憑依時津風とほのぼの鎮守府 (Sfon)
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本編
始まりの朝 上


某二次小説サイトの廃止と共に離れていた小説をふと思って書いています。あの頃は台本形式だったっけ、いま思うとなかなか恥ずかしいが果たして今回はどうなのか…。追記:9/27行間を開けました。5/3改稿。


 俺は今、人生最大の緊張感に押し潰されそうになっている。目の前には仰々しく「執務室」と書かれた看板が掛かっているドアが、そしてその奥にはあの、アノ、提督ないし司令がいらっしゃるのだ。

 

 ああ、ここまで来たら流石に覚悟は出来ているさ。やってやろうじゃないか。

 

 

 

 

 この奇妙な生活が始まったのは今から2日ほど前のことだ。あの頃俺は苦難続きだった受験を制し、大学に通うべく人生初の上京を果たし、慣れない事に翻弄されながらもなんとか大学生としての新たな道を歩み始めていた。

 

 初めて見るワンルームの新居への引っ越しも終えてようやく一息ついたあの日の夜、俺は奇妙な夢を見た。暗い、暗い海の底にたった一人。辺りを見渡すが、目の前に広がるのは岩肌が見え隠れする広大な海底と遥か上の水面から差し込む僅かな日光のみ。魚はおろか海草の類いすら見えない。そこに、独り。息ができるのは夢のせいだと解っているが、妙に、どこか既視感にも似た、変な現実味を感じた。特に動くこともできず、金縛りに遭ったまま時間が過ぎていった。

 

 

 

 俺が覚えている、俗に言う前世とやらの記憶はここまでだ。

 

 夢から覚めるときの、眼前に光が満ちる感覚の後、目を開けた。開けたのだが、その場で俺は硬直してしまった。真っ先に目にはいったのは自分の記憶にある低い天井ではなく、とても高い、まるで病院か何処かの施設のような天井だったのだ。

 

「良かった、目が覚めたのですね。おはようございます。体調はどうですか?」

 

 突然、薄紅色の着物を着た、どことなく見覚えのある女が自分を覗き込んで話しかけ、そこでようやく我にかえった。どうやら俺は何かしらの事情で病院か何処かに運び込まれたようだった。背中に感じるのは独り暮らしを迎えるにあたって、できるだけ安く買いそろえた粗末な敷布団ではなく、病院にあるような妙に柔らかいベッドの感覚。ひとまず、状況を詳しく知りたかった。寝転がったまま女、よく見ればかなり若いだろうその方に質問するのも気が引け、体を起こして訊いた。

 

「変なことを聞くようですが、ここは一体どこでしょうか」

 

 話すと妙に声が鼻にかかったような、高い声が出て独りで驚いたが、咳払いをしても治らないので一旦は諦めることにした。

 

 その女性はとても柔和な、自然な笑顔で応えてくれた。

 

「ここは横須賀鎮守府です。私たちは貴方を歓迎しますよ、時津風さん」

 

 いやはや、俺もとんだ聞き違いをするようになったな。まだ大学生なのに。しかも、つい先日なったばかりなのに――――むろん、まだ入学式も何も行っていなかったから大学生ですらないのではあるが。時津風とは俺のことか? いやいや、そんなこと誰が思うか。

 

「申し遅れました。私はここにいる艦娘のお世話を担当している鳳翔です。よろしくお願いしますね」

 

 それにしても時津風に鳳翔か、なぜこれまた。確かに以前少しだけかじった艦これと言うゲームにはまさにこんな感じの鳳翔と言う名の女性がいたが、まさかまだ夢を見ているのか、そうに違いない。二度寝すれば、次起きたときには覚めているだろう。

 

「ダメですよ、二度寝をしては。あなたの目覚めを提督は心待ちにしていたのです。着替えなどは置いてありますから、身支度をしてください。私は扉の向こうで待ってますね」

 

 体を横たえようとするとムッと眉間にシワを寄せ、軽く注意をされてしまった。いくら夢とはいえ、あまり居心地のいいものではなく感じ、また白昼夢を視るのも初めてであるのでこの際であるから乗ってやろうと思った。しかし俺を時津風と呼んだということは、それはつまり、そう言うことなのだろうか。

 鳳翔さんが部屋を出て行くのを見送ったあと、ベッドの脇に姿見を見つけた。覗くと、やはり、時津風がいた。 病人着をきてはいるが、どことなく犬のような可愛らしい印象を受ける顔は、鏡のなかの彼女が時津風であることを示していた。パッチリと開いた目は少し潤んでいて、肌は染みひとつ無い。

 ひとまず顔を洗うべく素足でタイル張りの床をペタペタと歩いて洗面所を探し、髪止めがあったのでそれをつけ水を手に一杯くんで顔にかけ、そして、固まる。再びである。薄々、どことなく感じてはいたが、流石に現実味を帯びすぎてはいないだろうか。この水の感覚といい、足の裏に感じるタイル張りの冷たさといい、ここまでリアルなのは、そう、まるで現実ではないか。背筋に薄ら寒い感覚を覚えて、やおら頬に手を伸ばし、そして、思い切り、摘まんだ。

 

「―――ッ!」

 

 痛い。なまじ勢いをつけてつまんだだけあって殊更痛い。そして同時に自分の嫌な、できれば外れてほしい予想が、誠に残念ながら真実であることを突きつけられた。

 

 

 これは、現実だ。

 

 

 俺の記憶が正しければ、時津風は陽炎型駆逐艦10番艦。その言動と見た目の可愛らしさを人伝に聞き、それで艦これを始めた。しかしさっぱり時津風は自分の前に現れず、すぐに止めてしまった。元々時津風と他数人、数隻?の艦娘しかしらず、見た目に惹かれただけの俺はプレイに拘ることがなかった。それからと言うものの、ネットに溢れるファンの描いた絵や小説などを読んで楽しんでいた。

 

 しかし、現在はどうか。あれほど気に入っていた時津風本人になっているといえばよいのか、はたまた外見が替わったと言えばよいのか。どちらにせよ端から見れば俺は時津風らしい。と、言うことは、まあ、そうだ。俺は時津風として振る舞うしかないのか。

 

 変に納得してしまった。人間というもの、己の想像を越えた事態が起こったとき、意外とすんなりと、なぜと言うわけでもなく受け入れることが出来てしまうのである。

 

 

 それからと言うものの、俺の行動は早かった。あの大好きな時津風となったのだ。身だしなみは完璧にせねばなるまい。嬉しいことに鳳翔さんが俺に置いていった服はよく見知ったものであり、何故とは言わないが服の構造をよく知っていたのですんなりと着ることができた。 

 しかし、着替えるにあたって否が応でも目にはいる時津風の体は心を揺さぶった。病人着を脱げばパンツしか穿いていなかったので上半身が丸見えになる。慎ましやかな膨らみ、僅かにくびれたお腹、ほっそりとはしているものの柔らかな太ももと足、そしてなにもついていないソコに思わず目が向いてしまう。

 女になった今では己の興奮を示すものは無いものの、内心では違っていた。

 

「それにしてもこれは…流石に恥ずかしいな」

 

 時津風の服はかなり際どい。上半身は至って普通なのだが、問題は下半身なのである。端的に言えば、穿いていないのだ。前世で女の子が、裾が尻を覆うほどに長いパーカーやセーターを着、下半身はショートパンツ等を穿いて、所謂「穿いていない」様に見える服装をしていたのは記憶にある。俺こと時津風の場合、本当に穿いていないのだ。いや、穿いているにはいるが、黒のパンストとその下に大事なところだけをピンポイントで隠すパンツのみ。これはもう、ある意味穿いていないようなものである。

 

 姿見の前に立ってみると、流石似合っている。が、当の本人としては股に空気が下着越しに触れ、前世で女装癖などなかった身としては大層気になる。これでは、と思いしゃがんでみたところ、やはり下着が見えた。それでは、と思い女子にならい膝と踵をそれぞれ揃えて再びしゃがむとなるほど、解決した。思わぬ形で前世での些細な疑問が解決された。

 

 一通り心の整理と身だしなみを終え、現実をみる覚悟が漸くできた俺は鳳翔さんと合流した。

 

「うん、きちんと出来てるわね……と言いたいところだけど、貴方、靴はどうしたの?」

 

 

 あ、素で忘れてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳳翔さんにつれられてやって来たのは執務室、提督、時津風風に言えば「しれぇ」の仕事部屋である。ドアの前へと促され、挨拶と自己紹介をしろとのことだ。この俺、人生最大の緊張を感じている。もしも、もしもこの世界がゲームとまるっきり同じことができるとしたら、提督の気に入らない艦娘など気軽に解体され資材の肥やしにされてしまうのだ。万が一でも悪印象を与えてしまっては俺はお先真っ暗、これからのことを考える暇もなく解体されるだろう。

 したがって、少なくとも無難な自己紹介はマスト。できれば活発さなんかをアピールして今後の人生(艦生?)を優位に進めたいところである。

 

 一方で、今後にも不安がある。ここで提督に自分の印象をつけすぎては、もしかすると戦闘に過大な期待を与えてしまうかもしれない。それはなんとしても避けねばならぬ。こちとら前世は完璧一般ピーポーなのだ。戦闘経験などあるはずもなく、もし戦線に送られでもしたら速攻で死ぬ。というか沈む。轟沈待ったなし。それは避けねばならぬ。

 

 つまり、俺がすべきことはただひとつ。端的にかつ活発に自己紹介をし、速やかにここを去る、これだ。よし。

 

 

 今後の自分に関わる大一番の緊張のためか手にかいていた嫌な汗を服で拭う。心拍数が上がる。細かく手が震える。いつの間にか呼吸も浅く、早くなる。視野が狭まってくる。

 

 

 そのとき、ふいに後ろから抱き締められた。体を暖かく包まれ、意識を引き戻される。

 

「そんなに緊張しなくて大丈夫よ。うちの提督はとてもいい人だから安心していいわ。変なこと言われたら私に言ってくれれば何だってできるから、ね」

 

 そう言って頭を撫でられた。耳に伝わるその声色は、心から安心させてくれる。普通に考えれば振り払うであろう頭にのせられた手も、今は自然と受け入れられる。

 

 

 なんたる役得だろうか。まさかこんなにナチュラルに鳳翔さんと触れあえるとは。なんたる役得! 流石時津風の体、保護欲が沸くのだろうか、または母性本能か。今はどちらでもいい、一先ずこの至福の一時を満喫せねば。ああ、天国…。

 

 ―――しかし、少し長くないだろうか、もう数分経っている気がする。いくら時津風の体とはいえ、騙しているようで少し罪悪感が…。しょうがない、そろそろ。

 

「鳳翔さん、ありがとうございます。お陰でとても落ち着きました」

 

 軽く腕を手で押すとすんなりと腕を解いてくれた。振り替えると微笑んでくれる。しかし意外と体格差があるものだな、鳳翔さんを見上げる形になっている。わかっているつもりだったがこの体、なかなか小柄なようだ。

 

「そう、よかったわ。急に思い詰めたような顔をするんだもの、驚いたわよ?」

 

「心配かけてすみませんでした、いってきます!」

 

 元大学生の名に懸けて、大人な自己紹介をしなければ。

 

 

 先ずはノック。確か正式には三回だったはず。控えめに且つはっきりと、三回鳴らす。

 

「入ってくれ」

 

 中から聞こえたのはダンディーなバリトンボイスではなく、青年の爽やかなというか、明るい声が。良かった、確かに怖そうじゃない。覚悟を決めてドアを開ける。

 

 ドアを開けると好青年が居た。真っ白な軍服を身に纏い、大きくシンプルな木の机越しに、立派な椅子に座ってこちらをきりっとした顔で、真っ直ぐに見ている。目が合った。なんだか、全てを見透かされているような気分になる。落ち着け。お前はもう大学生だろう。相手と年はそう変わらないはずだ。そうだ。

 

 以前よりはるかに低い目線の景色に戸惑いながら司令の前に進み出ると、後ろから鳳翔さんも一緒に部屋に入ってきた。扉は鳳翔さんが閉めてくれるらしい。

 

「失礼します。本日より横須賀鎮守府にお世話になります、陽炎型駆逐艦十番艦、時津風です! これからよろしくお願いします!」

 

「よろしく、時津風。俺はこの横須賀鎮守府の提督をやっている者だ。これから鎮守府の為に頑張ってもらうことになる。大変なこともあるだろうが、頑張ってくれ」

 

「はい! 精一杯頑張らせていただきます!」

 

 俺のハツラツとした態度が好印象だったのか、微笑んでくれた。良かった。良かったのだが。提督の目線が段々と俺の目から下がっていき、腰の下で止まる。

 

 ま、まあ、提督も男なんだ、しょうがない、うん。その気持ちはよーくわかる。気になるのだろう。あれはもしかして穿いてないのか? いやいや、まさかそんなわけない、って。残念、穿いていないんだな、これが。あ、ヤバい、なんか顔赤くなってる気がする。男にみられて顔を赤らめるとか変態か、俺は。

 

 提督は動かず俺はどうすればわからない、膠着状況になってしまった。

 

 鳳翔さん、何とかしてください、とばかりに念じると大きく咳払いをしてくれた。ありがとう鳳翔さん。俺のなかで鳳翔さんの株がマッハ。さすがの提督もこれで我にかえったのか、何もなかったかのように再び話し始めた。

 

「さて、早速だが時津風には仕事をお願いしたい」

 

 あちゃー、これはしくじったか、ヤバイ、ヤバイぞ。艦娘の仕事は戦闘一辺倒だが今の俺の攻撃力はほぼゼロ。何をどうしろと。ナニをどうしてやろうか提督。地獄に落ちろ。

 

「今日から時津風には俺の秘書艦を命ずる。詰まりは俺のアシスタントだな。頼んだぞ」

 

 すまなかった提督前言撤回。なんと言うことか、神は俺を見捨てていなかった。しかし待てよ、秘書艦と言うことは常に提督と一緒にいると言うことか…。あれ、こっちもこっちでヤバいんじゃ?

 

「提督、分かっているとは思いますが、時津風ちゃんの承諾なしに何かするようなことがあれば、解っていますね?」

 

 ナイス鳳翔さん! しかしその顔はやめてください。笑っているのに目だけ般若です。なにもしていない俺も恐いです。あの、なんかごめんなさい。でもこの格好俺が選んだんじゃないんです許してください。

 

 それにしてもゲームでいうところのレベル上げをせずに秘書艦にされるとは。そもそもレベルがあるかは知らないし秘書艦は安全そうだが願ったりかなったりだが、何か裏がある気がする。この、セクハラ紛いのことをする提督だ。何をされるかわかったもんじゃない。これからは気を付けていかねば。しかし安全に、少なくとも戦闘をせずに過ごせるのは嬉しい。

 

「ああ、もちろんわかっているともさ。ところで時津風、お願いされてくれるかい?」

 

「勿論です! ぜひよろしくお願いします!」

 

 うん、安全第一。

 

「それじゃあ、そういうことでよろしく。鳳翔も本人が受諾してくれたんだ、いいだろう?」

 

 おお、この提督、意外と律儀なのかもしれない。なんかよくわからない人だ。もしかするとそのうち意気投合できるかもしれないな。せっかくだし仲良くしていきたい。

 

「わかりました。しかし、くれぐれも変な真似はしないようにしてくださいね。時津風も何かあったらすぐに言うのよ?」

 

 鳳翔さんは随分と俺のことを着にかけてくれるようだ。ありがたい、あなたは天使です。

 

「はい、何かのときはよろしくお願いします、鳳翔さん」

 

 鳳翔さんに軽くお辞儀をするとにっこりと笑ってくれた。思わず俺も笑ってしまう。変な顔じゃないよね、大丈夫だよね。

 

「よし。それでは、最初の仕事を言い渡す」

 提督が背筋を伸ばし、真面目な顔になって俺をみる。思わず俺もつられて居住まいを正す。

 

「最初の仕事、それは…」

 

 提督の妙に貯める言い方に緊張し、生唾をのんでしまう。

 

 

「俺の世話だ」

 

 

 …はい?




最後まで読んでくださりありがとうございます。文体を多少固くしてありますがもう少し和らげた方がよいのでしょうかね。一先ずはこれでいってみます。推敲はしていますが誤字脱字などありましたら一方いただけると幸いです。
また、あまり長いと読み疲れてしまう方もいらっしゃるので、一話分を敢えて短くしています。ご了承ください。
10/10追記:第二話と統合。


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始まりの朝 中

ネット小説独特の改行やスペースにまだ慣れません。早いところ慣れます、ええ。
追記:時津風の発見理由があり得ないものになっていたので修正。大変失礼しました。「工廠にて建造」→「艦隊が発見、保護」5/3改稿。


「提督、お世話と言いますと…?」

 

 やはり、そういう人だったのか。お世話といったらアレか。薄い本的な。いやー、コワイワー、もと男なのにコワイワー。いや、まあたぶん語弊があっただけだろうけども何かこう、他に言い様は無いものか。

 

「俺の身の回りの雑用をやってもらいたい。部屋の掃除やお茶汲み、あとたまーにでいいから肩でも揉んで欲しい」

 

 司令は俺が訝しんでいることに気づいていないようで、表情を変えずに頼んでくる。

 ですよねー、うん、知ってた。なんかこの提督そういう事をする勇気はなさそうだし。

 

「了解しました。えっと、道具の場所とか教えてもらえますか?」

 

「ああ、もちろん。それと、これは頼みなのだが、俺には敬語を使わないで欲しいんだ。ここの鎮守府にいる艦娘には皆に言っているのだが、我々提督はじめ人間は艦娘に協力してもらっているだけなのだからここに上下関係はあまり作るべきではないと考えている。指示を聞くといった最低限のものは必要だが、それ以上はいらない」

 

 なんと、この提督めっちゃいい人ですやん。これは当たりだったのではないか。少なからず薄い本的なことを強要する提督もたぶん居るだろうし、そんななかでこういう提督の下につけたのは幸運だったな。

 

「はい、わかりました。ですが、流石に初日からいきなりというのは此方としても緊張するので明日から、明日からは敬語をやめるのでそれでいいですか?」

 

 そういうと提督はほっとした様子で息をはく。あー、これはアレだ。人の上に立つのになれていない奴だ。なんか妙に親近感がわいてくる。

 

「ああ、勿論だ。さて、取り敢えずはお茶汲みをお願いしようか」

「了解しました!」

 

 この提督とは、仲良くやっていけそうだ。

 

 

「さて、こんなところだ。鳳翔、もう下がっていいぞ」

 

 おお、そういえばまだ居たのね、鳳翔さん。

 

 

 

 

 鳳翔さんが部屋を出ると提督が俺に向き直り、真剣な表情になった。そして、一つ深く息をする。次にはなにがくるのか、と俺が提督の一挙一動に意識を奪われていると、提督がゆっくりと話始めた。

 

「さて、鳳翔がいなくなったところで本題に入る。ここから先は現時点では他言無用だ。机の前まで寄ってくれ。心して聞くように」

 

 鳳翔さんがいた先程までとは提督の声の調子がまるで違う。どこか柔らかかった印象は消え、真剣モードと言わんばかりの顔つきだ。まるでこれから裁判の判決を受けるかのような重圧が俺にのし掛かる。其処にはまさしく、横須賀鎮守府提督にふさわしい雰囲気を纏った男がいた。

 

「先ずは君の現状を説明しよう。君は我が鎮守府所属の艦隊に発見・保護されたが、通常即日中に目覚めるはずが三日ほど目覚めなかった。何か君には通常ではあり得ない事態が起きていると思うのだが、なにか心当たりはあるか?例えば自分が何者かわからない、であるとか」

 

 心当たりか、大いにある。ここは素直に全て話しておくか?しかし下手に不味いことをいっては解体されるかもしれん。ここは一先ず当たり障りの無さそうなところを…。

 

「分かっているとは思うが、心当たりがあるのなら全て残さず言ってくれ。これは君を解体することには繋がらない。今後の取り扱いをどうするか決めるためのものだ。支障があってからでは困る」

 

 まるで心を読んでいるかのような発言に面食らってしまう。だめだ、この人相手には分が悪すぎる。ここは提督を信じて洗いざらい吐くしかないようだ。ひとつ深呼吸すると、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

「なるほど、自分の存在は分かるものの船としての記憶は無く、あるのは人間の男だった記憶のみでそこではここによく似た物語がある、戦闘経験はもちろんない、と。まったく、自分の置かれている状況が解っているだけマシと捉えるべきか、とんだ変わり者だな、君は」

 

 結局、知っていることは全て話した。話すほどに提督の顔が失意に染まっていくのは本当に申し訳なかったと思う。しかし、ある意味で良い機会だったかもしれない。何も提督に話さないまま過ごして万が一急に戦線へと送り出された日には堪ったもんじゃない。

 

「さて、俺は万が一のことを考え君を一度秘書艦として近くで過ごさせ、様子を見る予定だったが、話が変わった。現時点で戦闘能力どころか知識すらない君には先程いった俺の手伝いに加えてこれをこなしてもらう」

 

 そういって提督は机から分厚い紙の束を俺に手渡した。恐らく100ページはあるだろうか。ずっしりとした重みがある。

 

「そこには鎮守府運営の基礎からの知識や艦隊の運用の仕方、作戦の組み立てかたなどが纏めてある。君には俺の雑用に加え、ゆくゆくは俺の指揮の補助を行ってもらう。また、同時に基本的な海上での動きや戦闘も学んでもらうことになる。なにかと忙しくなるがこなすように」

 

 なんということだ。秘書艦になり、提督の雑用をこなすだけですむと思っていたがとんだ勘違いだった。これでは他の艦娘よりもハードなのではないか。

 

「もちろん、あくまでも君は秘書艦であるから戦闘に参加することは今のところ無い。常識くらいは詰め込んでおこう、ということだ。頑張ってくれ」

 

「了解しました」

 

 提督に意見することなど出来るわけもなく、またそもそもが常識的な内容らしいので反論もできない。覚悟を決めて取り組むしかないようだ。こうしてこれから始まるであろう厳しい生活を思っていると、提督から早速最初のお仕事が言い渡された。

 

「では早速だが、先ずはお茶でも淹れてもらおうか」

 

 紙の束を受け取ったのもつかの間、もうここまで来たら何でもこい。意地でもこなしてやる。

 

 

 

 

 時計を見ると最初のお仕事から3時間ほど経ち、針は12時を指していた。あれからと言えば提督から雑用を言い渡され、それが終わると次の雑用まで渡された紙束を読み、必死に頭に入れていく事の繰り返し。雑用は難しくなく、勉強も解りやすく噛み砕いて書かれているため戸惑うことは無かったのが幸いか。提督の雰囲気もあれから普通に戻り、何かあれば話しかけるように言われている。何だかんだ俺のことを思ってくれているようだ。奇妙な俺にも真摯に接してくれるのは非常にありがたい。

 

 勉強も調子が出てきて少し楽しくなってきたところでふと下腹部に感じるものを見つけた。

 

 

 

 なんと言うことだ。南無三、避けられぬことでは解っているがよもや自分が体験することになるとは。しょうがない。この姿でこれから生活するのだ、乗り越えねばなるまい…。

 

「ところで提督」

 

「なんだ?」

 

「お手洗いってどこですか」

 

 

 

 

 朝は俺が時津風になっているという事に驚いて着替えるときにもあまり意識していなかったが、今の俺は女なのだ。ええ、実感しましたとも。なんか時津風、ごめん。全部見てしまいました。今は俺自身の体でもあるから許してください。

 そういえば今後、他の艦娘と風呂に入ったりすることあるのだろうか。そのとき俺は耐えることができるのだろうか。既にモノは失っているから傍目には普通だろうが果たして内面はどうなのか…。そのときにならないと分からないな、これは。

 

 トイレから帰って執務室に戻ると、間宮さんがお昼の準備をしに来ていた。提督の机の前に俺が使っていた簡易的な机を向かい合わせで、丁度学校給食のように並べられている。机の上にはどんぶりが二つ。どうやら昼食のようだ、食欲をそそるいい香りがする。

 

「おお、帰ってきたか。紹介しよう、うちの食事や菓子類を作ってくれている間宮だ。今日の仕事はここまでにして食べようか」

 

 提督は俺が帰ってくるのを待ってくれていたようだ。少し自意識過剰かもしれないが、俺のことを考えてくれていると実感し嬉しくなる。

 提督と対面の席に着いて丼を見ると、中は親子丼だった。卵がふわふわしていてとても美味しそうだ。一つ気になるのは、提督のとあまりにも丼の大きさが違う事だ。いくら女になったとはいえ流石に少なく感じる。しかし間宮さんの事だ、駆逐艦の量というものがあるのだろう。提督の丼の半分くらいしかないぞ。

 

 提督といただきますをして食べていると、提督が此方をじっと見てきた。若干笑っている気もする。何かおかしな事でもしてしまっていただろうか。

 

「なんですか提督、顔に何かついてます?」

 

 聞くと俺が大層うまそうに食べるものだから思わず見てしまったそうな。喜んでいいのかよくわからない。間宮さんの方を見て様子をうかがったところ此方を見て嬉しそうに笑っていた。二人して一体何なんだ。

怪訝に思いながら食べていると、先に食べ終わった提督が今後について説明をはじめた。

 

「今日はこのあとこれから過ごす部屋にいってもらう。それからは夕飯まで自由だ。今日はゆっくりするといい。部屋の場所は間宮が途中まで案内してくれる」

 

 俺が食べ終わると提督も一緒にごちそうさまを言った。うん、なんか一緒に食べる人がいるってのはいいな。前世では…。あれ、心の汗が流れている気がする。なんでだろうなー。ちなみにご飯の量は丁度よかったです。予想はしていたけど、めっちゃ少食になってるんだな…。

 

 席を立つと間宮さんに手を握られた。これはアレか、もしかして子供扱いを受けているのか。いやいや、中身は大学生ですから。走ってどっか行ったりとかしませんから。あとなんか気恥ずかしいので勘弁してください間宮さん。

 

「それじゃあ行きましょうか。提督、片付けに戻ってくるので少しお待ちくださいね」

 

 間宮さんに連れられて執務室を出る。横に立たれるとやはり間宮さんを見上げる形になり、自分の小柄さを痛感する。しかも俺の歩幅が狭いのか小走りでないと間宮さんに置いていかれるのだ。これじゃまあるで幼児ではないか。

 

 数分歩き、お目当てのドアについた。扉には可愛らしい文字で「第十六駆逐隊」と書かれた看板が掛かっている。

 

「それじゃ、私はここまでね」

 

 間宮さんはそういって執務室室へと戻っていった。さて、本日二回目、時津風、いっきまーすっ!

 

 …無理にテンションあげたら、きっと後でどっと疲れるんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 遂に第十六駆逐隊の面々と会うときが来た。目の前には彼女らが住んでいる部屋の扉が。一つ、深呼吸をし、意を決してノックする。俺は時津風。時津風は明るく、多少幼い。俺が知っている時津風とあまりかけ離れると何があるかわからない。下手すると他の艦娘から嫌われたりするかもしれない。頭の中の時津風を意識し行動するのだ、私。

 

「失礼しまーっす!時津風、只今帰って参りましたー!ってあれ?」

 

 元気よく扉を開け挨拶をしたものの、部屋の中はベットが四つと家具のみで誰もいない。どうやら入れ違いになったか、どこかに出掛けているようだ。彼女らを探しにいくか、はたまたここに戻ってくるまで待つか。悩んでいるその時、背後から忍び寄る影が。その影は時津風にそっと手を伸ばし…勢いよく肩を掴んだ。

 

「わぁっ!? なに!?」

 

 心臓が(艦娘的には機関室が?)止まるかと思うほど驚き、直ぐに後ろを向くとそこには天津風が手を伸ばしたまま、満面の笑みで立っていた。その奥には初風と雪風もイタズラが成功したと笑顔で立っている。

 

「お帰り、時津風! 私は天津風、こっちは雪風と初風よ」

 

 天津風の紹介で雪風と初風も挨拶をする。

 

「もー、天津風ってば流石に今のはきついって。本当にビックリしたんだから!」

 

 ちょっとふくれた表情をして見せると天津風はごめんごめんと謝ってくれたものの、顔が笑ったままであるので説得力の欠片もない。少しじゃれていると後ろから雪風が近づいてきた。

 

「雪風だよ、これからよろしくね! 時津風はもう秘書艦になってるって本当?」

 

「本当だよ。まだ勉強中だけどね、なんかしれぇに色々渡されて大変。ほら、これ全部やらなきゃいけないんだよ、流石にきついよー、これは」

 

 そうして軽い気持ちで、俺の大変さをわかってもらおうと提督にもらった紙束を、苦笑いをしながら皆に見せたところ、初風から驚きの発言が飛び出てきた。

 

「これ、相当レベル高いわね。私たちが習ってるのなんかが遊びに見えるわ…。やっぱり秘書艦になるだけの才能があったのかしら。バカワンコっぽい妹なのに」

 

 え?そんなにレベル高いのかこれ。とりあえず初風には「バカワンコってなにさー!」と返したものの落とされた爆弾の大きさに衝撃を受ける。提督、常識的なものしか載ってないとか言ってたよね。えっと、つまり、どう言うことだ?

 

 結局、色々考えたが結論が出なかったので考えるのをやめた。艦生において、諦めも必要だ。

 

 

 

 ちょっとしたハプニングもあったが、その後は皆で楽しく過ごせた。天津風に漸く妹ができたと抱きつかれ女の子の柔らかさに驚いたり、雪風を弄って遊んだり、初風には無言で撫でられたりした。初風に撫でられたときは気持ちよくて思わず顔がふやけてしまったのが元男としてはなかなか恥ずかしいが、今は時津風なので良しとしよう。男の俺にその気があった訳ではないはずだ、たぶん。

 

 天津風達との会話を通して感じたが、何だかんだで皆俺がやって来るのを心待ちにしてくれていたようだ。自分のことを必要としてくれるひとがいると知り、素直に嬉しく思う。

 

 さて、楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、いつの間にか夕飯前になっていた。皆と自己紹介をしあったあと、直ぐに鎮守府の施設の案内を天津風達にしてもらっていたので、実質4時間ほどは話し続けていたことになる。恐るべし女子力。話の内容としては艦娘になる前の船としての思い出話が主だったので女子力とはかけ離れているかもしれないが。俺は船の記憶を持っていないので他三人に話を合わせるのが大変だったが、意外となんとかなるものだ。

 

 鎮守府の案内では駆逐艦達が勉強をする教室や図書館等の学校のような施設に始まり、工廠や入渠ドック等のまさしく鎮守府と言った施設を回った。入渠ドックはお風呂で、しかもそれとは別に露天風呂も用意してあったのは驚きだ。これはもしかしていずれ俺のような偽女が生粋の女の子と一緒に風呂にはいらないといけないということだろうか。もしそんなことにでもなったら俺の精神は持たないだろう。後で提督に掛け合ってみることにしよう。

 

 それにしても、なぜか食堂を見ようとするとやんわりと断られたのは何故だろうか。衛生面だろうか。

 

 

 

 どうやらそろそろ夕飯の時間のようだ。天津風が若干そわそわしているのを見ると、娯楽の少ない鎮守府で如何にご飯が楽しみなのか伝わってくる。

 

 少しの間駄弁っていると、館内放送で夕飯のアナウンスが流れ、俺達は食堂へと向かう。雑談をするのかと思ったが、なぜか誰も話し出そうとしない。皆にあってから会話が途切れたことはほとんどなかったので、調子を崩される。

 

 食堂の扉の前につくと天津風が俺にドアを開けろと催促してくる。

 

 

 何か企みでもあるのかと訝しがりながらドアを開けたその時、大きな破裂音が鳴り響いた。あまりの大きさのため咄嗟に目をつぶってしまう。

 

 

 一体何が起きたのか分からずそっと目を開けるとそこには驚くべき光景が広がっていた。大部屋のなかにはまるでパーティーのように数々のテーブルがならび、周りには手に鳴らしたあとのクラッカーを持つ多くの艦娘たち、その数およそ50。そして壁には横断幕に書かれた「時津風 横須賀鎮守府にようこそ!」の文字が。

 

 あまりの突然の出来事に驚いていると後ろから声がした。

 

「ごめんね時津風、どうしても驚かせたかったのよ。さ、中に入って」

 

 振り替えると声の主は、にやけている天津風だった。なるほど、これがあるから食堂には入らせてくれなかったのか。納得したのと同時に、心の底から幸せな気持ちが沸き上がってきた。慣れない分野の勉強をし、性別の差にうちひしがれていたところにこの出来事である。時津風の言動を真似するのも、もしかしたら多少負担になっていたのかもしれない。皆が笑顔で俺を迎えてくれ、拍手も起こっている光景に、目が潤んできた。

 

 

「それじゃー皆、いくわよ!」

 

 天津風が音頭をとると皆が一斉に俺の方を向き、揃って言った。

 

「時津風、横須賀鎮守府にようこそー!」

 

 こんなに沢山の人に祝福されるのは初めてだ。女になったせいだろうか、あまりの嬉しさに涙が溢れてくる。それをグッとこらえる。皆から祝福をもらった、次は俺の番だ。

 

「皆ありがとー! これからよろしくお願いしまーす!」




10/10追記:第四話と統合。


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始まりの朝 下

雪風の口調がわからないのであります。5/3改稿。


 俺に対するサプライズと言う形で始まった、歓迎パーティーと言う名のお食事会も幕を閉じた。皆は食事をかなり楽しんだ様子だったが、俺の場合は挨拶回りに振り回される時間だった。前世でのキャラクターとしてよく知っている面々に会うことができ此方としても充実した時間になったと共に、目の前の艦娘達はゲームと違いそれぞれ明確な自我を持った、尊重されるべき一個人であることを再確認することができる場となった。

 

 食事を終え、部屋に戻って各々のベットに寝転がりながら食後の休憩をしていると明日の予定の話になった。食事をとっている最中に提督がやって来て明日の休日を告げに来ていたのだ。

 

「そういえば時津風の私物とか荷物とかってまだ何もないのよね?」

 

 そう聞いてきたのは天津風、午後の駄弁りと先ほどの食事ですっかり仲良くなり、まるで旧友のような気のおけない仲になった。ボディタッチが多いのが少し気になるが…。元男としては旧友より恋人になりたかったところだが、この体たらくでは致し方あるまい。言ってしまえば別に同性でも良いのだろうけれど。事実、食事中に挨拶をした艦娘の一部二人組はなんと言うか、かなり甘ったるい雰囲気を出していたわけで。この鎮守府には男が提督位しか居ないのでそうなるのは必然と言えばそうなのかもしれない。

 

「うん、まだなにも持ってないよ、今日来たばっかだし」

 

「じゃあ寝巻きも持っていないのよね。このあとお風呂だけど着るものどうするのかしら?」

 

 あー…、はい、やっぱりそうですよね、入りますよね、風呂。男としては嬉しい筈なのだろうが今となっては罪悪感の方が強い。みんなは俺を時津風本人と思っているので、上手くいくほど騙しているような気持ちになってくるのだ。いや、現状騙しているといっても間違いではない。そんな俺が彼女らの裸を見ることになるのは申し訳ない。

 

しかし現時点ではどうすることができるわけでもなく、流されるしかないのが実情だ。いつか俺のことを話せるときが来たらよいのだが。

 

 それにしても着るものか。着るものといってもな、俺の持ち物なんてまだないよ。まさに着の身着のままだ。今思えば午後のうちに何か間に合わせでも良いから買っておけばよかったのだが、流石に今から買いにいくわけにもいくまい、すでに時刻は8時前になっている。

 はてさてどうしたものかと考えていると初風が朗報を持ってきた。

 

「そういえば私の時は、最初の服一揃えは提督からと言うか鎮守府から支給されたわよ。きっと時津風も貰えるんじゃないかしら」

「それならよかったわね。なんだったらあたしのを貸してあげようかと思っていたんだけど。一応持ってく?」

 

 ありがとう天津風。でもどことなく下心が見えるのはなんでだろう。

 

「ありがとう天津風! 因みにどんなやつ?」

 

 念のために聞くと天津風は自分のタンスのなかを探し始めた。

 

「ちょーっと待っててね。前買い物に行ったとき、時津風が来たときのためにって買っておいたのよ」

 

 そうして天津風が探している間、暇になったので何気なく雪風に目をやるとめっちゃ苦笑いをしている。嫌な予感が頭をよぎるが流石にそんなことはないだろうと初風の方も見ると今度は諦めなさいと言わんばかりの表情。これはまさか、俺の予想通りなのか…?

 

 予感が確信に変わりかけたとき、ついに天津風がお目当てのブツを見つけた。

 

「あったわ!これよ、どう?かわいいでしょ!きっと時津風に似合うと思うんだけどどうかしら」

 

 天津風が満面の笑みを浮かべながら取り出したのは、淡いピンクを基調としてフリルを多く使った、なんとも乙女チックなネグリジェ。大変残念だが嫌な予想はこういうときに限って当たってしまった。初風から漏れるため息、雪風から漏れる「うわぁ…」と言う呟き、男の俺だけではなく女子目線ですらなかなかにきついもののようだ。

 

「あ、ありがとう天津風。提督から何もなかったら借りるね」

 

 本心としては断固お断りしたいところだが天津風が、あまりに嬉しそうにしているので受け取らざるを得ない。天津風が嬉しそうにしているのを見ていると俺も嬉しくなってくるのは所謂姉妹の絆なのだろうか。もしそうだとしたら、イレギュラーで異質な俺も仲間になれた気がして嬉しい。

 

 

 結局着るものは天津風から借りるとして、風呂に行くことになった。さあ、地獄の時間の幕開けだ。

 

 天津風達に連れられて銭湯の大浴場のような風呂場に行くと、脱衣所の籠はそれなりの数が使われているのが見えた。どうやら先客がいるようだ。あの巫女服のような奴は金剛さんたちのものだろうか、四つ横に並んでいる。

 

 辺りを見回して些細な時間稼ぎをしていると初風に早く脱ぐように言われた。もう少し心を落ち着ける時間をくれませんか、今覗きをしているようでめっちゃドキドキしているのですよ。もしここで男にもどったら半殺しじゃ済まないだろうな、なんて軽い気持ちで想像すると背筋に寒気が走った。いま思えば、いままでの行動も男の自分がやっていると思うと………、いや、考えるのは止めよう。そんなことをいっていたら今後生活していけない。

 

 ぼさっとしていてもしょうがないと、思いきって服を脱ぐと時津風の白い肌が俺の目を奪った。シミ一つ無いきれいな肌に暫し固まっていると、天津風に手を引かれ、浴室に連れていかれる。

 

 浴室はまさに古きよき銭湯のようだ。カポーンと言う言葉が似合う。横一列に椅子に座ろうとしたところ三人の間で位置取り合戦が起きたようだったが、結局雪風、初風、俺、天津風と言う順番になった。両サイドは見ることができず前を向けば鏡に写った自分を真正面から見ることになり、視線の行く先に困る。結局、自分の体はしょうがないと真正面を向いた。時津風、すまぬ。

 

 男のように頭を洗っていると天津風に突っ込まれた。

 

「あんたなんて洗い方してるのよ、男じゃあるまいし。やってあげるから一度で覚えるのよ。こっちに背中向けなさいな」

 

 いや、そうすると初風の体をモロに見ることになるんですが。

 

「早くしないとくすぐるわよ」

 

 あ、はい、すみませんでした。ごめん初風。

 天津風に背を向けると、頭頂部から優しく洗われる。あ、この娘めっちゃうまい。

 

 

 結局そのあと背中まで流してもらいました。めっちゃ気持ちよかったです。ただ、最後、洗い流すときになって天津風が何処とは言わないが、その、こう、わしっと掴んできたのには驚いた。本人いわく「勝った」らしい。俺としてはなにか大切なものを失った気がする。

 

 ゆっくり湯船に浸かり、そろそろあがろうとしたとき脱衣所の方から提督が声をはりあげて言った。

 

「時津風、支給品の寝間着を入り口に置いておくから誰かにとってもらってくれー!」

「りょーかいしましたー!」

 

 聴こえてるか解らないが一応返しておく。

 

「雪風、お願いできるー?」

 

 ここは運のいい雪風にお願いしてとってきてもらう。もう既に置いてあるのだから誰が取りに行ったって同じだが、気分的にね。

 

「いいよー、先上がってるから持ってくるまでちょっと待ってね」

 

 笑顔で了承し取りに行ってくれる雪風、なんて優しい娘なんでしょう。

 

 しばらくして雪風が俺を呼ぶ声が。風呂から上がり体を拭いて、雪風から紙袋を受けとる。さて、どんなやつが入っていることやら。中身を取り出すと…

 

「うわぁ、流石にこれはキツいわね…」

 

 後ろにいた天津風が思わず呟く。これは…天津風のが普通に感じるほどヤバい。何て言ったってこれは、どピンクのベビードールなんだから。

 

「Oh,近頃の駆逐艦たちはこんなのも着るんですネ! ちょっとマセすぎじゃ無いデスか?」

 

 丁度金剛さんが風呂から上がってきた。その表情は驚き一色。

 

「ちょっ、違います、違うんです!これは司令が勝手に持ってきただけで」

 

 多大なる誤解を生んだようで、懸命に解こうとするが「大丈夫デスよ、そういう時期も女の子には必要デース!」と聞いてもらえない。

 

 

「あーもう!しれぇ、なにしてんのさぁー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、入りますよ!」

 

 支給された寝間着のあまりのひどさに怒った俺は執務室へ、抗議をするべく向かった。全く、天津風からまだマシなものを借りていたから良かったものの、もしなかったらどうなっていたことやら。自分が透け透けのベビードールを着ているのを想像して悶え、自分が今来ているネグリジェを意識してしまい悶える。

 

 その恥ずかしさを執務室の扉に当てて勢いよく開くと、まるで俺が来ることを予想していたかのように提督が悠々と俺を待ち構えていた。

 

「お、時津風、来たか。俺が渡した寝間着はもっと際どいやつだったと思うのだが?」

 

 にやけながら、まるで勝ち誇るかのように頬杖を突きながら言う提督。

 

「あんなの着られる訳ないでしょ!どう言うことなのさ一体、天津風にこの服を借りてなかったらあれで部屋まで帰らなきゃいけなかったんだよ!?」

 

「良いじゃないか、どうせここには艦娘位しかいないんだ、別に困ることでもないだろう?」

 

 俺の抗議を聞いても余裕綽々といった態度をとる提督に頭に血が昇っていくのを感じる。

 

「困るよ!こんななりでも元男だよ!? 普段着だって下着がいつ見えるかって気が気でないのに、流石にあれはおかしいでしょ!」

 

 俺が捲し立てると、面食らったような表情をしたあと、笑う提督。

 

「な、何がおかしいのさ!」

 

「いや、まさかここまで上手くいくとは思わなかったからね、驚いているんだよ」

 

 上手くいった、だって?

 

 提督の言っている意味がわからず、恥ずかしさと怒りから来る興奮のみが溜まっていく。

 困惑しながらも提督を睨み続けていると、続けて話し始める。

 

「まず最初に、ああいう寝間着を用意したのについては謝る。それで、上手くいったと言うことだが、実は天津風がお前に寝間着を貸すことは知っていたんだ。あいつが買ってきたときに、俺に散々自慢したからな。だから俺が渡すのがヤバくてもなんとかなるのは解ってたんだ」

 

「じゃあ、なんでわざわざあんなのを渡してきたのさ!」

 

「まあ、そう焦らないでくれ。理由の一つとしては所謂ショック療法的な意図だ。怒ってるとはいえ、俺に自然な口調で話してくれているだろう? 多少粗っぽいがお前はこうでもしないと根からは変わってくれないと思ってな。もう一つは体よくここに呼び出したかった、と言うものだ。俺が思うに、何かしら悩んでいる気がするのだが、違うか?」

 

 一体、この提督は何を考えているんだ。

 言葉の矯正? 確かに怒りからか口調は解けたが、そんなことのためにあんな恥ずかしいものを贈るだなんてどうかしている。

 

 どうかしているが、全く、どうしてだろうか、妙に怒る気が削がれた。怒りを通り越して呆れているのだろうか。提督に呆れた、という視線を送ると手を合わせて謝ってくる。そんな風に謝るくらいなら、最初からしなければいいのに。

 

 とはいえ、確かに提督に相談しようと思っていたことは、ある。散々怒っておいて急に相談するのも気にくわないので、「しょうがなく許した」とアピールするように大きくため息をついてから話す。

 

「皆と話していて思ったんだ、俺が皆に対して自分の中の時津風を振る舞うのは、皆を騙していることになるんじゃないかって。まだ誰にも俺が元男だってことも話していないし、今後話せる気もしないんだよ」

 

 提督に俺の弱味を見せるのは癪だが、やり方はどうであれ俺のことを考えてくれている。全く、俺もこんなやつに相談するなんてどうかしてるよ。

 

 自分の感情と行動の不一致に悶々としていると、提督の表情がまるで子供を見る親のような、暖かいものになった。まて、そんな目で俺を見るな。これではまるで俺が子供のようじゃないか。仮にも大学生、端から見れば社会人だぞ。

 

「そうか、話してくれてありがとうな。お前の苦労はお前しか解らないだろうから、俺は軽い言葉で慰めるつもりはない。だが、意見くらいはできるかと思う」

 

 な、なんだこいつ。どうしてそんな優しい声で話すんだ。おかしいだろ、俺は時津風に憑依したような変わり者だぞ? それだというのにどうして、まるで俺がまるで何か大切なように扱えるんだ。

 

 自分の中の提督像が次々と変わっていき、混乱する。

 

「今のお前は自分の中の時津風像に振り回されているように思う。まずは、そうだな、仲間を信頼する、と言うのはどうだ? 確かに、直ぐに自分の正体と言うか成り立ちを話すのは中々難しいことだとは思う。だが、うちの鎮守府に居る艦娘たちはその程度じゃお前を見捨てたり、軽蔑したりしない」

 

「ど、どうしてそんなことが分かるんだよ! 今まで女で同性だと思っていたやつが実は中身は男でしたー、なんてどう考えても気持ち悪いじゃないか!」

 

 自分では解っていたつもりだったが、改めて声にすると周囲と自分の間にある深い溝を再認識してしまう。皆と自分は見た目同族だが、実際のところはかけ離れた存在であるのだと自覚する。恐らく、今後もこのまま過ごすのだろうと気持ちが落ち込んで行く。涙が溢れてくるのを感じるが、それにも気持ち悪さを感じてしまい、提督には見せまいと足元を見る。何泣いているんだ、一般的に考えて当たり前の事だろう、と。

 

 思考が悪循環に陥っていると、不意に、頭に暖かな感触を覚えた。視線をあげると提督が俺の頭に手を乗せていた。

 

「分かるさ。俺が育ててきたんだ。ここにお前を軽蔑するような薄っぺらい考えを持つやつなどいない。気持ちの整理がついたら話してやるといい。思っているよりすんなり受け入れてくれるさ。俺が保証する」

 

 なんなんだ、このバカ提督は。人の気も知らないで。やっぱり気に食わない。

 だけど、そこまで言うなら、ちょっとは信用してやっても良いのかもしれないな。

 

 

「いつまで勝手に人の頭を撫でてるのさ、まったく!」

 

 提督の言うことを素直に聞くと何処か負けた気になるので、あくまでしょうがなく聞き入れた、と言うことにする。提督の手から抜け出し、気恥ずかしいので小走りで執務室をでる。

 ドアを閉めるときになって、今までありがとうの一言も言っていないのに気づいた。大変気に食わないが、最低限のお礼くらいは言わないといけないだろう。

 

 閉めかけたドアから顔だけだして一言だけ、いう。

 

「ありがと、司令」

 

 それ以上言うと墓穴を掘る気がして、サッと扉を閉める。妙に執務室から離れるのが名残惜しく、直ぐに駆け出すと提督に聞こえるかも、なんて理由付けをした俺は少しの間ドアに背をあずけ、もたれ掛かることにした。

 提督と別れて気になったが、今の自分の気持ちは何なのだろうか。最初は本気で怒っていたのに、いつの間にか感謝すらしている。女になって感情の起伏が激しくなったのだろうか。考えたが、答えは出ない。

 

 

 皆にぶっちゃけるなら、早い内がいいよね。

 

 

 部屋にもどったら、自分の全てを打ち明けると決意し、足早に部屋へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 執務室に一人残された提督。時津風が執務室を出ていくのを見送り、扉が閉まるのを確認すると、まるで枷が外れたかのように机に突っ伏した。その顔は満足げ、否、惚けていた。去り際に時津風が見せた笑顔にやられたのだ。

 

「時津風の表情、怒ってるにしてもやっぱ可愛いよなー」

 

 ベタ惚れである。

 

 始まりは初風達が遠征の最中に保護した艦娘を見たときだった。まだ意識が戻っていないことを良いことに、一日ずっと眺めた。一目惚れだった。今から目の前の名も知らぬ艦娘とやっていけると思うと胸が高鳴った。なかなか意識が戻らず悶々としていると、ふとある考えを思い付いた。この艦娘はなにがなんでも失いたくない。ならば秘書艦にしてしまえばよいのだ。

 

 それからの行動は早かった。鳳翔に見守りを頼み、自らは秘書艦を勤めるに当たって必要な知識を教育要項など関係なく片っ端から集めた。きっとあの艦娘ならやり遂げてくれるだろうと、根拠の無い自信をもって。

 

 艦娘の意識が戻ったと聞いたときは小躍りした。ついに対面できるのだ、と。

 

 しかし、いざ対面したとき、しくじってしまった。鳳翔とともに時津風が入ってきたときその動きや表情に心を奪われ、それを引きずり、鳳翔が退室して二人きりになり話に困ったあまりに、変なことを口走ってしまったのだった。

 

 時津風の事をもっと知りたい。その一心だった。しかし、そこで悪い癖が出たのだ。鳳翔に言われて気づいたが、俺は緊張すると艦娘に対しては高圧的に成ってしまうのだ。以前も新しく来た艦娘に対して同じことをしてしまっていたのに、懲りずに再び、よりによってお近づきになりたい相手にとんだ態度をとってしまったのだ。まるで自分の口が誰か他人に操られているように、思ってもいない言葉が出てくる。一通りいい終えた俺に残った感情は猛烈な後悔だった。

 

 しかし、それも時津風の突拍子もない発言に掻き消された。こんなに可愛らしい見た目だというのに中身は元男、しかも人間だというのだ。それを聞いたときは心底驚いたが、一息つくと加護欲がでてきた。この艦娘にはきっとこの先多くの苦難があるに違いない。ならば守ってやらなければなるまい、と。

 

 昼食を食べ終え、時津風が別れるときにとても緊張した表情をしているのに気がついた。ならば俺が緊張を解いてやろう。そう思い行動を開始したのだった。

 

 

 

 それで、元男ということを考え、ベビードールを送って一騒動起こして緊張をとくという手段に出た。この方法は初風がやって来たときにも使っていてそのときは上手くいったのだ。副次目的として、願わくば時津風が着ている姿を見たいというのもあったのは否定できないが。

 

 果たして、この策は成功したのだと思う。時津風が部屋に入ってきたとき、俺が渡したのを着ていなかったのは残念だったが。まさか天津風が貸すとは考えていなかったのだ、知っていたなんて嘘だ。

 

 その後、時津風がなにやら悩んでいる気がしたのでカマをかけて聞くとドンピシャ、俺に相談してくれた。時津風は俺の稚拙な返事にも、結果的には聞き入れてくれた。時津風の力になれた、そう思うと嬉しさが込み上げてきた。お悩み相談が終わり、時津風が帰るとき、あいつは、とんだ置き土産をしていった。去り際に戸の隙間から照れた顔で礼を言ったのだった。その顔は紅潮していて、ますます俺は彼女に惹かれた。

 

 そして今に至る。

 

 元男がなんだ。

 いつか彼女を自らの手にするため、今後も頑張ろうと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時津風の最初の印象は変わった子だな、と言うものだった。私、初風を含め雪風、天津風も同じだったという。しかし、今になってみればそれも当たり前だ。あの娘、時津風は自分の意識で行動していないのだ。

 会って直ぐは僅かな違和感だったが、話しているにつれ、それは確信に変わった。私たちも何となくしか覚えていない昔の話をしたときにも自分から話さず私達に合わせるだけ。鎮守府を案内しても、問い掛けには至極自然に受け答えするがそれ以外はなかった。もしかすると緊張しているのかと思い、夕食パーティーのサプライズに賭けてみたところ、これもまた傍目からは無邪気に喜んでいるものの、私達には時津風と皆の間に妙な壁が感じられた。

 

 しかし、風呂の騒動の一件を境にあの娘は確実に変わった。口調は変わらないものの、身に纏う雰囲気が自然になったのだ。まるで中身と外側が漸く同調したような、そんな印象。時津風が提督のところに行った後、私達はお互い顔を見合わせて、一体何があったのかと顔を見合わせた。

 

 

 そして、提督のところから帰って来た時津風は私達に向かって、改まった表情でゆっくりと話はじめた。

 

 内容は驚くべきものだった。我が姉妹と疑わなかった時津風は実は別人はでしかも以前は男だった、というのだ。私達一同はそれはもう驚いたが、結論として出たのは今ある時津風が本当の時津風、と言うか偽者もなにも無いんだ、と言うものだった。

 

 元々私達も船の記憶をすべてハッキリと覚えているわけではなく、あくまで断片的であり、艦娘となる前の記憶もない。それならば時津風は艦娘になる前の記憶が有るだけでそれ以外は私達と何ら変わらない。時津風は私達の仲間なのだ。

 

 私達にとっては、そう伝えてからが大変だった。

 

 改めて、()の時津風を皆で迎えると時津風は涙ぐみ、天津風が前から抱き締めると泣きはじめてしまったのだ。全く、どこが大学生なのかと問いたくなるが、きっとこれが少し特別な過去をもった時津風の()なのだろう。

 

 

 

 

 一日の最後に全く予想していなかった一波乱があったのには少し疲れたが、恐らく今日は一生の思い出になるだろう。

 今はもう皆寝ている。私は今日という特別な日を少し長く味わいたくて、一日を振り返った。もうそろそろ日付が変わる。私も寝るとしよう。

 

「時津風、打ち明けてくれて、ありがとう」

 

 届くはずもないけれど、言っておかなくてはいけない気がして、小声で囁いた。

 おやすみ、時津風。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は人生で最も記憶に強く刻み込まれる日になった。大学生だった俺がいつの間にか艦娘にジョブチェンジしていたのだから。驚きと困惑の連続だったが、一日を終えて、将来の俺が振り返っても後悔はしない日にできたと思う。

 

 一番大きかったのはやはり、皆に俺の存在を認めてもらえた事だろう。もしずっと俺の正体を明かせずに過ごすことを選んでいたら、きっといつか俺は壊れてしまっただろう。皆に打ち明けた後の脱力感と解放感は今までに感じたことがないほど大きなものだったのだから。まさか、大の男が天津風に泣きつくとは思わなかったが、たぶんこれは不思議なことでは無いのだ。

 

 もう、俺は大学生の頃とは違う。時津風の体を得て頼もしい仲間に囲まれた今の俺は、あの頃の俺とは別人だろう。なんといったって今日一日で多くの事を学び、得ることができたのだから。

 

 これからは只の大学生だった俺は無しだ。あの頃と今の状況は違うのだ、同じように振る舞うことも、また、俺が知っている時津風のように振る舞うことも間違っている。今の俺は、あくまで俺、決してどちらの模倣でもないのだ。

 

 これからは時津風となった俺として、新しい人生を、自分の手で開いて行くのだ。

 

「皆、俺を受け入れてくれてありがとう」

 

 どうしても言いたくて、寝ている皆を起こさないように囁く。

 

 ああ、眠くなってきた。なんだか今日はぐっすり眠れそうだ。

 

 

 

 おやすみなさい。

 




10/10追記:第六話と統合。


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時津風、ハロウィンパーティーを計画する。

誤って削除したため再投稿。


 俺が鎮守府にやって来てはや一週間、初日に司令から貰った冊子もおおよそこなし、暇な時間が増えてきた。今日も朝からやった仕事と言えば、司令に朝のお茶を渡し、たまに頼まれた書類を探して渡すくらいで、すでに時刻はお昼をまわっている。

 

 暇だ。

 

 執務室のソファーにうつ伏せになって司令をボーッと眺める、それくらいしかやることがないのだ。司令は朝から書類仕事、聞くところによると鎮守府の設備の管理やら資材の調整やらをしているらしい。

 

「なあ時津風、そんなにジッと見られると集中できないんだが」

 

「暇なんだからしょうがないでしょー。嫌なら何か仕事ちょうだいよ」

 

「だから今はないって。何でそんなに社蓄根性出してるんだよ。艦娘、しかも駆逐艦なのに。誰か暇なやつと遊んでくればいいんじゃないか?」

 

「大学生とのミックスだし変に現実見てるんだよきっと。あと、天津風たちは遠征に出掛けたばっかだし、他に仲の良い艦娘もあんまいないんだよねー。って司令も知ってるでしょ?ここで見送ったんだし」

 

「…じゃあ寝てれば?」

 

「いやー、それはないでしょ」

 

 机の上の書類から目を話さずに耳だけこっちに向けて俺と話す司令。もうちょっと愛想良くしてくれたってバチは当たらないと思うんだけどなー。まあ、この他愛もない会話に居心地のよさを見つけている俺としては別にいいんだけどさ。

 

 会話が途切れたのでしばらくボーッとして、足をパタパタさせていると、不意に司令が顔をあげこちらを向いた。

 

「時津風、あったぞ。仕事」

 

 

 

 

 

 司令にもらった仕事は今月末にあるハロウィンパーティーの準備だ。日本海軍の俺たちが外国の催し物を行うのはどうなのかと思ったが、司令いわく今は国境を越えて深海棲艦と戦っているため、他国文化も容認されているのだそうだ。

 

 ハロウィンパーティーの準備として最初にしなくてはならない事は、参加者に仮装の希望を訊いてまわることだ。司令としては内容が被るのは好ましくないらしい。つまり、俺はこの横須賀鎮守府の艦娘全員の希望を調査した上でダブりがないようにすり合わせを行わなくてはならないのだ。

 

 確かに仕事をくれとは言ったが、なにもここまで重労働なものじゃなくてもいいじゃないか…。パーティーまで半月ほどあるので期間的には多少余裕があるものの、仮装の衣装を作ったり調達することを考えるとあまり時間はない。どうしてこんな時期になるまで準備を始めなかったのかと聞いたところ、俺の前任の秘書艦は真面目すぎて、司令の催し物の案を殆ど却下してきたのだそうな。司令より力の強い秘書艦とは誰なのか気になったが教えてくれなかった。

 

 

 ぶつぶつ文句を言っていても始まらない。まずは手始めに鎮守府にいる艦娘の部屋を片っ端から訪問して希望の聞き取りを行うことにする。

 

 

 まずは駆逐艦のフロアから。手始めに第六駆逐隊の部屋を訪ねる。扉をノックし、中に問いかける。

 

「誰かいるー? ちょっと聞きたいことがあるんだけどー!」

 

「ちょっと待っててくださいなのです!今行くのです!」

 

 

 この語尾は電だな?

 返事が返ってきてから暫くして扉が空いた。

 

「どうぞ入ってくださいなのです」

 

 扉を開けてくれたのはやはり電だった。流石艦娘のなかでも特に幼い見た目をしているだけあって、全体で見たら身長が低い方の俺でも電の頭のてっぺんが胸の辺りに来る。

 

 中に入るとそこはなんというか、まさに子供部屋だった。ベッドの周りのたくさんのぬいぐるみ、可愛い柄のカーテン、何かのキャラものっぽい布団などなど。明らかに場違いな装備が部屋の片隅に纏められているのは、やはり艦娘ということか。しかし流石は暫定最年少。辺りをみると雷や暁、響も同室に居たので、いっぺんに希望をとる。

 

「今度ハロウィンパーティーをやるんだけど、仮装って何かやりたいのある?」

 

 聞くと、四人で輪になって相談をはじめた。暫くこそこそと話した後、何か結論ができたようでこちらを向いた。

 

 雷がすまなそうな顔をして、頭を掻きながら俺に言った。

 

「えっと、ハロウィンって何…?」

 

 そこからかよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ハロウィンを「お菓子がもらえる仮装パーティー」と説明し、各々の一先ずの希望を聞いた。お菓子がもらえると聞いたとたん目を輝かせたのはやはりお子様だからなのだろうか。某漫画では時津風もお菓子で釣られていたが、俺は違う…と思いたい。

 

 

 次に向かうのは戦艦の先輩(?)達が居るフロアだ。第六駆逐隊以外の駆逐艦逹は出払っていたので、その隣の戦艦のフロアで調査をすることにした。まず見つけたのは金剛さんの部屋だ。この鎮守府ではなんと戦艦には個室があたっている。駆逐艦よりかは数が少ないのが一応の理由のようだが、なんだか複雑な気分だ。

 

 ドアには「金剛部屋に居マース!」の看板が。

 ノックすると中から間延びした返事が帰ってきた。

 

「扉は開いてるから入ってきてくだサーイ」

「失礼しまーす、今度やるハロウィンパーティーの仮装の希望を取りに来ましたー」

 

 扉を閉めて部屋の中にはいると、そこにはベッドに突っ伏す金剛さんが。声をかけると、顔だけをこちらに向けてきた。

 

「金剛さん、いまお時間大丈夫ですか…?」

 

 明らかに疲れた顔をしている金剛さん、これは出直した方が良さそうだ。

 

「お疲れのようなのでまた今度来ますね」

 

 調査は遅れるがしょうがない、そう思い足を扉に向けると金剛さんが俺を呼び止めた。

 

「Hey,待つのデース、私は大丈夫だけどちょっとお願いがあるのデース」

 

 お願い? 一体なんだろうか。答えてくれるのならそれ以上のことはないので、取り敢えず受け入れる。

 

「いいですけど、なんですか?」

 

 俺が了承すると、疲れ顔の金剛さんが少しだけ笑った。

 あ、これやばいやつかもしれない。もしかして、なにかはめられたか?

 嫌な予感がするが言ってしまったものはしょうがない、金剛さんの続きを待つと、とんでもないお願いが飛んできた。

 

「こないだお風呂に持ってきてたベビードールを着てくれたら答えてあげマース!」

 

「なにいってるんですか貴方は!」

 

 バカじゃないのかこの人! あんなものを人前で着れと?却下だ却下! もうこの人の相手はしていられない。さっさと部屋を出よう。

 

「おっとベビードールちゃん、そうはさせないのデース。その扉は、外からは開くけど中からはこの鍵が無いと開けられないのでーす!」

 

 いままでの疲れ顔は演技だったのか、ベットから起き上がり、手に持った鍵を揺らしながら俺に歩み寄ってくる金剛さん。対して俺は扉の方に追い詰められてゆく。これは詰んだな。無念。てか俺をベビードールちゃんと呼ぶなこのロリコン戦艦め。

 

 結局、金剛さんを連れてベビードールを取りに自室に戻り、再び金剛さんの部屋にやって来た。天津風達が出払っていたのが幸いして、俺がベビードールを持ち出し、脇に抱えて金剛さんの部屋に入るのを他人に見られることはなかったのは本当によかった。廊下を歩いている最中の緊張感といったらもう、大変なものだったのだから。金剛さんが袋にいれるななどと言うから、こんなものを裸で持ち歩く羽目になったのだ。誰かに見られでもしたら、明日から俺のあだ名は「ベビードールわんこ痴女」とでもなっていたかもしれない。

 

「それで、これを着ろ、と…」

 

 手にしているのは俺が鎮守府に来た日に提督から貰った(と言うか押し付けられた)ベビードール。透け透けである。

 

「あ、下着は着けてていいデスよ!」

 

「当たり前ですよ! いくら女の前とはいえ、下着も脱げるわけ無いでしょう!?」

 

 全く、本当に変態戦艦だなこいつめ。

 

 

 

 結局、着ました。ええ、着てやりましたとも。もう二度と着るまい。帰ったら即燃やしてやる、こんな服。

 

「ね、ねえ金剛さん、まだですか?」

 

 現在おれは金剛さんの目の前に立たされて、にやにやした目で見られている。イヤらしい視線ではないからロリコン疑惑は晴れたが…。靴も脱いでいるため、いま俺が着ているのは下着とベビードールのみ。金剛さんの視線が爪先から頭のてっぺんまで移動してゆく。なるほど、女の人が良く言う視線云々とはこう言うことか。

 

 暫くすると金剛さんがベッドに腰かけた。漸く地獄の時間が終わった、そう思った矢先だった。軽く太ももを叩いてこう言った。

 

「次は私の膝の上に座るのネ!」

 

 えっ

 

 

 しぶしぶ膝の上に座ると背中になにか当たるものが。元男としてめっちゃドキドキするんですがそれは。太股も柔らかいし…。

 最初からは到底予想できない事態に頭が真っ白になっていると、抱き締められる。

 

「やっぱり思った通り、時津風は抱っこするとjust fitするネ!」

 

 はあ、そうですか金剛さん。俺としては嬉しいやら恥ずかしいやらで大変なので早く離してください。

 

 

 一人悶えていると、金剛さんが耳元で話しかけてきた。くすぐったいんですがやめてください。

 

「そういえば時津風は気付いていないみたいだけど、走ったりしゃがんだりするときに結構パンツ見えてるヨ? 女の子的には気を付けた方がいいと思うネ!」

 

 え、まじで? ということは今まで約一週間、痴女だったということか…!? この服はすごく股がスースーするものの、不思議な力で中は隠れていると思ったのに…!

 気づかされたとたん、あまりの羞恥に顔が一気に赤くなる。

 

「Oh,顔が真っ赤になって可愛いネ!」

 

 金剛さん、もう勘弁してください。

 

 

 

 終わった…。漸く金剛さんが終わった…。長い戦いであった。あの後なんとか勘弁してもらい調査を終えて、そそくさと部屋から逃げてきた。もう二度と金剛さんのところには往くまい。ベビードール? あれ以上脱ぐのも嫌だったからベビードールを着たまま上から普段着を着た。丈が長くはみ出してしまったので、見えないように上手く手繰ったままにするのは少し苦労したな。

 

 もうすでに時刻は3時をまわっている。金剛さんのところで時間を食い過ぎてしまったのは明らかだ。まだまだ調査対象は残っている。なんとか今日中に終わらせるべく、次の部屋へと足早に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お、終わった…。我が横須賀鎮守府全五十数人のうち、いま居る約半数の艦娘への調査が延べ五時間をかけて漸く終わった。これからは結果をもとにすり合わせか…。今日は寝られるかな…。あれ、何でこんなに苦労してるんだ? おっかしいなー、暇だから仕事くれって言っただけなのに。今度からは自分から言い出さないようにするか…。

 

 すっかり疲労した俺は、重い足取りで執務室に向かう。

 

「しれー、おわりましたよー…」

 

 中に入ると、司令はまだ書類に向かって仕事を続けていた。横には高く積み上げられた紙の山が。もしかしてこれ全部やったのか、うーわお疲れさん…。

 

「お、お疲れ。今日はこれで終わりにしとこう、調査書は机の上に置いておいてくれ」

「あーい…。しれーも無理しないでねー」

 

 入り口から一番近い机に紙束を放り投げ、執務室を後にする。

 

 

 部屋に戻ると、まだだれも帰ってきていないようだった。丁度いいので、ベビードールを脱ぐことにする。まず上着を脱ぎベビードールと下着になってから、ベビードールを脱ごうとしたとき、ふと思い立ち、入り口の反対側にある姿見の前に立った。

 

「うわぁ、エロい…。こんなんを金剛に見せてたのか…」

 

 姿見の中にはベビードール姿の時津風がこちらを向いて立っている。顔はほんのり赤く、それがまた妖艶さを増し、腰のくびれや鎖骨などが服によって強調されている。これを司令に見せたらどうなるだろうか。驚いて目を背けるだろうか。それともじろじろ舐め回すように見てくるだろうか。どうせなら可愛いとか言って欲しいな…。

 

 ありもしない妄想に浸っていた俺は、廊下から聞こえる足音に気がつかなかった。

 

 

「ただいまー。時津風、帰ってきたわよー! ってあんた、なんちゅー格好してるのよ…」

 

 声が聞こえた瞬間、体がビクッと縮こまる。姿見の奥には見知った姿が。恐る恐る振り返るとそこには天津風達が扉を開けた状態で固まっていた。

 

 み、見られた…!?

 

 直ぐに体を隠そうとしゃがむ。

 

「あ、天津風! ちょっと待って! 一旦出て! 早く!」

 

 俺が叫ぶと、天津風は逆再生のようにゆっくりと部屋から後ろ歩きで出ていき、扉を閉める。

 扉が閉まったのを確認すると、過去最高に急いでベビードールを脱ぎ、自分のタンスの奥深くに突っ込んで普段着を着た。

 

 驚きのあまり荒くなった呼吸を整え、何もなかった風に深呼吸をして気持ちを落ち着け、扉を開ける。

 

「おかえりなさーい!」

 

 思いきって扉を開けると、天津風が俺の肩に手を当てて諭すように言った。

 

「時津風、この部屋には鍵がついているんだからちゃんと掛けなさいよね。その、私はそういうのには何も言わないから…」

 

「違うんだよ天津風、誤解なんだ! 俺はただ着替えていただけで!」

 

「そ、そう…」

 

 言い訳をしようとするが、はっきりと見られた以上どうしようもない。

 

 

 

 

 

 俺が鎮守府に来て一週間の頃の出来事。これは今後もずっと天津風が俺を弄るネタとして、頼み事をする方便として、使われ続けるのであった…。

 



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ハロウィンパーティー、その後。

誤って削除したため再投稿。5/3改稿



 イベント事は企画する段階が一番楽しいとは良く言ったものだが、俺たちのハロウィンパーティーには当てはまらなかったようで、準備期間も当日も、大満足の結果となった。前日丸一日を休みにして朝から行われた鎮守府の飾りつけでは駆逐艦や戦艦問わずみんな一丸となって楽しんで、あらゆるところをハロウィン一色で彩った。

 

 午後には各人(各艦?)の衣装も揃い、それぞれの部屋へと戻って仲間同士お披露目会をした。俺達第16駆逐隊では、初風はウサギ、雪風はハチミツが好きそうなクマ、天津風はネコの仮装をしたのだが…、まあ、ハロウィンじゃないと言われればそう見えてもしょうがないような見た目になってしまった。端から見れば只のコスプレ大会だが、なんと言っても鎮守府中の艦娘それぞれに違う仮装をさせるのだ、戦艦や空母から希望が埋まっていくため、駆逐艦ともなれば吸血鬼などの有名どころは既に埋まっており、残っているのは動物などのコスプレ擬きとなってしまう。

 

 

 …俺?

 

 犬、犬だったよ。

 

 

 

 

 

 こら、笑うんじゃない。俺だってわかってたさ、前世で散々犬っぽいって言われてきたんだ、きっと今回も動物系の中から選ぶことになったらこうなることなんて、初めからわかってたよ。ちなみに衣装はなぜか、俺に犬の服装を推してきた司令が持ってたのでお借りした。てか、なぜ持ってたんだ。もしかして最初から俺に犬の格好をさせるつもりだったのか…?

 

 

 パーティーの食事は間宮さんにお願いしたが、いつも以上に張り切ってつくってもらい艦娘逹は大満足だった。どれも本当に美味しく頂きました。

 

 

 

 パーティーは大きなトラブルもなく終わり、俺達は満足感を味わいながら寝床についたのだった。あ、そういえば俺の寝巻きは結局天津風から貰ったものをいまだに使っている。このネグリジェ、布の質がいいのかとても着心地がよいのだ。前世で男の時に使っていたパジャマの質の悪さに今さら気づいたが、たぶん男の肌なら問題なかったのだろう。今は柔らかい女の肌、なにかとその辺にも違いが出たのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 そして今、朝も朝、早朝4時である。まだ天津風達はぐっすりと眠っている。雪風はとても幸せそうな顔をしているな、たぶんいい夢でも見ているんだろう。

 

 さて、妙に早く目が覚めてしまい、すっかり冴えてしまったが、どうしようか。

 

 

 

 

 

 皆を起こさないようにそっとドアを開けて部屋の外に出てみると辺りは静まり返っていて、自分の呼吸すらうるさく感じるほどだ。空気は冷たく、秋に差し掛かっているのを感じさせる。流石にまだどこも開いていないので、ひとまず執務室に向かうことにした。

 

 

 ドアには鍵がかかっていないようで、扉はすんなりと開いた。部屋を見渡すと、机に突っ伏している指令を見つける。

 

「おいおい、何してるんだよ司令…」

 

 近づいてみると、机の上には仕事の書類が。もしかすると、パーティーが終わった後、休んだ分を取り返すとか言って仕事をして、寝落ちしたのだろうか。まったく、なにやってるんだか。こんなところで寝て体調でも崩されたら、こっちだって困るんだ。取り敢えず、このままにするって訳にもいかないだろう、せめて布団かなにかでもかけてやるか。

 

 部屋を見回したが使えそうなものはなかったので、自室に戻り、ベッドからタオルケットを持ってきて司令の肩からかけた。心なしか司令の表情が和らいだ気がする。

 

 まだみんなが起きるには早いので、することもない。暇潰しに司令の向かいに座り、司令を眺めていることにした。

 

「それにしても、何で俺に教えてくれなかったんだろうなー…、言ってくれれば徹夜だろうとつき合ったのに…。そんなに頼りないのかな、俺」

 

 

 目の前で間抜けな顔をして寝ている司令をみると、妙に心がざわつく。そういえば最近、妙な距離感を感じるのだ。もしかしたら最初からあって、今更気づいただけなのかもしれないが。

 

「司令の役に立ちたいんだよ、もうちょっと頼ってくれたっていいじゃないか…」

 

 

 

 

 しばらく眺めていると司令が起きたようだ。

「ん…あれ、時津風? あー、寝落ちしたのか…。って何で怒ってるんだよ」

 

「怒ってなんかないよ。まだ朝早いしベッドで寝てくれば?」

 

 怒ってなんかないさ、ただ、俺の扱いに勝手に不満に思っているだけだ。

 

「んあー、そうするか…」

 

 まだ半分夢の中と言った足取りで執務室の奥にある司令の自室に向かっていくのを見ていると、声をかけられた。

 

「時津風ー、一緒に寝ようぜー…」

 

 突然のことに驚いていると、司令が俺の手をつかみ、ベッドへと連れ込んだ。

 

 なんだよ、半分眠ってるんじゃないのか!? 何でこんなに力が強いんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 結局、なすがままにされてしまった。司令と一緒のベッドの上に連れ込まれ、同じ布団のなかに入れられた。なんなんだこの状況は。司令は俺の手をつかんだまますっかり寝てしまったので、司令を寝させてあげたい俺としては無理に外すこともできず出られない状況にある。

 

 どうしようかと困っていると、司令が俺を抱き寄せた。

 

 な、何をしているんだ司令! 近い! 顔が近い!

 

 あまりの出来事に一瞬パニックになるが、相手は夢の中なのだ、簡単に怒ることも憚られる。

 

 しかし、人肌というのは暖かいものだな。あれ、なんだか俺も眠く………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きたら時津風と一緒に寝ていた。何をいってるかわからないとは思うが大丈夫だ、俺も理解できていない。

 

 

 

 時津風が寝入ってから暫く経ち提督が目覚めると、自らの腕のなかで眠る時津風を見つけた。腕を体の下に敷かれてしまっているため、起き上がろうにもできない。力ずくでなら不可能ではないが、今、この状態で時津風に起きられると確実にヤバイ。誤解されるのが目に見えている。

 

 いったい、どうすればいいのかと困っていると、時津風の顔が近いことに気づく。そのとたん心拍数が上がってしまう。心臓の音で起きてしまわないか不安になるほどうるさく感じるくらいだ。スッと通った鼻、瑞々しい唇、ほんのりと赤く染まった頬…。顔をまじまじと見てしまい、生唾を飲む。

 

 まて、息子よ、誤解を増やすようなことはするんじゃない。相手はもと男とはいえ、今は可愛い少女なのだ、こんなところをだれかに見られでもしたら…

 

 

 

 

 嫌な想像は、時として本当に降りかかってくる。

 部屋のドアをノックされるのが聞こえた。

 

 

「司令官ー?起きてますかー?青葉入りまーす」

 

 

 よりによって一番避けたいやつが来てしまった。これはもう、詰みなのか?

 

 近づいてくる足音が聞こえる。そして、自室の扉が開かれてしまう。

 

「司令官ー?起きてますかー…? って、おぉ…」

 

 見られた。バッチリ見られてしまった。青葉の顔が良いものを見たと言わんばかりに笑顔になっていく。

 

「ち、違うんだ青葉、これは俺が連れ込んだのではなくて、起きたらいつのまにかいただけなんだよ!」

 

 時津風を起こさないように声を絞りながらも必死に弁明するが、聞き入れてくれるはずもなかった。

 

「大丈夫、わかってますってば。まあ、取り敢えず記念写真でもどうぞー」

 

 そういうと青葉はカメラを取りだし、様々な方向から俺達を撮り始めた。

 

「まずは司令官ですよー、ほら、笑ってくださいよー。お次は気になる女の子の方ですね。おー、時津風ちゃんですか、なるほど、最近やさしくしてましたもんねー。着任早々秘書艦にしてますし、もしかして一目惚れですかー?」

 

 にやにやと笑いながらいきいきと写真を撮っていく青葉。

 

 

 

 

 

 終わった…俺の提督人生、終わった…

 

「おつかれさまでしたー、ごゆっくりどうぞー」

 一言残し、青葉が出ていく。

 

 さて、このあとはどうしたものか。

 

 

 

 

 

 

 …今日は休日だったか。

 

 

 

 …寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きると時津風はいなくなっていた。あれは夢だったのだろうか。まあいい、青葉に聞けばすぐ分かることだ。取り敢えず、仕事に戻ろう。青葉、もしもあれが現実なら、どうか言いふらさないでくれよ。

 

 …お腹すいたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きたら司令がぐっすりと眠っていたので、静かに抜け出させてもらった。これだけ熟睡していればきっと疲れもとれるだろう。お疲れ様、司令。

 

 …それにしても、司令に抱き寄せられたとき、嫌じゃなかったな。時津風の感覚に近づいたのだろうか。

 

 まあいい、もう昔の俺じゃないのだ。たぶん、司令に好意を抱くのも、きっとおかしくない、はずだ。

 

 司令、起きたら俺にも仕事、教えてくれよな。



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身体の記憶

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 すっかり時津風の体や周囲の環境にも慣れたこの頃、ふと気になることがある。俺とみんなの違い、主には生まれの違いと、自分が知っている史実との差違だ。俺がこの体になったあの日、直前に見ていた夢が妙に気になるのだ。あれは確か、海の底だったのだろう。そこから想像を膨らませると、あれはもしかすると、時津風が沈んだところの光景なのではないだろうか。暗い海の底で独り。もしも本物だとしたら、時津風は俺の知っているものではないのだ。白雪や朝潮、荒潮と共に沈んだはずなのである。

 

 疑問点はまだある。時津風は第16駆逐隊発足当初は雪風と小隊を組んでいたので、天津風よりはどちらかと言えば雪風の方が時津風と仲が良いように思うのだ。しかし現在は天津風が半ば"ぞっこん"とばかりに俺に懐いているというか、優しく仲良くしてくれている。

 

 これらはあくまで俺の想像にすぎないし、今となっては考えてもしょうがないことではある。しかし、どうにも気になるのだ。

 

 

 

 最近は寝る前にこの事ばかり考えるせいか、かなりの頻度であの日の夢を見る。

 

 

 

 

 

「おはよう時津風、なんか顔色悪いよ? 大丈夫?」

 

 朝起きると雪風が俺の顔を覗き込んでいた。天津風と初風はいま遠征に行っているので、ここ暫くは雪風と二人で部屋を使っている。流石に人数が半分になると、部屋も広く感じられて少し寂しい。

 

「大丈夫だよ、おはよう雪風。いま何時?」

「えっと、〇七〇〇だよ」

「やばっ、司令にどやされる!」

 

 寝起きで朦朧(もうろう)としていた意識も雪風の言葉で一気に覚醒する。前日の夜に、今日の朝一番で執務室に来るように言われていたのだ。雪風が何が起きたのかわからず戸惑っているのを放っておいて、急いで身支度をする。流石に三週間ほどこの体で生活していれば、扱いには慣れた。

 

「もー、何でもうちょっと早く起こしてくれなかったのさー!」

 

 着替えつつ、焦りを声にして気持ちを落ち着ける。すまん雪風、とばっちりだ、許せ。

 

「何回も起こしたよ? でもその度にすぐ寝ちゃうんだもん、どうしようもないって」

 

 今まで何度も繰り返しやってきただけあって雪風も慣れたのか、こういう俺の態度にも苦笑で対応してくれる。雪風のそういうところが本当にありがたいのだが、それに甘えてしまっては本来はダメなんだろうなぁ…。

 

 着替えと洗顔歯磨きの最低限の身だしなみを整え、執務室へと急ぐ。向かっている最中に思い出すのは俺が鎮守府にやってきた初日の司令の裏の顔というか、真剣モードだ。あれ以来お目にかかっていないものの、一度でもあの鋭い視線を受けたら、脳裏に焼き付いて離れないのだ。まるで自分の思考すらすべて見透かされているような薄ら寒いあの感覚。もしかすると今回の遅刻で怒られ、再びお目にかかれるかもしれない。そんな想像をしつつ、ドアの前に到着した。

 

 あの日の緊張を思い出す。もしもの時に備え、できるだけ荒立てないように最大限の注意をはらって執務室に入る。

 

「失礼しまーす…。遅れてすみません、時津風です…」

 

 恐る恐る部屋に入ると、何をしているんだと言わんばかりに疑問の表情を浮かべた司令が。

 

「あれ、早いな時津風。まだ一時間前だぞ?」

「へ?」

 

 あれ、もしかして聞き間違えてた? いやいやまさか、ちゃんと復唱して、すぐにメモも録ったのだ。まさかそんなわけ…。

 

「あー、これはあれか、訂正が伝わってなかった感じかな。お前に伝えたあと、流石に早すぎるなと思って遅らせたんだよ。たしか島風に伝言を頼んだんだが…」

「え? ………あれか!」

 

 思い出したのは昨日の風呂の時のこと。たしか島風は

 

「あ、明日〇八〇〇だってー。伝えたからねー」

 

 なんて言ってたっけな…。急に言われたからなんのことかわからず、そのあとすっかりいまの今まで忘れてしまっていたが、この事だったのか…。

 

「あー、うん、確かに聞いたわ。ってことは俺が勝手に焦ってただけ? マジかよ…」

 

 直前まで焦りに焦っていただけあって、それが自分の一人相撲だったと知りガックリくる。一人うなだれていると、腹がくぅ、と鳴った。

 

 

「もしかして朝飯も食べずに来たのか? なんと言うか、朝からお疲れ様だな」

 

 やれやれ、と呆れた顔をして言う司令。いやはや、まったくその通りですぜ…。

 

「ほんとだよ、司令に遅刻したって怒られるかと思ってホントに緊張してたんだから…」

 

 すっかり気が抜けて本音を愚痴ってしまう。司令とは精神年齢的に近いだけあって、こう言うときにはなかなか話し相手に役に立つのだ。

 

「俺も飯まだなんだよね、どうだ、一緒に食いにいくか?」

 

「あー、そうするか。ねぇ、なんか苦労したご褒美というかなんかで一品ちょうだいよ」

 

「んー? 献立によっちゃあ良いぞ」

 

 何とは無しに冗談で言ったつもりの提案が思いがけず通って驚く。間宮さんの作る料理はどれをとっても本当に美味しいのだ。朝から大変だったけど、棚からぼたもち? 怪我の功名? よくわかんないけど、取り敢えずラッキーだ。結果オーライ。

 

「本当!? やった! 早く行こ!」

 

 あまりに楽しみなので司令の手を引いて食堂に向かう。子供っぽいとは自覚しているが、それ以上に嬉しいのだ。それに今はこんな"なり"なんだ、たぶん許される、はず。現に司令も苦笑して着いてきてくれている。

 

 

 さぁ、今日の朝ごはんは何かなぁーっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝御飯を食べ終えた俺たちは再び執務室に来た。それにしても、食べている途中に回りから視線を感じたのだが、あれは一体なんだったのだろうか。もしかして急いで身支度をしたからどこか乱れていたのかもしれない。先ほど廊下の鏡の前を通ったときに確認すると変なところは無かったから、なにかの弾みで直ったのだろうか。

 

「ねぇ、なんか服装変だったかな?」

 

 司令に聞いてみると質問で返された。

 

「ん? 別にいつも通りだったけど、どうかした?」

 

「いや、なんか食事中に視線を感じてさ。なんかおかしかったかなーって」

 

 聞くと、少し考え込んだあと、

 

「別になにもなかったぞ、気のせいじゃないか?」

 

「そうかもねー」

 

 結局解決しないまま、本題の話に入った。

 

 

「さて、本題の話だが、最近調子悪いんじゃないか? 傍目から見ても分かるときが結構あるぞ。なにか変わったことがあるなら教えてほしいんだが、どうだ?」

 

 司令は真剣な顔で俺を見る。しかし、そこにはあの日のような鋭い眼差しはなく、慈愛のものだった。

 そんな目で見られると、なんだかむず痒いんですが。

 それにしてもこの人、この為だけに俺を呼んだのか? お人好しというかなんと言うか。しかし実際、相談相手を申し出てくれるのはありがたい。やはり、こういう気配りができる人はモテるのだろうか…。

 

「実は最近、夢を見るんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今現在起こったことと自分の考えを伝えると、司令は少しうつむいて考え、顔をあげて俺を見て言う。

 

「たぶん、それは時津風に始まったことではないと思う。夢を見ると言うのはあまり聞かないけど、沈没したときに損傷していた箇所が痛んだり、自分の脅威であったものに不快感等を感じると聞いたことがある。その類いじゃないのかな」

 

 なるほど、そう考えれば珍しいものではないのかもしれない。しかし、なぜ夢なんだ…?

 

「気にしすぎるから見るのかもしれない。気にしなければいつかよくなると思うよ」

 

「そういうもんかな?」

 

「そういうもんだよ、きっと」

 

 そっか、なら気にしないでおけばいいのかもしれない。

 

 

「うん、ちょっとは気が楽になったかな。ありがとね」

 

 心から感謝して礼を言うと、司令が固まってしまった。若干顔も赤い気がする。あー、なるほど。時津風の容姿にやられたのか。我ながら罪作りなやつだ。

 

「どうかした? 司令」

 

 聞くと、無理やり咳払いをして仕切り直した。

 

「い、いや、なんでもない。今日は1日休日だ。遊びにいくなりなんなりしてゆっくりしてくれ」

 

 

 さて、なにをしようかね。

 

 



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時津風、クリスマス大作戦。

いつの間にかお気に入りがメッチャ増えて200件目前じゃないですか!
皆さん読んでくださりありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
5/3改稿


 生活に慣れると時間が早く過ぎるという話はどうらや本当だったようで、世間はいつの間にか年末ムードとなっていた。今日は12月19日、窓から見える景色は秋の紅葉も消えて葉の落ちた木の茶色が広がっている。

 

 最近、嬉しいことがあった。少しずつではあるが、ようやく鎮守府の皆さんから秘書艦として認められた気がするのだ。司令もオレに鎮守府の管理運営の一部を任せてくれているし、だんだんと役立てている実感がわいてきて嬉しい。今までは秘書艦とか言いながら、実質お茶汲みみたいなものだったからな。

 

 そして今日は司令から休みをもらい、いつも世話になっている司令に対した、ちょっとした計画の準備を進めることにした。

 

 現在午後2時、騒がしかった昼休みも終わって艦娘も居なくなり、すっかり静かになった食堂の厨房にお邪魔している。今日は間宮さんからちょっとした料理というか、お菓子作りを習いにきたのだ。いま時期突然習いに来るといえば、その理由はひとつ、ズバリ、クリスマスのプレゼントだ。

 

 そう、オレが立てた計画とは、クリスマスにオレ手製のなにかを司令にあげて驚かせてやろう、と言うものだ。別にバレンタイン等ではないのだ、気張って何かしようとは思っていない。ただ、オレのいつもの顔とは違うものであればいいという判断だ。司令のビックリした顔が目に浮かんで楽しい。

 

 

 

「それで、時津風ちゃんは何を作りたいの? 今日はあんまり時間がないからそんなに大掛かりなものはできないし、料理初めてなんでしょ? なにか手軽なものがいいとは思うのだけれど」

 

「ひとまずクッキーがいいかなって。どうですかね?」

 

 今回オレが選んだのはド安全策のクッキー。前世でもなにかの機会で作ったことがあり、失敗しなさそうだったから選んだ。企画当初はぬいぐるみのような形に残るものがいいかと思ったが、流石に人にプレゼントとして渡せるほどすぐには上手くなるわけもないので却下していたのだ。折角渡すのだ、驚くだけではなく喜んでもらいたい。

 

「いいんじゃないかしら。それじゃ、早速始めましょうか」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 

 さて、張り切っていくか!

 

 

 

 

 

 

 

 間宮さんに教わりながら作ること二時間弱、バターとマーガリンをごっちゃにしたり、焼き加減を危うく間違えそうになったりといろいろハプニングはあったものの、何とか形にはなった。間宮さんにも試食してもらった結果及第点を貰うことはできたのだが、あまりの嬉しさに思わず小躍りしてしまい、間宮さんに苦笑されつつ注意されたのは少し恥ずかしかった。

 

「うん、取り敢えずは大丈夫じゃないかしら。ところで聞き忘れてたけど、どうして急にお菓子作りを聞きに来たの?」

 

 二人でシンクに向かって横に並びながら使った道具を片付けている最中、唐突に質問される。

 

「クリスマスに司令に渡して、驚かせようかなーって。いつもはこんなことする柄じゃないですし」

 

 そう返すと間宮さんは作業の手を止め、こちらを向き、微笑んで言った。

 

「なるほどねー。たぶんライバルは多いと思うわよ?」

 

「ライバルですか?」

 

「毎年提督のところに何かしらの贈り物をする艦娘って結構多いのよ。だから、特別な気持ちを伝えるなら、もっとなにか他の方法じゃないと難しいかもしれないわ」

 

 そうか、司令は鎮守府で唯一の男だもんな。人気が集まるのも当たり前か。俺もどうせ艦これの世界に来るなら提督になってハーレムを築きたかったな。いまの生活も満足しているから、嫌って訳じゃないけど。

 

 それにしても、特別な気持ちって…?

 

 

 あー、もしかしてオレが司令を恋愛感情で見てると思っていらっしゃるのかな?

 

「間宮さん、別に司令に告白するとか、そういう感情はないですからね? 単純にサプライズのつもりでした。皆が渡しているなら計画倒れですけど」

 

 そう言った途端、間宮さんは驚いたような表情をした。

 あれ、オレなんか変なこと言ったかな?

 

「そうだったの? あれはどう見ても恋する乙女の仕草だったんだけど…」

 

 何をいってやがりますか間宮さんよ。オレの前世は第十六駆逐隊のみんなと司令にしか言ってないから否定要素は端から見たら無いのかもしれないけれど、流石にそれは勘違いだろう…。

 

「いやいや、そんなことないですって。そんなにそれっぽい仕草してました?」

 

「ええ、執務室にお邪魔したとき司令と話しているところを見たけど、とっても笑顔だったわよ? あとは食堂で一緒に食べているときとかかしら。なぜか恋人というよりは夫婦のように見えたけれどね」

 

 夫婦とかなにいってくれやがりますか間宮さん。それこそありえませんって。いったいどこを見たらそうなるのか。

 

「そ、そうですか。今日はありがとうございました、またよろしくお願いします」

 

 どうにも会話を進めるほどどつぼにはまりそうなので、無理やりにでもお開きにした。別れ際に「頑張りなさいよ!」何て言われたときにはもう、何だか恥ずかしかった。違うんですよ間宮さん。

 

 

 焼いたクッキー全てをオレと間宮さんで消費できるわけもないので、作戦から帰ってきた第十六駆逐隊のみんなに差し入れとして渡した。みんなオレが作ったことに驚き、そこそこ美味しかったらしくそこでも驚いてくれたので、司令の反応がますます楽しみになった。早くクリスマスが来ないかなー!

 

 

 

 

 

 時は流れ、クリスマス当日。日もとっぷりと暮れ窓の外は月明かりが照らす深い青の海が。

 

 間宮さんのいっていた通り、今日は午後から次々と司令にプレゼントを渡しに艦娘が執務室に来た。どのプレゼントもラッピングや一言添える手紙など、なかなかに凝っていて艦娘の気合いの入りかたが目に見えるようで、オレのはそれと比べたら雲泥の差だと身に染みた。それなりの紙袋に詰めただけのクッキーだ。

 

 しかし、折角休みを潰して間宮さんに教わったのだ、渡さないという選択肢は無かった。そもそも、これは司令を驚かせるために渡すのだ。菓子のクオリティは関係ない、はず。

 

 今日の昼休憩の間、司令が執務室にいないときを見計らって自室からクッキーを持ってきていた。司令が帰ってき次第、早いところ渡してしまおうと考えていたのだが、司令は何人かの艦娘を連れて帰ってきた。プレゼントが多く一度に受け取ったら運びきれないので、執務室で受け取ろうとしたようだ。

 

 そのタイミングでオレも渡せばよかったのだが、司令ラブな一団だったので入り込める空間もなく、またそういう雰囲気でも無かったのでできなかった。

 

 そしてその後も司令がすぐに仕事に戻ってしまい、とても集中した様子でこなしていたので気安く声をかけるのも(はばか)られ、結局1日の仕事が終わるまで渡せないままになってしまった。

 

 

「そろそろ終わりにするか、時津風お疲れ様。クリスマスなのに仕事入っちゃってごめんな、年末はいつもこんな感じになっちゃうんだよ」

 

 本当にすまなそうに言ってくれる司令。しかしオレはそれどころではないのだ。如何(いか)にして司令を最も驚かせるタイミングでクッキーを渡すかの方が今は重要だ。

 

 オレが部屋を出るのを装ってドアに向かうと、司令が執務室の奥の自室に歩いていった。司令がこちらを向いていないのを確認して、忍び足で体を反転し、司令の後ろにつく。そして体勢を低くして、脇からから司令の目の前に躍り出てクッキーを突きつけた。

 

「じゃーん!」

 

「うぉっ!? 時津風まだいたのか! ってなんだそれ」

 

 滑り出しは好調だ。司令は本気で驚いたようで思わず数歩後ずさっている。

 

「オレの手作りだぞー、ほら、受け取ってよ」

 

 司令に半ば押し付けるように渡すと、面食らったような顔で驚きつつも受け取ってくれた。開けていいか聞かれたので開けてもらうと、中身を見てさらに驚いた。

 

「え、これ作ったの? 時津風が?」

 

「そうだよ、普段はこんな柄じゃないし、驚いてくれるかなって」

 

「そ、そうか」

 

 戸惑いの表情を見せる司令。

 

 あ、あれー? なんか思ってたのと違う。司令なら受け取って一通り驚いたあと「お前もこんなの作るのかよ、意外だわ」とか言って、パッと食って「旨かったわ、じゃあな」位で済ませてこの場が終わると思ったんだが。

 

「ありがとうな時津風、その、うれしいよ」

 

「そ、そうか、よかった」

 

 お互い向かい合っているのが恥ずかしくなり、思わず顔を背ける。

 なんだこれは、もっとあっさり終わる予定だったのに。

 これじゃあまるでどこぞのカップルじゃないか。

 

「さっさと食べちゃってくれよ」

 

「お、おう」

 

 なんだよ、どもりすぎだろ司令。なんでそんなに緊張してるんだよおい。こっちまでドキドキしてきたじゃないか。味見もしたんだ、大丈夫なはずだけど、たまたま司令に当たったのが失敗作、という可能性も無いわけでは無い。

 

 …あ、もしかして味が予測つかなくて怖い、とか?

 もしそうだったらちょっと遺憾だよ、司令。

 

 袋からひとつ摘まんで、口に放り込む。司令の様子が気になって横目でチラチラ見ていると、司令は無表情で矢継ぎ早にどんどん食べていった。

 

 なんだよ、旨いのか?

 それとも勢いで無理に食ってしまおうってやつか?

 せめて何か顔に出せよ、怖いだろ。

 

 

 

 

 しばらくしてクッキーを全部食べ終わると、司令は軽く深呼吸をして言った。

 

「うん、うまかったぞ。これからも、その、たまに作ってくれたら嬉しいかな」

 

「え、まだ他の艦娘に貰ったやつがあるだろ? 結構な量があるから当分はあれでもつんじゃないか?」

 

 予想していなかった感想に驚きつつ、何とか返事を返すと、司令は頭を掻きながら続けた。

 

「いやー、そのな、時津風が作ったのが食いたいな、俺は」

 

「なっ!?」

 

 いやいや、なにいってくれてますか。というかなんで俺もこんなに驚いてるんだ。司令に言われた途端、心臓が張り裂けそうなほどに拍動している。背中が、首もとが、焼けた鉄でも差し込まれたかのようにカッと熱くなる。

 

「な、なにいってんのさ! そんな風に言われたら恥ずかしいじゃんか! ま、まあ、いいよ、うん。作ってやるよ」

 

「そうか、ありがとうな、嬉しいよ」

 

 心底ほっとした顔で胸を撫で下ろす司令。

 

 あーもう、調子狂うなまったく!

 

「と、とりあえず司令、じゃ、そういうことで。おつかれ、おやすみ」

 

「お、おやすみ」

 

 何だか居心地が悪くなり、執務室を足早に後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんなんだよ、一体…。

 

 驚かすだけのつもりだったのに…。




ニヤニヤ


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クリスマス、その後。

いつの間にかお気に入り200件突破!ありがとうございます!

これからもよろしくお願いします!
5/3改稿


「時津風、顔赤いけどどうしたの?」

 

 司令にクッキーを渡し、自室に戻ると天津風が開口一番、オレに聞いてきた。ノックもなにもせず急にドアを開けたためか、初風や雪風もこちらを見て驚いている。

 

「い、いや、なんでもないよ」

 

 流石に自分でも、まさかあんな結果になるとは予想だにせず、誰かに知られるなんてことは絶対に避けたいオレは回りに目もくれず一直線にベッドに潜り込んだ。

 

「そんなことしてて、何もないわけ無いじゃない。教えなさいよー!」

 

 なんとしても聞き出したがる天津風に頭から布団を被って対抗するものの、どうやら初風や雪風も気になるようでみんなから問い詰められる。

 

「時津風、さっさと話しちゃいなさいよ」

 

「そうだよ、何があったのか教えてくれたっていいじゃん!」

 

 ベッドの三方向からそれぞれ聞こえる詰問の声。このまま寝てしまおうかと思ったが、どうやらそれは許してくれないようだ。足元から布団を捲りあげられ、布団から引き摺り出される。

 ちょっと、裾がまくれあがっちゃうって!回りは女子のみとはいえ恥ずかしいってば!

 

 

 

 その後も些細ながら抵抗したが、結局、ベッドの上に正座するはめになった。目の前には天津風を中心に、腕組をした三人が並んでいる。

 

「ほーら時津風、観念しなさい! 何があったのか徹頭徹尾話してもらおうかしら」

 

「拒否権は?」

 

「んなもんあるわけないでしょ?」

 

「ですよねー…」

 

 

 最後の頼みの綱もあっさりと切り捨てられ、とうとう白状するときが来た。

 

「いや、実はさ、司令にプレゼントとしてクッキーをですね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恥ずかしさを堪えながら赤裸々に語っていくと、最初は不思議顔だった天津風たちがどんどんにやけ顔になっていった。嫌な予感がしながらもひとしきり話すと、初風がニヤニヤしながらオレに言う。

 

 

「なるほど、つまり時津風は提督に"何回でもクッキーを作ってくれ"って言われて、メッチャ嬉しくなった、と。いやー、乙女だねー、うん」

 

「そんな、乙女だなんて…。それにみんなだって同じこと言われたら驚くでしょ?」

 

「いやー、別に。暇だったらやってあげるかな、って感じ。天津風は?」

 

「あたしもそんな感じね。雪風もそうでしょ?」

 

「うーん、たぶん、そうなるかな」

 

 

 なんなんだよ皆して口を揃えて。これじゃあまるで本当にオレが乙女脳見たいじゃないか!

 

 

 不満に思っていると、天津風が更なる爆弾を投下した。

 

「あと、提督が時津風のこと意識してるってそろそろ気づきなさいよ」

 

 

 …は?

 

 

 あまりにも考えになかった内容を告げられ、フリーズする。

 

「意識してるって、なに? ライバル的な?」

 

「なにいってるのよ、異性としてにきまってるでしょ。もしかして本当に気付いてなかったの?」

 

「いやいや。いやいや、それだけはないでしょ! だってあれだよ? オレ、見た目はこんなんだけど中身は男だからね? そんなやつをどこの男が好き好むのさ!?」

 

 一気に言い返すが皆の反応は冷たく、呆れた顔をされる。数瞬の後、天津風がオレを諭すように言う。

 

「あのね、寝巻きがピンクで、そんだけ裾の短い服を平気で穿ける男がどこにいるって言うのよ」

 

「いや、それは外見に合わせているだけで…」

 

 オレが反論すると、更に呆れた様にされる。

 

「なら、どうして提督の言葉で顔を赤くしてるのよ。もうそこまでいったら女どころか乙女よ乙女」

 

「いや、だから、それがどうしてか分からないから困っているのであって…」

 

 そう言い返すと天津風は頭を掻きむしりながら悶絶し、雪風と初風がそれをなだめる。その甲斐あってか天津風がおさまると、初風が代打ちとばかりにキッとこちらを向いて指を突きつけ、一気に捲し立てた。

 

「あーもう! そろそろいい加減にしなさいよ! いい? あんたは女の子なの。もう完璧に女の子。あんたがなんと言おうが端から見たら言動も見た目も完璧女の子なのよ! 裾を気にしない辺りはまだ男が抜けきっていない気もするけど、そんなのちっちゃい子だったら皆だし。さっさと認めなさいよ。あんたは提督が好きなんでしょ?」

 

 今まで見たことのない形相と剣幕に面食らう。

 

 

 初風に言われてからたっぷり時間がたった後、何度も自分の心のなかで反芻して、ようやく言われたことを理解する。

 

「オレがもう女だって…?」

 

 自分でも自分がいっていることに驚きながら呟くと、初風や天津風が「ようやくわかったか」とため息をつき項垂れる。

 

確かに、オレは過去の大学生でもオレの知ってる時津風でもない存在として、自己をもって生活しようとはした。

でも、それが女として生活するようになるのとは違う気がする。そんな気はするのだが、心のどこかで納得している自分もいるのだ。

 

 妙な居心地の悪さを感じること数分、雪風が切り出した。

 

 

「えっと、今さらなんだけど、その、一人称が"オレ"って言うのも、違和感あるかなって…。私たちと司令の前でしか言って無いみたいだから良いけど、なんか最近無理して使ってる気がするなー」

 

 ただでさえ微妙だった空気が、雪風の一言で更に凍りつく。雪風もそれを感じたのか、言い終わってすぐ焦った表情をし、初風の天津風は雪風を見て驚いたあと、オレの様子を窺う。

 

 

 

 本当に、そうなのだろうか。

 

 

 

 雪風の一言で、自分自身に対して疑問が生まれた。

 

本当にいまの自分は、過去にとらわれず今を生きていられているのだろうか、と。一度生まれた疑念はなかなか消えず、かえって深く考え込む。

 

 あのとき、司令に寝ぼけて布団に連れ込まれたときも、嫌じゃなかった。司令と一緒に仕事をしていて、誉められ、頭を撫でられたときも、表にはあまり出さないように勤めたが内心は飛び上がりそうなほど嬉しかった。それに、ついさっき、司令に言われたことも、心の底から嬉しかった。

 

 

 どの出来事も突然で、驚きの方が強かったから気づかなかっただけなのかもしれない。

 

 

 もしも、その気持ちの裏返しで自分を"オレ"と読んでいるとしたら。自分は男だと無意識に言い聞かせていたのだとしたら。確かに、オレは自分を偽っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 でも、オレに、それを判断する勇気はなかった。

だから、申し訳ないけれど、皆に決めてもらおう。どっちだとしても、オレ自身、どちらが今のオレにあっているのか分からないから。

 

 

「じゃあ、一人称を"私"にするって言ったら、どうなのかな…?」

 

一人称はオレにとって自分の精神的な性別の現れだ。それを変えると言うことは、精神的性を変えることにも繋がる。

 

 

 三人に聞くと顔がパッと明るくなり、胸のつっかえが取れたような表情をして、皆が口を揃えて言う。

 

「もちろん歓迎よ。あ、無理して使えって言ってるんじゃないのよ。でも、最近はなんか無理してるなって私も思ってた。変えるならちょうど良い時期なのかも知れないわ。そうでしょ、初風?」

 

「そうね、今の時津風には合ってると思うわ。雪風は?」

 

「私は時津風が良いなら良いかなって」

 

 

 そっか、そうなのか。

 

 

「わかった。じゃあ、これから"私"ってことで。あ、でも司令が好き云々はもうちょっと待って。まだ気持ちの整理がついていないから」

 

「しょうがないわね。でも早めにけりつけるのよ?」

 

 今度の天津風は妹を見るような眼差しをオレに、いや、私に向ける。

 

 いつもはくすぐったいこの感じも、今だけは心地良い。

 

 

「うん!」

 

 

 

 時計を見るともうすぐ消灯時刻だ。いつの間にかかなり時間が経っていたらしい。

 

 

 

 

 

 この日は、いつもよりもずっとよく眠れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝食も終わり執務室に入って開口一番、司令に告げる。

 

「司令、おはよーございます!」

 

 いつになく元気に挨拶すると、司令は若干戸惑いつつも挨拶を返す。

 

「おはよう時津風。今日はやけに元気だな、なにか良いことでもあったのか?」

 

「いやー、実はさ、一人称を私にすることにしたんだよね。初風達と相談したんだけど、今の私には此方の方が合うのかなって。どうかな?」

 

 司令は私の言葉を聞いて、驚いたようだが、すぐに納得したようだ。

 

「うん、俺としては良いと思うぞ。あと、何だか胸の支えが取れたみたいなのが嬉しいかな」

 

「あー、やっぱりそんな風に見えてた?」

 

「なんとなくな。まあ、もう過ぎたことだ。今のお前が元気ならそれで良いよ」

 

 む、司令ってば無意識でそう言う台詞言う?

 そう言うところに私もどこか惹かれてたのかなー。

 

「ありがと。それじゃあ早速仕事始めますか!」

 

 



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時津風、年末を迎える。

毎度ながら感想ありがとうございます! 一言もらえるだけでそれはもう、俄然やる気が出てくるのですよ。良かったとか、ここおかしいぜとか、なんでもよいのです。
これからもよろしくお願いします!
5/3改稿


 クリスマスはあっという間に去り、鎮守府はすっかり年越しムードとなっている。鏡餅を作ったり、年末の大掃除を皆で一斉に行ったり。皆で今年も色々あったねー、等と言いながら新年を気持ちよく迎えるために各々励んでいた。

 

 私はといえば、司令と執務室の片付けで大忙しである。

 

 今朝執務室に入ってから早2時間、ぶっ通しで掃除や整理整頓を行っているが一向に終わりが見えない。こなしてもこなしても、新たに仕事が湧いてくるのだ。

 

 

 朝一番で今まで溜まりにたまっていた書類仕事を片付けた私と司令は、息つく暇もなく部屋の掃除に移った。最も、司令が休もうとしていたところを私が急き立てただけなのだが。

 

 先ず手を着けたのは―――とはいえまだやっている最中なのだが―――本棚の整理だ。

 こういう背の必要な仕事は身長の低い私には向かないのだが、如何せん司令には司令の机の中の整頓をしてもらっているため、脚立に登って作業するしかない。なんといったってこの執務室には天井のすぐ近くまである本棚が壁一面に並んでいるのだ。それらの本や書類をあらかじめ決められた順番にきちんとならび直さなければいけないので、司令の仕事が終わるのを待つなんてしたら、今日中に終わりそうもない。

 

 ただ、欠点が無いわけでもない。いくら脚立の天板に座っているとはいえ、司令から私がどう見えているか気になるのだ。司令には背を向けているから、モノも見えないはずではあるのだが、却って視線がどこに向いているのか、それとも仕事に集中しているのかわからないので、チラチラと気にするはめになる。すると、ほら、まただ。

 

「どうした時津風、何かあったか?」

 

「いやー? なにもないよ?」

 

「そうか」

 

 こんな風になるのだ。今まで何回この問答を繰り返したことか。

 

 

 なんとなくこのまま会話を打ち切るのも嫌だったので、仕事をしつつ司令に話しかける。

 

「ところでさ、なんで司令そんなに手間取ってんの?さっさと此方も手伝ってほしいんだけど」

 

「此方もいろいろあるんだよ」

 

「いろいろってなにさ? 教えてよ」

 

「いろいろは色々だよ」

 

「なにさそれ、答えになってないじゃん」

 

 互いに手を止めず、言葉だけ相手に向ける。秘書艦となって4ヶ月、こういうときは軽口を言い合えるようになったのを嬉しく思う。

 

「ところでさ、今日って何日だっけ」

 

「今日? 大晦日だぞ」

 

「あれ、そうだっけ。最近忙しすぎて日付感覚狂ってたよ。――――ってマジで? ヤバイじゃん、今日中に全部終わらせるとか本気でいってるの?」

 

「だから朝言っただろー? 今日はガチでがんばらにゃいかんって」

 

「あー、あれ、そう言うことだったのね。やるっきゃないかー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 早速、嫌な予感がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから必死に作業をこなすこと数時間、なんとか日が落ちる前に実際の掃除を終えることができた。今は司令と、執務室についこの間設えたこたつに入って休んでいる。

 

「あー、つかれたつかれたー。ほんと司令ってばなんでこんなに仕事を溜め込むのさー」

 

 こたつの天板に顎をのせてぐったりとしながら、対面にいる司令を見て言うと、司令も天板に顎をのせてきた。なんだよ、真似するのか。やっぱ楽なんだよなこの姿勢。顔が近い気もするがまあ良いや。

 

「そんなこと言ったって、こういうときでもない限り、机の掃除とかとか面倒でな。第一、本棚はほとんどお前しか弄ってないじゃないか。俺がお前に頼んで持ってきてもらうのがほとんどだし、自分で持ってくるときはちゃんともとの場所に戻してるんだから、本棚に関しては言ってみれば自業自得だろ?」

 

 お互いゆるーく会話しているが、その内容は結構真剣だったりする。

 

 しかし、司令の言うことは、悔しいが正しい。今でこそ過去の自分に一言言いたいよ、元の場所に戻せって。

 

 いやさ、はじめは順番があるなんて知らなかったんだ。面倒くさがって手近な棚に戻していたところ、ある程度期間がたった後に司令から指摘されて、ようやく知ったのだ。最初は司令の説明不足だと言いたい。

 

「まー、確かにそうなんだけどさー」

 

 

 

 そのまましばらくボーッとしていると、仕事の疲れかこたつの温もりか、眠気が襲ってきた。

 

「ねー、司令?」

 

「なんだ?」

 

「眠いから寝るから。晩御飯できたら起こしてー。じゃ、おやすみ」

 

 そのままの体制で目を閉じる。司令がなんか言ってるけど、本当に大事なことなら起こすだろうし大丈夫でしょ。

 

 あー、眠い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日の疲れが出たのだろうか、目の前の時津風も寝てしまった。辺りは静まり、時津風の吐息だけが微かに聞こえる。

 

「おつかれ、時津風」

 

 返事は無いが、きっと聞こえているはずだ。

 

 今日一日はなかなかハードだったが、時津風の助けもあってなんとかこなしきれた。

 

 話す相手もいなくなり、なんとなく目の前で無防備に寝ている時津風を眺める。

 

 最近、時津風は変わった。もちろん良い方向にだ。どことなく感じていたぎこちなさが消え、より自然な印象になったと感じる。一人称を変えると突然言われたときには驚いたが、それまでも俺と初風達以外の前では使っていたから、そこまで違和感は無かったのは幸いだったのかもしれない。

 

 

 それに、自分のなかで時津風に対する考えもまとまった。

 

 俺はこいつが好きだ。

 

 はじめは外見だけ見て一目惚れだったが、長い間秘書艦として一日の殆どを共に過ごしていると、内面にも惹かれたのだと自分では思っている。

 

 なにせ、なまじ気が利くのだ。疲れたと思ったらお茶を持ってきてくれているし、欲しいものができると雰囲気で察して「何がいるの?」と聞いてくれた。

 

 あそこまで俺のことをわかっているやつは他には居ないだろう。

 

 それに、事あるごとに笑顔を俺に向けるのだ。あれには参った。

 

 今はまだ、この思いは伝えられていない。

 

 あいつはあくまでも、元男なのだ。いくら体に対応しきったとはいえ、男女関係はまだ男のままなのかもしれない。もしも告白してホモ野郎だとか言われた日には、俺は確実に心を木っ端微塵に砕かれるだろう。

 

 だから、クッキーを貰ったときには本当に驚いた。今まで色んな艦娘からクリスマスにお菓子を貰ってきたし、ここ数年は半ば鎮守府の恒例行事になっていたが、まさか時津風から貰えるとは思ってもいなかったのだ。

 

 あまりの嬉しさに「また作ってくれ」だの、「お前が作ったのが良い」だの言ってしまったのはその時は後悔したが、意外にも嫌そうではなかったので、怪我の功名と言ったところだろうか。あれから時津風はいままで以上に俺に親しくしてくれるようになったのだから。

 

 それまでも避けられていたわけではなかったのだが、何処か俺と時津風の間に壁を感じていた。それが無くなったのだ。

 

 ただでさえ俺を苦しめていた時津風の無防備な振る舞いが更に加速したのは、嬉しい悲鳴だ。

 

 

 もしも、もしも来年のバレンタインデーにチョコでも贈ってくれたら、まさかそんなことはないと思うが、その時は俺も覚悟を決めようと思う。つくづく自分の不甲斐なさが情けないが、こればっかりはどうしようもないのだ。下手に時津風との関係を悪化させるなら、今のままで十分だ。

 

 

 時津風、お前は俺をどう思っているんだ…?

 

 

 

 

 思いにふけっていると、突然執務室のドアが開く。

 

「司令官、入るわよ!」

 

「ちょっと暁、入るときはノックしなきゃだめだって」

 

 音をたてて開いたドアの向こうにいたのは第六駆逐隊一行。勢いよく扉をあけた暁は視界に入った情況に驚いたようで、固まっている。

 

「えっと、なんかごめんなさいなのです」

 

 皆固まるなか、電が最初に復帰し、一言残して皆を引っ張って出ていった。

 

「ちょ、ちょっとまって、たぶん誤解してるって!」

 

 司令が慌てて引き留めようとするが、他の面々も耐えきれなかったのかサッと出ていく。唯一、最後に出ていった響が去り際に振り返り、一言残していく。

 

「司令官、ちゃんと幸せにするんだよ」

 

「ひ、響、待った。やっぱりずれてるから!」

 

 時津風が起きないように細心の注意を払いながら言い訳しようとするが、その暇もなく出ていってしまう。

 

 

 再び時津風と司令が執務室に取り残された。

 

 

 

「これはちょっと、まずったかもなぁ…」

 

 

 

 

 しかし、不思議と時津風の寝顔を見ていると、こんなことがあってもいいかな、何て思えてくる。時津風の知らないところで噂が広まるのは気分がよくないが、一方で時津風との仲を見せつけることができて優越感もあるのだ。

 

 

 

「あー、いつ告白するかなー…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、夢を見た。

 

 海の底で独り。あの日見た夢と同じだ。

 

 しかし、何かが違う。

 

 あの日感じた寂しさはなく、何処か居心地がいい。

 

 妙な安心感に包まれながら辺りを見渡すと、そこには船の残骸が横たわっている。

 

 それ以外はやはり、何もない。

 

 もしかすると、これが時津風の最期の姿なのだろうか。

 

 そうだとしたら、私は言うなれば帰って来たのだろうか。

 

 

 

 

 

 近づこうと足を踏み出す。

 

 しかし、すぐそこに見える船に一向にたどり着けない。

 

 それどころか、全く近づかない。

 

 

 

 

 

 時津風、まだ私は君に会えないのか。

 

 それとも、もはや君は居ないのか。

 

 

 

 

 

 

 意識が、浮上して行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、司令が顔を覗き混んでいた。数瞬の後、慌てて体を起こし、離れる。

 

「お、起きたか、時津風」

 

「ん。ご飯まだ?」

 

 眠気覚ましに天井に向けて伸びをしながら聞くと、少し間があいた後、司令がこたえる。

 

「あー、うん、もう少しだ」

 

「そっか」

 

 

 することもないので手をだらんと下げたままぼんやりご飯を待っていると、司令が言いにくそうにしながら口を開いた。

 

「時津風、その、すまない」

 

 そう言う顔は本当に申し訳なさそうにしている。

 

「なにさ。また何か仕事でもできた?」

 

「いや、そうじゃなくてな、実は、見られた」

 

「見られた? なにを?」

 

 司令の言葉に思い当たる節がなく聞き返すと、頬を掻きながらこたえる。

 

「さっきお前が寝てる間に暁達が来てな、時津風と俺がこうやってるのをみて誤解されたみたいなんだ」

 

 若干顔を赤らめ、恥ずかしそうに話す司令。しかし、いまいちピンとこない。

 

「誤解ってどんな?」

 

 そう聞くと、答えに困ったかのように苦笑いをしながら黙りこむ。

 

「まあ良いや、後で直接聞いてみるよ」

 

「そ、そうか…」

 

 少し渋るようにしている司令。

 

 

 なにをそんなに気にしているんだろう。私と司令が一緒にいるのを見られたって別になんの問題も無いだろうに。

 

 よし、それなら、私が一緒にいると胸を張って言えるようになってやろうじゃないか。



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時津風、提督代理になる。

いつもお読みいただきありがとうございます。
恐らく今後は週一交信となりそうです。
今後もよろしくお願いいたします。
5/3改稿


「時津風、俺、明日から一週間出掛けるから、代わりに色々頼むわ」

 

「へ?」

 

 

 年も開けて1月も半ば、楽しい正月はあっという間に去り、既にいつも通りの生活に戻っている。そんなある朝、執務室でお茶を淹れていると、司令から突然告げられた。

 

「本部にいってお偉いさんと会議があるんだよ。長丁場になると思う。その間は鎮守府を開けるから、代理をやってくれ」

 

「別に良いけど、なにやれば良いかわからないよ? はいお茶」

 

 いくら秘書艦となってから色々勉強してきたとはいえ、流石に艦隊の指揮をとるようなことはしたことがない。せいぜいが資材管理や任務報告の受け取り、記録くらいだ。

 

「ありがと。で、やることはこれから俺が紙に纏めておくから、それ通りにやってくれれば大丈夫だ」

 

 そう言うと、司令は机の中から雑紙を取りだし、すらすらと箇条書きで列記していく。

 

「それならできると思う。…ってなにそれ、多くない?」

 

 新聞紙一面ほどの大きさにびっしりと書き連ねられた指示。そこには艦隊の出撃指示や授業の進める量がある。

 

「一週間だからな。結構な量になるが頑張ってくれ。帰ってきたら、なにかしらお土産でもやるよ」

 

 指示の多さに辟易していたが、お土産をくれると聞くと、途端にやる気が出てくる。

 

「お土産!? やった! なんか甘いものがいいなー」

 

 思わぬ臨時収入に小躍りすると、司令が暖かい視線を向けてくる。

 

「なにさ。滅多に無いんだから喜んだっていいじゃん」

 

 ふざけて少し拗ねたように口を尖らせると、すまんすまん、と軽く謝る司令。うん、こういうやり取りは楽しい。

 

「あんまり可愛いからさ、なんつーか…そう、保護欲?」

 

「保護欲って…。まあいいよ。それで全部?」

 

 書き終わったようなので手にとってざっと目を通すと、結構分かりやすく簡潔にまとめられていて読みやすいことがわかる。

 

「うん、これならいけるかな。ところでなんの用事? あ、言えない内容なら答えなくて良いんだけどさ」

 

「いや、単に新年の挨拶回りみたいなもんだ。お偉いさんはようやく休み明けなんだよ。全く呑気なもんだよな」

 

 そう忌々しげに言う司令。

 多少でも慰めようと司令の後ろにいき、肩を揉んであげる。

 

「まあ、頑張って!」

 

 

 

 さて、今日も一日張り切っていきますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れ、司令が出発する日になった。鎮守府の前には既にお迎えが来ている。私は玄関まで司令の鞄を持ち、見送りをしている。窓の外には、地面に雪がうっすら積もっているのが見え、廊下だというのに吐く息も白い。

 

「忘れ物は大丈夫?」

 

 なんとなく司令と話していたくて、至極どうでも良いことを話題にする。

 

「大丈夫だよ。それじゃ、この辺で」

 

 玄関につき、司令に鞄を手渡す。鞄の横を持ち、持ち手を司令に向ける。

 

「うん、いってらっしゃい」

 

「いってきます」

 

 司令が持ち手を掴み、鞄を持っていこうとするが、私は手を離さない。何度か軽く引っ張るが、放すようでもないと解ると苦笑いをし、軽くため息をつく。

 

「時津風、離してくれないといけないんだが…」

 

 …だって、放したら行っちゃうだろ。そしたら一週間会えないじゃないか。今までそんなに長い間離れたことなかったし…。

 

「なんか嫌だ」

 

 ぎゅっと、握る手を強める。どことなく恥ずかしくて、俯く。

 

「全く、どうしてこういうときにそうなるかな。しょうがない奴だ」

 

 そう言うと、司令は私の頭に手をのせ、優しく撫ではじめる。

 

「なっ!?」

 

 予想外の行動に驚き、体を縮こませてしまう。手も胸の前まで引き寄せてしまい、結果鞄を手放した。

 

 なに急にしてくるんだよ司令!? いや、別に嫌じゃないけど! 急にしなくたって…。

 

 初めは驚きで心が埋め尽くされていたが、暫く撫でられているうちに落ち着き、司令にされるがままになる。司令の指が髪をすいていく。

 

 

 

 

 そのまま心地よく撫でられていると、不意に司令が手を離す。

 

「あっ…」

 

 思わず声を漏らしてしまう。

 

「ほら、そろそろ行かなくちゃ。じゃ、イイコにしてろよ」

 

 そう言って、司令は私に背を向け、歩き始めた。

 

「子供扱いしないでよ…」

 

 

 司令が去ったあと、小さく呟く。

 

 自分でも、矛盾していることくらい解っている。

 

 撫でられるのは嫌いじゃない。でも、もう少し異性として見てもらいたい気もする。

 元男がこんな感情を持つなんて夢にも思っていなかったが、現に感じているのだ。自分に嘘はつけない。

 

 

 いつまでも突っ立っているわけにはいかない。冬の冷たい風を肺一杯に吸い込んで深呼吸をし、気持ちを切り替える。

 

「よし! まずは一日目、頑張りますか!」

 

 

 

 

 

 

 食堂で腹ごしらえをした私がまず最初にする仕事は、艦娘たちに今日の訓練や出撃の指示だ。それを終えると、鎮守府に前日に届いた作戦司令書などの書類に目を通し、必要なものにはサインをしていく。

 

 それが終わるとお昼時だ。昼食を食べたあとはちょっとの間お昼休み。私は天津風達のところに遊びに行く。

 

「おいっすー、ただいまー」

 

 部屋に入ると、天津風達三人がベッドに横になりながら駄弁っていた。

 

「お、お疲れ様司令代理」

 

 天津風が茶化すように返事する。

 

「あいよー。あー、疲れた」

 

 思わずベッドにダイブする。ベッドの反発で軽く体が浮き上がる。楽しい。

 

「ちょっと時津風、埃が舞うでしょ」

 

 ベッドにうつ伏せのまま顔だけをこちらに向けて注意をしてきたのは初風だ。

 

「いやー、ついベッドを見るとやりたくなっちゃうんだよねー。

 

 

 暫く駄弁るとあっという間に休み時間は終わり、再び仕事に戻る。

 

 午後は午前中に出た艦隊が帰投するので、その報告を受け、記録していく。一通り済むと、今度は今後の作戦に影響がないか資材の点検をする。

 

 それが終わるともう夕食だ。

 

 

 そんなこんなで忙しく初日の仕事ををこなし、ようやく風呂だ。今日は久々に天津風達と一緒にはいる。最近は夜遅くまで仕事が長引くことが多く、自分が風呂に入る頃には誰も浴室にいないことが続いていたので、だれかと一緒なのは嬉しい。

 

 鎮守府に来た当初はどぎまぎしていた風呂も今ではすっかり慣れっこだ。それどころか、こちらから雪風をいじるなど、他の艦娘にちょっかいをかけている。

 

 

 初風、雪風、天津風、時津風とならんで座り、体を洗っていると、ふと思い付いた。

 

「ねぇ天津風」

 

「なに?」

 

 お互い前を向いて体を洗いながら話す。

 

「やっぱりさ、司令もおっぱい大きい方が好きなのかな?」

 

 こんな話題だって、今までにも何度かしている。お風呂は貴重な情報交換の場だ。ここを活かさない手はない。

 

「なによ急に、あんたからそう言う話を振ってくるなんて珍しいわね」

 

「別にもう女の子なんだし良いでしょ。で、どうなのさ」

 

 天津風は手を止め、少しの間私の質問の答えを考えた。

 

「そうね、やっぱり司令も男なんだし、何だかんだで大きい方が好きなんじゃない?」

 

「やっぱそうかな?」

 

 私が聞き返すと、さぁ、と曖昧に返事をする天津風。私が体を流そうとしたとき、おもむろに立ち上がり、背後に立った。

 

「なによ、時津風、おっぱい大きくしたいの?」

 

「そりゃあ、できるならしたいさ。といってもバランスを崩さない程度にだけどね。浜風程は流石にいらないかなー」

 

 そう答えると、目の前の鏡越しに見える天津風の口がつり上がった。

 

「ふむふむ、それなら私が大きくしてあげるわ」

 

 そう言うと、手をワキワキさせながら私の胸の前に持ってくる。

 

「え、ちょ、まった、タンマ、そう言うことじゃなくて…」

 

 天津風の手をつかみ、遠ざけようとするも、座っているためか力負けする。

 

「まあまあそう言わずにさ」

 

 

 

 

 

 

 

「だからやめてって! な……、にゃああああああああ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「け、汚された…」

 

 風呂から上がった私は、執務室にいた。あのまま天津風と一緒に部屋に戻ったら、何が起こるかわかったもんじゃない。ひとまず今晩は司令がいつも寝ている、執務室の奥の寝室で寝ることにした。

 

「一応秘書艦だし、別にここで寝ても問題ないよね…」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。司令になにも言わず勝手に部屋に入ることに若干の申し訳なさを感じるが、それよりも天津風の不安と部屋の興味が勝った。

 

 以前一度司令に連れ込まれて一緒に寝たことがあるこの部屋だが、入るなりすぐに布団のなかに引き込まれ、部屋を出るときもそそくさと逃げるようにしたため、部屋を見渡すのは初めてだ。

 真っ暗な寝室の壁にあるはずの明かりのスイッチを手探りでつけると、目の前が白く埋め尽くされる。

 

 目を細めて耐えながら暫くすると、だんだん慣れてきて辺りがはっきり見えるようになってきた。

 

 部屋のなかは至ってシンプルだ。引き出しつきの小さな机と椅子、本棚にベッド。部屋の片隅には金庫がある。

 

「流石に金庫はダメだよねー。でも引き出しくらいなら良いかな…。なに入ってるんだろ」

 

 自分は秘書艦、と言い聞かせて正当化しながら、引き出しを開けていく。

 

 三段ある引き出しの上から順に開けていくが、これといって目新しいものは無い。

 

「うーん、やっぱりそう簡単には無いよねー」

 

 成果が無かったのは残念だが、どこか安心する。今更ながら、人の机の中の隠しておきたいものとか見つけるのは、褒められたことではない。

 

 そのあとも手をつけずに見える範囲で部屋を捜索したが、特になにも起こらなかった。

 

 

 

 時計を見ると、いつのまにか就寝時刻間近になっていた。

 

 そろそろ寝ようか、とベッドにうつ伏せになり、枕に顔を埋める。

 

「…司令のにおいがする」

 

 目をつぶり、鼻で深く息をしてみると、司令の背中に抱きついたときを思い出した。何故か、安心するのだ。

 

いやいや、においって、変態か己は。等思いながらも、止めようという気分にはならない。

 

 何気なく枕のしたに手を差し込む。すると、何か硬く薄いものが手に当たった。

 

「ん…? なんかあるのか?」

 

 枕をどかしてみると、そこには一枚の写真が。

 

 そこには驚いた表情でベッドに横たわっており、誰かを胸に抱いている司令の姿が写っていた。

 

 初めはその誰かがわからなかったが、冷静にみると、ひとつの結論に行き着いた。

 

 

 これって…もしかして私…?

 確かに一度司令に連れ込まれたけど、まさか私が寝ている間に誰かが入ってきて撮ったのだろうか。

 

 

 まさか意図せずして自分の予想外のものが見つかるとは思わず、固まってしまう。

 

 写真を持つ両手に、力が入る。

 

 

 

 しかし、わざわざ司令が枕の下に入れてるのは何でだ?

 

 だめだ、全然分からない。

 

 

 

 暫く考えた後、そっと元々あったようにして、仰向けに寝た。どのように扱えばよいか分からなくなり、ひとまず見なかったことにしたのだ。

 

 布団をかぶり、電気を消し、早く眠ろうとする。

 だが、眠ろうとすればするほど、目の前の暗闇にあのときの視界が蘇ってくる。司令の胸に抱かれ、顔を見上げるような形になってしまったあのとき。

 

 思い出せば思い出すほど、恥ずかしさで頭に血が昇ってくるのがわかる。呼吸が乱れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はなかなか寝付けず、ようやく眠れたのは空が白み始めてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう時津風。…あんた目の隈すごいわよ?」

 

 結局まともに眠れず、半ば寝ながら朝食を食べに食堂に行くと、天津風にあった。

 

「いやー、ちょっと眠れなくてさ…」

 

 返事をするにも口が重く、一言言うのがやっとだ。きっと今の私は、相当目付きが悪いに違いない。

 

「その、昨日は悪かったわよ。あんまり久々だったからはしゃいじゃって。本当にごめんね」

 

 どうやら天津風は自分のせいだと思ったのか、申し訳なさそうに謝ってくる。風呂の一件で司令の寝室を使わせてもらうことになったので、あながち天津風のせいと言うのも間違ってはいないのかもしれない。

 

 

 一言二言話したあと一緒にご飯を食べ、不安がる天津風の付き添いの元執務室に戻り、いつもは司令が座っている席に身を預ける。今の体だと背もたれに頭まですっぽりと収まり、柔らかいクッションが心地よくてますます眠くなる。

 

「ちょっと時津風、寝るのは良いからせめて出撃指示くらいは教えてよ」

 

 そう言われたので机の上に置いてあった指示書を手渡す。天津風はその内容の多さに驚いたのか目を少し見開く。

 

「ここに全部かいてあるから、よろしく。私は寝る…。おやすみ…」

 

「はぁ、分かったわよ。とりあえず休みなさいな」

 

 

 あー、眠い…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるとお昼時だった。机の上に目をやると、間宮さんの手作りのお菓子と一枚のメモがあった。内容は天津風の詫びの言葉だった。

 

 ここまでされては、逆に此方が申し訳なくなってくる。きっかけは天津風だが、そのあとは自分でやったことだ。

 

 

 今度の機会にでも一緒に遊びにいってあげようか。

 

 

 

 

 

 その日一日はなんとか乗りきりることができ、その後も与えられた仕事をこなしきることができた。

 

 

 

 

 

 

 そして、司令が帰ってくる日がやって来た。

 

 一日の仕事が終わり、あとは寝るだけとなっている。司令が帰ってくるのは夜遅くになると事前に聞いていたので、椅子に座りながら気長に待っていた。

 

 

「…まだかなー」

 

 もう小一時間は待っているが、なかなか現れない。少し待つのが早やすぎたか。

 

 

 

 しかし、待てど暮らせど一向に帰ってこない。

 時計を見ればもう就寝時間が近くなっている。

 

「……ちょっと遅すぎるんじゃないかなー」

 

 ここまで来たら、意地でも帰りを待ってやろう、そう考えるが、どうやら体は見た目通りのようで、睡魔が襲ってくる。自分に割り当てられた司令の代理の仕事を終えた安心感も加わり、ウトウトとしてしまう。

 

 机に肘をつき、頭を揺さぶっては起き上がるのを繰り返す。

 

 起きていようと頑張るが、睡魔には勝てなかった。

 

 ついには寝入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー。ってあれ、時津風?」

 

 司令が鎮守府に帰ってきたのは日付が変わる寸前だった。流石にこの時間では誰も起きていないと思っていたが、執務室の灯りがついているのが外から見えて少し驚いた。

 しかし、いざ執務室の扉を開けると、そこには司令の椅子に座りながら寝ている時津風がいた。

 

「もしかして、待っていてくれたのか…。遅くなるから寝てて良いって言ったんだけどなぁ」

 

 時津風を起こさないように呟くが、時津風に届くはずもない。

 

 呆れる反面、待っていてくれて嬉しいのも確かだ。それほど自分が帰ってくるのを待ち遠しくしてくれていたのか――――はたまた土産が気になってしかたがなかったのか。

 どちらにせよ、微笑ましいことだった。

 

 流石にそのままにしておくわけにもいかないので、起こしてしまわないように気を付けながら体を起こし、抱き上げてベッドに運んだ。

 布団をかけ、自分は敷布団を部屋の隅から引っ張り出してきて床に敷き、そこに寝る。

 

 同じベッドに寝るなんて考えは無かった。時津風が起きたときになんと言われるかわからないし、青葉にまた見られでもしたらそれこそ大変だ。

 

 

 

 

「おやすみ、時津風」



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時津風、提督代理になった。その後。

いつのまにかお気に入り300超え!ありがとうございます!
5/3改稿


 どうやら司令を待っていたところ眠ってしまったようで、目を覚ますとすでに朝になっていた。寝ていたのは司令のベッドのようで、体を起こすと提督は敷布団を拡げて、床に寝ているのが見える。恐らく司令が帰ってきて、寝ている私を運んでくれたのだろう。それに加えて自分にベッドを独り占めさせてくれたとは、この司令、なかなか気が利くようだ。

 

 ベッドから出ると、普段着のまま寝ていたことに気がつく。流石の司令も着替えまでは出来なかったようだ。されたときには、それはそれで困るが。

 

 執務室に出ると、司令の机の上に小包が置いてあった。きっと司令のお土産なのだろう、丁寧に(うぐいす)色の紙で包んである。

 

 ひとまずは今着ているシワだらけになった服を着替えよう。

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、既にみんなが起きていた。見渡すと、どこか空気がいつもと違う。

 

 自分のクローゼットから着替えを取り出そうとなかに進み入ると、天津風から声をかけられる。

 

「おはよう時津風、昨夜はよく眠れたかしら?」

 

 声の方をみると、口元が引き攣っている天津風がいた。目は笑っているものの、腕を組んで此方をじっと見ている。

 

 どうして天津風がそんな態度なのか、なんとなく想像がついた。どうせまた誤解しているのだろう。

 

「おはよう。一応いっておくけど、司令とはなにもないからね? 司令が帰ってくるのを待ってたらいつのまにか寝ちゃってただけで。」

 

 そう答えると、ますます怪訝な目で此方を見てくる。

 

 ふと初風と雪風をみると、二人も天津風程ではないものの、私をじっと見ている。

 

「ふーん、そう。それで、何でそんなに服がしわくちゃなのかしら?」

 

 まるで取り調べを受けている気分だ。六つの目で見つめられる。悪いことはしていないと思うが、それでもいい気分はしない。

 

「司令がベッドに連れていってくれてたんだよ。まだ寝てるから想像だけどね。」

 

「それで司令はどこに寝たの?」

 

「床。敷布団しいてた。」

 

 天津風の詰問に素直に答えると、天津風は一先ずほっとしたとばかりに今までの表情を一転させる。組んでいた腕も解く。他の二人も同じようだ。

 

「なにさ? なんかあったの?」

 

 いまいち訳がわからず訊くと、咳払いをひとつした初風が答える。

 

「あのね、あんた無防備過ぎるのよ。今更言ったところで変わらないだろうけど、もう少し気にしなさいな。」

 

 蓋を開けてみると、小言が始まった。今までも何度か聞いてきた内容だ。何かとつけて私に説教するのだ。そろそろ聞き飽きてきた頃合いなので、軽く受け流すことにする。

 

 なるほどねー、と答えつつ、服を着替える。

 

「あんたね、人の話を聞いてるの?」

 

 天津風が話を真摯に聞かない俺に思うことがあるのか、言う。

 

「聞いてるよ。でも正直、根っからの女の子じゃないんだからその辺はしょうがないって。」

 

 何時ものように返事をし、着替え終えると部屋をあとにする。

 

 

 

 

 

 

 

「全く、あの娘はどうしたものかしら。」

 

 時津風が出ていった後、暫くの間が空いて天津風が言う。三人は各々のベッドに腰掛け、時津風について話し始めた。

 

「色々言ってはいるけど、もうあれはよっぽどのことがない限り変わらないわね。本人が言う通り、結局は半分男なんだから。最も、司令はその辺の無防備さもあって惹かれたみたいだけど。」

 

 初風は最近気に入って読んでいる本に目を落としながらなげやりに言う。

 

「よっぽどのこと、出来るけどどうする…?」

 

 切り出したのは雪風だ。意外なところに天津風、初風が興味を持つ。

 

「何よ、その『よっぽどのこと』って。」

 

 天津風が訊くと、少し勿体ぶったようにして答える。

 

「来月はバレンタインデーがあるでしょ、そこで時津風にチョコを渡させる。今度の休みにでもみんなで材料を買いにいく。って言うのはどうかな?」

 

 雪風の提案に二人は考えを巡らせる。

 

「それってクリスマスのとあんまり変わらないわよね。それに、あれだけのことがあっても時津風は結局あんな感じだし。」

 

 天津風が言って三人共に思い出されるのは昨年末の出来事。時津風が司令にクッキーをプレゼントしたところ、司令から好評をいただき、また作ってと言われたのだ。

 

 しかし、あれからというものの、特にこれと言って何かした様子もない。司令も司令で、勢い余って言った言葉だったようで、あまり気にしてはいないようだ。時津風はもしかすると言われたこと自体忘れているのかもしれない。

 

「たしかにそうなんだけど、今度はちょっと趣向を変えてみようかなって。例えばこう、思いっきり、恥ずかしくなるくらいな、いかにもな本命チョコみたいな。」

 

 言われて想像するのはピンクの箱に入った、大きなハート型のチョコ。ベタすぎて誰も作らないが、かえって時津風には効果的かもしれない。

 

 天津風も内容を聞いて納得がいったようだ。

 

「ふーん。なかなか良いかもしれないわね。ちょっと試してみましょうか。」

 

 

 

 本人のいないところで、計画は進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令が起きると、既に時津風はベッドから居なくなっていた。

 

「…先に起きたのか。」

 

 布団からでて、時津風が寝ていたベッドに向かう。

 

「…ほんのり温かい。」

 

 マットレスに手を当てると、時津風の温もりがまだ残っていた。

 

 その暖かさに、昨日の事を思い出す。

 

「軽かったな、あいつ。」

 

 昨夜、時津風をベッドに仕方なく(・・・・)抱き上げて運んだ。その時の感触がどうにもまだ手に残っている感覚がする。

 

 女の子の柔らかさ。子供特有の高い体温。すやすやと眠り一向に起きる気配のない顔。

 

 その時を思い出す。顔が緩むのが、自分でも分かる。

 

 暫く惚けて思い直し、頬を張って気持ちを入れ直して身支度に向かう。

 

 

 

 

 ちょうど身支度を終えた頃、時津風が執務室に入ってきた。

 

「あ、司令おはよ。」

 

 時津風をみると、再び昨日の感触がよみがえってきた。

 どぎまぎしたが、立て直して返事をする。

 

「おはよう。昨日は悪かったな。もう少し早く帰られるかと思ったんだが。」

 

 自分としても惜しかったと思う。もし時津風が起きている間に帰っていたら、きっと執務室に入った瞬間駆け寄ってきてくれただろう。想像にすぎないが、きっとそうするに違いない。勿論、目当てはお土産だろう。

 

「あー、全然大丈夫だよ。むしろありがとね。ベッドまで運んでくれたんだよね?」

 

「ああ。時間が時間だったから、時津風の部屋までは運べなかったが。」

 

 何せ帰ってきたのは結局日付が変わる寸前だったのだ。そんな時間にに艦娘を連れ出したなんて誰かに誤解でもされたら、それこそ軍法会議モノだ。

 

「それでさ。」

 

「ん?」

 

「お土産は?」

 

「机の上にあるから、持っていっていいぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

司令から言われて、小包のところに行き、手に取る。大きさの割には軽い。

 

「司令、これ開けていい?」

 

「いいぞー。」

 

司令のお許しも出たところで、包装を綺麗に開いていく。最近は仕事場ばかりだったから、こんなにワクワクするのは久しぶりだ。

 

綺麗に剥がし終える。中身は白い紙箱だ。

 

蓋を開けてみる。

 

中には、青いブレスレットが2つ入っていた。透き通った、深い青の石でできたブレスレット。手に取ると、少しひんやりとしている。左手首につけてみる。大きさは丁度よい。もう1つのブレスレットを手に取り、どうしようかと考える。両手首に着けるのも変だし、かといって片腕に二つは流石に着けていて気になる。

 

結局、司令に渡すことにした。

 

「司令、ありがとー。着けてみたよ。どう?」

 

寝室にいる司令に軽く腕を振って見せる。

 

「おー、良いじゃないか、似合ってるぞ。」

 

「ほんと? よかった。ところでさ、二つ入ってたんだけど、片方は司令にあげるよ。元々司令のだけどさ。」

 

近づきつつ手に持ったブレスレットを見せると、司令は疑問の表情を浮かべる。

 

「あれ、そうだったのか? 別に両方貰ってくれて構わないぞ?」

 

どうやら、司令は買ったのが1つだけだと思っていたようだ。今更気づいたが、どうやら、此方のは今着けているのよりも少し大きめのようだ。試しに右手に着けてみて左手で摘まみながら腕を下に向けると、するりと抜け落ちる。

 

「いいからいいから。なんかこっちはちょっと大きくて、私がつけるとすっぽ抜けちゃうんだよね。どうせだし司令がつけてよ。」

 

司令の手をとり、半ば強引にブレスレットをつける。うーん、やっぱり司令の手は大きいな。腕も太い。私とは大違いだ。

 

「ほい。おー、お揃いだね。なんと言うか、秘書艦ぽくなったかも。」

 

目線を司令の手首から顔に移すと、表情が固くなっている。

 

「なに、どうしたのさ。」

 

訊くと、司令はブレスレットを指先で弄りながら答える。

 

「いや、別にどうということはないが…。まあいい、朝飯食いにいくか。」

 

そう言って答えを濁し、手を引く。

 

「なに、嫌なの? 嫌なら別にはずしてもいいんだよ?」

 

手を引く司令を後ろから見ながら言うが、司令の答えははっきりしない。

 

「別に嫌な訳じゃない。なんと言うか、こう、いわゆるペアルックみたいだな、と。」

 

「ペアルック? あー、確かにそうかもね。まあ、信頼の証ってことで。」

 

「信頼? ああ、そうだな。」

 

 

 

 

どうにも煮え切らないまま食堂に着く。

 

食堂に入るときになって、ようやく司令が手を離す。思えば、司令から手を握ってきたのは初めてかもしれない。いつもこっちが振り回していた気がする。

 

 

食堂に入り、朝御飯を受け取り、司令と対面になって席に座ると、どこからか島風が近づいてきて私の隣に座る。

 

「時津風、そのブレスレットなんなのさ。司令とお揃いじゃん!」

 

朝っぱらだと言うのに、割りと大きな声で聞いてくる。顔もどこか真剣だ。

 

「これ? 司令が出張のお土産に買ってきてくれたんだ。」

 

島風に見せびらかすように手首をつきだして見せると、あからさまにむくれる。

 

「なにそれ、私たちには無いわけ?」

 

「ふふん。秘書艦の特権というやつだよ。」

 

なんだか羨ましがられるのが嬉しくて、つい挑発してしまう。

 

私の発言を受けて島風は司令に矛先を変える。

 

「ねー司令、私たちにはお土産無いの! 時津風だけとかずるいよ!」

 

島風が大きな声で言うと、回りにいる艦娘達も何事かと此方を向く。

 

司令も流石に居心地が悪いようで、ばつの悪そうな顔をしている。ややあって、司令が手を頭にやりながら答える。

 

「皆にはお菓子を用意してるから、それじゃダメかな…?」

 

いつになく弱気な司令。島風というと、まだ言いたいことはあるようだが一先ずは収まったようだ。

 

「まあ、とりあえずあるならいいよ。騒がしくしてごめん。でも時津風だけ特別扱いはあんまりしてほしくないかな。まだ結婚もしてないんでしょ?」

 

きくと、司令の肩がビクッと一瞬つり上がる。

 

「わ、悪かったよ。もうしないから、な?」

 

 

 

 

 

 

……なんなのさ、これ。

 

 

 

 

 

 

 

食事を食べ終え、執務室に戻る。食堂の一件もあって空気が重い。各々の机に向かって作業しているが、やはり相手がどうも気になる。

 

さっきのは何だったのだろう。なんか島風が急に突っ掛かってくるし。

 

それにしても結婚か…。

 

島風が言ってたけど、やっぱ結婚もしてないのに司令と近すぎるのかな?

 

此方としては友人というか、自分の秘密を知っている数少ない理解者というか。まあそれなりに特別な存在ではある。でも、結婚ねぇ…。

 

以前天津風達が、司令が私に好意を抱いてるといってたけど、どうにもそんな風には見えない。それに私だってどちらかと言えば、司令は結婚相手と言うよりは親友だと思う。

もしも万が一、司令にプロポーズされたらその時は流される気がしないでもないが。

 

結局のところ、その辺は勢いな気がする。司令は男だし自分も元男だけれど、頭を撫でられたら気持ちいいし、その辺は時津風の面も出ているのだろう。

 

だから、自分は司令が親友でも、結婚相手でも良いのかな、と思う。

 

親友なら元男として頼りがいがあるし、結婚相手なら『時津風』が喜ぶだろうし。

 

そもそも、ケッコンカッコカリがこの世界でどうなっているのかもわからない。ゲームではレベル上限解放が一応の目的だったけど、ここではどうなんだろうか。

 

 

 

 

ただひとつ確かなのは、司令にブレスレットを貰ってそれが特別なことだとわかったとき、心の底から嬉しかった、と言うことだ。

 

自分が他人の特別な存在になれたのはやっぱり嬉しい。

 

 

 

 

……ってあれ、もしかしてこう言うのが司令の好意だったりするのかな?

 

司令の特別な存在か…。

 

 

 

あー、やばい。

なんだこれ。

あれか、これが恋愛脳というやつか。

 

なんか一度そうだと思うと、もうそうだとしか思えなくなってくる。

 

 

思い返せば、クリスマスの時も私が作ったらクッキーが良いって言ってた。結局、あれからつくってあげれてないけれど、あれも司令の好意の表れだったりするのかな。私はてっきり、美味しかったからかなと思ったけれど、きっと美味しいのは他にもあったに違いない。私ははじめて作ったようなものだ。それこそ間宮さんが作る方が美味しいに決まっている。

 

となると、やっぱり私が作るのに意味があった、ってことか。

 

 

 

 

なんか、自意識過剰な気もする。でも、もしそれらが本当に司令の好意の表れだったら…。

 

 

 

 

 

 

あーもう面倒くさい! もういっそのこと聞いてしまえば良いじゃん!

 

「ねえ司令!」

 

一呼吸おき、思いきって呼び掛ける。突然の事に司令は驚いたようで、戸惑いながら顔をあげる。

 

「なんだ? 時津風。」

 

心なしか、司令の声もおどおどしているように聞こえる。

 

司令の目が此方を見つめる。いつもは何でもない視線が、今ばかりは鋭いものに感じる。

 

浅くなった呼吸を整えて、続ける。

 

 

 

 

「司令、司令は私の事、どんな風に思ってるの?」

 

 

 

 

 

言った。遂に言ってしまった。

 

もう後戻りはできない。後悔の念にかられる。これで司令に変に思われないだろうか。男の癖に、なに聞いてるんだなんて思われないだろうか。

 

心臓が痛いほどに拍動する。司令に聞こえてしまうのではないかと思われるほどに。

 

司令も司令で、私の言葉を聞いて目を丸くする。手を口元にやり、少し考えて答える。

 

「時津風のことはとても頼もしく思ってるよ。仕事もよくこなしてくれるし、気もきくし。」

 

 

そうじゃない。

 

私が聞きたいのはそんなことじゃない。

 

 

 

 

 

でも、また聞く気にはなれない。

 

「そう、よかった。」

 

 

安心しましたよ、と見せつけるように溜め息をつき、仕事に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんかもやもやする。



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時津風、司令の看病をする。

時津風はまだ、自分の魅力を自覚できていないのです。それは司令にとっては、ある意味とても恐ろしいものであったり…。

ps:推敲って大事ですね…。
5/3改稿


 最近、自分でもよくわからない感情に悩まされている。司令と自分以外の艦娘が話していると気になって仕事が疎かになるし、司令に褒められると、そのあとの仕事が暫く手につかなくなるほど嬉しいのだ。

 

 

 

「もうそれは間違いないわね、恋よ、恋」

 

 

 夜、仕事も終わり自室のベッドで、各々のんびりしているところで天津風に聞くと、直ぐにそう返ってきた。

 

 恋ねぇ…。

 

 自分のなかでも、その可能性は考えていた。客観的に見れば恐らくはそうなるのだろう。しかし、自分が元男であるので排除していたのだ。

 

「いや、それは無いと思うけどなー。だって相手は男だよ?」

 

「当たり前でしよ?時津風は女の子なんだから」

 

「そうは言ってもね…。男の部分も残っているわけで。もう混ざってる感じはするけどさ」

 

 そう返すと、天津風は少し考え込んだ後、閃いたように突然ベッドから降り、なにかを机の棚から取り出して、顔の前につきだしてくる。

 

 見ると、それは近場の大型ショッピングセンターのチラシだった。見出しには「バレンタインデー特集」と大きくかかれている。

 

「…つまりチョコを渡せ、と? なんで?」

 

 感情の相談をしていたところ、急にこれである。意図が汲めず、訝しげに見ていると、天津風が如何にも名案だと言わんばかりの自慢げな顔で説明する。

 

「そうそう。で、もし時津風の感情が恋とかそういうのじゃなくて、あげたときも特にこれといってなにもなかったら『日頃のお礼』とでも付け加えればいいのよ」

 

 なるほど、それなら自分の感情がどうであれ納得のいく理由ができそうだ。しかも、以前約束した、司令にお菓子を作るという事も同時にクリアできる。まさしく一石二鳥の名案だ。

 

 しかし、問題は、そもそも作れるのかという所にある。今まで、前世も含めてチョコはもらう側だったから作ったことなんてない(そもそも貰ったことすらないのはここでは関係ないはずだ)。クッキーは経験があったから比較的気軽に挑戦できたが、チョコねぇ…。

 

 

「うーん、わかった。やってみるよ。でも、何すれば良いかさっぱりだよ?」

 

 天津風に聞くと、初風、雪風に目配せをしてから待ってましたとばかりに言う。

 

「今度の休みにみんなで買い物にいきましょ。流石に作り方とかは私たちも教えられないから、間宮さんにお願いしようと思ってるわ。因みにもう了承はとってあるわ」

 

 まるでこうなることが分かっていたかのような準備の出来具合に驚いていると、初風が心を読んだかのように答える。

 

「どうなりそうかなんて分かるわよ。バレンタインデーは女の子の一大イベントだし、それに私たちはあんたの姉なのよ? このくらいお見通しってものよ」

 

 そう言う初風の目は慈愛に満ち、表情は柔らかい。

 あまりにまっすぐ見つめられるので気恥ずかしくなり、目をそらす。

 

 しかし、自分の事を考えてくれていたことは嬉しい。それに、自分のために何かしてあげようというのだ。これで感謝しなかったら、とんだ大馬鹿者だ。

 

「あ、ありがと。頼むよ」

 

 面と向かって感謝の言葉を言うことも早々無いので、照れからか首もとが熱くなる。

 

 思えば、秘書艦となってからというものの、あまりの忙しさから、天津風達と共に何かする機会も殆ど無かった。

 そう考えると、買い物にいくのも楽しみになる。

 

 一緒の時間を過ごせると嬉しく思っていると、天津風が私のベッドにのぼり、正面から抱きついてくる。

 

「あーもう、時津風ったら顔紅くして可愛い!」

 

 私はベッドの上で女の子座り、天津風は膝立ちをしているため、顔が天津風の胸元に当たる。

 

「ち、ちょっと! あたってる、あたってるから!」

 

「女の子同士だし別にいいでしょ? なんか時津風って抱き心地いいのよね。動物抱っこしてるみたい」

 

  抱きつくばかりか、頭を撫でてくる。指先で髪をすくように。くすぐったいが、悔しいことに気持ちいい。この辺は女の子になってからの感覚だ。男だったら撫でられること自体嫌がっただろうし、やはり女の子の部分は確実にあるようだ。…恋愛面はどうか知らないが。

 

 最初は天津風の肩を押したりして、腕から抜け出そうとしていたが無理だとわかった。不服だが、諦めてなすがままにされる。

 

 …別に撫でられていたいとか、そう言うわけではない。断じて。

 

「それにしても髪綺麗よねー。どうやったらこんなさらさらになるのよ」

 

「別に天津風と変わらないって。使ってるものが同じなんだし」

 

「そうなのよねー。ほんと羨ましいわ…。私なんていくらやってもいまいちだし…」

 

いや、天津風の髪も十分きれいなんですが…。

 

 

 

 話していると、誰かか寄ってくる気配が。横に立たれたので、横目で見ると、雪風だった。

 

「天津風、私も撫でていい?」

 

「いいわよ」

 

 まて、どうしてお前が許可を出すんだ。出すとしたら私でしょ。

 

 雪風が私の背後に座り、頭を撫でてくる。天津風は前頭部、雪風は後頭部と前後から挟まれて撫でられるとくすぐったさが増し、心地よさもまた増した。

 

 しばらくそのままで離してくれるのを待ったが、一向にやむ気配がない。あまりに心地いいので、眠くなってくる。まぶたが重くなり、姿勢を保つのも辛くなってきた。

 

「ねえ天津風、眠くなってきたから離してほしいんだけど」

 

「嫌よ」

 

 提案するも、即刻却下される。こうなったら実力行使だ。天津風の後ろに十分なベッドの長さがあるのを天津風越しに確認すると、多少反動をつけて天津風を体ごと押し倒す。二人の驚きの声が聞こえるが、そんなことはどうでも良い。

 天津風を下に、雪風を上に挟まれるような体制になる。

 

「じゃ、おやすみ」

 

 これで寝られる…。

 

 

 

 

 

 

 

「…どうするのよこれ」

 

 

 時津風が天津風を押し倒して、あっという間に時津風は寝入ってしまった。肩を叩いても一向に起きる気配がしない。

 

 既に雪風は時津風の上からどいて、自分のベッドに座っている。天津風も時津風をどかそうとするが、大の字になって寝られているため、横に転がすことも出来ない。そのくせ、時津風の腕をどかそうとしても、何故かびくともしない。

 

 結局、天津風一人ではどうしようもなくなった。海の上で発揮できる馬鹿力も、艤装のない今となっては使えない。

 

「良いじゃない。羨ましいわよ? 私はお断りだけど」

 

 初風は事の始まりから傍観を決め込んでいる。今この状況でも手を貸そうという気は、更々ないようだ。

 

「雪風、時津風をどかしてくれない?」

 

 最後の頼みの綱である雪風に聞くが、返事はせず、布団にはいって寝てしまう。

 

「あ、初風、電気消してもらえる?」

 

「ええ、じゃ、おやすみ」

 

 初風が照明を消すと、いよいよ打つ手がなくなった。

 

「ちょ、ちょっと! 助けてよ! 薄情者! 鬼! 悪魔!」

 

 悪態をつく天津風だが、二人は反応もしない。

 

 ここまで来ると流石の天津風も諦める。せめても、と時津風の手を握り、そのまま眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きると、体の下に天津風が居た。

 いったい何が起きているのか一瞬わからなかったが、直ぐに昨日の夜を思い出す。

 

 天津風の上からどくと、ちょうど天津風も起きた。

 

 

「おはよう時津風」

 

「おはよう、よく眠れた?」

 

 天津風に聞くと、眉間にシワを寄せて訴えてくる。

 

「『よく眠れた?』じゃないわよ。頭が乗っかってるから息苦しいわ、夜中に起きても時津風が乗っかってるから身動きがとれないわ、手は離してくれないわで大変だったんだから」

 

「そりゃ悪かったよ。でも元はと言えば天津風が離してくれなかったからだし。それに手なんて私繋いでないし」

 

「ぐっ…、それを言われると何も言えない…」

 

 自らの負けを認め項垂れる天津風を横目にベッドから降りて着替えていると話し声のせいか初風も起きたようだ。

 

「なによ朝っぱらから、うるさいわね…」

 

 目を擦りながら起き上がる初風。こちらに向けられる視線は冷たい。

 

「ごめん初風。ちょっと天津風と話してた。あれ、雪風は?」

 

 初風に謝りつつ聞くと、初風は雪風の顔を覗きこんでから此方を向いて答える。

 

「この子まだ寝てるわよ、なんか羨ましいわね」

 

 どこか皮肉ったような口調の初風。申し訳なさを感じ、再び謝っておく。

 

「ところで、今日が昨日言った休みの日なのよね」

 

 すっかり伝え忘れてたと、軽く謝りながら告げる天津風。

 

 まさか話を聞いた次の日に出掛けるとは思っていなかったが、思えば、今日を外すとみんなで出掛ける機会は当分先になりそうだ。

 

「今日って…、それ本気? いやまあ、行けるけどさ。何時に出るの?」

 

「朝御飯を食べたらすぐね」

 

 ひとまず着替えと洗面を済ませて洗面所から部屋に戻ると、ちょうど雪風も起きたようだった。

 

「あ、おはよ、雪風」

 

「おはよー。皆は?」

 

 まだ若干寝ぼけているらしく、間延びした返事をする雪風。ひとつ大きな欠伸をして、ベッドから起き上がる。

 

「いま顔洗ってるところ」

 

「私もいってくるねー」

 

「いってらっしゃい」

 

 おぼつかない足取りで洗面所に向かう雪風を見送って、自分は執務室に向かう。

 

 

 執務室の部屋をノックする。しかし返事は返ってこない。いつもの司令ならとっくに起きている時間のはずだと不思議に思う。

 

「司令、入りますよー?」

 

 一応断ってから部屋にはいると、司令はまだ起きていないようだ。いつもなら座っているはずの司令がいない。着任してからはじめての出来事に困惑しながら足を進める。

 

「まだ寝てるのかな。司令? 起きてますー?」

 

 寝室の扉をノックするが、それでも返事はない。流石になにか変だと思い扉を開けると、まだ布団のなかで寝ている司令が居た。

 

「なにやってるんですか司令。朝ですよー?」

 

 ベッドの脇までいくと、司令が目を開けた。

 

「ああ、時津風か…。悪い、ちょっと体調が悪くてさ…」

 

 そう言う司令の声はいつになく弱々しく、顔も赤い。汗もかいているようだ。

 

 司令の額に手を当ててみると熱い。どうやら熱があるようだ。

 

「もしかして風邪かな? ちょっと待ってて。いま体温計とか持ってくるから」

 

 一言残し、医務室に行って体温計や水を組んだ洗面器とタオルを借りてくる。

 

 執務室に戻る途中、島風と廊下で会った。

 

「おはよ」

 

「おはよう島風。えっと、悪いんだけどさ、天津風達に司令が風邪引いたから今日は外出られないって伝えてくれないかな?」

 

 島風に伝言を頼むと、快く承諾してくれる。こう言うときに素直にお願いを聞いてくれるのはとてもありがたい。

 

「あ、なんか手伝うことある? 」

 

「ううん。大丈夫。…あ、間宮さんにお粥をつくってもらうようにお願いしてきてもらえる?」

 

「おっけー。じゃ、看病頑張ってね」

 

 そう言い残して去っていく島風。

 

 本当にありがたい。

 ありがたいのだが…。

 最後の意味深長な笑いはなんだ?

 

 

 

 司令のところに戻り、体温計を渡す。

 

「悪いな、手間かけさせちまって」

 

「大丈夫。病気のときくらい頼ってくれていいんだよ?」

 

 しんどそうな顔をしても礼の言葉をかけてくれる司令。

 こんなときまで、全く律儀な人だ。

 

 タオルを絞って、司令の額にかけてあげる。

 

「おー、ありがと。気持ちいいよ」

 

「ぬるくなったら言ってね。後で水枕も持ってきてあげる」

 

 よほど気持ちよかったのか、表情も和らいだ。

 

 

 

 しばらくしてから体温計を取り出した司令は、その表示を見てため息をついた。

 

「はぁ、こりゃ本格的みたいだ。参ったな…」

 

 司令から体温計を受け取り、見てみると、38度を指している。

 

「あー、ほんとだ。今日は一日休みだね。私がずっとついていてあげるから安心して。何かしてほしいことあったら聞くけど、なにかない?」

 

 そう聞くと、司令は少し黙り混んでから答える。

 

「いや、今のところはないよ。それにしてもごめんな。今日は出掛ける予定だったんだろ?」

 

 すまなそうにいう司令。

 こんなときまで他人のことを考えるなんて、お人好し過ぎる。

 

「そんなことは気にしなくていいの。秘書艦なんだから当然でしょ? 」

 

「そうか、ありがとう。じゃあ、寝るよ」

 

「おやすみ」

 

 目を閉じる司令を横目に、執務室の机の上の書類を見て、急ぎのものがないかチェックする。幸い昨日今日は無いようだ。

 これで今日の仕事はもうない。これからは安心して司令の看病にあたれるというわけだ。

 

 寝室に戻ると、司令は既に寝入っていた。ベッドの脇に椅子を持ってきて座り、心細かろうと司令の手を握る。心なしか、表情が和らいだ気がする。

 

「疲れがたまってたのかな。自己管理もしてほしいけど、私がいるときは無理しているようにも見えなかったし…」

 

 原因を考えていると、何となく予想がついた。

 

 もしかして、司令は私が部屋に戻ったあと、ベッドから起きて仕事をしていたのではないか。

 

 年はじめの何かと忙しい時期だ、もしかしたら連日そんなことをしていたのかもしれない。

 

 もしそうだとしたら、止めさせなければ。

 しかし、口で言ったところで司令のことだから隠れてまたやるに違いない。

 

 ならば…?

 

 

 

 

 

 考えた結果、ひとつの名案が浮かんだ。

 

 一緒に寝ればいいのだ。司令が寝るまで横にいてまっていれば、少なくとも仕事にすぐ戻ることはできまい。もしかしたら私が寝てから仕事をやるかもしれないが、その時はきっと気づくはずだ。なんだったら、提督に抱きついてしまえば…。

 

 そこまで考えて、以前司令に連れ込まれて一緒に寝たときのことを思い出す。

 

 …抱きつくのは無しだな。此方が恥ずかしい。

 

 

 考えを振りきるように頭を振ってリセット。

 

 

 

 

 

 暫くそのまま過ごしていると、執務室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「島風です。入りまーす」

 

 扉を開けて入ってきたのは島風、手に持っているお盆には丼が乗っている。どうやらお粥を持ってきてくれたようだ。

 

「あ、島風、こっちこっち」

 

 島風を寝室に呼び寄せる。

 

「お粥持ってきたよ。あと、天津風達にも伝えといた。『私たちで買い物してくるからあんたは司令についていてあげなさい』だってさ」

 

「ありがと。あ、ごめん、お盆は司令の机の上に置いてもらえる?」

 

「おっけー」

 

 そういって執務室に向かおうとした島風だが、突然歩みを止めた。視線の先は、私が司令の手を握っているところにある。

 

「…もうできてるの?」

 

 ニヤニヤしながら聞いてくる島風。質問の意図がよくわからず、聞き返す。

 

「できてるって何が?」

 

「そりゃあ、司令と時津風に決まってるじゃん」

 

 ますます意味がわからなくなってくる。

 

「私と司令がなにさ」

 

 また聞き返すと、島風は更に笑みを深めて言う。

 

「だーかーらー、司令と時津風はもうケッコンカッコカリを済ませたのかなってこと」

 

 島風のいっている意味が漸く飲み込めたと同時に、今の傍目から見た状況に気付き、手を離そうとする。しかし、司令も此方の手を握っているので簡単には外れない。

 

「そんなことしてないし、そんな関係じゃないよ!」

 

「おーおー、そんなに顔を紅くして、お熱いですねー」

 

 茶化すように言って、執務室を出ていく。此方はすっかり島風のペースに持っていかれて、動揺している。首もとから顔にかけて、カッと熱くなる。

 

 執務室を出るとき、島風が一言残す。

 

「お幸せにどうぞー!」

 

「うっさい! さっさと行きなよ島風!」

 

 島風の言葉に思わず叫んでしまった。流石の司令もおきてしまう。

 

「なんだ、時津風。何かあったか?」

 

「いや、なにもないよ。島風がお粥持ってきてくれたんだけど、食べる?」

 

「うーん、じゃあ、少し食べようかな」

 

 なんとか誤魔化すことが出来てほっとする。

 

 お粥をとってくると、司令は上半身を起こしていた。

 

 司令の体の前にお盆を差し出す。

 

「はいこれ。どう?自分で食べられる?」

 

 そう聞くと、司令は左手で体を支えて、右手でスプーンを持ち食べようとする。しかし、力があまり入らないのか、持ち上げてすぐスプーンをどんぶり茶碗のなかに落としてしまう。

 

「すまん、きついみたいだ」

 

「そっか、ならたべさせたげる」

 

 スプーンをとり、食べやすいように少しだけお粥をとって、息をを吹き掛けて冷ましてあげる。

 

「はい。あーん」

 

「ちょっ、それやるの!?」

 

今までの弱気な態度はどこへやら、大きな声をだす。

 

「自分で食べられないんだからしょうがないでしょー? ほら、口開けてよ」

 

 暫く司令の口の前にスプーンを突きつけていると、観念したのか口を開けた。

 

 一度食べ始めると調子づいたようで、結局、1膳分ほどあったお粥を完食した。

 

「よかった。食欲はあるみたいだね。…ってありゃ、顔赤くなってる。ちょっと大変だった?」

 

 司令の顔を覗くと、明らかに食べる前より顔が赤い。

 

「た、たぶん食べて体が暖まったんじゃないかな」

 

「そうかな。それならいいんだけど」

 

「おう、じゃ、おやすみ」

 

「うん、おやすみ」

 

 腑に落ちないが、司令が横になったので、手を差し出す。

 

「…その手は?」

 

「手、握っててあげるから出してよ」

 

 そう言うと、司令は驚いた顔で答える。

 

「い、いや大丈夫だよ。それよりタオルを交換してもらえるかな?」

 

「ん? そう。分かった」

 

 

 洗面器を持って冷たい水を汲んで帰ってくると。既に司令は寝ていた。

 

「うん、思ったより元気そうでよかった」

 

 額に新しいタオルをかけ、ベッドの脇に座る。

 

 手を握ろうかと思ったが、断られたのを思いだし、きっと暑かったのだろうと考えて止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時津風の看病は続く。




中途半端なところで終わって申し訳ない。次回に続きます。


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時津風、司令を看病する。その後。

お気に入り400件突破!ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
5/3改稿


 司令が起きたのは、夕飯どきになってからだった。朝からずっと寝たまま過ごしたのが効いたのか、熱も大分下がっているようだ。

 

「いやー、心配かけたな。たぶんもう大丈夫だろ」

 

 今ではすっかり顔色も戻り、声の調子も戻っている。上半身を起こし、寝巻きを脱いで、時津風に背中を拭いて貰っているところだ。

 

「それにしても、何もここまでしてくれなくてもいいんだぞ」

 

「なにいってるのさ。汗かいたままじゃ、また体が冷えて風邪引くよ?」

 

 膝立ちで肩から順に拭いていく時津風も、言葉では司令を叱責しつつもどことなく嬉しそうだ。やはり、身内の体調が回復したのは嬉しいらしい。

 

「はいはい」

 

 司令も時津風の意見を汲んで素直に従う。いくら元気になったとはいえ、病み上がりではなにも言えたもんじゃ無かった。

 

 最も、時津風に甘えることのできる絶好の機会を逃すまい、なんて考えているのも事実だが。

 

 可愛い娘に看病をしてもらえるなんて役得は早々無い。それだけに、わずか一日足らずで回復してしまった風邪を恨まないでもなかった。せめて明日の朝位までは持っていてほしかったが(朝起こしてもらえるのではないかと考えたのだ。)、そうもいかず、仕事が溜まらないのだから良いことだと自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

 司令がそんな呑気なことを考えている一方で、時津風は内心どぎまぎしていた。女になって約半年、すっかり女の体にも馴れ、いや、馴れすぎたばかりか男の体を忘れていたのか、司令の体を見て妙に緊張していた。

 

 

 司令の背中ってこんなに広かったんだ…。それに、デスクワークしかない筈なのに筋肉結構ついてるし…。男の体ってこんなだったっけ?

 

 男の頃の自分の体を思い出そうとするが、今一しっくりこなかった。

 

 拭いていると、体格差が見に染みる。此方が膝立ちをして、漸く首もとに手が届くのだ。肩から順に拭いていくと、司令が気持ち良さそうにする。それが嬉しくて、ますます張り切って拭いてあげる。

 

 

 

 ふと横を見ると、鏡に自分達が映っているのが見えた。

 

 鏡の中の自分は何故か、まるで司令の「何か」のように見えた。

 

 途端に恥ずかしさが体を駆け巡り、拭いていた手が止まる。

 

「どうした時津風? 疲れたならもういいぞ?」

 

 此方を気遣う司令。

 

「いや、そうじゃなくてね、なんか今の状況ってなんだか私と司令がまるで夫婦みたいだなって」

 

「は?」

 

「あ、いや、なんでもない。気にしないで」

 

 頭のなかでぼんやりと考えたことを思わず口走ってしまい、司令に大層驚かれる。そうとう不意をつかれたのか唖然とした表情を見せたが、気にしないでと言われてはそれに勤める。

 

 しかし、失言により、先程のあっけらかんとした雰囲気はどこへやら、大層ぎこちなくなってしまった。

 

 鏡の方を見ないようにしつつ体を拭くのを続けていると、ふと、朝お粥を司令に食べさせたときのことを思い出す。

 

 もしかすると、あれは所謂「あーん」というやつではないのか…?

 

 スプーンを手に、司令に食べさせていたのだ。端から見れば、いや、自分でも気づく。あれはまさしく「それ」だ。

 

 一度気づくと、もうそれからはどうにもならなかった。

 司令の顔もまともに見ることができず、そこそこのところで切り上げる。

 

「司令、終わったよ」

 

「お、おう。ありがとな」

 

「それじゃ、着替えて、念のため寝ててね。じゃ」

 

 同じ場所にいることがどうしても恥ずかしくなり、そそくさと部屋から出る。ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、すまん司令、許してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 時津風が司令室を去った後、司令は悩んでいた。時津風が自分をどう思っているのか悩んでいた。普段は親友のように気の置けない仲だが、今日に限っては、特に先程はそれを疑うような雰囲気だったのだ。

 

 自分への対応が明らかにいつもと違うのもそうだが、何より最後に漏らした言葉が気になる。。

 

 病人だから、と言ってしまえば前者は片付くのかもしれない。しかし、「夫婦みたい」だなんて冗談でも早々気安く言わないし、ましてやあんな風にはぐらかすような真似をするなど、普通では考えられない。

 

 と、言うことは、つまり時津風は俺にそういう気があると言うことか?

 

 ……いやいや、もしそうであったとしたら俺としてはこの上なく嬉しいが、果たしてあいつはそうなり得るのだろうか。

 

 今や吹っ切れて自分をしっかり持っているとはいえ、元男であることに変わりはない。

 

 もしも俺が時津風に告白して振られでもしたら、いや、むしろ気持ち悪がられでもしたら、それこそ目も当てられない。私情に留まらず、仕事にも響くだろう。

 

 つまり、此方からは迂闊に手出しできないと言うことか。

 

 

 なんと焦れったいのだろうか。自分の気持ちにはもう決着がついている。普通の男女だったらこんなに悩むことはなかろうに。

 

 自分の立場が、時津風の背景がとても惜しい。しかし、どうこう言ったところでなにも変わらないのは重々承知だ。

 

 

 ……書類一式だけでも揃えておくか。

 

 そして、もし何かの時に時津風の方から俺に言ってくれたら、その時は俺も覚悟を決めて差し出そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時津風が部屋のドアを開けると、初風たちがベッドに今日の買い物の収穫であろう品々を広げていた。天津風が時津風に一番に気づく。

 

「あら、時津風じゃない。お疲れ様。悪いけど買い物いっちゃったわ。ちゃんと時津風の分も買ってきてあげたから安心して」

 

「私の分? じゃあみんなも作るの?」

 

「ええ。あ、司令にはあげないわよ。私たちの間で食べるの。なによ、ライバルが増えたと思った?」

 

 何とはなしに言った言葉が天津風によって深められる。

 思ってもいなかった言葉に意表を突かれ、言い返す言葉も苦しいものになる。

 

「は? ライバルなんてそんなこと思ってないし」

 

「ふーん。なら私たちもあげちゃおうかしら」

 

 面白いイタズラを考え付いたと言わんばかりに悪い顔の天津風。

 

 自分でもよくわからないが、何故か気に食わない。

 

「なんでそうなるのさ? 」

 

「なによ、嫌なの? それならそう言いなさいよ」

 

「…嫌だよ。司令には私だけがあげるんだから」

 

 まるで私の言葉を待っていたかのように、途端に満足げになる。

 薄ら寒く感じながら聞く。

 

「…な、なにが面白いのさ」

 

「いやね、時津風も素直じゃないなって思って。青葉から聞いたけど、私たちがいない間随分司令とよろしくやってたらしいじゃない」

 

「正確には天津風が青葉に時津風と司令を観察しているよう頼んだだけなのだけれどね」

 

 天津風が自慢げに話しているところに初風が横槍を入れる。

 天津風はこの展開を予想していなかったのでうろたえ、背後の初風に振り返る。

 

「なんで言っちゃうのよ!」

 

「あんただけが楽しむのはずるいわ。私も混ぜなさいよ」

 

「だからってね…!」

 

 天津風が初風に食って掛かろうとするところを雪風がなだめる。初風と言えば涼しい顔だ。

 

 

 

 

 …青葉に見られてた?

 

 初風と天津風が何やらやっているが、それよりも問題だ。青葉と言うことは、もしかすると写真も取られているかもしれない。寝ている司令の横に居るぐらいのところならまだマシだ。しかし、もしも司令にお粥を食べさせているところを撮られていたとしたら…。

 

 想像しただけで背筋に悪寒が走る。

 

 青葉に次あったら何をしてやろうかと考えていると、天津風たちの方も蹴りがついたようで、こちらに向き直る。

 

「まあ、そう言うわけよ。それで、ここに写真があるんだけど…」

 

 そう言ってベッドの上に置いてあったらしい写真を手に取り、こちらに向ける。

 

「まさかそれは…」

 

「お熱いことですねぇ、ってとこかしら?」

 

 天津風に突きつけられたのは、まさに私が司令に初めてお粥を食べさせているところを収めた写真。

 

 私の顔がいつもと変わらないのは不幸中の幸いなのかもしれない。写真を見た今頃気づいたが、司令は相当顔を赤くして恥ずかしがっている様子だ。もしもこれに加えて私を恥じらってでもしていたら、それこそ決定的だ。

 

「な……天津風、今すぐそれを渡して!」

 

「なによ、欲しいの?」

 

「そんなものをこの世に残しては置けない!」

 

 なんとしてでも無かったことにしようと、天津風に飛びかかる。しかし戦闘訓練は伊達にしていないようで、ひらりひらりと(かわ)されてしまう。

 

「そう言ったって、ネガは残っているんだから、これをどうにかしたところで何も変わらないわよ?諦めることね」

 

「そんな…」

 

 写真を取り返すのも諦めて司令との事がみんなに知れてしまうのを憂いていると、天津風が写真を差し出してきた。

 

「それで、写真、欲しいの?」

 

 これは素直に頼めば渡してくれると言うことか。しかし、ここで欲しいと言っては、「司令の写真だから欲しい」だとか、「思い出だから欲しい」だとか思っていると勘違いされてしまうかもしれない。…そう、勘違いなのだ。それはできれば避けたい。

 

 

 

 

 結局、たっぷり悩んだあげく、貰うことにした。

 

 

 

「……欲しい」

 

「ふーん、そう。ほら、大事にするのよ?」

 

 知ったような顔をして写真を渡す天津風。

 

 何もわかっちゃいないくせに。なんでそんなにしたり顔なんだよ。

 

 写真を引ったくるように受け取り、すぐに机の引き出しに仕舞う。誰かが入ってきても見つからないように、出来るだけ奥に仕舞う。

 

「それで、チョコつくるんでしょ。いまのところどうなってるの?」

 

 話題を司令との事から離そうと、話を振る。

 

 初風が壁に張ってある私たちの出動表(シフト表のようなものだ)の前で日付を確認して言う。

 

「そうね、バレンタインの前日にあなた休みがあるでしょう? そこで間宮さんに手伝ってもらってチョコを作るので良いんじゃないかしら」

 

「前日に初めて作るのはちょっと大変かもしれないけど、まあ、なんとかなるでしょ」

 

「私も一緒にいるから、多分なんとかなる。ううん、何とかするよ!」

 

 天津風、雪風も初風の予定に賛同する。初風は特に乗り気のようだ。

 

「わかった。じゃあそれでお願いするよ」

 

 

 

 

 バレンタインか…。どうなることやら。

 



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時津風、バレンタイン大作戦。

遅くなりました、更新です。
実は予約投稿で指定の日にちを一年後にしてました。いつもはすぐに見てくださるかたがいるので本当に心臓に悪かったです。
遅ればせながら、どうかお読みください。



なんとお気に入り500件突破!ありがとうございます!まさかこんな拙作がここまで育ってくれるとは思いもよらず、大変嬉しく思っております。皆様本当にありがとうございます!

物語ももう佳境。ラストスパートです。

嗚呼、最初は現実とリンクしていた季節もスッカリずれてしまった。

5/3改稿


 バレンタイン前日。今日は有給を取り(と言っても形だけで、実質的には司令が甘いので休み放題なのだが。勿論悪用どころか、今までほとんど使ったことすらなかった。)朝から四人揃って間宮さんのところにお世話になっている。

 

「それで、どんなチョコにするかは決まってるのかしら?」

 

「これにするわ。ね、時津風」

 

 天津風が間宮さんに見せたのは雑誌の切り抜き。そこには「如何にも」本命と分かるような、手のひらサイズのハート型のチョコの写真が載っている。

 

 

 実は昨日の夜、四人で相談していた。

 

 当初私はシンプルな、小さな丸い、所謂トリュフチョコを考えていたのだが(意外にも簡単に作れると知ったのも選んだひとつの理由だ)、三人が(主に天津風が)強く推したので、結局私が何時ものように流される形になったのだ。

 

 末っ子の意見はいつの時代でも弱い。

 

 

 

「う、うん。それでお願いします」

 

 

 

 斯くして、チョコ作りは終わった。途中紆余曲折(うよきょくせつ)あったものの、何とか大きな失敗はまぬがれることが出来たのはやはり間宮さんのいるところが大きかった。後は、雪風の持ち前の運のよさもあったか。

 

 なんにせよ、気が休まる暇もなかったということだ。

 

 なんとか一仕事を終え、チョコを冷蔵庫に入れて、さて帰ろうかとしたところ天津風に引き留められる。

 

「こら時津風、チョコはまだ仕舞わないわよ? これからラッピングするんだから」

 

「え、まだ終わりじゃないの?」

 

 てっきり終わったものだと思っていた私の言葉に呆れる天津風。

 

 しょうがないじゃないか。早いとこ切り上げてここからおさらばしたいんだ。

 

「なにいってるのよ。これからがある意味本番じゃない。いくら中身が良くたって最初の見た目が悪かったら意味無いんだから」

 

 そういって取り出したのは綺麗な箱にピンクの包装紙と赤いリボン。これを使って包むと言うことか。

 

 …ちょっとさすがに派手すぎないか?

 ただでさえ中身が「アレ」なのに。

 

「もうちょっと大人しめなのはないの? さすがにそれは恥ずかしいと言うか…。もし義理チョコみたいな感じにするとき困るよ」

 

「大丈夫よ。司令の事だし、その時はその時でなんとかなるわよ」

 

 私の意見も虚しく、ラッピングが天津風によって進められていく。箱に敷いた彩紙の上にチョコを置き、蓋をする。そして包装紙に箱をのせたところで私を呼んだ。

 

「ほら、ここからは時津風がやりなさいよ。あんたがあげるんだから最後ぐらい自分一人でやりなさいな」

 

「え、でもやり方わからないし…」

 

 てっきり後は任せっきりだと思っていたので、急に振られて困惑する。困りに困って、頼みの綱の間宮さんを見ると、助けに入ってくれた。

 

「それじゃあ、私が教えてあげるから、一緒にやりましょうか」

 

「は、はい、よろしくお願いします」

 

 本当は丸投げしたいが、間宮さんが妙に楽しそうに私の横で指導してくれるので、逃れようがない。

 

 

 しょうがない、やるか…。

 

 

 

 

 

 

 多少、角がピッタリいかなかったところがあるものの、及第点がもらえる程度には包むことができた。

 

 何かと指摘をしてくることが多かった初風も、「まあ、それなりにはできたんじゃない?」と言ってくれた。…これでもまだ誉めている方なのが悲しいところだ。失敗しそうになったときは責めるわけでもなく、「しょうがないわね」とか言ってフォローしてくれてるところを見ると、別にきつく当たっているわけではないのだとは思う。

 

 

 それにしても、どうして皆お菓子作りができるんだ…。

 終わってみてわかったけど、ろくに出来ないのは自分だけってどういうことさ…。これが女子力と言うやつか。

 

 いやまあ、女の子の時間は周りが圧倒的に長いのは当たり前だけど、ここまで違うとは。なんだか情けない。

 

…別に悔しいわけではないがな。

 

 何はともあれ、片付けも終え、作業はすべて終わった。

 ようやく休めると部屋に戻ろうとしたところ、再び天津風に引き留められる。これさっきもやったな…。

 

 

「さて、とりあえず作り終わったわけだけど、ついでだし渡し方も練習しましょうか。…何よ時津風。そんな不服そうな顔して」

 

 妙にウキウキした顔で誘ってくる天津風に、思わず眉を寄せる。

 

「いやだってさ、もう疲れたよ。渡し方って言ったって、そんなのはその時にサッとやればそれで良いじゃんか」

 

「そうよ天津風。何もそこまではしなくて良いんじゃないかしら。多分なんとかなると思うわよ?」

 

 初風も後押ししてくれる。ナイス、姉の威厳を見せてくれ。

 

 …で、なんとかなるってつまり本命で渡せよってことですか初風さん? 何となく感じていたけど、これもはや皆本命としか思っていないよねこれ。どうしよ。これだけ気合い入ってて「義理です」なんて言ったら、司令残念がるかな?

 

 

 その時は渡さない方向でいこう。うん。誤解されそうだし。

 

 

 

「そんなに言うならわかったわよ。それじゃあ解散」

 

 

 

 作り初めてから3時間。ようやくこの圧倒的女子力の空間から逃れられる。

 

 

 …疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は時津風が朝から休みを取っているから、執務室で一人、朝から作業をしている。

 

「何処かに遊びにでもいってるのかな。雪風たちも一緒に見かけたし」

 

 今朝のことだ。いつも通りに時津風がやって来たから一緒に朝飯を食べに行こうとしたところ、時津風から休みをもらう旨を聞いた。入口の奥を見れば、雪風たちが時津風を待っている様子だ。

 

「別にいいけど、何処か遊びにでもいくのか?」

 

「うん、そんな感じ。じゃあ後はよろしくー」

 

 そういって部屋を出ていく時津風。去り際に手を振ってくれたので、こちらも手を振って送る。

 

 

 

 扉がしまると、妙に寂しくなった。

 

「そう言えば、時津風がいないのは来てから始めてか?」

 

 今更ながら、時津風との生活にすっかり馴染んでいたのを感じる。来てすぐの頃はお互い仕事をしていてもどことなく気になったものだが、今となっては執務室は落ち着ける良い空間になっている。

 

 初めて顔を合わせたとき。

 こたつで一緒にのんびり過ごしたとき。

 看病をして貰ったとき。

 

 自分の記憶の中、いつも何処かしらには時津風が居た。

 

「…明日はバレンタインデーか」

 

 万が一、億が一にもそんなことはおき得ないとはわかっている。しかし、自意識過剰だとわかっていても、ほんの少しの可能性はあるのだ、と考えてしまい、どうしても気になる。

 

「…念のため。念のためだから、これは」

 

 

 

 

 食堂で朝御飯を食べたあと、帰りがけに物置部屋に立ち寄る。廊下に普通にあるとはいえ普段滅多に開けることがない引き戸は錆び付きぎみでずっしりと重く、悲鳴を上げながら開くと中からホコリが舞う。

 

 袖で口許を押さえながら照明と換気扇のスイッチを入れ、中に入る。

 

 そんなに広くない部屋のなかを探すこと数分、お目当ての小箱を見つけ、手に取る。

 

 

「まさかこれを使うときが来るとはね…」

 

 そっとポケットにしまい込んで、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 執務室に帰ってきたものの、仕事がどうにも手につかない。

 原因はわかりきっている。今は机の中にしまっている物だ。

 

 

「全く、なんで今ごろになってこんなことやってるのかなぁ…」

 

 鎮守府に着任してから早3年。すっかり艦娘に囲まれた生活に慣れていた。いくら艦娘が可愛くとも紛いもない兵器の一つであると考えていて(無理にでもそう思わないと、男が一人ではとてもじゃないがやっていられなかった。)、手を出すようなことはしていなかった。

「ケッコンカッコカリ」なる制度が開始されてからもそうだ。むしろ制度を半ば軽蔑してさえいた。所詮は上層部が艦娘と合法的に「そういう」ことを出来るようにするためだけのものだと思っていた。

 

 

 

 

 しかし、今となってはそれも昔の話だ。

 

 もうこの思いは止められないぜ!

 

 

 

 

 …こんなに恥ずかしいなら言わなきゃよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝早く、司令が起きていないであろう時刻に、静かに執務室に入る。音をたてないようにドアノブをそっと捻る。

 

 司令を起こさないように、静かに執務室に進み、机の引き出しに手に持っていたチョコを仕舞う。引き出しの擦れる音でさえ、司令が起きてしまうような気がして、気が気でない。

 

 そっと引き出しを閉め、執務室を出る。

 

 

 これで、司令にチョコを渡す準備は出来た。渡すときにいちいち自室に戻るのも、常にポケットか何処かに入れておくのもどうかと思い、考えた末の方法がこれだった。これなら、好きなタイミングに渡すことができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室に戻ってから寝ようとしたが目が冴えてしまったのでじっとベッドの上で時が過ぎるのをまち、司令がいつも起きる時間になるとすぐに執務室に向かう。

 

 

「司令おはよー」

 

 ドアを開けると、ちょうど起きたであろう司令が寝巻きで、朝の日課のストレッチをしているところだった。

 

「おはよう、今日はずいぶん早いな?」

 

「たまには早起きしようかなってね。昨日は休みもらっちゃったし。なんか仕事溜まってたりする?」

 

 机の上を見ても特に書類などはないが、一応聞いておく。

 

「いや、昨日は特に何もなかったから大丈夫だったよ」

 

「そっか、良かった。食事までちょっと時間あるし、その辺で本でも読んでるよ」

 

「おう」

 

 司令の身支度が終わるまで、椅子に座って本を読む。

 

 しかし、妙に集中できない。どうにも机の中のチョコが気になるのだ。そんなに室温も高くないし、溶ける心配もないのだが、なぜか気がかりになる。

 

 おかしいなぁ…、パッと渡して、はいお仕舞いのつもりだったのに、こんなに緊張するなんて。

 

 

 自分の気持ちに疑問を抱いて自問自答していると、いつのまにか支度が終わって司令が戻ってきていた。どうやら少し待たせてしまっていたようだ。

 

「おーい、時津風。飯いくぞ」

 

「ん、わかった」

 

 

 

 

 

 

 結局、日中も仕事が捗らなかった。集中しようと意識すればするほど、机のなかが気になる。

 

 

 

 朝からずっと気になっているのだ。

 もしチョコを渡したときに司令から好意を向けられたらどうするのか、と。

 

 こちらからはきっと何もないだろう。司令があくまで普段のお礼位の気持ちで受けとれば、そのままで終わると思う。

 

 しかし、あるかどうかは別として、もしも司令が告白なんてしてきたら、私はどうするのか。自意識過剰だとは思うが、考えずにはいられない。なんと言っても外見だけは相当なのだ。元男の自分が一目で惚れ込んだのだから、間違いない。

 

 きっと、断るかどうかと言えば、断らない気がする。好意を向けられるのは嫌ではないし、司令もなかなか好い人だ。……何処か冴えないけれど、外見や心持ちは良いしな。

 それに、自分の事を思っているのは常日頃から伝わってくる。

 

 だから、それを知るところもあって、期待には答えたい。でも、自分は本当に司令を受け入れることができるのか。まだわからないのだ。

 

 

 司令に頭を撫でられたときは嫌じゃないし、司令と寝たときも恥ずかしかったけど、嫌悪感とかはなかったし。寧ろどちらかと言えば安心感があったような気がする。

 

 

 ……あれ、これってもしかして。

 

 

 

 

 

 

 

 いやいやいや、まさかね。

 

 

 俺、元男だよ?

 

 

 精神的には元同性だよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういうこと、なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと流石に自分でも信じられないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の時津風は、朝からどことなくいつもと違う。明確なところは解らないが、そう感じる。

 

 今だってそうだ。仕事の途中なのに俯いてじっとしている。少し経てばすぐいつも通りに戻るのだが、こんなことが今朝から度々起こっているのだ。

 

 既に日は傾き始め、空の向こうではカラスが鳴いている。

 仕事も一段落し始めて、そろそろ一息つこうと、時津風に話しかける。

 

「時津風、そろそろ一休みにしないか?」

 

 しかし、時津風は俯いたままだ。返事も返ってこない。

 時津風に限って無視するなんて事はない。多分何かに集中しているのだろう。もう一度。

 

「おーい、時津風?」

 

 それでもやはり、反応がない。

 よっぽど没入しているようだ。

 

 仕方がないので、時津風の横まで行って話しかける。

 

「おい、時津風?」

 

「うおっ!? ……なんだよ驚かさないでよ。なにか用?」

 

 声をかけた途端、飛び上がるほど驚く時津風。不意を突かれたようだ。そんなに集中して、何をしていたんだか。

 

「そろそろ休憩にしないか?」

 

「うーん、そうだね」

 

 ペンを置き椅子から立ち上がって手を天井に向けて突き上げ、背を反らして大きく延びをする。

 

 

 

 こういうのも無自覚なんだろうなぁ。

 全く、目に毒だよ…。

 

 気を抜くとつい視線が向いてしまうのを背けて耐える。

 こういうところを気付かれて幻滅されたら、たまったもんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参った。

 

 まさかここまで自分がチョコに振り回されるとは思ってもいなかった。

 

 司令の声は無視してしまっていたようだし、なんとも気まずい。

 

 それに何より、チョコを渡すか否かでずっと迷っているのが堪らなく疲れるのだ。

 せっかく司令が誘ってくれた休憩も、机に対面してお茶とお菓子をいただくなんて心がちっとも休まらない。

 

 自分の一挙一動に不自然さが出ていないかどうか気になって堪らない。

 

 

 

 

 

 しばらく休んだ後仕事を再開し、一段落ついたところで夕飯をに向かう。

 

 隣に立つ司令に意識を奪われながら食堂の席に付くと、島風が近づいてきて、耳打ちする。

 

「どう? もう渡したの?」

 

 まさか知られているなんて思ってもいなかった。なぜ知っているのか驚きつつ、小声で、司令に聞かれないように聞き返す。

 

「渡すってなにさ?」

 

「チョコに決まっているでしょ。それで、どうなの?」

 

「…まだ渡してない」

 

「ふーん。ま、寝る前にでも渡したら? 面白いかもね」

 

 そう言うと、軽く司令に挨拶してから去っていく。

 

「時津風、なんだったんだ?」

 

 流石に訝しげに思われてしまった。まさか本当の事を言うわけにもいかず、適当にお茶を濁す。

 

「特になんでもないよ」

 

 突き返すような返答に納得がいかないのか、更に質問してくる。

 

「なんでもないって言ったって、気になるだろ?」

 

「じゃあ女の子の秘密ってことで」

 

「なんだそれ、こう言うときだけ都合が良いな、全く」

 

 使えるものは使わないともったいないもんね。

 

 ありがたいことに司令も苦笑いしながら諦めてくれた。こう言うときに変にしつこくないのは嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 思い返せば、事あるごとに良い対応してくれているな、この司令。

 

 結構いい人だよな、司令。

 

 この人なら、良いかな。どうだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事も終わり、執務室に二人揃って帰り、椅子に座ってゆっくりする。あくまで司令は、だが。

 

 こちとら、帰る最中から、心臓の音が聞こえるかと思うほどずっとドキドキしているんだ。呑気すぎて羨ましいぞ、司令。これも全部島風が追い討ちをかけたせいだ。今度あったらとっちめてやる。

 

 

 

 

 雑談をしながら、話を切り出す好機をうかがう。

 あまり突拍子もなく渡すのはなにかちょっと恐い。

 

「ねぇ司令、食後のおやつ食べる? ちょうど良いの持ってるんだけど」

 

 結局、考え抜いた末にこれだよ。

 どうにも自分にはそういう才能はないようだ。

 

 しかし、結果オーライ。司令も自然に反応してくれる。

 

「お、なんだ? ちょうどなにか食べたいと思ってたんだよね」

 

 司令の視線を受けながら、引き出しの中から小包を取り出す。無様ながら、手が少し震える。

 

 何を緊張しているんだ。パッと渡せばそれまでじゃないか。

 

 自分に言い聞かせて気持ちを落ち着かせる。

 

 

 

 意を決して箱を引き出しから出したその時、司令が息を飲んだ気がした。

 

 

 その途端、少しだけ落ち着いた気持ちも、再び跳ね上がる。

 

 

 もうここまで来たら、覚悟を決めるしかない。

 

 浅く深呼吸をして、司令に向き直る。

 

「司令。これなんだけどさ」



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時津風、バレンタイン大作戦。その後。

【注意】

今回は前回にも増して甘ったるいです。
書いていてこっちがあまりの甘さに砂糖で窒息死しかけました。

それでも良いと言う紳士淑女のかたは、どうぞお読みくださいませ。

追記

サブタイトルの最後に「その後。」を追加。
(2015/12/7 21:30)
5/3改稿


「これなんだけどさ」

 

 

 机の中から取り出したチョコを司令に見せると、そのままお互い固まってしまった。

 

 司令との距離がそれなりにまだある状態で差し出したのは流石に良くなかったようだ。司令も、よく判らないといった顔をしている。

 

 変に緊張して話を切り出しただけにずっこけてしまった気持ちを入れ換え、司令に歩み寄る。出来るだけいつも通りに。

 

 

 

 あれ、いつも通りってどんなんだっけ。

 

 

 

 司令の手が届く距離に近づくと同時に、右手で差し出す。

 

 出来るだけ動揺を悟られないように表情を作って、あたかも、どうということでもないように渡す。

 

「こんなの作ってみたんだけど。どう?」

 

 司令がこれをどう受けとるかまだ判らない今、気があるように見られないようにする。

 

 別に、私から告白するわけじゃないのだ。相手が言ってきたら、それに対応するだけ。

 

 

 

 司令は、少しの間目線をチョコと私の顔とで行ったり来たりさせて、生唾を飲み込んだ。

 

 まて、なんだその反応は。もっと気楽に受け取れないのか。なぜそんなに溜めるんだ。早くサッと受けとれば良いじゃないか。

 

 やっぱり、こんな包装にするからいけないんだ。もっと地味なやつにしておけばここまでならないで済んだだろうに。

 

 予想の内にあったとはいえ、目の前でこうも反応されると、こちらも緊張してくる。

 

 

 そして、すっかり緊張して固まった表情で司令が言う。

 

「これは、その、そういうことなのか?」

 

 顔を半ば赤らめながら、こちらを伺うように、ためらいがちに言う。

 

 その時、何か自分の中で切り替わったものを感じた。

 

 首を熱いものが駆ける。頬が火照ってくる。

 

 どうやら、司令が自分に好意を持っていたのは本当だったようだ。

 

 今まで此方としては半分は男同士のように気軽に接してきたつもりだったが、司令としてはやはり自分は女なのだ。

 

 さて、ここからどうするのだ、私よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいから、さっさと受けとれって! ほらほら!」

 

 

 結局、答えは出せなかった。

 

 司令の質問には答えず、司令の胸元に強引に箱を押し付けて退散する。

 

 もうこれ以上司令と同じ場所にいたら、此方がどうかしてしまいそうだ。

 

 先程から体が熱くてしょうがないのだ。

 

 これもすべて司令の反応のせいだ。

 

 司令があんな反応するから。

 

 

 

 早いところ執務室を出ようと踵を反してドアに足早に向かう。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、時津風!」

 

 あと数歩でドアに付くところで、司令が呼び止める。

 

 そのまま扉を開けて部屋を出てもよかったのだとは思うが、後ろ髪を引かれる気がして、振り替える。

 

「…なにさ」

 

「渡したいものがあるんだ」

 

 最後に見た顔よりももっと緊張した様子で、呼び寄せる。

 

 訝しげに思いながら机の前までいくと、司令が小さな箱を渡してくる。

 

「これなんだが」

 

 手に取ったのは白い小箱。

 

 あれ、これどこかで見たような…。

 

「開けて良い?」

 

「お、おう」

 

 

 

 

 一声かけてからふたを開けると、中には、指輪が。

 

 反射的にすぐ閉める。

 

 

 

 待った待った!

 

 まじか!

 

 え、え、なにこれ!?

 

 

 何が起きたのか理解できないが、とりあえず話を続けようとする。いまの流れでわざわざ見せたってことは何か理由があるのだろう。

 

「で、誰に渡したいの? 初風?」

 

 そう聞くと、司令は何をいっているのか要領を得ない様子で返事する。

 

「初風? いやいや、なんでそうなる」

 

「そう、じゃあ天津風?」

 

 自分にわざわざ見せてくるとなると、うちの艦隊くらいしか心当たりがない。

 

 想像に困っていると、呟くようにして司令が言う。

 

「違う違う。俺が渡したいのは…時津風だよ。お前だよお前」

 

 予想だにしない、いや、あえて考えていなかった答えを告げられる。

 

 

 そうだ。そりゃあそうだよ。いまの流れだもん。

 

 え、でもそれはつまり、私ってこと? へ?

 

「え?……え! …私!? いやいやいや。え?」

 

 あまりの衝撃に意味をなさないことを口走ってしまう。

 

 そんな私に、司令が告げていく。

 

 

「その、初めてあったときから気になってたんだ! だから上に無理言って秘書官にさせてもらって、それからもずっとだったんだ!」

 

 (せき)を切ったように次々と話す司令。

 その内容は、一目惚れしたことからそのあと更に惚れたことまで、顔を覆いたくなるような、恥ずかしいことが並べられている。

 

 その内容をひとつ聞くたびに、頬が熱を持つ。

 

 そして、一通り、想いを伝えた司令は仕切り直して、一呼吸置いて、告げる。

 

 

「時津風、指輪を受け取ってくれ!」

 

 自分で言っていても堪えるものがあったのかすっかり顔を赤くした司令は、私に顔を向け、目をまっすぐ見つめてくる。

 

 

 

 

 

 

 なんかもう、だめだ。

 

 冷静に考えるなら男と元男がこんな風になるなんて、絶対におかしい。

 

 おかしい、ハズなんだ。

 

 でも。

 

 どうしてだろう。

 

 そんな気が、全然起こらないや。

 

 

 

 

 

 あーもう、良いっか。

 

 

 

 

 

 

 司令の熱のこもった視線のなか、一呼吸いれて、言う。

 

「司令!」

 

 呼び掛けると、肩を震わせる。

 

 鼓動が耳に障る中、小箱を司令に突き返す。

 

 その途端、司令の顔が呆ける。

 

 待ちなよ司令、ちゃんと聞いてよね。

 

「あのさ、こういうときって、箱ごとじゃ無いでしょ普通!」

 

 自分でも、やっていることに驚いている。

 

 でも、一度思い付いたら体が勝手に動いてしまったのだ。

 

 

 司令の手に箱を押し付けから、左手を差し出す。

 

「ほら! ……さっさとしてよ!」

 

 

 ほんと、なにやってるんだろ。

 

 元男だよ?

 

 なにやってるんだろ、私。

 

 

 司令が目の前で起こっていることを受け止めきれていない様子で、手に箱を持ったまま固まった後、ハッとして箱から指輪を覚束無い手つきで取り出す。

 

 

 指輪を持った司令の手が近づくのが恥ずかしくて、顔を背ける。

 

 

 そのまま待っていると、司令の手が、私の手を取るのを感じる。

 

 一瞬怯えて手を引いてしまうが、そのままでいると、指先に硬いものを感じる。

 

 そして。指の半ばで留まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……できたぞ」

 

「……うん」

 

 

 暫くそのままだった手を離して、向かい合う。未だ気恥ずかしさが抜けない中、沈黙を嫌がり、呟く。

 

 

 

「ねえ……これで終わりなの……?」

 

 

 

 何を言っているんだ俺は。

 

 なんか雰囲気に流されすぎじゃないか。

 

 さっきだって、手を離すときちょっと心苦しくなったり、本当にもう、どうしてしまったのだろう。

 

 でも、なんだか、そこまで嫌じゃないんだよな。

 

 

 

 呟いてから少し経って、司令の手が肩に乗る。

 

 大きく、節立った手だ。男の頃の「俺」もこんな手だったのだろうか。今はもう忘れてしまった。

 

 軽く掴まれ、引き寄せられて、そのまま司令の懐に収まる。

 

 司令の手が背中に添えられる。

 

 目の前に広がるのは、司令の胸。広くて、がっしりとしていて、小柄な自分だとそれがなおさら強調される。

 

 司令に抱き寄せられて空いた両手の行き場を探し、結局、司令の背中に落ち着く。

 

 そして、自分から司令に抱きついてみる。

 

 僅かな膨らみが司令に当たるが、そんなことはどうでも良い。ただ、司令の体温を感じられるのが心地よい。

 

 

 

 

 

 もう、言い逃れはできない。

 

 

 

 

 司令が、好きだ。

 

 

 

 

 

「…ねえ、元男だよ? 良いの? 他にも可愛い艦娘なんて一杯いるのに」

 

 流石に話すときぐらいは顔を見せるべきだろうと顔をあげて言うと、自然と上目遣いになっていることに気づき、恥ずかしさで直ぐにまた顔を胸に埋める。

 

 

 

 若干の自己嫌悪に陥っていると、司令が返事を返してくれる。

 

「悪いが、他の艦娘にはそういう感情が持てなくてな。もちろん大事なんだが、やっぱり、好きになったのは時津風だけかな。……って、なにいってるんだろ俺」

 

 自傷気味に言う声が聞こえる。視界は一面胸だが、表情は容易に想像できる。

 

 

 

 全くもう。

 

 嬉しいじゃないか。

 

 ここまで思ってくれるなら、うん。

 

 

 

 少し気持ちを落ち着けるために深呼吸する。

 

 あ、司令の臭いだ。

 

 …変態かよ。

 

 

 

 意を決して、顔をあげる。司令の目を見て、告げる。

 

 

 

「司令。その、あのさ、私も好きだからね」

 

 

 

 感情が先走って言葉がつっかえながらも、何とか言えた。

 

 

 

 それを聞いた司令は面食らった顔をしたあと、目をつむって深呼吸する。

 

「どうしたのさ」

 

「……あのな、時津風。それ、元男なら破壊力わかってるだろ?」

 

 真顔になってから司令は私の脇に手を差し込み、そのまま持ち上げた。

 

「え、ちょ!なんでそんなに力あるのさ!」

 

「そこはお前が可愛いからってことで」

 

「なッ…!?」

 

 

 

 

 真顔の司令と真っ赤な顔の私。

 

 

 対照的な状況のなか、司令は、私を寝室に連れ込み、ベッドにおろす。

 

 

 

 

 

 え、え、嘘。まじで。これってあれだよね。

 

「そういう」ことをするってことだよね。

 

 いやいや、流石に早いんじゃないかな~…まだ気持ちの準備出来てないんだけど。

 

 それに痛いって言うじゃん。痛いのは嫌だな…。

 

 不安に思い、司令に聞く。

 

「ね、ねえ、流石に早いんじゃないかな?」

 

「なにがだ? ……あー、うん、すまん、そう言うことじゃないんだ。また一緒に寝たいなって。それだけだ、すまん。…だめか?」

 

 何が言いたいのかすぐ理解した司令だったが、すまなそうに弁解する。

 

 真剣に謝る司令をみて、途端に自分が恥ずかしくなる。

 

 

 

 

 

 

 やばい。この勘違いはヤバイ。まさかここまで善人だとは。思えば、あんなことを言われたら、「俺」だったら押し倒してたかもしれん。…司令、自制できるの凄いな。

 

 

 

 それにしても、この空気どうしよう。

 

 …そうだ。もっと掻きまわしちゃえばいいや。

 

 

 

 思ってからは、早い。

 

 

 

「ねえ司令。ちょっとしゃがんでよ」

 

「ん? これくらいか?」

 

 司令をベッドに腰かけた自分の前で中腰にさせる。

 

 よし。この高さならいける。

 

 

 

 不思議そうにしている司令を他所に立ち上がる。

 

 

 

 

 そして司令の肩に手を置き、目を細めてから、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間が、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのくらい経っただろうか、ただ重ねただけの唇を離す。

 

 

「その、今はここまでで許してね。おやすみなさい。……好きだよ」

 

 

 一言残して布団に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り残された司令は何が起きたのかすんなりと飲み込めず、立ち尽くしていた。

 

 

 

(いったい何が起きたって言うんだ…。)

 

(夢、じゃないよな…。)

 

 

 

 頬をつねるという古典的方法で(夢の中でも痛いらしいが)現実を確認した司令は、今日一日を想っていた。

 

 

 

 朝からどことなくよそよそしい時津風の振る舞いや島風の耳打ちなど、「いつも」とは違っていたのは分かっていた。しかし、まさか自分が考えた「最高」の結末を一足飛びに上回るとは予想だにしていなかった(当たり前と言えばそうだ)。

 

 ちょっとしたお菓子の差し入れ風に渡してきたチョコには心底驚いたが、その後は更に想像を軽く上回ってくれた。

 

 指輪を渡して突き返されたときは、それはもう崖から突き落とされでもしたかのように思ったが、「着けてくれ」なんて言われたときには歓喜が一周まわって自分をフリーズさせた。

 

 今でも、その時の時津風の表情はありありと思い出される。

 

 思いきったように手を差し出してくる時津風の目は潤んでいて、幼い見た目の癖に妙に色っぽくて。

 

 指輪をつけるときに手が震えてしまったのは不甲斐なかったが、時津風がそっぽを向いていたお蔭で醜態は晒さずにすんだ。

 

 

 

 

 

 それに、なんと言ってもついさっき。

 

 

(キス、したんだよなぁ…。柔らかかったな…。)

 

 

 急に時津風の顔が視界一杯に広がったかと思ったら、次の瞬間キスしていた。

 

 まさか、たった数分でこんなに発展するなんて。

 

 

 

 

 

 

 暫く感慨に(ふけ)っていたが、流石にそろそろ眠たくなってきた。

 

 ベッドに視線を向けると、そこには時津風がすやすやと寝ている。この部屋にはベッドはひとつ。ソファーはあるから、寝ようと思えば出来なくもない。

 

(でも、いいよな?)

 

 誰とも知らない人に確認をとって、ベッドに入る。

 時津風はベッドの横半分に、内側に顔を向けて寝ている。そのため、自然と時津風と面と向かって寝ることになる。

 

 気恥ずかしさはある。しかし、時津風の寝顔を眺める欲が上回った。

 

 

 

 

 

 あぁ、可愛い。

 

 

 

 

 

 

 恐らく人生で最も幸せであろう気持ちのまま、眠りについた。



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時津風、一歩進む。

お気に入り600件、また、たくさんの感想ありがとうございます!

これからもよろしくお願いします!





感想返しについて。

予想以上の感想件数に驚いています。
申し訳ありませんが、「甘すぎるグハッ」系統の内容の感想につきましては、どうか御容赦ください。当方も流石にあの件数への(ほぼ)同一内容の返信は当方の返信のレパートリーがあまりにも少なく、返そうにもできない状態です。本当に申し訳ありません。

なお、いただけたこと自体につきましては本当に感謝しております。この話がここまで長くなったのもその影響があります(感想から思い付いた部分も含まれています。)。

今後とも感想を、お待ちしております。「良いんじゃん」一言でもとても嬉しく、執筆(とは言えない拙いものですが)の励みになっています。

以上、どうかよろしくお願いいたします。




【追伸】

本文最終部分

「踏ん張りがつく」→「踏ん切りがつく」

に修正しました。肝心な締めなのに、本当に申し訳ありませんでした。感想で教えてくださった方、本当にありがとうございました。(12/14)


「伝染」→「伝線」に修正しました。(12/15)

5/3改稿


 朝起きると司令の顔が視界一杯に広がっていた。頭のなかによぎる既視感。そう言えば、以前もこんなことがあった。その時との違いと言えば、あのときは司令に半ば無理矢理だったが、今回は自分から(あれで自分からかは微妙なところだが)同じベッドに入ったと言うところか。

 

 どうやら、まだ司令は起きていないようだ。良い寝顔をしている。幸せなやつめ、憎たらしくすら思える。

 

 自分の胸元に目をやると、着替えずに寝てしまっていたことに気がついた。すっかりシワがついてしまっている。タイツの膝も伝線しているから、ここだけ見るとどことなく怪しい感じがする。

 

 せめて服の乱れを軽く直そうと手を襟元にやると、左手薬指にはめたものが目に入った。

 

 

 

 …そっか。カッコカリしちゃったんだよな、昨日。

 

 

 

 銀色に輝くそれが、寝る前のことを思い出させる。

 

 司令にチョコを渡したこと。司令に指輪を貰ったこと。

 

 ……自分からキスしたこと。

 

 一夜開けて残った感情はホンの少しの後悔と、有り余る羞恥心だ。しかし、それ以上に嬉しさもある。何とも複雑な心持ちだ。

 

 

 

 起き上がり、着替えに自室に戻ろうとしたとき、ふと司令の顔が目に入った。

 

 

 やっぱり、ここは起こすべきだろうか。

 

 

 いやさ、自分も元は男の端くれ。男にとって何をされたら嬉しいかなんて手に取るようにわかる。

 

 流石におはようのキスなんてやる度胸はないけれど、起こしてあげるくらいなら別に良いかな。

 

 

 

 布団を剥がして司令を仰向けにし、腹にまたがる。苦しくないように体重はなるべくかけないようにする。どうやら司令もあの後、着替えずに寝てしまっていたようだ。軽く腹を触ってみると、意外と引き締まっていて良い体をしている。男の頃にこんな体だったらモテたんだろうか。

 

 そして、肩を軽く揺する。

 

「しれぇー、朝だよー」

 

 若干口が回っていないが、こっちも寝起きなんだからしょうがない。

 

 暫く揺すっていると目が薄く開いたので、揺するのをやめる。

 

「…時津風? ……夢か」

 

 どうやら今の状況が現実だとは思えなかったようで、二度寝の体制にはいる。

 

 さっさと起こして着替えにいきたいので、少し乱暴に起こすことにする。

 

「しれぇー、朝だよー! 夢じゃないよー! おーきーてーよー!」

 

 割りと大きめな声で呼び掛けながら、強めに肩を揺する。

 

 さすがの司令も目が覚めた様子で、眩しそうに目を細めながら事態を把握しようとする。

 

「……なにしてんの時津風」

 

「やっぱり、男としては、朝は美少女に起こしてもらいたいのかなって」

 

 私の言葉を聞くと、合点がいった一方で呆れた様子の司令。

 

「いや、確かに嬉しいよ? でももう少し起こし方ってもんがあると思うんだけど」

 

 そうボヤきながら起き上がろうとするので、司令の上からどいてベッドから降りる。

 

「そうは言っても、最初ので起きなかったじゃん。それじゃ着替えてくるね」

 

 まだ寝ぼけ眼の司令が手を振って送るのを背に、自室に向かう。

 

 

 

 

 道中、どこかいつもと違う雰囲気を感じた。普段なら挨拶だけしてすれ違う艦娘達が、妙に距離を開けてくるのだ。それに、すれ違った後、数人のグループだと何か小声で話している。内容は気になるし、心当りがなまじ有るだけに、あまりいい気分にはならない。

 

 

 

 自室に入るとまず反応したのは天津風だ。私が扉を開けるなり飛んでくる。その天津風越しに初風と雪風がこちらに振り向くのが見える。

 

「時津風、あんたあの噂は……本当みたいね」

 

 顔を覗き込んだ後、左手を見て納得した様子の天津風。

 

「噂ってこれのこと? 何でもう伝わってるのさ?」

 

 左手薬指にはめたものを見せながら訝しげに聞くと、思いもよらぬ答えが初風から返ってくる。

 

「あんたと提督の写真が食堂前に貼ってあるのよ。確か見出しは…」

 

「『朴念仁提督、遂に相手を決める!』だったかな」

 

 初風の言葉を引き継ぐ形で雪風が答える。

 

 

 

 写真……まさか青葉か!?

 

 

 

 鎮守府で写真を撮るような艦娘なんて、それくらいしか思い当たらない。どうやらしてやられたようだ。

 

 まさかこんなことになるとは…。

 

 

 

 考えていても仕方がない。ひとまず着替え、写真を確かめに行くことにする。

 

 あれ、タイツの在庫が減ってきたな。そろそろ買い足さなきゃ。

 

 着替えている途中、天津風がにやけながら言う。

 

「青葉をどうするかは勝手だけど、食事が終わったらゆっくり話してもらうわよ?」

 

 良いオモチャを見つけたとばかりに笑顔の天津風。

 

 その顔にはなぜか薄ら寒いものを感じる。

 

「話すって…何をさ」

 

「決まってるじゃない。どっちから言ったのかとか、昨日はどこまで進んだのかとかよ」

 

 どうやら敵はすぐ近く身近に居たようだ。想像しただけで頭が痛くなってくる。

 

「言わなきゃダメ?」

 

「ダメよ。そもそも話だけで許すって言うんだから感謝しなさいよ」

 

 胸を張り、上から目線で偉そうに言う天津風。それなりに長い間付き合ってきてわかったが、こういう態度をしているときは大抵自分の弱味を隠しているときだ。

 

「感謝? 何に?」

 

 そう聞くと、天津風は黙ってしまった。やはり、予想通り何かあるようだ。問い詰めるように天津風の目をじっと見ていると、初風がなんでもない事のように、爆弾を投下する。

 

「天津風は提督の事が好きだったのよね。でも提督は時津風にご執心だから、せめて司令の思いが届くように~、なんて。全く、妙にひねくれてるわよね」

 

 それを受けた天津風は一気に顔を紅く染め、目を見開く。

 

「なッ、なんで言っちゃうのよ初風!」

 

「だって、秘密にしててなんて言われてないわよ。それに、時津風に感謝してもらいたいんでしょ?」

 

 羞恥と興奮で顔を赤らめている天津風とは対照的に、初風は飄々(ひょうひょう)としている。

 

 いずれ面倒に巻き込まれる気がしたので、初風と天津風が言い合っている間にこっそり部屋を出た。

 

 執務室で司令と合流し、食堂に向かう。

 

 途中、現時点でわかったことを司令に伝える。

 

「ねえ司令」

 

 こちらの心労も知らないで呑気に返事をする司令。

 

「なんだ?」

 

「その、昨日のことなんだけどさ、早速知れ渡ってるみたい」

 

 これを聞いた司令は少し目線を宙に漂わせたあと、合点がいったように頷いて言う。

 

「わかった、青葉だろ。確かにあり得るな。バレンタインだったし、何かあると予想したんだろう」

 

 てっきり焦ると思っていた私としては、司令の反応に肩透かしを食らった気分だ。

 

 少し不満に思っていると、司令が付け足す。

 

「それに、知られたからってどうっていうものでもないだろ。文句があるやつが居たら、俺が言ってやるよ」

 

 そう言って、私の頭に手を乗せる。

 

 …なんだよ、カッコつけるなよ。

 

 そういうの、苦手なんだって。

 

 すぐ変な気分になるじゃんか。

 

 

 

 

 

 暫く司令に流されていたが、頭を振って手を払い除け、気持ちを切り替えて食堂へと歩みを進める。

 

 

 

 

 

 食堂に近づくにつれ、聞こえてくる話し声が大きくなっていく。その中には黄色い声も混ざっている。

 

 食堂が見えるところまで来ると、入り口近くに人だかりができていた。20人は居るだろうか。駆逐艦から空母、戦艦まで多種多様な面子が壁を向いて、何かを覗き混んでいる。

 

 自分たちが当事者なのは既に分かりきっているから、出来るだけ事を大きくしないように静かに近づく。そっと遠目に見るつもりだったが、誰かが気づいたのか、そこまで近くならないうちに視線を集めているものの前にいる人が私に道を作った。

 

 この反応からして、相当なもののようだ。

 

 嫌な予感が頭を責め立てるなか、意識を落ち着けながら近づく。

 

 歩いていると、途中人混みのなかに島風を見つけた。視線を向けると意味ありげな目で返される。一体何だと言うのだ。…判りきってはいるが。

 

 回りの視線が刺さるのを気にしながら近づくと、そこには一枚の写真と説明がきがあり、上に大きく見出しが書いてある。

 

 《提督、ついに相手を決める!》

 

 ゴシック体で書かれた見出しの下には、まさに司令が私に指輪をつけようとしている所を私の背後から撮った写真が。顔を背けていたため、司令の相手が私ということがバッチリわかる。真っ赤に染めた私の表情まで撮られているのを見て恥ずかしくなってきたが、ここまで来たら、と説明文を読む。

 

 そこには最初私がチョコを渡したこと、司令が指輪を渡したときのこと、それの私の反応など、事細かに書いてある。あまりの内容に、こめかみがつり上がるのを感じる。ついでに言えば手書きの丸文字も気に入らない。

 

 流石にここまでされたら、何か手を打たざるを得ない。

 手始めに、青葉をとっちめてやる。

 

 司令はどう思っているのか気になり横目で見てみると、満更でもないような顔をしている。

 

「ちょっと司令、なににやけてるのさ」

 

 驚くぐらいしているだろうと思っていた予想は大きく外れ、少し苛つくのはしょうがないことだと思う。

 

 だって、二人の時間を邪魔されたんだよ?

 ちょっとくらい怒ったって良いじゃん。

 

 周りに大きく聞こえないように、司令を睨みながら呟く。

 

 司令は全く意に介さない様子で私の手を取り、食堂に入っていく。

 

「ち、ちょっと、こんなことしたら目立っちゃうじゃん!」

 

 なおも小声で言うが、司令は気にせず食堂に入り、中程まで進んでいった。

 

 そして、軽く咳払いしてからまるで戦国時代の戦の大将の名乗りのように告げる。

 

「今朝から話題なっているが、俺と時津風はケッコンカッコカリしたから! 以後よろしく! 以上!」

 

 瞬間、食堂の時が止まる。それまで聞こえていた食器の音もピタリと止み、音が消えたかと思うと、今度はあちこちから小声で話しているのが聞こえる。

 

 私と言えば、唐突な出来事に暫く固まってしまった。

 

 ただただ司令の顔を見上げていると、司令がこちらを見て微笑む。

 

 なんだよそれ! そんなに誇らしげにされたって、こっちは今凄く困っているんだけど!

 

 暫くこちらを見た後食堂を見渡し、話し声が収まらない中再び話し始める。

 

「さて、そういうわけだが、折角だしな。時津風」

 

 私の名前を呼ぶと体を向かい合わせに立ち、私の顎に手をやる。

 

 そして、軽く持ち上げ、顔を近づけてくる。

 

 

 

 え、まさか、此処で?

 

 

 

 横目で皆の方を見てみると、口に手をあてたり頬に手をやったりして此方をじっと見ている。いつのまにか話声も止んでいた。

 

 

 視線を司令に戻すと司令の顔は既に、今にもぶつかりそうな程近づいている。

 

 

 もう、どうしようもない。

 

 

 腹を括って目を閉じ、その時を待つ。

 

 

 司令の吐息を顔に感じる。

 

 

 司令の手が、顎を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恥ずかしいことだが、そこから先は良く覚えていない。

 

 現状からわかるのは既にご飯は食べ終え、執務室に戻ってきたということだ。自分の作業机お前に座り、ペンを握って書類を眺めているところで正気に戻ったのだろう。時計を見ると、既に朝食の時間から1時間が経っていた。

 

 一体、何があったというのか。恐らくは今まで意識が半ばとんでいたのだから、よほど衝撃的だったのだろう。確認するのは怖さもあるが、周りにとくと見られた以上、自分だけ知らないというのも都合が悪い。

 

 思いきって司令に聞くと、机の上から写真の束を拾い上げ、私に渡す。

 

「…なにこれ」

 

「パラパラ漫画の要領だよ。やってみ」

 

 厚さ1センチほどの写真の束を反らせて、司令の言ったようにパラパラと指で弾いていくと、そこには決定的瞬間が収められていた。

 

 司令が私にキスするその瞬間が。

 

 目を閉じた私に迫る司令。重なり、離れると司令に寄りかかる。

 

「気に入ったか? やるぞ、それ」

 

 見ると、恥ずかしいのだが、何故か何度も見てしまう。

 

 それを見越したのか司令はニヤリと笑いながら聞いてきた。

 

「なっ……こんなもの他の人に見られでもしたら大変だよこれ! 私が預かっておくから!」

 

「あいよ」

 

「なんか文句ある?」

 

「ないない」

 

 全く、困った人だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日の仕事が終わり、風呂に向かう。

 

 結局、今日は仕事が全く捗らなかった。唇の感触が蘇ってくる気がして集中できなかったのだ。

 

 せめて明日からはいつも通りに戻れるよう、風呂にでも使ってリフレッシュしよう。

 

 

 

 

 

 そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 浴場の扉を開けると、目の前には艦娘が一人立っている。よくよく見ると、青葉だ。

 

「あ、青葉! 私が言いたいこと、もちろんわかるわよね…?」

 

「ぐっ…な、なんのことかさっぱり…」

 

「なにしらばっくれてるのさ。こっちは写真を山ほど持ってるんだよ。こんなの青葉しかやらないじゃん」

 

 じりじりと距離を詰めていく。

 

 もう少しで青葉にたどり着けると思ったその時、後ろから腕が延びて、羽交い締めされる。見ると、犯人は金剛だった。

 

「ちょっ、金剛さん、何するんですか! あとその無駄に大きいのが当たってるんですけど!」

 

「何とは言ってくれるじゃないデスか。自分がやったことくらいわかってるでショウ? きっちり説明してもらいマース!」

 

 金剛の腕から抜け出そうとするが相手は戦艦。敵うはずもなくそのまま風呂の椅子に座らされる。

 

「さて、先ずは…」

 

 いつのまにか用意した、石鹸を泡立てたタオルを片手に迫る金剛。それを見た他の艦娘も集まってきて、いつの間にか取り囲まれてしまった。面子の中には島風など見知った面子以外にも空母等々、あまり関わりのないのも混じっている。

 

「え、えっと、ちゃんと説明しますから! 全部話しますから! だから勘弁してください!」

 

「私たちは納得しないんじゃなくて、気持ちを晴らしたいのデース! ふふふ、積年の思い、受け止めて貰いマース!」

 

 涙ながらの頼みも一蹴され、もはや打つ手は無くなった。

 

 

 

 

 ここまでか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金剛を初めとする提督に好意を抱いていた艦娘達からの責め苦は一時間弱にも及んだ。

 

 体が時折痙攣している気もするが、気のせいだ、多分。

 

 そう、なにもなかったのだ。何も……。

 

 

 

 解放されて皆出ていったあとも一人では立ち上がることも出来ず、石鹸まみれのまま床に女の子座りで姿勢を保つのがやっとだった。

 

 暫く放心していると、入り口から聞きなれた声が。首だけ回して見ると、雪風だった。

 

「うわぁ…お疲れさま。今流してあげるね」

 

 シャワーで肩から順に石鹸を流してくれる。しかし、もちろん水をかけただけでは落ちきらないところもあり…。

 

「時津風、ちょっと、触るよ?」

 

「ま、待って! 今はダメ!」

 

「ダメっていったって、流さないと上がれないでしょ?」

 

 雪風の柔らかい指が背中を撫でていく。

 

「…ッ! だめ、駄目だったら! 本当にダメなの!」

 

 雪風もまた、願いを聞き入れてくれなかった。

 

「我慢してよ、すぐ終わるから」

 

 雪風の言葉を信じ、声を殺して耐える。

 

 

 

 

 全て流し終わったときには、息も絶え絶え、限界だった。

 

「ごめん雪風、もう無理…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、ベッドに横たわっていた。脇では司令がうちわで扇いでくれている。どうやらのぼせてしまったようだ。

 

「あれ、司令、雪風は?」

 

「雪風ならお前をここに運んだあと、すぐ帰っていったよ」

 

「そっか」

 

 何だかんだで、雪風のお陰で風呂からあがってこれた。

 今度お礼をしなきゃな。

 

「司令、もう眠いから寝るね? おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 目を閉じる瞬間、司令が優しく微笑んでくれたのを見た気がする。

 

 

 

 

 

 ……司令、いつか踏ん切りがつくから、それまで待っててね。



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【最終話】時津風、改。

始めに言っておきます。
今回は長いです。いつもの倍近くあります。一万字超えです。

その辺から内容を何となく察せる方もいるかも…?



この話で一旦は完結扱いとなります。

後日談もいずれ入れるとは思いますが、来年はしばらく更新できそうにないです。

この話の続きを妄想するのもそれはそれで面白いのでは…? などと言ってお茶を濁しておきます。

5/3改稿


 ケッコンカッコカリしてから一ヶ月が経ち、新しい立場になれてきたこの頃、寝る直前の仕事の追い込みをしている今、思うところがある。

 

「ねえ司令」

 

「なんだ?」

 

「降ろしてよ」

 

「嫌だ。第一お前も嫌じゃないだろう?」

 

「嫌じゃないけど、誰かに見られたら困るよ」

 

 

 

 最近、司令が私を扱うのが上手くなっている気がする。

 

 今だって、司令の膝の上に座らされた。ここ最近は毎日だ。仕事の山場を越えるといつも決まって私にお茶を頼み、それを届けるとその流れで座らされる。

 

 しかも、座るだけじゃなく後ろから抱き締めてきたり、頭を撫でてきたり、時には首もとに顔をうずめられたりする。

 

 司令のことだ、きっと私がきちんと嫌がれば直ぐにやめてくれるだろう。

 

 

 

 でも、困ったことにそこまで嫌ではないのだ。むしろ妙にほっとする。今の私の身長はかなり低く、司令に抱き抱えられると頭が司令の胸元に来る。つまり、司令にすっぽりと包み込まれている感じになるのだ。それが何とも収まり良いのだ。

 

 詰まるところ、実は気に入っていたりする。しかし、それを司令に言ってしまうと調子にのって何かしてくるかもしれない。いや、きっと調子に乗るだろう。もしかすると面食らって面白い顔をしてくれるかもしれない。そのあとの反応が怖くて出来ないけど。

 

 

「そうか」

 

「うん」

 

 返事だけはいつも良いのだ、司令は。

 

 

 まあ、今のままなら自分としても良いから放っておこう。

 

 

 

 

 そう考えていた矢先だ。

 

 司令の腕が私の腰を離れたかと思うと、太ももの上に置いてくる。司令の手のひらは意外と大きく、撫でてくる訳ではないが、少しくすぐったい。

 

 それに、コレでは包容感が無くなってしまう。

 

 それは困る。

 

 

 

「司令、なにしてんのさ。叩くよ?」

 

 咄嗟(とっさ)に、記憶の中にある台詞を言ってみるが、効果はない。

 

「まあまあ、減るもんじゃないし」

 

 悪びれもせず、触り続ける司令。

 

 

 そういえば、今まで司令のやることを拒んだことがない気がする。なるほど、それで司令はこんなに距離感を縮めたのか。

 

 それでもやっぱり抱き締めてほしくなる。

 

 

 

 それを言おうとした瞬間、司令の手が太ももの付け根の方に動いた。

 

「なッ!? ちょ、司令、()()ダメだって!」

 

 流石に、いくらなんでもやりすぎは嫌だ。確かに指輪を貰ってからは、キスしたりされたり抱き締められたりした。でも、まだソコまでは行ってないし、しようと(せま)られもしなかった。

 

 だから、そんなこと考えたこともなかった。

 

 しかし今、その気が見えた。

 その途端、若干の嫌悪感が走る。

 

 司令の手首を掴み、太ももから引き離す。幸運なことに司令は抵抗もせず、大人しく手をどけた。嫌がらせてまで続けたいわけではないようだ。手首を掴んだまま振り向いて司令の顔を見ると、虚を突かれたような顔をしている。

 

「ごめん。抵抗しないから、てっきり受け入れてくれているものかと思ってた」

 

 先程とはうって変わってすまなそうな声色の司令。本当に解っていなかったらしい。

 

「今までの抱き締めてくれるのは、その、好きだよ、うん。でも、ソコまではダメ」

 

 やっぱり、こういうことはちゃんと言っておかなきゃダメみたいだ。

 

 司令も私の言葉を受けて抱き締めてくれる。

 

 司令の腕が体を軽く締め付けた瞬間、感じていた司令への拒絶感が心地よさに変わる。

 

 やはり、私はコレが相当好きらしい。司令の胸に頭を軽く押し付けると、さらにもう少し強く抱き締めてくれる。

 

 司令の顎が頭の上に乗る。

 

「時津風、本当にこれが好きなんだな」

 

「うん。…悪い?」

 

「いやいや、ただ可愛いなって」

 

 

 

 司令の何気ない一言が頭のなかを駆け巡る。

 

 

 

 …始めて言われた。

 

 司令に可愛いって始めて言われた。

 

 そっか、元男でも可愛いって思ってくれてるんだ。

 

 

 

 

 司令の声が何度も頭のなかで繰り返され、頭のてっぺんから足の爪先まで熱くなるのを感じる。

 

 嬉しくなって思わず、司令の腕を抱き寄せる。胸に当たっているが、気にしない。

 

 恥ずかしさを紛らわすために足をバタバタさせる。

 司令の足に当たっているかもしれないけど、気にしない。

 

 

 司令と触れあうほどに幸せが溢れてくる。

 

 元男なのにそれで良いのかって?

 

 

 

 こんな感情に勝てるわけないじゃん。

 もうなんだって良いよ。

 

 司令になら、何されたって構わない。

 

 

 

 

 司令の膝に横座りになって上半身を司令の方に捻り、正面から抱きつく。

 

 司令の臭いがする。今まで一緒に居てすっかりなれた臭い。今となっては安心材料の一つだ。

 

 胸に頬をすり付けると気持ちいい。

 

 大好きが溢れてきて、どうしても司令に伝えたくなる。

 

「ねえ司令」

 

 司令の目を見て話す。身長差のせいで上目遣いになってしまうのは仕方がない。

 

 恥ずかしいけど、きっとこの方が思いは伝わるはずだから。

 

「好き。大好きだよ」

 

 言った直後、司令は固まってしまった。

 

 司令と目を合わせ続けたが、恥ずかしくてまた胸に顔をうずめる。

 

 

 

 伝わったかな。

 

 冗談だとか思われてないかな。

 

 

 

 

 

 しばらくして、司令が私の肩を掴んで体を離す。

 

 

 

 どうしたの司令、離れるのは嫌だよ。

 もしかして今の言葉嫌だった?

 

 

 

 不安に駆られていると、顔をうっすら染めた司令が私の頬に手をあてながら言う。

 

「俺も大好きだよ、時津風」

 

 

 言い終わるやいなや、司令の顔が近づく。

 

 何をするか予想がついた私は目を閉じ、その時を待つ。

 

 

 

 そして、唇を重ねた。

 

 

 司令に受け入れられた幸福感と司令の深く繋がれている喜びで、胸が締め付けられる。

 

 司令の首もとに腕を回すと、さらに抱き締められる。

 

 

 

 どちらからともなく、唇を軽くはむ。頭を撫でられる。

 その度に背中にいれていた力が抜けていき、体勢を保てなくなり、司令に体を預ける。

 頭のなかが心地よさで埋め尽くされる。

 

 理性が、溶かされていく。

 

 

 

 唇を離されたときには呼吸も乱れ、口元が寂しくなる。

 

 すっかり力が抜けてしまった私の脇に司令は手を入れ、持ち上げる。

 

 そして、そのまま寝室へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに私を横たえ、顔の横に手をつき、覗き込んでくる。

 

「なあ時津風、まだ()()なのか?」

 

 司令の言っている意味はわかる。つまり、()()()()ことなんだ。

 

 元同性の身として、気持ちはすごくよくわかる。

 好きな人が目の前にいたら、それに加えて自分の好きなようにできたら、どうしたいかなんて決まってる。

 

 

 

 本当のところ、自分でもまだその辺りは曖昧だ。

 

 司令にどこまで心を許しているものか、どうにも元男の部分が邪魔をしてはっきりしてこない。

 

 

 

 はっきりしないけど、でも、こんなに司令のことを強く意識させられたら、どうなるかなんて決まっている。

 

 ずるいよ、司令。

 

 だって、もう逃げられないじゃん。

 

 あんなにキスされて、抱き締められて、好きって言われて。

 

 そんなことされたら、拒められないよ。

 

 

「…司令はさ、したいの?」

 

 期待か不安か、うるさく鼓動する。

 司令に聞こえてしまいそうだ。

 

 

 司令の表情は固い。

 

 たっぷり時間をかけて呼吸を整えてから言う。

 

「俺は、時津風が嫌がることはしたくない。でも、もしできるなら、したいさ。時津風ともっと近くなれるんだ、そんなに嬉しいことはないよ」

 

 

 全く、変わった人だな。

 なんで自分の欲望を出さないでいられるんだろう。

 すごいよ、君は。

 そこまで私のことを考えてくれるなんて。

 

 

 

「…元男の私をこんなにまでした責任、とってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――やってしまった。

 

 横に寝ているのは時津風。

 

 その、どんな格好かと聞かれるととても困るが、とりあえず言えることがある。

 

 時津風可愛い。

 

 うん、その一言につきる。

 

 しかし、その姿を見ると昨日の夜のことが思い出される。

 

 

 

 結局最後までしてしまった。

 

 時津風は幸せそうだったから良かったものの、もしも時津風が我慢かなにかしていたらその時は大変だ。主にこちらの精神が。

 

 だが、時津風と一番深いところで繋がれたのは嬉しい。これ以上ないのだから、こんなに嬉しいことはない。

 

 

 時津風の頭を撫でていると、起きたようだ。眩しそうにしながら目を開ける。

 

「…おはよ」

 

「おはよう時津風」

 

 どうやらまだ寝ぼけているようだ。表情もはっきりとしない。

 

 しばらく頭を撫で続けていると時津風が起き上がり、俺に覆い被さってから抱きついてくる。

 

「しれぇ…好きー…」

 

 そして、そのまま寝てしまった。

 

 軽く揺すってみるが、起きる気配はない。

 

 

 

 

 

 ……寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きると司令に覆い被さってベッドに横になっていた。

 

 一体どうやったらこんな体勢になるんだろうか…。

 

 ベッドから起き上がると、なにも着ていないことにようやく気づく。

 

 

 ――――あ、そっか。

 

 昨日の夜の事が思い出される。

 

 遂に行くところまで行ってしまった。

 

 

 

 

 おかしいなー、元男のはずなんだけどなー。

 

 

 でも、嫌じゃなかったんだよな。

 むしろ関係を深められて嬉しい…のだろうか。今一はっきりしない。

 

 何はともあれ、ここまでやれば普通の女の子と変わらないでしょ。

 

 司令も満足するはずだ。

 いままで我慢していたに違いない。

 

 でも、もういいんだよ。

 

 全部受け入れてあげるんだから。

 

 

 

 

 

 服を着て部屋を出ようとしたとき、妙な寂しさを感じて、司令のところに戻る。

 

 

 

 司令。昨日はありがと。

 

 

 

 まだ寝ている司令の頬に唇を落とす。

 

 

 

 

 ゆっくり休んでね、司令。

 

 

 

 

 

 昨日来ていた服を着直して部屋に戻ると、既に皆起きていた。

 

「みんなおはよー」

 

「おはよう時津風。…ふーん」

 

 各々返事を返すが天津風はそれに加えてなにか言いたげだ。

 

「なにさ天津風」

 

「時津風もずいぶん女の子が板についてきたなーって思ったのよ。ま、御幸せにってところかしら」

 

 どうやら天津風には昨日の夜の事がばれているらしい。弱味を握ったかのように、したり顔で話される。

 

 当て付けのように、そっけなく返す。

 

「あっそ。で、ご飯ってまだだよね。久々に皆で食べに行こうよ」

 

「提督は?」

 

「まだ寝てる」

 

 それを聞いた天津風はますます()()顔をする。

 

「なになに、どうしたの天津風?」

 

 雪風は話が読めないようで、天津風に説明を求める。初風は会話には参加しないものの、微妙に笑っているところを見ると理解しているらしい。

 

 天津風がこちらを見ながら耳打ちすると、雪風の顔があっという間に赤く染まる。

 

「えっと、おめでとう…?」

 

「あ、ありがとう…?」

 

 雪風のよく分からない(本人もよく分かっていないらしい)感想に一先ずこたえて、クローゼットに向かう。

 

 

 

 着替えをしている最中も天津風が昨日の事をいじってくるのは止まない。

 

「ねえ時津風、どんな感じだったのよ」

 

「なにさそれ。言う必要ある?」

 

「あるわよ。姉妹の事は共有すべきでしょ?」

 

「そうは言ったって限度ってものがあるでしょ」

 

 適当に天津風に対応していると、思わぬところから第二波がやってきた。初風と雪風だ。

 

「私も知りたいかなー…」

 

「時津風、話してくれるわよね?」

 

 雪風はともかくとして、今まで会話に参加していなかった初風までもが追い討ちをかけてくる。

 

「ほら、やっぱり言わないとだめよ。諦めなさい。コレが女の世界ってものよ」

 

 此方がその方面に疎いことを良いことに強気に出てくる天津風。

 

 流石に三人ともに言い寄られては避けるのも厳しい。

 

 現に、雪風の方を向いたときに天津風が部屋の扉の前に行き、退路を塞いでしまった。

 

 これではもう打つ手がない。

 

「わ、分かったよ…話すよ。話せば良いんでしょ?」

 

「初めからそうすればよかったのよ。で、どうだったのよ?」

 

 天津風が私を2つ横に並んだベッドの間に座らせ、天津風ら3人がその対面に座る。天津風は待ってましたと言わんばかりで、雪風は恥ずかしそうにしながらも興味津々な様子だ。初風と言えば冷静そうにしながらも話を期待しているようだ。

 

 結局女の人はこういうのが好きなのか…?

 

 此方だって話すのは相当恥ずかしいんだぞ。

 

 

 

 何を言うか頭のなかで整理をつけたあと、意を決して話始める。

 

「えっと、初めはね、すごく優しくしてくれて、その、キスとかしてたんだけど――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、隠しておこうと思っていたことも天津風にめざとく見つけられ、根掘り葉掘り話をさせられてしまった。

 

 此方は朝からぐったり、向こうは良い話を聞いたと喜んでいる。

 

「さ、話も聞いたことだし、食堂にいきましょ」

 

 天津風が立ち上がって私の手を引く。

 急な切り替えに戸惑っている私を置いて皆はなにもなかったかのように食堂に向かう。

 

 

 司令、ごめん。秘密にできなかったよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起きると、すでに着替えた時津風がベッドの脇に椅子を持ってきて座っていた。

 

「おはよ。もうお昼だよ」

 

 時津風の言葉に、最初は寝ぼけていた司令も目を覚ます。

 

 壁にかかっている時計を見ると、既に午前11時をまわっているようだ。

 

「やばっ!? 時津風、仕事とかどうなってる!?」

 

 案の定、忘れていたようだ。

 

「司令。今日は休みだよ?」

 

「は?」

 

「カレンダー見てきなよ」

 

 (いぶか)しげにしながらもベッドから出てカレンダーを確認しにいく司令。その後、大きなため息と共に帰ってきた。

 

「あー、心臓が止まるかと思ったよ」

 

 本当に今日が休みだと知らなかったらしい。よっぽど堪えたようだ。

 

「司令。今日は休みだよ」

 

「ああ、分かったよ」

 

「いや、そうじゃなくて。本当に分からないの?」

 

 聞き返してもまるで理解していない様子だ。

 まったく、こっちの気持ちを分かってくれたって良いじゃん。

 

「だから、その、二人きりでゆっくりできるねってこと!」

 

 照れて赤くなっている私と違って、司令は私の言葉をうまく飲み込めていないようだ。

 

 司令。

 私だって、あんな事されたら態度も変わるよ。

 

 ビックリしたでしょ。私が一番驚いてる。

 

 まさかここまで気持ちが変わるだなんて、ここに来たときは思いもしてなかったんだから。

 

「時津風、お前…」

 

「なにさ。なんか文句ある?」

 

「いや、めちゃくちゃ嬉しいんだけどさ。その、そういうのは言われ馴れてないというか」

 

 それも当然だ。今まで、指輪を貰ったときを除いては一度も自分から何かしたことは無いのだから。

 …昨日の私はノーカンで。あれは正気じゃないところもあったから。

 後悔はしてないけどね。

 

 

 司令は目新しい私の言動に面食らって、それと同時に恥ずかしさもあるものだから訳がわからなくなっている。

 

「じゃあ、これから馴れさせてあげるよ」

 

 そう言って、司令の前に立つ。

 

「ほら、しゃがんで」

 

 司令の方を軽く下に押して丁度良い高さにする。

 司令を少し見上げるくらい。

 

 そして、司令の両頬に手をあてる。

 

「司令、好きだよ」

 

 司令の唇に自分のを重ねる。

 男の人らしく少し乾燥したのを唇同士で感じる。

 

 (ついば)むだけの優しいキス。

 

 司令の唇を小さな私の唇で軽く挟む。

 

 軽く吸ってみる。

 

 目は閉じていないから、司令の顔が視界一杯に広がる。

 

 司令の首に腕をかけ、さらにキスをする。

 

 

 

 

 

 キスで幸せになるなんて良いのかな。

 

 いいよね。

 

 大好き、司令。

 

 

 

 

 

 

 満足するまでしたところで、ゆっくり離れる。

 

「どう? こんなことも素面(しらふ)でできるんだから」

 

 まだ呆気にとられている様子の司令を置いて部屋をでる。

 

「ほら、早く着替えてご飯食べてよ。そのあとはゆっくりしようね」

 

 静かに扉を閉めると、途端に首もとが熱くなる。

 

 どうやら今まで平静をそれなりに保てていたのは、いつのまにか感じていた緊張のお陰だったようだ。

 

 思わず指で唇に触れる。司令の感覚がまだ残っている気がする。

 

 

 

 

 深呼吸をして気持ちを整えると、丁度司令が出てきた。

 

「もう食堂はお昼を出してくれるって」

 

 司令に手を差し出すと、司令は恐る恐る手をとり、その体制で固まった。。

 

「ほら、行くよ?」

 

 司令の手を引いて食堂に向かう。

 あれ、これって最初と立場が逆じゃない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えて部屋に戻り、司令の机に椅子を向かい合わせて座る。お茶も持ってきて、すっかりくつろぐ体制が整っている。

 

「さて、食事もしたところで、今度は司令にしてほしいことがあるんだけど」

 

「ん? できることなら何でもするが」

 

「司令の昔話を、聞きたいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令が着任してすぐのときの事や、ここにやって来た経緯などを聞きながら、時おり質問しつつしていると、いつのまにか日が落ちかけていた。

 

 

「――――と、まぁ、こんな感じだ。今さらだが、こんなの聞いて楽しかったか?」

 

「楽しかったよ? 考えてみれば司令の事ってあまり知らなかったし」

 

「そうか、それならいいんだが」

 

「うん。司令が女っ気が無かったはちょっと驚いたよ」

 

「今となってはベッタリだからな、恥ずかしいことに」

 

 苦笑いをしながらも満更ではない司令。

 

 昔話をしているうちに、司令も自身の変化に気がついたようだ。

 

 

 久しぶりに司令とゆっくり過ごせて、しかも一杯話せて、司令をたっぷり眺められたんだから大満足だよ、司令。

 

「そろそろいくか」

 

 司令が立ち上がり、私の横まで来て手を差し出す。

 

「ほら、晩御飯だろ?」

 

「…うん!」

 

 やっぱり、司令に繋いで貰った方が嬉しいな。

 

 

 

 

 夕飯も終え、また少し司令と話したあと、ふと思い立つ。

 

「司令、ちょっと待ってて」

 

「ん? ああ、分かった」

 

 お目当てのものを取りに自室に戻る。

 

 

 

 自室の扉を開けても、もう天津風はなにも言ってこない。ようやくいじるのを止めてくれたか…。

 他の二人はとっくに私で遊ぶのはやめてるのに、天津風はずっと昨日のことていじっていたから…

 

 

 …いや、部屋に入ったときからずっとこっちを向いている。参ったな。

 

「ねえ天津風、いつまでそれやるつもり?」

 

「それって何よ」

 

 白々しい返事の天津風。その表情は何か企んでいるようにも見える。

 

「……何でもない」

 

「そう」

 

 もう、何を言っても無駄なんだろう。

 

 

 

 天津風を放っておいて、クローゼットのなかからアレを引っ張り出す。もうずっとしまい込んでいたもの。

 

「あんた、それ持っていくの? ふーん」

 

 天津風はますます笑みを深める。

 それもそのはず、お目当てのものとは、ここに来てすぐの時に司令から貰ったネグリジェだ。

 

 金剛さんとの一件があった後、休みの日、皆が買い物に行ったときに適当に初風に見繕ってもらったパジャマを着ていた。もちろん代金は私が払ったよ、当たり前。

 

 その後、初風から天津風がとびきり可愛いのを勧めていたときいてゾッとしたのはいい思い出だ。あのときは初風に頼んで正解だったと心底安堵したものだ。

 

 ちなみに、初風が選んだのは水色のシンプルなものだ。

 あの段階の私にとっては本当に助かった。まだそんなにこの体になれていない時期だ。天津風に振り回されてたんじゃきっと大変だっただろう。

 

「なにさ、なんか文句あるの?」

 

 それが、今は自分から着ようとしているのだから驚きだ。せっかく司令がくれたんだし、有効活用してあげないとは思っていたから、丁度いいと言えばそうなのだが。

 

 天津風はなぜかこの類いの服には詳しく、相当いいものだと言っていたし、宝の持ち腐れになるのは心苦しかった面もある。

 

 …話によると五桁ものだとか。

 

 最初に聞いたときはあまりに高かったものだからクローゼットにしまうのもおっかなびっくりだった。

 

 

 話は戻り、そのネグリジェを持って司令のところに戻ろうとしたのだが、天津風が引き留める。

 

「文句はないわよ。ただ、あんたのいつもの下着でその服は合わないんじゃないかしら?」

 

 そう言うと、天津風は自分のクローゼットから黒い紙袋を取り出して私に渡す。

 

「ほら、使いなさいよ。あ、中身はまだ見ちゃだめよ。なんだったら使わなくてもいいけど。その辺は自分で考えなさい」

 

 怪しい。あからさまに怪しい。

 

 いや、応援してくれているのは分かる。でも、天津風の朝からの様子を考えるとなにかしら仕掛けられている可能性が高い。

 ここで断るのも天津風に悪いからひとまず受けとるが、不安が残る。

 

「ありがと。でも何で持ってるのさ」

 

「いつかこのときが来るって分かってたからよ」

 

 自慢げに胸をそらす天津風。

 なにさそれ、ちょっと(しゃく)だな。

 

 

 

 

 服を手頃な中の見えない袋に一纏めにしていれた後、部屋を後にする。

 

 出ていくとき天津風に

 

「あんた、無理はしちゃダメだからね」

 

 と言われて、ちょっといい人だなんて思ったのは気のせいに違いない。

 

 

 

 

 

 

 執務室に戻り、また司令と机を挟んで向かい合って座る。

 

「おかえり、なんか持ってきたのか?」

 

「後のお楽しみってところかな。で、寝るまでなにする?」

 

 適当に司令の注意を紙袋からそらしつつ、楽しい時間を過ごす。

 

 久しぶりにトランプをしてみたり、おすすめの本を教えてもらったり、最近の出来事をお互い報告したりする。

 

 

 

 

 そして、体感ではとても長い時間を過ごした後、いよいよ寝る時間になった。

 

「…もうこんな時間か、そろそろ寝るか、時津風」

 

「そうだね」

 

 返事をしたものの、ここからどうするかは考えてなかったので動けず、司令が不思議に思う」

 

「どうした時津風?」

 

「…司令、先に着替えててくれるかな」

 

 ちょっと不自然だがしょうがない。司令を寝室に促す。

 

 腑に落ちないようすだが着替えにいってくれた司令を見送り、扉がしまって服を脱ぐ音が聞こえると、私も動く。

 

 紙袋から持ってきた服を取り出す。

 ネグリジェをいったんどけて、天津風から貰った袋を開けてみる。

 

「うわ…これは…」

 

 中から出てきたのはいつもつけている白いのとは違って、形は同じだか黒いものだ。

 

 どことなく大人っぽく見えるのはまだ自分が子供っぽいということだろうか。

 

 黒タイツも似たようなものの気がするが、何か違う。

 

 思えば、始めて時津風の服を着たときはあまりの下半身の無防備さにびくびくしたものだ。何せ腰までおおわれていないのだ。いつかずり落ちてしまいそうな気がして、なれるまでは大変だった。裾から下着の紐が見えるのもあって、恥ずかしさはしばらく消えなかった。

 

 今となっては島風の格好を毎日見ているのもあってすっかりなれたが。

 

 

 司令が着替え終わるまでにはあまり時間もないので、深く考えず言われたまま着ることにする。

 

 

 

 

 此方が着替え終わると、丁度司令も終わったようだ。扉に向かって歩いてくる音がする。

 

 扉を開くと、司令は何かいいかけたようだが、固まってしまった。

 

 もう流石にこの反応にもなれた。

 

 気を引き閉めて、司令に告げる。

 

「ねえ司令、一緒に寝よ…?」

 

 自分から意図的に一緒に寝ようとするのは始めてで、かなり恥ずかしく、きっと赤面していることだと思うが、頑張って司令の方を見続ける。

 

「ねえ司令、聞こえてる?」

 

「あ、ああ。分かったよ」

 

 ようやく事態を飲み込めた司令は寝室に戻り、私もその後をついていく。

 

 

 司令が先にベッドに入り、その後私もその横に、司令の向き合うようにして入る。

 

「時津風、そっち狭くないか?」

 

「大丈夫だよ」

 

 布団に入って数分、お互いの顔を見たまま沈黙が続く。

 

 

 

 司令、意外だな。てっきりこんな格好をしたら襲ってくるかと思ったのに。もしかして私の事を思って遠慮してくれてるのかな?

 

 でも、今はどちらかと言うと――――

 

 

 

 

「ね、司令、我慢しなくてもいいよ。司令は私を好きなようにして良いんだから」

 

 私がそういったとき、司令が生唾を飲んだのを見逃してはいない。

 

 そして、司令がゆっくり起き上がって掛け布団を足元にどけ、私に覆い被さる。

 

「……そんな格好されたら我慢できないって。これから毎日してもらうから覚悟しろよ」

 

 

 

 

 

 あれ、流石にちょっとやり過ぎた、かな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日を境に私たちの関係は変わった。と言うよりはお互いへの思いが変わったと言えばいいのか。信頼も増し、お互いに吹っ切れたのも一因だろう。

 

 吹っ切れるベクトルがわたしと司令で違うのはご愛嬌というところか。

 

 その、流石に毎日はね、うん。

 

 もう少しペースを落としてくれると嬉しいかもしれない。

 

 とか言って、いざご無沙汰になったときはねだり始めるんだろうか。

 

……いや、流石にない、はず。

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ、好ましい変化だったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、帰ってきたわよ! …って、またやってんのあんた」

 

 遠征から帰ってきた天津風が執務室に入って早々、そう言った。

 

「なにさ天津風、なんか文句ある?」

 

 それもそうだ。いま私は司令の膝の上で抱きしめられているのだから。

 

 あれから人に見られるのをあまり気にしなくなった所もあって、以前よりもベタベタしているように見えるらしい。

 

 私個人としてはそんなに変わっていない気がするのだけれど。

 

 あ、でも人前でもキスくらいまでなら出来るかな。

 

 …これってやっぱりおかしいのだろうか。

 

 でも、しょうがないよね。

 

 

 

「はぁ、全く、どうしてこうなっちゃったのかしら。まさかここまでベタ惚れするなんて思ってなかったわ」

 

 もう幾度となく同じ光景を見せられている天津風にとっては、呆れるしかないものだ。

 

「そんなこと言ってもねー。司令とはあーんなことやこーんなこともしちゃったしー? もう今さらって言うか。ねー、しれぇ?」

 

 司令の同意を得るべく、自身を抱き締めている腕を抱き込んで軽く引き寄せながら振り向いて、上目使いで聞く。

 

「なんか、あざとくなったよな、お前」

 

 司令も司令で少し恥ずかしがっているようだ。返事が突っ慳貪(つっけんどん)になっている。

 

「そんなこと言っても、元男で何をしてほしいか分かっちゃうからしょうがないじゃん。司令も嬉しいでしょー?」

 

「いやまぁ、嫌ではないが…」

 

 何だかんだで惚気(のろけ)ている私たちをみて、天津風はさらに呆れる。

 

「ねえ初風、あの子も元男なのよね?」

 

「そうね」

 

「あれじゃ(むし)ろ私たちよりも所謂(いわゆる)女の子っぽいわよ」

 

「元男で素直になれなかった反動ってことなんじゃないかしら」

 

「でも、幸せそうだしいいんだと思うよ!」

 

 天津風と初風が冗談半分で話しているところに、雪風が一言。

 

「そうだよー、幸せだよ! ねー、しれぇ!」

 

「…そうだな」

 

 時津風と司令をおちょくったつもりだった天津風だったが、結局二人の惚気を引き起こしただけになってしまって少し後悔している。

 

「あーもう! 私が悪ぅございました! ほら、行きましょ!」

 

 そう言って一人部屋を後にする天津風。残された二人は苦笑いだ。

 

「とりあえず、全艦無傷で帰投したわ」

 

「そうか、ご苦労様。ゆっくり休んでくれ」

 

 初風はいつもの報告をした後、部屋を出る。

 

 その後に続いて、雪風も一言残して出る。

 

「時津風、お幸せにね!」

 

 

 

 

 騒がしいのが出ていって、一気に静かになった執務室。

 

 お互いに先程のことを意識してしまっていた。

 

「…なんかさ、今さらちょっと恥ずかしくなってきたんだけど」

 

「…俺もだ。まぁ、今さら過ぎるだろ」

 

「そうだね」

 

 

 お互い呆れ合っている。

 でも、こんな雰囲気も嫌いじゃない。

 

 

「ねぇ、司令」

 

「なんだ?」

 

 

 

「ずっとずっと、大好きだよ」




はい! 一応完結です!

この小説一の長文でした。お疲れさまでした。




これまで約3ヶ月の間ありがとうございました。

連載当初はどうなることやらと思っていましたが、一通り終えてみると楽しく書き通すことができました。前作は親サイト閉鎖のため無理矢理完結させなければなりませんでしたが(今回が無理矢理でないかは別として)、今回は自分の書きたいところまでかけて幸せです。

最後に、これまで評価や感想投稿、お気に入りをしてくださった皆様、本当に助けになりました。ありがとうございました。


今後も機会があれば投稿していきたいと思います。

また、もしかしたら活動報告で何かお知らせを書いたりするかもしれません。その時はよろしくお願いします。




P.S.

省いた(省かざるを得なかった)部分とかニーズあるのだろうか。


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番外編
【挿話】時津風、海に出る。


今回は一旦本編から離れて、時津風が着任して間もない頃のお話です。次回はまた本編に戻ります。たまにはこういうのも良いのかな、と。最近は甘々だったのでお口直し的にどうぞ。


 あれは鎮守府に来てまだ1月も経っていない頃の話だ。

 

 

 

 不馴れな仕事にようやく慣れてきたある日の夜、寝る前に天津風から提案があった。あなたも艦娘なんだから、海に出たいはず。今度の休みにでも許可をとって海に出させてもらわないか、というものだ。

 

 

「海の上は良いわよ、風も気持ちいいし、のびのびできるし。戦闘がなければあんなに良いところはないわ」

 

「いや、でも艤装が必要なんでしょ? そんな理由で貸し出してくれるかな…?」

 

 

 天津風は本当に楽しそうに言うが、こちらとしてはどうにも不安が多い。初めて海に出るときはなにかと手こずると話に聞いていたのだ。

 

 陸地とは違うバランス感覚に移動方法。人間ではなし得ない動きだ。

 

 そんなわけで、天津風には悪いが断ろうと思っていたのだが――――

 

 

 

 

「――――いいぞ。ちょうどその日は特に出撃予定もないから艤装も空いている。勿論襲撃があったときには速やかに中止、作戦行動に移ってもらうことになるが。まあ、大丈夫だろう。ここ数ヶ月は全く起きていないからな」

 

 

 

 次の日の朝、まあ無理ですよねと前置きしてから司令に聞くと、意外にも許可を出したどころかむしろ薦めるような反応をもらった。

 

 司令としては内心良いことをしたと思っているのかもしれないが、此方としてはとんだお節介だ。

 

 しかし、天津風たちと一緒に聞いたものだから誤魔化しようもない。気は進まないが、やるしかないようだ。

 

 

「なんだ、難しい顔をして。最近この辺りは割りと安全な海域なのをお前も知っているだろう? 大丈夫だよ」

 

 

 ほら、今もまた俺が深海棲艦を気にしていると勘違いしてる。気にしているのは、あくまで元一般人で艦娘自体は何も知らない俺が果たして海に出たらどうなるか、ということなのだ。天津風たちは俺の事情を知っているから多分配慮はしてくれると思うが…。

 

 

「良かったね時津風! あ、安心して。なんでも教えてあげるから!」

 

 

 雪風は珍しくやる気を見せている。

 

 他の面々も程度の差はあれ、おおよそそんなところだ。

 

 仕事が終わって部屋に戻った後も話題は海に出ることで持ちきりだった。自分の進水時はどうだったとか、艦娘となった今はどんなに自由に動けるか、果てには砲撃の腕前がどうとかにまで発展した。

 

 勿論そんな話についていけるわけもないので、俺は専ら聞き役だ。時折話の内容なんかを説明してくれるので飽きはしないが、疎外感は少なからず感じる。

 

 

 

 

 はてさて、どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は過ぎいよいよ当日。今日は朝から皆(主に天津風と雪風)が浮き足立っている。天津風は朝食も抜いて行こうと言わんばかりの意気だったので初風が嗜めたが、それでもまだ落ち着かない。

 

 

 

 どうしてそこまで楽しみなのだろうか。

海に出るだけなのに。

 

 

 

 食堂でご飯を食べている間も天津風はその楽しさを語ってくる。

 

「海に出るのはね、本当に気持ちが良いのよ! 広い海の上でのびのびとできて――――」

 

「わかったよ。その話を昨日から何度聞いたと思ってるのさ」

 

 昨日の夜からずっとこの調子なのだ。そろそろ疲れてきた。そっけない対応も許してほしい。

 

 雪風に助けを求める視線を送るが、雪風は苦笑いで返してくるのみ。諦めるしかないのか。

 

 

 

 

 食事を終えた俺たちはその足で艤装を受け取りにいく。

 

 今回は海の上を動くだけなので私は弾薬を持たないが、他の面子は念のため、安全確保のためにフル装備している。

 

 手に何もつけていないものの、体の重心が若干後ろ寄りになるので少し動きづらい。艤装は金属でできているが、如何にも重そうな見た目に反して着けた感じがそこまで気にならない程度なのは助かった。まあ、そうでないとアクロバティックな動きはできないだろうから、当然と言えば当然だが。

 

 

 馴れない格好で港に着くと、天津風がまず最初に海に出る。水面に出した足は沈まず、海面に立っている。それから、体を前に少し倒したかと思うとそのまま海面を滑っていき、少し進んで此方に振り向く。

 

「ほら、時津風も来なさいよー!」

 

 手招きをして呼ぶ天津風。いや、そんな初めてなのに直ぐに行けないって。

 

 天津風のとる態度を予想していたのか、雪風が特に困った様子も見せず海への出方を教えてくれる。

 

「大丈夫だよ、時津風も絶対できるから。ね?」

 

心配を和らげようと笑いかけてくれる雪風。

始めてのことで緊張しているのが表情に出ていたようだ。雪風のお陰で少しリラックスできた。

 

 

意を決して、ゆっくりと水面に足を着ける。

 

 水面の少し下で足が沈み込まなくなるのを感じる。

馴れない感覚だ。地面のように固いわけではないが、沈めようと思ってもびくともしない。

 

 ゆっくりと水面に着けた足に体重をかけていく。少し前屈みになると、浅瀬とはいえ人間としての記憶のせいか水に対する恐怖が襲ってくるが、艤装を信じて体を預ける。海はしっかりと受け止めてくれる。

 

 そして、足を着けてから数分経ってからだろうか、ようやく両足を水面に浸けることができた。

 

 足は伸ばしきれず、腰も引けて何とも不格好だが、自分の足で水面に立つ。

 

 

 艦娘としてはごくごく当たり前のことだが、海の上に立てるのはなかなか嬉しい。

 

 思わず頬の上がるのがわかる。

 

「それじゃあ、動いてみよっか」

 

 雪風も海に降りてきて、隣に立つ。

 

「どうやって?」

 

「こう、『グーン』みたいな」

 

「……『グーン』?」

 

感覚的な説明をする雪風。艦娘にとっては地面を歩くのと大差ないのか、意識してどうするというのは無いらしい。

 

 説明になってないよ、雪風…。

 

 グーンって言われてもなぁ…。

 

 

 

 少し悩んでから、物は試しと天津風がやっていたように重心を前にかけて前に進むイメージをつくる。

 

 すると、動いているのがやっとわかる程度に進んだ。

 

「おー! 進んだ進んだ!」

 

 嬉しくて雪風の方を見ると、彼女もまた笑っていた。

 

「やったね! それをもっとやれば大丈夫だよ」

 

 自分のことで喜んでもらえるのは嬉しい。

 

 今度は先程よりもずっと重心を傾けて、さらに速く進むイメージ。

 

 

 途端、足元から水しぶきを上げて体が前に進む。

 

 体全体で風を切り、自分で海の上を進む。

 

 足が先行するから、上半身が置いていかれないようにするのが大変だ。

 

 なんとか体勢を整え天津風のところまで行くと、後ろからぴったりついてきていた雪風と初風が追い付いてきた。

 

 

天津風の近くまで来て、止まりかたを習っていないことに気づく。天津風は速度を落とさない俺を危なく思って進路から退いた。

 

「コレどうやって止まるの!?」

 

「体を反転させて! 倒れても沈みはしないから大丈夫!」

 

雪風の言った通りになんとか反転させると、急に速度が落ちる。体制が前のめりになっていて一瞬倒れそうになったが、なんとか足を前に出して踏みとどまれた。滑りそうになって本当に冷々したのは内緒だ。

 

天津風のところを大分通りすぎてしまったので、今度は直ぐ止まれる程度にゆっくりと近づく。

 

天津風の横に並ぶと、皆俺のを褒めてくれる。

 

「初めてにしてはなかなか良いじゃない! あんた才能あるわよ!」

 

「才能もなにも元々出来るから艦娘になったんじゃないかしら?」

 

 抱きつかんばかりに近づいて喜ぶ天津風を初風が抑える。しかし、そんな初風も顔はとても嬉しそうだ。雪風も横で満足そうにしている。

 

 

 

 なんだか、天津風があれだけ言っていたことがわかる気がした。

 

 最初は怖かったけど、いざ出てみると執務室と違った妙な安心感があり、風を切るのも気分が良い。俺も艦娘の端くれなだけはあるということか。皆との差が埋ったきがして、嬉しい。

 

 

「ねえ天津風」

 

「ん、なに?」

 

「海に出るのってさ、本当に気持ちが良いんだね」

 

 そう言うと、初風の腕を振り切って天津風が抱きついてくる。嬉しくて思わず、と言ったところか。

 

 

 天津風を受け止めると、そのまま少し後ろにふらつく。

 

 ただでさえ馴れない海の上。足元も悪く、踏ん張ることができない。

 

 天津風の焦った表情越しに初風が見える。手を伸ばしているが、届きそうにもない。

 

 このまま倒れたら艤装壊れちゃうかななんて考えながらバランスを崩したその時、後ろから誰かに支えられた。

 

 

 振り向くと雪風が必死な顔で私の背中を支えてくれている。

 

「天津風、早く…!」

 

「ご、ごめん!」

 

 固まっていた天津風も初風の言葉で離れ、雪風の助けでなんとか体勢を整えられた。

 

 あとに残ったのは呆れ顔の初風とほっとした雪風、そして気まずそうな天津風だ。

 

 どことなく空気が重い。

 

 せっかくの休日だ。此方としてはそんなに気にしていないから、調子を取り戻したいがどうしようか。

 

 

 少し考えた結果、自分から明るく話しはじめることにした。

 

「ねえねえ! どこまで行っていいの?」

 

 急に大きな声で話すものだから一体どうしたのかと目を丸くする皆だが、初風と雪風は直ぐに意図を組んだようだ。

 

「私たちがついていれば、特に何処というものはないけど…」

 

 天津風はまだ気が引けるのかどこか控えめだ。

 

「それならさ、ちょっとおもいっきり動いてみたいんだけど、良いかな?」

 

「いいわよ?」

 

「それじゃ、あそこの島まで競争ね! 負けた方が間宮さんのデザートをおごるってことで! じゃ、いくよ?」

 

 突然の事に今一対応できていない天津風だが、雪風はすっかり乗り気のようだ。初風もしょうがないから付き合うという体で参加しようとしているが、口許が緩んでいる。

 

「時津風、私たちも参加するよ!」

 

「しょうがないわね。負けたら三人分ちゃんとおごるのよ?」

 

 私の横に並ぶ二人。天津風は少し戸惑ったようだが、吹っ切れて一緒に並ぶ。ようやく意図を組んだようだ。表情も明るくなっている。

 

「あーもう、やれば良いんでしょ! やってやろうじゃないの!」

 

「そう来なくっちゃ。それじゃあ、いくよ!」

 

 

 

 

 

 三つ数えて、四人一斉にスタートする。

 

 ほぼ同時に島に向かって全速力で進む。

 

 

 

 本当はスピードを出すのが少し怖かったけど、皆が一緒に居てくれるから安心できた。

 

 それに、判ったんだ。

 やっぱり、艦娘にとって海の上はとっても楽しいんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、何でこうなるのかなー!」

 

 結局、負けてしまった。

 

 当たり前だ。こっちは今日始めて海に出たのだ。分が悪いなんてものじゃない。

 

 最初の内は俺に合わせてくれていた三人だが、ゴールが見えてくると本気を出して突き放されたのだ。

 

 甘いものを賭けると、女の人は豹変するのはあながち間違いじゃないのかもしれない。

 

「今日始めて海に出た娘に負けるわけにはいかないでしょ? 正直始めてであの速さは驚いたけどね」

 

 天津風はすっかり調子を取り戻して、間宮特製あんみつに舌鼓を打っている。勝ったのと美味しいので満面の笑みだ。

 

 何はともあれ、無事いつも通りに戻って良かった。

 

 

 

 

 …その代償はなかなか大きかったが。

 

 間宮特製スペシャルあんみつは一つ90銭。自分も食べたいから四つ頼むと3円60銭。コーヒーは一杯が15銭らしいので、俺が前居たところ(前世と言って良いのか分からない)の価格でいうとおおよそ全部で3600円ほど。着任時に司令から貰ったお小遣いが5円だったので、その大半を今回で使ってしまった。

 

 お陰で財布はかなり軽くなった。

 

 まあ、それでも皆笑顔になれたから今回はよしとしようかな。

 

 

 そういえば鎮守府に来てからというものの、甘いものに目がなくなった気がする。天津風に貰ったプリンも、この餡蜜も、食べるとなんというか…美味しいのに加えて幸福感があるのだ。

 

 女の人が甘いものを食べて幸せと言っていた気持ちが理解できた気がする。

 

 元男としてはとても複雑な気持ちだ。

 

 

 

「どうしたの時津風、なんか笑いながら困ってる見たいな感じだけど」

 

 雪風が不思議に思って聞いてくる。

 

「いや、大したことじゃないから大丈夫。どう、おいしい?」

 

 自分が元男だと知らない人も(艦娘も)回りにいるので、話をそらす。

 

 腑に落ちない様子だが、どこか悟ったようでまた餡蜜を食べ始める。やっぱり、雪風は良い娘だ。こういうときは本当に助かる。

 

 

 

 良い娘に囲まれて幸せだな。

 

 ここでの暮らしも上手く行きそうだ。

 

 

 



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時津風、司令に不満を持つ

お久しぶりです。生活が一段落ついたので、息抜きがてら投稿します。内容なんてあってないようなものなので、頭を空っぽにしてお読みください。


 三月も下旬。年度がわりが近づき、書類仕事がいつもより一層増えてきたこの頃、思うところがあり、天津風に相談する。

 

 

 

 

「ねえ、天津風。最近、司令からの扱いが雑になっている気がするんだ」

 

「何よ突然に」

 

 そんな怪訝な目でみないでよ、天津風。

 

 

 

 

 

 

 ふと気付いたのはついさっきのこと。司令にお茶を渡した時のことだ。

 

 

 

「司令、お茶持ってきたよ」

 

「お、サンキュー」

 

 

 

 仕事をしている司令は返事をするものの、こちらには顔を向けもしない。仕事の書類によほど集中しているようだ。

 

 なんとなく疎外感を感じ、司令に話しかける。

 

 

「ねえ司令、何してるの?」

 

「ん? 仕事だよ。年度がわりだから増えていてな」

 

「ふーん」

 

 

 今度の返事は多少こちらに意識を向けてくれたが、それでもなお視線は書類のままだ。

 

 

「ねえ司令、暇なんだけど。渡された仕事も終わったし。なんかやることないの?」

 

「特にないな。天津風達のところにでも行って遊んできていいぞ。何かあったら呼ぶから」

 

「ふーん。じゃあいいや」

 

 

 司令の気を引こうとしてみるがどうにもうまくいかない。

 

 結局あきらめてみんなのいるであろう部屋に来たわけだ。

 来てみたら天津風しか居なかったが。他の二人は出払っているらしい。

 

 

 

 

「それに、最近は夜の分の仕事が終わったらすぐに寝ちゃうし」

 

 不満に思って部屋にたまたまいた天津風に相談するが、反応には面倒くささが滲みでている。

 

 

 

「それ、単に仕事が忙しくなってきただけなんじゃ…」

 

「そんなことないよ、なんかそういうのとは違う。…たぶんね」

 

「根拠はあるのかしら?」

 

「女の勘…的な?」

 

「あんた元男でしょうが。…まあいいわ。それで、結局のところあんたは司令にどうして欲しいのよ」

 

 

 

 

 嫌々ながらも相談に乗ってくれる天津風、やっぱり優しい。さっさと言いなさいよと促してくる。

 

 

 

 

「とりあえず、なんかかまってほしい」

 

「そうねぇ…例えば、いつもと違う格好をしてみるとかどうかしら。いまあんた司令と毎晩寝ているでしょ? 寝巻きを新しいのに変えてみるとかどうかしら。しかもとびきり魅力的なやつに」

 

「魅力的なやつって?」

 

 

 

 

 そう天津風に聞いたとたん、天津風の目が輝き始めた。

 

 どうやら天津風の仕掛けた何かにはまってしまったらしい。

 

「まず、今のあんたは自分の魅力を引き出しきれていないのよ。いつも無難なパジャマばっかり着て。もうちょっと司令をその気にさせようとしなさいよ」

 

 

 天津風の気迫に若干押されぎみになる。

 

 

「いや、だって今まではこれでうまくいってたし…」

 

「それは新婚だからよ。しばらくたてば男はすぐに飽きるわ。そういうのはあんたが一番わかっているでしょうに」

 

 

 天津風の熱弁はまだ続く。

 

 

「いい? 一番やり易いのはギャップを使うの。今のあんたの見た目はロリっ娘よロリっ娘。世の中のロリコンどもがもろ手をあげて飛び込んで来るような可愛いロリっ娘なのよ。それを使うの。つまり、不自然にならない範囲で大人っぽいネグリジェとか、そういうのを着るのよ」

 

「で、でも、ネグリジェなら天津風にもらったあのドピンクなやつをもう着たし…」

 

「あれはあんたに完璧に似合っていなかったからノーカンよ。私もネタで渡したし」

 

 

 

 今さらネタとか言いやがりますかこの女は。

 

 天津風にムッとすることは山ほどあるが、今はアドバイスを聞くのが最優先。ぐっとこらえる。

 

 

 

「そ、それで、何を着ればいいのさ?」

 

「黒よ。黒のベビードールを着るの! スケスケのやつ! それでいくら司令といえども一発よ」

 

「なっ!?」

 

 

 

 天津風のことだから何かぶっこんでくるとは思っていたが、予想以上の提案に思わず驚く。

 

 

「なによ、司令の気を引きたいんでしょ?このくらいの事はやりなさいよ。べつに下着を着けるななんて言ってないんだから。第一、どうせ司令は散々裸を見られているんでしょ?」

 

 なにか探るような目付きで話す天津風。どうせばれているだろうとは思っていたが、直接聞くと結構心にクるものがある。

 

「そ、そんなこと言ったって、さすがにちょっと恥ずかしすぎるって。もっとこう、なにか他にないの?」

 

「無いわよ。ほら、決まったらさっさと買い物に行くわよ」

 

 すでに天津風のなかでは決まったようで、天津風は財布を握ると時津風の手を引いて出発しようとする。

 

「ちょっ、まだ決まっていないんだけど…」

 

「なにか言った?」

 

 天津風に意見しようとするが、一睨みで黙らされる。

 

「……なんでもないです」

 

 天津風、恐ろしい娘…。

 

 

 

 

 

 

 天津風につれられて歩くこと数十分、鎮守府と普通の都市の境にある艦娘専用の服屋についた。

 

 鎮守府に着任してからまともに服を買いに外出したためしがほとんどない時津風にとってはなかなか緊張する。ましてや今回案内された女性の服専門のお店は初めてだ。

 

 入り口から見える店内は未だに男の感性が僅かながら残っている時津風にはあまりにもまぶしいものだ。店じゅうにかわいらしい服が並んでいる。

 

「何しているのよ、入るわよ」

 

 入口で立っていると、天津風に店内に連れ込まれる。

 

 

 

 

 

 それからは、それはもう大変だった。お目当てのベビードールを天津風(・・・)が選ぶのに数十分かかり、ようやく帰ることができると思いきや、今度は予定になかった下着まで選ぶはめになった。天津風曰く「合う下着も買うに決まっているでしょ?」とのこと。

 ベビードールはそれはそれで名前のくせして巨乳用がほとんどで選ぶのに苦労したとか。

 

 さらに、今度はベビードールに関係のないミニスカートやら丈の短いワンピースやら、それはもう色々買った。もちろんその前段階には着せ替え人形にされたわけで。

 

 

 

 

 

 

 

「つ、つかれた…」

 

 店に入ったのがお昼過ぎなのに、今はもうおやつ時だ。

 

「このくらいで疲れるなんてあんたもまだまだね」

 

「まだまだって…、と言うか、これってもしかしなくても司令を性的(・・)に構ってもらうやつだよね?」

 

 天津風に問うと、少し驚いたような顔をするがあっさりと言う。

 

「あ、ばれた?」

 

「『ばれた?』 じゃないよ! 私が言ったのは司令に構ってほしいだけ! その、性的な意味ではないから!」

 

「いや、でも性的に構ってもらえば普段からも構ってもらえるでしょ?」

 

「その理論はおかしいよ…」

 

 

 

 

 

 

 その後も天津風を説得して買った商品を返品しようとするが、あの手この手ですり抜けられ、諦めるはめになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に帰ってからも休みはやってこない。

 

 部屋に戻るなり買ってきた服をあけ、着させられる。

 

「早速今日から試すんだから、早く下着まで合わせて見せなさいよ」

 

 妙に楽しそうな天津風は服を突きつけて催促をする。

 

「今日から!? いや、せめて心の準備をさ…」

 

「そんなこと言ったってどうせ最後まで準備できないんだからいつまでたっても同じよ。ほら、さっさと着替えた。それでもまだ言うなら…」

 

「言うなら?」

 

「今来ている服を無理矢理脱がせて素っ裸にした後服を隠して、このベビードールを着る以外の選択肢を無くしてやるわ」

 

「喜んで着させていただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これはなかなか…」

 

「どうよ。やっぱり私の目は間違っていなかったわね」

 

 鏡に映っているのはベビードールを着て顔をほんのりの赤らめ、伏し目がちに観ている時津風。

 

 胸もそれほどなく幼い姿なのに、どこか妖艶な印象がある。

 

「よし。これなら大丈夫ね。今日の夜が楽しみだわ」

 

 

 天津風、これでうまくいかなかったら恨むからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、「そろそろ寝るわ」といつものように司令が言ったところで部屋に服を取りに戻る。いつもは司令の寝室の片隅に設えた時津風用の小さなタンスに入っているパジャマを着て寝るが、今日は違う。司令には少し不思議な顔をされたが、後であっと言わせてやると考えて放っておく。

 

 部屋に戻ると天津風が満面の笑みで服を渡してきた。後ろには雪風や初風もいる。

 

「時津風、頑張ってね」

「何があったか知らないけど、まあ、せいぜい頑張りなさいよ」

 

 雪風と初風の励ましのなか着替え、ガウンを羽織る。

 

 部屋を出ようとした時、後ろから誰かに両肩を掴まれた。首だけ振り替えるとそれは天津風だった。

 

「何かあったらこっちに戻ってきていいんだからね」

 

「…ありがと」

 

 

 

 

 

 

 

 執務室に戻ると、すでに司令はベッドに入り、入り口とは反対を向いていた。

 

 特にする必要はないが、音を殺して司令背後まで進み、ガウンを脱ぐ。ただでさえまだ肌寒い季節なのに加えて薄着をしているので肌寒い。身に付けているものが下着とスケスケのベビードールのみになり羞恥で体はほてってきて、余計に寒く感じる。その寒さが自らの格好を再確認させ、さらに恥ずかしくなり…と悪循環に陥る。

 

 

 そのせいか、静かに置こうと思っていたガウンを落としてしまった。ガウンが床に落ちる音で司令が気づいたようで、司令がこちらを向くとそのままの姿勢で固まる。

 

 

 

「……!?」

 

「えっと、その、司令…」

 

 

 司令の気を引くという目的は無事達成された。

 されたのだが、その後を考えていなかったがためにお互い固まってしまう。

 

 部屋の電気は消されていてすでに暗いが、入ってきたドアから光が入ってきているので、司令の視線が体を駆け巡っているのがわかる。

 

 目線が体を一周して再び顔に戻ってきたとき、思いきって訳を説明することにした。

 

「その、最近司令があんまり構ってくれないから、その、気を引きたいなって天津風に聞いたらこうなって、で、その、えっと……ど、どうかな?」

 

 口に任せて言った言葉がどれほど司令に伝わったかは怪しいが、大まかに思うところは理解してくれたようで、体を起こして対面してくれる。

 

「あー、その、なんだ。まずは、すまなかった。最近は確かに構ってあげられてなかったな。そして、そこまでしてくれてありがとう。本当に嬉しいよ」

 

 すまなそうな顔をして頭をかきながら謝る司令。

 

 

 

 

 そしてまたお互いやることが無くなりかけたところで、司令が時津風の手をを引き寄せてベッドに座らせ、後ろから抱きしめる。

 

 

「えっ、ちょ、司令っ…」

 

「俺だってさ、ちょっとは寂しかったりするんだぞ?」

 

 左手で肩から抱き、右手で頭をなで始める司令。最近ご無沙汰だったこともあってとてもくすぐったく感じるが、それを上回る嬉しさが溢れる。

 

 

 しばらく司令にされるがままにされていたが、ふと思い立ってベッドから立ち上がり、司令の方を向く。

 

「ねえ司令、今さらだけど、この格好どう?」

 

 司令の顔をみながら問うと、司令が生唾を飲むのが聞こえた。

 

「その、これがギャップ萌えってやつか。正直やばい」

 

 そう言ったあと、一呼吸入れてから続けて言う。

 

「時津風、その格好でここに来るってことはわかってるよな?」

 

 司令の問いに無言で頷く。

 

 そして、くつを脱いでベッドにあがる。

 

 

 

 

「時津風、好きだぞ」

 

「そんな言葉ではぐらかされたりしないんだからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、うまくいったわけね」

 

 翌朝、朝一番の出撃のために執務室にきた天津風はあきれ半分で言った。

 

 昨日の萎れていた時津風はどこへやら、すっかり定位置の司令の膝の上に乗っていた。

 

「まあ、うん。そうだね。それにここなら司令の邪魔にもならないし」

 

 時津風の呑気な言葉に天津風と司令は目を合わせる。

 

(提督はそれでいいの? 集中できないでしょうに。)

 

(まあ、時津風が良いなら俺はいいんだ。)

 

 司令も司令で呑気な顔をしていて、天津風は思わずタメ息をつく。

 

「なにさ天津風、何かあったの? 相談のってあげようか?」

 

 

 呆れから出たタメ息を時津風は天津風がなにか悩んでいると受けとったようで、少し得意気な顔で聞く。

 もちろん、それを聞いて天津風は更に呆れることになる。

 

 

「あのねあんた……、いや、やっぱりいいわ」

 

「なになに? 遠慮しなくていいんだよ?」

 

「何て言うか、お幸せにね」

 

「ん? もちろん! ね、司令」

 

 いまいち話の繋がりが見えていないが、とりあえずは返事をしておき、司令にも話を振る。首だけ振り替えって司令に言うと、頭を撫でられる。

 

 すっかりお気に入りになったそれに目を細めるのをみて、また天津風は呆れるのだった。

 

 

「それじゃ、行ってくるわね」

 

「気を付けてねー!」

 

 天津風に手を振って送り出す。司令の手はまだ時津風の頭を撫でたままだ。

 

 

 

 

 鎮守府は今日も平和だ。

 



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時津風、花見をする。

所詮は空想の話ですが、男の感情と女の感情が共存するって相当大変だと思うんです。


 春が来た。時津風がここ、鎮守府にきてから初めての春だ。潮風の気持ちいい鎮守府前の海沿いには桜が連なっており、そろそろ満開を迎えようとしている。執務室の窓から見える景色は海と空の比が美しく、そこに桜が加わって更に素晴らしいものになっている。

 

 そんな鎮守府の中、執務室では仕事をしていたはずの司令がその心地よさに思わず、日に当たりながら窓の外をぼんやりと眺めていた。

 

「…今日もいい日だな」

 

 椅子の肘掛けに頬杖をつきながら半ば呆けた声で言う司令。目は今にも閉じそうで、すっかり春の陽気にあてられているようだ。ここ数日はずっとこんな日が続いていて、お陰で仕事のペースも落ちてしまっている。それには時津風もずっと頭を抱えているのだ。

 

「司令、春がきて心地いいのは分かるけど、仕事もしなきゃダメだよ。私の席は日の光もそこまで当たらないし…それに、背が小さいから窓の外は空しか見えないんだから。ちょっとずるいよ」

 

時津風は司令を叱責するが、司令には行いを改めようという気持ちはまるでないようだ。

 

「しょうがないじゃないか。こんなに素晴らしい小春日和なんだ」

 

 いくら眠いとはいえ、間違った言葉の使い方を平気でする司令に思わずため息がでる。そうは言っても、この司令にはよくあることで時津風もなれているから、失望と言うよりは「またか」と呆れているのだ。

 

「司令、小春日和って言うのは晩秋あたりの暖かい晴れの日のことだよ」

 

 どうやら今まで間違った知識のままいたようで、司令は眠さも若干取れて時津風の方を振り返り、少し驚いたようにしている。

 

「え、まじで。今まで何回かこの使い方してたんだけど」

 

「マジなんだよね、これが」

 

 時津風の返事を聞いてしばらくすると、司令はまた窓を向いて休んでしまう。司令にとっては驚きこそあったものの、「まあいいや」の一言で済まされるものだったらしい。

 

 

 おおよそ司令と秘書官の関係を疑うような会話をしながら、ちゃっかり時津風も仕事の手を休めていると、司令が急に何か思いついたように立ち上がり、時津風の方に振り向いた。

 

「時津風、花見しようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、鎮守府は騒がしくなっていた。

 

 鎮守府の前にはちょっとした桜並木がある。海に面して一列に並んでいる景色は執務室からも見え、話によると海から見た桜も水面に映った逆さ桜もあって綺麗だとか。

 

 春らしい暖かな日差しと風の中、鎮守府の艦娘達が一斉に敷物を広げるなどして花見の準備をしている。朝御飯を食べてそれほどたっていないというのに、これほどまでに艦娘達を支度に駆り立てる花見というのは、よほどここに住むものにとって素晴らしいもののようだ。

 

 

 

 

 今朝のことだ。

まだ辺りが薄暗い頃から食堂では花見料理のお重の用意が進み、司令は執務室のなかで花見に向けて新調したバーベキューセットをあれこれ弄っていた。

 

 いつもは明るくなってから司令と二人揃って仲良く起きる時津風も司令の立てる音にむりやり起こされ、起きてから三十分程経ったというのにまだ寝ぼけていた。

 

「ねえ司令、まだ暗いよ。もうちょっと寝ようよ」

 

 寝巻きのままベッドに腰掛けて司令に声をかける時津風だが、司令は花見が楽しみでしょうがないようだ。良い年した男が何をやっているんだか、と呆れる時津風。

 

「何言っているんだ。明るくなってから準備したんじゃ…」

 

「準備したんじゃ?」

 

「折角の花見の日が短くなるじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 しかし、朝御飯を食べ終えた今となっては司令のようすがまるで違う。

 

 明け方を過ぎた頃から司令の気張りは抜けていき、朝御飯を食べ終えた今は執務室の窓から艦娘たちを眺めつつ、革張りの司令の椅子にくるまれている。

 

「ほら司令、もう準備始まっているよ? 行かなくていいの?」

 

「…ねむい」

 

 一体、うるさいほどだった司令はどこへ行ったのやら。いつものように窓の外を眺めながらうとうとしている。

 

 これだから司令は、全く。

 

「…しょうがないな、ちょっと寝てれば? 準備が終わり次第呼びに来るよ」

 

「あー…頼む。悪いな」

 

 司令は振り返るのも億劫(おっくう)そうに、背中越しに手を振った後、寝室に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令が寝室に入るのを見送ったあと、時津風は他の艦娘と合流して花見の準備に参加することにした。少し回りを探すと初風や雪風、天津風が集まっているところを見つけたので、小走りで向かう。近くに寄ると、みんな大きな箱を運んでいた。

 

「やっほー、みんな。遅くなってごめんね」

 

後ろから声をかけると、三人縦に並んでいた一番後ろの天津風が振り向いた。

 

「おはよう時津風。いまバーベキューの炭を倉庫から持ってきているんだけど、時津風もお願いできる? 時津風が一箱持ってきてくれればそれで全部運び終わるわ」

 

「わかったー」

 

 

 

 

 

 

 

 

海沿いを歩くこと数分して、さまざまな資材やらがまとめておいてある倉庫に着いた。鉄でできた重い両開きの扉はすでに開かれていたので、そのまま中に入る。

 

倉庫の中は採光用の小さな窓が天井近くについているだけで換気されていなかったようだ。よく使うわりには埃が貯まっていて咳き込みかける。

 

暗闇に目が馴れると、他の箱が高くつまれているなか、ひとつだけポツンと地面に置かれている箱を見つけた。なかを開けると炭が入っている。どうやらこれを持っていけばいいらしい。

 

「これ、結構おっきいけど持てるかな…?」

 

思えば艦娘になって以来書類仕事ばかりで力仕事を一切していなかった。この体はみた目通りにか弱いのか、それとも艤装を着けているときと同じように力強いのかわからないが、ひとまず持ち上げてみることにする。

 

「よっ…と…」

 

炭は多少重いが、そこまで苦労することもなく持ち上がった。いま考えれば天津風たちが持てたのだから時津風も持つことができて当然だが。

 

 

炭を花見のところまで持ってきたのは良いがどこにおけばよいかと困って回りを見渡していると、初風が近づいてきた。

 

「時津風おつかれ。そこに置いてくれれば良いわ。雪風と天津風は仕事が終わったからどこかに行ったわ。多分部屋かしら」

 

頭に汗止めの細い鉢巻きをした初風が親切に教えてくれる。

 

「ありがと。もしかして初風は私を待っていてくれたの?」

 

「ん? そうよ。どうせ天津風のことだから何処に置けば良いか言ってないと思ってね」

 

「そうだったんだ。ありがとね、初風」

 

天津風のいたらなさに困った様子の初風だったが、時津風のお礼の言葉に頬が緩んだ。しかし、すぐに顔を引き締める。これでも仲間内ではしっかりした姉と言うことで通っているのだ。

 

「やっぱり、もう少し愛想よくしないとダメかしら」

 

目の前で無邪気に(それこそもと男だった片鱗は全く見えないほどに)笑う時津風を見て考える。

 

この鎮守府で司令を好いている艦娘はなにも天津風だけではない。どの艦娘も程度の差はあれ、何かしらの好意を抱いている。もちろん初風もそれに漏れない。しかし、時津風はあまりにも司令と息が合っているので他の艦娘の入る余地が無いのだ。司令が鎮守府に着任してから艦娘たちは何をやっていたのかという話になるが、それはもう色々あったのだ。結果だけ話せば、艦娘たちの間で「自分から司令には手を出さず、あくまでも司令から告白された場合」のみ司令と付き合うなり何なりしてよいと言うことになった。

 

それがあってから時津風が鎮守府にやって来て、司令が時津風にゾッコンになってしまったのだから他の艦娘にはどうしようもなくなり、認めざるを得なくなった。

 

もっとも、最近は司令と時津風の間柄が多少以前のベタベタなものから和らいだ噂もあり、これを好機に司令に興味をもってもらうべく奮闘している艦娘もいるらしい。

 

 

そんなこんなで、初風も司令の気を引くべくあれこれ考えているのだ。それも他の艦娘に気づかれないように。

 

「どうしたの初風? 初風は今のままで十分かわいいよ?」

 

しかし多くの艦娘からライバル視されている時津風といえば、そんなことも気にせず(と言うよりは気づいておらず)呑気に笑っている。その笑顔に他の艦娘は気が抜けてしまうのだ。話によれば、自分が奮闘しているのが馬鹿らしくなるのだとか。

 

「いや、何でもないわよ」

 

初風は気持ちを入れ換えることにした。時津風になにか言ったところでどうこうなるようなものではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事がなくなった時津風は執務室に戻って司令を起こすことにした。

 

「司令、まだ寝てるかな」

 

すでに時刻は9時を回っている。さすがにそろそろ起きてもいい頃だ。

 

箱の底に付いていた炭で汚れた手を洗ってから執務室を通って寝室に向かうと、寝室に入る扉越しに声が聞こえてきた。思わず足を止め、扉の前で立ち止まり聞き耳をたてる。

 

 

「司令ってこんな顔で寝るのね。なんかちょっとかわいいかも」

 

「確かに。これを時津風は毎日見れるってやっぱり羨ましいなー」

 

どうやら中に居るのは天津風と雪風らしい。仕事を終えたあと、時津風がいない間に司令のところに遊びに来たが、司令が寝ていたので折角だから見に来た、というところだろう。

 

音を立てないようにそろりとドアを開け、顔だけを部屋に突っ込んでみると、天津風と雪風が両脇から司令の顔を覗き込んでいた。

 

そして天津風に声をかけようとしたそのとき、天津風の顔が司令の顔に重なったかと思うとすぐに顔を放し、矢継ぎ早に雪風も顔を重ねた。

 

あまりの光景に時津風は息をのむ。

 

天津風が顔の前に垂れた髪をかき上げて耳にかけようと顔を傾けたとき、視界の隅に時津風が映り、驚いて振り向き、時津風を驚きの目で見る。雪風も天津風につられて振り替える。

 

「時津風!? えっと、どうしたのかしら?」

 

天津風が声を震わせながら言うと、それに続いて雪風も話す。

 

「別になにもやましいことをしていた訳じゃなくて、えっと、寝顔を見ていただけだよ」

 

時津風はそれを聞くと部屋に入って二人に近づきながら、司令を起こさないように声の大きさに気をつけて言う。

 

「……キスするところみたんだけど」

 

天津風と雪風は言い逃れしようとしたが、時津風にみられていたのではそのしようがない。

 

しばらく嫌な空気になったのち、天津風が恐る恐る告げる。

 

「その、提督のほっぺにちゅーしたわよ。でもほっぺよ? 勝手に寝室に入ったことは謝るわ。でも司令のほっぺにするのは許してほしいの。もうしないから。ほんの出来心なのよ…」

 

天津風は目に涙を浮かべながら時津風に弁解する。雪風は時津風を見つけてからずっとうつむいている。

 

時津風はこの手に弱い。男だった頃の影響で、女に手をあげることに抵抗があるのだ。今は同性とはいえ、長年の生活で体に(むしろ心に)染み付いたものはなかなか無くならない。

 

「……もうしないでよ」

 

「うん。ね、雪風」

 

天津風は心底ほっとした様子で雪風も頷いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人が部屋からでたあと、時津風は司令の横にしゃがんで顔を眺める。頬をよく見てみたがキスの跡はみられない。それでもなにか残っている気がして、手で司令の頬をなぞった。

 

「司令……」

 

司令はまだ呑気に寝ている。その顔を見ているといつの間にか頭に上がっていた熱もおさまってきた。それと同時についさっき感じた感情を冷静な頭で振り替えることになる。

 

 

司令の横にいた二人を見たとき、そして司令の頬にキスをしているのを見たとき、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

(あれがもしかして、嫉妬ってやつなのかな…)

 

今までお互いにベタベタだった司令と時津風の間には他の誰も入れず、互いが互いを独占できていた。しかし今回は初めて自分以外が思いの人の、自分よりも近いところに居たのだ。

 

時津風にとっては初めての経験。胸のなかでは女としての嫉妬心と、それに対する男の冷めた感情がぶつかり合う。

 

(べつに、司令の頬にキスされたって、それぐらいで司令との絆が壊れる訳じゃないし。)

 

そうやって自分に言い聞かせ、左手薬指にはめた指輪を胸に抱えるが、それでも思いは止まらない。

 

 

 

 

いっそのこと、自分も司令にキスをしてしまおうか。

それも唇に。

 

 

 

 

そう思って司令の顔を覗き混む。

すると、不思議なことに、急に緊張してきてしまう。

 

司令に思いを告げられ、また自らも思いを告げてから今までに、それこそ数えきれないほど浅い、深い、いろんなキスをしてきたというのに。

 

それなのに、どうしてか今回は違う。

 

一旦顔を上げて立ち上がり、大きく深呼吸をする。

 

ほんの少しだが心が落ち着いたところで、再び司令の顔を覗き混む。

 

 

 

今度こそは。

 

 

 

そう思って目をつぶり、ゆっくりと顔を重ねる。

 

 

 

 

「………あれ、お、おはよう」

 

 

残り数センチで唇が重なろうとしていたそのとき、司令の目が覚めた。

 

驚いて時津風も目を開くと、司令と目が合う。

 

「お、おはよう」

 

突然のことに頭が一杯になり、パニックになる。

 

「とりあえず起きたいから、顔を上げてくれないかな」

 

 

司令がすまなそうに言うと時津風は慌てて顔をあげ、その勢いで後ろによろける。

 

ベッドから起き上がった司令は明らかに様子がおかしい時津風を不思議に思う。

 

「時津風、どうかしたのか?」

 

「い、いや、何にもない。何にもないよ」

 

慌てたように言う時津風は司令の疑問を加速させたが、ここで深追いしても良いことは起きないだろうと考えて話をそらす。

 

「それで、いま花見の準備はどんな感じだ?」

 

司令の強引な話題の切り替えに戸惑いつつも、救われた思いで司令に合わせる。

 

「えっと、バーベキューの準備はすませて、今は準備がだいたい終わっていると思うよ」

 

「そうか、それじゃあそろそろ始めるか。着替えてから向かうから、先に行っていてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜並木のなかでも特に大きな桜のしたで司令を待つこと数分、急いだ様子で司令が鎮守府からでてきた。

 

すでに多くの艦娘たちはそれぞれに割り当てられたブルーシートの上に座り、食べ物や飲み物をもって花見が始まるのを待っていた。

 

「いやー、ゴメンゴメン。すっかり遅くなったな」

 

司令の言葉にどこからかヤジが飛ぶ。

 

「待ちくたびれたぞー!」

 

「早く始めろー!」

 

おそらく戦艦の艦娘達だろう。これには司令も苦笑いだ。

 

一度咳払いをしてから、司令が音頭をとる。

 

「それでは、今年もよろしくお願いします! みんな飲み物はもったか? よし、それでは」

 

 

 

 

 

 

 

「乾杯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司令の音頭を皮切りにあちこちで話が始まる。司令は音頭をとり終わると、時津風を含む駆逐艦のブルーシートにやってきた。

 

「いやー、時津風、朝はすまなかった。お詫びと言ってはなんだが、バーベキューを俺がやるから、好きなものを言ってくれ」

 

 

 

 

 

 

花見が始まってから小一時間経つと、戦艦などの大型艦の方から大声が聞こえてくる。どうやら早くも酒に酔いはじめた艦娘が居るようだ。

 

「司令、お腹も膨れてきたし、少しあっちを見てくるね」

 

「あいよー」

 

司令に一言かけてから、喧騒の元へと向かう。途中、色んな所から食べ物のおすそわけをもらったりして足止めを食らいつつ進む。到着すると予想は的中しており、戦艦の面々が酒の呑み比べをしていた。

 

 

 

「おー、時津風かー、よーくきた。ほら、お前も飲めよー」

 

戦艦のブルーシートに近づくと、すっかり出来上がった武蔵に後ろから引き止められ、肩を捕まれる。駆逐艦と戦艦では身長差もあり、上から見下ろされる形になる。司令にはいつも見下ろされているから馴れているが、秘書艦として机を挟んで話すことはあっても並んで立つことがない戦艦には威圧されてしまう。

 

「いや、私駆逐艦ですし。それに秘書艦なんでちょっとさすがに遠慮します」

 

「そうか…」

 

思わず一足後ずさっあと、せっかくの誘いだが断ると、大層残念がられた。

 

 

肩を落としてどこかに行く武蔵を脇目に進んでいくと、呑み比べをしている大和と金剛、扶桑がいた。

 

目をつけられていざこざが起きないように気を付けながら声をかける。

 

「あのー、一応駆逐艦とかいるのでもうすこーし控えていただけると…」

 

「あー、わかったわかった」

 

しかし、大和がろれつの怪しい声で返事しただけで、他の戦艦は返事すらしない。

 

 

 

 

しょうがないから諦めて司令のもとに帰ると、なぜか司令が正座して、駆逐艦の誰かに膝枕をしている。近くに寄ると、それは暁だった。司令の横には武蔵が座っている。ここからわかることは…。

 

「武蔵が暁に酒を飲ませて、それで暁が寝ちゃった感じ?」

 

司令に向かって声をかけると、司令が首だけ振り替えって応える。

 

「時津風おかえり。実はそうなんだよ」

 

困った顔で、しかし暁の頭を撫でるのをやめない司令。

 

「………もぅ、まったく、司令はしょうがないな」

 

大きくため息をついてから、笑って見せる。

 

「司令、そこまでやったからにはちゃんと最後まで面倒見てね。いま部屋から羽織らせるものを持ってくるから」

 

そう言って鎮守府の中に戻ろうとすると、後ろから誰かがついてくる足音がする。

 

 

 

 

 

建物の中に入ったのち、歩きながら振りかえるとそこには響がいた。外から差し込んでくる日差しに銀色の髪がきれいに光っている。しかし、その表情はどこか暗い。

 

「なんだ、響だったのか」

 

「時津風、姉さんが司令を取っちゃって済まないね」

 

響は時津風に謝るが、本人はそんなに気にしていないような態度をとる。

 

「別に、大丈夫だよ。司令のことだから下心もないだろうし」

 

時津風は明るく振る舞って響を心配させまいとするが、響には通じない。

 

「時津風、あんまり我慢しすぎたらダメだよ。溜め込んだら良いことはないんだから、ちゃんと司令官に言わなきゃ」

 

「我慢なんてしてないよ。大丈夫」

 

響は本当に時津風を心配しているようだ。普段はあまり見せない気遣うような目をしている。珍しい雰囲気の響に調子を狂わされる時津風だが、まずは、と執務室の奥の寝室に向かう。

 

 

 

 

 

 

寝室から洗ったばかりの小さなタオルケットをもって帰ろうとしたとき、響が目の前に立ちふさがった。

 

「どうしたのさ響」

 

「いいかい、今まで時津風と司令官はデレデレの甘々だったから気づいていないかもしれないけど、司令はすごく鈍感だからね。特に女心に対しては。だから、思うところがあるなら言わなくちゃ」

 

真剣な顔で、時津風の肩に手を置いて話す響。

 

「それなら大丈夫だよ。この間ちゃんと『私のことも見てよ』って言ったから」

 

響の言葉を流そうとするが、響は下がるつもりがない。

 

「多分それだと『私にも構ってね』位にとらえられてると思うよ」

 

「それでいいんだよ?」

 

「違うでしょ。『他の艦娘に優しくすると嫉妬するんだから私だけをみて』位のこと言わないと」

 

「別にそんなこと…思ってないし…」

 

自分でも自覚はしている。しかし、認めたくない。嫉妬だなんて、男の時はとても嫌っていたのに。それなのに、今の自分の感情は確実にそれだ。

 

「本当にそうならいいけど。女は嫉妬で生きていくんだよ。そこを偽っちゃダメだからね」

 

響にハッキリと「嫉妬」と言われて、心苦しくなる。

 

 

 

 

結局、花見に戻ってもそれがとれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りがすっかり暗くなり、花見も終わった。みんなで掃除を終わらせると、各々の部屋に帰っていく。時津風も司令と共に執務室に戻った。

 

「いやー、今日は楽しかったな」

 

「そうだねー、司令」

 

司令は花見の最中の時津風の変化にまるで気づいていない様子で、一日を振り替える。時津風もひとまずは相づちをうち、明日の仕事の準備をすすめる。しかし、その胸の内では、一日過ごして溜まった思いが渦巻いている。

 

 

 

 

 

 

しばらくしてから、深呼吸をして気持ちを整えた時津風は思いきって話を切り出す。椅子から立ち上がり、司令の目の前に、机を挟んで立つ。

 

 

「ねえ司令、独占欲の強い人って嫌い?」

 

「なんだ急に?」

 

突然の時津風の会話の内容に驚きを隠せない司令。はじめは何かの冗談かと思った司令も、さすがに時津風の雰囲気を感じて改まる。

 

「その、司令はね、今朝、雪風と天津風に頬にキスされたんだよ」

 

いきなりの時津風の告白。少し間を開けて、更に続ける。

 

「それで、その、なんか嫌な気分になって私もキスしようとしたんだけど、そこで司令が起きちゃったんだ」

 

「あと、司令が暁に膝枕をしてたでしょ。あれもなんか嫌だったんだ。別に司令や暁に非があるとは思ってないよ。そうは解っていても、やっぱり嫌」

 

「こんな、面倒な私は嫌い?」

 

 

司令はいつになく不安げな面持ちの時津風に面食らう。

 

 

「その、私は元々男だったから、そのときは嫉妬とか好きじゃなかったし、自分でも今の自分は嫌なんだけど、でも、やっぱり、どうしても抑えられないんだ」

 

 

 

今までにない出来事に困った司令は、先ずは謝ることにする。

 

「ごめんな」

 

「謝るなら、その、態度で示してよ」

 

しかし、時津風もそんな言葉を求めているわけではない。勿論司令もそのくらいはわかる。涙目の時津風に上目使いで見つめられては、司令としても思うところは多い。

 

 

 

ここまで来て、ようやく司令は腹をくくった。椅子から立ち上がり、時津風の方に回る。司令の動きに動揺した時津風は司令になされるがまま、背中を押されて寝室に誘導された。

 

 

ベッドの前までやって来ると司令は時津風を自分の方に向け、そしてベッドの上に押し倒した。

 

 

「ちょ、ちょっと司令、待って」

 

「なんだよ。お前が態度で示せって言ったんじゃないか」

 

「それはそうだけど、それは、えっと、私にもキスしたり膝枕したりしてよってことで…」

 

「そんなこと言われても、俺だってもう引けないんだよ」

 

時津風は今になって、司令の顔をみた。その目はまるで獲物を追い詰める獣のような目だ。

 

「ついこの間、お前に言われたばかりなのに、本当にごめん。でもやっぱり俺はみんなに優しくしたい。だから、俺はお前にキスも、もっと特別なこともいっぱいしてやるから」

 

司令の宣言に今度は時津風が面食らう。

 

「え、えっと、司令…いつもと雰囲気が…」

 

「それに、お前が嫉妬してくれると聞いて、お前には悪いが俺はお前に嬉しかったよ。俺のことをそれだけ思ってくれているんだからな」

 

「し、司令…?」

 

「だから、俺もはっきりさせておくぞ」

 

そこまで言うと、司令は時津風に覆い被さり、今にもキスしそうなほど顔を近づける。顔の横には司令の手があり、顔を背けることもできない。時津風はいつもならなら思わず目をつぶりそうになるところだが、それよりも司令の豹変ぶりに驚いて目を見開く。

 

「時津風、お前はずっと俺のものだ。そして俺もお前だけに特別にするから」

 

「は、はぃ…」

 

司令の勢いに押され、更にその内容で時津風の頭のなかはいっぱいいっぱい。返事をするのがやっとだ。目の前に司令の顔が広がり、互いの息が顔に当たる。時津風の鼓動は早くなり、今にも顔から火が出そうだ。

 

 

その後も、時津風はずっと、司令のペースにのせられっぱなしだった。もちろん、キスだけで収まるわけがないのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。時津風は腰のだるさと共に起き上がる。

 

「もしかして、司令の方が独占欲強いんじゃ……」

 

 

 



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時津風、司令にお供する。

みなさんお久しぶりです。一話にまとめようと思ったものの話が広がったので、前後編にします。後編が意外と短くなったら一定期間分けて投稿したあと一話にまとめるかも知れません。


 それはある雨の日の事だ。6月を迎えすっかり暖かくなり、もうすぐ夏が来ることを感じさせる頃、昼下がりの執務室。それぞれの机に体を投げながら話している。

 

「それじゃあ、一週間も帰ってこないの?」

 

「まあ、そうなるな。鎮守府は頼んだぞ。正直、時津風は俺と同レベル位には艦隊の指揮を執れるんだ。遠征とかの予定も任せるから、よろしく」

 

「あー、うん。分かった」

 

 昼食を食べ終わって一休みしているとお偉いさんからのラブコールが。急な出張が鎮守府にやって来たのだ。ケッコンカッコカリをしてから初めての出張。今まで司令にベッタリだった時津風は不安を(つの)らせる。

 

「ところで、ちょっと前にも出張があったけど、何しに行ってたの?」

 

 何とはなしにそう聞くと、司令は頬を掻いてそっぽを向く。あまり言及されたくない事だったらしく、つっかえながら言う。

 

「あー、あれはな、カッコカリの申請を出しに行ってたんだよ」

 

「へ?」

 

 思わぬ返答に時津風は動揺を隠せず、同じくそっぽを向いて言う。

 

「そ、そうだったんだ。ふーん。じゃあ、もうその時からその気(・・・)はあったんだ。もっと早く気づけば良かった」

 

「……そうなるが、どうしてだ?」

 

「だってさ、せめてクリスマス前に告白とかしてたらさ、その、いい感じでクリスマスを過ごせたかもしれないじゃん?」

 

 時津風からの思わぬ好意にどもってしまう司令。相変わらず時津風には弱いままだ。特に不意打ちとなると。

 

「そ、そうだな。うん。今年のクリスマスでリベンジだな」

 

「だね」

 

 時津風の何気ない一言一言が司令の古傷を(えぐ)っていくが、本人にはそのつもりはないようで、司令一人で耐えることになる。

 

「ところで、今回は何をしに行くの?」

 

 話題が変わったことに安堵した司令は、体を起こして伸びをする。

 

「ちょっとした会議だよ。毎年この時期にあるんだ。来年の大きな行事だとか予算だとかが今から少しずつ決められていくんだ。あとは直近の行事の確認とか変更とかだね」

 

「なるほどねー。ちなみに、直近の行事って?」

 

「7月にある夏祭りだな。一般の人に鎮守府を開放して行うんだ。艦娘が出店をやるから毎年かなりの人が来る、一大行事なんだよ」

 

「なんか楽しそうだね、それ」

 

 司令の言う夏祭りとは、毎年7月下旬に鎮守府で行われる行事で、一般の人に向けた海軍側のPR活動を兼ねたものだ。普段艦娘にあまり接しない一般の人に艦娘をより身近に感じてもらうため、また、活動内容の紹介をするために行う展示会や講演会等が前身となっているが、今ではすっかりお祭りの出店や艦娘の出し物が主役になっている。

 

「出店以外にも模擬戦闘とか色々見世物があるから、かなり盛況なんだ。あ、その辺の指揮も一部任せるからそのつもりで」

 

「え、まじで? めんどくさそう…」

 

「まあ、なんとかなるさ。ほら、そろそろおやつが来るぞ」

 

 ちょうど司令がそう言った時、執務室のドアがノックされる。

 

「三時のおやつをお持ちしました」

 

「お、きたきた。入ってくれー」

 

 部屋に入ってきたのはワゴンを押す間宮さん。うちの鎮守府ではおやつが執務室にワゴンで運ばれ、その後食堂で艦娘に配られる。そのためワゴンがおやつの合図になり、音が聞こえると艦娘たちは各々の部屋から一斉に食堂に向かうのだ。

 

「お、今日は葛切(くずき)りか。いいねぇ」

 

「冷たいですよ。お早めにどうぞ。それでは失礼しますね」

 

 司令の机の上に置かれた二つの器。それに引き寄せられるように時津風は椅子をもって机の前に行く。

 

「やっぱりご褒美は必要だよね、うん」

 

 

 

 

 今日もゆっくりと時間が過ぎて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、司令が出発すると言うので迎えの車まで送っていく事にした時津風。今回も司令の荷物持ちをしている。

 

「よし、この辺でいいぞ。じゃ、いってくるわ」

 

「うん、行ってらっしゃい、司令」

 

 前回はなかなか荷物を離さなかった時津風だが、今回は素直に渡す。それが意外だったようで、司令は少し受けとるのが遅れる。

 

「また前みたいに鞄を放さないのかと思ってたけど、違うんだな」

 

「そりゃそうだよ。何て言ったって、これがあるからね」

 

 そう言って左手を掲げる。そこには薬指にためた指輪と手首のブレスレットが。

 

「二つもお揃いのがあるんだからね。もう安心だよ」

 

 そう言って笑う時津風。不意打ちの笑顔に、司令はまたもや意表を突かれる。

 

「そ、そうだな。うん。じゃ」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 

 

 司令に手を振って見えなくなるまで見送ると、ブレスレットにそっと右手を添えてから気合いを入れる。

 

「よし、やるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令が出張に行った初日は特にこれと言った問題もなく、スムーズに仕事を進めることができた。1日の仕事が晩御飯ギリギリに終わると同時に初風以下我らが駆逐隊が執務室に晩御飯のお誘いに来たので、それに連れられていく。

 

「あー、やっと終わった…これで初日とかキツすぎ…」

 

「何であんたはそんなに疲れてるのよ。行儀悪いからご飯の時くらい姿勢をただしなさいな」

 

「そうは言ってもね天津風、さすがに司令と私の二人分を一人でやるのはきついって…。明日からやっていけるかな…」

 

「雪風が手伝いましょうか!!!」

 

「あーうん、すごく嬉しいんだけど今はちょっと休ませて…」

 

「程々にしなさいよ。これから先長いんだから」

 

「あいよ初ねぇ(初風)

 

 

 

 夕食を終えて執務室に戻ると、真っ直ぐベッドに突っ伏す。

 

「だあぁ…疲れた…。もう寝よう。このまま寝よう」

 

 ちょうどいい体勢を探ってごろごろすると、手首のブレスレットが目に入った。

 

「そういえばこのブレスレット、ペアだって司令は知らない風にしてたけど、そんなのあり得る? 確信犯じゃないの?」

 

 どうして今まで気にならなかったのだろうと思いながら見つめるが、やがて睡魔が勝つ。結局、着替えもせず布団にも入らないままうつ伏せで寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、10時を回った頃、時津風は未だにベッドで寝ていた。普段なら司令が起こしてくれるところだが、今回はそうも行かない。ならば他の艦娘が起こすかとなると、それも無かった。鎮守府の艦娘一同は秘書官である時津風が毎日頑張っていると思い、たまの寝過ごしを許したのだった(等の本人の時津風は仕事を苦にしていないのだが、それはまた別の話)。

 

 そういう訳で時津風が誰にも何にも邪魔されず寝ていると、執務室の扉が開く。

 

「あれ、時津風居ないのか」

 

 入ってきたのは昨日出張に出掛けたはずの司令だ。カーテンが閉まったままの執務室を不思議に思いながら進み入り、寝室に入る。そこにはぐっすり眠っている時津風が着替えもせずに寝ていた。ただでさえ色々と危ない服装をしているのにそのままベッドに横になっているので、それはもう、不味いことになっている。

 

「こんな時間まで寝ていたのか…全く…」

 

 思わぬ事態に呆れながらも時津風に声をかけて起こそうとするが、一向に起きる気配すらない。そこで、仕方がなく(・・・・・)服装を出来るだけ現状より乱さないように気を付けながら肩を揺する。

 

「おい、時津風、もうとっくに朝だぞ。起きろー」

 

 (しばら)く揺すり続けるとようやく目が覚めたようで、身動(みじろ)ぎする。

 

「んぁ……しれぇ…?」

 

 寝ぼけている時津風は目の前にいる、いないはずの司令に混乱する。

 

「あれ、しれぇ出掛けたんじゃ…?」

 

「ほら起きろよ。もう10時だぞ」

 

 寝ぼけ眼の時津風は働かない頭で現状をつかもうとした。その結果下した判断は、これは夢だというものだった。

 

「しれぇ…」

 

 司令に一言声をかけると、時津風を覗き込むようにしている司令の肩をつかんで抱き寄せた。胸元に顔を押し付けて抱きつく。

 

「えへへ…しれぇのにおいだ…」

 

「ちょっ…時津風、いい加減起きろ…」

 

 司令の問いかけに初めは反応しなかった時津風だが、次第に目が覚めてくると司令を放した。自分が何をしていたのか理解したようだ。

 

「えっと、夢じゃない感じ、なのかな?」

 

「残念ながら夢はとっくに終わってるぞ」

 

 司令の言葉で(ようや)く目の覚めた時津風は急いで身支度を済ませ、ご飯を食べて出発の準備をした。

 

 

 

 

 

 

「私たちがいない間の予定表はこんな感じでいいかな?」

 

「うん、良いんじゃないかな」

 

「よし、あとは服だけかな。……なにか希望とかある?」

 

「希望って…?」

 

「いや、だって一泊はするんでしょ? なにかあるのかなって」

 

「………じゃあ黒のネグリジェを」

 

「おっけー、入れておくね」

 

 

 

 

 司令と一緒に鎮守府を出ると、お迎えの車が来ていた。黒塗りで、高級なのが車を知らない時津風にも一目でわかるほどだ。車に近づくと向こうもこちらに気づいたようで、運転手さんが降りてきてドアを開けてくれた。

 

「…もしかして司令って結構偉い?」

 

「………今更かよ」

 

 

 

 車に乗ること小一時間、駅に着くともうお昼時になっていた。これから先の電車も長いらしいので、ここで弁当を買っていこうと司令と一緒に駅の売店を回ると、周りから視線を感じる。

 

「ねえ司令、なんか見られてる気がするんだけど」

 

「そりゃあ提督と艦娘なんてそうそうお目にはかからないからな。最近はテレビで広告を出してるから、最近は艦娘も浸透してきたけど、それでもまだ珍しさはあるみたいだ」

 

 確かに、その目線は(いぶか)しんだり敵視したりするものではなく、単に物珍しいと言ったようすだ。

 

 弁当を買って改札を抜けると、ちょうど電車が来ていた。電車の乗り方など前世でよく知っている時津風は真っ直ぐ最寄りのドアから乗ろうとしたが、司令が手を引き留めた。

 

「どうしたの?」

 

「俺たちはグリーン車だからこっちだ」

 

 そう言って、乗ったことの無い指定席の車両に連れていかれる。二十年近く生きていて一度も電車の指定席というものに座ったことのなかった時津風は少し心踊るところがある。しかし、それを面に出しては些か子供っぽすぎるので、顔に出さない様に努める。

 

「なんだ、指定席は初めてか? そんなに珍しいものでもないだろうに」

 

 まあ、できるとは言っていない訳で。

 

 電車に揺られること30分。景色が海沿いののどかなものから都市の騒がしいものに流れていく。それにしたがって通路から見える自由席の乗客の年齢も若くなっていく。今まで精々鎮守府のすぐそばにあるショッピングモールにしか出掛けたことがなかった時津風には、前世で経験しているとはいえ、都市の空気は目新しいものだ。

 

「うわー、高い建物がいっぱいだねー…」

 

「ここはいろいろな企業や軍の本部が集まっているからな。ちょっと歩けば若者の町も近いから人も多いんだ。ほら、次の駅で降りるぞ」

 

 司令について電車を降り改札を抜けると、遠目に見ていた建物が眼前にそびえ立つ。それは鎮守府より高い建物を見てこなかった時津風には、身長も低いせいか、今にも襲ってきそうにさえ思える。都会の空気は海辺の鎮守府と比べて煤けていて、心なしか空も色()せているようだ。地面からの太陽の照り返しが、まだ夏前だというのに、肌を焦がす。

 

 司令のあとを数分ほど追うと、ガラス張りの建物の中に入った。自動ドアを抜けると、冷気が中から溢れ出してくる。時津風の服装は実質的には布を羽織っているだけのようなもので腰で結んですらいないため、裾から入ってくる冷気がお腹まで届いてくるのだ。

 

「寒っ…何ここ、冷房効きすぎじゃないの?」

 

「確かに、ちょっと寒いな。俺がながズボンと長袖でこれなんだから、時津風はきついだろ。すまんがちょっとの間我慢してくれ」

 

「もちろんそのつもりだけど、こりゃあ鎮守府にもクーラーつけないとね? 慣れるために」

 

「何いってるんだよ、んな金あるわけ無いだろ。そんなのはお前もわかってるだろうに」

 

「うちは貧乏鎮守府だもんねー。予算は結構あるはずのに、どっかの誰かさんが一杯もっていっちゃうもんねー」

 

「はいはい。仲間の不満はその位にしておいて、会議室行くぞー」

 

「あいよー」

 

 

 

 

 

 

 ビルの中を進んでエレベーターに乗り、会議室に着くと、司令が前置きを言う。

 

「わかっているとは思うけど、これから会うのは全員俺よりもお偉いさんだからな。粗相の無いようにしろよ。まあ、駆逐艦だから多目に見てくれるとは思うけど。年もそこまで変わる訳じゃないしな」

 

「もちろん大丈夫だよ。そのくらいどうってこと無いって」

 

「よし」

 

 いつになく緊張した様子の司令はひとつ深く呼吸をすると、ドアをノックし、中に入った。

 

「失礼します」

 

「お、やっと来たか。待ちくたびれたよ」

 

 司令のあとに続き部屋にはいると、円形の机の回りに3人の男が座っていた。恐らく他の鎮守府の提督なのだろう。それぞれの横には艦娘が一人ずついるのは秘書艦だろうか。どの娘も我が鎮守府にはいない子だ。この世界では鎮守府の間での艦娘のかぶりは無いのかもしれない。奥から吹雪、卯月、夕立が提督の横に控えている。

 

「お、その子がうわさの秘書艦か。そういえば会うのは初めてだったか」

 

 入り口から一番遠い席に座っていた人が声をかけて来た。恐らくこの中で一番偉い人なのだろう。歳は30代半ばと言ったところか。人当たりの良さそうな人だ。他の提督も20代後半位で、どの人も比較的若い。

艦娘自体新しいのもあって、それに携わる人の年齢層も若いようだ。

秘書官は司令に次ぐ鎮守府の顔。失礼の無いように自分の知っているなかで一番丁寧な挨拶をする。

 

「は、はい。お初にお目にかかります。陽炎型駆逐艦10番艦、時津風です。よろしくお願いいたします」

 

 そうやってお辞儀をしてから顔をあげると、声をかけて来た人を含めて3人全員が差はあれども驚いていた。

 

 何か不文律にでも触れたのかと内心焦りながら様子をうかがうと、意外な言葉が司令にかけられた。

 

「田中くんさ、この娘は駆逐艦…なんだよな?」

 

「はい、正真正銘駆逐艦です」

 

「ちょっと大人びすぎてない? もうちょっと元気な方が駆逐艦っぽいと思うんだが。いや、別に時津風が悪いわけでは無いしむしろ凄いのだが、なんか調子狂うな…」

 

「そうですか? だってさ、時津風」

 

 急に司令に話を振られて戸惑うが、とりあえず何か言わなければいけない。

 

「えっと、それじゃあ改めて、時津風です。よろしくお願いします」

 

 その場しのぎに一先ず挨拶をしてみたが、やはり反応はいまいちだ。急に元気に振る舞えと言われてもなかなか切り替えが難しい。

 

「うーん…。田中くん、君のとこのはいつもこんな感じなのか?」

 

「自分以外の大人に会うのは艦娘除いて初めてなので、接し方が掴めてないんじゃないですかね。いつもは普通ですよ」

 

「ふむ、そうか。よしわかった。それではそろそろ打ち合わせを始めようか。吹雪たちはいつものところで遊んできて良いぞ」

 

 いつもの、と言うことは割りと頻繁に艦娘をつれた会議は行われているようだが、時津風には初めてのことなので勝手がわからない。

 司令が席に座るのを見送っていると、秘書艦たちが時津風に近づき、吹雪が手をとった。

 

「こっちだよ。行こ?」

 

 吹雪につれられて部屋を出て暫く廊下を歩くと、『待機室』とかかれた部屋の前についた。

 

「ここでいつも司令官達が話している間待ってるんだ」

 

 そう言いながら扉を開けて入っていくのについていくと、なるほど、なかなか整っているようだ。テレビやら漫画などが並べてあり、ソファーも置いてある。ここならゆっくりできそうだ。

 

「それじゃあ自己紹介していこっか。私は呉の吹雪だよ」

 

「佐世保から来た卯月だぴょん」

 

「舞鶴から来た夕立よ」

 

「横須賀から来た時津風だよ。よろしく」

 

 挨拶をしたあと好きなものや趣味など、一通りの自己紹介をしたところで新入りの時津風への質問の時間がやって来た。

 

「いきなりだけど、時津風ちゃんはどうして司令官とケッコンしたの?」

 

 最初の質問にして中々突っ込んだことを聞いたのは四人の中で最も秘書艦歴の長い吹雪だ。質問された本人は言葉を聞くなり耳まで紅く染まり、質問を質問で返す。

 

「ケッコンって、カッコカリでしょカッコカリ!」

 

「そうだけど、ケッコンには違いないでしょ? 大丈夫、私たちは全員ケッコン済みだし、気兼ね無く話して良いよ。惚気話でもなんでもござれ」

 

「いや、そう急に言われても…」

 

 答えに困り回りに助けを求めようと吹雪の横にいる卯月に視線を向けると冷徹な一言が。

 

「うーちゃんも知りたいぴょん」

 

 何が『ぴょん。』だ、可愛い子ぶるんじゃない、何て思いながら夕立にも視線を向けると、やはり代わり無い答え。

 

「あたしも知りたいっぽい」

 

 時津風、万事休す。全員に言われてはもはや洗いざらい吐くしかない。

 

「わ、わかったよ、話すよ…」

 

「それじゃあ先ずはなれ初めから話すぴょん」

 

「えっと、私は海で救出されたらしいんだけど――――」

 

 

 

 

 

 提督には秘密の秘書艦談義は、まだ始まったばかり。



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時津風、司令のお供する。その後。

ヒャア!もう我慢できねぇ! こんな時間だが投稿するぜ!


 秘書艦三人が時津風の異常さに気づいたのは、会話が始まってからそう時間の経っていない頃のことだ。吹雪と夕立、卯月と時津風に分かれて二つの二人がけソファーを向かい合わせて座って話し、話題がケッコンカッコカリにまで進んだ頃。

 

「それで、時津風はどんな功績を挙げてケッコンしたんだぴょん?」

 

「功績も何も、鎮守府に着任してからずっと秘書艦だったから、別になにもしてないよ?」

 

「わざわざ隠すなんて、そんなに凄い功績っぽい?」

 

「いや、本当にずっと事務仕事ばっかりやってたんだって」

 

「それでそれで? 私も時津風ちゃんが何したのか知りたいよ?」

 

 時津風は三人に一言づつ言われて、漸く何かがおかしいことに気づいた。

 

「えっと、ちなみに、皆はどんな功績を挙げてケッコンしたの?」

 

 願わくば予想が外れてほしいと祈りながら時津風が聞くと、三人は不思議がったあと、一人づつ話していく。

 

「私は地道に戦績を積み重ねていって、司令官とお付き合いし初めて1年半位経ってやっとお許しが出たよ」

 

「うーちゃんの時は連日連夜深海棲艦が襲来したときに頑張って全部一位の撃破数をとって、それで認められたぴょん」

 

「あたしは吹雪と同じかな。結構時間かかったっぽい。それで、時津風は?」

 

 嫌な予想ほど当たるとは言うが、まさかここに来て当たるとは思っていなかった時津風は、声も縮こまって言う。

 

「その………これと言って戦績は挙げてない…よ」

 

 その台詞を聞いたとたん、場の雰囲気が一変する。あまりの変わりように怖じ気づくが、そのまま続ける。

 

「だ、だって、そもそも海に出たことはあるけど戦闘したことはないし、砲だって撃ったこと無いし、本当にずっと事務仕事しかやったこと無いんだって」

 

 自分の言い分を言い終わったあとに中々続く人が出ず、少しの間無言が場を支配したあと、ゆっくりと卯月が最初に口を開く。

 

「………やっぱり変わり者のしれいかんには変わり者の秘書官が就くってことだぴょん。功績がない艦娘が指輪を貰えるなんて普通はあり得ないぴょん」

 

「時津風ちゃん、ケッコンカッコカリって言うのはね、ある一定の功績を挙げた艦娘に司令官がご褒美として与えるものなの。少なくとも建前上は。だから、指輪を持っているってことは、それだけで『何かしらの功績を挙げた凄い艦娘』って証になるの」

 

「しかも、指輪を渡すためには勿論本部、つまり今会議に出てる提督さんの全員から承諾を得て指輪を作って貰わなきゃいけないっぽい。つまり、時津風は大して功績も挙げてないのに指輪をもらえたってことは、あなたの提督さんが相当苦労して他の提督さんを説得したことになるっぽい」

 

 三人の話を聞けば聞くほど自分のおかれている状況が異常なことを理解していく時津風には、今までずっとはめていた左手の指輪が何故だかとても恐ろしいものに感じてくる。

 

「でも、それならどうして私の回りの艦娘たちは私がケッコンしたときにそう言うことを指摘してこなかったわけ…?」

 

「そりゃあ、横須賀鎮守府には時津風が秘書艦になるまでずっと秘書艦がいなかったから、ケッコンカッコカリの仕組みもよく分かっていなかったんじゃないかな」

 

「秘書艦のいない鎮守府なんて本当におかしな話だったぴょん。でも艦娘を一度も戦闘に出さないで秘書艦にしてケッコンまでするなんて方がもっとおかしな話だぴょん」

 

「少なくとも、時津風は相当提督さんに愛されてるっぽい」

 

 三人は本当に苦労してケッコンして指輪を貰ったと分かり、自分が大して苦労もせず貰ったのが心苦しくなる時津風。その一方で、そこまでして指輪をくれた司令に心から感謝をすると共に、ますます司令のことが好きになった。

 

 

 

 

 

 それからというものの、話題はそれぞれがケッコンするまでの苦労話に切り替わった。しかし、三人の話す言葉がどれも時津風に突き刺さり、ますます立場がなくなっていく。あまりの居心地の悪さに、時津風はとうとう『禁断の台詞』を言ってしまった。

 

「お願い、私が異常なのはわかったからこの話はもう勘弁して…。他のことなら何でも(・・・)話すから……」

 

 そう言った瞬間、三人の目が光り口元がつり上がる。

 

「……ねえ卯月ちゃん、いま時津風は『何でも』話すって言ったよね?」

 

「言ったぴょん。しっかり聞いたぴょん」

 

「時津風、覚悟するといいっぽい」

 

 突然の三人の変わりっぷりについていけなかった時津風だが、自分が口走ったことを反芻するうちに、その重大さに気がつき、からだの熱が一気に冷める。

 

「えっと、その、何でもとは言ったけど、常識的な範囲で…」

 

「時津風ちゃん、『何でも(・・・)』って言ったよね?」

 

 時津風が何とか逃れようとするが、この中で最も秘書艦になって長い吹雪が、時津風に詰め寄りながら諭す。

 

「その、常識的な…」

 

「言ったよね?」

 

 言い返そうとするが、顔を吹雪に近付けられて思わず後ろにのけぞる。ソファーの背もたれに頭が沈みこんでもなお吹雪が顔を近付け、目が笑っていない笑顔で問いかけてくるので、もはや時津風には打つ手がなくなった。

 

「………はい。言いました」

 

 言質をとったとばかりに機嫌よく自分の席に戻った吹雪は、とんでもないことを言い出す。

 

「それじゃあこれから、私たちが一人ずつ時津風に質問していくから、全部に正直に答えること」

 

「ちゃん」を付けずに呼ばれた時津風はなにも言えずにすぐさま(うなず)く。

 

「よしよし。まずは私からね。それじゃあ、初めてのときってどんな感じだった?」

 

「え!? え、えっと、それは、その……」

 

 いきなりの吹雪の質問に青ざめていた顔を真っ赤にして口ごもる時津風。ある程度眺めて満足した吹雪は話を進める。

 

「あれ、時津風、私は初めての『ハグ』について聞いたつもりだったんだけど、なにと勘違いしたのかな~?」

 

「へ!? えっと、えっと…」

 

「まあ良いよ。ほら、初めて抱いて(・・・)貰った時はどうだったの?」

 

 明らかに確信犯の吹雪に良いように扱われる時津風。小さな女の子に手玉にとられ、完全に動揺している。

 

「わ、あわわ、えっと、その、なんか暖かくて、包まれて、なんか良い臭いとかしてました!」

 

「じゃあ次は卯月だぴょん。『初めて』……のキスはどんな感じだったぴょん? どっちからだったぴょん?」

 

「き、キスぅ!?」

 

「キスも知らないぴょん? チューする事だぴょん」

 

「それは分かっているけど、えっと、自分からしました! なんか顔を近付けたと思ったら柔らかくて、いつのまにかベッドに寝てました!」

 

「じゃあ夕立の番っぽい。提督さんとの『初めて』はどうだったっぽい?」

 

「えっと、何の初めてでしょうか…」

 

「…初めてと言えば普通はひとつしか無いっぽい。わざわざ言わせるの?」

 

「ひっ、はい! わかりました! えっと、痛かったけどそれ以上に嬉しかったです!」

 

「それじゃあ吹雪の番ね」

 

「に、二週目もですか…?」

 

「誰か一周って言ったっけ?」

 

「言ってないですごめんなさいぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまたせー、会議終わったぞー。って吹雪、なにかあったのか?」

 

「いえ、なにもないですよ司令官」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、提督たちの会議が終わるまで3時間ほど続けられた容赦の無い質問は、時津風に秘書艦の間の序列を叩き込むのに十分だった。

 

 

 所は変わって会議したビルから歩いて30分ほどのところにあるホテルで司令官と時津風はくつろいでいた。鎮守府はどの部屋も洋室なので、たまの気分転換にと司令は和室を予約していた。翌日の午前中にも会議があるそうで、それを聞いた時津風はまたあの中に行かなくてはいけないと恐れたが、顔を見せるだけと聞くとホッと息をついた。

 

「どうした時津風。何かあったのか?」

 

「ううん、ただ、どこの世界にも順番ってあるんだなって」

 

「そりゃそうだ。特に吹雪はあの中では最古参だからな。明日は資料を貰ってくるだけだから、すぐ終わるさ」

 

「うん。そうだね」

 

 安心した時津風は座椅子の背もたれに寄りかかり、大きく伸びをした。

 

「あー疲れた…、しれー、ちょっと寝るからご飯の時間になったら起こしてー」

 

 そう言うと、座椅子から座布団をとって二つ折りにし、枕がわりにして横になる。どこか懐かしい畳の香りが心を静めてくれる。

 

 

 暫く休んでいると、ふと思い付く。

 

「そういえば、今日の会議って何したの?」

 

「だから、夏祭りの打合せだよ。前にも言ったろ?」

 

「あれ、そうだっけ。なにか決まった?」

 

「とりあえず、それぞれの鎮守府で共通してやることは決まった。艦娘の模擬戦闘と林檎アメの出店な」

 

「模擬戦闘はわかるけど、何で林檎アメ?」

 

「やっぱり祭りと言えば林檎アメだろ! としつこく主張する奴が居てな」

 

「なるほどねー」

 

 雑談のあとは静寂が部屋を支配する。しかし、不思議と心地よい。さっきとは違って。やっぱり私には司令だな、なんて思っていると、いつの間にか眠りについていた。

 

 

 夕食は豪勢な部屋食だった。いつも通りに司令と向かって食べてはいるが、服装が今日は浴衣であるせいか、妙に目新しかった。数々の小鉢に箸をつけていくと、半分を過ぎた辺りでお腹がいっぱいになってしまった。しょうがないので司令にあげると、元からの自分の分も合わせて全部平らげてしまった。妙なところで成人男子の司令と幼い女の自分の違いを意識することになった。

 

 

 晩御飯も食べ終わり、少し休むと仲居さんが布団を敷いてくれた。そのときは二枚の布団が敷かれようとしたのに、司令が『一枚でいいです』なんて言うから、仲居さんはやってはくれたものの、内心驚いていたに違いない。仲居さんが居なくなってから司令になぜそんなことを言ったのか聞くと、いつも同じベッドに寝てるじゃないか、とまるでこちらがおかしいかのように言われた。たぶん私の方が普通のはずだ。

 

 

 

 お腹も落ち着き、やることもなくなったので司令と一緒に布団に入った。妙に気恥ずかしくて、司令と背中合わせになった。

 

 そのまま寝ようかと思ったが、昼間の出来事を思い出した。まさかあんな事やこんな事まで根掘り葉掘り聞かれるとは思っていなくて翻弄されたが、最後には皆祝ってくれたので、何だかんだで優しい人たちだった。

 

 

 一日を振り替えると、伝えたいことができた。普段なら気恥ずかしくて言えないようなことだけれど、お互いの顔が見えない今なら言える気がする。

 

「…ねえ、司令」

 

「なんだ?」

 

「昼間に秘書艦の皆から聞いたんだけどさ、その、ケッコンって本当は凄く大変なんだね」

 

 意を決して言うと、司令は返事をしない。どうやら、最後まで聞き役に徹するつもりのようだ。

 

「みんな大好きな司令とケッコンするためにいっぱい頑張って、ようやく手に入れるような、大切なものだったんだね」

 

「ねえ、司令、私ね、初めてそれを聞いたとき、とってもビックリしたんだよ? でも司令が指輪を貰うためにその分頑張ってくれてたんだなって思うととっても嬉しかった」

 

 口に出せば出すほど、次から次へと心の底から湧いてくる温かい思いが自分を包み込む。そして、一番言いたいことを、最後に告げる。

 

「司令、変わり者の私を選んでくれてありがとう。司令に出会えて良かった。これからもよろしくね。……大好きだよ」

 

 

 

 今一番伝えたいことを伝えると途端に今までの恥ずかしさが込み上げてきて、布団に潜り込む。

 

 

 暫く経って、もしかして司令は寝てしまっていたのかと思い始めた頃、ようやく司令が口を開いた。

 

 

「時津風…」

 

 そう呟くと、司令は寝返りを打って体を時津風の方に向け、そっと抱き締める。予想だにしない行動に思わず体を震わすが、すぐに落ち着いて体を委ねる。

 

「俺の方こそ、時津風に出会えて良かったよ。初めは本当に驚いたんだぞ? 可愛い娘だなって思ったら元男だなんて言うんだから」

 

 司令の発言に再び体を震わす時津風だが、司令は抱く力を少し強めて続ける。

 

「でも、俺は時津風の今までを全部含めて、大好きなんだからな。俺はお前がその姿になる前のことも、全部肯定する。その姿の前の頃のお前があってこそ、今のお前があるんだからな」

 

 そこまで言うと自分の体の下に強いていた腕で時津風の頭を撫でながら続ける。

 

「正直なことを言えば、元男だからこそ、気兼ねなくおまえと話せたんだ。そして、それがあったからこそお前のことを良く知れたし、想いを伝えるところまで行けたんだ。全部お前のお陰だよ、時津風」

 

 

 司令の想いを聞き届けた時津風は、優しく司令の腕を解いて、面と向かう。

 

「ねえ司令」

 

「なんだ?」

 

「大好き」

 

「ああ、俺も大好きだぞ、時津風」

 

「ここまで来て捨てたらただじゃおかないから」

 

「お前を捨てるだなんて俺ができるわけ無いだろ。二人といない、最高のパートナーだ。死ぬまで付き合ってもらうぜ」

 

「こっちこそ。覚悟しておいてよね」

 

 其処まで軽口をたたきあうと、時津風は、胸元を顔を埋め、司令は優しく撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして夜は穏やかに過ぎていった。



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時津風、初めての夏。

いつの間にかお気に入りが900を越えている…だと…?
1000目前じゃないですかやったー!

今回は一万字越え。どうしてこうなった。

ではではごゆっくりお楽しみくださいませ。


「………暑い。ねえ司令、暑い」

 

「分かってるって。俺だって暑いんだよ」

 

 いよいよ夏本番を迎えた横須賀鎮守府。時津風にとっては初めての夏だ。あまりの暑さに耐えかねて私服を許可した秘書艦『時津風』とその司令も、例年以上に続く猛暑には太刀打ちできない。『いよいよ夏がくるのか』と感慨深かったセミの鳴き声も、今や耳障りなばかり。海風は肌をべたつかせ、溢れる汗は髪を張り付かせる。

 

「ねえ、なんか涼しくなるようなものは無いの? クーラーがないなら扇風機とかさ」

 

「扇風機は倉庫から引っ張り出してきて使ってただろ。……もう壊れたけど」

 

「じゃあ風鈴は?」

 

「去年やったけど、反ってセミの鳴き声がうるさく感じてダメだった」

 

「じゃあ冷たい飲み物とか」

 

「さっきお前にやった氷がうちにある最後の一個だ。今作ってるけど時間はかかる」

 

「それじゃあ…えっと…」

 

 何か現状の打開策は無いかとあれこれ並べてるが、そのどれもが既にやった物ばかりで、一向に出口が見えない。

 

「もう考えるのをやめようぜ。余計に暑く感じてくる」

 

「じゃあ、もういっそのこと外に出て暑さを一身に浴びるとか?」

 

「…………それだ」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………と言うわけで、水着が必要になった」

 

「そう。持ってるわよ」

 

「いや、そうじゃなくて。私は持ってないから何買えばいいか頼んだ、天津風」

 

「はぁ、そう」

 

「いや、マジで頼むって。女物の水着とかさっぱりわからん」

 

 所変わって第十六駆逐隊の部屋。全く勝手の分からない時津風は姉妹達を頼る他無い。

 

 こうなった原因は司令の気まぐれにあった。

 

『暑いなら外に出ればいいじゃないか。』

 

『なにそれ。暑さで脳ミソとろけたどころか腐った?』

 

『お前最近口調が曙っぽくなってきたな。いや、せっかく海が近いんだから、海で遊べばいいだろ。最近みんな休養もとってないし、半分くらいづつで鎮守府全員大海水浴大会といこう。』

 

 そう言い出したら止まらないのが司令。何でも例年やっていたそうだが、時期がまばらで、思い付いたときにやっていたのだとか。司令に付き合わされる艦娘の皆が気の毒になったが、司令の気まぐれにはもう慣れっことの事(天津風談)。女物はもちろん、どのようなものであっても水着の持ち合わせの無い時津風は、仕方なく姉妹達を頼る事にしたのだが、それには大きな不安が付きまとった。

 

 頼み事はひとつ上の姉にするのが鉄則となっている陽炎型駆逐艦。しかし、時津風にとってひとつ上の姉は少しばかり……いや、かなりくせ者だった。時津風が鎮守府に来るまでは妹のいなかった天津風は、時津風がきた途端にお姉ちゃん風を吹かせているのだ。普段は時津風もそれに甘えたり助けられたりしているのだが、こと服装に限っては話が別なのだ。天津風は機会がある度に時津風に自分では着ないような"可愛い"服を着せようとするのだ。

 

 時津風は毎回それで苦労させられるのだが、なんだかんだ言って最終的には何かしらで着ているあたり、そこまで嫌がっているわけでは無いのかもしれない。

 

「まあ、時津風の頼みだから別に選んであげても良いけど、分かってるでしょうね?」

 

「好きなの選んでいいよ、もう。でも自分でも一着は選ぶからね」

 

「そう、別にいいけど。ちなみに私が選んだやつはお金出してあげるわ」

 

「お、やるね~。ありがとう、天っちゃん」

 

「だからそう呼ぶのはやめなさいって…。なんか甘ちゃんて言われてるみたいでなんかモヤモヤするのよ」

 

「あいよ~、あま姉」

 

「……はぁ、もういいわ。それで、何時にするのよ。休みのタイミング合わせないと」

 

「んー、今度の水曜日でどう?」

 

「えーっとー…、うん、大丈夫ね。あ、初姉と雪姉も来るでしょ?」

 

「どさくさに紛れてあんたも呼ぶんじゃないわよ。私は大丈夫よ。雪風は?」

 

「大丈夫です!」

 

 こうして、久々の姉妹での買い物が決まった。

 

 

 

 

 

 

 そして皆の歴代の水着を参考に見ながら迎えた週末の午後。

 

「………ねぇ、やっぱりやめておこうよ」

 

「何を今更言ってるのよ。女の子の水着は肌色面積は早々変わらないわよ。それとも潜水艦みたいな学校指定のやつみたいなのでも着る? 司令はガッカリするだろうけどね。男なんて女を剥きたくてしょうがないんだから」

 

「ぐっ………そう言われると否定できない………」

 

 時津風は色々な艦娘が持っている水着を見せてもらってから意気消沈していた。自分が思っていたよりも女物の水着が心許ない物だったとわかったのだ。下半身はさすがに普段つけているものほどローライズではないもののパンツとそれほど変わらず、上半身に至っては普段はキャミソールなので下着姿より寧ろ肌を露出することになる。

 

 普通の女の子なら段階的に慣れたり当たり前になったりする格好も、今まで明るいところでそのような格好をしたことがない時津風にはかなりの抵抗になっていた。しかし一方で男うけする格好がなまじ理解できている以上、司令が喜ぶ格好をしてあげたい気持ちがあり、その二つがせめぎ合っている。

 

 露出が多そうな時津風の格好も、長袖とストッキングで肌が隠れているので実際には素肌はほぼさらしていないのも、抵抗の多い一因になっているのかもしれない。

 

 そんなどうにも煮え切らない時津風に耐えかねた天津風は初風、雪風と協力して予定通りにショッピングモールに連れ出した。

 

 

 

 

 

「取り敢えずいくつか選んできたから、試着してみなさいな」

 

「え……三着も?」

 

「大丈夫、そんなに時間はかからないわよ」

 

 モールに着いて早速売り場に向かうと、天津風一行は片っ端から時津風に着せてみたい水着をかごに放り込んでいく。しかし流石にお店に迷惑がかかるとなったので絞り混んでいった結果、最終的に試着することになったのはそれぞれが時津風に一番着せたいと思った一着ずつだ。

 

「わ、わかった。じゃあ、これからね」

 

 時津風が最初に選んだのは、天津風が選んだ水着だ。白いマイクロビキニで、胸の真ん中と腰の両端が紐を結ぶタイプのものだ。常識的に考えればかなり小さいボトム(パンツ)だが、普段から超ローライズのパンツをはいている時津風にとってはまだマシに感じられるあたり、時津風も気づかないうちに慣れて(・・・)しまったのだろう。

 

 水着を試着室に持ち込みカーテンを閉め、服を脱いで下着姿になった時津風だが、ふと疑問が生じた。

 

「ねぇ、やっぱりストッキングと下着って脱ぐの?」

 

「ストッキングだけ脱いで下着はそのままで試着するのよ」

 

「はーい」

 

 要領がつかめない時津風は、取り敢えず言われた通りに試着をする。ボトムはいつもの下着と変わらないのでなれたものだが、問題は上だ。今までブラに全く縁の無かった時津風には見た経験しかないので、取り敢えずで着てみるしかない。普段さらされることの無い胸元が涼しく落ち着かないが、一先ず形だけそれらしく着ると、天津風を試着室の中に呼んだ。

 

「ちょっと天津風、これでいいか見てくれない?」

 

「なにかあった?」

 

 首だけ試着室に突っ込んだ天津風は、時津風の姿に固まってしまった。

 

「………あんた結構良い体型してるのね」

 

 時津風が9月に鎮守府に来てから2月にケッコンカッコカリして司令と同じ部屋で寝起きするようになるまで時津風は第十六駆逐隊の皆と一緒に寝起きしていた。それに風呂も一緒に入っていたので体型はお互いわかっているのだが、最近は寝起きも風呂も司令のところでするようになったからか、天津風には時津風の体型がさらに良くなったように思えた。

 

「あんた、ただでさえ良い体型だったのに、司令のところに行ってからまた磨きがかかったような…」

 

「そう?」

 

「そうよ。皆にも見てもらえばわかるわ」

 

 そう言って、急にカーテンを開け放つ天津風。思わぬ行動に時津風は驚くが、初風と雪風が詰め寄ってくると体を縮こめた。

 

「ちょ、ちょっと。ここお店だよ!?」

 

 時津風の訴えもむなしく三人の視線は時津風の至るところに突き刺さる。

 

「………やっぱり成長してる」

 

「なにがさ!?」

 

「やっぱり天津風もそう思う? 私もそう思ったのよね」

 

「ですよね、雪風は既に抜かされてるかもです…」

 

 口々に本来とは違うところを指摘された時津風はついに耐えきれなくなりカーテンを閉める。

 

「もう次いくよ」

 

「え~…、まあ良いわ。次はこれね」

 

 そう言って天津風から渡されたのは初風が選んだピンクの水着だ。ボトムは普通のビキニだが、トップは首や肩に掛けるひもが無く、後ろから回して前で結ぶタイプのものだ。

 

「ごめん初風、これの着方教えて」

 

「あー、上ね? 入るわよ?」

 

 そう言って初風が試着室に入ると、そこには下だけ着けて上には何もつけない時津風が居た。

 

「あんた、もうちょっと恥じらいってものはないの?」

 

「なんかもう皆に見られるのは慣れちゃったからね」

 

「じゃあ、さっきのはなんだったのよ」

 

「だってさっきはカーテン空いてたし」

 

「ふーん。まあ良いわ。取り敢えず鏡の方向きなさい。後ろから結んであげる」

 

 鏡の方を向くと当然自分の身体が目にはいるわけだが、別に何も感じなくなってしまったと、ふと思う。自分の体なのだから当然なのだが、他の姿で長年生きてきた時津風には感慨深い。

 

 すっかりこの身体と生活にも慣れたな、なんて思っていると初風が着せ終わったようだ。

 

「はい。どうよこの水着。結構良いと思うんだけど」

 

「うーん…もっと大きい人だったら似合うんだろうけど、私は全然無いしなぁ…悪いけどパスかな」

 

「そう言うと思ったわ。ま、皆に見せてから次にいきましょ」

 

 カーテンを開けると、天津風と雪風が嘆息した。

 

「………なんか無いは無いでエロいわね」

 

「………これがギャップ萌えというやつですか」

 

「………もう着替えるね」

 

 

 

 

 最後に試着するのは雪風の選んだ水着だ。全体が黒でフリルの縁取りがされているローライズ気味のボトムと胸元に黄色のリボンのワンポイントがあり胸元を割と広く覆っている。

 

 着替えてみると、今までの水着よりも安心感がある。ちゃんと守ってくれている感じがして、少しホッとする。リボンだフリルだとちょっと女の子っぽいが、肌色面積のためにはしょうがない。

 

「この水着、どうかな? 個人的には一番好きだよ」

 

 ようやく自分の好みの水着が見つかったので、自分からカーテンを開ける。すると、天津風、初風、雪風が驚きの声を上げた。

 

「…良いじゃない」

 

「悪くないわね」

 

「良いですね!」

 

「そ、そう? 良かった。私はこれにしようかな」

 

 そう言うと雪風が目に見えて喜び、その一方で天津風が少し落ち込んだ。初風は特に何もないようだが。

 

「えっと、その、天津風のも良いと思うよ? でもちょっと恥ずかしいかな…」

 

 結局、雪風が選んだのはもちろん天津風がプレゼントすると言ったので、天津風のもかごに入れてレジに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天津風、ちょっと良い?」

 

「何よ初風。私は今落ち込んでるの」

 

「ふーん。じゃあこれも要らないっか」

 

「………なによ、それ」

 

「時津風が天津風の選んだ水着を着たときの写真と、時津風が私の選んだ水着に着替えているときの写真」

 

「………………幾らなのよ?」

 

「私と天津風が水着を買った値段で」

 

「買った」

 

「売った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に戻ると既に夕方になっていた。

 

 箪笥などもお願いして置いてもらっている司令の寝室はもはや自室と化している。

 

「司令~ぃ、ただいま~」

 

「お、おかえり。どうだった?」

 

 執務室に帰ると、司令がベッドでごろごろしていた。

 

「まあ、良いのは買えたよ。天津風は相変わらずだったけど」

 

「そうか。ところでいつ大海水浴大会をやるかってことだけど、次の土日で良いか?」

 

「へ? うん、良いと思うけど」

 

「よし、じゃあそう伝えとくわ」

 

「伝えるって、皆に知らせるのは私の仕事なんでしょ?」

 

 ケッコンしてからというものの、司令が以前よりずっと仕事を任せてくれるようになった。もちろん、その分司令も私の他の仕事をやってくれるから総量は変わらないけど、信頼してくれてるって分かるからとても嬉しい。

 

「ま、いつも通りな。ところで、どんなのを買ってきたんだ?」

 

「それは当日までのお楽しみ。あと夜使うのもなしだからね?」

 

「男の考えが筒抜けって言うのも、中々厄介なもんだな」

 

 司令は笑いながらそう言う。お互い、相手のことはこの一年足らずで良く分かり合っている。

 

「でもそこがよくて指輪をくれたんでしょ?」

 

「…それ、自分でいってて恥ずかしくないのか?」

 

「………今はまだ」

 

 

 

 

 

 

 

 軽口を言い合いながらのんびり過ごし、晩御飯を食べ、一息つくとお風呂にはいる。

 

 もちろん司令とは別々だ。

 

 ………当たり前だ。いや、風呂場は一緒だが、交代で入っている。いつも時津風が先で、後に司令が入る。

 

 寝巻きをもって寝室の奥にある司令専用の風呂場、脱衣所に行き、服を脱ぐ。Tシャツとショートパンツを脱ぎ、とある一件があってから暑くても着ているキャミソールとパンツを脱ぐ。一日の汗でじっとりと湿ったそれらを洗濯物いれに放り込んで、煙突形の髪飾りも外して着替えの上に置いておく。白い肌と小さな胸が目に入るが、流石に一年弱も過ごしていれば自分の姿にも慣れた。フェイスタオルを持って風呂のドアを開けると熱気が溢れだしてくる。

 

 片隅に置かれているエアマットやらタオル地の手袋やらを横目に椅子に座り、シャワーで髪を濡らしていく。汗をあらかた洗い流したらシャンプーを手にとって頭頂部で泡立て、髪全体を()くように洗った後流し、コンディショナーを髪全体になじませてから蒸しタオルで包む。頭のケアが終わるのを待っている間に体を洗う。今思えば、艦娘になってすぐの頃は力を入れすぎてよく肌を赤くしてしまっていたものだ。すっかり扱いに慣れた今となってはスムーズに洗い終わり、石鹸を流してから湯船に浸かる。

 

「あぁ〜……、最高」

 

 男の人間だった昔も女の艦娘である今も、風呂は変わりなく疲れを溶かしてくれる。首まで浸かり、お湯の中で腕を前に伸ばしたり肩を回したりすると、書類仕事で疲れやすくなった首元が軽くなっていくのがわかる。

 

 しばらくして湯船からあがり、コンディショナーを落としてから体を拭いて風呂場を出る。脱衣所には鍵がかかるので、ラッキースケベなんて起こらない。あれは起こした方も起こされた方も気まずくなるから、どちらも得をしない。一度経験しているからそれなりに説得力はあると思う。そんなに裸が見たければ正面から来てみろと、そう言いたい。言ったことはないけど。もし言ったら、想像するだけでゾクゾクするような事態になりかねない。

 

 バスタオルで髪と体の水気を切ってから、週末のお決まりになっている体重計測をする。艦娘なんだから太るはずがないとは思っているが、健康維持のために念のためだ。

 

 今まではそう思っていた。

 

「あれ………もしかして太った………?」

 

 記憶違いかと思ってもう一度測ってみたが、変わらない。やはり先週より500グラムほど数字が増えている。

 

 艦娘は所詮船のはず。まさか太るなんて人間臭いはずがあるわけない、きっとお腹に食べたものがまだ残っているんだなどと自分に言い聞かせながら、着替えて脱衣所を出る。

 

「司令、あがったよ、お風呂どうぞ〜」

 

「あいよー」

 

 司令が風呂に入ったのを確認すると、執務室を抜け出して天津風達の部屋に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 天津風に事情を話すと、返ってきたのはそっけない返事だった。

 

「そりゃあ、艦娘だって食べて寝てを繰り返していれば太るわよ。あんたはデスクワークしかしてないから、私たちと同じだけ食べたら太るのは当たり前じゃない」

 

 天津風はベッドの上で寝る前の日課のストレッチをしながらぶっきらぼうに言う。

 

「そんな………来週海水浴大会なのに……」

 

「とりあえず食べ物に気を使っていれば良いんじゃない?」

 

「それだけ?」

 

「ぶっちゃけ別にあんた太ってもいないわよ。何キロとか太ってたならともかく、一キロも太っていないなら別に気にすること無いじゃない」

 

「うーん、そんなものなのかな」

 

「そうよ。そんなの気にし始めたらキリ無いわ」

 

 

 

 執務室に戻ると、既に司令は風呂から上がっていた。いつもの事だが、いくら此方がもと男だからと言ったってパンツ一丁で出歩くのはどうにかならないものか。

 それにしても、また筋肉ついた? デスクワークしかしないわりには良い身体してるよなぁ、ほんと。男なら憧れちゃうね。今となってはその筋肉を奮われる側になってるから、なんとも言いがたいけど。

 

「お、どこか行ってたのか?」

 

「うん、ちょっとね」

 

「そうか。そう言えばアイス買っといたんだけど食う?」

 

 部屋に戻って早々、タイムリーな提案が。いつもなら喜んで貰っているところだが、今回は気が進まない。しかし、この暑い中司令が買ってきてくれたアイスだ。きっと司令も私に喜んでもらいたくて買ってきたはず。それを無下にしては、それこそ司令に悪い。それに、司令もそれで喜んでくれるなら。

 

「ほんと? 食べる食べる。どんなやつ?」

 

「前好きだって言ってたチョコミントのやつ」

 

「おー、流石司令。覚えてるね~」

 

「そりゃあ覚えてるさ。ちなみにそのとき言った俺の好きなアイス覚えてる?」

 

「ラムレーズンでしょ。そりゃ覚えてるよ」

 

「だろ?」

 

「だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………結局食べてしまった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして迎えた週末。今日は二日間に分けて行われる大海水浴大会の初日だ。ただ海で遊ぶだけでは味気ないとの司令の考えで、ビーチバレーと砂浜フラッグ(うつ伏せから反転して立ち上がり、走って旗を取りに行くアレだ)がチーム対抗戦で行われる。チーム分けは司令と時津風が行った艦級混合のものだ。時津風と司令は開催側ということで、チームには所属していない。

 

 砂浜で各チーム激闘を繰り広げるなか、二人はパラソルの下のビニールシートに座って、艦娘たちを眺めていた。

 

「皆元気だね~…」

 

「年寄りみたいなこと言うなよ、時津風」

 

「いやだってさ、私はここにいるだけで十分だよ。風吹いて気持ちいいし」

 

「そうか。…ところで、そろそろ脱いだらどうだ? 見ているだけでこっちも暑くなりそうだ」

 

 司令は時津風の服を軽く引っ張りながら言う。とはいっても、水着ではない。流石の司令も人目のあるところで時津風の水着を引っ張るほど落ちぶれてはいない。引っ張っているのは時津風の着ている長丈のパーカーだ。

 

 結局時津風は前日まで何だかんだでダイエットらしいこともせず、結果とった行動は、身体を晒さないという行動だった。

 

 海水パンツ一丁の司令とパーカーで完璧な防御の時津風は正反対の格好をしている。どことなく時津風は汗をかいている感じもするが、一向に脱ぐ気配はない。

 

「だってさ、恥ずかしいじゃん。そもそも皆がおかしいんだよ。水着なんて下着と防御力変わらないよ? まぁ、島風みたく多少下着よりふえる娘もいるけどさ。こんなお天道様のしたで水着だなんて恥ずかしいよ」

 

 そう言いながら裾を手で引っ張り、パーカーの中で体育座りをする時津風。それをみて司令はため息をつく。

 

「そんなこと言ったってなぁ…夜も着てくれないし、今も着てくれないなら、水着を買った意味がないじゃないか」

 

「じ、じゃあ夜に着てあげるから。それで許して」

 

「艦娘たるもの二言はないはずじゃ?」

 

「いや、確かにこの前艦隊が帰ってきたときにそんなことも言ったけどさ…」

 

 自分の発言を引き合いに出されて言葉に詰まる。

 

「ほら、頼むよ。艦娘は同性だし、俺とは一年弱付き合っているんだから今さらだろ?」

 

 司令は頼み込むが、時津風はそれでも恥ずかしがる。今まで肌を出す格好をしてなかったのが大きなところだ。足を出す服装や半袖のシャツもつい最近、初めて着たのだ。少なくとも今世では。

 

「そうは言ったって、明るいところなんて初めてだよ」

 

「いや、ついこの間やったじゃん。昼間に」

 

「なっ……! だからあれは忘れてってば!」

 

「さぁ、どうしようかなー? いま水着姿を見せてくれたら記憶を上書きできるかもなー?」

 

 時津風と司令が言い合っていると、それを嗅ぎ付けた島風が近寄ってきた。

 

「なになに、どうしたの提督?」

 

「あー、島風か。いや、時津風がパーカーを脱いでくれなくてな。島風からも何か言ってやってくれないか」

 

「ふむふむなるほどー」

 

 島風は時津風の横にかがんで耳打ちする。

 

「そんなに怖じ気づくなら私が貰っちゃうよ? 男の提督なんてちょっと脱げばすくに奪えちゃうんだから」

 

「ぐっ………」

 

 時津風にはその意味が嫌なほど良く分かった。男なんて所詮そんなものだ。信頼はしているが、そういうことに関して男が弱いのはどうしようもない。しばらく考え込んだあと、島風を追い返すと司令に向き直った。

 

「その、今回だけだよ。特別だからね」

 

 そう言うと、チャックをおろす。司令の反応を気にしながら脱ぐので上目遣いになっているが、時津風はそれが司令にどんな影響を与えているのか自覚していない。

 

「……あんまりじろじろ見ないでよ」

 

「そうは言ったって、こればっかりは」

 

 欲望に忠実な司令の視線を浴びながらチャックを下ろしきり、服を脱ぐ。

 

 パーカーを脱いだ時津風は、座りながら恥ずかしそうにうつむく。顔は耳まで紅く染め、手を膝の上で握って正座する。

 

 司令にはその姿がどうしようもなく、愛らしくてしょうがなかった。細い腕は加護欲を沸き立たせ、小さく膨らんだ胸はどことなく危険な香りがしながらも女であることを象徴し、白い肌は紅潮を際立たせ、括れた腰とムッチリとした太ももは心の底から震わせる。

 

 白い肌と黒い水着が美しいコントラストを作り上げ、まるでひとつの芸術品のようだ。

 

「その…なんだ、月並みな表現ですまないが、似合ってるぞ。凄く可愛いし、綺麗だし、魅力的だ」

 

 べた褒めの台詞に時津風は更に顔をうつむかせ、紅潮させる。

 

「だけど、その、顔をあげてほしいかな…。時津風、こっちを向いてくれよ」

 

 司令にお願いされてからたっぷり間をあけ、様子を見ながらゆっくりと顔をあげていく時津風。その目は恥ずかしさのあまりか潤んでいる。

 

「司令、これ、すっごく恥ずかしいんだよ…」

 

「そ、そうか。でも、俺はとっても嬉しいぞ。時津風、ありがとうな」

 

 面と向かってお礼を言われた時津風は一瞬面食らったあと、言葉を続ける。

 

「その、司令だからこんな格好したんだからね。感謝してよ」

 

「ああ、本当に感謝してるよ。ありがとう。可愛いよ、時津風」

 

 そう言うとまた顔を紅くしてうつむく。

 

「その………興奮した?」

 

「な、何だ急に?」

 

「だってその、金剛さん見たいに胸はないし、ちょっと太っちゃったし、こんな身体見たかったのかなって……」

 

 時津風がそう呟くと、司令は時津風の手をとって立ち上がり、歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと司令、そっちは海とは反対だよ!」

 

「良いんだよ、時津風、お前のせいなんだからな」

 

 そう言って浜辺と倉庫を挟んで反対側にくると辺りを見回して誰からも見えないことを確認し、時津風の肩を掴んで背中を倉庫の壁に押し付けると、覆い被さるように顔を近づける。

 

 

「ど、どうしたの司令。ちょっと怖いよ…?」

 

「あのな時津風、お前は分かってない。全然分かってない」

 

「………へ?」

 

「あのな、興奮するに決まってるだろバカかお前は。元男なら好きなやつが目の前で水着着て肌出してたら興奮すること位わかるだろうが」

 

「えっと………」

 

「金剛には悪いがな、ぶっちゃけ俺はでかい胸よりはお前ぐらいの方が好きなんだよ。揉みやすいし手に収まるし」

 

「な、何を言ってるのさ司令!」

 

 突然のカミングアウトに思わず反発してしまうが、司令は更に顔を近づけて捲し立てる。

 

「それにお前は太ってなんかいないぞ。むしろ最近の方がはじめの頃より抱き心地が良くて好きだ。柔らかいし暖かいしで最高なんだよバカが。下手にダイエットなんかしようとするんじゃねぇぞ」

 

「もしかして私が痩せようとしてるのばれてた…?」

 

「当たり前だろ分かり易すぎるんだよお前は。そのくせ俺が食い物渡したら旨そうに喰うしなんなんだよ」

 

「そ、その………」

 

「あと、恥ずかしそうにパーカー脱ぐとかお前確信犯だろ。ぶっちゃけ脱ぎ始めたときから興奮マックスなんだよ。もうここで始めてやろうか?」

 

「えっと、い、一応聞くけど一体何を………」

 

「んなもん決まってるだろ」

 

 そう言うと司令は時津風に覆い被さり、唇をあわせる。

 

「し、しれ…んっ………」

 

 時津風は壁と司令に挟まれて身動きがとれない。司令の唇は時津風のをはみ、ゆっくりと舌をいれる。辺りに水音が響く。視界には司令の顔が広がり、唇からの音が耳から脳を蕩けさせる。はじめは歯で拒んでいた時津風だが、頭を撫でられ首を撫でられ、唇を舐められると観念して口を開く。

 

「時津風、可愛いぞ………」

 

 そう呟かれると、背筋にゾクゾクとした快感がはしり、思わず肩をすくめ鼻息を荒くしてしまう。

 

「んっ………はぁっ………はむっ………しれぇ……」

 

 

 いつの間にか目尻も下がり、すっかり快楽の虜になってしまう。足には力がだんだんと入らなくなり、腕を司令の首に回して何とか姿勢を保つ。

 

 司令は時津風に口付けたまま、時津風を地面に座らせる。時津風はとうとう身動きはおろか立つことすらできなくなってしまう。

 

「しれぇ…何のつもりなのさ…?」

 

 司令は回りを見渡すと、そばにいた島風に声をかける。

 

「おーい島風、俺は戻るからあとよろしくー!」

 

「えー、めんどくさいー…」

 

「今度間宮のデザートおごってやるから頼むよ、な?」

 

「…わかった。でも今回だけだからね?」

 

 

 

「…さて、これで問題は解決したな」

 

 そう言うと司令は時津風の膝と背中を抱き抱えると(いわゆるお姫さまだっこと言うやつだ)、鎮守府の中へと入っていく。

 

「え、え? 司令、どこ行くの?」

 

「どこってそりゃあ、執務室だよ」

 

「ならなんでこんな格好するの?」

 

「お前が腰抜かしてるからだろ」

 

「えっと……何しに行くの?」

 

「何って………決まってるだろ」

 

「あっ………」



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時津風、はじめての夏祭り。

お久しぶりです。この辺で一旦区切りかな、と考えています。長い間お付き合いいただきありがとうございました。まだ本編をご覧でない方はぜひそちらもよろしくお願いいたします。


 夏も終盤、涼しい夜の日が続くようになってきた頃、鎮守府には一大イベントがやって来た。夏祭りだ。

 

 艦娘たちのことを深く知ってもらおうと始まった鎮守府での夏祭りは、いまや地方のイベントになっている。夏祭りを目当てに多くの県内、県外の人が鎮守府にやって来るため、各種交通機関は祭り前日から最終日まで大忙しらしい。

 

 

 

 ここ、横須賀鎮守府では祭りの一ヶ月前から準備が始められた。例年の来場者数を考えると、祭りの各種備品整理などはそのくらいからやらないと到底終わらない。休日になると駆逐艦たちはパンフレット作り、駆逐艦以外は出店(でみせ)の骨組みを組み立てて並べるのに追われた。

 

 司令と秘書官も例外ではない。二人は本部から与えられた予算の各部分への分配やら出店の売り物の仕入れなどをまとめて行い、スケジュールも管理する役割を担っていた。司令は毎年の事ながら忙しく、秘書艦の私に至っては勝手がわからず、何かと司令に質問しては黙々と仕事をこなすのに専念するしかなかった。

 

 特に祭りの準備初日は、それはそれは大変だったそうだ。朝御飯を食べ終えて執務室に戻った二人は仕事に取りかかる。前々から伝えられていたとはいえ、ハロウィンパーティーやお花見とはスケールのまるで違う行事に時津風は心踊らせる。当日が楽しみなのもあるが、それと同じくらいに準備も好きなタイプだった。

 

「よし、時津風。今日から準備始めるぞ」

 

「お、いよいよだね。それで、何をすればいいの?」

 

 聞くと、司令は机から大判の書類の束を取り出した。

 

「これは?」

 

「去年の夏祭りの資金割りのデータだよ。何にどうお金を使ったかが書いてある」

 

「ほー、で、何をするの?」

 

「まずはここにかいてある購入物の値段を改めて調べてくれ。予算の振り分けはそれからだ」

 

 司令から紙束を渡されると、ページをめくっていく。底には細かな字で購入した物の名前と個数、単価、金額が羅列されていた。パンフレットの印刷代から当日販売する艦娘グッズ、出店の食べ物まで多種多様な物品数その数約50種類。

 

「えっと…これ全部?」

 

「全部だ。大口注文になるから、基本的に卸業者から直接買えるようになってる。とりあえずは買い付ける業者を決めて、単価もメモしておいてくれ。そこで予算が初めて割り振られる」

 

 前回利用した業者の名前と連絡先がある分まだマシだが、それでもかなりの時間がかかるであろうことは容易に想像できる。

 

「……期日は?」

 

「明日の朝まで」

 

 ここで今日中と言わない辺り、司令はその作業量を分かっているらしい。優しいのか厳しいのか。

 

 当然ながら、作業は夜遅くまで続き、翌朝、満身創痍ながらも司令に書類を提出すると、ベッドに身を投げる。カーテンの隙間から射し込む朝日を横目に、眠りに落ちていった。

 

 

 その後も仕事は終わる気配を見せない。一般客が居なくなった夜に行う艦娘向けの屋台で使う、お金の代わりの引換券の希望を各艦娘から取り、そのぶんを作って小袋に仕分けをするのはかなり重労働だった。如何せん艦娘の数が多いのだ。一人当たりはそれほどの量でなくても、人数が増えればとたんにキツくなる。

 

 数日後、資材が届いたところで、鎮守府をあげての本格的な準備が始まる。駆逐艦たちはパンフレット作りに励み、他の艦娘は屋台の設営や展示物の設置に取り組む。それらの進行状況を司令と秘書艦の時津風が把握し、今後の予定を調整していく。

 

 夕方になり外での作業が切り上げられると、時津風は作業場所を見て回ってその日の成果を確認し、手もとの用紙に書き込んでいく。まずは室内でパンフレットを一日ひたすら作っていた駆逐艦チームがいる会議室を訪れる。ドアを開けると、部屋の真ん中に置かれた大きな机に突っ伏している駆逐艦たちの姿が。第六、七、十六駆逐隊の総勢11全員が同じ格好で休んでいる光景はなかなか見れるものでもなく、思わず笑ってしまう。

 

「お疲れさま、見に来たよ。何そんな格好してるのさ」

 

 笑い混じりに声をかけると、天津風が重たい体を起こす。

 

「お、ご苦労様。今日は結構進んだわよ」

 

「うわぁ、これまたずいぶん頑張ったねぇ…」

 

 机の上にはパンフレットの案がきれいに並べられている。今回の夏祭りの見所を分かりやすく伝えようと簡潔な文と絵で構成されたそれは、よほどの時間がかかっていると思える。

 

「この四枚が私たちで、そっちが曙たち、あっちが雷たちのよ」

 

「おー、こうしてみるとやっぱり隊ごとに何となくの方向性があるんだね」

 

 進行状況表に「良好」と書き込むと、次の場所に向かう。今度は外に出て屋台の設営パートのところへ。まだ準備が始まったばかりというのもあって、構造物はまだ見えない。今は区画割や配置などを決めているそうだ。地面に引かれた線はおおよその屋台の配置だろうか、鎮守府の玄関から入り口に向かって多少の枝分かれがありながら続いている。それだけでも、この夏祭りの規模の大きさがわかる。

 

 すでに日は傾いていると言うのに、外に出ると湿度の高い熱気が体を襲う。それを何とか耐えながら進んでいくと、加賀さんが入口から歩いてきた。どうやら加賀さんが最後に点検して回ったらしい、他の艦娘は見当たらない。

 

「お疲れ様です、加賀さん」

 

「お疲れ様。一応一通り確認したからたぶん大丈夫だとは思うけれど、念のためお願いするわね」

 

「わざわざありがとうございます」

 

 端から一通り確認して、調査表に可と書き込む。それなりに進んでるけれど、これで間に合うんだろうか…。

 

「あの、ちょっと聞くのはアレかもしれませんが、その、これで間に合うんです?」

 

 そう聞くと、苦笑いで返事された。

 

「まあ、前日に徹夜すればなんとかなるのが例年ね、恥ずかしいことだけど」

 

 

 

 

 

 それからの毎日は、誰も休む暇がなかった。朝起きて体操代わりにお祭り準備。遠征から帰ってきて気分転換にお祭り準備。ご飯を食べて腹ごなしにお祭り準備。寝ているか出払っているかご飯を食べているかお祭り準備しているか、そんな日が続く。

 

 

 

 紆余曲折ありながらも、前日の夜、なんとか準備が終わったのだった。もっとも、食べ物関係に割り当たっている者はこれからが本番だが…。

 

 

 

 いよいよ夏祭り初日当日。四日日程で行われるこの夏祭りは、最終日の来場者がとびきり多い。フィナーレの打ち上げ花火があるからだ。出店は食べ物やら紐クジやらいろいろあるが、なかでも射的や輪投げといった商品がもらえる類いの物は人気だ。

 

 朝御飯を食べて間もなく会場の最終準備を行う。食べ物の屋台は仕込みを、その他の屋台は品出しやら何やらをこなすと、あっという間に開場時間の朝十時になる。

 

 

「うわぁ…話には聞いていたけど、こんなに集まるのかぁ」

 

 

 本部になっている執務室から覗く視線の先には入場門と、その奥に並ぶ来場者の長蛇の列が。ざっと見積もっただけでも三千人は超えているだろうか。毎年初日は混むと言うことで二日目以降に多くの人が来るそうで、初日はまだ甘い方らしい。そう考えると、明日以降が思いやられる。

 

「がんばれよ。今日が無理なら明日はとてもじゃないが無理だからな」

 

「そんなに?」

 

「ああ、あれはもはや戦いだ」

 

 

 

 

 しばらくすると、ファンファーレがなり、門が開く。

 

 あくまでも夏祭りだと言うのにどこぞのテーマパークのような光景に思わず固まってしまう。

 

「……これ、夏祭りだよね?」

 

「ああ、夏祭りだ」

 

「なんで某ネズミーランドみたくなってるのさ?」

 

「いや、以前はここまでじゃなかったんだが、艦娘の仕事なんかの展示の他に、どこぞのモノ作り艦が趣味で作ったアトラクションを穴埋め的に展示したら思いの外反響があってな。それから調子にのって予算を渡し始めたら、いつのまにかこんな風に、ね」

 

 

 

 初日はあっという間に過ぎた。開門から少したつと迷子のお知らせをしたり、混雑情報を流したり、出店からあれやこれやと報告が入ったり、仕事は途切れることがなかった。

 

 慌ただしく次から次へと舞い込んでくる仕事を片っ端からこなしていくといつの間にかお昼時に。しかし、休むことはできない。むしろ昼に差し掛かると同時に迷子の件数は増え、トラブルも相次ぎ、一段落できたのは3時を回ってからだった。

 

「司令、ぶっちゃけ、すごくキツイんだけど…」

 

「あー、こればっかりは頑張れとしか…」

 

「ご褒美、期待してるからね?」

 

「努力はしよう…」

 

 

 

 夕方、展示や艦娘の出し物がすべて終わった頃、時津風は執務室に戻って司令と一休みしていた。司令と時津風はソファーに並んで座り、背もたれに体を預けきっている。その格好からは、司令はまだマシなものの、時津風に関してはよほど疲れたように見える。

 

「これがあと三日間も続くの…きっつ……」

 

「明日からは多少楽になると思うぞ。開催側は今日で仕事に小慣れているだろうから、あとは迷子やら道案内をこなせばなんとかなるはずだ」

 

「うぅ…まあ、頑張ってみるよ。ご飯になったら起こしてね、ちょっと寝るから」

 

「おう、お疲れ様」

 

 

 

 夏祭り初日はご飯を食べると直ぐにベッドに横になり、一日が終わった。

 

 

 

 翌日は、朝は初日ほどではなかったものの、昼過ぎから一気に人が増えた。今年は例年に比べて気温が高く、休憩室はいつも満員近く。熱中症にかかり、救護室に運び込まれる人も出てきたほどだ。しかし、その暑さのお陰で飲み物や冷たい食べ物の売れ行きは好調。かなりの収益をあげるであろう事が期待できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか最後まで大事なくできて良かった…」

 

「四日間お疲れ様。もう俺たちの仕事は無いから、最後くらいはゆっくり休もうか」

 

 

 

 話しながら司令が手を時津風の頭にのせて軽く撫でてやると、少しくすぐったそうにした後、目を細めて頭を司令の肩に預けた。

 

 経験したことすらなかった夏祭りの実行側をこなした時津風は、そうとう気疲れしていた。鎮守府内だけならともかく、一般の方も参加する今回は毎日の仕事とは桁違いに神経をすり減らすものだった。

 

 

 

「明日はゆっくりさせてもらうからね…」

 

「あー、すまん。明日は一日かけて片付けだ。それが終わったら次の日は丸一日休みにするから、それまでなんとか頑張ってくれ」

 

「お、おぉ…きついなぁ…。まぁ、がんばるよ」

 

「頼んだ。それで、この後は打ち上げ花火だけど、ちょっと着てもらいたいものがあってさ、これ、頼むよ」

 

 

 

 手を離された時津風は、少し不満気な表情で司令を見上げる。それに苦笑しながら司令がソファーの脇から紙袋を取り出して渡す。受け取って中を覗くと、そこには何やら服が。

 

 

 

「何これ……浴衣? ずいぶん子供っぽいね、いや、この見た目にはこのくらいがちょうど良いんだろうけどさ」

 

「背丈を考えるとどうしてもな。女の子が夏祭りに行くならやっぱりこれだよなって思ってさ。頼むよ。着付けはお願いしてあるから。そろそろ来ると思うんだけど…」

 

 

 時津風は夏祭りを含め、イベント事にはあまり参加してこなかったのもあって、夏祭りに浴衣と言うのは本当に有るのか、と言うのが最初の印象だ。

 

 暫くすると、ドアのノックされるのが聞こえた。中に入ってもらうと、そこには加賀さんが。

 

 

「失礼します。着付けをしに来ました」

 

「お、ありがとうな。それじゃあ頼むよ」

 

「はい。それでは時津風は浴衣をもってこちらへ。寝室をお借りしますが良いですか?」

 

「ああ、構わないよ。好きに使ってくれ」

 

 

 加賀さんについて行き寝室に入ると、まず服を脱ぐように言われた。あまり関わりのない相手の前で下着姿になるのは少し抵抗があるが仕方がない。

 服を脱ぐと、浴衣の下に着るうすい着物のようなものを着せられ、次いで浴衣を着せられ、帯を結ばれる。

 

「はい、完成です」

 

「ありがとう、加賀さん」

 

 一言お礼を言うと、司令のもとへ行ってお披露目する。

 

「どうよ、司令」

 

「……予想以上だ」

 

 平静を保とうと表情を抑制しながらサムズアップする司令は、とても奇妙に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りはすっかり暗くなり、出店の灯りが煌々と海辺を照らす頃、時津風と司令官は鎮守府の裏山に二人で登っていた。蝉のがうるさいほどに響き、それがかえって、気持ちをノスタルジックにさせる。

 

「なんだかんだ言って、もう終わりかぁ……」

 

 二人並んで歩いていると、司令が唐突に呟いた。それまで会話らしい会話をしていなかったためか、返事に間が空く。

 

「一度始まると早かったね」

 

「準備が大変だっただけにな」

 

 そう言うと、老を労うように頭を撫でてくる。もったいない気がするが、誰かに見られている気がして手を取り、指を絡める。少し力を込めると司令も握り返してくれて、思わず笑みがこぼれる。

 

 開けたところに出ると、わざわざ持ってきた折り畳みの椅子を広げて司令が座る。一つしかないが、司令の思い通りにされるのは癪にさわるので、少し抵抗してみる。

 

「これ、私が座ったら壊れたりしない? 結構重くなるよ?」

 

「大丈夫だって。耐加重は調べてあるし。お前軽いだろ」

 

「むー…、一応さ、一般人も居るんだし見られる可能性も考慮した方がいいと思うわけ」

 

「まあ、万が一見られても親子とか勝手に解釈してくれるだろ」

 

「不本意ながらね」

 

「そうふくれるなって。ほら、そろそろだぞ」

 

 司令に急かされてあくまでも「しょうがなく」膝の上に乗ると、若干軋みながらも壊れることはなかった。頭を司令に預けると、腕が延びてきて胸の前で組まれた。全く、ここまでしては父娘になんて見えないだろうに。

 

 

 

 しばらく司令にもたれて空を見上げていると、唐突に一発の花火がうち上がった。色のついていない。真っ白な小さめの花火。思ったよりも地味だと思ったのもつかの間、それを皮切りに色とりどりの花火が連なって打ち上げられる。砲撃とはまた違う、腹のそこまで響く花火の音は、声を出すことを許さなかった。光と、遅れて届く地鳴りのようなその音が途切れるまで、ただひたすら圧倒された。

 

 一度途切れると、ようやく司令の顔を見る余裕ができる。

 

「すごいね、これ」

 

「まだ始まったばかりだぞ」

 

 結局、花火が全て打ち上げられるまで、さんざん考えた会話の内容を一つも使うことができなかった。いや、使う必要がなかったと言うべきかもしれない。言葉を交わさずとも一つの感情を共有できる、数少ない経験だった。

 

 花火が終わって閉園のアナウンスが流れると、ようやく時間が戻ってきた。

 

「こんなところに連れてこられたから、てっきり新しいプレイでもするのかと」

 

 わざとふざけた口調で言ってみせると、司令が苦笑しながら体を左右に揺らす。それがまるで赤子を寝かしつけているようで、どうにも安心する。

 

「お前な、花火を見終わって最初に言うのがそれかよ…」

 

「いや、だって花火見た感想なんて言葉に表せないじゃん。凄かったとか、そのくらいしか表現できないし」

 

「それもそうだがなぁ。まあいいや。とりあえずこれで一区切りついたわけだが…」

 

 そこまで言うと、司令が一呼吸おいて、話を続ける。

 

「浴衣を着てる幼女が左手薬指に指輪しているとかめっちゃヤバイよな」

 

 話題を無理矢理変えたのが見え見えだが、追求せずにしておく。掘り下げると何が出てくるか分からない。

 

「幼女言うな。それ言ったらそれをさせたあんたはもっとヤバイでしょ」

 

 適当に返事をすると、胸の前に延びていた腕が解かれる。名残惜しく思っていると、手が顎に延び、上を向かされる。それも真上を超えて、のけぞるようにして司令の顔を見るまでになる。意図がわからず、司令の好きにさせているとそのまま動かないで時間が過ぎていった。司令の表情は辺りが暗いせいで今一つ見えない。

 

「………なにさ」

 

「やっぱなんでもない」

 

 司令が手を離したので頭を戻すと、やることもなくなったので立ち上がる。

 

「ほら、帰ろ?」

 

 司令に手をさしのべるが、立ち上がるそぶりを見せない。司令の視線はどこか宙を彷徨っている。

 

「どうしたのさ」

 

「……出会ったときの事を思い出してた」

 

「出会ったときねぇ…もう一年近く立つのかな、早いね」

 

 司令の言葉につられて自分もいままでの事を振り返りそうになったが、自分らしくないと思い直す。

 

「花火のせいでどうにも感傷的になってるみたいだ」

 

「みたいだね。司令っぽくないよ」

 

「お前と出会えて本当に良かったよ」

 

「はいはい。そう言うのは部屋で聞くからまずは帰ろう?」

 

 何時もとは雰囲気の違う司令の言葉に戸惑いながらも、なんとかこの場を収めようと司令を急かす。

 

 何度か声をかけると、ようやく立ち上がる。手間のかかる司令だと心の中でため息をついていると、司令は椅子を片付けようとせず、そのまま歩み寄ってくる。

 

「どうしたのさ司令…?」

 

 見上げていると、司令が背中に腕を回して抱き寄せる。普段より服が薄いからか、司令の手がくすぐったく感じる。

 

「な、なにさ、急に」

 

「いや、夢じゃないんだなぁ、と」

 

「ケッコンして半年経つって言うのに、今さらどうしたのさ」

 

「何だか夢物語みたく感じてさ。うん、帰ろうか」

 

 満足したのか手早く片付けを済ませると山を降り始める。散々かき乱しておいてそれはないだろうと思いながら、後ろをついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、司令から着替えないように言われた。汗もにじみ、寝る前にシャワーの一つでも浴びようと思っていたところだったので少し不満に思ったが、大人しくそのままベッドに座って待つ。司令が何か執務室で作業をしているようだ。襲ってくる眠気に耐えていると、司令がどこか硬い表情をして部屋に入ってくる。

 

「なあ時津風。写真とっても良いか?」

 

 その手にはカメラが。もちろんかまわないのだが、どうして着替えたときに言ってくれなかったのか。

 

「着替えたときに撮ってくれたら疲れた顔じゃなくてすんだのに…」

 

「いや、あのときは加賀もいたし時間も押しててだな、すまん。じゃあ、撮るから立ってもらえるか?」

 

 ベッドから立ち上がって司令の前に立つと、何枚か写真を撮られる。数枚撮られてから、ふと気づいてポーズをとる。膝に手をついて、内股ぎみに少ししゃがんでみせる。

 

「折角撮るなら見映えよく撮ってよ?」

 

 意識して上目遣いにすると、司令が唾を飲んだ。やっぱり司令は分かりやすくないと。こうでなくちゃ。

 

 それから司令が注文を出して撮るのを数回繰り返すと、満足げにカメラを棚においた。

 

「よし、ありがと。それじゃあもう浴衣は乱れても問題ないよな?」

 

 思わぬ発言に眠気も吹き飛ぶ。怪しい笑みを浮かべながら近づいてくる司令に思わず後ずさるが、後ろはベッド。回避することも出来ず倒れ混むと、司令が覆い被さってくる。

 

「ち、ちょっと待って司令、今日はもう疲れたし着替えて寝よう?」

 

「俺もそのつもりだったんだがな、お前のポーズのせいでそうはいかなくなったんだよ」

 

 いつか似たようなことがあったと現実から目を逸らそうとすると、司令の手が胸元に延びる。

 

「ただでさえ意識のなってないお前に浴衣なんて着せたらこうなるって予想ついただろうに、俺もまだ甘いよ」

 

「そ、そう。それでさ、寝たいなぁーなんて思うわけですが…」

 

 ベッドの上に逃れようとするが、角に膝の裏が引っ掛かって動けない。司令の手は襟元を撫でる。

 

「なに言ってんの? 浴衣なんて今日しか着ないでしょ? この機会を逃すわけないだろ」

 

「し、司令? その、目がイッちゃってるんだけど…」

 

「時津風…」

 

「な、なにかな?」

 

「明日は一日休みにしてあるんだ」

 

「えっ、でも片付けが…」

 

「それは俺ら以外だから問題なし」

 

「そ、それで?」

 

「最近はご無沙汰だったからな。今日は覚悟しろよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 あっ………これは終わりましたわ。

 皆ごめん、明日は私、使い物に成らなさそうです。

 

 

 

 

 

 

「ほ、ほどほどにね?」

 

「大丈夫さ。やってるうちにそっちから懇願してくるようにしてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 まって、今までこんなこと言われたことないんだけど。どんだけ溜まってたわけ?

 

 ………一ヶ月近いですわ。

 

 

 ………………この部屋って防音どうなのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

「実は準備期間中にちょっとした防音工事を寝室にしたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 ………………………せめて意識は保てると良いなぁ。

 

 

 

 あははははははは……はぁ…………。



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