは考えられないほど生き生きとした姿。彼の人生はいい方向へと転がり始めていた。だが、それも。

 

あの日が来たことであっけなく途絶えることになる。

 

彼はあっけなく死んだ。鉄骨の雨に押し潰されて。最後に彼が思い描いた言葉は、彼の絶望そのものを表していた。

 

――――もし生まれ変わる機会があるとしても、二人のいない世界などゴミだ!!

 

だが、彼の物語は終わらない。

 

全てが真っ白の世界でそいつに出会った。

「忘れられた神々」と名乗ったそいつは嗤う。まるで出来のいいおもちゃでも見るように嗤う。

そいつは有無を言わさずに与えた。

一つは特殊な肉体を。一つは彼に相応しい能力を。一つは新しい人生を。

 

『君が最終的に何になるのか、僕は今からそれが楽しみで仕方がない!』

 

何一つ彼が望んでいないものを押し付けて、そいつは彼を新たな世界へと送り出した。

そして、意識が目覚めた時、彼は田中太朗になっていた。

 

彼の意識は死んだその日から一歩も進んではいない。彼の世界は生まれたときから終わっていた。彼の視界はほとんどゴミのように映っている。それが彼の過負荷(こころ)

彼と言う人間(マイナス)は残酷なまでに、残忍なまでに。

現世にある全てがどうしようもないほどどうでもいいと思えてしまうほどの未練を前世に対して抱えていた。

故に彼に生じた異能(マイナス)はどんな価値ある物をも無価値に変える力。

転じて、全てをゴミにする力。

それが、それこそが彼だけの過負荷(マイナス)

 

負倶帯纏(コンプレックスコンプレッサー)

 

圧縮は本質ではない―――ひとつの過程でしかない。

 




彼の前世と彼の過負荷についての回でした。

彼の過負荷については正真正銘ここが底です。いきなり出てきたのはあまり引っ張りすぎるのもあれだと思ったので。
でも彼への認識についてはまだ少しだけあるんじゃよ。
ヒントは出していますので好きに想像してください。
質問があればじゃんじゃんしてください。


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第二十四話

いつもより早くに投稿できてよかった。
ただそれだけが言いたい。
というわけでどぞー。
しかしうどんがたべたい。


ここは……どこだ……?

真っ暗だ……右も……左も……

何も見えない……

いや……向こうに人影が……

タロ兄さんだ……よかった……無事だったんだ……

さぁはやく帰ろ……え……?

…………………どうして

どうしてそんな……

どうして……

悲しそうに……寂しそうに笑ってるんだ……

俺が何か……

あれ……動けない……

あ……待って……

待ってくれ……俺も行く……くそ……動けよっ……

どうして……動かない!動けって……動け!じゃないとタロ兄さんが……

タロ兄さん!

 

 

 

 

 

 

 

目覚めるや否や、草薙護堂は勢いよく身体を起こした。まるで自分を取り込もうとする嫌な感覚を全て振り払うように。

 

「今のは……?」

「起きて言うことがそれ?お母さんにおはようも言えないのゴドーは」

 

今自分が見たものがなんなのか、それを考えようとした護堂を女の声が遮った。

護堂が視線を向けた先には、可憐な少女がいた。美しさよりも可愛らしさの際立っている、それでいてどこか蟲惑的な少女。

 

「あんたは確か……」

「あんたじゃなくてママ。ママンでもマンマでもOKよ?」

 

護堂は一度彼女と出会っている。かつて欧州の若きカンピオーネ(バカ)と戦って死に掛けた時に出会った母親を自称する者。エピメテウスの妻にして、カンピオーネの元締めであり支援者たる女神、名は確かそう―――

 

「パンドラさん」

「ぶーぶー、ゴドーのイケズー」

 

母と呼ばれなかったことに頬を膨らましている彼女を無視して、護堂は雄羊の化身が成功したことを知る。彼女がいるということは、ここは不死と死の境界とやらになる。目覚めればここでの記憶は失われる(パンドラが言うには魂には刻まれるらしい)、夜見る夢みたいな場所。

 

正直なところ、護堂としてはあの巨大な影に潰されて死んだと思ったが、間に合ったようだ。雄羊の化身の厄介なところは瀕死でないと発動しないことだ。しかも、意識的に発動しないといけないため、即死してもアウトだ。お月さんこと月読命に岩を飛ばされた段階で意識していたのだが、きちんと発動して何よりだ。

 

だが、護堂としてはそちらよりも気になることがあった。

さっきの夢が気になって仕方がなかった。太朗がどこかへ遠くへ行ってしまいそうな気がして、不安だった。また、もう一つの苦悩が拍車をかける。

 

(俺は、タロ兄さんを殺しかけた……)

 

あの時、もし女神の助けがなければ、間違いなく太朗は死んでいた。その実感があるからこそ、護堂の顔色は優れない。太朗を止めるには、自分の力では明らかにオーバーキルになってしまうことを理解してしまった。加減の効くような力でないことは誰よりも自分が知っている。

 

「そんなに気になるのね、あのヒトデナシのことが」

「人でなし?いや、俺は……」

「田中太朗のことで悩んでいたんでしょ?」

 

パンドラのいう人でなしが誰のことを刺しているか気付き、護堂は憤る。

 

「タロ兄さんは人でなしじゃない!」

「人を人とも思わない奴を人でなしっていうんでしょ?合ってるじゃない。まぁでも、今回は文字通り(・・・・)の意味だけどねー。いや、やっぱ両方当てはまるか。あの人外のネーミングセンスも捨てたもんじゃないわね」

「ちょっと待ってください!それってどういう」

「気になるかもしれないけど、今は少し別の話をさせてちょーだい」

 

護堂の言葉を遮るパンドラ。その表情は真面目一色であった。

 

「なんていうかね、ゴドーは一度頭を冷やしたほうがいいわ!今のゴドーは自分を見失っている。今のままだと、何一つ事態は好転しないわよ。むしろ悪化しかしない。早く手を打たないと取り返しのつかないことになるわ。具体的にはゴドーの国が滅ぶ」

「なっ!」

 

あっさりと衝撃的なことをのたまうパンドラ。

 

「詳しいことはただ平等なだけの人外に聞きなさい。少なくとも、視野をもう少し広げなければ何もかも失うことになるわよ?」

「何を……」

「何をもくそもないの!今回の件は流石にまだまだ未熟なゴドーにはきついかもってことで、少しだけ忠告してあげてるのだから、素直に受け取りなさいな。起きたら忘れるとしてもね。あたしは気まぐれだけど、子供に早死にしてほしいわけじゃないの」

 

護堂の鼻先に指をビシッと突きつけ、言葉を封じる。

 

「問題は山積みだけど、まだ詰んではいない。でも、時間の問題よ。あのヒトデナシに釘付け(・・・)になっている暇はもうないの!幸いゴドーの助けになりそうなものもたくさん転がっているのだから、それらを拾い集めて、ヒトデナシごとふるぼっこにしちゃいなさい!」

 

本来、あまりカンピオーネへの支援を行わない気まぐれなる支援者の、出血大サービスとはこうであるといわんばかりの叱咤激励であった。だが、それでも。

状況が悪い方向へ進んでいることを知り、危機感を覚える護堂だが、それでもやはり心に重くのしかかるものがあった。

 

「俺は別にタロ兄さんをどうこうするつもりは……俺はただ」

 

そんな彼の様子にため息をついて、彼女が言った言葉は護堂の心をざわめかせるのに十分な威力であった。

 

「今のゴドーじゃぜーったいに!あのヒトデナシを救えないわ。他の誰よりも彼を恐れている(・・・・・)あなたではね!!」

 

それは確信を伴った断言であった。

 

 

 

 

 

 

「ここは……そうか、俺は……」

 

目を覚ますと、そこは雪国であった……ということもなく、普通に木目の天井が見えた。何かを訴えかけるように、忘れてはいけないことを忘れているかのような気がする。胸がざわつく。

布団に横たわっていた体を起こし、護堂は今がどんな状況なのか把握しようと周囲を窺う。夜が明けたのか、窓の外は既に明るくなっていた。

護堂が横たわっていたのは、畳に襖と旅館の一室みたいな部屋で、まるで見覚えのない場所であった。なんとなく前回より復活に掛かった時間が短くなったことに嫌な予感を覚えながら、どこだここと、思考を巡らせ、ふと、右手に柔らかい感触を覚えた。

 

「う……」

 

微かな吐息。

この瞬間、護堂の思考は停止していた。まず状況として、万理谷祐理が隣で寝ていた。それはいい。いや、男女七歳にして同衾せずという言葉があるように、健全とは言いづらいがまぁ今は置いておく。それよりも大きな問題があった。

護堂は、何故、自分の右手が、万理谷祐理の、胸を、触っているのか―――……

 

『あ、起きたみたいだね、ゴローちゃん』

「ほわぁ!」

 

急に、襖が勢いよく開き、いきなり声を掛けられたことに驚いた、護堂は飛び上がらんばかりに全身に力が入った。その結果、右手はわしづかみである。

 

「んっ……」

 

護堂は思った。あ、柔らかいと。そして、全身に冷や汗がドッと溢れる。状況が状況だからだ。

 

『はぁーん、ひぃーん、ふぅーん、へぇーん、ほぉーん』

「違う、誤解だ!事故だ!!わざとじゃない!!!」

『いやいや、恥ずかしがらなくてもいいんだよ!護堂ちゃんも男なんだ。いくら硬派気取ってようと、けだものなんだ!むしろ健全さ!さぁ、存分に裸エプロンについて存分語ろうじゃないか!たとえ女の子の寝込みを襲うようなゲスだとしても、僕は一向に構わなない!!』

「俺が構う!ていうか全然違うし、そんな下品なことを語ってたまるか!」

 

案の定、誤解(?)されてしまい、護堂はますます焦り始める。が入ってきた相手が分かると一気に冷静になった。

 

「球磨川!どうして、ここに!」

『やっほー。久しぶり、元気してた?』

 

入ってきたのは、護堂の宿敵であった。顔も見たくない相手に出会ったことで、護堂の不快指数がどんどんと上がっていく。太朗に関しての因縁が、敵意を募らせていく。

 

『おいおい、そんな怖い顔するなよ。今は君の相手をしている暇はないんだ』

「何を企んでいる?」

『ご挨拶だなぁ。何も企んでないさ!本当さ!信じてよ、ゴローちゃん!』

「護堂だ!」

『ああっ、そうだったそうだった!人の名前を間違えるなんて、僕は人として駄目だね。護堂ちゃんに怒られなかったら、一生続けるところだったけど、護堂ちゃんのおかげで改心できたぞ!練習がてらちょっとそこまで、早速覚えた君の正しい名前を意識しながら、護堂ちゃんが女の子の寝込みを襲っていたことを報告してくるよ!』

「待て!誤解だって言っているだろ!?」

 

人の不快指数をとことんあげないと気がすまない男、球磨川の相手は護堂をしていらつきを押さえられない。色々と聞きたいことが山ほどあるはずなのに、球磨川のせいで落ち着いて聞くことも出来ない。まずは彼をどうにかすることに決めた。

触るのもいやだが、全力で球磨川を捕まえる。しかし、この男の手ごたえのなさは空気のようである。

 

『いやー助けてーゴローちゃんに犯される!!やめろ変態!僕にそんな趣味はないぞー!』

「朝っぱらから怖気の走るこというな!それとゴロ、護堂だっていってんだろ!!」

 

本人ですら危うく言い間違えそうになるほど言いやすい名前であるのは否めないが、それでも正しい名前を呼ぶことが大事である。

 

―――ピロリン♪

護堂の耳に、軽快な電子音が届く。音源に目を向けると、小学生くらいの女の子が携帯片手に悪い笑みを浮かべて立っていた。いや、制服を着ているということはまさか中学生とでもいうのだろうか?悩む護堂だったが、次の瞬間、護堂はそれどころではなくなる。

 

「美少女巫女に目もくれない男達の狂宴なう…っと、送信完了!あ、あたしはこれで失礼するんで、後は二人でしっぽり楽しんでください!バイビー」

「『ちょ』」

 

止める間もない。縁側を駆け抜けている彼女を追うため、外に出たところで、既に見失っていた。鳳の化身も真っ青な早業である。

 

『ゴローちゃんのせいだよ!こんな仕打ち酷すぎる……!ゴローちゃんと違って、同じくんずほぐれつするのなら、断然女の子がいいのに!』

「あんたが余計なことしようとしてたからだろうが!あとさらっと変なこと言うな!」

 

男達の醜い責任の擦り付け合いが勃発した。

 

 

 

一段落したところ、護堂は今の状況を説明してくれるという人物のもとへ案内してくれるという球磨川についていく。どことなく、昔の雰囲気が残っている屋敷を珍しく思いながら、護堂は黙々とついていく。

 

『それにしても、あれだけ手ひどく痛めつけられていた割には元気だね。というかよく復活できたよね。普通に駄目かと思っていたけど』

「……あんたに言われるほど酷かったのか?」

『それはもう綺麗な押し花になっていたさ。綺麗過ぎて飾りたいくらいにはね』

 

押し花になっていた自分を思い描いて、護堂の顔は青くなった。

 

『確実に息の根が止まっていたのに、生き返ったからまるで漫画みたいだったね。結構な勢いで体がミチミチ音を立てて治っていくのは、それはもう感動的だったよ!ホラー映画で主演張れるくらいに!』

「死んでたのか俺!」

 

雄羊の権能が、実は一度死んでから生き返る力だという事実にショックを隠せない。さりげなく死んでいたのであれば、そう感じても仕方がない。

 

「おや、目が覚めたみたいだね。体の調子はどうだい?」

「大丈夫ですが、あなたは?」

 

案内された一室。そこで護堂を待ち構えたのは、少女と男であった。

地面に届かんばかりの長い黒髪に、どこかの制服か、セーラー服を着た少女。見た目的には同年代に見えるが、護堂は長い年月を経た老人のような、それでいて歳相応の子供のような、チグハグな印象を受けた。

そして、その後ろには背中合わせで佇む男。数学のノットイコールの記号を背中に刻みつけた背の高い男だ。背中を向けているため、彼の顔は窺えないが、まるで空気のようにそこにいるだけのような、不思議な印象であった。ともすれば、ものすごい存在感を放っており、目立つ存在であった。一言でいうなら異様である。

 

「はじめまして、護堂君。僕は安心院なじみ、親しみを込めて安心院さんとよんでくれたまえ。後ろの彼は不知火半纏だ。そして、君達を連れてあの場から離れた君達の恩人さ」

「あなたが……ありがとうございました」

 

護堂は恩人に頭をさげる。それを存分に感謝するがいいわははと鷹揚な態度で彼女は受け取る。目の前の少女の言葉を特に疑うことなく護堂は受け入れた。世の中には可憐な見た目に反して、とんでもない怪力を発揮する美少女がいることをしっているからだ。恐らく、彼女にも何かあるのだろうと察していた。

 

彼女から色々と説明を受ける。あの戦いから数時間しか経過していないこと。ここが、半纏の故郷であること。あそこに倒れていた人達は、ここに回収され治療を受けて今は安静にしていること。だが。

 

「タロ兄さんと清秋院が!?」

「うん、その二人は連れ去られた」

「何のために……」

「依り代にするためさ。大太の化身が力を十全に使うためのね。君も一応大太解体魔人達について聞いただろう?」

 

護堂は、車の中で沙耶宮に聞いた話を思い出した。

大太解体魔人。

古くから日本に眠る国津神達が大太法師と呼ばれる巨神の一部分となることを選び、為った存在。その影響で人間に封印できるほど零落したという。それこそ、神祖と呼ばれる存在と同程度にまで落ちているとのことだ。

その神祖というのが良く分からない護堂であったが、まつろわぬ神ほど出鱈目な存在ではなくなったということは理解していた。

だが、同時に全員が目覚め、再び一柱の神と為った時、その力はとてつもないものになることも聞いた。

 

「国津神でなくなり、存在が曖昧なものとなったが故に、零落した彼らだけど、かつての力を取り戻す方法が一つある。それが人間の依り代を得ることだ。そして、依り代と為った人間は死ぬ」

「!!じゃあ、早く二人を助けないと!」

「太郎君についてはもうなってしまったけどね」

「そんな!じゃあタロ兄さんは……」

 

告げられた言葉に動揺を隠せない。だが、安心院なじみは安心させるように笑む。

 

「彼は死んでいないさ。それに、清秋院恵那についてもすぐどうこうなることはないはずさ」

「どうして、そんなことが分かるんですか!」

「それは……」

 

何かを確信している様子で何かを告げようとした彼女は、不機嫌そうな顔になる。

次の瞬間、凄まじい轟音ともに屋根が崩壊する。

臨戦態勢に入った護堂の目に、巨大な影が立ちはだかる。

 

「ふはははははははは!神殺し、今風にいえばカンピオーネがこの日の本にも生まれたと聞いたが本当だったようだな!新しい、新しいぃいいいいいい!」

「な、なんだぁっ!?」

 

現れたのは、まさに『鬼』と呼ぶべき存在であった。

天を突くように伸びる二本角に、極限にまで鍛えられた肉体。ギラギラと魔獣の如き眼光で護堂を見据えながら、狂ったように笑う『鬼』。

 

「ワシは獅子目言彦!久しいな、いやはじめましてだ神殺しよ!我が戦友よ!」

 

『鬼』は嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

肉の化身は周辺の木々を、草本を、容赦なく飲み込んでいた。じわじわと貪りくい、徐々にその体積を増やしていく。肉塊が通り過ぎたあとには、何も残らない。

そこに、一人の少女が現れた。

宙に浮かんでいることから、明らかに只者ではない。

誰が見ても、彫刻のように美しい少女であった。

 

「……ふむ、妾のゴルゴネイオンはこの醜悪な肉塊の中にあるようだ。ならば、妾のすべきことは」

 

その手に闇で作られた大鎌が握られる。

そして

 

「こやつの腹を掻っ捌くことよな!」

 

肉の化身に向けて大きく斬りかかった!

 




*男達の狂宴はとある普通の消し男の元へ届けられました。
消し男に2D6のSANチェックが入りました。

そんなこんなで第二十四話はこんな感じになりました。
すこしずつ事態は動いているのです。
本当に少しずつですが。
しかしうどんがたべたい。


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