アラガミ生活 (gurasan)
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2069
全てのアラガミの原型にして完成体()


 今から五十年以上先の未来。

 世界は「神」によって食い荒らされていた。

 

 

 ある日、北欧地域にてこれまでの生物の組成とは全く異なる細胞「オラクル細胞」が発見される。

 

 

 その後爆発的に発生・増殖していったオラクル細胞は地球上のありとあらゆる対象を「捕食」しながら急激な進化を遂げ、凶暴な生物体として多様に分化。ほとんどの都市文明は彼らによって短期間の内に崩壊したのであった。このオラクル細胞の集合体からなる脅威を、人は「アラガミ」と呼んだ。

 

 

 アラガミに対して既存の兵器は補喰効果により一切無効であった。既存の軍や政府は無力化し、人々に残されたのは世界の終焉を待つことしかないかと思われた。

 

 

 そんな時、同じオラクル細胞を埋め込んだ生体兵器「神機」が生化学企業フェンリルによって開発される。そして、自らの体にオラクル細胞を接種し、神機と自らを連結させることでそれを操る特殊部隊、通称「ゴッドイーター」が編成されたのである。

 

 

 人類は、その崩壊の一歩手前で「神を喰らうもの」を手に入れたのである。

 

 

 ゴッドイーターの任務は、地下居住区に近づくアラガミを撃退し、そのオラクル細胞のコアを素材として持ち帰ること。しかし、無尽蔵に増殖するアラガミに対抗する彼らの戦いは、常に死と隣り合わせの苛烈なものであった。大切な人を守るために、あるいは豊富な報酬を目当てに、様々な理由で集まったゴッドイーターたちの終わりなき戦いが今日も始まる。

 

 

 

 

 そんな中、俺は新人ゴッドイーター、ではなくアラガミ「オウガテイル」としてこの世界を生きていくことになったのだった。

 

 

 オウガテイル。

 鬼の顔のような尾を持つ、二足歩行のアラガミ。比較的小型の部類に入るものの、通常の人間では為すすべなく喰われてしまう。巨大な尾を振り回したり、バネのように折りたたんで跳躍したり、棘を飛ばしたりと、かなりの攻撃バリエーションがある。このオーガテイルを倒せて初めて、一人前のゴッドイーターと言えるだろう。

 

 

 とされるアラガミヒエラルキーの最下層に位置する存在である。

 

 

 

 

 何で? てかなぜ? 何がどうしてこうなった? どうすんの? どうなっちゃうのよ、俺?

 いや! 待て! ともかく、まずは状況整理を……ってやってられっか!

 

 

 俺は尻尾を振り回し建物に打ち付けた。元々壊れかけでヒビの入っていた壁は容易に崩れる。

 

 そのまましばらく周りのものに当り散らした結果、ようやく気分が落ち着いてきた。

 そして、暴れたおかげで逆に自分の状況が分かった。

 

 

 ここは本当にあのゴッドイーターというゲームの世界らしい。最後にプレイしたのは三か月くらい前だっただろうか?

 辺りを見渡せば砂漠のような荒野に穴の空いたビル群と、見覚えのあるフィールドが広がっている。

 なんて名前だったっけ? 断罪の街とか贖罪の街みたいな感じだったと思うが、覚えてねえや。

 

 

 尻尾を見るに自分はどうやら最弱のアラガミ、オウガテイルらしく、暴れた惨状を見てもオウガテイルってこんなもんだろ、程度の強さしかもっていないようだ。ただ幸いにも記憶は保ったままのようで、原作知識を生かせばこの身体でもなんとか生きていけるかもしれない。

 

 

 にしてもなんでこんなことになったんだ? たとえこれがリアルな夢だとしても後免被る。

 オウガテイルじゃソーマさんやリンドウさんはおろか、名前も憶えてないサブキャラ達にも敗けるぞ。どうせならゴッドイーターになりたかったし、アラガミになるならウロヴォロスまでいかなくともせめてヴァジュラになりたかった。

 

 

 とはいえ夢にしろ現実にしろどうせなら楽しむぐらいの余裕が欲しい。そうなるとまずは情報収集からだな。

 もしこの世界がゲームそのままで相手の動きもそのままなら楽だが、変にリアルな動きをされたらどうしようもない。まずは他のアラガミを探して観察するとしよう。

 次に捕食だ。アラガミはたしか喰えば喰うほど強くなるはず。死骸でも良いからなるべく強いアラガミを喰って、なるべく早く強くなりたい。

 でゴッドイーター勢はとりあえずパスだな。見かけたら一目散に逃げよう。痛いのは嫌だし。放電チェーンソーとか絶対に嫌だ。

 というわけだからとりあえず散歩がてら外を歩くか。同族に会えるかもしれないし。

 

 

 

 

 ぶらぶらと荒れた街を徘徊していると、案外早くオウガテイル四匹の群れを見つけた。

 しばらく観察してみたがこれといってゲームと違った動きはない。

 というわけで早速交流を図ってみた所、意思疎通は出来るようだが人間らしい会話は出来なかった。どうやら俺の言葉は人語ではないらしいが、かといってアラガミにも大体のニュアンスしか伝わらないようだ。

 そのまま行動を共にするという選択肢もあったが、自分がボスなら仲間になってもいい的な意思をつげると四匹に襲われそうになったので断念した。獣並みの知能四匹に従ってたら確実にヴァジュラか神機の餌になる。

 仕方なく一人、いや一匹で群れから離れた。

 そういえば人間の時も大親友が一人いたぐらいでそれ以外に親しい友人なんてものはいなかったなあ。まあ、あいつと家族さえいればいいって思ってたし。

 とはいえここにはあいつどころか知り合い一人この世界にはいない。人間側にはこっちから一方的に知ってる存在がいるもののアラガミなんてNPCに知ってるやつはいない。いや、この世界の年代によっては黒ハンニバルのリンドウさんもいるんだろうが、さすがに近づきたくないな。

 なんつーか、元の世界が恋しいな。夢ならさっさと覚めてほしい。まっ試しに死んでみるつもりもないが。

 

 

 そんなことを考えながら歩き続け数時間。

 

「……腹減った」

 

 思わずそんなことを呟いてしまった。アラガミは死んだあとしばらく経つと身体が霧散する。だからか都合よく死にたてのアラガミを見つけることは出来ず、さらにオウガテイルという身では生きたアラガミを仕留めるのも至難の業だった。

 

 群れをなす同族に挑むのは愚の骨頂。その他勝てそうなアラガミの内、女と卵と目玉をくっつけたようなザイゴートというアラガミも見かけたが空を飛んでいるためほとんど一方的な展開になるのが目に見えていた。針飛ばせばいいじゃんとか最初は俺も思ったが、やってみると重力のせいでそこまで遠くに飛ばせないのだ。だれだよオウガテイルが原型にして完成体とか言った奴。

 

 後、勝てそうなのと言えばアイアンメイデンことコクーンメイデンだがあいつらは普段地中に潜っているのか、そもそもここにはいないのかで全く見かけなかった。

 

「……マジ帰りてえ」

 

 人間からすれば腹を減らした動物のような鳴き声でも出しているのだろうかと思いながら壊れかけの建物を見やる。

 そういえばアラガミって無機物も食えるんだっけ。

 

 

 

 

 

 いやいや元人間としてそれだけはやってはいけない気がする。無機物なんか喰ったらクアドリガみたいになるぞ俺。胸からミサイルとか嫌だろ俺?

 そう自分に言い聞かせながら教会らしき建物に入った。

 食べ物があると思ったわけではない。ただちょいと会ったこともない神様に文句を言うつもりだった。

 

 

 

 

 教会には鮮やかなステンドグラスが所々残っており、本来ならキリストさんでも吊るされていそうな場所には馬鹿でかい穴が開いている。

 たしかここはリンドウさんが閉じ込められた場所だったっけと少し感慨に拭けった後、さっそく神に向けて届かぬ罵声を浴びせ始めた。 

 

「この糞ガミが! たとえ信じれば戻れるって言われても絶対にてめえのことなんか信じねえからな、バーカ!」

 

 

 するとその叫びが天に届いたのか正面の穴を通り、陽の光を後光のように浴びながら、天使と蝶を合わせたようなアラガミ、サリエルが降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっ、これ終わったな。




続く?


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孤独な魔眼

 総司は俺がある絵の感想を口にした時、こう言った。

 

「竜馬は正直だから参考になる」

 

 俺は思ったこと、感じたことを大抵の場合そのまま口に出してしまう。総司は正直だと言うし、両親は素直だと言う。ただ他の人間からはあまり良い言い方をされない。でもこのままでいい。嘘だらけだからこそ、俺が言う真実に価値がある。そう言われたし、俺自身もそう思うことにした。

 

 

 あっ、これ終わったな。

 俺は確かにそう呟いた。でもその前に別の言葉を呟いていた。

 

 美しいな、と。

 

 この教会という場所。所々亀裂が入った壁やそれでも色鮮やかなステンドグラス。ゴーストタウンのような街を照らす太陽の光が高層ビルに穿たれた穴と教会に空いた穴を一直線に射抜く。その光を背負いながら教会に降り立つサリエルの姿はまるで滅びた都市に舞い降りる天使よう。

 

 その様は絵になるという言葉を通り越して、まるで神話を切り取ったかのような光景だった。

 

 

 素直に見とれていたのかもしれない。勝てない相手から一目散に逃げるという選択肢をとれずにその光景を眺めていた。そして、我に返った時これまた正直に呟いていた。

 

「あっ、これ終わったな」

 

 完全にサリエルの魔眼が俺を捉えていた。これがゲームなら敵発見状態に移行しただろう。なんかBGMが聞こえてきそうだ。

 

 

 サリエル。女性と蝶が合わさったような美しさと不気味さを備えたアラガミ。額にある魔眼から様々な光線を放ったり、毒の鱗粉を撒いたり、バリアのような障壁を発生させたりと能力においても見た目においても俺と違いあらゆる点で高位の存在だ。

 

 たしかゲームでも後の方でご登場だったはずだが、なぜこんな所にいるのだろうか? ああ、そういえば今が物語のどの辺りか分からないんだったっけ。リンドウさんアラガミ化してたらやだなあと思う。

 ただ今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

 呆けたついでに大事なことを思い出すことができた。

 この世界じゃ最弱のアラガミオウガテイルかもしれないが、元は人間。そして、新藤竜馬だ。

 たとえ夢だとしても早々死んだら総司のやつに笑われる。あいつの期待に応えるためにもここで終わるわけにはいかない。

 

 

 緩んでいた頭を切り替え、目の前の状況に意識を向ける。いかにしてここを切り抜けるかそれだけに神経を注ぐ。いつでも動けるような態勢をとり、予備動作を見極めるため相手の動きを瞬きもせずに観察する。

 そんな俺とは対照的にサリエルは警戒を緩めた。相手がオオウガテイル一匹と油断しているのかもしれない。それならば好都合。

 

「アンタ今……」

 

 サリエルが構えを解いて口を開いた瞬間、即座に足に力を込め逃げ出した。

 眼と耳は、咄嗟の行動に声を上げるサリエルを捉えたままで教会の通路まで走る。

 

「待ちなさい!」

 

 相手が慌てて誘導レーザーを四本放つがもう遅い。俺が通路に入り、貫通力の低い光線は壁に阻まれる。教会の構造はサリエルの光線を回避するのには最適だった。

 

 俺はすぐに教会を出ることはせずに入口の前で待機する。そして俺を追ってきたサリエルが通路に入ってきた所で尻尾から針を射出した。飛ばされた針はサリエルのスカートにいとも容易く弾かれる。やっぱこっちの攻撃は効かないかと改めて逃げる選択肢しかないことを確認しながら、お返しとばかりに飛んできた光線を外に出ることで躱した。

 

 

 そしてサリエルとの鬼ごっこが始まった。皮肉にもオウガの名を持つ俺が逃げる側だ。

 

 

 遅れて教会から出てきたサリエルは上空へ向けて光線を放つ。それは俺目がけて降り注ぐが、撃った時に俺がいた場所に落ちるので走っている限り恐れることはない。と思っていたが後を引く尻尾の先を光線が貫通した。体格の変化を頭に入れ損ねていた、と反省しながら痛みを我慢して走る。

 

 それにも拘わらず、サリエルは攻撃が上手く当たらないことに苛立っているようで何事か喚き、その魔眼が強い光を放ち始める。いわゆる怒り状態だ。こっちは全くダメージを与えてないってのに理不尽極まりない。

 

 続けて放たれた停止と追尾を繰り返す光線も建物に入ることで躱す。相手は光線を放つ時は立ち止まるためこの時点で大分距離を開けることが出来た。

 

 光線が当たらないとなれば相手も突進を主にしてくるはず。速度差から考えても延々と逃げ続けるのは無理がある。どうにかして行方をくらまさなければならない。 

 

 俺はまず建物の中を真っ直ぐ進み、小型のアラガミならば通れそうな窓ガラスに思いっきり身体を打ち付けた。しかし、その窓ガラスから逃げることはせずに尻尾を振り、窓の外に未だ流れ出る血を点々と飛ばす。そして、血が落ちないように尻尾の先を咥えると近くの部屋に身を隠した。

 

 

 しばらくするとサリエルがやってきたようで、「絶対に逃がさないから!」という怒号と共に壁を粉砕する音が聞こえた。

 辺りを警戒しながら部屋から出て屋上まで上がると、遠くに去りゆくサリエルの背が見える。

 完全に見えなくなるのを確認し、俺はようやく安堵の溜息を吐いた。

 

 

 サリエルがザイゴート特有の聴力を捨ててるようで助かった。元々探知能力が高いわけではなさそうだし、見るからに視力に頼ってそうだったからこの作戦にしたが、この分だと獣型みたいに嗅覚に優れているわけでもないのだろう。

 

 今更だがあのサリエルとは人間らしい会話が出来そうだったな。やっぱ人型だとある程度知恵があるのだろうか? まっあの怒りようじゃ次会ったら即座に攻撃されそうだし、対話なんて出来そうにないが。

 

 それにしてもザイゴートを一匹も連れてないサリエルは珍しいって話じゃなかったか?

 そういえば『孤独な魔眼』ってミッション名でサリエル一匹しか出ないってのがあって、場所もこの街だったような。もしかしてあれが孤独な魔眼だったのだろうか? 

 だとしたら少し申し訳ないな。サリエル装備を揃えるために何回も狩りまくったし。よくよく考えるとあのミッションってコア取れなくて何度も復活してくるのをまた何度も倒してるのか。そりゃミッションが増え続けるわけだ。

 

「あーてか尻尾痛てぇ」

 

 よく見れば尻尾の先が欠けるように撃ち抜かれている。これじゃあ飛ばせる針の数も減りそうだ。

 ただでさえ弱いのに傷を負って劣化とかホント勘弁してほしいな。

 なにか食べれば治るんだろうか? いやオラクル細胞なんだから確か時間が経てば落とした血も消えて再生するはずだ。むしろコアさえ無事なら何度でも復活できる。たぶん、きっと。

 

 

 

 

 そういうわけで屋上で周囲を警戒しながら尻尾が治るのを待っていると、血の匂いに釣られたのかオウガテイル三匹が建物周辺にやってきた。俺が交流を図ったのとは別固体らしいのが感覚で分かる。

 

 先の戦闘というか逃亡である程度動けることは分かったが、倒せるかといえば疑問が残る。小型のアラガミは大体群れてるし、大型はそもそも攻撃が通じない。

 

「……まじで建物を喰わねえといけなくなるかもな」

 

 尻尾も治ったので建物を出ると日も暮れて夜になっていた。

 当てもなくどこへ行こうかと悩んでいる俺の視線の先には青白い電流と月に照らされたライオンを髣髴させるアラガミ、ヴァジュラの姿が。

 

 先ほど流した血の匂いに釣られてやってきたのだろうか? いやおそらく血に釣られた小型アラガミに釣られたのだろう。

 

「ヴァジュラか。月明かりに雷光が映えるなぁー」

 

 なんて詩的なことを呟きながら今日一番の溜息を吐いた。

 

 

 その次の瞬間、俺は全力で駆けだした。

 

 

 しかし、驚くことでもないがヴァジュラ様は俺の二倍は走るのが速いようであっという間に追いつかれてしまう。俺では跳びかかりを避けるのが精一杯だった。

 

 ヴァジュラは見た目からして鼻が良さそうだ。さっきと同じ手は使えないだろう。それどころか逃げる方法は皆無といっていい。ただ背面の後ろ足ならこっちの攻撃も効くかもしれない。初期装備のナイフで切れるんだからたぶんいける、はず。

 

 

 戦闘開始を告げるように周囲に電撃を発生させながら吠えるヴァジュラ。それに応えるように俺も声を上げる。

 

「いいぜ。やってやろうじゃねえか! 下剋上だ!」

 

 なんか頭の中でNo Way Backが流れ始めた。全然ノリノリになれないけど。




 あっ、No Way Backはディアウス・ピターだったか。


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月下雷鳴

 ある時珍しく悩んでいる先輩を見つけた。

 

「どうしたんすか? 見るからに悩んでるなんてレアな光景晒して」

「おお、丁度いい所にきたな」

「……うわっ、嫌な予感」

 

 この世の中丁度いい所にと言われて良いことなんかほとんどない。

 

「そう言うな。たいしたことではない。その、あれだ」

 

 どこか恥ずかしそうに先輩は言いよどむ。

 らしくない。はきはきスッパリと言い切るのが先輩だ。

 ただ、先輩がこんな状態になる場合を一つだけ知っている。

 

「なんすか?」

「あ~、総司の奴はチョコとか大丈夫か?」

 

 男勝りな先輩だが、俺の親友に関しては恋する乙女だった。

 

「……あの野郎。ぶっ飛ばしてえ」

「なんか言ったか?」

「いやなんも。そういや明日バレンタインデーだったなと」

「案ずるな。協力の礼としてお前にもくれてやる」

「そのギブアンドテイクな感じがなんともいえないっすね」

「いいからさっさと教えろ。あいつは甘いのが好きなのか? それとも苦いものが好きなのか?」

 

 時間がないとばかりに迫る先輩の剣幕は遠目に見る分には面白いが、近くにいると正直面倒くさい。

 

「あいつは甘味も苦味も程々が好きなんでどっちでもいいんじゃないですか?」

「なるほど。甘すぎず苦すぎず絶妙なバランスというわけか」

「何でそんなハードルあげるんすか?」

 

 しかし、俺の言葉は先輩の耳に届いてないようで考え込むようにして唸っている。

 

「……よし。礼を言うぞ。竜馬」

 

 そう言って先輩は走り去っていった。本当に恋する乙女をやってるな。

 

 

 翌日、先輩から渡されたチョコは下手な市販のものより格段に美味かったが、総司に味見させてもらったチョコはそれ以上に美味かった。

 

 

 

 

 ってなんでこんなことを思い出してんだ? コンクリの破片を口に入れてるからだろうか? あん時みたいにありえないはずのしょっぱさを感じるし。今だから分かるけど先輩は俺の初恋の人だったからな。気づいた時には総司に惚れてたけど。

 

 

 

 

 とまあ漫画の主人公みたいな台詞を口にしたはずの俺は建物や障害物を利用しながら全力で逃げていた。

 というかオウガテイルでヴァジュラと真向勝負なんてできるか。

 俺にできるのは小回りを生かして障害物の周りをグルグルと回りながら、相手の隙をついて針を飛ばすくらいだ。俺を追いかけて一緒に回ってるヴァジュラの図は一見馬鹿っぽいがそれしかない。跳びかかりや近づいて噛み付き攻撃なんて出来るはずもなかった。

 そして、針を飛ばし続けて分かったこと。それは針にも限りがあることだった。嫌なところで現実感がある。ただ解決策もすぐに分かった。ようはなにか捕喰して針を創ればいいのだ。

 背に腹は代えられない。俺は隙をついて建物の破片などを捕喰した。

 ああ、なんの味もなくガリガリしてるだけのはずなのにしょっぱい味がする。

 オウガテイルの構造上、流した涙は口に入るようだ。手が短くて拭えないし。

 

 

 どれくらいの時間が経ったのか分からないが、痺れを切らしたヴァジュラが大してダメージも喰らってないはずなのに吠えたかと思えば怒り状態になった。サリエルといいゲームに比べて随分沸点が低い気がする。

 慌てて建物に逃げ込んだ俺だったが、そこで予想外のことが起きた。

 大きさの関係で建物に入れないヴァジュラはあろうことか建物に体当たりし、壊れかけの建物はいとも容易く崩れたのだ。

 当然俺もその崩落に巻き込まれ、なんとか瓦礫をどかして這い出た所に放たれた小雷弾が直撃。全身を駆け巡る衝撃に完全に動きが止まる。そこへヴァジュラが突っ込んできて成す術もなく吹っ飛ばされた。

 無様に地面を転がる俺だが、身体が痺れて受け身をとることも出来ない。そんな俺の元へ、怒り状態はどこへやら悠々と近づいてくるヴァジュラ。目の前まで近づいてきたその余裕面に渾身の尻尾アタックをかましてやった。

 さすがに怯んだヴァジュラだったが、すぐさま苛ただしげに前足で俺を弾き飛ばす。再び地面を転がる俺。正直もう限界だった。立ち上がることも出来なければ尻尾を振るうことも出来ない。完全に詰みだ。後は天にコアが喰われないよう祈るのみ。いや、やっぱ天に祈るのは止めだ。死後に会うことがあったら絶対一発殴ってやる。

 でも、どうせなら元の世界に戻りたいなあ。

 というか家族と総司、後先輩にも色々と迷惑かけたし、死ぬならなんか言っておきたいが死に際に誰かと話せること自体が稀だ。現実なんてそんなもの。ドラマでもあるまいし、いつも通りの日常の中でいきなり死んだことを聞かされるのが常だ。まして死にそうな時に話せる状態であることも珍しい。

 くそっ、やっぱ死にたくねえ。なんとか……、なんとかする手はねえのか?

 

 

 その時、ヴァジュラの背に五本の光線が降り注いだ。忘れもしないというか昼間に見たばかりの攻撃。そうサリエルの光線だった。

 ヴァジュラはすぐさま俺を無視して身体の向きを変える。その先には月を背にし、そこから降りてきたかのように佇むサリエルの姿。

 

「そいつはアタシの獲物よ!」

 

 何言ってんだこいつ? 初期の好敵手みたいなセリフを言いやがって。

 そんなことを思ったが、ヴァジュラが動き始めた。ここは話が通じるサリエルに勝ってもらったほうがまだ生存確率が高い。

 

「もっと高く飛べ!」

 

 俺が張り上げた声に文句を言いたそうな顔をしたサリエルだったが、向かい来るヴァジュラを見て素直に高度を上げた。そのため飛び上がったヴァジュラの身体は空を切る。

 

「相手の後ろにレーザー!」

 

 今度は初めから素直に従い四本の誘導光線を放つ。それは見事ヴァジュラの尻に突き刺さる。この時不覚にも笑ってしまった。サリエルも口元を袖で抑えているので笑っているのかもしれない。

 ヴァジュラは再び怒り状態になり吠えるが、隙だらけのその顔に追加のレーザーが叩き込まれた。勿論これも予備動作を見て判断した俺の指示である。

 近接攻撃が届かないと判断したのかサリエルが居る位置に雷球が発生し始めるが、即座に球の中から出るよう指示し、またしても隙だらけのヴァジュラにレーザーが刺さる。

 小雷弾を飛ばす技も建物の影に入らせることで回避、そして上空からのレーザーで反撃。

 さすがサリエル。オウガテイルの俺と違っていい武器持ってる。

 

 

 そうやって攻撃を続ける内にヴァジュラも逃げ去って行った。俺としてはそれをサリエルが追いかけていってくれれば良かったのだが、サリエルはすぐさま俺の所へ降りてくる。

 

「アンタ、相手が何するか分かるの?」

「攻撃する前の動きを見れば大体な」

 

 ふーん、と面白いものでも見つけたかのように額の眼が動いた。微妙に気持ち悪い。動かなきゃ蝶みたいに模様っぽくて見れるんだが、動くと無理だな。ただそれよりも気になることがある。

 

「お前、本当にアラガミか?」

「?」

 

 質問の意味が分からないのか首を傾げるような仕草を見せた。なんか見た目に反して言動と仕草が子供っぽいやつだな。

 

「元々人間だったんじゃないかってこと」

「何言ってんの? そんなわけないでしょ」

 

 なぜそんな当たり前のこときくんだ? といった具合だ。どうやら俺と同じで人間だったわけではないらしい。

 

「いや、まともに会話できるやつに初めて会ったからな」

「他の奴が馬鹿なのよ」

「そうなのか?」

「そうよ。見なさいこの姿を。他の奴と違って……、こう、なんていうか……」

「美しいとか」

「それよ! 美しいでしょ、アタシは?」

 

 そう言ってサリエルはヒラヒラとその場で一回転した。

 この美しさへの執着というか関心はヴィーナスに変異するフラグなのか?

 ちなみにヴィーナスというアラガミは一体のサリエルが美しさを求めすぎたあまり、捕喰を繰り返して美しさとはかけ離れた存在になったとされている。

 美しさを求めた故に醜くなるという話はよくあるが、実際に見たくはないな。

 

「たしかに最初見た時は思わずそう呟いてたな」

 

 白いアイテールだったらもっと天使ぽかったんだろうなとも思うが。

 

「やっぱりあの時はアタシを褒め称えていたのね」

「称えちゃいねえよ」

「それでもいいわ。アタシは美しいんでしょ?」

「そうだな」

「じゃあもう一回言って」

 

 なんというか面倒な奴だ。

 

「……美しいな」

「うんうん、そうでしょ、そうでしょ」

 

 見るからにご機嫌なサリエルだった。こいつ本当に何しにきたんだろう。

 

「そんなに嬉しいのか?」

「だってそのためにこの姿になったんだもの」

 

 ああ、これはヴィーナスになるわ。

 

「でも誰も分かってくれないし。だから他の奴は嫌いなのよ」

「それで独りなのか」

 

 孤独な魔眼ってそんな理由で孤立してたんだな。生き残る上で全く必要ない感性に従っちゃったのか。

 などと考えていると不意にサリエルが提案してきた。

 

「ねえ、アタシと一緒に来ない?」

「なんか食わせてくれるならいいぞ」

「いいよ」

 

 サリエルは堂々のヒモ宣言を了承した。俺恰好悪いな。まあ、地面に倒れ伏した状態じゃ何言っても恰好つかないけど。

 

 

 そんなわけでサリエルが仲間になった。

 




 あとがき

 遅れてすいません。
 この展開はきっと賛否両論。
 


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堕天使の卵

 飛ぶのはそこそこ体力を使うとのことで、横たわる俺の前に腰を下ろすサリエルを見上げた。サリエルは大型まではいかないものの中型のアラガミだ。それに比べて俺は小型のアラガミ。近くで見ると結構体格差がある。やっぱりこの体格差が戦力の決定的な差だよな。でかくて重くて速けりゃ体当たりするだけで勝てるし。

 

「ともかくよろしくな、サリエル」

「サリエル?」

 

 何それ、と首を傾げるサリエル。

 たしかによくよく考えればアラガミの呼称から始まり、全部人間側が勝手に付けた名前だった。

 

「お前の名前は? てかなんて呼べばいい?」

「お前でいいんじゃないの?」

「いやダメだろ。他の奴にもお前っていうし。お前だって俺以外に話せる奴がいたらアンタって言うだろ? ややこしいんだよ」

「ふーん、そんなの考えたこともなかった」

 

 そういやまともに話す相手がいなかったらしいしな。それなら呼び方も呼ばれ方も考える必要がない。

 

「つまりは名無しか」

 

 そう言うとサリエルは不満そうに頬を膨らませた。ホント仕草が幼いな。見た目は妖艶な美女といった感じなのに。

 

「そういうアンタにはあるの? その名前ってのが?」

「竜馬、これが俺の名前。ちなみに種族名はオウガテイルだ」

 

 アラガミ名と言っても良かったが、それだとアラガミの説明までしなければならなくなる気がして止めた。

 

「種族名?」

「俺と同じ姿の奴をちらほら見たことがあるだろ?」

 

 サリエルは頷いた。

 俺の同属はどのフィールドにもいるからな。唯一の取り柄がこの順応性といえるかもしれない。たしかに子孫を残す上ではこの順応性は大事だろう。しかし、俺が生き残るという点においては正直心もとない長所だ。子孫が少なくても単純に強いから死なないっていうタイプが良かった。

 

「そいつらのことを俺も含めてオウガテイルって呼ぶんだよ。てか人間からはそう呼ばれてる」

「じゃあアタシにも種族名ってあるの?」

「ああ。それがさっき言ったサリエルだな」

「それってどういう意味?」

「堕天使の名前だな。ようは人間界に降りてきた天使だ」

 

 神様に反旗を翻したもしくは罰せられた天使ともいえる。機嫌が悪くなりそうだから言わないが。

 

「天使?」

「神様、つまり人間が一番偉いと思ってるやつらの部下だ。ちなみに人間じゃない」

「すごいの?」

「まあすごいぞ。天使っていったら大体綺麗だし」

「綺麗?」

「……美しいってことだよ」

 

 狙ってんのかコイツ?

 にしてもいちいち単語を説明するのが面倒になってきたな。手軽に語彙を増やす方法はないものだろうか?

 

「へぇー。ちなみにアンタは?」

 

 どことなく嬉しそうなサリエル。こいつ褒めまくってたら簡単におちそうだ。まあ、おとしてどうすんだって話だけど。

 

「オウガテイル。鬼の尻尾ってことだな」

 

 言いながら俺は尻尾をサリエルに見せた。

 

「この尻尾の模様が鬼って奴の顔に似てるからって理由でこの種族名が付いたらしい」

「なんか微妙」

「うるせえな! 俺だってどうせなら神様の名前が良かったわ!」

 

 ぶっちゃけた話、神様とか神獣レベルの名前が付けられてるアラガミってそこまで多くはないような気がする。総称がアラガミなのにな。俺の場合、種族名になった途端八百万の神から妖怪に落ちるし。いや八百万の神と妖怪じゃ言うほど大差ないか。

 

「でお前の名前に話が戻ってくるわけだが。サリエルじゃ駄目なのか?」

「それは種族名なんでしょ?」

「まあな。でもお前名前無いし」

「そもそも名前ってどうやって手に入れるのよ?」

「それは他の奴に付けてもらうとか」

「じゃあ、名前付けてよ」

「俺が? まあ別にいいけど」

 

 ある種予想通りの展開だ。

 それにしても名前か。そうだな、サリエルから取ってというか略して。

 

「リルとか?」

「それってサリエルからサとエをなくしただけじゃん。ヤダ」

 

 まあ確かに安直過ぎたか。にしてもサリエルから取るのが駄目だとなるとな。

 とりあえず特徴から考えて……魔眼? 魔眼っていうとメデューサとか? なんかアラガミとしていそうだな。そういえばメデューサの髪の毛をメディシュアナだかメデュシュアナなんて呼んでいたような。メデューサだと退治されそうだし、たしか一番の美点が髪の毛だったんだから美しくありたいこいつには丁度いいんじゃないか?

 

「メディシュアナでどうだ? 神様の怒りを買うくらい美しいって感じの意味なんだが」

 

 半分嘘で半分ホントだ。いややっぱ八割は嘘だな。

 

「……うん。それならいいよ。メディシュアナね」

「そりゃ良かった。そんじゃ改めてよろしくな、メディ」

「メディ?」

「メディのが呼びやすい。言わば呼び名だ。俺だって本来の名前は新藤竜馬だけど長いから竜馬って呼ばれるし」

「そうなの?」

「そうだ」

 

 サリエル改めメディシュアナ改めメディは考え込むような素振りを見せたが、「まあいっか」と言って顔を上げた。

 

「分かった。こっちこそよろしくね、リューマ」

「おう。頼りにしてるぞ、メディ」

 

 基本戦闘は任せることになるだろう。俺弱いしな。

 てか名前だけでどんだけ時間使ってんだか。

 

「さて、傷も楽になったことだし飯でも食わせてもらおうか?」

 

 そう言って俺は立ち上がる。

 痛みもなくなったし、ある程度は動けるだろう。

 にしてもダメ人間のセリフだよなあ。

 

「いいよ。ちょっと待ってて。今から呼ぶから」

「呼ぶ?」

 

 俺が頭に疑問符を浮かべているとメディは甲高い鳴き声のようなものを発した。一応、ゲームで聞いたような声だ。

 

 

 しばらくすると一匹のザイゴートがこちらに近づいてくるのが見える。

なるほど。さっきのは仲間というか下僕を集めるための鳴き声だったのか。

 まんまとやってきたザイゴートは上空から降り注ぐレーザーに成すすべなく落とされ、とどめに誘導レーザーを喰らって絶命した。

 俺が喰い物を探し回った十時間余りの手間はなんだったのかと思ってしまう程のあっけなさである。

 

「食べないの?」

 

 メディに促され、有り難く初のアラガミによるアラガミの捕喰をすることにした。

 人だったものとして多少の抵抗はある。とはいえ腹が減って仕方ないし、早く喰わないとなくなってしまう。

 俺は意を決してザイゴートにかぶりついた。

 

 なんつーか普通、かな?

 

 食感的には生肉に生卵を落としたような舌触りと噛み応え。風味としてはレーザーで焦げた肉の匂い。ただ味はなんというかあんまり分からない。コンクリを無味で食えたのだから、もしかするとアラガミの味覚は弱いのかもしれないと思いながら食っていると、三分の二ほど喰ったところでザイゴートの身体が崩れてなくなった。

 なくなるまで三分ぐらいってとこか。一応、固体によって差があるかどうかも確かめときたいな。

 

「ふぅー、ごちそうさまでした」

「もっといるならまた呼ぶけど、どうする?」

「うーん。今はいいや」

 

 ザイゴートがなんか可哀想だし。てか今の言い方からしてザイゴートはサリエル種に忠誠でも誓ってるのか? それでいいのかザイゴート?

 てか初めてオウガテイルで良かったと思わされた。呼ばれて喰われるとか哀れすぎる。

 

 

 

 

 

 食後の運動もかねて二匹で街をぶらぶらしているとメディは言った。

 

「これからどうするの?」

「とりあえず強い奴を喰って強くならないとな。このままだと延々お前にも迷惑かけるし」

 

 今のままじゃ足手まとい過ぎて連携も取れないからな。

 

「でもその強い奴ってアタシが倒すんでしょ?」

「……ヒモですんません」

 

 悲しい事実である。メディがいなければ小型アラガミ一匹仕留めるのにも苦労するのだ。

 

「ヒモ?」

「聞くな、なんでもない。ともかくどうかお願いします。メディだけが頼りなんだ」

「まあいいけど」

 

 暇だしと言ってクルクル回りながらついてくる。俺よりでかくて俺より速く俺より小回りが利くとかなんでだよ。

 

「どうも。まあしばらくは主食ザイゴート。さしあたっての目標はヴァジュラ。その前哨戦でコンゴウ、グボロ、シユウだな」

 

 その後、当然名前を知らないメディに説明する羽目になった。

 

 

 コンゴウは猿みたいな中型アラガミであり、背中にあるパイプから空気の塊を打ち出したり、隙だらけの打撃技を繰り出したりしてくる。コンゴウより仁王という呼び方のが有名。ただ個人的に金剛力士像は好きだ。アラガミのコンゴウとは全く似てないけど。

 

 グボロの正式名称はグボログボロ。聞きなれない名前だがアフリカの神話に登場する神様の名前らしい。魚みたいな見た目で額に砲塔があり、水球を飛ばしてくる。氷堕天グボロ、つまり寒い所にいるグボロはアラガミで一番美味そうな見た目をしている。つーか魚のくせに神様かよ。

 

 シユウは格闘家っぽい構えと動きをする鳥人のようなアラガミ。カメハメ波よろしく手の平にエネルギーを集めて飛ばしてくる。ちなみに元ネタは蚩尤とか、詳しくは知らん。

 

 

 こいつらを捕食できれば最低でも今よりは強くなれるだろう。

 他力本願な作戦だが一番手っ取り早いのも事実。

 

「やるぞー。おー」

「おー?」

 

 二匹の鳴き声が夜の街に木霊した気がした。

 




 メデューサの髪の蛇はメデュシアナらしい。竜馬君はうろ覚えなだけです。
 なんてことはさておき、次回はコンゴウ、グボロ、シユウの三本でお送りします。たぶん。


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コンクリートジャングル

 初戦というか武者修行第一回目の相手はコンゴウだ。

 しかし、その前に色々と苦労した。

 俺は基本的に指示を出す役目なのだが、なにぶんメディの語彙が少ないので指示を理解させるための作戦会議を要する。とはいえ頭自体は良いようでどんどん言葉を覚えていった。

 その間延々ザイゴートを食べ続けてきたが、おかげでヴェノム耐性が付いたような気がする。ただオウガテイルにヴェノム耐性がついたからといってなんなのだと言われればそれまでなのだが。

 

 

 まあそんなこんなで色々と一段落した俺たちはコンゴウを求めて雪の降る廃寺を訪れたのだった。

 

「寒いんだけど」

「お前一見すると薄着だもんな」

 

 一応ゲームだとこの寺でもサリエルと戦った気がするが、あの街に比べれば寒い。ちなみにどこでも適応できるオウガテイルの俺は全然平気だ。

 

「まっ、とりあえずはぐれコンゴウを探すか。空からの目を使った警戒は頼むぞ」

「りょーかい」

 

 返事をしたメディは上昇していく。

 サリエルについて一つ分かったこと。こいつらむちゃくちゃ眼が良いくせにむちゃくちゃ耳が悪い。背後から近づかれるとマジで気付かないらしく。スカートの下に入っていても全くばれない。……いや俺はやってないよ。ともかくメディには死角を潰すためクルクル回ってもらうことにしている。

 一方、今回の標的であるコンゴウはサリエルと真逆で耳は良いが目は悪い。よって索敵する場合はメディが遠くから見つけるというのが一番良い。俺みたいに眼が良いわけでも耳が良いわけでもない奴が歩き回って探すと、本来群れで行動するコンゴウにあっという間に囲まれてしまう。そうなると空を飛べるメディはともかく俺はリンチ確定だ。

 

「丁度、群れから一匹で離れてくコンゴウを見つけたけど」

「どんな感じで?」

「うーん、仲間から逃げてるみたい」

 

 ああ、あれだな。都落ちして集団リンチにあう元ボス猿みたいな。

 

「よし、そいつを追跡だ」

 

 

 

 

「で結局街に戻ってくると」

「寒い寺よりいいじゃん」

「それもそうだ。このコンクリートジャングルで俺たちに勝てると思うなよコンゴウ」

「あれ? リューマも戦うの?」

「当たり前だ」

 

 さすがになにもしないわけにはいかない。まあ主なダメージソースはメディだが。

 

「なんにせよ。作戦じゃなくて状況開始だ」

 

 その言葉と同時にメディが上空に光線を放ち、それは見事コンゴウの背中に直撃する。慌てて辺りを見回すコンゴウだが奴の視力ではほとんど動かない俺とメディを見つけるのは不可能。出所をごまかすためにもわざわざ上空からのレーザーばかり撃っているのだ。

 卑怯ではない。弱肉強食の掟だ。

 それを繰り返しているとコンゴウが建物に向かい始める。

 俺は入口の前に光線を落とすように指示して建物から飛び降りた。入口に落ちる光線を避けるため後ろに跳んだコンゴウに向かって挑発するように吠える。それは耳の良いコンゴウだけに聞こえるような音量。下手な大声を出してヴァジュラにでも来られたら困るからだ。

 振り向いたコンゴウはお前の仕業かと言わんばかりに怒りを露わにする。その背中に落ちる光線。悶えるコンゴウ、近づいて針を飛ばす俺。アラガミ達はいつになったらその怒りモーションが隙だと気付くのだろうか?

 ただ実際にそんな知能革新が起きたらゴッドイーター達は一溜まりもないだろうけど。

 起き上がったコンゴウが俺目掛けて転がってくる。それを回避し、近すぎず遠すぎない距離を保つ。腕を振りかぶったら側面に回り、軸となる後ろ脚目掛けて針。ボディプレスをするように倒れ込んで来たら後方に跳んで、倒れたコンゴウの顔目掛けて針。背中のパイプが空気を吸いこんだら側面から後方まで周りこみ、攻撃はしない。

 攻撃をするのはあくまで相手が態勢を崩した時のみ。

 慎重すぎると思うかもしれない。たしかにコンゴウの攻撃は直線的で予備動作も分かりやすいテレフォンパンチばかり。その上攻撃後の隙も大きい。しかし、その分威力は高い。万が一避けきれなかった場合、オウガテイルの俺は簡単に吹っ飛ぶ。

というか自然界の掟として一撃でも喰らって走れなくなった段階で死あるのみだ。いくら仲間がいるとはいえ動けぬ足手纏いがいれば共倒れ。ノーダメクリア以外に選択肢はない。ホント、ヴァジュラが相手の時は運が良かった。

 そして俺はゴッドイーターではないので、ガードもステップも出来ない。よって全ての攻撃を避けきるためにはコンゴウの周りをグルグルと走り続けなければならないのだ。

 今の距離で見てから躱すとなると、転がり攻撃のような出の早い攻撃をされたら避けきれないだろう。最初の一撃は距離が離れていたから躱せたのだ。

 動き続ける、近づきすぎない、攻撃よりも回避を優先する。これは他のアラガミと戦う際にも基本戦術となるだろう。

 俺一人ならこの戦法で倒せるアラガミはいない。しかし、メディがいるならば別だ。彼女が遠隔地から攻撃し続けるだけで相手に十分すぎるほどダメージを与えられる。

 無論、俺の針に限界があるように光線を撃つのにも限界はあった。しかし、メディの場合はザイゴートを呼び寄せて捕喰すればいい。俺は俺でコンクリなんて喰わなくとも今踏みしめている地面を食えば針ぐらいなら補充できる。パサパサして不味いけど。

 そうしてコンゴウが敵わないと見て逃げ出そうとする動きを見せたので、一気に近づきその尻尾に噛みついて引っ張る。これは合図だ。メディがこちらへ向かい、尚も逃げようとするコンゴウに向かって俺もろとも上空から毒鱗粉を浴びせた。

 ザイゴートを主食としたことでヴェノム耐性のついた俺はある程度までなら平気だがコンゴウは違う。苦しそうな息遣いとなり、続けて俺とメディから前足、後ろ脚に集中攻撃を受けたことで苦悶の声を上げ、とうとう地面に倒れ伏し、直に動かなくなった。

 

「……勝ったか。あー疲れた」

「アタシも光線撃ち過ぎてつかれたー」

「それじゃあ先にお前が喰え。一番の功労者なんだから」

「一緒に食べないの?」

「獲物を喰ってる時が一番危ないんだよ。横取りとか」

 

 ハンターハンターでお馴染みだ。というかチーターなんかは狩りの成功率は高いもののそれと同じぐらいかそれ以上の確率でライオンやハイエナに横取りされる。サバンナですらそうなのにこのアラガミが闊歩する世界では捕食者が一瞬で獲物に成り代わる。

 

「なるほど。じゃあお先」

 

 そう言ってメディがコンゴウを捕喰し始めた。美女が血肉を漁るように見えるその光景は正直言うとかなり怖い。

 その後、交互に捕喰を繰り返し、コンゴウの肉体が消えるのにかかった時間は十分程度だった。どうやら消える時間は大きさに比例するらしい。この分だとウロボロスなんかは消えるのに一時間以上かかりそうだ。まあコアを探すのにはそれ以上かかりそうだが。

 

「なにはともあれ勝てて良かった。身体的にはあんま変化を感じないけど」

 

 やっぱこう理想の姿とか向上心みたいなものがないとダメなのだろうか?

 

「どうせならリューマには大きくなってもらって、背中に乗りたいな」

 

 今の体格差ではメディに乗られた場合、一歩動くのも大変になる。

 それにしてもメディを背中に乗せるというのは案外良いアイデアかもしれない。光線を撃っても足が止まる心配もなくなるし、バリアを張ったまま移動もできる。

 

「うん。それいいな」

「でしょ?」

 

 そうなると俺の場合は身体を大きくして、自重を支えるためにも四足歩行になるのが無難か。今のティラノサウルス型じゃ限界がある。

 

「そうだな。それじゃあ俺はでかくなることを目指すからお前はもうちょっと小さくなれ。どうせ光線主体で体当たりなんか使わないし、小さい方が飛ぶのも楽だろ」

「リューマがそう言うならそうしよっかな」

 

 なんとなく進化の道筋が見えてきた。とりあえずは四足で中型のオウガテイルを目指すとしよう。人型を目指すという案も浮かんだが、人の利点は知能と道具であって、ある程度の知能はすでにあるし、ミサイルなんかを撃ってくるアラガミがいる中であえて人型をとる理由は皆無だったので止めた。

 こうなったらとことん人間止めてやる。いや頭脳的には人間のままでいいか。

 

 

 

 

 次の標的はグボログボロ。やつを釣るため海の近くにある工場のような場所へやってきた。

 

「なんか空気が悪い」

「毒粉ばら撒くお前が言うな」

 

 そういえばサリエル種ってなぜかヴェノム耐性が低いんだよな。自分も毒使うくせに。変な化学反応でも起きるのだろうか?

 

 

 それはさておき、基本戦術はコンゴウとあまり変わらない。

 正面に立たない。近づきすぎない。グボロが上を向いたら今いる場所から移動する。これだけだ。

 ただ今回はメディも前衛で戦ってもらう。理由は海に逃げ込まれないようバリアで弾いてもらうため。さすがに水の中は相手の独壇場。しかし、逆を言えば陸で負ける方がおかしい。まあ、俺一匹だと負けるけど。

 

 

「よし、状況開始」

 

 俺とグボログボロの尾びれ目がけて、メディは背びれ目がけて一斉に攻撃した。

 グボログボロは探知能力が皆無なので先制攻撃は楽々成功。こちらにようやく気付いたグボロが威嚇している間もその隙をついて攻撃を続ける。

 グボロは俺よりも弱点である背びれを責めるメディを標的に定め、突進をしてきた。

 

「バリア!」

「はいはい」

 

 そう言うとメディは一回転しながら虹色に輝く光の柱を発生させる。それは徐々に範囲を広げ、突進してくるグボロを容易く弾き飛ばした。どんな仕組みか分からないが突進の類は相手がウロボロスでもない限り無効化できるだろう。ちなみにメディは光柱に関して、俺の指摘で本来なら怒り状態じゃないと使わないはずの隙が少なく、範囲が広い方しか基本的に使わない。

 近づけないと見るやグボロは砲塔を構え、発射しますと告げるように背びれが立った。ゲームの時はなにも感じなかったが、分かりやす過ぎて同じアラガミとしては不安になる。放たれる水球をメディは上空へ退避することで躱し、無視され続けている俺は側面からヒレ目がけて延々チクチクと針を飛ばしていた。

 

 

 結果としてコンゴウより楽に倒せた。バリアのおかげで水中に逃げ込まれることもなかった上、俺の存在はほとんど無視だったし。そして、味としては泥臭い上に生臭いので不味かった。まあ、入水を躊躇うような水の中に住んでいることを考えれば当然かもしれない。

 

 

 

 

 次なる目標シユウだったが、主な生息域はマグマの広がる地下街。

 

「……暑い。帰る」

「今回は俺も賛成だ。こんなとこに住んでるやつの気が知れん」

 

 シユウの捕喰は俺もメディも暑すぎるので止めることにした。あいつらが街に出てき次第検討しようと思う。

 それからの俺たちは主に街を拠点として時には寺に行ってコンゴウを狩ったり、工場に行ってグボロを狩ったりした。そして遂には苦労しながらもヴァジュラを捕喰することに成功したのである。

 思えばこれだけ活動しておいて目立たない方がおかしい。なにせサリエルとザイゴートではなくオウガテイルのコンビである。それがヴァジュラまで倒したのだ。当然、目をつけられた。

そう、かのゴッドイーター達に。

 

 

 

 

 当時、フェンリル極東支部のアナグラではこんなミッションが追加されたとか。

 

 

難易度4

種別:FREE

ミッション名:オッド・カップル

CLIENT:フェンリル

FIELD:贖罪の街

報酬:女神羽、鬼面尾、2000fc

 

 魔眼を持つ女王サリエルがザイゴートではなくオウガテイルを従えて旧市街地に出没しているという報告が入った。

 調査隊から連携して「狩り」をするという報告もある。

 どちらも火、雷、氷、どの属性も有効だが、サリエルは神族性に対して高い耐性を持っている。注意せよ。

 





The Odd Couple(おかしな二人)


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オッド・カップル(表)

 一人称にちょっと飽きてきたんで三人称です。


 ある日のアナグラ。

 

「よう、シュン。割の良いミッション見つけたんだがこれから行かねえか?」

 

 シュンと呼ばれた帽子被っている少年は、見た目に気を使っているようにもだらしないようにも見える恰好をした癖毛の青年の方を振り返った。

 

「またかよ、カレル。とりあえず内容見てからな」

「サリエル一体とおまけでオウガテイルが一体。それで2000fcだぞ? 難易度四の中でも破格だ」

「マジか!? それなら誰かに盗られる前にさっさと行こうぜ」

「だからそう言ってるだろ」

 

 二人は意気揚々と受付に向かい、懲りもせず受付嬢を口説いている男を見て同時に溜息を吐いた。この光景はアナグラの誰もが見飽きている。

 

「またやってんのかよ。おっさん」

 

 シュンが呆れ顔で言うと、おっさんと呼ばれた赤いジャケットの男もといタツミは迷惑そうにシュンとカレルの方を向いた。

 

「誰がおっさんだ。ヒバリちゃんが誤解するだろうが」

 

 大森タツミ、彼のために言及しておくと彼はまだ21歳である。

 

「現役男性ゴッドイーターじゃリンドウさん抜いたらアンタが最年長じゃん」

「うるせえ。俺達は忙しいんだ、どっかいけ!」

 

 そう言い、タツミはシッシと手を振ってシュン達を追い払おうとする。

 

「こっちは仕事なんだ。そっちがどくべきだろ」

「それならこっちだって……」

「ミッションの受注ですか、カレルさん?」

 

 ヒバリはタツミの言葉を遮ってカレルの方に向き直っており、「ああ」と頷いたカレルはヒバリとミッションの受注に取り掛かってしまった。

 

「ちょっ、ヒバリちゃん」

「あんたほんと学ばないな」

 

 項垂れるタツミへ追い打ちをかけるようにシュンが辛辣な言葉をかけた。

 一方、カレルとヒバリの話はどんどん進んでいく。

 

「えっとミッション名オッド・カップル。サリエル一体とオウガテイル一体の討伐でよろしいですか?」

「ああ、それで頼む」

「メンバーはどうされますか?」

「俺とシュンの二人だ」

 

 そこでヒバリは渋い顔をした。

 

「……ええと、もう二人くらい人員を増やした方が良いと思うんですが」

「なぜだ? サリエル一体にたかがオウガテイルだぞ。二人で充分だ」

「それが、調査隊が四名での討伐を推奨していまして」

「あいつらは戦闘員じゃないんだ。あてにならん」

 

 ヒバリは困ったようにタツミとシュンの方へ視線を向けた。その視線に答えなければタツミではない。

 

「任せろ、ヒバリちゃん! 俺は無理だがブレンダンとカノンが空いてるはずだ。今すぐ呼んでくる」

「はあ! ブレンダンはともかくカノンを入れたら難易度が上がるだろうが!」

 

 シュンは悲鳴を上げるように言った。

 というのも彼からすれば人数分報酬が減る上に、その仲間が全支部でNo.1の誤射率を誇る女性だったからである。ネタにされがちだが、命がけの状況下で誤射はまさしく命に係わる。

 

「だからこそブレンダンだ。あいつはカノン用の戦術理論を構築した男だからな」

「……あいつの誤射は戦術も変えるのかよ」

 

 もはや呆れたようにシュンは呟き、そういえば唯一ブレンダンはカノンのとある一面に気付いてないんだったと思い出した。

 

 

 

 

 無味乾燥な廃墟が立ち並ぶ街、贖罪の街にカレル、シュン、ブレンダン、カノンの四人が足を踏み入れていた。

 短剣と大剣の中間ロングブレードのシュン、大剣バスターブレードのブレンダンの二人が前衛。後衛には銃使いである二人、連射性に優れたアサルト使いのカレル、爆発・放射を得意とするブラスト使いのカノン。

 今はシュンの作戦で部隊別にカレンとシュン、ブレンダンとカノンの二組に分かれている。そして、教会の裏手に空いている大穴の下に仕掛けたホールドトラップに目標サリエルがかかるのを今か今かと待っていた。シュンの作戦は単純で罠にかかった相手を二組で挟み撃ちにするというもの。調査班から二体は教会に住みつき、ある程度規則的な行動をするという報告があったのでこのような作戦となった。

 

「にしても相変わらず臆病というか慎重というか」

「お前は自信過剰過ぎなんだよ」

 

 カレルの言葉にブーメランとしか言いようのない反論をするシュン。

 そんな彼らの耳にサリエルのものと思われる鳴き声とオウガテイルと思われる鳴き声が聞こえてきた。二人は途端に息を潜め、神機を握る手に力を込める。

 しかし、その二匹の姿を見てカレルとシュンの二人は勿論、別の場所から機会を伺っていたブレンダンとカノンも目を疑った。

 なぜか分からないがオウガテイルの背にサリエルが乗っている。それもサリエルの方はかなり上機嫌に見えた。その光景だけでも貴重だったが、ゴッドイーターとして見るべきなのはそこではない。

 まずそのオウガテイルの大きさである。

 本来なら小型と言われるオウガテイルだが、そのオウガテイルは他の個体に比べて二回りは大きかった。さらにそのオウガテイルは前足が発達しており、二足歩行ではなく四足歩行で歩いている。本当にオウガテイルなのかと思うが、その頭と尻尾と胴体は完全にオウガテイルの特徴と一致していた。

 サリエルはサリエルで一見すると他のサリエルと変化は見られないが、他の固体より一回りか二回りは小さい。まるでオウガテイルの大きさに合わせたかのようだった。

 

「……堕天種二体とか報酬に見合わないだろ」

 

 カレルは思わず愚痴る。

 堕天種。同じアラガミでも環境や捕喰したものの違いで変異したアラガミ。そんな考えが全員の頭をよぎると同時に調査隊への不満が急激に増した。

 堕天種は普通の固体に比べ強いというのが常識である。当然難易度も上がるうえ危険も増す。調査隊への不満が出るのも無理からぬことだった。

 とはいえ仕事は仕事、仮に強大な敵だったとしても今後のためになにかしらの情報は手に入れなければならない。それもゴッドイーターの定めである。

 

 

 二体は意気揚々と大穴から飛び降りようとし、その寸前でオウガテイルがピタリと動きを止める。そして、素早く教会の中へ戻っていった。

 

「ホールドトラップに気付いたってのか?」

「相手はアラガミだぞ。そんなことがあってたまるかよ」

 

 カレルとシュンは困惑しながらもレーダーを確認し、二体の行く先を探る。

 

「……こいつはブレンダン達と鉢合わせするな」

 

 二人は加勢するべく駆けだした。

 

 

 

 

「目標の退路を塞ぐ。もう一つの入り口に向かうぞ」

「は、はい」

 

 速やかに指示を出して行動に移すブレンダンと緊張した面持ちで後を追うカノン。

 二人が入口に到着するとほぼ同時にオウガテイルとサリエルが毒鱗粉を撒き散らしながら教会から飛び出してきた。

 待ち伏せでバスターソードの溜め切りチャージクラッシュを喰らわせようと考えていたブレンダンは心中で舌打ちをする。しかし、すぐさま切り替え未だオウガテイルの背に乗ったサリエルに斬りかかった。

 先ほどは緊張していたカノンもスイッチを切り替えるどころじゃない豹変をみせ、途端に好戦的になる。

 

 

 ブレンダンがカノンとミッションを行う際の戦略の基本は彼女の射線に入らないことだ。今回も彼女の射線を塞がないように立ち回ろうとしていたが、オウガテイルはまるで彼が彼女の射線に入るように動くのだ。

 一撃が大きく、隙も大きいバスターブレードを使うブレンダンにとって、誤射をされれば攻撃の機会を潰す所か装甲によるガードもままならない。

 そうこうしている内にシュンとカレルが合流し、シュンがロングブレードを構え突進する。一方、カレルは射撃に適したポイントへ移動していた。というのもオウガテイルがカレルを見るなり、障害物の影に入って射撃ができなくなったのだ。障害物の後ろが見えるよう大きく迂回して移動したカレルだったが、そんな彼にサリエルの光線が放たれた。

 その光線は数こそ一般的なサリエルと同じ四本だったが、その軌道は複雑怪奇としか言いようのないもの。まるでのた打ち回る蛇のようにグニャグニャと曲がりくねりながら近づいてくる光線はとてもその全てを避けきることは出来なかった。

 思わず呻き声を上げるカレルを追撃するようにオウガテイルは駆け出し、三人は慌ててその後を追う。

 オウガテイルの脚力は本来ならゴッドイーターに遠く及ばない。しかし、目の前のオウガテイルはサリエルを乗せているのにも関わらずゴッドイーターとほぼ同じ速度を保っている。故に一人だけ相手を挟んで向こう側にいるカレルとの距離の差は致命的だった。

 間に合わない。

 三人が最悪の展開を予想するも、それに反してオウガテイルはカレルを彼ら三人の方へ弾き飛ばしてきた。シュンとブレンダンが前へ出てなんとかカレルを受け止めるも、オウガテイルが追撃せんとこちらへ向かってくる。

 

 

 そして、ブレンダンは気付く。

 自分達の後ろにはカノン。目の前には彼女の射程に入ろうとする敵。

 そこから導き出される答えは?

 

 

 刹那、カノンの神機が文字通り火を噴いた。

 

「「「あっづ!」」」

 

「射線上に入るなって、わたし言わなかったっけ?」

 

 悲鳴を上げる三人だったが、カノンの表情はどこまでも冷たい。

 その台詞、この状況じゃシャレにならん。三人は同時に同じことを思ったという。

 対してオウガテイルはまるでカノンの射撃がくることが分かっていたかのように後方へ跳んで回避し、オウガテイルの咆哮を合図にサリエルが障壁を発生させたかと思えばそれを纏ったまま直線上にいる四人へ体当たりを敢行してくる。

 誤射の隙もあり、成すすべなく弾き飛ばされた四人が態勢を立て直した時にはオウガテイルとサリエルは走り去っていた。

 

 

 

 

 

「……以上が第二、第三混合部隊からの報告だ。なにか質問はあるかね?」

 

 フェンリル極東支部支部長のヨハネス・フォン・シックザールが威圧感を感じさせる声で言った。

 支部長室と言われるその部屋には彼の他に二人の人物が彼に対峙するように立っている。

 一人は第一部隊のリーダー雨宮リンドウ。そしてもう一人は同じく第一部隊所属であり、ヨハネスの息子でもあるソーマ・シックザールだった。

 

「いえ、ありません」

 

 そう返したのはリンドウであり、ソーマは沈黙で答える。

 リンドウとしては突っ込み所満載の内容に色々と言いたいこともあったのだが、それをきける雰囲気ではなかった。なので、ブレンダンのやつ真面目に報告し過ぎだな、と心中で呟くだけに留める。

 

「君たち二人にはこのサリエル及びオウガテイルの堕天種、いや特異種と思われるアラガミのコアを確実に回収してもらいたい。場合によっては生け捕ってもらう」

 

 アラガミは五つのカテゴリーに分けられている。

 一つ目は基本種。

 これは他四つのカテゴリーと比較する際のベースとなる普通のアラガミである。

 その普通種が超高温や極寒など局地に適応し新たな能力を得た固体が二つ目の堕天種であり、普通種よりも高い能力を持つが、局地に適応したがために弱点を強めることも多い。

 三つ目が第二種接触禁忌種。

 かつて人が崇めていた神に似た容姿をしたアラガミであり、一般のゴッドイーターには接触を禁忌とされているほど強力な固体である。

 四つ目が第一種接触禁忌種。

 これは第二種接触禁忌種とは違い、神そのものに等しい存在とされている強力なアラガミ。

 そして最後が特異種であり、一言で説明するならばその他である。

 

「それは特務としてですか?」

「無論だ」

 

 特務とは支部長直々の依頼であり、その任務で回収したいかなるものも支部長に渡さなければならず、その内容は一段と危険なものが多い。しかし、その代わりに与えられる報酬は格段に高くなっている。

 

「そうなると俺たち二人だと少しきつい気がするんですが」

 

 相手が障壁を纏ったまま移動するとなると近接攻撃しか出来ないリンドウとソーマは太刀打ちすることが出来ない。相手が逃亡に主を置いているのなら尚更だ。

 

「分かっている。表向き通常のミッションとしてツバキ君とサクヤ君に同伴してもらおうかと考えている」

「第一部隊総出じゃないですか」

 

 それは現在のアナグラの最高戦力と言っていい。

 事実、この四人が揃って同じミッションを行うことは今まで一度もなかった。

 

「……そこまでしてそのアラガミのコアが欲しいってのか?」

「その通りだ。あのアラガミは我々の目的に必要不可欠なコアを有している可能性がある。最優先事項だ」

「……我々、か」

 

 ソーマは舌打ちをすると、話は終わったとばかりに支部長室から出ていった。

 

「そんじゃ俺も準備がありますんで失礼させてもらいます」

 

 リンドウも礼をすると部屋を出ていき、入れ替わるように眼鏡をかけた白髪の男が部屋に入ってきた。

 

「やあ、ヨハン。君の計画は順調かい?」

 

 彼の名はペイラー・榊。この支部の技術開発統括責任者でフェンリル創設メンバーの一人でもある。

 

「特異点さえ手に入れば言うことはないな」

「報告にあった知性を感じさせるアラガミかい?」

「その可能性はある」

 

 他の同一個体と異なる外見もさることながら、罠に気付く警戒心、ゴッドイーターの射線や陣形を意識するかのような立ち回り、なにより四人を一か所に集めた上での突破は見事としか言いようがない。

 ほぼ確実に人に近い知性を持っていると考えられる。

 

「知性があるならば共存は考えられないのかい?」

「君は相変わらずロマンチストだな」

 

 その言葉は榊の案に全く賛同できないと言っているようなものだった。しかし、それも当然の事。アラガミにより余りに多くのものが失われた世界でアラガミと共存しようなど、ほぼ全ての人間が夢物語と笑うだろう。

 

「なに、せっかく現れた興味深い観察対象だからね。とはいえ私はどこまでいってもスターゲイザー、今回のこともただ観察させてもらうだけさ」

「それでいい。ただ特異点を捕らえた暁には君にも協力してもらう」

「ああ、そうさせてもらうよ。ところで今回は新型について話にきたんだよ」

「分かった。聞かせてもらおう」

「昨日、リンドウ君達が拾ってきた二人の内、彼は新型に適合しそうだ」

「そうか。戦力は多いにこしたことはないからな。それで新型神機はあとどれくらいで完成する?」

 

 新型神機。今までは近距離か遠距離そのどちらかしかできなかった今の神機に対して、変形によりその両方を行うことが出来るようになった次世代の神機だ。

 

「一月、いや彼女がいれば二、三週間で完成するかもしれない。彼女は天才だよ。リンドウ君も面白い観察対象を拾ってきたね」

「君もその天才の一人だという自覚を持ちたまえ」

 

 ヨハネスは溜息をついて言った。

 天才とは対アラガミ装甲の雛形となるものを創り出した目の前の男のことをいうのだと彼は嫌になるほど理解している。

 

「話というのはこれで終わりだ。新型については後々詳しい報告をさせてもらうよ」

「分かった」

 

 そうしてアナグラで陰謀が渦巻く中、後に伝説とまで語られた四人による狩りが始まろうとしていた。

 




 次回は今回のミッションのアラガミサイドをお送りします。竜馬君たちの変化の詳細なども含めて。
 引っ張るようで申し訳ありませんが、リンドウ、ソーマ、サクヤ、ツバキの伝説四人パーティの活躍は次々回になります。
 


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オッド・カップル(裏)

 俺と総司は先輩に連れられ異様な施設に来ていた。

 そして、先輩は声高く宣言する。

 

「これがタイムマシンだ」

 

 総司が目を見開いて拍手を送り、先輩は満足気だった。

 見慣れた光景だ。

 俺はそこまではしゃげない。むしろ呆れたような顔をしていただろう。

 先輩が手で示す先には一つの施設。俺たちはまだその入り口で中に入ってもいない。

 

「いやどこっすか?」

「だから目の前にあるだろう。この施設自体が全てタイムマシンのようなものだ」

「……でかすぎないですか?」

 

 田舎の大学並みに異様な大きさの施設だっていうのにそれがタイムマシンと言われても実感が湧かない。俺が知っているタイムマシンは机の引き出しの中だ。

 

「お前の意見はもっともだ。もっと小さくする努力もするつもりだが、とりあえず機能だけは完成させた」

「じゃあ先週終わった定期試験前に戻れるんですか?」

 

 総司がそんなことを言った。なんでようやく終わったテストをまた受けに行くんだよ。

 

「いやこのタイムマシンが行けるのは未来だけだ」

「つまり一方通行と」

「そうだ」と総司の言葉に先輩は頷く。

「使えねえ。てか意味ねえ」

「いやこれはこれで使い道はあるのだぞ」

「例えば?」

「そうだな。一つは……」

 

 そこで先輩の声はどんどん遠くなっていき、ついには目の前が黒で塗りつぶされた。

 

 

 

 

 瞼を開ければ今では見慣れた教会の内装が目の前に広がっている。

 

「……夢か」

 

 以前は全く思い出せなかったが今なら簡単に思い出せる記憶だった。そう、あの後タイムマシンとやらに乗っけられた俺は三日を二時間で体感するという。プチ浦島太郎な体験をしたのだ。正直三日分損した気にしかならなかった。なぜあんなインパクトのあることを忘れていたのだろう?

 もしかしたらこの世界に来た時にいくつか記憶が飛んでしまっていたのかもしれない。試しになにか思い出せないか考えてみたが、当たり前だが思い出せることしか思い出せなかった。

 頭を切り替えて身体を起こそうとすると、いつもより身体が重い。その理由は夢なんかのせいじゃなく、現実でメディが俺の背中を枕にしてもたれかかっていたからだった。

 

「お前寝る必要ないだろ」

「……リューマだってそうじゃん」

「俺のはただの習慣だ」

「人間だった頃の?」

「……そうだ」

 

 メディが身体をどけると俺は身体を起こした。

 アラガミは捕喰さえすれば睡眠は必要ない。中には光合成をするやつだっている。ただ俺は一日三時間程寝ている。その間はメディに周辺を警戒してもらっていたが、最近は俺の真似をしてメディも俺にもたれ掛るように体を横たえ、目を閉じていた。本人曰く、寝ているわけではないらしい。

 俺がこの世界に来てから早いもので半年程経っていた。二日前にはついに目標でもあったヴァジュラの捕喰にも成功している。

 それからの俺たちはほとんど街から出ることがなくなった。今では教会に住みつき、寝るときは教会の鐘があったであろう塔のような場所で寝ている。ゲームでは通路の先が壁になっていて行けなかった一角に扉があり、それをぶち破って見つけた場所だ。上へと螺旋状に続く階段があるが、俺の身体では上まで行くことができない。

 

「ねえねえ、起きたんなら外行かない?」

「いいぞ。ぶらぶらしながら朝食を探すとするか」

 

 やった、と喜びながらメディは俺の背に跨った。羽のようにではないが最初に比べたら随分と軽い。これは俺が四足歩行になったと同時に身体が大きくなり、逆にメディの身体が小さく、軽くなったからだろう。

 

「今、乗ったら入口に頭ぶつけるぞ」

「壊せばいいじゃない」

「そうしたら他の奴らも入りやすくなるだろうが」

「え~」

 

 メディは不満そうに声を上げながらも潔く降りたというか浮いた。

 今までの俺たちなら小型だった俺はともかくメディも体格上入れないのだが、この半年での変化がそれを可能にしていた。今のメディは俺よりも小さいのだ。俺との大きさの比はサラブレッドの馬と人間といったところだろう。お互いアラガミとしては中型と小型の境にいる。これからは俺が大きくなればそれに合わせて彼女も大きくなるだろう。

 メディの場合、この大きさの変化は俺の背に乗りたいがための変化だが、もちろん俺は違う。純粋に強くなりたかったが故の変化だ。

 

 

 塔から教会の礼拝堂へ行けるよう追加で空けた穴を通り抜けるとすぐにメディが背中に乗っかってくる。こうして外を散歩するのが彼女のお気に入りだ。まあ、悪い気はしない。この状態は戦闘でも中々便利だし。

 俺はいつも通り礼拝堂の大穴に飛び乗った。

 

「今日はどこ行くかね」

「崖を下りてあの一番高いビルのてっぺんを目指すとか?」

「せめてでかい穴の所までだろ。高すぎるわ。てかまず飯な」

 

 そんなことを話しながら飛び降りようとした地面の先にゲームで見慣れた光があった。ゴッドイーターの放つ弾丸がそのまま地面に残っているような輝き。間違いなくホールドトラップだろう。

 

「ゴッドイーターだ。逃げるぞ」

「えっ? 嘘!?」

「マジだ」

 

 どう逃げるか。生憎追い風のせいで全く匂いが分からない。

 このまま罠を飛び越えて崖を下りる?

 それはないな。ホールドトラップがあるくらいだ。どこかに最悪四人潜んでいることだろう。わざわざ待ち伏せされている場所から出る必要は無い。出口は三つもある。

 俺は踵を返して礼拝堂に戻った。

 ここに住んで初めて気づいたが、ゲームをやってた時の開始位置が教会の正面であり、瓦礫に埋もれた入口もある。そして、ゲームのマップでいう中央は全て教会であり、正面を北とするなら西の通路からは勿論、今では東からも出られるようになっている。が今回は狙撃されることも考慮して障害物のある東から出ることにした。

 

「にしてもやっぱ色んな所に顔出しすぎたな」

「でも人間は一人も食べてないじゃん」

「他のやつらが喰ってんだからしょうがないだろ」

「……納得いかない」

 

 上機嫌から一転、不機嫌になるメディ。その気持ちは分からなくもない。ただ人間側の事情も分かるので大人しく逃げるとしよう。

 しかし教会を出る直前、俺の鼻が人間の匂いを察知した。

 

「毒粉頼む!」

「了解」

 

 メディがばら撒く毒の鱗粉に紛れて教会から飛び出す。やや向かい風のため、もろに毒粉を浴びるが今の俺とメディには毒耐性があるので問題ない。

 教会を出ると左にブレンダンとカノンの姿が見えた。

 

「ラッキー。カノンさんじゃねえか」

「知り合い?」

「いや一方的に知ってるだけ」

 

 相手にカノンさんがいるなら立ち回りは一つしかない。

 それは前衛ゴッドイーターをカノンの射線に巻き込むことだ。

 実際にそうやって立ち回るだけで誤射を回避しようとしているのであろうブレンダンの攻撃をかなり封じることができた。

 ただそこはゴッドイーター。上手く逃げる隙がない。

 今の俺ならばステップが使えるゴッドイーターの瞬発力と急加速には遠く及ばないものの、走るだけならほぼ互角にまで成長した。しかし、それは容易に振り切れないということも意味する。足に傷でも負えば尚更だ。

 

「リューマもう二人来たよ。剣と銃が一人ずつ」

「分かった」

 

 俺は一瞬だけ二人の方を見てシュンとカレルであることを確認し、主要メンバーでないことに胸を撫で下ろした。無論、ゴッドイーター四人を相手に余裕なんてないが、主要メンバーは次元が違うのだ。

 俺は一先ずカレルの狙撃から逃れるため障害物に身を隠した。俺が縦横無尽に跳ねるのでメディの頭ぐらいは見えるだろうが、それを狙って狙撃できるのは異常なタイミングで回復弾を撃ってくるサクヤさんぐらいだろう。

 

「銃の人は一人で回り込んでくるみたい」

「よし、チャンス! 一人のそいつに誘導レーザー頼む」

 

 メディがカレルに向かって四本の誘導光線を放つが、それは他のサリエルの光線と似て非なるものである。

 「もっと曲がんねえのか?」という俺の言葉を受けたメディは光線を使うたびにその操作を意識し、練度を上げ、今では意味が分からないほど蛇行して進む光線を放てるまでになった。しかし、命中精度が上がったわけではない。

 

「ぐにゃぐにゃ曲げ過ぎなんだよ! 一本掠っただけじゃねえか!」

「だって面白いんだもん」

 

 まあ、人間相手には読み辛くて丁度いいのかもしれない、ってことにするか。

 

 光線を放った直後からカレルの元へ全力で走っていた俺はカレルに跳びかかり、神機を咥えてこちらへ向かってくる三人目掛けて放り投げた。すると神機に繋がれたカレルも彼らの元へ飛んでいく。

 カレルがブレンダンとシュンに激突したのを確認しながら四人目掛けて突進をしかける。

 すると期待通り、射線に入ろうとする俺目掛けてカノンさんが火炎放射を放ってきた。ほぼ目の前に仲間がいるのにも関わらずだ。その光景を見て俺は一種の尊敬の念すら抱いた。

 

「撃ってくれると信じてたぜカノンさん!」

 

 俺は後ろへ跳んで火炎放射を回避し、再び地面を蹴った。

 

「メディ、バリア!」

「りょーかーい」

 

 メディがサリエル特有の障壁を発生させる。本来ならその間移動は出来ないが、今メディは俺の背中に乗っている。つまり、俺が動けば障壁を発生したまま動くことが出来るのだ。

 

「喰らえ! シールドライガー直伝、シールドアタック!」

 

 雄叫びと同時に俺は四人にシールドアタックを喰らわせた。成すすべなく弾き飛ばされる四人。

 ちなみに、ゲームのように一回ガードすれば通り抜けられるなんてことはない。

 それにしてもこれは便利だな。この技さえあればブレード使いから攻撃を喰らうことはないし。

 

「シールド? バリアじゃないの?」

「細けえことはいいんだよ!」

 

 こういうのはノリが大事なんだ。

そう言いながら態勢を崩したカレル達の前から走り去る。

とはいえ冷静になってみるとシールドアタックという手札を晒さずにカレルを投げた時点で逃げれば良かったと後悔した。

 

「あーあ、せっかく散歩に行こうと思ってたのに」

「安心しろ。空母まで散歩するから」

「まあ、あそこなら」

 

 一番街と気候が近く、距離的にも二番目に近い。

 ちなみに今まで行ったことがあるのは今いる街を除いて、寺と地下街と工場と空母の四つだ。一番遠いのが工場。二番目が寺である。あそこエイジスが見えるんだぜ。でも空母とは方向が違う。

 まだ行ってない平原はウロボロスに会うかもしれないし、酸の雨が降ってそうなので行く気が起きなかった。というか周辺が水没してて近づけない。グボロに襲われたらと思うと入水なんてとても出来なかった。

 

 

 空母までは大体二日間走り続ければたどり着ける。なんだかんだ長い道のりではあるが、アラガミとなった身ではそこまで苦にならない。なにより今俺の背中に乗って鼻歌を歌っている存在は頼りになる上、この世界では唯一無二の仲間だ。

 あれはいつだったか、お互いの為になるかと思ってお互いの一部を捕喰した。そのおかげか離れていてもお互いの気配で大体の場所が分かる。戦闘中なんかはとてもありがたい。とはいえ、これからは背中に乗っての戦闘が増えそうだから役に立つか分からない。

 

 

 なんにせよ、こいつと一緒にいれば長い道もそこまで長いと感じないだろう。

 

「よし! 飛ばすから振り落とされんなよ!」

「やったー! いっけー、リューマ!」 

 

 俺達は大声を上げながら荒野を駆けた。

 

 

 

 

 




 一時間後、

「……無理、もう走れねえ」
「もう。はしゃぎ過ぎるから」
「……お前にだけは言われたく……オェ」


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迫る悪夢

 遅れてすいません。
 ここからは第一部終了まで毎日更新できたらと思います。書き途中だけど。


「仲間というか部下も大分増えたな」

 

 周囲を飛び回るザイゴート達を見ながら俺は言った。

 俺達が空母への道中、また空母に到着してから行ったのが、配下兼非常食としてのザイゴートの招集だ。

 あの襲撃の対象はおそらく俺とメディ。ゴッドイーターに目を付けられたからには今まで以上に警戒しなければならない。とはいえ自分達だけでは限界もある上、肉体的にも精神的にも消耗していく。だからこそ全アラガミ中トップクラスの広い視力とクアドリガ並みの聴力を有するザイゴートを偵察させ、何者か近づけば知らせるようにしている。いわばザイゴート包囲網。

 なぜ今までやらなかったかといえばメディが望まなかったからだ。

 

「……そうだね」

「不満か?」

「必要なのは分かるけど、他のアラガミがいるのはなんかやだ」

「そういや一人より二人、三人より二人きりと言う言葉があったな」

「へー。いい言葉」

 

 俺が「そうか?」と問えばメディは頷いた。そういや先輩は否定していたな。

 そんな風に話していると、一匹のザイゴートが声を上げた。彼らには敵を発見時ともかく声を上げろと教えている。出来れば人とアラガミを区別して欲しいがそこまでの知能がないのが問題だった。 第一「敵が来たー」というニュアンスは鳴き声で分かるが、どれくらい来たかと尋ねれば少ないか多いしか分からないし、細かい意思疎通が出来ない。メディが馬鹿という気持ちも分かる。

 

「ともかく逃げるぞ、乗れ」

 

 俺はすぐさま立ち上がって言うが、メディの動作は遅い。

 

「えー、また」

「いいから早く乗れ! たぶんゴッドイーターだ!」

 

 不満を漏らすメディを背中に乗せ、真ん中の大穴目がけて走り出す。

 吠えたザイゴードは一匹。それも一番外側のザイゴートではなく三つのラインの内、真ん中のラインをグルグルと周回するザイゴート。つまり、アラガミらしからぬ隠密行動を取っているということになる。そんなことをするのはゴッドイーターぐらいだ。

 

「ゴッドイーターってこの前のでしょ? なんでわざわざ逃げるわけ? 私達のが強かったじゃん」

「同じ強さの奴が来ると思うなよ! で念のためシールド展開!」

 

 数秒後、メディが障壁を発生させ、それに数瞬遅れて穴から一つの人影が飛び出し、障壁に弾かれた。

 身の丈より大きな剣に見覚えのある青いパーカー。被ったフードから覗く白髪。完全にソーマさんだった。

 なぜソーマさん? 完全にメインキャラクターじゃねえか! つーか今の障壁があと少し遅れてたら確実に切られていた。バスターブレード怖ぇ!

 ザイゴードの声とほぼ逆にいたということは囲まれ、待ち伏せされていたということ。その憶測を肯定するかのように別の二か所からもザイゴードの声が上がる。四方を囲んでいたというわけか。これだから人間は嫌なんだ。

 障壁を張っている今、ソーマさんは無視。援護が来る前に全力で地面を蹴り、穴へダイブする。この際グボロが怖いとか言ってられないのでそのまま川に入水。メディに後ろは任せ、犬かきと尻尾をヒレのように動かして泳ぐ。案外、泳ぎやすいことに驚いた。さすが環境への適応だけは随一のどこにでもいる種族。

 幸いグボロに襲われることもなく、向こう岸に着いたので再び全力で走った。

 

 

 いや、やばかった。障壁のタイミングもそうだが、ザイゴートの声がしてなかったら先制されていただろう。おそらく配置に付く段階で誰かがへまして見つかったっぽい。まあザイゴートは索敵能力に関しては最高峰だし、無理もないと思うがそれで見つかったのが一人だけっておかしいだろ。てかソーマさんはあそこまでどうやって近づいたんだよ。穴の下はほぼ崖だってのに。いやはやさすが因子持ちは違う。

 にしてもソーマさんが駆り出されるとは。フェンリルもマジになって俺らを追っかけてきたということか。

 よくよく考えたら前回ゴッドイーター四人相手に無傷だったからな。シールドアタックもあっちからしたら厄介極まりない代物だろうし、今回も含めて逃走第一のアラガミとか面倒にもほどがある。

 うーん、前回は一切戦闘せずに逃げるのが正解だったか。四足になって舞い上がってたのがいけなかったな。

 これからどうしよう。てかどこ行こう。

 

 

 

 ゴッドイーターサイド

 

「……逃げやがったか」

 

 ソーマはサリエルの光線をガードし終えた後、忌まわしそうに呟いた。

 自分を見たときのあのオウガテイルの反応。あれは確実に自分を恐れていた。まるでオオカミから逃げる羊のように。

 アラガミにも恐れられるとは随分と化け物らしくなったもんだ、とソーマは自嘲する。

 

「なんだもう逃げちまったのか?」

 

 ソーマがオウガテイルとサリエルの背中を見送っているとリンドウが駆け寄り、それに続いてツバキ、サクヤの順に集まってきた。

 

「……あんたらが遅いんだ」

「ごめんなさい。私が見つかったせいで」

「謝ることはない。とはいえザイゴートの群れも含めて、あそこまで逃げることを優先するアラガミも珍しい。いや危険なアラガミだ」

 

 ツバキは言った。

 まるで警備兵のようにザイゴートを配置し、人の姿を確認すれば威嚇行動を取るでもなくすぐさま行動に移る。とても普通のアラガミには思えない。その危機管理能力と統率能力を他のアラガミが持つようになった場合、人類は更なる窮地に立たされるだろう。

 

「……知能を持ったアラガミねえ」

 

 そう言ってリンドウは煙草に火をつけた。その脳裏には支部長との会話が頭を過る。

 

「本当にそんなアラガミが……」

 

 サクヤは考え込むような仕草を見せる。自分を発見した時のザイゴートも普通とは挙動が異なっていた。あれは知能があるがゆえの行動だったのか、それともあの二匹の入れ知恵だったのかと。

 

「なんにせよ。こいつは一筋縄ではいかない仕事になりそうだ」

「私としてはこの任務で引退といきたいところなんだが、最後に随分と厄介な任務が舞い込んだものだな」

「俺達に出来るのは奴らを狩ることだけだ。相手がなんだろうとそれは変わらない」

 

 そう言ってソーマは歩き出した。

 どんなに強力な相手だとしても、仕事であり命令である以上は狩らなければならないように例え逃げる相手だとしても狩らなければならない。その上、今回はコアの摘出が目的だ。そうなるとコアの摘出が成功するまで何度も倒さねばならなくなる可能性もある。

 

「……くそったれな職場だ」

 

 ソーマはそう言い捨てた。

 



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儚き願い

 あれから三度ゴッドイーターの襲撃を受け、そのたびに逃げに逃げ続け、各所を点々と渡り歩いていた。ザイゴード包囲網も前より強化され、何か来た瞬間、即移動となるため相手が誰かも分からない。

 

「もーやだー! なんで私たちが逃げ回らなきゃならないの!」

 

 そんな逃亡生活でメディのストレスも最高潮に達している。なにより心休まる暇がないというのが問題だった。

 その上、今俺たちがいるのは雪が降る廃寺。メディが嫌いな場所の一つだ。

 

「仕方ねえよ。人間にとっちゃ俺らは敵なんだから」

「人間なんて一人も食べてないじゃん!」

 

 その言葉はもっともだが、元人間の俺からすれば人間側の考えも理解できなくはない。知能の高いアラガミとか俺だったら真っ先に殲滅する。他のアラガミを率いているなら尚更だ。

 

「それでもだ。見た目ほとんど同じやつらが人間襲ってるんだからしょうがないだろ。まあ鬱陶しいっちゃ鬱陶しいが」

「でしょ。今度来たらやっちゃおうよ」

「無理だ。まともに戦ったら勝てん」

「なんでよ?」

「人間側でも一番強いやつがいるからな。そのチームのメンバーも協力してるってんなら尚更だ」

 

 ソーマさんは確定として、残り三人が誰かだな。今がどの時期に当たるか分からないが四人で行動しているとなるとサクヤさん、リンドウさん、主人公、コウタ、アリサ、シオが候補だろうか?

 いやエイジスの完成具合とか出会うアラガミの種類、ソーマさんの神機の色を見るにそこまで話が進んでいるわけではなさそうだ。そうなるとシオは除外して、アリサはグレーといった所。

 希望的観測をいえばソーマさん主人公、コウタ、アリサが望ましく、リンドウさんとサクヤさんのカップルにはご遠慮願いたい。とはいえこっちがシールドアタックをする以上リンドウさんはともかくサクヤさんは確定だろうな。それに加えて遠近両方いける主人公とアリサが妥当といったところか。立ち直ったアリサだったら結構面倒だな。主人公はナイフ一本で頑張るとか縛りプレイをしてくれてると助かる。

 

「アタシとリューマなら勝てると思うんだけどな」

「奇襲出来れば勝てるかもな。でも人間相手だとそれが一番むずい」

 

 ましてザイゴード包囲網を敷いてるせいでいるのはばればれだしな。ただザイゴートがいないと食料にも警戒にも困る。ほんとありがたい。

 

「とはいえ逃亡生活に飽きてきたのも事じ……シールド展開!」

 

 言い終わる前、途轍もない悪寒に襲われ叫ぶ。

 逃亡生活も長いため、メディもすぐさま障壁を発生させる。そのメディを背に乗せ、走り出そうとしたところで二発の銃声が上空から聞こえてくるのとほぼ同時に一発の銃弾と一本のレーザーがメディの頭を撃ち抜き、発生させていた障壁が消え失せた。

 余りに突然の出来事と予想外の出来事に状況確認で手いっぱいだった俺の眼に上空から武器を構えたソーマさん、リンドウさん、サクヤさん、ツバキさんの四人が降ってくるのが写る。周りに背の高い建物などないのになぜと思ったが遙か上空を飛び去るヘリが見え、あそこから飛び降りたのだと悟った。

 ソーマさんの刀身は黒い光を放っており、それがチャージクラッシュだと気付くのとほぼ同時に剣が振り下ろされる。

 慌てて後ろに跳んだもののメディは前半分が肩からスカートまで一気に切り裂かれた。さらに追い打ちをかけるよう塀の上に着地したリンドウさんが塀を蹴り、チェンソーのような刃でメディの首筋を切り裂いていく。あのメデューサのように首こそ落ちなかったものの血が吹き出し、俺の背中から転げ落ちていった。

 その光景は酷く、ゆっくりとしたもののように感じられ、降り立った四人など無視して彼女の名を叫んだ。

 地面に横たわるメディの傷は再構成が必要だと思えるほど酷いもので、何度も何度も声をかけ続けるが返ってくる言葉はなくて。

 ただ額にある大きな瞳と顔にある小さな二つの瞳は俺だけを捉え続け、そして閉じることもなく動かなくなった。

 

 

 寒気がする。この雪が降る寺でも感じたことがないほど強い寒気。叫び続けていたはずなのに喉が震えることはなく、その代わりにただただ身体が震えた。

 これで終わり? もうメディと話すことは出来ない?

 

「……まだだ。まだ終わらせねえ」

 

 俺はゆっくりとメディに背を向け、ゴッドイーター達と向き合う。

 メディの身体が再構成のため霧散するとして、それにかかる時間は約十分。それまでなにがなんでも捕喰させなければいい。

 勝つのが理想だが、そんなことができるとは思っていない。俺がやられたとしてコアを取られるのは運任せだが、運が良ければまた二人でアラガミ生活を続けられる。

 その可能性を少しでも上げるため、なんとしても十分間ここで持ちこたえなければならない。

 俺はまるで戦闘を始めるアラガミのように雄叫びを上げながらどこか呆けた様子の四人の内、リンドウ目掛けて飛びかかった。

 リンドウは慌てたようにステップで回避するが、距離を離されないよう彼に肉薄し、移動に合わせて振られる尻尾からは針を上空へ飛ばして他三人をけん制する。当然彼のブラッドサージと呼ばれるチェンソーのような剣が俺を切りつけるが、この身体は首が落ちても死ぬことは無いアラガミの身体。多少の傷は恐れない。一番大事なのは距離を離されないこと。そうすれば射撃による援護もやりづらくなり、刀身の大きいソーマの剣も援護が難しくなる。俺が大型のアラガミだったらこうはいかないだろう。

 とはいえこれだけで十分持つとは思ってない。既に手は打ってある。

 最初の雄叫び。あれはなにも気合を入れるためにやったわけじゃない。

 メディが集め、逃げ回るうちに俺が育てたザイゴート十六匹を呼び寄せるためのものだ。

 

「全員! 毒ガス噴射!」

 

 俺の叫びを合図に、いつのまにか上空に集まった十六のザイゴートたちが一斉に戦場へ毒ガスをばら撒いた。

 俺も巻き込んで辺り一面毒の霧に満たされる。これで撤退してくれれば楽だったが、こっちにメディとザイゴートがいることもあり、デトックス錠ぐらいは持ってきていたらしい。俺と戦闘を続けているリンドウ以外は何かを呑みこむような動きを見せる。

 

「一番から四番は毒ガスを現状維持、それ以外は俺が戦ってる奴以外のだれか一人に対し四匹でかかれ。銃を持った奴には近接。剣を持ったやつには近づかずに攻撃しろ。ただしエアショットは使うな。毒が切れそうになったら一体ずつ近接チームと交代」

 

 これ以上細かい指示は不可能だが、これぐらいはこなせるようになった。一番苦労したのは銃と剣の見分けだ。

 それぞれ四匹が、ツバキとサクヤに対しては時間差で突進をしかけ、ソーマには時間差で毒の弾を撃ち出す。残った四匹は毒ガスを辺りに満たし続ける。屋内だったらよりやり易いが、ここでも塀があるため充分毒を溜めやすい。エアショットを禁止したのは毒を散らさないためだ。

 相手にとって視界は最悪、さらにいくらデトックス錠をもっていても間に合わない程の毒の量。その点こっちには耳があり、毒への耐性もある。これぞヴァジュラをも封殺した毒霧戦法。これで駄目なら俺に手は無い。

 こうなったらメインキャラだとか、物語の展開がとか言ってられねえ。死ぬ気はもちろん、殺す気で戦ってやろうじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

 一体どれだけの間戦ったのか。

 最初の綻びはソーマによる突破だった。時間差で次々と飛んでくるポイズンショットを巧みに躱し、ザイゴート達を一撃で次々と撃破していく。そうする内にツバキとサクヤも余裕を取り戻し、ザイゴート達は瞬く間に落とされていった。

 今となってはリンドウと交戦を続ける俺だけ。その俺も身体は血だらけの傷だらけ。それでもまだ倒れるわけにはいかない。俺が敗ければメディが捕食されてしまう。もうすでに霧散したかもしれないが、それを確認する余裕もない。

 しかし、やはりリンドウは強かった。毒状態にもかかわらず、俺の攻撃は全て捌き切り、逆に俺を切りつけてくる。千日手のような状況から右前脚を切り飛ばされたせいで一気に距離を離され、その隙にツバキ、サクヤからの援護射撃が身を貫いた。

 衝撃と痛みで倒れそうになる身体を必死で支える。元々は二足歩行、一本無くなったところで倒れる云われはない。

 後ろ脚で思いっきり地面を蹴り、再びリンドウに接近する。その際振るわれた剣が頭の三分の一を削り取るが、それでもまだ動き続け、側面に回り込もうとしたリンドウを尻尾で攻撃するが盾に阻まれる。そして、それは悪手だった。尻尾で弾き飛ばしたことで再び距離が空き、銃弾が襲いかかる。

 それでも、と思ったとき黒い光を放つ剣を構えたソーマの姿が目に映る。

 そして、視界が真っ二つに分かれた。

 

「……くそっ」

 

 視点が横倒しになっていき、なにも見えなくなる。

 やっぱこの人達強いわ。でもまあ、やれることはやった。全力を尽くした。

 でもやっぱ怖い。自分が死ぬのもメディを失うのもとても怖い。

 あとは嫌いになった神に祈るだけ。

 

 また彼女に会えますようにと。

 

 



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私に力を

 ゴッドイーターサイド

 

 

 

 

 ソーマたちは最初の襲撃から三回に渡り、件のサリエルとオウガテイルを強襲したがいずれも失敗。

 なによりも厄介なのがザイゴート警戒網とでもいうべきザイゴートの群れだった。

 襲撃を重ねるごとにその警戒網は増えていき、今では誰一人サリエル達の元へたどり着く前に逃げられるようになっている。ザイゴートは倒したとしてもコアを抜き取れなければ再び復活し、移動先で増えたザイゴートが増えることで全体の数としては上昇傾向にあった。そのうえ、なんでも捕喰することができるアラガミにエネルギー切れはなく、長期戦ではゴッドイーター側が不利なのは明白だ。

 そこで考案されたのがヘリでサリエルとオウガテイルの真上まで移動し、そこからダイブして強襲するというものだった。

 

「二匹の性質上、一度失敗すれば同じ手が通用するとは思えない。ゆえにこの作戦は一回限り。絶対に成功させなくてはならないと肝に銘じておけ」

「おーおー、姐さんもすっかり教官だな」

「リンドウ」

「へいへい」

 

 ツバキに睨まれたリンドウは降参を表すかのように煙草を捨てる。

 

「それにしてもどうして向かってこないのかしら?」

「……怖いんだろうよ」

 

 サクヤの言葉を耳にしてソーマが小さく呟いた。

 

「なんか言った、ソーマ?」

「……なんでもねえ」

 

 ソーマが武器を担ぎ、ヘリから身を乗り出す。

 

「よし、そんじゃ作戦開始だ。全員生きて戻ってこいよ」

「それだと、あなたは行かないように聞こえるわね」

「いいから、さっさと行くぞ」

 

 最後にツバキの激が飛び、ソーマ、リンドウ、サクヤ、ツバキの順にヘリから飛び降りた。ソーマ、リンドウ、ツバキからすれば2065年旧ロシア地区での作戦よりさらに高度からの飛び降り。パラシュートなどはなく、神機のみを持ってのダイブはゴッドイーターだからこそ可能な特攻だった。

 

 先陣を切るソーマは武器を構え、力を溜める。すると刀身が黒い光を帯び始め、それに合わせてツバキとサクヤが障壁を張るサリエル目がけて弾丸とレーザーを放つ。その銃撃により見事障壁を消すことに成功し、ソーマは一回転するようにして身の丈以上の剣を振り下ろす。

 振り下ろした斬撃はサリエルを両断こそしなかったものの胴体を袈裟切りにした。続いて一番早く着地したリンドウが塀を蹴り、サリエルの首を刎ねようとする。しかし、それは首を半分ほど削るだけに留まった。

 それでもサリエルは相当なダメージを負ったことには変わりなく、四足のオウガテイルの背中から転げ落ちる。

 ツバキとサクヤも地面に降り立ち、残ったオウガテイルを攻撃しようとするがそこで四人の動きが止まった。

 きっかけはツバキとサクヤが放った弾丸とレーザー。しかし、オウガテイルは弾丸を受け、レーザーに身を削られながらも、彼らのことなど眼中に無いように背を向け、サリエルの方へ向き直る。

 そして、悲痛な鳴き声が廃寺に木霊した。

 オウガテイルは叫ぶように声を上げ続けるが、その鳴き声は徐々に小さくなっていき、終には横たわるサリエルの前で立ち尽くすように黙り込んだ。

 雪が降る中。その光景は出来の悪い悲劇のようで、四人が四人共動けないでいた。ある種その光景に見入っていたのかもしれない。

 オウガテイルは放心しているかのようにゆっくりと振り返るとリンドウの方へ顔を向け、咆哮を上げながら彼へ飛びかかった。

 今まで戦ったどのアラガミの怒り状態とも違う怒り。あるいは人同士でしか感じられない殺意のようなものを四人は感じ取る。

 だからといって大人しく殺されるわけにもいかない。

 リンドウは飛びかかりを避け、他のオウガテイルを相手取るように反撃しようとしたが、そのオウガテイルは飛びかかり後すぐさま距離を詰めてくる。その気迫は凄まじいものがあり、捌き切れないほどではないにしろ防戦一方となってしまう。

 その立ち回りは明らかにツバキ達の援護をさせないための動きであり、報告にあった射線を意識した動きをするということをリンドウたちは実感させられた。

 それでも巨大なアラガミ、ウロヴォロスを一人で討伐するリンドウの技量はそのオウガテイルの攻勢を遥かに上回る。オウガテイルは果敢に向かってはいるがその身体の傷は徐々に増えていく。

 他三人が援護に回ろうと動きながらもリンドウ一人で問題ないだろうと考えていた時、戦場が毒ガスで満たされた。

 見ればザイゴートの群れが一堂に会している。

 三人はデトックス錠を呑み、未だ毒状態のリンドウを援護しようとするが、ザイゴートがそれを許さなかった。

 ザイゴートはオウガテイルの咆哮を聞くや否やまるで部隊のように分かれ、リンドウ以外の三人を襲う。それも銃を扱うツバキとサクヤには接近戦、剣を扱うソーマには遠距離攻撃というアラガミとは思えない連携と布陣だった。

 サクヤとツバキはザイゴートの突進を避けながら毒ガスから抜け出すが、それをザイゴート達が追ってくることはなく、依然毒ガスに包まれたソーマとリンドウを攻撃し出す。 

 二人が遠距離から援護しようにも毒ガスに包まれた戦場は視界が悪く、ザイゴートは全て毒ガスの中に籠っていてとても援護など出来なかった。それどころか煙の中から突然毒の弾が飛んでくるので休んでもいられない。

 そんな均衡を崩したのはソーマだった。

 彼特有の高い身体能力でザイゴートの攻撃を躱し、一撃のもとに葬り去る。そうしている内に毒の煙幕も薄くなり、ツバキとサクヤも援護が行えるようになった。

 

 

 ザイゴートは全て倒し、残ったのはオウガテイル一匹。

 そのオウガテイルもリンドウの一撃で前足を一本失い、距離を開けられた瞬間にツバキとサクヤ二人の遠距離射撃を受けて比喩でもなんでもなく身体中ボロボロだったが、それでも止まることはなかった。

 その動きがようやく止まったのはソーマがチャージクラッシュでオウガテイルを真っ二つにした時。

 倒れる瞬間、悔しそうに唸り声を上げたのを聞き、ソーマは舌打ちした。

 四人は感傷に浸るように無言でオウガテイルを見やり、ソーマが神機を捕喰形態に切り替える。

 それとほぼ同時に四本の光線がそれぞれ一人に一本ずつ襲いかかった。不意を突かれた四人だったが紙一重で回避し、その勢いで後ろに後退する。

 そんな彼らと入れ替わるように倒したはずのサリエルがオウガテイルに近づき、庇うように立ち塞がったかと思えば障壁を発生させた。

 

 

 その後、サリエルは銃弾を受けようともオウガテイルが霧散するまでの五分間障壁を張り続け、力尽きるように地面へ落ちた。

 サクヤとツバキがサリエルを撃てたのは一回だけ。それ以降はただ見ていることしか出来なかった。それはソーマとリンドウの二人が銃を持っていたとしても同じだっただろう。

 いずれ障壁は消えるから待てばいい。そんな合理的な考えでは決してない。

 冠もスカートも壊れ、深い傷を負いながらも懸命にオウガテイルを守ろうとするサリエルの姿はどうしようもないほど健気で美しかった。

 

「……レア物だな」

 

 サリエルを捕喰したリンドウが運良く無傷でコアの摘出に成功するも、返ってくる言葉はない。四人共顔を歪めていたが、サクヤはそれが特に顕著だった。

 彼らがヘリを飛び降りてからたった15分。全員が費やした時間以上に疲れているように見える。

 

「くそったれな職場だ」

 

 ソーマの言葉が全員の気持ちを代弁していた。

 



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留まる想い

 白を基調とした部屋に真っ白な布団と枕。申し訳程度に存在感を主張するテレビ。俺が今どこにいるかと問われれば病院だ。友人というか先輩のおかげで個室を使わせてもらっているのでありがたいどころか、先輩には頭が上がらない。

 その個室にいるのは二人。俺と総司だ。ベッドで仰向けになって寝ているのが俺、椅子に座っているのが総司。そんな俺たちの手には携帯ゲーム機が握られている。

 ソフトは当然ゴッドイーター。二人でヴァジュラの上位ディアウスピターを狩っている最中だった。なぜ帝王なのかといえば戦闘BGMが良いからだ。

 

「どう? なんか作れそう?」

「いや素材が二種類ほど足りないわ」

 

 ミッションを終えた俺たちはお決まりのセリフを言う。

 

「そういえばさ。このサリエルの装備一式って見た目良いけどテキストがアレだよな。決して許される事の無い報いの悲剣とかさ」

 

 作れそうな装備を探しながら、俺は前から思っていたことを言った。

 サリエルから創られる装備はどれも不吉な願掛けでもかかってそうなテキストが記されている。

 短剣リゴレットなら、決して許される事の無い報いの悲剣。

 銃であるトスカは愛しき者の命を奪う別離の悲砲。

 オセローと名付けられた装甲ならば不運を招く偽りの悲甲。これに至っては不運を招くとか言っちゃっている。命がけの現場としてはかなり縁起が悪い。

 

「たしかにね。オセローなんかシェイクスピアの四大悲劇だしね。強化したらしたでマクベスとかだし」

「だな。強化するたびに悲惨になっていくからな」

 

 俺がゴッドイーターだったら絶対に使わない。サリエルも人型に近いし、呪われそうだ。とはいえゲームでは一式創った上にサリエルも狩りまくったが。

 次はどのミッションをやろうかと話していると、先輩が勢いよく部屋に入ってきた。

 

「元気してたかー。……ってまたそれか」

「またとか言われようと、こっちは暇でしょうがないんですって」

 

 そう俺は先日事故って入院となった。死ななかっただけましだが、どうにも歩けるようになるかは怪しそうだ。

 

「なんかIPS細胞とか使ったらぱぱっと治ったりしないのかな」

 

 総司がそんなことを言う。IPS細胞はキュアオールか何かなのか?

 

「そんなバイオハザートみたいには上手くいくまい」

「このゲームに出てくるオラクル細胞なら治りそうなんだがな」

 

 ふと冗談のつもりで言った言葉だったが、先輩は目から鱗が落ちたみたいな顔をしていた。携帯で撮りたくなる顔だ。

 

「それだ!」

 

 先輩は病院にも関わらず意気揚々と大きな声を上げ、総司にそれを指摘され一転シュンと肩を落とす。

 

「まさかまた創っちゃおう的なことを考えてるんですか?」

 

 俺の質問に先輩は大きく頷く。やっぱりか。

 

「さっきバイオハザートみたく上手くはいかないとか言ってませんでしたっけ?」

「それはIPS細胞の場合だ」

「いやそうなのか?」

 

 俺と総司は二人で首を傾げる。

 

「待っていろ。なんとしてでも創って見せようオラクル細胞。乞うご期待!」

「葉月先輩、だからここ病院です」

「そうだったな、すまん」

 

 あれ? 総司の奴いつの間に天宮先輩から葉月先輩に呼び方変えたんだ? やっぱあのバレンタインが効いたのだろうか?

 俺が事故ってなければ案外付き合っていたかもしれない。そうだとしたらなんか悪いことしたな。

 

「てか本当に出来るのか?」

 

 なんだかんだいって空想の代物だぞ。たしかにタイムマシン的なものも作ってはいたけど。

 

「まあ、橘を頼れば何とかなるだろう。私も勿論協力するし、一応楽田の手も借りておくか」

 

 橘さんというのは俺たちの知り合いでもある過労で不健康な医者だ。医学や生物関係においての天才らしい。楽田さんは機械関係の天才でひきこもり。ちなみに先輩は特化型の二人に比べ万能型の天才だ。

 なんか天才だらけだが、俺と総司は凡人、まあ分野次第では秀才。あえていうなら先輩と仲がいいのが一番の長所だ。それ以外は俺が肉体労働派なのにたいして総司が頭脳労働派といったことぐらいだろうか。まあ、どちらでも先輩に及ばないが。

 

「いいんすか、それで?」

「問題ない。お前は首を長くして待っているだけでいい。失敗してもたぶんアラガミになるだけだ」

「それは勘弁してください」

 

 それはアラガミ化という名のゾンビ化だ。バイオとなんら変わらない。

 

「まあ冗談だ。普通に考えてアラガミ化させるよりはお前の体を治す方が簡単だろう」

「その前に普通はオラクル細胞を創れませんから」

 

 総司の言葉に先輩は「そうか?」と首を傾げる。天才の思考回路は分からん。

 

「まあ、なんにせよ待っていろ。私が唯一自ら誇れる才能はできることはできる。できないことはできないと分かることだ。その私ができると言っているのだからできるにきまっている」

「そこまでいうなら期待して待ってるんで、よろしくお願いします」

「僕に手伝えることがあったら手伝うんで気軽に言って下さい」

「よし、任せろ。それと総司は竜馬の相手をしてやってくれ」

 

 そう言って先輩は部屋を出て行った。どうやら早速とりかかるつもりらしい。そこまで過度の期待はしないが、先輩方が協力すると出来そうなのがまた怖い。

 なんにせよ、言われた通り首を長くして待つしかなさそうだ。

 そう思って俺と総司は再びゲームを始めた。

 

 

 

 

 画面が切り替わるように視界が切り替わる。目に映るのは荒れた建物の屋内。いつの日か俺がオウガテイルとして最初に見た場所だった。

 なんだか身体が重い。しかし、なんとか動かせる。前足もちゃんと二つくっ付いてるし問題ない。

 あれから一体どれだけの時間をかけて再構成したのか。さすがに時計もカレンダーもない状態では分からない。

 ただどうやら再構成はその場で行われるわけではないようだ。もしかしたら他のアラガミは違うのかもしれないが、メディの気配とでもいうべきものは廃寺方面とは別方向に感じる。

 とりあえず、死んだわけではないようでほっとした。

 とはいえ距離が離れているせいで方向ぐらいしか分からない。まあ近づけばおのずと分かるだろう。まさかお互いの体を捕喰したのがここまで役立つとは思わなかった。当初は俺も光線が撃てないだろうかという目的だったからな。結局撃てずじまいだったし。一応ザイゴート達の位置もなんとなく分かるがこっちは後回しだ。というかザイゴート達が復活してるということはあいつらの倍時間がかかったとして一週間程経ったことになるのか。

 とりあえず、メディがいるであろう方へ向かって全力で走り始める。

 なんであれまずはメディに会ってから。そう思っているのに頭は走馬灯のように夢の続きを流し続ける。半年以上忘れていたことが今になってなぜだ? 

 一度、死んだからか? それとも再構成されたからか? 思えばバラバラに霧散したのに記憶が残っているのは不思議なものだ。なにか忘れていてもおかしくないはず。

 もしかしたら現在進行形で記憶を再構成しているのかもしれない。

 とはいえ今更俺がアラガミになった理由が思い出せてもどうしようもないんだが。特に人に戻るなんてほんと今更だ。もう戻るつもりなんて微塵もないってのに。

 

 

 

 

 入院をしてから約一年後、俺は補助なしでも歩けるようになっていた。それどころか以前より身体が動くようになり、50メートル走のタイムも二秒縮まったぐらいだ。ほんと先輩には感謝しても感謝しきれん。まあ、橘さんは「人体実験に付き合ってもらったんだからこっちが感謝したいぐらいだよ、アッハッハ」とか言われて笑われたので借りは出世払いにしよう。

 

「それにしても劣化版とはいえほんとに創っちゃうとはな」

「まあ、劣化版ぐらいが丁度いいんじゃない。ゴッドイーターみたいにアラガミとか、バイオみたいにゾンビになるのは嫌でしょ?」

「当たり前だ。誰が好き好んで倒される怪物役をやるかよ」

「そう? 視点が変われば善悪も変わるし、竜馬には怪物役の方が似合ってるんじゃない?」

「そうだとしたらお前と先輩が主人公とヒロインだな」

「そして最後は怪物側と和解する」

「ように先輩は動くだろうな」

 

 先輩は他人や作り話はともかく自分達のこととなると大団円しか認めない。ちなみに大円団が間違いということを最近知った。今まで何回大円団と言ってきたことか。まあどうでもいいけど。

 

「じゃあ竜馬はどう動く?」

「お前こそどうなんだ?」

 

 俺と総司は同時に笑みを浮かべて言った。

 

「「全力で戦おう」」

 

 言い終わった後、二人で大爆笑した。

 何この前フリみたいなセリフ、とか。展開としてはお約束だよね、なんて言っていたが、この時のやり取りを録音されていて、後で聞かされたら赤面ものの黒歴史だ。

 

「なんにせよ先輩達は大変だな」

 

 俺の言葉に総司も頷く。

 俺が歩けるようになったことは本来秘密なのだが普通に生活していたせいで普通にばれてしまった。それからというもの先輩達はあらゆる所へ出向いている。ただ、ひきこもりの楽田さんなんかは岩宿に籠ったアマテラスよろしくシェルターの中に閉じこもってしまった。それも恋人の男性を巻き込む形で。きっとアマテラスよりも引っ張り出すのに苦労するだろう。まあ一番苦労しているのはその恋人だろうが。

 

「そうだね。医療だけに収まる革命じゃないし」

 

 俺みたいに歩けない人に使うのはもちろん身体能力が上がるならば健常者が使っても効果がある。免疫力も上がるらしいし、特に悪い所は見当たらない。ただ先輩曰く過剰な接種と適合していないものの接種は非常に危険らしい。まさかデメリットまで再現されるとは驚きだ。と思ったが用法用量に適切な処方は薬の基本だと気づいた。別段特殊なことでもない。

 

「まっスポーツの世界じゃドーピング扱いだろうな」

「後は兵器分野で神機。それを応用してゾイドを創っちゃうとか」

「ありそうで困るわ。まあシールドアタックと荷電粒子砲はロマンだけどな」

 

 一応神機も広義では金属生命体になるはずだ。ゾイドにもアラガミコアみたいにゾイドコアなんてものがあるし。

 

「さてと。そろそろいい頃合いだし行くか」

 

 そう言って俺は立ち上がる。

 

「そういえば助けた男の子に会いに行くんだっけ?」

「ああ、ご両親に礼がしたいって呼ばれてな」

「やったことは漫画のヒーロー並みだからね」

「それだったら俺も助かってた」

 

 あの時も俺が咄嗟に、それこそ漫画の主人公みたく条件反射のように動けていればギリギリ俺も助かっただろう。ただ俺は迷ってしまった。

 このままだとあのガキは死ぬ。でも俺が今ここで走れば助かるかもしれない。どうする? 見捨てるか? 助けるか?

 なんて一秒程考えていなければおそらく事故に巻き込まれていなかっただろう。ほんと世界は速さが命だと思わされた。

 

「まあ竜馬はどっちかっていうと改心した所で死ぬ元善人の敵役だろうしね」

「んなこと知るか」

 

 総司が立ち上がったのを見て俺も歩き出す。

 

「それじゃ、またいつか」

「じゃあな、また会おう」

 

 あの事故以来、別れの挨拶はきっちりやるようになった。この世界というのは思いの他急に会えなくなったりするものだ。

 

 

 

 

 いや別の世界でも同じか。ほんと嫌なことに。

 

 

 気付けば大きな壁が見え始めていた。今まではあの壁が見え始めたら別方向へ行っていたが、今回ばかりはすぐさま引き返すわけにはいかない。

 偏食因子と呼ばれる物質によりアラガミに対し、一定の抵抗力を有したアラガミ装甲である、あの壁に囲まれた都市の中心にフェンリル極東支部がある。フェンリル、ゴッドイーター達の拠点だ。

メディの反応はそこからだった。

 

「あー、くそが」

 

 どうも自然と急ぎ足になったのは早く会いたかったからだけではないらしい。無駄な回想にふけっていたのも現実逃避といった所か。全く、ほんとうに全くもってどうしようもないな俺は。

 

 なんでメディがあそこにいる?

 理由はすぐに思い浮かぶ。あの時、俺が稼いだ時間で傷を治し、立ち向かったのだろう。俺が勝手にもう無理だと決めつけ、……いやきっと無理して俺を逃がそうとしたのだ。俺がしようとしたように。

 なんで俺はそのことに気付けなかった? 俺はメディがそこまでしてくれると思ってなかったてのか? たった半年、それでも俺はあいつのために命を張ろうと思えた。ならなぜメディも同じように思ってくれていると考えない?

 

 俺は本当にあいつのことを分かってなかったんだな。

 少し強くなったからって守ってやるつもりが、また守られた。

 

 さて、そこにいるメディはどんな状態か?

 きっとシオみたいな扱いということはないだろう。となると答えは一つ。コアだけが抜き取られた状態。もしかしたらコアだけ取り出せば元に戻れるかもしれない。でもそんなことはきっと在りえないのだろう。最悪、そう最悪の場合、既に神機となっている。

 

「もしそうだとしたら俺は……」

 

 あの壁は俺にとって境界線かもしれない。あそこを越えればもしかしたら俺は本当の意味でアラガミとなる。

 ただもう既に引き返すつもりはない。とはいえ俺だけの力ではあの壁を越えられない。壊すことも出来ないだろう。そうなればとれる方法は一つ。

 下手すれば人が死ぬ。それも大勢。そして、それはフェンリルの周りに住む外部居住区の人達。オウガテイルなんかより遙かに弱い生物だ。

 俺は元の世界でも色々肉を食ってきたが、この世界に来て自分で殺して喰うのが日常になった。それでも人は殺したくないし、死んでほしくない。当たり前だ。一寸の虫にも五分の魂なんて屁理屈に過ぎない。やはり人と虫は違う。

 

「でもやらないなんて選択肢はねえよな」

 

 例えそれが無駄で、非情な現実を確かめるだけの行為だとしても。

 



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神と人と

 まず集めたのはザイゴート達。今更だがメディがいなくても俺に従ってくれるのはなぜだろう? メディにそういいつけられているのか、それともメディの一部を取り込んだからか。まあ、なんにせよ有り難い。俺だけではどうにもならないのだから。

 集まった奴らを見て堕天種になっていることに気付いた。それも低温特化とか高温特化とかじゃない。濃紫の毒々しい色をした毒特化と呼べるものだった。以前は舌のようなホースから毒や空気を吐き出していたが、全身に見慣れぬ突起が生え、そこから毒煙を噴出することが出来るようになっている。まるでポケモンのドガースやマタドガスのようだった。そして、その毒もデッドリーヴェノムなる猛毒に進化している。

 なぜこんな進化を辿ったのかと疑問に思ったが、その一つは毒の使わせ過ぎだろう。また、一度死ぬことで身体を再構成する機会が得られたというのも大きい気がする。もし、この考えが正しいならアラガミは倒されるたびに急激に進化するということだ。勿論、コアが抜かれなければの話だが。

 いや、今はそんなことどうでもいい。少し数は減ったが総合的には戦力は上がってる。能力も攪乱にはもってこいだ。

 でもまだ足りない。あの四人の留守を狙うのは前提条件。それでも防衛班のやつらと登場もしてないゴッドイーターの奴らがいるはず。俺達だけじゃまだ不十分だ。

 だから他のアラガミを集める。幸いにも餌となる小型のアラガミが俺を含めてたくさんいる上、捕食者に捕まらないぐらいには足も速い。そして、なにより嫌がらせのような地味な攻撃で相手を怒り状態に持っていくことが出来る。

 なぜ怒り状態にする必要があるかと言えば対アラガミ装甲壁のせいだ。あれはアラガミが嫌がる波動とでもいうべき何かを発している。簡単にいえば虫よけスプレーのようなもの。堕天種となった俺達ならともかくただのヴァジュラなどでは素面で近づくことはありえないだろう。故に怒り状態にしてここまで引っ張ってくる必要がある。

 彼らにはあくまで壁の外で囮になってもらうが、仮に壁が壊されてしまった場合、全く関係のない外部居住区の人間が死ぬことになる。

俺が直接殺しはしないからといって許されることではないと思う。

でも仲間を助けるのに相手側のことを考えなくちゃいけないってのか?

答えは、イエスだ。当然。人と生きようと思うならば。

「かといって止まれないけどな」

 おそらく一番隊のゴッドイーター達が乗っていたであろう二つのヘリを見送りながら俺は呟いた。ヘリの方向からして向かう先の一つは北東の街、もう一つは南西にある平原か鉄塔だろう。どちらもフェンリルからは遠く、これ以上ないくらい好都合だ。

 俺はすぐさまザイゴート達に指示を出し、作戦を開始した。

 あらかじめ目星をつけていた中型以上のアラガミ達にはザイゴートが一匹付いており、俺の傍にいるザイゴートが彼ら特有の合図を送ると、各地のザイゴードがそれぞれのアラガミ相手に不意打ちをかまして喧嘩を売り、そのアラガミを引きつれながらフェンリルまで逃げてくる。

 一方、俺は昨晩の内に壁の中へ侵入し、身を隠している。どうやったかといえば三匹のザイゴードの舌を俺の胴体に巻きつけて身体を持ち上げ、悠々と壁を越えた。はたから見れば異様な風船だ。夜間とはいえレーダーみたいなものでアラガミの居場所が分かるならばその時点で作戦失敗。決死の突撃をかけるしかなかっただろう。しかし、相変わらず個人の感覚頼りなようで見つかることはなかった。

 初めて見たがフェンリルはその周囲を囲むアラガミ装甲壁の要所、要所から中心に向かって伸びる壁のようなもので区画が区切られているようで、中途半端な蜘蛛の巣を髣髴とさせる。街中に降りるわけにもいかない俺はその壁だか塀の上に着地した。一直線に走ればアナグラに辿りつけるし、丁度いい。

 アラガミを引きつれてきたザイゴード達はそのアラガミを壁外に放置したまま、壁を越えさせ、俺とは別の区画に向かわせる。そして、上空から空気の弾を飛ばすことでてきとうに家屋でも壊させて暴れてもらう。人は喰わないよう言いつけてあるので襲いはしないと思うが、獲物を目の前に単細胞のアラガミが堪えられるか分からない。なんとも無責任な話だが、賽は投げられたというやつだ。もうどうにもならない。

 腹を括って好機を待つ。その間続々とザイゴート達が戻り、壁外にもボルグカムラン三匹、コンゴウ四匹にヴァジュラ四匹が加わった。これで総勢十一匹の中・大型のアラガミが壁外に、そして壁内には俺の傍にいる三匹を除くとザイゴートが十匹いることになる。

 しばらくすると壁外のアラガミと壁内のザイゴートに対してゴッドイーター達が突っ込んでいくのが見えた。比重としては壁内の方が重いようだが、俺には悪手に思える。なんせ壁外のアラガミは全員もれなく怒り状態だ。そして目標だったザイゴートが壁内に逃げ込んだことでやり場のない怒りを周囲にばら撒いている。発見時から怒り状態なんてゴッドイーターからすれば悪夢だろう。もしかしたらアラガミ同士で潰し合うかもしれないが、それは希望的観測というやつだ。

 一方、戦闘開始を告げられたザイゴート達は破壊活動を止め、次の合図があるまで毒の煙幕をまき散らしながらひたすら逃げ回るだけだ。比較的高高度を維持するため、刀剣使いはほとんど役に立たない。銃使いも相当なベテランでなければ煙幕の中で逃げに徹するザイゴートを撃ち落とすのは難しいはずだ。

 つまり、ザイゴートを追い回すくらいなら壁外のアラガミをどうにかしないと複数個所に穴を空けられて取り返しがつかなくなるということだ。とはいえそんな事情を人間側が察するはずもないのでザイゴート達には壁外へ逃げるよう指示する。

 そして、ゴッドイーターと入れ替わるようにアナグラを目指して駆け出した。ゴッドイーター達は煙幕に囲まれているためこちらには気付かない。おかげで難なくアナグラへと通じる扉まで辿り着けた。

 

 ここからが本番だ。

 その扉を力づくでぶち破る。ゲームでも一匹のオウガテイルに破壊された扉だ。俺でも容易く突破することが出来た。

 外部居住区の人間には配慮する気にもなるが、ゴッドイーター関係者に手加減する気はなかった。そんなことすればこちらが危ない。だからこそ新堕天ザイゴートの力を存分に発揮してもらう。

 三匹のザイゴートの内二匹が毒煙をまき散らしながら通路を突進していく。室内は毒の独壇場だ。こんだけわかりやすく毒を蔓延させてるんだから非戦闘員はまとめて避難でもしてほしい。邪魔だ。

 そうやって建物内をザイゴートで攪乱しつつ、メディがいるであろう場所へ走る。

 しばらく走っていると身体に異変が生じ始めた。

 なぜか動悸がする。今の俺には無縁のはずなのに。

 足が重い。走るのが辛い。怪我は完治したはずなのになぜだろう。

 メディに会いたいのに会うのがとてつもなく怖い。

 なぜ? いや、なんでかは分かっている。前もこんなことがあった。嫌な予感が現実になっていく、そんな感覚。夢が悪夢に変わっていくと言い換えてもいい。

 いつのまにか俺は歩いていて、気付けば一つの扉の前にいた。それは自動ドアのようでなんの前触れも容赦もなく淡々と開いた。機械は無情だ。当たり前だが。

 開いた扉の前で少しの間立ち止り、恐る恐るという表現が適用されるほど震えながら部屋の中へ足を踏み入れる。

 その部屋は研究室という言葉がぴったりと当てはまった。別に気分を催すような凄惨な光景が広がっているわけではない。死体もなければサスペンス御用達の奇妙な血痕もない。清潔で整頓されたこの部屋を使用する人間にとっては快適な部屋なのだろう。

 壁にくっついた大きな画面にはよく分からない波形や文字と数字の羅列が表示されており、周りには使用用途の分からない様々な機械が置かれていた。中心には病院の診察台のようなものがあり、その上に何かが置かれている。

 往生際の悪いことに俺は周りを見渡した。

 俺の知っているものはなにもない。でも探し物は目の前にある。

 見たくない。分かりたくない。認めたくない。

 でも分かっている。予想もしていた。十中八九はそうなるだろうと。

 それでも、受け入れられるかは別だったようだ。分かっていればいざという時慌てなくて済む。心構えが出来る。そんな風に考えて生きてきたものの現実は違ったらしい。

 診察台に上に置かれた一つの神機。それはサリエルのスカートのようなロングブレードだった。どこまでも見覚えがある蝶のような模様の刀身は一般的なサリエルのスカートに比べ小さく見える。その根元には発光する玉が埋め込まれていて、いつの日か見た怒り状態の彼女の眼のようだった。

 

「 」

 

 なんの言葉にもならない。ただ空気を吐き出すだけ。それでも空気は震えて音になる。そのはずなのに何も聞こえない。

 そして、気づけば目の前の景色が一変していた。綺麗に整頓されていた部屋は今や見る影もなく、破損した機械の部品が床一面に散らばり、大画面の液晶も割れ、砂嵐を映している。壁には獣が暴れ回ったような爪痕が残り、何かを叩きつけられたかのように陥没している箇所もあった。それでも中央にある診察台とその上に置かれていた神機だけは無傷のまま残っている。

 人から見れば無残にも見えるだろう。でも俺からすれば前よりは見れるようになった。なぜかそんな感想を目の前に広がる惨状に抱く。

 それが瞬きする間に切り替わったように感じる。まるで夢でも見ているような気分だった。頭で考えることと身体の動きが一致しない、そんな感じ。

 それでもそんな一種の浮遊感というか布団を踏んでるような感覚は薄れていって、地にというか床に足がつくように現実が伸し掛かり、床の冷たさや身体の重さが戻ってきた。

 そう、現実の問題はここからだ。これからどうするか?

「……駄目だ」

 今それを考えたら取り返しのつかないことになる気がする。今はなにも考えず、メディを連れてここから出よう。そうしないと……。

 神機を咥え、壁を壊し続けていくと外に出ることが出来た。それなりに高所だったがこの程度なら問題ない。ザイゴート達に撤退指示をだし、アナグラに入ったザイゴートを呼ぼうとして三匹がやられていることに気付く。そして、後ろから足音が聞こえたので振り返ってみれば一人の人間が先ほどの部屋に入ってくるのが見えた。神機を持っているからゴッドイーターだろう。そんな判断を降す前に身体が勝手に動きだし、足を踏み込んだ所で動きが止まる。ほとんど反射的に攻撃しようとした自分にも驚いたがそれ以上にその人間を見て驚くことになった。

 忘れもしない。だって人生の半分以上を共に過ごしてきた家族で親友だ。この世界に来たばかりの頃はどれだけ会いたかったことか。

「……総司」

 俺は未だに人と話すことが出来ない。人間にとっては鳴き声だろう。その上、神機を咥えた状態ではまともに声も上げられない。あくまで俺がそう呟いたように思っただけだ。それでも総司はなぜか目を見開いて驚きを露わにした。もしかしたらアラガミが神機を持っていることに驚いているのかもしれない。そう考えたがそれは総司の言葉で間違いだと分かった。

「えっ、竜馬?」

 たしかにそう言った。口に出して俺の名前を呼んだ。それだけなら俺としても待ち望んだことだっただろう。でも今は違う。今は会いたくなかった。また一つ最悪な予測が頭に浮かんでしまったから。総司のやつがゴッドイーターをやってるとか、そんな見れば分かるようなことじゃない。戦うことになるのもまだいい。最悪なのは……

 そこまで考えた所で俺は外へ飛び降りた。逃げたんだ。聞こえてきた総司とは別の足音から。

 後ろから聞き慣れたそれでいて懐かしい声が聞こえたような気がしたがそれもどんどん遠くなっていく。

 追ってこないでくれ、邪魔しないでくれ。総司だけじゃない他の人間もだ。今の俺はほんとに駄目だ。自分でも何がしたいか分からないし、何をするか分からない。余裕なんて欠片もない。やっぱり人は殺したくない。でもメディのことを、この世界での日々を思えば思うほど身体が言うことをきかなくなっていく。それでもなんとか身体を動かせるのは過去の記憶のおかげだ。人としての記憶。総司や先輩たちとの思い出だ。どちらも大事でどちらも失いたくない。

 だから俺は考えるのを止めてひたすら走った。塀に飛び乗り、壁を越え、戦いを繰り広げるゴッドイーターもアラガミも無視してフェンリルから走り去る。とにかく遠くへ行きたかった。

 

 

 

 

 走り続けるのも感情を抑えるのも考えないよう現実逃避するのもここまでが限界だった。

 俺は追撃を受けることもなく、無事教会にたどり着き、床にメディを置いた。

 置いた? そう置いた。今のメディはそう表現されるべき『物』だろう。

 問題なのはそこだけじゃない。その前だ。

 無事? 誰が? 答えは俺だ。そう俺だけだ。目の前にある彼女の姿を見て、無事取り戻したなんて言えるか? 言えるはずが無い。言える訳がない。言っていいはずが無い。

 ほっといても延々騒ぎ続けてやかましかったメディが何一つ声を発しない。時には鬱陶しいくらい俺の周りを回り、俺が四足になってからはしきりに背中に乗っかってきたというのに一切微動だにしない。それも当然の事、今の彼女は精神体になれるわけでもないただ使われるだけの道具だからだ。

 とはいえ死んだわけではないし、意思があるのも辛うじて分かる。アラガミを捕喰させ続ければ精神体を創れるようになるし、また話せるようになる。

 だから何だ? 喜べと? とりあえずは一安心ってか?

「ふざけんな!」

 死んでないだけまし。死に際に誰かと話せること自体が稀だ。現実なんてそんなもの。ドラマでもあるまいし、いつも通りの日常の中でいきなり死んだことを聞かされるのが常だ。まして死にそうな時に話せる状態であることも珍しい。この世界というのは思いの他急に会えなくなったりするものだ。

全部俺の言葉。なんにも分かってない、人の死を直接見たわけでも友人が死んだわけでもない奴の戯言だ。達観したふりして格好つけてた癖にみっともなく未だに延々泣き喚き続けている馬鹿が考えた全く重みの無い言葉。

 やれることはやった。全力を尽くした。あとは嫌いになった神に祈るだけ。

 なんて図々しい言葉だろう。

 俺は間違っていた。もっと貪欲に強さを求めるべきだった。逃げるならもっと全力で、それこそ外国にでも逃げてここから離れれば良かった。

 甘かった。どうしようもないぐらい甘い。どこかゲームだと甘く考えていた。半年であれだけ命のやり取りをしたにも関わらずだ。精神面じゃなんも成長しちゃいない。

いつかアラガミ化したリンドウにでも会ったら助けてやろう。むしろアリサが暴走した時に横やりを入れればいいとか。シオを助けようとか。人口ノヴァなんて完成前に壊しちまおうか、なんて甘いことを考えていた。甘すぎて吐き気がする。

 恰好よく物語に介入しようなんて、馬鹿か。どこのヒーローだ。せめて人の姿になってから考えろ。鏡でも水面でもいいからそこに映る自分の姿を見ればいい。さあ、そこになにが写ってる?

自分がアラガミだという認識が本当に欠けていた。どうしようもないくらい。

 姿形はどうあれ人でありたかった。いや違う。例えば人語を解す竜のように高尚な存在。そんな風になったつもりだった。ほんと小学生や中学生の考えだ。

 目が覚めるのに必要となった代償はこの世界の最初で唯一の心許せる存在。取り戻すのに何年かかる? とてもとても釣り合わない。

 もっと早く人とは決別するべきだった。

 とはいえ彼らを恨むのは筋違い。ゴッドイーター達も彼らの守るものがあって命をかけて戦いにきてる。それを撃退で済まそうとか、来たら一目散に逃げようなんて考えた俺がおかしい。上から目線にもほどがある。彼らとはあくまで対等。お互いの大事なものを守るため互いの命を狙い合う。

だから本当に二匹で平和に暮らしたいなら俺とメディでノヴァを喰って取り込んで他全てを取り込むぐらいやるべきなのだ。

 結局、ゴッドイーターは敵でしかない。俺とメディがシオみたいに完全な人型だったらまだ和解の可能性はあっただろう。ただそれでも可能性があるだけだ。原作でシオが結局どうなったか思い出せばいい。

 これからは一切容赦なく、先手先手で危険となるものは排除する。それがアラガミでも人間でもだ。

 そう、するべきだってのに……。

「……どうしてお前らがそっちにいんだよ」

 総司がいた。先輩がいた。

 先輩には数えきれないほど恩がある。先輩は俺がこの世界へきたことで罪悪感を苛まれているかもしれないが、それでも返しきれないほど今まで助けてもらった。

 総司に至っては家族だ。もう十年以上の付き合いになる大親友。俺が世界で一番信頼していた存在だ。

 なんで追っかけてきてんだよ。二人で末永く幸せに暮らしてれば良かったってのに。それでも、こんなとこまで追っかけてくれるからこそ、数少ない信頼できる仲間ともいえる。

「でもお前らがいると敵対できねえんだよ」

 ほんとに戦いたくない。あいつらと見知らぬ六十億人でも俺はあいつらをとる。それぐらい特別だ。でも今じゃメディもその特別になった。

 

 なら、俺はどうすればいい?

 ああ、神様。俺はどうすりゃいいですか?

 

 分かってる。いくら教会で祈ったって神様は答えてなんかくれない。それでこそ神様だ。

 なんにせよ、まずはメディをせめて精神体にするためアラガミを狩らないと。

 情けないことにそうしていないと俺が駄目になりそうだから。

 




 遅くなってごめんなさい。
 次から間章と呼べそうな部分に入ります。そしてそのあとようやく原作開始に。
 まあ、小説内では二年ほどかかりますが。


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2069-2071
報いの悲剣


 アタシがアタシであることを意識し出したのはたぶん一人の人間を食べてからだろう。思い返せば綺麗な人間だった。それこそ美しいと言われるような。

 美しくありたいと思う。でもそう思っていたのはきっと、アタシではなくその人だ。もしかしたら取り込まれたのはアタシの方だったのかもしれない。

 リューマがザイゴートと言っていた存在。あれらと同じなのが嫌だった。いや、そうじゃなくて、あれらと自分が同じってことがあの瞳に映るのが嫌だった。だから食べた。周りにいたのは全部。食べ終わった時、アタシはあれらとは違うものになっていた。

 でもそのことを理解できたのはリューマに出会ってから。あの日、あの時、リューマが美しいなと言ってくれたその瞬間に、アタシはアタシを認めることが出来たのだ。

 あの時抱いた感情のことを心躍るというのだろう。

 よく見かける存在と同じ姿でありながら中身は全く違う。まるで前の自分のように。リューマは初めて仲間だと思える存在だった。それこそ仲間になる前からずっと。

 だからいなくなった時は本気で探した。負けたくない気持ちもあったし、なによりもう一度アタシを見て、あの言葉を言って欲しかった。

 それからリューマとはいっぱい喋って、いっぱい食べて、いっぱい色んな所に行って。

 ほんとにずっと一緒にいたかったなあ。

 そう思うとどうしようもなく悲しくて、寂しくて、アタシ達の邪魔をした人間に怒りがこみ上げてくる。

 リューマは違うだろうけど、アタシは人間が大嫌いになった。人間だけじゃない。アタシ達の邪魔をする存在はみんな死ねばいいのにと思う。

 この世界にアタシとリューマしかいなかったらどれだけいいか。

 それにどうせ死ぬならリューマに食べられたい。でもできるならやっぱり一緒にいたかった。

 でもアタシは死ななかった。

 今のアタシは殺すための道具。もしアタシが使われてリューマを殺すことになったらなんて思うと怖くてたまらない。これから先、そうなる可能性があるならいっそ死んでしまいたいぐらいだった。

でも今のアタシにはどうすることも出来ない。動くことも喋ることも出来ない身では精々あいつらの会話を黙って聞くぐらいだ。前は人間の言葉なんて分からなかったけど、なぜか分かるようになった。周りの人間たちが言う神機になったからかもしれない。もし、代わりにリューマと話せなくなっているのだとしたらとても嫌だ。人間の言ってることなんて分かった所でその内容はほとんど意味が分からないし、面白くもない。

 ただ、リューマという言葉が出てきた時は聞き間違いかと思った。でも何回も聞いたから間違いない。そういえばリューマは元々人間だと言っていた。そうなると人間にリューマの知り合いがいるのも当たり前なのだろうか?

 リューマからは人間だった時のことはあまり聞いてない。だからリューマの話だけは少し興味があった。

 

 

 

 

「ふむ。これでとりあえず剣は完成だな。あとはあいつが見つかり次第か。で、こっちも問題無し、だな。まあ、総司なら上手く使えるだろう」

 アタシの今の身体をなにやらいじくってた女が頷きながら言った。

 今、アタシにはよく分からないものが色々とくっついていて、訳分からない場所で意味分からないものに囲まれている。そして、アタシの隣には短い剣があり、それとアタシを見下ろすようにして女が横に立っていた。

 この人間は他の人間からハヅキサンと呼ばれている。一番アタシに話しかけてくるのがこの人間だ。

 そんな彼女はなにか取り出すとそれに向かって喋りはじめた。あれはどうやら別の場所にいる人間と話すためのものらしい。よく分からないが便利そうだ。人間のものはそういうものが多い。

しばらくすると、壁が動いて一人の男が入ってきた。人間の住処の壁は人間が前に立つとなぜか動く。最初から穴を空けておけばいいのに。

「お待たせしました」

 他の人間の男に比べたら柔そうな男、名前は確かソージ。リューマからも聞いたことがある名前だ。今まで話を聞いた限りでは人間のリューマと一番仲が良かったのはこいつだろう。……なんかむかつく。

「おっ、来たか。茶は無いからともかくこれを見ろ」

 人間がよく言うチャって美味しいのだろうか?

 リューマもたまに飲みてーとかぼやいてたし。血と違うの? と聞いたら動物ではなく植物関係の液体と言っていた。でも植物を見たことがないから結局分からない。

「この二つが完成した神機ですか?」

「そうだ。お前はどっちがいい?」

「ショートで。ロングは竜馬だし」

「あいつは銃使わないでインパルスエッジばかり使ってたからな」

「それにしても、ナイフはともかくこっちのロングは見た覚えがないんですけど。いやサリエルのスカートっていうのは分かるんですけど」

「私のオリジナルだからな。当然だ」

「オリジナルって。よく創れましたね」

 男は呆れた様子で言った。一方、女は胸を張って得意気になる。

「丁度コアが手に入ったからな」

 たぶんアタシのことだろうリューマが言うには確実にコアを盗られることはないらしい。ほんとに運がない。でもリューマを助けるためだったから後悔はない。また同じことが起きたら同じことをするだろう。

「ああ。リンドウさん達がグロッキーになって帰ってきたあれですね。なんかあったんですかね?」

「さあな。毒でも吸い込み過ぎたんじゃないか? 絶対に違うだろうが」

 毒ってザイゴート達のかな? それなら毒で死ねばよかったのに。

「何も教えてくれない所を見るに特務なんでしょうけど……って今話しても仕方ないですね。そのロングの詳細は?」

 男がアタシに目を向けて言った。

「ほとんどリゴレットのロングバージョンだな。ただし、神属性攻撃がインパルスエッジになって、代わりにヴェノムが付加された形だ」

「それ。ゲームにしたらかなり数値低いですよね?」

「素材が足らなかったんだからしょうがないだろう」

 言葉の意味は分からないが馬鹿にされているような気がする。

「だから楯と銃がついてないんですね。まあ竜馬ならこのままでいいかもしれませんけど、全然未完成じゃないですか」

「隣のナイフの方は完成してるから安心しろ。ちゃんと新型で銃も楯も付いてる。ただこっちに関して私はほとんどノータッチだ。お前に適合するよう調整したに過ぎん」

 そういえば一際変な格好をした糸目の人間が「葉月君がこっちを手伝ってくれればもっと早く出来たんだけどね」と呟いていたのを聞いたような気がする。

「どうりでらしくない原作準拠な初期装備だと思いましたよ。それにしても適合するよう調整って出来るんですか?」

「私たちはこの世界風に言うならばソーマみたいに自前の偏食因子を持っているからな。私がサンプルも持ってることだし、それに合わせて実験を重ねただけだ。正直、腕輪もいらん」

「それはありがたいですね。あのギロチンみたいのはやりたくないんで」

 そう言って男は苦笑いを浮かべる。

「それじゃあそっちの、えーとロングリゴレット(仮)は竜馬に適合するんですか?」

 リューマに適合ということはリューマがアタシを使うのだろうか?

 人間とは形が違うから無理な気がする。まあ、人間に使われるよりはずっといいけど。

「おそらくな」

「おそらくって」

「ここにいないんだから完璧に調整できるわけないだろう。第一これはコアのアーティフィシャルCNSにほとんど加工を加えなかったからな」

 あーてぃふぃしゃるしーえぬえす? なんだろう?

「え? アーティフィシャルCNSってサリエルのコアを使ったって言ってませんでしたっけ?」

「アーティフィシャルCNSは加工を施したアラガミコアだ。そして、サリエルのコアが奇跡的に無傷だったから、ほとんど加工を施さなかったんだ。その分他の神機よりは一般のアラガミに近い」

 さっきからサリエルとかロングとかリゴレットとかうるさいなあ。アタシにはメディシアナっていうリューマからもらった名前があるのに。

「それ危なくないですか?」

「まあ、世界に一人ぐらいは適合者がいる計算だな」

「その一人が竜馬だと?」

「そうだ。後、適合したとしても神機の気分次第で喰われるかもしれんが、あいつなら問題ないだろう」

 身体の一部を交換するのはもうしたからなぁ。食べてもいいなら食べるけど。

「それはさすがに出来過ぎてません? 偶然にしたって無理があるような」

「おいおい私たちは今、物語の渦中にいるんだぞ」

 そう言って女は不敵な笑みを浮かべる。リューマがいればなにかっこつけてんだぐらい言いそうだ。

「たしかにそうですね」

「それにこいつも竜馬に大分興味があるみたいでな。竜馬の話をするときは反応が良いんだよ」

 

 え?

 

「そうなんですか?」

「ああ。今だってそっちの波形が良く動いてるだろ?」

「正直あの波形が凄いのか凄くないのか分かりません」

 アタシも分からない。そもそもハケイとはなんだろう?

「ようは竜馬と相性が良さそうってだけだ」

 当たり前だ。良いに決まってる。

「それは分かりましたけど、加工無しで使わなくてもよかったんじゃないですか?」

「加工しないほうがアラガミとしての力を引き出しやすいんだ。それに……」

「それに?」

「私はモンスターボールみたいのは嫌いだ」

「なるほど。つまり葉月さんはボングリ派……」

「違う」

 男が言い終わる前に女の拳が顔へとめり込んだ。

「ようはお互いの合意ぐらいとっておけってことだ」

「ソウルイーターの魔武器みたいな?」

「エレメンタルジェレイドでもいいぞ。いや、あれでまともなのは主人公勢ぐらいか」

「……確かに野生の動物を弄ってなつかせるとかは洗脳感満載で気が引けますけど、それとこれは別なんじゃないですか? そもそもこっち命がけだし」

 なぜかセンノウという言葉に寒気がした。とても嫌な感じがする。

 それと命がけなのはこっちも同じだと思う。

「そうだな。これは私のわがままだよ。とはいえこうした方がいいと思ったからな。私の勘は当たるんだ」

「まあ、葉月さんの勘は馬鹿にできないですね」

 もしかしてアタシは助けられていたのだろうか?

 ただ礼を言う気にも敬う気にもなれない。むしろ自由に動けたら絶対に襲いかかっている。他の人間とは違うけどやっぱりなんか嫌いだ。

「それに精神体なんてものがある以上、道具として使うより仲間として扱うべきだろ。打算的なことをいえばアラガミ化しても戻れるかもしれないしな」

「いきつくとこまで行けば任意でアラガミ化出来そうですもんね」

「それにお互いが協力したほうが捕食によるOPの吸収効率が上がったり、OPの消費が抑えられたり、変形の時間が短くなったりと色々恩恵がありそうなんだ。そして逆もまた然り」

「ソウルイーターの共鳴とかブリーチの斬魄刀みたいですね」

「結局は生体兵器だからな。まっ、なんにせよこの神機に関しては竜馬がいなければ話にならん」

「今頃、なにやってるんでしょうね?」

 たしかにリューマは今どうしているのだろう。死んでないのは分かるけど、どこにいるかは……ってあれ?

「面倒なことになってなければいいが」

「それは無理だと思いますよ。竜馬だし」

「主人公体質ってやつか?」

「むしろ主人公や敵ボスに巻き込まれる苦労人ですね。色々とフラグを立てて退場するタイプの」

「そういう主人公もいると思うがな」

「まあラスボス系主人公なんてのもいますしね」

 二人がなにやら話している間にもリューマがこの近づいてくるのが分かった。それにリューマだけじゃないザイゴート達の気配もする。もしかして助けにきてくれたのだろうか?

 嬉しく思うと同時にとても恐ろしく思ってしまう。今のアタシじゃもうリューマを助けることが出来ない。もし、これでリューマがいなくなったら……。

 

 そして、耳障りな警報が鳴り響いた。

 




名:メディシアナ
種別:ロング
切断:83
属性:0
スキル:ヴェノム(小)、空中ジャンプ
インパルスエッジ:神・爆
ランク:4
備考:ロングになった劣化トラヴィアータ。ちなみに総司君達はトラヴィアータの存在を忘れている。作者も一月前まで忘れていた。


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Out of My Way

 The説明回。


 竜馬が起こしたフェンリル極東支部襲撃事件から一週間後。

 外部居住区はともかくアナグラ内は復旧が終わり、肝心の対アラガミ装甲壁の補修工事も七割方完了していた。

 そんな中、新人にして最初の新型神機使いとなった総司は浮かない顔でアナグラ内を歩いている。その姿を見かけたリンドウは煙草を消して声をかけた。

「よお、新入り。調子はどうだ?」

「リンドウさん。いやー絶好調ですよ」

「顔とセリフが合ってないぞ」

「いやいやどんな時でも訊かれたら絶好調ですって言わないと」

「なんだそりゃ」

「自己暗示みたいなものですよ。調子が上がりやすくなるとかなんとか」

「それ本当か?」

「本当かどうかはともかく信じていればプラシーボ効果でご利益がありますよ」

 なんといってもただの水で病気が治ったりするのだ。精神面ならよっぽど効果が期待できるだろう。少なくとも総司はそう思っていた。

「なるほどな。そんじゃ酒は百薬の長と思っておけばいくら飲んでもいいってことだ」

「お酒よりたばこの方が問題なんじゃないですか? 百害あって一利なしって言うし」

「それもそうだ」

 そうは言いつつもリンドウが煙草を止める気配は全くない。かといって総司にそれをとやかく言うつもりもなかった。

「まあゴッドイーターになった僕らは有害物質のほとんどを無害化できるみたいだからお酒もたばこも大丈夫だと思いますけどね」

「おー、今度それサクヤに言っといてくれ」

「自分で言ってくださいよ」

「俺が言っても信用されないからな」

「そういえばそうでしたね」

「おいおい、そこは否定するところだろ」

 なんて言いつつもリンドウは笑っている。総司としてもリンドウがそこまでルーズでないことは整頓された部屋を見ればわかる。ただその部屋にも酒瓶がズラリと並べられていることから酒と煙草には弱いのだろうなとも思っていた。特に酒に関してはこのご時世ではかなり希少な銘柄の酒を持っているのだ。まさか特務の報酬はそっちに使ってるんじゃないかと疑ってしまうほどに。

「そういえばリンドウさんはどこへ行くんですか? たしか今日の仕事は終わりですよね?」

「ああ、仕事も終わったしサクヤの所に配給ビール貰いにな。お前も飲むか?」

「いえ。葉月さんの所へ行く途中なんで」

「そうか。なんにせよお前らはまだ新人なんだ。あんま気ぃ詰めんようにな」

「はい。訓練も適度に手を抜いときます」

「それは止めとけ。姉さんは怖えからな」

「知ってます。それじゃあ、また今度一緒に呑みましょう。ソーマさんでも誘って」

「そりゃいいアイデアだ」

 最後に実現したらいいなと思える約束をして二人は別れる。総司の顔色は幾分かマシになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 葉月は書類の山に顔を埋めるようにして項垂れていた。

 彼女の周りにあるのは数々の資料。それらは多岐に渡り、新型の神機に関するものもあればトウモロコシ堕天種と言えそうなジャイアントトウモロコシなど食料生産に関するもの、果ては人事や物資に関するものまであった。

 彼女がこの世界へ来て約三ヶ月。たったそれだけの期間であらゆることを任されるようになったというわけではない。ただ支部長であるヨハネスや技術開発統括責任者であるペイラーなどから書類を見せてもらっているだけだ。故にヨハネスから回ってきた人事や物資に関する書類には書かれていないことも多い。例えばアーク計画関連などがそうだ。エイジス計画に紛れてそれとは微妙に気色の違う人材や物資が調達されている。しかし、それもペイラーからの資料もとい密告がなければ分からなかっただろう。

 問題は書類の山よりも山積みだ。それでも彼女が今気にしているのは顔の下にある書類、オウガテイル特異種についてのものだ。それは他の者からすればデータベースにあるアラガミについての一項目に過ぎないが彼女にとっては別のもの。

 総司から件のオウガテイルは竜馬だと聞かされた時は思わず聞き返してしまっていた。とはいえ彼がそんな嘘を吐くとは思えない。その上、竜馬と総司と葉月自身には厳密には違うものの彼女が開発したオラクル細胞が投与されている。それにより近づけばなんらかのシンパシーを感じることは開発段階で分かっていた。どうやら電波に近いものが発せられているらしい。ただそれでも個人に合わせて作られたオラクル細胞同士でのシンパシーは非常に弱く、相当近づかなければ感じ取ることが出来ないのだ。

 そして、今回の件で総司はあのオウガテイルが竜馬だと感じたということはそのとおりなのだろうと、葉月は考える。さらにリンドウからオウガテイルとサリエルのミッションについて聞きだし、彼女は自分がしてしまったことの重大さに押しつぶされそうになっていた。

「あー、どうしてこう私のやることは裏目に出るんだか」

 葉月は大体の事は自分で上手くやれる。それが例え誰に教えられなくともだ。そして、知り合いの天才たちと力を合わせればほとんど出来ないことはない。しかし、だからといってそれで全てが良い方へ向かうわけではなかった。

 それでも大体は上手くいくのだが、今回はどんどん悪い方へと転がっている。

 オリジナルのオラクル細胞で竜馬の足を治すまでは良かった。害のある副作用が出ることもなく、彼の身体に細胞が馴染んだのも良い。だというのにまさか二年で二回も交通事故に遭うとはさすがの葉月も予想できなかった。それも二回目は即死ものだ。

 そして、問題が起こった。

 普通なら即死するはずの傷を負ってもなお、竜馬は死ねなかったのだ。これは本来ならありえないことだった。なぜなら動物実験では余りに損傷が激しければオラクル細胞をもってしても再生することはなかったから。そして、最初にオラクル細胞の被験者になったのは葉月だったが、さすがに死ぬほどの傷を負おうとも思わなかった。

 だからこそ、竜馬が事故に遭ったことで葉月達が創りあげたオラクル細胞の欠陥が明らかになったのだ。

 本家のオラクル細胞の特性が捕食ならば、彼女のオラクル細胞は維持となる。それは健康な状態を維持しようとする作用。つまり、あくまで自然治癒や新陳代謝の延長線上である。はずが、人に使われた場合は精神状態や意思の力の影響で変質することが発覚した。そこで人と動物の差が現れる。それは脳。すなわち情報量の差だ。そして最も優先して維持されるのが精神や意識だったことも誤算だった。

 その影響は未知数。しかし、一つの結果として竜馬は中途半端に死にきれなかった。死にゆく身体を維持し、意識を繋ぎ止める。それはいっそ死なせた方がいいのではと葉月が考えたほど。だが、彼女が選択したのはタイムマシンを使い彼を時間の檻に入れて保存し、時間を稼ぐことだった。

 その間に葉月達はオラクル細胞を研究し直し、改良版でもあり安定版でもある完全版。世間からは万能薬の意味を持つキュアオールと呼ばれ、後に数多くの人を救うと同時多くの混乱を呼んだ代物が作られた。

 そして、完成したキュアオールを竜馬に使用するためタイムマシンを停止させたもののそこに彼の姿は無く、同じようにタイムマシンを使って彼を追いかけてきた。それは原因の分からない誤作動を狙うという理論もなにもない博打にすらならない行為。ただ葉月には竜馬がいる場所へと行ける確信があり、実際にそうなった。そうしてたどり着いた先はなんの因果かゴッドイーターの世界。さらに運良くリンドウ達に拾われて後は再会するのみ。

 だったというのに、と葉月が溜息を吐いたところで扉が開き、総司が部屋に入ってきた。

「ノックぐらいしたらどうだ?」

「しましたよ。でも集中してるといつも聞こえないじゃないですか」

「そういえば、そうだったな」

 これはいつものやりとりというわけではない。総司の経験上普段の葉月ならばノックの有無など関係なく挨拶をしてくる。だというのにそんなことをきいてくるのはなにか隠し事がある時か、精神的に参っている時だけだろう。そして今回は後者。それは誰が見ても明らかだ。

「そろそろやることやんないと後々面倒なことになりますよ」

「仕事ならちゃんとノルマはこなしているぞ」

「人並みにじゃないですか」

「人並みじゃ駄目なのか?」

「暇な時ならともかくここではいつも人手不足なんで少しでも人並み以上に動いてもらわないと。まあ余裕がなさすぎるのも問題ですけど」

 そもそも今の時代まともな就職口などフェンリル関連以外ありはしない。そして、フェンリルに所属するためには神機の適性か突出した才能が必要となる。人並みでは駄目なのだ。それでこそ人類の希望と言い張れる。

「だがなあ。私が動いてまた厄介なことになったらと思うとな」

「いやいや今までの経験上、悪くなった方のが少ないじゃないですか」

「そうは言ってもだなあ。今回ばっかりはお前が言ってた通り放っておいた方が良かったような気がしてな」

 葉月の言うとおり総司は竜馬を追いかけることに反対だった。それは竜馬のことをどうでもいいと思っていたわけではなく、竜馬を信頼してのことだ。竜馬ならなんとかなるだろう。そんな考えが総司の中にはある。そして、竜馬の考えることも大体察することが出来、だからこそ葉月に反対した。それでも止めることは出来なかったが。

「そんなたらればの話は考えても気が滅入るだけですよ。竜馬の事はともかく先輩がこっちに来たおかげで助かってる人もいるんですから。主にペイラーさんとかリッカさんとか」

「それはそうかもしれんが」

「なんにせよ僕らに止まってる時間はありません。それが責任ってやつです」

 竜馬に対する責任もあるだろう。後を託して元の世界に残してきた家族や知り合い達への責任もある。そして、この世界においてフェンリルに所属するということは待遇と引き換えに責任を負うということ。就任時にヨハネスも権利と義務について語っていた。

「それに葉月さん好みの大団円を迎えるためにはやることはたくさんあるんじゃないですか? 人だった竜馬ならともかく、アラガミになった竜馬を戻す方法も今のところはないし、その間に竜馬が被害を出したらもっと面倒になりますよ。幸いこの前の一件では一人も死ぬことはなかったんですから、壊れた建物は直せばいいし、まだなんとかなりますって」

 そう言う総司に葉月は頭の下敷きにしていた一つの書類を差し出した。総司がそれを受け取って目を通すと、まず右上に挟まれた写真に眼がいく。

「この写真に写ってるのって」

「ああ、竜馬だ」

 そこに映っていたのは四足オウガテイルとなった竜馬の姿。ただ先日とは違い、身体の前半分が黒く変色していた。それは黒い何かに浸食されているようにも見え、アラガミがアラガミ化しているようにも見える。

「これって大丈夫なんですかね?」

「分からん。ただ正常な状態ではないことだけは確かだ。元々竜馬のオラクル細胞……」

「その呼び方ややこしいんで変えません?」

「じゃあオラクル細胞改めキュアオールは私たちの完成版に比べて不安定だ。刺激がなければ大したことはないが、神機により常時偏食因子を送られ続けられている状態ではどうなることやら。……それに問題はそれだけじゃない」

 報告の部分も読んでみろと総司は葉月に促され、とりあえず一通り書類に目を通す。

 その書かれた内容を要約すれば、最近のオウガテイル特異種は各地を転々としながらも昼夜問わずアラガミを狩り続けており、より強力なアラガミを狩ろうとする傾向があるということ。そして、追跡していた調査隊の面々は殉職しており、回収した者の報告では頭のみ乱雑に埋められていたという。さらに首には刃物で切り飛ばされた跡があり、毒性の高い鱗粉が付着していたことからオウガテイルの特異種により襲撃されたと断定。そして、それ以降のオウガテイル特異種の足取りは不明。とあった。

「これはまずいですね」

「人が、いや同僚が死んだ以上すんなり仲間にとはいかなくなった。人に戻すにしろアラガミのまま匿うにしろ後ろ暗いことは必須だ」

「いやまあそれもまずいんですけど、報告の日付からして今まさにまずいことになってると思いますよ」

「どういうことだ?」

「竜馬からしてみれば調査隊がよほど鬱陶しかったから始末したんでしょうけど。だとするとたぶん元を断とうとしてきます。つまり……」

 総司が言い終わる前にその答えを代弁すべく警報が鳴り響く。

「……遅かったや」

 総司は溜息と共に呟いた。

 




 先輩と総司君が来るまでの話は長い上に完全に別物なんでダイジェストにしました。完結したらその後でちゃんと書くかもしれない。

 補足

 ちなみにメディのコアが無傷だったのは傷がつかなかったからではなく、取り込んだ竜馬君由来のキュアオール(先輩作オラクル細胞)が直したから。つまり、竜馬君とメディがお互いを捕食してなければメディの人格は消えていたという。そして、互いの位置が分かる謎電波はノヴァの波動に近く、ユーバーセンスのようなもの。

 そして、元々竜馬君がいた世界は出番ないけど現在それなりに大変。
 専門分野ならば先輩以上の天才である医療関係の天才二人(一人は名前すら出ていない)、機械関係の天才一人の間を先輩がとりもって四人で作り上げた万能薬(cure-all)は一人でも欠けたら作れない代物。
 先輩がいなくなったため数には限りがあり、その後のことはご想像にお任せします。


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No Way Back

 サクヤの部屋。そこではリンドウが貰った配給ビールをその場で空けて寛ぐという暴挙が行われていた。しかし、二人の関係を考えればそれほどのことでもないのかもしれない。

「そういえば今日は総司とチームだったよな?」

「ええ。あれ以来こっちまで復旧作業か防衛に回されてたから久々の遠征で不安もあったけど、特に問題なかったわよ」

「……問題無い、か」

 それは本来ならありえないことだ。サクヤの腕が良いというのもあるかもしれないが、それでもリンドウから見ればサクヤはまだベテランとは言い難い。それでなにも問題が無いというのも妙だ。

「おまえから見たあいつの評価はどうだ?」

「そうね。たしかに新人にしてはそつがなさすぎる気もするわね。たしか、あの事件の時が初の実戦だったわよね?」

「そのはずだ。ただ俺が二人を拾った時には既にヴァジュラと鬼ごっこしてたからな」

「あれは驚いたわね。ゴッドイーターでもないのにあの身体能力」

「……マーナガルム実験か」

 リンドウはサクヤに聞こえない程度の小声で呟いた。

 彼の脳裏に浮かんだのはとある計画を追う内に知った一つの実験と一人の同僚の姿。

 マーナガルム計画とはいわばオラクル細胞を胎児に埋め込むというもの。そうやって生まれた人間は一般的なゴッドイーター達と違い、ハーデスという腕輪がなくとも自分自身で偏食因子を創り出すことができる。

 しかし、とある事件が起こり、マーナガルム計画は凍結となった。実験が開始されたのが2053年で凍結されたのも同年のこと。

 二人の新人総司と葉月は自分達にもオラクル細胞のようなものが組み込まれていると言っていたが、二人の年齢を考慮すると2050年にはマーナガルム実験のような実験が行われていたことになる。

 それともハーデス無しでオラクル細胞を組み込む技術があるのか?

 それに、もしかしたら支部長が行おうとしている計画とも関係があるのかもしれない。

「……ちょいと訊いてみないとな」

 リンドウがそう呟いた時、警報が鳴り響いた。

「警報?」

「またか!」

 リンドウとサクヤはすぐさま部屋を出てエントランスへ向かった。

 

 

 

 

 一方、総司と葉月はエントランスではなく、新型神機の研究開発が行われている研究区へ向かっていた。

「なんでこっちなんだ?」

「まだ理性が残っているとして、竜馬が真っ先に狙う場所は十中八九出撃ゲートです。なんといったってあそこには神機がありますから。ゴッドイーターも神機がなければ運動能力が高いだけの人間です」

 原作でもオウガテイルの侵入を許しているが、侵入自体が稀のためそもそも入口に近いのだ。

 そして、そこに安置されている神機はゴッドイーターの生命線。

 神機は武器や盾になるだけというわけではない。たしかに神機がなくともある程度の身体能力はある。ベテランのゴッドイーターなどは引退後でも鉄骨を投げることが出来るほど。

 しかし、神機を接続すればそれ以上に身体能力も上がるのだ。なぜならばそもそも身体能力を上げているのが、神機から送られる偏食因子の力によるものだからである。そして、多くのアラガミを捕食し、強化された神機の方が身体能力の上げ幅も大きい。ようは最前線で戦い続けたリンドウのブラッドサージやイヴェイダーとペーペーの新人が持つナイフや汎用シールドでは偏食因子の質が違うのだ。

 ガードをしなくとも装甲を強化すれば防御力が上がるというのはこういうわけである。ヴァジュラの装甲を使い、その偏食因子を受け取っている状態なら、当然ヴァジュラの電撃にも耐性がつく。ソーマの言っていた予防接種という言葉はそういう意味でも的を射ているかもしれない。

 他にもスキルなどは神機依存。ゲームと違って回復錠やOアンプルなどの薬物を投与する場合も神機から取り込めば静脈注射よりも早く、即座に効果を発現させることが出来る。特に強制解放剤は神機から取り込み、ハーデスを通して投与しないとかなり危険な薬だった。

 このように攻撃手段以外にも多くの恩恵を与えてくれるのが神機である。

 つまり、神機が使えないという状況になった場合、その時点で詰みといっても過言ではない。

「だったら出撃ゲートに向かうべきじゃないのか?」

「そんなの警報が鳴った時点で手遅れだと思いますよ。それに出撃ゲートの次は通路とエレベーターだと思います。そうなると出撃ゲートに置かれてない神機を回収するのが先です」

 時間が経てば経つほど、竜馬とおそらくいるであろうザイゴート達は移動手段を潰していく。そうやって相手の行動を制限した上で潰すのが竜馬のやり方。

だからこそ総司は動ける内に神機を回収しようと考えた。神機さえあればいざというとき壁を壊して移動できる。むしろなかった場合は閉じ込められた上に毒ガス地獄なんて事態になりかねない。

「なんにせよ色々と手遅れになる前に急ぎましょう」

「というか相手が竜馬なのは確定なんだな」

 放送で流れたのはアナグラ内にアラガミが複数侵入という情報だけだった。信号の弱い発信機といい、精度に欠ける観測隊といい、どうにもこの時代、この世界の人間側は情報収集が弱い。

「装甲壁に被害なく、直接アナグラを攻めてくるアラガミなんていませんよ」

 総司や葉月からすればアラガミ装甲壁にアラガミが近づいた時点で知らせて欲しいものだと常々思っていた。ヨハネスは軍隊を旧人類と言っていたが、兵站に関しては確実に退化している。正直いえば神機でさえ兵器としては欠陥品だ。ゴッドイーターでなくとも使えるという点で唯一及第点なのがアルダノーヴァ。しかし、死後アラガミ化することを考えるとこれも欠陥品の枠を出ない。どれもこれも汎用性が低すぎる。

 それらの問題をゲームだからといって済ませられるほどの余裕は総司達にない。だからこそ葉月の力が必要なのだと総司は考え、一刻も早く立ち直って貰いたかった。

 あわよくばこの事件を機に、と考える打算的な自分に総司は心中で溜息を吐いた。

 

 

 

 

 総司の予想通り、リンドウとサクヤ、それに加えてソーマなど他のゴッドイーター達がエントランスに集まった時には既に出撃ゲートとそこへ繋がる通路は瓦礫の山に埋もれ、出撃ゲートへ繋がるエレベーターも停止していた。それでも神機整備兵であるリッカの機転で、神機を壊される前に収納できただけまだマシな方といえる。

「どうすんだよ! 神機がなきゃ戦えねえぞ!」

 シュンが言った。

「……蹴り飛ばすぐらいは出来るだろ」

「それはお前ぐらいだと思うぞ」

 無茶を言うソーマにリンドウが煙草をふかしながら返した。リンドウは余裕そうに見えて、実はそれなりに焦りつつも考えを巡らせている。

 状況は極めて悪い。ザイゴートの毒とアナグラの相性が悪いことは前回の襲撃でも分かっている。ゴッドイーターならまだしも一般人では毒で即死しかねない。それほど進化を遂げたアラガミの毒は強力だ。

「ともかく非戦闘員の避難が最優先だ。特に地下にいる奴らは上に移動させとけ。後、神機をメンテナンスに出してる奴はいるか?」

「俺だ」

「わ、私もです」

 リンドウの問いにメンテナンスはマメに行うブレンダンとカノンが名乗り出る。

「よし。なら二人はすぐに神機を取りに行け。他の奴らは非戦闘員の誘導。敵に相対した場合は時間を稼げ、だが決して無理はするな。分かったか?」

 リンドウの言葉に全員が頷き、即座に動き始める。

「随分とリーダーらしくなったな」

 ツバキがリンドウに言った。実は先日ツバキが引退した時にリーダーを引き継いだのである。

「姉さんも引退したとはいえ、神機はまだ使えるんだろ? それならちょっと手伝ってくれると有り難いんだが」

「当然だ。それともう教官だ。姉さんはよせ」

「へいへい」

 軽口を交わした後、ツバキはまだ引継ぎが完了していない元自分の神機を取りに向かった。

「そういや新人の二人はどこ行ってる?」

「そういえば見てないわね」

「ちょっと待ってください」

 リンドウとサクヤの言葉を受けてヒバリが機械を操作し始める。するとそこへタイミング良く葉月から連絡が入った。

「あっ、葉月さん。今はどこに……、新型二つを回収した所? はい、こちらは今、非戦闘員の避難と誘導を始めました。後は出撃ゲートに置かれていない神機の回収も。それで、総司さんは? えっ! オウガテイル特異種との戦闘に向かった!?」

「一人でか?」

 思わずリンドウが口を挟んだ。

「えっ? あれ? 葉月さん?」

 しかし、そこで葉月からの通信は途切れる。通信障害が発生したわけでも、電源が落ちたわけでもない。急いだ様子の葉月が通信を切ったのだ。

 そして、最後に残された言葉はオウガテイル特異種との戦闘に手出しは無用という忠告じみた言葉だけだった。

 

 

 

 

 総司は回収した神機で壁を壊して外へと飛び出した。

 そこは地上何十メートルという高さだったが、ゴッドイーターとなった総司には関係ない。落下しながらもポケットから一つのケースを取り出し、宙へ放ったそれを捕食形態に移行した神機で捕食する。

 そのケースに入っていたのは体力増強剤、スタミナ増強剤、Oバイアルがそれぞれ三錠ずつと超視界錠が一錠。その名の通り体力とスタミナとオラクルパワーを底上げするための薬とアラガミを感知するための薬。いわゆるドーピングである。しかし、この世界にドーピング禁止なんていう甘っちょろいルールは存在しない。まさしく食うか食われるかの世界。だからこそ総司は任務開始時すぐに使うこのケースと、他にも別の種類の薬をまとめたケースを常に複数携帯している。

 着地した総司はすぐさま竜馬の気配が感じられる方向へ走る。総司の神機はショートブレードだが、ゲームとは違ってアドバンスドステップなどと言うものはこの世界に存在しない。ただ単純に軽くて小さい分、移動と取り回しが楽というだけである。使えないと思うかもしれないが隙が小さく、使いやすいというのはリアルな戦闘の場合、決して馬鹿に出来ない。一方、リーチの問題もあるのだが、そこは新型なので銃形態を使えばいいと総司は考えていた。

 しかし、葉月の神機はバスターにブラストである。基本的に運が良い彼女はロマン武器の方が逆に効率が良かったりするのだ。それがゲームであれ、現実であれ。

 そんな彼女はアナグラ内でザイゴートの討伐に追われていた。超視界錠で場所を割出し、すぐさま現場に向かう。連絡を切ったのも外から壁を壊して入ってきたザイゴートが、近くまで侵入してきていることが分かったからだった。

 総司の予想だと竜馬が二人と戦いたくない場合は、二人の内どちらかが竜馬の前に出てきた時点で逃げるとされている。そして、竜馬が退けばザイゴード達も退くと考えられ、実際にその通りだった。

 竜馬の元へ急行した総司だったが、竜馬は気配を感じるや否やすぐさまアナグラを飛び出て、装甲壁の向こうへと走り出す。

 ここでアナグラ外から先回りしていたこととドーピングを行っていたことが功を奏し、とうとう総司は壁外で竜馬と対峙することに成功した。

「……竜馬」

 総司が呼びかけるも返事はなく、竜馬は総司に背を、いや尾を向けた状態で首を僅かに捻り、総司の様子を伺っている。その姿は写真に載っていたのと同じで、身体のほとんどは神機の捕食形態に似た黒い触手に浸食されていた。そして、口にはサリエルのスカートを模した神機を咥えている。

 なにも返さない竜馬に焦れた総司は神機を構えず、だらりと手に下げたまま竜馬に近づいた。一歩、二歩と歩み寄り、三歩目の足を地に付けようとしたところで竜馬が動きだした。

 勢いよく振り返り、咥えた神機を横凪ぎに振るう。総司が咄嗟にもう一本の足で後ろへ跳んでなければ、頭が胴体と泣き別れをしていたことだろう。

 ただ、動きを見てから避けることが出来る程度の攻撃だった。それが意味することを総司は感じ取る。

「……決別、ってことね」

 距離を取った総司は沈痛な面持ちで神機を構えた。

「前にふざけて戦おうって言ったけど、実際そんな風に思ってたわけじゃないんだけどな。竜馬だってそうでしょ?」

 当然だと言わんばかりに竜馬は短い唸り声を上げる。でもそれだけ。歩み寄りはしない。

「葉月さんならその神機を戻せるかもよ?」

 その問いに竜馬は答えない。

「……もう遅いか」

 お互い既に立場が違う。そしてお互いの仲間が被害を受けた以上引き返せないところまで来ている。竜馬からすれば二人を信用することが出来ても他を信用することが出来ないし、二人以外が竜馬を信用することもないだろう。

 種族の差はとてつもなく大きい。人種でさえ揉めるのだから当然だ。話が通じなければ力づくしかない。

 公に総司と葉月がこのアラガミは良いアラガミなんですと言ったところで動物園かペットレベルの扱いにするのが精一杯だろう。それならば隠すしかないが、今の二人にそんなコネと余裕はない。なによりそれは拾ったネコを隠れて飼うのに近いもの。そんなのは人の扱いじゃないと総司は考える。

「葉月さんだったらそれでも諦めないんだろうけど」

 だから竜馬を追うのはよそうと言ったのにと総司はもしもの可能性に思いを馳せて、考えるのを止めた。

 難しい問題はともかく、匿うにしろ、野放しにするにしろ今のいつ暴走するともしれない状態で放置するわけにはいかない。選択を誤れば多くの人の死にも直結する。

 だからこそ無理矢理にでも竜馬を葉月に引き渡し、その身体を調べなければならない。ただそれを竜馬が了承することはないだろう。今の竜馬には他に優先することがある。そのことを総司は分かっていた。そして、竜馬自身が相当追い詰められていることも。

 理性は残っているのだろう。ある程度は。

 しかし、予断を許さないほど不安定であることも総司は見抜いていた。

「……はぁ、竜馬と喧嘩するのは小学校以来だっけ」

 溜息を吐きつつ総司が取り出したのは先程とは違い、強敵限定の戦闘開始直前用ケース。その中身は筋力増強錠、体躯増強錠、そして強制解放剤。前二つはそれぞれ攻撃力と防御力を上げ、後者はスーパーサイヤ人の如きバースト状態になれる薬だ。その代償として体力がほとんど削られる。ただしゲームと違って効果が切れたらの話。効果がある間はむしろどんなに体力が低くても動き続けることができる。

 放り投げたそれを神機で捕食すると、すぐさま体中をエネルギーが駆け巡り、力が湧いてくる。まるで全身を流れる血液が沸騰し、脈打つ心臓の音が外にまで聞こえてくるような錯覚とともに途方もない昂揚感をもたらす。血湧き肉踊るとはまさにこの状態を指すのだろうと総司は思った。

 総司がその身に持つキュアオールの維持する特性により、薬の効果は下がる。しかし、その分持続時間は長い。スキルでいうならアイテム効果減少とアイテム効果持続増加が常に付加されているのと同じ。

 よって薬の恩恵を受けていられる時間は約二分間。その間に決着を付けられなければ、薬の副作用でほぼ総司の負けが決まる。

「まあ、仕方ない」

 総司と竜馬は同時に大地を蹴った。

 




 この時点での総司君の装備

剣:ナイフ改
銃:ファルコン
装甲:回避バックラー
制御ユニット:プロトタイプ
強化パーツ:なし

 補足

 竜馬君は入り口から侵入したが、ザイゴート達はあらゆる所から壁を壊して中に入り、暴れまわっている。それに応対しているのが、葉月、ブレンダン、カノン、ツバキさんの四人。リッカさんは原作のように神機を収納しつつ、その後瓦礫に埋もれたものの生存中。
 そして、竜馬君の状態はそれなりに危険。
 いまだにメディとの意思疎通は出来ず、一方通行。
 過労気味の竜馬君を労わって、メディが捕食で得たエネルギーのほとんどを触手伝いに竜馬に明け渡し、それでは神機の進化が進まないことから竜馬君がより一層頑張り、そうするとメディがそれをカバーするため、より一層神機からの侵蝕が進むという悪循環。全ては意思疎通が出来ないのが原因。
 今の竜馬君はキュアオールのおかげで起きている時は理性が残っているものの、アラガミ化しつつあったリンドウさんの如く、意識が途切れることがたまにあり、それが気にならないというレベル。もう言葉と文字の関連付けが出来ないため、筆談も不可。
 つまり、かなりヤバいがシオに会えばワンチャン。

 ちなみに薬を捕喰で摂取するのは総司君達が来てから始まった。薬ってそんなに早く効かなくね?
 という疑問を解消するための捏造設定。そして、空中ジャンプもオラクルパワーを使うという設定。じゃあ、二回以上跳べるじゃんとなるが、はい、跳べます。この二次ではね。ただし水の上を走るバジリスク並みの頑張りが必要。
 


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人の思惑

 総司と竜馬。両者が衝突する間際、竜馬が振るった一閃を総司は上に跳ぶことで避ける。

 宙返りをするように頭を下に向けた状態で、真下を通り過ぎる竜馬の胴体へ捕喰形態の神機が喰らいつく。しかし、その咢は竜馬の身体を捕らえることはなく、回転するように身を翻して躱した竜馬は、その際に尻尾から棘を飛ばしていた。

 総司は竜馬の代わりに地面を噛み付かせ、それを引き寄せる力と、バースト状態の恩恵により宙を蹴ることで棘の弾幕を抜けると同時に素早く着地し、すぐさま地面を蹴って加速することで着地を狙った竜馬の斬撃から逃れる。

 

 回転するような横凪ぎの一閃。

 屈んで避ければ、今度は尻尾が迫りくる。

 屈んだ時のバネを生かして宙へ。

 それを追うように神機を切り上げる。

 宙を蹴って躱す。

 着地後すぐに切りかかる。

 神機で受け止める。

 鍔迫り合いになる前に離脱する。

 距離を空けられないように前へ出る。

 

 お互い相手の動きが読めるからこその千日手のような攻防が続いた。目まぐるしく攻守が入れ替わるものの、互いに一度も攻撃を受けない。その様は一見すると互角に見えるが、時間制限がある総司が不利だ。

 しかも、その時間制限付きのドーピングをした状態でもなお身体能力は竜馬の方が上。総司が互角の戦いが出来るのは僅かに読み合いで勝っているからに過ぎない。基礎能力がオウガテイルとは思えないほど段違いだった。

 それほど身体能力の差が出たのは一重に神機によるもの。人がゴッドイーターになることで身体能力が上がったように、竜馬もまた神機による偏食因子で強化されていた。

 一般人がオウガテイルに勝てない以上、神機を使うという同じ条件で勝てないのは必然。 

 そのためのドーピング。それでも後一歩及ばない。

 だからこそ、総司は時間切れになる前に仕掛けることを余儀なくされる。

 総司は初めて竜馬の攻撃を装甲で受け止めた。ドーピングしたからといって総司の力では竜馬の力には及ばない。だからこそ今まで避けていた行為。当然、大きく弾き飛ばされる。

 竜馬も総司がなにか仕掛けたことを勘付き、地面を何かが転がるのが視界に映る。それはスタングレネードと呼ばれる兵器。

 次の瞬間、竜馬の世界から光と音が消える。しかし、竜馬はぎりぎりで目を閉じるのを間に合わせていた。

 それでも視界が一時的になくなったことには変わりない。そして、その隙を確実に総司がついてくることも分かっていた。だからこそ目を閉じた瞬間からも敢えて、前に進み出る。全ては追撃を加えるために。

 しかし、それは総司に読まれていた。

 総司が使ったのはスタングレネードだけではない。光に紛れてホールドトラップも仕掛けていたのだ。その場所は竜馬の目の前。目を閉じている間に前へ出てしまえば確実にかかる位置だった。そして、一度ホールドトラップにかかってしまえば数秒は動けない。その隙は致命的なほどに大きい。

 故に相手が竜馬だけだったならば、そこで終わっていただろう。

 だが、総司と戦っていたのは竜馬だけではない。竜馬がその口に咥えた神機。竜馬には見えていなくとも彼女には総司の仕掛けた罠が見えていた。

 罠へ飛び込もうとする竜馬の身体をより黒い触手が覆い、まるで蛇が蛇行するように、身体の構造を無視した理不尽な動きで罠を避けたのだ。それは実際に無理な動きなのだろう。竜馬の身体からは嫌な音が聞こえていた。

「なっ!」

 その光景に総司は目を見開き、迫りくる竜馬の剣戟を、宙を蹴って後ろへ避ける。否、弾き飛ばされたことで体制が崩れていたことが災いし、後ろへ跳ぶことしか出来なかったのだ。

 総司はまだ空中におり、足が伸びきった状態では宙を蹴ることは出来ない。そして、その隙を逃す竜馬ではなかった。

 だが、総司も竜馬が罠を避けることを想定していなかったわけではない。音を奪われた竜馬には聞こえなかったが、総司は神機を剣から銃へと変形させていた。そして、一度宙を蹴ることで体制を立て直した総司は追撃をしようとする竜馬へ銃口を向ける。

 竜馬は既に目を開けていた。だからこそ総司の神機が銃形態に変わっていたことも分かっている。その銃がレーザーを得意とするスナイパーという種類だということも。

 竜馬は神機を振るいつつも、その銃口から身体を逸らす。レーザーならばそれだけで躱すことが出来る。

 しかし、総司の読みはその上を行く。

 放たれた弾丸はレーザーなどではなく、ショットガンのような散弾。目の前にばら撒かれた弾幕を竜馬が避ける術はない。その上、撃った際の反動を利用して空中で移動し、竜馬の神機を避けるという離れ業もやってのけた。

 着地した総司はすぐさま銃のトリガー引く。放たれたのは今度こそレーザー。それも一秒間に四本のレーザーを放つ多重レーザーだ。

 散弾によるダメージと攻撃後の硬直で避けられないはずの攻撃。しかし、竜馬は再び無理のある動きで全ての攻撃を避けてみせた。

 距離が離れ、再び向かい合う竜馬と総司。

 総司が無傷なのに対し、竜馬は散弾により、何か所も皮膚に穴が開いているが、黒い触手がそれを覆いすぐさま治してしまう。散弾が弾かれなかった点を見る限り、柔軟な防御力の低い体をその回復力で補っているのだろうと総司は予測する。

 だがそれよりも気になるのが竜馬の仕草や雰囲気が変わったことだった。まるでスイッチが切り替わったような印象を総司は受ける。

「……竜馬?」

 なんにせよ薬の効果はそろそろ限界。総司は再び強制解放剤の入ったケースを取り出した。

 勿論、総司としても連続使用は避けたい。しかし、リンドウのように経験も装備も技術もない総司ではドーピングなしで竜馬の動きについていくことが出来ない。

 覚悟を決めて、捕食形態に変えると共にケースを放り投げた総司だったが、対する竜馬は背を向けてその場から離脱した。

 総司は追おうかとも思ったが、迷い、動くことが出来ず、宙に投げられたケースは地面に落ちる。

 それを拾おうと屈んだ所で薬の効果が切れた。途端に息が苦しくなり、重くなる身体。総司は思わずその場で横になってしまいたくなる。

 そんな総司の背後から二匹のザイゴートが襲いかかった。

 すぐさま飛び退こうとした総司だったが、足が上手く動かない。仕方なく装甲でザイゴートの体当たりを受け止める。

 全く踏ん張りが効かず、その場から弾き飛ばされる総司。さらに態勢を崩した所で、もう一匹から毒の塊をぶつけられる。相手はザイゴートの堕天種二匹とはいえ、薬の副作用のせいでまともに戦えそうもなかった。

 せめてもう一度ドーピングが出来れば別なのだが、竜馬と違ってそんな暇は与えてくれそうにない。

「……竜馬と違って、か」

 ザイゴートに自分を襲わせるなど竜馬らしくない。竜馬なら自分の相手は竜馬自身がするだろうと総司は確信している。そうなると目の前のザイゴートは竜馬に従っていないことになるが、それにしては動きに隙がない。薬を呑まさないように連携もとっている。

 誰かの指示。その誰かの可能性があるのは一つ。

「あの神機かな?」

 思えば竜馬を覆う黒い触手は神機から生じているように見えた。あの無理な動きもおそらく神機が動かしていたのだろう。全ては竜馬を助けるために。

「にしてもこれはまずいな」

 ただでさえ薬の副作用で体力が減っていると言うのに毒までくるとさすがにまずい。キュアオールのおかげで中々死なないとは思うが、総司が戦闘不能になるのはそう遅くないだろう。

 総司が何か打開策はないかと思案していると、不意に二匹のザイゴートを火炎放射が包み込んだ。そして、焦げ目のついたザイゴートを巨大な刃が二匹纏めて両断する。

「無事か?」

「大丈夫ですか?」

 そこにいたのはブレンダンとカノンの二人だった。

「助かりました。いやー恰好良かったですよ」

 総司はその場に座り込みそうになりながら、回復薬とデトックス錠を捕食する。なんとか生きてアナグラに戻れそうだった。

「ん? なんだ?」

「タツミさんだったら絶対に聞き漏らさないんですけどね」

 特にヒバリさんに言われればと総司は付け加えるが、ブレンダンは頭に疑問符を浮かべていた。

「カノンさんもありがとうございます」

「い、いえ、そんなたいしたことじゃないですよ」

 やたらと謙遜しまくるカノンだったが、総司は戦闘モードじゃないことに安堵していた。

「それで、アナグラはどうなりました?」

 

 

 

 

「結局、またしても人的被害は軽微だが。壊された通路やエレベーター、壁、施設は多数。特に遠征の移動手段であるヘリなどは徹底的に捕食されていた。支部長曰く本部からヘリを取り寄せるらしいが、またしばらく復旧作業だな」

 そう言って、葉月は溜息を吐いた。

 竜馬の狙いはどうやらこちらがしばらく手出しできないようにすることだったらしい。これで今度は取り寄せ中のヘリまで攻撃されたらどうしようもないだろう。しかし、在り得る。ザイゴートは空を飛べるのだから油断ならない。

「人的被害は軽微とか怪我人の前でいいますか?」

 総司は医務室で横になっていた。

 あの後、周囲のアラガミが集まり始め、なんだかんだで二度目どころか三度目のドーピングを余儀なくされたのだ。結果、半日限定の寝たきり状態となってしまった。

「治るのだから問題ないだろう」

「まあ、そうかもしれませんけど」

「それより総司。私は決めたぞ」

 葉月は襲撃前の落ち込んでいた雰囲気はどこへやら。なにやら決意の籠った瞳で闘志を燃やしていた。

「やる気になってくれたのは嬉しいですけど、なにをですか?」

「二年、いや一年だ。一年で竜馬を一種であれ、二種であれ接触禁忌種に指定させる!」

「あー、なるほど」

 接触禁忌種はその名の通り、ベテランゴッドイーター以外の接触は禁じられている。故に、竜馬を接触禁忌種に指定できれば平ゴッドイーターが犠牲になる確率は減るだろう。

「ただ、観測隊はどうするんですか?」

「ヨルムンガンドのようにUAVか人工衛星でも使えばいいんじゃないか? アラガミが到達できない高度まで飛ばせば撃墜されないし、私達の時代で既に森の中まで丸見えなんだから偵察には持ってこいだ」

 UAVとは無人航空機を意味するUnmanned Aerial Vehicleの略である。偵察機から攻撃機まであるが、葉月の言葉に出てきたヨルムンガンドという漫画のUAVは視認できない高度から鮮明な映像を撮ることが出来、かつソーラーパワーで半永久的に飛び続けられる偵察機のことである。

「物資と予算は?」

「アーク計画のを回せばいいんじゃないか? もしくは本部の協力を得る。まあなんにせよ地位が必要だな。丁度、新型の布教活動のために本部と各支部を回るわけだし、そこでなんとか地位を上げる」

 新型はまだ開発されたばかりであり、まだ他の支部には開発方法も知らされておらず、量産の目途も立っていなかった。そのプレゼン役と開発指南に葉月が任命されたのである。

「あのー、ちょっといい?」

 総司と葉月へ横合いから声をかけてきたのは、救助されたものの療養中のリッカだった。カーテン隔てた向こう側なので普通に話していることが丸聞こえなのだ。

 どうして同室なのかといえば、他の病室がぶっ壊れたからである。

「私って聞いて大丈夫?」

「問題ない。共犯だからな」

 葉月は胸を張って言うが、リッカは話についていけていない。正直、総司でさえよく分かっていなかった。

「えっ?」

「元々リッカさんには技術者として協力してもらうつもりだったからな。遅いか早いかの違いだ」

「あれ? 私の意思は?」

「まあ、ドンマイです」

 総司は腕が動かせない代わりに心中で合唱する。祈りとは心の所作らしいからそれで問題ない。

「いやまあ、仲間外れにされるよりはいいんだけどさ。それって榊さんの方が向いてない?」

「あの人はどちらかというと専門が生物系だからな。それに支部長の不信を買いかねない。今はまだ適度な距離を保っておいたほうがいいだろう。ああ、それと先に言っておく。私は支部長の側につくつもりだ」

「それはなんというか意外、でもないですね」

 それなりに付き合いの長い総司は特に驚くこともなく言った。

「私はてっきり榊さん派だと」

 リッカとしては新型を開発した技術者同士で馬が合うものと思っていたのだ。ただリッカ自身はあるかないか分からない派閥なんてものはどうでもいい。というかなんの話か分かっていなかった。ただ、藪蛇の予感がするからきかないだけだ。

「まあ、単純に権力の違いが大きいんだがな」

 技術を開発、運用する上で動かせる資金や物資の違いは大きい。アーク計画に携われるというなら、上手くいけばアルダーノヴァさえ利用できるのだ。

 そして他にも理由はある。

 昔、総司達三人でアーク計画に賛成か反対かを議論したことがあった。

 その時、竜馬は知人が乗るというなら賛成で、乗らないというなら反対。どっちつかずのようで、ある意味分かりやすい。

 総司は先のことを考えて賛成。ただし、ロケットがもっと出来るまで待っても良かったんじゃないかとも思っている。そして、あれだけやっといて私の席は無いといってヨハネスが乗らないのは責任者としてどうかと思っていた。あれではまとめる人間がいなくなってしまい、残り少ない人類でいきなり内部分裂を起こしてしまう。あそこはなにがなんでも生き残るべきだったと総司は考えていた。

 葉月はノヴァで月を変えて、ロケットで少しずつ移住しようという折衷案。もし、シオが月に行ってくれなかったらお陀仏な上に、展開上シオを人身御供にするような恰好となってしまう。エンディングでシオらしき姿を見たからこそ言える案だ。

 しかし、この世界に来てしまった葉月は本気でその案を通そうと思っていた。そのためには、とりあえずアーク計画がいきなり頓挫してもらっては困る。だからこそヨハネスへ協力しようと考えているのだ。

 その上、ヨハネスの側にいれば、竜馬が捕まった場合でも比較的楽に助け出せる。仲間を助けるならば敵組織のトップに立つのが最も有効なのだ。現実的なのかはともかくとして。

「ともかく、ヘリが着次第私はここをしばらく空ける。その間、ここのことは任せたぞ、二人とも」

「分かってるよ」

「なんかもう完全に含まれちゃってるんだね」

 総司は普通に頷き、リッカもなんだかんだで了承した。

「ところでリッカさんには別の話があるんだが、神機関連で」

「えっ、なになに?」

 神機と口に出した途端にやる気を見せるリッカ。根っからの技術屋である。

「実は旧型を新型みたいに改造出来ないかと考えていてな。ほら、ロングブレードなんかはインパルスエッジなんかの銃機構が内蔵されているだろう。あそこからバレットを射出出来ないかと思ったんだが……」

「でもそうなると……」

「二人ともここ病室だからね。てかリッカさんはけが人なんじゃ……」

「「知ってる」」

「あっ、さいですか」

 異口同音の答えを返された総司は二人を放っておいて眠ることにした。正直にいえば話している間も眠くて仕方がなかったのだ。まあ、横でどんどん話が白熱して眠れなかったが。

 

 

 

 

 そんな三人がいる病室の前で、リンドウは一人佇んでいた。

 本当は見舞いのつもりで訪れたのだが、病室に入る際に聞き逃せない単語を聞いてしまったのだ。

 それはアーク計画という言葉。

 アーク計画。リンドウが追い求めていた計画である。

 なぜそれが葉月の口から出るのか?

 全ての言葉を聞き取れたわけではないが、総司もアーク計画について知っているようだ。

 そして、葉月は声高に支部長の側へ着くと宣言した。

 総司は元から葉月の協力者だったとして、リッカも巻き込まれた、もしくは懐柔されたとみていい。

「こいつはどうするかね?」

 それとなく総司にマーナガルム計画のことをきいてみようと思っていたが、まさか本当にアーク計画にまで関係していたとは。嫌な意味で勘が当たっていたとリンドウは思い、これからのことについて思案する。

「……まさか、あの時手を出すなって言ったのはアーク計画関連か?」

 リンドウが思い浮かべるのは襲撃事件の際にヒバリへの連絡で残した葉月の忠告染みた言葉。

 依然、オウガテイル特異種のコア回収を命じられた際、ヨハネスはリンドウとソーマに『我々の目的に必要不可欠なコアを有している可能性がある』と言い、さらに『最優先事項だ』と念を押している。

 あのオウガテイルが計画の要であることは間違いなかった。

 『我々の計画』。それがエイジス計画ではないことにリンドウが気付いたのは最近のこと。

 人類の希望と言われるエイジス計画の裏で行われているアーク計画。それがマーナガルム計画同様後ろ暗い部分があるのは明白。なんとしてでも詳細を掴み、場合によっては阻止しなければならない。

 リンドウはそう心に決めていた。例えそれが危険な道だとしても。

 なんにせよ新人二人とリッカの動きには注意したほうが良いだろうとリンドウは結論付ける。そしていつもどおりの態度で病室へと入っていった。

 

 

 

 

 今まさに大いなる勘違いが発生しつつあった。

 

 

 

 

 そして、一方の竜馬は真っ白なアラガミの少女との出会いを果たしていた。

 




 リッカさんは完全に巻き込まれ損。
 ちなみにヨルムンガンドは面白いからおすすめ。アニメ化もしたよ!


 補足

 竜馬君を覆う触手は漫画ベルセルクに登場する鎧の如く、中身を無視して無理やり体を動かすことが出来るというバーサーカー仕様。
 そして総司君の能力は竜馬君の思考や行動を高い確率で先読みする程度の能力。


 どうでもいい設定

竜馬君:漫画派。文章と絵を合わせた漫画こそ至高。
総司君:原作派。原作に勝る作品など存在しない。
葉月さん:アニメ派。本来なら動いて音も出るアニメ―ションに勝るものなし。


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安らぎのとき

GODEATER2がとうとう発売。


……書ききらなかったよ。


 映る景色が上下左右に動く。まるで手に持ったビデオカメラの映像を見ているかのようだ。

 そこは今でこそ見慣れた贖罪の街。撮影者はその一角にある一つの建物へと誘われるように入っていく。

 中にあったのは血にまみれた自分の姿。半分ほど原型を留めていないが、まさしく人間だった頃の自分だった。

 動かぬ自分へと視界がズームアップされ、目と鼻の先どころか触れ合うほどの距離になる。

 そして、視界の動きと共に聞こえ始める耳障りな音。それはまさしく自分の身体が捕食されていることを表していた。

 次第に視界だけでなく、バリバリと軟骨でもかみ砕いているかのような歯ごたえと、クチャクチャと肉を千切り、噛み締める感触が口の中に広がってくる。

 血の一滴まで喰い尽くした後に映った視界は自分がこの世界で見た光景と完全に一致していた。

 

 

「なるほどな。俺を喰ったオウガテイルの身体を乗っ取ってたってわけか」

 

 どうしてそんなことが出来るのか分からないが、もしかすると身体の一部を喰わせたメディやザイゴート達の位置が分かるのも、この乗っ取りだか憑依みたいな能力が影響しているのかもしれない?

 先輩作のオラクル細胞にはそこまでの機能はなかったはずなんだが、謎だ。

 疑問を浮かべながらも荒野をひた走る。先ほどまでとは全く違う景色だ。どうやらまた意識が飛んでいたらしい。とはいえ動かず、眠っているわけではなく、身体は活動しているようだ。最近、そんなことが多い。そして、頻度が増えているような気もする。

 身体が勝手に動くときもあるし、いよいよアラガミ化が進んでいるのかもしれない。ゴッドイーターよりもゴッドイーターしていた弊害か。まるで山月記のようだ。

 ただ、山月記の男と比べて不安は無い。なぜかは分からないが、身体を預けてもいいと思えてしまっている。なんとなく俺のために動かしてくれている気がするのだ。例えるなら子供の手を引く母親のように。

 リンドウは精神世界でアラガミと戦い続けていたことから敵と認識していたみたいだが、どうにも見守られている感がある。

 

 

 ただまあそんなことはどうでもよかったりする。ようはメディを元に戻せればそれでいいのだ。そのためにはアラガミを狩り続けるしかない。

 だから邪魔をするな。邪魔をしないでくれ、総司。手加減なんか出来ない。余裕もないんだ。

 もうお前が何を言っているのかも分からない。人の見分けなんかつかない。総司だと分かるのも感応現象みたいなものだ。

 ああ、くそっ……また意識が……。

 

 

 

 

 気が付いた時には辺り一面雪景色。

 その中に一つの人影があった。

 一瞬、ゴッドイーターかと思ったが、すぐに違うと分かった。おしろいを塗ったように白すぎる肌、ズタズタの布を羽織ったような独特な服装、神機にも見える大きな腕。見覚えがあり過ぎる姿。

 そこにいたのは最も人に近いアラガミであるシオだった。

 シオの存在を認識した瞬間、冗談ではなく目線は彼女へ、身体は地面へと釘付けになった。

 ゲームをしていた頃ならば可愛いと感じていた彼女も、アラガミとなり相対した今では全く印象が違った。

 まさしく蛇に睨まれた蛙。獲物を前にその場を去ったピターの気持ちが分かる。終末捕喰を行うノヴァのコア、特異点。人の思惑はともかくアラガミの頂点に立つ存在だ。とても戦う気になどならない。

 こちらに気付いたシオは腕を人のモノに戻し、人間視点で見れば無邪気に見える表情で近づいてくる。まるで好物を前にした子供のように。それは獲物側からすれば恐怖でしかない。

 依然戦う気は起きない。かといってここで死ぬわけにもいかない。つまり、逃げるしかない。

 そう考えた俺はすぐさま走り出そうとして……。

 

 目の前にシオが……。

 

 

 

 

 

 

 

 ……地面から懐かしい感触がする。アラガミになってから久しく味わうことのなかった日本の家にある畳。その香り。

 目を開ければ懐かしい箪笥などの和風な家具が見える。その光景は人間に戻ったかのような気分にさせたが、俺の身体は依然アラガミだ。だから四つの足で起き上がる。どれだけの間意識が落ちていたのか分からないが、身体をほぐすように伸びをしたら尻尾が箪笥にぶつかった。ほんと、変わり果てたものだ。

 まあ、嫌というわけでじゃないし、この世界で生きていくにはふさわしい恰好だろう。

 

「あっ、やっと起きた!」

 

 その声は久々に聴いた声だった。

 目の前に広がる空間に比べれば久々と言えないかもしれない。なにせこの世界に来て初めて聞いた声だ。ただ、それでもひどく懐かしい。

 夢か現か。なんであれ、ゆっくりと声がした方へ目を向ける。

 

「……メディ、か?」

「うん」

 

 メディは照れながらも変化した姿を見せつけるように胸を張って頷いた。

 シオと同じく人のものとは思えないほど病的に白い肌。ヴィーナスの如く赤い髪にサリエルでおなじみの冠とドレス。そのドレスからザイゴートのホースのように二匹の蛇が垂れ下がっている。早い話がサリエルにヴィーナスの髪の毛を生やし、その足を蛇に変えたかのような見た目。幼く見えるのは精神体が精神年齢に引きずられたからだろうか?

 そう精神体。神器の精神であり、その神器の偏食因子を受けていなければ見えないある種幽霊のようなもの。今のメディの状態だ。なぜ分かるかと言えば、今の俺が剣身(心)一体となっているからだろう。今ならシオやアラガミ化しつつあったリンドウと同じで身体を神器のように変えることが出来る。

 

 

 ただ、そんなことはどうでもいい。

 どうしても声が聞きたかった。話したかった。そのために必死になってアラガミを狩り続けたのだ。でも、肝心の言葉が出てこない。

 謝る? それともお礼を言う? むしろメディなのだから精神体の感想を言うべきか?

 ごめん、ありがとう、ひさしぶり、ってのはありえないな。もっと何か……って全然駄目だ。言いたいことはたくさんあるのに何を言えばいいか全く分からない。頭もから回ってばっかで、なにも思いつかねえ。

 つーか、やばい。泣きそうだ。

 まだ終わってない。解決してない。メディの体だって神器のままだ。でも……。

 

「どうしたの?」

 

 ああ、駄目だ。メディの声を聴いているとどうしようもなくなにかがこみ上げてくる。うん、もう無理。泣くわ。

 

 

 その時、俺は恥も外聞もなく大声で泣いた。どうせ、聞いていたのはメディともう一体ぐらいだし別に構わないだろう。それぐらい嬉しかったのだから。ただ、メディに頭を抱えられながら慰められたのは後々恥ずかしさで悶えそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 なんともいえない感動の再会空間。精神体であるメディは既に背中に乗っている。懐かしいが妙にしっくりくる。やはり俺達はこのスタイルだろう。

 さらにメディの足代わりの蛇が体に巻きついたことでどんなに激しい動きをしても落馬することがなくなった。まあ、精神体では関係ないとも思うが。

 それにしても精神体になれば人に近くなるものと思っていたが半身が蛇になったこともあって人から遠のいているように見える。名前の元ネタを知らないメディがメデューサのイメージにつられたとは思えないし、やはり気持ちの問題なのだろうか。あの一件以来、メディは完全に人間が嫌いになったからな。

 ただそれも仕方ないことだろう。情緒不安定になっていたとはいえ、俺でさえ人間不信だったのだから。勿論、今でも信用はならないが、メディの声を聞いたからか幾分か頭が冷えた。あのままいっていたら必要が無くても人を襲いまくっていたかもしれない。コミュニケーションには精神安定効果があることを再確認した。メディと話すのが楽しくて仕方ない。

 そんな俺達を箪笥の陰から観察するシオ。恥ずかしがっているようにも見えるが出歯亀にも見えなくない。

 

「あの子が助けてくれたの」

「そうなのか?」

 

 シオに問いかけると隠れながらも頷いた。

 

「ちなみに今の俺ってどうなってんの? 自分じゃ見えないからさ」

 

 とりあえず白かった身体が真っ黒になっているのは分かる。でもそれ以外は分からない。鏡なんてないし、見る機会もなかったし。

 

「なんか頭に玉? みたいのが埋まってる」

 

 玉? もしかしてそれってリンドウさんの右手に埋まるはずのアレか?

 

「お前がやったのか?」

 

 シオの返答は肯定。

 メディが精神体になれたのもこれのおかげかもしれない。精神体を見るだけならゲームの主人公以上に神器との結びつきがあるはずだ。取り込んでいるのか取り込まれているのか、はたまた混ざった状態にあるのかは分からないが。

 

「なんにせよ。ありがとな。お前は俺達の恩人だ」

 

 そう言って頭を下げる。この身体では全く様にならない不格好な仕草だが、そんなことは気にならない。

 一先ず、また話せるようになったのだ。本当に感謝してもしきれない。

 シオは言葉が上手く通じないながらも、その意味やニュアンスを受け取ってくれたようで、笑顔を見せてくれた。最初は恐怖を感じたが、今はそんな風に思えない。ゲームをやっていた時と同じ、いやそれ以上に「可愛い奴め」といった所だ。

 というかたぶん口に出していたのだろう。シオは不思議そうに首を傾げ、一方のメディはあからさまに不機嫌になっていた。そういえば新生メディに対しては何の感想も言わなかったような。

せっかくだ。この際、メディの反応を楽しんでみようか。

 

「いやーシオは可愛いなー」

「……し、お?」

「そうだ。お前の名前だ」

「シオ?」

「そうそう、シオシオ」

「シオ!」

「良く言えたな。偉いぞー」

 頭を撫でられればいいが、上手く出来ない。四足の宿命だな。

「シオ、偉い?」

「うん、偉い偉い」

 四足動物の愛情表現ってなんだ? 犬なら……顔を舐めるとかか? セクハラになんねえかな? まあ、アラガミだし大丈夫か。

 そう思ってシオの頬を犬のように舐めあげる。気分は子供の毛づくろいする猫科動物だ。

「えらいかー」

 シオが嫌がったら即止めるつもりだったが、くすぐったそうにしつつも満更ではなさそうだ。野生のアラガミらしく動物的コミュニケーションに抵抗はないということだろう。

 なんか、メディが空気に感じるやりとりかもしれないが、今、メディはすごいことになっている。精神体は髪の毛が怒髪天を突かんばかりの勢いで逆立ってるし、肉体の神器もギチギチと俺の身体を締め上げている。

 そろそろ潮時か? いやまだいけるはずだ。この際だからシオを存分にペロペロしてしまおう。

 なんて調子に乗った俺がシオを押し倒した瞬間、とうとうメディがキレた。

 

「うがぁー!」

 

 メディの咆哮とともに体中を電流が走ったかのように錯覚した。かに思ったが、錯覚じゃなくて本当に身体中の神経の中を触手が通っている。いわば釣り上げた魚に行う神経締め。アラガミじゃなかったら終わってる。

 

「バカバカ! アタシにはそんことしてくれなかったじゃん! アタシも食べたり食べられたかったのに!」

 

 なんかメディがすごいことを言っている気がするが、全く口が動かせない。冗談だよ、てへぺろ、をすることも出来ない。つーか、食べるってあれだよな。絶対に食事的な意味だ。昔からその気はあったし、腕交換の時とか。新ジャンル喰い愛。……絵的には誰得な代物になりそうだ。

 

 

 その後、メディの気が収まるまで俺は一時停止したままだった。シオはいつの間にか飯を食いに行っていたらしい。喰う気を読んだのだろうか?

 



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2071
街を覆う影・凶禍の行進


 迷った挙句、俺達はシオと別れることにした。

 俺達はもう無理だが、シオならば人の中でも生きていくことが出来る。なによりシオが俺達に付いてこなかったというのが大きい。シオのようなどちらにも転びうる存在はなるべく自分の道を自分で選ぶべきだ。その結果、この先敵になったとしても、それは仕方のないことだろう。

 打算的なことをいえば、シオがフェンリルでの日々を体験しなければそのまま終末捕喰で地球がリセットされかねないというのもある。あれはアラガミとしての本能ではなく人としての想いに従ったからこその奇跡だろう。

 なんにせよ、シオと別れた俺達は極東支部から離れることにした……のだが、まあ獲物がいない。アラガミがいないというわけではないのだが、強力な個体がいないため進化というよりメディを元に戻すための糧として不十分なのだ。

 やはり人工ノヴァの影響で極東支部周辺が激戦区であり、誰にとっても絶好の狩場らしい。その傾向は人工ノヴァが成長するにつれてさらに強くなるだろう。

 先輩と総司がうまくやるだろうと放っておいたが、やっぱり先に潰しておいたほうがいいかもしれない。最近、また意識が飛びそうになってきたのだ。ノヴァの波動によるアラガミの活性化と凶暴化。その影響がもう出始めているのかもしれない。

 そう思って戻ってきた神奈川県もとい極東エリア。はっきりとは分からないがシオと別れてから一年か二年ぐらい経ったような気がするので最低一年ぶりといったところか。

 

「「極東よ! 私は帰ってきた!」」

 

 元ネタはたしかガンダムの『ソロモンよ! 私は帰ってきた!』だったはず。どうでもいいけどデンドロっていいよな。個人的にはあのロマンを詰め合わせた感じ満載の武装と見た目が良い。

 

「これってなんか意味あるの?」

「海に行って海だ―! って叫ぶぐらいの意味しかないな」

 

 ようはノリと勢いだ。意味など知らん。

 

「それでノヴァって奴を食べにきたんだっけ?」

「そうそう」

 

 考えてみれば人口ノヴァはアルダノーヴァも含めて神機であり、アラガミでもある。あれらを取り込めばメディの身体を元に戻せるかもしれない。というよりあれを喰って戻れなかった場合、完全に手詰まりだ。それもあっちが完成体であるほど戻れる可能性も危険性も上がるというチキンレース。

 焦らず、確実に。まずはここでの地盤を固めるべきだろう。そのための世界旅行でもあったのだ。ここは部下でもあるあいつらの出番だろう。

 あいつら。勿論ザイゴート達のことだ。いやもはやザイゴートとは呼べないかもしれない。ザイゴートでありながらクアドリガやヴァジュラなど高位アラガミを取り込んだ、世界各地のザイゴートの集合体。その名もザイゴート・マザー。

 アイテールの冠のようなその姿はアマテラスを越える巨大さも相まって、聖母のような神々しさと太陽のような偉大さを兼ね備えた浸食型ならぬ侵略型ザイゴート。その巨大な瞳からはデンドロのようなメガビームならぬ極太サリエルレーザーを放つことが可能な移動要塞。唯一の難点は異常に目立つこと。ただしその分、囮には最適だったりする。

 そんなマザーをかつての住居。食材じゃなくて贖罪の街に投入する。

 

 

 その日、一つの街が白い霧に包まれた。

 

 

 なんてモノローグが入りそうなほど、圧倒的な光景だった。

 遠くから見ている分にはまるで雲がそのまま落ちてきたかのように錯覚させられる。しかし、その雲はマザーから発せられる毒の霧であり、その中心にいるのがマザーだ。

 街はあっという間に霧に呑みこまれ、外からは勿論、中に入ったとしても五里霧中なシークレットスペースと化した。

 

 ここからが第二段階。

 

「よし、そんじゃいくか」

「人間も巻き込まれればいいのに」

「お前も黒くなったなあ」

「リューマだって黒いじゃん」

「色々喰い過ぎたんかね」

 

 絵具も混ぜすぎると黒くなるし、アラガミも取り込み過ぎると身体が真っ黒になるのかもしれない。まあ、最大の要因はメディの捕食形態がまとわりついていることだろうけど。

 さて、毒で弱っているであろう奴らを喰いにいくとしようか。

 この時マザーはマザーでその名にふさわしく大量のザイゴートを生み出している。普通の眼では霧で見えないが、マトリョーシカのように開けた口から1/2サイズのザイゴートが飛び出し、そのザイゴートからもさらに1/2サイズとなったザイゴートが次々と出てくるという奇妙な光景が繰り広げられているはずだ。そうやってネズミ算式に増えたザイゴートはその物量でもって街を席巻する。なんかもう感応種みたいだな。

 大抵の場合は俺達がつく頃には大体終わっており、第三段階の食事が終われば晴れて新しい拠点の完成となる。

 

 

 この方法の良い所はゴッドイーターに関してかなりのアドバンテージを獲れることにある。

 ヴェノム、ジャミング、リークを付与し、数メートル先の視界も奪うこの霧にかかれば蜘蛛の糸にかかった虫も同然。というよりこの霧は蜘蛛の糸のようなもので繋がっているから霧散しにくいのだが、侵入すれば即座にばれる。そうなれば百を超える強化ザイゴートから誘導サリエルレーザーの雨あられ。もはや無理ゲーに近いが、最近のゴッドイーターはやたらと強くなってきたので、これくらいしないと死ぬ。真正面からなんてやってられない。

 エリック! 上だ! なんて感じでオウガテイルにやられる時代は終わったのだ。今のあいつらは素手で小型アラガミを撃退できる。つーか、なんか変な魔法染みた技を使うようになった。地面から棘みたいのが生えたりとか、カマイタチみたいなの飛ばしたりとか、どっちがアラガミか分かんねえよ。

 それに先輩のせいか、技術が近代まで戻ったようで。ジャミングを付けてなければ各種レーダーでこっちの位置はもろばれ。偵察機も飛んでいるのでこの霧がなければ休まる時がない。

 

 

 というわけでやらなければこっちがやられる状態。

 ちなみにアラガミの方はというと、俺達以外は原作準拠といった所。マータとピターが出始めたくらいで、接触禁忌なんかほとんどいないし、霧の甘い匂いに釣られてホイホイかかるぐらいにはちょろい。まあ、数多のアラガミを捕食した上で創り出した代物なのでひっかからないのも困るが、引っかかり過ぎで心配になる。

 一応、大型のアラガミが釣れるようにしているので、シオが直接釣られることはないだろうが、若干不安だ。幸い、エイジスからは離れているのでここまで来る可能性は低そうだが、原作でリンドウを拾ったときはここまで来ていたので油断は出来ない。

 シオには恩もあるし、なるべく穏便に済ませたい。

 なんて舐めたことを言っていられる場合でもないんだよな。この霧も旧世代の爆弾やミサイルで爆撃でもされたら簡単に吹き飛ぶし、過信できるものではない。全力でこられたら確実に負ける。予算の都合とアラガミホイホイとして有用だからこそ見逃されているという可能性が高そうだ。

 とりあえず、拠点も確保したことだし、エイジスの偵察でもするとしよう。

 そんな時のためのミニザイゴート。その大きさは人の目玉ぐらい。目玉おやじみたいなものだ。コアはマザーだから喰われない限り作座に霧散するのでやられる心配も少ないという優れもの。まずはこいつらを先遣隊として飛ばして様子をみる。

 そういえば何故アラガミは菌類として流行らなかったのだろうか。オラクル細胞由来のウイルスとか打つ手なしだと思うのだが、繁殖能力に難でもあったのだろうか?

 

「壊れてなくて良かったー」

 

 メディの声で我に返ると、目の前には懐かしの教会があった。

 

「懐かしいな」

 

 思えばメディと最初に会ったのもこの教会で、それ以降はここが家みたいなものだった。 メディがはしゃぐのも分かる。

早くあの頃みたいな生活に戻りたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウロヴォロス。

 平原の覇者とも呼ばれるそのアラガミは20年前のアラガミ発生以前から存在していたという説もある謎の多いアラガミだ。無数の触手を束ねた前足、怪しく光る眼が集まった複眼、朽ちた羽を持ち、全高10mにも及ぶ巨躯揺らしながら平原を闊歩している。

 だがその巨体ゆえに上方から攻撃を想定しておらず、迎撃手段もほとんどない。そこで俺はメディと共に空中ジャンプを使ってウロヴォロスの背に飛び乗り、メディで背中を切り付けまくる。

 

『痛たたたたっ! 痛い! 痛いって!』

「あっ、悪い悪い」

 

 やっぱり甲羅? は硬すぎて弾かれるか。でもまあ、こういう時はよく節目を狙えという。そんなわけで突き出た棘と甲羅の境に突き刺す。普通、これだけじゃ効果は薄いけど、今のメディは毒剣だ。悲しいことに。

 そうやって、どくどくと毒を流し込んでいると、ウロヴァロスが暴れ出し始める。でかい生き物の弱点は自重のせいで起き上がりづらいこともあり転がれないことだ。ジャンプされようが走られようがこちらとしては全く問題ない。

 このまま呆気なく決着かと思ったが、さすがにそう上手くは行かないもので蚊をはたくように触手を背中に打ち付けてきた。

 しかし、遅い。予備動作が分かり易いこともあって簡単に避けられる。背中から飛び降り、宙を蹴って複眼にメディを突き刺した。ウロヴォロスが悶えるが、これで終わりじゃない。

 ガチャリと何かが外れるような音と共にメディの刀身がずれて内蔵された砲身が露わになる。トリガーに指を駆けられない俺では不可能だが、メディなら自分の意思で引き金を引きことが出来る。

 

「メディ」

「うん!」

 

 直後、ほぼゼロ距離からのインパルスエッジが撃ち込まれた。

 ウロヴォロスは触手を振り乱して暴れ回るが、俺は爪を喰い込ませてしがみつき続け、メディは引き金を引き続ける。

 やがて傷が深くなりすぎたせいで、メディが外れ、仕方なくウロヴォロスを蹴って離脱する。その際に捕喰形態で食い千切るのも忘れない。

 すると捕喰効果でバースト状態になったおかげで相当な力が湧いてきた。その効果が切れない内に終わらせる。そう決めた俺はウロヴォロスが暴れ疲れた隙をついて駆け出し、走り抜けざまに前足と後ろ足を切り裂いていく。

 自重の重いウロヴォロスはそれだけで身体を支えきれずに前のめりになって倒れ込む。ここまでくれば後は楽なもの。トドメを刺すためにメディを構えた。

 

 

 ウロヴォロスは見た目はアレなのに高位のアラガミだけあって美味い。この理屈を人間に適用すれば栄養価の高いものほど美味いということになるが、ロイヤルゼリーやサプリメントが美味くもないことを考えると、やっぱりアラガミの舌は人と違うのだろうと思う。

 

 

 俺達がウロヴォロスを横取りしたことで、自分達の強化もしながら人工ノヴァの開発も遅れて一石二鳥かと思ったが、どうも人工ノヴァは完成に近いっぽい。勿論外面の話だが、いくらなんでも早すぎる気がする。こうなるとさすがにこのまま放置するわけにもいかない。うちのザイゴートたちもノヴァの波動にあてられ始めているし、四の五の言ってられる場合じゃなくなった。

 

「リョーマ、大丈夫?」

「ああ」

 

 そんなわけでエイジス付近に来た俺達だが、今の所ノヴァの影響は少ない。メディに至っては神機なので影響は皆無だ。いざとなればメディが俺を動かしてくれるからそこまで暴走の心配はないだろう。

 だからといって長居するつもりもないし、さっさとノヴァを喰って帰るとしよう。

 

「よし、行くぞ」

「うん」

 

 夜、潮が引いてエイジスへの道が出来たことを確認した俺達はエイジスへ向けて走り出した。

 

 

 

 

 経過は順調。セキュリティが機能していないんじゃないかと思えるほどのあっけなさで侵入に成功した俺達は苦も無くエイジス島の中心部へと近づいていた。

 

「なんもないね」

「油断はするなよ。こういう呆気ない展開を嵐の前の静けさっていうんだからな」

「分かってるよ」

 

 そして、俺の言葉は現実のものとなる。

 

「ん? 前になんかいるよ」

「あれは……」

 

 アルダノーヴァのプロトタイプの一つ、ツクヨミだ。無機質にして宇宙からの来訪者を彷彿とさせるフォルム。黒いボディを走る奇妙な青色のライン。太陽を写し、月明かりを反射する金色の月輪と金色の髪。

 月夜に会う相手としては申し分ない。それも初期設定のみでゲームには登場しなかった男神のオマケつき。原作のような未完成さなど微塵も感じさせない佇まい。とてもタダでは通れそうもなかった。

 

「スサノオ以来の接触禁忌か。お前を喰えばメディは元に戻るかな?」

 

 ツクヨミは答えない。電源が入ったかのように青いラインが淡い光を帯び、動き出す姿は妖しく不気味だ。

 女神が宙へと浮かび上がり、男神は女神を奉るように空を仰ぐ。そして、ツクヨミが目もくらむような閃光を発した瞬間、異変が起こった。

 




 というわけですいませんでした。
 先の展開に関しても先に謝っておきます。




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