記憶のない青年と謎の世界 (夢幻鎧武)
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1話

ひっそりやりたいので、チラシ裏で投稿しました。
書いてみたかった作品です。
言わば自己満足です。
よかったらどうぞご覧ください。


 眩しい光が、窓辺から差し込んでくる。

 開け放たれた窓からは涼しい風とともに、花のいい香りを運んできていた。

 

 ベットに横たわっていた青年は、その光とともに目を冷ます。

 頬をなでるように風が通り抜ける。

 それがとても心地いいものだ。

 虚ろな瞳をしながらも、黒髪に黒い瞳をもつ青年はそっとベットから起き上がっていた。

 特に怪我をしているわけでも、病気になっている訳でもなさそうだが、頭が重く、どこか気持ち悪い。

 

 そもそもここはどこだ?

 

 大体…俺は何故ここに?

 

 まてよ…そもそも、俺は一体何者なんだ?

 

 思いだそうとすると、頭が割れそうになるほどいたくなる。理解できないからこそ、気持ち悪くて仕方ない。

 

 そんなときだ、金色の長い髪の少女がこの部屋に入ってきた。水色のその瞳を、青年に笑顔で向けている。

 

「目を覚ましたのですね。正直驚きました。山奥に一人倒れているのを見つけたときは」

 

「山奥に一人で?…それであんたが助けてくれたのか?」

 

「ええ。私の父であるルシスと一緒に。暫く意識も戻らなかったので、本当に心配しました」

 

 青年は、山奥に倒れていてこの少女に救われた、それだけは理解できたが、やはり自分が何者で何故そんなところで倒れていたのか、全く思い出せないでいた。

 

「助けてくれて、ありがとう。お礼とかしたいけど、自分自身思い出せないし、どう恩を返したらいいか、正直わからなくて」

 

「やはり、記憶喪失のようですね。父がその可能性もあると言っていましたので、もしやとは思いましたが…記憶が戻るまでいてもらって大丈夫ですよ。あと恩とか気にしなくて大丈夫です。好きでやっていることなので」

 

「そうは言っても、なんか悪いし…記憶ないけどさ、そういうことはちゃんと礼をしなきゃいけないっていうのは、分かるんだ」

 

 そう言って向けられた、青年の真っ直ぐな瞳に、少女は引き込まれそうになっていた。

 少女はそれを打ち消すように、ふっと笑って笑顔でこの青年に言葉を返す。

 

「なら、そういうことは記憶が戻ってからで大丈夫ですよ。それでは駄目ですか?」

 

「駄目じゃないけど、いつ記憶が戻るのかわからないし…迷惑をかけたくないんだけど。確かにどう恩を返したらいいかわかっていない今じゃ、何も出来ない。ちゃんと記憶が戻ってから、お礼をするよ」

 

 青年もまた、そう言ってその少女に微笑みかけた。

 優しく、そこに邪気がない笑顔に、やはり自分の目は間違えでなかったと、少女は確信していた。

 

「あっ、ご挨拶まだでしたね。私の名はリール。父の仕事、ホーリースキルドクターの助手をしています。こうやって貴方を助けたのもそのためですよ」

 

 少女はまるで天使のような笑顔を浮かべている。

 だからこそ、記憶のない青年も安心することが、出来ているのかもしれない。

 

「あのさ、ホーリースキルドクターってなに?」

 

 記憶がないからなのか、 全く聞いたことのない言葉に青年は反応していた。

 

「あっ、記憶ないのですよね。すいません。そうですね、説明難しいのですが、白魔術と呼ばれる術を使って、傷や病気の治療をおこなうもののことですよ。皆がこの能力を持っている訳ではないのですが、この家系に生まれたものは、持っていることが多いようです。私も見習い中のため、父ほどではありませんが、能力を持っていますよ」

 

「ふーん、すごいんだな。リールは…俺、記憶すらないから、そんな風に人を救うなんて出来ない。だから、そういう能力を人のために使えるのは、スゴいことだと、そう思うよ」

 

 記憶すらない、それに恐怖はあまり感じていないようだが、不便だとは青年も思っていた。

 

 そもそも、どこで何をしていたのか…

 心配している人はいないのか?

 

 そういうところは、考えてしまう。

 だが、元々そうなのか、前を向いて歩いていけばそのうちなんとかなると、青年は考えていた。

 

「記憶って、無理に思い出そうとすれば、精神が傷ついてしまうと、父が言ってました。なので、ゆっくりでいいんですよ。…ということは、名前も思い出せないのですよね」

 

「名前も思い出せない。ごめん」

 

「謝んなくていいんです。…あの、宜しければ当面の名前をつけてもよろしいですか?」

 

 つまり記憶のない、今だけの名前ということか…

 確かに青年は不便に思っていた頃だったので、笑顔で頷いていた。

 

「イスカス、この地域の特有の言葉で大地に選ばれし英雄という意味です。ずっと考えていたんですが、まるで貴方はこの地に選ばれたように、あの場所に倒れていたので」

 

「英雄?俺はそんなにスゴい男じゃないと思う。そんな大それた名前、大丈夫なのか?」

 

 青年は黒い瞳を、パチクリさせながらリールに問いかけていた。リールはそんな青年に、微笑んだのちに頷いた。

 

「はい。いいと思いますよ。…だって、その容姿も伝承に近いので」

 

「伝承?」

 

「この地方に昔から伝わる話です。この世界に闇が迫るとき、黒い髪に黒い瞳をもつ英雄が、この世界を守る。その名をイスカス、大地に選ばれし英雄だ。そのもの、どこから来たのかわからないが、未知の力を使い、この地にまた平和をもたらすだろう。…まあ、伝承なのでどこまで本当なのか、わからないですけどね」

 

「へえー。よくわかんないけど、スゴそうだな。でも俺なんの力もなさそうだけど」

 

「そんなこと、わかりませんよ。もしかしたら、かなりの力を持っているかもしれませんし」

 

 言われた、イスカスと名付けられた青年は、自分の体を見渡し始める。とはいっても、なんの力もやはり感じられない。

 

「うーん、わかんないけど、まあ手伝えることは手伝うよ。このまま世話になりっぱなしも悪いしな」

 

「そうですね。一応男の方ですし、強そうですから今後の薬草つみの護衛頼みますね」

 

「護衛?危険なのか」

 

 さっきまで笑顔で話していたリールの顔が曇っている。それをイスカスは心配そうに見つめていた。

 

「町は防衛の呪文や結界によって守られてますが、一度外に出ると、そうはいなかいのです」

 

「ふーん。なんかいるってことだな。…でも、俺に護衛出来るのかどうか、正直わかんないけどな」

 

 そもそも、自分が何者なのかわかんない今、戦うすべすら知らない。

 

 この世界に何故いるのか。

 

 自分が何者なのか…

 

 答えなど、自分の記憶にしかないため、解決の糸口すら見えない。

 

「なら、試してみては?これは魔物を斬るための剣です。これでどれ程動けるのか、そこの木人をつかって練習してみては。本来、我々の魔術の練習に使っているものですが、剣術に使っても問題ないですし」

 

「これで、その木の人形を…わかった。やってみるよ」

 

 どのみち、何も出来ないままお世話になるのは申し訳ない、そう思っていたイスカスと名付けられた青年は、リールより渡された剣をとり木人に向き合う。

 そこから放たれる殺気は、今までの雰囲気と一変していた。リールはだからこそ、この青年が元々、戦いに身をおいていたものだと確信する。

 

「うぉりゃー」

 

 イスカスは奇声とともに、木人を真っ二つにしている。躊躇もないその様子は、戦いに慣れていることの証である。

 リールは思わず拍手をしてしまった。

 町にいる、騎士達よりも強いかもしれない。太刀筋がすばらしいのは、いつも傭兵に護衛を頼んでいるリールがよく知っていることだった。

 

「ごめん。木の人形を壊してしまった」

 

 まさかそんなことを謝られるとは思ってもみなかったリールは思わず笑ってしまう。

 この様子だと、性格も申し分なさそうだ。

 

「気にしなくてかまいません。もともとそのようなものですし、直りますよ、このくらい」

 

 そう言って、木人を切り口通りくっつけ、リールが何やら呪文を唱えると、綺麗に元の形に戻っていた。

 

「スゴいな…それ」

 

「いえ、貴方の腕がスゴいのです。木に働きかけて組織をくっつけるだけですので、このように綺麗な切り口ならば再生することも可能です」

 

 そう、見事としかいいようがなかった。

 

「そうなのか…でも、なんとか護衛できそうでよかった」

 

「私としても、強い方が護衛につくことは心強いですので。ですので、宜しければ記憶が戻るまで護衛をしてもらってもよろしいですか?」

 

「こっちこそ頼む。なんか、でも申し訳ないよな。こんなことで世話になるなんて」

 

「気にしないでください。私はとても楽しいので。そうそう、まだ薬草ストックあるので、暫くは体を休めて下さいね。急に動いて倒れられては困りますので」

 

「ああ、了解。…ごめん。見ず知らずの俺なんかのために」

 

「言いましたよね、我が家はそういう性分なので、気にしないでくださいと。…さてさて、もうすぐ父も戻ってくる頃合いなので、食事の準備をします」

 

「何か手伝えることないか?」

 

「じゃあ、切るの手伝ってください」

 

  



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2話

 それから暫くの間、イスカスと名付けられた青年は、リールとその父ルシスとともに暮らしていた。

 暮らしていくうちに、この世界についてのことが分かってきた。この世界は、何かわからないものの侵攻を受けているらしい。

 人はその怪物を魔物と呼んでいるようだ。とりあえず、バリアは有効らしく、町に結界として張ってあるので、町の中までは襲ってこないそうだが、行商人や薬草取りなど外に用があるものはそうはいかない。

 そういう人達は、傭兵をやとって護衛してもらわないと、危険だそうだ。

 ちなみにバリアそのものは、神官とルシスの力で張っているそうだ。

 この世界には神への信仰があり、神官と呼ばれる存在は、その神から力を借りこのようなことが出来るらしい。

 ただ、神官は神殿にいる存在で、なぜかこの町にその神殿はない。

 だからこそ、普段神官がこの町にいるわけではない。

 そのため、普段バリアを安定化させているのは、ルシスだそうだ。

 

 この日、リールのつくった朝食のスープを口に運びながら、イスカスは申し訳なさそうにしていた。

 

「なんか食事まで…このままここにいて、いいのか?」

 

 そうあれから何日かたっていた。正直、体力も回復している。

 だからこそ、護衛も行かずにただこうやって食事をしているだけという今の状況が、本当に申し訳なかった。

 

「こちらとしてもリールの護衛をしてもらうのですから、これくらい気にしないでください」

 

 親子という事もあってか、ルシスもまた親切なようでイスカスを客人として扱っていた。

 だからこそ余計に申し訳なくて仕方ない。

 

「そうですよ。それに今日はついに薬草取りに行く日ですし。だから、気にしないでいいですよ。イスカス」

 

「ちゃんと守るよ。こんなにお世話になっているのに、少しでもかえさないと」

 

 そう言って、青年は真剣な顔で見つめている。

 ずっと何か役に立ちたいと正直思っていた。

 そもそも、いまだに自分が何者なのかわかっていない。記憶もいまだに思い出せる気配すらない。

 そんな中でも、この二人は本当によくしてくれた。

 

「まあ、危険なので気を付けていきましょうね。ゆっくりで大丈夫ですから」

 

「わかった。その辺はリールに任せるよ」

 

 その言葉にリールは優しく微笑んでいた。

 リールは正直、この青年に惹かれていた。

 恋なのかどうなのかわからないが、気になる存在であることには変わりない。

 だからこそ、イスカスにも生きていてほしかった。

 

 礼の魔物用の剣を持ったイスカスは、初めて町の外へと向かう。

 町の人々は、興味深そうにイスカスに目を向けていた。

 この世界で、黒い髪というのは珍しいそうだ。確かに、この髪の色の人間にいまだにあったことはない。

 伝承の英雄と同じ姿だからこそ、好奇の目がむけられはするが否定的な人はいない。

 

「リール気を付けてな」

 

 町の人たちはリールにそう話しかけている。ホーリースキルドクターは本当にありがたい存在のようだ。

 やはり傷を治療したり、病気を治したり、その町にいるだけでありがたい職業らしい。

 その上、リールがはじめに言った通り、珍しい職業で慣れる人も少ないらしい。だからこそ、こうやって心配もされるそうだ。

 

「はい、みなさん。できるだけ、怪我や病気に気を付けてくださいね」

 

「確かに、今はルシスさんしかいないしな」

 

「リールちゃん、優しいから」

 

「そんなことないですよ。父も優しいですよ」

 

 こういう会話を聞いていると、本当に町の外に魔物と呼ばれる怪物がいて、危険だという風に思えない。

 そこにあるいつもの日常は平和そのものだ。

 イスカスが、剣を携えていること自体が、どこか違和感があるほどだ。

 ただ、これがないと本当に危険らしい。

 

 自分にどれくらいできるのか…それに、俺はどこかで戦っていたのか?

 

 よくわからないが、剣を扱えるという事は、なにかしていたのだろう。

 

 こんな感じで町の外に出ると、確かに一変していた。

 

「なんだこれ?」

 

 紫色の謎の果実をつけた植物が、町の外を覆っている。

 まるで森のようにずっと続いている状況に、先ほどの町との環境に、正直驚愕していた。

 道も何とかわかる程度で、本当に深い森だ。

 

「わからないのですが、その実は魔の実と呼んでいます。そしてこの森を魔の森と呼んでます。突然出現して、結界を張っていない場所にこうやって繁殖していったのです」

 

 リールがそう説明していてる傍で、イスカスはその果実が気になって仕方なくなっていた。

 

 おいしそう…

 

 なぜか正直そう思えていた。

 まるで惹かれるように、イスカスがそっとその実を手に取ろうとしたとき、リールがさっと止めている。

 

「やめてください。この実は魔の実。食べたものを魔物に変化させる実です」

 

「魔物に?」

 

「はい。何人かこれを食べて怪物に変化した者がいます。この魔の実は人を誘惑し、そして変化させるための実です。ですので、決して近寄らないでくださいね」

 

 イスカスは不思議そうにその実を見ていた。

 美味しそうな実としか思えないが、それがそんな危険なものだと思えなかった。

 だが、リールにそう言われたイスカスは頷くと、気になりながらもその実から離れていく。

 ただずっと、まるで呼ばれるようにその実が気になってしたかなかったが…

 

「しかし、こんな状態で薬草とれる場所なんてあるのか?」

 

「あります。貴方を助けたのもそこですよ。…薬草は高地にしか生えません。この森を抜けた先にある山の上に、薬草が生えている場所があります。そこもまた、女神による結界が張られているので、魔物も魔の植物も侵入することがないそうです」

 

「女神?」

 

「はい、この地の神は女神様とそう伝えられています」

 

「伝えられている?」

 

「誰も神の姿をみたことがないのです。神殿に像が安置されているそうですが、神官でも上位のものしか入れないそうですよ。父が言ってました。父も見たことがないため、本当に女神様なのかしらないといってました」

 

「まあ、神様とかよくわからないけど、そういうもんなんだ。…じゃあ、神様に何かお願いするとかそういう時は?」

 

「神様にお願い?神様にお願いしたら何かあるんです?」

 

 イスカスは止まってしまう。

 確かになんでそんなこと言ったんだろう。

 

「なんでそんなこと言ったんだろう。…いや、気にしないで」

 

 過去に何かあったのか?

 よくわからないまま、リールは頷いて他の話を始めた。

 

「気を付けてくださいね、もうそろそろ魔物が出てくる可能性ありますので」

 

「魔物って急に襲ってくるのか?」

 

「普通に出るのはそのようですね。何か急に襲ってくるようですが、中に何かに操られているような魔物もいたとか。行商人の方がそんな話してました」

 

「操られるね…なんかそれは怖いな」

 

 そんな話をしているときだった、突然目の前にそれが現れたのは。

 

「魔物です」

 

 そう叫んだリールの手を取り、自分の背後に守るように立たせたイスカスは、剣を抜いてその魔物と呼ばれる謎の灰色の怪物に目を向けた。

 魔物はやみくもにイスカスに襲い掛かってくる。

 イスカスはもっている剣で、魔物の腕を止めていた。

 

「今のうちにどっかに隠れてろ。このままやられるわけにはいかないから、倒す」

 

「わかりました」

 

 リールはすぐに木の陰に身を隠す。

 それを見届けたイスカスは、さっと魔物の足にけりを入れてさっと後ろに飛んで、間合いを取る。

 

 なんでこんだけ動けているのか、正直わからないが今はそれどころじゃない。

 剣を構えなおしつつ、魔物を睨みつけた。

 

「なんかしんないけど、どうやら俺は戦いの中に身を置いてたらしい。リールのためにも消えてもらう」

 

 そう言ってイスカスは剣で魔物を、薙ぎ払い、さらにとどめでその体に剣を突き刺した。

 魔物はそのまま爆発して消える。

 

「はあはあ…」

 

 イスカスの息は自然と上がっていたが、どこか高揚感があった。

 戦いになれているといのはわかっているが、なぜ魔物を見ても怯えず立ち向かっていけるのか、それになぜ戦いを何とも思わずこなせるのか、正直わからなかった。

 

「すごいですね。簡単に倒せるなんて。…やはり、護衛を頼んで正解ですね」

 

「あのさ…怖くないのか?俺は恐らく戦いに身を置いていたんだ。何者かもわからないのに戦いなれているなんて、普通じゃありえない」

 

「この世界ではよくあることですよ。魔物が急に入ってきて以来、戦いに身を投じる者も多いので。ですので、気にしなくても」

 

「つまり、傭兵だったのか?」

 

 自分自身がわからないから、そんなことを知るはずのないリールに聞いてしまう。

 だからなのか、リールは苦笑しながらもちゃんと答えた。

 

「それはわかりませんが、剣の腕といい、その可能性はありますよ。ただ、その髪や目はこの辺では見かけない者なので、何とも言えませんが」

 

「こことは違う場所から来たということか?」

 

「ええ、可能性はありますよ。この世界はかなり広いので、たくさんの国があります。私も知らない国も存在していてもおかしくない。まだ、この世界を行きつくした人には会ってないので」

 

「誰も行ってないのか?」

 

「はい。そもそも旅をするって出てった人で、戻ってきた方はいませんから」

 

「それだけ危険なのか?」

 

「はい。魔物にもいろんな種類がいるかと。さっき見たのは一般的な魔物で、まだ何とかなるそうですよ」

 

「詳しいんだな」

 

「よく、薬草を取りにいっているので詳しくなったんです。…もともとはこの辺、草原だったんですがね」

 

 その話をしながら、イスカスは首を捻っていた。

 草原だった風に見えない。もはや怪しい森でしかないからだ。

 

「草原なのか?」

 

「あっという間にこんなことに。他でも同じような事が起こっているそうです。…だれもなぜこんなことになったのか、誰が何の目的でこんなことをしたのか、それもわかってません」

 

 そんな話をしているとまた何体か魔物が襲ってくる。

 イスカスはすぐに、剣を構え迎え撃っていく。リールはその隙に逃げていた。

 剣をふるっている間は、何も考えないですんでいた。

 本当にずっと戦っていた、それだけはわかる。

 何も考えなくても、勝手に体が動いてくれる。

 

 きっと、これが俺の仕事。

 俺は元々傭兵だった。

 

 戦いを終えた後、イスカスは自分の事をそう考えることにした。



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3話

 あれから何度か戦闘を繰り返したあと、ようやく山道の入り口に到達した。

 リールの話通り、このあたり一帯には結界が張られているらしく、謎の植物もあの魔物と呼ばれる怪物も入ってこれず、ここだけは静かであった。

 

「ほんと大変な思いをしてるんだな」

 

 魔物を何体倒したのか、自分自身でわからなくなっている。

 本当に危険だということが実感できた。

 

「ええ、ですから護衛をしていただけるのは本当にありがたいのです」

 

「俺としても、ちゃんと恩返しできるのはありがたいから、ほんとよかった」

 

「十分返してもらってますよ」

 

 とはいうものの、全てが解決したわけではない。

 英雄の伝説が本当なら、この男に全てが…

 でも、そんな風には…

 イスカス、貴方には生きていてほしい。

 

 そう言ってリールはイスカスに笑いかけていた。

 イスカスもまた、リールに微笑み返している。

 少しの間いただけだが、記憶がないとはいえイスカスが悪い者とはリールには思えなかった。恐らく、創造した通り元は傭兵で、こうやって守ってきたのだろう。

 

「リールって、思ったけどいい奴だな」

 

「さあ?自分ではそうは思わないですが…イスカスはどうなんです?」

 

「どうって?」

 

「貴方は何を望んでいるのか、それを知りたくて」

 

 望んでいる?

 よくわかっていなかった。

 そもそも、自分の事すらわかってないから何を望んでいるのかわかってない。

 

「ごめん。よくわからない。記憶すらないからだろうな。何を望むと言われても答えようが…」

 

「そうでしたね。…すいません、ゆっくりでかまいませんよ。さてと、もうそろそろ薬草のある場所につきます」

 

 やはり魔物がいないと歩む速度も速い。

 気付いたらもはや山頂近くまでやってきていた。

 さっと振り返れば、森の中にポツンとある、リールのあの町がある。

 ほんとうに森に浸食されているようだ。

 

「リール、さっきの質問だけど…リールは何を望むんだ?」

 

 言われたリールは、少し考えたのち笑って答えていた。

 

「魔物を恐れずに生きていける世界ですかね。やはり、魔物は怖い存在ですから。皆が無事に生きていければ、それが私の願いです」

 

「そうか…俺さあ、記憶ないけどさ、リールのその気持ちはわかる気がする。誰かを守りたいって言う気持ちは、とても大切な事だと思う。だから、俺に出来ることがあったら、ちゃんと手伝うよ」

 

「イスカス…ありがとう。その気持ちは嬉しいです」

 

 リールは本当に嬉しかった。イスカスにそう言われることが、なぜだか知らないが安心できるし幸せな気分になれる。

 確かに人種としては違うのかもしれないけど、話したり近くにいればいるほど、どこかひかれているような気がしていた。

 

 だが、そんな平穏な雰囲気は一変する。

 山頂に着いたその時、その場の空気が一変していた。

 

 暗く重いその雰囲気は、イスカスでさえあまりいい気分ではなかった。

 それ以上に、リールは怯えている。ホーリースキルドクターというスキルが、危機を自分に知らせているのはわかっている。

 

「リール、今回は引こう。嫌な予感がする」

 

「そうですね…またこれますから」

 

 さっきまで晴れていた空が、急に曇り始めてきた。

 明らかになんらかの力が働いているのだと思われる。

 そんな相手をして、簡単に逃げられると思えない。

 だからこそ、今のうちに逃げ出そうと、そう考えていたのだ。

 だが、そんな二人は裏切られる。

 逃げようとしたその先に、人の姿をしてはいるが明らかにあまりいい雰囲気でない者がそこに立っていたからだ。

 青い瞳に青い短髪の男は、まるで自分たちを馬鹿にしているような視線を向けている。

 

「リールっていうのはおまえだろ?噂は効いているよ。人間でありながら、希望を与える存在。聖女ともよばれているらしいな」

 

 少し低い声がそう伝えてくる。

 リールの前に立つイスクスは、その謎の男をただ睨みつけたままだ。

 

「聖女だなんて大それたものではありません。…それよりも、貴方は何者です。私に何の用なんですか?」

 

「あ、そういやあ自己紹介がまだだったな。俺様はビリアっていうんだ、よろしくな。えっと、そうだな。お前たちの言ってる魔物を操る者って言ったらいいのかな?まあ、俺達は自分達の事を魔族って呼んでいるが」

 

「な…」

 

 リールは固まってしまった。

 噂には魔物を操る者が存在していると聞いていたが、それがまさか今目の前に突然現れるだなんて、思ってもみなかったためだ。

 イスカスはよくわかっていなかったが、まともな相手じゃないのはわかっている。すぐにでも戦闘できる様に、手は剣の柄を握っていた。

 

「信じてもらえないかもな…じゃあ、これで信じてくれるかな?」

 

 そう言ってビリアとかいう男の目が赤く光った瞬間、変な裂け目が現れそこから5匹ほど魔物が現れた。

 そして、その魔物はまるで意志のあるように二人に襲い掛かってくる。

 明らかに先ほどまで相手していた魔物とは違っている。

 イスカスはさっと剣を抜くと、魔物たちに斬りかかっていった。

 

「ほほう、この状況でも戦おうとは…どれどれ見させてもらおうか」

 

「勝手に言ってろ。俺はリールを守ると決めてんだ。そのためになら、魔物くらい俺が退治してやる」

 

 イスカスは軽く魔物の攻撃をよけながら、空いた脇を狙って、剣を突き刺す。

 恐れず、敵に斬りかかっていく姿に、ビリアとか言う男も、ほほうとうなっていた。

 とりあえず一匹倒したイスカスは、さっと剣を魔物から引き抜くと、そのまま鋭い視線を残りの魔物に向ける。

 そんな魔物は、ビリアに命令されているらしく、リールに向うものとイスカスに向ってくる者と別れていた。

 

「リールに手を出すな」

 

「そう言われてもな…今がチャンスなんでね」

 

 ビリアはにやりと笑うと、さっとリールの前に現れる。

 イスカスは急いで、魔物達をはねのけてリールの元へ向かおうとするが、なかなかうまく進めない。

 

 万事休すかと思われたそんな状況の中、突然白い光がリールを包み込む。

 

「なに…この力はまさか」

 

 ビリアが焦っている。

 一方のリールもまたこの力が何なのか知っていた。

 だからこそ、向こうからやってきた白ローブの集団に安堵の顔を見せていた。

 

「何が起こってんだ?」

 

 イスカスにはよくわからなかったが、救われているのはわかる。

 だからこそ、今の状況を利用して、自分の周りにいた魔物たちを次々にその軽やかな剣技で倒していく。

 

「まさかこんなところで、魔族にあうとは…だが我ら聖騎士が現れたとならば別だ。消えてもらう」

 

 白ローブの一人がそうビリアに告げる。

 ビリアもさすがにまずいと感じたのか、逃げ出そうとしたその時、背後に痛みを感じた。

 恐る恐る見ると、この間にインベスを退治したイスカスが、ビリアの背中を剣で貫いていたのだ。

 

「貴様…面白い。また会おう」

 

 まるでそれすらも楽しむように、ビリアが嘲笑を浮かべたのち、そのまま消え去っていった。

 イスカスに残されていた剣には血がついていたため、恐らくはそれなりの傷は与えられたのだろうが、ただあの様子だと、魔族というあの男は死んではいないという事だ。

 だからこそ、イスカスは唇をかみしめ、剣についた血を払いのけたのちに鞘へとしまった。

 

「ぜひとも聖騎士にほしい腕前だな。まさか魔族に一矢報いるなんて」

 

 白ローブの一人が先ほどまで顔を隠していたフードをとり、そっとイスカスに笑いかけていた。

 もっとも、イスカスとしては聖騎士がなんなのかわかっていないため、信頼していない顔を向けていた。

 

「あ、イスカス。聖騎士団とは、この世界の神をお守りする騎士です。神官の使う神の力を使える剣士たちです。ですので、我らの味方ですし何度かお会いしたことがあるんですよ」

 

 リールの説明により、ようやくイスカスは緊張した雰囲気を解く。

 そっと笑顔を見せると、聖騎士が差し出した手を握っていた。

 

「俺はイスカス。記憶ないから何やってたかまでは覚えてないけど、ただリールを守りたいから、その護衛をしている」

 

「それは頼もしい。私は聖騎士団の一応団長をしているファルコンという者だ。リール殿というよりはその父であるルシス殿にお世話になっているのでな。ルシス殿から気になる手紙をもらってきてみれば、このような事になっているとは。リール殿を守れて本当によかった。…それにしても、お主のような腕前をもつ剣士にあえて光栄だ。先ほど言った、聖騎士団への勧誘は本気だ。こちらとしても魔族に対抗できるものはほしいのでな」

 

「すまない。俺はあくまでリールを守りたいんだ。記憶もない俺を拾って、ずっと世話をしてくれた。これくらいしかお礼できないし。…それに、さっきも言った通り、俺は記憶がない。何をしていたのか、どこの馬の骨かわかったもんじゃない存在が、そんな大それた騎士団に入るわけにはいかないだろ?」

 

 その言葉が気に入ったのか、ファルコンはふっと笑っている。

 

「まあ、どのみちリール殿には、我らの本拠地である神聖国ヴァリアットに来てもらうつもりだから、まあそれまでに考えてもらえればいい。そもそも、我らも寄せ集めのような者。あの魔族や魔物に家族を襲われ、恨みを抱いた者たちばかりなのだから…魔族に敵対するものは我らの味方。まあ、聖騎士団に入らなかったからと言って敵になることはない」

 

 ファルコンの言葉を聞いていたリールが反応する。

 そもそもリールは、そんな話初めて聞いたのだ。

 

「そんな、ファルコン様。それじゃあ、父と離れろと?」

 

「その君の父親であるルシス殿の頼みなんだ。魔族の動きが活発になっている。そもそも、なぜか君を狙っているらしいとね。だからこそ、自分では守れないから我らに守ってほしいと頼んできたんだ。…ここにその手紙もある」

 

 そう言ってファルコンはそっとリールに、ルシスからの手紙を渡した。

 それをただ静かに読んでいくリールの目に涙があふれ、やがて泣き崩れてしまった。

 どうすることもできないイスカスは、その様子をただ見守る事だけしかできなかった。

 

「そんな…お父さん…」

 

 ファルコンは泣き崩れるリールにそっと、ハンカチのようなものを渡す。

 リールはそれを借りると、しばらくその場で号泣してしまい動けなくなっていた。

 

「ルシス殿の事は任せろ。あそこにも聖騎士が二名ほど駐留することになった。彼らが守ってくれる」

 

 そう言ったとき、ファルコンの後ろに控えてきた二名ほどの騎士が、頭を下げていた。

 とはいっても、父と離れることになってしまったリールはそう簡単に立ち直れない。

 

 自分がいれば父に危険が及ぶことも、町のみんなにも迷惑をかけるかもしれないこともわかっている。

 だが、突然すぎる別れに、リールはただ悲しむしかなかった。

 

「記憶もないし、確かにリールの悲しみはわかってあげられないかもしれない。でもさ、記憶がもどるまでは、ずっと一緒にいることは出来る。リールを守る事も。…だから、一人じゃないから」

 

 イスカスの優しい言葉に、リールは涙を浮かべながらも頷いていた。

 このまま迷惑をかけるわけにはいかない。

 なぜ、魔族なんて珍しい存在が自分を狙ってくるのかもわからないけど、狙われているのは事実。

 このまま魔族の手に墜ちれば、それこそ父であるルシスを悲しませることになる。

 

「一緒に行ってもいいよな」

 

「ああ、こちらから頼む。お主のようなものになら、リール殿を任せられる。道中味方はほしかったのでな。…あのようすじゃあ、必ず魔族は襲ってくる」

 

「わかっている。その時は守る」

 

 そう、記憶もないし、何ができるかわからない今、出来ることはリールを信じて守る事だけだ。

 そのためには、恐れることもない。

 

「でも、危険に巻き込むわけには…」

 

「どのみち、俺はここから来たわけじゃない。この広い世界のどこかに自分の故郷があるのかもしれない。だから、それを調べるためにも旅にでなきゃいけないんだ。そのついでだと思ってくれれば。それに、危険なのは変わりないだろう。どうせ魔物だらけなんだしな」

 

「そうですが…イスカス。ありがとう」

 

「きにするなって。これはお礼だからとちゃんと言ってるだろう?それに、リールの事を守りたいと本気で思えるんだ」

 

 その言葉に、リールは涙をふき取りイスカスに頷いていた。

 イスカスが一緒にいてくれることは、護衛としてだけでなく、精神的にも支えになっていた。

 イスカスといると、なぜだか知らないがリール自身落ち着ける。

 イスカスの元からの人格がなせる技なのか、イスカスの記憶がないためわからないが、ただ、元もいい人だったという事はわかっていた。

 

「じゃあ、ここでじっとしてるわけにはいかないし、行こう。我らも忙しい身だしな」

 

「行きましょう、イスカス」

 

「ああ、行こう」

 



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4話

 神聖国ヴァリアットの聖王都シャルアンまでは、かなり時間がかかるらしい。

 一応聖騎士団とともに行動しているためか、魔物を退治するのも楽になっていた。

 まあ、あれから数日キャンプをしながら歩いているから、次の町へも近くなっているそうだが…

 

「しっかし、すごいなほんとに」

 

 聖騎士団の中でも若手であるキャジャという青年が、じっとイスカスの事を見つめてきた。

 その視線に、さすがにイスカスも苦笑を浮かべている。

 

「そんなことないよ。キャジャもすごいじゃないか」

 

「いや、団長に比べたらな…まだ一撃で魔物仕留められないし」

 

 そう言いながらも、キャジャは無傷でいる。

 そもそも聖騎士団に入るためには入団テストがあって、それに合格しない限り入ることが出来ないらしい。入ってもしばらくは見習いで、腕のいい者だけが、正規の聖騎士団へ入隊となるそうだ。

 そんなことを考えれば、キャジャはかなりの腕前ということがわかる。

 

「ファルコンってそんなにすごいのか?」

 

「団長は一人で10数匹の魔物を相手して、ほとんど一撃で仕留めたという伝説の持ち主だ。実際、団長の腕にかなうものは今まで見たことない。…ただ、あんたなら団長とどっこいどっこいかもな」

 

 自分の実力というものをいまいちわかってないイスカスは、何とも言えない顔をしていた。

 

「それより、キャジャも魔物に何かひどい目にあわされたのか?」

 

 聖騎士団は、魔物に恨みがある者の集まりだという話だからこそ、イスカスは気になっていた。

 

「まあな。俺は姉ちゃんを…まあ、ここにいる皆そんな感じだから。あんたは記憶ないみたいだけど、その腕前といいあんたもずっと魔物と戦っていたのかもな」

 

「わからない…確かに魔物を見ても怖いとは思わないけど。それに戦う事にも抵抗はない。だから、そうなのかもしれないし、違うのかもしれないよな。まあ、そもそもこの髪って珍しいんだろ?だから、どこか別から来たのかもしれないしな」

 

 そう、このキャジャの髪も赤色であり、他のメンバーも黒い髪をしているものは存在していない。

 前にリールがそう話してくれた通りだ。

 

「まあ、イスカスという名の通りだよな。黒い髪に黒い瞳なんて見たことないよな」

 

 どう考えても名前といい、ヴァリアットが人の多いことはわかる。そこで見たことないという事は、やはり黒い髪というのは特殊という事だ。

 それとともに、自分がどこから来たのか…それが凄く不安になってくる。

 

 一体、自分の生まれ故郷はどこなのか…

 

「あんまり気にしないでいいですよ。人であることは変わりないんですから」

 

 イスカスの隣にいたリールが、そう話しかけてきた。

 イスカスもリールを心配させないようにと、にっこり笑みを浮かべてみせた。

 

「そうだな。どこで生まれようと、守りたいという気持ちには変わりないしな。…しかし、ずっとこんな森が続いているのか?」

 

「ああ、俺達も周辺しかいかないからあんまり遠くまでは知らないが、町以外はこんな感じだ。まあ、聖王都までには4つくらい町があるから、そこで休める。ただ、魔族がいればそうはいかないんだけどな」

 

 キャジャの言うにはイスカスが思っているよりも、町は残っているらしい。

 そのどこにも、神官により結界がほどこされているため、その町では安全であるらしい。

 だが、今では若干違ってきている。

 魔族が最近活発に活動している。

 今まで、その存在はただ魔物を操る者としか知らなかったが、最近になって聖騎士団と激突するようになったらしい。

 その際に、自ら魔族と名乗ったから、聖騎士団でもそう呼んでいるらしい。

 

「あいつは、なんなんだ?」

 

「わかったら苦労しない。敵であるとしかわからない。魔物を統率し、かなりの力をもっている。…そもそも魔物もそうだが、どこからやってきたのか、何が狙いなのか全くわからない。俺達もおかげで手を焼いている」

 

「じゃあ、なぜリールが狙われるかもわかんないわけだな」

 

「ああ、特定の人物を狙ってくるのは初めてだ。だから狙いなんて分るわけない」

 

 狙いも分からず、リールはずっと狙われ続けるということになる。

 守る側としても、かなり厄介の問題だ。

 

「ということは、奴らの根城がどこかもわかんないってことか。…なんか奴らさえどうにかなれば、この世界を救うことできそうだよな」

 

 魔物を操ることが出来れば、この世界で人々が魔物に襲われることもなくなるという事だ。

 つまり今の現状がどうにかなるということだろう。

 

「そう、上手くいけばいいんですけどね。なんか、強そうですし、話聞いてくれなさそうですしね」

 

 リールのいうことも一理ある。

 話など聞いてくれそうにない存在であるため、やるのは戦うほか残されていないということだ。

 

「まあ、魔物操る時点で、敵でしかないんだ。躊躇する必要もないしな」

 

「そうだよな。…すまない。まだここの事よくわからなくて」

 

「記憶がないんなら仕方ないだろ。こっちとしてはお前のような強い奴が味方でいてくれれば、それだけでありがたいんだしな」

 

 何者かわからないのに、聖騎士団の皆は人というだけで、温かく迎え入れてくれる。

 それがとても、イスカスにとってありがたかった。

 

「こっちも、ありがたいよ。何も知らない俺に、色々教えてくれるんだしな。…っと、どうやらまた魔物だな」

 

 ここずっと、こんな感じだ。

 人数が多い分楽にはなっているが、危険なのはかわりない。

 こうやって話をしている間にも、魔物が10匹ほどこちらに近づいてきた。

 

「しかも、上位の魔物がいる」

 

 今までみた灰色の魔物とは違い、赤と黒の体に、変な角のようなものを持つ魔物が姿を現した。

 他には緑色で鋭い爪をもつものなど、明らかに今までの魔物より強そうなものたちだ。

 

「まずいな。…イスカス殿、キャジャとともにリール殿を守って先に行け。ここは我らで何とかする」

 

「しかし、あんた大丈夫なのか?俺も戦うが…」

 

 団長であるファルコンが強いことはわかったが、それでもかなりの数相手となる。

 確かに他にも3名ほど聖騎士が残るようだが、かなりつらい戦いになることは目に見えている。

 

「嫌な予感がする。そもそも、こんなに上位の魔物が集まるなんて、まるで操られているようだ。…つまり魔物がどこかにいて、隙を狙っている。だからこそ、リール殿を守ることに専念してもらいたい。それに、我らを馬鹿にしてもらいたくないものだ。こう見えて、聖騎士団の精鋭なんでな。…次の町ギャランで会おう」

 

 それでも渋っているイスカスの腕を、キャジャが握り、リールと共に逃げていく。

 キャジャとしては聖騎士団長であるファルコンの意志を尊重しているようだ。

 

「大丈夫。団長は強い。それより、気を抜くな。魔族が狙っているのはわかってることなんだから」

 

 キャジャのいう通りであることは、イスカスにもわかっていた。

 ここを魔族が狙ってくるのは目に見えている。

 そうなったとき、リールを守れるのはキャジャとイスカスしかいないのだから。

 

「そうだな。…リール、あんまり離れるなよ」

 

「わかってます。皆さんに迷惑をかけたくないですしね」

 

 リールはできるだけイスカスから離れないようにしていた。

 キャジャがリールやイスカスの前を進み、イスカスは後方を注意しながらリールと共にそのあとを追いかけていく。

 そんな中でも、激しい戦闘の音はここまでも聞こえてきた。

 やはり、聖騎士団長とはいえ、そう一筋縄には行ってない様だ。

 

「前を見ろ。団長を信じろ」

 

 キャジャがそうイスカスを諭した。

 確かに、ここでファルコンの元に向ってしまっては、ファルコンたちの意志を無駄にしてしまうことになる。

 

「そうだな。短期間だけど、あの人なら信じられると思える」

 

 何度かファルコンとイスカスは話す機会もあった。

 その話で、ファルコンの誠実さと本当にこの世界を救いたいという意思を確認できた。

 だからこそ、イスカスはファルコンの事を信頼することが出来た。

 

「当たり前だ。最強なんだからな。…さてと、やはりこっちを狙ってきたみたいだ。気をつけろ」

 

 気配でわかる。

 明らかに空気が一変していた。

 

 黒い、黒い、何か怪しいそんな気配。

 急に寒気さえしている。

 だからこそ、イスカスはすぐにリールを守るようにし、剣を抜いた。

 キャジャも同じく、剣をさっと構えなおす。

 そんなに簡単じゃない相手だ、実際どうなるかわからない。

 それでも、リールを守ると二人はそう誓っていた。

 



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5話

「人間風情に苦戦するとはね…情けない」

 

「しゃあねえだろう。俺様だって油断してたんだ。…それに聖騎士団がいちゃなあ。で、今度は邪魔者少ないし、とっとと差し出したほうが身のためだぞ。…あ、あとあんたにも興味あんだ」

 

 あのビリアとかいう謎の魔族を名乗る青年と、オレンジ色の長い髪に、同じオレンジ色の瞳をした女がさっと三人の前に姿を現した。

 おそらく、この感じからしてこのオレンジの女も魔族と呼ばれる存在なのだろう。

 その気配から、人とは思えない雰囲気を感じる。

 

「魔族が2体か…俺が引き付けるから、その隙に逃げろ」

 

 キャジャがそういったが、イスカスはそんなこと納得いくはずがなかった。

 魔族がかなりの強さであることは、前のビリアとの戦いで学んでいた。今回はそこに、謎のオレンジの髪の魔族までいる。

 どう考えても、キャジャ一人でどうにかなるとは思えない。

 

「何言ってんだ。さすがに、そんなことは出来ない。それにどうせ逃げても追いつかれる。なら、キャジャとともにこいつらを倒したほうが早い」

 

 あくまで魔族たちの狙いは、リールを手に入れることだ。

 だからこそ、逃げたところで追っかけてくるのは目に見えて分っている。

 

「なるほど、確かにな。ただ、しっかりリール殿は守らなきゃな」

 

 リールをいかに守るか、これがこの二人に課せられた使命のようなものだ。

 あそこで残って戦っているガ騎士団の他の面々のためにも、リールだけは守らなければならない。

 

「キャジャ、お前に任せていいか。俺が奴らの懐に飛び込む。リールの近くに来た方を相手してほしい」

 

 自分自身記憶はないが、待って守るよりも、自分から飛び込んでいくことのほうが得意であることはわかってきていた。油断できない相手だからこそ、自分の長所を生かそうと思っているのだ。

 キャジャもそれをくみ取ってか、反論しなかった。

 

「なるほど…リール殿、そういうことでいいか?」

 

「はい、お願いします。イスカス、キャジャさん、気を付けて」

 

 二人は頷くと、イスカスはさっと剣を握りしめたまま、ビリアとか言う魔族に斬りかかる。

 ビリアは嬉しそうに笑みを浮かべると、さっと二又にわかれた槍を呼び出し、さっとイスカスに振り下ろす。

 イスカスはさっと避けながら、剣をビリアに向けてつく。

 だがビリアも、さっとそれをよけると後ろに一っ跳びして間合いをとっていた。

 

「やはり、お前は面白いな」

 

「うるさい。戦いに面白いなどない。それに俺はお前の事が嫌いだ」

 

 なぜかわからないが、嫌悪感がずっとしている。

 恐らく、もとからこういう奴を受け付けないのだろう。

 イスカスはまた剣を構えるとビリアに向って、突進していった。

 

 その間にオレンジの髪の女は、さっとキャジャ達の元に姿を現している。

 元々狙いはリール。

 そもそも、人間が魔族に敵う筈もないと思っているオレンジの髪の女は、ビリアにイスカスの事を任せていた。

 

「さあ、大人しく渡しなさい」

 

 そう言ってきた女に、キャジャは剣をふるうが、何らかの力が働いて、剣を突き立てられない。

 女の目の前で止まってピクリとも、動かなくなってしまっている。

 

「なに」

 

「ほんと、人間なんて弱い者。全く、人間風情がこの私に勝てるはずないじゃない。全く馬鹿じゃない」

 

 キャジャはくやしさのあまり下唇を噛みしめる。

 魔族との力の差がここまであるとは、思ってもみなかったからだ。

 このままでは、歯が立たない。

 リールを任せられている以上、キャジャは戦わなくてはいけないのだが、正直どうしていいのかわからなくなって困惑していた。

 

「キャジャさん。諦めちゃだめです。イスカスだって、戦ってるんですから」

 

 そう、イスカスはビリアとか言う魔族と、ほぼ互角で戦っている。

 ビリアの様子からも、本気で戦っているのは見て取れた。

 だからなのか、オレンジの髪の女は思わずため息をつき、呆れた顔でそれを見ていた。

 

「あんた、何してんの」

 

 なんとかイスカスの剣を押さえているビリアが、それにすぐさま言い返した。

 

「しゃあねえだろう。こいつ強いんだから。こっちもバリア張ってんのに、それを貫いてくるんだ」

 

 その言葉に、オレンジの髪の女が驚くとともにため息をつく。

 そして何かをさっと決心したのか、ふっと笑うと、さっとリール達に右手を翳し、周辺の魔の植物でリール達を絡め取っていた。

 魔の植物はきつく締まっていく。

 キャジャは自分の持つ剣で払いのけようとするが、上手くいかない。

 

「私があの男を倒している間、大人しくしてなさい」

 

「貴様…くっ」

 

 キャジャはなんとか抜けようともがくが、そう簡単にいかないため、どのみち抜け出せないでいた。

 正直大人しくしていたくないが、抜け出すにも時間がかかりそうだ。

 リールもまた、この謎の魔族を睨み付けていたが、そんなものには目をくれず、苦戦しているビリアのもとに駆けつけていた。

 

「たくっ…こんな人間相手に何をやってるの?」

 

「本当に強いんだ。お前本当に人間か?」

 

 実際、オレンジの髪の女は、イスカスを見ていないため、その実力をわかっていなかった。だが、ビリアがそういうのなら、よほど強い相手のようだ。

 ビリアも魔族の中ではかなりの実力を持っている。

 それよりも心外なことを言われたイスカスが、さっとビリアを睨みつけた。

 

「人間だ。…そもそも、俺は人の味方だ」

 

 さっとビリアに回し蹴りをして吹き飛ばしたイスカスであったが、オレンジの髪の女はその隙に、さっとイスカスの正面に現れ、蹴りを入れようとするが、イスカスはさっとそれを察して蹴りを避けて、オレンジの髪の女を睨み付けていた。

 

「人間風情が意気がるな。何が人の味方だと…汚らわしい人間と我らでは格が違う。それにその目…まるであの方のような目。人間がその目をするな」

 

「なんの事だよ。俺はぜってえお前らに負けない」

 

 オレンジの髪の女は、じっとイスカスのその目を見ているうちに、何か考えはじめてしまった。

 さっきまでの高圧的な態度が緩んでしまいそうになる。

 だからこそ、さっと構えて、イスカスに問いかけた。

 

「貴様、名はなんという。そもそも、お前はどこ出身だ」

 

 その高圧的な態度に苦笑しつつ、イスカスは冷静に返した。

 

「自分から名乗るのが礼儀だろ?」

 

「まあ、名は隠している訳ではない。答えよう…私の名はマーガレット。これでいいでしょう?」

 

 そこに蹴り飛ばされていたビリアが、ムクッと起き上がり、イスカスに襲い掛かっていく。

 イスカスは上手くそれをよけると、並んだ二人の魔族と距離をとる。

 さらにイスカスに襲おうとしたビリアを、なぜかマーガレットはさっと止めていた。

 

「まだ、質問の答えを聞いていない。それからで構わないことじゃない」

 

「ちっ、お前も物好きだな。あんなに人の事を毛嫌いしてるのに」

 

「そこの男の目が、気になっただけ」

 

 もっとも、イスカスはそんなことに答えるつもりはない。

 こんなやり取りをしている間に、そっとリールとキャジャの元にむかって、謎な植物から解放しようと己の持つ剣で蔦に攻撃を加えていた。

 

「ちょっと、人の話を無視しない」

 

「うるさい。魔族かなんか知らないけどな、弱者を虐げるような奴の言いなりになんてなってたまるか」

 

 そう言ってイスカスは謎の植物を叩き斬り、二人を見事に救出する。

 キャジャは結局助けられたためか、申し訳なさそうにイスカスに頭を下げているが、当のイスカスは気にしていない様だ。

 笑って、リールとキャジャに手を貸している。

 

「まさか、それすらも斬るとは…やっぱ、ほっといたらやばそうだな」

 

 そう言って襲いかかろうとしたビリアを、なぜかマーガレットが止めていた。

 

「今回は分が悪いわね。引くわよ」

 

 マーガレットが発した意外な言葉に、ビリアは信じられないという顔をしていたが、どうやらマーガレットの方が力が上な様で文句を言わずただイスカスにこう言い放った。

 

「覚えてろよ。この屈辱、いずれは返す」

 

「返り討ちにしてやる。リールに手を出すこと許さないからな」

 

「いずれ戻ってきます。その時は覚悟しなさい。…さあ、戻るわよ」

 

 そのままマーガレットとビリアは姿を消していった。

 残されたリール達であったが、素直に撃退したと喜べないでいた。

 

「あいつらの狙い、なんなんだ?今回もあえて逃亡したようだし」

 

「確かにな。あんだけ人間を蔑むなら、リールを手に入れるってのもおかしいし。それに、イスカスを恐れて逃げたわけでもなさそうだしな」

 

 キャジャの言った通りだと、イスカスは考えていた。

 さっきの逃亡の仕方は、何か考えがあってのことだ。

 つまり、今後奴らはなんらかの策を練ってくる可能性が十分ある。

 

「でも、今回はなんとかなってよかったじゃないですか。…とりあえず、魔族や魔物に襲われるわけにもいかないので、次の町を目指しませんか?」

 

「確かに、ここでぼんやり考えてたら、また奴らが襲ってくる。早いとこ町に向ったほうがよさそうだな。団長たちも終わったら向かうはずだしな」

 

 たしかに、魔物の巣窟でずっといてリールを危険な目にあわせるわけにも行かない。

 イスカスは、腑に落ちなかったがそれはまた後で考えるとして、魔物が闊歩する森をキャジャとともにリールを守りながら抜けていくのであった。

 

 

 



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6話

「キャー、助けてください」

 

 森中に響き渡る女性の声に、イスカス達は急いでその場所にかけつけた。

 茶色の髪の女性が、魔物たちに襲われている。

 周りには、恐らく護衛に雇っていたであろう男が、傷ついて動けなくなっている。

 

「キャジャ、リールを頼む。あの数なら、俺一人で十分だ」

 

 確かに魔物でもあの灰色のよくいる魔物であるうえに、二体だからイスカス一人でも十分な事はキャジャにも分かっていた。素直にリールを守ると、イスカスに任せる。

 

 イスカスはさっと剣を抜くと、手前の魔物を貫き、一体倒したのち、残りの一体をそのまま横なぎに斬った。

 魔物たちはそのまま消滅していく。

 イスカスはさっと剣を払うと、鞘に納め怯えている女性の元に歩いて行った。

 

「もう大丈夫だ。どこに行こうとしてたんだ?」

 

 イスカスがそう言っている間に、護衛をしてた男の治療をリールがしている。

 ホーリースキルドクターの術は、イスカスも見たことがあったが、やはり不思議なものだ。

 薬草から得た薬をつかって、なにやら術を唱えると、その傷がみるみる治っていく。

 

「ありがとうございます。聖都に向おうととりあえずギャランを目指していたのですが、魔物に襲われ…本当に助かりました」

 

 よほど怖い思いをしたのか、女性はイスカスの前で倒れてしまう。

 イスカスはそっと、女性を抱きとめてそっと地面に座らせてあげていた。

 

「無理はよくない。ギャランなら俺達も向ってる場所だから、一緒に行かないか?」

 

「よろしいのですか?あなた方は聖騎士団とお連れの方とお見受けしますけど」

 

 イスカスはさっとキャジャに目を向けていた。

 キャジャも笑って頷いている。

 別に身分を隠しているわけじゃないから構わないという事だろう。

 聖騎士団は人の味方。人であれば、助けるというのが当たり前だという顔をしている。

 

「俺は聖騎士団じゃないけど、そうだ。だから安心して構わない。そういやあ自己紹介まだだったよな。俺はイスカス、あそこのホーリースキルドクターの見習いをしてるリールの護衛をしてるものだ。で、あの聖騎士はキャジャ。俺と共にリールを守ってくれている。それで、あんた達は?」

 

「私はマリア、そして彼は護衛のビック。神官長様に書状を届けるために旅に出ています。構わないのでしたら、お言葉に甘えますね。さすがに私達二人では、またあのような目に合うかもしれないですし」

 

「すまないな、マリア。俺がしっかりしてないばかりに」

 

「ビックのせいじゃない。ごめんね。無理させて」

 

 ギャランの話だと、一般の護衛では普通の魔物でさえ中々倒せないそうだ。

 だからこそ、イスカスの腕は十分聖騎士団でも通用するらしい。

 

「町に着いたら、その書状俺達が預かろうか?そのまま、戻るに戻れないだろうし、町の中なら安全なんだろ?どうせ、俺達聖都を目指してるんだしな。リールさえよければ」

 

「イスカスの言う通りです。私達で預かるべきかと。そうすれば、危険を冒さずすみますしね」

 

「御心遣いはありがたいのですが、父の命令で、これは自分でもっていかないといけないので」

 

 その言葉に、二人は申し訳なさそうにした。

 リールは魔族に狙われている。

 町はすぐそばだし、今のところ魔族が襲ってくる気配もないため魔物にさえ注意すればいい今の状態なら護衛できる。だが、それ以降はいつ魔族が襲ってくるかわからない状況だからこそ、その方が危険だ。

 

「そうですか。イスカス、町までは送りましょう。町にいけば他の護衛もいるかもしれませんしね」

 

「だな、じゃあ町までだけどよろしくな」

 

 マリアは嬉しそうに微笑むと、頷いていた。

 

 やはり不安だったようで、それが少しでも和らいだようだ。

 道中いろんな話をしていると、ふとマリアがイスカスに思っている疑問をぶつけてきた。

 

「その髪の色、とても珍しいのですが、どこから来たのですか?」

 

 その質問に、イスカスは苦笑してしまう。

 どう説明していいのか正直迷ってしまったが、イスカスはそのまま話すことにした。

 

「記憶がないんだよ。俺さあ、倒れているところをリール達に助けてもらったらしくて。まあ、そう言ったら不安になるよな。何者かわからないものなんて」

 

「ごめんなさい。言いにくいことを言わしてしまって。…でも、何者かわからないから不安とかないですよ。貴方は良い方だとそう思えます。だから、そういう心配は大丈夫です」

 

 マリアのそんな言葉に、イスカスはほほ笑んでいた。

 やはりここに人たちは皆優しい。

 助け合わなければいけないためなのか、人であればどこの馬の骨とかそんなことは気にしない。

 だからなのか、イスカス自身も不安がなくなっていく。

 

「ありがとう。なんかすごいなマリアは」

 

「そんなことないですよ。ここでは魔の植物に侵略されていますし、助け合うことが必要なんです。だからあんまり気にしないんですよ。それにしても、イスカスさんは本当に強いですね」

 

 町まで傍という場所だが、何度か魔物と戦ってきた。その様子を見ていたからこそ、マリアは感心したようだ。

 

「さあ、自分ではそう思わないけどな。あ、もうすぐ町につくみたいだな」

 

 かなり大きな町らしく、しっかりとした城門で守られている。

 周りには例のバリアで守られているらしく、魔物も近寄ってこなくなっていた。

 

「団長、待ってます」

 

 キャジャはそう言って、イスカス達について行く。

 まあキャジャもそこまで不安はない。

 

「やっと着きましたね。まだまだ先は長いそうですが、イスカス、これからもお願いします」

 

「リール、当たり前だ。俺はお前の護衛だしな。ちゃんと守る。だから心配しなくていいからな」

 

「はい。…でも、本当は申し訳ないですけどね。私のせいで魔族に狙われるなんて」

 

「気にしないでいいって。そもそも狙いが何なのかわからないけど、魔族が悪いことだ」

 

「そうですね…」

 

 リールは正直迷っていた。これ以上、イスカスや聖騎士団を巻き込んでいいのかそんなことを。

 一方、なぜかマリアがイスカスに近づいてくる。

 イスカスは不思議そうにしていると、マリアが耳元で静かに囁いた。

 

「今宵、どうしても相談したいことがあるので、二人きりで宿の裏であえませんか?」

 

「相談したいこと?なんだそれ。…まあ、いいけどなんで二人きりなんだ?」

 

「どうしても二人だけで話したいんです。おねがいします」

 

「了解」

 

 よくわからないまま、イスカスは頷いたが、なぜそのような事を言ってきたのかよくわからなかった。

 マリアはそのままビックと共に宿に入っていく。

 

「我々は、騎士の宿舎があるからそっちへ。団長戻ってくるとしたら、そっちだからな。団長を待ってから先に進もう」

 

「賛成だ。俺もファルコンの事は心配だしな。リールも構わないか?」

 

「当たり前です。ファルコン様にはお世話になっているんですし、それくらい待ってもいいかと。この町には結界が張っているので、魔族が入ってくることはないですからね」

 

 騎士の宿舎は、思ったよりも立派なものだった。そこら辺の宿屋よりもいいかもしれない。

 キャジャは慣れた様子で、事務処理をすると空いている部屋に案内する。

 中も綺麗に整備されており、ベットもかなり寝心地がよかった。一応、リールの部屋はキャジャとイスカスの間にとってある。

 

「待つ間、おすすめの料理屋あるから行くか?」

 

 キャジャは騎士団ということで、巡回でこの町にも何回か来たことがあるらしい。

 夜までにはまだ時間があるため、リールの護衛もありキャジャとともにイスカスは、キャジャおすすめの店に入っていく。

 

 かなり繁盛している店らしく、客でごった返していた。

 

「あっ、聖騎士様じゃないですか。いつもありがとうございます」

 

 キャジャを見つけた店主が、こちらによってきた。キャジャが何やら店主と話すと、店主が2階へと案内していく。

 

「いつも聖騎士団で使っててな、2階を開けてくれているんだ」

 

 そう言って通された部屋は、個室風になっており回りに気がねせず、食事が出来そうだ。

 とくに何が食べたいとか分からないため、キャジャにおすすめを任せていた。

 

「しかし、魔族の狙いがわかんないな。何故そこまでリール殿を狙うのか…それに、あの様子じゃあまた来そうだしな」

 

「リール、心当たりはあるのか?」

 

「全く。私自身何故狙われるのか、わかってません。それに、あのとき私を捕まえられるのに、何故捕まえなかったのかも」

 

 確かにあのとき、あのマーガレットという魔族はリールを連れ去ろうと思えば出来ていた。それをせず、まるでいたぶるようにイスカスを狙ったわりには、何故そのまま逃げたのか、本当に不明だった。

 

「まあ考えても分からないだろう。魔族に問いただすしか、本当の目的や考えはわからない。まあ、奴等が答えてくれるか分かんないしな」

 

 イスカスはそう答えるしかなかった。

 正直、魔族については全くわかっていない。

 何故、魔物を操れるのか…何故知性をもち、怪しい力を使えるのか。

 本当に未知の世界だ。

 

「まあ、考えても仕方ないかと。私達は成すべきことをするしかないでしょう。もし、あの魔族や魔物を止める事が出来ればこの世界が救われますしね」

 

 リールの言う通りではあるが、そう簡単にいかないのは分かっていた。

 何か手を考えないといけないが、そんなもの思い付く筈はない。

 

「まあ、どっちにしろ聖都を目指すしかない。神官長様に相談すれば、もしかしたら答えが帰ってくるかもしれないしな」

 

 いまだに神官というものに会ったことないが、どうやら神官と聖騎士とは全く別なものらしい。勿論、聖騎士は神官やその神殿を守るが、神官ほど神の力と呼ばれる術を使える訳ではない。

 バリアを貼るなどは、神官が作業を行っている間、聖騎士が守るといった具合らしい。

 

「私も神官様には一度お会いしたことありますが、神官長様とお会いしたことはないです。ただ、お噂はかねがね聞いています」

 

 そんな話をしているとき、この部屋の扉が開け放たれた。

 そこに現れた顔に、一度は喜びの表情を浮かべる。

 

「信じてましたよ、団長」

 

「いやあ、時間がかかってすまなかった。それで、ここに来るまでの間、何か異変はなかったのか?」

 

 団長ファルコンとともに数名の聖騎士団がこの部屋に入ってくる。

 キャジャは一礼をすると、直ぐ様魔族の事やマリアの事を話していた。

 その話を聞いたファルコンは、渋い顔をしていた。

 

「どちらにせよ、状況はよろしくない。しかも、何故魔族が逃げたのか…わからない。まあ、マリアという女性には聖騎士を2名ほどつけよう。それならば、安全だ」

 

「確かに、そうしていただけると助かります。私も気になっていたので…どうしたの?イスカス」

 

「いやあ、そのマリアさんに、相談したいことがあるから、夜二人きりで会いたいと言われていて…どうしようかなあと」

 

 そう言った瞬間、キャジャをはじめ聖騎士団の面々が、飲んでいた酒を吹き出してしまう。

 一方のリールもまた、なんで吹き出すのかわからず首をひねっていた。

 

「あのな、それは…お前…記憶なくてもわかるだろ…その…マリアさんは…お前の事を」

 

 キャジャが一生懸命何やら説明しようとしているのを、何をやっているんだという目でイスカスは見ていた。

 

「何が言いたいんだ? まあ、相談とか気になるからどのみち行くから、その時に聖騎士の話もしておくよ」

 

「お前は、そんな無粋な話、その時にするな。マリアさんの気持ちも考えろ」

 

「はあ?意味がわからない。何が無粋なんだ?…まあいいや」

 

 イスカスの反応に、キャジャをはじめ聖騎士団の面々は思わずため息をついてしまった。

 その後、美味しい料理を食べながら、とりとめのない話をしながら、徐々に日は沈んでいった。

 



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7話

 夜になり、辺りが暗闇におおわれるその時、イスカスは約束通り、宿屋の裏側にきて、静かにその瞳を閉じ宿屋の壁にもたれかかりながら、マリアが来るのを待っていた。

 まあ夜と言っても、明かりがこうこうとついているためあまり暗いと印象はうけない。

 バリアにより守られているためか、人々に不安がなく出歩いたりもしている。

 だからこそ、静かというよりは騒がしい夜といった感じだ。

 

「お待たせしてすいません。よろしければ、少し散歩しながら話しませんか?」

 

 白いワンピース姿のマリアが、イスカスの顔を覗きこむ。

 遅れてきたのを申し訳ないと思ってか、すこし顔が曇ってはいるが…

 それよりも、覗き込まれたイスカスが驚いている。

 気配をあまり感じていなかった。だからこそ、覗き込むまで気付いていなかったのだ。

 

「いいけど、どこにいくつもりだ?」

 

 町の中といっても限られている。

 結界をはると言っても、ここは聖都と違って常時神官がいる場所ではない。

 だからこそ、町としてもそこまで大きいという印象ではない。

 

「いいところがあるんです。ついてきていただいていいですか?」

 

「わかった」

 

 マリアの事を信頼しているからこそ、イスカスはそれ以上尋ねることをやめてついて行く。

 マリアはただ静かに、わざとわかりづらい路地裏を通り、やがて静かな神殿の裏まで来ていた。

 明らかにこの町の事を詳しく知っている上に、先ほどからやっていたのは何かから巻いていたようにみえた。

 まあ、さすがにそこはイスカスも想像がついた。

 イスカスから話を聞いた、聖騎士団の面々が面白がって後をつけようとしたのだろう。

 もはや、その気配すら感じられないため完全に巻いたようだ。

 

「本当に二人っきりになりたかったようだな。それで、そうまでして俺に何の用だ?」

 

 マリアはどこかイスカスを慕う目をしながら、話しかけてきた。

 まあ、当のイスカスはそんな視線にも気付かないでいるようだが。

 

「あの、私も一緒に行ってはいけませんか?この書状をあなた方へ預けるわけにはいかないのですが、守っていただきたいのです。貴方に」

 

「それについては大丈夫だ。聖騎士団が護衛であんた達について行くらしい。生憎、俺達の傍は危険だからな。ここで別れたほうがいい」

 

「いえ、貴方に守っていただきたいのです。でも、貴方はリールというあの子を守っている。だったら貴方についていくには、その傍にいることが必要ですよね。だから・・・」

 

「なんでそんなに俺について行きたいんだ?意味わからない。俺は前にも話した通り記憶のない、謎の男だ。剣の腕も多少できるだけであって、聖騎士でもなんでもない。だったら、素直に聖騎士の世話になったほうがいいと思う」

 

 そう、それに話せないけど魔族に襲われる危険性を考えればできるだけ傍に置きたくない。

 マリアが何を考えているのかわからないが、迷惑をかけたくないとイスカスは考えていた。

 

「貴方に興味があるのです。…そんなこと言わさないでください」

 

 その一言に、そう言う関係に疎そうだったイスカスはさすがにはっとなっている。

 

「あのな、俺、記憶ないからか、そういうこと分かんないけど、その、だからこそ安全に生きててほしいと思えるんだ。俺達ははっきり言って、狙われている。だから聖騎士団が俺達と同行しているんだ。マリアを巻き込みたくない。だから、わかってくれ」

 

「でも、私は心配なんです。貴方になにかあっては」

 

「離れていても、俺は生きていく。約束もあるしな。だからさあ、心配すんな。それに、そんなに心配なら聖都についたときに、会えばいいだろ?だから、道中は一緒にいけない」

 

 マリアは悲しそうな顔をしていたが、やがてにっこりと微笑むと、いくつもの色とりどりの紐を編み込んだようなものを、そっとイスカスに渡した。

 

「これは、お守りです。貴方が無事に聖都に到着出来るように願い、編んでみました。それを手首に巻いて下さい。…これくらいなら構わないですよね」

 

「ああ、ありがとうな、マリア。大切にするよ。…さあ、夜も遅いし宿まで送るよ。魔物がいなくても、女性一人だと危ないしな」

 

「はい。お願いいたします」

 

 マリアは意を決したかのように、表情が晴れやかになっていた。

 

 これが聖騎士達が言ってたことか。

 そういうの、考えてもなかった。

 マリアがまさか自分に好意を抱いているなんて…

 俺、何者かもわからないのに。

 

 一緒に帰りながらもそんなことを考えていると、突然、意味分からないが胸騒ぎをおぼえ、マリアの手を取るとイスカスは宿屋に向かって走りはじめた。

 

 だがそんなイスカス達を留め置くように、あの森にはえていた植物と同じ種類のものが、イスカス達を通せんぼする。

 仕方なく、マリアを守るようにしたイスカスは、さっと後ろを振り返り、このような事をおこなっている犯人を見つめる。

 

「相も変わらず、勘がするどいな。ほんと、人間とは思えないほどだ」

 

 ビリアとかいう、あの魔族の男だった。

 今回は一人らしく、マーガレットというあの魔族はこの場に姿がない。

 

「ほめられているのか?まあ、お前が敵であることはかわりない。だから、そんなことを言われても情けをかけるつもりはない」

 

 そう言ったのち、イスカスはさっと剣を抜いてビリアに向かって走る。

 ビリアはさっと剣を受け止めるが、そのイスカスの力を感じながら、ニヤリと笑っていた。

 

「お前、魔族になるつもりないか?お前ほどの男なら、上位につくこともできる」

 

「お断りだ。誰が好き好んで魔族なんかに…俺は人を

守りたいと思っている。その気持ちに変わりはない」

 

 イスカスがさっとビリアを弾き飛ばす。

 ビリアはなんとか、体勢を整えるとさっとその姿を変えていた。

 黒い大きな牛のような頭に、白銀の鎧、さらに手には両刃の斧を持っている。

 先程までの人の姿とは違い、化け物とも言えるその姿は異様だ。

 もっともイスカスは、そんな姿になろうが怯えず、剣を構え直すと姿の変わったビリアに向かって、斬りつけていく。

 だが、ビリアはさっと何やら不思議な術のようなもので、バリアを貼り、イスカスの攻撃を全て防いだ。

 

「なに…そうか、その姿がお前達の本当の姿で、力も隠していたというわけか」

 

「ご名答。そもそも、人間なんかに破れる俺様じゃないからな。まあ、人の姿を型どっていたときでも、殆ど攻撃を通さない筈なのに、それすら破るあんたには正直驚いていたよ」

 

 つまり、弄ばれていたということだ。

 端から、この形態でこられていたらイスカスにだって、手を出すことすら出来ていない。

 

「お前ら、何を企んでいるんだ。其ほどの力があれば、人を倒すことだって簡単な筈だ。それに、何故リールを狙う。それに今だって、俺を殺そうと思えば出来た筈だ。それを何故殺さない」

 

 実際、魔族にバリアは関係ないということが分かっている。なんせ、町のなかに堂々と現れているのだから。だからこそ、チャンスはいくらでもあった。

 前の戦いのときもそうだ。

 あのマーガレットという、女の魔族もいたあのときなら必ず倒せた筈なのだが。

 

「簡単な話だ。俺様は途中から、お前に興味が移っただけだ。確かに聖女と噂されるあの女を魔族にして、人を絶望に落とそうという話になっていたが、俺様はあんな力ない女より、決して俺様にも屈しない目をもち、力を持つお前を手にいれたいと思っただけだよ」

 

 これで魔族の狙いはわかった。

 まさか、人を魔族に変える事ができるとは…

 そもそも、魔族は元人ということになるのか?

 やはり、魔族そのものがなんなのかわからない。

 

「お前達の元に行くつもりはない。そんなことになるくらいなら、一か八かやってみるさ!」

 

 イスカスはそっと目を閉じたのち、剣をまた構え直した。

 ずっと記憶がないのに体が、動いていた。

 ならば、それに従えばもしかしたらこの魔族に一矢報いる事が出来るかもしれない。

 

 さっと目を開けたのち、イスカスはなにも考えず体の思う通りに動く。

 すると、先程までより数倍早い動きでビリアの背後に回り、そのまま剣を降り下ろした。

 その力も先程よりもあがり、ビリアのバリアをも破った。

 さらにそのビリアの背後を貫こうとしたその時、何故かイスカスの右手が止まってしまう。

 

「危ねえ…本当に驚いた。しかし、あんたが動いたということはやはりこいつが」

 

「こいつなど無礼な。…数々のご無礼申し訳ありません。陛下、お探しするのに時間がかかってしまい、中々お迎えできずに申し訳ありません。先ほどの御手前で、確信に変わりました。貴方様こそ陛下です」

 

 そう言って、動けないイスカスの前に背後から歩いてきたのはあのマリアであった。

 イスカスが右手にはめているあの謎のお守りが黒く光っている。

 

「なんだよ陛下って…それにどういうことだ」

 

「申し訳ありません。陛下だと確証を得るためにこのような真似を。まさか貴方様が人など下等なものと一緒にいるとは思っていませんでしたので」

 

 イスカスはすぐに左手で剣をもったまま全く動かなくなった右手のお守りを外そうとしているが、外すことが出来ない。

 そんなイスカスの元にマリアはさっと、現れその剣を奪い取った。

 

「俺は人間だ。それに、下等だなんて何を言ってる。訳の分からない事はいいから、離せ」

 

「いえ。ずっとお探ししていたのですよ。貴方様は人の傍にいすぎました。まさか、人の身になっているとは想像もしていませんでしたが。さあ、戻りましょう。陛下はこのような場所にいるお方ではありません」

 

 右手からの影響なのか、足すら動かすことができない。

 唯一動かせていた左手でさえ、まるで電流が流れているようにしびれてくる。

 

「わけわかんねえよ。なんでお前はそんなこと言いだすんだ」

 

「なんで?あ…私はそもそも貴方様が本当に陛下なのか確かめるために人などという下等な存在に身をやつしただけです。私の知っている貴方様の姿と違っていたので、なかなか確証を得られなかったので。それに、私はまりあではありません」

 

 マリアと名乗っていたその女の姿はみるみるうちに変化していく。

 オレンジ色の髪にオレンジの瞳をもつ女。

 あの時見た、マーガレットとかいう魔族だった。

 

 それを見たイスカスは、もはや悲しそうな顔をしていた。

 信じていたものが崩れていく状況に、悲しむほかなかった。

 

「貴様」

 

「今はいかようにも言ってください。陛下は我らさえおさめる者。いわば魔王ともいうべき存在ですので。…人としての情など、すぐに消え去りますよ。そうすれば、元の貴方様に戻ることが出来ます」

 

「魔王?なんだそれ。それに、元の俺?俺が元々そういうもんだっていうんだったら、俺はその記憶なくしても構わない。人の敵になるなんてお断りだ」

 

「お断りといわれても関係ありません。ビリア、支度を。これ以上ここにいると危険が」

 

 その時だ、大勢の足音がこちらに近づいてくるのがきこえてきたのは。

 

「貴様ら魔族。イスカスに何をする」

 

 ファルコンを筆頭に、聖騎士団の面々だった。

 それを見たマーガレットの顔が明らかに変わる。

 

「ヤバイわね。逃げるわよ。…陛下またお迎えにあがります。今しばらくお待ちください」

 

 マーガレットとビリアは、聖騎士団がこちらに来る前にその姿を消していた。

 残されたのは、動けないでいるイスカスただ一人である。

 

「大丈夫か?」

 

「下手に近付かない方がいい。もしかしたら俺、人じゃないのかもしれない。…俺はあいつらの仲間なのかもしれない」

 

 キャジャはイスカスのそんな答えに、怪訝そうな顔をしている。

 

「あいつらがそう言ったのか?なら気にするな。奴等が嘘をついてお前を手に入れようとしてるだけだ」

 

 そう言って、イスカスのそばによると剣で右手についたあの黒くなったお守りを切ろうとしたが、何故か弾かれてしまった。

 

「でも、俺をそうまで手に入れようとするなんて、俺がマトモじゃない証拠だ。本当に人じゃないかもしれないんだ。だから、俺のことはほっておいてくれ」

 

「あのな、お前はどう見ても人だ。それに何度も助けられた。それくらいで、不安になるなよ。…しかし、こいつは困ったな」

 

 どちらにせよ、この黒いお守りがどうにかならないと、イスカスは動くことさえできない。

 

「私に任せて下さい。もしかしたら、私の力で」

 

 リールはにっこりと微笑むと、薬草を取りだしイスカスのその腕輪にのせ、何やら呪文のようなものを唱える。

 すると、みるみるうちに痺れが消え、イスカスは体を動かせるようになっていた。

 

「リール、すまない。…でも、俺はヤッパリ護衛出来ない。今度狙われるのは俺だ。それに奴等の狙いはお前を魔族に変えることらしい。だから…これ以上は危険だ。取り合えず俺を狙ってくるなら、俺が引き付ければいいだけの事。この方が安全だ」

 

「それは、お断りします。そもそも、私へのお礼に護衛してくれるんですよね?なら、最後まで一緒にこなきゃダメですよ。それに、またあんな術にかかったらどうするんです?実際、その腕のものはのかないのですから」

 

 そう、リールのお陰で体を動かせるようになっていたが、この謎のお守りはもはや除けることも触ることすらも出来なくなっていた。

 

「それに、イスカス殿も狙われるというなら、それを守ることが我らの役目。リール殿も狙われるかもしれないため、二手に分けなくてはならなくなる。それは非効率的だ。ならば、一緒にいってはどうだ?」

 

 まさかのファルコンの一言に、もはやイスカスは苦笑するほかなかった。

 もう、この状況でなに言っても無駄なのはわかっている。    

 

「ほんと…いい奴ばっかりだよな。俺がなんであれ、ずっと人の味方であり続ける」

 

「さっきから言っているだろ、奴等の戯れ言なんて気にするな。お前は人だよ」

 

 何故かイスカスの目から涙が流れ落ちていた。

 ずっと不安になっていた。

 だが、キャジャの一言がその不安を押し流してくれる。

 

「そうそう、紹介が遅くなってしまったが、今回の旅に新たに同行してもらおうと思っている、騎士がいるんだ。ゼクスこっちへ」

 

 スキンヘッドに、白い髭をたくわえた、青い瞳の大男がイスカスの前にやってくる。

 イスカスは、さっと涙を手でふくとゼクスという名の騎士に目を向けた。

 

「ゼクスっていいやす。最近入ったばっかりであんま分かってないんですが、今回からあんたを守るように団長から仰せつかってるので。よろしくたのんますわ」

 

 気さくな感じで話しかけたゼクスは、さっとイスカスに手を出した。

 イスカスはその手をとって握手をする。

 

「よろしく。俺はイスカス。ファルコンから聞いていると思うけど、記憶ない上に、何者かわかんないから不安ならあんまり近づかなくていいから」

 

「大丈夫だと思いますぜ。あんたはそんな悪い御仁じゃ無さそうだ。恐れる必要はないと思いますぜ。何を言われても動じる必要はございやせん。自分を信じてみてはどうでしょうかね」

 

「自分を信じてみる。…考えてもなかった。そうだな。信じてみるよ」

 

 本当にいい人ばかりだ。

 だからこそ、イスカスはもし自分が魔王だったさいは、迷惑かけないためにも姿を消そうとそう考えていた。

 実際、自分が何者かなんてなかなかわかるものじゃない。

 何が真実で、いったい自分が何者なのか。

 不安がそう簡単には拭いきれないけれど、前に進むしかないとイスカスは決心していた。

 



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8話

 翌日、次の町へ向けて、面々はすすみはじめた。

 いつ魔族に襲われるかもしれない、そんな恐怖のなか進んでいく。

 だがなぜか、魔物に襲われることはあっても、魔族の姿などみなかった。

 そう、もう気づいたら聖都まですぐそばまでやってきていた。

 

「なんで、あんだけ言ってた筈だが」

 

 沸き上がるのは疑問だけだ。

 狙われている筈なのに、魔族のその考えがわからない。

 

「泳がされているのかもしれない」

 

 ファルコンの一言に、イスカスも頷いていた。

 あれほどの実力をもちながら、何故逃げ出したのか。

 

「そうですね。でも、何事もなくこれたのは喜ぶべきことかと。だからいいんじゃあ」

 

 リールはそう言って、イスカスに笑いかけていた。

 リールはいつもこうだった。どんな苦境に陥っても、決して悪い方には考えない。

 それにどれだけ救われたのか…

 

「まあ、気を付けていくほうがいい。奴等は何を考えているのか、わからないしな」

 

 人間ではありえない、不思議な力を使う。それなのに、なぜ魔族は人を蔑んでいるのか…

 本当に不明な点が多すぎだ。

 

「しかし、奴らが何故お前を魔王にしたてあげたいのか…正直わかんないよな」

 

 キャジャの言う通りだ。

 元々魔王だったという話のようだが、イスカス自身そのような感じがしなかった。

 人に対してそのような蔑んだ気持にもならないし、自分自身が人でない存在であるというのも、そうは思えないところもある。

 

「狙ってるのは、イスカス殿の力じゃないんですかね。最近入った新参者なんで、聞いた話でしか答えられないんですが、イスカス殿はどうやら魔族をも倒せる力を持ってるようですからね」

 

 重い鉄槌のような武器を軽々持ち上げている、ゼクスという名のあの聖騎士がイスカスにそう言ってきた。

 最近入ったばかりとはいえ、かなりの実力があるらしく一人でかなりの数の魔物を相手にしても平気でいた。

 

「確かに、自分に記憶がないけど体は覚えているようだ。何も考えずに行動したら、あのビリアとかいう魔族でさえ追い詰めることができた」

 

 その話を聞いて、ファルコンも驚愕の顔をイスカスに向けていた。

 魔族をたった一人で、追い込むなど簡単に出来ることではない。

 

「それが本当なら、イスカス殿は本当に英雄だ。魔族は例え私でも一人で撃退するなど無理だ」

 

「英雄?本当にそうならいいが…本当に魔族なら、俺は…」

 

 そうやって落ち込みそうになったイスカスの肩をキャジャがポンポンと叩いた。

 その顔がそういう事をいうなと、書いてある。

 

「言ってるだろ、魔族じゃない。奴らが、お前を魔族に仕立てあげたいだけなのだからな」

 

「そうですよ。最初助けた時も人にしか見えなかったですし、大丈夫です。それに、私も狙われてるんですよね?私ははっきり言って人ですから。魔族は人を魔族に変える力が本当にあるなら、キャジャさんの言う通り、魔族に変えることが目的だと思います。ですので、自分をしっかりもってください」

 

「しかし…魔族に変えるなんて力、本当にあるんですかね?わしには信じられないんですが」

 

 本当に疑問に思っているのか、ゼクスは首を捻っている。

 まあ、そもそも魔族の力を知っている者はいない。だからこそ、魔族に変える力があるのかないのか、誰にもわかるはずがなかった。

 

「まあ、気を付けておくのに越したことはない。それに、あいつらは集団でいるときは弱いようだ。今回もこのようにいたからかもしれない」

 

「確かに、聖騎士団がこの数守ってるんだったら、大丈夫だ。俺がいうのもなんだが」

 

「キャジャ、調子に乗っていると足元救われるぞ。…まあ、イスカス殿やリール殿は我らが守るので、心配をせず前に進もう。聖都につけば、奴らも手出しができない。あそこには神官長様もいらっしゃるしな」

 

 聖都にかかっているバリアは、普通の町にかかっているものよりもさらに強力なうえ、そもそも神官たちが毎日かけ直しているので、抜け穴もない。

 前回のように魔族が入り込むのは不可能だという話だ。

 さらに神官長は、すさまじい術を使えるという話である。

 なぜ人でありながら、そのような術が使えるのかは謎だが、神官長さえいればこの世界は守られるとまで言われている。

 

「そんなにすごいのか」

 

「まあ、女神様が眠っていらっしゃる神殿の最奥に唯一立ち入ることが出来るお方だ。神様からの伝言を伝える役目を担っていらっしゃる」

 

 騎士団長であるファルコンのその言葉に、リールが驚いていた。

 

「女神様の像があるとしか知らなかったのですが、女神様は存在するのですか?」

 

「いや、実際のところ存在するのか、はたまた女神様の像よりお言葉をいただいているのか、誰にもわからない。ただ聖騎士のあいだでは、そのように伝わっている。…まあどちらにせよ、イスカス殿は一度神官長様に会うべきかと。英雄かもしれない存在ならば、神官長様ならば、判断できるはずだからな」

 

 確かに自分ではわからない以上、頼るべきものがあるなら、そこを訪ねるしかない。

 

「しかし、そんなに簡単にあってくれるのか?そんな偉い人物が」

 

「確かに普通なら、会えないだろうけど、こう見えて私は聖騎士団の団長なんでね。神殿の中にも顔がきく。その辺は任せてくれ」

 

「ファルコンって、実は本当にすごいのか?」

 

 急に驚いたその反応に、ファルコンが苦笑してしまっている。

 今までざっくばらんに対応してきたが、団長がそれほど偉い者なのなら、態度を改めなきゃいかないのかとイスカスが思っているようだ。

 

「立場上はな…ただ、騎士団の団長は世襲制でもなんでもない。力を持つものがつくだけだ。だから、まあそんなに偉くない。その気になればイスカス殿がなれるかもしれない」

 

「そりゃ無理だな。俺ってそういうの向いてないだろうしな」

 

 記憶はないがそう感じていた。

 

「そんなことはないかも知れないですぜ。案外、似合ったりするんじゃないですかね」

 

「ゼクス、なんでそんな事。まだ会ってそんなにたってないのに」

 

「いやねえ、そう感じただけですぜ。さあ、あと少しってとこですし、参りましょうか」

 

 本当にゼクスは不思議な男であった。

 聖騎士団でありながらも、入ったばかりという事もあるのか少し距離があるようだ。

 ただ、なぜかイスカスの傍にはすぐによってくる。

 まあ、護衛を頼まれているというのもあるのかもしれないが、何かあるたびにイスカスを励ましてきた。

 嫌な感じは受けないが、ずっとイスカスは不思議な感じを受けていた。

 

 そのまま行けば、聖都に入れるという場所で見たことのない女性が立っていた。

 緑色の髪に同じく緑の瞳を持つ女性は、なぜかイスカスに微笑みかけている。

 そもそも、まだこの魔の森の中なのに護衛もつけず佇んでいるとは怪しくて仕方ない。

 

「何の用ですかね。用がないなら町に戻ったほうがいいと思いますがね」

 

 ゼクスがさっと鉄槌を構えながら問いかけていた。

 明らかにこの雰囲気は、魔族の気配だ。

 イスカスが戦おうとするが、キャジャとファルコンがそれを止めた。

 狙いが明らかにイスカスなのに、イスカスが前に出ては意味がない。

 

「用があるのは、我らが魔王様のみですわ。他の方々はのいて下さらない。下等な存在を相手する暇はないのです」

 

 ゆったりとした口調で、その女はそう言い放った。

 その瞬間、ゼクスが鉄槌を女に向って振り下ろす。

 女はさっと避けるが、ゼクスが振り下ろした鉄槌を途中で止め、そのまま逃げた女に突き出した。

 鉄槌がなぜかあたった女は驚愕するとともに、吹き飛び近くの木に叩きつけられる。

 

「弱いのはそちらさんですぜ。ワシはあんまり本気を出したくないんで、この辺でひいてはどうですかい?」

 

 ゼクスのその実力もさることながら、魔族相手に平然と話しているその姿は、ゼクスが只者ではない事を現していた。

 軽く持ち上げた鉄槌をさっと構えなおしたゼクスをみた女が、激しく睨みつけている。

 

「何者だ。なぜバリアを…」

 

「ああ、あの程度ならワシには効かないんでな。で、まだ戦うんだったら容赦はしねえ。イスカス殿を守るためなら、本気で戦っても構わないんでな」

 

 一瞬ゼクスの目が光ったように見えた。

 だからこそ、その底知れない力になぜか魔族の女は怯え始める。

 

「早く戻ったほうがいいわよ。今の陛下には近づけない。ちゃんと忠告したのに…さあ、戻るわよ。ルーシャ」

 

 どこからともなく姿を現したマーガレットがそう告げると、渋々しながら魔族の女ルーシャはさっとその姿を消していった。

 

「かならず、迎えに行きます。だからお待ちください」

 

 マーガレットもまた、そうつぶやいたのちその姿を消していった。

 そんなマーガレットを、険悪そうにゼクスは見つめたのち、鉄槌をさっとおろしイスカスに近づいてきた。

 

「大丈夫ですかい?怪我とかないですかい?」

 

「大丈夫だよ。ゼクス、あんた物凄く強いんだな。あの魔族をあんなにも簡単に」

 

「まあ、力だけは自慢ですから…まあ、どのみち聖都に入りましょう。このままじゃあ、ただ狙われるだけですぜ」

 

 確かにいう通りだった。

 今回はすぐ引いたが、明らかに何かを企んでいるのはわかる。

 それよりも、ファルコンがゼクスを怪訝そうに見ていた。

 

「お前は何者だ。さっきの様子じゃあ、その気を出せばあの魔族を倒せたんだろ?」

 

「倒せるかもしれませんがねえ、そこに集中したら、イスカス殿が狙われるのがわかってまして。だからこそ、イスカス殿を守りつつ相手してたまでですぜ」

 

 確かにあのマーガレットは、そこを狙っていたのかもしれない。

 その気になれば、すでに出ていたはずなのに、あのルーシャとかいう女が危険になるまで出ることすらなかった。

 ゼクスはそんなファルコンの不安を取り除くように豪快に笑っている。

 

「それに、ワシはイスカス殿を気に入ってるんで、イスカス殿の味方ですぜ。奴らにイスカス殿をとられちゃ終わりですぜ。じゃから、守ったまでですぜ」

 

 何故イスカスがそんなに気に入られたのか、自分自身わかっていないためイスカスはポカンとしていた。

 それにゼクスが得体のしれない者に見えるのだが、なぜか魔族のような嫌な感じがない。

 どうしてそう感じるのかわからない。

 何の根拠もあるわけではないが、そう感じているとしかいいようがない。

 

「まあ、たしかに人のようだし、イスカス殿の味方というのなら…ただし、今度魔族がきたら遠慮せず倒せ。イスカス殿は我らで守るから大丈夫だ」

 

「いや、俺守られるの苦手だし。それに、俺は戦わなきゃいけないんだ。そんな気がする」

 

 そう、なぜそう思うのかわからないが、ずっと何かと戦わなきゃいけないという気持ちが溢れている。

 それが過去の記憶によるものなのか、それとも別の要因かはわからないでいたが…

 

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。私もイスカスに何かあるなんて嫌ですしね」

 

 リールがそう言ってイスカスに笑いかけたが、イスカスは何とも言えない顔をしていた。

 でも、これ以上言っても仕方ないのはわかっている上に、ゼクスの言う通り、すぐそこまでに迫っている聖都に入るべきだとそう感じていた。

 そもそも、イスカスは気付いてなかった。

 自分の体に起りつつある、ある異変に…



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9話

 聖都は他の町に比べやはり大きい上に、活気に満ち触れていた。

 何重かの塀があり、敵の侵入を許さない造りになっている。

 その中央には、白く日の光を反射している、巨大な神殿があった。

 

「すごいですね。なんか迷子になりそうです」

 

 リールも聖都になど来たことがなかった。

 町を出てもあの薬草のある山に行くくらいで、他の町などそもそも行ったことがなかったのだが、まだ今までの町は、そんなに違いはなかったが、この聖都のみ明らかに大きさや人の多さなど違っている。

 

「まあ、本当にいる組んでいるから、迷子になるかもしれないぞ。まあ、俺か団長について行けば大丈夫だ」

 

 キャジャがそう言って、ポンと自分の胸を叩いていた。

 その様子がおかしくて、リールとイスカスは思わず笑ってしまった。

 

「な、何笑ってんだ」

 

「いや、なんかその自信満々さがおかしくてな。まだファルコンだったらいいけど、なんかお前に言われると…」

 

「失礼だぞ。こう見えて、俺は聖騎士なんだからな」

 

 まあ、忘れていたわけじゃないけど、そんな感じをあまりださないから、聖騎士だということを忘れてしまいそうになる。

 

「まあまあ、キャジャは確かにそんな風に見えないからな」

 

「団長まで…ひどいですよ」

 

 そう言ってやっと笑いあえた。

 ここまでずっと、気が抜けないで来たためなのかもしれない。

 この聖都なら、魔物はおろか魔族すらはいれない。

 そう信じているからこそ、やっと落ち着けるようになっていた。

 

「どうしやすか?わしは一応、イスカス殿の傍にいますが。いかに聖都とはいえ、もしかすれば奴らが入り込むかもしれませんしね」

 

「ゼクス、まさかここには入らないだろう。ただ、念には念をか。…確かにゼクスはそのままイスカス殿とリール殿の護衛をたのむ」

 

 ゼクスは一応聖騎士所属。

 団長の許可がなければ行動ができない。

 

「え、俺は?」

 

「キャジャ、お前は詰所に戻ってろ。私は今から、イスカス殿を神官長様のところへ案内しなければならないからな」

 

 キャジャはショボンと肩を落としていた。

 そんなキャジャを哀れに思ったのか、イスカスがポンとその肩を叩く。

 

「別にいなくなるわけじゃないだろう。一緒の町にいるんだしな。なんかあったら、いつでも会いに来たらいい」

 

「イスカス…お前、本当にいい奴だよな。ああ、また仕事片付けたら会おうぜ」

 

 そう言って、キャジャがにこやかに詰所に向って走っていく。

 そんな様子をファルコンは苦笑しながら見ていた。

 

「あいつ、大丈夫かな?まあいい。とにかく、神殿に向おう。その外れない腕輪も気になるしな」

 

 あれ以来、まるで右手首ににとけこむようになっている黒いお守りの話だ。

 何をしても結局外れることがない。

 ただ、自分自身異変などは感じていないため、あまりイスカスは深く考えていなかった。

 

「確かに、でもこんなものも分かるのか?」

 

「さあ、そこまではなんとも。まあ、英雄かどうか判断を仰ぐついでに聞いてみたらどうかな。さて、こっちだ」

 

 神殿までの道のりは大通りだが、わざと入り組んでいた。

 簡単にたどり着けないようにわざとしているらしい。

 勿論、バリアも張っているため入ってくることはないだろうが、もし侵入された場合に防ぐために考案されたらしい。

 都に住む人々は、イスカスを物珍しそうに見ている。

 これだけの人数がいても、この髪の色はいないらしい。

 好奇心の目を向けられるが、敵視はされていないのが幸いだった。

 

 活気のある商店を抜けると、神殿までの長い階段が続いている。

 神は人とは違い、高い場所にいるべきといいたいのだろう。

 歩きなれているためか、苦にもならずにその階段を上っていく。

 まあ、一番の驚きはあの鉄槌を持ったまま、ゼクスが息も上がらず神殿まで昇りきったことだ。

 

 上まで来ると、聖都を一望できる。

 高い壁に囲まれているその姿は、やはりただの平和な世界ではない事を物語っていた。

 この中だけでも、平和な営みを続けていけているのでそこは救われているのかもしれない。

 

「さあ、神官長様は神殿の奥にいらっしゃる。ついてきてくれ」

 

 ファルコンは、都の警備についてなど相談するために、神官長と会う事もあるらしい。

 神殿内部も迷路のような作りになっていたが、迷うことなくたどり着くことが出来た。

 まあ、そもそもそこらに警備の聖騎士団がいるため、普通の人物ならここまでたどり着くこともできない。

 さすが団長というべきか、ファルコンが通るたびにみな頭を下げていた。

 

「神官長様に、お取次ぎを」

 

 神官長の部屋の前にいた、二人の女性神官にファルコンがそう告げると、二人のうち一人がそそくさと神官長のいる部屋に入っていった。

 残っている茶色いショートカットの女性神官が、物珍しそうにイスカスを見つめていた。

 じっと見つめられるその視線に、イスカスは苦笑していたが。

 それに気づいたのか、はっとなって女性神官は今度はゼクスを見つめている。

 ゼクスもじっとその女性神官を見つめていた。

 

「ゼクスのその反応は、まさかその女性の事が好きなのか?」

 

 ファルコンがゼクスの耳元でつぶやいた時、ゼクスが怪訝そうな顔でファルコンを見つめ返す。

 

「ぜってえそれはありませんぜ。タイプじゃねえ。ただ気になっただけですぜ。気にしねえでください」

 

 そう言って、照れたのかさっと他を見始めていた。

 そんなやり取りをしている間に、扉が開き、女性神官が出てきた。

 

「どうぞ中へ。ただし、出来ればそこの黒髪の方のみでお願いします。他の方はここでお待ちを」

 

「私もか?それは珍しいな」

 

「申し訳ございません。ファルコン様。今回はお二人で話したいという御意向ですので。それではご案内します。リリアはこちらでお客様のお相手を」

 

「いえ、私がご案内いたします。キューこそ、こちらでお客様のお相手をしてください」

 

 キューという、青い髪の女性神官は怪訝そうな顔をしながらも、リリアに任せていた。

 

「私はここで屯所に戻ろう。さすがにずっと留守にするわけにはいかないしな」

 

 実際その場に立ち会えないのなら、ここにいても意味をなさないと判断したようだ。

 

「ファルコン、ありがとう」

 

「気にするな。色々とわかるといいな」

 

 ファルコンを見送ったのち、イスカスのみ部屋に入る。

 

「皆待っててくれ」

 

「わかってますよ。ここで待ってますね」

 

「ワシも待ってるんで、気にせず行ってくるんですぜ」

 

 ゼクスとリールにそう言うと、少し不思議な神官リリアに連れられ神官長の座る執務室に向って行く。

 リリアはその途中で、ふとイスカスに話しかけた。

 

「こんなことを言っては失礼かもしれませんが、貴方はこの世界の方なのですか?その髪も感じもまるで異世界よりいらっしゃったように感じますが」

 

 異世界?

 急にそんなことを言われて、イスカスは小首をかしげている。

 

「正直わからない。記憶がないんだよ、俺。だからなんて答えていいかも」

 

「そうですか。それは失礼しました。ただ、言えるのは貴方は良い方だとそう思えます。この先、何があったとしても、必ず貴方を助ける者が現れます。信じていい者には甘えることも大切ですよ」

 

 まるで神託めいた言葉に、さすがは神官だと思いながらイスカスは頷いていた。

 リリアはにっこりとほほ笑むと、さっと神官長がいる執務室の扉を開いた。

 

 そこにいたのは、聡明そうな眼鏡をかけグレーがかった髪をしている男であった。

 入ってきたイスカスを見て、ほほうと唸りをあげていた。

 

「あんたが神官長?」

 

「ああ、一応そう呼ばれている者だが…これは珍しいものを見た。黒い髪に黒い瞳…英雄の容姿そのものだな」

 

 まさか質問を聞く前に、その答えが返ってくるとは思わず、イスカスはキョトンとしていた。

 

「英雄なのか?俺は記憶がないんだ。一体俺が何者かもわからない。…実際、今まで魔族に襲われ、俺の事を魔王と呼んできた。だから俺は、本当は人じゃない魔族で、魔王じゃないのかってそう思えて」

 

「その答えは私にもわからない。ただ、容姿や受ける雰囲気は英雄の伝説そのものである。しかし、その英雄を魔王として魔族が手に入れようとするとは…本当に英雄である可能性が高いな」

 

「英雄…それで俺は何をしたらいいんだ?このまま、何もしないんじゃ。それに魔族に狙われ続けて迷惑をかけるわけにもいかないんだ」

 

 神官長は眼鏡クイっとあげると、じっとイスカスを見つめていた。

 

「そんなこと、私にわかるはずないだろう?自分で決めるものだ」

 

 確かにそれは言われた通りだった。

 自分でできることはなんなのか、改めて思うと本当に何もできない。

 

「まあ、ひとつこちらからの願いは、英雄だとすればこの世界を救ってほしい。英雄は未知の力を使うとされている。自覚はないのか?」

 

「いや。確かにこの剣で体に身を任せたら、魔族を攻撃できたけど。魔族みたいな力使えるわけでもないし。…あ、これについて何か知っているか?」

 

 そう言って、さっと右手首を出した時、自分自身驚いた。

 あのお守りが完全に融合して、なにやら右手首に妖しい紋様が描かれている。

 

「なんだこれ…さっきまで、こんなんじゃなかったのに」

 

「そいつはまずいな。私も魔族の術は知らないが、禍々しいものだというのは良くわかる。体に変化とかないのか?」

 

「特に…」

 

 そういいながらも、イスカスはくらっとしかけた。

 なぜか眩暈がする。

 その上、体が重くなっていた。

 

「大丈夫ですか。あまり無茶をされては」

 

 さっとリリアという女性神官が、肩を貸した。

 そのおかげでなんとか、倒れずにいられたがあまりいい状態ではない。

 

「なんでだ…さっきまでは…大丈夫…だったのに」

 

「見せてみろ。とりあえず我らの術がどれほど効くかわからないが、かけてみよう」

 

 そっと水晶のようなものがついた杖を、イスカスの右手首にあてるとなにやら呪文のようなものを唱える。

 水晶は光り輝き、イスカスを苦しめる紋章を沈静化しようとしていたが、さっと黒い闇のようなものがその光を弾き返す。

 

「これは…他に手があるとすれば、女神様の元へ…しかし、もしこの闇がそれすらも飲み込むとすれば…」

 

「何言ってるんですか。苦しんでいらっしゃるお方を救わないなど、神官に反する事ではありませんか。助かる道があるのなら、その手を使うべきかと」

 

 リリアの反応に、神官長はため息をついていた。

 

「女神様の力でバリアをはっている。つまり女神様になにかあれば、この世界は滅びるのだ」

 

「この方は英雄という話ですよね。ならば、どのみちこの方を失った時点で助からないのですよ」

 

「それはあくまで伝説だ。…そもそも、魔族がおそらく狙っているのは女神様か…となれば、その術はそのためにかけられたと考えるべきだ。ならば、連れて行くことはできない」

 

 神官長ともありながら、そうと思えない答えにリリアは信じられない顔をしながら、イスカスをもはやこの部屋から連れ出そうとしていた。

 

「女神様の像がどこにあるのかわかってます。勝手にいくので構いません。貴方には失望しました」

 

 もはや話もできなくなっているイスカスと共に部屋を出たその時、キューというあの女性神官がそこにいた。

 キューは不審そうにリリアとイスカスを見ている。

 

「何をやっているのです?」

 

「キュー、リリアを止めろ。こやつは私の許しなく女神様のあの部屋に立ち入ろうとしているらしい」

 

「な…何があったのですか?」

 

「キューお願い。この方がもしかしたら英雄かもしれないのに、魔族の術に蝕まれこのようになっているの。助かるには女神様のお力をお借りするしかない」

 

「黒髪に黒い瞳…確かにそうかもしれません。英雄がいなければ、この世界は救われることはない」

 

 キューが言ったその言葉に、リリアは頷いていたが、一方の神官長は慌てふためいていた。

 

「やめろ…女神様に何かあったら、そもそも終わりなんだ」

 

「それは神官長が勝手に言ってることじゃないですか。大丈夫かもしれません。救える命を救わないで聖職者とはいえません」

 

「今回はリリアの方に分がありますよ。神官長、申し訳ありませんが、今回ばかりは貴方のご命令は聞けません」

 

 まさか自分の側近二人にそんなことを言われるとは思わなかった神官長の顔がひきつっている。

 もはや、そんな神官長を放置しリリアと共にキューはイスカスに肩を貸していた。

 

「場所はわかっているのですか?」

 

「予測はしています。ただ、確証はないのでそこまで行ったら、手当たり次第ですよ」

 

 そんなリリアの言葉に、キューは笑顔で頷いていた。

 もはや二人は同志だ。

 本来神官長の言葉に背くと言えば、規律違反になるのだが、そんなこと怖くない。

 すべては英雄を助けるため。

 二人の肩につかまって何とか歩いているイスカスは、かなり苦しそうな顔になっていた。

 紋章が右腕の高い位置まで、上がっている。

 猶予はあまりないのがわかる。

 

「急ぎましょう」

 

「そうね、このままだったら元も子もないわ」

 

 だがこの時、リリアはふと疑問に思っていた。

 

「そう言えば、お客様は?」

 

「大丈夫、時間がかかりそうだからとまた迎えに来てもらえるよう頼んだから」

 

「そうなの…だったら大丈夫ね。あまりこんなこと知られたくないから」

 

「ええ。行きましょう」

 

 できるだけ早く突き止めなければならない。

 ただ、最奥もまた入り組んでいて、そう簡単にたどり着けない構造ではあったが、二人は神官長の側近。

 その近くまでは行ったことがある。

 ただ、その中まではさすがに入ったことはなかった。

 

 



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10話

「ウ…」

 

 最奥の何部屋か行ったところで、イスカスが苦しみ始める。

 かなり謎の紋章に浸食されてきているようだ。

 リリアは心配そうにイスカスを見つめている。

 

「大丈夫ですか。もう少しですから頑張りましょう」

 

 イスカスは何とか頷いているが、表情は苦しそうなままであった。

 紋章と共にどんどんと、何かが自分を蝕んでいくのが分かる。

 それが気持ち悪い上に、徐々に自分というものの感覚がわからなくなっていってしまう。

 

「しかし、もうそろそろ発見できてもおかしくないのに、本当にあるのかしら」

 

「あるはずです。それにそう信じなきゃ、この方は助からない。貴方が諦めても私は…」

 

「誰も諦めるといってないわ。この世界を救うためですものね」

 

 キューはリリアに笑いかけると、ある部屋の前にたどり着く。

 なぜかそこだけ、異様な雰囲気を醸し出している。

 リリアはキューにイスカスを任せると、そっと生唾を飲みつつその部屋を開けた。

 

 広いその部屋は、青白い光に照らされている。

 クリアブルーの石、ロズバロット石で一面を覆い尽くしたその部屋に、光が天窓から降り注いでいる。

 その中央には、同じロズバロット石でできた女神像が安置されていた。

 息をのむ光景に、一瞬我を忘れていたが、すぐさまリリアはキューイスカスの元に戻り、そっとイスカスに肩を貸す。

 

「あれが女神様?」

 

 キューのその質問に、リリアは静かに頷いていた。

 

「ええ、恐らくあれが女神様です。早くこの方をあの女神様の像の前へ」

 

「わかった。…でも、あんなものに力があるのかしら?」

 

「女神様ですよ、あるに決まってます」

 

 二人はイスカスと共に、女神像の傍までやってくる。

 女神像の下に、そっとイスカスを横にすると、二人はその前で膝をつき祈りをささげていた。

 

「女神様、どうかこの方を助けてください。この方が英雄であるのならば」

 

 リリアのその祈りに反応して、女神像がうっすらと青い光を放っている。

 その女神像から、その光がイスカスの元へ進んでいく。

 その光がイスカスの体に入ろうとしたその瞬間、目の前にあのマーガレットとかいう名の魔族が現れ、その光を叩き落としていた。

 

「貴方は誰です。なぜ、救いの光を…」

 

「ごめんね、神官さん。さて、お迎えに上がりました。遅くなり申し訳ありません。陛下」

 

 床に横にされ苦しんでいるイスカスに、そっと敬愛の目を向けている。

 リリアはすぐさまイスカスを守るために、その前に出た。

 手を広げイスカスを守っていたその時、自分の背に激痛が走る。

 恐る恐る、振り返ると、血がぽたぽたと垂れ堕ちる短剣を持ったキューが笑っていた。

 

「な・・・ん・・・で・・・」

 

 そのまま倒れるリリアを嘲笑を浮かべながら見つめていたキューは、そっとイスカスに近づいていく。

 

「く…お前ら…この時を…狙って…いたのか…」

 

「さすがです、魔王様。女神の存在は我らにとって邪魔なものでしかありませんから。この像を壊せば、我らの望む世界へと変化します。全ては魔王様の望む未来のため」

 

「なにが…本当に…俺が…魔王…なら…俺は…そんな…こと…のぞまない」

 

 その言葉にふっと笑ったマーガレットが、なんとか立ち上がろうとするイスカスの頬をそっと触る。

 少し笑みを浮かべたマーガレットは、静かに告げた。

 

「望まないのは、今の貴方様だから。記憶がないからですよ。…さあ、行きましょう。あなた本来の世界へ。どのみち、人としてはもう持ちませんよ。その紋章は貴方様を魔王として迎えるための紋章。貴方様を魔王へと変えるために」

 

「魔王に…変えるだと…クッ」

 

 右腕の苦痛に、左手で右腕を押さえながら苦しんでいる。

 そんなイスカスに、哀れなものを見る目でキューが見つめている。

 

「受け入れれば、楽になりますよ。我らが魔王様」

 

「いやだ…だれ…が…そんな…こと…俺は…人を…守りたいんだ」

 

 激痛が走りながらも、気力だけでイスカスが立ち上がったその時、キューがばたりと倒れた。

 一瞬、マーガレットもイスカスも何が起こったのかわからない。

 

「なぜ…お前は…死んだ…はずじゃ…」

 

 そのまま消滅するキューに、冷たい目を向けていたのは、死んだはずのリリアだった。

 腹部から血が出ているが、それを気にせず今度はマーガレットを睨みつけている。

 そう、あの温かく優しかったリリアとは思えないような残酷で冷たい目を。

 

「あまり無茶をなさらないでくださいね、陛下。本当は陛下の自由にしていただきたかったのですが、陛下の意志とは関係なく、魔王などという訳の分からない者に変えるというのなら、話は別です。そもそも、裏切り者の分際で、陛下にそのような真似をするとは…」

 

「まさか…お前は…」

 

 マーガレットの虚勢がウソのように怯えた顔を向けている。

 リリアはそっとイスカスに近づくと、そっとつぶやいた。

 

「お待ちください、陛下。すぐに終わらせます。恐らく女神の力があれば、抑えられると思います。その前に、この女を始末する必要がありますので」

 

 イスカスは訳が分からないまま、様子を見ていた。

 いや、蝕まれた体で無理に立ち上がることまではできたが、そこが限界だった。

 そのまま倒れそうになるイスカスを、そっと大切そうに横にすると、イスカスに向けていた優しい瞳から、また冷酷なものへと変化した。

 

「なんで…貴方たちは…いつ」

 

「いつ気づいた?詰めが甘い。陛下をここに呼び寄せた時、開いたクラックの歪みをビルスが追った。ああ見えてあの男の力は上だからな。しかし、驚いたよ。まさかこんな計画を企てていたとは。それも陛下が人へもどっているとは、想像もしていなかったけど」

 

「ビルス…そうか。どのみち、ぶつかるのはわかっていた。本当は陛下をこちら側に迎え入れたのちと思っていたが」

 

「そもそもお前にそのような資格はない。全て決められるのは陛下のみ。陛下の意志こそ尊重されるべきものであって、お前のような者が決めていいものではない」

 

「貴様…陛下は陛下は我らのためにあるべきもの。陛下は…」

 

 リリアがどこからか出した鉄扇を目の前のマーガレットに向ける。

 マーガレットもまた、呼び出した弓をリリアに向ける。

 

 その時だ。

 

「生憎、今失うわけにはいかんでね。それにガルジャ様の命令で、あんたを守れって」

 

 さっと姿を現したビリアがマーガレットを連れて、どこかへまた消え去った。

 リリアはすぐさま鉄扇で攻撃をするが、遅くもはやそこには跡形もなかった。

 

「まあいい。それよりも、陛下」

 

 苦しんでいるイスカスの元に向って行ったリリアは、優しく微笑むと紋章のある部分に手を触れる。

 

「我々の力は貴方様の力には及びません。助かるにはやはり、女神の力が必要。大切に思うのなら、救って差し上げて」

 

 そのリリアの言葉に反応した、女神像がもう一度青白く光っていた。

 その光が今度は邪魔されることのなく、イスカスを包み込む。

 リリアはそれをただ優しい瞳のまま見守っていた。

 

 イスカスはその光を受け入れるかのように目を閉じると、黒い紋章は落ち着いていき、またあの黒いお守りに戻っていく。

 今度はそこに、魔の植物に似た蔦が巻き付いている。

 

 すると、嘘のように体が軽くなっていた。

 激痛もひいて、普通に立ち上がれるようになっている。

 

「元に戻られてよかったです」

 

「あんたは一体何者なんだ?魔族じゃないのはわかったけど、なんで俺の事を陛下って呼ぶんだ?」

 

 そう、リリアもまたイスカスの事を陛下と呼んでいた。

 ただ、魔王であることを否定していたが…

 

「それは記憶を取り戻した時で構いません。我らは、あくまで陛下の味方ですので。それに、我らは陛下の意志を尊重しています。陛下が望まれるまま、道を進まれるのなら、それで構いませんので」

 

 なぜ安心できるのかわからないが、リリアの事を確かに仲間だと思えた。

 あったのもさっきなのに、なぜここまで信頼できるのかわからないが…

 

「つまりあんたは俺が何者なのか、知っているという事か?」

 

「勿論存じています」

 

 その言葉に、イスカスは目を輝かせた。

 自分がずっと何者であるのかわからなかった。

 思い出そうとはしていたが、記憶がもどることはなかった。

 だからこそ、自分の事を知っているという人物に会えたのは本当に嬉しかった。

 

「俺は一体、なんなんだ?」

 

「それは私の口からは申し上げられません。それを知るにはそれなりの覚悟が必要ですので。今の陛下には、その真実を受け止められない可能性もあります。それに、まだ陛下の大切な方がどこへいるのかわかっていません。まあ、すべてが整ったあとでかまわないかと。…我らは別に急いでいません。陛下さえ無事でいらっしゃるのでしたら、我らはそれだけでいいのですから」

 

「覚悟なんだそれ?やっぱり俺は普通じゃないのか?」

 

「何をもって普通というのか難しいことですけどね。我らの口から言うよりも、貴方様自身が思い出すべき問題なので、何も答えませんよ。…それと、私はまだ神官を続けなければなりません。申し訳ありませんが、私が普通の神官でない事は黙っていてもらってもよろしいですか?」

 

 リリアのその言葉に、イスカスは不思議そうな顔をしている。

 まだ神官を続けなければならない理由がわからないからだ。

 

「なぜ、神官を続けるんだ?」

 

「それは、先程話した、陛下の大切な方を探すためです。全ての秘密を握っているのは神官長でしょうが、何分なかなか尻尾をつかませてくれないので。このまま神官としてやっていくしか方法はありません」

 

「でも、俺を助けるために、神官長に背いたのに大丈夫なのか?」

 

「それは案外何とかなるものですよ。陛下はなんせ女神に選ばれし英雄ですから。英雄の命を救ったのは、神官長。そうせれば体裁もなりたつ。あの男にはそれしか道がないのですから。…そのようなわけで、貴方様の傍より離れますが、いつでも私は貴方様の味方であることを忘れないでください。そして、貴方様は魔王なんていう訳の分からないものに、最も遠い方です。ご自分を信じてください」

 

「ありがとう。なんか、リリアにそう言ってもらえたら、信じることが出来そうだ」

 

 そう言ったイスカスの言葉に、リリアはフッと笑ってしまった。

 それにイスカスは怪訝そうな顔をした。

 

「いえ、相変わらず、変わりないですね。何者かもわからない私の言葉を信じていらっしゃる」

 

「あたりまえだろ?俺を救ってくれたんだし、それに確かに仲間だと思えるから。仲間は信じなきゃいけない」

 

「良くも悪くも、それでこそ陛下です。さて、誰かが来たようですね。折角なんで魔族に襲われけがをしているという演技をしますので、ご協力を」

 

 実際、リリアからはまだ血が流れていた。

 当人は痛がりもせず、ただの擦り傷のような感じでいるが…

 

「大丈夫なのか?その傷」

 

「ああ、大丈夫ですよ。まあ転んでけがをした程度です。演技で痛がるので、あわせてくださいね」

 

 もはやイスカスは、反論せずただ頷いていた。

 リリアが言った通り、扉が開くと神官長、リール、ゼクス、さらに男性の神官が入ってきた。

 リリアが倒れ、イスクスが心配そうにしているこの状況に4人は驚いている。

 

「やはり、あの魔族の気配は嘘じゃなかったんですね」

 

 リースはすぐさま、リリアの傍に行くと、薬草を使ってなにやら術を唱える。

 その瞬間、リリアの傷が治っていった。

 

「申し訳ありやせん。あの女神官に変な薬盛られて、こんなことに…しかし、何があったんですかい?」

 

「魔族が襲ってきて、俺を助けようとリリアがかばって…神官長様。折角女神様のおかげで助けられたのに、このような事になってしまい」

 

 そんな言葉に、神官長が慌てふためいている。

 ただ、神官長もこの場で本当の事を話すわけにはいかない。

 それに、実際イスカスは、女神に選ばれたもの。

 ここはイスカスの言葉に乗るしかなかった。

 

「いや、リリアは職務を全うしただけだ。イスカス殿、無事に戻ってよかった」

 

 心にもないことを言っているのは、傍目にもわかったが、イスカスはわざと笑みを浮かべている。

 そのおかげで、他の神官やリール、ゼクスはこの神官長の真意に気付くことはなかった。

 

「これで大丈夫ですよ。リリアさん、イスカスを救っていただいて本当にありがとうございました」

 

「こちらこそ、救っていただいてありがとうございます。それに、私は英雄を助けられて本当に本望なのですから。ひとえに決断してくださった、神官長様のおかげです」

 

 神官長の顔が引きつっている。

 それにリリアはただ笑顔を浮かべるだけであった。

 

「ああ、こちらこそすまないな。お前には迷惑をかけた」

 

 イスカスは笑いそうになっていたが、それを我慢していた。

 事の顛末を知っているだけあって、あえて黙っている。

 

「それにしても、女神様は美しい方ですね」

 

「あくまで像でしかない。だから、このことは誰にも話すな。…女神様はこの像に力を送って下さり、それにより守られている。この像はその媒体でしかない」

 

 女神から実際に御神託を賜るわけではないということだ。

 あくまでその力を使っているのが、神官ということらしい。

 

「なるほど、これを他に知られるわけにはいかないわけですな。まあ、黙っておきますよ」

 

「私も、イスカスを救っていただいたので黙ってます」

 

「ああ、俺もこうやって無事にいられるのは神官長様のおかげだしな。黙っておく」

 

 他の二人のことばよりも、イスカスが話した言葉に神官長は何とも言えない顔をしていた。

 あとは神官なので、もともと他に話すつもりはない。

 

「いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。魔族もやってきたというのなら、ここの防衛も強化する必要がある。イスカス殿には聖騎士団団長への報告をお願いしたい」

 

「ファルコンにか…わかった。確かに部外者がずっといるわけにはいかないし。リール、ゼクス、行こう」

 

「そうですね。神官長様、リリアさん、本当にありがとうございました」

 

 まるで聖女のように頭を下げる、リールに神官長は気にするなと笑いかけている。

 ゼクスはただ無言で、イスカスにしたがって神殿を後にすることにした。

 



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11話

 神殿を後にして、騎士団の詰所に向って歩いているときの事だった。

 リールがふと足を止めて、平然と歩けるようになったイスカスを見つめた。

 

「どうしたんだ?リール」

 

「イスカス、あまり無茶はしないでくださいね。なんか、貴方が遠くに行っちゃいそうな気がして。私は貴方はいるから、ここまでこれたんです」

 

 その言葉に、イスカスはフッと笑ったのち、ポンポンと優しくリールの頭を撫でていた。

 

「大丈夫。どこにも行かないさ。俺はどうやら、魔王じゃなさそうだしな」

 

 リリアの言葉が本当に心強かった。

 リリアは恐らく本当のことを言っている。

 なぜ、自分の正体まで話してくれなかったのかは理解できないが、とりあえず心配していた人間に、憎しみを抱くものではなさそうなので、それだけでもよかった。

 

「魔王なんて、確かに似合わなさそうですよ。それに、どこからどうみても人間そのものですよ」

 

 同じようにしゃべり

 同じように食事をする。

 そう、もう人間と変わりない。

 だからこそ、人であるのかもしれない。

 ないのかもしれない…

 でも、イスカスは正直そんなことはどうでもよくなっていた。

 大切なのは、仲間や人を思う気持ちだとそう思えるようになったからだ。

 

「うん。そうかもな…だから、心配すんな。リールの事もちゃんと守るからさ」

 

「はい。ちゃんと守ってくださいね」

 

 そう言って手に腰を当てて、頬を膨らませるリールを見て、イスカスは笑ってしまった。

 そのしぐさが何とも言えなく、面白かった。

 

「何笑ってるんです」

 

「だって、リールが子供に見えたからな。かわいいと思っただけだ」

 

 その言葉にすねだしたリールに、イスカスはまた笑ってしまう。

 

「あの、いつまでこの状況を黙ってみるべきですかね?そもそも通りの真ん中ですぜ」

 

 確かに、おかげで周りからの痛い視線が突き刺さっている。

 恥ずかしくなった二人は、無言で騎士団の詰所に向い始めた。

 だが、どこか二人の顔はほころんでいる気がする。

 

「て…痛…」

 

 急に、お守りに巻き付いている魔の植物に似たものが、イスカスを締めつけた気がした。

 なぜそんな事になったのかわからないが…

 

「大丈夫ですかい?女神様がお怒りになったのかもしれませんぜ。なんせ、イスカス殿は女神に選ばれし英雄ですからな」

 

「なんで女神が関係するんだ?…そもそも、俺と女神の接点ってないと思うけど」

 

「まあ、そうかもしれませんが。気を付けたほうがよさそうですぜ」

 

 何をという感じでキョトンとしている。

 この時、ゼクスは傍から見たら、ただいちゃついているカップルにしか見えなかったとは、言えなかった。

 恐らく二人とも気付いていないのだろう。

 

「キャジャさんも待ってるでしょうし、行きましょう」

 

 にっこりほほ笑んだのち、そそくさと行くリールの後をイスカスとゼクスは追っていく。

 歩いているリールは、本当に嬉しそうだった。

 ようやく安心して歩ける。

 それもイスカスが英雄だったという事実が、嬉しくて仕方ないと言った感じだ。

 イスカスはそんなリールに困りながらも、笑顔でついて行っていった。

 リールが笑顔でいることが、どこか嬉しかったからだろう。

 

「あんま羽目を外しちゃだめですぜ。あいつらはまだ、イスカス殿のこと狙ってるんですから。それに、確かに女神様の力で、その変なもんもおさまったかもしれませんが、完全に消えたわけじゃねえんですから」

 

 確かに黒いお守りは消えたわけではない。

 ただ、女神のおかげで本当にイスカスは楽になっていた。

 

「ああ、わかってる。しかし、ゼクスはなんで俺の事なんか気にするんだ?」

 

「それは、なんででしょうな。なんとなく気になるじゃいけませんかね」

 

「なんとなく?」

 

「まあ、気にしないでください。道楽ってやつですからね」

 

 よくわからなかったが、ゼクスにそう言われて頷いてみた。

 いつもゼクスには守られている気がしていた。

 実際、かなり強いので自分よりも強いのかもしれないとも思えている。

 

 そんなこんなで、詰所にやってくると、騎士団はあたふたしていた。

 何かあったのだろうが、よくわからないため、取り合えず事態の確認のため、キャジャやファルコンを探して奥へと入っていく。

 

「あっ、無事だったのか。よかった」

 

 キャジャがイスカス達を見つけて、近寄ってきた。

 その様子は、あまり周りの騒ぎを気にしていないようだった。

 

「何があったんだ?」

 

「どうやら、魔族の気配がしたからと大騒ぎになってるみたいだけど、この聖都に魔族が入ってくるはずないしな。なんでこんな騒いでいるのかって感じだ」

 

 そういえばその事をファルコンに伝えに来たんだ。

 ここにいる聖騎士達は、魔族が侵入してきたことを知らない。

 キャジャもだからこそ、こんな感じなんだろう。

 もっとも、終わったことだから今更騒いでもどうにもならないことだが…

 

「魔族は侵入してきたよ。神殿にな。…まあ、結局逃げたからもう大丈夫だけど。俺はその報告のためにここにきているんだ。神官長に頼まれてな」

 

 その言葉に、キャジャの顔が凍りつく。

 今まで、魔族は聖都には侵入できないということになっていた。

 だが、それが覆される…

 つまり、どこにいても安全じゃないという事だ。

 それを理解したのか、さっきまでの態度と打って変わって真剣な表情になっていた。

 

「それが本当なら、それ相応の対応をしなきゃいけないな」

 

「まあ、対応しようにも奴らは自由自在にどこへでも現れるから、対応しようないだろうな。今のところ人に手を出そうとはしてないから、大丈夫だろうけど…今後、本当に奴らが人に手を出したらシャレにならないことになるだろうな」

 

 力が違いすぎる。

 魔族は妖しい力を使いこなせる。

 それに対応できるのは神官か聖騎士くらいだ。

 その数はしれている。

 多くの民は、何の力も持たない人々だ。

 

「本当にそうなったら、終わりだな…確かにすぐにでも、団長に言っておいた方がよさそうだ。でも、団長の執務室あんま広くないから、イスカスとゼクスだけで行った方がいい。その間、俺がリールを守っておくよ」

 

「確かに、大勢で駆けつけるのもあれか…」

 

 そう言ってイスカスは、さっとリールを見つめた。

 リールも笑って頷いている。

 

「イスカス、言ってきてください。キャジャさんでしたら、大丈夫でしょうから」

 

「そうだな。キャジャになら任せられる。ゼクス、行こうか」

 

「了解ですぜ。ワシも聖騎士ですから、団長に報告はしなきゃいけないですし、ほんとリール殿の事は頼みましたぜ、キャジャ殿」

 

 ゼクスには確かに報告しなければならない義務がある。

 だからこそ、リールの傍にいることは出来ない。

 しかも、この混乱の中だから、他の聖騎士は当てに出来ず、キャジャのみしか頼れない状況だ。

 

「わかってる。リールは任せておけ。それにある程度の魔族ならなんとかなるよ。俺も聖騎士だからな」

 

 何度か危ない目にあっているキャジャを知っているため、若干不安は残るが、人としては任せられる。

 リールを任せたのち、ゼクスの案内でファルコンのいる執務室に向って行くことになった。

 詰所は思ったより広く、騎士たちの訓練場、騎士たちの仮眠室、食堂など完備されている。

 騎士団長の執務室は、そんななかでもさらに一番奥まった場所にある。

 攻められて時でも、すぐにたどり着けない造りにしているようだ。

 

 重厚な扉のある部屋の前で、ゼクスが軽くノックする。

 

「ゼクスです。イスカス殿をお連れしやした」

 

「入れ」

 

 ゼクスはドアを開くと、イスカスと共に執務室に入っていく。

 キャジャの言った通り、執務室には書類の山が出来ており、人二人入るのでやっとという状況だった。

 

「すごいな…」

 

 思わずそう言ってしまう。

 この書類の山を片付けるのに、どれほどかかるのか…

 想像すらできないが、ファルコンは黙々とその書類の束を片付けていっている。

 

「まあ、しばらく留守にしていたからな。それで、その様子だと神官長に話は聞けたのか?」

 

 そこで、イスカスとゼクスは交互に今まで神殿であった出来事を話す。

 勿論、リリアというあの女神官が普通な存在じゃない事は伏せておいた。

 ここで、その件を出せばさらに厄介な事になりそうだからだ。

 ファルコンは、時々質問を交えながら、すべての事実を確認していくと、やはりその顔が曇っていた。

 

「厄介だな。確かに英雄だという証明がなりたったイスカス殿がいることは、私としてもありがたいが、ただ魔族がこの聖都に入れ、怪しい術で行き来が自由となると、もはやどう守っていいのかも想像がつかない」

 

「そうだな。それに本当に魔族に変える力を持っているとなると、敵はもっと増えてしまうってことだろ?」

 

「それも、元は人間という存在。どうすればいいか、対応が困る。…ただ、今までそのような事は報告されていない。実際に出来るかどうかも謎だ。それに、奴らが狙っているのはイスカス殿とリール殿のみ。他は蔑んでいるように見える」

 

「それは俺も感じた。俺達だけなんで特別扱いしてくるのか…本当にわからない」

 

 そう言いながらも、リールの話から、恐らく自分も普通ではない存在なんだろうという想像はついていた。

 恐らくそこに、狙われる秘密があるはずだろうが、問題はリールだ。

 リールには、人々を治療できる不思議な力があるが、もともとここの人間であることは間違いない。

 聖女といわれているが、何故狙われるのか…

 

「そうだな。まあ、魔族の考えることなんかわかったら、苦労はしないよ。問題はイスカス殿やリール殿を手に入れた後、奴らは何を考えているかだ」

 

 そう、今はあくまで自分たち、とくにイスカスを手に入れようとしているだけだ。

 それが手に入ったとしたら…

 

「まあ、いい事ではないでしょうな。奴らがまともじゃないのはわかってるんですし、狙いはこの世界と考えるのが自然じゃないですかい。まあ、わしはイスカス殿を守るので、そうはならないようにしますがね」

 

「まあ、俺よりもリールが心配だ。最近こっちばかり狙っているから、なんとかなっているけど、連中がまた狙いをリールに戻す可能性もある」

 

 イスカスの言葉に、ファルコンは深いため息をついていた。

 人員が限られている今、どのようにすべきか…

 何より、奴らはどこから来ているのかそれすらもわからない。

 

「一体、魔族とは何者なんだ?それさえ分かれば、手の打ちようがあるんだが」

 

 それは誰も分かる者はいない。

 魔族そのものに聞くしかないが…

 

「まあ、考えてもしかたねえことですぜ。今できることしませんか?」

 

「今できることか…一体何をすべきか…」

 

 いつもは的確に指示をしているファルコンでさえ、弱っていた。

 

「きゃー」

 

 そんな時だ、突然女性の悲鳴が響きわたる。

 一瞬何が起こったかわからないが、イスカス、ゼクス、ファルコンの三人は執務室を出て、悲鳴が聞こえたほうへ走っていく。

 騎士たちの姿がないので、恐らく皆もそちらにむかっているようだ。

 そのためか、ざわざわとした声が聞こえてくる。

 

 イスカスは嫌な予感がしていた。

 そもそも、ここに女性の姿はリールくらいしかなかった。

 リールに何かあったということなら、キャジャにも何かあったということだ。

 

 リール達がいただろう食堂に行くと、そこに大勢の聖騎士が集まっている。

 そこに、リールの姿もキャジャの姿もなかった。

 

「何があったんだ」

 

「団長、魔族が突然現れ、女性とキャジャを連れ消え去りました」

 

 焦った様子で、一人の騎士がそう話していた。

 魔族は突然現れ、リールを連れ去ろうとしたらしい。

 それを止めようとしたキャジャも、気絶させ二人を連れて、また姿を消したそうだ。

 その説明を聞いていた、イスカスがもはや呆然としていた。

 

「まさか、恐れていたことがおこるとは…しかも、キャジャまで連れ去るとは」

 

 そう、キャジャは必要ないはずなのだが、キャジャまで連れ去ってしまった。

 イスカスは、まだ信じられずにいた。

 さっきまでいた、リールやキャジャがいなくなるなんて、そう簡単に受け入れられる訳ない。

 それに、リールの父ルシスにも申し訳がたたない。

 リールの護衛を頼まれていたのに、これではその意味すらない。

 

「どっちにせよ、これで狙われるのはイスカス殿のみってことですな。しかも、イスカス殿を襲っておいて、リール殿に乗り換えたってことは、奴らは本格的に動き始めたってことですぜ。目的はなにか知りませんが、もはや猶予がない状況ってわけです」

 

「そうだな。奴らが次に狙ってくるのはイスカス殿。その上、本格的に動き出したとすれば、それ相応の心構えが必要だな」

 

 イスカスはただうなだれていた。

 自分に力がないばかりに…

 リールを守れなかった、そのことがずっと、自分を苦しめ続ける。

 

「とりあえず、イスカス殿は今まで通りワシが守ります。とにかく魔族の目的を調べることが必要ですぜ」

 

「調べようにも…奴ら自身しかわからないしな。それに、我々にはあんな力はない」

 

「諦めるんですかい?」

 

「そうじゃないが、どうすればいいのか…」

 

 そう、聖騎士でも敵わなかった。

 さらに、その聖騎士の詰所で魔族が人をさらった。

 もう、誰にも魔族を止められないという事だ。

 

「やるのは…俺しかいないよな」

 

 自分を守るというより、これ以上魔族に好き勝手にさせたくないという気持ちが強かった。

 英雄という自覚はないが、もし伝説ならば自分が救うしかない。

 もし本当にそんな力があるなら…

 そうやって、決意の表情をしたとき、隣にいたゼクスがどこか嬉しそうな顔をした気がした。

 



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12話

 取り合えず、次狙われるのはイスカスということで、聖騎士団は守ろうとしていたが、当の本人は別のことを考え始めた。

 

「ゼクス、あんたには言っとくけど、わざと奴等のもとへ行こうと思っている」

 

 騎士団の宿舎の一部屋をあてがらわれ、そこでイスカスを守るために、同室しているゼクスに話かけた。

 ゼクスは、ほうと言ったのち、少し冷たい目をイスカスに向けた。

 

「ワザワザ捕まって、どうするつもりですかい?」

 

「そうすれば、奴等がどこにいるか判明する。それに、リールを救うことも出来るかもしれない」

 

 その言葉に、なぜかゼクスが声を出して笑いはじめた。

 まるで、馬鹿にした笑いを浮かべてる。

 

「本気ですかい?…イスカス殿一人で、魔族全てを相手し、さらにリール殿を救う?面白い冗談ですな」

 

「冗談なんて、今話すわけないだろう」

 

 その一言に、さっきまでの笑いと打って変わって、鋭く冷たい視線をイスカスに向けた。

 

「そういうのは、可能な事をいってくれやせんか。奴らの強さを知っていて、一人行くなんて無謀ではなく、ただの馬鹿でしかない。行ったところで奴らの思う通りになるだけで、救うどころか、ただ捕まるだけ。そんなこともわからないとは…情けなくて仕方ありやせん」

 

「なんだと…」

 

「怒るのは勝手ですが、あんたは自分の立場をわかっちゃいねえ。はっきり言っとくが、いまのおめえには何の力もねえよ。確かに英雄と呼ばれ、女神様とやらに選ばれたのかもしれねえが、あんたはただの人間。少しばかり強いだけで、ただ、いきがってるだけだ」

 

 その言葉に、イスカスは何とも言えない顔になっていた。

 言い返すことが出来なかったというのが、本音かもしれない。

 実際、ゼクスのいう通り、悪い意味でも人間。

 確かに体がおぼえている、戦闘能力を使って何とかしてきたが、魔族の使う怪しい力に対処できる方法がない。

 

「そもそも、魔族相手に人間なんぞが勝てるはずねえんです。勝てるのは魔族同等いやそれ以上の力を扱えるもののみ。なのに、まるで自分は力があるなんて勘違いして、何の策もなく敵の懐に潜り込もうなんて考えるのは百年早いんですぜ」

 

 すべて当っていた。

 だからなのか、自然と笑ってしまっている。

 自分に力がないことを、情けなく思って。

 結局、英雄なんて名ばかりで、誰も助けることが出来ない。

 そんな思いで打ちのめされていた。

 

「俺は…一体…」

 

「決めるのは、あんた自身だ。まあ、この世界を救う手はあるちゃあ、あるんですがね」

 

 その救いの言葉に、イスカスは目を輝かせ、ゼクスを見つめた。

 そもそも、そんな方法があるのならなんで早く言わないという目だ。

 ゼクスはふっと笑うと、また妙な事を言い始めた。

 

「あんたじゃ無理だけど、頭にならこの世界を救うことができる」

 

「頭?」

 

 ゼクスはまた笑い始めている。

 よほどおかしいのか、さっきから笑いが堪えられないといった感じだ。

 だからこそ、イスカスは何をやってんだという冷たい目を向けていた。

 

「いや、すまねえな。…頭はワシが唯一認めるもの。さあて、今はどこにいるんだか、わかりゃしねえが」

 

 そう言って、イスカスに意味深な目を向けた。

 イスカスはその視線に、怪訝そうな顔をしたままでいる。

 

「わからなかったら、頼みようもないじゃないか。なんか、他にわかってることないのか?」

 

「そうですね、まず頭は人じゃございやせん。魔族に近いかもしれませんが、まあ魔族と関わりない方ですな」

 

 聞けば聞くほど、訳が分からなくなる。

 人ではないが、魔族とはまた違う?

 

「なんだそれ…他には?」

 

「そうですね…頭は異世界の住民といったほうが早いやもしれませんね」

 

「異世界?」

 

 異世界など言われても、もはや想像がつかなかった。

 そもそも、ここ以外に世界が他にあるなんて、理解ができない。

 

「そうですな、そろそろワシも、聖騎士団にいる必要がないので話しやすが、ワシもまた異世界の者って奴です」

 

「確かにあんたは、どこか普通の人とは違っているようだが…まだ信じられない」

 

「まあ、信じる信じないはあんた次第って奴ですわ。ワシは頭見つけるためにこの世界に来ただけなので」

 

「その頭の目的は?そもそも、異世界から何しにきたんだ?」

 

 その問いかけに、ゼクスはまた笑ってしまっている。

 

「最初はわかりやせんでしたが、呼び出されたんでしょうな。わざわざ、好き好んで異世界にいく人じゃ、ございやせんでしたからね。何より人質に、頭の大切な方とられたんで、従ったっていうのが本当のとこでしょうな。…まあ、黙ってこっちに来たようなので、実際のところは当人にしかわかりやせんが」

 

「さっきの話じゃ、この世界にいるけど見つかってないっていうことだよな。探し出す方法はないのか?」

 

「さあて、なんともお答えできやせんね。頭に何かあったというのはわかってやすが、それ以上は…まあ、時期がくればわかるんじゃないんですか?」

 

 悠長にそう言われたので、イスカスは立ち上がってゼクスにつめ寄った。

 その勢いに苦笑しながらも、ゼクスは軽く抑えるだけでイスカスの動きを止める。

 

「急いでるんだ。リールをどうしても救わないと…俺は…」

 

「急がなきゃ、魔族になるやもしれないって奴ですかい。まあ、ワシからすればありえないことですがね。…頭じゃあるまいし、そんなことできる筈ないんですが…それに、そもそもなぜ執拗にリール殿を狙ったのかが不明なんですよ。イスカス殿が狙われる理由は簡単ですが」

 

「リールが狙われるのは、あんたでもわからないんだな。で、俺は英雄かもしれないから狙われるって奴か」

 

 その言葉に、なぜかゼクスはため息をついていた。

 

「あんた、ほんと思い出す気あるんですかい?」

 

「なんで、俺の記憶と狙われることが関係あるんだ?なんか、リリアとかいうあの神官にも、陛下とか呼ばれたし」

 

 その言葉には、ゼクスはすぐに反応する。

 

「奴はそんなこと言ったんですかい?全く、なにやってんだ。話が違うじゃねえか」

 

「だから、なんだ」

 

「…はあ。そろそろ頃合いかもしれませんな。自分が何者か思い出すのも。このまま呑気に待ってるのも疲れやした」

 

「思い出す?…お前もあのリリアと一緒で俺が何者か知っているという事か?」

 

 なんで異世界の住民が、自分のことを知っているのかわからないが、そこに何か秘密があるのならとそういう目で、ゼクスを見つめる。

 

「ついてきやすかい?もしかしたら、そこでなら思い出すやもしれませんからね。そうすれば、頭がどこにいるかもよくわかりやすよ。頭の事をよく知ってるのは、あんたなんですから」

 

「俺が…じゃあ、おれも…異世界から?」

 

「まあ、答えはそこにある。どうです。行ってみやすか?」

 

 正直、イスカスは迷っていた。

 このまま行ってしまったら、もしかしたら魔族がその間に…

 そんなイスカスの気持ちを見透かしてか、ゼクスがまた冷たい目を向けた。

 

「言っとくが、今のあんたにはなんもできねえ。まあ、あっち行っても記憶取り戻せるかわかんねえが、まあ、行くか行かないか決めるのは、あんた自身だ。あんたが考えたらいいだけの話だ。それにワシは、あんたほど急いでるわけじゃねえからな」

 

「わかったよ。行こう。…確かに、俺がこんなことを悩んだって、何の解決もしない。俺が何者せよ、俺に謎を解くカギがあるんだったら、それを見定める必要がある」

 

「いい心がけじゃねえか。大体、端からこうすりゃいいもんを、ビルスの奴が…」

 

 そのビルスという名に、聞き覚えがあった。

 イスカスはじっと考えて、はっと思い出していた。

 

「リリアが、あのマーガレットとかいう魔族と話していた時に出た名前だ」

 

「あいつ、そんなことまで話したんですかい?あと、マーガレットは裏切り者ですぜ。リリアでしたっけ、奴はそんなこと言ってませんでしたかい?」

 

「ああ、言っていた。陛下の意志こそ尊重されるべき。決める権利は陛下にしかないとか…陛下は俺ってことだから、俺にしか決める権利ないって、変だと思ったが・・・」

 

「文字通りですぜ。とくにあいつは、陛下のことしか頭にねえですからね。さて、あんま悠長にしてると外に気付かれるやもしれませんぜ」

 

 最初に言った通り、ここは聖騎士団の宿舎の一部屋。

 今はゼクスと二人きりだが、いつ人が入ってきてもおかしくない。

 行くとしたら、今しかないといったところだろう。

 

「わかった。行こう」

 

 そう言った瞬間、ゼクスがさっと右手を翳した。

 その場所に、何か不思議な空間の入り口のようなものが開く。

 見えているのは、魔の森のような植物が生えているが、こちらの魔の森より明るいそんな雰囲気の場所だ。

 

「ついてきてください。下手に離れたら、あんたのこと知らねえ奴が襲ってくるやもしれませんので」

 

「俺が元いた世界なんだろ?なんで俺の事を知らないんだ?」

 

「まあ、よく見たらあんたとわかるかもしれやせんが、あんたが元々そういうもんだと知らねえ連中もいるって話です。まあ、ワシの傍なら安全なんで、わかりやしたか?」

 

 よくわかっていなかったが、ここは頷いとくところだろうと、そう考えたイスカスは、静かに首を縦に振った。

 それに満足したのか、すこし笑みを浮かべたゼクスがその空間に入っていく。

 イスカスは、生唾を飲み込みながら、その謎の世界へと足を踏み出した。



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13話

 そこは、魔の森に似ているが、魔の森にはいなかった動物や鳥類など、本当の森に近かった。

 あと、先にも言ったとおり、日が差し込み、魔の森とちがって明るい印象を受ける。

 とは言っても、辺りは森ばかり。

 何か目印というのがあるわけではない。

 そのため、ゼクスと離れたら確実に迷子になりそうだった。

 

「ここが、本来俺がいた世界なのか?」

 

「そうですぜ。ここが、あんたの世界。こんな感じで驚いたのか?」

 

 そう言って、ゼクスはどこか意地の悪い顔をしていた。

 イスカスは、正直驚いたが…確かにどこか見覚えがある気がしていた。

 

「この世界であんた達は、何をしてんだ?」

 

「何って、そうですな…まあ普通に暮らしてやす。なんかここに侵略者現れたり、頭のワガママに付き合ったり…そんなとこですかな」

 

 暮らしていると言っても、見る限り住居の類いが見えない。

 そもそも、今のところ動物以外は見かけていない。

 

 そうやってゼクスの案内されるがまま、後をついていたイスカスだが、途中で子供の姿を見かけ足を止めていた。

 子供は、なぜか手招きをしている。

 イスカスは、首を捻りながら、さっとゼクスがいた場所を見てみたが、止まっているうちに先に進んだらしく、その姿が見当たらなかった。

 子供達の姿もなぜか消えている。

 まるで、狐につままれたような感じであった。

 完全にはぐれている状況に、頭をかきながらも、少しこの森を見回してみた。

 それだけで、なぜか勝手に動物達が集まってきている。

 嫌な気はしないが、何か不思議な感じをイスカスは受けていた。

 

 この感じ…前にどこかで…

 

 イスカスは、ふと目を閉じてみる。

 森に咲く花の匂いや、森の木々の安らかな香りが鼻を通り抜ける。

 心地のよい雰囲気に、なぜかイスカスの心は和んでいた。

 本当にここが、自分の元いた場所かもしれないと、そう思えるようになる。

 

 だが、それは同時に、自分は異世界から来た者だということを、認めることになる。

 

「俺は一体…何者なんだ?」

 

 自分の中に答えがある筈…なのに、その答がなかなか出てこない。

 靄がかった感じで、全く晴れない。

 

「ほほう、この世界に侵入者と思ったが、まさかお前だったとはな…」

 

 紫色の瞳に、同じく紫色の髪をもつ青年が、イスカスに話しかけてきた。

 黒いまるで執事のようなスーツに、右手に何やら手帳のようなものを持っている。

 優しそうな笑みだが、どこかイスカスを馬鹿にしているようにも見える。

 

「あんたは?」

 

「なるほど…記憶を取り戻してないということか。あの筋肉バカは、言いつけも守れないようだな」

 

「質問に答えろよ」

 

 イスカスのそんな突っ込みを無視したのち、何やらブツクサ言いながら、なぞの手帳を開いていた。

 一方のイスカスは、これ以上関わりたくないと、その場を逃げ出そうとした。

 だが、信じられないことがおこる。

 森にあった、魔の植物に似た、謎の植物の蔦がイスカスに絡みつこうとする。

 それを感知して、さっと避けたが今度は近くの植物が、絡み付いてきて、もはや動けなくなってしまっていた。

 

「離せ。俺はこんなとこで、こんなことをしてる場合じゃないんだ」

 

 その発言に、紫の男はイライラとした感じを見せた。

 

「それは我々には、関係のないことではないか。急ぐのはお前の問題だろう。…さらに言うなら、この程度もどうにかできぬようでは、魔族とかなのる連中を相手すら出来ないだろう」

 

 まさか、ここで魔族という名が出てくるとは、思っていなかったイスカスは、不審そうな目を紫の男に向けた。

 

「なんでそんなことを知っている。お前は魔族なのか?」

 

「魔族という名は、奴等が勝手に呼称しているだけのこと。我らが言っている訳ではない。それに、魔族はどちらかといえば、お前のことであろう。我らは魔族というより、魔物が進化したといった方が良いだろうが、ワザワザそんな言い方、ここではしていない。そもそも、ここにいるのはそういう者のみだからな」

 

「お、俺が魔族なのか?…それに魔物が進化した?なんだそれ。…俺はじゃあ…魔王なのか?」

 

「本当にお前はバカか。ワザワザこの世界でそんな言い方はしないと、さっき言ったばかりだろう。お前はこの世界の者であの世界の者でない。即ち、あの世界での王など、ありえない話だ」

 

 頭がこんがらがって、いきそうだ。

 そもそも、イスカスのことをリリアは陛下と呼んでいた。

 つまり、王という意味だろう。

 ただ、ゼクスもこの紫の男も言っているように、自分がこの世界から来たのは本当のことらしい。

 

「俺はこの世界の王なのか?」

 

「今のお前ではない。イスカスとかいう名の男は知らぬ。我らが認めるのは一人だけだ。…まあ、お前がちゃんと思い出せば、全ての疑問も解けるだろう。ただ、それまでの間は、そこでもがいてろ。少し反省もこめてな」

 

 はあ?

 そんなこと、言われても…

 

 そんなイスカスの気持ちとは裏腹に、その謎の男は姿を消してしまった。

 

「おい、俺はこんな暇ないんだ」

 

 そう叫んだが、その叫びはただ虚空に響き渡っただけだった。

 もはや、その男の姿はなく、謎の植物で身動きの取れない、イスカスのみが残されていた。

 

 一体何なんだ?

 俺はそんなに、嫌われているのか。

   

「何なんだ?」

 

 身動きの取れない上に、訳のわからない状況におかれ、イスカスは何をしていいのかも、わからなくなっていた。

 そもそも、まだ記憶も戻っていない。

 それどころか、一刻も早く、リールを助けないといけない。

 それなのに、身動きすら取れない。

 

「あんた。何やってんの?」

 

 一人の少年が、イスカスをそう見上げている。

 最初に手招きをした、あの少年に似ている。

 

「訳わかんないやつに、こんなことされて。反省してろとか…君はここの世界の子かい?」

 

「そうだけど。ビルス様がお仕置きって、あんた何者?普通なら容赦しないんだけどな、あの方。拘束だけですむなんて」

 

 よく分かっていない、イスカスは眉をひそめる。

 少年は、ただ不思議そうにイスカスを見つめていた。

 

「あいつが、ビルスとかいう奴なのか?」

 

 何度か名前は聞いていたが、実際会わないとわからない。それに、ビルスとかいうあの男は、自ら名乗りもしなかった。

 

「知っているの?ビルス様を」

 

「ゼクスから名前は聞いて知っている。どうしたんだ?」

 

 少年が口をアワアワさせているので、イスカスは思わず首を捻っていた。

 

「だってゼクス様も知ってるなんて…ほんと、何者?ただの人じゃないよね?」

 

「正直、わからない。俺は記憶がないから。…ただ、ゼクスに言われたんだが俺は元々ここの世界にいたらしいんだけど…全く思い出せなくて」

 

 その言葉に、驚いたとともに信じられない目でイスカスを見る。

 イスカスはその視線を感じて、どうしたんだという顔を見せていた。

 

「もしかして…陛下?」

 

 この少年にもそう言われるとは思ってもみなかった。

 

「そう呼ばれていたみたいだけど、そうなのかどうかも」

 

「ちょっと、待ってください。僕がこれ解きますね。ビルス様も人が悪い。陛下だってわかって、こんなことしてるなんて…って、記憶ないってどうしたんですか?皆急に消えてびっくりしたんですからね」

 

「だから、本当に俺がその陛下かわかんないし…何より、そんな風に急に敬語使われるの苦手だし…」

 

 そう言った途端、少年は近づいてきて顔をじっとのぞきこんでくる。

 それにイスカスは照れるが、そもそも身動きが取れない状態なので逃げようがない。

 まるでキスをするような近さで、じっとイスカスの瞳を少年が見ていた。

 

「やっぱり、陛下だよ。この瞳は忘れられないです。確かに、なぜか知らないけど人になってるようですが、僕、陛下好きだったから、間違いないです」

 

 そう言いきられたうえに、好きだったなど、間近で言われたため、照れてイスカスの顔が赤くなってしまう。

 

「仮にそうだったとしても、今の俺には記憶ないし、何の力もないから」

 

「じゃあ、何があったのかもわからないんですね。あ、とにかくヘルヘイムの植物外しますね」

 

 そう言って、少年の右目が赤く光るとヘルヘイムの植物が、イスカスの体から退いていく。

 ようやく、自由になったイスカスは背伸びをすると、少年に笑いかけた。

 

「ありがとうな…えっと…」

 

「あ、僕はルキアです…でも、気を付けてくださいね。この世界、人間をあまりよく思わない人多いですから。陛下とわかんなかったら、襲う者もいるでしょうから」

 

「人を憎んでいるのか?」

 

「憎んではいないです。ただ、人は弱い存在ですからね。でも僕は陛下と同じで、あんまり蔑んだりするの好きじゃないから、距離をとるという今の状態が一番だと思ってます。陛下は、いつも人の味方していましたし」

 

 その言葉に、イスカスはほっとしていた。

 もしかしたら、自分かもしれないものも、人を信じているというのは救いだった。

 だが、ここも人を蔑むものがいるというのは、正直つらかった。

 

「魔族と同じなのか?」

 

「魔族ってなんですか?」

 

 そういえば、魔族はあの連中が勝手に言っている名だと言っていた。

 どうやら本当らしく、少年は本当にしらないようだ。

 

「いや、なんでも…あのさ、俺ってそんなにすごい力持っていたのか?」

 

「その答え、僕にはわからないです。あんまり力を使わないようにしてたみたいですし、何より、戦う事なんてなかったからですから。大概、ビルス様が止めてましたし」

 

 戦っていなかったから、力を知らない…

 でも、何人かは自分の力の事を知っていると様だ。

 つまり、限られたものにしかしゃべってなかったということなのか?

 全てを知っているのは、ゼクス、ビルス、あとはリリアのみのようだ。

 

「そうなのか」

 

 問題は、このままではあの世界に戻ることもできないし、何よりリースを助けるためにも、自分のことを思い出す必要がある。

 

「あと、さっき使った力って、自然に使えるのか?」

 

「はい。僕たちなら簡単な事しかできませんが、使えますよ。…あ、でも。普通の人には無理ですよ。オーバーロードじゃない限り」

 

「オーバーロード?」

 

「はい。陛下や舞様がそうです。僕たちはインベスの進化したものですから、違いますけど」

 

 自分がオーバーロードという者だと言われても、それがいまいちわからない。

 インベスという名前を聞いても、どんなものなのかも想像つかなかった。

 

「意味が…」

 

 そう言おうとしたとき、なにか違和感を感じる。

 突然空気が重く感じ、なにか嫌な予感がした。

 それが何なのかわからない。

 

「どうしたんですか?」

 

 少年が心配そうにしていたが、その説明をする前にあいつは現れた。

 マーガレットという名の、あの魔族だ。

 

 少年はそれを見つけて、驚いていた。

 

「マーガレット様。どうしたんですか?」

 

 確かゼクスの話だと、マーガレットは裏切り者だという話だ。

 少年は、なぜかそれを知らないらしい。

 マーガレットは少年に笑いかけたのち、イスカスの顔を愛おしそうに見つめていた。

 

「恐らくここだと思いました。それに、そのお守りのおかげで、貴方様の居場所はいつでも分ります。…そろそろ参りましょう」

 

 まるで、ダンスに誘うかのように、マーガレットがイスカスに手を差し出した。

 イスカスは、後ろに下がって逃げようとするが、マーガレットが魔の植物に似ているあの植物を操ってイスカスの身動きを止めている。

 

「何やってるんですか。陛下にこんなことするなんて」

 

「ルキア、貴方はそこにいなさい。これはこのお方にとって必要なことなんです。御記憶を戻していただけためにも。それにこの方はここの世界の陛下とは別の方です」

 

「え…」

 

 そうは言われても、確かに容姿は違っているが、顔や目はそのまま、この世界の王であるものである。

 だからこそ、ルキアは訳がわからなくなっていた。

 

「いい加減にしろ。俺は魔王になんてならない。そもそも、リールとキャジャを返せ」

 

「その二人と引き換えといえば、来ていただけますか」

 

 様子がおかしいので、状況がわかってないルキアは目が点になっていたが、マーガレットが普通じゃない事はなんとなくわかったのか、イスカスの傍にキョトンとしながら立っていた。

 

「今すぐ解放しろ。じゃなきゃ俺は行かない」

 

「なるほど、確かに見せなきゃ信用していただけませんよね。ですが、今はその時期ではありません。あの二人を見せるわけにはいけないので」

 

「どういうことだ。あの二人に何をしてる」

 

「さあ、一緒に来ていただければわかりますよ。さてとどうしますか?」

 

 そう言って笑いかけている、マーガレットにますますルキアが頭を痛めている。

 

「マーガレット様、あなたは何をしようとしてるんですか。陛下ならこの世界にいてこそ、意味があります。どこに連れて行こうとしているんです?」

 

「だから、先ほどから言っているでしょう。この方は魔王であり、貴方の陛下ではない」

 

「でも、どうみても陛下です。僕は陛下を見間違えたりしません。それに、この方がこの世界の陛下じゃないというのなら、マーガレット様はこの世界を捨てられたということですか?」

 

 ルキアの質問攻めに、もうといいつつ、ルキアにもイスカスに使ったあの術を使うが、ルキアはそれに抵抗して抑えている。

 

「僕だって、ある程度は扱えます。陛下を無理やり連れていくというのなら、マーガレット様は敵でしかない。僕はあくまで、陛下の味方ですから」

 

「関係ないと言っているでしょ。この方は貴方の陛下とは違う」

 

 そもそもの実力は、マーガレットの方が上である。

 気付いたら、ルキアが押され始めた。

 

「やめろ。俺が行きゃいいんだろ。ルキアに手を出すな」

 

 イスカスはたまらなくなり、そう叫ぶ。

 その言葉に、マーガレットはニヤリとほほ笑むと、イスカスの植物をほどいていた。

 

「だめですよ、陛下」

 

 イスカスがマーガレットの元へ自ら行こうとしたとき、さっとあの植物とともにあの、紫の男、ビルスがイスカスの前に現れ、マーガレットを睨みつけていた。

 

「生憎、この男を貴様なぞにやるつもりはない」

 

「ビルス…やはり出てきたか。では、一言だけ。間違えなく、陛下は自ら私の元にやってくる。その意味は陛下にならわかるでしょ?今回はこれで」

 

 そのまま逃げ去るマーガレットをビルスは、ただ何もせず見ていた。

 そののち、縛り付けられたルキアの植物を解くと、さっとイスカスを睨みつける。

 

「お前は自覚をしろ。確かに今のお前は私の知っているお前ではない。だがな、お前はこの世界の王である、あの男の記憶を持つもの。お前に何かがあれば、あいつに何かある事になる。我らにとって、お前の世界など興味のないことだ。我らが恐れるのは、あいつを失う事だ。お前はその自覚をしろ」

 

「訳の分からない事を言うな。俺のためにこれ以上傷つくひとを、見たくない。それに、あいつが言っているのは恐らく、リールとキャジャと引き換えに俺を…そうなったら、もう行くしか」

 

「相も変わらず、甘い考えだ。お前とあいつは違っていても、そんなところだけ一緒なのは勘弁しろ。お前は結局、何の力もない。それが分かっているのだろう」

 

「それは…」

 

「どのみち、お前は自力でこの世界を出ることすらできない。ならば、しばらく大人しくしていろ。それが嫌ならば、早く思い出して、あいつに戻ればいい。そうすれば答えは見えるだろうからな。というわけで、お前の見上げた陛下好きはしっているが、手を出すなよルキア」

 

「ビルス様、それでは陛下が」

 

「ルキア、それはあいつのためにならない。それどころか、危険になるだけだ」

 

 ルキアは何も言わず、そのまま消えて行った。

 残されたイスカスにも、確かにどうすることもできない。

 

「仕方ない。お前のよく知るあの場所に送ってやろう。そこでしばらく思い出すがいい」

 

 そう言って、イスカスに変な術を使い、強制的に転移させられた。

 



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14話

「しかし、ビルス。貴様やりすぎじゃねえか」

 

 イスカスがいなくなった後、ゼクスがさっとその場に現れていた。

 そんなゼクスにビルスは冷たい目を向ける。

 

「あの男のままでは、いつかは死んでしまうだろうな。あれは人でしかない」

 

「それはわかっているし、あれは頭じゃねえのも理解してる。だが、あのままじゃあ」

 

「だからお前は筋肉バカだと言っているんだ」

 

 その一言に、ゼクスはビルスに殴りかかりそうになったが、ビルスはふっと笑うとそれをさけ、さっと持っていた手帳で、ゼクスの頭を殴った。

 

「いてえ・・・貴様」

 

「そもそも、お前が勝手にこの世界に連れてきたんだろう。まあ、あの男に免疫が出来ていたからよかったものの、人にこの世界は…まあ、関係ないことか」

 

 なぜここまで、心配してしまうのかビルス自身わからなくなっていた。

 確かに、あの男を陛下に仕立てるとビルスは宣言したが、あの男はそれも望んでなかった。

 

『それでも、お前がここにいるなら、そうするしかねえか。お前ほどの頭脳の持ち主いないしな。俺も舞も、そういうの苦手だし』

 

 あの言葉が決めてになっていた。

 それほど、自分の事を必要とするのなら…

 しかし、あの男は本当に可笑しな男だ。

 あれほどの力を持っておきながら…

 

「何があったのか、結局わからないのだな」

 

「ああ、リクシアも探ったらしいが、舞様を神官長がどこかにやったってまでしか」

 

「あの力を、どうにかできるなど、考えたくないがな。まあ、昔聞いた話ではあの力自体は、あいつか舞様にしか使えない。だからこそ、悪用されることはないらしいが…その力を完全に失った上に、記憶すらないとは」

 

「まあ、元々人間だったってことが効いてんじゃねえか。力を封印されたからこそ、人に戻ったとか」

 

「筋肉バカの割には、的を得ている。どちらにせよ、あいつが戻ってこない限り手の打ちようがない。それに、お前が勝手な事をして、聖騎士に戻れなくなってる今、あっちの情報はリクシアとサリアに任せるほかないしな。難点は、リクシアはあいつの命令以外受け付けない事だが」

 

 リクシアとはリリアの本当の名だ。元々この世界で、陛下と呼ばれるあの男の護衛などをしていた。陛下の命令は聞かないと少し困った少女だが、それなりの実力を持っている。

 サリアは、ビルスの直属の部下だが、今はあの世界のどこかで探らせているようだ。

 

「その辺は、今回協力するって言ってるし、どうにかなるんじゃねえか。まあ、ワシも頭戻ってきたら、頭の命令しか聞かねえけどな。お前に協力しているのも今だけって奴だ」

 

 そんなゼクスに、ビルスはため息をついていた。

 

「なんで、この世界はこういう奴が多いのだ」

 

「そりゃ、頭の世界だからだろ。あんたも、頭のこと好きだから、片腕してるんじゃねえのか?」

 

「私が奴を…勘弁してくれ」

 

 そう言ったビルスであったが、正直のところよくわからなかった。

 ただ、あいつの居場所が本当に分らなかったときは、自分でもおかしくなるくらい心配していたのはわかった。

 今まで、こういう事がなかったためか、あいつを失うという意味を本当に実感していた。

 

「で、ワシはそろそろ、あの男の近くにでも行ってきやすかね。また、あの裏切り者に狙われるのも癪なんで」

 

「確かに、あの女にとられてはな。…ところで、あの女の姉はどうした?」

 

「ああ、相も変わらず籠ってるさ。恐らく、あの男が帰ってきているのも知らねえんだろうよ。まあ、教えるつもりもねえけどな」

 

「まあ、教える義務もない。さてさて、私は私で動くとするか」

 

「せいぜい、気をつけろよ」

 

「誰に言っている。貴様もせいぜいあがけ。筋肉バカ」

 

 そのままビルスが消えるのを、ゼクスはさっと睨みつけていたが、やがて深いため息をつくと、あの男がいる、あの場所に移動した。

 

 

 その場所は、静かな高台でこの世界の事を見渡せる場所であった。

 この世界の陛下と呼ばれし存在が、好んでよく来る場所である。

 

 見渡す限り、自然にあふれ、上空から差し込む光が、水面を照らしてキラキラ光り輝いている。

 記憶はないが、確かにいて苦にならない世界である。

 

「ここに何が…」

 

 そっと高台の近くにある、大きな木の傍に不自然に大きな石が置かれてあるのを見つけていた。

 イスカスはそっと近寄ると、その石に目を向ける。

 何も書かれていない、その石だが…

 なぜか、鼓動が高鳴っていく。

 さらには、目から自然と涙が溢れ落ちていた。

 

「なんで…」

 

 そっと溢れ出る涙を、手の甲でふき取る。

 それがなんなのかわからないのに、悲しくなってくる。

 

「こんなに涙が…なんで…」

 

 どうしたのか、自分でもわからない。

 イスカスとしての部分とは別の何かが反応している気がする。

 

「こんなとこにいたんですかい」

 

 泣いていたイスカスは急いで、涙をふき取ってさっと、声のした方に向きを変えた。

 

「ゼクス、お前どこいたんだ?」

 

「それはこっちのセリフですわ。ワシは言ったはずですぜ。はぐれたのは、自分じゃないですかい」

 

「そうだな」

 

 最初に足を止めたのは自分だった。

 結局、あの時なんで呼び止めたのか聞かなかったが、あのルキアという少年が呼び止めていたからだ。

 ゼクスは苦笑すると、そっと一言言っていた。

 

「頭って、おかしな奴で。ワシなんて、力だけであのゼクスに筋肉バカとしか言われないような男なのに、みんなそれぞれの個性って、それぞれ意味があることだから、ゼクスが必要だ。とか言ってくるんですぜ。でも、その言葉のおかげで、ワシは自身を持って頭の傍にいられるんです。まあ、頭は頭って呼ばれるの嫌ってますがね」

 

「どうして、頭の話をしてくれるんだ?」

 

「話したくなったんですわ。頭がどこにいるのか、あんたは知っているから。ワシはこうしていても頭に会いたいといつでも思っているんですぜ」

 

「そっか。ありがとうな。大切な人の話を、俺なんかにしてくれて」

 

 その言葉に、ゼクスは思わず笑ってしまう。

 

「まあ、あんただから話せたんでしょうな。それで、思い出せそうですかい?頭がどこにいるのかも」

 

「いいや、全く。ただ、この世界が俺がいた世界だというのはなんとなくわかった。ありがとうな、ゼクス」

 

「まあ、こんくらいなら」

 

 そのあと、イスカスは決心した瞳で、ゼクスを見つめた。

 

「あのさあ、こんなこと頼むと、何の力もないのにって言われるのはわかってる。でも、あの世界に戻してもらっていいか?俺はやっぱ、力なくてももがく方が性にあってる」

 

「そいつはダメですぜ。言ったでしょ。あんたは頭の居所を知っている唯一の手がかり。あの世界を救うのも頭しかいないんですから」

 

「それはわかってる。でも、このままここにいても、俺は何も思い出せないと思う。それならさ、足掻けるだけ足掻きたいんだ。人としてできることをやってみたい。例え敵わない相手でも、立ち向かって行かなきゃいけないんだ」

 

「そう言うとこだけ、あの方に似てるんすよね。しかし、どうやって足掻くんですかい?」

 

「さあて、どうしようかな…でも、ここに来たおかげで、何とかできる気がした」

 

「ここに来ても、何も変わりゃしねえと思いますがねえ。その答えじゃあ、戻すわけには」

 

 ゼクスにそう言われたイスカスは、なぜかゼクスに笑いかけた。

 

「そっか。やっぱダメか。じゃあ、散歩してもいいか。ここ飽きちゃって」

 

「まあ、ワシはあんたを押さえる権利ねえですから。あんたにはクラックを開く能力ありやせんし、好き勝手にしたらいいですぜ。ただ、ワシは一応守りやすが」

 

「そっか。でも、俺一人で行きたいんだよな。折角だし」

 

 そういうと、イスカスはそう言うと、さっと走り出していた。

 ゼクスは呆気にとられていたが、やがてまずいと急いで走るが、そもそも足が速いらしく、気付いたらその姿を見失っていた。

 

「何考えてるんですか」

 

 ゼクスはそう叫びながら、急いで探し回っていた。

 そんなゼクスをしり目に、わからないところで木に登って隠れていたイスカスがさっと地面に飛び降りる。

 

「さてと、こっちから声が聞こえたよな」

 

 ずっと気になっていた。

 女性がすすり泣く声が、あの高台にいた時から聞こえていた。

 それが気になり、聞こえてきた場所へ行く。

 ゼクスをまいたのも、それが目的だった。

 

 そこには薔薇の中に、一人しゃがみ込み涙している女性がいた。

 美しいバラから、いい匂いが周辺に充満していた。

 

「何泣いてんだ?何かあったのか?」

 

 イスカスに声をかけられた女性は、冷たい目でイスカスを見つめている。

 

「貴方は何者です。ここは貴方のような人間が来るべき世界ではない。早く戻りなさい」

 

「戻りたいけど、戻る方法がなくて…それでここから泣き声が聞こえたから気になって」

 

「仕方ない。どこから来たの?」

 

「異世界としか…連れてこられたから」

 

 連れてこられたという言葉に、女性は怪訝そうな顔つきをする。

 

「最近開かれたクラックの痕跡を探って、送るわ。二度と来ないで」

 

「ありがとう。助かる」

 

「別にあんたのためじゃない。ここで私は静かにいたいの。邪魔されたくないからよ」

 

 イスカスはもっていた、ハンカチのような布をさっと女性に渡していた。

 女性はふっと笑うと、それを受け取っている。

 先ほどまで泣いていたのがウソのようだ。

 

「なんかしんないけど、あんま思いつめないほうがいい」

 

 そう言って心配そうな顔つきでいるイスカスに、女性はふんというと言い放った。

 

「あんたになんか、わかんないわよ。…さあ、行きなさい」

 

 そう言って、さっとクラックと呼ばれる入口を開くと、その先にあったのは聖都の姿だった。

 見覚えあるその姿をみて、そっとイスカスはほほ笑んだ。

 

「ありがとう。もし誰かが俺のこと聞いても、黙っててもらえないか」

 

「生憎、私は主様しか興味ないから。勝手にいきなさい」

 

「そっか。…じゃあな」

 

 女性は不審そうに見届けると、また薔薇の花のあの場所に戻る。

 なぜか、先ほどの青年が忘れられない気がしていた。

 その顔には自然と笑みがこぼれている。

 そんな女性の元に、ものすごい形相をしたゼクスが来たのは、それからしばらく後の事だ。

 

「ここでクラック開いた気配がしたんだが、ここに変な男こなかったか?」

 

「変な?さあ。私は今忙しいの」

 

 そっと布を隠しながら、女性はそう言っている。

 ゼクスはクラックを開いた先を追おうとしたが、そもそもこういう術はこの女の方が上で読み取れない。

 

「貴様、あいつを勝手に送っていったんなら許さねえぞ。あの男は人間。あの男になんかあったら」

 

「なんかあったら、何よ」

 

「大切な存在を失う事になるってわけだぜ。お前が探し求めたな」

 

 だが、女性はただただ笑っていた。

 

「何の話。だから、ここには誰も来ていないから。あんたも変な事言っている暇あるなら、その男探せば」

 

「ちっ、あとで覚えておけよ」

 

 消え去るゼクスに、ふっと笑った女性は、そっとしまいこんだ布に目をやっている。

 

 これでいいんですか?

 せめて、私にできる罪滅ぼしです。

 あの子を止められなかった。

 私にはあの子を倒すことはできない。

 記憶がなくても、貴方は変わっていません。

 私にとっての主は貴方のみです。

 

 ローズはそう心の中で告げると、もう泣くことはなかった。

 主が無事でいることを、確認できたそれだけで、もう前に進むことが出来る。

 自分が出来ること、やることをただ頭の中で考えるだけだった。

 

 



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15話

 イスカスが騎士団の宿舎に戻ると、ファルコンがイスカスに駆け寄ってきた。

 無事でいることを確かめ、ほっとしたようだ。

 だからなのか、イスカスは少し笑みを浮かべている。

 

「大丈夫なのか。急にゼクスと共に消えたから、心配したんだ」

 

 急に宿舎のイスカスの部屋が静かになったため、心配になって、聖騎士が飛び込んだところ、誰もいなかった。だからこそ、探し回っていたらしい。

 なんせ、護衛を頼んだはずのゼクスまでその姿がなかったのだから。

 イスカスは申し訳なさそうな顔をして、その問いに答えた。

 

「大丈夫だ。ちょっと散歩行ってただけだから。…それより俺はもう一度、神官長に会わなきゃいけない。案内してもらってもいいか?」

 

 自分一人で行けば、途中で護衛に捕まるのは目に見えている。

 特に魔族からの襲撃を受けて以来、神殿の防衛は強固なものになっている。

 だからこそ、ファルコンに頼むしかなかった。

 だが、今更また神官長にあいたいなんて、理由がわからないファルコンは首を捻っている。

 イスカスの事は信用しているから、反対するつもりはないようだが。

 

「構わないが、会ってどうするんだ?」

 

「女神様の力を借りようと思っている。この世界を救うには女神様の力が必要だからな。俺は女神に選ばれた英雄なんだろう?なら、きっと女神様も俺に力を貸してくれるはずだ」

 

 その目は真剣な目で、冗談で言っているようには思えなかった。

 そもそも、戻ってきたイスカスの雰囲気が若干だが変わっていた。

 何かを決心した、そんな目をしている。

 今までの迷いが全て消えたような目を…

 

「確かに、そこにかけるしかないか」

 

 どのみち、このまま手をこまねいていたら、何が起こるかわからない。

 聖騎士団でも、魔族相手に太刀打ちできるかどうかわからない状況。

 状況もどんどん悪くなるばかりだ。

 だからこそ、希望のためにも、イスカスを信じるほかなかった。

 

 

 ファルコンの案内の元、またあの神官長の部屋を訪れる。

 部屋の前には、あのリリアという神官が立っていた。

 リリアはイスカスから、事情を聴くと、すぐに神官長に取り次ぐ。

 そもそも、リリアにとってはあくまで、イスカスこそ自分の主であるから、反対するつもりはない。

 

「こっからは、ファルコンには席を外してほしいんだ。少し込み入った話も出るだろうから」

 

 真顔でそう話しかけられ、ファルコンは首を捻っている。

 

「込み入った?まあ、非常時だからそんなに騎士団を空けておけないからいいが…ちゃんとあとで顔を出せよ」

 

 そう、今はいつ魔族が襲ってきても仕方ない状況。

 ゼクスがいなくなってしまい、イスカスの護衛がいないのは少し心配だが、もはや人数も避けない状況だ。

 まあ、神殿内にも神殿の警護のため聖騎士達がいるので、なんかあったとしてもすぐに駆けつけるはずだ。

 だからこそ、イスカスを信用してここは任せることに決めた。もっとも、少し疑問に思ってこともあったが。

 

「そうするよ。…ファルコン、この世界の人たちを頼む」

 

「なんだいきなり?当たり前の事だ」

 

 ファルコンは不審そうに首をかしげながら、この神殿を後にしていく。

 そもそも、なんでイスカスが急にこんなことを言い出したのか、全く理解できないようだ。

 

 この世界の人たちを頼む…

 そんな言葉が、どこか耳に残って仕方なかった。

 なぜ今更そんな事を言ったのか…

 ファルコンは、少し嫌な予感がしていた。

 

 一方のイスカスも、戻ってきたリリアとともに神官長の元へ歩いていく。

 その途中で、なぜかイスカスはリリアに話しかけてきた。

 

「そういやあ、探している人は見つかったのか?」

 

「いいえ。全く手がかりも」

 

「そっか。見つかるといいな」

 

 その言葉に、リリアも首をかしげていた。

 何か、イスカスが変だ。

 まるで、何かを覚悟しているような感じがして…

 それがとても、嫌な予感がしている。

 ただ、イスカスの顔はいつもの何事もない顔に戻っていたため、気のせいだとそう考えることにした。

 

 あの時のように、部屋を開けると神官長が執務室の椅子に座ってこちらをみていた。

 イスカスはその視線に笑みで返し、静かに用件を告げる。

 この場で、神官長への遠慮はいらない。

 リリアもそもそも、目的があって神官長の傍にいるだけで、決して神官長側ではない。

 

「女神様にあわせてくれ。一応、あんたに許可がいるんだろ?」

 

 この神殿の全権をもっているのは、この神官長のみだ。

 だからこそ、この神官長に話を通す必要がある。

 

「一応な…いいが、どうするつもりだ」

 

 女神像について知っている、イスカスに隠しても仕方ないことだが、理由を知る権利くらいあるだろう、そういう顔をしている。

 そもそも、前の件をイスカスとリリアが黙っているから、その貸しを返せるならこれくらいかまわない。そう思っているのだろう。

 

「ちょっとな…この世界を救うには、女神様の力が必要なんだよな。だからさあ、会って女神様にお願いしてみようと思っただけだ」

 

 その一言に、イスカスをじっと見つめていた。イスカスも、神官長の目をじっと、曇りなき目で見つめていた。

 

「分かった。ただ、女神様を怒らせるようなことはやめておけ。この世界に女神様は必要だ。怒らして出ていかれては」

 

「随分都合いいんだな。必要な時だけ頼むのか…ああ、それについては大丈夫だ。女神様を怒らせるつもりはない」

 

 その言葉に、神官長はホッとしている様子だが、イスカスはどこか冷めた目で見ていた。

 それを見ていた、リリアはずっと首を捻っている。

 イスカスの様子がどこか違っている。

 

「リリア、英雄殿を案内しろ」

 

「はい。畏まりました」

 

 リリアは、女神像の間に行く間、ふとイスカスに尋ねてみた。

 どうしても気になっていたからだ。

 

「女神様をご存知なんですか?」

 

「こないだ会ったじゃないか。女神像に。だからご存知だろう」

 

 その言い方が、当たり前のように言っている。

 嘘がない感じがするが…

 

「いえ、そうではなく。まるで、女神がなんであるのか知っているようだったので」

 

 その問いかけに、イスカスはいつもの感じで首を捻っていた。不思議そうに、リリアを見ている。

 

「そんなこと、知る筈ないだろう。神官長には勘で言っただけだ。…それに、女神様は凄い力を持ってんだろ?なら困ったら貸してくれる」

 

「そうですが…根拠なくですか。貴方らしいですが」

 

「なんか馬鹿にしてないか?…まあいいや。あと、あの部屋は俺一人で入っていいか?女神像と真剣に話をしてみたいんだけど」

 

「構いませんが、あの像は力を与えるだけで…」

 

「それでも、女神様はきっと見てると思うんだよな。神様なんだし、お祈りくらいは許されるだろう」

 

「わかりました。それでは、外で待っています。ただし、またあいつらが攻めてきたら、言ってください。貴方を守らないといけないので」

 

「まあ、そんときはな。じゃあ、そういうことで…絶対入ってくんなよ」

 

 そう言って、部屋に入っていく、イスカスに不思議な感じを覚えていた。

 リリアは取り合えず、イスカスに言われた通り、部屋の入り口で待っている。

 騒ぎ声も聞こえず、随分と静かである。

 もともと神殿でも、こんな奥までいるのは、少数の神官のみしかいない。だからこそ、静寂な雰囲気が醸し出されている。

 

 どれ程経ったのか、リリアにはわからないが、それにしても静かすぎる。

 確かに、あの部屋にはイスカスと女神像しかいないのだから、話し声がすることが、おかしい。

 ただ、こうまで静かだと不安にかられる。

 

 確かに記憶をなくしているとはいえ、リリアにとっての唯一仕える主であることは、間違えない事実である。

 もし、何かあっては…

 

 ガシャン

 

 そんなとき、突然大きな物音が辺りに鳴り響く。

 嫌な予感がしたリリアは、すぐさまその扉を開いて飛び込んだ。

 何があっても、イスカスは守らないといけない。

 

「な…なにをやってるんですか…」

 

 あまりに驚愕の出来事に、リリアは固まってしまっている。

 そもそも、目の前に起こっている事を理解できない、そんな顔をしていた。

 

「何って?見ての通りだ」

 

 剣をまた振り上げ、目の前で女神像を破壊しているイスカスが、何事もなかったように話している。

 だからこそ、信じられない様子でリリアはイスカスを見つめていた。

 こんなことをするような男ではない事を、誰よりも知っているためだ。

 

「見ての通りって…なぜ、それを壊しているのです」

 

 そう言って、イスカスを右腕を見たとき、リリアは固まってしまった。

 女神が力を与えていた、あの植物の封印がとけ、黒い紋様がイスカスの腕を覆っている。

 どう見ても、普通じゃない状態だ。

 それも、前と違い動けなくなるのではなく、その力をまるで利用しているかのように動かしている。

 何より、その視線がありえないくらい冷たい。

 

「邪魔をしないであげてください。陛下がご自分の意志でなされていることですから」

 

 そう言って、突然現れたのはマーガレットだ。

 いつものようにオレンジの髪をなびかせ、冷たい目でリリアを見ている。

 リリアもまた、裏切り者に容赦はしない。

 全てこいつが絡んでいるのはわかる。

 

「陛下の意志だと…貴様、やってはならないことをしたな。こんなこと…もはや許さない」

 

 リリアがそう叫んだ時だ。

 勢いよく扉が開き、神官長とファルコンが飛び込んできた。

 その目はまるで信じられない者を見る目で、現状を見つめている。

 

 今まででは感じられないほど、冷たい目でイスカスは二人を見ている。

 持っている剣から、女神像を壊したのはだれかすぐにわかった。

 だからこそ、信じられないのだ。

 

「あらあら、観客が増えてしまいましたね。陛下、そろそろお暇しましょう。もはやここにいる必要はないでしょう?」

 

「そうだな。ここにいる必要はない」

 

「何が必要ないだ。お前どうしたんだ?お前は…」

 

 ファルコンのその言葉に、イスカスはふっと冷たく笑っていた。

 

「そうだな。ようやくわかったんだ。俺は元々人ではなく魔族いや魔王だな。…女神はやがて邪魔になる。だからこそ、消しただけだ」

 

 そう、それが当たり前のように話している。

 まるで、人がどうなろうと別にかまわない風で。

 そこには敵意しかない。

 

「そんな…こんな事って。私は認めません」

 

 我慢できなかったリリアが、持っていた神官の杖でマーガレットを狙う。

 そのマーガレットを、イスカスは剣でリリアの杖を防いで守っている。

 剣と杖での攻防はしばらく続いていた。

 

「なんで…こんな事って」

 

 そんな悲しいつぶやきをリリアが言った瞬間、イスカスはさっと、蹴り飛ばした。

 リリアはその力により、壁にぶつかってしまい、その衝撃で血が出てしまう。

 もはや、疑いようのない魔族化に、ファルコンもイスカスに斬りかかろうとした。

 

「これ以上はつきあえきれない。戻るぞ」

 

「はい、かしこまりました。陛下」

 

 マーガレットの力により、その剣はイスカスに届くことなく、その姿を消していった。

 残されたのは、ただ茫然としている神官長と、怪我をし動けないでいるリリア、そしてもはや剣の向ける相手がいないファルコンのみだった。

 

 

    



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16話

 キャジャとリールが、聖都に戻ってきたのはあれから少し経ったときであった。

 ファルコンは喜んでいたが、キャジャは何とも言えない顔をしていた。

 

「結局、あいつが全部かぶっちまった。それも、もうあいつは魔王化してるって自分で言ってた。意志が残っているうちにと俺達を逃がしたんだが、いつ襲ってくるかわからない」

 

 ファルコンはそう説明し、さっとリールを見つめている。

 リールの目には生気がなく、ただそこに立っている動く人形のような状態であった。

 言葉すらしゃべらず、魂を抜かれたようなそんな状態に、ファルコンも心配そうな顔をしている。

 

「つまり、お前たちを助けるために、自らあの封印を解いたというわけか。だから女神像を破壊する必要があった。…なんで気付けなかったんだ。あの男は変わったわけじゃないのに…」

 

 そう、あの場は信用できなかった。

 いや、起っている事実を認識できなかったというのが、本当の事だった。

 ファルコンは自分が気付けなかったことに、悔いて拳に自然と力が入った。

 イスカスはどこから来たかわからない。記憶がない。

 そこを、どこか恐れてしまっていた。

 魔王だというあの状況をみたら、そうだと思ってしまった。

 変わってしまったと…

 そうじゃないのに…

 

「問題はどう対処するかですね。リールはこんな状況だし、あいつが完全に魔王になれば、この世界は終わる。だからこそ、女神様の力が必要なんだけど」

 

「女神様の力か…残念だが、イスカスが女神像を壊してしまったためそれは無理だ」

 

 そう、ファルコンは目の前でそれを見てしまった。

 希望であるはずの女神像がもはや砕けてしまっていることを。

 

「女神像なんて、ただの媒介にすぎない。恐らく、どこかに女神様がいる。その女神様を探し出し、その力を貸してもらえれば、この世界を救うことが出来るんじゃないですか?」

 

「女神様がいる?どうして、そう考えるんだ?」

 

「勘なんですけど、実際女神様は存在しているからこそ、イスカスに力を与えた。そう考えたら、どこかに存在しているはずの女神様を探し出せば、あの媒介である女神像がなくても力を貸してもらえる。そう考えたんです。我々人間は、無力ですし、力を求めるとすればそこに頼むしかない」

 

「まあ、どちらにしろ我々にそんな知識はない。神官長様に聞いてみるしかない。…確かにこの世界を魔族のものにするわけにはいかない。それに、魔王だなんて、イスカス殿も本意ではないはず。ならば、我々としてはその恩に報いるため、止めることがひつようだ。そのために必要な力を得られるというのなら、女神様に頼るのもわるくないな…ただ、リール殿をどうすればいいか」

 

 どのみち、聖騎士でも魔族に敵わないのはわかっていた。

 ならば、女神様に救いを求める必要がある。

 ただ、どんな場合でも今のリールを連れて歩くことはできない。

 どこかで静養させてあげたいと思うが、リールはまた狙われる可能性がある。

 守りながらとなると…

 

「騎士団の宿舎しかないでしょうね。休まる上に、聖騎士がいればまだましでしょう」

 

「そうだな、それしかないな」

 

 ファルコンとキャジャは、リールを宿舎に連れて行ったのち、その足で神殿まで急いで行った。

 

 

 

 

 この世界の最奥に、魔の植物により隠されるようにそびえたつ、一つの強大な城があった。

 全面黒い石が使われており、薄暗い雰囲気を醸し出している。

 周りにある植物は、魔の森と同じ植物のみで生気が感じられない場所だ。

 その中にある玉座の間で、深々と腰かけ肘掛けに腕をおいて頬杖をついているイスカスの姿があった。

 魔の紋章が全身にまわり、その目は少し冷めた目つきをしていた。

 その隣にたたずむのは、マーガレットとルーシャという緑色の目と緑色の髪をもつ女の魔族だ。

 

「陛下、そろそろ動き出しますか?」

 

 マーガレットは恍惚な笑みを浮かべ、隣にいるイスカスに問いかけた。

 イスカスはそんなマーガレットに目も向けず、頬杖をついたまま答える。

 

「今は時期ではない。まだ俺も魔の力を手に入れた訳ではないからな。今行けば、こちらが危ない」

 

 そう答えたイスカスに、マーガレットは満足そうな笑みを浮かべて頷いていた。

 そんな時、この玉座の間の扉が開き、ビリアというあの魔族が入ってきた。

 ビリアは冷たい目で、マーガレットを見たのち、今では魔王となっているイスカスにさっと目をやった。

 

「話がある。二人きりで話したいんだが?俺様につきあえ」

 

 ぶっきらぼうに言い放った言葉に、マーガレットは怪訝そうな目を向けていたが、イスカスがさっと左手でマーガレットを押さえる。

 

「ああ、構わないといいたいとこだが、何か罠を仕掛けていたら問題だ。こっちも一人は連れて行きたいんだが、俺が指定すればフェアじゃないよな。なら、お前が連れて行っていいと思う者を選べばいい」

 

「罠か…そうだな。確かに一人くらいなら構わねえ。じゃあ、そこのルーシャという女にするか。マーガレットは邪魔だしな」

 

 その言葉に、なっと言いかけていたが、それもイスカスが手で止めている。

 イスカスの命令は絶対だと、自分に言い聞かせているためかマーガレットは、ぐっとこらえた。

 

「いいだろう。マーガレット、お前はここにいろ。…ルーシャついてこい」

 

「しかし、陛下。あの男は恐らく陛下の力を試そうとしています。今の陛下では人とそう変わりありません。そのような体で相手されるのは…」

 

「そんなこと分っている。だが、この程度の事自分でどうにかできないんじゃあ、魔王になどなれない。…わかったらそこで大人しくしてろ」

 

「陛下…畏まりました」

 

 不服そうではあったが、言われて通りその場に残っているマーガレットを見届けたのち、どこか虚ろなルーシャをつれて、イスカスは先に進むビリアの後について行く。

 

 結構奥まった場所まで来たとき、突如ビリアの力により、別の場所に移動させられる。

 こっそり後をつけていたマーガレットたちは、ビリアに巻かれてしまいその場に取り残されてしまった。

 

 ついたのは城の最下層。

 重厚な扉がある部屋の前である。

 その前の広い場所で、ビリアとイスカスは互いに少し距離をとって対峙していた。

 地下だけあって、少し肌寒い風が吹いている。

 

「ルーシャ、お前はそこにいろ」

 

 ルーシャは命令されるがまま、その場所に止まっている。

 それに一瞥をくべると、さっとビリアに向きを変えた。

 

「ここなら本音で話せるだろう。他の連中がいない」

 

 完全に巻いているため、ここにいるのはルーシャとイスカス、ビリアのみになっている。

 そんなビリアに、イスカスは冷めた目を向けていた。

 

「本音?この俺を倒したいだけじゃないのか。あんたにとって俺は邪魔でしかないだろうから」

 

「まあそうかもしれないな。…では質問を変えよう。お前は魔王なのか?それともイスカスか?」

 

 その問いにどういう意味だというめをしたのち、イスカスはしばらく黙っていた。

 

「何故自分の事なのに黙り込む。それすら、答えられないのか?」

 

「お前は、誰だ。魔族じゃないな」

 

 その問いかけに、ビリアはふっと笑っていた。

 

「お前の事をよく知る者だ。まあ、今のお前がどれなのかによるが…敵にも味方にもなる者といえばいいか…」

 

 その答えに、イスカスはじっとビリアを目を細めて見つめる。

 しばらく見つめたのち、はっとしたイスカスは、思わず笑ってしまった。

 

「俺はイスカスではない。まあ、魔王が一番近いかもしれない。…この答えでいいのか?」

 

「やはりか。既に記憶を取り戻したのなら、何故一人で動こうとする。それに、邪魔ばかりしているが、人の奸計を無駄にするつもりか」

 

 もうイスカスは隠さず、そのまま笑っていた。

 その笑みは先ほどの冷たいものからほど遠く、イスカスのものよりも優しい笑みを浮かべる。

 

「お前のおかげだ。あの場所はさすがに衝撃だったからな。…しかし、お前自ら来るなんて珍しいな。それに、いいよなあ、その能力。俺もそれがあったら、こっそり沢芽市に戻ってもばれないんだろうな」

 

「お前はまだそんなことを考えていたのか?だから、マーガレットなんぞに、見事にやられるんだ」

 

「あいつは…確かにそうだな。俺のせいだよな。あいつは、俺が人に化け物扱いされるのが気に食わなかった。それでも、俺が人の味方でいることも…だから、俺を魔王に仕立て上げたかった。気持ちはわかるんだけどな…でも、俺がそこを曲げるはずないんだけど。わかっちゃもらえないのかな」

 

「それを私に聞いてどうする。その答えは出るわけがない。…ただ、マーガレットは裏切り者である事実は変わりない。お前がそのマーガレットをいまだに庇う神経がわからない。お前だけでなく、舞様まであんな状態でいるのに」

 

「舞はリリアに任せている。って、お前らどんだけ潜んでいるんだって、気付いたら思えるよ。そういうの苦手なゼクスにもあんな事させるし、そもそもリリアいや、リクシアか。あいつだって、ゼクスだって俺の話しか聞かないはずなのに、ビルス、よくお前に協力したな」

 

 もはや、このビリアという魔族でいる必要がなくなったビルスは、この男の世界にいる際の、紫の瞳に、紫の髪。右手に手帳のようなものをもつ、本来の姿に戻る。

 

「それは、お前が記憶がどこにいるのか無事でいるのかすらわからなかったからだ。…それがまさか、記憶を失っているなど…本当に考えられない」

 

 自分の片腕であるビルスの発言に、もはやイスカス、いや葛葉紘汰は苦笑するほかなかった。

 自分と舞とで、インベスを進化させた存在。

 それが、ビリア達だ。マーガレットもまた、自分たちの世界の民である。

 マーガレットは元々、舞の傍にいて舞の話し相手や身辺を守っている存在であった。

 あるとき、舞と共に紘汰の両親の墓参りに行った際、紘汰が襲われている何者かに少年を助けるため、戦った際、相手が銃を使用してきたため、仕方なく紘汰の力を使って守ったことがあった。

 その際の少年や、逃げる襲った者たちが、紘汰の事を化け物とよんだことが、マーガレットの脳裏に焼き付いてしまったらしい。

 当の紘汰は気にしていないし、舞もまた力を使ったことは怒っていたが、そのような扱いを受けたことには何も触れないでいた。二人とも、そのような扱いを受けてしまう事をわかっているからこそ、あの世界にいられなくなった。二人とも覚悟が出来ていたためか、そこまで気にしていかったが、マーガレットはそうはいかなかったようだ。

 その結果、マーガレットは紘汰に人を捨てることを望んでくるようになる。

 紘汰はそれは無理だといっていたが、どうやってなのかあの世界の魔族と関わりをもち、今回の事を計画したらしい。

 魔族は、オーバーロードのようなものだが、それとも少し違う力を扱っているというのはわかっている。その上、紘汰と舞の知恵の実の力を封印するという力があった。

 まあ、簡単なものではないらしく、一回しか使えない。

 だから、万全を期すために、舞を人質に使って紘汰をおびき寄せ、その力を封印することに成功した。

 その際、先に封印されてしまっていた舞を救おうと紘汰が最後の力を使い、舞もまた紘汰を敵の元から放すため、自分の意志がきくうちに移動させた。

 その際のショックから記憶を失った上に、紘汰はほとんど人に戻っていた。

 舞は、女神様とよばれ、神官長が隠している状況になっている。

 紘汰と違い、舞はそのものが封印されているので力と切り離されたわけではない。

 身動きや意識体を飛ばすことはできないが、力で間接的に関与できる。

 それを神官たちが利用しているという事だ。

 

「それに関しては、ただ謝るしかないよ。俺自身、まさかこんなことになってるとはな。…そのうえ、俺を魔王だなんて正直悪い冗談かと思った」

 

「まあ、記憶をなくしたのはもはや言うまい。それより、何故相談しなかった。あの時も、今も」

 

 そう、舞が連れ去られた際、紘汰は自分の世界の民に何も言わず、一人でその場に行っていた。

 そして、今も記憶を取り戻しているのに、記憶喪失なふりをしたまま動いているのを、あまりよく思っていないそういう事らしい。

 

「いやあ、お前ならマーガレットを始末するって言いかねないからな。俺はマーガレットも救いたい。そう考えているから。それに舞まで捕まっていたし。なにされるか…で、今は元々この世界に関わりがあるのは俺と舞のみ。だからさあ、お前たちに頼むのもわるいと思って…なんだよ、その目は」

 

 ビルスはもはや冷たい目で紘汰を見てた。

 慣れてはいるが、もはや馬鹿としか言いようがないなという目をして。

 

「呆れて開いた口がふさがらない。お前はあの世界の王だと言っているだろう。その王どころか舞様まで失う可能性がある事態に、我々だけが残っているなど、出来ると思うのか?生憎、お前は馬鹿だが、お前のほかを王に仕立てるつもりはないと言っておいたはずだ。忘れたのか?」

 

「だから、俺は王なんかになってつもりもなるつもりもねえよ。なんで、そんなに俺を王に仕立てたいのか、ほんとわかんねえよ。…でも、ありがとうな。それで、どうせそこなんだろう?俺の力があるのは」

 

 重厚な扉の向こうから、ずっと呼ばれている。

 そもそも、完全な封印など出来るわけない上に、これを扱えるのは紘汰と舞しかいない。

 だからなのか、この力を移動は出来ても、ここまでが限界だったようだ。

 

「記憶が戻ったお前にとって、もはやその闇も何の意味もないようだな…ところで聞きたかったんだが、女神像を壊したのは、怒りを抑えきれなかったからじゃないのか?お前はいつも舞様のことになると、顔つきが変わるからな」

 

「なんだばれてたのか…そうだよ。俺だって人の味方ではあるけど、許せねえことだってある。舞の力をあんな形で使っている上に、閉じ込めているんだからな。いいように使って、あたかもそれが当たり前のようにしてたから、許せなくって。…まあ、今頃リクシアが俺の伝言通り、助けに行ってると思うからいいけど」

 

 あの襲い掛かった際に、小声で舞の居場所を教えていたのだ。

 舞にはあの女神像を通して、そもそもあのお守りを封印していた、ヘルヘイムの植物を媒介にして語りかけた。

 そのかいあって、舞が紘汰の力を持っていないことや、舞の居場所を確認することが出来た。

 ついでに、あのヘルヘイムの植物を解くためと、本当に怒りで女神像を破壊し今に至っている。

 

「まあ、リクシアはお前の命令は絶対だからな。確実にやり遂げるだろう」

 

 その言い方に腹が立ったのか、ビルスを睨みつけて胸倉をつかんだ。

 

「いい加減にしろ。俺はそう言うつもりはない」

 

「わかっているが。こんなことをしても、今のお前では私の足元にもおよばない」

 

 その言葉の意味がわかっているからか、さっと胸倉から手を離した。

 

「そうだな。…でも、二度とそういう事はいうな。お前でもそれだけは…」

 

「まあ、お前がそういう男だというのは、よくわかっている。さあ、早く行け。マーガレットに気づかれると厄介だ。それに」

 

「あいつか…思い出すまでは、完全に騙されていた。それに…リールをずっとこのままもいけないしな。お前の力でも解けなかったんだろ?」

 

「ああ、だが、恐らくお前の力なら…」

 

「そのためにも、取り戻さないとな」

 

 その重厚な扉は、普通には開かない。

 だからこそ、紘汰は中にある力に呼び掛けた。

 すると先程とは違い、嘘のように軽い力で扉を開くことができた。



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17話

 部屋のなかには、極キーが黒い石のなかに閉じ込められていた。

 紘汰がその封印を解こうと近づこうとしたとき、突然何かの攻撃を受け、とりあえずその場から逃げる。

 今、ビルスは表に残っているため、ここにいるのは自分一人だ。

 だからこそ、襲ってきたものがいるだろう場所に、目を向ける。

 そこにいたのは、双子の男の子だった。

 

「ねえ、一緒に遊ばない?」

 

「遊ぼうよ」

 

 遊ぶという表現に、紘汰は苦笑しながらもさっと、あの剣を抜き構えた。

 今の紘汰は人に近い状態ではあるが、イスカスだった時よりも、自分のことをよくわかっている分、動ける。

 

「あんま時間ないんだけどな…どうやら、簡単には行かしてくれないみたいだな」

 

 すぐそこにあるが、力は封印されているため呼び寄せることまでは出来ない。近づいて取るしか方法がない。

 そこをわかっているためか、双子の兄弟が上手くブロックしている。

 

「そもそもいいの?こんなことして」

 

「リールだっけ、あの子どうなっちゃってもいいの?」

 

 その問いかけに、紘汰は冷静な顔つきのままいる。

 

「勝手にすればいい。この闇のおかげで、そんなことどうだってよく思えるんだ」

 

 そう言って、わざとらしく闇の紋章に目を向ける。

 その反応に、双子は意外そうな反応をする。

 

「じゃあなんで、狙うの」

 

「その力を…」

 

「狙う?返してもらうだけだ。それに、俺は魔王だからな。それなりの力が必要。だからこそ、邪魔をするな」

 

 そう言って剣を振ると、双子はどういうわけかその姿を消した。

 紘汰は首を捻って周囲を確認したが、もはや気配を感じ取れない。

 そっと剣をしまうと、黒い石に封じ込められた極キーへと歩みをすすめる。

 

 そんな時、急に自分の体が重くなり、しばらくすると痛みを感じた。

 みれば、自分の体に剣が刺さっている。

 

「失敗…なるほど…気配…完全に…かくせるのか」

 

 体の重さから膝をついてしまう。

 そんな紘汰に、先ほどの双子が嘲笑っていた。

 

「やっぱ人間。弱い」

 

「弱い。面白くない」

 

「弱いねえ…だが…俺は…人間じゃないんでね」

 

 人間に近くなっているだけであって、人間に戻れたわけではない。

 記憶を取り戻してからすぐに、気付いていた。

 異様に魔の果実に惹かれていた理由について。

 あれは、恐らく自分の中のオーバーロードとしての部分がそれを求めていたのだと。

 人間でありなががら、魔族と互角に戦えたのも戦いなれていたからだけでなく、自分の中に残っているオーバーロードの力がそうさせたのも。

 だからこそ、今紘汰は立ち上がり、刺さった剣を引き抜く。

 赤い血が滴り落ちているが、人とは違いまだ動ける。

 

「そんな状態でどうするの?」

 

「どうするの?」

 

「勿論、そいつを返してもらうだけだ」

 

 とはいうものの、やはり体が上手く動かせない。

 かなりのダメージを受けているためだろう。

 双子の攻撃を防ぐので手一杯だ。

 このままいけば、自分が負けるのが目に見えてわかる。

 せめて、あの力を取ることが出来れば…

 今ある傷も回復できるし、何より、こいつらも簡単に倒すことが出来る。

 

 だが、なかなかそこまで行かしてくれない。

 そんな時だ、突然紘汰の目の前に、傷だらけのオレンジ色の髪の女が現れたのは。

 それが誰だかすぐにわかり、紘汰は驚愕の表情でその女をみる。

 

「マーガレット、お前、どうしたんだ?」

 

 自分も傷ついて血を流している状況下、マーガレットの心配をする。

 マーガレットがそこで、すでに記憶を取り戻していることに気付いて、安堵の表情をみせた。

 

「騙されたんですよ。ガルジャに…でもいいんです。自業自得ですから。陛下をこのような目に合わせてしまったのも自分の責任です」

 

「何言ってんだ。じっとしてろ」

 

 何とか双子の攻撃を防ぐ紘汰に、マーガレットがふっと笑っていた。

 その顔は、覚悟した顔になっている。

 

「陛下、貴方は成し遂げなければならないことがあるんですよね。私を否定してまで貫き通したもの。…悔しいですが、貴方様をかえることなど私にはできなかったんです。…さあ、貴方様の力を取り戻しに行きなさい。この二人くらい、今の私にもなんとかできますから」

 

「しかし、お前、その傷じゃあ…」

 

「だから、人の心配などいいのです。そもそも私は陛下や舞様を裏切った、裏切り者ですから…戻れる場所ももうないんです」

 

「何を言ってる、俺はお前を…」

 

「舞様や陛下が許しても、皆は許しませんよ。…私はそれだけの事をしたのですから。でも、後悔はしていません。陛下は陛下らしく…さあ」

 

 そう言って、マーガレットは渋る紘汰を投げ飛ばし、双子に抱き着いた。

 双子は暴れまわるが、動きが全く取れないでいる。

 

「陛下…ずっとお慕い申し上げてきました。どうか、どうか。陛下の夢を叶えてください」

 

「何言ってんだ」

 

 紘汰の叫びは届くことがなかった。

 そのまま、ばっきゃろうなど叫ぶ双子と共に、マーガレットが光、エナルギーによって爆発して消えてしまった。

 

 静かになった空間で、紘汰はただ茫然としていた。

 正確には理解ができなかったというのが確かだ。

 本当にマーガレットの事を恨んでいなかった。

 マーガレットが自分の事を思ってやっていたことも、わかっていたからだ。

 確かにやり方も間違っていたし、押し付けたことも決してほめられたことではない。

 でも、それでも…一緒にやり直せると思っていた。

 

「そんなのって…」

 

 だんだん理解できて来たのか、自然と紘汰の目から涙があふれ出てくる。

 結局、力があっても救うことが出来なかった。

 マーガレットをあそこまで追いつめてしまったのは、自分だと…

 その後悔と、取り返しのつかない事態に、何もできなかった自分への悔しさに、ただ泣くしかなかった。

 

 そんな紘汰の前にクラックが開かれる。

 赤いバラの紋章の入ったドレスを着た女がそっと紘汰の傍に寄ってきた。

 

「俺は…結局救えなかった。お前にもどんな顔をしていいか…」

 

「いいんですわよ。これで…マーガレットはこうなることを望んでいたんですわよ。主様。貴方はこのようなところで、こういうことをしてる場合ではありませんわよ。マーガレットの意志を、無にする気ですか?」

 

「ローズ、でも…」

 

 ローズはため息をつくと、そっとオレンジ色のマーガレットの花を紘汰にそっと差し出していた。

 紘汰はそっと涙をふき取ると、そのマーガレットの花を受け取った。

 

「ワタクシはあの子の姉ですわよ。あの子の事は誰よりもこのワタクシが言ってるんです。前に進みなさい。ワタクシもあの子と共に、主様のお傍で歩んでいきますから」

 

「ローズ…ほんと、俺って駄目だな」

 

「ダメではありませんわよ。主様は、だからこそ主様なんですから。さあ、行きましょ。あの子の敵もワタクシはとらなきゃいけませんので…ようやく、ワタクシも動けます」

 

「お前、気にしすぎだ。ずっと凹んでたし、らしくないし…でも、ありがとうな。マーガレット、俺達の世界に咲かすとするか…そのためにも、とっとと力を取り戻して、舞を取り返さないと…もう、立ち止まれない」

 

「それでこそ、主様ですわ。今度邪魔が入った際は、ワタクシにお任せください。主様を傷つける敵は、容赦しませんから」

 

 やっと戻ったんだろうな。

 ずっと、ローズが葛藤していたのは紘汰も気付いていた。

 あの世界を出る際に、ローズの元へ行ったのもそれが分かっての事だった。

 妹思いで、だからこそこの世界に来ることが出来なかった。

 それと同時に、自分達の事も大切に思ってくれている事もわかっていた。

 だから、今この場で本当に泣きたいのはローズだと思う。

 それを我慢してまで、紘汰を奮い立たせているローズの姿に、もう前に進むしかないとそう決心することが出来た。

 

 そっと黒い石に触れると、内部からの力の放出により、黒い石は砕け去り、中の極キーを取りだすことができた。

 その瞬間、ヘルヘイムの植物が黒いあの禍々しい紋章を浄化し、黄金に光り輝く力は紘汰の体内に収まった。

 

「おかえりなさいませ、主様。これからどういたしますか?」

 

「とりあえず、リールを戻そう。あのままでは…」

 

 可哀そうだと言いたかった紘汰だが、この部屋にビルスとルーシャがやってきたので、続く言葉を止めて、じっと二人を見ている。

 

「それはやめておけ。まあ、理由はそのうちわかる。…それより、早く舞様を迎えにいってはどうだ?」

 

 ビルスの言葉に、紘汰は小首を傾げていた。

 そんな紘汰に、ローズがそっと耳元でささやく。

 その言葉を聞いた時、信じられないと言った顔をしたが、のちにふっと笑うとビルスを睨んでいた。

 

「お前の掌で泳がされるのもいい加減にしてほしいんだけどな。俺にもそれくらい言っておけ」

 

「言ったら、お前は反対する。それくらい、すぐにわかる。…さあ、わかったらとっとと行け」

 

「でも、この上の連中はどうするんだ?お前は下手に動けないんだろ?」

 

「ほっておけない連中だよな。それも舞様を取り戻したのち、お前がやればいい。…我慢してきたんだろう?ならば、今回はお前の戦いを見届ける側に回るとしよう」

 

 いつも、紘汰を戦わせないようにしているビルスの発言とは思えなかった。

 そもそも、紘汰の事を気遣うこと自体が珍しい。

 

「また、なんか考えてんのか?まあ、お前の事は信用してるから、勝手にしたらいいけどさ…俺の嫌がる事だけはやめてくれよ」

 

「人を傷つけるな、だろう。わかっているから、手出しをしていないだろう。ただし、魔族に関しては別だ。さすがに、私も許せないんでね。舞様だけでなく、お前をあんな目に合わせた連中。それはあの世界の民全て同じだと思え。…だから、お前が魔族も庇うのなら、その場合は」

 

「今の俺には勝てないんじゃないのか?まあ、お前と力で勝負をする気もないし、俺はそこまで優しくないしな。魔族を放置すれば、この世界がどうなるかわかるし、マーガレットの敵も討たなきゃいけない。だからこそ、魔族に容赦するつもりはない。お前たちまで巻き込む気はないけど、俺一人でも戦うさ」

 

「それが聞ければ十分だ。リールの事は任せろ。お前はさっさと先に行け。それが王たるものの務めだ」

 

「だから、俺は王になるって言ってない。…まあ、こんな事してる暇ないしな。ローズ、お前はあの世界に戻ってろ。無理してるの見え見えだからな」

 

 さっきから、ずっと我慢しているのが隣にいるだけでもわかる。

 そもそも、ビルスがいろんなことを言ってきても、黙っているなど、いつものローズからは考えられない事だ。

 

「いえ、先ほど申した通り、マーガレットのためにもワタクシは主様の傍を離れるつもりはありませんわ。一緒に参りましょう」

 

「きっと、俺が魔王扱いされるんだろうな。まあ、それでもいいや。…とっとと片付けて、帰らないとな。やる事一杯あるんだし」

 

「皆待ってますわよ。主様のおかえりを…それではワタクシめが、舞様の元へ。わざわざ主様の力をつかわせるわけには行けませんし」

 

「結局それかよ…」

 

 そう言いながらも、紘汰は笑ってローズと共にヘルヘイムの植物に覆われると、その場から姿を消していった。

 

「ようやく戻ってきたといったところか…全く、手間がかかる男だ。まあ、それくらいじゃなきゃ、楽しみがいもないか。まあいい。我らに手を出したこと、魔族とか名乗る連中に思い知らせる必要がある。特にあの男と舞様をあのようにしたこと、さすがに許せないからな」

 

 そうつぶやいたビルスは、珍しく感情を表に出していた。

 怒りのあまり、手帳を持つ手が震えている。

 



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18話

 キャジャとファルコンは、神官長とともに女神様が眠る場所へやって来ていた。

 最初は渋々だった神官長だが、これ以上隠し通せないと知ってなのか、仕方なく女神がいる神殿へと案内する。

 神殿とはいっても、地下に設けているもので、豪華絢爛なものではない。

 薄暗い場所のため、女神がいるかどうかすら、不安になってくる。

 隠されているということがすぐにわかる。

 

「本当に女神様がいたのか」

 

 ファルコンのそんな問いかけにキャジャがうなずいた。

 彼らには、本当にいることなど知らされていない。

 

「そうですね。驚きましたよ。…で、そろそろかな?」

 

 もうすぐ女神様にあえる。

 そう考え、扉を開けるとそこには、リリアというあの女性神官が、鋭い視線をこちらに向け立っていた。

 その様子は、まるで女神様を守るナイトのようだ。

 神官というよりは、戦いなれた戦士の目をしている。

 

「なぜリリア、お前がここにいる。それに、なぜこの場所を知っている」

 

 神官長の言葉に、リリアは、もはや冷めた視線を向けていた。もう、神官でいる必要はないという顔をして。

 そもそも、リリアはあくまで情報を得るためと、女神を守るために神官になっただけだ。

 

 全ては陛下のため…

 本来不服だが、ビルスにも協力し、奴のいう通り潜入していたのも全て。

 

 だが、もはやその意味もない。

 女神の居場所も、記憶を取り戻したイスカス、いや陛下によって伝えられていた。

 そもそも、舞様と陛下の結び付きは強い。

 陛下の問いかけなら、舞様も答える。

 そうして、女神いや舞様を見つけた今、無理に神官を続ける意味がない。

 あくまで、本来の主は陛下と舞様であり、この神官長ではないのだから。

 これでビルスの思惑に乗らなくてすむ。

 

 そう思ったら、リリアは自然と笑みを浮かべていたが、すぐに我に返って、鋭い顔を神官長に向けていた。

 

「本来なら知り得ない事と言いたいのだろうが、生憎、女神は我らの世界にいるべき存在。封印されていても、陛下とは意思を通じあわせることができる。だからこそ、女神は陛下に全てを伝えた。私はその陛下より聞いているため、この場所を知ることができた」

 

 そう、それが当たり前のこと。

 舞の力を知っているからこそ、そんなに簡単に扱う人を信じられないでいた。

 紘汰にしろ舞にしろ、運命すら覆す、破壊と創造の力を持っている。

 人には過ぎた力。

 それを使うとなれば、いつかその代償を受けるだろうというのに…

 舞はきっとそれを恐れている。

 だからこそ、もう終わらそうと思ったに違いない。

 ただ、ここから出ることもできない。

 ここから救い出すことが出来るのは、紘汰のみだ。

 今リリアに出来ることは、紘汰がくるまで舞を守る事だけだった。

 

「陛下とはなんだ?もしかして、イスカス…いや魔王なのか?つまりお前は魔族。でも女神はなぜ魔王に?」

 

 ファルコンは訳が分からなくなっている。

 そもそもイスカスが、自分で魔王と言っていた。

 つまりあいつは敵になっている。

 この女もそう言う存在なのかもしれないと…

 

「魔王?そのような下らない者と一緒にされては困る。あの方は、我々の王にして唯一無二の存在。…あの方が魔王と自ら言ったのは、ただご自分の力を取り戻すために言ったまでの事。今頃その力も取り戻し、ここにやってくる頃だと。…あと、私は魔族ではない。そのようなくだらない存在と一緒にするな。先ほども言った通り、このような世界ではない、異世界から来たと言っただろう」

 

 それが当たり前の事だというリリアに対して、キャジャが剣を抜いて、リリアに襲いかかっていく。

 リリアの言葉は嘘だと否定するように。

 理解が出来ず動けずにいるファルコンをしり目に、激しくふるう剣をリリアは軽々と避けていた。

 

「仕方ない。本来は陛下が戻られてからと思っていたが」

 

 リリアはため息とともに、その姿を変化させた。

 赤いの長い髪に金色の目を持つ少女に。

 彼女の本来の武器である、鉄扇のようなものを構える。

 風を操ることができる、それがリリアいや、リクシアの能力だ。

 あとは、姿を変化させることができる能力をもつ。

 ビルスとは違い、他の者へ擬態することは出来ないが、髪の色や目の色を変えることくらいなら可能だ。

 そもそも、リクシアは間者として敵の中に潜り込むことを得意としている。

 そのため、紘汰のためにその力を使いたいと思っているが、彼女の主である紘汰がそれを望まないので、今までそんなにこの能力を使ったことはないが、元々紘汰のためになら、使うことに躊躇いはない。

 

「早く逃げろ。俺が押さえているから」

 

 キャジャがリクシアの鉄扇を、剣で押さえている。

 

「逃げられる筈ないだろう」

 

 キャジャにそう言われたが、納得できる筈もなく、ファルコンも自ら剣を抜いてリクシアに襲いかかる。

 リクシアは、その剣を逃げずに受け止めた。

 後ろにある、舞が封印されている石を守るために。

 

「やりにくい。だが、人は傷つけるなという命に従わなければならない」

 

 普段なら、リクシアの実力ならこの程度なら、平然と倒せるのだが、常々紘汰から人を傷つけてはいけないと、言われ続けていたためか、防戦一方になってしまう。

 そもそも、攻撃を仕掛けていくのは得意だが、力の加減をして守るのは不得意だ。

 

 そんな戦いの隙をついて、神官長がこっそり、舞が封印されている石に近づいたその時、目の前に二人の人物が現れた。

 神官長は驚愕の表情とともに、すぐにおびえた表情を見せる。

 

「お前は魔王」

 

 その言葉に、紘汰は苦笑するしかなかった。

 もう魔王でいる必要もないため、やめていたのだが、その言葉に頭きていたのか、ローズがさっと神官長を、ヘルヘイムの植物を使って身動きをとれなくする。

 

「ローズ、やりすぎだ。…もう魔王でいる必要がないから、とっくに魔王なんてやめてるよ。今はただ、舞を取り返しに来ただけだ。そもそも、この力は人が簡単に扱っていいものじゃない。やがてその報いを受けてしまうことになる。そろそろ頃合いじゃないか?人に過ぎたる力、もうそれに頼るのをやめるのも」

 

「な…なにを。貴様はやはり、女神様の力を狙っているのか。あの神秘的な力を」

 

「別に力なんて興味ない。俺はただ、舞を自由にしたいだけだ。あのな、舞を勝手に女神にしたてるのはいいけどな、そもそもこうやって舞を封印したのは、そこにいる男だ。俺はお前だけは許さねえ。なるほどな、そうやって皆からの信頼を得て、潜り込み、全て手に入れた後消すつもりだったというわけか」

 

 そう言って、紘汰がさっと見たのは今リクシアが戦っている二人だ。

 意味の分からない言葉に、ファルコンは手を止めているが、キャジャはリクシアに剣をふるい続けている。

 

「どういうことなんだ。あの二人が…だが、お前なんかのいうことなんて信用が」

 

「二人じゃない。反応をみたらわかるだろう。全ての元凶は奴だ。…リクシア、そいつは魔族だ。それに、マーガレットを死に追いやったのもそいつだ。舞をこんな風にしたのも、俺の記憶がなくなっていたのも、そいつが全て計画したことだ」

 

「はあ?何言ってんだ。やはり、イスカス。お前は、魔王に完全になってんだな。人類の敵が何を言ってる」

 

「それは人には効果あるかもしれないが、残念ながら、我らの陛下は記憶を取り戻されている。我らにとって陛下こそ全て。陛下の命に従い、貴様を許さない。…全力で倒すから覚悟しておけばいい。マーガレットを知っているのならば、我らの事を知っているだろう。お前たちでは相手にすらならない存在だ」

 

 先程まで人を相手にしていた時と違って、鉄扇で風を操り竜巻のようなものを起こして攻撃を仕掛けている。

 キャジャはなんとかそれをよけているが、かなり追い込まれていた。

 だからこそ、ファルコンが動こうとしたとき、紘汰がさっと右手を翳してヘルヘイムの植物で、その動きを封じた。

 

「今のリクシアに近づくのは危険だ。あんた達を傷つけたくない。…舞、少しばかり待っててほしい。俺はあいつを倒す」

 

 さっと、持っていた極キーを取りだすと、紘汰はアーマードライダー鎧武極アームズへと変身した。

 あきらかに、キャジャの顔が変わっている。

 

「くそ、魔王め。お前の好きにさせない。必ず、お前を倒す。な…何をする」

 

 そんなことを言いながら、キャジャの姿がさっとあの魔の植物がまきつき、消えた。

 すぐさま鎧武は追いかけようとしたが、もはやその居場所がわからないため、とりあえず変身を解いていた。

 

「陛下、どうなされますか」

 

 リクシアは、いつものように紘汰の傍にいくと、頭を垂れた。

 紘汰は深いため息をついて、頭を上げるように促している。

 

「あのさ、そういうのほんと、やめような。…とりあえず舞を起こして、それからあいつを追いかけよう。恐らく魔王城で待ってるってことだろう?まあ、俺一人でも平気だけど」

 

「何をおっしゃいます。また、あのようになられては」

 

「まて、キャジャはお前を魔王だと言っている。私はイスカス、お前を信用できない」

 

 ファルコンにそう言われた紘汰は、ふっと笑ったのちにそのまま、石に封印されている舞の元にやってきている。

 

「やめろ、女神様がいなくなったら、この世界は…やはり、力が目当てか?」

 

 神官長の言葉に、ローズがさっと鞭を取り出し、今にも攻撃しかかっていたので、紘汰がさっとそれを止めた。

 

「やめろ、ローズ。…俺はもう舞から力もらってるから、これ以上必要ない。それに、力が目当てで利用してたのはあんた達だろう?まあ、詳しくは女神様から聞けばいいんじゃないか?」

 

 そう言って、さっと移動し舞の前に現れる。

 愛おしそうに、その石に眠る舞を見た後、そっと笑いかけた。

 

「遅くなってごめんな。迎えにきたよ、舞。さっさと終わらせて、俺達の世界に戻ろう」

 

 そう言って石に手を翳しただけで、その石にひびが入り割れる。

 すると、今まで固定されていた舞が、ふらっと倒れてきた。

 紘汰はすぐさま、優しく受け止めると、そっと笑いかけていた。

 

「遅いよ。ずっと待ってたんだからね」

 

「ごめん。ほんとに…あと、マーガレットの事は…」

 

「しってる。それは紘汰だけの問題じゃない。傍にいて気付いてあげられなかった私にも責任がある。…でも、許せないから、敵はとってあげよう」

 

「そうだな。俺も許せない」

 

 まさか本当に女神と親しげに話すなどと思ってもみなかった、神官長とファルコンは口をあんぐり開けている。

 

「待ってください。女神様。…貴方がいなくなれば、この世界の結界が…」

 

「それは魔族を倒し、魔の森を紘汰がなんとかするまでの間は、私が維持するから大丈夫。…でも、それが終わったら、もうこの力を利用しないでほしいの。これはそんな単純な力じゃない。人には過ぎた力だから。あと、さっき紘汰が言ってたことは本当よ。全てキャジャとかいうあの男が仕組んだこと。紘汰には私の力、必要ないしね」

 

「じゃあ、イスカスは一体何なんだ?女神の力を必要としない…でも魔王でもないって」

 

「俺の本当の名は、葛葉紘汰。異世界からきたものだ。まあ、ちょっと罠にかかって、記憶なくして力を封印されてたけど、もともと俺は異世界と関わるの好きじゃないから、距離おいてたんだけどな…だから、これが終わったらもうここへ来ることはない。…それから、魔王じゃないけど、似たようなものかもな。まあ、別にそれを信じてもらわなくてもいい。自分がしたいから、この世界を救う。リールのためにもな」

 

 そういうと、さっと右手を翳すと、二人の拘束をといた。

 実際、ありえないほどの力の違いをみて争う事はやめているが、信じていいのかファルコンは正直迷っていた。

 

「主様、そろそろ参りましょう。魔王城で全てを終わらして方が、人の被害も」

 

「ローズ、そうだよな。…リクシアは、舞を守ってほしい。舞は、この世界の人を頼んでいいか?俺はあいつらを倒す」

 

「わかった。ただ、気を付けてね。またあんな風になったら」

 

「もうならないよ。今度はもう、気にすることはないから」

 

 前と違い、マーガレットがいたり、舞が捕まったりしているわけではない。

 それに、キャジャがガルジャという魔王に近い存在であり、魔族を束ねていることも知っている。

 あいつの本心も。

 だからこそ、迷う必要もなかった。

 

「なんで、人を助ける。お前たちには関係ない事じゃあ」

 

「困っているのに助けないなんて俺にはできないし。今までよくしてもらったからな。それじゃおかしいのか?」

 

「紘汰。きっとこの人たち、あんたの事知らないから。分んないと思う。紘汰って、こういう性格だから。あんま気にしないで。…だけど、安心して。紘汰は必ず約束は果たすから」

 

「よくわからないが、結局我々は…」

 

「相手が悪い。奴らは魔族なんて名乗ってるけど、俺達と似た存在。人が敵う筈がない。だから、まあ勝手に助かったと思ったらいい」

 

 そこまで言うと、紘汰はローズと共にその姿を消していた。

 ファルコンと神官長はまるで狐につままれたような顔をしている。

 

「しかし、女神と同じ力をもつとなれば…英雄ではなく…か…神!」

 

「あいつはそんなつもりないから。私だって、貴方たちが勝手にそう呼んだだけでしょ?その呼び名、私もあいつも苦手だから」

 

 その答えに何とも言えない顔を神官長とファルコンはしていたが、もはや信用するも何も、紘汰達にすべて任せるしかなかった。

 



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19話

 魔王城は、すでに魔物と呼ばれるインベスに近いもので囲まれていた。

 本当は魔王城の内部に移動しようとしたが、なんらかの力が干渉して外部にまでしか行くことはできなかった。

 とはいっても、もはや葛葉紘汰として、その力を取り戻した紘汰にとって、魔物など敵ではない。

 

「主様、わざわざこんな雑魚に貴方様の力を見せる必要はありませんわよ。ここはワタクシにお任せ下さいまし」

 

 ローズがさっと鞭を取りだすと、紘汰の前にでる。

 とはいっても、敵の数は100を超えている。

 

「いや、お前だけに任せちゃおけねえ。俺だって戦う」

 

 さっと紘汰は目を閉じる。

 

「変身」

 

 その一言だけで、アーマードライダー鎧武極アームズへと変身した。

 さっと鎧武は、魔物を見据える。

 

「とっとと、頭、あんた一人良い思いしようなんざ、このワシが許しませんぜ」

 

 自分たちの背後から投げかけられた言葉に、鎧武とローズがさっと後ろを振り向くとそこには、スキンヘッドの大男が笑っている。

 聖騎士だったときとは違う、どこか嬉しそうな顔をしたゼクスというあの男だ。

 

「あああ、きちゃったのか…折角、久しぶりに戦えると思ったんだけどな。折角の活躍の場とられるとは…しゃあないか」

 

「頭、そりゃないですぜ。折角助けにきてやったのに」

 

 あの巨大な鉄槌を軽々操ると、近くの魔物たちを軽く倒している。

 

「てか、頭は俺じゃなかったんじゃないのか?散々言ってたじゃねえか」

 

「あれは、あんたが記憶がなかったからで…って、わかって言いますか。そんなにいじめるなんて、ひどいですぜ。頭」

 

「冗談はさておいて、任せたぜ。ゼクス、ローズ。俺は先へ行く」

 

 その言葉に二人は笑って頷いていた。

 

「もちろんですわ。主様の邪魔をするものはワタクシたちにお任せください」

 

「頭のためにも、こっからは本気でいくとしますかね。頭、せいぜい気を付けて」

 

「誰に言ってんだ。ゼクス、お前も気をつけろよ。とっとと片付けて、皆であの世界に戻ろう」

 

「へい」

 

「かしこまりました」

 

 二人の言葉を聞いたのち、二人は紘汰のために道を開けるため、手短の魔物たちを次々と倒していく。

 これでも本来の力の十分の一ほどの力。

 魔族というあの存在のためにも、力を全て見せているわけではない。

 だからこそ、紘汰は安心してこの二人に全て任せ、先へと進んでいく。

 そこに、不安などない。

 

 城の中に入ると、外側とは違って静まり返っている。

 鎧武の足音だけが、静まり返った城の中に鳴り響く。

 

「まさか、記憶を思い出すとは…計算違いだった」

 

 キャジャいや、ガルジャという魔族がじっと鎧武を睨みつけている。

 鎧武もじっと、ガルジャを見返していた。

 

「端から、マーガレットをはめる気だったんだな。あんたの狙いは、俺の力。…最低だな」

 

 そう、あの時と同じ。

 あの時、こいつは嘲笑っていた。

 紘汰や舞が封印される様子を、ただ嘲笑してみていた。

 その時の光景が、ずっと目から離れないでいる。

 

「お前、肝心な事を忘れていないか?」

 

「何のことだ」

 

 ガルジャが何かの合図をすると、そこから水色の髪の青年がリールをつれてやってくる。

 うつろな目をしたリールをみた、ガルジャがふっと笑った。

 

「さあ、その変な姿から元に戻れ。貴様の戦闘形態がそれだということは、マーガレットより聞いてある」

 

「貴様…」

 

 悔しかったが、紘汰は仕方なく変身をといて、はじまりの男と呼ばれるあの姿でガルジャを睨みつけた。

 

「さて、もはやお前を封印することは出来ない。ならば、我らと共にきてもらおうか?」

 

「断る。お前らのいいなりになるつもりはない」

 

 その言葉に、青年がナイフを持ち出す。

 リールのその首に、すっと赤い一筋の線をつけた。

 リールは操られているためか、傷つけられても全く身動きをしない。

 

「それ以上言うと、この子の命ないぞ。俺にとって人間なんて取るに足りない存在なのは、知ってるんだろう?」

 

 紘汰はただ黙って、冷たい目をガルジャに向けている。

 冷たい闘争心にもえる、その赤い目に怒りの感情がほとばしる。

 その様子がよほどおかしいのか、ずっと笑い続けていた。

 

 だがその笑いが凍りつくことになる。

 突然、水色の髪の青年がばたりと倒れていた。

 ガルジャは隣で起こる恐ろしいことに、驚愕の表情を見せる。

 あのすべての感情を失っているはずのリールが、冷たい目で青年に自分に突きつけられていたはずのナイフを刺していた。

 

「な…なにが」

 

「なにが?簡単な事。あんた達がこの女を狙う事は見え見え。ならば、私がこの女に化けたまで。…まあ、この能力は、私とビルス様のみ使えるが…」

 

 そう言ってさっと自分に手を当てると、その姿が変化する。

 緑色の瞳に緑色の髪をもつ女性に…

 その姿に、ガルジャは見覚えがあった。

 

「き、貴様は、ルーシャ。ならば、リールは」

 

「我が名はサリア。ビルス様にのみ使えしもの。リールは、ビルス様が守ってる。まあ、貴様のような下賤なものが勝てる訳がない。…さて、後は任せた。別にお前を認めた訳ではない」

 

 そう言って、さっと紘汰を冷たい目で見つめている。そもそも、言葉通りサリアはビルスにのみ使えている。紘汰のことはただの弱い存在だという認識しきされていない。

 だからこそ、サリアの言葉に紘汰は苦笑していたが、やがて笑みを浮かべた。

 

「ありがとうな、サリア。ビルスによろしく伝えてくれ。…さてと、そういう訳で、もはや遠慮いらないんでな。全力でお前を倒す。お前だけはぜってえ許さねえ」

 

 マーガレットにしてきたこと、そして、舞を封印したこと。

 さらには、この世界にしてきたことの数々を考えれば、到底許されないことだ。

 それも、目的は私利私欲のため。

 だからこそ、このガルジャに対しては手加減をしないですむ。

 何より、ガルジャは魔族。

 自分に近い存在だからこそ、遠慮する必要もない。

 

「ま…待ってくれ。は、話し合えばわかる」

 

 ガルジャは焦っていた。

 正直、紘汰に敵わないことは一番知っていた。

 マーガレットから聞いていたのと、実際にその力を見たことがあったためだ。

 

「話し合うだと…散々こんなことしてきて、今更何いってんだ。そもそも、マーガレットは俺達の世界の住民だ。それをあんな目にあわせて、待ってくれなんて、都合よすぎるだろ?さっきも言った通り、お前だけは許せねえ」

 

 自然と拳に力がこもる。

 全ての現況であり、マーガレットを追い込んだもの。

 自分にも責任があるが、最後マーガレットを死に追いやったのは、こいつである。

 

「変身」

 

 力強い言葉と共に、紘汰はまた、アーマードライダー鎧武極アームズに変身する。

 とはいっても、もう勝負はついたようなものであった。

 ガルジャは、なんとか戦おうとしたが、そもそもの実力の違いから、もはや戦いにすらならなかった。

 

「そ…そんな」

 

 そう言って消え去っていく、ガルジャを見ながら、変身をといた紘汰の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 

「マーガレット…ごめん。こんなことで、報いにもならないだろうけど。せめて、安らかに」

 

 死んだものを蘇らせる力など、紘汰でも持ち得ない力。

 もう、マーガレットは蘇ることもその姿を見ることもできない。

 だから、これで…

 

「何を泣いて、立ち止まっている。お前は我々の王だ。こんなところで止まる暇はないだろう」

 

 さっと姿を現したのはビルスと、ルーシャいやサリアに似た女だった。

 紘汰はビルスにふっと笑うと、そっとサリアに似た女によると、虚ろな少女に右手を翳す。

 その瞬間姿がリールの姿となり、そのまま倒れそうになる。

 紘汰はさっと黒い髪の、イスカスの姿へと変化するとさっとリールを抱えていた。

 

「やっぱり…この子」

 

「オーバーロード。この世界では魔族と呼ぶべき存在だといいたいのだろう?」

 

「そうだな。…変化させられたというより、元からのようだ。かなり無理してたんだな。力を押さえてなんとか味覚も…でもそんなに味しないだろうし。徐々にならしてたんだろうな」

 

「つまり、この世界にはやはりヘルヘイムの植物の浸食があったということか…だから、女神や救世主などの伝承があるというわけか。つまり、魔族はこの世界に残っていたオーバーロードの進化したものか、独自に残っていたもの。なるほど、からくりが解ければ単純だな」

 

「まあ、単純なのかもしれないけど、それに振り回された人たちが可哀そうじゃないか。…さあ、どのみち終わったことだ。リールをルシスの元に送ったら、この世界の植物を全て撤去して戻るぞ」

 

 その言葉に、ビルスがため息をついている。

 

「甘い」

 

「なんとでもいえ、まあいいたいことは後で聞く。どうせ、あの世界では腐るほど時間あるしな」

 

「では、憂さ晴らしに残党狩りといくか」

 

 やっぱりイライラはたまっていたようだ。

 残っている魔族と魔物を全て、倒すという意気込みでいっている。

 それを苦笑しながら見送った紘汰は、イスカスの姿でそっとルシスの元に移動した。

 

 

 



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20話

「その様子だと、貴方も我らと近い存在ですか」

 

 リールを抱えたまま、自分の力で急に家の中に現れたイスカス、いや紘汰にそれほど驚きもせず、ルシスはそう告げていた。

 紘汰もその言っている意味を理解できているためか、笑顔を浮かべるとそっとリールを、彼女のベットに寝かしつけた。

 

「だからこそわかるけど、大変だったな。その上、俺なんていう訳の分からないものまで拾ったんだしな」

 

「人でないものだからこそ、人にやさしくするものですよ。怖いものなどありませんから。それに我ら以外、不明な貴方に触ろうとも思わないでしょうから」

 

「確かに、そうだな。…いままでありがとう。頼みがあるんだけど、起きたら全て夢だったって事にしといて上げてほしい。俺の事を知らない方がいい」

 

 そう、リールはまだ知らない。

 イスカスが紘汰で、そもそも人ならざる者だったということは。

 イスカス、この地の英雄。

 そう信じている今が幸せであることを誰よりも知っている。

 

「下手に知らない方がいいこともあるということですか。…しかし、貴方は一体?」

 

 もはや記憶を取り戻しているのはわかっているし、自分たちに近い存在であることも理解できている。

 だが、自分たちとは違う何かを感じていた。

 だからこそ、ルシスは紘汰に興味を抱いていた。

 

「本当の名は葛葉紘汰。気付いていると思うけど、この世界の住民じゃない。そして、ルシスやリールに近いけど、それともまた違っている。元々は人間だったしな。だから、イスカスだったころは人間に戻ってたんだろうな。…さて、もう会う事はない。だから、ちゃんとお礼を言いたいんだ」

 

「お礼?この世界を救った方にお礼を言っていただけるようなこと、何もしていませんが」

 

 全てを見透かす目に、紘汰は笑ってしまう。

 

「まあ、そういうなって。それに、救ったのはあくまで紘汰で、イスカスじゃないんだしな。だから、イスカスとして、ちゃんとお礼を言わせてくれ。…ありがとう。おかげで、本当に助かった」

 

「律儀な方ですね。…しかも、かなり慕われている。ほら、お迎えが来ましたよ」

 

 さっと見れば、ローズとゼクスがそこに立っていた。

 全てを終わらせたとの報告のつもりらしいが、紘汰は思わず盛大にため息をついてしまう。

 

「別に俺、ちゃんとあの世界戻るから、わざわざ迎えにこなくても」

 

 そもそも、自由にしてもいいじゃないかと、そう思っていた。

 

「頭、前科があるの忘れたんじゃねえですか?勝手にあの世界から消えて、記憶をまた無くされたんじゃ、たまったもんじゃありませんぜ」

 

「もう、そんな失敗するか」

 

 盛大な抗議になぜか、何も知らないはずのルシスが笑っている。

 だからこそ、妙に恥ずかしくなった紘汰は顔を赤らめて、穴があったら入りたい状態になってしまっていた。

 

「主様、あまり長居するとご迷惑ですよ」

 

 ローズがさも当然のように話している一言に、紘汰はローズを睨みつけた。

 

「おまえ、ぜってえわざとだろう。ああ、もう。…ごめん。こんな感じで。じゃあ、リールによろしくな。ルシス」

 

「ええ、リールにはよく言っておきます。全ては夢物語だったと。…でなければ、この子の叶わぬ思いが可哀そうですしね」

 

 叶わぬ思いというものに、紘汰はよくわからずに目が点となっている。

 

 叶わぬ思いってなんだ?

 

 他の事は知恵の実の影響で、色々わかるようになっているのに、相変わらずそういうことに疎い紘汰に、ローズはため息をつくと、紘汰の手をとった。

 

「確かにそのようですわね。この方はすでにある方を…まあ、本人に自覚はありませんが。そうそう、色々ご迷惑をおかけしましたお詫びに、これをお受け取りください。繁殖はしませんから大丈夫ですよ」

 

 そう言って、ローズは自分たちの世界にさくヘルヘイムの果実を呼び出し、いくつか渡していた。

 その意味を受け取ったのか、ルシスは頷いている。

 

「確かに。魔の森がなければ、食糧をとることが出来ませんからねえ。…まあ、我らもあるところに隠しているのですが、ストックは多い方がいいですし」

 

 同じ存在ならば、定期的に接種が必要となる。

 だから、ローズは頷くと、さっきから叶わぬ思いって何?っと固まっている紘汰と、それを見て面白がっているゼクスとともに、その場から姿を消していった。

 

「まさか、拾ったものが神とは…確かに我らと同じ存在というのが間違っていたな」

 

 いなくなった、紘汰達に向ってルシスはただそうつぶやいていた。

 

 

 女神としての役目を終えた舞は、さっと右手を翳すと、魔の植物を全て消し去り、同時に自分の力の分身である女神像を無効化した。

 

「これで、この世界に神がいなくなる」

 

 そう嘆いている神官長に、リクシアがただ冷たい目を向けていた。

 

「そもそも、この世界の本来の神がいるでしょう。舞様にしろ陛下にしろ、異世界のもので、この世界の神ではないんです」

 

「まあまあ、リクシア。言いたいことわかるけどね。…神官長、これでいいんじゃない。神様って困った時に頼むもので、本当は自分の力でなんとかしなきゃいけないんだしね」

 

 困ったときの神頼み。

 そう言いたかった舞だったが、この世界にそのようなものが存在していないためか、神官長にしろ聖騎士団長のファルコンも首を捻っていた。

 

「え…おかしなこと言ったの?」

 

「舞様、貴方の元の世界の常識とここの常識のちがいという奴ですよ。さて、そろそろあの男も戻ってくる頃。我々も、戻りましょう」

 

 その言葉に突然現れたビルスとサリアに、神官長と聖騎士団長が怯えている。

 どうやら魔族だと勘違いしているらしい。

 

「なんですか、この間抜け面の人間は。…まあ、今回はビルス様より手を出すなと言われているので、取って食いはしないんですが」

 

 その言葉がより二人を怖がらせている。

 

「って、何怖がらせてるの?大丈夫。この人たち、私たちの世界の者だから。魔族じゃないからね。…さあ、なんかこれ以上いるとややこしくなりそうだし、戻ろう」

 

 舞が思わずフォローするが、なぜだかサリアが怖がっている二人をさらに睨んでいた。

 

「その方がよろしいですね。陛下には通信されたんですか?」

 

 唯一その辺の事はまだわかるリクシアが、舞にそう尋ねている。

 そもそも、リクシアにとって陛下である紘汰の身だけが大切なのだから。

 

「大丈夫。ローズが勝手に紘汰つれて戻ったみたいだから。よっぽど勝手にどっか行かれることをこわがってるみたいだし。…そう言うわけだから、皆頑張ってね。ちゃんと、前を向けばきっと未来は開かれる。私も紘汰もそう信じているから」

 

 そう言って文字通り急に姿を消した、舞たちに、神官長とファルコンは呆然となるしかなかった。

 ありえない力に理解すらできないでいる。

 

「ありがとうというべきか…まるで夢のようだな」

 

「確かに、夢だったと信じたい。神が女神がいなくなるなんて」

 

 そう言って頭を抱え込んだ神官長には、さすがのファルコンも冷たい目を向けるしかなかった。

 

 

 

 自然豊かなその星は、ようやく戻った女神と、創造主を迎え入れるがごとく光り輝いている。

 

「ただいま」

 

 その世界に、紘汰はただそう伝える。

 それに答えるかのように風が紘汰を吹き抜けていく。

 

「おかえりなさいませ、我らが主様」

 

 そうローズは笑いかけていたが、真剣な顔をした紘汰が、じっとローズの瞳を見つめている。

 

「無理してる。戻ってきたんだし、そんな無理をしなくていいんだ。お前の気持ちよくわかってるんだし。…お前が失ったのは唯一の家族だから。泣きたきゃ泣いていいんだ」

 

「主様、もう大丈夫ですよ。泣くのはずっと泣いていて、涙も枯れましたし。…それにあの子もそのような事を望んだわけじゃないんです。私はあの子の分も生き続けると決めているので」

 

 そう言って笑ってはいるが、紘汰は口をとがらせていた。

 

「やっぱ無理してる。あのな、泣かなくてもいいから、その…無理に笑わなくていい。なんか無理されるとつらいしな。…さてと、この辺でいいかな?」

 

 紘汰はあの時ローズからもらった、マーガレットの花をそっと取りだすと、強い風が吹く空に投げた。

 風はそのマーガレットの花を遠くに運んで行っている。

 それを見ながら、紘汰の目に自然と涙が零れ落ちてきた。

 

「マーガレット、お帰り。この地でゆっくり眠りなさい。…主様も無理しなくていいのですよ。色々あると思いますが、少なくてもここにいる我々はいつでも、貴方様の味方ですから」

 

「ローズのいう通りですぜ。ワシは頭の味方。だから、何も恐れることなどねえんですから。頭は恐れず前だけ向いて歩けばいい。邪魔なものはワシらが排除しますから」

 

 ゼクスはさっと、唯一頭と認めた紘汰の肩に手をおいた。

 紘汰は優しい笑みを浮かべながら、隣に立つゼクスを見上げる。

 

「排除はいらないけど、お前らといれて、本当に嬉しいよ。こうしていれば平和だと実感できる」

 

「そうですね。こういう時間も、いいものですわね」

 

 ローズも先ほどまでの作り笑いではなく、自然と笑みがこぼれていた。

 

「紘汰、おかえり。その様子じゃあ、マーガレットを眠らせてあげたのね」

 

 紘汰の背後にリクシアとともに、突如現れた舞が、優しく話しかけた。

 紘汰もそんな舞とリクシアに、優しく微笑み返す。

 

「舞もおかえり。あと、ありがとうな。後片付けまでしてもらって」

 

「あの程度、余裕だからね。紘汰、また未来に向かって進もうか」

 

「そうだな、未来に向かって進もう。それが、俺に出来る唯一の弔いだしな」

 

 自分を信じた夢に向かって、ただ真っ直ぐ突き進む。

 それが、マーガレットと交わした最後の約束。

 それを、紘汰は成し遂げなければならない。

 

「ならば、思い通りに動いてもらおう?お前がこの世界にいない間、色々とあったんだ。お前が責任をとるべきだろう?」

 

 雰囲気をぶち壊すような感じで現れたビルスとサリアに思わず、紘汰はため息をついた。

 

「ちょっとくらい、ゆっくりさせてもらってもいいじゃねえか」

 

「あほな事をいうな。この世界はお前を待たないんだからな」

 

 ぎゅっと紘汰の首根っこをつかんで、引っ張っていくビルスに、ゼクス、リクシア、ローズは殺意を覚えている。

 

「舞様、あいつ一回ぼこぼこにしてもよろしいですか。さすがにあの扱いは…」

 

「まあまあ、リクシア。紘汰もあんな感じに見せても、楽しんでるようだし。それに、ビルスは愛情の裏返しだからな。…さてと、私たちも行こうか」

 

 いや、俺は楽しんでないから…

 聞こえないその声で、笑顔を浮かべて叫ぶ紘汰に、だれも何も返さなかった。

 

 その後、紘汰がいつ解放されたのか誰も知らない…

 

 



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