マイスのファーム~アーランドの農夫~【公開再開】 (小実)
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ロロナのアトリエ編
プロローグ「少女たちの日常の中の非日常」


 最初からサブタイトル迷走中。

 プロローグなので短く単調とした印象のものとなっています。





※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……


 アーランドの街からほど近い『近くの森』と呼ばれる場所、そこからアーランドへと帰還中の一行がいた。

 

 ピンクの服が目立つ、杖を持った少女。ブロンドの髪を背中まで伸ばした小柄な少女。剣をたずさえた目つきの鋭い青年。

 一行は少しばかり急ぎ足でアーランドを目指していた。

 

 急ぎ足の理由、それは雨だ。今でこそ小降りとなっている雨だが、つい先刻までは雷鳴が轟くほどの大雨であった。

 一行は大雨のうちは雨宿りをしていたのだが、小降りになったとき「このまま止めばいいけど、また大雨になられても困る」との結論を出し、小降りの中歩き出していた。

 

 

 

 

―――――――――

 

***街道***

 

 

 

「あれ?」

 

「どうしたのよ、ロロナ」

 

 小柄な少女がピンクの少女に問いかけた。

 ロロナと呼ばれたピンクの少女は、道の少し先のわきの草むらにわずかに見える何かを見ながら言葉を返す……。

 

「あそこに何か……」

 

 が、その言葉はソレが何なのか遠目からギリギリ判断できたことにより中断されることとなった。

 

「わぁ!? (ひとぉ)!」

 

 ()()が倒れている人だということがわかってすぐにロロナは駆け出した。

 ロロナにつられて、小柄な少女は事態を把握できていなかったが突然の行動を起こしたロロナを案じて彼女を追いかけ、青年はロロナの言葉からおおよその事態を把握し周囲に注意を向けながら彼もまたロロナを追いかけた。

 

 

 ロロナがたどり着いたソコには少年が倒れていた。

 

「あわわわ!? ど、どうしよう!?」

 

 一帯が血だまりになっていたりはしなかったが、もしかしたら雨に洗い流されたのでは?と考えたり、そもそもこういう時どうすればいいのかわからないロロナはワタワタしだす。

 そこに追いついた青年が声をかける。

 

「私が安否を確認しよう。一応モンスターの気配はしなかったが、君は注意をしておいてくれ」

 

 青年の言葉にロロナは頷き、遅れて追いついた小柄な少女と共に周囲に目を向け安全を確認することとなる。

 その間に青年は少年をひととおり確認する。そして、確認を終え恐る恐る近づいてきたロロナたちに告げる。

 

「大丈夫だ。目立った外傷は無く、息はある」

 

「よ、よかったー……」

 

 少年の無事に安堵するロロナと小柄な少女。そこに「しかし」と青年は言葉を続ける。

 

「少しばかり雨に体温を奪われているようだ。幸い街まではあと少しだ、早く連れて帰り休ませるべきだろう。すまない、背負うので少し手を貸してくれないか」

 

 意識の無い人を背負うのは何気に難しい、その人を気遣うならなおさらだ。

 青年がしっかりと少年を背負った一行は小降りの雨の中を再び歩きだした。

 

 

 

――――――

 

 

 

 青年はわずかに少年に気になるところがあった。

 これまでに見たことのない――おそらく異国のものであろう――服や装飾。

 そして、異国からの旅人であるならば少なからず持っているであろう荷物がひとつの武器しかないこと。

 

 「荷物が無いだけであれば追剥にあったと考えれば納得できなくもないが、なら武器だけ残っているのは不自然だ」と青年は考えたが、「だとしても、助けない理由などにはなりはしない」と自分の中で結論づけた。



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プロローグ「目覚ましには驚きがちょうどいい」

 やっぱりサブタイトルは思いつかないもので。

 そして書いていて思ったのは、話の内容はどのくらい省いてもよいものなのかということ。
 長々とグダグダになるのを避けたいので何とかしていこうと思います。






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……



 ベッドに横たわっていた少年がゆっくりと(まぶた)を開ける。

 徐々に意識が覚醒してきた少年は身体を起き上がらせ、そして驚愕する。

 少年の記憶にある自分の家とはかけ離れていたからだ。床も壁も天井も着ている服も、今寝ていたベッドも何もかも違っていたのだ。

 

 少年はとっさにある言葉を発した。

 

 

「『リターン』!」

 

 

 しかし、何も起こらなかった。「魂の休まる場所に帰る魔法」である『リターン』の魔法は、なぜか発動することは無かったのだ。

 

 

 何度目をまたたかせても変わらない目の前の空間に半ば放心してしまっている少年。

 そんな少年を現実に引き戻したのはガチャリと扉が開かれる音だった。

 

「あら、起きたのね」

 

 少年のいるベッドに歩み寄るのは髪を肩のあたりで切りそろえ前髪を髪留めで留めた女性。彼女は、少年の顔を数秒観察してから――それだけでどれだけのことが解ったのかは不明だが――頷く。

 

「うん、顔色も良いし特に問題はなさそうね。あ、キミが着てた服はあそこのカゴの中にあるそうよ」

 

 そう言いながら部屋の隅にあるカゴを示した女性、その姿に目をやりながら少年の中にある疑問が自然と口からこぼれ落ちてくる。

 

「……ここは?」

 

「病院よ。キミ、街道のわきに倒れてたそうよ、おぼえてない?」

 

 女性の言葉は少年の求めているものとは違った。

 むしろ、前半はともかく後半の内容は少年を追い詰めるものだった。少年には街道を歩いた記憶などなかったから……。

 

「怪我は無かったらしいけど……大丈夫?どこか痛いの?」

 

 不安が顔に出てしまっていたのであろう、女性が心配そうに少年を覗きこむ。

 少年は自分を心配する女性に「大丈夫です」と言おうとしたが、それもできず、うつむき首を振ることしかできなかった。

 

 

 少年の心は押しつぶされそうになっていた。

 記憶を失い町に迷い込んできた少年を温かく受け入れてくれた町の住人たち、その人たちと過ごす日々、楽しかったお祭りの数々、そして冒険の中で徐々に取り戻した記憶と思い出せない誰かとの約束・使命。

 それら全てが、まるで夢の中のものだったかのように崩れ去ってゆくように感じられたのだ。

 

 そんな少年の事情は知らない女性だが、先ほどからの少年の様子から何かあるのだろうと察したのだが、立ち去るわけにもいかず頭を悩ませていた。

 

 

 ふと女性の目にとまるものがあった。部屋の隅のカゴのそば、そこにあるのは……おそらくそれで一対なのであろう二本の剣。

 そばまで近づき注意深く見てみるが、特に変わったところのない全く装飾もないただの剣。

 だが女性にはあることがわかった。

 

「この剣、ずいぶん使い込んでるわね。けど、特に欠けなんかもないみたいだし……」

 

 どれだけ整備をしっかりしたとしても、どれだけ使われてきたかは見る人が見ればわかるもの。

 柄などの状態から少なく見積もっても十分使い込んであると思われるのだが、剣のどこにも欠けや壊れ……その兆候すら無かった。

 

「素材……? それか製作者の腕が良いか、使用者の扱いがうまいか……」

 

「……シアレンスの、ガジさんっていう職人さんからもらったんです」

 

「へぇ」

 

 女性は驚いた。自分のつぶやきが聞かれていたことにもだが、先ほどの不安げにうつむいた顔はどこにいったのであろうか、少年の顔はなにやら柔和な笑みをうかべているのだ。

 まるで、「よかった」と安心したかのように。

 

 

 

 

 よくわからないが少年の暗さがなくなったことにひとまず安心した女性は新たに話をきりだすことにした。

 

「そういえば……キミの名前、聞いてなかったわね?」

 

「マイス、僕はマイスっていいます」

 

「私はエスティ、よろしくねマイス君」

 

「こちらこそ」

 

 これからどんな間柄になろうと必須である名前を名乗り合い、ちゃんとした挨拶をすませた二人。

 互いに聞きたいことは色々ある――が、エスティはそのこととは別のことをマイスに言う。

 

 

 

 

「ところでさマイス君……お腹とかすいてたりしないかしら?」



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マイス「何もわからない僕は流れのままに」

 これからは基本的にサブタイトルに名前が出ている人の視点での話となっていく予定。一人称と第三者視点のどちらがいいのか実験中。

 原作で絡みの少なかった人同士やマイス君の口調に悩まさせている今日この頃。







※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……


 病院に運び込まれた後に誰かが着せ替えてくれたんだろう簡易的な服から、着慣れた自分の服へ着替え身支度を終え僕。診察してくれたらしいお医者さんにお礼を言って病院を出た後、今僕は、誘われたままに知らない街を歩いている。

 

 見たことのない高さの建物がたくさんあり、靴ごしに感じる地面の感触はあまりなじみのない石畳の硬さ、すれちがった道行く人の服知っているものと似ているようで似ていないものばかり。

 

 歩きながら見知らぬ景色を泳いでいた視線を前に戻したら……すぐ前を歩いていたはずのエスティさんがいなくなっていた。

 

 出会って数十分の関係だけど、今の僕にとっては唯一の知り合いだからその存在は大きなものだ。

 今まさに右も左もわからない、どうしようもない状況になろうとしている。

 

 

 ポンポンと肩をたたかれ反射的にそちらを向くと……今度は自分(ぼく)(

ほお)に指がささった。その指の主は――さっきぼくが見失ってしまってたエスティさん。

 

 

「なーにしてるのかなぁ?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 頬を指でぐりぐりされながらジトリとした目で言われたら、非のある僕が言えることは限られた……うん、謝らないとね。

 

 僕から指を離し、エスティさんは短くため息をついてた。

 

「色々と心配ねぇ、マイス君は」

 

「ははは……」

 

「ほらこっちよ。道、通り過ぎちゃってるから」

 

 そう言ってエスティさんは僕の手を捕まえ歩き出した。

 僕も引かれる手に合わせて歩いてく……。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***サンライズ食堂***

 

 

 

 

カランッ カランッ

 

 『サンライズ食堂』と書かれた看板のさがっていた建物。

 その扉をエスティさんが開けたとき、後ろにいた僕は知っている空気に近い空気に包まれた。

 

 ほのかに香るスパイスや油の焼けた匂い。それらに交じってわずかながらお茶の匂いもしている。

 飲食店の空気っていうのは、こういうものなんだろう。なんというか、少し落ち着く。

 

 

「いらっしゃい!」

 

 

 カウンターの奥から元気の良い声が聞こえた。

 声の主は赤毛の少年だった。しかも、彼以外に従業員は見当たらないことから、彼一人でこの店を取り仕切っているらしい。

 あの若さで一人で店を……すごいなぁ。

 

「って、あれ? エスティさん? 今日午後から休みなんですか?」

 

「んー、別段休みってわけじゃないんだけどね。うんうん、遅めのランチだからすいてるわね」

 

 彼とは知り合いなのだろうエスティさんは、彼からほど近い位置のカウンター席に座る。

 そして僕に手招きをしながら隣の席を指し、座るよう勧めてくれた。

 

「エスティさんの連れだったんですか?」

 

 エスティさんの隣に座る僕を見た赤毛の少年が少し驚きつつ疑問を口にした。

 

「うん。マイス君っていってね、一応うちで保護って形なの」

 

「「保護?」」

 

 赤毛の少年と声が重なってしまった。

 そちらに目を向けると、こちらを見る彼の顔は「自分のことなのに知らなかったのか」と言ってるように思える。

 

「街の外に、ほぼその身一つで倒れてたところをウチの後輩くんたちが連れて帰ってきたのよ。で、目が覚めたからってこんな子供をほっぽり出すわけにもいかないだろうから、事情を聞いてから措置が決まるまで保護することに昨日のうちに決められたの」

 

 エスティさんの話から僕が知らなかったことを知れたんだけど、「僕はどのくらい寝ていたのか」という疑問がわいてきた。

 だが、その疑問を口にする前に赤毛の少年が「そういえば」と何かを思い出したようにポツリと呟いた。

 

「ロロナのやつが、一昨日(おととい)人を拾ったとかなんとか言ってたけど、もしかして()()()()()……?」

 

「そうそう、マイス君を連れてきた人たちの内の一人がロロナちゃんだったの」

 

「エスティさんが言ってた「後輩」ってのはステルクさんだったのか」

 

 赤毛の少年はひとり納得すると、こちらのほうに向きなおった。

 

「んじゃ、あらためて。俺はイクセル。見ての通りここでコックをやってるんだ、よろしくな」

 

「僕はマイスっていいます。こちらこそよろしくお願いします、イクセルさん」

 

「そんなに固くならなくていいぜ、マイス」

 

 ニカリッと笑みを浮かべるイクセルさん。その軽快さにつられるようにいつの間にか僕も自然と笑ってた。

 視界の端では、そんな僕たちの様子を見ていたんだろうエスティさんが一人満足げに頷いてた。

 

 

「ん! よくできました。マイス君がちゃんと挨拶できたところで料理を注文しちゃおうか! マイス君は久しぶりのごはんだろうから適当な軽めなやつを、私はいつものでよろしく」

 

「あいよ!」

 

 元気の良い返事をしたイクセルさんは調理場につき、慣れた様子で手際よく調理を始めた。

 料理をするその横顔を見ると、喋っていた先ほどまでとは違う真剣な職人の顔をしていた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「そういや、マイスはこれからどうするんだ?」

 

 イクセルさんが用意してくれた料理を食べ、これまたイクセルさんが用意してくれた『黒の香茶』というものを飲んで一服していると、そんなことを聞かれた。

 

「街道使ってたってことは、街に何か用があったりするんだろ?」

 

「えっと、実は……」

 

 隣に座っているエスティさんも、こころなしかこちらを興味ありげに見ている気がする。

 一応保護という立場をとっているわけだから、知る必要もあるからだろう。これまで聞いてこなかったのは、気を遣ってくれていたのかもしれない。

 

 さて、「用は無い」のだが、どう説明したら良いものか……。

 

「その、自分の家で寝てから病院で起きるまでのことが記憶になくて……。この町のことも僕が倒れていたっていう街道のことも全然わからなくて、どうしたらいいのか……」

 

「なんだそりゃ? 寝ているうちに(さら)われて、街道に捨てられたりでもしたのか?」

 

「いやぁ……どうなんでしょう?」

 

 さすがにそれは無いとは思うけど、何もわからない以上否定できないんだけど……やっぱりないと思う。

 そんなことを考えていると、残りの香茶を飲みほしたエスティさんが「まあ」と一言、会話に入ってきた。

 

「とりあえず、マイス君は当分はウチで仕事することになると思うわ」

 

「ええっと……?」

 

「帰るにしても、帰るための十分な路銀が必要になってくるでしょう?」

 

「それは、たしかに」

 

 なぜかはわからないが『リターン』の魔法が使えない今、帰り道を探したうえで何とかして帰らなければならないわけだ。それにはお金は必要となってくるだろう。

 

 

「仕事って、受付で扱ってる依頼の?」

 

「そうそう。それなら私もマイス君の行動を把握できるから、都合がいいのよ」

 

「危なくないか? 大丈夫なのか、マイス?」

 

 心配そうな目でこちらを見てくるイクセルさん。

 正直なところ、大丈夫かどうかは話についていけていないのでわからないのだが。

 

「大丈夫よ。そこそこ腕が立つみたいだし」

 

 そう言いながらエスティさんは席を立つ。

 

「ご馳走様。それじゃ、支払い済ませるからマイス君は先に出て店前で待ってて」

 

 僕は立ち上がり、イクセルさんにお辞儀をする。

 

「ご馳走様でした、とてもおいしかったです!」

 

「おう! また来いよ! それに、なんか困ったことがあったら相談に来ていいぜ」

 

「はい! ありがとうございます」

 

 そう言い僕は店を出た。



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エスティ「少年は異なる環境に驚くばかり」

 前回の前書きに書いていたように、サブタイトルに出ている人の視点となっていて、今回はエスティさん。

 この小説、詳しく原作の時間軸を考えていないのですが、一応1年目の前半の予定です。





※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


***サンライズ食堂***

 

 

 マイス君を先に店の外に待たせ、私は会計を済ませる。

 

 先に出させたのにはふたつほど理由がある。

 ひとつ目は、お金のことを変に意識させないためだ。マイス君は突然見ず知らずの場所に放り込まれたのだ。おそらく不安で大きな圧迫感があるだろう。故に大きな金額でなくとも具体的な金額を聞かせたりして変に貸し借りを意識させないようにしたかった。

 

 

 とはいっても本命の理由はふたつ目、それは―――

 

「そういえばさ……『シアレンス』って聞いたことある?」

 

「『シアレンス』? いや、聞いたことないですけど……なんすかそれ?」

 

 半分予想していたイクセル君の答えだったけど、「やっぱりか」と少しばかり落胆してしまう。

 

「詳しくは聞けてないんだけどね、そこがマイス君がいたところぽいのよ」

 

 マイス君に関することと知ってか先程より少しばかり真面目な顔つきになったイクセル君。その様子を見れば、彼の人の良さがよくわかる。

 

「俺に聞いたってことは」

 

「そ、私も知らないのよ。話が流れてこないほど遠くなのか、はたまたアーランドからそう離れてないけど小さな村だったり辺境だったりするのか……」

 

 それとも、どちらでもなく……存在しないから知りえないのか。

 それはマイス君が嘘を言っているようには思えなかったので、あまり考えられないのだが。

 

「とりあえず、店に来た行商人や旅人とかにその『シアレンス』のこと聞いてみたりしますよ」

 

「ありがと、こっちでもアーランドの外に詳しそうな人に聞いてみるから」

 

 そう言って私は店を出た。

 

 

 

―――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

「おまたせ……って、なにしてるの?」

 

 店の外で待っていたマイス君は、この職人通りにそって流れている川を見ていた。それも、背中をチョンっと押すだけで落ちてしまいそうなくらい近づいて。

 そんな、覗きこむようにしてまで見るものは無いと思うけど……?

 

「すごいなぁと思って……」

 

「こんな川がそんな珍しいの?」

 

「えっと、この大きさの川が街の中を流れてることと、それと川に沿った地面がこんなに石できっちり水の中まで固められてることに驚いて…」

 

「へぇ、私はそんな気にしたことはなかったけど」

 

 当たり前のことなので気にしてこともなかった舗装技術。彼はそこに驚いていたようだ。

 

 舗装について知らないわけではないだろうから、おそらく規模に驚いているのだろう。

 ……まさか本当に辺境出身で、何も知らないなんてことはないとは思う。

 

 

「それじゃあ、ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いいかしら?」

 

「はい、もちろんです!」

 

 良い返事だ、素直でよろしい。どこぞの頭の固い後輩騎士とは大違いね。

 

 

 私たちが歩き出そうとしたその時。

 

 

ボッカーン!!

 

 

 そう遠くない場所から爆発音が響いた。

 

 数か月前から時折鳴り響くようになったその音を聞いて私は「またか」と思う。

 通りにいた2,3人の街の住人も一瞬「何事か」と音のしたほうへ目を向けたが、煙の出ている建物を確認すると興味が失せたかのようにまた歩きはじめた。

 

 爆発音に意識を向け続けていたのはマイス君だけ。

 というか、彼は爆発音がしたとたんそちらへ走りだそうとしていたのだ。が、チラリとこちらを見るとピタリと動きを止め、困惑の表情をこちらへ向けて固まってしまっていた。

 

 いきなり固まってどうしたのかしら?

 

「あのー」

 

「んー?」

 

「今の爆発は……?」

 

 「いいんですか?」と言いたげな顔をしているマイス君。

 あぁもしかして先ほど固まったのは、今の彼のように、私の顔に「またか」といった(あき)れ半分の感情が表情に思い切り出ていて、彼から緊張感が抜けてしまったからだったりするのかしら?

 何にせよあの爆発は特に何の問題も無いのだからそんなに警戒しなくていいのに。

 

「あんまり気にしなくていいわよ。最近結構あることだから」

 

「そうなんですか?」

 

「うん、まあ見てみれば問題無いってわかるわ」

 

「え? 行くんですか?」

 

 私はよっぽどの呆れ顔をしていたのだろうか、様子を見に行くことを驚かれてしまった。

 

 それに、元から行くつもりだったのよね。

 なにせ私が言っていた「寄りたいところ」というのは、この爆発の発生もとであるアトリエだったのだから。

 

 

 

 アトリエの手前まで来ると、このアトリエの現店主が、扉や窓を大きく開けて煙を逃がすと共に黒いすすを払っていた。

 

「今日も派手にやったわねー」

 

「ケホッ、今日も、って毎日爆発させてるみたいに言わないでください!! あ、あれ? エスティさん!?」

 

「こんにちは、ロロナちゃん」

 

 普段そうアトリエに訪れない私の訪問にワタワタ慌てるロロナちゃん。

 

「えっ、もしかして爆発の苦情がたくさん来てて、即刻営業許可取り下げになっちゃったりとか!? それとも……!!」

 

「そういう話じゃないから安心して。ほらほら、深呼吸 深呼吸」

 

「すぅ……はぁ……はい! それで、今日は……?」

 

 やっと落ち着きを取り戻したロロナちゃんは私に向きなおり、そこで「あれ?」っといった様子で私の斜め後ろにいるマイス君にようやく気づいたみたい。

 でも……

 

 

「色々話したいことはあるんだけど……とりあえず、アトリエの掃除を手伝おうかしら?」

 

「……お願いします」



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マイス「大釜をかき混ぜる人を見た、これで三人目だ」

 今回はマイス君視点。

 いまだにマイページでできることがよくわかってないです。
 機能をいかせない、それは昔からよくあることなんですが、慣れていきたいと思います。







※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


***ロロナのアトリエ***

 

 

 爆発音を聞いた後、エスティさんについて行ってたどり着いたのは、なんと爆発音の発信源だった。……んだけど、なりゆきで爆発の後片付けを手伝うこととなった。

 

 そして今は後片付けを終え、僕とエスティさんはイスに腰かけていた。エスティさんが「ロロナちゃん」と呼んでいるピンクの少女は香茶の用意をしている。

 

「ごめんなさい。アトリエの掃除手伝わせちゃって……はい、香茶です」

 

「いいのいいの。たまたま用があって、いつ終わるかわからない掃除をただ待つより手伝ったほうがいいかなって思っただけだから。まあ来るたび手伝わさせられるのはさすがに嫌だけどねぇ」

 

「あははは……。それで、今日はどうしたんですか?」

 

「うん。この子を、自分を助けてくれた人に合わせようと思って」

 

 そう言ってエスティさんは僕の肩を叩いた。

 持っていたティーカップが揺れ香茶がこぼれそうになったので少し焦ったけど、なんとか落ち着きエスティさんの言葉に続くかたちで自己紹介をすることに。

 

「マイスっていいます。倒れていた僕を助けてくれて、ありがとうございます!」

 

「えへへっ、どういたいまして! ……とは言っても、街まで運べたのはステルクさんのおかげなんでけどね」

 

 「ステルクさん」という人は確かエスティさんの後輩だっただろうか。

 まだ会っていないが、その人にも早いうちにお礼を言いに行きたいものだ。

 

「あっ、私はロロライナ・フリクセル。みんなからはロロナって呼ばれてるの、よろしくね!」

 

「こちらこそ!」

 

 ふたりして自然と笑みがこぼれてきて和やかな雰囲気になったのだけど、そこに僕の頭の上に手が置かれた。正確に言うならなでられてる。

 今の状況でなでててきた人は当然……。

 

「あの、エスティさん? 何を……」

 

「んー? マイス君がしっかり挨拶できたなぁって思って」

 

「えぇ……?」

 

 食堂でも同じようなことを言われたような、でもどうしてそこで頭をなでるんだろう……?

 というか、なぜだかエスティさんに凄く子ども扱いされている気がする。

 

 

「そういえば、アストリッドさんは?」

 

「師匠は朝からどこかに行ちゃってて……」

 

「まあ、いつも通りといえばいつも通りかしら……」

 

 知らない人の話になったので、さすがに少し入りづらく、とりあえずおとなしく待っておく。

 

 と、先程片づけをした室内に意識がいく。

 フラスコや何かの液体が入ったビン、本棚には大量の本がひしめいている。

 

 そんなものの中で一番目がひかれたのは大きな(かま)だ。

 

 実際はもっと大きな釜だったが、それは僕の記憶の中にある『シアレンス』での日常の一部にあるものだ。

 

 

 

*-*-*-*-*

 

 

『材料はそろったわ! これで万能薬がつくれる!』

 

『……で、次にこれを入れてっと』

 

『あ! これを入れたりしたらどうかしら! きっといい効果があるわ!』

 

『あとはこうやって混ぜれば……』

 

 

*-*-*-*-*

 

 

 

昔、「魔女」なんて呼ばれていたらしいおばあさんを持つ、町の病院の見習い医者の少女。

トラブルメーカーである彼女には、主に僕と彼女の親友がよく振り回されていた。主に薬の実験体にされたり……。

 

 そういえば彼女は窯を爆発させたりはしていなかったな……まあ、親友に渡した薬が爆発したりしたことはあったんだけど。

 あれ? それのほうがたちが悪い気が……。

 

 

「マイス君、どうしたの? ぼーっとしちゃって」

 

 『シアレンス』の思い出に浸ってしまっていた僕を引き戻したのは、エスティさんの言葉だった。

 

「何か気になるものでもあった?」

 

 部屋のほうに視線がいっていたことに気づいていたのであろうエスティさんの問いにどう答えたものかと考えるはずが、不意をつかれたからか思っていたことをそのまま言ってしまった。

 

 

「ロロナさんは魔女なんですか?」

 

「「ぷふぅッ!」」

 

 僕の言葉に二人が吹き出した。とはいっても意味あいは違うようで、ロロナさんは「えっなんで!?」といった驚き顔。一方、エスティさんは笑いをこらえている。

 

「いや、あんな大きい釜があるから魔法使いとかそういったのなのかなーって思って……」

 

 何かおかしいことを言ってしまったのかはわからないけど、この空気を何とかしようと思ったが、言い訳ともフォローとも言えない中途半端な事しか言えなかった。

 

 

「なんでまじょ…? それはまあ、魔法があって、それが使えるんなら使ってみたいけど……」

 

 魔女というものに良いイメージが無かったのだろうか。

 

 あれ? というか「魔法があって」って、まるで魔法が無いような言い方……。

 どういうことだろう? キカイが発達した『ゼークス帝国』は魔法はあまり発達していないと聞いたことがあるけど、「魔法が無い」なんて話は聞いたことがない。

 

 僕がひとり考えを巡らせていると、いつのまにかロロナさんが釜のそばまで行っており、釜のふちをポンポン叩きながらこう言った。

 

「マイス君、これはね『錬金術』を使うための『錬金釜』なんだよ」

 

「錬金術?」

 

「そう! この中に素材を入れて、ぐーるぐーるっと混ぜて、いろんなものが作れるんだよ」

 

 入れて、混ぜて、それで別のものができるって、それは魔法よりもとんでもないような気がするんだけど……?

 

「いろんなものって、例えばどんなものが?」

 

「薬とか日用品とか……あとは、爆弾とかも!」

 

「ああ! 爆弾を作ってたから間違えて爆発しちゃったんですね」

 

「え!? ……ソ、ソウダヨ

 

 ……今、変に間があった気がするけど、気のせいだよね?

 ロロナさんの目が泳いでいて、エスティさんがまた笑いをこらえている様にみえるのも気のせい……?

 

 

「そうだ!実際に見たらきっと錬金術のことがわかるよ!」

 

 そう言ってロロナさんは、コンテナに駆け寄り勢い良く開けた。

 

「……あれ?」

 

 が、中を覗きこんだロロナさんの動きが止まった。

 

「あっ! さっきの調合で素材全部使い切っちゃったんだ……ってそしたら、お城の依頼品が足りてないのが作れない!? アトリエが潰れちゃう!? は、早く採りに行かなきゃ!?」

 

 事情がよくわからないが、ロロナさんがドタバタ何やら準備を始めたようだ。

 どうしたものかとエスティさんの方を向いてみると、エスティさんはちょうど「そうだ……!」と何か閃いたように呟いた。

 

 

「ロロナちゃーん? ちょっといいかしら?」

 

「あっとえっと! ごごごめんなさい! 納品するアイテムが足りなくて、今から素材を採りにいかないと期限がチョット厳しくなちゃいそうで! だから、その……!」

 

「事情はわかってるから。それで…………その探索にマイス君を連れて行ってみない?」

 

「え?」

 

 僕も少し驚いたが、町の外に採取に行くのであれば、おそらくモンスターがいるのだろう。なるほど、助けてくれた恩返しには護衛というのはちょうどいい。

 不安要素が無いわけではないが、僕としても同行したいと思う。

 

 だが、不安そうに僕とエスティさんを交互に見ている。

 

「いきなりの出発だから一緒に来てくれる人がいるのはありがたいけど……」

 

「大丈夫よ。マイス君は腕が立つから! ……ね?」

 

「はい、ロロナさんのちからになれると思います!」

 

「モンスターがいっぱいいるんだよ? ギャーッって()びかかってきて、すっごく危ないんだよ?」

 

 身振り手振り、外のモンスターの恐ろしさを伝えようとしてくれているんだろう。まあ、ロロナの演技には怖さを微塵(みじん)も感じられそうにないんだけどね。

 

「うー、マイス君みたいな子には危ないよ……」

 

「それを言ったらロロナちゃんもそう変わらないと思うけど……」

 

 

 

 「うーんうーん」とうなって悩んでいたロロナさんは「よし!」と一言ついた後、こちらにピシッと向いた。

 

「それじゃあ思い切って頼んじゃおうと思います! でも、無理しちゃだめだよ?」

 

「ありがとう。しっかり仕事をこなします!」

 

 それから、エスティさんに聞きながら探索に必要なものを揃え、出発の準備をした。



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ロロナ「探索後の昼下がり」

 今回はロロナ視点。

 書いているうちに思ったこと。
ロロナが『トトリのアトリエ』時のロロナ先生に引っ張られている、そして変なテンションになってしまった。





※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……




 温かい日差しに青い空。形がどんどん変わる雲はまばらで、今日はとってもひなたぼっこ日和。

 

「あ! マイス君、街が見えてきたよ!」

 

 採取した素材の入ったカゴはちょこっと重いけど、マイス君にも半分持っててもらっちゃってるんだし、あと少しだから私もがんばれるよ。

 

 

 私は四日くらい前からマイス君と一緒に『近くの森』へ探索に行っていて、今はちょうどその帰り道。

 

 マイス君が頑張ってくれたから探索もすごくスムーズにできて、依頼品の調合もゆっくり落ち着いてできるくらい時間に余裕ができちゃった! 

 

 そうだなー、帰ったらお礼もかねてマイス君にパイをご馳走しちゃおっと!

 それと、探索中にも少し聞いた、マイス君自身のお話もゆっくり聞いてみたいなー。

 

 

 

――――――――――――

 

✳︎✳︎✳︎アーランドの街✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「ついたー!」

 

 街へと入る大きな門をこえて、ちょっとおおげさにばんざいをする。

 

「おつかれさま」

 

 マイス君はニコニコしながら言ってる……けど、そうじゃない。

 せっかくの初めての探索だったんだから、もっとはしゃいでも良いと思うんだ。

 

「マイス君も!」

 

「えっ!?」

 

「ほらほら」

 

 手に持っていた荷物を地面に置かせて、さっきみたいにもう一度ばんざいをする。

 

「ついたー!」

 

「つ、ついたー……?」

 

「もっとしっかり腕をのばして! もう一回!!」

 

 

 

 

 

「何をしているんだ、君たちは……」

 

「あっ! ステルクさん」

 

 知らないうちにステルクさんが私たちのそばに来てた。

 ばんざいのポーズをさせるために掴んでいたマイス君の腕を離すと、マイス君は周りをキョロキョロした後うつむいちゃった。

 顔がなんだか赤い気がしたけど、どうかしたのかな?

 

「私たちは今ちょうど探索から帰ってきたところなんですけど、ステルクさんはお仕事ですか?」

 

 騎士のお仕事ってよく知らないからわからないけど…。この門の前まで来るってことは、外になのかなぁ?

 

「仕事では無いのだが……さっきのやりとりを見た後では少々気も失せたがな

 

 なんだろう? だんだん小声になってあんまり聞き取れなかったけど……。

 目を瞑ってため息をつくステルクさんは、いつも以上に眉間にシワが寄っている。

 

「とりあえず一言言わせてもらうが、気を失って倒れていた人間を目覚めたその日に探索に行かせるのは褒められたことではないぞ」

 

「うぅ……そ、それはー……」

 

「あの、それは僕から頼んだことで」

 

「わかっている。話はエスティ先輩から聞いているから経緯はわかってはいるが、一応注意はしておこうと思っただけだ。とりあえず、なんともなさそうで安心した」

 

 そう言ったステルクさんはマイス君に向き、いつも通りのピンとした姿勢で軽く礼をした。

 

「こうして話すのは初めてだな、私はステルケンブルク・クラナッハ。このアーランド王国に騎士として仕えている」

 

「僕はマイスっていいます。あの、ロロナさんと一緒に僕を助けてくれたと聞きました。ほんとうにありがとうございました!」

 

「騎士として当然のことだ」

 

 ステルクさんはいつも通りの仏頂面で、感情がよく出るニコニコ笑顔のマイス君がそばにいるとその仏頂面加減がすっごく際立って見える気がする。

 

 ステルクさんもマイス君みたいにニコニコ笑顔でいれば……うー、なんでかな、ぜんぜん想像できない……

 

「どうかしたか? 私の顔をずっと見ているようだが……」

 

「え、あ、いやっ別になんにも……! そっそういえば、マイス君がエスティさんに報告しないといけない依頼があったなーって!」

 

「む、そういえば先輩が「探索に行かせる際に依頼をいくつか頼んだ」と言っていたな。では一度王宮受付に行くのか」

 

「私も採取物の納品がありますから案内もかねて、一緒に行こうと思って。それじゃいこっか」

 

「その前に、依頼に必要なもの以外アトリエに置いてきませんか?」

 

「それもそうだね」

 

 

「私も王宮へ帰ろうと思うが…せっかくだ、荷物運びを手伝うとしよう」

 

 そう言ったステルクさんがカゴをひとつ持ってくれた。

 

 あれ? それで……結局ステルクさんは何の用事でココにきたのかな?

 私たちに注意を言うため? でも、予定よりも早く帰ってこれたから、ちょうど会ったりはしないと思うけど……。

 

 

 

――――――――――――

 

✳︎✳︎✳︎王宮受付✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「はい、これで依頼は達成ね。おつかれさまマイス君」

 

「ありがとうございます!」

 

「うんうん、元気で何より。っと、ロロナちゃんもこっちで受けてた依頼はこれで全部達成かな」

 

「そうですねー、あとは王国依頼だけですね」

 

 その王国依頼も今回の探索で素材をたっぷり採取してきたので、全部失敗したり時間を余計に使ったりしない限り、達成できる状態だからそんなに焦ったりはしなくていいかな。

 

 それじゃあ、帰って依頼品の調合……の前に。

 

「ねぇねぇマイス君、探索おつかれさまって意味合いで、このあとパイをごちそうしたいんだけど……大丈夫かな?」

 

「僕、予定とかは何もないから、およばれしてもいいかな?」

 

「もちろんだよ! ふふん! パイの腕には自信があるから楽しみにしてね!」

 

 いろいろ失敗しがちな私だけど、パイ作りはそう失敗せず自信がある。

 あの師匠にも「うまい」と言わせるパイ、マイス君も喜んでくれるといいな。

 

 

「ロロナちゃんにパイごちそうしてもらえるなんて、うらやましいわねー」

 

「先輩、仕事中ですし昼休みは十分取ったでしょう」

 

「…どこかに少しの時間、受付の仕事かわってくれる優しい後輩はいないものかしら」

 

「いませんね。それにこちらはこちらでこれから別の用がありますので」

 

「ちぇー」

 

 

「えっと、後でおすそわけ持っていきますよ?」

 

「あら本当? ありがとねロロナちゃん!」

 

 そう言ってエスティさんはカウンターを挟んだ先にいた私に抱きついてきた。

 

 と、なぜか小声で私に問いかけてきた。

 

「そういえば、マイス君はどうだった?」

 

「マイス君ですか?」

 

 目を向けてみると、なにやら周りを興味深そうに見ていた。

 探索中も時折ある行動で、なんでも「知らないものや知っているもののようで違うものが沢山あって気になる」なんて言ってた。

 

「ちょっと気の抜けてそうなところはありますけど、でも元気で素直で優しくて…いい子だと思いますよ?」

 

「戦闘とかはどうだった?」

 

「んーと、なんだかビクビクしてて怖いのかなーなんて思ったけど、それはホント最初だけで、あとはみんな一人で倒しちゃってモンスターの素材もいつの間にか採っててくれたりしてて、とってもえらかったですよ!」

 

「へぇ……、私の見込みも間違っていなかったってことね。最初のほうのことはちょっとわからないけど」

 

「あとは、敬語つかわなくていいよって話をしたり……あっ! それとマイス君のあだ名が決まらなかったんです!!」

 

「ステルク君みたいに長い名前じゃないから別に決めなくても問題ないんじゃない?」

 

 でもせっかくだし……マーくん、マイくん、マスくん、イスくん……なんでだろう、しっくりこない。

 

 

 そんな話をエスティさんと少しした後、エスティさんとステルクさんに別れを告げ、パイをごちそうするべくマイス君を連れてアトリエへと帰った。



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マイス「これからどうしよう」

今回はマイス君による考察回。つまりのところ、独自解釈と捏造設定がたくさん出てきます。

 マイス君に活躍の場をあげたいので、駆け足で進んでいきます。





※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……


 ロロナさんとの探索から帰ってきたのがほんの一週間前。

 エスティさんから貰った依頼で一人で街のすぐ外に採取に行ったとき以外は、紹介してもらった宿泊施設でゆっくりとしていた。

 

 というよりも、やれることがなかったので時間を持て余してしまってるんだよね……。

 

 とはいえ色々と考えることが出来た。

 

 

 ロロナさんとの探索でわかったことなんだけど、ここでは本当に魔法が無いようだ。……一応、魔法のようなものなら、あるにはあったけどね。

 ロロナさんが杖でモンスターと戦っていた時に杖からピンクの光のようなものが飛んでいたんだけど、なんでもそれは武器についている機能のようなものらしい。

 

 また、その杖にはどんな武器にもかかっているはずの『タミタヤ』の魔法がかかっていなかった。

 『タミタヤ』は、モンスターをあやめたりせずにモンスターが本来いる場所とされる「はじまりの森」へと送還させる魔法なのだが、それがかかっていないのはありえないことだった。なので、ロロナさんがモンスターを杖で殴り倒したときは正直驚いた。

 

 

 では、次になんで魔法が無いのだろうか?

 そして、以前は使えていた魔法を僕が使えないのは何故だろうか?……そういった疑問だ。

 

 正直、魔法が無い理由はわからない。

 けど、僕が使えない理由はある程度予想をたてることができた。

 

 「そもそも僕が使っていた魔法は存在していなかったのではないか」という考えは、今手元にある双剣『ショートダガー』によって否定できる。

 『シアレンス』での日々が現実であると僕に確信をもたせてくれたこの使い古した双剣は、『タミタヤ』の魔法がしっかりとかかっていて問題無く発動していた。

 

 ならばなぜ僕自身は使えないのか。

 

 ここであることに気づいた。

 『ルーン』。そう、魔法を使う際にも必要となるチカラ『ルーン』だ。『シアレンス』の町では当然のように感じられた『ルーン』がほとんど感じられなかった。

 そういえば、自然を司る精霊『ルーニー』たちもアーランドに来てから見かけてない。

 

 しかし、僕自身の中には『ルーン』が満ちている。

 当然これまでのように戦闘をした後などには、疲労以外の脱力感が感じられるが寝たら回復している。

 

 

 ここまでの考えをまとめると、一応ではあるが僕が魔法が使えなくなった理由を推測できた。

 

 これまで僕が使っていた魔法は「『ルーン』のある空間で使用者の中の『ルーン』を消費して使用できる」ものだったのではないだろうか?

 

 これまで『ルーン』が無い空間にいたことなどなかったので確信は持てないけど、今のところはこの答えしか導けなかった。

 

 

 

 あともう一つ、「ここら一帯に『ルーン』は無い」ということで、不可解なこともある。

 

 『ルーン』はいまだわからないことが多いらしいが、大自然のエネルギーのようなもの……つまり、その『ルーン』が空間に無い状態というのは「大地・緑が死に、生物が生きることのできない」状態なのだ。

 しかし、『アーランド』の街やその周囲にはそういった兆候は無い。

 

 『ルーン』無しに自然が保たれている、それは信じがたいことで、僕の知ってる世界の理から外れている。

 

 

「だとすると、ここは『シアレンス』とは国とかそんなレベルじゃない別の場所?」

 

 別の場所……別空間だとすれば、どこなのだろうか。

 真っ先に思いつくのは『はじまりの森』だけど、それでも『ルーン』が無いのはまずありえないし、見知ったモンスターも見かけていない。

 

 謎は残ったままである。

 

 

 だけど、やることは決まった。

 

 「空間に『ルーン』を満たす」それが当面の目標だ。

 

 それで予想どおり魔法が使えるようになるかはわからないが、とにかく今出来そうなことはそれくらいだ。

 『ルーン』を生み出す方法はわかっている、あとは実行するのみだ。

 

 

「なら、街から出ないといけないかな……」

 

 『ルーン』を生み出す方法は『アーランド』の街中では難しい。

 

 なぜならその方法は「畑を耕し、作物を育てる」ことだからだ。

 人から聞いた話や自分の経験則なので、正直なところ原理・理屈はわからないが間違いない方法なのだ。

 ただ、わずかづつしか『ルーン』は発生しないので、空間に満たすほどとなるととても長い時間になるかもしれない。

 

 気休めかもしれないが、僕には『アースマイト』というものの才能が有るらしく、作物の育成が普通より良かったりするらしい。

 『アースマイト』というものがどういうものなのかは これまた僕はよく知らないのだけど……。

 

 

 

 ……そういえば一つ、正常に使えるか確かめていないものがあった。

 

 自分の腰、そこに巻いてあるベルト。このベルトはただのベルトではないのだ。

 

 

 『変身ベルト』

 

 

 『シアレンス』の町にいたころからの僕の秘密

 

 

 そう。人間とモンスターの『ハーフ』である僕が、モンスターの姿になるための道具だ。



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マイス「探しもの」

 原作では存在しない場所が登場します。マイス君に活躍の場を上げるにはこうするしかなさそうだったので……。
 それと、話の区切りの都合で短めです。





※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……



✳︎✳︎✳︎街道✳︎✳︎✳︎

 

 

「たしか、このあたりだったはず……」

 

 僕は今、『アーランド』の街と『近くの森』とのあいだの街道を歩いている。

 街からそう遠く離れてはいないけど、平原だった街道の周囲はまばらではあるが木々が並ぶようになり、森から切り離された小規模な林が離れて点在しているような状況だ。

 

 そんなところで何をしているのかというと、前に探索に来た際に木々の隙間からちらりと見えたモノがあったのだか、それに用があるため探しているのだ。

 とは言っても、見つけたときにはそう気にしていなかったので、特に調べようとは思わなかったから、そばまでいかなかったので場所が特定できず探すのに手間取ってしまっている。

 

 

「あっ」

 

 街道を歩きながらキョロキョロさがしていると、ちらっと街道脇の林の木々の幹と幹の隙間から探していたモノが見えた。

 

 今いる街道とそのモノの位置関係を憶え、それが見える林へと向かう。

 そこに道は無く、木と木の間を縫うように雑草の茂る地面を歩いて行くと……。

 

 

「あった……!」

 

 林を抜けた先にあったのは探していたモノーー古びた一軒の家だった。

 

 その家は元々塗装されていたであろう屋根の色はくすんで落ちていて、壁にもところどころツタがはっていた。

 家の前には木の生えていないーーおそらく庭だったのであろうーー区域が家の倍近くあるが、膝ほどの高さのある雑草に覆い尽くされている。

 よくよく見ると、家のそばに雑草から顔を出すように井戸らしきものも見える。

 

 僕はあたりを見渡してみると、木々は家と庭を囲むように生い茂っており、僕が来た街道側が最も薄く、その反対側は奥が深いように見えた。

 

 

「雑草も踏まれたりした様子も無いし、誰もいないみたい……」

 

 けもの道もなさそうで、人はもちろんモンスターの気配も全く感じられないここは、まるで世界から取り残されたようであった。

 

 

「さて、場所は特定できたしココのことをエスティさんに聞きにいかないと」

 

 ココはどういうところなのか、何故放置されているような状態なのか……。

 

 それで、もしよかったらココを僕の活動の拠点にしたいのだ。

 雑草こそ生えてはいるが広さは十分にあり、『ルーン』を生み出すための畑作りには良さそうな場所なのだ。

 

 

「いちおう、本当に誰もいないか中も確認しよう」

 

 雑草の中を家の玄関戸まで歩き、一言「すみませーん、お邪魔します」と言い中へ入ってから家の中を見わたす。

 

 入ってすぐの部屋は板張りの床の、居間と台所を合わせたような大きめの部屋だった。

 むかって左手には台所、右手にはテーブルとイスそして扉があった。その左右の空間を半ば仕切るように二階へと上がる階段があり、階段下のスペースに空っぽの棚があった。

 荒れていたりはしていないが、階段もどこもホコリが積もっていて掃除と換気が必要だ。

 

 続いては、この部屋から外以外への行先はふたつ、二階と右手の扉だ。

 

 まず気になった二階を見に行ってみたが、二階はひと部屋のみ、そしてその中には一つのベッドがあるのみであった。

 

 階段を降り、残りの玄関から見て右手の扉のほうへと向かう。

 その先にあったのは、居間と同じくらいの大きさの石の床の部屋であった。

 

「ここは……何かの作業場かな?」

 

 そう判断したのは、この部屋にある何やら器具の取り付けられている机。その上に置いてある道具や器具のいくつかは僕の知っているものであり、これが薬品を作るための台だとわかったから。

 そしてその反対側にあるのは、これも似たものを見たことのある炉と鍛冶道具。どちらもホコリをかぶっていたり、サビがついていたりするので手入れは必要そうだけど使えそうなものだった。

 

 そして、裏口であろうこの部屋から外に出ることのできる戸のすぐそばには、壊れた道具が入った箱と……古びたクワとジョウロがあった。

 

 

「だいたいこんなところかな?」

 

 裏口から出てみると、そこは家に入る前に見た井戸のすぐそばだった。ちょうど死角になっていたようで、先程は裏口があることには気づけなかったのだ。

 

「それにしても、まだこんなにしっかりしているのに誰も使っていないんだろう?」

 

 雑草の伸び方や室内のホコリの積もり方からして、それなりの長期間手が付いていないことがわかるけど、荒れていたり壊れていたりしていないから不思議である。

 

「エスティさんに報告するとしても……使ってない理由はさすがにわからないかな」

 

 とりあえず、帰る前に軽くホコリを外に出し、玄関から街道がある方面へぐらいは歩きやすいように雑草を取っておこう。

 そう思い、もう一度家の中に入る。

 

 

――――――――――――

 

 

 『シアレンス』で農作業中心の生活をしていたマイスは、久々の「草むしり」という作業に没頭して気づけば日が暮れてしまい、街にその日のうちに帰れなかった。



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マイス「物事が予想以上に上手く動くと不安になる」

 前回などと同じく捏造設定・ご都合主義等が含まれています。ご了承ください。




※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……



✳︎✳︎✳︎王宮受付✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「さぁて、何も言わずに昨日一日どこに行ってたのかしら? 元気なのは良いことだけど、いちおう保護してるこっちにも立場っていうのが……」

 

 掃除・草刈りに没頭してしまい夜になって、街に帰り着いたのが丸一日遅くなった僕は、エスティさんからお叱りを受けてる真っ最中。

 場所はいつもの王宮受付だけど、状況は普段とはちょっと違う。エスティさんの他にも眉間にシワを寄せたステルクさんとぷんすか怒ってるロロナさん、それと初めて見る眼鏡をかけた女性がロロナさんのすぐそばにいるんだ。

 

 ロロナさんには「どこいってたの! 心配したんだよ!!」と真っ先に怒られている。そもそもここに来たのは、帰ってすぐ街でロロナさんに会い、そのまま腕を引っ張られ連れてこられたからである。

 王宮につくと、エスティさん、ステルクさん、そして眼鏡の女性の三人が何やら話していたようだが、僕に気づいたエスティさんがその話を切り上げ……そして今にいたる。

 

 お叱りを受けて、思った以上に心配や迷惑を多々かけてしまったことはわかった。……そろそろ、慣れない正座をしている足がきついんですけど。

 

 

「聞いてる?」

 

「……はい」

 

「ならいいんだけど……とにかく「外に出るときは必ず依頼を受けろ」とは言わないけど、日数がかかる外出の時は少なくとも私に言いにきなさい」

 

「わかりま「ヌウゥゥゥワッッ?!」

 

 突如、聞いたことの無い奇声が王宮受付に響いた。

 声のしたほうを見ると、片手で首の後ろを抑えるステルクさんがいた。

 

「ちょっとステルク君! うるさいわよ!!」

 

「いや?! これは、コイツが…!」

 

 そう言いながらステルクさんが目を向けているのは、眼鏡の女性だった。

 当の眼鏡の女性は「はて、なんのことやら?」といった様子、だが微妙にだが笑っているようにも見える。

 なお、ロロナさんは「え?! 今の声、ステルクさんが出した!?」と物凄く驚いている。

 

 

「まあこれ以上説教に時間が費やさせるのはどうかと思ってな。少しばかり横槍を入れさせてもらった」

 

「師匠……それなら普通に言えばいいんじゃ……」

 

「それじゃあ面白く無いだろう?」

 

「やっぱり……そんな気はしてたけど」

 

 ロロナさんに「師匠」と呼ばれた眼鏡の女性。となると、この眼鏡の女性がロロナさんの「錬金術の師匠」であり「アトリエの先代店主」のアストリッド・ゼクセスなのだろう。

 ロロナさん以外からも話を聞いたことはあるが、「半ば強引にアトリエを継がせた」「アトリエ営業許可取り下げの話があがったのはこの人が真面目に仕事をしなかったから」等々、それ以外も大抵人(主にロロナ)を困らせることばかりだった。

 とは言っても、人から聞いた話で全て判断するつもりは無い……が、今さっきのことも考えると、おおよそではあるがどういう人なのかわかった気もする。

 

 

「本人も反省しているようだし説教はここまでにして、別の話をしようじゃないか」

 

「別の話?」

 

「まあ、全く関係が無いわけではないがな」

 

 怪訝そうに聞くエスティさんに対し、アストリッドさんはあくまで飄々とした雰囲気だ。

 

「いやなに、この行き倒れ君が 何処で何をしていたのかが気になってな。」

 

「師匠、行き倒れ君じゃなくてマイス君です!? ……でも確かに気になるかも」

 

「そういえば私が色々言ってただけで聞いてなかったわね」

 

 女性三人の視線が僕に集まる……。ステルクさんは何か言いたげにアストリッドさんを睨み続けていたが、最後には諦めたようにため息をついていた。

 

 まあ、そもそもあの家のことはエスティさんに聞こうと思っていたので、話すことには別に何の問題も無いのだけど。

 

 

「街から『近くの森』へつづく街道の途中、わきにそれた先の林に家があって、それを少し調べたりしてたんです。特に荒れてたり壊れていたりしてないのに誰も使ってないのが不思議で……」

 

「『近くの森』への道の途中に家? そんなところあったかしら?」

 

 「うーん」とエスティさんはうなり考え込む。

 見ればロロナさんやステルクさんもおぼえがないようで、二人そろって首をかしげている。

 

 

「ほう? おそらく そこは『反骨爺の隠れ家』だろうな。まだちゃんと残っていたとは」

 

 ただひとり、僕の話を聞いた時点で既に何か心当たりがあったような振る舞いをしていたアストリッドさんがそういった。

 

「はんこつじい…ってなんですか師匠?」

 

「その名のとおり、機械を利用し豊かな生活をすることに疑問を抱き街を出て一人暮らしをしていた爺さんだ。何年も生活していたらしいが、遠くへ行かずほど近いところで生活していたから、繋がりを断ち切れない中途半端なイメージだったな」

 

 アストリッドさんの言う話を聞いているうちに、エスティさんも思い出したようで、話に入っていった。

 

「そういえばいたわね。けっこう昔にココの病院で亡くなられたんだったかしら。」

 

「確か、私が10になるかならないかぐらいだったはず。彼の親族も仕事か何かの関係でよその国へと行ったから、それなりの時間放置されていたはずだが……家としての原型をとどめていたのか?」

 

「窓ガラスが割れていたりしませんでしたし、戸なんかもしっかりしてて……椅子や机といった家具も全然使えそうでしたよ。ホコリはものすごく積もってましたけど」

 

「ほう、それはまた運が良いものだな」

 

 たしかに、何年も放置されているのにあの状態ならば凄いことだとは思う。

 モンスターには運良く近づかれなかったのかもしれないが、少なくとも雨風といったものにはさらされ続けていたのだから、もっと痛んでいても不思議ではない。

 

 

 あごに指を当て「フム」と呟いたアストリッドさんは、僕をジッと見ながら驚きの言葉を口にする。

 

「それで…キミはそこに住みたいと?」

 

「「「「!?」」」」

 

 僕を含むアストリッドさん以外の4人は驚いた。もちろん僕だけは驚きの意味合いが違う。

 

「どうして……!?」

 

「やはりか。ロロナほどではないが、キミは少しばかり考えが顔に出やすいようだな。」

 

 そうなのかな? 本当にそうなのであれば、ふとした時に『ハーフ』であることがすぐにバレてしまうんじゃないだろうか?

 そのことを深く考えてしまいそうになるが、その前に周りの人たちが騒がしくなった。

 

 

「ダメだ! 詳しい場所までは知らんが 『近くの森』が目と鼻の先なら、いつモンスターに襲われるかわからん!!危険だ!」

 

「そうだよ!? マイス君みたいなちっちゃくてかわいい子をぱくって食べちゃうようなモンスターもいるかもしれないよ! ううん! きっといるから絶対あぶないよ!!」

 

「ていうか、そもそもどうして? ……まさか紹介した宿、何か悪いところあった!? よし! 今から店主を問い詰めに…!」

 

「えぇ!? ちょ、まっっ!」

 

「とりあえず全員落ち着け」

 

 アストリッドさんは手近にいたロロナさんの耳にフゥッっと息を吹きかけ、おとなしくさせた……いや、あれは驚いて飛びのくリアクションを楽しみたかっただけかもしれない。

 

「ロロナはともかく、他の二人も思いのほか過保護気味だな。この少年は十分腕が立つと聞いたが、それは知っているのだろう?」

 

「話に聞きはした。だが、危険がつきまとうことには変わりはない。良いとは思えん」

 

「そりゃあ心配よ。戦闘が出来るからって、そんないつモンスターが出るかわからないところに居続けたらどうなるか……。マイス君、わざわざ街の外に住みたいだなんて」

 

 

 ステルクさんとエスティさんの言葉を聞いたアストリッドさんはため息をつき、だんだんと面倒くさそうになりながら言った。

 

「まず安全性については、過去に住んでいた人間がいたことと数年放置されていても全くと言っていいほど荒れていなかったことから問題無いとわかるだろう。そして、街の外に住みたい理由なんて、この少年の事情をロロナから聞いた話でしか知らない私でも見当がつくぞ?」

 

「えぇ!?」

 

 みんなアストリッドさんの考え付いた理由が気になるのか、当事者である僕よりもアストリッドさんに注目している。

 そのアストリッドさんはといえば、僕をチラリと見てきた。……読心術でも使えたりするのかな? 正直、この人に見られる嫌な汗をかいてしまい落ち着けなくなってしまったのだが。

 

 

「ただ単純に、この街の空気というか雰囲気が合わないだけだろう」

 

「空気……? それはどういうことだ?」

 

 「わからないのか?」と言わんばかりに肩をすくめるアストリッドさんに ステルクさんの目つきがいっそうけわしくなるが、それを軽く受け流して言葉を続ける。

 

「聞けば、ずいぶんゆとりのある田舎に住んでいたらしいではないか。それも街全体が石で舗装されていることや、そこらへんの建築物に驚くくらいの。そんな奴がこんな建物のひしめく街で心から落ち着けるはずがなかろう? 街はずれの木に囲まれた家に住みたいと思うのはごく自然だ」

 

「ム……」

「それは……」

「たしかに……」

 

 いや、確かにあんまり落ち着かないのは事実だけど、あの家に住みたい理由は違うんだけど……。

 でも本当に理由を知られたら知られたで、『ルーン』のことや『魔法』のことなんかも言わなきゃいけなくなって大変なことになりそうだから、アストリッドさんの言う理由でいくのが妥当なのかもしれない。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 そんなこんなで、所有者がいなくなり長年放置されていたあの家を使うことへの許可をおろしてもらうことができた。当然いくつかの条件がついたが。

 

 それにしても、初対面だったアストリッドさんがあんなにも僕のほうに肩を持つようなことを言ってくれたことには驚いた。あれが無ければもっと時間がかかるか、もしくはあの家には住めなかっただろう。

 

 

「どうして、と言いたげだな」

 

 一人暮らしするのに何が必要か話し合っているエスティさんとロロナさん、そしてそれに「実際に行ってみて安全確認をしたい」と言ったステルクさんが加わり、計画を立てているのだが、そこからはずれてきたアストリッドさんがいつの間にか隣に立っていた。

 

「えっと、また顔に出ていましたか?」

 

 アストリッドさんは「そんなところだ」と答えながら腕を組んで柱にもたれかかった。

 

「なんとなくだが、キミに貸しを作っておいたほうがいいと思ってな。ふむ、三倍ほどで返してほしいものだな」

 

「えぇ……。僕に借りを返せるようなことがあるんでしょうか?」

 

「さあな。まあ期待しておくとするか」

 

 気のせいだろうか、とんでもない人に借りを作ってしまったような気がする…。たぶん気のせいじゃない。

 

 

「ふゎぁ……、そろそろ昼寝に帰るとするか。ではな」

 

 そう言って王宮の出口へと歩いていくアストリッドさん。

 が、途中でこちらを振り向きながら気だるそうに片手を軽くあげてきた。

 

「キミがあそこに住みたい本当の理由は……まあ気が向いたときに聞くとしよう」

 

 アストリッドさんには今日会ったばかりだが、僕に十分すぎるほどの苦手意識を植えつけていったのだった。




……この時期にアストリッドさんが王宮受付に居たり、そこにステルクさんもいるという原作では無い状況ですが、話の流れを作るために必要なのでこうなってしまいました。


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マイス「新しい日常」

 急ぎ足で話を進めるはずが、なぜかできてしまったのんびり日常回。





※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……


✳︎✳︎✳︎マイスの家✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「んっ……」

 

 窓から入り込む淡い朝日で僕は、目を覚ました。

 ベッドに敷かれたマットや布団はそんな高いものではないけど新品で、初めての場所で眠れないかもという不安なんて忘れてしまうほど、ぐっすり寝ることが出来た。

 

 

 そう僕は昨日から、かつて『反骨爺の隠れ家』と呼ばれていた家に住み始めたんだ。

 

 

 昨日はロロナさんとステルクさんが、安全と場所の確認もかねてこの家に来た。 

 二人とも興味深そうに家とその周りを囲むように茂る林を調べていた。モンスターののいた形跡などは無く、「ひとまず安全確認はできた」と言っていた。

 

 

 

「さて、始めるとするかな」

 

 朝食と支度を済ませた僕は、庭の中の昨日のうちに完全に雑草を取り除き耕した区画に水を汲んだジョウロを持って行った。

 すでに()はまいてて、これから毎日水を与えることが日課になる。そうすれば……そう遠くないうちに、()()()()()()()()()が出来上がる事だろう。

 

 

 とは言っても問題もある。

 

 まずは今僕が持っている知識・経験がどこまで通じるかだ。

 この気候や降水量、季節の変化による環境の変化の度合いなど、わからないことが多い上に、作物のほうの特性や丈夫さもわからなかったりする。

 知っているものと似ていても実際は違いがある可能性も十分にあるので、気が抜けない。なにせ、ココでは『キャベツ』は普通に年中そこらへんに転がっているようなものらしい……実際に道端に自生していたのを僕もこの目で見た。

 

 他の問題としては、今畑にまかれている種の種類。種類が少ないというか、偏っているのが少し気にかかるんだよね。

 理由は簡単で、ティファナさんという女性が営む雑貨屋に置いていた種を買ったんだけど、街の中の雑貨屋さんなわけで当然と言えば当然だが、街中でもプランターや植木鉢で育てられるような花の種を中心とした品揃えなのだ。

 

 故に畑の種の大半は花の種で、他には薬草の種が少しと小型のトマトーーフルーツトマトというらしいーーあと、そこらへんに転がっていたキャベツくらいで、食べられる作物が少ないのだ。

 

 街には雑貨屋の他に種を取り扱っていそうな店はなかったので他の作物を育てたいなら、誰かに心当たりがないか聞くか 自分で探索して探すしかないのだろう。

 

 

 そんなことを考えながら水やりの作業を終え、あとは何かできることはあるだろうかとあたりを見渡した。

 

 家と畑を含む庭全体を低めの柵で軽く囲み、街道側に看板を立ててみようかな? 別に侵入防止ではなく股越せることのできる、あくまで雰囲気づくりのための柵だからそのくらいでいいと思う。

 看板には今は表札として名前を書いておくだけにし、畑がもっと大きくなってから畑の名前も書くようにしようか。

 

 農作業で『ルーン』を生み出し「空間にルーンを満たす」という目的のため生活だが、思いの他この生活自体が楽しくなってきてしまっていた。

 まあ、悲壮感を漂わせ続けながら生活するよりはよっぽど良いだろう、という結論を出す。

 

 さて、これからどうしようか。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

***王宮受付***

 

 

「こんにちは」

 

「あら、マイス君こんにちは。昨日はちゃんと眠れた?」

 

「はい! ぐっすりと」

 

 「それはよかった」とエスティさん。

 あの家から街までは歩きでも3時間ほどもかからないから、こうして簡単に街に立ち寄ることができる。

 

「私も時間があったら家を確認しに行きたかったんだけど……。そもそも休み自体中々無いのよねぇ」

 

「大変なんですね……。何か手伝いましょうか?」

 

「気持ちだけで十分よ。でもまあ、本気で大変になったら手伝ってね」

 

「はい! その時は言ってください!」

 

 その後、受けられそうな依頼が無いか見せてもらい、王宮受付をあとにした。

 

 

 

 

――――――

 

 

***サンライズ食堂***

 

「こんにちはー」

 

「いらっしゃい! ……おっ? マイスか!」

 

 イクセルさんとあいさつを交わした後、カウンターの席に腰を下ろす。

 今は昼どきより早め、まだ人はまばらで席の空きは十分にある。

 エスティさんに連れてこられて以降何度かココに食べに来てるんだけど、一度、一番人の多いときに来てしまったときは大変だったなぁ……。

 

 

 注文するメニューを選びイクセルさんにそれを伝えると、何故か不思議そうな顔をされた。

 

「どうかしましたか?」

 

「んー……いやさ、店の人間としては客の注文にどうこう言うつもりはないんだけどな……」

 

 そう言いながらイクセルさんは何かを考え込むように目をつむり、僕に疑問を投げかけてきた。

 

「これまでマイスが頼んだ料理が全部あっさりとしたタイプだったから、そういうのが好みなのかなって。でも、時にはこうガツンッとくるようなのも食べたくならねぇのか聞いてみたくなってさ」

 

「えっと、それは半分たまたまみたいなもので……」

 

「……? どういうことだ?」

 

 正確言うなら、「あっさりしたものを狙って頼んでいた」のではなく、「()()()()が入っていなさそうなものを頼んでいた結果、たまたまあっさりとしたものばかりになっていた」のだ。

 

「イクセルさんが言うガツンっとくる料理って、例えば『スペシャルミート』とかですよね?」

 

「そうそう、そういうのだ」

 

「でも、仮に僕が『スペシャルミート』を注文したとしても、その……食べられる自身が無いんです……」

 

「はぁ? なんだそりゃ??」

 

「実は僕が前いたところだと『お肉』を食べるってことがほぼ無くて……。僕なんか、話でしか聞いたことがないくらいで、苦手意識というか食べる気が起きないんです。

 

 そう。以前サンライズ食堂に来たとき他のお客さんが頼んだ料理を見たら見たことの無いモノがあった。

 それが動物の肉であると気づき、メニュー表の中から『肉』を使っていそうなものをーー他のお客さんの注文などで確認もしながらーー自分は頼まないようにしていたのだ。

 

「それで、肉が入ってそうなものは注文しないようにしてたら、たまたま、あっさりしたものばっかになったのか」

 

「はい、そんな感じです」

 

 

 まだ少し不思議そうにしているが、イクセルさんは納得したように頷く。

 

 この国の人たちが『肉』を食べることには、実はあまり驚かなかった。

 『タミタヤの魔法』がかかっていない武器でモンスターを倒しているところを見たあとだったので、「ああ、そういうものなのか」と理解できたのだ。

 ただ、自分が食べるとなると、少し抵抗があるのだ。……食わず嫌いかもしれないが。

 

 

「となると、マイスがいたところじゃあメイン料理って何になるんだ?」

 

「魚料理……かな? あとはごはんとか小麦粉を使ったものとか」

 

「そこらへんは普通にあるんだな。ならオススメの魚料理があるんだが、さっきの注文から変わっちまうけど食ってみないか?」

 

「それじゃあお願いします」

 

 

 イクセルさんが作ってくれた白身魚の香草焼きはとてもおいしかった。

 

 それと、その後にメニュー表の中で肉を使っているものを教えてくれた。

 あと「肉を食べてみたくなったら言ってくれよ。食べやすそうなもん考えとくからさ。」と、優しい言葉もいただいてしまった……そんな日が、いつかくるのかな?




 ルーンファクトリーシリーズには「肉系」の食べ物はゲーム内に無いです。(魚は別)
これは、モンスター以外の動物といったものがほぼ登場しないことや、『タミタヤ』の魔法の存在などが関係しているかと思われます。


 ただ、唯一『ルーンファクトリー フロンティア』の店舗別予約特典のひとつに鳥の丸焼きらしきものが描かれています。
 これは、キャラクターがクリスマスっぽい衣装を着ていることから七面鳥かもしれませんね、存在しているかはわかりませんが。


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クーデリア「変わったやつ」

 少し時系列が前後してしまっていますが、クーデリアさんの登場です。
『ロロナ「探索後の昼下がり」』の後の話となっています。




※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


 幼馴染のロロナが錬金術のアトリエの店主になって――というか押し付けられて――王宮からの課題を達成するための素材採取を手伝ってあげたりするようになってから、それなりに時間がたった。

 

 その手伝いをしているうちに、新しく知り合うことになった人がいるのだけど……最近また知り合った奴がいる。

 

 

 最初に会ったのはロロナたちとの探索帰りの街道だ。

 ……とは言っても相手は意識が無かったので、初対面といえば初対面だが特に何かあったわけじゃなく、ただの人助けってだけのこと。面識ができたっていうわけでじゃない。

 

 次に会ったのが、知らないうちに探索に行っていたロロナがそろそろ帰ってないかと思い、立ち寄ったアトリエ。そこでロロナと一緒にいるところだった。

 なんでもロロナが「パイをごちそうするよ!」とのことを言ってお呼ばれされたらしい。

 

 そこで、初めてちゃんとした対面をすることとなったんだけど……変わった奴だった。

 

 

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

「それじゃあ、私、パイ作るからちょっと待っててね!」

 

 そう言ってこのアトリエの主である幼馴染のロロナがコンテナから材料を用意しに行く。

 となれば、当然残されるのはロロナたちと拾った例の少年()とあたし。

 

 チラリとその子の方へ目を向けると、偶然か目があった。すると、あたしに向かってにっこりと笑いかけたかと思えば、ご丁寧にもお辞儀をしてきた。

 

「はじめまして! 僕はマイスっていいます」

 

「……そうね、あんたとしては「はじめまして」かしら」

 

「……? あっ!もしかして、ロロナさんたちと一緒に僕を助けてくれたっていう?」

 

「別に、たまたまよ。それに私は何にもしてないから」

 

「それでもです、お世話になりました!」

 

 第一印象は「元気で素直なやつ」、ちょっとロロナと似たタイプなのかもしれない。まあドジをしたり変にネガティブだったりすれば本当に似ていることになるのだけど……。

 

「あたしはクーデリア・フォン・フォイエルバッハ。ロロナとは……ま、まあ、幼馴染ってところかしら」

 

「よろしくお願いします、クーデリアさん」

 

 

 パイを作っているロロナはまだ杖で釜を混ぜているので時間がある。

 それなら、()()()()コイツには聞いておきたいことがあったのだ。

 

「あんた、いくつなの?」

 

「えっ…?」

 

「だから、歳はいくつなのって聞いてるのよ」

 

 街道で見たときから思っていたんだけど、コイツの身長はあたしとあまり変わらない。今同じソファーに座っているのでもっとよくわかるが、ほんのわずかにマイス(むこう)のほうが高いのだ。

 

 それで、何が問題になるのかというと「もし、マイスが年下だったら」という可能性だ。

 年上や同い年ならまだ納得できるが、年下だとしたら低い慎重に少なからずコンプレックスがあるあたしにとっては悔しいというか面白く無いのよね……。

 

 

「その……ごめんなさい」

 

「……? なによ、教えたくないってこと?」

 

 「ロロナにもさん付けで呼んでるんだから年下でしょうね」と高をくくっていたら、予想外の拒否ともとれる謝罪だったのであたしは苛立った。

 

「いや!?そうじゃなくて……。教えたくないんじゃなくて、教えられなくて」

 

「どういう意味よ?」

 

「その……」

 

 言葉に詰まったかのように、口が止まった。

 何故かチラリとロロナの後ろ姿を見た後、再びマイスの口が動き出す。

 

「僕は、街道で助けられる前の記憶は『シアレンス』っていう場所の家で寝たところまでで、どうして街道にいたのかっていう記憶が無いんです……」

 

 それが年齢のことに何の関係があるのか。

 そう思ったが、そこから続いてきた言葉は信じられないものだった。

 

「ロロナさんたちにもそれだけしか言ってないけど……でも、「無い記憶」はそれだけじゃなくって、本当は『シアレンス』は記憶喪失の僕が迷い込んだ町で、それよりも前のことはほとんど……」

 

「そう……」

 

「あっ!でも、『シアレンス』で思い出せたこともあって、自分の名前のこととか、お父さんやお母さんと話したこととか」

 

「っ……!」

 

 少し辛そうな……悲しそうな顔をしたかと思えば、本当に心から楽しそうに話しだす。

 記憶を失ってから時間がたっていて、いくらか余裕があるのかしら。

 けど、その余裕が「希望」によるものなのか「諦め」によるものなのか、考えていると凄く悲しく感じてしまう。

 

 

「あんた……」

 

「なんですか?」

 

「この先、歳を聞かれたら「13」って答えときなさい。わざわざ長ったるい話につき合わせる必要はないわよ、別に不自然じゃない歳だとおもうし」

 

 別にこれは同い年にしておけば身長による私への精神的ダメージが無くなるからであって、それ以外の意味は無い……そうだとも。

 

「……はい! ありがとうございます」

 

「なによっ、別に礼を言われることなんて――「できたー!」

 

 元気の良い声が聞こえて反射的にそっちを見ると、パイを作り終えたロロナが嬉しそうに釜から出てきたパイをかかげていた。

 ふんふんと楽しそうに鼻歌を歌いながら、パイを用意していたお皿に盛り付けていってる。

 

「ロロナさんから聞いてはいましたけど、本当に何でも作れちゃうんですね、錬金術って」

 

「ついこの前までは、普通に調理して作ってたはずなんだけどね」

 

 それもこれも、ここの元店主の()()()のせいなんだけど……ロロナ本人は楽しそうだし、パイも問題無くおいしいので、もう特には気にしないことにしている。

 

 

「おまたせー! パイ、できたよー。あっ、あと香茶入れるからね」

 

「あ、手伝いますよロロナさん」

 

「大丈夫だよ、ほんとに出すだけだからー」

 

 ちゃちゃっと香茶を取り出して人数分用意するロロナ。

 でも、なんでかその顔は不機嫌そうだった……といっても「むー」とふくれているくらいでカワイイだけなのだけど。

 

「マイス君……?」

 

「はい?」

 

「私、「さん」って付けなくていいって言ったよね? あと、そんな堅いしゃべりはやめてって……」

 

「あっ、そうでし……そうだったね! ごめん」

 

 途中、マイスがこっちをちょっと見てきたんだけど……?

 

 ああ、なるほど。こいつもこいつなりの遠慮があったのかもしれない。

 堅く話していた奴が、長くても数日の付き合いだけのロロナに砕けたように喋ると、ロロナのことを別段軽く見ているんじゃないかと思われるかもとか考えてたりしたんじゃないかしら? ……私の勝手な予想だけど。

 もしそうなら、異様に気を遣ちゃってるだけなんだけど。

 

 

「そうね、あんたがそんな喋り方してたら なんか違和感があるわよ。変に気をつかわないで歳相応の話し方をしなさいよ」

 

「うんうん! くーちゃんの言うとおり! マイス君はもっとだらーんとしていいんだよ!」

 

「そうなのかな……? すぐには無理かもしれないけど、気をつけるよ」

 

 ……同意してもらったところ悪いんだけど、ロロナの言う「だらーんとして」はよくわからないわ。

 

 

「それじゃ、あらためて!パイを食べちゃおー!今日は自信作だから、すっごく美味しくできてるんだよ!」

 

 

 それからはじまったお茶会はのんびり色々話したりながら、有意義な時間を過ごすことができた。

 

 

 

 あと、わかったことなんだけど、ロロナはマイスの頭をなでたり 汚れた口元を拭いてあげようとしたりと、かなり年下を扱うように接していた。

 マイスはかなり困惑していたけど、ロロナは楽しそうだからまあいいか………別に羨ましくなんてない。



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グレン、ヒューイ、バーニィ「うらやましい」

 今回は第三者視点での話です。

 サブタイトルに名前が出ている人たちはモブ。






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、句読点、行間……


***ロウとティファの雑貨店***

 

 アーランドの職人通りにある店のひとつ、日用品等を扱う『ロウとティファの雑貨店』。

 今日もここは『ある意味』賑やかだ。

 

 

「今日はまだティファナちゃんは出てきてくれてない……」

 

「いや、逆に考えるんだ! 今日、ティファナちゃんからお釣りを渡してもらう初めての男になれるんだ!」

 

「おぉ! だけど、俺に奥にいるティファナちゃんを呼ぶのは荷が重い……」

 

「俺も」

「オレは……いや、やはり無理だっ!」

「うーむ……」

 

 商品はそっちのけで店主であるティファナを見に来る男三人。

 グレン、ヒューイ、バーニィ、いい歳した大の大人。

 この雑貨屋に 美人の未亡人 ティファナ目的で来る客が数多くいる中、毎日のように入り浸る猛者たちである。

 

 そんな猛者であっても、ティファナを呼ぶのは まさに勇者のごとき所業であり中々できることではなく、こうしてティファナが自ら出てくるか誰かが呼ぶのをただ待つのが彼らの日常である。

 まあ、出てきたら特別何をするわけでもなく、ティファナを見て癒されて、たまに買い物をして釣り銭を受け取って満足する程度だ。

 

 

 ティファナが出てきてくれるのはまだかまだかと三人が待ち続けていると、「カランッカランッ」と店の出入り口に取り付けられた鈴が鳴る。新たな客が来たのだ。

 その来店客はカゴを持った小柄な少年だった。彼が両手で大事そうに持ち手を持っているカゴからは、綺麗に咲き誇る花が顔をのぞかせていた。

 

 

「彼は初めて見る顔じゃないか?」

 

「んー? いや、あの童顔……一回見たことがある、はずだ」

 

「そうか? あの変わった服は一度見たら忘れないだろう? 俺は新顔だと思う」

 

 本当は彼ら三人が()()()いない時に来店していた客なのだが……。

 でも、実際のところ三人は少年が初顔でも何でもよくて、ティファナが出てくるかどうかが重要であるため、少年に対する話は早々に切り上げ 三人とも視線をある一点に移す。

 その視線の先は、カウンターの超えた向こう側の扉、いつもティファナが出てくる扉だ。

 

 出入り口の鈴の音で出てきてくれないかと期待していたのだが、扉が開く気配はしない。

 「また待つしかないか」と半ば諦めた三人だったが――

 

 

「ティファナさん、おはようございまーす!」

 

 

 元気の良い挨拶が発せられた。

 叫んでいるわけでもないのによく通る声。その声の主はもちろん、カウンターそばまで移動していた新顔の少年だった。

 

 

 三人は最初こそ驚いていたが、すぐに――

 

「「「よくやったぞ、少年!」」」

 

 ――と、口をそろえて呟いていた。

 

 

 それから、そう時間の経たないうちに扉が開き、彼ら待望のこの雑貨屋の店主:ティファナ・ヒルデブランドが姿を見せた。

 

「おおぉ! 今日も一段と美しい……」

 

「ティファナちゃん、日に日に美しくなってるように感じるよ」

 

「やはり、ティファナちゃんを見ないと一日が始まらないなぁ」

 

 これこそ至福の時と言わんばかりの表情でおのおのティファナを眺めはじめる。

 そんな三人をよそに、ティファナと少年――マイスはお喋りしだした。

 

 

 

「いらっしゃい、マイスくん」

 

「おはようございます、ティファナさん!」

 

「ふふっ、元気そうでなによりねぇ」

 

 挨拶を交わした二人は互いに微笑む。

 こうして話すのはほんの三度目だったのだが、特に何事も無く互いを受け入れることができ、ある程度は自然と会話が弾むようになる仲となっていた。

 

「新しいお家には慣れて、しっかり眠れてるのね」

 

「はい! おかげで朝からすっきりしてます。……けど、最近陽気が良くて 予定に無い昼寝をしてしまって、時々夜眠れなくなることがあって」

 

「あらあら、天気が良くて気持ちがいいのはわかるけど、夜眠れなくなるのはダメよ」

 

 「いけないわねぇ」といった感じではあるが、あまり叱っている様子ではない。むしろ、先程よりもいっそう微笑んでいる。

 

「なんて言っても、さっきマイス君が呼んでくれるまでうたた寝しちゃってた私が言えることじゃないわよね……ふふっ」

 

「あっ! もしかして僕、お邪魔しちゃってましたか……?」

 

「気にしなくていいのよ? 営業時間なんだから。それに、今日は普段よりも調子も良いの」

 

 

 楽しそうに話をする二人。

 ふと、ティファナの視線がマイスの手元のカゴに移る。

 

「あら。お花、とっても綺麗に咲いてるわね」

 

 ティファナの言葉から彼女の視線に気がついたマイスは、カゴをカウンターの上に置いた。

 

「はい、ココで買った種で咲きました。まだ、成長の早いこの二種類だけですけど、他のもしっかり育ってますよ」

 

「順調そうでなによりだわ。それじゃあ 全部買い取りでいいのかしら?」

 

「はい、お願いします」

 

 カゴの中の花を確認しだすティファナ。

 

 

 

 それを見た入り浸り男三人は相変わらずの様子であった。

 

「あぁ、なんて可憐なんだ……」

「花を持つティファナちゃん……美しい」

「もはや芸術の域だ」

 

 

 

 お金の受け渡しを終えたティファナとマイス。ティファナは買い取った花のいくつかを手に取り、手近にあった花瓶に生けカウンターの一角に置いた。

 

「それにしても、本当に綺麗に咲いてるわ。私がプランターで育てたときよりも綺麗。元気も良くて長持ちしそうね」

 

「ティファナさんにそう言ってもらえると嬉しいです!」

 

「ふふふっ、ありがとう。そんなマイス君にプレゼントがあるの」

 

 そう言ってティファナはカウンター下をあさりだし、そこから引っ張り出してきた物をマイスの前にだした。

 

「これは……野菜の種ですか!?」

 

「この前欲しがってたでしょう? 仕入れ先の人に種が余っていたりしてないか聞いてみたら、余りの種があって 譲ってもらったの。そんなに数も種類もないけど、よかったら使ってくれないかしら」

 

「本当ですか!? これくらいあれば、育てていけば種はドンドン増やせます! ……えっと、お代は何コールですか?」

 

「お代はいらないわ。さっき言ったとおりこれはプレゼントよ、一人暮らしを始めたマイス君へのお祝いなんだから」

 

 

 ティファナはマイスの手を取りその手に野菜の種の入った袋を乗せ握らせた。

 

「そんな……本当にありがとうございます! 大切に育てますね!」

 

「がんばってね。それと、何か困ったことがあったら遠慮しないで相談しに来ていいのよ?」

 

「はい! でも、ティファナさんも何かあったら言ってくださいね。僕、なんでもしますから!」

 

「そうねぇ、それじゃあその時はお願いしようかしら? よろしくね、マイス君」

 

 そう言いながらマイスの頭を優しく撫でるティファナ。

 撫でられたマイスはといえば 最初は嬉しそうに受け入れていたが、ふと気恥ずかしそうに顔を赤くし、一歩さがった。

 

「ごめんなさいね。嫌だったかしら?」

 

「いえ!? 大丈夫です! そ、それじゃあ、また来ますね」

 

 自分のカゴと貰った種を持ち一度礼をした後、駆け足で店を出るマイス。それを見ながらティファナは「あらあら」と微笑んで見送る。

 

 

 

 なお、入り浸り男三人は――

 

「身長か!?身長なのかっ!?」

「いや!年齢だろう!違いない!」

「ティファナちゃんの優しさの…全てが溢れ出ていた……」

 

「「「う、うらやましい…!」」」

 

 ――今日も彼らはひそやかに賑やかだった。




マイスがほとんど子供扱い。仕方ないね、かわいいから。


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マイス「モコモコ一人旅」






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、特殊タグ追加、句読点、行間……


 ところどころ灯りは灯っているものの基本的に薄暗い洞窟、ここは『アーランド国有鉱山』。

 

 『アーランド国有鉱山』は、街から徒歩3日でたどり着くその名の通りの鉱山で、今でこそ随分と寂れてしまっているけど、昔は街で使われる金属の全てがここで採れる鉱石で作られていたそうだ。

 

 

 「徒歩3日」というと、その間、家の畑はどうなっているかと思うかもしれないが問題は無い。

 

 ずっと作物を作り続けていると土も疲れるものなので、家を出る前に全て収穫し、今は何も育てずに休ませているのだ。

 まあ本当はまだそんなに長く休ませる必要は無かったんだけど、世話が出来ずに枯らしてしまうわけにもいかなかったので仕方ない。せめて水を撒いてくれる()()がいるか、雨が降る日がわかっていればよかったのだけど……。

 

 

 それと、()の僕は「徒歩3日」もかからずにここまで移動している。

 街を出て生活する計画をたてた際に気にした『変身ベルト』だけど、記憶通りに効果を発揮することができ、()僕はもう一つの姿―――シアレンスでは『モコモコ』と呼ばれるモンスターの姿―――になっている。

 

 身長1メートルにも全然とどかない小さな体のモコモコの姿なんだけど、その身長ゆえに人の姿の時より歩幅は短い割に実は移動速度は速かったりする。

 それはモコモコの姿になると、よくわからないが人の姿の時より筋力とスタミナがあるようで、瞬発力もあるのだが全速力とまではいかないけどかなりのスピードで長時間走ることもできるのだ。

 そのうえ、小さな体も「人では通れない道でも通れる」、「小回りが利くからモンスターも難なくかわせる」という利点があり、それらを活かすことで移動時間を短縮できる。

 ……もちろん、スタミナがあるとは言っても十分疲れはするんだけどね?

 

 

 

「おっ、これなんかも良さそうかな?」

 

 只今モコモコの姿で鉱石の採取中。人では取れない場所まで探せるので便利だ。

 

 シアレンスに居た頃には見たことの無い鉱石ばかりで、どれがどういったものなのか把握はできていないけど、結構良い集まり具合だと思う。

 鉱石以外にも見たことの無い使えそうなものもあり、手持ちがイッパイになるまで採取する。

 

 

 

 

 

 そろそろ帰ろうとモンスターを避けながら外を目指していると、話し声が聞こえてきた。

 

「いないみたい……」

 

「んじゃあ、もっと奥に行ったんじゃね?」

 

 洞窟内で声が反響して 正確に声のする方向まではわからないが、この声はロロナさ……ロロナとイクセルさんだ。

 「奥に行った」あたりから察するに、おそらくは鉱山の入り口付近にいるのだろう。

 

「えぇ!? 奥に!? マイス君、モンスターにやられちゃうよ!」

 

「つい先日、彼は強くてそこらのモンスターは一発で倒してしまう と自慢げに話していたのは、君じゃなかったか……?」

 

 あ、ステルクさんもいるみたい。

 というか、僕を探しに来ているのかな? どうしたんだろう?

 それと、ロロナは僕のことを「強い」と認識しているのか「弱い」と認識しているのか、どっちなんだ。

 

「先輩も先輩だ。「『アーランド国有鉱山』に行くならついでにマイス君の様子も見てきて、大丈夫だろうけど……たぶん」などと言って。心配になるくらいなら最初から一人で行かせなければいいだろうに」

 

「ロロナ、いい加減落ち着いたらどうだ? アイツもそんな無茶して突き進むような奴じゃないから大丈夫だって」

 

「でもでも、マイス君って抜けてるところがあるから、もしかしたらモンスターから逃げようとして逆にモンスターの巣に突っ込んで行っちゃったり、採取しようとして足滑らせて谷底に落ちちゃったり……!?」

 

「どんだけマイナス思考なんだよ。ていうか、お前に「抜けてる」なんて言われるのは相当だぞ」

 

 

 なるほど、「探索に行くときはココに言いに来て!」とエスティさんに言われていたから行ったんだけど、その後ロロナたちが来て、エスティさんにお願いされたのだろう。

 

 さて事情もわかったので、ここで人の姿になり出ていけばいいような気もする……んだけど、()()()()()()()

 

 それはモコモコの体が小さいことが原因で、普段使っているカゴといったものはモコモコの体には大きくて持ち運び辛く、カゴの代わりに小型のポーチで鉱石等を採取しているのだ。

 そして、普段使っている双剣『ショートダガー』も使えないので持ってこれていない。

 

 

 なので、もし今の状況で人の姿になってロロナたちの前に出た場合――

 

「マイス君、なんで武器持ってないの!?」

「お前 何考えてるんだ!?」

「武器を持たずに探索に出るとは、君は正気か!!」

 

 ――そんなことになったら確実に街の外に出してもらえなくなるよね……。

 

 

 そんなわけで、みんなに見つからないようにしないといけないのだけど、ここを出ようにも鉱山の出入り口付近にロロナたちがいて出れないので選択肢は限られてくる。

 

コツッ コツッコツッ  コツッ  コツッ コツッ

 

 何人かの足音が大きくなってきて、近づいてきているのがわかる。

 見つからないようにするため、岩陰に隠れ 体を丸め様子をみることにする。というか、それ以外思いつかなかった。

 

「それにしても、本当にいないな」

 

「この先にも人気は無さそうだな……。もしかしたら既に帰ったのかもしれないな。」

 

 コツッ カツン  コツッコツッ  コツッ コツッ 

 

「えっ?それってどういう…?」

 

「彼は我々よりも一日近く前に出たらしいからな。入り口付近でのみ採取をし帰ったとすれば、どこかですれ違ってしまった可能性が十分にある。」

 

「なるほど、確かに俺たちはロロナの道草に付き合ったりもしてたからな」

 

コツッコツッ コツッ  コツッ コツッコツッ

 

「このあたりも見たところ 人が通った形跡もないようだ。ほぼ間違いないとは思う」

 

「でも、この先にある採取場所にも用がありますから!そこにもいないか探しましょう!」

 

「まあ用があるなら当然行くけどよ。俺としてはここらへんは食材が「何かのタマゴ」しかないから あんまりやる気でないんだよなぁ」

 

コツッ コツッ コツッコツッ   コツッ コツッ

 通り過ぎだんだんと離れていく話し声と足音。

 岩陰で息を潜め外に出るタイミングをはかり、そろーりと一歩、岩陰から外のほうへと足を出した。

 

 

「何者だ!!」

 

「モコッ!?」

 

 

 もう20m以上離れていたステルクさんが いきなり振り返って抜刀し叫んだ。

 それに驚き、ついモコモコの姿の()()()が出てしまった。これで隠れきることはできなくなってしまった。つまり――

 

モ、モッコー(逃げるしかないー)!?」

 

「待てぃっ!!」

 

 待つわけがないよっ!?

 

 モンスターはサーチ&デストロイであることがここでの常識であることは知っている。

 『タミタヤ』の魔法のかかっている武器で襲われるならまだしも、いくらなんでも無理だっ!

 

 全力疾走で逃げる、それしかない。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「モコモココーーーー!!」

 

 何やら少し気の抜ける鳴き声をあげて一目散に逃げていく小型モンスター。

 その声と小さな足音はたちまち遠退き、聞こえなくなった。

 

「……なんだったんだ?今のちっちさいの」

 

「さぁ…? 私もわかんない……」

 

「見たことの無い種類のモンスターだった……もしかすると新種かもしれないな。王宮にも報告しなければならん」

 

 よくわからなかったが、何をされたわけでもないので「なんかわかんないけど、別にいいか」ということになった。

 

 

 

 

 

「そういえば、新種を見つけたらその名前をつけたりできるんですか?」

 

「何を考えているかと思えば、そんなことを……」



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リオネラ「街はずれのお家の」

 原作にいない人物がいるのだから、原作改変は当然のようにおきます。ご了承ください。






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


昼下がりの街。大通りからは外れた路地に少女はいた。

 

 

 

―――――――――

 

***中央通り・脇道***

 

 

 

 

「うぅ……、どう、しよう……」

 

 

 私の泣き言に、そばにいる黒猫と虎猫のふたりの人形が言葉を返してくる。

 

「どうしようも何も、探すしかないだろ」

 

「そうだけど、広場から歩いて行ったところ全部見て回ったけど 何処にもなかったじゃない。それに昨日の朝から何も食べれてないからリオネラが少しフラフラしてきちゃってるわよ、何とかしないと」

 

「とは言ってもよ、宿で休んだりメシ食ったりもできねぇじゃんか。……堂々巡りだな、こりゃ」

 

 そう私は今、空腹で、その上 宿から追い出されている。

 理由は昨日サイフを落としてしまったから。

 

 私は大道芸人をしているのだけど、昨日広場で人形劇を披露していた時、大勢の観客とその歓声に驚いてしまい おひねりも貰い忘れて逃げ出してしまった。

 それに、どのタイミングでかはわからないけどサイフを落としてしまって無一文になって……。

 

 

「ごめんね……ホロホロ、アラーニャ、私のせいで」

 

「リオネラの失敗に振り回されんのは初めてじゃねぇからな、そんなに気にすんなよ」

 

「その言い方はどうかと思うけど……とにかく今は現状の打開を――」

 

 人形劇で一からお金を集める……というのはとても無理。万全の状態じゃない今では間違いなく劇中に失敗をしてしまう。

 

 

 とにかく、ここでじっとしていても何も始まらない。そう思って歩きだしたのだけど――

 

「きゃっ!」

 

「あっ!?」 

 

 ――曲がり角で誰かとぶつかってしまって尻餅をついてしまった。

 

 

「ごっごめんなさ あっ……!」

 

 突然のことに驚きながら、反射的に謝りながら立ち上がろうとしたけど空腹からか思うように力が入らず、後ろ向きに倒れかかった。

 すると、倒れそうになっている私の手を誰かが掴み、引き止めてくれた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 その人は私よりも少し背の低い金髪の少年だった。

 

 見たことの無い様式の服装が印象的なその子は、私の手を掴んでいた手とは逆の手……その手にはカゴを持っていたけどそれを地面に置いて、私のもう一方の手を持った。

 最初はなんなのかと思ってけど、その子の「立てますか?」という問いかけで、この子は私が立ち上がるのを手伝おうとしているのだとわかった。

 

 

「あっ……ありがとう」

 

「いえ。……ぶつかってごめんなさい。ちょっとボケッとしちゃってて」

 

「そ、それはっ私もだから」

 

 頭を下げて謝ってくる少年に私は困ってしまう。

 どうしよう……!? ぶつかったのは私も悪いのだからお互いさまなのだけど、そう伝えようにも上手く言葉が出ないよ……っ。

 

 人と面と向かって話すのは極珍しく、その緊張などといったプレッシャーがより口の動きを鈍らせる。

 

 こんなときはホロホロかアラーニャに助け船を出してほしいのだけど……

 

 

ぐゅうぅぅ~……

 

 

 助け船でも何でもない腹の虫の鳴き声が響いた……もちろん恥ずかしいことに私のお腹から。

 

「もしかして……?」

 

「え……あっ、うぅー……」

 

 恥ずかしさで先程以上に言葉が詰まってしまう。

 そして、見なくてもわかる。顔はとんでもなく赤くなっていて 湯気も出ているかもしれない。

 

 

「そうだ!よかったら来てください!!」

 

「ええっ!?」

 

 そう言ってその子は私の手を取り走り出した。

 「よかったら」と言ったはずなのに握る手は緩みそうもなくって、こけないように頑張ってついていくしかなかった。

 

 

 そして、その子と私(その二人)を追う影がふたり

 人前では喋らないようにしているふたり、浮いて喋るネコの人形ホロホロとアラーニャ。

 

「急がねぇとマズイだろ! オレたちはともかくとしても、リオネラがさすがにまだ駄目だろ」

 

「当然でしょ! ……それにしても、あの男の子、いきなりどうしたのかしら

 

 ふたりが、手を引っ張られている私の1mほど後ろをフワフワとついてきてるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 

「…………」

 

「で、どうしてこうなったんだ?」

 

「さあ?」

 

 ソファーに座る私、そしてその両脇には黒猫・虎猫の人形ホロホロとアラーニャ。

 

 男の子に手を引かれるままについていったところ たどり着いたのは街の外の街道から少し外れたところにあった一軒の家だった。

 その家の中に招き入れられ「座って待っててね」と真新しいソファーを勧められ、現在に至る。

 

 そして、ことの原因である男の子はといえば、大きな部屋を仕切るようにある階段の向こう側に行ってしまって何をしているのかはわからない。

 

 

「それと……ちょっと小せぇけどアレって『()()()()』だよな?」

 

 この家で驚いたことはいくつかあるけど、一番驚いたのはホロホロも言ってる小さい『ウォルフ』。階段脇に置かれた毛布の塊の上で、まるくなって寝ている。

 『ウォルフ』は色々なところで見かけられる狼モンスターだけど、なぜか家の中でスヤスヤ寝てる。

 

「大丈夫よ、リオネラ。あれはヌイグルミだから……たぶん」

 

クゥ……クゥ……

 

「寝息が……」

 

「聞こえるよなぁ」

 

 それに、この部屋に入る時私たちを一度見てきたのをしっかりと覚えている。

 あれは本物。……でもなんで?

 

 

「お待たせしましたー!」

 

 そうこう考えているうちに あの男の子が戻ってきた。

 その手には何かが乗った大きめのお皿が2つ、それらをソファーの前に置かれたテーブルに置いた。

 片方には『サンドウィッチ』が、もう片方には見たことの無い()()()()()()()()()()()()()が積まれていた。

 

 男の子は新しいお皿とおしぼりを持ってきて、テーブルの私の目の前の部分に置いていった。

 

「どうぞ召し上がれ!飲み物もすぐに出しますから」

 

 と言って、また階段の向こう側へと行った。

 

 

「……ええっと、つまりあの子はリオネラにゴハンを食べさせてあげようと思ってココまで連れてきたってことかしら?」

 

「そうなんじゃねぇか? よくわかんねぇけどよ」

 

「えっと……どどどうしたら……!?」

 

「とりあえず、おしぼりで手を拭いてから……無難にいくなら『サンドウィッチ』、冒険するなら()()()()()()を食えばいいだろうな」

 

「んー、私もせっかくだし食べることをお勧めするわ。あの子が何か悪い事考えてるようにも見えなかったし」

 

 そう言われてもまだ迷ったけど、お腹が正直に声をあげてしまい我慢できなくて、食べることにした。

 もちろん、『サンドウィッチ』の方を。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

「へぇ、この白いのは『ちゅうかまん』っていうのか」

 

「どう? リオネラ」

 

「柔らかくて……中があったかい」

 

「ここには無い料理だったんだ……。とりあえず、気に入ってもらえたみたいで嬉しいです!」

 

 大道芸人として旅をしているけれど、初めて聞く食べ物に驚きつつもその未知の味を堪能した。

 

 

「それにしても、アナタには驚かされてばかりね。そのウォルフは保護してるだなんて」

 

「だよなぁ、こんなとこに住んでるってだけで驚きなのにな」

 

 そう、部屋にいる小さな『ウォルフ』は保護しているのだという。

 なんでも、大怪我をしているところを見つけてしまい 子供のようだけど親が見当たらず、あやめるのも見捨てるのも気が引けたため 怪我が治るまで保護しているそうだ。

 確かによく見てみれば前脚などに包帯が巻かれている。

 

 

「あの……」

 

「はい! どうしましたか?」

 

「襲われたり、しないの……?」

 

「人と同じでモンスターにもいろんな子がいるんです。この子みたいに人とわざわざ争いたくない子とかも……とは言っても、そういう子は人が通る道とかには出てこないから、まず出会わないみたいだけどね」

 

 そう言う男の子は、少し悲しそうに微笑んだ。

 私はなんでそんな顔をするのかわからなかったけど、その理由を聞くことはできなかった。

 

「……アナタって、優しいわね」

 

 アラーニャは何か察したかのように言い、ホロホロも「すぎるぐらいだろ」と呟いていた。

 なんだろう、ふたりの言葉に同意できるんだけど……でも、「どうして」という疑問が湧き上がってくるばかりで少しモヤモヤした……。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、オレたちは街に戻るぜ」

 

 食べ終わりひと息ついた私たちは、玄関先で男の子に見送られる

 

 

「あ、ぁりがとう……」

 

「どういたしまして! よかったらこれも持っていってください」

 

 そう言って手渡してきたのは小型のカゴ、その中にはいくつかのパンが入っていた。そのパンからはわずかながら甘い匂いが漂ってきていた。

 

「いいのかしら? もらっちゃって」

 

 アラーニャの問いかけに対し頷く男の子。

 

「はい、こんなところまで連れて来ちゃった迷惑料みたいなものですから」

 

「リオネラにメシ食わせてくれただけで十分な気もするけどなぁ……」

 

 

 そんな中、私は最初のほうから気になっていたことを尋ねた。

 

「あの……どうしてこんなに親切にしてくれるの?」

 

「えっ?」

 

 なぜか男の子は予想外そうに驚き、そしてなんだか申し訳なさそうに視線をそらした。

 

「実は、この庭先の畑で育ててる作物がうまくできて嬉しくて……、ぜひ誰かに食べてもらいたいなって思ってたら」

 

「そこで偶然にも腹を空かせたリオネラに会っちまったってことか。なんつうか、思いつきで動いてるんだな、オマエは」

 

「あはははは……」

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 街道を歩いている最中……。

 あともう少しで街に帰り着くそんな時、ふとアラーニャが呟いてきた。

 

「変わった子だったわね。変にまっすぐで、私たちにも驚かないで、モンスターにも優しくて…」

 

「……良い子、だと思うよ?」

 

 数時間のつきあいだけど、あの子からは裏表が感じられなかった。気が付かないうちに警戒や緊張が解けてしまうほどに……。

 

 

「そういや貰ったパンだけどよ。ぜってえオレたちも入れた人数分だぜ、これ」

 

 確かに、改めて見るとパンの量は私の一食分以上にある。おそらくそれなりに日持ちはするのだろうが、アラーニャとホロホロはゴハンを食べられないし どうしよう……。

 

「あら? カゴの端っこに何か入ってるわよ?」

 

「ほんとだ……」

 

 言われて 折りたたまれた紙が入っていることに気づき、取り出してみると――

 

 

チャリン

 

 

 折りたたまれた紙の中から わずかにだか金属同士がぶつかり合った音がした。

 

「これって、もしかして……お金?」

 

「もしかしてじゃないな。わざわざ紙を折りたたんでお金を入れたのを間違えて入れたりするバカはいねぇから、わざとだろうな」

 

「か、返さないとっ!」

 

 私は振り返って、走り出そうとするけれどホロホロに呼び止められる。

 

「オイオイ。今からもう一回あそこに言ってたら日が暮れちまって 逆にアイツに迷惑かけちまうぜ」

 

「そうね、とりあえず今は素直に受け取っておいて、また後で返しにいけばいいわ。お金が無くて困ってたのは事実だからね」

 

 

 少し考えたけど、やっぱりホロホロとアラーニャの言うとおり今は受け取っておいて、後日人形劇で稼いだお金で返すべきなのだろうと思い直し 再び街に向けて歩き出した。

 

 あの家ではなくても 街にもよく来ているようだったので返せる機会はいくらでもあるだろう。

 

 

 そう思ったけど、ここであることを思い出した。

 

「名前……」

 

「そういえば聞いてなかったわね」

 

「まあ、また会うんだし、そん時に聞けばいいだろ」

 

 

 

 外と街を区切る大きな門をくぐり街へと入り、宿に戻り、男の子からのお金をありがたく使わせてもらった。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 次の日、街の中でピンク色の服を着た女の子に声をかけられた

 その女の子は私のサイフを拾いそれを届けに来てくれた。

 

 錬金術士のロロナちゃん、その子を通じてまた男の子と会うこととなるのだけど、それは少し後のお話……




 甘い匂いのするパンは ジャムパン。何ジャムなのか……


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マイス「お祭りが一年に一回しかないなんて」






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


***王宮受付***

 

 

 

 

 

「『おうこくさい』ですか?」

 

「一年の終わりにあるお祭りでね、数日間にわたってお店が出たりイベントがあったりするの」

 

 王宮受付でエスティさんに依頼を見せてもらっていると「そういえば」と『王国祭』というものが毎年あることを教えてくれた。

 

「それでね、今の時期からその準備とかで街も結構活気づくの。でもって、私たち王宮勤めの人はみんなこれから働き詰めで、毎年大変なのよー」

 

「街の一大イベントとなると、やっぱり何か月も前から準備が必要なんですね…。僕に手伝えることはないですか?」

 

 そう問いかけると、「待ってました!」と言わんばかりに嬉しそうに微笑むエスティさん。

 

 

「マイス君ならそう言ってくれると思ったわ! それでね、お花が沢山ほしいの」

 

「花をですか?」

 

「街の飾り付けとか花冠なんかに使ったりするんだけどね、そのための花が毎年不足気味なのよ。で、今年はマイス君にも用意してもらおうと思って」

 

 

 エスティさんは普段依頼書を出すところとは別の棚から一枚の紙を出し僕の前のカウンターに置いて こちらへ向けて見せてきた。

 そこに書かれているのは、いつも通り期限等で特に変わりは無い。

 

「ティファナから聞いたわよ、マイス君はお花とかを育てるのが上手だって」

 

「なるほど、それで僕に……。ところで、ティファナさんとはお友達なんですか?」

 

「んー、まあ飲み仲間ってところかしら? それじゃあよろしくね、王国祭の開催よりも結構期限が早いから気をつけてね」

 

「はい! 任せてください!」

 

 

 正式に依頼を受ける手続きを終えて王宮受付を後にした。

 依頼達成のために必要な花の数は多いので種を買い足しておいたほうが良さそうなので、ティファナさんの雑貨屋さんへと向かう。

 

 

 それにしてもお祭りか……

 

 シアレンスでは毎月何かしらのお祭りやイベントがいくつか開催されていたので、年に一度と言われると正直寂しく感じる。

 まあ、おそらくだけど 規模が比べ物にならないくらい大きいのだとは思うけど。

 

 久々のお祭りに僕はいつの間にか足取りが軽やかになっていた。

 二ヶ月近く先のことなのに、今から楽しみでしょうがない。 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***ロウとティファの雑貨店***

 

 

 

 花の種を買うために訪れた雑貨屋さん。

 今日も店内はいつも通りの賑やかさ……じゃない? 何事だろう――

 

 

「やっぱり! お父さんまでなにやってるの!?」

 

「げぇ! ロロナ! ちち、違う。これは違うんだ!!」

 

 

 あれはロロナと……誰だろう、初めて見る人だ。

 けど、ロロナが「お父さん」って言ってたからロロナの父親なんだろう。言われてみれば髪の毛の色なんかは似ているかも。

 

 それにしても、こんなに言い合って……いや、正確にはロロナの方が勢いよく一方的に言っているだけみたいだけど、いったいどうしたんだろう?

 

「信じられない…お母さんに言いつけるからね!」

 

 そう言ってロロナは店の外へと出ようとする。つまり、入ってきたばかりの僕の方へと来たのだ。

 ロロナは一瞬驚いたかと思えば()()()()()()()()()()()。当然、手を掴まれている僕も店の外に出てしまうわけで……って、なんで!?

 

「ま、待ってくれ! 誤解なんだ! ロロナー! ……あと、その子は誰だー!」

 

「ああ、救世主が!」

「我らを見捨てるのか! 待ってくれー!」

 

 店内からのロロナの父親の悲痛な叫び声と常連さんらしき人の声を聞きながら、ロロナに手を引かれるままに小走りでついて行ってしまう。

 

「ええっと、お店に買い物しに行かなくちゃいけないんだけど……」

 

「ダメだよ! あんなところに行ったら!」

 

「あんなところって……ティファナさん優しくていい人ですよ?」

 

「そっそれはそうなんだけどー……とにかく、今は行っちゃダメ!! マイス君に()()()()()()がうつっちゃうよ!」

 

 よくわからないけど拒否された。何がロロナをここまでにするんだろう?

 

 

 

 どうすることもできずそのままロロナについていくと、街中の一軒の建物にたどりついた。

 ロロナはそこにノックをすることもせずに勢いよく扉を開け、僕を引き連れたまま中へと入っていく。

 

「お母さん!!」

 

「あらロロナ、突然帰ってくるなんて珍しいわね」

 

 進んだ先、建物の中の一室にいたのはロロナに「お母さん」と呼ばれる女性、なるほど、ここはロロナの実家なのだろう。

 確か、元々アストリッドさんのもとで働くようになってから実家を出てアトリエに住み込みで働くようになった、って聞いた憶えがある。

 

「あら、ここにお友達を連れてくるなんて久しぶりじゃない? もしかしてボーイフレンド?」

 

 僕を見つけたロロナの母親は楽しそうに笑い、ロロナに問いかける。

 

「ち、違うよっ! マイス君はそういうのじゃなくて……というか今日はそういうことを言いに来たんじゃ…」

 

「こんにちはー、うちのロロナが迷惑かけたりしてないかしら?」

 

「いえ、そんなことは……むしろ僕が街の外で助けてもらってます」

 

「そうなの? あのロロナがねぇ……ふふっ世の中わからないものね」

 

 僕も普通に受け答えしちゃったけど、この人ロロナの話を聞いてなくて普通にのほほんと話しだしたよ…。

 

 

「そうじゃなくて! マイス君は証人で呼んだんだよ!」

 

「証人……? いったい何のかしら?」

 

 一生懸命に言うロロナと、それに対してのんびりと返すロロナの母親。

 

 

 

「お父さんが……お父さんがティファナさんのお店に入り浸ってたの!!」

 

 

 

「なんですって……!?」

 

 先程までの空気はどこへいったのやら。

 

「それは……本当なのかしら?」

 

 ロロナの母親は確認するように僕にも聞いてきた。

 有無を言わせない謎の圧力、そんな状況では嘘など言えず真実を言うしかない。もとから嘘を言う理由なんて無いのだけども。

 

「僕は途中からしかいなかったから、よくわかりません……。もしかしたら、ただ単に買い物に来ていただけかも……」

 

「……そうね、一度本人にじっくり聞かないと」

 

 その時、扉が勢いよく開き、話の中心人物が飛び込んできた。

 

「ロロナぁ!! あれは誤解で! それと、さっきの子……は……」

 

ねぇ?

 

 ロロナの母親とロロナから物凄い視線を向けられ固まるロロナの父親。

 

 僕はこれ以上この空気の中にはいられないと思い、ロロナとその母親に頭を下げて礼をしてからその場をあとにした。

 

 

 

――――――

 

 

 

 その後、改めて雑貨屋さんに種を買いに行くと

 

「新たな救世主が来た!」

「これでいける!!」

「この時をどれほど待ったか…」

 

 などといった言葉が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだと思う。

 

 ティファナさんを呼んで花の種を買い、エスティさんとの関係などのお話をして家に帰った。



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マイス「モコモコ一人旅……えっ」






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


***旅人の街道***

 

 

 

 

 晴れ渡る青い空。街道脇をモコモコの姿でタッタカ走る。

 

 街道とは言っても家のすぐそばの街道ではない、アーランドの北にのびる『旅人の街道』と呼ばれる場所だ。

 

 その名の通り、旅人などが使う街道なんだけど、大きな道から少しそれると入り組んだ小道が続いていて様々な地域へと繋がっていることがわかる。

 ただ、小道にはモンスターや盗賊なんかがいたりするので少々危険ではある。

 

 あと、盗賊がモンスターに分類されている図鑑をみかけて、この世界の容赦の無さを感じた。さすがに捕らえるだけだとは思うけど……うん、深くは考えないようにしよう。

 

 

「これは『ミルクの樹液』、こっちは……『雲綿花』だったっけ?」

 

 それにしても、不思議なものだ。

 家の近くの街道と気候はほぼ同じなんだけど、生息している動植物や採れる鉱物がここまで大きく異なっているとは。おかげで見たことの無いモノが沢山だ。

 

 図鑑を手に入れてある程度素材について勉強していた僕は、家の畑で使えそうなもの、その他道具作り等に使えそうなものなどを見て確かめたのち、厳選して自分のポーチの中に入れる。

 モコモコの姿なので、今回もカゴではなく小型のポーチを使っている。だから入る数が限られるので、厳選して数を減らさなければならないのだ。

 

 

「ん? あの実は……」

 

 木を見上げると、頭上に金色の実が生っていた。

 持ち前の身体能力で木をよじ登り、持って降りれそうには無かったので 実を3個落としてから自分も木から降りた。

 

「この実、形なんかは『リンゴ』に似てるけど。図鑑に書いていたような気もするんだけど思い出せない……」

 

 木から落とした内の2個を全部ポーチに詰め込み、木の根元に座り 残りの1個を手に取ってじっくりと見てみる。

 見た目は色は違えどやっぱり『リンゴ』の形で、ほのかに香る匂いもほぼリンゴだ。

 

 見ても、嗅いでも どういうものかわからないなら、他に確かめる方法はひとつ。

 

「……食べてみるか」

 

 毒は無いとは思うけど、薬などの解毒できるものは今持っていないので、念を入れて かじるのはほんの少しだけにしておく。

 シャリっと これまた『リンゴ』と同じような食感だけど……

 

「ーー!? ケホッ、ケホッ! モ、モコー……」

 

 なんだろコレ……? 『リンゴ』とは似ても似つかない強い酸味だ。とてもじゃないけど、食べられたものじゃない。

 もし、ほんの少しではなく 口いっぱいにかじりついていたら、地面を転がってもだえ苦しんでいたかもしれない。

 

(あぁ、まだ口の中がすっぱい……)

 

 

 

――――――

 

 

 このときマイスは気づいていなかった。

 強烈な酸味に驚いていたからなのか、ただ単に気が緩んでいたのか……。

 理由はわからないが気づけなかったのだ。

 

 人がすぐそばまで近づいてきていることに

 

 

――――――

 

 

 

「つっかまっえたー!!」

 

「モッコー!?」

 

 

 それは完全な不意打ちだった。

 1メートルにも満たない小さなモコモコの身体を 両手で、というより両腕を使ってまるで抱きかかえるかのように捕らえてきたのだ。凄くガッチリと。

 

「モ、モコッ!?」

 

「こーら、暴れないでってば!」

 

 そんなこと言われても、サーチ&デストロイのデストロイ部分を受けたくないからコッチは必死なんだっ!

 

 

「ちょ!? ひとりで何勝手につっこんでるのよ!」

 

「ロロナちゃん…だ、大丈夫?」

 

「あっ! くーちゃん、りおちゃん! この子だよ!この前、見つけた新種のモンスター!」

 

 あああぁ!他の人も来ちゃった!! ……って、()()

 

 少し冷静さを取り戻し よくよく確認してみると、全員僕の知った顔だった。

 僕を捕まえて抱きかかえているのがロロナで、その後ろの木の陰の方からクーデリアと この前会ったリオネラさん。リオネラさんってロロナの知り合いのだったのかな。

 

 まあ、知った顔だからって危機的状況なことには変わりないかな……

 

 

「何が「この前、見つけた新種のモンスター!」よ! 不用意に近づいたら危ないじぁない!!」

 

コツン!!

 

「いたぃ! 痛いよ、くーちゃん……そんな叩かなくても」

 

「ええっと……」

 

「何おろおろしてるんだよリオネラ」

「まあ、確かにどうしたらいいか わからないけど」

 

 クーデリアがロロナを叱り、リオネラさんは二人の間で固まって、ホロホロとアラーニャがそれを見てため息をつく。

 そして僕はロロナにガッチリ抱き締められていて逃げられない。

 僕こそ、本当にどうしたらいいんだ……。

 

 

 

「ふぅ……で? ソイツから何か錬金術に使える珍しいモノでもとれるの?」

 

 ひとしきり叱って気が済んだようで、クーデリアがロロナ聞いたのだけど……内容が物騒に聞こえてくるのは僕だけだろうか?

 

「違うよー。そうじゃなくてね……あっでもこの金色の毛を使えば『モフコット』よりも良い布が作れそうかも」

 

モコモコー(お願いですから止めて下さい)……」

 

 さすがにオレンジの皮を剥ぐようにベリベリと剥いだりしないとは思うけど、この『金のモコ毛』を『毛がりバサミ』でかられるのも できれば遠慮したい。

 ……剥いだりしないよね?しませんよね? ねぇ……?

 

 

「ろ、ロロナちゃん。その子、凄く怖がってる……」

 

「確かにそうかも。ソイツ震えてるわね」

 

「えへへ。ごめんねー、大丈夫だよー」

 

 そう言いながらロロナはその場に腰を下ろし、僕を膝に座らせるようにして頭をなでてきた。

 

「モコ……」

 

 ああ、そういえばシアレンスに居た頃もこうやって なでられたりしてたな……

 

 

 その感触に懐かしさを感じていたが、ふと気が付いた。

 

 

 あれ? 今なら逃げられそうじゃないかな……?

 

 

 僕を捕まえているロロナは僕をなででいるから片手だけで捕まえているので、そう無理も無く抜け出せそうだ。

 そして、クーデリアとリオネラさんたちもロロナのそばに腰を下ろしていて、とっさの行動は難しいだろう。

 なら、様子を見て――

 

「……で、あんたののんびりした空気に流されたけど、結局何のためにソイツを捕まえたの?」

 

 ――あっ、確かにそれは気になる。逃げるのは理由を聞いてからにしようかな。

 

「それはね、新種のモンスターの名付け親になるためなんだ!」

 

モコッ(えっ)?」

 

「新種の名前ねぇ……ロロナらしいというか何というか」

 

 見つけた人が付けられるのだろか。

 仮に名前を付けたとしても同種はいなくて僕しかいないわけだから、あんまり必要性が無くて意味がないような気もするけど……

 

 

「だから、特徴か何かで決めたいんだけど……」

 

 

「んー、大きさはオレたちと同じか少し大きいくらいだな」

「あとはこの目につく金色の毛ね」

 

 ホロホロとアラーニャもけっこう乗り気みたいだ。

 確かに、ふたりと大きさや頭身とかは近いかも。まあ人と比べたら当然のことなんだけども。

 

 

「……プルプル震えてるから、えっと、そんな感じの名前でどうかな……?」

 

 ごめんなさい、リオネラさん。もう今震えてないからわかるとは思うけど、いつも震えてるわけじゃないんだよ?

 それに「プルプル」みたいな名前になると、どっちかというと『ぷに系』っぽくなってしまうんじゃないかな。

 

 

「モコモコ鳴くから、そういうのでいいんじゃない?見た目の毛の感じもそうだし」

 

 クーデリア本人はてきとうに言ってるつもりかもしれないけど、正解を言ってます。

 なお、鳴き声については、モコモコの鳴き声はみんなこうだし、この姿だと 僕も意識して喋ろうと思わない限りモコモコ喋りになる。

 

 

「うーん……みんなの意見をまとめて考えると……?」

 

 

 あごに指をあてて真剣に悩みだすロロナ。

 そこで、拘束が完全に緩んでいることを確認し……

 

「モコー!」

 

 全力疾走でその場から逃げ出した。

 後ろからロロナたちの声が聞こえてきたけど、気にせず走る。

 

 

 ……どんな名前を付けるのかは、ちょっと気になるけどね。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 不意打ちなタイミングなうえ、あまりにも走るスピードが速かったため、追いかけるのははじめから諦めていたロロナたち。

 ロロナは涙目になりながら残念そうに顔を歪めている。

 

「うわーん、逃げられちゃったよー!」

 

 

「げ、元気出して」

 

「つーか、よく大人しくしてたよな、アイツ」

「たしかにそうね……」

 

 ロロナを慰めようとするリオネラと 金毛のモンスターの感想を言い合うホロホロとアラーニャ。

 

 

「ぐすん……あの子『アーランド国有鉱山』で見たとき、ずっと隠れてたみたいで、ステルクさんに見つかったらすぐに逃げ出してたから、きっと大人しくて臆病な子なんだと思う」

 

 

 こぼれた涙を手で拭いながら言うロロナに、今度はクーデリアが言葉をかける。

 

「そんなに泣かなくてもいいじゃない。それと、そのときもポーチをしょってたの?」

 

「えっ、どうだろ……? 鉱山が薄暗かったからしっかり見れてなくて わかんない。……そういえば抱っこした時に気づいたけど、結構ポーチ膨らんでたなぁ。何が入ってたんだろ?」

 

「そっ。ポーチをどうやって手に入れたかはわからないけど、人と同じものを扱えるくらいには頭が良いモンスターってことかしらね」

 

 

 そんな話をしながら、ロロナたちは本来の目的である 錬金術の素材集めに戻った。

 



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マイス「やってみよう!」

 マイス君がやっちゃう回。捏造設定、ご都合主義あります。



 先日発売されたアトリエ最新作「ソフィーのアトリエ」、私は今日買う予定です。







※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……



***マイスの家前・畑***

 

 

 

「ふう、こんなところかな」

 

 日課の水やりを終え、目の前に広がる畑を見渡しながら呟く。

 

 畑の大部分に王国祭用に頼まれた数種類の花が植わっており、あと2,3日もすれば綺麗に花を咲かせるだろう。

 残りのスペースに普段食したりするための『ジャガイモ』、『ニンジン』、『ホウレン草』、『カブ』、『森キャベツ』といった作物を育てている。こちらも少しばらつきはあるが4~6日ほどで収穫できそうだ。

 

そして、先日手に入れたすっぱいリンゴ――『サワーアップル』は火をとおせば食べられるそうなので、種を畑から少し離れた場所に植えてみた。果物の樹を育てるのは初めてなので色々不安だけど、同時に楽しみでもある。

 

 

 日課としてやるべきことを一通りやり終えた僕は、家の玄関から入って右の作業場へと行く。

 

 作業場には、薬の製作用の『薬学台』と、鍛冶仕事用の『炉』と『鍛冶台』がある。

 それらは この家に初めて来たときからあったものだが、そのときとは違い、今はホコリを被っていたり汚れていて使えない状態ではなく、しっかりと掃除されている。

 

 

 

 そして、『薬学台』や『鍛冶台』があっても十分すぎるほどスペースのあったこの部屋に、前までこの部屋に無かったものが新たに置かれていた。

 

 

 

 そう()()()()、『錬金術』のための釜だ。

 

 

 

――――――

 

 

 最初はささいな欲求からだった。

 

 「もっといろんな種類の作物を育ててみたい」

 

 本来の目的である『空間にルーンを満たす』は、農作業によって発生する『ルーン』を利用するだけなので、育てやすい作物をとにかく育てるだけでいい。

 しかし、やはり沢山の種類を育てたい・知らない作物を育てたいと思ってしまうのは「人の性」いや「農業者の性」なのだ。

 

 

 そして、いざ新しい作物を……と思って行動を起こそうとしてもそうはいかなかった。

 

 種が無かった。

 ティファナさんのおかげでいくらかは種類が増えたけれど、それでも物足りなさがあり満足できなかった。

 

 

 そんな時、僕の頭の中によぎった言葉――

 

「ないものは創るしかない」

 

 新たな作物を作る。例えば「品種改良」。

 すでにある作物から新たな品種を生み出す方法で、『シアレンス』に居た頃育てていた『サクラカブ』は「冬が旬のカブがいつでも育てられるように」と品種改良された春が旬の作物だった。

 

 だけど、残念なことに「品種改良」の専門知識なんて無いし、当然したこともない。

 

 

 「なら無理か」と諦めかけたんだけど、ふと、あることを思いついた。

 

 

 『()()()

 

 

 存在そのものをつい最近知ったばかりであり、もちろん原理も知らないし知識も無い。

 でも、釜に素材を入れていきながらグルグルかき混ぜることでいろんなものを作り出す錬金術は、良くも悪くも「自分にもできそうに見えてしまう」のだ。

 まあ、仮に錬金術が使えたとしても、新しい種類の作物を創ることができるとはかぎらないのだが。

 

 

 とにかくやってみようと思った僕は、街で手ごろな値段の釜を買い、家に持ち帰って設置した。

 当然、設置の仕方も必要そうな物もわからないので、ロロナのアトリエで見たものを思い出せる限り再現することで、錬金術用の設備を自分なりに形にしたのだった。

 

 

――――――

 

***マイスの家・作業場***

 

 

 

 そして 今日、ついに錬金術をしてみようと試みている。

 

「とはいっても、どうしようか……?」

 

 

 錬金術は、ロロナから少し聞いた話とロロナがしているところを眺めたことがあるくらいだ。

 

最初はロロナに色々聞いてみたり教えてもらおうかと思ったけど、王宮からの依頼で大変そうで頼むのは迷惑になりそうなのでやめた。アトリエの存亡がかかっているそうだから、手伝いはしても邪魔はしたくない。

 

 他に錬金術に詳しそうな人といえば、ロロナの師匠のアストリッドさんだけど、あまり会わないうえ、見かけたら見かけたでアトリエで寝ているか ロロナをからかっているかで、ロロナとは別の意味で頼みたくなかった。

 

 

 それで今にいたるのだけど、もう完全に見様見真似、そして直感で混ぜてみることにした。当然、失敗して爆発するかもしれない………それどころか、何も起こらずに変化の無い釜をかき混ぜるだけの虚しい結果になる可能性も十分にある。

 

 

「いや、そもそも何をつくればいいのかな?」

 

 

 モンスター図鑑や植物・鉱物図鑑、料理のレシピ本なんかは読んだりしているけど、錬金術の本は読んだことがないし見かけたことも無いので、初歩なんてわからない。

 つまり、ロロナが作っていたものを思い出して真似てみるか………ぶっつけ本番で何か考えてみるか。

 

 だけど、いきなり何かここには無いものをつくろうと思っても、いきなり想像がつかない。まずはイメージできるものを試してみるべきか。

 

「カブはあるから、そこからサクラカブを……いや、ピンク色にするってだけでもよくわからないや…」

 

 

 いっそのこと難しいことは考えずに最初は≪冬に育たない作物≫を≪寒さに強く≫して≪冬にも栽培できる≫ようにするくらいの考えでいいのかもしれない。

 

 

「≪冬に育たない作物≫は、ティファナさんから貰ったけど植えきれなくて余ってた≪カボチャの種≫でいいとして……≪寒さに強く≫するにはどうすればいいんだろう?」

 

 寒さに強い作物、つまり冬にでも育つ作物を入れればいいのかもしれないが、持ち合せが無いうえに違う植物同士を混ぜたら失敗する未来しか見えない。

 

 ……そういえば、ロロナと探索に行ったときに「もう持てないから」ってくれた『ぷに』ってモンスターの『ぷにぷに玉』って素材、たしか「生きている」っていう特性っていうものがあるって言ってた気がする。

 

 特性というのはロロナから聞いた話だと、素材やアイテムに付いているもので、錬金術などでの調合の時や 実際に使う時に効果が発揮される重要なものだそうだ。

 それは、同じ素材なら必ず付いている特性もあれば 個々に付いていたり付いていなかったりする特性もあるらしい。

 

 詳しくはわからないけど、「生きている」っていうのはつまり「生命力が強い」とも言えなくもない気がする。

 そして、生命力が強ければ寒さも耐えられるかもしれない。()()()()()する素材として『()()()()()』が使えるかもしれない。

 

 

 ……いや、冷静に考えればすぐわかるけど、無理があるよね。

 錬金術がわからないからって半分やけになってしまっているのが自分でもわかる。

 

「まあ ダメでもともと。できなかったり失敗したら諦めて、素直にロロナかアストリッドさんに相談しよう」

 

 

 『鍛冶台』で事前に作っておいた初級に毛が生えた程度の杖『スタッフ』を手に取る。一度深呼吸をした後、錬金釜の中に素材として『カボチャの種』と『ぷにぷに玉』を入れた。

 

 さあ、あとは混ぜるだけのはずだ……!

 

 

 杖で混ぜ始めてそう時間のたたないうちに、杖を持つ手に伝わってくる感覚が変化した。 空の釜を混ぜる感触ではなく、まるで釜の中に水か何かが満たされていて 釜に入っている杖の部分にわずかな抵抗が感じられる気がするのだ。

 

 つまり、成功か失敗かはともかく錬金術自体はできているんじゃないか。そう思い釜の中を見てみると

 

「何、これ……?」

 

 気づかないうちに、窯の中が 水とも淡い光の塊ともとれるような不思議なものに満たされていた。

 

 一瞬手が止まったが、「調合中に混ぜるのをやめたり 集中が切れたりすると爆発するんだー」とロロナが言っていたのを思い出し、必死に杖で混ぜた。

 

「あれ? 爆発しそうなときはどうすれば………」

 

 けっこう大事なことを確認してなかった。

 

 

 

 

 

 どれだけの時間、混ぜただろう。……実はいうほどたっていなかったりする。

 

 窯の中から淡い光が少し漏れたかと思うと、すぐに静まり 杖はまた何もない空間を混ぜる感覚に戻った。

 

 

「できた……のかな?」

 

 杖を釜から完全に出し、釜の中を覗き込んでみると――

 

「ん?」

 

 ――そこには素材とは似ても似つかないモノがあった。人の握りコブシよりも少し小さいくらいの大きさの黄色い(かたまり)だ。

 

 成功した時のイメージは当然 大きいわりに薄いあの普通のカボチャの種で、色が少し変わるくらいかなっと思っていた。 だけどコレはまるで、皮がオレンジのカボチャを そのまま手のひらに収まる大きさにしたような……

 

「……あれ? これってどこかで?」

 

 前に見たことがある……けど、何だったかな?

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ! コレは『アクティブシード』!!」

 

 思い出した。シアレンスで何種類か持っていた不思議な種。

 

 『アクティブシード』、地面に落とすことで急成長し、まるで生き物のように活動しだす植物。

 一見すると植物系モンスターに見えてしまうような種類もあるが、植えた者の言うことを忠実にきき、戦闘に参加したり 農作業の助けをしてくれたりする凄い奴等なのだ。

 

 

「カボチャみたいな種は『ジャックの種』だったかな…? それにしても、なんでアクティブシードが……?」

 

 まだ ちゃんと機能するのかはわからないけど、アーランドでは一度も見たことも聞いたことも無いアクティブシードが作れるなんて。やはり、錬金術は常識から逸脱した技術なのだろうか。

 

「それとも、僕だからか……?」

 

 その答えはいくら考えても、考え付かなかった。

 

 

 とりあえず、今日はもう錬金術を試さずにいよう。新たな作物にについてはまた後でだ。



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ロロナ「男子、何日会わなかったらなんとやら」

 『ソフィーのアトリエ』のんびりとプレイしてます。錬金術の勝手が違ったりして少々苦戦中。







※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


***街道***

 

 

 

「それにしても、『近くの森』に採取に行くなんて久しぶりじゃない」

 

 『近くの森』への街道を歩いている途中、くーちゃんがそんなことを言った。

 

「えっ、そうかな?」

 

 必要な素材を採りに行くって事しか考えてなかったから、特に気にしたことはなかったけど……そういえば久しぶりかも。

 

 

「今日はね、王国依頼で使おうと思ってる『森キャベツ』とか『甘露の枝』を採取しにきたの」

 

「……ちょっと待って。それって普通に店とかに売ってなかった?」

 

「売ってるけど、自分で採ってきたほうが品質が良いものが手に入るから。それに、せっかく料理を納品するなら美味しいほうがいいかなって」

 

 今回の『王国依頼』は「王国祭用の料理の準備」で、できるだけ多くの料理を納品する依頼なんだけど、王国祭に出される料理になるんだからマズイものを出すわけにはいかないよね。

 

 

「それでね、『近くの森』に行く前にマイス君のところに探索に誘おうと思うの」

 

「……二人っきりじゃないのね

 

「くーちゃん、どうかした?」

 

「べ別に! ただ、二人でも十分余裕だけど、あいつの住んでるところを見たことなかったからついでに寄るのもいいかもって思っただけよ!」

 

「あっそっかー! くーちゃん、マイス君の家 初めてだっけ。って、私もまだ二回目なんだけどね」

 

 マイス君が住むためにステルクさんと安全確認に行った後は、マイス君が街によく来てたからわざわざ行かなくてもよかったりもして中々行く機会が無かったもんね。

 そういえば、道をはずれた林の先にあったけど「行き方がわかりやすくなった」って言ってたような気がする。

 

 

「たしか、このあたり……って、新しく道ができてる」

 

 「道」って言っても今歩いてきた街道みたいにしっかりとしてなくて、ただ草を刈っただけの小道なんだけど……それでもこれまでなかったし、確かにわかりやすくなってはいる。

 その小道が林へとのびていっている。

 

「この先だよ、くーちゃん」

 

「話には聞いてたけど、本当にこんなところで暮らしてるのね」

 

 

 小道を通り、林の中に入っていく。その途中に「マイスの家」と書かれた立札があったりして、道以外にも前回とは変わったところがわかった。

 そして、林の中の小道を――すでに見えてきているマイス君のお家を目指して――少しだけ歩いていくと、そうかからずに林を抜けて 林に囲まれるような場所にある家と庭が見渡せた。

 

 前来たときには無かった お花や何かの植物が植わっている畑もあって、なんだかこれまでには無かった「人の生活感」っていうのかな? それが出てる気がする。

 

 

「あ、いたいた! おーい、マイスくーん」

 

 家のそばにある井戸の近くにしゃがんで何かしているマイス君を見つけたから、声をかけながら手を振る。

 気づいてくれたマイス君は立ち上がってこちらを向き手を振り返してくれた……んだけど、マイス君の足元にいる()()って……?

 

「小さな『ウォルフ』……?」

 

「……あたしの見間違いじゃないのね」

 

 くーちゃんにも、そう見えるみたい。

 でも、のんびり座ってて、マイス君はもちろん私たちにも威嚇してこない。 襲ってきそうにも感じられないから、様子を見ながらわたしたちは恐る恐るマイス君の方へと近づく。

 

 

「こんにちは! ふたりとも、どうかした?」

 

 いつも通りのマイス君の元気でさわやかな挨拶と笑顔。

 

「ええっとね……」

 

「「どうかした?」じゃなくて! なによ、そのモンスターは」

 

「この子は、この前大怪我して倒れてるところを ここのすぐそばで見つけて、見て見ぬふりは出来なかったから怪我が治るまで面倒を見てるんだ」

 

 そう言って、井戸水が入った桶とブラシをこっちに見せてきた。

 

「それで、今はちょっと体を洗ってあげてたんだ」

 

 そんなマイス君の言葉に相槌を打つかのように、『ウォルフ』がここで初めて短く「わふっ」と吠えた(鳴いた)

 

 

「それにしてもこの『ウォルフ』、すごくおとなしいね」

 

 私がこれまで見てきたウォルフは、こちらに気づくと有無を言わさずに襲い掛かろうとしてくるんだけど……。

 

「モンスターも人と同じで、いろんな性格の子がいるからね。人と争いたくない平和主義な子もいるよ。まあ、この子が子供だから警戒心が薄いっていうのも大きいけど」

 

「へえ、ずいぶんと詳しいみたいね」

 

「詳しいっていうより、こうやって一緒にいてると段々とわかってくるというか…」

 

 そう言いながらマイス君は『ウォルフ』の頭をなでた。すると、ウォルフはマイス君の足にスリスリと身体を寄せていた。

 こうやって見ると、ただの可愛い動物にも見えなくは無い――かな?

 

 

 

「そういえば、結局何の用だっけ?」

 

 今日はただお話に来たわけじゃないってことを、マイス君に言われて思い出した。

 

「今から『近くの森』に探索にいくんだけど、一緒に行けないかなーって思って」

 

「へぇ、何か必要なものがあるのかな?」

 

「店でも売ってる『森キャベツ』と『甘露の枝』なんだけど、採りに行ったほうが良い品質のやつがありそうだからってロロナが言いだしたのよ」

 

 マイス君の質問にくーちゃんがかわりに答えてくれたんだけど、それを聞いたマイス君は少し何かを考えるような仕草をしてた。

 

「うーん。もしかしたら、いらないお世話かもしれないけど……ちょっと待ってて!」

 

 そう言って家の中に一人で入って行っちゃった。

 

 

 

 

「こんな感じの『森キャベツ』なんだけど、使えそうかな?」

 

 少し待っていると、マイス君が数個の『森キャベツ』を持って出てきた。そして、その中のひとつを私に渡してきた。

 

「わぁ! お店で売ってるのより良い品質!! 他のも同じくらい良いんだけど……どこかから採ってきてたの?」

 

「採ってきたというか……ほら、そこの畑で育ててるんだ」

 

 そう言って指で示した先は、ここに来た時にも見た花や色々な植物が植わっている畑があった。たぶん、あの中に成長途中のキャベツも混ざっているみたい。

 

「何回も育ててるから同じくらいの品質のが まだ何個もあるよ。『甘露の枝』も同じくらいあるからよかったら使って」

 

「いいの?」

 

「うん。一人じゃ使い切れなくて保存してた分だから、むしろ使ってくれるとありがたいんだ」

 

「そっか! それじゃあお言葉に甘えて」

 

 

 お家にお邪魔して見せてもらったコンテナには、本当にたくさん良品質の『森キャベツ』と『甘露の枝』が――ついでに他のお野菜もいくらか――入っていて驚かされちゃった。

 そして、必要になりそうな分貰ったんだけど、その時にくーちゃんが――

 

「あら? ってことは『近くの森』に行く必要がなくなったってこと?」

 

「あ、ほんとだ。どうしよっか?」

 

 このまま街に帰るのもありだけど、ここまで来て何もしないのもどうかと思う。

 だけど、特に用も無く『近くの森』に行くのも……。

 

 

「もしよかったら、お昼食べていかない? 今から作ろうと思ってるんだけど」

 

 マイス君の突然の申し出に私もくーちゃんも驚いたけど、面白そうだし、ここまで来た理由に十分になりそう。

 

「あんた 料理できるの……って、できるわよね。ここで一人暮らししてるんだし」

 

「マイス君の作る料理かー。どんなのか気になる……」

 

「それじゃあ、作ってくるから適当にくつろいでて」

 

 

 

 その後、くーちゃんと話しながらソファーでくつろいで待っていると、そのうちマイス君が作った料理と飲み物を運んできてくれた。

 

 マイス君が作ってくれた料理は初めて見るもので、味も初めて食べる味ですごく美味しかった!

 くーちゃんも最初は何かごにょごにょ言いながら恐る恐る食べてたけど、最後には笑顔で完食してた。でも、鼻先についてしまってたソースに気がつかないでマイス君に拭き取られて、顔を真っ赤にしてた。

 

 『お好み焼き』って なんかかわった名前の料理だったけど、それにしても美味しかった。またいつか作ってもらおっかなー。



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マイス「年に一度のお祭り~何かがおかしい~」

アトリエ「そろそろ世界を救うのにも飽きてきた」

ルーンファクトリー「世界を救ってきました。午後からは農作業です」

 どっちもどっち





※2019年工事内容※
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***アーランドの街・広場***

 

 

 

 

「うわー、すごい賑やかだなぁ!」

 

 そう、長い準備期間を終えてついに『王国祭』が開催されたのだ。

 

 まさに街はお祭りムード一色で、普段何も無い街の通りには様々な種類の露店が数多く立ち並び、お祭りの盛り上がりに一役買っている。

 そして、露店が出ていても『サンライズ食堂』といった普段からあるお店などにも多くの人が来店していて、店員がいそがしそうにしていた。

 

 さて僕はといえば、正直なところ時間を持て余している。

 ここのお祭り自体初めてなうえ、シアレンスであったお祭りとは規模も形式も まるで違っていてどうしていいかわからない状態だ。

 

 

「おーい、マイス君!楽しんでるかしら?」

 

 どうしたものかと思いながら露店で買った飲み物をベンチに座って飲んでいたら、聞きなれた声が聞こえ、そちらを見ると思っていた通りの人がこっちに駆け寄ってくるのが見えた。

 

「お疲れ様です! エスティさん」

 

「あははーはぁ……これからもっと疲れちゃいそうなのよねー」

 

 話には聞いていたけど、お祭りの準備以外にも 当然 お祭りの『進行』『警備』『後片付け』などなど沢山の仕事があるらしく、楽しんでいるだけじゃいられないみたい。

 

「それで、どうかしら『王国祭』は」

 

「こんな人が多くて賑やかなお祭りは初めてで……どこからどうすればいいか見当もつかなくて」

 

「あらら……。ん? あっ、それじゃあさ、これからある催し物の参加者募集してるんだけど参加してみない? 優勝とかしたら賞品なんかもあるし」

 

「催し物ですか?」

 

 そういえば、『王国祭』についてきいたときに言ってた気がするな。

 優勝とかあるってことは、シアレンスのお祭りみたいに何かを競い合うのだろう。

 

「それって何か必要な道具があったりとかは……」

 

「なんにも無いわよ。しいて言えば、体力と筋力があると有利かなってくらい」

 

 別段 体力や筋力に自信があるわけではないけど、特に道具を使わない競技なら出ない理由が無い。

 

 エスティさんに参加の受付の仕方を教えてもらい、正式に参加者となることができた。

 そして、催し物が始まるまでゆっくりと待つことにした。

 

 

 

 僕は、ちゃんと内容を確認しておけばよかったと後悔することとなる。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

「王国祭メインイベント、『キャベツ祭』! スタートっ!!」

 

 その宣言により、参加者たちが各々目的の場所へと走り出す。

 それに遅れないように、僕も良さそうな場所のある方へと走り出した。

 

 だけど、一人になったとき、目の前の光景に叫ばずにはいられなかった。

 

 

「やっぱり、森の中で自生してるキャベツを採るのは何か違うって!!」

 

 

 『キャベツ祭』、制限時間内に決められた範囲内で多く『森キャベツ』をとってきた人が優勝という いたってシンプルな競技だ。

 

 だが、「キャベツは畑で育てるもの」だという意識は、アーランドで生活するようになってから それなりにたつけど中々変えることができずにいた。

 他の人が何も疑問に思わず採りまくっていることと合わせてショックを少なからず受け、思うように競技に集中できなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「ははは、全然ダメだったな……」

 

 ショックを受けて集中できなかったのはもちろん、カゴの中の整理をしてきていなかったのでキャベツを入れるスペースがあまり無く、あまり持ち運べなかったこともあって、自分が勝つ予想が全くできなかった。

 おかげで、カゴだけでなく直接手でキャベツを持ち運ぶ事態になってしまっている。

 

 それにしても、気のせいかもしれないけど、周りの目が僕に集まってる気がする。……アーランドに来てからそれなりにたつけど、なじみの無い異国の服装の初出場者だから目立っちゃってるのかな?

 

 

 

「栄えある第一回、キャベツ祭優勝者は……美少女錬金術士のロロナちゃんです! はい、みんな拍手!」

 

「は、え? わたし? って、美少女って何!?」

 

 優勝者の発表とともに、聞き慣れた焦り声が聞こえてきた。

 わたわたと落ち着かない様子で特設ステージへとあがっていき、優勝賞品を手渡されたロロナは、ぎこちない笑顔ではあったけど、何とか周りの歓声に応えてた。

 

「さらに副賞として……なんと! 名誉ある『キャベツ娘』の称号が授与されます! おめでとう!」

 

「あ、ありがと――ええ!? きゃ、きゃべつむすめ!?」

 

 称号っていうくらいだから本当に名誉なものなのかと一瞬思ったけど、ロロナの反応を見る限りどうやらそうではないらしい。

 

 

「はい皆さん! 『キャベツ娘』ロロナちゃんに今一度盛大な拍手を!」

 

 

「いいぞー! キャベツ娘!」

「キャベツ娘かわいいー!」

「よっ! キャベツ娘!世界一!」

「キャベツ娘ー! 結婚してくれー!」

 

 

「ちょ、そんな……やめてー! こんな称号いらないー!」

 

 「大変そうだなー」なんて思いながらも「お祭りなんだからこういった賑やかさもいいよね」と思ってしまっている自分がいる。

 ……そういえば、もし男性やおばあさんなんかが優勝者だったら称号はどうなっていたのだろう? 少し気になるかも。

 

 

 

 

「これから、どうしよう……?」

 

 何をしようか迷ってるのではなく、本当にどうしたものか困っていた。

 

 原因は両手をふさいでいる『キャベツ』だ。

 カゴの中のものを捨てるわけにも 街中にとったばかりのキャベツを捨てる気にもなれず、少々時間がかかるけど家まで戻らないといけないかと考えていた。

 

 

「あー!マイス君だ!」

 

 後ろから声をかけられたので振り返ってみると、『キャベツ娘』ことロロナがこちらに手を振りながら駆け寄ってきていた。そのすぐ後ろにはクーデリアが付いてきているようだ。

 

「あっ、ロロナ。優勝おめでとう!」

 

「ありがとう! ……でも、あれはちょっとねぇー」

 

「まあ、あれもお祭りの一環として割り切るしかないんじゃないかな?」

 

「マイス君に譲ってあげたいくらいだよ……」

 

 トホホッ、と少し元気なさそうにしているロロナをどうしたものかと考えていると、そこにクーデリアが「それにしても」と話しに入ってきた。

 

「あんただったのね、()()

 

()()?」

 

「そのキャベツの柱よ。てっきり、どこかの旅芸人のパフォーマンスか何かだと思ってたわ」

 

「えっ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「仕方ない事かもしれないけど、あんたってところどころ常識がずれちゃってるわよ…」

 

 そう言われて、本当にそうなのか確認をとろうとロロナの方を向くと

 

「まっすぐ9個も積んで走って運べるのはすごいよね!」

 

 と、フォロー(?)されて、どう反応すればいいのかわからなくなってしまった。

 

 

 

 その後、ロロナの提案でアトリエにキャベツを置かせてもらい、一緒に王国祭を見てまわった。



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ロロナ「2年目でもあいかわらず」

 『ロロナのアトリエ』のストーリー上でいうと、今回から2年目に突入します。

 なお、「せいえ・・・」のイベントは書きません。






※2019年工事内容※
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 王国祭が終わり、新たな一年を迎えたアーランド。

 まあ、わたしは去年と同じで 王国からの依頼を次々とこなしていくだけなんだけど……二年目ということもあって心に少し余裕ができて、そう焦らずにやっていけそうかな?

 

 

「と、思ってたわたしはもういません……」

 

 これまでの生活がガラリと変わってしまうかもしれない事態となっている。

 その原因はもちろん師匠なんだけど――

 

「どうかしましたか、マスター?」

 

「ううん、なんでもないよ!」

 

 今私の目の前にいるのは『ホムンクルス』の()()()()()

 青みがかった髪のお団子付きツインテール、そして全体的にフリルが沢山の白黒ゴシックのメイド服のような服装を見にまとった、クーちゃん以上わたし以下の身長でちょっと無表情な女の子。

 『ホムンクルス』っていうのは、簡単に言うと「錬金術で生み出された人間」みたいなものらしい。

 

 なにはともあれ、ほむちゃんはカワイイし、調合を手伝ってくれるし、おつかいにも行ってくれるみたいだからすっごく助かるんだけど……。

 

 

「ん、なんだ? ロロナが「弟か妹なら妹がほしい」と言ったから用意したのだが、何か気に入らないところでもあったか?」

 

「そういうわけじゃないですけど……」

 

 あえていうなら、手伝ってくれるのはすごく助かるけど そこに重点を置きすぎてて妹って感じが薄れちゃてる気がする……カワイイからいいか!

 

 そんなことを考えていると、師匠がほむちゃんに何かを小声で言ったかと思えば、わたしの腕を掴んで強引に引っ張って奥の部屋に連行してきた。

 

 

「わわっ! いきなりなんなんですか師匠!」

 

「し! 静かにしていろっ! さて、どうなる……」

 

 師匠がドアの隙間から何やら覗いていたから、ちょっと気になってわたしも覗いてみると……錬金釜のおいてある場所の少し前にほむちゃんがチョコンと座っているだけ。

 カワイイけど、それがどうかしたのかな……?

 

 

コンコンコンッ

 

 アトリエの入り口からノックの音が聞こえてきた。

 でも扉は開かれなくて、シーンとした時間が少し続く……

 

コンコンコンッ

 

「こんにちはー」

 

 次のノックの後には挨拶が付けたされたけど、それは誰かいるかいないかの確認みたいで、扉を開けて入ってこようとはしていないみたい。

 

 お客さんが困らせてしまうと思い、奥の部屋から出て玄関まで行こうとしたけど、師匠に捕まえられ止められた。

 そして、師匠がほむちゃんに小声で――

 

「ホム、返事をして入らせろ」

 

 ――と言って、わたしを捕まえたまま奥の部屋に戻り、また覗いて様子を見る体勢になった。

 

コンコンコンッ

 

「……すみません、誰もいませんか?」

 

「いいえ、います。お入りください」

 

 ほむちゃんの見た目に合わない(かしこ)まった返答の後、ガチャリと扉が開かれた。

 入ってきたのはマイス君。

 

 

「こんにちはー……えっと……?」

 

「いらっしゃいませ」

 

「はじめまして、だよね?僕はマイスっていいます」

 

「ホムはホムです」

 

「それじゃあ、ホムちゃん……でいいのかな?」

 

 そう言うマイス君。はじめは見知らぬほむちゃんに戸惑っていた気がしたけど、すぐにいつものように話せるようになっていた。

 

 

「……おもしろくないな」

 

「師匠、マイス君に何を求めてるんですか……」

 

 小声で師匠に言い返してみたけど、師匠はマイス君がほむちゃんにどんな反応をするのか気になってたってことかな?

 

 マイス君は手に持っていたカゴをおろすと、床に座っているほむちゃんと向かい合わせになるように自身も床に座った。

 

「ホムちゃん、ロロナはどこかに出かけているのかな?」

 

「マスターは用があるそうで、今いません」

 

「そっか……どうしようかな」

 

 「むー」と悩んでいるマイス君と、相変わらず無表情で何をするわけでもないほむちゃん。

 マイス君はわたしに用があるみたいだし、そろそろ出てあげないといけないと思って師匠にもう出ていいか確認しようと思ったら、悩んでたマイス君が――

 

 

「それにしても……

 

 

 

 

 

 アストリッドさんに こんな大きな子供がいたなんて……!

 

 

「ぶふっッ!!??」

 

 ごめん、マイス君! 予想外の言葉に吹き出しちゃった!!

 一緒に覗いていた師匠は師匠で口をポカンと開けて固まってる。こんな師匠はじめて見るかも……!

 

「はい、ホムを生み出したのはグランドマスターです」

 

「ああっ、やっぱりそうなんだ!」

 

 ほむちゃんは間違ったことは言ってないんだけど「錬金術で」って言葉が抜けてるせいで勘違いがそのままになっちゃった。

 

「それなら、ロロナのことを『マスター』なんて変わった呼ばせ方させてるのも納得だよ」

 

 その発言、マイス君のなかで師匠がどういう存在なのかが凄く気になっちゃうんだけど……

 

 

「その凛として、綺麗で、おしとやかな感じは、ロロナを弄って遊んでいない時のアストリッドさんにそっくりな気がしたんだ」

 

「……わかりませんが、グランドマスターとホムを褒めていると判断できます。どうすれば良いのでしょうか?」

 

 どうして師匠の子供だと思ったのかはわかったけど、それだけの要素でよくそう思ったね……?

 ほむちゃんは相変わらずの表情のはずなんだけど、ちょっと戸惑ってるようにも見えなくもないような気がする。

 

 そして、師匠はといえば――

 

「ここ最近、真面目になったことは一度も無いはずだが、何故そう思ったんだ……?」

 

 師匠、たまには真面目になってくださいよ……。

 

 

「それに……若くても僕と同じくらいの子供のいる()()()()()()()()()()()()の例もあるから、アストリッドさんにホムちゃんくらいの子供がいてもおかしくないね!」

 

「……? よくわかりませんが、グランドマスターがホムを生み出したことは間違いありません」

 

 これ、ほむちゃんが認めたこともあってマイス君の中で「ホムちゃん=アストリッドさんの子供」っていうのが完全に決まっちゃってないかなぁ?

 

「いいんですか師匠?」

 

「いや、出るタイミングが中々つかめなくてな……というか、考えようによっては、奴はエスティ嬢に喧嘩売っているのだが、言うべきだろうか」

 

 

 

「それで、マイスはマスターに何の用があったのですか? 内容によってはホムからマスターにお伝えしますが」

 

「ああ、用事ってほどじゃないんだけどね。うちで作ったモノのおすそわけに来たんだ。だから渡してくれるだけでいいよ」

 

 そう言って、マイス君はカゴから何かを取り出す。

 

 

「この『アップルパイ』なんだけど――「パイっ!?」

 

 

「「「…………。」」」

 

 

「ロロナ?」

「どうしました?マスター」

「あっ……」

 

 

 驚いた顔でわたしを見るマイス君、無表情で同じくわたしを見るほむちゃん

 

「え、ええっと……」

 

「パイで飛び出すのはさすがに驚きだぞ、ロロナ……」

 

 少し呆れたように師匠が言ってきた。

 

 

「まあ、キミにもいろんな意味で驚いたがな、マイス君」

 

「もしかして、ずっと聞いてました……?」

 

「キミがどういうリアクションをするのか少々気になってな。…良くも悪くも予想の斜め上をいったものだ」

 

 そう言いながら師匠はソファーに座った。

 

「せっかくだ、その『アップルパイ』を食べながら話そうか。ホム、お茶を入れてくれ」

 

「はい、グランドマスター」

 

 立ち上がり香茶の準備をするほむちゃん。

 

 マイス君は……「どういうこと?」っていいたそうな困り顔でわたしを見てきてる。座ったままの状態だから上目遣いになってて、いつも以上にカワイイなぁ……

 

 

 

 その後、アップルパイを食べながらほむちゃん『ホムンクルス』のことを話して、誤解を解いた。



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マイス「錬金術士とアクティブシード」

 映像を文字で表現しきれないことに悩む、今日この頃。







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***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 

 

「そういえば、2人に聞きたい――というか、見てもらいたいものがあるんですけど……」

 

 僕はアップルパイを食べ終えたロロナとアストリッドさんに、以前 見様見真似の錬金術で創った『アクティブシード』の『ジャックの種』をカゴから取り出し、見せた。

 なお、ホムちゃんはティーカップの片づけをしてくれている最中のため、そばにはいなかった。

 

「えっと……師匠、何でしょうコレ?」

 

「初めて見るな。何かの実か?」

 

 最初は興味なさそうだったアストリッドさんも 『ジャックの種』を目にすると、ロロナと同じように不思議そうにそれを見ていた。

 ということは、錬金術で普通につくったりすることはないものなのだろう。あまり、深くは聞けなさそうだ。

 

 

「一つ聞きたいのだが、キミはこれを何処で手に入れた?」

 

「手に入れたというか、『錬金術』でできてしまって……」

 

「「『錬金術』!?」」

 

 2人そろって盛大に驚いた。特にアストリッドさんがこんなに驚くのを見るのは初めてだった。

 僕は『ジャックの種』ができるまでの経緯を全部説明すると、ロロナはポカンと口を開け驚き、アストリッドさんは長い溜息をついて首を振っていた。

 

「参考書も見ずに ロロナの真似と自分の発想で錬金術を行い、予想していた物とは別のものではあるが成功しまうとは……。そもそも、『錬金術』で新たな作物を創ろうという考え自体……」

 

「ま、マイス君が……自分でレシピを考えて『錬金術』を……」

 

「えっと……?」

 

 どうしよう、よくわからないけど2人ともショックを受けているみたいで話が進みそうにない。

 すると、片づけを終えたホムちゃんが戻ってきて 種を見ながら問いかけてきた。

 

「それで、コレはどういったものなのですか?」

 

「対モンスター用なんだけど……一応ここでも使えるものだよ」

 

 

「えっ? 植物の種なんだよね? アトリエでも使えるってどういう?」

 

「よくわからんまま終わらせるのも(しゃく)だ。ホム、植木鉢か何か用意――」

 

「あ、何も無くて大丈夫ですよ」

 

 不思議そうにしてるロロナはとりあえずおいといて、ホムちゃんに用意させようとしているのを止める。

 

「なに?」

 

「家の床とかでも問題無いのは僕の家で実験済みですから」

 

 そう言って『ジャックの種』を部屋の中心付近に落す、「芽生えて」と念じながら。

 

 

――――――

 

 床に落ちた種から瞬時にツルが上へと伸び、それにともない何枚かの葉も茂る。

 ツルの先端から垂れ下がるように 人の頭より大きなツボミが膨らむ。

 そして、ツボミが眩い光を放ったかと思うと……

 

先程まであった植物は消え、そこには ギザギザの口と穴のような目を持った巨大カボチャがたたずんでいた。

 

――――――

 

 

「これが『アクティブシード』の『ジャック』です」

 

「ほうっ。これはまた……」

 

 そう紹介すると、アストリッドさんは興味深そうに観察しだした。

 対してロロナはおっかなびっくりといった様子で、あわあわ狼狽えていた。

 

「お、襲ってきたりしない……?」

 

「大丈夫だよ。種を植えた人の意思に忠実だからね」

 

「そうなんだ……なら安心かな?」

 

 ロロナはそう言うと『ジャック』のほうへと近づき、ペタペタ触ってみたり 口の中を覗いてみたりしだす。

 それが気になるのか、『ジャック』は口を少しモゴモゴしたりしている。

 

 

「体はほぼ植物と同じだが、まるで生きているかのように動いている……ふむ、内部はどうなっているのか気になるな」

 

 こっちに向きなおると、アストリッドさんは片手で眼鏡の位置をなおしながら僕に聞いてきた。

 

「コイツは半永久的に動き続けるのか?」

 

「どれくらい維持できるか試したことがないので詳しくはわかりませんが、一定以上のダメージを受けるか、「戻る」ように命令したら種に戻ります。ただ、その後一日寝かせないともう一度使用することはできませんけど……」

 

「となると、外的要因が無ければ動き続ける可能性もあるということか」

 

 「なるほど」と頷くアストリッドさん。

 

 そういえばロロナが前に「師匠もたまには真面目に仕事してほしい」と言ってたけど、こういったところを見る限り、本当に「できない」のではなく「しない」人なんだろうなと感じた。

 普段見るアストリッドさんは、大抵ロロナを弄ってるか寝ているかだからなぁ……

 

 『シアレンス』にもいたなぁ。アストリッドさんとはちょっと違う感じだけど仕事をあんまり真面目にしない子が……

 

 

 

*-*-*-*-*

 

≪んー……≫

 

≪枕は……あそこの商品棚に≫

 

≪んしょ≫

 

≪…………くぅ≫

 

*-*-*-*-*

 

 

 

 初めて会った時も雑貨屋さんのレジカウンターで店番なのに寝てて、起きたかと思えば「本日の営業は終了しました」の一言。その後に母親に叱られるまでの一連の流れは、インパクトが強くてよく覚えてる。

 いや、そもそも『シアレンス』のみんなとの初対面はどれもインパクトが強かった気も……

 

 そういえば()()()は都会に憧れてたけど、この『アーランドの街』を見たらどういう反応をするだろう?

 まあ最初は喜んでも結局働かないといけないからって、変わらずだるそうにしてそうだけど。

 

 

 

「聞いているか……?」

 

「あ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしちゃって」

 

 思考を目の前の現実に戻すと、アストリットさんが何やら僕に言っていたみたいで、聞き逃してしまっていた。

 

「それで、だ。アレを種の状態で少々借りたいのだが」

 

「はい、いいですよ。でも取り扱いには注意してくださいね?」

 

「それはこっちのセリフだ。『錬金術』の扱いには注意しろ。とは言っても、私から特に教えたりするつもりは無い。まあそれに、キミは思いつくままにやってみればなんとかなる気もするがな」

 

 「てきとうだなぁ」と思ったが、『錬金術』をてきとうに行った僕が言えたことじゃないのに気付く、返す言葉に困った。

 

 

「た、たしゅけてぇー!?」

 

 

 そんな声が聞こえ そちらを見ると、口を閉じモグモグしているジャックと その周りをうろちょろしているホムちゃん。

 ということは、声の主のロロナは………

 

「もしかして、自分で口の中に入っちゃった!?」

 

「中はどうなってるのかなーって思って……じゃなくて!? 早く! モグモグされてる!! 美味しくいただかれちゃうー!!」

 

 ごめん、必死なんだろうけど 何だか楽しそうに聞こえてきてる……

 

 

「……一応聞くが、アレは大丈夫なのか?」

 

「ええっと、一応あんまり痛くはないと思います。ジャックは特別攻撃力が高いわけじゃなくて、モンスターを丸のみにして拘束し状態異常を与えるのが特徴ですから。それに、すぐに吐き出すかと……」

 

 まさにその時、「ぺっ」という擬音語がふさわしい吐き出し方でロロナは吐き出され、床に転がった。怪我もなさそうで安心した。

 

「びびビックリしたー……あ、れ? な、何だかカラダががが痺れて……動くのガ……」

 

「毒になってたらどうしようかと思ったけど、状態異常は運良く麻痺だけみたい。でも、麻痺を治す『マヒロン』は今持ってないし……」

 

 『マヒロン』を作るための材料、家にあったかな……?

 

 

「そこは問題無い、この私がいるのだから麻痺の解消など容易なことだ」

 

 「ふふんっ」と微笑みながらアストリッドさんが一歩前に出る。

 というかこの人、何か手をワキワキしてるし、顔が段々を悪い笑い方に……

 

「だがまあ、今後のことも考えて一応どういう症状なのか、他に異常は無いか、詳しく調べておかねばな。隅々まで……な」

 

「し、師匠!?なんでそんなにニヤニヤして……逃げれないっ! いやーーーーーー!!」

 

 

 

「グランドマスターとマスターは仲が良いですね。ホムも見習わなければ……」

 

「……そう?」

 

 とりあえず『ジャック』を種の状態に戻し、ホムちゃんに預け、後でアストリッドさんに渡すようにお願いし、僕はアトリエをあとにした。



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マイス「青い布とモンスター」






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


***マイスの家・作業場***

 

 

 

 

「うん、だいたい こんなものかな?」

 

 家の作業場。釜のそばに置いてある 素材などを置いておくための簡易的な机。

 その上には、いくつかの 握りコブシほどの大きさの種が置いてある。それら全ては僕が錬金術でつくり出した『アクティブシード』だ。

 

 

「とりあえず、『ぷにぷに玉』と植物系だと『アクティブシード』ができるみたいだね」

 

 今のところ『マメ』や『サボテン』といった僕の知っているアクティブシードで存在する植物でやってみたが、もしかすると他の植物を素材にすれば、見たことの無い『アクティブシード』が創れるかもしれない。

 

 

「って、ホントは 普通に育てる新しい作物の種 をつくりたいんだけどなぁ…」

 

 とはいっても、特にピンとくるレシピが思い浮かばない。

 もういっそのこと『大根』と『カブ』みたいな似た感じのものを混ぜてみるのも手か……でも、それはあんまり利点は無いしなぁ。

 

 

コンコンッ

 

「あっ、はーい!」

 

 ノックされたのは家の玄関の扉、作業場から玄関のある部屋へと移動し扉を開ける。

 そこにいたのは、口髭とアゴ鬚を綺麗に整えた初老ほどであろう男性だった。ピッシリ決まっている服装と携えた杖の印象もあって、シアレンスにはいなかったタイプの人だと感じる。

 

「お待たせしました、どういったご用件ですか?」

 

「ふむ……急ですまないが少々喉が渇いてしまってな、よければ飲み物を一杯ほどいただけないだろうか?」

 

「かまいませんよ! 『香茶』を用意しますから、こちらのソファーに座って少し待っててください」

 

 そう言って男性を家に招き入れテーブルそばのソファーを勧めて、僕は香茶を用意しにキッチンへ行く。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 

 

「いやあ、すまなかったな。急にお邪魔してしまって」

 

「いえ、ちょうど作業に行き詰ってて、僕にも良い気分転換になりましたから!」

 

「そう言ってもらえると助かる。おっと、自己紹介がまだだったな。私はジオ、見ての通り楽隠居の老人のようなものだ」

 

「僕はマイスっていいます。よろしくお願いしますね、ジオさん!」

 

 

 「フム」と一言ついたジオさんは手に持っていたティーカップをテーブルに置くと、自分のアゴ髭に手をやりながら僕を見据えてきた。

 

「実はだな、今日ここに来たのは偶々ではなく君に会いに来たのだよ」

 

「僕に、ですか?」

 

 僕に用といっても、僕にできることなんて限られているし、ジオさんのような人に何か頼まれるにしても全く見当がつかない。

 

「知り合いから君の話を聞いて興味が湧いてな。それと……」

 

 そう言うとジオさんは懐から青いスカーフを取り出し、僕に渡してきた。

 「なんなんだろう?」と僕はよくわからず、考えていると――

 

「そこで寝ている『ウォルフ』に着けてあげるといい。そういう目印があれば、ここに来る君の友達や他の人も警戒せずにすむし、家の中だけでなく適度に庭で休養させることもできるだろう?」

 

「あっ……なるほど」

 

 その言葉を聞いて、いつものように定位置で寝転がっている『ウォルフ』に目を向ける。

 確かに その案はいいものだと思う、なので早速ウォルフの首に軽く巻き結んであげた。『ウォルフ』もスカーフを問題無く受け入れてくれた。

 

 

「ふむ、ちゃんと似合ってもいるみたいだな」

 

「はい! この子も気に入ってくれてるみたいで……ありがとうございます!」

 

 

 それにしても、気になることがいくつかある。

 この『ウォルフ』のことを知っているのは、少なくともロロナ、クーデリア、リオネラさん、ホロホロとアラーニャぐらいで、ジオさんの言う「知り合い」というのもこの中の誰かだろう。

 

 それも気になるけど――

 

「あの……なんで青のスカーフなんですか?」

 

「ん? ああ、それはだな、ここ最近アーランド周辺で変わったモンスターの目撃情報が何回かあってな……」

 

 ジオさんは目をつむると、軽く「うーむ」とうなった。まるで、何か記憶を掘り起こしているかのようにも思える。

 

 

「そのモンスターは他とは違い決して人を襲わず逃げ出すのだ。それだけならまだ唯の「臆病なモンスター」なのだが……」

 

 ……。

 

「とある行商人の話では、モンスターの群れに襲われていたところに見たことの無い小さいモンスターが割って入ってきて群れを追い払ってくれたそうだ。その上、ソイツはどこから手に入れたのか傷薬を置いて去っていったらしい」

 

 …………ん?

 

「変わっているだろう?人を敵視するどころか助け、人の扱う薬のことも理解しているようなモンスター…。実は私も遠目で見たことがあるのだが、ソイツは人の子供より小さく、体は金色の毛でおおわれていて、小さな帽子のようなものをかぶっていて、そして…何やら首に青い布を巻いているのだよ」

 

 ………………それって――

 

「それで、君の保護したウォルフにも青い布を巻いてみることを思いついたのだ。あのモンスターのように無害なモンスターであることを示すためにな。……ん? どうかしたかな?」

 

 ――それって『モコモコ』の姿の僕、だよね…?

 

 

「……なるほど、君もそのモンスターに覚えがあるようだな」

 

「ひ、ひゃい!?」

 

 もしかして気づかれたのではないかと思って、声がひっくり返ってしまい変な返事になってしまった。

 

「街の外で暮らしていれば、単純に考えても私たちよりも出会う機会は多いのだから当然と言えば当然か」

 

「そうかもしれませんね。一応、僕は姿を見たことは何度かありますよー」

 

 良かった。そう判断してくれたか……。

 あと、僕は嘘は言っていない。鏡や水面に映った姿を見たことがあるからね。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「長くお邪魔しすぎたようだな、これで失礼しよう」

 

「いえ。……いつでもいるとは言えませんが、また良かったら遊びに来て下さい!」

 

「ふむ、それではお言葉に甘えてまた来るとしよう」

 

 

 その言葉通り、ジオさんはたびたび家に来てくれるようになるのだが…。

 にしてもジオさん、普段は街で何してるんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***王宮受付***

 

 

 

 また別の日のこと、僕が王宮受付に依頼を見に行っていたときのこと。

 

「エスティさんの妹さん、ですか?」

 

「そう、あの子ったら引きこもりでね」

 

「何か病気なんですか?」

 

「いやぁー……そういうのじゃなくて、ただ単に人見知りなのよ」

 

 困ったように、そして呆れたようにため息をつくエスティさん。

 が、一転して楽しそうに笑顔を見せた。

 

「でね、この前ロロナちゃんに相談したんだけど、無理矢理外に出ざるを得ないようにしてみることにしたの!」

 

「……それって、ちょっと危なくないですか?」

 

 人見知りの人に強要するのは精神的に危なく、取り返しのつかないことになりかねないと思うけど……。

 

「大丈夫よ。ロロナちゃんもアストリッドさんのおつかいであんな社交的になったらしいから」

 

「大丈夫かなぁ……」

 

 

 そんな僕の不安をよそに、エスティさんはまた僕が不安になることを言いだした。

 

「というわけで、マイス君のお家に おつかいに行かせるから よろしくね!」

 

「へ? ……いや、そこは普通に街の雑貨屋さんとかじゃないんですか!?」

 

「それだと、ティファナぐらいとしか会話せずに終わっちゃうじゃない。だから街の外のマイス君の家にして、誰かロロナちゃんあたりに護衛頼んだりするようにすればいいかなって」

 

 確かにそれなら最低でも必要となる会話数は増えるだろうけど……にしたって、突拍子のないことだと思うんだけどなぁ。

 

 

「それじゃあ、そのうちおつかいに行かせるから、その時はよろしくね」

 

 うーん、エスティさんはその気みたいだし、こうなったら僕の方で何か考えておくべきかもしれない。

 

 「人見知り」か……。シアレンスでもそんな人がいたけど……

 

 

 

*-*-*-*-*

 

≪がう~!≫

 

≪なによっ! かむわよっ!≫

 

≪ガブッ!!≫

 

*-*-*-*-*

 

 

 

 いや、あんなアグレッシブな人見知りは そうそういないだろう……。

 なんか腕が痛む気がする。気のせい、だよね……?

 

 参考になるかはわからないけど、一応何か 人見知り対策を考えておこう。



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リオネラ「再会はお昼どき」

 『ロロナのアトリエ』で一番好きなBGMは「Devil's Tango」。
 別に今回の内容とは関係ありません。






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


***中央通り***

 

 

 

 

 

 人形劇の大道芸を終え、今からどうしようかと『中央通り』を歩いていると、脇道から見た顔が歩いてきたのがわかった。

 向こうもこっちに気がついたみたいで、歩み寄ってきた。

 

「リオネラさん、こんにちは!」

 

「こ、こんにちは……マイスくん」

 

「いつぞやぶりだな」

「あの時は本当お世話になっちゃったわ」

 

 私に続いてホロホロとアラーニャもマイスくんに話しかける。

 

 マイス君は一瞬「あれ?」と疑問をもったような顔をしたけど、すぐに何か思いあたったみたいで何やら納得したように一人頷いている。

 それが気にはなったけど、まずその前に以前から用意していたものを取り出しマイスくんに渡すことにした。

 

「あの……これ、このあいだ貸してくれてた分のお金……ちゃんと返しておきたくて」

 

「そんなわざわざ……うん、ありがたくもらっておきます」

 

「それと、その、あのパンおいしかったよ」

 

 すると、マイスくんは本当に嬉しそうに笑った。

 

「本当ですか! 口に合うか不安だったけど、おいしいって言ってもらえて凄く嬉しいです!」

 

 

「リオネラったら、ほんとにおいしそうに頬張って口周りにジャムつけちゃってたのよ」

「ありゃ、ちょっとマヌケ面だったなぁ」

 

 

「も、もう! アラーニャもホロホロもわざわざ言わなくても……!!」

 

「あははは……、そんなに気に入ってもらえたならまた何かおすそわけするよ」

 

「うっ、ありがとう……」

 

 

 

「そういや今日は何しに街まで来てるんだ?」

 

 そうホロホロがマイスくんに聞く。

 たしかに マイスくんは街の外に住んでるから、何か用があってここにきてるんだと思う。もし、急ぎの用の足止めをしてしまったなら申し訳ないから、できれば用が済んだ後だといいな と思いながらマイスくんの返答を待つ。

 

「アトリエにおすそわけに行くところなんだ。ほら、そろそろお昼にちょうどいい時間になるからね」

 

「アトリエって、ロロナちゃんの?」

 

「そうだよ。……そうだ! よかったら一緒に来ない?」

 

「えっ!? そんないきなり行っても邪魔に……」

 

「大丈夫だよ、僕も特に約束とかしてるわけじゃないから!」

 

「……前にも思ったけど、オマエって結構行き当たりばったりだよな」

 

 ホロホロの言葉にマイスくんは「そうかな?」と苦笑いをする。それを見たホロホロとアラーニャは少し呆れながらも「まあ、そんな悪いことなわけじゃないからいいか」といった様子でヤレヤレといったジェスチャーをした。

 

 

「まあ、色々思うところもあるけど、せっかくのお誘いだし行ってみたらどう?」

 

「うん、それじゃ……一緒に行ってもいい?」

 

「もちろん!」

 

 ドンと来いというかのように胸を張るマイスくん。

 

 それから、ロロナちゃんにサイフを拾ってもらったことや、ロロナちゃんがマイスくんと面識があることを知り、あの時聞けていなかった名前等 色々話しをしたことを話しながらアトリエへと向かった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「にしてもリオネラのやつ、マイスとは問題無く話せるみてぇだな」

 

「そうね。凄く優しいからか、自分よりちっちゃくて元気で子供みたいだからか、表裏が無さそうだからか……よくはわからないけど、良い兆しじゃないかしら?」

 

「だな。まあ もうちょい様子見かな」

 

「そうね」

 

 そんなホロホロとアラーニャの、ふたりの会話は誰に聞かれるでもなく、ふたりのなかで交わされるのであった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 

コンコンコンッ

 

「はぁい、どうぞ~」

 

 マイスくんがアトリエのドアをノックすると、聞いたことのない声で返事が返ってきた。

 私も不思議に思ったけど、マイスくんも同じみたいだったけど「あれ? また誰か増えたのかな?」と言ってドアを開けた。「また」ってことは前に誰か増えたのかな?

 

 

「こんにちはー」

 

「お、おじゃまします……」

 

 マイスくんの後ろをついて行ってアトリエに入ると、見たことの無い女の人が浮いていた。…………浮いて……? えっ?

 

「はじめまして、僕はマイスっていいます! すみませんがロロナはいますか?」

 

「あら~、ロロナはちょっと前に雑貨屋さんに行っちゃったのよ。でも、そろそろ帰ってくる頃だと思うわ~。あたしはパメラっていうの~幽霊やってまーす」

 

 えっ、あれ…? マイスくんは何で普通に話してるの? とういうか、幽霊!? どどどうしたら…! えっと ああっと!?

 

「リオネラさん? どうかしました?」

 

「あっ……ゆゆうれ……!? 浮いて……!」

 

「…? ホロホロやアラーニャも浮いてるけど?」

 

 そ、そうだけど、そういうことじゃないよマイスくん!?

 ……あれ? マイスくんは何も動じてないから、私がおかしいの……かな?

 マイスくんは何事もないみたいに幽霊さんと話しだした……

 

 

「ただいまー! あ、りおちゃんにマイス君 いらっしゃい!」

 

 アトリエのドアが開いて、ロロナちゃんが帰ってきた。

 このよくわからない状況から助けてほしくて振り返る……前にホロホロが口を開いた。

 

「おいおい、オレたちもいることを忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

「あうっ……ごめんねー。()()()()()()()()()()もいらっしゃい!」

 

「こっちこそごめんなさいね、いきなりお邪魔しちゃって」

 

「いいよー、むしろ歓迎しちゃうよ! ……って、りおちゃん、どうしたの!? どこか痛いの?」

 

 ロロナちゃんが、私が涙を溜めてしまっていることに気がついてくれたみたいで、心配そうに顔を覗きこんできた。私はうまく動かせない口を精一杯動かしてロロナちゃんに助けを求める。

 

「ゆ……ゆゆぅれいが……!!?」

 

「ふぇ? ……あ!」

 

 そんな少しの言葉でもわかってくれたみたいで、ロロナちゃんは幽霊さんの方を向いて非難の声をあげた。

 

 

「もー! パメラったら、りおちゃんをおどかすなんてダメだよ!」

 

「え~? あたし、別に驚かせたりしてないわよ~?」

 

 叱っているロロナちゃんに対して幽霊さんはのんびりと心外そうに返す。

 

「そんなこと言っても、幽霊が浮いてるだけでも、初めて見た人は心臓が飛び出ちゃうくらいなんだっからね!!」

 

「そんなことないわ、ねぇ~マイス君?」

 

 そう言いながらマイスくんのそばまで降りてきて、マイスくんの首に後ろから腕をまわす幽霊さん。マイスくんはといえば、ちょっと首をかしげたりはしてたけど、特に抵抗したりはしてなくてそれを受け入れている。

 

「……ああ、そういえば あたしって幽霊だから触れないんだったわ~。これじゃマイスくんを抱っこできなーい」

 

 マイスくんのことを随分気に入ったようで、残念そうに言う幽霊さん。その言葉にマイスくんは「へぇ、そうなんですかー」と微妙なところで驚いていて、ロロナちゃんはといえばとても慌てていた。

 

「まっ、マイス君! すぐ離れて! 憑りつかれちゃうよ!?」

 

「えっ、そんなことができるんですか?」

 

「できなくはないけど~……人形とかならともかく、人はちょっと難しいわ~」

 

「なるほど」

 

 

 あわてるロロナちゃんと のんびり幽霊さん、そして いつもどおりのマイスくん。そんな状況を見ていると なんだか怖くなくなり、いつの間にか不思議と落ち着けていた。

 

「マイスのヤツ、変に神経が太いっていうかマイペースっていうか……」

 

「まぁ、モンスターと仲良しになっちゃうような子だから、幽霊なんかも許容範囲内なんじゃないかしら?」

 

「それもそうか」

 

 そんなホロホロとアラーニャの会話を聞きながら、私は三人の賑やかなやりとりを 見ていた。結局それはロロナちゃんのお腹が鳴り、マイスくんのおすそわけの『サンドウィッチ』をみんなで食べはじめるまで続いた。

 

 マイスくんは幽霊さんがごはんを食べられないことや、ホムちゃんって子が用事で出ていたことを最後まで残念そうにしていた。



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フィリー「はじめてのおつかい」

 原作改変、キャラ改変が入ります!
 「ロロナのアトリエ」では登場しないキャラクターが出てきます!

 気づいたら書いていた。なんというか、思いつくままに書いたのでいつもより少し長めになっています。







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***街道***

 

 

 

 

 

「あわわっ……どど、どうしよう!?」

 

 ここは街道の途中、私、フィリー・エアハルトは今、大変な状況に置かれてます……!

 

 

 ことの発端は今朝、いつもどおり私は家にこもって本を読みあさってた。そしたら突然お姉ちゃんが私の部屋に入ってきて、なんなのか聞く暇も無く無理矢理服を着替えさせられ、首根っこを捕まえられた状態で家の外まで連れ出されて――

 

「おつかいに行ってきなさい。おつかいの内容とか困った時のことは このメモに書いてあるから」

 

 そう言って一枚のメモ用紙を強制的に握らされて……私が「無理」って言おうとしたら――

 

「あと、おつかいがちゃんとできるまでは家に入らせないからね♪」

 

 というトドメ一言を言い放ってきて……。

 泣く泣くおつかいをこなすために歩きだしたんだけど、指定されてる場所は街の外。メモには「誰かに護衛を頼んでね」なんて書いてたけど、頼める知り合いなんていないし、メモの続きに書いてた お姉ちゃん曰く「護衛を引き受けてくれそうな人」に書かれていた名前も知らない人ばかりで探しようもないし……。

 

 そこで私は「護衛を付けずに外に出ようとすれば街の門番さんが止めてくるんじゃないだろうか」と思いつき、止められてそれを言い訳に家に一旦帰ろう、そして「顔も知らない人を探してその人に頼めるわけがない」ってお姉ちゃんに言おうと決めた。

 

 

 結果が今の状況……。

 門番さんは止めてくれず、むしろ「気をつけて行ってきてね」とでも言いたいのか良い笑顔で送り出してくれて、それを見た後じゃあすぐに引き返して街に戻るなんてことがし辛くて、街道をメモ書きどおりに一人で歩き続けてしまった。

 

 幸い、モンスターに遭遇することも無くここまで来ることができたんだけど……

 

「この先……だよね?」

 

 メモに書かれていた行先である目の前の道は、街道からずれた 草原のなかにある林の中へと伸びる小道。どう見ても今まで歩いてきた道よりもモンスターが出てきそうな雰囲気がある。というか、この道の先に何があるんだろう?

 

 

 小道に一歩踏み出そうか、帰ってしまおうか、一人心の中で問答していたら――

 

「あのー……?」

 

 突然後ろから声をかけられた。

 飛び出しそうなくらい跳ね上がる心臓、足を中心に震え上がる身体、嫌な汗が滝のように流れ出してくる。

 

 薄れる意識の中、勇気を振り絞り 振り向こうとしたけど、振り向き切る前に私の意識が途切れてしまった。最後に見えたのは、驚いた顔をした男の子だった。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***?????***

 

 

 

「うっ……ん……。あれ? ここ……は?」

 

 目を覚ますと、目の前に見えたのは私の知らない部屋だった。どうやら私はこのソファーに寝ていたようだ。それにしても……

 

「もしかして人さらいに捕まったりした……!? どどど、どうしよう!?」

 

 ただでさえ他人と話すのが苦手で、普通に面と向かって話すだけでも逃げ出しちゃうのに、人さらいのような悪人だったら きっと顔を見ただけで失神してしまいかねない。

 そもそも、そんな状況だと自分の身の危険だ。今は誰もいないみたいだけど、早くここから出て街に逃げないと!

 

ガチャッ

 

 そんなことを考えていると、ドアが開けられる音が聞こえた。

 身を守るなら、窓を開けて飛び出し逃げるとか どこかに隠れるとかするべきだったのかもしれないけど、私は恐くて身体が震えて動けなくてソファーに座ったまま音のしたほう――ほんの少しだけ開いているドアのほう――を見つめることしかできなかった。

 

キィ……

 

 ドアが段々と開いていく。私はどんな強面の悪人が入ってくるのかとビクビクしながら見ていた。

 十分に開かれたドアから見えたのは……何のことは無い、日に照らさせた木々がわずかに揺れる外だった。

 

 どういうことだろう? 風で自然に開いたにしては不自然だけど、誰もいないし……。

 首をかしげて考えていると、今度はひとりでにドアが閉まりだした。幽霊かなにか見えないものが動かしているんじゃないかと思い、怖くなりソファーの上で膝を抱えて震えてしまう。

 

 が――

 

 

「えっ……?」

 

 気がついた。先程まで私が見ていた高さよりも低い位置、そこに()()()()()がドアをゆっくりを閉めようとしていたのだ。

 

「モコッ?」

 

 気が抜けて私がつい出してしまった声に気づいたようで、それはこちらを振りむいてきた。

 その子は()()()()()()()()、それと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。頭には変わった形の帽子、首には青い布が巻かれていて 同じ色のクリクリした目も印象的だった。

 

「モコ!」

 

 片手をシュッと挙げながら掛け声(?)をあげたかと思えばドアに向きなおり、最後までしっかりと閉めた。

 私はここでふと気がつく。あの子、背伸びしないとドアノブに全然とどきそうにない……。つまり、先程ドアを開けたときには、見えてはいないけど一生懸命背伸びしてドアノブを回して開けてたんだと思う。

 

「ふふっ……」

 

 その光景を想像してしまい、一人で(なご)んでしまった。

 すると、あの子が私のいるソファーとは逆の方向、階段仕切られた方へと歩いていった。完全に向こう側に行くのではなく、その手前にある水瓶から水を汲み、その隣の流しで手を洗っているようだ。なお、床に置かれている台に立っているが、結構ギリギリの高さだ。

 

 私は驚いた。モンスターであろうあの子が、人間と同じように手を洗っているなんて……。

 

 

「モココー!」

 

 手を洗い終えたその子はトコトコとソファーのそばまで駆け寄ってきた。そして、私に何かを差し出してきた。

 少し驚いたけど、「なんだろう?」とよく見てみると水でほどよく濡らした布、つまりは「おしぼり」だ。

 

「えっと、ありがとう…?」

 

「モコ!」

 

 おしぼりを受け取ってみると、元気にお返事を返してきてくれた。そしてソファーにピョンと飛び乗り、少し間を空けて私の隣に浅く座ってきた。

 足を交互にぷらぷら揺らしながら、まるでリズムをとるように体も左右に軽く揺れている。小さな手は、背もたれとどかない体が後ろに倒れないように腰を下ろしている場所の少し後ろで支えるようにソファーにおいてあった。

 

 その様子が変に人間臭くて、かつ可愛らしく見えて、私の中に残っていた警戒心や恐怖心が全部無くなり、気づけば自然と笑顔になっていた。

 

 

「モコ?」

 

 首をかしげながら隣の私の顔を見つめてきた。お互い座っているけど身長差から むこうが見上げているかたちで。

 そのしぐさから考えると「どうしたの?」と言ってるのかな?

 

「えっとね、ここはキミのお家なの? って、通じないよね……」

 

 私がこの子の言葉がわからないように、この子も私の言葉がわかるわけがないよね……。そう思ったが、突然ソファーから降り、壁際にある棚の中から一冊の本を持ってきて渡してくれた。

 

「『日記』? ……あっ、名前も書いてある……『マイス』かぁ。あれ? たしか、お姉ちゃんから頼まれたおつかいの相手もマイスって名前だったような……? もしかして、この家の持ち主がマイスさんで、私の目的地でもあったってことかな?」

 

 今はいないみたいだけど、ここで待っていればおつかいを達成できそうで一安心した。このまま待ってみることにしよう。

 んん? そういえば――

 

「もしかして、私の言ってること わかるの……?」

 

「モコッ!」

 

 相変わらず私の方からはわからないけど、この子はわかるようで返事と一緒にしっかりとうなずいて応えてくれた。

 

「それじゃあ、ちょっと聞きたいんだけど……このマイスさんって人、怖くない?」

 

「モコモーコ」

 

 今度は首を横に振り否定してくれた。どういう基準で怖いか否かを判断しているかわからないから安心はできないけど、とりあえずいいってことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 それからの会話ははずんだ。

 とは言っても、私が言ったことをに対して「はい」か「いいえ」で答えてもらうか、お姉ちゃんへの愚痴を聞いてもらうかくらいだったけど、それでももう去年一年分と同じくらい私は話していた。

 

「それでねー、モコちゃん」

 

「モココー?」

 

「ふぇ? どうかした?」

 

 どうかしたのかと思って目を向けてみると、自分を指差しながら首をひねっていた。あっ、もしかして……

 

「「モコちゃん」って言ったこと?」

 

「モコッ」

 

「ほら、ずぅっと「キミ」っていうのも変かなって思って……嫌だった?」

 

「モコー」

 

 モコモコ鳴くからって理由で安直に着けちゃった名前だけど、気にいってくれたみたいでよかったー。

 

 嬉しさを身振り手振りで伝えようとしてくれたり、私の話を楽しそうに聞いてくれるモコちゃんが可愛くなり、ついつい膝に乗せて後ろから抱きかかえるように持って頭をなでてしまう。

 

「ふふっ、モコちゃんって すっごく柔らかくて温かいよねー……」

 

「モコ~」

 

「あっ! そうそう、それでね…………――――――――」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

「ん……あ、れ………?」

 

 少し重たいまぶたを頑張って開き、あたりを見渡す。

 記憶にあるとおりの部屋の中、私もソファーに座っている。ただ違うのは、日が少し傾きだしていたことと――

 

「あれ、モコちゃん……?」

 

 ――私の膝の上にいたはずのモコちゃんがいなくなっていて、代わりの私の体にはタオルケットがかけられていた。

 どこに行ってしまったんだろう? 必死に探してみるけど見当たらない。

 

 

 すると、誰かが階段を降りてくる音が聞こえてきた。だけど、それはモコちゃんのような小さな足ではたたない音で、別の存在だとわかる。

 降りてきたのは、なんだか少し見覚えのある私よりも少し小さいくらいの男の子だった。

 

「よかった、起きたんだね! ……ごめんなさい、あなたがいきなり倒れたからとりあえずウチに運んだんだけど、ちょっと用があって一度外に出ちゃってて……」

 

「あっ……街道でっ」

 

 思い出した。街道で気絶した時に見た男の子だ。

 でも、それ以上に気になることがあったから、そっちを優先する。

 

「あ、あの! モコちゃん 知らない!?」

 

「モコちゃん……?」

 

「えっと……その……」

 

「もしかして、金色の毛の小さな子のこと?」

 

「……! うん、その子!」

 

「時々来る子でね……その子なら、ちょっと前にここから出たよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 モコちゃんがもうどこかへ行ってしまったのは残念だった。本人さえ良ければお家に連れて帰りたいくらいだったのだもの。

 ……でも、モコちゃんは 私みたいに部屋の中でゆっくりしているよりも、外を走り回ったりするほうが好きなのかもしれない。一応はモンスターなんだし……。

 

 

「えっと、それでなんだけど……あっ、僕はマイスっていうんだけど、君がエスティさんの妹の……?」

 

「う、うん。フィリーっていうの。あっ、『マイス』君ってことは……」

 

 お姉ちゃんから私が来ることを聞いていたのかな?…そうだ、今日ここまで来たのは お姉ちゃんからのおつかいのためだ。ここで、ちゃんと用件を言わないと……。

 

 

 あれ……?

 

 

 口が問題無く動く。全然 平常心なんかじゃないけど逃げたくなるほどではない……。いや、昨日までの私だったら 今までのやりとりさえ出来ずにいたと思う。

 目の前にいる人が自分よりも小さな子だから?それとも、最初にモコちゃんのことで必死になってたからそのままの流れで喋れてるのか? ……もしかしたら、モコちゃんとの会話がいい練習になった、とか?

 

 理由はわからないけど、ここで立ち止まったらダメな気がしてならない。勢いに任せてメモを突き出し……

 

「あの……!ここ、このメモに書いてある野菜を!わけてくだしゃいっ!!」

 

 最後の最後で噛んでしまった……。

 恥ずかしくて、怖くなって、逃げてしまいたくなって、でも足が震えてしまって動けなくて、でも……!

 

 

「まかせて! 一番良いのを用意するよ!」

 

 その元気な声に 私はうつむいてしまっていた顔をあげた。

 笑われるんじゃないかと思っていた。実際、マイス君は笑っていた。でも私が思想像していた「笑い」とは違った。ひとを馬鹿にしたようなものじゃなくて、ただ嬉しそうな「笑顔」。

 ただそれだけだったけど、私はなんでか安心することができた。

 

 マイス君は 泣き出しちゃった私に少し慌ててたけどね……。

 

 

 

 

―――――――――

 

***街道***

 

 

 

 

 結局、「護衛無しで帰るのは危ないから」とマイス君がついてきてくれることになった。

 それだけじゃなくて、思ったよりも重かったおつかいの野菜まで持ってもらってしまっている。

 

 

 この帰り道も色々とあった。

 マイス君の家の外に青い布を巻いたウォルフがいて驚いたことから始まり、途中で襲いかかってきた『ぷに』をマイス君が攻撃を当てずに追い払ったりもした。

 だけど、私は「喋った」といえるほど話せずにいた。でも、マイス君が 家にいたウォルフのことや道端に咲いていた花のことを教えてくれたりして、楽しい時間だった。

 

 

 そして、街に入る門の少し手前でマイス君が立ち止まった。

 どうしたのかと思って私も隣に立ってみてマイス君が見ている方向を見てみたけど、そこには大きな門とその上の方に見える遠くにあるお城の上部だけだった。

 

「僕は変わったのかな……」

 

「……どうしたの?」

 

「ううん! こんな時期だけど、ちょっと一年を振り返ったみたんだ。さ、行こう!」

 

 そう言ってマイス君はこっちを振り返りながら街へと向かって歩き出した。

 それから私の住んでる家までの道を、「このお店知ってる?」なんて話をしながら帰った。

 

 

 そして、家の手前で持ってもらってた野菜を受け取った。

 

「それじゃあ、お疲れ様!つかれただろうし、ゆっくり休んでね」

 

「うん、わかったよ…………あ、あとね……」

 

 

 今度こそ、最後の頑張りだ。自分を落ち着かせて、口をしっかりと動かす。

 

 

「また、お邪魔しても、いい……?」

 

「いいよ! でも街道も時々危ないから、もし都合が合えば僕が迎えにくるよ!」

 

「……! うん、それじゃあ……またね!」

 

 

 

 この後、お姉ちゃんからは護衛を付けずに行ってしまったことをもの凄く怒られたりしたんだけど…………これで私の長い一日が終わった。



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マイス「まきぞえと、料理対決」

 マイスくんの活躍の場を増やそうとすると、こういう話ができあがります。

 基本マイス君視点ですが、途中に第三者視点がところどころに挟まっています。ご了承ください。







※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……


***サンライズ食堂***

 

 

 

 

「手伝ってほしいと言われて来たのだが……いったいコレはどういうことだ?」

 

「ええっと……」

 

 いつもより眉間にシワを寄せて不機嫌そうにしているステルクさん。そして、そんなステルクさんに睨まれてたじろいでいるロロナ。

 

 

 僕たちが今いるのは『サンライズ食堂』といってもお客さんは一人もおらず、今店内にいるのは 先に言った2人とクーデリアとイクセルさん、そして僕だ。

 僕とイクセルさんがカウンターの内側…厨房に並んで立っていて、そのちょうど外側のあたりでステルクさんとロロナが話していて、クーデリアは少し離れたカウンターの角の席に座っている。

 

 

 不機嫌そうなまま、カウンター席に座るステルクさんに、僕はカウンター越しに話しかける。

 

「ステルクさん、ごめんなさい。巻き込んでしまって……」

 

「キミが謝ることではない。それに、どちらかといえばキミも巻き込まれた側だろう。ハァ……」

 

「いやぁまあ……そうとも言えなくもないですけど」

 

 

 そもそもの始まりはロロナに呼び出されたこと、そしてそこにはイクセルさんもいて、いきなり「料理対決」を申し込んできたのだ。

 

 なんでも、前に錬金術で料理を作ったロロナに対してイクセルさんが勝負を仕掛けたことがあったらしく、その時は発案者がアストリッドさんでホムちゃんが審判をしてロロナの勝利で幕を引いたらしい。

 そして、その敗北からイクセルさんがもう一度腕を磨きリベンジマッチを企んでいたそうで、もう一度ロロナに挑もうとしたらしい。だけど、ロロナとしてはそう何度も受ける気にはなれなくて……で――

 

 

「料理といえば、この前マイス君の家で食べさせてもらった『おこのみやき』おいしかったなぁ……お昼のおすそわけに持ってきてくれる『パイ』とか『ちゅうかまん』も……」

 

 

 その言葉で、イクセルさんの標的がロロナから僕へと移ったわけだ。

 ロロナ本人は「思い出して つい言っちゃっただけなの!」って言ってたけど、これってほぼ間違いなく「身代わり」だよね……? 悪気があるわけじゃなさそうだから強非難し辛く、結局勝負を受けることになった。

 

 で、僕が食材等の準備をしてくる間にロロナが「公平に審判をする人」としてステルクさんを連れてきた。

 なお、クーデリアはステルクさんに会いに行く途中で会ったらしく「審判はしないけど、勝負自体はちょっと気になるから」と言ってロロナについてきたそうだ。

 

 

「こほん、えー……それでは『イクセくんvsマイス君』の料理対決を始めます!」

 

 似合わない司会進行をロロナがし始めた。

 

「へへっ、手加減はしねぇよ! マイスも全力できな!!」

 

「あははは……」

 

 イクセルさんはやる気十分、背後にメラメラと炎が見えてきそうなほどだ。

 

 

「それじゃぁ、調理! 開始!!」

 

 ロロナの合図でイクセルさんが素早く調理を始める。僕も、持ってきた食材と調理器具を確認、不備が無く 作る予定のものがちゃんと作れそうなので 調理を始めた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「……料理ができるまでの間、ちょっとヒマだね」

 

 クーデリアの座っているカウンター席の隣の席に座るロロナ。

 

「ロロナは司会なんだから、二人が作ってるところを見て何か言ったりすれば?」

 

「うーん? でも、最近『錬金術』でしか料理しなくなったから、普通の調理のことが良くわからなくなってきて……」

 

「あんたねぇ……」

 

 クーデリアは呆れたようにため息をついた。

 

 

「ん……?」

 

「どうかしましたか、ステルクさん?」

 

 ロロナは、少し離れたカウンター席に座っているステルクが疑問符をあげたことに気がつき声をかける。

 

「いや、先程彼が取り出したモノなんだが……。アレはいったい何に使うのかと思ってな」

 

 ステルクが目を向けるのは、マイスが取り出した物。円い枠、その底にカゴのように何かを編んだ底がついている。

 

 

「アレは『蒸し器』ですよ」

 

「ああ、そういえばこないだマイスの家のキッチン見せてもらった時にあったわね」

 

 以前見たロロナとクーデリアがそれについて答えるが、ステルクの疑問が増えた。

 

「肉を蒸し焼きにしたりするとは聞いたことがありはするが、いったい何を……。それに、あまり料理については知らないのだが、蒸すという調理にはあんなに段数が必要なのか?」

 

 そう。『蒸し器』は円い枠のものが4段あり、それの下に底の浅い鍋のようなものと最上部にフタがついていて、かなりの大きさになり存在感があるのだ。

 

「えっと……使ってるところは見たことなくって、よくわからないです」

 

「でも確か『ちゅうかまん』とかいうのはアレで作ったって言ってたわよね?」

 

「そうそう! ってことは今日も『ちゅうかまん』なのかな?」

 

 今日作るものが何なのか予想しだすロロナとクーデリア。途中からステルクさんは置いてけぼりである。

 

 

「ほう……?」

 

 ステルクはマイスの調理を見ていたが、予想を裏切られてばかりで驚いていた。

 小麦粉をこねていたのでパンを作っているのかと思えば、その生地を小さく千切り 棒で薄く伸ばしはじめた。

 半ば不本意に請け負った審判だが、これはこれで良いものなのかもしれない、とステルクは少し今の立場を楽しみだしていた。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「あと少しかな…?」

 

 僕の調理は最終段階まできていて、あとは蒸しあがるのを待つだけになっていた。

 

「できたぜ!!」

 

 おっと、イクセルさんに先を越されてしまったみたいだ。とはいっても、焦ってもいいものはできないので蒸しあがりを待つ。

 

 

「それでは、先にこちらの料理を食べたら良いのか?」

 

「そうですね。僕のができるまではまだ少し時間がかかりますから、冷めないうちにどうぞ!」

 

 僕がそう言うとイクセルさんが「まってました!」といわんばかりにステルクさんの前に料理を出した。

 

 

「おまちどうさん!『イクセルプレート・改』だ」

 

 良い色に焼かれた肉に 添え物の野菜、ソースはお好みでかけられるようにメインの皿とは別の容器に入れてあった。

 その出てきた料理を見て ロロナが呟く。

 

「あれ? 私のときと同じ…?」

 

「肉の焼き方やソースに改良を加えたんだ! あの時とは違うぜ」

 

 自信満々に言うイクセルさんに「へぇ~」とよくわかってなさそうなロロナ。クーデリアは頬杖をついて眺めている。

 

 ステルクさんが一度咳払いをし、ナイフとフォークを手に取りかまえる。

 

「では、いただこう」

 

 みんな――特にイクセルさん――の視線を集めながら、ステルクさんは食べ進めていき……そうかからずに完食した。

 

「ふむ……肉が硬くならないように注意した上で中まで火はしっかりと通してある。そして、ソースにくどさは無く食べ飽きることもなかった」

 

「す、ステルクさんが それらしいこと言ってる……!?」

 

「引き受けた頼みだ、しっかりこなすに決まっているだろう」

 

 驚ロロナ。イクセルさんは感想に良い感触を感じたのだろう、ガッツポーズをしている。

 

 

「それで、マイスのほうももうできたんだから遠慮しないで、冷めないうちに出しちゃいなさいよ」

 

 そうクーデリアが言うと、みんなの視線が僕に向いた。ステルクさんが食べている間に良い頃合いになり『蒸し器』から一人静かに取り出していたのだ。

 

「むっ……。すまない、待たせてしまったようだな」

 

「いえ、丁度いいくらいの熱さになったくらいです。それでこれが僕の作った――」

 

 ステルクさんの前に料理を出す。

 

 

「『しゅうまい』です」

 

 

「「「「しゅうまい?」」」」

 

 まあ、そういう反応になるとは思ったけど……

 皿に盛られているのは円柱形の白い六つの塊、その一つ一つの上に緑色のマメが乗っている。

 

 みんなが「なんだこりゃ」といった様子で『しゅうまい』を見る中、最初にステルクさんが声を出す。

 

「すまない、()()はフォークで食べればいいのか?」

 

「そうですね、スプーンですくえなくもないですけど難しいですし……」

 

「そうか。では……いただこう」

 

 ステルクさんはそう言って『しゅうまい』のひとつを上手く取り、口へと運んだ。

 モグモグと動かす口をみんなが見つめる中、ステルクさんは 十分に噛んだ後それを飲み込んだ。そしてその瞬間に合わせたように「待ちきれない」といった感じでロロナが聞く。

 

「どう、ですか……!?」

 

「……ソース等がついていないから味が少し心配だったのだが、素材の味と香草の味が上手く合わさって良い味わいになっている……。様々な食材を混ぜたものを 薄く伸ばした生地で包んでいたが、混ぜた食材だけでここまでの味が出せるものなのだな」

 

 調理の様子をずっと見ていたっていうこともあるのだろうけど、結構しっかりとしたコメントが言えてて実際すごいと思う……。っと、いちおう自分で説明をしたほうがいいのかな?

 

「はい! 香草と細かく刻んだ『キャベツ』と『タマネギ』を川で釣って下ごしらえをした『エビ』の身と混ぜ合わせて、それを皮で包んで蒸しました!」

 

「知らない味は『エビ』か……下ごしらえをしっかりすれば こんな味がするのか」

 

 そう言うと、もう一つ『しゅうまい』を口に入れた。

 どうやら、あまりエビは食べることが無いようだ。もしかしたら海のほうでは違うのかもしれないけど、今は確かめる手段は無いので とりあえずおいておこう。

 

 

「そ、それで! 俺のとどっちがうまいんだ!?」

 

 イクセルさんの問いかけを聞き、ロロナが「あっ、そういえばこれって料理対決だった」って顔をし、それを見ていたクーデリアがため息をついた。まあロロナがうっかりするのはいつものことなんだろうから、慣れたものだろう。

 

 

 

「……こちらだろう」

 

 ステルクさんはそう言いながら僕の方へと手をむけた。

 

 

「えっ、すっごいマイス君!! イクセくんに勝っちゃった!」

 

「まぁ、でしょうね」

 

 驚くロロナとは対照的に、クーデリアはさも当然のような反応をした。

 そしてイクセルさんはというと……

 

「なんでだ!? 俺の渾身の料理がっ!」

 

 頭を悩ませもだえていた。

 

 

 それを見ていたステルクさんが僕を見てきた。

 

「……確か、私にだした数よりも随分作っていたはずだな? 彼にも食べさせてやってくれ、そうすれば差もわかるだろう」

 

 これに真っ先に反応したのは まさかのロロナ。

 

「あ、はい! 私も食べてみたい!」

 

「はははっ、大丈夫だよ。最初からみんなの分作ってあるから」

 

 新たな『しゅうまい』を取り出し、ロロナ、クーデリア、イクセルさんの前に置く。……イクセルさんは『しゅうまい』をもの凄く睨みつけていた。

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

「ふわぁ……! なにこれ!?」

 

「すっごくおいしいね! くーちゃん!!」

 

 2人にも気に入ってもらえたようで、ロロナのほうなんかは凄い早さで食べ進められている。イクセルさんは……ステルクさんと何か話しているみたいだ。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「知らねぇ料理だから新鮮に思えるとかじゃなくて、ただ単にうまいじゃねぇか……何から何までランクが違うぜ」

 

「まあ、当然だろう。キミと彼ではスタート地点が違ったと言っても過言では無いからな」

 

「……? それって、どういう?」

 

「キミは知らないようだが、彼は自分で畑を作り、そこで野菜などを育てながら生活をしている」

 

「…………。」

 

「この街に来てからまだ1年ほどだが、その前からずっとそういった生活をしているそうだ。……良い野菜に育てるために試行錯誤や色々と努力もしてきたのだろう。その努力の結晶である野菜を料理に使ったわけだ」

 

「それじゃあ……」

 

「料理の技術はキミの方が幾分上だろう。それは人並み以上の料理の腕を持つ彼であっても、キミの方が勝っていた……。しかし、彼は自分の領域である『食材』の部分でキミの料理の上を行った。結果、料理の美味しさの勝負で彼は勝ったのだ」

 

「料理人としての腕は良いって言われても……やっぱ悔しいな」

 

「……まあ、騎士と同じだ。いくら『強い剣』があっても『未熟な者』が使い手であれば、まだ上が存在する。逆も然りだ」

 

「料理も『良い料理の腕』と『良い食材』があって究極の一品に近づくってわけか……」

 

「実際はもっと複雑なのだろうがな」

 

「…………よし!」

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 この日の後、イクセルさんが僕の畑の見学に来たり、野菜の取引を頼まれたりするようになった。



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マイス「街での時間」






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、句読点、行間……


***王宮受付***

 

 

 

 

「はい、依頼品はちゃんと受け取ったわ。お疲れさま!」

 

 依頼の用紙に最後の記入をし終えたエスティさんが、労いの言葉をかけてくれた。

 

「ありがとうございます! こちらこそ、いつも難しい手続きとかを任せきりにしてしまって……」

 

「まあ、それが私の仕事でもあるからね、気にしないで。……ああ そうだ」

 

 

 何かを思い出したようで、エスティさんは受付のカウンターにのりだすようにズズイっと僕の方へと顔を寄せてきた。

 

「ねえねえ、うちの妹に何したの?」

 

「ええっ? エスティさんの妹っていうと、フィリーさんにですか?」

 

「いやね、あの子相変わらず人見知りはするんだけど、でも少しずつ話せるようにはなってきててね。それで、どういう方法を使ったのかなーって」

 

 あまり自信のある方法ではなかったんだけど、少しは効果はあったようで、僕は内心安心した。だって、「方法」とは言っても実際はほぼフィリーさん次第であって大したものではなかったからね。

 

 

「えっとですね、簡単に言うと『人と話すのが苦手なら、人以外で練習しちゃおう作戦』です」

 

「……? って、どういうこと?」

 

「他人との付き合いって話すことで繋がるものだと思います。つまり「話す」ということに対する苦手意識があったらダメなんです。だからまずは自分から喋れるようになっていけばいいんです。でも、そもそも人見知りで人と話せない……そこで僕の友達に手伝ってもらいました」

 

「友達……ああ、青い布を巻いたモンスターのことね」

 

 あれ? 話したかな?

 青い布のことを知っていることに驚いていると、エスティさんはそれに気づいたようで――

 

()()()()()から聞いてたのよ」

 

「……というと、ジオさんとお知り合いなんですか?」

 

「まあ、ちょっとね。あははは……」

 

 乾いた笑いを浮かべるエスティさんを見て「これ以上は聞かないほうがいいんだろうな」と予感し、とりあえず話を前に戻すことにした。

 

 

「それで、フィリーさんの警戒を解いた後 自発的に喋ってもらって、それに対してモンスターが鳴き声やアクションで返事をしたり相槌を打ってもらうことで疑似的な会話をすることができて、会話の練習になっていくんです」

 

「ふーん…なんとなくわからなくもないけど、それって人との会話と同じくらい難しいんじゃない?」

 

「たしかに難しいことですけど、「襲ってこないモンスター」って一度警戒を解ければ モンスターの鳴き声は良くも悪くも好きに解釈できてしまうから、小さな子供がお人形に話しかけるのと近い感覚になれると思うんです」

 

「ほどよく「他人との会話」と「一人遊び」の中間ってとこかしら? なるほど、それで少し話せるようになったと……まだまだ先は長そうだけど」

 

 まあそれは仕方ない事だよね。いきなり変われといわれても出来るものじゃないし、少しずつでいいとは思う。

 

 そもそもこの方法は 、シアレンスにいた人見知りさんなどにモコモコ状態の時に会ったら予想外にもフレンドリーだったことを思い出して考えたものだ。……故に、かなり行き当たりばったりではあったけど。

 いろんな事情があるので、エスティさんには「僕の友達」のモンスターと説明したが、実際は僕自身だったりすることも秘密だ。

 

 

「そうそう、遊びに行きたそうにしてたから今度家に行ってあげてくれない? 街を散策するとか、マイス君の家でお話しするとか好きにしていいからね。とりあえず、家にこもって不健康なあの子を外に出してくれればいいから!」

 

「はい、わかりました!」

 

「うん、よろしくね」

 

 そう言いながらエスティさんは僕の頭をなでてきた。

 それにしても、アーランドの人はよく僕の頭をなでるけど どうしてだろう?身長が低くてなでやすいからかな?

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

 依頼も済ませたので、家へと帰るために職人通りを歩いていた。すると、アトリエから男の子が出てきた。

 

「まいどありっ! また、今度もよろしくな」

 

「うん! またね――あっ、マイス君!」

 

「ん?」

 

 お見送りをするために玄関先まで出てきたロロナが僕に気づき声をかけてくる。それに釣られるように男の子もこちらを向いてきた。

 

「こんにちは、ロロナ。それと、はじめまして! 僕はマイスっていいます!」

 

「オレは行商やってるコオルってんだ。……このねえちゃんから話は聞いてて知ってるんだけど、本当元気なにいちゃんだな」

 

 行商人らしいコオル君は僕より年下のようだけど、それでもちゃんとした商人の仕事をしているとなると凄い事だと思う。アーランドでは普通のことなんだろうか……?

 そういえば、シアレンスにも行商人さんが来ていたけど、アレってどこで仕入れてきたのかわからないような物が結構あって驚かされてばかりだったなぁ。

 

 

 そんなことを考えていると、「でもなぁ」とコオル君が面倒そうに言って、それを見たロロナが口を開いた。

 

「どうかしたのコオルくん?」

 

「一回あんたから聞いた後、このにいちゃんの家を見たことがあってさ。その時留守だったけど自給自足で十分やっていけてる感じで、オレとしては客にならないなー、て思ってさ」

 

確かに、商人としては客になりそうも無い人の相手はあまり有意義ではないのだろう。コオル君の言うとおり、僕は特に生活に困っているわけでもなく、欲しい物も街で問題無く買えるので客には…………そうだ!

 

「コオル君、ちょっと相談があるんだけど……」

 

「「コオル」でいいぜ。で、なんだよ?」

 

「野菜とか……作物の種が欲しいんだ、できればこの街ではお目にかかれないようなものが。取り扱ったりはしていないかな?」

 

 

「そういえばマイス君「育てたことの無いものを育ててみたい」とか言ってたもんね。……それで錬金術を始めたって聞いた時にはすごく驚いたけど」

 

前に話したことを憶えてくれていたロロナが思いだしたように言ってくれたおかげで、コオルもすぐに理解してくれたようだ。

 

「なるほどな、にいちゃんの要望はわかった。正直おれはそういうものは専門外だけど、 行商仲間にちょっと聞いてまわったりしてみる。次の機会には何とかなると思うけど、ちょっと値が張ると思うぜ」

 

「うん、わかった。お金はしっかり用意しておくよ」

 

「んじゃ、またな!」

 

 そう言いながら手を振ってよそへと歩き出していった。

 

 

「コオルくん、しっかりしたいい子でしょ?」

 

 後ろ姿を眺めていたら、ロロナが嬉しそうに話しかけてきた。

 

「そうだね。どんな商売相手でも物怖じせずに上手く交渉できそうな子だよ」

 

「ホントだよ……「生意気で可愛げの無いガキだ」って師匠は嫌ってて、コオルくんも何も買わないからって師匠とは……」

 

「なるほど」

 

 その光景を想像するのはそう難しくは無かった。

 ロロナはおそらく その2人が言い合った際に実際にその場にいたことがあるのだろう。その時が大変だったのだろうか、思い出し泣きというなんとも器用なことをやっていた。



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マイス「モコッ!」

 フィリーちゃんがキャラブレ気味……本来いないはずのマイスくんが絡んだ結果ですから、仕方ないですね!






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


***マイスの家***

 

 

 

 

「それでね、また お姉ちゃんがね……」

 

「モコ~!」

 

 ただいま僕の家でフィリーさんとお喋り中……と言っても僕はモコモコ状態なんだけどね。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 人の状態で街までフィリーさんを迎えに行った後、僕の家まで護衛。それで半分予想していたことだけど――

 

「きょ、今日はモコちゃんいないんだね……」

 

 と、なんとも残念そうに言ったので

 

「あの子は時々遊びに来る子だから」

 

 そう言ったのだけど凄く寂しそうな顔をしてしまったので、本当は もう少し様子を見てからにするつもりだったけど、予定を繰り上げて入れ替わることにした。

 

 まずは『ウォルフ』のブラッシングを軽く教え、それをしてもらっているうちに適当な理由を言って外出することをフィリーさんに伝えた。そして外に出て林の中に隠れて『変身ベルト』でモコモコ状態になり、遊びに来たように家に入った。

 

「あっ……! モコちゃん、こ、こ、こんにちは!」

 

「モコッ!」

 

 そうして、前回のようなお喋りを再びすることとなる。

 なお『ウォルフ』はというと「やれやれ、おれの出番は終わったな」といった様子で歩き、階段脇の寝床に寝にいった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 そして現在にいたるわけだ。

 

 僕はソファーに座ったフィリーさんの隣に座っていたはずなのに、いつの間にかフィリーさんに抱き上げられ(ひざ)に座らさせれていた。

 ううーん、これじゃあ喋る練習にはなっても、相手の目を見て話す練習はできないな……

 

「それとね、前に読んだ本を久しぶりに読み返してみたんだけど……」

 

 まあ フィリーさんが楽しそうだし、わざわざ中断させるのもどうかと思うから とりあえずこのまま続けよっか。

 

 

コンコンコンッ

 

「ひゃい!?」

 

 ふいに響いたノックの音にフィリーさんが飛び上がる。そして、僕をギュっと抱きしめ震えだしてしまった。

 

「えっ、マイス君ならノックしないよね……もももしかしてっ!? ドロボー!!??」

 

 小声でそんなことを言っているフィリーさん。いや、泥棒はノックをしないと思うけどなぁ……。

 でも、いきなりのこととはいえ ここまで怯えてしまうのは予想外だ。まだまだ道は長いということかな?

 

 

 一応言っておくと、フィリーさんは怯えてしまっているが 突然の来訪者に対して特別警戒する必要は無い。何故なら……僕の耳にはドアの外の会話が聞こえてきていたからだ。

 

「留守かな…?」

 

「たぶん違うとは思うわよ?さっき中から声が聞こえたし……でも、マイスがいるならすぐに返事とか出てくるとかしそうよね」

 

「もっ、もしかして泥棒……!?」

 

「だったらなおさら中に入って、追い払うか捕まえるかしねぇとマイスのヤツがかわいそうだぜ?」

 

 来訪者は3人――いや、1人と2匹と言ったほうが正しいのかな? とにかく、リオネラさんとホロホロとアラーニャだ。

 

 

 さて、まずは僕を抱きかかえたまま涙を溜めてがたがた震えるフィリーさん。

 ちょっと苦しいけど体を半回転させて向き合う体制にし、フィリーさんの頭に手を伸ばす。が、ちょっと足りずにオデコまでしか届かなかったので、仕方なくオデコに手を乗せて優しくなでてあげることに。

 

「モコちゃん……」

 

「モコッコモーコッ!」

 

 「大丈夫だよ、安心して」と伝えようと笑顔を向けると、相変わらず震えてはいるけどフィリーさんの顔からは幾分か不安感が消えてきたような気がする。

 

「ありがとうね……モコちゃん」

 

 

 フィリーさんを少し落ち着かせることができた ちょうどその時、玄関のドアがゆっくりと開いてきた。そして、ヒョコリとリオネラさんが顔をのぞかせてきた。

 

「あっ……」

 

 家の中に 知らない子がいたことに驚き戸惑ったような声を出すリオネラさん……が、ここで予想外のことがおきた。

 

 

「ど、ドロボーさんは、帰ってくださいいぃっ!!」

 

 

 僕のすぐそばから大声が上がった。

 その発信源はもちろん――だけど、信じがたいことに――フィリーさん。聞いたことの無いくらいの大きな声で、そばにいた僕だけでなく、寝ていたウォルフも飛び上がるほどだった。

 

「わ、わたしだって! お留守番、ちゃんと……! お、お家を守らなくちゃ……っ!!」

 

 震え泣きながら、自分に言い聞かせるように言うフィリーさん。

 すごく頑張ってくれているのはわかる。けど、これ以上させるのは心苦しい。

 

「あっ!? モコちゃん、行っちゃダメ!!」

 

 悲痛な訴えに対して申し訳ないけど、フィリーさんの腕からすり抜けて半開きのドアまで行き、全開にしてリオネラさんたちを招き入れる。リオネラさんは、いきなり開いたドアに驚いて……続いて僕に気がついて、もう一度驚いていた。

 

 

 そして、泣きじゃくりだしてしまったフィリーさんのもとまで戻り、ソファーに飛び乗ると――

 

「もごぢゃーーーーん!!」

 

「モッ……!?」

 

 ものすごい速さ&力で抱き締められた。く……苦しいけど、とにかく落ち着かせないと……!

 チョンチョンと(ほお)をつつくと、涙があふれながらも僕を見てくれた。それを確認して、手でジェスチャーをしたりしながらフィリーさんに何とか伝えようとした。

 

「モコッコモーコ、モーコッモコモコー」

 

「…………。」

 

 うん、まあ、伝わるわけないよね……。

 玄関口のほうでは「なんだこの状況…?」、「さあ……」というホロホロとアラーニャの呟きが聞こえてきて、僕に的確に精神的ダメージを与えてきた。

 

「……も……もしかして、モコちゃんの知ってる人?」

 

 ……以外に伝わったようだ。

 僕とリオネラさんたちを交互に見るフィリーさんに「モコッ」と返事をしながら笑顔で頷くと、フィリーさんは安堵の表情を浮かべた。

 

 

 

ごめんなさい……

 

 僕を抱えた状態で、消えかかりそうな小さな声でリオネラさんに謝るフィリーさん。それに対して、机を挟んでソファーとは反対側にある椅子に座っているリオネラさんはワタワタしながらも返事を返す。

 

「だ大丈夫、ちょっとビックリしたがけだから……!」

 

 リオネラさんのほうもなんだか緊張しているようで、笑顔をつくろうとしているみたいだけど変に堅い笑顔になってしまっている。そんな2人にホロホロとアラーニャは いつものようにふわふわ浮かびながら会話に加わっていった。

 

「それにしても、アナタを見てたら昔のリオネラを思い出しちゃったわ」

 

「ああ確かにな。リオネラもちょっと前までは、知らない奴が近寄ったりしたら泣いたり、ひっかいたり、逃げ出したり、いそがしい人見知りだったしな」

 

 へぇ、リオネラさんも人見知りだったということは初耳だ。今なんて、人前で人形劇をしていたりするのにね。

 ……そういえば後から聞いた話だけど、僕が初めて会った時サイフをなくしていたのは、人形劇のあとにお客さんから逃げ出しちゃったからとか言ってたっけ? じゃあまだ完全に人見知りがなおったわけじゃないのかな?

 

 

 先程のやりとりから、気が合いそうに感じたりでもしたのだろうか。フィリーさんとリオネラさんは互いに おずおずとだけど話しはじめた。

 もしかしたら、モンスターとの会話で練習するっていう方法じゃなく、リオネラさんと会わせてみることで フィリーさんの人見知りをなおせそうかな。

 

 

「そういえば、マイス君 遅いな……?」

 

「そんなに時間がたったの? 何かあったのかな……」

 

 フィリーさんの言葉に、不安そうに尋ねるリオネラさん。

 気づかない内に結構な時間がたってしまっていたみたいだ。それじゃあそろそろ、家から出て変身して人の姿で戻ってこよう。

 

 ピョンと跳んでフィリーさんの腕から飛び出し、玄関へと向かう。

 

「モコちゃん、行っちゃうの……?」

 

 その声に振り返ると、泣きそうな顔でこっちを見つめるフィリーさん。

 

「また、会えるよね……!」

 

「モコッ!!」

 

 返事をしながら片手をグッと挙げる。僕としては「もちろん!」と返したつもりだけど、ちゃんと伝わっただろうか。

 

 

「またねー」

 

 そう言いながら玄関からお見送りをしてくれているフィリーさん。そして、そのそばで小さく手を振ってくれているリオネラさんとホロホロとアラーニャ。僕は林の中を駆け抜け、十分に距離をとった後 周囲に誰もいないことを確認して『変身ベルト』で人の姿になる。

 

「さてっと、それじゃあ街道のほうに出て家に戻ろう」

 

 おそらくその時間は、フィリーさんはリオネラさんと話す時間になるはずだ。人見知りをなおすきっかけになるだろう。

 そんなことを考えながら 僕はゆっくりと家への道へと歩き出した。



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ホム「…………」

 犬派?猫派?ホムンクルス派?

 良いお年を。






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……


***職人通り***

 

 

 

「なー うなー」

 

「……どうしたらいいのでしょう」

 

 わたしの腕の中で鳴くこなーを見ながら、ひとり呟いていました。

 

 

 

 ホムはマスターに頼まれたおつかいの途中、ホムの足元にスリ寄ってくる1匹の子ネコに出会いました。その子ネコに『こなー』という名前をつけてアトリエに連れて帰りました。

 アトリエで育てることはできないか聞きましたがグランドマスターに反対され元の場所に捨ててくるよう命令を受けました。

 

 ()()()…………

 

 こなーが元いた場所の周りを見てまわりましたが、やはり親ネコらしき姿は見当たりません。こんな小さな子ネコを1匹で放置するのは危ないと判断します。

 

「……なぜでしょう? ホムは命令よりも、こなーを捨てない理由を探すことを優先してます」

 

 ホムンクルスのホムにとって、創造主であるグランドマスターの命令は絶対的なものです……でも、ホムはこなーを捨てることができずにいます。

 

 

「なー?」

 

「どうしたらよいのでしょう……」

 

 

 

「こんにちは、ホムちゃん」

 

 ホムに呼びかける声に気づき、おとしてしまっていた視線を上げると、黄色っぽい金髪の少年がいました

 ホムはこの少年とは面識があります。たしか、名前は――

 

「マイス……でしたか?」

 

「憶えててくれてたんだね! よかったー…」

 

 名前を言うと、何故かわかりませんがマイスは喜んでいるようでした。

 そういえば、グランドマスターが言っていましたがマイスはマスターとはまた違った天然だそうです。説明はホムには理解できませんでしたが、とにかく変わり者だそうです。

 

 

「ホムに何か御用ですか?」

 

「えっと……用っていうほどじゃないんだけどね。なんだかホムちゃんが悲しそうな顔していたから、どうしたのかなーって思って」

 

「ホムがですか……?」

 

 ホムには覚えがありません。困っていたりはしていたかもしれませんが、悲しんでいたりはしていないと思います……おそらく。

 

「なー」

 

 そんなことを考えていると、ホムが抱き抱えていたこなーが鳴き声をあげました。マイスはそれでやっとこなーの存在に気がついたようです。

 

「うわー! 可愛いネコちゃんだね」

 

「ネコではなく、この子はこなーです」

 

「そうなんだー。こんにちは、こなー」

 

 ホムの指摘を素直に受け入れ、訂正をしたマイスはホムが抱いているこなーに手を伸ばしてきました。こなーはその手に驚くことも無く、近づいてきたマイスの指をペロペロと舐めはじめました

 

「人懐っこくて元気な子だね」

 

「いえ、触ろうとしたマスターに威嚇をしていました」

 

「えっそうなの……?」

 

「この様子を見ると、マスターがネコに嫌われやすいのではないかと」

 

 ホムにもマイスにも問題無く接していることから、そう推測することができました。そうでないなら、ホムとマイスがネコに好かれやすいということでしょうか?

 

 

「それで、もしかしてこなーのことで何かあったの?」

 

 こなーをなでていたマイスがこちらを向いて問いかけてきました。

 特に隠すこともない……もとい、話しても問題無いと判断できたので、経緯を話してしまいましょう……

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「なるほど……アストリッドさんの命令をこなしたい、だけどこなーを捨ててしまいたくない、ってことだよね」

 

「おおよそ、そのとおりです」

 

 説明を終えると、マイスは腕を組んで首をひねり何か考え始めました。そして、そうたたないうちに「そうだ!」と一言いいながら手をうちました。

 

「こなーを拾ったのってどこ?」

 

「この『職人通り』の途中です」

 

「それじゃあ そこまで案内してくれないかな」

 

「それは かまいませんが……?」

 

 どういうことかわかりませんが、ホムは頼まれたとおり案内をはじめます。当然こなーを抱っこして、です。

 

 

 

「ここです。ここでホムの足にすり寄ってきました」

 

「よし、それじゃあここでこなーを離してみようか!」

 

「……なにを言っているのですか」

 

「言いたいことはわかるけど、一回地面に降ろしてくれるだけでいいから。お願い!」

 

 ますますわからなくなってきましたが、すごくお願いされましたし、とりあえず言うことを聞いてみることにしましょう。

 

 

「うなー?」

 

 こなーを地面に降ろすと、すぐにマイスがヒョイとこなーを抱き上げてホムの方へ近寄ってきた。

 

「ホムちゃん、こなーをなでてみて」

 

「言われなくてもなでますが……結局どういうことですか?」

 

 こなーをなでながらホムが疑問を口にすると、マイスはニコニコしながら答えてきました。

 

「これなら アストリッドさんの命令をこなせて、ホムちゃんはこなーと遊べるかなーって思ってね」

 

「…………?」

 

「ホムちゃんのお家であるアトリエではこなーを育てたらいけいないって言われたけど、僕の家ではそんなことはない。そして僕はほぼ毎日街に来るから、こなーを連れて遊びに来れる」

 

「確かにマイスは街の外に住んでいますが、そう遠くなく、行くのも難しくないでしょう。……あぁ、なるほど」

 

 ホムは自分でそこまで言って気がつきました。アトリエで育てるよりは会い辛いでしょうが、それでも言うほどではありません。

 

 それに、言われたとおり「元の場所」でホムはこなーを地面に降ろし「捨てた」。あくまで今こなーを拾っているのはマイスなので、グランドマスターの命令をちゃんとこなしたと言えなくもないでしょう。

 

 

「ありがとうございます。ですが、マイスの家にはモンスターも暮らしていると聞いてますが大丈夫ですか?」

 

「うん! あの子はとっても優しい子だから、こなーとも仲良くなれるよ!」

 

 とても良い笑顔でマイスは言いますが、正直なところ確証の持てる証拠がありませんので、あまり信用できません。

 

 

「本当に大丈夫か確認するために今からマイスの家に行きます。今度はマイスが案内してください」

 

「あははは……わかったよ」

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 結論から言うと、マイスの家にいたウォルフとこなーは問題無く、丸まって寝ころがってる『ウォルフ』の上でこなーが寝たりするくらいになりました。

 ホムも、こなーが街に来たときやホムが時間が空いた時に会いに行き、遊ぶようになりました。



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メリオダス「悩みの種と」

 新年一発目に、これまで未登場のキャラ……これでいいのか?

 メリオダス・オルコック氏とは、アーランド王国の大臣である!






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


 全く……頭を悩まされてかなわない。大臣であるこのわしがなぜ……

 

 原因はふたつほどある。

 

 ひとつ目はあの忌々しいアトリエだ。

 早急に取り潰すように言っておいたはずが、担当の騎士は「国からの依頼を問題無くこなせている」と言って取り潰さずにいるのだ。

 秘密裏に 嫌がらせや妨害を行ったり、()()()()も使ったが成果は出ない。ついこの間は、王国依頼の品に必要な素材 『マジックグラス』は雑貨屋から買占め、『森キャベツ』は『キャベツ税』を導入して入手を困難にした。が、それでもアトリエの奴らは王国依頼を最高評価で達成したと報告がきた。

 

 ふたつ目は……正直、もうどれくらいこの問題に悩まされているかはわからない。このアーランドの国王のことだ。自らの王としての責務を果たさずに仕事を投げ出し 王宮から抜け出してウロウロする。

 もはや今に始まったことではないのだが、王宮の騎士達を含め多くの人間に迷惑をかけていることは間違いない。無論、わしもその内のひとりだ。

 

 

 

「……執務室に戻るとするか」

 

 運営に問題は無いか視察もかねて、担当に問いに工場へ行ってきた帰りなのだが、足が重い。どうも疲れが溜まってしまっているように感じる。これも、仕事を増やす国王のせいだ、そうに違いない。

 

 

 王宮へと戻ってくると、出入り口から世辞にも王宮は似合わない少年が、重そうに両手でカゴを持って出てくるのが見えた

 

 はて、見覚えの無い顔だな……あのくらいの歳の騎士などいないはずだから、騎士の誰かの子供か兄弟だろうか…?

 

 まあ大したことではないと思い、すれ違える位置を歩き気にせず王宮に入ろうとしたが、ふいに少年が立ち止まったのだ。何事かと目を向けると……少年と目があった。そして、少年はにっこりと笑い――

 

「こんにちは!」

 

そう言いながらしっかりとお辞儀をしてきて、その後上げた顔には先程と同じく無邪気な笑顔があった。

 

 

 別段、何か言うことも無いただの挨拶だ。

 だが何故か その無邪気な笑顔がアイツと重なってしまった。()()()()も昔は楽しそうに、嬉しそうに、わしに笑顔を向けてくれていた。

 

 ……おかしな話だ。この少年くらいの歳の頃にはもう家を出ていたというのに。

 わしも少し歳をとりすぎたか、いや この疲れのせいか……?

 

 

 おっと いかんいかん。返事もせんで黙っていたから 少年も不思議そうに小首をかしげてしまっているではないか。

 

「オホンッ! うむ、良い挨拶だ。最近の子にしては礼儀がよくて少しばかり驚かされたわ」

 

「……? えっと、ありがとうございます?」

 

 また不思議そうな顔をしている……。つまり、あのくらいは普通のことだとおもっているのだろうな、この少年は。

 

 

 ……にしても、わしの顔をじっと見過ぎではないか?

 

「わしの顔に何かついているのか?」

 

「あっ、いえ、そうじゃなくて……とても疲れているような顔をしていたから……」

 

「ムッ……子供に心配されるとは、わしも焼きが回ったか」

 

 わしを見て心配そうな顔をする少年は、何かを思いたったのか自分の持つカゴを漁りだして ひとつのビンを取り出してきた。そして、カゴを地面に置いたままビンをわしに渡してきた。

 

「これ、疲れてる時にいいドリンクです。よかったら使ってください!」

 

 そう言って少年はお辞儀をして街へと歩き出そうとした。

 

 

「待て」

 

 わしはそう言って少年を引き留める。

 このご時世、ビンも大量に生産できるようにはなってきたが、一般的には洗って再利用することが基本だ。今のうちに返しておくほうがよかろう。

 立ち止まって振り返る少年を確認し、わしはビンの蓋を開け中の液体を飲みほした。思っていたような薬品臭さは無く、飲みやすいものだったことに驚きつつも 再び蓋を閉め、少年に差し出す。

 

「……効果はどれほどかはわからんが、悪くないな。礼を言っておこう」

 

 上手い言葉が考えつかず、投げっ放しになってしまったことを少し後悔しながらも礼は言えた。……少し偉そうにしすぎだろうか……?

 

 わしの不安をよそにビンを受け取った少年は嬉しそうに笑い、もう一度お辞儀をしてきた。

 

「ありがとうございます! お仕事、頑張ってください!」

 

 

 

 街のほうへと遠ざかる小さな背中が人混みに紛れてしまうのを見届けてから、わしは王宮の中へと足を向けた。ドリンクのおかげか、それとも少年のおかげか、不思議と足は軽くなっていた。

 

 ……執務室に戻る前に、少し調べてみるか。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***王宮受付***

 

 

 

 

「受付嬢」

 

「あっ大臣、どうかしました?」

 

 出入り口すぐの広間に設けられた王宮受付。ここにいる受付嬢ならば出入りする人を必然的に見るわけで、他の者よりもそれらについて知っているはずだろう。

 

「さっき礼儀の良い子供を見かけたのだが、あれはどこの子だ?」

 

「礼儀の良い……もしかして、このくらいの身長の金髪の子ですか?」

 

「そうだ、そいつだ」

 

「前に『身包みはがされた異国の少年を保護した』っていう報告書を一応提出したことがあるんですが……」

 

 そういえばそんな書類が一度きたことがあったような気も……特に金を必要としてるわけじゃなかったから、流し読みして判を押したのだったか。言われてみれば、服装はあまり見かけない様式のものだったな。

 

 

「その時の少年がそうだと?」

 

「マイス君っていって、今は街の外の空き家を整備して畑を作って生活してて、ほぼ自給自足で暮らしてるといった感じですね」

 

 それにしても街の外で1人暮らし、そのうえ 自給自足ときたか……なんとたくましい少年なのだろか。

 すると受付嬢が何やら嬉しそうに笑い、話しだした。

 

「ここの依頼も色々こなしてくれていまして、ここ最近で達成した依頼の数は錬金術のアトリエに次いで二番目なんですよ」

 

「アトリエだと……?」

 

「とは言っても、彼を助けてアーランドまで連れてきたのはアトリエ関係者で、その縁からか交流があるそうで、だから仕事上はライバル関係に近いですけど結構仲が良いそうですよ」

 

 なるほど、さっきは依頼の報告か何かのために王宮に来ていたというわけか。

 しかし 聞いた話からすると、今しがた思いついたあの少年を1位に押し上げてアトリエの人気を下げさせる計画は使えそうにはないか……。

 

 

「彼、最近それなりに有名になってきて「食材や花の依頼は彼に任せれば まず問題無い」って言われるくらいなんですよ。それに関しては、大臣もご存知かと」

 

「なに? ……覚えがないが」

 

「ついこのあいだ王宮内で新しい茶葉が使われるようになりましたよね?」

 

「ああ、あの茶は仕事の休憩に飲むと、うまくて程良リラックスできる」

 

「あれ、彼が作ったものですよ」

 

「何!?」

 

「言葉の通り彼が葉を育て、お茶を入れられる状態まで加工して、定期的に王宮に卸してくれてるんです」

 

 なんということだ! あの歳で そこまでの知識と技術があるとは!! それに、王宮にはそれなりの人数がいるわけで茶葉の量もかなりのものになるはず、それをひとりでするとなれば 根気も半端ではない。

 もしかすると、あのドリンクも少年が作ったものなのだろうか?

 

 

 ドリンクに関して何か知らないか聞こうと ふと顔を受付嬢に向けると、受付嬢の顔が暗くなっていることに気がついた

 

「でも彼、かなり苦労してるんですよ。この前なんて「美味しいものをみんなに食べてもらいたい」って言って、そこらへんに転がっているような『森キャベツ』を畑で育てて改良して凄く美味しい『キャベツ』に育て上げたのに『キャベツ税』の影響で中々買ってもらえなくて……」

 

「なっ……!?」

 

 なんとういことだ!? まさか 忌々しいアトリエの連中を陥れるための『キャベツ税』が、アトリエには影響が無く、あの健気な少年を苦しめてしまっていただけだというのか……!?

 くそっ! なんだこの罪悪感は……!?

 

 

「すまん、わしは執務室に戻る……」

 

 そう受付嬢に告げ、わしは執務室の方へと歩き出す。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「あれ? なんというか、ものすごく変な反応だったんだけど……」

 

 受付嬢ことエスティ・エアハルトは驚きを隠せなかった。何故なら、彼女の知るメリオダス大臣からは到底予想のできない反応だったからだ。

 

「大臣に何かあったのかしら……?」

 

 気にはなったが 考えてもしかたないと思い、いつものように受付で暇つぶしを探す作業に戻った。



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タントリス「あんまり気は進まないな……」






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***職人通り***

 

 

 

 

「さて、っと……どうしたものかな」

 

 大臣である親父に言われてアトリエの店主に近づいてから それなりの時間が経った。

 とは言っても、ロロナに出会ったのは親父に言われる前なので、なにも 本気でアトリエを潰すために近づいたわけではない。

 

 まあ、色々と悩みながらも気の向くままに行動していたのだけど、つい先日、親父に呼び出された。

 アトリエを潰すための工作行為の催促かと思ってたんだけど、その予想は良くか悪くか裏切られることになった。

 

 

「アトリエと交友関係にある奴らの中に『マイス』という少年がいるはずだ。そいつについて調べてこい」

 

 

 その言葉を聞いたとき、正直 僕は驚いた。正確には「表情を見て」って言うべきかもしれないけどね。

 アトリエのことを話す時のようにイライラして眉間にシワを寄せているわけでもなければ、何か悪だくみを思いついた嫌な笑みでもない。苦虫を噛み潰した……いや、ただ単純にバツが悪そうにしていたんだ。似合わないことこの上なかったね。

 

 

 まあ『マイス』って人については少しは知っていた。

 僕だって いちおうはロロナの手伝いをしたりしているのだから、話には聞いたりはしている。未だに会ったことはないんだけどね。

 

 「小さな少年」、「街の外に住んでいる」、「畑で色々育ててる」、「アトリエにおすそわけを度々持ってくる」、「けっこう戦える」……僕が現段階で聞いたことのある情報はこのくらい。

 

 さて、もっと詳しく知ろうとするとなれば、本人に会ってみるっていう手もあるにはあるけど、ここは無難にロロナあたりから話を聞いてみるほうが気乗りがする。

 

 

 というわけで、今現在 僕はアトリエの前にいる。

 ……できれば、先代店主である彼女がいないとやりやすいんだけどね。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

「あっ、タントさん いらっしゃい!」

 

 そう言って出迎えてくれたのは店主のロロナ。そのそばには フリルが沢山ついた服を着ている少女……確かホムンクルスのホムちゃん、だったかな? それと―――

 

「そういえば、マイス君は初めましてだったよね? 前に話したことあると思うけど、この人はタントリスさんっていってね、色々助けてくれてるの! それと楽器の演奏が凄く上手なんだよ」

 

「はじめまして !僕はマイスっていいます。よろしくお願いします!」

 

 ……なんで、ご本人がいるんだろうね? たまたまタイミングが重なっちゃったのかな。

 

 

「キミがマイス君か。噂はときどき耳にしてたけど、思った以上の人みたいだね」

 

 特に口に出したりはしないけど、本当に思った以上だったことは確かだ。

 正直なところ 確かに分類するなら『少年』にあてはまるだろうけど、子供っぽさが抜けてない……というか ほぼ子供と言って差し支えない。畑を耕すよりも街の広場で遊んでいたほうがしっくりきそうだ。

 

「えへへっ。ですよねー、マイス君ってホントにすごいんですよー!」

 

「なぜマスターが偉そうにしているのですか?」

 

「なー……」

 

 僕の言葉に反応したのは どうしてかロロナだった。

 どういう風に思ったのかはわからないけど、ニコニコ笑って誇らしげに胸を張っていた。聞いてのとおりホムンクルスのホムちゃんとその足元にいる子ネコにまでツッコまれているけど……。

 

 

 

「タントさん、今からみんなでお昼を食べるところなんですけど……一緒にどうですか?」

 

「……ん、それじゃあ お呼ばれされちゃおうかな。本当はロロナと2人っきりで楽しみたいところだけど、ね?」

 

「あはは。もう、タントさんったら いつもそんな冗談ばっかり言ってー」

 

 半分、いや それ以上に本気なんだけどなぁ……。

 

 

「マイス、こなーのゴハンも準備してください」

 

「あっ、でもせっかくだからホムちゃんも一緒にやって覚えてみない?」

 

「…アリですね。それではやりましょう」

 

 むこうはむこうでコッチの会話は気にせず、か……。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「ごちそうさまー! あぁ……おいしかったー」

 

 『サンドウィッチ』を食べ終え 幸せそうな顔をしているロロナ。ホムちゃんは膝の上に満腹状態の子ネコを乗せて気の趣くままに なでたり じゃらしたりしていた。そしてマイス君は『サンドウィッチ』が盛られていたお皿をまとめ上げはじめていた。

 

 

「確かに、とてもおいしかったね。でも、今度はぜひロロナの手料理を食べてみたいな…」

 

 『サンドウィッチ』はマイス君が用意してきたものらしく、「マイスを調べる」一環にはなったけど、個人的にはロロナの料理を食べてみたかったというのは本音だ。

 

「うぇ……やめてくださいよー、マイス君の料理と比べられると……」

 

 うーん、思ったような返答は中々貰えないな……。そこは「また今度!」って誘ってほしいところなんだけど。

 

 

「そんなことないと思うよ。だってロロナの作った『パイ』とかすっごく美味しいから、僕 大好きだよ?」

 

 マイス君がロロナにそう言った。そしたらホムちゃんのほうもそれに続くように言った

 

「はい。マスターは『パイ』に関してだけは特筆すべきところがあると思います」

 

「ほむちゃん、それ、フォローになってないよぉ……うわーん! どーせ私は『パイ』だけなんだー!!」

 

 ……本当に仲が良いな、この子たちは。

 

 

 

「それじゃあ、ちょっとお皿片付けてくるから 奥の流し借りるよ」

 

 そう言いながらマイス君が重ねたお皿を持ち上げた。

 

「それなら私が――」

「ホムもできます」

 

「ううん。せっかくタントリスさんが遊びに来てくれてるんだから、ロロナはゆっくりお話ししてていいよ。ホムちゃんも、今立ったら気持ちよさそうに寝ているこなーが起きちゃってかわいそうだからさ」

 

「それも……そうかな?」

「……わかりました」

 

 2人の返事を確認したマイス君は、奥の部屋へと姿を消した。

 

 うん、このタイミングがちょうどいいかもしれないね。

 マイス君がやってる事や人柄なんかは昼食中に聞けたから、僕が個人的に気になったことを聞いてみるとしよう。

 

「ねぇロロナ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ…」

 

「はい? なんですか?」

 

 

「ロロナとマイス君はどういう関係なんだい?」

 

「友達ですよ?」

 

「…………。」

「…………。」

 

 即答か。

 いや、僕としては嬉しいんだけど、ここまで即答されると 逆に気になっちゃうな……。

 

「あっ、でも」

 

 何か思いたったかのようにロロナがハッとし顔をあげたかと思えば、わずかにだけど頬を赤くしていて。ってことは、もしかして……。

 

「マイス君には秘密なんですけど……」

 

「なんだけど?」

 

 

 

 

 

「ほんとうの弟みたいに思ってるんです!!」

 

 

「えっ!?」

 

 なら、なんで頬を赤くしたんだい!?

 

 

「ということはホムからすると「兄」ということですか」

 

「どういうことだい!?」

 

 いや、本当に意味がわからないんだけど!?

 

 

「実はね、師匠に「弟と妹、いるならどっちがいい」って聞かれた時、マイス君っていう「弟」がいたから「妹」って答えたんだ~。あっ、師匠には内緒にしてね」

 

「わかりました。グランドマスターには秘密にしておきます」

 

 

「もう完全に僕は置いてけぼりなんだけど……」

 

「なうー?」

 

 僕が呟くと、いつの間にか目を覚ましていた子ネコがこちらを向いて首をかしげていた。なんだろうね、この虚しさは……。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 ほどなくお茶を持ってマイス君が戻ってきたんだけど、その時 僕は会話に入れておらず、ロロナとホムちゃんがふたりで話していた。

 

「食後のお茶を入れてきました! 何のお話ししてたんですか?」

 

「えっとね、マイス君はしっかりしてるけどどこか抜けてて可愛いよねーって」

 

「はい、おにいちゃんはマスターほどではないですけど「ドジっこ」だという話をしていました」

 

「えっ……」

 

「あーっ! マイス君、ほむちゃんに「おにいちゃん」って呼ばれてズルーい! 私なんて「おねえちゃん」って呼んでもらうの師匠に禁止されてるのに~」

 

 

 ササッと2人にお茶を渡し、僕にお茶を渡してくれた後困った顔をしながら……、

 

「あのタントリスさん、何があったんですか……?」

 

「僕にもわからないよ、あれは……」

 

 ハァ、親父にも どう報告すべきかな……?



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マイス「専門の人にはかなわないけど」





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***王宮受付***

 

 

 

「お疲れ様! いつもありがとうね、マイス君」

 

 エスティさんは達成した依頼の用紙と納品物をしまうと、新しく入った依頼書の束を僕に渡してくれた。

 

「それじゃあ、受けたい依頼がないか見てちょうだい。 で、見ながらでいいから ちょーっと私の相談を聞いてくれないかしら?」

 

 

「どうかしたんですか?」

 

 依頼書の束をめくろうとした手を止めて、エスティさんを見る。

 相談といえば、以前のようにフィリーさんに関することだろうか?

 

「私自身のことじゃないんだけどね……今日はもう雑貨屋さんに寄った?」

 

「いえ、まだですけど」

 

「なら知らないか……。あのね、ティファナが体調崩しちゃって 今日は雑貨屋さんはお休みなのよ」

 

「そうなんですか!?」

 

 ティファナさんが身体が弱くて時折体調を崩すことは知っていたが、だからといって心配にならないわけではない。

 

 

「ティファナって今ひとり暮らしなのよね。だから、いつも体調を崩した時は私が様子を見に行ったりするんだけど、今日は運悪く仕事を抜けられそうになくってね……。それで、マイス君にちょっとティファナのこと頼みたいのよ」

 

「僕がですか?」

 

「ロロナちゃんあたりに頼もうかとも思ったけど、ここのところ依頼の期限に追われてるみたいで……お見舞いと軽い看病くらいでいいからお願いできないかしら?」

 

 先日、ホムちゃんから「少し働き詰めになりそうですから2,3日こなーは連れて来なくていいです」とお達しを受けていたけど、依頼の期限のせいだったのか……。

 おかげで、というわけではないけど今日は特に予定が無いので、エスティさんからのお願いを聞けそうだ。

 

「はい! 任せてください!」

 

「ありがとう! はい、コレがティファナのとこの合鍵。落としたりしないようにね」

 

 エスティさんが合鍵を持っていることに驚きかけたが、時折体調を崩すティファナさんのところに行くって言っていたから ティファナさんから受け取っていてもそれほどおかしくないことに気がつく。

 

「それじゃあ、ひととおり終えたら合鍵を返しにきますね」

 

「うん、よろしくね。その時も鍵の閉め忘れに気をつけてちょうだいね」

 

「はい!」

 

 返事をし、王宮受付を後にし外へと出る。自分のカゴの中に何が入っているかを確認した後、雑貨屋さんへと歩を進める。

 

 

その様子を見送るエスティはひとり呟く。

 

「まあ大丈夫よね、マイス君ならティファナに変なことしたりしないだろうし」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

 

「今持ってる花の中で一番良いのをお見舞いの品として花瓶にいれて、あとそれと、食欲がありそうだったら軽いゴハンを作ってあげて……他に何かあるかな?」

 

 そんなことを考えながら、雑貨屋さんまでの道のりを歩いていく。

 すると、少し先に 人だかり―――とは言っても3人ほどの塊なのだが―――があり、雑貨屋さんの入り口は その先だった。

 

 ……まあ 通れないほどでもないから 特に問題はないんだけど。

 

 

「すみません、ちょっと通りますね」

 

 エスティさんから預かった合鍵を取り出しながら、3人のそばを通り過ぎる。

 

「「「ああ、これは失敬」」」

 

 三人はそう言いながら 少し避けてくれた。

 

 僕は 合鍵で雑貨屋の扉の鍵を開け、店内に入り、そして内側から鍵をかけなおした。

 

 

「さて、ティファナさんはいつもレジカウンター奥の扉から出てきてたから……あの先にティファナさんがいるのかな?」

 

 いちおうはエスティさんの許可があるとはいえ、あまり勝手にウロウロするのは さすがに失礼だと思うので、なるべく早く見つけ出したいところ

 まずはティファナさんのいる部屋。それとキッチンもわかるといいんだけど……

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 奥の扉に入った後は、思っていたよりも簡単にティファナさんがいる部屋を見つけ出せた。けど、ちょうどティファナさんはベッドで寝ていた。

 なので、今は部屋のすぐそばにあったキッチンを勝手ながら借りて料理を作っている。

 

 作っているのは『おかゆ』、体調が悪い時の定番……だと思っている。

 もし、ティファナさんが食べられそうになかったら 持って帰って自分で食べるなり何なりすれば良いだろう。

 

 

「よし、できた!」

 

 あれから少し時間が経ったことだし、ティファナさんの様子を見に行くとしよう。

 できた『おかゆ』はティファナさんが起きていて 食欲がありそうだったときに持っていくとして、今は花だけでも持っていこうか……。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

ガチャ

 

「ん……エスティ?」

 

 寝室のドアを開けると、ティファナさんがちょうど起きた――というよりも、起こしちゃったみたいかな?

 

「お邪魔してます、マイスです」

 

「あら? え、マイスくん……?」

 

「えっと、エスティさんが仕事が忙しいみたいで、けど「心配だから」と僕に頼んで……」

 

 大まかな話の流れを説明すると、ティファナさんはわかってくれたようで「そうだったのー」と言ってくれた。

 

 

「ごめんなさいね、気を使わせちゃって……」

 

「誰だって体調が悪くなる時はあります……それに、僕もティファナさんが元気が無くなったら心配になります。僕がこうしたかっただけですよ」

 

「……ありがとうね、マイスくん」

 

「いえいえ……それで、お腹とかすいてませんか?」

 

「あら、もしかして何か用意してくれるのかしら?」

 

「はい! 体調が悪い時でも食べやすいものを――」

 

 

…………………………

 

 

………………

 

 

 それからティファナさんは用意していた『おかゆ』をゆっくりと食べた。食欲はちゃんとあるようで、一人前を全部食べていた。このぶんなら回復も早いと思う。

 

 そして、ティファナさんが再び眠るまでの間、本人からの要望で「僕が最近何をしているのか」「どんなことがあったか」をお話しした。

 ……気づけば小さな寝息が聞こえてきたので、そこで僕は静かに片づけをし、ひとつ簡単な薬を置き、その場を後にした……。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

〈おまけ〉

 

(マイスが雑貨屋に入った後の雑貨屋前)

 

 

「どどっど、どういうことだ!?」

 

「私も普通に避けて場所を譲ってしまったが、何故っ! あの少年がっ! ティファナちゃんの店の鍵をぉぉおぉぉぉ!?」

 

「つまり、そういうことか! どういうことだ!? ぬわぁー……」

 

 

 3人…………言わずともわかるかもしれないが、普段毎日のように雑貨屋に入り浸っている グレン、ヒューイ、バーニィ のいい歳した大人三人組である。

 

 体調を崩して休んだティファナを心配しながらも、「病弱なところも……」という発言から不謹慎うんぬん お見舞いに行ってみたいなどと談話をしていたが、マイスの登場&カギをあけて入っていったことにより、色んな意味で大変なことになっていた。

 

 

 そのうち落ち着いた3人は、紳士的な思考で「ここで騒いでいたら、ティファナちゃんの身体に障ってしまう」と理解し、3人で昼間っから飲みに行った。




 正直 無くても問題無い話でしたけど、最後の部分を書きたかったがために作ったお話


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マイス「混ぜて混ぜて、かき混ぜて」

「では、次にそちらの『マジックグラス』を入れてください」

「うなー」

 

「『マジックグラス』を……こう、かな?」

 

「はい、量もそのくらいが適量です。では、そのままの調子で混ぜ続けてください」

「なー」

 

 えっと、どういう状況かというと、僕の家の作業場で ホムちゃんから錬金術の指導を受けてます

 

 僕は錬金釜の中を杖を使ってかき混ぜていて、少し離れたところでイスに座ったホムちゃんが何をすればいいか教えてくれている。なお、座ってるホムちゃんのスカートごしの膝の上には こなーがゴロンっと寝転んでいて、そのこなーをホムちゃんがなでていたりする

 

 

「っと、出来たかな?」

 

 反応を終え、釜の中の液体が無くなったようなので 釜の中を覗きこんで見ると……あった、無事調合ができたみたいだ

 

「『ヒーリングサルヴ』…だったかな?」

 

「はい、『ヒーリングサルヴ』です。 初めての調合でこれほどの品質のものをつくれるとは……ホムは驚きを隠せません」

 

 立ち上がり イスにこなーを置いたホムちゃんが、僕のそばまで来て完成品の『ヒーリングサルヴ』を眺めながらそう言った

 

 

「錬金術自体は初めてじゃあないんだけどね」

 

 『アクティブシード』を以前に創った経験があるから、今回が正確な「初めて」ではないのは確かだろう

 そう思って言ったんだけど、なんだかホムちゃんがこちらをジーッと見てきてるんだけど…

 

「おにいちゃんが言う『錬金術』とは、1時間ほど前にホムがこなーのもとに遊びに来た際にやろうとしていた 釜に素材を入れてかき混ぜるだけの行為のことですか……?」

 

 いつからか僕のことを「おにいちゃん」と呼んでくるようになったホムちゃん。理由を聞いても教えてくれないけど、別に困るわけじゃないからそのまま呼ばれてるけど……なんというか、ムズかゆいな…

 

「うん、そうだよ」

 

「あれは錬金術でも何でも無い、ただの無意味な行為だと ホムはお教えします……」

 

 そう言うホムちゃんの眉毛は見事にハの字になっていて、残念な人を見るような目をしながらも 諭すように僕に語りかけてきた

 

 ……実際のところ、今回ホムちゃんに教えてもらってわかったんだけど、やり方はかなり違っていたことは確かだ。釜の中に液体を入れて煮つめたりは僕はしなかったからね……

 

「でも、なんでか調合はできたんだけどね」

 

「以前にアトリエで見せていただいた『アクティブシード』のことですか。たしかにあのようなものは 自然には存在していそうにないものでしたが」

 

 何かを考えるようなしぐさをしたかと思えば、おもむろに『マンドラゴラの根』『コバルトベリー』『マジックグラス』を作業場内のコンテナから取り出してきて僕に押し付けてきた

 

「これって、さっきの調合に使ったものと同じ……」

 

「はい。これらを使っておにいちゃんが以前した方法を行ってください。本当に調合ができるのであれば先程と同じように『ヒーリングサルヴ』ができるはずです」

 

 なるほど、それはそのとおりだ

 

 

 

「それじゃあ、始めるよ」

 

 錬金釜に『マンドラゴラの根』『コバルトベリー』『マジックグラス』を入れ、杖でかき混ぜる

 そう時間のたたないうちに、杖を持つ手に伝わってくる感覚が空の空間ではなく、まるで釜の中に水か何かが満たされているかのように 釜に入っている杖の部分にわずかな抵抗が感じられるようになってきた

 

 この感覚には覚えがある

 錬金釜の中が 水とも淡い光の塊ともとれるような不思議なものに満たされていた。うん、『アクティブシード』ができた時と同じだ。つまりはうまくいっているんだと思う

 とは言っても まだ途中段階、休まず杖でかき混ぜ続けなければ

 

 

「…………。」

 

 集中してかき混ぜていると、なんとなく気配がしたので そちらに少し意識を向けると…………

 

「じー……」

 

 釜のすぐそばまでホムちゃんが寄ってきていて、釜の中の淡い光を眺めている。いや、もしかしたら注意深く観察しているのかもしれない

 というか、ここまでそばに寄って来てたのに気がついてなかった僕は、よっぽど集中していたのだろうか

 

 

 

 時間は10分もかからなかったかもしれない。釜の中の淡い光が外へと漏れ出したかと思えば それはすぐに消えた

 

「ふぅ、調合完了」

 

 断言してしまったけど、本当にできたのだろうか。正直自信は無い

 

 僕が確認しようとする前に、真っ先にホムちゃんが釜の中に顔を突っ込んでしまいそうな勢いで覗きこんだ

 

「…………。」

 

 ……あれ?覗きこんだかと思えば、そのままジッと動かない

 どうしたのだろうか?もしかして、素材がそのまま残っていたとか……

 

 

 心配になって、僕もホムちゃんと並ぶように釜の中を覗きこんでみた

 

「何も……無い…」

 

「……そのようです」

 

 僕の呟きにホムちゃんがこたえてくれた

 

 確かに これは固まってしまうくらい予想外の結果だ。素材どおり『ヒーリングサルヴ』ができるのでも無く、別のものができるわけでもなく、まさかの消滅……どう反応すればいいんだろうか

 

 

 

「あれ?」

 

 釜の中をじっくりと見渡していた時に気がついた

 よく見ると釜の色によく似た黒っぽい何かが1粒、釜の底に転がっていたのだ

 

「なんだろう これ…?」

 

 手に取ってみる。大きさは指先に乗ってしまうくらい小さくて、色は黒に近い灰色で、形はほぼ球で……

 

「種、かな?」

 

 にしたって、なんでこんな釜の中に……調合を始める前には確かに何も入っていなかったはず――――――――――あっ

 

 ある考えにたどり着き パッと隣にいるホムちゃんの方を見てみると、ホムちゃんも同じ考えにたどり着いていたみたいでコクリと頷いてくれた……ただし、残念そうな表情で

 

「何でも種にしてしまうのは、さすがにどうかと思います」

 

「いや、別にしようと思ってできたわけじゃないんだけどね」

 

 「新しい種が欲しい」とか思っていたりはするけど、少なくとも さっきの調合中はそんなことは全然考えてなかった

 

「では、おにいちゃんがしていた『テキトー錬金術』は何でも種にしてしまうということでしょうか」

 

「断言はできないけど、『アクティブシード』の例もあるから……というか、『テキトー錬金術』って」

 

「見たままの表現です」

 

 そう断言されてしまっては、なんとも反論し辛い

 

 

 

「……そういえば、その種も前のもののように 落とせば勝手に生えてくるのでしょうか?」

 

 それはどうだろうか?見た感じとしては『アクティブシード』とは全くの別物のようだし、むしろ普通の種っぽい

 

「たぶんだけど、普通に育てる種だと思うよ。畑とは別の庭先で育ててみようかな……何の種かはわからないけど」

 

「素直に考えるなら、『コバルトベリー』の実ができ『マンドラゴラの根』と同じような根をもつ『マジックグラス』でしょうか」

 

「……素直に考えなかったら?」

 

「…………『ヒーリングサルヴ』が生えてきます」

 

「なるほど、生えてきたものからできる実に そういう効果があるってこと?」

 

「すみません、ジョークだったのですが……」

 

 申し訳なさそうにホムちゃんがそう言ってきたんだけど、恥ずかしさ以上にホムちゃんがジョークを言うことに驚いた

 

「グランドマスターから教えられたのですが、ホムはタイミングを間違えたのでしょうか?」

 

「ホムちゃんが間違えたというか、僕が勘付けなかったというか……まあ とりあえず、庭にこの種を植えに行ってみようか」

 

「わかりました。では、こなーも連れていきましょう。ひとりだけおいていくわけにはいきません」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 庭に種を植え終えて 再び家の中に入ると、作業場にある手錬金術に使ったものを手早く片づけをし、ソファーやテーブルなどがある広い部屋へと戻ってきた時には、陽は傾きはじめ 空はオレンジ色になりつつあった

 

 ホムちゃんはソファーに座って こなーと子ウォルフくんと遊んでいて、僕はそのそばのテーブルでイスに座って 日記に今日の錬金術のことを詳しく記録していた

 

 

「そういえば、今日は晩御飯食べてから帰る?」

 

 そう僕が聞くと、ホムちゃんはこなー達と遊びながらも しっかりと頷いてくれた

 

「はい。今日は晩ごはんを食べて、こなーと一緒に寝て、朝ごはんを食べてからアトリエに帰る予定です」

 

「うん、わかったよー………………えっ!?」

 

「明日の昼までは主立った用事は無いそうなので、問題ありません。マスターからしっかりと外出許可は取りました」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 どうやら、僕の聞き間違いでは無いみたいだ……

 

 

 

 ホムちゃんのはじめてのお泊り



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マイス「誰かとの時間」

 風呂敷を広げてみては「何か違う」と閉じ、また広げてみては閉じて……時には丸めてポイッと投げ捨てて

 ただいま過去最大のスランプ中!!





※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


✳︎✳︎✳︎マイスの家✳︎✳︎✳︎

 

 

 

「ん、あさ……」

 

 早朝に畑仕事をすることもあって 僕の朝は早い。いつものように起きて……

 

「あれ? なんでソファーで寝てたんだ?」

 

 いつもは二階にあるベッドで寝ているんだけど、今日目が覚めたら一階のソファーで 僕は寝ていた。

 「なんでだろう?」と考えたが、すぐに思いだす。

 

「そうだ。昨日ホムちゃんがウチに泊まるって話になって、それでホムちゃんがベッドを使っているから僕はソファーで寝たんだった」

 

 「泊まり」とは言っても、ホムちゃんがこなーと自由気ままに遊んでいただけで特に何があったというわけでもない。

 なお、こなーと『ウォルフ」2もホムちゃんと一緒に寝ているので、一階にいるのは僕一人だ。

 

 

「それじゃあ、みんなが起きる前に畑仕事を終わらせて……朝ゴハンの準備をしないとね」

 

 

 

―――――――――――

 

✳︎✳︎✳︎職人通り✳︎✳︎✳︎

 

 

 農作業を終え、朝ゴハンを作っているとホムちゃんが起きてきて、それからみんなで朝ゴハンを食べた。そして今、僕とホムちゃんは身なりを整えて街の『職人通り』まで来ていた。

 

「ホムはアトリエに戻ります。このたびはありがとうございました」

 

 ペコリと頭を下げてお礼を言うホムちゃん。

 

「ううん、むしろ 何も用意できなくてごめんね。また今度は事前に言ってくれるとうれしいな」

 

「……? こなーと遊べて、おいしいゴハンもあって……これ以上ないくらいだったと思いますが? ですが、「また」というのは楽しみですね。またこなーと遊びたいです」

 

 「それでは」と言ってホムちゃんはアトリエの方へと向かって行った。表情ではわかり辛いホムちゃんだが、その足取りは心なしかスキップしているように見えるq

 

 

「それにしても、自分で言ったことだけど「用意」って何があるかな……?」

 

 僕もそんなことを考えながら歩き出した。

 

 ホムちゃんとこなーが一緒に遊べそうなオモチャとか場所とか……?

 いっそのこと、今の家のそばに『離れ』でも造ってみるのも手かもしれない。これからも度々来るなら、そこにベッドルームも作ってお客さん用に整備しとけば何かと便利かも?

 

「そろそろ『モンスター小屋』も欲しいんだよね……『ウォルフ』も段々と大きくなってきたし」

 

 最初は「ケガが治るまで」と保護していた子『ウォルフ』だったけど、僕も『ウォルフ』もお互いに気に入ってしまって、話し合いの結果、このままの生活を続けようということになったのだ。

 ただ、子供だった『ウォルフ』も成長してきて、大型モンスターではないとはいえ流石に人基準の家では不都合が出始めていた。そろそろ専用の一軒家を用意しないといけない時期なんだろう。

 

「でも、『離れ』はともかく『モンスター小屋』は建てられそうな人がいないよね……」

 

 ここでは「モンスターと暮らす」という考え方が無いみたいだから『モンスター小屋』なんてものは存在しないだろう。

 

 ……建築の本でも買って、自分で挑戦してみようかな?

 

 

         ッドーン!!

 

 遠くから爆発音がした。音がした方へ目を向けると……まあ案の定というかアトリエの方から少し煙があがっていた。

 

 帰っていきなり爆発なんて、ホムちゃんもかわいそうに……。

 

 

 

 アーランドに来てすぐは爆発音に驚いたりしてたけど、僕も慣れちゃったんだなー。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 さて、今日 僕が街まで来た理由は、いつもの王宮受付での依頼の確認では無く……

 

「ご、ゴメンねマイス君。お姉ちゃんがまたムチャなお願いして……」

 

「気にしないで! このくらいの荷物、なんてことないから!」

 

 今現在、フィリーさんのおつかいのお手伝い中です。

 

 

 

 

 家に籠り気味のフィリーさんを無理矢理外に出すために、エスティさんが王宮で必要になる物の仕入れを おつかいで頼んだことが始まりだ。

 

 「王宮で使う物は定期的に仕入れられているけど、ちょっと手違いで少なくなっちゃっててー」

 

と、エスティさんは言っていたそうだけど、まあ フィリーさんをおつかいに行かせるための口実作りだと思う

 

 「今回は今日中じゃなくていいわよ。期限は5日後まで。もし ちゃんと出来なかったら……わかってるわよね?」

 

 そんなこんなで、フィリーさんはすぐにおつかいの計画をたてはじめたそうだが、問題が生じた。思っていた以上に買う物の量が多そうで、とても1人では持てそうに無かったのである

 

 

 ここで僕の登場だ……と言っても大したことではない。ただ「今晩のデザートにでも」と思って『プリン』のおすそわけに、フィリーさんたちの家にちょうど訪ねたため、そのまま巻き込まれるような形で協力することに。

 

 そこで、おつかいのお手伝い――もとい荷物持ちをーー頼まれたのだ。

 

 まぁその時はもう夕暮れ時で、次の日はフィリーさんが何だかわからないけど「ちょっと…」と言ったから、頼まれた日から見て「明後日に行こう」ということになった……。

 

 

 

 そして今日がその「明後日」というわけです。

 

 おつかいは大きな問題も無く、フィリーさんもしっかりと……までは行かないけど、女性店員相手なら時折言葉に詰まりながらもちゃんと話せている。男性相手だと上手く話せないようで、僕がフォローに回ってなんとかこなしている。

 

 

「あとはもう一軒だけだけど……マイス君、大丈夫?」

 

「うん、まだまだ大丈夫だよ!」

 

「それならいいんだけど……疲れたら何時でも言ってね?」

 

 僕のことを心配してくれているフィリーさん

 ちゃんと気遣いもできる人だし、人見知りさえなおれば、それなり以上に街の人たちと上手くやっていけそうなんだよね。

 

 

「それじゃあ、最後は『職人通り』の……『男の武具屋』……で、す」

 

 まだついてすらないのに涙目でプルプル震えだしてしまったフィリーさん。……まあ、名前からして苦手意識のある男性がいそうで 怖いんだろう。

 

「大丈夫ですよ、フィリーさん。僕がしっかりフォローしますから」

 

「で、でもっ! 鍛冶屋さんだよ!? きっと岩みたいな身体で、怖い顔してるよ……」

 

「そうかな? そんなイメージはあんまり無いけど?」

 

「鍛冶仕事してたらゴツゴツになるに決まってるよぅ……」

 

「鍛冶仕事なら僕もしてるんだけど……」

 

「えっ」

 

 ああ、そういえばフィリーさんは僕の家の作業場の炉を見たことが無いから知らないのか。

 そこまで頻繁にしているわけではないけど、畑仕事に使う『クワ』や『ジョウロ』などを中心に自作していたりはするから、十分に「鍛冶仕事をしてる」っていう範疇には入ってるだろう。

 

 

 

 まだ少し「怖い」とごねるフィリーさんの手を引きながら『男の武具屋』へと向かう。

 行ったことは無いが場所は知っている。『アトリエ』と『サンライズ食堂』のちょうど間の建物だったはずだ

 

「っと、ここだ」

 

「ううっ……そ、それじゃあ、開けるよ」

 

 なんだかんだ言って自分から入ろうとするあたり、フィリーさんの頑張りがうかがえる。自信もついてきたのかもしれない

 一度深呼吸をしたかと思うと、フィリーさんは扉を開いて 一歩を踏み出し――――固まってしまった。

 

 どうしたのかと思い、僕も中に入ってみると……

 

「あっ」

 

 炉から漏れ出す赤い光に照らされて浮かび上がる屈強な筋肉、頭にかぶっているハンチング帽が顔にーー悪い意味でーー適度な影を落とした強面のおじさんがそこにいた。

 

 

 

「おっ? 見ねぇ顔だが……何の用だ?」

 

 こちらに気づいた 店主であろう筋肉の人は 僕たちを見てきた……。

 あれ? 先程のような険しい目つきではなくなっていて、話し方もけっこうフランクな感じだ。そんなに見た目ほど怖い人じゃないのかもしれない

 

 とりあえず扉を開けっぱなしておくのも悪いので閉めておき、用件を伝えることとする。

 

「えっと、武器を買いに来ました……ほら、フィリーさん」

 

「…………(がくぶるがくぶる)」

 

 あぁ……完全に怖がってしまってる。でも、何を買えばいいのかはフィリーさんしか知らない(正確にはフィリーさんの持っているメモには書いてある)何とかしないと……!

 と、考えていると店主さんが なんだか勝手に解釈しだしてしまった。

 

「んーウチには色々置いちゃいるが、嬢ちゃんたちが使えそうなもんになると、インゴットを自分で用意してもらうオーダーメイドになっちまうが……いいか?」

 

「ああっ、そうじゃなくて……」

 

 固まったままのフィリーさんの近くに寄り、小さな声で言葉をかける。

 

「ここは僕で買うから、ちょっとメモを貸してくれないかな?」

 

「おおおねがいいぅう……」

 

 そう言ってメモを渡してくれたフィリーさんは、結局僕の後ろに隠れてしまった。

 でも、僕の方が少し背が低いから当然隠れきれない。フィリーさん自身もそれに気づいたようで、後ずさりで扉そばの部屋角まで退いていった……まあお店の外に逃げ出さなかっただけ 良かったのかもしれないね。

 

 

 メモの内容を確認し、それを店主さんに伝える。。

 

「それなら在庫にあるから問題無いけどよ、一体何に使う気なんだ?」

 

「実は、僕らが使うものじゃなくて 王宮の人からのおつかいなんです。少し補充が必要になったらしくて……」

 

 それを聞いた店主さんは「なるほどな」と納得したように呟いたかと思えば、何故か僕のほうに顔を寄せてきた。

 

 

「ついでというか何というか……おれぁ、あの嬢ちゃんに なんか悪い事しちまったかぁ?」

 

 小声の問いかけの内容に少し驚き、店主さんの顔を見てみると、なんともバツの悪そうな顔をしていることに気がつく。

 

「そんなことは無いんですけど……ただ 少し人見知りで男の人が特に苦手でして。それで店主さんの鍛えられて強そうな格好を見て、怯えちゃったみたいなんです」

 

「それはアレか? 遠まわしにおれが怖ぇってことか」

 

「あははは……」

 

「そうか……」

 

 ハイとは言えずになんとか誤魔化そうと思ったけれど ダメなようだった。

 しかし、予想していた反応とは違って、店主さんはすごくションボリとしている。

 

 この人、絶対いい人だよねー……



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マイス「おつかいのその後に」




※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、句読点、行間……


✳︎✳︎✳︎王宮受付✳︎✳︎✳︎

 

 

 

 

「で、ホントにマイス君に全部任せっきりにしたりしなかったの?」

 

「し、してないよ、私だって ちゃんとできたもん! ……手伝って貰ったりはしたけど」

 

 エスティさんの言葉に憤ったようにフィリーさんが言うが、その後にボソリともれた呟きで力強さは皆無になってしまっている。

 

 

 察しはつくかもしれないが、今僕とフィリーさんはおつかいの買い物を全て終え『王宮受付』のエスティさんのもとに届けに来たところだ。

 

「まあ、一応はできてるわけだし、良しとするべきかしら」

 

 ふぅ と一つ息をついたエスティさんは顔をこちらへと向けてきた。

 

 

「なにはともあれ、ウチの妹のおつかいに付き合ってくれてありがとね、マイス君」

 

「いえ、また何かあったら 遠慮なく言ってほしいです!」

 

 特別時間が無いとき以外は自分の意志で好きなように時間をつくれるから、言ってくれれば 手伝いをすることはそう難しくは無い。

 僕の言葉に、エスティさんは微笑みながら返事を返してきた。

 

「あらあら、頼もしいじゃない♪ どこかの誰かさんも このくらい素直でいい子なら良いんだけどねー?」

 

 そんなことを言いながらフィリーさんの方をチラリと見るエスティさん。

 フィリーさんも自分のことを言っているのだと理解しているようで、姉の嫌味な言い草に少しムスッとしてしまっている。

 

「……どうせ私はダメダメだもん!」

 

 フィリーさんは そう言い捨てると外へと駆け出してしまった。

 

 うーん、さすがにこのままフィリーさんを放っておくこともできないしなぁ。

 

「あっ、僕、フィリーさんを追いかけます!」

 

 エスティさんの返事を確認せずに、外へ出たフィリーさんを探すために僕も駆け足をはじめた。

 

 

―――――――――

 

 

 王宮受付から出てそうすぐにフィリーさんを見つけることができた。

 ……というか、フィリーさんは尻餅をついてしまっていて、その前に一人の男性が立っている。状況からして、飛び出したフィリーさんの不注意でぶつかってしまったんだと思う。

 

 早く助けてあげたほうがいいよね、これは。

 男性にぶつかってしまったからだろうけど、フィリーさんがガクガクブルブルといった様子で震えてるし、ぶつかられたであろう男性の方も何とも言えない困り顔をしている……って

 

「ステルクさん!?」

 

 男性が少なからず見知った人物だったことに驚き、声をあげてしまった。

 

「むっ、キミは……」

 

「マいズぐーん!!」

 

 僕に気がついたステルクさんがこちらに目を向けたと同時に、フィリーさんが僕に泣きながら飛びついてきた。

 

 驚きながらも、なんとかフィリーさんを受け止める。すると、瞬時にフィリーさんは僕の背後へとまわっていった。顔を確認できないが、小さく鼻をすする音と嗚咽が聞こえるので、まだ泣いているようだ。

 

 

 さて、フィリーさんをどうにかしたいところだけど……それより先にーー

 

「すみません、ステルクさん。フィリーさんがご迷惑をかけてしまったみたいで……」

 

「いや、キミが謝ることでは無いのだが……しかし、もしよければ何故彼女がこんなに怯えてしまうのか教えてくれないか?」

 

 「先程から会話にならないうえに、立ち上がらせようと手を差し伸べても逃げて、どうしようも無かったのだ」と言いながら困ったように僅かに眉をひそめるステルクさん。

 

「フィリーさんは少し人見知りが激しくて……なおそうと色々努力してるんですけど、まだ男性を中心に苦手で……」

 

「はぁ、なるほど」

 

 

 ステルクさんは僕に向けていた視線を僕の後ろのフィリーさんへと向けた。僕の肩を掴んでいるフィリーさんの手越しにビクッっと飛び上がり震えるフィリーさんを感じ取ることができた。

 

「何があったかは知らないが、少し落ち着きを持つといい。ぶつかった相手が私のような人間だったから良かったものの、小さな子供やご老人だったとすれば怪我を負わせかねなかったのだぞ」

 

「ヒィ!? す、しゅみまぜんん!?」

 

 僕の背後でうずくまってしまったフィリーさん。

 

 人見知りであるということを知ったはずのステルクさんだけど、特に変わったところも無く なんとなく威圧的な雰囲気をかもしだしている。もしかして、『周りの好意に甘えてばかりではいけない』って教えるために あえてそうしているのかな……?

 あっいや、怯えるフィリーさんを見て「むう…何故だ」って言ってる。もしかしたら、あれでも優しく接しているつもりだったのかもしれない。

 

 

「それにしても……」

 

 先ほどまでの困った顔とは少し違う、何かを考えているように見えるステルクさん。どうしたんだろう? と気になったが、すぐに僕は思い当たることがあった。

 

「えっとですね、フィリーさんはエスティさんの妹なんです」

 

「ああ、どうりで見覚えのある顔だと思うわけか。内面はまるで違うようだがな」

 

 納得したように頷くステルクさん。

 確かに ステルクさんの言うように、性格などに違いはあるけど、顔立ちや髪なんかはよく似たエアハルト姉妹だ。まあ、普段の表情に違いがあるため 似た顔立ちでも間違えることは無いが。

 

 と、そんなことを考えているとステルクさんが大きなため息をついた。

 

「どうしたんですか?」

 

「ああ、いや すまない。なんとなくだが、そこの彼女が飛び出してきた理由がわかってしまってな……」

 

 なんとなくではあるがステルクさんは察してくれたみたいだ。

 でも、それはそれでステルクさんにとってエスティさんがどういった認識なのか気になるところではある。先輩と後輩って間柄なのは知ってるけど……。

 

 

「いちおう、キミからも注意をしておいてくれないか?」

 

「はい、わかりました」

 

 僕の返事を聞き頷いたステルクさんは「それでは失礼する」と言ってお城の中へと歩いていった。

 

 

「落ち着いた?」

 

「うー……大丈夫」

 

 まだ少しプルプル震えている。正直なところ、あまり大丈夫そうには見えないのかけど……。

 

「色々と心配だから、家までおくるよ」

 

「う、うん……ごめんね」

 

 フィリーさんの手を取り、その歩調に合わせて歩き出す。

 

 

 

―――――――――

 

 

 フィリーさんを家まで送る途中 街の広場を通るのだが、その一角に人だかりができていた。

 

 フィリーさんは やはりというか大勢の人はまだ怖いようで少しでも離れたところを歩こうとする。だけど、僕はあえて手を人だかりの方へと引いた。

 そんな僕を非難するように涙目で見つめ首を振るフィリーさんだけど……

 

「大丈夫だよ。みんなアッチに夢中みたいだから」

 

 そう僕が言って初めてフィリーさんは人だかりの中の人たちが何を見ているのか意識して探し出したみたい。

 

「あっ」

 

 気づいたようだ。人と人との間から なんとか見えたのだろう、見知った大道芸人と2体の人形の姿がーー

 

「向こうからなら もう少しよく見えそうだから行ってみない?」

 

「……うん、そうしよっか」

 

 

 

 そうして、人混みから少し離れたところから人形使いの大道芸人――リオネラさんの人形劇を2人で観た。

 

 フィリーさんは人形劇を食い入るように見ていた()()()()()

 「ようだった」というのは、しっかり確認できていないからだ。なぜって……実は僕もリオネラさんの人形劇をちゃんと見るのは初めてで、そっちに集中してしまっていたから。

 

 

 盛り上がった人形劇も終わりをむかえ、人も段々とまばらになってきて いつもの広場の様子に戻ってくる。

 それを見計らって、リオネラさんたちのもとに フィリーさんと一緒に駆け寄った。

 

「お疲れ様、リオネラさん。それにホロホロとアラーニャも」

 

 そう声をかけると、こちらに気がついたようで 3者とも顔を向けてくれた。

 

「あっ、マイスくん。それにフィリーちゃんも……」

 

「おうおう、オレの活躍 ちゃんと見てくれてたか?」

「楽しんでもらえたなら嬉しいわ」

 

「途中からしか観れてないんだけど、凄く面白かったよ!」

 

 フィリーさんはよほど気に入ったのか 興奮気味だった

 「それはよかった」と言うホロホロとアラーニャ。リオネラさんも少し恥ずかしそうにしながらも 嬉しそうに微笑んでいる。

 

「今度は、ちゃんと最初から見てみたいなぁ……」

 

「そ、それなら、次する時に 声をかけるね」

 

「本当!? わぁ……楽しみだなぁ」

 

 楽しそうに話す2人を見ていると、やっぱりリオネラさんがフィリーさんの人見知りをなおすきっかけになりそうに感じる。

 

 

「ねぇ、マイス君」

 

 っと、そんなことを考えていると、不意にフィリーさんから声をかけられてた。

 

「えっと、どうかした?」

 

「あのね、家におくってもらう前にみんなでどこかでお茶しないかなって思って……」

 

 うーん……そこに僕はいなくても良さそうな気もするけど、特に断る理由も無いわけで……

 

「それじゃあ一緒に行こうかな?」

 

 僕がそう言うと、フィリーさんとリオネラさんがニッコリと微笑み顔を見合わせた。

 

「なら、どこかお店を探さないと!」

 

「あっ……それなら、私たちがよく行くお店があるんだけどーー」

 

「ああ、あそこならちょうど良さそうだな」

「そうね、悪くないと思うわ」

 

 「そこに行こう!」とフィリーさんは僕の手を取った。前とは違い、フィリーさんの方から……と思ったら、反対の手はリオネラさんに握られていた。

 

 

「お店はこっちだよ!」

 

 そう言って案内してくれるリオネラさんについて歩く 僕とフィリーさんーーそして、浮いてついてくるホロホロとアラーニャ。

 

 まあ偶にはこういうのもいいかも、なんて考えながら歩いていく。あっ、なんだかハチミツの甘い香りがしてきた……




 ブツリっと切れて終わるお話。ただ、これ以上話しを膨らませられなかった というだけのこと


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訪れた そのとき

 今回は第三者視点

 いきなりの急展開!どうなるマイス!?






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……



 

 

 それは突然のことだった。

 

 モンスター小屋と離れを建てるためにマイスが街で購入した『ふにでもわかる建築書(入門編)』を読み終え、家にある『木材』と『石材』の数を確認し終えたところだった。

 

 「少し木材の数が心もとないかな」と思ったマイスが、木をいくらか切って木材にしようと『オノ』持ち出して家を出たところ、視界の端で何かがスゥッーと動いたような気がしたのだ。

 何気なくそちらを見ると、一匹の『ルーニーグラス』だった。「なんだ、ルーニーか」と気にせずに木材にするのにちょうど良さそうな木を探し………

 

 

「って、『ルーニー』!?」

 

 『ルーニー』といえば『ルーン』の具現化したものといわれる精霊だ。それが今ここに存在するということは、ここには『ルーン』が十二分に存在しているということだろう。

 つまり、マイスが目標としていた「空間をルーンで満たす」が達成できたということ。だから、マイスの考えが正しければ――――――『魔法』が使えるようになっているはずだ、と。

 

 

 それはもはや 後先を考えもしなかった、反射的な行動だった。

 マイス自身、自分がどこにいて何をしようとしていたかもすっかり忘れての行動。

 

 

「『リターン』!!」

 

 

 その呪文を唱えると同時に マイスの視界は光にあふれ、体に軽い浮遊感が感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして光が消えて 着地したマイスの目の前に広がっていた光景は―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 見覚えのある光景。

 

 1分も経たない前に見た光景だった。アーランドの街からそうかからないほどの距離にある家の玄関前、マイスが自分で耕した畑の見える位置だ。

 

 

 マイスはあれやこれや考える。

 

「『ファイアボール』!」

 

「『ウォーターレーザー』!」

 

 試しに他の魔法を使ってみるが、問題無く記憶にある通りに発動した。

 ならば、『リターン』だけが不具合をおこしているということだろうか。いや、違う。

 

「魂の休まる場所に帰る魔法」である『リターン』の魔法。

 

 『リターン』も正常に発動している。そう―――――――――この家を「魂の休まる場所」だと認識してしまっていたのだ。

 

 

 

 『シアレンス』に帰る手立てを失ったマイスは 大きな喪失感をおぼえた

 

 確かに アーランドでの生活に慣れてきて、充実もしてきていた。

 しかし、シアレンスの町に未練が無いわけではない。あの町で 様々なことを学び、様々なことを覚え、様々なものを得た。

 もう一度あの大樹の家で過ごしたい。あの町の人たちと話がしたい。あの笑顔が見たい……一度だけでもいいから、しっかりとお礼を言いたかった。

 

 これまで何度も懐かしむことはあったが、ここまで悲しく、涙があふれてくることはマイスにとって初めてだった。

 『シアレンス』の存在を知りえるものは「ガジさんから貰った『ショートダガー』」と「マイス自身」のみ。

 

 

 その日、アーランドの街と『近くの森』との街道の途中にある()()()()から、一日中何者かの泣き声が聞こえ続けたーーーーーー

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

***王宮受付***

 

 ある日の『王宮受付』。そこには()()()()()を見送るエスティの姿があった。正確に言うならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()見送る姿なのだがーー

 

 

「聞いてはいたけど、本当にどうしちゃったのかしら?」

 

 

 妹のフィリーから「マイスくんが なんだか元気が無いみたい……」と聞いていたエスティだったが、思った以上だったというのが素直な感想だ。

 

 一見 元気そうに話したりはしているが、それは取り繕ったものだということがすぐにわかった。その奥底にあったのは、エスティが初めて出会った目覚めてすぐのマイス…何か深く計り知れない悲しみに飲まれているような表情。

 

 

「むぅ……いったい何があったというのだ」

 

 誰かの小さな呟きが聞こえたエスティがそちらを見ると、柱の影から顔を覗かせているメリオダス大臣がいた。

 

「何か街の整備に不備でもあって嫌な思いをしたのかもしれん! このわし自ら調べてみるとしよう」

 

 そんなことを言いながら出入り口の方へと歩いて行くメリオダス大臣。

 

 

 それと入れ替わるように入ってきたのは、エスティの飲み友達でもあるティファナ。

 この時間帯に受付に来るのは珍しい。何故なら、彼女は雑貨屋を営んでいるため営業時間であるはずの今に出歩いていることは滅多にないことだ。

 

「あら、どうしたの?」

 

「少しエスティに聞きたいことがあって……」

 

 依頼をしに来たわけではないのがわかったことで、エスティはティファナの用件がわかってしまった。

 

「マイス君のことなら、残念なことに私もわからないわよ」

 

「そうなのね。マイス君、私が聞いても何も教えてくれなくて……よく会うエスティなら何か知ってるんじゃないかって思ったんだけど」

 

 ションボリするティファナ。エスティはひとつため息をついて少し前にマイスが出ていった王宮受付の出入り口に目を向けた。

 

「本当に、何があったのかしら……」

 

 

―――――――――

 

 

***サンライズ食堂***

 

「ん……?」

 

「……? どうかしたか?」

 

 不意に窓の外を見て 何か悲しそうな顔をした料理人のイクセル。

 そして、イクセルと話してしたステルケンブルクが何事かと問いかけた。彼はいつぞやの料理対決の審判をきっかけに度々この『サンライズ食堂』に訪れるようになり、常連客となってきていた。

 

「今、表の通りをマイスのやつが歩いてるのが見えたんですけど、前見た時と同じで 全然元気が無くって……あいつ、話し聞くって言っても何も話してくれねぇし」

 

「むぅ……確かに、今の彼は 彼らしくないな」

 

 困ったものだ、と男2人 深くため息をついた。

 

 

―――――――――

 

 

***ロロナのアトリエ***

 

「……これはこれは」

 

 アトリエに入ったタントリスは、自身が入ってきた事に気がつくことの無い、そのあわただしい状況に驚きを隠せずにいた。

 

「ちょっと!? ロロナ、釜からなんか煙が出てるわよ!?」

 

「えっ、くーちゃん? どうし……って、うぇえー!? た、大変!!」

 

 

「マスター、少し落ち着いてください。これで今日だけで6回目の失敗です」

 

「あんたもよ!!持ってるフラスコが変な色に光って……!」

 

「わぁ、ホントだ。何だか ほむちゃんの持ってるの、少し泡立ってきてる気も……」

 

 

「「「あっ」」」

 

 

 ピカッー………ボフン!!

 

 フラスコの中身が小爆発を起こし、アトリエ内は煙に包まれた。

 

 

 とりあえずタントリスは手近なアトリエの玄関の扉を全開にして煙を外へと逃がすことにした。窓が開かれたところをみると、中にいたロロナやクーデリア、ホムが動いたのだろう。

 

 改めてアトリエ内に入ったタントリスは、店主であるロロナに問いかける。

 

「それで、さっきから何やら騒がしいけど……何かあったのかい?」

 

「あっ、タントさん。 ええっと、それが……」

 

 やけにションボリしているロロナに変わり、クーデリアが言った。

 

「マイスが最近元気が無いのが気になって気になって、仕事に集中できてないのよ。ついでにこっちも」

 

 そう言ってクーデリアはアゴでホムを示す。

 

 

「ううっ! マイス君が私に相談してくれないのは、私がこんなダメダメだからなんだー!! うわーん!」

 

「…………」

 

 ロロナは泣き、ホムは無表情だが心なしかうつむいて悲しそうにしているように見える。そんな2人を見て「たく、こんなに心配させて……何をやってるんだか、あいつは」とクーデリアがため息をつく。

 

 

「にしても、元気がない、か……」

 

 実はタントリスもそのことには気づいてはいた。

 アトリエに来る前にマイスとすれ違い、すれ違いざまに簡単な挨拶を交わしたのだが、その時に違和感を感じていたのだ。ただ、付き合いが短いので「ただの気のせいかな」と、特に気に留めていなかったのだ。

 

「親父に報告したら何て言うのか、正直予想もできないな……」

 

 

―――――――――

 

 

***広場***

 

「やっぱり、リオちゃんも?」

 

「うん……フィリーちゃんと一緒の考えだよ」

 

 フィリーとリオネラが、広場の一角に設置されているベンチに並んで座って話していた。

 お互いに、マイスと会った時のことを話し、話し合いの結果「やはりマイスに何かあった」という至極単純な結論に。

 

「にしたって、何があったんだか」

「それがわかったら苦労しないわよ」

 

 ホロホロとアラーニャも2人のそばでフワフワ浮きながら話している。

 

 

「そ、それじゃあさ、今度マイス君のお家にお茶とお菓子を持って行ってみない?」

 

「そうだね。何か話してくれなくても、少しでも元気になってくれたら……」

 

 フィリーとリオネラはふたりで計画をたてはじめた。

 少しでも早く、マイスに元気になってほしい。そのためにも明日にでも実行できるように、と。

 

 

―――――――――

 

 

 街と外との境界線に存在する大きな門。

 

 その門をくぐり外へと行くマイス。そして、その後ろ姿を確認し 後をつけるように歩きだした影がひとつ。

 だが、その影が境界線を越える前に()()()()がそれを止めた。

 

「彼を追って何をするつもりだ?」

 

「何を、と言われてもな……。いやなに、何度もお茶を頂いて話をする仲である彼のことが心配になっただけのことだ」

 

 そう言う マイスの後をつけていた影――ジオを、止めた存在――アストリッドは機嫌が悪いことを隠そうともせずに鋭く睨みつけた。

 

 

「貴様が言ったところでアイツの問題は解決しないし、貴様が言葉をかけようとも、むしろアイツを不快にさせるだろうな。 いや、そもそも貴様は、思い詰めている理由すら聴き出せないだろうな」

 

「……その言い方だと、キミは知っているのか。彼に何があったのかを」

 

 相対する2人の顔は、いつになく真剣なものとなっていた

 もっとも まともに話す気があるのはジオだけで……アストリッドの方はといえば、のらりくらりとはぐらかすつもりで、核心を話す気はさらさらないのだがーー

 

「知ってるとも。どういう状況かも、解決策も」

 

「ならば――」

 

「知っているからこそ何もできんのだ」

 

 そう言いながらアストリッドは、どこからか拳大ほど大きさの種を取り出して、それを手の中で弄ぶ。

 

「私の知っている解決策も完璧なものではなく、あくまで理論だけの絵空事、実現が難しい上に成功確率も0に等しい。もはや、狂気の沙汰にも等しい行為だ。故に残された道は……アイツ自身の中で折り合いをつけること、それだけだ」

 

 マイスが行った先を見つめながらアストリッドは呟いた。

 

「同じ目線に立てる者がいない今、アイツに言葉をかけられるのは、貴様のような固まった頭の持ち主や私のような理論で突き詰めるようなやつではない。……少なくとも、な」

 

 

 その言葉を聞いたジオは、納得できない顔をしながらも マイスを追う足を完全に止めた。

 

 それを確認したアストリッドはアトリエの方へと歩き出した。

 

 

「まったく……ちゃんと貸しは返してほしいのだから、今を乗り越えて シャンとしてほしいものだ」



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マイス「切り離された存在は、何を思う」




※2019年工事内容※
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***マイスの家***

 

 

 

 

 ……あれから何日経ったのかな?

 とても長くも感じるし、短くも感じる。

 

 『シアレンス』へと帰る手立てが無くなった。それだけで。周りの環境は変わっていないはずなのに、何か全く別のもののように感じられてしまうようになっていた。

 

 

 気付けば外はもう日が沈みきってしまっていた。

 お腹は……そういえば、さっきこなーと『ウォルフ』のゴハンを用意した後に、僕もパンを食べたんだっけ。

 

 戸締りなどを確認しながら、今日の日記に何を書くか内容を考える。……これも、習慣になったなぁ。

 日記を書いた後は……前は『鍛冶台』や『薬学台』で なにかしら作ったりしてたけど、今はどうにもやる気がおきない。

 

 

「もう何もすることはないし、寝ようか……」

 

 こなーたちもいつも自分たちで寝床で寝てくれるから特に心配することも無い。二階に上がって寝よう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンッ コンッ コンッ!

 

 

 こんな時間に誰か来るなんて珍しい……けど、特に何も気にせずいつもの癖で返事をしてた。

 

「はーい、ちょっと待ってください」

 

 

 玄関までいき扉を開けてみると、機能性を重視したであろう服装の所々が土か何かで汚れてしまった女性が立っていた。

 

「ちょっといいかい……って、ボウヤしかいないのかい? 親はどうしたんだい?」

 

「いえ、僕はひとりで暮らしてるんで」

 

「そうなのかい。まあ、いいか!」

 

 そう言うと女性はニカリと笑った

 

 

「腹が減っててさ、何か食べ物ない?」

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「美味い!」

 

 水やタオルを貸して、身体を拭いたり服の汚れを落としてもらっていた間に僕が作った料理。それをを豪快にガツガツ食べる女性が嬉しそうに声をあげた。

 追加分を持ってきたんだけど、まだ必要そうだ……食材の備蓄には余裕はあるのだが、正直驚いている。

 

「っはー!! まともな食事が久々ってことを差し引いても、凄いわコレは!」

 

 なんだか随分と大変そうなことを言ってる気もするが、特に気にしないことにして……もう少し追加を作ろう。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「ふぅ! 食べた食べたー」

 

 女性が満足気に言うのを見て僕は一安心した。

 本当によく食べる人だった。まあ、本当においしそうに食べてくれるのだから、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「それにしても、困ったところだったんだ。コッチのほうに冒険に来るのは久しぶりでさ、色々忘れるわ 道を見失うわで大変だったんだよ~! ここに家が無かったらもっと大変だったろうね」

 

 「まあモンスターをネコと一緒に飼ってるのは驚きだけどね」と付け加えた女性は、愉快そうに笑ってる。

 旅路を思い返したんだろうか? ときどき苦虫を噛み潰したような顔をしていたりはしたが、すぐにニカリと白い歯を見せる笑顔になり楽しそうに話していた。

 

 

「大丈夫だったと思いますよ? ここから少し行ったことろに『アーランドの街』がありますから。そこの人たちはみんな親切な人たちですからね」

 

「あぁ、ここは『アーランド』のすぐそばだったのかい。予想より随分とずれてたみたいだね……勘が鈍ったかな?」

 

 「たはははっ」と少し困ったように笑う女性。その顔は本当に困ったというよりも、面白くて笑っているように見えた。

 

 

 

 

 

「でも、それなら なんでボウヤはこんなところに住んでるんだい?」

 

 女性の表情は特に何も変わっていないはずだった。だが、なぜか僕には全く別のもののように感じられた。

 

 たぶん、本当に女性の表情は変わっていない。

 変わったのは話題。今の僕があまり話したくない話題になったからだ。

 

「別に話したくないことなら言ってくれなくてかまわないけどね。なんとなくだけど、ボウヤがさっきから時々死んだ魚の目みたいな目をしてるのに何か関係があるんじゃないかなーって思っちゃって」

 

 ……僕はそんな目をしていたんだろうか?

 それはわからないが、なんとなく無気力感があることとは確かに無関係じゃあないだろう。

 

「アタシはしがない旅人さ。もう二度と会わないかもしれないような間柄だからこそ、身近な奴には話せないようなことも相談し易いかもんないよ」

 

 そういう女性は相変わらずの笑顔だった。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 何処で僕の中の枷〈かせ〉が外れてしまったのかはわからない。

 いつの間にか、見ず知らずの人に、誰にも言ったことの無いことを話してしまっていた。

 

 

 記憶のこと。

 シアレンスの町のこと。

 シアレンスで記憶を取り戻す生活をしていたこと。

 

 知らないうちにアーランドのそばに倒れていたこと。

 シアレンスに帰るための足掛かりとして ここで生活しはじめたこと。

 そして……シアレンスに帰る手立てを失ったこと。

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 いろんなことをいっぺんに話したから、ちゃんと伝わったかなんてことはわからない。ただただ、溜まっていた言葉が溢れ出してきた。

 僕が全部話し終えるまで女性は静かに聞いていてくれた。そして僕が話し終わると、少しの間を置いてから女性が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメン、アタシにはよくわかんないわ!」

 

 

「へっ?」

 

 笑いながらそんなことを言う女性に、僕は変な声を出してしまっていた。

 女性は少し慌てながら、僕に言ってくる。

 

「いや、別に話しを聞いてなかったとかじゃなくてさ、えっと……『るーん』とか『魔法』とか知らないこととか信じらんないことばっかり出てきて、理解が追い付かないっていうか」

 

 そう言うと、自分のコメカミに指を当てながら「えっと、つまり……」と女性は考えだしたが、すぐに「あっー!もう!!」と言いながらテーブルをバンッ!!と叩き立ち上がって僕を指差してきた。

 

 

「とにかくさっ! アタシは『しあれんす』なんて町は見たことも聞いたことも無いけどあるってわかる! そんでもって、こうやってアンタに会って 話せたことがすっっごく嬉しいってことだよ!! …………ん?なんだい、口に出してみたら案外簡単じゃないか」

 

 うんうん、とひとりで頷いている女性だけど、僕は全く理解できなかった。

 

 

「それって、どういう……?」

 

「アタシはいろんなところを旅して回ったんだけど、野宿以外にもちゃんと村とか町とかで寝泊まりしたこともあるんだよ」

 

 「信じらんないかもしれないけどね」と女性が言うが、寝泊まりするのが普通のことだと思うんだけどなぁ……?

 

「んで、いろんなところの料理なんかも知ってるんだけど、さっきボウヤが出してくれた料理はアタシが見たことも食べたことも無い料理だったわけ。それはなんでなのか。簡単さ、その『しあれんす』ってところで学んだ料理だったから。つまり、『しあれんす』はある!」

 

 そう言う女性の顔はやけに自信に満ち溢れていた。

 

 

「次は……自分勝手で ちょっとボウヤには悪いかもしれないけど、正直に言わせてもらうよ………アンタがこっち来てくれて、アタシは嬉しい」

 

 女性は僕の目をじっと見つめてきた。

 

「『しあれんす』ってのが物語なんかに出てくる別世界のようなものなのか何なのかは知らないけど、()()()()()()()()そこでいろんな奴がいること、いろんな技術や文化があるってことも知れた。 本来なら絶対に知ることが無かったことを一部分だけでも知れるんだ、嬉しいなんてもんじゃないさ!」

 

 ………そういえば僕も、ここに来た頃は初めて見るもの聞くものに戸惑ったりもしたけど、嬉しさや楽しさも感じていた。

 

 ここで色々知らないものを見つけては「何かに使えないか」って考えながら、自分の知識が活かせないかと試行錯誤していろんなことをしてみてたな……あの時は夢中になってて楽しかった……。

 

 

 

――――――

 

 

 ………『シアレンス』に帰れないことは本当に悲しい。

 

 だけど――――

 

 僕は、少しだけ後ろばかりを見過ぎていたかもしれない。

 

 自分しかあの『シアレンス』の町を知らないのが、切り離されひとり取り残されたようで辛く寂しかった。

 

 でも、自分しか『シアレンス』のことを知らないことが悲しいのであれば、『シアレンス』で得たものをここで活かして、みんなに少しでも『シアレンス』のことを知ってもらえばよかったんだ。

 

 確かに『シアレンス』の人たちに一言もお礼も言えずに別れるのは辛い。

 

 でも、今、僕が立ち止まっていい理由にはならない。

 

 記憶をなくした時もそうだったじゃないか。

 

 何もわからない中で、自分ができることを精一杯頑張って……

 

 そうだ、それでいいんだ。

 

 今、僕にできることは何だろう?

 

 僕がしたいことは何だろう?

 

 考える時間だって、ちゃんとある――――

 

 

――――――

 

 

 

 

「まぁ もっと本音を言うと、ボウヤがいた所みたいなアタシの知らないものが沢山あるところを思いっきり冒険してみたいね!」

 

 また笑顔になって喋っている女性を見て、僕は言う。

 

「すみません……」

 

「ん?」

 

 どうしたんだ?と女性は首をかしげた。

 

「少し、泣いてもいいですか?」

 

 そう僕が言うと少しだけ間を開けて女性は答えてくれた。

 

 

「……かまいやしないさ、来なよ」

 

 優しい声だった……気がする。

 女性の表情は確認できなかった。もう、僕の視界はふやけてしまっていたから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 なんだろう? 髪越しに 何かが通り過ぎていく感じがする。それも 何度も。

 風だろうか? ……いや、頬とかには特に何も感じないし、なんだか温かいような……?

 

 重いまぶたをあげるが、まだ ぼやけて周りがよくわからない。

 

 

「ん? 悪いね、起こしちまったかい?」

 

 

 どこかで聞いたことのある声だ。

 いや、「どこかで」とかじゃなくて、家に来た女性の……

 

 

「あっ!?」

 

 ここで僕の意識は覚醒した。

 飛び起きてあたりの状況を確認する。

 

 場所は、僕がいつも寝ている二階のベッドルームのベッド。窓から差し込んでくる光はまだ淡く、おそらく早朝だろう。

 僕が今いるのはベッドの上。布団には先程まで僕が寝ていたであろう場所が少し沈んでいて、そのすぐそばで肘をついて腕を頭の支えにするようにして横になっている例の女性が……。

 

 えっと、つまり……?

 

 状況を整理できないのがわかったのだろうか。女性が悩む僕に助け舟を出してくれた。

 

「憶えてないかい? 昨日の夜、ボウヤがアタシの胸で泣いたじゃないか。んで、その後 静かになったと思ったら寝ちゃってて、それでベッドを探し当てて寝かしてやろうと思ったらアタシに引っ付いたまま離れなくなっててさ。だから、アタシもそのまま一緒に寝たんだよ」

 

 そして、朝になったと…………すごく恥ずかしいっ!

 顔から火が出そうなほど恥ずかしがってしたら、女性が「アッハッハ!」と声を出して笑った。

 

「そんなに恥ずかしがんなくていいよ! むしろ まだボウヤくらいの歳の子なら もう少し人に甘えるのを覚えたほうがいいさ」

 

 ううぅ……とりあえず、畑仕事をしないと……

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 日課の水やり等の畑仕事をしていると、いつの間にか家の玄関そばから女性が僕の作業を眺めていたり、 朝ゴハンを作っていると女性がキッチンに入ってきてヒョイっとつまみ食いしていったりと、まあ色々とあった。

 

 そして 朝ゴハンを終え、食後の香茶を出してから少しゆっくりとしていると、いつもの調子で女性が口を開いた。

 

「さて、色々お世話になっちゃったけど、そろそろ出るとしようかね」

 

「というと、アーランドの街に行くんですか?」

 

「あー、いや……ボウヤの寝顔とかを見てたらウチの娘たちの顔が見たくなってきちゃってさ。一回帰ることにしたよ」

 

「娘さんがいたんですね」

 

 それは初耳だったので、少し驚いた。というか、母親がいなくても大丈夫なのだろうか?もう大きくなって手がかからないとかかな?

 女性はとても楽しそうに口を開く。

 

「ボウヤより少し小さいのと、もっと小さいのがいるんだけどね。それが可愛いすぎてさ!! アタシが帰ったら引っ付いて離れないのなんの、それもまた可愛くて!!」

 

「それならずっとそばにいたらいいのに」と思わなくもなかったけど、この人はこの人なりに考えはあるだろうと思い、口には出さなかった。

 

 

「それなら、少しだけ待ってください! 水と日持ちする食料を色々と用意しますから」

 

「ありがたいけど、そんなことまでしてもらっちゃっていいのかい?」

 

「遠慮しないでください。食べ物に関してはかなり余裕がありますから! あっ、でも 変わりと言ってはなんですけど……」

 

「ん? なんだい?」

 

 

「僕の剣技を見て欲しいんです」

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「はははっ! 準備運動くらいって思ってたけどっ……思った以上だったっ!!」

 

 少しだけ肩で息をする女性を、家の庭の地面にぶっ倒れた状態から見上げながら僕は思った――――「どうしてこうなった」と。

 

 いや、僕が『シアレンス』で学んだことのひとつである剣技を見てもらいたくて僕が言ったことからはじまったんだけど、何で一対一の勝負になったのか……

 まあこの女性がけっこうな戦い好きだったことが原因だろう。

 

 一人旅をしているのだから、モンスターを退けられるくらいに強いと思ってはいたけど…………とんでもなかった。

 

 

「わるいわるい、アタシも熱くなりすぎた」

 

 そう言いながら女性は僕の手をとって 立ち上がらせてくれた。

 口ではこんなふうに謝っているが、顔はニカニカ笑っていて「楽しかった」と言っているようなものだった。

 

「いやぁ、強いね! おかげですっごく楽しめた!!」

 

 言ったよこの人。……不思議と悪い気はしないから、特には気にしないけど。

 

 

 

「土産話もできたことだし、アタシは帰るとするよ」

 

 そう言いながら女性は、僕が用意したものを含めた荷物を持って街道の方へと続く小道へと身体を向けた。

 

「あっ、そうだ」

 

 女性は見送る僕を振り返った。

 

「名前聞いてなかったね」

 

「あっ」

 

 そういえばそうだった。さすがにこのままお互いに知らないままなのもおかしなことだろう。

 

 

「僕はマイスっていいます!」

 

「マイス、か……うん、いい名前じゃないか。アタシは()()()ってんだ。『アーランド』のずっと南の『アランヤ村』ってとこに家があるから、もし何かあったり……特に何もなくても暇な時に来てみるといいさ! アタシがいる保証はないけどね!!」

 

 そう言うとギゼラさんは大きく手を振った後、今度こそ街道への小道を歩き出した。

 

 

 僕はその背中が見えなくなるまで見送り続けた……

 

 

 

 

 

 畑のこと、鍛冶のこと、薬のこと……それ以外にも 僕がやれることはたくさんある。

 このあいだやろうとしていた『モンスター小屋』や『離れ』を全力で建ててみるのもいいかもしれない。

 

 

「さて、何をしようかな」

 




 フィリーに続き、「ロロナのアトリエ」には登場していないキャラクターが登場しました


 なんとなく 終わりに向かっている雰囲気を感じられますが、まだまだ続きます

 今はだいたい原作「ロロナのアトリエ」のストーリーの半分の期間を終えた程度です
 これからも、山無く谷無く いつも通りの雰囲気で話が進んでいきます。タグにつけてある「恋愛要素」を少し出していったり、面白おかしくいくつもりです


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フィリー「お茶とお菓子を持って」






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***街道***

 

 

 

「にしたって、いきなり一人でこんなところまで来たなんて信じらんねぇな」

 

「だ、だって……! 知らない人に護衛を頼むなんて出来なかったんだもん」

 

 私はホロホロ君になんとか言い訳を返した。

 話の内容は初めてマイス君と会った日のこと、おつかいで護衛も付けずに街の外のマイス君のお家付近まで来た時のことだ。

 

「けど、さすがに戦ったりできない子が一人では感心しないわね」

 

「だよなー。リオネラだってオレたちがついてるしな」

 

「わ、私だって少しは戦えるよ……」

 

 アラーニャちゃんの言葉にホロホロ君が、ホロホロ君の言葉にリオネラちゃんが 反応して賑やかな会話になってた。

 

 

 

 そもそも、なんでこんな話をしているのか。

 それは、今ちょうど私たちが アーランドの街からのびる街道を歩いているから。

 

 ここ最近、マイス君が何だか元気が無いように感じられて私は心配してた。そして、リオネラちゃんも同じだったみたいで、昨日ふたりで話し合って「お茶とお菓子を持って行ってお茶会をして、マイス君とお話しする&元気づけよう!」ということになった

 

 だから、私とリオネラちゃんは、それぞれ香茶とお菓子の入ったカゴを分担して持ってる。

 

 

 

 そうこうしているうちに、街道からわきにそれるように存在するマイス君のお家へと続く小道へとたどりついた。

 私とリオネラちゃんは緊張や不安からかおしゃべりが止まってしまい、空気が少し重くなってしまってた。

 

「もう、気持ちはわからなくもないけど、フィリーちゃんもリオネラも暗くなっちゃってるわよ。元気づけようとしてる人が元気無くってどうするの」

 

「そうだぜ。こういうときは、空気を読まないくらいバカみてぇに笑ってればいいんだぜ?」

 

 ホロホロ君は無茶苦茶なようなことを言ってるけど、アラーニャちゃんの言うことは確かにそのとおりだ。

 

 なんでマイス君が元気がないのか。私なんかで マイス君が抱えてる問題を解決できるのか…………不安なことはたくさんある。

 だけど、私はマイス君の力になりたかった。ダメダメな私なんかにも優しくしてくれて、何度も助けてくれたマイス君を……今度は私が助けたいって思った。

 

 

「フィリーちゃん」

 

 それに、今の私はひとりじゃない。マイス君をきっかけにお友達になったリオネラちゃんも、マイス君が心配でなんとかしてあげたいって思っていたみたい。

 私だけだといっぱい不安だけど、リオネラちゃんもいるんだから……きっと、ふたりでなら出来ることも増えると思う。

 

「リオネラちゃん……うん、行こう!」

 

 顔を見合わせて頷いて、私たちはマイス君のお家のある林の中へと小道を歩き出した

 

 

 

―――――――――

 

***マイスの家・前***

 

 

 

シャキーン

 コンッ コンッ コンッ

 

  カラン カラン

 ドス       ドス 

 

 

 マイス君のお家に近づくにつれて、聞き覚えの無い音がたくさん聞こえてきだした。

 

「何の音……?」

 

 不安そうに顔を強張らせているリオネラちゃんがそう言ったから、音は私の聞き間違えなんかじゃないってことがわかる。

 

「もしかして、マイス君が元気が無いことと関係あるのかな……」

 

「そうかも……」

 

 私の言葉にリオネラちゃんが頷いてくれたけど、私の中では不安が大きくなっていってた。何なのかわからない音、これを私たちで何とかできるんだろうか…………

 

 

 

 

 林に入った小道は やがて林を抜けて、マイス君のお家の全体が見えてきた。そこには―――――――――

 

 

「「…………」」

 

 

 もしも、お人形が動いて喋っていたり、マイス君のお家に人と仲が良いモンスターがいたりと、変わったことに慣れていなかったら叫んだり気絶したりしていたかもしれない。

 マイス君のお家の前の庭には想像を絶する光景が広がってた。

 

 

 丸太を切って板にしたり、木の柱に溝を彫ったりしている()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 木の板を運んだり、その板を組んだり、柱を立てたりしている()()()()()()()()()()()()()()

 

 石を食べてはドッスンドッスン動いて、口の中に入れた石を吐き出して運んでいる()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それらそれぞれ2~4体ほどが、その大きさに似合わない細やかな動きで活動していた。

 

 

「何してるんだろ……?」

 

「木で建物を、建ててる……のかな?」

 

 たぶんだけど、リオネラちゃんの言う通りだとは思う。

 マイス君のお家のすぐそばの土地に積まれた石と立てられた柱からして、今あるお家ほどは無いとは思うけど、結構な大きさの建物ができてしまいそうだ。

 

 そんなことを考えてると、リオネラちゃんのすぐそばでフワフワ浮いてるホロホロ君たちが目の前の光景を眺めながら言ってきた。

 

「この変なモンスターたちだけどさ、ぜってぇマイスのやつが一枚噛んでるぜ」

「まあ、ここが彼の家なんだから何かしら関係はしているとは思うけど……」

 

 作業をしている謎の存在たちは、私たちのことなんて気にせずに黙々と作業を続けている。襲ってきそうな敵意も全然無いからひとまずは安全かな。

 

 

「とりあえず、邪魔にならないようにお家のほうに――」

 

 「行こう」って言う前に気がついた。ちょうどお家の影になっていた方から大きな『ハンマー』を持ったマイス君が出てくることに。

 

「あっ、フィリーさん、リオネラさん、それにホロホロとアラーニャも! こんにちは!!」

 

 マイス君がこっちに気がついて、駆け寄ってくる。

 その様子は、この前に会った時のような元気の無い感じじゃなくて、まさにマイス君っていうイメージ通りの元気いっぱいな感じだった。

 

 

 

 私はリオネラちゃんの方に顔を向ける。リオネラちゃんもちょうどこっちを見てきていて、その顔はパァッっと明るくなった。

 

「「よかったー!」」

 

 私とリオネラちゃんは一緒になって喜んだ。お互いの手を握ってピョンピョン飛び跳ねちゃったりしちゃった。

 ふたりとも手に持っていたカゴを落としてたこととか、マイス君が状況が飲み込めなくて首をかしげてたりもしていたけどね……。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 「とりあえず、家に入らない?」というマイス君の言葉で、いったんお家に入ってからお話しすることになった。

 持ってきていた香茶とお菓子をテーブルに出して、それぞれソファーやイスに座ってお喋りをはじめ……いろいろと騒がしくもある外の様子についてとか、話していった。

 

 

「えっと、あの作業しているのはモンスターじゃなくて『アクティブシード』って種から成長したので、あれ以外にもいろんな種類があって……ううん、頭がパンクしちゃいそうだよぅ……」

 

 マイス君からあの作業している子たちのことを聞いたけど、なんだか魔法みたいに信じられないくらいのもので、すっごくビックリしちゃってて理解が追い付かなくなっちゃった。

 

「そ、そういえば、ロロナちゃんから聞いたことあったかも……たしか、マイスくんが『錬金術』でつくったって」

 

「うん、一応はそうなんだ。……というか、その話は結構広まってたりするのかなぁ?」

 

 リオネラちゃんは何か知ってたみたい。ロロナって名前はこれまでにも、おねえちゃんやマイス君の話の中で聞いたことはある……あんまり知らないけど。

 

 

 

 他にも色々なことをお話した。

 香茶やお菓子のこと、『ウォルフ』とこなーちゃんのこと、『モンスター小屋』や『離れ』を建てる計画のこと……

 

 でも、結局マイス君が元気が無かったことについては一度も触れずにいた。

 無理をして元気なフリをしているならちゃんと聞いて解決したほうが良いと思うけど、そういうわけでもなさそうだったからリオネラちゃんと小声で話し合って触れないことにした。………きっとこれで良かっただろうと思ってる。




 「こんな話を書きたい」と考えると、「そしたら 間にこういう話が必要だよね」
 …………思うように筆が進みませんね。今回も短めですし

 気分転換しながら 書いていきます


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マイス「夏の日の街」






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……



***職人通り***

 

 

 

 日に日に暑くなっているここ最近。今僕が歩いているこの石の敷き詰められた道は少なからず熱を帯びている。

 

 まさに「夏、真っ盛り」だ。

 

 

「すっかり忘れてたけど、『王宮受付』最近行ってなかったんだよね……」

 

 正直なところ、いつ以来なのかは覚えていない。

 『離れ』と『モンスター小屋』を建てはじめてからは、それらに熱中しすぎていて……朝起きて、畑仕事して、建築して……といったサイクルの生活になってしまっていた。

 それ以外には、時折こなーをホムちゃんのところに連れていったり、雑貨屋さんに種を買いに行ったり、家にお客さんが来たらおもてなししていたことが少々あった程度だ。『職人通り』よりも街の奥には行っていなかった。

 

 

 その建築もおおよそのかたちは完成していて、あとは内装や細かい場所のみってところまで出来ている。

 

 一区切りがついたということで、今日はちょっと気分転換に街に繰り出したんだけど……そこで『王宮受付』のことを思い出したのだ。

 

「フィリーさんは家に来てくれたりしてるから会ってるけど、エスティさんと会うのは久しぶりだな……」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***王宮受付***

 

 

「こんにちは!エスティさん! ……って、どうしたんですか?なんだか元気が無いですけど……?」

 

「あー、マイス君 おひさしー……」

 

 「ぶり」のたった二音を言わずにグデンと受付カウンターに突っ伏しているエスティさん。ほぼ完全に脱力している。

 

 

「……何かあったんですか?」

 

「あったっていうか、あってるというか……」

 

 エスティさんは、顔をあげたかと思えば、カウンターに指で「の」の字を書きながら唇を尖らせた

 

「一昨日からアストリッドさんの発案で、ロロナちゃんを中心とした女の子メンバーで『ネーベル湖畔』に水遊びに行っちゃってるのよ」

 

「『ネーベル湖畔』ですか……?」

 

 確か『アーランドの街』から、おおよそ北東方向にある大きな湖だったかな? 実際には行ったことは無いけど、以前入手した地図や図鑑等でその名前を目にした覚えがある。

 

「私にもお誘いがきたんだけど……見ての通り、仕事があって行けなかったの。はぁー……」

 

 「仕事時間の半分くらいはこうしてボーっとしてるだけで暇なのに……」と本当に残念そうにぼやくエスティさんの周囲は、こころなしか他よりも薄暗く見える……

 

 

 

「そうそう。王宮に入れてもらってた茶葉なんだけど、あともう少ししたらきれそうだからまた用意してもらえるかしら? 結構好評なのよ、あのお茶」

 

「気に入ってもらえてるなら嬉しいです! それじゃあ、明日にでも持ってきますね」

 

「大丈夫? 早いのはこっちとしては嬉しいんだけど、マイス君 何だか色々建てたりしてるんでしょ? ……お願いした私が言うのもなんだけど、無理しちゃダメよ?」

 

 そう心配そうに言ってくれるが、実際のところ建築は僕も作業をしたりはするけど 僕無しでもアクティブシードたちに大体の作業はしてもらえる。それに、そもそも建築自体に何か期限があるわけでもないので、建築作業を後回しにしても そんなに問題は無い。

 

「大丈夫ですよ。時間も十分にありますし、材料もちゃんと保管してますから」

 

「そう……うん、ならよろしくお願いね!」

 

「はい!」

 

 

---------

 

 久しぶりの会話や依頼等をすませて『王宮受付』を後にするマイス。

 その後ろ姿を見送るエスティは、少し前にもこうしてマイスを見送ったことを思い出していた。あの時とはマイスの後ろ姿から見て取れる活気も、エスティ自身の感情も、まるで違っていたが――

 

「フィリーやティファナから聞いてはいたけど、マイス君、元気になってて本当に良かった」

 

 安心したように 軽く息をついたエスティは、肩を回して……

 

「それはそれでよかったけど……はぁ、私もロロナちゃんたちと水遊び行きたかったな~」

 

 今度は退屈そうにため息をついた。彼女にとって とても退屈な受付仕事が再び始まった

 

---------

 

 

 『王宮受付』を後にし家へと帰るために街中を行っていると、見知った人が歩いてくるのが見えた。

 

「ステルクさん、こんにちは!」

 

「むっ、君か。元気そうで何よりだ」

 

 ステルクさんは立ち止まって僕の挨拶に応えてくれる。

 

 そして、そのとき気がついたんだけど、ステルクさんの後ろには ステルクさんと同じ騎士の制服を身にまとった人が3人ついてきていた。

 騎士を連れて歩いているのを見るのは初めてで少し驚いたが、僕は後ろの人たちにもお辞儀をして挨拶をする。3人はお辞儀を返してくれたんだけど、皆なんとなくヨロヨロとしていて元気が無さそうだった。

 

 

 「どうかしたのかな?」と思ったけど、それを問いかける前にステルクさんが後ろの3人に、振り返りながら口を開いた。

 

「少しばかり話すことがあるから、君たちは先に王宮に戻り普段通りの仕事に戻っておいてくれ」

 

 ステルクさんの言葉に3人は返事をし、王宮のほうへと去っていった……

 

 

「あの3人、疲れているみたいでしたけど……何かあったんですか?」

 

 今はちょうど何かの仕事を終えた帰りだったのかな?

もしかしたら、ステルクさんを入れた騎士4人で街の外に現れた凶悪なモンスターを討伐したりでもしたとか……?

 

 あまり知らない騎士の仕事に 想像を膨らませたが、ステルクさんの口から漏れたのはため息だった。

 

「アレはただの夏バテだ」

 

「えっ」

 

「ここ最近の暑さでダラけてしまっている騎士が多くてな……物によりかかりながら事務にあたったり、背筋を伸ばして立たない気の緩んだ騎士がいるのだ」

 

 なるほど、それであんなに疲れていそうだったんだ。

 そう僕は納得しかけたが……

 

「だから、そういった者たちをつい先ほど演習場まで連れて行き鍛錬をしていたのだ。気の緩みを叩き直すにはそれが一番良いからな」

 

 ……暑さからきた部分もあっただろうけど、ステルクさん指導の下の鍛錬が追い討ちをかけてきて、あの疲れようなのだとわかった。気の緩みが直りしっかりする前に、鍛錬による疲れから立ったまま眠ってしまったりしてないか心配だ。

 

 

「って、あれ?」

 

 騎士の人たちにステルクさんが「普段通りの仕事」と言っていたから、特別な仕事があったのだろうと思ったのだけど、そうではなかったようだ……となると、王宮からは4人の騎士が仕事から抜けていたことになる。……()()で王宮の運営に何も問題は無いんだろうか?

 でも、問題があったなら、僕が行ってた『王宮受付』で何かさわぎでもあるだろう――けど、別段いつもと変わったところは無かったし……んん?

 

「もしかして、騎士って意外と暇なのかな……?」

 

「グッ……!?」

 

 あっ、ついうっかり口に出してしまっていたみたいだ。

 ただ、ステルクさんの表情を見ると 何とも難しそうな顔をしているので、もしかしたらステルクさん自身も感じていたのかもしれない。

 

「……確かにこれといった目立つ仕事は無いが、王宮の警備などの仕事が……」

 

「でもこの街、街中でも何か事件があったりすることも無いくらい平和なんですけど…?」

 

「非常時には何があるかはわからないが……王も「キミ達に仕事が少ないのは平和なことでいいじゃないか」とおっしゃられて……というか、王宮から抜け出した王を探し回るのが一番大きな仕事な気が

 

 段々とステルクさんのまとう空気が重くなって来てしまった。この空気を変えるために何か別の話題を出さないと……!

 

 

「そうだ! 仕事の忙しい時期といえば『王国祭』ですけど、今年はもう催し物とかの案は出ていたりするんですか?」

 

「むっ……いや、案はいくらか出ていたりはするそうだが……」

 

 ステルクさんが新しい話題に上手くのってくれた!

 

「去年行われた『キャベツ祭』などもそうなのだが、エスティ先輩たちが中心になって案をまとめ上げた後 決定するまで私は内容はわからなくてな……」

 

 「大抵は準備するギリギリまで教えてもらえないのだ。何故だろうか」と、不思議そうにステルクさんは言った。

 僕の印象ではあるが、結構騎士の中でも上の方だと思われるステルクさんにギリギリまで内容が伝わらないのは果たして大丈夫なんだろうか? ……一応これまで問題無く毎年開催できているみたいだけど。

 

 

「そういえばこの前、先輩に「今年はステルク君に盛り上げてもらうわよ!」と言われたのだが、もしかしたら『王国祭』の催し物のことだったのかもしれないな」

 

「へぇ! それは気になりますし、楽しみですね」



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マイス「なんとかとなんとかは紙一重」

 独自解釈と捏造設定、ご都合主義 入ってます






※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……



***マイスの家***

 

 

 

 

「よしっ、あとはコレだけかな?」

 

 目の前にある建築時に余った木材をまとめ上げてロープで縛り上げる。そしてそれを 僕のそばにいた『アクティブシード』の『はにわサボテン』に渡した。

 

「それじゃあ、これが最後。木材置き場に持って行ってね」

 

 そう僕が言うと、「了解した」という意味だろうか軽く頷くような動作をした後、『はにわサボテン』は家の作業場の裏の方へと歩いて(跳ねて?)いった。

 

 

「遂に完成だね……」

 

 目をやるのは、もとからあった家に隣接するように建てられた2軒の建物。

 

 そう、『離れ』と『モンスター小屋』が完成したのだ。

 内装の確認は、自分でした後にこなーとウォルフにも確認してもらった。『ウォルフ』は『モンスター小屋』の家のベッドルームに勝るとも劣らない広々空間や寝床を気に入ってくれたようだし、こなーも『離れ』の内装を一通り見てまわった後、のんびりくつろぎ落ち着いていたようだったのでホムちゃんがまた泊まりに来た時も問題無く過ごせるだろう。

 そして、もとあった家からもすぐに行けるように簡単な通路もつくったので、抜かりはないはず。

 

 

 

「ほう、他にも種類があるとは思っていたが人型に近いモノもあったのだな」

 

 その突然そばから聞こえてきた声に少し驚きながらもそちらに顔を向けると、アストリッドさんがいた。僕の家にまで来るのは初めてではないだろうか?

 

「話には聞いていたが、本当に家を建てていたとは。まあ、彼らの力を借りてこそ出来たことなのかもしれんがな」

 

 そう言いながらアストリッドさんは僕に何かを投げ渡してきた。受け取ったそれを確認してみると、『アクティブシード』の『ジャックの種』だった。

 「なんでアストリッドさんが?」と一瞬思ったが、半年ほど前の今年の初めに 貸し出していたことを思い出し納得した。

 

 

「さて、他に何か面白そうなものはないか?」

 

「えっ?」

 

「なんだ? その種を貸し出した程度で借りを返せたと思っているのか? 三倍返しなのだから、まだまだ何かしらの要求はするぞ」

 

 そういえば、そういう話だったっけ?

 まあ、貸し借りのことは憶えて無くて、アストリッドさんが「面白い」と思うものがわからなくて声を出して驚いただけなんだけど……

 

 

「先程の動くサボテンでもいいのだが、あまり変わり映えしないしな……」

 

 辺りに目をやり何かないかと考えるような仕草をするアストリッドさんを見て、僕はあることを思い出す。

 

「アストリッドさんが帰ってきたっていうことは、ロロナたちも帰ってきたんですね」

 

「むっ?」

 

「エスティさんから聞いてたんですけど、『ネーベル湖畔』ってところに水遊びに行っていたって」

 

「あぁなるほど、エスティ嬢から聞いたのか」

 

 納得したように頷いたかと思えば、腕を組んでニヤニヤ笑いだした。

 

「いやー、至福の時間だったぞ アレは。ん? どうした? 羨ましいのか?」

 

「羨ましいですよー。前は町の中にある湖で、みんなで遊んだりしてましたから」

 

 そう少し懐かしんでいたが、ふと、アストリッドさんの顔からいつの間にか笑みが消えていたのに気がつき、そちらに意識を向けた。

 

「どうしたんですか?」

 

「予想していた返答とは違ったものでな……これはロロナには気は無いと思っていいか、ただ単にそこまで深く考えていないだけか?

 

「?」

 

「まあいい。それと――――――

 

 

 

 

錬金術をいかように用いても、キミを元の世界に帰すことは不可能だからな。変に希望は持たない方がいいぞ」

 

「へぇ、やっぱりそうなんですね。錬金術は凄いと思ってはいたど、さすがに無理があるだろうなーって……」

 

 

 ………………………あれ?

 

 

 

「あの……別世界じゃないかなってこと、アストリッドさんに話しましたっけ?」

 

「聞いてはいない。だが、むしろこの天才錬金術士の私が、その『アクティブシード』を手にした時点でそれくらい推測できないとでも思ったのか?」

 

「いやいやいや!? なんでわかったんですか!?」

 

 アストリッドさんは「やれやれ……そこから説明しなければならんか」と面倒くさそうにため息を吐いた。

 

 

「『アクティブシード』に関しては、何故意思があるように動いたりするか等わからない部分もあるが、動力についてはおおよそわかっている。私でも知りえない「未知のエネルギー」だ」

 

 未知のエネルギー? 思い浮かぶものといえば 『ルーン』だろうか?

 

「活動後の『アクティブシード』が薄黒い色の種になって一定以上の休息を必要とするのは、このエネルギーが枯渇し、補充する必要があるからだ。 エネルギーを調べたところ、錬金術でいう『エレメント』や『エーテル』に近しいものでありながら、これまでに一度も発見されていないものだとわかった。しかし、『アクティブシード』が自らそれを生成している様子は無く、それこそ植物の如く空気中から摂取しているようだった……」

 

 色々とわからない言葉が出てくるうえに、僕が知らない『アクティブシード』のことまで……

 

「その「未知のエネルギー」だが、そう難しくない方法で空気中から摘出できてだな……すると、何故これまで発見されなかったのか――まあ簡単な話だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?それっておかしくないですか?」

 

「おかしくなどないぞ? 生み出す存在、もしくは 生み出される環境が ()()()()できたとすれば 何の問題もないだろう?」

 

「そうですか……?」

 

「まあそれで『アクティブシード』の持ち主であるキミが真っ先に思い浮かび、聞いたことも無いような場所から来たと言うのだから、「別世界から、何らかの事情でその世界の理ごとこの世界に来た」という予測が立ったのだ」

 

 確かに筋が通らないわけでは無さそうな話だけど、よくそんな発想にたどり着くことができたものだと思う。

 そう僕が思っていると、アストリッドさんは 何故か少し呆れたようにため息をついた。

 

「相変わらず顔によく出るな、キミは……。なに、確信に変わったのはつい最近で、キミが元気が無いとロロナから聞いた時に『街から離れたところに住みたがっていたのは、元の世界に帰る手段を探る実験か何かをするためで、それが成功しなかったから元気が無くなったのでは?』と考えてな」

 

「……本当になんでそこまでわかるんですか?」

 

「単なる勘だ」

 

 真顔でそんなにキッパリと言われると何も言えなくなってしまう。

 

 

 

「さて、キミを元の世界に帰すことが不可能な理由だが……実際のところ、帰すこと自体は可能だ」

 

「可能なのに不可能なんですか?」

 

「難しい内容は省略するが……端的に言うと、キミがいた世界の物があるならば、そちらの世界への『道』を開くことは出来る。が、どんなに上手く開いたとしても時間軸の固定ができず、ブレ幅は少なくとも5年、最悪 数百年も異なる時間に飛ばされる」

 

「……………」

 

「そちらの世界に行ってから時間軸を移動するという手も無くは無いが、こちらの世界で生み出されたものがそちらの世界でも正常に作動する保証もない。故に不可能というわけだ」

 

 確かに、それは不可能なのとほぼ同じだろう。諦めていたとはいえ、少し残念に思ってしまっている自分もいる。

 

 

 

「私から伝えられることは以上だ」

 

 そう言ったアストリッドさんに僕は頭を下げた。

 

「なんていうか、その……ありがとうございます」

 

「礼を言われるようなことはしていない。色々と考えたのも暇潰しの一環だ」

 

「それでもです」

 

「………まあいい。何か面白いものがないか、物色させてもらうぞ」

 

 

 

 『面白いもの』を探しに家の中に入って行こうとしていたアストリッドさんの後をついていっていたのだが、不意にアストリッドさんの動きが止まった。

 

 何事かとアストリッドさんの視線をたどってみると、家の前にある畑の方だった。

 畑に何か興味が引かれるものでもあったのだろうか? 目立つものといえば、先日コオル君から買い付けた『小麦』だが……こういった穀物を育てるのは初めてだったので手探りだったのだが、何かおかしいところがあったりしたのかもしれない。

 

 アストリッドさんが歩き出し、『小麦』よりも向こう側で育てていたものの方へと向かって行った。

 

 

「おい、コレはなんだ?」

 

「それは 前に錬金術でつくった種が育った植物から種を取って増やして育ててるものです」

 

 そう、前にホムちゃんがお泊りに来た時に僕の『テキトー錬金術』(ホムちゃん命名)で偶然つくられたものだ。まさか、『シアレンス』にいた頃によく見ていた植物が生えてくるとは思いもしなかったが。

 

「参考までに聞きたいのだが、材料はなんだ?」

 

「えっと『マンドラゴラの根』と『コバルトベリー』それに『マジックグラス』です」

 

「なんだそれは!? 『ヒーリングサルヴ』の材料じゃないか!?」

 

「そうですね、本当は『ヒーリングサルヴ』を調合しようとしてましたし……」

 

「どういうことだ……!? コレは限りなく『アレ』に近い性質を持っているのに……そんな簡単な材料でできてしまうというのか? いや、しかし――

 

 あれ?何やら一人で呟き、考え込みはじめている。

 

 

 

 

「……一応聞くが、コレには名前があったりするのか?」

 

「ありますよ? 『()()()』っていうんです」

 

「……………」

 

「……………?」

 

「『えりくさ』?」

 

「はい、『エリ草』です」

 

「……『()()()()()』?」

 

「だから『エリ草』ですって」

 

 

 

「「………………」」

 

 

 

「ふざけているのかー!!」

 

「えぇ!? ふ、ふざけてなんていませんよ!? それに、『シアレンス』だと雑貨屋で普通に売ってる植物ですよ『エリ草』って」

 

「はあー!?」

 

 いきなりどうしたんだろう? こんな風に叫ぶアストリッドさんなんて、見たことが無い……というか、想像も出来なかったんだけど……

 

 

 

 その数分後、落ち着きを取り戻したアストリッドさんが「『エリ草』を数本持ち帰りたい」と言ってきたので、分けてあげた。ひとつでもあれば種はつくれるので全然問題は無い。

 

 それと、僕が「今、『エリ草』で 新しい薬が作れないか試してるんです」と言うと、アストリッドさんは「ああ、それはできるだろうな。とんでもなく凄い薬が……」と笑いながら言ってくれた

 けど、何故かアストリッドさんの目は笑ってなかった……どうしてだろう?




 ……アストリッドさんなら何とか出来そうな気もしますけど……そしたら話が
 というわけで、こんなことになりました




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マイス「モコモコ・1」





※2019年工事内容※
 誤字脱字修正、細かい描写の追加、特殊タグ追加、句読点、行間……


✳︎✳︎✳︎マイスの家✳︎✳︎✳︎

 

 

 目の前にあるのは扉、背伸びをしないと手が届かない位置にドアノブがある。

 察しが良ければわかるのかも知れないけど、今 僕はモコモコの姿になっている。そして、この扉は僕の家の玄関の扉だ。

 

 今の状況はさして珍しいことじゃない。

 今日はフィリーさんとリオネラさんたちが遊びに来ている。フィリーさんはモコモコ相手以外にもお喋りができるようにはなってきていて、モコモコがいない状態でも僕の家に遊びに来たりするようになった。それはリオネラさんの存在も大きかったんじゃないかな?

 

 だけど やっぱり時折寂しそうにするので、以前と同じように 人の状態の僕が外に出かけるフリをして『モコモコ』に変身し入れ替わるよに家に入る、今ちょうどその時なのだ。

 

 

ガチャ キィ………

 

「あっ! モコちゃん、ひさしぶり!」

 

「モコッ!」

 

 真っ先に僕に気がついたのはフィリーさん。僕は片手をビシッと挙げながら返事をする。

 

「いらっしゃい……モコちゃん」

 

「まぁ「いらっしゃい」っつっても……」

「わたしたちの家じゃないんだけどね」

 

「モコ~」

 

 リオネラさんの挨拶にホロホロとアラーニャがちょっとした口出しをするのを聞きながらも、僕はリオネラさんに挨拶を返した。

 

 そして扉を閉めた後、いつものように流しの方へと行き 手を洗う。

 元々は、初めてモコモコの姿でフィリーさんに会う際に、「彼女の警戒心を少しでも解ければ」と思いはじめたこの手洗いだけど、すっかり身に染みついてしまっていた。別に悪い事ではないからいいんだけどね。

 

 

 

 ソファーに並んで座るフィリーさんとリオネラさん。ホロホロとアラーニャはリオネラさんの隣に一緒に座っていて、僕はといえば…………

 

「ふふっ、ひさしぶりのモコちゃんのモフモフ……!」

 

「も、モコォゥ……」

 

 フィリーさんの膝の上に座らされて、もの凄くモフモフされてます。

ときどきほおずりされたり、ほっぺをフニフニ触ってきて こそばゆくてしかたがない……というか、顔は確認できないけど声はとろけてしまってるよ?

 そんな様子を見ているリオネラさんが「加減してあげてね? フィリーちゃん」て言ってくれたんだけど、フィリーさんは「あとちょっとー……」としか言わない…………どうしてこうなった。

 

 

 フィリーさんを止めるのを諦めたリオネラさんだったけど、「あっ、そうだ!」と何やらゴソゴソしだした。

 

 「どうしたんだろう?」と、モフモフされながらも そっちをみると、ちょうど僕の目の前に何かが差し出された。

 

「あの……これ、おみあげ」

 

 リオネラさんから差し出されたものは『虹珊瑚』。その名の通り、虹色に輝くサンゴで 『ネーベル湖畔』で採れる希少なものだ。

 

「あのね、私 このあいだ『ネーベル湖畔』に行ってきたの。知ってる? 『ネーベル湖畔』?」

 

「モコッ」

 

 リオネラさんの問いかけに、僕は頷きながら返事をする。

 

 

「えっ……避けられーー!?」

 

 頷いた時に、ちょうどフィリーさんが 頭をなでようとしていたみたいで、偶然にもその手を避けてしまったらしい。フィリーさんがショックを受けていた……けど、それはスルー。相手をしてたらキリが無い予感がしたからだ。

 

 

「その『ネーベル湖畔』で採れた『虹珊瑚』っていうものなんだけど……モコちゃん、ハイどうぞ」

 

「モコッコ、モーコ!」

 

「あのアストリッドって ロロナの師匠が言うには、結構貴重なもんらしいけど……まあオレたちにゃあ関係ねぇけどな」

「これだけキレイなだけでも、十分に価値があるでしょ」

 

 受け取った『虹珊瑚』を見つめる。

 このままでも綺麗だけど、装飾品なんかに使ってみるのもいいってリオネラさんが言ってたね……実のところ人間時のときにもお土産として同じく『虹珊瑚』を受け取って、簡単な説明も聞いていたからおおよそわかっている。

 

 

「それで、『ネーベル湖畔』に行ったときのことなんだけど、パメラさんっていう――――――」

 

 そこからはリオネラさんによる土産話が始まった。

 僕をモフモフするのを満足し終えたフィリーさんも途中から会話に混ざったり、賑やかなのを聞きつけたウォルフが背中にこなーを乗っけた状態で来たりと、かなり賑やかになった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 「そろそろ戻ろうかな?」そう思い、外の林の中で人の姿に変身するためにフィリーさんとリオネラさんに「またね」の挨拶のをして外に出ようとしたときだ。

 

「モコちゃん、ちょっといいかな?」

 

「モコ?」

 

 フィリーさんの声に立ち止まり振り返る。どうしたんだろうか?

 

「あのね、ここにねモンスターさん用のお家ができんだけど……モコちゃん住んでみたくないかな って」

 

「……それ、いいと思う!やっぱり、外で暮らすのは色々危ないよ。モコちゃんやウォルフくんみたいに優しい子に 襲いかかってくるようなモンスターもいると思うし……」

 

 フィリーさんの提案にリオネラさんが頷く。

 

「私たちも一緒にマイス君にお願いするよ…!どう、かな?」

 

 ふたりは顔を見合わせた後 再び僕に顔を向け、問いかけてきた。

 …………もちろん、僕の返事は決まっている。

 

 

「モコ、モコモー」

 

 僕は首を横に振った。そして、いつものように笑顔で手を振りながら 林の中へと入っていく。ふたりが何か言う声が聞こえるけど、それには耳をかたむけずに歩いていく。

 「どうして」と理由を聞かれたら何も言えない。言うということは、僕が 人とモンスターのハーフであることをばらしてしまうことになるからだ。……これは『シアレンス』にいたころからだけど、やっぱり他人と違うのは受け入れてもらえるか不安で怖くて仕方がない……。

 

 

 あっでも、新しいモンスターをウチに招待してみるのは悪くないかもしれない。こなーや今いる『ウォルフ』と仲良くなれそうな子がいたらいいんだけど……。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

「どこにいくんだろう?」

 

「『近くの森』のどこかにお家があるのかな……?」

 

「…………どうすんだ これ?」

「さあ?」

 

 

≪続く…≫



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フィリー「モコモコ・2」

 移動による日数の経過ですか?あれはゲームのシステムでして 本作ではあまり気にしておりません(言い訳)







※2019年工事内容※
 途中…………


 モコちゃんに マイス君のお家の『モンスター小屋』に住んでみてはどうか聞いて、それを断られた私とリオネラちゃんは、モコちゃんが出ていった外を見ている。その視界の中には まだモコちゃんの後ろ姿が見える

 

「どうしてマイスくんのお家に住むのは イヤなのかな……」

 

「もしかして、ケンカしてるとかかしら…?」

「マイスと あの毛玉がか?いやぁソレは考え辛くねぇか?」

 

 リオネラちゃん、それにアラーニャちゃんやホロホロ君も「なんでだろう」と悩んで理由を考えてる。私は……思いつかない…………けど!

 

 

「…よし!決めた!」

 

 私はモコちゃんを追いかけるために 外へと歩き出す。そしたら、いきなりの行動に驚いたリオネラちゃんが驚きながら聞いてきた

 

「どどど、どうしたの!?」

 

「モコちゃんの後をこっそり追いかけてみるの……モコちゃんがここに住めない理由が、モコちゃんの行く先に あるような気がするからっ!」

 

 もしかしたら、モコちゃんの家族か友達が お腹を空かせて帰りを待ってる、とか そういう理由かもしれない。そういうことだったら私だって力になってあげることができるかもしれない

 

「……!それなら 私も行くよ!!」

 

「うん、一緒に行こう!」

 

 リオネラちゃんと一緒に、急ぎ足で、そしてなるべく静かに 追いかけはじめる。モコちゃんを見失ってしまわないように……

 

 

=========

 

「おいおい、飛び出しちまっても大丈夫なのか?」

 

「うーん…あんまり良くはないけど、リオネラも行っちゃってるから ついてくしかないじゃない」

 

「そりゃそうだけどよぉ」

 

「マイスが帰ってきた時に誰もいなくて、心配させちゃったら……まあ 素直に理由を話すしかないんじゃないかしら?」

 

 そうブツクサ言いながらも、ホロホロとアラーニャはリオネラの後を追うように飛んでいくのだった……

 

=========

 

―――――――――――――――

 

 

「……ここって もう『近くの森』に入ってるのかな?」

 

「うん。たぶん「ぷにぷに林」って呼ばれてるところの近くだと…」

 

 しげみに隠れながらモコちゃんを追いかけてきたけど、周りは うっそうとした森になってきてた

 

 リオネラちゃんは旅の大道芸人で いろんなところを旅してきたらしいし、アーランドに来てからは 錬金術士のロロナって人の採取のお手伝いで いろんな採取地にも行ってるって言ってた

 でも、私は アーランドの街の外で行ったことのある場所はマイス君のお家だけ……。勢いのまま ここまで来ちゃったけど、いまさらになって怖くなってきちゃった…

 

 

「……あっ、また移動しはじめたよ」

 

 リオネラちゃんの声を聞いて、モコちゃんの様子を陰からうかがう。そして、次 身を隠す場所を探す

 

「よし、あの岩陰なら大丈夫そう」

 

 駆け足で岩陰まで行き 身を隠す。岩陰から顔を覗かせるとモコちゃんが移動しているのが見れることを確認もした。そして、リオネラちゃんも来れるようにスペースを開けようと 私は奥の方へとさがった

 

 

ムニョ

 

「きゃ!?」

 

 さがろうとした時、何かを踏んでしまい こけて尻餅をついてしまった

 

「いたたっ……あれ?」

 

「ぷにぃ…」

 

 尻餅をついてしまった私が、何を踏んでしまったのだろう と足元を見てみると、何やら 水色の小さくて真ん丸な子が私を睨んでた。その子の頭には靴で踏まれたような跡が……

 

 

「フィリーちゃん!!その『ぷに』からすぐに離れ―――」

 

 視界の端で、リオネラちゃんが いつもよりも大きな声を出しながら私のほうへ駆け寄ってくるのが 少し遠くに見え……

 

「ぷぅーーーーーーにぃーーーーー!!」

 

 私への呼びかけは、甲高い鳴き声にかき消された。その音の大きさに 反射的に耳を手でふさいでいた。そして、その鳴き声が途切れた後に聞こえてきたのは

 

「ぷに?」「ぷぷぷっ」「ぷーにぃ…」「ぷにに!」「ぷー」「ぷにーに!?」

 

 沢山の『ぷに』。なかには色が違うのもいて、それらが 色々な陰や隙間からどんどん出てきた。それに加えて……

 

「プゥーニィー」

 

「ひぃっ……!?」

 

 私がいるところよりも一段高い地面の上から、王冠のようなものをかぶった 人ほどの大きさがありそうな大きな『ぷに』がでてきた

 

 

 

「フィリーちゃん!逃げて!!」

 

 リオネラちゃんはすぐ近くまでぷにに囲まれていて 悪戦苦闘していた

 対して 私の周りにはぷには近づいてきていなかった。でもそれはきっと、私を狙っている この大きなぷにの攻撃に巻き込まれたくないから

 

「プゥゥ………ニィ!!」

 

 大きなぷには 私めがけて大きく跳んだ

 

 

 

「なによ!このぷに量!?」

「知らねぇよ!?とにかく、今は四の五の言ってられねえぞ、リオネラ!!」

 

「わかってるよ!でも……!!」

 

 アラーニャちゃん、ホロホロ君、そしてリオネラちゃんの声が なんだか遠く感じ……私の足はなんでか動かなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァアッッ!!」

 

 風を切る音、私の髪を激しく揺らす突風

 

 とっさにまぶたを閉じてしまった私が まぶたを開いたときに見えたのは……握り拳をつくった片腕を空に向けて伸ばし、反対の腕は脇をしめた マイス君の姿だった

 

 

「「マイス君!?」」

 

 

 私の声は 偶然リオネラちゃんと重なった

 

どうしてここに!?と疑問が口に出る前に マイス君のあたりに影がおちた。ハッっと上を見たら、さっきよりも高い位置から 大きいぷにが落ちてきていた

 

「危ない!」

 

「ふっ」

 

 私はとっさに叫んだんだけど、マイス君はぷにを 両手を使い頭の上で受け止めて そのまま持ち上げてしまった。いくら柔らかそうな見た目のぷにでも人ほどの大きさがあるんだから かなり重いはずなのに、何ともなさそうだった

 

 

「よっと……ごめんね」

 

 そう言いながらマイス君は ぷにを地面に降ろした。よくよく見てみると、ぷには目をグルグルと回していた

 

 そのぷにをマイス君が何回かなでると、ぷにの目がパチリとしっかり開いて…………

 

「ぷ、プニーーーー!?」

 

 一目散に逃げ出した。それに続くように 普通の大きさのぷにたちも一斉に散らばって逃げ出した

 

 

 

「フィリーさん、リオネラさん…大丈夫ですか?」

 

「うん、私は大丈夫だけど……フィリーちゃんは……?」

 

「こ、怖がっだよぉー!!」

 

 いまさら 自分がどういう状況に置かれていたかが理解できて、声が震えて 涙があふれ出てきた

 

「ごめんなさい、フィリーさん……」

 

「ぐしゅん…?」

 

「マイスくんが謝ることじゃないよ。私が…ちゃんとそばにいたら守ってあげれた、から……」

 

 私が涙を止めようとしているうちに、マイス君とリオネラちゃんが暗い顔になっていた

 

「とにかく、早くここから出ねぇか?」

「そうね、今 またモンスターにでくわしたくないし」

 

 ホロホロ君とアラーニャちゃんの提案に 私たちは頷いた

 

 

「フィリーちゃん、立てる?」

 

「あっ、そ それが……」

 

 足に上手く力が入らなくて 私は尻餅をついたままの体勢だった

 

「こここっ、腰が抜けちゃったみたい……はははっ」

 

 

 

ヒョイッ

 

「へっ?」

 

「これなら帰れるかな?」

 

 気づいたらマイス君に抱き上げられてた……って!?こ、これって『お姫さま抱っこ』!?!?顔から火が出ちゃいそうだし、心臓もバクバクいってて……!!

 

「そそそっ!?そうだね!?マイスくんのお家はどっちだったかなぁ!?」

 

 リオネラちゃんの声も上ずってて、裏返っちゃったりしてるよ!うわぁ、リオネラちゃんたちに見られてるんだ!!すっごく恥ずかしいけど、どどどうしよう!?

 

「こっちですよ」

 

 マイス君はマイス君でいつも通り……ううん、さっきみたいに まだ何だか辛そうな顔をしてる。気にはなったけど、こんな状態じゃあ上手く喋れそうになくて 私は口を堅く閉じることしかできなかった

 

 

 

 マイス君が歩きはじめて 抱っこされてる私は少しゆすられる

 

 ふと視界の端に 何か淡く光るものが見えた気がした。そこは さっきまで私が尻餅をついてたところのすぐそば

 その光ったものは地面に落ちている『虹珊瑚』だった

 

 尻餅をついたときは何もなかった気がするんだけど……もしかして、マイス君のかな? でも、リオネラちゃんから貰ってた時に「初めて見た」って言ってて、その後マイス君のお家のコンテナに すぐにしまってたような……

 

 あれ?じゃああの『虹珊瑚』は…………?




マイス君なら、拳装備がなくても 人間状態で素手で戦えます。……そういうことにしておいてください……


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マイス「人とモンスターと……」






※2019年工事内容※
 途中…………


「ふぅ、もうこんな時間になっちゃったか……」

 

 陽は沈んで 辺りは随分と暗くなってきていた。生い茂る木々の隙間からこぼれ落ちてくる月明かりが 夜の森の街道をまばらに照らし、僕はそこをモコモコの姿でテッテク駆け足で 家へと向かって帰っている

 

 

 僕が今いるのは『近くの森』と呼ばれる場所。ここに来たのには理由があった

 

 先日、モコモコの姿で家から出て すぐそばの林の中で人の姿に変身しようとしていたときのこと

 フィリーさんたちが後を着けてきている事に気がつき、彼女たちを振り払ってから変身しようと逃げ回っていた。そして 振り払えたと思い変身したちょうどその時に『ぷに』の甲高い鳴き声が聞こえて、急いで声が聞こえた方へと駆けつけたら……

 

 と、まあ色々とあったのだけど、その時にアッパーを当ててしまった ぷに がいた

 フィリーさんを助けるためとはいっても、このままなのも気が引けたので、お詫びもかねて傷に効く薬と食べ物を ぷにたちのもとへと持って行ったのだ

 

 

 結果だけでいえば、ぷにたちは喜んでくれて 一応は許してもらえた。けど、やっぱり僕の認識は甘いのだと思った

 

 『シアレンス』でも『人の町』と『モンスターの集落』とで敵対意識があったりしていたが、それでもモンスターと仲良くする人も多くいたし、僕が町でモンスターを連れ歩いても何の問題も無く、なでたりする人もいたぐらいだ

 でも、『アーランド』では 人からモンスターへの意識も、モンスターから人への意識も、ずいぶん違うものだと実感した

 

「でも、どっちにもやりたいことがあって、譲れないからぶつかっちゃうんだよな……」

 

 モンスターたちの縄張りに入る人は、街への移動中であったり 物を作るのに必要な素材を手に入れるため といった理由があって、それらは生活に必要なことであって やめるわけにもいかない

 

 ……僕が 両方の立場に立ってしまっているから、割り切れない部分もある。完全にどちらか一方に付いてしまえば楽なのかもしれない

 

 

 

ガサッ

 

「あっ」

 

 それは ごく小さな音と声だったけど、僕の耳にはしっかりと聞こえた。反射的に そちらへと目を向ける

 

 そこにいたのはホムちゃんだった

 

 僕はすぐさま逃げ出す用意をする

 理由は簡単。この世界ではモンスターをサーチ&デストロイするということと、ホムちゃんが強いということからだ

 

 実際にホムちゃんが戦っているところを見たことはないけど、曰く ロロナよりも頭脳面・身体能力面が勝っているというのを ホムちゃんに初めて会った時にアストリッドさんから聞いていた

 それに、ロロナに頼まれて 一人で採取地へ行き、錬金術の材料を採ってきたりもするらしい。なら それなり以上に戦えるに違いない

 

 

 

「待ってください」

 

 走りだした僕を止めたのは ホムちゃんの声だった。走るのをやめて立ち止まったが距離を保ち、ホムちゃんの方へと振り返る

 

「おにいちゃんの所にいるウォルフと同じく青い布を巻いたモンスター……人との争いを好まないモンスターだと ホムは判別します。違いますか?」

 

「モコ」

 

 ホムちゃんが その話を知っていることに少し驚きながらも、僕は返事をしながら頷いた。……ついでにいうと、僕のことを他の人の前でも「おにいちゃん」と呼んでいるということにも驚いた

 

「よかったです。……あの、申し訳ないのですが」

 

「モコモコー?」

 

 

「『アーランド』はどちらの方向にありますか?」

 

 ……え?

 

「ホムは今、『アーランド』がどの方角にあるのかわからなくなり、アトリエに帰ることが出来なくなっています」

 

「モ、モココー…」

 

 それは つまり『迷子』ってことかな?意外というか、想像したこともなかったんだけど、ホムちゃんも迷子になったりするんだね……

 さすがにこれは おいていく理由なんて全くないわけで、帰り道を案内することにした

 

 

「モコー!」

 

 僕は歩きながら片手をクルンクルンと回し、大きく手招きをした。多少オーバーアクションな気もしたけど、モコモコの小さな身体だったら ちょうど見やすいくらいじゃないだろうか

 

「「コッチに来い」と言っているのでしょうか?とりあえず ついていくしかないですね」

 

 ホムちゃんは ちゃんと僕の後をついてきてくれているみたいで、僕はときどき振り返り 確認をしながら先導して歩いた

 

 

――――――――――――

 

 

「モコッ!」

 

「あっ、あれは……」

 

 森を抜けて なだらかな丘を越えたあたりで、アーランドを街を囲むようにそびえる城壁が遠くに見えた

 

「モコーコ モッコ?」

 

「恐らく「もう大丈夫だよね?」と言っているのだと、ホムはフィーリングでなんとなく判断します」

 

「モコッ!」

 

「残念ですが、ホムはおにいちゃんのように完璧に意思疎通はできないみたいです。 今度、どうやるのか聞いてみましょうか……」

 

 聞き取れてしまうのだから「どうして」と聞かれても 上手く答えることはできないんだよね……

 

 

「モココッ」

 

 僕は片手をシュッと挙げながら声を出す。すると、ホムちゃんはこちらを見て、少し間を置いて軽く頷いた

 

「行かれるのですね」

 

「モコ」

 

「そうですか……今日は助かりました。ホムはこのご恩をお忘れしません」

 

 ペコリと頭を下げるホムちゃん。なんとなく僕もそれに合わせて頭を下げてみた

 

 

「それではホムも帰ろうと思います。では…」

 

 アーランドの街の方へと歩いていくホムちゃんの後ろ姿を ある程度見た後、僕も家へと帰るために 駆け足で走り出した

 

 

============

 

***ロロナのアトリエ***

 

「ほむちゃん!大丈夫だった!?」

 

 アトリエに帰りついたホムを出迎えたのは、中々帰ってこないホムを心配していたロロナだった

 

「ただいま帰りました……マスター、く、苦しいで…す……」

 

「ゴメンね!私が採取地に呼び出したのに ほむちゃんが迷子になっちゃったのに気がつかなくて……!今度からは 一緒に帰ろうね!!」

 

 強く抱きしめてくるロロナの腕の中から抜け出そうと もがくホムの努力も虚しく、どうにも抜け出せそうにない。そのうちホムは諦めた

 

 

「そういえば、以前にマスターが言っていたモンスターに会いました」

 

「ふぇ?なんのこと?」

 

「青い布を首に巻いた、金色の毛の「モコモコ」と鳴くモンスターです。迷っていたホムに道を親切に教えてくれました」

 

「へぇー!ジオさんから聞いてたけど、ほんとうに旅の人なんかを助けてたりするんだぁ、あの子……また会いたいなぁ」



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リオネラ「私の秘密」

 捏造設定・独自解釈入っています
そして、どんどん原作ネタバレが著しくなっていきますよ!






※2019年工事内容※
 途中…………


 ***旅人の街道***

 

「おっ、ソッチのもいいんじゃねぇか?」

「そうね。それじゃあリオネラ、採りましょうか」

 

「う、うん」

 

 

 今日はロロナちゃんの錬金術に使う材料を採りに『旅人の街道』まで来てます。クーデリアさんも一緒です

 モンスターをある程度 追い払った後、手分けをして素材を収集しはじめてから少ししたときのことでした

 

「ロロナ、なんか見たこと無いのがあるんだけど……ちょっと、聞いてんの?」

 

 クーデリアさんが 採取で見つけた素材のことをロロナちゃんに聞こうとしている声が 後ろのほうで聞こえてきた。ロロナちゃんの返事が無くて 少しイライラしてきてる…?

 

「もうっ!!返事くらいし…な……さ…」

 

「…ど、どうしたの?って、あ……あれ?」

 

 怒鳴り声が途中から変になったのが気になって振り返ってみたんだけど……

 

「ろろろ!?ロロナちゃんがいない!?」

 

「あいつ、どこ行ったのよ!!」

 

 私とクーデリアさんがあたりを見回してみたけど、ついさっきまで近くにいたはずのロロナちゃんが見当たらなかった

 

「はぁ…おおかた素材の採取に夢中になって よそに行っちゃってるんだと思うんだけど……」

 

「私、探してくる…!!」

 

 

「はぁ!?ちょっと!……って、もう行ってる。私たちまでバラバラになったら意味ないってのに……」

 

 

 

――――――――――――

 

 

「ロロナちゃーん…ロロナちゃーん……」

 

 名前を呼びながら ロロナちゃんのことを探し回りはじめて、それなりの時間がたった

 

「ホントにコッチの方にいるのかぁ?」

「わからないわよ。何の手がかりもないんだから……」

 

 ホロホロとアラーニャがそんなことを話してるけど、わからないからといって探さないわけにはいかない。きっとロロナちゃんはひとりで寂しく不安がってると思うし、早く見つけてあげたい

 

 

「…ぇ…りおちゃーん!ここだよー!」

 

 ふいに遠くから聞こえてきた声。だけど、その声は間違いなく……

 

「ロロナちゃんの声だ…!」

 

 声のした方へと走り出す。あたりは薄く霧がかかっていて 少し視界が悪いけど、そうかからないうちにロロナちゃんの姿が見えてきた

 

 

「ロロナちゃん!よかった…急にいなくなるから、どこに行っちゃったかと思って…」

 

「うぅ…ごめんね。ぼーっとしてたらいつの間にか……」

 

「オイオイ…大丈夫か、それ。もっとちゃんとしろよな」

 

 ホロホロの言葉に 涙目になりながら「ご、ごめんなさい…」って言うロロナちゃん。その姿は 少し頼りないけど微笑ましくて、なんだかロロナちゃんらしかった

 

 

「とっ、とりあえず、日が暮れる前に元の場所まで戻ろう……あっ」

 

「そうだねー…?りおちゃん、どうしたの?」

 

 私が振り返った先には 道がある……それは私がロロナちゃんを探しに来たときに通ったから当然なんだけど……

 

 その道が途中で三方向に別れていた

 

「…………私、どうやって来たんだっけ?」

 

「え……えええええええええ!?」

 

 

 

 

 そもそも この『旅人の街道』は、街へと伸びる大きな一本の街道があり、そこから多方向への小道が枝分かれしたり交わったりして存在している場所。大きな街道こそ一本道で何の問題は無いのだけど、小道に入ればひとたび迷路のようなモノで 慣れない人は迷ってしまったりする。それは大きな街道から離れるほどに、だ

 

「ごめんね……。わたしが迷子になったりしたから…」

 

「ううん、私が、ちゃんと道を覚えておけば…ごめんなさいっ!」

 

「りおちゃんは悪くないよ。わたしがしっかりしとけば…ごめんなさい!」

 

「そんなことない。私が…私が全部悪いの!ごめんなさい!ごめんなんさい!」

 

「いつまで謝りあってるんだよ、こいつら」

「そうよねぇ…この状況が変わるわけでもないし……」

 

 私とロロナちゃんの謝りあいは ホロホロとアラーニャが入ってくるまで続いた

 

 

 そして、これからどうしようって行動に移そうとしたとき

 

「っ!ちょっと待ってリオネラ!何か来るわよ!!」

 

 アラーニャの警告にあたりを見渡し……目よりも先に 耳がそれに気がついた

 

バサッ バサッ

 

 はばたく音。そして、その音は私たちの前に姿を現した

 『グリフォン』その強さは、同じ場所に住む他のモンスターから頭一つとびぬけていて、おそらくは『旅人の街道』で遭遇するモンスターの中でもトップクラスだ

 

「わ、わわ?モンスター!?」

 

 ロロナちゃんの声に振り向くと、そっちには鳥型のモンスターが複数体、取り囲むようにいる。一体だけなら何とでもなるけど、それが複数……その上『グリフォン』までいる

 

「こりゃまたゾロゾロと出てきたなぁ」

「戦うにしても、逃げるにしても、今の状況でこの数は……」

 

「ど、どど、どうしよう…?ね、りおちゃん?」

 

 

「大丈夫…」

 

「えっ」

 

「ちゃんと逃げられるから、安心して。ね?」

 

「う、うん…でも…」

 

 私の言葉に 不安そうな顔をしながらも頷くロロナちゃんを見て、私はある種の覚悟を決める

 

 

「いいの?リオネラ」

 

「他に方法ないし……それに、ロロナちゃんならきっと平気…だと、思うんだけど……」

 

 アラーニャの問いかけに 私は答える。やっぱり不安は拭いきれない…

 

「自身なさげだな。どうなっても知らねーぞ」

 

 …けど、思い出されるのは一か月ほど前の『近くの森』での出来事

 私がギリギリまで…いや、それ以上に迷ってしまったせいで、お友達のフィリーちゃんを危険な目に合わせてしまったこと。あの時、たまたま近くにマイスくんが通りかかって助けてくれたから何ともなかったけど、もしも マイスくんがいなかったら……そう考えると、自分が許せなかった

 

 

 ロロナちゃんを近くまで引き寄せて、手をしっかりと握る

 

「しっかり掴まっててね……行くよ…」

 

 私は、私自身とロロナちゃんに『()』を巡らせた

 

 何故か私だけが生まれながらに持つ『力』。それは 物に触れたりせずに動かしたり浮かせたりできる『力』。私のしている「糸の無い人形劇」のタネであり、私が旅をするようになった原因でもある

 

「え、え…えええええええ!?」

 

 今、その『力』で私自身とロロナちゃんを空へと飛ばしたのだ

 

 こうなれば問題は解決できたも当然だった

 囲んでいたモンスターたちは、いきなり飛んでいった私たちを見失い追いかけてこれない。そして、地上からでは把握できない道のりも、ところどころを木々に隠されていても 上空から見渡せば理解するのは難しくは無い

 

 

「えっと……うん、あそこだ。……!?」

 

 私たちがクーデリアさんと採取していた場所が確認でき、その近くの街道まで飛んでいく

 途中、気になるものをみてしまったけど、今はロロナちゃんと無事に帰ることが優先だった

 

 

――――――――――――

 

 

「ふう…ここまでくれば、もう……」

 

 街道に降りたち、周囲を確認する。幸い 人もモンスターもおらず問題はなさそうだ

 

「ロロナちゃん、大丈夫?」

 

「う、うん…あの…えと……わたし、今、空飛んでた?」

 

「…………。」

 

 ロロナちゃんの問いかけに 私は答えることができなかった。ずっと隠してきた秘密……一度は話すことを覚悟してたけど、いざとなると口が重くなってしまう

 

「まあな。こいつの得意技だからよ」

 

 何も言えない私に しびれをきらしたかのように、ホロホロがロロナちゃんに行った

 

「ど、どうして?どうやって?りおちゃんがやった…んだよね?」

 

「それは…」

 

 目の前であそこまでのことをやったんだから話さないわけにはいかなくなってしまっている。けど……

 

 

「やっと見つけたわよっ!あんたたち、何勝手にどっか行ってるのよー!!」

 

「あら、おむかえが来たみたいね」

 

 少し遠くからクーデリアさんの怒鳴り声が聞こえてきた。アラーニャの声に釣られて私とロロナちゃんがそちらを向くと、遠くから駆けてくるクーデリアさんが見えた……ここからでも怒ってるのがわかる…

 

 

「あの…今度、ちゃんと説明するから……だから…」

 

「うん…」

 

 話している途中でクーデリアさんが合流してきて、話しを聞かれたら少しまずいから……。そう自分に理由を言い聞かせながら、とりあえず今を切り抜ける

 どちらにしても、そう遠くないうちに話さないといけないのだから、ただほんの少しの先延ばしでしかないけど……

 

 

 

 そして もう一つ、問題があった

 

 飛んでいる間に見かけた 気になるもの……それは、マイスくんだ

 たまたま『旅人の街道』に用があって来ていたのか、私たちが採取していた場所とは違う小道にいるのが見えた

 

 それだけならまだいいんだけど……そのマイスくんと目が合ってしまった気がした。つまり、私とロロナちゃんが飛んでいるのが見られたかもしれないということだ

 

 「かもしれない」というのには、一応理由がある

 ホロホロとアラーニャくらいの小さいものであればそういうことは無いのだけど、人ほどの大きさのものを動かした際には、必要な力が大きいためか それらが淡い光に包まれるのだ

 だから、飛んでいる私たちが 外の人からハッキリと見えたかはわからない

 

 でも、不安は消えることは無く、私の心の中に渦巻いていた……



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マイス「今日も街は騒がしく」






※2019年工事内容※
 途中…………


***職人通り***

 

 『王宮受付』で依頼の整理をして、『サンライズ食堂』に食材を届けた後のことだった

 

「あら、マイスじゃない」

 

「こんにちは、クーデリア。今日もロロナに用事?」

 

「「も」って、何よ その含みのある言い方は!」

 

「えっ?」

 

「…む、無自覚……いや、私の気にし過ぎなのかしら?」

 

 クーデリアが何かボソボソと言ってるけど、さすがに聞き取れない。モコモコの姿ならば もしかしたら聞き取れたかもしれないけど……まあ、気にするほどのことでも無いと思うし、別にいいや

 

 

「そういう あんたはロロナに用事でもあるの?」

 

「ないけど、せっかく近くに用があったから 様子でも見ていこうかなって」

 

 確かホムちゃんは 採取を頼まれて出かけてるからいないはずだ。昨日、本人が僕の家に来て「数日間 採取に出かけますので。……出かける前に、少しだけ こなーと遊びます」ということがあったのだ

 

「そうなの。でも、残念だけどロロナは今留守みたいよ。アトリエには誰もいなかったわ」

 

「そうなんだ。……鍵が開いてたってことは街のどこかに出かけてるのかな?」

 

 『王宮受付』と『サンライズ食堂』では見かけなかったから 街の中央の『広場』の方にでも行っているのか、それか途中ですれ違っていたのかもしれない

 

 

「で、あんた今からどうするの?」

 

「そうだなぁ、家に帰る…その前に雑貨屋さんで花の種を買っていこうかな」

 

「そういえば 花も育ててたわね。……あれって儲かるの?」

 

「成長するまでの時間とお世話が必要だけど、上手くいけば種を買った金額の5倍くらいにはなるかな」

 

「育てるのが どう難しいかわからないから何とも言えない部分があるけど、聞いてる分には それなりに儲けそうね」

 

「あとは……種類によっては薬をつくれるものもあったりして、薬に加工してから売った方が ちょっとだけ高くなったりすることもあるかな。…まあ それは花と薬、それぞれの供給量によるんだけどね」

 

「薬って…アレもそうだったのかしら……?ふーん、ちょうど今ヒマだから雑貨屋までついていっていい?…ちょっと興味あるし」

 

「うん、いいよ!」

 

 

 そうして雑貨屋さんのほうへと足を向ける……それにしても、なんだかしっくりこない、というか少し気になったことがあった

 

 クーデリアとはそんな長い付き合いじゃないけど、あんまりお金のことには特に興味をしめしたりすることは無かった気がするが、今回、なんで「儲かるか」なんて聞いてきたのだろうか?

 まあ、僕の考え過ぎだろう。おおかた「欲しいものがあるけど値段が高いから 今の所持金から増やせないだろうか?」とかいった理由だろう

 

 

 雑貨屋さんは『職人通り』にあるので、そうかからずに たどり着くことができた

 

「……あれ?」

 

 ふと、耳に聞きなれた声が聞こえてきたような気がして立ち止まる。この声は……

 

「…?どうしたのよ。いきなり立ち止まったりして」

 

「えっと、なんだか雑貨屋さんの中からロロナの声が聞こえたような気がして……」

 

「そう?私には何も聞こえなかったけど……まあ、たまたまロロナも来てるってことは ありえなくはないわね」

 

 それもそうだ。もしかしたら錬金術の材料が足りなくなって、雑貨屋さんで買えるから、って買いに来ているのかもしれない

 そんなことを考えながら、僕は雑貨屋さんの扉を開けた

 

 

 

――――――――――――

 

***ロウとティファの雑貨店***

 

 お店に入ってすぐに見えたのはロロナの後ろ姿。そして、奥の方にいるのは、ここでよく見かける男性客三人と……あれは確かロロナのお父さんだったかな?カウンターにはティファナさんは見当たらない

 あれ?こんなこと、前にもあったような……

 

 

「お父さん、またいる……」

 

「わ!ロロナ!」

 

 ロロナの静かだけど怒りがこもった声に、ロロナお父さんが驚きながらロロナに気がついたようだ

 

 

「もう!この間お母さんにすごく怒られたのに、まだ懲りてないの?」

 

「違う、違うんだ!これには理由が…」

 

 焦った様子でワタワタしながらも ロロナに何か言おうとするロロナのお父さん

 

「理由って?」

 

「いいか。ティファナさんは若くてきれいで、そして何より未亡人だ」

 

「…それで?」

 

 ロロナのお父さんは、先程までの焦りは顔から消えて フッと真面目な顔になる。まるで別人のようにキリッっときまった顔だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それ以外に何の理由がいるんだ!?」

 

「知らないよ!訳分かんないこと言わないでよ!」

 

 ロロナのお父さんの言葉に、さすがのロロナも 怒りに怒っている。あんなロロナを見るのは初めてだ

 なお、クーデリアは…

 

「最低ね…あれでロロナのお父さんなんだから驚きよ、ホント……ああいうのになっちゃダメよ」

 

「…うん」

 

「……まっ、あんたなら大丈夫かしらね」

 

 何故だか僕に注意を促した

 

 

 そんな中、ロロナのお父さんへの援護が入ってきた。この雑貨屋さんで よく見かける三人の男性客だ

 

「そうだそうだ!ライアンさんの言う通りだ!」

 

「正義は我々にある!」

 

「いやあ、ライアンさん!あんたとはいい酒が飲めそうだ!」

 

 彼らはロロナに対し、意気揚々と口をそろえてロロナのお父さんを擁護する

 僕の隣では、ため息とともに「ダメだ、この人たち…」と吐き捨てるクーデリアがいた

 

 

 

「はあ…もう意味が分かんない……」

 

 ガクリと肩を下げて 疲れたように呟いたロロナ。そんな後ろ姿を見ながらクーデリアが声をかける

 

「なんて言うか、大変そうね ロロナ。……いろんな意味で」

 

「あっ、くーちゃん、それにマイスくんも。珍しいね ふたりで雑貨屋さんに来るなんて」

 

「さっき通りでたまたま合ったのよ。ヒマがあったから なんとなくマイスの買い物について行ってみようかなって思ったのよ」

 

 

「うん。僕が種を買うようがあって、クーデリアが花の種に興味があるから それじゃあ行ってみようかなって」

 

 僕が付けたしでそう言うと、クーデリアから わき腹を肘でつつかれた。どうしてのかと思い そちらを見ると、僕のことをジロリと睨んでいた

 

「別にわざわざ そこまで言わなくてもいいいわよ(ボソリ」

 

「……?つまり、言ってもいいんじゃないのかな?」

 

「いや、まあ……そうだけど…」

 

 

 「なんか納得できないわ」と呟いてそっぽを向くクーデリア

 何かしてしまったのか、どうしたらいいかわからず困っていると、ふと視界の端でニコニコ笑顔なロロナが見えた。クーデリアもそれに気づいたようで、ロロナの方を向いた

 

「どうしたのよ ロロナ?」

 

「えっとね、くーちゃんとマイスくんが仲良くお話ししてるのが なんだか嬉しくて!」

 

 自分のことであるかのように嬉しそうに言うロロナに、僕とクーデリアは互いに顔を見合わせる。……で、特に何も思うところが無く お互い「どういうこと?」「さあ?」といった感じで首をかしげて、再びロロナの方を向く

 

「特に仲が良いとかはないけど……あっ、でも 初めて話した時のマイスはカチカチに固まってて、その頃に比べれば まあ仲良くなったのかしら」

 

「だよねー。けっこう最近までマイスくん、わたしたちにも丁寧で ちょっと違和感あったんだ。 あれはあれで 精一杯背伸びしてる感じでかわいかったけど」

 

「…最後のは、よくわからないよ……」

 

 こういう時、どういう反応をすればいいんだろうか……

 

 

―――――――――

 

 

「っと。種を買いにきたんだった」

 

 レジカウンターにティファナさんはいないけど、店が開いていたのだから いつものように呼んだら奥のドアから出てきてくれるだろう。そう思いカウンターへと歩き近づいたんだけど、他の方向から誰かが僕に近づいてきているのに気がついた

 

 僕が立ち止まって そちらへ向くその前に、先に動いていたのだろう人が間に入ってきた

 

 

「……お父さん、マイスくんに何の用?」

 

「ろ、ロロナっ。あれだ、ロロナの男友達は…ほら、やっぱり心配じゃないか…!」

 

 ふくれっ面のロロナに 中々強気に出れないロロナのお父さん

 

「ふんだっ!マイスくんは お父さんとは関係ないもん。それに――――――」

 

 

 と、続けてロロナが何か言おうとしたところに、乱入者が現れた。……あの男性客三人組だ

 

「だ、ダメだ、ライアンさん!」

「その子は格が違いすぎる!!」

「ダメージが半端ないんだ!!」

 

「ならなおさらロロナの近くには……!」

 

「ち、違うんだ!その子は…」

 

 三人組がロロナのお父さんに呼びかけるが、それが逆にロロナのお父さんの原動力になってしまっているようだ

 ……というか、あの三人組は なんであんなに焦っているのだろうか?

 

 

 

「その子はっ!閉まっているティファナちゃんの店に 鍵を使っておじゃまするような子なんだ!!」

 

「な、なななっ!なんだって!?」

 

 ……何をそんなに驚いているんだろう?鍵を使わずにおじゃまするのは泥棒だろうけど、使っておじゃまするのは別におかしくないと思うんだけど…

 

「マイスくん…今の話、本当……?」

 

「えっ」

 

 気づけば 何故かロロナにジトーッと睨まれて……うん、たぶんロロナは睨んでいる気がする。いつもと同じようなパッチリした目だけど…

 

 

「マイスくん……」

 

「ロロナ、一回冷静に考えてみたら?」

 

「くーちゃん、私はれいせーだよ」

 

「じゃあ問題だけど、お人好しでお節介焼きな天然の男の子が ちょっと病弱な女性の家に何かを持って行きました。それはなんだと思う?」

 

「えっ? うーんと…………お薬、かな?…って、あっ!」

 

「そういうことよ。…でしょ?」

 

 そう言ってクーデリアが僕の方を向く

 ……そうなんだけど、なんで知ってるんだろう…?そんなことを考えていると、クーデリアが何かを探すようにキョロキョロしだした

 

「えっと、たしか……」

 

 

 

「マイスくんがウチにおろしてくれてるお薬は その棚の二段目よ」

 

「んっ、あったわ……って」

 

「ティファナさん!?いつの間に…」

 

 薬を商品棚から見つけ出したクーデリアとロロナが驚いたようにティファナさんを見る

 

 

「ティファナさん、こんにちは!」

 

「いらっしゃい マイスくん、それにロロナちゃんとクーデリアちゃんも。お店が賑やかだなぁって思ったら、みんなが来てたのね」

 

「いや、それはなんというか……」

 

「私たちよりもアッチなんだけど……」

 

 そんなことを言いながらロロナとクーデリアが男性客たちの方へ目を向けるけど……彼ら(ロロナのお父さんを含む)は店の端っこのエリアの定位置まで いつの間にか移動していた

 

 

―――――――――

 

 

「マイスくんに看病してもらった時に貰ったお薬がとてもよくてね。後で頼んで、ウチに置いてもらえるようにしたのよ」

 

「で、私がその薬にこの前 気づいて、見たことない薬だったから「これ何?」って聞いたら その時のことを聞かせてくれて……だからマイスが合鍵使って入ったってことを知ってたの」

 

 ティファナさんとクーデリアの説明を聞いて、ロロナはティファナさんの話に、僕はクーデリアの話に 「そうだったんだー」と声をもらした

 

 

 

―――――――――

 

そんなこんなで、今回のちょっとした騒ぎは大したことは無く終わった……ロロナのお父さんが家に帰ってからどうなったかは知れないけど…………そして

 

 

「…あれ?もしかして、マイスくんって私よりも薬の調合上手いの……?」

 

 数時間後の夜のアトリエで、そんなとこを思いついてしまったロロナが一人悩んだとか……




 こういう話ばかり書きたい衝動が……


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マイス「僕の秘密」






※2019年工事内容※
 途中…………


「…っと。この調合方法なら『エリ草』が上手く液体に馴染んで効力を発揮するみたいかな? あとは、どれくらい効率良く精製できるようになるかだね…」

 

 試した調合方法とその結果を白紙だった本に書き込み、まとめる

 これまで『薬学台』での調合は 既存のレシピでしかやったことがなかったので、いちから考えるのは思った以上に困難だった。ただ、最近になってやっと成果が表れ始めた

 

「この調合って錬金術でも出来るのかな…?釜よりも薬学台のほうが慣れてるから、わざわざしなくてもいいんだけど……少し気になるな」

 

 今度、今つくってるレシピじゃなくてもいいから、簡単な『回復のポット』あたりで試してみようかな……

 

 

 

コンコンッ

 

「はーい、ちょっと待ってくださーい!」

 

 家の玄関の扉がノックされる音が聞こえた

 僕は返事をした後、『薬学台』の上の作業を中断させて、作業場から 玄関のある玄関のある部屋へと移動し 扉を開ける

 

「お待たせしました!あっ、リオネラさん、それにホロホロとアラーニャも いらっしゃい!」

 

「こ、こんにちは マイスくん」

 

「おうおう、おじゃますっぜ」

「ごめんなさいね、忙しかったかしら?」

 

 

 リオネラさんたち、よく家に遊びに来るようになったなぁ。最初は僕が半ば無理矢理連れてきちゃったんだけど、いつの間にか たびたび来るようになって、最近はフィリーさんと一緒に来ることも多くなった

 

「香茶を用意するから ちょっと待ってて……」

 

 そう言いながらキッチンへ行こうとしたら、リオネラさんから呼び止められた

 

「あのっ!あのね、今日は大事な話があって…それで来たの」

 

「大事な話…?」

 

「……うん」

 

 いったい何なんだろう?全然見当がつかなくて首をかしげてしまう

 

 

 

「この前のことだけど……私がロロナちゃんと飛んでたの…見た、よね……?」

 

「……ああっ!」

 

 何のことだろう?と考えてしまったが、ほんの数日前に『旅人の街道』に用があって行っていた際に、うっすらとだけど 何か人のようなものが飛んでいってたのを思い出した

 

「あれって、リオネラさんたちだったんだ…」

 

 そう僕が言うと、ホロホロとアラーニャが「やれやれ」といった様子で首を振った

 

「ほらな。言ったじゃねぇか、きっとわかってないから 言いに行かなくてもいいって」

「でも ここまで言っちゃったんだから、もう引き返せないわよ…良かったの?」

 

「うん、いいの…。ロロナちゃんと同じくらい大切な友達のマイスくんには、ちゃんと言っておきたいの。それに……」

 

 そう言いながらリオネラさんは自分の手をギュっと握りしめた。……でも、話の流れがわからない僕は置いてけぼりだ。いったい何でこんな重い空気になってるんだろう……?

 

 

「で、なんで マイスは何のリアクションもねえんだ?」

 

「えっ?なんでって言われても……」

 

 ホロホロに言われて 僕は首をかしげながら疑問を口にした

 

「…大事な話って、結局 何なんだろうな、って」

 

「えっ」

 

 何やらリオネラさんが口を手で隠すようなポーズになった。目を真ん丸にしているし、とても驚いているように見える…………けど、そんなにおかしなことを言っただろうか?

 

「おいおい……こいつ、ロロナのやつより天然じゃねぇか」

「『天然』で済ませていいのかわかんないけど……ねえ、ロロナとリオネラが飛んでたのよ。不思議には思わないの?」

 

「……いつも浮かんでるホロホロとアラーニャが ふたりを掴んで飛んだ、とか?」

 

「開いた口がふさがんねぇよ……」

「もうこれ単刀直入に言った方がよさそうね……」

 

 ……?違ったのだろうか?

 そもそも、ホロホロとアラーニャがいつも浮かんでるし、最近 お店を創めたパメラさんなんて 空も飛ぶし 物をすり抜けるし、人が空を飛んだくらいで……あれ?僕の感覚がおかしくなってるのかな?

 

 

 

「あのね、マイスくん……。ホロホロとアラーニャが浮いているのも、ロロナちゃんと私が飛んでたのも…………全部、私の『力』なの」

 

「リオネラさんの……?」

 

「どうしてかは分からないんだけど、私、生まれた時から 物を触らずに動かしたりとか 宙に浮かしたりとかできたの……」

 

「へぇ、そんな『力』が……あれ?でも、なんで今そんな話に…?」

 

「ふぇっ?」

 

 なんでだろう。リオネラさんが随分と気の抜けた声を出した

 そして、少しうるんだ目で僕の方をじっと見てきた

 

「怖く…ないの?…私、こんなへんな『力』持ってるんだよ……?」

 

「へんな力って……あっ!」

 

 何をそんなに と思っていたけど、あることを思い出し、つい声をあげてしまった

 

 そんな僕を見てリオネラさんは目から大粒の涙をあふれさせはじめた

 

「や…やっぱり、怖いよね……私が他人と違うって………」

 

「あっ、いや、さっきのは そういう意味じゃなくて――――――そういえば そうだったな、ってことで」

 

「そういえば…そう、だった?」

 

 どう説明したものだろうか……。いや、今はそのことよりも…

 

 

 

「とにかく、僕はリオネラさんのことは 全然怖くないよ」

 

「でも、「魔法だ」「魔女だ」って 周りの人に怖がられて………お父さんやお母さんも…!」

 

「ちゃんとリオネラさんのことを見てればわかるよ」

 

 …もしかしたら、僕の言葉は全然足りないかもしれない。だけど、僕には 思っていること以上の言葉なんて見つけられないし……きっと「大丈夫だよ」って気持ちを伝えるはずだと信じている

 

「リオネラさんが とっても優しい人だって、どんな『力』を持ってても 怖がる必要なんてないって……きっと、ロロナやクーデリア、フィリーさんも リオネラさんのことを「怖い」だなんて思わないよ」

 

 

 

 僕が言葉を全部言い終わった後、少しの静寂が続いた。そして、それを破ったのは……

 

「……ふふっ」

 

 リオネラさんの微笑みだった

 

「実は…今日 ここに来る前に 私、ロロナちゃんにも自分のこと話したの……それで言われたの「師匠もくーちゃんも、この街の人はみんな怖がらないよ。絶対に」って」

 

「あははは……似たようなこと言ってたみたいだね…」

 

「うん……ロロナちゃんの言葉も、マイスくんの言葉も…どっちも温かかった……」

 

「…そっか」

 

 

 

 

 

「そういえばよ」

 

 ふと何かを思い出したかのようにホロホロが呟いた

 

「マイスが途中で「そういやそうだったー」みてーなこと言ってたけどよ。アレ、結局何だったんだ?」

「たしかに気になるわね」

 

 アラーニャもそれに肯定した

 

「うーん、どう言えばいいのかなぁ?……実際見せた方が早いかな」

 

 色々と不安要素もあるけど、一から説明するよりもいいとは思う

 

 

「それじゃあ、ちょっとついてきて」

 

「え、うん…?」

 

 僕が作業場へと歩き、その後ろをリオネラさんたちがついて来てくれた

 そして、そのまま裏口の方へと行き そこから外に出た

 

「ここに何かあるの?」

 

 アラーニャの言葉に僕は首を振る。裏口から見えるのは、井戸と この家を取り囲む林だけだ

 

「ここに来たのは、ここが一番手っ取り早いかなって思ったからなんだ。みんな、手を繋いで」

 

「……こう?」

 

 訳も分からず といった様子だけど、リオネラさんの両隣にホロホロとアラーニャが、そして ホロホロの隣に僕が立ち、手を握る

 

 

「…………『リターン』!」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 僕の目の前に広がった 淡い光が消えたとき、目の前には畑が見えた。無事、家の玄関前に移動出来たようで、隣には先程と同じようにリオネラさんたちがいる。ただし、先程とは違ってリオネラさんは口をパクパクさせて目は点になっていた

 

「へぅ、あ、えっ……?」

 

 ……うん、思ってた以上に驚かせてしまったようだ

 

「えーっと、リオネラさん?」

 

「ふぇ!?」

 

「おいおいおい!どうなってんだよ、ココって家の正面だよな?」

「これって、もしかして……」

 

 リオネラさんの復活と共に ホロホロとアラーニャも動き出した。……アラーニャは真っ先にどういう状況なのか理解したみたいだ

 

 

「まず最初に言っておかなきゃいけないのは、僕が元々いた町のことなんだけど……」

 

「……実は 前にクーデリアさんから一回だけ「こういう名前の町なんだけど、知らない?」って聞かれたことがあって…『シアレンス』って町で、それと……その前にいた場所もあるんだけど、その…記憶が無いって」

 

「そうだったんだ、それなら説明が楽になるよ。……で、その『シアレンス』は『アーランド』とは別の世界で、色々な部分が異なってて 本来は交わるはずが無いって」

 

「それってどういう…?」

 

「うーん…あえて例えるとすれば、『シアレンス』から見て『アーランド』は絵本の中の世界で、『アーランド』から見て『シアレンス』は絵本の中の世界ってこと…かな?」

 

 自分の中での解釈だから かなり違うかもしれない。…アストリッドさんなら上手く説明とかできそうなんだけど……今はいないのだから仕方ない

 

「それで……端的に言うけど、『シアレンス』には『魔法』があるんだ。火とか水とかの攻撃魔法、他にも 傷を癒す魔法や さっきの『リターン』の魔法とかね。……だから、正直なところ リオネラさんが『力』のことを明かしてくれた時、そんなに思い悩むことだって気がつかなかったんだ…」

 

「それじゃあ…「そういえば そうだった」っていうのは」

 

「そういえば魔法が無い世界だったんだ、ってこと。…ゴメンね、すごく勇気のいる話だったのに、最初 あんな受け答えしちゃって……」

 

「う、ううん、いいのっ!むしろ、あれで肩の力が いい感じに抜けて……それに、マイスくんは 怖くないってちゃんと言ってくれたから…」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 あれから 再び家の中に入り、それぞれソファーとイスに腰をかけた

 リオネラさんは なんだか朝よりもスッキリしたような顔になっていて、自分の力のことをどれだけ気にしていたかが よくわかった

 

「けっきょく、リオネラが一人でくよくよ悩んじまってた ってだけの話だったな」

「…まあ結果的にはそうだったけど」

 

 ホロホロとアラーニャがそう言うが、僕にとってはとても大事な出来事だった

 

「そんなことないよ。リオネラさんは 僕に勇気を分けてくれたよ」

 

「ん?何のことだ?」

 

 ホロホロがそう言い、リオネラさんも首をかしげた

 

 

 

「記憶を無くしてた僕を受け入れてくれた『シアレンス』の町なんだけど、町長さんはモンスターのことを嫌ってた」

 

 モンスターは絶対悪ではないけれど、人に被害が出ることがあるのも事実であった。それで嫌っている人もいたけど、あの人には別の意味もあったんだと思う

 

「それと……実は、僕のことを受け入れてくれた場所がもう一つあったんだ」

 

「もう一つ…?」

 

「町の近くの砂漠地帯に『モンスターの集落』があったんだ。そこの長は『有角人』っていう種族で、角が生えている以外の見た目は人間と変わりがないんだけど……そのひとは人間のことを嫌っていて、集落の近くに来る人間は追い払ってたんだ」

 

 

「あれ?それって……」

「なんか おかしくねぇか?」

 

 アラーニャとホロホロが疑問を持つけど、それは当然のことだろう。でも僕は止まらずに自分の言葉を口に出した

 

「『シアレンス』で暮らしている内に 少しだけだけど記憶を取り戻していってた……でも、誰にも話せなかったんだ。……本当の自分のことを知られて、嫌われるのが…すごく怖くて……!でも…」

 

「マイスくん…?」

 

 自然とリオネラさんへと目がいっていた。不安で胸が苦しかったけど、やめる気は無かった

 自分自身のことと一生懸命向き合っているリオネラさんを見て、無性に僕自身が情けなく思えた。ずっと騙し続けてしまうのは何か違うと、強く感じた

 

 だから、『シアレンス』でも誰に明かさなかった 僕の秘密を…

 

 

 

 僕は立ち上がり、少し横に移動する。僕が変身する姿が テーブルで隠れてしまわないように、と

 

キュピーン!

 

 ジャンプしながら回転し、『変身ベルト』を発動させる。僕は光に包まれ、光が消えたときの僕の姿は――――――

 

 

「えっ…もこ、ちゃん……?」

 

 浮かんでいたホロホロとアラーニャは パタリと落ちて倒れてしまっていた。浮かす力が正常に働かないくらいリオネラさんが驚いてしまっているのだろう

 

「…僕は 人間とモンスターの両親を持つ『ハーフ』なんだ。それで、人間とモンスター、両方の姿になれるんだ……どっちが本当の、姿 なのか…は、わから――――――」

 

 

 ふと気づくと、すぐ目の前にリオネラさんが見えた。モコモコの姿の身長に合わせるように床に膝をついて……そして、苦しいくらいに抱き締められた

 

「大丈夫だよ」

 

 その言葉は とても力強くて…優しかった

 

「私も、怖くなんて無いよ……」

 

 いつの間にか、浮かんでいたホロホロとアラーニャが ソファーから飛んできた

 

「驚いたけどよ。なんつうか こう、しっくりきたっていうか、納得してスッキリしたな」

「「モンスターと仲良しな人」と「人を助けるモンスター」だもの。むしろ深い繋がりが無い方が不思議だったもの」

 

 そう言って リオネラさんとは反対側から 僕に抱きつくようにくっついてくれた

 そして、それに合わせるようにリオネラさんの片手が 僕の頭をなではじめた

 

「だからね……泣かなくていいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、自分が泣きながら言うもんじゃねえだろ…」

「しっ、こういう時くらい空気読みなさいよ…!」




 ……詰め込み過ぎた気もするけど、そう何回にも分けて消化するものどうかと思い、こんな形になりました
 やはり、前回みたいな空気の話のほうが個人的に好きですね…


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マイス「僕らの秘密」






※2019年工事内容※
 途中…………


 本日は晴天。太陽は頂点に達していてるが 暑さはさほどでもなくなっていて、空も高くなってきているような気がする。

 

 先日の、僕とリオネラさんとの「自身のこと告白合戦」は無事に終わり、互いにこれまで通りに接するようになった。変わった事といえば……少しだけ『シアレンス』のことを話題に話すようになったくらいだろうか

 

 

 と、まあ それだけだったので特に気にして無かったんだけど

 

「…………ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 ……よくわからないんだけど、今、何故かリオネラさんに平謝りされている

 

 

 

――――――――――――

 

 

 とりあえずは落ち着いたリオネラさんに ソファーに座ってもらい、香茶をついでいる

 

「それで、いきなりどうしたの?」

 

 

「あの……そのね…」

 

 オドオドと言うリオネラ。それに対し、その両隣にいるホロホロとアラーニャが代弁するかのように前に出る

 

「単刀直入に言っちまうけどよ、実はだな……」

「リオネラがポロッと喋っちゃったのよ…フィリーに、あなたのこと」

 

「ん……て、えっ?」

 

 一瞬遅れて驚いた。それって……そういうことだよね?えっ、どうしてそんなことになったんだろう?

 

 

「そ、そのね…今日の朝にフィリーちゃんのお家に行って 話したの、私の『力』のこと。……マイスくんも言ってたとおり、「全然怖くないよ」って言ってくれたの」

 

「リオネラさんの事を知ってれば、きっとそう言うと思うよ!…あれ?でも」

 

 そこからどう繋がって……

 

「それでだな、ロロナとマイスにも受け入れてもらえたーって話から」

「その時の話の流れを軽く説明してたときにポロッと「マイスくんと それぞれの秘密を分かち合って」って言ちゃって」

 

 ホロホロとアラーニャにそこまで説明してもらえば、あとはもう想像がついてしまった

 

「それで、フィリーさんに押し負けて話しちゃったんだね…」

 

「うぅ……その…マイスくんにも、フィリーちゃんにも受け入れてもらえて 嬉しくて、私、舞い上がっちゃって!それで……!」

 

「ううん、いいんだ……驚いたけど、どのみちフィリーさんには話さなきゃって思ってたから。それがちょっと早くなっただけだよ」

 

 リオネラさんに話した時には決めていたことだ。一番騙してしまっているわけで、ちゃんと言わないといけないと常々思っていたのは事実だ

 でも、今、ここにいないってことは……

 

 

「……僕、嫌われちゃったのかな」

 

「そっ!そんなことないよ!!」

 

 僕の呟きに、食ってかかるように リオネラさんが否定してきた

 

「あっ…でも……その…」

 

 しかし、リオネラさんの声はすぐに小さくなり、さっきの勢いが嘘だったかのように勢いが無く ボソボソとしたものになってしまった

 そして、そんな時にまた出てくるのがホロホロとアラーニャ。こういうところを何度も見ていると、やっぱり良いトリオなんだなーっと感じる

 

「嫌いになった、ってわけじゃないんだけど……ね?」

「もういっそのこと、会わせちまったほうがいいんじゃねぇかな」

 

「え、でも……」

 

 ホロホロの提案に、少し不安そうな顔で渋るリオネラさん。そして、僕としての考えは…

 

「うん、会いに行くよ。やっぱり キチンと自分で伝えたいからね」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 エアハルト家にたどり着き、フィリーさんの部屋の前まで来た

 

コンコンッ

「フィリーちゃん、私だけど……」

 

 リオネラさんがドアをノックし、声をかける。すると、ドアの向こう側から 何かが動いたような音が わずかに聞こえた

 

「…リオネラちゃん」

 

 そしてドア越しに聞こえてきた声は 当然ながらフィリーさんの声だった

 

「あのね、実は―――」

 

「私、もう マイス君に会えないよぅ…!」

 

 リオネラさんが何かを言おうとしたところを、意図的にでは無さそうだけどフィリーさんがさえぎった。その声は少なからず震えていた

 やっぱり、嫌われてしまったのだろう。でも、それも当然のことだろう、ずっと騙してきていたんだから……

 

 

 

 

 

「だって!マイス君の 全身をくまなくモフモフしたりっ、ギューって抱き締めてたなんて……私っ!恥ずかしくて!絶対顔も見れないよぅ!!」

 

「えっ」

 

「だ、大丈夫だよっ、フィリーちゃん!私なんて、マイスくんだってわかる前にも後にも抱き締めちゃったんだから!!」

 

「え、いや、ちょ…」

 

「それじゃ なおさらだよっ!きっとマイス君に「リオネラさんと比べてフィリーさんは堅いなー」なんて思われてたんだぁー!!」

 

「どうして、こんなことに……」

 

 2人とも何だか普段と様子が違うよ……。嫌われていたわけでは無さそうだったから安心……しようと思ったけど、これは…どうしたら……

 

 

「フィリーもリオネラも、一回 落ち着きなさい」

「そうだぜ、これ以上は 放置されてるマイスがかわいそうだぜ…色んな意味で」

 

「あっ」

 

「えっ!?」

 

 アラーニャとホロホロの言葉に、リオネラさんとフィリーさんがそれぞれ反応する

 

 リオネラさんは僕を振り返りながら「そういえば、いたんだった!」と言った表情で驚き、耳まで真っ赤にしたその顔を両手で隠した

 フィリーさんは…一旦静かになったかと思えば ドア越しにドタバタと大変そうな音と、バタンっという音と同時に「ふぎゅ!?」という声が聞こえてきて……大丈夫だろうか?

 

「リオネラもマイスも顔が真っ赤ね。……たぶんフィリーもでしょうね」

「青春ってヤツかねぇ……お熱い事で」

 

 アラーニャもホロホロも、そんなことを言わないでほしい。ひとから言われてしまうと、ますます顔が熱くなってしまうのが、嫌でも自分で すぐにわかってしまう

 

 

 

 結局、それから小一時間ほど誰も動けなくて 状況が止まったままだった。

 そしてリオネラさんが「と、とりあえず、今日はみんなお家に帰って、ひとりひとりで考えようっ!」という提案をして幕を閉じた。「何を?」とも思ったけれど……まあ、仕方ない…のかな?  




 諸事情により今回はかなり短くなってしまいました

 シリアスなんてなかった


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マイス「変わったようで変わっていない日常…なのかな?」






※2019年工事内容※
 途中…………


モフモフ

 

「あのー…フィリーさん?」

 

モフモフ

 

「んー?」

 

モフモフ

 

モフモフ

 

 

 どうしてこうなった……

 先日のフィリーさんはどこへやら。僕の家にリオネラさんと一緒に来たかと思えばいきなり「モコちゃんに変身して!」と要求。流されるままに僕がモコモコの姿になると、僕をだきかかえてソファーへ……

 そして、今、僕はフィリーさんの膝の上でモフモフされています……

 

 

「えぇっと…」

 

「……リオネラさん、とりあえず座ったらどうかな?」

 

 リオネラさんも、先日の引きこもってしまったフィリーさんを知っているので、今のフィリーさんの行動に困惑してオロオロとしてた。僕に促されてやっと座ったけど、変わらず落ち着いていなかった

 

 

 

「あの…フィリーちゃん。何があったの?どうしたの……?」

 

「うん、部屋から出てきてくれたのは嬉しいんだけど……いったい?」

 

「ふふっ…リオネラちゃん、マイス君、あのね…」

 

 僕をモフモフするフィリーさんの手が止まったので 振り返りながら見上げてフィリーさんの顔をうかがってみた。その顔は薄く微笑んでいて、目は軽く閉じられていた

 

 次の瞬間!フィリーさんの目がカッと見開かれた

 

「人間、時には何かを得るために 別の何かを投げ捨てなきゃいけない時があるの!!」

 

 ……えっと、それってつまり…?

 

 

「吹っ切れた、ってことかよ」

 

 リオネラさんの隣に浮かぶ黒猫の人形・ホロホロが呆れたように言った。そして それを聞いてか聞かずかフィリーさんは言葉を続ける

 

「今、私は羞恥心を捨てて、このモフモフを堪能しないといけないのっ!」

 

 そう言って再び僕をモフモフしだした

 

 

「おれは知らねぇけどよ、マイスのモフモフってそんなに中毒性があんのか?」

 

「気持ちいい柔らかさだったけど…私はあそこまでは……」

 

 ホロホロの疑問にリオネラさんが答える。…というか中毒性って、まるで『金のふわ毛』が危ないモノみたいじゃないか

 

 そして、フィリーさんにモフモフされるがままで どうしようもない僕に、リオネラさんの隣に浮いていた人形の内 虎猫のほう…アラーニャが僕に近づいて来て言った

 

「……今のフィリーの顔、見ちゃダメだからね」

 

「えっ?」

 

「あの子、表情が緩みに緩んで レディーがしていいような顔じゃなくて……その、とてもじゃないけど…ひとに見せられないわ」

 

 ……あれ?僕って…『金のふわ毛』って、危ないモノだったっけ…?

 

 

 

――――――――――――

 

 

「ご、ごめんね マイス君。気がついたら すっごくモフモフしてたみたいで……」

 

 あらかた僕をモフモフし終えたフィリーさんが、ハッとした後 僕を床に下ろして そう謝ってきた

 

「いいよ。フィリーさんが元気になったみたいだし」

 

 確かにモフモフされ過ぎて 肉体的にも精神的にも疲れたけど、以前のようなフィリーさんに戻ったので一先ず良しとすることにした

 

「ああ…でも本当にマイス君のモフモフは良い!一日中でもモフモフしてたいよぅ…」

 

 もう、その『モフモフ大好き』はずっと続くんだね……。いつからこうなってしまったんだろう……いや、ほぼ間違いなく僕のせいか…

 というか……

 

 

「そんなに好きなら、持って帰る?」

 

「「えっ!?」」

 

 僕の提案にフィリーさんとリオネラさんが声をあげる

 

「え、えええ えっと、マイス君!?それはっどういう!?」

 

「モコモコってモンスターの毛は、刈っても 少し経つと一定の長さまで伸びるんだ。『シアレンス』では その刈った毛で毛糸を作ったりとかしたりするんだけど……って、2人とも、どうしたの?」

 

 自分の『金のモコ毛』を触りながら説明していると、ふと視界に入ったフィリーさんとリオネラさんが ふたり揃って自分の顔を両手で隠しているのに気がついた

 

「…気にしないで、マイス君……」

 

「そ、その…なんでもないから……!」

 

「……?そう?」

 

 

 

 

「そういえば……」

 

 顔から手を離して僕を見るリオネラさん。その顔はこころなしか赤かった気がするけど……気のせいだと思う

 

「モコモコってモンスターはそうだとして……マイスくんは大丈夫なの?」

 

「うん。毛色が違うこと以外は 基本的に普通のモコモコと一緒だから」

 

 答える僕に、今度はフィリーさんが聞いてきた

 

「モコちゃんの姿から人間の姿に戻っても…?」

 

「ああ…、それも問題無いよ。髪の毛とかが減ってたりもしないし……ちょっとスースーする気がするだけで…」

 

「おい、それって…」

「もしかして……」

 

 ホロホロとアラーニャの何かを察してくれた その声に僕は頷いた

 

「刈られた経験があるんだ。…半分くらい不本意だったけどね」

 

 いやまあ…あれはある意味 仕方のないことだったけど……うん、あんまりいい記憶じゃないんだよね…

 

 

 

 

 

コンコンッ

 

 玄関の扉がノックされた

 

「はーい!……あ、そうだった」

 

 返事をして あることに気がつく。今の僕はモコモコの姿だ、このままではマズイだろう

 僕はピョンと跳んで回転し、人間の姿に変身する。そして、扉へと行く……と、その前の扉が開いた

 

「じゃまするわよ…って、どうしたの、マイス?」

 

「どうしたのって、いつもお出迎えしてるよね…?」

 

 入ってきたのはクーデリアだった。ロロナはいないみたいだけど、ここまで一人で来るのは珍しい…というか初めてかな

 

 

「そういえば…。ごめん、アトリエと同じ感覚で入っちゃった」

 

「まぁ、アトリエは返事待ってたら 調合に集中してたりして気付かれないことがあるからね」

 

「……やったことあるのね?」

 

「あはははっ…」

 

 あれは恥ずかしい思い出だ。小一時間ほど中からの反応を待っていたところを ホムちゃんがおつかいから帰って来るまで、ずっとドアの前で待っていて……。なお、アトリエにいたロロナはパイを作ってた

 

 

「そういえば クーデリア、今日はどうしたの?」

 

「ロロナがどっか行ってて、ちょっとヒマしてたから 来てみたんだけど……あら?誰かいるのね」

 

 クーデリアが僕の肩越しにソファーの方を見る

 

「あら、リオネラと……誰?なんだか見たことある気もするんだけど…」

 

 そう言って首をかしげるクーデリアに対し、リオネラさんとフィリーさんは…

 

 

「こ、こんにちは クーデリアさん」

 

「おうおうっ!おれたちのことを忘れてもらっちゃ困るぜ」

「こんにちは、クーデリア」

 

 おそらく、ロロナの手伝いで知り合ったであろうリオネラさん。そう問題はなさそうだった

 

 

「はは はじ、は…!!」

 

 フィリーさんは……どうしてだろう?以前、エスティさんからのおつかいの際に 女性店員に挨拶した時よりも、ずいぶんと緊張しているようだった

 

 

「……ねぇ、マイス」

 

「ん?……ああ」

 

 クーデリアに呼ばれて そちらへ目をやると……まあ、色々とわかった。フィリーさんが緊張している理由とか……

 

 簡単に言えば、クーデリアが睨んでいたからだ。その鋭い眼は、フィリーさんを見た後に僕の方をむいた。…『目は口程に物を言う』とはよく言ったもので、その眼は「なに コイツ」と不機嫌そうな雰囲気を醸し出していた

 

「こっちのこはフィリーさん。えっと…クーデリアは会ったことあるかな?『王宮受付』にいるエスティさん。あのひとの妹さんなんだけど…」

 

 そう言うとクーデリアは「ああっ」と声をもらし、軽く頷いた

 

「どうりで…このイライラの理由もわかったわ……ああもうっ」

 

 なんだろう?エスティさんと何かあったのだろうか?

 

 

「そもそも、オドオドした感じが慣れないのよ…!」

 

「あぁ、クーデリアの周りにいる ロロナやイクセルさん、アストリッドさんとも違うタイプだからかな」

 

「リオネラである程度は慣れたつもりだったけど……」

 

 うーん、根本的に性格が合わないのかもしれない。でも、そんなにぶつかり合うわけではないから険悪にはなりそうでは…けど、良くも転びそうにないのかもしれない

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

コンコンコンッ

 

「はーい!」

 

 クーデリアがイスに座り、女の子三人が話しているうちに 僕がみんな分の香茶と茶菓子を用意した時、再びドアがノックされた

 今日は来客が多い日だ

 

 僕が玄関の扉を開くと、そこにいたのは 時折うちにお茶に来るジオさんだった

 

「失礼する…おやっ、今日は先客がいるよう―――」

 

 

「ジオ様!?」

 

 

 そう大きな声を出したのはクーデリアだった。というか、「様」って…

 僕がそんなことを思っている間に、バッっと立ち上がったクーデリアがジオさんのすぐそばまで駆け寄り、ジオさんの手を取った

 

「ささっ!ジオ様、どうぞ こちらへ!」

 

 クーデリアはそう言ってジオさんの手を引き、空いていたイスへと誘導する。そして ジオさんをそこに座らせて、僕がテーブルまで持ってきていた香茶と茶菓子をジオさんの前に置いて……

 

「遠慮なさらず、ごゆっくりしてくださいね ジオ様!」

 

 ニッコリとした笑顔をジオさんにむけた。…………どこからツッコめばいいんだろうか。クーデリアの変貌に僕だけで無く、リオネラさんとフィリーさんも驚きを隠せていなかった……とりあえず、僕は玄関の扉を閉めた

 

「あ、ああ、ありがとう………いいのか?(ボソッ」

 

 クーデリアの勢いに流されるがままだったジオさんは、クーデリアに軽く礼を言うと、戻ってきた僕のほうを見て小声できいてきた

 

「はい、大丈夫ですよ。香茶も茶菓子も まだまだ用意できますし…」

 

「いや、これまでの経験から そこはあまり気にして無いのだが……一応、ここの家主はキミなのだろう?」

 

「あはははっ…」

 

 まあ、まるでクーデリアが自分の家に招待したかのような感じだったけど……そこはそんなに気にしなくてもいいだろう

 ……とりあえず、一人分足りなくなった香茶と茶菓子を用意しに 僕はキッチンへとむかった

 

 

 

――――――――――――

 

 

「そう、実はだな……今日はキミに伝えることがあって立ち寄ったのだよ、マイス君」

 

「僕に、ですか?」

 

 ティーカップを置いたジオさんが 僕を見ながら口を開いた

 

「今年の『王国祭』の催し物の内容が決まった。去年の『キャベツ祭』にも参加したキミは、今年も参加を考えているのではないかと考え、その内 耳にするとは思うが、早めに知っておいた方が準備ができて良いのではないかと思ってな」

 

 ジオさんの言葉に、クーデリアが「そういえば、マイスも参加してたっけ」と思い出したように呟いていた

 確かに 気にはなっていたし、内容によっては参加しようと思ってたけど……なんでジオさんが そんなに早くに内容を知れたんだろうか?それに……

 

「今年の催し物って、準備が必要なものなんですか?」

 

「無しでもなんとかなるとは思うが、あるにこしたことはないだろう。今年の催し物は『武闘大会』、参加者同士が闘い 優勝を決める大会だ」

 

 なるほど、たしかにそれは準備をするべきだろう。武器のことはもちろん、自身の体調や……必要ならイメージトレーニングなんかもすべきで、準備期間をしっかり設けておくべきだと思う

 

 

「あ、あの……それって、危なくないですか?」

 

 おずおずと質問をするリオネラさん。質問を受けたジオさんは、自分の整ったアゴ髭を指で触りながら答える

 

「ふむ、もっともな心配だが…あくまでこれは『王国祭』の一環、国を挙げてのお祭りの一部だ、人道的なルールはあるさ。危険な場合は ちゃんと止めが入るようになっているよ。……まあ、少々の打撲や擦り傷などは負ってしまうかもしれないがな」

 

 それはそうだろう。対戦者同士も相手に対して大きなケガを負わせようとは思わないはずだ。そして 対戦者が熱くなり過ぎれば、ジオさんが言ったように周りが止めれば問題無いだろう

 と、そんなことを考えていると、ジオさんが「とはいっても問題があってだな…」と、少し困ったような顔をした

 

「どうされたのですか、ジオ様?」

 

 未だに聞きなれない言葉使いと態度のクーデリアさんが 心配そうにジオさんの顔を見つめる

 

「『武闘大会』で国民が盛り上がる、という予想は 間違っていないだろう……だが、参加者のほうが ちゃんとした者が集まるか、という不安があってだな…」

 

「……?志願者とか いそうにないんですか?」

 

「アーランドは治安が良く、とても平和だ。…故に 腕自慢というのも少なくてな。事実、王国勤めの騎士でさえ、そこまで戦える人物は数えるほどしかいない」

 

 なら、戦える騎士同士で……とは言っても『王国祭』中の騎士は普段とは比べられないほど忙しいらしいし、仮にそうなったとしても 確かに盛り上がりに欠けそうではあるか…

 

 

「そ…そそれで、マイス君に……?」

 

 初めて会ったジオさんに、まだまだ緊張しつつも フィリーさんが訪ねた。対して ジオさんは普段と変わらない 紳士的で落ち着いた様子で頷いた

 

「そうだ。マイス君、キミに白羽の矢が立ったわけだ。 私は直接見たことは無いが、ロロナくんやそちらのお嬢さん…他にも何人からか 話は聞いている。モンスターをものともしないほどの実力者だとね」

 

「えぇ…!?それはさすがに大袈裟かと……」

 

「うむ、正直 私も半信半疑だ。モンスターたちと仲良く暮らしているキミを知っていると どうもな……。だか、彼らが嘘を言っているようにも思えん」

 

 うーん…実際、僕が強いのかどうかはよくわからないし……。それに、対人戦なんて経験は無いから 色々と心配だ

 

 

 

 

「マイス君なら…」

 

「勝っちゃうんじゃないかな?」

 

 そう言って フィリーさんとリオネラさんが顔を見合わせて頷いていた

 

「このあいだ、私と同じくらいの大きさのモンスターを…あっぱー、っていうのかな?こう、思いっきり打ち上げてたし…」

 

 グーをつくった手の腕を ビシッと真上に挙げながら言うフィリーさん

 

「その後、そのモンスターをキャッチして ゆっくり地面に降ろしてあげてたけど……あれ、ポイって放り投げて 他のモンスターにぶつけられそうだったよね…?」

 

「いやいや、あの大きさのもんが あんな高さから落ちてきたのを」

「何事も無く受け止めてた時点で とんでもないんだけどね、いくら『ぷに』相手とは言っても……」

 

 その時のことを思い出しながら言うリオネラさんと、ホロホロとアラーニャ

 

 

 そんなふたり(と二匹?)の話を聞いたクーデリアとジオさんは…

 

「何してんのよ、あんたは…」

 

「何をしているんだ、キミは…」

 

 …まあ、そうなるよね



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ホム「改名しましょう」

次回からの『王国祭』に向けて 力を溜めている……ということにしてください





※2019年工事内容※
 途中…………


「えっと、つまり……?」

 

 そう聞き返してきたのは、「おにいちゃん」ことマイスです。おにいちゃんは 今、作業場にある『炉』のそばにいます。『炉』には珍しく煌々とした炎が入っています

 

「ですから、「こなー」は「なー」に改名されます。しっかりと成長し、大人になりましたので」

 

 作業場にある木のイスに座っているホムの膝の上に寝転んでいる「こなー」改め「なー」をなでながら おにいちゃんに言いました

 

「こなー の「こ」って、「小さい」とか「子ども」の「こ」だったんだね……まあ、本人はちゃんと理解しているみたいだし、いいんじゃないかな。ねっ、なー」

 

「ナ~」

 

 おにいちゃんの呼びかけに、なー が返事をします。そんな なー のノドをなでると、ゴロゴロとノドを鳴らして 気持ち良さそうに目をつむります、かわいらしいです

 

 

 

「それで、今日は何をしているんですか?」

 

 以前に ホムが来た時に『錬金術』を教えたことがあってから、ホムが来た際には『錬金術』について教えを乞われることが これまで多かったのですが、今日はそういうわけではないようです

 

「ちょっと 久々に武器を作ろうと思ってね」

 

 そう言って 手に持つ鍛冶仕事に使うのであろう金槌を見せてきた

 

「農具を作ったりするとは聞いたことがありましたが、武器も作れるのですか」

 

「基本は一緒だからね」

 

 なるほど、たしかに金属加工という点で考えれば そう違いは無いのかもしれません

 

 そう考えながら ホムは『炉』の近くまで持ってこられている素材に目を向けます。それはホムも知っている鉱石。アーランド周辺の採取地で手に入るものです。ただ、気になるのは……

 

 

「疑問なのですが…インゴットを精製せずに、鉱石から武器を作るつもりですか?」

 

「えっ?インゴット…?」

 

 おにいちゃんは首をかしげて聞き返してきました。……どうやらインゴットのことすら知らないようです

 

「『インゴット』とは、鉱石に含まれる金属物質を加工しやすい状態にしたもののことです。……もしかして、おにいちゃんは その工程無しで武器を作るのですか?」

 

「うん。このあたりで採れる鉱石は、名前は違うけど 僕の知ってる鉱石と似た性質のものがあるから、それを使って 作れば問題無いと思うよ。いちおう 農具はちゃんと出来たわけだし…」

 

「信じがたいですが、おにいちゃんなら本当にやってしまいそうです。……『テキトー錬金術』の前例がありますし」

 

「あはははっ…アレは本当によくわからずにやってたんだけどね」

 

 恥ずかしそうに微笑みを浮かべる おにいちゃんを見ながら、ホムはもう一度鉱石へと目を向ける

 

 ……やはり信じられません。あのような鉱石をそのまま加工しようとしても困難で、結合が弱くなり完成品はとてももろくなってしまうはずです

 しかし、ここまでくると 逆に気になってきました。このまま なーと戯れながら見学するとしましょう

 

 

 と、おにいちゃんが立ち上がり コンテナのほうへと歩いて行き、中から何かを取り出して 運んできました。……何でしょう?追加の材料でしょうか?

 

 気になり、それらを見てみると――――――

 木の枝、植物のツル、それと…何か甲虫の皮?武器の装飾にでも使うのでしょうか?

 続いて、『何かのタマゴ』、ニンジン、ダイコン、ネギ、『サワーアップル』、バター……

 

「…今から作るのは、料理でしたか?」

 

「作るのは武器だけど…?」

 

 

 

「…………おにいちゃんは疲れてるんです。ホムと なーが添い寝してあげますから、今日はゆっくり休んでください」

 

「えっ!?」

 

「子守歌も うたってあげます」

 

「ホムちゃん!?いったいどうしたの!?」

 

 

――――――――――――

 

 

 結局 おにいちゃんは休んでくれず、武器作りを始めてしまいました。正直、ついていけそうもなかったので、ホムは なーを連れて『離れ』へとむかいました

 

 途中、『モンスター小屋』のほうからウォルフが出てきて ホムに近づいてきました

 

「あなたも、はじめて会った時よりも大きくなりましたね」

 

 そう言いながら頭をなでると、なんとなくですが気持ち良さそうで 目をつむります。そして、なでるのをやめると「もっとしろ」と言わんばかりに自分からホムの手にすり寄ってきました

 

「…ホムとなーと 一緒に遊びますか?」

 

「ワフッン!」

 

 尻尾をブンブンと振っているので、ホムはこの子が喜んでいるのだと判断します

 

 こう接していると、ホムが採取地におつかいに行く際に出くわす『ウォルフ』たちと同族だとは思えません。この子も なーと大差ない存在のように感じます

 

 

 ふと、ウォルフが首あたりに巻いている 青い布が目に入ります

 それは「人間に友好的なモンスター」の証であり、アーランドの王宮から街全体へと その話は広まったものでした。しかし、「人間に友好的なモンスター」の話はそれ以前から噂として広まっていました

 そもそも青い布は、旅人や商人を助けたモンスターがつけていたもので、そのモンスターが 以前から広まっていた「人間に友好的なモンスター」だったそうです

 

 ホムも噂でも聞きましたし……数ヶ月前に実際に出会いました

 アーランドの街への帰り道がわからなくなったホムの前に現れて、帰り道を教えてくれた あの「モコモコ」と鳴く、金色の毛のモンスターです

 

 

「あの子は、おにいちゃんやあなたのお友達なのですか?」

 

 そう問いかけてみましたが、ウォルフは首をかしげるような仕草をしました……

 

 まあいいでしょう。今は忙しそうですから、機会を見て おにいちゃんに聞いてみることにしましょう




 マイスが何を作ろうとしていたのか。そして、その作ったものの登場機会はあるのか



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二年目 王国祭『武闘大会・1』

 諸事情により第三者視点です

 独自解釈、ご都合主義、原作改変あります。大会の方式あたりとか…
 あと、名無しのモブさんが出たりします

※誤字・脱字報告をしてくださった方々、本当にありがとうございます!修正させていただきました






※2019年工事内容※
 途中…………


 『模擬戦用 演習場』、おおよそ半径10mほどの円形のフィールドを取り囲むような形で すり鉢状の観客席が設けられているこの施設は、国勤めの騎士が極稀に使用する程度の施設である

 

 

 しかし、この日は違った

 観客席には多くの人が詰めかけていて、あたりは普段の静けさが嘘であるかのように 賑やかであった

 

 そう、今日ここは 今年の『王国祭』の目玉イベント『武闘大会』の会場となっているのだ

 

 

 

 そんな会場の観客席の一角、とある最前列の席……

 

「ううっ……人が多くて ちょっと怖いよぅ…」

 

「フィリーちゃん、大丈夫?」

 

 少し怯えたように 不安そうな顔をするフィリー。そのフィリーの隣に座り 顔を心配そうに覗き込むリオネラは、フィリーの手をとり 優しく握った

 

「……ありがとね、リオネラちゃん。その…もう少し握ってもらってていい?」

 

「うんっ。いいよ」

 

 

 

「にしてもよ、人混みが怖いなら、無理して来なくてもよかったんじゃねぇか?」

 

 リオネラのそばにたたずんでいる黒猫の人形・ホロホロが、フィリーに向かって言った

 しかし、それに対してフィリーは首を振った

 

「だって、マイス君が出場するんだもん。私だって応援したいし……不安で…し、心配だし…」

 

「つい このあいだは「マイス君が勝つー」なんてこと話してたのに、やっぱり心配なのね」

 

 「あらあら」といった感じに虎猫の人形・アラーニャが言う

 

 

 

 そこへ、ひとりの少女が通りかかった

 

「あら、あんたたちも来てたの。……ということは、マイスは結局出場するのね」

 

「あっ!クーデリアさん、こんにちは。……?あの…ロロナちゃんは 一緒じゃないんですか…?」

 

 リオネラの問いに少女―――クーデリアは「隣、じゃまするわよ」と言いリオネラの隣に座ると、ひとつ ため息をついて答えた

 

「一緒だったわよ、ついさっきまでね。 でも、どっかの誰かさんの姉に連れてかれたのよ」

 

 クーデリアがフィリーにジロリと目を向けながら放った その言葉に「ビクゥ!?」と反応したフィリー。……実のところ、「自分の姉が何かやらかした」ということに反応したわけではなく、ただ単にクーデリアに対して苦手意識があったので 反応してしまっただけなのだが…

 

「そういや、去年もそんなことなかったか?」

「あの受付さんに引っ張られていくロロナを見かけたわね」

 

 ホロホロとアラーニャが思い出したように言うと、クーデリアは軽く頷いた

 

「そうよ。去年も連れていかれて 参加して…で、優勝して『キャベツ娘』に……」

 

「『キャベツ娘』…?」

 

 去年はずっと家にこもっていてお祭りを見ていなかったフィリーが疑問符を浮かべる。が、知っているリオネラは「はははっ……」と少し困ったような笑みをこぼした

 

 

「もしかしたら、ロロナちゃん いい線行くかもしれないよ」

 

「最近は採取地での戦闘も結構様になってきてたし、ありえなくはないんじゃないかしら?」

「まあ、へっぴり腰なのは あんま変わってねぇけどよ」

 

 リオネラとアラーニャ・ホロホロの言葉に、ロロナに会ったことが無く 話でしか知らないフィリーは「へぇー、そうなんだー」と反応をしめし、対してクーデリアは…

 

「勝ち負けじゃなくて、私としては ロロナがケガさえしなきゃなんだっていいわ」

 

 

 そう言った直後、どこからかラッパのような音が鳴り響いた

 

 

 観客席の最前列よりも少しせり出すように設けられた『司会席』で、ひとりの女性が『マイク』と呼ばれる機械を手に 声をあげた

 

『皆さま、大変長らくお待たせしました!』

 

 その女性―――受付嬢・エスティの声は『マイク』の作用により何倍にも響き渡り、会場全体に行き届いた

 

『ただいまより、今年の『王国祭』メインイベント『武闘大会』を開催します!!』

 

 開催の言葉に会場が湧き立ち 歓声があげられた

 

『今大会は、8名によるトーナメントによって行われます!参加者全員粒ぞろいです! なお、ルールは良識の範囲で何でもあり!止めが入ったらおとなしく従うこと!以上っ!!』

 

 とてもアバウトなルール説明を終えたところで、ふたりの参加者が それぞれ東と西方向にある 控室につながるゲートから 中央の円形のフィールドへと入場し、エスティに紹介されると武器を持った腕を挙げるなどして応えた

 

 

『さあっ!第一回戦・第一試合、開始です!!』

 

ッカーン!

 

 開始の合図のゴングが鳴り響いた

 

 

――――――――――――

 

 

 第一試合では 貴族のボディーガードを勤めるスーツの男が勝利した

 

 

 第二試合は 行商人の護衛等を請け負う力自慢の男と、錬金術士・ロロナ こと ロロライナ・フリクセルだった

 

 その勝敗はあっさりとついた

 開始の合図直後、力自慢の男がロロナに近づく前に―――

 

「うーっ!…もうこうなったら……えーいっ!!」

 

 不本意な出場からか涙目になっていたロロナが 気の抜ける掛け声で投げたのは『フラム』、初歩的な爆弾だった

 結果、火傷や大きな傷は負っていないものの、力自慢の男は すすで黒く汚れ、髪の毛がクルクルに爆発しアフロとなって 目を回し、ロロナが勝者となった

 

――――――

 

 そして第三試合は……

 

 

カンカンカーン!

 

『勝ったのは 王国最強の騎士・ステルケンブルク・クラナッハ!対戦相手の攻撃を全ていなした上での強烈な一撃っ!その余裕な表情も相まって 実力の差を見せつけた対戦となりました!!』

 

 試合終了のゴングの後の 勝者を告げるエスティの声と共に、拍手と歓声が盛大に巻き起こる

 

――――――

 

 

『さあ、続いては第四試合!この戦いの勝者が準決勝へと進む最後の人物となります! …では、紹介しましょう!東のゲートから出てくるのは…オレの剣捌きに見惚れるな!グリフォンだって倒してやるぜ―――』

 

 名前を呼ばれて出てきた 鼻の高い男は、細身の剣を抜いて素早く数回振るった後、剣先を天へと向けた。太陽の光を反射する銀色の鉄の刀身は鋭い輝きを放っていた

 

 

『続きまして!』

 

 鼻の高い男への歓声が一通り収まったところで、エスティが 次の参加者の紹介へと移る

 

『花や野菜の栽培、薬の調合もお任せ!知る人ぞ知る職人! 農業少年・マイスっ!!』

 

 西のゲートから出てきたのは、アーランドの街の人たちとは様式が異なった服を身に纏った少年―――マイスだった

 盛り上がっている観客たちは、参加者が知っている人でも知らない人でも歓声を上げるものなのだが……マイスの登場の際に上がった歓声は、次第にざわめきへと変わっていった

 

『…?どうかしたのかし……はぁ!?ちょ、ちょっとストップ!ストッープ!!』

 

 最初はざわめきを不思議そうにしていたエスティだったが、ざわめきの原因に気がついて 司会席から身を乗り出すようにしながら一旦進行を止めた

 

 

 ざわめきの原因はマイスが両手に持つ武器だった

 それはエスティの記憶にある マイスが持っていた一対の短剣ではなかった。ソレは、太陽に照らされ 銀色に輝きながらも鋭さなどまるで感じられず、柄から伸びている部分は剣にしては細く薄く、その先端は尖ってなどおらず 半球に近い形に加工された薄い鉄板が取り付けられていた

 

 そう、マイスが両手に一本ずつ持っていた物は―――料理で使われる『おたま』だった

 

 

 そんなものを持って出てきたら、それは誰だって驚き困惑するだろう。現に、マイスの対戦相手はもちろん、大勢の観客たちも「これはどういうことだろう」と疑問符を浮かべている

 そして、彼女たちも……

 

「おいおい、マイスのやつ大丈夫かよ」

「これはフィリーの不安が的中しちゃったかしら…」

 

「えぅっ!?わ、わわ 私のせい!?」

 

「そんなことないよっ……うーん、マイスくん、どうしちゃったのかな…?」

 

 なお、ひとりだけ反応が違ったのがクーデリア

 

「『フライパン』で戦うやつもいるんだから『おたま』も……いや、アリ・ナシの前に、細くて頼りないかしら…」

 

 『フライパン』でモンスターを叩きのめす とあるコックと何度も探索を共にした彼女の感覚は、すでに周りとは少しズレてしまっていた

 

 

 

 ここで困ったのは司会進行をしているエスティ。てっきりいつも持っていた短剣を持って来ているんだとばかり思っていて、参加の受付をした際も あまりマイスの心配をしていなかったのだが……一気に心配になってしまった

 

『ちょっと ちょっと!?色々と大丈夫なの!?』

 

 そう言うエスティに対し、マイスの反応はというと――――――『おたま』を持ったまま両手を上に上げ ひじを曲げる……つまり 腕を使って「(まる)」を示したのだ

 

『マイス君…本当にそれでやる気なのね……』

 

 エスティの言葉は もう司会者としての言葉ではなく、普段の調子の言葉でのものだった

 なお マイスはといえば、小首をかしげていたが のちに大きく頷いて肯定した

 

 

『あーもうっ、どーにでもなっちゃえ!それじゃあこれで試合開始するわよ!両者、かまえて!!』

 

 やけになり気味のエスティがそう言うと、会場が再び湧き立つ。歓声の中には「『おたま』ーっ!がんばれー!!」や「『おたま』に負けんなよー!」などといったものも混ざっていた

 

 マイスは両手の『おたま』を構え、対戦相手の鼻の高い男は 呆れたような笑みをしながらも剣を構えた。身長が頭一つほど違う両者の視線が重なった…

 ゴングを鳴らす用意は整った……

 

 

『それじゃあ、第一回戦・第四試合……』

 

 

 

 

 

『開始っ!!』

 

ッカーン!

パ(パ)ーンッ!!

 

 ゴングが鳴った直後、金属が()()ぶつかる音が ほぼ()()のように聞こえた

 

「えっ」

 

 その声が誰のものだったのかは、誰にもわからなかったが……おそらく、その光景を見た人の誰があげた声でもおかしくなかっただろう。なぜなら、観客たちの視線が集まっている円形のフィールドでは……

 

 開始の合図の時と同じ体勢の 鼻の高い男と、 そのすぐ前まで詰め寄り、男の首に片方の『おたま』を突きつけているマイス。そして―――

 

ガシャ ン!

 

 開始の合図の時には男が両手で持って構えていたはずの剣が、上空から落下してきて 男の数歩後ろのあたりのフィールドの石畳に叩きつけられた

 

 

 背後から聞こえる 自分の剣が落ちてきた音に、男は振り返らなかった。いや、振り返ることもできなかったのだ

 自分の首に突きつけられているのは『おたま』だとはわかっている。だが、刃がついているわけでも、尖ってるわけでもないにも関わらず 動くことが出来なかった。剣を握っていたはずの手は どこも怪我をした様子はないが、鈍い痛みが続いている

 

 男は思った。「オレは剣を打たれたのか、手を打たれたのか」……ギリギリでマイスの動きを目で追えた程度の彼には、それすら理解できなかった

 

 

 

カンカンカーン!

 

 試合終了のゴングが会場の時間を再び動かした

 

『うそっ……あっ!?…そ、そこまでー!勝者は農業少年・マイス!!なんという早業でしょうか!』

 

 勝者が告げられ、マイスは突きつけていた『おたま』を下ろし 一歩下がった。それとほぼ同時に、対戦相手の男が 足から力が抜けたように崩れ落ち 尻餅をついた

 

『ゴングが鳴ると同時に距離を詰め、片方の『おたま』で剣の刀身を思い切り叩いて怯ませ、ほぼ同時に もう片方の『おたま』で下から剣の柄ごと かち上げて剣を空高くへと吹き飛ばす!怯んだその瞬間に武器を弾き飛ばされてしまっては さすがに打つ手は無かったか!?』

 

 

 エスティによる解説を耳にしながらも、『おたま』を腰のベルトにかけて固定したマイスは 尻餅をついたままの対戦相手の男に近づいた

 

「大丈夫ですか?」

 

 差し伸べられた手に 男は一瞬目を見開き驚いたが、フッっと笑みを浮かべるとマイスの手を取った



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二年目 王国祭『武闘大会・2』

 前回と同じく 独自解釈、ご都合主義、原作改変ありの第三者視点です

 「アトリエ」「RF」どちらの戦闘システムとも違う戦闘になっており、戦闘戦闘描写が思ったように書けず、四苦八苦しました。ちゃんとイメージした通りのことを書き表せてるかどうか……
 正直、二度と書きたくないです






※2019年工事内容※
 途中…………


ドッカーン!!

 

『おおっと!またしてもド派手な爆発!!さすがは 街に時折響き渡る爆発音の発信源であるアトリエの店主と言ったところか!?準決勝・第一試合、勝者は美少女錬金術士・ロロナちゃんだー!!』

 

あまり褒めているようには聞こえない解説の後に勝者が告げられ、観客たちは歓声をあげて盛り上がる

 錬金術で作った爆弾の爆発は、シンプルでありながら派手で 視覚と聴覚をストレートに揺さぶってくるため、平穏に慣れていた観客たちにとってとても刺激的で ガッシリと観客たちの心を掴んだのだ

 

 

『さあ!続きまして、準決勝・第二試合です!!』

 

 第一試合の勝者と敗者がフィールドから退いたことを確認したエスティが進行をはじめる。観客たちの歓声は、先程の試合の興奮と これからの試合への期待が入り交じり、なお大きく 盛り上がっていく

 

 

『まずはこの人! 第一回戦で余裕の勝利を飾った男、その鋭い眼差しが見据えるのは勝利なのか!?王国最強の騎士・ステルケンブルク・クラナッハ!!』

 

 大剣を携えた騎士―――ステルケンブルク…ステルクが東ゲートから出てきた。ステルクは観客からの声援に応えることはせず、普段と変わらない仏頂面で背筋を伸ばしていた

 

『対するは、色んな意味で 会場を驚かせた少年、 花や野菜、薬以外にも戦闘だって任せなさいっ!『おたま』を振るう少年・マイス!!』

 

 西のゲートから出てきたマイスは、腰のベルトにさげた2本の『おたま』を ぬき、頭上へとかかげて2本をぶつけ「カンッ!」と小気味いい音を鳴らした

 

 

『それでは、両者 かまえてください』

 

 

――――――

 

 かまえの合図で 腰を少し下げて重心を低くし構えたマイス。だが、その構えは解かれた

 理由は、対戦相手のステルクが武器を構えない まま数歩近づいてきたからだ

 

 マイスや司会進行のエスティが どうしたのかと疑問に思っていると、ステルクの口が開いた

 

「……少し いいか?」

 

「えっ、…はい」

 

「キミの剣のうでは並大抵でないことは さきの試合で分かったが……ソレではキミの実力を出せないのではないか?」

 

 ステルクの言うソレとは、もちろんマイスが両手に持ってる『おたま』である

 ステルクの疑問は もっともなことなのだが……マイスは笑顔で答える

 

「大丈夫ですよ!これは正確には『おたま』じゃなくて、『アクトリマッセ』っていう 僕が前いた地域では 歴とした武器なんです。おたまとほとんど同じ加工で作られますけど……」

 

「それはもう『おたま』なのではないか…?……いや、問題無いのであればいいが」

 

 そう言うとステルクは きびすを返し、元の距離まで離れて 再度マイスに向かい合った。今度は腰にさげていた大剣を構えて

 マイスも再び『おたま』―――もとい『アクトリマッセ』をかまえた

 

 

『っでは!二人が準備を終えたようなので、始めますよー!準決勝・第二試合…』

 

 

 

――――――

 

『開始っ!!』

 

ッカーン!

 

パ(パ)ーンッ!!

 

 

 開始のゴングと同時に動き、直後に二撃(いちげき)を放ったのはマイスだった

 

 だが、一回戦・第四試合と同じなのはマイスだけであった

 

 

 マイスの攻撃が放たれる その前に、ステルクがマイスの動きに反応し、行動に移っていたのだ

 

 天へと向いていた大剣の切っ先を、大剣を持つ両手の手首と肩をひねって 切っ先を地面へと向ける。素早い動きでマイスが近づく一瞬で 構えを変えたのだ

 その構えからステルクが振るうのは「切り上げ」、攻撃のために突っ込んできたマイスへのカウンターとなる一手だ

 

 

 しかし、相手の変化についていけないマイスではない

 

 ステルクが「切り上げ」てくると察したマイスが変えたのは 両手の『アクトリマッセ』の動き

 下から上がってくる大剣を左で思い切り叩く。地へと叩きつけることこそ かなわないが、大剣の勢いが一瞬弱まった

 そして その大剣の横っ腹を右で思い切り叩く。その反動でマイス自身は横に飛ぶが……この行為をしたのは ステルクへと突進している最中、彼はステルクから見て左横を跳んで通りすぎることとなった

 

 

ザザザッ!

 

 ステルクの横を通り過ぎてすぐのマイスが 突進の勢いを足を踏ん張りころし、次の一歩を踏み出した時に目にしたのは、「切り上げ」終えたばかりのステルクの後ろ姿だった

 

 結果として、ステルクは マイスの初撃へのカウンターは二本の『アクトリマッセ』にぶつかったのみで空を切り、 マイスは 初撃こそ逃したが カウンターを避けた上にステルクの後ろをとったのだった

 

 

 背後を取ったマイスは 再びステルクへと急接近し一気に間を詰める

 

 しかし、ステルクは 背後をとられてしまったことは百も承知だ。切り上げの勢いをそのままに全身をひねりながら片足を退き、その足を軸にして回転する。もちろん、手にした大剣で薙ぎ払うようにして、だ

 

 

ガ キ ン ッ !!

 

 薙ぎ払う大剣と、マイスが打ち込んだ『アクトリマッセ』がぶつかり、大きな音が響いた

 

 ぶつかった両者は弾かれあい、その間は大きく距離が開いた

 

 ただ、武器や本人たちの質量の差からか、ステルクは そのままの体勢でずりさがるように1mほどの後退。

 対してマイスは 弾き飛ばされるように数m宙を舞い 着地のあとに数回 転がって勢いをころしたのちに立ち上がり、結局10m近くも ぶつかった地点から離れていて、もう少しで観客席との間にある壁にぶつかるところだった

 

 

 

 ……そしてこれらは 試合開始から10秒も無い短時間でおこなわれたやりとりだ

 

 ステルクとマイスの間が大きく開いたことにより、速く・力強い攻防に息を飲んでいた観客たちに ようやく余裕がもたらされた

 湧きあがる歓声。それは本日最大であり、会場全体が大きく揺れているように感じられるほどだった

 

 しかし、フィールドに立つふたりには 盛大な歓声も どこか遠くのもののように聞こえていた

 

 

 

 先に動いたのは またしてもマイス

 それは当然のことではあった。ふたりには武器のリーチの差があり、リーチの短いマイスは ステルクの懐に入る必要があったが故に、自ら近づかなければならなかったのだ

 

 

 

キィン カ ンッ  キキッン …………

 

 突っ込んできたマイスの連撃を 何度も己の大剣に適した距離で迎撃するステルクだったが、こちらもこちらで攻めあぐねていた。「次の接近で決める」と思っていたのだが、そうはいかなくなってしまったのだ

 

 それは剣同士(片方はおたまだが…)がぶつかった際に気がついた

 

―――さきほどより、少し軽い…?

 

 そう感じ 不思議に思ったステルクだったが、すぐに気づかされることとなった

 

 

 マイスの戦闘スタイルが決定的に変わったのだ

 さきほどまでは スピードとパワーで押しきるような戦い方で、勢いはあるが 動きは直線的で咄嗟の行動もほとんど力押し、剣術に粗さとスキが見えていた

 

 しかし、今はどうだろうか

 一撃一撃は軽くなったが その分マイスにも余裕ができたようで、一撃加えたその動きが次の一撃へと流れるように繋がってスキが少ない。その上 右のスキを 左が補い、逆も然り…

 

 「なるほどな…」と防戦一方のステルクは ひとり心の中で唸った

 

 最初は力押しで短期決戦を仕掛けてみるが、それがリスクが高いとわかれば すぐに長期戦へと持ち込む

 そしてその長期戦も厄介なものだ。パワーを抑えることで自分は一定の余裕を保ちながらも、素早く休み無い連撃で左右に振りながら 相手のスキを誘う……相手にすると 実にいやらしいものだ

 

 

 だが、マイスの連撃をなんとか防ぎ 耐え忍んでいるうちにステルクは光明を見た

 二本の『おたま』―――『アクトリマッセ』の連撃にも極わずかではあるが 補い合えていないスキが存在したのだ

 

「―――っ!そこだっ!!」

 

 わずかなスキをつくためにステルクが放った最速の一撃の「突き」。これまでの「切り上げ」や「薙ぎ払い」よりも出が速く、最短で狙った所を攻撃できる一撃は マイスをとらえ

 

 

 

 

とらえたと思った瞬間に『アクトリマッセ』を振るっていたはずのマイスが消えた

 

「なっ!?」

 

 「どこへ!?」と言うヒマも無く、答えが存在した

 突いた己の大剣にかかっている「影」。それが素早く…しかしステルクにはゆっくりと自分へと近づいてくるのが見えた

 

 「影」を見た瞬間にステルクは理解し とっさに動こうとするが、つい一瞬前に伸ばしきった腕を上へと振り上げるのは難しく、半ば無理矢理 体ごと倒しながらひねることで 頭上へと振ろうとする

 

 だが

 

「『裂空(れっくう)』!!」

 

 ステルクの「突き」が放たれる瞬間に宙へと跳んでいたマイスが 空中を滑るように頭上からステルクへと接近し、眼前で交差させていた腕を開くようにして『アクトリマッセ』をステルクへと打ちつけた

 

「ヌグッはぁ!?」

 

 大剣を無理矢理振り上げようと 体をひねっていたことで、マイスの『裂空』の直撃を避けることは出来たが『アクトリマッセ』の片方はステルクの側頭部に当たり、ステルクはそのまま横へと倒れ、背中を地面に打ちつけてしまった

 

 

 頭を打たれたからか 軽いめまいを感じたステルクは己の敗北を悟った

 

 ……だが、数秒のめまいが治まるまでに 武器が突きつけられることも、勝者が告げられることも無かった

 

「ぐっ……!」

 

 めまいは治まったが、マイスの攻撃によるものか 無理な動きをしたからか、身体の所々が痛む。そんな中、なんとか立ち上がり 右手が固く握っていた大剣を持ち上げる……その時 気がついた

 

「……きゅう…」

 

 持ち上げようとした大剣の下でマイスがのびていた

 

 

 このときステルクは理解できていなかったのだが、事のてんまつはこうだった

 

 マイスの攻撃を受けて倒れ込むステルクは、無理矢理振り上げようとしていた大剣を手放すことはなかった

 そして、振り上げかけの大剣は 倒れていくステルクに引かれて そのままステルクの肩を中心にして半円を描くように地面へとむかっていき……その軌道上に、ステルクへ跳びかかったあとのマイスがいたのだ

 空中で なおかつ背後からの不意の強襲に、マイスは 避けることが出来ずに そのまま地面へと叩きつけられたのだった

 

 マイスにとって幸いだったのは、背中に当たってきたのが大剣の刃ではなく腹であったことと、 大剣が柄のほうから先に地面に落ちたことで最後の最後は思い切り叩きつけられなかった事だろう

 

 

 

『なんと!?激闘と衝突の末、立ち上がったのはステルケンブルクのみ!準決勝・第二試合の勝者は王国最強の騎士・ステルケンブルク・クラナッハ!!』

 

「…はぁ!?」

 

 ステルクは状況を理解できていないまま勝利が告げられ…

 

『―――……というわけで、救護班っ!マイス君の回収早くー!!急いで、急いで!』

 

 マイスはタンカで運ばれていったのであった




※次回ですが、金曜日の00:00に更新する予定です。なんとなく増刊号のような扱いです


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マイス「武闘大会の その後に」






※2019年工事内容※
 途中…………


「……んっ…あれ…?」

 

 重いまぶたをあげて見えたのは、知らない天井。僕は今 寝転んでいるみたいだけど、少なくとも家のベッドではない

 

 

「あっ!マイス君!!」

 

 そう僕の名前を呼ぶ声が聞こえたので そちらへ目を向けると、おそらく僕が今寝ているベッドと同じタイプのものであろう 白い簡易的なベッドに腰をかけていた フィリーさんとリオネラさん、それにホロホロとアラーニャが、立ち上がり こちらへ駆け寄ってきた

 

「えっと…っ!?」

 

 起き上がろうとしたところ、身体に鈍い痛みが走り 顔をしかめてしまう

 

「む、無理しちゃダメだよっ…!骨折はしてないそうだけど、いろんなところを打撲してたりしてるみたいだから、ゆっくり体を休ませないと…」

 

 リオネラさんに言われて 自分が感じる痛みの理由がわかったんだけど、どうも寝転んだままでいる気になれなくて、痛みを我慢しながら上半身を起こす

 

「大丈夫?マイスくん?」

 

「うん、なんとか、ね……そうだ、僕はステルクさんと闘ってて……それで…」

 

 それで……どうなったんだっけ…?

 

 

 そう疑問に思っていると、リオネラさんのそばに浮いていたホロホロとアラーニャが フワフワと近づいてきた

 

「んー、まあ アレは相打ちってところか?」

「あなたが気絶してたのと、騎士さんのほうが先に立ち上がったから 彼が決勝戦に進出したわよ」

 

 うーん…未だによく思い出せないが……まあいいか

 

 

「でもって、その決勝戦も たぶんもう終わっちまってるだろうな」

 

 ホロホロの言葉に 僕は少し疑問に思うことがあった

 

「「たぶん」って、決勝戦は観てないの?」

 

「観に行けねかったんだよ。で、終わったと思ったのは 聞こえてきてた爆発音がやんだからだ」

 

 ああ なるほど

 決勝戦に出てたのはロロナとステルクさん。そのうちロロナは錬金術で作った爆発物を中心としたアイテムで戦っていたから、その爆発音がなくなったのであれば 決着がついたんだろう

 

 そう考えていると、ホロホロがその短い腕を組んで「ウンウン」と頷くように動いた

 

「それにしても すごかったんだぜ。マイスがやられちまった時 こいつらふたりそろって声になってない悲鳴上げるわ、気失いそうになるわでなぁ…」

 

 ホロホロの言うことを肯定するように アラーニャも頷いた

 

「そうよー。この『医務室』に駆けつけた時も、お医者さんの邪魔になっちゃうのに わんわん泣き出しちゃって…。ついさっきまで泣いてたのよ」

 

「そ、それは…だって……」

 

「ビターンって、ビターンってなって……」

 

 ……本当に、僕はどんな負け方をしたんだろうか…。おそらくだが、リオネラさんとフィリーさんの様子からすると、結構 散々なやられ方をしてしまったのだろう

 

 

「ごめんね、ふたりとも。心配かけちゃったみたいで…」

 

「ううん、いいの!」

 

「マイス君に大きなケガがなくてよかったよっ!」

 

 そう言ってくれたふたりだったけど、 泣いていたことを知られてしまったからか、リオネラさんもフィリーさんも顔を赤くしていた

 

 

――――――

 

 『医務室』の外へと繋がる扉。おそらく あの外は『控え室』があったりした 『観客席』の下の空間だろう

 その扉から見知った人が顔を覗かせてきた

 

「っと、あら、もう起きてたのね」

 

 そう言って入ってきたのはクーデリアだった

 

「うん、ついさっき目が覚めたんだけど……クーデリアがここに来たってことは、ロロナは無事に勝ったんだね」

 

 僕がそう言うとクーデリアは「まあね」と返し、そのまま続けた

 

「ロロナが あんたみたいになるんじゃないかって ちょっと心配してたんだけど……もし第二回武闘大会があるとしたら 爆発物は禁止になってるわよ」

 

 そう断言したクーデリアを見て理解した

 きっとロロナは決勝戦でも一方的な勝負で勝ったのだろう。恐るべきは錬金術といったところだろうか……いや、参加者の中で唯一 遠距離攻撃が出来るという時点で勝ちは堅かったのかもしれない

 

 

 

「あとは、決勝戦の後に色々あったりもしたけど……それはまあいいかしら。 で、調子はどうなの?」

 

「うん、まあ大丈夫かな…?えっと、背中とかが時々痛むくらいで……」

 

 言い終わる前に、遠くから走ってくる音が耳に入ってきた。そしてその足音は『医務室』の前で止まり…

 

 

「マイス君、大丈夫!?」

 

 勢いよく入ってきたのはロロナだった

 

「ちょっとロロナ。怪我人がいるのがわかってるなら、少しは静かにきなさいよ」

 

「うっ…ご、ごめんね、くーちゃん。全部終わって やっとのマイス君のお見舞いだったから…」

 

 クーデリアに叱られてしょぼんとしたロロナだったけど、僕のほうを見てニッコリと笑った

 

「うんうん、マイス君が無事みたいで よかったぁ。あっ、もし まだ痛むところがあるなら お薬使う?私だって ちゃんと調合できるんだよ!」

 

 ロロナは最初のほうこそ僕のことを心配してくれているようだったが、何故か最後は対抗心を燃やしているようだった

 

 

――――――

 

「よいしょ…っと」

 

 身体を横にすべらせてベッド脇まで移動し、足を床に下ろす

 すると、リオネラさんとフィリーさんが僕の両隣に駆け寄ってきた

 

「無理はしなくていいよ、マイスくん」

 

「必要なら わ、わ私が手を貸してあげるよ」

 

「えっ、あ、うん…」

 

 心配してくれるのはありがたいことなんだけど……もうそんなに痛むわけじゃないし、そんなにくっつかれると むしろ動きづらいというか…

 

「もう大丈夫だから、ね?」

 

 そう言ってひとりで立ち上がって 大きく伸びをしてみせると、まだ少し心配そうな顔をしていたけど ふたりはしぶしぶ離れてくれた

 

 

 と、そんなことがあったものの 『医務室』の外へと繋がる扉のほうへと行こうとしたのだが、その途中に立っていたロロナとクーデリアが

 

「私もお姉ちゃんとして、頼ってもらうべきじゃないのかな?」

 

「いや いつからマイスの姉になったのよ」

 

「えっと……けっこう前から?」

 

 ホムちゃんに「おにいちゃん」と呼ばれ慣れてしまっているから、 ロロナに弟扱いされても 僕は特に驚きもしないんだけど……

 だからといって、クーデリアから「何いってるの、この子…」といった意思を 視線で投げかけられても、苦笑いすることしかできないのだが…

 

 

 

 

「そうだ。ロロナの優勝祝いに 今からみんなで どこかに食べにいかない?」

 

「えっ!?そ、それはうれしいけど…でも、いいの?」

 

 僕の提案に、嬉しそうに けど少し申し訳なさそうに言うロロナ。しかし、その隣のクーデリアはあっさりと頷いていた

 

「遠慮しすぎよ ロロナは。せっかくマイスがこう言ってくれてるんだし、こんな時ぐらいはお言葉に甘えちゃいなさいよ」

 

 

「そもそも、マイスくんは そんなに出歩いてもいいのかな…?」

 

「いいんじゃねぇのか?入院しろってわけでも無いし、本人も大丈夫って言ってたしな」

「お医者さんが言ってたわよ「体が丈夫過ぎて 逆に驚かされた」ーって」

 

 リオネラさんが心配そうに言うけど、それをホロホロとアラーニャが「心配ない」と言いくるめた

 

 

「ええっと…私もついていっていいの…?」

 

「うん!せっかくの機会だからね。フィリーさんはロロナと初めてだから緊張するかもしれないけど、とってもいい人だから きっと仲良くなれるよ」

 

 そんなことを話しながら僕たちは『医務室』を出て、街へとくり出した

 今年の『王国祭』も、街はとてもにぎやかだ




 今回で二年目は終わりです


 それで、次回からの三年目なのですが……一、二年目よりもかなり早足に進むこととなります。理由としては、書きたいと思っていたイベントのほとんどを書き終えてしまったからです

 「各キャラの最終イベントとか、色々いっぱい残ってるじゃん」って言われそうですが……
 いちおう、ロロナは『トトリのアトリエ』での正史のルートを進んでいますので、今作では書かれてない原作の話も 書かれてないだけでちゃんと進行している設定です。ただ、マイス君が関わりようがない・関わっても変化が少ない・話の進みに問題が無い ものは省略させていただいてます。原作の丸写しはダメなので…


 そんな私の勝手な都合で書いていく『マイスのファーム~アーランドの農夫~』ですが、どうかよろしくお願いします


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マイス「3年目になって変わったこと」






※2019年工事内容※
 途中…………


 カンッ! カンッ! カンッ!

 

 金槌を振るい、金属の塊を 自分の望む形へと変えていく

 僕が 家の作業場の『炉』のそばで時々している鍛冶だ

 

 

 しかし、今日はいつもとは違うところがあった

 

「……………………(ジィー」

 

 僕から少し離れたところで、イスにドカリと座りながらも 僕の作業を食い入るように見ている男性が一人。『男の武具屋』の店主のおやじさんだ

 名前を聞いたんだけど、「えっと、まぁあれだ。とりあえず「おやじさん」とかそんな感じに呼んでくれっ」って、何故か教えてくれなかった

 

 

――――――

 

 以前にフィリーさんのおつかいの手伝いをしたときに初めて会ったのだが、そのおやじさんがなんでここにいるのかというと……

 

 話しを戻すと去年の終わりの『王国祭』。そのメインイベントだった『武闘大会』に僕が出場したことがきっかけだ。僕は優勝をしたわけではないのだけど 僕にもかなりの注目が集まったらしく、使っていた『アクトリマッセ』がやけに目立ったらしかった

 

 

 薄くよわよわしく見えるのに 大剣と打ち合う『おたま』…

 そうなると、やはり鍛冶をしている おやじさんは気になったわけだ。「あんなもんをどうやって作ったんだ」と

 でも、おやじさんは僕のことは顔くらいしか知らなかったし、僕は武具屋には立ち寄らないから中々出会えなかった

 

 そして『王国祭』が終わり 年を越したころに、ロロナが僕と知り合いだということを知ったおやじさんが ロロナから僕の家の場所を聞いて、今日訪ねてきたのだ

 

――――――

 

 

 …それにしても、色々と心配だ

 以前に鍛冶をしていた際にホムちゃんが質問してきたことで知ったのだけど、僕のする『鍛冶』と ここの『鍛冶』はずいぶんと違うらしい。本職の人が見たら どう思うのかが全く予想できない

 

と、頭の中ではそんなことを考えながらも、普段通りに鍛冶をこなしていく。そのうちに 金属の塊の形が整っていき剣の形になっていった

 

「よしっ、できた!」

 

 最後の工程を終えて出来上がったのは『サラマンダー』。刀身が燃えるように赤く、見た目通り 火の属性がついている双剣だ

 

 

「ボウズ、ちょっとソレ 見せてくんねぇか?」

 

 そう言ったのは いつの間にかイスから立ち上がって、僕のすぐそばまできていた おやじさんだった

 

「あっ、はい どうぞ」

 

「おう、あんがとよ」

 

 『サラマンダー』を手渡すと、おやじさんはそれを手に取り まじまじと眺めはじめる

 

 こうやって見られていると緊張しそうなのだが……双剣である『サラマンダー』を 大きく筋肉質なおやじさんが持っていると何ともアンバランスで、良くか悪くか緊張することは無かった

 

 

 

「うん……ほうほう…………はぁ~…なるほどなぁ」

 

 『サラマンダー』を見ながら 何やら呟いているおやじさんだったけど、ひとつ大きく頷くと、『サラマンダー』を僕へと返してきた

 

「どう…でしたか?」

 

「ん?どうって、何がだ?」

 

 不思議そうに首をかしげるおやじさん

 

「いえ、その…こうやって鍛冶屋さんに 鍛冶仕事や出来た物を見てもらったことが無かったから、本職の人から見たらどういうふうに見えるのかなぁて思って…」

 

「ああっ そういうやつか!……つってもな…」

 

 おやじさんは 明るく頷いたかと思えば、すぐに困ったような顔をして 首をすぼめて耳の後ろのあたりをかいた

 

「鍛冶のほうに関しては、たいしてなんも言えねぇんだ」

 

「えっ?どうしてですか」

 

「嬢ちゃんから聞いてんだけど…ほら、ボウズは遠くの国から来たんだろう?」

 

「いちおうは そうですけど…」

 

「そんでだな、俺の知らねぇ方法でしっかりと物を作れてるんだから「俺の知らねぇ遠くでは こんな風に作ってるのか」って驚いたりはしても、アドバイスとかはできねえんだ。何もわかってねえ俺が 下手なこと言ってボウズの鍛冶をダメにしちまったらいけねえからよ」

 

 なるほど、と僕は感心した。そんなことを考えて言ってくれていたとは。前に会った時にも思ったが、おやじさんは 大きな見た目からは想像しづらいけど、細やかな人みたいだ

 

「まぁ心配しなくても、出来上がったその剣を見りゃあ ボウズの鍛冶の腕が立派なもんだってわかるってもんよ!」

 

「…ありがとうございます!」

 

「いいっていいって。むしろ礼を言うのはこっちのほうだ。ボウズの仕事を見てたら 俺もまだまだ負けてらんねぇってヤル気が湧いてきたぜ!さっそく 帰ってデザインから武器を作りたくなってきたっ!!」

 

  そう言っておやじさんは 軽快なニカリとした笑顔を見せた。そして肩を回すその姿はとても力強く見えた

 

 

 

―――――――――

***職人通り***

 

 

「わるいなボウズ、わざわざ送ってくれてよ」

 

「いえ、僕も街に用がありましたから ちょうど良かったです!」

 

「そうかっ。そんじゃあな!まぁ気が向いた時にでも 俺の仕事も見に来たらいい!」

 

「はい!その時はよろしくお願いします!」

 

 僕がお辞儀をすると、おやじさんは軽く手を振って『男の武具屋』のほうへと歩いていった

 

 

 

「さて、っと。それじゃあ僕らも行こうか」

 

 そう言って振り返った僕の後ろには…

 

「な~」

 

 家から こなー…じゃなくて、なー が歩いてついて来ていた

 前は 僕が抱っこして連れてきていたのだけど、もう子ネコとは呼べなくなるほど立派に成長した なー は、僕の家とアーランドの街との間を自分の足で移動できるほどになったのだ

 

 僕らの目的地も この『職人通り』にある。……というか、『男の武具屋』のすぐ隣の『ロロナのアトリエ』だ

 

 

コンコンッ

 

 

――――――

***ロロナのアトリエ***

 

「あーっ!マイス君、いらっしゃーい」

 

「いらっしゃいませ、おにいちゃん。それに なーも。ちゃんと歩いてこれましたか?」

 

 ノックの後に 僕らを出迎えたのはアトリエの店主であるロロナとホムちゃん。ちょうど錬金術の途中ではなかったみたいだ

 

 なー はピョンとホムちゃんのほうへと跳び、ホムちゃんは跳んできた なーを両腕と体でしっかりと受け止め、抱き締めた

 そんな様子を見ながらも、僕は僕の用を済ませる

 

「はいっ、この前 お願いされてた『コバルトベリー』と『雲綿花』。ウチで大事に育てたものだから品質は保障するよ」

 

「わぁ、ありがとう!せっかくだから、ゆっくりしていってよ。お茶とお菓子 用意してくるから」

 

 ロロナにそう促されたので、僕はアトリエへと入っていった

 

 

――――――

 

 

「あっ、そうだ」

 

 みんなで香茶を飲んでゆっくりとしている時に、急に何かを思い出したのか ロロナがそんなことを言った

 

「どうしましたか マスター?何か忘れものですか?」

 

「うなー?」

 

 膝の上に乗せた なーを撫でていたホムちゃんがロロナに問いかけた

 するとロロナは、「ううん、今日はそういうのじゃなくてね…」と首を振った。…「今日は」ってことは、前にそういうことがあったのかな?

 

 

「マイス君。 マイス君って 錬金術は好き?」

 

「えっ うん、好きだけど?」

 

「すごい…即答だ」

 

 いきなり何を聞いてくるかと思えば そんなことを……。そして僕のこたえに口を開けて驚いているロロナ

 

「どうしたの ロロナ? いきなりそんなこと聞いて」

 

「えっとね…この前ね、師匠から聞かれたの「お前は錬金術は好きかー」って」

 

 ロロナは アストリッドさんの口調をマネて言うが あまり似ていなかった……いや、まあそれは置いといて、 つまり アストリッドさんからされた質問を 一応は錬金術をしている僕にもしてみたってことか

 

「それで ロロナはアストリッドさんに何て答えたの?」

 

「それがね、私、錬金術が好きか嫌いかなんて考えたこと無くって、それをそのまま師匠に言っちゃったんだ。……それで良かったのかなーって思って…」

 

「良かったも何も、ウソを言うわけにもいかないんだから ロロナが思った通りのことを言ってよかったんじゃないかな?」

 

 というか、好きか嫌いかっていうのは 個人の考えなんだから、別にどうしないといけないって話じゃないから、そう難しく考えなくてもいい気がする

 

 

 僕の言葉を聞いて少し悩むような素振を見せたロロナだったけど、ふいに顔を僕のほうへ向けなおして首をかしげた

 

「でも、何で マイス君は錬金術が好きなの?マイス君、お花とかを育てることとかのほうが好きそうなのに」

 

「別に 農業が好きだから他のものが好きだといけない とか、錬金術が好きだから農業は嫌い って話じゃなかったよね…?」

 

 アストリッドさんが言ったというのも、他の何よりも好きだとか嫌いだとかという話ではなかったはずだろう

 と、そんなことを思いながらも、錬金術が好きだという理由を口にすることにした

 

 

 

「錬金術って、本当にいろんなことができるよね。…薬の調合なんかは 前から僕も出来たけど、僕が知らないような物もたくさんあるんだ」

 

 爆発物なんかは話には聞いたことはあっても見たことはなかったし、氷の爆弾『レヘルン』や 雷を落とす『ドナーストーン』なんて物は 見たことも聞いたこともなかった

 

「知らないことを知ったり 出来なかったことが出来るようになるのは 嬉しいし、それが生活の中で役にたったり 他の人に喜んでもらえたら もっと嬉しいな。…そういう点だけ見ると、農業が好きな理由と結構同じなのかもしれないなぁ」

 

 自分で話しながら、気がついたことを付け足して言う。すると、話しを聞いていたホムちゃんが頷いた

 

「なるほど。おにいちゃんは「錬金術そのものが好き」というよりは、 錬金術によってもたらされる結果が重要であり、その結果を得るための手段の一つとして存在する錬金術は好きだということなのですね」

 

「えっと…うん、たぶん そういうことだね」

 

 ホムちゃんが 僕の言った内容を噛み砕いてくれたんだけど、なんとなく 堅苦しくなったような気がして、恥ずかしながら 一瞬理解できなかった

 そして、ロロナはといえば…

 

「な、なるほどー、そういう考え方もあるんだねー」

 

「……ロロナ、本当にわかってる?」

 

「なんとなく、雰囲気でわかって…ないかな?」

 

 ……色々と心配だけど、むしろ そのくらいのほうがいいかもしれない

 こういうことは 他の人の意見を参考にするよりも、自分でいろいろして悩んだりして考えたほうが やっぱり良いと思う。きっと、ロロナも自分で……

 

 

「えっと、つまり……マイス君はやっぱりお花とかお野菜とかを育てるほうが好きってこと?」

 

 ……きっと、自分で見つけられる…かなぁ?



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マイス「迷って悩んで…どうしよう?」

 只今迷走中
 回収できるか分からないような伏線めいたものをばら()いてしまってます

 さて、どうなることやら……





※2019年工事内容※
 途中…………


「はぁ…」

 

「オイオイ、にいちゃん。商売話してるときにそんな陰気なため息吐くなよな」

 

「あっゴメン!?……ため息でてた?」

 

「ああ、しっかりとな」

 

 

 僕が今いるのは自分の家の中、相対しているのは行商人のコオル

 

 いつからか度々家に来るようになり、そのたびに僕は何かしら買い物をしている。以前に頼んだことがある作物の種の他にも 「あ、コレちょうどほしかったんだ」というものが思った以上にあったりして よく利用させてもらってる

 

 

「別に にいちゃんの悩みに首つっこむつもりは無いけどよ、前みたいな状態にならないでくれよ?あれじゃ 商売しようが無いからさ」

 

「前って……ああ、あの時かな」

 

 思い出すのは、『シアレンス』へと帰る手段が失われて すっごく落ち込んでいた時のこと。ある人には「死んだ魚の目をしてた」なんて言われたりもした

 確かにあの時は、コオルの行商をほとんど利用しなかったなぁ

 

「……今回も あの時と同じで、「できないことはできない」んだって割り切らなきゃいけないんだろうな…」

 

 

――――――

 

 

「うっし、こんなもんかな」

 

 僕が買い物を終えた後、見せてもらっていた商品をコオルが片付け終えてひとつ息をついていた

 

「お疲れ様、今日も色々買わせてくれて ありがとう」

 

「いいって、こっちも商売だからな」

 

 そう言ったコオルが「ところで…」と 話をきりだした

 

 

「にいちゃんは、街の店に品物卸したりしてるんだろ?どんな物出してるんだ?」

 

「えっと、『キャベツ』とか『ニンジン』みたいな野菜を食堂に、草花や調合した日用の薬を雑貨屋さんに 定期的に買ってもらってるよ。他にも、最近は依頼で注文がくることもあるかな」

 

 依頼で注文が来始めたのは 去年の『王国祭』が終わった後からだ

 『王宮受付』に行った際にエスティさんに「マイス君名指しの依頼が結構きてるわよー」って依頼書の厚い束を見せられた時は驚いたものだ…………全部受けて、翌日に全部納品したら、今度はエスティさんが驚いたけど

 

 そんなことを コオルにも軽く説明すると、何だかニヤニヤ笑いながら頷いていた

 

「にいちゃん、良くも悪くも『武闘大会』で目立ってたからな。そりゃあ依頼も来るだろうし街の噂にもなるか」

 

「えっ、噂って」

 

「聞きたいか?」

 

「いや、遠慮しとくよ…」

 

 あの『武闘大会』の後、街を歩いていたら『おたまの人』とか呼ばれたりしたし、半分もう知ってるようなものだ、きっと 尾ヒレもいっぱい付いてしまってるだろう……

 

 『武闘大会』については 以前からの知り合いの人たちにも色々言われたりもした。イクセルさんには「フライパンもいいぞ」なんて言われたし、アストリッドさんには(あお)られたり からかわれたり……

 

 そういえば、ステルクさんからは「あのような危ない勝ち方をしてしまい、申し訳なかった」と謝られて、その後「今度、キミが時間がある時でいいから 鍛練につき合ってはくれないか?」と頼みこまれたりもした

 何度か手合せもしたけど、計3勝6敗1引き分け。ただ、いつもどっちが勝っても お互いに肩で息をするほどギリギリの勝負だったりする

 

 

 

 おっと、今はコオルとの話しの途中だった

 

「えっと、それじゃあ 何をお店に卸してるか聞いたのは、何かの噂を聞いたから?」

 

 ちょっと気になったことを聞いてみると、コオルは首を振った

 

「いや、そういうわけじゃなくてさ……いろんな物があるし オレもこうして結構立ち寄るようになったから、何か ここで仕入れて街で売るもんでもあってもいいかなって思ったんだが…」

 

 何を考えているのか、コオルは何かを指折り数えながら首をかしげたりしながら 言葉を続ける

 

「もうそんだけの物を売ってるなら必要なさそうか。もう、安定して卸されてるんなら 俺が今から割り込んでもリスクが高いだけだしな」

 

 

 さすが商売人といったところだろうか。現状と後々の事とを色々と考えながら話してたんだなーっと僕は感心したんだけど……

 

「でも、ここで諦めるのも 何だかもったいない気もするなー…」

 

「そう思えるかもしれないけど、商売ってそんなもんだぜ。リスクを極力避けて利益を得るに越したことはないさ」

 

 確かに その通りなんだろうけど、せっかくなら何かやってみたいと思ってしまっている僕がいるのも事実だ

 そこで、ふと思いついたことをコオルに言ってみた

 

 

「ねえ、最近の街の人たち……というかコオルのお客さんたちが求めてる物って、何があるのか わかったりする?」

 

「だいたいの傾向とかあったりはするけど…そりゃ 人それぞれ色々あるぜ?それがどうかしたのか?」

 

「ある人が欲しがった物って、その人だけが欲しがるってことは少ないんじゃないかな?もしかしたら、気づいてないだけで他の人にとっても有益な物だったりするだろうし……なら、誰かが欲しがった物を商品として生み出すのも有りなのかなって」

 

「……つまり、商品を一から開発するってことか?リスクとかの前に、そもそもそんな市場があるか?」

 

「たとえば、旅をする人たち向けの物とかは まだまだ開発の余地はあると思うんだけど……自分で仕入れしてるコオルも 何か思い当たったりしない?」

 

 そう僕が聞くと、コオル腕を組んで「うーん」とうなった

 

「あるにはあるけどさ……一から何か作るってのは時間も労力も、金だってかかるぜ?大丈夫なのか?」

 

「そのあたりは、ある程度はどうにでもなるから心配ないよ」

 

 時間も労力も、『離れ』と『モンスター小屋』を建て終えてから 持て余してしまっている部分が多い。それに、お金だっていつの間にか結構な額が貯まっていたので大丈夫だと思う

 

 

「わかった。オレがやれることは限られるけど 協力するぜ」

 

「ありがとう! それじゃあ早速、最近の傾向についてなんだけど……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

***王宮受付***

 

 

 また別のある日のこと。『王宮受付』に依頼品の納品と 新しい依頼を受けに来たんだけど……

 

「はあぁー……」

 

「こんにちは、エスティさん。……どうしたんですか?元気が無いですけど…」

 

「あぁ、マイス君。その…ちょっとね」

 

 力無く手をヒラヒラさせて挨拶に応えたエスティさんだったけど、やっぱり元気が無かった。本当にどうしたんだろう……?

 

「その様子だと、マイス君はまだロロナちゃんに会ってないのね」

 

「えっ、そうですけど……!?ロロナに何かあったんですか!!」

 

 カウンターの向こう側にいるエスティさんに詰め寄ると、エスティさんはギョッとした顔をして驚いていた

 

「ちょっ!?お、落ち着いて!落ち着きなさいってば!!」

 

「あっ、う…ご、ごめんなさい……」

 

 つい焦ってしまい、エスティさんに叱られてしまった

 だけど、ロロナにいったい何が…

 

「実はね……」

 

 

――――――

 

 

 エスティさんが教えてくれた話はこうだ

 

 ロロナを助けてあげたいと思っていたクーデリアが、内容に対して不釣り合いな高額報酬の依頼を、自分の名前を隠し ロロナ名指しでエスティさんにお願いしていたそうだ

 当然、ロロナは「こんなに受け取れない」って言っていたけど、エスティさんが「ちゃんと達成した依頼の報酬なんだから」と受け取らせていたらしい

 

 正式に出された依頼だから、困ってる人がいるから出てるんだ…と考えるロロナは その高額依頼をこなしていくわけだが、不当な高額報酬を受け取っているロロナは 周りからあまり良い視線を向けられなかった。そして、ロロナ自身もそれを感じ取っていたそうだ

 

 ある日、ロロナがエスティさんに問い詰めたらしい「あの依頼を出した人をしってるんですか」って

 そして……

 

 

――――――

 

 

「その後は ロロナとクーデリアがケンカをしたってことを聞いて、実際 次に会った時にはロロナがすっごく落ち込んでいた、と」

 

「そうなの。そのあたりは詳しくは知らないんだけど……はぁ、私がよかれと思って話したことが こんなことになっちゃうなんて…」

 

「でも、ずっと隠し続けるのは難しいことだと思いますし、遅かれ早かれ きっとロロナも知ることになったと思います。…それよりも今は、ロロナとクーデリアが仲直りできるかどうかですね」

 

 そのケンカのことも知らないし、まだ ふたりに合ってもいないから何とも言えないけど、 やっぱり仲直りしてほしいとは思う 

 でも、僕にできることはあるんだろうか?

 

「……とりあえず、後でアトリエの様子を見に行ってきますね」

 

「うん、よろしくね。私もふたりに会った時に なんとかできないか探ってみるから」

 

 



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クーデリア「お人好しなあいつ」






※2019年工事内容※
 途中…………


 どうしてこんなことになってしまったんだろう

 

 

 私はロロナとケンカをしてしまった

 きっかけは、私がよかれと思って出していた依頼。アトリエ運営のためには必要不可欠なお金が、ロロナの手に渡って 助けになってくれれば……だけどロロナは「気持ちは嬉しいけど、こんなやり方は良くない」って…

 

 話の引き合いに 私がポケットから出したのは 宝石のように輝く青緑色の石、以前 「調合でたまたま出来たんだぁ」と言ってロロナがプレゼントをしてくれたものだ

 なんで厚意に対して厚意を返してはいけないのか。プレゼントや日ごろの想いを 返してあげてはいけないのか……

 

 そして偶然にも その時、私の手の上にあった青緑色の石が真っ二つに割れてしまった

 

 

 それからのことは あんまり憶えてない。気がつくと 家の自分の部屋にいた

 でも、私の手の中にある 割れてしまった青緑色の石がロロナとのケンカが現実だとものがたっていた……

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 あれから数日たった 今、私はロロナのアトリエの外で 隠れるようにして様子を見ていた

 

「それじゃ、行ってきます。はぁ…」

 

 そう言いながらアトリエから出てきたのはロロナ。こころなしか背中が曲がっていて、足取りも重そうな気がする

 

 声をかけたい気持ちもある。けど、かけたくない気持ちも同じくらいある。……こういう時 どうすればいいのか、どう謝るのがいいのか…全くわからない

 

 

 

「おい、もう入ってきて大丈夫だぞ」

 

 いきなり耳に飛び込んできた声に 私はビクリと驚いてしまう。…正直、逃げ出したくも思ったけど、私は声の主に用があったので おとなしくアトリエに入ることにした

 

 

――――――

***ロロナのアトリエ***

 

 

 アトリエで私を出迎えたのは、いちおうロロナの師匠のアストリッド・ゼクセスだった

 

「……いつから気づいてたのよ?」

 

「昨日の夜から。 ロロナの寝顔を覗きこもうと窓にへばりついていただろう?」

 

「そんなことするわけないでしょ!あんたじゃあるまいし!二、三時間前よ、あたしが来たのは!」

 

「ほぅ、そんな前からいたのか」

 

「うっ…!」

 

 つい 勢いで口から出てしまった言葉に アストリッドがニヤニヤ笑いながらこっちを見てきた

 

「いやはや、あんなにわがままだったくーちゃんがそんなに辛抱強くなったものだ。いったいどんな心境の変化があったのやら」

 

「余計なお世話よ!あと、くーちゃんって言うな!」

 

 ああっもう!こいつはいつもこうなんだ。人を小馬鹿にしたような態度で……いけないいけない、こいつのペースに飲まれたらだめじゃない!ちゃんと目的を思い出すのよ!!

 

 

 

「…今日はあんたに、仕事を頼みにきたの」

 

「ロロナではなく私をご指名か。いったい何をご所望かな?」

 

「これを、直してほしいの。あんたなら直せるでしょ?ね?」

 

「……前にロロナが作った石か」

 

 あたしが差し出した手の上の物を見て アストリッドがそう言った

 そう、あの時割れてしまった石。ロロナからのプレゼントを元通りにしておかないと、あたしは前にはすすめそうにはなかった

 

「見事に真っ二つだな。まるで 誰かさん達の友情を表しているようじゃないか」

 

「あんたねぇ!言っていいことと悪いことが…!!」

 

 あたしが声を荒げるが、アストリッドは両手を前に出し「まあまあ」とあたしを制止する

 

「少し冗談が過ぎたな。だが、怒鳴る元気がある分、うちの馬鹿弟子よりはマシなようだ」

 

「…そんなに元気ないんだ ロロナ…」

 

 さっき、アトリエから出ていったロロナを見た時にも少なからず感じ取れたけど、こいつもこう言っているのだから よっぽど元気なないんだろう…

 

 

 

「でだ、結論から先に言わせてもらうが、これは直せんな」

 

 唐突にアストリッドから告げられたことに、あたしの頭は一瞬真っ白になった 

 

「……は?な、なんでよ!お金ならちゃんと払うわよ?」

 

「銭金の問題ではない。この物質を完全に結合する方法は存在しないんだ。 無理矢理くっつけても、傷やヒビは残ってしまうだろうな」

 

 アストリッド曰く、あの石はロロナの調合で偶然出来たもので、この世に二つと無い物質らしい。前例も無く、誰も知らない物質…だから何もわかっておらず、元通りに直す手段なんてもってのほかだそうだ

 

「な…何よ何よ!いつも私は天才だーなんて威張り散らしてるくせに! 肝心な時で役に立たないで…それじゃ、どうしたら…」

 

「こらこら、泣くんじゃない。そんな顔をされては、くーちゃんが可愛く思えてしまうじゃないか」

 

「泣いてない!あと、くーちゃんて言うな!ぐずっ…」

 

 そう言って突っぱねるけど、自分の目から熱いものがこぼれ出してきていた。口で強がりを必死に吐いても、こぼれ出てくるものは止まりそうになかった

 

 

 

「…もういい、あんたなんかに頼ったあたしが馬鹿だったわ」

 

 アトリエを出ようとドアへと足を向けようとした背中に 声をかけられた

 

「待て待て。直すのは無理だが 全く考えがないわけでもない」

 

「…何よ。早く言いなさいよ。一応聞くだけ聞いてあげるから」

 

 そう言って振り返ると、これまで見せていたニヤニヤした笑みとは別の笑みをうかべたアストリッドがいた…………なんだか似合わないくらい優しい顔だった

 

「いつものクーデリア嬢らしさが戻ってきたな。まあ、なんだ。いささか少女趣味なアイデアで、気恥ずかしくもあるのだが…」

 

 

――――――

 

 

「……つまり、この二つに割れた石を使ったペンダントを 二つ作るのね」

 

「ああ。割れた面を隠すように作れば 見た目に問題は無いだろう。それに、わかれた二つをペアにして二人でそれぞれ身に着けるというのは 良いだろう?」

 

 ペアのペンダント、たしかに、すごく素敵だと思う…。でも、手作りでなんて……

 

 

「ペンダント作りの教えを乞うのであれば、ここの隣の『男の武具屋』のハゲル氏あたりでも良いのだが……」

 

コンコンコンッ

 

 アストリッドが何やら考えている時に、アトリエの玄関がノックされた

 最初はロロナが帰ってきたのかのと驚き慌てたんだけど、よくよく考えると ロロナがノックをするはずはない。となると、思い当たるのは……

 

 あたしが思い当たる前に、アストリッドが声を出した

 

「入れっ!」

 

 

 ガチャリと扉を開いて入ってきたのは……

 

「こんにちは、アストリッドさん。ロロナは出かけてるんですか?…って、あれ?クーデリア?」

 

「あら?マイスじゃない。どうしてここに?」

 

「これ。ロロナにおすそわけのアップルパイを…」

 

 マイスがカゴから『アップルパイ』を取り出したんだけど……それをアストリッドが素早く取り上げた

 

「アストリッドさん!?ちゃんとアストリッドさんとホムちゃんの分もありますから、そんなふうにとらなくても大丈夫ですよ!!」

 

「ならそれも私が預かってやろう。大丈夫だ、しっかりと二人にわたすぞ」

 

 そう言ってマイスのカゴから勝手に漁って『パイ』を取り出したアストリッド。マイスもされるがままだった

 

 

 

「というわけで、クーデリア嬢のことはまかせたぞ!」

 

「「えっ」」

 

 あたしとマイスの声が重なった。そして、お互いの顔を見た後に 二人そろってアストリッドのほうを見た

 

 

「ちょ、どういうことよ!」

 

「マイスにペンダントの作り方を教えてもらうといい。ハゲル氏のところでは買い物に来たロロナとばったり会ってしまうかもしれんだろう?」

 

「それはマイスのところでも同じでしょう?」

 

 ロロナが マイスが育ててるものの中から錬金術に使うものを貰いに行ったりしていることを あたしは知っているのだ

 だけど、アストリッドは首を振って否定してきた

 

「あの家にいるウォルフ、あいつに外に出てもらっておいて ロロナが来たら鳴くなり何なりしてもらえばいいだろう?部屋も複数あるし『離れ』もある、隠れる場所が十分あるじゃないか」

 

「な、なるほど…」

 

 

「じゃあ よろしく頼むぞ、マイス」

 

「えっと、それで結局何もわかってないんだけど……まぁ いっか!」

 

 マイスは一人取り残されていたんだけど、困った顔をしたのは一瞬だけで すぐにいつもの笑顔になった

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

***マイスの家・作業場***

 

 

 

「で、なんでこうなったのよ…」

 

「えっ?どうかした?」

 

 『炉』のそばの台にむかっているあたしの呟きに 首をかしげて心配そうに聞いてくるマイス。けど、今回はそれがやけにあたしをイライラさせた

 

 

「どうかしたも何も! なんであたしは こんな腕輪ばっかり作らされてるのよ!!あたしが作りたいのはペンダントなの!」

 

「それは装飾品作りの基本は その腕輪作りだからだよ。ほら、ドンドン作っていかないと!」

 

「あーもう!やればいいんでしょ!やれば!!」

 

「あっ、そこはもっと繊細に加工しないと見栄えが悪くなるよ!もっと 装飾を入れる時は……」

 

 時折 マイスに指導を受けながらもどんどん『腕輪』を作っていく。そして……

 

 

――――――

 

 

「ふぅー終わったー!やっと素材分 全部作ったわー!!」

 

「それじゃあ次は こっちの素材で『指輪』作りを…」

 

 そう言ってマイスが『鉱石』と『宝石』がゴロゴロ入った木箱を あたしのそばに置いた

 

 

「はぁ!?……もう…休ませて……」

 

「えっと…なら手を洗って いつもの部屋のソファーで休んでて。僕は晩ご飯を作ってくるから」

 

 言われて気がついたけど、窓の外は もう暗くなっていて星が輝きだしていた

 

 

「……もしかして、これ、泊まり込みなの…?」

 

 これから、あたしの長く険しい装飾品作りの修行が続くと思うと、気が滅入ってしまった

 

 

――――――

―翌日―

 

「……おかしい」

 

「えっ?どうかした?」

 

 『炉』のそばの台にむかっているあたしの呟きに 首をかしげて心配そうに聞いてくるマイス。……て、こんな状況が昨日もあった気がする

 

 

「『指輪』を20個くらい半日かけて作り終えて、やっと『ペンダント』作りを教えてもらったら、何の失敗も無く ものの数分で二つ作れてしまってた……絶対おかしいでしょ…」

 

「言ったよね?『腕輪』は装飾品作りの基本って」

 

「それだけで こうもあっさりできるものなのかしら…?」

 

 上手くいって嬉しいはずなのに、なんだかしっくりこない……

 

「あとは、クーデリアが 今 作った『シルバーペンダント』、それをベースに使って石をはめ込んでいく加工をしていけばいいんだよ」

 

「わかったわ。…それじゃ 最後の最後、しっかり締めていくわよ!」

 

 

――――――

 

 

 結局、失敗すること無く完成した 青緑色の石をはめ込んだペンダントは、金属の装飾の部分にちょっとぎこちなさが見えるものの 中々の出来栄えだった

 ただ、二つとも完成した時には また日が沈みはじめていて、今日もあたしはマイスの家の『離れ』に寝泊まりすることとなった

 

 

 そして、今は晩ご飯。今朝採れたであろう野菜が入った『シチュー』と『デニッシュ』が主なメニューだった

 

「ねぇ、マイス」

 

 ソファーに座るあたしの、テーブルを挟んで反対側のイスに座って『シチュー』を食べてるマイスに話しかけてみた。マイスはスプーンを持つ手を止めて「どうかした?」とこたえてきた

 

「ごめんなさい、結局 たいした説明も無しに あたしの『ペンダント』作りを手伝わせちゃって……」

 

「ううん、いいよ。僕も時間に追われてるわけじゃないから余裕はあるし。それに…」

 

 マイスはニッコリと笑いながら言葉を続けてきた

 

「今みたいな感じで ロロナともお話ししてくれるようになれたら、僕としては嬉しいからね。……ロロナは「くーちゃんに謝りたい」って言ってたよ」

 

「……別に、あのこが謝る必要なんてないわよ…」

 

 そうだ、あたしが出した あの依頼を受けたロロナが、周りからどういう目で見られるかなんてことを一度も考えずにいた あたしが悪かった、それが今ではよくわかっているつもりだ

 

 

「きっとロロナも、クーデリアと同じなんだと思う」

 

「えっ…?」

 

「相手が自分のことを考えてくれてる気持ちはわかる、でも、自分にも考えが…想う気持ちがあるってことを伝えたかった。……結果、相手の想いを否定してしまったままケンカ別れしてしまった。だから ちゃんと謝って、またお話ししたいって思ってるんだと思うよ」

 

そう言うとマイスは またスプーンを動かしだし『シチュー』を口に運びだした。つられて私も一口 口にした

 

 

 

―――――――――

 

 作ったペンダントを、ちゃんとロロナにプレゼントできるだろうか。前のように 一緒に話したり、お出かけしたり、ご飯を食べたり……そんな関係に戻れるだろうか

 

 不安もたくさんあるけど、なんだか早くロロナに会いたくなってきていた



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マイス「街の人たちと僕と」

 相変わらずサブタイトルはテキトウです






※2019年工事内容※
 途中…………


***王宮受付***

 

 

「今日持ってきた依頼品です」

 

 僕が複数の木箱に入れて分けていた納品用の品々をエスティさんに渡す。するとエスティさんは、依頼書の内容を照らし合わせながら 確認を始めた

 

「えっと、コッチがコレだから これでよし!…で、次に コレはアッチだから……」

 

「それで こっちは王宮受付への分です」

 

「あら!それももう持ってきてくれたの?ありがとうね」

 

 

 一つ一つが結構な重さがある上に 量が量だったので、依頼品の整理は僕も手伝って終えた

 

「はいっ これで全部ね、お疲れ様。 それと、新しくマイス君名指しの依頼が二つ入ってるわよ」

 

 エスティさんが渡してきた二枚の依頼書を受け取って 内容を確認する。……うん、そう問題無くこなせそうな納品依頼だ、両方受けても余裕があるくらいだろう

 

「えっと、それじゃあ この二つは受けます。…それと 他の依頼も見せてください」

 

「依頼をこなしてくれるのは こっちとしてはありがたいけど……大丈夫?『王国祭』以降マイス君名指しの依頼が随分増えて 大変じゃない?」

 

 心配そうな顔をしたエスティさんが 僕にたずねてきた

 

「大丈夫ですよ!……というか、畑を広げて 新しい作物を育ててみようかって検討しているくらいには時間に余裕があります」

 

「そうなの? かなりの数の依頼をいっぺんに受けてるから色々心配だったんだけど……私がよく知らないだけで、農業ってそういうものだったりする?」

 

「相応の体力と筋力があって、それと知識と慣れ次第で農作業の時間は ある程度は短縮されますから。あとは、このあたりの気候が比較的安定しているから 世話の手間が増えないっていうのもありますね」

 

 あと少しで ここにきてから二年になるが、嵐のような目立った荒れ模様は無く 安定した栽培を行うことができている

 おかげで コンテナにある程度の作物のストックがあったりもする。というか、その豊作過ぎストックがドンドン増えてきて、そろそろ専用の保管庫をつくることを考え始めてる

 

 

 受け取った依頼書の束から 数枚を選んでエスティさんに提出する

 

「さっきの二つと この四つを受けるのね、わかったわ。…はいっ、がんばってね!」

 

「それじゃあ、失礼しました」

 

 依頼を受ける 正式な手続きを終えて、僕は『王宮受付』をあとにした

 

 

 

 

――――――――――――

***広場***

 

 

 僕は『王宮受付』から家へと帰る際に、お店やアトリエに用があれば『職人通り』を、特に用が無ければ『広場』を 通る道を選んで帰る

 そして、今日はお店に用はなかったので『広場』を通る道を選んだ

 

 

 『職人通り』でお店を利用して帰る時は、当然 お店にいる知り合いとよく話すことになる

 

 だが、最近では『広場』を通る道を利用して帰る時に 街の人によく声をかけられるようになった。さっき エスティさんが言っていたように『王国祭』で目立ったのが要因だろう

 そんなこともあって、新しく知り合いになった人たちと挨拶を交わしたり、世間話をしたりしながら帰るのが、最近の『広場』を通る帰りの日常だ

 

 

――――――

 

 

「それじゃあ、またな マイスー!」

「またねー」

「じゃあね…マイス」

 

「気をつけて遊ぶんだよー」

 

 思い切り手を振る子、少し恥ずかしそうに控えめに手を振る子……この街にもいろんな性格の子がいる

 僕がたまたま知り合った あの三人も、一人一人全然違う性格なのだが いつも一緒に楽しそうに遊んでいる。それが 少し羨ましく思えたりする

 

 

「…意外ね。マイスがあの子たちとあんな仲が良かったなんて」

 

 よそへと遊びに行く子供三人組を見送っていた僕に、後ろからそんな声がかけられた。振り返ってみると、見知った顔がそこにはあった

 

「こんにちは!クーデリア。ロロナとは仲直りできたって?」

 

「ええ、おかげさまで」

 

 その回答は 声こそそっけない感じだったけど、クーデリアの口元が緩んでいることから 本人の喜びようが見て取れた

 

 

「クーデリアもあの子たちのこと 知ってるの?」

 

「まあ 知っているといえば知ってるけど……別にあんたみたいに親しいわけじゃなくて、一方的に知ってるだけよ」

 

 となると、どういった関係だろうか?一方的に知ってるってことは 別に友達ってわけでもないんだろう。歳もそんなに離れてはいないが 近くも無い。 あとは何かあるだろうか……

 

「親の繋がりかな? 確か あの子たちも『貴族』らしいし」

 

「正解よ。…とは言っても別にアーランドの『貴族』同士って繋がりが強いわけじゃないから、本当にたまたま あの三人の中の一人の親と わたしの親に交友があったってだけなんだけどね」

 

 『貴族』、アーランド王国にある階級らしいけど、実際はたいしたものではないらしく お金で買えるそうだ。……とは言っても、そもそも僕が あまり階級とか貴族とかいうものを知らないので、それが良いことなのかどうかすら わかっていないんだけどね…

 

「そういうあんたは 何処でどうやって知り合ったの?」

 

「えっと、話すと長くなっちゃうから端的に言うけど……この間の『王国祭』がきっかけかな」

 

「あぁ…」

 

 納得した、と言わんばかりに頷くクーデリア。でも、その顔は…なんというか呆れ半分というか……

 

 

 

「確かに 良くも悪くも目立っていたね。話しかけてくる人も増えるだろう、特に 好奇心の強い子供なんかはね」

 

 僕とクーデリアの会話に、別の声が入り込んできた

 

「あっ タントさん、お久しぶりです!」

 

「そういえば 久しぶりかな?」

 

 そこにいたのは、黒のつば広帽に黒のコートを身に着けた いつも通りの格好のタントさんだった

 

 

「今日は ちょっとキミに用があってきたんだけど……その前に、なんで そちらのお嬢さんはそんなに僕を睨むのかな…?」

 

 困ったように言うタントさんにつられて、タントさんの言うお嬢さん…クーデリアのほうへと目を向けた。 そこには不機嫌さを隠そうともしないで タントさんを睨みつけているクーデリアがいた

 

「困ったな…僕はキミに嫌われるようなことをしたおぼえは無いんだけど……もしかして」

 

「おぼえが無いも何も、ロロナにたかる悪い虫を 私が嫌わないはずがないじゃない」

 

 ビシッと指差しながら言うクーデリア。対して タントさんは首をすくめながら「やれやれ」といったように首を振った

 

「悪い虫って…随分な言われようだね。それに、僕はてっきり マイス君と二人っきりの時間を邪魔されて怒ってるのかと思ったんだけど」

 

「はぁ?なんでそんなことで怒らなきゃなんないのよ」

 

「…真顔で即答か」

 

 よくわからないけど、クーデリアとタントさんは あんまり仲が良くはないみたいだ…。というか、クーデリアが一方的に嫌っているのかな?

 そして、タントさんは 僕の方へと向きなおった

 

「残念だったね、どうやら脈なしみたいだよ」

 

「……?えっと、どういうことですか…?」

 

「こっちもこっちで そういう意識はしてなかったか……それも凄いことだと思うけど」

 

 うーん、本当に何のことだろう?

 

 

 

 

「おっと、話がそれたね。それでマイス君、キミに用があったんだけど…」

 

「なんでしょう?」

 

「近々、僕と親父で キミの農場の視察に行きたいんだけど、大丈夫かな?」

 

「はい、かまいませんよ……って」

 

 特に問題無いので すぐに答えたけど、ふと疑問が湧いてきて 口からでてきた

 

「視察?」

 

「親父?」

 

 僕の疑問と ほぼ同時にクーデリアからも疑問の声が上がった。そして それらを聞いたタントさんはといえば、軽く頷いただけだった

 

「そういえばキミたちには まだ言ってなかったっけ?僕の親父がこの国の大臣やってること」

 

「はぁ!?何それ!初耳よ!!」

 

 クーデリアが驚いているから きっとすごいことなのだろう。……でも、やっぱり『貴族』の話と同じで 僕にはいまいちピンとこなかった

 

「それじゃあ、大臣さんとタントさんがくるんですね?しっかりと用意しておきます」

 

「いや、そこまで(かしこ)まらなくてもいいから。…それに、よっぽどの大事をしない限り 別に怒られもしないよ。親父(あのひと) なんでかキミのことを随分気に入っているみたいだし」

 

「大臣さんが…?」

 

「へぇ…マイス、何か心当たりはある?」

 

 クーデリアに聞かれたけど、特には思いつかない。…あえてあげるなら いつかエスティさんが言っていた「マイス君が王宮に卸してくれてる茶葉、結構好評よ」っていう話くらいだろうか……?

 

 まあ、よくわからないけど とにかく誰かが来ることは別に問題は無い

 それに実際に大臣さんに会えばわかることだろう




 金曜日に増刊号的扱いの更新をします!なんとなくです


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マイス「何事もほどほどに」

 エイプリル・フールだからといって、なにかあるわけじゃないです







※2019年工事内容※
 途中…………


***職人通り***

 

「ふぅ、もうこんなに遅くなっちゃった」

 

 『職人通り』を歩く僕は、頭上へと目を向けた。街を照らしていた陽は ついさっき沈みきり、空には星々が輝いている

 

 

 なぜ 今日はこんな時間に街にいるのか、それには ちょっとした理由があった

 

 それは先日タントさんから聞いていた、僕の農場への視察が 午前中からあったからだ

 タントさんのお父さん…このアーランドの大臣という役職の人なんだけど、その人が 以前に『王宮受付』のそばで出会ったことがあった人だったり、用意していた昼食を 大臣さん、タントさん ともにとっても気に入ってもらえたり、色々と質問攻めにあったり……ちょっと忙しかった

 

 で、視察が全て終わってから 街での用を片付けていたら こんな時間になってしまったのだ

 

 

「あとは……『サンライズ食堂』で、この間 新しく(おろ)させてもらった野菜の評判と、次の仕入れの予定を聞いてこないと。 今日はそれで全部終わりかな?」

 

 もう一度、思い返して 自分の頭の中で確認してみる。…うん、もう他にはなかったに違いない

 それじゃあ『サンライズ食堂』に寄って、その後は そのまま家に一直線に帰ろう。暗くなっているし、それがいいだろう

 

 

 

 『サンライズ食堂』が見える位置あたりまで来た ちょうどその時、『サンライズ食堂』から出てくる人影があった

 

 最初は ただのお客さんかと思ったが、どうも様子がおかしかった

 よくわからないけど、慌てているようで、全力疾走…ってほどではないけど小走りでこちらのほうへときていた

 

 食い逃げか何かか?と思って、一度立ち止まり 警戒態勢をとった……けど

 

「あれ?エスティさん、どうしたんですか?」

 

 人影の正体が 僕もよく知るエスティさんだったので、ひとまず警戒を解いた

 

 けど、エスティさんは止まる気配は無く、走りながら

 

「ゴメン、ちょっと急いでるの!…あっ、『食堂』には今は入っちゃダメだからねー!」

 

 と言い、僕の横を通り過ぎていった

 

 

「お酒のにおいがしたけど、あんなに走っても大丈夫なのかな…?」

 

 エスティさんのことは少し心配だけど、いまさらどうしようもない

 

 それにしても「入っちゃいけない」って……『サンライズ食堂』で何かあったのだろうか?

 とは言っても 用もあるし、もし何か大変なのだとしたら イクセルさんのことが心配だ。それに僕に何か手伝えることもあるかもしれない

 

 そう考え、止めていた足を 再び『サンライズ食堂』へと動かした

 

 

 

――――――――――――

***サンライズ食堂***

 

 

 

 あくまで僕個人の感覚でだけど、夜より昼のほうが客が多い『サンライズ食堂』は いつもと違う騒がしさが…

 

「うっふっふっふっふっふ……ロロナちゃああああん!!」

 

「きゃあああ!?てぃ、ティファナさん?」

 

 騒ぎの中心になっているのは、ティファナさんとロロナのようだった。ふたりは僕がお店に入ってきたのに気がついていないようだった。…それにしても、なんだかティファナさんの様子がいつもと違うような……?

 そんなことを考えている間にも、ティファナさんがロロナに近づき、密着していって…

 

「やだちょっと、抱きつかないでくださいー!」

 

「だーめ。エスティには逃げられちゃったから、ロロナちゃんは絶対離さなーい」

 

 ここで ふとあることに思い当たった。そう エスティさんだ

 エスティさんからはお酒のにおいがしていた。そして、よくよく見ると ティファナさんの顔はほんのり赤く染まっている。 つまり、ティファナさんは酔払って人に絡むようになり、エスティさんは逃げ出し ロロナが被害を受けてる…そういうことだと思う

 

 

「そ、そんな…わひゃあ!?へ、へんなところ触らないでー!」

 

 困惑しながらも なんとか抵抗をしようとしていたロロナだったけど、ティファナさんの手がロロナの服の隙間から入り込み……

 

 ここで僕は「見ちゃいけない!」と思って顔をそらした。僕の顔は 火が出そうなくらい熱くなってしまっていた

 そして、僕が目をそらしたところで、当然 状況は変わらないわけで……

 

「ロロナちゃん やわらかーい。やっぱり若いっていいわー…」

 

「やめてー!お願いですから―!」

 

 ロロナの服の下に潜りこんだ ティファナさんの手が、ドコでナニをしているのかはわからないけど、ロロナの声が店に響いていた

 

 

 

「…おーい。店の中で変な声出さないでくれるか」

 

 ここで声をかけたのが、『サンライズ食堂』のコックのイクセルさんだった

 

 自分のことで一杯一杯だったのであろうロロナが、このお店にイクセルさんがいることを やっと思い出したようだった。そしてロロナは、半分泣きながら幼馴染のイクセルさんに救いの手を求めた

 

「イクセくん!助けて!ティファナさんが、ティファナさんがー!!」

 

「今お前を助けると被害が店全体に広がるんだ。なんとかお前一人で食い止めてくれ!」

 

「そ、そんな!?イクセくん!イクセくんってばー!」

 

 非情にも思えるけど、イクセルさんの対応は お店を背負っている人としては間違ってはいない……いや、でも やっぱり……

 

 

「うふふふふー…邪魔者は消えたわぁ。これで遠慮なく……うりうりうりー」

 

 目で見てないので どうなっているかはわからないけど ティファナさんはヒートアップしてきたみたいで、比例するようにロロナの声もあがっていく

 

「うひゃー!だ、ダメ、そんな……も、もういやー!誰か助けてー!!」

 

 

 

 ……うん、さすがにこれは なんとかしてあげないといけないだろう

 ロロナを助ける時に何か色々と見えてしまうかもしれないけど……こう、パッとやってパッと終わらせれば大丈夫だと思う…たぶん

 

「…そうだ!アレならティファナさんを止められるはず…!」

 

 

 カゴから『秘密バッグ』を取り出す

 二足歩行のネコキャラのような見た目の『秘密バッグ』の本体のファスナーを開き、バッグの中に手を入れる。すると、その中の空間は家のコンテナへと繋がっているので 目当てのものを探す

 

「あった!」

 

 目当てのものを手探りで探し当て、僕の身長とさほど変わらない大きさのものを引き抜き かまえる

 僕と、僕の取り出したものに気がついた周りのお客さんが にわかにざわめくのがわかった

 

「ちょっ!?おま…!」

 

 イクセルさんも驚いたように声をあげたけど、僕は止まらずに 手にしたもの…『ピコピコハンマー』をティファナさんに向かって叩きつけた

 

「手加減は……しますから!」

 

ピコッ!!

 

「きゃん!?」

 

 気の抜ける音と共に ティファナさんがふらりと倒れた

 

 

「ふえぇ…た、助かった……?」

 

 僕は、その場にへたり込んでしまうロロナに目をやりながらも、倒れてしまったティファナさんのほうへと 駆け寄った

 

「大丈夫なのか…?」

 

 そう僕に聞いてきたのは、さっきまで「我関せず」とカウンター越しにある調理場にいたイクセルさん

 

「ちょっと気絶して眠ってもらってるだけです。これ、痛くないけど 叩くと気絶させやすいハンマーなんですよ」

 

 そう言って僕は手に持つ『ピコピコハンマー』を軽々と持ち上げてみせた

 すると、イクセルさんは「ちょっと貸してみろ」と言ってきたので、特に断る理由も無いので 素直に渡した

 

「うわっ、なんだこれ!?こんなにデカいのにフライパンより軽いぞ」

 

 『ピコピコハンマー』をダンベルのようにヒョイヒョイ動かすイクセルさんだった

 

 

「そんなことより、ひどいよイクセくん!私のこと 助けてくれなかったっ!」

 

「つったてよ、こっちにも色々事情があったわけだしよ…結果的に助かったんだから良かったじゃねえか」

 

「助かったのは マイス君のおかげなんだけど…」

 

 いつの間にか復活したロロナがイクセルさんに非難を浴びせながら頬を膨らませ、それに対してイクセルさんは「わるいわるい」と軽く謝っていた

 

 

 

「ふたりとも。今はティファナさんのことをどうにかしないと」

 

 僕がそう言うと、ロロナとイクセルさんは一緒に頷いた

 

「確かに そうだよね」

 

「店の床で寝させるわけにはいかないし、酔払いだからといって さすがに外にほっぽりだすわけにも……」

 

「僕が抱えて ティファナさんの家まで送っていってもいいんだけど、家に鍵がかかってるだろうから…」

 

 どうしたものかと 僕を含めた三人が頭を悩ませていた……と、その時 お店のドアが開く音が聞こえた

 

 

「……そろーり」

 

「あっー!!エスティさん!」

 

「ぎくっ!?ろ、ロロナちゃん!こここ こんばんはー!って、あれ?」

 

 お店に こっそりと入ろうとしていたエスティさんが、ロロナの声に驚いたかと思えば、急に間の抜けた声を出した

 

「よかったー。ティファナ 寝ちゃったのね」

 

「よかったー、じゃないですよ!マイス君が来てくれてなかったら、すっごく大変なことになってたかもしれないのにー!」

 

「ご、ごめんね。ティファナがこんなになっちゃうの久しぶりだったから つい…」

 

 以前にも こんなふうになったことがあるなら、お酒を控えさせるなり何なりするべきだと思うけど……まあ、過ぎたことを今言うよりも…

 

 

「あの エスティさん。ティファナさんをティファナさんの家まで送っていきたいんですけど……鍵、持ってたりしませんか?」

 

「ええ、ちょうど合鍵を持ってるわよ。 それじゃあ 私もついていくわ」

 

 

 

 そう言ったエスティさんは、支払いを済ませにいった

 

 

 

―――――――――

 

***ロウとティファの雑貨店***

 

 時々エスティさんの手を借りながら 僕がティファナさんを抱え、雑貨屋さんの二階の寝室まで運んだ

 

「それじゃあ、マイス君は もう『サンライズ食堂』に戻っていいわよ。何か用があったから 私が忠告したのに行ったんでしょ?」

 

「はい。…エスティさんはどうするんですか?」

 

「私は一通り戸締りを確認してから 家に帰るわ」

 

「わかりました。あとは よろしくお願いします」

 

 そう言って僕は頭を下げて 雑貨屋さんをあとにした

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 翌日、僕の家に遊びに来たフィリーさんに エスティさんがちゃんと帰り着いたか聞いたら……

 

「えっと よくわからないけど、なんだかすごく疲れた顔して 今日の朝に帰ってきたよ…?」

 

 ……何かあったのかな?





 原作のCEROレーティングはAだから、R-15でもR-18でもないですよね!ね…?


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マイス「お見舞いといえば…?」

 中々 思うように話を膨らませられない…

 それと、評価に一言コメントという機能があることに 今日初めて気づきました







※2019年工事内容※
 途中…………


「うーん……どうしてだろう?」

 

 僕が見つめる先には、ちょっと前に 新しく拓いた畑。以前からある畑とは違い、主に 新しい作物を試験的に育てるために使っている

 植えられているものの中には『錬金術』で偶然できたものもあって、色んな種類が入り乱れている

 

 そして、今、僕が見ているのは 枯れかけの弱々しいツル。本来ならばもっとしっかりとしていて ドンドン実が大きくなっていくはずなのだが……

 

「アーランドの気候が合っていないのか…そもそもの種自体がまだ弱いのか……」

 

 畑の一角に9本のツルが生えたのに 実ができたのは2本だけ、残りの7本は 花が咲いていた場所に小さな球はできたものの成長することは無かった。しかも、できた2本も 実はそれぞれ最低限のサイズで1つだけ

 

 手にしたピンク地に網目のはった実を見る

 本来なら 僕の顔よりも大きくなるくらいなはずだが、今回できたのは手のひらと同じくらいの直径しかない……

 

「根本から見直さないといけないかな、この『オトメロン』」

 

 さて……それじゃあ この今回できた『オトメロン』はどうしようか…?

 

 

 

 

――――――――――――

***とある病室***

 

 

「……それで、何故 私のところにきたんだ?」

 

「ステルクさん、寝たきりで退屈なんじゃないかなーって思って」

 

「確かに退屈はしているが…」

 

 僕は ステルクさんの病室のベッドのそばのイスに座って話しかけている。ステルクさんは首と目をわずかにこちらに向けている

 

 

「はい、切り終えました。これが最近新しく育てはじめた『オトメロン』です」

 

「いや ちょっと待て」

 

 一口サイズに切り終え 皿に盛りつけた『オトメロン』の内の一切れを フォークを使ってステルクさんの口元に近づけたのだが、ステルクさんが制止をかけてきた

 どうかしたのだろうか?と首をかしげていると、ステルクさんはモゾモゾと体を動かし 金属の擦れる音をたてながら言ってきた

 

「『コレ』を解いてくれ。そうすれば自分の手で食べれる」

 

「ああ…でも ごめんなさい、『(くさり)』は解いちゃいけないってエスティさんに言われてるんです」

 

「そ、そうか……」

 

 そう、今 ベッドに寝ているステルクさんの身体は 怪我を覆う包帯の他に、動けないようにするために鎖で縛られているのだ

 

 

 

 何故ステルクさんが怪我をしているのか。何故鎖で縛られているのか…………まあ、これには色々と理由があるのだけど……

 

「とりあえず一口どうぞ」

 

 そう言って、もう一度一口サイズの『オトメロン』を ステルクさんの口元へと運ぶ

 

「はぁ…どうしてキミは そこまで自分の作った作物を食べさせたがるんだ」

 

 驚いた、ステルクさんから 僕はそういう認識をされていたのか。……いや まあ、ステルクさんの鍛練につき合う際に いつも色々差し入れを持って行ったりもしたけど…

 

 

「ステルクさんが ヒマがあれば剣の鍛練をしようとするのと同じだと思ってください」

 

「……そういう、ものなのか?」

 

「そうですよ、極めたものや新しいものの 他の人からの意見や感想が欲しいものなんです」

 

 「それは、まあ……わからんでもないか…」と言ったステルクさんは、難しい顔をしたままだったけど やっと『オトメロン』を口にしてくれた。そして、口にしてすぐにステルクさんの表情が変わった

 

「……美味いな。味自体は強いが口当たりは良く、むしろスッキリとした印象だ」

 

「良かったです!前の街で育てた時よりも小さくしか出来なかったから、ちょっと心配だったんですけど、ひと安心しました」

 

 もしかしたら 小さく、数も少ない代わりに、その分 凝縮されたものになったのかもしれない。もっとしっかり 調べてみる必要がありそうだ

 

 

―――――――――

 

 

「本当なら、ロロナもここで一緒に食べてみて欲しかったんだけど…」

 

「……何かあったのか?」

 

「ロロナに「一緒にお見舞い行かない?」って聞いたら、「エスティさんに、会ったらダメって言われた」って言ってました。……確かに、ドラゴンから守ってくれた人が 鎖でグルグル巻きだと、ロロナも反応に困りそうですね…」

 

「ぐぅ…!」

 

 そう、ステルクさんが怪我をした理由。僕は直接その場にいた訳ではないので詳しくは知らないが、少し前に とある採取地に現れた『ドラゴン』をロロナと討伐しに行った際、ドラゴンの不意打ちからロロナをかばって怪我を負ったそうだ

 その時のロロナは「ステルクさんが怪我したのは私のせいだー」と言って泣き止まなかったりと大変だったらしい。僕が会った時も、落ち着いたかと思えば 思い出し泣きだして、また落ち着いたかと思えば……と言った具合だった

 

「……で、ちょっと動けるようになったからって病室を抜け出して剣の鍛練して、お医者さんから鎖でベッドに縛りつけられて…。物語の騎士そのものーとか言ってた人とは思えませんね」

 

「なっ!?ななな、何故その話を知っている!?」

 

 これまでに見たこと無いほど顔を真っ赤にして狼狽えるステルクさん。でも、「その話」ってどれのことかわからないし、それにこれは…

 

「えっ?エスティさんが「マイス君からも言ってあげてー」ってメモ用紙を渡してきて……この『物語の騎士』って何のことなんですか?」

 

「忘れろ!今の話や エスティ先輩が言ったことは忘れてしまえ!!いいな!」

 

「は、はいっ!?ステルクさんがそんなに嫌がることなら、それはまぁ忘れますけど…」

 

 いきなり傷に響かないか心配なほどの大声を張り上げるステルクさん。その目つきはいつもの数倍怖かった

 

 

 ステルクさんに要求され、エスティさんから渡されたメモ用紙を ステルクさんが見える位置でビリビリに破いてみせた。そして それを丸めながら 僕は口を開く

 

「誰にも話しませんし、忘れる努力もしますけど……怪我が治って お医者さんがOKを出すまで、ちゃんと安静にしてくださいよ?そうじゃないと、ロロナがまた「私のせいでステルクさんに我慢させてるんだー!」って自分を責めちゃいますから」

 

「ムゥ……わかった」

 

 少し間を置いてだったけど、ステルクさんは頷いてくれた

 でも実際のところ、ステルクさんが剣の鍛練を我慢するのは本当に大変だろう。……僕だって「農作業をしてはいけない」なんて言われても 素直に頷けない

 

 

 

「…やっぱり、ずっとベッドの上っていうのも退屈そうだし……何か本とか欲しい物はないですか?読書のためって言えば 手だけくらいなら鎖を取ってもらえそうですし」

 

「確かに あるとありがたいが…。それよりも、キミはこういった怪我を治せる薬は作れたりはしないのか?」

 

「病気とかは専門外で無理ですけど、そういった傷を治す薬は色々ありますよ」

 

 そう僕が言うと ステルクさんが少し嬉しそうに「ならば…」を口を開いたんだけど、その続きを言わせないように 僕が先に言う

 

「だけど、使いませんよ?僕よりも凄い薬を作るアストリッドさんが治してないんですから、きっと薬よりも自然回復のほうが良いんだと思います」

 

 ステルクさんの治療を最初にしたのはアストリッドさんだということは エスティさんから聞いていた。なら、僕の出る幕なんてありはしないだろう

 しかし、ステルクさんは苦い顔をしていた

 

「あいつは昔から 人をからかうために何かをしでかす奴だから、いまいち信用が足りんというか 釈然としないというか…」

 

「さすがに人の命に関わることで そんな気は起こさないとは思うけど……」

 

 ロロナが幼い頃、ロロナの両親が流行り病で大変だった時にロロナが助けを求め 両親を治したのはアストリッドさんだったって聞いてるし、そういう真面目な時はちゃんとするのだと思う

 ……まあ、その時の料金(?)としてロロナをアトリエ住み込みの弟子にしたそうだが、そのまま何年も『錬金術』の「れ」の字も教わること無く、いいようにいじられ続けたらしいから何とも言えない…

 

 

「でも たしかに時々困ったこともするかも…」

 

「キミも何かされたのか?」

 

「ちょっと前から『ちょっと借りるぞ』って書置きと入れ替わるように 家に置いてたものが無くなったりしてて、結局返ってこないで 次のものがなくなったり……この前は依頼のために用意してたものが…」

 

「それは完全に泥棒行為じゃないか!」

 

 

 



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マイス「行く末は 未知の未来」

 今回 捏造設定等が含まれています

 そして、サブタイトルが やっぱり迷走しています






※2019年工事内容※
 途中…………


カンッ! カンッ! カンッ!

 

 僕が金槌を振り下ろすたび音が響きわたる作業場。『炉』の中には煌々とした炎が見えていて、熱気が漏れ出している

 

「ごめんね。あと、少しで終わるから」

 

 僕がそう言うと 『炉』から少し離れた位置でイスに座っている二人が言葉をかえしてきた

 

「私たちは大丈夫だから、焦らなくていいよ、マイスくん」

 

「うん。それに、マイス君が鍛冶仕事してるの見るの初めてだから、これはこれで……」

 

 イスに座っているのは、さっき遊びに来てくれたリオネラさんとフィリーさん。もちろん リオネラさんのそばには 黒猫と虎猫の喋る人形・ホロホロとアラーニャがフワフワと浮いている

 

 うーん、やっぱり見られているのは慣れないし、少し気にはなるけど……今は目の前のことを しっかりとしてしまおう

 

 

――――――

 

 

「よしっ、できた!」

 

 そう言って僕は完成した杖『シルバーロッド』を手に持った。…うん、とりあえずは問題はなさそうだ

 

「すっごくキレイ……だけど、ここまで銀一色だと『杖』っていうよりも芸術品ぽいかも…」

 

「うん、フィリーちゃんの気持ち わかるよ。なんていうか、釜をかき混ぜるのに使うのは勿体ない気がする…」

 

「でも、まっ金々(きんきん)の杖よりかはいいだろ」

「そもそも そんな杖はないでしょ」

 

 離れて様子を見ていたみんなの声が聞こえたので、『シルバーロッド』を持ってそっちへと向かう。そして、ちょっと訂正をした

 

「これは 『錬金術』のときに釜をかき混ぜるための杖として作ったわけじゃないんだ」

 

「えっ、それじゃあ 戦う時に使うの?」

 

 リオネラさんがそう聞いてきて、その隣のフィリーさんも首をかしげて こっちを見てきた

 

「戦闘に使えるには使えるけど……いうならば、実験のため、かな?」

 

「「実験?」」

 

「うん。僕の知ってる『魔法』をアーランドの人も使えるのか、っていう実験。それの第一段階なんだ」

 

「魔法って、あの?」

 

 リオネラさんが言っている「あの」っていうのは、以前、お互いに自分の秘密を話した時に 目の前で使って見せた『リターンの魔法』のことだろう。 フィリーさんのほうは、話はしたけど 実際に『魔法』を使って見せたことが無いから、簡単なイメージくらいしか思い浮かんでいないかもしれない

 

 

「前に話したように、帰還用の『リターン』以外にも 色んな属性の攻撃用魔法とか回復の魔法なんかがあるんだけど、それらの『魔法』って 『シアレンス』とかでは大抵の人が使えるものなんだ」

 

 そう、『魔法』は才能の有無はあるものの、簡単なものならほとんどの人が使えるのだ。全く使えない人もいるらしいけど、とりあえず『シアレンス』には一人もいなかった

 そして、使うのが苦手な人でも『杖』があれば ある程度は安定して使えるようになる。ただし この場合、作った『杖』の種類や、強化する際の素材によって使用できる魔法は限定されてしまうが…

 

「それで、誰でも使えるのか確かめるために 杖を作ってみたんだ」

 

「それじゃあ、私もその杖持ったら 絵本に出てくる魔法使いみたいに色々できちゃうの!?」

 

「その「色々」っていうのがよくわからないけど……とりあえず、この『シルバーロッド』なら闇属性の魔法が使える様にはなるよ」

 

 『シルバーロッド』は何も強化していない基本的な状態であれば、相手の体力を吸収する闇の球体を放つ…魔法で言うと『ダークボール』のような魔法を使える

 体力を吸収する効果がある分、球体自体の動きが遅いという欠点があったりもするので 現時点では使い道はとても限られたものだけど、アーランドの人でも使えるかどうかを確認するだけだから 気にする必要はないだろう

 

 

「ね、ねぇマイス君」

 

 フィリーさんがおずおずと呼んできたが、その目からは期待の色が見て取れるほどキラキラしていた

 

「その杖、私が使ってみたらダメ、かな…?」

 

「いいよ。っていうか、僕のほうからお願いしたいくらいだよ!」

 

「うへへ、やったー!」

 

 喜ぶフィリーさんを見ながらも、僕はチラリとリオネラさんのほうへも目を向けた

 リオネラさんは()ねて喜ぶフィリーさんを微笑(ほほえ)ましそうに見ていたけど……どこかその表情は硬さがあるように思えた

 

 

―――――――――

 

 

 僕の家は 林に囲まれた場所にある。僕が住みはじめてから 街道への道のりをわかりやすくしたり、木を切って土地を広げて 畑を作ったり『離れ』や『モンスター小屋』をつくったりしてきた

 

 そんな家の外の、畑からも少し離れていて 空いているスペースに僕らは出てきた

 

 

 『シルバーロッド』をフィリーさんに手渡しながら 僕は言う 

 

「大丈夫だとは思うんだけど、いちおう 人に向けては打たないでね?誰もいない方向に振ってくれればいいよ」

 

「もー、マイス君。そんなことは さすがにわかってるよ~」

 

 上機嫌に言うフィリーさんは 受け取った『シルバーロッド』を「ここくらい…いや、この位置のほうがいいかなぁ?」と呟きながら持つ位置をいろいろと確かめだした

 

 そして僕はフィリーさんから少し離れて、家の近くにいるリオネラさんたちのそばに行った

 

 

「んで、どうなんだ。マイスの予想では フィリーは『魔法』を使えそうなのか?」

 

 そばに来た僕に ホロホロが問いかけてきた

 

「たぶん このままだと無理かな」

 

「あら意外ね。できそうだから渡したんだと思ったんだけど…」

 

 アラーニャがそう言うが、僕からしてみれば当然のことだった

 

「ほら、ロロナが戦闘で光の玉を打ち出したりするよね。アレは『魔法』じゃなくて武器の機能の一部らしいけど、『杖』は『魔法』だけどアレに近い感覚なんだ」

 

 だからロロナのような武器での戦闘経験のある人なら、たぶん問題無く一発で『杖』での魔法使用ができると思う。……まあ、そもそも アーランドの人が『魔法』を使えない可能性はまだあるから絶対とは言えないけど

 

「だから、コツ…っていうか使う感覚を教えたりするまでは たぶん使えないんじゃないかな」

 

 

「え、えっと、マイスくん。『魔法』を使うために (おど)ったりする必要は……」

 

「えっ?」

 

 リオネラさんが不思議なことを言ったから、何事かと思ったけど……

 

「て~い!はぁぁぁ…ほーぅ!!」

 

 ちょっと目を離していた内に フィリーさんは『シルバーロッド』を持ってクルクルと 変な動きをしだしていた

 

「ちょっと、早くフィリーに ちゃんと教えてあげなさいよ…」

「見てるコッチがなんか恥ずかしくなってくるぜ」

 

 これはアラーニャとホロホロの意見に 僕も大賛成だった。リオネラさんも同じようで、すごく頷いていた

 

 

=========

 

 

 フィリーのほうへと駆け寄るマイスの背中を見ながら、リオネラはひとり思いふけっていた

 そんなリオネラに声をかけるのは そばにいるホロホロとアラーニャだった

 

「んー、お前の考えてることも大体わかるけどよ……実現できるかどうかは置いといて、オレはいいと思うぜ?誰でも『魔法』が使える世界ってのも」

 

「うん……でも…」

 

 リオネラには少し理解し辛かった

 「魔法だ」「魔女だ」と白い目で見られ虐げられてきた過去を持つリオネラは、もしマイスの使う『魔法』が世間に知れ渡っても 受け入れられるものなのかどうか不安だった。そして、「誰でも使える」なんて言っても不思議なチカラには変わりないから、マイスも虐げられてしまうのでは……と

 

「まぁ、オレたちがどうこう言ったところで、マイスのヤツが止まるとも思えねぇしな」

「そうね。それに……」

 

 ホロホロに続いて喋り出したアラーニャは ひと息置いて自身の考えを口にした

 

「…やっぱり、マイスは懐かしいんじゃないかしら?『シアレンス』のことが。帰れないってわかってても、わかってるからこそ 忘れたくないって思ってるんだと思うわ」

 

 

 

   ギュオォ……

 

「わっ!できた!!」

 

 その声と聞きなれない音に気付き リオネラがそちらを見てみると、そこには 人の顔よりも少し大きいくらいの少しモヤモヤした球体がゆっくり移動していた。 そして、そうたたずに球体は霧散してしまった

 

「リオネラちゃんっ、見てたー!?」

 

 興奮気味のフィリーが リオネラにむかって大きく手を振って猛アピールしていた。そして その近くには、フィリーにも負けず劣らずの喜びようのマイスがいた

 

「ふふっ…見てたよ、フィリーちゃん」

 

 そんな様子を見たリオネラは、色々と考えている自分が 何だかおかしく思えてきて、いつの間にか笑っていた



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ホム「モフモフしたあの子」

 フラグ回収回







※2019年工事内容※
 途中…………


 街から伸びる街道を ホムはひとり歩いています

 

 今日はマスターから休暇を貰いましたので、なー に会いに おにいちゃんの家へとむかっています。手に持つカゴには マスターから「マイス君によろしくね!」と預かっている『ベリーパイ』が入っています

 

 

 街道からそれていく 林へと続く舗装されていない小道へと入り、その道をどんどん進んでいきます

 木々に囲まれた小道を少し行くと、切り開かれた土地が見えてきて、おにいちゃんの家と その陰に半分隠れるように『離れ』と『モンスター小屋』が見えてきました

 

 小道が木々の間を抜けると 目に留まるのは、おにいちゃんが毎日のように世話をして育てている作物が育っている畑。まだ 芽だけのものや 花が咲いているもの、小さな実が()り始めているものもあります。当然、種類も様々です

 

「さて、おにいちゃんとなーは元気にしているでしょうか」

 

 

―――――――――

***マイスの家***

 

 

「「あっ……!?」」

 

 ホムが玄関の戸を開けて 家の中に入ると、あまり聞きなれない声が重なって聞こえました

 

 声のした方へと目を向けてみると、そこには ソファーに座った女性がふたり

 ひとりは見覚えがあり、マスターに会いにアトリエに来ることがあるリオネラという旅芸人、そのそばには二匹のネコの人形がフワフワ浮いています。もうひとりは誰だか知りませんが……そのふたりがこちらを見て驚いていました

 

 それにしても、なんで驚いているのでしょうか…?

 ホムは少し考え、あることを思い出しました。以前おにいちゃんが「ウチは別にいいけど、他の家にお邪魔するときは ちゃんとノックしてから入るんだよ」と言っていました

 ……でも、ここはおにいちゃんの家、なんの問題も無いはずです

 

 

「おじゃまします」

 

「「ど、どうぞー…」」

 

 何故か ソファーに座るふたりが返事をしてきましたが、気にする必要はないでしょう

 改めて ちゃんと家に入り、玄関の戸を閉めます。……お客様はいるのに、おにいちゃんは見当たりません

 

「…キッチンのほうでしょうか?」

 

 そう思い 少し覗いてみますが、キッチンにもいませんでした

 

 

 まぁ、おにいちゃんが出かけていることは(たま)にあることなので、今日もそんな日なのでしょう。気を取り直して なーと遊びましょう……

 

「……あっ」

 

 ここでホムはあることに気付きました

 

 何故かコソコソ話していたり、目が泳いでいたりする ソファーに座るふたりの膝の上

 その片方には なーが丸くなっていました。そして もう片方に座っていたのは、以前ホムが道に迷った際に アーランドの街までの道案内をしてくれた 金色の毛のあのモンスターさんでした

 

 おにいちゃんの家にいるウォルフと似た 青の布を巻いているので、何か関係があるとは思っていましたが、こうして会えるとは…

 

 

 

「あの時のモンスターさんですか?」

 

 ソファーのへと近づいてホムが訪ねると、モンスターさんは膝上から床へと飛び降り……

 

「モコ」

 

 と、言いながら頷いてきました。間違いないようです

 

「あの時はありがとうございました。おかげでホムは 無事帰宅することができました」

 

「モコ~、モコッコ」

 

 恐らく「いやあ、無事に帰れたなら良かったよ」みたいなことを言っていると ホムは判断します。前にも思いましたが、この子はちゃんとホムの言っていることがわかるみたいですね……

 

 

 ホムはあることを思いつき、自分のカゴをテーブルの上に置いて 中をあさります

 預かりものの『ベリーパイ』をテーブルに置いて……そして、ホムが以前におにいちゃんから貰った『ブラシ』を カゴから取り出します

 

 そして、もう一度 金色の毛のモンスターさんの近くまで行き、床に腰を下ろします

 …それにしても、モンスターさんは小さいです。床に座ったホムと あまり目線が変わりません……それがちょうどいいとも思えなくもないですが

 

「あの時のお礼と言ってはなんですが、ホムがブラッシングとマッサージをしてあげます」

 

「「ええっ!?」」

 

「モコッ!?」

 

 

「なぜ、そんなに驚くのですか?」

 

 それも、モンスターさん以外のふたりまで……そんなにおかしなことを言ってしまったのでしょうか?

 

「ホムが上手くできるか心配なのですか?大丈夫です。なーとおにいちゃんのお墨付きですよ」

 

「な~ぅ」

 

 ホムの言葉を肯定するように なーが鳴いてくれました。そう、ホムのブラッシングは おにいちゃんに教えてもらった後、なーを満足させるに至りました。なんの問題もありません

 

「どうぞ こちらへ」

 

 床に座ったホムの、スカート越しの膝の上をポンポンっと軽く叩きながら モンスターさんに手招きをします

 

「も、モコー…」

 

 モンスターさんは ようやくホムの膝の上に座ってくれました

 …思った以上に軽いです。このフワフワな毛で大きく見えていて、実際はもう少し小さいのかもしれません

 

 

 さて、なんとなく「嫌々」といった様子で座ったモンスターさんですが、このブラッシングが終わった時には ホムに任せて良かったと思えるほど満足してくれるに違いありません。ホムにはその自信があります

 

「では、始めます」

 

「モコッ」

 

 モンスターさんが軽く返事をして……

 

「「…………っ(どきどき」」

 

 ソファーに座るふたりは 何故かこちらジッっと見てきています……ホムにはよくわかりませんし、気にせずいきましょう

 

 

 

「……よーしよし」

 

 モンスターさんの金色の毛は、触ると 見た目通りの凄いモフモフです。しかし、よくよく見れば 毛には流れがあり、それに合わせてブラシをかければ 毛がからまることはありませんでした

 

「モコ~…」

 

 モンスターさんも いい感じにチカラが抜け、その小さな体をホムに預けてリラックスしています。この もたれかかってくる重さが、ホムには不思議な安心感を感じられます

 というか、この安心感には覚えが…

 

 これは……

 

 

「…におい?」

 

「モコ?」

 

 気づけば、無意識のうちに止めてしまった『ブラシ』を不思議に思ったのか、モンスターさんが振り返って ホムの顔を見上げてきていました

 

 

 ……それにしても、気になります

 ホムは『ブラシ』を床に置き、膝の上のモンスターさんの脇に手を入れて ホムの顔の高さまで抱え上げます…

 

「……モコ…?」

 

 抱え上げたモンスターさんが どうしたのかと振り返って見てきますが……

 

「少し、失礼します」モフッ

 

 そう言って モンスターさんを抱き締め、背中に顔をうずめます。もちろん背中もモフモフです

 

「モコモコッ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

「なにしてんだ ありゃ」

「さぁ…?」

 

「っちちち、ちょっとー!?」

 

 周りの人たちが騒がしいですが、それよりも……やっぱり このにおいは…

 ホムはモンスターさんの背中から顔を離し、モンスターさんをクルリッと反転させて 向かい合わせにし 顔を見つめます

 

 

 

 

 

「おにいちゃん?」

 

 

 

 

 

 モンスターさんも、騒がしかった周りもピタリと止まり 一気に静かになりました

 

 モンスターさんを抱き上げている手から伝わってくる 熱が少し高くなった気がしたかと思えば、わずかながら 顔に少し冷や汗らしきものが確認できるようになっていました

 

「も、モコ?」

 

「その 困った時の目のそらし方もそっくりそのままです」

 

「うっ…」

 

 ……少しプルプルと震えだしてきました。これは動揺しているサインだと ホムは判断します

 

 

「「うっ」って、「うっ」て言っちまったぞ、あいつ」

「言っちゃったわねー…」

 

「ふ、ふたりとも静かに…聞こえちゃう」

 

「あわわわわ……」

 

 

 そんな会話が続いてる中、ホムがモンスターさんの顔をジッと見つめ続けていると、やっと目があったモンスターさんが 少し困ったように笑いながら口を開きました

 

「えっと……その、どうして気づいたの?」

 

「おにいちゃんと同じにおいがしました」

 

「におっ…そんなに僕って臭いんだ……」

 

「いえ、別にそういうわけでは。あえていうなら…」

 

 

 思い出すのは、初めておにいちゃんの家にお泊まりした時のこと

 時間を気にせず なーと遊べて あの時 ホムは嬉しかったのだと思います。気づけば ホムは限界まできていて、眠気で意識はうっすらとしていて 思うように力が入りませんでした

 

 ふと、浮遊感が感じられ必死に意識を手繰り寄せようとすると、ホムが抱き抱えられていることが、うっすらとわかり、抱えてくれている人のにおいがしました

 なんだか温かくて、少しの青い草のにおいと 土のにおいがして……

 

 朝 目が覚めると、なーとウォルフと一緒に おにいちゃんのベッドに寝ていて…

 そして、わずかに聞こえてくる音を感じ、窓から外を見てみると…そこからは『ジョウロ』で水を撒くおにいちゃんが見えました

 

 

「畑のにおいです。なんというか、畑に埋められたら こんなにおいがするだろうなーという感じの」

 

「その表現の仕方はどうかと思うけど…」

 

 そうでしょうか?我ながら 上手く表現できたと思いましたが、あまり 好評ではないようです

 

 

「あの、ホムもおにいちゃんに色々と聞きたいのですが……」

 

 

 

 

――――――――――――

 

 その後、たくさんお話を聞きました

 人とモンスターの『ハーフ』であること。元いた町は別世界、とてつもなく遠い場所だということ。さきにいた ふたりはすでに知っていたということ……

 

 ですが、ホムにとっては大した問題ではありません。むしろ、おにいちゃんが なーのように可愛かったというだけのことです

 なので、おにいちゃんとも これまで通りで大丈夫だと話しました

 

 

 

ただ、おにいちゃんとホムとの共通意見で、グランドマスターには極力『ハーフ』であることは隠すべきだ ということになりました

 

「もう すでに知られていても驚きはしないけどね……ハハハハハ」

 

 と、おにいちゃんがもらしていましたが……グランドマスターならありえそうです…



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マイス「小さな変化」






※2019年工事内容※
 途中…………


***王宮受付***

 

 僕が普段から活用している『王宮受付』。街の人たちの要望等を一纏(ひとまと)めにし、依頼として出している場所だ

 もちろん、僕以外の人たちも この依頼をこなしている。アトリエのロロナもその中の一人だ

 

 その『王宮受付』だが、今日は少しだけ 様子が違った…

 

 

――――――

 

 

「それじゃあ、コレとコレ……あとコッチの依頼を受けるよ」

 

「分かったわ。ちょっと待っててね」

 

 そう言って 必要な処理を依頼書におこなっているのは、いつものエスティさんでは無く……

 

「はい、どうぞ。いちおう期限に余裕はあるけど…って、馬鹿真面目なあんたに言う必要はなかったわね」

 

「あははは。じゃあ その期待に応えられるようにパパッとこなしてみせるよ、()()()()()

 

「早くするからって、質を落としたらダメよ」

 

「もちろん!胸を張れる仕事をするよ!」

 

 受付のカウンター越しの会話だけど、クーデリアはいつもと変わらずビシバシ言ってくる。…まあ、こうじゃないとクーデリアらしくないんだけど

 

 

 

「うんうん。やっぱり 私が見込んだとおり。クーデリアちゃん、ここの仕事があってるんだわ」

 

 そう言うのは、隣でクーデリアの仕事っぷりを見ていたエスティさん。何やら 嬉しそうに笑って、「ウンウン」と頷いていた

 

「キチンとしてて、ビシッバシッ言えて、仕事もすぐおぼえて……ホント 助かるわー」

 

 

「…この前 手伝った時から、ずっとこうなのよ。どうにかしてくれない、マイス」

 

「どうにかって……うーん?王宮勤めの人って たくさんいるはずなんだけど…」

 

 そういえば、エスティさん以外で 受付で仕事している人を見た覚えが無い。…もしかして、受付の仕事って エスティさん一人でまわしてるのだろうか

 

 僕の言葉が聞こえたようで、エスティさんがこっちを向いて首を振ってきた

 

「なかなかいないのよ?ここの仕事をちゃんと出来る人って」

 

「それじゃあ、エスティさんは休みは無いんですか!?」

 

「いちおう一日ぐらいなら任せられる子がいるんだけど…それでも、全部こなせなくて仕事が残ったり、二日連続ではできなかったり……おかげで、ろくに休みは取れてなくて」

 

 思った以上に受付の仕事は大変なみたいだ

 ということは、それをこなせるクーデリアは 王宮からしてみれば結構重要な人材なのだろう……その前に、他の王宮勤めの人たちを基礎から鍛える必要があるのでは…

 

 

 と、そんなことを考えていると、いつの間にかクーデリアがエスティさんをジトーっと睨んでいた

 

「言っとくけど、前 話してたような理由であたしに仕事を押し付けようっていうならお断りよ」

 

「えー、そんなぁ……ダメ?」

 

「当り前よ!」

 

 ……?一体、なんのことだろう?

 

「あの、前 話した理由って…?」

 

「受付の仕事が忙しすぎて、私、このままじゃロクに出会いが無いまま行き遅れちゃいそうだなーって」

 

「つまり、あたしに その行き遅れる仕事を押し付けようとしてるわけ」

 

 困ったように言うエスティさんに対し、クーデリアは呆れたようにため息を吐く

 行き遅れ……つまり、結婚ができずにいるって意味だろう。エスティさんは そういうことを気にしないといけない歳なんだなぁ…

 

「でも 受付って、依頼する人に受ける人、それに王宮勤めの人もここを必ず通るから、 アーランドの街の中でも人との出会い自体は多いはずじゃあ」

 

「確かに、それもそうよね…」

 

 (いぶか)しげにエスティさんを見るクーデリア。僕も「どうしてですか」と疑問の目をむけてみる

 

「だ、だから そもそも忙しすぎるのよ!」

 

 本当にそれだけなのだろうか?だって、『王国祭』前とかの忙しい時期以外は結構ヒマそうにしていて、僕が 暇潰しの話し相手を何度かしたこともあるくらいだ

 時期によって左右される、忙しさが極端な職場……だとしても、ヒマな時期にいくらでも…

 

 

 まあ、いいか。僕がここで色々考えても 結局はエスティさん次第なんだから

 

 

 

 

――――――――――――

***広場***

 

 『王宮受付』から出た僕は、家へと帰るために街を歩いていたんだけど…

 

「『広場』にあの人だかり……もしかして」

 

 少し早足になりながらも、僕はその人だかりへと近づいていった。そして、予想が当たった

 

 人だかりの中心には 一人とふたり。それらが踊るように動きながら役を演じ、観る人を()きつける

 そう、リオネラさん、そしてホロホロとアラーニャによる人形劇だ

 

「まだ始まってあんまり経ってないみたいだし、今からでも遅くないよね」

 

 人だかりの隙間から見える位置を探し当て、そこからリオネラさんたちの劇を観ることにした

 

 

――――――

 

 

「彼女の劇を観に来てたのかい?」

 

 そう小声で声をかけられたのは、劇が終わった ちょうどその時だった

 僕は声のした方へと振り返った

 

「あっ、タントさん。タントさんも観てたんですか?」

 

「うん、ちょっと前からね。本当はその時にキミに声をかけようかとも思ったんだけど、ずいぶんと劇に熱中してたみたいだったから。邪魔しちゃ悪いと思ってね」

 

「すみません、気をつかってもらって…」

 

 「まあいいさ」と返すタントさんは、いつも通りの格好で……って、あれ?

 

 

「その真新しい楽器って、ロロナからのプレゼントだったりしますか?」

 

 僕がそう言うと タントさんは驚いたようで、少し目を見開き 口もポカンと開いた

 

「おや?どうしてそのことを…作ってるのでも見た?それともロロナから聞いてたのかな?」

 

「いえ、なんとなく『錬金術』で作ったものって感じがして……アストリッドさんが作るとは思えないし。だったらロロナかなーって」

 

「へぇ…『錬金術』で作ったものは 見る人が見ればわかるものなんだ」

 

 驚き半分 感心半分といった様子で頷くタントさん

 ……だけど、なんとなくそんな感じがした…つまり第六感的なものだから 絶対わかるわけでもないし、他にもわかる人がいるかどうかもわからないのだが…

 

「この楽器は… 話せば長くなるんだけど、ついこの間 僕がロロナに頼んで作ってもらったんだ。ちょっとしたケジメにね」

 

「ケジメ…ですか」

 

 タントさんの表情は、普段はあまり見かけない真面目さと寂しさ そして少しの嬉しさが混ざったような複雑なものだったが……その雰囲気から タントさんが何かを決心したのだろうと感じ取れた

 

 

「っとまあ この事は結構前の話なんだけどね。うちの親父とキミの農場を視察に行く そのちょっと前くらいかな?」

 

「それって 本当にかなり前の話ですね…」

 

 時間にして3,4カ月くらいだろうか?でも、それくらい前に貰ったものなのに 余りにもキレイ過ぎる。よっぽど大事にしているか、数えるほどしか使っていないか……その両方か

 

 

 

 そんな話をしていた僕たちに、誰かが駆け寄ってくるのが視界端に見えた

 

「あっ マイスくん、観に来てくれてたの…」

 

「うん、途中からだけどね」

 

「そうだっ…えぅ!?」

 

 駆け寄ってきたリオネラさんが、僕と話していたタントさんの顔を見て 驚いたような、困ったような…そんな顔をした

 

「タントさん……いったい何をしたんですか?」

 

「いや、別に怖がられることは何もしてないから!……というか、キミって そういう怖い顔も出来るんだね(ボソッ」

 

 タントさんは 何やら最後に小声で言っているけど、ウソを言っているようには見えなかった。でも、リオネラさんがあんな反応するのには何か理由があるはずなんだけど…

 

 

 

「まぁ、なんにせよ 二人の邪魔をしたらいけないから、僕はここで退散するよ」

 

 いつもの調子に戻ったタントさんがそう言った ちょうどその時、僕はタントさんの後ろから近づいてくる人影に気がついた

 

「あぁ……確かにちょうどいいと思います」

 

「…………!(ウンウン」

 

 リオネラさんもソレに気がついたようで、僕の言葉に同意するように頷いていた

 

「……?仲が良いみたいでなによりだけど…?」

 

 そんな僕らの反応を不思議に思ったのか、少し首をかしげるタントさん……の肩を 後ろから叩く手が…

 

「ん?なん……っ!?」

 

「毎度毎度、チョロチョロと逃げ出しおって……!」

 

 タントさんの後ろにいるのは、彼の父親であり この『アーランド王国』の大臣であるメリオダス大臣さんだった

 青筋を浮かべたその顔は まさに「憤怒」といったところで、声も腹の奥から絞り出したような怒声……怒られてる本人じゃないのに 僕も怖く感じた

 

「今日という今日は許さんぞ!!」

 

「ちょ…っ!こんな街中でそんな大声あげたら…!」

 

「大声をあげさせてるのは、誰だと思っている!!」

 

 

ワーワー ギャーギャー

 

 

 騒がしく去っていく二人を見ながら、僕は隣にいるリオネラさんたちに言った

 

「ケンカするほど仲が良い……のかな?」

 

「いや、それは違うんじゃないかしら?」

「どう見ても ただのケンカだろ」

 

 さっきまで黙っていたアラーニャとホロホロが返答してくれた。が、リオネラさんの反応は無かった

 

 リオネラさんのほうへ目を向けてみると、タントさんとメリオダス大臣さんの後ろ姿をジッと見つめていた

 

「…リオネラさん?」

 

「あっ!?ううん、なんでもないの」

 

 僕の声に反応して 僕の方に顔を向けてそう言ったが、またタントさんたちを見て口を開いた

 

「……もう、大丈夫。マイスくんやロロナちゃん、フィリーちゃんが「怖くない」って言ってくれたから」

 

 …なんとなく リオネラさんの持つ『力』のことだとわかったけど……でも、それが何でタントさんと関係があるのだろう?

 

 

 僕は気になって リオネラさんに問いかけようとした。…けど、リオネラさんが 再び僕の方に向けてきた顔が とってもいい笑顔だったから「…聞く必要も無いか」と思い、なんとなく僕も笑顔を返した



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マイス「ロロナとステルクさんと」






※2019年工事内容※
 途中…………


 ロロナことロロライナ・フリクセル。アーランドの街でアトリエを経営する錬金術士で、錬金術で作成したアイテムの納品等の依頼をこなしたりしている

 

 その錬金術の素材を得るために 街の外の採取地へと行くことがあるのだけど、その際に護衛として 誰かに一緒についてきてもらうのが大抵だ

 もちろん、僕もロロナの採取につき合ったことも何度もある。ただ僕の場合、畑の都合で 遠くの採取地までは付いて行くことはあまりできなかったりする

 

 

――――――――――――

***旅人の街道***

 

 

 そして、今日、僕はロロナの採取に同行しているんだけど…

 

 

「ステルクさん、今日はあんまり無理しないでくださいね。怪我治ったばかりですし」

 

 そうロロナが言う相手は、ごく最近 退院したばかりのステルクさん

 僕は 何度も彼の病室に足を運んでいたから、ステルクさんの身体が快復し、腕の(なま)りはあるものの すこぶる調子がいいのは知っている。だけどロロナは やっぱり心配なようだ

 

 僕はといえば、並んで歩く二人の後ろをついていっている。うーん……ロロナたち、僕の事をすっかり忘れてる気がする…

 

 

「いや、大丈夫だ。手伝う以上は 全力で仕事にあたらせてもらう」

 

「ダメですって。今日はずっと私の後ろにいてください。いいですね」

 

「それでは本末転倒だ。私はキミを護るために同行しているんだぞ」

 

 うん、二人が言っていることはわかる

 けど、街を出発してから、そして採取地近くに着いても ずっとこの調子で、時々立ち止まって言い合うものだから なかなか前に進まず 予定よりも遅くなってしまってるのはよろしくない

 

 

「そんなこと言って、また 怪我しちゃったら大変じゃないですか!とにかく今日はダメです!」

 

「なら、最初から声をかけなければいいだろう。そっちから誘っておいて 後ろに控えていろなど理不尽極まりない」

 

 ステルクさんが怪我を負った出来事である ドラゴン討伐の時の事を思い出しているのだろうロロナが 少し声を強くして言うけど、ステルクさんも「それじゃあ」と引き下がるわけもなく、こちらも少しずつ声色が強くなってきた

 

 

「そ、それは……いいじゃないですか!誘いたかったんですから!でも 戦うのはダメです!!」

 

 言い争いは言い争い、ケンカみたいなものだ……でも、二人とも言い争いをしてるはずなんだけど、何故か ギスギスしている感じはしない。どうしてだろう?

 

 声は張り上げ合いだしてるのに、なんというか…その……よそから見ていると 気迫というか怖さがほとんど感じられない気がする

 

 

「言っていることが滅茶苦茶だな。アストリッドに似てきたんじゃないか」

 

「なっ……それはあんまりです!師匠と似てるなんて!」

 

 アストリッドさんに対する ロロナの評価が非常に気になるところだけど、それ以上に僕は 畑のことが気になり出した

 大体のものは収穫してしまい、残りも 一応 ウォルフにお願いしておいたけど、モンスターのウォルフが出来ることは限られている。これ以上 変に時間をとってしまうのは あまりよろしくない

 

 もう、こうなったら……

 

 周囲にモンスターの気配が全く無いことを確認した僕は、二人に気づかれないように そっとその場から離れた

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ふぅ、このくらいでいいかな?」

 

 辺りを見渡しながら僕は呟いた

 

 ロロナとステルクさんが言い合ってる場所から離れたのは、採取地に先回りして モンスターを追い払っておこうと思ったからだ。で、あらかた追い払い終わったから確認をしてたんだけど……

 

 

「それにしても 遅いな?」

 

 先回りしたからといっても、あれはもう採取地にほど近い地点だった。そんなに時間がかかるとは思えない

 

「様子を見てこよう」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 街道脇の木の陰に隠れ、街道の様子を見ながら逆走していたんだけど…

 

 

「絶対、ぜーったい!ステルクさんは私の後ろにいてください!!」

 

「それはできない相談だ。私はキミの前に出させてもらう!」

 

 なんと、道中にモンスターと出くわしたとか 何かあったとかではなくて、ただ単に 言い合いながら歩いていて遅くなっていただけだったみたいだ。……よく飽きないものだ

 

 

「そろそろ採取地に入るぞ。私が前に出る、いいな」

 

「もう!ステルクさんの分からず屋!!本当に……って…あれ?」

 

 (ほお)を膨らませたロロナが、プイっとステルクさんから そっぽをむいたんだけど、ちょうどその時 後ろが少し見えたのだろう。一瞬 固まったかと思えば、そのまま振り向いてキョロキョロあたりを見渡して…

 

「すすす、ステルクさん!?」

 

「ハァ…、今度は何だ」

 

 ロロナの声に、振り返らずに 少し呆れ気味に返答するステルクさん

 

「もう一度言っておくが、私は後ろに控えたりは……」

 

「そうじゃなくて!!いないんですよっ!マイス君が!!」

 

「なっ、なにぃ!?」

 

 

 ……ゴメン、一言言ってもいいかな?「いまさら!?」って…

 

 

「どこかではぐれてしまったのか!?」

 

「わかんないです!ずっと、私たちの後ろをついてきてたはずなんですけど」

 

 

 

 慌てだす二人を遠目で見ていたけど、引き返して探そうとしだしそうになったから、僕は木の陰から出ることにした

 

「二人とも、僕はここにいますよ」

 

 そう言って 僕が顔を出すと、二人そろってバッっとコッチを向いてきた

 

「マイス君!なんでそんなところにいるの!?」

 

「いったい何処へ行っていたんだ!」

 

 

「二人が「どっちが前にでるか」で言い争ってたんで、争う理由を無くしに行ってました」

 

 二人のいる街道のほうへ歩み寄りながらの 僕の言葉に ステルクさんもロロナも「どういうことだ」と首をかしげてしまったので、僕は説明を付け足すことにした

 

「この採取地のモンスターはすでに僕が全部倒してしまったから 戦闘は起きませんよ、ってことです」

 

「いつの間に……じゃなくて! マイス君、ひとりで勝手にどこか行ったら危ないよ!」

 

「そうだぞ!キミとはいえ、こういったところでは 「一人で出来る」といった少しの気の緩みが危険につながるんだ!!」

 

 ロロナとステルクさんが 僕に詰め寄りながら(しか)ってきたけど、僕としても色々と思うところはあるわけで…

 

「ふたりなんて、ついさっきまで 僕がいないことに気づかないくらいお喋りに熱中していたじゃないですか」

 

「うぅ…えっと…」

 

「グッ…それは、だな…」

 

「入院中会えなくて 久しぶりに話せるのが嬉しいのかもしれませんけど、ちゃんとしてないと また入院なんてことになっちゃうかもしれないんですよ」

 

「「はい…」」

 

 

 バツが悪そうにする二人だったけど、ふいにロロナが「そっか!」と声をあげた。僕とステルクさんはいきなりのことに少し驚いていたが、ロロナはそんなの気にせずに口を開いた

 

「ゴメンね!マイス君もステルクさんとお喋りしたかったんだよね!」

 

「えっ」

 

「だって ほら、ステルクさんと病室で色々お喋りしてたってエスティさんが言ってたし……あっ、そういえば その時何のお話してたの?」

 

 いや、ちょっと待って!?何がどうして、そうなるの!?なんだか、話が全く別の方向へ飛んでいってしまったような…

 

 

「もう、どうでもいいか…」

 

「…どうかしたか?」

 

 小声でステルクさんが聞いてきたけど、答える気力もあんまりない

 

「なんというか ずっと言い合いをしてたステルクさんたちを見てたからか、二人に対しては早めにこっちから折れた方が(こと)がスムーズに進むんじゃないかって思って」

 

「……?よくわからないが…」

 

「マイス君とステルクさん、何のお話ししてたんですか?」

 

 

 今回は なんだか異常に疲れる気がするよ…




 マイス君は ほどほどに鈍感。某ドワーフの鍛冶屋さんくらい あからさまなら察するけど……ってくらいだと思っています



 でも、『ロロナのアトリエ』でのこのイベント、くーちゃんやタントさんみたいな人たちだけでなく リオネラにまで「イチャイチャしてる」って言われるくらいだから、かなりイイ感じの雰囲気なんだろうなぁ……


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マイス「何事も 計画は早めに越したことはない」

 「一、二年目よりもかなり早足に進むこととなります」なんて言っていた三年目ですが、思っていた以上の早さで 終わりへと突っ走っている現状です
 早ければ、次回にも……





※2019年工事内容※
 途中…………


「はぁ…」

 

 ソファーに力無くもたれかかって、僕は ひとつため息をついた

 

 

 別に何か大事(おおごと)があったわけじゃない。…いや、ある意味ではあった…というかなくなったというか

 

「まさか、今年は『王国祭』が無いだなんて…!」

 

 『王国祭』、アーランドで毎年年末におこなわれる大きな行事だ。だけど、詳しい事情は知らないが 何故か今年はそれがないそうだ

 ただでさえ年に一度しかないイベントなのに、それが無いとなると 個人的にやる気がなくなるというか テンションがだだ下がりなわけで…

 

「『シアレンス』にいたころは、少なくとも二週に一回は何かしらの行事があってたから 全然感じなかったけど、なんにもイベントが無いのって 何だか退屈だなぁ」

 

 もちろん、畑仕事等 やれることは色々とあるんだけど、やっぱり 何か別に楽しめることがないと なんだか面白くない

 

 

 

 せめて、何か新しく 熱中出来るような目標でも見つけられたらいいのかもしれないけど…

 

「新しいものを作る……新しいものを探す……うーん、何かないかなぁ」

 

 ただ考えてるだけでは何も思いつきそうになかったので、僕は立ち上がって棚に入っている日記帳の一冊を取り出してみた

 

 この『アーランド』に来てから欠かさずに書いてある日記帳。新しい年になるたびに新しいものに変えていっているので、今は三冊目なのだけど、これらに何か今の状況を打開できるヒントでもないか と探してみることにしたのだ

 

 

―――――――――

 

 

「そういえば このころから『雲綿花』の栽培に挑戦してみたんだっけ」

 

 日記を見返していると、色々とこれまでのことが思い出された。農業をはじめ、鍛冶や薬の調合、料理、建築…そして『錬金術』。いろんなことをしてきたなぁ…

 

 

 そんなことを考えながらページをめくっていると、とある日付の内容に目がとまった

 

「あっ…あれからもう一年以上たったのか」

 

 その内容は ある人が家に来た話

 陽が沈みきった夜中の来客。たくさん食べる人で、荒々しくて大雑把な感じだけど 僕の悩みを聞いて答えへと導いてくれた人との出会い

 

「ギゼラさん、元気にしてるかな?……いや、あの人が元気が無い姿なんて想像できないけど」

 

 ふと 思いついたことがあった

 

「確か、ギゼラさんの家があるのって『アーランド』のずっと南のほうの『アランヤ村』ってところで…いつか見た地図だと 海岸線にある村だったよね」

 

 『アーランド』も内陸部にあるし『シアレンス』も海から離れていたから 海に馴染みがなくて、ちょっと見てみたい気がする……それに

 

「やっぱり、海岸線沿いだと自生してる植物とか 育てられてる作物なんかも違うのかな?」

 

 そのあたりは凄く気になるし、もし違うのであれば『アーランド』周辺には無い 作物の種があるかもしれない

 うん!いいかもしれない!!

 

 

「よし!旅行に行こう!」

 

 そうと決まれば 計画をたてて準備をしないと!

 

 まずは旅行期間だけど、ここから『アランヤ村』までの道のりは詳しくは知らないけど、距離的には二週間ちょっとでつくかな?

 帰りは『リターン』の魔法で一瞬だから滞在期間を考えて……一か月くらいの旅行になりそうかな

 

 だとすると、そのくらい家を空けるわけだから 問題になるのは、畑と なーとウォルフのことだ

 畑のほうは、今ある分を全部収穫した後 畑を休ませておけばいいだろう

 なーとウォルフは、お利口だから ちゃんと日にち分のゴハンを用意してれば大丈夫だ。それに いざとなればホムちゃんに頼み込んでみるのも有りだ

 

 

 そんなことを考えながら、カレンダーを見て 予定を立てていたんだけど…

 

「あれ……?」

 

 畑の作物の成長のことを思い返しながら、もう一度 カレンダーを見て考える

 

「もしかして、来年にならないと行けそうにない?」

 

 うん、やっぱりそうだ。いや 別に急ぐ必要はないからいいんだけど……でも、なんだかなぁ…

 

 

「あっ、長期間 家を空けるんだったら『王宮受付』のエスティさんに言っておいたほうがいいかな?」

 

 最近は 僕を名指しした依頼もあったりするわけだし、そのあたりのことをどうするか 相談するべきだと思う

 まだ先のことになりそうだけど、早めであるにこしたことはないよね

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

***王宮受付***

 

 

「…それで、来年の年始めくらいに ちょっと家を空けようと思ってるんですけど」

 

 少し旅行に行こうと思っていることをエスティさんに話してみたんだけど、エスティさんは何やら唸っていた

 

「う~ん……」

 

「あの…ダメなんでしょうか?」

 

「あっ、いや、いいのよ!?マイス君名指しの依頼がきても 依頼主にこっちから伝えれば問題ないし、全然いいんだけど…」

 

 慌てて否定したエスティさんだったけど、その後すぐに 力が抜けたように頬杖をつきながら「はぁ…」とため息をもらしていた

 

「いやね、羨ましいって思っちゃってね…いーなー旅行なんてー」

 

「やっぱり 最近もずっと忙しいんですか?」

 

「そうねぇ、忙しい時なんかは クーデリアちゃんが手伝ってくれたりするようになったから そうでもないんだけど、丸々二日間休みとかには中々できなくて。特に仕事が無くても ここから離れたらいけなかったり…」

 

 それからエスティさんの口からは どんどん愚痴が出てきて……ちょっと聞いているのが大変だった

 

 

 

 

「って、ゴメンね。マイス君にこんな愚痴言ってもしょうがないのに私ったら…」

 

「あははは、僕は気の利いたことは言えませんから、聞いてあげることぐらいしか出来ませんけど、それでもよかったら 愚痴を吐いてくれてかまいませんよ」

 

「あらあら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」

 

 そう言って微笑むエスティさんに 僕も笑顔を返す

 

 

 と、ふと、何かを思いついたかのように「そういえば…」と口にするエスティさん

 

「その行先にいるっていう、マイス君の知り合い?…その人ってどんな人なの?」

 

「えっとですね、たまたま僕の家に 途中に迷い込んできた旅人の女性で、 少し荒っぽくて大雑把な感じですけど、明るくて 一緒にいると面白い人ですよ」

 

「女の人だったの!?……意外…なんていうか、マイス君の友好関係ってよくわからないところがあるわね」

 

「そうですか?」

 

 エスティさんが言っていることは あまりよくわからないけど……まあいいかな?

 

 

「それで、その人 なんて名前なの?」

 

「ギゼラさんって言うんですけど…」

 

「ふーん、ギゼラさんかぁ……   って!ギゼラ!?」

 

 さっきまで頬杖ついていた手をカウンターに叩きつけるようにしながら飛び上がるエスティさんに 驚きつつも、僕は疑問を投げかけた

 

「エスティさんは ギゼラさんのことを知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も、私の仕事を増やす張本人!このあいだなんかは モンスターを討伐したはいいけど近くに架かっていた橋まで落として 人や物流に影響が出て、橋の修復やその他の被害への苦情が 王宮に来たのよ!!」

 

「ああ……なんていうか、ギゼラさんなら やりそうだ…」

 

エスティさんの言い方的には 今回が初めてじゃないみたいだ。まぁあの人は 強くて豪快で…そのくらいのことならやってしまいそうだから、そこまで驚けないけど……

 

 

「あれ?となると修復の費用とか色々必要なんじゃないですか?」

 

「そうなのよ。いちおうは王宮のお金で何とかしてるんだけど。遺跡とか家とか、これまでにも色んな物を壊して 何度も被害が出てて……王宮もそんなに余裕があるわけじゃないから、いい加減 本人から請求しないといけないんだけど…」

 

 「今の今まで 何処の出身なのかも知らなかったからねぇ…」と、疲れたように言うエスティさん

 うーん、やっぱり 大きなものの修復なんかの費用となると、やっぱりかなりの高額なのだろうか。それが複数回にもなれば 王宮としても悩みの種なのかもしれない

 

 

「あの、それって今のところ どれくらいの額になってるんですか?」

 

 そう聞いてみたんだけど、エスティさんは機嫌が悪そうに「聞きたいの…?」といった様子でジロリと見てきた。そして 大きなため息をついた

 

「この前の 橋の一件だけで50万コールぐらいよ。で、それ以前にも沢山あって…」

 

 

 

 

「あっ、それじゃあ 立て替えってことで、僕が今 お金を出しますよ。それで、『アランヤ村』に旅行で行った時に ギゼラさんから回収して、いちおう僕の方から注意しときます」

 

「へっ?」

 

 僕は手元のカゴから『秘密バッグ』のうちのひとつ…お金を収納しているコンテナに繋がっている『秘密バッグ』を取り出して 中を漁る。そして、お金の詰まった袋を取り出す。

 

「えっと、1袋が10万コールになるようにしているから…ヨイショ。これで橋の一件の分で……エスティさん、他の件の金額はいくらですか?」

 

「えっ、ちょ、すストップ!ストーップ!?」

 

 カウンターにお金の入った袋を置いていっていると、エスティさんに大声で制止をかけられた。そんなに血相を変えて…いったいどうしたのだろう?

 

「マイス君…この袋が何だって?」

 

「1袋10万コール入っている袋です」

 

「…それで?そんなにポンポン出して マイス君の生活は大丈夫なの?」

 

「それは何というか……」

 

「そ、そうよねー!だから そんなに無理して出そうとしなくても―――」

 

「貯まっていく一方で、新しいコンテナを用意しないと仕舞う場所が無いくらいには有り余ってて」

 

「いい…ん……だ…」

 

「確か、今 家にある金額は…って、あれ?」

 

 

 なんだかわからないけど、エスティさんが笑顔のまま固まってしまっていた。……うーん…何だか今日のエスティさんは変だなぁ?




 橋の修復費とかの金額は適当です

 なんというか、『ロロナのアトリエ』での『お金持ちエンド』の条件が100万コールなので、「物価とか曖昧だけど、このくらいなら大金なんじゃないかなー」と思いながら考えました

 なので、特に深い意味はありません


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マイス「ロロナの集大成」






※2019年工事内容※
 途中…………


***ロロナのアトリエ***

 

 街の昼下がり。僕が用意している香茶と『アップルパイ』の匂いが アトリエにうっすらと漂っている中、ロロナが口を開いた

 

「はぁ…大丈夫かな、明日の結果発表…」

 

「マスター、いまさら不安になっても意味がありません。 なぜなら、新しく提出する品を 今から調合しようとしても間に合いませんから」

 

 ロロナの弱音に ホムちゃんがビシッと指摘する……なお もはや当然のことだけど、ホムちゃんの膝の上では なーが丸くなっていて、そのなーをホムちゃんは優しくなでている

 

 

 「でも~…」と未だに不安そうにするロロナの前のテーブルに、()れた香茶と切り分けて小皿に取り分けた『アップルパイ』を置きながら、僕はロロナに問いかけた

 

「まぁ、今回の王国依頼の結果次第で アトリエの存続が決まるんだから、緊張したりするのはわかるんだけど……そんなに難しい依頼だったの?」

 

 一瞬 首を横に振ろうとしたロロナだったけど、その動きをピタリッと止めて 難しい顔をして首をひねってうなりだした

 

「難しいというか……最後の王国依頼、『これまでの錬金術の集大成を納品する』っていうのだったんだけど、これまでと違って漠然としてたから 納品しても「本当にこれでいいのかなぁ?」て一回思ったら 中々頭から離れなくなって……」

 

「ああ…なるほど」

 

 それは もう結果発表まで悶々(もんもん)とするしかないだろう。そもそも 判定の基準がわからないわけだから、それこそ王国側の人しかわからない事だ

 

 

 

「そういえば、ロロナは結局 何を提出したの?」

 

 仮にも僕は『錬金術』を少し(かじ)っているのだ。その僕が 提出した物のことを 客観的にどう思うか考えれば、気休めではあるが 何か言ってあげられるかもしれない

 って、思ったんだけど……

 

「そ、それは…」

 

「…………。」

 

「えっ、何その反応!?いったい何を…」

 

「な~…?」

 

 ロロナは何故か言い辛そうにしてるし、ホムちゃんは そんなロロナのことをジットリと…というか呆れたような残念なものを見るかのような目を向けている。 これには僕もなーも 驚きと戸惑いが隠せない

 

「その…私は最高のものだと思ってたんだけど、後で後悔したし ほむちゃんからの反応が ちょっといまいちで……」

 

「…そうなの?」

 

 僕はホムちゃんに聞いてみたが、ホムちゃんはといえば 何とも困った顔をして 肩をすくめた

 

「ホムが あまり良い反応をしていないというのは事実ですが、それは品質の良し悪しや調合の難易度を考えてではなくて、その……ホムたちには理解が追いつかないというか…」

 

「ええぇ…それって、ちゃんとした『モノ』なんだよね?『勇気』とか『愛』とかみたいな目に見えないものじゃなくて」

 

「はい。いちおうは…」

 

 本当に何なんだ、そのロロナが提出した物っていうのは……

 

 

 

「…それじゃあ 改めて聞くけど、何を提出したの?」

 

「え、えっとね…『(きん)パイ』」

 

 ……ん? (きん)パイ?

 僕は耳を疑った。いや、疑うしかなかった

 

「…もう一回聞くけど―――」

 

「おにいちゃん、聞き直さなくても 今 想像したもので合っています。パイ生地の間に (あふ)れんばかりの金が入っているものです」

 

「うそだぁ…」

 

 ホムちゃんに言われたけど、信じられない……いや、『金』は食べることができなくはない とは聞いたことはあったけど、丸々つっこんだパイだなんて…

 

「見た目は少し成金(なりきん)っぽいですが、味自体はかなりのものです。 ですが、なんというか……」

 

「うん、もう アレだよね。「なんでパイにした」って感じだよ」

 

 僕の言葉に ホムちゃんも「ウンウン」と頷いていた

 ロロナはといえば、少し涙目になっていた

 

「私も 作ってるときは「凄い物作ってる!!」って思ってたんだけど、その、出来上がってから 凄く後悔して…」

 

「なら、何でそれを提出したの?」

 

「えうぅ…それは、こう…見た目から凄そうなもののほうが良い評価がもらえそうな気がして……」

 

 正直なところ、パイにせずに『金』のままで提出したほうが良いような気がするんだけど…

 

 今頃、審査する人は困惑してるんじゃないだろうか

 

 

「食べ物で武器を作ろうとする おにいちゃんも、たいがいだと思いますが」

 

「そうかな?」

 

 疑問に思い 首をかしげてみせたけど、「間違いありません」とホムちゃんに断言されてしまった……

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

 それは 陽が傾いてきたので『ロロナのアトリエ』から家に帰るときのこと。アトリエを出て 少しのところにある階段を降りきったあたりだった

 

「ほう、奇遇だな」

 

 そう声をかけられたので、ソッチに顔を向けてみた

 

 階段を降りて最初にあるのは、ティファナさんの雑貨屋『ロウとティファの雑貨店』なのだけど、それよりも手前に 井戸と少し開けたスペースがある

 そして、そのスペースに置かれている木箱のひとつに アストリッドさんが腰かけているのが見えた

 

「こんにちは……って、奇遇も何も こんなところでどうしたんですか?」

 

 アトリエは目と鼻の先だ。わざわざ ここでのんびりする必要はないだろう

 

「んー、それは まあ なんとなくだ」

 

「……なんだか らしくない感じですね。いつもなら もっとこう…」

 

「私はいたっていつも通りだが? ほれ、この袋に入っているのは つい先ほどキミの家から頂戴(ちょうだい)してきたものだ」

 

 腰かけている木箱の脇に置いてあった麻袋を示しながら いつものようにニタニタと笑うアストリッドさんを、僕は呆れもしたけど 少し安心もした

 

「アストリッドさんの中でも そういうことをするのが「いつもの自分」なんですね…」

 

「まあな……()ったことを怒りはしないのか」

 

「何をいまさら。第一 本当に持っていかれたくないものには 細工をしてますし…それに何だかんだ言ってアストリッドさんなら 持っていったものを最大限 何かに活かしてくれると思ってますから」

 

「…………根拠も無しに、よく言えたものだ」

 

 

 アストリッドさんは 困ったように「やれやれ」といった様子で首をすくめたが、なんというか やっぱり何か違和感を感じる気がした

 

 だけど、本人は「いつも通りだ」と言っているから、とりあえず ソレは置いといて……次に気になったのは 麻袋の大きさだった

 あの中には 僕の家にあった薬等が入っているはずなんだけど、普段 家から無くなるものの倍近くの量のものが入っているように見えた

 

 僕がそんなことを思いながら見ているのがわかったのか、アストリッドさんが立ち上がり、自分が座っていた木箱の上に麻袋を持ち上げ乗せながら 驚くべきことを口にしてきた

 

「明日にはこの街を出て 旅をするつもりだからな。旅先で(ひま)をしない程度には持ち出させてもらったぞ。―――この事は ロロナには秘密だからな」

 

「ロロナには秘密って…えっ!?」

 

 僕の家からものを持ち出したこと…じゃなくて、街を出ることをロロナに言っちゃダメってことで……そもそも なんで旅に…

 いや、きっとアストリッドさんのことだ、いきなりなようで 色々考えて準備してきた結果なのかもしれない

 

「僕には よくわからないですけど、ロロナには ちゃんと言ったほうが…」

 

「言うとも。出る直前、ロロナが三年間の王国依頼をやり終えたことを確認した後にな。でないと 変に湿っぽくなって()(にく)くなってしまうからな」

 

 どこか寂しそうな… でも 何だか優しい笑みを浮かべながら言うアストリッドさんを見て、僕は アストリッドさんが旅に出る理由なんかは 何だかどうでもいいような気がしていた

 

 

 

 

「そういえば、エスティ嬢から聞いたぞ。キミも旅…というか旅行に出かける、と。それも ()()と」

 

 いつの間にか いつもの調子に戻ったアストリッドさんが、ニヤニヤしながらこちらを見てきた

 

「はい……まぁ 最初は僕一人で行くつもりだったんですけど…」

 

「ああ、聞いてるとも!二人の少女に涙を流させた 修羅場だったらしいじゃないか」

 

 やけにイキイキとしているアストリッドさんの勢いに ちょっと引きながらも僕は説明をつけくわえた

 

 

「修羅場って……何処で知ったのかはわからないですけど、リオネラさんとフィリーさんが、ただの旅行を「アーランドから出ていく」って勘違いして 大泣きだったってだけで、説明をしたら ちゃんとわかってくれましたよ?」

 

 一から全部話すと長くなるけど、突如 僕の家に突入してきた二人が いきなり大泣きしだして、何が何だかわからない状態で泣き付かれて……で、何があったのか聞こうとしたら、逆に「どうしてなの!?」って聞かれて…

 いやまあ、大変ではあったなぁ……

 

「それから リオネラさんが「久しぶりに他の場所で大道芸をしたい」ってことで ついてくることになって、フィリーさんも「引きこもり・人見知り脱却のため」って言って……あれ?どうかしたんですか、アストリッドさん?」

 

 気がつけば、アストリッドさんがコメカミを抑えていたので少し心配になり 問いかけてみたのだが、顔をあげたアストリッドさんは苦笑いを浮かべていて…口元がヒクついていた

 

「あーいやー、エスティ嬢から聞いていた話と食い違いが有ったものだからな。少し驚いてしまったぞー    …まあ、ロロナや私に 実害はきそうにないから別にいいか(ボソッ」

 

 

 ……?なんというか アストリッドさんの言葉が 抑揚が少ない気が…それに、最後に何か言っていたような…?

 まあ、気にするほどのことじゃないだろう…たぶん




 棒読みアストリッドさん


 と、いきなり今回 最終日手前の話に飛んだので 察してくださる方もいらっしゃると思いますが、次回『ロロナのアトリエ』編 ED…というかエピローグです。……なんとも、盛り上がりの無い終わりに…

 「飛ばした部分、どうなってるんだよ」等 あるとは思いますが、色々と考えがあってのことなので ご了承ください


 そのあたりのことを含め、ED後の更新については活動報告に書いておりますので、ご確認していただければ幸いです


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エピローグ「僕らの新たな日常」

※注意!※
 今回、ナレーション以外の地の文が存在しないので とても読み辛い・わかり辛いと思われます


 こんな書き方になったのは原作『ロロナのアトリエ』のEDの雰囲気を意識して書きたかったからです

 ……おそらく、この書き方は 今回が最初で最後になると思います







※2019年工事内容※
 途中…………


===============

 

 機械の恩恵を受け大きく発展した街『アーランド』

 

 その街の一角に、仕事をほとんどしなかったために 閉鎖寸前まで追い込まれた『錬金術』のアトリエがありました

 

 店主を『ロロナ』こと『ロロライナ・フリクセル』と、店名を『ロロナのアトリエ』と変え、三年間 『王国依頼』をこなし、ロロナは一流の錬金術士となり 王宮からの信頼と 国民の人気を得ました

 

 

 最後の『王国依頼』を終えた後、 ロロナの師匠アストリッドが長い旅に、仕事の手伝いをしてきたマイスとリオネラ ついでにフィリーの三人が旅行に出たことにより、最初のうちは とても大変だったようです

 

 マイスたちが旅行から帰ってくれば アトリエにくる仕事が減り、手伝ってくれる人が増えるから それまでの辛抱だ、と なんとか頑張っていたのですが……

 

===============

 

 

――――――――――――

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

「よし、終わった!ホムちゃん、そっちはどう?」

 

「はい、こちらは つい先ほど完了しました。次の仕事に取り掛かりましょう」

 

「えっと……今日は あといくつお仕事残ってたっけ?」

 

「四件です」

 

「ええっ!?まだ そんなに!?わーん!絶対終わらないよー!」

 

 

 

「おーい、差入れ 持ってきたぞ ロロナ…って、毎度ながら大変そうだな」

 

「わあい、ゴハンだ!朝から何も食べてないから すっごくお腹空いてたんだぁ!」

 

 

 

「言っとくけど、あんたには 休憩はないわよ。調合を続けなさい」

 

「えっ、そ、そんなぁ…!」

 

「あんたが仕事を片っ端から引き受けるからでしょ!泣きごと言ってないで早く次の仕事やらないと終わんないわよ」

 

「ううっ…だってぇ……」

 

「が、がんばろうロロナちゃん。私も一生懸命 お手伝いするから…ね?」

 

「りおちゃん……でも、どう考えても調合時間が足りないの、これ」

 

「はあ!?あんた、何で 依頼を受ける時に確認してないのよ!」

 

 

 

「あっ、そうだ! 調合が間に合わないなら、マイス君に作ってもらえば!」

 

「おいおい…」

 

「ロロナちゃん…」

 

「あんたねぇ……あいつが 今 大変だって分かってる?」

 

「えっ…?あっ……」

 

「マスター。ホムも頑張りますから 一緒に仕事を終わらせましょう」

 

「うん…」

 

 

 

 

―――――――――

***王宮受付***

 

 

 

「くっ!またか……!」

 

「あら?どうしたの ステルク君」

 

「どうしたも何も…!エスティ先輩、王を見かけませんでしたか!?」

 

「えっ、今日は見てないけど…」

 

「そうですか…いったい何処に…」

 

「あっステルク君?……行っちゃった、大丈夫かしら? ……あっちの『大臣』と『大臣見習い』も賑やかね」

 

 

 

 

「おい、トリスタン。この前 お前が提出してきた予算案だが…」

 

「なんだい?何か問題でもあった?」

 

「アトリエへの追加予算だが…悪くはないが、優遇しすぎではないか? それに比べて 農業への支援が無いのは…」

 

「国民の利益のことを考えたら、国から『錬金術』への支援をしたほうが 後々もよさそうだからね。 農業は そもそもこの街には縁遠かった産業だから 勝手がわからない……っていうか、一人で工場3つ分くらいの利益をあげる人に何を支援するのさ…」

 

「しかしだな…彼の今の状況を考えると……」

 

 

 

「農業ねぇ…………最近会ってないけど、マイス君 元気なのかしら……っと、私もちゃんと仕事しないと」

 

 

 

 

===============

 

 アトリエはてんやわんやしていて、王宮も新たな体制への(きざ)しを垣間見せながら 人々が(いそが)しそうに行き交っています

 

 

 そして、アーランドの街から離れた場所にある 畑と『離れ』と『モンスター小屋』がそばにある 林に囲まれた一軒の家

 ここに住むマイスにも、大変大きな変化が起こっていました

 

===============

 

 

―――――――――――――

 

***マイスの家・畑***

 

 

「そんなに浅いと 作物が育ち難くなるよ。(たがや)す時は もっとクワを深くいれて!」

 

「ハイッ!」

 

「そっちの人は 種と種の間隔がちょっと狭いかな?大体 このくらいは離しておかないと、互いに成長の邪魔をしちゃうから」

 

「ワカリマシター」

 

 

「アノー・・・コノ ハナノ タネハ、ドレクライノ カンカクデ ウエタラ イイデスカ?」

 

「っと、その『ムーンドロップ』は この前に植えた『キャベツ』の半分の間隔で植えてね。花は ごく一部を除けば 全部一緒だから憶えておくといいよ」

 

 

===============

 

 旅行から帰ってきたマイスを待っていたのは、数人の人

 マイスと同じ歳くらいの子から青年や中年、男女混ざっていましたが ある共通した用事で マイスに会いに来ていたのです

 

 彼らは マイスに言いました

「私に 農業を教えてください」

 

 彼らは、街に出回る作物の量や質が落ちていることに気づき、その原因を王宮に問いかけ マイスの不在に行きついた人たちで、それをきっかけに マイスの農業に興味を持ったそうです

 

 もちろん、全員が全員 農業に対して本気だったわけではなく 遊び半分で来ていた人もいたようですが、 そんな人たちは マイスが出した料理や 農具と共に置いてあった武器などに興味を持ったようで、いつの間にか マイスに『料理』や『鍛冶』を教わるようになっていました

 

 

 いきなり大勢の人に 色々と教えることになったマイスは、それはもう大変。畑や部屋、道具等、足りないモノをどうにかしながら教えないといけないのですから

 

 そのはずなのですが……

 

===============

 

 

「フム…イキイキとした良い笑顔をしているな、彼は」

 

「あ、あのー…なんでココにいらっしゃるんですか…?」

 

「少し抜け出…視察に来たのだよ」

 

「本当ですか……?」

 

「そう見つめられると どうしてもキミの姉の顔が思い浮かんでしまうのだが……それはさておき、まさか アーランドのすぐそばにこれほどの農場が出来るとは…数年前の私は予想もしなかった」

 

「ううっ…私の安息の地が……モコちゃんとの時間がぁ…」

 

「そこは 彼が充実していることを喜ばしく思うべきではないか…?まぁ わからなくも無い。最近 私も彼の淹れる香茶が恋しくてな…」

 

 

 

 

 

「あと少ししたら お昼の休憩に入りますから、もう少し頑張っていきましょう!!今日の昼ゴハンは『お好み焼き』でーす!」

 

 

―fin―





 そんなこんなで、約半年続いた『ロロナのアトリエ編』、特に盛り上がりも無く終了です


 今後のことですが 告知していた通り、原作・タグの変更を行った後 5月8日から『トトリのアトリエ編』に突入します
 詳しくは 私のページの活動報告をご確認ください


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ロロナのアトリエ・番外編
ロロナ編《前》


 『ロロナのアトリエ・番外編』
 それは三年目で何も描写されなていない時期にもしかしたらあったのかもしれない話《前》と、その話があった際にきっとあるであろう後日談ED的な《後》 で構成された短編…になると思います

 原作『ロロナのアトリエ』でいうところの キャラ別の個別エンドの雰囲気を意識したものとなっています


 なお、今回はロロナ視点です。難産でした


***王宮受付***

 

「お疲れさま。これが今回の報酬よ」

 

「あっ、ありがとうございます。それと、新しい依頼を受けたいんですけど」

 

 報酬を受け取りながら、エスティさんに そうお願いした

 最後の『王国依頼』も たぶんなんとかなりそうだったから、今日は いつもより多めに依頼を受けてみようと思ってた

 

「あら、ありがとうね。ちょっと待ってね……っと、はいどうぞ!」

 

 

 エスティさんから受け取った依頼書の束に目を通していると、あることに気がついた

 

「……なんだか、ここ最近 採取物の納品依頼って「鉱石系」のばっかりな気がするんですけど、何かあって 不足してたりするんですか?」

 

 私の質問に エスティさんは一瞬「そうだったかしら?」って感じに首をかしげたけど、すぐに何か思い当たったみたいで、手を叩いて首を振った

 

「別に何かあったとか そういうことじゃなくて、ただ単に 他のはもう達成されてるから「鉱石系」とかしか残ってないのよ」

 

「えっ?それって どういう…?」

 

「ほら、去年の『王国祭』以降 マイス君名指しの依頼が日を追うごとに増えてね、その依頼の納品の時に「それじゃあ ついでにコッチも…」って「植物系」の納品依頼をこなしちゃうから、残りの依頼が(かたよ)っちゃってるってこと」

 

 それを聞いて 私は納得した

 マイス君のお家の畑では 本当にいろんなものを育ててる。……たぶん、依頼に出ているような植物は、コンテナで保存している分も含めれば 大抵そろうんだろう

 

「私もマイス君が育てたのを 調合に使わせてもらってるしなぁ…」

 

「なんだか感慨深いものよね。ちょっと前まで 右も左もわかってない感じだったのに、すっかり馴染んで 頼れる子になっちゃって」

 

「そうですよね。あの頃のマイス君って……」

 

 

 それから 少しの間、エスティさんと マイス君がアーランドに来たころの話をした……

 ちょっとだけ前のことのはずなんだけど、なんだか とっても懐かしく感じちゃった

 

 

――――――――――――

 

***サンライズ食堂***

 

 用を済ませた私は『王宮受付』を後にし、ちょっと『錬金術』の材料を買いに『サンライズ食堂』に立ち寄ることにしたんだけど…

 

「あれ?あれは……」

 

 『サンライズ食堂』に入った私の目に入ったのは、奥の席に座っている二人組。ひとりは見たことの無い男の人だけど、もうひとりは マイス君だった

 ちょっと気になるけど、ずいぶんと話し込んでいるみたいで なんだか話しかけ辛い…

 

 

「よう、ロロナ。なんか買い物か?」

 

 悩んでた私に話しかけてきたのは、ここ『サンライズ食堂』でコックをしている幼馴染のイクセくん

 

「あっ、イクセくん。えっとね、マイス君とお話してる あの人は誰?」

 

「あれは ただアーランドに立ち寄ったって旅人だよ。でもって、ウチの客だったんだけど…」

 

 そう言いながら難しい顔をするイクセくん。なんだか 呆れているような感心しているような……

 

「どうしたの?」

 

「いやさ、あの客なんだけどよ、出した料理を食ったとたん「このキャベツはドコのものなんだ!!」って言ってきたんだ。で、マイスの畑のものだって教えたら「そいつに会わせてくれ!」って…」

 

「なるほど。それで ああなったんだね」

 

「ああ。今日はたまたまマイスが来る日だったから、来るから待っているよう伝えてさ。で、マイスが来て事情を説明して 紹介したら、ああやって何か話しだしたんだ」

 

 「混んでるわけじゃねぇから、別にいいんだけど」と付け足して言うイクセくん

 

 『王国祭』以降、街の人たちから一層注目されるようになったマイス君だけど、『アーランド』の外から来た人にも興味を持たれて……すごいなぁ…

 私も、エスティさんから「ロロナちゃんの仕事、評判結構いいわよー」なんていわれたことはあるけど、自分で実感したことなくて……

 

 

「あれ?…じゃあ、なんでイクセくんはそんな顔してるの?」

 

「それは…「シェフを呼べ」じゃなくて「生産者を呼べ」ってのが、なんていうかな」

 

 そう言ったイクセくんは大きなため息を吐いて、とっても悔しそうに歯を食いしばっていた。……そんなに悔しいんだ…

 

 

 

 そんなことを話しているうちに、マイス君と話しをしていた人が席を立ち、イクセくんにお礼を言ってから、お店を出て行った

 それに続くようにマイス君も立ち上がったんだけど、その時 私に気がついたみたいで、私のほうへと近づいてきた

 

「こんにちは、ロロナ。今日は買い物?」

 

「うん、そうなんだけど……マイス君、さっきの人と何の話してたの?なんだか ずいぶん話し込んでたみたいだけど…」

 

「農業のことだよ。なんでもあの人 農家の跡取り息子らしくて、今回の旅は 農家を継いでしまう前に街とか色んなものを見てまわりたかったから 始めたらしいんだ」

 

「なるほど。農家だったから 料理そのものじゃなくて素材のほうに興味持ったんだな」

 

 マイス君の話を聞いて納得したように頷くイクセくん。その顔は なんだか少し安心してるように見えた

 

 

「……あの人、本当は農業以外の仕事に憧れて 旅の中で何かを見つけようと思ってたらしいけど、旅を止めて 一度実家に帰るんだって。「他のことを見つけるのは、もっとちゃんと親父たちの農業を知ってからでも いい気がしてきた」だってさ」

 

「都会に憧れて、親の仕事が格好悪く思ってたりしてたのかもな。……となると、跡取りを送り返してくれたマイスは、その農家にとってはちょっとした恩人かもな」

 

「あはは、それはどうだろう?これから先、どうしていくかは 結局 あの人次第だからね」

 

 笑いながら話すマイス君とイクセくん。その会話の中で、さっき エスティさんと話したことを思い出した

 

 ……マイス君、いつの間にか 立派になったよね…。 最初の頃は なんだか頼りなさとか他人行儀なところが少しあったけど、今は 初めて会う人ともすごくよく話すし お仕事もものすごくできて……

 ほむちゃんやくーちゃんに「マイス君は私の弟」みたいなこと言ってたけど、今じゃ 私の方がマイス君に頼りっきりだなぁ……

 

「……ちょっと 寂しい、かな?」

 

「…えっ?ロロナ、どうかした?」

 

 気づかないうちに声に出ちゃってたみたいで、マイス君が どうかしたのかと聞いてきていた。イクセくんも不思議そうにコッチを見ていた

 

「う、ううん!何でも! そろそろ 買い物済ませちゃおうかなーって思っただけだから」

 

「お、そういや ロロナは買い物に来てたんだっけか?何が必要なんだ?」

 

「えっとね、お塩と それと…」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 『サンライズ食堂』で買い物を終えた後、マイス君はまだイクセくんに用があったみたいで、私だけが先に食堂を出るかたちになった

 

 アトリエまでの帰り道、私はマイス君のことを色々考えてた

 

「一時期 元気が無かったこともあって……そう考えてみると、マイス君だって頑張ってるんだから 良い事だよね? よぉーし!寂しがってないで、私も マイス君に負けないようにお仕事頑張らなきゃ!」

 

 握りこぶしを作ってギュっと力をこめる

 アトリエに帰ったら、さっそく ほむちゃんに手伝って貰って、納品用のアイテムを調合しなきゃ!

 

 

 そう考えながら歩き、アトリエまで帰り着いた

 

 

 

 

―――――――――――――――

***ロロナのアトリエ***

 

 

「ただいまー…って、あれ!?」

 

 帰り着いたアトリエには、ほむちゃん以外に 何故か私のお父さんとお母さんがいた。それに、ただ いるだけじゃなかった

 

 

「信じられないわ!この浮気者!!」

 

「それはコッチのセリフだ!」

 

 

 アトリエにわざわざ来るっていうのも珍しいけど、どうしてケンカしてるの……まさかの出来事に ほむちゃんも困った顔をしてるよ…

 

 

「ああっ、もう!ストーップ!!お父さんもお母さんも、なんで ケンカしてるの!?」

 

 私が二人の間に入るように 止めに入り、どうしてこんなことになったのか説明を聞こうとした……なのに

 

「「ロロナ!!」」

 

ガシッ!

  ガシッ!

 

「ふぇ!?」

 

 間に入った私の腕を お父さんとお母さんがそれぞれガッシリと掴んできた

 

「ロロナ!その人と一緒にいちゃダメよ!!私と来なさい!」

 

「いいや!ロロナ、私と来るんだ!!いいな!」

 

「ちょ!?痛い!痛いってばー!引っ張らないでー!!」

 

 掴まれた左右の腕を引っ張られて、まるで綱引きの綱のようになってしまった!二人とも 引っ張るのを止めてくれなくて、なんだか 私の腕からミシミシと聞こえたような気が……気のせいであってほしい…

 

 

 

ガチャ…

 

「ロロナー?なんだか騒がしいけど、何かあった?……えっ!?」

 

 アトリエの玄関を、珍しくノック無しで開けたのは マイス君だった

 『サンライズ食堂』での用事が終わって帰っている途中、アトリエの前を通って 騒ぎを聞きつけたのかもしれない

 

「マイスくーん!たぁ助けて~!!」

 

「助けてって…。これ、どういう状況なの?」

 

 そう言ってマイス君が目を向けたのは ちょうど扉のわきに立っていた ほむちゃんだった

 

「それが、ホムにもよくわからないのです。…すみません、おにいちゃん」

 

 

「「おにいちゃん?」」

 

 ほむちゃんの言葉に反応したのは、今の今まで 私の言ったことも聞こえていなかったような お父さんとお母さんだった

 二人は やっと私の腕を引っ張るのを止めて、ほむちゃんとマイス君の方に目を向けていた

 

「あら?あの子は確か……」

 

「キミは…?そうだ、前にも会ったことが…」

 

 ふたりして マイス君をジッと見つめて何か考えだしたかと思えば、二人同じタイミングで私の腕をはなして ポンと手を叩いた

 

「「なるほど!そういうことだったのね(か)!」」

 

 

 

「イタタっ…もう、いきなり…って、ええっ!?」

 

 何か勝手に納得した二人が私に詰め寄ってきた!

 

 

「もう ロロナったらー。そういうことなら もっと早く言ってくれればよかったのに! だから あの女の子が「私は妹のようなもので」って言ったのね。…ごめんなさいね、アナタを疑っちゃって」

 

「いいって。私もてっきり 浮気されてて、ソイツとの子かと……って、そうじゃない! ロロナ!私は認めないぞ!!」

 

「あら?私は前から ロロナと結構お似合いだと思ってたんだけど…?ほら、なんていうか こう、ピッシリカッチリしたカッコイイ人って感じじゃなくて、愛嬌の有る人のほうが ロロナと相性ピッタリな気がするじゃない?」

 

「いやいや、もっとこう ロロナをしっかり護れるような……じゃなくて!そ、そもそも ロロナにはまだ早い!!」

 

 

「お父さん?お母さん? 何 言ってるの???」

 

 あーもう、わけがわからない……

 

 

 

 えっと、「あの女の子」っていうのは たぶん ほむちゃんのことで、ほむちゃんの言ったことを真に受けて 本当に私の妹だって思って、そこからケンカになってた…ってことだったのかな?

 

 それで、その後 マイス君が来て、ほむちゃんがマイス君のことを「おにいちゃん」って言って……たぶんそこで マイス君とホムちゃんが 本当の兄妹って思って…

 

「ってことは……あれ?」

 

 ……もしかして、お父さんとお母さんは マイス君とほむちゃんが兄妹って思ったことで、ほむちゃんの言った「妹のような」っていうのを「妹」じゃなくて……「義妹(いもうと)」って……

 

 いやまさか、そんな突拍子もないこと……でも、さっきの二人の話の内容的に、今の二人の頭の中では……

 

 

『兄:マイス 妹:ホム』であり

『義姉:ロロナ 義妹:ホム』でもある

つまり…『マイス―♡―ロロナ』ってことに…

 

 

 

「う、うえぇぅ!?ちょっ…!ちょ!!お母さん!お父さん!そ、そう いうのじゃ…!!」

 

 

「あらあら。そんなに慌てなくていいわよー。色々聞いてみたいけど、せっかくの彼と ふたりの時間を邪魔しちゃ悪いわよね」

 

 「ふふふっ、わかってるわよ」と微笑んだお母さんは、お父さんとほむちゃんの手をとって…

 

「ごゆっくり~」

 

ギィー……パタン

 

チョ…ヒッパラナイデクレ!ワタシ ハ マダ!

ナゼ ホムマデ……

イモウトチャン、フタリ ノ コト イロイロ キキタインダケド……

 

 

 お母さんたちがアトリエから出て行った後、外から色々聞こえてきたけど……

 

「えぅ…………」チラッ

 

「…………?」チラッ

 

 それよりも、この空気で マイス君と二人っきりなことをなんとかしないと…!でも、何を言えばいいの!?

 

 

「…ねぇ、ロロナ」

 

「ひゃっ、ひゃいっッ!?」

 

 

 

 

 

 

「結局、ロロナのお父さんたちは 何でケンカしてたんだろう?」

 

「ふぇ?……えーと、何でって…」

 

 もしかして、マイス君 今さっきの流れ、何もわかってない…?

 

「よくよく考えたら、それはそうだよねぇー…。タントさんとかだったらまだしも、マイス君だもんね。あははは…」

 

 私ひとりが勝手に変に(あわ)てていたことが ちょっと恥ずかしくて、お母さんたちが誤解していると気付いた時とは別の意味で 顔がとても熱くなっちゃった…

 

 そんな私を マイス君が不思議そうに見ているのに気がついて、ジッと見られてる事に慌てつつも、何とか取り繕おうとする

 

「お父さんとお母さんがケンカするのは、偶にだけど よくあることだから、気にしないでいいよ」

 

「たまに…よくある……?えっ、それって どっちなのかな?」

 

「と、とにかく!ちゃんと仲直りしてたみたいだから 大丈夫だよ!」

 

 マイス君は首をかしげながら「そう?」って言って 少し心配そうにしながらも、とりあえずは納得してくれたみたいだった

 

 

 

「そういえば、ロロナは大丈夫なの?」

 

「えっ?うん。ちょっと痛かったけど 大したことは」

 

「いや、そっちは動いてるの見てたら大丈夫そうだったから そんなに心配はしてないけど…」

 

 ……?じゃあ何のことだろう?他に何かあったかな?

 

「ホムちゃん 連れていかれちゃったけど、お仕事の予定が詰まってたりとかしない?」

 

「あっ…!」

 

 今日『王宮受付』で受けてきた依頼、調合の日数を考えると けっこうカツカツだったりするんだけど、ほむちゃんもいるから大丈夫って思ってたから……

 

「ううぅ…かなりギリギリかも…」

 

「やっぱり?なんとなく そんな気がしてたんだ」

 

「どうしよう……というか、お母さん 何でほむちゃん連れて行っちゃうかな…」

 

「本当になんでだろう?…まあ、そんな長い間 帰ってこないわけじゃないだろうし、とりあえず ホムちゃんが帰ってくるまでは僕が手伝うよ」

 

 「ホムちゃんほど錬金術が上手いわけじゃないから、そう手伝えないかもしれないけどね」って 少し申し訳なさそうに付け足すマイス君

 

 

「えっと…それじゃあ お願いしてもいいかな?」

 

「うん!任された!」

 

 マイス君って どれくらい錬金術できるんだろう?実際にやってるところは見たこと無いから わからないなぁ

 ティファナさんのお店に置いてある マイス君の作ったっていう薬は、質も良かったし、錬金術も それ相応に上手いのかな?

 

 なんだか、マイス君との調合のお仕事 すごく楽しみになってきちゃった!

 

 

 

============

 

***アトリエ・奥の部屋***

 

「フム、最初から見ていたというのに、完全に 出るタイミングを失ってしまった。このまま二人で作業させるのは少々(しゃく)だが…………まあ、マイスなら そんなに気にする必要もないか。 とりあえず、裏口から出て ホムの様子でも見てくるとするか…」



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ロロナ編《後》

 《後》は第三者視点で書かれています


 ……そして、《前》の半分ほどしか無い短さです





============

 

 ロロナが3年間『王国依頼』を達成し終え、マイスが旅行を終えて 他の人たちに農業を教え始めてから、少し()ったある日のこと

 

 自由な時間が取れたマイスは、久々に街へと遊びに言っていたのだが……そんな時、爆発音が聞こえて マイスは「またか…」と思いつつ、無視もできないので『ロロナのアトリエ』へと向かったのだった

 

 そして……

 

============

 

***職人通り***

 

 

 アトリエの外から窓越しに 中の様子をうかがっている人物が1人……と、その人のほうへと 文字通りフワフワと浮遊して近づいていく人影があった

 

「あら~?騎士さん、こんなところでどうしたのぉ?」

 

 そう声をかけたのは浮遊している人影。幽霊のパメラだった

 声をかけられた アトリエの中の様子を見ていた人物…騎士・ステルケンブルク・クラナッハは 驚いたように窓際から飛び退いた

 

「き、君は確か……一時期アトリエにいた幽霊の…」

 

「パメラよー。ついでに、今はお店の店主してるの。騎士さんは何してたのぉ?」

 

「いや、旅に出たアストリッドに「ロロナを頼む」と頼まれていて 様子を見に来たのだが、どうやら もうひとつの頼みのほうも……」

 

 ステルクがチラリと窓のほうを見ながら言っていると、パメラは「ああ!」と納得したようにポンと手を叩いた

 

「「ロロナを頼む」とは言われなかったけど、私 「他の人がロロナとマイスを()きつけないように見張っておけ」って アストリッドさんに頼まれてるの~。もしかして、騎士さんもなの?」

 

「あ、ああ。君も言われていたのか」

 

「そうよー。アストリッドさんったら「少し焚きつけられたくらいでは、あの2人は3歩(ある)けば忘れるだろうがな」って言ってたのよ。私は そんなことないと思うんだけど…」

 

 

 

 ステルクとパメラは ふたり(そろ)ってソォーと窓から中を覗く

 アトリエの中では、先程の爆発の片づけを すでに終えていたのであろうロロナとマイス、それとホムが 『錬金術』の調合をしていた

 

「なんだか 普通ね~」

 

「…まあ、普段と変わりないな」

 

 面白くなさそうなパメラに対し、ステルクは あくまで淡々とした事務的な態度で言葉を返す

 と、ふいにパメラが「そうだわ!」と声をあげた

 

 

「ねえねえ!私たちで 2人をくっつかせてみなーい?」

 

「なっ!?」

 

「だって、私たちが焚きつけちゃいけないとは言われてないでしょ。なら…」

 

「そういうのは 本人たちの意思で前に進むものであって、周りがどうこう言う問題ではないだろう。ダメに決まってる!」

 

「えー、そんなに言わなくてもー。いいじゃなぁい、別に誰も困らないんだし……あっ」

 

 残念そうに言っていたパメラの顔が、唐突に とてもイイ笑顔になる

 それを見たステルクは 不思議そうに首をかしげるが、得体の知れない嫌な予感を なんとなく感じていた

 

「どうしたんだ。いきなり笑いだして」

 

「ごめんなさーい!私、騎士さんが困るなんて思ってなくてぇ……お邪魔虫はお店に帰っておくわ~!」

 

「はぁ?君はいったい何を言って……」

 

 飛び去っていくパメラを見ながら、何が何だかわからない様子でつっ立っていたステルクだったが、一瞬 真顔で固まった後……

 

「……っー!?ご、誤解だ!君は勘違いをしてる!こらっ!待てーい!!」

 

 必死の形相(ぎょうそう)でパメラを追いかけだした

 

 

 

 

 そんな2人がアトリエの前から去っていった ちょうどその直後、アトリエの玄関の扉が開き、そこからマイスが顔を覗かせた

 

 そして、周りをキョロキョロ見渡した後、再び アトリエの中へと入っていった

 

 

 

――――――――――――――――――

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

「あれ?マイス君 どうかしたの?」

 

 (かま)をかき混ぜていたロロナが、振り向いてマイスに問いかけた

 マイスは ホムと合同で行っていた 試験官とフラスコでの調合に合流しながら、ロロナへの返事を返した

 

「いや、ちょっと外が騒がしい気がしたんだけど……特に変わったところは無かったから、気のせいだったみたい」

 

「そっかー…っと」

 

ポフンッ

 

 混ぜていた釜が音をたて、ロロナはその中を確認する。無事 調合に成功したようだ

 「できたー!」と声をあげながら 調合品を取り出し、それを 依頼品をまとめた場所へと運んでいった

 

 

「えっと、次ので最後だったよね?」

 

「はい。ホムとおにいちゃんでやっている今の調合で 2種の依頼品の調合が終わりますので、あとは その机の上の依頼書の分で終わりです。マスター、よろしくお願いします」

 

「はーい。ええっと、依頼品は『ベリーパイ』。なら必要なのは……」

 

 

 

 依頼書の内容を確認したロロナはコンテナを(あさ)り、必要な素材を取り出し始めた……が、

 

「あれ?あれれー?」

 

 ロロナの間の抜けた声に、調合をしていたホムとマイスが ついそちらを見てしまう

 

「ほむちゃーん。『コバルトベリー』がないんだけど…」

 

「おかしいですね…?初めにホムが確認した時は 確かに必要個数あったはずですが」

 

「えぇー!?どうしてなくなっちゃったんだろ……あっ!?そういえば、さっきお薬作る時に使っちゃったかも!?」

 

 

 

 「どーしよー!?」とワタワタ(あわ)てるロロナ、呆れたように軽くため息をつくホム

 そして、マイスは 自分の家のコンテナと繋がっている『秘密のポーチ』を手に取り、中を漁りだした

 

「はい、『コバルトベリー』。4つで()りるかな?」

 

「ふぇ?」

 

 マイスから『コバルトベリー』を手渡されたロロナが()けた声をもらし、ロロナの代わりにホムが 少し間を置いてからマイスに問いかけた

 

「使ってしまっても いいのですか?」

 

「いいよ。ウチで育てたことのあるものは 大体が備蓄が それなりにあるから。それに、今 無いと困るでしょ?気にせず使ってよ!」

 

「もはや、おにいちゃんの家だけで 大抵の作物がそろってしまうのでは…」

 

 いつも通りのにこやかな笑みをうかべたマイスが 頷いた

 だが、少し申し訳なさそうに ロロナが言った

 

「あのね、できたら もう少し貰えないかなーなんて思ったり…」

 

「依頼内容は 確か『ベリーパイ』を2つだったはずです。『コバルトベリー』は4つで足りるのでは」

 

 ホムちゃんの指摘に 慌てつつも、ロロナは「でもね、でもね!」と言葉を続けた

 

 

 

「ほら、最近 私もマイス君も ずーっと(いそが)しくて、お話しできる機会がなかったよね? せっかくだから この仕事が終わった後、お茶しながらお喋りしたいから『ベリーパイ』多めに作りたいなーって思って…」

 

 少し恥ずかしそうに、そう言うロロナの手に 追加で数個の『コバルトベリー』が置かれた

 

 

 

「それじゃあ、僕らも頑張って 仕事を早く終わらせないとね!」

 

「はい。…マスター、過去最高の品質の『ベリーパイ』を()っています」

 

 

「うん!……って、あれ?ほむちゃん、それはさすがに 無理があるような…。ねえ、ねぇってばー!」

 

 






 『ロロナ編』はイチャラブというよりも、ロロナからマイスへの意識が「弟のような存在」から一歩進みましたー程度の話になりました

 きっと このふたりだと、延々とゆるふわな空気で過ごしてるんじゃないかなーなんて考えてます


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クーデリア編《前》

 『ロロナのアトリエ・番外編』
 それは三年目で何も描写されなていない時期にもしかしたらあったのかもしれない話《前》と、その話があった際にきっとあるであろう後日談ED的な《後》 で構成された短編…

 原作『ロロナのアトリエ』でいうところの キャラ別の個別エンドの雰囲気を意識したものとなっています



 『トトリのアトリエ編』と並行作業で書いていたので 時間が凄くかかってしまいました…

 今回は 基本的にクーデリア視点です


「……んっ、ふわぁ~…」

 

 朝、カーテン越しに部屋に入り込む光を なんとなく感じてか、私は目覚めた

 

 まだ少し重く感じる(まぶた)を閉ざさないように気力をふり(しぼ)りながら、ベッドのそばに置いてある台の上の時計で時間を確認する

 …と、時計のそばに置いてあるペンダントが目に入り、つい(ほお)が緩んでしまった

 

 

「ふへへへ……」

 

 仲直りの印に自分で作ったペアのペンダント。片方をロロナにプレゼントして、もう片方が こうしてあたしのもとにある

 

 あたしは このペンダントを基本的にいつも身につけている

 ロロナも つけてくれていた。採取について行った時も、調合中にアトリエにお邪魔した時も、いつもつけていた

 

 

 そして 極めつけは、この前 ロロナの久々の休みの時に 一緒に買い物をしてた時のこと

 

 商品棚(しょうひんだな)の上の小物をふたりで見てた時、ふと ロロナの目線が小物のほうではなく 別のほうをむいていたのに気がついた。

 その目線を追ってみると その先にあったのは、あたしが首から下げていたペンダントだった。そして、あたしが視線を追ったことに気がついたロロナが嬉しそうに微笑みながら 自分が首にさげてるほうのペンダントを触って「えへへっ…」って……

 

「~~~~~!!っアレは反則でしょ!ホントにもう!!」

 

 

 

 このペンダントには、作るきっかけがきっかけだけに いい思い出だけがこもっているわけじゃないけど、今では 幸せな思い出のほうが数十倍こもっている

 

 ……と、ここであたしは あることに気づく

 

「…そういえば、あたし マイスにお(れい)言ったかしら?」

 

 ペンダントを作る技術も知識も無かったあたしに、なりゆきとはいえ 文句のひとつも言わずに手を貸してくれたマイス

 普段の仕事や 他の予定もあったかもしれないのに、約2日間 あたしのことにつき合ってくれたあいつは、とんだお人好しだ。…だからといって、礼のひとつも言わないでいるのは あたし個人が なんとなく良く思わない

 

 

「…ペンダントが完成したその日に「ごめん」って謝ったり、ロロナと仲直りした後に「おかげさまで」って言ったりはしたけど、ちゃんとしたお礼は言ってないわね」

 

 …でも、どうしたものかしら

 あいつのことだから、あたしが「あの時はありがと」なんて言ったところで「そっかー」なんて軽く流してしまいそうだ。それは マイスが別に気にしていないってことだけど、そんなんじゃあ あたしが納得できない

 

 

 ベッドから完全に起き上がり 身支度を整えながら、じゃあどうする?と、自分自身に聞いてみるけど 上手い考えなんて……

 

 身支度の最後の最後、例のペンダントを身に着ける時に ペンダントを目にして、ふと思いついた

 

 

 

「プレゼント、か…」

 

 

 

 

――――――――――――

***職人通り***

 

 

 

「……とはいったものの」

 

 マイスに何かプレゼントするとして、何をあげればいいか 全然見当がつかなかった

 

 ひととおり街を歩き回って、色々見てまわったけど 良い案は浮かばなかった

 かわいい小物なんてものもあったけど、それはあくまで あたしから見て「かわいい」ってだけで、あいつもそう思うかわからないし……そもそも、小物を貰って喜ぶとは思えない

 

「ちょっと 難しく考え過ぎかしら?」

 

 あくまでも マイスのヤツにお礼の気持ちを ちゃんと受け取ってほしいってだけだ。よっぽど変な物でもない限り 問題無いだろう……極端に言えば ただの自己満足なわけだし

 

 まあ、どっちにしろ プレゼントなんて思いつかないわけだけど…

 

 

「あっ……」

 

 そんな時、あるお店の看板が目に入った

 

 思い出されるのは、とある日の出来事……

 あたしはそのお店で ある買い物をすることに決めた

 

 

 

 

―――――――――――――――

***ロウとティファの雑貨店***

 

 

 今日は珍しく いつもいる常連の男性客たちがいない。……まあ、いてもいなくても どうでもいいのだが

 

 

 商品棚を見てまわり、必要なものをあらかたピックアップする。……うん、所持金的にも問題無さそうだ

 

 買いたい商品をカウンターまで持っていって……

 

「ちょっとー!今 いいかしらー?」

 

 カウンター奥にある扉に向かって やや大きめの声をあげる。すると、少し遅れて 足音が聞こえてきた

 そして、扉から この店の店主、ティファナさんが出てきた

 

「クーデリアちゃん、いらっしゃい。今日は 前みたいに何か物を売りにきたのかしら?」

 

「い、いいでしょ あの時のことは! 今日は買い物に来たのよ。コレとコレとコレ……あと 小さめの(はち)ってあるかしら?」

 

「あるわよー」

 

 そう答えたティファナさんは、カウンター下にあるのであろう棚から鉢を取り出して あたしに見せてくれた

 

「これなんかどうかしら?他にも何種類かあるけど、見てみる?」

 

「ううん、これで十分だと思うわ。 それじゃあ、料金はこれくらいで足りるかしら」

 

「ええ。おつりがあるから ちょっと待っててね……はい、どうぞ」

 

 おつりを受け取って それをサイフにしまった後、そのサイフを服のポケットの中につっこむ。あたしがそうしてる間に ティファナさんは あたしが買った商品をまとめて麻袋(あさぶくろ)に入れてくれていた

 

 

 

 麻袋を受け取り、さあお店を出ようか と出入り口へと(きびす)(かえ)そうとした時、ティファナさんが「ちょっと聞いてもいいかしら?」と あたしへ声をかけてきた

 

「お花の種も買ってるし…もしかして、マイスくんに育て方を教えてもらうの?」

 

「えっ、別にそういうわけじゃないけど……」

 

 

 ここで あたしはあることに気づいた

 

 今日買った物は あたしが買う物にしては珍しいものだ。だから、ティファナさんも気になったんだと思う

 このまま 立ち去ったとすれば、あたしが買っていった物のことを気にして 他の人に聞いたり話したりしてしまうかもしれない。そうなると、そのうちマイスの耳にも入ってしまうかも……

 

 今日買った物が何なのか、それがマイスに知られても特別問題はないんだけど、なんだか (みょう)に気恥ずかしく感じてしまう

 これは 口止めをしておいたほうがいいんじゃないかしら!?

 

 

「今日 あたしがここで買い物したことは誰にも言っちゃダメだから!特にマイスには!! ……はっ!?べ、別に何か(たくら)んでるとか そういうわけじゃないから、気にしないで!いいわね!!」

 

 そう言い捨てながら あたしはお店から出ていく

 お店を出たら 誰か顔見知りと鉢合(はちあ)わせした……なんてこともなく、そのまま 家への帰り道を あたしは小走りで進んでいった

 

 

 

 

=========

 

 

 慌てた様子で店を出ていったクーデリアの背を見送ったティファナは、ひとり今しがたのことを考えていた

 

「気にしないで、って言われたけど……クーデリアちゃん、どうしたのかしら?」

 

 首をかしげながら さっきクーデリアが買っていったものを思い返す

 

「鉢、お花の種、ガーデニング用の土、リボン…? ……あらあら!なるほど、そういうことねー」

 

 (さっ)しの良いティファナのおかげ(?)で、いちおう クーデリアの買い物が他の人たちに広まることは無かった……

 

 

 

=========

 

―――――――――――――――

***クーデリアの自室***

 

 

「……っと。こんな感じでいいのかしら?」

 

 雑貨屋さんで買ってきた鉢に 色々詰め込んだ後、花の種を数個埋め込んだ

 正直、これでいいのだろうかという不安もあるものの 悩んでも仕方がないので、とりあえず なんとなくでやっていく

 

 後はこの鉢を……窓際(まどぎわ)でいいかしら?ここに置けば ちょうどいい感じに陽の光が当たるから、きっと 花は元気に育つと思う

 

 

「書いていることが本当なら、だいたい1週間くらいで育つみたいね」

 

 花の種が入っていた小型の紙袋の裏面に書かれている簡易的な説明文に目を通し、この花のことを少しだけ学ぶ…………とはいっても、見た限り 本当に花のことしか書かれていないから、あたしが知りたい「育てる時の注意点」なんかは書かれていなかった

 

 「本当に大丈夫かしら…」と一抹の不安を感じながらも、あたしの 花の育成生活は始まった

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

***街道***

 

 

 あれから十数日ほど経った……あたしは今、ひとりでマイスの家へと向かっている。そして手に持つカゴの中には 綺麗に花が咲いた小型の鉢が入っている

 

 種が飛んできたのか 雑草が生えてきたり、その雑草を引き抜いたら 間違えて花のほうまで抜いてしまったり。他にも、ちゃんと水やりもしてたのに途中で枯れてしまい 種を買い直したこともあった……あれの原因は(いま)だにわからないままだ

 

 そんなこともあって、予定の倍以上の日にちを(つい)やしてしまったわけだが、なんとか 花を咲かせるに(いた)ったのだ

 買っておいたリボンを鉢に結び付けて なんとなくプレゼントっぽく仕上がったので、これといった問題はないだろう

 

 

「っと、通り過ぎちゃうところだったわ」

 

 

 街道からそれるように伸びる小道へと入る。この先にある 木々に囲まれたところにマイスの家がある。もう あと少しで到着だ

 

 

 

 

―――――――――――――――

***マイスの家***

 

 

 

「……そして、まさかの留守よ…」

 

 マイスの家のソファーにドカリと座りながら あたしは独り言をもらす

 留守とは言っても、あたしがこうして中に入れてることからもわかるように 家の鍵は閉まっておらず、おそらくは そう遠くには行ってなくて すぐに帰ってくると思う。……ただ単に不用心なだけかもしれないが…

 

 でも、この待ち時間は ある意味よかったかもしれない。なぜなら…

 

「この花、なんて言ってあいつに渡そうかしら…?」

 

 そう、マイスの家にたどり着くその時まで 全然思いもしなかったのだが、「あの時は ありがとう」とか言って渡せばいいのか、少し疑問に思ってしまった

 いや、別に深い意味なんて無いわけで 自己満足に近いものなわけだから、特別 何を言わなきゃならないわけでもないけど……

 

 

ゴトッ…

 

 

 ひとり考えてる最中に 何かの物音が耳に入った

 

ガラ… ガララ…

 

 …どうやら聞き間違いなどではないみたい。音は ()や『錬金術』で使う釜が置いてある『作業場』のほうから聞こえてきたようだ。さっき 確認した時には 誰もいなかったはずだけど…

 

 確かあそこには 直接 外に出れる戸があったはずだ。そこから誰かが入ってきたのかしら?

 

 

 もちろんマイスかもしれないが、それ以外の可能性も考慮して あたしは外出時に持ち歩くようにしている護身用のデリンジャー銃を手に持ち、『作業場』へと続く扉へと静かに近づく

 そして、そーっと扉を開けて『作業場』の様子を覗きこんでみる……

 

 

「モコ~♪~~♪」ガサゴソ

 

 

 すると、そこには コンテナに頭から突っ込み 中を漁っている金色の毛玉がひとつ……いや、あれは 前に『旅人の街道』でロロナがとっ捕まえたことがある「新種のモンスター」ってやつじゃなかったかしら…?

 …そういえば、このモンスターって マイスが世話してるウォルフがつけてる「青い布」によく似たものをつけてるわよね?もしかしなくても、関係があるに違いない。けど……

 

 

 なんかノンキに鼻歌らしきものを歌ってるけど、これって どう見ても「()()」の現行犯よね?

 

カチャリ

 

 あたしが銃を構えると ほぼ同時に毛玉に声をかける

 

「はーい、手癖の悪い子にはミッシリお説教しないとね。あっ、変な動きしたら撃つわよ?」

 

 コンテナから顔を出した毛玉は、ガクガクブルブルの状態で 思った以上に大人しく、あたしが言っても無いのに 両手をあげた

 ……初めて見た時も思ったけど、あたしが言ってること理解してるっぽいし、この毛玉って けっこう賢いわよね…

 

 

―――――――――

 

 

 毛玉の首根っこを捕まえて もとの部屋まで連れていき、ソファーに座らせる。もちろん、銃は毛玉にむけたままだ

 

「マイスが帰ってくるまで 逃げたりするんじゃないわよ?わかったかしら?」

 

「も、モコー…」

 

 なんか もの凄く困った顔をしているような気がする……表情豊かね この毛玉は…

 まあ、今更 困った顔をしたところで何も変わらない。素直に反省して マイスのお(しか)りをうけるべきだ

 

 

「でも、あいつって ものすごく甘かったり、お人好(ひとよ)しで お節介焼きだったりするから…」

 

 この毛玉に 盗みをしようとした理由を聞いて「なら持っていっていいよ!ついでにコレとコレ……あとコレもあげるよ!」なんて言って、なにひとつ怒らずに許してしまいそうだ

 

「…そういう底抜けに優しいところに あたしは助けられたわけだし、それはあいつの良いところなわけで……そのあたりも(ふく)めて、マイスのことは好き、っていうか 嫌いじゃないんだけど……はい、ストップ」

 

 

 あたしが独り言を言っている間に ソファーから飛び降りようとした毛玉に言い放つ

 

「次は無いわよ…?」

 

「…………」ブンブン!

 

 必死な顔をして頷く毛玉。……そこまで銃が怖いなら、なんで いちいち逃げようとするのかしら…

 

 

 

ガチャリ

 

 そんな中 ドアノブを回す音が聞こえた

 

 やっとマイスが帰ってきたのかと 毛玉に銃をむけたまま玄関のほうを見たけど、そこにいたのは別の存在だった

 

「あんたは確か、ロロナのところの…ホムだったかしら?」

 

「はい、ホムはホムです……それで、この状況は いったい…?」

 

「ちょっと この毛玉がコンテナから物を盗ろうとしてね、マイスのヤツに突き出そうと思って あいつが帰ってくるのを待ってるんだけど……」

 

 そういえばロロナから聞いた話だと、このホムって子とマイスは かなり仲が良いらしかったわよね? マイスが何処に行ったか知ってたりしないかしら?

 

「ねえ、マイスが何処に行ったかとか、いつ頃 帰ってくるかわかったりしない?」

 

 あたしがそう聞くと ホムは困った顔をして数秒(うな)ったかと思えば、深い溜息をついた

 

 

 

 

「そこにいます」

 

「はぁ?そこってどこよ」

 

 ホムが指を指したのは あたしのすぐそば。つまりは…

 

「そのモコモコがおにいちゃんです」

 

「は!?」

 

 

 なにを馬鹿なことを と、笑い飛ばそうとしたところ、毛玉から「ちょ!?」と マイスの声が聞こえた

 

「この状況を打開するためには 仕方ないとホムは考えました…」

 

「でも、色々 マズイようなきがするんだけど」

 

「ですが、あのままだと、ずっと帰るはずのない人を待ち続けるか おにいちゃんが銃で撃たれるかの、どちらかだったと思いますが」

 

「うっ……そ、それはそうだけど…」

 

 

 

 毛玉が、モンスターがマイスの声で ホムと喋ってる……。どういうこと?マイスがモンスターだった???

 いや、それよりも……

 

 

『優しいところに あたしは助けられた』

 

『…そのあたりも含めて、マイスのことは好きっていうか 嫌いじゃないんだけど…』

 

『マイスのことは好き』

 

 

 ゼンブ マイスニ キカレテタ…?

 

 

 

「き、キャアァァーーーーーーーーー!?」

 

「へぶしっ!?」

 

 気がついたらマイス(毛玉)に殴りかかっていた……

 あたしが思いっきり殴ってしまったマイス(毛玉)は、当たり所が悪かったのか そのまま気絶し ソファーに倒れてしまった

 

 無意識のこととはいえ……ど、どうしようかしら

 

 

「…発砲をしなかったくーちゃんを ホムは()めたいと思います」

 

「そ、そうね。そんなことになったら 取り返しのつかないことに……と!とりあえず!あんた どういうことか知ってるんでしょ!?説明しなさいよー!!…あと、くーちゃん言うな!」

 

「まずは落ち着いてください。パニック状態のままでは 話を聞いても理解できない…とホムは推測します」

 

 

 落ち着けって言われても……

 とりあえず、この子から話を聞いて……それから どうするのよ?ホントどーなるのよ これ…

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「―――と いうわけです」

 

「はぁー…つまり、マイスが人間とモンスターのハーフで、元いた所は 遠いなんてもんじゃなくて…」

 

 ホムからマイスのことを粗方聞いたところで、ソファーで気絶していたマイス(毛玉)が「……んん…」と小さく呻き声を出しながら起き上がった

 

 

「あれ…?僕は……そうだ!クーデリア!!」

 

「叫ばなくても聞こえるわよ」

 

「えっ…あれ?」

 

 あたしの言葉を聞いたマイス(毛玉)は、こちらを向き 驚いたように目を見開いていた

 

「……何よ、そんなに驚いて。いないほうが良かったかしら?」

 

「いや、そんなことはないんだけど……」

 

 何やら釈然としていない様子のマイス

 …そこまで不安だったのかしら? 同じ立場には決して立てないあたしには、その不安を計り知ることは出来そうもない

 

「いきなり殴っちゃってゴメンね」

 

「え、あ うん…」

 

「あんたのことは ホムから大体聞いたわ。……驚きはしたけど、まあ そんなもんね」

 

「そんなもんって…?」

 

「あんたはあんた、ってことよ。もうちょっと自分に自信を持ちなさい」

 

 そう言われても いまいちピンと来ないのだろう。マイスは首をかしげていて、あたしは少し苛立(いらだ)ちも感じたけど、そのいつも通りのノンビリとした感じに安心した

 

 

「とにかく!あたしは これまで通りあんたに接するから 気にしなくていいわよ。……あっ!あと、今日のことは忘れなさい!いいわね!」

 

 

 

 

=========

 

 

 クーデリアが大声を出した後すぐに 外に出ていってしまったので、残されたマイスとホムは、ふたりして首をかしげていた

 

「今日のことは忘れなさいって、いったい何のことをなのかな?」

 

「勢いで おにいちゃんを叩いたことでしょうか?」

 

「でも、それはもう謝ってくれてるし……」

 

 「じゃあ、何を?」と、ふたりそろって悩みだすマイスとホム

 

 

「……そういえば、元々クーデリアは 何の用で来てたんだろう…?」

 

「さあ?ホムにもわかりません……ん?これは……?」

 

 ホムがソファーのわきに置いてあったものに気がつき、持ち上げて テーブルの上に置いた

 それは、鉢に入った土から生えた 綺麗な花だった

 

「うーん…見覚えがないなぁ?」

 

「かわいらしいリボンで鉢が装飾されています。リボンで物を結ぶのはプレゼントの定石だと ホムは記憶しています。…これは おにいちゃんへのプレゼントなのでは?」

 

「えっ、僕に?なんで?」



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クーデリア編《後》

 《後》は第三者視点で書かれています


 …ロロナ編の時もそうでしたけど、《後》は基本的に短くなる運命みたいです。ご了承ください


============

 

 ロロナが3年間『王国依頼』を達成し終え、マイスが旅行を終えて 他の人たちに農業を教え始めてから、半年が経とうとしていた

 

 マイスの家の周りにあった林は随分と切り開かれ、農業を学びに来た人たちがくらすための木造住宅と 畑がだんだんと増えてきており、後に『青の農村』と呼ばれるようになる村の原型が できあがろうとしていた

 

 

 そんなある日のこと……

 

============

 

***マイスの家…の前***

 

 

「……ねぇクーデリア。これはいったい どういうことなのかな?」

 

「そ、それは…そのー……」

 

 珍しく 言葉が上手く続かないクーデリアに対して、マイスが困り顔で問いかける

 

「最近 ロロナが仕事で(いそが)しくて遊べないから、ロロナにくる仕事が少しでも減るようにって、僕に限界ギリギリまで街の依頼を受けてまわるよう頼んできたのは誰だっけ…?」

 

「…あたしです」

 

「学びに来てる人たちに教えることもあるから、僕がもの凄く忙しくなるのは 目に見えてわかるはずだよね?」

 

「ううっ……」

 

 マイスは大きくため息をつき、首を振った

 

 

「なんで、ロロナと一緒になって ウチに遊びにくるかなぁ…」

 

「そ、それは、ロロナが「ここ最近 マイスの家のお家に行ってないから、久しぶりに行こうよー!」って言って聞かなくて……」

 

「…押し負けたんだ」

 

「だって……ほら」

 

 クーデリアが ある方向を指差しながら そちらを見る。それにつられるようにマイスも そちらへと目を向けた

 

 

 そこにいたのは、マイスの家のウォルフを しゃがんで撫でながら 農業者見習いの人たちと楽しそうに話しているロロナだった

 そのロロナは マイスとクーデリアが自分のことを見ているのに気づいたようで、周りの人に 一言二言何かを言った後 立ち上がり、 マイスたちのほうへと 良い笑顔で駆けだしてきていた

 

 その様子を見ながら クーデリアはマイスに先程の答えを返した

 

「あんな笑顔で「行こうよー!」なんて言われたら ダメだなんて言えるわけないじゃない」

 

「わからなくもないけど……クーデリアって、ロロナに甘くない?」

 

「あんたは誰に対しても激甘じゃない。なんだかんだ言って 頼み事は聞いてくれてるし……まさか ロロナ指名の依頼2つ以外、依頼が全部無くなってるとはおもわなかったけど」

 

 

ふたりがそんなことを話しているうちに、ロロナがふたりのそばにたどり着いた。そして、自分のことをずっと見つめ続けるふたりを不思議に思い 首をかしげつつ、話しかけた

 

「……?ふたりとも 何を話してるの?」

 

 その問いかけに ふたりは顔を見合わせた後答える

 

「何って……まあ、たいしたことじゃないわよ」

 

「うん。ロロナは相変わらずだねーって話をしてただけだから」

 

「相変わらず?私の何がー?」

 

 

 

 答えを聞いても何もわからなかったから ロロナはさらに悩みだす。そんなロロナの様子を見て微笑むクーデリアだったが、ある程度 ロロナの様子を楽しんだ後に声をかける

 

「で、これからどうするの?」

 

「えっとね、今さっき ここのみんなにマイス君とお出掛(でか)けしていいか聞いてきてね、「いいよ」って言われたから 3人でちょっとお出掛けしようよ!」

 

「おでかけ?採取に行くの?」

 

「ううん。ここの周りをお散歩するだけだよー?…ちょっと探し物はあるんだけどね」

 

 

 「ここの周りに 何かロロナが欲しがりそうなモノってあったっけ?」とマイスが少し首をひねって考えた……が、ロロナの口から予想外の言葉が出てきて 驚かされることとなる

 

 

 

 

 

 

「前に アトリエに依頼にきた人から聞いたんだけどね!マイス君の家の近くの街道での目撃情報が多いらしいの! ()()()()()()()()()()()()()!ちょっと探してみよーよ!!」

 

「「えっ!?」」

 

 驚愕の声をあげたマイス。そしてクーデリアも マイスに負けず劣らずの声をあげた

 ふたりは口をポカンと開けてしまっていた。数秒後 先に正気に戻ったクーデリアが マイスに()びつき、その頭を両手でつかみ マイスを無理矢理(かが)ませて、小さな声かつ強い口調で 耳打ちするように言った

 

 

「ちょっと!あんたがあの毛玉だってことは ロロナにはまだ教えてないの!?」

 

「え、えっと…タイミングが無かったっていうか……そもそも、クーデリア以外で知ってるのは、リオネラさんとフィリーさん、それにホムちゃんくらいで……」

 

「なんで あのホムに教えてロロナには教えてないのよ!?」

 

「それは ホムちゃんが自分で気づいちゃったから、そのまま成り行きで…」

 

「理由なんて聞いてないわよ!!さっさと教えて……はっ!?そういえばロロナって あの毛玉を溺愛気味だったような…!それってつまり もし毛玉のことを知ったらマイスを…!?(ボソボソ」

 

「……?えっと、結局 今からロロナに教えたほうがいいの…?」

 

「教えなくていい!とりあえず ちょっと何処か行ってから毛玉に変身してきなさい!じゃないと 見つかるはずの無いヤツを延々と探し続けないといけないわよ!」

 

「えっ!今から!?いくら何でも それは不自然過ぎない?」

 

 

 

 

 ワーワーキャーキャーとふたり固まって内緒話(?)をし続けるマイスとクーデリア

 そんなふたりの様子をジィーっと見つめるロロナは、少し口を尖らせながら 独り言を呟いた

 

「ふたりが仲がいいのは嬉しいんだけど……なんで またふたりだけでお話しちゃうのかなー…?」

 

 口に出している間に、ちょっとイライラ感が心の中に溜まってしまったのだろうか。ロロナは(ほお)(ふく)らませ、「ぷんぷん!」といった効果音が似合いそうな怒り顔になっていた

 

 

「う~!くーちゃんもマイス君も!ふたりだけでおしゃべりしないでー!!」

 

 そう言いながら ロロナは屈んで話しているマイスとクーデリアに跳びついたた。そう、本当に ふたりに跳びついていったのだ。つまり……

 

 

 

 

「えっ!?ロロナ!?」

 

「ちょ、危な…!?」

 

「ふぇ…?あっ」

 

ゴチーン!

ドンガラガッシャーン!!





 『クーデリア編』も『ロロナ編』に続いてイチャラブはしませんでした。やっぱり、本編中に そういうフラグが無いと、歩み寄る時間が必要に……
 というか、今作のマイス君が草食系過ぎるのが 一番の問題かもしれません。『トトリのアトリエ編』では成長(?)していることを祈ります…


 きっと このふたりは、なんだかんだいって気が合うと思っています。クーデリアはピッチリカッチリですし、マイス君は 根っからの仕事馬鹿ですし……ただ、プライベートになると ロロナなんかが間に入ってたほうがスムーズになりそうなイメージです


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エスティ編《前》

 『ロロナのアトリエ・番外編』
 それは三年目で何も描写されなていない時期にもしかしたらあったのかもしれない話《前》と、その話があった際にきっとあるであろう後日談ED的な《後》 で構成された短編…

 原作『ロロナのアトリエ』でいうところの キャラ別の個別エンドの雰囲気を意識したものとなっています



 今回は エスティ視点です


 

 

「はぁ~…どうしようかしら…」

 

 ある日の昼下がり、私はため息をつきながら 当ても無く街中を歩いていた

 

 

 午前中に最低限の書類仕事を終わらせて、後は他の人たちに(まか)せることができたから 久々の休みを半日()ることが出来たんだけど……

 

「いざ仕事が休みになると、することに困るわね…。半日ってのも 出来ることが狭まちゃう原因だし…」

 

 寝る…ってのは なんだか勿体ない。お酒を飲みに行く…ってのも 時間が早すぎるし、ひとりなのもなー…

 はぁ…。普段仕事詰めなせいで こういう時に困ってしまうっていうのも悲しいものねぇ……

 

 

 そんなことを考えながら、なんとなく散歩を続ける…

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 ぶらぶらと歩き続けていたうちに、気づけば私は ある場所のすぐそばまで来てしまっていた

 

 『模擬戦用 演習場』、去年の『王国祭』のイベント『武闘大会』の会場となった場所だ。普段は 国勤めの騎士が鍛練のために使用する…ことが(たま)にある程度の 至って静かな施設である

 

 

 

 まあ、今日も相変わらず 人気(ひとけ)が無いんだろうなぁー……なんて思い、入り口の前を通りすぎてしまうとしたその時……

 

 

「     」

 

 

 通り過ぎようとした途中で立ち止まり、演習場の中を覗きこんでみる。…が、ここから見えるのは通路だけで、模擬戦を行う場所場までは見えなかった

 

「さっき聞こえた声、たーしかにステルク君だったと思うんだけど…」

 

 強制参加の演習があったりする場合を除けば、この演習場を使っているのは 大抵はステルク君だ。…本当にいるとすればだけど

 

「でも まあちょうどいいかも?ちょっと暇潰しに冷やかしにいってみようかしらねー」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「って、あら?」

 

 演習場で見たのは、私が想像していた「ステルク君が気合の声をあげながら剣をひとり振るう」という風景とは違っていた

 

 

 

「なるほど。確かに もうひとつと比べて酸味は強めだが、食感がしっかりとしている……私としては 今食べたこちらのほうが好みだな」

 

「そうですか! 僕もそう思ってて…。それじゃあ 今度作る時は、こっちの育て方をベースにして また色々と挑戦してみますね!」

 

 

 そこにいたのは、予想通りのステルク君と…そしてマイス君だった。ふたりは 演習場の片隅(かたすみ)に腰を下ろして 何かを食べていた

 

 

 

「ねえ、ふたりともー。何してるの~?」

 

 私がそう言いながら歩み寄っていくと、ふたりは私に気がつき 食べるのを止めコッチを向いた

 

「むっ?エスティ先輩?」

 

「あっ、エスティさん こんにちは!」

 

 私の登場に少し驚くステルク君と、いつも通りの調子で 元気に挨拶をしてくるマイス君。私はそれらに対し ヒラヒラと軽く手を振って返事をする

 

 

「で、何食べてるの?」

 

「ウチで育てた『パイナップル』ですよ。はいっ、エスティさんもどうぞ!」

 

 そう言ってマイス君は ひと(くち)(だい)に切った果肉を小型のフォークで刺し、私にフォークごと差し出してきた

 

 マイス君たちのそばに腰をおろした 私はそれを受け取り 果肉を口に運ぶ。噛むと溢れ出る果汁が 口の中に行き渡り、鼻にぬける匂いも素晴らしいものだった

 

 「もうひと口…」と『パイナップル』の入った容器に フォークを持つ手を伸ばし……そこであることに気づく

 『パイナップル』の入った容器はふたつ。…どっちがさっき食べたやつだろう?……まあ、マイス君に聞けばいっか

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ふぅ…ごちそうさま~」

 

 私が2種類とも数切れ食べたころには ふたつの容器は両方(から)っぽになっていた。もちろん私だけで食べきってしまったわけではなくて マイス君やステルク君も食べた結果だ

 

 そして、マイス君が 『パイナップル』が入っていた容器とフォークを片付けている間に、私は ステルク君にむかってジトーっと目線をむける。当然 ステルク君は私の視線にすぐに気づいて、困ったように眉をひそめてきた

 

 

「なんですか 先輩…」

 

「いやぁ~、 私が受付でせっせと仕事してる時に「鍛練に行ってきます」なんて言いながら こんな美味しいもの食べさせて貰ってたんだー、って思って。ステルク君、ずーるーい!」

 

「なっ!?こ、これは 鍛練に付き合ってもらう時 彼が毎回勝手に軽食を用意しているだけで…」

 

「へぇー、「毎回」って、やっぱり今日だけじゃなかったんだー。うらやましーいなー」

 

 「うっ!そ、それは まぁ…」と ステルク君はどもりながら答え、明後日の方向を見て目をそらしてきた……。まあ、ステルク君の反応を見て楽しんでるだけで、別に本当に責めるつもりはないんだけど……半分くらいはね?

 

 

「で、まだこれから鍛練するの?」

 

「ええ。今の時間は (あいだ)の小休憩なので、あと少ししたら 再開するつもりです」

 

 ステルク君の言葉を聞いて、私はあることを はたと思いついた

 

 

「あっ、ちょっと席はずすね!すぐ また来るから!」

 

 私はそう言い残して、ある準備をしに 『演習場』をあとにした

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

「先輩が走って出ていった時に だいたい予想はしていたが……まさか本当にくるとは…」

 

 そう言いながら 息を吐きながら首を振るのはステルク君。…いったい何がそんなに不服なのかしらねぇ?

 

 

 そして、ステルク君と鍛練をしていたマイス君はといえば…

 

「えっと…エスティさん、その格好は?」

 

 私の服装を見て、不思議そうに首をかしげていた 

 

 

 

 そう、私は 今 普段とは違った服装に着替えてきたのだ。それも戦闘用。剣をさげるベルトはもちろん、上着の裏なんかには 投てき用のナイフを仕込んであったるする

 

「ふっふっふ!ふたりの鍛練にまぜてもらって、久々に身体動かそうかなーって思ってね!」

 

 「えっ!?」と驚くマイス君に対し、ステルク君が口を開いた

 

「書類仕事ばかりのイメージがあって 想像がつかないかもしれないが、エスティ先輩はアーランド王国の王宮の中でもトップクラスの実力者なんだ」

 

「えっ、そうだったんですか!?」

 

「まあ、最近は『王宮受付』にいてばっかりだったから ちょっと(なま)ってるけど、これでもステルク君の先輩だからねー、ね?」

 

 私がそう言うと、マイス君はさらに驚き、ステルク君は苦虫を噛み潰したように 口をへの字に歪めた

 

 

 

「ステルクさんよりも……全然知らなかったけど、すごいなぁ…」

 

「何を他人事のように言っているんだ」

 

「え?」

 

「エスティ先輩はキミと打ち合うために こうして用意してきたんだぞ」

 

「あら。ステルク君、よくわかってるじゃなーい!」

 

「ええっ!?」

 

 

 さらにさらに驚くマイス君が声をあげるけど、それを聞き流しながら 私は腰から抜いた双剣を(かま)える。 すると、ステルク君は空気を読んでくれて、後ろへ下がり 私とマイス君から距離をとってくれた

 

 

「それじゃあ!いくわよ!!」

 

 有無を言わせることもなく 私はマイス君のほうへと突っ込んでいく

 

「そんな!?え、ええい!やるしかない!!」

 

 そう言ってマイス君も双剣を抜き……

 

 

 

 私とマイス君の剣が ぶつかり合う音が『演習場』に響いた

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「エスティさん、大丈夫ですか?」

 

 …少し肩で息をしているマイス君が 私のことを心配そうに見つめてきていた

 

 

「は、恥ずかしい……!」

 

 ええ 負けました、負けましたとも…!!

 あんな「私 強いのよー」って感じにいっておきながら マイス君に負けちゃったわよ!!別に怪我したわけじゃないけど、精神的なダメージが大きいわ…

 

 

「まあ、ある意味 当然の結果でしょう。先輩の速さに 時折(ときおり)危なげながらも ついてこれ、なおかつ単純なパワーでは彼が(まさ)っていました……。ブランクが無ければかなりの接戦が続いていたでしょう」

 

 ステルク君がそう評価をしてきたけど……

 

「むぅ…それって、ブランク無しでも マイス君と私は同格くらいってことー?」

 

「あくまで 私の勝手な予測ですから…!実際はどうだかわかりません。そう睨まないでくださいよ、先輩…」

 

 睨みたくもなるわよ…。実際、ステルク君の言ってたことはあってるし……

 

 はぁ…もう!こうなったら これからは鍛練の時間をちゃんと作ろうかしら?最近 鈍っていたのは事実だし、なんだか負けっぱなしなのは性に合わないわ

 

 

 

 

 

切磋琢磨(せっさたくま)! キミ達、(はげ)んでいるようだな?」

 

 

 そんな言葉が聞こえて、とっさに 声が聞こえた方へと目を向けた。そしたら そこには 顔の上半分を隠す形の仮面をつけたアーランド王国国王…もといマスク・ド・G(ジー)が立っていた……って!

 

「ちょっ!?こんなところで何やってるんですか!?」

 

「い、いやっ、そう大きな声を出すことでもないだろう!?…なに、鍛錬に励む姿を見て 少し血が熱くなったというかだな……」

 

 私の言葉に マスク・ド・Gは両手を顔の前あたりにだし、制止をかけてきた。が、今度はステルク君が近づきながら言い放った

 

「血が熱くなっただとか、そんなことを言っているヒマがあったら すぐに戻って仕事をしてください!だいたいあなたは…」

 

「そんなに まくしたてないでくれ!それに ほら、彼がひとり 困っているぞ!?」

 

 

 そう言われて思い出した。そうだ、マイス君もいるんだった

 マイス君は 私とステルク君、それにマスク・ド・Gを順にみて、不思議そうに首をかしげながらも 少し驚いている様子だった

 

「ええっと……知り合いだったんですか?」

 

 そう聞いてくるマイス君に対し、私はどう答えるべきか悩んだ

 確か マイス君と国王は仲良くしているっていう話だったけど……いちおう変装してマスク・ド・Gってことになってるんだし、いろいろと誤魔化してたほうが良いのかしら…?

 

 

「…まあ、知り合いっていうか、ね。ほら『武闘大会』に出てじゃない?」

 

「えっ!?ジオさんって『武闘大会』に出てたんですか!?」

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

 素の驚きの声をあげたのは 私とステルク君、それにマスク・ド・G…面倒だからもう国王(ジオ)でいいかしら……その3人だった

 

「…なるほど、ロロナくんとは違って 私の変装を見破れたのか」

 

 そうひとりで納得する国王に対して、ステルク君が鋭いツッコミをいれる

 

「いえ、普通 誰でも見破れますよ。 彼女が少し特殊だっただけです」

 

「……ステルク君。それって 何気に ロロナちゃんは変わり者っていってるわよね…?」

 

 いやまあ 私も否定はしないけど……

 

 

 それにしても、なんでマイス君はマスク・ド・Gのことを知らないのかしら…?

 

「あっ、そっか!マイス君は『医務室』に運ばれてたから 決勝戦の後のエクストラマッチのこと知らないんだ!」

 

「ああ、あれか。どこぞの騎士の大剣の下敷きにされた……」

 

 国王の呟きに チラリッと目を向けられたステルク君が「ぐっ!?」と苦々しい顔をする。…たぶん、何か反論したいんだけど、実際 アレは危なかったということがわかっていて 何も言えないんだろう

 そして、マイス君はといえば、「そういえば、クーデリアが『医務室』に来た時「決勝戦の後に色々あった」って言ってたっけ?」と、なにやら思い出していたようだった

 

 

 

 

「まあ、何はともあれ…」

 

 正体が隠せなかったため、必要がなくなった仮面を取りながら 国王がマイス君に向かって口を開く

 

「さきの闘いを見て、是非(ぜひ)とも キミと剣を交わしたくなったのだよ。…受けてくれるかな?」

 

「はい、かまいませんけど…」

 

 「エスティさんといい……今日はこういう日だって割り切ったほうがいいのかな?」というマイス君の呟きを 私は聞き逃さなかった……そんなに嫌だったりしたのかな…?

 

 

―――――――――

 

 

 キンッ  キキンッ

  カキン

 

 マイス君が振るう『双剣』を、国王が 一見 杖に見える『仕込み剣』でさばき、お返しにと言わんばかりに 『仕込み剣』が風を斬る…

 

 そんな打ち合いを 少し離れたところで私とステルク君は見学していた

 

 

「先輩の速さに ほとんどついていけてたので 予想はしてましたが、彼は王に 食らいつけてますね」

 

「んー、でも あれが限界じゃないかしら?だってあの人の速さって 私よりも上だし…」

 

 私たちがそんな会話をしだしたころ、戦っているふたりは一度ぶつかり、弾け飛ぶように 一旦ふたりの間が開いた。そして、また 間を詰め接近して打ち合いをはじめる……と思ったのだけど、マイス君が いきなり不思議な行動をした

 

 

 両手に持つ『双剣』を頭上にあげクロスさせ…

 

「たたみかけるっ!!」

 

 そう声をあげたかと思えば、むかって来ていた国王に急接近。そして、これまでとは比べ物にならないくらいの速さで『双剣』を振るいだしたのだ!

 これには さすがの国王も驚いたようで 身を引こうとしたようだったが、マイス君はそれを追うようにしながら連撃をたたき込んでいく

 

「…ムゥ…!?これは 手加減などとは言ってられんな!」

 

 国王も 先程までの「マイス君の実力を見定めるための様子見」をやめ、本腰で戦い出した

 

 

 

 ……と、ものすごい戦いをするふたり……なんだけど、私としては 私の隣にいるステルク君が…

 

「ねぇ、なんでそんな怖い顔してるの…?」

 

「あそこまでの速さ……俺との鍛練では一度も見せてなかった! くそっ!俺では まだ彼の本気を引き出せてなかったのか!?」

 

 うわっ…ステルク君ったら、珍しく こんなに熱くなっちゃって……一人称を「私」じゃなくて「俺」って言っちゃってるあたりからしても、かなりのものね

 まあ、それだけ真剣になれるくらい マイス君のことを認めてるってことかしら?

 

 

 

「ステルク君たちにも認められて、街の人たちからも人気があって……」

 

 …あの、病室で初めて会ったころの 暗いマイス君がウソのよう。今ではあんなにイキイキしてる

 

 

「すごいわね、マイス君」

 

 

 私の呟きは マイス君たちの闘いの喧騒に埋もれて、他の人の耳までは届かなかった…

 

「どうした!?遅くなってきたのではないか!?」

 

「まだまだぁー!!」

 





 戦闘描写は省かれてしまいました


 『新』ではない『ロロナのアトリエ』を原作に考えてますので、エスティさんは 少しブランクを多めに見積もって書きました
 なので、実際のところの実力としては

ジオ>エスティ>ステルク≧マイス

 ぐらいだと勝手に想像しています


…なお、「剣のみ」ではなく「何でもあり」だと、『錬金術士』がてっぺんを取りに来ます


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エスティ編《後》

 《後》は第三者視点で書かれています


 《後》はやはり短くなりました。ご了承ください…
 それと、これまでの《後》が3年目が終わってからの話だったのに対し、今回の《後》は3年目の終盤の話になっています


***王宮受付***

 

 

 『アーランド王国』では毎年 年末に『王国祭』という街をあげての大きなお祭りが開催される。その大きさ(ゆえ)に 少なくとも3ヶ月から準備がおこなわれる

 

 

 そして、その準備の中心になるのが王宮なのだが……今年は例年とは少し様子が違った…

 

 

 

「今年の『王国祭』は ありませーん……でも、仕事が少なくなるわけじゃありませーん!」

 

「先輩…何をおかしなことを言ってるんですか」

 

 カウンターに積まれた書類の間にデロンと体を倒し カウンターに()()すエスティに、カウンター外にいるステルクが 軽い溜息をつきながら首を振る

 

「そんなにやる気無さそうにされると、他の騎士たちにも影響が……」

 

「んなこと言われたって、早朝から来て作業してたのに まだこれだけ残ってるとか、やる気出せってほうが無理な話よー!」

 

 あと2時間ほどすれば 太陽が最も上にくるころだろう。早朝から、という話を聞いて さすがのステルクも驚き 同情しだしたようだった

 

 

 

「…それにしても、この書類の量……。一体、どういったものなんですか?」

 

「あー…、勝手に見ちゃダメよ?一応 結構重要な機密に関わる案件の書類なんかも混ざってるから」

 

 それを聞いてステルクは、カウンター上の書類に伸ばしかけていた手を止め 「…失礼しました」と言って手をひっこめた。…が、それとほぼ同時に 怪訝(けげん)な顔をして首をかしげた

 

「しかし、そんな重要な書類をこんなところでするというのは いささか…」

 

「……いやね、ステルク君。ツッコミどころはそこじゃないでしょうに」

 

「…?というと?」

 

 

「何で そんな重要な案件が私のところに来るのか、ってこと。普通こういうのは大臣とか もっと上の人……王様なんかが扱うべきものなのよ!」

 

 エスティがビシッと言い放つ…が、対するステルクは「なるほど…」と言いながらも いたって落ち着いた様子だった……ただし、少しコメカミがヒクついていた

 

「つまりは……また王は抜け出しているということですか」

 

「そうなのよー。全くもう あの人は…」

 

 

「「はぁ…」」

 

 

 

 ……余談ではあるが、ちょうど同じ時に 大臣の執務室で大臣がため息をついて、とある『アトリエ』にいた王がくしゃみをしたそうな…

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「仕事は増える一方で、長い休みが取れなくて 出会いも無く……このままじゃあ 私、数年後には「私は仕事に人生(ささ)げてるの!」なんて言っちゃう人になりそうだわぁ…」

 

「…先輩、何故そんなことを私に言うんですか…?」

 

「ステルク君が イイ人知ってたりしないかなーって思ってー」

 

「知るわけないですよ、そんなもの」

 

 

 「えー、ひどーい」とブーブー言うエスティを横目に見ながら、ステルクは この場を離れようと思い「『演習場』に鍛練でもしに行くか…」と考え始めた その時、ふと視線を向けた 街へと続く扉のほうから、見知った顔がこちらにむかって来ているのを見た

 

 

「エスティさん、おはようございます! あっ、今日はステルクさんもここにいるんですね。おはようございます!」

 

「おはよう、マイス君。元気そうで何よりねー」

 

 「その元気を私にも分けて欲しいわー」と心底(うらや)ましそうに言うエスティを 少し呆れ気味に見ながらも、ステルクも挨拶を返した

 

 

「ああ、おはよう。…私は特に用があるわけじゃなく、先輩の愚痴に付き合わさせていてな……」

 

「あら、ステルク君?用が無いなら 書類仕事手伝ってくれる?」

 

「見せられないような重要な案件もあると言っていたのは 何処の誰でしょう?」

 

「むっ…」

 

 

「あははは…、ふたりとも大変そうですね」

 

  マイスがそう言って話を流したことで、ふたりのにらみ合いも 一応は落ち着いたようで、マイスは軽く安堵の息をはいた

 

 

 

 

「そういえば マイス君は何のようだったの?依頼?」

 

 エスティがそう(たず)ねると、マイスはハッっと何かを思い出したような顔をし、手に持つカゴから何かを取り出し……それをエスティに手渡した

 

「……?なにこれ?」

 

 手渡された 布に包まれたものを見て、エスティは首をかしげながらマイスの問いかけた

 

 

「お弁当です!」

 

「へぇー…お弁当……ううぇ!?」

 

 突然声をあげて驚くエスティ。その声にマイスは驚かされ……そばで話を聞いていたステルクは二重の意味で驚かされていた

 

 

「ちょっ、なんでお弁当!?」

 

 そうエスティが聞くと、マイスはいたっていつも通りの様子で「それはですね」と答えた

 

 

「ほら、前に エスティさんが鍛練に参加した時があったじゃないですか。その時エスティさんが「鍛練の時にこんなもの食べてるステルク君羨ましい」みたいなことを言ってたのを思い出して…」

 

 「それで…」とニッコリ笑顔で言うマイスだったが、急にションボリしてしまった

 

「もしかして、もう お昼の準備 出来てたりしましたか…?」

 

「ううん、そんなことないわよ!むしろ嬉しくて また貰いたいくらいよ」

 

「そうですか!よかった…。あっ、もうひとつありますから、良かったらステルクさんもどうぞ!」

 

「あ、ああ、いただこう」

 

 

 

 「それじゃあ 夕方にまた来ますから、そのときに包みと容器は回収しますね!」と言って『王宮受付』を去るマイス。その背中を見送っていたエスティとステルクだったが、その時…

 

キュピーン!

 

 と、何かがひらめくような効果音を ステルクは幻聴し、それが聞こえた気がした方向…エスティのほうへと顔を向けた

 

 

「仕事に真面目だし、安定して結構稼いでるっぽいし、優しいし、頼りにできるくらい腕もたつし、無駄遣いしたりしている様子も無い(ブツブツ」

 

「エスティ先輩……?」

 

「顔は童顔っぽいけど整ってる部類だし、身長は……まだ成長期よね?私からも手を入れて ちゃんと育てれば…、ということは マイス君って 実はかなりの優良物件!?」

 

「先輩、さすがに歳差(としさ)を考え…ヌゥオゥ!?」

 

 何かがきらめき、ステルクは反射的に身をそらせた。それとほぼ同時に、コスンッという小気味いい音が聞こえ、ステルクの後ろにあった柱に 小型のナイフが突き刺さった

 

 

「ごめんあそばせ、手が滑ったわ。…っていうか、ステルクくんだって人のこと言えないんじゃないの?」

 

「なっ!?私が彼女を護衛しているのは、騎士として 街の外に出る人を護衛しているだけで、別にそういう気など…!」

 

「あら?私は「誰」とは言わなかったんだけど……ステルク君は随分(ずいぶん)と具体的な相手の想像ができたみたいねー。いやぁ誰なんだろーなー?(ニヤニヤ」

 

「っーーー!?し、失礼する!!」

 

 

 

 ステルクは小走りで何処ぞへと去っていき、残されたエスティは ひとり()みをうかべた

 

「ふっふっふ!マイス君……その時が来るまで (きよ)(すこ)やかに育ちなさい!」

 

 『王宮受付』に高笑いが響き……たまたま通りかかった大臣によってエスティは怒られた





 これまでの『ロロナのアトリエ・番外編』とは違って、これから始まりそうなのは「恋愛」じゃなくて「狩り(ハンティング)」だということに……けっこう書きはじめから気づいていました。だってエスティさんだもの


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ホム編《前》

 『ロロナのアトリエ・番外編』
 それは三年目で何も描写されなていない時期にもしかしたらあったのかもしれない話《前》と、その話があった際にきっとあるであろう後日談ED的な《後》 で構成された短編…

 原作『ロロナのアトリエ』でいうところの キャラ別の個別エンドの雰囲気を意識したものとなっています


※諸事情により、「ホム編《後》」は来週2/3更新予定です
 なので、中途半端な終わり方に感じてしまうかもしれません。ご了承ください


 00:00に投稿出来ていない、ここ最近
 書き溜めが無いとこうなってしまいます

今回はホムちゃん視点となっています


※※追記(2/2)※※
 明記し忘れてしまっていましたが、設定的には本編『ロロナのアトリエ編』の「ホム「モフモフしたあの子」」よりも後の話となっています
 つまりのところ、「マイス=金のモコモコ」をホムが知っている、ということです


 おつかいからの帰り道。ホムは一人、街道を『アーランドの街』へと歩き続けています

 

 数日間、街から離れていましたが、遠目に見えてきた街の様子は特に変わったところは無さそうでした

 ……まぁ、ほんの数日で目に見えて変わるようなことがあれば、大事なのですが……

 

 

 

 そのまま歩き続けていると、ふと、街道からそれた脇道が見えました

 それは、ホムも利用する道……マイス(おにいちゃん)が暮らしている家がある林への小道

 今はお使いの途中でなおかつ荷物も多いため、なーに会いに行くのも難しいと判断し、おにいちゃんの家に寄るという考えは止めにしました

 

 

 でも名残惜しさに似た感覚が少なからずあったため、歩きながらそちらに目を向けていたのですが……ふと、小道を通って林の暗がりから人が出てきたことに気がつきました

 

 ただその人物は、ホムが最初に思い浮かべた人物…おにいちゃんではありませんでした。ですが、知らない人物だったというわけでもありません

 あの服装、それに黒い長髪と遠目でもわずかに確認できる眼鏡……その他諸々の要因もありますので、間違えるはずはありませんでした

 

 

「ん?ホムか」

 

 ホムに気がついたその人物…グランドマスターの言葉に、ホムは明確に返事を返します

 

「はい、グランドマスター」

 

「こんなところで会うとは奇遇だな。なんだ?何処かに採取にでも行っていたのか?」

 

「マスターからのおつかいで、『ネーベル湖畔(こはん)』のほうまで採取に行っていました」

 

「あそこか……。ロロナは『泡立つ水』か『虹珊瑚(にじさんご)』あたりでも欲しかったのかもしれんな」

 

 グランドマスターは、そう言いながらホムの持つカゴのふたを右手で少し上げ、中の素材を値踏みするように観察していました

 もしかしたらグランドマスターは、何か自分が使いそうなものが無いか、確認しているのかもしれません……が、どうやら何もなかったようで、そのままカゴのふたから手を離して閉じました

 

 

「ところで……グランドマスターはおにいちゃんの家に行っていたのですか?」

 

「ん、まあな。とは言っても、奴は留守だったのだが……」

 

 そう言いながら、グランドマスターはその左手に持っている小さめの麻袋を軽くあげて見せてきました。わずかながらカチンッと高い音が聞こえたため、少なくともその人の頭程度大きさの袋の中には、ビン類が複数個入っていることが推測できました

 

「それは?」

 

「収穫物だ」

 

 グランドマスターはそう言って口角を少し上げ、ニヤリといった感じに笑いました

 

 ……「収穫物」と言われると、マイス(おにいちゃん)の家であることも相まって野菜や果物もしくは薬草などが連想されますが、先程の音からしても、そういうモノではないように思えます

 

 おそらくはグランドマスターが時々しているという、おにいちゃんの家にあるものを無断持ち出しでしょう。なので、収穫物というよりは戦利品……いえ、盗品とでもいうべきものでしょう

 ……ですが、以前、おにいちゃんからこの話を聞いた際には、おにいちゃんは「困ったものだよー、あははは」と笑い話のようにしていましたし、黙認に近い様子でしたので、そこまで問題となるようなことでは無いのでしょう

 

 

「奴の作るものには興味が引かれるものが少なからずある。中でも薬品系のものは特にな」

 

「そうなのですか? ホムは、むしろその方面はグランドマスターの知識の範疇なのだと思っていました」

 

 ホムの言葉に、グランドマスターは「そうでもないさ」と首を振ってみせました

 

「もちろん、私が全く理解出来ないほど飛び抜けたものがあるわけじゃない。だが、中々のものだぞ?特に農業用の薬品に関しては、私の想像以上に種類があったな」

 

 農業用……確かに、おにいちゃんには最も関係が深そうなものです。実際に使っている場面を見たことはありませんが、きっと知らないところで活用していることでしょう

 

 ……ホムはそう考えていたのですが、どうやらグランドマスターが目を付けたのは別の点だったようです

 

「一番興味深いのは、薬品の種類が傷薬や解毒薬などの「戦闘用」とさっき言った「農業用」の二種類がほとんどを占めていたことだ。他のものも数個ありはしたが、あまりにも少なかった。これは奴だったからそうなのか、それとも奴が前にいたという世界がそういう傾向にあったのか……」

 

 グランドマスターが気になっているのは、どうやら薬品そのものというよりも、そこから読み取れるおにいちゃんが元いた世界の技術や文化のほうだったようです

 それがグランドマスターの研究の何かしらに役に立つのか……それとも、ただの単なる興味本位なのか……それはホムには計り知れない事です

 

 ……それにしても、グランドマスターはいつの間におにいちゃんが別の世界から来た…らしいことを知ったのでしょうか? やはりこの様子だと、おにいちゃんがあのモコモコした子であることも、知っていても不思議ではありません

 

 

 

 そして、それとは別に気になったことがあったため、ホムはグランドマスターに問いかけてみることにしました

 

「グランドマスター。あちらのことが気になるのであれば、おにいちゃんに直接聞いてみればいいのでは?」

 

「それでは暇潰しにならないだろう?なにより、面白くない」

 

「なるほど。納得しました」

 

「まぁそもそも奴は一度記憶喪失をして、まだ完全に回復しているとは言えない状態だからな。聞いたところで、肝心な部分が抜けていてりして逆にモヤモヤしてしまうことだろう」

 

 付け加えられた内容で、さらにホムは納得しました

 

 

 

 

 

「時に、ホムよ」

 

「何でしょう?グランドマスター」

 

「前々から気になっていたんだが……何故、お前は奴を「おにいちゃん」と呼ぶんだ?」

 

 

 グランドマスターが眼鏡の位置を正す仕草をしながら言った言葉に、ホムは少し首をかしげてしまいました

 

 別段難しい質問だった、というわけではありません

 思い返せばその理由もすぐにわかりそうなくらいなのですが……何故かホムは、その質問を不思議に思ってしまっていたのです

 

 

 わずかに出来てしまった沈黙の時間

 

 

 そこでグランドマスターが何を思ったのかはわかりませんが……ホムが口を開く前に、グランドマスターが一足早く口を開きました

 

 

「ホム、命令だ。お前は今しているおつかいが終わったら、その理由を考えろ。わかったな?」

 

「わかりました、グランドマスター」

 

 ホムが返事をすると、グランドマスターは「では、門のあたりまで共に帰るとしようか」と歩きはじめました。ホムはその数歩後ろをついて行きます……

 

 

============

 

「ネコの一件で、本来ありえないはずの『感情』の芽生えがあったから、あるいは……。しかし、面倒な方向に転がらなければいいんだが……」

 

「……?どうかしましたか、グランドマスター?」

 

「いや。なんでもないぞ、ホム」

 

============

 

 

 

――――――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

「ただいま帰りました」

 

「あー。おかえり、ほむちゃん」

 

 何故かアトリエには帰らずに他所へと行ってしまったグランドマスターと別れ、一人でアトリエに帰りついたホムを出迎えたのはマスターでした

 調合の最中のようで、釜をかき混ぜ続けながら顔だけこちらを振り向いてきました。集中が乱れてしまわないか少しだけ心配でしたが、どうやら問題無いようで、釜の中の反応は正常に行われているました

 

「ちょっと待ってねー。もうすぐ終わるから」

 

 そう言ったマスターは再び釜のほうへと視線を戻します

 ホムはその間に軽く身なりを整えて、その後に採取してきたカゴの中身を種類・品質ごとに整理し始めます

 

 

 ホムが整理の作業を終えたのとほぼ時を同じくして、「できたー!」というマスターの元気な声が聞こえてきました。どうやらマスターの調合も終わったようです

 

「おまたせ、ほむちゃん。採取、どうだった? 何か危ないこととかあった?」

 

「いえ、問題はありませんでした。採取したものはこちらです」

 

 ホムが採ってきたものを確信しだすマスター。同じ確認でも、街道でグランドマスターがしていた時とは随分と雰囲気が違います。やはりマスターが鼻歌交じりでしているからでしょうか?

 

「……うんっ!いっぱい採って来てくれたんだね! ありがと!」

 

「いえ、ホムはホムの役目を果たしただけです」

 

「そんなことないよー。えらいえらい」

 

 そう言ってマスターはホムの頭を撫でました

 

 

「ふんふーん……あれ?」

 

「……?どうかしましたか?」

 

「なんだかほむちゃん、少しだけ眉間にシワが寄ってて……もしかして、嫌だった!?」

 

 マスターはホムの頭の上に乗せていた手を引っ込めて、困ったような、申し訳なさそうな表情になりました

 

「そういうことはなかったのですが……」

 

 撫でられるのは、特別好きでも嫌いでもないくらいで……でも、マスターはホムの眉間にシワが寄っていると言いました

 

「じゃあ、お腹が痛いとか?」

 

「ホムの身体に異常はありませんが?」

 

「ほか…ほか……何か悩み事?」

 

「ホムに悩みは…………あっ」

 

 「無い」と言おうとしましたが、寸前のところで思い当たる事がありました。ですが、悩み事とまで言えるかどうかは微妙なのですが……

 

「何かあるんだね!わたしに言ってみてよ! ほむちゃんの悩みかぁ……うーん、何だろう?」

 

「実は、グランドマスターから少し変わった質問をされて……」

 

「師匠から?」

 

 予想外だったのか、マスターは少し驚きながらも興味深そうにしています

 

 

 

 

「おにいちゃんのことを何故「おにいちゃん」と呼ぶのかを聞かれました」

 

 

「ふんふん……えっ、それだけ?」

 

「はい。それだけです」

 

 「え、ええー?」と、先程までの勢いが空回りしてしまったようでマスターは気が抜けてしまい、全体的に力が抜けてしまったようです。なんだか、だるーんっとしています

 

 

「それって、確かアレだよね? ほむちゃんがわたしの妹のような存在で、わたしがマイス君の事を弟みたいに思ってるから「ほむちゃんからするとマイス君はおにいちゃんになるのかなー」って話……だったよね?」

(『ロロナのアトリエ編』タントリス「あんまり気は進まないな……」参照)

 

「はい。マスターの感じたものから、そう導き出しました」

 

「それじゃあ、別に何にも……あっ、そっか! あの時、わたしが「師匠には内緒にしてね」って言ったから、言えなかったんだ」

 

 手をポンと叩いて納得するマスターでしたが、それは違うのでホムは首を振り否定します

 

「いえ、ホムに対する最終的な権限は生みだしたグランドマスターにあるので、伝えることは可能でした」

 

「えっ? それじゃあ、あの時の口止めってあんまり意味がなかった?」

 

「秘密にする対象がグランドマスター以外であれば、効力はありますが……」

 

 ホムがそう言うと、マスターは「そんな~」と肩を落としてしまいました……が、すぐに顔を上げてキョトンとします

 

 

 

「あれ?それじゃあなんで困ったの? さっきの話をすればいいだけなんじゃあ……?」

 

「そうなんですが……でも、ホムはその質問を不思議に思ってしまったのです」

 

 理由はわからないわけではありませんでした。でもあの時、ホムの中では一瞬真っ白になったような……変な空白のようなものができてしまっていました

 

 

「おそらく、グランドマスターによる予想外の質問に、ホムの一瞬思考が停止してしまったのではないかと思っているのですが……。でも、今、改めてあの問いについて考えても変な感じがします、どうしてでしょう?」

 

「うーん……」

 

 マスターはうなりながら首をひねり、ホム以上に悩みこんでしまいました

 

 

 ……そして、少ししてから、ゆっくりと口を開きはじめました

 

「師匠の質問が予想外だった、っていうのは、たぶん……たぶんなんだけど理由はわかる気がする」

 

「本当ですか?」

 

「きっと、マイス君の事を「おにいちゃん」って呼ぶのが、ほむちゃんにとって()()()()()()()になってたんじゃないかな? だから「どうして?」って聞かれても「えっ?」って逆に疑問に思っちゃったんだと思うよ?」

 

 マスターにそう言われて、ホムは納得しました

 確かに、慣れというものがあったかもしれません。そして、それについて問われると疑問に思ってしまう……というのも、わからなくはありません。理解できる事象です

 

 

「……そうなると、あの問いに未だに感じる変な感覚はなんなのでしょう? 何か関連が…?」

 

「無くは無さそう……かな? でも、よくわかんない」

 

 そう言うと、マスターはまた悩み込んでしまいました……

 

 

 それにしても、困りました

 

 知っていることに対しすぐさま答えられないとなれば、それは大変な欠陥となります。そしてその欠陥は、グランドマスター、そしてマスターのために働くというホムの役目が十分に果たせなくなるということに繋がりかねません

 

 

 

 

 仕方がないので、マスターに今現在の仕事の進行状況に問題が無いか確認し……、余裕があるそうなので、このことについて考えるために時間を貰うことにしました

 

 何故「おにいちゃん」と呼ぶのか、その理由を考える……

 グランドマスターから出された命令のために、ホムは再び考え始めました

 

 

 何か、この感覚の手掛かりがあれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・作業場***

 

 

「というわけで、来たのですが……何かわからないでしょうか?」

 

「うん…………どういうこと?」

 

「なー?」

 

 そう言って呆けた顔をしているのは、『薬学台』と呼ばれるらしい机の前のイスに座っているおにいちゃん。……おそらく、グランドマスターとは入れ違いで帰って来て、いつの間にか無くなっている薬品を補充するために調合をしていたのだと思います

 そして、ホムの腕の中にはなーがいます。さっき、『作業場』に来る前にリビングダイニングのほうで見つけたので、抱き抱えてここまで来ました

 

 

 とりあえず、ちゃんと話をするためにここまでの事の流れを説明したところ……

 

 

「いやー…、そもそもの呼ぶようになった原因、今初めて聞いたんだけど?」

 

「そうだったでしょうか?」

 

「うん。呼ばれ始めた頃に「何で?」ってホムちゃん聞いたことはあったけど、教えてくれなかったし」

 

 言われてみれば、そんなこともあったような気がします。うっかりしていました

 ……まあ、それは大した問題ではないと思うので、話を進めていってほしいです

 

「でも、なんで僕に聞くの?」

 

「この件の当事者は、ホムとおにいちゃんなので」

 

「いや、ホムちゃんの気持ちの問題なんだし、ホムちゃんだけなんじゃ……」

 

 困ったような顔をしてそう言ってくるおにいちゃんですが、そんな顔をしたいのはホムのほうだと主張します

 自分自身のことがよくわからなくなるなど、困ったことです。そのうえ、これからの活動に支障をきたしてしまうとなればなおさらです

 

 

 

「何かわかりませんか?」

 

「えっと、質問を質問で返しちゃうんだけど……なんで、ロロナは「おねえちゃん」じゃないの? さっきの理屈だと呼びそうなんだけど」

 

「それは、グランドマスターから禁止されているからです。ついでに丁寧口調以外も禁止されています」

 

「禁止? なんで?」

 

「グランドマスターが言うには「私の事を「お姉さま」と呼んでくれないのに、自分のことをホムに「おねえちゃん」と呼ばせるのは……ズルいぞ!」とのことです」

 

「ええぇ……」

 

 また困った顔をするおにいちゃん

 ……ちゃんと、ホムのこの感覚の原因を考えてくれているのでしょうか? 少し不安になります

 

 

 そう思ったホムでしたが、その不安をよそに、おにいちゃんはアゴに手を当てて何かを考え始めました

 そして……

 

 

 

「……名前で呼びたくなかったから?」

 

「期待したホムが間違いだったのでしょうか? 過去最大の落胆を感じました」

 

 ホムがそう言うと、おにいちゃんは「あははは……」と苦笑いをしました

 

「そこまで言われると、さすがに落ち込むかも…。でも、僕はそうかなって思ってね?」

 

 妙に自信があるおにいちゃんを変に思いながらも、ホムは首をかしげてみせておにいちゃんに言葉の続きをうながしました

 

 

「ホムちゃんに「おにいちゃん」って呼ばれ始めた頃、実は僕、むずがゆいっていうか……かなり違和感があったんだよね。正直なところ、あんまり好きじゃなかったかも」

 

 それは初めて知りました。……なんだか笑って誤魔化している気はしていましたが、そんなふうに感じていたとは

 

「でも、いつの間にか慣れちゃってて。おかげで今じゃあ逆に「マイス」なんて呼ばれたほうが違和感があり過ぎるくらいになっちゃってるかな。……もしかしたら、ホムちゃんにも似たような感覚があるんじゃないかなって」

 

「ホムにも、ですか?」

 

 そう疑問を口にすると、おにいちゃんからは「かも、ってだけだよ」とこれまでよりも自信のなさそうな返答がきた。……ということは、やはり「慣れ」からくるものなのでしょうか?

 

 

 でも、最初に思っていたよりもホムには「確かにそうかもしれない」と思えるものでした

 

 

 おそらく、今でも出会った頃、例えば……今ホムが抱き抱えているなーをホムが拾い、グランドマスターに元いた所に捨ててくるように言われた時。まだ子供だったなーを中々捨てられなかったホムがおにいちゃんと会ったのですが、あの時は「マイス」と呼んでいました

 

 ホムは、今でもあの時のようにおにいちゃんのことを「マイス」と呼べなくはないでしょう

 ……ですが、何故か、こう……胸のあたりに穴があいたような、変な感じが……違和感があります。……こういうことを「喪失感(そうしつかん)」というのでしょうか?

 

 

 

 本当に、何故だかわかりませんが……想像しただけでも感じるその感覚が、ホムにはとても嫌なものに感じられました

 

 

 

 

「…………ちゃん……ホムちゃん?大丈夫?」

 

「……っ、はい問題ありません」

 

 どれくらいの時間、考え込んでいたのでしょうか

 

 気づけばおにいちゃんの顔が先程よりも近くにありました。ホムの腕の中のなーも、心なしか心配そうに見上げてきているような気がします

 そして、思考に浸ってしまっていたホムを心配したのか、いつの間にかおにいちゃんがホムの両肩に優しく手を乗せていまして

 

「急に黙って、苦しそうな顔してたけど……本当に大丈夫?」

 

 心配するおにいちゃんに再び「大丈夫」と伝えようとしましたが……それは、途中で止まってしまいました。他でもない、おにいちゃんの手によって

 

 

 

 ホムの肩に乗っていたおにいちゃんの手

 その片方、右手が離れてゆき……そのままホムの頭へとゆきます

 

 ヘッドドレスを避けながら動くおにいちゃんの手は、ホムのことをよく撫でるマスターとはまた違った何かが感じられました……

 

 

 

「……おにいちゃん」

 

「ん?どうかした?」

 

「もう少しだけ、こうしていてもらえないでしょうか?」

 

「……いいよ。ホムちゃんは、いつもお仕事がんばってるからね」

 

 

 

 

 

 

 

「かわりに、後からモコモコしたおにいちゃんのブラッシングをしてあげます」

 

「えっ…? それ、必要かな?」

 

「必要です」

 



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ホム編《後》

 《後》は第三者視点で書かれています

 設定としては《前》の話から飛んで、本編『ロロナのアトリエ編』のエピローグ後の時間軸となっています


 

============

 

 ロロナが3年間『王国依頼』を達成し終え、マイスが旅行を終えて 他の人たちに農業を教え始めてから、少し経たったころ

 

 

街の人たちから信頼を得たこともあって、依頼が舞い込んでくるようになった『ロロナのアトリエ』。時には依頼が多く集まり過ぎてロロナたちは時間に追われることもあり、誰かに手伝って貰うことも

 

 そんな日々の中であっても、ときどき依頼の数・期限に余裕があり、休暇を取る事が出来る日もあった

 

 これはそんな日のできごと……

 

============

 

 

***マイスの家***

 

 普段は部屋の中央のあたりに置かれているテーブル。それが今日は玄関のあるほうの壁の窓の方へと寄っていた。ソファーは定位置から移動していないものの、2()()のイスはテーブルと共に窓際に寄っている

 

 そのテーブルの上にあるのは、ティーポット、ティーカップ2()()、そして食べ途中の『パイ』が2つだった

 

 

「む~……」

 

「…もう、さっきからどうしたのよ」

 

 イスに腰かけて窓から見える外…マイスから農業を学びに来た人たちのために新たに(ひら)かれた畑のほうをじーっと見つめ続けているロロナに、対面する位置のイスに座っていたクーデリアが声をかける

 

「せっかく『パイ』を作って遊びに来たのに、マイス君……」

 

「約束も無しに来たら、こうもなる可能性も十分に考えられたことでしょ。あいつだって忙しくなってるんだから。諦めて、こっちはこっちでゆっくり食べましょう」

 

 そう。ロロナはホムと一緒に『パイ』を作り、マイスの家へと出かけたのだ。その際にたまたまアトリエを訪れたクーデリアも一緒に行くこととなったのだが……

 着いてみれば、マイスは農業を教えている人たちに対し、本格的な指導に入りだしたところだった。さらに間の悪い事に、指導を終えた後の軽食のために人数分の『クッキー』をすでに用意しているとのことで、ロロナとしては残念な状況となってしまったのだ

 

 

「あっ、そろそろ作業が終わりそう?」

 

「でも、あいつはこっちに来ないと思うわよ? 性格からして、教え子たちに外で『クッキー』を食べさせておいて、自分だけ『パイ』を食べに家に戻るってことはしそうにないでしょ?」

 

「うー……」

 

 ……なら、帰らないのか?

 何故、わざわざマイスの家でふたりで『パイ』を食べているのか?

 

 それには色々と理由があるのだが……

 その中の一つが、ちょうど作業を終えて『クワ』や『ジョウロ』といった農具を一か所に片付け終えた見習いの人たちが行く、手などを洗うための水場のある井戸近くに待機している、真新しいタオルを人数分用意して待っているホムだった

 

 ロロナたちと一緒に来たホムだったが、忙しそうに指導をしているマイスを見てすぐに「ホムもお手伝いします」と自ら買って出たのだ

 

 

 農作業での汚れを粗方流し終えた見習いの人たちにタオルを渡し終えたホムは、畑と農具の最終確認のために少し遅れて来たマイスに最後のタオルを渡す

 

「あっ!」

 

「っ!? ど、どうしたのよ、いきなり」

 

「マイス君、またほむちゃんに「おにいちゃん」って言われてた。うぅ…やっぱり、ちょっとズルい……」

 

「ずるいって、かなり前からずっとそう呼んでたじゃない。何を今さらいってるのよ」

 

 そう言いながらティーカップを傾けお茶に口をつけるクーデリア。そして、のどを(うるお)した後、再び口を開いた

 

 

「それに、あんたも「おねえちゃん」って呼ばせればいいじゃない」

 

「師匠がほむちゃんに禁止って言ってて、師匠が旅に出てからお願いしても呼んでくれないの……」

 

 実に……実に残念そうにするロロナ

 そんなロロナを見て苦笑いをしてしまうクーデリアだったが、何を思ったのかふと首をひねり、ロロナに問いかけた

 

「でも、それってマイスのことは「おにいちゃん」って呼んでもいいってことなの? アストリッド(あいつ)がこの事を知らないとは思えないんだけど…?」

 

「ああっ、それはー……ちょっと前に色々あったみたいで。師匠がほむちゃんに「何で「おにいちゃん」と呼ぶのか、考えてこい」って言った事があったみたいで……そこで、許可が出たみたいだよ」

 

 「その場にわたしはいなかったんだけど、後からほむちゃんから聞いたの」と付け加えるロロナ

 その時には話が回ってこなかったため知らなかったため、そのことを知らなかったクーデリアはというと、「へぇー」と興味があるのか無いのかわかり辛い返事を返していた

 

 

「ええっとね。ほむちゃんはわたしとかと話した後に、すっごく考えた上で答えたらしいんだけど……その、「呼びたいと思ったから呼んでいる」って師匠に言ったらしいの」

 

「……それ、答えになってるの?」

 

「わ、わからない……けど、師匠からはOKがもらえたってホムちゃんは言ってたよ。……あっ、あと、師匠に「もし、呼んではいけないのであれば、おにいちゃんにグランドマスターのことを「お姉さま」と呼ぶように頼みますので、どうか呼ばせてください」って言ったら「私にそんな趣味は無い!」って返された…とも言ってたよ」

 

「……どこからツッコめばいいのかしらね、それは…?」

 

 眉間にシワを寄せ、おでこのあたりに手を当ててため息をつくクーデリア

 

 

「ま…まぁ、師匠の感性とか基準がよくわからないのは、今に始まったことじゃないし…………」

 

 そう言いながら、ロロナは窓の外を改めて見て……ピタリッとその動きを止めた

 それを見てクーデリアは「今度はどうしたのか…」と、クーデリア自身も外を見た

 

 そこには、手などを洗い終え、畑のそばの草原に腰をおろした見習いの人たち。その人たちに一人分づつに分けた『クッキー』を配っているマイスと……その後ろをついて行き『お茶』を配っているホムの姿

 

 特に驚く光景でも無かったがなんとなくではあるものの、クーデリアはロロナが何を考えているのかを察した

 

 

「……ああして後ろを付いてまわってるのを見ると、仲が良い兄妹にも見えなくはないわよね、あの二人」

 

「わ、わたしとほむちゃんでも、きっとそう見えるよ!?」

 

「あんたとってなると……一緒に調合作業してる印象があって、「仕事仲間」とか「部下と上司」っていう感じが強い気がするわ……」

 

「……うん。ごめんね、わたしも最初のことからそんな気はしてた…………」

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・前***

 

 

 ロロナとクーデリアがそんな会話をしている中、『クッキー』と『お茶』をそれぞれ配り終え2人分だけ手元に残ったマイスとホムは、お互いに『クッキー』と『お茶』を1人分受け渡した

 そして、マイスが草原に腰をおろし、そのそばにホムも座った

 

「それじゃあ、僕らも食べよっか」

 

「はい」

 

 そう言ったふたりのそばに……正確には座っているホムの膝の上に、何処からか現れたネコ・なーが飛び乗った

 

 

「……なーも『クッキー(これ)』が欲しいのですか?」

 

「な~」

 

「そうですか。では」

 

 ホムは手元の『クッキー』の一枚をなーが半分に割り、その片割れを手に平に置いて膝の上のなーの顔の前へと差し出した

 跳びついたりすることもなく、なーは行儀よくゆっくりと食べ始める

 

 

「ほむちゃん」

 

「……おにいちゃん? どうか…ハムッ」

 

 名前を呼ばれて、なーから目を離し、顔だけマイスのほうを向いたホムだったが、その口に何かが入れられた

 

「モフ……モフ……んっ。……どういうことでしょう?」

 

「あははっ、なーに食べさせてあげている間はホムちゃんは食べ難そうだなって思って。あと、なーにあげた分、ホムちゃんの『クッキー』が減っちゃったから僕のを分けてあげたくってね」

 

「そう、ですか。……ありがとうごさいます」

 

「どういたしまして」

 

 

 そう言って、マイスは次の一枚を自分の口に運んだ……のだが、ホムの視線が未だにマイス(自分)へ向いていることに気付き、首をかしげた

 

「……?もしかして、顔に『クッキー』のかけらか何かがついちゃってる?」

 

「いえ、そうではなく……ただ、おにいちゃんもホムの事を何か別の呼び方をすればいいのでは?…と思っただけです」

 

「別の呼び方……?」

 

「「妹」、「お前」、もしくはあだ名…………いえ、やっぱりホムのことは「ホムちゃん」のままでいいです」

 

 少し考え込んだホムだったが、自分で言ってみてしっくりこなかったのか、すぐに前言撤回した…………が、

 

 

 

「わかったよ。…………い、(いもうと)ちゃん?」

 

「……ですから、「ホムちゃん」のままでいいと……」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「わたしも、師匠みたいに禁止令出してみるべきかな…?」

 

「やめてあげなさいよ。いちおう、あんたが二人のお姉さんなんでしょ?」

 

「うう……でもー」



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フィリー編《前》

 『ロロナのアトリエ・番外編』
 それは三年目で何も描写されなていない時期にもしかしたらあったのかもしれない話《前》と、その話があった際にきっとあるであろう後日談ED的な《後》 で構成された短編…

 原作『ロロナのアトリエ』でいうところの キャラ別の個別エンドの雰囲気を意識したものとなっています


※諸事情により、「フィリー編《後》」は来週2/24更新予定です
 なので、中途半端な終わり方に感じてしまうかもしれません。ご了承ください


 「リオネラ編」は構想の練り直しのため後に回されました


 今回はフィリー視点となっています。普段は書かないので慣れませんね……



 

 

「ねぇ、フィリー?」

 

「は、はいぃ……」

 

 わたしの前にいるのはお姉ちゃん。ものすっごく怒ってる……けど、それと同じくらい呆れているみたい

 

 

「今回はいきなりではあったけど、そう難しい事じゃなかったはずよ」

 

 お姉ちゃんが言っているのは、私に時々言ってくる「おつかい」の事

 何を考えているのかはわからないけど、お姉ちゃんは時折、「~してこい」「~うを~まで買って来い」とか、そういった命令をしてくることがある。それらはだいたい知らない人たちと話したりしないといけない無理難題で、私には難しい事ばかりだった

 

 そんな「おつかい」のおかげでマイス君と知り合えたわけだから、大っ嫌いってほどでもなかったりはするけど……

 それに、マイス君が手伝ってくれることもあったし……

 

 

「聞いてる?」

 

「はいぃ!?」

 

 お姉ちゃんの凄みのある声に、飛び上がってしまう

 

「今回は『王宮受付(ここ)』に物を届けるってだけで凄く簡単だったのに、何で騒ぎを起こすくらい大事にしちゃうのかしら」

 

 

 そう、今回の「おつかい」は至って単純。お姉ちゃんが()()()家に忘れたお弁当を、お姉ちゃんが仕事をしている『王宮受付』に届けるだけだった

 

 わざと……というのは……朝、お姉ちゃんが仕事に行くのを見送った後のこと

 マイス君の家に行ってみようか、リオネラちゃんが人形劇をしそうな『広場』のほうへと行ってみようか考えながら、身支度を整えようと自分の部屋に戻ろうとしたところ、テーブルの上に見覚えのある包みがあった

 それは、お姉ちゃんが職場に持っていくために用意していたお弁当。私はついさっき家を出たお姉ちゃんをすぐに追いかけるべきかと悩んだ……

 

 ……けど、そんな私の目に、包みのそばに置かれていた紙が写った。その紙には……

 

『お昼頃に持って来て! エスティ』

 

 ……それを見た瞬間、「おつかい」なんだと気がついた。お姉ちゃんの名前のそばに小さく書かれている『がんばれ!』という文字が、むしろ私のやる気を削いでいた

 でもそれ以上に、これを無視して何もしなかったら大変なことになることぐらい、私もわかってた。……どうなるかは、これまでに何回も体験してるから

 

 そんなわけで、身なりを整えて昼前に家を出て『王宮受付』へと向かったんだけど……たどり着くその寸前で私の「おつかい」は失敗に終わってしまった

 

 

「だ、だって……あの人が、私が前にぶつかったのをまだ怒ってて、凄い目つきで睨んできてたから……」

 

 そう、前にマイス君に手伝って貰った「おつかい」の時に『王宮受付』の近くでぶつかってしまった騎士の人……その人とまた、今日『王宮受付』の手前で会ってしまった。それも怖い顔で私をジーッと見てた

 

「だからって、その場で倒れることはないでしょ……。おかげで大騒ぎになるわ、お弁当の中身は中でグチャグチャになるわ、ステルク君は落ち込むわで大変だったんだからね」

 

 そう言ったお姉ちゃんは、今日の内で一番大きなため息を吐いた

 

「大体あんたはねぇ……」

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

「……っていうことがあったの」

 

「へぇ、そんなことが……」

 

 お姉ちゃんの説教をなんとか耐えた私は、逃げ込むようにマイス君の家へと行ってた

 そして、()()()に置いたマイス君とお愚痴交じりの喋りを今まで続けていた

 

「いくら家からそう遠くないとは言っても、知らない人もたくさんいる『王宮受付(あそこ)』に一人で行くのも悩んだりはしたけど、ちゃんと行こうとしたんだよ? なのにお姉ちゃん、ずーっと私の事を怒り続けて……」

 

「エスティさんは、怒り続けちゃうくらいフィリーさんに期待してたんだよ。それだけ、フィリーさんの変化を感じてたんじゃないかな? だから、その分、強く言っちゃったんだと思うよ」

 

「だからって~……うぅ、全部、あの怖い騎士さんのせいなんだ……」

 

「……ステルクさんも大変だっただろうなぁ」

 

 マイス君は小声で、私じゃなくてその騎士さんのことを気にかけた呟きをこぼした

 それにちょっとだけムッっとしてしまった私は、無意識のうちにマイスくんを抱きしめている腕にちょっとだけ力を込めてしまっていた。……けど、腕がフワフワの毛に埋まっただけで、マイス君自身にはそこまで影響は無かったみたい

 

 

 ……というのも、今、マイスくんはモコちゃんの姿になって、ソファーに座っている私の膝の上に座っている。そして、そんなマイス君を抱きしめるようにして私が手を回しているのだ

 これはモコちゃんがマイス君だと知らない頃からやっていた体勢なんだけど、特にモフモフするのに向いている。……でも、最近はお話する時もこうしていることが多い

 

 

 私が、抱きしめた腕でモフモフを感じていたところ、マイス君が少しだけ顔を後ろにいる私のほうへと向けて問いかけてきた

 

「ねぇ、まだ人と話すのは苦手なの?」

 

「……うん。まだちょっと……。リオネラちゃんや、あと、このあいだの王国祭の時に会ったロロナさんくらいならまだ話せるんだけど……知らない人、特に男の人はやっぱり怖くて……」

 

「そっか…。でも、間違いなく僕と初めて会った時よりもお話しできるようになってるから、この調子でゆっくりと人見知りを克服していけばいいと思うよ」

 

 マイス君はそう優しく私に言ってくれた

 

 私だって、自分が人見知りだということはわかってる。人と話すのはだいのにがてなんだから……でも、少しだけでもなんとかしようって気持ちもあるにはある

 けど、やっぱり、一番の問題はお姉ちゃんなんだよね……。人見知りの私に無茶を言ってくるのもお姉ちゃんだし、私にあれこれ言ってくるのもお姉ちゃんだけだし……ううっ、でも、無視とかしてしまうのはやっぱり怖いぃ……

 

 

 

「そういえば……マイス君って、前にもこんなことをしたことがあったりするの?」

 

「えっ、こんなことって?」

 

「私みたいな子の相談にのるっていう感じのこと。……なんだか、思い返してみると慣れてるというか、初めてモコちゃんと会った頃からここまでマイス君が全部計算してるんじゃないかなーって思えちゃって……」

 

 これまでの付き合いで、マイス君が表裏がほとんど無い人だっていうことはなんとなくわかっている。裏……というか隠し事も、ハーフであることとこの世界とは別の世界の存在についてくらい

 そんなマイス君だから、計算高く生きてるなんてことは無いとは思うけど……マイス君に出会ってから友達もできたし、私の周りの環境は一部を除いてどんどん良くなっていると思う。だから「もしかして……」って思ってしまった

 

 そんな考えの中で私はマイス君に問いかけたんだけど、私の膝の上のマイス君は首をかしげていた。完全には振り返っていなかったため、どんな顔をしているかはわかりずらいけど、声からすると少し笑っているみたいだった

 

「計算だなんて、僕には出来ないよ。基本的に全部思い付き。……まあ、似たような経験があると言えばあるんだけどね」

 

「えっ、やっぱり?」

 

「うん。むこうでね。でも、状況も手段も違うけど」

 

 マイス君の言った「むこう」っていうのは、マイス君が元々いた世界…『魔法』普通にあったり、色々とこことは違う世界、その『シアレンス』という町のことだろう。マイス君が『ハーフ』であることや『魔法』のことを詳しく教えて貰った時に少しだけ聞いたことがある

 

 

「えっと、その子って人見知りがなおったの?」

 

「うーん、たぶん。少なくとも、噛みついてこなくなったかな……」

 

「ふぇ!? か、かか噛みつく!?」

 

 つい聞き返してしまった私に、膝の上のマイス君は「うん」と至って普通に答えた。……そんなに落ち着いて答えられることなの?

 

「その子は、何を話せばいいかわからなくなって、つい口が出ちゃう子だったみたいでさ」

 

「……口が出ちゃうって、普通、思ったままの言葉が出てくるとか、そういう意味じゃなかった?」

 

「あははははは……。とにかく、その子のことはその子のお姉さんと協力して人見知りをなおそうとしたんだ」

 

 ここに来て、意外な情報が出てきた。その人見知りの子は私と同じでお姉ちゃんがいるらしい

 ……でも、きっと私のお姉ちゃんとは違って、きっと優しいお姉さん何だろうなぁ……

 

 

「そ、それで、そのお姉さんとどんなことをその子にしたの?」

 

「ええっとね、確か……」

 

 膝の上のマイス君が、少しのあいだ小さく「うーん」と声をもらした。たぶん、その時のことを思い出しているんだろう

 

 

 

「100本のバラの花束を用意して、待ち合わせ場所に行って……そこから、その子の王子様になって、氷の花や滝を見に行ったり、お花畑にお散歩にしに行ったり、夜に星を見に行ったり……」

 

 

 

「…………」

 

「……? フィリーさん、どうしたの?」

 

「なにそれ!? すごく楽しそうなんだけど!!」

 

「え、ええっ!?」

 

 だって、話を聞くだけでもロマンチックな感じだし、場所も色々あって充実しているみたいだし……

 というか、それって人見知りをなおすとかそういう話じゃなくて、ただのデートなんじゃ!? しかも、バラの花束とか王子様とかどう考えても気合入り過ぎ!

 

 …………あれ?

 そうなると、その子とマイス君ってもしかして……

 

 

「もしかして……その子って恋人なの!?」

 

「違うから落ち着いて! というか、どうしてそうなるの!?」

 

「だって、バラの花束とか王子様とか、どう考えてもそうとしか思えないよ」

 

「いやいや、それはいくらなんでも考え過ぎじゃないかな」

 

 そう言ってマイス君は、困ったように笑いながら首を振る。そして「だいいち……」って続けて言った

 

「あの作戦自体、その子のお姉さんが考えたものだからね。バラも王子様もその子が好きだった絵本に出てくる「バラの王子様」をイメージした演出だったわけで……それに僕、その絵本の内容ほとんど知らなかったから、半分以上勢いでやったからなぁ」

 

「本をもとにした……って、むしろもっと楽しそうなんですけど!!」

 

「……なんだか、今日のフィリーさんは変に元気だね」

 

 「変に」だなんて失礼なっ!

 

 

 

 それにしても、本当に楽しそう! どこからどこまで本をもとにしているかとか、具体的な内容はわからないけど、それでも聞いているだけでも羨ましい

 ……そうだ!

 

 私のひざの上に座り、私の顔を振り向き見上げているマイス君。その両脇に手を通し、途中持ち替えながら向かい合わせにし、私の目線の高さと同じ位置まで持ち上げる

 

「ね、ねぇ、マイス君」

 

「は……はい…………なんだか嫌な予感が(ボソリ」

 

 

 

 

 

「私にも、同じようなことやってくれない……かな?」

 

「…………さっきも言ったけど、あれは僕が考えたことじゃなくて……」

 

「大丈夫! そのあたりは私が読んだことのある本から考えてくるから。だてに家に引きこもっていたいた時期があるわけじゃないんだからっ!」

 

「それ、誇らしげにするところかな?」

 

 よぉおし! そうと決まれば行動あるのみ!

 さっそく家に帰って、よさそうな本を探して色々考えないと!

 

 

============

 

 

 「それじゃ!」といつも以上に元気に一言言い残してマイスの家を飛び出していったフィリー

 

 フィリーの勢いに押されて少しポカンとしていたマイスだったが、その後ろ姿が見えなくなってからやっとハッと我にかえり、大きく息を吐いた

 そして、『変身ベルト』で金のモコモコの姿から人の姿へと変身して、ひとりポツリと呟きをもらす

 

「……あれ? もしかして、もうフィリーさんの中じゃあ確定事項になってるのかな? それになんだかもの凄く勘違いされてる気がするような……」

 

 

============

 

――――――――――――

 

 

***エアハルト宅***

 

 

「これなんか……あっ、でもちょっとなぁ。こっちは……は、恥ずかしいかもっ!」

 

 自分の部屋にある本棚からめぼしい本を取り出しては目を通し、また取り出しては目を通し……それを続けて良さそうなものかどうか選別し続ける

 

 やっぱり憧れるシチュエーションはあるんだけど……今の私がやろうとすると、恥ずかしすぎて死んじゃいそうなものもたくさんあるから、ちょっと困っちゃうなぁ~

 そう考えると、人が沢山いるような場所……例えば町なあkなんかが舞台になっているのは、私は無理かも……。そうなると、もっと本をしぼれるからその中から私とマイス君と私に合いそうなのを選んでみればいいんじゃないかな

 

「あっ、そういえば前にマイス君に、おっきいぷにから守ってもらったこともあったっけ? あの時は腰が抜けちゃって……お、お姫様抱っこをっ!」

 

 

 あの時、一緒にいたリオネラちゃんやホロホロ君、アラーニャちゃんは……

 

「なんていうか、その……すごかったよね」

 

「見てたコッチのほうが恥ずかしかったぜ」

「ワタシとしては、巨大ぷにをアッパーで打ち上げた後に受け止めたことの方に驚いたけどねぇ」

 

 っていう感想をもらしてた。もし逆の立場だったら、私も同じようなことを言ってたと思う

 うんっ! ああいった「ピンチから一転!」っていう王道展開も悪くない気がする

 

 

 ……あれ? 最初に考えてたことと、少しずれてきちゃったような……?

 

 

「まあ、いっかー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「ふーん……?」





 一人で突っ走ってしまうフィリー

 よくわからないまま、なんとなくで流されてしまうマイス君

 そして……


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フィリー編《後》

 《後》は第三者視点で書かれています

 設定としては《前》の話から飛んで、本編『ロロナのアトリエ編』のエピローグ後の時間軸となっています


 

 

============

 

 ロロナが3年間『王国依頼』を達成し、マイスが旅行を終えて他の人たちに農業を教え始めてから、数ヶ月が経ったころ

 

 マイスのもとに農業を教わりに来ていた人たちが各々(おのおの)自分の中で方向性を決め、ある人は農業以外のことも教わろうと考えたり、また別の人は教わったことを別の地でやってみようと思いだしたり……

 一番多かったのは、マイスの家の近くで自分たちも畑を(ひら)いて、日々学びながら頑張っていきたいと考える人たちだった

 

 

 それぞれが行く末を考えて決心を固め始めていた、そんなある日のこと……

 

============

 

 

 

***マイスの家そばの街道***

 

 

 太陽が一番高い位置から少しズレだしたころ

 『アーランドの街』から『近くの森』へと続く街道。その途中にある脇道……マイスが草を()って土を(なら)しただけの簡素な小道。その道の先には林があり、その林を超えるとマイスの家があるのだが……

 

 そんな道を、一冊の本を胸の前のあたりで両手で抱えて歩く人がひとり

 モンスターが出てくるかもしれないという街の外を、武装らしきものも無しに慣れた様子で歩いていたのは、フィリー・エアハルトだった

 

 

「あれ……? ここの道、少しだけ広くなったような気が……最近、沢山の人が来るようになったからかな?」

 

 自分が歩いている小道を見ながらそう呟いたフィリー

 下を向いていた視線を上げた彼女は、ふと別の変化にも気がついた

 

「そういえば、こころなしか木も少し減っている気がしなくも無いような?」

 

 『近くの森』のようなうっそうとした森林地帯ではなく単なる小さな林だったため、フィリーでも気づけた微妙な変化だったが……

 

「まぁ気のせい、だよね? どっちにしても大したことじゃないし……」

 

 少しばかり別のことに気がとられている今のフィリーには、どうでもいいことだったようだ

 ……なお、実際に木は減っており、その理由は農業を教えていってる間に木材や新たな土地がもっと必要になったため、マイスが少しばかり伐採したためである

 

 

 

「……ふふふふふっ、ついにこの日が来たんだよっ……! 何週間もかけて家にある本を全部読み返し、その中から選び抜いた本!」

 

 そう言いながら無意識のうちに、本を抱えている手に力がこもっていたフィリー

 

「選ぶのには苦労したなぁ……でも、私ながら最良の一冊を選べたよ!」

 

 フィリーの選考基準は「甘く」、「時に苦く」、「ロマンチック」……そして「私が耐えられる恥ずかしさ」である

 前半は「少女趣味」の一言といったところで候補にあがる物語(ほん)も多かったのだが、最後の基準が完全に足を引っ張っていた。なにせ、前半の基準が良くなればなるほどフィリーの感じる恥ずかしさも増加していくのだから、良いものほど無理になるのだ

 

 

 そんな、大変なのか何なのかわからない選考を経て選ばれた一冊の本

 

 それに書かれている物語を元に、マイスにデートをエスコートしてもらう……それがフィリーの目的だった

 ただ、これは半分以上フィリーの勘違いで勝手に言い出したことであり、実はこの時点でマイスのほうはそんな話はすっかり忘れているのだが……

 

「えっと、この前会った時、今日は教えるのは午前中だけで午後はお休みって言ってたから、まずはこの本をマイス君に渡して読んでもらわないとね。それから、次のマイスの休みの日までに計画を考えてもらって、それで……えへへ」

 

 その先の事をどう妄想したのかはわからないが、フィリーはひとりで少し口元を緩めてニヤついていた

 

 

「……あっ、でも、このお話に出てくるのって、スラッと背の高い美青年だったっけ?……で、でも! マイス君は私なんかにも優しくて、男の人だけど怖くないし……むしろカワイイし! 他に良いところがあるよね」

 

 ……物語の登場人物の描写とマイスとの違いを自分で指摘し、誰も聞いていないのにフォローを入れるフィリー。結果的には一人で勝手に盛り上がっているだけである

 

 

 そんなことをしているうちに、フィリーはマイスの家へとたどり着いたのだった

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 マイスの家の玄関でノックすると、いつもの調子のマイスの「はーい、ちょっと待ってくださーい」という声がフィリーの耳に入ってきた。そして、数秒間が空いてから玄関の扉が開いた

 

「お待たせしましたー! あっ、フィリーさんいらっしゃい! どうぞどうぞ、中に入ってー」

 

「こ、こんにちは、マイス君。おじゃまします」

 

 笑顔で迎え入れてくれたマイスに、少しぎこちなさを残しながらも笑顔で挨拶をするフィリー

 

 

 

 

 

「あら~、あのフィリーが笑顔で挨拶しているのを見るのは、不思議な感覚だわ」

 

「お……おお、お……! お姉ちゃん!?」

 

 聞きなれた声に反応してフィリーが目を向けたのは、いつもフィリーを含め来客者が座ることが多いソファーのほう。そして、そこにいたのはフィリーの姉、エスティ・エアハルトだった

 

 フィリーが驚きで口をパクパクとさせている中、家の主であるマイスはといえば、エスティの言葉に反応して「あははっ」と笑いながら言葉を返していた

 

「不思議なんかじゃないですよ? フィリーさんも最近はウチに来る人たちともお話しできるんですから」

 

「そうなの? 農業を学びに来てる人たちって男の人でしょ? 本当なの?」

 

「数人ですけど、女性もいますよ。……まあ、エスティさんが考えてる通りで、男性には挨拶だけで精いっぱいみたいですけど……それでも、最初は目も合わせられませんでしたし」

 

 マイスの言葉に「そうよねー」と呆れ気味に笑いながら返すエスティ

 

 

 

「それじゃあ、フィリーさんの分のお茶を用意してきますね」

 

 そう言って隣のキッチンへと姿を消したマイス

 

 

 それとほぼ同時に、ようやく驚きから復活したフィリーが、まだ完全には落ち着けていない様子でソファーに座っている姉にむかって問いかけた

 

「お姉ちゃん、お仕事は!?」

 

「今日は()()クーデリアちゃんがやってくれてるのよ。あの子、仕事を覚えるの早いし、才能があるわよー。おかげで久々にこうしてしっかりとお休み取れたのよ……言ってなかったかしらー?」

 

「聞いてないよ!? それに何でマイスの家に!?」

 

「いやね、これまでに話は色々と聞いてたりはしてたけど忙しくて実際に来たことは無かったから、せっかくのお休みだしお邪魔しようかなって思ったの。最近は農業を教えてるみたいだし、仕事柄そのあたりも把握しておきたかったのよ」

 

 

 そこまで言われてフィリーは「うぅ」と言葉を詰まらせた。姉の言うことに問題点が無くて、非難することができそうな部分が無かったからである…………まあ、そもそもフィリーには、口論で姉に勝てる気は無かったのだが

 

 

 どうしようもなくてプルプルと震えるフィリーだったのだが……

 

「ねぇ、フィリー? そういえば、私も聞きたいことがあったのよ」

 

 エスティはニッコリとした笑顔をフィリーに向けているのだが、対するフィリーは長年の経験からか嫌な予感がし、気づかぬうちに目じりに涙が溜まり始めていた

 

 

 

 

「あんたが最近呟いてる「マイス君」、「お姫様だっこ」って何のことかしらー?」

 

「え!?」

 

「別の日には「王子様」だとか「バラの花束」が何だとか、一人で部屋で言ってたわよねー?」

 

「聞いてたの……!?」

 

「あと、その大事そうに持ってる本は何なのかしらー?」

 

「ヒィ……」

 

 フィリーが短い悲鳴をあげそうになったところで、笑顔だったエスティの顔から表情が消えた

 

「私が聞きたいのは、悲鳴じゃなくて質問の答えなんだけど?」

 

「…………!!」

 

 エスティから感じられるプレッシャーに口を閉じたフィリー。……そして、そのまま後ずさりをして逃げ出そうと動き出すのだったが……

 

「フィリー? せっかくマイス君がお茶を用意してくれてるんだから、ゆっくりしていきなさい…………()?」

 

 時に、妹にとって姉の言葉は何よりも重い重石となる……そうでなくとも、今のエスティのプレッシャーをものともしない人物は王国内にも数えるほどもいないだろう

 

 

 

「あのー……エスティさん? 何でフィリーさんは泣いてるんですか?」

 

 新しく用意したティーカップとポットを持って来たマイスだったが、泣いてイスに座ってるフィリーを見て何事かと問いかけた

 

「さぁねぇ? ちょっとした質問をしただけなんだけど……そうねぇ、マイス君にも聞いてみようかしらぁ?」

 

「…………!」

 

 泣きながらも必死に首を振るフィリー……だが、マイスはといえばその理由がわからず首をかしげた後に、質問をうながすようにエスティのほうを見た

 

 

「いやね、最近この子が「お姫様抱っこ」とか「王子様」とか「バラの花束」とか言ってるのよー。何か心当たりはないかしら?」

 

「あっ、それは多分、僕が前に話した「バラの王子様」っていうお話のことだと思いますよ」

 

 少しだけ考えた後、思い当たったことをあっさりと言ったマイス

 フィリーはそれに驚いているようだったが、エスティはマイスが素直に言うことをわかっていたのか特に気にした様子は無く、ただ単純にその内容に興味を向けたようだった

 

「へぇ、良かったら私にも教えてくれないかしら?」

 

「いいですよ。……って言っても、僕もあまり知らないんですけどね」

 

「あら? そうなの?」

 

「元々は絵本らしいんですけど、以前いた町でちょっとあって……」

 

 

 そのまま、前にフィリーに話した内容をエスティに話しだすマイス

 マイス本人には悪気はないのだが、色々と考えていたフィリーからすれば、姉に自分が考えていることが丸わかりになり邪魔をされるだろうという予感がし、気が気で無かったのだが……

 

「何かしら?」

 

「ううぅ……」

 

 エスティの笑顔による威圧で、どうすることもできないのだった…………





 結論


 妄想癖(弱)を持っていて時々一人で勝手に話を進めたりするけど、なんだかんだ言ってモコモコ状態を含めマイスが好きなフィリー

 基本的にどんな人とでも仲良くなれてみんなと仲良し、マイペースだけど勢いに流されやすい部分があるマイス


 つまり、フィリーが積極的になれば普通にチャンスが……!


エスティ「ディーフェンス! ディーフェンス!」


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リオネラ編《前》

 『ロロナのアトリエ・番外編』
 それは三年目で何も描写されなていない時期にもしかしたらあっていたのかもしれない話《前》と、その話があったのならきっとあるであろう後日談ED的な《後》 で構成された短編…

 原作『ロロナのアトリエ』でいうところの キャラ別の個別エンドの雰囲気を意識した(というつもり)ものとなっています


※諸事情により、「リオネラ編《後》」は来週3/24更新予定です
 なので、中途半端な終わり方に感じてしまうかもしれません。ご了承ください


 「リオネラ編」は難産とかそういうレベルじゃないくらい過去最高に書き直しを繰り返しました。一応は今回投稿したもので落ちつきましたが、もしかしたら今後また加筆修正するかもしれません


 今回はリオネラ視点となっています


 

 

***広場***

 

 

「……以上です。あ、ありがとうございました!」

 

 そう言ってアラーニャとホロホロと一緒にお辞儀をすると、周りからは歓声と拍手が沸き上がった。その多さに、「こんなに沢山の人が私の劇を()てたんだ」という気持ちが改めて感じられてしまい、嬉しい反面、今更になって恥ずかしさもこみあげてきた

 けど、私は逃げたくなる気持ちを抑えて、背筋をを伸ばしてちゃんと前を向いた

 

 ……ここで逃げ出しちゃったら、『おひねり』を貰い損ねてしまい人形劇を最後まで頑張ったのも台無しになってしまう。それは、『おひねり』で生計を立てている私にとっては死活問題だ

 ……前に経験しただけあって、その事はよく骨身に染みている。あの時は、ホロホロにもの凄く怒られたなぁ……

 

 

 そんな事を考えながら、私は『おひねり』をくれる人たちに精一杯の笑顔でお礼を言いながら彼らの声援(こえ)(こた)えていった……

 

 

――――――――――――

 

 

「ふぅ……」

 

 あれから少し経ち、私の人形劇を観てくれていた人も引いて行き、ようやく一息つくことができるようになった

 私は人形劇をしていた『広場』の一角……そこから少し離れたところにあったベンチに一人で腰掛けて、さっきまでの高揚感や緊張感を逃がすために大きく息を吐いた

 

 

「おう、お疲れ様。まぁ、その分、収穫はがっぽがぽだな」

「ちょっと間が空いちゃってたかしら? いつもよりも少し多めだったわね」

 

 そう言ったのは、私のそばで浮いている二体の人形(ふたり)、ついさっきまで人形劇の役者として頑張ってくれていた、黒猫の人形・ホロホロと虎猫の人形・アラーニャ

 

「ふたりもお疲れ様。……みんな、楽しんでくれてたみたいで良かった」

 

「だな。……ん?」

「……あら。お客さんみたいね」

 

 ふたりが気付くのと()()に、私も見知った顔がこっちに近づいてきているのが見えた

 

 

「こんにちは! りおちゃん、ラニャちゃん、ホロくん。今日は絶好調だったみたいだね」

 

「ロロナちゃん」

 

 そう。私たちのところに来たのは、ロロナちゃんだった。いつものように、私にはマネできないニコニコとした笑顔で私に笑いかけてきてくれていた

 

「すごかったねぇ! お客さんもいっぱいで、広場(じゅう)の人がみんなりおちゃんの劇を観てたよ!」

 

「そ、そんなこと……!? す……すごく恥ずかしいから、言わないでぇ……!」

 

「ええっ!? そんなに恥ずかしがらないくても……凄いことなんだから、もっと自信持っていいんだよ?」

 

 そ、そんな事言われても……

 そうやって、ロロナちゃんが褒めてくれるのは嬉しいんだけど……ううぅ、やっぱりどうしても恥ずかしさが……!

 

 

「オイオイ、劇を観に来といて客の感想だけかよ? もっと言う事あんだろー?」

 

「そういうつもりじゃなかったんだけど……。ホロくんもラニャちゃんも、いつも通り……ううん、いつも以上にイキイキしてて本当に良かったよ。お話のほうもなんだか引き込まれる感じがして、すっごく楽しかった!」

 

「あらあら、ありがとう。そう言ってもらえるなら頑張ったかいがあったわね。ねっ、リオネラ?」

 

「ふえぇっ!? う、うん」

 

 いきなり話を振られて少し驚いてしまったけど、ロロナちゃんに楽しんでもらえたのは私にとって嬉しいことなのは確かだから、私は頷いてみせた

 

 

すると、ロロナちゃんは「そっか~」とニコニコと笑って、嬉しそうにしていた

 

「でも、良かった。りおちゃんもラニャちゃんもホロくんも元気そうで……」

 

 そう言ったロロナちゃんの顔はさっきまでとは少し変わって、安堵(あんど)のようなものが混ざっているように見える

 その様子を見て、私のそばにいるホロホロとアラーニャがロロナちゃんに言う

 

「なんだぁ? ()()()、まだ気にしてやがるのか?」

「そういうところもひっくるめてロロナの良いところなんだけどねぇ……。でもまあ、ワタシたちからは「心配無い」ってことと……それと、「ありがとう」って言わせてもらうわ」

 

「ううん、わたしはそんなお礼を言われるようなことは何も……っていうか、結局何もできなかったし……」

 

 少し肩を落として言うロロナちゃん。その姿を見て、私は必死に首を振ってそれを否定する

 

「そ……そそそ、そんな事無いよ!? 私は、ロロナちゃんのおかげで……ロロナちゃんがいてくれたから……! だ、だからっ!」

 

「ありがとね、りおちゃん。……それに、さっきの人形劇を観てたらわかったよ。やっぱり、りおちゃん()()は、りおちゃん()()なんだって」

 

 

――――――――――――

 

 

 あの後、ロロナちゃんは「また何かあったら、遠慮しないで相談してね! 何も無くても、遠慮しないで遊びに来て!」って言って、足早に帰っていった。……ちょっと忙しそうにしてたから、もしかしたら仕事の合間をぬって観に来てくれていたのかもしれない

 そう考えると、申し訳なく思いつつもちょっとだけ嬉しい気もする。……今度はその分、ロロナちゃんのお仕事のお手伝いを私も頑張らないと……!

 

 

 そんな事を考えながらも、ベンチに座ったままさっきまでの会話を思い出して、いつの間にかロロナちゃんが気にしてくれていた事……()()()について、つい思い返してしまっていた

 

 

―――――――――

 

 

 ()()()……それは、数日前の朝にアラーニャとホロホロに起きたある現象、その一連の出来事

 それは、私には苦しくて、悲しくて、とても辛い……けど大切な出来事だった

 

 ある日、突然動かなく、喋らなくなってしまったアラーニャとホロホロ

 異質な『力』を持っていた私への周りからの視線や心無い言葉から逃れるように飛び出した生まれ育った家。その頃からずっと一緒にいたふたりの身に起きた異常に、私はこれまでにないほど慌てふためいた

 必死に声をかけたり、揺さぶったり、ふたりの前で思い切り泣いたり……これまでなら反応があったはずなのに、いくらやっても、アラーニャもホロホロもうんともすんとも言わなかった

 

 もうどうしようも無くなった私は、誰か……誰か助けてくれる人を探した

 ……でも、そもそも相談できる人なんて限られていて……それに、アラーニャとホロホロ(ふたり)がいないと街の外に出ることなんて絶対無理で……

 

 そんな中、私の頭に思い浮かんだのは、街のアトリエにいるロロナちゃんだった。私の『力』のことを怖がらないでくれた人の一人で、私の大事な大事なお友達……それに『錬金術』なら私でも全然わからないこの異常事態を何とかできるんじゃないか、っていう希望もあった

 

 アトリエに飛び込んだ私は、凄く慌てたままの私を落ち着かせてくれたロロナちゃんに、涙をこらえながら事情を説明した。ロロナちゃんは私の言葉を聞いて何とかしてくれようとしたけ、原因がわからないみたいで……でも、私と一緒になって真剣に考えてくれた

 ……そこに現れたのがロロナちゃんの先生のアストリッドさんだった。「こいつらは私が預かろう」と言って、アラーニャとホロホロを自分に預ける様に行ってきた。……ただでさえ不安なのに、ふたりと離ればなれになるのは嫌だった。けど、ふたりを直してもらうには預けるしか無くて、私はアストリッドさんに頼んだ……

 

 

 そこから、ロロナちゃんに呼ばれるまでの二,三日は、私は不安で不安でしょうがなく……

 

 けど、ロロナちゃんに呼ばれてアトリエに行ってからの……アストリッドさんに何か薬品のようなものを()がされて、身体()()が動かなくってその場に倒れてしまってからの出来事……

 アストリッドさんと、アストリッドさんの強硬手段(?)によって再び喋りだしたアラーニャとホロホロとが話しだした内容は、それまでとは別の意味で私の心を揺さぶってくるものだった

 

 

 アラーニャとホロホロ(ふたり)は、どこかが壊れたりはしてなかったこと

 

 元々、ふたりは()()()()()()()()()()、全部、()()()()()()()()()ということ

 

 ふたりは友達がいなかった私が人形に投影したことから形成されていった、()()()()()()()のような存在で、ふたりはその事を知っていたということ

 

 ふたりは「自分たちみたいな変な存在がリオネラのそばにいたら、リオネラのためにはならないから」と、私を受け入れてくれる人がいる『アーランド』にいるうちに自分たちはいなくなってしまおうとしていたこと

 

 

 ……それが、ふたりが突然喋らなくなった理由であり、私が知らなかった私自身のこと

 私は倒れたまま、そばでロロナちゃんが驚いている声をまるで遠くのもののように聞きながら、わけがわからなくなっていた

 

 

 ふたりとはずっと一緒だった

 私の事を怒ったり、(なぐさ)めてくれたり……だから、これまで頑張れてこれた。一人じゃなくて、ふたりがいたからこうして旅芸人としてやってこれた……お仕事だけじゃなくて、いつも、ずっと支えてくれたから……

 

 なのに

 

 ふたりは私自身でもあって、そこにはいない・いちゃいけない存在だって言って、私の前からいなくなろうとして……

 

 わけがわからなかった。ふたりは私の友達でずっと一緒にいる家族でもあって、いちゃいけない存在なんかじゃ……でも、ふたりが私の中の人格なら、私も頭の中のどこかで同じようなことを考えて……そんなこと…………でも…………だからって……

 

 頭の中がごちゃごちゃしてきて、余計にわけがわからなくなって、何が正しくて何が間違ってるのかもわからなくなってきて……でも、最後まで頭の中に残っていたのは…………

 

 

 いなくならないで

 

 

 どこにもいかないで! 一緒にいて! これからも、ずっと、ずっと……!!

 

 動くようになった身体で人形の身体(ふたり)を抱きしめて、その気持ちを泣きながら吐き出し続けた

 アラーニャもホロホロも、困ったように私を(さと)そうとしてきたけど……それでも私はふたりと一緒がいいって泣き続けた

 

 たとえ、「いなくならないで」と言う私の口からそれを否定するようなアラーニャとホロホロ(ふたり)の言葉が出てきても、「一緒にいたい」と今思っている気持ちが嘘なんかじゃないということを自分自身()()言い聞かせるように……

 

 

―――――――――

 

 

 あの時はアトリエで泣きわめいちゃって、ロロナちゃんに迷惑かけちゃったけど……その後、街で借りている部屋に戻ってからは今後のことについて、ふたりと私と、()()()()でちゃんと話し合うことができた

 

 そんなとこがあって少しだけお休みしていたから、今日は久々の公演だった……というわけだ

 

 

 今はもう、そのことについては、いちおう一つの区切りがついた。アラーニャとホロホロも納得してくれてる……はず

 ……けど、今、私はあの事(それ)とは少し別のところで、頭を悩ませてしまっている

 

「何、似合わねぇ顔してんだよ。余計不細工になっちまうぜ?」

「ちょっと!? まあ、それは言い過ぎにしても……リオネラ、眉間にシワが寄ってるわよ? どうかしたの?」

 

 私が悩んでいることを心配するようにふたりが声をかけてきた

 

「やっぱり、ワタシたちのことは……」

 

「ううん! そうじゃない、そういうことじゃなくて……!」

 

「じゃあ何だってんだよ。もったいぶってないで、ちゃっちゃと言えよ」

 

 

 ホロホロに催促(さいそく)されて、私はおずおずと悩み事を口にしてみる……ふたりはどういう反応をするんだろう……

 

「ふたりのこと……私たちのこと、マイスくんに何て言えばいいのかな、って……」

 

「……それって、あの子にこの前の事を教えるってこと?」

 

 アラーニャの問いに私は「……うん」と頷いてみせる。すると……

 

「ヤメとけって。何の得にもなんねぇと思うぞ?」

「そうね。これはワタシたちの問題、あの子まで巻き込まなくてもいいじゃない」

 

 ふたりはそう口をそろえて「言わない方がいい」と言ってきた

 

「で、でもっ! 私、マイスくんに、隠し事はしたくないの! だって……マイスくんは私たちに教えてくれたよ。記憶のことも、少しだけ戻ってる記憶のことも、『魔法』のことも、『ハーフ』だってことも、むこうの世界のいろんなことも。言い辛い……話したくないこともあったと思うよ? それでも、マイスくんは隠さずに話してくれて……」

 

 だからこそ、自分も隠し事はしたくない……そういう気持ちを口にする

 私の気持ちを知ろうとしてくれる、わかり合おうとしてくれる……そんな人だからこそ私は自分もちゃんと向き合いたい、隠し事はしたくない……そう思った

 

 

 私が言い終えた後、少しの間を開けてふたりが喋りだした

 

「たっく……変に生真面目になって。一体、誰の影響なのやら」

「それは一人じゃないかもね。……リオネラがそうしたいって言うならいいんじゃないかしら?」

 

「アラーニャ……!」

 

「でも、おすすめはしないっていうのは本心よ。あの子、リオネラほどじゃないだろうけど、ワタシたちに思い入れがある……っていうか親身だから。きっとロロナ以上に混乱すると思うわよ?」

「だろうなぁ。会ったしょっぱなからオレたちが「いらない」って言うまで、オレたちふたり分の食べ物まで用意したり、色々気ぃ(つか)ったり……なんつーか、人形扱いじゃなくて完全にそれ以上の扱いだったからなぁ」

 

 ふたりに言われて思い出したけど、確かに最初の頃は毎回律儀に三人(さんにん)分用意していた。……ふたりは食べられないことを伝えた時はとても悲しそうな顔をしていたのも、憶えている

 

 マイスくんは基本的に、人でもモンスターでも……何に対しても分け(へだ)て無く接する、凄く優しい心の持ち主だ……と思う。そうやって接してくれるマイスくんだからこそ、アラーニャとホロホロの事を知ったら大きなショックを受けてしまうんじゃないだろうか?

 

 

 そうやって考えていくうちに、それまでは小さかった心の中の不安が段々と大きくなっていくような感じがしてきた。けど……

 

「……大丈夫、だよ。マイスくんもきっとわかってると思う。「アラーニャとホロホロはちゃんとここにいる」って」

 

「おーおー、信用なのか何なのか知んねぇけど、随分とおアツいことで」

「こら、茶化(ちゃか)さないの!……まぁ、そこまで()を信じてるなら、ワタシたちが言うべきことは何も無いわね」

 

 いつもの調子でふたりは言い、ベンチに座っている私の膝の上にフワリッと降りてきてそのまま座った

 そんなふたりを抱きしめるように腕をまわして、私は静かに目を(つむ)る……

 

 

 

 

 

「あっ! いた!」

 

「ひゃわぁっ!?」

 

 いきなりの不意打ちの声につい驚いて飛び上がってしまい、バタバタしながらも、なんとか声のしたほうへと顔を向ける。そして見えたのは……

 

 

「リオネラさん! ホロホロ! アラーニャ! 大丈夫!? 元気ですか!?」

 

「な、なななな……っ!?」

 

 ……私のほうへと駆け寄ってくるマイスくんだった

 そのマイスくんはといえば、そのまま私のそばまで来たかと思うと、私の両手をとって、その中で抱えていたふたりも含めてバッ! バッ! バッ! と見てまわった後、私の顔を直視してきた

 

「心配してたんだよ!? 何日か前に「ホロホロとアラーニャがなんだか大変なことになったー」ってアトリエにいたロロナから聞いて、一日中街を探し回ったけど何処にもいなくて……」

 

「あらら、ワタシたちはロロナのお師匠さんのところにいたからねぇ……」

「リオネラはオレらがいない間は引きこもり気味だったからなぁ……」

 

 かなり焦った様子だったマイスくんに押されつつも、アラーニャとホロホロが、マイスくんが言っているであろう当時の事を思い出しながらそう言た

 

 

「そ、その……ごめんね、マイスくん」

 

 私がそう謝ると、やっと落ち着いてきたマイスくんは首を振った後、ニッコリと微笑みながら私を見てきた

 

「ううん。大変だったんだろうし、気にしなくていいよ。それに、ふたりとも元気になったみたいだし……でも今度、何かあったら僕にも言ってくれていいんだよ? 汚れでも、ほつれでも、切りキズでも、なんでもなおしてあげられるから! 綿(わた)とか布とかも、すぐに良いのを用意してあげられるよ!」

 

「おおぅ……(いた)れり()くせり、ってやつか?」

「え、ええ、そうねぇ……今度、機会があったら頼もうかしら?」

 

 ……たぶん、アストリッドさんに会ってなくて、ロロナちゃんから断片的にしか聞いていないんだろう。色々と勘違いをしている様子のマイスくんが、優しく良い笑顔で…………

 

 

 

「なぁ。さっきの慌てっぷりといい……ホントに言って大丈夫なのか、こいつ?」

 

「えっと、ううぅん……どう、かな?」

 

「これは、もうちょっと時期を見た方が良いかもね……」





『ロロナのアトリエ編』本編中に消化しきれなかったイベントがあったため、その部分を中心に置きつつリオネラの心境・マイス君への意識を描写する形でまとめてみました
 なので、マイス君の出番自体も少ない感じになりました

 ふたりの絡み合いは《後》にて描写される予定…………される、かな?(これまでの番外編を見ながら)


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リオネラ編《後》

 《後》は第三者視点で書かれています

 設定としては《前》の話から飛んで、本編『ロロナのアトリエ編』のエピローグ後の時間軸となっています


============

 

 ロロナが3年間『王国依頼』を達成し終え、マイスが旅行を終えて他の人たちに農業を教え始めてから、少し経たったころ

 

マイスのもとに集まってきた人たちは性別も年齢も様々であったが、みんな多少の差はあれど、マイスが教えてくれる農業に対しての熱意は確かなもので皆頑張っていっていた……のだが、肉体労働であり、その上『アーランドの街』で暮らしていた彼らにとっては初めてのこと・慣れないことばかりで、肉体的にも精神的にも疲労は蓄積されていくのは当然のことだった

 

 もちろん、マイスもそれをわかっていないわけじゃない。様子を見て作業量を減らしたりして適度に休憩を作ったりしていた。その他にも、腕によりをかけた料理を振るまったりと彼らのことを気遣う面も多くあった

 実際のところは「上手くできた作物だから、皆に食べてほしい」というのがマイスの本音だったりしたのだが……食べた人たちは「こんな美味しい料理を作れる作物を、これから自分たちは作るんだ!」とさらに農業への熱意が増したので、結果的には良かったと言えるかもしれない

 

 そして、他にも彼らの休息中の癒しとも言えるものがあった……

 

============

 

 

***マイスの家の前***

 

 野菜の青々とした葉が茂った畑。マイスの家の前にある畑で、人々が農業を学びに来るようになってからは新たに周囲の木々を切り拓き、その人たちが実戦経験を積むための土地として広げられたのだが……

 

 普段のこの場所で聞こえる、『クワ』でザクザクと土を(たがや)す音は今は聞こえず、代わりに何やら賑やかな雰囲気が漂っていた

 

 

 畑のそば……とは言っても少し離れた何も無い開けた場なのだが……そこでは、何も知らない人であれば驚いてしまうような不思議な光景が広がっていた

 

 

 (ちゅう)に浮き、まるで生きているかのように動き・飛び・(おど)る二体の猫の人形

 その人形をまるで見えない糸で操るかのように、指を、手首を、腕を、時に踊りのように体ごと動かす少女

 

 

 二体の猫の人形の『役者』と、踊り子のような少女の『操演者(そうえんしゃ)(けん)(かた)()』による、不思議な人形劇

 

 マイスの家の前で時折行われるその人形劇は、農業を学びに来ている人たちにとって、息抜きであり、楽しみのひとつであった

 その証拠に、人形劇が行われている場所を半円状に取り囲むような形で、人々が人形劇を観ている。その人たちの手元には、マイスが用意したのであろう軽食と飲み物があり、各々(おのおの)人形劇を観ながら自由きままに過ごしていた

 

 

「……こうして、女の子とその友達は、妖精に導かれるように闇深い夜の森へと足を踏み入れていくのでした」

 

 少女……リオネラがそう語ると、先程まで役を演じていた二体の猫の人形……アラーニャとホロホロは浮遊したままスゥーっと彼女の左右に移動した

 

「女の子たちの旅はまだ続いて行きますが……これにて、本日の演目はお終いです。最後までありがとうございました」

 

 そう言ってリオネラはお辞儀をし、それに続いてアラーニャとホロホロもつられるように頭を下げた

 そんなリオネラたちを包み込んだのは、沢山の拍手……観てくれていた人たちの満足の証だ

 

 

 拍手に応えるように何度も頭をさげたり軽く手を振ったりするリオネラ

 拍手がある程度収まってきたところで、もう一度だけお辞儀をした後、控え室代わりに使わせてもらっているマイスの家の『作業場』へと続く、家の裏口へ向かって歩き出そうとしたのだが……

 

「ねぇねぇ! 人形のお姉ちゃん!」

 

 人形劇を一番前で観ていた子供……農業を学びに来ている人の中でも最年少で、マイスよりも2,3歳年下の女の子がリオネラに声をかけた

 

「主人公の女の子はその後どうなったの!? 妖精さんの住んでるお家を見つけられたの!?」

 

 先程までのめり込んで観ていた人形劇での興奮がおさまっていないのだろう。興奮気味に少し声を荒げながら物語の続きを催促した

 

 その勢いに少し押されてしまい最初はビクリと驚いたリオネラだったが、微笑みを浮かべその子に言った

 

「えっと、今回のは続き物だから……そのお話はまた今度なの」

 

「えー? 私、もっとみてたいのにー」

 

「ごめんね。そのかわり……って言っていいかはわからないけど、次はふたりももっと頑張るから」

 

 リオネラがそう言うとホロホロが女の子のほうへ飛んでいき、女の子の頭を軽く撫で、女の子の周りを一回まわってから再びリオネラの元へと戻っていった

 

 予想外だったのか数秒間ポカンとしていた女の子だったが、また満面の笑みになって「またねー!」と、『作業場』のほうへと行くリオネラに大きく手を振った

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・作業場***

 

 

「ふぅ……」

 

 『作業場』に入り裏口の扉を閉めたところでようやく劇での緊張が解けたのか、リオネラは大きく息を吐いた

 

 

「お疲れ様です、リオネラさん、ホロホロ、アラーニャ。喉、(かわ)いたんじゃないかな?」

 

「あっ、マイスくん……うん、ありがとう」

 

 おそらく、劇の終盤あたりで『作業場』に先回りしていたのだろうマイス。そのマイスから差し出された飲み水とタオルをリオネラは受け取り、お礼を言った

 

 

 外の様子を『作業場』にある小窓から見ながら、マイスが口を開く

 

「あはははっ。熱がおさまらないみたいで、みんな楽しそうにさっきの劇のお話をしてるみたいだよ」

 

「ほ、本当?」

 

「嘘なんかじゃないよ。やっぱり、リオネラさんの人形劇は凄いね!」

 

 そう言って小窓から目を離し、リオネラに笑いかけるマイス。そんな爽やかな笑顔にリオネラはつい顔を赤らめてしまっていた

 

 

「そんなこと……! でも、良かった……少し心配だったから…………」

 

「そうね。でも、さっきの女の子の様子も含めて考えれば、そこそこは好評って思っていいんじゃないかしら?」

「まっ、続き物は二回目からが本番だけどな。一回目を観てなくても楽しめる様にしてねぇと客はどんどん離れちまうからよ、ちゃんとストーリーを練らないとな」

 

「へえ、そんなことも色々考えないといけないんだね」

 

 感心するようにそう呟いていたマイスだったが、ふと「あれ?」と声をあげ首をかしげたかと思うと、そのままリオネラたちに問いかけていった

 

「そう言えば、劇のお話って三人で考えてるの?」

 

「う、うん。ふたりの動きとか、色々考えながら……人形劇って、物語に合わせて動かして表現するから」

 

「全部が全部オリジナルじゃないけどね。大抵は絵本とか有名なお話を元に、ワタシたちふたりで演じられるように内容をちょっと変えちゃったりしてるんだけど」

「まあ、たまに緊張で必死に練った話が頭から飛んでいって、アドリブだけでやってグダグダになっちまうこともあったりするんだけどな。そん時は目も当てらんねぇくらいヒデェもんだぜ? リオネラも顔真っ赤でアワアワしだすしよ」

 

 呆れ気味に、かつ面白おかしく言うホロホロに、リオネラが「そ、その話はしないで~……!」と非難の声をあげていた

 

 

 その様子をどうしたものかと見ていたマイスだったが、そんなマイスにアラーニャが

 

「とはいっても、今回のはいちおう最初っから最後までリオネラが考えた話なのよ。元となるものが全く無いってわけでもないんだけど」

 

「へえ、そうだったんだ! さっき、外でリオネラさんに聞いてた子じゃないけど……そう聞いちゃうと、なんだか僕もお話の先が凄く気になってきちゃったなぁ」

 

 そう言って、ひとり腕を組み「うーん」と考え込みだしたマイス

 

「主人公の女の子とそのお友達。どんな道具でも作ってくれる不思議なお店の店主さんに、人里離れた場所に住む少し変わってるけど優しい男の子。それと、気まぐれだけど困った人を助けてくれる謎の妖精…………色々あってたけど、今回の最後は女の子とお友達が妖精のあとを追いかけて夜の森に入っていったんだよね」

 

「う……うん」

 

 目を(つむ)り腕を組んだままそう言いだしたマイスに、()()()少し緊張した様子でリオネラが頷いた

 

「……女の子二人で夜の森に入っていくのは危なくないかな? その森にモンスターが出るかはわからないけど、もしマネする子がいたら大変……って、そんな悪い子はアーランドにはいないか。……あれ? でも、やっぱり主人公とお友達は危ない? それって大丈夫なの!?」

 

 ひとりで自己解決したかと思うと、目を開けて少し焦った様子でリオネラに問いだしたマイス

 

「そ、それも含めて、次回のお楽しみだから……ね?」

 

「そうよ。せかさないの」

「明かしちまったら、面白く無いだろ?」

 

「ううっ……そっか、そうだよね。……でも、やっぱり心配だなぁ」

 

 物語の登場人物のことを心配して「うーん、うーん」(うな)り続けるマイス

 

 

 

 

 

 ……その様子を見ていたリオネラが「クスリ」と小さく笑い、比較的耳の良いマイスでも聞き取れないほどの小声で呟いた

 

「……心配しなくても、大丈夫。危なくなった二人は男の子(妖精)に助られるの。ちょっと変わってるけど誰にでも優しい……みんなに(した)われる男の子(王子様)に……」

 

 

 

「……? リオネラさん?」

 

「ふぇっ……う、ううん!? 楽しみにしてくれてるみんなやマイスくんのためにも、次の劇の練習頑張らないとって思って」




Q,結局、リオネラはマイス君に例の事を話したの?

A,話しました
 マイス君の反応についてはご想像にお任せします。が、結果的にはこれまでと変わらずホロホロとアラーニャとも友達でおり、リオネラとも良好な関係のままでいます。……このあたりのことをガチで書き過ぎて激重シリアスになってしまったのが『リオネラ編』の初期原稿だったりします


 リオネラとマイス君は、本編中の秘密の共有で一気に距離が縮まった感じがありますが、それでもなかなか関係は進展しそうにない気がします。やっぱり原因はマイス君が草食系過ぎるからなような……

――――――――― 

 詳しくは活動報告に書きますが、とりあえずこれで『ロロナのアトリエ・番外編』は一段落ということで終了ということにしようと思います

 番外編を掻こうと考えた当初はもっとイチャイチャさせる予定だったんですが……いかんせん、本編中でそこまで親密と言える関係になったりしてなかったうえ、『トトリのアトリエ編』を同時進行で書いていたこともあって、そっちとの整合性があまりにも合わない感じになるほどイチャイチャさせていると、書いている途中に作者自身違和感に飲み込まれて筆が進まなくなったり……結果、このような感じになりました

 途中に期間があいたりしましたが、お付き合いいただき、ありがとうございました!
 ……苦手意識がありますが、今度、どこかのタイミングでイチャイチャを書いてみたいです


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トトリのアトリエ編
プロローグ


 1週間以上の休みをいただいて、やりたかったことができました!大満足です!

 ですが、それと同時に「あっ、1週間近く触ってなかったんだな…」と一抹の寂しさを感じた 今日この頃です


 お待たせしました。『トトリのアトリエ編』、始まります!






===============

 

 

 閉鎖寸前のアトリエを立てなおし、『錬金術』で『アーランド王国』の発展に貢献した 一人の『錬金術士』

 

 彼女が一人前の錬金術士として活動しだして少し()ったころ、『アーランド王国』に大きな変化が訪れました

 

 周囲の街や村と一つにまとまり共和国となる。そう、『アーランド王国』が『アーランド共和国』となる日がきたのでした

 

 

 

 新体制への切り替わりに追われる王宮の人々。忙しい最中にも 様々な事態が舞い込んできます

 

 『別々の地図同士が上手くつながらない』『併合(へいごう)のための会議の場に集まる際にモンスターに襲われた』等々……問題が次々に発生していました

 

 

 そんな中、色々とあって生まれたのが『冒険者』という職業でした

 その名の通り、冒険をし地図を作ったり、凶悪なモンスターを退治したりする職業で、 アーランドの街に新たに設置された国営の『冒険者ギルド』で『冒険者免許』を貰い、依頼などもこなしていきます

 

 ……まあ、冒険者の制度自体 新しく出来たばかりのものなので、問題が出てきては 制度の調整をする、その繰り返しをしていたりします

 

 

 

 

 話は変わって『冒険者』という職業ができてから4年ほど経った とある日、『アーランド共和国』の端っこにある『アランヤ村』という小さな村に 新たな『錬金術士』が誕生しました

 

 

 その新米錬金術士の名前は『トトゥーリア・ヘルモルト』

 周りからはトトリと呼ばれる少女は、ある錬金術士と出会い、錬金術士としての第一歩を踏み出すことになりました

 

 『錬金術』との出会いにより、トトリは諦めていた ある目標を再び目指すことを決めます

 

「『冒険者』になって、行方不明のお母さんを探し出す」

 

 

 

 その目標を胸に 冒険者になろうとするトトリは、幼馴染の『ジーノ・クナープ』と二人 冒険者を目指して活動を始めますが、その道は決して平坦ではありませんでした

 

 姉の反対や アーランドの街への馬車賃で一悶着(ひともんちゃく)。さらに『冒険者ギルド』で また一悶着。無事『冒険者免許』を貰い 冒険者になった後、『アランヤ村』に戻ってから 『冒険者ギルド』で出会った貴族の少女が追いかけてきて さらに一悶着……

 

 

 と、色々とあるのですが、これから始まるのは さらにその後のお話

 

 トトリと 8年ほど前に『アーランド』に迷い込んだ青年との出会い…正確には再会から始まる物語

 

 成長したマイスの、新たな物語

 

 

 

『マイスのファーム~アーランドの農夫~【トトリのアトリエ編】』

 

 

===============





※メタでネタなまとめ※

 6年ほど経って、ロロナがあっぱらぱーになったり、ステルクさんがひとりテイルズしはじめたりするんだから、マイス君もそのくらい成長(?)してもいいよね?
 『ロロナのアトリエ編』以上に 原作改変&崩壊が起きると思うよ!

 あと、必要な部分は補足していくから マイス君登場の前から始めますよ


 ……っといった感じになっています。



 『トトリのアトリエ編』での目標として、「ちゃんとEDまでもっていく」というものの他に、「ヒロインを決めて 話を進める」というものを自分の中で作りました

 『アトリエ』的には あまり必要の無いものですが、『ルーンファクトリー』的には やっぱり結婚して子供ができて…っていう流れがほしいので
 というわけで、ヒロインは……未定です



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1年目:トトリ「ランクアップと紹介」

 まず、はじめに

 おそらく、『トトリのアトリエ編』では 最初の方はトトリ目線の話が多くなると思います。説明を混ぜながら進んでいくことになり、今回のような形が多くなると思われます

 あと、まだトトリの地の文が安定してません。ご了承ください



 


***冒険者ギルド***

 

 

 わたし、トトゥーリア・ヘルモルトが 冒険者になって初めての冒険者免許のランクアップ

 三年間のうちに このランクが一定以上になっていないと『冒険者免許』を取り上げられて二度と『冒険者』になれなくなるらしいから、このランクアップは すごく緊張して…

 

 ちゃんとランクポイントを溜めることができている、と頭ではわかっていても 胸がドキドキするのを止めることは出来なかった。けど、提出した免許は 無事ランクアップした状態で わたしの手元に戻ってきました

 

 

―――――――――

 

 

「さて、これで手続きはお終いっと。これからどうするの?」

 

 

 そうわたしに聞いてきたのは、『冒険者ギルド』の受付嬢のクーデリアさん

 

 わたしが『冒険者免許』を貰いに来た時からお世話になっている人で、わたしよりも背は小さいんだけど……

 って、そんなことを考えてるとクーデリアさんにジロリッと見られた気が…

 

 

「え、えっと、あんまり考えてないですけど……買い物とか、近くの探索とかしてから帰ろうかと」

 

「そう…考えてみたら大変よね。免許の更新のために、わざわざこんな遠くまで来て。 いっそ、アーランドに住んじゃったほうが楽なんじゃない?」

 

 わたしの家のある『アランヤ村』から『アーランドの街』に来るためには 馬車でも二週間くらいかかってしまうから大変なんだよね……わたし、馬車の旅自体 ちょっと苦手だし…

 でも……

 

 

「住むって言っても、そんなにお金ないですし。それに わたし、アトリエがないと冒険者らしいこと何もできないから…」

 

「まあ、そうよね。ロロナだって錬金術が使えなければ、ひ弱で役立たずで ちょっとおバカな女の子ってだけだし」

 

「それは…さすがに言い過ぎかも…」

 

 クーデリアさんは わたしの『錬金術』の先生…ロロナ先生の幼馴染らしくて、初めて会った時も わたしの持っている杖がロロナ先生から貰った物だとすぐに気づいて…あの時は ちょっとビックリしたなぁ…

 

 

「ああ、そうだ!ロロナのアトリエがあるじゃない。あそこを使えばいいのよ!」

 

「えっ、先生のアトリエを?」

 

「ええ。あそこならお金はかからないし、錬金術もできるでしょ。まさに一石二鳥だわ」

 

 たしかに、アトリエがあれば錬金術ができるから 冒険も依頼の仕事も 手持ちの道具の数を気にせずに出来るようになるから、すごく助かる

 

「で、でも、勝手に使ったら怒られるんじゃ…」

 

「あたしがいいって言ってんだからいいの。大体、あの子が怒るわけないでしょ」

 

 クーデリアさんは そう断言したけど……あっ、でも たしかにロロナ先生が本気で怒ってる姿って想像できないや…

 

 

「はぁ…あの、すごく嬉しいんですけど、なんでクーデリアさん、わたしのためにそこまで…」

 

「別にあんたのためじゃないわよ。 あんたがこの街で働いてれば、ロロナもたまには戻ってくるようになるんじゃないかなとか、別に期待してないし…」

 

「え?あの、最後の方、よく聞き取れなかったんですけど…」

 

 うまく聞き取れなくて聞き返してみたんだけど、クーデリアさんは「あーっもう!」って声をあげたかと思ったら、どこからかゴソゴソと『(かぎ)』を取り出して わたしに押し付けてきた

 えっと、たしかこの鍵は 前にも貸してもらったことがあるけど、ロロナ先生のアトリエの鍵だったっけ?

 

「何もいってないわよ!ほら、そうと決まれば さっさとアトリエに行く!色々準備もあるでしょ!」

 

「は、はい!…って、本当に良いのかな…?」

 

 

 

 

 ロロナ先生のアトリエに行って……あっ、その前にジーノくんとミミちゃんに アトリエのことを話しておかないと

 そんなことを考えながら 『冒険者ギルド』のある王宮から外へと歩きだそうと、後ろから クーデリアさんの声が響いてきた

 

「っと、そうだ。ちょっと待って、一つ言い忘れてたことがあったわ」

 

「えっ、なんですか?」

 

 わたしが振り向いて 再び受付のカウンターへと歩いて行くと、クーデリアさんは 冒険者に支給される簡易の地図を取り出してカウンターの上に広げてみせてきた

 

「この街から出て少し行ったところに『青の農村』って村があるの」

 

 そう言いながら クーデリアさんは地図の一点…『アーランドの街』を指で指し示した後、ツツーッと指を(すべ)らせて 今度は別の場所を指し示しトントンと指先で叩いた

 

「そこにマイスってヤツがいるから、もし何か助けが必要なら 会いに行くといいわ。あいつ お人好しだし、あんたがロロナの弟子だってわかれば何でも手伝ってくれると思うわよ」

 

「マイスさん…ですか」

 

 その名前を頭の中で数回繰り返して 憶えることにしたんだけど……あれ?マイス…?なんだかわかんないけど、聞いたことがあるような……うーん、気のせいかな?

 

 

「村の人に聞けば きっとすぐわかるわ。…まあ、注意することがあるとすれば、村の中で武器をかまえたりしないことぐらいかしら…?あとは……そう!マイスも『錬金術』を(あつか)えるはずだから、何か分からないことがあったら聞いてみるのもいいかもしれないわね」

 

「へぇ…『錬金術』を……って、あれ?」

 

「ん?どうかした?」

 

「あの…『冒険者免許』を貰った時に、クーデリアさん「この国に三人しかいない貴重な『錬金術士』」だって言ってた気がするんですけど……そのマイスさんって人は『錬金術士』じゃないんですか?」

 

 わたしと、ロロナ先生と、ロロナ先生の先生の三人だって言ってたはず。ロロナ先生の先生の名前は、たしか ア…アス……なんだったっけ? と、とにかく、マイスって名前じゃなかった気がする!

 でも、そうなると なんで……?

 

 

「ああ、そういえば そんな話もしたわね。……ねえ、あんたは料理って出来る?」

 

「え?ええっと、おねえちゃんのお手伝いをするくらいで、その…あんまり……」

 

「そう。なら、お姉さんは料理が出来るのよね。お姉さんって何処かでコックとして働いてたりする?」

 

「いえ、別にそういうわけじゃないですけど…?」

 

 えっと…それが 今さっきの話と何の関係があるんだろう…?

 そう考えているのが クーデリアさんに通じてか通じずかはわからないけど、クーデリアさんは一度大きく頷いてきた

 

「マイスもそういうことよ」

 

「…?どういうことですか?」

 

「『錬金術』はできるけど『錬金術士』として活動しているわけじゃないってこと。…とはいっても『錬金術士』以外で『錬金術』ができるのなんて あいつ位じゃないかしら?」

 

 その後、クーデリアさんは「まてよ…この場合、ホムンクルスは含むべきかしら?」って、小声で言ってるけど……ほむんくるすってなんだろう?職業か何かかな?

 

 

「とにかく、何かあったら そいつに会ってみるといいわ。もちろん、あたしでもいいわよ」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

「って ことで、わたしはこれから 先生のアトリエで ちょっと調合してから、『青の農村』ってところに マイスさんって人に会いに行こうと思ってるんだけど…」

 

 冒険者ギルドの受付から離れた場所で、ここまで一緒に来ていた二人に これからのことを話した

 

 

 最初に反応を返してきたのは、わたしの幼馴染のジーノくんだった

 

「よくわかんねえけど、とりあえず俺は 街をブラブラしたりするから。 外に行くときには声をかけろよな!」

 

 うん、ジーノくんは いつも通りジーノくんだ。…まぁ、ジーノくんは アトリエの場所も知ってるから問題無いかな?

 

 

 そして、もう一人……冒険者免許を貰いに行った時に知り合った ミミちゃんなんだけど…

 

「そう、まあ ちょうどいいかしら? 私はこの街を拠点にして『冒険者』の活動をしていくから。手を貸してほしい時は 頼みに来なさい」

 

「えっ!? 」

 

「なんで驚くのよ。私はアーランド出身なんだから別におかしくないでしょ?それに、冒険者活動においては 何かと街のほうが勝手がいいし」

 

 そういえば ミミちゃんはアーランドの貴族の家出身で、いちおうは お嬢様なんだった

 ……ただ、わたしは貴族のこととか あんまり知らないから、どう凄いのかは よくわからない。『アランヤ村』って田舎だから、そういう話にも疎いんだよね…

 

 

 

 

「あっ、それと」

 

「え?なに、ミミちゃん」

 

 王宮の外で 解散になろうとした時に、ミミちゃんが思い出したように声をあげた

 

「私は絶対に『青の農村』には行かないし、マイスにも会わないんだからね!いい?絶対、ぜぇーったいよ!!」

 

「え、ええ!?」

 

 理由を聞く前に ミミちゃんは街のほうへと歩いて行ってしまっていて、何も聞けなかった

 

「どうしたんだろう?怒ってるのとは ちょっと違った気が……うーん?もしかして、何か知ってたのかな?」

 

 よくわからないけど、とりあえず『青の農村』に行くときは ミミちゃんには声をかけないようにしとこう






 別に3人以上で冒険してもいいとは考えていますが、諸事情によりミミちゃんの本格的な出番は 後になります
 ミミちゃんファンの方々には大変申し訳ありませんが、少々お待ちください


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1年目:トトリ「青の農村での出会い」

 上手く区切りをつけられず、過去最長の長さになりました
 それと、途中出てくる年数はちょっと曖昧です。公式のほうでも大体でしかわからなかったので…

 マイス君がやっと登場。物語の中に いい感じに絡んでくれることを望んでいます…………私が書くんですけどね



 


 数回の調合を終えて いくつかの依頼を達成したわたしは、昼過ぎにアーランドの街を出て ジーノくんを連れて『青の農村』へと伸びる街道を歩いていました

 

 その道中、モンスターがいないかキョロキョロしながら歩いてたジーノくんが不意に わたしに聞いてきた

 

 

「なあ トトリ。今回は 冒険の前に人に会いに行くんだよな?」

 

「うん、そうだけど。それがどうかしたの?」

 

「うーん……いや…」

 

 腕を組んで 何かを悩んでいるかのようにうつむきがちになっているジーノくん

 そんな 珍しく歯切れの悪いジーノくんが不思議で どうしたのか気になって顔を覗きこんでみた。その時、ちょうどジーノくんは顔をあげて、眉間にシワを寄せながら頭をかきながら ポツリと言った

 

「その『マイス』って名前、なーんかどっかで聞いた覚えがあるような気がしててさ。何の時だったけなぁ?」

 

「ジーノくんも!?実はわたしも なんだか聞いたことがあるような気がしてて…」

 

「トトリもなのか?なら『アランヤ村』の酒場かどっかで聞いたのかな」

 

「どうだろう…よく思い出せない」

 

 でも、きっと『アランヤ村』のどこかで聞いたんだとは思うんだけど……。なんでだろう、本当に思い出せないよ…

 

 

「まあ、実際会ってみたら何かわかるだろ」

 

「それもそうだね。…あっ、建物が見えてきたよ!あそこが『青の農村』じゃないかな?」

 

 街道の先に見えてきた建物たち、『アランヤ村』と同じくらいか ちょっと大きいくらいの規模みたい。そのそばには畑らしきものも見えるから きっと間違いないと思う

 わたしとジーノくんは 自然とこれまでよりも足早になりならが、村へと向かって進んでいった

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

***青の農村***

 

 

 わたしとジーノくんは『青の農村』にたどり着いたんだけど……

 

 

「えっ、あれ…?」

 

「どうなってるんだ!?なんで村の中にモンスターが!?」

 

 そう、村のところどころにモンスターがいるのが見えた

 畑の中をピョンピョン跳ねている『ぷに』。建物の入り口横で丸まって寝ている『ウォルフ』。広場をウロウロしている『たるリス』

 どれも一匹二匹って数ではない……もしかして、村がモンスターに襲われたとか!?

 

 

 

「とにかく、あいつらを追い払わねぇと!」

 

 そう言ってジーノくんが 腰に下げた剣を抜いて駆け出そうとし、わたしも後に続こうとした……その時

 

 

「おい!止まれ、そこのちいせえの!」

 

 わたしたちの後方から大きな声で放たれた言葉に、わたしたちは立ち止まって 声のした方へと振り向いた

 

 そこにいたのは、わたしよりも頭一つは大きな背をした 赤みがかった髪の男の人で、その背中には大きな荷物をしょっていた

 

「なんだよ、なんで 止めるんだよ!村の中にモンスターがいるんだぞ!」

 

 ジーノくんが声を荒げて言うけど、赤髪の人は なんだか呆れたように「あー、やっぱりか」って呟いて首を振った

 

「あいつらを よく見てみな。身体のどっかに『青い布』を巻いてあるだろ?」

 

 

「『青い布』…?」

 

「あっ、ホントだ。ほらジーノくん、『ウォルフ』の首に巻いてあるよ」

 

 指で指し示しながら言うと ジーノくんもわかったみたいで、今度はジーノくんが 遠くにいる『たるリス』を指差しして言った

 

「アイツは左腕の根元に巻いてる……で、それが何なんだ?」

 

「『ぷに』は…青い帽子かぶってる」

 

 布を巻けそうな場所がないから、代わりに帽子(ぼうし)なのかな?

 

 

「本当にお前ら 何も知らねぇんだな」

 

 赤髪の人はため息をつきながら「まあ とりあえず武器を仕舞えって」とジーノくんに言った。ジーノくんは なんだか納得してなさそうだったけど、剣を仕舞った

 それを確認した赤髪の人が口を開いた

 

 

「『青い布』は この村の一員の証。この村の村長が巻いてやってて、人間を襲わないモンスターの(しるし)でもあるんだ」

 

「モンスターが人を襲わない…それ、本当かよ」

 

「まあ 信じられないことかもしれないが、とりあえず この村にいる奴らは基本的に襲わねえよ」

 

 そう断言する赤髪の人だったけど、わたしはひとつ気になることがあった

 

「その「基本的に」って、それは…」

 

「村の一員に 危害を加えたやつには容赦ないんだよ。危害を加えたやつが 人であろうとモンスターであろうとな。命とかには関わらない程度に 寄ってたかってフルボッコにされてたな」

 

「も、もしかして、あのままだったら わたしたちが…?」

 

「そうなってた。ときどきいるんだよ、お前らみたいな何も知らない奴らがさ。アーランドの人たちは みんな知ってるから、大抵 もっと遠くから来たやつなんだが……」

 

 そう言えば、クーデリアさんが「注意することは 村の中で武器を構えないこと」とか言ってたような……このことだったんだ…

 

 

 

 赤髪の人が はたと何かを思い出したように 私たちに問いかけてきた

 

「そういや、お前らは何の用でこの村に来たんだ? 農作物の取引って感じじゃなさそうだし……新米冒険者がたまたま立ち寄っただけか?」

 

「あっ いえ、ちょっと 人に会いに来たんですけど……マイスって名前なんですけど、知りませんか?」

 

「新米冒険者がマイスに?なんでまた」

 

「えっと、実は…」

 

 

 

 わたしは赤髪の人に クーデリアさんから「マイス」って人に会ってみると良いと言われた話を 軽く説明をした

 

「あの小さいねえちゃんも ちゃんと村のこと教えておけよな……はあ、まあここで言ってもしかたねぇか」

 

「それで マイスってやつはこの村にいるんだろ?どこなんだ?早く教えてくれよ」

 

「ちょ、ジーノくん!?もうちょっと言い方が…!? あっ、その、ごめんなさい!」

 

「いいさ。このくらいのガキンチョは ちょっと生意気なぐらいがちょうどいいからな」

 

 軽快に笑いながら そう言ってくれた赤髪の人は、村の北のほうへと目をやり 指をさした。それにつられるように わたしたちもソッチへと目をむける

 

 

「あそこに(しゅ)色の屋根の家が見えるだろ?」

 

「えっと…あの一番大きい、(かね)がてっぺんにある建物ですか?」

 

「いや、それよりもちょっと手前。あの一番古い感じの家、あれがマイスの家だ。今日はまだ会ってないからわかんねぇけど、きっといるはずだ。 いなかったら……まあ、さっきお前が言った 一番大きい建物に行って聞きな」

 

「わかりました!ありがとうございます!」

 

「ありがとな!にいちゃん!」

 

 わたしとジーノくんがお礼を言うと、赤髪の人は軽く手を振って首をすくめてみせた

 

「別に礼を言われるほどのことじゃねえよ。 まあ、今度 オレの店で買い物して行ってくれたらいいさ。 そろそろオレは行くぜ?じゃあな」

 

 そう言って赤髪の人は マイスさんの家の方向とは別方向へと歩いていった

 

 

 

「んじゃ、場所もわかったし行こうぜ トトリ」

 

「うん、そうだね」

 

 先に歩き出したジーノくんに付いて行くように わたしも歩き出す

 

 歩きながら村の様子をよくよく見れば、村の人たちは 村の中にいるモンスターを別段気にしているわけでもなく、むしろ親しくしているような気さえした

 中には 寝転んでいる『ウォルフ』をモフモフしている子供がいたりもしてた……わたしもモフモフしてみたいかも…

 

 

 ……そういえば、さっきの人「オレの店」って言ってたけど、何かのお店の人だっかのかな?うーん、気になるけど…、どこにあるのかもわからないから 買い物のしようがないなぁ…

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 赤髪の人が教えてくれた マイスさんの家

 その手前にある畑のそばに、胴に足と腕と頭がついた 人に似た形をした土の塊があって、頭のてっぺんから生えてる大きな葉っぱが ピコピコ動いているのが凄く気になったけど……とりあえず 家にたどりついた

 

 

「出かけてないといいんだけど…」

 

「そんなこと今ここで心配しても しょうがねぇだろ。早くしようぜ?」

 

「う、うん」

 

 一歩踏み出して 玄関の扉へと手を伸ばす

 

 

コンコンッ

 

 

「はーい!」

 

 ノックをすると、家の中から返事が返ってきた。よかった、留守じゃないみたい

 

 少し待っていると 扉が開いたんだけど…

 

 

「ごめんなさい、お待たせしましたー!」

 

 出てきたのは、わたしよりも少し大きくて ジーノくんよりも少し小さい…そんな男の子だった

 

「あっ えっと、あの…わたし、マイスさんって人をさがしてるんですけど…」

 

「それなら 僕だけど……」

 

「えっ!?」

 

 この子は マイスって人の子供か弟かと思っていたのに、本人だったことに驚かされた

 そして、さらに わたしを驚かせる言葉が耳に入ってきた

 

 

「あれ?ツェツィさん…じゃない……ひょっとしてトトリちゃん?それに 後ろの子はジーノくんだね!」

 

 

 えっ、ええっ!?ど、どどど どういうこと!?

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

***マイスの家***

 

 

「はーい、『香茶』が はいったよ。それと、こっちは新作の『クッキー』。よかったら食べてみて!」

 

「あっ、はい…!」

 

 わたしとジーノくんは、マイスさんに(すす)められるがままに家に(まね)き入れられた。そして。ソファーに座ると 目の前にあるテーブルに『クッキー』と『香茶』が それぞれ用意されてきた

 

 それにしても、まだ 何かあるのかな? マイスさんは また階段と壁の向こう側…たぶんキッチンがあるんだろう場所へと行ってしまった

 

 

「んおっ!?コレ、すっげーウメェぞ!!トトリ!お前も食ってみろよ!」

 

 ジーノくんはジーノくんらしく いつも通りだけど……私は さっき家の前で聞いたマイスさんの言葉のことで頭がいっぱいだった

 

 いったい どういうことなんだろう。わたしとジーノくん、それにツェツィ…ツェツィーリア・ヘルモルト…つまり わたしのおねえちゃんのことまで知ってるみたい

 私たちのことを知っていて、わたしとジーノくんも マイスさんの名前を知ってる……それって、もしかしたら…

 

 

 

「なあ トトリ、お前が食わないなら 俺が食っても…」

 

 わたしが考え事をしているうちに、いつの間にか 自分の前のお皿にあった『クッキー』を食べ終えてしまったジーノくんが、わたしの方のお皿にゆっくりと手を伸ばそうとしていた

 

「って、ちょっと ジーノくん!わたし、食べないって一言も言ってないよ!?」

 

「いいじゃん、あと一、二枚だけさぁ」

 

「ダメ!あげない!」

 

「ちぇ~」

 

 口をとがらせるジーノくんを横目に見ながら、わたしは『クッキー』を食べてみた

 

「あっ、美味しい…」

 

 ただ甘いだけじゃなくて、なんだか口当たりがいい感じで……新作って言ってたのは、このあたりのことだったのかな?

 もう一枚食べてから 今度は『香茶』を口にする。…うん!この『クッキー』は『香茶』との相性もいいみたい

 

「いいなぁ、俺にも一枚くれよぉー」

 

「もう、ジーノくんは 自分の分を食べちゃったんでしょ。あげないってば!」

 

 

 

 

「あらら、やっぱり 育ち盛りには少し物足りなかったかな?」

 

 そう言ったのは キッチンから戻ってきたマイスさん。その両手にはお皿…何だろう?なんだか黄色くて四角いものが乗ってる……

 

「なんだソレ?ウマいやつか!?」

 

 少し興奮気味に言うジーノくんに、マイスさんはニッコリと笑いながらお皿をテーブルに置いた

 

「アーランド周辺にはないお菓子で、『むしカステラ』っていうんだけど……口に合えばいいな」

 

 そう言った後、「あっ、でも…」とマイスさんは付け足した

 

「この『むしカステラ』で最後だからね」

 

「ええー!なんでだよ」

 

「なんでって、夜ゴハンをしっかり食べるためだよ。…って、間食を(すす)めた僕が言っても、あんまり説得力がないか」

 

 少し困ったように笑いながら、テーブルを挟んで ソファーとは反対側にあるイスに座るマイスさん

 ちょうど、その頃には『クッキー』を食べ終えていた わたしは、さっきからずっと持っていた疑問を聞いてみることにした

 

 

 

「あのー…少し聞いてもいいですか?」

 

「うん、いいよ!何かな?」

 

「マイスさんは どうしてわたしたちのことを知ってるんですか?」

 

 わたしがそう聞くと、マイスさんは一瞬驚いた顔をした後「ああ…なるほど。まあ それもそうだよね」と 言いながら腕を組んでうなりだした

 

「どこから話そうか迷うけど……二人のことを知ってるのは、前に僕が『アランヤ村』に行ったことがあって 二人に会ったこともあるからなんだ。…トトリちゃんのお姉さんが、今のトトリちゃんの歳くらいの時だったから もしかしたら憶えていないかもね」

 

 前に『アランヤ村』に来たことがある…そっか、だから わたしとジーノくんがマイスさんの名前を聞いたことがある気がするんだ

 ……でも、何故か その時のことは なんとなく思い出せない。その頃 わたしって、そんなに小さかったのかな?

 

 

「ああーーーっ!!」

 

 『むしカステラ』を頬張(ほおば)っていたジーノくんが、大声をあげた。ソファーから()ねる様に立ち上がって、そしてその手はマイスさんを指差していた

 

「あの時の!ネコの人形劇の人と一緒にいた にーちゃん!!……って、ああ!だから あの受付のねぇちゃんに何か見覚えがあったんだ!!」

 

「受付って、クーデリアさん? ジーノくん、そんなこと言ってたっけ?」

 

「ちげーよ!あの 変にビクビクしてたほう!」

 

 そうジーノくんに言われて思い浮かんだのは、『冒険者免許』や『冒険者ランク』といった冒険者に関わることを取り扱っている受付の隣……街の人たちの要望等をひとまとめにして 依頼として冒険者や有志の人に出している方の受付だった

 

「えっと、それじゃあ フィリーさん?……でも、フィリーさん、わたしたちに会った時「はじめまして」って言ってたような…」

 

 わたしの呟きに対して、何故かマイスさんが困った顔をしていた

 

「うーん、たぶん それは二人が思った以上に成長してて気がつかなかった……っていうよりも、ただ単に 覚えてなかったんだと思う。あの頃は 今以上に人見知りが激しかったから、人の顔を見て覚えたりできてなかったし……でもなぁ、そこまでとは思ってなかったんだけど」

 

 そう言っているマイスさんは、フィリーさんが わたしたちのことを覚えてないことに かなり驚いてるみたいだった

 

 

 

「…あれ?でも そうなると、二人は何で僕に会いに来たの?」

 

「あっ、はい!実はわたしたち 少し前に冒険者になったんですけど、『冒険者ギルド』でお世話になってるクーデリアさんに、アーランドで活動するなら助けになってくれるだろうって マイスさんことを教えてもらったんです。『錬金術』のことも知ってるって…」

 

 わたしが簡単に説明しているうちに、マイスさんは二回くらい 目に見えて大きく驚いていた

 一回目は「冒険者になった」と言った時、二回目は「『錬金術』」と言った時だった

 

 そして マイスさんは、思い出したように ポンッと手を叩いた

 

「名前までは聞いてなかったけど、ロロナが言ってた弟子っていうのは トトリちゃんだったんだね!なるほどー」

 

 何かを納得したように ひとりウンウンと頷くマイスさん

 

 クーデリアさんが 「ロロナの弟子って知ったら~」みたいなことを言っていた時に なんとなく予想してたけど、ロロナ先生とマイスさんは何かしらの関係があるみたい

 二人の共通点っていったら『錬金術』ぐらいだと思うから、 もしかして、同じ人から教わったとかかな?

 

 

 

 そんなことを わたしが考えていると、マイスさんが「それにしても…」と、どこか遠くを見るような目をしながらニッコリと微笑みをうかべて……

 

 

「まさか あのトトリちゃんが ギゼラさんと同じ冒険者になるなんてなぁ…」

 

「えっ!?お母さんのこと、知ってるんですか!?」

 

 驚いて とっさに出た言葉だった。…よくよく考えてみれば、前に『アランヤ村』に来たことがあるなら 別に知っててもおかしくなかった

 

 わたしの大声に マイスさんは少し困惑していたみたいで、目をパチクリしていた

 そして、いきなり大声を出してしまったことを わたしが謝るよりも、マイスさんが口を開くよりも早く…

 

 

「にーちゃんが『アランヤ村』に来たのって、たしか トトリのかーちゃんに会うためだったよな?」

 

 その声はジーノくんだった。腕を組んで少しうなりながら首をひねり、必死に思い出そうとしながら 言っていた

 

 ジーノくんの言葉に マイスさんは軽く頷いた

 

「そうだよ。人形劇とかの理由もあるにはあったけど、僕の中では それが本命だったね」

 

「んじゃあさ、その後に トトリのかーちゃんに会ったことってある?」

 

「それは まあ何度も。…とは言っても ここ何年かは会えてないけど……ちょっと待ってね」

 

 そう言って マイスさんはイスから立ち上がり、壁際の(たな)へと向かって行った。そして 棚の中の本の背表紙を確認しながら 一冊を取り出し、ページをパラパラとめくりだした

 

 そして、めくる手を止めたかと思えば その本を見ながらイスまで戻ってきた

 

「最後に会ったのは 今からだいたい4,5年前で、その時に「今回は いつもより遠くに行くから、ちょっとの間 会えなくなると思う」って言ってたよ」

 

 

 4,5年前……たぶん、ちょうどお母さんが帰ってこなくなったあたりだ

 

 

「お母さん、どこに行くか 言ってませんでしたか…?」

 

 わたしがそう聞くと、マイスさんは本から目を離して わたしの方を見てきた。…その顔は、これまで微笑みをうかべていた顔とは違って、キリッとしていて 真剣そのものだった

 

「行先までは言ってなかったね。…他に言ってたことといえば、「これまでに無いくらいの大物と闘えそうだー」ってことくらいかな」

 

 「参考にはなりそうにないね」と、申し訳なさそうに言うマイスさん

 ジーノくんも「そっか…」と少し肩を落としてた

 

 

 

 

 行方不明のお母さんの手がかりが見つかったと思ったけど、どこにいるか特定できそうな情報は 残念だけどなかった…

 

 そう落ち込んでいると、マイスさんが「そのー…」と小さな声を出しているのに気がついた

 そして、お母さんのこと・わたしが冒険者になった理由を 何一つ説明してなかったことに気がついた

 

 

「ご、ごめんなさい!いきなり色々聞いちゃって…!あの、その…!!実は…私が冒険者になったのは…」

 

「いや、僕が聞こうとしたのは そっちじゃなくて……」

 

 わたしの言葉をさえぎるように手で制しながら、マイスさんは言った

 

 

「今日の夜はどうするか 決めてる?」

 

 その顔は 会ってすぐの時と同じ、少し子供っぽい 柔らかい笑みだった

 

 





 赤毛の少年は、そのうち また登場する……かもしれません。イッタイ ダレナンダー?


 そして、マイス君はマイス君のままでした
 高身長のマイス君は想像できませんでした…。身長はあまり伸びずギリギリ150㎝前半くらいではないかと……
 一応、まだ伸びる余地はあるとは考えています(くーちゃんを横目に見ながら



 告知となりますが、5月13日(金)00:00に不定期更新『ロロナのアトリエ・番外編』を更新する予定です
 『ロロナのアトリエ・番外編』は 『ロロナのアトリエ編』と『トトリのアトリエ編』の間に挿入されます。ご注意ください


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1年目:マイス「冒険の そのまえに」

***マイスの家・作業場***

 

 

 

 日はとっくに沈み、家々の(あか)りも ほとんどが消えてしまっている時間だ

 けれど僕は すべきことがあったため、この作業場で一人 釜をかき混ぜていた

 

 

 今日は色々と驚かされた

 トトリちゃんとジーノくんが家に来たことから始まり、二人が冒険者になったこと、そして ギゼラさんのこと……

 

 

 二人と話をした後、今日はうちに泊まっていくことになったので、今 二人は家にいる。村には宿屋はあるけど、「せっかくだから」と泊まらないか 僕が提案したのだ

 急な提案だったけど、二人とも 夜ゴハンを美味しそうに食べてくれていたし、きっと 満足してくれてると思う…

 

 そんな二人は夢の中。それぞれ二階と『離れ』で寝てもらってる

 

 

 

「トトリちゃんとジーノくんが冒険者に……それに、ギゼラさんか…」

 

 思い出されるのは、最後に会った時の会話

 当時の日記を読み返して日付まで確認した その日のことを……

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

―ある日のこと―

 

 

「ふう…これで当分 マイスの料理は食べられないねぇ」

 

 そう言ったのは、ついさっき 僕が用意した食事を食べ終え ソファーにドカリと腰を下ろしているギゼラさんだった

 

「どうしたんですか?いきなり」

 

「大した事じゃないんだけど、今度の冒険は ちょっと遠くまで行く予定なのさ。しかも、あたしがこれまで闘ってきた奴等よりも強いのと闘えるのさ!」

 

 まるで新しいオモチャを与えられた子供のように笑顔ではしゃぐギゼラさんだったけど、僕はあることを思い出して 少し苦笑いが漏れてしまった

 

「そういえば、2,3回前の冒険前にもそんなこと言ってませんでしたか?で、その次に来た時に「拍子抜けだったー!」って愚痴(ぐち)ってましてよね?」

 

「うっ……あ、あれは ちょっと(うわさ)に踊らされただけだっての!」

 

 少しきまりが悪そうにしたギゼラさん。しかし、その顔もすぐに自信満々といった雰囲気になり 「けど!」と言葉を続けた

 

「今度のは信憑性は抜群さ。なんせ あたしが昔から知ってる相手だからね」

 

「情報元は自分自身ってことですか」

 

「まあ、会ったことは無いんだけどね。だけど 絶対間違いないさ!!」

 

 ギゼラさんがそこまで言うなら きっとそうなのだろう。これは次の時には良い土産話が期待できそうだ

 

 

 

「……ある意味ちょうど良かったんじゃないかい?あたしが前回の冒険終わりに立ち寄った頃から、マイス忙しそうじゃない。最近はずっとこんな感じなのかい?」

 

 窓の外をチラリと見ながら ギゼラさんがそう聞いてきた

 

「それはまあ 忙しいですね。なにせ、慣れないことばかりですから…」

 

「あっはっはっは!人にものを教える立場になってたら、 いつの間にか その集団が村になって、そして 何故か村の代表になったって!あたしも聞いた時には アゴが外れるかと思ったよ!」

 

「僕としては あんまり笑えないというか……王宮の知人から「併合で大変って時に、なに新しい村作っちゃってるのよ!」って散々怒られて…」

 

「まあ 良いことじゃないか。あんたの持ってる技術や知識が こんだけの人数に認められたってことはさ」

 

 ギゼラさんがニカリと軽快に笑いかけてきた

 僕も それに微笑み返し、頷いてみせた

 

「…はい!僕は今、すっごく充実してます!」

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 あの後、家から『アランヤ村』へ出発する際に ギゼラさんが僕の頭を撫でながら「んじゃ、行ってくるわ」って言って、僕が「お気をつけてー!」と返したのが、最後に交わした言葉だろう

 

 

「……それにしても、あのギゼラさんが 何年も連絡無しの行方不明だなんて」

 

 にわかに信じがたいけど、トトリちゃんが嘘を言っているようには思えなかったから きっと事実なんだろう

 

 正直なところ、冒険者が行方不明になるのは 偶にだけどある。……ただ、その大半は未熟な冒険者で 数日後とかに先輩冒険者に救助される

 そんな中、熟練冒険者が行方不明になることは珍しい。少なくとも 僕には覚えが無い

 

 

 ……僕の頭の中には 少しだけ疑問が浮かんでいた。それは、何処へ向かったかわからない点だ

 子供だったトトリちゃんはまだしも、ギゼラさんの旦那さん…グイードさんが ギゼラさんから行先を全く聞いていないはずが無い。…つまり、その行先自体 大変危ないところで、安否の確認のしようがないということなのだろうか?それとも、別に何か理由が…?

 

「でも、それだと トトリちゃんが何も知らないっぽいのは、ちょっとおかしいような…?」

 

 うーん……情報が少なすぎて、わからないことだらけだ

 

 

ポフンッ

 

 

 そう音をたてたのは 無意識の中でもかき混ぜ続けていた釜だった

 

 調合中だったことを すっかり忘れていた。…爆発しなくてよかった……

 

 

久々(ひさびさ)()()()()()()『錬金術』だけど……うん!上手く出来てるね」

 

 釜の中の調合品の品質を確認して、ひとり頷く

 

「…さて、遠出も久々なわけだし、もうちょっと 多めに用意しとくかな」

 

 また 釜の中に材料を入れて、再び『錬金術』による調合を行う

 

 

 準備が全て終わったのは、日が顔を出しはじめた頃だった

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 準備を終えた後、朝一番の畑仕事にとりかかり、それを終えたら朝ゴハンを完成一歩手前までつくっておいてから、村の集会所に立ち寄って 少し遠出をすることを村の人に伝えた

 

 そして、家に戻って 少ししたあたりで 二階からトトリちゃんが、その少し後に『離れ』からジーノくんが起きてきた

 

 寝ぼけ(まなこ)の二人に顔を洗わせたのちに ソファーに座らせ、朝ゴハンを出して食べさせる

 ジーノくんの方は反応が良く、ゴハンの匂いで目をパッチリと覚ましてした。対して トトリちゃんは半分寝たような状態で食べていたため 口周りなどが随分と汚れてしまったりと ちょっと大変だった

 

 

 

 …っと、そんな感じで色々とあったんだけど、その後 僕の方から 話をきり出した

 

「昨日言ってた トトリちゃんが一人前の冒険者になるための活動を手伝うって話、手助けをさせてほしいんだ。もちろん、年中ずっととかは厳しいんだけど、出来る限りは…ね?」

 

 こっちから申し出る形にしておきながら、ちょっと勝手かもしれないけど 僕はそう言った。畑のことは 任せる相手が一応いるからいいけど、長い間 村を()けておくのは 他の住人に迷惑をかけてしまうので、そのあたりには目をつむってほしいのだ

 

 トトリちゃんはといえば、嬉しそうに笑顔で

 

「わぁ!ありがとうございます!」

 

 と、喜んでくれていた

 

 

 

「それで、たしか今日から探索に出かけるんだよね?」

 

「はい。アーランドの街とアランヤ村の間の地図を埋めようと思って。だから、これから 一度『冒険者ギルド』に寄ってから『アランヤ村』まで 馬車じゃなくて徒歩で行こうと思ってるんですけど……その…ついてきてもらえますか?」

 

 申し訳なさそうに言うトトリちゃんに、僕は笑顔で頷く

 

「もちろん、そのつもりだよ!村の人たちには 家を空けることを伝えてあるし、冒険の用意もできてるよ」

 

 

 それを聞いて嬉しそうにするトトリちゃんだったんだけど、その隣にいるジーノくんは ちょっと首をかしげていた

 トトリちゃんもそれに気づいたようで、ジーノくんの顔を覗きこみながら問いかけていた

 

「ジーノくん、どうしたの?」

 

「いやさ、にーちゃん オレよりちっさいけど、ちゃんと戦えるのかって思って」

 

「あっ、確かに…」

 

 ジーノくんの言葉に トトリちゃんが間髪入れずに同意した

 …実際のところ、僕もちょっとだけ不安があったりはする。なんたって、冒険なんて久々だ。特にここ最近は 村や畑のことで大変だったのだから

 

「まあ、ふたりの心配も もっともだよ。実際のところ、ブランクがあるからね。…それでも二人の足を引っ張らないように 頑張らせてもらうよ!」

 

「そっか!なら、にーちゃんに何かあったらオレが助けてやるよ!」

 

「ええっ……ジーノくんが助けるって、それはそれで ちょっと心配かも…」

 

 心配そうにしているトトリちゃんをよそに、ジーノくんは意気揚々としている。…うん!元気なことは良いことだと思う

 

 

「それじゃあ、街の『冒険者ギルド』に行こうか」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

***冒険者ギルド***

 

 

 ほんの2,3時間歩いてアーランドの街に付いた僕たちは、そのまま『冒険者ギルド』へと一直線だった

 

 

 トトリちゃんたちが依頼の受付カウンターで モンスター討伐系依頼を吟味(ぎんみ)している間にクーデリアと、依頼を受け終わってクーデリアに挨拶しに行ったトトリちゃんたちと入れ変わるように フィリーさんと、話しをした

 

 とはいっても、ふたりとは 毎日とまではいかないけど 少なくとも2,3日に一回は会っているので、別段 長話になったしするわけでもないのだけど……僕がフィリーさんと話している時のこと

 

 

―――――――――

 

「…本当に憶えてなかったんだね、トトリちゃんたちのこと」

 

「そ、そんなに残念そうな目で見ないでよぅ!? だって、あの時が初めての遠出だったし、周りが知らない人ばっかりで怖かったんだからー!」

 

 ちょっと言葉に詰まりつつも 慌て気味に言葉を返すフィリーさん。こういった ちょっとした意地悪を言っても、涙目になっているわけでもなく 微笑みまじりに言っているあたり、あの頃と比べて 結構進歩したんじゃないだろうか?

 ……まあ、普段の 冒険者への対応を見ていないから、一概にはいえないんだけどね

 

 と、そんなふうにフィリーさんと話していたら、クーデリアと話し終えたのであろうトトリちゃんたちが いつの間にかそばまで来ていて、不思議そうにこちらを見ているのに気がついた

 

 

 

「あっ、ごめんね トトリちゃん。もう出発するかな?」

 

 僕がそう言うと、トトリちゃんは「いえ、そんな急ぐわけじゃないから、いいんですけど…」と言いながら、やっぱり不思議そうに小首をかしげていた

 

「あの…フィリーさん。ジーノくんなんかに対しても怯えてたのに、なんでマイスさんは大丈夫なんですか?」

 

「えっ、なんでって…それは……」

 

 ああ、やっぱり まだ受付の仕事でも怯えたりしてるんだなーなんて考えながら、僕は二人の会話に耳をかたむける

 

 トトリちゃんの斜め後ろにいるジーノくんと僕を チラチラと何度か見比べるようにしていたフィリーさんだったけど、それを止めてトトリちゃんへと向きなおり 口を開いた

 

「えっと、なんていうか……こう?男の人ーっていう感じじゃなくて、マイス君はマイス君ーって感じだから…?」

 

「…? どういうことですか?」

 

「あー、ううん……自分でもよくわかんないかなぁ?あははは…」

 

 困ったように苦笑いするフィリーさん

 もちろんトトリちゃんは 未だにわからないことに少し頭を悩ませているようだったけど すぐに切り替えたようで、僕に出発することを伝えてきた

 

 

「それじゃあ、行ってきます!」

 

 そう僕は フィリーさんとクーデリアに対して告げ、軽く手を振ってから、トトリちゃんたちと共に『冒険者ギルド』をあとにした

 

 

 

 

============

 

 

 マイスたちが去った後の『冒険者ギルド』にて…

 

 

「あう~…絶対 マイス君に嫌われた…」

 

「えっ?そういうふうには見えなかったけど、何かあったの?」

 

 涙目で泣き(ごと)を言うフィリーを「いつものことだ」と流そうと思っていたクーデリアだったが、フィリーの言葉の内容を聞いて つい聞き返してしまった

 

 

「私、「マイス君は男の人な感じがしないー」みたいなこと言っちゃったんです!!」

 

「はぁ…?」

 

「きっとマイス君「僕、男としての魅力が無いんだ…」って思って、そして私のこと……」

 

「いや、待て。どうしてそうなるのよ」

 

 

 ため息をついて 呆れたように首を振るクーデリア

 

「あいつに男としての魅力があるかどうかは一旦置いといて、そもそも 異性からの目を気にするような奴じゃないでしょ。気にするような奴なら とっくに誰かと くっついてるわよ」

 

「ええっ!?ま、マイス君、もう誰かと…!?」

 

「「なら」って言ったでしょ!たとえ話よ!!馬鹿なこと言ってないで、さっさと仕事に戻りなさい!」

 

「は、はーい…」

 

 依頼の受付カウンターのほうへ戻って、依頼書の束の整理をしはじめるフィリー

 その様子を確認した後「心配して損した…」と小声でもらし、クーデリア自身も 自分の仕事を再開した





 フィリーは 原作ほど腐りませんでしたが妄想癖は強化されたようです。……どっちかというと『メルルのアトリエ』のフィリーに近いイメージになりました



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1年目:トトリ「マイスさんとの冒険」

 

 アーランドの街からアランヤ村を目指し、街を出て 南方向へ進みはじめて4日ほど経ったある日の朝

 

 

「ねぇ、ジーノくん」

 

「ん?どうした?」

 

 朝起きてから マイスさんが用意してくれた朝ゴハンを食べ終え、出発する準備をしている途中に、あることが気になってジーノ君に問いかけてみる

 

「わたしたちが昨日寝たのって、こんなところだっけ?」

 

「何言ってんだ?街道のわきの樹のそばで寝てただろ?」

 

「でも、道を挟んだ向こうに あんな岩あったっけ?」

 

 指で 人の腰くらいの高さがある岩を指し示しながら聞いてみると、ジーノ君は少し首をかしげたけど、そう間を開けずに言葉を返してきた

 

「きっと気のせいだって。ほら、昨日は暗くなってから野宿の準備しただろ。焚火(たきび)くらいしか灯りが無かったから、岩に気づかなかったんじゃないか?」

 

「そうかなぁ…?ジーノ君はともかく、普通は気づくと思うんだけど……」

 

 うーん……やっぱり、昨日寝た時には無かったような気がする

 

 

 それに、気になることといったら 実はもう一つある

 

 それは、アーランドの街を出て 南へ進んでいって 最初にたどり着く採取地『旧街道』についた時に少し気になったこと

 支給品の地図とこれまでの経験を照らし合わせて 街からは約3日で『旧街道』に到着する予測だったんだけど、わたしたちが実際に着いたのは1日と半日くらいしかかからなかった

 予測の方法が間違ってたのかって思ってたけど、よくよく考えてみたら いくらなんでも1日以上の誤差は大き過ぎると思う

 

 

 

「うーん……?」

 

「トトリちゃん、どうかしたの?」

 

 ひとりで唸っていると、そんなわたしを心配してか 野宿の片づけを終えたマイスさんが聞いてきた

 

「あっ その、実は 少し気になることがあって……」

 

 

 マイスさんにもジーノ君に言ったことと同じことを聞いてみた。そしたら……

 

 

「それは まあ、寝たのは『旧街道』を出て 1日歩いて行ったところで、今いるのは あと少しで『埋もれた遺跡』に着く場所だからね」

 

「えっ」

 

 マイスさんは、ここが寝た場所じゃないってことを いきなり言ってきたんだけど…って、えっ!?

 これには 話を聞いてたジーノ君も驚いたみたいで、驚いた顔をして マイスさんに詰め寄っていた

 

「どういうことだよ!?俺が寝てる間に何があったんだ?」

 

「何がって、寝てる2人を 運んだよ。ほら、錬金術士って調合に時間かかっちゃうから こういう移動で時間短縮したほうがいいかなって思って」

 

「運んだって……全然気づかなかった」

 

「わたしも……っていうか、マイスさんって小さいのに、同じくらいの大きさの わたしとジーノ君を運べるのかな?」

 

 そう言いながら マイスさんを頭から足までジィーっと見てみる

 身長は 本当にわたしたちと変わらないくらいで、別に腕も特別ガッシリしてはいない。……仮に人をふたり(かつ)げるほどの力持ちだったとしても、寝ていた わたしにも ジーノ君にも気づかれないように運ぶなんて……

 

 

 

 そう考えてたら、マイスさんが なんだかすごく心配そうな顔になった

 

「もしかして、途中に寄りたいところとかあった!?」

 

「いえ、ありませんよ?むしろ 次の採取地に早く着くんだから ありがたいくらいです!……でも、本当に どうやって運んだんですか?」

 

 わたしの問いかけにジーノ君も頷いて マイスさんのほうを見る。そのマイスさんはというと、「あははは…」と笑いながら 手を軽くパタパタと振った

 

「『アクティブシード』って、言ってね。今は休ませてあるからね。また後の機会に紹介するよ」

 

「「休ませてる?」」

 

「それじゃあ 行こうか」

 

 色々 すごく気になるけど……まあ、後で教えてもらえるならいいかな?

 ジーノ君も 一応は納得したみたいで、一緒に歩き出した

 

 

 

 

 

――――――――――――

***埋もれた遺跡***

 

 

 

「うわぁー、すげーデケーな」

 

「本当…こんなのどうやって造ったんだろう?」

 

 ジーノ君と一緒に見上げるのは 大きな鋼の塊。この採取地の名称の由来にもなっている『遺跡』だ。大きな邸宅ほどありそうな大きさだけど、地面に埋もれてる部分よりも下があるんだとすれば、もっと大きいのかもしれない

 

「ほら アーランドの街にあった『機械』ってあったよね?アレは こういった『遺跡』から発掘されたものなんだよ」

 

 そうマイスさんが 軽く教えてくれた。

 『機械』はアーランドの街の発展に大きく関わっているものだとは 聞いたことがある。 実際に動いているのは見たことは無いし、街のいたるところにあったわけじゃないけど、街の広場とかで 見かけた覚えがあったから「なるほど」と納得することが出来た

 

 

「それじゃあ、ここにあるものを持って帰ったら 何かに使えたりするのか?」

 

 ジーノ君の問いに マイスさんが首を振った

 

「難しいと思うよ。もしここに使える『機械』があったとしたら もう持ち出されてるだろうし、パッと見でわかる 壊れたやつの部品のほうも、そういう専門の人じゃないと価値は無いかな」

 

「なら、ここで 採取しても あんまり意味無いのかな…?」

 

「そんなことはないよ!ここにあった『機械』で使ったのか、それともたまたまなのか 『フロジストン』や『(はず)む石』なんかが採れるからね」

 

 『フロジストン』は火薬になる鉱石の一種で、これまでにも爆弾の調合に使ったことがある

 『弾む石』は……一回も見たことが無いから 何もわかんないや…。名前のままだとすれば、弾むんだろうな……石が。自分で言ってて よくわからない。そんなものが『錬金術』に使えるのかな?

 

 

 

 

 それじゃあモンスターに気をつけながら 採取していこうか……って、そうなろうとしたときに、『遺跡』の陰から 人影がフラリと出てきた

 

「ほう、こんなところに キミみたいなお嬢さんがいるなんて(めずら)しいね」

 

 リュックサックを背負ったモジャモジャ頭の眼鏡の人は、そう言って わたしを見た後、そのままの流れで わたしの隣にいたジーノ君を見て……その後ろのマイスさんに目をやったかと思えば、その眼鏡の人は ため息をついた

 

 

「なんだ、キミのお()れさんか…」

 

「お連れさんっていうか、僕が連れられて来たんですけどね」

 

 残念そうに言う 眼鏡の人に対し、マイスさんは ちょっと困ったように笑って返した

 

「いや そこはあんまり重要じゃないんだけど……まあいいか、ある意味タイミングがいいわけだし」

 

 …よくわからないけど、ふたりは顔見知りなのかな? 話すふたりを見て、なんとなく そう思った

 ジーノ君はといえば、どうしてればいいのかわからず 立ち止まりながらも、早く冒険を再開したいのかウズウズしだしていた

 

 

 

「あの、マイスさん。この人は マイスさんのお友達ですか?」

 

 気になったから聞いてみたんだけど、それに答えたのは マイスさんじゃなくて、眼鏡の人のほうだった

 

「いやぁ、別にそんなに深い仲じゃないし、僕個人としては―――」

 

 話す眼鏡の人の後ろ……さっき眼鏡の人が出てきた『遺跡』の陰のほうから 見たことの無いモンスターが3体出てきた

 

 羽根をはばたかせ、頭に2本の角を生やした その小さな悪魔のようなモンスターは、わたしがこれまで戦ったことのある『ぷに』や『ウォルフ』たちよりも 威圧感があって、未知の強さを持っていることが感じられた

 

 

 「後ろにモンスターが!!」って、わたしが注意をとばす、それよりも先に……

 

 

 

 

赤と青の線が 3体のモンスターに×(クロス)するように走り、淡い光を放った

 

 

 

 わたしとジーノ君、それに 振り返った眼鏡の人が目にしたのは、 綺麗サッパリいなくなったモンスターと、モンスターのいた位置まで いつの間にか移動していたマイスさん。…その両手には 赤の刀身と青の刀身の剣が握ってあった

 

 『旧街道』でモンスターと戦ったときに マイスさんが持っていたのは、ごく普通の剣だったはず……

 

 そんなことを考えてるなか、最初に口を開いたのは 眼鏡の人だった

 

「さすがだねぇ。こういう仕事の早さは 素直に称賛するよ」

 

「なに呑気なこと言ってるんですか!あんなモンスター、こんな所にまで連れこんだらダメじゃないですか!」

 

「誤解だっ、僕も あんなモンスターがこんな所にいるとは思ってなくてね。だけど、キミのおかげで『遺跡』の調査が再開できるよ。それじゃ!」

 

 珍しく怒り気味なマイスさんから逃げるように、眼鏡の人は『遺跡』のほうへと走って行ってしまった

 

 

 

 

「えっと……今の人は?」

 

 走っていった人を追いかけることもせずに、困った顔をしていたマイスさんに 聞いてみた

 そしたらマイスさんは「ああっ、まだ紹介してなかったね」と思い出したように言い、剣をバッグに入れながら教えてくれた

 

「アーランドでも指折り…というかトップクラスの機械技師のマーク・マクブラインさん。別名『異能の天才 プロフェッサー・マクブライン』……だったっけ?」

 

「いのーの?」

 

「あははは…、気にしないで。そのあたりは僕もわかってないから……。まあ、とりあえずは「『機械』に詳しい人」って憶えておけばいいよ」

 

 なんだか凄そうな感じがするけど……さっきの飄々(ひょうひょう)とした様子を見た後だと、どうしても凄い人には思えないなぁ…

 

 

 

 

 その後、改めて採取を始めたんだけど……

 

「なあなあ!さっきの赤と青の剣、なんだったんだよ!?ズバズバーって!!もう一回見せてくれってばー!」

 

「ええっ、あれは『フォースディバイド』っていう 火と水の力を持った双剣で……今はブランクを取り戻したいから、なるべく 追加効果の無い剣を使いたいんだけど…」

 

「いいじゃんかー!ケチー!!」

 

 ジーノ君にずっと詰め寄られてて、マイスさんがちょっと大変そうでした…

 

 






 マイス君が ある種の便利キャラに。そして、またマイス君と謎の関係を持っているキャラが登場しました



 もし、実際にマイス君がキャラとしていたら…

 HP・MPはそこそこ、攻撃力がかなりあって、防御力が低い、そして素早さがトップレベル。ただ、スキルに範囲技が全く無い……みたいな?
 あとは…錬金術士じゃないけどアイテム使える……かも?

 そんなのだったら、アイテム投げる作業する人になること間違いなしな気がする


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1年目:マイス「事実へと至る時」

 原作『トトリのアトリエ』のメインストーリーに関するネタバレがあります……「本来 この時期にプレイヤーに知られるはずのないこと」です


 タグにある「原作ネタバレ」「捏造設定」「ご都合主義」等の要素が多々あります。ご了承ください







***アランヤ村***

 

 

 

「ついたー!」

 

「はぁー、そんなに経ってないはずなのに、やけに久々に感じるな!」

 

 『アランヤ村』が見えるやいなや、元気に()け出したトトリちゃんとジーノ君を (あわ)てて追いかけ、追い付いた時には ふたりして村の入り口で身体を伸ばしながら爽やかに声をあげていた

 

 

「『アランヤ村』……変わってないなぁ…」

 

 さすが海辺の村。潮風が鼻をくすぐる。あたりを見渡してみると、数年前に(おとず)れた時と大きく変わったところの無い風景が広がっていた

 

 白を基調とした壁に やや黄色よりのオレンジ色の屋根の家々。アーランドの街の建物たちとは違って、1階建て…もしくは2階建ての建物ばかりだ

 そして、村の入り口のほど近くにある イカリのモニュメントがある小池。あのそばで リオネラが人形劇をしたんだったよなぁ……

 

 

 

「マイスさん?」

 

 そんなことを思い出していると、いつの間にかコッチを向いていたトトリちゃんが、不思議そうに僕の顔を見つめているのに気がついた

 

「…ああっ、ごめんごめん!ちょっとボーッとしてて……なにかな?」

 

「えっと、わたしとジーノ君は ゲラルドさんのところに依頼の報告をしに行こうと思うんですけど……マイスさんはどうしますか?もし、何も考えてなかったら一緒にきませんか?」

 

 ゲラルドさん……酒場でマスターをしている人だったよね?あの人のところでギルドの依頼を受けられるようになってるんだ

 あの人は、なんでマスターをしてるのか不思議なくらい逆三角形体格で、それこそ冒険者か鍛冶屋さんのほうが似合ってそうな印象だったな…

 

 

 

「うーん、できれば グイードさんに会って挨拶したりしたいんだけど…」

 

「お父さんですか?それなら、埠頭(ふとう)で釣りしてるか、それか 家にいると思います……たぶん」

 

 船が泊まっている港の先で 釣りか……そういえば、前に来た時も 釣りをしてるときがあったっけ

 でも、気になるのは トトリちゃんの様子。なんだか とても心配そうな顔をして、何かを言い(よど)んでる感じがする

 

「あ、あの!ちゃんと目を()らせば きっと見つけられるはずですから!」

 

「えっ?」

 

「その、お父さんって影が薄いっていうか、存在感がないっていうか…」

 

 トトリちゃんの後ろで話を聞いていたジーノ君も「あー、確かに」と頷いている

 

 それはまあ、グイードさんは特別 特徴的な髪型や服装をしていた記憶はないけど……それでも、人混(ひとご)みの中とかならともかく こんなところで見つけられないはずがないと思う

 いや、そうなると、 トトリちゃんのこの反応はどういうことだろう…?

 

 

 少し気になるところがあるが、とりあえず トトリちゃんたちとは別れて、トトリちゃんのお父さん…グイードさんを探すことにした

 

 

 

 

―――――――――――――――

***ヘルモルト家・前***

 

 

 埠頭でグイードさんを見つけ出せなかった僕は、村の中心部から少し離れた 海のそばの高台の上にある『ヘルモルト家』へと足を運んだ

 

 

 以前に来たことがあるので 場所はわかっていたのだけど、記憶していたのとは外観がかなり変わっていて驚いたが、あることに気がつき 納得する

 

 家のほうをむいて立った時の、向かって右側。見覚えの無い煙突等、外観が最も変わっていた部分なのだが、そちら側の扉の上あたりに (かま)をモチーフにした小さめの看板がかけられている

 釜は 錬金釜をあらわしているのだろう。つまりは あの右側の部分が トトリちゃんの『アトリエ』というわけだ。おそらく、トトリちゃんが『錬金術士』になった際に 家を大きく改築したのだろう

 

 

 

 そんなふうに 目に見える変化を感じながら、僕は アトリエへの入り口らしき扉…ではなく、大元の家の玄関のほうの扉の前に立つ

 

 コンコンコンッ

 

「 はーい」

 

 ノックをすると、そう間を開けずに 女の人の声が聞こえた。おそらく、ヘルモルト家 長女でありトトリちゃんのお姉さんのツェツィさんだろう

 

 そして、玄関の扉が開かれて、家の中から女の人が出てきた

 

「お待たせしましたー……って、マイス…さん?」

 

「お久しぶりです、ツェツィさん」

 

 トトリちゃんの時とは違い、ツェツィさんは 僕のことを憶えていたみたいだ

 ……そして、微妙にツェツィさんのほうが僕よりも身長が高くなっていた。予想はしていたけど、全くショックを受けないわけじゃない

 

 

 

「あの、グイードさんいますか?」

 

「お父さんですか?え、ええっと……まだ家にいるかしら?」

 

 

「ああ、いるよ」

 

「えっ…きゃあ!?」

 

 玄関に立っていたツェツィさんが振り向いて家の中を確認しようとした ちょうどその時、ユラリとツェツィさんの後ろにグイードさんが突然(あらわ)れたように見えた

 そして、突然現れたグイードさんに、ツェツィーさんは盛大に驚いて 短い悲鳴をあげていた

 

「久しぶりだね、マイス君。今日はどうしたんだい……いや、大体 見当はついてるんだけどね。…村まではトトリと一緒だったのかい?」

 

 僕が頷いて答えると グイードさんは「そうかい」と柔和な笑みを浮かべながら 頷き返してきた

 

 僕は グイードさんに 少し違和感を感じていた。前に会った時、ここまで気の抜けたような感じのするような人ではなかった記憶がある

 変わってしまった理由……いや、考えなくても わかる

 

 

「ツェツィ。仕事に行く前に、ちょっと 頼みたいことがあるんだ」

 

「えっ」

 

「彼と 少し話がしたいんだ。少しの間、家の外で トトリが帰ってくるのを見張っててくれないか?」

 

「お父さん……」

 

 心配そうにグイードさんのことを見つめるツェツィさん。そんな彼女に対し、グイードさんは軽く首を振りながら「気にすることは無いさ」と言った

 

「ツェツィの言いたいことはわかる。でも、僕個人として 彼に話しておきたいのさ……あいつの友達のマイス君にね」

 

「……わかった。トトリちゃんが来たら…軽くノックして私から入るから、別の話に切り替えてね。 ささっ、マイスさん入ってください」

 

 ツェツィさんに(うなが)されて家へと入ると、グイードさんが「このイスにでも座るといい」と、本来 食卓なのであろうテーブルそばのイスを勧められた。そして 僕がイスに座ると、テーブルを挟んで対面する位置のイスにグイードさんが座った

 

 

 

 

「さて……君が来たのはあいつの…ギゼラのことだろう?」

 

「はい。 ギゼラさんのとこは トトリちゃんから聞きました。……でも、わからないことがあるんです」

 

 そう 僕が話しだすと、グイードさんは少し険しい表情になって 僕のことを見据えてきた。だけど、臆することはせずに 言葉を続ける

 

「冒険者には、偶にですけど行方不明者が出て その人のランク以上の人を捜索に出すことがあります。僕も 何度か参加したことがあるんですが……その、僕は ギゼラさんの行方不明については 一度も聞いたことがありませんでした。だけど それは…」

 

「おかしい…って思うよね。捜索願いを出せないのなら 行先がわからないからなはず……だけど、あいつが行先を言わずに行ったとは 君は思えなかった。そうだろう?」

 

「……はい。そうしたら、ギゼラさんの情報を止めてるのは 間違いなく『アランヤ村』の人たち。…でも、理由も無く そんなことをするとは思えません。 たぶん、何か決定的なものがあったから…」

 

 『冒険者ギルド』に話がいくことがなかったんですよね?……そう僕が口にする前に、グイードさんが「ふぅ…」と小さく息をつくのが聞こえ、それが肯定なのだと なんとなく感じた僕は口を止めた

 

 

 

「『フラウシュトラウト』……港を出て 外海へと向かうと出会う化け物だ。昔っから 欲を出して遠くまで漁に出た船なんかが 襲われて沈められたりしてきたもんさ」

 

 海岸線にある『アランヤ村』では 漁師が多く、他の職も漁や海に関係する職が大半を()めている。その『フラウシュトラウト』というモンスターは 昔から縁の深いモンスターだったのだろう

 なるほど、だからギゼラさんも よく知っているようなことを言っていたんだ

 

「あいつは、その『フラウシュトラウト』のもとへと向かったんだが……数日()ったある日 流れ着いたんだよ、私が造った…あいつが乗った船の残骸(ざんがい)が」

 

「…そのことを トトリちゃんは?」

 

「……残骸が流れついた時、何も理解できてないトトリに 不用意に言ってしまったんだ「お母さんが死んだ」とね。…それから1週間くらい泣き続けて……泣き止んだ時には、トトリはあいつのことを ほとんど忘れた状態になったしまっていた…」

 

 そんなことがあったからトトリちゃんには二度と知られないように 村のみんなにも秘密にしてもらっているんだ、と グイードさんは付け加えた

 

 …グイードさんは「不用意に」と自ら言ったけど、それを責めることが出来る人がいるだろうか

 自身の 船大工として最高の仕事を()くしたのであろう船に乗った奥さん…ギゼラさんが、帰って来ずに 船の残骸が流れ着いた。 きっと、自責の念や自身の無力感を 想像を絶するほど感じ、自身の心の整理もつかぬうち…だったのだろう

 

 

 

 僕には計り知れないほどの大きさ…………けど、何故か僕の心の中は スッキリとしていた

 

 

「話を聞かせてくれて、ありがとうございます。…おかげで、自分のすべきことが しっかり見えてきました」

 

 僕が頭を下げ 礼を言うと、グイードさんは 驚いたような顔をした後、何を思ったのか なだめるような口調で僕へ言葉を投げかけてきた

 

「君のように利口(りこう)な子ならわかってるとは思うけど、『フラウシュトラウト』を倒しに行くなんてこと 言わないだろうね?ヤツは―――」

 

「言いませんよ」

 

 グイードさんの言葉を さえぎるように言う。グイードさんは また驚いた顔をし、僕を見据えてくる

 

 

「でも、利口だからなんて理由じゃないです。『フラウシュトラウト』の(おそ)ろしさを知らない、流れ着いた船の残骸を見てない……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 僕の無責任な考えです」

 

 僕は言葉足らずどころか、失礼なことしか言えないかもしれない。だけど、僕は 僕自身が思っていること以上の言葉なんて言えないことは百も承知だし、それでも 伝えたいことがあるなら口を動かさないといけないことも知っている

 

「ギゼラさんは『フラウシュトラウト』なんかに負けません!グイードさんの造った船の残骸は『フラウシュトラウト』よりも強いヤツに……そう!ギゼラさんが(いきお)(あま)って壊しちゃった部分に間違いありません!」

 

 思ったことを、思いついたことを、そのまま口にする。……正直言って、半分 自分で言ってることがわからなくなってきた

 

「ええっと、だから その…ギゼラさんのことは トトリちゃんとの約束の次で大丈夫だって思ったんです」

 

「約束…?」

 

「「一人前の冒険者になるための活動を手伝う」って約束をしたんです。約束を放り投げて ひとりでギゼラさんを探しに行くわけにも行きませんし……って、あれ?トトリちゃんが冒険者になったのはギゼラさんを探すためだから、ギゼラさんを優先したほうがいいのかな?でも…」

 

 少し口の動きを止めたとたん、自分の考えていることが 無茶苦茶になりだしたことに気がつきはじめた

 

 

「ははっ、まあ 『フラウシュトラウト』に沈められないように造った船を壊せるような奴は あいつくらいだろうな。モンスター退治で 橋を落としてしまったこともあるから、否定しきれないのが痛いな……それに、あいつの言ってたことがよくわかった」

 

「ギゼラさんの言ってたこと…?」

 

「「マイスのやつは 見た目のわりには大人びてるけど あたしと同じ直感で動くやつで、そんでもって 必死になればなるほど歳相応になるカワイイ奴だ」って、笑いながら話してたよ。確かに あいつと同じで言ってることが無茶苦茶だ」

 

 懐かしむように言うグイードさんだけど、聞いてる僕としては「そんなふうにおもわれてたのか!」と「もしかして、そんな話を他の人も聞いてるの!?」というふたつの思いが混ざって、すごく恥ずかしくて顔が熱くなってきていた

 

 

「あのー……ギゼラさん、そんなこと話してたんですか?」

 

「ああ。冒険の後 君のところに寄って帰ってきた日には特にね」

 

「ちょっと 聞くのが怖いですけど……例えば どんな話を…?」

 

「料理のことが半分、 冒険譚(ぼうけんたん)を目をキラキラさせて聞いてくる…とか、面白い武器を沢山持ってる…とか。他には…」

 

 …とりあえず、ギゼラさんが 僕の秘密のことを話していないことに一安心し、肩をなでおろす

 が、別の意味で困ることを グイードさんは口にした

 

「あとひとりくらい子供が…息子がいても良かったかなー なんて言ってたよ」

 

「あの…それを聞いた僕は、どういう反応をすれば……」

 

「あははは…困るよな。あの時は私も困ったよ、いろんな意味で」

 

 

 

 その頃のことを懐かしむようにしていたグイードさんだったけど、ふいに 僕の目を見て問いかけてきた

 

「なあ、マイス君」

 

「なんでしょう?」

 

「一緒に冒険してみた君から見て、トトリは冒険者として ちゃんとやっていけそうかな?」

 

「…心配いりませんよ。トトリちゃんは一歩一歩しっかり踏みしめて行く 真面目な子でしたから」

 

「そうか、君が言うなら間違いないだろうね」

 

 安心したように微笑むグイードさん

 

 

 

 

バァン!

 

 と その時、玄関の扉が勢いよく()(ひら)かれた

 

 そこにいたのは、随分と肌の露出の多い女性。その後ろには(あわ)てた様子のツェツィさんが…

 そして……

 

 

「……ウソ、育ってなくない…?」

 

 

 女性の一言が 僕の精神を容赦なく(えぐ)った





 「マイス君がひとりでギゼラさんを探しに行く」という 原作から大きく離れる話にはなりませんでした。理由としては「大半のキャラが登場できなくなってしまうから」というのがあげられます


 というか、マイス君の扱いに気をつけないと ギゼラさん関連のイベントがいろんな意味で大変なことになりそうで……が、がんばります!


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1年目:トトリ「マイスさんとメルお姉ちゃん」

 いきなりの展開
 そのうえ ちょっとぼかして書いている部分もあり、話が見え辛い……次の話で補完される予定です

 おそらくトトリちゃん視点での話は、しばらく無いです


 今 わたしがいるのは村のそばにある開けた空き地。わたし以外にも ジーノ君やお姉ちゃん、ゲラルドさんまでいる

 そして わたしたちが見つめる先には、ポーチを漁っているマイスさんと 軽く準備運動をするメルお姉ちゃん……そう、何故か このふたりが勝負することになったのだ

 

「ううっ……なんで こんなことに…」

 

 マイスさんと別れてから、ゲラルドさんの酒場で依頼の報告をし、そのままそこでお喋りをしていた

 ちょうどそこに 冒険から帰ってきたメルお姉ちゃんが来て、お喋りに参加。マイスさんと一緒に冒険をして『アランヤ村』まで帰ってきた っていう話をしたあたりで、メルおねえちゃんが「そのマイスは今どこにいるの!?」って聞いてきて、酒場を飛び出して行って、追いかけてみたら…………なんでか知らないけど、マイスさんとメルお姉ちゃんが勝負することになっていた

 

 

「それにしても、どうして勝負なんかを…?」

 

「それはメルヴィアからだろう。腕試しにって感じだと思うが…」

 

 わたしの呟きに答えたのはゲラルドさんだった

 

「メルお姉ちゃんが?なんでマイスさんに?」

 

「何故って、それは……」

 

 何かを言おうとしていたゲラルドさんが不意にその口を止めて、困ったような顔をして明後日方向を向いてしまった

 ゲラルドさんの様子を不思議に思ったわたしが そのことを問いかけるよりも先に、また別の声が耳に入ってきた

 

「それは彼が 一流冒険者の中でもトップクラスの実力者だからだろうね」

 

「きゃぁ!?お、お父さん?いつからいたの!?……って、え? トップクラス…!?」

 

 いつの間にかそばにいたお父さんに驚いたけど、そのお父さんが口にした言葉に さらに驚かされた

 ジーノ君も わたしと同じようで「はぁ!?本当かよ!?」とすっごく驚いていた

 

 そんなわたしたちに、軽く笑いながらお父さんが。続いて、少し呆れたようにゲラルドさんが言ってきた

 

「本当さ。何年も前だが、その時 聞いたときには、もう 最高ランクの一歩手前の冒険者だったんだ」

 

「お前たち、アーランドからこの村まで 一緒に冒険してきたんじゃないのか?」

 

 

 い、言われてみて 改めてマイスさんとの冒険を思い返してみたら、マイスさんは いつも一撃でモンスターを倒してた。それに あの眼鏡の人と会ったときなんて、わたしが目で追えないくらいのスピードで モンスターをバシュン!って…

 でも……

 

「確かに、マイスさんは強かったんだけど…だけど…」

 

「ああ。なんか、強いって印象は無いんだよな…」

 

 ジーノ君も わたしと同じことを考えてたみたいで、「うーん…」と悩みながら わたしの言ったことに頷いて 言葉を続けてくれた

 

「それじゃあ、ふたりから見て 彼はどんな人に見えたんだい?」

 

 

「いつもニコニコしてて、素材の…特に植物のことに詳しくて、『黄金平原』と『自然庭園』にいた人たちと凄く仲が良い……えっと 農家さん?」

 

「見たことねぇ赤と青の剣持ってて、動く植物 使う変わった人。あっ、あと 作ってくれる料理がすっげえウマいんだ!冒険中の野宿(のじゅく)であんなウマいの食えるなんて思ってなかったぜ!」

 

 わたしたちの話を聞いたゲラルドさん、お父さん、おねえちゃんは、首をかしげて「どういうこと?」と いまいち理解できてないようだった

 

 

 

 

「っお!始まるみたいだ」

 

 ジーノ君の言葉に、みんなが メルお姉ちゃんとマイスさんがいる方へと向く

 

 

 準備運動を終えたメルおねえちゃんが 身の丈ほどある愛用の(おの)を手にして、軽く振り回した後 肩にかつぐような形の構えに入った

 

 対して ポーチを漁っていたマイスさんは、ポーチから何かを2本取り出して 両手に1本ずつ持った

 

「えっ」

 

 白く伸びるそれは 先端のあたりで二股になっていて、そのあたりは鮮やかな緑色だ……

 そう、マイスさんが両手に持っているのは、間違いなく『()()』だった

 

 

「それじゃあ、はじめようか!」

 

「え、いや、ちょっと待って」

 

 意気揚々と言うマイスさんだったけど、メルお姉ちゃんがそれを止める

 

「えーっと…ソレでやるの?」

 

「うん。普通の剣使って 怪我でもさせちゃったら悪いからね」

 

 どうやら マイスさんなりの配慮だったみたい……だけど、『ネギ』って どう考えても剣の代わりにはならないと思うんだけど…

 

 わたし以外のみんなも 当然 同じように考えているみたいで、「大丈夫なのか?」と不安そうに見ている

 

 

「あー うん。ソレでやれるならいいんだけど……」

 

 ため息を吐きながらも もう一度 戦闘態勢に入るメルお姉ちゃん。それを見たマイスさんもかまえる……

 

 

 

 

 先に動いたのは メルお姉ちゃんだった

 マイスさんへと突っ込んでいき 斧を豪快に振り下ろす。それは 直線的な攻撃だったけど、斧の重さを活かした 一撃必殺の一撃だ

 

 これはあくまでも勝負なので メルお姉ちゃんも直撃を避けるようにしたり手加減をしているとは思う。でも、このままだと 大ダメージは必至。マイスさんは身を捩ってかわそうとする……そう思ってた

 

 

ポコッ!

 ポコォ!

 

 

 メルお姉ちゃんの顔が驚愕に変わる。たぶん、わたしたちも似たような顔をしていると思う

 

 マイスさんは ()けようともせず、一対の『ネギ』で せまりくる斧を迎撃…はじき返して見せたのだ……斧とネギがぶつかった音が 何だかマヌケな音だったのは気にしないことにする…

 

 

 攻撃を弾かれたメルお姉ちゃんは 体勢を立て直し、今度は斧を横に振るい 自身を軸にしてそのままマイスさんのほうへと突っ込む

 しかし、それも 振り回す斧の横っ腹を見事に『ネギ』でカチ上げられ、メルお姉ちゃんは斧に引っ張られるように後ろに体勢を崩してしまう

 

 

 

「なあ、トトリ」

 

 そんな様子を見ていたジーノ君が目を丸くさせて言う

 

「『ネギ』って、強いんだな…!」

 

「うん……って、いや、アレが特別凄いだけだと思うよ…?」

 

 でも、アレが本当にわたしの知ってる『ネギ』なのか疑問ではある

 斧が振り下ろされたときには ヘニョって折れてしまうと思ったのに、折られることも切られることも無く、普通にピンっとしたままだし……

 

 

 わたしとジーノ君がそんな話をしている間も 勝負は続いている

 

 ネギが斧を弾き、そらし、受け流し……攻めているのはメルお姉ちゃんなんだけど、いっこうに メルお姉ちゃんの一撃がマイスさんに入りそうはなかった

 そして、マイスさんのほうはといえば、自分から攻めたりはしてないんだけど、よくよく見れば 斧での攻撃をさばいた後に、メルお姉ちゃんを『ネギ』で軽く叩いているのがわかる

 

 つまり、これって……

 

 

「マイスがその気なら、とっくに勝負はついてるな」

 

 わたしの考えを代弁するようにゲラルドさんが言った。そして、その言葉を聞いて驚いた顔をしたのが 戦闘に関して知識や経験が全く無い おねえちゃん

 

「マイスさんって、メルヴィより そんなに強いんですか!?」

 

「相性の良し悪しも当然あるが、あれは完全に遊ばれてる。…メルヴィアのやつ、そろそろ しびれを切らすぞ」

 

 

 ゲラルドさんの予想は 間違っていなかった

 

 斧の一撃をそらし、『ネギ』でメルお姉ちゃんのわき腹をポカリッと叩いたマイスさんが、メルお姉ちゃんから距離をとった……その時

 

「ああー!もうっ!!」

 

 距離をとったマイスさんにむかって メルお姉ちゃんが斧を投げ放った

 メルおねえちゃんと冒険に行った時に何度か見たことのある『アクスストライク』っていう 敵に斧を投げ、それが手元に戻ってくる技だ

 

 

 メルお姉ちゃんが切りかかるのとは 比べ物にならないスピードで飛ぶ斧。当然、当たったら 大怪我すること間違いなしだ

 

 

 

「ウソっ!?」

 

 そう驚いたのはメルお姉ちゃんだった

 何が起きたのかといえば、マイスさんが一瞬で迫ってきたのだ。飛来(ひらい)する斧の下を凄く低い姿勢で わたしがギリギリ目で追えるくらいのスピードで突進してきたのだ

 もしかしたら、メルお姉ちゃんの位置からだったら 一瞬マイスさんが消えたように見えたかもしれない

 

 でも、メルお姉ちゃんも凄かった

 驚愕の声をあげるのとほぼ同時に 低姿勢で突進してくるマイスさんにむかって()りをくりだしたのだ…………だけど、ここから わたしには理解のできないことがおきた

 

 

 蹴りをしたメルお姉ちゃんが 次の瞬間 浮き上がり、そこからまた一瞬おいて 背中から地面に叩きつけられた

 そして、いつの間に そこに立っていたのか、倒れるメルお姉ちゃんのそばに立つマイスさんが 回転しながら戻ってくる斧をキャッチした

 

 

 

「勝負あり…かな」

 

 自分の背丈に 負けずとも劣らない大きさの斧を肩でかついだマイスさんが爽やかに笑いながら言った

 

「あははー…とっさの蹴りで 片足浮かしちゃったのはマズかったかー……それ以前の問題な気もするけど」

 

 上半身を起こしたメルお姉ちゃんの顔は 思いの(ほか) 明るかった

 

 立ち上がろうとするメルお姉ちゃんに、斧を地面に突き刺したマイスさんが手を差し伸べた。「ん、ありがと」と言いながらメルお姉ちゃんはその手を取った

 

 

 

「しかし、最後のほうは まるでわからんかったな…」

 

 ゲラルドさんの言葉に わたしたちは頷いた

 

「俺もよくわかんねぇ…ビューっていったらドンってなった!」

 

「私も何が何だか……トトリちゃんはわかった?」

 

「飛んでく斧の下を通ってたのが ギリギリわかったくらい。でも、いつの間に『ネギ』を腰のベルトに収めたのかが……それに、メルお姉ちゃんが何で負けたのかもわからなかったよ…」

 

 

「何でって、それはあたしがブン投げられたからよ」

 

 わたしの疑問に答えたのは、戻ってきたメルお姉ちゃんだった

 そのすぐそばには ポーチに『ネギ』を片付けているマイスさんもいる

 

 

「投げられた?」

 

「そっ!あたしが蹴ろうと動かした脚を(つか)みあげてね。掴まれたって思った 次の瞬間には身体が浮かんで……でもって、体勢立て直すヒマも無く叩きつけられたってワケ。突進してきた速度も合わさって、一瞬で 対応のしようがなかったわ あれは」

 

 困ったように言うメルお姉ちゃん

 とりあえず、怪我もなさそうで 元気だったから一安心した

 

「にしても、メル(ねえ)でも負けたりすんだな…」

 

「あら?ジーノ坊はあたしを最強だと思っててくれたのかしら?ごめんねー期待にそえなくてー。って、こんなとことで立ち話もなんだし、とりあえず酒場に行かない?」

 

 メルお姉ちゃんの提案にみんなが頷いた





 単純なパワーだけなら

メルヴィア≧マイス君(金モコ状態)>マイス君

だと思っています。ただ、素早さに大きく差があったため 今回のような結果になりました


 ……『武闘大会』のころから思っていたけれど、『RF』と『アトリエ』双方のバトルシステムを無視した戦闘描写ですが、ご了承ください


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1年目:マイス「酒場でノンビリ」

 「捏造設定」「独自解釈」等の要素が多分に含まれております


 ……試合後の話を書こうとしていたのに、いつの間にか翌日の話になっていました。…試合直後だと、色々 都合が悪かったんです






 メルヴィアさんと試合をした その翌日。僕は午前中から酒場…『バー・ゲラルド』のテーブルひとつを占領していた

 テーブルの上には ふたまとまりの紙束(かみたば)とペン。それと飲み物がある

 

 別に はやくからお酒を飲んでいたりするわけではない。ただ、トトリちゃんが村の外に出る前には ここに立ち寄るだろうなーと思ったからいるだけだ

 もちろん ただいるだけじゃあお店に悪いので、たびたびお酒以外の飲み物を注文したりはしている

 

 

 

カランカランッ

 

「いらっしゃ……なんだメルヴィアか」

 

「ちぇーゲラルドさんは冷たいなー。ツェツィ、何か飲み物ちょーだーい!」

 

「はいはい、ちょっと待ってて」

 

 そんな会話を遠くに聞きながら 僕は紙にペンを走らせる

 えーっと…ここがこーだから、こっちがこーなって…

 

 

「あれ?マイス こんなところで何してるのー?」

 

 声をかけられたのに気がつき 顔をあげてみると、恐らく先程酒場に入ってきたのであろう 『アランヤ村』出身 冒険者・メルヴィアだった

 

 メルヴィアとは昨日の試合の後、お互い気軽に話すようになった

 

 …というのも、最初 僕が「メルヴィアさん」って呼んだら「なんか違和感が…」って言われて、次にメルヴィアが「マイスさん」って呼んできたんだけど「なんか違うよね…?」って思っちゃって……

 で、そうこう話しているうちに なんとなく呼び捨てで落ち着き、お互いの話し方も 幾分フランクな感じになったのだ

 

 

 

「なにって、少し 時間つぶしに『錬金術』のレシピを自作してるところだよ」

 

「『錬金術』の…?ああ そういえば昨日、トトリが言ってたっけ「マイスさんは『錬金術』のことも知ってるんだよ」って」

 

 僕の向かいの席に座りながらメルヴィアは 興味深そうにコッチを見てきた。だけど、その顔は すぐに苦虫を噛み潰したような顔に変わった

 

「うわぁ……遠目からチラッって見ただけでわかる。あたしには読むだけでも無理なヤツだわ、それは…」

 

「あははは…。まあ、今書いてるのはまだ仮のレシピだから 余計にグチャグチャしてるしね」

 

「やっぱり、イヤだわ そういうのは……そうだ。せっかくヒマしてるなら、あたしと何か話さない?」

 

 

 そんなことをしていると、カウンターのほうからツェツィさんが飲み物を持ってやってきた

 

「はい、メルヴィ。 マイスさんは おかわりいかが?」

 

「それじゃあ よろしくお願いします、ツェツィさん」

 

 僕の返事に「わかったわ」と言って ツェツィさんは再びカウンターのほうへとむかう

 その様子を見ていたメルヴィアが、ジロジロこっちを見てきた

 

「ツェツィとは お互い「さん」付けのままなのね。いや、確かに マイスがツェツィに言うのは違和感ないけど……さ」

 

「それって、僕のほうが年下に見えるってことだよね?」

 

「否定できる?」

 

「……そのあたりのことは、5歳年下の子に身長を抜かれた頃に 色々(あきら)めたよ…」

 

「あ…うん、なんかゴメン」

 

 

 

 本当に申し訳なさそうに言うメルヴィアを見て、なんとなく 逆にこっちが申し訳なくなってきたので、早急に 別の話題をあげることにした

 

「そ、そういえば、昨日は聞けなかったけど、なんでいきなり 僕に勝負を仕掛けてきたの?」

 

「なんでって……」

 

 メルヴィアはチラリと酒場の出入り口を見た後、やや声を小さくして答えた

 

「ギゼラさんが、よく言ってたのよ「マイスはアタシの次ぐらいに強い!」って。そんなこと 聞いてたら、やっぱり気になるじゃない!」

 

「えっ!?」

 

 ギゼラさんが色々と言ってたであろうということは、グイードさんと話した時にわかっていた。いや、だけど……

 

「さすがにそれは過大評価すぎるよ……僕より強い人って普通にいるし…」

 

 ステルクさんとか、ジオさんとか……それに、僕に勝ったステルクさんに勝ったロロナも、きっと僕よりも強いのだろう

 

 

「でも、ギゼラさんはそう言ってたんだもの。それに、事実 あたしはロクに手も足も出なかったわけだし」

 

「そうね。メルヴィが あんなあっさり負けちゃうなんて、思っても見なかったわ」

 

 おかわりを持ってきてくれたツェツィさんが メルヴィアにそう言いながら僕に飲み物を差し出してくれた

 言われたメルヴィアは「どーせ あたしは弱っちいですよーだ」と少し口をとがらせていたけど、ツェツィさんの微笑みに対して 微笑み返していたので、ふたりなりのコミュニケーションなのだと 僕は判断した

 

 

 

―――――――――

 

カランカラン

 

「こんにちはー…あっ、マイスさん ここにいたんですね……って、あれ?おねえちゃんとメルおねえちゃんも一緒にいる…何してるの?」

 

 依頼を受けに来たのだろうか、酒場に入ってきたのはトトリちゃんだった

 トトリちゃんの言葉に 僕は軽く手をあげて応え、ツェツィさんは「いらっしゃい」と笑顔で出迎え、メルヴィアは ニコニコ笑いながら手招きをした

 

「いやね、マイスが ひとり(さみ)しそうにしてたから、あたしがお喋りにつき合ってあげてたの」

 

「メルヴィったら、ウソは言わないの。本当はね お仕事してたマイスさんのところに きまぐれなメルヴィが邪魔しに入ってたの」

 

「あははは…、仕事ではないんだけど…まあ 大体合ってるかな」

 

 

 

 僕たちがいるテーブルのそばまで来たトトリちゃんは、僕たちの話を聞いて疑問符を浮かべ 小首をかしげた

 

「えっと…それで 結局マイスさんは何をしていたんですか?」

 

「『錬金術』のレシピを自作していたんだ。ほら、こんな感じに」

 

 そう言いながら 僕は片一方の紙束をトトリちゃんの方へと差し出す。すると、トトリちゃんは その紙面に目を通しはじめる

 

「……これって『錬金術』のレシピ!?マイスさんって、『錬金術』のレシピを作れるんですか!」

 

「とは言っても、まだ それは未完成で、実際に何回か調合してみて書き直さないといけないんだけどね。…それに、そのレシピは(いち)から作ったわけじゃないんだ」

 

「…?どういうことですか?」

 

 問いかけてくるトトリちゃんに、僕は 僕の手元に残ってあるほうの紙束を指で軽くつついて(しめ)

 

「こっちの紙に 僕が昔からやってる『薬学台』での調合…『錬金術』を使わない 薬の調合方法を書き留めてあるんだ」

 

「『錬金術』を使わない?」

 

「そう。街の病院のお医者さんなんかが薬を調合するのと 似たものだって思ってくれたらいいかな。…まあ、アーランドの一般的な方式とは違うものなんだけど……そのあたりは ちょっとややこしくなるからね」

 

 

 僕のすぐそばまで来て 興味深そうに紙束を見つめるトトリちゃんのために、今さっき 僕がしていたことを説明する

 

「トトリちゃん、そっちの紙束の上から5枚目を出してくれるかな?」

 

「あっ、はい!わかりました」

 

 トトリちゃんが『錬金術のレシピ(仮)』の中から 指定した紙を抜き出しているうちに、僕も それと連動する部分が書かれている紙を コッチの紙束から抜き出しておく

 

「これですね」

 

「うん、ありがとう!…で、ソッチの紙とコッチの紙に書かれているのは、どっちも同じ薬の調合方法なんだ。違いは『錬金術』と『薬学台』、どっちで調合するかってだけだね」

 

「そのふたつって、そんなに違うものなんですか?」

 

「うーん。もとになる素材は一緒だけど、作業の工程(こうてい)なんかは色々違うね。そうだな……例えば、ここの工程なんだけど」

 

 2枚の紙をテーブルに並べて、『薬学台』での調合が書かれてあるほうの紙の一部を指で()(しめ)した後に、『錬金術』での調合が書かれてあるほうの紙の ひとつの図解を指し示してみせる

 

「この 2種類の草を(せん)じて混ぜあわせる部分だけど、『錬金術』のほうだと ここの工程の中に組み込まれてるんだ」

 

「あぁ、ソコの図はそういう意味だったんですね!…だとすると、ココの工程は…なるほど、そういうことなんだ」

 

 これまでの錬金術士としての活動の中で(つちか)われてきたものなのだろう。『錬金術』のレシピのほうは 僕の汚い殴り書きでも トトリちゃんは読み解くことが出来るようだ

 

「えっと、それじゃあココの図のわきに書いてある 3種類の植物の名前と「要検証(ようけんしょう)」っていうのは 何なんですか? 」

 

「そこに書いてある植物には どれにもこの薬の効果の主成分が(ふく)まれてるんだけど、その量がそれぞれ違ってね。どれを素材として使うかによって 効果が左右されるかもしれないから「要検証」なんだ」

 

 実際のところは、元の薬のレシピに書いてある素材が『アーランド』周辺には存在しないものだから、代用できそうな素材をいくつか検討しないといけなかったりもする…という部分もあったりするんだけど、説明が大変になるから スルーすることにした

 

 

「なるほど…!『錬金術』のレシピを作るのって 色々考えないといけないんですね!」

 

「元になる調合があるだけ まだマシなんだけどね。一から作るのは もっと難しいんだけど……でも、ロロナはそのあたりもパパッ!って感覚でやっちゃうから。さすが本職の人だなーって感じだよ」

 

 「ロロナ先生って やっぱりすごい人なんだー」と 嬉しそうにするトトリちゃんは、どことなく誇らしげだった

 

 

 

 

 と、そんなトトリちゃんのことを見つめている人が 僕以外にふたり。僕が気づいた その少し後にトトリちゃんもその視線を感じとったようで、レシピから目を離し そちらを向いた

 

「えっ?おねえちゃんとメルおねえちゃん、どうかしたの?」

 

 そう、トトリちゃんのことを見ていたのは、他ならぬ テーブルそばにいたツェツィさんとメルヴィア。ふたりは口をポカンと開けて 驚いた表情をしていた

 

「うそ…!!」

 

「トトリが難しそうな話をしてる…!?」

 

「ちょっ!?そんなに驚かなくても!わたしだって 立派な錬金術士になるんだから、これくらいできるようにならないといけないんだよ!」

 

 ふたりの驚きように 非難の声をあげるトトリちゃん。そんなトトリちゃんをツェツィさんとメルヴィアは 軽くなだめながら微笑んだ

 

「冗談よ。でも、あのトトリちゃんがねぇ…」

 

「そうよね。全然 驚いてないって言ったらウソになっちゃうわー」

 

「うう……あんまり()められてる気がしない。むしろ からかわれてる気が…」

 

 だからといって、僕のほうへ助けを求めるような視線を投げかけないでほしい。正直、対応に困る…

 

 

 

―――――――――

 

 

「そういえば、トトリちゃんは何の用で酒場に来たのかしら?お買い物?それとも依頼のほう?」

 

 ツェツィさんの問いを聞いたトトリちゃんは ハッっとしたような顔をした後、首を振った

 

「ううん。どれくらいここにいられるのか、予定をマイスさんに聞こうと思って……」

 

 トトリちゃんはそう言って僕をチラリと見てきた

 

 

「そうだなぁ…あと数日はここに(とど)まるつもりだよ。もし、何かあるんだったら もう少しは滞在期間を延ばせるけど…」

 

「いえ!そのくらいあれば十分です!…それで、ちょっと手伝ってほしいことがあって……」

 

「うん、何かな?」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 そんなふうに 新しく始まる冒険

 たぶん これからはこんな感じにトトリちゃんのお手伝いをしながら過ごしていくのだと思う

 

 新しい日常のカタチを感じながら、僕は明日からの予定を考え始めた……



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1年目:マイス「帰宅、そして挨拶まわり」


 今回はほぼ完全に作者のお休み回……と いいますか、原作『トトリのアトリエ』で未登場のキャラやサブキャラを ちょっと顔を出させたりしてみて、今後の登場させる際の足掛かりになるように……登場するかなぁ…?


 

 あれから 一度『アランヤ村』周辺の冒険を手伝った後、トトリちゃんに『青の農村』に帰る事と 何かあったら遠慮なく来てほしいことを伝え、僕は『青の農村』へと帰った

 

 『青の農村』から『アランヤ村』へと行くのに2週間近くかかったのに対し、帰るのは一瞬ですむ。いわずもがな『魔法』でだ

 そして、もし 僕の家に誰かいたとしても問題は無い。驚くべきことに『錬金術』のなかには 指定した場所に瞬間移動できるアイテムがあるそうなのだ。……そのうち 調合してみたいものだ

 

 

 ……と、色々とあった 僕の久々の遠出は、難なく終わりを告げたのであった

 

 

 

――――――――――――

***マイスの家***

 

 

 帰ってきたことを伝えるのも()ねて 村の人たちに挨拶してまわった後、ひと段落した僕は 家で香茶を飲んで一服しながら、これからどうしていくか考えていた

 

「畑のことは明日からでいいとして……そうだ、冒険の最中(さいちゅう)とかに『秘密バッグ』で色々取り出したコンテナの中を、一度整理したほうがいいよね」

 

 「そうと決まれば、さっそく!」と、香茶を飲み干し作業へ移ろうとしたちょうどその時

 

 

コンコンッ

 

 

「はーい!」

 

 玄関の扉に駆け寄って開けてみると、そこには大きな荷物をしょった赤髪の男の人……僕の見知った顔がいた

 

「よう、にいちゃん!」

 

「コオル!元気そうで良かったよ。 ちょっと前に村の中を探した時には見かけなかったけど…どこか行ってたの?」

 

「まあ、野暮用で 少しだけ出てたんだ」

 

 そう言って軽く笑うのは 行商人のコオル

 

 昔から 僕のところに売買に来ていたけど、『青の農村』ができた頃に「んじゃあ、これからはオレもここを拠点に活動すっか」とか言って、農村の一員となったのだ

 とは言っても、相変わらず いろんなところを(めぐ)って商品を集めたりもしているから、いつも村にいるとは限らないのが現状だ

 

 

「僕がいない間、村は何か問題がおきたりした?」

 

「そのあたりは他のヤツのほうが知ってるし、もう聞いてるだろ? 例のアレも問題無かったぜ……ちょっと盛り上がりに欠けたけどな」

 

 苦笑いしながら 言うコオル

 「例のアレ」についても、盛り上がりに欠けたってところは気になるけど……まあ、その場にいたコオルが「問題なかった」って言ってるなら 本当に大丈夫なのだろう

 

「そうそう。にいちゃんがいない間に客が2人来てたぜ」

 

「客?」

 

「にいちゃんが出かけてから5日経ったころに元国王さんが来て、その1週間後くらいに 人形使いのねえちゃんが来たんだ。どっちも マイスがいないことを伝えたら凄い寂しそうにしてたぜ」

 

 ジオさんにリオネラさんか。間が悪かったなぁ……今度来た時は 最大限のおもてなしをしよう…

 それに、僕もふたりには会いたかったからなぁ……特にジオさんが来てくれるのは 久々なのだ。僕の外出の理由が理由なので、仕方ないと思うのだけど やっぱり少し残念に思ってしまう

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 コオルと一通り話した後、彼は自分の商売のほうに戻り、僕も整理の作業を始めた 

 ……だけど、思っていたよりは ()らかっていなかった上に、そもそも いっぱい()めていたので 今回の消費分を(おぎな)う作業も必要なさそうだった

 

 

 そうなると 次に僕がすべきことは……アーランドの街へ行くことだろうか

 街の人たちへの挨拶は明日でいいだろうと思っていたけど、時間に余裕があるなら 今から行っておいた方がいいだろう

 

 

――――――――――――

***職人通り***

 

 

 街の景色は 6年前とは大きくは変わっていない。橋が架かったり、パメラさんのお店だったところが 空き家になったりはしているが、その程度だ

 

 パメラさんといえば、なぜか『アランヤ村』にいたのには驚かされた

 前にフラ~っとどこかへ行ってしまったのは知ってたし、ロロナから「元気にしてるよー」と聞いたことがあったので そこまで心配はしていなかった……けど、幽霊だったはずなのに生身になっていたのは、どうしてなのだろう?

 

 

 ……と、そんなことを考えているうちに 最初の目的地にたどり着いた

 

 僕はその店へと入った

 

 

――――――――――――

***ロウとティファの雑貨屋***

 

 

 雑貨屋という名に恥じない 様々な品が取り揃えられた店内。その店内には どこかで見たことのある顔の男性客が3人、商品を見るふりをしながら 別のものを見ている

 その3人の目線の先…レジカウンターの向こう側にその人はいた

 

 

「いらっしゃい。…って、あら マイス君。なら「お帰りなさい」って言ったほうがいいかしら?」

 

「こんにちは、ティファナさん!…あれ?僕が出掛けてたこと 知ってるんですか?」

 

「それはフィリーちゃんに教えてもらったというか…」

 

 このお店の店主をしているティファナさん。いつもの柔和な笑みを浮かべている テファナさんが「そういえば……」と小首をかしげて問いかけてきた

 

「帰ってきてからフィリーちゃんには会いに行った?」

 

「えっと、今朝帰って来たばかりだから まだ会ってませんけど……何かあったんですか!?」

 

「そういうわけじゃないんだけど……うーん、やっぱり こういうのは話さないほうがいいわよね?」

 

「いや、ひとりで納得されても 困るんですけど…」

 

 よくわからないけど……とりあえず スル―すればいいのだろうか?いや、でも フィリーさんのことだし、かなり気になるんだけど…

 

「えーっと、そうね……マイス君が会いに行ってくれれば何の問題も無いってことだけ言っておくわ」

 

「はあ…?まあ 『職人通り』のお店の人たちに挨拶してまわった後に、『冒険者ギルド』には行く予定でしたから 会いには行きますけど……」

 

 なんだか気になるなぁ……?

 

 

 

 

――――――――――――

***職人通り***

 

 

 心に多少のモヤモヤを残しながらも雑貨屋さんを後にした僕は、次に立ち寄る店へと歩き出した

 …とは言っても、場所は雑貨屋さんのすぐそば。間に階段があるとはいえ すぐ隣なのだ

 

「あっ、でも アトリエには誰もいないかも……」

 

 

 店主であるロロナは諸事情もあって放浪の旅に出ていて、ここ最近は なかなかアトリエに帰って来ないのだ

 

 「ロロナが旅に出てるだけなら、他の人が残ってるんじゃ…」と思いたいところではあるけど、そうはいかない

 ロロナが3年間の『王国依頼』を完遂したころ旅に出た先代店主アストリッドさんだが、1年ほどで帰ってきたかと思えば、その数年後にまた旅に出ていってしまったのだ。ついでと言ってはなんだけど、ホムちゃんはアストリッドさんが連れて行ってしまってる

 

 そんなアストリッドさんの捜索も ロロナが旅をしている理由だったりするのだが……

 

 

 話を戻すが、今のアトリエは完全に無人状態……

 いや、この前トトリちゃんから聞いた話だと、今『ロロナのアトリエ』は トトリちゃんの臨時のアーランドの拠点として使い出したとか言ってたっけ?

 

 

 まあ、トトリちゃんは『アランヤ村』にいるわけだし、どちらにしても 今は誰もいないはず……

 

「…なんだろ あれ?」

 

 

 階段を上って見えた(とお)り…そのアトリエの扉前には あからさまに怪しいローブをまとった人。その身長からしてロロナでもアストリッドさんでもない、別の人だろう

 

「今日もいない、か……さて、どうしたものか…」

 

 最初は アトリエに依頼に来た人かと思ったけど、その人物の(つぶや)きを耳して 声の主が誰なのか僕は理解し声をかけた

 

「何してるんですか ()()()()()さん」

 

「げぇ!? き、キミか……いやぁ、アトリエにロロナが帰ってきてないか気になってね。そのあたりの確認も 僕の重要な仕事だから…ね?」

 

「そんなこと言って、また大臣の職務から逃げてきたんですよね?メリオダスさんから いつも愚痴(ぐち)を聞いてるからわかりますよ」

 

 そう言うと 昔はタントリスという偽名を使ってロロナの手伝いをしていたトリスタンさんが、苦虫を噛み潰したような顔をしたけど いつもの軽い笑みに戻り 首を横に振った

 

「どうせなら愚痴だけじゃなくて説教も代わりに聞いてもらいたいくらいだね……ついでに大臣の仕事もどうかな?」

 

「トリスタンさんが畑仕事を代わりにやれるって言うなら考えますよ?」

 

「いやぁ…それは無理だね。どう考えても僕の(しょう)に合わないだろうさ」

 

 ヤレヤレ…と首をすくめながら トリスタンさんは僕のほうを向いていた顔をアトリエのほうへと向けた

 

 

「それにしても、今日もロロナがいないことからして、先日 煙突からケムリが出てるように見えたのは 僕の見間違いだったのかな…?」

 

「先日って……1ヶ月くらい前じゃないですか?」

 

「そうだよ。本当なら 見えたその日にアトリエに行きたかったんだけど、親父が離してくれなくてね……今日 こうして抜け出したのも、色々とギリギリだったんだよ?」

 

 「僕の苦労、わかるかな?」って感じに聞かれても、正直 困る……

 というか、元国王にも 後任を任せた息子にもフラフラ逃げられるメリオダス前大臣の心労が心配でならないのだけど……今度、お薬持って行ってあげたほうがいいかな…?

 

 そんな考えを(めぐ)らせながら、トリスタンさんが見たっていうケムリについて 彼に教えてあげることにした

 

「そのケムリは ロロナの弟子のトトリちゃんが『錬金術』をしていた時のものだと思いますよ?」

 

「ロロナの弟子?」

 

「はい。村に来たロロナに『錬金術』を教わったそうです。…で、『冒険者』になってアーランドで活動する際に 『合鍵』を持ってたクーデリアが 「アトリエくらい 別に使っちゃっていいんじゃない?あの子は怒ったりしないだろうし」って許可を出したらしいですよ」

 

「へぇ、『錬金術士』…そして『冒険者』にね。それはちょっと会ってみたいなぁ…」

 

 

 興味あり気に話を聞くトリスタンさん

 

 と、その後方から 見知った顔がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた……なんと言うか、もうお約束であるがメリオダス前大臣だ

 

 

 その後 どうなったか。 それはもうご察しのとおりだった






 6/3(金)に『ロロナのアトリエ・番外編』を更新する予定です
 更新される場所は 最新話では無く、『ロロナのアトリエ・番外編』の「ロロナ編《後》」の下ですのでご注意ください


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1年目:マイス「勉強しよう、そうしよう」

 前話で言ってた『冒険者ギルド』への挨拶回りなんてなかった。あれからそれなりに時間が経過しています

 そして、毎度のことですが「捏造設定」等が多分に含まれてます…





***マイスの家***

 

 

「うーん…予想はしてたけど、かなり少ないなぁ…」

 

 そう言いながら僕が目をやるのは、テーブルの上に置かれた数冊の本。それらは『アーランドの街』の中を探し回って見つけだした「海」や「船」に関する記述がある本だ。まさか街中を探し回って 片手の指で足りるほどしか種類が無いとは…

 

 

「グイードさんにはああ言ったけど、やっぱりギゼラさんのことは気になるわけだし、知っておくに越したことはないだろうからね」

 

 (かさ)ねておいてある本の中から一冊を手に取って 読み進めていく……

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「……まずは一冊。読み終わったけど、この本には あんまり実用的な内容は書いてなかったなぁ…」

 

 

 なんというか、船は船でも 歴史的な内容なんだけど、ほとんどが 何年前なのかもわからないくらい大昔の記録ばかりで、もはや 機械レベルのロストテクノロジーのようだ

 ……というか、遺跡で発見された大昔の古代語の記録の翻訳(ほんやく)できた一部だけが記載されており、残りのほとんどは 翻訳できなかった おそらく同じく「船」や「航海」に関する記述であろう記録の写しが()せられているだけだった

 

 そして、最近の船に関することは、一番最後のほうに「現在 アーランドのある大陸では、大きな川がある地域や海沿いの地域だが、大型の船を造船できるほどの造船技術があるのは『アランヤ村』ぐらいであろう」…と書かれている程度だった

 

 

「まあ、考えてみれば 当然のことかな?この大陸で一番発展してるのってアーランドの街で、アーランドの街は内陸にあるから 船とは縁遠いわけだしね」

 

 それに対して、『アランヤ村』みたいな海に近い場所では 育てることができる作物も限られてるから、生計を立てていくには 海で漁をすることになるだろう。すると、必然的に船が必要になって 造船技術があがっていったのだろう

 

 

 

――――――――――――

 

 

「さて……次はどれを読んでみようかな…?」

 

 そう言いながら、僕が新たな一冊を手に取ろうとしたときのこと……

 

 

コンコンッ

 

 

 玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた

 

「はーい、ちょっと待ってくださーい」

 

 そう言いながら 僕は玄関へと駆け寄って 扉を開けた。すると そこにいたのは、見知った顔だった

 

 

「あっ、ステルクさん!お久しぶりです!」

 

「ああ、数ヶ月ぶりだな。元気そうで何よりだ」

 

 ステルクさんは 微笑みながら軽く頷いた

 …ステルクさんが こんな自然な笑顔でいるのは何気に珍しい事だ……だけど、それを言うとステルクさんは(かたく)なに笑ってくれなくなりそうなので、黙っておくことにする

 

「どうぞ あがってください!ちょっと散らかってますけど……」

 

「気にするほどではない……というか、むしろ綺麗だ。それに、この部屋が「散らかっている」と言われるのでれば、彼女のアトリエの状態を何と言えばいいものか…」

 

 そう言うステルクさんへ ソファーに座ることを(すす)めた後、僕は香茶を用意しに 一度キッチンへと向かった

 

 そして 戻ってきた時 ステルクさんは僕がテーブルに置きっぱなしだった本たちの一冊を手に取っていた。そして、僕が香茶を持ってきていることを視認した後 手に持っていた本とテーブルの上の本をまとめてテーブル(はじ)へと()けてくれた

 

「あはは……わざわざ、ありがとうございます。先に僕が片付けておけばよかったものを…」

 

「いいや、いきなり 訪問したのは私だ。……どうやら 勉強中だったみたいだな」

 

「まあ ちょっと興味が湧いてきたって言うところです。はいっ、香茶です」

 

「ああ、ありがとう。… 農業に剣術、料理に『錬金術』、医学…そして今度は船か……元々持っているものがあったとはいえ、キミは本当に多才だな」

 

 ステルクさんが香茶を口にしたのを確認した後、僕もイスに座り 自分の分の香茶を飲みはじめる。…うん、今日もいい感じに()れられてる

 

 

 

 2,3(くち) 香茶を口にしたステルクさんは、香茶の入ったカップから口を離し、僕のほうに軽く顔を向けて話しかけてきた

 

「…見た所 特に大きく変わったりしてる様子はなかったが、何か問題は無かったか?」

 

 前々から思っていたけれど、言動や鋭い目つきで色々勘違いされやすいが ステルクさんは何かと面倒見のいい人だ。いつも僕のところに来た時には 村のことを心配してくれているようなふしがある

 それに、各地をまわっているステルクさんだが、自身の目的とは別に 出会った新米冒険者の世話や遭難者の救助をしたりもしているそうだ。おかげで、新米冒険者を中心に 大半の冒険者はステルクさんに何かしら関わったことがあったりするのだ

 

 

 

「ここ最近は 特に何もありませんでしたねー。とは言っても1,2週間前まで 僕もちょっと出かけてたから、その前の1ヶ月くらいのことは 村の人から聞いただけで詳しくは知りませんけど」

 

「キミが出かけていた…?それは(ひさ)しいな。…何かあったのか?」

 

 そう問いかけてくるステルクさんの顔には 少しの驚きが含まれているように見えた。おそらく、ここ最近は『青の農村』と『アーランドの街』以外に行ったりしなかった僕が 出かけたことが驚きなのだろう……

 

 

「何かっていうか……あっそうだ!」

 

 僕がそう言いながらポンっと手を叩くと ステルクさんは「どうかしたのか?」といった様子でこちらを見てきた

 まあ、たいしたことではない。ただ、「そういえば、きっとステルクさんは 知らないんだろうな」と思っただけだ

 

「ほら、前にロロナが言っていた『錬金術』の弟子(でし)になった子が、『冒険者』になって この前ウチに来たんですよ」

 

「弟子?…ああ、そういえば彼女が嬉しそうに 話をしていたな。なるほど、確かに『錬金術』を上手く活用できるのであれば『冒険者』としてもやっていけるだろうな」

 

「あははは……ステルクさんが言うと、何だか説得力がありますね」

 

「……まあ 何の縁か、アーランドが誇る 2人の『錬金術士』を間近で見てきたからな。その凄さは 人一倍知っているつもりだ」

 

 ステルクさんは そう言いながら目をつむった。おそらく『錬金術』の…『錬金術士』のことを 記憶の中から思い返しているのだろう

 

 

 僕もそれにならい、2人の『錬金術士』のことを思いだす

 ……正直、ロロナに対しては「凄い」って言葉は 何だか似合わない気がする。本人はホワホワしてるし、普段は抜けてて どこか安心できない……でも、やってることは「超一流」だったりするからなぁ…

 で、もう1人の『錬金術士』アストリッドさんは……うん、「凄い」。凄いんだけど、ロロナとは別の意味で安心できない。あの人は 本当に何を考えてるか(わか)り辛いから、どうしても苦手意識がある…

 

 

 

「……改めて考えてみると、『錬金術士』って変わってる人が多いのかな…?あっ、でもトトリちゃんは特には…」

 

 …うーん、あのフリフリした服装以外はいたって普通だったはずだ。そして、その服はロロナが「『錬金術士』の服っていうのは こういうものなんだよー!」ってデザインから作ってくれたものらしいから、トトリちゃん本人のセンスじゃない

 もしかして、僕が知らないだけで トトリちゃんもどこか飛び抜けていたりするのかな?

 

 

「逆に 変わった人でなければ『錬金術』が使えないのかもしれん」

 

 僕の独り言に ステルクさんが反応し、答えてくれた。…変わった人っていうのを否定しないあたり、ステルクさんも似たようなことを考えていたのかもしれない

 ……でも…

 

「ステルクさん?どうして僕をジロジロ見てくるんですか…?」

 

「いやなに、そう言えばキミも『錬金術』を使えたということを思い出してな」

 

「…それは 僕が変わってるってことですか?」

 

「フッ、私は まだ何も言ってないが?」

 

 ……まあ、確かに 僕が元いた『シアレンス』と 今いる『アーランド』では大元(おおもと)の常識が違う部分があるのは、僕は知っている。だから、色々と僕の中の感覚とズレていたりするのは理解しているつもりだ

 だけど、ここ数年で もうコッチに順応(じゅんのう)しているという自負はある。もうそこまで変わっているとは思わないんだけど…

 

「そんなことは無いと思うが?今でもキミは変わり者だろう。良くも悪くも、な」

 

「……あれ?口に出てました?」

 

「いや、顔に出ていた」

 

 ステルクさんは 真顔でそう言ってきた

 アストリッドさんにも同じようなことを言われたことがある気がする……うーん、本当にそんなにわかるくらいに 顔に出ているのだろうか?さすがに 自分で見ることができないから調べようがないなぁ…

 

 

 

 

「えっと 話を戻しますが、そのロロナの弟子の『錬金術士』……トトリちゃんって言うんですけど、『アーランドの街』のずっと南にある『アランヤ村』ってところを拠点に活動してるんですよ」

 

「『アランヤ村』……確か 前にキミが行った旅行先がそこだったか…。すると、キミと その子は顔見知りだったわけか?」

 

「はい……とは言っても、まだ小さなころだったので 向こうはちゃんとは憶えてなくてボンヤリといった感じでしたけどね」

 

「そうか。 フム…今度 近くを通る時に寄ってみるとするか。新米冒険者でもあるなら 少々心配だからな」

 

 

 

 そう言いながら腕を組み頷くステルクさん。と、少し身を乗り出し気味の体勢で 先程よりも小さめの声で「そういえば…」と僕に話しかけてきた

 

「…彼女は 最近アトリエには帰ってきてはいないのか」

 

「ロロナですか? そうですね、もう1年以上は帰ってきてないと思います。あっ、最近は クーデリアが許可を出して、街に来たトトリちゃんがロロナのアトリエを借りて使ったりしてますから 気をつけてくださいね」

 

「……気をつけろ、とは?」

 

「とある人が「アトリエの煙突から煙が出てた!」って、ロロナが帰ってきたんじゃないかと ウキウキ気分でアトリエを見に来てたことがあって……。もうトトリちゃんが街を出た後だったんで、その時のアトリエは無人だったんですがね」

 

「……?よくわからないが、記憶の端にとどめておこう」



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1年目:イクセル「ある日の『サンライズ食堂』」

 「キャラ崩壊」等の要素が含まれています。ご注意ください


 ……といいますか、今回は ほとんど勢いで書いたので ちょっと大変なことになりました。…でも、書くのは過去最高に凄く楽したっかです


***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコックだ

 

 『サンライズ食堂』は 少し前に内装を改装して 全体的に明るく・おしゃれな感じになっていて、数年前とは随分 雰囲気が変わった

 まあ、出してる料理は 特別高いものじゃない、昔のまま リーズナブルな価格のものばかりだ。お客さん方に満足してもらえるように 尽力している

 

 

 

 っと、まあ そんな感じで ウチの店は繁盛している……が、当然 年中毎日ずっと満員御礼ってわけじゃない。客が少ない時だってある

 

 ちょうど今なんかが そうだ。陽が暮れきった…夜。いうなれば「大人の時間」

 普段ならもうちょっと客が入ってて 俺もこんなにヒマはしないし、店の人間としては 客が少ないことを(なげ)くべきだろうが……まあ、今日ばかりは 客が少ないことに感謝している

 

 

 何故って、そりゃあ……

 

 

 

「「かんぱーい」」

 

 店の出入り口から見て 一番奥の角のテーブル席。そこで 乾杯の声があがった……これこそ俺が「客が少なくて良かった」と思っている原因だ

 

 そこに座っているのは、酒癖の悪さがハンパないティファナさん……ではないが、()()()()(あつか)いが難しいふたり組だ

 

 

「あははは、今日も随分とお疲れみたいだね……大丈夫、クーデリア?」

 

「んー…まあ いうほどでもないわ。マイスこそどうなの?この間の 久々の冒険の疲れは ちゃんと抜けてる?」

 

 

 奥のテーブルのふたり組…そう、それは俺が昔から知ってるマイスとクーデリアだ

 何が問題かというと……

 

マイス   ←151cm

クーデリア ←139.8cm

 

 …で、ふたりが飲んでるのは『()』だ。そう『酒』なんだ

 

 ふたりのことを知ってる俺なんかなら問題無いんだが、何も知らないヤツが見れば 今 俺の目の前にある光景は「未成年(こども)が ふたりしてアルコールを飲んでる」というとんでもないものに見えるわけだ

 ふたりして…というか、特にマイスが童顔(どうがん)なことも 勘違いに拍車(はくしゃ)をかけるに違いないだろう

 

 そして、もし誰かが「子供がお酒を飲んだらダメじゃないか!」とか言ったりしたら……キレて店にも被害が出る…誰がキレるとは言わねぇけどよ

 

 

 まあ このふたりがウチに飲みに来るのは初めてな訳でも無いし、客は客だ。面倒事はゴメンだが 注文されたものは出すし、ちゃんとしたサービスをするのが俺のつとめだ。やれるだけの事をやるだけだ

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「じゃあ、やっぱり 仕事は(いそが)しいんだ。休みはちゃんと取れてる?」

 

「仕事の合間に休憩をちょっと入れるくらいなら出来るんだけど、丸1日休みなんかは取り辛いわね。通常の業務に冒険者制度の改善案…そんで 問題はいつも唐突に出てくるわけで……」

 

「今度 また村から人を何人か 手伝いに行かせようか?」

 

「それは有り難いわー…あっ、この前 来てくれた子、正式にギルドで働いたりしてくれないかしら?あの子、結構 見込みがありそうなのよ」

 

「それは本人に聞いてみないと。それじゃあ とりあえず、今度『青の農村』からギルドに手伝いに行く人数についてなんだけど…」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「んで、冒険者登録に来たバカが言ってきたのよ「ママのお手伝いかな?お(じょう)ちゃん 偉いね~」って……ヒック」

 

「あー…あるよね、そういうこと。僕も 村長に会いたいって家に来た旅の人に「お家の人はいるかな?」って言われてさ……」

 

 

 

「……やっぱ こうなっちまったか…」

 

 こいつら、最初のうちは 真面目に仕事の話なんかしてたりするんだが、酒が進むにつれて 愚痴っぽくなり、最後には 決まって自分たちの身長に関する話で悪酔いしだすのだ

 そして、その悪酔いは ティファナさんのソレとはまた別の意味で対処し辛い。下手に触れようものなら 俺に風穴が空いちまう…

 

 マイスも クーデリアも、他のヤツと飲んでるときには こんなことになったりしないんだけどなぁ……?

 マイスは、ステルクさんや前大臣なんかと ふたりで飲みに来ることがあるが、そんな時は むしろストッパーになっている。クーデリアも、前にロロナと飲みに来た時は 別段 酔払ったりしてなかったし……

 

 

「ちょっと~ おかわり頂戴(ちょうだい)~!」

 

「僕にも さっきと同じの一杯追加でー」

 

「はーい、わかったわかった。大人しく待ってろー!」

 

 料理とは違って、酒を出すのは そう時間はかからないのが(さいわ)いだ。酔払いふたりを 変に待たせて機嫌を(そこ)ねる心配がないからだ

 

 用意した二杯の酒をテーブルへ運び、ふたりの前に置く

 

沢山(たくさん)注文してくれるのは 店的には嬉しいんだが……酔いつぶれて 店の床で寝だしたりしないでくれよ?」

 

「だいじょーぶですよーイクセルさーん!飲む量はちゃんと抑えてますからー」

 

「そ~よ~?こんくらい にょんだうちにもはいらないわ~!」

 

 ……ふたりの言葉が本当であることを祈りつつ、俺は調理場に戻る……やばい、不安でしょうがない…

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「んー?しぇが低いことが りてんになりゅこと?」

 

「ほらー想像してみてー。憧れの人に 全身を包まれるよーに だきかかえられるクーデリア自身をー」

 

「……ふふっ、ふへへへ~じおしゃま~!たしかに それは悪くにゃいかも~……じゃあ…あんたにゃんかにも 何かりてんって……」

 

「なーんにもなーい!だってー、仮に 160より大きい女の子を ぼくが「お姫様抱っこ」したとするでしょー?」

 

「……あぁ…にゃんかアンバランスねー。でも、あんたなら 倍くりゃい大きい子でもヨユーでしょー?」

 

「まー…5クーデリアくらいはラークラクですねー」

 

「にゃによ、5クーデリアって……10くらいいきにゃしゃいよ~」

 

 

「「あははははー!」」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ぼくだって4年くらい前に 7cmくらいピョンと伸びたことがあったんですよー?でも、年下のコオルに しんちょーぬかれたときは、イッシューまわって笑っちゃいましたよー」

 

「わかりゅわー…あたしも仕事がら ここ6年くらいで色んな人に会ってて「ああ、あにょこがこんなにおーきく…」って思っちゃりすりゅのよ~……もしかして、アレが『親の気持ち』ってヤツ!?」

 

「それは ちょっと違うんじゃー?…あっ、そう言えば 僕の知ってる人に、お姉ちゃんなのに弟よりも小さくて (なら)んでると妹だと思われるーって(なげ)いてた娘がいて…」

 

「なにしょれ~?あたし、兄弟なんていにゃいけど 何だか他人事に思えにゃいわ~……にゃんでだりょ?」

 

「「あーはっはっはー!!」」

 

 

 

 誰か助けてくれ…。話している本人たちは いたって楽しそうなんだが、なんか 聞いてる俺のほうが いたたまれない気持ちになってきた……

 

 これは 俺が何か言って(しず)められるレベルじゃなくなってる

 「身長なんて気にすんな」なんてことを言ったら「しっかりデカく育ったヤツが何言ってるんだコラー!」と言い返されてしまうのは目に見えてる……というか、経験がある

 

 もはや 酔いつぶれて寝てくれた方が良いんじゃねぇか、って気がしてきた……ちょっと度数高めな酒を出してみるか…?

 

 

 「サービスだ(建前)」と言って出すための 度数高めな酒をジョッキについで、あいつらのテーブルへと運ぶ……

 

 

「れも マイスの背が低めにゃのって、親の影響が大きいんじゃにゃい?」

 

「あー、確かにー。なんだか そんな気がするー…というか、ほぼ 確実にそーかなー?」

 

 

「マイスの親?そんな話、俺は初めて聞くんだが…?」

 

 俺は、思ったことを つい口にしてしまったんだが、その発言で ふたりが俺がテーブルまで来たことに気がつき、コッチを向いてきた

 そして 俺の言葉に先に答えたのは 上手く呂律(ろれつ)が回ってないクーデリアだった

 

「あたしも マイスから話で聞いたらけらけろねー。れも、間違いにゃく ちーしゃいわ~ヒック…」

 

「…そうなのか、マイス?」

 

「そーれすよー? まー…少なくとも 今の僕よりちーさい よー」

 

 マイスも答えてくれたが、コイツもコイツで 間が伸びてるし呂律も怪しくなってきている

 

 

 ……色々と気になるところだが、とりあえず今は このふたりを大人しくさせるのが最重要事項だ

 

「ほら、サービスだ。飲んできな」

 

 ふたりの前に酒を置いて、飲むように促す

 

「あー…じゃー、コレ飲んだらお開きってことで、帰りましょーかー」

 

「しょうね~ヒック…今日はいちゅもより楽しくにょめたよーにゃ気がすりゅわ~」

 

 

 ふたりは(すす)められるまま 酒を飲んでいってくれた。そして 飲み干し……

 

 

「イクセルさーん、おかいけー お願いしまー」

 

「あいよー」

 

 

「それじゃー ごちそーさまでしたー!」

 

「ごっちょ~しゃま~!」

 

「おう、気をつけて帰れよー」

 

 

 ……って、あれ?てっきり、あの酒で寝ちまうもんだって思ってたんだが、普通に帰っちまったぞ?

 

 まあ、ちゃんと帰ってくれるなら いいんだが……あの最後の酒のせいで 夜道の途中でぶっ倒れてしまったりしねえだろうか…。そういや、クーデリアのほうなんか かなり足がふらつき気味だったような……

 

 

 

 その後、閉店の時間までの短い営業時間中、俺が仕事に集中できなかったのは言うまでもない

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 翌日の早朝に街で 二日酔い気味のマイスをみかけた

 そう遠くはないとはいえ、こんな朝早くから『青の農村』から街に来るだなんて。ちょっとぐらい休んでもいいんじゃないだろうか?仕事馬鹿のマイスらしいといえばらしいし、きっと あいつも忙しいんだろうけど…

 

 ……俺も疲れてるんだ、そう 思わせてくれ…



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1年目:クーデリア「無礼で面倒なヤツ」

 原作で関わりがあったけど 絡みが少ないと、ちょっと書き辛いことがわかった今回。どう呼ぶか悩みながら書きました
 名前で呼び合いそうにはないからなぁ…




***冒険者ギルド***

 

 

「…ふぅ、これで コッチの案件は終わりっと」

 

 必要なことを記入し終えた用紙をまとめ、その紙束をカウンター下の棚の 所定の位置へと入れる。そして、まだ目を通して無い案件の紙束を 新たに取り出し、処理をしていく

 

 

 冒険者ギルドの受付嬢も楽なものじゃない。あたしが(おも)に受け持っている仕事は「『冒険者』への登録」、「『冒険者免許』の更新」……そして、前の2つをしに来た冒険者がいない間に「『冒険者ギルド』への苦情の処理」、「『冒険者制度』の見直し及び調整」といった仕事もする

 それらの仕事を『冒険者ギルド』内にあるカウンターでこなしていくのだが、基本的に立ちっぱなしなのが この仕事のキツさに拍車をかけてしまっている

 

 正直なところ、あたしも『冒険者ギルドの受付嬢』なんて仕事、頼まれたとしても あんまりしたくはない仕事だ……が、ジオ様に「君になら任せられる」なんて言われたのだから 断る理由なんてあるわけがない

 

 …それに、マイス(あいつ)が 何かと『冒険者ギルド』のことを気にかけているのもあって、村から人を寄越(よこ)してくれたりするから、それなりに余裕はあったりする

 まあ…マイス(あいつ)は『冒険者ギルド』と色々と縁があるから、うまく機能し(まわら)ないと困るんだろう

 

 

 

「それにしても…」

 

 また ひとつの案件を処理しをし終えたところで、カウンター上にある書類から意識を離し、少し考え()ける

 

 

 『冒険者ギルド(こっち)』は 人材不足感が(ぬぐ)えない状況なのに対して、『青の農村(あっち)』は そんな様子が見られないのは何故だろうか?

 

 『青の農村』の運営よりも『冒険者ギルド』のほうが舞い込んでくる仕事の量が多いから っていうのもあるだろうけど、それだけじゃなさそうな気がする

 この前 マイスが『冒険者ギルド』の手伝いに連れてきた人達だって 初めてのヤツは不慣れさが見て取れたが、それでも以前 街のそこらへんにいるヤツを手伝わせた時よりも2,3倍仕事ができていた

 

 もちろん、マイスも 書類仕事の得意な人を中心に『青の農村』から連れてきてくれたのだとは思うから、『青の農村』の人たち全員が このレベルだとは思っていないけど……

 

 

「今度、話す機会があったら聞いてみようかしらね…」

 

 このあいだ 飲みに行った帰りに家まで送ってもらった時、「あんた 村まで帰れるの?」と聞いたら「大丈夫ー」と言って 一瞬で消えたことといい、マイスには聞いてみたいことが色々とあるのだ

 

 まあ、今 ひとりで考えても あまり意味が無いということで、あたしは再び カウンター上の書類へ目をやり、仕事を再開した

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 黙々と仕事を処理していたところに、あたしのいるカウンターへと歩み寄ってくる人影が 視界の端のほうに見え、あたしは作業の手を止めてソッチへと目をやる

 

 ……書類の山の処理なんかよりも、ある意味 面倒ね…。そう思ってしまった理由は もちろん カウンターへと歩いてきている人物のせいだ

 

 

 長い黒髪を右サイドにまとめ、上半身を隠すような 装飾が付けられた赤いマントを身に(まと)った少女

 『ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング』。『貴族』出身の新米冒険者で、冒険者登録の際に色々とあって トトリと縁が出来た子ではあるけど、あたしから見れば ただの冒険者だ 。……一言で表すなら「高飛車で礼儀のなっていない子」だけど

 あたしとしては、家は違うとはいえ 同じ『貴族』として……というか、社会で仕事をしていく ひとりの人間として最低限の礼儀くらいは身に着けてほしいとは思っているが…

 

 

 …さて、この子がココに来る理由といえば、間違いなく『冒険者免許』の更新だろう

 

「ちょっと」

 

「…何の用かしら」

 

 そう あたしが(たず)ねると、『冒険者免許』をあたしに押し付けてきた

 

「冒険者ポイントは十分にたまっているはずよ。私の免許を更新なさい」

 

 ……色々と言いたいことはあるけど、ここで変に時間を食って 他の仕事に遅れが出たら面倒だから、適当にスルーしてしまうことにした

 冒険者ギルドの受付嬢として 何人もの『冒険者』と接してきた中で学習したものだ。それに、こいつはあたしが何か言ったところで (たい)して変わりはしないことは『冒険者免許』をあげた際に理解したのだ

 

 

 必要な手続きをチョチョイと済ませていき、『冒険者免許』のランクアップを完了させる

 

 

 冒険者ランク3「BRONZE」ねぇ……免許取得からまだ1年()っていないこの時期でこのランクなのは 結構ハイペースだ。決して多くはいないと思う。それなりに『冒険者』としての才能があったということかしら

 

 でも、これはこれで心配でもある。(おのれ)の力を過信し過ぎたり、調子に乗ってしまったりして、大なり小なり 大変な目にあうヤツはいくらでもいるのだ

その冒険者の実力…ランクに合った難易度の探索範囲をギルドが教えるのだが、今回ランク3になったことで広がった採取地の中には()()()()()がある

 

 

 

「はい、ランクアップしたわよ」

 

 そう言って あたしはランクアップを完了した『冒険者免許』を差し出す。で、こいつはそれを「…どうも」と小さな声で受け取って すぐに踵を返そうとする

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「何よ!まだ何か用があるの!?」

 

 声を(あら)げて あたしを(にら)んでくるが、そこはスルーして カウンター下から常備してある地図を取り出して カウンターの上に広げてみせる。…その様子を見てか、機嫌悪そうな顔をしながらも カウンターに戻ってきた

 

 ……あたしも、こいつと長々と話す気はないから、必要最低限で済ませるべく 話す内容を頭の中でまとめ、口に出す

 

 

「街から東南東方向…そこに『灼熱の荒野』って呼ばれる採取地があるわ」

 

 「ここね」と地図上を指で()(しめ)しながら言う

 

「それが何なのよ」

 

「ここは名前の通り 年中もの凄く暑い地域なの。ちゃんとした対策をしてないと歩き回ってるだけでブッ倒れるわよ。その上 これまでの採取地にいるモンスターとは比べ物にならない凶悪なモンスターいるわ」

 

「そんじょそこらのモンスターに 私がおくれを取るとでもいいたいのかしら?……まあ、暑さの情報には感謝するわ」

 

 相変わらずな上から目線のセリフには わざわざ突っかかる気も起きない

 だが、「飲み水は多めに確保しとくとして…」なんて独り言を小さな声でもらしてるのを見て 少々心配になる

 

 あたしは実際に行ったことはないのだが、『灼熱の荒野』の暑さは本当に半端ないらしく、冒険者の遭難件数が最も多い場所でもあるのだ。生半可な準備では ダメなのだろう

 『錬金術』で作られるものの中には そういった暑さ対策のアイテムもあるそうなのだが……残念ながら 今 街に『錬金術士』はひとりもいない状況だ。「暑さ対策のアイテムが欲しい!」と言ったところで 無い物ねだりだ

 

 

 

 

「あっ…でもマイスなら暑さ無効化するアイテム 作れるんじゃないかしら」

 

 あたしは思ったことをそのままポロっと口に出してしまっていたようで、高飛車娘も カウンターから離れていこうとしていた足を止め 目を丸くしてコッチを見てきていた

 

 

 マイスに(なか)ば押し付けるような形にはなるが、おそらくこれで心配はなくなるだろう…………そう思ったのだが、ここで ふと疑問が湧いてきた

 

 この子はマイスのことを知っているだろうか?

 

 この子とトトリに繋がりはあるけど、この前 トトリとマイスが一緒に『アランヤ村』まで冒険してくるって言いに来た時は、トトリの幼馴染の男の子はいたが この子はいなかった。もしかしたら、あの時 マイスに会ってないんじゃないかしら?

 この街出身なら 少なくともマイスの名前ぐらいは知っているだろうけど……もし一度も会っていないなら、アイテムを作ってもらいに行くのは 少しハードルが高いかもしれない

 

 

 「まあ、マイスのほうは 見ず知らずの相手でも気にしないんだろうけど…」なんて思っていたら、目を丸くして固まっていた高飛車娘が 口をパクパクしだし、そして……

 

「な、ななな!?なんでマイスに手助けしてもらいに行かなきゃなんないのよ!! ふん!私はアイツなんかに また借りを作らなくても 自分の力でちゃんとやっていけるんだから!!」

 

 そう言って『冒険者ギルド』の外へと走り去っていってしまった……

 

 

 

 

 

「……ん?どういうこと?」

 

 残されたあたしは、さっき 高飛車娘が言ってたことを思い返して ひとり首をひねった

 

 

 あたしがトトリにマイスのことを教えて 少し()ってから『アランヤ村』へと冒険に……その時にあの子はいなかった

 

 なのに「()()借りを作らなくても」…?

 

 一緒に冒険しに行かなかっただけで、『青の農村』へはトトリと一緒に行って マイスと会っていた…?でも、1回 顔を合わせた程度の付き合いでは「貸し」も「借り」もあったもんじゃない

 

 だとすると……もしかして、もっと前からマイスとは面識があった?

 

 

 …あっ、そういえば 昔、広場でマイスが『貴族』の子供たちと遊んでいたのに でくわした事があったっけ?もしかして、あの時 遊んでた子の中にあの高飛車娘がいたとか?

 記憶している範囲だけではあるけど、それらしき子はいなかったと思う…………それに、遊んでもらうことが「借り」などとは子供は考えたりはしないだろうし…

 

 

 

「……これも ひとりで考えても意味が無さそうね」

 

 カウンター(わき)へと()けておいた書類を 目の前まで引っ張り、書類仕事を再開する

 

 

 …今度あいつに聞いてみたいことが増えた。忘れないうちに 聞く機会があればいいんだけど……




 またちょっと登場したミミちゃん。マイス君との直接的な絡みは何時になることやら……


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1年目:マイス「今日もノンビリ、お仕事 こなしつつ」

***マイスの家の前・畑***

 

 

「ふっ……ってぇーい!!」

 

 ザッザッザッ!

 

 力を溜めて『クワ』を振るうことで、広範囲の土を(たがや)す。一見(いっけん) 粗いようにも見えるこの行動だけど、ちゃんと 十分に耕せているので何の問題も無い

 

 

 今日は たくさん育てていた大根が収穫をむかえ、大根が()わっていた場所に新たな作物を育てることができるようになったから、改めて 畑を耕しているのだ

 力を溜めて一振り、もう一度 力を溜めて一振り……それを数回繰り返し、新たな作物を育てるスペースを全部耕し終えた…ちょうどその時。畑の外から誰かが僕を見てきていることに気がつき、そっちへと目を向けた

 

 

 

「やあ、朝早くから精が出るねぇ」

 

 そこにいたのは、何かが詰め込まれた大きなリュックサックを背負ったモジャモジャ頭の眼鏡の人…マーク・マクブラインさんだった。えっと……「異能の天才 プロフェッサー・マクブライン」と自称(じしょう)したりする人だけど、機械類に関する知識は 実際にすごいひとだ

 

「おはようございます!…えっと、偶然『埋もれた遺跡』で会った時以来ですかね?」

 

「そんな事もあったねぇ。あの時は有難(ありがと)う、おかげで あの遺跡の奥の方まで調べることが出来(でき)たよ。色々と有益(ゆうえき)なモノも見つける事が出来てね……まったく、あんなモノを遺跡に残してるだなんて、ウチの国の『自称:科学者』たちの無能さがよくわかるよ」

 

 ゆっくりとした動作で頭を下げて(れい)をしてきたかと思えば、顔をあげたときには心底嬉しそうな笑顔に、そして 次の瞬間には「ヤレヤレ」と呆れた顔になっていた

 

 そう深い付き合いではないけど、この人は 自分の思ったことや感情を基本的に隠そうとはしないタイプだと僕は考えている。…誰とは言わないけど、少し見習ってほしいものだ

 

「あの時一緒にいたお嬢さん達は元気かい?まあ 今のキミの様子を見れば、何の問題も無かったのだろうっていうのは分かるんだけどね…………っと、いけない いけない、わざわざ世間話をするために来たんじゃなかった」

 

 

 背負ったリュックサックをおろし、そのわきのポケットから何かを取り出そうとしているようだった

 マークさんがリュックサックを(あさ)っている間に、僕は畑の中をそばまで歩み寄った

 

「あったあった!ほら、コレなんだけどね…」

 

 そう言いながら、リュックサックのポケットから取り出した 2枚重ねて三つ折りにされている紙を開いて 僕に見せてきた

 ……これは 何かの機械の設計図だろうか?全体像の他に、細部まで描かれている部分もある。そして 2枚目には 3種類の歯車と外装らしきパーツが描かれていた

 

「実はね、その機械をつくるために色々と細かな部品が必要になるんだ。…で、その2枚目のほうに描いてあるのが その必要な部品なんだけど……()() 今回も頼めるかな?」

 

「うーんと……」

 

 2枚目の紙に描かれている内容の細部にまで 目を通す。よくよく見てみると、部品の図のわきには それぞれのサイズの詳細や必要な個数が書かれていた

 そして、一通り見たところ 特別複雑だったりはしないので、そう難しそうでは無く、とりあえずは うけおっても大丈夫そうだった

 

「はい大丈夫です!作れそうですけど……素材に何か要望はあったりしますか?」

 

「いや、無いよ。まだ試作段階だからね、(こま)かいところは試作を製造してから 実際に運用してみて考えるさ。…あっ、機械の部位によっては それなりの熱を()びることになるから、耐熱性は重視したものにしてほしい」

 

 …ということは、流石に『木』じゃダメってことだね。加工しやすいけど 耐熱性はいまいちだし……。でもまあ、機械っていったら やっぱり金属製なイメージだから当然と言えば当然かも

 

 

 

「それで、いつ頃には出来そうかな?」

 

「ええっと……うん!今日中になんとか作れそうなんで、明日には渡せますよ!」

 

「いや、僕としては 早いのはとても()(がた)いんだけど……けっこうな種類と数を要求してるけど、本当に大丈夫なのかい?」

 

「はい!素材として必要そうな鉱石なんかもコンテナに十分にありますから!」

 

 歯車やパーツの形に加工していくのも『鍛冶』や『装飾』の技術を応用すれば問題無いことは、以前 実際に作ったことがあるので心配はいらない。あとは 僕の気力しだいだから…まあ大丈夫だと思う

 

 …と、僕の言葉を聞いたマークさんは 少し驚いたような反応を示した後、小さなため息をついて肩をすくめていた

 

「へぇ、そうなのか……こういう仕事に関しては 本当に信用できるいい人なんだけどなぁ、どうしてかねぇ…(ボソリ」

 

「……?どうかしましたか?」

 

「いやぁ 何でもないよ、コッチの話だから。 それじゃあ、明日の昼前に また来るから。報酬は……まあ、この前と同じ感じでいいかな?」

 

「はい、かまいませんよ」

 

 僕がそう言うと「じゃあ そういうことでヨロシク」と言いながら軽く手をあげた後、マークさんは村の外…街方向へと続く道を歩きだした

 

 

 

「……さて、頼まれた仕事をこなすためにも、種を()いて 畑仕事を終わらせないと!」

 

 ポーチから 種の入った袋を取り出し、それが何の種なのか確認してから袋を開ける。さて……おおよそ27×27の広さに種を蒔いて、そして『ジョウロ』で水やり…ササッと終わらせてしまおう

 

 

 

 

―――――――――――――――

***マイスの家・作業場***

 

 

 カンッ カンッ カンッ

  コッコッ コッコッ

 

 

 ううん……こういう細かいパーツを全部設計図通りに均一に作っていくのは、やっぱり気力を使うなぁ…。さすがに 午前中だけでは終わりそうにはないか

 

 用意した素材は『グラビ石』という鉱石を主原料にした『シュテルメタル』と呼ばれるインゴット。最上級や上級のインゴットではないものの 耐久性は申し分無い代物だ

 ついでと言ってはなんだけど、「軽量化された」という特性を付与しておいたインゴットなので、見た目のわりに 軽くなっている。……機械には詳しくないけど、それぞれのパーツは軽いに()したことはないと思うからね

 

 

「…っと、これで全体の半分かな?そろそろいい時間だし、お昼ゴハンを用意しよう」

 

 作った歯車を種類ごとにまとめて それぞれ別の麻袋に入れる。これで受け渡しの時に 色々と楽になるだろう

 

 そして、僕は ついてしまった汚れを簡単に落とし、キッチンのある部屋のほうへとむかう…

 

 

 

――――――――――――

***マイスの家***

 

 

 それは、キッチンで昼ゴハンを作っている途中のこと

 ふと部屋から誰かの気配を感じたので、調理の途中だったけど 部屋のほうへと顔を出してみた。すると、さっきまで誰もいなかったはずの部屋に ある人がいた

 

「……あれ?いつの間に 来てたの?」

 

「ついさっきです。お邪魔しています ()()()()()()

 

 そう言ってペコリと頭を下げたのは ホムンクルスのホムちゃん。僕のことを「おにいちゃん」と呼んでくるのは あいかわらずだ

 

「とりあえずソファーにでも座ってて。今 お昼ゴハン作ってるから」

 

「はい、わかりました」

 

 僕はキッチンに戻り、新たに一人前分の食材を用意し、調理を再開した

 

 

―――――――――

 

 

「…ということは、もう なーたちには会ってきたんだね」

 

「はい。この村に来てから まず最初に集会場にいきましたから。なーは立派に看板ネコをしていました」

 

 そう言い終わると同時に、ホムちゃんは ナイフとフォークを使って ひと(くち)(だい)に切った『ホットケーキ』を口へ運び、モグモグしだした

 

 

 ホムちゃんの言う「集会場」というのは この『青の農村』で最も大きな建物のことで、この村の情報なんかは全部そこに集められるようになっている、実質の村の中心だ

 

 前までウチで暮らしていた猫の「なー」は、『青の農村』が正式にできた際に 諸事情で集会場で暮らすようになった。…とは言っても、基本的にはあまり変わらず 自由気ままに過ごしている。村の中をあちこち行ったり来たり、日向ぼっこしたり、モンスターの上で昼寝したり……

 余談だけど、この数年で なーには数匹の子供ができたりもした

 

 

 

 

「ふぅ…ごちそうさまでした」

 

 用意した料理を全部食べ終えたホムちゃんが 息をついて軽く頭を下げた

 

「とてもおいしかったです」

 

「それは良かった!…ん?ちょっと食べカスが付いてるよ」

 

 オシボリで ホムちゃんの左(ほお)に付いていた それを(ぬぐ)ってあげる

 

「あっ、…ありがとうございます」

 

「どういたしまして!……それで、今日はどうしたんだい?」

 

 

ホムちゃんは アストリッドさんに連れられて、どこぞへと行っていたはずだ。今、アストリッドさんとは一緒にいないが、何か用があってここにきたのだろう

 

「実は、グランドマスターにおつかいを頼まれて……これがそのリストです」

 

 そう言って ホムちゃんはポケットから取り出したメモ書きを僕に手渡してきた

 

 

 内容は「ああ、錬金術に使うんだろうなー」と思えるものばかり。そのほとんどが ウチで育ててるものだったり 貯蔵の中にあるものだったので、ホムちゃんにあげることができるだろう

 ただ……

 

「ねぇ、この一番下って……」

 

「はい…。ホムもソレには困り果ててしまっています」

 

 そう、メモ書きの一番下…そこに書かれているのは……「()()()()()()()()()」。これはセンスが問われる…というか、あのアストリッドさんが「面白い」と思うものって何なんだろう…?

 

 

「というか、アストリッドさんって 最近 何してるの?」

 

「グランドマスターはあいかわらずです。思いついたことを試してみたり、一日中寝たり……自由きままで、猫のようでもあります」

 

「……うん、確かに あいかわらずだね」

 

 アストリッドさんらしいといえばらしい。……これは 探し回ったりしなくても、そのうち「ヒマになった」とか言ってヒョッコリ 街に帰ってくるんじゃないだろうか?

 なんというか 探し回ってるロロナが少しかわいそうに思えてきた

 

 

 

「まぁとりあえず メモに書かれてるものを 取り出してくるよ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 それにしても「面白そうなもの」か……あっそうだ!『アレ』なんかいいんじゃないかな?

 植木鉢(うえきばち)とかじゃなくて、庭とかに植えるように注意書きが必要だけど、きっと『アレ』ならアストリッドさんも驚くだろう……「面白い」と思ってくれるかはわからないけどね…





 『アレ』とは一体何なのか…
 いちおう、これまでにちょっとだけ顔を見せているものなのですが……そんなに重要なものではありません…たぶん


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1年目:ステルク「アランヤ村での出来事」


 基本的に 人を名前で呼ばないステルクさんが、とても面倒でした

 原作『トトリのアトリエ』でも、トトリだけでなく 何年もつきあいがあるロロナでさえ名前で呼ばない(というか呼べない?)ステルクさんでしたから…






 

 

 

 …マイス(かれ)から ロロナ(かのじょ)の弟子の話を聞いて数ヶ月()った ある時、アーランド南部のほうで()()()の目撃情報があったため、少しのあいだ 私は目撃情報があった地域の周辺を中心に活動することにしたのだ

 

 

 そして、偶然にも目撃情報があった地域の近くに ロロナ(かのじょ)の弟子がいるという『アランヤ村』があったため 立ち寄ったのだが……

 

 

============

 

「あ、はい。一応『錬金術』のアトリエで…きゃわああああ!?」

 

「え、あ、わ、その…ごめんなさい!急に 顔が怖い人が来たから、その…」

 

============

 

 

…と、ロロナ(かのじょ)の弟子である『新米冒険者』(けん)『新米錬金術』の少女 トトリに驚き叫ばれた

 

 そして、少女の叫び声を聞きつけて 少女の姉らしい人物が現れ……

 

 

============

 

「きゃあ!?だ、誰?この顔の怖い人!?」

 

「さては 人さらいね!?トトリちゃんがあんまりかわいいものだから……そ、そうはさせないわよ!」

 

============

 

 

 ……まあ、散々な目にあってしまったわけだ

 

 

 

 

 そんなこともあったのだが、周辺地域での活動もあったため 私はここ最近『アランヤ村』を拠点にして活動を続けている

 

 その中で、周辺地域の探索の際に 保険として必要となる『薬』類を 個人的な依頼としてトトリ(かのじょ)に頼んだりもしている

 これは、トトリ(かのじょ)の『錬金術』のうでを確認する意味もあるのだが……まあ それはオマケのようなものだ。仮に 彼女のうでが伸び悩んでいたとしても、私は『錬金術士』ではないため、何もしてやれない……あくまで 私の自己満足のようなものだ

 

 

 

――――――――――――

 

***アランヤ村***

 

 

 

 それは、周辺地域の探索をいったん終え、物資の補給を()ねた 束の間の休息のために『アランヤ村』に立ち寄った時のことだった

 

 

「なぁ、頼むよ!おっさんってば!」

 

「くどい!それと、おっさん呼ばわりはやめろ! 俺の名前はステルクだ。ス・テ・ル・ク!いい加減(おぼ)えろ!」

 

「呼び方なんてどうでもいいだろ。なー、頼むってばー」

 

 指摘し 訂正させようとするが、当の本人(少年)は 少しも悪びれた様子も無しに 自身の要求ばかりを押し付けてくる

 

 私が その場を離れようと歩き出そうとするが、少年は背後から 私の着ているコートに(つか)みかかって離そうとせずに()()り、靴底からズリズリと音を立てながら引きずられはじめた

 さすがに このまま引きずり続ける気にもなれず、少年をふりほどこうと身体を捻る

 

「ええい、離せ!私は弟子は取らん!」

 

 そう、この少年は 前に『トトリのアトリエ』で出会った時からずっと私に「オレを弟子にしてくれ!」と言ってつきまとってくるのだ

 それからというもの、私を見かける(たび)に「弟子にしてくれ!」「弟子にしてくれ!」と……。今日のようなやりとりも もう何度目か…

 

「やだ!いいって言うまで絶対離さない!オレは、おっさんみたいな強い冒険者になりたいんだ!」

 

「私は冒険者ではない!騎士だ!」

 

 「『騎士制度』は共和国になった時に無くなったての……ねぇ『自称』騎士様?」という呟きと(とも)に 冒険者ギルドの受付嬢の呆れ顔がうかんだ気がしたが気のせいだろう

 そもそも、勝手に『騎士制度』を廃止した()()()が 悪いのだ。だというのに、「自称騎士」「元騎士」などと……

 

 …いや、今は目の前の問題を何とかすることを優先すべきだろう。だが、やはり 少年は掴むその手を離そうとはしなかった

 

 

「冒険者でも騎士でも、強けりゃなんでもいい!」

 

「ああもう……なんでそんなに強さにこだわるんだ」

 

「世界一の冒険者になるからに決まっているだろ!」

 

 その理論は合っているようで噛み合っていない。第一、目標が「世界一の冒険者」などという漠然としたものである時点で、色々と心配だ。目標は大きいにこしたことはないと思うが、霧のように掴み取れないものであれば 無意味なものになってしまう

 

「さっきから言ってることが支離滅裂だぞ。大体、強くなりたいだけなら、私より()相応(ふさわ)しい人間がいくらでもいるだろう」

 

「だっておっさん、オレ達のこと助けてくれたじゃんか!」

 

 ムッ……そういえば、トトリ(かのじょ)もそんなことを言っていたな…。なんでも、トトリ(かのじょ)と少年が『冒険者免許』を(もら)いに『アーランドの街』に行っている最中、乗っていた馬車がモンスターに襲われて…そこに私が(あらわ)れ モンスターを一蹴(いっしゅう)した、とか……だが

 

「知らん、覚えてない。助けてたとしても、それは偶然たまたま通りかかったというだけだ」

 

 そう、私にとっては「モンスターに襲われている人を助けた」という出来事は、日常茶飯事とまではいかなくとも、それこそ数えきれないほど経験しているのだ。そのうちの一組をしっかりと憶えているかと聞かれても 困ってしまう

 

 

 どうしたものか……と、ひとり考えていたその最中(さいちゅう)に ふと少年の顔を見たのだが、その顔が (くや)しそうに(ゆが)んでいることに気がついた。そして、その歪んだ口から(しぼ)り出されるように 少年の声が漏れ出してきた

 

「オレが強かったら、助けてもらわなくてもよかったんだ! でも、弱かったから……わかるだろ、そういうの!」

 

「それは……わからいでもない、な」

 

 どういう状況で襲われたのか、モンスターと少年との力量差、といった私の知らない部分があるものの 少年の言いたいことは伝わってきた

 「もしあの時、誰も助けがこなければ」……もしかしたら 馬車が破壊され、少年やトトリ(かのじょ)にも大きな被害が出て、最悪の場合「()」さえ関わってきたかもしれないわけだ。結果論だ、と言ってしまえばそこまでだが それでも重要なことだろう

 

 

 

「それじゃあ、弟子にしてくれるんだな!」

 

「何故そうなる……それに…」

 

 少年の思いに共感はできるとは思ったが、誰も弟子にするなどとは言っていないだろう…。それに…

 

 私は少年の腰のベルトから下がっている武器に目をやる

 

 

 その武器は『剣』……ただし、私の使っている『剣』とは ずいぶんと(こと)なっている。…別に 少年の『剣』が特別なものだというわけではない

 

 私の使っている『剣』は、剣先から()の末端までの長さは 私の身長と同じくらいだ。対して、少年の『剣』は 彼の片腕の長さとほぼ同じ程度の長さだ。 ふたつは 同じ『剣』というくくりではあるが、正確には『大剣』と『剣』というべきだろう

 そこまで大きさが違えば、当然 重さも違う。さらに言うなら、適切な間合いや むいている戦闘スタイルも異なっている。すると、基礎を教えることは可能だが 応用を教えるのは少し骨が折れるだろうことがわかる

 

 ……何が言いたいのかといえば、「せっかく師を得ようというならば 自身の武器・戦闘スタイルに近い人間が(てき)しているのではないか」ということだ

 

 

 この少年に適しているであろう 手数で攻める戦闘スタイルの 『剣』の使い手……

 

 真っ先に思い浮かんだのは、私の知る限り 最強の剣の使い手である 元・アーランド王国国王の「ルードヴィック・ジオバンニ・アーランド」……だったのだが、そもそも 私がこうして あちこちを旅している理由が、フラッと何処かへ行ってしまったジオ(おう)を探すためであり、そもそも会うことすらままならない

 

 次に思い浮かんだのは、マイス(かれ)だった。マイス(かれ)は 主に使っている武器は『双剣』ではあるが、他にも何種類もの武器に精通しているようだったので おそらく問題無いだろう

 私は早速(さっそく) 少年に提案することにした

 

 

「師にするのであれば、『青の農村』のマイスはどうだろうか?キミたちとは顔見知りなのだろう?彼なら キミを(こころよ)く受け入れ、強く鍛えてくれるはず…」

 

「やだ!絶対にやだー!!」

 

 予想とは異なり、少年はすぐさま私の提案を拒否した。しかも、「絶対」とは……かなり嫌なようだが…

 

「…何故だ? 確かに、一見 頼り無さそうに見えてしまうかもしれないが、彼は この国でも指折りの実力者なんだぞ」

 

「そのくらい、メル姉に勝ったのを見た時からわかってるよ……でも、あの後 マイスに「どうやったら アンタみたいに強くなれるんだ!?」って聞いたら……」

 

 少年は 一度口を閉じ、息を溜め……そして 再び口を開いた

 

 

 

 

 

「『クワ』をオレにつきだして「(たがや)そう!」って…!オレは野菜を育てたいんじゃなくって 強くなりたいんだよー!!」

 

「あぁ……そういうことか…」

 

 少年が嫌がるのも納得できた。…まあ、仮に「強くなりたい!」と言った人が10人いたとして その10人に「畑、耕そうよ!」なんて言ったとすれば、ほぼ確実に10人中10人が拒否するだろう

 …そして 一番頭を抱えたくなるのは、自分が、マイス(かれ)がイイ笑顔をして『クワ』を差し出しているその情景を、いとも簡単に思い浮かべることが出来てしまったということだ。…なんというか、いかにもマイス(かれ)らしいと思えてしまったのだ

 

「…なんというか、すまない」

 

「……?なんで おっさんが謝るんだよ?」

 

 「なんで」と聞かれたら、「なんとなく」としか答えられない。私自身がやったことではないのだが、何故か 少年に対して申し訳ない気持ちになってしまうのだ

 

 

 

「…仕方ない、という言い方もおかしいかもしれんが……。少しくらいなら手ほどきをしてやる。こちらにもこちらの都合があるので、あまり長い時間は付き合えないがな。ついてこい」

 

「本当か!?やったー!よろしくお願いします、師匠(ししょう)!」

 

「ぬ……その呼び方はやめろ。思い出したくもない顔を思い出す…」

 

 やっと 掴んでいた私のコートから手を離した少年が、嬉しそうに()ねながら 私の後ろをついてくる

 「師匠」という呼び方……というより、「師匠」と呼ばれていたある人物に対して あまり良い記憶が無いということなのだが…

 

 

「えー、じゃあどう呼べばいいんだよ。おっさんもダメ、師匠もダメって」

 

「普通に名前で呼べばいいだろう!」

 

 

 

 

 鍛練のできるような場所まで移動している最中、ふと とある「『青の農村』の噂」を思い出し 少年に伝えるか少し悩んだが……まあ、どちらにせよ この少年は嫌がるだろうと思い、何も言わないことにした






 実は、原作より少し早い ステルクさんのアランヤ村訪問だったりします。…おそらく、特に深い意味はありません


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1年目:トトリ「メルお姉ちゃんと『青の農村』」


 久しぶりのトトリ登場です


 『ロロナのアトリエ・番外編』と並行して書いているのですが、番外編のほうが中々書き進められない事態に陥っております…。が、ガンバリマス…


 

***アランヤ村***

 

 

「おっし!んじゃ、またなトトリ!」

 

「あ、うん。手伝ってくれてありがと……って、もう行っちゃった」

 

 『錬金術』の材料集めも()ねた冒険から 村に帰りついてすぐに、ジーノ君はどこかへと走っていってしまった。…この前の時も すぐいなくなったような……

 

 

「どうかしたのかな…?」

 

「んー?よくわかんないけど、かなり 熱が入ってるみたいだし、『冒険者』としての自覚がでてきたとか……無いわね、あのジーノ坊やだもの」

 

「メルお姉ちゃん。メルお姉ちゃんも手伝ってくれてありがとうね!」

 

 私の後ろをノンビリついて来ていたメルお姉ちゃんに お礼を言うと、メルお姉ちゃんは手をパタパタと振りながら 軽く笑いかけてきてくれた

 

「いいの いいの。あたしは普段から 仕事をキッチリ詰め込んだりしないでノンビリするタイプだから。トトリの手伝いついでにちょっとやるくらいでちょうどいいのよ」

 

「ああ…そっか、メルお姉ちゃんが『冒険者』になった頃は 免許は最初から永久資格だったんだよね。いいなぁ…」

 

「あはは、それをあたしに言われてもね……でもまあ、免許貰うだけ貰って 全く活動しない奴らがいたんだから、『冒険者ギルド』が制度の改正をして期限を作ったのは 当然の対応よね」

 

 でも、なんだか(そん)した気分…。たった数年…ほんの少しの時期の差で「永久免許」か「期限付き免許」かという違いがあるなんて……

 

 

 

「ううっ…私、取得から3年で ちゃんと目標ランクに到達できるかな…?」

 

 免許更新に必要な冒険者ランクは7。今 私のランクは3……ランクが高くなるほど上げ(にく)いことを考えると、かなり厳しい気がする…

 

「なにショボくれた顔してるの。そんなんじゃあ 出来ることも出来なくなっちゃうわよ? ほらほら、まずは受けてた依頼を報告しに行くわよー」

 

「う、うん」

 

 

 

 

――――――――――――

***バー・ゲラルド***

 

 

 

「ふう~」

 

 ゲラルドさんのお店で、達成した依頼の報告 そして新しく受ける依頼を探す……そのふたつを終えて、先に座っていたメルお姉ちゃんと同じテーブルのイスに座って 息をつく

 

 そこに、飲み物を持ってきてくれたおねえちゃんが来た

 

「トトリちゃんもメルヴィも お疲れ様。ゆっくりしていってね」

 

「うん、ありがとう おねえちゃん!」

 

 

「あら、村に帰ってきた時はショボくれてたのに ずいぶん元気になったわね。何かいいことでもあった?」

 

 テーブルを挟んで向こう側に座っているメルお姉ちゃんが不思議そうに首をかしげながら、私に聞いてきた

 

「えっとね、さっき達成した依頼で冒険者ポイントがたまったみたいで、次のランクにランクアップ出来そうなの!」

 

「へぇ、心配してたわりには早いわね ランクアップ。これは さっきの心配も杞憂(きゆう)に終わるんじゃないかしら」

 

「えへへっ…だといいなぁ」

 

 

 っと、喜んでいるのもいいけど、冒険者免許のランクアップができるくらいにポイントがたまったってことは、そろそろ また『冒険者ギルド』に行かないといけないってことだよね?

 なら、必要なものを調合したりしないと……あっ、でも、馬車で『アーランドの街』まで行くんだったら そんなに調合しなくても大丈夫かな?

 

 

 

パリンッ!

 

「えっ?」

 

 何かが割れたような音が聞こえたから そっちのほうへ顔を向けてみた

 

 その方向はお店のカウンターがある方向。そこにいたのは おねえちゃんだった。なんだかよくわからないけど、こっちを向いて呆然としていた

 

 

「おねえちゃん!?どうかしたの?大丈夫?」

 

 呆然としているおねえちゃんのことが心配になって、私は立ち上がって おねえちゃんのいるカウンターのそばまで駆け寄った。そして、私が声をかけたら おねえちゃんは「ハッ!?」とした様子で私の顔を見てきた

 

「だ、大丈夫よ。うん、なんでもないから 心配しないで!」

 

「でも……」

 

 本当にどうしたんだろう?なんだかいつものおねえちゃんと違うような気がするんだけど……

 

「本当に大丈夫だから、ね?」

 

「…うん、わかった」

 

 

 …でも、やっぱり気になる

 席に戻って 飲み物をちょっと口にしながらチラリとおねえちゃんの様子を確認してみる。……うーん、気のせいじゃないと思うんだけど…

 

 

「…ふたりしてお互いのことを心配し合って……はたから見てるあたしたちから教えたくなるわね、これは…(ボソリ」

 

「えっ? メルお姉ちゃん、何か言った?」

 

「ううん、なーんにも言ってないわよー?」

 

「そう…?」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 飲み物を飲み終えて、『アーランドの街』へ行く準備を始めようかな…と思った時、ふと あることが私の頭をよぎった

 

「ねえ、メルお姉ちゃん」

 

「ん?なあに?」

 

「このあいだ マイスさんと数年ぶりに会ったって感じだったけど、メルお姉ちゃんって 私が冒険者になる前から冒険者で、街方面にも行ってたんだよね? その時にマイスさんと会ったりはしてなかったの?」

 

 私に対して メルお姉ちゃんは「あぁ、そのことねー」と、まるで前々から聞かれることを 半分予想していたかのように淡々とした様子で答えてきた

 

 

 

「ほら、あたしって免許に期限がないから そんなにランクアップのことを気にしなくてもよかったわけ。そんなこともあって あたしは『アランヤ村』周辺を中心に活動してて、あんまり街には行ってないのよ」

 

 「それに…」とメルお姉ちゃんは言葉を続けた

 

「『青の農村』については色々話では聞いてたけど、特別 行きたいとは思ったりしなかったのよ。…まあ、そこにマイスがいるって知ってれば 立ち寄ったりはしたかもしれないけど。でもなぁ…」

 

「でも?」

 

「冒険者の中では有名な話なんだけどね、『青の農村』で仲良くなったモンスター()と 同族のモンスターが倒し辛くなる…っていう…」

 

 なんとなくわかるけど……それって どういう事なんだろう?

 そう思ってしまい 首をかしげていると、メルお姉ちゃんは私の疑問を察してくれたみたいで、軽く頷いて 説明してくれた

 

「あたしが聞いたことがあるのは、『ウォルフ』と仲良くなった冒険者が 戦闘中に野生の『ウォルフ』をモフモフしたくてたまらなくなって、まともな戦闘にならなかった…っていうやつ。他にも似たような話もあるんだけどね」

 

「なるほど…確かに気持ち良さそうだったもんね…」

 

「…トトリはもう手遅れかしら?」

 

「そ、そんなことないよ!……たぶん」

 

 ……実は、前々から 今度『青の農村』に行った時には 寝転んでる『ウォルフ』をモフモフしたいって思ってたんだけど……やめておいたほうがいいのかなぁ?

 

 

 

 

「もしかして、他にも『青の農村』の噂ってあるの?」

 

「色々あるわよ?本当のことっぽいのから まるっきりウソっぽいのまで」

 

 目をつむって腕を組み「そうねー…」と、噂を思い出そうとしているような仕草をとったメルお姉ちゃんは、腕を組んだまま ピンッと人差指を立ててフリフリと振った

 

「全12の農家だけど、その気になれば『アーランド共和国』の全人口が食べていけるほどの生産量だ…とか。村で暮らしていたら そのうちモンスターの言いたいことがなんとなくわかるようになる…とか。幸せを呼ぶ金色のモンスター…とか。戦闘訓練を受けていないはずの農家が『クワ』で『グリフォン』を追い払った…とか」

 

「『グリフォン』!?『グリフォン』って あの!?」

 

 『グリフォン』っていったら、「新米冒険者が最初にぶつかる大きな壁」として話に聞く、猛禽類(もうきんるい)に似た頭と翼を持った猛獣だ

 『アーランドの街』からほど遠くはない採取地にも生息していて、前に ちょっとだけ見かけたことがある……全然勝てる気がしなかったから、気づかれる前に すぐに逃げたんだけどね…

 

 

「そっ、あの『グリフォン』。信じられないでしょ?」

 

「うん。……あっでも…」

 

 ふと思い出したのは、メルお姉ちゃんとマイスさんの勝負

 私が知っている人の中では一番強かったメルお姉ちゃんに 少々の余裕をみせながら勝ったマイスさん…。そのマイスさんが使っていたのは『ネギ』だった

 ……後で聞いた話だと、『ツインネッギ』という れっきとした武器らしかった。…なお、その見た目通り 野菜の『ネギ』を加工したものだそうだ

 

「あんなおかしな武器でも強いマイスさんがいる村だから、その村の農家さんが強くても なんだか納得しちゃいそう……」

 

「まあ、『クワ』で戦うってのは 『ネギ』よりはマトモそうよねぇ…」

 

 メルお姉ちゃんも私と同じことを考えていたみたいで、苦笑いをしながら 私の言うことに同意してくれた





 トトリが街に行ってしまい、また当分会えなくなることに動揺する姉・ツェツィ
 ツェツィの妹離れはまだ先のようです


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1年目:クーデリア「あいつに聞いてみよう」

 『青の農村』での話になりますので、「捏造設定」等の要素が多々含まれます

 また、原作に登場しない名無しのモブが少し登場し 喋ったりしますので、ご注意ください。…登場させた理由は「一応 村なのだから、村人を少しだけ出してみたりして、村で暮らす人がいる ということを書いてみたかったから」…という、私のわがままです。おそらく 今後 再び登場したりはしませんので、ご勘弁を……


***青の農村・集会場***

 

 

 『青の農村』の中心。そこからすぐに見える 他よりもひときわ大きな建物…とは言っても2階建ての家がふたつくっついたくらいの大きさだから、街の建物と比べると ちょっと横広く感じるくらいで 特別大きいというわけではない

 

 他に特徴をあげるとすれば、外からも見える 人の頭がスッポリ入る大きさの(かね)が 屋根の上にあることだろう。 下から階段で上がれる小さなスペースがあり、そこに鐘が設置されているらしい。そして、その鐘は 決まった時間に打ち鳴らされるそうだ

 

 

 「らしい」「そうだ」っていうのには理由がある

 まぁ、ただ単純に あたしがこれまで この『集会場』に来ることも、興味を持つことも無かったというだけなんだけど…

 

 

 

 

「で、あの子たちは ここにいるの?」

 

 あたしは、あたしをここまで連れてきたマイスに問いかける

 

 「あの子たち」っていうのは、このあいだ『冒険者ギルド』の仕事の手伝いをしてくれたひとたちのことだ。久々の休みに なんとなく立ち寄ったマイスの家で「そういえば『冒険者ギルド(ウチ)』に来てくれた子たちって、普段何してるの?」と聞いたら『集会場(ここ)』に案内してきたのだ

 

 

「うん。ほら、あの奥のカウンターに…」

 

 マイスが指差すほうへ つられるように視線をむけてみると……確かに そこに『冒険者ギルド(ウチ)』に手伝いに来てくれた子たちがいた

 

 

 奥に設置されているカウンターの 内側に3人、外側に1人。全員 見覚えのある顔だった

 

 内側にいる3人は何かの書類の束に目を通しながら ペンを走らせている。…そのうちの1人は、他の2人とは 何故か服装がずいぶんと違っているのが ちょっと気になった

 外側にいた1人の子は 内側にいる子たちよりも少し歳が低い子で、ヒマそうに立っていた。けど、あたしとマイスに気がついたようで、笑顔で会釈をしてくれた後 コッチに歩み寄ってきた

 

 

「いらっしゃいませ、クーデリアさん!何のご用事ですか?視察か何かのお仕事ですかー?」

 

 にこやかに聞いてくるのに対し、少し「どうしたものか…」と思いながらも 言葉を返す

 

「別に大した用は無いわ。ただ ちょっと立ち寄っただけよ。……で、ここで何してるの?」

 

「私ですかー?私はこの『集会場』で給仕をしてます!お姉ちゃんはコックさんです!」

 

 おそらく、会話が聞こえていたのだと思う。カウンターの内側にいたうちの1人…服装が他の2人とは違っていた子が「どうも…」といった感じで 書類から目を離し、コッチを見ながら 軽く頭を下げてきた

 

 

 「なるほど、ひとりだけコックだったから 服装が違ってたのか」と思いながらも 周りを見渡し、色々と納得する

 

 出入り口の扉から見て 奥にあるのがカウンター。そして 2階に上がるための階段や、倉庫か何かがあるのであろう扉がカウンターのそのまた奥にあるものの、それ以外にこの建物内にあるものといえば いくつものテーブルとイスだけだ

 

 おそらく『集会場(ここ)』は その呼ばれ方とはまた別に「食堂」や「酒場」といった機能があるのだろう

 …で、今はお昼にしては少々早く、どこのテーブルもスッカラカンだ。だから コックが書類仕事を手伝い、給仕がヒマそうにしていたのだろう

 

 

 

「まあ、とりあえず 座ろうよ」

 

 マイスがそう(うなが)し、あたしとマイスは手近なテーブルのイスへと座る

 

 

 そして、給仕の子はあたしたちが座ったテーブルのそばに立ち、ニッコリと笑いながら 聞いてきた

 

「ちょっと早いですけど、お昼を食べていきませんか?」

 

 その提案に あたしとマイスは顔を見合わせて頷き、給仕の子のほうを再び向く

 

「それじゃあ、そうしようかな」

 

「ええ。マイスが奢ってくれるみたいだし……何かオススメのをお願いするわ」

 

 あたしの言葉に マイスが苦笑いするのが横目に見えたけど、あたしはそれをスルーする。給仕の子も 特に気にした様子も無く、にこやかなまま頷いた

 

「わかりました!それじゃあ クーデリアさん、マイス、今から お姉ちゃんに作ってもらいますから、ちょっと待っててくださいねー!」

 

 「ではではー!」と言いながら 給仕の子はカウンターのほうへとテッテと歩いていった

 

 

 ……あたしは気になったことがあったから、少し声を(おさ)えながらマイスに問いかけてみた

 

「ねぇ、あんたって 普通に「マイス」って呼ばれてるの…?」

 

「そうだけど?」

 

 「それがどうかしたの?」といった様子で 首をかしげるマイス

 

「いや、あの給仕の子、あんたよりも幼いわよね?」

 

 あたしがそう言うと、マイスは 何故か首を振った

 …まさか、あの子 実は結構な歳なの……!?

 

「あのね クーデリア…」

 

「な、なによ」

 

 

 

 

 

 

 

「僕を「さん」付けで呼ぶのは、トトリちゃんと そのお姉さんのツェツィさんくらいだよ」

 

「……あんた、一応は この村の村長よね?」

 

 それはまあ 「(した)しみやすい」ってことだと考えたら、良い事かもしれないけれど…。でも、『青の農村』の誰にもっていうのは いくらなんでも……

 いや、マイスらしいといえばマイスらしいけど……それでいいの?

 

 

 

 

 

 …まあ、マイス自身が そこまで気にしている様子もなかったから、このことは 一旦 スルーすることにし、別の話題をきり出すことにした

 

 

「ねえ、あの子たちがやってる書類って何なの?」

 

 あたしが目をやるのは、カウンターで 何かの書類にペンを走らせている2人。…おそらく、ああした書類作業は これまでにも何度もやってきているんだと思う。だから『冒険者ギルド』に手伝いにきた時も、十分に仕事をこなせたのだろう

 

 けど、ここは『青の農村』。「『アーランドの街』から徒歩2,3時間の近場だから」という理由で、『アランヤ村』とかみたいに わざわざギルドが扱う仕事や冒険者用の依頼を斡旋(あっせん)していたりはしなかったはず…。すると、あの書類は何かしら?

 

 

「あれは、各農家が「ここ一週間で何をどのくらいつくったか」って言うのを書いたヤツを まとめたものだよ」

 

「…それって、全部 管理されてるってこと?」

 

「ううん、別にそういうわけじゃないよ。自分の畑で何を育てるかは 全部個人の自由だし…」

 

 「ただ…」と、マイスは言葉を続けた

 

「ある一種の作物が大量に市場に出回ったりしたら 価格が崩れちゃうから、もし過多に生産された作物があったら事前にいくらか買い取って ウチで加工したりするようにしてるんだ」

 

「じゃあ、逆に誰も育ててなくて 足りなくなりそうな作物があったら?」

 

「そういうのは、僕のほうに報告が入って 僕がウチの畑で作るんだ。そうやって なんとか間に合わせるんだよ」

 

 

 マイスの説明を聞いて あたしは「なるほど」と納得した。確かに それなら市場価格を常に安定させながら 『青の農村』の農家の人たちも生活が十分にできるだろう

 それに、生産量が少ない作物を マイスがフォローするというのも、間違っていない対応だろう。『青の農村』の中で 最も作物を育てるのが上手いのはマイスだろうし、持っている畑が 一番広いのもマイスだ。おそらく、他の農家に頼むよりも早く・多く 作物を育ててくれるだろう

 

 そして、そうやって各農家の生産量や全体の統計をとって まとめて記録し保存しておけば、そのデータは後々役立つことだろう。その作業を あのカウンターにいる子たちはしているのだ

 

 

 ……でも

 

「それって、あんたが考えて 始めたんじゃないでしょ?」

 

 あたしがそう言うと、マイスは驚き 不思議そうな顔をしながらも頷いてきた

 

「そうだけど……なんでわかったの?」

 

「だって、そういう計算しつくした考えって あんたには出来そうにないもの。それこそ ロロナと同じくらいに、ね」

 

 そう、マイスはロロナと同じで、「なんとなく こっちのほうがよさそう~」といった感じに物事を選択する、直感タイプとでも言うべき種類だと思う

 いくら作物のことに関してはは余念の無いマイスであっても、そんな 他の人にまで情報を求めて集めるなんていうのは、絶対と言っていいほど しそうにないことだ

 

 

「クーデリアの言う通り、あれはコオルが中心になって始めたことなんだ。……僕が知らないうちに」

 

 コオルっていうと、あの赤毛の行商人の。たしかに あのあたりの人間が考えそうなことではあるかしら……

 …っていうか

 

「あんたって、この村で何してるの?」

 

「作物育てて、薬調合して、武器とか農具作って、あとは…」

 

 

 

 ……村長って、なんだったかしら?

 

 

 あたしがそんなことを考えてるうちに、給仕の子が 料理を運んできているのが 視界の端に見えた。なので、一旦(いったん) 区切りをつけ、少し早めの昼食にすることにした…

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 あたしたちのところに料理が来た直後、『集会場』には 別の客たちが来た。彼らはマイスに軽く挨拶をした後 別のテーブルへといった

 

 

 そして、食事を始めて少ししたところで あたしはあることを思い出し、一旦 手を止めてマイスに話しかけた

 

「そういえば、あんたって あいつとは顔見知りなのよね?」

 

「あいつ?」

 

「ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングって貴族の子よ。ほら、黒髪を横に結んでる…」

 

 あたしがそう言うと マイスは「ああ!」と やはり何か思い当たったようで、頷いてきた

 

 

「今の髪型は知らないけど、シュヴァルツラング()の女の子なら 僕の知り合い、というか友達……いや、向こうが僕のことをどう思ってるかは わからないけど…」

 

 

 

 珍しく歯切れの悪い物言いのマイスを 少し不思議に思いつつも、あたしは 次の疑問を投げかける

 

「「今の髪型は知らない」ってことは、最近は会ってないの?」

 

「うん…。何年か前に色々あって、それ以降 ちゃんと会えてないんだ」

 

 「色々あって」ね……。それが この前あの高飛車娘が言ってた 貸し借り云々(うんぬん)のことなのかしら?それに、それ以降会ってないってことは、もしかして……

 

 

「…もしかして、あの子が『冒険者』になったの 知らなかったりする?」

 

「えっ!?それ ホント!? 大丈夫かな…?怪我したり、大変な目にあったりして 泣いちゃったりしてないかな!?ど、どうしよう!ちゃんと『冒険者』としてやっていけそうか 見に行ったほうが……」

 

 アワアワと(あわ)てだすマイス。その様子は そう短くは無い付き合いのあたしが 初めて見るほどの狼狽(ろうばい)ぶりだった

 

「……あんた、トトリからも何も聞いてないの?」

 

「え?なんで トトリちゃん?」

 

「何でも何も、『冒険者』登録がほぼ同時期だったりもして、何度も一緒に冒険してたりするのよ」

 

「そ、そういえば、トトリちゃんが「ミミちゃんって娘と一緒に~」って話してたことがあった気が……もしかして、あの時の「ミミちゃん」って…」

 

「ええ、あんたの知ってる「ミミちゃん」でしょうね」

 

 

 「そうだったんだ…」と驚いているマイスだけど、その様子は なんとなくだけど落ち込み気味に見える気がした

 

 マイスは、自分が 何も知らなかったことに気を落としているのかしら?

 

 気にするほどのことなのかしら?別に仲が良い感じじゃあ無さそうだったし…。いや、マイスは「友達」だと言おうとしてた……何故か 断言はしなくて迷ってる感じはあったけど…

 でも、高飛車娘(ミミ)のほうは ほぼ確実にマイスを()けている。意図的(いとてき)に、だ

 

 

 

 

「いったい、あんたとあの子の間で 何があったのよ」

 

「さ、さあ…?」

 

 マイスの返答に 少しイラッときたけど、その顔を見ると「心底わからない」といった様子で、眉間にシワを寄せながら首をひねっていた。こんなマイスがウソを言っているとは さすがに思えない

 

 

「……そもそも、いつ知り合ったの?」

 

「えっと、たしか 6年前の1月ごろ…ちょうど前の年の終わりの『王国祭』の『武闘大会』に出場した後くらいだったね」

 

「ああ…、確かに あんたってあの頃からドンドン注目されるようになっていったわよね」

 

 さすがは国主催のお祭りのイベントと言うべき効果だった。あれでマイスとマイスが作るものは 一躍(いちやく)有名になったと言えると思う

 

「…あっ、そういえば その年の3月くらいに街の『広場』であんたが『貴族』の子たちと遊んでたことあったじゃない。ほら、あたしがペンダントの作り方教わったころ。 もしかして、あの中にあの子がいたりした?」

 

「いや?たぶんいなかったと思う…。そもそも 自分から外に出てきて遊ぼうとするような活発な子じゃなかったし」

 

 

 

「それじゃあ 何処でどう知り合ったのよ」

 

 「活発な子じゃなかった」っていうのが少し引っかかるが、今はとりあえず どういう経緯で知り合ったのかを知るほうが先決だと思い、マイスにそのことについて問いかけたのだけど……

 

「それはー…まあ、色々あって……」

 

 マイスは おもいっっっきり言葉を(にご)してきた。その上 視線が明後日の方向をむいてる。これはもはや「すっごく隠し事してますよ!」と声を大にして言っているようなものだ…

 

 

「チャッチャと言っちゃいなさい!……て、言いたいところだけど……ハァ、あんたが そこまでして言わないってことは、それ相応の理由があるのよね?」

 

「あはは…まあ、ちょっと、ね」

 

「わかったわ、これ以上は聞かないであげる。…さっ、冷めてしまわないうちに 食べてしまいましょう」

 

 そう言って あたしは食事の手を再開する

 

 

 

 マイスとあの子の間で何があったのか……それは、今 無理矢理聞き出すべきじゃないと感じた

 

 もちろん、気にならないわけじゃない

 でも まあ、「いつか聞けたらいいなぁ」程度の感覚でいよう。話せる時がくれば マイスのほうから話してくれるはずだろう





 『集会場』のイメージは、『メルルのアトリエ』の『酒場』を倍大きくした感じです



ロロナ→まだ登場できる時期じゃない

エスティ→原作『トトリのアトリエ』で名前でしか登場しない

リオネラ→上に同じ


 ……ということもあって、『ロロナのアトリエ編』登場女性キャラの中で積極的にマイス君に絡めるのがクーデリアぐらいという事態。結果、マイス君とクーデリアが 特別仲が良いように見えてきてしまっている気がします…

 …あれ?フィリーは普通にアーランドの街にいるんだけどなぁ?それにティファナさんも……と、自分で自分にツッコんでおきます


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1年目:マイス「フィリーさんは いつもどおり」

 

***マイスの家***

 

 

 本日は快晴。畑の作物たちが 葉に命一杯(めいいっぱい)光をあびている

 1年の終わりが間近まで近づいて ここ最近 空気が冷たくなったけど、日差しのおかげで 幾分(いくぶん) 寒さがマシに感じられる

 

 

 

 僕が座っているイスから見て テーブルを挟んで反対側にあるソファーに座っているのはフィリーさん

 フィリーさんの表情は、普段『冒険者ギルド』で働いている時の 依頼を見にきた冒険者に対して怯えている表情(もの)でも、ヒマしてポケーっとしている表情(もの)でもなく、キリッとした表情(もの)だった

 

 

 

「マイス君。例のモノは…?」

 

「ここにあるよ」

 

「ふふっ…、ふふふふふ!」

 

 

 

 

 

 

 

「やったー!新しい『金モコ(じるし)の安眠(まくら)』だー!!」

 

「えっ、なにその名前!初耳なんだけど!?」

 

 僕の驚きの声に耳をかたむける様子も無しに、ソファーから立ち上がり (まくら)を抱きかかえて小躍(こおど)りするフィリーさん。顔も さっきまでのキリッとした表情の面影は無く、ほのかに頬を朱に染めた笑顔になっていた

 

 

―――――――――

 

 

 僕がフィリーさんに渡した『枕』……フィリーさんがつけた謎の名称から判る通り、金色のモコモコ(ぼく)の『ふわ毛』と『モコ綿』を使用した一品だ。それも、これが第2号だ

 

 

 ことの発端は…と言いたいところだけど、明確な始まりというのはわからない。いつの間にやらフィリーさんが「モフモフ大好き!」ってなったことが ある意味での始まりだったのかもしれない

 

 金モコの正体が僕だと知った後にも「一日中モフモフしてたい」などといってたけど、フィリーさんの そのモフモフ欲は なんだか時間が経つにつれて大きくなっていっているように感じられた

 

 

 そして、数年前のある日のこと……

 

「ま、前に「持って帰る?」って聞いたよね…?その…今、もらいたいんだけど…」

 

 その言葉を聞いた時の僕は「えっ、なんのこと?」って状態だったけど、話を詳しく聞いていくにつれて フィリーさんの言いたいことは理解できた

 僕の『モコ毛』をあげるって話は、僕自身はあまり覚えてないし、あんまり気は進まなかった。…けど、目を(うる)ませながら「お願い!」と頼まれてしまったら、なんとなく断れなくなって……で、「何に使うの?」って聞いたら「枕に…」とのことだったので、僕が作ってあげることにしたのだ

 

 

―――――――――

 

 

 それが数年前の話。そして、数週間前に「何年も使い続けて、しぼんで潰れてきちゃったから…」とフィリーさんが新しい枕を頼んできたのだ

 

 

「何年も使い続けて、また欲しいって……そんなに使い心地が良かったのかな?」

 

 自分のものだから っていうのもあるかもしれないけど、そこまで特別凄いって印象はない……

 いやまあ 確かに『シアレンス』周辺にいた『モコモコ』の毛はモフモフしてて気持ちよかった記憶がある…。でも、それが金色になったってだけで 品質に差は……あったのかな?金モコ(じぶん)の毛の質なんて気にしたことなかったし…

 

 

 

 っと、そんなことをひとりで考えていたら、いつの間にかフィリーさんが 僕のことをジイーッと見つめてきていた

 

「どうかした?…もしかして、枕に何か ダメなところがあった?」

 

「別にそういうわけじゃないんだけど……ふと(ひらめ)いたんだけど、金の『モコ毛』と『モコ綿』で 金モコちゃんの人形作ったらどうかな?」

 

 「ほら、リオネラちゃんのところの ホロホロ君とアラーニャちゃんみたいな感じで」と付け足して 自身の中のイメージを伝えてくるフィリーさん

 でも……

 

「いや、何が悲しくて 自分の毛で自分の人形を作らなきゃならないのさ…」

 

「ええ~っ?結構 需要があると思うよ?」

 

「そもそも、需要とかの前に 根本的に毛が足りなくなるから」

 

 ただでさえ、枕ひとつでも数週間の時間が必要だったっていうのに。それに精神的にもきついよ……色んな意味で無理がある

 

 

 

 

「……そういえば、今、モコちゃんの姿になったら どうなるの?」

 

「…聞かないで」

 

「ま、まるはだ…」

 

「言わないで!」

 

「こここ!今度 毛ぇ()る時は わた、私が手伝ってあげるよっ!!」

 

「ううぇ!?何で!?」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「…うん。ご、ゴメンね?」

 

「とりあえず、お茶淹れたから 飲もうか」

 

 よくわからないテンションの上げ方をしてしまったフィリーさんを ひとまず落ち着かせて、淹れたお茶をすすめる

 ここですすめたお茶は『リラックスティー』、 『シアレンス』にいたころ 作り方を憶えたお茶だ。材料の関係で何年もかかってしまったけど、今ではほぼ完璧に再現することが出来るようになり こうして人に出せるまでになった

 

 

「ふぅ~…とりあえず、マイス君の毛刈りのことは また今度でいいやぁ…」

 

 『リラックスティー』の効果もあってか、いい感じにリラックスし ノンビリとした感じになったフィリーさん。これで とりあえずは大丈夫だろう

 

 …できれば、このまま忘れて 二度と思い出してほしく無いなぁ……

 

 

 

コンコンッ

 

 そんな中、玄関の扉がノックされる音が聞こえた。そして、僕が返事をする前に扉は開かれて ノックをした張本人であろう来客が家に入ってきた

 

「おーい、にいちゃん いるかー?」

 

 そう言いながら入ってきたのは 行商人のコオルだった。コオルは僕を見つけると「よお」と手をあげながら軽く挨拶をしてきた

 

 

「いらっしゃい、コオル。今日はどうしたの?もしかして、『アレ』の事で何かあった?」

 

「いや、ソッチは別に問題無いぜ。連絡と打ち合わせは 明日『集会場』でするから心配するなって。…で、今回来たのは これだよ」

 

 僕はコオルが差し出してきた物を受け取り 確認する。それは封筒に入った一通の手紙だった

 

()()()()みたいだぜ。ついさっき届いたみたいだ。急ぎの用じゃないだろうけど 早く手に渡るほうがいいだろうからな」

 

「うん、わざわざ ありがとう!」

 

「いいって いいって!まあ 気が向いた時に返信書いて『集会場』の受付に持っていきなよ。んじゃあな、客がいる時に邪魔して悪かったな」

 

そう言うとコオルは ソファーに座っているフィリーさんに軽く頭を下げた後、玄関から出ていった

 

 

 

 

 

 テーブルそばのイスへと戻り あらためてイスに座った僕は、受け取った手紙の送り主の名前を確認した

 

 ……うん。コオルが言っていたように、いつもの手紙みたいだ

 

 

 封筒を開けようとした時、向かいのソファー座っているフィリーさんと たまたま目が合った。そして、それを良いタイミングだと思ったように フィリーさんは僕にオズオズとたずねてきた

 

「そのー…その手紙って、誰か友達からの手紙なの?」

 

「ええっと、友達っていうより…。いや、フィリーさんも知ってる人だよ?」

 

「えっ、そうなの?」

 

「というか、エスティさん」

 

「へぇ……って、ええっ!?おっおお、お姉ちゃん!?」

 

 そんなに驚くほどのことだろうか?大きく口を開けて 手でそれを隠すような仕草は、ちょっとオーバーアクションな気もするんだけど…

 

 

「「いつもの」って言ってた気がするんだけど……お姉ちゃんからの手紙って、よく送られてくるの…?」

 

「そんなに頻繁にじゃないけど……そうだなぁ…少なくとも1ヶ月に1回はくるかな」

 

「ウソォ!?婿(むこ)探しの旅に出てから (うち)には何一つ連絡ないのに!?」

 

「えっ!?そうなの?」

 

 それで あんなに驚いてたんだ…。それにしても、エスティさんも家に全然連絡してないだなんて……いったい何を考えてるんだろう

 

 

 

「それで…、お姉ちゃんからの手紙って どんなこと書いてるの?」

 

「まぁ、「最近どう?」とか「こっちは○○(なになに)よー」とかが基本かな」

 

 そう答えながら 僕は封筒を開け 中から便せんを取り出してひろげる。そして、手紙の内容に目を通しながら 言葉を続ける

 

「他には「フィリーは元気にしてる?」とか「フィリーはちゃんと仕事してる?」とか…」

 

「もうっ!お姉ちゃんもマイス君にわざわざ聞いたりして…!そんなに心配されなくても、私だってそれなりには…」

 

 

「あと、「今月はどれくらいクーデリアちゃんに怒られてた?」「依頼受けに来た冒険者に怯えたり気絶したりしてなかった?」「仕事やめるとか言って、泣いたりは何回してた?」、ええっと…他にも……」

 

「ふぇえぇ!?も、もうやめて~!!」

 

 フィリーさんは、泣き声まじりの叫び声をあげながら 家の外へと走り出してしまった…

 あの方向は街のある方向……あのまま帰ってしまうつもりだろうか?街と『青の農村』の間の街道では モンスターはまず出てこないから多分大丈夫だろうとはおもうけど…

 

 

 

「それにしても……」

 

 僕が目をやるのは、エスティさんからの手紙。その内容の最後のほうは、他の内容が変わっても 毎回ほぼ同じ文が書かれているのだ。そして その内容というのが…

 

 

『もしも!フィリーに仲()()な男の人が現れたら、絶対すぐに私に連絡して―――()りに行くから』

 

 

 ……「折りに」って、いったい 何をだろう?






 ……まあ「フラグ」をですね


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2年目:トトリ「賑やかな村」

 『トトリのアトリエ編』内で2年目に突入しました!……とは言っても、「〇年目」というのは あくまで軽い目安みたいなものなので、別段深い意味があるわけじゃありません





 冒険者ポイントがたまり 免許をランクアップできるようになった私だったけど、「年越しは家ですごそう」と思って、その間 ランクアップはお預けにして『アランヤ村』でのんびり活動をしていた

 

 

 年を越して 新しい1年が始まって少したってから、ランクアップするために『冒険者ギルド』のある『アーランドの街』まで 村から馬車で出発…

 

 そして、街についてから ランクアップをし、先生のアトリエを借りて錬金術による調合をちょっとして……街に到着してから 1週間ほどたったとき、ふと「そういえば、マイスさんのところに顔出してこようかな?」と考えた

 ひとりで調合してて よくわからないところがあったから、そこを『錬金術』のことを知ってるマイスさんに聞けたらいいなー、なんて思いながら『青の農村』に行ってみたんだけど…

 

 

 

―――――――――――――――

***青の農村***

 

 

「うわぁ…!」

 

 この前来た時の のどかさからは考えられない賑やかさ。村にいる人の数も数十人と、比べることすらままならないほど大勢だ

 

「もしかして、今日って何かのお祭りだったのかな?」

 

 建物とかに付けられている たくさんの装飾や、前来た時は無かった いくつかの露店が出ていることから考えて、きっと間違いないと思う

 

 

 …でも、こんな中じゃあ マイスさんを探すのは難しそうだ。きっとマイスさんも 家でじっとなんてしてないと思うから……さすがに会えそうにないかな?

 

 でも、マイスさんに会えそうにないからって、このまま何もしないで帰るのも なんだかなぁ……。それに やっぱりこの賑わっている原因を知りたい…

 

 

 

ドッ

 

 そんなことを考えなら歩いていたら 周りをちゃんと見れていなかったようで、何か…いや、ぶつかった時の感触からして…()()にぶつかってしまったみたい

 

 

「あっ!ご、ごめんなさい!ちょっとよそ見してってて…きゃ!?」

 

 とっさに 頭を下げて謝り、ぶつかっちゃった相手の人の顔を見て…驚いた。相手人の目が わたしを射抜かんばかりに鋭くて……って

 

「…あれ?す、ステルクさん!?」

 

「キミか……出来れば悲鳴をあげる前に気づいて欲しかったのだが…」

 

 そう言いながら首を振るのは、わたしのアトリエに 何度か調合の依頼をしに来てくれているステルクさんだった

 

 ステルクさんは私の『錬金術』の先生…ロロナ先生と なにやら関係があったそうなんだけど……私は詳しくは知らない。でも、そのあたりの繋がりがあってか こうやってお話をすることもあったりする

 

 

 

 ステルクさんは「それにしても…」と腕を組んで 何か考えるような仕草をしながら、わたしをジロリッと見てきた

 

「まさかキミは 今日のイベントに出場しに来たのか?」

 

「出場?…わたし、マイスさんにちょっと用があって来たんですけど……今日ってやっぱり何かお祭りでもあってるんですか?」

 

 私が周りをキョロキョロ見ながら答えると、ステルクさんは 珍しく目を見開いて驚いていた

 

「何も知らずに来ていたのか。それは 運が良いのか、悪いのか……いや、()()()()()()に出場さえしなければ 問題は無い、か?」

 

「えっと、その(もよお)(もの)って 何ですか?」

 

「ああ、今日の祭のメインなんだが……

 

 

 

 

 

『カブ合戦(がっせん)』というものだ」

 

「かぶ……がっせん…?」

 

 ええっと、かぶ っていうと…あの野菜の『カブ』のことだよね?『青の農村』は 名前の通り「農村」なわけだから、野菜に関係する催し物があっても おかしくはない…よね?

 がっせん……合戦? 合戦は…戦い? 『カブ』が戦うのかな?…って『カブ』が自分で動いたりするわけないし、きっと 『カブ』の品質を競いあったりするんだろう

 

 あれ?でもそれって…

 

「わたし、参加できませんよね? だって、『カブ』なんて育ててませんし…」

 

「……?」

 

「えっ?だって『カブ合戦』って、農家さん同士でするんじゃないんですか?」

 

 わたしの言葉に ステルクさんは首を大きくかしげた。そして、ひとつ息をついてから 口を開いた

 

 

「何を想像したのかは わからないが……『カブ合戦』というのはだな、端的(たんてき)に言えば 参加者同士が『カブ』を投げあい、当てた回数を競う催し物だ」

 

「投げあう…?って、なんですか それ!?『カブ』って結構硬いですよ!危なくないですか!?」

 

「ああ。(ゆえ)に催し物が行われる際には 救護班がそばに待機している。それに、(よろい)といった防具の着用も許可はされている」

 

 

 いや そんな用意をしてまで、わざわざそんな催し物をしなくても……

 だって、あの『カブ』を投げ合うんだよね?あの白くて硬い『カブ』を…

 

 ふと、そこで あることに気がついた

 

「ステルクさん、『カブ合戦』の「合戦」って、もしかして『雪合戦』とかそういう…」

 

「ん?…ああ、そのイメージであっている。後は 投げるものを『雪』から『カブ』に変えれば完璧だ」

 

 なにそれ怖い。そんな危なそうな催し物に参加する人なんているのかな…?

 

 そんなことを思ったけど、その考えはすぐに否定した

 これだけ村に人が来ているんだ。きっと わたしが想像しているものよりももっとちゃんとした催し物なんだろう…

 

 そうわたしは考えたんだけど、ステルクさんは…

 

「『カブ合戦』はこの村の村長のいた町で行われていた 豊作を願う祭だそうだが……『カブ合戦』の開催は今年で3回目だが、参加は 基本的に「度胸試し」になっているな」

 

「それでいいんですか…?」

 

「「鎧にぶつかってもグシャリと潰れない立派な『カブ』だ」…という宣伝になっているから、別段問題無いそうだ」

 

 …本当にそれでいいのかな?

 

 

 

 

 

「そもそも、この村の祭は 基本的に「みんなで楽しく・賑やかに」という村長のモットーの(もと) 開催したのが始まりだからな。…もっとも、ただ単に村長(かれ)がかなりの(イベント)好き、というだけなのだがな」

 

「イベント好き?」

 

「そうとも。王国時代に開催されていた『王国祭』が無くなった時には かなり気落ちしていた。そして、この村関係で忙しかったころはそうでもなかったが 少しヒマが出来始めると「なんか楽しいことないかなぁー…」と言って だらけてな…」

 

 「あれはあれで面倒だった」と、ため息を吐きながら言うステルクさん。だけど、その後「いや、それでもアイツと比べたら 全然マシか……いや、だが…」と、何かをブツブツ呟きだしてしまった

 

 

「そ、その村長さんって、なんだか変わった人ですね」

 

「…?何を言って……ああ、そうか。彼は自分からは あまり言わんからな」

 

 そう言うステルクさんは、何だか呆れたような…でも「いつものことか」と諦めたような調子だった

 

「『青の農村(このむら)』の村長は キミも知っているマイスだ」

 

「マイスさん!?…あっ、でも なんだか納得かも」

 

「…まあ、先程キミが行っていた「変わった人」というのは否定できんかもしれんな」

 

 頷くステルクさんに 私は「…ですよね」と返す。……わたしったら、若干(じゃっかん) 苦笑いをしてしまっていたかもしれない…

 

 

「…って、あれ?村長!?それじゃあこの前、わたしがマイスさんを連れて行ったのって いけないことだったんじゃ…!?」

 

マイス(かれ)が「いい」と言って同行してくれたのであれば、問題無いだろう。連絡無しに出かけるヤツじゃない、おそらく 村の人たちには出かける前に何かしら伝えていただろうさ」

 

 「それに」とステルクさんは言葉を続ける

 

マイス(かれ)は 自分ができることなら何でもしてしまおうとする(ふし)がある。…時には マイス(かれ)がいない時を作って、他の住人に色々経験させたほうがいいくらいだ。これからも 誘ってやってくれ」

 

「は、はぁ。わかりました?」

 

 本当にいいのかな?っと思ってしまうけど……マイスさんが『アランヤ村』に来てくれた時のことを思い出してみると、嫌々付き合ってくれてるって感じではなかったように見えた気がする

 

 

 

 

 

 

「さて…私はそろそろ会場に行って 準備をしなければならない」

 

「準備って…、もしかしてステルクさん『カブ合戦』に出場するんですか?」

 

 わたしがそう聞くと、ステルクさんは「いいや」と首を振った

 

「私はマイス(かれ)に手伝いを頼まれていてな。場外まで飛んでいく『カブ』を 観客席の手前で叩き落とす(かかり)だ」

 

「叩き落とすって…?」

 

「投げられた『カブ』がそのまま場外へいけば、観客に怪我人が出かねん。参加者の怪我は自己責任と言えるが、他の人間にまで怪我をさせるのはな」

 

 やっぱり危ないお祭りなんだと 改めて認識し、「それでも開催されるのは人気があるからなのかな?」と ちょっと『カブ合戦』への興味が湧いてきた

 

 

 

「催し物の後には、例年通り 『カブ』を中心とした『青の農村』の野菜を使った料理が 無償でふるまわれる。せっかく来たのだ、『カブ合戦』を見学した後 貰うといい」

 

 「では、失礼する」と言って歩き出したステルクさんに、「はい、ありがとうございます」と言葉を返して……さてどうしよう?と周りを見渡す

 

「とりあえず、『カブ合戦』が見れそうなところに行こうかな?」

 

 お祭りのメインイベントなら、たぶん村の中心あたりの広場なんかでやるんじゃないかな?

 そう考えて、わたしは歩き出す

 

 

「…でも、せっかくなら誰か……ミミちゃんとか 誘えばよかったかな?」

 

 村に来てから知ったのだから仕方がないっていうのはわかるけど……やっぱり、お祭りは誰かと見てまわりたかったなぁ… 





 この後、普通にお祭りを楽しんだ




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2年目:マイス「『錬金術』のお勉強」


Q,『錬金術』による調合には、何日もかかるものではないのですか?

A,アレはゲームシステム上の制約だと勝手に解釈しています。でないと、原作中のいくつかのイベントでの描写が おかしいということになってしまいますので…






 

***マイスの家・2階 寝室***

 

 

 窓から入り込む淡い朝日で 目を覚まし、上半身を起き上がらせ ベッドの上で伸びをする。そして、今日すべきことを思い浮かべながらベッドをおりる

 

「…んーと、昨日の『カブ合戦』のかたづけとかは 昨日のうちに終わってるから……畑仕事をした後は 調合だね」

 

 ちょっとした用で いくつか作らないといけないものがあるから、今日は『錬金術』を使わないといけないんだよなぁ…

 

 

 そんなことを考えながら身支度を済ませ、階段を降りていく……

 

 さて、朝一番の一仕事、がんばろうっと!

 

 

 

 

―――――――――――――――

***マイスの家・作業場***

 

 

 日課の収穫・耕す・種を蒔く・水をやる…という一連(いちれん)の畑仕事を終え、朝ごはんも食べ終わった後、 さっそく僕は『錬金術』による調合にとりかかっていた

 

「最後にこれを入れて…っと。後は混ぜておくだけ」

 

 錬金釜に突っ込んだ杖を離すことはせず、一定のペースで混ぜ続ける。……うん!見たところ 反応は上々、いまのところは 何の問題無く調合はできているみたいだ

 

「いけない いけないっ。ちょっとの油断が命取り…というか、爆発を(まね)くというべきかな?」

 

 いや、でも爆発は 命は取らないとはいえ かなり危ないものだろう。「命取り」と言っても過言では無い気もしなくはない

 

 

 

 そんなことを考えながら混ぜ続けていたら、不意に「ポンッ」という音が 錬金釜から聞こえてきた。どうやら 調合が完了したみたいだ

 

「さて、あとは 出来た物の質なんだけど……」

 

 調合して出来た 錬金釜の『虹の精油』と呼ばれるものを(びん)の中に入れながら、品質を確認する。問題無く 事前に予想していた通りの品質のものが出来ていたので、ひとまず安心する

 

 『虹の精油』を 事前に用意していた2つの瓶に入れ終えた時点で、錬金釜の中には もう2瓶分くらいの『虹の精油』が残っていた

 別に 瓶の用意のし忘れなどでは無い。ただ、錬金釜に残っている『虹の精油』は そのまま次の調合に使う予定なのだ

 

「次は『魔法の絵の具』だから、これに『タール液』と……あと『星のかけら』を入れて」

 

 そして再び杖で混ぜ始める

 単純作業な部分が多いけど、失敗しないよう 細心の注意をはらって調合していこう

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 再び錬金釜から「ポンッ」という音が響き、調合が完了する。過程でも 何の問題も無かったから、おそらくは予定通りのデキの『魔法の絵の具』が調合出来ているはずだ

 

 

 錬金釜の中から『魔法の絵の具』を取り出そうと思い、品質確認の為に錬金釜を覗きこみながら、事前に錬金釜のそばの机に用意しておいた 『魔法の絵の具』を入れる容器を取ろうと手を伸ばし 手探りで探して…

 

「もしかして コレですか?」

 

 手探りをしていた僕の手に 何かが触れたので、それを握って形を確かめる。…うん、この形は探していた絵の具の入れ物に間違いない

 

「うん、ありがとう!」

 

 それじゃあ、これに『魔法の絵の具』を入れて……って、あれ?

 

 

 僕は錬金釜から視線を外し、机のおいてある方向へと顔を向けた。すると、そこにいたのは…

 

「トトリちゃん?」

 

「あっ はい。お、お邪魔…しちゃってます」

 

 いつの間に……って、まあ 僕が『魔法の絵の具』の調合に集中している時なんだろうけど…

 

「えっと、ちょっと前に玄関をノックしたんですけど 返事が無くて…。でも、煙突(えんとつ)から薄く煙が出てたから なんだろうなーって思って……それで入って ケムリが出てた煙突のある部屋に入ってみたら、マイスさんが調合してて。集中してたみたいだから 声をかけずに見学してました」

 

「ああ…やっぱり そういうことだったんだ」

 

 いや まあ、うちに来る人の中には ノックもせずに入って好きにくつろいでいく人も(いく)らかいるから、その人たちと比べると 随分マシなわけだし…。そもそも、勝手に入られて困ることも無いんだけね

 

 

 

 

 

「あははは、待たせちゃったみたいでゴメンね。…で、今日はどうしたの?」

 

 『魔法の絵の具』を入れ物に入れ終え、トトリちゃんに向きなおって問いかける。すると、トトリちゃんは申し訳なさそうな顔をした

 

「えっとその……少し頼みたいことがあって…」

 

「ん?なにかな?」

 

「『錬金術』のことで 教えてもらいたいことがいくつかあって……お願いできますか?」

 

 トトリちゃんがオズオズと伝えてきた頼み事は、僕にとって決して出来ないわけじゃないけど すぐには頷きづらいものだった

 というか……

 

「僕に頼みに来るってことは、ロロナは音沙汰(おとさた)が無いんだね」

 

「はい…。私も最初は先生に聞けたらって思ってたんですけど、『アーランドの街』にも帰って来てないみたいで……いつ会えるかわからないのを待つわけにもいかないし。だから マイスさんに教えてもらえたら…って思って」

 

 トトリちゃんの言葉を聞いて「なるほど」と僕は頷く。だけど、それと同時に心の中では「どうしたものか…」と頭を悩ませていた

 

 

 たしかに僕は『錬金術』をある程度は扱うことは出来る。 自作の『錬金術』のレシピを書いてみたりもしている…だけど、あくまでも「()()()()」だ。本職の『錬金術士』2人(ロロナとアストリッドさん)には足元にも及ばないし、僕に『錬金術』の色々を教えてくれた ホムンクルスのホムちゃんも 当然僕よりも上手だ

 

 その3人を差し置いて 僕がトトリちゃんに『錬金術』のことを教えるだなんて……まぁ みんながいないのがいけないんだけど…

 

 それに、トトリちゃんが言ってた「教えてもらいたいこと」って、僕でも教えられることなのかが ちょっと心配だ

 でも、トトリちゃんもまだ新米なわけだから、そんなに難しい調合にまで手は伸びていないだろうから、たぶん大丈夫……

 

「『プラティーン』とか『賢者の石』だったら 完全にお手上げだけどね(ボソリ」

 

「…え?マイスさん、何か言いましたか?」

 

「ん、ちょっとひとりごとを…」

 

 軽く誤魔化した後 ひとつ(せき)(ばら)いをし、トトリちゃんへ言った

 

「うん、わかった!僕は『錬金術士』じゃないから そこまで難しいことまでは教えることは出来ないけど、僕が教えられることは何でも答えるよ!」

 

「本当ですか!?わぁ…ありがとうございます!」

 

 

 僕の言葉を聞いて 嬉しそうにするトトリちゃん

 …その笑顔を(くも)らせないように ちゃんと『錬金術』のことを教えることができるかが不安ではあるけど、最大限 できることをやろう。そう決めたのだった……

 

 

 

 

――――――――――――

***マイスの家***

 

 

 …そんなこんなで、座学で教えたり 実際に一緒に調合したりした。調合中に爆発することもなく、問題無くこなすことができた

 

 そして、トトリちゃんが言っていた「教えてもらいたいこと」を全部教え終わった(ころ)には もう日がほとんど沈んでしまっていた

 

 なので、僕は 今日はこのまま(うち)に泊まっていくことをトトリちゃんに勧めた。前に来た時も泊まっていったので トトリちゃんも勝手がわかるだろう

 

 

――――――

 

 

 というわけで、家の泊まることになったトトリちゃんと いつもの部屋でテーブルを挟んでソファーとイスに座り 晩ゴハンを食べている……んだけど…

 

「うーん……?」

 

 さっきから、トトリちゃんが何故か小さく(うな)っているのだ。…いったい、どうしたのだろう?

 

「トトリちゃん どうかした?もしかして、嫌いな物でも出しちゃった?それとも 何か失敗してるのがあった!?」

 

「あっ、いえ そんなことは無いです。どれもすごくおいしいですよ!」

 

 なら 何があったのだろう…と首を少しかしげると、僕が言いたいことがわかったように トトリちゃんがこたえてきた

 

「その…今日教えてもらったことを色々思い返していて、ふと思ったことがあって……」

 

「思ったこと?」

 

「はい。ロロナ先生とマイスさんでは全然違うなぁって……教え方が…」

 

 

 ロロナと違うと言われて ドキッとしたけど、違うのは教え方だとすぐにわかりホッとした。…一瞬「気づかないうちに『テキトー錬金術』(ホムちゃん命名)をやっちゃってた!?」と慌ててしまったけど 杞憂だったようだ

 

 立派な一人前の『錬金術士』を目指すトトリちゃんに、自分で言うのもなんだけど『テキトー錬金術(あんなの)』を見せるべきではないと思う。アストリッドさん曰く「錬金術っぽい 別の何か」らしいし…

 

 

 

 話を戻そうか。トトリちゃんが言うには、ロロナと僕とでは『錬金術』の教え方が違っているそうだ

 ということは、やっぱり本職の人が教えるとなると ちゃんとした形式の教え方があったりしたんじゃないだろうか…?でもなぁ…ロロナが誰かに『錬金術』を教えているところを見たことが無いから、どういうものかがわからない

 

「トトリちゃん、参考までに聞きたいんだけど……ロロナにはどんな風に教わってたの?」

 

「ええっと、初めて会った…私の家の近くで先生がお腹を空かせて倒れてた時なんですけど、色々あって 『錬金術』による調合の失敗で家が爆発して……そこから私が『錬金術』に興味が湧いて 先生に教えてもらったんですけど……」

 

 ……いや ちょっと待って。色々とツッコミどころがあるんだけど!?

 『錬金術』で色んなアイテムを作れてたはずなのに なんで空腹で倒れてたのか…とか。なんで いきなり家が爆破されて そこで興味を持っちゃったのか…とか

 

 そんな疑問は ひとまず僕の中で(おさ)えておいて、とりあえずは トトリちゃんが語る「ロロナ先生に教えてもらった時のこと」に耳をかたむけることにした…

 

 

 

=========

 

 

「うんしょ、うんしょ…こ、こんな感じ、ですか?」

 

「うん、ばっちり!あとはそのまま ぐーるぐーる かき混ぜ続けて!」

 

「ぐ、ぐーるぐーる…」

 

「あああ、ちがうよ!それじゃ ぐるぐるぐるー だよ!もっとこう ぐーるぐーる って」

 

「は、はい!えっと……ぐーるぐーる…」

 

「そうそう、そんな感じ! 次はその…青っぽい草。それを ぱらぱらー って入れて!」

 

「青っぽい…これかな? ぱらぱらー…」

 

「上手上手!トトリちゃん、すごいよ!天才だよ!」

 

「そ、そうですか?えへへ…」

 

「あ、まだ油断しちゃダメだよ。もうすぐ ぼんっ! ってなるから、それまでとにかく ぐるぐるし続けて」

 

「は、はい!」

 

 

ボンッ

 

 

「きゃあっ!あ…でき、た…?」

 

「うん、成功だよ!おめでとう!やったー!」

 

 

=========

 

 

 

「…で、先生ったら 私が『錬金術』ができたことを 私以上に喜んで泣き出しちゃって……って、あれ?マイスさん どうかしたんですか?」

 

「あっ、いや ロロナらしいなーって思って。あはははは…」

 

 苦笑いが出てしまった僕に対し 不思議そうに問いかけてきたトトリちゃんへ返した言葉だけど、別にウソを言っているわけじゃない

 本当にロロナらしい…というか、僕が手伝いにアトリエに行ったりしてた頃の ロロナの調合風景と同じように感じられた。…よくもまあ トトリちゃんはアレを理解できたものだ。僕でも8割くらいしかわからないのに…

 

 

 

「…それで 今日のマイスさんの、準備や理論…一から確認する教え方が 新鮮に思えたんです」

 

「そっか。うん、まあ そうなるよね…」

 

 

 いや だけど、どう言ったらいいものか……

 ロロナの教え方でわかるなら 別に問題はないし、特に気にすることも無いんだけど……それに

 

「ロロナの 唯一のお手本になるのがアストリッドさんだもんなぁ…」

 

 別に「アストリッドさんの教え方が悪い!」とか言いたいわけじゃない。ギリギリ調合できそうなレシピを与えて、その後 自由にさせる(悪く言えば放置)。 あれはあれで「自分で考える力」や「自分から行動する力」を(やしな)わせるのには 中々だと思う

 

 でも、その教え方はロロナが()()には あまり合っていないと思う。……なんというか、ロロナは 弟子を後ろから見守ってることとかができそうな気がしないのだ

 

 

「基本 誰にも教わらなかった我流(がりゅう)『錬金術』に ロロナ自身のほんわか具合が混ざって……それで その教え方になったわけか…」

 

正直、ロロナ自身を矯正なんてできそうにないし、もう そういうものだと割り切るべきなのだろう……でも

 

 

さっきから ひとりごとを言いながら頭を悩ませる僕を 心配そうに見るトトリちゃん。そのトトリちゃんへ なんというべきか、さらに僕は頭を悩ませた…



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2年目:トトリ「いのーのてんさいかがくしゃ」

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 『アーランドの街』にある先生のアトリエ…『ロロナのアトリエ』を(かり)の拠点として使わせてもらい、『錬金術』で調合をしていく日々。マイスさんに 色々と教わったこともあって 調合はこれまで以上に上手く出来た

 

 

 ……と、わたしの仕事に関しては 何の問題もなかったんだけど…

 

 

―――――――――

 

 

「お嬢さんが有名になった 今、僕はここにライバル宣言をさせてもらう!」

 

 

 私に向かって そう言ってきたのは、リュックサックを背負ったモジャモジャ頭の眼鏡の人……前にマイスさんと一緒に冒険した時に出会った『異能の天才科学者 プロフェッサー・マクブライン』マークさんだった

 ふらっとアトリエに来たかと思えば、いきなり この発言。正直 わたしの理解が追い付いていない状態だ

 

「ライバル宣言!?」

 

「そうとも。今 この瞬間から、僕とお嬢さんは敵同士だ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!なんで敵同士にならないといけないんですか?」

 

「おかしなことを聞くなぁ。科学者と魔法使いが敵同士なんて、はるか昔からの決まりごとじゃないか」

 

 マークさんが言っている 決まり事なんてものは、一度も聞いたことが無いから 当然信じられないし、それが敵になる理由になりうるとも思えなかった

 だいいち……

 

「『魔法使い』じゃないです!『錬金術士』です!」

 

「似たようなものだろう?ひょっとして違うのかい?」

 

「全然違います!『錬金術』っていうのは…」

 

 

 そこから マークさんに『錬金術』の基礎の基礎…というか、まず先のとっかかりの部分を中心に説明する

 …とは言っても、それは わたしが最初にロロナ先生に『錬金術』を教えてもらった時に、先生が教えてくれたものの ほぼそのまま…受け売りだったりしたんだけど……

 

 とにかく、わたしのできる限り精一杯の説明をマークさんにしたのだった

 

 

 

「…ふむ。つまり『錬金術』は学問で、学べば誰にでも扱える代物(しろもの)だと」

 

「そうです。先生がそう言ってました」

 

 一度は納得したように頷いてくれたマークさんだったけど、その表情から察するに いまだに頭の中の疑問符が消えてしまっていないようだった。そして、それを証拠付けるように マークさんが新しい疑問を投げかけてきた

 

 

「では、何故この国に『錬金術士』と呼べる人物は、お嬢さんと、先生と その師匠の2人しかいないんだい?」

 

「そ、それは…先生の教え方が下手だから、かなぁ…?」

 

 

 この前、マイスさんに教えてもらった後にした話の最後に、マイスさんがわたしに話したことがあった

 

 マイスさん(いわ)く「ロロナの擬音語たっぷりの教え方は、性格がそのまま出てるんじゃないかな? アストリッドさん…ロロナの師匠は 特別何もロロナに()()って教えたりしなかったから、教え方のお手本が無かったわけだし……」

 

 つまりのところ、ロロナ先生から『錬金術』を教わるためには、先生の感性を理解できないとダメってことらしい

 ついでと言ったらなんだけど、わたしの前に 何人かロロナ先生から『錬金術』を教わろうとした人もいたらしいけど、全然ダメだったらしい

 

 

「ああ、なるほど。指導者不足はどの分野でも深刻だからね。……しかし、そうかぁ。てっきり『魔法使い』の(たぐい)かと思っていたが、実際はこの国の自称科学者たちと、そう変わらないのか」

 

 マークさんは今度こそ納得してくれたみたいでだった

 …「自称科学者」っていうのが少し気になったけど、前に マイスさんがしてくれた「街にある機械は 遺跡から発掘されたものをそのまま使っている」や「機械のパーツなんかは そういう専門の人じゃないと価値が無い」みたいな話を思い出して、なんとなくわかったような気がして、深く聞かなかった

 

 

 

 

「とにかく、全ては僕の誤解だったというわけだ。すまない、この通りだ」

 

「そんな、別に謝らなくても…。わたし、全然 気にしてませんし……あっ、でも」

 

「ん?どうかしたかい?」

 

 ふと疑問が湧いてきて、わたしがそのことを言おうか迷っていると、マークさんはわたしの顔を覗きこむようにしながら 言葉の続きを(うなが)してきた。なので、ちょっと迷ったけど 疑問をマークさんに言ってみることにした

 

「あの、マイスさんとはお友達なんですよね?『錬金術』のことは聞いたりしなかったんですか?」

 

「いや、彼とは友達ではないってあの時……って、そういえば あの時はモンスターが追い付いてきて 言いそびれてしまったんだったか」

 

 「やれやれ」といった感じで首を振るマークさん。その顔は眉毛が垂れて 口がへの字に歪んでた

 

「僕がパーツの制作を彼に依頼したりしてるっていう…あくまで仕事上付き合いがあるだけの仲だよ。彼の依頼への忠実さと速さは他とは比べられないからね。…じゃなきゃ 彼にわざわざ頼みたくはないよ」

 

 その言葉の端々(はしばし)には なんだかトゲがあって、なんだか マイスさんのことを嫌っているように感じられた……でも、なんでだろう?

 

 

 

「その…マークさんはマイスさんのことが嫌いなんですか?」

 

「うん、そうだよ」

 

「うわぁ…即答だ。でも、なんで…?」

 

「……お嬢さんは、彼の家の前の畑のそばにいる()()を見たことはあるよね?」

 

 マイスさんの畑のそばのアレ…?アレって何だろう?

 

 

 マイスさんの家の周りを思い浮かべて、マークさんの言うアレっていうのが何なのか考えてみる…

 すると、思い当たるものがあった。胴に足と腕と頭がついた 人間と変わらないくらいの大きさの 土の塊。頭のてっぺんから大きな葉っぱ生えているて、それがピコピコ動いているのが凄く気になったのをおぼえている

 

「あの 頭に葉っぱが生えた土の人形ですか?あれが何か…?」

 

「そう!アレだよ!彼は言ったんだよ「これは『プラントゴーレム』です」って!」

 

「ぷらんとごーれむ?」

 

 ええっと…『ゴーレム』っていうのは、遺跡なんかに稀にいる 昔 人に作られたとされる機械の兵士だ…というのを 何かの本で読んだおぼえがある……けど、『プラントゴーレム』という言葉は聞いたことがなかった

 で、なんでソレに対して マークさんは怒っているんだろう?

 

「彼は言ったんだよ、あんなよくわからないものを「『ゴーレム』だ」って!僕はアレを『ゴーレム』とは認めないよ!!」

 

「えっ、『プラントゴーレム』っていうのは『ゴーレム』じゃないんですか?」

 

「さあ?わからない」

 

 さっきまでの怒り様は何処へ行ってしまったのか…。マークさんはいきなり真顔になって「何を言ってるんだキミは」と言わんばかりに首をかしげてきた

 

 

「あの…マークさん、何か悪いものでも食べちゃいましたか?」

 

「なんだい、そのいいようは。 しかたないだろう?アレを解体(バラ)してみてもいいか聞いたら「元に戻してもらえそうにないからダメです」って断られたんだから、内部構造がどうなっているか、そもそも内部構造なんてあるのか、とか調べることも出来なかったんだから」

 

「マイスさんに『プラントゴーレム』のことを詳しく聞いてみたりはしなかったんですか?マイスさんなら 頼めば教えてくれそうですけど…」

 

 わたしがそう言うと、マークさんは動きをピタリと止めて……そしてポンッと手を叩いた

 

「それだ!そんな簡単なことにも気がつかなかったなんて。いやぁ、盲点だったよ。今度 聞きに行ってみるとしよう!」

 

 小躍りしだしそうなほど喜びだしたマークさん。だけど、すぐにまた真顔に戻ってわたしを見てきた

 

 

 

「……で、彼は『錬金術』と関わりがあるのかい?もしかして アレも『錬金術』の産物だったりするのかな?」

 

「えっ、それは知りませんけど…実は、マイスさんも『錬金術』を扱えるんです……そうだ、マイスさんを知ってるのに『錬金術』のことを聞いてなかったのか、って話だったんだった(ボソリ」

 

 

 わたし自身が最初にした質問を忘れてしまっていたことを少し恥ずかしく思いながらも、マークさんの言うように『プラントゴーレム』というものが『錬金術』と関係があるのか考えてみた

 

「…もしかして、前にマイスさんが見せてくれた『アクティブシード』っていうのと、似たようなものだったりするのかな?」

 

 そう思ってけど、確信があるわけじゃなく なんとなくだ。……というか、『アクティブシード』っていう動く植物のほうも ほとんど知らないわけで、結局のところ マイスさんに直接聞いてみるしかなさそうだ

 

 

 

 わたしが そんなふうにひとりで考えているのと同じく、マークさんも 何やらひとりで考えているようだった

 

「ふぅん…『錬金術士』と呼ばれる人物以外にも『錬金術』を扱える人がいたとは…。それも 彼がそうなのか。色々と聞いてみることが増えたね」

 

 そう呟いた後、マークさんは 私のほうへ向きなおって、軽く礼をしてきた

 

「善は急げ、だ。さっそく彼のところへ行ってみるとするよ。お騒がせしたね」

 

「あっ、えっと……って、もう行っちゃった」

 

 

 今しがた マークさんが出ていった扉をジッと見つめて……いても、どうしようもなかったから、調合の作業にもどることにした…

 






 前々から 出したいと思っていた『プラントゴーレム』。「青の農村での出会い」でちょっと顔見せしてからの、久々の登場です


 登場しているのが『RFオーシャンズ』のみで、作中でもレアモノだと言われてましたが……マイスくん、『アクティブシード』に続いて『錬金術』で作ってしまいました(ナンテコッタ
 ただ、デカくなる要因が無いため、『RFオーシャンズ』のユミルのような大きさではなく、人並みの大きさとなっています


 その他にも、ちょっと前に マイスくんがホムちゃんにわたした アストリッドさん用の「面白いもの」が『プラントゴーレム』の元である『ゴーレム草の種』だった…なんて話もあったり…

 …裏話でいえば、ユミルみたいにでっかくしてしまう…って案があった時期もあったのですけど、イージーモードになるうえ ある人の活躍の場がなくなってしまうので断念しました


 今後、活躍の場はあるのでしょうか…?


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2年目:イクセル「また ある日の『サンライズ食堂』」

 『サンライズ食堂』回 再び。…これからも 何度かあるかもしれません


 そして、最近スランプ気味です
 理由は 主に原作『トトリのアトリエ』未登場キャラたちの扱いに関することで、「登場させたいけど、本編に絡ませ過ぎずにマイスとはいい感じに…」っていうのが思ったよりもできなくて、ちょっと 困り気味です。『ロロナのアトリエ・番外編』の執筆もゆっくりになってしまっています

 …難しく考えず、気楽にやってみようかと思います




***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコックだ

 

 『サンライズ食堂』は 少し前に内装を改装して 全体的に明るく・おしゃれな感じになっていて、数年前とは随分 雰囲気が変わった

 まあ、出してる料理は 特別高いものじゃない、昔のまま リーズナブルな価格のものばかりだ。お客さん方に満足してもらえるように 尽力している

 

 …っと、こういう紹介は なんか前にもした気がするな…。まあいいか

 

 

 

 今日も もう日が沈んでしまい 薄暗くなった街だが、当店『サンライズ食堂』には それなりの数の客が入っていて そこそこの賑やかさが店を包み込んでいる

 

 …で、今日の『サンライズ食堂』には 久々にマイスが来ている。もちろん 一人でじゃない。が、連れはクーデリアではない

 

 今日 マイスと一緒に来ているのは……

 

 

「かんぱーい」「…乾杯」

 

「ステルクさん、先日のお祭りの時は お世話になりました!」

 

「その礼なら 当日に十分貰った。それに、気にすることじゃない。あれは私にも良い息抜きになったからな」

 

 今回のマイスの連れ…ステルクさんは、グラスを少しかたむけて 水でノドを潤しながら マイスの言葉に答えていた

 その表情は普段通りの仏頂面にも見えなくはないけど、ステルクさんをよく知る人が見れば 彼の口元が軽く緩んでいるのを認識できるだろう。俺も 数年前から付き合いがあるから、なんとなくだけど判別が出来るようになった

 

 

「それにしても…」

 

 ステルクさんが見つめる先は マイスが持っているグラス。そのグラスには 酒がなみなみに注がれてある

 

「あまり飲みすぎるんじゃないぞ。キミはこの後 村まで帰らねばならんのだからな」

 

「わかってますよ。それに、僕が度をこえて飲み過ぎることなんて まずありませんからー」

 

 そう言うマイスに 俺は「前回 クーデリアと飲んでた時のアレは、度をこえてなかったか?」と言いたかったが、残念なことに 他の席の客が注文した料理を作っている最中で 言う余裕がなかった…

 

 

「あれ?そういえば ステルクさんは水ですね。今日は飲まないんですか?」

 

「ああ、明日の朝には 街を()つ予定だからな。大事をとって 今日は酒を飲まないことにしたんだ」

 

「そうだったんですか…。僕につき合わせちゃったみたいで 何だかすみません」

 

「かまわん。本当に余裕がないなら 最初から断っているさ」

 

 「気にするな」と言って 料理に手を付け始めるステルクさん。それにつられるようにマイスも料理を口にしはじめた

 

 

 うん、この様子なら 前回のマイスとクーデリアの時のように 俺が気にかけたりする必要はないだろうな

 そう思い、俺は さっきから次々に入ってくる 料理の注文をこなすことに集中することにした

 

 

 

――――――――――――

 

 

 あれから少し()って 料理の注文がひと段落し、少し息をつく。テーブル席にいる例のふたりは、一度マイスが酒の追加を頼んだぐらいで 別段大きな動きはなかったが……

 少し気になり、再びふたりの会話に 再び耳をかたむけてみることにした

 

 

「それでは、次回の祭りは…」

 

「来月は 毎年恒例の『冬の野菜コンテスト』ですよ!」

 

「では、とりあえずは今回の『カブ合戦』のような 私が手伝いとして必要になりそうな内容ではないのだな?」

 

「はい、そうなりますね……ついでに言うと、その次は 去年好評だった『大漁!釣り大会』の予定で企画を進行させてます。コッチも特別手伝いは必要じゃありませんから」

 

 どうやら、『青の農村』でのイベントの予定について話していたみたいだった。おそらく、イベントの内容によっては ステルクさんはその時期に帰ってくるつもりだったのだろう

 

 

 

 …それにしても、『野菜コンテスト』に『釣り大会』か。両方 『サンライズ食堂(ウチ)』に 結構な影響がある祭じゃねぇか

 

 まずは『野菜コンテスト』だが、その時期の野菜のデキがわかるのはもちろん、最近の各農家の状態を確認することが出来る。それで、マイスに常に一定量の出荷を依頼している 年中使う野菜のいくつか以外の、店で使う季節の野菜の取引先を決めたりするのに役立つイベントだ

 

 つづいて『釣り大会』だが、…いくつかの魚の値段が下がったりはするが、そう大きくなく 誤差の範囲内だ。これは店の取引に直接関係してくるわけではない。じゃあ どういう影響があるのかといえば……単純にその日は『サンライズ食堂(ウチ)』に食べに来る客が大幅に減るということだ。参加者がいる家庭や 参加者がおすそわけを持って行った家庭では何処も『魚料理』を自分たちの家で作るのだから、ある意味当然かもしれないがな

 

 

 まぁ、2つのイベントの詳細は そのうち俺の手元に来るだろうから、今から そう深く考えなくてもいいか

 

 

 俺は 『青の農村』の祭のことを 『青の農村』の人間の次くらいに知ることが出来る

 

 理由は簡単だ。この街の中での 『青の農村』の祭の告知・宣伝を 『サンライズ食堂(ウチ)』でやっているからだ

 正確には 『サンライズ食堂(ウチ)』以外にも『ロウとティファの雑貨屋』や『冒険者ギルド』なんかにも告知用のポスターが掲示されていたりする。…最近 店の主人がいないが、前は『ロロナのアトリエ(ロロナんところ)』でも告知があったりしてたんだが、今は そのあたりがどうなっているのかは知らない

 

 

 

「イクセルさん、お酒のおかわりくださーい」

 

「ん…?ああ!?お、おう、ちょっと待ってろよ!」

 

 マイスの声で 思考から引き戻され、慌てて返事をしながら 新しいグラスと酒を用意する

 

 

「…大丈夫か?飲み過ぎてはいないか?」

 

「いえいえ、全然大丈夫ですよ」

 

 心配そうにするステルクさんをよそに、マイスは軽く返事をする。そこに俺は 注文された酒の入ったグラスを持っていき、そして ふたりに声をかける

 

「いやぁー、いちおうはまだ許容範囲だと思いますよ、ステルクさん。マイスが本当に酔払ったら、なんかこう…間の伸びた喋り方になりますから」

 

「そうなのか?」

 

 おそらく、マイスが本当に酔っぱらった その姿を見たことが無いのだろうステルクさんが、俺の顔を見た後 意外そうにマイスのほうへと視線を移した。……クーデリアと飲んでいた時のマイスを見たら、ステルクさんは何というだろうか…

 

 

「そうっすね…酔った時だと さっきマイスが言ってた「全然大丈夫ですよ」が「じぇんじぇんだいじょーぶですよー」ぐらいにはなりますね」

 

 マイスの前に酒の入ったグラスを置きながら そうステルクさんに言った後、今度はマイスのほうを向き 言う

 

「つっても、今日はこんくらいにしとけよ?いっぱい注文してくれるのは(ウチ)的には嬉しいけど、連れに心配させちゃあ悪いぜ」

 

「そうですね。今日はこのくらいにしといて、僕も 明日の早朝の畑仕事に備えることにします!」

 

 良い笑顔でそう答えるマイスに、俺はもちろん、ステルクさんもどこか安心した顔をして「それがいいだろうな」と呟いていた

 

 

 このとおり、マイスは基本的には 人の話は素直に聞くし、普通に良い奴なんだよなぁ。時々、突拍子のないことをしでかしたり、制御が効かなくなることがあったり、どこか常識がズレてたりもするが……基本は良い奴なんだ、基本は

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「それじゃあ、ご馳走さまでした!」

 

「また街に帰ってきた時には 立ち寄らせてもらう」

 

「おう、またな!それじゃあ、おふたりとも 気をつけて帰りなよー」

 

 食事を終えて 会計を済ませたふたりに、そう声をかけて カウンター内側の調理場から見送る

 店から出ていく そんなふたりの背中ごしに、ふたりの会話が聞こえてきた

 

 

「…ちゃんと ひとりで帰れるか?」

 

「大丈夫ですよ。見ての通り、足取りもしっかりしてますから」

 

「ふっ、ならいい。……そういえば、今回は()()をしていなかったな」

 

「ああ、そういえば()() やってないんですね。それじゃあ明日の……」

 

ガチャン…

 

 会話の途中で店の扉が 自然に閉まりきってしまい、その後 ふたりがどういう会話をしたのかは聞き取ることが出来なかった…

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 翌日の早朝に、『アーランドの街』の入り口である門から少し離れた場所で、なにやら (すさ)まじい戦闘があったそうだ

 

 目撃者の冒険者(いわ)く、黒い服の 目つきの悪い男と 金髪の少年が、もの凄い剣げきのやりとりをしていたらしい

 目撃者の冒険者が「レベルが違い過ぎる…!近くにいて巻き込まれでもしたら、死んじまう!?」と 一目散に街へと逃げ帰ったため、その勝負の勝敗は不明のままだそうだ




 3~5月を「春」、6~8月を「夏」、9~11を「秋」、12~2月を「冬」 という感覚で考えて書いています

 …でも、アーランドって、『ロロナのアトリエ』のとある『王国依頼』のイベント関連くらいしか「暑い」とか「涼しい」とかいった季節の変わり目の描写がないんですよね
 変化が全く無いわけではないみたいだけれど、『RFシリーズ』のように目に見えては変わらないのかもしれません。……季節ごとに葉の色が変わる木がある『RFシリーズ』が、特別変化がわかりやすいってだけの話かもしれませんが


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2年目:マイス「雨の日の来客」

 

***マイスの家***

 

 

 朝からシトシトと降り続ける雨。窓から見える空は 見るからに分厚そうな雲にさえぎられていて、日は顔を出せそうにもなかった

 

 

 …とはいっても、外出する用がなかった僕としては 特別困ったりすることはなかったりする

 

 雨は「恵みの雨」。よっぽど規格外な量が降ったりしない限り 何の問題もなく、むしろありがたいことだ

 それに、外出し辛いからといって別段ヒマになったりすることは無い。調合や鍛冶、他にもいろんなことの勉強 といったことは いくらでもできるのだから

 

 

 

「うーん、今日は何をしよう…?」

 

 装飾品じゃなくて、久々に武器を作ってみようかな……

 でも、これまで作った武器よりも強い武器を作るとなると、()()のための素材の厳選から始めないといけないから、必然的に『錬金術』での作業が必要になるんだよね…

 

 少し面倒にも思えるし 時間もかかりそうだから、最初はあんまりきが進みそうになかった

 けれど、よくよく考えてみると 別段他に優先してやらないといけないことがある訳でも無かったから、せっかく思いついたのだから 挑戦してみるのもアリかもしれない

 

 

 

 そう思い、家の『作業場』のほうへ行き さっそくとりかかろう……としたときだった

 

 

コンコンッ

 

 玄関の扉をノックする音が 雨音に交ざって聞こえてきた

 

「はーい、すぐ開けまーす!」

 

 「誰だろう?」とか考える前に「待たせちゃったら 雨に()れちゃうから早く家に入れてあげないと!」という思いが先走り、さっきまでしようとしていたことを 完全に放り投げて 僕は玄関へと駆けつけた

 

 そして、玄関の扉を開けた。すると そこには…

 

 

「お待たせしました。あっ、リオネラさん!ホロホロ!アラーニャ!ささっ、いらっしゃい!」

 

「お、おじゃまします…!」

 

「ちゃっちゃと 入らせてもらうぜ。これ以上濡れるのは勘弁だからな」

「そうねー」

 

 極力 雨に濡れないようにしていたのだろう。前開きでフード付きのローブのようなものをスッポリとかぶっていたリオネラさん

 そして、濡れるといろんな意味で面倒になる 人形のホロホロとアラーニャは、ローブの中で リオネラさんに抱き抱えられるようなかたちで雨をしのいでいた……けど、ローブの大きさ的な問題で、完全に雨を防げていたわけではなさそうで、少し濡れてしまっているようだった

 

 

 リオネラさんたちを部屋に入れて すぐに僕は 今 必要なものを考える

 

「すぐにタオルと…その後に 何か温かい飲み物用意するから!ちょっとまってて!」

 

 僕が収納からタオルを出していると、僕の背中に ホロホロとアラーニャから声をかけられた

 

「おぉーい、部屋の暖炉に チョット 火を入れてもいいか?」

「私たち、しみちゃった雨をちゃんと乾かさないと カビちゃうのよ」

 

「うん、いいよ!雨で冷えちゃった身体を温めるのにもちょうどいいからね。…あっ、早く乾かしたいからって 近づきすぎてコゲないように気をつけてね!」

 

「わかってるって」

「それじゃあ、許可も貰えたし 火をつけましょう、リオネラ」

 

「うん、わかった」

 

 

 そうして、僕が タオルを十二分に用意して持って行った頃に、ちょうど 暖炉の火もいいくらいに灯っていた

 

 さて、タオルの次は 温かい飲み物だ。…何がいいかなぁ…?

 

 

――――――――――――

 

 

 温かい飲み物…『ホットチョコレート』を 僕とリオネラさんの分 用意して、キッチンから部屋へと運ぶ

 ホロホロとアラーニャの分は用意していない。というのも、人形であるふたりは 飲んだり食べたりはできないからだ。…昔、ふたりの分の飲み物をだした時に「イヤ、飲めねぇんだけど…」とホロホロに言われて、その時初めて知ったんだけどね…

 

 

「はい、リオネラさん。『ホットチョコレート』だよ。よかったら 飲んで温まって」

 

 僕が声をかけたリオネラさんは、ローブを脱いで その下に着ていた大道芸人としての衣装の姿になっていて、ローブで防ぎきれなかった雨は もうタオルで拭き終えていた

 

「あっ、うん、ありがとう マイスくん」

 

 リオネラさんは、僕が差し出した『ホットチョコレート』の入ったマグカップを受け取って、暖炉の近く…ホロホロとアラーニャが自身を乾かすためにいる床の その場所のそばに座りこもうとしていた

 

「リオネラさん、これに座って」

 

 そう言って 僕は いつものテーブルに自分の分の『ホットチョコレート』を置いて、その近くに置いてあるイスの内 暖炉に比較的一番近い位置に設置してあったひとつを、暖炉のそばまで運んで リオネラさんに座るように(すす)めた

 最初の一瞬は 少し驚いたような雰囲気を感じさせたリオネラさんだったけど、すぐに 微笑み「うん、ありがとう」と言ってイスに腰かけてくれた

 

「ホロホロとアラーニャの分のイスも持ってこようか?」

 

「イヤ、いいって。タオルで(ぬぐ)っただけじゃあ オレたちは乾ききらねぇからよ。イスを濡らしちゃ悪いしな」

「そうね、もうちょっと暖炉の前で浮いて乾かしておくわ。その後はリオネラの膝の上に座るか 隣あたりでフワフワ浮いとくから気にしないで」

 

 本人(?)たちがそう言っているのだから これ以上気を使っても悪いだろうと思い。僕は 素直に自分の分だけのイスを持ってくることにした

 

 

 

 運んできたイスに 僕が座ったその頃、暖炉のほうを向いていたホロホロとアラーニャがクルリとこちらを向いた

 

「ん?どうかしたの?」

 

 僕の問いかけに答えたのは、ふたりじゃなくてリオネラさんだった

 

「ううん、たいしたことじゃないんだけど…。そろそろ 反対側を乾かそうかなって思って」

 

「ああ、なるほどね」

 

 ホロホロとアラーニャをフワフワと浮かせているのは、リオネラさんの()だということを思い出した。そして、ふたりの身体の厚さを考えると、確かに 色んな方向から乾かす必要があることにも納得した

 

 

 『ホットチョコレート』を少しずつ飲むリオネラさんをチラリと見て確認した後、僕も自分の『ホットチョコレート』に口をつける

 

 予定とは変わったけれど、こうやってノンビリするのも悪くないなぁ…

 

 

――――――――――――

 

 

 『ホットチョコレート』をちょびちょびと飲み始めてから 少し経ったころ、(いま)だ身体を乾かし中のアラーニャが 僕に言ってきた

 

「それにしても、久しぶりね マイス」

 

「そうだね。だいたい…10ヶ月ぶりくらいかな?」

 

「だな。つっても、オレたちは半年くらい前に ココに来たんだけどな」

 

 僕の言葉を肯定しつつ、ホロホロがそう言った

 …半年くらい前といったら、あの頃…『アランヤ村』に行っていたころのことだ。リオネラさんたちが来てたことは、帰ってきた時にコオルから聞いている

 

 

 その時のことを 少し思い出していると、ふと リオネラさんがこっちを見ていることに気がついた。そして、僕もリオネラさんを見ると リオネラさんが口を開いた

 

「えっと……あの、コオルくんからは「用があって冒険に出てる」って聞いてたんだけど…、その、何かあったのかなーって…」

 

 たぶん リオネラさんは、僕が『アランヤ村』から帰ってきたちょっと後に会ったステルクさんと同じで、そのころ僕は『青の農村』と『アーランドの街』以外に行ったりしていなかったから 遠出をしたことに少なからず驚いているのだろう

 

 なので、ステルクさんの時と同じように、ロロナの弟子であるトトリちゃんのこととかを軽く説明することにした…

 

 

 

 

「……へぇ…!そんなことがあったんだ…」

 

「『アランヤ村』にはあれから行ってねぇけど…あのちびっこが『錬金術士』にねぇ」

「なんだか 不思議な縁ね。…でも、あのギゼラさんが……」

 

 一通り話し終えると、三人とも それぞれの反応を返してきた

 …補足しておくと、ひとつだけ「ギゼラさんの行方不明」については 知っていることを全部話したわけではなく、外洋へと船で出ていったこと等は言わずに トトリちゃんから聞いた話を中心に話しておいた

 

「そういえば、ここ最近は あんまり噂を聞かなかったかも…」

 

「うーん、でもあのギゼラさんだから 何処かで元気にやってる姿しか想像できないんだけどね…」

 

 リオネラの言葉に、僕が()()()()()()()()()()()隠さずにそのまま言ってみた。すると…

 

「そうだよなぁ…」

「ねぇ…()()ギゼラさんだもの。なんだかんだ言って 大丈夫そう…」

 

「なんだか不思議だけど、そんなに心配にならないかも…」

 

 ギゼラさんの活躍を()()で見たことのあるリオネラたちは 口を揃えてそう言った

 

 ただ、そのリオネラさんの顔はぎこちない笑顔だった

 ……その理由はほかでもない。ギゼラさんの活躍と言えば大抵半分くらいは人に迷惑をかけたりするものだからだ

 

 …まあ、リオネラさんも被害にあったことがあるってことだ。もちろん僕も

 でも、あれはあれで楽しかったと思うけどなぁ…?






 原作『トトリのアトリエ』未登場組のリオネラ登場…。彼女の扱いには『ロロナのアトリエ編』でも悩まさせました。好きなキャラなんですけどね……重いんで扱いが(何がとは言わない


 相変わらず、お気楽なマイス君。でも、やる時はやる子なんです…
 まあ、『RF』の世界では、何かあってもお祭り等のイベントは普通に開催されたりしますし……基本ユルユルな世界ですから…


 それにしても、『ホットチョコレート』って 字面で見るととんでもない飲み物に…。レシピも『チョコレート』を鍋で煮つめるだけという


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2年目:トトリ「村に帰る、その前に」

 『ロロナのアトリエ・番外編』が全然進まない…
 おかしい、最初の予定では 今頃全エピソード書き終えてるはずだったのに…





 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 …アトリエの中を 一通り見渡して もう一度確認し、ひとつ息をつく

 

「ふぅ…とりあえず、使う前と同じくらい綺麗になったかな…?あと、窓もちゃんと閉めたし、何か忘れてることは…」

 

 

 手持ちのカゴの中も確認して、忘れているものは無いか確認してみる……うん、大丈夫そう

 後は 一回『青の農村』に顔を出しに行って、マイスさんに『アランヤ村』に帰ることを伝えてから、また『アーランドの街(こっち)』に戻ってきて 馬車で『アランヤ村』へ帰る予定だ

 

 

「よし!それじゃあ 行こう」

 

 先生のアトリエの合鍵を取り出して カギをかける用意をしながら、私はアトリエから出た…

 

 

―――――――――

 

***職人通り***

 

 

 アトリエから出てすぐ…閉めた扉へ向き直ってカギをかけるよりも前に、目の前に誰かがいた

 その人に扉は当たらなかったものの、合鍵を取り出しながらで 余所見気味だったわたしは その人に軽くぶつかってしまった

 

 

「おっと。これは少し激しめのお出迎えだね。いや、これは喜ぶべきかな?」

 

「あっ!ごめんなさい!…って、え?」

 

 とっさに謝ったんだけど、よくよく聞いてみると ぶつかった相手の人の言い回しは なんだか不思議…というか、変だった

 よくわからないけど、とりあえず その人から離れた。そして その人の顔を見ようとしたけれど、どうしても やや見上げる感じになってしまう…

 

 

 どうやら、ステルクさんとそう違わないくらいの身長の男の人だった

 

 髪の毛は 特別目立つ色ではなかったけど、男の人にしては少し長くて 肩より少し下あたりまであった

 …髪の長い男の人といったら、馬車の御者をしているペーターさんあたりを思い浮かべるけど、この人の髪はペーターさんとは違い 少しウェーブがかかっていて…それでいてマークさんみたいにモジャモジャした感じは無く、綺麗に整えられてた

 

 服は ところどころに装飾があったりはしたけど、布地の色が 基本黒で一見落ち着いて見える……けど、逆にその黒が少ない装飾を引き立たせていて、なんだかオシャレに…見えなくもない、かな?

 

 

 もしかして、『アーランドの街(このまち)』に住んでる『貴族』の人なのかな?

 

 服の感じから なんとなくそんなふうに考えた。なんだか、ミミちゃんとは また別の種類の「『アランヤ村』にはいない、都会っぽい人」だった

 

 

 

 私がそんなことを考えていると、その男の人は わたしに微笑みかけながら問いかけてきた

 

「その様子だと……今からおでかけだったかな?」

 

「あ、はい。村に帰るから その前にちょっと挨拶をしに…」

 

 ここまで言って気づいた

 この人はアトリエの玄関のすぐ前まで来ていた。…つまり、もしかして アトリエに依頼か何かの用事があって来たんじゃないか、ということだ

 

 そのことに気づいたわたしは、慌てて姿勢を正した

 

「えっと、もしかして 何か依頼でしたか!?」

 

「心配しなくていいよ。僕がここに来たのは依頼でじゃないから」

 

「……?え、それじゃあ…?」

 

「少し用事があっただけさ。まぁ それももう済んだけどね」

 

 答えが返ってきたはずなのに、わたしの頭には 未だに疑問符が残った

 まだ ほんの少しの時間しか経っていないはずなのに、いったい何の用事が済んだんだろう?

 

 

 

「っと。このままキミが出掛けるのを邪魔してもいけないね。…ロロナも帰ってきてないようだし、僕はこれで失礼するよ」

 

 そう言ってその人は満足したように 微笑み、(きびす)を返して 街の中央方向へと歩きだしてしまった

 

 未だに 何が何だかわからないままのわたしは、ポケーッとその後ろ姿を見てたんだけど、ふいに その人が振り返って こっちを見てきて口を開いた

 

 

「…そういえば、名前、聞いてなかったね」

 

「あっはい、トトリって言います!」

 

 少し離れてしまっていたから わたしはいつもよりも声を大きく出した。男の人にはちゃんと聞こえていたようで、返事が返ってきた

 

「トトリか、いい名前だね 憶えたよ。僕は…トリスタン、(えん)があったら また会おうか」

 

 そう言って男の人…トリスタンさんは再び歩き出していった

 

 

 

「…結局、何の用事だったんだろう?」

 

 疑問を残しながらも とりあえずアトリエにカギをかけ、でかける準備を終える

 

「先生の名前言ってから、もしかしたら 先生が帰ってきてないか確かめに来たのかな?」

 

 そんなことを考えてみるけど、いっこうに答えは出てきそうにもなかった。

 

 

============

 

「あの子がトトリ……ロロナの弟子、か。想像してたよりも ロロナとは違ったタイプだったなぁ…。でも、なんだか雰囲気ではなんとなく納得できるのが 不思議なところだよね」

 

 先程会った少女と、トリスタン自身の記憶の中のロロナとを重ね合わせて、ひとり思考をめぐらせる

 

「まあ、そんなこと言ったら、ロロナとその師匠は 随分と違ったか」

 

 トリスタンはとある『錬金術士』を思い出し……何故か寒気がした気がして、身を震わせた…

 

============

 

 

―――――――――――――――

 

***青の農村・マイスの家の前***

 

 

 トリスタンさんとの出会いの後、街を出て『青の農村』のマイスさんの家まで来た

 そして、玄関の扉をノックしたんだけど…

 

「……返事がない」

 

 出かけているのかな?とも思ったんだけど、ふと ちょっと前にも同じようなことがあったのを思い出す

 

「あの時は 確かマイスさんが『錬金術』に集中してて気づいてなかったんだよね」

 

 その時のことを思い出しながら、わたしは視線を 目の前の扉から 屋根から飛び出している煙突のほうへと移してみる

 …今日はあの時とは違って煙は出てはいないけど、それでも、もしかしたら 『錬金術』のレシピとかを考えていて、すごく集中していたりする可能性があるかもしれない

 

「いちおう、覗いてみるだけでもしようかな…」

 

 そう思い、玄関の扉に手をかけた

 

 

ガチャ…

 

 

 玄関の扉にカギはかかっていなかったみたいで、簡単に開いた

 「カギが開いているなら 出かけている可能性は無いんじゃないかな?」と思ったけど、よくよく考えてみると マイスさんってなんだかカギをかけずにでかけそうな気もした。…なので、決定的じゃなかったから とりあえず『作業場』のほうを覗いてみることにした

 

「お邪魔しまーす…」

 

 『作業場』への扉を開きながら、そう言ってみたけれど 周りから反応は何も無かった。わたしの目の前には、誰もいない『作業場』が広がっていた

 

 一応、『作業場』の中を一通り見てまわってみたけど、武具屋さんにあるような『()』には火は入っておらず、『錬金術』のときに使う錬金釜も 少なくともここ一日は使われた様子はなさそうだった

 

「やっぱり、何処かにでかけてるのかな?」

 

 『作業場』の様子から考えると、その可能性は十分にあると思う

 

 

 

 それじゃあ、マイスさんに挨拶するのは諦めて 街に戻ろうかな……って、考えたけど、今のマイスの家の状況が 少し心配だった

 

 この前、『錬金術』についてマイスさんから教えてもらった時に 見せてもらったから知っているんだけど、マイスさんのコンテナには 見たことの無いような希少な素材や様々な金属のインゴットがたくさん入っている

 『作業場』以外に 保存用のコンテナを沢山(たくさん)(そな)えた『倉庫』が、玄関側から見て反対側にあるらしいけど……それでも、いろんなものが入ったコンテナが置かれている家に カギひとつもかけずに出かけているっていうのは 心配だ…

 

「でも、マイスさんが帰ってくるまで わたしがココにいるってわけにもいかないし…」

 

 そんなことを考えながら、わたしは『作業場』から元の部屋へと戻った

 

 そして、部屋に戻って『作業場』との(さかい)である扉を閉じた ちょうどその時…

 

 

ガチャ…

 

 

 扉が開く音が聞こえた

 玄関のほうかと思ってソッチを見たんだけど、玄関の扉は閉まったままだった。「じゃあ、何処から…?」と思ったけど、すぐにわかった

 

 玄関とは反対側にある 裏口というべき場所にある扉が開いていたからだ。ソッチには 渡り廊下があって、先程思い出していた『倉庫』や 以前マイスさんの家に泊まった時 に使わせてもらった『離れ』へと繋がっていたはずだ

 

 

 

 その開いた扉の先には、誰かがいた

 最初は「マイスさんかな?」と思って誰なのか目を向けたんだけど、そこにいたのはマイスさんじゃなくて、知らない女の人だった

 

 

 ブロンドの髪をふたつ結びにしていて、服装は ところどころにフリルがついているくらいで 特別変わっているとは思わない格好だった

 

 けど、その女の人自身の特徴とはいえないかもしれないけど、もの凄く目立つものがあった

 

 女の人の左右、その肩ほどの高さに それぞれ二足歩行の黒猫と虎猫のデザインのヌイグルミ(?)がフワフワと浮いていた

 そして、追い討ちと言わんばかりに…女の人はその腕で 猫のヌイグルミ(?)と同じくらいの大きさの金毛の()()()()()()(かか)えていたのだ……って、コレは モンスターと仲が良い『青の農村』だと普通かもしれない

 

 …あれ?「金色のモンスター」って、どこかで聞いたおぼえがあるような…?それに、あの猫のヌイグルミも……

 

 

 

 わたしがそんなことを考えているうちに むこうも何か色々考えていたみたいで、それを コッチよりも一足先に一通り終えたのか、何やら納得したように口を開いた

 

「ああ、なるほどな。あの子が例のロロナの弟子かぁ」

「そうみたい。…へぇ、確かに『アランヤ村』にいた子ね」

 

 ただし、(しゃべ)ったのは 動作からして、それぞれ黒猫と虎猫のようだった……って

 

「え…ええっ!?」

 

「ご、ごめんね…驚かせちゃって…」

 

 驚いているわたしに そう声をかけてきた女の人は、ひとつ軽く礼をしてきた

 

 

「えっと、私はリオネラ、普段は人形劇をしてるの。…ほら、ふたりとも ちゃんと挨拶して」

 

「オレはホロホロってんだ」

「ワタシはアラーニャ、よろしくね トトリ」

 

「あ…よ、よろしくお願いします…?……あれ?わたしの名前…」

 

 わたしは疑問をこぼす。そういえば、わたしがロロナ先生の弟子ってことも知っていたみたいだし……

 

「マイスから色々と聞いてたのよ」

 

「うん。…それに、前に『アランヤ村』に人形劇をしに行ったことがあって、その時に会ったことがあるんだよ?」

 

 アラーニャに続いて リオネラさんが言ったことを聞いて、わたしはあることを思い出した

 

 そういえば、マイスさんが昔『アランヤ村』に来た時の目的のひとつが「人形劇」だったって言ってた気が……それに、ジーノ君も マイスさんのこと「ネコの人形劇の人と一緒にいた にーちゃん」って言ってたっけ?

 そうなると、わたしもリオネラさんたちとは会ったことがあるはず…だけど

 

「ごめんなさい。その…昔のこと あんまり憶えてなくて」

 

「ううん、気にしないで。そのことも マイス君から聞いてるから…」

 

「ちょっと驚いたけどな。一度見たら忘れられないって自負があったってのによ!」

 

 ホロホロは どうやら少し怒っている感じだった。仕草が一々イキイキとしてて、プンスカ!って音が聞こえてきそうだった

 …でも、確かに ホロホロの言う通り、糸で()られてるわけでもないのにフワフワと浮かぶその姿は、一度見たら忘れられそうになかった

 

 

 

「それで……トトリちゃんはマイスくんに何か用があったの?」

 

 リオネラさんにそう聞かれて、わたしは当初の目的を思い出した

 

「ええっと、実は これから馬車で『アランヤ村』に帰ろうと思って。それで 色々お世話になったマイスさんに 挨拶をしようって…」

 

「なるほどな。それで マイスが見当たらなくて困ってたわけか」

「そういうことなら、ワタシたちからマイスに伝えとくわよ。ワタシたち、マイスの家にお泊りさせてもらってるから 伝える機会はいくらでもあるの」

 

 ホロホロとアラーニャにそう言われて 考える

 確かにこのまま帰ってくるのを待っているわけにもいかない。馬車のことを考えるとなおさらだった

 

 

 

「それなら、マイスさんによろしく伝えてください」

 

「うん、わかった」

 

 

 リオネラさんからの返事を聞いたわたしは、玄関から外へ出た

 

 リオネラさんたちは 玄関先までそのまま出てきてくれ、みんなして手を振って 見送ってくれた。リオネラさんが抱き抱えていた金色の毛のモンスターも「モコ~」と鳴きながら手を振っていた

 

 わたしは振り返りながら 手を振り返した……

 

 

 

 

――――――――――――

 

 …その金色の毛のモンスターが、ゲラルドさんのお店でメルお姉ちゃんから聞いた「『青の農村』の噂」の中にあった「幸せを呼ぶ金色のモンスター」なんじゃないかというのに気がついたのは、『アランヤ村』への道のりの半分くらいを移動した馬車の中だった



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2年目:マイス「『野菜コンテスト』と僕」


 お祭り回です

 『青の農村』で開催されるお祭り全てを毎回描写するつもりはありません
 …が、今回は『青の農村』にリオネラが遊びに来ている間に開催されたお祭りということで、書きました


 

 

***青の農村***

 

 

 今日の『青の農村』は、普段の『青の農村』とは違った 賑やかさに満たされた世界になっていた

 

 理由は他でもない、今日が『青の農村』のお祭り…『冬の野菜コンテスト』の開催日だからだ

 

 

 『野菜コンテスト』は基本的に、『青の農村』で活動している各農家が その時期の 畑最高傑作といえる自慢の作物を出品し 競い合うお祭りだ

 その性質上、このお祭りは あくまで村の農家内での勝負であり、先月あった『カブ合戦』のように『アーランドの街』や他の地域からの飛び入り参加ができない。それが理由で お祭りっぽい盛り上がりは弱く、『カブ合戦』等と比べると ウケはいまいちだったりする

 

 だけど、それは「お祭りで ハメ外して騒ぎたい!」と思う人たちから見た感想。

 『アーランドの街』の食事処や商人にとっては、かなり重要なお祭りだ。「『アーランド共和国』の食糧庫」とも呼べる一大生産地の情報が このお祭りに丸々詰まっていると言っても過言ではないからだ。故に、『アーランドの街』の商人だけでなく 他所(よそ)の地域を拠点に置いた行商人も、『野菜コンテスト』の開催の噂を聞きつけて 『青の農村』に集まってくるくらいだ

 

 

 そう、『野菜コンテスト』は他のお祭りとは違った盛り上がりを見せる 大事なお祭りなのだ…

 

 

―――――――――

 

 

「…なのに、村長のマイスが そんなにヤル気無くってどうすんだよ」

 

 行商人のコオルが ため息をつきながら、僕にそう言ってきた

 

「だってー…」

 

 大事なお祭りだっていうのはわかるし、僕個人としてもお祭りは好きだ。だけど…

 

 

「どうして 僕が審査員席にいなきゃいけないの!?」

 

「そりゃあ 審査員は村長であるマイスが一番適任だからだろ。作物にも精通してるわけだし」

 

「僕だって 自分の野菜をコンテストに出したい!」

 

 僕の主張に対し、コオルはため息を吐きながら呆れたような視線を向けてきた

 

「『野菜コンテスト』初開催の年に大差で全季節優勝(四冠達成)したのはドコのドイツだ。あれじゃあコンテストになんねぇじゃねえか」

 

「それは そうかもしれないけど…」

 

 だからって、「殿堂入り」とかいって 審査員のほうに押し込まれるのは、どこか納得いかない…

 『シアレンス』じゃあ ずっと参加する側だったから、開催する側に立っていると どうしても少なからず違和感を感じてしまうのが現状だ。もう『青の農村』でのお祭り開催も 両手の指で数えきれないくらいになっているのに、だ

 

 

 でも、まあ…

 

「みんな楽しそうだから いっかー」

 

 村の『集会場』前の広場に(もう)けられた 審査会場を見わたした

 出品する作物を持ってくる『青の農村』の農家のみんな。その作物たちに目を光らせる商人や料理人たち。そして、村のあちこちにある出店(でみせ)とそこで商いに精を出す店員。村の中を楽しそうに行き交う人たち

 

 活気ある村の風景が 何か別の風景と重なった気がした

 

 …僕はなんだか嬉しくなっていた

 それは「歓声をあげたい」とか「小躍りしてしまいそう」といった嬉しさとは違う、内側からジワリと湧きだしてくるような感情だった

 

 

 

「……らしくない顔してるなぁ…」

 

「えっ?」

 

 不意に隣にいるコオルが ボソリとこぼした言葉が耳に入ってきた

 「らしくない顔」って、何のことだろう?タイミング的には僕のことだとは なんとなくわかってはいるんだけど……

 

「マイス、おばちゃんたちみたいな顔してたぞ」

 

「おばちゃん?」

 

 僕の疑問に「ああ」とコオルが頷いた

 

「『アーランドの街』の広場なんかにいるだろ、広場で遊んでる自分の子供を見守ってるおばちゃんがさ。さっきのマイスは それに似てたぜ」

 

「えぇと……つまりどういうこと?」

 

「そういうことだな」

 

 コオルはそう言いながらカラカラと笑いだした

 …これまでの付き合いから 大体わかるけど、こういう時のコオルは 大抵人をからかっているんだ。まったく…困ったなぁ

 

 でも、だたのからかいにしては なんだか声のトーンが低い気がしたんだけど……気のせいかな?

 

 

 

 ひとり悩み出した僕を見かねたようにコオルが明るい声で言ってきた

 

「まあ、マイスには 審査の後に仕事があるんだし、ソッチを目指して頑張ればいいじゃんか」

 

 審査の後に仕事……何かあったっけ?

 首をかしげて考えてみるけど、全然思い当たらない

 

「審査の後の仕事って……あっ!もしかして、『青の農村(ウチ)』からだしてた出店(でみせ)の店員やっていいの!?」

 

「村長に出店の店員はやらせねぇって、企画段階から言ったじゃねえか。そもそも なんでそんなに働きたがるんだよ…」

 

 呆れたような顔をして首を振るうコオル。……あれ?僕、最近 呆れられてばっかりじゃないかな?

 

 

 …で、結局 僕の「審査の後の仕事」って何なんだろう?

 

 僕の疑問を察してくれた…というよりは さっきの会話の流れのままに、コオルが口を開き、そのことを話してくれた

 

「祭りの村を案内して 一緒に見てまわらなきゃだろ?」

 

「コオルと?」

 

 苦笑いのコオルが「ちげーよ」と言いながら 他所(よそ)指差(ゆびさ)した

 つられてそっちへ目を向けると、『野菜コンテスト』の審査会場、そのまわりにつくられた観客席があった

 

 そして、そこの一角にはリオネラさんが座っていた

 リオネラさんも 審査員席にいる僕が見てきたのに気がついたようで、微笑みながら こっちに手首を動かし小さめに手を振ってきた。ついでに そばにいるホロホロとアラーニャも手を振ってきた

 

 リオネラさんたちに対し、僕も笑顔で手を振り返したのだけど、その途中 隣のコオルが僕に小声で耳打ちしてきた

 

「せっかく来てくれてる客をエスコートするのも、村長…いや、ひとりの男としての(つと)めだろ?」

 

 なるほど、それが審査の後の仕事ってことか

 

「うん!やっぱりコンテスト参加者以外の人にも お祭りを楽しんでもらわなきゃね!」

 

 僕が笑顔のまま 隣のコオルに返事をしたんだけど……何故か、コオルは苦笑いをしていた

 

「はぁ…、まあマイスがそういうヤツだってのは知ってたけどさ。…エスコートって言うくらいじゃ遠まわし過ぎたか?やっぱ そっち方面は頭ん中に無いんだろうなぁ(ボソリ」

 

 

 ……?コオルが何かボソボソ言ってるみたいだけど、うまく聞き取れなかった

 

 それと、よくよく考えてみると、それって「仕事」っていうよりも ただの「友達との付き合い」じゃないかな?

 

 

 そんなことを考えたが、そろそろ『野菜コンテスト』の審査の時間が(せま)ってきている事に気がついて、気持ちを切り替えた

 

 …さあ、今季のみんなの作物の出来はどうなっているのだろう?

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 審査、そして 結果発表および賞品授与

 全てを終えた僕は、ひとまず かたづけまでは自由となった

 

 コオルは本職の商人として用があるということで、他のところへ行った

 

 

 

「さて…と」

 

 それなりの人が行き交う広場で あたりを見わたし……そして、広場の(はじ)のほう…人の流れが無い位置に リオネラさんを見つけた

 

 見つける事自体 思いの(ほか)簡単だった。なにしろ、人混みを避けるために 普段より少し高い位置でフワフワ浮かぶホロホロとアラーニャが目印になっていたからだ

 

「リオネラさん!」

 

 キョロキョロしているリオネラさんに、僕が早足で駆け寄りながら名前を呼ぶと、リオネラさんも気づいてくれた

 

「あっ、マイスくん」

 

「よぉ。仕事 終わらせてきたか?」

「お疲れ様。なかなかさまになってたわよ」

 

 リオネラさんのもとにたどり着くと、ホロホロとアラーニャが(ねぎら)いの言葉をくれた

 今回のお祭りは、さっきの審査の他には、出店用の食材をウチから出したり 会場の設営にちょっと手を貸したくらいだったから、あまり疲れたといった感覚が無いんだけど……労いの言葉は素直に受け取った

 

 

「今回の『野菜コンテスト』はどうだった?」

 

「うん、とっても良かったと思うよ。ちょうど去年も来たけど、その時よりも全体的に作物の質も上がってて……さすが、マイスくんに教わった人たちだなーって」

 

 「えへへ…」と嬉しそうに言うリオネラさんに、僕は少し笑いながら返した

 

「僕が教えたからってわけじゃないと思うけどなぁ。参加者の農家さんの…ひとりひとりの頑張りが 結果として出ただけだよ」

 

「でも、頑張ってきたのはマイスくんもだよ」

 

 そう言ってニッコリと笑いかけてくるリオネラさん。その言わんとすることはわからなくもなかった

 

 

「そうだね。…似たようなこと 考えてたんだ」

 

「そうだったの?」

 

「うん。コンテストの前 リオネラさんと手を振り合う少し前に、ね。「あの古い一軒家にひとりで住んでたのに、いつの間にか賑やかになったなぁ」って。「いろんなことに挑戦したり、頑張ったなぁ」って…」

 

 

 もちろん、まだまだ やりたいことはある

 特に『魔法』のことは 未だに思い通りにはいっていないことの筆頭だ。杖に事前に付与するタイプについては ほぼ完璧に万人に使えるようになってきたけど、杖無しとなると、全然上手くいかないのが現状だ

 

 

「でも、ここまでやってこれたんだから、これからも やっていけるんだと思えるんだ」

 

 不思議と不安は無かった

 

「…ふふっ、そうだね。きっと」

 

 

 

 

 

「なぁなぁ、せっかくの祭なんだからよ、見てまわろうぜ」

「ちょっと!なんで今 そんな話で入っていくのよ?」

 

「だってよ。オレたちはマイスんとこに泊まってるんだし、今わざわざしんみり話さなくてもイイじゃねぇかー」

「それはそうかもしれないけど…」

 

 

 ホロホロとアラーニャのそんなやりとりが僕らの耳に入ってきて、僕とリオネラさんは そろって少し吹き出してしまった

 

「あはははっ、そうだね。ホロホロの言う通りだよ。コンテストは終わったけど お祭りの終わりまではまだ少し時間があるんだ、せっかくだから 楽しもう!」

 

「そうだね!行こう ホロホロ、アラーニャ、マイスくん」

 

「おうよ!」

「はーい」

 

 

 僕らは『冬の野菜コンテスト』の余韻が冷めない村を歩きはじめた

 さて、何処を見てまわろうか…





 わかる人にはわかる(かもしれない)三択の雰囲気

「でも、頑張ってきたのはマイスくんもだよ」

・そうだね
・そうかなぁ…
・食ちゃ寝してました


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2年目:マイス「変わった依頼書」


 今後の展開への布石になる 繋ぎのお話しです

 「独自解釈」「捏造設定」等が含まれています。ご注意ください


 

 

***マイスの家***

 

 

 『冬の野菜コンテスト』を無事終えてから、それなりの時間がたった

 リオネラさんはまた旅に出ていった。季節は春へと移り変わり、暖かくなって 過ごしやすくなった。朝、顔を洗う水も 身を切るような冷たさではなくなっていた

 

 

 

 そんな中、僕は困っていた

 その理由はといえば……

 

「…どういうことなの」

 

 僕の家(ウチ)に来たクーデリアが 僕に渡してきたのは、1枚の依頼書だった

 依頼書自体は『冒険者ギルド』で(あつか)っているものと同じ用紙、だから別に問題無く正式な依頼書なんだけど…

 問題はその内容だった

 

 

「依頼内容が「護衛」って、初めて見るんだけど」

 

 普通、依頼は内容によって「調達依頼」「調合依頼」「討伐依頼」に分類されているんだけど……渡された依頼には「護衛」とデカデカと書かれていた

 

「しかも、期限が「不定期」って…」

 

 それって期限じゃないんじゃないかなぁ…?

 それに「不定期」って……どうすればいいんだろうか

 

 

 

「で、当然 受けてくれるわよね?」

 

「いや、ちゃんと説明しようよ…」

 

 眉間にシワを寄せて「面倒ね」と吐き捨てるように呟くクーデリアに、どうしても苦笑いをしてしまう。その苦笑いを見られてしまったようで、一層鋭くなった目で睨まれた…

 

 けど すぐにクーデリアは睨むのを止め ため息をついて、クーデリア自身から空気を変えてくれた

 

「それじゃあ、説明するわよ。1回しか言う気無いから しっかり聞きなさい?」

 

「……はい」

 

 ちょっと言いたいことも あるにはあったけど、クーデリアの その有無を言わせない雰囲気が漂っていて、YESとしか言えなかった…

 

 

 

「『冒険者』の制度は 問題があってまだ未完成…というか調整が必要なのは知ってるわよね?」

 

「うん、それは知ってるよ」

 

 例えば、『ペーパー冒険者』と呼ばれる類。冒険者免許を貰うだけ貰い、ロクに活動せずに『冒険者』への補助(サポート)だけを上手く受ける人たちだ。国営である『冒険者ギルド』は基本 国民からの税収の一部から お金が降りてくるのだけど、彼らは それを何もしないでむさぼっていた

 (ゆえ)に、『冒険者ギルド』は『ペーパー冒険者』を排除するために冒険者免許に期限を付けた。それと同時に すでに免許を取得している『冒険者』の中で『一定ランク以下で、一定期間中 一度もランクアップが無い冒険者」たちにも目を光らせ、必要とあれば免許を没収するという対策をとった

 

 それで一応は『ペーパー冒険者』への対策はできたわけだけど、実のところ、まだまだ他の問題がある……というのは、クーデリアと飲みに言った時なんかに愚痴(ぐち)で聞かされたことがあるので知っていた

 ここで ある考えに思い当たる

 

「もしかして、近いうちに また何かの問題に対して対策を(こう)じるつもりなの?」

 

 僕の言葉にクーデリアは頷いた

 

「まだ「予定」としか言えないけど、近いうちにね」

 

「何の問題に対してなのかは知らないけど、この「護衛依頼」が対策を実施する前段階で必要になるってことか…」

 

「あら、思ってたより理解が早くて助かるわ」

 

 言葉自体は驚いているようにも感じれなくもないが、クーデリアの顔を見れば「まぁわかって当然」と言っているのがよくわかる

 

 

 

 でも、いったい誰を護衛するんだろう?第一、誰かを護衛することで 何かの問題が解決できるとは到底思えない。それに「不定期」っていう文字が謎を深めてしまっている

 

 そんな僕の考えを読み取ったのかどうかは(さだ)かではないけど、クーデリアが依頼の詳細について 口を開いた

 

「今回出した依頼は 採取地をまわるあたしの護衛よ」

 

「えっ、クーデリアが 採取地を?」

 

 いったいどういうことなのか僕が聞く前にクーデリアは言った

 

「あたしがあたしの仕事に集中するためにも護衛が必要なの。例えば、『冒険者』たちが書いてきた地図をまとめて整理して作った 正式な地図に間違いがないか確認するのに、あたし1人だと モンスターのこととか色々面倒なのよ」

 

「でも、地図の確認とかって、それこそ『冒険者』に任せればいいんじゃない?」

 

「確認だけならね。あくまでついで。あたしの本当の仕事は、採取地の難易度の再確認と『冒険者ポイント』の見直しよ」

 

 『冒険者ポイント』というのは、冒険者免許の『冒険者ランク』をランクアップさせるために必要なポイントだ。その『冒険者ランク』の冒険者が 活動の中でやるべき事ごとにポイントが(あらかじ)め決められていて、それらを達成し ポイントをためていくことでランクアップできるのだ

 …で、そのポイントを見直すってことは、何かしらの不都合ができたのだろう

 

 

 これで おおよそではあるもののクーデリアが採取地をまわる理由はわかった。だけど…

 

「冒険に出るってことは、ギルドのカウンターをそれなりの期間空けることになるけど……大丈夫なの?」

 

「そこが心配なのはあたしもなんだけど、『冒険者ポイント』の項目内容をちゃんと把握できてるのがあたしだけだから、あたしが出るしかないのよ…」

 

「そうなんだ…」

 

 「一応、受付の代わりは用意できそうなんだけど……ちょっと頼りないけど」と付け足すクーデリア

 

 こういう話を聞くたび 毎度思うんだけど、『冒険者ギルド』って人材に困り過ぎているような気がする

 ……よくよく考えてみると『アーランド王国』時代の『王宮受付』も人材不足らしかったことを思い出す。「いつもエスティさんが大変そうにしていたなぁ」と

 

 

「…話しを戻すけど、採取地の難易度の再確認と『冒険者ポイント』の見直しをするあたしを護衛するのがマイスの仕事よ」

 

「護衛が僕の理由は…?」

 

「移動時間の短縮。特に帰りは『魔法』を使えば一瞬でしょ?実力も申し分ないうえ、信頼もおけるし」

 

 そう言われて「なるほど」と納得する。『冒険者ギルド』を長く開けておくのが心配なのであれば、確かに 移動時間はできるだけ短縮したほうが良いだろう

 

 

 あと説明されていないことと言えば……

 

「「不定期」っていうのは どういうことなの?」

 

「それは「あたしが『冒険者ギルド』を開けられそうなときに」ってこと。ほら、1回の冒険で全ての採取地はまわれないでしょ?だから 採取地を何方向かに分け 冒険も何回かに分けるの。で、あたしが時間を取れる(たび)に あんたが護衛について行くってわけ」

 

 クーデリアの言いたいことはわかった

 確かに 今現在『冒険者ギルド』が把握している範囲内の採取地だけでも けっこうな数・範囲になる。となると移動距離は長くなるし、確認すべきことも増える

 そうなってくると、移動時間を短縮したとしても かなりの期間 冒険し続けることになるだろう。心配事である「『冒険者ギルド』の運営」が危うくなることは ほぼ間違いないだろう

 

 

 

「で、この依頼 受けてくれるわよね?」

 

「うーん…」

 

 僕がうなると、クーデリアは不機嫌そうに口を尖らせた

 

「何よ、報酬に不満でもあったかしら?結構 奮発してるはずなんだけど」

 

「そういうわけじゃないんだけど……」

 

 いや、でも ()()()()そういう話かもしれないので、否定はしきれない。……別に報酬が少ないってわけじゃないけど…

 

 

「じゃあ何なのよ」

 

「こういう正式な依頼書なんてなくても、クーデリアの頼みなら このくらいのことは報酬無しでも手伝うのになーって」

 

 

 

 ……何故か 僕の言葉の後、音ひとつ無くシーンと静まった

 

 

 

 どうしたのだろうか?と僕が首をかしげると、クーデリアは「ハァー…」とひときわ大きなため息をつきながら(ひたい)に手をあてて首を振った

 

「……あのね、お人好しなのは あんたの勝手だけど、仮にも『青の農村(このむら)』の村長なのよ?こういうところくらい ちゃんとしたやり方で…」

 

「村長とかそういう前に クーデリアとは友達じゃないか。そんな他人行儀にならなくてもいいじゃない」

 

 そう僕が言うと クーデリアはまた大きなため息をついた

 

「ありがたいのは ありがたいんだけど……「嬉しい」よりも「心配」って思いが強く出てくるんだけど……」

 

「え?」

 

「無償奉仕ばっかりしてて 収入無し、貧しい生活…ってコイツ 国一番の金持ちじゃない、心配する必要なかったわ……あっ、でも 村の運営のほうで…って、そっちもあの行商人がお金のことは仕切ってるぽかったし、問題無いはず……でも、なんでか心配なのよねぇ、マイスは。だいたい……(ブツブツ」

 

 よくわからないけど、クーデリアがうつむき気味になって 何かブツブツと呟きだしちゃった…。そんなに何か考え込むようなことでもあるんだろうか?

 

 

―――――――――

 

 

 結局、報酬は「村長を借りるから」という理由(たてまえ)で 『青の農村』のほうへと払われるように決めて 落ち着いた

 

 

 そしてクーデリアは

 

「それじゃあ、次 あたしが時間取れる時が決まったら日にちとかの詳細を連絡するから」

 

 と言い残して『アーランドの街』へと帰っていったのだった 



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2年目:イクセル「パッと見、祖父と孫」

 今回は、間隔短めで『サンライズ食堂』回。入れるならこのタイミングかなーと思いましたので…


 


 

***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されている……って、このくだりは もういいか

 

 

 陽も沈んだ『アーランドの街』。街の路地には 昼間の賑やかさはもう無いが、『サンライズ食堂(ウチ)』は昼とそう変わらないくらいに賑わっている

 違いと言えば……まあ、昼間よりもアルコールの匂いがするってところだろうな

 

 

 

 …で、今日の『サンライズ食堂』には マイスが来ている。もちろん 一人でじゃない

 前回はステルクさんと来ていたが、今回 マイスと一緒に来ているのは……

 

「もう『大臣』の座を明け渡してから随分と経つというのに、アイツときたらなぁ」

 

「あははは…相変わらずですからね、トリスタンさんは」

 

 マイスと対面するようにテーブルについているのは アーランドの『前大臣』メリオダスのおっさんだ

 

 

 実のところ、マイスとメリオダス前大臣は 結構交流がある

 俺が知っているのは、マイスが『青の農村』をつくる時にメリオダス前大臣が色々と助力したーなんて話があったころだけど、詳しくは知らないが 実際はもっと前から繋がりがあったらしい

 

 まあ 単刀直入に言うと、それなりに仲が良いってことだ

 

「第一なぁ、わしがアイツの歳くらいの時にはだな…」

 

「へぇ、そんなことが…」

 

 …仲はいいんだ。ただ、メリオダス前大臣はお酒が入ると愚痴っぽくなるうえにテンションの上がり下がりが激しくなるから 少し厄介で、この時ばかりは マイスも酒を(ひか)えて 聞き手に(てっ)している

 おかげで、店への影響は最小限に済んでいる

 

 けど、やっぱり はたから見ると酔っ払いに(から)まれている子供にしか見えず、不憫(ふびん)に感じてしまう

 …いやまあ、マイスは メリオダス前大臣と飲むのが嫌なわけではないらしいから、俺からは特別何か言ったりはしないんだけどな

 

 

 今日も メリオダス前大臣が酔いつぶれるまで マイスが話しに付き合わされるんだろうなー、なんて思いながら いつものように調理場でフライパンをふるう

 

「でも、同じ役職…立場に立ったことで、トリスタンさんも これまでのメリオダスさんの苦労を理解してくれてたりするんじゃないですか?」

 

「あの勤務態度では 少しも理解しているとは思えんが……そうだ!」

 

 何やら途中で声のトーンが変わったメリオダス前大臣。いったい、どうしたんだ…?何故か少しだけ嫌な予感がするんだが…

 

「トリスタンはまだ家庭を持っていない!アイツも とっくにいい歳を超えた、いい加減 嫁さんの一人や二人貰って。そうすれば それ相応の落ち着きや責任感も持つだろう!」

 

「お嫁さんを二人もつくったらダメだと思いますよ?」

 

 マイスのツッコミに対し、俺は「いや、そこなのか?」と心の中でツッコミを入れる

 

 

 にしても、嫁さんを貰う…つまりは結婚かぁ

 いかんせん、少し耳が痛い。俺も20歳(はたち)は超えたんだし、そういうのも考えなきゃいけねぇんだが……どうにもな…

 

 よくよく考えてみると、俺の知り合い連中も そういった浮いた話は全然聞かないな

 ロロナは昔から変わらず天然だし、クーデリアは時々「ジオ様ー!」って時はあるが そういう感じでは無いし、ステルクさんは相変わらずのお堅い騎士だし、エスティさんは……うん、まあ あれだし…

 でもって、マイスはマイスだしなぁ…

 

 

 俺がそんなことを考えている間にも、向こうは向こうで話が進んでいた

 

「フムゥ…今度、お見合いでもさせてみるとするか。仕事でなく見合い話なら さすがにアイツも逃げんだろう」

 

「それは…なんというか、ちょっと不安が残るような?あっ、でも、トリスタンさんって 街で見かけるときに女の人と楽しそうにお喋りしてるのを見かけたりしますから、お見合い自体は 上手くいくんじゃないですか?」

 

「だといいんだが……ひとつ気にかかることがあってな」

 

「なんですか?」

 

「トリスタンの服装が 他の者たちと比べて時代やら流行からズレている気がしてな。そのセンスが受け入れられるか心配なのだ…」

 

「ああ…なるほど。確かにズレてるかも…」

 

 

 ひとつ、ひとついいか?

 俺はマイスに言いたい「お前の服装も大概(たいがい)だろ!?」と

 

 いやまあ、マイス自身に似合ってるし、すごく遠いところの人間だから 文化が違って服のデザインに特徴があったりしても、ある程度は仕方ないと思うが…。それでも、年中 肩出しファッションはどうかと思うぞ?

 

 これは本当に言ってしまおうか迷ったのだが……そういえば、『錬金術士』の服装も 負けず劣らずの個性が鋭く尖った 特徴のあるデザインが多かったことを思い出して踏みとどまった

 

 ロロナの師匠のアストリッドさんの服装は、まだ全然常識の範囲内だった。

 ロロナの服装は、杖と帽子がちょいと目立ってはいたが まあそれ以外だけ見れば、少しフリルが有るくらいで そこまででも無かった

 んで、ここ最近知り合った ロロナの弟子のトトリは……手には杖を持って、頭には特徴的な装飾品、服は足を中心に肌の露出多めで スカートがやや透けていて フリッフリのフリルが……

 

 正直、トトリのは どうしてあんな風になったのかが全然見当がつかない

 

 

 

 俺が「もし仮に トトリに弟子ができたら、もっと個性的な服装に…」なんて考えていると、例のテーブルから 面白そうな話が聞こえた

 

 

「そういえば、マイス君。キミもそろそろいい歳じゃないかい?誰かそういった相手はいないのかね?」

 

「僕にですか!?」

 

 自分にその手の話をふられたのが予想外だったらしく、マイスは驚き、その後 難しい顔をして腕を組んで悩みだした

 

「うーん……考えたことなかった…」

 

 「だろうなぁ」と俺はひとり心の中で頷いた。これまで マイスのそういう話を聞いたことは無かったし、関心を持ったりしている様子も全く無かった

 

 

 けど、マイスはその気になれば そう問題無く相手が見つかると思うんだよな…

 他所(よそ)の出身ってこともあってか 少し感覚や考え方が独特な部分があったりもする。だが、仕事をちゃんとし、『鍛冶』『薬学』など様々な知識や技術を持ち、それでいて 人当たりや面倒見もいい

 基本的にマイスは良いヤツで、顔も広く 人気もあるんだ

 

 きっと探せば『アーランドの街』にもマイスに少なからず好意のあるヤツは何人かいるはずだ。それが 恋愛感情とかじゃなく 信愛・尊敬等の別の感情かもしれないが

 

 『青の農村』には「いるはずだ」とかじゃなく間違いなく「いる」だろう

 マイス本人はどうやら知らないみたいだが、『青の農村』を中心に『マイスファンクラブ』っていう組織が秘密裏にある…らしい。大体は 童顔のマイス「村長」をマスコット的な立ち位置に確立させようっていうノリだそうだが……まぁ、十中八九 マイスの熱烈なファンが所属していると思う

 

 …ああ、ついでに言うと『マイスファンクラブ』の話は 雑貨屋のティファナさんから聞いた

 ティファナさんは 昔からマイスのことを気にかけたり可愛がったりしていたから ファンクラブとやらに入っていても別段驚かなかった。けど、「イクセル君も入ってみる?」と聞かれた時には どう反応すればいいかわからなかった

 

 

 

「…やっぱり、思い浮かびそうにないです」

 

「そうなのか?なら キミにもお見合いをセッティングしようか?」

 

「あはは…いや、遠慮しときます。今は 色々とやりたいことがありますから」

 

「まぁ…意外な縁から始まったりするものだったりもするからな。そう()くこともないか」

 

 むこうも とりあえずはその話はまとまり、次の話題に移ったようだった

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 時間は経って、メリオダス前大臣は とうとう酔いつぶれてしまった

 とはいっても、それ自体はあまり珍しくは無い。よくあることで、いつもマイスが背負って家まで送り届けるところまで いつものことなのだ。最初の時こそ 小柄なマイスが心配だったが、何度もあって 俺ももうその光景に慣れてしまっている

 

 が、今日はいつもとは違うことがおきた

 

 

カランカランッ

 

「…やっぱり、ちょうど予想していたタイミングだったね」

 

 そう言って『サンライズ食堂()』に入ってきたのは、タン…じゃなくて トリスタン現大臣だった

 

「まったく、お酒を楽しんで飲めるのはいいことだけど、毎度毎度 他の人に迷惑をかけちゃダメじゃないか」

 

 そう言いながら、トリスタン現大臣はマイスが背負いかけていたメリオダス前大臣のもとまで行って、マイスに代わり (みずか)ら メリオダス前大臣を背負った

 

 

「トリスタンさん、どうしてここに?」

 

 そう聞いたマイスに トリスタン現大臣はいつもの調子で返した

 

「ああ、さっき言った通り 毎度キミに迷惑かけるのもどうかと思ってね。それで、これまでの経験から「そろそろ酔いつぶれるころかな?」って思って ここに来たんだ。ちょうどだっただろう?」

 

「そうだったんですか!それはわざわざ ありがとうございます」

 

「こちらこそ。親父ったら キミと飲みに行く日は決まって機嫌がいいんだ」

 

 そう言って笑うトリスタン現大臣は、ある意味突拍子もない提案をマイスにした

 

「そうだね…キミが大臣になったらどうだい?そしたら親父もすごく喜ぶし 僕も…」

 

「なら、代わりにトリスタンさんがウチの畑仕事を…」

 

「うん、この話は無かったことにしよう。それじゃあ!」

 

 そう言って メリオダス前大臣を背負ったトリスタン現大臣は店を出ていった

 

 

 …この後、会計に来た際に マイスから聞いた話だと、トリスタン現大臣は ことあるごとに大臣の仕事を地位ごと押し付けようとしてくるそうで、さっきのようなやりとりはよくあるとのことだそうだ

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 トリスタン現大臣が『サンライズ食堂(ウチ)』に来て「知らないうちに見合い話を進められてた!匿ってくれないか!?」と転がり込んできたのは、その1週間後のことだった…



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2年目:マイス「帰還」





 

 

***男の武具屋***

 

 『()』から発せられる熱が満ちる店内。ゆらゆら揺れる『炉』の中の炎にのみ照らされている その薄暗い店内でおやじさんは(つち)を振るっていた

 

「おやじさん!頼まれてた物 調達してきましたよ!」

 

 僕が少し声を張り上げ気味に話しかけて やっと僕に気がついたようで、おやじさんはキリのいいところで手を止めて槌を置いて こちらに向きなおった

 

 

「おお、相変わらず仕事が早くて助かるぜ!」

 

「この麻袋の中に入れてますから、確認をお願いします」

 

「おうよ!ちょいと待ってろよ」

 

 僕が渡した麻袋を受け取ったおやじさんは、麻袋の口を開き 中の鉱石系アイテムたちを確認していった

 そして、一通り確認し終えたおやじさんが僕のほうに向きなおり、軽快な笑顔をして頷いた

 

「頼んでたとおりのモンだったぜ!ありがとよ、ボウズ」

 

「いえ、おやじさんには相談にのってもらったりしてますから。お互い様ですよ」

 

「そうか?んじゃあ、また 何か俺にできることがあったら相談してくれよな。コッチもまた頼むからよ」

 

「はい!その時はよろしくお願いします!」

 

 僕が返事を返すと、おやじさんも「おうよ!」と力強い返事を返してきてくれた

 

 

「しっかし まあ、このレベルのモンの調達を頼むとなると、やれそうな『冒険者』あんまりいなくてよ。実力も目利きも良いボウズに頼むのが一番でな」

 

「あはは、そう言ってもらえるなら嬉しいです」

 

「おっと、『冒険者』といやあ、嬢ちゃんの弟子の嬢ちゃんが ウチに来るようになってよ。最近は また嬢ちゃんの事やってたみたいに、嬢ちゃんやその友達の武器や防具をオーダーメイドで作るようになったんだ。そういや、嬢ちゃんに初めて会ったのは今から ちょうど1年くらい前になるっけか…」

 

 「嬢ちゃん」が乱立して、どっちの嬢ちゃんが どっちの事なのかが わかりにくいが……おそらくは、ロロナの弟子のトトリちゃんが『男の武具屋』に武具を作ってもらいに来るようになった…って話だろう

 

 口が回り始めた おやじさんは中々止まらないことを思い出して「どうしようかなぁ…?」と思ったけど、よくよく考えると今日は別に急ぐ用事も無い事に気づいた。なので、そのまま おやじさんの話に付き合ってみることにしたのだった…

 

 

 

―――――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

「また来いよ!」

 

「はい!それじゃあ 失礼しましたー」

 

 店から出て 扉を閉め切る前に店内から聞こえてきたおやじさんの声に返事をして、改めて扉を閉める

 

「ふぅ…結局1時間くらい喋っちゃったなぁ」

 

 おかげで『男の武具屋』内の熱気に慣れてしまった身体が、夏へとさしかかろうとしはじめた街の風を冷たく感じてしまっている

 

 

 

「さて…と」

 

 それじゃあ帰ろうか…と、街の出口である門がある場所へ行くための道のほうを向いた ちょうどその時のことだった

 

 

ガチャ

 

 

 開いたのは『男の武具屋』の隣……『ロロナのアトリエ』の扉だった。そしてそこから出てきたのは……

 

 

 

 

 

「ふう、これでひと段落。あとはー……あっー!マイス君だー!!」

 

「ロ、ロロ…ロロナぁ!?」

 

 ここ数年、旅に出たまま 街に全然帰ってきていなかった友達…ロロナだった

 

 満面の笑みを浮かべたロロナは、こちらに駆け寄って来て、来て、来て……え?

 

 

ガシィ!

 

 

「えへへぇーマイス君 久しぶり~!元気にしてたー?」ギューッ

 

「ちょ、ロ…ロナ、苦し……!」

 

 思いっきり抱きついてきたうえに、ガッシリ掴んできて、それでもって (ほお)()りしてきて……

苦しいやら、恥ずかしいやら……幸い周りに誰もいなかったからよかったものの、これはいかがなものだろうか?…って、なんだよく考えてみると「いつものロロナ」じゃないか

 

「それ でも、苦し…いもの は苦しいん…だけど、ね…」

 

「ふぇ?…あっ、ごめんねマイス君!久しぶりに会えたのが嬉しくて…」

 

 僕が苦しがっているのに気がついてくれたロロナは、ホールドを解いてくれた

 

「ふぅ…助かった。…それに「久しぶり会えた」って、会えなかったのは ロロナが全然帰って来なかったからなんだけど?」

 

「えへへ…それはー」

 

 笑って誤魔化そうとするロロナに対し 目を細めると、ロロナはズーンっといった雰囲気になり「…ゴメンナサイ」と謝った

うん、こういう素直なところもロロナらしい

 

 

「それで、いつの間に帰ってきたの」

 

「ついさっきだよ。ちょっとやることができてね」

 

 ついさっき…まあ、そうだとは思った。なぜなら、僕は『男の武具屋』に行く前に一度『ロロナのアトリエ』の様子を見に行っていた、そしてその時 アトリエに誰もいないことは確認していた

 

 ということは、僕が『男の武具屋』でおやじさんと喋っていた約1時間の間に帰ってきたのだろう

 おやじさんの話に付き合って良かったと心底感じた。だって、あの時すぐに帰っていたら こうして帰ってきたロロナに会うことは出来なかっただろうから

 

 

「そうだ!立ち話もなんだから アトリエに寄っていってよ!」

 

 ロロナの提案に、僕は断る理由も無かったから 頷き、ロロナに手を引かれてアトリエへと入った…

 

 

――――――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

「一応 途中までは掃除したけど…まだ散らかってるけどゴメンね?」

 

「…いや、いたっていつも通りだと思うけど…?」

 

「それって 私のアトリエがいつも散らかってるってこと!?」

 

「うーん…否定できない」

 

「そんなぁ!?」

 

 涙目になるロロナを「まあまあ」と苦労しながらも ひとまず落ち着かせた

 そして、アトリエの一角に置いてあるソファーに並んで腰をおろした

 

 

「ねぇ、さっき「やることができた」って言ってたけど…?」

 

 先程、アトリエの外で話していた時に聞いた内容のことを尋ねると、ロロナは「そうなんだぁ」といつも通りのノンビリした調子で話しだした

 

「前に話したことあったよね?わたしが『錬金術』を教えたトトリちゃんって弟子の娘のこと。そのトトリちゃんに久しぶりに会ったんだけど…」

 

「トトリちゃん?(ウチ)に来たり、僕が『冒険者』のお仕事を手伝ってるんだけど?」

 

「そうそう!トトリちゃん、わたしが知らないうちに『冒険者』になっちゃってて……って、え?手伝ってる?」

 

 ポカンと口を開けて呆けた顔をするロロナに、トトリちゃんと会い、手伝うようになった経緯を簡単に説明する

 

「トトリちゃんが免許取得更新か何かでギルドに来た時にクーデリアが「何か困った時はコイツに頼ってみるといいわよ」って紹介したらしくて、それでウチに来たんだ。…で、実は僕、前に『アランヤ村』に行ったことがあって、その時トトリちゃんにも会ってて……そんな縁で最近時々だけど手伝ってるんだ」

 

「へぇ、そうだったんだ…!それじゃあ、トトリちゃんがお母さんを探してるってことも?」

 

「うん。知ってるし、トトリちゃんのお母さんには会ったこともあるよ。……今、どこにいるかまでは知らないけどね」

 

 …ロロナに「トトリちゃんのお母さんは外洋に向かった」っていう話をしようか迷った。けれど、グイードさんからの口止めの件もあるし……ロロナは嘘はつけない、隠せないタイプだから、話さないほうがいいだろうと判断した

 

 

 それにしても、トトリちゃんの話が出てきたってことは、ロロナが言ってた「やること」って、もしかして……

 

「あのね、わたし、トトリちゃんのお母さんを探すの、手伝おうと思うの!」

 

「そっか。トトリちゃんも先生のロロナが一緒だと心強いだろうね」

 

「そのうえ、マイス君が一緒ならさらに安心だね!!」

 

 胸を張って誇らしげに言うロロナを横目に見ていると……少し、罪悪感があった。でも、ここで本当の事を話したら……

 

「……どうかしたの?マイス君?」

 

「ん?ううん、いや、なんでもないよ」

 

 そうだ。僕はグイードさんから話を聞いた時に決めたんだ。「ギゼラさんの事を信じる」って。だから、トトリちゃんのお仕事を…一人前の『冒険者』そして『錬金術士』になるためのお手伝いをするって

 僕はもう一度心の中でそれを誓い、心を切り替えた

 

 

 

「それでね、今さっき帰って来てから、トトリちゃんのお手伝いの下準備するためにアトリエを片付けてて…あっ!そうだ!」

 

 ロロナがいきなりポンッと手を叩いたから何事かと思ったんだけど、その顔を見てみるとあからさまに「良い事思いついた!」という笑顔だった

 

「今度は何を思いついたの?」

 

「えっとね、わたしがいない間にトトリちゃんがこのアトリエ借りてたんでしょ?だったら、これからの事考えたら『錬金釜』がもうひとつあったほうがいいかなーって!」

 

「ああ、なるほど。ロロナ用とトトリちゃん用にってことだね」

 

確かに、ふたりでひとつの釜を使うのは無理があるだろう。別々のモノを作りたかったりすることがほとんどなわけだから、ふたつ用意するのは至極当然だろう

 

 

 

「じゃあ、そのふたつ目の釜を置く場所を確保するためにも、アトリエの中をしっかり片付けないとね!僕も手伝うよ!」

 

「本当!?それじゃあ、まずはー…」

 

 

 

 その後、片付けの最中にたまたまアトリエ前を通りかかったクーデリアが、ロロナが帰ってきているのに気がついてちょっと騒がしくなったりもした…

 でもまあ、長い間帰って来なかったんだから、クーデリアから説教をされるのも当然だよね

 



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2年目:マイス「護衛って何だっけ?」

 真に勝手ながら、夏休みをいただきたいと思います。
 期間は1週間ほど。お盆明けくらいに投稿再会の予定です。



 

***絶望峠***

 

 

 『絶望(とうげ)』、アーランドの街から出て『旧街道』、そして 以前トトリちゃんたちと行ったことのある『埋もれた遺跡』を通ったその先にある採取地

 

 その名前の通りの高所で、その中央付近には大きな谷がありそこにつり橋が架かっている

 他の特徴と言えば…そうだなぁ。空気が乾燥していてパッサパサで少し砂っぽいこと、それに ところどころに大きな機械の残骸が転がってあったりすることくらいかな?

 

 

 

…それで、僕がどうしてここに来ているのかというと、例のクーデリアからの護衛依頼だ

 

だけど……

 

 

「ねぇねぇ!くーちゃん、マイス君、あっちで何か採取できそうだよ!」

 

「あっ、コラ!ロロナ!勝手にどっか行くんじゃないわよ」

 

 何かを見つけると すぐにそこへとフラフラと行ってしまうロロナと、それを叱りながらもロロナの後をしっかりとついていくクーデリア。…うん、なんだか懐かしい光景だ

 

 それで、どうしてロロナが一緒にいるのかっていうことなんだけど……それはアーランドの街から出発するその時にまでさかのぼる…

 

 

 

―――――――――

 

 

 クーデリアから「『絶望峠』まで行くわよ」との連絡があって、色々準備してから『青の農村(うち)』の人たちに出かけることを伝えた。そして、待ち合わせの街の出入り口である門に行ったんだ。

 

 

 そして、その門のそばにいるクーデリアを見つけてそちらへとむかった

 

「ごめん、待たせちゃった?」

 

「別に言うほど待ってないから。それに、こっちが正確な時間を明記してなかったんだし、気にすることはないわよ」

 

 「ほら行くわよ」と言って、クーデリアが最初の目的地である採取地『旧街道』へと続く道があるほうへと行こうとし……ピタリッと動きを止めた

 どうしたのだろう?と疑問に思ったのだけど、ここでクーデリアの顔が 目的地への道のほうではなく、その道のわきの木のほうを向いているのに気がついた。そこに何かあったのだろうかと思い、僕もそっちへと目を向けてみて

 

「あれっ…?」

 

 木の陰からチラリと見えるのは、どこかで見たことのあるピンク色の帽子とマントの端…。それに加えて、これまたどこかで見たことのある杖…

 

 

「ぷくーっ!」

 

 しかも、木の陰から顔を半分覗かせている誰かさんは、涙目で頬を膨らませている……って

 

「ロロナ?」

 

「あんた、なにしてんのよ…」

 

 木の陰に隠れてた人の名前を僕が呟くのとほぼ同時に、クーデリアが呆れたように言った

 

 

「むぅー!」

 

「だから、なんでふくれてるのよ」

 

「二人で冒険に行くなんてズルい!わたしも一緒に行きたーい!」

 

 そんな事を言いながら木の陰から出てきたロロナが、僕とクーデリアのほうへと駆け寄ってきた

そんなロロナに、僕は気になることがあったので聞いてみることにした

 

 

「ねえ、トトリちゃんに「アトリエに来てね」って言ってからアーランドに戻ってきたんだよね?今からでかけたらマズいんじゃない?」

 

「大丈夫だよー。『アランヤ村』から『アーランドの街』まで来るにはかなり時間かかるし、きっと大丈夫!」

 

 「きっと」って……本当に大丈夫かなぁ?心配になってしょうがない。

 そんな心配が顔に出てしまっていたんだろう。隣にいるクーデリアが僕の肩に手を置いてきた。

 

「まぁ、本人がこう言ってるんだし、大丈夫なんじゃないの?…後は、あんたに頼んでた食料とかが、ロロナが増えてもやっていけそうかどうなだけど…どう?」

 

「それは問題無いかな。『秘密バッグ』で繋がってる冒険用のコンテナの中に 十二分に入れてあるから」

 

「ならいいじゃない」

 

 クーデリアがそう言うと、僕とクーデリアの会話をずっと聞いていたロロナの顔がパァッと笑顔になった

 

「いいの!?」

 

「ええ、断る理由なんて無いし」

 

「まあちょっと心配ではあるけどね…」

 

「わぁーい!やったー!実はね、色々用意しててー……」

 

 元気一杯にはしゃぎだしたロロナを見て、僕とクーデリアは「変わってないねぇ」と顔を見合わせて笑った…

 

 

―――――――――

 

 

 

…ということが数日前にあったのだ。それから採取地を2つ経由して最終目的地だった『絶望峠』にこうしてたどりついたんだけど

 

「もうっ!勝手にウロチョロするのは相変わらずなのね」

 

「えへへ…ゴメンなさぁい」

 

 ロロナの様子は本当に相変わらずだし、クーデリアもクーデリアで、ロロナの事を叱っているようでどこか楽しそうにしているし……

 

 

 そこで気がついた。…いや、本当に気がつくのが遅かったくらいだろう

 

 ロロナが一緒に冒険したがっていたけど、クーデリアもロロナと一緒に冒険したかったんだろう

 思えば当然のことだった。ロロナが旅に出てからというもののクーデリアは「帰ってこない」「帰ってこない」とずっと何度も言っていたんだから。幼馴染の親友がずっといなかったなら一緒にいたいと思うだろうし、また昔のように冒険してみたいと思うはずだ

 

 

「…ロロナが帰ってきた時、僕もすごく嬉しかったしなぁ(ボソリッ」

 

 街の『職人通り』でロロナに抱きつかれた時のことを思い出す

 あの時は苦しさのせいもあって嬉しさを口に出すことはできなかったけど……うん、今考えてみると、やっぱりかなり嬉しかったんだ

 

 

 

「マイス君ー!」

 

「ちょっと、マイス!何してるのよー!早く来なさーい!」

 

 ひとり、考えに浸っていると少し遠くまで行ってしまっていたロロナとクーデリアから声を投げかけられる。ロロナは大きく手を振っていて、クーデリアは腰に手を当ててコッチを見ている

 

「うん!すぐ行くよ」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「くーちゃん、どんな感じ?」

 

 ロロナが、『冒険者』たちが書き(しる)した地図をまとめたものを確認しているクーデリアの隣に行き、その地図を覗き込んでいた

 

「どうも何も、大体は問題無いわね。…ただ、やっぱり思った通りね」

 

「思った通りって?」

 

 

 つり橋の状態の確認をしながらクーデリアに問いかける。するとクーデリアはこちらを見ずに 手に持つ地図に何かを書き込みながら僕の疑問に答えた

 

「この難易度の採取地の地図に関しては、もう十分過ぎているってことよ」

 

「それじゃあ、もう『冒険者』の人たちには 地図は描いてもらわなくっていいってこと?」

 

 ロロナの言葉にクーデリアは「そうじゃないわ」と首を振った

 

「地図を書かせるのは何もそこの情報が欲しいってだけじゃなくて、その冒険者の地図の描く能力を確認するためでもあるの。地図ロクに描けないヤツが、あたしたちが情報の欲しい 高難易度の高い (けわ)しい採取地に行って「地図全然描けませんでしたー」じゃダメじゃない」

 

「ええっと…?」

 

「『錬金術』でいうと、難しい調合に挑戦する前に 難易度の低い調合で肩慣らししたほうが良いよね?地図を描くのも同じようなことが言えるってことだよ、ロロナ」

 

「あー!なるほど!そういうことなんだ」

 

 僕の例え話で本当にわかったのかどうかはわからないけど、とりあえずロロナは納得してくれたようだった

 

 

「それで、クーデリアとしてはまだ何かあるんでしょ?」

 

「そうね…『冒険者ポイント』の配分の見直しの時に、優先度を下げて加算されるポイントを減らすことを考えるくらいかしら」

 

「なるほどね。そういう調整の判断材料にするんだね」

 

 僕が納得したちょうどその時に、クーデリアは初めて僕の方を向いてきた

 

「で、そっちの確認は終わったの?」

 

「うん、問題無いよ。よっぽどの外的要因……わざと武器で切り付けたり、モンスターが攻撃したりしない限り、少なくとも後5年は安心だよ」

 

「なるほどね。わかったわ」

 

 僕の返事を聞いたクーデリアは、再び手に持つ地図に目をやって何かを書きこんでいた。…おそらくは、さっき僕が言ったつり橋の寿命についてだろう。書き記しておき、情報を残しておくことで、時期が近づいてきた時に人を派遣できるようにしておくのだろう

 

 …さて、これで今回の仕事は大体終わったかな?



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2年目:マイス「二人で混ぜて」

長いお休みをいただいてしまい、大変申し訳ありませんでした!

これからも、今まで通りのテイストで今作を書いていくつもりですので、今後ともよろしくお願いします




 

 

 前回のクーデリアの『絶望峠』までの護衛依頼……いや、ロロナが参加した時点で3人でのただの冒険になったから、護衛って感じは全く無かったんだけど…

 まあ、それを終えてアーランドの街まで無事帰還できた

 

 『青の農村』も、僕がいなかった間も何も問題無かったようで、みんな元気にしていた

 僕が心配していたトトリちゃんも、僕らが帰還してから数日経ったころに街へ到着したようだったので、僕の杞憂に終わったようでひと安心だった

 

 

 そんなある日の事……

 

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 ロロナが『王宮依頼』を受けていたことからの習慣で、『ロロナのアトリエ』におすそわけを持ってきたのだけど、扉をノックする前に中が何やら騒がしいことに気づき、何事かと慌てて中に入った。するとそこには……

 

 

「もう、どうしてパイになっちゃうんですかー!」

 

「な、なんでだろうね…。あっ、でもこれ、実はすごいことかも!?」

 

 錬金釜の前で何か騒いでいるのは、このアトリエの主とそのお弟子さん……2人の錬金術士だ

 トトリちゃんが少し怒り気味に声を張り上げ、ロロナが困ったように笑いながら手に持つ『パイ』を()(しめ)していた

 

「わたしとトトリちゃんが一緒に調合したら、なんでもパイにできちゃうっていう…」

 

「パイができたらダメなんです!もう、先生はジャマだから手伝わないでください!」

 

「がーん!そ、そんなぁ…」

 

 トトリちゃんの言葉に、ガックシと肩を落として「ううぅ~…」と涙目になるロロナ

 うーん、おかしいな…?トトリちゃんが師匠で、ロロナが弟子だったっけ?この構図を見ると、どうしてもそう考えてしまう

 

 

 …と、そんなことを考えていると、錬金釜の前にいたトトリちゃんが アトリエに入ってきていた僕に気がついたようで、コッチを見て少し驚いたような顔をした

 

「マイスさん!?えっと、いつからそこに…?」

 

「ついさっきだよ。なんだかいつもより騒がしかったから、何かあったのかと思って入ったんだけど」

 

「あははは…、ごめんなさい。ちょっと色々あって……」

 

 どういうべき迷っているのであろう、トトリちゃんは困ったように笑いながら小首をかしげていた。

 そして、ロロナの方はというと……

 

「マイスく~ん!トトリちゃんがぁ~」ガシッ!

 

 僕に泣きついてきた。…もう、本当にどっちが師匠でどっちが弟子なのか…いや、どっちが年上なのかもわからなくなってきた。

 

「もう、ロロナったら(しか)られた子供じゃないんだから…。ほら、拭くから顔を上げてよ」

 

「うぅ~…グスンッ」

 

 

 ポーチからハンカチを取り出して、こっちをむいたロロナの顔を拭いてあげる。すると、それをジイーっと見ていたトトリちゃんが口を開いた

 

「…なんていうか、マイスさんって先生の扱いに慣れてるんですね」

 

「はははっ、それでもまだ(たま)に さっきのトトリちゃんみたいに振り回されるんだけどね」

 

 僕がそう言うと、トトリちゃんは「そうですよねー…」と諦め半分なようすで呟いていた

 

「まあ、ロロナの扱いっていうなら、僕よりもクーデリアが上手いんじゃないかな」

 

「クーデリアさんですか?」

 

「付き合いが長いっていうのもあるだろうけど、知っての通りクーデリアは言うところはビシバシ言うからね。…とは言っても、それと同じくらい甘やかしたりもするから……アメとムチが上手い、とでも言うべきかも?」

 

「へぇー、そうなんですか?私、先生とクーデリアさんが一緒にいるところを まだ見たことがないから、なんていうか想像できないというか…」

 

「それもそうかぁ。でも、ふたりが仲が良いのは見たらすぐにわかるはずだよ」

 

 僕の言葉を聞いたトトリちゃんが「あのクーデリアさんと先生が…」と呟きながら何かを想像しているようだったが、それよりも復活したロロナの方に気を向けた

 

 

 

「それで?ロロナは、今日は何をしちゃったの?」

 

「うぇえっ!?マイス君、ヒドイ!まるでわたしがいっつも失敗してるみたいに言った!」

 

「それじゃあ、今日のは失敗じゃなかったんだね?」

 

 僕がそう言うと、ロロナは言葉を詰まらせた。そしてその目は泳いでしまっていた。…うん、ロロナは相変わらず嘘をつけないみたいだ

 

「べ、別に失敗じゃ…ない、わけでもないけど…あれは…ね?」

 

「「ね?」って言われても…」

 

 これじゃあ話が進まないなぁ、と少し困っている僕に助け舟を出してくれたのはトトリちゃんだった

 

「その、実は……」

 

 

―――――――――

 

 

「…ってことがあって」

 

「なるほど…」

 

 トトリちゃんの話をまとめると、こうだった

 

 

 トトリちゃんが仕事に必要なものを調合しようとした時に「わたしが見ててあげるね!」と言ってそばまで来て見学を開始。しかし、そんな近くで師であるロロナが見ているとなると、トトリちゃんは調合に集中できるはずがなかった

 

 「緊張しちゃうんで…」とトトリちゃんが言うものの、ロロナが「ええー?気にしなくていいのにー」と拒否(?)したそうだ。

 …そして、そこでロロナのいつもの思い付きが発動したらしかった

 

「あっ、そうだ!ふたりで一緒に調合してみよー?」

 

 それはひとつの錬金釜での調合を2人でかき混ぜてみるというものだったらしく、トトリちゃんも興味があり承諾したそうだ

 

 でも、問題はそれからだったらしい

 というのも、薬でも何でも調合しようとしたものは、結果的に全部『パイ』になってしまったそうだ

 

 

「それで、仕事の調合が進まないトトリちゃんが怒っちゃった、と」

 

「はい…」

 

 僕の言葉をトトリちゃんは肯定した。

 それを聞いていたロロナにも後ろめたさは少なからずあったのだろう、申し訳なさそうに顔を伏せがちにしていた。だけど、すぐに顔をパッと上げいつもの明るい調子で口を開いた。

 

「でもねでもね、これってとっても凄いことだと思うんだ!」

 

「凄いかどうかよりも、まず受けている仕事を優先しようよ。『パイ』はその後で良いじゃない」

 

「うぅ…はぁーい…」

 

 ションボリと肩を落とすロロナに少し呆れながらも「ああ、いつものロロナっぽいなぁー」なんて思いながら、僕はここからどうフォローを入れるかを考えてみた。

 

 

 

 …と、そんな中、ロロナがまた顔をパッと上げて「そうだ!」と手をポンと叩いて微笑んだ。

 

「せっかくだし、マイス君もトトリちゃんと一緒に調合してみようよ!」

 

「「えっ」」

 

 ロロナの提案に、僕とトトリちゃんがつい声をあげてしまった。いやだって、仕事のための調合を急ぐべきだろうって話をした直後にこの提案なんだから、それは驚きもするだろう。

 

「ロロナ、さっきの話聞いて…」

 

「でも、面白そうかも…」

 

 …トトリちゃんは何を言っているんだろうか…?

 この時あることに気づいた。さっきあったっていう騒動も なんだかんだ言ってロロナの提案を受け入れてノッていったトトリちゃんにも非があるような気がすることに…

 

 

「そうだよ!やってみよう!ね?」

 

「はい!きっとマイスさんなら大丈夫な気がします!」

 

 はしゃぐロロナとそれにのるトトリちゃん。…しかも、なんだかハードルが上がった気がしてならない

 でも、この空気の中で断ってしまえるものだろうか…。いや、無理だろう…。でも断りたい…()()()()が凄くしてるんだよなぁ…

 

「…わかったよ。ただ一回だけだからね?」

 

 そう言いながら僕は『秘密バッグ』からまずは調合用の杖を引っ張りだす。そして、素材を入れているコンテナに繋がっているもう一つの『秘密バッグ』を取り出す

 

 

「それで、トトリちゃんは最初何を調合しようとしてたの?」

 

「えっとですね、高品質の『中和剤』をつくろうかと思って」

 

「なるほど、確かに品質の高い『中和剤』があれば、これから先つくる調合品の品質の底上げができるからね。…それじゃあ、調合素材にはこのあたりがいいかな?」

 

 僕は『秘密バッグ』から素材をいくらか出して、品質や特性を確かめ選別して調合に使うものを選びだした。そしてそれらを錬金釜のほうまで持って行く

 

「えっ!?マイスさん!?素材をこんなには貰うのはちょっと…」

 

「いいよいいよ、気にしないで。ロロナとの調合で『パイ』になっちゃった分が帰ってきたと思ってくれたらいいからさ。受け取ってよ!」

 

「な、なら…」

 

 トトリちゃんは僕から素材を受け取り、そのうちのいくつかを錬金釜の中へと入れた。そして杖を持ち、僕の方へと向きなおってきた

 

「それじゃあ、やってみましょうか!」

 

「うん!わかった」

 

 そう言って、トトリちゃんと僕は錬金釜の前に立ち、並んでそれぞれの杖で釜の中をかき混ぜはじめた

 ロロナはと言うと、僕らから少し離れた位置からコッチをジィーっと見てきていた。そして、少し頬を膨らませながら僕らに言ってきた

 

「なんで「ぐーるぐーる」って言わないのー?」

 

「いや、元から僕は調合の時にそんなことを言ったりしてないからね…?」

 

「先生、調合中に話しかけて集中を乱れさせないでください!」

 

「がーん!なんだか、今日はトトリちゃんが冷たいよぉ…」

 

 クスンッと涙目になりながら数歩下がり膝を抱えて床に座りこむロロナ…。

 ……なお、トトリちゃんは調合のほうに集中しているようで気づいていないようだったが、ロロナは時折こちらをチラッチラッっと見てきては「よよよ…」と何真似をして気を引こうとしていた……もう一度言うけど、トトリちゃんは気づいていなかった

 

 

 

 トトリちゃんと2人で釜を混ぜ続けること十数分……

 

ポフンッ

 

 錬金釜の中から音が聞こえた。どうやら無事調合が終わったようだった

 

 杖を釜から出したトトリちゃんと僕、そして膝を抱えて座っていたロロナが駆け寄って来て、3人そろって釜の中を覗きこんだ

 そして、調合で出来上がったモノを僕が掴みあげてみせた

 

 

「……マイスさん、それ『中和剤』じゃないですよね、どう見ても」

 

「いちおう『パイ』でもないけどね」

 

「マイス君…それって」

 

 ロロナの言葉に僕は頷いて、これが何なのかをハッキリと口にする

 

 

「『種』…『アクティブシード』だね」

 

 そう、僕としては馴染の深い『種』だ。それも拳大(こぶしだい)の大きさの種……つまりは『アクティブシード』だろう。…ただ問題なのは、僕の記憶内にも全くない見た目だということだ

 

「でも、なんだか見た目が違うような…」

 

「一言で『アクティブシード』って言っても色んな種類があるからね。…でも、コレは僕も見たことが無いなぁ…」

 

 「そうなんですか?」と少し驚くトトリちゃん。そんなトトリちゃんにロロナが首をかしげながら聞いていた。

 

「あれ?トトリちゃん、あくてぃぶしーどのこと知ってたの?」

 

「前にマイスさんが見せてくれて。その時はハスライダーっていう…」

 

 

 

 そんな2人を見ながら、僕はこの『アクティブシード』がいったいどういうものか確かめるために、手に持つ種をポイッと床に落してみることにした

 そして、そこからあらわれたのは……

 

 直径1メートル弱の皿のようになった葉、その中央には花のツボミのようなものがついていた

 

 その見た目に、僕は少し覚えがあった

 

「これは『水場草』?」

 

 『水場草』というのは、いつでもどこでも綺麗な水が湧きだしてくる『アクティブシード』だ。今、目の前にあるものはソレに似ていた

 違いがあるとすれば……色合いが濃くなっていることと…本来水が溜まっているはずの刃の皿に何も溜まっていないことだろう

 

 

「やっぱりハスライダーとは違った感じですね」

 

 …と、トトリちゃん。そしてロロナはといえば、ツボミのような部分をチョンチョンと指でつついている

 

「わあ!?何か(あふ)れ出してきた!」

 

「本当だ…なんだろこれ?」

 

「『水場草』と同じ感じだけど……水じゃなさそうだ?」

 

 溢れ出してきている薄緑色の液体をよく観察してみる…

 

 

 

「「ええっ!?」」

 

「ふぇ?トトリちゃんもマイス君も、いきなりどうしたの?」

 

 僕が『アクティブシード』から湧き出しているものに気がつくのとほぼ同時に、トトリちゃんも同じことに気がついたようで、同じタイミングで声をあげてしまった

 

「ま、マイスさん。これって…!」

 

「うん……湧いてきてるの、全部『中和剤』みたい。それもかなり高品質の」

 

 いうなれば『中和剤版水場草』といったところだろうか

 

 

 そんなこんなで、結果的にトトリちゃんは調合しようとしていた『中和剤』を思う存分入手することができたのだった……



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2年目:マイス「トトリちゃんからの相談」

 

 

***マイスの家***

 

 

 『中和剤』が湧き出る『アクティブシード』を調合してから十数日が経ったそんなある日の事、少し困ったことになっていた

 

 

「『香茶』を淹れたから、よかったらどうぞ!」

 

「あっはい、ありがとうございます…」

 

 ソファーの前に置いてあるテーブルに、ちょうどいいくらいの暖かさの『香茶』を置きながら僕が言った言葉に返事を返したのは、そのソファーに座っているトトリちゃんだった。しかし、そのトトリちゃんはといえば、こころなしか元気が無さそうに見えた

 

 

 僕はソファーとは別の、テーブルそばに置いてあるイスに腰かけ、自分用に用意した『香茶』に口をつけた後ひとつ息をついてトトリちゃんに声をかけた

 

「それで、今日はどうしたの?…もしかして、あの『アクティブシード』に何か問題でもあった?」

 

 最終的にトトリちゃんにあげるかたちになったあの『中和剤』が湧きだす『アクティブシード』のことを思い出し、そう言った

 だけど、その僕の予想とは裏腹に、トトリちゃんは首を振る

 

「いえ、そんなことはないです!高品質の『中和剤』を日にちもかからないで用意できるアレには、とってもお世話になってますから」

 

「それじゃあ…?」

 

「あっ……ええっとー…」

 

 何やら言い辛そうにして言葉を詰まらせてしまうトトリちゃん

 ……そんなにもトトリちゃんを困らせてしまうものが何かあっただろうか?そう思い、僕は頭の中で考えを巡らせてみる

 

 

「ロロナ?」

 

 真っ先に思いついたので、つい口に出てしまったが……正解だったらしい。なぜなら、僕の呟きを聞いた瞬間トトリちゃんはビクリッ!と跳ね上がっていたからだ

 トトリちゃん自身も僕に気づかれたことがわかったようで、「アハハ…」と困ったように苦笑いを浮かべた

 

「えっ、本当にロロナなの!?」

 

「はい…そうなんです」

 

「また前回みたいに調合の邪魔をされるとか?」

 

 そう聞いてみたけど、どうやらそうではないらしくトトリちゃんは首を振った

 「なら、どうしたんだろう…?」と頭をひねって考えてみるが、僕は思いつけずにいた。そんな中、トトリちゃんが「実は…」と話しだす

 

 

「先生が「私もこれからはもっとちゃんと先生っぽくするよ!」みたいなことを言って、私に『錬金術』のレシピをくれたんです」

 

「うんうん」

 

 僕は話を聞きながら「以外にロロナもちゃんと先生してるだなー」って思い、何が悪かったのかわからず首をかしげたのだけど……トトリちゃんの次の一言で全て理解することができた

 

 

 

「そのレシピの内容が『パイ』の調合法だったんです。それもいろんな種類の…」

 

 

「…………なるほど」

 

「納得しちゃうんですか!?ええっと、もしかして『錬金術』だとわたしくらいの段階で『パイ』を教わるのが普通の流れだったとか…?」

 

 大きく頷いた僕の反応を別の意味でとらえてしまったんだろうトトリちゃんが、困惑した様子で問いかけてきてしまう

 

「あっ、いや違うよ。ただ「ロロナらしいな」って思って頷いただけで、別に『パイ』の調合法を習うのが普通って意味じゃあ……って言っても、参考にする人がいないから何とも言えないなぁ…」

 

 僕が知っている錬金術士の師弟はアストリッドさんとロロナのみ。その上、僕がロロナと出会った頃にはもうすでに『錬金術』で『パイ』を作っていたから、あれがアストリッドさんに伝授されたものなのか、ロロナが自力でやるようになったのかはわからない

 それとは別に、トトリちゃんの気持ちもわからなくない。「『錬金術』のこと教えてもらえる!」って思ったのに『パイ』の作り方を教えられたら、それは何とも言えない気分になるだろう

 

 

 

 そんなことを考えていると、トトリちゃんが不思議そうにして首をかしげながら僕に問いかけてきた

 

「あの…マイスさんは教わっていないんですか?『パイ』の作り方」

 

「うん、教わってないよ。…そもそも僕の『錬金術』自体、見様見真似で始めたものだったし。でも、その後ホムちゃんに基礎から教えてもらったりもしたんだけどね」

 

「ホムちゃん?」

 

 より一層首をかしげるトトリちゃん

 そういえばそうだった。ホムちゃんは今、どこぞに行ったアストリッドさんのお手伝いとして旅について行ってしまっている。だから、トトリちゃんはホムちゃんと会ったことが無いんだ

 

「ホムちゃんっていうのは、ロロナの手伝いのためにアストリッドさん…ロロナのお師匠さんが作ったホムンクルスの子なんだ」

 

「ほむんくるす…?なんだか、どこかで聞いたような」

 

「僕も詳しくは知らないんだけど、ホムンクルスっていうのは『錬金術』で生みだされた人間のような生命体……みたいな感じらしいよ。聞いたことがあるのは、もしかしたら『錬金術』のことを調べてる時に関連した文献でも見たんじゃないかな?」

 

「うーん…よく思い出せません」

 

「そっか。…でもまあ、ホムンクルスのことは時期が来たらロロナが教えてくれると思うよ」

 

 「はい、わかりました!」と素直に返事をするトトリちゃんは、いつもの元気の良さが戻っていた

 

 

 ……結局、ロロナが『パイ』の調合法を教えたことに関しては、解決も何もしていないんだけど良かったのかなぁ?

 まあ、ロロナに対しては「こういう人なんだ」て割り切ってしまうしかないと思うし、このままでも良いか

 

 

 

―――――――――

 

***職人通り***

 

 

 一通り話してスッキリしたんだろう。トトリちゃんは僕に礼を言い、アーランドの街へと戻るようだった。なので、僕も街にちょっと用があったから、せっかくだし僕もついていくことにした

 

 けど、トトリちゃんに変に気を(つか)わせちゃったみたいで……

 

「すみません、こんなところまで送ってもらって…」

 

「いいよいいよ。最初に言った通り、僕も用があってここまで一緒に来たんだから。気にしないで」

 

 そんなふうに話しながら『職人通り』にあるアトリエを目指して、ふたり並んで通りを歩いていく

 

 

 …と、その途中にある一軒のお店の前でトトリちゃんが「あっ」と小さめの声をこぼして立ち止まった

 

「あの、マイスさん。わたし、少しこのお店で買い物をしていこうと思うんですけど…」

 

 その言葉につられてトトリちゃんの指し示すお店に目をやる。そこはアトリエのすぐそばの『ロウとティファの雑貨屋』だった。おそらくトトリちゃんは今後の調合に必要になる物をここで買って帰りたいのだろう

 さて、僕はどうするかなんだけど…

 

「うん、僕もティファナさんに顔を出しておきたいから、一緒に入っても良いかな?」

 

「はい、かまいませんよ!」

 

 トトリちゃんの承諾を得て、一緒に入店することに。

 

 

―――――――――

***ロウとティファの雑貨屋***

 

 

 トトリちゃんと一緒に入った雑貨屋さんだけど、店内はいつもとは少し違う騒がしさに包まれていた

 その騒がしさの発生源は、どうやらレジカウンターのほうだった

 

「ううー!!今度の今度こそダメなんですー!」

 

「あらあら~…どうしたものかしら?」

 

 レジカウンターのそばにいたのは、フィリーさんとティファナさん。そして、そのうちのフィリーさんのほうが原因のようだった

 

 

 僕と一緒に入店したトトリちゃんが、この騒ぎに驚いたように当のふたりのほうへと駆け寄り、いち早く声をかけた

 

「ティファナさん、それにフィリーさん!いったいどうしたんですか!?」

 

 トトリちゃんに気づいたふたりの視線が、トトリちゃんのほうへと向く

 

「あら~。トトリちゃん、いらっしゃい」

 

「トトリちゃん?……ふえっ!ま、マイス君!?」

 

 トトリちゃんへと向いた視線が、流れるように僕のことも捉えて……そして、何故かフィリーさんは目を丸くし飛び上がるように驚いていた

 

 さっきフィリーさんが言っていたことも気になった僕は、フィリーさんに声をかける

 

「フィリーさん、どうかしたの?もしかして何かあった!?」

 

「ななな、なんでもないよ!?あっ、私お仕事に戻らないとー!」

 

「えっ、ちょ」

 

 僕が呼び止める前にフィリーさんは「失礼しましたー!」と言い放ちながら走って店を出て行ってしまった…

 

 

 

「「…………」」

 

 結局、何もわからずに取り残されてしまった僕とトトリちゃんは、顔を見合わせて首をかしげた

 

 そして、唯一わかっているだろうティファナさんはといえば…

 

「今回は立ち直るのは早そうね~」

 

 と、ひとり何かを確信したように頷きながら微笑んでいた。

 

 …そのティファナさんの様子を見て、僕とトトリちゃんは再び顔を見合わせて首をより一層かしげたのだった…… 



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2年目:マイス「あの人との思い出・上」

 前回の最後の流れのまま……のつもりが、別方向にすっ飛んで行っちゃった話

 そのうえ、上・中・下の3つにわかれる予定


 前々から考えていた話で、これまで散々引っ張っていたけど、そろそろストーリーに絡ませていこうかな…と思い、今回書きました


 あと、「原作改変」「捏造設定」等が多々含まれるようになる予定です。ご注意ください


***冒険者ギルド***

 

 

 僕には気になることがあった

 それは、先日トトリちゃんと一緒に立ち寄った『ロウとティファの雑貨屋』にいたフィリーさんのことだ

 

 

「…それで、よくわからないけどフィリーさんは店を飛び出していっちゃったんだ。どうしてだと思う?」

 

「いや、知らないわよ」

 

 僕の質問に対して、カウンターにいるクーデリアはピシャリと答えをかえしてきた

 

 

「というかね、あたしじゃなくて本人に聞きなさいよ。ほら、あっちにいるんだし」

 

そう言ってクーデリアは、隣のカウンター…依頼を扱う受付のほうを指差した。そこにはちょうど女性の冒険者の応対をしているフィリーさんがいる。

 

「さっき聞いてきたよ。…でも、「なんでもないから」の一点張りで……」

 

「なら気にしなくていいじゃない」

 

「まあ、それはそうなんだけど…」

 

 それでも、気になるのは気になるし、心配になってしまうのだ

 

 

 折れたのは、僕の様子を見ていたクーデリア。ひとつため息をついた後、「しかたないわね」と言わんばかりの視線を僕に向けながら問いかけてきた

 

「で?その話って何時(いつ)の事よ?」

 

「えっと……一昨日(おととい)だったかな」

 

「一昨日…ああ、あいつが大ポカした日ね」

 

「大ポカ?」

 

 僕が聞き返すと、クーデリアは淡々とした様子で「そうよ」と答えてきた

 

「あんたが気にするようなことじゃないけど。それに、だいたい月一くらいのペースでやっちゃってる事だから、もう恒例行事みたいになってるわよ」

 

「そうだったの?」

 

「ええ。それでもって、失敗した後のフィリーはアワアワしてて居ても邪魔なだけだから、失敗の後処理が終わるまでいつも『冒険者ギルド』から追い払ってるのよ……で、一昨日はあいつの避難先だったあの雑貨屋に、たまたまマイスが来たってことでしょうね」

 

 

 「なるほど」と、頷きかけたけど「あれ?」と不思議に思うことがあり首を傾げた

 

「でも、それじゃあなんで逃げるようにお店から出て行っちゃったんだろう?」

 

「さあ?…おおかた、仕事で失敗したっていうのを あんたに知られたくなかったんじゃないかしら?」

 

 …そうなのだろうか?

 しかし、いつも一緒の職場で仕事をしているクーデリアが言うんだから、なんだかんだ言いつつも説得力はある

 

 

「でも、そんな気にしなくてもいいと思うんだけどなぁ。むしろ、失敗の事を相談してほしいくらいだよ。僕だって『カマ』で品質を上げたい作物を()ってる時に、勢い余って他の作物も『カマ』で刈っちゃったりもするし…」

 

「……後半の失敗談はひとまず置いとくけど、あたしもだいたい同意見ね。だってフィリーって、マイスに出会ってからずっと情けない姿ばっかり見せてきてたんでしょ?それが1つ2つ増えようが、今更気にするとじゃないと思うわ」

 

 ううーん?…さすがにその考え方はどうなんだろう?行き過ぎな気もするんだけど……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 そんなふうにクーデリアと話していたんだけど……

 

 

「ちょっといいかしら?ギルドのカウンターに用があるんだけど」

 

 僕の背後のほうから、そんな声がかけられた

 珍しく長話しすぎたのだろう。きっと冒険者さんが用があって来て、世間話をしているのを見つけて邪魔に思ったんだろう

 

 そう思い、僕はすぐにその場から移動しようと動きだす

 移動と同時に、後ろに来た人に一言謝罪をいれる

 

 

「ああっ!ごめんなさ……あ、れ?」

 

 振り返った先にいたのは、どこかで見たような気がしなくもない女の子。綺麗な長い黒髪を横で束ねていて、服装は動きやすさもありながら どこか(きら)びやかで……

 ……あれ?

 

 

 

「ミミちゃん?」

 

「ハァ?…………っ!?」

 

 僕の言葉に、相手も僕の顔を確認してきて……そして、驚いたような顔になる

 

 反応からして、やっぱりミミちゃんなのだろう。いやぁ、驚いた!まだどことなく幼さは残っているものの、僕の知っているミミちゃんより凛としてて……何というか、知らない間に立派になったなぁ……

 

 

 

「……き」

 

 …ん?「き」?ミミちゃんがそんな声を漏らしたような気がしたんだけど…

 

 

 

 

 

「キャアァアァァーーーーーー!?」

 

 

 そんな大声をあげて、ミミちゃんは『冒険者ギルド』の外へとむかって一目散に走って行ってしまった

 

 

「……え?」

 

 ミミちゃんがいきなり走って行った……なんで?

 

 大声…叫び声というか悲鳴をあげていた……なんで?

 

 なんで?どうして?えっ?

 

 

 ……もしかして、()()()()()()()() ()()()()()()()()()()

 

 

 …なんだか、目の前の光景がグルグル回ってるような気が……

 

「ちょ!?何、いきなり倒れてるのよ!?マイス!?」

 

 クーデリアの声が、なんだか随分遠くから聞こえてくるようなきがしたけど、よく…わからないや……

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

「ん…」

 

 まぶたを開けると見知らぬ天井…いや、なんだか何処かで見たことがあるような……?

 

上体を起こして周囲を確認してみると、僕が寝ていたベッドをはじめ、テーブル、イス、タンス…部屋中の家具は、様々な装飾が付けられていて、何だかお値段が高そうなものが多かった。

 

 

ガチャリ

 

 ドアが開く音がしたのでそっちに目をやると、そこにはクーデリアがいた

 

「あら?やっと起きたの?ついさっき…って感じかしら。気分はどう?」

 

「どう、って特には……ああ、そうか」

 

 何処かで見たことがあるって感じたのは、ここがクーデリアの家だったからか

 『貴族』の家とだけあって大きなお屋敷なんだけど、クーデリアと飲みに行った帰りなんかに送っていったりしたことが何度もあるため、屋敷の内装は大体知っているのだ

 

 

「あれ?でも、なんで僕はここに?」

 

「消去法よ。あのまま『冒険者ギルド』内に寝っ転がせているわけにはいかないし、あんたの家に帰そうにも村の人たちのほとんどが農家でギルドに顔出さないから引き取り手がいないし、だからといって『アトリエ』あたりに持って行っても邪魔しちゃうだけ。…で、手伝い読んでウチの来客者用の部屋に運んだってわけ」

 

「なるほど…」

 

「…それに、なんか今のあんたを放っておく気にはなれなくて」

 

 それはどういうことなんだろう?よくわからないや

 

 

 僕がそんなことを考えていたのがクーデリアにはわかったのだろう。訝しげに僕のほうを見てきた

 

「あんた、自分が何で倒れたか憶えてない?」

 

「え、ええっと」

 

 倒れたのは…、確か『冒険者ギルド』で倒れて……で、なんで僕は…

 あっ、そうだ、ミミちゃんに叫び声をあげながら逃げられて…

 

「……少し、ステルクさんの気持ちがわかった気が」

 

「案外冷静なのね」

 

「考えをそらせておかないと、なんだか涙があふれてきそうで……」

 

 ハァ…と気づかないうちに大きなため息が出てしまい、自分でもかなりショックだったんだというのが今更ながら良くわかった

 

 

 

「知らないうちに嫌われちゃってたのかな…」

 

「知らないわよ。あんたとあいつのそもそもの関係も知らないのに、嫌われたかどうかなんてわかるわけないじゃない」

 

 僕の呟きに、少しトゲがありながらも律儀に答えてくれるクーデリア。…そういえば、前にクーデリアに聞かれた時は言葉を濁らせてはなさなかったんだっけ

 

 

 僕とミミちゃんの関係、か…

 知り合い、友達……それ以外…?上手く言葉が思いつかない

 出会ったきっかけの話をするのが一番伝えやすいのだろうけど、それは()()()()躊躇(ためら)われた

 

 

 そんな僕をどう思ったのか、クーデリアは「ちょっと待ってて」と部屋を出て行く

 ほんの数分後、高そうなワインと二人分のグラスを持って来たクーデリアが客室内のテーブルにそれらを置いてイスに座った。そしてベッドに座っていた僕に向かいのイスを指し示してきた

 

「ほら、座りなさいよ。ワイン注いであげるから」

 

「えっ…?」

 

「喋り難いことも、お酒が入れば少しはマシになるでしょう?日も落ちちゃってるし、ちょうどいいんじゃない?」

 

 そう言いながらクーデリアは僕に微笑みかけてくるのだった

 

 

「クーデリアなら大丈夫かな…?」という思いが湧いてきて、つい誘いに乗ってしまう

 イスに腰をおろし、クーデリアからワインの注がれたグラスを受け取りながら口を開く

 

「…確かに、ゆっくり飲みながら話すくらいがちょうどいいかもね」

 

「あら、長くなるのかしら?」

 

「なんていったって、僕がミミちゃんに初めて会ったころの話から始まるからね。……ついでと言っては何だけど、他の人には話して欲しくない話でもあるんだ」

 

 ここでひと息つき、グラスを傾けてワインで唇を濡らす

 

 

「あれは、今から7年くらい前のことなんだけど……」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

―マイスがアーランドに来てから3年目に入った頃―

 

***アーランドの街そばの街道***

 

 

 その日も僕は『アーランドの街』へと顔を出しに行っていた

 というのも、前の年の年末にあった『王国祭』のイベント『武闘大会』で優勝は逃したものの目立ったこともあって、僕を指名した依頼が『王宮受付』経由でよくくるようになったからだ

 

 なので、前まで街に行くのは一日置きくらいだったのだけど、その頃から毎日になっていた

 

 

 いつものように、街の玄関口と言える大きな門にいる門番さんに挨拶をして僕は街に入り、そのまま『王宮受付』のあるお城のほうへと目指す…

 

 

 

 はずだったのだけど、その日は違うところがあった

 

 門から街に入ってすぐにある少し開けた広場のような場所。町の外へと行く馬車が積荷を積んだり、最終確認をするために停車できるように広めに設けられたスペース

 

 そこにいたのは、裾のあたりにフリルのついた可愛らしい水色の服を着た5,6歳くらいの女の子で、何かを探すようにあたりをキョロキョロと見渡していた

 そのせわしない動きに、その女の子の肩より少し下まで届くツインテールはフリフリとよく動いて、その子をより一層幼く見せていた

 

 

 最初は「迷子かな?」なんて思ったけど、よくよく考えてみると、お店のある中央の広場ならまだしも こんなところで親とはぐれたりするかなーっと不思議に感じた

 しかし、放っておく気にもなれないから、話しかけてどうしたのか聞いてみるべきだろう…そう思って女の子のほうへと僕の足は自然と動いていった

 

 でも、そこで予想外のことが起きた

 

 キョロキョロしていた女の子が、僕の顔を(とら)えてピタリッと止まったのだ

 女の子の表情が明るくほころんで、一直線に僕のほうへと駆け寄ってきた

 

 そして、その子は僕の数歩手前で立ち止まり、僕の顔を見た

 

 

「あの…!ぶとーたいかいに出てたマイスさんですか」

 

「うん、僕がマイスだよ!それで、キミは?」

 

「えっと、ええっと……ミミは ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングっていいます。シュヴァルツラング家のむすめです」

 

 

 そう、これが僕とミミちゃんの出会いだった

 

 

 

 

 

「あの……

 

 

 

 

 

おかあさまがげんきになるおくすり ください…!」




 ツインテようじょミミちゃんカワイイヤッター。…ただ、原作ではCG一枚だけの登場&正面絵が無かったこともあって、脳内補完をたくさんしながら書いています


 今回の回想の時期は今作の『ロロナのアトリエ編』、「54マイス「3年目になって変わったこと」」と「55,マイス「迷って悩んで…どうしよう?」」の間くらいとなっています


 そして、原作『トトリのアトリエ』のミミちゃんイベントを知っている方には、今回の回想だけで「あっ…(察し」といった感じでマイス君とミミちゃんの関係に察しがつかれるかと思います
 …なので、今回はできる限りネタバレとなるような書き込みは控えていただければ幸いです。次回の更新の際に全容がわかるようになる予定なので、それまでお待ちください。お願いします


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2年目:マイス・回想「あの人との思い出・中」

 前回に引き続き、「原作改変」「捏造設定」等が多々含まれます。また、ちょっとばかりシリアス寄りです


 結構ダイジェストな感じです


 今回で、マイス君とミミちゃんの過去話が全て終わる……わけではありませんが、一応は終わりです
 あとは、ミミちゃん視点での話が必要となりますが、それはまたの機会で…ということで



 

「あの……おかあさまがげんきになるおくすり ください…!」

 

「えっ…?」

 

 いきなりのことでよく頭が回らず、どういうことなのかが理解できなかった

 

 

 …とりあえず、順を追って頭の中で整理していく

 

 まず、ミミちゃんっていう女の子の用件は、どうやら病気か何かで体調を崩しているお母さんに元気になってほしいから、薬が欲しいようだ

 

 ……けど、なんで街の門で待ち伏せしてまで僕に頼みに来たのだろうか?

 

 そういえば「ぶとーたいかいに出てたマイスさんですか」って言ってたよね…?

 いやまあ、最近認知度が上がったのは『武闘大会』に出たからなんだけど…何か引っかかる気が…

 

 

 

「あのー…?」

 

 ひとり考えに浸っていると、いつの間にかミミちゃんが、どうかしたのかと不安そうに僕の顔を覗きこんできていた

 

「僕はお医者さんじゃないから、そういうのは……」

 

「でも、おくすりのちょーごーもできるって…」

 

 …いったい、この子は何処でそんな話を聞いてきたんだろうか?いやまあ確かに薬の調合はできるんだけど、病気を治すとかそういう話になると別問題になる

 

「そういうことは、僕じゃなくて専門の人に頼んだほうが…」

 

 僕はそう言って諭そうとしたんだけど、その途中から女の子の眉間のにシワが寄り、眉がヘニャリと歪み、目をウルウルと潤ませだしてしまった

 …そんな悲しそうな顔をされると、放っておけなくなっちゃうよ

 

 

「……と、とりあえず、どんな風に元気が無いのかわからないといけないかなー?」

 

 

 

――――――――――――

 

***シュヴァルツラング家***

 

 

 ミミちゃんに連れられて訪れたシュヴァルツラング家のお屋敷は、『貴族』の家としては申し分ないくらい立派なお屋敷だった。

 

 その屋敷の中をミミちゃんに手を引かれながら、ミミちゃんのお母さんのいる部屋まで案内してもらう

 その途中に出会った数人の屋敷のお手伝いさんは、何故かみんな驚いた顔をしていた

 

 

 とある一室の扉の前でミミちゃんは立ち止まり、そしてその扉を開けはなった

 

「おかあさまー!」

 

「あら、ミミちゃん?おかえりなさい」

 

 その部屋にいたのは、ミミちゃんとよく似た綺麗な黒髪をふんわりと束ねた女性

 …ただその女の人は、部屋の一角…上質なベッドの上で上体を起こしている状態。顔も柔らかな笑みを浮かべてはいたけど、お世辞にも顔色が良いとは言えないくらいだった

 

 

「ただいま!」

 

 お母さんに元気に返事をしながら、ベッドのほうへと駆け寄るミミちゃん

 

 僕は「お邪魔します」と一言(ひとこと)言ってから、ミミちゃんの後をついていくようにして歩いていく

 すると女性は、自分のそばに来たミミちゃん()から目を離し、僕のほうへと顔を向けてきた。そして、一度ニッコリと微笑んだかと思うと、ミミちゃんのほうへと再び顔を向けた

 

「ねえ、ミミちゃん。お母さん、少しお水が飲みたくなっちゃったんだけど…」

 

「うん!ミミ、できるよ!まっててね おかあさま!」

 

 元気よく返事をしたミミちゃんは、先程入ってきたばかりの扉から飛び出すようにして出て行ってしまった

 

 

「あの、そこにあるのって…」

 

 僕がベッドそばの台に置かれている水の入った容器とグラスを指差すと、女性は「ふふっ」と笑いをこぼした

 

「少しイタズラしてしまいましたね。…ただ、彼方(あなた)とお話したかったので……あの、マイス…くん?でいいのでしょうか?」

 

「はい、そうです」

 

 まだ自己紹介もしていないのに、何故僕の名前を知っているのか驚きつつも、ミミちゃんが言っていたのと同じように『武闘大会』の一件で既に知っていたのだろう…と、自分の中で結論づけた

 

 

 

「申し訳ありません」

 

「えっ」

 

 ミミちゃんのお母さんが、僕にむかっていきなり頭を下げてきた

 

「前に娘が言ってました、「すごいおくすり作れるマイスってひとに、おかあさまがげんきになれるおくすり作ってもらう!」と。…あの時、私からしっかりと言っていれば、こうして時間を取らせてしまうことには…」

 

「いえいえ!僕が好きで来ただけですから、そんな気にしないで下さい。でも…」

 

 僕が言葉に詰まると、ミミちゃんのお母さんは「わかっています」と頷いてきた

 

「自分の身体のことは、一番わかっているつもりですから…。もう、そう長くないことも」

 

「…ごめんなさい」

 

「それこそ、マイスくんが気にすることではありませんよ?」

 

 そう言いながらミミちゃんのお母さんは優しい微笑みを僕に向けてくれた

 

 

「……むしろ、少し感謝しているくらいです」

 

「……?」

 

「娘が…ミミがあんなにいい笑顔で帰ってくるのは、本当に久しぶりでした。それに、私が体調を崩して、ふたりで行くと約束していた『王国祭』にミミひとりに行かせてしまった時、そのミミを笑顔にしてくれたのは、彼方の活躍だったそうですから」

 

「でも…」

 

 何もできない僕は、今からその笑顔を奪ってしまう。そう考えると、気が気でない

 

 

 

 ……実際、帰る時にミミちゃんにポコポコ叩かれ……たくさん泣かせてしまった

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 その後 僕は、()()()を探した

 

 

 ある人…アストリッドさんを見つけ、今回の件を相談した

 

「お人好しなことは知っていたが、「大」がつくほどだとはな」

 

 呆れ気味に言うそのアストリッドさんの顔を、僕はよく憶えている

 

「キミを元いた世界に帰すのとは別の意味で、そのご婦人を救うのは無理な話だ。怪我や流行り病ならまだしも、これまで長年付き合わざるをえない持病ほどのものとなると……仮に、天才である私が本腰をいれたとしても、何年かかるかわからん。タイムリミットのほうが確実に早いな」

 

 アストリッドさんの言った「タイムリミット」という言葉が、やけに重く感じてしまう

 

「…もう極力、その女の子とも会わないように注意をした方が良い。どうであれ、優しすぎるキミには、この手の話は辛いだけだ」

 

 

――――――――――――

 

 

 アストリッドさんに言われた僕は……それでも数日後に、再びシュヴァルツラング家へと訪れていた

 いや、正確には それから何度も、街に行くたびに立ち寄るようになってた

 

 ある日は果物を持って、また別の時は野菜を持ってお邪魔した

 そして、時にはミミちゃんやそのお母さんに冒険のお話をしたりもした

 ある時はキッチンを借りて、ミミちゃんのお母さんの身体に気遣った料理を振るまったりもした

 

 

 最初に再び訪れた時は、ミミちゃんのお母さんは驚いていたし、ミミちゃんはかなり不機嫌になっていた

 けど、何度も行っているうちに、そんなことも無くなった

 

 そのうち、僕が何かするとなるとミミちゃんもやろうとするようになった

 

 …というのも、ミミちゃんのお母さんが調子が良い時に、食べれるようにと果物を切っていると「ミミがおかあさまのためにするの!」と、頑張ろうとするのだ

 ミミちゃんは大好きなお母さんに、自分も何かしてあげたいという想いが強いんだろう

 

 ただ、幼いこともあり やっぱり危なっかしいので、そういう時は僕がつきっきりで教えながらミミちゃんにやってもらうことにした

 

 そうやって、ミミちゃんが頑張って切った果物や作った『おかゆ』を、ミミちゃんのお母さんはうれしそうに食べ、笑顔で「ありがとうね、ミミちゃん」と頭を撫でていた。当然、ミミちゃんも笑顔だった

 

 

 

 途中、思いつきから実行された『アランヤ村』への旅行などもあって行けない時もあったが、僕はそうやって何度もシュヴァルツラング家に訪れた

 

 

 そして、僕がミミちゃんとそのお母さんに初めて会ってから3年もの月日が経とうとしていた頃……僕はある事を実行することとなる

 

 

――――――――――――

 

 

「『春の野菜コンテスト』ですか?」

 

「はい!今度、以前話した僕が村長をしている村で、初めてのお祭りを開催するんです。村の農家が自慢の野菜を持ち寄って競うイベントがメインになりますが、良かったら来てみませんか?」

 

「お祭り…!?行きたい!ねぇお母さま、行こう!」

 

「でも……」

 

 3年の月日で少し成長したミミちゃんに言い寄られながらも、申し訳なさそうにするミミちゃんのお母さん

 

「大丈夫ですよ!街から村までの道のりは僕が用意している馬車がありますし、村の中での移動も車椅子を用意してます。…それに、少し恥ずかしいですけど、小さな村の初めてのお祭りですから、人が多くて困ったりすることもありません」

 

「……それなら、お邪魔させていただこうかしら?ねっ?ミミちゃん」

 

「うん!」

 

 

 

 第一回『春の野菜コンテスト』当日

 幸いなことに、ミミちゃんのお母さんも体調が良かったようで、ミミちゃんと一緒に出品されている野菜を見て回ったり、村に出ていた様々な露店をめぐる事が出来た

 ミミちゃんも、お母さんも、楽しそうにしていた…

 

 

 

 そして、その帰り道の馬車

 はしゃぎ疲れたのか、お母さんの膝枕で寝ているミミちゃん。ミミちゃんのお母さんも、身体の負担を減らすために座席に取り付けておいたクッションが良かったのか、穏やかな顔をしているのが業者席の後ろにある小窓からうかがえた

 

 

「マイスくん……いいえ、マイスさん」

 

 不意にミミちゃんのお母さんから、声をかけられた

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ……お礼を言いたくて」

 

 ひと息ついた後、ミミちゃんのお母さんのお母さんが改めて口を開いた

 

「『武闘大会』のあった『王国祭』…あの最後の王国祭の時、私は体調を崩してミミと一緒に行く約束を破ってしまった…、その話は以前にしましたよね」

 

「…はい」

 

 

「あの時 私は、ひとりで屋敷を出て行くミミに「()()()()()()」をしてしまいました。「次の時は一緒に行くから、ね?」と」

 

 ミミちゃんのお母さんは、膝の上にある 寝ているミミちゃんの髪を優しく撫でながら言った

 

「あの『王国祭』が最後の王国祭になると知っていた訳ではありません。…でも、あの時、私はお医者様に「もう、1年も持つまい」と言われてたんです。なのに、あるはずのない「次」を約束してしまったんです」

 

 僕は振り返り、小窓越しにミミちゃんのお母さんの顔を見る…

 

「でも、彼方がその「次」を……いえ、それ以外にもミミとの時間を、思い出を、笑顔をくれました。…私は感謝してもしきれません」

 

 ミミちゃんのお母さんの頬には幾筋もの涙の後ができていた

 

 

 …実際のところ、僕の存在によって、行動によって、ミミちゃんのお母さんの余命が伸びたという確証は無い

 

 そもそも、これまでずっと色々とやってきたのは、僕の個人的な感情だ

 

「……てほしかったんです」

 

「えっ…?」

 

「ミミちゃんには、沢山の…たーくさんの大好きなお母さんとの楽しい思い出を持っていてほしかったんです。…本当に僕の勝手な気持ちなんですけどね」

 

 

 本当に勝手な気持ちだった

 

 『親』

 

 原因不明の記憶喪失になってからは、僕には(わず)かにしか思い出せない存在。

いることも、『変身ベルト』のことを教えてくれたことぐらいは思い出しはした。でも、その顔はハッキリとは思い出せず、どっちが人間で、どっちがモンスターだったのかすら思い出せない。…もちろん、名前なんかも思い出せなかった

 そして、『シアレンス』にすら帰れなくなっている今となっては、二度と会うこともできないであろう存在だ

 

 

 ……だから、例え もう短い時間しか残されていないのだとしても、ミミちゃんには『親』との思い出を…記憶を大切にして欲しかった

 出会って間もない女の子に対して そんな気持ちを押し付けるだなんて、僕ながら本当に…本当に自分勝手だと思う

 

 

「…僕のワガママに付き合わせて、本当にすみません」

 

「ふふっ…どうしてマイスさんが謝るんですか?そんなこと必要ありませんよ?」

 

 そう言いながらも、ミミちゃんのお母さんは「でも…」と言葉を続けた

 

「できれば、私がいなくなった後も……少しだけでもいいので、ミミの事を気にかけていただけませんか?」

 

「…はい!初めからそのつもりです。ミミちゃんが「嫌」と言うまでは絶対に」

 

 視線を前に戻しながら、僕は答えた

 

 

「だって、大切な友達ですから」

 

 

 

 

 

 

 …ミミちゃんのお母さんがミミちゃんに看取られながら最期をむかえたのは、それから3ヶ月後のことだった



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2年目:クーデリア「あの人との思い出・下」

 この話は前回の話とくっつけようかとも思いましたが、視点が変わる事と長くなりすぎることから、分けることとなりました
 前回、前々回に引き続き、「原作改変」「捏造設定」等が多々含まれます

 今回でマイス君とミミちゃんの過去話は一旦終わりになります
 


***フォイエルバッハ家***

 

 

「…それで、その後はどうなったのよ?」

 

「そのあとですかー…?ミミちゃんが当主(とーしゅ)(ちゅ)ぐためのあれこれを手伝ったりー色々と教えたりー…」

 

 あたしの問いかけに、やや呂律が回らなくなってきた口で答えを返すマイス

 

 マイスが話しやすくなるために勧め飲ませたワインだったけど、思った以上の効果…というか、マイスが思った以上に早いスピードで酔ってしまっていた。それだけ、マイスが精神的に弱っていたのだろうか?

 

 

「それから1年くらい経ったころにですねー、ミミちゃんがいきなり「もうくるなー!今度シュヴァルツラング家の敷地に足を踏み入れたら許さないわよー!」って言って…」

 

 そう言いながら、マイスがプルプルと震えだした

 どうしたのかと思ったけど、(うつむ)き気味の、マイスの顔をよく見てみると、その目からは涙がダバダバと溢れ出てきていた

 それを見た瞬間、「あっ、コレはダメね」と察してしまう

 

 

「あははは、きっと…きっと僕は知らないうちにミミちゃんに悪い事しちゃってたんだー!だから(きりゃ)われたんだ、うわーん!!」

 

「ああ、もうっ!アンタももういい大人なんだから、そんなみっともない泣き方しないの!」

 

「だってー!」

 

 泣きながらテーブルに突っ伏すマイスを見て、あたしはついため息をついてしまう

 …それにしても、泣き上戸になっちゃってるマイスって、ロロナの泣いてる時に似てるわね…

 

 

 

 …そして、ふと気づいた

 

 泣き上戸……いや、それ以前にマイスが泣いているのを見るのは、何気に今回が初めてなんじゃないかしら?

 

 あたしとロロナ、それにあの騎士とで行った探索の帰り道でマイスを拾い『アーランドの街』まで連れて帰ったあの時から、もう10年くらいの付き合いにはなるけど、これまで一度も泣いたところを見たことは無かった

 

 もしかしたら、あの時…マイスがアーランドで生活するようになって1年くらい経ったころのマイスがすっごく元気が無かった時。あの時はマイスは、あたしの前でも泣いたりはしなかったし、弱音すら吐かずに気丈に振る舞っていた。

 ……あたしの前ではそうだっただけで、他の人には涙を見せていたのかもしれない。だけど、少なくともあたしは見たことは無かった

 

 

 家事も、戦闘も、農業も、鍛冶も、薬の調合も、果てには『錬金術』さえできるマイス

 微妙にズレた感覚を持っていたりはしてるけど、あたしがロロナとケンカした時には、アストリッドにいきなり押し付けられても、何かを察してくれたのか、何も言わずに色々と手を貸してくれたりした、本当にお人好しなヤツ

 

 そんな「何でもできるんじゃないか」と思えるマイスでも、それこそロロナとケンカした時のあたしのように、こうやって 嫌われたくないとか考えたり、過去の自分の行動を悔んたり悩んだりするのだ

 

 

 

 テーブルに突っ伏したままのマイスに、あたしは言葉を投げかける

 

「…いつも元気で頑張り屋なのがマイスの取柄だけど、たまにはこうやって弱音吐いちゃってもいいんじゃない?あんたの周りにいるのは、そんな頼りない奴だけじゃないでしょ?」

 

「…………。」

 

 マイスからは、返事は無かった

 

 …というか

 

「すぅ…すぅ……」

 

 いつの間にか、嗚咽が聞こえなくなっていたかと思えば、代わりに僅かだけれど寝息が聞こえてきた

 

 

 

「…たっく、しょうがないわね」

 

 あたしは立ち上がってマイスのそばまで行き、テーブルに突っ伏しているマイスを力づくで引っ張り上げ、半ば引きづるようにしてベッドのほうへと運ぶ。…マイスはそんなに大きくないはずなんだけど、流石にあたしではどうしても力不足気味だ

 

 そして、放りだすようにしてマイスをベッドへと投げ出し、その後、簡単にマイスに布団をかける

 

 

 

「ふう…」

 

 あたしはテーブルのほうへと戻って、再びイスに座る

 マイスが大半を飲んでしまい、五分の一ほどまで減ったワインを自分のグラスへと注いで、それを少しずつ喉に通していく

 

 

 …今回、マイスが話してくれたことで、おおよそだけどマイスとあの高飛車娘(ミミ)の関係は大体わかった

 前に高飛車娘が言ってた「借り」というのは、おそらくは母親のことか それ関連のことだろう

 

 

 ただ、結局あの高飛車娘が何でマイスを拒絶するようになったのかは わからないままだ。母親がいなくなってから何かあったのだろうか?マイスが何かよからぬことをしでかしたとか?

 

 状況だけから考えるなら、相続される遺産を高飛車娘が幼いことをいい事にチョロマカした……なんてところだろうけど…

 

「マイスがそんなことするはずないわよね…」

 

 ベッドで小さな寝息をたてているマイスに目を向ける

 

 というのも、性格的にも、金銭的にも、マイスがそんなことをするはずがなかった

 性格のほうはいわずもがな、金銭のほうも問題無い。だってマイスは『青の農村』が出来た頃にはもうすでにアーランド(いち)の大金持ちになっていて、『貴族』の遺産なんかに興味を持つはずもない

 

 

 …となると、別に何かの出来事があのふたりの間にあったのだろう

 

「でも、大したことじゃなさそうなのよね…」

 

 そう思う理由は、今日『冒険者ギルド』でマイスから逃げた高飛車娘の反応を見ていたからだ

 大声で叫びはしていたものの、その目には「恐怖」や「敵意」といったものは感じられなかった。そこにあったのは「驚き」とか「焦り」とか、そういった(たぐい)のものだった…と、少なくともあたしはそう感じた

 

 ……もしかして、高飛車娘が着替えているところにマイスが入ってきたとか?

 …いや、ありえそうな…ありえなさそうな……微妙なところだけど…

 

 

 

 と、ここで、グラスに注ぎ足そうと傾けた瓶からワインがこぼれ落ちなくなった。空っぽになってしまったみたい

 

 最後にグラスに残ったわずかな量を飲んでしまい、グラスを置く

 

「……今から部屋に戻るのも手間ね」

 

 イスから立ち上がり、その時の感覚であたしも酔いが回ってきているのを自覚し、この客室から自室までの移動を断念する

 

 そして、この部屋のベッドに身を倒す

 …ふと、すぐそばにマイスの顔が見えたけど……気にしないことにした

 

「……おやすみ」

 

 

―――――――――

 

 

 ……翌朝

 

 酔いが醒めた状態で目覚めたあたしが、目の前にあったマイスの顔を文字通り叩き起こしてしまったのは……その、不可抗力だということにしてほしい





 なお、マイス君が泣いたのは『ロロナのアトリエ』の「訪れた そのとき」、「マイス「切り離された存在は、何を思う」」、「マイス「僕の秘密」」等など、それなりに(?)泣いてはいます。比べる対象がないので、パッとはしませんが


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2年目:ちむ!


 諸事情により第三者視点です

 理由としては、今回の内容的にはそれが最適だろうと判断したからです


 …というか今回は、前回までのシリアス風味の話から解放されたので、普段ののんびりした感じを思い出すためのリハビリだったりします


 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 ある日のこと

 アトリエに帰りついたトトリことトゥトゥーリア・ヘルモルトは、『錬金術』の先生であるロロナにドヤ顔で出迎えられた

 

 

「な、なんですかこれ? いつの間にこんな…」

 

「ふっふっふ…大変だったんだよ、見つからないようにこっそり作るの」

 

 トトリが見つめる先にある物は、半透明の箱のようなものが赤い塊に挟まれていて、それに4本の足がついている何かの機械のようなものだった

 

「そこまでして隠さなくても…それで、何なんですか?これ」

 

「よくぞ聞いてくれました!これこそはホムンクルス自動精製装置…名づけて『ほむちゃんホイホイ』!」

 

「あの…その名前だと、まるでホムンクルスを捕まえるみたいな…」

 

「まーまー、細かいことは気にしない。とにかく、この装置を使えば、いくらでもほむちゃんを作れるの!」

 

 

 結局、何なのかわからないままで「どういうことなの…」と困り顔になってしまったトトリだったが、ふと、これまでの会話の中で知っている言葉があることに気がついた。

 

「ホムンクルス自動精製装置……ホムンクルスっていうのは『錬金術』で生みだされた人間みたいな生命体…でしたっけ?」

 

「そーだよ!」

 

「それで…ほむちゃんって確か、昔、先生のお手伝いをしていたっていう人(?)でしたよね?」

 

「そうそう!…って、あれ?トトリちゃんにほむちゃんのこと、話したことあったっけ?」

 

 途中までは嬉しそうに笑いながら頷いていたロロナだったが、自分はまだホムちゃんのことを話した覚えがなかったため、不思議に思い首をかしげた

 

 

「あっ、いえ。この前、マイスさんから聞いたんです。なんでも、マイスさんはそのホムちゃんから『錬金術』を教わったそうで……それで、今はアーランドにはいないってことも」

 

「そうなんだぁ…、トトリちゃんにも紹介したいんだけど、師匠がどこかに勝手に連れて行っちゃってて全然会えないの……」

 

 残念そうに大きくため息をつくロロナ。窓の外へと向けられたその目には、どこか遠くまで旅をしているのであろうホムちゃんを映し出していた…

 

 

 

=========

 

 

 

 そのころ、ホムちゃんは……

 

「前回、おにいちゃんが用意してくれた「おみやげ」ですが、グランドマスターは口と目を大きく開いて驚いていました」

 

「まぁ、そうだろうね…。種を植えた場所から翌朝ゴーレムが出来ていたら、誰だって驚くよ」

 

「はい。グランドマスターのあそこまでの驚き様は、これまでには無かったものです。……ただ、アレのせいで今回要求されている「おみやげ」のハードルが上がってしまっています」

 

 ……普通に『青の農村』のマイスの家に来ていた

 

 

 

=========

 

 

 

 場所は戻って、ロロナのアトリエ

 

「あっ、ええっと、話を戻すけどね……この『ほむちゃんホイホイ』のここをパカッって開けて、その中に特別な材料を入れてーっと。あとは少しの間待つだけ!」

 

「少し、待つだけ…?」

 

 

 半透明の箱の下の赤い部分に開いてある取り込み口に、ロロナが何か材料らしき物を入れてから、1分も経たずに、『ほむちゃんホイホイ』がカタカタと音を立てて揺れ出した

 

「あっ、もうすぐだよ。ちゃんとできるかなー?わくわく」

 

 期待のまなざしを向けるロロナ。

 ……だが、『ほむちゃんホイホイ』は音を立てて揺れ続けるばかりで、それ以上の変化が見られなかった

 

 

「…何も、出てこないですね」

 

「あ、あれ?そんなはずは…あれれれ?」

 

 トトリの言葉に焦りを感じ出したロロナは、『ほむちゃんホイホイ』の周りをウロチョロ動き、どこかに異常があったりしないか確認する……けれど、以上らしき異常は無く、焦りだけが積もる

 

「おかしいな。なんで…もう!動いて、お願い!」

 

「あの、あんまり叩いたりしない方が…」

 

 もう、にっちもさっちもいかなくなったロロナはポコポコと『ほむちゃんホイホイ』を叩きだし、その行動にはさすがのトトリちゃんもロロナを止めようとした

 

「だって、せっかく作ったのに。お願いだから動いてー!」

 

「わ、動き出した!」

 

「やった!よーし、今度こそ」

 

 

 

 ロロナの願いが届いたのか、それともただの偶然か。『ほむちゃんホイホイ』はいっそう活発に動き出す!

 

 そして、ついに4本の足の間から「ポコンッ!」と軽快な音を立てて、中から何かが出てきた

 

「…ほむー?」

 

「や、や…やったー!大成功ー!」

 

「うわぁ!か、かわいい…!な、なんなんですか?この子?」

 

「えへへ、かわいいでしょ。この子がほむちゃんだよ」

 

 「ほむちゃん」と呼ばれた3頭身ほどのそれは、トコトコと『ほむちゃんホイホイ』の下から歩いて出てきて、眠そうにも見える大きな目でトトリとロロナのことを見た

 髪型はパッツン前髪にツインテール、服装は袖だけが異様に長いメイド服のようなものだった。どうやら女の子のようだ

 

 

「あ、ちょっと待って。ちっちゃいほむちゃんだから、ちっちゃむ、ちほむ…」

 

 ホムちゃんを参考にしたとはいえ、大きさ等、色々と異なっている新生ホムちゃんに対し、ロロナは新たな名前をあげようと必死になって頭を悩ませる

 

「…ちむちゃん!この子はちむちゃんだよ!」

 

「ちむー!」

 

「鳴き声まで変わった!? あ、えっとその…初めまして…」

 

「ちむ!」

 

 ロロナ、そしてトトリの呼びかけに対して元気に応える新生ホムちゃん…もといちむちゃん

 

 

 …そんな小さくてカワイイちむちゃんにトトリが心奪われるのは、ある意味当然のことだったのかもしれない

 

「お返事した!ああ、かわいい…先生、触ってもいいですか? あわよくば、ぎゅーって抱きしめても!」

 

「うん、大丈夫だよ。だってこの子は、トトリちゃんのお手伝いをするために…」

 

 そう言いながら、ちむちゃんについて説明をしようとしたロロナだったが、ある事が気になってしまう

 

 

ガタン ゴトンッ ガタンガタン

 

 

「あれ?まだ動いてる…なんで?」

 

 ちむちゃんを生み出して、停止するはずの『ほむちゃんホイホイ』がいまだに音を立てて揺れ続けているのである

 

「あのね、わたしはトトリっていうの。トトリ。わかる?」

 

「ち・ち・む?」

 

「うわぁ、どうしよう…かわいすぎる…」

 

「あ、トトリちゃんばっかりちむちゃんと遊んでずるい!」

 

 異常をよそに、ちむちゃんと戯れなごむトトリ。

 そんなトトリにつられてロロナもちむちゃんと戯れようとするが、ガタンゴトンと鳴り続ける音がそれを良しとしない

 

「……じゃなくて、あの、あんまりのんびりしてる場合じゃないかも。ちょ、止まって!止まれー!」

 

「先生、ちょっと静かにしてください。ちむちゃんとおしゃべりしてるんですから」

 

「いや、うるさいのはわたしじゃなくて、この装置で…」

 

 そう言ったちょうどその時、よりいっそう『ほむちゃんホイホイ』が暴れ出し、大きな音を立て出した

 

 

「わ、わ、わ!もう、ダメかもー!」

 

「だから静かにって…え?きゃああああ!!」

 

 

 

=========

 

 

 

 そのころ、ホムちゃんは……

 

「……?」

 

「あれ、ホムちゃん?どうかした?」

 

「いえ、何か爆発音のようなものが聞こえたような気がして…」

 

「爆発音?『青の農村(ウチ)』には爆発が起こるところなんてないはずだけど…?『アーランドの街』なら、よくあることなんだけどね」

 

「確かに、マスターのお手伝いをしていた頃は日常茶飯事で聞こえてました。…少し懐かしいです」

 

 …マイスと思い出話に花を咲かせていた

 

 

 

=========

 

 

 

「あうう…。トトリちゃん、大丈夫…?」

 

「はい。なんとか…。はっ!ちむちゃん?ちむちゃんは!?」

 

 『ほむちゃんホイホイ』による謎の爆発のせいか、白い煙に包まれたアトリエ内。その中で、二人の錬金術士の声が飛び交う

 

「ちむー…」

 

「よかったー。無事だった…」

 

 

「ちむー」

「ちむ!」

「ちむ?」

 

 

「え?なんか、声がいっぱい…」

 

 煙が晴れてきて、トトリとロロナの目に入った光景は……

 

 

「きゃあ!きゃああ!ちむちゃんが、ちむちゃんがいっぱい!!」

 

 トトリがそう声をあげるのも当然だった。アトリエの床が見えなくなるほど大量にいるちむちゃん。しかも、皆ワラワラと動き回るため、実際の人数よりも多くみえることだろう

 

「たた、大変!早くなんとかしないと!トトリちゃん、手伝って!」

 

 

「ちむー!」

「ちむ?」

「ちむ!」

 

 

 アトリエ内、見渡す限りちむちゃん、ちむちゃん、ちむちゃん。

 …そんな中にいれば、ひとりだけでもデレデレだったトトリは……

 

「幸せ…。もう、このまま死んでもいいかも…」

 

「わー!ちむちゃんに埋もれてるー!?だめー!しっかりしてー!」

 

 

 

=========

 

 

 

 そのころ、ほむちゃんは…

 

「そういえば、ひとつご報告があります」

 

「報告?いったい何の?」

 

「ホムに弟が出来ました」

 

「弟!?…っていうと、アストリッドさんが新しくもう一人ホムンクルスを作ったってこと?」

 

「はい。…どうにも、ホムがこうして材料集めに出ている間、身の回りを世話する人がいなくて困ったらしく…」

 

「ああ、なるほどね……それで、その子の名前は?」

 

「ホムです」

 

「えっ」

 

「……グランドマスターは考えるのが面倒だったのでは?」

 

 

 …相変わらず、マイスとノンビリ話してした

 

 

 

=========

 

 

 

「ふう…何とか片付いた…」

 

「あうう…。一人だけになっちゃた、ちむちゃん…」

 

「ちむー…」

 

 片付けられた(意味深)ことによって、最初に出てきた一人だけになったちむちゃん

 ちむちゃんが減ったことを残念そうにするトトリ。そして、なんだか悲しそうに涙目になっているちむちゃん。…まあ、自分の仲間たち(?)が全員消されてしまったのだから、気を落しもするだろう

 

「そんな落ち込まないで。専用の材料があれば、また増やせるから。とにかく、使い方を説明しておくね」

 

 そんな二人を慰めながら説明を始めるロロナ

 

 

 …その説明は、端的に言うなら「ちむちゃんを作るには、『ほむちゃんホイホイ』に『生命の水』を入れたらいいよ!あと、ゴハンの『パイ』を用意してあげれば、ちむちゃんが素材集めやアイテムの調合をお願いできるよ!」…とのことである

 

 

「…と、まあこんな感じかな。大体わかった?」

 

「えっと…。ちむちゃん作るには特別な材料が必要で、パイをあげて働いてもらう…」

 

「うん!ちむちゃんはパイが大好物だもん」

 

 ロロナのことを昔から知っている人ならば「あっ、作り手(ロロナ)の影響がソコに出るのね…」と、半分呆れながら納得するだろう

 

 

「でねでね!パイが必要な時はわたしに言ってくれれば、いくらでも…」

 

「丁度良かったです。おねえちゃんもパイ焼くの得意だし、必要になったらいくらでも作ってもらえますから」

 

 『錬金術』の先生であるはずのロロナの言葉もスルーしながら、安心したように言うトトリ

 

「へ…え?トトリちゃんのお姉さんも?」

 

「はい!美味しいんですよ、おねえちゃんのパイ。今度 先生が来た時、作ってもらいますね」

 

「あっ、でもねでもね!パイだったら私も結構…」

 

「ちむー!」

 

「うん、大丈夫。ちむちゃんの分も作ってもらうから」

 

 めげずに『パイ』作りが得意なことを主張しようとするロロナだったが、今度はちむちゃんの「私もいるぞー!」と言わんとする主張の前にかき消されてしまう

 …そして、トトリの耳にはロロナの声が聞こえていたのか否か、どちらかはわからないが、とりあえずまたもやスルーされた

 

 

「先生、今日はもうお仕事終わりにして、ちむちゃんと遊んできますね。行こ?」

 

「ちむ!」

 

 挨拶もそこそこに、ちむちゃんを(いと)しそうに抱っこしてアトリエから出ていくトトリ

 

 

「ううう…パ、パイ作りだったら絶対負けないんだからー!」

 

 残されたロロナは、ひとりアトリエでそう泣き叫んだ

 …一応、もう一度言っておくが、ロロナはトトリの先生である

 

 

 

=========

 

 

 

 そのころ、ホムちゃんは…

 

「はむ、はむ…。『フレンチトースト』、美味しいです。濃厚でありながら、それでいてくどくなく、絶妙です」

 

「はははっ、それは良かった!いつもと違う作り方を試してみたから心配だったんだけど、口に合ったなら何よりだよ」

 

「はむ、はむ…。あっ…、『香茶』のおかわりください」

 

「はいはい。ちょっと待ってねー」

 

 おやつ代わりに出された『フレンチトースト』を頬張っていた…。こっちは『パイ』以外も大好きである

 

 

 

=========






 やっぱり、こういう話のほうが筆がのります
 …でも、物語的には時にはシリアスも必要になってしまう……


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2年目:マイス「不毛の大地…?」

 

 

***マイスの家***

 

 その日も、日課になっている畑の世話を早朝から始め、朝日が完全に顔を出したころには終えることが出来ていた

 それから土などの汚れを落とした後、朝食を取って「今日はこれから何をしようかなー?」なんて考えていた時だった

 

 

コンコンコン

 

 

「はーい!ちょっと待っててくださーい」

 

 聞こえてきたノック音に返事をしながらイスから立ち上がり、玄関へとむかう

 

「はい、お待たせしまし…たー?」

 

 玄関の扉を開け出迎えたのだけど、そこにいたのはローブのフードを異様に目深(まぶか)に被っている人だった

 

「ええっと…、どういったご用件でしょうか?」

 

「いやいや!?僕だよ、ぼ・く!」

 

 僕の反応が何かいけなかったのだろうか?

 その人は少し焦り気味に身を乗り出すようにしながら、フードを少しまくり上げて顔を覗かせてきた……って、あれ…?

 

「もしかして、トリスタンさん…!?」

 

「やっと気づいてくれた…!っと、悪いけどあがらせてもらうよ!」

 

 落ち着きなくキョロキョロと周りの様子を見まわしていたトリスタンさんは、何かから隠れようとするかのように足早に僕の家へと入ってくる

 

 

 

「…ふうっ、これでとりあえずは一安心だ」

 

 ソファーに腰かけて大きく息をつくトリスタンさん

 …なのだけど、不思議なことにローブを脱がない。いや、それどころかフードすら取ろうとしていない

 

「あの、ローブはここのコートかけにかけられますよ?」

 

「あっいや、これはその……いいんだ!うん、気にしないでくれ」

 

 そう言いながらトリスタンさんはより一層フードを目深にかぶろうと端を引っ張りだした

 

 

 ……どうしたんだろうか?大臣の仕事から抜け出している時は、隠れるような仕草をすることは多々あったけど、今日はそれの何倍にも身を隠そうとしているような気が…

 

 それに、そもそも仕事から逃げるためならば、前大臣のメリオダスさんと仲良くしている僕のところに来るとは思えない。…事実、これまで来たことがあるのは一度だけで、トリスタンさんはほとんどは街中をウロウロして逃げていたはずだ

 

 

 

「もう一回だけ聞きますけど、ローブ、脱がないんですか?」

 

「うっ!?……でも、確かに今回来た理由を話すには、どちらにせよ事情を説明しなきゃならないのか……これはもう腹をくくるしかないか(ぼそぼそ」

 

 僕の質問に言葉を詰まらせたトリスタンさんは、ひとりでなにかをブツブツと呟いて悩みだした

 

 ……そして、トリスタンさんは僕へと向きなおって必死の形相で言った

 

 

「恥を承知で頼みたい!キミは、毛が…髪の毛が生える薬を作れないかい!?」

 

「髪の…毛?」

 

「そうだ!」

 

 そう言ってローブのフードをおろすトリスタンさん。フードの下から見えてきたのは……

 

 

 『頭』だ。ただし、髪の毛の無い…正確には1センチにも満たない毛はびっしりとある

 …つまりは「丸ボウズ」というわけだ

 

 

「こんなのでは、人前に出れなければ、街を歩くことすらままならない!どうにかしたいんだ!」

 

 トリスタンさんの必死の訴えに……いや、それ以前にトリスタンさんの頭の様子を見た時から、僕は涙が止まらなくなっていた

 そのことに、気づいたんだろう。トリスタンさんが驚いたように僕に言ってきた

 

「き、キミは僕の為に泣くというのかい…!?受付嬢の人たちが笑った、この僕を…」

 

「……わかるんです。風が、空気の流れが良く感じられますよね…」

 

 僕が涙ながらに発した言葉に、トリスタンさんがハッとしたように目を見開いた。

 

「まさか……キミも…!?」

 

「ははっ……少し、経験があって…」

 

 

 思い出されるのは、あの時

 ジョキジョキと『毛刈りバサミ』で全身(金のモコモコ状態)の『ふわ毛』を刈り取られた……全身がスースーしたあの日の事…

 

 …僕の場合、モコモコ状態から人間に戻れば少し寒い気がするだけで、ボウズ頭になったりしたことは無いんだけどね……

 

 

 

「まさか同士がいるとは…!」

 

 目を潤ませながら言うトリスタンさんに、僕はどうしても気になることを聞いた

 

「でも、どうしてそんなことになったんですか?」

 

「……朝起きたらなってたんだ。ひとが寝ているうちに、あの親父が剃ったんだ!」

 

「えっ」

 

 トリスタンさんの言う「親父」っていうのは、おそらくはメリオダス前大臣だろう

 あのメリオダスさんが、何の理由も無しにそんなことをするとは思えない。何かしらの理由…例えば、何かに凄く怒っていたりとか…

 

 そこまで考えて、僕はふとある考えにたどり着いた

 

 

「あっ、トリスタンさん、また大臣の仕事ほっぽりだしたんですね…。それはメリオダスさんも怒りますよ」

 

「理解が早いね。…というか、さっきまでの涙はどうしたんだい」

 

「トリスタンさんの自業自得だと気付いたら、なんだか自然と引いちゃいました」

 

「手のひら返しが早いなぁ…」

 

 困ったように笑うトリスタンさん。…当然ではあるけど、その顔にはいつもの元気は無い

 

 

「こんな風になったせいで、帰って来たロロナにも会えないよ」

 

「あれ?まだ会ってなかったんですか?」

 

 そう僕が聞くと、トリスタンさんは軽く頷き、ため息をついた

 

「帰って来たって情報が僕の耳に届くのが少し遅くてね。それから抜け出す予定を立てて、いざ!って時にコレだよ…」

 

「…そうやって、何度も抜け出そうとするからいけないんじゃないですか?」

 

「でも、いくらなんでも、コレはやり過ぎじゃないかな?」

 

「それはまあ確かに…」

 

 

 毛の状態については同情してしまう部分がたくさんある

 けれども、経緯のことを考えるとトリスタンさんの自業自得な部分が多くて、擁護(ようご)がし辛いのも事実だ

 

 

 

「それで、話を戻させてもらうけど……毛が生える薬とか伸びる薬、無いかな?」

 

 「お願い!」といった感じに言ってくるトリスタンさん。だけど…

 

「いや、そんなもの無いですよ?…なんで頼む相手が農家の僕なんですか」

 

「だって…ほら、キミって薬の調合もできるじゃないか。だったらあるんじゃないかなーって思ってね」

 

 確かに薬の調合はするけど、基本的に自分が使うようなものしか調合しない…というか、レシピなんて知らないからできない

 そもそも、もし僕が「毛が生える薬」なんてものを調合できるのなら、今頃、武具屋のおやじさんがフッサフサになっているはずだ

 

 

「…本当に無いのかい?」

 

「無いです。僕が作れるのは、「傷を治す薬」、「毒を消す薬」、「麻痺を治す薬」とかの戦闘向けのものと、「筋力を上げる薬」、「頭が良くなる薬」、「体力がつく薬」とかの増強用のものと……あとは、「作物が良く育つようになる薬」ぐらいですよ。高々その程度です」

 

「いや、何か途中に普通じゃないのがあった気がするんだけど…?」

 

 ……?そうだろうか?

 

 

 

「あっ…!」

 

 色々、自分が作れる・作ったことのある薬を思い出していく中で、()()()を思い出してしまう

 …「生える」というか「育つ」ことに関係があると言えばあるんだけど……

 

「いやぁ…でも、()()はなぁー…」

 

「なんだい!?何かあったのかい!?」

 

 必死の形相になって迫ってくるトリスタンさんに、引きながらも、コンテナからある薬を取り出す

 

 

「『超栄水』っていう、「作物が良く育つようになる薬」を飲めるように改良(?)した薬なんですけど……」

 

「……髪の毛への効力は?」

 

「試したことは無いですけど……たぶん無いです」

 

 トリスタンさんは、僕の顔と『超栄水』を何度も見比べ……

 

 

 

「可能性が(ゼロ)じゃないなら、なんだって試してやるー!!」

 

 そう言いながら僕の手から『超栄水』を奪い、それを一気に飲み干した。そして……!

 

 

 

 

 

 その場にぶっ倒れてしまった

 

 …言い忘れたが、『超栄水』は「作物が良く育つようになる薬」を飲めるように改良(?)したと言ったけれど、お世辞にも飲めたものじゃない。本当に死ぬほどマズイ

 ……飲んだことがある僕が言うのだから間違いない

 

 

 

 なお、トリスタンさんは頭を厳重に隠した上で僕が街へと運び、彼(とメリオダスさん)の家へと送った

 …その間、トリスタンさんはうわごとのように

 

「ぼ、ぼくは…トウ、モロコシ……コーン、一粒、一粒…が、ぼ…く、なんだ…」

 

…と呟いていた……大丈夫だろうか?



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2年目:マイス「トトリとちむとマイス」

 

***マイスの家***

 

 

 来客。村の人でも、外から来た人でも、僕にとってはよくあることだ

 

 

 だけど、今日はちょっと変わっていた

 

 見た目が、ではない。…あっ、いや『錬金術士』的にはそう特別変じゃないってだけで、それなりに目立つ格好ではあるけど……

 

 そう、(ウチ)に来たのはトトリちゃん。いつも通りのトトリちゃんだ

 その腕で()(かか)えている存在を除けば、ね

 

 

「ちっちゃい……ホムンクルス?」

 

 見た瞬間にホムちゃんに近い感じがしたから、なんとなくだけれどそうだとわかった

 ただ、それにしても小さい。頭身は人よりも、金のモコモコ状態の僕に近く、単純な大きさだけでいえば金のモコモコ以下だろう

 

 そんなちっちゃな子が、ソファーに座るトトリちゃんに抱き抱えられたまま片手をピシッっと挙げた

 

「ちむー」

 

「……ち、ちむ?」

 

 ……たぶん、彼女(?)なりの挨拶なんだろう。でも、「ちむ」って…?

 

 

「マイスさん、紹介しますね!わたしのお手伝いをしてくれるちむちゃんです!」

 

「ちむ!」

 

 凄くニコニコした良い笑顔でちっちゃいホムンクルス…もとい、ちむちゃんを紹介してくれたトトリちゃん

 その紹介に合わせて、ちむちゃんは再び元気よく返事をした。眠そうに見えるのは目だけで、ずいぶんとやんちゃそうな子だ

 

「僕はマイス。よろしくね、ちむちゃん」

 

「ち~む~」

 

 挨拶をしたあと ちむちゃんの頭を撫でてあげると、ちむちゃんはニコーっと笑った

 …どうやらこの子は、ホムちゃんとは違って随分と感情が顔に出やすいみたいだ

 

 

「ホムンクルスってことは……もしかして、その子を作ったのってロロナ?」

 

「はい。えっとですね、先生が作った『ほむちゃんホイホイ』っていう機会みたいなものに「特別な素材」を入れたら、よくわからないんですけど、それが……こう…ガタガタと動き出して……」

 

 トトリちゃんがその時のことを一生懸命伝えようとしてくれるけど、途中から段々と言葉に詰まりだし、首をかしげだしてしまった。…おそらくは、トトリちゃん自身 その時に何が行われていたのかが理解できていないんだろう

 

 その結果、完全に言葉に詰まってしまったトトリちゃんは……

 

「こ、今度アトリエに来た時に見ればわかると思います!」

 

 ……説明を放り投げた

 まあ、仕方ない。それだけホムンクルスを作るというのは難しいんだろう

 

 

 それに、気になるならロロナ本人から聞けばいい……て、あれ?

 

「そういえば、ロロナはアトリエで留守番してるの?」

 

「本当は一緒にここに来るはずだったんですけど……その、クーデリアさんに連れていかれちゃって」

 

「クーデリアに?」

 

 何かあったんだろうか?猫の手も借りたい……そんな感じでロロナを?

 いや、もしかしたらロロナがクーデリアと何か約束していて、それをうっかり忘れてたとか?……前はよくあったからなぁ…

 

「それが、アトリエに来たクーデリアさんがちむちゃんを見て「でかしたわ、ロロナ!」…って言って、それで今日は一緒に飲もうって先生を連れて行っちゃったんです」

 

「ちむちゃんを見て?でかした?」

 

「ちむ?」

 

 いったい何のことなのだろう……?わからずちむちゃんを見てみるけど、ちむちゃん自身も当然わからないようで、僕と一緒に首をかしげた

 

 

―――――――――

 

 

 あれから『香茶』を淹れ、「ちむちゃんは『パイ』が好きなんですよ!」と言うから『アップルパイ』をお茶請けとして出した

 

 

「ええっと…それで、今日はちむちゃんを僕に会わせに来たのかな?」

 

 僕がそう聞くと、トトリちゃんは「あっ!?」と忘れていた何かを思い出したかのように、驚き口に手をあてた

 

「実は、マイスさんに頼みたいことがあって……」

 

「頼みたいこと?」

 

 申し訳なさそうにするトトリちゃん

 

「あの……また、一緒に調合してくれませんか?」

 

「一緒に、調合…?」

 

「ちむむ?」

 

 僕とちむちゃんは一緒に首をかしげた

 

 

 …けど、僕はふとある事を思い出した

 前にアトリエに行った際に、トトリちゃんとロロナが一緒に調合をして全部『パイ』になったという、あの出来事。その時、僕がトトリちゃんと一緒に調合してみて出来たものは、高品質の『中和剤』が湧きだす『アクティブシード』だった

 

 ……と、いうことは……?

 

 

「いいけど……何を調合したいの?」

 

「『フラム』です。最近、強い敵が多くなってきて爆弾の消費が早くて…。それで『中和剤』みたいに増やせたら、そのまま使うのにも、もっと強い爆弾の材料にも出来て便利かなーって」

 

 「なるほど」と僕は頷く

 

 確かに『フラム』は素材を厳選すれば、それ単体でもかなりの威力になる。だけど、爆発範囲や威力の上限を考えると、それよりも強い『メガフラム』と使い分けながら使用していきたい

 ……となると、『メガフラム』の材料でもある『フラム』のほうを、以前の『中和剤』のように『アクティブシード』で生産できたりしないだろうか、とトトリちゃんは考えたんだろう

 

「ハゲルさんのところの『量販店』で取り扱ってもらうことも考えたんですけど……出来るまでの日数や金銭的な理由で、少し厳しくて…」

 

「わかったよ。それじゃあどうなるかは保証できないけど、やってみようか!……それで、そっちのアトリエに今から行けばいいのかな?」

 

「あっ、いえ。使う素材は用意してきてますから、マイスさんの家の錬金釜を貸してもらえれば……」

 

「それじゃあ、隣の『作業場』に行こうか」

 

「はい!」

 

 良い返事をしたトトリちゃんは、膝の上に座らせていたちむちゃんをソファーにおろして、「それじゃあ、準備してきますね」と『作業場』のほうへと続く扉を開いて足早に言ってしまった

 

 

 

 『香茶』の淹っていたティーカップや『パイ』を乗せていたお皿を片付けてから、僕も『作業場』のほうへと行こうとしたんだけど……その途中、僕の左足が何者かに捕まれた

 驚いて足元に目を向けると……そこにいたのは、腕だけでなく全身で僕の足にしがみついている ちむちゃんだった。しかも、何故か涙目である

 

「どうしたの?」

 

「ちむ、ちちむ。ちむちーむ!ちむ」

 

 僕の問いかけに対し、足から離れたちむちゃんが身振り手振りを交えながら何かを伝えようとしてきた。

 

 何かを嫌がっているようなんだけど……だけど、具体的に何を言っているのかわからない。……もしかしたら金モコ状態になればわかるかもしれないけど、今 変身するわけにもいかないしなぁ…

 

 

 とりあえず、状況や今ある情報で、ちむちゃんが何を嫌がっているかを推測することにした

 

 今 僕が行こうとしていたのは『作業場』。そこには調合の準備をしているトトリちゃんがいる。……ちむちゃんが僕を止める理由はあるだろうか?

 

 色々と考えているうちに、ちむちゃん…ではなく、ホムちゃんのことを思い出した

 昔、ロロナのお手伝いをしていたころのホムちゃんは、採取地に素材を採りに行ったり、調合をしたりしていた。…おそらくは、トトリちゃんの手伝いをするというちむちゃんも、こんな小さな体でも同じようなことができるのだろう

 

 

 …ここで、ふと気づいた

 

 『フラム』って、ちむちゃんに作ってもらったらダメなんだろうか?

 

 いや、もしかしたらトトリちゃんは別のものの調合を頼んでいるのかもしれない

 だけど、もしトトリちゃんがちむちゃんに何も頼んでないんだとすれば……意外と辻褄が合うのではないだろうか?

 

 ホムちゃんは、会ってすぐのことが特にそうだったけど、命令を第一とし、それをこなすことだけに存在意義を持っていたふしがあった

 ちむちゃんも同じだとすればどうだろう?自分の役目であるはずの量産を『アクティブシード』に盗られてしまうとあれば、気が気でないのかもしれない。そうだとすれば、調合をやめて欲しいと訴えるかもしれない

 

 

 その考えが正しいかどうか確かめるために、僕はしゃがみ込み ちむちゃんに問いかけた

 

「もしかして、『フラム』を作るのをちむちゃんがやりたいのかな?」

 

「ちむ!ちむ!」

 

 勢いよく頷くちむちゃん。どうやら僕の考えは当たっていたようだ

 だけど、そうなると気になることがひとつ…

 

「ちむちゃんって、今、トトリちゃんからお仕事 何も頼まれてないの?」

 

「ちむー…ちちむ、ちむ」

 

 首を振って、何かを撫でるようなアクションをした後、僕の足にしがみついた

 

「ええっと……」

 

 誰が何を撫でて、何にギュッとしがみつくのか……

 

「もしかして……トトリちゃんはちむちゃんを撫でたり抱きしめたりするだけ…ってこと?」

 

「ちむ!ちむ!」

 

 再び大きく頷くちむちゃん

 健康的で元気なことからもわかるけど、ちむちゃんはちゃんとゴハンはもらっているみたい。だけどどうやら、お仕事はもらえてないようだ。…可愛がられているみたいだけど、それでは ちむちゃん的にはかなり悲しい部分があるだろう

 

 

 

「でも、さっきトトリちゃんに「いいよ」って言った矢先に、「やっぱりダメ」なんて言えないしなぁ…」

 

「ちむ!?」

 

 ガーン!?といった感じに涙目になるちむちゃん

 

「いや、でも大丈夫!トトリちゃんに、ちむちゃんにもお仕事させてあげるように言ってあげるから!ね?」

 

「ちむむ?ちむー!」

 

 「本当?」と聞いてきたような気がしたので頷いてみせると、喜んで僕の胸に飛び込んできた。それは、僕を止めようとした時の抱きつき方とは随分と違っていた

 

 

 さて、そうと決まればまずは『作業場』に行って、トトリちゃんと調合してこよう

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・作業場***

 

 

 

「……で、なんですかこれは…」

 

「『アクティブシード』だよ。…初めて見るカタチだけどね」

 

「ちむ~」

 

 

 トトリちゃんとの調合は上手くいき、錬金釜の中には拳大の種が出来ていた

 

 ただ、問題があった

 どんなものだろうと、さっそく床に落して『アクティブシード』として落してみたんだけど……

 

 生えてきたものは、『チャームブルー』…こっちで言うとリリー…ユリとかそのあたりの植物を大きくした感じで、花弁が真っ赤なものだった

 ……ただし、花は開いてなくてつぼみの状態で、『アクティブシード』特有の生きているような動きをしている

 

 

「マイスさん、これって『フラム』が元になってるはずですよね?……でも、前の『中和剤』の時みたいに『フラム』そのものはどこにも…」

 

「うーん……たぶんだけど、この子が外敵に反応する戦闘タイプだってことだと思う。前の『中和剤』の時は『水場草』に似てたから補助中心の子だったから、てっきりこっちもそうなると思ったんだけど…」

 

 考えられるのは、今回調合したのが『フラム』という戦闘用のアイテムだったということだろう。その方向性が取り込まれて完全に戦闘向きな『アクティブシード』になった……と、まあ あくまでも予想だけどね

 ただ、例が少ないため断言はできない

 

「そうですか…。でも、少し残念でしたけど、せっかくですから今度の戦闘の時に使ってみますね!」

 

 そう明るく言うトトリちゃん

 

 

 

 何はともあれ、これでちむちゃんに『フラム』を量産するっていう仕事を頼むように、トトリちゃんに言えるわけだ

 

 ……でも、あのフラムユリ、暴発しないか少し心配だなぁ…

 大丈夫だよね?使う人は爆発に定評のあるロロナじゃなくてトトリちゃんなわけだし……大丈夫、だよね?



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2年目:イクセル「マイスと錬金術士ふたり」


 『サンライズ食堂』回。久々で雰囲気を忘れ気味

 つなぎの回といった感じで、内容は薄めです


 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。毎度おなじみ、アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコックだ。

 

 陽も沈み、街中の街灯が路地の石畳を照らす『アーランドの街』。そんな夕闇の街の一角にある『サンライズ食堂(ウチ)』は、煌々と灯りをともして賑わっている

 

 

 それはさておき、今日はマイスのヤツが来店している。しかも、少しいつもと違った顔ぶれでだ

 

「「かんぱーい!」」「ええっと…かんぱい?」

 

 マイスと一緒になってテーブルについているのは、ロロナとトトリだった

 この三人、繋がりがあるかどうかといえば、「十分すぎるほどにある」。だが、こうして三人で『サンライズ食堂(ウチ)』に来ることは初めてだ

 

 ……いちおう補足しておくと、一人一人では結構 顔を出しに来る。それに、ロロナとトトリは、アトリエと店が隣なこともあって食べに来たりする。マイスとロロナは、ロロナが旅に出るまではクーデリアやステルクさんなんかを交えながら飲みに来ていた時期もあった

 

 

 そんな初めての組み合わせの三人組だが、さっそくトトリが他の二人のペースを掴めずにいる

 お酒が注がれたグラスを傾けるマイスとロロナの様子にチラチラと目をやりながら、ジュースの注がれたグラスに口をつけた。おそらくは二人の雰囲気(ノリ)を観察して、自分の立ち位置を考えようとしているんだろう

 

 実際のところ、その判断は間違ってはいない。というか、自分で立ち位置を見つけられなくても問題無いとは思う

 マイスもロロナも、マイペースで独特の感性を持ち 我が道を行くヤツらだけど、決して周囲が見えないわけでは無い。特に身近な人には気がまわるから、様子を見ているトトリに気づけば 自ら手を引きに出るだろう

 

 問題があるとすれば、マイスとロロナ(ふたり)に酒が入る事と、酒の入った二人のことをトトリが知らない事くらいだ

 …まあ、ロロナは酔っても普段と方向性は同じだし、マイスもロロナと飲みに来る時はいつもストッパー側にまわるから、そんな大変な状況になったりはしないだろう

 

 

 

「えへへー。マイス君とこうやってお酒飲むのも久しぶりだねー」

 

「そうだね。ロロナが旅に出て、それから帰って来てからも中々タイミングがなかったからね」

 

「えっと…先生とマイスさんって、昔はよく飲みに来てたんですか?」

 

 トトリの問いかけに、マイスが料理に手をのばしかけていた手を止め、そして少し考えるような仕草をした後、頷いた。

 

「そこまで頻繁にでは無かったけど、それなりにって感じかな?他にもステルクさんとかと一緒だったりした時もあったよ」

 

「マイスさんとステルクさんが……何だか想像がつかないかも」

 

 

 確かに、トトリの感想には頷けなくはない

 

 俺は昔からマイスとステルクさんが一緒にいるところを見てきたから慣れたが、あの二人が並ぶと、似合わないというかアンバランスなんだ。身長差はもちろんのこと、いつも明るくニコニコしているマイスに対し、ステルクさんは仏頂面。かなり違いがあるように感じられる

 だが、実際のところ、以前『サンライズ食堂』に二人で飲みに来ていたように、結構仲は良い。想像だが、一見違うように見える二人は、共に根が真面目なあたり そりが合うのかもしれない

 

 ……まあ基本は真面目でも、マイスは身内に甘く ちょっとズレていたりするし、ステルクさんは頑固で 不器用だったりする。…やっぱり、微妙に似てないな…。むしろそれが良かったりするんだろうか?

 

 

 

「他の人と飲みに来たっていったらー…?そうそう!マイス君が初めてお酒を飲む時、くーちゃんも一緒だったけど、くーちゃんも初めてで二人とも大変だったんだよー」

 

「あの時は僕もクーデリアも飲み方がよくわからなくて……すぐに酔いつぶれちゃったね」

 

「へぇー…」

 

 

 あの時は、最近のマイスとクーデリア(ふたり)のように愚痴を言いだしたりするわけでもなく、少し時間が経つにつれ顔が赤くなり 段々と寝る姿勢になって、最終的に二人ともイスに座ったまま寝息をたてだしたんだ

 二人ともそう体格が大きいわけでは無いが、完全に寝てしまい力が抜けている体は重くて、運ぼうとしたロロナが潰されていたのを憶えている

 

 

 

 

「そうだぁー!トトリちゃんがお酒を飲めるようになったら、一緒に飲もうね!ねっー!」

 

「え、ええっ?」

 

「うん!それは良い考えだと思うよロロナ。今14歳だから……6年後だね」

 

「楽しみだけど、ちょっと待ち遠しいなぁー」

 

「6年後……6年後、か」

 

 

 ニコニコ笑っているマイスとロロナだが、当のトトリは少し複雑そうな顔をしていた

 ……その視線と両手がトトリ自身の胸にいっていたのは……まあ、そう言うことだろう。気にしているんだな…

 

 

―――――――――

 

 

 料理を食べ進めたり、ロロナが酒の追加を注文したりしながら、時間が過ぎていった

 そんな中で、ふとマイスが何かを思い出したように はたと手を止めた。それを不思議に思ったロロナがマイスの顔を覗きこんだ

 

「どーしたの、マイス君?」

 

「いや……ひとつ思ったんだけど、トトリちゃんが14歳ってことはツェツィさんはそろそろ20歳だったりするのかな?」

 

 

「うーんと、わたしとおねえちゃんは5つ違いだから……来年で20歳です」

 

「そっか。なら、その時には何かうちのお酒でもプレゼントしようかなー?」

 

「うちのお酒…?マイスさんって野菜とかだけじゃなくてお酒も造ってるんですか?」

 

「うん。育ててる果物類を材料にしてね」

 

「そうなんですか!?…それじゃあ、今日 先生やマイスさんが飲んでいるお酒も…?」

 

 「まさか…!」といった様子で尋ねるトトリ。その問いに先に答えたのはロロナだった

 

「違うよー?マイス君のお酒、街に出回って無いもん」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「『青の農村(うちのむら)』では果物の生産はそこまで多くないから 加工に回す分が少ないっていうのと、お酒を作ってるのが僕だけで数が少なくて、村のお祭りの時なんかだけでほとんど消費しちゃうんだよね。だから村の外にはまず出ないんだ」

 

 

 そうなんだ。その酒はこの『サンライズ食堂』にも(おろ)されることは無い。

 以前、『青の農村』の祭に参加した際にマイスに飲ませてもらったが、あれはかなり美味く感じた。個人的には是非とも『サンライズ食堂(ウチ)』に卸してもらいたかったのだが、マイスのほうにも事情があるそうで、諦めざるを得なかった

 

 アレをプレゼントされるとなると、正直 羨ましい限りだ

 トトリは「そんなもの、貰ってもいいのかな…?」と少し不安げだったが、相手はマイス、別にそんな心配する必要は無い。それに来年のことだから、今色々考えても意味は無いだろう

 

 

 

 ……ふと思ったんだが、作物等の生産はもちろん 加工品なども作っている『青の農村』は、『アーランド共和国』の最大にして中心である街にほど近いという好立地なこともあって経済的にかなり安定している

 さらには、特産品と呼べるものや、だいたい月一である「祭り」なんかも、人の行き来による村の活性化に役立っているだろう

 

 そう考えると、片手の指で数えられる年数でここまでの村を作り上げたマイスは、なんだかんだ言って有能なんじゃないだろうか?

 ……何事においてもマイス自身が楽しむために始めているふしがあるが…、結果オーライだろう

 

 

―――――――――

 

 

 結局、その日はトトリがいたこと自体が良いストッパーになっていたのか、マイスもロロナもそこまで酔っぱらうことは無かった

 ただ、当のトトリは店を出るとき「ちょっと食べ過ぎちゃったかも…」と言っていたが……まあ、普通に歩けていたからきっと大丈夫だろう。…もしかしたら太る事を気にしていたのかもしれないが…



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2年目:メルヴィア「ある日の『バー・ゲラルド』」


 『トトリのアトリエ編』に入る時から危惧していたことなのですが、案の定 キャラが多くて扱い切れてません

 特にジーノ君を筆頭としたアランヤ村勢は出番が少ない現状…。中には未だに名前しか出てきていない某御者も
 難しいなぁ…


 

***バー・ゲラルド***

 

 ちょっとした暇潰しに、依頼にあった 村にほど近い採取地に出現するモンスターの討伐をしてきて、報告の為にあたしはゲラルドさんのお店に来た。相変わらずお客さんは少なく、ガランとしている

 

 

「いらっしゃ……なんだメルヴィアか」

 

 マスターのゲラルドさんに、いつものように残念そうに言われて、あたしは肩をすくめるながらゲラルドさんのいるカウンターのほうへと歩み寄っていく

 

「まるで客じゃないみたいに言わなくてもいいじゃなーい。それに、ほら。今日は依頼の報告もしに来たんだしさ」

 

「…なんというか、珍しいな。お前が真面目に依頼をこなしているのは」

 

「あら?言ってくれるわね。…まあ、否定はできないかもだけど」

 

 実際のところ、ゲラルドさんの言うようにあたしが真面目に依頼をこなすことなんてあんまりない。『冒険者』って仕事自体 あたしの気まぐれで冒険したりしなかったりって感じなのだから仕方ない

 

 あたしがそんなことを考えているうちに、ゲラルドさんは達成した依頼の処理を行ってくれたみたいで、報酬を用意してカウンターの上に出していた

 

 

「お疲れ様。これが今回の報酬だ。……それと、すまないが少し頼まれごとをしてくれないか?」

 

 後半は周りに聞かれないようにとボソボソと言ってきたゲラルドさん。……まあ、この後に何の事を言うのかは、あたしにはわかっていた。なので、ゲラルドさんが言う前にあたしのほうから小声で返事を返す

 

「言われなくても……って言いたいところだけど、どうしたものかしらねー?()()()()()()()()

 

 あたしがそう言いながらチラリとあたしから見て向かって左方向に目をやる。ゲラルドさんも同じ方向へと目を向けていた

 

 

 

「はぁー…」

 

 カウンター端のレジが置いてある一角。そこにいるのはカウンターに肘をつけ、頬杖をつきながら力無くため息を吐いているツェツィ。原因は聞かなくてもわかる。トトリの事だろう

 

 

 

「前に村に帰ってきたのは何時だったか?」

 

 ゲラルドさんに言われて思い返す

 

「えーっと、確か春先くらいじゃなかったかしら。それから2カ月半はこっちにいたから、だいたい5カ月くらいは会えてないわね」

 

「もうそんなに経っていたのか。…そりゃあ ああもなるか」

 

「とは言っても、いい加減 妹離れできないと苦労すると思うけどなぁ…」

 

 トトリには『アーランドの街』に拠点になる場所があるっていうのもあるけど、冒険者が長期間あちこちウロウロして数ヶ月家を空けることなんて、結構ざらだったりはする

 

「トトリの姉離れのほうが早いんじゃないか?」

 

「あー、それは微妙ね。トトリはやらなきゃならないことや新しい発見とかが毎日色々あるから寂しさとか感じてる暇がないだけで、案外ちょっとしたきっかけでツェツィのことが恋しくなっちゃったりすると思うわよ」

 

「ほぉ…独り立ちにはまだ遠いか」

 

「『冒険者』になったとは言っても、トトリもまだまだ14歳のお子様だもの」

 

 「当然よ」とゲラルドさんに言ってから、それじゃあねと軽く手を振りツェツィのいるカウンターほうへと移動する

 

 

 

「ツェ~ツィ~?なーに ため息なんてついてるのよ」

 

「……あれっ、メルヴィ?いつの間に帰ってきてたの?」

 

 ツェツィは声をかけるまであたしに気がつかなかったようで、少し驚きながらコッチを見てきた

 

「ひどいわねー。フツーにお店に入ってきて、ゲラルドさんに依頼の報告してたんだけど……もしかして、あたし存在感薄かったかしら?」

 

「まさか。むしろ濃すぎるくらいだと思うけど」

 

 そんなことを言いながら微笑むツェツィ。どうやら、これくらいの軽口をたたける程度の元気は残っているみたい

 

 

 …と、思ったんだけど、ツェツィの表情がまた暗くなった

 

「どうしたのよ。そんな顔しちゃって」

 

「…ねえ、メルヴィ。街ってそんなにいいものなの?」

 

 ツェツィの質問の意図を考えながら、あたしは軽く首を振ってから答える

 

「別に?それに第一 何かの良し悪しでトトリが向こうで活動してるわけじゃないわよ」

 

「じゃあ…?」

 

「『冒険者免許』が永久資格じゃないトトリは、冒険者ランクを期間内に一定以上に上げとかなきゃいけないからね。それを考えると、免許の更新ができる街の方がなにかと便利がいいのよ」

 

 あたしが免許を貰った頃は始めから永久資格だったんだけど、ギルドのほうで色々あったみたいで、今では最初は期限付きの免許しか貰えないようになったらしく大変そうだ

 

「…その「期間内」っていつなの?」

 

「ええっと…確か免許取得から3年くらい?」

 

「3年!?それじゃあその間はトトリちゃんは帰ってこれないの!?」

 

 狼狽しちゃっているツェツィに あたしは苦笑いをこぼしてしまうけど、「まぁまぁ」と落ち着かせて言葉を続ける

 

 

「これまでにも何回も帰ってきてるでしょ。それに、確か目標に設定されてるランクは7くらいだから、そこまで行けば期間なんて関係無しに自由よ」

 

「そんなに簡単なものなの…?」

 

「んーまあ、トトリなら問題無いんじゃないかしら」

 

「…なんだか適当ね」

 

 

 ツェツィは、うつむき気味になり目を瞑って眉間にシワを寄せ 何かを考え込みだした

 そして、突然顔を上げたかと思えば、離れた場所で様子を見ていたゲラルドさんんのほうを向いた

 

「そうだわ!酒場(ここ)でも免許を更新できるようにすればいいのよ!そうしましょう、ゲラルドさん!」

 

 いきなり話を振られたゲラルドさんは驚き、磨いていたグラスを落しそうになっていた。…何とか体勢を立て直したゲラルドさんは大きく息をついてから、ツェツィに言った

 

「オイオイ、無茶なことを言わないでくれ。アレは色々細かい規定がある重要なものなんだぞ。ウチみたいな 村の小さな一酒場が扱えるものじゃないんだ」

 

「そんなこと言って、ギルドの依頼は回してもらえてるじゃないですか」

 

「重要性と難しさが違うんだ。それに、その依頼のほうも受ける人間が少なくて困っているっていうのに……」

 

「トトリちゃんのためなんですから、いいじゃないですか!」

 

 頬を膨らませて怒り気味のツェツィに睨まれたゲラルドさんは困ったように肩をすくめながら「トトリのためというか、お前がそうしたいだけじゃないのか?」と呟いていた

 

 

 

 そんなふたりの様子を眺めながら、あたしは どうしたものかと考えていたんだけど、僅かに聞こえた扉の開閉音に気がついて店の入り口に目を向けてみる

 

 そこにいたのは、()()()()()()()()()()()()()だった

 

 当のツェツィはゲラルドさんに色々というのが忙しいらしく、来客に気がついている様子は無かった

 そんなツェツィがどんな反応をするか楽しみに思いながらも、あたしは言葉をかける

 

 

「おかえり、トトリ。調子はどう?」



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2年目:トトリ「アトリエでノンビリ」

 

 わたしが『アランヤ村』に帰って来てから、もう一週間くらいになっていた

 

 あの時は色々と凄かったなぁ……特におねえちゃんが…。わたしのお仕事を手伝うためについて来た ちむちゃんに大興奮。「私もその子欲しい!」と言ったかと思えば、「ロロナ先生に頼んで、私の分も作ってもらって!」とまで言っちゃう始末

 ちむちゃんが可愛いのはわかるけど、はしゃぎすぎだよ、おねえちゃん……

 

 その後、わたしと一緒に村に来てたミミちゃんや、ゲラルドさんの酒場にいたメルお姉ちゃんを引き連れてのお家での夕食は凄く賑やかになった。おねえちゃんが凄く張り切って料理を作ってたのが印象に残ってる

 そのせいで、お父さんの影が薄かった……って、あれ?いつものことだ

 

 

 

――――――――――――

 

***トトリのアトリエ***

 

 

 

 そんなことがありながら、わたしはノンビリしつつも調合をしたりしながら過ごしていた

 

 

 今日も、自分のアトリエで調合してたんだけど、その途中にミミちゃんがアトリエに来た

 わたしは調合途中だったからどうしようかと思ったんだけど、ミミちゃんは「気にしないで。…この本ちょっと借りるわよ」と言って、机の上にあった本を手に取ってソファーのほうへと行って座った。たぶん、ミミちゃんなりに気を遣ってくれたんだと思う

 

 

「よし!だいたい出来たかな?後はここをこーして…っと」

 

 調合の最後の仕上げをしている時、ふとある事がわたしの頭に浮かんだ

 

「ミミちゃん、最近よくアトリエに来るようになったよね」

 

「何よ。私が来たら迷惑?」

 

 わたしに声をかけられ、本から目を離してコッチを見てきたミミちゃん。ジットリとした視線をむけられて ちょっとビックリしちゃったけど、わたしはそのまま言葉を続けた

 

「ううん、そんなこと。全然そんなことないんだけど、ただ……」

 

「ただ?」

 

 

 

「ミミちゃん、わたし以外に友達とかいないのかなーって」

 

 

 

「ぶっ!!あああんた、何をいきなり……」

 

 目を見開いて 顔を真っ赤にしたミミちゃん。その声は怒鳴(どな)り声に近かったけど、なんだか震えてた

 

「わっ、ごめん……図星だった?」

 

「違う!友達は…確かにいないけど……いないんじゃなくて、いらないの!あんただって、別に友達じゃないし!」

 

「え……わたし、友達じゃないの…?」

 

 こうしてアトリエに遊びに来てるし、一緒に冒険したり 一緒にご飯食べたりしてるのに、わたしとミミちゃんって友達じゃないの…?

 

 

「うっ…そ、そうよ!あんたが錬金術士だから、仕方なく付き合ってあげてるだけで……でなきゃ貴族である私が、下賤な田舎者のあんたなんかと!」

 

「でも……わたし、別に錬金術士としてミミちゃんの役に立ってないよ?」

 

「う、それは……立ってる!立ってるわよ!そういうことにしときなさい!」

 

 でもミミちゃん、わたしとは違って凄く強くて…。わたしが爆弾投げるよりも早く 武器でビシッ!バシッ!ってモンスターを倒しちゃうから、戦闘じゃああんまり役に立ててないし……

 あと、わたしが錬金術で出来ることといったら薬の調合くらいだけど、そっちもあんまり役に立ってないような気が……

 

「本当?わたし、役に立ってる?」

 

「…って、今はそういう話をしてたんじゃなくて……。もう!あんたが変なことを言うから!もう帰る!」

 

「あっ、待って!ミミちゃん!」

 

 本をソファーに置いて、ツカツカと外への扉のほうへと歩いて行っちゃうミミちゃんん

 

 

 

 と、扉のノブに手をかけようとしたミミちゃんの手が空振りした

 その理由は、外から来た人が ミミちゃんよりも先に扉を開けてしまったからだった

 

「トトリ、いるかー?…って、ああ、お前か」

 

 そこにいたのはジーノくんだった。偶然にも開いた扉の先で ミミちゃんの行く先を阻むように立ってしまってる。だからミミちゃんはジーノくんをジロリと睨んでた……けど、そのジーノくんはといえば、ミミちゃんに気づいたみたいだけど特に気にした様子は無かった

 

 ジーノくんが何で来たかは知らないけど、これはわたしにとっては良いタイミングだった

 わたしは扉のほうへと駆け寄る

 

「ジーノくん、いいところに!今、ちょうど調合が終わったところなんだけど、おやつに『パイ』食べていかない?」

 

「おっ、マジで!?食う食う!」

 

「ほーらっ、ミミちゃんも!」

 

 わたしはミミちゃんの手を掴んで、アトリエの中へ引っ張り戻す

 

「ちょっ、こら!」

 

 ミミちゃんはわたしに非難するような目を向けてきたけど、それは気にせずにいることにした

 

 

――――――――――――

 

 

「うん!ウメー!」

 

「ま、まあ及第点じゃないかしら?」

 

 わたしが出した『パイ』を食べて そう言ってくれるふたり。ジーノくんはいつも通りだけど、ミミちゃんはさっきの不機嫌さが感じられないくらいに機嫌を直してくれてた

 

 

「そういえばジーノくん、今日は何か用があって来たの?」

 

「モグモグ…んぐっ……っんとな、今度いつ冒険に行くのかってのと、俺も一緒に行くって話。最近ヒマでさー」

 

「あれ?ジーノくん、ステルクさんに修行をつけて貰ってるんじゃなかったっけ?」

 

 口の中にあった『パイ』を飲み込んだジーノくんが、ちょっとつまらなさそうに言いだした

 

「いやさ、トトリが帰ってくる何日か前の修行中に なんかハトが飛んできて、師匠が「すまん、急用ができた!」とか言って、荷物をまとめて どっか行っちゃったんだよ」

 

「ハト?」

 

「おう。そいつが来たら師匠慌てだしてさ、何だったんだろ、あれ?」

 

 首をかしげるジーノくん

 

 

「それって、伝書鳩(でんしょばと)だったんじゃない?」

 

 そう言ったのはミミちゃんだった

 

「伝書鳩?本なんかで読んだことはあるけど…」

 

「街道が整備されて人の行き来が比較的楽になった今では廃れ気味なんだけど、昔は使ってる人も多かった方法よ。今でも緊急の用とか よく移動してる旅人・行商人なんかは結構重宝してるの」

 

「へぇー」

 

 ミミちゃんがしてくれた簡単な説明に、ジーノくんがわかっているのかどうかわからない反応をした。……ジーノくんのことだから、わかってないんだろうなぁー…

 

 

「あれ?でもなんで街道が整備されたら伝書鳩が使われなくなるの?」

 

「村や街の間を安全に移動できるようになったら、行商人とかが定期的な移動をするようになるからよ。そうなったら手紙なんかは荷物として運ばせられるの。当然、伝書鳩のほうのメリットもあるんだけど、ハトの訓練が大変ってことも考えると……ってこと」

 

「すごい!ミミちゃんって物知りなんだね!」

 

「と、当然よ!このくらいのことを知ってるのは貴族のたしなみなの!」

 

 

 「貴族のたしなみ」かぁ……。そういえば、初めてミミちゃんと冒険に言った時、ミミちゃんの鉾捌きにわたしが驚いた時もそんなこと言ってたっけ?

 もしかして本で見たことがあるような片眼鏡(モノクル)をかけた家庭教師みたいな教育係とかいたのかな?






 なお、ただの伝書鳩ではないもよう
 ハト…というよりはステルクさんが変わってる…?


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2年目:マイス「いろいろ挑戦!」


 先週は、予定していた更新が出来ず 大変申し訳ありませんでした!


 今回は『青の農村』での話なので「原作改変」、「捏造設定」がたくさんあります。ご了承ください


 

 

 この前、家にトトリちゃんが来て……

 

「『アランヤ村』に帰って、あっちのほうの採取地を一通り冒険しようかなって思ってるんですけど……マイスさん、付いて来てくれませんか?」

 

 そう聞かれた

 トトリちゃんの冒険者の活動を手助けするっていう約束もあるし 付いて行きたいのはやまやまだったんだけど、ちょうど重要な予定があったから申し訳ないけど断らせてもらった

 

 

 その「重要な予定」っていうのは、『青の農村』での「お祭り」なんだけど……前にトトリちゃんの冒険に付き合った時には、お祭りのことは村の人たちに任せていた。けれど、今回のお祭りはそうはいかなかったから こうして残ったんだ

 

 今回のお祭り、実はちょっとこれまでと違った(こころ)みをすることになっているからだ

 ……というよりも、今回のお祭り自体初めてだから、手探り状態で慌ただしかったりする

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村***

 

 

 

 準備期間中、様々な問題がありながらも 無事お祭りは開催することが出来た

 

 

 初のお祭りではあるけど、「『青の農村』のお祭り」ということで、人は多く訪れてくれているようで、村はいつものお祭りと遜色ないくらいの賑わいを見せていた

 それでも、これまでのお祭りとは違う部分が色々とあるんだけどね

 

 

 

 大きな違いといえば、このお祭りが何かで競う祭でもなければ、何かを祝う祭りでもないということだろう

 

 じゃあ、一体どういうお祭りなのかというと……

 

 

 

「はーい!農業体験の受付はこちらでーす!」

 

「薬学体験の受付はこっちですよー!興味のある方はぜひー」

 

「ちゃんと2列に並んでくださーい。鍛冶体験の受付はここでーすーよ」

 

「料理体験~。ウチの村で育った野菜を使った料理体験はど~ですか~?」

 

 普段は『青の農村(うちのむら)』の『集会場』で、作物の種類ごとの生産量等の情報をまとめたりしている受付嬢の皆が、今日は集会場前の広場でいつもとは違った受付の仕事をしている

 

 

 

 新しい試みのお祭り。それは『(たい)(けん)(さい)』というその名の通り、何かの物事を体験してもらうお祭りだ

 

 そもそもの始まりは、毎月行われている 今後のお祭りを何にするか決める会議…『お祭り会議』で「今年の最後のお祭りは何か新しいことをしない?」という話があがった時。その時に僕がポロッと言った一言が原因だった

 

「村ができる前に僕が皆に農業教えた感じで……何かを教えるお祭りって新しくないかな?」

 

 会議に参加していたメンバーは、その頃からいた人と その頃を知っているコオルだったため、みんなイメージがすぐに湧いたから「面白そう!」とトントン拍子に話が進んでいった

 

 ただ、計画を建てていくにつれ問題も出てきた

 一番の問題は、予想される参加者に対する教える人の人数と、その体験を複数人ができる場所の確保

 特に教える人の確保には手間取った。村の人の中には、僕から農業以外を教わっている人もいたけど、それでも教える経験は無い人ばかりだったから 助っ人を呼ぶことになったりもした。そしてもう一つ、教える内容をしぼって ある程度 簡略化することで、体験する人にも教える人にも優しくすることで なんとか対策した

 

 

 そして、今、広場でやっているのは 午後からの()2()()の受付。それをやっている間、教える人たちは休憩時間だ

 

 

――――――――――――

 

***集会場***

 

 

「お疲れ様です!」

 

 僕がそう言って あるひとつのテーブルについている一団へと駆け寄る。そこにいるのは街からの手伝いで来てくれた二人だ

 

「おう!ボウズ…じゃ、失礼だな……村長サンかな?」

 

「ようっ、マイス。大盛況だなーこりゃ」

 

 豪快に笑いながら応える『男の武具屋』の主人・ハゲルさん。通称おやじさん

 片手をあげて応える『サンライズ食堂』のコック・イクセルさん

 

 

 二人ともそれぞれ「鍛冶体験」と「料理体験」の指導を手伝って貰っている

 

 ついでに言うと、僕は「農業体験」……ではなく、「薬学体験」のほうを()()で担当している

 

 『青の農村(うち)』は農村と言うだけあって 以前に僕が農業を教えた人が沢山いるから、農業の教え手には困らないのだ。

 料理や鍛冶も、ほんの数人だけなら 僕が教えた人がいるにはいるけど、人数的に厳しいから……ということで、おやじさんとイクセルさんに手を貸してもらっている

 …で、薬学だけ、教える人が 村にも街の知り合いにもいなくて、「やるか、やらないか」で迷った末に、「それじゃあ、僕一人でやってみるよ」となったわけだ

 

 

「薬学ってのは俺もあんまり知らないけど、俺たちのところほどじゃないが 人が沢山で大変そうだったな」

 

「あはは、さすがに一人だとてんやわんやしちゃったよ」

 

 

「…でもよ、「鍛冶体験(ウチ)」は()の関係で人数制限が有ったかってのもあるが、「料理体験」はものすごかったじぁねぇか。やっぱり、食い物のほうが剣とかよりも人気っつーことかぁ?」

 

 おやじさんが何か少し残念そうに肩をすくめながら首をかしげた

 

「おやじさん、たぶんそうじゃなくて「一番身近で、ハードルが低くて参加しやすい」のが料理ってことだと思いますよ?ほら、鍛冶って金槌(かなづち)振るったりするイメージがあって「力がいりそうだなー」って思ってしまうとか」

 

「マイスの言う通りだな。薬学や鍛冶ってのは 薬とか剣を使う『冒険者』ならまだしも、一般の街の人には時々しか世話にならないから、あんまり手軽に手をだせそうにないんじゃないか?残りの農業は……縁は無いけど、『青の農村』が有名過ぎて一周回って興味が湧くんだろうけどよ」

 

 僕とイクセルさんの話を聞いたおやじさんは「なるほどな」と頷いて、おおよそ納得したみたいだ

 

 

 そして、おやじさんはその太い腕を組んでニカリと笑った

 

「…にしても、これまで他人(ひと)に教えるって機会が無かったから わかんなかったけどよ、案外面白いもんだよな。うまく伝わんねぇこともあるけどよ、それでも教えたヤツが 上手く作れて喜んでんのをみるのも、何とも言えないもんがあるぜ」

 

「それは俺も思った!俺の場合、トトリに教えてたりするんだけど……あれはただ単にレシピ渡してるだけみたいなもんだからな。今日みたいに実際にやってるところで教えるのは新鮮だったぜ」

 

「それはよかったです!体験の参加者が楽しむだけ楽しんで、教える人たちは疲れただけで楽しくなかった…じゃあ、お祭りとしては失敗ですから!」

 

 「企画者も、イベント参加者も、見ている人も楽しめないとお祭りじゃない」、それが『青の農村』のお祭りの決まりだ。

 

 

 

 

 

バァアン!!

 

 大きな音に驚き そちらを見てみたところ、どうやら『集会場』の扉が勢いよく開かれた音のようだ

 

「いたー!マイス君、見つけたよー!」

 

 その声の主であり、扉を勢いよく開けた犯人はロロナだった。ロロナはそのまま 僕らのいるテーブルへと駆け寄ってきた

 

 

「よう、嬢ちゃんか!相変わらず元気そうじゃねぇか」

 

「元気がいいのはいいけどよ、もう少し静かにできないのか…?」

 

 ふたりに声をかけられて そちらもむくロロナ。でも、その顔は頬がプクーッ!と膨らんでいた

 

「おやじさんも!イクセくんも!マイス君も!三人ともズルい!!」

 

 ロロナにそう言われて、僕はおやじさんとイクセルさんと顔を見合わせた。ふたりも「何が何だか…」といった様子だったから、僕が代表してロロナに聞くことにした

 

 

「ロロナ?いったい何に怒ってるの…?」

 

 

「私も…私もこんな沢山の人に『錬金術』教えたいのにぃ!」

 

 …ある意味、ロロナらしい(?)理由だった

 

 

―――――――――――

 

 

 この後、「午後だけでもいいからする!」と駄々をこねるロロナをなだめ、今から錬金釜や材料を集めるのは無理だということを伝えて、諦めてもらった

 

 去り際に……

 

「次、同じようなお祭りするときは、ちゃんと声かけてね!『錬金術』の体験教室もするから!!」

 

 ……と言われて、頷いてしまったんだけど……大丈夫かな?



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3年目:マイス「久しぶりの来訪」

 

 

***マイスの家の前・畑***

 

 

 朝の冷え込みの中、僕はクワを振るう。ザクッ、ザクッという、土を耕す音が澄んだ空気に良く響く……ような気がする

 ここから見える範囲の村の様子は、早朝と言うこともあってまだ人の姿は少ないけど、寝床から起きてきたモンスター(青の布付き)を含め、ボチボチ多くなっていくだろう

 

 

 『アーランド』で暮らし始めてから もう何年もたつけど、このあたりは冬になっても『シアレンス』のように頻繁に雪が降ったりしないようで、少しだけ勝手が違ったんだけど それにももう慣れた

 

 『アーランド』の街の周辺はそういった安定した気候だけど、採取地のいくつかは年中暑かったり、逆に年中寒かったり……といった感じに、環境が変わらないような場所もあった

 そっちは『シアレンス』の周辺にも春・夏・秋・冬で変わらない環境を持った場所があったから、そこまで驚かなかったけど、『アーランド』では『シアレンス』と違って、そういう変わらない環境に限って 畑に向いた土地が無いのが少し残念ではあった

 

 環境が変わらない場所っていうのは、考え方を変えれば 年中同じ作物を育てられる……例えば、寒さの厳しい場所では年中冬の作物が栽培できるわけだ。…それができないのは少し残念ではある……その前に、採取地が離れているから行き来が大変かぁ

 

 

「よしっ…と!今日のところはこんな感じかな?」

 

 色々と考えながらの作業だったけど、流れは身体が覚えきってい待っているから何の問題も無く種まきや水やりまでこなすことが出来た

 

 

「どうかね?最近の出来は」

 

「はいー、上々ですよ。質も量も安定してますし、みんなしっかりと元気に育ってくれてます」

 

 僕はそう返事をしながら声のした方へと振り返った

 

「いらっしゃいませ。ジオさん」

 

「ああ、お邪魔させてもらっているよ」

 

 綺麗に整えられているアゴ髭に触れながら、軽く微笑みかけてくるジオさん

 

 

「ふむ……相変わらず素晴らしいものだな、君の畑は。…そして、村のほうは来る度に前よりも活気にあふれているように思えるくらいだ。君の手腕が見て取れるようだ」

 

「ありがとうございます!…でも、村のほうは僕が凄いわけじゃないですよ。村のみんな一人一人が頑張ってくれて……「村の為に」って一丸になってくれているから、今のこの村があるんです。僕なんて、それこそコッチにしか能がありませんから」

 

 そう言いながら、先程まで使っていた『クワ』と『ジョウロ』を手に取ってみせる

 でも、ジオさんは首を振ってきた

 

「謙遜しなくていい。それに、君だからこそ ここに人を集められ永住させるに至る事が出来たというのは、疑いようもない事実だ。誇りたまえ」

 

「そうですか……?」

 

 うーん……正直なところ、実感は湧かない。そもそも、村の運営については 農業関係のこととお祭りのこと以外はあんまり関わってないからなぁ…

 

 

 そんなことを思いながらも、このまま立ち話もなんだと思って、ジオさんを家に招き入れた

 

 

―――――――――

 

***マイスの家***

 

 

「こうやって君の淹れたお茶を飲むのも久しいな。……うむ、やはり良いものだ」

 

 用意した『香茶』を口につけ、ひとつ息をつくジオさん

 

「そうですね。…確か前に来た時は……」

 

 僕はずっと思い返してみて、ジオさんと会った時のことを思い出そうとする……

 

 

「…そうだ!一年と少しくらい前に、僕の留守中に来たってコオルに聞いたんだった。……ということは、それよりも前……二年半前くらい…?」

 

 確か、トトリちゃんが『青の農村(うち)』に初めて来た後で、ちょうどトトリちゃんに付いて行って『アランヤ村』に言ってたから家を留守にしてたんだった!

 ジオさんも僕の言葉に頷いて、思い起こすように目を瞑った

 

「そういえば、そうだった。立ち寄ったものの君はいなくて、行商の青年から君が出ていることを聞いたんだったな。村ができてからは 街か村かしか移動していない印象があったから、あの時は「珍しい」と思ったものだ。最近も出ているのかな?」

 

「はい。知り合いの冒険者のお手伝いと、それと クーデリアからの『冒険者ギルド』の手伝いで、時々ですけど採取地に出かけてます!」

 

「ほう…?あのお嬢さんの手伝いか……。彼女は受付嬢をしていたはずだが、それで何故採取地に?」

 

 ジオさんが反応したのは、ジオさんと面識のあるクーデリアのほうだった

 

「えっとですね、クーデリアが担当している『冒険者免許』…それのランクアップの基準になる冒険者ポイントの項目のポイント配分の見直しの為に、一度ちゃんと採取地で確認をしないといけないからーってことらしくて。それで、僕はその護衛を頼まれたんです」

 

「なるほど…。少し前に話には聞いていたが、冒険者制度の運営も一筋縄ではいかないというわけか」

 

 納得したように頷くジオさん。ひと息つくように 再び『香茶』に口をつけた

 

 ……でも、『冒険者ギルド』って国営だから 何かしらあったら・あるなら報告とかがいくと思うんだけど……そのあたりの管轄は大臣さん辺りなのかな?

 

 

 

 

「あっ…!そうだ」

 

「む、どうかしたかな?」

 

「いえ、さっき言った 僕が手伝っている冒険者についてなんですけど、ジオさんにも縁があるかなって思って」

 

 僕の言葉に「ほぉ?」と興味ありそうにこちらに目を向けてくるジオさん

 

「もしかしたら他の誰かから聞いたかもしれませんけど、その冒険者の子…トトリちゃんって言うんですけど、ロロナの『錬金術』の弟子なんですよ!」

 

「ロロナくんの弟子…だと…」

 

 ジオさんは驚いたように目を大きく見開いた。…この様子だと初耳だったみたい

 

「そうか、彼女にも弟子が……なんとも感慨深いものだな…」

 

 

 

「それにしても……ロロナなら、ジオさんに会ったら真っ先に話しそうだと思ったんですけど…?『アトリエ』にいるロロナには会わなかったんですか?」

 

「ムムッ!?」

 

「……?どうかしました?」

 

 変な声を出したジオさんに問いかけたんだけど、ジオさんは「いやっ、なんでもない…!」と首を振った

 

「いや なに、前を通りかかったんだが、ちょうど出かけていたようでな。私も時間がそうあるわけでは無かったから、会えなかったんだ」

 

「なるほどー、そんなことがあったんですね。ロロナは、これからはトトリちゃんの手伝い以外ではそんなに長い期間 アトリエを空けないらしいんで、今度時間がある時に会いに行ってあげてくださいね!」

 

「う、うむ。次の機会にはそうさせてもらうとしようか」






 『青の農村』は監視の目がほぼ無いため、あちこち旅している最中に普通に立ち寄るジオさん
 ジオさんが『青の農村』を訪れるのは、『アーランドの街』に寄る前or寄った後だと勝手に勘違いしているマイス君

 『青の農村』に監視の目(主にハト)が無いのは、「マイスがいるから大丈夫だろう」という考えによるもの…………全てがバレた時が怖いですね!


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3年目:トトリ「道中」

 

***とある街道***

 

 

 『アランヤ村』周辺の採取地を全て周っておこう……というわけで わたしたちがやって来たのは、村から南西の方向にある半島

 前は半島の手前の採取地までしか行ったことはなかったんだけど、今なら半島の端のほうまで行っても問題無い……と思う

 

 

「このあたりの道って、少し荒れてるよね」

 

 いちおう、採取地と採取地の間を結ぶ 正式な道なはずなんだけど、結構大きい岩が転がってたりデコボコしてたりと、「良い道」とは言い辛い

 

「この半島の端には村とか人の集まる場所が無いから 人が通ることが少ないの。いても、私たちのような冒険者くらい。荒れてしまって当然だわ」

 

 そう言うのはミミちゃん

 『アランヤ村』に一緒に来てたから、今回の冒険に付き合ってもらってる

 

「俺は好きだぜ?こういう道。あんまり人が通ってないような道のほうが、未開の地を冒険してるって気がしてくるじゃん!」

 

 そう元気な調子で言うのはジーノくん

 わたしが『アーランドの街』に行っている間も『アランヤ村』で冒険者としての活動をしてたみたい

 

 ……あっ。ジーノくんが言ったことに、ミミちゃんが小声で「はぁ、発想が子供ね…」て呟いた。でも、そういう子供っぽいところがジーノくんだしなぁ

 

 

 

 

「そういえば……ジーノくん、凄く強くなったよね。前に一緒に冒険した時よりもずっーと」

 

 前の採取地でのモンスターとの戦闘を思い出して言う

 

「まあな!一人で冒険したりもしたし、師匠に修行つけて貰ったりもしたからな!」

 

 ニシシと笑うジーノくん

 

 ジーノくんの師匠…ステルクさんはアーランドの元・騎士の強い人で、わたしのアトリエにも時々来てくれて、色々アイテムを頼まれたりする

 

 そんな強い人が師匠にいると、やっぱり強くなるのかなぁ…?

 わたしも、ロロナ先生がいたら もっと『錬金術』が……って、あれ?もう(あっち)のアトリエで一緒にいたりしたし、錬金術のレシピを貰ったりはしたけど……『錬金術』の腕の上達に何か効果あったかな…?

 

 

「でも、師匠がいない時にも頑張らねぇとダメなんだ。もっともっと強くならないとな」

 

「えっ、なんで?ジーノくん、今でも十分強いと思うんだけど…?」

 

「いいや、まだまだだ。師匠に勝つにはまだ全然足りないんだ!」

 

「ステルクさんに?ジーノくんが?」

 

 ステルクさんが強いって言うのは、時々聞いたことがある。あとは、わたしとジーノくんが『冒険者』になるために初めて『アーランドの街』に言った時の道中に、馬車を襲った強そうなモンスターを一瞬で倒して助けてくれた

 

 実際に戦っているところは まだ見たこと無いけど、凄く強いはず

 そんなステルクさんに ジーノくんなんかが敵うとは思えないんだけど……

 

 

「つーわけで、まずはマイスを目標にしようと思ってる!」

 

「へぇーマイスさんを…………マイスさんを!?」

 

 ジーノくんは軽いノリで言ってるけど、どう考えても順番がおかしいよ!?

 

 

「村に来た時にメルお姉ちゃんに勝ったんだよ!?なんで、そのマイスさんがステルクさんの前段階なの!?」

 

 それはまあ、メルお姉ちゃんとステルクさんのどっちが強いのかとか、わからないことは多いけど、それでもそんな気楽に挑む相手じゃないと思う。

 

「でもさ、あの時のメル姉 完全に油断してたじゃん。それにマイスはネギだったし」

 

「うん……ネギだったけど……」

 

 だけど、そのネギ、斧を弾き飛ばすんだけど……絶対 普通のネギじゃないよ…

 

「それに、一緒に冒険した時の感じからして マイスは師匠ほどは強くは無いかなーって!だから、師匠の一歩前の目標にするんだ!」

 

 

 

「ふんっ」

 

「…なんだよ」

 

 ジーノくんを鼻で笑うような態度をしたのは、話を聞いていたミミちゃんだった

 

「どうしたの?ミミちゃん?」

 

「別に。ただ、何も知らないのがおかしかっただけよ」

 

「知らないって、何のことだよ」

 

 「やれやれ…」といった感じに首を振ったミミちゃん

 

 

「あんたの師匠だっていうステルクって人とマイスの実力はほぼ互角よ。それも見抜けないようじゃ、まだまだね」

 

「あれ?ミミちゃんって、ステルクさんのこと知ってるの?」

 

「まあ、街じゃあそれなりに有名人だから」

 

 そうそっけなく言うミミちゃん

 マイスさんのほうは……わたしが初めて『青の農村』に行く時に、よくわからないけど「行かない!会わない!」って言ってたから、何かしら知ってるってことは知ってたけど……

 

 

 そんなことを思い返していると、ジーノくんが不思議そうに首をかしげながら ミミちゃんに言った

 

「互角って何だよ?あのふたりって戦ったことでもあるのか?」

 

「あるわよ。王国時代にあった『王国祭』で『武闘大会』っていうのがあったんだけど、それで戦ったことがあるの。…聞いた話じゃあ、それ以降も何度も戦ってるそうよ」

 

 『王国祭』…そういえば、前に『青の農村』でのお祭りの時に会ったステルクさんが、なにかそんなことを言っていたような気もする

 わたしは実際には知らないけど、昔はそんなお祭りが街であってたんだ…

 

「『武闘大会』っ!なんだそれ、おもしろそうだな!…っで!師匠とマイス、どっちが勝ったんだ!?」

 

「うぅ!?そ、それはー……どっちだったかしらー?まだ私が小さかった頃の話だから憶えてないわ。…でも、凄い接戦だったのは確かよ」

 

 その答えにジーノくんは「ちぇーっ」と、結果を知れなかったのを残念がりながらも、「その『武闘大会』っていうの、またないかな?俺も出てみてぇ!」とテンションをあげていた

 わたしは…ミミちゃんが途中 目が泳いだ気がしたのが少し気になったかな?

 

 

―――――――――

 

 

 そんな事を話しているうちに、次の採取地のすぐ手前に差し掛かった

 けど、そこで 遠目にだけど誰かがいるのが見えた

 

「あっ、あれってもしかして、マイスさん…?それにその近くにいるのは……クーデリアさん!?」

 

 街からも『青の農村』からも遠いこんな場所に、マイスさんはともかく なんで受付嬢のクーデリアさんまで!?

 

 

 むこうもこっちに気がついたようで、マイスさんが軽く手を振って来た

 けど、なんでかわからないけどマイスさんの動きがピタリと止まって……何故かガクンと肩を落としちゃってた。代わりにクーデリアさんが口を開いた

 

「奇遇ね、こんなところで会うなんて」

 

「そうですね!でもなんで、クーデリアさんがこんなところに?モンスターもいて危ないですよ?」

 

「そのためにマイスを護衛でつけてるのよ。…とは言っても、このあたりの敵なら あたしだけで十分だけど」

 

 そう言うクーデリアさんは、受付で仕事をしている時と変わりない様子で余裕の表情だった。嘘を言っているような気はしないんだけど……信じられないなぁ…

 

 

「クーデリアさんって、強いんですか?」

 

「そこそこには、ね。まあ、昔はよくロロナの素材集めに付き合ったりしてたから、嫌でも実戦経験が多くなったってだけよ」

 

 あっ、そっか。クーデリアさんってロロナ先生と幼馴染だったから、先生が駆け出し『錬金術士』のときから色々手伝ってたって、前にアトリエに来た時に話してたっけ?それなら、なんだか納得できるかも

 

 

 …でも、ジーノくんはそうは思えなかったみたいで……

 

「えっ!ちっちゃいねーちゃんってつえーのか?うっそだー」

 

「あら?どこに風穴開けて欲しいのかしら?」

 

 いつの間にかクーデリアさんの手に小型の『銃』が握られていて、ジーノくんに突きつけられていた

 

 この事態に、さっきまで肩を落としていたマイスさんが、慌ててクーデリアさんの手を抑えた。そして……

 

「そ、それじゃあ、三人とも 気をつけて冒険してね!」

 

「ちょっ、離しなさい!!」

 

 マイスさんが何か小声で言ったかと思うと、何か光り……マイスさんとクーデリアさんが消えてしまった

 ……もしかして、何か『錬金術』のアイテムでも使ったのかな?

 

 

 

「……よくわからないけど、行こっか?」

 

 そう言ってわたしはジーノくんとミミちゃんに……ってあれ?

 

「あれ……ミミちゃんは?」

 

 ミミちゃんが見当たらず 周りをキョロキョロしていると、そばにあった木の陰からミミちゃんの顔がヒョッコリ出てきた

 

「どうしたの?」

 

「……もう行った?」

 

「行ったって、マイスさんとクーデリアさんのこと?…ならもういないけど」

 

 わたしがそう言ってから、ミミちゃんは辺りをよーく見渡した後、木の陰から出てきた

 

 

「変なミミちゃん」

 

「何か言ったかしら?」

 

「ううん、何も?」



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3年目:トトリ「初使用!…えっ」

 

***ローリンヒル***

 

 

 道中にマイスさんとクーデリアさんとばったり会ったわたしたち。あれから数日は経っているけど、わたしたちはまだ冒険を続けていた

 

 そして、ついに村から南西の方向にある半島の一番端の採取地『ローリンヒル』までたどり着け、珍しくて品質の良い素材を集めることが出来たんだけど……

 

 

「ねぇ、ジーノくん。もう帰ろうよ」

 

「何言ってんだ。せっかくだし、アイツも倒しておこうぜ!」

 

 岩陰に隠れているわたしたち。そんな中でジーノくんが陰からひょっこり顔を出して見つめる先には、どこか別の方向を見ている巨大なぷに…「ぷにの化身」って呼ばれるモンスターがいる

高さだけでも大人の身長を超えていて、体積は人の何倍にもなるほどの大きなぷにで、おそらくはこの採取地のボス的な存在なんだと思う

 

 

「万全の状態なら勝てるかもしれないけど、わたし、もう爆弾とか攻撃用のアイテムが無くって……ジーノくんも疲れが溜まってるんじゃない?」

 

「大丈夫、大丈夫。第一、でっかくてもぷにはぷにだろ。何の心配もいらないって!」

 

 そう言って岩陰から飛び出し、ぷにの化身へと一直線に向かっていくジーノくん

 

「ああっ!待って!」

 

 わたしは制止をかけたんだけど、わたしの声が耳に入っていないのかのように ジーノくんはそのままぷにの化身に斬りかかっていった

 

 

「ハァ……こうなったら、私たちも行くしかないわね」

 

「で、でも、もうわたし爆弾が無いから、どうしたら…」

 

 ため息交じりに一歩踏み出したミミちゃんに わたしがそう言うと、ミミちゃんはもう一度大きなため息をついて首を振った

 

「そんなこと、私に言われても困るわよ。…まあ、攻撃は私とあいつに任せてサポートにまわったらいいんじゃないかしら。薬はまだ残っているんでしょう?」

 

「うん。そんなに多くはないけど、一戦分くらいは…」

 

「なら、頼んだわよ!」

 

 そう言ってミミちゃんも武器の鉾を構えてぷにの化身のほうへと走っていった

 

 その後ろ姿と一緒に見えたのは、ぷにぷにしていながら丈夫さを兼ね備えた ぷにの化身の身体に上手く刃が通らず、半ばで剣を「ぷにょん」と跳ね返されているジーノくんだった

 

「もう、ジーノくんったら…」

 

 つい、そう口に出てしまいながらも、わたしはジーノくんやミミちゃんが何時(いつ)怪我を負っても回復してあげられるようにと、ポーチの中にある薬を取り出して用意し始める

 

 

「……あれ?」

 

 ポーチを漁っている最中に、わたしの手にビンや薬壺とは違う感触のモノが触れた

 何かと思い、それを取り出してみると……

 

「あっ、これって……前に『青の農村』のマイスさんの家で、マイスさんと一緒に調合して出来た『アクティブシード』…フラムユリとか言ってたっけ?」

 

 握り拳くらいの大きさの種に目をやりながら、あの時の事を思い出す

 

 …あの時は何事も無くって、本当にただの植物みたいに静かだったけど……確かマイスさんは「外敵に反応する戦闘タイプだと思う」…みたいなことを言ってたよね?

 結局あれから使う機会が無くってポーチの底にしまったままだったけど……今使ったら役に立つのかな…?

 

 

 

「よくわからないけど、イチかバチか!ええーい!」

 

 わたしは『アクティブシード』を地面に落す…というよりは、叩きつけるように投げた

 

 すると、種が落ちた地点からツタのようなものが伸びて 光ったかと思うと、そこにはユリの花を大きくしたような『アクティブシード』になった。…ここまでは、マイスさんの家で見た時と同じだったんだけど……

 

 薄赤い花びらでつくられたツボミ。それがゆっくりとだけど開き出した

 開ききった状態は、本当に「大きな赤いユリの花」って感じだった……でも、異様な部分が一か所。それは花の中心部分。普通の植物なら「おしべ」や「めしべ」っていう部分があるはずなんだけど、そこにあったのは真っ赤な筒状の何か

 

 

「…?なんだか見たことがあるような気が……」

 

 それが何だったか わたしが思い出すよりも先に、その『アクティブシード』が ジーノくんとミミちゃんが戦っているぷにの化身のほうへと 開いた花の部分を向けて……

 

 

ジ ジ ジジ ジッ

 

 

 まるで導火線が燃えるような小さな音が、わたしの耳に入ってきた

 

「もも、も!もしかして!?」

 

 わたしはある可能性に気がついちゃって、一気に血の気が引いた

 そして、ぷにの化身の近くにいるジーノくんとミミちゃんに向かって大声で叫んだ

 

「ふたりとも離れてー!!」

 

 わたしの声に「えっ、なんで?」といった感じに振り返るジーノくんと、バックステップでとっさに距離を取るミミちゃん

 

 それとほぼ同時に、花から「ボシュン!」と音を立てて何かが発射された

 それは花の中心部分にあった真っ赤な筒状の何か…『フラム』

 

 

ぼっかーーーん!

 

 

「ぷーーーにーーー!?」

 

 爆発音に続いて、ぷにの化身の驚いたような…悲鳴のような鳴き声が聞こえた

 

 でも、爆炎と煙が晴れかけた先にいたのは、まだまだ元気そうなぷにの化身だった。もしかしたらあの『フラム』は、爆風こそ大きいけど威力自体はそこまででもないのかもしれない

 

 

「……って!まだ倒せてないんだった!?早く何と…ない……と……?」

 

 ジ ジ ジッ ジジ 

     ジッ ジジ ジッジ 

ジ ジ ジジ ジッ

 

 また聞こえてくる音。それも今度は三つ

 恐る恐る『アクティブシード』を見てみると、花の中心部分から三本の赤い筒が……

 

ボシュン!  ボシュン!  ボシュン!

 

 ほんの少しずれたタイミングで射出される『フラム』。それはまるで吸い込まれるようにぷにの化身へと飛んでいき……爆発した

 

 

ぼぼぼっかーーーん!

 

 

「ぷーににーーー!?」

 

 また悲鳴のような鳴き声をあげたぷにの化身。今度はあの大きな体が爆風で宙に浮いた

 ……しかも、またあの音が……

 

 

ぼぼぼっかーーーん!

 

 

「ぷにーーーー!?」

 

 浮き上がったぷにの化身へと飛んでいき、爆発する『フラム』。やっぱりダメージはそこまででも無いみたいで、ぷにの化身はまだ健在だけどその体は再び浮きあがり……そこにまた新しい『フラム』が…

 

 

ぼぼぼっかーーーん!

 

 

「ぷーーー!?」

 

 

「うわぁ……」

 

 つい、そんな声が漏れてしまう。……けど、仕方ないよね?

 だって、この採取地のボスのはずのぷにの化身を。少ないダメージとはいえ一方的に攻撃し続けているんだもん……あっ、また浮き上がった

 

 

 

「…これ、このまま放っておいても倒してくれるんじゃないかな……?」

 

 そう思って、それまでの時間を採取か何かで潰そうと考えて(あた)りを見回して……わたしはあることに気がついた

 

 そのへんの木に頭をぶつけたのか「いてー!?」と頭を押さえて転げまわるジーノくん

 …タンコブは出来てるかもしれないけど、あれだけ元気ならジーノくんなら大丈夫…だと思う

 

 そして、バックステップじゃあ完全には避けきれなかったのか、全体的に少し(すす)けている上に、爆発ではじけ飛んだぷにの化身の肉片(?)が 顔や体のあちこちにベッチョリ付いちゃっているミミちゃん

 ミミちゃんは凄く笑ってた……目以外は

 

 

 わたしは怒ってるミミちゃんにどうやって謝ろうか、必死になって考えることしかできなくて…………爆発音とぷにの化身の悲鳴なんて、どこか遠くのもののようにしか聞こえなかった





 イメージとしては、『RF3』の『ソル・テラーノ砂漠』や『RF4』の『レオン・カルナク』にいるゴブリン系が投げてくるナイフが『フラム』という爆発物に変わった感じになっています

 『アトリエ』だと……『メルルのアトリエ』で言うところのタイムカードに数回入る系のアイテム(『メテオール』みないな…?)になるんじゃないかと……そんな妄想です


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3年目:イクセル「マイスと冒険者ギルド」

 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。毎度おなじみ、アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコックだ

 今日も もう日が沈んでしまい 薄暗くなった街だが、『サンライズ食堂』には そこそこ客が入っていて 昼間ほどじゃないが活気はある

 

 もうこれも、決まり文句になってきたな……

 

 

 

 今日もマイスが客として来てるんだが……あまり良い予感がしない

 

 いや、別に一緒に来ているメンバーがマズいとかそう言うわけじゃない

 マイスと同じテーブルについているのは、クーデリアとフィリー。いわゆる「『冒険者ギルド』の受付嬢コンビ」だ。

 

 …そして、何がマズいかというと、マイスとクーデリアの様子がよろしくない

 マイスは落ち込んでるし、クーデリアは何か機嫌が悪そうだ。これは間違い無く悪酔い一直線だろう

 

 

 いや、だが……おかしいな

 三人が店に入った時はそんな様子はなく、普段通りだったと思う。注文を受けた時もいたって普通だった

 

 ……となると、俺が調理している間に何かあったんだろう……今から料理持って行かないといけねぇってのに、すっごくあのテーブルに近寄りたくない。仮に料理を持って行ったとしても、あんまり関わりたくない

 けど、今のうちに何とかしておいた方が良いのも事実だ。悪酔いされてしまったら、それはそれで面倒になる。フィリーがあのふたりを止められるとは思えないしなぁ…

 

 

 意を決して料理と飲み物を乗せたトレーを持ってカウンターから出る

 そして、歩いてマイスたちのいるテーブルへ近づいて行ったんだが、その途中、フィリーと目が合った。「目は口程に物を言う」とは良くいった物で、その目からは「た、助けてくださいー!」といった意思がありありと感じられた

 

 フィリーとはあまり直接的な関わりは無いが、マイスやクーデリアを通じて……そして、あのエスティさんの妹ということで、知らない仲ではない

 そんな相手にそんな目で見られたら、ますます放置はできなくなる。まあ、すでに首を突っ込む気でいたから、最後の後押しって程度なんだが……

 

 

 

「おまちどーさん…っと。んで、お前らふたりは、なんでそんな顔してんだ?」

 

「別にいいじゃない。あんたには関係ないでしょ」

 

 そう言うクーデリアに、俺は肩をすくめながら言い返す

 

「そうは言われてもな、ウチでそんな辛気臭い顔でメシ食われると あんまり良い気はしないんだ。それが知り合いとなればなおさらだ」

 

「そんな気を遣うんなら、あんたの成長した分の身長 わけなさいよ」

 

 そう言われて俺は苦笑いを浮かべてしまう

 とりあえず、クーデリアのほうは いつもの身長のことで機嫌が悪くなっていたようだ。おおかた、仕事中に何か身長に関することがあってそれを思い出しぶり返して機嫌を悪くしていたんだろう

 

 

 クーデリアの この手の悩みってのは、もはや年がら年中なわけで俺が何か言ったところでどうしようもないからスルーすることにして……問題はマイスのほう

 

「……で、マイスは何落ち込んでるんだ?」

 

「知り合いに悲鳴をあげられたステルクさんの気持ちになっています……」

 

 いや、なんだよ その例えは……

 

 そう心の中でツッコミを入れながらも、その言葉からマイスの身に何があったのかを予想する

 ……けど、思いつかない。いやだって、そもそもステルクさんが他人に悲鳴上げられるのは その(けわ)しい表情や鋭い眼光からなわけで、身長も低い部類で童顔なマイスとは天と地ほども差がある。

 そんなマイスが「悲鳴をあげられる」なんて状況は思いつかなかった。……もしかして、実はマイスがわかっていないだけで、俗に言う「黄色い悲鳴」ってやつだったのか…?

 

 

 何があったか考えたうえでマイスに何か言おうとしたんだが、それよりも先にクーデリアが言ってきた

 

「あー…、マイスのことはそんなに気にしないでいいわよ。結構前の事なのに、今さらぶり返してるだけだから……まあ、あたしも人のこと言えないかもだけど(ボソリ」

 

「お、おう」

 

 色々気にはなったが他の席の客から呼ばれたから、一言言い残してから俺は移動した

 

 

 

 ……注文取って、調理を開始してからマイスたちの会話のほうへと耳をかたむけた

 

 

「ええっ!?マイス君とミミちゃんって、面識あったの!?」

 

 そう驚きの声をあげていたのはフィリー

 ミミってのは……いつだったか、前にトトリがウチにメシ食いに来た時に話してくれた冒険の話の時に同じ名前が出てきたような覚えがある。おそらくは冒険者だろうし、トトリ繋がりでマイスと面識があってもそうおかしくは無いと思うんだが……

 

「とは言っても、最近はほとんど会って無くて……主に王国時代とその転換期あたりが一番交流が有ったかな」

 

 なるほど、アーランドの王国時代からとなると、確かに驚きものだ

 あっ、いや……そういえばマイスは昔っから変に顔が広かったりしてたな。というか、マイスがとっつき安い性格っていうこともあってだろう

 

 

「…で、あの子に最近嫌われてるっていうのよ。バッタリ鉢合わせて悲鳴上げて逃げられたり、顔を見るなり物陰に隠れられたり……ね」

 

 そうクーデリアが言うと、マイスはガックリと肩を落としながらため息を吐いた。どうやら事実らしい

 

 だが、どう考えても嫌われてるとは思い難い

 詳しい事情まで知らないから断言はできないが、むしろそれって好かれてるんじゃないか…?いやだって、言っちゃ悪いが照れ隠しのように思えるんだが……

 

 

 当のマイスはグラスをあおったかと思えば、大きなため息とともに弱々しく言った

 

「ハァ…。ミミちゃんに何か悪い事しちゃってたなら謝りたいんだけど……心当たりがないのがなぁ…」

 

「自覚が無いのが一番まずいんじゃないの?」

 

「で、でも…、何かミミちゃんが勘違いしてるだけとかで、マイス君は悪くないかも……」

 

 そう微妙なフォロー(?)を入れるフィリー

 だが、その言葉に首を振ったのはクーデリアだった

 

「そういう考え方じゃダメに決まってるじゃない。マイスはロロナとは別方向に天然なんだからー。…あれよ。ふとしたところで大ポカして、それに気づかないでどーかなっちゃったのよー」

 

 酒が入りだして口調が怪しくなりだしているが、言っていることはわかった

 

「そんなことないと思うけど…」

 

 そう思ったのはマイスだけの様で、フィリーは何か納得したように「あー…」と言って苦笑いを浮かべていた。どうやら何かしら覚えがあるらしい

 

 

 ついでに言うと、俺も「なるほどなー」と頷いている側だったりする

 というのも、クーデリアが言った通り、マイスもロロナと同じく「天然」に部類されると思う。だが、その天然の中でもマイスとロロナは微妙に違ってくる

 

 例えるならば、ロロナは 常にフワフワ浮かんでゆらゆら揺られながら道を進んでいるイメージ。対してマイスは 他の人と同じく普通に歩いているかと思えばふとした瞬間に明後日の方向に突き抜けていくイメージだ

 ふとした時、いきなり突拍子もないことをしでかすのがマイスなのだ。そのミミってやつもそんな時に巻き込まれたかなんかして、トラウマでも持ってるのか……それともさっき考えたみたいに、やっぱりマイスに気があるのかじゃないだろうか?

 

 

 

―――――――――

 

 

 結局、今日はマイスが早々に酔い潰れ、クーデリアとフィリーに肩を貸されるかたちで店を出ていった

 

 

 その姿を見ると、マイスが「両手に花」のような構図にも見えなくも無かったが……それよりも「間違ってお酒を飲んじゃった弟(兄)を連れて帰る姉と妹」と言ったほうがしっくりくるような気がした。もちろん、クーデリアのほうが妹だ

 

 ……あいつら三人とも同い年だったよな?



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3年目:トトリ「『ネコと機械と青の農村』」

 

 

 

 馬車に数日間 揺られてまた訪れた『アーランドの街』

 『アランヤ村』と行き来するのは大変だけど、村と街では出来ることが違う。それに、周辺の採取地で採れるものも違うから、両方で活動したほうがいいんだけど……

 

 うーん…。やっぱり移動時間が少し勿体なく感じる。それに、わたし あんまり馬車が得意じゃないんだよなぁ

 座椅子は堅いから体のあちこちが痛くなるし、ガタガタ揺られ続けると気持ち悪くなる……

 

 でも、だからといって徒歩で移動するのは余計に時間がかかってしまう

 途中で通る採取地で『錬金術』の素材を採取できるとは言っても、わざわざそっちを選ぶほどのことじゃない

 

 

「もっと速い移動方法でもあったらいいんだけど……」

 

 そこで思い出したのがマイスさん

 このあいだ、『アランヤ村』から見て南西方向にある半島方面の 採取地の近くで出会った時、何かを言ったかと思うと マイスさんは一緒にいたクーデリアさんと何処かへ一瞬で消えてしまった

 

 あれは『錬金術』のアイテムを使ったんじゃないかなーって

 

 だからわたしは、実際にマイスさんに聞いてみることにした

 

 

 

――――――――――――

 

 

***青の農村***

 

 

 マイスさんに会いに行くため、今日は朝早くから街を出て『青の農村』へとむかった

 

 『青の農村』へたどり着くと、まだ早い時間だというのに村の中では何人もの人が行き()っているのが遠目にも見えた。いつだったか「農家の朝は早い」って話しを聞いたことがあったけど、その話は本当みたい

 

 

 ……と、村の入り口に来た私のそばに、いくつかの影が集まってきた。ウォルフやたるリスといったモンスターたちだ

 一瞬、身構えかけちゃったけど、よくよく見るとちゃんと青い布が付けられていたから、『青の農村(このむら)』の住人(?)だった

 

「おはよう。お邪魔するね」

 

 わたしがそう言うと、モンスターたちは軽く鳴き声をあげてきた。でもそれは威嚇とかとは全く違った柔らかい感じの鳴き声で……それに、こころなしかモンスターたちが笑っているようにも見えた

 

 

「にゃうー」

「みゅうー」

「うなー」

 

 

 そんな鳴き声の中に、少し毛色が違うものがあった。

 その発生源を探してみると……

 

「あっ!」

 

 一体のウォルフの背中の上に、小さな子ネコが3匹乗っかっているのが見えた。あのウォルフは さっきここまで歩いて来たモンスターの一体なはずだから、あの子ネコたちは歩く時の揺れの中でも背中にしがみついていたんだろうか?

 

 

「なー…」

 

 

 あっ、また別のネコの鳴き声が聞こえた!

 

 その声をあげたネコはすぐにわかった。モンスターたちの間をぬうようにして出てきた大人のネコ。そのネコはわたしの足元に来てスリスリと身体をすり寄せてきた

 

「ごめんねー?わたし、今から行かなくちゃいけないところがあるの」

 

 そう言うと、そのネコはもう一度鳴いた後わたしから離れていき、村の広場のほうへの道を歩き出していった

 そして、その後をついて行くように子ネコを乗せたウォルフが……そのまた後ろにモンスターたちがついて行っていた

 

 

「……もしかして、あのネコさんがモンスターたちのボスだったり……って、そんな まさかね」

 

 

 そんな考えを頭の中から取り除き、改めてマイスさんの家へとむかった

 

 

―――――――――

 

 

 そうして、マイスさんの家のそばまで たどり着いたんだけど……

 

 

「あれ?あの人ってもしかして……」

 

 マイスさんの家の前にある マイスさんの畑のそばに、二人の人影が見えた

 一人は当然だけど、わたしが会いに来たマイスさん。そしてもう一人は……

 

「おはようございます!マイスさん、()()()()()

 

「おはよう、トトリちゃん!また街に来てたんだね!」

 

「やあ、おはよう お嬢さん。お元気そうで何よりだよ」

 

 いつも通りの笑顔で笑いかけてくるマイスさん

 そして、いつも通り猫背気味……だけど、いつもよりもなんだか元気が無いような気がするマークさん

 

 

「……? なんだかマークさん、元気が無いような気がするんですけど……どうかしたんですか?」

 

「いやね、ちょっとばかり制作意欲が湧いて造った試作機のロボットがあったんだけどね。それを今しがた、彼にコテンパンにダメ出しされたところなんだよ」

 

 そう言いながら肩をすくめるマークさん

 

「ろぼっと…? いったい何の…?」

 

「気になるかい!?いやぁー、気になるだろう!!」

 

 わたしに顔をズズイっと近寄せたマークさんは、わたしの返答なんて聞かないで喋り出してしまう

 

 

「僕が手掛けた新型の機械!『農業用ロボ』第一弾!その試作機がコレだ!!」

 

 そう言ってマークさんが 私から見て右方向へ移動すると、さっきまでマークさんの身体でわたしからは見えない位置にあったソレが姿を現した

 

 

 『タル』

 ……正確には、タルの上と下に何か機械部品のようなものが取り付けられてる

 

「……こんなのが、ろぼっと…?」

 

「むむっ、そんな残念そうな目で見られては困るなぁ。…まあ、試作機だから勘弁してくれないかな?」

 

 マークさんはため息を吐きながら首を振ったけど、次の瞬間には表情がキリッとした感じに切り替わり、語りだした

 

「上部に取り付けられたノズルからタル内部に蓄えた水を霧状に噴射し、ノズルが回転することにより360度・周囲5メートルの範囲内に水やりを自動でしてくれる!さらに!! キャタピラによって移動するから広範囲に対応できる!」

 

 ええっと……

 つまり、畑の水やりを全部やってくれるってこと!?なんだか、凄そうなんだけど……

 

「でも、なんでそれが駄目だったんですか?」

 

「あー……うーんとね?サイズ的にウネの間の間隔よりも大きくて、乗り上げたり作物を踏みそうになったり……それに、傾いたら均等に水やりが出来なくて…。後は、作物によって高さとかが違うから、ここみたいに色んな種類の作物を育てている畑には適していなくてね」

 

 

 ピシッと伸びていた背筋ごと肩を落とすマークさん。……そして、またキリッとした表情で顔を上げてきた

 

「でも、問題点はわかったんだ。次はもっといいものになるよ!……でも、またこれをラボに持って帰らないとか。キャタピラを動かす燃料もバカにならないし、運んでいくしかないかな……」

 

 また肩を落とすマークさんに、マイスさんが笑いかける

 

「よかったら、僕が街まで運びましょうか?こう見えて、力仕事には自信ありますから」

 

「良いのかい?」

 

「はい!……あっ、でも最後の一角に水をやってからで!」

 

 そう言って畑の中へと入っていくマイスさん

 

 

 その数秒後……

 

 

「てえぇーい!」

 

ピシャッ!!

 

 マイスさんの持つジョウロから広範囲にまかれる水。それは、広い畑の半分近くを(うるお)していた……

 

 

「ま、マークさん…」

 

「なんだい」

 

「アレを、越えられますか……?」

 

「…………科学に不可能は無いよ」

 

 ……少し、言葉に間が開いていた……

 

 

―――――――――

 

 

 そして、わたしはと言うと、当初の目的をすっかり忘れていた



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3年目:トトリ「……きゃあ!」


!注意!
 マイス君、まさかまさかで登場しません

 ……でも、このイベントは個人的に『トトリのアトリエ』内でも指折りのお気に入りエピソードなので、入れさせていただきました
 本家ではロロナの何とも言えないイントネーションを含め、とても素晴らしいボイスで……プレイ中はずっとニヤニヤしていたのを今でも思い出します

 今回から本格的に絡んでくるあの人とマイス君のお話は、今後のお楽しみということでよろしくお願いします!



 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 先生のアトリエでひと仕事終えて、少し息をついていたころ

 アトリエの玄関の戸がノックされる音が聞こえてきた

 

「はーい、どうぞー」

 

 「誰かが、直接依頼に来たのかな?」なんて思いながら、玄関のほうを見ていると……

 

 

「失礼する」

 

 扉が開きアトリエに入ってきたのは、とても鋭い目をして睨んでくる人だった

 

「きゃあ!」

 

「うわぁ!」

 

 わたしと一緒にいた先生も、わたしとほぼ同じタイミングで悲鳴を上げた

 けど、先生は「…ハッ!」としたかと思うと、安堵の息を吐き出した

 

「な、なんだ……ステルクさんじゃないですか。もう、驚かさないでくださいよー」

 

 先生の言葉につられて、アトリエに入ってきた人を改めて見てみると……あっ、確かにステルクさんだ。顔が怖いことも含め、真っ黒な服装もいつものステルクさんだ

 

「ご、ごめんなさい。ひさしぶりだったから、つい…」

 

「あれ?トトリちゃん、ステルクさんのこと知ってるの?」

 

「はい、何度かわたしの…『アランヤ村』のほうのアトリエに来てくれてて。色々お話しとかも…」

 

 そこから先生に色々と説明しようとしたんだけど……

 ふと、耳にドアノブが動くような音が聞こえてきて、そっちへと目を向けてみると……

 

 

「帰る」

 

 

 半分くらい もう外に出てしまっちゃってるステルクさんが、そう小さく言って、そのまま行ってしまいそうになってた!?

 

「えっ?あ、ちょ、ステルクさん!?」

 

「ま、待ってくださいよ!謝りますから。ステルクさんってばー!」

 

 

――――――――――――

 

 

「…………。」

 

「もう、いつまで()ねてるんですか?機嫌直してくださいよー」

 

 わたしと先生で ステルクさんをなんとかアトリエに引き止めることができたんだけど、ソファーに座っているステルクさんの顔はいつも以上に…という表現でいいのかはわからないけど、すごい仏頂面だ……

 

 

 先生が言っても、うんともすんとも言わないままのステルクさんをどうにかしないとと思い、わたしは頭を悩ませ……ふと閃く

 

「あ、あの、えっと……そうだ! ステルクさん、何か御用があったんじゃないですか?」

 

「このアトリエの店主が戻ってきたと聞いたので、挨拶に来た」

 

 ため息を吐いたステルクさんは、軽く首を振りながら続けていってきた

 

「……まさか、その店主と弟子の二人に悲鳴を上げられるとは思わなかったがな」

 

「だから、謝ってるじゃないですかー…」

 

「謝ればいいというものではないだろう」

 

 先生の反論にもズバッと言い返すステルクさん

 

 うーん……前に「驚かれるのには慣れてる」みたいなこと言ってたけど、やっぱり悲しかったり怒りたかったりするのかな?

 わたし、顔を見て叫ばれたりしたことないからわからないなぁ……

 

 

「だってステルクさん、前より顔怖くなってるし…」

 

「なりたくてなったわけじゃない!」

 

「ひゃあ!?ご、ごめんなさい!」

 

 …ロロナ先生にむかっての言葉だったのかもしれないけど、その大きな声に わたしはつい謝ってしまってた

 

「あー!トトリちゃんに怒鳴らないでくださいよ!!大人気(おとなげ)ないですよ!」

 

「君に大人気ないなどといわれたくは……はぁ、もういい。私が悪かった」

 

「あっ、いえ、わたしのほうこそ…」

 

 えっと、よくわからないけど ステルクさんも謝ってきたから、わたしも改めて頭を下げる

 

 そんなわたしを撫でながら、ロロナ先生はわたしにニッコリ笑いかけてきた

 

「大丈夫だよ、怖がらなくても。本当はすっごく優しい人だから、ステルクさんは」

 

「一緒に悲鳴を上げた君が言うな」

 

 その的確なツッコミに、わたしも小さく「ですよね…」と呟いてしまった……

 

 

 

「……それより、ここに帰ってきたということはアストリッドは見つかったのか?」

 

「それは……手がかりすら見つからないというか…」

 

「そうか……まあ仕方ない。あいつが本気で逃げていたら、そうそう捕まえられんだろうしな。……もし、捕まえていたら、文句の一つでも言ってやりたかったんだがな」

 

 ひとまずステルクさんの機嫌も直ってからのお話は、そんな内容から始まった

 ええっと、アストリッドさんって人はロロナ先生の先生……だったはず。『ちむちゃんホイホイ』を使った時なんかにも先生が「師匠がー!」って言ってたし、その前にもマイスさんから少しだけ聞いたことはある

 

 

「そういうステルクさんは、ジオさん見つけたんですか?」

 

「聞くな。見つけていたら、こんな顔はしていない」

 

「ですよねー……はぁ…」

 

 ジオさんっていうひとは、確かステルクさんが探しているアーランドの元王様の呼び名で、本名は……なんだったっけ?

 前に、ステルクさんから色々と聞いたときに教えてもらったんだけど、すごく長くて王様っぽい名前だった…ってこと以外はあんまり憶えられてないかも…

 

 アストリッドさんにしても、ジオさんにしても、わたしは実際には知らないから、なんか全然会話に入れないなぁ……

 

 

 

「そうだ!どうせ見つからないんだし、ステルクさんもトトリちゃんのお手伝いしませんか?」

 

「えっ?先生、急に何を…」

 

 いきなり手を叩いたかと思ったら、先生はそんなことをステルクさんに提案しだした

 

「どうせとか言うな!……彼女の手伝いと言うのは?」

 

「トトリちゃんはお母さんを探してるんです。もう何年も帰ってこないから、自分から探すって。それで冒険者の資格までとってがんばってるんですよ」

 

「ほう、そんな目的があったのか」

 

「えっ、いや、そんなたいしたものじゃ…」

 

 わたしはそう言ったんだけど、ステルクさんは「そう卑下することは無い」って小さく首を振ってくれた

 そして、腕を組んだステルクさんは「フム…」と少し考え込むような仕草をした後、頷いた

 

 

「なるほどな。人を探しているという点で私達は全員共通していると……。それで君も彼女の手伝いを?」

 

「はい。師匠はもう諦めたというか、トトリちゃんのお母さんのついででいいやって」

 

「そうだな。わたしも、一人で行動しているから、警戒されている感があるしな……言葉は悪いが、彼女の手伝いをすることがカモフラージュになるかもしれない」

 

「そうです!かもふらーじゅです!」

 

 ステルクさんとは 少し違う発音で言うロロナ先生に、わたしだけじゃなくてステルクさんも軽く首をかしげた

 

「わかって言っているのか…?まあいい、どうやらそういうことになったようだ。これからよろしく頼む」

 

「あ、は、はい!こちらこそ!」

 

 なんだか、わからないうちに話が進んじゃってる……

 けど、別に悪いことじゃない。ステルクさんは強い人だってことはジーノ君なんかからも聞いているから、むしろありがたいくらいだと思う

 

 

 

「よかったね、トトリちゃん!ステルクさん、すっごく強いから頼りになるよ!」

 

「全く、彼女より君の方が喜んでいるじゃないか」

 

「はい、喜んでます。ステルクさんとお出掛けするの久しぶりですし、すごく嬉しいです!」

 

「む、そう素直に返されては…」

 

 ニッコリと笑って言うロロナ先生に対して、ステルクさんは少したじろぐような仕草をみせた。目も若干見開いてる気がするし、こころなしか顔も赤みがかっているような……

 こんなステルクさんは初めて見た

 

 

「と、とにかく、色々と準備もいるからな。今日のところは失礼する。用の時は遠慮なく声をかけてくれ」

 

 そう言ってソファーから立ち上がったステルクさんは、足早にアトリエを出ていってしまった

 

 それを見ていたロロナ先生は、少し申し訳なさそうに(うつむ)き気味になった

 

「あっ、行っちゃった。やっぱり忙しいのかなぁ…? もしかして無理に誘っちゃったかも…」

 

「忙しいというか、照れてたんじゃないですか?」

 

「照れる?ステルクさんが?どうして?」

 

「いえ、なんとなく……。先生とステルクさんって、よく一緒にお出かけしてたんですか?」

 

「うん。私が錬金術士になったばかりのころ、すごくお世話になったんだよ。懐かしいなぁ…」

 

 どこか遠くを見るように窓の外へと目をやる先生

 けど、すぐに先生の顔はわたしのほうを向いてきた。その顔はいつも通りの先生らしい笑顔だった

 

「これからは三人でお出かけできるね。えへへ、楽しみだなぁ」

 

 

――――――――――――

 

 

 せっかくだし、明日くらいにでもステルクさんと先生を誘って冒険に行こうかなって思って、わたしはコンテナの中の素材を確認しはじめる

 

 足りない素材が採れる採取地に目星を付けて、予定を立てて……

 そして、ふと さっきの先生とステルクさんの様子を思い出して、考え込んでしまう

 

「……わたし、おジャマ虫だったりしないかな…」

 

 



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3年目:マイス「冒険の前に一悶着…!?」

 

 

 冒険者制度の見直しの一環として、実際に採取地をまわって色々と確認したりしているクーデリア

 

 その仕事の際の護衛として、僕もついていっているわけだけど……もう大半の採取地を調べてまわることが出来ている。おそらくは、あと2回ぐらいの冒険で この大陸の採取地を踏破できるだろう

 

 そして、今日からまた護衛として冒険に付き合う予定になっている

 今回の最終目的地は、アーランドの街から見てちょうど北方向にある『黄昏の玉座』。……なんだけど、道の都合や、他にも寄って調査したい採取地があるらしいので、少しだけ東方向へとそれてから『黄昏の玉座』へと行くことになってる

 

 

 

――――――――――――

 

***冒険者ギルド***

 

 

 

 村のことを色々と他の人に頼んで、食料などの用意も終えた僕は、今回は『冒険者ギルド』までクーデリアを迎えに行った

 

「おまたせ!クーデリア。そっちの準備は出来てるかな?」

 

 僕は、そう冒険者ギルドの受付の外側にいるクーデリアに声をかけた

 すると、カウンターの内側…いつもクーデリアがいる位置にいる女性のほうを向いていたクーデリアが振り返ってきた

 

「ええ、問題無いわ。…それじゃあ、あたしが留守の間 頼んだわよ」

 

 カウンターの内側にいる女性は、クーデリアの言葉に頷いた

 

 

 それを「よろしい」と見たクーデリアは、続いて向かって左側のカウンターのほうへと目を向ける

 

「あんたもよ。あたしが居ないからって、仕事サボるんじゃないわよ」

 

「は、はいぃ~、クーデリア先輩」

 

 少しビクッ!?としながらも、ちゃんと返事をするフィリーさん

 そんなフィリーさんに、僕は笑いかける。

 

「帰ってきた時には、何かお土産(みやげ)を持ってくるよ!」

 

「本当ぅ…!あ、でも……うん、ありがとう……」

 

 ……あれ?

 最初は喜んだ感じがしたけど、なんだか後半は少し微妙な反応になった気が……。どうしたんだろう?

 

「あ、あのね、マイス君。私、お土産よりも……ね?」

 

「……? 何かあるの?」

 

 

 

「モフモフを……モフモフを要求します…!」

 

 

「えっ、あ、うん」

 

「やったー!」

 

 ピョンピョンと跳ねるフィリーさんをカウンター越しに見ながら、僕は何とも言えない気持ちになる。

 

 ……うん。いや、確かに昔からフィリーさんはモフモフ…特に金のモコモコ状態の僕をモフモフするのが好きだったけど……。で、フィリーさんって仕事が休みの時はウチに来て、そのたび毎回欠かさずモフモフしていくんだ

 

 なのに、今回、わざわざこうやって宣言して許可を取るってことは……もしかして!いつも以上にモフモフされるってこと!?

 そんな状況を想像して……ブルリッと身を震わせてしまう

 

 

 

 と、とりあえず、喜んでいるフィリーさんに一言「それじゃあ、行ってくるよ!」と言って、クーデリアと『冒険者ギルド』を後にした

 

 そして、街の外へと出るための門へと向かう途中、クーデリアが……

 

「モフモフねぇ……高いか安いかわからない お土産ね」

 

「あははは…、精神的には大ダメージかな?」

 

 僕はそう言うことしか出来なかった

 

 

――――――――――――

 

 

 そうして、門の近くまでたどりついたんだけど……

 

「……なんだか騒がしいわね」

 

「そうだね。少し前、来る時に僕が通った時はそんなことは無かったんだけど…」

 

「何かあったのかしら?」

 

 少し心配になって、早足気味に門へと向かって行って、途中である事に気がつく。クーデリアのほうにチラリと目を向けてみると、クーデリアもこっちを見てきてたから、きっと同じことを思ったんだと思う

 

「…ねぇ、マイス?あたし、なんだかこの声聞き覚えがあるんだけど」

 

「やっぱり…?そうなると間違いないかなぁ…」

 

 そう言い合いながらついた、騒ぎの大元

 そこには予想していた通りの人たちがいた

 

 

 

 

「今でも怖がっているじゃないか!この間だって……」

 

「あ、あれはいきなりだったからですよ! もう、そんな根に持たなくてもいいじゃないですか!」

 

「根に持っているのはそっちだろう! 昔の金の話などを今更ぐちぐちと……」

 

「ぐちぐちなんて言ってません! ちょっと思い出話しただけじゃないですかー!」

 

 

「あああっ、ケンカはダメですよ!?二人とも…」

 

 何やら言い合いをしているロロナとステルクさん。そのそばでオロオロしながらも、健気に何とか仲裁しようとするトトリちゃん

 

 

「どうしようか?」

 

「放っておいてもいいんじゃないかしら?……でもまあ、とりあえずトトリは放っておけないわね。流石にかわいそうだわ」

 

 そう言うクーデリアは、やっぱりどうにも乗り気ではない感じだけど……まあいいか 

 とりあえずは提案通り、トトリちゃんのほうへと行こう

 

 

 

「この際だから言わせてもらうがな、君は普段から……!」

 

「ステルクさんに言われたくないです!だいたいステルクさんは……!」

 

 そう言い合う二人をスルーしてトトリちゃんのほうへ……

 ……こんな二人を見て、「偉大な錬金術士」と「国内屈指の実力者」だと思える人がいるかなぁ……?

 

 

 当然と言えば当然だけど、ケンカをしていて周りが目に入っていない二人とは違って、トトリちゃんは 近づいてくる僕らにすぐに気づいた。そして目で「助けてくださいー!」と訴えかけてきた

 

 そんなトトリちゃんの手をクーデリアが引いて、二人から離れさせた。二人はそれに気がつく素振りも無い

 

「大丈夫?トトリちゃん」

 

「いったいどうしたの……って言っても、大体想像はつくんだけど」

 

「私が「昔は一緒によく冒険してたんですか?」って聞いて、昔のことを話してくれ出したと思ったら、なんでか先生たち二人でケンカしだしちゃって……」

 

 トトリちゃんの言うことを聞いて、「はぁ、やっぱり…」とため息をつくクーデリア。僕も「あははは…」と苦笑いをしてしまう

 

 

「あの二人、あんな感じになると かなりの時間あのままだからね……どうしようか?」

 

 僕はそうクーデリアとトトリちゃんに聞く

 ……というのも、僕は昔…王国時代に、ステルクさんがドラゴンからやられたケガから復帰した後の 初めての冒険に付き合った時に似たような経験があったから、あの二人のケンカは長引くだろうことを知っていた

 

 あの時は……僕が一人で採取地に行ってモンスターを追い払ったりしたんだっけ?

 しかも、その間の時間はかなりあったはずなんだけど、僕がまた二人のもとに戻るまでの時間、僕がいなくなったことに全然気づかなかったんだよね、たしか…。

 

 

「……もう、あの二人を置いて、あたしたちの冒険についてくる?」

 

「えっ、あー……うーん…?」

 

 クーデリアの提案に、トトリは少し悩みだし……

 未だに言い争いをしているロロナとステルクさんを改めて見て、「どうしよう…」と本気で悩みだしてしまった……



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3年目:クーデリア「冒険。そして…!?」

 

 

 マイスを護衛につけて、あたしは調査を兼ねた冒険へと出かけようとしていた その時

 

 街のすぐ外で口喧嘩しているロロナと元・騎士を見かけ、そのそばにロロナの『錬金術』の弟子であるトトリがオロオロとしている場面に出会った

 あたしと一緒にいるマイスはこんな光景は放っておけないタイプだろうし、あたしとしても、さすがにトトリがかわいそうに思えたから、とりあえず何とかしてみることに。……あと、ロロナが最近どうなのかも気になったし…

 

 

 口喧嘩を続けている2人をよそに、トトリとあたしたちで色々と話した。……あたしが冗談半分で言った「あたしたちの冒険についてくる?」という言葉に、トトリが本気で考え出した時には少し驚いた

 

 …まあ、そもそもトトリが目指している採取地は 大陸の東の端のほうで、あたしたちの最終目的地の『黄昏の玉座』とは方向が違うから一緒に行くにはどちらかが予定を変更しないといけないということが、話をしているうちにわかったりしたんだけど

 

 

 そうしているうちに、口喧嘩していたロロナたちのほうもひとまず落ち着いたみたいで……

 

「…ん?彼女は何処に行った?」

 

「あっ、いた!トトリちゃん……って、あれ? なんでくーちゃんとマイス君がいるのー?」

 

 ……って、ようやくあたしたちに気づいたようだった

 もちろん、ふたりはマイスから説教を受けた。…というのも、マイスも昔に今のトトリの様な状況になったことがあったみたいで……

 

「もう!ふたりとも仲が良いのは別にいいことだけど、あの時の僕みたいにトトリちゃんをほったらかしにしたらダメじゃないですか!」

 

 ……と叱ってた

 …ただ、問題があるとすれば、マイスにはこういう「叱る」っていうのが難しいみたいで、一通り言った後 相手が「ごめんなさい」などの反省の色を少しでも見せたら すぐにコロッといつも通りに戻ること

 ネチネチと言い続けるよりはいいかもしれないけど……マイスって、基本的に甘々なのよね……

 

 

 

 っで、その後にトトリから

 

「ここでこうして会ったのも何かの縁ですし、途中まででも一緒に行きませんか?」

 

 っていう提案が出てきた

 確かに、トトリが予定していたルートと あたしたちが予定してたルートは、途中までは重なっているから不可能ではない提案だ

 

 別にこっちからすれば何の損も無い…特に断る理由も無い提案だったから、提案を受け入れて『ネーベル湖畔』あたりまで一緒に行くこととなった

 

 

 べっ、別にロロナと一緒に行けるから……とかじゃなくて!戦力的に 一緒のほうがお互い楽だろうって思っただけなんだから!!

 

 

 

――――――――――――

 

***ネーベル湖畔***

 

 

 そんなわけで、あたしたち5人は数日の冒険の後に『ネーベル湖畔』にたどり着いたわけだけど……

 

 

「…ふぅ、こんなところかしら?」

 

 この採取地で確認しておかないといけないことを一通り確認し終えたあたしは、ひとつ息をついてから辺りを見渡す

 『錬金術』の材料になるものを採取しているロロナとトトリ。そして……

 

 

「てぇぃあーーー!」

 

「『裂空(れっくう)』!!」

 

 採取地のモンスターたちを一掃する元・騎士とマイス。

 

 このふたりは、今現在アーランドにいる人の中で こと接近戦においては屈指の実力者。それこそ3本指くらいにははいるんではないか…というくらいには強い

 そんなふたりが こうして一緒になって戦っているとあれば、まず敵は無いだろう

 

「……というかコレ、過剰戦力 過ぎやしないかしら?」

 

「えー?くーちゃん どうかした?」

 

 一通り 採取を終えたロロナとトトリがいつの間にかそばまで来ていたみたいで、あたしの独り言を聞いていたロロナが首をかしげて聞いてきた

 

 

「大したことじゃないわよ。ただ、あのふたりがいたら、このあたりの採取地にいるモンスター相手に あたしたちの出番は無いだろうなって思っただけ」

 

 そう言っているうちに、この採取地にいるモンスターたちは大方追い払い終えたんだろう。さっきまで戦っていた元・騎士とマイスがこっちに戻ってきだしていた

 その様子を見ていたロロナとトトリは、納得したように軽く頷いている

 

「たしかに。ステルクさんもマイス君も とっても強いからねー!一緒の時はすごく頼りになるよ」

 

「そうですね。…それに今回はちょっと長めの冒険になりそうだから、アイテムの温存が出来て助かります」

 

 トトリの言葉に「なるほど」と思った

 確かに『錬金術士』には爆弾とかの戦闘で役に立つアイテムがあったりするけど、当然 使えば減る。もちろん、事前に多く調合しておけば問題無いだろうけど……温存できるならしておけたほうが良いに決まってる

 

 それに、さすがにアトリエの外…採取地なんかで調合なんて出来っこないだろうし

 ……あら?そういえば、前にロロナとマイスと三人で『絶望峠』に言った時に、ロロナが戦闘中に『パイ』を調合してた気がするような……気のせいだったかしら?

 

 

 「どうだったっけ?」と思い出そうとしているうちに、元・騎士とマイスがそばまできた

 

「こちらは一通り片付いたが……そちらはどうだ?」

 

「大丈夫ですよー、ステルクさん。私もトトリちゃんも採取はばっちりです」

 

 

「クーデリアはどうかな?」

 

「こっちも問題無いわ。元々『ネーベル湖畔(ここ)』で確認しないといけないことは少なかったから」

 

 あたしの言葉に頷きながら「よかった!」と言うマイス

 ……そのマイスの視線がピタリと止まった。マイスの向いているほうへと あたしも目を向けてみると、ロロナの斜め後ろにいるトトリが何かを何かを考え込んでいた

 

 

 当然、マイスが見逃すはずもなく、トトリに問いかけた

 

「トトリちゃん、どうかしたの?」

 

「あっ、えっと……実はマイスさんとステルクさんに聞きたいことがあるのを思い出して……」

 

「私たちにか?」

 

 意外そうに言う元・騎士と、「何だろう?」と軽く首をかしげながらも トトリに、遠慮せず言うようにうながすマイス

 

 

 

「昔あったっていう『武闘大会』っていうお祭りで、マイスさんとステルクさん、どっちが勝ったんですか?」

 

「…ん?」

「ぐふぉっ!?」

 

 盛大なリアクションをしたのは元・騎士

 トトリが王国時代のイベントを知っているのには あたしも驚いたけど、元・騎士の驚き様は異常ともいえる取り乱し方だった

 

「何処で聞いた!?…いや!どこまで知っている!?」

 

 ロロナが「す、ステルクさん!?落ち着いて!」と止めているが、トトリは元・騎士の反応が予想外だったらしく、こちらもかなり驚いていた

 

 

 そこからトトリが説明しだして、わかったことなんだけど……

 どうにも、前にトトリの幼馴染のジーノと それと高飛車娘…ミミの三人で話していた時に「マイスさんとステルクさん、どっちが強いのか」という話題になって、その時に街出身のミミが王国時代に行われた『武闘大会』について話したらしい

 そして、マイスと元・騎士が互角の勝負をしていたことは憶えていたけど、肝心の勝敗は忘れてしまっていた……ということらしい。

 

 

「……で、さっき二人がモンスターと戦っているのを見て、改めて気になった。そういうことね?」

 

「はい」

 

他の皆も状況を飲み込めたようだ。特に元・騎士は一人で何やら安心しきった顔をしていた

 

 …ああ、そういえば あの『武闘大会』の決勝戦でロロナに負けたのを引きずってるんだったかしら? 「人には知られたくない…」とか言っていた憶えもある

 けど、当時では一年に一度の大イベントで沢山の人が観客としていたわけだから、口止めなんてあんまり効果無いような気もするんだけど…

 

 

 ……それで、最初のトトリの質問に戻るんだけど、あたしもロロナも……当然、当事者である二人も結果は知っているわけだ。…そんな中で一番最初に口を開くのは……もちろんマイスだった

 

「あの時は僕が負けたんだ。「決まった!」って思ってちょっと気が抜けたのが敗因かな…?」

 

「とはいえ、接戦だったな。……それに、今でもさほど差は無いだろう。僅かな差で私が勝ち越せてはいるが、それでも一進一退と言ったところだ」

 

 マイスに続いて、元・騎士のほうも当時の事を思い出したりしながらトトリに話した

 けど、その話に食いついたのはロロナだった

 

「えっ!?最近でも戦ったりしてたんですか!?」

 

「ああ。ごく最近まで、街の近くまで寄った時には いつも少なくとも1,2回は試合をしていた」

 

「ついでに言うと、その何回かは『冒険者ギルド(うち)』に「冒険者同士がケンカしてる!」っていう報告がきてたわ。…その度にマイスに確認取って……面倒だったわ」

 

 あたしがそう付け足すと、元・騎士とマイスは「そんなことがあったのか?」「ええ、まあ」と軽く受け答えしていた

 

 

 

 「そうだったんですか」と、とりあえず納得したトトリだったけど、またオズオズと……今度はマイスにむかって問いかけてた

 

「その……昔から武器は『ネギ』だったんですか?」

 

「「「おたま(ね)(だよ)(だったな)」」」

 

 あたし、ロロナ、元騎士が声をそろえて言い、そしてマイスは……

 

「おたまじゃなくて『アクトリマッセ』ですよ?」

 

 そう抗議していた……

 

 

 

――――――――――――

 

***黄昏の玉座***

 

 

 『ネーベル湖畔』でロロナたちと別れてからも、あたしとマイスは途中に別の採取地に寄りながらも無事『黄昏の玉座』へとたどり着いていた

 

 

 さすがにこのあたりの敵となると マイスもあまり気を抜けないみたいで、武器も『ツインネッギ』から『プラチナエッジ』というちゃんとした剣の見た目のものに持ち替えていた

 

 少しだけ時間がかかりながらも、特にこれといった問題も無くモンスターたちを倒せた

 そして、ようやく調査や地図の確認を開始した

 

 

 けど……

 

 

 階段のように段々になっている崖を登った先にある、この採取地の名称の由来にもなっている、まるで大きな玉座のような形をした…人工物か否かもわからない岩

 その近くに、不思議なものが見えた

 

 

 揺れながら渦巻く光の塊

 

 

 光なんだけど不思議と眩しくはなくて、なんとなく淡い感じの光だった

 

 

「……何かしら、あれ?」

 

「どうした…の……えっ!?」

 

 あたしの後をついて来ていたマイスが、その光を見て驚いているのが横目に見えた

 その顔に浮かんでたのは驚き。ただし、あたしのように「未知のモノ」に対する驚きではない

 

 

「アレが何だかわかるの?」

 

「うん。とりあえず()()()()()。……一応、周りを警戒しててくれないかな?」

 

「…わかったわ」

 

 「光を壊す…?」と疑問に思いながらも、ここはマイスに任せることにして、その光に対して剣を振るうマイスの様子を見守った

 

 少ししてからピシュンッと音を立てて、その光は消えた……

 

 

 それからマイスから話を聞いたんだけど、あれは『ゲート』というモンスターが出現する穴のようなものらしく、今回みたいに攻撃しても何もモンスターが出てこないのは運が良いらしい

 

「でも、どうしてだろう…。僕が前いたところではよく見かけたけど、アーランドでは初めて見たよ」

 

「あたしも初めて見たわ。聞いたのも初めてよ。……もしかすると、他の場所にもあったりするのかしら?」

 

「わからない…。でも、もし何かあったら『冒険者ギルド』に情報がくるんじゃないかな?」

 

 マイスにそう言われて「また仕事が増えるの…」と飽き飽きとした

 でも、もしマイスの言う「モンスターがわいてくる」というのが事実であり、他の場所にこの『ゲート』が出現しているとするなら無視はしておけないだろう

 

 

 なんにせよ、『黄昏の玉座(ここ)』ですべきことをしてからね

 そういうわけで、マイスと共に 調査と地図の確認を再開した



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3年目:マイス「話は最後まで聞きましょう」

 二日遅れでトリック・オア・トリート!
 お菓子をくれなきゃ、『カブ頭』にするぞ!

 そして、ついに『フィリスのアトリエ』発売日です!
 ……やる時間あるかが心配です


 

 

 『黄昏の玉座』まで行った クーデリアとの冒険

 

 帰ってきた『アーランドの街』も、『青の農村』の様子も相変わらずで一安心している部分もあるけど……やっぱり、今回の冒険で見かけた『ゲート』のことが気になってしまう

 

 

 僕らが『黄昏の玉座』での調査を終えて街に帰ってきてから、もう十数日ほど経っていた

 

 

――――――――――――

 

***冒険者ギルド***

 

 

「全然ね。今のところは、だけど」

 

 そう言ったのは、カウンターを挟んだ向こう側にいるクーデリア

 何の話かといえば、当然『ゲート』のことだ

 

「うーん……僕らもあの時が初めてだったわけだし、やっぱりそうそうあるモノじゃないのかな?」

 

「そうかもね。それに、これまでに発見された例もないから……せめて、どういった場所に、どういった条件で発生するか…なんてことがわかっていればいいんでしょうけど」

 

「いやぁ、そういったことは昔からわからなかったからなぁ……」

 

 『シアレンス』に居た頃から、ゲートについてはほとんど知らなかった

 町の外…一般的には「ダンジョン」なんて呼ばれていた場所に発生する…といったくらいで、そのダンジョンの中でもない場所があったり、複数個存在する場所もあったりと、本当に状況はバラバラだったような覚えがある

 そのうえ、ゲートにも属性があったり……本当に不思議なことばかりだった

 

 

「他の冒険者…例えば、昨日帰ってきたトトリたちとかにも聞いてたりはするけど、見たことは無いみたいよ。……まあ、掲示板とかにも「見つけたら逃げ、ギルドに報告すべし」って張り紙してあるし、アレ一個だけってわけじゃなければ、そのうち報告は来るとは思うわ」

 

「うん……わざわざありがとう、クーデリア」

 

「別にいいわよ。あんたの話が本当なら、モンスターがドンドン出てくるんでしょう?そんなのギルドとしては放っておけないもの」

 

 「当然よ」と言ったクーデリアだったけど、その顔はすぐに困り顔になった

 

「問題は、見つけた後 破壊することは出来ても、それは根本的な解決にならないことね。…特に、あのゲートってのが複数個存在して何度も発生するようなものならなおさらのことよ」

 

 クーデリアは僕の顔をジーッと見た後、短くため息をついて首を振ってきた

 

ゲート(アレ)の事を一番知っているのはマイスに間違いないだろうけど、そういう研究職じゃなくて農家だし、アレを調べ上げたりは出来そうにないわね…。第一、この国にそんなことが出来そうなのはいない……」

 

 

 そう言いながら またため息をつきそうになっていたクーデリアが、突然ピシッっと動きを止めて……何やら苦虫を噛み潰したような顔になった

 

「…あいつがいるわね……。まあ、今はどこをほっつき歩いてるかは知らないけど」

 

「あいつ…?」

 

 キカイ…じゃなくて、機械方面とかならマークさんかと思ったけど、ゲートはそういう部類じゃないし……それに、なんでかは知らないけどクーデリアが嫌そうな顔をしてる…

 

「あっ…!」

 

 クーデリアが嫌そうな顔をしている、って部分から思いついたのは少し失礼かもしれないけど、クーデリアが言わんとする相手がわかった

 

 ロロナの師匠である、アストリッドさんだろう

 

 確かに、何かできそうな気もするけど……

 でも、今どこにいるかわからないからなぁ…。前にホムちゃんに何処にいるか聞いたことはあるけど、その時も教えてもらえなかったから探しようが無い

 

 

「アストリッドさんがいないなら、同じ『錬金術士』であるロロナ…とか?」

 

「ロロナが、ねぇ…」

 

 僕の言葉にクーデリアは腕を組んで瞼を閉じ……ほんの一瞬の間を置いて見開いた

 

「無理ね」

 

「だよね…」

 

 うーん……対処法のことも含め、『ゲート』のことはとりあえず保留かな?

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 情報収集をはじめとした『冒険者ギルド』でしておかなければならなかった用事を一通り終えた僕は、村へと帰るべく街の外に出るための門へと歩いていた

 

「あっ、そういえば クーデリアが言ってたけど、もうトトリちゃんとロロナ 帰って来てるんだっけ?」

 

 『ネーベル湖畔』までは一緒に冒険して、その後 別れたんだけど、僕らは北方面の『黄昏の玉座』を目指して行って、トトリちゃんたちは東のほうの採取地を周って行くって話していたのを思いだす

 距離的にかかる時間を考えると、こっちのほうが早く街に帰りつくのはわかっていたけど、思ったよりもその差は無かったみたいだ

 

「せっかくだし、ちょっと様子を見てこようかな」

 

 何にしろ、このまま進んでいたらアトリエの前を通るわけだから、そんな寄り道ってわけでも無いし問題無いだろう

 

 

 

 

 そんなことを考えながら歩き、そうかからずにアトリエの前に差し掛かったんだけど……

 

「ん…?」

 

 玄関の扉の前に立って、耳を澄ませる。……なんだかアトリエの中が騒がしい気がした

 

「…なんだか、前にも似たようなことがあったような……」

 

 確かあの時は、ロロナの発案でロロナとトトリちゃんがふたりで一緒に調合したら全部『パイ』になっちゃう…とかそんな理由で、ロロナがトトリちゃんに怒られてたんだっけ?

 

 この様子だと、今日も何かが起こったようだ

 

「大変なことじゃないと良いんだけど…」

 

 無意識にそう呟いてしまっていた僕は、一旦 気持ちを引き締めた後、ノックをしてからアトリエの扉に手をかけた

 

 

「こんにちはー」

 

 

「どうしよう どうしよう どうしよーう!?…あっ!マイス君!!助けてー!トトリちゃんが、トトリちゃんが不良になっちゃったー!?」

 

「マイスさん!先生を落ち着かせるの、手伝ってくださーい!!」

 

「……どうなってるの?これ?」

 

 

――――――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 とりあえずその場を落ち着かせて、二人から話を聞く……本当に、前にあったような感じがする

 

 

「えっと、話をまとめると……『お酒』の作り方を知りたいってトトリちゃんが言って、それを「作って飲みたい」ってことだと思ってしまって、トトリちゃんが不良になっちゃった、と…?」

 

「う、うん」

 

 僕が言ったことに素直に頷くロロナ

 その様子を確認してから、僕は今度はトトリちゃんのほうに目を向ける

 

「…でもそれは、自分で飲むためじゃなくて、『アランヤ村』の酒場のマスターのゲラルドさんに前々から頼まれていた「名物になるお酒をつくってほしい」っていうお願いをきくためだった…ってことかな?」

 

「はい、そうです」

 

 トトリちゃんも、僕の言ったことを頷いて肯定してくれた

 

 

 さて、この二つの話を合わせて考えると……

 

「…つまりは、ロロナのはやとちりだったってことだね」

 

「うぐぅ!?」

 

 ちょっとオーバーアクション気味に胸元に手を当ててのけぞるロロナ

 はやとちりしちゃったところも含め、ロロナらしいと言えばロロナらしいけど……

 

「慌てても何も解決しないわけだし、もうちょっとは ちゃんとトトリちゃんと話そうとしてれば、そんな勘違いをしないで済んだんじゃないかな?」

 

「う~…。ゴメンね、トトリちゃん」

 

「いいですよ、先生。…でも、次 何かあった時はもう少しお話を聞いてくださいね?」

 

「はい…」

 

 「いいですよ」って言われたとたん表情が明るくなり、その次の注意で また表情が暗くなり肩を落とすロロナ

 トトリちゃんが歳のわりに落ち着いてるって事もあるんだろうけど、これじゃあどっちが大人なのかわからないような……

 

 

 

「とりあえずは一段落ってことで、とりあえず、トトリちゃんの用事の話に戻ろっか?」

 

 そう言うと、ロロナとトトリちゃんは頷いた

 

「ええっと、お酒の作り方だったっけ?」

 

「はい。先生もいちおう成人してお酒飲めますし、知ってるんじゃないかなって」

 

 「いちおうって…。ううっ」と、ひとり呟いているロロナをよそに、トトリちゃんは口元に手を当てて「あっ…!」と何かを閃いたのか小さく声をもらした

 

 

「そういえばこの前……イクセルさんのお店でゴハン食べた時に、『青の農村』でお酒を作ってるって話をマイスさんから聞いたような……」

 

 そういえば、そんなこともあったなー…なんて思いながらも、僕は頷いてみせた

 

「うん。そんなに多い量はないけど、果物と麦のお酒を少しずつ作ってるよ」

 

 

「…!そうでしたよね! なんだ、最初から先生じゃなくてマイスさんに聞けばよかったんだ!」

 

 

「けふぅっ!?」

 

 ロロナがアトリエの床に倒れた。

 倒れたロロナの口からは、小さく震え声で「先生なのに……私が先生なのにぃ…」と聞こえてきた

 

 

「それじゃあ……僕がお酒の作り方を教えるから、トトリちゃんはそれを『錬金術』のレシピに変換していくことから始めようか!…ロロナ、教えてあげられる?」

 

 僕がそう言うと……

 

「ふふんっ!先生に任せなさーい!! トトリちゃん!わからないことがあったら、遠慮なく聞いてね!」

 

 ピョンッ!と元気良く立ち上がり、復活した



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3年目:トトリ「『サンライズ食堂』での騒ぎ・上」

 まさかの上・下!

 理由は完全に執筆時間を『フィリスのアトリエ』に持っていかれているからです
 それでも、そんなにプレイできていません。時間がほしい……


 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 ある日の昼過ぎのこと

 

 私はちむちゃん()()に手伝って貰いながら 受けていた依頼の分の調合をしていた

 

 

「ふう…、これで最後っと!」

 

 錬金釜の中からポンッ!と音が聞こえたから、わたしは釜の中を覗きこんで 調合が完了したことを確認する

 

「うん!いい出来!これなら依頼者にも喜んでもらえるはず。 お疲れ様、ちむちゃん!ちむおとこくん!」

 

「ち~む」

「ちちむ!」

 

 わたしの言葉に 元気よく手を挙げて応える二人のちむちゃんたち

 

 最近、新しくちむちゃんの材料を手に入れたから、先生作の「ほむちゃんホイホイ」を使って二人目のちむちゃんを作った。二人目は男の子だったんだけど、一人目の女の子と同じ「ちむちゃん」って呼ぶのも少し変だから 二人目のちむちゃんには「ちむおとこくん」って名前を付けてあげた

 ちむおとこくんは泣いて喜んでたよ!……そんなに嬉しかったのかな?

 

 

「頑張ってくれた二人には……はい!とってもおいしい『パイ』だよ!」

 

 一人分ずつに切り分けておいた『パイ』を ちむちゃんたちの前に出す

 

「ちむ!!」

「ちむー!」

 

「そんなに慌てなくても大丈夫だよー。はい、どーぞ」

 

 『パイ』を受け取ったちむちゃんたちは、かわいらしくペタンと座って『パイ』を食べはじめた

 

 

「『パイ』を食べてる姿も可愛いなぁ~。……あっ、でも依頼品を届けにギルドに行かないと! わたし、少し出かけてくるからね?二人はゆっくり『パイ』を食べてていいよ」

 

「ちむむ~」

「ちーむー」

 

 一旦 食べるのを中断して、お返事と「バイバイ」をするちむちゃんたちに見送られて、わたしはアトリエから出発した

 

 それにしても、やっぱり可愛いなぁ……ちむおとこくんなんて、本人は気づいてないみたいだったけど、ホッペに『パイ』のかけら付けちゃってたし……

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 『冒険者ギルド』の受付にいたフィリーさんに依頼品を渡して お仕事を完了したわたしは、アトリエに帰るために通りを歩いてた

 

 

クゥ~

 

 無意志に鳴った自分のお腹に驚きつつ、周りに誰かいて 聞かれたりしてなかったかを確認した。…運良く、周りには誰もいなかったんだけど……

 

「そういえば、調合が忙しくてお昼抜いちゃってたんだ…。…でも、夜ご飯までは時間はまだあるし……どうしようかな?」

 

 今 食べ過ぎるのも悪いけど、何も食べないとそれはそれできつい

 アトリエに帰ってから わたしも『パイ』をちょっとだけ食べちゃおうかな…?

 

 そんなことを考えている時、ふとあるお店の看板が目に入った

 『サンライズ食堂』。先生の幼馴染のイクセルさんが働いているお店だ。わたしも何かとお世話になっていたりする

 

「何か軽い食べ物とかもあった気が…………いいよね?わたし、いっぱいお仕事頑張ったんだし!」

 

 そう自分自身に言い聞かせ、「ちょっと贅沢かな?」なんて気持ちを押し込めて、わたしはお店の扉を開けた

 

 

――――――――――――

 

***サンライズ食堂***

 

 

「こんにちはー」

 

 時間が中途半端な事もあってか、お店の中はひとつのテーブルを除いてガランとしていた……というか、あのテーブルにいるのって…

 

「あれ?先生?ステルクさんにクーデリアさんも」

 

「あっ、トトリちゃんだ!トトリちゃんもこっちおいでよ」

 

 わたしに気づいたロロナ先生がイスから立ち上がって、わたしのそばまで来たかと思えば、わたしの手を引っ張って テーブルまで案内(?)してくれた。そして、さっきまで先生が座っていた席に、わたしを半ば無理矢理座らせてきた

 

 

「…あの、みなさんでパーティでもしてたんですか?」

 

「いや、偶然居合わせただけだ」

 

「んで、延々と昔話してんだよ。まったく、いい営業妨害だぜ」

 

「あんただって一緒にくっちゃべってたでしょうが」

 

 いつも通り、簡潔に答えるステルクさん

 そして、他にお客さんがいないから暇があるのか テーブルのすぐそばにいたイクセルさん

 そんなイクセルさんにツッコミを入れるクーデリアさん

 

 言葉だけだと少し刺々しくも感じられるけど、実際はそんなこと無かった。皆さん、とても楽しそうで、あのステルクさんでさえ薄く笑みを浮かべていた

 

 

 

 

「それでねそれでね!わたしこの間、りおちゃんに会ったの?」

 

 先生がそう言うと、皆さん一様に「へぇ…!」っと言った感じに反応した

 その中で、イクセルさんが真っ先に口を出した

 

「おっ、懐かしいな。元気でやってんのか?あいつ」

 

「えっとね……ラニャちゃんとホロくんに怒られてた。劇で大失敗したらしくて…」

 

 その時のことを思い出したのかな…? 先生は苦笑いをしながらも 楽しそうに言った。…先生って顔に出やすいみたい

 

「相変わらずみたいね。…つーか、いつまで他所をほっつき歩いてるのよ。いい加減アーランドに帰ってくればいいのに」

 

「わたしもそう言ったんだけど……ほら、大分(だいぶ)前にステルクさんの顔を見て気絶しちゃった事あったでしょ? それ、まだ気にしてるみたいで…」

 

「…それを聞いて、どういう反応をすればいいんだ、私は」

 

「あ、や、別にステルクさんが悪いってわけじゃ…」

 

 

 

 そんな話を聞きながら わたしは「お話、楽しそうだなぁ…」と思いながら、イクセルさんが運んできた軽食をちょっとずつ つまませてもらっていた

 

「……んん? あれ?」

 

「どうしたの?トトリちゃん。……って、ああ!そっか!トトリちゃん、りおちゃんとラニャちゃんとホロくんのこと話したことあったよね?」

 

「あっ、いえ……リオネラさんたちのことは知ってるんですけど…」

 

 わたしがそう言うと「そうなの?」と先生は首をかしげていた。クーデリアさんも「あら?」と少し驚いている…というよりも、意外そうにしている

 

「リオネラさんと…人形の子たちは、昔 『アランヤ村』に来てくれたことがあったらしくて…」

 

「ん?らしくてってどういうことだよ?」

 

 イクセルさんの問いかけに、わたしは頷いてから答える

 

「えっと、ちょっと前に会って「あった事あるんだよ」って教えてもらったんです」

 

「ああ、そういえばあの子、フィリーとマイスと一緒に『アランヤ村』に行ったことがあるんだったかしら?」

 

 クーデリアさんが思い出したように そう呟いていた。

 

 

 …それで、何が問題かと言うと……

 

「あれ?トトリちゃん、りおちゃんに最近 会ったの?」

 

「はい。そんな最近でもないんですけど、マイスさんのお家にお邪魔した時に ちょうど遊びに来てたみたいで……あっ!その時、噂に聞いたことがあった「幸せを呼ぶ金色のモンスター」を抱っこしてたんです!」

 

 

「「「「えっ」」」」

 

 皆さんの反応は、わたしの予想以上に大きく……そして、反応は一人一人違ってた

 

「へぇ!(こっち)には帰ってきてないのに、すぐ近くのマイスのところには来てるんだな。…これって、もしかすると……」

 

「……そこまで、私の顔がトラウマになっているのか」

 

「ステルクさん!?そうじゃなくて、りおちゃんとマイスくんが…!」

 

 中でも反応が凄かったのは……

 

「へぇー、ふぅーん…ほぉー……そんなことがねぇ…」

 

「く、くーちゃん?」

 

 あのロロナ先生が一歩引いてオロオロしまうくらい、さっきまでよりも凄く機嫌が悪くなってた。…なんだか、すっごい暗いモヤモヤーってした何かが見えるような……

 

「…ねぇ、トトリ?」

 

「はい!?」

 

「その「金色のモンスター」っていうのは、どんな風に抱かれてたのかしらぁ?」

 

 てっきり、マイスさんのことを聞かれると思っていたから、わたしはクーデリアさんの質問に拍子抜けしてしまう。…あの時、マイスさんは出かけてたらしくて 結局会えてなかったから聞かれたら返答に困るから、とりあえず一安心した

 

「ええっと、それなら。こう…両腕で()(かか)える感じで……」

 

「……淫獣が(ボソ」

 

「いん…?えっと、クーデリアさん。今 何か?」

 

「何でもないわよ?」

 

 ニコニコして言うクーデリアさんに何故か寒気を感じつつも、わたしは何とか「そ…そうですか」と言葉を返した

 

 

 

 よくわからないけど機嫌が極限に悪くなったクーデリアさん

 でも、相変わらず先生はオロオロしているし、自分の顔の事から一旦離れられたステルクさんは イクセルさんと何か耳打ちし合ってる……

 

 どうしたらいいのかわからず、わたしは固まったまま頭を悩ませていたんだけど……

 

 

 その何ともいえない静かな空気の中で、お店の扉が開かれる音が聞こえてきた

 

 

 他のお客さんでも、何でも……何か変化のきっかけになれば!

 そう思って扉のほうを見たけれど……

 

 

「こんにちは!イクセルさん、(おろ)している野菜についてなんですけど、今 時間あります……あれ?」

 

 



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3年目:トトリ「『サンライズ食堂』での騒ぎ・下」

 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 ひょんなことから何故か凄く不機嫌になっちゃったクーデリアさん

 先生も、ステルクさんやイクセルさんも どうしたものかと頭を悩ませている時……その空気を変えるきっかけが…!

 

「こんにちは!イクセルさん、(おろ)している野菜についてなんですけど、今 時間あります……あれ?」

 

 『サンライズ食堂』に入ってきたのは、あろうことかクーデリアさんが不機嫌になった一因(だと思う)マイスさんだった

 

 

「あら、マイス。ちょうどいいところに来たわねー」

 

「えっ、クーデリア?よくわからないんだけど……何かあったの?」

 

 良い笑顔過ぎて 一周回って怖いクーデリアさんに手を引かれるままに、わたし達がいるテーブルまで来るマイスさん。だけど、マイスさんはクーデリアさんの様子にも気づいていないのか 至っていつも通りな感じで、「どうしたの?」と軽く首をかしげている

 

 そんな様子を見たイクセルさんが、小声で「面倒そうだし、関わりたくねぇけど……放置したらしたで、延々と店の空気が悪いままだし…」と呟いた後、ため息をついてからマイスさんに言った

 

「いや、たまたまウチに居合わせったってだけだ。……で、昔話をしてたんだけどよ、それでちょっとあってな」

 

「ええっとね…その、りおちゃんのことで……」

 

 続いて先生がそう言うと、マイスさんは「ああ、リオネラさんのこと」と納得したように頷いた

 それを見たクーデリアさんが、マイスさんに問いかける

 

「ねぇ、トトリから聞いたんだけど……あんたの(ところ)に あいつが遊びに来てたりしてるってのは、本当の事かしら?」

 

「うん。2,3カ月に一回くらいで『青の農村』に来てるよ」

 

「隠す気ゼロなのか!?」

 

「ええっ!?」

 

 イクセルさんのツッコミに驚いたうえで、また首をかしげて「ど、どういうこと?」と悩みだすマイスさん

 そんなマイスさんをみていると、本当にこの人がわたしよりも年上なのかが疑わしく思えて……あっ、そんなこと言ったら、先生もか…

 

 

 

「あ、あのねあのねマイス君。その……りおちゃん、もう何年も街には帰ってきてないの」

 

 先生にそう言われて、一層首をかしげるマイスさん。そして、周りを見て……

 

「えっと、街に来てないんですか?」

 

 

「全然、見かけてないぜ」

 

「少なくとも、私も会っていない」

 

「ええ、ギルドにも顔を出してないし、街で人形劇をしている人がいたって話も聞いてないわ」

 

 イクセルさん、ステルクさん、良い笑顔のクーデリアさんにそう言われたマイスさんは、ゆっくりとわたしの方をむいてきた

 

「……そういうことみたいです、マイスさん」

 

「え、ええぇー!?」

 

 

―――――――――

 

 

「なるほどな……まあ、キミらしいと言えなくもないか」

 

 腕を組んで頷くステルクさんに、マイスさんは困ったように「あははは…」と笑っていた

 

「はい…。街から近いですし、街方向の街道のほうから来ているのも見たことがあったから、てっきり街に行った後 『青の農村』に寄ってくれているのかと思って……」

 

 マイスさんの説明を聞いて、わたしは「まあ、確かに思えなくもない…かな?」と納得する

 他の皆さんも似たような反応で半分呆れ気味に笑っていた

 

「はぁー、そういうことだったのか。…ま、昔っからロロナとは別の意味で抜けてるところが有るからな、マイスは」

 

「ええっ!?イクセくん、わたしそんなに抜けてなんかいないよ!」

 

 ロロナ先生の反論に「どっこいどっこいだろ」と返すイクセルさん

 そして、クーデリアさんはと言うと……

 

「…………ふんっ」

 

「あっ、ちょ……あいたたた!」

 

 さっきまで自分が座っていたイスにマイスさんを座らせて、後ろからマイスさんの髪をワシャワシャと撫でまわしたり、ほっぺをグニーっと引っ張ったりしてた。マイスさんは、どうしてされているのかは わかっていないみたいだけど、リオネラさんの一件で負い目を感じているのか されるがままだった

 

 

 

 …と、そんな中でわたしは、いつの間にかステルクさんがアゴに手を当て、何かを考え込むような体勢をとっていることに気付いた

 

「ステルクさん? どうかしましたか?」

 

「…ん? いや、少し疑念が湧いてな……」

 

 そう言ったステルクさんは、やっとクーデリアさんに解放されたマイスさんに目を向け、口を開いた

 

 

「そのだな……まさかとは思うが、キミの村に王が訪れたりはしてないだろうな」

 

「周期はバラバラですけど偶に来ますよ? 最近だと、今年の初めくらいに7日間くらい…………あっ、えっと、もしかして……?」

 

 いつも通りに喋っていたマイスさんだったけど、途中である可能性に気付いたんだと思う。一度ハッっとしたかと思うと段々と目が泳ぎ出した

 その様子を見て、ステルクさんはイスから静かに立ち上がり テーブルそばの壁に立てかけておいた自分の剣を手に取って……

 

「「って、ダメですよ!?ステルクさん!」」

 

 わたしが言うのとほぼ同時にロロナ先生も同じことを言い、抱き締めるような形でステルクさんを止めた。イスに座っていたわたしも立ち上がり、少し遅れて 剣を持つステルクさんの手を捕まえた

 

「ええい、止めるな!アイツに一発入れなければこの気、一向に収まらん!!」

 

 そう言ってもがくステルクさんだけど……まだ冷静な部分もあるんだと思う。そうじゃないと、わたしと先生なんて力ずくでふりほどけるだろうし……

 

 

カチャリ

 

 

そんな聞きなれない音が聞こえ、気になってステルクさんを抑えながらも その音がした方を見てみると……

 

「あの子だけならまだしも、ジオ様まで…!!」

 

 そこには、イクセルさんに両腕を捕まえられているクーデリアさんがいた

 あれ?クーデリアさんが持ってるのって……『銃』!?

 

「は・な・し・な・さ・い・よ!この!」

 

「離せるかっ!ステルクさんもそうだけど、店の中で銃撃ったり、剣振り回したりしたら、店の物も壊れちまうだろ!」

 

 

「イクセルさん!?マイスさんの心配じゃないんですか!?」

 

「言いたいことはわかるが、半分自業自得みたいなもんだろ!」

 

「…残りの半分は?」

 

「天然だな」

 

 わたしはそう言われて「ああ」ともらしてしまう。…だって、それで納得してしまうんだもん……

 

 

「くそ、離せ!」

 

「離しません!」

 

 未だにもがくステルクさん。そんなステルクさんを止める先生

 このままではらちがあかないと考えたのか、ステルクさんはロロナ先生に向かって口を開いた

 

「王が訪れていた。…ならば、王だけでなくアストリッドも(かくま)っていたかもしれんのだぞ!」

 

「マイス君はそんな事する子じゃありません!さすがに教えてくれますよ。…ねっ、マイス君?」

 

 そう言ってロロナ先生はマイスさんのほうを向いた

 これにはマイスさんもしっかりと頷いて、返事をした

 

「来てないよ。アストリッドさんのことは調合素材を要求してきた時に、僕でも居場所を突き止めようとはしたけど、結局わからないままなんだ」

 

 「だよねー」という感じで、流そうとした先生。…だけど、ふと動きを止めたステルクさんが怖い顔をして言った

 

「…待て、調合材料の要求とは何だ?」

 

「えっ?えっとですね、定期的に ホムちゃんがおつかいで『青の農村(ウチ)』に錬金術の材料を取りにくるんです」

 

 

 

「マーーイーースーーくーーーーん!!」

 

「先生まで!? わーん!もう止められないよぉー!!」

 

 







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3年目:トトリ「『男の武具屋』 とコイバナ」


 前回は大変申し訳ありませんでした!
 
 現在プレイしている『フィリスのアトリエ』ですが、やっとのことで公認試験を終えました。無事、合格でした。
 ……で、終わりかと思いきや、特に期限なしで旅が再開されました。……ううん、期限が無くなったことで、何をすればいいのやらわからなくなったり、やめ時が見つからなくなったり……
 とりあえず、執筆時間と上手く相談したいです。…気づけば予定以上にやってしまっていたりすることもありますけど…


 『冒険者』というのは、様々な場所を旅して周るわけだけど……そんな中で、必要となるものがいくつかある

 

 例えば、食料や水。現地調達も出来なくは無いけれど、もし 行き当たりバッタリで入手が出来なかった場合、本当に死活問題になってしまうため 冒険の日数を考慮した最低限の分は出発の時に持っていくべきだろう

 

 

 そして、もう一つ大切なものがある

 

 それが『武器』だ

 

 おもな街道なんかにはほとんど出現することはないけれど、その他の道や採取地には、人を襲うことのあるモンスターたちが生息していることが大半。場所によって強さの差があったりはするが、モンスターたちは手ごわくて、簡単に勝てるような相手ではない

 

 そこで有用なのが『武器』というわけだ。

 武器によって戦闘が問題無く行える上に、戦略だって格段に広がる。それに、冒険者本人の腕もあるけど、基本的には強い武器を用意できれば より強いモンスターを倒せる。それだけ武器は重要なものなのだ

 

 

 …例外として、わたしやロロナ先生のような『錬金術士』であれば、武器をそんなに気にしなくても『錬金術』で調合したアイテムで戦えたりする人もいたりするけどね。

 

 

――――――――――――

 

***男の武具屋***

 

 

 わたしは、次の冒険に備えて、そんな大事な武器を手に入れるために、先生のアトリエの隣にある『男の武具屋』に来ていた

 

 『男の武具屋』の店主のハゲルさんには これまでにもお世話になっていて、新しい鉱石から『錬金術』で金属を調合できるようになる度に、冒険を手伝ってくれるみんなの武器を作って貰ったりしてきている

 

 

 そして今日は、ステルクさんのための大剣を作って貰いに来たんだけど……

 

 

 

「できたぜ。名前通り、ドラゴンさえも引き裂く大剣だ」

 

 そう言ってハゲルさんが見せてくれたのは、『竜裂きの大剣』という名前の猛々しい大剣だった。そのデザインには、その名前にある「竜」…つまりはドラゴンを意識したような部分が所々に見られた

 

「あの騎士の兄ちゃんが使うなら、これしかねぇよな」

 

「えっ?凄そうな剣ですけど……ステルクさんとドラゴンって、何か関係があるんですか?」

 

 ハゲルさんが満足気に言った言葉に、わたしは首をかしげる。

 

「なんだ、聞いてねぇのか?あの兄ちゃん、昔、ドラゴンにやられて大怪我をしたことがあってよ」

 

「ええっ!?ステルクさんが負けたんですか!?」

 

 ステルクさんは、わたしが知っている人の中でも1位2位を争うくらいの実力者だと思う

 「昔」っていうから、もしかするとステルクさんも、今ほどは強くなかったのかもしれないけど……そんなステルクさんが負けるほどの相手(ドラゴン)を想像できなかった

 

 そんなわたしの不安をよそに、ハゲルさんは当時の事を思い出すように軽く首をひねりながら、そのことについて話してくれた

 

 

「いや、勝つには勝ったらしいんだがよ……その時、嬢ちゃんの師匠をかばってやられたらしい」

 

「ステルクさんが、先生を……素敵なお話ですね」

 

「だろう?……だが、問題はその後だな」

 

 そう言うハゲルさんは、なんでかもの凄く残念そうな感じに、眉毛をハの字にして押し黙った

 

「何かあったんですか?」

 

「あったっていうか、何も無いっていうか…」

 

 「うーん…」とひとしきり唸った後、ハゲルさんが大きく息を吐き……そして、首を振って肩をすくめてみせた

 

 

 

「だってよ、普通そんなことがありゃ、色々と火が点いちまうもんじゃねえか。男と女の仲ってのはよ!」

 

「は、はあ…?」

 

「なのに あの二人ときたら、いつまでたっても煮え切らねぇ…! 嬢ちゃんはあの通りドがつくほどの天然だし、兄ちゃんのほうは とんでもねぇ朴念仁(ぼくねんじん)つうか……」

 

 そう、ドンドン話しだすハゲルさん。まるで これまで何処かで溜まっていたかのように言葉が次から次へと出てきている

 

 けど……その、なんというか……

 

「あ、あのー……そういう話、わたしにはまだ早いっていうか…、あんまり聞きたくないっていうか……」

 

「何言ってんだよ!嬢ちゃんくらいの歳ごろなら こういう話……えっと、なんていうんだっけか?……そう!コイバナだ。みんなコイバナが大好物なんだろ?遠慮しねぇで最後まで聞いてけよ」

 

「みんな大好き、って……一体、どこの情報なんですか…?」

 

 確かに、恋愛のお話に興味が全く無いとは言えない

 だけど、先生やステルクさんのような身近過ぎる人の そういう話を聞くのは……なんだか嫌、というか……

 

 

 

「まあ、あの二人がくっつかなかったのには、本人たちの問題が大きいんだろうが……一時期は「三角関係」なんて噂もあってだな」

 

 三角関係って……うわぁ…なんだかドンドン生々しい感じになってきているような……って

 

「三角関係!?…先生とステルクさんに、もうひとり!?」

 

 驚きのあまり 声に出してしまった後に、わたしは「しまった!?」と感じた

 というのも、わたしの反応を見たハゲルさんが「おっ、食いついたか!」と言って「やっぱりこういう話に興味があるんだろう!」と軽快に笑った。……ハゲルさん自身に悪気が無いのが、凄く面倒だ…

 

 

「三角関係だから、次の一歩に踏み出せない状況になってしまっていて進展が無かった……ていう噂なんだけどな…」

 

 お話を再開したハゲルさん

 わたしはというと、これ以上 生々しい話になって欲しくないから、心の中でずっと「3人目は知らない人でありますように…!」と祈り続けていた

 

 

「その三角関係の一人が、あのボウズ……じゃなくて、今はもう立派な村長だったな!」

 

「村長…?」

 

「ほら、この村のすぐそばの農村の村長さんだよ」

 

「うぅー……マイスさんだなんて…。思いっきり知り合いだ…」

 

 もうこれ以上ないくらい、話を聞きたくない三角関係になってしまって……

 

 …あれ?

 でも、そんな雰囲気に見えたことは無いんだけど

 

 

「まあ、三角関係って言っても、男二人が女を取り合う…って形じゃなくてな。嬢ちゃんが昔っから村長さんのことを 弟のように可愛がってて、その二人の距離感が無駄に近いのが理由で、兄ちゃんが嬢ちゃんとの距離を縮められねぇんじゃないかって話でよ」

 

 ハゲルさんの話に、わたしは少しだけ安心した。…確かに、マイスさんが先生のアトリエに来た時に何度も思ったことだけど、先生とマイスさんはとても仲が良い。なので、ハゲルさんの話も理解できた

 だけど……

 

 

「マイスさんが…弟……? お世話されるのは、先生のほうですよね? 逆なんじゃあ……」

 

「……嬢ちゃんの言いたいこともわかる。確かに逆だな」

 

 マイスさんは、ちょっとズレてたり 天然なところもあるけれど、わたしも色々お世話になったりしているように、基本的にはお世話をする側だと思う

 

 

 

「まぁ、その村長さんも村長さんで変わってて……これが兄ちゃんと嬢ちゃんを足して割った感じに恋愛事に鈍くてな。……良い奴だし、あんまり人に嫌われるタイプじゃないんだが、むしろその人の良さと鈍感さのせいで 後ろから刺されたりしそうでよ…」

 

「あはは……たしかに」

 

 苦笑いを浮かべてしまいながら わたしが思い出したのは、前に『サンライズ食堂』であった騒ぎの事。…あれは恋愛の話じゃなかったけど、大体マイスさんの「そういうところ」のせいだった

 

 

「でも、大丈夫だと思いますよ?…きっとマイスさんを男の人って見ている人は ほとんどいないでしょうし」

 

「…嬢ちゃんって、たまにえげつないこと言うよな……」

 



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3年目:マイス「『大漁!釣り大会』」


 『フィリスのアトリエ』、未だにクリアできていません
 とりあえず、お姉ちゃんイベントを進行中…といったところです

 そんな『フィリスのアトリエ』のサウンドトラックを聞きながら執筆しました
 『フィリスのアトリエ』でのお気に入りはあえて選ぶのであれば「Shooting Star」です。ですが、戦闘曲を中心に他の楽曲もとても良いものです!


 

 

***青の農村***

 

 『青の農村(ウチ)』では、ほぼ毎月、何かしらのイベントが行われている

 

 それは恒例になっているお祭りであったり、突発的な思い付きからのものであったりと、様々な経緯でイベントが決まるんだけど……

 

 

―――――――――

 

 

 今日のお祭りは四季の『野菜コンテスト』と同じくらい初期から行われている恒例のお祭り『大漁!釣り大会』が開催される

 

 

 村の中には井戸といったものもあって そこから生活用水を得たりするんだけど、それ以外にも村の端のほうに川もある。農業には水は重要なため、当然と言えば当然かもしれない

 

 今日の『大漁!釣り大会』は、その川を中心に様々な場所で釣りをして 制限時間内に釣った魚の数を競うお祭り

 単純明快なルールで盛り上がるので人気があり、その日の晩ゴハンは『青の農村』は勿論 アーランドの街の多くの家庭で魚料理になるのも、もはや恒例だったりする

 

 

 

 そういう楽しいお祭りなんだけど……今日は少しいつもと違うところがあった

 それは……

 

 

「…………」

 

「じー……」

 

 

「あのー…ステルクさん? 参加者が怖がってしまいますから、その目であたりを観察するのは止めてくれませんか? ロロナは別に良いけど……」

 

 そう。参加者や見学者を始めとした、お祭りに来ている人たちをジッっと見つめる人が二人。ステルクさんとロロナだ

 

 こんなことになっている原因は、少し前に判明した「リオネラさんとジオさんとホムちゃんは、街には帰ってきてないけど『青の農村』には来ている」…っていうあの一件だ

 あれ以降ステルクさん、ロロナ、クーデリアは、仕事が無くてヒマな時には よく『青の農村』に来るようになった。理由は勿論「来るかもしれない」と思い、その時を逃さないようにするためだと思う

 そして、今日……人の多いお祭りの日にも人に(まぎ)れて来るのではないか…と、張り切って見張っているわけだ

 

 

「そうは言われてもだな……。人混みに紛れて王が潜入してくるかもしれないというのに、目を凝らすなというのは無理な話だ」

 

「潜入って。そんなドロボウみたいな……」

 

 ジオさん……「元」とは言っても王様なのに……

 

 というか、ジオさんに限らずリオネラさんやホムちゃんもそうだけど、顔を隠したりすることなく普通に来るから、別にそんなに目を皿のようにしなくても 来ればすぐにわかると思うんだけど……

 

 あっ。でも、ジオさんはお祭りの日に来るときだけは、少し顔を隠してるか

 

 

 そんなことを考えていると、隣にいたステルクさんがいきなり走り出した

 

「わわっ!?ステルクさん、いきなりどうしたんだろ?…もしかして、ジオさんを見つけたとかかな?」

 

「……かもしれないね。うーん…ちょっと心配だし、一応追いかけてみようかな?」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「今日という今日は……!」

 

「わかったわかった。とりあえず、ひとまず落ち着かないかね?」

 

 村の広場の近く。行き交う人たちの中で、ぽっかりと空いた 人のいない空間

 そこで二人の人が、ステルクさんとジオさ…鼻から上のあたりを隠すタイプの小さな仮面をつけた紳士マスク・ド・Gが相対していた

 

 

「落ち着くも何も無い!」

 

「ムゥ…。彼が密告したりするとは思えんのだが、尋問でも……いや、案外ポロッと出たか?」

 

 困ったようにため息をついたマスク・ド・Gは、首を振って言う

 

「しかしだな、ここでお前の相手をしようにも出来んだろう?」

 

「……?どういうことだ?」

 

「わからんか? こんなところで私たちが騒ぎを起こせば、せっかくのイベントが台無しになってしまうではないか。この村の村長の彼を始め、今日この日まで色々と準備をしてきた村の人たちに迷惑をかけてしまうだろう」

 

 マスク・ド・Gの言葉に、さすがのステルクさんも「ぐぬぬ…」と言葉を詰まらせてしまう。…けど、完全に引いたわけではなくて、やっぱりまだあきらめられない部分があるようだった

 

 

 そんなステルクさんを見かねたのか、マスク・ド・Gが薄い笑みを浮かべてステルクさんに言った

 

「まぁ、こうして見つけられてしまったのは事実だ。勝負といこうではないか」

 

「なに?」

 

 自身の言葉を撤回するような物言いに眉をひそめるステルクさん

 マスク・ド・Gは、その反応を特に気にする様子も無く……あるモノを取り出した

 

「ただし、コレでだがな」

 

「釣竿……だと……?」

 

「今日のイベントの内容くらいは知っているだろう?…私よりも多く魚を釣れたのであれば、何でも一つだけ言うことを聞いてやろう」

 

 その言葉をどう思ったのかはわからないけど、ステルクさんの目が大きく見開かれた

 

 

 ……と、僕に遅れてロロナが現場に到着した

 

「あれ?あそこにいる、ステルクさんと話してる人って…マスク・ド・Gさん?」

 

「そうみたい。…というか、ロロナってマスク・ド・Gさんのこと知ってるの?」

 

「うん!…とは言っても、昔あった『武闘大会』の時に戦ったってくらいで、ほとんど知らないんだけどね」

 

 その言葉を聞いて、ロロナの中では「ジオさん=マスク・ド・G」にはまだなっていないという事を確信し、とりあえず黙っておくことにした

 

 

 そんなことを話しているうちに、ステルクさんとマスク・ド・Gの間で話は進んだようで、整えられたアゴ髭に触れながらマスク・ド・Gは「フム…」と小さく唸った

 

「とはいえ、参加する気で来た私と、そうではないお前との間には差があるだろう…。ハンデとして私の釣った数-4匹釣れば、そちらの勝ちとしてもかまわんぞ?」

 

「ハンデなど要らん!正面から挑み、勝ってやる!」

 

「心意気や良し!では、開始時刻までに準備をしなさい。この大会では釣りの道具のレンタルも行っているそうだ。村の者に聞いてみるといい」

 

 そう言ってから、「さて、私も場所に目星を付けておくか」と言って何処かへ行くマスク・ド・G

 対して、ステルクさんは辺りを見渡し……僕を見つけると、こちらへと早足で近づいてきた

 

 

「話は聞いていたな?」

 

「…わかりました。釣りの道具一式ですね」

 

 「頼む」と短く言ったステルクさん。……そして、僕と一緒にいたロロナなんだけど…

 

「釣りかぁ…。自信は無いけど、せっかくだし私もやってみようかな?」

 

 

―――――――――

 

 

 そんなわけで、貸出用の釣り道具を取りに 広場の先にある『集会場』へと三人で行ったんだけど、そこには係をしてくれている村の人以外に、見知った人がいた

 

 

「あれ?トトリちゃん?」

 

「あっ、マイスさん。それに先生とステルクさんも。こんにちは」

 

 ちょうど貸出用の釣り道具一式を受け取っているトトリちゃんがいた

 確かに、アーランドの街にいれば『青の農村(ウチ)』のお祭りの情報も入ってくるだろうから、そこまで驚くようなことでは無いんだけど……それでも予想外だった

 

 

「君も参加するのか?」

 

「はい。ちょうどお仕事も入ってなかったので…。それに、先生が「ほむちゃんが来ないか見に行く!」って何度も言っていたのが耳に残ってて、それが気になっちゃって」

 

 ステルクさんの質問に答えるトトリちゃん。そんなトトリちゃんを見ながら、ロロナが「そういえば…」と口を開いた

 

「トトリちゃんの家って海のすぐそばの漁村だし、もしかして こういうの得意だったりするのー?」

 

「じ、実は初心者で……。でも、お魚には慣れてますし、お父さんが釣りをしているところは見てたから、大丈夫……だと思います、たぶん…」

 

「へぇ、トトリちゃんのお父さんが…。 って、わたし、トトリちゃんのお父さんに釣り上げられたんだっけ…」

 

「何を言っているんだ、君は…」

 

 ロロナの言葉に、少し唖然としながら、ステルクさんはため息をついていた……

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 そうして始まった『大漁!釣り大会』だったが、その結果は……

 

 

 

「負けた……」

 

 そう落ち込むのはステルクさん。釣った魚の数は一匹だけという結果に終わった

 

 

「でも一番大きかったじゃないですか!ステルクさん、元気出してくださいよー」

 

 そう励ますロロナは七匹。初めてにしては十分な結果だと思う

 そしてロロナの言う通り、ステルクさんが唯一釣った一匹は110cm超えの大物。今回の大会が『大漁!釣り大会』ではなく『大物!!釣り大会』だったならほぼ間違いなく入賞していただろう

 

 

「勝負には勝った、か……」

 

 ステルクさんとの勝負に勝ったはずのマスク・ド・G…もとい、ジオさん

 19匹という十分な数を釣り上げたジオさんだったけど、結果は()()だった

 

 

 

「それでは、最後に村長からの優勝トロフィーの贈呈だ」

 

 そう司会進行のコオルが言ったから、僕はトロフィーを渡すために 一位の人の前まで移動した

 

「えっと…ええっと……いいのかな?」

 

「あはははっ、そんなに遠慮とかしなくていいよ。結果は結果なんだから しっかり胸を張って受け取って!」

 

「は、はい…!」

 

 そう言葉を交わしてから、僕はトトリちゃんにトロフィーを手渡した

 トロフィーの重さで少しふらつきつつも、トトリちゃんはしっかりと受け取ってくれ、広場には大きな拍手が鳴り響いた

 

 優勝したのは、予想外のトトリちゃん

 一匹一匹は大きくはないものの、24匹もの数の魚を釣って 堂々の優勝だ

 

 

 

「あのー…? マイスさんは出場してなかったんですか?」

 

「……『野菜コンテスト』と一緒で、出場禁止処分受けてるんだ」

 

「えっ……」



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3年目:マイス「モコ!モコモコー!」

 

***霧の廃墟***

 

 

 『アーランドの街』から西の方角に行ったずっと先にある採取地『(きり)廃墟(はいきょ)

 その名前の通り、年中 大抵の時間霧が立ち込めている地域にある廃墟の周囲一帯の呼称だ

 

 

 この採取地にある廃墟のような、以前は人が使っていたであろう…しかし、今現在は誰もいないような場所・建物といったものは、それほど多くは無いものの 大陸に点在している

 こういった荒れた家には当然ながら人の気配は無くて、一般的に周囲には幽霊(ゴースト)系のモンスターが多くみられる傾向がある

 

 モンスターに襲撃でもされたのか、何か流行り病でもあったのか、他の土地に移住したのか……その理由はわからないけど、なんだか物悲しい雰囲気が漂っている……気がする。もしかしたら、僕の先入観からくる勝手なイメージかもしれないけど

 

 

 

 …さて。僕は今、その『霧の廃墟』に()()()()()()()()()()姿()で来ているわけなんだけど……それには理由があった

 

 

「情報通りなら、ココかな……?」

 

 

 建物の屋根が半分くらい壊れているからあまり役割の意味が無い、蝶番(ちょうつがい)がさび付いている扉を開けて……その中にある()()に目を向けた

 

 揺れながら渦巻く光の塊……そう、『ゲート』だ

 

 

 

――――――――――――

 

―数日前―

***冒険者ギルド***

 

 

 それは、ある日の午後

 

 トトリちゃんが『アランヤ村』に帰るという事を聞いて、以前に『サンライズ食堂』で一緒にゴハンを食べた時に約束していた「二十歳になったツェツィさんへのプレゼントの『青の農村』産のお酒」をトトリちゃんに渡し、見送った後、そのまま『冒険者ギルド』へと行ったんだけど……

 

「あら、マイス。ちょうどいいところに来たわね」

 

 そう言って『冒険者ギルド』で僕を出迎えたのはクーデリアだった

 

 

「やあ、クーデリア。…それで、「ちょうどいい」ってどういうこと?」

 

「あんたに知らせるために、時間を作って『青の農村』へと行こうかと思っていた…ってことよ」

 

「何かあったの?」

 

「前にあたしたちが『黄昏の玉座』で見た光……アレと同じかもしれないモノを見たっていう目撃情報が冒険者からあったのよ」

 

 その話に僕は驚いた

 

 確かに、理由は不明とはいえ一度発生していたのだから、同じ場所…もしくは別の場所で発生していてもおかしくは無いとは思う

 だけど、これまで目撃情報が無かったから「()()()が特別だったのだろう」と思っていたんだけど……。これは本格的に色んな場所に発生していてもおかしくないことになりそうだ

 

 

「それで、目撃情報のあった場所は?」

 

「ここから西北西にある『霧の廃墟』。その廃墟の中にあったらしいわ」

 

「わかった。僕が今から行ってみるよ」

 

 僕がそう言うと、クーデリアは少し驚いたような顔をし……その後、「キッ!」っと僕を鋭く睨んできた

 

「マイス……一人で行く気なの? 確かにあんたの強さならそこらのモンスターに遅れは取らないとは思うけど、まだアレには分からないことが沢山あるのよ?」

 

「アレって『ゲート』のこと?」

 

「そうだけど、そうじゃないわ。マイスはアレを自分の知っている『ゲート』ってものと一緒だと断言してるけど、もしかしたらそうじゃないかもしれない……もっと危ないものの可能性だってあるわ」

 

「それはそうだけど……でも、一人じゃないと調べられないこともあるから」

 

 僕の言葉に、クーデリアは「何よ、それは?」と視線と表情で問いかけてきた

 僕は周りを見渡し……聞き耳を立てていそうな人がいないことを確認してからクーデリアに顔を近づけて、クーデリアだけに聞こえる様に小声で言う

 

「モコモコに変身して、その採取地にいるモンスターたちに話を聞いてみようと思うんだ。そうすれば、『ゲート』がどうやって発生したかっていう情報が手に入るかもしれないし……それに、もしかしたら『ゲート』から出てきたって言う子もいるかもしれないと思うんだ」

 

「……つまり、そうやって情報を得るために警戒対象になる人間は近くにいないほうがいいってことかしら?」

 

「うん。『青の農村(ウチ)』にいる子たちは人に慣れているからそんなことは無いんだけど、他所の子はどうしても人に敏感だから……」

 

 そう言うと、クーデリアは腕を組んで悩み……大きく息を吐いてから首を振った。

 

「わかったわよ。……でも、自分の身の安全を第一に考えてよね? 『青の農村』の近くならともかく、あの状態のあんたは、毛目当ての人に襲われかねないんだから」

 

「あはははっ……うん、それは命一杯気をつけるよ」

 

 

 

―――――――――

 

―現在―

***霧の廃墟***

 

 

 そんなわけで、こうして金モコ状態で『霧の廃墟』まで来たんだけど……

 

「うーん、やっぱり僕の知っている『ゲート』と同じっぽいなぁ…」

 

 『ゲート』を構成している光の色は赤…つまり「火」の属性の『ゲート』で、火の属性での攻撃は通じないはずだ

 

「『黄昏の玉座』で見たのは白で「光」だったっけ?……色々属性があるのも僕の知っている『ゲート』と同じだね」

 

 …となると、後はこの『ゲート』からモンスターが出てくれば ほぼ確定なんだけど……

 そう思いながら、僕はジィーっと『ゲート』を見つめ続ける

 

 

 

 …何分間か経っても『ゲート』はうんともすんとも言わなかった

 

 原因を考えるとすれば、この『ゲート』の周囲にモンスターが十分にいすぎて、これ以上出てこないように制限のようなものがかかっているか……それか、そもそもモンスターが出てこない…僕の知っている『ゲート』とは別物か……

 

 

「…とりあえず、この採取地にいるモンスターたちから話を聞いてみるかな」

 

 そう考えて、廃墟から出たんだけど……

 

 

「ケケケケケッ!!」

 

「うわぁ!?」

 

 出てすぐに遭遇した幽霊系のモンスター『スケアファントム』たちは、話をするなんて気は無さそうで、すぐさま襲いかかられた

 

 

 そう。僕が金モコに変身したからといって、絶対にモンスターに襲われないわけじゃないのだ

 話が通じないわけじゃない……とは思うんだけど、襲ってくるモンスターも結構いる。それも「この種族のモンスターは襲ってくる」と断言できるわけでもなく、同じ種類のモンスターでも個体によって違ったりもするみたい

 

 考えられる原因は、そのモンスターの「食性」、「縄張り意識」、「性格」など。そのあたりの違いによって襲ってくるかどうかが決まっているように感じる

 

 

「ハァ、ハァ…!やっぱり幽霊系のモンスターは話を聞いてくれそうにもないなぁ…」

 

 幽霊系のモンスターは「怨念の集合体」だなんて言われていることもあるけれど、そういうところが理由なのかな? とはいっても、調べようもないからどうしようもないんだけどね

 

 

「ええっと、ここにいる他のモンスターは……」

 

 キョロキョロとあたりを見わたすと、金モコ状態の僕の背と同じくらいの高さの 黄色い棒のようなものが二本並んでいるのが見えた。ゆらゆらと揺れるその棒のようなものの正体は……

 

「ぷに~」

 

 黄色いぷにの頭(?)の上から生えている耳(?)だった

 ……実際にそれが耳なのかは不明だけど、その二本がウサギの耳のように見えるためかその種類のぷにには『耳ぷに』という名前が付けられている。なお、体が白い『耳ぷに』は『うさぷに』と呼ばれたりするようだ

 

 

 何はともあれ、僕はその『耳ぷに』と話をしてみることにした

 

「こんにちは!」

 

「ぷににー!」

 

 ファーストコンタクトは成功だ。この調子で話を続けてみる…

 

「実は少し聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」

 

「ぷに?ぷににーに、ぷにぷぷっ」

 

「アッチにある光の渦の事なんだけど、何か知らない?」

 

「ぷにににぷに?ぷに、ぷにっぷ。ぷにぷにー……ぷにに、ぷっぷぷにーぷぷににに!」

 

「ええっ!?本当!?」

 

「ぷに!ぷに!」

 

 なんということだろう!

 この『耳ぷに』は、人間に倒されたと思ったら いつの間にか知らない場所にいて、そこで自由気ままに過ごしていたそうだ。そして変な光があったから不思議に思い触れてみると、ここ…つまり『霧の廃墟』にいつの間にかいたらしい。…で、その時そばにあったのがあの光の渦『ゲート』だったそうだ

 

 つまり、この子はあの『ゲート』を通ってきたようなのだ

 ということは、この『耳ぷに』が言っている「知らない場所」というのは おそらく『はじまりの森』だろう

 

 

「…でも、なんでだろう? アーランド(ここ)の人たちがモンスターを倒しているのは、ロロナの手伝いをしている頃から見てるけど……『タミタヤ』の魔法で『はじまりの森』にかえしているところは見たことないんだけどな…?」

 

 そもそも、アーランドには魔法自体ほとんどないようなもので、リオネラさんが不思議なチカラを持っていたりと、ごく一部の人がそれっぽいものを使っているだけのはず……。

 

「うーん……どういうことだろう?」

 

「ぷぷに~?」

 

 そばにいる『耳ぷに』が、首をかしげている僕を不思議そうに見つめていた……



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3年目:マイス「モコッコモッコ!」

 

 

***(きり)廃墟(はいきょ)***

 

 

 僕は数日間かけて、『霧の廃墟』に存在した『ゲート』とその周囲、そして最寄(もよ)りの採取地やそこと繋がる道にいたるまで、色々と調べていった

 

 新たに分かったことも少なからずあったけど、ゲートについては分からないことだらけだった。

 それは、そもそも僕がゲートやゲートの主な成分である『ルーン』について元々詳しくなかったことも、分からなかった理由のひとつだと思う

 

「それにしても、思った以上にゲートから出てきたって言う子が多かったなぁ…。でも、『シアレンス』で見かけるようなモンスターは全くいなかった……本当に『はじまりの森』に繋がっているのかな?」

 

 そんな事を思いながら、ゲートへの対処の仕方を考えた

 発生条件がわからない以上、やっぱりシアレンスにいたころと同じで とりあえず壊すしかないのかもしれない

 

 

 

 ……まあ、何はともあれ調査はいちおう終えたわけなので、『青の農村』の家へと帰る事にする

 

 息を整えて、ある準備をする

 

「『リターン』!」

 

 そう唱えると、僕の視界は光に包まれた

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村・マイスの家の前***

 

 

 僕の視界をおおっていた光が消えると、目の前に見えたのは見知った家の玄関だった

 

 ……けど、そこで気がついた。

 ドアの取っ手が目線よりも高い。…つまりは、僕が小さいんだ

 

 

 あっ!金のモコモコの姿のまま帰ってきちゃったんだ!?

 

 とは言っても、そこまで焦ったりはしない。なぜなら、『青の農村』自体は意外と金モコ状態で歩き回ったりして、村にいるモンスターたちから話を聞いたり、健康状態をチェックしたりしているので、村の人たちも金のモコモコにそこそこ慣れているのだ

 ……もちろん、金モコが僕だと知っている人はいないから、ついうっかり「モコモコー」など以外の普通の言葉を喋ったら大騒ぎになると思うけどね……

 

 

 とりあえず、裏手のモンスター小屋か何処かで変身してから、改めて家に入ろう

 

 

 そう思ったんだけど……

 

 

 

「じー……」

 

「モ、モコ!?」

 

 視線……というか声を聞いて 慌てて振り返る。擬音語を口で言うような人物……その要素から思いついた通り、そこにいたのは……!

 

「わぁ!モコちゃんだー!!」

 

「モコ~!?」

 

 ほとんど跳びかかるようにして 金モコ状態の僕をガッシリと捕まえたのはロロナだった。ロロナもフィリーさんほどじゃないけど、昔から金のモコモコのことが大好きなのだ

 ……ついでに言うと、ロロナには、その……なんとなくタイミングが無くて「僕=金モコ」だということを未だにあかせていない

 

 

 僕を抱きしめたまま立ち上がった後、両手を僕のわきに通して腕を伸ばし……つまり、目線の合う高さに持ちあげた状態で、ロロナは僕に一方的に話しだした。

 

「久しぶりだねー!元気にしてた?」

 

「も、モコ」

 

 とりあえず頷くと、ロロナは「そっかー!」と嬉しそうに笑った。

 

「トトリちゃんから「リオネラさんがマイスさんの家で()(かか)えてたー」って聞いてたから一応は知ってたけど、『青の農村』に住んでるんだね!」

 

 そう言われて思い出したのは、ロロナがアストリッドさんを探しに旅に出た頃のこと

 『青の農村』ができたのもちょうどそのころで、ウチの人たちに農業を教えてた頃は金モコ状態になる機会も少なかった。そして、ちょくちょく帰ってきたりもしてたけど、本格的にロロナが街に帰ってきたのはつい最近で、その間は本当に金モコ状態では会っていなかったわけだ

 そう考えると、ロロナにとっては本当に久しぶりの再会なんだろう……僕としては、つい先日に会ったんだけどね……

 

 そんな事を考えながら、僕はロロナの言葉に首を振ってみせた

 

「ええっ? 何か違うの?」

 

「モコ!モコモコ、モココッ!」

 

 身振り手振りを少し加えながら、「『青の農村』に住んでいるわけじゃない」と伝えようとする……伝わるかはわからないけど

 そう伝えるのには理由がある。『青の農村』に住んでいると思われて、昔の…まだ「僕=金モコ」と知らない状態のフィリーさんのように「遊びに来たよ!」と村に来られると、少し困る。二重生活は思った以上に色々と大変なんだ……

 

「うーん……わかんないや…」

 

「モコー……」

 

「わわわっ!?そんなに落ち込まないで…! うーん……困ったなぁ…」

 

 伝わらなかった事に肩を落とした僕(金モコ)を見て、ロロナは慌ててしまい、何故か悩み込んでしまった

 

 

「そうだ! おわびってわけじゃないけど、わたしのアトリエに『パイ』食べに来ない? …うん!そうしよー!」

 

「モコ!?」

 

 僕の意思は!?

 そう思い、反論して止めようと思ったのだけど、それよりも早くロロナが僕を改めて抱きしめ、移動を始めてしまう

 

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 

「モ……モコォ…」

 

 息ができなくなるほどではないんだけど、少し強く抱きしめられてしまって、逃げられず苦しいなか、ロロナに運ばれてアーランドの街へと連れていかれてしまうのであった……

 

 

 

――――――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

「そこでちょっと待ってね。すぐにできるからー」

 

 そう言って抱きしめていた僕をアトリエのソファーに降ろしたロロナは、コンテナへと向かって行った

 

 

「モココー…」

 

 それにしても、どうしようか……

 

 アトリエ(ここ)に来るまで、何人かの人に会った

 アーランドの街と外とを区切る門にいた門番さんは、ロロナに抱き抱えられた僕を見て驚いた顔をした……が、何があったのかすぐに笑顔になって通してくれた。街に入ってからすれ違った人たちも大体同じ反応だった

 

 …考えられるとすれば、やっぱり首に巻いている『青い布』の効果なのかな?

 

 昔、ジオさんが提案して広めてくれ、その後、『青の農村』の由来ともなった青い布。元々はたまたま金モコ状態の僕が身につけていただけだったんだけど、そこから広がっていき、僕の家の周りに住み着くようになった「人に友好的なモンスター」の証となっていった

 それが『青の農村』内だけでなくて、ちゃんと街の人たちにも定着したのかもしれない

 

 

 …それはそれで嬉しいことなんだけど……この状況、どうしよう?

 

 鼻歌交じりに「ぐーるぐーる」と言いながら『パイ』を調合しているロロナを見る

 このままここにいてもそこまで問題ではない。もちろん、色々としなきゃいけないことはあるんだけど、必死になって逃げてまですることじゃない

 やっぱりまだ金モコ状態で一人で街を歩くのには不安がある。……まあ、いざという時は アトリエの裏手の陰にでも隠れて変身すれば問題は無い……かな?

 

「モコ~…」

 

 それに……

 

「ふーんふーん、ふふふーん」

 

 ロロナがあんなに嬉しそうにしているんだ。いきなりいなくなっちゃったりしたら、悲しんでしまうかもしれない。だから、少しだけの間、このまま付き合ってもいいよね?

 

 

コンコンコンッ

 

 

 そんな事を考えていると、アトリエの玄関の扉がノックされる音が聞こえてきた

 

「はーい、どうぞー」

 

 ノックにそう答えるロロナを見て、僕は「昔は集中し過ぎてノックの音に気付かなかったり、逆に集中を乱して慌てちゃって爆発させちゃったりしていたのに、成長したなぁー」なんて思っていたんだけど……

 

 

「お邪魔します…」

 

「あぁ、ミミちゃん。いらっしゃーい!」

 

 ああ、本当だ。お客さんはミミちゃんだったのかー……って、ミミちゃん!?

 そう驚く僕をよそに、釜をかき混ぜるロロナが申し訳なさそうにミミちゃんに言った

 

「ごめんねー。トトリちゃん、まだ『アランヤ村』に行ったままなんだー」

 

「そう、ですか。すみません、何度もお邪魔しちゃって……」

 

「いいよー、気にしないで。…あっ、そうだ! 今ちょうど『パイ』を作ってるところなんだ。もうすぐ出来るから、せっかくだし食べていってよ!」

 

 そんなロロナの誘いにミミちゃんは「ええっと……それなら」と少し悩みながらも頷いたようだった

 

 

「それじゃあ、その子と待っててー」

 

「……? その子?」

 

 ロロナにそう言われて首をかしげたミミちゃんは辺りを見渡し……そして、ソファーに座っている僕に気がついた

 

「…………」

 

「モモコー…?」

 

 どうしていいかわらず、こんにちは…?といった感じに軽く頭を下げてみる

 

「…………どうも?」

 

 …どうやらミミちゃんのほうも どうしていいかわらなかったみたいで、なんとなく頭を下げて僕の隣に座ってきた。…そこまでモンスターには敵対心…というか嫌悪感は無いみたいだ

 

 

 

 その後、ロロナが作ってくれた『パイ』を一緒に食べたんだけど、金モコ状態では初対面なわけだから当然と言えば当然だし、モンスターであることを考えればいいほうだったのかもしれないんだけど、ミミちゃんとは何とも言えない距離感のままだった

 ……でも、普段避けられてるから、それに比べたら凄く距離が近く感じてしまうのが悲しいところだなぁ……

 

 それと、ロロナからの久々のモフモフは、とても疲れた…

 



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3年目:イクセル「肉料理と酒」

 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。毎度おなじみ、アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコックだ

 

 今日も もう日が沈んでしまい、冷え込みだし薄暗くなった街。そして、今日の『サンライズ食堂』は客がほとんどいなかった。だが、別に何かあったわけではないから、たまたま今日がそういう日だった…というだけだろう

 

 

 さて、今日もマイスが『サンライズ食堂(うち)』に来ているんだが……かなり珍しい状況だ

 

 とはいっても、別に組み合わせが珍しいわけではない

 この組み合わせで『サンライズ食堂(うち)』にくるのが珍しいのだ

 

 

 調理中の俺がチラリッと目を向けたテーブルにいるのは、マイスとコオル

 

 コオルっていうのは、アーランドが王国だった時代から街を中心に行商人をしていた子供だ

 その言葉通り、王国時代なんかはまだ年齢も一桁で、今でもまだ未成年なのだが……五歳年上のはずのマイスと同じか……それ以上に見えるくらいにはしっかりと成長している

 ……いや、この場合はコオルが異常に成長しているというよりも、マイスが成長していないだけかもしれない。…絶対そうだろう

 

 

 そんな「年齢が逆なんじゃないか?」と思えるコンビだが、その繋がりは結構深いものだ

 

 というのも、マイスが『青の農村』をなりゆきで立ち上げた際に、コオルは『アーランドの街』から『青の農村』へと活動の拠点を移し、王国時代にマイスと交流が有ったからか村の中でも重要な役回りに就いたのだ

 それゆえに、村の行事とか何かあった時を中心にマイスとコオルは一緒にいたり、同じ物事に共同で取り組んだりすることがあるわけだ

 

 

 …けど、そんな二人だが、ここ『サンライズ食堂』にそろって来るか?と聞かれたら、ほとんど来ない

 それぞれがなにかしらの用……例えば、野菜の取引の確認なんかに来たりはするが、二人そろっては無い。二人で一緒に何かを食べるにしても、わざわざ街に来なくとも『青の農村』の中にある『集会場』なんかで済ませられるからな

 

 じゃあ何で今日は『サンライズ食堂』に来たのか……

 まあ、注文の内容を見ればすぐにわかったんだがな

 

 

「よし、っと」

 

 調理を終えて、盛り付け、テーブルへと運ぶ準備をする

 

 その途中、耳にマイスとコオルの声が少しだけ聞こえた

 

 

「でも…………そういう…………?」

 

「だから……だって言っただろ?………だな」

 

 

 聞こえたのは途切れ途切れではあるが……何やらマイスがコオルから教えて貰っているようだった

 

 ちょっと気になるから、料理を持って行った時に少し二人から話を聞いてみることにする

 ……店的には嬉しく無いことなんだが、客が少ないから厨房を少し離れても問題無いだろう

 

 

――――――――――――

 

 

「おまちどうさん!注文された料理、全部できたぜ」

 

 そう言って持っていくと、水の入ったグラスを持っていた二人がこちらを向いてきた

 

 

「あっ、ありがとうございます、イクセルさん」

 

 そう、いつも通りに礼を言ってくるマイス

 対して、コオルのほうもいつも通りに……こちらはマイスに比べ幾分フランクな感じで俺に言ってきた

 

「ありがとな!…ああっ、わざわざ来たかいがあったぜ」

 

「そう言ってもらえると嬉しい限りだな。……つーか、ここに来るのはやっぱりコレ目当てか」

 

 俺が言うコレとは、『イクセルプレート』という料理。自分で言うのもなんだが、超力作の一品だ

 …で、何故それがそんなにコオルが嬉しそうなのかと言えば……

 

 

「…まあな。『青の農村』じゃあ魚系はあっても、肉系はほとんどメニューにないからさ」

 

 そうコオルが言う通り、街とは違い『青の農村』では肉料理というものが1、2種類くらいしか無く、特別美味いほどではないのだ

 

 その理由は……一見、複雑そうで簡単だ

 『青の農村』が人とモンスターと共存する村だから……というわけでは無い。第一、モンスターの中には肉を主食にするヤツもいるんだから、そんな肉を禁ずる決まりがあったりはしない。……とは言っても当然のことだが村の住人・住モンスター(?)たちは互いに、モンスターが人を喰おうとしたり、逆に人がモンスターの肉をはぎ取ったりすることは無いのだが

 

 じゃあ、何故、肉料理が発展しないのかと言えば……

 

 

「あはははっ……ゴメンね。肉料理はさっぱりで……」

 

 そう申し訳なさそうに……そして、苦笑いをしているのは、目の前に魚料理が置かれたマイスだ

 マイスは、以前いた地域の文化・食生活が理由で、昔から肉料理が苦手なのだ。マイスもマイスなりに頑張ってはいるようだったが……一口二口(ひとくちふたくち)が限界のようで、未だに苦手なままだそうだ

 

 それが、『青の農村』の食事事情とどう関係しているかと言うと……それは、『青の農村』の料理の大半がマイスの故郷の料理を マイスが再現しレシピにしたものだということ

 つまりは、そのレシピたちの中には肉料理は無い。そのうえ、種類が豊富で美味いため、『青の農村』の店・各家庭は、従来から変わりの無い肉料理から離れていき マイス発案のレシピの料理が浸透・定着していったわけだ

 

 もちろん、新たな料理も開発されたりはしているんだが、第一人者のマイスが肉料理が苦手なことによって、他よりも肉料理がそこまで発達しなかったのだ

 

 

 まあ『サンライズ食堂(うち)』では料理の改良は欠かしていないため、どんな種類の料理でも自信を持って提供できるので、肉料理であっても他所には負けない一品を出せるわけだ

 

「別に『青の農村(ウチ)』の料理だって嫌いじゃないぜ?むしろ、好きなくらいだ。 けど、たまにはこう……ガツン!とくる感じの肉料理も食べたくなるからな」

 

「ううん……肉料理、開発……」

 

 頭を抱えだすマイスを見て、笑いながら「まあまあ、無理すんなって!」と言うコオル

 色々と趣味趣向の違いはあるみたいだが、コオル一人で来ればいいところを こうやってわざわざ二人で来るあたり、結構仲は良いみたいだな

 

 

 

「そういえば……話は変わるんだが、二人はさっきまで何話してたんだ?」

 

 俺がそう聞くと、コオルが「ああ、あれか?」と口を開いた

 

 

「やっぱりマイスは商売には向いていないなって話」

 

 それを聞いた俺が「どういうことだ?」と首をかしげると、変わってマイスが話を続けた

 

「この前、トトリちゃんのお手伝いをしたんだ、村の酒場にお客さんを増やすための名物酒作りのお手伝い。…その話をしたら、コオルに呆れられちゃって……」

 

「ん…?何でだ? 何か面白そうな話じゃねぇか」

 

「競争する店もほとんど無い……『青の農村(ウチ)』とは違って近くに大きな街も無い、そんな漁村の酒場なんだぞ? まずは外から人を集められるようにしなきゃ効果が薄い。交通の便はもちろんだが、まずは「来たい!」と思えるような 村のアピールポイントが無いとだな……」

 

 スイッチが入ったように語りだすコオルに、俺とマイスは苦笑いを浮かべた

 ……これが商売人の(さが)と言うヤツなのかもしれないな……

 

 

 

 

 

 それにしても、あのトトリが作った酒か……少し興味があるし、ちょいと本人に話を聞いてみるか?

 

 いや待て。確か、今はその『アランヤ村』に帰ってるんだったか?

 ……じゃあまたの機会だな



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4年目:トトリ「お母さんとクーデリアさん」

***冒険者ギルド***

 

 

 年も変わってから、また『アーランドの街』へと来たわたし

 

 免許取得から3年の期限で一定以上の冒険者ランクにランクアップしていないと免許を取り消されてしまうから、色々と頑張って……それで、ポイントが貯まったから、ランクアップのために『冒険者ギルド』に来たんだけど……

 

 

 

「んー…ふむ……」

 

「どうしたんですか?わたしの免許ジッと見て…」

 

 ランクアップ手続きを終えて、わたしに免許を返そうとしていたクーデリアさんがふと手を止めて、わたしの免許を凝視しだした

 

 

「いや、今更なんだけど、あんたの苗字ってヘルモルトなんだなーって。 ひょっとして、あのギゼラ・ヘルモルトの身内だったり……なんてことは流石に……」

 

「あ、はい。お母さんです」

 

 わたしがそう答えると、クーデリアさんは「うんうん」と一人納得したように……

 

「ま、そうよねー。見た目は似てなくもないけど、性格は別物だし、ただの偶然よねー」

 

 ……って、わたしの言ったこと、ちゃんと聞いてない!?

 

「偶然じゃないです!お母さんですよ! クーデリアさん、お母さんのこと知ってるんですか?」

 

「…お母さん?本当に?」

 

「本当です!!」

 

 わたしの言葉に訝しげに目を細めていたクーデリアさんだったけど、一度大きな息を吐くと信じてくれたのか大きく頷いた

 

 

「そう、本当なのね……よし、とりあえず母親の代わりにあんたのこと2,3発ひっぱたこうかしら」

 

「何でもいいですから、それよりお母さんのことを……えっ?ひっぱたく?」

 

 何で?…というか、わたし、なんだか言っちゃいけないこと言っちゃったような気がー……

 

「いいのね? そんじゃ歯食いしばってー…」

 

 良い笑顔で肩をグルングルン回すクーデリアさん。ひっぱたく気満々なのが見てわかる

 

 

「わあぁ!ひっぱたかないでください!? なんでひっぱたかれないといけないんですかー!?」

 

「なんで、ですって? あんたのお母さんのおかげで、あたしがどんだけ大変だったと思ってんの!?どこで大暴れしただの、橋を落しただの、往来のど真ん中で酒盛りしてるだの……毎日毎日、一体いくつの苦情を処理させられたことか!」

 

 そう言って怒りだすクーデリアさん

 その様子は前に『サンライズ食堂』でマイスさんに向かって怒っていたのと同じかそれ以上の勢いに思える

 

 ……というか、お母さんは何をしてるんだろう…?

 『アランヤ村』でお母さんのことを聞いて回った時に、酒場でゲラルドさんから「遺跡を壊したー」…なんて話を聞いたけど。……あの時は冗談半分、本当かなーなんて思いながら聞いてたけど、もしかして……

 

 

「え……それ全部、お母さんが?」

 

「そうよ! まだ冒険者制度が始まったばっかりで、あたしだって仕事に慣れてなくて、ただでさえてんやわんやしてたのに! あいつ一人のせいで……!あー!思い出したらまた腹が立ってきた!」

 

「あああ、ごめんなさい!とにかくごめんなさい! でもあの、お母さんってすごい冒険者だったって聞いてるんですけど…」

 

「聞いてるってどういうことよ。あんたのお母さんのことでしょ?」

 

 ひっぱたこうとあげていた手を降ろして腕を組んだクーデリアさんが、不思議そうにして首を少しかしげた

 

 

「それが……わたし、お母さんのことほとんど覚えてなくて。それで噂くらいでしか…」

 

「ふぅん…? まぁ、すごかったのは確かよ。良い意味でも、悪い意味でもね。……これでもかってくらい迷惑かけられたけど、冒険者としての功績もそれ以上に挙げてたし」

 

「そうなんだ、良かった……あっ、でももしかして、お母さん実は嫌われてたり、とか…?」

 

「少なくとも、あたしにはね。他の人にはどうかは知らないけど……あっ、いや……うん。たぶん」

 

 ……?

 よくわからないけど、なんだかクーデリアさんが何か言葉を詰まらせたような気が……。とういか、「たぶん」っていうのも、凄くに気なる

 

 

「…でも、悪口とか言われてるのは聞いたこと無いわね、不思議なことに……って!なんであたしがフォローするようなこと言わなきゃなんないのよ!」

 

「わぁ!また怒った!?」

 

「ああ、もうダメだわ!直接会って文句言ってやんなきゃ、気がすまない! どこにいんのよ、あんたのお母さんは!?こっちには長いこと顔出して無いし…」

 

「あ……やっぱり、クーデリアさんも知らないんですね。お母さん、もう何年も帰ってきてないんです」

 

「何年も?それって…」

 

 クーデリアさんの表情が驚いたものに変わって、声のトーンも少し低くなる

 

「で、でも、お母さんのことだし、きっとどこかで元気にやってると思うんです! だから、わたしはお母さんを探すために冒険者になって、それで、ええっと…」

 

「…そうね。簡単にくたばるようなタマじゃないだろうし」

 

 そう言うクーデリアさんの口元は、少しだけだけど笑みを浮かべているように見えた……

 

 

 

「つーかね!そんな事はもっと早く言いなさいよ! そしたら、あたしのほうでも情報を集めたりとか色々できたのに!!」

 

「ご、ごめんなさい。てっきり、先生から聞いてるかと思って…」

 

「ま、いいわ。何かわかったら教えてあげる。他の冒険者連中にも聞いてみるわ。誰かしら知ってるかもしれないし…ね……?」

 

 ……どうしたんだろう? クーデリアさんが段々と首をかしげていき、なんだか難しい顔をしだした

 

 

「……ねぇ。あんたのお母さんのこと、マイスに聞いた?」

 

「えっ、あ、はい。聞いてますよ?」

 

「そう……それで何て?」

 

「たしか、「何年か前に家に来てから会ってない」って。その時期はちょうどお母さんがいなくなった時期と同じだったみたいです」

 

「ふぅん、そう……」

 

 そう言ったかと思うと、クーデリアさんは目を閉じて 何かを考え込みだしてしまう

 

 

「あのー…、クーデリアさん?」

 

「…ん? ああ、ごめんなさいね。ちょっと気になることがあって」

 

 気になること…? それも気になるけど、それよりも聞きたいのは……

 

「前から気になってたんですけど、マイスさんってわたしのお母さんと何か関係があったんですか? なんだか仲が良かったみたいに聞いてるんですけど」

 

「あの二人の関係ねぇ? あたしも本人からは「友達」としか聞いてないけど。知らないうちに仲良くなってたし」

 

「そうなんですか?」

 

 わたしが聞くとクーデリアさんは大きく頷いて、その後、何故かため息を吐いた

 

「まあ、はたから見れば友達というか……なんだかよくわからない関係ね。それもお金絡みの」

 

「お金絡み……? なんだか凄い嫌な予感がするんですけど……」

 

「あら?良い勘ね…………あんたのお母さん、マイスに大量の借りがあるみたいよ?それも下手すれば国の予算並みの」

 

 

 ……わたしは目の前が真っ白になった



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4年目:トトリ「お財布事情」

 『フィリスのアトリエ』、DLC情報来ましたね
 キャラのほうはよくわかりませんが、水着には歓喜しました

 ……実はまだ、一周目も終わってないんです……DLC解禁までには一回クリアしたいです


 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

「うう……んっ…?」

 

 あれ?ここは……先生のアトリエのソファー?

 

 上半身を起き上げて、そのままソファーに座る

 

 

 ……うーん?いつの間にか寝ちゃってたのかな?

 

 

「あー、トトリちゃん起きた?」

 

「先生? ええっと……おはようございます?」

 

 トコトコと歩いてきたロロナ先生が「はい!お水」と、わたしにコップに入った水を渡してきた

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしましてー!」

 

 先生はそう言ってわたしの隣に座った

 

「心配したんだよ? 冒険者ギルドでトトリちゃんが倒れたーって聞いて、ビックリしちゃた」

 

「冒険者ギルドで……わたしが倒れた…?」

 

 そういえばわたし、『冒険者ギルド』に冒険者免許のランクアップをしに行って……

 

 

 ………………

 …………

 ……

 あっ

 

 

「…………(ガクブル」

 

「ふぇ?水がこぼれ……わぁ!? ど、どうしたの!?」

 

 手も震えて、持っていたコップの中の水が、ピチャピチャとはねてこぼれてしまってる……けど、震えを止めようと思っても、上手くいかない

 

 結局、ロロナ先生がわたしの手の中からコップを取り上げて、とりあえずは落ち着いた……

 

「トトリちゃん、大丈夫!? な、なな何か痛いところとかあったり、気分が悪かったりするの!?」

 

「頭……とお腹が痛い気が……」

 

「お薬、用意しなきゃ!…いや、それとも病院!?」

 

「…そうだけど、そうじゃないです……」

 

 これは病気とかそう言うのじゃなくて、もっとこう……精神的な何かのせいであって…

 

 

 

「その、ですね。少し……全然少しじゃないんですけど……悩み事があって…」

 

「悩み事?それならわたしに相談してよ! わたしはトトリちゃんの先生なんだから、遠慮しないで!さあ、さあ!」

 

 いつも通りに元気な先生を見て、少し落ち着きを取り戻したところで、例の事を順序立てて説明していってみる

 

 

「悩み事っていうのは、わたしのお母さんの……お財布事情のことで……」

 

「トトリちゃんのお母さん……ギゼラさんの? そのお財布事情ってことはお金のこと?」

 

「ハイ…。それが、お母さんがマイスさんに借金をたくさんしてるらしくって…」

 

「え?マイス君に?」

 

 ここでマイスさんの名前が出たことが予想外だったのか、ロロナ先生は少し驚いて……そして、眉をハノ字に、口をへの字に曲げて「うーん…」と悩み込んだ

 

「ギゼラさんのことは、マイス君から色々聞いたことはあるけど……お金のことは一回も聞いたこと無いよぉ? そのお話、何処で聞いたの?」

 

「クーデリアさんです…」

 

「くーちゃんから!?…ウソとかからかったりで言ったり……は、さすがにない、かな?」

 

 「でも…」と先生はなんだか信じられないようで、首をかしげた

 

 

「その……実は、ちょっとだけ心当たりっていうか、似たようなことがあって……」

 

「なぁに?」

 

「『アランヤ村』にあるゲラルドさんのお店で聞いた話なんですけど……、お母さん、一度もお酒とかの代金を払ったことが無いらしくって」

 

「…………一度も?」

 

「はい、「払います」って言ったら「とても払える金額じゃないぞ」って……。一応ゲラルドさんは「土産話の代金だと割り切ってるから、気にしなくていいぞ」って言ってくれましたけど……」

 

 そうは言ってくれたけど、ゲラルドさんのお店はあんまりお客さんが来ないから、お世辞にも儲かっているわけじゃなくって、罪悪感が……

 わたしがこの間作った『アンチョビア』…『ビア』と『コヤシイワシ』で作ったお酒が人気が出て、ゲラルドさんのお店の儲けに繋がってくれれば……でも、アレ、生臭いだけで到底人気が出そうにないんだけど……って、作ったわたしがこんなこと言っていて良いのかな…?

 

 

「……そんなわけで、もしかしてお母さん『青の農村』でも似たようなことをやったんじゃないかなーって。それでマイスさんが代わりに払ったとか…」

 

 わたしはそう思ったから、言ってみたんだけど……

 でも、ロロナ先生は何故かさらに首をかしげてた

 

「ええっと、そういうことは無いと思うよ……たぶん」

 

「……? どうしてですか?」

 

「だって、マイス君言ってたもん「ギゼラさんイッパイ食べるから、めいいっぱい御馳走を用意するんだー」って。…そうしたら、ギゼラさんがお店で食べたりすることは無いと思うよ? それに、マイス君のおもてなしは凄いけど、それで代金を請求したりはしないんじゃないかな?……わたしなんかも、いつもおすそわけとかイッパイもらっちゃってるし」

 

 ロロナ先生に言われて、わたしはふと思い出すことがあった

 

 それは、まだロロナ先生が旅をしていて『アーランドの街』にいなかった頃。わたしとジーノくんで初めて『青の農村』のマイスさんの家にお邪魔した。あの時、突然家に来たわたしたちをマイスさんはお菓子や美味しいゴハンでもてなしてくれた。その上に泊まらせてくれて、翌日の朝ごはんも……

 

 確かに、先生の言う通りで普段のマイスさんのことを考えると、ゲラルドさんのお店みたいな状況にはなりそうには思えない。……でも

 

 

「それじゃあ何でクーデリアさんはあんなことを?」

 

「うーん…、そればっかりはくーちゃんに直接聞いてみないとわからないかなー? …もしくはマイス君本人に」

 

「マイスさんに聞くのは、ちょっと気が引けるというか、何と言うか……」

 

 

 

 

コンコンコンッ

 

 

 ふと、アトリエの玄関からノックの音が聞こえてきた

 

「あれ?お客さんかな? はーい、どうぞー」

 

 そう言って先生はソファーから立ち上がって玄関のほうへと言った

 

 

「やぁ、久しぶりだね、ロロナ」

 

 アトリエに入ってきた人は、わたしもちょっとだけ知っている人で、先生の知り合いらしい人……

 

 

「わぁあ!?タントさん!」

「あっ、トリスタンさん」

 

「「えっ?」」

 

 

 わたしと先生が顔を見合わせる

 

「あれ?トトリちゃん、タントさんのこと知ってるの?」

 

「はい。前にアトリエの前で会って、ちょっとだけお話したことがあって……。あのー…先生?トリスタンさん、ですよね?」

 

 そうわたしがいうと、先生じゃなくてトリスタンさんが笑いながら答えてきた

 

「いいんだよ。僕がロロナにそう呼んでくれるように言ってるんだ」

 

「というか、けっこう最近までタントさんが偽名だったって知らなくって。それに、もう「タントさん」で呼び慣れちゃってるから、逆に今から変えるっていうのも…」

 

「偽名って……。一体何が…?」

 

 先生とトリスタンさんが知り合いだっていうことは知ってたけど……なんだか複雑そうだなぁ…。でも、仲が悪いってわけじゃなさそうだし……どういう関係なんだろう?

 

「タントさん、元気そうでよかったです!最近、前みたいに街中で見かけないからちょっと心配だったんですけど……お仕事、忙しかったんですか?」

 

「いやまあ、忙しくはあったけど……色々あったんだよ…あはははっ」

 

 そう言うトリスタンさんは苦笑いをして明後日の方向を向いていた

 ……なんだか、髪の毛を指でクルクルしてるんだけど……それも凄く触ってる

 

 

 

「あっ、そうだ!タントさんなら何か知ってるかな?」

 

「えっ?トリスタンさんが?」

 

「うん!ギルドじゃないけど、一応くーちゃんと同じで国勤めだから」

 

 国勤めって、確かに『冒険者ギルド』は国営だけど、ええ…そんな理由で大丈夫かな…? というか、トリスタンさんも国勤めなんだ…

 ちょっと心配になってトリスタンさんを見ると「ん?どうかしたのかい?」と薄い笑みを浮かべて、軽く首をかしげてきた

 

 そんなトリスタンさんに、ロロナ先生が話を切りだす

 

「さっきまでトトリちゃんと話してたこと……マイス君とギゼラさんのことで」

 

「……わぁお」

 

「……えっと…、トリスタンさん? なんだか今までで一番嫌そうな顔をしたような気がしたんですけど……」

 

「あははは……最終的には色々と助かったんだけど、その組み合わせには本当に頭を悩まされたからね」

 

 そう言うトリスタンさんは、なんだかとても遠い目をしてた……

 クーデリアさんの時といい……お母さんって本当にいろんな人に迷惑かけてるんじゃあ…?……今更、かな

 

 

「何から話せばいいのか……。そうだね、まず今現在ある、とある制度についてになるんだけど……」

 

「とある制度、ですか?」

 

「そう。国にとって大事なものが何かしらの被害を受けた時に使うための財源…積立金があるんだ。例えば自然災害。川が氾濫して橋が流されたり、落石で街道が塞がれたりした場合に、その復旧や被害への手当てに使える制度があるんだ」

 

 トリスタンさんは「他にも、モンスターによるものや、冒険者による被害なんかも、その積立金からやりくりするんだ」と言って……

 

「って「冒険者」ですか?その……もしかしなくても、それって……」

 

「そう、その筆頭がギゼラっていう冒険者」

 

 予想通りでした……。それも天災と同列扱い

 

「…で、その積立金の財源なんだけど、税金と寄付金で成り立ってるんだ。その寄付金……というか、この制度のそもそもの始まりがマイス…彼にあるんだ」

 

「マイス君に? どういうことですか?」

 

 先生が首をかしげてますけど、わたしにはもう予想がついたっていうか……でも、そうであってほしくないという気持ちも……

 

「難しい取り決めなんかは省くけど、『冒険者ギルド』が出来るよりも前…、王国時代にマイスがギゼラって人の出した被害のお金を代わりに払ったことが何度かあって……で、共和国になってから制度を色々決めている時に、彼からの申し出もあってそのまま彼からのお金が使われるようになったんだ」

 

「ええっと……その、つまり……マイスさんがずっと被害のお金を立て替えてたってことですか…?」

 

「まぁ、そんなところだね。物事によっては一回で数十万なんて金額にもなるから、うちの親父なんかは色々と不満げにしてたけど、マイス本人からの申し出だからそう強く否定できなくて……って、どうしたんだい?」

 

「うぅ……うぷっ…」

 

 な、なんだか涙がいっぱい溢れてきて……それに凄く頭が……いや、吐き気も……それにお腹もキリキリ……

 

「わぁあぁっ!? と、ととと、トトリちゃんの顔色が、それと涙で顔自体がすごいことになっちゃってるうぅ!?」

 

「ろりょなせんしぇー…」

 

 

  一回で何十万ってこともあるって……それが何回もあったら、いったいお母さんはマイスさんに何十万……いや何百万コール借金してるんだろう…………あれ?わたしが凄く頑張ってお仕事しても、一生かかるんじゃ…?

 

 わたしの手元には10万あるかないかで、おねえちゃんは働いてるけどゲラルドさんのお店だし…。お父さんは家にいるか釣りをしてるかで……あれ?…あれ?

 

 

「……ねぇ、ロロナ。彼女、何でこんなに…」

 

「そのですね……ギゼラさん、トトリちゃんのお母さんで…」

 

「あっ……」




 ……実際のところ、ロロナがタントさんの事をちゃんと知ったのって、いつ頃なんでしょうね?
 『ロロナのアトリエ』のグッドのタントエンドなんかでは最後まで明かしませんけど、『トトリのアトリエ』のイベントでは「タントさん」呼びでも大臣だということは知ってたりしてるようで……

 そのあたりを妄想しながら書きました。マイス君は関係無いので物語には関わりませんが、今回の話に限らず結構妄想はしてます


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4年目:マイス「春の陽気に誘われて…」

 

***マイスの家前・畑***

 

 

 早朝。まだ冬の寒さは残るものの、段々と春らしい陽気になってきた今日この頃

 長年の習慣になっていて、むしろしないと落ち着かないレベルになっている畑仕事で扱う井戸水。その身を裂くほどの冷たさも幾分和らいだ感じがする

 

 

 畑の作物の様子を確かめながら作業を続けている僕に、声がかけられた

 

「あいかわらず、朝は早いのですね」

 

「なー」

 

 お客さんの足元にいるのは、『青の農村(ウチの村)』の看板ネコ(マスコット)的なポジションに落ち着いている(もと)・「こなー」、現・「なー」だ。……ついでに言うと、1,2年ほど前に3匹の子供を産んだお母さんでもあったりする

 こんな朝早くは村の集会場、もしくはウチのモンスター小屋で寝ていることが多いのだけど……今日は早起きさんのようだ。その理由はもちろん、なーがすり寄っているお客さんにあるわけで……

 

 

「やぁ!おはよう、ホムちゃん」

 

「はい。おはようございます。おにいちゃん」

 

「なうー」

 

 ホムちゃんの返事に続いて、なーからも元気な鳴き声が返ってくる

 そんな足元からのなーの声につられるようにして、自身の足元に目を向けるホムちゃん。その顔はわずかながらではあるけど確かに微笑んでいた

 

 その様子を僕も微笑みながら見ていたけど、あと少し残っている畑仕事のため意識を手元に戻す

 

 ……けど、自然と頭の中では「この後ホムちゃんに出す朝ゴハンは、何がいいかな~?」という考えがめぐっていた

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 畑仕事を素早く終わらせた僕は、身なりを整えた後すぐに朝ゴハン作りにとりかかった……んだけど、これまでホムちゃんが来た時とは違うところがあった

 というのも……

 

 

「…ホムちゃん?あっちのソファーでなーと遊んでていいんだよ?」

 

「いえ、今日はここにいます」

 

 そう言うホムちゃんが立っているのは、キッチンにいる僕の左斜め後ろ…ギリギリ僕の視界に入らない位置。視界に入らないとはいっても、気配なんかはするからむしろ視界に入っている状態なんかよりもよっぽど気になる

 

 なーはなーで、ホムちゃんが構ってくれないことにすねたりすることも無く、それどころか途中までついて来て、行先がキッチンだと確認したところで「おっ、ゴハン作るの?あたしのもよろしくー!」と言わんばかりに「なーぅ」とひと鳴きしてからソファーへと一匹(ひとり)で行ってしまっている

 

 

 

「それにしても……どうしたの? こんなこと、珍しい気がするんだけど」

 

「実は最近、グランドマスターが少し食事にハマっていて……」

 

 食事に対して「ハマる」という表現はどうなんだろう…?

 

 そう一瞬思ったけど、ホムちゃんの言う「グランドマスター」……アストリッドさんのことをよくよく思い出すと、そこまで食に対してこだわりがあったりするような印象が無いことを思い出した。あってもロロナが作った『パイ』を喜んで食べたりしてたくらいかな?

 僕がロロナのアトリエに持っていったおすそわけも、食べるには食べるけど「うむ、悪くはないな」以上の感想を貰えた試しがない。ロロナやホムちゃんは「美味しい」って喜んでくれてたから、そこまで不味かったわけじゃないとは思うんだけど……

 

 そんな点も踏まえて考えると……確かに、僕の知っている限りではアストリッドさんは別段食事に対して特別興味を持ったりすることはあまり想像できなかった

 というか、『錬金術』の研究をしているときなんかは、コンテナから適当に引っ張り出したものをつまんで終わらせたり、それどころか食事自体忘れそうなイメージがある

 

「……そう考えると、ちょっと意外…というか新鮮?」

 

「何がですか?」

 

「えっ?いや、ちょっと独り言」

 

 そう言うと、ホムちゃんは「そうですか」と、そこまで気にした様子では無かった

 

 

 

「それでグランドマスターのことなんですが……グランドマスターも()()()気分が乗った時には自分で料理することもありますが、基本はホムたちが用意します」

 

「うんうん」

 

「それで、グランドマスターが飽きてしまわないように、新たにメニューを増やしたいのですが……基本的にホムの持つ料理の知識は、つくられた際にグランドマスターから授かった『錬金術』の知識の延長線上に存在するものであり、それではグランドマスターを今以上に満足させるのは難しいと判断しました」

 

「なるほど……だから僕が料理を作るところを見てみたかったんだね」

 

 ホムちゃんの意図は大体理解できた

 最初の頃は自覚は無かったんだけど、僕の知っている料理は『アーランド』にある料理と似たものもあったりするけど、似たようなものが全然無い種類の料理も結構ある。それが今のホムちゃんの知識……その大元のアストリッドさんの料理に関する知識を超えるヒントになる。そうホムちゃんは考えたんだろう

 

 

 

「……おにいちゃん? 何故ホムを撫でるのですか?」

 

「ええっとー……なんとなくかな?」

 

 そう言葉を返すと「よくわからない」といった感じに、ホムちゃんはいつものすました顔で少しだけ首をかしげた

 その様子に少しだけ頬が緩んだけど、せっかくだからちゃんと褒めてみることにする

 

「そうだなぁ…あえていうなら「命令じゃなくても、アストリッドさんを喜ばせようって考えるホムちゃんは優しいなぁ」とか、「そのために頑張るホムちゃんは偉いなぁ」…って感じかな?」

 

「つまり、ホムを褒めている、と? ですが、ホムがグランドマスターのために働くのは当然のことですが?」

 

「それでもだよ。……どっちにしたって、僕がホムちゃんを褒めたいって思ったことは事実なんだから」

 

「……? よくわかりません……ですが、何故だか悪い気はしませんね…」

 

 ホムちゃんは、かしげていた首を元に戻したかと思うと、少しだけ撫でていた僕の手に頭を押し付ける様に背伸びをした…

 

 

 

「……背伸びをしたら、おにいちゃんと同じ目線になりました。不思議な気分です」

 

「それは言わないで欲しかったなぁ…」

 

 会った頃からそういう身長差だったけど、最近ちょっとずつホムちゃんの身長が伸びている気がして、抜かれるんじゃないかと一人ハラハラしていたりするから、精神的にあまり良くない

 

 

 

 

 

「な~?」

 

 「まだ~?」と言いたいのか、いつの間にかソファーのある部屋からキッチンまで来ていたなーが鳴いた

 

「ごめんごめん、今すぐ作るよ!……そうだ!ホムちゃん、見学じゃなくって一緒に作らない?それのほうが色々わかるんじゃないかな?」

 

「それはいい考えだと思います」

 

 そう言ったホムちゃんは、「では、手を洗ってきます」と、袖の長い袖を少しまくりながら水瓶のほうへと向かって行った

 

 

「前に、なーのゴハンの作り方を教えたこともあるし……きっと大丈夫だよね?」

 

 少しだけ不安に思いながらも、僕は朝ごはんの材料を取り出していく……

 

 

 

 

 

 …………それにしても、何か忘れてる気がするんだけど……?

 ……まあいっか



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4年目:マイス「属性の結晶」

 

 

 ウチに遊びに来たホムちゃん。そこまで急ぐ用は無かったみたいで、数日間『青の農村』でゆっくりと過ごすことになったんだけど……

 

 

***マイスの家・作業場***

 

 

カンッ! カンッ! カンッ!

 

 僕が金槌を振り下ろすたびに、作業場内に金属同士がぶつかり合う音が響きわたる。煌々(こうこう)と燃える炎が見える『炉』の熱気が感じられる場所で、僕は作業を続けていた

 

 

 そして、ホムちゃんはというと、作業場の一角に置いてあるイスに座っていた。そして、その膝の上に乗っているのはなー。そのなーをホムちゃんは優しく撫でている

 

 ……うーん、ずいぶん前にも似たようなことがあったような…?

 

「どうかしましたか?」

 

「ん?いやっ、昔にもこんなふうに作業している僕のそばで、ホムちゃんとなーがいることがあったなーって思って」

 

「そうですね、昔、ホムが街に居た頃は時間がありましたから、こうしてゆっくりしていることもありました。なので、おにいちゃんが調合をしているところや鍛冶をしているところは何回も……」

 

 そう言っていたホムちゃんが、ピタリッと口を…それだけでなく、なーを撫でていた手を止めてた

 

 僕は、金槌を振りながらも「どうしたんだろう…?」とホムちゃんの様子をうかがってた

 そして、少し経ってからホムちゃんは目を細めながら首を少しかしげて言ってくる

 

 

「……もしかして、今日も前みたいに食材で武器を作ってるんですか?」

 

「いや違うよ?……というか、なんでそんな残念なモノを見るような目で見てくるのかなぁ?」

 

「ホムはあの光景を忘れられません。あの、ダイコンやネギといった野菜、そしてタマゴやバターといったものを持って炉へと向かう、おにいちゃんの姿を…………あの時は、本当にお兄ちゃんがおかしくなったのではと心配になりました」

 

「なーう」

 

 まるでホムちゃんの言葉を肯定するかのように鳴くなー

 ……そんなにおかしかったかな…?

 

 

 

「それでは、今日は一体何を?」

 

「今日は、コレだよっ…と」

 

 そう言って、今ちょうど作り終えたものをホムちゃんに見せた

 『アースワンド』。地の属性を持つ杖だ

 

「杖ですか…? これまでにも何度か見てきましたが……何か違うんですか?」

 

「属性が…というよりも、使ってる素材かな?」

 

 僕はそばに置いていた鍛冶用の素材を入れていたカゴに手を突っ込んで、あるものを取り出す

 

 

「これは『火の結晶』っていうモノなんだけど、その名前の通りで火の属性のチカラの塊のようなものなんだ。…で、この杖にはそれの属性違いの『地の結晶』を使ってるんだ」

 

「属性の塊…?属性の『結晶』というアイテム…? 初めて聞きました。ホムの知識にもそのようなものはありません」

 

「あはははっ…、確かにアーランドでは見かけないものだからね。ごく最近まで、僕も手に入らなかったし……」

 

 

 そう、この結晶系アイテムを入手できたのは、本当に最近のことだ

 というのも、結晶系アイテムは『シアレンス』に居た頃によく使っていた素材で、その時の入手法は鉱石を採掘して掘り当てるか、ゲートを破壊してドロップするのを待つか、どちらかである。

 

 …で、アーランド周辺ではいくら採掘しても結晶系アイテムが出てくることは無かった。その時点で、結晶系アイテムが『アーランド』には存在しないものだと判断した

 

 しかし最近、原因不明ではあるけれど、アーランド周辺にゲートが発生するようになったことによって、その結晶系アイテムを手に入れられるようになった

 モンスターを出現させるゲートだけど、そのゲートにはそれぞれ属性があり、その属性の攻撃は効果が無かったりする。さらに、ゲートは破壊された時に結晶系アイテムを落すことがある……それが、基本的にそのゲートと同じ属性の結晶なのだ

 

 クーデリアの護衛として付いて行った『黄昏の玉座』。そして、その後の『霧の廃村』でのゲートの目撃情報以降も、度々(たびたび)ゲートの目撃情報はあり、その度に僕はそこに行き周辺調査とゲートの破壊を行ってきた

 今、僕の手元にある結晶系アイテムは、その結果手に入れたものだ

 

 

 

 その事を、ゲートのことも織り交ぜながらホムちゃんに説明をしていく

 

「……っていうことなんだけど……わかったかな?」

 

「おおよそは、把握できました。つまり、最近アーランド周辺におにいちゃんが前にいたところにあったものと同じものが出現しだし、これまで手に入らなかった素材が入手できるようになった……という事ですか」

 

「うん、そんなところ」

 

 「わかりました」と頷くホムちゃん。だけど、そのまま首をかしげてしまった

 

「…それで、そのアイテムがあると何が変わるんですか?」

 

「うーん、そうだなぁ…」

 

 ごく簡単に言うと、これまで出来なかった「自分の知っているレシピ通りに鍛冶ができる」ということになる

 というのも、これまで属性付きの武器を作る際に、本来結晶系アイテムが必要なレシピだった場合、代わりに「炎属性付与」などといった「特性」がついたアイテムを素材にしていた。それでどうにか形にしていた

 …ただ、なんとなく『シアレンス』のころよりも付与された属性の強さが弱いように感じられた。その理由を僕は、本来使うべき結晶系アイテムを使わなかったからだと推測した

 

 

 だけど……その説明だと、ホムちゃんにはあんまり正確には伝えられないかもしれない。なぜなら、元のレシピ通りのものを知っているのは僕だけだし、その時の本来の強さを知っているのも僕だけ……その凄さを正確にホムちゃんへと伝えられる自信は無い

 となると……もう少し噛み砕いて、簡潔に説明すべきかな?

 

 

「主に二通りの使い方ができるかな?」

 

「二通りですか?」

 

「うん。ひとつは、何かを作る際に純粋な属性のチカラを付与できるってこと。攻撃用の属性付与も、防御用の耐性付与も」

 

「なるほど。調合などの際に、結晶の持つ属性の力をそのまま利用するのですね」

 

「あともうひとつは、すでに作ってある武器や防具を強化する際に属性・耐性を付与できるってこと。これは使い方によっては武器の元々の属性を変えたり出来るから、自分の実力とか…その時の状況によっては結構便利なんだよね」

 

 例えば、自分の鍛冶の熟練度の問題で「これ以上強い武器を作れない!…でも、この武器は風属性、これから行く場所にいる敵も風属性が多いから効果が薄い!」…なんて時。一個下のランクの武器だと攻撃力がこころもとない…という時に属性を変えてしまうわけだ

 そうすれば、こちらの攻撃を属性耐性で軽減されることがなくなり、ダメージも安定するようになる……というわけだ

 

 

 ……って、あれ?

 

 

「どうしたの?ホムちゃん?」

 

 よくわからないけど、ホムちゃんがものすっごく目を細めて……というかジトーっと見つめてきていた

 

「あの…ホムの耳が正常なのであれば、おにいちゃんは先程、すでに完成してある武器に新たに効果を付与させることができると言っているように聞こえたのですが……」

 

「えっ?できるけど…?」

 

 むしろ、作る時以上に後からの強化のほうが重要だったりするだろう

 特に杖は、強化の際に使った素材によって発動できる魔法・技が変わるから、その杖との相性を考えながら素材を吟味して強化していかなければならない

 

 

「……おにいちゃんには常識を求めてはいけないのだと、ホムは理解しました」

 

「えぇ!?なんで!?」

 

「すでに完成した武器に新たに何か付け足すなんて非常識だと、ホムはおにいちゃんに教えてあげます。……というか、叩き折れるのでは?」

 

 そんな事は無いと思うんだけどなぁ……?

 

「…今からやってみせようか?」

 

 

 

―――――――――

 

 

 その後、実際にホムちゃんに見せたところ、ホムちゃんは「もう、おにいちゃんが何をしても驚きません」と言われた

 ……ホムちゃんからの評価は上がったのか、下がったのか、微妙な感じ

 

 

 あと、結晶系アイテムで最も多く手元にあった『火の結晶』をアストリッドさんへのお土産としてホムちゃんに一個あげた



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4年目:マイス「お酒、そして赤と青」

 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

「さっき渡したのがふたりの分で……コッチがちむちゃんたちの分。ちゃんとみんなの分あるから、仲良くわけるんだよ?」

 

「ちむ!」

「ちむむ!」

「ちむー!」

 

 僕の言葉に、元気に返事をしたのは、いつの間にか3人になっていたちむちゃんたち

 ちむちゃん、ちむおとこくん、そして新たに加わったのがひとり目と同じ女の子…ちみゅちゃん、というそうだ

 

 そして、そのちむちゃんたちに渡したのは、おすそわけの『アップルパイ』

 本当はロロナかトトリちゃんに渡せたら良かったんだけど……どうやら二人ともちょうど何処かへ出かけていて、アトリエにいたのはお留守番をしていたちむちゃんたちだけだったのだ

 ちむちゃんが増えていたのには驚かされたけど、パイ系が主食のちむちゃんたちのためにと『アップルパイ』は元々多めに作っていたから、きっと問題無い量だろう

 

 

「それじゃあ、ロロナとトトリちゃんによろしくね!」

 

「「「ちむ~!」」」

 

 アトリエの玄関そばまで来て、三人並んで手を振るちむちゃんたちに見送られながら、僕はアトリエを後にした……

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

「それにしても……」

 

 アトリエから職人通りに出た僕は、ひとりで少し首をかしげた

 

「……まさか、本当にちむちゃんたちの言葉がわかるようになるなんてなぁ……」

 

 そう。ロロナのアトリエにお邪魔した時、ちむちゃんたちしかおらず、ロロナとトトリちゃんは留守だってことはなんとなく察した。だけど、アトリエに来た僕に近づいて来て何かを言っているちむちゃんたちに少し興味が湧いた

 

 

 アトリエの中なら……きっと大丈夫だろう

 そう思って、僕は『変身ベルト』を使い、金のモコモコの姿へと変身した。

 

 当然、目の前にいたちむちゃんたちはもの凄く驚いていた。……けど、説明するとちゃんとわかってくれた。……そして、それと同時にあることがわかった

 

 これまで「ちむちむ」と可愛いだけだったのに、ちむちゃんたちが何を言っているのかが明確にわかるようになっていたのだ

 金モコに変身することで、これまでにもモンスターや石像などの声は聞けるようになったので、もしかしたら…とは思ってたけど……

 

 

 そして、その後ちむちゃんたちから聞けたのは、ロロナは昨日から出ていること、トトリちゃんはほんの少し前に外出した…ということだった

 

 話を聞いた後は、再び人の姿になり、「今回のことは秘密にしてねー?」とお願いしながらホムちゃんたち用の『アップルパイ』を渡した……というわけだ

 

 

 

「さて、とっ……あとはーイクセルさんのところに顔を出しに行かないと」

 

 とはいっても、イクセルさんのいる『サンライズ食堂』はロロナのアトリエから、『男の武具屋』を挟んで隣にあるからすぐそばだ。職人通りをこのまま進んでいけばいいだけだ

 

 

 そうなんだけど……

 

 

「あれ……?」

 

 『サンライズ食堂』の前に差し掛かろうというところで、ちょっと気になることがあった。なんだか中が騒がしい。これが夜ゴハン時ならまだわかるんだけど……今は昼を少し過ぎたころ。あまりお客さんが多い時間帯じゃない

 

 これが『ロウとティファの雑貨店』なら、ティファナさんのファンである常連客の人たちが、熱く語りだしてヒートアップし過ぎたんだろう……ってことで終るんだけど……

 

 

「そういえばアトリエの前に雑貨屋さんに寄ったけど、今日はなんでかお休みだったんだよなぁ?……あっ、もしかして……?」

 

 頭の中で何かがカチッっと噛み合ったような音が聞こえた気がした

 

 ……いや、でもまさかこんな時間からお酒が入ったりなんて……

 そう思いながら、僕は『サンライズ食堂』の扉を開く

 

 

――――――――――――

 

***サンライズ食堂***

 

 

 時間も時間なので、お客さんはあんまりいない。

 だけど、そのわりには……というか店内はかなり騒がしかった

 

 

 

「ティファナさん!? いや、ちょ……は、離して…!」

 

「うう、無駄よぉ……いくら泣いて叫んでも、一度掴まったら、絶対離してくれないから……」

 

 逃れようともがくトトリちゃん。半ば諦めたかのように脱力しながらも、涙目で震えるフィリーさん

 その二人を捕まえているのは……

 

「うふふー、二人とも逃がさないわよ~!」

 

 顔がほんのりと赤く染まっているティファナさん。つまりのところ、酔っ払いさんである

 

 ……こうやって、ここまで酔っぱらっているのを見るのは久々な気がする

 ただ単にエスティさんが僕が遭遇していなかっただけかもしれないけど、エスティさんが街からいなくなってからはティファナさんがこうして外で飲む機会自体少なくなっているのも要因かもしれない

 

 ついでに言うと、ティファナさんはお祭りの時なんかに『青の農村(ウチの村)』に来たりはするけど、酔っ払って何か被害が出ることはない。というのも、ウチにも普通にお酒はあるけどティファナさんは「(街への)帰りがあるから…」と、『青の農村』でお酒を飲むことが無いのだ

 

 

 ……と、少し懐かしんでいる間にも、大変なことになってきているようだ

 

「フィリーさん!フィリーさんも捕まって……うわぁああ! 手!手!?モゾモゾ動かさないでくださいー!」

 

「やっぱり若い子は触り心地が違うわ……。うらやましい、にくたらしい、きもちいい! うりうりうりー!」

 

 ううん…?それにしても、ティファナさんってある一定以上酔うとこうして人に絡むようになるけど……初めて見た時もロロナだったし、それ以降も……そして今回はトトリちゃんとフィリーさん。もしかして、女の人にしか絡まないのかな……?

 

 

「きゃあああー!やだ、やめてくださいってばー!!」

 

「き、気持ち悪いー!本当にやだー!」

 

「そうか…、お前らは知らなかったんだな。ティファナさんの酒癖の悪さを…!」

 

 嫌がって泣き叫ぶトトリちゃんとフィリーさん

 その様子を調理場前のカウンター越しに見て、「やっちまったか…」といった様子で首を振るイクセルさん。…ここでイクセルさんの存在に気付いたトトリちゃんが、ティファナさんに捕まえられたまま声をあげた

 

「あ、イクセルさんがいた! 助けてください!お願いします!」

 

「……悪い。俺にはどうしようもできない。……諦めてくれ」

 

「そ、そんな…!?」

 

 トトリちゃんの必死の願いも虚しく、イクセルさんは「無理だ」と突き放した

 そして、間の悪い事に、その様子をティファナさんがしっかりと見ていた

 

「むぅ、私というものがありながら、イクセル君とお喋りだなんて……。そんな悪い子にはおしおきー!」

 

「へっ?わ、わ!服の中に手!? いやです!本当にいやですってばー!!」

 

 

 心の何処かで「またかぁー…でも、なんだか懐かしいなぁ」なんて呑気に考えてたけど……流石に助けてあげないとかわいそうだろう

 

 そう思って、僕は外出時に常に持ち歩いている緊急時用の『秘密バッグ』を取り出す

 『秘密バッグ』は、家にあるコンテナ内部と繋がっている。…そして今取り出したものが繋がっている先は、武器を仕舞ってあるコンテナだ。そこから、痛みがほとんど無く気絶させやすい…ただし、人の背丈ほどある『ピコピコハンマー』を取り出す

 

 

「……!っ、マイス!いいところに!!」

 

 『ピコピコハンマー』を取り出したあたりで、イクセルさんが、騒ぎの途中の来店で気づいていなかったのだろう僕の存在に気付き、そう声をあげてきた

 その声を聞きながら、僕は『ピコピコハンマー』を振り上げ……

 

「少し……眠っててください!」

 

 ……そして、自然な落下にあわせて、ティファナさんの頭めがけて振り下ろした

 

 

ピコッ!!

 

 

「きゃん!?」

 

 軽快な音と本当に軽い衝撃共に、ティファナさんが短い悲鳴を上げたかと思うとふらりとその場に倒れた

 

 

「ふえぇ……あれ?」

 

「や、やっと終わった……?」

 

 ティファナさんが気絶したことによって止まった手に、少し驚きながらもまわりを…そしてティファナさんを確認しだすトトリちゃんとフィリーさん

 

 そして、その目は目を回しているティファナさんと、『ピコピコハンマー』を持った僕とを何回か行ったり来たりした後、僕の方を見て止まって…………

 

 

 

「「きゃぁあああああ!!??」」

 

 

 

 ……ふたりして悲鳴をあげて、ティファナさんのせいで胸元を中心にはだけかけていた服をおさえながら、店の外へと飛び出していった

 

 二人の様子に違いがあるとすれば……顔の色だろうか?

 フィリーさんが顔を()()して、トトリちゃんは顔を()()していた

 

 

 残されたのは、僕と、目を回して眠っているティファナさん

 

 そうなると当然、僕が話しかけるべきなのは……カウンターのほうにいるイクセルさんになる

 僕は『ピコピコハンマー』を片付けながら、イクセルさんに話しかける

 

「あのー……いい加減、ティファナさんにお酒出すの、どうにかしたらどうですか?」

 

「ティファナさん本人に悪気も……ついでに自覚もねぇから、なんて言って酒を止めたらいいかがわからなくてよ…。つーか、マイスはできるか? 楽しそうに微笑みながら注文してくるんだぜ?」

 

 うーん……、確かに難しいかもしれない。…でも、それで被害を受けるのはイクセルさんなんじゃ……?

 

 

「というかマイス。お前、どうかしたのか…? なんか元気が無いような気がするぞ?」

 

「それはー…その、さっき二人に悲鳴あげられたのが……。前にミミちゃんに悲鳴をあげられた時も思ったけど、ステルクさんって凄いですね……」

 

「おいおい、感心するのはそこかよ」

 

 

――――――――――――

 

 

 少し呆れたように言ったイクセルさんに、「まあ、あの二人の悲鳴は羞恥心だろ」って慰められた後、僕はティファナさんを送って行くとこに……

 

 それにしても……

 

「ティファナさん、トトリちゃん、フィリーさん……何の集まりだったんだろう?…………イクセルさんに聞いてみればよかったかな?」

 

 

 そんな事を思いながら、ティファナさんを雑貨屋さんまで運びながら……あることに気付いた

 

 

「あれ?雑貨屋さん閉まってるけど……鍵、どこにあるんだろう?」

 

 この時、ちょっと焦ってしまったけど、よくよく考えてみればティファナさんが施錠して外出したのだから、ティファナさんが鍵を持っているのが当然だろう

 ……結局のところ、ティファナさんの着ているエプロンの腰あたりに、チェーンで繋がれた鍵がちゃんとあった

 



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4年目:マイス「探ってみよう、そうしよう」


 長いお休みをいただいてしまい、大変申し訳ありませんでした!

 段々とではありますが、書く時間が作れて筆ものってきています
 ……でも、全体的に見て予定よりも話の進みが遅いのが現状だったりします


 

 

***冒険者ギルド***

 

 

「はぁー……」

 

「……なにここに来て早々、ため息なんか吐いてるのよ」

 

 僕にそう言ったのはクーデリア。少し不機嫌そうな気もするけど、それ以上に「呆れ」が顔に出ているように思える

 

「そのー……、こっちのカウンターに来る前に依頼のカウンターに行ってたんだけどさ……」

 

「ギルドに入ってからソッチに行くのはあんたのいつもの流れだから、あたしも知ってるけど、それが…………ああ、なんとなくだけど察したわ」

 

 そう言うクーデリアは、軽いため息を吐いて苦笑いをした

 ……たぶん、最近の()()()の様子から、何か感じ取っていたんだと思う。クーデリアは普段から近くにいるわけだから、何か異常があればいち早く気づけるんだろう

 

 

 

「……フィリーさんが目を合わせてくれないんです」

 

「でしょうね。あんたが来た時と出て行った後のあの子の反応があからさまだもの」

 

「え……やっぱり、フィリーさんに嫌われちゃったのかな……あいてっ!?」

 

 『アーランド』で暮らすようになってから、そう短くない付き合いの友達であるフィリーさんに嫌われたことに肩を落とす……すると、そんな僕の頭に何かが当たった

 反射的に、下がっていた視線を上げると、そこにはカウンターからコッチへ半分くらい身を乗り出すような体勢でいるクーデリアが。その右手はピッチリと開かれていて、まるでチョップをくり出すかのような……

 

「……って、なんでチョップしたの!?」

 

「なんとなくよ!……どうせ、マイスに言ってもわかんないだろうし」

 

「ええ……?」

 

 カウンター向こうへと戻り体勢を元通りにしたクーデリアは、両手を打ち合わせるような、こすり合わせるような動作をした後、その手をそれぞれ左右の腰のあたりにあてて、僕をジトーッっと睨みつけてきた

 

 

「ともかく。あたしとしては、あんたが出て行った後に一人でもだえて騒がしいあの子を何とかしてほしいところだけど……そもそも、どうして今みたいな状況になってるのよ」

 

 クーデリアにそう言われて、僕は少しだけ考える

 …………うん。やっぱり、原因はあの時の事しか無いと思うんだけど……

 

 

「前にイクセルさんのお店に立ち寄った時に、たまたまティファナさんが酔払ってて……」

 

「……あたしは直接見たことは無いけど、凄い酔い方するらしいわね。……で、それで?」

 

「その時、酔払ったティファナさんにフィリーさんとトトリちゃんが絡まれてて……」

 

 そこまで言って、僕は言葉に詰まってしまった

 理由は、フィリーさんとは別の問題の事を思い出してしまったから。……とても泣きたい気持ちだ……

 

「……?どうしたのよ?それでどうなったの?」

 

「あっ、うん。ええっと、それで僕がティファナさんを眠らせてとりあえず騒ぎ自体は解決したんだけど……その時、絡まれてた二人の服が少し肌蹴(はだけ)てて……二人そろって悲鳴を上げて出て行っちゃったんだ」

 

「で、こうなった、と。正直、色々と飛び抜けてそうだけど……まあ、それはあの子の妄想が変に働いたのかしらね」

 

 相変わらずの呆れ顔だけど、一応は納得したみたいでクーデリアは小さく頷いた

 

 

 ……けど、まだクーデリアの疑問は尽きていなかったようだった

 

「それで?何でさっきより落ち込んでるのよ」

 

「それは、そのー……実は、フィリーさん以上にトトリちゃんから避けられてて……」

 

「あー……、まあトトリももう16くらいだし、そういうこと気にする年頃なんじゃないかしら?……でも、フィリー以上ってのは少し気になるわね。具体的にはどんな感じなの?」

 

「お店なんかでバッタリ会った時には「失礼しましたー!」って深々と頭下げたままどっかに走っていって、アトリエにおじゃました時は玄関とは別にある裏口から出ていって……」

 

 そう。トトリちゃんとは、最近は会話どころかまともに顔も見れていない。本当に泣けてくるくらいな状況なのだ

 

 僕の言葉を聞いたクーデリアもさすがに想像以上だったみたいで、意識してかどうかはわからないけど小声で「うわー…」ともらしていた

 

「難しいお年頃とは言っても、ものすごい避けられ方ね。……ロロナからは何か言われたりしなかったの?」

 

「それが、トトリちゃんがアトリエの裏口から出ていったのがわかったのは、ロロナが「トトリちゃん!?待って~!」って裏口から出ていったからで……。ロロナもトトリちゃんに掛かりっきりみたいで、話せてないんだ」

 

「……本当に『サンライズ食堂』であった事だけなの?」

 

 「他に何かやらかしたんじゃないの?」と疑惑の目を向けてくるクーデリア。でも、僕は首を振ることしかできない

 

 ……もしかしたら、自分でも知らないうちに何かトトリちゃんを困らせるようなことをしちゃったかもしれないけど…………うーん、やっぱり見当がつかない

 

 

 

「まぁ、あたしのほうから聞いてみたりはしてみるわ」

 

「うん、お願い……」

 

 

 

============

 

 

 

 マイスが去っていった後の『冒険者ギルド』にて……

 

 

「にしても、あのトトリがそんなにマイスを避けてるなんて……」

 

 クーデリアが一人で首をかしげていた

 

「最近『冒険者ギルド(ウチ)』に来た時は普通だったし、いつも通り勤勉に依頼をこなしてたみたいだったから、そんな様子は無かったと思うんだけど……」

 

 

 

 そう考えていたクーデリアだったが、ふいにその表情と小さい身体をガチリッと固めた

 

「あ゛っ……。もしかして、あの時言ったギゼラとマイスの貸し借りのことで……?」

 

 しかし、その考えを振り払うかのように、クーデリアは首をブンブン横に振った

 

「いやいや!トトリの性格なら、逃げたりしないで真っ先にマイスに謝りに行くなり、「わたしが代わりに払います!」とか言うだろうし……それに、マイス自身、取り立てたりはしないだろうし………」

 

 しかし、クーデリアの独り言の口調は段々と勢いが無くなっていく

 

「……うん、今度あの子に会った時に、一応その辺りのことも聞いておこう」

 

 

 クーデリアは失念していた。ギゼラがいろんなところで迷惑をかける人間だという事を……

 

 クーデリアは知らなかった。ギゼラによる『バー・ゲラルド』でのタダメシの一件で、トトリが金銭問題に過敏になっていたことを……

 

 

 

============

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

「うーん……」

 

 クーデリアにはああお願いはしたものの、やっぱりいち早く原因を知って、悪い事しちゃったのならちゃんと謝りたい

 

 ……となると、自分で調べるのが一番だと思うんだけど……でも、これまでの感じからすると直接聞きに行っても逃げられるだけだろう

 でも、他の人からの情報収集も、クーデリアが何にも知らない様子からするとあんまり意味が無いかもしれない

 

「……やっぱり、()()が良いのかな?」

 

 

 

 辺りをキョロキョロと見渡し、周りに人がいないことを確認して路地裏に入る。裏路地でまた周りに人がいないことを確認して、そこにあった積まれた『タル』の陰に隠れる

 そして、『変身ベルト』へと意識を向けて……

 

「とうっ!」

 

 クルリッと回転しながら決めポーズをする!

 

「モコッ!」

 

 そうすることで僕は「金のモコモコ」の姿へと変身するのだった

 

 

 『シアレンス』にいた頃、冒険中に金モコの姿に変身したまま町に帰ってしまった時に偶然気がついたことだけど、金モコ=僕ということが知られていないので、普段僕が見ていた街の人とは別の一面が金モコの時は見ることが出来たりするのだ

 

 それはこの『アーランド』でも同じ……なんだけど、『シアレンス』よりもかなり人々のモンスターへの警戒心が強いため退治されてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたりもした。そのため、街中で金モコの姿でいるようになったりしたのは『青の農村』ができてモンスターへの理解がある程度得られるようになった、ごく最近のことだったりする

 

 

 何はともあれ、金モコが僕であると知っているのは今現在はごく一部、数にして5人くらいだ

 そして、その人数の中にはアトリエにいるロロナとトトリちゃんは入っていない。だから、金モコ(この)状態で二人に近づいて何とか僕が避けられている原因を探ることが出来るはず……!

 

 ……とは言っても、普通に喋ってしまうと十中八九バレてしまうから「モコモコ~」としか言えないわけで……。そのため、原因を聞き出せるかはほとんど運任せになる

 

「まぁ、もしも聞き出せなかったり二人がいなかったりした時は、ちむちゃんたちに何か知らないか聞いてみればいいかな?」

 

 そういえば、ちむちゃんたちには「金モコ=僕」であることは他の人には言わないように口止めは一応したけど……大丈夫だよね?

 

 

 一抹の不安を感じながら、僕はアトリエへと向かった……

 

 

 

――――――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 アトリエの玄関でノックをしたところ「ちむむ~」としか返事が無かったから、なんとなくそんな気はしてたけど……どうやら、ロロナとトトリちゃんはちょうど出かけているようだった

 

 「今日はお土産の『パイ』は無いのー?」とワラワラ集まってきたちむちゃん、ちむおとこくん、ちみゅちゃん。そして「あー、このひと(?)がこの前言ってた?」と4人目のちむちゃんが遅れて近づいてきた。なんでもその子の名前は「ちむぐれーとくん」らしい。他の三人が教えてくれた

 

 

 ちむぐれーとくんとの自己紹介と挨拶を終えた僕は、本題である「最近、ロロナとトトリちゃんが僕のこと何か言ってなかった?」と聞こうとしたんだけど…………その前に、アトリエの玄関のほうからノックの音が聞こえてきた

 

 一瞬だけ「ロロナかトトリちゃんが帰ってきたかな?」と思ったんだけど、アトリエの住人である二人がノックするはずがないと気付いた

 「じゃあ誰だろう?」……そう思ったのとほぼ同じくして、ちみゅちゃんが「ちむー!」と返事をして、玄関の扉が開いて誰かが入ってきた

 

 

「お邪魔するわ……なんとなくそんな気はしたけど、トトリはいないのね……って、あら?」

 

「も、モコ……!?(み、ミミちゃん……!?)」

 

 そう、そこにいたのはミミちゃん……って、あれ?なんだか少し似たようなことがあったような……?

 確かあの時は、僕(金モコ)がロロナに無理矢理連れて来られて……

 

「アナタ、確か前にトトリの先生の『パイ』を食べにきてた子だったわよね……?」

 

 僕が考えている事と同じような事を考えていたんだろうミミちゃんが、僕にそう問いかけてきた。表現的に微妙なところではあるけど、ミミちゃんが思い出していること自体は間違いでは無いので、僕は素直に頷いた

 

「モコッ」

 

「ふぅん、やっぱり。でも、今日はそんな様子じゃなさそうだけど……その子たちと遊びに来たの?」

 

 そう言ってミミちゃんが目を向けるのは、僕からそう遠くない位置にいるちむちゃんたち。ミミちゃんの、この指摘も「中らずと雖も遠からず」といったところなので、頷いてみせた

 

「モコッ」

 

「へぇ、それじゃあアトリエ(ここ)には結構来たりはしてるのね」

 

 ……実は金モコの姿ではまだ3回目くらいです、と訂正するわけにもいかないから、特に反応を示さずにスルーする。喋るわけにもいかないし……でも、ずっと長い間避けられている感じがあるミミちゃんとコミュニケーションは取ってみたい気持ちは少なからずあるんだけど……

 

 

 僕がそんなことを考えていると、ミミちゃんもミミちゃんで何か一人で考えているようで、小さな声で独り言らしきものを呟いていた

 

「モンスターって普通に街に入れるのね……門番はスルーなのかしら? この子だから?それとも『青の農村』の子たちはみんな? ……でもまあ、()()()のことを考えれば当然のことかも」

 

「モココ?(あの人?)」

 

 僕がつい何気なく反応してしまうと、少し驚いたようにミミちゃんが僕のほうを見てきた

 

「もしかして口に出てたかしら?まあ、そこまで困ることじゃないからいいけど。……話には聞いてたけど、やっぱりちゃんと人の言葉を理解してるのね。コッチはさっぱりだけど」

 

 

 ミミちゃんは僕のほうへと近寄って来て、少しでも僕に目線を合わせるかのようにしゃがみこんできた。それでも、僕のほうが少し目線が低いけど……

 そして、ミミちゃんは右手を僕の首元へと伸ばしてきた

 

「アナタも着けてもらってるじゃない、この『青い布』。これって「自分からは人に危害を加えない優しい子」しかマイスさんから貰えないんでしょ?……あの人から認められた子なら、問題無いでしょうね」

 

「モコー、モコモコ(あははは……、コレが大元だからちょっと違うような)」

 

 金モコの姿の時の僕を見かけたジオさんが、金モコが首に巻いていた青いバンダナを見て発想したのが『青の農村』の由来にもなる『青い布』だから、僕が巻いているのは特別そんな意味合いは無かったりするけど…………でも、当然だけど僕は人を襲ったりする気は無い

 ……というか、ミミちゃんの言う「あの人」って僕のことだったんだ

 

 

「アナタたちがどう思ってるか、ちゃんと理解できているかはわからないけど、マイスさんは凄い人なのよ? 真面目で、誠実で、優しくて……村ができるより前から街の人たちのために頑張ってて、みんなからの信頼も厚いわ。だから『青い布』をつけたモンスターを怖がらないの」

 

 「フフン!」と僕の知っている昔のミミちゃんのようにかわいらしく、何故だか自慢げに話し出した。

 

「他にも色々あって、街で新鮮な野菜が食べられるのはもちろん、根本的に食材の質が高いことやアーランドの食料自給率が100%以上なことも、あの人の功績と言えるわ。機械での生産業が国の主な産業だったアーランドで農業をこんなにも発展させたのは、本当に凄いことよ」

 

 ミミちゃんの話は止まらず……

 

「それに娯楽に関しても、『王国祭』が無くなって少し活気が無くなっていたところに、村でお祭りをすることを決めたりして積極的で、年に何度も様々な趣旨のお祭りを開催することで、みんなを飽きさせないようにしてみせたの。しかも、お祭りの中には物流・交易を促進するような内容もあって、経済的な効果が高いわ!……それに、最近では人材育成のことを考えているようなお祭りも開催したりしてるみたいで、先を見据えた村の運営も考えるくらい頭もいいの!」

 

 なんだか段々とヒートアップしているような気もしなくもないような……?

 

 

「……モッコ、モコモコ(……というか、なんだかむずがゆい)」

 

 陰口を言われてるわけじゃないから悪い気はしないんだけど……知っていること以外に、身に覚えのないことまで言われてしまってるから、なんだか喜んでいいのか分からないし……

 

 

 ……ん?この様子だとミミちゃんは僕の事を嫌ってる感じではないよね?

 なら、ミミちゃんにずっと避けられているのは何でなんだろう?

 

 

――――――――――――

 

 

「そうね、あとはマイスさんの作る料理なんだけど……」

 

「モ、モコー……(な、長過ぎる……)」

 

 ミミちゃんが僕について有る事無い事語り始めてから、どれくらいの時間が経っただろう? いつの間にか、窓からアトリエ内に差し込んできている陽の光は赤くなっていた

 最初のうちは僕と一緒に語りに付き合っていたちむちゃんも、おのおの作業に戻っている。飽きたからなのか、作業に戻らないと予定がおくれてしまうからなのかはわからない

 

 

 と、ようやくミミちゃんも結構な時間が経ったことに気がついたみたいで、窓のほうを見て少し意外そうな顔をした

 

「あら?もうこんな時間? 結局、トトリは帰ってこなかったわね。玄関の鍵が開いているから街の何処かに出かけただけだと思ってたんだけど」

 

「モコ、モコモーコ(僕もそう思ってたんだけど)」

 

「留守なのに鍵かけてないのは不用心過ぎじゃない?それとも、あのちっちゃい子たちがいれば大丈夫なのかしら? ……というか、私を置いて冒険に出てるの?もうっ、トトリったら」

 

 そう言って、ちむちゃんたちを見た後に少しだけ頬を膨らませるミミちゃん

 前にトトリちゃんからミミちゃんのことは話だけは聞いたことはあったんだけど、その時の話だと少し大人びている印象があったけど、こうしてみると子供っぽさが随分と残っている気がする

 

 

「これ以上待っても今日はもう帰ってきそうにないから、そろそろおいとましようかしら。……アナタはどうする?」

 

「モコッ(僕ももう帰ろう)」

 

 頷いてみせると、意思は通じたようで「そう、なら一緒に出ましょうか」とミミちゃんは言った

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 帰る事をちむちゃんたちに伝えると、わざわざアトリエの玄関先まで皆でお見送りに来てくれた

 

「お邪魔したわ」

 

「モコ~」

 

「ちむー」

「ちむむ~」

「ちむっ」

「ちーむー」

 

 僕とミミちゃんの言葉に、ちむちゃんたちはそれぞれ返事をする

 

 

 それを確認したミミちゃんは、今度は隣にいる僕に目を向けて問いかけてくる

 

「アナタは一人で帰れるの? それとも、私が送って行ったほうがいいかしら」

 

「モコッコ!」

 

 首を横に振ると、ミミちゃんはそれを予測していたようで「でしょうね」と何故かうっすらと笑みを浮かべて頷いてきた

 

 

 ……と、思ったんだけど、その表情が少しだけ変わった

 よくわからないけど、ミミちゃんはなんだかわざとらしく明後日の方向を見たりして、少し目が泳ぎ出したのだ

 

「ええっと……ねぇ、ちょっといいかしら?」

 

「モコ?」

 

「あの人……マイスさん、私のこと何か言ってなかった? 『青の農村』に住んでる子なら何か聞いたことがあるんじゃないかって、思って……」

 

「モ、モコ……?(え、どういうこと……?)」

 

 僕が首をかしげてしまうのとほぼ同時に、ミミちゃんがブンブンと首を振った

 

「いや、その別に何かあるとかそう言うわけじゃないから!だから、聞いたことが無いなら別にいいの、気にしないで! それに、私のこと嫌いとか言ってないだけで……」

 

 段々と声が小さくなっていくミミちゃん。……と、バッっとミミちゃんがしゃがみ込んできて、抑えた声で言ってきた

 

「その…………もしよかったらマイスさんが私のこと怒ってないか、それとなく調べてくれないかしら? もちろん、私が探ろうとしてるってことは秘密にしなさいよねっ!いい?わかった!?」

 

 そう、途中から一方的に言ってきたミミちゃんは「そ、それじゃあね」と足早に去っていった

 

 

 

 そして、残された僕はと言えば……

 

「ちむ」

「ちむちむっ……」

「ちちむ~」

「ちむっ!ちむっ!」

 

 「僕=金モコ」を知っているちむちゃんたちによる、何とも言えない視線を一身に受けていた

 

 

 

 ……でも、本当にどうしよう?

 

 今日わかったのは、ミミちゃんが僕の事をそんなに嫌っているようじゃないこと。それと、僕が怒っているんじゃないかと気にしていること……けど、そんな怒ってしまうようなことをミミちゃんからされたような覚えは無い

 うーん……僕が憶えてないだけで、何かそんな事があったとか?

 

 そんな事を考えながら、裏路地の物陰に入り、変身して人間の姿になる

 そうして、僕は村へと帰るのだった……

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 そして、家まで帰ったあたりであることを思い出した

 

 

「あっ…、ちむちゃんたちにトトリちゃんのこと聞くの忘れてた……!」



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4年目:どうしたものか……

 今回は諸事情により第三者視点です


 更新が途切れてしまい、申し訳ありませんでした!
 急遽、色々な用事が立て続けに入ったため、都合がつきませんでした

 とりあえずは落ち着きましたので、更新を再開させていただきます
 未完では終わらせません……!


***サンライズ食堂***

 

 

 『サンライズ食堂』。言わずと知れたアーランド有数の飲食店

 その店内の一角に位置するテーブルにつくとある二人。そこには何とも言えない空気が漂っていた

 

 

 

「えー、あー……うん。「まさか…?」と思わなかったわけじゃなかったけど、本当に()()が原因だったとは……」

 

 申し訳なさ半分、呆れ半分といった様子で頭を抱えているのは、普段『冒険者ギルド』で主に冒険者免許関係の仕事を取り扱っている受付嬢・クーデリア・フォン・フォイエルバッハ

 

 

「そうだよ、くーちゃん!大変だったんだよ!?」

 

 そうクーデリアに言うのは、クーデリアの幼馴染であり『アーランドの街』を拠点としてアトリエを経営している錬金術士・ロロライナ・フリクセル

 

 

 涙目になりながら身を乗り出し気味でテーブル越しにクーデリアへと詰め寄ろうとするロロナに、クーデリアは手で軽く制して首を振る

 

「さすがに悪かったと思ってるわよ。ちょっとイタズラが過ぎたって……。でも、こんな(ふう)にしようとなんて思っていなかったの」

 

「でも……」

 

 

「どうしたんだ?お前ら二人が一緒にいるってのに、変な空気だな」

 

 クーデリアとロロナの会話に唐突に割り込んできたのは、ここ『サンライズ食堂』の厨房を任されているコック・イクセル・ヤーン。二人の幼馴染でもある

 どうやら、店内にいるクーデリアとロロナの様子を気にしていたようで、仕事の手がちょうど空いたところで顔を出しに来たらしかった

 

「あっ、イクセくん。あのね、マイス君とトトリちゃんのことでちょっとあって……」

 

「マイスとトトリ? …ああ、もしかてマイスがトトリに嫌われたーってヤツか?」

 

「あら?知ってたの?」

 

 クーデリアの問いに「そりゃあな」と返したイクセルは、そのまま言葉を続けた

 

 

「マイスとは食材の取引でよく顔を合わせるからな。その時に気を落してるのはよく見かけてたし……それに、マイスが言うには、トトリに避けられるようになったのは『サンライズ食堂(ここ)』でのティファナさんの一件があったあたりかららしいし、知らないふりは出来なかったからな」

 

 そう言ったが、はたと口を止めて「そういえば…」と、今度はロロナを見てイクセルは口を開いた

 

「あいつ、「ロロナにも嫌われたかも…」って結構落ち込んでたぞ?」

 

「ふぇ!?そんなこと無いよ!? わたし、全然……」

 

 首を横に振って否定したロロナだったが、クーデリアには何か思い当たる事があったようで、ロロナの言葉に口を挟んだ

 

「きっと、それはアレね。マイスから逃げるトトリを心配して追いかけてばかりだったから、ロロナも一緒になって避ける形になってたからじゃないかしら?……なんか、そんな感じのこと、マイスが言ってたわよ」

 

「あっ、なるほど……って、ええっ!? 知らないうちにマイス君に悪い事しちゃってた!?」

 

 納得して……そして、改めて慌てるロロナ

 

 

 その様子を眺めていたイクセルだったが、今度はクーデリアのほうを見て彼女に問いかけた

 

「……で、結局何が原因だったんだ? 少し聞こえてたさっきまでの話じゃあ、ティファナさんの一件の時のが原因じゃないらしかったが…?」

 

「うっ……そ、それは……ねぇ」

 

 イクセルの問いに、少しバツが悪そうな顔をして言葉を詰まらせるクーデリア

 そんなクーデリアに変わり、落ち着きを取り戻してきたロロナが答えた

 

 

「それがね、トトリちゃんのお母さん……十何万、何十万にもなるギゼラさんが壊した物とか問題とかの修復費とか賠償金なんかをマイス君が何回も立て替えてるって話を、くーちゃんがトトリちゃんにしちゃって……それで……」

 

「ああ、なるほど。そりゃあ逃げたくもなるくらい、顔を合わせ辛いだろうな」

 

 ロロナの言葉に納得したように頷くイクセル。しかし、それとは別にクーデリアが少し声を荒げて言った

 

「ちょ!あたしはそこまでリアルな金額は言ってないわよ!? そ、それに、トトリの性格なら真っ先にマイスのところに行って「わたしが代わりに払います!」とか言うと思ったの!そうなったら、きっとあの子が知りたがってたギゼラのこともマイスから聞けるだろうし……」

 

「まぁ、お前の言いたいこともわからなくもないな…。俺もギゼラって人は知ってるが、その大半はマイスから聞いた話なわけだし。それに金のほうも、いくら家族って言っても、あのマイスが変に取り立てたりしないだろ。……むしろ、憶えてないんじゃないか?」

 

 クーデリアはもちろん、ロロナも別段イクセルの言葉に何かしらの反対意見を言ったりすることは無かった

 ……だがそれは、逆にイクセルが首をかしげる結果を引き寄せることとなる

 

 

 

「……ん? じゃあ何でロロナはトトリをマイスに会わせようとしてないんだ?」

 

 当然と言えば当然の疑問。その疑問にロロナはビクッ!と体を震わせた

 

「ええっと……実はギゼラさんってトトリちゃんの住んでる『アランヤ村』でもお金関係で色々とあったらしくて。それで、かなりお金のお話には神経質気味になっちゃってたみたいで……」

 

「そこにウン十万単位のマイスとの話がきたわけか」

 

「うん。……で、トトリちゃん、マイス君事態に苦手意識みたいな感じのものを持っちゃったみたいなの。……最近なんかはちょっと酷くなっちゃって、「マイス」って名前を出しただけで隠れちゃうように……」

 

「それ、「ちょっと酷く」ってレベルなの……?」

 

 想像以上だったのだろう。クーデリアが引き気味で言った

 

 

 

「とりあえず、何とかする方法を考えないか? ここまできたことだし、俺も手伝うからよ……」

 

 イクセルがそう言うと、クーデリアとロロナはほぼ同時に頷いたのだった……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 なお、当事者二人の内の片方…マイスはと言えば……

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 

「あのね、リオネラが結構前から街に立ち寄ってなかったから「フィリーさんに会いに行ってみない?」って言うのはわかるわ。でも、なんでマイスはついて来ようとしなかったのかしら?」

「それによ、不思議に思いながらも会いに行ったら行ったで、こっちも「マイス君には会えないよぅ…!」なんて言いやがるし、無理矢理連れてきたらきたで……なんだよ、この空気?」

 

「…………」

 

 

 そう言ったのは、虎猫の人形のアラーニャと黒猫の人形のホロホロ。そして、そのふたりの主人であるリオネラも、そのそばにいた

 旅芸人として旅をしている3人(?)だが、どうやら『青の農村』に訪れていたようだ

 

 

「ふ、二人とも、大丈夫…?」

 

 心配そうにしているリオネラの問いかけに対しての、二人…マイスとフィリーの反応はと言えば……

 

 

「うん…、大丈夫だよ……」

 

「だ、大丈夫じゃないです……!」

 

 

 あからさまに落ち込んでいるマイスと、顔を赤くしてマイスがいる方とは別方向を見ているフィリー

 二人は言っていることは正反対だが、はたから見ればどちらも「大丈夫じゃない」状態だろう

 

 

「……というか、けっこう前になんだか似たような状況が無かったかしら?」

「あー、マイスがあのモコモコしたヤツだって知った時だったか?確かに似てなくもねぇ……か? あの時はフィリーに毛をモフらせたら、よくわかんねぇうちに解決したよな?今回もそれでいいんじゃないか?」

 

「えっ……いいのかな?そんなことで……?」

 

 アラーニャとホロホロの会話に困ったように少し首をかしげるリオネラ

 

 

 ……こちらもこちらで大変そうだった……



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4年目:クーデリア「困りもの」

 

 ロロナと、ついでにイクセルと、マイスとトトリをどうにかしようって事を話し合ったあの日から数日経った今日。あたしはそう多くは無い仕事の休みを利用して『青の農村』のマイスの家へと向かっていた

 

 会いに行くとは言っても、別に今日のうちに何かしらの作戦を実行したりするわけじゃない

 むしろその前段階。二人の仲直り……というか誤解を解かせるための計画をたてるために、マイスの今現在の状態を確認したり、今後の予定なんかを聞き出したりするために今日は会いに行っているのだ

 

 

「どっかに行ってたりしなければいいんだけど……」

 

 そう一応は心配しているのだけど、おそらく杞憂に終わるとは思っている

 というのも、『青の農村』が出来てからはマイスが遠出することはほとんどなくなっていたからだ。それこそ、トトリの手伝いでついて行くようになるまでは、ほとんど『青の農村』と『アーランドの街』の行き来くらいしか無かったらしい

 

 そして、知っての通り今現在はトトリとの交流がほとんど無くなってしまっているため、今、彼女の冒険の手伝いで外に出ていることも無いだろう

 

 ……マイスが外出している可能性があるとすれば、ここ最近あちこちの採取地から目撃情報が出ている「謎の光の渦」…マイスが言うのは『ゲート』というものらしい…それの確認・調査・破壊などを行っているという事態だろう

 だけど、あたしの知っている限りでは昨日・今日には目撃情報が『冒険者ギルド』にも入ってきていない。だから、マイスが独自に情報のルートを持っていたりしない限りは大丈夫だ……と思う

 

 

 

「まぁ、一番の問題はトトリのほうなんだけど。そっちはロロナが「任せてっ!」て張り切ってたし……ちょっと心配だけど、イクセル(あいつ)も手伝うらしいから、きっと大丈夫でしょう」

 

 そう。マイスとトトリに元通りになってもらうには、順序がある

 まずトトリのほうを軟化させて話をし、落ち着いた状態でマイスと会えるようにする。そうしてからトトリをマイスに会わせ、ギゼラとマイスの貸し借り(例の件)を話してそれに関する双方の意見を出させて、解決させる。…それで晴れて和解となる

 

 ギゼラとマイスの貸し借り(例の件)は解決できるのか?…という不安は「無い」と言えば嘘になるが、きっと大丈夫だ。前にも言ったが、マイスのほうはあのことをそこまで大きな問題だとは思っていないと思う

 まぁ、そもそもの考え方に差があるんだろう、という気もするけど……それはマイス本人とちゃんと話せば、トトリもすぐに気づけるだろう

 

 

 

 そんな事を考えながら街道を歩き続けているうちに、『青の農村』の入り口付近にまでたどり着いた

 街道のわきから伸びる村の広場まで続く道のわきには、この村に属している農家と、その一軒一軒が持っている木でできた柵に囲まれた畑がある。そしてその畑には青々とした野菜が()っていた

 

「今期も、全体的に豊作のようね。……って、あたしが心配するようなことでも無いけど」

 

 そんな独り言をいつの間にかしてしまいながらも、あたしは『青の農村』へと足を踏み入れた

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村***

 

 

 村に入ってからは、途中、顔見知りの村の人や旅の行商人なんかに声をかけられながら、マイスの家のほうへと進んでいった

 

 当然ながら、この村の一員である青い布を巻いたモンスターたちにも会った

 もうあたしは随分と慣れているつもりだけど……やっぱり、視界はじのほうから鳴き声を上げられると少し身構えてしまう。モンスターたちのほうからしたら、ちょっとした挨拶のつもりなのかもしれないけれど、こればっかりは慣れそうにも無い

 

 

 モンスターといえば、この『青の農村』にはいろんな種類のモンスターがいるけど、同じ種類のモンスターでもいろんなヤツがいるみたいだ

 

 その辺りで寝ているヤツ

 まるで警備兵のように村を巡回しているヤツ

 村の人になでられたり、ブラッシングをされているヤツ

 畑で農家の手伝いをしているヤツ

 

 改めて思ったけど、何も知らない人が訪れてしまったら間違いなく自分自身の目を疑うでしょうね……

 

 

 

 

 ……って、あら? なんだか少し騒がしいような……

 

 そう思って、耳を澄ませてその騒がしさの発信源を探ってみる……すると、どうやらちょうど目的地であるマイスの家のほうのようだった

 わたしは少しだけ歩く速度を上げた

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村・マイスの家前***

 

 

「あれは……」

 

 マイスの家のそばまで来ると、騒ぎの原因がわかった

 まあ、騒ぎと言っても、別段人だかりができているわけじゃなくて、騒がしくしている人が4人ほどいたというだけだった

 

 

 

「…………落ち着いたか?」

 

「えっと……どう?」

 

 いつも以上に難しい顔をしている自称騎士。そしてそれと相対しているのはあたしが会いに来たマイス

 

 

 そのマイスが「どう?」と確認しているのは、マイスの背後に隠れようとしている二人……

 

「ううぅ……まだ、ちょっと……」

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

 フィリーとリオネラだった

 残念なことに、二人そろってマイス(一人)の背後に隠れようとしているために、二人ともはみ出してしまっていて全然隠れることが出来ていない

 

 ……いや、そもそもあの三人の中でマイスが一番小さいから、どちらか一人だけでも隠れるのは厳しい気がする。あのマイスの背後に隠れたいならあたしくらいの身長じゃないと…………自分で考えてて少し悲しくなった

 

 

 

「それにしても、この状況は……って、考えるまでもないわね」

 

 あのリオネラがいること自体には少し驚きはしたものの、これまでにも『青の農村』に訪れていることは知っていたからそこまででもない。

 そして、フィリーとリオネラ、それに加えて自称騎士のステルクとくれば、騒ぎの原因はもう決まったようなものだ

 

 

 そう考えていると、リオネラのそばを漂っている二匹のネコの人形・ホロホロとアラーニャが、あたしの思っていた通りだと確信するようなことを言った

 

「久々で気絶しなかったのは良かったけどよ、怖い顔だからって悲鳴を上げんのはいい加減やめてやろうぜ」

「そうよ、リオネラ。そんな知らない怖い人じゃないんだから、ちゃんとしましょう? それに、ここまでくると失礼よ」

 

「わ……わかっては、いるけど……ヒィ!?」

 

 マイスの背後から恐る恐るといった様子で顔を上げていったリオネラだったけど、ステルクの顔を見た瞬間、短い悲鳴を上げて顔を引っ込めてしまったようだ

 

 そんな中、普段ギルドの受付で悲鳴を上げ慣れている(?)フィリーのほうは、もう立ち直ってきたみたいで、ステルクのほうへと顔を向けられていた

 ……だた、まだ恐ろしさはあるみたいで、目が少しでも合いそうになると勢いよく目をそらしていた

 

 けど、ああしてマイスのそばにいるということは、もしかすると、この間まであっていた「フィリーがマイスと目を合わせない&マイスが出ていった後、一人でもだえる」問題はいつの間にやら解決したのだろうか?

 ……よくわからないけど、おそらく、状況的にはそう思えなくも無い

 

 

 ……と、そうやって目をそらしたフィリーの視界にあたしがちょうど入ったようで、一瞬だけフィリーの動きが止まって……そうしてから口が開いた

 

 

「ううぇ!?クーデリア先輩!?」

 

 フィリーの声でソコにいた全員があたしに気付いたみたいで、視線が集中してきた

 

 あたしはため息をつきながら、驚いているフィリーに言う

 

「あら?あたしがここに来ちゃいけなかったかしら?」

 

「べ、別にそんなことは…!? ただ、今日はお仕事があったんじゃないかな、って思っただけで……」

 

「今日のあたしの仕事は午前中だけよ。後は他の子たちに任せてあるわ……それにしても、相変わらず大変そうね」

 

 

 そうあたしは途中から、フィリーとは別の人…ステルクのほうへと話を振った。言ったことはかなり言葉を削った状態だったのだけど、どうやら意味は問題無く通じたみたいで、ステルクは重い溜息を吐いてから重々しく口を開いた

 

「全くだ。少しこちらに用があったのと、王のことで聞きたいことがあったから立ち寄ったら……悲鳴二つで出迎えられるとはな……」

 

「そんなに落ち込まないでくださいよ、ステルクさん。二人ともステルクさんが嫌いとかそう言うわけじゃなくて、ただ単純に顔で驚いてしまっただけですから」

 

 少し気を落しているように見えるステルクに対し、マイスがフォローになっているか微妙な言葉をかけた。当然、自称騎士のほうは何とも言えない顔になっていた

 

「顔だけで怖がられるというのは、たいがいだと思うんだが……?」

 

「目が合うどころか、声をかけたりする間も無く姿を見ただけで逃げられるよりはマシだと思いますよ?」

 

「……どうしたんだ?少し見ない間に、随分と卑屈気味になった気がするんだが……?」

 

「あははは……、ただの例え話ですよ」

 

 

 フィリーとの関係は修繕された様だったから幾分(いくぶん)元気になったかと思っていたのだけれど、どうやらトトリに避けられていることはまだまだ引きずっているようだった。それも、かなり重そうだ

 

 その事に一人頭を抱えながら、あたしはどうしたものかとため息を吐いた……





 次の『トトリのアトリエ編』の更新で、やっとマイスとトトリが久々の対面……の予定です


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4年目:マイス「転換期は突然に・上」


 久しぶりに、まさかの本編中上・下構成となっています

 今回、次回であの一件がやっと収拾がつく……予定です


 

***マイスの家***

 

 

「うーん……なにをしようかな?」

 

 日課の畑仕事や朝ゴハンを取り終えた僕は、ひとり、今日の予定について考えを(めぐ)らせていた

 

 

 僕がそう悩んでしまうのには理由がある

 

 

 ひとつは、来週に迫っている今月のお祭り。その企画・準備等については他の人に全部任せてあり、単純にヒマがあるからだ

 

 そうなったのは、先月、先々月……そのまた前などのお祭りの準備の際に僕がいなかったことが何度かあったから

 たびたび発見報告が来た『ゲート』、その調査・破壊のために僕がでかけていた。だから、そういうことがあっても問題がないように今月は関わらない……というのが、コオルをはじめとした村の人たちの言い分だ

 

 ……ただ、どうにも何かがおかしい気がする

 というのも、『ゲート』についての調査は、僕が出来る範囲でのことは最近に全て終えている。さらに、おおよその性質・傾向も『シアレンス』に発生していたものとほぼ同じだとわかっている。なので、この前、クーデリアを通して『冒険者ギルド』には「『ゲート』は見つけ次第破壊することを推奨する」ということを伝えた

 なので、僕がまたいきなりでかけていくことは無い…と、コオルたちに言ったんだけど、それでも準備に参加させてくれなかった……

 

 ……そういえば、普段なら街のお店やギルドなんかにお祭りの宣伝広告が張り出されたりしているはずなんだけど、今回は見当たらなかった

 でも、来週開催されるって話は聞いてるんだけど……?

 

 

 ええっと、話を戻そう

 

 今日の予定について悩んでいるもう一つの理由は、先日家に来たクーデリアから今日は「何処にもでかけないように!」と強く言われているからだ

 

 ステルクさんがウチに来て、家にいたリオネラさんとフィリーさんが怖がってしまった時。その時にクーデリアは家に来た。そして、クーデリアは僕のこれから数日間の予定を聞いてきた

 最初は、ちょっと前までしていた冒険者免許のポイント見直しのための冒険…その護衛のための日程を考えているのだと思ったんだけど、そうじゃなかった

 ……そこから何故か「でかけないように!」という話になった

 

 あのとき、勢いに押されて「わかったよ」と言ってしまった。だから、その約束を破るわけにもいかないから、今日は極力外出するわけにはいかないのだ

 

 

 

 

「つまり、今日できるのは『作業場』での調合とか鍛冶とかになるかな?」

 

 

 とは言っても、今は必要なモノとか試したいモノは特に無い。武器、防具、装飾品、農具はもう有り余るほどあるし、薬なんかも、各種備蓄分まで十分に補完している

 

 あえて挙げるなら、『魔法』についてはしたいことが色々とあるにはあるんだけど……

 魔法使用の補助のための『杖』については、『ゲート』を破壊した時に採れた結晶系アイテムによる属性の調整もすでにしているため、もうやり切ってしまった感じがある

 

 あとは『杖』を使わずに行う魔法使用の実践くらいだけど、それを出来る人が今はいない

 

 僕はすでに使えるから、当然だけど実験にならない

 候補に挙げることができるのは、『杖』での実験などこれまでにも協力してくれているフィリーさん。もしくは、僕の使う『魔法』とは一味違うものの『魔法』を使えるリオネラさんあたりだろうか

 

 リオネラさんはちょうどここ最近『青の農村(ウチ)』に滞在している……んだけど……

 

 

「でも、リオネラさんってホロホロとアラーニャと一緒に、今朝フィリーさんに会いに街に出かけちゃったからなぁ……」

 

 おそらく、リオネラさんがこれまで『青の農村』まで来ても『アーランドの街』に行かなかったため、フィリーさんが連れ出してロロナやクーデリアあたりの知り合いたちに会わせにいったんだろう

 先日、クーデリアは僕と話した後にリオネラさんとフィリーさん(ふたり)とも何か話していたから、もしかしたらアレは今日のことを話していたのかもしれない。……となると、街ではいわゆる「女子会」なんてものが開かれているのかも

 

 

 何はともあれ、つまりのところ『魔法』の実験もできそうにない状況というわけだ

 

 

 

「でも、色々してみたいことがありそうなのは『魔法』くらいだし……そうだ! 『魔法』には魔法のことが書かれている本…『魔導書』なんかがあったほうが良いんじゃないかな?」

 

 どういうことでも形から入るというのは、少なからず効果もあると思う

 なら杖…というのも悪くないけど、『アーランド(このあたり)』だと杖は錬金術のイメージが強い気がする。だったら、『魔導書』が良いんじゃないだろうか?

 

 『シアレンス』でも『魔法』を覚える際に本を読んだりしたけど……あんな感じのものを作ってみるのもいいかも

 

 

「うんっ! それじゃあ早速作って……いや、この場合は「書く」って言ったほうが良いのかな……? と、とりあえずやってみよう!!なんだかやる気が出てきたぞー!」

 

 

 ……でも、もとになる書く本みたいなのは日記用のものの買い溜めくらいだから、そこから作らないとかな?

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 なんとかもととなる本を作ることができ、中身を書き始めることが出来た

 

 

 ……それにしても、『錬金術』ってほんと何でも作れるなぁ

 植物から紙へ、紙から本へ……

 大元の素材が必要だけど、逆に言えば大元の素材さえあれば何とかなってしまうというのがスゴいところだ。それに、いろんな道具が必要なわけじゃなく釜ひとつでできるのも

 

 ただ、今僕の手元にあるできた本は元の素材の割には質が悪い。これは調合時間を極力最短にしようとしたからなのか、そもそも作ったのが錬金術士じゃない僕だったからなのか……どちらにせよ、立派なものにしようと思うのなら、他の人に頼んだ方が良いのかもしれない

 

 

 

 とりあえずは、『魔法』の基礎の基礎から書きはじめることにしたんだけど……

 

「『ルーン』の説明から書いた方がいいのかな? それなら、絵も描き加えて『青の農村』の畑なんかで見られる『ルーニー』たちのことも……」

 

 そう考えてみると、本当にいろんなことを書かないといけなくなりそうだ。これはこの一冊だけじゃあ全ての『魔法』について書き収まらないだろう

 

 ……いや、それに『ルーン』の扱い方について読者に伝わるように……でも、あれってなんとなくの感覚でやるって感じだから、どう書けばいいんだろう? ……そもそも、『アーランド(こっち)』の人たちって『ルーン』を扱えるのか?……って、それって、杖無しの魔法使用の実験をしてみないと、ってことになるから堂々巡り?

 

 

 

コンコンコンッ

 

 

 

 悩みだした思考につられてペンが迷子になりだしたその時、玄関のほうからノックの音が聞こえてきた

 

 

「はーい! ちょっと待ってくださーい」

 

 手に持っていたペンを一旦テーブルに置き、僕はソファーから立ち上がった。そして玄関へと駆けて行き、扉を開けてお客さんの顔を見た

 

 

「……えっ」

 

 そこにいたのは……

 

 

 

 

「…………と、トトリちゃん……!?」

 

 そう、玄関の先にいたのはトトリちゃんだった。ここ最近、避けられていてロクに会えていないからと言って、こんな特徴的な格好をした子を見間違えたりするはずは無い

 ただ、うつむき気味なうえ、視線が泳いでいるため目も会わず、表情は読み取りずらかった

 

 

「あ……あのー…………じ、実は、少しお話したいことがあって……」

 

「えっ、あ、うん。……何かな?」

 

 

 

 

 

「その……私の、お母さんのことで」

 

 

 

 

 トトリちゃんのお母さん……ということは、ギゼラさんのこと?

 でも、なんで今いきなり?

 

 

 ……………………?

 …………はっ!まさか!?

 

 

 

 僕はギゼラさんが何処に行ったのかを知っている

 ↓

 でもそれをトトリちゃんに隠して「探すのを手伝ってあげる」という立場でお手伝いをしたりしている

 ↓

 トトリちゃんがそれを知る

 ↓

 「良い人のふりして、嘘をついていたんですね……。マイスさん、最低ですっ……!」

 ↓

 僕を避けるように(今、このあたり)

 

 

 ……あれ?

 もしかして避けられてたのって『サンライズ食堂』でのアレが原因じゃなくて、根本的に僕のせいだった……?

 

 

 なんだか、急に口の中が乾いた気がした……



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4年目:マイス「転換期は突然に・下」

 

***マイスの家***

 

 

 ここ最近、僕の事を避けていたようだったトトリちゃん

 そのトトリちゃんが僕の家に来て口にした言葉……

 

 

「あ……あのー…………じ、実は、少しお話したいことがあって……」

「その……私の、お母さんのことで」

 

 

 僕はその言葉に内心動揺してしまっていた

 なぜなら、「お母さん(ギゼラさん)を探す」というトトリちゃんが冒険者になった理由の……そのギゼラさんが何処へ行ったのかを知っていながら、トトリちゃんには隠し続けていたから。もしかしたら、避けられていたのもソレが原因では?……っと

 

 

 

 

 

 でも、その予想は違うんじゃないか、という感じもしてきた

 というのも…………

 

 

――――――――――――

 

 

 とりあえず家にトトリちゃんを迎え入れ、いつも誰にでもするようにソファーへと案内した

 そして、これまたいつも通りにお茶を用意して、トトリちゃんの座っているちょうど前あたりのテーブルの上にカップを置く

 

「あっ、ありがとう、ございます」

 

 そう、少し言葉に詰まりつつもお礼を言ってくれたトトリちゃん。だけど、やっぱり目も顔も会わせてくれないし、少し落ち着きも無い感じがする

 

 僕は、ソファーとはテーブルを挟んで反対側にあるイスに腰かけ、トトリちゃんと対面する形をとった

 

「…………」

 

「…………」

 

 ……そして、お互いに次の言葉が出てこず、僕とトトリちゃん、二人の間に妙な沈黙の間ができてしまっていた

 

 

 

 ……で、この沈黙の中に、僕が自分でしていた予想を「違うんじゃないか?」と思った理由……そのきっかけがあるんだけど……

 

 

 

 

 

「大丈夫、きっと大丈夫だよ……トトリちゃん、頑張って……! もしもの時は、わたしも手伝うから……!」

 

「……トトリよりも、ロロナの方が緊張してるんじゃね?」

 

「この子が弟子以上に張り切っちゃったりするのは、いつもの事でしょ。ほら、「トトリちゃんの先生なんだからっ!」って感じに」

 

 

「し、心配しなくても、マイスくんは優しいから……ね?」

 

「うぅー……でも、話を聞いてからだとなんだかマイス君から謎の威圧感が感じられる気が……と、ととトトリちゃんの立場だったら、きっと、もっと凄いんじゃ……!?」

 

 

「……事情は聞いてはいるが……しかしだな、こんな覗きの真似事をするのはいかがなものか」

 

「んなこと言ってもよ、この状況放置して帰れって言うのもムチャなハナシだぜ?」

「そうよねぇ…。仕事なんかにも手はつきそうにないし……下手したら自分の仕事場で爆発起こしちゃいそうな人もいるものね」

 

 

 静寂の中、トトリちゃんが来た玄関とは反対側……つまりは裏手側の窓の外あたりからわずかに聞こえてきた複数の声

 内緒話のような小さな声での会話は、モコモコの姿ほどではないけど そこそこ聴覚に自信のある僕の耳にはギリギリ聞こえていたが、ソファーに座っているトトリちゃんには聞こえていないみたいで、相変わらずの様子だった

 

 

 ……そして、その外の内緒話の声なんだけど、その全てが僕の知っているひとのものだった

 

 ロロナ、イクセルさん、クーデリア

 続いて、リオネラさんとフィリーさん

 最後に、ステルクさん、そしてリオネラさんといつも一緒にいるホロホロとアラーニャ

 

 

 この前、やけに予定を聞いてきた上に「出かけるな」と念を押してきたクーデリア。それに、今朝がた街の方へと行ったフィリーさんとリオネラさん&ホロホロ&アラーニャがいるあたり……誰が計画したのかはわからないけど、おそらくこのトトリちゃんと僕との二人きりの対面は、家の外に隠れている皆がセッティングしたものだと思うんだ

 

 ……それに関しては色々と考えたいところではあるけど……とりあえず、もしこれが「ギゼラさんの行先を隠していたことについて」だったとすると、少しおかしい気がする

 いや、だって、トトリちゃんのことを応援(?)しているロロナが今外にいるけど……僕の知っている限り、ロロナの性格だと「マイス君!なんでトトリちゃんにイジワルするのっ!?」って真っ先に言ってきそうな気がする。……そうでなくても、トトリちゃんの隣に座るくらいのことはするだろう

 

 でも、実際はそうはなっていない。……とすると、「ギゼラさんの行先のことを隠していたことについて」とは別のことでこんなことになっているんじゃないかな?

 

 

 

 ……あれ?

 それはそれであんまり心当たりが無いような? やっぱりティファナさん絡みの『サンライズ食堂』でのこと?いや、でもトトリちゃんは「お母さんのことで」って言ってたから、ギゼラさんのことのはず

 

 

 とりあえず、このまま黙っていてもどうにもならないから、話を切りだしたいんだけど……でも、何から聞けばいいのかな? いっそのこと、外にいるみんなを呼んでみたり?でも、みんなが僕とトトリちゃんをわざわざ二人きりにしたのは、きっと何か考えがあってのことだろうから、それを壊すのも……

 

「あ、あのっ!マイスさん!!」

 

 考え込んでしまいかけていた僕に、トトリちゃんがいきなり大声で呼びかけてきた。おかげで、驚いてしまい少しだけ飛び上がってしまった

 

「うぇっ!?どうかしたの、トトリちゃん?」

 

「その!す……すみませんでしたっ!!」

 

 ソファーから勢い良く立ち上がったトトリちゃんが、その勢いのまま後頭部が見えるくらい深く頭を下げてきた…………って

 

「ええっ!? 顔を上げてよトトリちゃん!いきなり、どうしたの?」

 

「……ロロナ先生から聞いたんですけど、その……わたしが避けてたせいで凄く落ち込んでたとか…。それにイクセルさんからも、お酒を(おぼ)れるように飲んで「僕がトトリちゃんに悪い事しちゃったなら、ちゃんと謝りたいのに…」って死んだ『コヤシイワシ』みたいな目でぼやいてた、って」

 

「いやいや、なにそれ!?確かにそんなことは言ったかもしれないけど、お酒を飲んでぼやいたりはしてないよ!? それに、落ち込んではいたけど、あれはフィリーさんと…それとロロナにも避けられ気味だったのも大きかったから、そんなに気にしなくていいよ」

 

 僕がそう言うと、窓のほうから小さな声で「うぅ、あれはその……」「ご、ごめんねマイス君」と聞こえてきた……

 

「それに、またこうしてトトリちゃんと話せたから、もう大丈夫だよ」

 

「で、でも!っ……」

 

 

 何かを言おうとしたようだったけど、トトリちゃんは言葉を詰まらせてしまったようだった。……だけど、決心したようにそらしていた視線を僕に向けて、改めて口を開いてきた

 

「それに、わたし、お母さんのことでマイスさんに謝らなくちゃいけなくて!」

 

「ギゼラさんのことで?」

 

 ええっと……つまりは、最初に言っていた「話したい、お母さん(ギゼラさん)のこと」っていうのは、「ギゼラさんのことで謝りたいことがある」ってことだったのかな?

 ギゼラさんがしたことか何かで、トトリちゃんが謝らなくちゃいけないと思うようなことといったら……

 

 

 

 

 

「冒険の途中にギゼラさんが泊まりに来た時に、「朝の運動だー」って言って素振りしていたギゼラさんの剣がすっぽ抜けて、ウチの作業場が半壊しちゃったこと? それとも、僕がいないうちに「農業ってそんなに面白いのか気になった」って言って、地面を耕そうとして家にあった予備の『クワ』を十数本叩き折った…というか(くだ)いたこと? あっ、もしかして、村の『集会場』の建物を造る時にギゼラさんが「アタシも手伝おうじゃないか」なんて言って、柱と(はり)用の木材を全部へし折っちゃったことだったりするのかな?」

 

「ごふっ……!?」

 

 ……お茶を口にふくんでいた様子もなかったのに、トトリちゃんがむせた

 というか、一瞬、トトリちゃんの口から赤い液体が噴出したように見えた気がした。テーブルの何処にも赤い液体が飛び散っていないから、ただの僕の見間違いなんだろう

 

「…予想はできてたし、覚悟もしてたけど……何やってるの、お母さんは……」

 

 そう呟くトトリちゃんはプルプル小刻みに震えていた。……ついでに、窓の方からはトトリちゃんへの小声の応援とため息が増えたようだった

 

 

「でも、全部もうギゼラさんが謝ってくれたし……トトリちゃんが何か気にするようなことは……」

 

「い、今聞いたことも謝りたいですけど……そ、そうじゃなくて! お金のことなんです!」

 

「……お金? 何かあったかな……?」

 

「わたしのお母さんが壊したものとかのお金をっ!マイスさんが代わりに払ったっていう!!」

 

 僕の何かが気に入らなかったのか声をあらげるトトリちゃんに言われて、思い出そうとしてみると……ああ、確かに。トトリちゃんの言うとおり、ギゼラさんの代わりにお金を支払ったことがあった

 

 でもアレって…………

 

「アレももうギゼラさんと話はついてるから、それこそ気にしなくていいよ?」

 

「そうですよね……だから、わたしがかわ…………えっ?」

 

 深刻な顔から一転してポカンと口を開けるトトリちゃん

 

「あれ?そういえば話して無かったかな? ほら、昔に僕とフィリーさんとリオネラさんたちで『アランヤ村』に行ったことがあるって話」

 

「あっ、はい。ジーノくんと一緒に初めてここに来た時に聞きました。確か人形劇と、わたしのお母さんに会うためにって……あっ、もしかして」

 

「うん。実はその時の僕の目的のいくらかは「立て替えた代金の説明と徴収」だったんだ」

 

「うそっ!? あの頃のことは元々あんまり憶えてなかったけど……そんな事があったなんて」

 

 驚いていたのはトトリちゃんだけじゃなかった

 窓の外からも()()()の驚愕の声が聞こえてきた。ただ、とっさに抑えたのか、そこまで大きな声にはなって無くてトトリちゃんは気づいていなかった

 

「まぁ、お金のことだし、カッコイイ話じゃなかったから、ギゼラさんと隠れてこっそり話したんだ。だから、知らなくっても仕方がないよ」

 

「そ、そうなんですか? でも、大きなお金が家から動いたなら、もしかしたらおねえちゃん……は小さかったかもしれませんけど、お父さんは知ってたり……」

 

「うーん、どうだろう?」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だってあの時「何か壊してもコッチでなんとかしますから、気にせずすっごい冒険をしてください!」、「おうっ!アタシにまかせときな!」で話が終ったようなものだったから」

 

「「「「「「「ええっ!?」」」」」」」

 

 僕の目の前にいるトトリちゃん、そして、外にいるみんなの声が完璧にそろった。もはや、隠れる気があるのか疑問に思えるほど普通に大きな声だった

 そのためか外から「やばい!?」「まずい!!」等の小声が聞こえてきて、続いてドタバタと誰かが走っていくような音が聞こえた

 

 

 

「つ……つつ、つまり、マイスさんがそのまま払い続けてるってことですか……?」

 

「えっと……そうなるのかな?」

 

 「そのまま」というわけじゃなくて、ちゃんとギゼラさんと話した結果なんだけど……まあ、僕が払っていたのは確かなので頷いてみせた

 すると、トトリちゃんがテーブルに手をついて身を乗り出しながら、また声をあらげだした

 

「結局ですか!? やっぱり、沢山稼いで、お母さんの代わりにわたしが返します!」

 

「ええっ!? そんな、お金を返されても困ちゃうよ!?それに、コオルに怒られる!」

 

「なんでっ!?」

 

 

――――――――――――

 

 

 その後、トトリちゃんと僕は少しの間、あーだこーだ言い合ったんだけど……

 

「マイスさんのばか! お金に無頓着のお人好しー!!」

 

 ……と、よくわからない罵倒(?)をして、トトリちゃんは家を飛び出していってしまった

 

 

 

 

 ……と思いきや、すぐに戻って来て

 

「あのっ!今度は逃げずにお茶と『パイ』を用意して……その、ちむちゃんたちと先生と待ってますから……これからもよろしくお願いします」

 

 と言い残して、今度こそ帰って行ってしまった

 

 

 

 よくわからないけど、とりあえずトトリちゃんとは仲直り(?)が一応できたみたいで一安心することが出来た

 ……それにしても、結局、何でトトリちゃんは僕を避けていたんだろう?

 





解……決……?


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4年目:トトリ「時には、忘れることも大切……かも?」

 ※注意※
 お話の中で出てくる金額は、まっとうな考察などはそこまで行わずに、いくつかの資料を元に「だいたい、このくらいじゃないかな?」と考えたものです
 なので、現実味はそこまでありません


 昔、お母さんがあちこちで活躍(?)をして、いろんな人に迷惑をかけたりしたことがあったそうで……

 その中で、お母さんが出した被害をマイスさんが肩代わりしていたというお話……

 

 

 ロロナ先生やイクセルさんから、わたしが避けていたせいでマイスさんが元気が無い事を聞いて、悩みに悩んだ末に、あの日、わたしはマイスさんの家へと行った

 お母さんとのお金の貸し借りをしていたこと、そしてそれがどうなっているかをようやくマイスさんと話すことができた

 

 一部、よくわからないところや納得できないところがあったりしたものの、それでも何とか折り合いをつけることができて、マイスさんとは前と同じような付き合いができるようになった

 

 

 

 ……そんなこんなで、後日、アトリエに来てくれたマイスさんと『パイ』を食べながらお話をしたりしていたんだけど、その中で近々村のお祭りがあることを聞いた

 どんなお祭りなのかを聞いたけど、マイスさんは首をひねって「実は僕も知らないんだ…」と、不思議なことを言ってきた。詳しく聞いてみると、マイスさんはどうしてかわからないけど、お祭りの企画・準備に参加させてもらえなくて知りようが無かったらしい

 

 そういえば、普段はティファナさんのお店やイクセルさんのお店とかに調合の素材を買いに行った時にチラシを見たりしてたんだけど……今月は一度も見ていない。うーん…?本当にあるのかな?

 

 

――――――――――――

 

***青の農村***

 

 

 そんな疑問もあったけど、たまたまお仕事とかの予定が無くてヒマが出来たから、マイスさんから聞いていたお祭りの日に『青の農村』に行ってみることにしたんだけど……

 

 

「うーん…? いつものお祭りの日よりも人が少ない。けど、普段よりは多いから、やっぱり今日は何かやってるのかな?」

 

 村の入り口辺りから見えた光景から、わたしはそう思った

 それに、村の中の道に普段は無い出店もあるから、お祭り自体はやっていることは間違いないだろう

 

「でも、何のお祭りなんだろう?……って、あれ?あんなところに、看板なんてあったっけ?」

 

 村の入り口から少し行った所に、これまでのお祭りでも置かれたことがなかったような花飾りで装飾された看板がたっていた

 

「ええっと、なになに……『記念祭』?記念って、何のだろう?」

 

 

 

「この村ができた記念。ちょうど今日がその日ってことなんだ」

 

「へぇー、そうなんですか……って、あっ、コオルさん、こんにちは」

 

 看板を見つめていたわたしに声をかけてきたのは、『青の農村』を拠点に活動をしている行商人のコオルさんだった

 コオルさんは、わたしが初めて『青の農村』を訪れた時からの知り合いで、こうして『青の農村』に立ち寄った時に時々会ってお話することがある

 

 

「あの、この『記念祭』って何をするんですか?」

 

 わたしがそう聞くと、コオルさんは少し申し訳なさそうにしながら自分の赤髪をかいて言った

 

「ああ、悪いが今日のお祭りは何か特別な催し物があるわけじゃないんだ。……せいぜい、ここから見える『青の農村(ウチ)』と他所の行商人とかの出店が出てるくらいだ」

 

「そうなんですか? ここのお祭りって、いつも面白い事をやっているイメージがあったんですけど……」

 

「そりゃあ、ウチの村長がそういうのが好きだからな。けど、今回は企画の原案から一切(いっさい)関わらせてないから、今回は大人しいんだ」

 

「村長が関わってない……そういえば、マイスさんがそんなこと言ってたっけ?」

 

 

 私の言葉を聞いたコオルさんが、少し驚いた後、納得したように頷き出す

 

「なるほど、マイスから今日の事を聞いてたのか。身内用の祭りだから街には広告は出してなかったのに来たから不思議だったが、そういうことだったのか……つっても、広告を出さなかったのはマイスにバレないようにするためだったんだけどな」

 

 コオルさんがそう言ったんだけど、わたしはどうにも気になってしまうことがあって、つい首をかしげて問いかけてしまう

 

「あのー、村ができた記念のお祭りなんですよね? そういうのって普通、村長がとりしきったりするんじゃないんですか?何でマイスさんに知られたらいけないようなことに…?」

 

「あーっとだな、一応言っておくが『記念祭』の開催は今回が初めてだ。マイス(あいつ)は「みんなで楽しく・賑やかに」がモットーで、そういうことに興味なかったから、記念の祭りはこれまで無かった。そもそも、この村は前身が10年前、村になったのは8年前でロクに歴史も伝統も無いからな。……そんな祭りだから祭りの基本方針は「村長に感謝し、(ねぎら)う」っていう、村の人間以外は楽しみようが無い内容なんだ」

 

「村長に感謝…?労う?」

 

「ああ。この村は元々、村長の作った作物に…その農業に関心を持ったりして、学びたいって人たちが集まってできたものだからな。なんだかんだ言って、尊敬もされているし、感謝もたくさんされてるんだよ。……オレはちょっと別なんだけどな」

 

 普段は聞けないような話を聞いて、なんとなく不思議な気持ちになる

 そして、そこまで聞いて、なんとなくだけどこのお祭りがどういうものなのかがわかってきた気がした。そうすると……

 

「……もしかして、マイスさんに隠してたのって」

 

「まぁ、俗に言う「サプライズ」っていうやつだな。そのうえ、その準備を手伝わせたりするのは格好がつかないだろ?」

 

「あははは……なるほど」

 

 この前、マイスさんに会って今日のお祭りのことを聞いた時に感じた「お祭りの準備を手伝いたい」っていう空気は、かなりの物があった気がする

 あの様子だと、たぶん内容を隠して少しだけ準備を手伝ってもらおうってなっても、いつの間にか「少しだけ」じゃなくて半分くらいマイスさんがやってしまって色々と残念なことになるのはほぼ間違いないと思う

 

 

 

「……でも、いいんですか?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「もう、記念祭って始まってるんですよね? コオルさんはマイスさんのところに行かなくても…?」

 

 わたしは辺りを見渡す。村の中にある出店を見て回っている幾人もの人の中には、街の人や旅の人はいる感じはするけど、『青の農村(ここ)』の人の姿は無い…ような気がする。たぶん、あの一番大きな建物『集会場』の中にでもいるんじゃないかな?

 

「それなら気にしなくていいぜ。今は日中だからな、オレなんかよりも年下のやつらを中心としたメンバーでマイスに何かしてるはずだ。……で、オレやもっと大人の連中は夜だ。それまでは『青の農村(ウチ)』からの出店の店番や一応の警備、そして、お前みたいな知らないやつに今日の事を説明したり、オススメの出店を紹介したりするんだ」

 

「へぇ、そうだったんですか」

 

 

 

 

 とりあえずは、コオルさんから今日のお祭りがどういうものなのかを聞くことが出来た

 その話からすると、どうやら今日はマイスさんに会うのは難しそうだ

 

 ……そうなると、わたしはどうしようか?

 催し物が無いっていうことは、観戦のようなこともできないわけで……でも、出店を見て回って掘り出し物を探してみるのも悪くは無いかも?

 

 

 

 ……というわけで、見て回ろうと思い、ここから移動しようとコオルさんに一言お礼でも言おうとしたところで、ふと、あることを思い出した

 

「……? どうかしたか?オレの顔に何かついてるのか?」

 

「あっいえ、そういうわけじゃ……でも、なんて言えばいいんだろう?」

 

「よくわかんねぇな。何か言いたいなら、とりあえず言ってみたらどうだ?」

 

 そう言ってもらえるのはありがたいけど……うーん、本当にどこからどう話せばいいんだろう?

 

 

「ええっと……ギゼラっていう人を知ってますか?」

 

「おお、知ってるぜ……というか、ウチの村の人間だったら大体のやつは知ってると思うぞ。よく、冒険の途中なんかにマイスのところに来てたからな。それに、『集会場』の建設の時のこととか、色々逸話みたいなもんもあるしな」

 

「うぅ……その、ご迷惑をおかけしました…」

 

「なんでお前が謝るんだ?」

 

 コオルさんは不思議そうな顔をしているけど……うん。わたしとしてはどうしても、本当に申し訳ない気持ちになってしまう

 

「その、実はわたしのお母さんで……」

 

「…………苦労してるんだな」

 

 予想外にも、コオルさんはわたしを責めたりすることもなく同情を…………あれ?これもこれでなんだか悲しいような気も……?

 ……って、そうじゃなくて!

 

 

「この前マイスさんに、お母さんの代わりにお金を払った分を返しますってお話をしたら断わられたんです。……それで、その時にマイスさんが「コオルに怒られる」って言ってたんですけど……あの、どういうことなんですか?」

 

「オレに怒られる…? ああ、うん……まあ確かにな。けど、その様子だとマイス(あいつ)が本当に理解してるかが怪しいな……」

 

 呆れたように大きなため息をついたコオルさん。そして首を振った後、わたしの方を見てきた

 

「どこから話すか悩むが長くなっても悪いからな、端的に話すぞ。……マイスは、ちょっとした問題をかかえてるんだ」

 

「問題…?」

 

「そう、その一つが「お金を使わない」ことなんだ。正確にはほとんど使わないだけどな。街の雑貨屋や食堂なんかでも多少使ったりはしてるみたいだけど、ほとんどはマイス(あいつ)自身の手で作ってしまうから、使う機会が無く使わないんだ」

 

 コオルさんは、まるでそれが問題であるかのようにいうんだけど……でも、それってただ単に節約してるっていうだけで、別に悪い事じゃないような気がするんだけど……? むしろ、いいことなんじゃないかな?

 そんなわたしの考えが読み取れたのか、コオルさんは首を振った

 

「…これだけじゃあ、()()大したことじゃないかもしれないけどな……もう一つあるんだ。「収入が多い」んだ」

 

「えっ、でも、悪い事じゃ無いですよね?それも」

 

「まあな。作物にしろ、それからできる加工品にしろ、その品質も量も、マイスが(つちか)ってきた技術や努力の結果なんだから悪いわけじゃない。……けどなぁ、どうしても限度ってものもあるんだ」

 

 またため息をついたコオルさんは、「ちょっとわかり辛いかもしれないが…」と言葉を続けた

 

 

 

「あのな、『お金』っていうモノは無限のようでも限りがあるんだ。(めぐ)っているから無限に思えるだけさ。食べ物で言えば、食べる人から作る人へ。作る人も食べるし、それに食べ物が料理だったら食材を買わなきゃいけない…って感じに、お金は動くんだ」

 

 「もちろん、食べ物以外でも同じようなことが言える」と付け足した。

 

「他にも、税金とかでも動いてたりするんだが……とりあえず、置いておくぞ。そのお金の流れが(とどこお)ると経済に、社会に問題が出るんだよ」

 

「えっ、でも、お金を貯めてる人なんていくらでもいますよ?わたしだって貯めてます。……それに、お金持ちの人たちはきっと、わたしなんかよりももっと貯めてると思うんですけど」

 

「だから、限度があるって言っただろう?」

 

 何度目かのため息をついたコオルさんは、わたしに全ての指を伸ばした右手を見せてきた

 

 

「「5」だ」

 

「5?」

 

「あとは「万」と「コール」だ」

 

 ええっと、つまり……

 

「50,000コール……?」

 

「おう。とは言ってもだいたいってだけで、本当はもうちょっとごちゃごちゃした数字だ」

 

 そう頷くコオルさん

 

 

 ……でも、結局何の数字だろう? 「コール」はお金の単位だから何かの金額だろうけど……? ここまでの話からすると、もしかしてマイスさんの収入のことかな?

 

 『冒険者』になるために初めて『アーランドの街』に行くとき、御者のペーターさんの嘘の「馬車代、10万コール」を本気にしてジーノ君と頑張ってお金を貯めた時がある

 あの時は結局、一ヶ月で3000コールくらいしか貯められなかった。けど、『錬金術』も戦闘も上達した今ならもっと稼げるとは思うけど……それでも5万コールも稼げる自信は全く無い

 

「すごいですね。一ヶ月で5万コールだなんて……」

 

 

 

 

 

「先月の一日平均稼ぎの話だからな」

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

「だから、一ヶ月だと単純計算で150万コールだ」

 

「…………ええっ?」

 

「ついでに言うと、先月は低いくらいだ。冒険とかに出てない月は倍くらい……最高額は倍以上の金額になるから」

 

「………………農業って、そんなに儲かるものなんですか?」

 

「いや、マイスが異常なだけだ」

 

 倍以上……

 単純に倍だけだったとしても300万……もし、それが1年…12ヶ月続けば合計3600万。でも、倍以上っていうのは、あくまで「最高額は」って話だから……いや、低いくらいって言う先月の金額で計算した月150万でも年1800万だから、大金と呼ぶには十分過ぎるよね

 

 あれ…?もしかして、わたしがマイスさんに頼んで冒険について来てもらったりしたこともあるけど、付いてきてもらうだけでマイスさんに結構な損失を負わせてたの……?

 

 

「……で、だ。そんな収入のやつが自給自足で生活して、お金を貯め込みだしたらどうなるか、わかるな?」

 

「……はい、大体は」

 

「そんなわけで、マイス(あいつ)には適度にお金を使うように言ってあるんだ。……とはいっても、ギゼラ被害の代金のたて替えはオレが言うよりも前…村の前身ができるよりも前からやってたことみたいだけど。正直、それが無かったら、村ができてオレが村の一員になって注意する前に何かしらの問題が起きてたかもしれなかっただろうな」

 

 ……それは喜んでも良いものなのかな?

 だって、ということはわたしのお母さんが、困ってしまう金額のマイスさんの貯金を抑えられるくらいの金額分、何かしらの迷惑をかけているわけで……それって、良い事とは言いにくいんじゃ……?

 

 

「今はもう、マイスが毎月決まった額を国にあげて積立金の形式になる制度を定めてるから、お前のお母さんが借りてるってわけじゃない。というか、自然災害や他の冒険者による損害は全部マイスの金から払われてるから、そう気にすることじゃないぞ」

 

「気にするとか気にしないとか、そういう問題じゃあなくなってるような気が……。ていうか、わたし以外にもお腹が痛くなりそうな人がいるような気がしてきました……」

 

「まあ、国の上層部の人間あたりが腹じゃなくて頭が痛くなってるかもな。実際助かってる部分もあるだろうけど、大金を収めるヤツが何か要求するわけでもなく、毎月毎月、()()()収めてくるんだからな」

 

 国の上層部って言うと、前に会ったトリスタンさんは大臣さんだったっけ? お母さんとマイスさんの話を聞いた時に嫌そうな顔をしてたのは、そういう部分もあったのかもしれない

 

 

 

「『錬金術』が使えたり、戦いも凄く強かったりするのを知った頃から「すごい人」とは思ってはいましたけど……もしかして、マイスさんって「とんでもない人」なんですか?」

 

「マイスが何か頼み事でもすれば、国は断れないだろうから、そういう意味では影響力は強い……というか、その大元の財力がトップクラスだな。強さも国内屈指なわけだし」

 

 そう言うコオルさんは、マイスさんがいるのであろう『集会場』のほうに目を向けて、苦笑いをした

 

「まあ、本当にすごいのは、それをほとんどの人に知られず、感じさせずにいられることと…………本人が、自分のしていることとそのすごさを全く理解してないことだな」

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 その後、コオルさんから……

 

「オレが知ってる限りでだけど、明確にギゼラさんのために肩代わりした金額はマイスでも9ヶ月分くらいだぜ?まともに考えれば一生で払えるかってくらいだし、いちいち気にしてたら大変だぞ? 本人(マイス)は金額を憶えているわけがないし、貸しとも思ってないだろうから、なおさらな」

 

 ……って言われた

 

 

 わたしが気にしていそうだから、心配してそうだと思って気を遣い言ってくれたのかもしれないけど……9ヶ月…月150万で考えても…………

 

 ……うん。コオルさんの言う通り、マイスさんとのお金の事は考えないようにしよう……




 

アースマイトの財力は異常
 原作『RF3』だと、マイスは一日20万は行きますからね……

 物価など異なる点があるはいえ、このくらいいくのではないでしょうか?


 参考までに、お金持ちエンドは『ロロナのアトリエ』では100万コール。『トトリのアトリエ』では50万コールとなっています


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4年目:マイス「他人事でも心配事」

 

 

***マイスの家・前***

 

 

「…っと! ふぅ、こんなものかな」

 

 『ジョウロ』片手に、僕は朝日に照らされた家の前の畑を見渡す

 様々な種類の作物を育てているため大きさや成長にばらつきがあるけど、どれも良い収穫が期待できそうだということは、これまでに(つちか)われてきた目で見ればわかった

 

 水やりの出来ていない場所が無いことを確認し終え、僕は『ジョウロ』を片付け、家へと戻っていく

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 朝の日課の畑仕事を終えて家へと入った僕の目に入ってきたのは……

 

 

「あっ…マイスくん、お仕事おつかれさま。今、ちょうど様子を見に行こうかなって思ってたところだったの」

 

「おせっかいかもしれないけど、朝ゴハン作らせてもらったわ」

「まぁ、リオネラが作ったもんだからマイスのよりも美味くはねぇかもしれねぇけど、食ってけよ」

 

 ……キッチンからリビングダイニングの部屋へと3()()()の朝食を運んでいるリオネラさんとアラーニャとホロホロだった

 

 

 少し前に『青の農村(うち)』にやって来て、久しぶりに『アーランドの街』へも行ったリオネラさん

 以前に顔を見て気絶してしまったステルクさんとも、偶然の遭遇でありながらもなんとかお話しができるまでになったりと、『アーランドの街』を避ける理由も無くなったんだけど……ここ何年間かはこのあたりに来た時には、いつも僕の家の『離れ』で寝泊まりしていたためか「ここが一番安心できる、かな?」と、引き続き街ではなく僕の家の『離れ』に泊まっている

 僕としては特に困る事も無いし、話し相手が増えるからいつも通りに承諾した

 

 そして、そんなリオネラさんだけど、いつもではないものの今日のように早朝からの僕の畑仕事に合わせるように起きて、朝ゴハンを作ってくれることがある。申し訳なさもあるけど、ありがたい事には違いないから、いつもその時は美味しくいただいている

 

「ありがとう! ゴメンね、朝早くからこんなことしてもらっちゃって…」

 

「ううん、気にしないで。私がしたくてしてる事だから」

 

「そうよ。私たちは泊めさせてもらってるんだから、このくらいのことはさせて貰うわ」

「だな。それに、『デニッシュ』にスープを一品付けただけの簡単なもんだから、大した労力じゃないから、気にすんなよ」

 

 僕に気を遣わせないためか、そう言うリオネラさんたち

 

 

 そんなリオネラさんが朝ゴハンをテーブルの上に置いて、ソファーに座っている人にむかって言った

 

「フィリーちゃん。マイスくんも戻ってきたから、いったん本は置いて朝ゴハンにしよう?」

 

「あっうん……って!いつの間に!? ゴメンねマイス君!お、おお疲れ様っ!」

 

「あはは……そんなに慌てなくても」

 

 何か用があったのか、それとも特に理由が無いのか、今朝、僕が畑仕事をしている時に街の方から朝一でやって来たフィリーさん。畑仕事の途中に会って挨拶をしてたんだけど……あの時間からすると、本当に僕らと変わりないかそれ以上に早く起きてこっちに来たんだと思う

 そんなフィリーさんが、読んでいた本を慌てて閉じて壁際の棚へと置いたのを見て、僕は苦笑いをしてしまった。別に何か悪い事をしてたわけでもないのだから、そんなに慌てなくていいと思うんだけどなぁ…?

 

 

「それじゃあさっそく、リオネラさんが作ってくれた朝ゴハンを食べようか」

 

 ……そんな感じに、今日という一日は始まった

 

 

―――――――――――――――

 

 

 リオネラさんが用意してくれた『デニッシュ』はとても美味しく、スープのほうもしつこ

 

くないアッサリとした味で食べやすくて朝ゴハンにはピッタリだった

 そんな朝ゴハンを食べながら、色々お喋りしたり……フィリーさんが「私ももう少しお料理頑張ってみようかな…」なんて呟いたりしながら、僕らは朝ゴハンを食べ終えた

 

 そして、食後に少しゆっくりとお茶を飲んでいた時に、僕はふと、さっきフィリーさんが読んでいた本の事を思い出し、そのことについて聞いてみることにした

 

 

「そういえば……あの『魔導書』、読んでみてどうだった?」

 

 そう、フィリーさんが読んでいたのは、この前僕が書きはじめた「『魔法』について書いた本」…『魔導書』だった

 基礎の基礎とはいえ、ある程度まで書けた『魔導書』。実際に僕以外の人が読んでみたらどう思うのかが気になって、ちょうどウチにいたリオネラさんに読んでみてもらってた。……経緯(けいい)はわからないけど、今朝はそれをフィリーさんが読んでいた

 

 …で、聞かれたフィリーさんだけど、少しだけ「うーん…」と悩むような仕草をした後、ちょっと恥ずかしそうに笑った

 

「リオネラちゃんから貸してもらって読んでみてたんだけど、途中までだけど、思ってたよりも難しい内容じゃなかったかな?むしろ楽しんで読めるくらい。……けど、『ルーン』っていうのの扱い方のお話はちょっと理解し辛くって……」

 

「ああ、やっぱりそうか…。むこうじゃあ当たり前みたいなところはあったけど、ここには考え自体が無いからなぁ」

 

 大自然の力そのもの…だとか、色々と表現を工夫しながら書いたつもりだったけど、そう目に見えてわかったり何かでは計ったりすることが出来ないものだから、「ある」と言われて「それを感じろ」って言われても難しかったのだろう

 うーん……『ルーン』の集合体である精霊『ルーニー』を知って貰えれば……、もしくは、『ルーニー』とこの世界の『精霊』との関連性を知れたら、もっと的確な書き方ができるかもしれないけど……

 

 そう少し悩んでいるところに、今度はリオネラさんが僕に言ってきた

 

「私はなんとなくだけどわかったよ」

 

「本当?」

 

「うん。…やっぱり、普段から目に見えない力を使ってるからかな?頭でわかるっていうよりも、感覚で…って感じだけど……」

 

 物を触れずに動かしたり浮かせたりできる『力』を持っているリオネラさんには、どうやら『ルーン』は理解できる……というよりは、信じられるものなのかもしれない

 そんなリオネラさんの言葉に、フィリーさんは興味深そうにリオネラさんの顔をジーッと見ながら口を開く

 

「へぇ…、やっぱりそう言うのって感覚で使うものなの?」

 

「あの本に書いてた『魔法』がどこまでそうかはわからないけど……でも、少なくとも私の『力』は感覚やイメージに頼ってる部分が大きいよ」

 

「そうなんだ。……感覚、かぁ。『杖』での『魔法』を使っていけばその感覚が身体に染みこんだりするかな?」

 

 フィリーさんの言葉は、後半のほうは顔を僕のほうに向けていたので、僕に対するものだろう。僕は素直に頷く

 

「たぶんね。『杖』に付与されたものとは言っても、僕の感覚ではそう大きくは違っているようには思えなかったよ」

 

「そっかー…。それじゃあ『魔法』に挑戦するのは、私はもうちょっと『杖』で頑張ってみてからにしようかな。その頃にはきっとその本も最後まで書かれているだろうし」

 

「期待にそえるように、頑張って書かせてもらうよ」

 

 『魔導書』については、もっと「詳しく、わかりやすく」ってところだろうか

 もう少しじっくりと考える必要がありそうだな……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 食後のお茶も終え、片付けもしてしまったところで、ホロホロとアラーニャが僕に問いかけてきた

 

「おい、マイス。お前は今日は何か予定が入ってるのか?」

「無かったらリオネラとお散歩にでも行ってみない?もちろん、フィリーちゃんや私たちも一緒にだけど」

 

「嬉しいお誘いだけど、今日は昼前から次のお祭りの話し合いがあるんだ。今度は絶対に出たいから、今からはちょっと厳しいかな」

 

 僕がそう言うと、アラーニャは「あら、そうなの」とこころなしか残念そうな声のトーンで言った

 それとは別に、フィリーさんが不思議そうな顔をして首をかしげた

 

「今度は絶対に…って?」

 

 そのフィリーさんの言葉に続いて、村にいて事情を知っているリオネラさんが口を開く

 

「あの、このあいだのお祭りは嫌いだった?」

 

「いや……うーん、嬉しくなかったわけじゃあないけど…。やっぱり、村の人にも、外からきた人にも楽しんでもらえるお祭りがいいからさ。そういう視点だと、少し申し訳なさがあったかな。……それに、僕も準備に参加したかった」

 

「……もしかして、一番最後が本音かしら?」

「そうだとしたら、ワーカーホリックってやつじゃねぇか?」

 

 アラーニャとホロホロに、変なツッコミを入れられた

 ……でも、お祭りって準備をするところから楽しいよね? だから、やっぱりそこからちゃんと参加したいんだ

 

 

 

「よ、よくわからないけど……話からすると、今度のお祭りはマイス君が張り切るから凄いことになりそうだね」

 

「お祭りだから凄いにこしたことは無いと思うけど? とりあえず、来月のお祭りは楽しみにしといてね」

 

「うんっ!……ん?」

 

 あれ…? 僕は何か変なことでも言ってしまっただろうか?

 

 フィリーさんはひとりで何かを考え込みだしてしまった

 そんなフィリーさんの顔を心配そうにしながら、リオネラさんが声をかけた

 

「フィリーちゃん…?どうかしたの?」

 

「来月……ええっと、何かあった気がしたんだけど……?」

 

 「んん?」っと、そう首をひねって何かを思い出そうとしていたフィリーさんだけど、不意にパチリッと目を見開いて手を叩いた

 

「ああっ!そう、確か来月にトトリちゃんの免許の更新があるんだった!」

 

「免許って『冒険者免許』か。……そういえば、もうそんな時期だっけ」

 

 

 

 

 

 思い返してみると、僕の家にトトリちゃんとジーノ君が来たのは3年前の春から夏に変わるころだった

 

 あの時は『冒険者免許』を貰った後、初めての冒険者ランクのランクアップに街に来て、その時にクーデリアから『青の農村(ここ)』の事を聞いて来た…って話だったはず。……そこから考えると、それより少し前に免許を貰っていたことになる

 なら、来月あたりでちょうど3年というのは、そうおかしくないことだろう

 

 

 気になるのは、トトリちゃんたちが無事免許を更新できるかどうか

 

 トトリちゃんはきっと大丈夫だろう。僕の知っている限りでは特別サボっているような様子は無かったし、調合の腕も十分に上がっていたから、心配はいらないはずだ

 

 ジーノ君は、よくわからない。…というのも、トトリちゃんとは違って一緒に冒険に行く機会も少なかったから……特に最近は無かったから、実力がどうなっているかが不明だ。……けど、聞いた話ではステルクさんが剣の指導をしていたりするらしいから、強くはなっている…はず。それで大丈夫かはわからないけど……

 

 

 でも、一番心配なのは……トトリちゃんと同時期に免許を取ったっていうミミちゃん、かな

 大丈夫だと思いたい、けど、小さい頃のミミちゃんしかほとんど知らない僕としては不安で不安でしょうがない

 

 本当に冒険者としてやっていけてるのかな?

 頑張らなきゃ、って気持ちだけが先走ってしまって無茶をしてしまっていないかな?

 怪我とかしてないかな?

 

 わからないことだらけなせいで、色々と心配しだすとキリが無くなってしまう状況だ

 

 ……でも、理由はわからないけど、このあいだまでのトトリちゃんと同じかそれ以上に僕の事を避けてるからなぁ、ミミちゃんは

 心配だけど……うーん、どうしよう…………?



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4年目:マイス「潜入!モコモコ作戦!」

 前回の更新が出来ず、すみませんでした!

 やりたいこと、やらないといけないことが沢山あるのに時間が無い……そんな状況ですが、書きたい内容はあるため、一生懸命時間を作って書いていきます!


 明日もがんばろう!


 一度気になると、なかなか頭から離れなくなる……なんて経験は誰しも一度や二度あるんじゃないだろうか? 人によっては数えきれないほどかもしれない

 

 ……そして、今僕はその最中である

 

 解決するには、その気になることを調べて回るなり何なりして、答えを見つけるのが一番だと思う。それができない時は……忘れる努力をする、とか?

 

 

 僕は自分の中のモヤモヤを拭い去るために、行動を開始することにしたのだった……

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 『ロロナのアトリエ』の窓から、人に気付かれないようにこっそりと中の様子をうかがう

 

 運が良いのか悪いのか、トトリちゃんとミミちゃん……そして、おのおの何かしらの作業をしているちむちゃんたちがいた

 

 トトリちゃんは釜をかき混ぜて調合をしていて、ミミちゃんはソファーに座って何か本を読んでいる。その様子からして、冒険前の調合をミミちゃんが待っている……もしくは、遊びか何かの約束をしていて、トトリちゃんが調合品納品の依頼が終わるのを待っている……といった所かな?

 もし、これがトトリちゃんとミミちゃんじゃなくて、ロロナとクーデリアだったなら、後者で間違いないんだけど……

 

 

 とりあえず僕は窓から離れた

 

「……よしっ」

 

 路地裏の物陰へと引っ込み、周囲に人の目が無い事を確認。その後、自分の腰に巻いてある『変身ベルト』へと意識を向け、クルリッと回転しながら決めポーズをとる

 

「モコッ!」

 

すると、僕は一瞬光に包まれた後「金のモコモコ」の姿へと変身した

 

 

 

「これでよし、っと。……トトリちゃんやミミちゃんの『冒険者免許』の更新が心配だからじゃなくて、このあいだのミミちゃんからのお願いの事できただけ……うん、そういうことにしよう」

 

 

 特に誰かが聞いているわけじゃないけど、僕はひとりで言い訳のようなものを呟いてしまっていた

 心配なのは本当だけど、金モコ状態でなんだかズルをしている気持ちが少なからずあるのも事実だ。……でも、何もしないでひとりで不安であるのが耐えられなかった。だから行動することにしたんだけど……

 

 ……というか、本当なら免許更新の基準の一つである冒険者ランクのことを本人達から聞けたら良かったんだけど……トトリちゃんはともかく、どう考えてもミミちゃんは話をする前に僕から逃げ出すだろう。それじゃあ何も聞けそうにない、だから金モコの姿で様子をうかがうことにしたのだ

 

 

 そんな中、自分への言い訳として思いついたのが……前に、トトリちゃんが僕を避けている時期にその理由を探ろうと、『ロロナのアトリエ』に金モコの姿で行った時の一件だった

 

 その時、ロロナもトトリちゃんもいなかったから、アトリエにいたちむちゃんたちから話を聞こうとしたんだけど……そこにミミちゃんが現れた。そして、何処からどうなってしまったのかわからないが、なりゆきでミミちゃんによる「マイスさん(ぼく)について」のお話を聞かされることとなった

 

 で、その後、アトリエから出ていくときにミミちゃんから言われたことがあった。それは……

「その…………もしよかったらマイスさんが私のこと怒ってないか、それとなく調べてくれないかしら? もちろん、私が探ろうとしてるってことは秘密にしなさいよねっ!いい?わかった!?」

……という内容

 

 その後すぐにミミちゃんは帰っていってしまい、結果的に有無を言わせないような頼みごとをされてしまった

 

 

 

 ……ということで、そのミミちゃんからのお願いの返事……というか、報告を自分への言い訳(理由)にしてしまおう、と考えたわけだ

 

 

「でも、どうしてだろう?」

 

 僕が疑問に思っているのは、ミミちゃんのお願いの内容だ

 もちろん僕はミミちゃんに怒ってなんかいないわけで、なんでミミちゃんがそんなことをきにしているのかサッパリわからなかったりする。というか、ずっと避けられている感じがしていたから、むしろミミちゃんを怒らせてしまうようなことを僕がしたのではないかとずっと考えていたくらいだ

 

 うーん……? これってもしかして、ミミちゃんが僕を避けている理由と関係があったり?

 

 トトリちゃんから避けられていたのは一応解決した。できればミミちゃんからも避けられなくなるようになりたいんだけど……その避けられる理由がわかれば一歩前進できる気がする

 

 

「でも、免許のこともそうだけど、むこうから自発的に話してくれないと知れないからなぁ」

 

 「モコ」意外の、普通の言葉を喋ったりすると僕だとばれかねないから、こっちから具体的に話題をふることができないのだ。……もしかしたら、これがこの方法の最大のネックかもしれない。でも、他に方法も思い浮かばないし……

 

 そんな事を考えながら、僕はアトリエにお邪魔すべくアトリエの玄関のほうへとテコテコと歩き出す……

 

 

――――――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 ノックをすると、「はーい、どうぞー!」というトトリちゃんの元気な声が聞こえてきた

 

 扉を開けアトリエに入った僕に、調合中で忙しそうなトトリちゃんは、釜をかき混ぜ続けながら、振り返らずに言ってきた

 

 

「ご、ごめんなさいっ! あと少しで調合が終わりますから、ちょっと待っててください!」

 

 どうやら入ってきた僕を見ていなかったため、僕の事を依頼をしにきたお客さんか何かだと思ったようだ

 

 

 

 さて、トトリちゃんは思った以上に忙しそうなわけだけど……そうなっても、別の人が僕に反応を示すことになる

 

「あら? アナタは……」

 

「モコッ!」

 

 その人……ミミちゃんは、手に持って開いていた本から目を離し、僕へと向けてきていた。それに対し、僕は片手をピシッと挙げて返事をする

 

「トトリに用事? それとも、前みたいにちっちゃいのと遊びに来たのかしら? それとも……」

 

 少しだけ考えるような仕草をしたミミちゃんだったけど、一瞬ハッ!?としたような顔をした後……素早く、なおかつ静かに僕のそばに移動し、顔を近づけてきた。そして小声で……

 

 

「も、もももしかして……マイスさんに聞いてきてくれたのかしら!?」

 

「モコッ!?(うえっ!?)」

 

 その勢いから謎のプレッシャーを感じてしまい、無意識に後ずさりして引いてしまった

 けど、一度深呼吸をし気持ちを落ち着けて、改めて目の前のミミちゃんに向きなおり、しっかりと頷いてみせた

 

 

「本当!? ……で、その……マイスさん、怒ってなかったかしら?」

 

「モコモーコ(怒ってないよー)」

 

「そ、そう……」

 

 今度は首を横に振ってみせた。そうすると、ミミちゃんは「ふぅ…」と息をついた。なんとなくではあるけど、それはまるで何かの脅威から逃れることが出来たかのような安心感から自然と出たため息のように感じられた

 

「よかった……でも、もしかして、私の事を忘れてるだけだったり……」

 

 眉間にシワを寄せて、ひとり不安そうに呟くミミちゃん

 

 ……どうしてそんなふうに考えるんだろう? ミミちゃんがここまで心配するようなことって何かあったっけ?

 

 僕は思い出せる範囲でミミちゃんと会ってからこれまでの事を思い出してみたんだけど……やっぱり、心当たりは無かった

 ミミちゃんの不安そうな様子を見ると、どうしても心配になり気になってしまうため、「何とか聞き出せないものか……」と僕は何かしらの行動を起こそうと思ったんだけど……

 

 

 

「ふうっ、終わったー! お待たせしましたー……って、あれ?」

 

 それよりも先にトトリちゃんが調合を終えたみたいで、そんな元気な声が聞こえてきた

 

「ミミちゃん、お客さんどこに行ったか知らない? ……えっと、その子は?」

 

「この子は『青の農村』に住んでる子よ。それでもって、さっき入ってきたお客さん」

 

 トトリちゃんがこっちを向いたからか、不安そうな様子を何処かに隠してしまったミミちゃんが淡々とトトリちゃんの疑問に答えた

 

 

 そして、今度はミミちゃんが首をかしげてトトリちゃんに疑問を投げかけた

 

「っていうか、この子、アトリエによく来てるんじゃないの? 前にもアトリエに入っていくのを見たんだけど……」

 

「ううん? アトリエで見たのは初めてだよ? あっ、でも、わたしが知らないだけで先生とはよく会ってたのかも。何回かその子のこと話してくれたし」

 

「そういえば、私がアトリエで初めて見た時はアナタの先生と一緒だったわね」

 

「やっぱり、そうだったんだ。 ……そういえばわたし、この子とちゃんと会うのは、留守のマイスさんの家に行った時以来かな……? あの時はリオネラさんに抱っこされてるのを見ただけで、お話はしてなかったなぁ」

 

 そう言ったトトリちゃんは、何を思ったのか僕のそばまで来てしゃがみ込み、視線の高さをなるべく合わせようとしてきた

 

 

「こんにちはーモコちゃん、だっけ? わたし、トトリって言うんだけど前に会った事あるんだけど……わかるかな?」

 

「モコッ!」

 

 トトリちゃんの言葉に、僕はしっかりと頷いてみせた後、少しだけピョンピョンと()ねアピールをしてみせた。大袈裟なアクションかもしれないけど、この小さな体だとこのくらいのほうが伝わりやすかったりする……時もある

 

「うわーぁ! ミミちゃん、ミミちゃん、この子えらいよ! わたしの言うことちゃんとわかってるみたい!」

 

「そのくらい当然よ。あのマイスさんのところのモンスターなんだから」

 

「えへへぇ~、こうやってじっくりと見てるとわかるけど、すっごくカワイイよね~。先生が「好き好き!」言ってたのが納得できるよー」

 

 そう言いながら僕の頭を「よしよーし」と撫でまわすトトリちゃん

 

 

 

 

 

「でも、残念なのはもう「モコちゃん」って名前がついてることだよね……。もし名前がついてなかったら「モフ・ザ・ゴールデン・モフコット」って名前をつけてあげたかったのに……この子の毛の柔らかさがすっごーく伝わってくるいい名前だよねー?」

 

「え、……そ、そうね」

 

「モコ……(えぇ……)」

 

 僕はこの時点で、今日は先程のミミちゃんの不安の理由や免許の話が話題にあがらないだろうと確信したのだった……

 



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4年目:マイス「続・潜入!モコモコ作戦!」


 前のお話はあれで一応終わりだったのですが、前のお話を書いた後「あれ?この流れであの話を入れられるんじゃ……?」などと思いついたため、今回「続」となりました


 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

「よしよーし、良い子だね」

 

「…………(そわそわ)」

 

「も、モコ……」

 

 アトリエ端のソファーに座って、モコモコの姿になっている僕を膝の上あたりに乗せて撫でまわしてくるトトリちゃん

 そして、その隣……とは言っても、何故か一人分ほど間を空けて座っているミミちゃん。なんだか落ち着きが無い気がする

 

 ……それにしても、僕も慣れたというか、諦めがつきやすくなったというか……もう膝に乗せられるのも、撫でまわされるのも、抱きしめられるのもいつのまにか慣れてしまったので、もう抵抗する気も起きなくなっている

 

 

 

 そんな感じで、『冒険者免許』の更新前の様子を探りに来た僕だったけど、ノンビリとした雰囲気のせいで、そういった話題があがりそうになかった

 

 ……でも、そうなると、今度は出ていくタイミングをどうしようか?

 以前のように、ミミちゃんが出ていくときに一緒になって出るのがいいかなぁ

 

 

 僕がそんな事を考えていると、不意にトトリちゃんの撫でる手が止まった。そして「そう言えば……」というトトリちゃんの声が僕の背後から聞こえてきたため、僕は膝の上に座ったまま少しだけ後ろを振り向いてみる

 

「この子ってどういうモンスターなんだろう?」

 

「どんなって……『青の農村』に住んでるってだけだと思うけど、それ以外ってこと?」

 

 トトリちゃんの問いに、ミミちゃんがそう返す

 その感じからすると、どうやらミミちゃんはトトリちゃんの疑問の意図を計りかねているみたいで、返答にも少し困っているみたいだった

 

「えっと、ほら、『青の農村』っていろんなモンスターがいるけど、同じ種族のモンスターもいたりするよね? でも、この子と同じようなモンスターはいないなーって思って」

 

「ああ、そういえばそうね……。それに『青の農村(あそこ)』以外でも似た奴を見たこと無いかも」

 

「うーん……毛の感じとか『暴れヤギ』あたりに似てるかな? でも、(つの)は無いし、毛は金色だし」

 

 

 『暴れヤギ』というのは白に近い灰色のふさふさの毛を持った獣だ

 近縁種を飼えるようにした『ヤギ』が『黄金平原』あたりで育てられていて『ミルク』がとれたりするんだけど、『暴れヤギ』は名前の通り気性が荒いから人を襲ったりする

 なので分類としてはモンスターらしい…………『アーランド』の分類って色々と微妙な部分があるよね。今はどうなってるか知らないけど、僕がこっちに来てすぐあたりで見た図鑑では、『盗賊』といった人もモンスター図鑑に書かれてたし……

 

 

「それに……」

 

 そう言っていたトトリちゃんの声が止まった……っと思ったら、僕の肩あたりにあったトトリちゃんの両手が僕のそれぞれの足へと伸びてきた

 

「モココ!?」

 

「あっちは四本足で、この子は二本だよね」

 

「そこはどっちかといえば『たるリス』に近いわね。耳が大きいあたりなんかもそうかも」

 

 そう言って、今度はトトリちゃんの隣に座っているミミちゃんが手を伸ばしてきて、僕の右耳を触ってきた

 

 

「モ、モコッ……!(く、くすぐったい……!)」

 

 最初はチョンチョンと軽くつつく感じだったけど、次には親指と他の指とで僕の耳の表と裏を挟み込むようにしてムニムニしだした。さらに、ズイズイッとトトリちゃんのそばまで寄って、耳だけじゃなくて頭までモフモフと触りだした……こっちのほうが慣れてるから気にならないや

 

「……ミミちゃんが耳を」

 

「ん? 何か言ったかしら?」

 

「ううん、なんにも言ってないよ」

 

 …………うん、トトリちゃんが何か言ったけど、聞かなかったことにしよう

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 ふと、首をかしげたトトリちゃん。それに気づいたミミちゃんが、少し呆れ気味に小さくため息をついて口を開く

 

「トトリ? 今度は何?」

 

「少し気になることがあって」

 

「気になること?」

 

 トトリちゃんが気になっていることといえば……モコモコが他にいないって話かな? もしかして、似たようなモンスターを実は見たことがあったとかかな?

 

 

「……ミミちゃんって『青の農村』に行ったことあったの?」

 

「モコッ?(えっ?)」

 

 え、ええっと……どうしてそういう話になったの? ちょっと話が見えないんだけど……?

 

 そう思ったんだけど、横目でチラリと見えたミミちゃんがワナワナと震えていて、

 

「な、な、な……! んなわけないでしょ!?」

 

「えっ、でもさっきわたしが『青の農村』にいるモンスターのこと言った時、「そういえばそうね」って頷いたよね? 行ったことないと言えないと思うんだけど?」

 

「そ、それはー……言葉のあやというか、なんというか」

 

 ついさっきまでの勢いは何処へ行ってしまったのか。何故かミミちゃんは言葉に詰まってしまっていた

 

「わたしにはあそこにはいかないー、マイスには会わないーって言ってたけど、実は隠れて行ってたの?」

 

「本当に最近は行ってないのよっ!」

 

「じゃあ、前は行ってたんだ」

 

「ぎくっ!」

 

 トトリちゃんの膝の上で二人の会話を聞いているんだけど……ちょっと複雑な気分だ

 ミミちゃんが、トトリちゃんに僕に会いたくないという事を言っていたことが結構ショックだったりするんだけど……でも、この流れだと、もしかするとトトリちゃんが「ミミちゃんが僕を避けている理由」を聞き出してくれるかもしれないという期待感もあったりする

 

 

「はっ……! ま、まさか……!?」

 

 何かわかったのか、大きく開いてしまった口に手を当てて驚くトトリちゃん

 

 

 

 

 

 

「ミミちゃんの家も、マイスさんに借金を……!」

 

「してないわよ!!」

 

「え、違った?」

 

 本気でそうだと思っていたのか、ミミちゃんが瞬時に否定してきたことにトトリちゃんはさらに驚いた様子だった

 

 

「あなた、シュヴァルツラング家を何だと思ってるのよ! というか何よ「も」って。まるで他所(よそ)ではそうなってるみたい、な……」

 

 怒りで肩を震わせトトリちゃんを睨みつけていたミミちゃんだったけど、段々と力強さが無くなってきて……代わりに何かの考えに(いた)ったのか「えっ……えっ?」と声をもらしはじめた

 

「まさか……あんた?」

 

「ぐふぅ!?」

 

「ちょ、どうしたのよ!? というか本当なの!?」

 

 ついにはトトリちゃんの肩を掴んで引き、グワングワンと揺らしながら問い詰めだしたミミちゃん。膝の上にいるとトトリちゃんの身体がぶつかってくるため、僕はすぐさまその場から抜け出し、ソファーそばの床に着地した

 

 なお、トトリちゃんとミミちゃんはというと……

 

「……借りてナイヨー。うん、マイスさんもそう言ってたもーん」

 

「じゃあさっきのは何だったのよ! あと、死んだ目で人を小馬鹿にするような口調はやめなさい!」

 

 ……僕のことに気付かないくらい、騒がしくなっていた

 

 

 

 うーん。このまま残っても、もう僕の知りたい情報が出てきそうにもないし……この機会に帰ってしまうのもありかもしれない

 

 そんな事を考えていると、かすかにアトリエの玄関が開く音が耳に入ってきた。でも、どうやら騒がしくしているトトリちゃんとミミちゃんはそれに気づいていないようだった

 いなかったロロナが帰ってきたのかと思い、僕は扉へと視線を向けた……

 

 

「邪魔するわよ。ロロナはいるかしら……って、何よ騒がしいわね」

 

 

 アトリエに入ってきたのはクーデリアだった

 発言通りの目的ならロロナが目的だろうクーデリアだったけど、トトリちゃんとミミちゃんの騒がしさからすぐにそちらへと目を向けていた

 

 トトリちゃんも、ミミちゃんに揺すられながらもすぐにクーデリアの声に気付いたようで、そっちへと目を向けていた

 

「あっ、クーデリアさん、いらしゃー……」

 

「ん? 誰か来たの?」

 

 トトリちゃんの言葉に反応し、そう言ってトトリちゃんの目線を追っていって…………ミミちゃんとクーデリアの目線が合った

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 ええっと、なんで睨み合ってるんですか……?

 クーデリアのほうはそこまででもないみたいだけど、ミミちゃんの方は明確にさっきまでよりも目が細くなっている

 

 

 そのまま無言の睨み合いが続くかと思ったんだけど、不意にクーデリアの視線が動いた

 

「モコ?(僕?)」

 

 僕のほうを向いてきたクーデリアが、静かながら速い足取りで僕のほうへと来て……

 

 

ヒョイ

 

「モココッ!?」

 

「じゃ、お邪魔したわ」

 

「「ええ!?」」

 

 僕を片手で持ちあげて、小脇に抱えるような格好で持ちアトリエから出ていこうとするクーデリア

 その素早い流れからの退出に、さすがのトトリちゃんとミミちゃんも同時に声をあげてしまったようだった

 

「ちょ、クーデリアさん!? 先生に用事があったんじゃないんですか!?」

 

「あったと言えばあったけど、大元はコイツだから。だから持ってくわねー」

 

「その子、悪い子じゃないですよ!」

 

「知ってるわよ。こっちだってそう短くない付き合いだもの。じゃあねー」

 

 トトリちゃんからの問いかけもかいくぐり、クーデリアは僕を持っていないほうの手をヒラヒラと振って、これ以上有無を言わせないようにか素早くアトリエから出ていったのだった……

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

「…………で、何してんのよあんたは」

 

 アトリエから街の外への門へと行く道を少し行ったあたりで、クーデリアが歩きながらそう口を開いた。おそらく、アトリエから十分離れたのと、近くに人がいないことを確認したんだろう

 

「えっと、免許の更新が近づいてきたけど大丈夫かなーなんて思って」

 

「なんでわざわざ変身してるのよ。何? そういう趣味なの?」

 

 趣味ってなんだろう?……と思いながらも、僕は軽く首を振ってみせた

 

「ああでもしないとミミちゃんに逃げられちゃうから……」

 

「ああ、なるほどね…………はぁ」

 

 納得したように思えたんだけど、何故かクーデリアはため息を吐いて首を振っていた。……それに「不安の種が増えるだけじゃないの」って……何のことだろう?

 

 

「それで? どんな調子かわかったのかしら?」

 

「それが全然。こっちから話題を振れないから、どうにもならなくって……」

 

「あたしのところに来れば、一発だとは思わなかったのかしら?」

 

「…………あっ」

 

 確かに、クーデリアの言う通りだ

 冒険者免許の管理をしている中心人物は、他でもないクーデリアだ。冒険者は数多くいるとは言っても、繋がりがあるトトリちゃんたちのことくらいは資料を探したりしなくとも大体の状況は把握できているだろう

 ……盲点だったなぁ

 

「でも、他人(ひと)の情報でしょ? 教えたりしてもいいの?」

 

「普通は教えないわ。でも、あんたは一応はトトリたちの保護者に近い立ち位置でしょ? あたしもそれを把握してるし、少しくらい……ちょっと言葉を(にご)した感じでなら教えてあげるわよ」

 

 

 

 そう言ったクーデリアは「あっ、そうだ」と思い出したように僕に言ってきた

 

「あんた、ギゼラが何処に行ったか知ってたりしない? ちょっと調べてるんだけど……」

 

「…………うーん……何処にって聞かれたらわかんないや」

 

 いきなりの問いに驚いてしまったうえ、少し「クーデリアなら言っても……?」と思ってしまったから、少し言葉を返すのが遅れてしまった

 

 やっぱり、グイードさんから「トトリちゃんに言わないように」と約束をしている以上、なるべく話が広まらないようにすべきだろう

 

 だけど、クーデリアに嘘を言う気にもなれず「行き先はわからない」と言葉を濁すことにした。……でも、リオネラさんにはしっかりと口止めをしたうえで話したし……やっぱり、クーデリアにも言っても良かったかな?

 悩みに悩み、「念入りに聞いてきたら答えよう」と決めたんだけど……

 

 

「……ふぅん、ならいいわ」

 

 クーデリアはそう言って、それ以上は聞いてこなかった



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4年目:トトリ「わたしの3年間と、これから……」


 原作とは微妙に表現などが異なる部分が有ります
 それらが今後のストーリーにどれだけの影響を与えるかどうか……は、現時点では未定です


 

***冒険者ギルド***

 

 

 

 三年前……『アーランドの街』に来たわたしは、ここで冒険者免許を貰って『冒険者』の仲間入りをした

 

 沢山の人と会って、いろんなところを冒険して……本当にいっぱい数えきれないほどの出来事があった

 けど、思い返してみると、冒険者免許を貰ったあの時のことは今でも鮮明に思い出せる。……なんだか、長かったようで一瞬のようにも思える三年間だったなぁ……

 

 

 そんなことを考えながら『冒険者ギルド』に来たわたし

 

 依頼の斡旋(あっせん)をしているほうではない、冒険者免許関係の仕事を取り扱っている方のカウンターを目指して歩いていく。すると、そのカウンターの向こう側にいたクーデリアさんがわたしに気がついたみたいで、していた作業を中断してこっちに向きなおった

 

「おっ、来たわね」

 

 「待ってたわよ」と、カウンターそばまで来たわたしにそう言って軽く微笑むクーデリアさん

 わたしは自然といつもよりも背筋を伸ばして、クーデリアさんの言葉に返事をした

 

「は、はいっ!今日で、よかったんですよね」

 

「ええ、そうだけど……って、なんでそんなにオロオロしてるのよ」

 

 そう言ったクーデリアさんは「はぁ」と短くため息をついた

 

「いえ……そのー、大丈夫だって頭でわかってても、緊張しちゃって……」

 

「まあ、当の本人以外の人が本人以上に不安がったり落ち着きが無かったりするくらいだから、あんたがそんな調子でも仕方がないわね」

 

「そうなんですよー。アトリエから出る時、先生ってば「トトリちゃんなら大丈夫だよっ!」って言って見送ってくれたんですけど……三日くらい前からずっとそわそわしっぱなしで、免許の更新以上に先生が調合に失敗しないかが不安で不安で……」

 

 そこまで言って、わたしは気になることがあって、クーデリアさんに尋ねてみた

 

「……あれ? クーデリアさん、最近、先生に会ったんですか?」

 

「残念ながら、ここ二、三日は忙しくて会えてないわ。……というか、やっぱりあの子もそんな感じなのね。トトリの腕を疑ってるとかじゃなくて、ただ単純に自分のことのように緊張してるだけでしょうけど」

 

「はあ……?」

 

 「うんうん」と一人で納得したように頷くクーデリアさん

 ……あれ? でもそれじゃあ、さっきクーデリアさんが言ってた、わたし以上に不安がってる人って誰なんだろう? 話の流れからするとロロナ先生じゃないみたいだけど……?

 

 

 

 不思議に、思い聞こうか聞くまいか……と、悩みながら首をかしげていると、クーデリアさんが「ああっ! いけない、いけない」と動き出して、カウンターの奥で何かゴソゴソとしだした

 

「ちょっと話がそれちゃったわね。はい、新しい冒険者免許。今日はこれを貰いに来たんでしょ?」

 

「あ……わぁ!」

 

 クーデリアさんが取り出し、差し出してきた(てのひら)ほどの大きさのそれを、わたしは両手でしっかりと受け取って目を走らせた

 

「わたしの免許ですよね? わたし、まだ冒険者続けてもいいんですよね!?」

 

「ええ。これであと二年くらいは続けられるわよ」

 

「ありがとうございます! ありがとう……二年?」

 

「うん。あと二年の予定よ」

 

 自分の耳を疑って聞き返してみたけど、「おそらく、それくらいになるわ」と、なんとも曖昧(あいまい)な返答だったけど、クーデリアさんはその期間を再び言った

 

 

 …………えっ?

 

 

「えー!? ……な、なんで二年間だけなんですか!? 前より短いじゃないですか!?」

 

「あー、うん。言いたいことはわかるけど、心配しなくても大丈夫よ。別にあんたの活動内容が悪かったとか、そういう理由でこうなったわけじゃないから」

 

 カウンターに少し身を乗り出して問いかけると、少しバツが悪そうに答え、そのまま言葉を続けた

 

 

「ほら、冒険者の制度ってまだできてそう経たないから、結構あやふやなとこがあるでしょ?」

 

「はい、確かに……」

 

「それをこの際きれいに整備しようってことになってね。その作業に少なくともあと一、二年はかかるかなーって」

 

 

 そこまで言われて、わたしはあることを思い出した

 

 前に、先生とステルクさんとわたしと……その三人で冒険に出かけた時。街からの出発の前にマイスさんを連れたクーデリアさんと会い、色々あって途中の採取地まで一緒に行ったことがある

 

 あの時、道中でクーデリアさんから聞いたんだけど、クーデリアさんは冒険者免許の更新に必要になる冒険者ポイントの見直しのために、時々各地の採取地をまわっているらしい。以前に『アランヤ村』方面の採取地近くで会ったこともあったんだけど、その時も同じ理由で来ていたそうだ

 そして、一緒にいたマイスさんは一応のための護衛みたい。クーデリアさん(いわ)く、「いなくても採取地は周れるけど、いた方が余裕を持って調査ができる」から頼んだとのこと

 

 もしかすると、あれもその「冒険者制度の整備」の一環だったのかな?

 

 

 いやいや……今、重要なのはそこじゃない。ちょっと気になるけど

 

 改めて、今さっきクーデリアさんから言われたことを自分の中で反復して思い返し、情報をまとめる…………

 

「えっと……つまり、この免許は二年経ったら……」

 

「もう一回、延長の手続きが必要ってことになるわね。でも、その時は一生使えるものをあげられるから……たぶん」

 

「たぶんって何ですか!?」

 

「ウソよ、ウソ。こっちの整備の方は問題無く進んでるから心配はいらないわ。それに、仮に更新までずっとグータラしてたり、大問題を起こしたりすれば免許取り消しなんてこともあるかもしれないけど……あんたならそんなことないでしょ?」

 

 

 ええっと、つまり、冒険者免許を初めて貰った時は「『冒険者ランク』を一定以上にしないと免許剥奪」っていう制約があったけど、今回は無いってこと……なのかな?

 

 それなら、今回ほど緊張したりする必要は…………って、あれ?

 

 わたしが自分の中で納得して顔を上げてみると、何故かクーデリアさんがなんというか……笑ってるような、困っているような顔をしているのが目に入った。……? 何かあったのかな?

 

「クーデリアさん? どうかしたんですか?」

 

「……いや、いくらあいつの娘だって言ってもトトリだからね、うん。大丈夫……だと、信じてるわ」

 

「あっ」

 

 そこまで言われれば、クーデリアさんが何を言いたいのかがわたしにもわかった

 つまりはわたしのお母さんが街や村、そのほか採取地などで起こした問題のようなことを、今度はわたしが起こしたりしないか少し心配したんだろう。……でも、どうやらクーデリアさんはわたしの事をちゃんと信用してくれてるみたいだった

 

 

 

 

 お母さんのことには少し申し訳なく思いつつ、信用されていることには嬉しさを感じたわたし

 けど、それと同時にある疑問がわいてきて、それを聞いてみることにした

 

「あのー、わたしのお母さんって結構色々と問題を起こしているみたいですけど……冒険者免許を取り上げられたりしなかったんですか?」

 

「しなかったわよ。取り上げたところで被害を被るのはどっちにしろ『冒険者ギルド(コッチ)』だったもの。……そもそも冒険者制度が出来るよりも前から冒険者みたいな人だったし。というか冒険者の中でも特殊な存在で、あいつを冒険者にするまでに沢山苦労があって、その前にも後にもそれ以上の苦労が……(ブツブツ」

 

 ええっと……どうしてかわからないけど、知らないうちに聞かない方が良い事を聞いちゃったみたい……

 

 話し出したクーデリアさんの口は止まらないし、なんだか喋っていくにつれて言葉の節々にトゲが出てきている。さらには段々と怒気がこもってきている……あっ、コメカミがピクピクしだした……

 

 

「あ……あー、そーだったー! 明日が期限の仕事がまだ終わってないんだったー。早く帰って調合しないとー」

 

 クーデリアさんからの返事も待たずに、わたしは一言「それじゃあ、失礼しましたー」と言ってその場から離れた……

 ……この後にクーデリアさんのところに行く誰かに、心の中で「機嫌が悪いかもしれません、ごめんなさい」と謝りながら…………



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4年目:トトリ「村に帰る……その前に」

 最初予定していた以上に長くなりました


 PlayStation®Storeにて『アーランドシリーズ』がセールで割引されていることをごく最近知りました

 2017年3/15まで『新・ロロナのアトリエ』のPS3版が70%OFF。その他、全三作のVita版が50%OFFだそうです

 お得……ですが、三作そろえると結局かなりかかりますね。でも、実質安くなっているわけですから良い機会ということには違いないでしょう
 Vita版三作で8331円! 個人的にはサイフ以上にデータ容量のほうが心配になります


 以上、本編には完全に関係無いお話でした 


 貰えたものが永久資格じゃなかったりと、少し思っていたのとは違うことになってしまった冒険者免許の更新

 

 でも、これで免許更新のために必死に冒険者ランクのランクアップをしなくていいから、頻繁に『冒険者ギルド』に行かなくてよくなったわけだ。つまり、時間的にも気持ち的にも少し余裕ができてきた……気がする

 

 

 だから、『アランヤ村』に戻って少しゆっくりしようかな?……って思ったんだけど、前々からマイスさんから聞いていた『青の農村』でのお祭りが間近に(せま)っていたから、わたしは、せっかくだからと『アランヤ村』に帰るのはお祭りに参加した後にすることにした

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村***

 

 

「わあ……! 人、いっぱいだ。って言っても、前の『記念祭』が少なかったから、そう思っちゃうだけで、いつもこれくらいだったっけ?」

 

 賑わっている村の通りを眺めて、わたしはついそんな言葉をもらしていた

 

 前回の『記念祭』は『青の農村』の身内でのお祭りで特別なイベントも無かったから、宣伝が無かったこともあって人はほとんど平日と同じくらいだった記憶がある。それが最も近いものだったから、必然的に今日は人が多いと思えてしまってるんだと思う

 

 

 それにしても……

 

「くんくん……あっ、あのお店『フライドポテト』売ってる。あっちは『ポップコーン』だ! 他にもいろんな食べ物のお店があるみたいだね。さすがは『青の農村』ってところかな?」

 

 村の入り口付近にも関わらずいろんな美味しそうな匂いがしてくる。比較的匂いがするもの以外のもののお店もあるみたいだから、本当にかなりの数のお店が出ているみたいだ

 

 そして、「さすがは『青の農村』」というべきなのは、その安さ。街で同じようなものを買う場合の6,7割ほどの値段になっている。けど、安いからと言って品質が悪いようには見えなかった

 たぶんそうなっている理由は、出店で出されている食べ物の原材料が『青の農村』の中だけでまかなえているからだと思う。例えば『フライドポテト』なら『じゃがいも』、『ポップコーン』なら『トウモロコシ』といった作物。どちらも村の中で育てているのを見たことがある。それらをお店に(おろ)したりすること無く出しているため、ほぼ原価のままなんだろう

 

 

 

 ……うーん。店先に見える商品や、他の人が食べてるのを見てると、匂いと合わせてだんだんとわたしも食べたくなってくる……

 

「いやいや! ダメだよね。まだ参加するって決めてないけど、今日のお祭りは……」

 

「ん? あっー! トトリだ!」

 

 立ち止まっていたわたしに、後ろからいきなりそんな声がかけられた。その声は私の知っている声で、振り返ると思っていた通りの人がそこにいた

 

 

「あっ、ジーノ君。ジーノ君もお祭りに来てたんだね」

 

「おうっ! ……じゃなくて!!」

 

「ええっ!? どうしたの?」

 

 元気に笑顔で返事をしたかと思ったら、目を見開いて私に顔を寄せてきたジーノ君。何なのかと思って、どうしたのかと聞いてみたんだけど……

 

「お前、このあいだの更新の時、一人で行っただろ?」

 

「……ああ、そっか。わたしと一緒に免許貰ったから、ジーノ君も同じ日に更新するんだったね」

 

 そう、三年前に二人で一緒に『アランヤ村』から馬車に揺られて『アーランドの街』まで来て冒険者になったのだ。一緒に冒険者免許を貰ったんだから更新する日が同じなのは当たり前のことだ

 

「ごめんね、ジーノ君。うっかり忘れちゃってた……」

 

「まぁ、トトリの事だから直前まで調合とかしてて、バタバタしてたんだろ? しょうがないヤツだなー」

 

 さっきまで少し怒ったようにムスッとしてたジーノ君だったけど、すぐに元通りになって笑顔に戻った

 こういう、切り替えが早くてさっぱりしているところがジーノ君らしさだと思う

 

 

「あっ、でもそれじゃあジーノ君も冒険者免許、更新できたんだね」

 

「世界最強の冒険者になるんだから、それくらい当然だって」

 

「そっか。……最近は一緒に冒険してない時も多かったから、大丈夫かちょっと心配だったんだよね」

 

 わたしがそう言うと、「んな心配はいらねぇって」とジーノ君は元気に笑いながら言った

 

 

「トトリに誘われなかった時は近場で適当にモンスター倒してまわってたし。それに最近は師匠と離れたところまで行ったりしてたからな」

 

「師匠? ……それってステルクさんだったよね」

 

 そういえば……と、時々、街中でステルクさんを見かけない日があったことを思い出した

 何かお仕事でもあったのか、いつもステルクさんが探している王様を追っているのかと思ってたけど……もしかすると、その時もジーノ君とどこかへ行ってたのかもしれない

 

「でも知らなかったなぁ。ステルクさんに修行をつけてもらってるっていうのは聞いたことあったけど、二人で冒険してるなんて初めて聞いた」

 

「言っただろ、最近って。これまではそんなこと無かったのに、師匠のほうから「いくぞ」っていきなり言って、オレをいろんなところに連れ回したんだよ。……まあ、師匠の技も色々見れたし、強い奴とも戦えたから良い修行になったんだけどさ」

 

 「でも、本当に疲れたんだぜー?」と、ジーノ君は少し口をとがらせていた

 

 ……そんなジーノ君の不満とは別に、わたしはある可能性に気がついた

 

「もしかして、それって……ジーノ君が免許更新が厳しそうだったから、ステルクさんが手を貸してくれたんじゃ……」

 

「えっ? 何か言ったか、トトリ?」

 

「ん、んーん。なんでもないよ! あはは……」

 

 もしかしたら、わたしの考えた通りかもしれないけど……でも、結果的にジーノ君がちゃんと免許更新ができたから良しとしよう。うん、そうしよう

 

 

 

 わたしがそんなことを考えていると、不意にジーノ君が何かを思い出したように「あっ、ヤベっ!」と声をあげた

 

「急がないと受付が締め切られるかもしれないんだった! じゃ、トトリ。また後でなー!」

 

「え、うん。急ぐのはいいけど、人にぶつかっちゃダメだよー?」

 

 足早に村の集会場前の広場の方へと駆け出したジーノ君に、そう言葉をかけてその背中を見送った

 

 

「……確か、女性の部は男性の部の後だから、受付の時間はまだ余裕があるよね。わたしはちょっとゆっくり見てまわってから行こうかな?」

 

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村・集会場前広場***

 

 

 村の中を一通り見てまわった後、広場の方へと行ってみたんだけど……

 

「あーっ、トトリちゃんだ!」

 

 声のした方を見ると、ロロナ先生がコッチを見て大きく手を振っていた

 

「先生も来てたんですか? それなら、一緒に来ればよかったですね」

 

「えへへ、そうだねー。あっ、ちょうど始まるみたいだよ」

 

 「ほら」と言ってロロナ先生が指し示した方を見ると、広場の中央付近に設置された特設ステージにいくつかのテーブルとその一つにつき一人、男の人がいた

 

 

―――――――――

 

 

 ステージにいる男の人たちが誰なのか確認する前に、特設ステージのわきにコオルさんが出てきた。コオルさんは発した声が大きくなる機械の一種『拡声器』を持っている。どうやら今回のイベントもコオルさんが司会進行役みたい

 

『参加者も、見学者もよく来てくれたな。今日も村長の思い付き企画を元にした催し物(イベント)を開催するぞー! 第一回、『()()()()()』男子の部の始まりだー!!』

 

「「「「「うおー!」」」」」

 

 特設ステージにいる参加者と、それを見守る観客たちの声が重なり合って、みんなの耳に届いた。それを聞いたコオルさんが満足したように頷く

 

『気合十分だな。それじゃあルール説明をするぞ。ルールは村長が出した原案は衛生面とか後片付けがすごく大変そうだったから色々変えさせて貰って「制限時間内に多く食べたヤツが勝者」、それだけにした。まあ、食べた量のカウント方法が少しだけ複雑だから説明するぞ』

 

 コオルさんがそう言うと、村の人であろう女の子が、お皿に乗った『ケーキ』と『何かの焼き魚』を持ってコオルさんの隣に立った。お魚の種類は……うーん、焼かれてるからっていうのもあるけど、川魚に詳しくないからよくわからないや

 

『まず、参加者には受付の時に「食べたいもの」を書いてもらった。で、今、もうすでに結構な量を用意した。短時間で作ったとは言っても、味は店で出せるほどだと保証する。どっかの働きたがりな誰かさんが丹精込めて即行で作ったんだからな』

 

 「働きたがりな誰か」……わたしを含め、ほとんどの人が誰かわかっているみたいだった

 

『そして重要な食べた量のカウント方法だが……皿の枚数で数える。そのために一皿の料理の重量は統一してある。だが、察しの良いヤツは気づいてるかもしれないが、料理によって食べやすさが違うから、「食べたいもの」を書いた時点から勝負が始まってる。特に魚みたいな骨のあるのとか、ケーキみたいに形が崩れやすいものは難しいだろうな。好きな食べ物を書いたヤツの中には苦労しそうな奴もいるかもな』

 

 女の子が持っている『ケーキ』と『焼き魚』を指し示しながらそう言うコオルさん。ステージ上の参加者の誰かが「げっ……!?」と声をもらしたようで、それを聞いたコオルさんはニヤリと笑っていた

 

『最後に、この大会用に作られた料理は「大食い」ってこともあって結構用意されてるが、参加者のテーブルに運ばれることが無かったものはイベント後に格安で販売するぞ。「あいつら、こんなに美味いのをあんな必死に食べて……もったいない」とか思いながら美味しく食ってくれ』

 

 そんな最後の一言でひと笑いを起こしたコオルさんは、ステージ上の参加者のほうに目をやって確認をとると、一呼吸おいて声をあげた

 

 

『それじゃあ始めるぞ! 覚悟を決めろ。『大食い大会』男子の部、用意(よーい)……始め!!』

 

 

―――――――――

 

 

「始まりましたね、先生」

 

「うん……うわぁ、すごい勢い」

 

 参加者がいるそれぞれのテーブルへと、お祭り運営に参加している村の人たちによって次々に運ばれて来る料理

 参加者によって食べているものは違うけど、参加者たちは一様にすごい勢いで食べはじめていて、見ているだけの観客の皆もそのヒートアップに感化されるように盛り上がっていった

 

「こんなに競い合うなんて……優勝賞品って何でしたっけ?」

 

「えっとね、『旬の作物盛り合わせ』と『青の農村の店、何処でも半額券』が何枚かと、あとは『村長に武器・防具・農具・調理器具、いずれか無料注文券』だよ」

 

「あっ、女性の部と同じなんですね」

 

「そうだねー。今回は大食いってことでちょっと配慮があっただけで、別に景品が違うってわけじゃないみたい。けど、男の子でも女の子でも、競争相手が減るわけだから少しお得な気がするよね」

 

「少しというか、人数制限があっても無料参加な時点でお得ですよ……」

 

 そう、この『大食い大会』、「吐きそうなほど食べる前に止める」という約束を厳守すれば無料で参加できるのだ

 

 でもそれじゃあ、用意した料理は格安で売るらしいし、これって絶対に赤字になるんじゃ……。お祭りだからって、そんな事になったら大変なことになるはずなんだけど…………

 そこで、わたしはふとあることに気がついた

 

 

 あっ……もしかしてお祭りって、マイスさんがお金を使うために開催されてるのかな……?

 

 

 そんな事を考えながら参加者の人たちに目を向けていると、ある人に目がとまった

 その人というのは、わたしの知っている人だった……

 

「ふぅ……入賞賞品が研究費の節約に使えそうだと思って参加したけど、やっぱり僕には難しい大会だったかな? まっ、今日の分の食費が浮いたと思えばいいか」

 

 そう言って「うん、ごちそうさま」と手を止めたのはマークさんだった。どうやら食べていたのは『サンドウィッチ』だったみたい

 というか、参加していること自体意外だなぁ……

 

 

『おっと。時間が残っているが、さっそく脱落者が出たみたいだな。根性が……って言いたいところだけど、まぁ吐かれるよりはマシか。他の奴も無理すんなよー』

 

 

 そんなコオルさんのアナウンスが入るけど、他の参加者は変わらず勢いよく食べ進めて…………って、あれ?

 

「こんだけ量産してるのに、このクオリティ……。それに、なんだこの味は!? 『ケチャップ』……いや、下の米を炒めた時の香辛料に秘密が? おいマイス! これどんな食材使ってるんだ!?」

 

『おいおい、料理の質問はプライベートでやれよ。……っていうか、手が止まってるから負けちまうぞ?』

 

 コオルさんに注意をされているのはイクセルさんだった。料理人っていう職業のせいか、完全に食べている『オムライス』の作り方に興味がいっていて、まだ一皿目で止まっているみたいだった

 

 

「そういえば、ジーノ君も参加してるはずだけど……何処かな?」

 

 そう思って参加者の中から探していると……ジーノ君じゃない、別の人を見つけた

 ただ、「知ってる人」というわけじゃなくて、「なんだかどこかで見たことがあるような……?」という感じで目がとまっただけなんだけど……

 

「うん! 美味い! けど、少し限界……というか、胃もたれが」

 

「あなた、そんなこと言ってないで時間まで食べてー」

 

「くぅ……母さんの料理なら、いくらでも食べられるんだけどな」

 

 その男の人に観客中の一人の女の人が声をかけていた。けど、やっぱり限界が近いみたいで、食べるペースは落ちていた

 

 ……うーん? やっぱり、話したりした記憶は無いんだけど、なんでかわからないけど顔に見覚えがある気がする。誰かに似てる気がするような……しないような……?

 

 

ちょっと気になったけど、考えても考えても思いつきそうにも無かったから、改めてジーノ君を探した。すると……

 

「辛ぇー! でも、うめぇー! でも、やっぱ辛ぇー!! つーか、何皿も食べていくうちにドンドン辛くなってきてる気がする!?」

 

『言っておくが、ずーっと同じ鍋でできたもん出してるぞ。蓄積してるんじゃないか? まあ、そのうち一周回って辛くなくなると思うぞ』

 

「そうなのか!? じゃあ、もっと食わねぇと!」

 

 喋っているけど、同じかそれ以上に口を動かして食べ進めているジーノ君。ジーノ君が食べているのは……確か『カレーライス』だっけ? 前にマイスさんの家に泊まった時に、わたしも食べさせてもらったことがある。けど、わたしにはちょっと辛くて「あまくち」っていうのに変えてもらった覚えがある

 

 

 

 それにしても……美味しそうなものが沢山あって食欲が刺激されるにはされるんだけど…………

 

「後にある女性の部は、参加者が減りそうですね。なんだか、見ているだけでお腹が膨れてきそうです……」

 

「あははっ、そうだね。……でも、私『パイ』なら別腹だから頑張れるよ! 本当だよ!」

 

「……先生、参加する気なんですね」

 

 ロロナ先生は「そうだ! 『パイ』各種って書いたら、いろんな種類の『パイ』作ってくれないかな? そうしたら飽きないし、美味しいよ!」と、かなり張り切っているみたいだった

 ……この様子だと、女性の部は先生が優勝しちゃうんじゃないかな?

 

 

「わたしはそのあたりのお店で、いろんな種類を少しずつ買って食べればいいかなぁ?」

 

 男性の部の制限時間が迫る中、わたしはどんなお店があったか思い出しながら何を食べようか考えていた……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 結局、男性の部はジーノ君が、女性の部は先生…………じゃなくて、ヒラヒラのかわいい服を着た女の子が優勝した

 

 その女の子はどうやら先生と似たような戦法を取っていたみたいで、たべたいものを「デザート各種」と書いていたらしい

 そして優勝の際の言葉は……

 

「やはり、おにいちゃんの料理は絶品です……と、頑張って作ってくれたおにいちゃんに、ホムは最大限の称賛の言葉を送ります」

 

 ……っていう、ジーノ君が言った「やったぜ」みたいなのとは違った、なんとも言えない感想を言った

 

 

 

 ……あと、その女の子が表彰台に上がったあたりからずっと先生が……

 

「ホムちゃん!? ああ、あ! あの子、あの子がトトリちゃん! ほら、前に言ったことあるよね!? 憶えてる? ほむちゃん!?」

 

 ……そう言いながら、わたしの肩を掴んでゆさゆさ揺らしてきて、ちょっとだけうるさかった

 というか、競技中は気づかなかったのかな? 先生らしいと言えば先生らしいけど……



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4年目:クーデリア「追いついてきた過去」

 原作のストーリーの大きなネタバレがあります。ご注意ください
 ……とは言っても、『トトリのアトリエ編』の初期のほうにすでにネタバレされている内容ですが


***ロロナのアトリエ***

 

 

 アトリエの玄関でノックをし、中から返ってきた「はーい、どうぞー」というトトリの声が聞こえてきた。他に声も聞こえないところからすると、どうやらロロナはいないようだ

 とりあえずそれに従い、あたしはアトリエへと入っていった

 

「あっ、クーデリアさん。今日はどうかしましたか?」

 

 そう元気に挨拶をしてくれたトトリは、何やらポーチの中身を整理しているようで、おそらく外出の準備をしていたのだと思う

 

「あら? 何処かに出かけるのかしら?」

 

「はい。免許の更新も終えてひと段落しましたし、村に戻って少しひと息つこうかなーって思って」

 

 そう答えるトトリの姿を見て、あたしは少し頭を悩ませた

 ()()()()にならなかったのを喜ぶべきか、それとも……とにかく、あまり気が進まない

 

「はぁ……間が良いのか、悪いのか……」

 

「えっ、なんでですか? あっ……もしかして、何かお仕事が?」

 

「ううん、そうじゃないの。ただ、ね……って、ここまで来て悩んでも仕方ないわね」

 

 そこまで言って、わたしは一度大きく深呼吸をし覚悟を決める

 

 

 

「わかったのよ。あんたのお母さんの最後の足取りが」

 

「お母さんの……? えええええ!? ほ、本当ですか!? それってどこですか? 最後っていつの? 今はどこに?」

 

 一拍置いてからのトトリの大声

 

 その声は驚きによるものの様に感じられたけど、その中には間違いなく、少なからず喜びが含まれていた

 だけど……いえ、だからこそあたしはこれ以上の事を言うのは躊躇(ためら)われた。このまま何の手がかりも無しに、何も知らないまま一人前の『冒険者』として……『錬金術士』として過ごしていったほうが幸せなんじゃないだろうか、と

 

 けど、それと同じくらいこれまで頑張ってきたトトリ(この子)を知っているからこそ、わかったことを黙ったままでいることは出来そうも無かった

 

 

「落ち着いて、順番に話すから。ただ……ひょっとしたら聞きたくない内容かもしれないわよ」

 

「え……? それって……」

 

「どうする? それでも聞きたい?」

 

 少しの間、アトリエ内が静かになった。その空間の中でトトリはほんの少しだけ悩むような表情を見せたけど、最後にはその目でしっかりとあたしを見て口を開いた

 

「…………聞きたい、です。お願いします」

 

 

 

「わかったわ。それじゃあ話すわ。まず、いつの足取りかっていうことだけど、これはもう何年も前……つまり、あんたのお母さんが帰ってこなくなったって時期とほぼ同じだと思うわ」

 

「あっ……そう、ですか」

 

「だいぶ昔の話だから、もちろん今どこにいるかなんてわからない」

 

 あたしの話が進むにつれて、トトリの表情が段々と残念そうに……悲しそうになっていくのがわかる

 

「で、問題はどこにむかったのかってことなんだけど……どうやら船で外洋にむかったらしいわ」

 

「船で……?」

 

「そう。あいつにしては珍しく、律儀に出港届を出してたわ。苦情の山に埋もれてて、このあいだまで見つからなかったんだけどね」

 

「船……そっか、だから国中探しても見つからなかったんだ! お母さん、海の向こうのどこかにいるんですね!?」

 

 ここで初めてあたしが思っていたのとは違う反応を見せたトトリ

 なんで喜んでいるんだろうか? それがあたしにはわからなかった

 

 

「なんだー、クーデリアさんが驚かすようなこと言うから、てっきり悪い話かと思っちゃいました」

 

「……本気で言ってるの? それとも、無理してはしゃいでいるのかしら?」

 

「えっ? どういう意味ですか?」

 

 心底わからない、といった様子で首をかしげたトトリは、あたしに聞き返してきた

 

「あんたも、あの村の育ちなら知ってるでしょ? フラウシュトラウトのこと」

 

「え、はい。聞いたことあります。確か、遠くまで漁をしようとすると出てきて、船を沈められちゃうとか何とか。そうそう。何年かに一度くらい、そのせいで大騒ぎに……あっ」

 

 トトリの口が止まった。目も見開かれている

 ……そこまで、自分の口で言って気がついたのだろう

 

 あたしは、ギゼラがいなくなった頃の事を覚えていないというトトリへ、少しだけ当時の事を話す

 

「あの頃はまだ無茶な冒険者が多くてね。あんたのお母さん以外にも、海の向こうを目指した人も何人もいたの。……全員、船を海に沈められてるわ。助かったのは、運の良かった数人だけ」

 

「う……でも、数人は助かっているんですよね? だったらお母さんも……ほら! 最強の冒険者だったんだし!」

 

「……実はね、この話を聞いてからあたし一人であんたの村に行ってみたの。裏付けを取ろうと思ってね……でも、みんな口が重かったわ。このことについては喋らないっていう暗黙の了解でもあったみたい。しつこく頼んだら、何人かは話してくれたけど……」

 

「……なんて、言ってたんですか?」

 

 なんとか(しぼ)り出したような声。聞いているこっちまで胸の奥が締め付けられたような感覚になる

 でも、ここまで言ってきたから、当然ながら今更引き返すことはできない

 

 

「出港から数日後、船の破片だけが流れ着いたらしいわ。結構な量のね」

 

「……っ!」

 

 トトリは言葉を詰まらせた。けど、彼女も引けない……引きたくない、信じたくない

 

「は、破片だけならそんな……ちょっと壊れちゃっただけかもしれないし、それだけじゃ……!」

 

「どう思うかはあんたの自由よ。あたしからは何も言わない……言っても、下手な慰めにもならないし」

 

 そこまで言ったところで、トトリも口を閉じた

 

 ……最後に、あたしは自分の服のポケットにしまっておいた『ある紙』を取り出してトトリに差し出す

 

「これ、あんたに渡しとくわ。あんたのお母さんの出港届……いかにも、そこら辺にあった紙に書きましたーって感じだけど。それでも、あんたのお母さんの書いたものだしね」

 

「……ありがとうございます」

 

 「お礼を言われるようなことはしていない」……そう言いたかったけど、こんな空気じゃあそんなことは言えなかった

 その代わりとはいえないけど、去り際に少しだけ言葉を付け加える

 

「あんま、深く考え込むんじゃないわよ。気持ちに整理がつかないなら、ロロナにでも相談しなさい」

 

 

 そう言ってから、あたしはアトリエをあとにした。話すだけ話して、勝手に見えるかもしれないけど、これ以上はあたしからしてあげられることは無い……けど

 

 あいつには、一言(ひとこと)言いに行かなくちゃいけないかしらね

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

「……と、いうわけで、トトリにギゼラのこと、調べたことを全部教えたから」

 

 あたしがさっきトトリとした話の内容を伝えたのは、他でもないこの家の主であるマイスだ

 マイスは少し困ったように首をかしげた

 

「えーっと……なんでその話を僕に?」

 

「あんた、知ってたんでしょ? ギゼラが船で海に出たって」

 

「えっ!?」

 

 あたしの言葉によっぽど驚いたみたいで、マイスはまるで飛び上がるかのように体をビクリと震わせた

 その様子を見て、あたしはついついため息をついてしまいながらも、言葉を続けた

 

 

「ちょっと前に、変身してアトリエにいたあんたを回収した時。あの時、あたしがした「ギゼラが何処に行ったか知ってたりしない?」って質問にあんた「何処(どこ)にって聞かれたらわかんない」って答えたでしょ? ……「知らない」の一言でいいのに変に遠回しに言って、マイスらしくないって思って何か隠してる気がしたの」

 

「そうだったんだ……でも、じゃあなんで何も聞かなかったの?」

 

「確信も無かったし、わざわざ隠すことをそう簡単に教えてはくれないと思った。それに、あんたは何の理由も無く秘密を作ったりする奴じゃないってわかってるもの。……まぁ、だからって何も調べないでいるわけにもいかないから『アランヤ村』に行ったのよ」

 

 そこまで言うと、マイスはシュンとしてしまい、一言「ごめん」とだけもらした

 隠し事をされていたことに少しもムカッとしなかったわけじゃない。しかし、今の申し訳なさそうにへこんでいるマイスの様子を見ていると、ぐちぐちをお小言を言う気にもなれそうにもなかった。なので、とりあえず最低限言いたいことだけを言うことにした

 

「別に謝る必要なんてないわよ。どうせあんたの性格からして、村で口止めされたのを律儀に守って誰にも言わなかっただけなんでしょ? なら、あたしから言えることは何も無いわ」

 

「でも……」

 

「それに、もし仮にあんたに何か言うべきだったとしても、それはあたしじゃなくてトトリの役目ね。いきなりトトリに何か言われてもいいように、今のうちにちょっとだけ覚悟でもしといたら?」

 

 するとマイスは「あはははっ……そうだね」と言った後、顔を伏せてため息をついた

 

 

「……やっぱり、今度こそトトリちゃんに嫌われちゃうだろうなぁ」

 

 マイスの言う「今度こそ」っていうのは、少し前までトトリがマイスを避けていた一件のことを思い出して言っているのだろう

 

 

 マイスがギゼラが船で出ていった話をどう知ったのか。その詳しい経緯まで知らないから口に出して断言することはできないけど、そこまで心配するほど悪くは言われないと思う

 

 確かに一時期トトリとの関係は良くない時期はあっただろう。けど、なんだかんだ言ってトトリはマイスの事をしたっている。それに、ギゼラのことを一番隠しているのであろう人物は、他でもない彼女の家族だ

 それらをふまえて考えると……文句の一つ二つ言われて(ほお)(ふく)らまされるくらいだろう

 

 

 まあ、そう言って安心できるのなら、とっくに安心していることだろう

 というか、高飛車娘(ミミ)の話を聞いた時もそうだったけど、マイスって嫌われるっていうのをかなり気にするふしがある。人として当然と言えば当然だけど……やっぱり、いきなり知らない土地に来てやっとの思いで築き上げた人間関係だからなのかしら?

 

 

 なんにせよ、これ以上はどうしようもないと感じたので、あたしはため息をついて別の話を切りだすことにした

 

「まっ、あたしたちがここで何か言ったところでどうしようもないことでしょうけど。……それじゃあ行きましょうか」

 

「行くって、何処に?」

 

「『サンライズ食堂』。あんたが黙ってたせいで休みを取ってまで『アランヤ村』に行かなくちゃいけなくなったんだから、お酒くらい付き合いなさいよ」

 

 あたしがそう言うと、マイスは困ったように笑う

 

「クーデリアも、秘密にしてたこと怒ってるんだよね」

 

「……マイスって、気落ちするとすぐ偏屈になるわよね」

 

 首をすくめながら、わたしは軽く笑ってみせた

 

 

「さっきのは建前よ、建前。そのくらい察しなさい……ほら、立った立った!」

 

 

――――――――――――

 

 

 この後、連れて行った『サンライズ食堂』で、いつものように互いにちょっとした愚痴を言ったりしながらお酒を飲み……そして、マイスが先に酔い潰れたところまで、大体予想していた通りだった

 

 

 ただ、最後のほうでマイスの口から出てきた「近いうちにトトリちゃんに身長が抜かれるんじゃないか」という不安については、会った時から負けているあたしとしては何とも言えない気持ちになった

 

 ……まあ、そんなふうに普段通りの愚痴を言えるなら、随分とマシになったんじゃないかしら?

 あとは、次に実際にトトリに会った後かしらね。まあ、きっと何の心配もいらないでしょうけど




 実際に『トトリのアトリエ』プレイ時には、それまでに色々と伏線はあったものの結構なショックを受けたものです。……というか、純粋に悲しいというか、いたたまれないというか……

 書いている途中、マイス君が過去最高に弱々しく感じました。これまでにも色々とありましたが……これからストーリーが進むにつれて、そのあたりの心情を掘り下げられればと思っています


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4年目:マイス「悩みながらもノンビリと」

 物語を進めながら、日常やキャラとの絡みを考えるのが少し難しいと思う、今日この頃です


***マイスの家***

 

 

「うーん……」

 

 ()()()()で「どうしたものだろうか?」と悩んだのは何回目になるだろう? 一人で悩んでも答えの出ないことだとわかっていながらも、ついつい考えてしまっている

 

 

 家のキッチンでお茶を用意しながら、あのこと……トトリちゃんがギゼラさんの行先を知ったことについて考えていた

 

 そもそも、トトリちゃんは僕がそのことを黙っていたという事を知ったのだろうか?

 知ったのであれば、きっと僕のことを嫌いになっているだろう。でも、もし知らなくて、今度会った時に「お母さんのこと、わかったんです」と言ってトトリちゃんが話しだしたら……僕は罪悪感でいっぱいになってしまいそうだ

 

「でも、どうなっても、あの時僕が「黙っておく」って決めたからこうなったわけで……やっぱり、トトリちゃんに何を言われても受け止めないとだよね……」

 

 

 もう何度目かになる結論を自分の中で出し、とりあえずはこのことについて考えるのは一旦(いったん)止めることにした

 

 そして、用意し終えたお茶を持ってリビングダイニングのほうへと運んでいく

 用意した二人分のお茶、その一つはもちろん自分のためにとっておき、もう一つのほうをソファーに座っている()()()()の前へ出した

 

「ああ、ありがとう。……キミの出す、こういったものに関しては、僕も素直に褒められるよ」

 

「あははっ。ありがとうございます、トリスタンさん」

 

 お客さん……トリスタンさんは、僕の出したお茶に口をつけ「……うん、ちょうどいいくらいだ」と感想をもらしている

 ……けど、そんなトリスタンさんの目がチラリと僕のほうを向いた

 

「それにしても、珍しいこともあるものだね。キミでも、そんなに悩むことがあるなんてさ」

 

「そんなことないですよ。僕だって、普段から色々悩んでますし……って、あれ?」

 

 トリスタンさんの言葉に答えたんだけど……ふと、トリスタンさんに悩んでいるってことを話した覚えが無い事に気がついた。じゃあ、なんでトリスタンさんは僕にこんなことを言ってきたんだろう?

 つい首をかしげてしまったんだけど、その仕草でか、それとも別の何かかはわからないけど、トリスタンさんは僕に「驚くことは無いよ」と言ってきた

 

「キミって意外と考えてる事が顔に出てるよ。自覚は無かったかい?」

 

「あー……そういえば、昔、アストリッドさんにそんなことを言われたことがあったような」

 

「あ、あの人か……」

 

 僕の言葉を聞いたトリスタンさんは、何故か苦笑いをしていた。けど、一度軽く首を振って気持ちを切り替えたようで、再び口を開いてきた

 

「で、どうしたんだい? 村の運営で何か問題でもあったのかい?」

 

「いえ、そこは大臣のトリスタンさんが心配するようなことはありませんよ。考えてたのは、もっと個人的なことです」

 

 そうは答えたものの、このまま悩んでいたことについて話すつもりは無かった。というのも、もうどうこう考えても仕方ない事だというのは自分でもわかっているから、わざわざトリスタンさんにまで話をしようとは思わなかったからだ

 

 

 だから、話の流れを変えるために、他のことについて、今度は僕がトリスタンさんに聞いてみることにした

 

「でも、そんな大臣さんが今日はいきなりどうしたんですか? 何か話しに来たって感じじゃないですし……もしかして、また仕事から逃げてるんですか?」

 

「いやいやいや!? そんな事は無いよ!? ……まあ、確かにちょっと抜け出したりはしてるけど、また丸坊主にされるのは勘弁してほしいから、怒られない程度にはちゃんとやってるよ」

 

 そう言って身震いをするトリスタンさん。おそらくは、以前に「勤務態度が悪い!」と怒ったメリオダスさんに頭を丸刈りにされたのを思い出したんだろう

 モコモコ状態で丸刈りになった事がある僕は、その様子を見て少しだけトリスタンさんに同情した。……だって、あれは何とも言えない嫌な感覚だもの……でも、僕の場合、何度も経験しているうちに変に慣れてしまったんだけどね

 

 

 そんなことを考えていると、トリスタンさんが疲れた様子でため息をついたため、僕は改めてトリスタンさんのほうへと意識を向けた

 

「でも、逃げてきたっていう意味では間違っていないかな」

 

「そうなんですか? 大臣の仕事以外で何かあったんですか?」

 

「お見合いだよ。前々から親父が勝手にセッティングしてたことが何度かあったけど……最近は無くなったから安心してたけど、またいつの間にか手を回されててね」

 

 そう言って、またため息をつくトリスタンさん

 

 ……そういえば、以前にメリオダスさんとお酒を飲んだ時、メリオダスさんが「ヤツも家庭を持てば~」とか何とか言ってた気がする。もしかして、あの後メリオダスさん、本当にトリスタンさんにお見合いをさせようとしていたのかな?

 

 

 

「……あれ? でも、逃げてきたんだったら、なんでウチに?」

 

 トリスタンさんのお父さん……メリオダスさんとは結構仲良くさせて貰っている。大臣を引退してからも度々『青の農村(うち)』を気にかけてくれたりして、わざわざその足で来てくれたことも何度もあった。僕以外の村の人との関係も良好だ

 だから、むしろ街よりもメリオダスさんの味方が多いと思う。つまりは逃げる場所としてはあんまり(てき)してないような気がするんだけど……

 

「むしろその逆だよ。親父も僕が『青の農村(こっち)』には逃げて来ないだろうと思っているはずだ。そして、村の人たちが僕が来ていたことを伝えようとするしても、わざわざそれだけのために街まで行く人はいないだろう?」

 

「まぁ、確かに野菜とかウチの作物を街に(おろ)すのは早朝ですから、この時間になると街に行く人自体少ないかもしれませんね。しかも、メリオダスさんも探し回っているだろうし、会えるかどうかは厳しいかも」

 

 そう考えると一日……とはいかずとも、それなりの時間を稼げるだろう。そうなれば時間的にお見合いも流れてしまうだろう

 ……でも、今から僕が動けばどうにでもなりそうなんだけど……どうしよう?

 

「それに、最初はアトリエでロロナに(かくま)ってもらおうって思ってたんだよね。けど、ちょうど留守だったみたいでさ……久々にロロナとじっくり話したかったんだけどね」

 

 とっても残念そうに首をすくめて首を振るトリスタンさん

 

 アトリエに誰もいなかったって言うのは、トトリちゃんはクーデリアから話を聞いた後に『アランヤ村』に帰ったらしいし……もしかしたらロロナもトトリちゃんに付いて行ったのかもしれない

 

 

「それにしても……お見合いって、そんなに嫌なんですか?」

 

 僕がそう聞くと、トリスタンさんはほとんど間を開けずに「もちろん」と返してきた

 

「もちろん、年齢的にも世間体的にもいい加減結婚を考えた方が良いとは思うよ? でも、頭でわかってても、踏ん切りがつかないというか……諦めがつかない部分があるのも事実なんだよね」

 

「……? どういうことですか?」

 

「さっきの話の流れからこの話題を振ってきたから「もしかしたら気づいてるのかな?」って思ったけど……うん、キミはそんな察しの良い人じゃなかったよね……」

 

「いや、だから何のことですか?」

 

 よくわからないことを言いだしたから改めて問いかけてみたんだけど、トリスタンさんは「いやいや、気にすることじゃないよ。それに、キミにはそう関係の無い事だろうし」と言って、それ以上は何も言ってはくれなかった

 

 

 

 その代わりに……というのかどうかはわからないけど、トリスタンさんが「そういえば……」と口を開いた

 

「そういうキミのほうはどうなんだい? 僕が言うのも何だけど、キミももういい歳だろう? 結婚とか、そういう話はあったりしないのかい?」

 

「うーん……無いですね。というか、そういう事を自分で考えることもほとんど無くて……。『青の農村(うち)』の村の人が結婚する、村をあげての結婚式に行った時なんかに「村長は結婚の予定は?」とか聞かれたこともありましたけど……」

 

「そういう時に、その結婚式に来ている人なんかと話して、そのまま何かあったりとかは?」

 

 トリスタンさんの問いかけに、僕は首を振ってみせる

 

「それも無いです。聞かれた時には「結婚かー」なんてちょっと考えたりしますけど、その後は新郎新婦の二人をお祝いするのに集中しますし、終わったら終わったで、式に出ていた分の仕事の調整とかありますから……というか、普段から仕事とか試してみたいこととか沢山ありますから、いつの間にか忘れちゃってます」

 

「なるほど、ね。確かに、仕事熱心なキミらしいと言えばキミらしいけど……」

 

「……ど、どうかしましたか?」

 

 納得できていないといった顔で、ほんの少し首をかしげて僕をジロジロ見てくるトリスタンさん。その様子に、さすがに不思議に思い、僕はどうしたのか聞いてみた

 

 

「いやさ、キミはそうでも、周りはほっとかないんじゃないかなーって思ってね。女の子に告白されたり、縁談がきたことは無いの?」

 

「ええっ!? 告白なんてされたこと無いですよ? 縁談なんかも全然無いです。……そもそも、僕にそんなことがあるわけないじゃないですかー?」

 

 少し驚きながらも、僕は笑いながらそう言った。けど、まだやっぱりトリスタンさんは気になっているようで、そのことについて追究してきた

 

「本当かい? 仕事はもちろん、料理・裁縫・鍛冶は職人レベル、地位というか役職は「村長」って微妙だけど、経済面は問題無いどころか国でもトップクラス……そんな男を、女性やお偉いさんは()り逃がそうとはしないと思うんだけどねぇ」

 

「おえらいさん? えっと、それは……アレじゃないですか? それ以外がダメ過ぎるとか、あとは…………男として、見られてない……とか?」

 

「……自分で言ってて、悲しくならないのかい?」

 

 そう言われても、それ以外に思いつかなかったし……それに、本当に告白とか縁談とか全然無いのは事実だから、これ以上はどうも言えないわけで……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 そんなことをダラダラと話し続けていると、いつの間にか日が暮れ始めてしまっていた。どうやらトリスタンさんの思惑通り、今の今までメリオダスさんは来ず、ここまで時間が経ってしまったようだ

 

 けど、トリスタンさんはあんまり喜んでいる感じではなく、むしろ何かを悩んでいるようだった

 

「帰ったら怒ってる親父が待ち構えてるわけだし、どうしたものかなぁ?」

 

「それは逃げた時点で決まってる事ですよね? お見合いから逃げて、怒られない方法なんて……お嫁さんを連れて行く、とか?」

 

「難しい事言うんじゃないよ。それができていれば、何の苦労も無いんだから」

 

 

 呆れた様子のトリスタンさんだったけど「あんまり気が進まないけど……」と呟いて、僕のほうを見て口を開いた

 

「そういえば、キミの家(ここ)って『離れ』があったよね? 今日だけでいいから使わせてくれないかい?」

 

 ……うん、なんとなく、そんな気はしていた

 

 けど……

 

 

「すみません。もう先約っていうか他の人に貸してて……」

 

「そうなのかい? 誰か旅の人かな?」

 

 その質問に僕は頷く

 

「旅人といえば旅人ですけど……リオネラさんですよ。トリスタンさんも会ったことありましたよね?」

 

「ああ、あの子か。そう言えば最近また広場で人形劇をやってるとか聞いてたけど……って、えっ?」

 

「そうですね。ステルクさんと仲直りしてからは、また街で劇をしてるんですよ。……とは言っても、今日村にいないのは劇のためじゃなくて、フィリーさんの家に遊びに行ってるからなんですけどね。あっ、でも夜には二人で来るって言ってたから、そろそろ夜のゴハンの準備しないと!」

 

 リオネラさんもフィリーさんも特に嫌いな食べ物は無いから、作ってあげられるメニューの自由度は高い。けど、それだけに何を作るかは悩みどころだ

 そうだなぁ……何にしよう?

 

「ちょっと待って。結構前から人形劇の噂は聞いてたんだけど……もしかして、ずっとここに泊まってるのかい? というか、付き合ってるのかい?」

 

「いやいや、いつものことなんですよ。 これまでにも年に何回か『青の農村(ウチ)』に来て人形劇をしてくれていたりしてたんですけど、その頃から講演料ってわけじゃないですけど、宿代わりに『離れ』とゴハンを提供してましたから」

 

「そ、そう、なのかい? ……もしかして、告白とか縁談とかが来ないんじゃなくて、来ようがなかった? もう付き合ってるかそれ以上と勘違いされてた? それか誰かが邪魔してたとか、けん制し合ってたとか……いや、まさか……でも、それだけで貴族あたりが大人しくするとは…………」

 

 …………?

 うーん? トリスタンさんが何かブツブツ言ってるのがギリギリ聞き取れるか取れないか微妙なくらいの大きさでよくわからないや。もしモコモコ状態ならちゃんと聞こえてたかもしれないけど……まあ、変身するわけにもいかないから、仕方がないだろう

 

 

――――――――――――

 

 

 その後……

 

「リオネラさんは昔からトリスタンさんのことをなんだか怖がってる感じがありますし、フィリーさんは男の人がまだ苦手ですから、夜ゴハンにはお誘いできません」

 

 ……と、申し訳なく思いながらも伝えると、トリスタンさんはあっさりと引いてくれた

「いやぁ、さすがに邪魔する度胸は無いかなぁ……うん」

 そんなよくわからないことを言ったトリスタンさんは「それじゃあ、お邪魔したよ」と足早に帰っていった

 

 

 トリスタンさんが何を言いたかったのかはよくわからないし、ちょっと気になるけど……それよりも、今日の夜ゴハンのメニューを考えて、早く作らないと





 真実は……どうなんでしょう?
 近々、別のキャラを交えることでそのあたりがわかっていく……かもしれません


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4年目:マイス「これまでと、これから」


 諸事情により、あの人の覚醒はすっ飛ばすこととなりました

 良い話で、ストーリー的にも重要な話ですし、インパクトも強いのですが……どうにも、この物語中では少しだけ扱いづらかったりします
 ただ、覚醒したあの人は今後登場予定はありますので、そこではしっかりと描写していこうと思っています


 

 

***マイスの家***

 

 

 時折、自問自答しながらも少しの月日を過ごしていた僕だったけど、ついにその日が来た

 

 

 リオネラさんが『アーランドの街』のほうで人形劇をするということだった。一通り仕事も終わっていたし、特に予定も無かったから、お昼過ぎに街へ行くリオネラさんを見送る時に僕も一緒に行って観てこようかなー、なんて考えていた

 

 そして、リオネラさんとホロホロとアラーニャが「そろそろ出ようかな」って言った、その少し後……玄関のほうからノックの音が聞こえてきた

 

 

「あっ、マイスさん。それに、リオネラさんも……こ、こんにちは」

 

 玄関の扉を開けた先にいたのは、トトリちゃんだった

 なんでも、僕に話があるということだったから、人形劇の予定があるリオネラさんはそのまま見送る事にして……僕は家に残って、トトリちゃんとお話をすることに

 

 

 ……トトリちゃんの言う「話」というのが何の事なのか察しながらも、僕はいつものように来客用に『お茶』を用意するのだった

 

 

――――――――――――

 

 

「はい、おまたせ」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 ソファーに座っているトトリちゃんの前あたりのテーブルの上に『お茶』を差し出すと、トトリちゃんは軽く頭を下げながら受け取ってくれた

 

 それを確認してから、ソファーとテーブルを挟んで反対側に置いてあるイスに僕も腰をおろす。そして、自分用に用意した『お茶』に一口つけて、この後話すことになるであろうことに少し緊張しつつも心を落ち着かせて、正面にいるトトリちゃんのほうへと目を向ける

 

 

「それで、今日はどうしたの?」

 

「えっと、どこから話したらいいのかな……あっ、そうだ」

 

  最初、少しだけ悩むような様子を見せたトトリちゃんだったけど、ふと何かを思い出したのか、先程まで腰にさげていた……今は座っているソファーのその横に置いていた『ポーチ』の中を(あさ)りだした

 「あっ! あった!」という小さな呟きと共に顔をあげ、『ポーチ』から何かを取り出したトトリちゃん。その手にあったのは手のひらほどの大きさの封筒で、トトリちゃんはそれを僕に差し出してきた

 

「お話しの前に……これ、マイスさんにって、お父さんから」

 

「お父さん? っていうことは、グイードさんから?」

 

「はい。今日、家を出る時にいきなり渡されて……」

 

 受け取った便せんは、大きさや厚さ、そしてグイードさんからと言う点を含めて考えると、やはり手紙なんだろう

 

 封筒を表、裏とひっくり返したりして確認しながらの僕の問いかけに帰ってきたトトリちゃんの返答を聞いた僕は、ついついトトリちゃんのほうを見て目をパチクリとさせてしまう

 ……ただ、それを見て何か勘違いしてしまったのか、トトリちゃんがちょっと驚いたような顔をして首を必死に振ってきた

 

「別に中身はわたしも見てませんっ!? ……た、確かに、ちょっと気になったから()かしてみたら見えないかなーって思ったりはしましたけど……」

 

「いや、そんな事は聞いてなかったんだけど……? ええっと、そうじゃなくて、「今日」家を……『アランヤ村』を出発したの?」

 

 僕がそこまで言ったところで、トトリちゃんにも僕の疑問がちゃんと伝わったみたいで、「ああっ!」とポンと手を叩いてトトリちゃんは頷いてくれた

 

「この前、新しい道具を調合したんです! 『トラベルゲート』って言って……原理は少し複雑なんですけど、街と村を一瞬で移動出来たりするんです」

 

「ああ、なるほど。だから今日『アランヤ村』を出て『アーランドの街(こっち)』のほうに着いてるんだね」

 

 僕は納得すると同時に、あることを思い出して少し感慨深い気持ちになった

 というのも、トトリちゃんの言った『トラベルゲート』という移動用アイテムについては、以前にロロナから聞いたことがあった。あの時は「『リターン』の魔法と似たものもあるんだなー」くらいにしか思わなかったんだけど……こうしてトトリちゃんの口から「作った」という事を聞くと、「そんな難しいものを作れるようになったんだなー」と思えてきた

 ほんの二年くらい前は、錬金術士でもない『錬金術』を少しかじってるだけの僕が色々教えたりもしてたんだけど……気がつけば、いつの間にか立派な錬金術士になっていたみたいだ

 

 

 

 そんな事を考えていたんだけど、視界に「どうしたんだろうか?」と少し首をかしげているトトリちゃんが入り、現実に引き戻された

 

「ごめん。……とりあえず、これの中を確認してもいいかな?」

 

「あっ、はい。わたしも気になってるので、お願いします」

 

 確認をとってから、僕は封筒の封を切って中に入っていた紙を取り出した。やはり手紙のようで、その折りたたまれた紙を広げると、グイードさんが書いたのだろう字が目に入った

 

 内容は……

 

 

「あの……? 何が書いてますか?」

 

「えーっと、ね……謝罪とお願い、ってところかな? ……グイードさんが悪いわけじゃないと思うから、なんだか読んでるコッチが申し訳ない気がしてくるけど」

 

 手紙の内容はおおよそ「口止めしてすまなかった」、「トトリに例の話を伝えた」、「話を聞いたうえでトトリは俺に船造りを頼んできた」、「できればこれからもトトリの力になってあげてほしい」というものだった

 途中、予想外の内容があったものの、大体の話は把握することが出来た。その上で僕がトトリちゃんと話すべきことは……

 

 

「……今日、トトリちゃんがしに来た「お話」って、ギゼラさんが船で海へ出た、って話なんだよね?」

 

「えっ!? 何で知って……もしかして、お父さんが手紙に……あっ……」

 

 最初、驚いたように言ったトトリちゃんだったけど、僕の顔を見て……たぶん、手紙を読んでいた時の僕が驚いていなかった事をわかってか、何かを察したように言葉を押し留め……再び口を開いて、別の言葉を発した

 

「……もしかして、マイスさんは知ってたんですか? お母さんのこと」

 

「うん。トトリちゃんが『青の農村(ここ)』に来た後、一緒に『アランヤ村』に行ったあの時。あの時にグイードさんにこっそり教えてもらってたんだ……ゴメンね、ずっと黙ってて」

 

「い、いえ、いいんです。お父さんも、おねえちゃんも、メルおねえちゃんも……村の人みんなが、黙ってたことですから」

 

 トトリちゃんは顔を伏せ気味になってしまった。その様子を見て、僕は胸と胃が締め付けられるように苦しくなったような気がした……だけど、それは黙っていたことへの当然のむくいだと思い、僕はトトリちゃんの次の言葉をジッと待ち続けた……

 

 

 

「あの……マイスさん」

 

 しばらくの静寂の後、トトリちゃんがそう僕に言ってきた

 

「話を聞いた時、マイスさんも、お母さんはもう……死んでいると思いましたか?」

 

 僕からしてみると、そのトトリちゃんの問いかけは予想外だった。だって、グイードさんの手紙の中に書いてあったから……「船が壊れただけで、そのせいで帰ってこれないだけで、お母さんは生きてるかもしれない」、だから「船造りを頼んだ」のだと

 でも、今の問いは、まるで生きているか死んでいるか……どっちなのか迷いがある様子だった

 

 何故、トトリちゃんはそんなふうに迷っているのか、僕の勘違いなのか……

 それを確かめる方法も、問いただす方法も持ち合わせてなかった僕は、これまで黙ってきたということもあって、聞いた当時に思った通りの事を口にすることに決めた

 

 

「話を聞いた時……薄情かもしれないけど、悲しいとか、心配とか、そういう気持ちはほとんど無かったんだよね」

 

「…………」

 

「だって、僕にとってギゼラさんはヒーローっていうか、一番すごい人だったんだ。フラウシュトラウトっていうモンスターの恐ろしさを全然知らないから言えるのかもしれないけど……そんな奴に()()ギゼラさんが負けるなんて、僕には想像できなくてね」

 

「……船、壊れちゃったんですよ?」

 

「グイードさんが造った『フラウシュトラウト』に壊されない船だから、簡単には壊されないよ……とは言っても、僕が知ってるだけでも、一人だけ壊せる()()もいるけどね。ほら、橋とか遺跡とか壊した何処かの誰か……とかね」

 

 僕がそこまで言ったところで、トトリちゃんの身体が肩を中心に少し揺れた

 

「それって、お母さんが自分で船、壊しちゃったってことですか……?」

 

「かもね、って話だよ」

 

「……ふふっ。村でも色々壊されたマイスさんが言うと、なんだか説得力がありますね」

 

 顔を上げたトトリちゃんの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。なんだか、さっきまでよりも元気があるような気がする

 

 

「そっか……あの時、お父さんが言ってたのって、マイスさんのことだったんだ」

 

「……? 何のこと?」

 

「わたし、お父さんたちに言ったんです「船が壊れて帰ってこれなくなっただけかもしれないじゃない」って。そしたらお父さん、少しだけ笑って「そうか……お前()()そんなふうに考えるなら、本当にそうかもしれないな」って呟いてたんです。一緒にいたおねえちゃんは、何のことかわからないみたいでしたけど……」

 

 トトリちゃんのお姉ちゃん……ツェツィさんは、僕とグイードさんがその話をしていた時、グイードさんに言われてトトリちゃんが来たらわかるように家の玄関の前で見張り役をしていたから、僕がグイードさんに何を言ったのか知らなかったんだろう

 

 

――――――――――――

 

 

 それから、トトリちゃんからこれからの事を聞いた

 

 どうやらトトリちゃんは船造りのために、グイードさんから言われた素材を集めて調合をしていくらしい。そして……

 

 

「それで、持っている素材も必要な数が多くて足りなかったり、まだ見たことの無い素材なんかも集めないといけなくて……」

 

「その辺りは『青の農村(うち)』で採れるものとかだったら、いくらか用意できるよ。それに、どこか険しい採取地に行くって言うなら、遠慮しないで僕に声をかけて! 色々と力になれると思うから!」

 

「えっ! でも、マイスさんはやっぱり村長さんだし、冒険に付き合ってもらうのは……」

 

 申し訳なさそうに言うトトリちゃんに、僕は首と手を振って「いやいや」とそんな事は無いということを伝える

 

「『大食い大会』みたいな、新しかったり、もの凄く準備が大変なお祭り以外は、僕がいなくても村のみんなでやっていけるから大丈夫だよ。それに……」

 

「それに……?」

 

「「心配してない」なんて言っちゃったけど、やっぱり僕だってギゼラさんには会いたいからさ。……僕にも、手伝わせてくれないかな?」

 

「……わかりました! それじゃあ、お願いしますマイスさん」



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4年目:マイス「予想外の出来事」

 先日更新できなかった件。そして、今回の更新が遅れてしまったこと……大変申し訳ありませんでした

 予想以上にゴタゴタしているというか、もう泥のように眠りたいというか……

 ですが、できる限り頑張りたいと思っています。頑張らせていただきます、何が何でも!!


 

 先日、僕の家に来たトトリちゃん。そのトトリちゃんとの会話では、色々とあったんだけど……それはひとまず置いておいて、その中で、今後の事で大切なことがある

 

 それは、トトリちゃんが海へ出ていったギゼラさんを探しに行くということ。そして、そのための船をグイードさんが造るということ。その船を造るための材料をトトリちゃんが集めてくるというものだ

 

 っで、その船の材料集めを僕も手伝うことになったんだけど……その材料を調合するための素材をトトリちゃんから教えてもらい、その中から僕に集められそうなものを考えた

 

 

 その結果、一番僕が集めるのが適している素材は『木材』だという結論になった

 

 船というものを思い浮かべてもらうとわかるかと思うけど、船の大半は木で造られている……つまり、『木材』は『数』も『質』も必要とされ、それが船の最終的な出来栄えにも影響してくる

 

 だから、トトリちゃんに変わって僕が……とはいっても、『質』に関しては『素材』から船の材料へと『錬金術』で調合する際に、ある程度は他の素材でフォローをすることができるから、そこまででもない

 でも、『数』のほうが厄介だった。『木材』を集めているだけで、その間は他の事に手を出すヒマが無くなりそうなくらい必要個数が多かった。そうなると素材集めの他に、素材集めの他に素材・船の材料共々(ともども)『調合』しないといけないトトリちゃんには負担が大きすぎるのでは? ……と、思ったから、僕が集めることを買って出たのだ

 

 

 

 (さいわ)いなことに、僕はこれまでにウチの『離れ』や『モンスター小屋』、他にも『集会場』などといった『青の農村』の建物を建てる際に『木材』を集め吟味(ぎんみ)してきた経験のある。その経験とこれまで得た知識を持ってすれば、船造りのための大量の『木材』集めもそれほど難しいことでは無いだろう

 

 というわけで、トトリちゃんに素材集めのお手伝いを申し出た後日。僕はヒマを見つけては『木材』の調達を始めたのだった……

 

 

――――――――――――

 

 

***職人通り***

 

 

 そんなこんなで、結構な量の『木材』を集めた僕は、さっそくトトリちゃんに渡しに街の『ロロナのアトリエ』へと向かっていた

 この前、『アーランドの街』から『アランヤ村』という長距離を一瞬で移動できる『トラベルゲート』というアイテムをトトリちゃんが持っていることが判明したため、もしかしたら村にいるのかもしれないけど……まあ、とりあえずアトリエへと行ってみることにしたのだ

 

 

「……んっ、とりあえずは、誰かいるみたいだね」

 

 通りを歩いている途中、遠目に見えてきたアトリエの屋根……そこから飛び出ている煙突から(うす)く煙が出ているのが見え、僕はそう思った。あれは『錬金術』で『調合』をしている時に出るものだから、それが見えるということはトトリちゃんかロロナが調合をしているということだ

 

 

 ただ……

 

「……あれ?」

 

 歩いて行き、アトリエが近づいていくにつれて、僕は()()()()に気がついた

 確かに、調合をしている時はあの煙突から煙が出ているのが見えるんだけど……それが、なんだか今日は心なしか濃い……というか、変に色づいている気もする

 

「調合してるものによって、ちょっと変わったりするけど……それにしても、すごい気がするなぁ……? 毒薬でも調合してるのかな?」

 

 でも、船の材料の素材の中には、毒とかそういったものを必要としていた憶えは無い

 だとすると……

 

「結構強いモンスターがいる採取地に行かないと採取できないようなものがあったから、その採取地に行く準備だったりするのかな?」

 

 

 

 そんな事を考えながら歩き続け、アトリエの手前まで来たんだけど……ここで、また別の事に……()()に気づいた

 

「…………なんだか、さっきよりも煙が濃くなってる」

 

 それに、アトリエの中が何だかいつもよりも騒がしい気が……

 

 

 そこまでで、僕はある考えに思い当たった

 

「これって、もしかして……」

 

 僕がそうこぼしたその一瞬後に…………アトリエの煙突・窓・扉から一気に煙が()き出し、それと同時に爆発音が鳴り響いた

 

 

「ちむ~!」

 

 久々に聞いた爆発音と共に、玄関の扉から小さな影が飛び出して……というか、飛んできた。その声から正体はわかっていたから、僕はその影を受け止めた

 

「大丈夫……じゃないよね、どう考えても。吹き飛ばされたわけだし……」

 

「ちーむー……」

 

 飛んできた影……ちむちゃんのうちの一人だった

 大丈夫じゃないと思ったんだけど、受け止めた時は目を回してたものの、すぐに首をブンブンと振ったかとおもうと目をパチクリとさせて、ちょっとすす汚れているところ以外はいつもの様子に戻った。どうやら、身体は小さいけど結構丈夫らしい

 

 この子は確か……

 

「痛いところはない? ちむおとこくん?」

 

「……ちむ、ちむー!」

 

 僕の腕の中で、元気に手を挙げて「大丈夫ー!」と伝えてくるちむおとこくん。怪我も無いみたいなので一安心だ

 

 

「って、それも大事だけど、他のみんなは大丈夫なの!?」

 

  僕は、ちむおとこくんが飛び出してきた扉から中に入る。爆発の勢いのせいか扉も窓も開いたから、室内の煙はほとんど晴れてきていた。だから、アトリエの中はそれなりに見えるくらいにはなっていた

 

「ロロナー、トトリちゃーん? それに、ちむちゃんたちもー、大丈夫ー?」

 

 誰がいるのかはわからなかったけど、とりあえず、いそうな人の名前を読んでみた

 すると、玄関を入って左手の方……から声が聞こえてきた

 

「ちむ?」

「ちむむっ!」

「ちむ!」

「ちむ~」

 

 そっちに目を向けてみると、ソファーの下の隙間からちむちゃんたちが()()顔を出しているのが見えた。……また知らないうちに、女の子が一人増えていた

 

「ちむー!」

 

 僕が抱きかかえていたちむおとこくんがピョンとソファーの上に飛び降り、そこから床に飛び降りて、ちむちゃんたちと再会(?)を果たした。ソファーの下から出てきたちむちゃんたちは、みんなしてちむおとこくんに抱きついたり頭を撫でたりしている

 どうやら、爆発の寸前にみんなでソファーの下に隠れようとして、ちむおとこくんだけが少し遅れてしまって吹き飛ばされたらしかった

 

 

「とりあえずコッチはもう大丈夫として……」

 

 煙は外に逃げていっているため、さっきまでよりも見えるようになってきていた室内。僕は改めてアトリエ内を見渡した

 

「えっ……」

 

 そして見つけた……同時に目を疑った

 

 

「どうやったら、そんなふうになってるのかな……?」

 

 僕が目をやる先……そこには、素材や調合したアイテムを収納する『コンテナ』があるんだけど……

 その『コンテナ』の中にダイブするかのように頭から上半身を突っ込んでしまっている人が一人。服装からしてロロナだろうが……なんだかジタバタしているから、いちおうは大丈夫……なの、かな?

 

「ろ、ロロナー? 大丈夫?」

 

「そ、その声はマイス君……! 助けてー!! 変な体勢で入っちゃって、その、腕と……とかがコンテナの(はじ)にひっかかって出られないのー!」

 

「ええっ、どうしてそんな事に……。とりあえず、ジタバタしないでジッとしてて」

 

「うん……」

 

 ようやく大人しくなったロロナだけど……うん、どうしようか

 体勢を変えられないとなると、一番手っ取り早いのは『コンテナ』を壊してしまうことなんだけど……確か、アトリエのコンテナって見た目以上に物が入ったり、トトリちゃんのアトリエのコンテナに繋がってたりする……って、トトリちゃんから聞いたことがある。そんなものを壊しても問題は無いのだろうか? もしかしたら、壊した瞬間、物が溢れ出てきたり……

 

 

 そう考えると、僕がとれる手段は……

 

 

「ふぇっ!?」

 

 僕は、ロロナの腰のあたりを片腕で抱え上げる様に掴んだ

 

「それじゃあ、いくよー!」

 

「ちょ! くすぐったいよ!! というか、最近ちょっと、ほんのちょーっとだけ運動不足でお腹周りは触らないで欲しいかなー……じゃなくて!? 何!? 何するのー!?」

 

「そー……れっ!!」

 

 

――――――――――――

 

 

 勢いで引き抜いて、「スッポーン」という音が似合いそうな感じで抜けたロロナ……だったんだけど

 

「ひどいよ、マイス君! 力任せで引っ張るなんて!」

 

「うぅ、ごめん。……やっぱり、痛かった?」

 

「それはもう……って、抜けたんだから良しとした方が良いのかなぁ……」

 

 そう言ったロロナは(あき)れ半分、(あきら)め半分といった様子でため息をついた

 

 

「マイス君、そういえばトトリちゃんは?」

 

「トトリちゃん? まだ見つけてないけど……」

 

 やっぱりトトリちゃんもいたらしい。僕はあたりをキョロキョロ見渡してみたんだけど……うーん、見当たらない。かなり散らかってしまっているから、その下敷きに……?

 

「たぶん、錬金釜の近くにいると思うんだけど……」

 

 そう言いながらロロナは、爆発したのであろう錬金釜のほうへと歩いて行った

 

 

 

 ……っていうか、もしかして……

 

「今日の爆発って、ロロナじゃなくてトトリちゃんがやっちゃったの!?」

 

「わ、わたし、最近は調合失敗したりはしてないよ!?」

 

「みぎゅ!」

 

「「えっ」」

 

 僕の言葉に、振り返りながら反論してきたロロナだったけど……その時、ロロナの足元から、何か潰れたような声が……

 

 

「……ロロナ? もしかして……」

 

「…………」

 

 無言でその場から飛び退()いたロロナは、素材や調合書、依頼書などなどが散らばったその場所をゆっくりと書きわけだし……止まった

 それを見ていた僕はゆっくりと近づいて行き、そのロロナが見つめる場所に目をやった

 

「きゅう~……」

 

 ロロナに踏まれたからか、その前の爆発でなのかはわからないけど、目を回して伸びてしまっているトトリちゃんが埋もれていた……

 

 

「とりあえす、ソファーに寝かせようか?」

 

「……うん」

 

 

――――――――――――

 

 

 救出したトトリちゃんをソファーに寝かした後、ロロナはトトリちゃんに怪我が無いか確認をし、その間に僕とちむちゃんたちは散らかったアトリエの片づけをした

 

 片づけが一段落したことろで、僕はソファーのそばの床に腰を降ろしているロロナに近づいて声をかけた

 

「どうだった?」

 

「うん、ちょっとした擦り傷とか打撲とかはあったけど……お薬使ったからもう大丈夫だよ」

 

 そう言いながらロロナは、寝ているトトリちゃんの髪を撫でていた

 

 

「それにしても、トトリちゃんが爆発させるなんて珍しい気がするんだけど……そんなに難しい調合だったの?」

 

  疑問に思っていたことを聞いてみると、予想外にもロロナは首を横に振って「そうじゃないんだけど……」と言ってきた

 

「最近色々あって、トトリちゃんが元気が無くてね……わたしが、もっと気をかけてあげれてれば良かったんだろうけど……」

 

「……何があったの?」

 

「わたしも詳しくは聞いてないんだけどね。トトリちゃん、ミミちゃんとケンカしちゃったんだって」

 

「ええっ!」

 

 トトリちゃんとミミちゃんがケンカをした……少し信じられないことだった

 

 僕がミミちゃんに避けられていることもあって、二人が一緒にいるところはほとんど見たことは無いんだけど……それでも、話を聞く限りでは仲は良かったみたいだった

 それに、この前の免許更新前に金モコに変身してアトリエに来た時に二人に会ったけど、その時はとっても仲が良かったはずだ

 

 

 いったい、何があったんだろう……? 



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4年目:クーデリア「面倒で不器用なあいつら」

***冒険者ギルド***

 

 あたしは、つい頭に手を当ててため息をついてしまった

 

 

「何よ。文句でもあるの」

 

 そのため息に反応して、カウンターの向こう側にいる()()()()()が、不機嫌そうに睨みつけてきた。元々そうでも無いうえ、彼女の内情も知っているため、そう怖くは無い

 ……まあ、もしもここにいるのがあたしじゃなくてフィリーなら涙目になって震えていたかもしれないけど、それがどうしたという話だ

 

「別に。ただ、ちゃんと理解してるのか、気になっただけよ」

 

「何の話よ」

 

「冒険者ランクの話。あんたらみたいに高ランクまでなると、次のランクアップまでの道のりはドンドン長くなっていくから、ランクを一つ上げるだけでも相当大変になるわ。特にあんたみたいな活動方針の冒険者だと月単位でかなりの時間が()かるわよ? それでもいいの?」

 

 あたしがそう言うと、目の前の冒険者……ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングは少し顔をしかめた。……けど、それはほんの数秒間だけで、すぐにあたしにむかって口を開いた

 

「……トトリが出来たんだもの。私に出来ないわけないじゃない」

 

「それ、あたしの質問の答えになってないじゃない」

 

 気付けば、あたしはもう一度ため息をついていた

 

 

―――――――――

 

 ……ことの発端は数日前、今と同じく『冒険者ギルド』のあたしが担当している受付の前で起こった出来事だ

 

 

 あたしの冒険者ランクのランクアップをしにトトリが来ていた。そこにミミが来てトトリの冒険者ランクを確認したことで、ある問題が起きてしまった

 

 それは「トトリのランクが、ミミよりも高かった」というものだ

 

 実際のところ、この問題は小さなものだと思う

 いくら同時期に免許取得したからと言って同じ早さでランクアップしていくとは限らない。受ける依頼の数や内容が冒険者一人一人で違うのだから当然のことだ。……事実、トトリと一緒に冒険者免許を貰ったジーノという少年は、トトリはもちろんミミよりも冒険者ランクは低い

 

 

 あの高飛車娘(ミミ)はそれが気にくわなかった……というよりは、信じられないといった気持ちや、悔しさ、(いきどお)りを感じたんだろう。

 でも、その時点ではまだその感情の矛先は自分(ミミ)自身に向いていたと思う。プライドが高い性格だからこそ、歳も近く、同時期に免許を取得し、共に冒険をすることも多かったトトリに後れをとってしまった自分が不甲斐(ふがい)無く思えたのだろう

 

 その気持ちは理解できないわけじゃない。けど、だからといって他人を悪く言うような言葉は、本心であろうとなかろうと使うべきではなかっただろう。そこから二人の言い争いが……ケンカが始まってしまったのだから

 

 

 

「別におかしくなんてないよ。わたしだって頑張ってるんだし」

 

「私が頑張ってないとでも言いたいの? 言っとくけどね、私の方があんたの何十倍も何百倍も努力してるんだから!」

 

 

「ミミちゃんが頑張ってないなんて言ってないよ。何でそんなに怒るの? わたしは、ただ……」

 

「納得いかない! 絶対間違ってるわ! シュバルツラング家の当主である私が、こんな田舎娘以下なんて!」

 

 

「むう……しょ、しょうがないじゃない。わたしのほうが上なんだもん」

 

「あら、珍しく言い返してくるじゃない。ランクが上だってわかった瞬間、偉くなったつもりなのかしら」

 

 

「そんなこと言ったら、ミミちゃんなんていつも偉そうじゃない! シュバルツラング家の~なんて言っちゃって」

 

「実際そうじゃない、それの何が悪いっていうの?」

 

 

「クーデリアさんが言ってたもん。『貴族』の名前なんて大した意味無いって!」

 

「……ッ!? あんた、それ以上言ったら怒るわよ!」

 

「同じ『貴族』でもクーデリアさんは親切で良い人なのに、ミミちゃんはいっつも偉そうで、意地悪なことばっかり言って……」

 

「黙りなさい!!」

 

「きゃっ!? あっ……ご、ごめん。わたし……」

 

 

 ミミからの一喝でトトリは一気に頭に登っていた血が引き、一歩立ち止まる事が出来たのだろう……が、それはもう遅かった

 

 

「……そうよね。あんたは凄い冒険者の娘で、凄い錬金術士の弟子でもあるし……私みたいに家の名前くらいしか無い人間なんて、さぞくだらなく見えるんでしょうね」

 

「そんなことない! そんなこと全然思って……」

 

「バカ! あんたなんか大っ嫌い!」

 

 

 

 もっと早く、最初のほうにどちらかが……もしくは双方が一度冷静になることができれば、一言二言謝罪をする程度で事が済んでいただろう。笑い話にはならなくとも、大事にはならなかったはずだ

 

 けど、一流の冒険者と呼べるくらいになったとはいえ、二人はまだ子供だやっていたことも子供のケンカだ。自分の言動を客観的に見ることも、一度血の登ってしまった頭を早急に冷ますことも難しい、思ったことや感情がついつい前に出てしまう、出してしまった手を中々ひっこめない。そんなお年頃だから仕方ないと言えば仕方ないけど

 

―――――――――

 

 

 それが先日の事だ

 

 ……まあ、ミミ(こっち)もこっちで、時間が経っていくぶん冷静になったんだろう。自分に非があることも自覚している様子で、トトリに謝りたい、仲直りしたい、という気持ちがあるのは確かなようだ

 

 けど、ミミがとろうとしている行動は、正面から謝りに行くといったものじゃなく、随分と遠回りというか、ひねくれたものだった

 

 

 トトリと同じランクまで上げてから会う

 

 

 ……ええ、うん。言いたいことはわからなくはない

 確かに、そうすればどっちが上だだの、凄いだの凄くないだのゴチャゴチャ言うことも無くなり、ケンカの原因は無くなるだろう。……過程の部分は無くならないから、ちゃんと謝るべきだとは思うけど

 

 

 

 でもまあ、あたしがどう思うとかよりも、本人が納得するのが大切なことだろう。じゃないと、無理矢理仲直りさせても変にしこりが残ってしまって結局面倒なことになるだけだし……

 

「はぁ……まあ、あんたに相応の覚悟があるのはわかったわ。なら、あたしからは「頑張りなさい」としかいえないわね」

 

「別に、何も言わなくっていいわよ」

 

 そうツンと言葉を返してくるミミに「そう」と短く言ってから、あたしは改めてため息をついた

 

 ……いや、だって、ケンカの後、泣き出してしまっていたトトリに「ミミ(あの子)のほうはあたしが何とかしとくから」と言ってしまっているため、恐らく近いうちにトトリが来て「ミミちゃんはどうでしたか?」みたいなことを聞かれてしまうのはほぼ確実だ

 ……その時、あたしは何て言えばいいのかしら? しかも、それが何カ月も続くとなると……自分で引き受けてしまったとはいえ、考えるだけで気が滅入ってしまう

 

 

 

「…………ん?」

 

 そんな事を考えていたんだけど、ふと視界の奥……『冒険者ギルド』の入り口近くの柱にそそくさと隠れる人影が見え……それが誰なのかわかったところで、あたしの中にある考えが浮かんできていた

 

 不安要素が無いわけじゃないけど……まあ、大丈夫でしょ

 

 そう考えて、あたしは少しだけ声を張り上げて、柱に隠れた人物のほうへと言葉を放った

 

 

「コソコソ隠れてないで、さっさと出てきてコッチに来なさい」

 

「……はぁ? 何言って……」

 

 いきなりの事に何が何だかわかっていない様子のミミは、あたしの視線を追うようにして振り向き……そして、固まった

 

「なっ……!?」

 

 

「え、ええっと……こんにちは?」

 

「はいはい、こんにちは。……で、何コソコソしてたのよ()()()

 

 カウンターそばまで歩いてきた柱に隠れていた人物……マイスにあたしは聞いた。すると、マイスは自分の右手を首の後ろに回して、申し訳なさげに首を下げた

 

「その、なんだか大事な話をしてるみたいだったから、僕が行ったらまた話を中断させちゃうかなーって思って」

 

「あんたって、変に気を(つか)うわよね」

 

 マイスは「また」って言っているけど……似たようなことがあったのか、それとも前に『冒険者ギルド(ここ)』でミミが悲鳴をあげて逃げ出した事を思い出し、そんなふうになったらいけないと考えた、ってことかしら?

 免許更新の前あたりに、トトリとミミの様子をうかがうために『変身』してたりしたけど……随分と弱腰というか、ミミに対して苦手意識というか一歩引いてしまっている気がする

 

 

 そう思いながらも、あたしはマイスから視線をずらして、ミミのほうを見てみた

 

「ちょ……なんでよりによって今……けど、あの子が……怒って無いって……いや、でも……そもそも……」

 

 ……あら?

 

 悲鳴をあげずとも、あたしとマイスが言葉を交わしている間に逃げ出すのではないかとおもっていたのだけど、ミミは未だにカウンターの前にいた。あたしが知らない間に何かあって、ミミ(この子)の中で何か変わったのかしら?

 ……ただ、マイスには完全に背を向けている上に、頭を抱えて何かブツブツと言ってて不気味なんだけど……まあいいか

 

 

 

 

「じゃあマイス。この子のこと、頼んだわよ」

 

「「えっ!?」」

 

 マイスとミミの驚愕の声が重なった。特にミミは抱えていた頭を瞬時にあたしの方に向けて目を見開いていた

 

 

「ちょっと! なんでこい……この人に私が……」

 

「時代が違うとは言っても、マイスは最速で最高ランクまで上がった冒険者よ。あんたのランクアップの手伝いにはもってこいだわ」

 

「そのくらい知ってるわよ! じゃなくて! 私は手を借りなくても……!」

 

「まだ貸し借りなんて言ってるのね……というか、いいの?」

 

 あたしがそう言うと、ミミは「なんのこと?」と心底わからない様子で眉をひそめた

 

 

「マイスだったからまだ良かったけど、もしも来たのがトトリだったらあんた何とかできる?」

 

「ぐぅ!?」

 

「というか、街を活動の拠点にしている時点でそういうリスクがかなりあるわよ。その点、マイスに協力してもらえばランクアップに近づける上に『青の農村』を拠点にできるわよ」

 

 そう言ってみせたけど、ミミはまだ抵抗するみたいであたしを睨みつけ続けている

 

「トトリだって『青の農村』には行くじゃない! それに、冒険の時間のほうが長くなるからそこまで関係無いし、依頼を受けたり報告するのは結局街の『冒険者ギルド(ここ)』でしょ、なら意味無いわよ!」

 

「そうかしら? 村のほうにはお利口なモンスターたちがいるから、その子たちに頼んでトトリが来たら教えて貰うようにして隠れたりすればいいわ。あと冒険と依頼の事だけど、それも協力者がいれば色々楽よ。アトリエに行ってもらってトトリの足止めをしてもらっているうちに、あんたは安全にここに来れたり……ね」

 

 そこまで言うと、ミミは押し黙ってしまった……

 そして「リスク」と「マイスの手を借りる」というふたつを天秤にかけて迷っているのか、「うーん……うーん……!」と小さく(うな)りだした

 

 

 ……っと、今度はマイスがあたしに「あのー……」と声をかけてきた

 

「なに?」

 

「僕が「嫌だ」って言うのは……?」

 

 マイスはそう言うけど、その表情は別に嫌そうにしているようには見えない

 

「却下。……というか、根っからのお人好しのあんたは断らないでしょ? その相手が()()ならなおさらね」

 

「それはそうだけど、何が何だか状況がわからないから…………あれ? 昔にも似たようなことがあったような……? 確か、アレは……」

 

「そ、そんなことどうでもいいでしょ! とにかくあんたはトトリに気を付けながら、その子のランクアップの協力をしてあげなさい!」

 

 あたしの言葉の勢いに押されてか、マイスは「え、うん。わかったよ」と勢いのまま承諾した。あとはミミのほうだけど……

 

 

「……わかったわ。でも、あくまで私は私の実力でランクアップする。だから、トトリに会わないようにするため()()に協力してもら……いただきます」

 

「ふぅん……まあ、そういうことで良いわよ。結局はあんたの問題だしね」

 

 あとは本人たち次第だろう……トトリのほうも、()()()()()()()、ね

 

 

 

――――――――――――

 

 

 あたしの受付から依頼の受付へと移動した後、カウンターから離れていく二人を見て、あたしはひとまずの安堵の息をついた。自分のことじゃないのに知らないうちに(みょう)に気を張ってしまっていたようだ

 

 

「あ、あの~……?」

 

 ……と、あたしの右手のほうからそんな声が聞こえてきた

 そっちに目をやってみると、カウンターに目のあたりまで隠れるくらいにしゃがみこんでいるフィリーが見えた。あの子が担当している依頼の受付にはさっきまで二人が行っていたはずだけど……その時に何かあったのかしら?

 

「何? 持ち場から離れてまで話すこと? それとも、あの二人のこと?」

 

「え、ええっと、二人のことでちょっと…………大丈夫かなぁ、って思って」

 

「大丈夫よ。あんたは知らないでしょうけど、この手の事には、マイスは()()()()()があるわ」

 

「いえ、そっちじゃなくて……」

 

 そっちじゃない……?

となると……ああ、ミミとトトリじゃなくて、ミミとマイスとのほうかしら? ミミが悲鳴をあげて逃げて、マイスがぶっ倒れた時にもこの子も『冒険者ギルド(ここ)』にいたし、そのことを思い出して心配しているのね

 

「もしかして……あの二人の間のこと? それも、そう大したこと無いだろうから心配いらないわ。マイスから話をきくかぎりじゃあ、きっとトトリとマイスのとの時みたいにどっちかが変に勘違いしてこじれちゃってるだけよ」

 

 あの二人の仲も早々と何とかしてほしいものよね。これまで、マイスがミミに避けられる度に、あたしがマイスにフォロー入れなきゃいけなくて、ちょっと面倒だし早く和解してくれればいいんだけど……

 

 

「そういう話じゃないんですけど~……!」

 

 はぁ……? じゃあいったい、なんのこと?



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4年目:リオネラ「すれ違っている二人」


 サブタイトルが、ある意味ネタバレ気味な気がしますが……ご了承ください
 そして、場面転換が多いのでもしかすると読み辛いかもしれません


 

 マイスくんの御好意に甘えて、マイスくんの家の裏手にある『離れ』を使わせてもらってから結構な月日が経った。これまでにも『青の農村』に訪れては泊まらせてもらってはいたけど、それらは一週間にも満たないことがほとんどだったから今回ほど長期滞在しているのは初めてかもしれない

 

 長期間になった理由は、ちょっと前までは諸事情で『アーランドの街』の近くにい(づら)く長期滞在し辛かったけど、それが無くなったから離れる理由が無くなって特別旅に出る必要がなくなったから

 

 でも、それなら昔みたいに街で部屋を借りて住んでも良かったんだけど……これまでに何度も『青の農村』に滞在しているうちに、いつの間にかすっかり『青の農村(ここ)』での生活に馴染んでしまっていて、なんとなく離れ辛くなってしまっていた

 それに、街でしたいことって人形劇の公演が(おも)だから、街からそう遠くない『青の農村』を拠点にしてても別にそこまで困ることはないし、それに…………

 

 

 と、とにかく、そういうことで、未だにマイスくんの家の『離れ』でお世話になっている……というわけだ

 

 

 ……それで、街や村なんかで人形劇をしたり、時々マイスくんのお仕事を手伝ったりしながら生活してたんだけど……

 

 

 そんなある日、マイスくんが家に女の子を連れてきた。なんでも、その女の子の冒険者のお仕事のお手伝いをするらしく、マイスくんの家(ここ)をその拠点にするらしかった

 

 その女の子の名前は、ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング

 私はその子の名前を聞いたことがあり、その顔も見覚えがあった。フィリーちゃんから聞いた「普段の仕事の話」で時々出てきた名前であり、他にもマイスくんの口からも何度か聞いたことがあった……確か、王国時代には付き合いがあったけど、いつからか嫌われて顔を見るだけで悲鳴をあげて逃げられるようになった、とか……。顔の方は、街の通りや街での人形劇の公演で時々見かけた程度だけど

 

 

 けど……今はこうしてマイスくんと一緒にいるわけだから、仲直りできたのかな……?

 

 

 

――――――――――――

 

 

***マイスの家***

 

 

「というわけで、一緒にゴハン食べたりする機会もできると思うから、ふたりともこれからよろしくね!」

 

 マイスくんはいつもの調子でそう言って笑顔を浮かべる。……でも、それとは対照的に、その隣にいるミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング……えっと、ミミちゃんはすました顔で私に軽く礼をしてきた

 

「…………よろしくお願いします」

 

 そう大きく無い声で短くそう言ったミミちゃんは、すました顔を崩すような素振(そぶ)りは全く見せないでそのまま口をつむった。それ以上は何も言うつもりは無いみたい……

 

「こ、こちらこそ……」

 

「よろしくね、ミミ」

「おうっ! 居候(いそうろう)同士、仲良くしようぜ!」

 

 私に続いてアラーニャとホロホロが返事をすると、ミミちゃんは一瞬目を見開いたかと思うと……すぐに元に戻って「……どうも」と短く返してきた

 

 

 ……そういえば、今は私が『離れ』を使わせてもらってるから、ミミちゃんが泊まれるところが無い気が……

 

「あの、マイスくん。それじゃあ、私は移動したほうが……」

 

「ん? ああ、それは大丈夫だよ。ミミちゃんにはここの二階を使ってもらうから。それのほうが、身を隠しながら状況を把握しやすいだろうし」

 

 身を隠す……? どういうことなんだろう? それに、それじゃあ今度はマイスくんが寝る場所がなくなるんじゃあ……

 

 そう思って、改めてマイスくんに声をかけようとし……その前に、私が言おうとしたことをわかっていたのか、「しーっ」と口の前あたりに右手の人差し指を立てて何も言わないように……という意味かはわからないけど私に伝えてきて、口パクで「だ・い・じょ・う・ぶ」としてきた

 

 何か考えがあるのか、本当に大丈夫なのか少し心配だったけど、とりあえずは言われた通りにしてみることにした……んだけど…………

 

 

 たぶん、微妙に変な間ができたから……かな? ミミちゃんがほんの少しだけ(まゆ)を動かしたかと思うと、唐突に顔を横に向け、隣にいるマイスくんの顔を見てきた

 

 けど、マイスくんによる私へのジェスチャーと口パクはもう終わっていたから、何か勘付かれるようなことは無さそうだった

 マイスくんも、ミミちゃんが自分のほうを見てきたことに気付いたみたいで、いつも……よりはちょっとぎこちない感じだったけど、笑いかけながら口を開いた

 

「……! どうかした? 何かあったら遠慮な」

 

「…………別に」

 

 マイスくんの言葉を断ち切るようにして言ったかと思うと、そのままそっぽを向いてしまったミミちゃん。そして、マイスくんは……

 

「…………」

 

 表情をかたまらせて、何も言わないまま大きく肩を落としていた……

 

 

「……なにこれ」

「なんか、めんどそうなニオイがすんなぁ……」

 

 マイスくんとミミちゃんには聞こえないくらいの小さな声でアラーニャとホロホロが呟くのが、私の耳だけに届いていた……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 ミミちゃんが来た翌日

 依頼の達成のため、ミミちゃんと……その付き添いのためにマイスくんが冒険に出発した

 

 私はお留守番で、マイスくんがいない間の家と畑を代わりにちょっとだけ管理することに

 これまでに何度も見てきた上に、時々手伝っていたこともあって、畑の作物への水やりと収穫は問題なくこなせた。けど、流石にマイスくんよりもすごく時間はかかっちゃったし、(たがや)したり植えたりはできそうにもなかった

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 マイスくんミミちゃんが冒険に出発してから数日後

 ふたりは無事依頼を達成したようで、『青の農村』に戻ってくる前に街の『冒険者ギルド』に寄ってきて、すでに達成の報告と次の依頼の受注をしてきたらしかった

 

 ただ……

 

 

 

「うう……」

 

 明日、また冒険に出発するために、必要な食料・道具を買いにミミちゃんが『青の農村』のお店の一つ……コオルくんのところへ行ったところで、キッチンで一緒に夜ゴハンの準備に取り掛かっていたマイス君くんが、いきなり肩を落とした

 

「わわわっぁ……!? ど、どうしたの、マイス君!?」

 

 私が聞くと、マイスくんは困ったような顔をして私を見て、「どうしたらいいんだろう……」ともらしてきた

 

「今回のことがミミちゃんとの仲直りのきっかけになると思ってたんだけど……でも、ゴハンの時も冒険中もほとんど話してくれなくて……」

 

「あぁー……マイスとあの子、初日からそんな感じだったわよね」

「マイスは頑張って喋ってる感じだったけど、妙な空気になったりしてリオネラも食い(づら)そうにしてたな。……んで、その度にオレたちが話を切り換えてやってさ」

 

 ホロホロの言葉に、申し訳なさそうに「ううぅ……ゴメン」と頭を下げるマイスくん。そして、そのまま続けて口を開いた

 

 

「それに、今回の冒険でミミちゃんが達成した依頼なんだけど……その報酬の半分を僕に無理矢理押し付けてきたんだ。「僕は何もしてないから」って言って返そうとしたんだけど、ミミちゃん、話も聞いてくれなくて……」

 

 ……あれ?

 

 マイスくんが言ったことに疑問を感じて、私はマイスくんに問いかけてみる

 

「何もしてない、って……マイスくん、お手伝いしに付いて行ったんじゃ……?」

 

「うん、そうなんだけどね。本当は凄く手伝いたいんだけど……でもやっぱり依頼を受けたのはミミちゃん自身だから、僕は手を出しちゃいけないかなって。だから、僕は討伐対象以外のモンスターの相手をしたり、道中のゴハンや夜の見張りとかを頑張らせてもらったんだ」

 

「なるほどな。つまり、オマエは依頼自体にはノータッチだから、報酬はミミだけのものだーって言いたいわけか」

「言いたいことはわからなくもないけど……でも、ねぇ?」

 

 アラーニャの言う通り、確かにマイスくんが言っていることもわかる。けど、依頼の邪魔になるだろう他のモンスターを倒したり、冒険の間の食べ物のこととかを全部されたとなると「何もしてない」というのには素直に(うなず)け無い気もする

 それに……

 

「あと、「次の冒険に必要な物はウチで準備するよ」って言ったんだけど、ミミちゃん、自分で買いに行くから()()にいらないって……」

 

「……それで、今さっきミミちゃんは買い物にでかけたんだね」

 

 私がそう言うと、マイスくんは肩を落としたまま頷いてきた

 

「うーん……でも、本当にどうしよう? 渡された報酬分、今日の夜ゴハンを一段良いものにしたらいいかな? そしたら、ミミちゃんの次の冒険の手助けになるだろうし……そうなると、今日の夜ゴハンのメニューは……」

 

 そう考え込み始めたマイスくん

 

 

 ……私は、なんとなく……なんとなくだけど、わかってきた気がした

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 そのまた翌日の早朝

 ミミちゃんは()()で冒険に出かけた。ミミちゃんが言うには「今回は近場での依頼だから敵も弱いから一人で十分」とのこと

 

 私とマイスくんは、ミミちゃんを見送った……そして、ミミちゃんの姿が見えなくなったところで、マイスくんがまた大きく肩を落として大きなため息をついた

 

「……うん。あのミミちゃんがあんなに頑張れてるから良い事だよね! ……でも、なんだか最初よりもミミちゃんとの距離が開いた気が…………そんなことない、と思うんだけど……」

 

 なんだか、どんどんマイスくんの目が曇ってきているような気が……

 

 でも、まだなんとか大丈夫みたいで、畑仕事や今月のお祭りの会議などはちゃんとこなしていた。……けど、やっぱりどこか

 

 

 

 そんなマイスくんを見ながら時に手伝ったりして過ごしてたんだけど、ある時、私のそばにいたアラーニャが私の耳元に寄ってきて、小声で呟いてきた

 

「ねぇ、リオネラ。やっぱりこれって……」

 

「……うん。たぶんだけど、その、マイスくんがミミちゃんのためにやってることが裏目に出ちゃってるんだと思う」

 

「だよなぁ。……でも、マイスのこと知ってんならこれ位の事をしてくるだろうってのも、それが純粋な誠意だってこともわかりそうなんだけどな? だからって、全部受け入れろってわけじゃねぇけど。それに、甘えちまってるオレたちがどうこう言えないかもしんないけどよ」

 

 ホロホロが言ったことに、アラーニャも「そうよねぇ」と同意を示した

 私も同じようなことを思っている。でも、それだけじゃあミミちゃんのやってること・やってたことに説明がつかないような気もするのも事実だ

 

 結局、これまでもほとんど話せていない、他人から聞いた話でしかミミちゃんを知らない、そんな私にはミミちゃんの性格や考えていることが把握しきれないから答えは出せそうになかった……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 そのまた数日後

 

 私はミミちゃんが冒険から帰ってくるまでに、何でマイスくんがミミちゃんの手伝いをすることになったのかを調べた

 方法は単純で、ミミちゃんが受けている依頼を取り扱っているフィリーちゃんに聞いてみたのだ。偶然にも、フィリーちゃんはその場を見ていたらしく……その上、その大元の原因のロロナちゃんの『錬金術』の弟子のトトリちゃんとミミちゃんのケンカのことも教えてくれた

 

 ……ただ、その話をしている途中にフィリーちゃんが「……って、そうだった!?」っていきなり声をあげて……その後、これまでのマイスくんとミミちゃんの様子を詳しく聞かれた。途中から同情というか呆れ気味の様子で「マイス君……」って呟いてたりしてた

 ……最後に「こ、これ以上ライバルはつくらないようにしようねっ!」ってフィリーちゃんは言ってたけど……何のことかは、よくわからない。けど、アラーニャとホロホロはなんだかわかった様子だった。けど、聞いても教えてくれなかった……

 

 

 

 

 それで、ミミちゃんが冒険から帰って来たんだけど…………

 

 

「今度は付いて行ってないのに、ミミちゃんが僕にお金を押し付けてきたんだよ……。今度は前よりも多いから、もしかしたら報酬の全額かも……」

 

「また、オレたちにそんなこと言われてもなぁ。本人にキッチリいったらどうなんだ?」

「言ったから途方に暮れてワタシたちに相談しに来たんでしょ。マイスの顔を見たらわかるでしょ!」

 

 より一層落ち込んだ様子のマイスくんが、イスに座ってうなだれてしまっていた。ここまで元気の無いマイスくんは、前に一度同じくらいの時があったきりで、本当に珍しい

 

 だからこそ、このままだといけない気がしてならなかった……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 これ以上は本当に大変なことになりそうだから、どうにかしたいんだけど……

 こういう時に頼れるロロナちゃんは弟子のトトリちゃんのほうにかかりっきりらしいから、相談するのは難しいだろう。他に誰か……

 

「どうしたら……」

 

「そんなの決まってるじゃない」

 

 そう言ったのは、アラーニャだった

 

「ワタシたちで何とかしましょうよ。最終的には本人たち次第だけど、その手伝いくらいはワタシたちにもできるはずよ」

 

「で、でも、逆に迷惑になっちゃうんじゃ……」

 

 私がそう否定しようとしたんだけど、それを(さえぎ)るように、今度はホロホロが言ってきた

 

「迷惑かけてるなんて今更だぜ。そんなら当たって砕けろってんだ! そうすりゃ、なるようになるだろ」

 

「それは……そうかも、だけど……」

 

 

「それにね、リオネラ……たまたま()()わせちゃったとか、そんなこと関係無しに……マイスが困ってるなら、何とかしてあげたいでしょ?」

「だな。少なくともオレとアラーニャはそうだぜ? お前はどうなんだ?」

 

 アラーニャとホロホロに言われて、私は改めて考えてみる

 

「私も、なんとかしてあげたい。できるかはわからないけど……」

 

「でしょ? なら決まりね! 今から作戦をかんがえましょう」

「リオネラも無い脳ミソひねくりまわして考えろよ! さて、どうしたもんかなぁ……」





 マイス君とミミちゃんが二人きりだと思った? 残念! まだリオネラが居候してたよ! ……そんな出落ち気味なお話


 次の話でミミちゃんの心情(ツンツン)を、そのまた次の話でマイス君とミミちゃんを……といった感じに描写する予定です
 マイス君とミミちゃんの絡みを楽しみにしていた方がいましたら、大変申し訳ありませんがもう少しお待ちください


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4年目:ミミ「後悔と迷い、戸惑いの連鎖」

 大変遅くなってしまいました
 当初予定していた文字数の倍近い文章量になってしまいました


 ……次回で綺麗にまとめられるかが不安だったりします


***古の修道院***

 

 

 ()るい、()き、また()るう

 

 手に持つ武器『ヴァルキリーアーム』を身体のように扱い、攻撃のための動作から(しょう)じる反動や遠心力を次の動作へと繋げるように動き、(すき)と無駄を最小限まで抑える

 これまでの戦闘経験やその他の積み重ねの結果で身体に染み付いた動きが、流れるように続き、自分の何倍もの数の敵を翻弄(ほんろう)し、一匹、また一匹と数を減らしていく

 

 

 仲間を倒されて頭に血が上ったのか、奇声をあげてこちらへと突進してくる数匹の『アポステル』。2.5頭身ほどの小さな悪魔のようなモンスターなのだが、手に()えた鋭い爪や頭部の左右に生えた角、()()かんばかりの鋭い眼光のせいで「カワイイ」というものからはかけ離れてしまっているだろう

 

 その突進してくる『アポステル』たちの速さ、そして距離を考慮したタイミングで私も奴らにむかって駆け出す。そして……

 

 

「そこっ!」

 

 『ヴァルキリーアーム』を勢い良く突き出した

 冷静な判断を()いていたのか、そもそもそこまでの知能が無かったのかはわからないが、突進してきていた『アポステル』たちは想定できていなかったのであろう私の『ヴァルキリーアーム』の一撃を避けようとすることもかなわず、餌食(えじき)となり地に倒れ伏した

 

キシャァアァァーッ!

 

 さっきまでの『アポステル』とは別の奇声が聞こえた。今まで私が倒したモンスターたちが倒れている場所の先、数匹の『アポステル』に囲まれるようにして陣取っているモンスターの鳴き声だろう

 そのモンスター『スカーレット』は、『アポステル』とよく似た見た目のモンスターなのだけど、体色が真紅であり、その実力や凶暴性は比較にならないほど高く、ギルドからも「危険なモンスター」として認識されているほどだ。ここ『古の修道院』では一匹が『アポステル』の親玉として君臨しているようだけど……噂では、他人の手の入らないような危険な地域には、群れを成して生息している『スカーレット』もいるそうだ

 

「でも……私の敵じゃないわ!」

 

 手始めに、一番手前にいる『アポステル』に狙いを定め、私は飛び出していく

 

 突き。薙ぎ払い。回避からのカウンターで一発。数の不利なんて気にとめることも無く、私はモンスターを(ほうむ)り続けていく

 

 

 

 ……こうして、目の前の敵だけに意識を集中させ戦闘に没頭している時間が、今の私にとって一番楽な時間かもしれない

 

 ここ最近は、トトリとのケンカ、マイスとの……なんて言えばいいのかわからないギクシャク感と、後々一人になった時に後悔や自問自答をしてしまうような出来事が多かった

 何でこんなことになったんだろう? どこで間違えてしまったんだろう? ……特に、後者のマイスのことについては、解決は出来ずとも回避することは簡単だったんじゃないかとさえ思えるほど「どうしてこうなった」という気持ちが強い

 

 あの時、誘いに乗らなければ……って、あれはあの受付の口車に乗せられたからで…………でも、トトリと鉢合わせしたくなかったのは事実だし……そもそも、あの時マイスのことを「大丈夫、なんとかなるだろう」って思ったのは私で、それで誘いに乗ったわけで…………そう思ったのは『あの子』が「マイスは怒ってない」ということを教えてくれたからで……それも、結局私のせいで…………

 

 でも、その後のことでも、変に意地を張ってしまったり、冷たい態度をとってしまったり……でも、あれはこっちのことを何も考えてないマイスも…………いや、よくよく思い出してみれば昔からずっとあんな感じだったし……けど、こっちにも譲りたくないものはあるわけで、私はそれを曲げたくない…………となると、やっぱりあの誘いを受けた時点で……

 

 

 

 次々に仲間を倒されていくことに耐えかねたのか『スカーレット』が一段と大きな奇声をあげた

 その声を鬱陶(うっとう)しく感じて眉をひそめつつ、私は武器を握る手にさらに力を込めた。自分の中に渦巻くモヤモヤやイライラのはけ口として、目の前の敵に渾身(こんしん)の一撃を与えるべく、一旦大きく息を吐いてから改めて狙いを定める

 

「ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング、(まい)ります!!」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ふぅ、物足りない気もするけど……まっ、こんなところかしらね」

 

 先程までの奇声が聞こえなくなり静かになった廃墟の修道院の屋内で、私は一つ息をついた

 

 今回の主な目的は、最近『古の修道院(ここ)』を根城として周囲の街道で暴れ回っている『アポステル』の群れ……その親玉の『スカーレット』を討伐することだった

 ついでに地図を作成したりもするのだけど……物足りないというのは、ここが今の私の冒険者ランクからすると少し難易度が低い採取地とされているから。おかげでモンスターたちも歯ごたえが無い相手に感じられてしまっていたわけだ

 まぁ、だからってさっきまでの相手が全部『スカーレット』になってたら、逆に厳しい戦いを()いられてしまうし……それに、冒険者ランクを一刻も早く上げるためには依頼をえり好みするつもりは無いし、これまでに『古の修道院(ここ)』の調査をしたことが無かった私が悪いんだから文句は言ってられないのだけど

 

 

 

「まあいいわ。早く次の作業に……」

 

 そう思い、次の作業へ移ろうとしたんだけど……そんな私の耳に()()()()が入ってきた

 

 とは言っても、さっきまでの『アポステル』や『スカーレット』のような奇声ではなく、ちゃんと理解のできる……言葉として意味を()している声だった

 その声たちの主を私は知っている……というか、()()()()()()()()()

 

 

「すごかったわねぇ。これまで何人も強い人は見てきたつもりだったけど、その中でも洗練されてる、って感じでちょっと見惚れちゃったわ」

「だな。騎士のにいちゃんやマイスとも全然違うタイプで面白かったぜ。まあ、その(やり)っつーか、(ほこ)みたいな、自分の身長よりも長いもん使ってるヤツを見たこと無かったしな」

 

「一流の冒険者って、みんなこれくらい凄い人ばかりなのかな……?」

 

 ……現在進行形で私の頭を悩ませている存在である三人(?)。ぬいぐるみっぽいネコの人形二匹とその持ち主の旅芸人。順にホロホロ、アラーニャ、そしてリオネラというそうだ

 

 三人のことを全く知らないわけじゃない。最近はもちろん、ひと昔前にはよく『アーランドの街』の広場で人形劇を公演していたから、街で暮らしている人間なら大抵は彼女らのことは知っている

 小さい頃、私も何度か観に行ったことがあったし……お母様に会いに屋敷に来たマイスさんも、お母様に「不思議な人形劇」のお話をしたことがあってそれをそばで聞いていたから、私も知らないわけじゃない。けど……

 

 

「おうおう! オマエ、ここらじゃ敵無し、って感じだな。けど、変に調子に乗って足元すくわれんなよ?」

「こらっ、一言多いわよ! ……それにしても、アナタに同行してもらえて助かったわ。こんなに強い人が護衛にいてくれると心強いわ」

 

 近くまで寄ってきた三人のうち、人形のふたりが身振り手振りを少し加えつつ、そう言ってきた……

 

 ふたりが言うように、私と彼女ら三人との関係は一応「護衛と護衛対象」ということになっている

 

 というのも、冒険に出る時に着いて来ようとしたマイスに「今回の冒険に付き合うと帰りが村のお祭りの直前くらいになる。開催に関わるような迷惑はかけたくないし、今回も難しい仕事ではないから一人で問題無い」という()()()()をして、マイスの同行を()()することができたのだけど……

 そこにリオネラが「あの、私が同行させてもらってもいいですか?」と口を挟んできた。私は意味がわからず……さらに、マイスの家に居候しているという彼女との距離感が未だに掴めていないこともあって反応に困っていた……が、その合間に心配し「やっぱり僕も」と言うマイスを彼女がいつの間にか説き伏せてしまい、なんだかんだでついてこられたのだ

 

 一応出発の時に、聞けていなかった目的を聞いたところ探し物があるらしく、私の行先にそれが入手できそうだったから連れて行ってほしかったらしい。そして、「もし必要なら、正式な護衛の依頼として依頼の手続きをするけど……」と言ってきた

 ……まあ、邪魔にならなければいいか、ということで連れてきたんだけど、良くも悪くも人形ふたりが騒がしかった。ずっと静かなのよりはマシかもしれないけど、()()の人間のほうは中々会話にならないのだ

 ……できれば、リオネラさん(この人)から()()()()()()()()()()んだけど……

 

 けど、聞けないのであれば、それならそれでやらないといけない事を早く済ませてしまって、帰ってしまえばいいだけだ。……マイスがいないから依頼の報告と受注の時は細心の注意を払わないといけないけど……前回は一人でもどうにかなったんだし、今回も大丈夫でしょ……たぶん

 

 

 そんなことを考えてたのだけど、その中からふと思い出したことがあり、そこにいるリオネラさんに聞いてみることにした

 

「あの、少しいいですか?」

 

「は、はい……!」

 

 ……ここに来るまでにも何度か似たようなことがあったけど、なんで、私が声かけるだけでビクリと跳ねあがるような反応をするのかしら?

 なんというか、既視感が……ああ、あの受付嬢の反応に似てるのね、少し涙目っぽいし……ってことは、もしかして私とあまり話そうとしないのってあの受付嬢みたいに「空気がピリピリしてるから」とか「怖いから」とかいう理由じゃないでしょうね……?

 

 そう思いながらも、わざわざ話をそらす気にもならなかったから、気にしないふりをして最初に聞こうとしていたことをそのまま言う

 

「探し物がある、って言ってましたけど……見つかりましたか?」

 

「そ、それはー……」

 

 私から視線をずらしたかと思うと、そのまま目が泳ぎ始めている。となると、次はきっと……

 

「ちょうど今から探すところだぜ。モンスターがいちゃあ、おちおち調べ周れないからな」

「理由はわからないけど、ここは目撃情報は多いからきっと見つかるはずよ」

 

「そうですか。なら、私の地図作成の作業中にその近くで探してみてください。そこまで離れなければ、もしもの時も護れますから」

 

 私の問いに答えたのはリオネラさんのそばにいる人形のふたりだった。どうやらリオネラさんが困っていたりすると、代わりに答えたり、リオネラさんに発破をかけたりするようだ

 

 にしても、このふたりって……もしかして実はモンスターの一種だったりするのかしら? 喋る人形なんて聞いたこと無いし、それにモンスターなら『青の農村』と関わりがある時点でなんとなく納得できるし

 だからなんだって話だけど……そう思ったほうが、人形が喋るよりも抵抗感が無いというか、不気味に思わないのよね。何故かしら?

 

 

――――――――――――

 

 

 地図作成のため、目印になるものや建物の形・構造を記録していった。そして、あらかた終わったところで、最後に、階段の先にある『タル』などが置かれている小さな物置のような空間があったのだが……そこに、見慣れないものがあった

 

「……何かしら、あれは?」

 

 黒い塊。微妙にだけど紫色の光を放ちながら渦巻いているのがわかる謎の物体

 ……けど、何か見覚えと言うか、何か記憶にひっかかる気が……

 

 

「おっ。あったぜ、リオネラ。けど、黒だな。ちょっと残念だ」

 

「そんな事無いよ、これはこれで大丈夫だと思う」

 

「良かったわね。もし無かったらどうしようかと思ったけど……後は運次第かしら」

 

 よくわからないけど、どうやらコレが言っていた「探し物」らしい

 ……で、結局コレは何なのかきこうとしたのだけど、それよりも早くリオネラさん達が動いた

 

「んじゃ、いっちょやるか!」

「そうね。いけるかしら?」

 

「うんっ!」

 

 そう言って、三人がそろってその黒い塊にむかって手をかざすような仕草をしたかと思うと……

 

 

 一瞬の閃光と共に「パアァン!」とまるで何かが破裂するような大きな音。そして、それに続いて「ビシュン!」とあまり聞き覚えの無い音が聞こえた

 

 突然の光に、とっさに目を瞑ったために何が起こったのかわからなかったけど、目を開けてみると、さっきまでそこにあったあの黒い塊が無くなっていて、リオネラさんはそのそばでしゃがみこんでいた

 

 

「あら、今日はついてるんじゃないかしら? ちゃんと手に入ったわね」

「だよな。この前の……つっても結構前だけど、そん時は何個も壊しても落ちてなかったもんな」

 

 そんな声をかけられながら立ち上がったリオネラさんの手には、片手で握れる程度の大きさの塊……さっきまであった黒い塊によく似た宝石のようなもの……があった

 

 

「それは?」

 

「え、ええっとね、『闇の結晶』って言って、『ゲート』を破壊した時に時々手に入る「属性の結晶」の一種なの」

 

 リオネラさんにそう言われて、私はあることを思い出した。『ゲート』……確か前に『冒険者ギルド』の掲示板なんかに情報が貼り出されていたり、噂になっていた「モンスターが出てくる光の渦」のことだ

 これまで実際に見たことは無かったんだけど……まさかさっきのがそうだったとは。思えば、さっきの黒い塊も、光というのはわかり辛かったものの、その情報通りだった

 

「それって、何かに使えるんですか?」

 

「使えなくはないけど……専門的な知識や技術が必要だから、基本的には綺麗なだけ、かな?」

 

「いちおう言っとくけど、技術がねぇからリオネラ(コイツ)にも(あつか)えない代物(シロモノ)だぜ」

 

 リオネラさんに続いて黒猫のほうがそう言ったんだけど……つまりそれって意味が無いんじゃ……?

 その考えが口に出る前に、それを見越したように、今度は縞模様のようなものがある猫のほうが喋った

 

「リオネラが欲しいって思ったのは本当よ? 必要があるって考えたからこうして探してたの」

 

 

「けど、使い道が無いなら一体何に……」

 

 

 そう私が言っている途中に、リオネラさんが私の手を取って……その『闇の結晶』というものを握りこませ…………って、え?

 

 

「ちょ!? 何? 何なのよ!?」

 

「ひぃ!?」

 

「どっかの誰かみたいに短い悲鳴をあげるなっ!」

 

 意味がわからず少し混乱気味に手を振り(ほど)いたので、当然ながら『闇の結晶』は手からすっぽ抜けてしまったのだけど……上手く黒猫のほうがキャッチしたようだった

 

「おおう、危ないところだったぜ。ずいぶんと言葉使いが荒くなったけど……やっぱそっちが()なのか?」

 

「うっさい! 何よ、いきなり!」

 

「まぁ、いきなりといえばいきなりだったけど……でも、ワタシたちからすれば、結構考えた末の判断なんだけどねぇ」

 

 そう言ったのはもう片方…………そして、それに続くように今度はリオネラさんが口を開いた

 

 

「その、ね。今度はお金じゃなくて、この『闇の結晶』をマイスくんにあげてほしいかなって」

 

「……はぁ?」

 

 何が言いたいのかしら? というか、何を考えてそんな事を……

 お金っていうのは、これまで冒険から帰った後に渡したお金のことだと思う。でもアレは冒険の手伝いやマイスが準備してくれた食事に対しての支払いであって、貸し借りを考えないための正当なもの……けど、実際は渡した額のほうが相場の金額よりも低いだろう。だから本当はもっと支払いたいくらいだ

 

 そんな私の考えをよそに彼女らは話し続ける

 

「この結晶を扱える人っていうのはマイスくんのことで、色々実験とか、装備を作ったりするのに結晶を使うから結構必要になって……だから、それをあげたらきっとマイスくん、喜ぶよ?」

 

「……なら、あなたがあげればいいじゃない」

 

 何で私がする必要があるの?

 そもそも、珍しいものだったら喜ぶのかもしれないけど……マイスなら何でも喜びそうな気がする

 

「アナタの言いたいこともわかるわ。けど、リオネラはね」

 

「知らないわよ。私には何の関係も……」

 

 続いて、もう茶色の猫のほうの言葉も切り捨てようとしたんだけど……

 

 

 

「あーもう、ぐちぐちうっせーな。アイツに()れたなら惚れたで、逃げてねぇで真正面からぶつかれってんだ!」

 

 

 

「…………はぁ!?」

 

 一瞬、耳を疑ってしまったけど、聞き間違いでは無いみたいで確かに「惚れてる」って……って、何を言ってるのよ!? この黒猫は!?

 

「冒険から帰ってきた日のメシの時とかに、キッチンのほうに行くマイスを目で追っかけた後ちっちゃくため息ついたり、畑仕事してるのをジーッと眺めたりしてんのは知ってんだぜ?」

 

「なっ……!?」

 

「だってのに、いざ本人と話すとなると冷たくしてよぉ。嫌われてるって落ち込んでるマイスの相談に一々乗らなきゃなんないコッチの身にもなってみろってんだ。それに、恋する乙女もこっちはもう面倒なのがひとりいて手一杯なんだよ!」

 

 

「ホロホロ!? め、面倒なのって、だ、だだだ、だれの……!?」

 

「あー、リオネラ? 言えてないから、アナタは一旦落ち着きなさい」

 

 

 他の二人も何か言っているけど、それよりも問題はあの黒猫よ

 呆れるくらい有ること無いこと言ってくれて……本当にどうしてくれようかしら

 

 

「なにバカなこと言ってるのよ。誰があんな常識知らずなトンデモ人間のこと

 

 

 

 

 

 

好きに、なるわけ、無いじゃない……! ()()()のことなんて……なれるわけ…………!!」

 

 自分の視界が少しにじみだしているのがわかった。それがどういうことなのかは、ごく()()()()()()()ばかりなのですぐにわかった

 私はすぐにその場から駆け出して廃墟から飛び出していた

 

 

―――――――――

 

 

 気づけば、『古の修道院』から少し離れた細い街道のそばに生えていた木に持たれかかって、息を整えながら座っていた

 

 

 かなり全力で走っていたから随分と体は熱くなっていたけど、何故か頭の方は段々と冷静になっていっていた

 

 仮にも護衛対象である相手を置いて行くなんて、あるまじきこういだ……でも、せめて溢れ出してきたこれを……涙を(おさ)えてからじゃないと誰にも顔を見せられそうにない

 

 

 そうやって自分を落ち着けようとすればするほど、私の頭の中にはいろんな考えが飛び交っていった

 

 ……何故だろう?

 トトリとケンカしてしまった時は、トトリに言われたことに腹を立ててしまって、その怒りが言葉と行動に出てしまった部分が大きい……と自分ではそう思っていた

 

 でも、今回はどうだろう?

 誰に対して怒った? あのホロホロっていう黒猫の人形? それとも、わけのわからないことを言って私に無理矢理物を渡そうとした三人ともに?

 

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()

 自分で考えてみたけど、それはよくわからなかった。言われたことの中に、何か悲しくなるようなことがあっただろうか? 何か私自身が考えていたことの中なんかに、知らないうちに悲しくなるようなことがあっただろうか?

 

 

 そんなことを考え続けているうちに、いつの間にか涙が止まり始めていることに気がついた

 ……わけがわからない。何でなんだろう…………もう一度考え直してみたらわかるだろうか?

 

 

 そう思いながら、地面に座ったままうつむいていた顔を上げたのだけど、陽が落ち出していることに気付き、優先順位を変えることにした

 

 陽が落ち切る前に、リオネラさんと合流しなければ。そう思いながらも、どういう顔で、なんて言って会えばいいのかがわからなかった…………




 リオネラには色々と難しかった模様
 要因としては、境遇的に仕方ないですが人間関係の経験が不足&偏っていたということ……とはいえ、リオネラのやり方が完全に間違いだったとは限りません。なんにせよ、リオネラの行動によって事態は大きく動き出した……かもしれません
 後はどう転がるのか……


 ミミの、マイスとの関係は……そして、トトリとも仲直りできるのか……!?


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4年目:自分の気持ちと他人への想い



 投稿遅れてしまい、本当に、本当に申し訳ありませんでした!
 そして今回、諸事情により第三者視点です


 ミミちゃん関係は今回でまとめるはずが、次回に続くことに……
 どれもこれも、ここ最近の一話あたりの文字数が想定よりも多くなりがちだからです。良い事と言えば良い事なんですが……


 

 

 『古の修道院』での一件で、一時的に(はな)(ばな)れになってしまったミミとリオネラたちだったが、飛び出していったミミを追いかける形でリオネラが合流したことで事なきを得た

 

 だが、何事も無く……とはいかなかった

 合流してすぐ、リオネラたちが「勝手なことを言ってごめんなさい」といった主旨(しゅし)でミミに謝罪をしたのだが、ミミがそっぽを向いて「別に……」と返した。そのまま(みょう)な沈黙の中、何とも言えない空気のまま『青の農村』まで帰る事になったのだ

 そのせいもあって、ミミは達成した依頼の報告をしに行くことも無く、そのまま『青の農村』まで帰ってしまったのだが……幸いなことに、期限が近い依頼ではなかったので、大事には至らないだろう

 

 

 そんなミミとリオネラたちが帰ってきて、一番心配したのは他でもないマイス

 もとから和気藹々(わきあいあい)といった様子ではなかったが、出発時よりもあからさまに不機嫌&落ち込んでるような空気をふりまく二人を見たら、マイスは何かあったのかと心配で心配で気が気でないわけだ

 

 だが、当のミミはロクに会話をしてくれる様子も無く、リオネラもリオネラで、ミミを不機嫌にさせてしまったであろう話の内容が「ミミは、マイスのことが好きか否か」というものなので話すに話せずにいた。結局、マイスが知ることができたのはリオネラから聞いた「私たちがミミちゃんのこと、怒らせちゃったの」というごく端的(たんてき)な内容だけだった

 

 

 そんな事もあってその日の晩御飯は、何とも言えない気まずさのようなものがあった

 

 そんな晩御飯があった日の夜のこと……

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・離れ***

 

 

 マイスの家の裏手にある、昔、マイスが来客用に作った『離れ』。そこを今はリオネラが借りて使っているのだが……

 

 そのリオネラは、『離れ』の中……角に置かれているベッドの上に座って、アラーニャとホロホロを()(かか)えていた。ふたりを抱えているその右手には『古の修道院』で入手した『闇の結晶』が握られている

 寝る準備をしているというわけでもなさそうなリオネラ。だが、その表情はやはりというべきか悲しそうに歪ませており、彼女と交友の深い人物……例えばロロナやマイス、フィリーあたりが見れば「あっ、泣き出す寸前だ」とわかってしまうことだろう

 

 そんなリオネラのそばで、いつもよりも気まずそうな様子でホロホロとアラーニャはリオネラに話しかけていた

 

「あー……悪かったって。オレもミミがあんなふうになるとは思わなくってよ。……それに、やっぱりこれまでのアイツの様子を見てたらそうなんじゃねーかとしか思えなくてだな」

「ちょっと! 反省してすぐに何言ってるのよ! あのくらいの子って色々デリケートだから、そういうこと思っても言わないほうがいいのよ」

 

 ……謝るにしても微妙で、リオネラを(なぐさ)める気があるのかもわからないふたりの会話だが、なんにせよ計画を考えたのはリオネラたち(さんにん)であり、内輪(ここ)で誰が誰に謝ろうが結局はミミとの問題なので何の解決にもならないのだが……

 

 

 そんな中、不意にノックの音がリオネラの耳に聞こえてきた。発信源は『離れ』の出入り口……その先には『マイスの家』の裏手と繋がっている簡易的な渡り廊下がある

 

 「もうこんな夜だけど、マイスくんが心配して来たのかな?」……と思ったリオネラは特に疑問にも思わず立ち上がり、鍵をかけてあった出入り口の戸を開けに行った

 

 

 

 

「……こんばんは」

 

「えっ……? み、ミミちゃん!?」

 

 そう、そこにいたのはマイスではなく、ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングだったのだ

 リオネラにとって、ミミの来訪は予想外だった。それも当然。『青の農村』に帰るまで……帰ってからもまともに話もしてくれなかったし、完全に怒らせてしまったと思っていたから

 

 そのミミがむこうから来て、自分の目の前にいる……リオネラはこの機会を逃さないようにと、さっきまで思っていた申し訳無い気持ちを言葉にして改めて謝罪をしようとしたが……残念なことに、リオネラはそこまで器用ではない……むしろ不器用な部類なので、言う事がいまいちまとまらなかった

 

「あっあの! あの時、余計なことで、ほ、ホロホロも悪いと思ってて……!!」

 

「えっと、そのそんなに慌てなくても……それに、もうリオネラさんには謝っていただいてますから、これ以上謝られると……ちょっとどうしたらいいかわからなくなります」

 

 「それに……」と、ミミは言葉を続けた

 

「私はその……お礼を、言いに来たというか……その……」

 

「お、おれい?」

 

 ミミの言葉に何のことかわからず首をかしげるリオネラ。対して、ミミのほうはといえば、何やら煮え切らない様子で少し躊躇(ためら)うように言葉を詰まらせていた

 だが、意を決したように一度大きく息を吸ったかと思うと、ミミは正面からリオネラを見た

 

 

「あなたたちに言われて、よくわからない気持ちになって自分の中の気持ちもグチャグチャになって……それで、改めて自分で考えてみたんです。自分がマイスさんのことをどう思ってるか……どうしてそう思うのか。おかげで色々気づくことができて、気持ちに整理もつきました……ありがとうございます」

 

「私、何もしてない気が」

 

 そう言って、よくわからないといった様子で未だに首をかしげているリオネラだったが、ふと何かを思いついたようで手に持っていた『闇の結晶』をミミにさし出した

 

「これ、あの時、渡し損ねたから良かったら……」

 

 リオネラの言葉は、言葉足らず気味ではあったもののミミには伝わったようで……しかし、その上でミミは『闇の結晶』を受け取らずに首を振ってみせた

 

「私がしないといけないのは()()ですから、それは私が渡すべきではありません。リオネラさん、あなたがマイスさんにプレゼントしてあげてください」

 

 そう言うと「では」と一言(ひとこと)言い残して、ミミは『離れ』から出ていき『マイスの家』のほうへと行ってしまった……

 

 

 

 歩いて行くミミの後ろ姿を、『マイスの家』の裏口の戸が閉まるまで見ていたリオネラだったが、少し考え込むような仕草をした後、『離れ』の出入り口の戸を閉めた

 

「えーっと、つまりどういうことだ?」

「わかんないわ。ただ、もう怒ってるって感じでは無かったわね」

 

「うん……けど、なんで()()なんだろう?」

 

 そう、リオネラの中でひっかかっていたのはミミが言っていた「謝罪」という言葉だった

 

「だよな。相手がトトリだってんなら、フィリーから聞いたケンカのことでってわかるんだけど……なんでマイスになんだ?」

「さぁ……? ワタシたちが言ったことでそういう風な内容は無かったし……惚れてるかいないかなんていうのはもっと関係無いだろうし……聞きに行ってみる?」

 

 アラーニャの問いかけにリオネラは数秒考え込んだが、静かに首を振ってそれを否定した

 

「たぶんだけど……ミミちゃん、マイスくんのところにそのまま行ってると思うの。お話を邪魔したらいけないから、ね?」

 

「……そうね。今日はもう休みましょう」

「まぁ、明日の朝にでも様子を見りゃいいか」

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・作業場***

 

 鍛冶をするための『()』、装飾品等の加工をするための『装飾台』、薬品を調合するための『薬学台』、そして『錬金術』を行うための『錬金釜』と、様々なものが配置されている『作業場』。そこにマイスはいた

 

 マイスの寝室は『マイスの家』の二階なのだが、今はミミに貸しているためリビングダイニングのソファーで寝ている

 だが、今日はミミとリオネラのことが心配になって仕方なかったこともあって、妙に目がさえている。そのため、眠気がくるまで『作業場』で何かしらしようと考えていたのだ

 

 

 今現在、マイスは『装飾台』で装飾品を作っているのだが……普段の彼の作業風景とは少々異なっていた。というのも……

 

「うーん……やっぱり、ふたりには仲直りしてほしいけど、僕じゃあどうしようもできないのかなぁ? 原因はリオネラさんのほうだったらしいけど詳しくは教えてくれなかったし……それに、なんとかしようにも、僕の話を聞いてくれるかどうか……」

 

 そう。マイスは小声で心配事を呟きながら、目を瞑って首をひねったりしながら装飾品を作っていたのだ。それでも失敗をせずに『銀の腕輪』を作っていけているのは彼のこれまでの経験の賜物(たまもの)だろう

 

「他に僕にできそうなことといったら、空気を(やわ)らげる……とか? 美味しいものを食べると自然に笑顔になれるし、そこから会話が(はず)めば二人が話しやすくなって関係改善に……!」

 

 「良い事思いついた!」といった様子で少し元気に呟きだしたマイスだったが、不意に手を止めて……腕を組んだ

 

「でも、今日の夜ゴハンでもそんな様子は無かったし……もっと頑張らないとダメなのかな? それとも、何か嫌いなものでも入れちゃってたのかな? 他には……ただ単純に美味しくなかった、とか?」

 

 段々と不安になっていき、「あれ? もしかして、僕の料理の腕落ちてる?」と震えだしたマイス

 

「そういえば最近、リオネラさんに「おいしい」って言われてない気が……ミミちゃんには小さい頃以降は一度も言われてない…………もしかして、嫌々食べてるとか……!?」

 

 

 

 

 

「心配しなくても、今日の料理も美味しかったですよ。それはもう真似(まね)できないくらい」

 

「そっか! 良かったー! もしかしてリオネラさんが気をつかってて、実は僕がリオネラさんに渡した自家製携帯食が美味しくなかったのが、二人の仲が悪くなった原因じゃないかなって考え始めてたんだけど……って、あれ?」

 

 嬉しそうにそう言いだしたマイスだったが、ついさっきまで自分ひとりだった事を思い出して、声がしたほうへと振り向いた

 

「こんな時間でも作業したりするんですね、マイスさん」

 

「う、うん。なんというか、こう……まだやる気が有り余ってる時なんかは時々夜でもやってるんだ」

 

 そう、そこにいたのは、ミミだった

 ミミのほうから話しかけてきたことに、久々過ぎて驚いたマイスだったが、すぐにいつも通りの調子で返答してみせた

 

「それで、ミミちゃんは何か用があって会いに来てくれたの?」

 

「はい。少しお話しをしたくて……大丈夫ですか?」

 

「もちろん大丈夫だよ! でも、ここじゃあなんだからあっちに行く?」

 

「いえ、ここでかまいません」

 

 そう言うとミミは、マイスが使っていない『薬学台』のほうからイスを引っ張ってきて「お借りします」と一言言ってから座った

 

 

 

「それで、お話っていうのは……?」

 

「……マイスさんに、言いたいことがあったんです」

 

 さっきまでマイスの顔をしっかりと見ていたミミだったが、ここにきてマイスから視線をそらした

 マイスはその事が気になりつつも、「もしかしたら、()()知らないうちにミミちゃんに悪い事しちゃってた!?」と、緊張し始めてしまっていてそこまであまり気がまわらずにいた

 

 

「謝りたいんです。マイスさんに初めて会った時のこと……それと、マイスさんを追い出すように別れたあの日の事を……」

 

「……え?」

 

「っ……憶えてません……か? そう、ですよね。忘れてしまうほど嫌な思いをさせてしまって……」

 

 そう言ってうつむいてしまうミミを見て、マイスは首と手を必死に横に振って、それを否定する

 

「いやいやいや! 憶えてる、憶えてるよ! 憶えてるけど……もしかして、そのことで僕が怒ってるって思ってたの?」

 

「それは……って、何で知ってるの……知っているんですか?」

 

 そう言われて、マイスは「まずい!」と思った。というのも、マイスが金モコ状態の時に聞いた話から考えて言ったことで、本来ならマイスが知らないはずの内容で……

 

「……でも、マイスさんはモンスターの言葉がわかるから、あの子に「秘密にして」と言ったところで効果は薄いに決まってますよね……」

 

 ……どうやら、ミミが勝手に自己完結したようで、マイスも騙したようで申し訳なく思いながらも、一安心して小さく息を吐いていた

 

 

 そして、マイスは考えた。初めて会った時と最後に会った時……確かに、ミミから色々言われたりしたことは憶えてはいるが……なんというか、怒りたくなるようなことだったかと言われたら首をかしげてしまう

 なので、マイスは思ったままのことをミミに伝えることにした

 

「とにかく、僕はあの時のことは気にしてないよ。だから……」

 

「お医者様でも無理な病気を「治してください」って無理矢理頼んだ上に、出来ないって知ったら、その……泣きながら叩いたりヒドイこと言ったのに、ですか?」

 

「それは、まだミミちゃんも小さかったし仕方のないことだと思うよ? それに……あの時は僕が最初からちゃんと断らなかったのがいけなかったんだから」

 

 そう言うマイスに対し、ミミはというと(いま)だに納得していない様子だった

 

「何の理由も言わずに、叩き出すみたいにいきなり絶対に家に来ないように言ったのは……」

 

「それは……確かに、ショックだったかな。でも、僕って前から知らないうちに人を怒らせちゃったりするから、ミミちゃんにも何か悪い事しちゃったんじゃないかなーって」

 

 申し訳なさそうに言うマイスを見て、ミミは再びマイスから目をそらした。そして自分の唇をかみしめた後、ポツリ、ポツリと声をもらしていく……

 

「謝る必要なんて…………()()()は何も、悪い事なんて……してないから」

 

「でも、あのミミちゃんがそう言ったんだもの。何か理由があってのことだろうし、僕は……」

 

 

 

 

 

「無いわよ! そんな理由なんて!」

 

 突然の大声。そして、その口調もさっきまでとは……マイスが知っているミミの口調とは違うものになっていた

 

「…………」

 

 しかし、マイスはただただ優しい目で、うつむいたままのミミを見ていた

 

 ……もし、ミミが高笑いをしながら同じセリフを言ったとしたら、マイスは大変ショックを受けたことだろう

 だが、マイスには見えていた。うつむいているミミの顔のあたりからいくつかの(しずく)が、ミミの膝の上に置かれている手のあたりに落ちていくのを……だから、マイスはミミの言葉を聞き入れていた

 

 

「理由なんて……あれはただの意地っ張り、私の我儘(わがまま)で……マイスのことが、邪魔になるからって……!」

 

「……我儘だって立派な理由だよ? 子供は……ううん、大人だって自分の我儘を押し通したいことなんていくらでもある。だってそれが「自分がしたいこと」なんだから、それを諦めて押し留めてるなんてそんなの辛いばっかりだよ……僕なんてよく我儘を押し通して村のみんなに迷惑かけてるから」

 

 そこでマイスは一旦息をつき、「それに……」と言葉を続ける

 

「僕はミミちゃんがやりたいことを、頑張りたいことを応援したいんだ。それでミミちゃんと会えなくなるのは……やっぱり寂しいけど、それでも僕は()()を応援するよ」

 

「…………っ!」

 

「だから、あの時の事は気にしないで。……それでも、どうしても気になるって言うなら、代わりにミミちゃんの言う我儘のこと、僕に相談してくれないかな? 僕にできることなんて限られてるから力になれるかはわからないけど、友達(ミミちゃん)の手助けをしてあげたい……それが僕の我儘だよ」

 

 

 マイスはそこまで言うと、静かに立ち上がった。そして『装飾台』の脇に置いておいたポーチからハンカチを取り出した。そしてミミのそばまで行き、そのうつむいた顔に流れている涙を(ぬぐ)って……

 

「自分で……できるから」

 

「そっか。じゃあ、これ使って」

 

 ミミに言われて一旦手を引いたマイスは、その手に持つハンカチをミミに手渡し、それから自分のイスへと戻っていく

 ハンカチを受け取ったミミは、少し泣き顔を隠すように意識しながら涙を拭きとっていっていた

 

 

 

 ……ひととおり拭い終わったミミは、まだ目元あたりなどが赤かったが、それ以外は普段通りになっていた

 ハンカチはまだ手元に持ったままだったが、それはそのままに、ミミは口を開いた

 

「ごめんなさい。少し時間を取らせて……」

 

「いいよいいよ、気にしないで。僕としては、ミミちゃんとまたこうして話せてるだけで嬉しいから、全然気にならないよ」

 

「昔から、欲が有るのか無いのかわからなかったけど……あいかわらずよね」

 

 そう苦笑いをしたミミ

 だが、一つ息を吐いたかと思うと、その表情は真剣な……でも、どこか柔らかさのあるものに変わった。それを見て、マイスもまた先程までの聞く姿勢に戻る

 

 

「……()()()

 

「…………」

 

「私、あなたのことが…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

「…………」

 

「でも、あなたは()()()()()

 

 普段なら、マイスが「僕、ミミちゃんとほとんど身長変わらないんだけど……」などとツッコんでいただろうが、マイスは静かにミミの事を見続けていた

 

「私だってずっと頑張ってきた……けど、今でもあなたは()()()()()。一緒にいた頃も、会わなくなってからも……」

 

 そう言うミミは、あたりのもの……『作業場』にあるマイスのある意味の仕事道具を一通り眺め……そして、最後にはやはりマイスに目をとめた

 

 

「優しくて、有名で、いろんなことに精通してて、信用があって、老若男女関わらず(した)われていて、尊敬されてて、それでいて(おご)らず、人の役に立ち、沢山の人を笑顔にする…………私の……『貴族』の()()よ、『貴族』でないってこと以外は、これ以上ないくらいに、ね」

 

「……そう言われると、なんだかむず(かゆ)いかな」

 

 そうつい()らしてしまったマイスに、ミミは「私としては、胸を張って欲しいところだけど……」と呟き、肩をすくめてみせていた

 そして、ゆっくりと首を横に振った後、また話しだした

 

「でも、だからこそ、マイスの凄さがわかっていくにつれて、私は小さい(ころ)みたいに「()()」なだけじゃいられなくて……他にも(ねた)みや(ひが)み、色々混ざってきているってわかってきてた。だからそばにいたくなくなった、優しいあなたに暗い感情を持つ自分が嫌で……でも、それを(おさ)えても、そばにいたらずっと甘えてしまいそうで……そうしたら、私がシュバルツラング家に相応(ふさわ)しくない存在になってしまいそうで……」

 

「それが「我儘」……」

 

「ええ。嫌だからって理由だけで、それまでの恩……あなたが私とお母様にしてくれたことも、お母様が亡くなってから私が当主になるためのあれこれを手伝ってくれたことも……そうまでしてくれるあなたの気持ちも、全部投げ捨てた。そんなことしても、本当の成長に繋がるわけないのに」

 

「そんなこと無いと思うな。今までの話だけでも、ミミちゃんには立派な目標があるってわかるし……こうして今では一流の冒険者にまでなったんだから、無駄なんてことは絶対に無いよ!」

 

 

 

 そう断言してにこやかに笑うマイスを見て、ミミは自然と微笑んでしまっていた

 

「マイスにそこまで言われると、余計なくらい自信がついちゃうわよ。あと……色々言えて、やっとマイスの顔をちゃんと見れるようになった気がするわ」

 

「それじゃあ、「はじめまして」なのかな?」

 

 いつもの調子に戻ったマイスがそんな冗談を言ったことで、ミミは少し呆れ気味ではあるものの、その冗談に乗ってみせた

 

「それはいき過ぎ……でも……そうね、新規一転ってことで名乗らせてもらおうかしら?」

 

 ミミは一度軽く咳ばらいをし、今日一番の微笑みをマイスに向けて言った……

 

 

「シュバルツラング家当主、ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング。「シュバルツラング家」の名を、あなたの名にも負けない立派な名にしてみせます。そして……これから()よろしくお願いしますね、マイス」





 ブツ切りな感じはありますが、一応、次回に続くということで……
 でも、今後、手直しを加える可能性は大です


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4年目:マイス「嬉しい気持ちは次へと繋ぐ」

***冒険者ギルド前***

 

 

 アーランドの街。その名の通り、旧・『アーランド王国』、現・『アーランド共和国』の中心となっている街だ。ゆえに人口は最も多く、人や物が最も集まる場所でもある。

 そんなアーランドの街だけど、今日、僕が歩いてきた道は(ひと)一人(ひとり)も見当たらないほどで、人によっては不気味に思えるほどとても静かだった

 

 けど、別に何かがあったというわけでは無い。ただ単純に()()()()だけ

 季節的に一年の中でも特に日が長くなっているここ最近だけど、それでも僕が冒険者ギルドにたどり着いた時は()()()()()()()()()()くらいで、朝と言うよりもまだ夜に近いと思えるくらい、今日は「朝が早かった」のだ

 

 

 そんなに早くに街に来たのには、理由があるのだけど……それにしたって、僕でも「やってしまった」と思うくらいに()()()早く到着してしまっている。原因は、()()()行けばちょうどいい時間に着くぐらいに『青の農村』を出たのに、昨日の夜の出来事の影響で気分が高揚してて気付かないうちに足取りが軽くなってて……結果、予定の半分以下の時間で村と街の間を移動してしまっていたのだ

 

 おかげで……

 

「……うん。やっぱりまだ開いてないよね」

 

 『冒険者ギルド』の営業時間よりも早くに着いてしまうということに……おそらくあと一時間強は時間があると思う

 他所(よそ)で時間を潰す……と言っても、今は早朝。当然だけど時間が潰せるような場所もないことだろう

 

 これは、もう大人しく待っておくしかないのかもしれない。まぁ、仕方ないか……

 

 

 

「……こんな朝早くに誰かと思ったら」

 

「ん?」

 

 『冒険者ギルド』の扉にむかった状態で立っていた僕に、誰かが声をかけてきたようだったので、そちらの方へと目を向けた

 そこにいたのはクーデリアだった。何故か少し呆れたようにため息を吐きながら首を振った後、ポケットから何かを取り出しながらコッチに歩いてきた

 

「ほら、退()きなさい。開けらん無いでしょーが」

 

 そう言ったクーデリアの右手には『(かぎ)』が。どうやら、ポケットから取り出していたのは『鍵』のようだ

 

「……って、ここの鍵ってクーデリアが開けてるんだ」

 

「たまたまよ、いつもじゃないわ。……まっ、ここに勤めて結構()つからかなり色々と任されるようになってきたのも事実だけど」

 

 そんな話をしているうちにガチャリという音が聞こえ、「ほら開いた」と小さく吐き捨てる様に言ったクーデリアが『冒険者ギルド』の出入り口の扉を開いた

 

「ん、こんなとこにずっとつっ立ってるわけにもいかないでしょ? まだ時間外だけど、入んなさいよ」

 

 

―――――――――――――

 

***冒険者ギルド***

 

 

 働いている人たちや冒険者、依頼主等々の人で少なからず賑やかさがある『冒険者ギルド』だけど、今入ってきた僕とクーデリアが今日初めて入った人ってことで、普段なら考えられないくらい静まっている

 クーデリアはカウンターの向こう側まで移動し、定位置の冒険者免許の受付のほうへと移動し始めた。僕もそれに合わせて、その反対側に当たる……クーデリアの正面の位置へと歩いて行った

 

 

 そして、互いにいつもの位置に着いたあたりで、「……っで?」とクーデリアが腕を組んで少しだけ首を傾けて僕に問いかけてきた

 

「こんな朝早くからどうしたのよ……まあ、なんとなく想像はついてるんだけど」

 

「そうなの? ……というより、クーデリアこそ何かしないといけないことがあって早く来たんじゃ?」

 

「ただの当番。それに、そこまで急いでやらないといけない仕事も無いわ」

 

 「だから遠慮は必要ないわよ」と続けたクーデリアは、僕の顔をじーっと見てきた

 その視線を。話の催促(さいそく)だと判断した僕は、とりあえず事情を話すことにした

 

「えーっと……実はこんなに早くには来る予定は無くて、本当は『冒険者ギルド』のお仕事が始まるのに合わせて()ようと思ってたんだけど……色々あって凄く早くに着いちゃって」

 

「どうせ、ミミと仲直りできたーって変に舞い上がってスキップでもしてたんでしょ?」

 

 クーデリアが言ったことを聞いて、僕は驚き目を見開いてしまう。何で知ってるんだ!?

 

「わかるわよ、顔に書いてあるんだもの。もっと簡潔に言うと、今日のあんたは笑顔が三割増しって感じ」

 

「三割って何とも微妙な……けどクーデリアの言った通り、昨日の夜、ミミちゃんとちゃんと話せたんだ! 凄く久々だったから本当にうれしくて……!」

 

「ふん。ま、一応「おめでとう」とだけは言っておくわ」

 

 

  何故か一瞬だけ僕から目をそらしたクーデリアだったけど、すぐにまた僕の顔を見て、組んでいた腕の片手を自分のアゴのあたりに持っていき、ほんの少しだけ首をかしげてきた

 

 

「……で、結局あんたを避けてた原因って何だったのよ」

 

「それがね、ミミちゃん、僕が怒ってるんじゃないかって思ってたみたいで……」

 

「怒る? あんたが? そもそも怒ってるかもしれない相手に対して、悲鳴をあげて逃げたりするものなの?」

 

「クーデリアには話したことがあるけど、僕とミミちゃんが別れる時ってよくわからないまま僕がつき離された感じだったんだけど……その時とか、その前に言ったこととかを時間が経っていく中で自分を責めてたみたいで……まあそれも、ミミちゃんがひとりで思い込んじゃってた感じがあるんだけど。それでドンドン僕と顔をあわせ辛くなっていったというか、どう接したらいいかわからなくなったらしくって……」

 

「……本当にそれだけ?」

 

 疑わしいものを見る目で僕を見てくるクーデリア。そんな視線を受けながら、僕は他に何かあったかを思い出していく

 

「えっと、僕と距離をおいた理由になるんだけど……僕は大きすぎるんだって」

 

「……あんたとあの子って同じくらいの身長よね? 何? 遠回しにあたしに……」

 

「いや、そういう意味じゃなくって……自分で言うのはちょっと恥ずかしいけど、ミミちゃんにとって僕は理想の貴族に近いとかなんとか……それで、近くにいたら甘えてしまって自分がダメになってしまいそう、って」

 

 僕がそこまで言うと、さっきまでの視線は何処へ行ったのか、クーデリアは納得した様子で小さく頷きだした

 

「あーなるほど。お金にがめつい連中ならあんたに取入ろうってするでしょうけど、貴族の名にこだわってるあの子なら……。あたしは詳しくは知らないけど、家名(かめい)を広めるために冒険者にまでなったって聞くし……そんな考えを持つようなやつからすれば、確かに()()()()()目の上のたん(こぶ)でしょうね」

 

「……ミミちゃんが言ってたんだけど、僕ってそんなに有名なの?」

 

「『青の農村(あんたのとこ)』はもちろん『アーランドの街(こっち)』でも知らない人はいないわ。あとは、行商人とか商人を中心に『青の農村』って名前と商品と一緒に結構広く知れ渡ってると思うわよ。保存のきく加工品なんかはほとんどあんたが作ってるんでしょ?」

 

「ああ、そっか。野菜とかなら他の人のも出回ったりするけど、加工品のほうは僕が作ってるからなぁ」

 

「まぁ、そのあたりがどう宣伝されてるかは、あんたのところのあの赤毛の行商人に聞けばわかるんじゃないかしら?」

 

 赤毛の行商人というと……コオルのことか。確かに、外との交易とか難しい事は全部任せてるから聞けばわかるかも知れない。今度機会があったら聞いてみるのもいいかもしれない

 

 

 

 

「……そういえば、この報告をするためだけに『冒険者ギルド(ここ)』まで来たの?」

 

 クーデリアにそう聞かれたが、僕は首を振って本来の目的のほうへと話の(かじ)をきった

 

「実は、どうしてもしておきたいことがあって……ちょっと無茶苦茶(むちゃくちゃ)なお願いなんだけど、クーデリアに頼めないかな?」

 

「んなこと言われても、内容によるわよ」

 

 「で、なんなの?」と聞いてくるクーデリアに顔を近づけて、僕は少し抑えた声でお願いをしてみる

 

 

「話せるようになって()()()()()()()()()お手伝いができるから、ランクアップのための依頼を()(つくろ)ってあげたいんだ……ミミちゃん名義で依頼を受注したいんだけど、どうにかできないかな?」

 

「……本当に無茶苦茶ね」

 

 クーデリアはこれでもかと言うくらい大きなため息を吐いてきた

 けど、「しょうがないわね」と、冒険者免許の受付から、隣の依頼の受付へ移動し、僕を手招きして呼んだ

 

「今回は色々と事情があるからってことで特例。けど、わかってると思うけど、ちゃんとあの子にやらせなさいよ? 間違っても、あんたがやって、それをあの子の手柄にするのはダメよ。……マイスなら心配いらないって()()()()()()()()()()

 

「うん、その信用は絶対に裏切らない。そんなことしたら、クーデリアにもミミちゃんにも怒られちゃうし、絶対しないよ!」

 

 クーデリアは僕の言葉に「そっ」とだけ短く返して、僕に依頼書の束を渡した……

 

 

 

―――――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 僕が家に帰り着くと、リオネラさんが朝ゴハンを作ってくれていて、ミミちゃんとリオネラさんたちがお話をしていた

 どうやら、帰り着く少し前に作り終えていたらしく、僕を待っている間お話でもしよう……ということになっていたそうだ。昨日ふたり(とホロホロとアラーニャ)が帰ってきた時はギスギスしてる気がしたけど、こっちも仲直りできたみたいで僕は一安心した

 

 

 そして、朝ゴハンとその片付けを終えてから、ミミちゃんに依頼を受けてきたことを話した

 少しごねられたものの、昨日の帰りの時に『冒険者ギルド』に寄って依頼を新しく受けられなかった事を指摘すると、少し申し訳なさそうにしながら「……ありがとう」と受け取ってくれた

 

 

「それに、それを全部達成すればきっとランクアップできるくらいポイントが貯まると思うよ!」

 

「そうなの?」

 

 そう言いながら、僕が持って来た依頼書の内容を確認していくミミちゃん

 ……と、その手が止まって、僕のほうに顔を向けて目を細めてきた

 

「……マイスの依頼が混ざってない?」

 

「そんなこと無いよ?」

 

「いや、だってこれ、というか後半からは全部…………()()調()()()()じゃない!?」

 

 そう。依頼にはモンスターを討伐する『討伐依頼』の他に、採取地で採れる素材アイテムを納品する『調達依頼』、そして薬や爆弾等を調合する『調合依頼』が存在する。僕がとってきた依頼の大半がそのうちの『調合依頼』だったのだ

 

 そして、ミミちゃんが驚いている……というか、ちょっと怒り気味な理由はもちろん……

 

「調合なんて、私はできないんだけど……どうするつもりなの!?」

 

 調合というのは専門知識が欠かせないものなのだ。いきなり「やれ」と言われたところで出来るはずもない

 

 

 

「まさか、マイスがものを私が納品して……!? 言っとくけど、私はそんなこと……」

 

「もちろんさせないよ。……とりあえず、話を聞いてくれるかな?」

 

 僕がそう言うと、少し興奮気味だったミミちゃんも「……しかたないわね」と、なんとか感情を抑え込んでくれたようだった

 

 

「えっと、冒険者ランクを上げるための冒険者ポイントの中には、依頼の種類ごとの総達成数によって得られる項目があるんだよ。これまで『討伐依頼』や『調達依頼』はミミちゃんも沢山達成して来たよね? だから……」

 

 そこまで言ってわかったのだろう。ミミちゃんが僕の言おうとしたことを引き継いで言った

 

「これまでずっとやってきた二種類よりも『調合依頼』をした方がポイントは貯まりやすいってこと?」

 

「そう! 今の状況じゃあ間違いなく一番手っ取り早いよ」

 

 僕はそう言って笑いかけるけど、当のミミちゃんはまだムスッとしていた

 

「……けど、結局私が調合出来ないと意味無いじゃない」

 

 

「大丈夫! ()()()()()()()! ……というわけで、ミミちゃんは『()()()()()()』、()()()()調()()()()()()()?」

 

「はっ……?」

 

「あっ! 『薬学』っていうのは、街のお医者さんなんかが薬を処方する時に作る方法とほぼ同じやつで……『錬金術』っていうのは、見たことあるかもしれないけど『錬金釜』でぐるぐるかき混ぜるやつだよ!」

 

「えっちょ、そうじゃ…………ちょっと考えさせて」

 

 何かブツブツを呟きながら、頭を抱えて悩みだしたミミちゃん。……一体、何をそんなに悩まないといけないんだろう?

 それに、時々「トトリ」って言ってる気が……やっぱり、今回の一件はトトリちゃんとのケンカが発端だったらしいし、そのあたりで何か考えないといけないことでもあるのかな?

 

 

「……決めたわ!」

 

「うん! それで、どっちでやってみる?」

 

「私は…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

============

 

 

 その日、珍しく『青の農村』で爆発音が聞こえたという……




 実は、マイス君とミミちゃんのことでまだ拾えてないことがいくつかあるんですが……そう重要な事でもないので、後々出していく予定です


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4年目:イクセル「賑やかな団体さん」

 先週、個人的な都合により更新できず、大変申し訳ありませんでした。
 やっと一段落付いて時間が取れるようになってきたので、書く時間が確保できるようになってきました。


 それと同時に、買ったままプレイできていなかった『無双スターズ』に少しだけ触れました。ゲームの感想は……置いておいて、その中のBGMについて少々。

 というのも、『しろがねの山・序盤』『しろがねの山・メイン』『しろがねの山・終盤』というBGMがあるのですが、それが今作の原作でもある『トトリのアトリエ』のBGMのアレンジなのです。「辞典」の「サウンド」での記述によるとそれぞれ、『Green Zone -Stars Mix-』『Yellow Zone -Stars Mix-』『Red Zone -Stars Mix-』とのことです。……一箇所ツッコミたいところはありますが……原曲の雰囲気を残しつつも無双っぽくていい感じでした。ただ、どこぞの自称騎士が無双入りした時のアレンジほどの驚き・新鮮さは無かったかもというのが個人的な感想です。……あれがすご過ぎたのかもかも知れませんが……。

 でも、正直なところ、『アーランド』勢は出演していないのだから、素直に『ソフィーのアトリエ』BGMのアレンジを増やした方が良かったんじゃないかな?
 ……DLCでキャラ追加とかあるんでしょうかね? あればいいのに(願望)
 


***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。毎度おなじみ、アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコックだ。

 

 日も沈み、街中の街灯が路地の石畳を照らす『アーランドの街』。そんな夕闇の街の一角にある『サンライズ食堂(ウチ)』は、煌々と灯りをともして賑わっている。

 

 

 

 さて、今日もマイスが『サンライズ食堂(ウチ)』に来ている。ここ最近忙しかったのか中々見かけなかったんだが、どうやら一段落したみたいだ。

 ただ、それとは別に気になるところがあるんだが……。

 

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

 

 そう声が上がったのは、マイスがいるテーブルからだ。そのメンバーは……マイス、ロロナ、クーデリア。そして、フィリー、リオネラ。普段よりも大人数なため、テーブルの上の料理は大皿のものが目立つ。

 

 俺も知っている面々ではあるが……問題はその男女比だ。マイスのヤツ、知り合いとはいえよく女子四人の中に一人で堂々といれるものだと思う。

 それに、マイスは女顔っつーか童顔だから、(はた)から見る分にはそこまで違和感は無い……本人たちもそんなこと頭に無い様子で楽しそうにしている。それだけ仲が良いっていうわけだろうし、別に悪いわけじゃないんだが。

 

 まあ、マイスが女性と来ることなんてよくあることだし……そういえば、昔、『王国祭』の『武闘大会』があった時かなんかに、今と同じメンバーで「祝・ロロナ優勝」とか言ってマイスがメシを(おご)ってたなんてこともあったな。そう考えると、そこまで気にするようなことでも無いのか?

 

 

そんな事を俺が考えているうちに、御一行はグラスに口をつけ(のど)(うるお)して息をついていた。

 

 

「っぷはー! おいしー!」

 

「ロロナ。あんたらしいと言えばらしいけど、ちょっと行儀が悪いわよ」

 

「えー、そう? だっておいしいんだよ?」

 

「理由になってないわよ、それ」

 

 本当にうまそうに、そして豪快に勢い良く飲んでいるロロナに、お小言を言うクーデリア。

 

 

「こうやって、このお店でご飯食べるのもひさしぶり。なんだか少し懐かしい……」

 

「えー、そう? あっ……でも、それってリオネラちゃんが最近まで街に()なかったからじゃないかな? マイス君のところにいるってことも中々知れなかったし……」

 

「そ、そのことは……ゴメンね」

 

「ううん、いいよ。その……理由が理由だけに、私も気持ちは痛いほどわかるから……」

 

 本人が言っている通り、『サンライズ食堂(ウチ)』に来るのは久々(ひさびさ)なリオネラ。そして、リオネラの言葉に何故か苦笑いをしながら頷いているフィリー。

 この二人は、仲が良くてよっぽど気が合うのかなんなのか、俺が知っている普段の二人よりも数割増しで楽しそうに話している。……客観的に見て性格が似ている部分があるように思えるし、そういうところで意気投合しているのかもしれない。

 

 

 ……で、マイスはというと……

 

「はい、どーぞ!」

 

「あっ……マイスくん、ありがとう」

 

「フィリーさんもっ!」

 

「ありがとー。いつものことだけど、マイス君が盛り付けると、キレイだよね」

 

 そう。マイスは、テーブルの上に大皿で出ている『サラダ』を一人一人に小皿で取り分けていた。

 

 マイスが世話焼きな部分が有る事は俺も知っているからそこまで違和感なんかは無いんだが……「いつものこと」って言ってるし、マイスはいつもやっているのだろうか? いや、けど、『サンライズ食堂(ウチ)』で取り分けているのを見たことはほとんど無いんだが……別の機会、例えばマイスの家にお呼ばれでもされた時に、そういうことがあったのかもしれない。

 

「確かに、マイスってこういうことに無駄に器用よね。売るための商品とかならともかく食べるために取り分けるんだから、そんな綺麗じゃなくてもいいじゃない」

 

「無駄っていうほどじゃないと思うけど……あっ、マイス君! 私の分は多めでー!」

 

「うん、わかった! 全部取り分けてしまったわけじゃないから、おかわりもできるよ」

 

 そう言いながら取り分け終えたマイス。……よくは知らないが、最近はこういう雰囲気なことが多いんだろうか?

 

 

 やっぱり、顔見知りということもあってちょっと気になってしまうんだが……残念、とはいっても店的には嬉しい事に、新たな客が入ってきて注文もきたので、俺は仕事に集中することとなった……。

 

 

――――――――――――

 

 

 一通り注文をさばき終えて一段落したところで、再び例のテーブルのほうの様子をうかがい、その会話へと耳をかたむけてみることにした。

 

 

「へぇー……話には聞いてたし受付に来たトトリちゃんとかミミちゃんにも会ったりしてたけど、やっぱりアトリエとマイス君の家も大変だったんだね」

 

「そうだね~。トトリちゃん、(うわ)の空って感じでよく調合失敗して爆発させて……なのに私、先生なのに何もしてあげられなくて……」

 

「こっちもこっちで色々あったよ。爆発も何回かあったし……。でも、リオネラさんが手伝ったり気をきかせてくれたりしたから、そこまででもなかったかな?」

 

「そ、そんなこと……! むしろ、余計なこといっぱいしちゃって、迷惑かけて……!」

 

 

 どうやら話題の中心はトトリとミミの二人らしい。トトリはもちろんのことだが、ミミって子のほうもトトリに連れられて『サンライズ食堂(ウチ)』に来たこともあるから知らないわけじゃなかった。

 

 そして、話の内容はちょっと前からあっていた二人のケンカのことのようだった。これについても、俺は大方知っている。……というのも、アトリエから爆発音が()()()()()頻繁(ひんぱん)に聞こえて、心配になってどうしたのか様子を見に行った時に、ロロナから「誰にも言わないであげてね」とコッソリ事情を教えて貰っていたからだ。

 ……で、今のテーブルの様子からすると、色々と苦労もあったようだがどうやらケンカはどうにかなったらしい。直接関わったわけじゃない俺だったが、やはり心の何処かで一安心していた。

 

 

 ……と、俺はそんなことを考えていたんだが、テーブルのほうでは同じ会話を聞いていて何やら疑問をおぼえた人物がいたようだ。その人物……フィリーがグラスを両手で包み込むように持ったまま、首をかしげて疑問を口にした。

 

「あれっ? アトリエのほうの爆発は『錬金術』で失敗したんだってわかるけど……マイス君のほうはなんで爆発したの?」

 

 その言葉を聞いて、俺も「そういえば」と思った。そう、普通の家ではそうそう爆発なんて起きることは無い。……どうやら俺は、ロロナのアトリエが近所にあるからか、その辺りの感覚が変にズレてしまっているみたいだ。

 疑問を投げかけられたマイスはと言うと、一瞬だけ「えっ?」と何を言っているのか心底わからない、といった様子で首をかしげたが、すぐにどういうことを聞かれたかわかったようで、「ああっ、それは……」と言葉を続けた。

 

「こっちも『錬金術』の爆発だよ。ミミちゃんが依頼品の薬を作るために調合して、それで依頼分全部できるまでに結構な回数失敗しちゃって……。爆発も、最初は村の人もモンスターもすっごい驚いて慌てたりしてちょっとした騒ぎになったり」

 

「「ミミちゃんが『錬金術』を!?」」

 

 そう言って驚いていたのは、フィリーとロロナだった。『青の農村』を拠点にしているリオネラは当然のように知っているようで驚いておらず、クーデリアのほうは「でしょうね」と呟いているのでどうやら想定の範囲内だったようだ。

 

 

「うん。冒険者ポイント貯める目的で依頼を達成していくのに、薬の調合が手っ取り早いからってことで、僕が使える『薬学』か『錬金術』、そのどっちかを教えようってことで……それで、ミミちゃんが「『錬金術』がいい」って」

 

「た、たしかに、ミミちゃんが報告しにきた依頼の中に、お薬を納品する依頼があったけど……アレってミミちゃんが調合したのだったんだ……。私、てっきりマイス君が作ったものかと」

 

「ミミちゃんはそういう事は嫌いだからね。それに、ミミちゃんのためにならないから、僕もそんな事しないよー」

 

 『冒険者ギルド』で依頼の受付をしているフィリーには心当たりがあったようで、そのことをマイスに言っていたが、それに対してマイスは少し困ったように笑ってみせながら答えていた。

 

 

 ……と、そこに割り込むヤツが一人。他でもない、ロロナだ。

 

「え、ちょっ、ちょっと待ってー!? えっと、つまり……マイス君がミミちゃんの『錬金術』の先生ってこと!?」

 

「つまりも何も、そのまんまじゃない」

 

 クーデリアからのツッコミを意図的に(わざと)かはわからないがスルーしたロロナは、テーブルから乗り出すようにしてマイスのほうへと顔を寄せていく。

 そして、わざとかはわかならいのだが、リオネラがロロナを焚きつけるようなことを言った。

 

「本当に先生と生徒みたいだったよ。一から丁寧に教えて、何回失敗してもマイス君が「何が悪かったか、一緒に考えようっ!」って言って……み、ミミちゃんも、休憩してる時なんかに文句言ったりもしてたけど、マイス君のお話はちゃんと聞いて一生懸命に調合してて……」

 

 光景を思い出してなのか、それとも別の理由があるのか、微笑みながらそう言うリオネラ。

 その言葉にそれぞれ反応をしているが、マイスが「えぇ、そうかな?」と自己評価が上手くできてないこと以外は、ほぼ全員「へぇ」と意外そうな……でもどこか納得したような様子でリオネラの話を聞いている。

 

 

「う、ううー!」

 

 ……が、ここで黙っていないのはロロナだった。その理由はといえば……

 

「わたしもいろんな子に教えてきたのに……『錬金術』ができたのはトトリちゃん一人だけなのに、マイス君は……なんで~っ!? やっぱり、わたしの教え方がヘタなんだー!!」

 

 酒が入って酔払っているせいか、怒ってるのか悲しんでるのかわからないテンションでそう言うロロナ。

 ……どうやら、今日真っ先に酔い潰れるのはロロナのようだ。こういう気分的に悪い状態だと悪酔いしやすいことが多いからな。

 

「もう、泣くんじゃないわよ。ほらっ、拭いてあげるから顔をあげなさい」

 

「うー……」

 

「そ、そうだよ? もしかしたら、マイスくんが異様に教えるのが上手いってだけかもしれないし……」

 

 クーデリアが、涙が溢れてきていたロロナを慰め、そこにリオネラがフォローを入れた。そして、そのままの流れでフィリーがマイスに問いかける。

 

「っ! そうだ! マイス君が人に教える時って、何か気をつけてることとか、コツとかあったりするの? それがわかれば、ロロナちゃんが人に教える時に役立つかも!」

 

「えっ? うーん……そうだなぁ」

 

 思いつかないのだろうか?

 マイスは困ったように顔を歪めて、首をかしげだした……が、なんとか何か思いついたのだろう。マイスは顔を上げて口を開いた。

 

「気をつけるとか、コツとかとは違うかもしれないけど……」

 

「「「「しれないけど……?」」」」

 

 マイス以外の全員が、マイスの言葉を待ち…………

 

 

 

 

 

 

「成功でも失敗でも、とりあえず回数をこなすこと……かな?」

 

「……それだけ?」

 

 あっけにとられた様子で聞き返すロロナに、マイスはイイ笑顔で「うん!」と頷いている。

 

「農業でも料理でも鍛冶でも裁縫でも、難しくても簡単でも、とりあえず何回もやっていってればいつかは出来る様になるからね。教える時も同じかな? とりあえず根気。技術とか何とか言ってるよりも根気が大切だと思う」

 

「…………ランクアップって聞いて「ミミ(この子)も頑張ったんだろうな」なんて思ったけど……なんというか、よく頑張れたわね、あの子」

 

 クーデリアが行ったことはおそらく、聞き耳を立てていた俺も含め、マイス以外の話を聞いていたヤツ全員の総意だっただろう。……ついさっき、「先生と生徒みたい」と言っていたリオネラでさえ、困ったように笑ってばかりだ。

 

「根気……わたし、頑張ってたつもりだったけど、まだまだ頑張りが足りなかったのかな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

「あっ、でも、今回はちょっと違うかも? ミミちゃんが失敗しないようになったのって『錬金術』のコツを教えた後だったし……」

 

「『錬金術』のコツ? そんなのあったの?」

 

 クーデリアがそう言いながらマイスを……そしてその後、確認を取るようにロロナの方を見た。当のロロナはと言えば、思い当たる『コツ』が無かったのか、逆に思い当たるものが多すぎたのか首をひねって考え込み出している。

 

「えっと『作るものを使う相手の事を(おも)いながら調合する』ってやつ。特に薬を作る時はやりやすいんだけど、今回は見ず知らずの依頼主が相手だから逆に難しくって……でも、調合素材を一個分余分に入れて「その一個分を、冒険の時に誰かに使うって考えてみて」って言ったら、ミミちゃん、ドンドン調合失敗せずに出来るようになったんだ」

 

 

 それを聞いた俺は「それだけで、そんなに変わるものなのか?」と思い、テーブルにいるフィリーとリオネラも疑問に思っているようだったんだが……

 

 似たような経験があるのか、ロロナは頷き……でも、どこか引っかかっているような様子で、首をかたむけたままでいた。

 そして……クーデリアのヤツは「あー……」と何か納得したように笑みを浮かべていた。

 




 ……好き勝手に書きたい話を書いていたため、いつの間にか本筋からズレることが多いこと多いこと……。
 そんな事だから、『ロロナのアトリエ編』『ロロナのアトリエ・番外編』の二つを足した話数よりも多くなって、長くなってしまって……『メルルのアトリエ編』に入るのはいつだろうか。

 と、自分自身で指摘しながら時間を作って書き進め、一生懸命頑張っていこうと思います。


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4年目:トトリ「潮風が通る港」

 

 

***アランヤ村・埠頭(ふとう)***

 

 

 私の故郷『アランヤ村』は、海に面した小さな漁村なんだけど……その特徴とも言える港に私は来ていた。

 とは言っても、漁に出ていない船が()まっているような場所からは少しだけ離れた港の端っこのあたりで、漁船はほとんど泊まっていない。

 

 村の中でもはずれのあたりに位置する埠頭なんだけど、普段は獲れ過ぎて余る『コヤシイワシ』のおこぼれを狙うネコさんくらいしかいないんだけど……あっ、それと、わたしのお父さんが釣りをしてることも時々ある。お父さんが川から流れてきたロロナ先生を吊り上げたのも埠頭(この場所)だったっけ?

 

 

 そんな埠頭に来ているのには、ちゃんとした意味がある。

 

 海の沖の方へと伸びる埠頭の先のあたり……こんな場所には似合わない木製のイスに座り、木製の机に向かっている一人の人。その人は歩いてきているわたしに気がついたみたいで、顔を上げ「よう」っていった感じに軽く手をあげてきた。

 

()()()()。言われてた材料、もう一個持って来たよ」

 

「おおっ、思ったより早かったな。俺の予想じゃあ、あと一週間くらいかかると思ってたんだが……」

 

 持ってきた船の素材をお父さんの前まで持ってくると、お父さんはイスから立ち上がってこっちに来て「どれどれ……」って素材の(はし)から(はし)まで注意深く観察しだした。

 

 

 お父さんは少し前にちょっと変わった。厳密に言うと、お母さんが海に出たってことをわたしが知ったことを話して……その後、お母さんが、お母さんの乗った船がどうなったかを聞いて、わたしが「わたしにも船を造って」って頼んだ少し後……ぐらいだったと思う。

 猫背気味だった背筋はしっかりと伸び、目もこころなしか前よりもパッチリしている。言葉使いもちょっと荒々しいというか、男の人っぽい感じになって……あと、自分の事を「私」って言ってたのに「俺」って言うようになったりもした。

 

 でも、もしかしたら()()()()んじゃなくて()()()んじゃないかって、わたしは思ってる。

 だって最初はいきなりで驚いたけど、わたしは何故かあんまり違和感を感じなくて「お父さんだ」って冷静に認識できていたから。それに、おねえちゃんもお父さんの変化には何も言わなくて……あっ、でもそれはもしかしたら、わたしが船で出ていこうとすることに頭がいっぱいだっただけかも……?

 ……と、とにかく! わたしがお母さんのことを憶えてなかったのと同じで、昔のお父さんのことも忘れちゃってただけなのかもしれないってこと!

 

 

 

 集中してるお父さんの確認作業を邪魔するわけにもいかないから、わたしはなんとなくあたりを見わたした。

 

 ふと目にとまったのは、机の上に置かれている船の設計図らしき用紙。ときおり吹く潮風に飛ばされないようにと重りで抑えられている設計図(それ)には船みたいなのの他にも色々書き込まれてる。

 たぶんこれに書いてある内容の中に、船を造る条件として言われた「持ってくる船の材料」とその詳しい大きさや作り方も書かれているはずなんだけど……見てみたけど何が書いてあるのかさっぱり。昔、『錬金術』のレシピを見た時、全然わからなかったのと同じで、船のことを勉強していったら何が書いてあるか理解できる(わかる)ようになるのかな?

 

 

 

「……おう、これなら申し分無いな。この調子で次の材料も持って来てくれ」

 

「うん! ……それで、そろそそ組み立てていったりするの?」

 

 わたしは何も浮かんでいないあたりの海面をキョロキョロと見渡しながら、お父さんに聞いてみる。

 自分の用意した素材が船になっていくのは凄く興味があるから、できればこの目でちゃんと見てみたいんだけど……。

 

 けど、お父さんは首を振った。

 

「いいや、本格的な組み立てはまだ後だ」

 

「ええ~? なんで?」

 

「お前には設計図通りに材料を教えているし、お前もそれに忠実に作ってきているってことは間違いないだろう。……だが、こういうパーツに別れたものとなると、どうしてもどこかに微妙なズレができてしまっていたりするんだ。そして、大きな物ほど少しのズレが後々大きく響く……それが起きないように、計算し直したり微調整を加えるのが、今の俺の仕事なんだ」

 

「そうだったんだ……! ここでただ座ってるだけじゃなくて、そんな大事なことしてたなんて」

 

「うん……まあトトリとしては、褒めてるつもり……なのかな?」

 

「えっ?」

 

 わたし、何か変なこと言ったかな?

 

 でも、前に話した時「お母さんにも触らせなかった」って言ってたし、船造りってそういう細かいところが大事なんだろうなぁ……お母さんの場合、五月蠅(うるさ)かったから手伝わせてみたら甲板や船底を壊したっていう、根本的な問題があったらしいけど……。

 

 

 

「前に話した……あっ、そうだ!」

 

 わたしはあることを思い出して、お父さんに聞いてみることにした。

 

「お父さん! この前の、お母さんとの結婚の話……!」

 

「こらっ、バカ!? それは十年後って話だろ!? ハイ、この話はお終い!」

 

「えー……」

 

 お母さんが冒険者になった経緯とか、昔のお母さん話をしてくれるんだけど、どうしてもこの話だけはお父さんはしたがらない。わたしは凄く気になるんだけど……どうして教えてくれないんだろう?

 

 わたしがちょっと頬を膨らませてみせると、お父さんは困ったように頭をかいた。

 

「勘弁してくれ……。他のことなら話すからさ、な?」

 

 そう言われても……うーん……?

 

 

「あっ、そういえば、お母さんってマイスさんと仲が良かったっていろんな人から聞いたんだけど……どんな感じだったの?」

 

 前々からちょっとだけ気になっていた内容(こと)なんだけど、誰に聞けばいいかよくわからなかったから聞けず、そういったタイミングも無かったから、ずっと心の奥にしまっていた疑問。

 そのわたしの疑問を聞いたお父さんは、不思議そうに小さく首をかしげてきた。

 

「どんな感じって……マイス君(かれ)から聞いてないのかい?」

 

「何があったーとか、何を話したーとか、出来事は色々教えてくれたんだけど……逆に言うと()()()()()()ばっかりで、どういう感じだったかとかは全然知らなくて」

 

「ああ、なるほど」

 

「マイスさんが話してる様子からして仲が良かったのは本当みたいだけど、周りの人は「よくわからない」とか「変わった二人組」って言ってて、実際はどうだったのかなーって」

 

 わたしがそう言うと、お父さんは腕を組んで「うーん……」ってうなった。

 

「……まぁ、確かに何とも言えない感じではあったかな。とはいっても、二人が一緒にいるのを俺が見たのは、十年くらい前に彼が『アランヤ村(ここ)』に来たあの時だけだから、俺が知ってるのもほとんどギゼラ(あいつ)から聞いた話だけで(かたよ)ってる。……それでもいいか?」

 

「うんっ! 教えて、教えて!」

 

 

 

「ギゼラが彼と会ったのは、さっき話したのと同時期……つまり、十年前くらいなんだが……冒険の途中に街の近くまで行ったら面白い子に会った、っていうのがギゼラ(あいつ)が帰って来てから言ったことだ。あとは、メシが美味かっただの……モンスターと暮らしていたとか信じられない話もされたな」

 

「へぇー。でも、それってそのままのマイスさんっぽい」

 

「だな。俺は実際に『青の農村』とか彼の家に行ったことは無いが、至って事実を述べただけだと思う」

 

 頷いていたお父さんだったけど、顎に手を当てて「だがな」と続けた。

 

「問題と言うか、ちょいとわからないところがあるんだが……まあ、それは置いといて、その後の事なんだが……」

 

「えぇ……そんな言い方されると気になるんだけど」

 

「まあまあ、聞いてればおのずとわかってくるって。っで、それから少し経ってから、彼とそのお友達が『アランヤ村』に来たんだが……はたから見ても二人は凄く仲が良かったな。二人で随分と話し込んでたりと基本一緒にいたし、ギゼラが「腹減った」って言ったら彼がここで獲れた魚を使った料理をすぐさま作ったり……どっちが客なのかわからなかったな、あれは」

 

 そう聞いても、わたしは苦笑いをこぼすことしか出来なかった。

 というのも、人の家に来ても色々世話を焼いたりするマイスさんは嫌と言うほど想像するのが簡単だったから。……というか、アトリエに来た時も先生に変わってお茶を用意したりするし……きっと、マイスさんはそういう性格なんだろうなぁ……。

 

「……その後は、トトリたちと一緒に来るまで彼が『アランヤ村』に来ることはなかったな。けど、ギゼラとの付き合いはずっと続いていたみたいだったけどな」

 

「そうなの?」

 

「ああ。ギゼラ(あいつ)が冒険に出て言った時は毎回……下手すると行きと帰りに彼のところに立ち寄ってたみたいだからな。んで、その時の話を冒険譚(ぼうけんたん)の最後に話すのさ。メシの事とか、彼の近状とか……まあ、それで「農業を他人(ひと)に教えてる」とか「それが村になった」とか、そういう話も知ったわけだ」

 

 

 

 お父さんの話を聞けば聞くほどこれまで他の人たちから聞いた話と同じで、なんだか拍子抜けと言うか「やっぱりそうだったんだー」って感じで、特に驚きもしなかった。

 ということは、二人の関係ってみんなが言ってたようにただの仲良し……お友達ってことなのかな?

 

「……あれ? でも、お父さんは変なところがあるって言ってたような……?」

 

「あー……さっき()()は言ったが、やっぱり直接あの様子を見たことが無いとわからないものかもな。なんつーか、()()()()()()()()()

 

 お父さんはそう言ったんだけど……わたしはつい首をかしげてしまう。

 

「仲が良い、って。でも、マイスさんと仲が悪い人なんてほとんど見たことが無いし……それくらいが普通なんじゃないの?」

 

「いやまあ、ギゼラも彼もそんな人見知りをするようなヤツじゃないし、むしろ社交的だけどだな。でもなぁ……『アランヤ村(うち)』に来た時だって、これまでに一回しか会って無いはずなのに、まるで長年の付き合いがあるみたいに仲が良くてだな……」

 

「……嫉妬?」

 

「イヤ違う、断じて違うぞ? 確かに、お土産として彼から貰った物を持って帰ってたりしてて、いつだったか、ギゼラが珍しく小洒落(こじゃれ)たネックレスをつけてたことがあって「これ? マイスのヤツがプレゼントってくれたんだよ」とかおかしそうに笑ってた事もあった……だがな、相手はツェツィよりほんの少し年上なだけの子供だからそんな気にすることじゃ……」

 

 

 そうこころなしか早口で言い放つお父さんだったけど、ふと口を止めて首を振った。

 突然のことでどうしたのかと思ったんだけど、わたしが何か言うよりも先に、お父さんはため息をついて再び口を開いた。

 

「それに、怪しい……というか、一番気になってる部分は明確にわかってるんだ」

 

「……?」

 

「初めて会った日のこと……ギゼラは「どんな話をした」とかそういうことは一度も話さなかったんだ。マイスがどんな感じの子だったとか、どういうところだったとか、メシはどんなのだったかは聞き飽きるほど聞いたってのにな。他の日だとどんな話をしたかは聞かなくても話してきたのに、初日の話だけは聞いてもいつもはぐらかされたな」

 

「ええ? でも、なんでそんなに隠すのかな?」

 

「さあな。ただ、それがきっと仲が良過ぎることにつながってると思うんだが……」

 

 「さっぱりだ」と肩をすくめるお父さん。……わたしも同じような気持ちかもしれない。

 

 

 

「……まあ、俺が話せるのはこのくらいかな? 参考になったかはわからないが……」

 

「うーん? 仲が良かったのは間違いないんだろうけど……でも、なんだかよくわからない感じもするし……?」

 

 他の人たちが何を見たり聞いたりしたかは知らないけど、もしかしたら今の私みたいになんとなくの違和感のような物を感じたのかも? だから、二人の関係を「よくわからない」とか「変わってる」って言ってたのかもしれない。

 

 

 

 

「他にあの二人のことで話せるようなことはあったかな?」

 

 何か思い出そうとしているお父さんを見ながら、わたしも何か聞きたいことが無いか考えてみた。

 二人のこと…………お母さん……と……マイスさん…………

 

 

「あっ」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「いや、でも……聞いても大丈夫かな?」

 

「聞きたくないってなら止めないが……まあ、こないだの結婚の話とか以外なら、答えるぜ?」

 

「えっと、じゃあ……」

 

 いろんな意味で心配だけど……わたしは意を決して、お父さんに問いかけてみることにした。

 

 

 

「お父さんは、お母さんがマイスさんにしてた借金のことって知ってる?」

 

「…………なに?」

 

「あっ、知らないんならいいんだけど……」

 

 わたしがそう言って早々に話を終わらせようとしたんだけど、お父さんが首を勢い良くブンブンと振ってそれを止めた。

 

「いやいや、よくないだろ。……で、何なんだそれは。あれか? ギゼラがまた何かやらかしたのか?」

 

「また、って……やらかしたというか、やらかした処理というか…………橋とか遺跡とか、お母さんが壊したものを修復(しゅうふく)する費用とかを、マイスさんが肩代わりでずっと国に払ってたっていう」

 

 そこまで言ったところで、お父さんの目つきがいつも以上に……船で海に出てお母さんを探しに行くって言ったわたしに本気か聞いた時と同じかそれ以上に……真剣なものになっていることに気がついた。

 

「…………いくらとか……額はわかるか?」

 

「……八桁(はちけた)くらい」

 

 

 

 

 

「……今から造る船、何(せき)……いや、何十隻分だろうな。はははははっ……」

 

「気持ちは凄くわかるけど、怖いからそんな目で海を見つめて笑わないで……」

 

「んなこと言っても、そんな金額払わせといて何も無しってわけにはいかないだろ? だからと言って何とかできるわけじゃないし……笑いたくもなるさ……はぁ」

 

 

 大きなため息を吐いたお父さんに、わたしは改めて「大丈夫だよ」と言ってみせる。

 

「お母さんがちゃんと理解してたかは微妙だけど、いちおうは話は通ってたみたいだし……それに、直接マイスさんと話したんだけど、「好きでやってる事だから気にしないで」って」

 

「いやいやいや。気にしないとかいう額じゃないだろ? そんな金額を放り投げて、いったいあの子はどういった生活してるんだ」

 

「えっと、お金が貯まる一方で困ってるみたい」

 

「……農業ってそんなに儲かるものなのか?」

 

「わたしもそう思って『青の農村』の人に聞いたんだけど、マイスさんが異常なだけだって」

 

 お父さんの顔はピシリと固まった……と思ったら、ゆっくりと柔らかい笑みを浮かべた。

 

「……トトリ。このことはツェツィに話したか?」

 

「ううん。……なんていうか、話したらダメな気がして……」

 

「だよなぁ。ツェツィは良い子なんだが……その責任感が逆に(あだ)になる。その場で倒れたり、胃に穴が開いたりしそうだ」

 

「うん……」

 

 (そろ)って「うんうん」と(うなず)くわたしとお父さん。

 こうして、この話はわたしたちふたりの心の中にしまわれることとなった……。

 

 

 

 

 

「……でも、本当にいいのか?」

 

「大丈夫だよ、マイスさん本人が言ってたわけだし。それに……マイスさんって何でもできる代わりに金銭感覚とか一般常識とか投げ捨てちゃってる人だから」

 

 

――――――――――――

 

***??????***

 

 

「ヘクション……!」

 

 

「オイオイ、大丈夫かよ」

「風邪かしら?」

 

「マイスくん、だ、大丈夫? 今日は休んでたほうがいいんじゃ……」

 

 

「うーん? そんな感じじゃないんだけど……一応『カゼグスリ』飲んでおこうかな?」

 



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4年目:マイス「ゆっくりのんびり、そして準備」


 『ソフィーのアトリエ』キャラが参戦している『無双スターズ』ですが、その中で別々の作品の記憶喪失キャラ三人のイベントがあるのですが……その中でのとある一コマが印象に残っています。

「それにしても、三人とも記憶が欠けているとは妙な偶然ですね」
「なかなか高い確率ですね。記憶喪失はごく一般的な現象だと理解しました」
「いや、それは違うと思うが……」

 歴代主人公がそろって記憶喪失なRFって……。
 一人、例外の人もいますけども。


 

 

 前にミミちゃんやクーデリアから聞いていた「マイス(ぼく)は有名」っていう話を、ついこのあいだふと思い出して、そんなに名前が知れ渡るほどのものなのか、その辺りに着いて知って良そうなコオルに聞いてみた。

 

 その時のコオルの反応はと言うと……

 

「えっ、今更かよ……」

 

 呆れを通り越して、引いていた……気がするけど、気のせいであってほしい。

 

 

 コオル(いわ)く、初めてウチに来る商人のうち一割が「たまたま立ち寄った」、もう一割が「街の近くだったから」、残りの八割が「マイスもしくは『青の農村』の噂を聞いて」という内訳らしい。中でも村長……つまりは僕にわざわざ挨拶しき来てくれるような人はほぼ僕の名前を知っている人たちだったらしい。

 思い出してみると、最近はそれほどではないものの一時期は本当毎日のように、時には一日に何人も挨拶に来ていたことも確かにあった。……アレって、有名だったからとか、そういう理由だったんだ……。

 

 ただ、どうも僕の有名さは(かたよ)っているらしく、直接的に関わりのある『アーランドの街』の人たちや商人たち以外にはよくて「名前は聞いたことがある」程度らしい。

 だからと言って、他所から来た商人は詳しく知っているというわけではない。だって、挨拶に来た人たちの大半が僕に会って子供だと思ったり、信じなかったりしていたから……きっと僕が出荷したものを手にした商人さんから話を聞いて「これは『青の農村』のマイスっていう村長さんが作ったのか! とても凄い人に違いない!」くらいしか知らなかったに違いない。

 

 

 ……でも、それってそんなに有名じゃないってことなんじゃ……?

 

 そう思ったのだけど、コオルは「商人の情報網を舐めちゃいけないぜ?」と不敵に笑ってくるだけだった。……つまりは「商品と名前だけが広がってる」というこのとなのかな?

 

 ……とりあえず、僕の噂に変な尾ひれがついていないことだけ祈ることにした。

 

 

――――――――――――

 

***ロウとティファの雑貨店***

 

 

「……ということがあってー」

 

「あらあら~。マイスくんらしいけど……でも、もっと自分に自信を持ってもいいのよー?」

 

「あははっ、そう言われても実感がないもので……」

 

 そんな先日の出来事を、いつも通りにカウンター()しに僕と話しているのはティファナさん。昔から何かとお世話になっている人だ。

 ……まあ、ある状況に遭遇した場合、僕のほうが「お世話」というか「対処」をしているのだけど……それを除けば、本当にお世話になっている。

 

 

 昔のように毎日ではないものの、僕は定期的に街へと行っている。

 その理由は、僕のところから商品を(おろ)しているお店や『冒険者ギルド』といった施設の様子……それと、そこにいるみんなに会いに行くため。もちろん、他に外せない用事なんかがあった場合、行くことはできないんだけど……それでも、定期的に街を散策している。

 

 ティファナさんのお店も例外ではなく、ある時期からお店に置いてもらうようになった調合品や加工品の補充・現状確認をしに行くんだけど……いつの間にか、こうした世間話などといった談話になって、何かきっかけがあるまでついつい長居してしまうこともしばしばある。

 

 

 

 そして、今日もそんな日……というわけだ。色々と確認を終えた後に、悠々と雑談を楽しんでいる。

 

 

「お店に置いてある商品の中でも、マイスくんが卸してくれてる物は人気商品よー? それ目当てで来るお客さんもいるわ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。ほら、あそこにいる人たちもマイスくんのとこの商品をよく買って行ってくれてるのよ」

 

 そう言ってティファナさんが目をやったほうへ、僕もその視線を追った。その先には、商品が置かれている中でも店内の端のほう、そこにたむろっていた三人の男性……ティファナさんのお店でよく見かける常連さんたちだった。

 

 その常連さん三人は、ティファナさんから急に視線を向けられたからか少し(あわ)てた様子で壁際の棚の商品のほうを向き、わざとらしい(せき)ばらいをしたりしていた。

 まるで、何かしていたのを隠そうとしているような……って、あの人たちが落ち着きが無いのはいつものことか。

 店内にティファナさんがいなかったら三人で何かを話し合って、ティファナさんが奥から出てきたら出てきたでワイワイ嬉しそうにして、僕がティファナさんと話してる時もこっちをチラチラ見ては何か言ってるし……あの人たちが静かなところはあんまり覚えが無かった。だから、今、なんだか変なのもいつものことというだけかもしれない。

 

 

 「でも、待てよ?」と僕は首をかしげる。

 

 ティファナさんは、あの人たちがウチから卸している商品を買ってるって言ってたけど……卸している商品の中に、あの人たちが何度も買うようなものがあっただろうか?

 

「えっと、ティファナさん? あの人たちって具体的にはどんなものを買って行くんですか?」

 

「マイスくんが昔から卸してくれてるお花よ。誰かへのプレゼントか何かじゃないかしら? 後は、簡単な傷薬とか栄養ドリンクを時々……」

 

「お花はともかく、薬のほうは意外ですね。てっきり冒険者の人たちが買って行ってるのかと思ってました」

 

 あの人たちは冒険者じゃなくて、街の中で仕事をしている人だと思うんだけど……それだとモンスターなんかに襲われたりしないだろうから、傷薬なんて何度も買うほどいらないと思うんだけど……?

 ティファナさんも僕と同じ考えを持っていたようで、頬に片手を当てて頷いてきた。

 

「そうなのよー。もしかしたら、何か危ない事でもして怪我しちゃったんじゃないかって、私もちょっと心配なの。でも、聞くのも何だか悪い気もするし……」

 

 

「てぃ、ティファナちゃんが私達の心配を……!? 感無量だ!!」

「ああっ……! その慈悲深さがティファナちゃんの美しさをより引き出してる!」

「でも、カミさんとのケンカで出来た怪我だから言い辛い……」

 

 

 そんな常連さんたちの声が、僕の耳に(かろ)うじて入ってきた。何というか、いつも通りなようだ。

 ……でも、「かみ」さんって誰なんだろう? 街って広いし人も多いから僕の知らない人がいて当然だんだけど……なんというか、このあたりでは聞かないような変わった名前な気がする。

 

 僕とは違い、ティファナさんには常連さんたちの声は聞こえていなかったようで「あっ、でもね」と、先程までの話からちょっとだけズレた内容の話を切りだしてきた。

 

「もちろん、冒険者の人たちもマイスくんのお薬を買いに来てるわ。それにリピーターも多いのよ。きっと、どれもマイスくんが安く卸してくれるから、うちでもお手ごろな値段で出せてお客さんも手が出しやすいからなんだと思うわ~」

 

「あはは、このお店の売り上げの手助けが少しでもできているなら嬉しいです!」

 

「うふふっ……やっぱりマイスくんは謙虚(けんきょ)ね。「少し」なんてものじゃなくて「たくさん」助かってるわ」

 

 

 とっても優しい微笑みを浮かべたティファナさんは、そう言いながら僕の頭を撫でてきた。

 

「あのー……僕ももうそんな子供じゃない、いい歳になってるんで、ちょっと……」

 

「あらあら~……でも、もうちょっとだけ」

 

 そんな綺麗な笑顔で言われると無理矢理振り払う気も()がれてしまい、もうなすがままにされるしかなかった。

 

 

 

「まただ!! また彼はティファナちゃんに撫でられている!!」

「やっぱり撫でやすい身長がポイントなのか? くっそう! この平凡な身長が憎い!」

「身長を小さくする方法は……いや! 子供になる、若返る薬は無いのか!?」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 ひとしきりティファナさんに撫でられ……撫でられ……なで…………。

 

 ……さ、さすがにそろそろ止めてもらいたいかなー?

 

 

 そう思って、改めてティファナさんに声をかけようとしたんだけど……僕が声を出すより先に、来客を告げる店の扉に着いているベルの音がカランコロンと鳴った。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 そう言いながらティファナさんはゆっくりと撫でていた手を僕から離した。

 ようやく解放された僕は、ちょっとだけ(かみ)が乱れていないか気にして手で整えつつ、振り向くようにしてお店の入り口のほうへと目を向けた。

 そこにいたのは……。

 

 

「あっ、ミミちゃん! こんにちは!」

 

「えっ、あ、こんにちは……じゃなくて!?」

 

 僕の挨拶に頭を軽く下げて応えようとしていたミミちゃんだったけど、クワッっと目を見開きながら下げかけていた顔を上げて、声をはりあげてきた。

 

「何? 何してたのよ? 何か変なものを……いや、むしろ自然過ぎておかし過ぎるものを見た気がするんだけど……?」

 

「何って言われても……」

 

「ただ撫でてただけよー? ほら、こんな風に……」

 

 そう言って再び僕の頭に手を乗せて撫でてくるティファナさん。さっきまでとの違いは、僕が入り口のほうを向いているために後ろから撫でる形になったことくらいだろう。

 

 その様子を見たミミちゃんは、一瞬だけ固まった後、大きなため息を吐きながら肩を落とした。

 

「……貴方(あなた)、仮にも()()『青の農村』の村長なんだから、いい加減子供扱いされるのからは卒業しなさいよ……」

 

「あははははっ。僕もそう思うんだけど、どうしようもないというか……それに、ティファナさんからは前からずっとされてるから、なんというかあらがえないというか……」

 

「もうっ……マイスって本当に良くも悪くも変わらないわね」

 

 そう言ってはまたため息を吐いて首を振った。……けど、ほんの少しだけ口元が笑っているような……でも、十中八九呆れて笑ってるんだろうなぁ、あれは。

 

 

「それで、ミミちゃんは何か買い物に来たの?」

 

 何とも言えない空気をどうにかしたく、僕がそうミミちゃんに話を振ってみることにした。すると、ミミちゃんは「まあ、そんなところよ」と返してきた。

 

「ちょっと冒険に必要な物のストックを補充しに来たの。最低限の自分の分くらい自分で用意してなきゃ、やっていけないでしょ」

 

「なるほどね。……って、あれ? もしかして、これからトトリちゃんたちと冒険なの?」

 

 「そうなんじゃないかな?」と思って聞いてみたんだけど、どうやら僕の予想は外れたみたいで、ミミちゃんは首を振った。

 

「トトリは村に船の材料を届けに行ってるわ。「最後のー!」なんて言ってたし、じきに船も完成するだろうからってことで、()()()のために準備してるってわけ」

 

「へぇ! 半年も経ってないのに、もうそこまで! トトリちゃんは凄いなぁ」

 

「そうね。正直、私も驚いてるわ。でも、それは材料の調合素材集めをマイスが手伝ったからってことも大きいと思うけど?」

 

「それを言ったら、ミミちゃんだって…………ん?」

 

 話の途中、()()()()()を感じたため、僕は口にしかけていた言葉を途中で止めて振り返った。

 

 

 

 振り返った先にいたのは、当然と言えば当然だけどティファナさんだった。

 ただ、さっきまでと違うのは、僕とミミちゃんをジィーっと見つめ、何故か少しだけ眉をひそめて首をかしげていることだ。……何か気になることでもあったのかな?

 

「あの、どうかしましたか?」

 

 僕が問いかけてみると、ティファナさんは「うーん……ちょっと、ね」と首をかしげたまま返してくる。

 

「そのね、本当に大したことじゃないかもしれないんだけど……この前はマイスくんのことを「マイスさん」って呼んでた気がするんだけど、今日は「マイス」って呼んでるなぁって思って」

 

「んなっ!?」

 

 ティファナさんの言葉に、僕よりもミミちゃんが凄く反応した。

 そしてティファナさんはというと、そのままミミちゃんに問いかける様に言葉を続けてた。

 

「ほらぁ。かなり前だけど、お薬の説明をした時に「これもマイスさんが……」って言ってたじゃない? でも今日は違うから……何かあったのかなーって」

 

「別にそういうわけじゃないわよ……! あれは、その、呼び捨てなんて失礼で出来ないし、他人(ひと)に言う時だって……でも、この人があいかわらずマイペースで変わらな過ぎてついこっちも昔みたいになるっていうか、染みついててつい素が出ちゃうっていうか……!」

 

 ……何故かミミちゃんがもの凄く早口なんだけど、一応は聞き取れたのでなんとか理解することができた。

 

 

 思い返してみれば、ミミちゃんの僕の呼び方は一転二転している。

 まず、出会ってすぐの頃は「マイスさん」と呼んでいた。そして、僕が何度もシュヴァルツラング家を訪れていくうちにいつの間にか「マイス」って呼ぶようになって。でも、会えなかった時期を超えて最近に会った際には最初の頃のように「マイスさん」って呼んできて……で、本当にここ最近でまた「マイス」って呼ばれるようになった。

 ミミちゃんが考えていることが完全にわかるわけじゃないけど……この前の話とかと合わせて考えると、会えなかった時期にミミちゃんは色々考えて僕に「さん」を付けて呼ぶようにしたのかもしれない。

 

 結局は昔みたいにまた「マイス」って呼んでくれるようになったんだけどね。

 最近では口調も随分と(くだ)けてきて、昔のたどたどしい丁寧語で話すミミちゃんを知っている僕としては逆に違和感を覚える部分もあるけど、これが今のミミちゃんということだろう。

 

 

 

「って、私は本人(マイス)の前で何言ってるのよ!? バカみたいじゃない!!」

 

 そう言ったかと思うと、ミミちゃんは声にならない叫びをあげて、ついさっき入ってきた扉から店の外へと飛び出していってしまった。

 

 

「……あら? 買い物に来たんじゃなかったのかしら……?」

 

「あは、あはははは……」

 

 ……これは、今すぐ追いかけるべきなのか? それとも、冒険に必要そうな道具を一式僕の方で用意して持っていってあげるべきか?

 

 つい苦笑いを浮かべてしまいながらも、僕はそんな事を考えた。

 

 

 

 それにしても、もう船の材料は全て集まったのか。そうなると、僕も色々と準備しなきゃいけないね……。

 





 さて。
 やっと、ようやく、船完成! ストーリーが進みます!
 ……マイス君、何か協力できたかな?


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4年目:トトリ「完成!」

 やっとここまできました。
 今回は一部原作中にあるイベントなのですが、原作とは状況・セリフ等を変更している部分があります。ご了承ください。


***アランヤ村・トトリのアトリエ***

 

 

「んー、ふわぁ……」

 

 朝日が昇ってきて、窓から差し込んできた光を感じながら、わたしは重いまぶたを開ける。

 ()()()()()()で上体を起こし、両手を頭の上まであげて伸びをする。……そうすると、つい欠伸(あくび)も一緒に漏れてしまっていた。

 

「……ん。またここで寝ちゃってた」

 

 先生のアトリエにはベッドが無いからソファーで寝させてもらってるんだけど、そっちでの生活が習慣として身に染みついてしまっているため、いつからか、自分の家(こっち)でもソファーで寝るようになってしまっていた。部屋にある大きなベッドはほとんど使う機会が無くて、ちむちゃんたちを連れてきた時の遊び場(けん)寝床になっている。

 ……でも、ちむちゃんたちと一緒に寝たい時には、わたしもベッドに一緒に寝転ぶんだけどね。逆に言うと、そんな時くらいにしか使わないかな?

 

 それに、今回はちむちゃんたちは連れてきていない。

 その理由は、こっちにそんなに長く滞在する予定じゃないとか、本格的な調合をする予定も無いとか、色々。そもそも、わたしがここにいる理由がそのまま一番大きな理由になるんだけど……。

 ちむちゃんがいないのを残念がったのはおねえちゃんだった。おねえちゃん、ちむちゃんたちのこと大好きなんだよね……ちむちゃんたちを初めて連れてきた頃から凄く可愛がってたし、「トトリちゃんだけズルい! 私もこの子たち欲しい!」って言うくらい好きみたいだったし。

 

 

 そんなことを思い出しながら、まだちょっと眠くて閉じてしまいそうなまぶたを(こす)りつつ、わたしはアトリエから移動した……。

 

 

――――――――――――

 

***ヘルモルト家***

 

 

 アトリエから隣の部屋に移動すると、そこには広いスペースにイスとテーブルが一式。その奥に見えるキッチンスペースには朝ごはんの用意をしているおねえちゃんの背中が見えた。

 

「おねえちゃん、おはよー……」

 

「あら。おはよう、トトリちゃん。もうすぐできるから、ちょっと待っててね」

 

「んー、わかったー……」

 

 料理を作りながらこっちを振り返って言うおねえちゃんに返事をしつつ、わたしはテーブルそばにあるイスのうちの一つに座る。

 先生のアトリエ(むこう)ではごはんの用意とかも自分でするんだけど、うちに帰ってくるとついついおねえちゃんに甘えてしまう。でも……ちょっとくらい良いよね?

 

 

「……あれ?」

 

 イスに座って、料理を作ってるおねえちゃんの後ろ姿をボーっと(なが)めてたんだけど、ふとあることに気がついて首をかしげる。

 

 お父さんが()()()()()()()とか()()()()()とかじゃなくて、()()()

 といっても、船造りをしだしてからのお父さんの存在感は強過ぎるくらいだから、最近じゃあ見えなかったり気づけなかったりすることのほうが珍しくなってきてるんだけど……。

 

 けど、こんな朝の時間にこの部屋にいないなんてことはこれまでに無かったから、どうかしたのか気になってしまう。……まさかとは思うけど、寝坊なんてことは無いよね?

 

「おねえちゃん。お父さんは?」

 

「お父さんなら港よ。私が起きた時にはもう家を出る準備してて「飯時には戻ってくる」って言って、行っちゃったわ」

 

「えっ? そんな朝早くから?」

 

 おねえちゃんが起きる時間っていったら、お日様が登り始めるころだったはずだ。そんな時間からお父さんは出ていったのかな?

 

「そうなのよ。このあいだから「大詰めだー」なんて言ってやる気満々だったし、船造りの続きがしたくてしたくてたまらなかったんじゃないかしら?」

 

「そ、そうなのかな? なんだか子供みたいかも……」

 

「んー……そう、見えなくもないのかしら? とにかく、もうそろそろ一旦(いったん)戻ってくるころだと思うわ」

 

 

 おねえちゃんがそう言ったのをまるで見計らったかのように、玄関の扉がゆっくりと開いた。

 

「ふぅ、いい仕事してきたぜ。……おっ、トトリ、起きてたか」

 

「おはよう、お父さん」

 

「おかえりなさい。トトリちゃんはついさっき起きてきたところよ」

 

 おねえちゃんの言葉にお父さんは「そうか」とにこやかに返事をしていた。

 

 

 

 わたしはお父さんをジーッと見つめる。そうしていると、イスに座ったお父さんが気付いてくれたみたいで、ちょっと驚いたようにほんの少し目を見開いた。

 

「どうしたんだ、トトリ? 俺の顔なんかジッと見て……何か付いてるか?」

 

「ううん。そうじゃなくって……船、どれくらいできたのかなーって思って」

 

 そう、わたしが今回『アランヤ村』でゆっくりと滞在している最大の理由が、言われていた全ての素材を集め終えて本格的に始まった造船……その船の完成をいち早く知るためだったりするのだ。

 だいたいの完成予定日を聞いておいてその日に来るっていうのでももちろん問題は無かったんだけど、なんとなく出来たその時に『アランヤ村(ここ)』にいたかった……そんなちょっとした理由だ。

 

 

 そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、お父さんはちょっとわたしの方に顔を近寄せつつニヤニヤしてきた。

 

「おっ、気になるか? 気になるよなぁ?」

 

「むぅ。気になるから聞いてるのに……」

 

「悪い悪い。つい、気分が高揚しちまってな」

 

 もったいぶるようにして一人で愉快そうに笑うお父さんにわたしは頬を膨らませ、ちょっとだけ睨みつけてみた……けど、あんまり効果は無かったみたいで、お父さんは変わった様子も無く笑ったまま。

 

 

 

「いやぁ、実はな。今さっき完成したところだ」

 

「えっ……」

 

「本当は昨日のうちに完成させてしまいたかったんだが、思っていたよりも早く日が落ちてな。……で、今朝、最後の仕上げをしてきたってわけだ」

 

 

 

 

「ええーーーっ!」

 

 思わず大声をあげてしまってた。別に、知らないうちに完成していたことにおどろいているとか、そういうことじゃ……全く無いわけじゃないけど、どちらかと言えばただ単純に船の完成が嬉しいってだけ。

 

「本当!? 本当に船、できたの!?」

 

「嘘なんて言うものか。なんなら今から見に行くか? トトリが想像してるよりも立派で腰抜かすと思うぜ?」

 

「うん、行く! ねぇ! 早く行こうよ!」

 

 嬉しくて嬉しくて、ついつい跳び跳ねる様にしてイスから立ち上がってしまう。お父さんのほうももったいぶろうとしていたくせにお父さんも見せたくて仕方ないのか、わたしと同じくらいの勢いでイスから立ち上がってた。

 

 けど……

 

 

「その前に、朝ごはんをちゃんと食べてからね?」

 

「「はい」」

 

 おねえちゃんがテーブルにお皿を置く音と同時に、わたしとお父さんも再びイスに座った。

 

 

 

 

 

 

「そっか……できた、のね…………」

 

「えっ? おねえちゃん、何か言った?」

 

「……早く行きたいからって、よく噛んで食べないとダメよ、って。ね?」

 

「……? うん、わかったー」

 

 

 

――――――――――――

 

***アランヤ村・埠頭(ふとう)***

 

 

 

「わぁ…………!!」

 

 朝ごはんを食べ終えてから、お父さんとそろって飛び出すように港へと向かったわたしだったけど、港に入るちょっと前くらいからいつもは見えない大きなマストが見え始めていて、より一層早足になって……ほとんど全速力くらいの速さでその船のそばまで行っていた。

 

「できたんだ……本当にできたんだ! わたしの船! お父さん、ありがとう!!」

 

「なに、トトリのがんばりのおかげさ。お前が文句のつけようの無い一流の素材を集めてきてくれたからできた船だ。同じくらいのもんを造れって言われても二度とできるかわからねぇほどの出来さ。これ以上の船は無いってくらいにさ」

 

 そう言って、わたしと並んで船を見つめるお父さん。

 確かに、お父さんの言う通り……船の事がよくわからないわたしでも一目でわかるくらいに立派な船だ。そんな船にわたしが乗るなんて……!

 

「……って、喜んでる場合じゃない!? お母さん! お母さんを探しに行ってあげないと!!」

 

「おいおい。まだ、船の動かし方も教えてないだろう? あと、航海に必要な物も用意できてるのか?」

 

「あっ……! お父さん! 早く教えてよー!」

 

(あわ)てるなって。これだけ待たせたんだ、もう少しくらい待ってくれるさ」

 

 そう言ってお父さんは、わたしの頭を撫でてきた。

 

 

 

「ほら、まずは荷物の準備だ。必要な物を教えておくから、それを(そろ)えるぞ」

 

「わかった!」

 

 

 わたしは準備のために、来た道を駆け足ですぐさま引き返す。

 駆け出してからすぐ、振り返って(いま)だに埠頭の船のそばにいるお父さんに向かって大声で呼びかける。

 

「お父さん、早くー!」

 

 その声はちゃんと聞こえたみたいで、お父さんはこっちに手を振ってきた。それを確認してから、わたしはまた駆け出した。

 

 

 

 

 

「……頼んだぜ。俺が精魂(せいこん)込めて造ってやったんだ。何があってもトトリ(あいつ)のこと守ってやってくれよ」

 

 

 

――――――――――――

 

***アランヤ村・広場***

 

 

「もうっ! お父さん、ちゃんと走ってきてるかなー?」

 

 港から村に入ってすぐの広場まで来たところで、わたしは立ち止まってもう一度振り返った。

 ……お父さん、まだ見えてこないってことは、ゆっくり歩いてきてるんじゃないかな?

 

 

 

「トトリちゃーん!」

 

 そう声をかけられて、反射的にそっちを向いた。

 ……というか、この声って……

 

「先生! ……あれ? 街にいるはずなのに、どうしてこんなところに?」

 

「どうしてって、『トラベルゲート』で来たからだけど?」

 

「いや、そういうことじゃなくて……」

 

 『トラベルゲート』は、一度行ったことのある場所に一瞬で移動できる便利な『錬金術』の道具(アイテム)だ。ちょっと前にわたしも調合したからよく知っている。

 ……って、わたしが聞きたいのは「何かの用があって『アランヤ村』に来たのか」って事なんだけど……。

 

 

「私がトトリちゃんに会いたかったから!……あと、もうそろそろ船が完成する頃だろうからってことで、伝言を頼まれて来たの」

 

「伝言?」

 

「うん。「何か必要な物があったらコッチで用意するから、遠慮しないで言いに来てね」って、()()()()から」

 

 何日も航海することになるだろうから、お父さんも言っていたように出港する前に荷物をしっかりと用意をしておかないといけないだろう。そして、色々な物を買い揃えようとすると、必要なお金は結構な額になるはず……そう言う時に協力してくれる人がいるのは凄く助かる。けど……。

 

「ありがたい……ですけど、申し訳ないというか、これ以上はというか……」

 

「アハハ……うん。トトリちゃんの気持ちもわかるよ」

 

 前にお母さんの借金の件をそばで見ていたからか、ロロナ先生は苦笑いをしながら頷いてくれた。

 

 

 でも、何か他に思うことがあるみたいで、ロロナ先生は「うーん」とちょっと悩むような仕草をした後、私へ向いて言った。

 

「ねぇ、トトリちゃん。マイス君に食料とか荷物のことを頼る代わりに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「えっ? マイスさんって強いですし、それはむしろお願いしたいくらいなんですけど……大丈夫なんでしょうか?」

 

 わたしが気になるのは、お母さんを探しに行く冒険の期間の不透明な長さだ。ほぼ未開の、前人未踏と言っても過言じゃないような海の旅。安全性はもちろんだけど、海が何処まで続いているのか、本当に終点があるのかも不明な冒険になりかねない。

 そんなこれまでの冒険以上に不安要素のある冒険につき合わせてしまっていいのか躊躇いがある。長期間、マイスさんが『青の農村』を離れれば、マイスさん本人はもちろん村にも大きな損害が出ることは間違いないはず……。そこにわたしは不安()あった。

 

 そうわたしは思ったんだけど、先生は首を振ってきた。

 

「ううん。マイス君の事情はわたしもわからないけど……だけど、マイス君はギゼラさんを探したいんだと思う。きっと、それをいろんな理由で我慢してる」

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

「ついこの前、ステルクさんが言ってたの。マイス君、何年か前から船に関する本を買いあさってたって。それがもしかしたらギゼラさんの行先を知ってて、調べたり、勉強したりしてたんじゃないかって……でも、船を造ってくれる人がいなかったのか、別の理由があったからか、何かしたくても何もできなかったんじゃないかな?」

 

 そう言った先生は「だから、ね」と続けて言った。

 

「わたしが言うのはなんだかおかしいかもしれないけど、マイス君の背中を押してあげたいんだ。きっとトトリちゃんやトトリちゃんのお姉さんとお父さんと同じくらい、マイス君もギゼラさんのことが大好きで……心配してると思うから」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 そう先生に言われて……()()()。その前から、わたしの答えは決まっていた。

 




 ……そういえば、ジーノ君強化イベント完全に忘れていたなーと思う今日この頃。
 そもそも、ジーノ君の出番が少ないって言うのもあるんだけど……。


 次回、出航……の予定です。


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4年目:マイス「出発! ……その前に」


 投稿、遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
 遅くなった理由は色々とありますが、主に、新年度になってからの生活リズムの変化が大きく関わっています。同じ理由で、最近は感想への返信時間にも変化が有ったりするんですが……。


 そして、内容はグダグダだという……がんばらなければ。


 

 

***アランヤ村・埠頭***

 

 

 空も、海も青く澄み渡り、正に出港日和(びより)と言える今日。僕はトトリちゃんに連れられて、『アランヤ村』の港まで来ていた。

 

 トトリちゃんに連れられて……というのはその言葉の通りで、今朝(ついさっき)『青の農村』から『アランヤ村』まで連れてきてもらった。そうした理由は、主に準備と移動時間の点から『トラベルゲート』が便利だったということだ。

 僕が『魔法』の中に似たようなものはあるにはあるんだけど……アレは微妙に調整できるとはいえ、基本は自分の家へとしか移動できないから『トラベルゲート』ほどは使い勝手が良いわけじゃないんだよね……。まあ、その気になれば「言った事の有る所であればどこでも移動できる」っていう『トラベルゲート』が凄すぎるってだけだろうけどね。

 

 

 さて、それはともかく……。

 

 

「グイードさーん!」

 

「ん? ああ、来たか」

 

 埠頭の先のほうで海に浮かんだ大型の船を眺めていたグイードさんに、歩きながら手を振って声をかけてみる。すると、グイードさんはこっちに気付いてくれたようで、こっちに顔を向けた後、軽く手をあげて返事をしてくれた。

 

「『青の農村(ウチのむら)』で色々あって……出港予定日ギリギリまで遅くなってすみません」

 

「いやいや、謝る必要なんてないさ。こっちもこっちで準備があったし……そもそも、その準備がスムーズにいったのは、キミの協力があったからだよ」

 

 

「あはははっ、そう言ってもらえると助かります」

 

 

 そんなふうに話しているうちに、僕と一緒に来たはずなのに()()()遅れて歩いてきていたトトリちゃんが僕の隣まできた。

 トトリちゃんは一つ息をついたかと思うと、グイードさんのほうを見て口を開いた。

 

「お父さん。出発の準備できた?」

 

「大方な。あとは最終確認なんだが……船の持ち主のお前が把握できてないとマズイだろ? 今から一緒にやるぞ」

 

「うん、わかったー」

 

 グイードさんの言葉に頷き応えるトトリちゃん。

 

 それにしても最終確認か……。きっと確認するべきことが沢山あるだろうから、僕も手伝ったほうがいいんじゃないかな?

 

 そう思ったんだけど……そんなことを考えていたのを察したのか、ただの偶然か、トトリちゃんがこっちを向いた。

 

「マイスさんは、ゲラルドさんのお店に行っててください。他の人たちもみんな集まってるはずですから」

 

「えっ? うん。わかったよ」

 

 僕は言われるがまま頷き、グイードさんに一礼してから港を村の中心のほうへと戻っていった。

 

 

 

 

 

「……で、なんで少し元気が無くなってるんだ?」

 

「あっ……わかる? ……って言っても、もう慣れてきたっていうか、あきらめたんだけど……『青の農村(あっち)』でちょっとその、村の人が何人かマイスさんをお見送りしてくれた時に色々あって」

 

「彼をみんなが引き留めたとかか?」

 

「ううん。問題だったのはマイスさんのほうで……開いた口が塞がらなかったっていうか……」

 

「……彼も彼で、あいかわらずってことか」

 

 

 

――――――――――――

 

***バー・ゲラルド***

 

 

 そういえば、僕以外は誰が一緒に行くんだろう?

 

 先日、ロロナに頼んでおいた伝言を聞いたというトトリちゃんがウチに来て、必要な物資の準備の協力をお願いされた後、「一緒に来てくれませんか……?」と冒険のお誘いを受けた。

 もちろん僕はそのお誘いに乗ったんだけど、その後は自分の家や畑のこと、村の運営のこと、ウチの離れに泊まっているリオネラさんのこと等々、いろんなことをなんとかしないといけなかった。そのため、他に誰がくるのかとかそんなことを聞いているヒマが無かった。だから、今回の冒険のメンバーは知らないのだ。

 

 ……まぁ、トトリちゃんの知り合いの誰かのはずだから、僕が全く知らない人ってことはたぶん無いはずだから……うん、きっと問題は無いはずだ。

 

 

 

 そんなことを考えながら、僕は扉を開け『バー・ゲラルド』へと入った。すると、そこには…………

 

 

「おっ、やっと来た! 遅いぞ、マイスー! オレ、待ちくたびれたぜー」

 

 酒場の中心あたりに置かれているテーブルのそばのイスで、僕を見て飛び上がるようにして立ち上がったのは、これからの冒険への期待に胸を(おど)らせて、待ちきれない様子のジーノくん。

 

 

「トトリが「来る」とは言ってたけど、本当に()れたのね。……まあ、だから何ってわけじゃないけど」

 

 ジーノくんと同じテーブルのイスに腰かけていたのはミミちゃん。なんとも言えないことを言ってはいるけど、振り向くような形でこっちを向いているその顔は心なしか微笑んでいるようにも見える……気が一瞬だけした。

 

 

「今回はよろしくねー。……そういえば、手合せとかはしたけど、一緒に冒険に行くのは何気(なにげ)に初めてね」

 

 カウンターのそばにいて、こっちに向きなおってニカリと笑いながら手を振ってきたのはメルヴィア。カウンターそばにいた理由は、おそらくカウンターの向こうにいるトトリちゃんのお姉さん・ツェツィさんと話をしていたからだろう。

 

 

「いやぁ~、キミが一緒に来てくれるとは。こと戦闘に関しては心強い限りだから大歓迎だよ! うん、あのお嬢さんの人選は間違い無いね」

 

 ジーノくんやミミちゃんがいるテーブルのそばに立って、長めのモジャっとした髪を揺らしながら一人で(うなず)いているのは、「異能の天才科学者、マーク・マクブライン」ことマークさん。

 

 

 

 僕は他に誰かいないかもう一度だけ確認してみたけど……他に冒険者らしき人はいそうになかった。

 どうやら、この四人と僕が、今回のトトリちゃんのお(とも)というわけなようだ。とりあえず、ある程度は知っている人たちだったから一安心だ。

 

 ジーノくんは、一緒に冒険に行った回数は少ないものの、『青の農村(うち)』のお祭りに来てくれたりと、直接ではないものの度々会っている。

 

 ミミちゃんとは、色々あってつい最近まで会うことも話すことも無かったけど、先日のあの出来事以降は昔みたいに……ってほどじゃないけど、仲良くさせてもらってる。

 

 メルヴィアは、さっき本人が言った通り、今まであまり直接的な付き合いは無い。けど、この前僕が『アランヤ村(ここ)』に来た時なんかには沢山話したりしたし、別に嫌ったり嫌われてたりするわけじゃなくただ単に「機会が無い」って感じかな? ……でも、思い返してみると一度も『青の農村(うち)』に来てくれたことは無いかも……何か理由があったりするのかな?

 

 マークさんは……機械の部品を作るのを依頼されたり「農業用ロボット」なんてものを見せに来たりと、付き合い自体はそこそこ長いんだけど、特別仲が良かったりはしない。僕としては仲良くしたいんだけど……なんていうか、マークさんのほうが一歩引いているというか……こっちも、何か理由があるのかな?

 

 まぁとにかく、よほどのことが無い限り、気まずい空気になったりはしないだろう。

 ……とは言っても、他の人たち同士の仲の良さは知らないから、不安要素が無いとは言えないけど。

 

 

 

「それにしても……なんだか普段の冒険よりも人数が多い気がするけど、やっぱり冒険の難しさを考えてってことなのかな?」

 

 そう、普段は大体三人程度での冒険が基本だったはずだ。いちおうこれまでにも例外的に多い人数で冒険したことはあるけど……

 

 僕の疑問に答えたのはマークさんだった。

 

「そういった理由もあるだろうね。あとは、人数が少ないと戦闘中に船の安定とか進路をとったりできなくなって、色々面倒なことになりそうだからじゃないかな?」

 

 そう言われて「なるほど」と頷きかける……が、その前にマークさんが言葉を続けた。

 

「まっ、とは言っても、僕は飛び入り参加なんだけどね」

 

「えっ、そうなんですか!?」

 

 驚いた僕は、他の人たち……ジーノくんやミミちゃん、メルヴィアのほうを見た。

 

「え、そうだったのか?」

 

「そうだったのよ。トトリも驚いてたし、人数が増えて積荷の量を増やさないといけなくなって、準備の時間と手間が余計にかかったり……」

 

「まっ、積荷に関しては、()()()()()()()()が元々余分に用意してくれてたらしいから、買い足したりしなくても大丈夫だったんだけどね?」

 

 「どこかの誰かさん」って……あっ、僕のことか。

 余ったのはトトリちゃんが『調合』の素材にでも使ってくれればいいや、ってオマケってことで多めに用意してあげてたんだけど……まさか、そんなふうに役に立つとは思いもしなかったなぁ……。

 

 

「けど、なんでマークさんはいきなり参加しようって思ったんですか?」

 

「お嬢さんの手伝いをしたいっていうのが半分。あとは、自分のため……好奇心からかな? ほら、海の向こうってほとんど未踏の地じゃないか。もしかするとまだ手付かずの遺跡があって、そこに機械やら僕の研究意欲をくすぐるものもあるかもしれない! ……そう思ったってわけだよ」

 

 聞いてみれば、なるほど、確かにその通りかもしれない。それに、実にマークさんらしいというか……。

 

 

 と、不意(ふい)にマークさんが首をかしげ、眉をひそめた。

 

「というか、僕からすればキミが本当に来たことに驚きだよ。仮にもあの村の村長なんだし、農業なんてやってるから厳しいんじゃないかなって思ってたんだけど?」

 

 そんなマークさんの言葉に同意を示したのはメルヴィアだった。メルヴィアは「あー、たしかに」と頷いた後、僕に問いかけてきた。

 

「食べ物の出荷数も減りそうだし、毎月お祭りもやってるらしいじゃない? そういうのは大丈夫なの? 今回は普通の冒険よりも長くなると思うんだけど……?」

 

「大丈夫ですよ! もしものことも考えて、コオル……村の人に家の保管庫の鍵を預けてますから作物関係は心配いりません。お祭りとか、それ以外のことも前々(まえまえ)から準備だけはしてましたから!」

 

「前々から?」

 

「トトリちゃんからお誘いを受ける前からです。……実のところ、誘われなくても追いかけてでも付いて行くつもりだったので」

 

 僕がそう言うと、ジーノくんが「マイスも飛び入り参加する気だったんじゃん」と笑い、ミミちゃんが「なんだかんだ言って、ギゼラさんのことが心配なのね」とギリギリ聞き取れるくらいの小声で呟いていた。

 

 

 ……と、まぁ周りのみんなは大抵、僕の言ったことにそんな反応を示したんだけど……その中で一人、マークさんだけが眉をひそめ首をかしげて、僕の顔をジィーっと見つめていた。

 

「……? どうかしましたか?」

 

「どうかしたというかだね。ちょっと嫌な予感がするから、聞きたく無いような気もするけど…………。「追いかけてでも付いて行く」って、キミは自分の船でも持っているのかい?」

 

 マークさんが口にした疑問を聞いた僕は、素直に首を振る。船なんて、大きいのも小さいのも、持っているどころか記憶にある限りでは一度も乗ったことは無い。

 ……だからと言って、もしもトトリちゃんが出港していたとしても追いかける(すべ)が無いってわけでもない。

 

「船は持ってませんけど、似た用途(ようと)の一人乗りの『ハスライダー』っていう葉っぱがありますから、追いかけることはできますよ。あと、その気になれば海面を走れますから」

 

「「「「「「「「……はっ?」」」」」」」」

 

 間の抜けた声を出したのは、マークさんとジーノくん、それとメルヴィア。あと、話を聞いていたのだろう、カウンターの向こうにいるツェツィさんとゲラルドさん……ついでに、名前も知らないお客さん三人。……でも、一体どうしたというんだろうか?

 少し気になりはしたけど、話を途中でやめるのもどうかと思ったので、そのまま話を続けることにした。

 

「ただ、大型の船とは違って波に弱いことと、()といった動力は当然無いから移動自体は自力で自分の体力との勝負だから、一日で移動できる距離が短いっていう欠点があるんです。だから、それだけで旅するっていうのは無理があるので……本当に追いかけるくらいしか出来ないんですけどね」

 

 そう言って自嘲気味に笑ってみせる。…………が。

 

「いやいやいや!? 何言ってるのよ、マイス。冗談言うならもう少しちゃんと考えたのを言ったら……?」

 

 首と手を振って何故か否定してきたのはメルヴィアだった。 

 僕としては冗談なんて一言も言ってないんだけど……どうやらメルヴィア以外の人も大体同じ意見らしく、頷いている人もちらほらいた。

 

 

 

 ……でも、本当に本当なんだけどなぁ。

 どう言ったらいいものかと頭を悩ませてみる……けど、その答えが出るよりも先にミミちゃんの声が聞こえてきた。

 

「……気持ちはわかりますけど、マイスが言っている内容は事実ですよ、メルヴィアさん。私、前に『青の農村』で実際に見たことがあります」

 

「えっ、ウソ!? ホントだったの!?」

 

「んじゃあ、本当に海の上を走れるのかっ!? すっげー!」

 

 ……いや、冗談じゃないってことはわかってくれたみたいだったけど、何でメルヴィアもジーノくんも、僕が言った時には信じてくれなかったのかな……?

 

「そういう、感覚がズレてて常識が通じないところがあるから、好きになれないんだよねぇ……」

 

 他の声に埋もれた小声の呟きだったけど、マークさんの声がかろうじて僕の耳にはいってきていた。

 『アーランド(こっち)』で暮らすようになってから結構経って、自分では馴染んだつもりだったんだけど、まだどこか変なところがあったのかな? ……ああ。なんだか自覚ができていないだけに、かなり悲しくなってきた……。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、お待たせしましたっ! 今から出発しようと思う、ん……です、けど…………ミミちゃん。何があったの、この空気?」

 

「ん、いやね。マイスがちょっとトンデモないこと言っただけよ」

 

 

 

「なんだ。いつものことか」

 

 





Q,パーティーの上限人数は三人では?

A,大人(?)の事情です。


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4年目:トトリ「船上の日常」

 捏造設定や独自解釈といった要素が多々含まれています。ご了承ください。


 ……船の構造が、書いている中での一番の強敵です。そもそも、帆船の操縦については知識は皆無ですし……そのあたりは誤魔化しながら書いていきます。……資料、どこにやったっけ?

 


 ついに完成した……お父さんが造ってくれた船。それは、普段『アランヤ村』の港を出入りしている船とは比べ物にならないもので、初めて見るくらい大きくて立派な船。

 

 

 そして、その船でお母さんを探しに出発するその日。

 

 荷物を積み込み、一緒に来てくれるみんなと船に乗り込む私たちを見送りに来たのは、おねえちゃんやお父さん、ゲラルドさんにパメラさん、ペーターさんといった村の人たちだった。

 

 わたしがお父さんに「船を造ってほしい」って言った時にずっと反対してたおねえちゃん。結局は船を造ることを許してはくれたけど……やっぱり、お母さんみたいに帰ってこなくなるんじゃないかって心配してるみたいで、それが顔にとっても出てた。そんなおねえちゃんの心配が杞憂(きゆう)に終わるように、わたしがしっかりしないと!

 

 ……だから、「ハンカチ持った?」とか、そんな細かいところまで心配しなくても……

 

 

――――――――――――

 

***海・船の上***

 

 

 そんなふうに、村のみんなに見送られて『アランヤ村』を出発したのが十数日前。出発する時にお父さんが教えてくれた「ギゼラ(お母さん)は東へ行くと言っていた」という言葉から、わたしたちも船の進路をそちらへ向け……今は数個の小島に立ち寄っから数日間海を進んだところ。

 

 そして今現在、甲板から見えるあたり一面は、見渡す限りの大海原。海のすぐそばの『アランヤ村』で生まれ育ったわたしだけど、この空と海に(はさ)まれた青一色の景色はもの凄く新鮮なものに感じられている。

 

「……お母さんも、これと同じ景色を見てたのかなぁ」

 

 村や街、その周りの街道といった場所では、建物や道が新しくできたりと、時代が変われば景色も少しは変わったりするだろう。

 けど、海や空は変わりようが無いはず。なら、何年か前にお母さんもここで同じ景色を見ていたとしても、何もおかしくはない……と思う。

 

 

 

「なにボーっとしてるのよ」

 

 不意にかけられた声に振り向くと、そこにいたのはミミちゃんだった。最初は、初めての船に乗った感覚に慣れなくて時々ふらついたりしてたけど、今ではそんなことは無さそうで、いつも通りのミミちゃんだった。

 

 わたしはミミちゃんの方へ向き直りながら、さっきまで考えていたことを大まかに説明してみる。

 

「えっとね。天気が良くて波も穏やかだったから、なんだか気が抜けちゃってて……それで、お母さんもこうやって海見てたのかなーなんて思ってたの」

 

「なるほどね。……まぁ、変にずっと気を張ってるよりはいいんじゃないかしら?」

 

 そう言ったミミちゃんは、わたしの隣あたりまで来て、並ぶように立って水平線を見た。

 船の帆に吹き付けるのと同じ海風がミミちゃんのサイドテールに結んでいる黒くて長い綺麗な髪を揺らし、その髪の流れが、わたしからはミミちゃんの横顔()しに見え隠れしながら揺れているのが見えた。

 

「……ん、何よ? 私の顔に何か付いてる?」

 

「う、ううん! そうじゃなくって、えっと、マークさんは大丈夫かなーって思って!」

 

 ミミちゃんにそう、なんとなく別の話題を振った。ここでマークさんを選んだのには色々と理由がある。

 

 まず、この船の進路確認・(かじ)(ばん)については交代でしているんだけど、今の時間は男の子チームが担当。わたしたち女の子チームは散策したり、甲板でのんびりしたり、お昼寝をしたりと各々(おのおの)休憩をしている。

 ……でも、もうお昼が近いから、今マイスさんは船内の一室でゴハンの用意をしている。つまり、残っているのはジーノくんとマークさん……なんだけど、ジーノくんは方位磁石(コンパス)と地図とにらめっこしながら一か所でジッとしておくなんて出来ない。だから、頼りなのはマークさん、ってことなのだ。

 

 

 ……けど、マークさんはマークさんで悪い人じゃないんだけど、マイスさんとは別方向に感覚がズレているというか、何を考えているのかわからなかったり、何をするか予想できなかったりと、ちょっとだけ不安だったりする。

 だから少し気になるんだけど……。

 

 そんなことを考えてるわたしの前で、ミミちゃんは肩をすくめて

 

「大丈夫も何も、ダメだったら私たちはこんなところでノンビリできてないわよ。一応さっき確認してきたけど、ちゃんと進路をとれてるみたい。……どうしても心配だって言うなら、今から一緒に見に行く?」

 

「ううん、大丈夫。ちょっと気になったってだけで、そんなには心配してなかったから」

 

「……まあ、あえて心配するとすれば、こんな海の上でいきなり船をイジッたりしださないかってことくらいかしらね」

 

「あはははは……ありえないって否定しきれないのが怖いよね」

 

 ミミちゃんの言ったことに、わたしはただただ苦笑いをこぼすことしかできなかった。

 

 というのも、元々「未踏の遺跡があるかもしれないから」なんて理由で飛び入りに近い形で今回の冒険に参加してきたマークさんだけど、船に乗り出発してからというもの「ほーう……ほうほう」なんてふうに呟きながら興味深そうに船のあちこちを見てまわっていた。そして、ひとしきり見てまわった後、「いやぁ、この船は素晴らしい! 帰ったら是非(ぜひ)ともこの船を造ったというキミのお父さんとじっくり話してみたいよ!」と楽しそうに言ってきたのだ。

 ……そして、それ以降もマークさんは船を見てまわって、時折(ときおり)ノートに何かを書いたりしていた。たぶん、何か(ひらめ)いたんだと思う……けど、聞いてみても「今はまだ構想途中だ。人に見せられるような代物じゃないよ」って、なんにも教えてくれない。

 

 前に、『アランヤ村』に来たマークさんが、馬車の車輪の運動効率が悪いとか何とか言って改造したことがあったんだけど……今回もそういう方向で思いついたのかな? でも、あの時改造された馬車って色んな意味で凄くなって、初めて乗った御者(ぎょしゃ)のペーターさんが大変なことになっちゃったんだよね……。

 今回は馬車の時とは違って大切な冒険の途中だから、いますぐ何か変に改造されて大変な目に遭うのはやめてほしい。

 

 ……こんな海のど真ん中、改造するための素材なんて無いわけだし、きっと大丈夫……だよね?

 

 

――――――――――――

 

 

 そんなふうに海を眺めながらミミちゃんと話していると、船の中から誰かが出てきた。

 

 それは、ゴハンの用意をしていたマイスさん……ではなく、メルお姉ちゃんだった。

 ひとつ大きな欠伸(あくび)をしながら出てきたメルお姉ちゃんは、そのまだ少し眠たそうな目でわたしたちをみつけたようで、ゆっくりとした足取りでこっちへ向かってきた。

 

「おはよう、メルお姉ちゃん。よく眠れた?」

 

「おはよートトリ。うーん……微妙なところかなぁ」

 

 右手で軽く口元を隠しながらまた欠伸をしたメルお姉ちゃん。やっぱりまだ眠いんだろう。

 

「寝ないで一晩過ごすこと自体は普段の冒険でも経験はあったんだけど、こうやって仮眠取った後もなんか違うんだよね。やっぱり、海の上で慣れない環境だから か……それとは全く関係無しに、あたしももう歳ってことなのかしら」

 

「えっと……それはどうだろう? と、とにかく、()ずの(ばん)は大変だから、負担的にも誰かに任せてばかりじゃなくて、こっちも当番制で交代して正解だったってことだよね?」

 

 寝ずの番。お父さんに教えて貰った事なんだけど、夜の航海は非常に危険なため何処(どこ)かに(とど)まって日の出を待つのが基本らしい。その際に敵の襲撃、天気の変化に対応するべく、起きておく人が必要になるっていうこと。もちろん、何かあった時は寝てる人も起こすんだけど……。

 なお、一人で寝ずの番をするのはメルお姉ちゃん、マークさん、マイスさんの二十歳以上組。わたしやミミちゃん、ジーノくんは誰かしらと二人で……ということになってる。

 

 

 

「いやぁー、でも何も危なげも無くって退屈なわけだし、いっそのことみんなで寝ちゃえばとか思っちゃうわけよ。まあ、安全面的にそれはできないってことは重々承知してるんだけどさ」

 

 そんな事を言いながら「んー!」と伸びをするメルお姉ちゃん。話したりしているうちに目も覚めてきたみたいで、その表情もいつも通りになってきている。

 そのメルお姉ちゃんの言葉に反応したのはミミちゃんだった。

 

「気持ちはわかるけど、陸地ならともかくこんな海上じゃあ危険すぎるでしょうね。「海は少しの気候の変化ですぐに表情を変える」なんて言ったりするらしいし」

 

「確かに。ちょっと風が変わっただけで波も結構荒れる……時化(しけ)の時なんか、村から見てるだけでも「ヤバイ」ってすぐわかるくらいに波が暴れ回ってるからねぇ。……でも、その言葉は初めて聞いたわ」

 

 メルお姉ちゃんの言葉に、わたしも頷きミミちゃんにちょっと聞いてみる。

 

「わたしも初めて聞いたんだけど……「山の天気はよく変わる」っていうのと似たようなお話なの?」

 

「どうかしら? 人から聞いた話だし、私もよくは知らないのよ。ただ、その話と関連した話が印象深かったから、たまたま(おぼ)えてたってだけ」

 

「人から?」

 

 わたしがつい首をかしげてしまいながら聞き返したところ、ミミちゃんは「ええ」と頷いて言葉を続けた。

 

「マイスから聞いたの。確か、大元の理由は……海、というか『水』が『変化』という事象に関わりが深いから……とか何とか言ってたわ」

 

「えっと、わかるような……わからないような……?」

 

「マイスって遠い国出身らしいし、そっちのほうの考え方なのかしらね?」

 

 メルお姉ちゃんがそう言うと、ミミちゃんは「そうだと思うわ」と頷いていた。

 

 マイスさんが『アーランド共和国』とは別の遠くの国出身だという話は聞いたことがあった。確か、マイスさんの農業や料理、鍛冶、装飾品加工や薬の調合といった技術は、元いた場所(そっち)由来(ゆらい)のものだとか。あと、『青の農村』で開催されるお祭りの多くも、元いた場所(そっち)のお祭りを参考にしたりしているらしい。

 

 ……けど、噂なんかでは聞いたことはあるけど、マイスさんから直接聞いたことは無かった気がする。

 ミミちゃんが言った今の話で少し興味も()いたし……今度、機会を見つけてマイスさんに元いた場所の話を聞いてみようかな?

 

 

 

「あっ、マイスと言えば……」

 

 何かを思い出したかのように。ポンっと手を叩いて目を少し見開くメルお姉ちゃん。

 わたしとミミちゃんは「どうしたんだろう?」とメルお姉ちゃんの顔を見つめたまま次の言葉を待ってみた。

 

「さっきまでの話とあんまり関係無いけどさ。村から出発する時、あたしたちはツェツィと話してたりしてたじゃない? その時のマイスのこと思い出してさ。アレって何だったのかなーって」

 

「アレ?」

 

 何かあったかな?

 その時はおねえちゃんに色々心配されて、あんまり他に気がまわらなかったからよく憶えてないんだけど……マイスさんって、何かしてたっけ? とりあえず、わたしのすぐそばとかにはいなかった気がするんだけど……?

 

 そんなふうに思い出せないわたしとは対照的に、隣にいるミミちゃんはすぐに何かに思い当たったみたいで「ああ……」って何とも言えない感じで声をもらしていた。

 

「いや、うん、あれは……()()パメラさんがマイスに抱きついていたのは、いろんな意味で衝撃的だったけど……」

 

「あっ!」

 

 ミミちゃんが言ったことを聞いて、わたしもその時の光景を思い出した。

 パメラさんは『アランヤ村』でちょっと変わった雑貨屋さんをしている、とっても綺麗な人なんだけど……確かあの時は、マイスさんの後ろからマイスさんの頭のてっぺんにあごを乗せるような感で抱きついてて……えっと、その……メルお姉ちゃんに負けず劣らずな大きさの胸がマイスさんの肩に乗ってて……。

 ……で、そんなマイスさんを、パメラさんのお店によくかよってる村の男の人たちが凄い目つきで睨んでた……。

 

 うん、ミミちゃんの言う通り、いろんな意味で驚いた。

 

 

「ああ、それ()ちょっと気にはなったわね。しかも、当のマイスはほとんど動じてないっていうか、気にも留めた様子もなかったし。パメラさんって『アーランドの街』出身らしいし、前から会ってて似た様なことが前にもあってマイスが慣れちゃったのか……それか、マイスって女の子っぽい顔してるし、実はホントに女の子だったり?」

 

「いや、女の子だからって無反応ってことは無いと思うけど……」

 

「そう? でも、それは置いておいても、マイスって女装とか似合うと思うんだけどなぁ」

 

 ううん……なんだか話がズレてきてるような……。

 それに、ミミちゃんはミミちゃんであごに手を当てて何か考え込みだしてるし……。

 

 

 

「そういう話じゃなくて! メルお姉ちゃん、さっき「それ()」って言ったけど、気になったことって別のことなの?」

 

 わたしがそう言うと、メルお姉ちゃんは「ああ、そうだった」ってハッとした。

 

「その時さ、マイスが話してたじゃない」

 

「パメラさんと?」

 

「そっちはパメラさんが「何で来てくれないの?」とか「やっぱりウチの商品に興味無いの?」とか大きめの声で言ってて聞こえたからそんなに気にはならないわよ。そっちじゃなくて、ゲラルドさんのほう」

 

 そう言われて思い出した。そういえば、パメラさんに抱きつかれたマイスさんが、そのままゲラルドさんと何か話してたっけ? でも、それってそんなに気にすることなのかな?

 

「前にマイスが村に来た時はゲラルドさんとはそんなに話したりしてなかったんだけど……あの時は、なんか少し話し込んでた気がしてさ」

 

「そうなんだ。うーん……?」

 

「気にし過ぎじゃないかしら?」

 

 わたしとミミちゃんの反応に「そうかな?」と小首をかしげるメルお姉ちゃん。

 

 

 ……と、そんなところに、船内からゴハンを用意し終えたマイスさんが現れて、お話はそこでいったん終わりということになった……。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……で、あの時、ゲラルドさんと何話してたの?」

 

 食事中という短い時間であっても進路がズレるのは大事に繋がる……ということでもしもの事態にそなえて、船の後方付近にある舵輪(だりん)近くの一角で、マイスさんが用意してくれた『サンドウィッチ』を皆で食べていた。

 ……ちょっと前に「船内の設備の問題で、料理のレパートリーが制限されてる」とマイスさん言っていたっけ。

 

 そんな食事の途中に、メルお姉ちゃんがさっきの話をいきなり切りだしてきた。わたしとミミちゃんはまだ何のことかわかるからいいけど、ジーノくんやマークさん、聞かれたマイスさんはサッパリの様子で首をかしげていた。

 さすがにどうかと思ったから、わたしは「出発する直前のときの話です」とマイスさんに補則して伝えた。すると、「ああっ!」とマイスさんはわかってくれたようだ。

 

 

 何のことかわかった様子のマイスさんはメルお姉ちゃん……ではなく、わたしのほうを向いて口を開いた。

 

「すっかり忘れてた! トトリちゃん、『秘密バッグ』って持ってきてる?」

 

「えっ、はい。船じゃあ『調合』は出来ないから冒険中に使った爆弾とかお薬とかの補充のために持ってきてます」

 

 どういう事かと言うと、マイスさんの言った『秘密バッグ』という道具は、その中がわたしのアトリエにある、素材や調合した道具などのアイテムが入っている『コンテナ』に繋がっているという不思議な道具。事前に調合してコンテナに入れておけば、荷物を最小限にしておいても、旅先で必要な時々にコンテナからアイテムをとりだせるという優れ物なのだ。

 

「ちょっと今、中身を確認してくれないかな?」

 

「いいですけど……?」

 

 けど、それがどうしたっていうんだろう? それに、ゲラルドさんと話してたっていうのと、何か関係があるとは思えないんだけど……?

 

 

「……あれ?」

 

 取り出した『秘密バッグ』を(あさ)ってすぐに、見覚えの無いものがあることに気がついた。わたしはそれを取り出してみる。

 

「……お弁当箱?」

 

「あ、やっぱりもう入ってたかぁ。でも、ロロナがいじったっていうコンテナなら中のものは痛んだりしないはずだし、問題無い……かな?」

 

 マイスさんはそう呟いているけど、わたしを含めその他のみんなはどういう事かわからず、マイスさんのほうを見た。

 

「えっとね、ゲラルドさんに言ってあったんだ。もしツェツィさんが仕事に手がつかないくらいに元気が無かったらアトリエのコンテナにお弁当を入れて一日待ってみるように、って言ってあげてって。それを受け取ったトトリちゃんが感想をそえた手紙と一緒にお弁当箱を戻せば、ツェツィさんの心配も和らぐんじゃないかなーと思ってね」

 

「そうだったんですか!?」

 

 

 

「へぇー、ツェツィのことを考えてねぇ……良い事だけど、やっちゃったかなーこれは」

 

 驚いたわたしとは別に、メルお姉ちゃんは呆れ顔に近い表情でため息をついていた。

 

「メルお姉ちゃん、どうかしたの?」

 

「いやさ。トトリに物を送れるって知ったら、ツェツィってば毎日のようにフルコースなみに突っ込んできて色々大変になっちゃうだろうなーって」

 

「ああ……うん」

 

 メルお姉ちゃんに言われて、わたしにもその光景がすぐ頭に浮かんだ。おねえちゃんならそんなことをしそうだ……。

 

「……とりあえず、食べ物は密閉できるお弁当箱で、コンテナの中をしめらせたりしないように。あと、取り扱いに注意が必要な物もあるから他の物は触らないように……そんなことを書いた手紙をいれておこうかな……?」

 

 マイスさんも悪気があったわけじゃなくて善意でやったわけだし、おねえちゃんのほうもわたしが心配かけちゃってるわけだから「しないで」とは言い辛い……。ならせめて、危なくないようにしてもらうしかないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですか、マークさん? 『秘密バッグ(これ)』、気になりますか?」

 

「いやぁ、そんなものがあるなら、船に積み荷をたくさん積まなくても何の問題も無かったんじゃないかと思ってね」

 

「あっ」

 

「……キミといい、キミの先生といい、『錬金術士』は頭が良いのか悪いのかわからないねぇ、本当にさ」

 




 『秘密バッグ』は便利。錬金術士の道具の中では『トラベルゲート』の陰に隠れてしまってますが、それでもかなり便利です。

 次回、やっと『フラウシュトラウト戦』に突入します。
 原作とは色々と違う点がある予定ですが……うまく書けるよう頑張りたいと思っています。


――――――――――――
 ※補足※
 マイスのことについて……


●異国出身だと知っている
・ほとんどのキャラ

●もといた場所は『シアレンス』という場所
・王国時代『ロロナのアトリエ編』時点での知り合い&『青の農村』関係者

●もといた場所は俗に言う「異世界」のようなもの
・リオネラ、フィリー、クーデリア、ホム

●マイスは人とモンスターの『ハーフ』
・上に同じ


 ……大体こんな感じになっています。
 これ以外にも、『青の農村』関係は『シアレンス』の行事について知っていたりします。
 また、例外が約三人います。

 一人はアストリッド。マイスが異世界から来たことを()()で看破したという実績や本人の雰囲気もあって、どこまでわかっているかは未だに『未知数』扱い。

 もう一人はギゼラ。ある一件からなりゆきでマイスや『シアレンス』のことの大半を知る。ただ、マイスのことを誰かに話したりすることはなく、それがグイードが言っていた「初日の話だけは話してくれない」の理由につながっていたりする。

 最後はミミちゃん。正確にはミミちゃんとミミちゃんのお母さん……だけど故人のため、数には入っていない。少し特殊で『異世界』とか『ハーフ』とかそういうことは知らないけど、それ以外のことは誰よりも話に聞いているという状態。その理由は主にマイスがシュヴァルツラング家にかよっていた時期、病気であまり外に出られないお母さんとそのそばから中々離れないミミちゃんに冒険や農業の話をしていくうちに、マイス君が自然と昔の……シアレンスでの体験や聞いた話を話す様になっていったから。


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4年目:マイス「遭遇! そして戦闘開始!」

 フラウシュトラウト戦、まさかの前後編になりました。


 

 

***海・船の上***

 

 

 航海を始めてからそこそこの時間が経った。慣れない船での生活や操縦、その他、普段の冒険と勝手が違うことも多々あり、やっと慣れてきたといったところだろう。

 

 けど、操舵輪(そうだりん)の前で方位磁針と地図を持っている僕は、慣れからくる安心感が感じられないくらいには気が張りつめていた。

 そんな僕のそばにいたミミちゃんが手持ちの望遠鏡で十二時の方角……つまり、船の真正面のほうを見ながら僕に問いかけてきた。

 

「ねぇ、間違い無いの?」

 

「うん。方角的にも地形の特徴的にも間違い無いよ」

 

 僕の言う()()とは、肉眼でも遠方にうっすらと確認できる陸地……その陸地のちょうど真ん中あたりがポッカリと開いている。そこには陸地が無いのだ。

 

「アレが『フラウシュトラウト』がよく出現するっていう『海峡』だろうね。きっとその地形や海流の関係で良い餌場になってるからナワバリになってるんだと思う」

 

 『フラウシュトラウト』というモンスターの生態については全く知らないが、生物であるならば、この推測はあながち間違ってはいないと思う。

 それに……間違っていようがいまいが、今重要なのは『フラウシュトラウト』のナワバリが目前まで迫っているという事だ。これまでの『アランヤ村』での被害情報から考えても、そのナワバリから出てこないという保証はないため、一刻も早く戦闘準備を整えておかなければならない。

 

「ミミちゃん。海峡が見えてきたことを皆に伝えてくれるかな? それで戦闘準備をしたら甲板で手分けをして周囲を警戒して……何かあったらすぐに対応できるように」

 

「わかったわ。……マイスは?」

 

「僕は何かあるまでここで進路を確保しておくよ。さすがに有事には僕も出るけどね」

 

 そこまで言うとミミちゃんは「わかったわ」と言いながら僕に望遠鏡を投げ渡し、駆け足でその場から離れて行き……何故かピタリといきなり立ち止まってコッチを振り向いてきた。

 

「マイス」

 

「ん、どうかした?」

 

「私一人でって言いたいところだけど……貴方(あなた)(ちから)も、トトリのために貸してちょうだい」

 

「もちろん! そのために僕はここにいるんだよ」

 

「そっ、ならいいけど。……頼りにしてるんだからね」

 

「あっ、ちょっと待って」

 

 用は済んだとばかりに再び駆け出そうとするミミちゃんを僕は引き止める。少し眉間にシワを寄せたミミちゃんが再びこっちを向いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ!! もちろんよ! マイスは、私を誰だと思ってるのかしらね」

 

 そう言って今度こそ駆け出していったミミちゃんは、甲板下の船内へと入っていった。中で自分の武器の手入れをしていたり休憩をしている人に声をかけに行ってくれたんだろう。

 その、入っていく際に僅かに見えたミミちゃんの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を確認した僕は、一つ短く息をついた。

 

「ミミちゃん、やっぱりどこか気を張り詰め過ぎてるっていうか、気負い過ぎっていうか……()()()言ってたことが何か関係してるのかな?」

 

 あの時……ミミちゃんのランクアップのお手伝いをしていた時期のある日の夜。ミミちゃんがこれまで思ってたことを話してくれて、昔みたいに話せるようになるきっかけとなったあの出来事。

 

 あの時に、ミミちゃんが言っていたことから感じられた……ううん、もっと前から、初めて会ったころから少なからずあったのだろう「『貴族』のプライド」とでも言うべきもの。「シュヴァルツラング家の名を立派な名にしてみせる」そんなふうなことを言っていたけど、それはミミちゃんの主な原動力であると思うが、同時にミミちゃんを追い詰めてしまうものでもある気がする。

 別に悪いってわけじゃないんだけど……もう少し気持ちに余裕を持っておかないと、いつも「こうでないといけない」って自分を正しているのは凄く疲れてしまうと思う。

 

 それに……。

 

「もう一人前の冒険者で実力もあるんだし、もっと自信を持っていいと思うんだけどなぁ」

 

 「でも、向上心があるってことだし……」って小声でもらしつつ、僕は空を見上げた。

 

 

 

 空は快晴。視界の端の方に見える船の()(ほど)よく吹いている海風を受けてピンっと張っている。そのまま視線を卸していけば、空とはまた少し違った色合いの「青」をした海が見え、波は低く(おだ)やかだった。

 まさに「航海日和(びより)」といったところだろう。

 

 けど、同時に『フラウシュトラウト』がいるだろう場所の目と鼻の先なわけで、気を引き締めて行かないといけないわけで……。

 

「……あれ? そういえば……」

 

 ふと、今更(いまさら)だけど気になることが思い浮かんできたので、つい一人で首をかしげてしまった。

 

 ……と、そんな僕に声がかけられる。

 

「フラウシュトラウトの住処(すみか)のそばまで来てるって聞いたんだけど……どーしたの? 何かあった?」

 

 そう言って僕のそばまできたのは戦闘用の『(オノ)』をかついだメルヴィアだった。僕が見ていなかった間にいつの間にか船内から出てきていたんだろう。

 そんなメルヴィアの言葉に、僕はすぐに答える。

 

「船の前方に例の海峡が見えてきたんだ。……それで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…………メルヴィアって『フラウシュトラウト』がどんな見た目のモンスターか知ってる?」

 

「知らないわよ?」

 

「えっ……うそ」

 

「いやだってさぁ。フラウシュトラウトが出没したことがある場所って、近くても『アランヤ村』から見たら(おき)のほうだし。直接見たことのある奴だって、船ごと襲われても運良く船の残骸と一緒に流れ着いたりして生き延びられた数人で、錯乱状態だったり、よく憶えてなかったり、「漁船(ふね)よりデカかった」とかアバウトなないようだっり……」

 

 「だから『アランヤ村』の中でもちゃんと知ってる人はいなわよ」とメルヴィアは肩をすくめながらため息を吐いて首を振ってきた。

 でも、それって……。

 

「こうやって今みたいに周囲を警戒して何か見つけたところで、それが『フラウシュトラウト』かどうかわからないってこと?」

 

「……船を沈められたら、フラウシュトラウトなんじゃないかしら?」

 

「いや、もうそれ『フラウシュトラウト』かどうかなんて考えてる場合じゃないじゃないよ!?」

 

 僕がそう言ってツッコんでみても、メルヴィアは「そうよねー」と困ったように苦笑するばかりだった。

 ああ……今になって段々と不安になってきた……。

 

 

「おーい。マイスもメル姉も、なに話してるんだよ?」

 

 そう僕らに声をかけてきたのはジーノくんだった。

 さっきのメルヴィアみたいに僕が気付かないうちに……って、よくよく見てみると、甲板上の前のほうにはトトリちゃんとミミちゃんが、中央あたりにはマークさんがいつの間にか出てきていて、周囲に目をやっていた。どうやら僕がメルヴィアと話しているうちに、僕らがいた後方以外で手分けして周囲に異常があったりしないか監視をしはじめていたようだ。

 

 それを理解したうえで、僕はジーノくんの問いに答えた。

 

「見た目を知らないから、『フラウシュトラウト』がいるかどうかがわからないなー、って話をしてたんだ。ジーノくんも知らないよね?」

 

「ああ、知らないぜ。けど、わかるだろ?」

 

「え?」

 

「なんか強そーなのが出てきたら、ソイツがフラウシュトラウトだ!」

 

 ……うん。なんというか、ジーノくんらしいというか……これまたアバウトというか……。

 ジーノくんの言葉につい僕は頭を抱えてしまったけど、そばにいるメルヴィアはケラケラと笑っているようだった。

 

「ジーノ坊やの言うことにも一理あるわね。……それに、相手が何であろうとあたしたちは船を襲ってくるヤツを倒せばいいだけだし。うん、一々(いちいち)難しく考える必要無かったわ!」

 

「まぁそれはそうだけど……それでいいのかな?」

 

 でも、今、この問題をどうにかできるわけでもないのも事実だし……とにかく船を進めて行くしかない……のなか?

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 僕らのそばまで来ていたジーノくんが、マークさんのいる船の中央付近へと移動し二人で左右にわかれて監視をし始めてから数十分経ったかというころ。

 海峡が肉眼でもシッカリハッキリと認識できるほどの位置まで来て「もしかして、何も無しに通れるんじゃ……」という考えが浮かんだあたりで唐突にそれはおこった。

 

 

 最初に感じたのは、気のせいかと思ってしまうほど(かす)かに僕の耳に届いた「ブクブク」という何かが泡立つような音。そして、海面のどこかにそういった泡のようなものが無いか僕が確認するよりも先に船が()れた。

 

 轟音。

 

 大量の海水が打ち上げられ、そして重力によって叩きつけられる音。それとほぼ同時に聞こえてきたのは、水音に勝る音量の何かの咆哮(ほうこう)

 

 

「……来たか!」

 

 その咆哮に反射的に身をすくめつつも、僕はその発生源を睨みつけた。

 

 ソイツがいたのは、トトリちゃんとミミちゃんがいる甲板の前のほうのそのまた先の海……つまりは、船の進行方向の海面から()()()()()()()のだ。

 

 全体は把握できないが、海面から上は目視することができる。

 その体は、(アゴ)や腹側の(のど)(どう)と言った部分は白いが、その他は深い海のように(あお)かった。

 その頭部は、いつだったか本で見た砂漠地帯なんかにいるという『コブラ』という(へび)を思い起こさせる形状をしていた……が、口から覗くギザギザの歯や、頭のてっぺんあたりから後方に流れる様に生えている触覚のようなもの、背面に一対の翼のような小型のヒレがあることが、他の生物とは大きく異なったモンスターだと感じさせた。

 

 また、頭部を支えている首が伸びている海面、そののギリギリあたりから左右に伸びているのは巨大な(つめ)とヒレがついている腕だった。……つまりは、今見えているのは胸部から上だけということなのだろう。

 ということは、目の前にいるのは、胸部から上の大きさだけでこの船の甲板を見下ろせるほどの高さを持つ巨大な生物であるということだ。

 

 

 ……ジーノくんじゃないけど、これは見たらわかった。

 

「こいつが『フラウシュトラウト』……!」

 

 それ以外はありえない。こいつの他にいるっていうなら連れてこいって言いたくなるくらいだ。

 ……いや、『フラウシュトラウト』でない可能性は万が一くらいはあるかもしれない。けど、ひとつだけ確かなことはあった。

 

 船を見つめるソイツの(ひたい)あたりにある()。それは完全に塞がってはいるようだけどとても大きく、この巨大なモンスターの生命力を持ってしても治しきれないほどの古傷だ。

 もはや直感でわかった。ギゼラさんだ。あんな傷をつけられるのはギゼラさんしかいない、と。今、確かに僕らはギゼラさんの足取りをたどれているのだと確信を持った。

 

 

 ……と、それとほぼ同時に、フラウシュトラウトが船を……もしくは船の前のほうにいたトトリちゃんたちを睨みつけた状態で、先程よりも大きく咆哮をした。それは完全に敵意を向けたもので、いわば宣戦布告のようなものだった。

 「もし、話ができそうなら……」なんてことを一瞬でも考えていた僕だったけど、どう考えても無理そうだ。

 

 

 

 咆哮を合図に、みんなが各々(おのおの)の武器を構え臨戦態勢(りんせんたいせい)を取る。僕も地図と方位磁針を即座にしまい、それぞれの刀身(とうしん)が三つに分かれた双剣『ドラグーンクロー』を取り出し(かま)えた。

 

 フラウシュトラウトは…………()()()()()()()()()

 

「……へ?」

 

 誰かが呆けた声をもらしたのが聞こえた。けど、それはみんな同じようなことを思ったことだろう。

 けど、どう考えてもおかしい。ものの数秒前に射殺さんばかりの眼光を浴びせてきたモンスターがいきなり逃げ出すなんてあり得るだろうか?

 

 目に、鼻に、耳に。少しの情報も逃さないようにと、周囲を探るべく神経を張り巡らせた。

 

 

 

「…………! 三時の方向!!」

 

 (わず)かな水音が聞こえ、反射的に聞こえた方向を叫びながらそっちへと向いた。

 

 三時の方向……つまりは右を見ると、船から二百メートル以上離れた海にフラウシュトラウトが見えた。聞こえた水音が小さく感じられたのは、先程よりも遠かったからか、勢いが無かったのか、その両方か、また別の理由か……。

 

 そんなことを考える間もなく、遠くでフラウシュトラウトが天を(あお)ぐように上を見上げて咆哮をあげた。

 その咆哮を耳にしつつ、僕は少しの違和感を覚えた。

 

「……? さっきのは威嚇だったけど、今のは……?」

 

 「前と同じく威嚇なんだろうか?」そんなふうに考えたところで、また僕の思考をそらせる出来事が……『()()()()()()

 

 ポツ、ポツ、ポツ。

 

 髪に、鼻先に、『ドラグーンクロ―』を持つ手に、()()が落ちてきた。

 その正体はすぐにわかった。なぜなら、なじみのあるものだったから。

 

 

 雨粒……つまりは『雨』。特別なものではない、日常でも見かけるもの。

 

 けど、僕は驚いた。

 とっさに空を見上げ……さらに驚く。

 

「えっ……なんで!? ()()()()()()()()()()()()()()()……!?」

 

 そう。ついさっきまでは快晴だったというのに、いつの間にか空一面に灰色の雲が広がっていたのだ。それに釣られるように、こころなしか風が強くなって、波も高くなってきている。

 

 まさかとは思うけど、さっきの咆哮が雨雲を呼んだ……!?

 

 その考えに(いた)り、見上げていた顔をフラウシュトラウトがいたほうへと向け……そして僕は目を見開いた。

 

 フラウシュトラウトは変わらずそこにいた。けど、問題はそこではない。

 フラウシュトラウトの後ろから(せま)ってくる()()。水の塊、()()()()。その高さは僕らのいる船の甲板を超えるほど高く、船を丸ごと飲み込まんとするほどだ。

 

 

 

「みんなっ! 船のどこかに(つか)まりなさい!!」

 

 呆然としているところに、メルヴィアがはりあげた声で現実に引き戻される。僕はすぐさま船の(へり)(さく)を掴んだ。こころもとない気もするが、波がすぐそこまで迫ってきていたため、他へ行く時間が無かった。

 

 横目で他のみんなも柵やマストに掴まっていることを確認したところで……船の横っ腹に波がぶつかった。

 

 海に浮かぶ船の性質上、巨大な波が近づくにつれ船もあわせて少し浮かび上がってきたため、遠目では船を丸ごと飲み込むくらいの高さの波だったが、実際には甲板上に十センチにも満たない水が流れる程度で済んだ。

 だけど、その流れは速かったため、もし何かを掴んでいなかったとすれば足を取られて流されてしまったことだろう。それに、船自体も大きく揺さぶられていたから、投げ出されていたかもしれない。

 

 甲板上を見渡してみたが、みんなも無事なようで、船そのものにも特に損傷は見られなかった。

 

 

 

「よかった……」

 

 ホッとしたのもつかの間、フラウシュトラウトの咆哮が轟いた。先程の巨大な波で船が沈まなかったことに苛立(いらだ)っているのか、敵意がさらに増した眼差しで船を睨みつけてきていた。

 そして、フラウシュトラウトは船へと波をかきわけ近づいてきた。今度はその牙や爪で船を壊そうとしているのかもしれない。

 

 

 そのフラウシュトラウトの動きから目を離すわけにもいかない。けど、僕には他にも気になることがあった。

 

「波も風も少しずつ強くなってきてる……?」

 

 どうしてかはわからない。もしかすると、さっき僕が考えたようにフラウシュトラウトの行動に何か関係があるのかもしれない。 だけど、理由はひとまず置いておいても注意すべきことがある。

 それは強くなってきている風だ。帆船は風の力を利用して効率的に推進力を得るのだけど、それは同時に良くも悪くも風の影響を受けやすいということ。このまま風が強くなっていけば()に風を受け過ぎ、荒れる波と合わさって船の大きな揺れ・破損・転覆の原因になりかねない。

 

 なら、僕がまずすべきことは……。

 

 

「トトリちゃん!」

 

「は、はいっ!?」

 

 急いで駆け寄り声をかけるとトトリちゃんは驚き身をすくめつつも、元気のよい返事をしてくれた。状況も状況だから、要点だけを端的に伝える。

 

「帆っ! このままだと危ないから、僕がたたんでくる!」

 

「わかりました! お願いします!」

 

 そう伝えると、トトリちゃんはハッとした後、大きく頷いてきた。グイードさんから船の動かし方の他にも色々と教えて貰った、と言っていたので、この状況での危険性を理解できていたのかもしれない。

 

 なんにせよ、安全面でも戦闘への参加という面でも、いち早く帆をたたむ作業を終えるにこしたことはない。

 僕は急いで駆け出した。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「よしっ! これで……最後!」

 

 たたんだ帆をギュっと(しば)り、風を受けないようにまとめてしまう。

 

 帆を張っていたマストの上部にて作業を終えた僕は、甲板を見下ろして戦況を確認する。……どうやら、あまり良い状況では無さそうだ。

 

 

 フラウシュトラウトは船からほんの数メートル先にいた。そして、船そのものとは別に、船に乗っている人間もそれぞれ排除すべき敵として認識しているようだ。

 そこから噛みついてきたり、ブレスを吐いたりして甲板上のトトリちゃんたちを攻撃していた。そして、作業中に見たのだけど、驚くことにフラウシュトラウトは短く叫ぶことで雷を落としてきていたのだ。やはり、天気の急な変化もフラウシュトラウトのしわざだと考えていいようだ。

 

 

 それに対して、トトリちゃんたち(こっち)はといえば、フラウシュトラウトに有効打らしい有効打がうてずにいるようだった。

 というのも、フラウシュトラウトがいる場所が、近くはあるものの絶妙に離れているため、近接攻撃がギリギリ当たるか当たらないかといったくらいでしか届いておらず、攻撃機会自体が限られていることが大きな問題となっていた。加えて、荒れる波やフラウシュトラウトの動きで少なからず揺れる船。さらには降りだした雨で気を抜くと足を(すべ)らせてしまいそうになることも影響しているだろう。

 

 荒れる海の上に飛び出すわけにもいかず、ミミちゃんとジーノくんはフラウシュトラウトが攻撃してくる際のわずかな接近にタイミングを合わせて出の速い攻撃を与えることしかできていないようだ。

 メルヴィアはブーメランのように斧を投げ、マークさんは背負った機械から(こぶし)()したものを射出し……二人ともミミちゃんやジーノくんよりは攻撃はできてはいたけど、それでもいまひとつな様子だった。

 

 こんな時にでも問題無く戦えそうな『錬金術士』であるトトリちゃんも、何故(なぜ)か攻めることができずにいるようだった。

 気になるのは、トトリちゃんが使っているアイテム。他の人がフラウシュトラウトの攻撃を避けきれずに負ったダメージを、すぐさま回復させているようなんだけど……それら高性能な回復アイテムと比べ、フラウシュトラウトに使っている攻撃用の爆弾などのアイテムはどうしてか『フラム』や『レヘルン』といったいわゆる初級(しょきゅう)のものばかりつかっているのだ。

 

 

 

 そんなトトリちゃんをフラウシュトラウトが狙いを定めたようだった。

 目をトトリに向け、首を引くようにして(わず)かに頭を後ろへ引く。それで反動をつけたかのように、鋭い牙がいくつも並んだ口をあらわにしたフラウシュトラウトの頭が勢いよく甲板上のトトリちゃんへと伸びた。

 

「させるかっ!」

 

 僕は、フラウシュトラウトの頭部とトトリちゃんの間あたりを目がけて飛び降り、着地と同時に迫りくるフラウシュトラウトの牙へ向けて両手で『ドラグーンクロー』を抜き放った。

 

 両腕に大きな衝撃を感じたのと同時に、フラウシュトラウトのうめき声のような鳴き声が聞こえてきた。どうやら迎撃は成功したようだった。

 

「マイスさん!?」

 

「コッチは終わったから参加するよ。……あと、他の爆弾はどうしたの?」

 

 色々と言葉を省いた質問だったけどトトリちゃんには意図は伝わったようで、うつむき気味に心底困った様子でトトリちゃんは答えてきた。

 

「それが、爆発範囲に船が入ってしまいそうで、問題無く使えるものがもの凄く限られてしまってるんです……」

 

 それを聞いて納得した。

 確かに、胴体近くは船の側面や縁のあたりを巻き込みそうだし、頭部は頭部でマストの帆を張ったりまとめたりするための横に伸びる棒を巻き込むことだろう。なら、狙うのはその中間、首のあたりなんだろうけど……それでも船を巻き込みかねないことには変わりはなさそうに思える。

 だから、威力も爆発範囲も小さい初級のものばかりを使っていた……いや、使えなかったということか。

 

 思えば、ミミちゃんやメルヴィアの動きにも違和感を感じた。もしかしたら二人も足元の船への損傷を気にして、十分に武器をふりまわせていないのかもしれない。

 

「いちおう、比較的爆発範囲が狭くて威力は凄い爆弾もあるんですけど……その性質の関係で「絶対に」とは言えなくて、使えなくって……」

 

 そう申し訳なさそうに言うトトリちゃん。

 けど、これは…………。

 

 

 根本的な準備不足。

 

 

 トトリちゃんがいる手前、口に出すことはできなかったけど、そういう結論に至ってしまっていた。

 

 メルヴィアが言っていたように、『フラウシュトラウト』という存在は具体的な情報の無い相手だった。

 それでもその被害などから「海上で戦う」ということは間違い無いと推測はできただろう。ならば、それに合わせた準備、戦略を練るべきだった。そうすれば今のように、フラウシュトラウトの立ち位置のでいで近接攻撃も満足にできず爆弾も有効利用できないというジリ貧な状況にはならなかったはずだ。

 

 こうなってしまったのは、船の完成にうかれて気持ちが先走っていたからか…………いや、おそらく普段の冒険では多少苦労しても勝てることがほとんどで、()()()()認識にどこか「なんとかなる」といった気持ちがあって、そこから無意識に気が緩んでいたのが原因かもしれない。

 

 

 「船が壊れてしまえばお終い」。ギゼラさんが()()()()()()してしまっていたかもしれない失敗を、僕たちも犯しそうになっているかもしれない。

 

 自分が立っている足元にさえも気を配らないといけないという状況。そして、その他の環境も異なっている海上・船上での戦闘に、みんな本来の動きが出来ずにいる。

 

 

 

 僕は、未だに波が高くなり続けている荒れた海を睨む……。

 

 

「状況を変えようにも、あんなに海が荒れてたら…………なら……!」

 

 

 





 


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4年目:トトリ「海上の決戦」

 大変遅くなってしまい,申し訳ありませんでした……!

 戦闘描写やその表現に関して、最初から最後まで満足できる出来栄えにならず、終始悩み続けました。
 自分の妄想が少しでも伝われば……そんな風に思っています。


 ……ゲームの時は、トトリちゃんがあのアイテムでものすごく動いていた思い出があります。このお話では使いませんが、いつか物語の中で話題にあげてみたいとか思ってはいます。


 

 

***海・船の上***

 

 

「ど、どうしよう……!」

 

 降りしきる雨が船の甲板を叩く音と、波が荒れ狂う音とが混ざり合った音。それが周囲から絶え間なく聞こえてくる中で、わたしはつい不安をもらしてしまってた。

 

 思ったように動けず、これまでにない苦戦を()いられている。攻撃用のアイテムも回復用のアイテムも両方まだ余裕はあるものの、この状況からか心には余裕は無くて自分でも(あせ)ってきてしまってるのがわかった。

 

 きっと、みんなも同じようなことを思っていると思う。

 ついさっきフラウシュトラウトの攻撃からわたしを守ってくれたマイスさんも、戦闘に参加する前に少し話したけど、なんだかとても困ったような顔をしていた。他のみんなも頑張ってくれてるけど、内心では苛立(いらだ)ってたり焦っていたりしているに違いない。

 

 

「せめて、もっと強い爆弾を使えたら……」

 

わたしがそう呟いたのとほぼ同時に、フラウシュトラウトがザブンと海へ潜り……そして、船からそれなりに離れた海面から現れた。

その距離はこれまでより遠くて、ジーノくんとミミちゃんの剣と槍はもちろん、メルお姉ちゃんの斧も、マークさんが背負う機械から発射されるトゲ付きグローブも届きそうにないほど離れている。

 

「でも、わたしなら届くかも! それに……」

 

 アイテムを投げるのはたくさん練習した。それに実際の戦闘でも何度も投げてきた。そこで得た知識と経験があれば……例えば、杖に引っ掛けて振りかぶり遠心力を活かして飛ばせば、このくらいの距離ならきっと……た、たぶん届くはず!

 そして、それくらい遠くまで投げれば爆発範囲に船を巻き込んでしまうことは絶対ないと思う。そうなれば、強力な爆弾でも遠慮なく使えるから、この戦況だってひっくり返してしまえるだろう。

 

 

 そう思って、()()()()をポーチから取り出そうとしたところで…………フラウシュトラウトの咆哮が聞こえて身体が(こわ)()ってしまった。

 

 ……あれ?

 

 なんていうか、こう……今の状況に何かを感じて、わたしは爆弾を取り出そうとしていた手を止めて、顔をポーチのある手元からフラウシュトラウトのいる方へと向けて……気がついた。

 

「あっ……!!」

 

 遠くのフラウシュトラウト。そのまた後方から迫ってくる大波。

 ……そう。この戦いが始まる最初の最初と同じ状況にいつの間にかなっていたことに気がついた。

 

 

 あの時の事を思い出し、ポーチから手を抜き出してとっさに近くの(さく)に掴まる。みんなもわかってたみたいで、わたしが柵に掴まった時にはすでにみんなどこかで波を耐える準備をしていた。

 

 そして、あっというまに大波は船のそばまで押し寄せてきて、船を傾け、のみ込んできた。

 

 お父さんが造ってくれた船は本当に凄かった。これまでのフラウシュトラウトの攻撃でも大きな損傷は受けなくて、大波にのみ込まれて転覆することも無く耐えてくれている。

 そんな船と一緒に大波に耐えていたわたしだったけど、ふと()()()に気がついてゾッとした。

 

 

 大波が通り過ぎ大きな揺れがおさまったところで、わたしはフラウシュトラウトを確認した。……どうやら、船がまだちゃんとしていることが気に入らないみたいで、短く吠えた後、また海へと潜っていった。きっと、また船のそばに出てくると思う。

 ひとまずの安全を確認した後、わたしは一番近くにいたマークさんにへと声をかけた。

 

「マークさん!」

 

「うん、大丈夫だよ。海への冒険と聞いた時から機械の海水対策、防水加工には着手していてね。今、戦闘に使ってる装置も対策はばんぜ……」

 

「そんなどうでもいいことじゃなくて!!」

 

 「それはいくらなんでもヒドくないかな?」ってマークさんが呟いたけど、そんなことを気にしている場合じゃなかった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 

 わたしがそう言うと、マークさんじゃなくて、もう少しだけ離れたところにいたメルお姉ちゃんが声をあげてた。

 

「なってたわね。軽くあたしの(ひざ)上くらいまできてたわ。まだみんな耐えられたから良かったけど……これ以上高くなるのは考えたくないわ」

 

「そうは言っても、高くなったのは事実じゃない。しないのか、できないのかはわからないけど、連続してあの波を起こさないのが不幸中の幸いかしら」

 

 そう言ったのは、離れたところから駆け寄ってきたミミちゃんだった。その視線はさっきまでフラウシュトラウトがいた海面の方へと向けられている。

 マークさんはといえば、かけていたメガネを(はず)して少し振るった。そしてまたかけなおして……ため息を吐いていた。

 

「波も一層荒くなってきてるし、雨量も増えてきてる。……こういう時、雨粒が付くのはメガネの欠点だね。それは僕だけの問題だけど、雨は人の体温を奪うということも忘れちゃいけないよ。あの波のことも含めて、今以上の長期戦はどう考えても危険だろうね」

 

 マークさんの言う通りだろう。こっちだって少しずつだけど、みんなで攻撃していって確実にダメージは蓄積させていってそれなりには削れているとは思う。けど、持久戦になったら、回復アイテムがあるとはいえ、あんな大きなモンスターに体力勝負で勝てるとは思えなかった。

 

「くっそー! 陸の上でなら絶対(ぜってー)負けねぇのに!! なんとかできないのか!?」

 

「一番近い陸地は、見えていた海峡のところだろうけど……フラウシュトラウトが行かせてくれないんじゃないかな。それに、あの大波の事を考えると、陸地のほうが危険かもしれないよ」

 

 マストにしがみついていたジーノくんが苛立たしげに声をあげるけど、それにどこからかマイスさんが否定的な意見を言っていた。

 マイスさんがどこにいるのか探そうとしたところで、雨音に紛れてパシャパシャという足音が聞こえてきた。振り返って見ると、わたしの後ろのからマイスさんが駆け寄ってきていた。

 

 

 

「トトリちゃん! さっき言ってた強い爆弾用意しといて!」

 

「えっ!?」

 

 い、いきなりどうしたんだろう!? それは、もし使えたらフラウシュトラウトに大ダメージが与えられるし嬉しいんだけど……でも、船のことを考えると危ないから無理だし……。

 

 驚くわたしをマイスさんはスルーし、そしてそのまま声を張り上げてきた。

 

「メルヴィアとマークさんは、アイツの頭に思いっきり強いの喰らわせて!」

 

「はぁ!? あんた、何言ってんのよ!?」

 

「今の状況を打開するには大きな一撃を与えるのが理想ではあるけど、出来ないと思うよ?」

 

 色々と言うメルお姉ちゃんとマークさんもスルーして、マイスさんは続けて言い続ける。

 

「ジーノくんとミミちゃんは、アイツの(のど)に思いっきり突っ込んで!」

 

「おう! わかった!!」

 

 マイスさんの言葉にジーノくんだけが元気に返事をした。……というか、「わかった」なんて言ってるけど、ジーノくん絶対何もわかって無くて勢いだけで返事してると思うんだけど……。

 

 

 いったいマイスくんは何を考えているのか……それを聞こうとしたんだけど、わたしが口を開こうとした時に「ゴゴゴ……」という地鳴りのような音と共に船が大きく揺れ始める。

 倒れないように踏ん張っていると、さっきまでとは反対の方向の船の側面。その海面からフラウシュトラウトが水しぶきをあげながら現れた。

 

 みんなが身構える中で、わたしの隣に来ていたミミちゃんがフラウシュトラウトを見たままマイスさんへとビシッと言い放った。

 

「マイス! あんた、無茶なことばっかり言ってるけど、何か考えがあってのことよね!? 信じてるわよ!」

 

「うん。ミミちゃんにもトトリちゃんにももう嫌われたくないから、ウソは言わないし、いつだって全力でやるよ! だから…………()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 ……えっ? どう……いう…………こと?

 

「ちょっ、信じるとかそれ以前にもの凄く不安になるんだけど……やっぱり何するか教え……」

 

 訳の分からないわたしと違い、ミミちゃんは目を細め、口のはしっこと眉をピクピクさせて「ギギギ……」とマイスさんのいる後ろを振り向いていって……

 そこでフラウシュトラウトが大きく()えた。そうなるとそっちに意識を向けるしかできない。

 

 

 

「それじゃあ行くよ!」

 

 そう言ったマイスさんがフラウシュトラウトの方へと走り出した。

 凄い速さで近づいてくるマイスさんに、フラウシュトラウトがその鋭い目で狙いを定めた……ように見えた。

 

 

 わずかに首を引いたフラウシュトラウト。そして、その勢いでフラウシュトラウトの頭部が……鋭い牙が見える口を開きながらマイスさんの進む先へと勢いよく伸びた。

 けど、その時にはマイスさんは甲板上にはいない。走った勢いのまま飛び上がっていて、噛みついてくるフラウシュトラウトの上を通り越すような感じになっていた。

 

 

 飛び上がったマイスさんはいつの間にか両手を頭の上に上げるようにして『()』を構えて、その手元が何故か光ってて…………て、()()

 

 わたしは自分の目を疑う。というのも、ついさっきまでマイスさんが持っていたのは竜とかそう言ったモンスターの爪みたいな『()()』だった。『双剣』だから右手と左手に一本ずつ持っていたはずなんだけど……。

 なのに……だ。今の飛び上がってるマイスさんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あれ? でも、『剣』にしては持つところ……()が長い気が……?

 けど、だからと言って、ミミちゃんの持っているような『槍』にも見えないし……?

 

 

 

 いや、ううん…………瞬時に色々な考えをめぐらせてたけど、わたしはすでにそれがなんなのかわかってた。ただ、今のこの状況と噛み合わなくって、理解できてなかった……理解したくなかった。

 そう、()()()……!!

 

 

 噛みついてくるフラウシュトラウトの頭と、走った勢いのまま飛んでいっているマイスさんとがすれ違う瞬間、マイスさんの手元に集まっていた光がはじけたっ!

 

「てぇやぁああぁー!!」

 

 振り上げていた()()をマイスさんは両手で思いっきり振り下ろし、その光景を見ているわたしたちが驚きの声をあげるのとほぼ同時に、フラウシュトラウトの頭に吸い込まれていった。

 

 

「「「「「『()()』!?」」」」」

 

 

 マイスさんが振り下ろした()()…………『()()』がフラウシュトラウトの頭部にぶつかった瞬間、硬いもの同士がぶつかり合うような音……じゃなくて、まるで本当に土を(たがや)したような音が響きわたった……ような気がする。それと同時にフラウシュトラウトの頭部が()()()()()叩きつけられる。

 

 そして、わたしはある事を思い出した。

 前にメルお姉ちゃんが話してくれた「『青の農村』の噂」の中に「戦闘訓練をうけていない農民が『クワ』で『グリフォン』を追い払った」という噂を。

 あれ、信じてなかったんだけど……今だと「追い払った」んじゃなくて「倒した」んじゃないかなって思えてきた……。

 

 

 

「きゃぁ!?」

 

 その衝撃、そしてフラウシュトラウトの体重がかかったことで船が揺れ傾く。倒れないように必死に踏ん張ったけど、つい尻餅をついてしまい、そこでフラウシュトラウトのほうが見えた。

 船の(へり)近くの甲板にもたれかかるように乗っているフラウシュトラウトの頭。そしてその向こう側に、走って飛んでいった勢いのまま飛び、荒れる海のほうへと落ちていくマイスさんが見えた。

 

 「マイスさん!?」と、心配から声をあげそうになった私よりも先に、そのマイスさんが大声をあげてきた。

 

 

「みんなー!!」

 

 

 

 

 

「……ったく! あたしとの試合の時みたいに何かやらかすとは思ったけど、これは予想外ね!」

 

 メルお姉ちゃんが()()でそう言い、船の傾きによる甲板の傾斜を利用するように滑るようにして、叩きつけられているフラウシュトラウトの頭の方へと急接近していった。おっきな『斧』を構えているその細く見える両腕にはその外見からは考えられないほどの(チカラ)が込められていて……

 

「けど、この思い切り方は嫌いじゃないわね! そ! れ! に! こんくらい近づければ……()()()思いっきり振るえるわ!」

 

 その込めた(チカラ)を開放して()(はら)うようにして振るわれる斧。甲板上のフラウシュトラウトの頭部その側面に直撃して、大きな音と悲鳴にも聞こえる鳴き声と共にフラウシュトラウトの頭がはじかれ、それにつられるように首がわずかにそれた。

 

 

 メルお姉ちゃんの側面からの一撃の衝撃と、その痛みからかフラウシュトラウトの首が少し縮こまったことによって、さっきまでとは少しずれた位置で甲板よりも少し上の位置まで浮き上がったフラウシュトラウトの頭。

 そして、そこにいたのは……。

 

「いいタイミングだねぇ。さてっと、コイツの本領発揮といきましょうか」

 

 フラウシュトラウトの頭に向かって()()()()()()()マークさん。その背中には、さっきまでトゲの付いたグローブを発射していた機械が背負われているはずなんだけど……。

 気のせいか、その形が少し変わっていて、トゲの付いたグローブが外に飛び出していて、その根元には何か部品が折りたたまれているような……?

 

「ワン! ツー! フィニッーシュ!!」

 

 フラウシュトラウトの鼻先目がけて背中の機械からグローブが飛び出し、引っこみ、もう一度飛び出し、引っ込んだ。そして最後には足を屈めていたマークさんが飛び上がるのと同時に、グローブもその根元のバネのようなものをめいいっぱい伸ばすほど空へと向かって飛び出した。その一撃は正確にフラウシュトラウトのアゴの先端あたりをとらえ、フラウシュトラウトの頭をかちあげた。

 

 

 元々、メルお姉ちゃんの一撃で頭を揺らされていたこともあったのかもしれない。フラウシュトラウトはマークさんの攻撃で苦しそうなうめき声と共に、船の甲板の真上の範囲から外れるくらいにのけぞった。

 

「おっしゃあ! いくぜ!!」

 

 そう元気の良い声が聞こえたかと思うと、わたしのすぐそばをすり抜けるようにしてジーノくんがフラウシュトラウトのほうへ向かって走り出していた。

 

「続くわ!」

 

 わたしの隣にいたミミちゃんが、ジーノくんにわずかに遅れるようにして走り出す。

 

 

 一直線にフラウシュトラウトへ向かって行ったジーノくんは、船の(へり)()み台にして飛び出し、その勢いのままフラウシュトラウトへとぶつかっていった。

 

「うぉぉおりゃぁあぁぁ!」

 

 風切り音が聞こえてきそうな速さで横一線に振るわれたジーノ君の剣は、普段はなかなか見えない……のけぞっていたことで(あらわ)わになっていたフラウシュトラウトの白い喉元(のどもと)に走り、そこにパックリと開く赤い線を作りだし赤色が舞った。

 

「…………ハァ!!」

 

 ジーノくんに続いて同じく船から飛び出したミミちゃんが、ねじった上半身、肩から腕、手首までもを一体として勢いよく槍をフラウシュトラウトへと突き出した。振り続けている雨の壁に穴を穿(うが)つその一閃(いっせん)は、ジーノくんが喉元に付けた傷の真ん中の一点に(みちび)かれるように突き刺さり、衝撃と共に周囲の肉がはじける。それと同時に、フラウシュトラウトがさらにのけぞり、ミミちゃんはそれに合わせてフラウシュトラウトの首を蹴り槍を引き抜く。

 

 

 

 ジーノくんとミミちゃんがフラウシュトラウトに大ダメージを与えた。それは喜ぶべきことだったんだけど、二人は勢いよく船を飛び出していってしまっていたため、甲板に戻ってくることは出来ず……ジーノくんは前のめりになって空中で前転し始めながら、ミミちゃんは槍を引き抜いた時の体勢の関係で後ろ向きに倒れ込みながら……波が荒れ狂っている海へと落ちていっていた。

 

 「このままじゃ、さっきのマイスさんみたいに落ちちゃう!」と、いてもたってもいられず二人にむかって声をあげようとした……その時。マイスさんの時と同じく、落ちていく本人たちの声がわたしの言葉を止めた。

 

 

「「いっけぇー! トトリぃー!!」」

 

 

 いつもと変わらない笑顔で、いつもと変わらないキリッとした綺麗な眼で、ジーノくんとミミちゃんがわたしに大声でそう言ってきた。

 

 「何を?」という疑問は()かなかった。二人の顔を見、声を聞いた時には、頭で考えるよりも先にわたしの身体(からだ)は動いていた。

 

 ポーチから取り出したのは『N/A』という爆弾。爆発範囲は狭いけど材料を吟味(ぎんみ)することで凄い威力になる爆弾。

 その凄さは、わたしにこの爆弾のレシピが書いてある調合書を渡した時にロロナ先生が「変に調合に失敗したら、このアトリエごと吹っ飛んじゃうくらい爆発しちゃうの!」という一言もあったから間違い無い……はず。

 

 その『N/A』を持った時点でわたしは助走をつけるため走り出してた。視線の先にはマイスさん、メルお姉ちゃん、マークさんに重い一撃を加えられたうえ、ジーノくんとミミちゃんによってひっくり返りそうなくらいのけぞったフラウシュトラウトの姿が。

 そのフラウシュトラウトがいる位置は突き飛ばさるように押し出されたため、爆発範囲に船が巻き込まれないくらい離れておりながら、投げたものが確実に狙ったところに届く絶妙な距離。

 

 狙うは、ジーノくんとミミちゃんによってつけられた喉元の真新しい傷。……そして、その向こうにわずかに見える、お母さんが付けたと思われる古傷。……それらがある頭部へむかって…………わたしは『N/A』を思いっきり投げた。

 

 

「えいやーっ!!」

 

 

 『N/A』がフラウシュトラウトの頭に当たるか当たらないかというあたりで、「カチンッ」という音が聞こえたような気がした。

 その一瞬後に『N/A』が轟音と共に周囲の雨粒を吹き飛ばし爆発した。その衝撃の範囲はフラウシュトラウトの頭をまるまる包み込むくらいものだった。

 

 

 ……けど、それで終わりじゃない。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 たまらず鳴き声をあげるフラウシュトラウトに()()()()()()が襲いかかり、本当に悲鳴のような鳴き声が爆音に紛れて周囲に響いていた。

 

 そして、()()()()()()

 これまでで最も大きい音と共に発生した爆発。その衝撃は喉元の傷から……それだけでなく古傷のほうからも血を噴き出させ、ただでさえ体勢の悪かったフラウシュトラウトを完全に海面と平行になってしまうくらいまで倒してしまった。

 

 

 

 平行、とは言っても、フラウシュトラウトは空中にとどまることなんてできない。ひっくり返るように海面へ倒れ込んでいく。

 

 大きな音と水しぶきと共に、フラウシュトラウトはついに海へとおちた。

 

 

 心臓が耳元にあるのかと思うくらい心音が聞こえる中、落ち着けようとしたところで……これまでに何度か感じた揺れをまた感じた。

 

 そう。頭を中心に様々な箇所に傷を負ったフラウシュトラウトが、再び海から顔を出したのだ。

 

 「嘘……」とわたしが声をもらす……よりも先に、フラウシュトラウトがひときわ大きな咆哮をあげ……わたしたちのいる船とは反対の方向、大海原のほうへと方向展開してゆっくりと海へと沈んでいった。

 

 

――――――――――――

 

 

 ……気がつけば、空からは暗雲は消えていて、あれだけ降っていた雨もやんでいる。さらには、波も船の揺れもおさまっていて、まわりはフラウシュトラウトが現れる前の(おだ)やかな海へと戻っていた。

 

「か、勝った……?」

 

「まあ、あれだけの傷を負わせたんだし、むこうから逃げたわけだから「勝ち」なんじゃないかしら?」

 

 フラウシュトラウトが去っていった海を見ながら言ったわたしの呟きに、斧を肩でかついだメルお姉ちゃんがそう応えた。そして、わたしの肩を叩いてニッコリと笑った。

 

「やったわね、トトリ」

 

「やった……やったー! 勝ったんだ! わたしたち、フラウシュトラウトに! 勝った……あっ」

 

 やっと実感がわいてきて、飛び上がるように喜んだ……んだけど、わたしはある事を思い出して動きをピタリと止める。

 

 

「そ、そうだ!? ミミちゃん! ジーノくん! マイスさん!」

 

 そう、フラウシュトラウトに向かって飛び出して海に落ちた三人。

 

 わたしは慌てて駆け出し、船の縁から身を乗り出すようにして海を覗きこみ……覗きこみ……覗き…………? 数回まばたきをして、目を(こす)る。……あれ?

 

()()()()()()()()()()()?」

 

「あ、いえ、その……?」

 

 今、船の上にいるメルお姉ちゃんとマークさんはわたしのことを「トトリちゃん」とは呼ばないし、それにこの声は確実にわたしの視線の先……海の方から聞こえてきてる。

 

 それで、海のほうなんだけど……

 

 

 海の上に()()()こっちを見上げてるジーノくん。

 海の上に()()()()こっちを心配そうに見ているマイスさん。

 ミミちゃんは……海に立つマイスさんに『お姫様抱っこ』されて顔を真っ赤にしてる。

 

 

 その……これってどういうこと?

 

 わたしがその疑問を口にするよりも先に、わたしの隣から……いつの間にかわたしと同じように海を覗きこんでいたマークさんが、マイスさんに問いかけた。

 

「それがキミが前に言ってた、海面を走る方法なのかい?」

 

「はい! 僕が()いているのが『みずぐも』っていうクツで、ジーノくんが乗ってるのは『ハスライダー』っていう『アクティブシード』です!」

 

「いや、うん。いろいろと意味わかんないから」

 

 マークさんがいるのとは反対のわたしの隣にきたメルお姉ちゃんが苦笑いまじりにそう言った。

  わたしはといえば……よくよく見るとジーノくんの下にあるのがわかる大きな葉っぱに「そういえば、初めてマイスさんと行った冒険で教えて貰った『アクティブシード』の中に、そんな名前の奴があったっけ?」とうろ覚えの記憶を探っていた。

 

 

「まあ、海があれてたらバランスとるのに手一杯になっちゃうし、下手すると簡単にひっくり返るから戦いながら使うっていうのはできそうになかったんだよね」

 

「はあ……? わかったような、わからないような……? と、とりあえず、上がるための縄梯子(なわばしご)持ってきますから、ちょっと待っててください」

 

 

 

 そう言って、メルお姉ちゃんと一緒に縄梯子を取りに行ったんだけど……

 

「ちょ、ちょっと……! 早く降ろしなさいよ!」

 

「えっ? そんなこと言っても、ミミちゃんを海に降ろすわけにもいかないし……」

 

 

「そもそもなんでジーノ(こいつ)は葉っぱに乗って、私はお、その……だ、抱かれなきゃいけないのよ!? 極力借りは作りたくないのに……!」

 

「借りも何も、当たり前の事をやってるだけ……それに、ただ単にどっちが先に落ちてきたかってだけで……」

 

 

「いいから早く降ろしなさい! これ以上このままっていうなら、この際、泳いだっていいわ!」

 

「でも……あっ、そうだ! ()()()()()()()!」

 

 

「はぁ? 上がるってどうやって……何(かが)んで……というか、何で持ち上げて…………えっ、ちょ、ま……きゃぁああー!?」

 

 

 ……何か聞こえて気がするけど、気にしない方がいいの、かなぁ?

 





 ミミちゃんはどうなったのか……?
 それはほら、こう……ぽーい、って。


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4年目:マイス「決戦を終えて……」

 

 

***海・船の上***

 

 激闘の(すえ)フラウシュトラウトを撃退した僕たちは、海峡を越え船を進めた。行き先は、『アランヤ村』から出発した際にグイードさんから聞いた、ギゼラさんが行くと言っていた方向、東へ東へと進んで行く。

 

 いままでのところ、探しているギゼラさんに繋がりそうなモノは、ギゼラさんがつけたので()()()フラウシュトラウトの額の古傷だけだった。

 もちろん、もう十年近く前のことだから今でも何か痕跡(こんせき)が残っていたほうが凄いとは思う……。けど、トトリちゃんをはじめ、僕を含めた船の乗員のみんなはギゼラさんを探すためにこの大海原へ冒険に出たのだ。限界はあるかもしれないけど、できる限りギゼラさんの手掛(てが)かりを探すというのは全員が一致した考えである。

 

 

「……おーい、ちょっとー」

 

 

 ただ、フラウシュトラウトと出くわした海峡からは、すでに随分と離れてしまったことが少し気にかかるところではある。

 グイードさんが話していたことだけど、『アランヤ村』に流れ着いた船の残骸(ざんがい)がギゼラさんの船の一部だったとして……その残骸を生み出したのが古傷をつけられたフラウシュトラウトだったとしたら……はたして、こんな離れたところまで漂流することが出来るだろうか? 破損した船はもちろん、船が沈んで身一つになったらなおさら難しいんじゃないだろうか?

 可能性があるとすれば、船の破損が小さかった……もしくは、大きくても船が沈んでしまったりすることのない部分だったか……いや、そもそもギゼラさんが僕らがフラウシュトラウトと出くわした場所と同じ場所で出くわしたとは限らないし、多少のズレは……。

 

 そこまで考えて、僕は「はて」と一人心の中で首をかしげた。

 

 僕は何を心配しているんだろう?

 ギゼラさんがすごく強いってことはよく知ってるし、不安要素だったフラウシュトラウトも多少てこずったものの「ギゼラさんほどじゃぁ……」というのが正直な感想だ。海の上というフラウシュトラウトに有利な状況であってもギゼラさんがやられるとは思えない。

 なのに、何故か僕の中では不安が大きくなっていっている。

手掛かりがほとんど見つからないから? いや、でも、そんなの今に始まったことじゃないから関係無い。もっと何か別にあったかな……?

 

 

「聞いてるー? マ・イ・スー!」

 

 

 耳元でそんな声をあげられて、僕は反射的に身をすくめてしまった。

 ()()()()()()()()()声のした方へと目を向けると、そこにいたのはメルヴィア。そして、その後ろにはトトリちゃんとミミちゃんもいた。

 

「ん? どうかした?」

 

「どうかした、じゃなくってさぁ。今、止めてくれたけど……()()やめてくれないかしら? 正直、ちょっと怖いんだけど」

 

 そう言ったメルヴィアが目をやったのは僕の手元。メルヴィアが言っている「それ」というのはもしかして……。

 

「えっと、『クワ』のこと?」

 

「『クワ』そのものっていうか、素振りしてることよ。マイスならそんなことしないって思ってはいるけど、見えると船を壊さないか気が気じゃないのよね」

 

「……? なんで?」

 

 いや、まあ、確かに考え事しながら甲板で『クワ』の素振りをしていたけで……あくまで素振りだし、実際に耕してるわけじゃないからそんなに気にしなくていいと思うんだけど……?

 

 

 僕が首をかしげていると、ミミちゃんが「はぁー……」と大きなため息を吐いた後、ジトーっと睨みつけてきた。

 

「フラウシュトラウトへの()()一撃を見た人なら誰だって気にするわよ。……というか、なんで素振りなんてしてるのよ」

 

「なんでって、その……最近農作業とか土いじりができてなくて、なんだかウズウズするっていうか、落ち着かないっていうか……。こんなに長い期間、冒険に出ることって無かったし、そもそもほとんど海の上で落ちつかなくって」

 

「だからって、こんなところで『クワ』を振り回さなくっても……」

 

 

 苦笑いをしてそう言ったトトリちゃんだったけど、不意に表情を変え、(ほお)に手を当ててどこは他所(よそ)を見ながら呟き出した。

 

「あっでも、なんとなく気持ちはわかるかも。わたしも最近『調合』できてないから……時間ができると、ついつい杖でグルグルしちゃいたくなっちゃって。……そういえば、初めてロロナ先生が来た時、先生も『調合』しながら「久しぶりだなー」なんて言ってたっけ? 同じような気持だったのかな?」

 

 トトリちゃんの呟きに反応したのは、メルヴィアだった。なんというか……本当に何とも言えない顔をしてる。

 

「ああ……ロロナさんが始めてきた時って()()でしょ? グイードさんに釣られて、あんたたちの家が半壊した……」

 

「ちょっと待ちなさい。意味わかんないわよ」

 

 「何言ってんのよ」と、ツッコミを入れるミミちゃん。僕も同じ気持ちだ。

 ただ……ロロナがグイードさんの釣竿で釣り上げられたっていう話は聞いたことがあるから、なんとも……。でも、ヘルモルト家が半壊って、何があったんだろう?

 

 

 

「まあ、そんなことは置いといて。とりあえずマイスは『クワ』を片付けておきなさい」

 

「ええ……」

 

「「ええ」じゃないわよ。まったく」

 

 メルヴィアに呆れ気味に言われて、僕はしぶしぶ『クワ』をリュックにしまう。

 

「……マイスのも、当然のように何でも入るのね」

 

「え?」

 

「んーや、なんでも」

 

 

 

―――――――――

 

 

「オーイ! でっかい島が見えてきたぞー!」

 

 『クワ』の素振りをやめさせられてから数時間。海風を感じながら甲板の(はじ)で日差しを浴びながらノンビリとお昼寝をしていると、船の先端あたりからジーノくんの元気な声が聞こえてきた。

 その声に僕は立ち上がり、そっちのほうへと向かう……。

 

 

 僕が船の先端あたりへとついた頃には、すでに僕以外の人も全員来ていた。

 

「島が見えたの?」

 

「あっ、いえ。「島」っていうよりは……もしかすると、「大陸」って言っていいくらい大きなところかもしれないです」

 

 僕の問いかけにトトリちゃんがそう答えた。

 それを聞きながら船の正面の方向を見る。確かにここに来るまでに見かけたり立ち寄ったりした孤島とは比べ物にならない大きさの影が見える。こっちのほうは未開の地という事もあって正確な地図も無いため確認することはかなわないけど、おそらく目の前の陸地は「大陸」というものだろう。

 その陸地の上空には灰色の雲が広がっていて陸地がうっすらと白く見えるため、もしかしたら雪が降っているのかもしれない。

 

 

「なあなあ! あそこに上陸しようぜ!」

 

「どうするの、トトリ?」

 

 興奮を抑えられない様子のジーノくん。そして、トトリちゃんにどうするか問いかけるミミちゃん。

 トトリちゃんはといえば、ジーノくんほどではないものの興奮している様子で、大陸に目をやったまま「わぁー……!」と小さく歓声をあげていた。

 

「うん! このまま進んで、どこか船を()められそうな場所を探して上陸しよう!」

 

 

了解(りょーかーい)。んじゃ、ちょっと海岸のほうを見てみようかしら」

 

「なら僕はイカリのほうを準備しとくよ。使う時には声をかけてくれたまえ」

 

 そう言うと、メルヴィアは望遠鏡を片手に陸地のほうを覗きこみはじめ、マークさんはイカリの用意のために移動しはじめた。

 

「なら、わたしたちは……」

 

 「うーんと」と小首をかしげるトトリちゃん。その隣でジーノくんが腕をビシッとあげた。

 

「オレはいつでもいけるぜ!」

 

「何言ってんのよ、バカ。小島ならまだしも、大陸に上陸するならちゃんとした準備をしなきゃダメに決まってるじゃない。ほらトトリ、必要な荷物をまとめてきましょう」

 

「うん、そうだねミミちゃん。行こっか」

 

 ビシッと言ったミミちゃんはトトリちゃんと一緒に船内へとむかった。荷物の準備のために倉庫の方へと行ったのだろう。ジーノくんも「おい、ちょっと待てよー?」とその二人を追って行く。

 

 

 うーん……僕はどうしよう?

 他に何か準備するべきことって何かあったっけ?

 

「あっ、そうだ……!」

 

 

 

―――――――――

 

***海岸***

 

 

「……で、何してるのよ」

 

 陸地が見えてきてから一時間足らずでたどり着き、船をちょうどいい海岸に泊め終えた僕らは雪で白く染まった大地に上陸したんだけど……そこでの作業を始めようとしたところで、準備をしている僕にミミちゃんが少し手元を覗きこみながら問いかけてきた。

 

「ほら。さすがに船をここに放置しとくわけにはいかない。だけど、誰かが残るってわけにもいかないよね?」

 

「確かにそうですけど……何かあるんですか?」

 

 不思議そうに見つめてくるトトリちゃんに「ちょっと待ってね」と言ってから、必要なモノを全て取り出す。

 

 

「よーし! みんな、出ておいで!」

 

 取り出したモノ……何種類もの『アクティブシード』を雪の積もった地面へと放り投げる。すると種が成長し……『剣草』、『はにわサボテン』、『マジックソラマメ』、『ジャック』……様々な種類の『アクティブシード』が姿を現した。

 この子たちがいれば、船を守ってくれるはずだ。

 

 

「ちょ!? なにこれ!?」

 

「ん? メル(ねぇ)、知らねぇのか? この前、オレが乗ってた『ハスライダー』ってやつの仲間なんだってさ」

 

 驚いているメルヴィアに、前に僕が『アクティブシード』の説明をしたことのあるジーノくんが簡単に説明していた。

 

「これかぁ……僕はあんまり好きじゃないんだよね、よくわからないし」

 

「……まぁ、『青の農村』にいるモンスターたちと同じようなもんでしょ。そんな気にすることはないわ」

 

 ああ、そういえばマークさんは『プラントゴーレム』も嫌いだって言ってたっけ? でも、『アクティブシード』も『プラントゴーレム』もすっごく便利で良い子たちなんだけどなぁ……?

 ミミちゃんは、特に嫌いだったりしてるわけないみたい。昔から『シアレンス』でのこととか、モンスターのことなんかも話してたから、色々と慣れてるのかもしれない。

 

「そういえば……『アクティブシード』ならわたしも持ってるから使おっと!」

 

 トトリちゃんはそう言うと、ポーチから何かの種……おそらくは『アクティブシード』なんだろうけど……それを取り出して、地面へ投げた。

 そこから生えてきたのは……ああ、思い出した! いつだったか、前にトトリちゃんにお願いされて『フラム』を二人で調合した時にできた、その見た目から『フラムユリ』って名付けたものだったはずだ。

 

「げっ!?」

「んなっ!?」

 

「……?」

 

 なんだか知らないけど、『フラムユリ』を見たジーノくんとミミちゃんが驚いて身構えていた。……というか、ミミちゃんは凄いスピードで僕の後ろに隠れて……一体、『フラムユリ』で何かあったのだろうか?

 

 

「これで船から離れても大丈夫かな?」

 

「たぶんね。けど、僕は『アクティブシード』を何日も放置したことはないから、どうなるかはちょっと……」

 

 一日持つことはほぼ確実だろうけど……そもそも、使用者である僕が離れても大丈夫かっていうのもちょっと不安だし。

 そう言ったことも考えると、いちおうの保険もかけておいたほうがいいかな?

 

「うーん。もうちょっと色々対策しておこうと思うんだけど……ちょっとまだ時間がかかりそうだから、トトリちゃんたちは先に冒険しに行っててくれるかな?」

 

「えっ……!? でも、大丈夫なんですか?」

 

「うん。ちょうど雪が積もってて足跡も残りそうだし、追いかけるのは出来るよ」

 

 そう言うと、トトリちゃんは改めて「うーん……」と数秒悩んだけど、最後には「わかりました。それじゃあ、お願いします」と言ってくれた。

 他の皆にも事情を話して、トトリちゃんと一緒に先に行ってもらうことにしてもらった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

「……さて。『アクティブシード』のみんなには船の上と陸とに分かれてもらって……後は()()()を埋めとこう」

 

 「あの種」というのは『プラントゴーレム』の種だ。埋めるてから一日経つと、埋めた場所の周囲の土を元に身体を生成するゴーレムで、埋めた人の言う事を聞くようになるのだ。そしてこれは『錬金術』で『調合』した時に偶然数個できたものの残り。

 その種を埋めておけば、もし一日経って『アクティブシード』が種に戻ってしまっても、交代するように『プラントゴーレム』が出来てくれれば船を守ってくれるはずだ。

 

「早く埋めて、みんなを追いかけないとな」

 

 『クワ』を取り出して、雪に(おお)われた地面を見つめる。

 ……これ、雪が厚いと埋めるのに時間がかかりそうだなぁ……。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 海岸での作業を終えた後、僕はみんなの後を追った。

 

 そして、雪の積もる大地にあった針葉樹の林を抜けたあたりで見えてきた、見たことの無い形の家がいくつもある村と……そのずーっと先にある雲に突き刺さるような細長い塔が見えてきたあたり…………

 

 

 

 

 …………僕の耳に、トトリちゃんの()()な泣き声が聞こえてきた。

 



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4年目:マイス「辿り着いたその先に」

 長い間更新できず、申し訳ありませんでした!

 根本的な執筆時間の不足。そして、次から次へと湧き上がってくる他の妄想……まだ『トトリ』が終わっていないのに『メルル』でのイベントが思いつきだして書き留めたり、関係の無い『黄昏』やら『不思議』やらも書き留めたり……。

 そんなこんなで書き終えた今回のお話。本当はもう少し内容が進む予定だったのですが……色々と予定通りにはいきませんでした。


 

 『アランヤ村』から船で出発し、フラウシュトラウトを激戦を経て撃退した僕たちは、海峡を越え、数日間の航海の末に雪に(おお)われた大陸にたどり着いた。

 

 

 みんなで冒険に出るから、その間の船の安全を確保するために僕が少し残ってちょっとした作業をすることに。なので、みんなにはちょっと先に探索を始めておくようにお願いして、僕はひとりで作業をした。

 

 

 「作業」なんて言ったけど、そう大したものじゃない。特別時間がかかるわけでもなく小一時間で終った。

 それからみんなを追いかけた。幸い、雪が積もっていて足跡があってなおかつ今は雪は降っていないため、みんなの足取りをたどることはそう難しいことじゃない。そうして足取りを追っていると、こんな極寒の地でも群生している樹木があり『青の農村』の近くの林とはまた少し違った雰囲気があった。

 

 ……けど、そんな雰囲気を噛み締めて楽しむ暇なんて、僕には無かった。なぜなら、そのあたりに差し掛かったあたりで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その泣き声は遠く、わずかにしか聞こえなかったけど、それを聞き間違いなどと疑うことは一瞬たりともなかった。聞こえた瞬間、ついさっきまで歩きながら確認していた足跡にも目もくれず、泣き声が聞こえてくる方へと走る……。

 

 

 林を抜けるあたりで見えてきたのは、『アーランドの街』の建物とも『青の農村』や『アランヤ村』の建物とも違った形式の建物群……この雪の大地にある村だった。そして泣き声が聞こえてきているのは、その村の(はじ)……少し手前のあたりだった。

 

 そして僕の目が(とら)える。

 泣き声がしている場所の……雪に覆われた()()()()()()()()()()()()()の近くにへたり込み、大きな泣き声をあげているトトリちゃんを。

 そして、そのトトリちゃんを少し離れた場所から見守るようにして様子をうかがっているのは、メルヴィアたち。そのそばには見たことの無い子……おそらく、この村の人だろう女の子もいた。

 

 

 その光景を見て、僕は動かしていた足を止めた。そこにいる誰かに話を聞かなくても()()()()()()()()()()

 

 

 

 ……これが、僕ら(今回)の冒険の終点であり、ギゼラさん(過去)の冒険の終点でもある『最果(さいは)ての村』へ僕が足を踏み入れた瞬間だった……。

 

 

 

―――――――――

 

***最果ての村***

 

 

 僕は、地面に刺さっている意思の板……石碑(せきひ)から1メートルほど離れた地面の雪の上に座っている。

 

 僕と石碑との間の地面には、僕とは別の誰かが積もった雪に残した(あと)があるのがわかる。それはもちろん、少し前までここにいたトトリちゃんがへたり込んでいた時に残ったものだ。

 

 

 

 石碑の前で泣き続けていたトトリちゃんだったけど、ある程度時間が経つにつれ段々とその泣き声は小さくなっていき、最終的には鼻をすする音くらいにまでおさまっていった。

 そしてそのタイミングで、メルヴィアたちのそばにいた女の子がトトリちゃんのほうへと駆け寄っていき、トトリちゃんに何かを伝えた。話の内容は聞きとる事は出来なかったが、立ち上がったトトリちゃんは女の子に連れられて村の奥の方へと行ってしまった。

 

 トトリちゃんと女の子が行ったところで、トトリちゃんが泣いていた事もあってなんとなく合流のタイミングを失った僕は、ようやくみんなのところに行くことができた。……僕がいたことは、トトリちゃんが泣いている途中には気がついていたみたい。

 

 メルヴィアから聞いたんだけど、トトリちゃんはこの村のまとめ役の人のところに行ったらしい。なんでも、ギゼラさんのことについての話だとか。

 そのことを知っていたのは、この一緒にいた女の子から聞いていたのか……もしくは、僕がくるよりも前に何かあったもしれない。

 

 

 

 そんなことがあって僕らはとりあえず、まとめ役の人と話をしているトトリちゃんを待つこととなり、各々(おのおの)、村の中やその周囲で時間を潰すことになった。

 

 僕が選んだのは、今いるここ。村はずれの石碑……おそらくお墓なのだろうものの前。雪の上に座っているため、お尻に少し冷たさを感じている()()なんだけど、ほとんど気にもならなかった。

 ジッと石碑を(なが)め……何か色々と思って考えているはずなのに思うように頭が回らない感覚を感じながら、僕はただただひたすらに見続けた。

 

 

「ギゼラさんのこと、聞きに行かなくていいの?」

 

 不意にそんな言葉が後のほうから聞こえてきた。

 声の感じから、それはミミちゃんだとわかり……なんとなく振り返る気にもなれず、石碑に目を向けたまま答えることとなった。

 

「行かない……っていうよりも、()()()()かな?」

 

「なんでよ」

 

「なんでかな、()()()()()()。すごく悲しいはずなのに……さ」

 

 「だから、行っちゃいけない気がするんだ」、そう続けた。僕は座ったまま、視線を石碑からその先の空へと移す。

 見えるのは灰色の雲が広がる空。所々(ところどころ)にある小さな雲の切れ間から青い空がうっすらと見えていたりはするものの、この雲の天井はどこまでも広がっているんじゃないかと思えてしまう。

 

「ギゼラさんなら、()()ギゼラさんなら大丈夫だろうって、そう思ってたからあんまり心配にならなかったんだと思ってたけど……僕が非情なだけだったのかな……」

 

「それって、どっちかというと「受け入れられてない」ってふうに思えるわよ。……その気持ちはわからなくも無いけど」

 

 その言葉が聞こえた後、背後のほうから雪を踏みしめる音が近づいてきて……そして、僕から見て右隣のほうでその音が止まった。

 

「こういうのを受け入れられるかどうかっていうのは、時間がかかったりするものじゃない。別に焦ったりする必要は無いと思うけど」

 

「そう、かな……?」

 

 

「そうよ。私はそうだった、あの時……お母様が亡くなる時、そうだったもの。お母様がかけてくれる言葉はちゃんと聞こえたし憶えられた……けど、自分がそこにいないような感覚になって、なんだかよくわからなくなって……お母様が亡くなってからも、泣きはらしてからも、そんな感じだった」

 

 「でもね」とミミちゃんは続けて言った。

 

「そこから立ち直るきっかけをくれたのは、アナタなのよ、マイス。アナタはあの時、私たちの周りの事をしてくれた。お母様が亡くなった後は、黙って家のことを全部して、私に考える時間をくれた。そして、私が()()()()()()を思い出して一歩踏み出す時には、その手助けをしてくれた……当主の引継ぎの手続きとかそういった難しいことは、人伝(ひとづて)に聞いたことみたいでちゃんと理解してなさそうだったりしたけど」

 

「あはは、そんなこともあったね。あの時は、エスティさんにお世話になったなぁ……」

 

「マイスのほうで何があったかは知らないけど……とにかく、今思えば嫌なくらい気を遣ってもらったわ。だからこそ気づけた。「このまま泣いてるわけにはいかない、他の人の模範になるような立派な『貴族』にならないと」って」

 

 そう言ったミミちゃんは、しゃがみこみ、僕に並ぶようにして石碑を向いた。

 

「まっ、そう考えるようになったらなったで、何処かの誰かさんがそっくりそのまま大きな壁として私の前に立ちはだかっちゃって、また複雑な気持ちになっていったんだけど」

 

「ええっと……もしかして、それって僕のこと……なのかな?」

 

「もしかしてでも、なんでも無いわよ。と・に・か・く! 悲しんでもいいし、泣いたっていいけど……それでも、ずっと立ち止まっているわけにはいかない。マイスにだって目標とか、やるべきことがあるでしょ? ……なら、なおさらよ」

 

 「私は、当然「立派な『貴族』になる」ことと……あと、今は「トトリをツェツィさんたちの所に無事送り届ける」ことかしら」と言って、ミミちゃんは話を(しめ)た。

 

 

 チラリと横目で隣にいるミミちゃんの様子を確認しようとしたところ、そのミミちゃんと目が合った。どうやらミミちゃんも僕を見てきていたようで、ちょうど視線が合わさってしまったようだ。……そして、その目は「マイス(あなた)はどうなのよ」という、僕の意思を問いかけてくるものだと、一目見てわかった。

 

 

 

 ……目標、やるべきこと……そんなものが、僕にあるだろうか?

 いや、そもそも今回の冒険だって「ギゼラさんが気にならない」と言えばウソになるけどトトリちゃんのお手伝いっていう側面が強くて、自分の中にあった目標とかそういうのじゃなかった気がする。

 

 なんというか……でも、自分の意思が無かったとかそういうわけじゃなくって…………「しないといけない」とかそういう使命感でもなく、何か自分の中で大きな目標があってそのためにっていうわけでもなく……こう、()()()()()()という感じだった。

 そう。思えば()()()から僕はそんな感じで、『青の農村』ができたり、お祭りを開催し始めたりもしたけど、その根本はそう変わらなかったんだ。

 

 

「あっ。そういえば……うん、そうだった」

 

「どうしたのよ、いきなり?」

 

 僕がついこぼしてしまっていた呟きに、ミミちゃんが少しだけ首をかしげて問いかけてきた。

 

「そういえば、()()()……()()()()()()()()()()()()()も、どうすべきかとか、自分に何ができるかとか、これからの事とか色々考えたなーって思い出して」

 

「初めて会った時のこと……そういえば、ギゼラさんが村でやった無茶苦茶なこととか冒険の武勇伝はマイスから聞いたことはあったけど、その話は聞いたこと無かったわ」

 

「ミミちゃんに会うより少し前のことだけど、面白くもない話だったからね。「元いた世界(シアレンス)に帰る」っていう目標が(つい)えて、気力も無くなって精神的にキツかった時に、たまたま僕の家にギゼラさんが来たってだけの話だし。……でも、あれが僕にとっては大きな転機だったかな」

 

 

 文化も色々と異なる土地……もっと言えば「世界」自体違うのだと考えられる『アーランド』。そこから『シアレンス』に帰るための最後の頼みの綱だった『魔法』。それでも帰れなかった僕が絶望した数日間。そして出会ったギゼラさん。

 あの時、僕は色々と変わったんだと思う。

 僕は大きな目標の代わりに、「自分できること・できそうなこと」に全力で取り組んでいくことにした。農業に、鍛冶、料理。そして誰かのお手伝い。……結局は僕がしてみたいことをしてばっかりになってたんだけど、でも僕がやってきたことの結果、気づけば村ができたり、お祭りが行われるようになったりと何かへと繋がった。

 

 それらが僕自身や周りにどんな影響を与えたかとかはわからない……けど、確かなことはある。あの出来事が無かった場合の自分を想像することが出来ない……だから「これで良かったんじゃないかな?」と僕は思ってる。

 

 

「うん。とっても悲しいことは間違い無いけど……ギゼラさんの事を(おも)って泣いたりするのはひとりの時で、今じゃなくていいのかもしれないね。なら、僕が今することは……」

 

 僕は再び石碑を見て……心の中で一度頭を下げて、ゆっくりと立ち上がる。そして頭の上まで指を組んだ両手をあげて身体を伸ばし、「ふぅ」と息を吐きながら腕を降ろす。

 そして考える。僕が今、この村ですることを……

 

 

「この村って食べ物ってどうしてるんだろう? 石碑(ここ)ばっかりに気を取られてたからちゃんと見てなかったけど、村の中に畑とかあるのかな? もしそうなら、こんな雪の積もる寒い地域だし、育ててる作物の種類も気になるなぁ……」

 

「へ? いや、確かにマイス()()()といえば()()()けど……それでいいのかしら? けど、他でもない本人が言ってるわけだし……」

 

 ……あれ? なんでだろう? 何故かミミちゃんがひとりで頭を抱えだしてる。

 

 そんなミミちゃんのことも気になったけど、すぐに復活したようだから心配はいらないだろう。

 そう判断した僕は「それじゃあ、さっそく村の人たちに話を聞いてみるよ!」とミミちゃんに伝えて、人が良そうな村の中心の方へとむかって歩き出した。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「まっ、ちょっとは元気になってくれたみたいだし、これで良かった、のよね? ……マイスにまでどうにかなられちゃったら、私だって困るもの」

 

 歩いて行くマイスの背中を見つめながら立ち上がるミミが、ボソリと独り言をこぼす。

 

 自分とは才能も理想も、持っているモノが根本的に違う存在……けど、まぎれもない憧れであり目標であるマイス。

 そんな彼も一緒の長期の冒険。その中での日常や戦闘、そしてつい先程の出来事を間近で見て感じたものがミミの中でグルグルと回っていた。

 

「……私も、自分のこれからの事、考える時間が必要なのかもしれないわね」

 

 そう言いながら自然と目がいったのは、少し前にトトリが連れていかれたこの村の代表の人の家。今、そこではトトリがギゼラの事を聞いているはずだ。

 

「トトリも……大丈夫かしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても……「帰る」って目標が無くなるってどういうことなのかしら? 事情が変わった? でもそれならもっと違う言い方をするような……?」

 




 次回、やっとあの子が登場予定。今作ではどうなるのやら……。


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4年目:マイス「帰りの旅路……?」

 遅れてしまい、大変申し訳ありません!

 そう何度も延期するわけにもいきませんでしたので、合間合間の休憩を利用して執筆・投稿。今後、こんな事はないように頑張りたいと思っております。


 

 

 石碑の前から移動した僕は、村の中へと進んで行き住んでる人たちから食べ物はどうしているのか等、どういった生活をしているのか聞いてまわった。

 

 そうして知ったことなんだけど、僕が予想していたように村の中に畑があって、そこでの栽培する作物を中心にして生活をしているらしい。

 ただ問題もあって、それも予想の範囲内だった。そう、たびたび降る雪によって作物が埋もれてしまうということ。育てている作物が寒さに強いものであってもそれには限度があるし、当然のことだけど成長の(さまた)げにもなる。さらに言うなら、雪を退()けるための「雪かき」は体力も時間も消費するし、下手をすれば作物を傷付けてしまいかねない作業だ。

 

 実際にその畑を見せてもらって改めて実感したけど、見ただけでやりがいがありそ……大変そうだとわかった。雪が降るのは毎日では無いとは思うけど、それでも大変な作業であることには変わりないだろう。

 

 

 そんな状況を見て、僕は「なんとかしてあげたい」と思ったんだけど、そのための方法が明確には浮かんでこなかった。

 

 一番楽なのは作物の上に雪が積もらないようにすることなんだけど……残念なことに、すぐにできるような方法を知らない。

 そもそも『シアレンス』では作物の上……というか畑には雪がほとんど積もらず、多少積もったとしても「()もれる」というほどになったことはなかったのだ。他の地面には積もっているのに、だ。

 そのため、僕が作物の上に雪が積もるのを経験したのは『アーランド』に来てから……年末年始の寒い時期の冬の日だ。そして、今現在は()()()()()()()()()。おそらくだけど、これには『ルーン』もしくはその集合体・精霊とされる『ルーニー』が関わっている……のかもしれない。それ以外に違いが思いつかなかったから、という凄く不確(ふたし)かな理由なんだけど……でも、ありえそうな気がする。

 

 

 

 そんなふうに、畑で村の人たちと話したりしながら色々と調べたり試したりしていたんだけど、そのうちトトリちゃんとミミちゃんが来た。

 

 トトリちゃんが言うには「帰る」とのこと。

 今回の冒険の目的はギゼラさんを探すことで、望んだ形ではなかったものの目的は達成されている。確かに長くこの場に留まる理由は無い。それに、トトリちゃんが言っていた「おねえちゃんとお父さんに早く教えてあげないと」というのは共感できる。……(つら)内容(こと)であっても、最期のことは知っておくべきだろう。

 

 そういうわけで、僕は最果ての村(この村)の畑の事に後ろ髪を引かれつつ、帰るための準備を始めた……。

 

 

 

――――――――――――

 

***海岸***

 

 

「まさか()めた日のうちに掘り返すことになるなんて……でも、放置するわけにもいかないからなぁ」

 

 そう言いながら僕が掘り返しているのは、泊めてある船の護衛のために埋めていた『プラントゴーレム』の種。

 埋めたまま一日経つと『プラントゴーレム』が生成されるのでこのままにしておくと、帰って誰もいなくなった上に船も無いところに『プラントゴーレム』が一体ポツンといる……そんな状況になってしまう。だから、活動させていた『アクティブシード』たちを回収するのと共に、『プラントゴーレム』の種も回収しているのだ。

 ……まぁ、『プラントゴーレム』になってから船に乗せて帰るのは色々大変だし、ある意味種の状態でよかったかもしれない。

 

 

 僕がそうしている間に、トトリちゃんはトトリちゃんのほうで出発の準備をしている。あとは、ジーノくんとマークさんが村の外に行っていて、その二人を連れ戻すためにメルヴィアが行っている……らしい。というのも、畑にいた僕の所にトトリちゃんとミミちゃんが来たあの前にすでにわかれていたそうで、それを僕が知ったのは、船を泊めている海岸に行くまでに話を聞いたから。

 つまり、二人の回収と僕の回収を手分けをしていたらしい。

 

 ……そういえば、ジーノくんとマークさんは「村の外」って言ってたけど、何処に行ってたんだろう?

 

 

 

「あら、やっぱりトトリたちの方が早かったみたいね」

 

 遠くからそんな声が聞こえたため、掘り返す作業を一旦中断して僕は顔を動かしてそちらを向けた。

 そこにいたのは、こちらへとむかって歩いてくるメルヴィアとジーノくん、そしてマークさんだった。むこうも僕が見てきたことに気がついたようで、メルヴィアが「よっ」といった感じに軽く手をあげてきた。

 

「マイスー? 何してんの……って、ああ。そういえば海岸(ここ)から離れる時に船(まも)るための何かをするって言ってたっけ? それに関係あるんでしょ?」

 

「うん、そうだよ。まさか一日足らずで戻ってきたから、用意しておいたものを回収してるんだ。そういうメルヴィアは何処まで行ってたの?」

 

「あたし? あたしは……ほら、あの村から柱みたいな長細い(とう)見えたでしょ? あそこまで行ってたの」

 

 メルヴィアにそう言われて、村の風景を思い出す。

 ……うん。確かにあった。近いと言えば近いかもしれないそこそこ離れた距離に、灰色の雲の天井に突き刺さるような高い塔があったのを思い出す。

 

 思い出した僕が何かを言う前に、メルヴィアに変わってマークさんが口を開いた。

 

「遠目で見た時から気になってね。実際にその足元まで行ってみたんだ。まっ、残念なことに扉がしっかりと閉ざされていて外回りしか調べられなかったんだけど……でも! あれはなかなかに興味深いものだったよ! アーランドにある遺跡とは様式が違ってね。もしかしたら用途が違うのかもしれない。そうなると塔の形状も考慮に入れると、個人的にはちょっと残念だけど機械には関係無い遺跡かもしれないね」

 

「オレは、トトリは村の中で安全そうだからってことで、一緒に行ってたんだ。まっ、モンスターは出てこなかったんだけどさ」

 

 マークさんに続いてジーノくんがそう言う。

 

「そんでもって、二人が出ていくのを見ていて行先を知ってたあたしが「帰る」って言いに行ったってわけ」

 

「なるほど、そういう事だったんだね」

 

 考えてみれば、二人が出ていったのはトトリちゃんがギゼラさんのことを聞きに代表さん……ピルカっていうおばあさんの家に行った後のことだろう。そう考えると、トトリちゃんはもちろん、トトリちゃんを見送ってから僕のそばに来ていたミミちゃんも、ジーノくんとマークさんが何処に行ったかは知りようが無かったはずだ。だからメルヴィアだけが知っていて彼女が行ったんだろう。

 

 

 

 何はともあれ、これで全員集まった。

 とは言っても……。

 

「それじゃあ、コッチの作業はもうちょっと時間がかかるから、先に船のほうに行ってトトリちゃんたちの手伝いをしてあげてくれない」

 

「うん、もちろんそうするわよ」

 

 メルヴィアに続いて、ジーノくんとマークさんも頷いた。

 

「わかったー! マイスも早く来いよー!」

 

「ふむ。なら、キミが船に乗った時には出発できるようにしておこうか」

 

 

 

 そう言った三人が船へとあがっていくのを見届けた僕は作業を再開する。

 

「よいしょっと…………ん?」

 

 ふと、積もった雪を踏みしめるような音が聞こえてきたような気がして、地面へ向けていた視線を上げた。

 見えたのは白銀の世界、そしてその中にまばらに生えている針葉樹たち。音の原因でありそうな人やモンスターの姿は見当たらない。

 

「気のせい……かな?」

 

 「まっ、いっか」と、僕は改めて作業を再開する。

 のんびりとやって皆を待たせたりするわけにもいかないから、なるべく手早く済ませないと。

 

 

 

 

――――――――――――

 

***海・船の上***

 

 

 あの後、『プラントゴーレム』の種を回収し終えた僕は船へと乗った。

 

 そこまでの移動の際にも、僕以外の足音が聞こえたような気がした。けど、振り向いてみても誰もいなかった。

 「もしかして……幽霊!?」なんて一瞬思ってしまったけど、よくよく考えると幽霊ってフワァって浮いて移動するから足音なんてしないことにすぐ気がついた。パメラさんっていう実例もあるから間違い無いはず。

 

 そんなことを考えながら、僕が一番最後なので船の乗り降りのためのハシゴを回収した……んだけど、その時も甲板を小走りするような足音が聞こえたような気がして振り返った。でも、やっぱり誰もいなかった。……うん、疲れてるのかな?

 

 

 

 そんなこともあったけど、無事船は『アランヤ村』へと出発した。

 

 ただ、気になることも()()()

 

 出発の号令の時元気に声をあげていたトトリちゃんだったけど、やっぱり元気が無さそうで、どこか無理矢理な空元気に思えたのだ。

 (いま)だ詳しいことは聞けていないけど、これまで必死に探し続けたお母さん(ギゼラさん)が亡くなっていたのだから当然のことだろう。それこそ僕なんかよりも大きなショックを受けているに違いない。

 

 トトリちゃんにかけるべき言葉も思いつかず、とりあえず方位磁針を片手に操舵輪(そうだりん)のそばにつき、波や風を見ながら進路を確保し続けた。

 

 

 

 けど、その航海の途中、僕の気がかりは()()()()()

 その理由は、ふと海風に(まぎ)れて聞こえてきた会話にあった。

 

 

「……えへへ、久しぶりに大泣きしちゃった。恥ずかしいな」

 

「恥ずかしくなんてないわよ。あんな時くらい、泣いても当り前じゃない……私だって泣いたんだから」

 

「ミミちゃんのお母さんも……もう?」

 

「ええ。あんたと違って、最期の時まで一緒だっただけマシ……いえ、()()だったんでしょうけど」

 

「そっか……」

 

「私、さ。小さい頃は体が凄く弱くて、いじめられっ子だったのよね」

 

「うそっ!?」

 

「なんで即座に否定するわけ?」

 

「ご、ごめん。だって今のミミちゃんからだと、全然想像できなくて……」

 

 甲板の中腹……そのあたりから聞こえてくる会話。その声からしてトトリちゃんとミミちゃん。僕のいるところからはちょうど見えない位置で確認は出来ないけど間違い無いだろう。

 

「それで、悪ガキどもにいじめられてよくお母様に泣きついてたの。それこそ数えきれないくらいに、ね」

 

「…………」

 

 

「いつだったかしら? ある日、泣いてる私にお母様が言ったのよ。「ミミちゃんは立派な『貴族』なんだから、いじめられたくらいで泣いちゃダメなのよ」って」

 

 そしてミミちゃんが続けて言ったのは、お母さんが教えたという『貴族』のことだった。「生まれた時から偉い人で、偉いから周りの誰もが尊敬するような立派な振る舞いをしないといけない」……といった内容だったらしい。

 

「ほんと小さかった私はあんまり理解できなくて……ちょっと迷った後、お母様が言ったのよ、「もし、今度泣きそうになったら、私はシュヴァルツラング家の娘なんだ! って思ってみなさい。力が湧いてきて、きっと我慢できるから」って」

 

 ……『貴族』の話も含めて、どこか受け取り方によっては『貴族』であることを鼻にかけているようにも思える内容だけど、僕はそうじゃないって事がすぐにわかった。ミミちゃんのお母さんのひととなりを知っているから、きっと何かミミちゃんに伝えたかった……伝えたかったけど伝えきれなかったことがあるんだろうと。……もちろん、今となってはどういう意図だったのかなんて聞くことはできないけど。

 そしてこの話が、僕がミミちゃんと出会う前の話だという事も推測できた。というのも、僕があった頃、泣き出しそうになった時やことあるごとに『シュヴァルツラング家』であることを意識したような発言をミミちゃんがしていたのを憶えているからだ。

 

「そんな私でも、さすがにお母様が亡くなった時は泣いちゃった、ってお話」

 

「……そっか。だからミミちゃん、いっつも家のこと……」

 

「さすがにね、『貴族』じゃなくても凄い人がいるっていうのを間近で見てきたし、この歳にもなれば『貴族』の名前なんて大した意味のないものだってわかってる。けど、それを認めたら、お母様がウソをついてたみたいになっちゃうじゃない。だから私は、シュヴァルツラング家の名前を聞けば、誰もが憧れるような人になりたいって……」

 

 

 初めて聞くミミちゃんの言葉。

 これまで小さかった頃も近くで見てきて知っていたつもりだったし、このあいだ仲直りした時に色々と話したからミミちゃんの事を知った気でいたけど……本当は何も知らなかったんだなぁ……。

 ミミちゃんが度々(たびたび)口にしていた『貴族』という言葉。『シアレンス』にいたころからずーっと関係も無く関心も薄かった言葉だけど、ミミちゃんにとっては本当に本当に大事なものなんだと初めて理解することができた。

 

 

 

「……ありがとね、ミミちゃん」

 

「別にお礼なんていらないわよ」

 

「だって元気付けてくれたんでしょ? わたしのこと」

 

「勝手にそう思ってなさい」

 

 心なしか元気が出てきたように聞き取れる声色になってきたトトリちゃん。それに対しピシッと言い放つミミちゃん。

 

 

「…………う……あああああ……」

 

 ん? なんだろう?

 声からしてミミちゃんっぽいんだけど……何かあったのかな?

 

 そう思ったのとほぼ同時に、僕と同じ考えを持ったのだろうトトリちゃんの声も聞こえてきた。

 

「あれ? どうしたの? 急に……」

 

「なんでこんな話しちゃったのかしら……!? 自分で話しといてなんだけど、無茶苦茶恥ずかしくなってきたわ……!」

 

「ええ? あっ、すごい。ミミちゃん顔真っ赤」

 

「く、くううぅ~! わ、忘れなさい! 今すぐ記憶から消去しなさい!!」

 

「む、無理だよ。ばっちりおぼえちゃったもん!」

 

「普段は忘れっぽいくせに、こういう時だけ……! いい!? 絶対に誰にも言っちゃダメだからね! 言ったら……ぜ、絶交なんだから!!」

 

「誰にも言わないよ。ミミちゃんが私だけに話してくれたんだもんね」

 

「だから、そういうことを……ああ! もういい!」

 

「あはは……なんか、今日のミミちゃん、かわいい」

 

「普段はかわいくないみたいな言い方ね。……ま、笑えるくらい元気が出たなら、話した甲斐(かい)はあったかしらね」

 

「……ありがとう。ミミちゃんが一緒で、本当良かった」

 

「あんたみたい危なかっしい子を一人になんてしておけないもの」

 

 

 ……ええっと……なんだか大変申し訳ない気分というか、何と言うか……。

 その、僕も聞いてしまってるんだけど……うん、そうだ。僕が聞いてないふりをしておけばいいだけだよね? そうすれば問題無い……はず。

 

 

「そ、それよりも、進路は大丈夫なの? 変なとこ進んでたら一生帰れないわよ!?」

 

「……ミミちゃん、また顔真っ赤になってるよ? もしかして、今度のは照れ隠し?」

 

「ち、違うわよっ!? そうじゃなくて進路よ! 進路!!」

 

「大丈夫。今はマイスさんが見てくれてるから心配いらないよー」

 

「くっ!? なんでこういう時に限ってマイスが当番なのよー! 空気を読みなさい!!」

 

 いや、ミミちゃん。当番制で交代交代(こうたいごうたい)なのに「空気を読む」なんて言われても一体どうしろって言うのかな?

 ……そう心の中でツッコみつつも、トトリちゃんが元気が出たことに、僕はとりあえず安堵した。

 

 

 

 

「あっ……」

 

 ……? 今度はトトリちゃんの声みたいだけど、どうしたんだろう?

 

 気にはなったものの、何故か話し声がこれまでよりもトーンダウンしているようで、しっかりと聞き取る事が出来ず、何を話しているのかわからなかった。

 

 

 少しの間、聞こえないかと耳をかたむけ続けてみたけど、聞き取れそうにも無かったので「まあ、いっか」と諦めかけたその時……僕のいる方へと二人分の足音が近づいてきているのがわかった。方向からして、トトリちゃんとミミちゃんで間違い無いだろう。何かあったのかな?

 

 そんなことを考えているうちに、二人がヒョッコリと顔を出してきた。

 

「あのー……マイスさん」

 

「トトリちゃん? どうかしたの?」

 

 もしかして、偶然だけど盗み聞きをしてしまっていたことに気づかれたのかな……?

 そう思っていた僕をよそに、何故かトトリちゃんは申し訳なさそうな顔をしている。

 

「その、実は……『トラベルゲート』持ってるの、忘れてました」

 

「『トラベルゲート』? それって確か……」

 

 理論上、言った事のある場所なら一瞬で移動出来てしまうという『錬金術』のアイテムだったはずだ。でも、それがどうしたんだろう……?

 つい首をかしげてしまった僕に、トトリちゃんの隣にいたミミちゃんがコメカミに手を当てて、ため息を吐いた。

 

「それが、()()()移動したりもできるらしいのよ……信じられないことにね」

 

「えっ」

 

「少し演算方法とか座標のこととかもありますけど……アトリエから座標を少しずらして、港から少し出たあたりの海に座標を合わせれば問題無いはずです」

 

 そう言ったトトリちゃんに、僕はおそるおそる問いかける。

 

「船だけが飛んでいって、僕らが海の上に取り残されるって可能性は……?」

 

「無いと思います……たぶん」

 

 たぶんって、凄く心配なんですけど……?

 

 

 

 でも、使えるなら使うに越したことはないだろう。

 ……というわけで、トトリちゃんたちにこの場にいない三人にその話をしに行かせ、僕はとりあえずすることもないため戻ってくるのを待った。

 

 数分後、船内からトトリちゃんが他の皆を連れて甲板に出てきた。

 ジーノくんはよくわかっていない様子だったけど、メルヴィアはケラケラと笑い、そしてマークさんは「はぁ。前回に続いて今回の件……本当に錬金術士は頭がいいのか悪いのかわからないよ」と呟きながら首を振ってた。

 

 

「え、えっと……それじゃあ『トラベルゲート』を使いますね。えーいっ!」

 

 

 

――――――――――――

 

***アランヤ村・埠頭***

 

 

 僕らの視界を光が包んだかと思うと、数秒後にその光が引いた。

 そして見えた景色は、見覚えのある港だった。どうやら無事『アランヤ村』へ帰り着いたらしい。

 

 

「ふぅ、本当に船ごと移動出来たのね」

 

 やっぱり、どこか不安があったのだろう。安心したように息をついていたのはミミちゃんだった。

 マークさんはマークさんで、アゴに手を当てて興味深そうにしている。

 

「はあ、やっぱり不可思議(ふかしぎ)なものだね。……で? 元々あった船の上に移動していたりしないのかい?」

 

「そ、そんなことないですよっ! 怖いこと言わないでください!」

 

 そう言って否定するトトリちゃん。

 ……でも、見えない場所に移動するわけだからそういう事故も起きたりしそうではある。何か予防策はあったりするのかな?

 

 

 慌ててる様子のトトリちゃんを見て笑っていたメルヴィアが「さて」と口を開く。

 

「まあまあ、とりあえず手早く船を港につけちゃいましょ」

 

「あっ、うん、そうだね! 早く帰っておねえちゃんとお父さんに、お母さんのこと教えてあげないと!」

 

「港に船をつけたら、トトリちゃんは早く家に帰ってあげたらいいよ。船の荷物の整理とかはこっちでやっとくからさ」

 

 僕がそう言うと、トトリちゃんは少し迷った後「……ありがとうございます」と軽く頭を下げてきた。

 

 

 

 

 ……そして、ほどなくして船は港へついた。

 トトリちゃんは「それじゃあ、よろしくお願いします」と行ってから家へと走っていった。

 

「さて。片付けよっか」

 

「おう! 俺も手伝うぜ!」

 

「私も手伝ってあげるから、さっさと終わらせましょう」

 

 僕の言葉にジーノくんとミミちゃんが元気よく返事をした。同じく、メルヴィアもやる気はあるようで軽く腕をまわしている。

 あと、マークさんなんだけど……。

 

「僕としてはこの船の製作者と話をしてみたいんだけど……お嬢さんが話しに行ったわけだし、数日間()を開ける必要がありそうだ。まっ、片付けついでに改めて船の細部を見て周るとしようかな」

 

 一応、手伝ってはくれるみたい。

 

 

 

 ……っと、さっそく始めるとしますか。

 

 

「わあ……! さっきまで海ばっかりだったのに、見たこと無いおうちがたくさん! ちっちゃなお船もいっぱい! ねぇねぇマイス、ここが()()()()()()()ってとこ?」

 

「違うよー? ここは『アランヤ村』。『青の農村』はずっと内陸のほうだよ」

 

「へぇ。ここがアランヤ村なんだー」

 

「そうそう。トトリちゃんの家とかがここにあるんだよー……あれ?」

 

 甲板にあった『たる』を移動させようとしていたんだけど、ふと誰と話しているのか疑問に思った。

 今、甲板にはみんないるけど、その誰とも声の感じが違う気がする。でも、最近聞いたことがある声ではあるんだけど……。

 

 そう思い自然と声のした方を向いてみると、そこには『アランヤ村』や『アーランドの街』で見かける服装とはまた違った様式の服と装飾を身に(まと)った緑色の髪をした女の子だった。背は低く、おそらくは十歳ちょっとくらいだと思われる。

 その女の子は、つま先立ちをしながら船の(へり)から『アランヤ村』を(なが)めて「うわー!」とか感嘆の声をあげている。

 

 そして、よくよく周囲を見てみると、僕以外の皆もその女の子に目をとめピタリと固まっているようだった。

 

 

 さっきの声といい、女の子の見た目といい、どこかで……いや、つい最近見たような……? それに、今さっき僕の名前や『青の農村』って言ってたから会ったことがあるのは間違い無いと思うんだけど……。

 

 

「あっ、えっと確か……ピアニャちゃん、だっけ?」

 

「……? うん、ピアニャだよ?」

 

 僕の声に振り返った女の子は不思議そうにコテンと首をかしげた。

 

 思い出した! 最近も最近……『最果ての村(あの村)』で会った女の子!

 石碑の前で泣いていたトトリちゃんが泣き止んだ後に、トトリちゃんをピルカおばあさんの家へと案内した女の子で……その後、僕があの村の畑で土いじりをしていた時にも来て「何してるの?」って話しかけてきた子だ!

 その時、畑のことの延長で『青の農村』の事を話したりしたから、僕の名前も『青の農村』のことも知っているわけだ。

 

「マイスー、あそこ地面に葉っぱがいっぱい! 白くないよ!」

 

「ああそっか、あっちは雪が積もってるからね。こっちは雪が積もってる方が珍しいけど、逆にむこうは草が()(しげ)ってるのが珍しいよね」

 

 

 「なるほどなー」なんて思いながら笑っていたんだけど、そんな僕の肩にポンッと誰かの手が乗った。振り返って見ると、ジトーっと僕を睨みつけてるミミちゃんがいた。

 

「ちょっと……何和気藹々(わきあいあい)と話してるのよ! 誰よあの子!」

 

「えっ? 誰ってピアニャちゃん。ほら、あの村にいた子だよ」

 

「あの村って……」

 

「ああ、確かにこんな子いたような気もするわね。……で? なんでこの船に乗ってるのかしら?」

 

 驚いたような顔をしたミミちゃん。そしてメルヴィアが思い当たることがあったように頷いて……そして僕に疑問を投げかけてきた。

 

「なんでって、それは…………なんで?」

 

 考えてみたけどその理由が思いつかなかった僕は、その疑問をそのままピアニャちゃんの方へと流した。

 よくよく考えてみればそうだ。『最果ての村(あそこ)』にいた子がなんでここに?

 

 

 ピアニャちゃんはキョトンとしていたけど…………ハッっとしたかと思うと、右手の人差し指だけを立てて口元に当て、目をギュっと(つむ)って……

 

 

「しぃーっ!」

 

 

「いや、それはさすがに無理じゃないかな?」

 

 冷静にツッコミながらも困ったようにモジャモジャした髪をかくマークさん。

 

 

「えっと……とりあえず、トトリのところに連れてくか?」

 

 何が何だかわかっていなさそうなジーノくんがそう言ったけど……本当、どうしたらいいんだろう?

 



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4年目:マイス「ヘルモルト姉妹とピアニャちゃん」

 

 えーっと、なんでか理由はわからないけど船に乗ってついて来てしまっていた『最果ての村(あの村)』の女の子・ピアニャちゃん。

 

 当然、そのピアニャちゃんをどうするかという話になるんだけど……あの村に行く手段は他でもない船しか無く、その船の持ち主であるトトリちゃんには話を通さないといけないよね、ってなった。

 けどトトリちゃんは、ツェツィさんとグイードさんにギゼラさんのことを伝えるために少し前に家に帰らせわけで……そこに突入するのはさすがに気が引ける。

 

 

 僕以外も同じことを思っているようだったんだけど、一人だけ空気を読まない人がいた。

 

 そう、動いたのはジーノくん。「んじゃあ、連れてくかー」とピアニャちゃんに近づいて行き、その腕をガシッっと捕まえた。いきなりのことにピアニャちゃんも驚いて「いやー!」とジーノくんを()(ほど)こうと暴れててしまう。

 これ、まだ子供っぽさが所々(ところどころ)に残ってるジーノくんだったら良かったけど、他の人だったら事件の様相になってた気がする。

 

 ……それはひとまず置いとくとして……。

 何とかジーノくんの手を振り解いたピアニャちゃんは駆け出して、僕の後に隠れてしまった。それも、僕の服を思いっきり(つか)んでしまってた。

 僕を盾にしてジーノくんから逃げ続けるピアニャちゃん。……その逃走劇(?)は、その状況を見ていたメルヴィアが呆れ気味に笑いながら「もうマイスが連れてったら?」と言うまで続いた。

 

 

 ……で、その結果、なりゆきで僕がトトリちゃんたちの家にピアニャちゃんを連れて行くことになってしまった。

 ピアニャちゃんは、僕が「トトリちゃんの家に行ってみようか?」と言うと「トトリのお家? 行く行くー!」と元気に返事をした。……これ、最初からちゃんと話しておけば、ジーノくんも逃げられなかったんじゃないかな?

 

 気がすすまない中、船のことは皆に任せて僕はヘルモルト家へ向けて港を出た。

 港から村へと入った時に、遠目に『バー・ゲラルド』へと入っていくグイードさんの姿を見た。なので、とりあえずトトリちゃんはギゼラさんのことを話し終えたのだろうということはわかった。

 

 ……まぁ、それでもどういう顔でヘルモルト家へと入ればいいかは思い浮かばず、気はすすまないままで……。

 

 

 そんな気持ちのまま色々と考えながら歩き続け、結局ヘルモルト家の玄関前にたどり着くまでそれは続いた。……隣にいるピアニャちゃんは、村の様子を見て興味深そうにしたり、楽しそうに鼻歌を歌ったりしてたんだけどね……。

 

 

 

――――――――――――

 

***ヘルモルト家***

 

 

 

 ……で、ヘルモルト家について、お邪魔したんだけど……。

 

 

「私はツェツィっていうの。よろしくね、ピアニャちゃん」

 

「つえ……ちぇちー?」

 

「ふふっ、言い辛いわよねー」

 

 向かい合って床にペタンと座っているツェツィさんとピアニャちゃん。上手く言えなくて首をかしげているピアニャちゃんを見るツェツィさんは優しく微笑んでいる。

 

 

 そんな二人がいるそばで、僕はといえばトトリちゃんの前で()()をしていた。

 

「だから、その……連れてきたっていうのは、あの村からじゃなくって船からってことで、僕が連れ去ったとかそういうわけじゃないんだって」

 

「マイスさんがウソを言うとは思えないし、本当のことだとは思いますけど……」

 

 そう。ヘルモルト家に入った後、驚いているトトリちゃんにピアニャちゃんが言い放った言葉……「マイスに連れてきてもらったの!」という一言によって、トトリちゃんが色々と誤解をしてしまったのだ。そのため、今の今までその誤解を解くため説明をし続けていた。

 その甲斐(かい)あってか、ようやくトトリちゃんも落ち着いてきたみたい。

 

 

 

「……でも、船に勝手に乗ってきちゃったとしても、その理由って何なんでしょう?」

 

「さあ? そればっかりは僕もわからないや」

 

「なんにしても、ピアニャちゃんは村まで送り帰してあげないといけませんね」

 

 トトリちゃんの言葉に僕が頷く……それよりも早くに、ツェツィさんと喋っていたはずのピアニャちゃんの声が僕らの耳に入ってくる。

 

「いや! ピアニャ、帰りたくない!」

 

 予想外の大きな声に僕もトトリちゃんもビックリしてしまう。

 

「帰りたくないって、なんで…………というか、おねえちゃんまで何で驚いてるの?」

 

 トトリちゃんが言ったから気がついたけど、確かにツェツィさんは口をポカンと開けて驚いているようだった。そして、わずかながら肩を震わせてもいる。

 

「だって、ピアニャちゃんを帰すって……!」

 

「そこに驚いてたの!?」

 

「でも……そうよね。こんなかわいい子がいなくなったら、お家の人も心配してるわよね」

 

「いや。そうだけど、そうじゃないっていうか……もう! おねえちゃんは少し黙ってて!」

 

 「そ、そんな!?」と、さっきまでとはまた違った驚きの表情を見せるツェツィさん。

 ……ツェツィさんって、こんな人だったっけ? いやまあ、僕も数えられくらいしかツェツィさんとは会ったことは無いから、僕が知らない一面があってもおかしくは無いけど……。

 

 

「それで……ピアニャちゃん? ピリカおばあちゃんにも何も言わないで出てきたんだよね? なら、ちゃんと帰って……」

 

「やだー!」

 

 トトリちゃんがなんとかしてピアニャちゃんに言い聞かせようとするけど、村に帰すって話になるとピアニャちゃんが駄々をこねてイヤがるため、中々話が進まない。

 

「絶対心配してるだろうし、でも無理矢理連れてくのもちょっと……どうしたらいいんでしょう、マイスさん?」

 

「村の外に初めて出て、初めてのことばかりで興奮気味っていうのもあるかもしれないから、少し時間をおいて落ち着いてから話したらいいんじゃないかな?」

 

「うーん……そうですね。そうしてみるのがいいのかも。それじゃあ、その間ピアニャちゃんは……」

 

 トトリちゃんがピアニャちゃんはこれからどうするかを言うその前に、いい笑顔をしたツェツィさんが口を開いた。

 

「わかってるわ。私が面倒をみればいいのね。任せといて!」

 

「別にそうは言ってないんだけど……。それに、おねえちゃんもお仕事あるでしょ?」

 

「大丈夫よ。ゲラルドさんのお店、お客さんが少ないから私がいなくても問題無いもの」

 

「それはそうだけど。その少ないお客さんもおねえちゃんがいなかったら来そうにないし……ゲラルドさんのお店が別の意味で心配になってきた」

 

 そんなふうに、トトリちゃんとツェツィさんが話している。

 ……まあ、確かに、ツェツィさんもお仕事をしてるからずっと家にいるわけにはいかないし、仕事場の『バー・ゲラルド』は酒場だからピアニャちゃんのようなちっちゃい子をずっとおいておくのもどうかとは思う。けど、だからといってピアニャちゃんを家に一人にしておくのが心配だというのもわかる。

 

 

「もしあれだったら、僕の家で預かるけど? 絶対はずせない仕事は早朝の畑仕事だけでそれ以外は案外自由だから問題無いよ。もしもの時も、村にも街にもお世話してくれそうな安心できる人がいるから」

 

 僕の言葉には()()()()反応をした。特にピアニャちゃんの反応は素早く、パァッと笑顔になったかと思うと、ピョンピョン跳び跳ねだした。

 

「マイスのお家って、あおののうそんだよね! ピアニャ、行きたい! 美味しいの、いっぱい作ってるんだよね? 見たい! 食べたてみたい! あとモフモフ!」

 

 『最果ての村(あの村)』の畑で会った時に『青の農村』のことを色々話したからだろうか。部分部分を記憶していたのだろうピアニャちゃんが凄く興奮した様子で跳び跳ねている。

 

「そんな……! 胃袋を(つか)むだなんて、卑怯よっ!」

 

「卑怯って……。何言ってるんですかツェツィさんは……そういう話じゃないですよね?」

 

「ピアニャちゃん、お腹減ってない? 今から何か美味しいもの作ってあげるわよ?」

 

「わーい! 食べるー!」

 

 ツェツィさん、全然聞いてない……。というか、ピアニャちゃんも切り換え速いなぁ……。

 

 

 

「あのー……」

 

 台所でゴハンのしたくを始めるツェツィさんと、特に案内もされてないのに台所そばのテーブルのイスに座って「まーだかな」と楽しそうに待っているピアニャちゃんを見て、「どうしたものか……」とひとり呟いていた僕に、トトリちゃんが声をかけてきた。

 

「その、マイスさんのところに預けるっていうのは、ちょっと遠慮したい、っていうか……」

 

「そうなの? トトリちゃんなら『トラベルゲート』ですぐに来れるし、いいかなーって思ったんだけど」

 

 僕がそう言うと、トトリちゃんは何故か僕から目をそらしながら「それはーその……」と続けた。

 

「なんていうか、ピアニャちゃんが戻ってこなくなりそうで……」

 

「住み着いちゃうってこと? いやでも、向こうで役立つような冬の気候の土地での作物栽培のことを教えるつもりで、むしろ帰る準備になると思うんだけど……?」

 

「その、物理的な意味じゃなくって……マイスさんの家で、マイスサンと一緒に生活してたら、ピアニャちゃんがマイスさんみたいに感覚とかがズレちゃったり一般常識から飛び出してしまって、普通(こっち)に戻ってこれない残念な子になっちゃうんじゃないかなーって思って」

 

 

 

「……あれ? これって遠回しに、僕が残念な人だって言われてる?」

 

 

 

――――――――――――

 

***アランヤ村・埠頭***

 

 

「……というわけで、ピアニャちゃんはヘルモルト家に滞在することになったよー……」

 

「それはわかったけど……なに本気で(へこ)んでるのよ」

 

「いや、だって……」

 

 港で船の整理をちょうど終えていたみんなに、ヘルモルト家であった事の経緯を簡単に説明し、ピアニャちゃんがどうなったかを伝えた。そこで、ミミちゃんが落ち込んでいる僕にツッコミを入れてきたのだ。

 

 

 答えになってない僕の言葉に眉をひそめたミミちゃん。苦笑いをしているメルヴィアがミミちゃんの肩をポンポンと叩き「まあまあ」といさめている。

 

(さっ)してあげなさいよ。「ウチで預かるのを、トトリちゃんに遠慮された」なんて言ってたけど……そこでトトリの毒舌にやられた、ってことでしょ」

 

「「ああ……」」

 

「ん? 何が?」

 

 メルヴィアの的を射た推測に、ミミちゃんに加えマークさんも納得したように声をもらしていた。神妙な顔をしているメルヴィアもだけど……もしかして、三人は似たような経験があったりするのかな?

 けど、ジーノくんは何が何だかわかっていない様子で、首をかしげて不思議そうにしている。

 

「まっ、トトリのアレはいつものことだし、マイスもそんな気にしない方がいいわよ?」

 

「うん、頑張ってみる……」

 

「頑張るって……本当に大丈夫かい、キミは?」

 

 マークさんにも心配されているみたい……

 

 

 

 でも、シャキッとしないといけないっていうのも事実。僕は自分の頬をパァンと叩き、気持ちを入れ替える。

 

「そ、それはともかく! 長期間あけてたから心配ってこともあって、今から僕は『青の農村』に帰るつもりなんだけど……二人はどうするの?」

 

 そう言った僕が目を向けたのはミミちゃんとマークさん……『アランヤ村』に住んでいるメルヴィアやジーノくんとは違う、『アーランドの街』に住んでるメンバーだ。

 その内、先に答えたのはマークさんのほうだった。

 

「僕はもう少しここに滞在しようと思ってるよ。前にも言ったけど、あの船を造った人と是非(ぜひ)とも話してみたいし……それに、色々と改良の余地もありそうだったから、その辺りについても意見交換したいからね」

 

「私は……でも、トトリはギゼラさんのこともあるし、ピアニャ(さっきの子)のこともあって大変そうだから、街に帰ろうかしらね。……トトリも色々考える時間があってもいいでしょうし」

 

 『アランヤ村』に残るマークさんとは違い、ミミちゃんの方は街に帰るつもりのようだ。

 

 せっかくだし、送って行ってあげようかな? 移動時間の短縮になるから、ミミちゃんも助かるはずだ。

 その考えがミミちゃんにもわかったようで、目を合わせると「じゃあ、後で村の入り口で」と言われた。

 

 

 てっきり「あんたの手は借りないわ!」とか言われると思ったんだけど……その辺の基準はミミちゃんの中でどうなってるんだろう?

 まあ、嬉しいからいっか!

 





 ミミちゃんからマイス君への心情とかそのあたりに関しては、今後もう一度描写する機会がある予定です。


 ……それと、詳しい予定は未定ですが、近いうちにアンケートのようなものをするかも知れません。内容は……まあ、アレのことです。


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4年目:マイス「帰還」

 前々回「こんな事はないように頑張りたいと思っております」なんていってたのに、再び合間合間の休憩を利用して執筆・投稿をしてしまいました。

 そして、その上今回は山無し谷無し落ちも無しの、グダグダの話になっています。


 

***青の農村・マイスの家前***

 

 

「よっと」

 

 ピアニャちゃんのことで忙しそうなトトリちゃんや、なんだか近寄れない雰囲気でゲラルドさんと話していたグイードさん以外の人たちに、帰る事を伝えてまわった僕は、『青の農村』へ帰ることにした。

 『魔法』を使って『アランヤ村』から一瞬で帰ってきた僕は、久しぶりの『青の農村』をグルッと見渡す。僕の家の前から村全体が見えるわけじゃないけど、見える限りでは特に変わったところは無さそうに思える。

 

「ふーん、やっぱり似てるわね。けど、『魔法』も『錬金術』も便利なことは違いないけど、ちょっと慣れないわ」

 

 僕の隣でそう言っているのはミミちゃん。『アランヤ村』の入り口付近で合流して、一緒に帰ってきたのだ。

 ミミちゃんが比べているのは、トトリちゃんが使っていた『トラベルゲート』のことだろう。確かに似たようなものだけど、厳密には色々と違う……と思う。『トラベルゲート』の原理を知らないから、なんとも言えないんだよねぇ……以前、トトリちゃんに聞いてみようかと思ったこともあったけど、結局その機会が無くてそのままだ。

 

 

「そういえば、今の以外にも『魔法』ってあるのよね? 他のやつを使ってるところ、見たこと無い気がするんだけど……」

 

 そう少し眉をひそめて僕に問いかけてくるミミちゃん。

 ミミちゃんには昔、いろんな事を物語風の話にしたりして話したことがある。『ルーン』のことや『はじまりの森』のこと、世界を創ったという『四幻竜』のことなんかも話した。その中で『魔法』についての話もしているから、いろんな種類があることは知っているのだ。

 

「確かに他にもあるし、僕は使えるけど……でも、一番「使い勝手がいい」というか「使う機会がある」のが『リターン』なんだ。他のも少し調節すれば普段の生活でも使えなくはないけど、基本的に戦闘向きのばっかりだし」

 

「へぇ……その割には戦う時にも使ってないんじゃない?」

 

「まあ、大抵の場合は剣で斬ったほうが早いからね……そんなこともあるから、『シアレンス』の僕以外の人も『リターン』が一番使ってたと思うよ」

 

 別に魔法攻撃がダメージが低いとかそういうわけじゃない。ただ単純に使う必要性が無い場合がほとんどだというだけ。別に使ってもいいんだけど……そもそも僕は『魔法』が苦手でもないけど特別得意なわけでもない。だから、剣で戦ったり……モコモコ状態で殴る投げるしたほうが手っ取り早いのだ。

 まあ、属性攻撃に弱い相手に関しては、適した属性の魔法を使って上手く立ち回るというのが有効的だったりする。……けど、『アーランド(こっち)』に来てからはそのあたりを気にして戦ったことはない。

 後は、剣とかよりもリーチが圧倒的に長いというのもあるんだけど……そこまで必要になる機会は無い。

 

 あっ『フラウシュトラウト』との戦いでは剣は届き(づら)いから使おうかとも考えたけど、大波が段々高くなってて時間をかけられないこともあって、僕一人で攻撃するよりもみんなで思いっきりやった方が良いだろうってことで、結局『魔法』は使わなかったんだよね。

 

 

 あと、『シアレンス』のみんなの魔法事情だけど……一緒にダンジョンに行った時なんかに使ってる人もいたけど、それ以上に別のところですれ違ったかと思えば僕が行った先にいたりする「瞬間移動」が何度もあったため、おそらくは『リターン』とかは頻繁に使われてたと思う。

 

 ああっ『魔法』といえば、このあいだの冒険の間にも色々して、そろそろ実際に他の人に……

 

 

  そんなふうに色々考えていたんだけど、ふとミミちゃんが少し細めた目で僕の事をジィーっと見つめてきている事に気がついた。

 

「どうかした? あっ、髪にゴミが付いてた?」

 

「そんなことじゃないわ」

 

 ……? なら何なんだろう?

 そう思い、ミミちゃんのことを見たまま首をかしげてしまった。

 すると、ミミちゃんは何故か僕から目をそらして口を開いた。

 

「ねぇ…………()()()()()

 

「うん?」

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと聞きたいことがあるんだけど、あなたが前にいた場「ん? おっ! マイス、帰ってきてたのか!?」

 

 ミミちゃんが何か言おうとしたところで、冒険中は聞けなかった久しぶりの声が元気に……というか、勢い良く聞こえてきた。声のした方へと目を向けると、そこには冒険に出る前に色々と村の事を頼んでおいたコオルがいた。それも、何故か慌てたように僕のほうへと駆け寄ってきてる。

 

 ……っ! もしかして、僕がいない間に何かあった!?

 

 

「どうしたの!? なにか……」

 

「はい! これ返す!!」

 

 目の前まで来たコオルは僕の右手首を掴みあげたかと思うと、指を無理矢理開かせた後、その手に()()()を握りこませてきた。

 

「オレは返したからな? あと、二度とこんなもん預けんな!」

 

「えっ!? ……って、()()のこと? だから、そんな大事なものじゃないし……」

 

「はぁ……こっちの気も知らずに良く言ったもんだ」

 

 コオルは呆れたように大きなため息を吐いてるけど、()()ってただの()()だし、大切じゃないって言えばウソになっちゃうけど、なくなったらなくなったでどうにかしようがあるからなぁ……。

 

 そう思っていたのが、顔にでも出てしまってたのかな? コオルが「わかってないあたりも相変わらずだな」と苦笑いをしながら呟いていた。

 そして、「まっ」と言葉に区切りをつけた後、さっきまでの「笑い」とは違ったニカリとした軽快な笑みを浮かべた。

 

「冒険の結果がどうだったとかは聞かないけどさ、マイスが元気そうで良かった。()()()()はみんなそう思うはずさ。……街の連中に顔出しに行ってきな。こっちには夕飯前くらいに帰ってきて、それからみんなに会えばいいって」

 

「えっ」

 

「「えっ」じゃねえよ! なんだかんだ言っても『青の農村(ウチ)』の連中は長い間お前がいなくて心配してたんだよ! だからその分、お前が帰ってきたわけだし今晩は村をあげて宴会でもしようかってわけだ。そのくらい察しろよ」

 

 そう言うとコオルは「ほら、行った行った」とシッシッといった感じに手で払うような仕草をした後、村の『集会場』のあるほうへと駆け足で走っていった。村のみんなに僕が帰ってきたことを伝えに行ったんだろう。

 

 

 

「良かったわね。ずいぶん(した)われてるみたいじゃない」

 

「うん、まあそうなんだけど……あっ、そういえばミミちゃん、何か言おうとしてなかった?」

 

「……出鼻をくじかれたし、またでいいわ。ほら、さっさと移動しましょ? そうじゃないと、あんた夜までにここに戻ってこれないわよ」

 

 そう言ってミミちゃんは村の外へと続く道……その内、『アーランドの街』方面の道を歩き出した。

 コオルに言われたのもあるけど、元々街の人たちにも挨拶をしに行くつもりだったので、僕もミミちゃんを追いかけるようにして街へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 その、街までの道中……

 

 

「そういえば、さっき渡されてたカギって何だったの? なんだか、あの男の人の様子が変だったけど……?」

 

「村ができたころに『モンスター小屋』の近くに建てた『倉庫』のカギだよ。普段使う素材なんかは『作業場』のコンテナに入れてるんだけど、そこに入れられなかった素材とか「出荷し過ぎないように」って手元に残した栽培し過ぎた作物とか、普段触らないような大きな金額のお金とかを保管してある場所なんだけど……」

 

 当然のように、その『倉庫』の中は『錬金術』のアイテムの効果により中のものが腐ったり痛んだりといった劣化が起きない状態に保たれている。そのため、入れた時と同じ状態で保管されている。そんな優れ物だ。

 

「そんなとこのカギを渡してたの!?」

 

「うん。僕がいない間、何かあった時にその助けになるかなーって思って」

 

 

「つまり、マイスの財産のほとんどを預かったようなものよね……そんなもの持ち歩きたくないし、すぐに本人に返したいに決まってるわよ」

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 ミミちゃんと何気ない会話をしながらたどり着いた『アーランドの街』。

 街に入った後、顔見知りの人とすれ違って挨拶をしたり馴染みのお店に顔を出したりもしたんだけど、途中立ち寄った『ロロナのアトリエ』は留守だったみたいで、ちむちゃんたちしかいなかった。ロロナは調合のための素材を採りにでもいっていたのだろうか?

 

 そんなことがありながらも、僕は街中を歩き続けていた。

 最終目的地は『冒険者ギルド』。ミミちゃんも今回の冒険のことで『冒険者』として報告することがあるらしく、僕について来ていた。

 

 

――――――――――――

 

***冒険者ギルド***

 

 

「ここもいつも通りだね」

 

「そんなにコロコロ変わられても困るでしょ」

 

 ミミちゃんのツッコミに「それはそうだけど……」と返しつつ、僕は入り口付近からカウンターのほうへと目を向けた。

 

 

 入り口から見て真正面にあるカウンター……そこは『冒険者免許』のあれこれを取り扱う受付なんだけど、そこにはいつもの受付嬢がいた。

 

 間違い無い、クーデリアだ。

 

 そう思って、その受付に真っ直ぐ歩いて行く。

 途中、クーデリアも僕に気がついたようで、少しだけ目を見開いた後うっすらと笑みを浮かべ…………たかと思えば、ため息をつくような動作をし、組んでいた腕のうち左手で僕から見て左のほうを指差した。

 

 クーデリアの意図がよくわからず、とりあえず釣られてそっちの方を見てみると……依頼の受付(そこ)には、何か喋っている様子の踊り子のような恰好をした人と二体のネコの人形の後ろ姿があった。そして、おそらくそのカウンター向こうには、いつもの受付嬢がいるんだろう。

 

 クーデリアもその二人の事を僕に教えようとしたんだろう。僕はつられるようにして進行方向をそっちへと変える。

 

 

 

「元気そうなのは何よりだけど……お喋りばっかりしてクーデリアに怒られないようにね?」

 

「大丈夫だよー。そんなことで怒られることなんて……たまにしかないし、そんなに気にしなくても…………」

 

 僕の声に、そう答えた受付嬢……フィリーさんは不意に動きをピタリと止め、後ろを向いていたリオネラさんは声に反応してこっちへ振り向き固まった。

 

 

 

「「ま、マイス君!!」」

 

 

「フィリーさん、リオネラさん、ひさしぶり!」

 

「ひさしぶりー……じゃなくて!? 怪我とか……無いよね、マイス君だもん」

 

「ひさしぶりだね、マイスくん」

 

 なごんだり、驚いたり、一人で解決したりと忙しそうなフィリーさんに対し、リオネラさんは心なしか声がはずんでいるもののそれ以外はいつも通りの様子だった。

 僕はリオネラさんの両脇でフワフワ浮いている二体のネコの人形に対しても声をかける。

 

「アラーニャとホロホロもひさしぶり。調子はどう?」

 

「いつも通りってところかしら」

「まっ、これで「マイスくん、大丈夫かな?」って延々と心配する呟きから解放されると思うと、むしろ今から絶好調って感じだな」

 

 ホロホロがそう言うと、リオネラが「ちょ、ホロホロ!?」と焦ったように声をあげた。そんなことを気にした様子も無く、ホロホロは続けて言ってきた。

 

「ついでに言うと、フィリーもフィリーで面倒だったぜ? ()()()をモフモフし続けて「モフモフが足りない」とか呟いてたし……あれはちょっと気味悪かったな」

 

 例の(まくら)……?

 そう言われてすぐには思い出せなかったが、いつからだったか、フィリーちゃんにお願いされて作ってあげた金のモコモコ()のモコ毛と綿でできた枕があったのを思い出した。

 つまり、昔から金モコ()をモフモフするのが好きで定期的にモフモフしていたフィリーさんが、僕が遠出をしている間モフモフできず、枕で何とかしようとしたけど結局満足できない状況が続いてた……ってことか。

 

 そう思ったのとほぼ同時に、僕は背中がゾクッと寒くなったように感じた。

 

「だから、その……ね? 今度、いや今からでもモフモフさせて……ね? ねっ!」

 

「……いや、そう言われても」

 

 フィリーさんが金モコをモフモフするのは昔からなんだけど、激しくなればなるほど精神的にキツくなっていくんだよね。体は疲れて無いはずなのに、気力が根こそぎなくなるというか……。

 だから、今回みたいなパターンはマズイ気がするから、できれば断りたいんだけど……断ったところで、後回しになるだけだったりするのが辛いところだ。

 

 

 

「ちょっと」

 

 不意に、僕の後ろの方から声をかけられた。

 ……とはいっても、僕はさっきまで一緒にいたから……ってあれ? そういえば途中からいなくなった気もするけど……僕が勝手に動いてたとはいえ、一体どこにいってたんだろう?

 

「「モフモフ」って何よ?」

 

「それはもう、その言葉通りモフモフーっとすることで……」

 

 その人の問いに答えたフィリーさんだったけど、今日何度目かの硬直……でも今日一番の固まりっぷりで硬直した。

 

 

「げぇっ!? み、みみみミミちゃっ! ミミ様!?」

 

「さっきの言い方だと、まるでマイスをモフモフするかのような……って、毎回毎回ビクビクしないでって言ってるじゃない! いつ治るのよ、それは!」

 

 そういえば、いつだったかフィリーさんはミミちゃんが苦手だという話を聞いたことがある。まあ、今のミミちゃんは気が強い感じがあるし、昔からフィリーさんが苦手意識を持っているタイプに当てはまりそうだから、苦手になってもおかしくないのかもしれない。

 

「いえ、そのっ! モフモフするのはモコちゃんをであって、べ、別にマイス君をってわけじゃ……!」

 

「……そうなの?」

 

 そうミミちゃんが問いかけたのは僕……じゃなくて、リオネラさんだった。

 リオネラさんは性格的にはフィリーさんに似ている部分があるけど、フィリーさんと違いミミちゃんを怖がったりはしていないようだ。以前に、僕の家で一緒にいた期間があったからかもしれない。

 

「えっとね、ただ『青の農村』にいるモンスターを()でるってだけで、それ以上のことは特には……」

 

「その中でもフィリーのお気に入りの子がいるってだけのことよ」

「ウソじゃねーぞ?」

 

 そうアラーニャとホロホロが補足するように言うけど…………まあ、確かに()()()()()()()()()()()()()

 けど、ミミちゃんが言っていたように「僕をモフモフする」っていうのも間違っていないんだけどね。

 

 

 そう、リオネラさんたちに言われたミミちゃんだったけど、やっぱりどこかふに落ちないようで、難しい顔をしている。

 

「……でも、それにしてはなんか動揺し過ぎな気もするんだけど?」

 

「そっそそんなこと、ないよっ?」

 

「んや。今の返答じゃあ「何かありますよ」って言ってるようなもんじゃねえか」

「シーッ! こらっ、そんなこと言ったらダメじゃない!」

 

 ホロホロとアラーニャが余計なことを呟いているようにも思えるけど……そのせいかどうかはわからないけど、どうやらミミちゃんはフィリーさんを問い詰め続ける気のようだった。

 

 

 

 

「あははっ……どうしよう、これ?」

 

「どうしようもこうしようも無いわよ。たっく、予想以上にうるさくしてくれちゃって」

 

 困って一人で笑ってしまっていた僕のすぐ隣に、いつの間にかクーデリアが来ていた。カウンターも越えて来てるんだけど……仕事は大丈夫なんだろうか?

 

 

 そんな僕の心配をよそに、クーデリアは一番近くにいる僕くらいにしか聞き取れそうにもないような小さな声で言ってきた。

 

「冒険の結果。大まかなことはあのミミって子から聞いたわ。言いたいことも、聞きたいことも色々あるけど……まぁ、それは今度飲みに行った時にでもゆっくりと聞かせてもらうわ」

 

 そこまで言ったところで……初めてクーデリアは僕の顔を見た。

 

 

 

「なにはともあれ、冒険お疲れ様。あと…………おかえりなさい」

 



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4年目:イクセル「団体様ご案内」

 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコック……といっても、もうこうやって働くようになってから長いし、そんな自己紹介に力を入れる必要もねぇかな?

 

 

 さて、月明かりが街を照らし始めている今日の『サンライズ食堂』なんだが……ちょいといつもと違った状況だったりする。

 

「いや……昼にマイスから「今日、クーデリアと飲みに行きますね!」とは聞いてたが……」

 

 注文されていた料理たちを、先に出しておいた飲み物のグラスに気をつけながら置いてから、オレは短く息をつきながら肩をすくめた。

 

 

 

「なんか増えてないか?」

 

「あはははっ……すみません」

 

 別に正式に『予約』として席を確保したりしてたわけじゃねえから人数が増えてもそう問題無い。だから謝ってきたマイスには「別に悪いってわけじゃないぜ?」と言っておく。

 そう、たとえ()()()()()()()()()()()……。

 

 

「いや。でも、どうしてこうなったんだ?」

 

 俺が疑問を口にすると、()()()が「それは……」と説明し始めた。

 

「冒険から返ってきた時の約束だったんだけど、今日改めて飲む約束をクーデリアとしたんだけど……その後、家でフィリーさんとリオネラさんたち会って、今晩僕の家に泊まっていいか聞かれて、約束があるから家をあけるって話から久しぶりだし一緒に行こうかって話になって」

 

 名前を出された()()()()()()()()が「ど、どうも」といった感じに軽く頭を下げてくる。

 ……ついでに、ネコの人形のホロホロ・アラーニャも「よぉ」と手をあげてきた。マイスが言った「たち」ってのは、このふたりのことだろう。律儀に数に入れる、そういうところはマイスらしいちゃあらしいけどな。

 

 そんなマイスの後を引き継ぐようにして、()()()()()が「……で」と喋りだす。

 

「あたしはあたしで、「あの話」をするならロロナもいたらいいんじゃないかって思って、ロロナを飲みに誘いにアトリエに行ったの。……そしたら、ロロナを挟んで睨み合ってる職務放棄常習犯と元騎士がいて、二人を無視してロロナを飲みに誘ったらロロナがその二人を誘っちゃって……」

 

「それはーその……ケンカなんてしないで、みんなで楽しく過ごせたらなーなんて思って」

 

 笑いながら言う()()()に、それ以上何も言えないのか諦めたようにため息をつくクーデリア。

 そして、そのクーデリアに「職務放棄常習犯」と言われた()()()()()は「最近は真面目に仕事してるつもりなんだけどなぁ」と不服そうに呟いていて……「元騎士」のほうの()()()()さんは言われ慣れてしまってるのか無反応でいつもの仏頂面だ。

 

 ……というか、この時点でツッコミどころがいくつかある。例えば、フィリーとリオネラ当たり前のようにマイスの家に泊まろうとしてる事とか、トリスタンとステルクさんがアトリエで睨み合ってた理由とか。

 まあ、前者のほうは、直接その場を見たことは無いが前にも何度か話には聞いていた。そして後者のほうは、元々あの二人は性格が正反対というかそりが合わないので仲が悪くて昔から剣呑な空気になることはあったから、その延長だとも考えられなくはない。

 

 

 

 ……まっ、そういうのは考えたところでどうしようも無いから、ひとまず置いておいて、だ。

 

「この面子(メンツ)が集まるのって、何気に初めてじゃねえか?」

 

 そう。今日『サンライズ食堂』に来ている七人。俺も入れると八人だが知らない仲じゃない。八人のうち七人は、ロロナ本人を含め王国時代にロロナの手伝いをしていたメンバーで、共に採取地へ行ったりもしたことのある間柄だ。

 そして、その中に含まれていない一人・フィリーだが、冒険こそ一緒に行ったりしていないものの、王国時代からマイスとリオネラとは非常に仲が良く、その関係で王国祭の時なんかにロロナやクーデリアといった他のメンバーとも顔を合わせたりもしている。そして、アーランドが共和国になった後……フィリーが『冒険者ギルド』の依頼の依頼の受付嬢になってからは国勤めの連中を中心に関わりが深くなっていた。あとは……フィリーの姉のエスティさんが何かと顔が広かったっていうのも大きいか?

 

 そんなわけで今ここにいるメンバーは、多少個人個人に浅い深いの差はあれど、少なからず長い付き合いのある間柄ってわけだ。

 

 

「た、確かにそうかも……」

 

「私、マイス君やリオネラちゃん、クーデリア先輩とは一緒なことはあるけど、こんな大人数は初めてだよぅ」

 

 リオネラとフィリーが頷き合っている。……が、注意深く見ればわかるがこの二人、ステルクさんとは絶対に目を合わせていない……いや、合わせられないと言ったほうが良いか? あの二人、ステルクさんの顔を見ると悲鳴上げて気絶したりするし。

 けど、いつだったかマイスが「少し改善して、話せるくらいにはなったよー」とか言ってたんだが……コレじゃあ本当か怪しいな……。

 

「みんなそれぞれ都合があるからね。お仕事があったり、冒険に出てたり……僕だとお祭りの準備や片付けとかの日もあるし」

 

「偶然にしろ何にしろ、とても珍しい状況だとは思うよ。……できれば、そういう運はもっと別の機会に使いたいものだけどね」

 

 マイスの言う通り以前に比べ、何かしらの役職についたり、人気になって仕事が増えたりしている。だから、ただ単純に時間が取り辛くなっている部分もあるだろう。

 まあ、昔もさすがにこの人数は集まらなかったけどな。そういう意味ではトリスタンが言っているようにかなり珍しいだろう。

 

 

「でも、ちょっと前にここに集まったことがあったような……?」

 

 「そういえば」と思い出したように呟いたのはロロナ。

 確かに、人数は今よりも少ないもののたまたま集まった時があった。けど、()()()は……。

 

「確かあの時は、あたしとロロナ、イクセル(こいつ)ステルク(こいつ)……あとは、トトリとマイスが途中で来たかしら?」

 

「ああ。あの時か……」

 

 クーデリアが当時の事を思い出しながら、指折り数えてメンバーを言っていく。そして、ステルクさんが釣られるようにして、その時の事を思い出し短くため息をついた。……気持ちはわかる。

 

「あの時は……なぁ?」

 

 俺がそう言ってみると意図が通じるヤツには通じたようで、クーデリアとステルクさんが「うんうん」と頷き、ロロナとマイスが「あはははっ……」と苦笑いをこぼしていた。

 ただ、その時いなかったトリスタンやフィリーは何のことかわからないようで、軽く首をかしげている。……が、その場にいなかったはずのリオネラが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「あの、もしかしなくても、あの時のこと……だよね?」

 

「でしょうね。あの時はマイスに迷惑かけちゃったわね……」

「つっても、アレは半分くらいマイスも悪いだろ」

 

 リオネラのそばに浮いているホロホロとアラーニャがそう言った。

 まあ、ふたりが言ったようにあの時のゴタゴタはマイスのせいって言うのは間違ってない。

 

 

 

「……で? 結局何のことなんだい?」

 

 しびれを切らしたトリスタンが疑問を口にした。

 

「えっとですね。街に帰ってこないりおちゃんとかジオさんがマイス君のところに定期的に来てて、それがバレてくーちゃんとステルクさんが暴れちゃって……」

 

「そういうキミこそ、ホム(あの少女)が訪れていたことを知ったら彼に掴みかかったじゃないか」

 

「そ、それは……! だって、マイス君がほむちゃんのことを秘密にしてたからっ!」

 

 そう慌てたようにステルクさんに言うロロナだったが、その話を聞いていたトリスタンは「ああ」と納得したように呟いた。

 

「なるほどね。マイス()が責められてるのは秘密にしてたからか。……けど、彼がそんなことするとは思えないんだけど」

 

「それがだな、街に寄ってから来てるもんだと勘違いしていて、特に誰かに言ったりすることは無かったっていう天然丸出しの理由でさ」

 

「……それは彼らしい失敗だ」

 

 

 

 

 

「えっと、話はわかりましたけど……なにもマイス君本人の目の前でそこまで言わなくても……」

 

「……ううん、いいよフィリーさん。あれは、僕が悪かったんだから……でも、ちょっとへこむなぁ」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 何とも言えない感じで始まった飲み会だが……忘れちゃならないことがある。

 

 そう、俺は『サンライズ食堂(ここ)』を任されているコックであるということ。客が入れば接客しなきゃならんし、注文が入れば厨房に戻って作らなきゃならない。

 幸い、今日はそこまで客は多くないが、それでも度々(たびたび)あいつらがいるテーブルからは離れないといけなくなる。……こんなことなら、俺の権限で多少無理矢理にでも貸し切りにしときゃよかった。つっても、このメンバーになるっていうのは、当のマイスやクーデリアにもわかっていなかったことだから仕方ないんだけどさ。

 

 

 そんなわけで俺はテーブルから離れているんだが……今ちょうど、あいつら以外の客の最後の一組が支払いを済ませて出ていった。

 それを見送りつつ……ついでに、店先の看板を「OPEN」から「CLOSED」変えてしまう。もうこれで、今日は客は来ないだろう。身勝手な感じもするが、今日は昼間に繁盛したし、売り上げ的には問題無いだろうと自分に言い聞かせて店内へと戻る。

 

 

 

 

「そういえば、ロロナちゃん最近アトリエにいなかった時期があったけど何してたの?」

 

「んっとね、ステルクさんと一緒にちょっと調査に行ってたの。ほら、例の各地に現れてるっていう新種のモンスターの」

 

「私のところの依頼には出てないけど、噂はよく聞くよね。その新種のモンスターとの縄張り争いで他のモンスターたちも活発化してるっていうし……」

 

 

 

「いようがいまいがどうでもいいし、こんな夜中まで仕事しろってわけじゃないけど、あんた大丈夫なの? 口うるさく言われてたりするんじゃない?」

 

「親父にかい? 心配はいらないよ。「マイスとの約束で」って言ったら「そうか」の一言だけでそれ以上グチグチ言わなくなるから。……あっ、そういえばマイスに「今度、また飲みに行こう」って伝えてって言われてたんだっけ?」

 

 

 

「失礼を承知で言うが……私は時折、キミのその童顔が(うらや)ましく思うことがある。少しの話なのだが、一日で子供三人に顔を見ただけで泣かれ、その上「その子供たちの方がお気の毒だ」とトトリ(彼女の弟子)に言われ……」

 

「そんなこと言ったら、僕はステルクさんのその身長が羨ましいです……。それに、ステルクさんって顔が怖いと言われるって気にしてますけど、『ウォルフ』みたいなカッコイイ顔だと僕は思いますよ?」

 

「……それは()めているのか? いや、待てよ……そういえば、キミの村の人間にはそう怖がられた覚えが無いような……?」

 

 

 

 あいつらがいるテーブルでは、みんながみんな食べ物や飲み物を口にしたりしながら、各々(おのおの)好き勝手に喋っている。

 にしても、今日は珍しくマイスとステルクさんが一番酔いが回ってそうな雰囲気だ。マイスは一緒に飲む相手によってペースが変わるし酔払うことも時々あるからそこまででもないが、ステルクさんがあそこまで飲んでいるのは初めて見る気がする。

 

 そんなことを考えたり、みんなの会話に耳をかたむけたりしながら、いくつかの料理と自分の分の飲み物とを用意する。そして、それらを持ってテーブルの方へとむかった。

 テーブルにたどり着くよりも先に、ロロナが俺に気付いて「おーい!」と手を振ってきた。

 

「イクセくーん! あれ? どうかしたの?」

 

「ちょうど客も途切れたし、俺も参加しようと思ってな。ていうか、店も閉めて貸し切り状態にした」

 

「なら、厨房を借りて僕が何か作ってきましょうかー?」

 

 マイスの申し出を「いいよ。追加で作ってきてあるから」と断り、別のテーブルからロロナが持ってきたイスに勧められるままに座った。

 

「それじゃあイクセくんも来たことだし、改めて……かんぱーいっ!」

 

 ロロナの声に合わせて、俺を含め他のメンバーも「かんぱーい」と自分のグラスをあげた。

 

 

 

「ええっと……何のお話してたっけ?」

 

「さあ? バラバラで途中入れ替わったりしながら喋ってたから、明確に何の話ってわけじゃなかったし」

 

 「はて?」と首をかしげるロロナにクーデリアが「別に何ってわけじゃなかったわね」と言ってる。

 そこに、薄ら笑いを浮かべているトリスタンが面倒な提案をしてきたのだった。

 

「じゃあ仕切り直しってことで、ここはイクセル()に新たな話題を提供してもらったらどうだい?」

 

「おいっ、無茶振りかよ!?」

 

 いやまあ、確かに会話の流れを止めたのは俺だろうけど、それはいくらなんでも……といっても、酒がすでに入っていることもあって、ロロナを始め大抵のメンバーが止めるどころか期待の眼差しを俺に向けてきてるから、逃れにくいことこの上ない。

 話題ってなんかあったか……? いっそのこと、仕事の片手間で耳にしていたこいつらの会話を掘り返して聞いてみてもいいんだが、そん中に何か気になったこととか……。

 

 

 

「……ん? そういや、最初の時にクーデリアが言ってた「あの話」って何だったんだ? なんかマイスと……あとロロナとも話す予定だったみたいな感じに言ってたが……」

 

 俺がそう言うと、クーデリアとマイス以外が「あっ、そういえば……」といった感じに二人のほうを見た。その様子からすると、まだその話題はあがっていなかったようだ。

 

「ああ、アレね。……とはいっても、今その話をしてもいいものかしら? でも、今ここにいるのは見知った顔だけだし……」

 

「……悩むようなことなのか?」

 

 俺がそう問いかけるとクーデリアは「ええ、まあ」と少しまだ迷いながらも頷いてきた。

 

「ほら、ちょっと前までマイスが長く冒険に出てたじゃない。その話をしようって約束を帰ってきたマイスとしててね」

 

「このあいだのって言うと、トトリちゃんたちと船で海に出た、あの……」

 

 フィリーがそう言ったことで、ロロナとステルクさんを中心に他の面々も何のことかわかったようで、表情が変わる。個人的に一番関わりが薄いと思っていたトリスタンも何の事かわかったようで、珍しく真剣な表情になっていた。

 当然、俺にも心当たりがあった。以前に店に来たトトリから船を造っているという話を聞いていた。それにこの前は、ウチに野菜を卸しているマイスから「長い期間、家をあけるから」との話しを聞いていた……その目的も。

 

「確か、トトリの母親……()()ギゼラさんを探しに行ったんだったよな?」

 

 まだトトリは街には来ていないが、マイスは帰ってきている。……だが、帰ってきたマイスが特別喜んでいるような様子も見せていないから、ギゼラさんはまだ見つかっていないんだろう。ギゼラさんの手掛かりが見つかったのか、それとも中々見つからず一旦(いったん)帰ってきたのかはわからないが……何かあったんだろうか?

 

「……なるほど。それでロロナ(彼女)も誘おうとしていたのか。弟子の事を心配していたからな」

 

「そ、それを言ったらステルクさんだってジーノくんのこと心配してたじゃないですか!」

 

 ステルクさんとロロナがそんなふうに言ったが……それよりも気になってしまうのが、いつの間にかテーブルに突っ伏しているマイス。寝ているってわけじゃなさそうだけど……。

 

 

 

 

 

「……お墓が、ありました」

 

 

 

 

 

 

 そう、唐突にマイスが言った。

 テーブルに突っ伏しているためか声が若干くぐもっているが、その声はしっかりと聞こえてきて嫌と思えるほど耳に残った。

 

 

 

「……そうか」

 

 沈黙した『サンライズ食堂』の中で最初に口を開いたのはステルクさんだった。その顔はいたっていつも通りに()()()

 しかし、そのステルクさんの一言に釣られるようにして、マイスは突っ伏したまま喋りだした。

 

「フラウシュトラウトに遭遇して、撃退して。海峡を越えてずっとずーっと行った先の雪の積もった大陸、その海岸近くにあった村のはしっこにお墓があったんです」

 

「……ってことは、フラウシュトラウトにやられて、そのまま流されてその大陸までたどりついたってことか……」

 

 俺も『フラウシュトラウト』という外洋に生息するモンスターの噂は聞いたことがあった。だから、海上という不利な状況でさすがの冒険者ギゼラも負けてしまったのではないか、と思った…………

 

 

 

 

 

「あっ、たぶんそうじゃないと思います」

 

 

「……はぁ?」

 

 

 マイスはテーブルからいきなり顔を上げたかと思うと、首を少しだけかしげながらいつものように喋りだした。

 

「だって、船が壊されて流れ着くにしても大陸からは遠すぎて無理がありそうですし。それに、その村の人たちもギゼラさんの名前とか知ってたから、普通に生きてたんだと思いますよ?」

 

「えっ? ええっ!? ま、マイス君どういうこと!? でも、トトリちゃんのお母さんのお墓があったんだよね?」

 

「あったけど……そのあたりのことはトトリちゃんが知ってると思う」

 

 混乱した様子でマイスに問い詰めたロロナだったが、当のマイスは相変わらずの調子で妙な返答をするばかりだった。

 

 

「ちょっと待って、マイス君……」

 

「もしかして、その……何も知らないの?」

 

 何とも言えない変な空気になり始めたところで、その場にいる全員の気持ちを代弁するようにフィリーとリオネラが問いかけ……みんなの視線がマイスに集まる……。

 

 

 

「えっと、実は……」

 

 

 

「「実は」じゃないわよ、この大バカ!!」

 

「あいたっ!? ちょ、叩かなくっても……」

 

「いや、マイス。さすがにこれは俺もクーデリアを止めねぇわ」

 

 クーデリアに勢いよく「パッシィーン!」と頭をはたかれるマイスを見て、俺はため息をもらしつつ苦笑いをした。

 

 

「だって、ほら! 大泣きしてたトトリちゃんの隣について行って話を聞くなんて邪魔になるだろうし図々しい気もするし。それにその後も、まだ泣きたいはずなのに一生懸命元気なふりをして「おねえちゃんとお父さんにも教えてあげないと」って言ってるトトリちゃんに「僕にも教えて」なんて言える神経を僕は持ってないし……」

 

「……まあ、それはそうだろうが……何というか、こちらの悲しみ損というか、真面目に聞いたこと自体おかしく思えてな」

 

 ステルクさんのため息交じりの言葉に、マイスは「えっ! そんなに!?」とショックを受けていた。

 

 

 

「つくづく思うけど、マイス(キミ)って抜けているというか……色々と残念な感じだよね」

 

「と、トトリちゃんにも言われたけど、トリスタンさんにまで……」

 

 いや、でもこの場に関してだけで言うと、ほぼその意見で満場一致になると思うぞ? マイス。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 まあ、そんなわけで仕切り直しの話題だったはずが、また改めて仕切り直す必要ができるほどグダグダになったわけだ。

 

 ……その後、思いっきりへこんだマイスがやけ酒気味に飲みだしたことにより別の意味で大変になったんだが……それは誰にでも想像できるほどベタな酔いつぶれ方だった。

 



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5年目:マイス「いつもの日常と、あとちょっと」

 ……そういえば、長々と4年目を続けていたなーと思い、特に季節感とか意識せずに年をまたがせてしまいました。

 そして、ここ最近にしては短いです。話を広げられなかったと言うよりは、他の物を書いていたから時間的な問題で……と言うことになります。
 書いていたのは前に言った『黄昏』や『不思議』とはまた違う物なのですが、ずっと前から加工と思っていたもので、近日……とは言っても、1,2か月後くらいになると思いますが公開しようと思っています。


 そして、活動報告にてアンケートを実施しております!
 二種類あるのですが、片方は反映させる予定の「マイス君のお嫁さん」について。もう片方はどうなるかわからないもの……となっております。
 回答は片方だけでも良いので、お気軽に参加してみてください!


 

***マイスの家前・畑***

 

 

 船での長期の冒険の都合で手入れができていなかった家の前の畑。ただ、『青の農村(うち)』のモンスター()たちが気をきかせてくれていたみたいで、最低限ではあるものの整備をしてくれていたみたいで、特別荒れたていたりすることはなかった。

 

 そんな畑だけど、僕が手をつけることができたのは冒険から帰ってきた翌日、街や村の人たちに挨拶をしてまわった後、夜『青の農村(うち)』の皆でちょっとした宴会をし、家に帰って寝て、起きてからだった。

 ……冒険の間、『プラントゴーレム』の種を埋めた時以外ほとんど土いじりができていなかったこともあって、久々の畑仕事はすっごく楽しかった。

 

 

 

 それから数日。その間にも、みんなと飲みに行ったり、他にも色々とあったんだけど……。

 

 今日の朝、畑を確認してみると、比較的育ちの早い『カブ』が収穫できる大きさまで大きくなっていた。農業を再開して初めての収穫となる。そして、その『カブ』は「過去最高の出来」と言えるほどの傑作(けっさく)だった。

 

 その『カブ』の内の一つを手に取りクルッと一回転させて状態を確認し、大きく頷いた。

 

「うん! これなら今年の()()にも問題無いだろうね。堅さも申し分ないし……となると、今回の収穫は全部そっちにまわしたほうがいいかな?」

 

 自分の食べるもののことなど他のことで使う機会が無いかを思い出し、今後の予定を考えて行く。

 

 うーん……。ここまで出来が良いと幾らか残しておきたい。それに、やっぱり自分でも食べてみたい。けど、確保しておかないといけない個数もあるし、それは余裕を持って余分に用意しておきたい気もする。

 そう考えると現時点では色々と厳しい部分があるんだけど……

 

 

「……けど、まだ時間的には少し猶予があるから、収穫したところでまた新しく『カブ』を育てれば、()()の前にはもう一回は収穫できるよね? なら、今日収穫したのは、使うのと確保しとくのは半々にしておこっか」

 

 今さっき収穫したばかりの『カブ』たちを二分して別々にし、一方は自分の家で保管して、もう一方は村の『集会場』で保管すればいいだろう。

 あとは、畑の空いたスペースに『カブの種』を()かないといけないから、家のコンテナから取ってこないといけない。

 

 考えがまとまった僕は、さっそく行動に移そうとしたんだけど……ちょうどそこに声をかけてくる人がいた。

 

「ふむ、相変わらず朝早くから精が出るな。出来は……もはや、聞く方が失礼かな?」

 

 その声に振り返ると、畑から少し離れた道にジオさんがいた。

 コッチへとゆっくりと歩いてくるジオさんに、僕は笑いながら挨拶を返す。

 

「おはようございます、ジオさん! それと、出来のことは失礼でも何でもないんで聞いてくださいよ。僕だって、今日みたいにいつも以上に出来が良い時はちょっとだけ自慢したいんですから」

 

「……ふ、ふはははっ! そうかそうか、それは悪かった」

 

 僕の冗談交じりの返事に、ジオさんは一瞬動きを止めて目をパチクリとした後、笑い声をあげながら軽く謝ってきた。

 ……それにしても、笑い過ぎな気もするけど。

 

 未だに笑みを浮かべているジオさんは、僕のすぐそばまで来ると二つに分ける作業の途中の『カブ』たちに目を止めた。そして一通り見た後、大きく頷いた。

 

「なるほど。確かに良い『カブ』だ。これは、君が自慢したくなるというのもわかるというものだ」

 

「はい! 本当に良い出来で、これなら自信を持って『カブ合戦』に使えます!」

 

 『青の農村』の年始、毎年恒例のお祭りとなっている『カブ合戦』。それには良い『カブ』が必要なんだけど、今日収穫した『カブ』は申し分無いだろう。この『カブ』なら思いっきり投げられて地面とかにぶつかってもグシャリと潰れてしまったりはしないだろう。

 

「今月末に開催する予定なんですが……そうだ! ジオさんも参加してみませんか?」

 

「あの祭りにか……。興味が無いわけじゃないが、遠慮しておこう」

 

「そうですか? ちょっと痛いけど楽しいですよ?」

 

「だがなぁ。私が参加したとすれば、アイツも参加して私に「日頃の恨み」とばかりに『カブ』を全力で投げつけてきそうでな……」

 

 「アイツ」と言われて一瞬誰なのかわからなかったけど、少し考えたらそれがステルクさんの事だとわかった。

 確かに、ステルクさんはジオさんの事を探し回っているし、日頃愚痴(ぐち)を時は「王は~」「あの方は~」と大半がジオさんに向けたものだ。時々、ロロナのことや無茶をする新米冒険者のことも言ってたりするけどね。

 

 でも、ジオさんとステルクさんの真剣勝負の『カブ合戦』も見ごたえがありそう……と思ったけど、それに巻き込まれる他の参加者が大変そうなのもすぐに想像できるから、僕のほうから言っておいてあれだけど、参加はしてもらわない方がいいだろう。

 

 ……よくよく考えてみると、『青の農村(ウチ)』にはジオさんやステルクさんが参加して楽しめそうなお祭りが少ないことに気付いた。

 以前、二人揃って参加してくれた『大漁!釣り大会』のような釣り系なら楽しんでくれそうではあるけど……。これまで催し物の企画を考える時には選択肢に入れてなかったけど、今度は剣とかを使うようなお祭りを考えてみようかな?

 

 

 

 僕が、一人でそんな考えに浸っていることに気付いてかどうかはわからないが、ジオさんは話に節目を付けるかのように一つ咳ばらいをして、改めて口を開いた。

 

「まあ、元気そうで何よりだ。……さて。少しばかり話をしたいのだが……時間はあるかな?」

 

 その問いに、僕は「種を蒔いて、水をあげたら」と伝えた。

 ……畑仕事はまとめてやらないと「後で」なんて思ってたらウッカリ忘れてしまうっていうのは、これまで何度も経験してきたからよくわかってる。

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 畑仕事を終えて身支度を整えた後、軽い朝ゴハンを用意して先にリビングダイニングに入って待ってもらっていたジオさんの前にも置く。

 

「ああ、すまない。朝早くからいきなり訪問したというのに、ここまで用意してもらってしまって」

 

「気にしないでください。友達が泊まりに来ることも多くて、朝に複数人分を用意するのも慣れてますから」

 

 「それに、この村は食材を追加するのも楽ですから」と、『青の農村』であることを全面的に押すような言い方で、付け加えて言っておいた。

 

 

 

 

「さて。今日ここに来たのは、君に頼みたい事があるからなのだよ」

 

 朝ゴハンの途中、食べる手を止めたジオさんがふとそんなことを言いだした。

 

「……その前に二つ、確認しておくことがある」

 

「確認……? なんですか?」

 

「キミは『アーランド共和国』が、『アーランド王国』とその周囲の村や街、地域が併合して出来たものだとは知っているね? そして、その動きは今でも続いている。事実、併合の準備をしている国や地域が今もあるのだが……まあ、それはひとまず置いておこう」

 

 そこで、朝ゴハンと一緒に出していた『香茶』を一口(ひとくち)(くち)にするジオさん。そして「ふぅ」と一息つくと再び話し出した。

 

「併合したからには、アーランドはその一帯も平和に保たねばならん。その責務が私にはある」

 

「それはまあ……国の一部になったわけですし、ジオさんは国王を辞めても『共和国』首長ですし」

 

 けど、それが何なのだろう?

 そう疑問に思ったんだけど、その疑問が解消される前にジオさんが「次にだが……」と別の事を話しだした。

 

「最近、新種のモンスターらしき存在が確認されている。数はそれほどでもないらしく、人の住む地の近くには出没していない……が、その新種たちと縄張り争いがあったのか、他のモンスターたちの動きが活発になり、一部獰猛になっているともいう」

 

「それは、噂くらいには聞いたことがありますけど……」

 

 確か、このあいだ『サンライズ食堂』で飲んだ時に、ロロナとリオネラさんとフィリーさんもそんな事を話していたはずだ。あとは、『青の農村』を立ち寄る行商人の人たちもそんな事を言っていたのを憶えている。

 ……ついでに言うと、その行商人たちは「その点、ここは良い。ここの周囲の街道は『青の農村』のモンスターたちの縄張りで他のモンスターが近寄らないからね」と村の中にいるモンスターを撫でながら言っていた。

 

 

「……で、だ。一つ目の話がここで関わってくる。ココからは少々離れた地域なんだが、その活発化したモンスターたちが偶然か何か徒党を組み、侵攻してしまった地域があってだな……」

 

「えっ!?」

 

「幸い、迅速な対応が行われモンスターたちも撃退でき、人的被害はほとんどなかったんだが……迎撃のために様々な物資が大量に消費されたうえ、モンスターたちの侵攻によって農作地も荒れてしまった。元々、特別豊かな土地で無く蓄えもそう多くなかったこともあって、一番の問題は食料でな、次の収穫を待つこと無く近いうちに蓄えが尽きてしまうことは目に見えているそうだ」

 

 それは間違い無いだろう。畑が荒れてしまえば、作物の栽培はまた一から始めなければならない。ものによって成長速度に差があるけど、そうすぐ育つものは少なく、そういうものほど一回の収穫で採れる量は少ないのが基本だ。

 そして、荒れた農作地で作物を育てている間食べられるものは限られているわけで……そこに住んでいる人たちの人数にもよるけど、そうとう厳しい状況だと言うことは間違い無い。

 

 

 ……ん? ということは、さっきまでの話の事も考えると……もしかして、僕へのお願いって……。

 

 そう僕が思い当たったのとほぼ同時に、その予想通りの言葉がジオさんの口から出てきた。

 

「そこで、アーランドから支援物資を送りたいのだが……」

 

「それを『青の農村(ウチ)』も協力して欲しいってことですね」

 

「そう。国での蓄えもあるにはあるのだが、量が量なのでな。食料関係に関しては一大生産地である『青の農村』に半分ほど出してもらいたいんだ」

 

 「それ以外の物資はこちらが……」と、あくまで作物等、食料関係に絞って手を貸して欲しいと言うジオさん。

 対して僕は……まあ、そんな話を聞いてしまっては何もしないわけがない。

 

「はい! ぜひ協力させてください! ……でも、どこから確保しよう?」

 

 

 そう。問題が全く無いわけじゃない。

 『青の農村』でも色々と蓄えていたり保存しているものはあるんだけど、あれらを管理しているのは村長()じゃなくてコオルのはずだし、その量は僕は把握していない。だから勝手に「使ってください」とは言えないし、もし支援物資として出してしまった後『青の農村』に何かあったら、今度は『青の農村』が大変なことになってしまう。それでは元も子もない。

 

「あっ!」

 

 ウッカリ忘れていたけど、あるじゃないか! すぐに動かせて勝手に使っても誰も困らない、そんな蓄えが!

 それに、あそこなら作物の他にも『鉱石』とかもある。食べ物だって採れたてのまま保管していたもの以外にも、日持ちがとても良くなった加工品もたくさんある。

 

 

 何の問題も無くなった僕は、さっそくどのくらいの必要なのかジオさんに確認をしてもらうことにした。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 その後、実際に()()()()』にジオさんを案内したんだけど……。

 

 

「私に娘でもいれば……いや、連中に「財産目的では」と言った手前…………だが、野放しにしておくのも、いかがなものか………………それに本人の意思が……」

 

 

 何だかわからないけど、すっごくブツブツ言い出していた。

 



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5年目:マイス「ロロナの心配事」

 作者名「小実」をクリック(タップ)して行けるページで見られる活動報告にてアンケートを実施しております!
 二種類のアンケートの内、片方はマイス君のお嫁さんについて。もう片方はまだ構想段階の『黄昏シリーズ』の主人公について、となっています。
 回答は片方だけでも良いので、お気軽に参加してみてください! 接戦になりそうな雰囲気がしますので、あなたの一票が結果を左右する……かも?



※追記※

 沢山の投票ありがとうございます!

 まだ期間の途中ですが、少しばかりご連絡……といいますか、最初に書いておくべき注釈を書かせていただきます。


 このアンケート『Q1』のほうは、「これまでマイス君といろんな子の絡みを書いてきたけど、読者の皆様は誰が良いと考えてるのかな?」という興味本位でやることを決めたものです。
 それはあくまで「誰が良いか」という疑問であり、そのキャラを選んだ理由は書いてくださるのはとてもありがたいことなのですが、それ以外のキャラを「〇〇はダメ」などと貶めるような意見を求めてはおりません。作者個人としては「あっ、そう思っているんだな」と参考にできるのですが、他の沢山の読者の方々も見る場所である活動報告では、そのキャラクターを推している他の読者が嫌な思いをしてしまいます。

 もちろん、恋愛感情の描写がどのキャラも足りているとは思っていません。ですので、一番投票が多く選ばれたキャラは、本編中でちゃんと気持ちが恋愛へと向かっていく描写をしていきます。作者の技量の問題で上手く丁寧に描写することができるかはわかりませんが、いきなり「結婚!」とはなりません。
 なので、今回のアンケート『Q1』は、一番上に書いているとおり「『ロロナのアトリエ編』の印象、『ロロナのアトリエ・番外編』の印象、『トトリのアトリエ編』の印象……どれでも何でもいいです! ただ単に「見てみたい!」ってだけでも構いません!」……という方向でお願いします。


 以上です。
 上記の内容を読んだ上で「納得できない」「不満がある」という方は、ここでは無く作者に直接メールでお申し付けください。

 長文、失礼しました。
 これからも、アンケートのご回答よろしくお願いします。


 

***ロロナのアトリエ***

 

 

「さて! 今日みんなに集まってもらったのは他でもありません!」

 

 「ふんすっ!」と気合十分でそう言ったのは、このアトリエの店主であるロロナ。そして、そのロロナに「みんな」と言われたのは僕たちなんだけど……。

 

「……集まったとは言っても」

「オレらとマイスだけなんだけどな」

 

 そう言ったのは、ソファーに座っているリオネラさんのそばに浮かんでいるアラーニャとホロホロだ。

 ふたりが言ってる事は事実で、ソファーに座ってるリオネラさんとそのそばにいるアラーニャとホロホロ、そして僕もリオネラさんと同じくソファーに座っていて、ロロナはそのソファーの正面あたりで両手を腰に当てて立っている。……以上だ。

 

 ……と、そのことに不満があるのか、ロロナは頬を膨らませる。

 

「うーっ、なんでー!? 他の人たちにも声かけるようにいったよね?」

 

 ロロナの疑問にリオネラさんが「それは、その……」と答え始めた。

 

「えっと、フィリーちゃんは受付のお仕事があるから……クーデリアさんも同じで……」

 

「イクセルさんももうそろそろ昼のかき入れ(どき)だからお店を離れられないよ。トリスタンさんはメリオダスさんに怒られてて無理っぽくて。あとステルクさんは……病院で寝てる」

 

 リオネラさんに続いて、僕が他のメンバーについて言ったところ、ステルクさんの話のところでロロナが「ええっ!?」と目を見開いてもの凄く驚いた。

 

「ええっ!? なんでステルクさん、病院で寝てるの!? 大丈夫なの!?」

 

 ワタワタと慌てふためきながらもステルクさんのことを心配するロロナ。

 ……けど、話を聞けばすぐ落ち着くと思う。だって……

 

「少し前から『青の農村(うち)』にジオさんがお仕事で来てて、今日たまたま出くわしちゃったみたいで……それでその、ステルクさん、派手に負けて気絶したんだ」

 

「あ、あはははっ……な、なーるほどー…………というか、またジオさんに挑んでたんだね」

 

 さっきまでの心配は何処へやら。以前に似たような状況を経験したことがあるのか、ロロナはすぐに理解して安心(?)していた。

 でも、確かに「日常茶飯事」とまではいかないけど、ジオさんを見つけたステルクさんが戦いを挑んで返り討ちにあうということは時々あることだ。だからか、なんというか「あっ、また頑張ってるんだなぁ」程度にしか思わなくなってきている。

 

 ……ジオさんに負けた後のステルクさんは、僕に鍛練の相手を頼んできたりするんだけど、それだけが少しだけ面倒なんだ。

 別に鍛練とか試合とかが嫌なわけじゃない。けど、想像すればわかるかもしれないけど、ジオさんに負けた後ってことでステルクさんが少し気が立っていることが多くて、そういう時以外にする手合わせよりも限界ギリギリまで戦う(やりあう)ことになるから凄くつかれるんだよね……。

 

 

 

「そんなわけで、僕たち以外は来てないんだけど……結局、どういう用なの?」

 

 僕がロロナに聞いてみると、ロロナは「あっ、それはね」と素早く切り替わり、僕らに声をかけた理由を喋りだす。

 

「実はね、トトリちゃんのことなんだけど」

 

「トトリちゃんの?」

 

 そう聞き返しみると、少しうつむき気味に頷いたロロナ。

 そんな様子や「トトリちゃんのこと」っていう言葉で、僕にはロロナが言いたいことが大体わかった気がした。

 

「ほら、探してたトトリちゃんのお母さん、亡くなってたんだよね? それで、今はまだトトリちゃんむこうにいるけど、こっちに来た時何かしてあげられないかなーって思って」

 

「ロロナちゃん……」

 

「やっぱり、そういう……」

 

 予想通りといえば予想通りなんだけど、それはそれで少し困ってしまう。

 というのも、こう言った話というのはやはり繊細なものだと思う。色々根掘り葉掘り聞いたりするのは当然失礼だし、逆に絶対に触れないように意識してしまい変に距離を取ったりしてしまっても「気を遣わせちゃってる」と思われてしまい、申し訳ない気持ちにさせてしまいかねない。

 

「特に何もしないでいつも通りにしておくのが一番じゃないかな?」

 

「だな。「いつも通り」ってのは面白みに欠けるかもしんねえけど、一番安心できるもんだと思うぜ?」

「そうね。それに、街に来るのは気持ちに整理がついた頃だと思うから、特別してあげられることもないんじゃないかしら?」

 

 僕に続いてホロホロとアラーニャがそう言った。

 ロロナはといえば、まだ納得していないみたいで腕を組んで悩み続けている。

 

「先生として何かしてあげられればいいんだけど……でも、ホロくんやラニャちゃんが言ってることもわかるんだよね……」

 

 「ミミちゃんとケンカしてた時みたいに、わたしはいつも通りに……?」と、やっと考えがまとまりだした様子のロロナ。

 っと、そこに……

 

 

 

 

 

「つーかよ、トトリ(アイツ)ってもう街に来ないんじゃねぇか?」

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 ホロホロがポロッとこぼした一言に、ロロナが目を見開いてピシッと固まった。

 

「だってよ、アイツが街に来るのって『冒険者』として色々やらなきゃならねぇことがあるからだろ? で、今回、冒険者になった理由の「お母さんを探す」ってのが無くなったんだ。なら、『冒険者』辞めて『アランヤ村(あっち)』でノンビリすごすってこともありえるだろ?」

 

「え…………ええぇえぇぇっ!?」

 

 数秒間固まっていたロロナだったけど、復活と共に、両手で頭を抱えるようにして過去最大かもしれないくらいの絶叫をあげた。

 

 

「ちょっ……ホロホロ!?」

 

「あんたねぇ。ちょっとは後先考えてものをいいなさいよ」

 

 ホロホロを(とが)めるリオネラさんとアラーニャだけど、当のホロホロは「けどよぉー」と特に悪びれた様子は無さそうだった。

 

「でも、ホロホロの言ってることもわからなくはないんだよね」

 

「そ、そんなぁ!?」

 

「いや、あくまで一つの可能性としては、だよ?」

 

 今にも泣き出しそうな表情でショックを受けるロロナをなだめつつ、僕はその辺りのことを考えてみる。

 

 

 そもそも、トトリちゃんが『冒険者』になったのはホロホロが言ってたように「お母さん(ギゼラさん)を探す」だ。……で、トトリちゃんは昔からそう思って、でも自分は強くないし何もできないから、と諦めていた。

 そこに現れたのが、たまたま『アランヤ村』を訪れて……というか、行き倒れてたらしいロロナ。そしてそのロロナが見せた『錬金術』に可能性を見出しロロナに教えてもらい『錬金術士』となった。

 『錬金術士』になったトトリちゃんは『ヒーリングサルヴ』といった傷薬や『フラム』といった爆弾など、初歩的な錬金術のアイテムを調合して、「これなら私でも冒険者になれる。お母さんを探しに行ける!」と『冒険者』になるために『アーランドの街』に行くこととなった……。

 

 ……と、この一連が街に来るまでの流れだったはずだ。全て人から聞いた話だということや、ツェツィさんがトトリちゃんが『冒険者』になることを反対したこととか途中にあった出来事を(はぶ)いているものの、大きく間違ってはいないだろう。

 そうなると、ホロホロの言ったように大元にある「お母さん(ギゼラさん)を探す」という動機が無くなった以上、これから先『冒険者』を続ける理由も無くなり街に来ることも無くなってしまっても()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 けど、それはトトリちゃんが()()()()()()()()()()()()()()に限られると思う。

 実際のところ、僕はトトリちゃんが『錬金術士』や『冒険者』を辞めてしまうとは思えなかった。なぜなら、『錬金術』で調合している時や色んな採取地を冒険している時のトトリちゃんが「お母さんを探すため」というだけでなく、それとは別に楽しんでいるように感じられていたから。なら、「なる理由」だったものが無くなったところで「辞める理由」にまでならないんじゃないかな?……というのが、僕の考えだ。

 ……もちろん、さっき言ったように「一つの可能性として」トトリちゃんが辞めてしまう可能性は残り続けているとは思うけどね。

 

 

「僕個人の考えだけど、トトリちゃんが『冒険者』や『錬金術士』を辞める理由は無いと思うし、安心してもいいんじゃないかな?」

 

「で、でも……」

 

 それでもどこかそう思えてしまう要素があって不安が残っているんだろう。どっちにしろ「絶対」とは現時点では言い切れないことはロロナ自身もわかっているのかもしれない。

 

 

 

「はっ……!? そうだ!!」

 

 不安そうに眉を力無くヘニャリとさせていたロロナだったけど、いきなり顔を上げて手をポンと叩いた。

 

「『錬金術』は楽しい! そう思ってもらえれば続けてくれるよね!?」

 

「え、ええっと、ロロナちゃんが言いたいことはわかるけど……具体的にはどうするの?」

 

「というか、ロロナの中ではトトリちゃんが辞めようとしてることが前提になっちゃってるんだね」

 

 僕のほうから「そういう可能性もある」って言っておいてなんだけど、ずいぶんと後ろ向きというか……いや、それでも悲観しきっていないことを考えると、むしろ前向きなのかな?

 ……と、僕はそんなことを考えていたんだけど、ロロナは僕のツッコミは耳に入っていなかったのかリオネラさんに言われたことを考え出していた。

 

「うーん? 実際に何か調合して……でも、それじゃいつもと同じかぁ。他に何か……あっ、アレだ!」

 

「「アレ?」」

 

 ロロナが言ったことに、僕とリオネラさんが首をかしげて聞き返した。すると、ロロナは「そうだよっ!」と元気よく応え、僕の手をガシッっと掴んできた。

 

 

 

「マイスくん! ()()()調()()()()()!」

 

「一緒に? ……って、ああ、そういうことか」

 

「そうっ! わたしとマイス君が一緒に調合すればとっても楽しいし、出来るものもきっと面白いもののはず。それならきっとトトリちゃんも喜ぶよ!」

 

「本当にそうかどうかはひとまず置いといてさ……なんだか、ドンドン最初の話からズレていってない?」

 

 ちょっと先行きが心配になって、聞いてみたんだけど……またもやロロナは最後まで聞いてなくて、「よーし! ならさっそく準備っ準備!」と、アトリエ内のコンテナのほうへと足取り軽くスキップして行ってしまった。

 

 

「……んで、何のことなんだ?」

「「一緒に調合」とか言ってたけど……?」

 

 さっきの僕とロロナの会話の内容がよくわからなかったんだろう。ホロホロとアラーニャが僕に聞いてきた。……少しだけ首をかしげているリオネラさんも、おそらくはふたりと同じ状態なんだと思う。

 

「前の話なんだけど、トトリちゃんとロロナ、トトリちゃんと僕とで、二人で一緒に一つの錬金釜を混ぜて調合したことがあって……ロロナが言ってたのは、そのことなんだと思うよ」

 

「えっと……それって、楽しいことなの?」

 

「微妙かな? だって、トトリちゃんとロロナが調合してた時は何でも『パイ』になっちゃって、ロロナは「先生はジャマだから手伝わないでください!」なんてトトリちゃんに言われてショック受けてたし……」

 

 リオネラさんの問いかけに、僕はそう返した。もう二、三年前のことだけど、一緒に何かしたがって結果怒られてショックを受けていたロロナの姿はよく憶えている。なんというか、少しだけどっちが師匠なのかわからなかったなぁ、あの場面は……。

 そういうことを思い出してみると、下手をするとむしろトトリちゃんをイライラさせてしまいかねないような気もしなくも無いような……?

 

 

「でも、まあ……」

 

 僕は、鼻歌交じりにコンテナを(あさ)っているロロナの後ろ姿を見て、小さく呟いた。

 

「あんなロロナを見てたら、難しいこととか色々考えてるのが馬鹿らしく思えちゃうような気もするんだけどね」

 

「うん、そうだね。なんていうか、こう……無意識に(なご)んじゃうというか。そういうのもロロナちゃんの良いところだと思う」

 

「だな。つ-か、やっぱり何かしようとしなくて、いつも通りにしてりゃいいんじゃねえか?」

「でしょうね。……とは言っても、あんな楽しそうにしてるのを止める気にはならないけどね」

 

 そう言って、僕とリオネラさんたちは顔を見合わせて笑った。

 その様子に「どうしたんだろう?」と、コンテナを覗いていた顔をあげて振り返ってきたロロナだったけど、結局は何もわからなかったみたいで首をコテンッとかしげた後、またコンテナを漁りだした。

 

 

 

 

 

「……そういえば、ロロナちゃんとトトリちゃんだと『パイ』になって……マイスくんだとどうなったの?」

 

「僕がトトリちゃんと一緒に調合すると、調合しようとしたものが()()()()の形で現れる『アクティブシード』になったね。『中和剤』がずっと湧き出したり、『フラム』が敵にむかって勝手に射出される……そんな動く植物」

 

「なんというか、いまさらだけど……」

「『錬金術』ってのは、本当に何でもありだな」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 その後、ロロナと一緒に「ぐーるぐーる」と『ヒーリングサルヴ』という傷薬を調合してみたんだけど……出来たのは、拳大の『種』だった。

 

 僕とトトリちゃんがトトリちゃんと調合した時みたいになったのかと思ったんだけど、試しに植えて(使って)みたところ、()えてきた『アクティブシード』は手のひらサイズの『パイ(1/6ピース)』が『実』のように鈴なりに()っている木だ。当然のように木の根や枝は生きているかのようにウネっている。

 

 

「……というか、この生ってる『パイ』の中から少し(あふ)れてる緑色のって……」

 

 その色や、調合に使った素材から考えて『ヒーリングサルヴ』っぽいんだけど……大丈夫なのかな?

 

「はむっはむ。……うん(ふん)おいしーよ(おひひーにょ)!」

 

 僕が注意深く観察している横で、ためらいも無く()いで口に運んだロロナ。

 ……一応、おいしいらしいけど……どんな味なんだろう? というか、そもそも本当においしいのかな?

 

  前にホムちゃんから聞いたことがあるんだけど、昔ロロナが作ったっていう『エリキシル剤』という薬を使った『エリクパイ』は「エリキシルテイスト」……まあ、遠回しに言って不味(まず)かったらしいけど……()()()を除けば同じ薬系である二種類の薬なんだから、『ヒーリングサルヴ』も不味そうなんだけどなぁ?

 

 

「……ね、ねえ、マイスくん」

 

 震え気味の声で僕に耳打ちしてきたのはリオネラさんだった。

 

「どうしたの?」

 

「『ヒーリングサルヴ』って、「飲み薬」じゃなくて「塗り薬」だよね……? 食べても平気なの……!?」

 

「体に入れば同じ……じゃないよね、どう考えても」

 

 口から体内に入れるのと、傷口に塗るのは根本的に違うだろう。

 困ってしまって苦笑いをした後、僕はついため息をもらしてしまった……。

 

 

 

「うーん……これってトトリちゃんよりも、トトリちゃんのアトリエにいるちむちゃんたちの方が喜びそうかも? よーし! 今度こっちに来た時に見せてあげよーっと!」

 

 ……大丈夫かなぁ? いろんな意味で心配になった。

 



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5年目:マイス「ノンビリ過ごす日々」

 もう何度目になるか……また合間合間の休憩を利用して執筆・投稿をしてしまいました。
後半の流れが上手くまとめられず、昨日のうちに書き上げられなかったもので……。

 アンケートですが、作者のページの活動報告にて引き続き行っています。上位はかなりの接戦となっています!
 アンケートの中で心配されている方がいましたが、今作品の『メルルのアトリエ編』は原作の大幅の改変も検討しておりますので、マイス君のお嫁さんが「色々と事情がある」、「登場が遅い」、「そもそも登場しない」というキャラであっても何とかするつもりですので気にせず投票してください!
 もう一つ。複数人を選んでいる場合は票数をそれぞれ「0.5」などとして計算させていただきます。また、同じ方がコメントにて複数回返答した場合、最も新しいコメントのみを換算させていただきます。ご了承ください。


※※追記※※

 上記の票数の計算について、追記で詳しく書かせていただきます。
 「○○と〇〇」、「〇〇か〇〇」など、同列だととれる表記であれば「0.5票」など等分して計算。「〇〇。でも○○も捨てがたい」、「〇〇で。でも〇〇と○○もいいな(見てみたい)」、「〇〇→〇〇→〇〇」など、優先順位が見て取れる場合はその中の最上位のものに「1票」として計算。……と言うことにさせていただきます。




 そして、前回触れるのを忘れてもう一週間程前の話題になりますが、アトリエ新作『リディー&スールのアトリエ~不思議な絵画の錬金術士~』と『アトリエ オンライン ~ブレセイルの錬金術士~』の情報が公開されました。まだ情報は少ないですが、期待・不安が錬金釜でぐーるぐーるされている感じですが、続報を楽しみにしたいと思います。


 僕の生活リズムには何通りかある。

 共通しているのは、朝一番の畑仕事だ。雨の日には水やりをしなくていいので短縮されるけど、それ以外はいつもやっている。他にも、一日一回、時間は決まっていないけど『青の農村』をぐるっと一周し、村のみんなに挨拶をしてまわり、ついでに調子も確認する。

 あとは、毎日ではないものの少なくとも二日に一回ペースで『アーランドの街』を訪れ、作物や加工品などを(おろ)しているお店に顔を出しに行き、ついでにそれらのお店がある『職人通り』や時々依頼を受ける『冒険者ギルド』の顔見知りの人たちに会ってまわったりもしていた。

 また、村のお祭りの前には話し合いや準備があったりするので、そういう時には他の時間を削って村の『集会場』などにいることが多くなる。

 

 

――――――――――――

 

***冒険者ギルド***

 

 

 さて。今日の僕はと言えば、朝一番の畑仕事を終えた後はそのまま『アーランドの街』へと足を運んでいた。特別何か用事があったりしたわけじゃない。ただ、なんとなく「今日は朝の街を歩いて周りたいなー」と思っただけだ。

 ……こういう時は、トリスタンさんのような『大臣』みたいなお仕事でなかったことを良かったと思えた。きっと、今のように思い付きで行動なんてしたら怒られそうだし、やっぱり僕の性分からして、自分のペースで仕事ができる今の仕事のほうがあっているんだろう。『村長』もそんなにすることがなくてよかった……。

 

 

 ……とまあ、そんなわけで、街を歩いて回った僕だったけど、今は『冒険者ギルド』でフィリーさんとお喋りをしている。

 

 少し前には、『冒険者免許』を取り扱うほうの受付でクーデリアと話していたんだけど……その内容は、主に近頃動きが活発になっているモンスターたちについてだった。『青の農村』周辺ではそんなことは無いけど、ジオさんも話していたように各地で大なり小なり影響が出ているそうだ。ただ、それでも時間と共に鎮静化していくだろう、というのが『冒険者ギルド』の見解らしい。

 

 

 で、今しているフィリーさんとの会話の内容はと言えば、先日『青の農村(うち)』であった『カブ合戦』のことだった。

 

「はぁー……お仕事がお休みだったら、私も行ってたのに……」

 

「あははっ、来年は『カブ合戦』に出場してみる?」

 

 そう聞いてみたけど、フィリーさんは困ったように笑いないながら小さく首を振った。

 

「それはさすがに遠慮しようかな……観てるだけなら楽しいけど、アレ絶対痛いもん」

 

「それはまあ「厄払い」だし、ちょっとくらい痛くないと」

 

 『カブ合戦』には、その年の豊作を願うという意味合いもあるが、『カブ』をぶつけることにより付いている厄を払うという意味合いもある。簡単な話、悪いものを身体から叩き出すわけだ。

 なので、『カブ合戦』は多少痛くないと意味が無い……というのは言い過ぎかもしれないけど、ある程度痛いのは仕方のないことだ。

 

 

「えっと、いちおう聞くけど、今年の怪我人の数は……?」

 

「三人。……あっ、でも今年は骨にヒビが入った人はいなかったよ」

 

「これまではヒビが入った人もいたんだね……そっちに驚きだよぅ」

 

 まあ、そうはいってもイベント後に『青の農村』の総力をあげてすぐさま適切な処置を行うため、痛みも抑えられた状態で一週間ほどで全快する。そもそも僕は、病気なんかは専門外だけど、ただの怪我や傷なんかは治すのは得意だし。

 

「もちろん、「みんなで楽しく・賑やかに」っていう『青の農村』のお祭りの本分だから、参加者のみんなも楽しんで帰ってもらうことを前提にしてるよ。参加前に怪我をする可能性を知ってもらって、その上で参加してもらうし。それに、もし怪我をした場合は、さっき言った通りすぐに治療するんだ」

 

 そうすることで、参加者全員が最後には全員笑顔で帰れるようにと勤めている。そのおかげか、参加希望者はリピーターを含め年々増えて行くばかりであり、僕としては嬉しい限りだったりする。

 

「と、とにかく、『カブ合戦』はちょっと……あっ、そういえば来月は何があるの?」

 

「来月は恒例の『冬の収穫祭』。だから、催し物への出場は難しいよ」

 

「ああ、そっか……。私は野菜とか育ててないもんね。でも、美味しいものが沢山あるから収穫祭は好き……なんだけど、ついつい食べ過ぎちゃうからなぁ。気を抜いたら太っちゃうし。でも……」

 

 楽しみなのか嫌なのか、どっちとも取れるようなことを言いながら「うーん、うーん」悩んでいるフィリーさん。

 「太っちゃう」って、そんな気にするようなことじゃないと思うんだけど……。というか、フィリーさんは細過ぎるくらいだし、むしろ沢山食べた方が良いと思うんだけどなぁ?

 

 

 

「ねぇ、ちょっと」

 

 僕がフィリーさんに「そんなに気にしないで食べて良いんじゃない?」と言おうとしたところで、僕の後のほうから誰かが声をかけてきた。背中を向けていた僕はもちろん、僕とのお喋りに気をとられていたのかフィリーさんもハッと驚いたように背筋を伸ばしていた。

 

「う、うえぇぅっ!? ミ、ミミ様ぁ!?」

 

「だ・か・ら! いちいちビクビクするんじゃないわよ! 私が何かした!?」

 

「ご、ごごご……ごめんなさぁいー!」

 

 ……フィリーさんは、相変わらずミミちゃんの事が苦手みたいだ。

 それはひとまず置いといて、ミミちゃんがここに来たって事はほぼ間違いなく依頼を受けに来たんだろう。となると、僕がここにいては邪魔になってしまう。フィリーさんとは沢山話したし、このままダラダラと話し続けてしまいそうな気もするから、この機会に僕は移動しようかな?

 そう思い、僕は動き始めた。

 

「それじゃあフィリーさん、お祭りの話はまた今度ってことで。それとミミちゃん、お仕事頑張ってね」

 

 

「待ちなさい」

 

 別れを告げて移動しようとした僕を、ミミちゃんが呼び止めてきた。

 

「今日は……マイスに用があるの」

 

「な、なぁんだ、良かったー……」

 

 自分に用があって来たわけじゃないという事に安堵してため息をもらすフィリーさん。そんなにミミちゃんが苦手なのかな?

 ……そんなフィリーさんは、ミミちゃんにジロリと睨まれて「ぴぃ!?」と短い悲鳴をあげた。……その、自業自得だと思う。

 

「マイス、ちょっと付き合いなさい」

 

「えっと、冒険について行けばいいのかな? なら、ちょっと準備する時間が欲しいんだけど……」

 

 家をあけるとなると、コオルを初めとした村の人たちに言いに行っておかないといけないから、一度『青の農村』に帰りたい。そういう理由があってそう言ったんだけど……

 

 

「必要ないわ」

 

「えっ?」

 

 

「今日は、その……私がマイスの家にお邪魔するだけだから」

 

 

 

――――――――――――

 

 そう言われた僕は、ミミちゃんに言われるがままに『青の農村』へと戻ることとなった。

 

 「なんで、いきなり僕の家に?」

 

 はじめはそう思ったんだけど、よくよく考えてみれば誰かが家に遊びに来るなんてことはよくある事だった。

 そして、それがミミちゃんとなれば珍しいこと。むしろ嬉しいくらいだ。

 

 というわけで、帰り道の途中からは気分が高揚し始めていた……。

 

――――――――――――

 

***マイスの家・作業場***

 

 

「なるほど……そういうことだったんだね」

 

 納得した僕は、ひとり頷く。

 というのも、僕の家についたところでミミちゃんが言ってきたのだ「錬金釜を使わせて」と。

 

 以前、とある一件で僕はミミちゃんに『錬金術』を教えた。何度も失敗したものの、ミミちゃんはコツを掴んで、最終的には簡単なものであれば調合できるようになった。

 その際に教えたレシピは『薬品系』、その時に依頼にあった傷薬などだ。中には、ミミちゃんの普段の冒険なんかでも使えるものもあったから、おそらくは、冒険用に持っておきたいから調合しに来たんだろう。素材も持参しているし、前々から考えていたのかもしてない。

 

「迷惑なら迷惑って言いなさいよ」

 

「あはははっ、そんなこと無いよ。っていうか、僕としてはもっと頼ってほしいくらいなんだけど……」

 

「お断りよ。貴方に頼ったら、何もしないでよくなって人としてダメになっていくもの」

 

「えぇ……そ、そこまで言うほどじゃないと思うんだけど……?」

 

 僕は抗議混じりの疑問を口にしたんだけど、ミミちゃんは最初から答える気が無かったのか無反応で錬金釜の中を杖でぐーるぐーるとかき混ぜ続けている。

 

 

 なんとも言えない空気の中、僕は「どうしたものか」と頭をかいた。

 ミミちゃんは『錬金術』の基礎を学んでいるしレシピもしっかりと把握している……けど、「絶対大丈夫」とは言い切れない。なので、爆発しそうになったり何かあっても対応できるように、僕はミミちゃんがいる錬金釜から少し離れた場所……『薬学台』の机に備え付けてあるイスに腰をかけて見守っている。

 調合中に集中を乱れさせてはいけないからコッチから話しかけるのは……だからと言って、調合を手伝おうとしても「手助けはいらないわ!」って怒られそう。もちろん他の事をして目を離すのも、どこか不安があるので出来そうにもない。

 

 特に急いでやらないといけないことが無いから、のんびりしてても問題は無いんだけど…………何もしないっていうのも、やっぱりヒマなものである。

 

 

 

 

 

「ねぇ」

 

 ヒマでヒマで仕方なくて、錬金釜をかき混ぜる動きに合わせて揺れるミミちゃんのサイドテールを見て「色が色なら『トウモロコシ』のヒゲみたい……それはどちらかといえばクーデリアか」なんてどうでもいい事を考えていたら、ミミちゃんが錬金釜を見つめたまま話しかけてきた。

 

「トトリ、もうこっちに来ないのかしら……」

 

「うーん。……んん?」

 

 ミミちゃんの問いかけに僕はほぼ反射的に相槌(あいづち)を打ったんだけど、その内容をよく聞いてみると「はて?」と思うところがあり、首をかしげた。「こんな話、ちょっと前にもやったような……?」と。

 

 そう、あれは『カブ合戦』が行われるよりも前のことだ。あの時はロロナが僕とリオネラさんたちを呼んで色々話して……。

 

「えっと……もしかして、ロロナに何か言われ……いや、言ってるのを聞いた、とか?」

 

 僕の言葉に、ミミちゃんの肩がビクンッと跳ね上がった。後半にだから、きっとたまたまアトリエの前を通りかかったところに、アトリエ内で心配するロロナの独り言がこれまたたまたま聞こえたのかもしれない。

 うん、ロロナの独り言は声が大きいからありえそうだ。……で、それを聞いたミミちゃんは「もしかしたら……」と変に不安をかきたてられてしまったのだろう。

 

「べ、別にいいじゃない。覗き見とかしてたわけじゃないもの」

 

「それはそうだけど……そんなに速くかき混ぜるとそのうち爆発しちゃうよ?」

 

「ちょっ……それは早く言いなさいよ!?」

 

 そんなこと言われても、ついさっきミミちゃんがいきなり速くかき混ぜはじめたから、今よりも早くに言うのは無理があるんだけど……。

 

 

 一度深呼吸をして、かき混ぜる速さをゆっりとしたペースに戻していくミミちゃんを見て、とりあえず爆発の心配がなくなった事を確認すると、僕はついさっきのミミちゃんの問いに対する答え口にした。

 

「「ギゼラさんを探す」っていう目的はこのあいだの冒険で無くなったけど、トトリちゃんが『冒険者』や『錬金術士』を辞める理由は無いと思うし、そんなに心配しなくてもいいと思うよ? ……って、ロロナにも言ったんだけどなぁ……」

 

「本当に、そうかしら……?」

 

 またかき混ぜている錬金釜を見つめたまま疑問を口にしてきたミミちゃん。

 ……ロロナもそうだったけど、声色からも感じ取れるくらい本当に寂しそうに言うから、凄く心配しているのがわかる。

 

「絶対、とは言えないけどね。でも、調合をしてる時……は、よくわからないかもしれないけど、一緒に冒険してる時……トトリちゃんは嫌そうにしてた?」

 

「……してなかったわ。激戦の後とか、もの凄く暑かった時とかに疲れた顔するんだけど、綺麗な景色とか珍しい素材とかを見るとすぐに元気になって……嫌そうどころか、凄く楽しそうだった」

 

「だよね? きっと、トトリちゃんは冒険自体好きなんだと思う。だったら「これからもいろんなところを冒険してみたいっ!」って『冒険者』を続けるだろうし、そうなれば街にも来る……とは思うよ?」

 

「なんで、最後は自信なさそうに言うのよ。……どうせなら、キッパリと言ってくれた方がこっちとしてもありがたいんだけど」

 

 顔は相変わらず錬金釜の方へ向けたままだけど、ミミちゃんは不満そうに言ってきた。

 けど、僕としてはミミちゃんに嘘を言う気は無いから、やっぱり断言することは出来そうにない。

 

 

 だから、どう答えたものかと悩んだ……けど、僕が言う前にミミちゃんが「……わかってるわ」と呟き、そのまま話し出した。

 

「冒険者を続けるとしても、永久資格さえもらえれば別に街に来なくてもいい。それこそツェツィさんたちがいる『アランヤ村』で活動すればいいだけだものね……家族と一緒にいれるなら、その方が良いに決まってるもの」

 

 ……ミミちゃんにそう言われると、僕から何か言うなんてことはできそうにも無かった。

 物心ついた頃には家族がお母さんしかおらず、そのお母さんも早いうちに無くなってしまったミミちゃんにとって「家族」と言う存在はとても大きく意味のあるものに違いない。その気持ちを知っているだけに、同意も否定も出来ない。

 

 

 

 

 

「マイスは……()()()()()はどうなんですか?」

 

「えっ?」

 

 さっきまでの強気な喋り方とは打って変わって、丁寧な喋り方になったミミちゃん。でも、時々見かける猫かぶりとは違う感じで……まるで昔のミミちゃんに戻ったかのような「柔らかい」という表現があっている声色だった。

 

 けど、僕はそこにはそこまで驚かなかった。これまでにも何度かそう言うことはあったから、「どうしてそうなるんだろう?」という疑問はあってもそれ以上のことは無い。

 問題は祖の内容だ。僕はどう、って……話の流れからして…………何のことだろう?

 

「その……家族と一緒にいたいとか、思わないんですか?」

 

「あ……あー、うん。なるほど……」

 

 そういうことかと納得した僕だったけど、また「あれ?」と疑問に思い……すぐに納得した。

 

 ……そういえば、ミミちゃんが小さい頃に読み聞かせのようにして、前にいたシアレンスの事とか、魔法の事とかを物語風にしたりしてみて色々話したけど……僕自身のことってほとんど話したことがなかったような気がする。

 人間とモンスターの『ハーフ』であることは隠し事ではあるが、それ以外のことは知られてもいい事ばかりで……というか、『アーランド』に来た頃にいろんな人に聞いてまわったりしていたから、結構知られている。そして、その知られている事の中にミミちゃんへの答えもある。

 

 

 ……となると、()()()を話さないといけなくなるのかなぁ?

 

「……家族と一緒にいたい、っていう気持ちは無くはないんだけど……色々あって、結構昔に(あきら)めてるんだ」

 

 ミミちゃんは錬金釜をかき混ぜている手を完全に止めて、僕のほうへと振り向いてきた。その目は「何で?」と疑問を投げかけてきている。

 

「理由はいくつかあるんだけど……一番大きいのは憶えてないからかな?」

 

「憶えて、ない?」

 

「そうなんだ。ミミちゃんには話すのは初めてかもしれないけど、僕って実は半分くらい記憶喪失なんだよね。一回全部忘れて、今は所々(ところどころ)思い出してるって感じで」

 

「じゃあ……」

 

「うん。お父さんとお母さんのこともよく憶えてなくってさ、色々教えてもらったり、褒めてもらったことは憶えてるんだけど、それ以上は全然思い出せないから、もうね」

 

 「だから諦めたんだ」と僕は言った。その時には、ミミちゃんは錬金釜をかき混ぜるための杖から手を離して、完全に体を僕のほうに向けていた。

 

 

 そんなミミちゃんが気まずそうに目をそらしながら、口を開いた。

 

「もしかして、この前言ってた「シアレンスに帰るっていう目標がついえた」っていうのも、その記憶が戻らないからで……」

 

「あっ、いや、それはまたちょっと事情が違うんだけどね。記憶が無い僕が生活してたのが『シアレンス』で、そこに帰れないのはまた別の理由があって……それはーそのー……」

 

「……何? ハッキリ言ってくれないの?」

 

 どう言ったものかと悩んでいると、その様子が気に入らなかったのか、ミミちゃんが少し声色がいつもの鋭い感じに戻ってきて……ついでに、片方の眉も跳ね上がってる……。

 

 ……でも、「僕は異世界から来たんですー」なんて言ったところで信じてもらえるかどうか……いや、意外と信じてもらえるかも……? それに、やっぱりウソを言いたくはないし…………あぁ、だけど昔魔法の事とか『はじまりの森』のこととかを物語のようにして話した時期があるから「また、作り話?」とか言われるかも……?

 

 

 

 迷いに迷ってしまい、沈黙が続いた『作業場』。

 そんな中、「ポフンッ」と軽快な音が僕らの耳に入ってきた。かき混ぜるのをやめてしまっていた錬金釜だけど、どうやら最低限以上のことはできていたようで無事調合が完了したようだ。

 

 その音につられて、僕もミミちゃんも錬金釜のほうを見た。

 そして、ミミちゃんが再び僕のほうを見て……ひとつため息をついてから錬金釜へと向きなおり、錬金釜の中から調合したものを取り出し始めた。

 

「まっ、こんなものかしら」

 

 取り出した『薬用クリーム』を見てそう呟くミミちゃん。……と、その時…………

 

 

 

 

 

「お邪魔してまーす。マイスさん、います……か?」

 

 なんとっ! 家のリビングダイニングに繋がる扉からトトリちゃんが入ってきた……で、言っていることからして、僕がいないか『作業場』を見渡そうとして……『薬学台』のところにいた僕を見つけるよりも先に、錬金釜のそばで『薬用クリーム』を持っているミミちゃんに目を止めた。

 

「げっ!」

 

 ミミちゃんのほうもトトリちゃんに気がつき、二人の目が合った。

 トトリちゃんは、両手を口元に当ててワナワナと震えている。

 

「み、ミミちゃんが……調合してる!?」

 

「うぐっ……これは、そのっ……!」

 

 対するミミちゃんは、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせていた。

 ……別に調合してただけなんだし、そんなに恥ずかしがったりしなくていいと思うんだけど……?

 

「そういえば、前に冒険に行った時にくれたお薬……「お店で買った」って言ってたけど、いい特性が色々付いてるからどこのお店で買ったんだろうって思ったけど……もしかして、あれもミミちゃんが……?」

 

「そ……そうよっ! 悪い!? 文句でもあるの!?」

 

 より一層顔を赤くしたミミちゃんが、何故かケンカ腰でトトリちゃんに言い放った。……が、そばまで駆け寄ってきていたトトリちゃんがミミちゃんを手をガシッと掴み、引き寄せる。

 

「悪くなんてないよ! この『薬用クリーム』もすごく上手に出来てるし……凄いよミミちゃん!」

 

「んなっ!? べ、別にあんたに褒められても嬉しくなんて無いわよ! それに、『錬金術』を覚えたのだって、あんたの手伝いをしたいからでも何でもなくて……そうっ! 冒険者としての活動の幅を広げて、より有名になるためなんだからっ!」

 

「ミミちゃん、何言ってるの? 誰もそんなこと聞いてないんだけど……?」

 

 人の顔ってこれ以上赤くならないんじゃないかな?……ってくらい真っ赤っかになってしまっているミミちゃんと、そんなミミちゃんにいつもの調子でズバッと言うトトリちゃん。

 

 

 

 

 そんな二人を見ている……というか、取り残されてしまっている僕なんだけど……どうしたらいいんだろう? さすがに、今のあの二人の間に入っていこうとは思わないんだけど……。

 

 と、そんな時、さっきトトリちゃんが入って来た扉から、別の人が入ってきた。

 

「トトリぃー? マイスいたのー? ……って、何があったのよ、これ?」

 

「あれ? メルヴィア?」

 

 そう。入ってきたのは、トトリちゃんと同じ『アランヤ村』出身の冒険者・メルヴィアさんだった。トトリちゃんとミミちゃんがきゃあきゃあ言っているのを見て、一人首をかしげていた。

 僕に気がついたメルヴィアは「あっ、邪魔してるわ」と言って軽く手を振ってきた後、そのまま僕に聞いてきた。

 

「で、どうしたのよ、トトリは?」

 

「どうしたって言うほどのことじゃないんだけどね」

 

 そう言って事のいきさつをメルヴィアに話そうとしたんだけど……

 

 

「あーっ! マイスいたー!」

 

「うわっ!?」

 

 声と共に、誰かが僕に跳びついてきた。それをなんとか受け止めて、誰なのかその顔を確かめてみると……

 

「ピアニャちゃん?」

 

「うん! ピアニャだよ!」

 

 なんでピアニャちゃんが……て、どう考えてもトトリちゃんとメルヴィアが連れてきたんだろうけど……でも、どうして?

 

 そんなことを考えていると、また開け放たれた扉のほうからトタトタという足音が聞こえてきた。それも一人じゃなさそうな足音だ。

 

「ピアニャちゃんっ! 勝手に行っちゃダメって言ったでしょ!」

 

「あら~。マイス、ここにいたのね~」

 

「ツェツィさん!? それに、パメラさんも!?」

 

 なんでこの二人まで!?

 

 

 

 一気に人が増え、賑やかになった『作業場』……。

 いや、でも本当にどうしたんだろう……?

 

 




 じらされるミミちゃん。……でも、これでやっとミミちゃん視点での話を書けそうです。

 そして、最後に一気に現れた人達は今後どうなっていくでしょう? 確定事項は、マイス君に胃袋を捕まれることでしょう!


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5年目:マイス「『青の農村』は今日も賑やか」

 更新遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした!
 昨日の夕方頃からの記憶がスッポリ抜け落ちてるんですが……まあ、理由は作者自身がよくわかっていますので、ご心配なく(?)


 さて、作者「小実」のページの活動報告にて行っているアンケートですが、今現在も受付中です!
 そして、活動報告にてアンケートは(~6/25まで実施予定)としていますが、正確には6/25の本編更新が行われた時点で締切とさせていただきます! 次回の投稿の際にも書かせていただきますが、お忘れの無いようお願いします。


 

 僕の家に、『錬金術』による調合をしに錬金釜を借りに来ていたミミちゃん。

 僕はそんなミミちゃんの調合を見守りつつ、ミミちゃんと話していたんだけど……

 

 そんな『作業場』に、さっきまでミミちゃんとの話の話題になっていたトトリちゃんが入って来た。それに続くようにしてメルヴィアが。さらには、ピアニャちゃんにツェツィさん、パメラさんまで家に来ていたのだ。

 

 

 そんなわけで、ずいぶんと賑やかになった僕の家だけど、さすがに『作業場』で立ち話っていうわけにもいかないので、ミミちゃんがしていた調合の片付けをしてから、リビングダイニングの方へと案内した。

 

 

――――――――――――

 

 

***マイスの家***

 

 

「はい、『香茶』です。よかったらどうぞー」

 

 そう言って僕は、みんな分用意した『香茶』の入ったカップをテーブルに置いた。テーブルを囲む形で配置されているのは、三人がけのソファー一つに一人がけのイスが三つ。……これらが全て埋まるというのも珍しい気がする。

 

 

「あれ?」

 

 ふと目にとまったのは、三人がけのソファー。そこに座っているのは左から順にミミちゃん、トトリちゃん、ツェツィさん。……で、それがどうしたのかというと……

 

「てっきり、ピアニャちゃんを挟んでトトリちゃんとツェツィさんが座るのかと思ってたんだけど……」

 

 当のピアニャちゃんはひとりでイスのほうに座っているのだ。……残り二つのイスには、それぞれメルヴィアとパメラさんが座っている。

 

 僕の疑問に答えたのは、『香茶』を受け取って一口口にしたツェツィさんとトトリちゃんだった。

 

「私もそうしたほうがいいと思ってたんですけど……」

 

「ピアニャちゃんが「こっちがいい!」ってイスから離れなかったんです」

 

 ああ、なるほど……。だからキッチンで『香茶』を準備している時に、少し騒がしかったんだ。……まあ、ピアニャちゃんくらいの子なら、特に理由も無く我儘を言ったりしたくなるものだろう。

 

 そんなことを思いながら、ピアニャちゃんのほうへ目をむけたんだけど……不思議なことに、何故かピアニャちゃんはイスから立ち上がっていて、ニッコニコの笑顔で僕のほうを向いていた。

 

「ん! マイス、ここ座っていいよ!」

 

「えっ、でもそしたらピアニャちゃんが座るところがなくなっちゃうよね? 僕のことは気にしなくていいよ」

 

「大丈夫! ピアニャ、マイスのおひざの上に座るから!」

 

 

「「「「えっ!?」」」」

 

「ちょ!?」

 

「あらあら~。仲良しね~」

 

 僕の声に被るようにトトリちゃん、ツェツィさん、メルヴィアが。ワンテンポ遅れてミミちゃんが驚きの声をあげ、パメラさんだけがいつもの調子でニッコリ笑った。

 

「ねぇマイス、早く早くー!」

 

「早くって……ええ?」

 

 どういうことだろう? 『最果ての村(あっち)』だと普段から誰かの膝の上に座るのが普通だったんだろうか? それにしたって、僕以外でもいいはずなんだけど……それに、これまでトトリちゃんたちの家にいたわけだし、トトリちゃんとかツェツィさんにせがむならわかるんだけど……?

 

「ピアニャちゃん! お膝の上がいいなら私がっ!」

 

「おねえちゃん、必死過ぎ……。でも、ピアニャちゃん。ピアニャちゃんとマイスさん、あんまり大きさ変わらないし、潰れちゃうかもだからやめといたほうが……」

 

「トトリちゃん……さすがの僕もそこまで小さくないと思うんだけど……?」

 

 それに、トトリちゃんよりも大きいから、そこまで言われるほどじゃ…………いや、でも、少し追い付かれてきてる気もするけど……それに、同じくらいだったミミちゃんももう僕よりちょっと背が高くて……で、でも! さすがにピアニャちゃんには負けてないよ!?

 

 

 そんなふうに内心焦ってしまっていた僕だけど、ピアニャちゃんが膝の上に座ってくることは別に何の問題も無いから、座ってしまおうかと思ったんだけど……そこに、別の人がピアニャちゃんに声をかけた。

 

「ピアニャちゃーん? お膝なら、あたしのところも空いてるわよ~?」

 

「ほんと!? なら、そっちに座る!」

 

 そう言ってピアニャちゃんはテトテトと駆け寄り、()()()()()の膝の上に飛び乗った。

 ツェツィさんが「そ、そんなぁ……」と肩を落として落ち込んでいる……のは、ひとまず置いといて、僕は膝に座ったピアニャちゃんの頭を優しく撫でているパメラさんが気になった。

 

「へぇ、パメラさんとピアニャちゃんって仲が良いんですね」

 

「そうよ~。ツェツィがトトリとメルヴィアと一緒に冒険に出た時には、あたしのお店で預かってるの。だから、仲良しなのよ~」

 

「マイス! お店屋さんごっこ楽しいよ!」

 

 そう笑顔で言うピアニャちゃんを見て「本当に楽しかったんだろうなぁ」と思った。……でも、色々と気になる内容があったんだけど?

 

 ツェツィさんが冒険って……大丈夫なのかな? いちおう、トトリちゃんとメルヴィアっていう一流の冒険者がついているなら、よほど強いモンスターが出てくる採取地じゃなければ大丈夫だとは思うけど……

 もしかして、ギゼラさんから受け継いだ冒険者の才能がツェツィさんにはあったり……? いや、さすがにそれはないか。

 

 

 ほんの数秒間。そんなことを考えていたんだけど、その間をどう思ったのかパメラさんがクスクスと笑い出した。

 

「あらあら……嫉妬しちゃった?」

 

「えっ、なんでですか?」

 

「もうっ! マイスったら相変わらずつれないんだからー」

 

 そう言ってパメラさんが(ほお)をプウッと(ふく)らませた。けど、僕には何が何やらで……?

 と、そんな様子を見てか、トトリちゃんが少し首をかしげて言ってきた。

 

「あの……前から思ってたんですけど、マイスさんとパメラさんってお友達……なんですよね?」

 

 「友達」って言った後に変な間があった気がしたんだけど、気にはなったもののソコがどうしたのかわざわざ聞く気にもならなかったから、とりあえずトトリちゃんの問いに答えることにした。

 

「そうだよ。アーランドがまだ『王国』だったころからの付き合いなんだ」

 

「そうよ~。でも、聞いてよトトリ。マイスったらあたしがロロナのところでお世話になってた頃は会いに来てくれてたのに、お店を開いてからは全然来てくれなかったのよ? それに、『アランヤ村』でもマイスのほうから会いには来てくれなくて……ヒドイと思わな~い?」

 

「ええっ……それはちょっと、どうかと思いますよ?」

 

 そう言って非難の目を向けてくるトトリちゃん。

 確かに、パメラさんが言ってることは大体あってる。事実、『アランヤ村』の『パメラ屋さん』というお店に関しては、途中まで気づいていなかったということもあって全く立ち寄ったことが無い。

 だけど……

 

「でも僕、開店してすぐの頃のお店に行った事ありますよ? ただ、何も買うものが無くて帰ったんですけどその時「冷やかしなら帰って~」って言われて……それ以降は申し訳なくていかなかったんですけど」

 

「あ、あら~? そんなことあったような……なかったような?」

 

「たしかにパメラさんのお店の商品って、マイスさんが欲しがりそうな物は無かったような?」

 

 パメラさんのお店の品ぞろえを思い出すようにして呟くトトリちゃん。

 ……と、そこにミミちゃんが一言挟み込んできた。

 

「そもそも、王国時代の頃からマイスは、他所の店で何か買ったりしなくてもいいくらい大抵のものは自給自足できてたんじゃなかったかしら?」

 

 その言葉に、トトリちゃん……あとメルヴィアが「ああ……」と声をもらしながら納得したように頷いていた。なお、ツェツィさんは驚いたように「えっ!?」と声をあげていて、ピアニャちゃんは話がよくわかっていなかったみたいでコテンッと首をかしげていた。

 

 

――――――――――――

 

 

「そういえば……結局、なんでみんなして『青の農村(うち)』に来たの?」

 

 みんながひととおり『香茶』を飲み終えたあたりで、僕はトトリちゃんに向かってそう話しを切り出した。

 

「あっええっと、それは……」

 

 トトリちゃんは少しどもりながら、パメラさんの膝の上でいまだ『香茶』をゆっくりと飲んでいるピアニャちゃんをチラリと見た後、改めて口を開いた。

 

 

「ピアニャちゃんから色々話しを聞こうとしてたら、ピアニャちゃんが「『あおののうそん』に行きたい!」って言いだしちゃって。それで、仕方ないから一回連れて行ってあげようかなって思って……で、おねえちゃんが「トトリちゃんとピアニャちゃんが行くなら私もっ!」って」

 

 トトリちゃんに続いて、今度はメルヴィアが話しだす。

 

「んで、トトリたちがツェツィが少し村から離れることをゲラルドさんに伝えに行った時にあたしもそこにいて、ならあたしもついて行こうかなってなって……ほら、最近のツェツィってちょっと心配じゃない?」

 

 メルヴィアの言いたいことはなんとなくわかった。

 僕はツェツィさんとはそこまで親しいわけじゃない。だから「前と比べて」なんてことは言えないけど、それでも最近のツェツィさんはピアニャちゃん関係になると変になる気がする。……それは心配になってもしかたないと思う。

 

「それで、店番がヒマだったあたしが気分転換にピアニャちゃんに会いに行こうとしたら、たまたま『青の農村』へ出発しようとするみんなに会ってね~。なら、あたしも里帰りにーってことでついて行くことにいたの~……別にここが故郷ってわけじゃないんだけどね」

 

 最後に、頬に手を当てながらそう言ったのはパメラさん。

 ヒマだったからって店番を投げ出したっていうのがいろんな意味で心配なんだけど……当のパメラさんは特に気にした様子も無く、その顔にはいつも通りの微笑みが浮かんでいた。……本当にいつもそんな感じでお店をやってるのかな?

 

 

 

 ……さて、みんなからどういう経緯で『青の農村(うち)』に来たのか聞いたけど……

 

「……つまり、特別何か用があったってわけじゃないんだ」

 

「そうですね。ただの観光ってことになるかと……」

 

 もちろん、別に観光が悪いってわけじゃない。実際のところ『青の農村』を訪れる人のうち、作物の買い付けなどの「商売目的」の次くらいの多いのが「観光目的」なくらいだ。だから、むしろあがたいくらいだったりする。

 

 となると、問題はここからの観光の内容なんだけど……

 

 

「お祭りは、ついこの前あったから次は来月だし……後は、お店と畑ばっかりで見て楽しめるなんてものはほとんど無いかな? 後は普通の村っぽいノンビリした雰囲気を……って、それは『アランヤ村』でもできるか」

 

「あの、リオネラさんはいないんですか? 人形劇ならピアニャちゃんも喜ぶと思いますよ? それに、わたしも観てみたいかなぁって」

 

「リオネラさんは街のほうで活動しているから、すぐにっていうのは……あっ、でも今日の昼過ぎに『青の農村(ここ)』の広場で人形劇をするって予定が入ってたっけ」

 

 トトリちゃんたちと海に出たあの冒険の際に、長期間家をあけてしまうのにその管理をリオネラさんに任せてしまうのは悪いと思い、あの時にリオネラさんには活動拠点を僕の家の『離れ』から街のほうへと移ってもらっていたのだ。だから、最近も活動拠点は街のほうのままなんだけど……あの時はたしか、フィリーさんやクーデリアもリオネラさんが住む場所を探すのを手伝ってくれたんだよね。

 

 そんなリオネラさんだけど、『青の農村』にも定期的に人形劇をしに来てくれている。ちょうど今日の午後がその時だったのだ。

 でも、今はまだ昼前の午前中。まだまだ時間がある。

 

「昼は僕がご馳走するとして……それまでどうしようか?」

 

 僕の言葉に、トトリちゃん、ツェツィさん、メルヴィアが「うーん」と頭を悩ませていた。

 農業……は、興味を持ってるピアニャちゃんだけなら体験させてあげたりしてもいいんだけど、他の人たちを放っておくわけにはいかないから少し難しい。街に行く……ってなると、もう街でいいんじゃないかなって話になる。

 

 そうなると……他に何かあるかなぁ? 

 

 

 

 そんなふうに悩んでいるところに、小さなため息が聞こえた。聞こえた方を見ると、そこにいたのは少しだけ呆れたような顔をしたミミちゃんだった。

 

「何悩んでるのよ。『青の農村(ここ)』には、モンスターと(たわむ)れることが出来るっていう他所じゃ絶対できないことがあるでしょ」

 

「「あっ」」

 

 僕とトトリちゃんの声が重なった。そして、そのまま顔を見合わせる。

 

「……じゃあ、とりあえず外に出よっか?」

 

「そうですね」

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村・広場***

 

 

 

 みんなを連れて家から出て、とりあえず『広場』のほうへと行ったんだけど……

 

「大丈夫……なのよね?」

 

「うん。まぁ、あたしもよく知らないけど」

 

 そう、心配そうにしているツェツィさんとメルヴィアが見ているのは、僕らを()()()()ようにして集まってきたモンスターたち。

 『青ぷに』、『緑ぷに』、『耳ぷに』、『ウォルフ』、『たるリス』、『近海ペンギン』、『サラマンドラ』……あとは、暴れなくなった『暴れヤギ』など、冒険者なら普段敵として相対しているモンスターたちだ。

 

 村のあちこちにいるモンスターたちのうちの何体かが、歩いている僕に気がつき「おっ、マイスだ!」と寄って来て、それに釣られるようにして「なんだなんだ?」とさらに寄って来て……『広場』に着くころには十数体のモンスターが取り囲むまでになったのだ。

 

「『青の農村(ここ)』には何度も来たことあるけど、わたしもこんなに一杯が来るのは初めてかも……」

 

「あたしもよ~。なんだか、人気者になっちゃったみた~い!」

 

 トトリちゃんはモンスターの多さに少し腰が引けてしまっている。けど、パメラさんの方はむしろ嬉しそうに「いや~ん」と体をくねくねさせていた。

 

「うわぁ……! いろんなのがいっぱい! えへへっ、お友達になれるかな?」

 

「大丈夫よ。『青の農村』のモンスターたちはマイスに似て優しい子ばっかりだから、こっちから叩いたり危害を加えなければ何もしてこないわ。そこの『近海ペンギン』なんかいいんじゃないかしら? 頭を優しく撫でてあげたら喜ぶわよ」

 

 そう言ってピアニャちゃんにモンスターとの接し方を教えてあげているのはミミちゃんだ。まだ小さかったころに『青の農村(ここ)』に来てモンスターたちと遊んだことがあるからか、ミミちゃんもモンスターたちも互いに慣れている様子だった。

 なお、ピアニャちゃんに「よしよーし」された『近海ペンギン』は嬉しそうに翼をパタパタさせていた。

 

 

 

「なー」

 

「あっ、この鳴き声は……」

 

 僕にとっては聞きなれた泣き声に反応したトトリちゃんが、キョロキョロした後に僕の足元に目を止めた。

 つられるようにして僕も自分の足元を見て……予想した通り、「なー」が僕の足に行儀良く座っていた。そのなーを、僕は一度しゃがみ込んで両手で優しく抱き上げた。

 

「な~ぅ」

 

「あはははっ、元気そうでなによりだよ」

 

 ()(かか)えてあげると、なーは甘えるようにひと鳴きした後、僕の胸に体全体を使ってグリグリと擦り付けてきた。それに合わせる様にして、僕はなーの喉元を撫でさすってあげた。

 

 

「マイスさん、そのネコさんってやっぱり『青の農村(この村)』の子なんですか?」

 

「そうだよー。正確には、『青の農村』が出来る前から僕の家で暮らしてた子なんだけどね。今ではこの村の立派な看板ネコだよ」

 

「でも、ネコがモンスターと一緒にいて危なくないんですか?」

 

 そうツェツィさんが心配そうに僕の腕の中にいるなーを見つめながら問いかけてきた。

 

「大丈夫ですよ。みんな優しくて、襲ったりしませんから! それに……」

 

 僕がそう言っていたあたりで、『緑ぷに』が「ぷににー(ボクにもかまってー!)」と駆け寄って……というか、()()ねてきたんだけど……

 

「フニャシャー!!」

 

「ぷぷっー!?」

 

 僕が抱き抱えていたなーが、勢いよく振り向き見下ろすようにして足元の『緑ぷに』を威嚇した。すると『青ぷに』は跳びあがり、すぐさま近場の物陰……ツェツィさんの足元に逃げてしまった。

 ついでに、なーの威嚇には『青ぷに』だけでなく、トトリちゃんやツェツィさん、メルヴィアも驚いていた。……なお、パメラさんはいつもの調子で、ミミちゃんとピアニャちゃんは他の子に夢中だったからリアクションは無かった。

 

 

「……と、まあこんな感じに、『青の農村』じゃあ一番なーが強いから何の心配もいらないんです」

 

「は、はあ……?」

 

 自分の足元に来た『青ぷに』に驚きつつ、困り顔でどうしたらいいかわかっていない様子のツェツィさんが、何とも言えない返事を返してきた。

 

「まぁ強いって言っても、『島魚』よりも強い奴は村の近くに来たこと無いから倒したことは無いんだけど……」

 

「『島魚』より弱い敵になら簡単に倒すみたいに言われても……てか、それって軽く並みの冒険者よりも強いじゃない、ホントにネコなの……? 「『グリフォン』を『クワ』で追い払う農家」の噂といい、本当に規格外ばっかね『青の農村(ここ)』にいるのは」

 

 おでこのあたりに片手を当てて「やれやれ」と軽く首を振るメルヴィア。

 補足しておくと、人よりも大きい二、三メートルほどの……『シアレンス』にいた時、本で見た「クジラ」という生き物に似たモンスター『島魚』だけど、別になーが食べたりはしていない。というか、なーにコテンパンに負けたあと何故か仲良くなって、今でも時々、街はずれの川を泳いで『青の農村』まで遊びに来たりする。

 

「あっ、ついでに言うと、さっきなーが怒った時は「私が遊んでもらってるんだから、邪魔しないで!」って言ってたんだよ」

 

「いや、そんな当たり前みたいにネコの言葉を翻訳されても……」

 

 「……でも、マイスさんなら仕方ないか」と呟くトトリちゃん。このくらい、僕じゃなくても『青の農村』の人なら誰でもわかるんだけど……ああ、あとホムちゃんもしっかりと理解できるはずだ。

 

 

――――――――――――

 

 

 ……そんな感じに始まった、『青の農村(うち)』のモンスターたちとの触れ合いだったんだけど……

 

 

「わぁあ! モサモサで、揺れて、楽しい!」

 

 そうはしゃいでいるのは、モサモサの毛を揺らしながら走る『暴れヤギ』の背中にまたがっているピアニャちゃん。楽しそうにしているピアニャちゃんはもちろん、『暴れヤギ』のほうも嫌がってる素振りは無く、むしろ自分の上ではしゃいでいる声を聞いて楽しんでいるようだった。

 

 

「ピアニャちゃん、いいなぁ……。ね、ミミちゃん。わたしも乗りたいなぁ……なんて言ってみたり」

 

「『暴れヤギ』をあの子から取り上げるわけにはいかないでしょ? ならトトリは別の奴を……『近海ペンギン』には乗れないし、『サラマンドラ』なら乗せてくれると思うけど?」

 

「でっかいトカゲ……カッコイイ気もするけど、ゴツゴツしてて足が痛そうだからやめとく……」

 

 トトリちゃんの言葉に、「えっ、乗る? 乗っちゃう?」とスタンバイしていた『サラマンドラ』がガックリと落ち込んだ。

 ……けど、そんな心情から来た仕草とは知らず、トトリちゃんは「ほら、なんだか元気なさそうだし、乗ったら悪いよ」と言い、それが『サラマンドラ』にはある種の追い討ちになってた。

 

 

「ねぇ、パメラさん……。私の気のせいじゃなかったら、この子たち、私の後ろずっとついて来てる?」

 

「ええ、ずうぅ~っとついて来てるわ! ツェツィのファンになっちゃたんじゃないかしら~?」

 

 歩いては立ち止まり振り返るツェツィさんの後ろには、『青ぷに』と『たるリス』が何故かずっとついてまわっていた。

 人同士でも好き嫌いがあるように、モンスターでも「この人は好き、この人は嫌い」といった感情はある。だから、本当にたまたまその『青ぷに』と『たるリス』が「ツェツィさん大好き!」ってなったんだろう。

 

 

「……ヤバいわ、コレ。なんでこんな甘えた声出すのよ。これじゃあ本当にあたし『ウォルフ』倒せなくなっちゃいそう……」

 

「クゥ~ン……」

 

「ああっ!? よーしよーし! ココかー? ココがいいのかぁー?」

 

 寝転がって可愛らしく鳴く『ウォルフ』と、その無防備なお腹をしゃがみ込んでワシャワシャと撫でまわすメルヴィア。そのメルヴィアの顔は、普段のカラッとした軽快な笑顔とはまた違った、なんというかトロけた笑みになっていた。

 

 

 

「あははははっ。平和だなぁ……」

 

 つい一ヶ月ほど前に『フラウシュトラウト』と激闘をしたのを忘れてしまいそうなくらい、平和な時間……。

 

 

 

 

 

 この時、僕の身に危機が迫っていたとは、到底気づくことが出来なかった……。

 





 最後に漂う不穏な空気……
 でも大丈夫です。そんなに深刻ではありません。……いちおう、これまでにフラグのようなものも有ったりします。

 さて、どうなるでしょう?


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5年目:マイス「懐かしい風景……?」

 本当に何度目かわかりませんが、また合間合間の休憩を利用して執筆・投稿をしてしまいました。大変申し訳ありません。


 現在、作者「小実」のページの活動報告にて行っているアンケートですが、次回の更新がされた時点で締切とさせていただきます。
 「まだアンケートに答えていなかった!?」という人は是非よろしければこの最後の機会に参加してみてください!


 ミミちゃんが僕の家で『調合』をし、そこにトトリちゃんたちが来て、なんやかんやあって『青の農村』観光になったあの後。

 

 『青の農村(うち)』のモンスターたちとみんなが遊んでる中、僕は途中にトトリちゃんに一言(ひとこと)「それじゃあ、お昼頃になったらウチに戻って来てね」と言ってから家に帰って昼ゴハンを作り、戻ってきたトトリちゃんたちにふるまった。

 一口目で「おいしー!」とはしゃぎ、それからは口元を汚しつつも美味しそうに食べてくれたピアニャちゃんをはじめ、みんな喜んでくれたみたいでなによりだった。

 ……ただ、ツェツィさんだけ何度か難しい顔をしていたのが気になったんだけど……あとでメルヴィアが教えてくれたんだけど、前からトトリちゃんが「マイスさんが作ってくれた料理がおいしかった」とか言ってて、ツェツィさんはそのことで対抗意識を持ってて素直に「おいしい」という感想だけを出せなかったんじゃないか……という事らしい。

 

 その後は、予定通りに午後に『青の農村』に来たリオネラさんの人形劇を皆で観に行った。ピアニャちゃんはもちろん大興奮。他のみんなもリオネラさんの人形劇を楽しんでいた。

 人形劇が終わってからは、リオネラさんたちが()()()()()()()僕の家に来て、そこでいまだに興奮気味だったピアニャちゃんに捕まり……主にホロホロとアラーニャがもみくちゃにされながらも、リオネラさんはトトリちゃんたちともお話をした。

 

 そんなこんなしていたら、あっという間に日が暮れ出し、「もう、夜ゴハンも食べていく?」ということで、僕は夜ゴハンの準備に取り掛かった。この時はツェツィさんが「私も手伝います」と手を貸してくれた。

 ……で、ツェツィさんと二人で腕によりをかけて作った夜ゴハンだったんだけど、食べている途中にピアニャちゃんが船を漕ぎ始めた。一日中はしゃぎっぱなしだったから、本人も自覚しないうちに限界まで行ってしまっていたんだろう。

 

 

 そして、寝てしまったピアニャちゃんをどうしようかという話になったところで、僕は初めてあることを知った。

 なんと、トトリちゃんたちは最初から僕の家(うち)に泊まる気だったらしい。

 まあ、考えてみれば、うちで夜ゴハンを食べる時点で事前に決めておいてなんとかしておかないと『アランヤ村』にいるグイードさんが困ってしまうのだから、最初から決めていたんだろう。……聞いてみれば、グイードさんには『バー・ゲラルド』で適当に食べてもらうことにしていたそうだ。

 

 リオネラさんをはじめ、トトリちゃんも過去に泊まったこともあるように、僕としては誰かが泊まっていくのは別段問題は無かった。だから、承諾したんだけど……ある問題があった。

 寝る場所だ。ベッドは家の二階に一つ、『離れ』に一つで、あとはソファーには寝れそうだけど……どう考えても少なかった。……が、そこにパメラさんがある提案をする。

 

「なら、『離れ』の床を片付けて、そこでみんな一緒に寝っ転がらな~い? そのほうがお泊まり会って感じがしていいって思わない?」

 

 ……というわけで、予備の布団・毛布を取り出して『離れ』に敷き詰め、そこで寝てもらうことになった。

 そのメンバーは、すでに寝てしまっているピアニャちゃん。そしてトトリちゃん、ツェツィさん、メルヴィア、パメラさん。あと、『青の農村』で人形劇をした日には決まって泊まっていくリオネラさん。最後に、最後の最後まで街に帰るかどうするか踏ん切りがつかずにいたミミちゃんが、トトリちゃんに「ミミちゃんも一緒に寝てお話しよう!」と言われたのが決め手になって泊まっていった。

 

 

 

 賑やかな『離れ』を見つつ、さすがにあの輪の中には入れない僕は、普段通りに家の二階のベッドルームで寝た。

 

 ……女の子のお泊まり会かぁ。楽しそうだなぁ。

 今度試しに、知り合いの男の人を集めてお泊まり会を……と思ったけど、結局、お酒が入って酔払って酔いつぶれて……ってなるだけだと気付き、諦めることにして目をつむったのだった……。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 そんなことがあったのが昨日の事だ。

 今日は、朝ゴハンを食べ終えてからみんな揃って『アーランドの街』へと向かった。トトリちゃんたちは、最初から「二日目は街」と決めていたそうだ。

 僕も、特に予定が無かったから一緒に行くことにした……というより、ピアニャちゃんに「マイスも行こっ!」と手を引かれたからっていうのが一番の理由だったりする。

 

 

 街についてすぐ、リオネラさんとホロホロ、アラーニャと僕らは別れた。というのも、今日は街で人形劇をするからその予行練習や準備が必要だったらしく、残念だけど時間の問題で街の観光には付き合えない、とのことだった。

 

 『職人通り』に差し掛かったところで、今度はトトリちゃんと別れることに。それは、アトリエにいるロロナにこの前の冒険の事を報告しておきたかったからだそうだ。全員で行くこともできなくはないけど、内容が内容だけに……それに、今後の自分の活動のことも相談してみたいからとのことで、「ロロナ(先生)と二人でお話をしてみたい」とトトリちゃんが言ったのだ。

 そう言われてしまえば、僕らはもちろん、ツェツィさんもトトリちゃんの意思を尊重するほかなかった。

 

 

 ということで、僕と、ピアニャちゃん、ツェツィさん、メルヴィア、パメラさん、ミミちゃんで観光をすることになった。

 とはいっても、トトリちゃんがロロナとのお話を終えるまでは、移動範囲は『職人通り』だけなんだけどね。

 

 

――――――――――――

 

***ロウとティファの雑貨店***

 

 

 『アーランドの街』の観光といえば、街ならではの大きな建物たちや、街の産業を担う工場施設、広場に置かれている機械を見たりすること挙げることが出来ると思う。

 でも、それが楽しいかというのは個人の差もあるだろうけど、微妙なところじゃないかな?

 

 じゃあ何がいいか……無難なところでお買い物(ショッピング)だと思う。

 

 

 というわけで来たのは、『ロロナのアトリエ』のすぐ隣……ティファナさんがやっている雑貨屋さん。ここは僕が昔からお世話になっているお店だ。

 

「ティファナちゃんは今日も美しい……!」

「ああ、見ているだけで素晴らしい気持ちになれる」

「さ、さて。今日は声をかけるために何を飼おうかな……」

 

 ……そして、この人たちも昔から知っている三人組のおじさんたちだ。他にもティファナさんのお店の常連さんはいるけど、毎日のように来ているのはこの人たちだけだと思う。

 他の常連さんといえば……

 

「いやぁ、今日のティファナさんは輝いて見えるよ」

 

 今日はロロナのお父さんのライアンさんまでいる……大丈夫なのかな? こう言う時はいつも奥さんのロウラさんに叱られるイメージがあるんだけど……

 でも、『青の農村(うち)』のお祭りに夫婦そろって来てくれたりもしてるし、夫婦仲はいい……のかな?

 

 

 

 それで、そのティファナさんはといえば……

 

「あっ! コレ、マイスの家にもあったお薬!」

 

「そうよー。マイスくんがウチに卸してくれてるものなの」

 

「へぇー……あれ? コッチのヤツはなあに?」

 

「それはねぇ……」

 

 『最果ての村(あちら)』では見かけない商品を、キラキラと目を輝かせて見てまわるピアニャちゃんに、ついていき教えたりしているティファナさん。

 

 

「……女神か」

「小さな子供のお世話をするティファナちゃん……イイ」

「この風景を切り取って絵画にしたい」

 

「そんな絵画があれば数十万……いや、お金で価値を付けるのは無粋だな」

 

 常連さんに続いてライアンさんが無駄にイイ笑顔で頷いている。

 

 

 

「ここは昔からいつも人気よねぇ~」

 

「私は冒険者になってからしか来たこと無いけど……そうなの?」

 

「そうよ~。あたしが隣でお店をしてたころから大人気のだったの~!」

 

「隣って、ライバル店だったってことじゃない」

 

 昔を懐かしむようにしながら店内を見ているパメラさんに、たまたま近くにいたミミちゃんが何気なしに問いかけたりして話している。

 

 

「今日は何て素晴らしい日だ……!」

「パメラちゃんのお店にも(かよ)って財布がすぐに空っぽになった日々を思い出すよ」

「隣の少女も、近い将来とんでもない美人さんになる予感がビンビンするよ」

 

「うんうん、美しいのはそれだけで素晴らしいことだ」

 

 常連さんたちがティファナさん一筋っていうわけでもなかったという事に、少し驚いた……けど、頷いているライアンさんを見て「奥さんがいても来てる人もいるし、そういうものなのかな?」と変に納得してしまった。

 

 

 

「雑貨店って言うだけあって、ホント品揃えが豊富ねー……んんっ? このブレスレットなんていいんじゃない?」

 

「うーん……でも、トトリちゃんにあげるには少し大人っぽくないかしら? それなら、こっちの髪飾りのほうが……」

 

「自分用って考えはないのね……まぁ、ツェツィらしいっちゃらしいけど。じゃあ、ツェツィの分はあたしが見繕ってあげましょうかねっと!」

 

「あっ! コレがいいかも! それで、ピアニャちゃんにはこのリボンを……」

 

 商品を見てキャアキャア言いながら買い物をしているメルヴィアとツェツィさん。楽しんでいるようで何よりだ。

 

 

「なんとけしからん服装を……だが、屈さんぞぉ!」

「う、美しい……女神が一人、二人、三人……」

「もう、ここが天国なんじゃないかな?」

 

「こんなに美しい女性たちに囲まれているのであれば……死んで本望だと思う」

 

「「「全く持って、その通りだ」」」

 

 ライアンさんの一言に揃って頷く常連さんたち。

 

 ……あっ、ジロジロ見てたのをメルヴィアに気付かれて、常連さんたちが思いっきり睨まれた。短い悲鳴をあげたり、バツが悪そうに一つ咳払いをしながら常連さんとライアンさんが手近にある商品棚に目を落した。

 「ありがとうございますっ!」とかいう小さな声が聞こえた気がしたけど……気のせいだよね? 誰かはわからないけど、お礼を言う理由なんて無いわけだし……聞き間違いだと思う。

 

 

 

 

 ……で、商品棚を見ながらも、コソコソと集まって小声で話しだす常連さんたち。

 その声が、ほんのわずかにだけど僕の耳にも入ってきた。

 

「いやぁ、今日はなんて素晴らしい日なんだろうねぇ……」

 

「ライアンさんの言う通りだ。今日は過去最高の日かもしれん」

「ボケても今日の事だけは忘れないと思う」

「記念日にするべきだろう。何の日と言うべきか……」

 

 見えるのは背中だけだけど、四人とも未だに無駄にイイ笑顔のままなんだろうということが安易に想像できた。

 

「だが、問題は()だ」

「ああ、その通りだ」

「これは……まぎれも無い罪じゃないだろうか?」

 

 ……ん? 常連さんたちは一体何の話を……

 

「今いる女性客全員を連れてきたのは()だった」

「囲まれていたな。そして、あの緑髪の小さな子と手を繋いで……」

「しかも、その子の反対の手はあの清楚な長髪の美女が握っていて……疑似家族か!? それとも本物の家族なのか!?」

 

 えっと、緑髪っていうとピアニャちゃんで……ピアニャちゃんの手を握ってたのはツェツィさんだったよね? そして、あともう一つのピアニャちゃんの手を握っていた人っていったら、もしかしなくても……

 

 僕がその考えに至ったのとほぼ同時に、常連さん三人の顔がグルンと振り向き、鋭い視線が()を射抜いた。

 

 

「「「有罪、もはや弁解の余地も無い」」」

 

 

 ひぃ!?

 常連さんの目つきが怖い! ステルクさんが「怖い」とか言われてるけど、それとは比べ物にならないくらい怖いよ!?

 

 睨まれた瞬間、とっさに顔をそらしたけど……でも、未だに痛いほど視線を感じる。

 

 

 ……と、そんな僕に救いの手が差し伸べられた。

 

「こらこら、同士諸君。そんなに殺気立ってはいけないよ」

 

 そう、それはライアンさんの声。

 

「彼は『青の農村』の村長で内にも外にも顔が広い。女性も男性も知り合いが多く、その人たちに村や街を案内することも多々ある。……今日はたまたま女性ばかりだったというだけだ、そこに我々が口出しをしていいものじゃない」

 

「ライアンさん、あんたって人は……」

「「人が出来ている」ていうのは、あんたみたいな人の事を言うんだろうな」

「あんたは紳士の(かがみ)だよ」

 

 ……なんだかよくわからないけど、いい話になったみたい。

 でも……まあ、今日はライアンさんがティファナさんのお店に来てたことをロウラさんに報告するのはやめておこうかな?

 

 

 

「ピアニャちゃん、ちょっといいかしら?」

 

「んー? なあに、ちぇちー?」

 

「ピアニャちゃんにコレが似合うんじゃないかなーって思って。一回着けてみない?」

 

 ツェツィさんに呼ばれてトテトテと走り寄っていくピアニャちゃん。

 

 ……と、さっきまでピアニャちゃんのそばをついてまわってくれていたティファナさんが、僕のほうを向いて手で「おいで、おいで」としてきている事に気がついた。

 「どうしたんだろう?」と思いつつ、僕はティファナさんのほうへと歩み寄っていく。

 

 

「すみません、ピアニャちゃんの相手をしてもらっちゃって……」

 

「あらあら、別にいいのよ。むしろ楽しかったから。かわいくて、とても素直で良い子だったわ」

 

 僕の謝罪にニッコリと微笑んでこえるティファナさん。

 ただ、その顔に少しだけ影がかかり、寂しそうな表情に変わった。

 

「……でも、ちょっと感傷的になっちゃった。私()()にもこんな子がいたら……って」

 

「ティファナさん……」

 

「私はあの人一筋だから、とうの昔に諦めた話なんだけどね」

 

 そう言うと、またいつもの微笑みを浮かべたティファナさん。

 

「もしよかったら、またピアニャちゃんを連れて遊びに来てちょうだい? 歓迎するわ」

 

「……はい!」

 

 「ありがとう」と呟いてニッコリと笑うティファナさん。それはいいんだけど……

 

「あのー……この歳になって頭を撫でられるのは、さすがにちょっと恥ずかしいんですけどー?」

 

「ふふっ、あとちょっとだけ……ね?」

 

 そんなふうに微笑みながら言われると断れないというか……

 でも、金モコ状態で撫でられるのは慣れてるんだけど、人の姿で撫でられるのは、やっぱりちょっと……

 

 

「ギルティ……」

 

「ライアンさん、さっきと言ってることが……」

「いやぁ、気持ちは痛いほどわかるけどねぇ」

「うんうん、そうなって当然でしょう」

 

 ……後ろの方で何か聞こえるのは、気にしないことにしとこう……うん、そうしよう。

 

 

 

 

 

 ……と、そんな時。お店の扉がバァンと勢い良く開かれた。

 その音にみんなの視線が集まったんだけど、そこにいたのは……

 

「ろ、ロロナ?」

 

 どうしたんだろう? 隣のアトリエから走ってきたのか肩で息をしてるし……なんでかは知らないけど、顔もなんだかいつものホワンとした感じじゃない……

 

「マイス君!!」

 

「えっ、僕!?」

 

 ロロナは僕の事を呼んだかと思うと、勢い良く掴みかかってきて……!?

 

 

 

 

 

「ずるい!!」

 

 

 

「……へっ?」

 

「昨日、わたしが「トトリちゃん元気にしてるかな……」って心配してる時に、トトリちゃんたちと遊んでたんでしょ!? しかも、一緒にゴハン食べたり、りおちゃんの人形劇観たり……!」

 

 ちょっと涙目になっているロロナが、僕の肩を掴んでガックンガックンと揺さぶってきた。

 そんな視界が揺れている中、ロロナの肩越しに、ロロナを追いかけてお店に入ってきたのだろうトトリちゃんが見えた。……その顔は「ああ……こうなっちゃたかぁ」となんだかもう諦めてる感じで……。

 

「それに! 夜はみんなでお泊まり会してたんでしょ!? ずるい! 誘ってくれないなんてヒドイよ、マイス君!!」

 

「みんなでお泊まり会って、僕は別に参加してな……ぐえっ!?」

 

 より一層揺さぶりが強くなっていき、時折首がギュってなってしまうこともあり、かなりキツイ……というか、そろそろオエッってなりそう……。

 

 

「ううーっ……! もう、こうなったら今日はわたしも参加するから!」

 

「えっ? 先生、わたしたち今日のうちに『アランヤ村』に帰る予定なんですけど……」

 

「 絶対、ぜぇーったいだからね! わかった!? 絶対、マイス君のお家にお泊まりするもん!!」

 

 ロロナ……揺さぶるの止めて……。

 それに、トトリちゃんの話、ちゃんと聞いてあげて……

 

 

 

 

 

 

「ろ、ロロナぁ! コイツの家にお泊まりだなんて、お父さんは認めないぞ!?」

 

「お父さんは黙ってて! わたしだってもう子供じゃないんだから、友達のお家にお泊まりするのに外泊許可なんてお父さんに貰わなくても……お父さん?」

 

「……あっ、しまった!?」

 

 

 や、やっとロロナが揺さぶるのを止めてくれた……。オエッってなる前でギリギリな感じだけど、ひとまず助かった。

 

 ……けど、目の前の状況はなんとも不思議な感じだなぁ。

 ピアニャちゃんはわけがわからない様子だけど、トトリちゃんやツェツィさん、ミミちゃんは「この人がロロナさん(先生)のお父さん!?」と驚いていて、さっき睨みつけて退散させたメルヴィアなんかは驚きを通り越して引いていた。

 相変わらずいつも通りなのは、慣れた様子で優しい目で「あらあら」様子を見てるティファナさんとパメラさんくらいだろう。

 

 ……で、ロロナはといえば、さっきまでの慌てっぷりや涙目は何処へ行ってしまったのか、まさに「怒ってます」といった顔をしていた。

 ……まあ、そうは言ってもロロナの顔なんだからそんなには怖くは無いんだけど……それを向けられているライアンさんは顔を青くしている。もしかしたら、ロロナの怒り顔の後ろにロウラさんの怒り顔を幻視しているのかもしれない。……助けを求めようとしていたけど、常連さんは「我関せず」と商品棚に目を落していた。

 

 

「お・と・う・さ・ん?」

 

「い、いやぁ、ロロナ。これには深いわけがだなぁ……あは、あははははっ…………」

 

 ……今日のフリクセル家は騒がしくなりそうだなぁ……。

 




 マイス君に迫る危機→常連のおじさまたちからの軽い殺意。
 ……うん、感想であったような修羅場よりも危なくない気がしますね。むしろ、この話で危機が迫っているのはライアンさんです。


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5年目:トトリ「突然の……」

前回、前々回の更新の前書きで告知していたとおり、今回の更新をもちまして活動報告で行っていたアンケートを締め切らせていただきました!
たくさんの読者の皆様の参加、ありがとうございました。次回の更新までに集計し、結果発表を行いたいと思っていますので、お楽しみに!


そして、今回のお話ですが「このタイミングで起こるのか?」と思う方もしるかもしれません……が、いちおう発生しないわけではないイベントです。きっと……たぶん、条件的にはは大丈夫なはずです。
メタァ……なことを言えば、「二次創作だから大丈夫」ですんでしまいますが。


 

***アランヤ村・トトリのアトリエ***

 

 

「はぁ……」

 

 部屋の角っこに置いてある机の前のイスに座っているわたしは、気付けばため息を吐いていた。

 

 机の前のイスに座っているとはいっても、別に棚に並べてある『錬金術』の参考書を読んでいたり、レシピを考えていたりしたわけじゃない。むしろ、何もやる気が出ないというか……心配で、不安で手がつかないというか……。

 

 

「トトリ?」

 

「わぁっ!? ぴ、ピアニャちゃんかぁ……」

 

 窓から見える景色を眺めていたら、ピアニャちゃんに声をかけられた。いつの間にか知らないうちに、わたしのすぐそばまで来ていたみたい。

 

「ちむ~」

「ちむちーむ」

「ちっむ、ちっむ」

「ちちむー」

 

 そのピアニャちゃんの足元には、ちみゅみゅみゅちゃん、ちみゅみみゅちゃん、ちむどらごんくん、ちむまるだゆうくんがいた。きっと、おねえちゃんが出掛けているあいだピアニャちゃんの遊び相手になってくれてたんだと思う。

 

 

「えっと、ピアニャちゃん、どうかしたの?」

 

「んー……トトリ、なんか元気ないなって思って……何かあったの?」

 

 ピアニャちゃんに心配をかけちゃってることを申し訳なく思いつつ、ピアニャちゃんに聞かれた「わたしが元気が無い理由」について思い出した。

 

 

 ピアニャちゃんやおねえちゃんたちと『青の農村』と『アーランドの街』を観光してまわったあの一泊二日の旅行を終えた後『アランヤ村』に帰ってきたわたしは、ゲラルドさんのお店で依頼を受けつつ……何か忘れているような気もしたけど、ノンビリと過ごしていた。

 そう、あの時も自分のアトリエで調合の準備をしていたんだけど……

 

 

 

――――――――――――

 

***一日前(昨日)・トトリのアトリエ***

 

 

 

「あー、うー! ヒマだー……」

 

「もうジーノくん。ヒマだからって、わたしのアトリエでゴロゴロしないでっ!」

 

「えー、だって……」

 

 ジーノくんが寝転がっているのは、わたしのアトリエにあるベッド……とはいっても、先生のアトリエに行てったりソファーで寝ちゃったりすることが多くて、ほとんど家にいるちむちゃんたちの遊び場になっているんだけど……そこでジーノくんはゴロゴロしてた。

 

「何かすること無いの?」

 

「することって言っても、日課の鍛練は朝一で終らせちまったし……それに、冒険しようにも村の近くは弱っちいのばっかで、遠くは準備が面倒だからなぁ」

 

 そう言って口をとがらせている様子を見てると、なんていうか、『冒険者免許』を更新して一人前の冒険者になってるはずだし、『フラウシュトラウト』っていう凄いモンスターを一緒に倒したりしているのに、ジーノくんって全然変わらないなぁ……って、すっごく思った。

 まぁ、いきなり変わられても気持ち悪いんだけど。

 

「そういえば、最近はステルクさんに修行をつけてもらったりはしてないの?」

 

「いや、してるぜ? 試合とかもしてるし……でも、師匠に全然勝てないんだよなぁ……。それに、この前「街に行く」って言ったっきり、師匠まだ帰って来てねぇんだもん」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 でも、おねえちゃんたちと街に行った時にはステルクさんに会わなかったような……?

 もしかして、前に言ってた王様を見つけて追いかけてたのかなぁ?

 

 

 ……って、そんなこと考えてたら、なんでかわからないけどジーノくんがわたしのことをジィーっと見つめてきてた。なんだか目をキラキラさせてて、イヤな予感がするんだけど……。

 

「そうだ! ヒマだし、この際トトリでもいいや!」

 

「わたしでもいい……って、何の話?」

 

「試合っ、試合の相手! よしっ、そうと決まればさっそくやりに行こうぜー!」

 

 試合の相手……? ええっと、それってつまり……?

 

「え、ええっ!? 無理! そんなのできっこないよ!? わたしがジーノくんの相手なんて……」

 

「んなことわかってるって! まっ、ヒマ潰しにやろうぜ、やーろーおーぜー!」

 

「で、でも……」

 

 

 そうやってやるのを渋ってたんだけど、そういているうちに段々とジーノくんの機嫌が悪くなってた。そして、ついには「ぶー、ぶー」言いだした。

 

「なんだよー。やってくれないなら、ここでずーっとダラダラし続けてやる! ……だら~……ぐだ~……でろでろ~」

 

 変なことを言いながら、ベッドの上で両手足を投げ出してダラけたり、転がったりしだしたジーノくん。

 そんなことをされ続けたらさすがに調合にも集中できなくなっちゃうから、しないでほしいんだけど……でも、そうなるとジーノくんの試合の相手をしなくちゃならなくなるわけで……。

 

 色々迷った末、わたしはため息を吐きつつベッドで寝転がっているジーノくんに言った。

 

「もうっ……一回だけだよ? 一回やったら帰ってね?」

 

「よっしゃー! じゃあさっそくやろうぜ!!」

 

「えっ、ちょ……まだ、準備が……きゃー!?」

 

 ……こうして、わたしは村から少し離れた岬にある原っぱに腕を引っ張られていった……。

 

 

――――――――――――

 

 

 そして……

 

 

「……えっ」

 

「あれ? ……か、勝っちゃった?」

 

 いきなり連れ出されて爆弾とかを持ってこれなかったから、杖だけで戦うことになったんだけど……今、わたしの目の前には尻餅をつくようにして倒れているジーノくん。そう、わたしはジーノくんに勝ったんだ。

 

「や、やったー! わたし、ジーノくんに勝っちゃった!」

 

「…………」

 

 予想外のことに、わたしは()()ねて喜んでしまう。……けど、ふと視界の端の尻餅をついたまま呆然とした顔をしているジーノくんが目についた。

 

「あっ……ご、ごめんね。ジーノくん、手加減してくれてたんだよね? なにのわたし……」

 

「…………うっ、ぐすっ」

 

 わたしが謝っていたら、呆然としてたジーノくんの顔が段々歪んできて、目じりのあたりに涙が溜まり始めた。

 ……!? も、もしかして、パッと見たところ大きな怪我とか無さそうに見えるけど、実はどこかに……!?

 

「ジーノくん!? どうしたの!? どこか痛いところが……!」

 

「うるさい! 触んな!!」

 

 駆け寄って怪我が無いか確かめようと伸ばした手をジーノくんに振り払われた。

 そして、ジーノくんは立ち上がって……

 

 

「う……うわあああぁーーん!!」

 

 

 大声で泣いて走り出してしまった。

 

「ジーノくん!」

 

 

「くっ、遅かったか……!」

 

 走っていったジーノくんを追いかけようとしたんだけど、いきなり後ろの方から声が聞こえてきて驚いてしまい、足が止まってしまう。

 そして、反射的に後ろを振り向いた。そこにいたのは、直前まで走っていたのか息が荒く肩で息をしているステルクさんだった。

 

「ステルクさん! どうしてここに!?」

 

「村に着いたら、キミたちが戦いに村の外の出たと聞いてな。もしやと思い、急いで追いかけたのだが……」

 

 そこまで言うと、ステルクさんは少しだけ目を伏せてしまう。

 

「……アイツも、私と同じ十字架を背負ってしまったか……」

 

「何の話ですか? ……って、そうだ! ジーノくん追いかけないと!」

 

「行くな!」

 

 走りだそうとしたところで、ステルクさんに強い口調で呼び止められてしまう。

 

「今、キミが追いかけたところでアイツの傷口に塩を塗ってしまうだけだ。……ここは私に任せてくれないか」

 

「ステルクさん……お願いします」

 

 

 

――――――――――――

 

***今現在・トトリのアトリエ***

 

 

「……ってことが、昨日あってね」

 

「ふーん……よくわかんない」

 

「あはははっ。そ、そうだよねー」

 

 キョトンとして首をかしげているピアニャちゃんを見て、自然と笑いが込み上げてきた。

 

 

 ……でも、こうやってアトリエでボーっとしててもどうしようもないわけで……でも、やる気も出無いし……どうしよう?

 

「……ちょっと、外の空気を吸ってこようかな?」

 

 そう思い立ち、わたしはイスから立ち上がる。

 

「トトリ、どこ行くの?」

 

「うん、ちょっと気分転換に村の中を散歩してこようかなーって」

 

「そっかー。ピアニャはちぇちーにお留守番頼まれてるから、待ってるね!」

 

「ちむむー?」

「ちむーちむちむっ」

「ち~む~!」

「ちちむ、ちむー!」

 

 ピアニャちゃんとちむちゃんたちに見送られて、わたしはアトリエを出た……。

 

 

 

――――――――――――

 

***アランヤ村・村中心広場***

 

 

「なんとなく出てきたけど……どうしよう?」

 

 村の中を歩き回ってみてもいいような、広場のベンチに座って空を眺めてみるのもいいような……ゲラルドさんのお店に行って、お酒は飲めないけど誰かと話してみるのもいいかもしれない。

 

 ……と、そんな事を考えながら歩いていると、広場に入ってくる人影が見え……それが誰なのかわかったところで、わたしは駆け出した。

 

 

「ステルクさん!」

 

「キミか。となれば……」

 

「ジーノくんは……ジーノくんはどうなったんですか……?」

 

 わたしがそう聞くと、ステルクさんは眉間にシワを寄せて、ただでさえ普段から怖い顔なのに一層顔を怖くした。

 

「アイツは……その、なんというかだな……」

 

「もしかして、ダメ、だったんですか……」

 

「いや、そうじゃないんだが……何と言ったものか」

 

 何故かはわからないけど、中々教えてくれないステルクさん。

 もしかして、本当にダメで、わたしには会いたくないなんてジーノくんが言ったんじゃ……。そう思うと涙があふれてきて……!

 

「お、落ち着け! 実は、そのだな……まだ、アイツを見つけられていないんだ。昨日と今日で村の中を何度も周ったんだが……影も形も見当たらなくてな」

 

「それって、もしかして……! 家出ですか!?」

 

「彼も『冒険者』なのだから「家出」という表現はいささかおかしいと思うが……? いや、むしろ逆に家に引きこもっているのか? アイツの実家は私も知らないから行けていないし、あり得ない話ではないかもしれんな」

 

「それならわたしが……!」

 

 ステルクさんが調べられていないというジーノくんの家へ案内しようと、ステルクさんの手を取って歩き出そうとしたんだけど…… 

 

 

「ジーノ君なら、もう村にはいないよ」

 

 

「ひゃっ……! お、お父さん!? いつの間に!?」

 

「それで、村にはいないとは、どういうことでしょう?」

 

 いつの間にかわたしたちのすぐそばにいたお父さん。そのお父さんにわたしは驚いてしまったんだけど、ステルクさんはそこまで驚かなかったみたいで、すぐさまお父さんの言葉の意味を聞いていた。

 

 

「昨日のことなんだけど、釣りをしようと思って港に行ったらジーノ君が泣いていてね、どう声をかけるべきか迷っていたら偶然マイス君が来たんだ」

 

「マイスさんが?」

 

「ああ。後から聞いた話なんだけど、なんでも本当はトトリが前に言ってたっていう『お酒』のことがどうなったかを調べに来たらしいよ? で、村に来たから私なんかにも挨拶しようと思って港に来たらしい」

 

 『お酒』っていうと……『ビア』と『コヤシイワシ』を調合して作った『アンチョビア』とか、ついこのあいだ作った、『バクダンウオ』を使った『爆弾酒』、『トゲマグロ』を使った『マグロワイン』、『蝶々魚』を使った『バタフリキュール』とかのことなんだと思うけど……。

 

 確か、一番最初にゲラルドさんにお酒の事を頼まれた時に、お酒の作り方をマイスさんに教えてもらったんだよね。その時の事を覚えてて、マイスさんは気にしてくれてるんだと思う。

 ……そう考えると、せっかく教えてくれたのに作ったお酒が生臭くて気持ち悪いものなのは、凄く申し訳ない気がする。ゲラルドさんのお店が生臭い理由がお酒のせいだって知ったら、マイスさんショック受けるんじゃあ……? でも、ゲラルドさんはあんなので喜んでるし……。

 

 

「話を戻すけど、ジーノ君はマイス君と話しだしたかと思ったら、ちょっとしたら何かせがむようにしてね。その後、大きな声で「んじゃ、『青の農村』に行くぜー!」って言って港を飛び出していったんだ」

 

「あれ? お父さんはお話に参加してなかったの? ……あっ、もしかしてお父さん、気付かれてなかった?」

 

「ジーノ君にはね。マイス君はいるのはわかってたみたいで、ジーノ君が飛び出していった後に私に声をかけてきたよ」

 

 「そこで、さっきのお酒のことを聞いたんだ」とお父さんは付け足して言った。

 

 

 ええっと、つまりジーノくんはマイスさんと何かを話した結果、『青の農村』に行ったってことで……。

 

「も、もしかして! ジーノくん、冒険者を辞めて農家になるの!?」

 

「さすがにそれは無いと思うが。だが……あんなに嫌がっていた道を選ぶほど、精神的に追い詰められていたんだろうな……」

 

 ……?

 ステルクさんの言ってることはよくわからないけど、とにかくジーノくんは『青の農村』にいるっていうことは間違い無いはず。なら、今から会いに行って、あの時の事を謝って……。

 

 そう考えると、ふいに肩をポンと叩かれた。わたしの肩に置かれた手はお父さんのだった。

 

「会いたいって気持ちもわかるけど、今はジーノ君にとって大事な時、色々考えたないといけない時期なんだと思う。だから……少しの間だけ待ってあげるといいよ」

 

「そう、なのかな?」

 

「そう心配そうな顔をするな。……私が『青の農村』へ様子を見に行っておこう。だから、キミは自分のすべきことをしていればいい」

 

 ステルクさんにそう言われて……やっぱりまだ気になるけど、わたしはジーノくんのことはステルクさんと……あと『青の農村』にいるマイスさんを信じることにした。

 

 

 

 わたしがすべきこと……?

 そういえば、何かあった気がするんだけ……アトリエでも何か思い出しそうだったんだけど……?

 

 

 

 

 

「あ……ああっー!! そういえば、どうして村に帰りたくないのか、ピアニャちゃんに聞くのすっかり忘れてたー!?」

 

 

 

 

――――――――――――

 

***????***

 

 

ボキンッ

 

「「あっ」」

 

 

「ジーノ君、これで三本目なんだけど……力任せに地面に降ろせばいいんじゃないんだよ?」

 

「つっても、思いっきりやらないと修行って感じがしねぇし……」

 

 

「だからってさぁ。もうっ、ギゼラさんじゃないんだから十何本も叩き折られたら困るんだけど」

 

「えっ、トトリのかーちゃんも折ってたのか!? なら、それと同じくらいの数折れば、オレもトトリのかーちゃんみたいに強く……」

 

 

「えっ、いや、その理屈はおかしくない?」

 



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5年目:マイス「ジーノくん強化計画!」

 更新、遅れてしまい大変申し訳ありませんでした!
 アンケートの集計他、色々とありまして、執筆が遅れてしまっていました。リアルの都合などもあって変な時間になってしまいました。



 アンケートの回答、ありがとうございました!複数アカウントでの投票といった不正行為があり集計がおくれましたが、おそらくもう大丈夫だと思います。

 想像以上に多くの人が参加してくださり、とてもありがたかったです。
 ……そして、アンケート結果が作者の予想とことごとく異なっており驚かされました。


 結果を発表します!

Q1順位

1位 ロロナ
2位 クーデリア
3位 トトリ



Q2順位

1位 マイス君(続投)
2位 マイス(別次元)
3位 レスト


 というわけで、マイス君の結婚相手はロロナに決定しました!
 今後はストーリーを進めつつ、マイス君、ロロナ、ロロナと親しい・近しい人などを交えながら、結婚に至るまでのイベントを書いていこうと思います。

 Q2のほうは、時間を見ながら、話が思い浮かんだ時に書き進めていこうと思います。ただ、今後の事を考えると、なかなか時間が取れそうにないんですよね……。その理由はといえば……


 アンケート中にもご要望がありましたが、今回の結果を踏まえたうえでの番外編を書こうと思ってます!
 もしも他の候補キャラがマイス君と結婚するなら……どういう経緯でそうなるのか? 告白・結婚の様子は? 結婚後は? 完全な蛇足になってしまうかもしれませんが、自分が投票したキャラが1位になった人にも、そうでない人にもできる限りのことをしたいので、挑戦してみます!
 また、すでに考えていたけど組み合わせの問題でボツになってしまった「マイス君以外の人たちのイベント」も……!?

 ……もしかしたら、作者の引き出しの少なさが露呈してしまうかもしれませんが……その辺りも含め、「コイツ馬鹿か」などと思いながらでも良いので楽しんでいただければと思っております。

 なお、番外編はこの作品とは別に投稿する予定です。というのも、『ロロナのアトリエ・番外編』の段階くらいまでは仮に同一世界でもまだ容認できそうですが、結婚などイチャイチャをするとなると、本編と同じ場所においておくのはどうなのかなぁ?……という考えが作者の中にあるからです。
 番外編の開始は『トトリのアトリエ』終了後になると思いますので、まださきのことですが、ご報告させていただきました。



 票の内訳など、詳しい内容は活動報告にて掲示しようと思っております。よければ覗きに来て下さい。



 

***青の農村・マイスの家前***

 

 

 空は快晴。今日も農作業日和だ。……って、雨が降ってても、雪が降ってても、雷が鳴ってても農作業はするんだけどね。でも、やっぱり気分というものもある。

 

 

 そんな事を考えながら作業をしているんだけど、今、僕以外にも僕の畑で作業をしている人がいる。

 

「ふっ! たぁ! おりゃー!」

 

 元気の良いかけ声とと共に『クワ』を振り下ろすのは、ある理由で『アランヤ村』から来ているジーノくんだ。

 来てすぐのころは、ただただ力任せに農具を扱い壊してしまうことが多かったジーノくん。でも、最近はまだ無駄な力が入ってはいるものの農具を壊さなくなり、作業のスピードも速くなってきている。

 

「っし、終わったー。 マイスー、耕し終わったぜ。今度は何植えるんだ?」

 

 まだ収穫段階に入っていない作物たちに『ジョウロ』で水をあげているとそんな声が聞こえた。振り返ってみると、『クワ』を地面に垂直に立て。その先端に右手を置いて空いた左手で額の汗をぬぐっているジーノくんがいた。

 

「今回は『イチゴ』と『キャベツ』、あと『サクラカブ』を植える予定だよ。玄関の隣に出してるから、それを()いてくれないかな?」

 

「玄関の隣……ああ、あのカゴの中か! わかったー!」

 

 元気良く返事をして、種を取りに行くジーノくん。

 その後ろ姿を見ていた僕は、こうなった経緯を……数週間前のことを思い出した……。

 

 

 

――――――――――――

 

***数週間前・アランヤ村・埠頭***

 

 

 とあるちょっとした用事で『アランヤ村』を訪れた僕は、「せっかくだし」ということでグイードさんに挨拶をしようと思い、グイードさんが釣りをしていることが多い港の方へと行った。

 

 で、グイードさんを探すよりも先に、港の一角で膝を抱えて座っているジーノくんを見つけた。……そして、よくよく見てみると、ジーノくんがいる場所から少し離れたところに、何やら困り顔のグイードさんがいることに気がついた。

 「どうしたんだろう?」と思い近づいていっている途中で気がついたんだけど、ジーノくんの肩が時折震え嗚咽が聞こえてきていたのだ。これにはさすがに驚き、色々と気になることもあったけど、真っ先にジーノくんに声をかけることにした。

 

「ジーノくん、どうしたの?」

 

「ぐしゅ……ん、マイス……?」

 

 こっちを向いたジーノくんの顔は、目元を中心に赤くなっていて、涙と鼻水で濡れていた。

 

「ホントにどうしたの!? そんなに泣いて……ほらっ、このハンカチ使って」

 

「うるさい! ほっといてくれよ……それに、泣いてなんかない」

 

 そう突っぱねられたけど、「はいそうですか」と引き下がり、放っておくわけにもいかなかった。なので、隣に座って根気強く話し続けた。……すると、ポツリ、ポツリとだけど、何があったのか話してくれた。

 

 

 要するに「トトリちゃんと勝負をして負けてしまった」ということらしかった。こう言うと簡単そうに思えてしまうかもしれないけど、本人にとっては色々と複雑で難しい問題であることは疑いようが無かった。

 

 でも、錬金術士相手に勝つということ自体、難しいとこだと思う。正直なところ、何かしらのルールを作ってないと延々と回復されたり、離れたところから爆弾とかで一方的に攻撃されるし……

 そう言ったら、ジーノくんが一層泣き出してしまった。……なんでも、トトリちゃんは杖だけで戦ってたらしい。……そ、そっかぁ……。

 

 

「でも、単純な強さで負けたんなら、今よりも強くなればいいんじゃないかな?」

 

「んなこと言っても、オレ、これまでもずっと特訓してきてるんだぜ? なのに、それ以上強くなるってどうすりゃいいんだよ……」

 

「それは、ええっと……これまでやったことの無い特訓の方法を新しく加えるとか?」

 

「やったことの無い特訓? けど、これまでにも色々……」

 

 そう言ってたジーノくんの口が止まったことを不思議に思い、チラリと隣を見てみると……目をキラキラさせたジーノくんが僕の事をジーッと見てきていた。

 

 

「マイス! オレに畑仕事を手伝わせてくれ!!」

 

 

 

――――――――――――

 

***現在・青の農村・マイスの家前***

 

 

 ……そんなことがあってジーノくんは、こうして僕の家(ウチ)で農作業をしながら普段の特訓をしつつ過ごしていた。

 

 何故、ジーノくんが畑仕事をしたがったかというと、以前にジーノくんに「なんで強いのか」聞かれた時に農業を勧めたのが原因……だと思う。まあ、ウソじゃなくて本当のことなんだけど……。

 

 

 そうして僕はといえば……

 

「マイスー! 種、蒔き終わった! そっちも終わったかー?」

 

「うん、こっちも終わったよ。……これで、今日の作業は全部終わりだね」

 

「よっしゃー! じゃあ、あっちでやろうぜ!!」

 

「はいはい、片付けてからね?」

 

 農作業を終わった後、ジーノくんの朝の特訓を手伝うようになった。朝ゴハンはその後、ということになった。

 

 ジーノくんのする特訓というのは、素振り半分、実戦半分といったところだった。僕が手伝うのは実戦のほう……つまりは試合だ。これまでにステルクさんと何度も試合をしてきたことがあるから、僕としてはそこまで難しくなく、むしろいい刺激になっていたりする。

 

 

 そんな実戦特訓が始まるまで、僕もジーノくんの隣で軽く素振りをしていたんだけど……ふと、ジーノくんの手が止まっていることに気がついた。

 

「……? どうかした?」

 

「ん~? いや、ここに来て畑仕事とか特訓とかし始めてさ自分でもこれまでよりも強くなってきた気がしてるんだ」

 

 それはそうだろう。農作業は足腰が鍛えられる他に、体力やらスタミナやら根本的な能力のアップも期待できる。そういった基礎能力が上がれば剣の扱いにも影響が出てくるから、強くなった実感もあるはずだ。

 でも、その割には、ジーノくんはうかない様子なような……?

 

「なんていうか、こう……いい感じなんだけど、なんか足りない気がするんだ」

 

「足りない? そんなふうには思えないんだけど……?」

 

「足りないったら、足りないんだって!! って……あ、あー! アレだ!」

 

 僕が何か言うよりも先に、ジーノくんが自分の中で勝手に解決したようだ。……で、結局何が足りなかったんだろう?

 

 

「必殺技だよ! 必殺技!! いくら強くなってもキメ技がねぇとダメだよな!」

 

 

「ええぇ……? そういうものなのかな?」

 

 でも、まあ、言いたいことはわからなくも無い。やっぱりカッコイイ技の一つや二つは欲しい気がするし、ロマンというのもわかる。特にジーノくんのような性格の子なら、そういう傾向は強いんじゃないかな?

 

「なぁなぁマイス、なんかいい必殺技ないか?」

 

「必殺技……というわけじゃないけど、『ルーンアビリティ』って技ならいくつか」

 

「本当か!?」

 

「うーん……ジーノくんが使ってるような剣だと……」

 

 僕は手に持っていた双剣『アクトリマッセ』をしまい、代わりに『秘密バッグ』でコンテナから片手剣『まごの手』を取り出した。そして、誰もいない方を向いて『まごの手』を構えてみせる。

 

 

「まずは『ラッシュアタック』」

 

 流れるような動きで『まごの手』を何度も振るってみせる。

 

「……振るのはちょっとはやいけど……なんていうか、普通じゃね?」

 

 

「次は『ダッシュスラッシュ』」

 

 その名の通り走り込んで距離を詰め一撃をかまし、そこから連続攻撃に繋げる技だ。

 

「なんていうか、跳びかかってるだけだな」

 

 

「敵を何らかの異常状態にする『マインドスラスト』とか?」

 

 振るわれた『まごの手』に毒々しいというか不気味な光が灯り、それが斬撃の軌跡をなぞるように光る。

 

「……普通に斬って倒した方がよくね?」

 

 

「そ、それじゃあ、『ラウンドブレイク』」

 

 体を軸にして回転し、敵を斬りつけ、「ボス」などと呼ばれるよほど強い敵でもない限り相手を吹き飛ばせる大技だ。

 

「おおっ! やっと必殺技っぽいのが……でも、威力の割にスキが大きすぎないか?」

 

 

「ええいっ! 『パワーウェーブ』!」

 

 抜き放った『まごの手』から衝撃波が発生し、十メートル近くまで飛んでいった。

 

「こっちも中々かっけぇ……けど、もう何発か一気にとばしたいなぁ……」

 

 

 

 ……とりあえず、片手剣用の『ルーンアビリティ』をジーノくんに見せてみたんだけど、どうやらお気に召さなかったようだ。

 

「なんつーか、全体的に地味じゃなかったか?」

 

「ううん……まあ、『片手剣』の『ルーンアビリティ』って連続攻撃の起点か、連続攻撃の最後のスキを消すために使うことが多いからなぁ」

 

 特に、『ダッシュスラッシュ』と『ラウンドブレイク』はその特色が特に出ている。他にも『パワーウェーブ』は片手剣じゃ普通は届かない距離の相手への攻撃といった補助的な意味合いが大きく、ジーノくんが想像しているような必殺技とは少し違うのだろう。

 

「『両手剣』とか『ハンマー』、『斧』、あとは『槍』なんかだったらもうちょっと派手なのがあったりするけど……そのためだけに武器を変えるわけにもいかないからねぇ……」

 

 他にも僕が普段使ってる『双剣』にも『ルーンアビリティ』があるけど、それらもどちらかといえば『片手剣』の『ルーンアビリティ』と似た傾向だから、必殺技とは言えないかもしれない。……便利ではあるんだけどね。

 

 

「違う武器の『ルーンアビリティ』も使えないわけじゃないし……『ミリオンストライク』あたりを使ってみてもらおうかな?」

 

 『槍』の『ルーンアビリティ』である『ミリオンストライク』は、槍の一突きと共に複数回の突き攻撃が発生する……一回突いただけでダダダダダダダンッと、攻撃判定が出るのだ。

 その手数とリーチの長さから中々使い勝手のいい『ルーンアビリティ』なんだけど……あとはジーノくんが気に入るかどうかかな? もしくは、一から何か技を考えてあげてもいいんだけど……

 

 

 

「必殺技に関しては、私が教えてやろう」

 

 

「「えっ」」

 

 ふいにかけられた声に、僕とジーノくんが一緒になって声をあげた。

 そして、その僕らにかけられた声のした方向を見てみると、そこにいたのは……

 

「ステルクさん!」

 

「師匠! なんでここにいるんだ?」

 

「『アランヤ村』におらず、聞いてみれば『青の農村(ここ)』にいるという情報を掴んでな……どうしているのかと思い、少し覗きに来たんだ」

 

 そう言ったステルクさんは「さて」と呟き、胸の前で腕を組み、その目でジーノくんをジロリと睨んだ……ように見えるけど、きっとただ単に見ただけなんだろう。ジーノくんも特に反応していない。

 

「そういうわけだ。これから、お前に必殺技を教えてやろう。ただし、生半可な覚悟では習得できないぞ? やれるか?」

 

「やるやる! ぜってーやってやる!!」

 

 

 必殺技を教えてもらえることがそれほど嬉しかったのか、ピョンピョン跳び跳ねて喜ぶジーノくん。

 

 そんなジーノくんを見て、小さなため息を吐きつつもなんだか嬉しそうな様子のステルクさんが、僕のほうを見て、「ところで」と口を開いた。

 

「キミには手伝ってほしいことがあるんだが……」

 

「何ですか?」

 

「それはだな……」

 

 そう言ってステルクさんは僕に耳打ちしてきた……んだけど、その内容は僕としては素直に頷けるものじゃなかった。

 

「それはさすがに手伝えないというか……他に方法は無いんですか?」

 

「そうは言ってもだな。アイツを本当にトトリ(あの少女)に勝たせるというのも難しいだろう? となれば、モンスターに詳しいキミがなんとかして……」

 

「もっと平和的なきっかけからの仲直りはできないんですか? いくらなんでも、ロロナが連れ出した何も持ってないトトリちゃんに、僕がモンスターをけしかけて、そのモンスターからジーノくんがトトリちゃんを助けるって……トトリちゃんを危険な目に合わせて怖がらせることもですけど、モンスターの方のことも考えると、僕は協力できませんし、むしろ止めたいですよ」

 

「キミの言いたいこともわかる。しかしだな、今回はアイツの強さに対するプライドが関わっているから、平和的にというのはなかなか……」

 

 

 ステルクさんの言いたいこともわかる。

 モンスターも、話を聞いてくれない、人を襲ってまわるモンスターを僕が探して何とかして連れて行ったり、僕がジーノくんに武器をつくってあげたりすれば、まだ気持ちの落としどころはあるからいいけど……けど、やっぱり戦えない状態のトトリちゃんをモンスターの前で一人にするというのはどうしても容認できない。ジーノくんが助けることが決まってるとはいえ、下手をすれば大きなトラウマになってしまうかもしれない。

 

 ……なら、どうしたらいいか? 時間が解決してくれる、とかそう言う感じでもないし……

 

 

「ん? 師匠たち、何話してるんだ?」

 

「「いや、何も」」

 

 

 ……本当にどうしたものだろう?

 



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5年目:ミミ「あの事」

 更新、またもや遅れてしまいました。
 書くべき事、書きたい事はあるのに、それをまとめるのが上手くいかない今日この頃。

 ……そして、今回は修行中のジーノ君はちょっと置いておいて、別の話になっています。


 

 

***冒険者ギルド***

 

 

 ああ、イライラする。いえ、イライラとはちょっと違うかしら?

 ソワソワというかモヤモヤというか……とにかく、あんまり良い気分じゃない。

 

 私がそうなってしまっている原因は、自分でも大体わかってるんだけど……

 

「み、ミミ様ー……?」

 

「なに」

 

「ぴぃ!? こここ、これ、今回の依頼の報酬ですぅ!!」

 

 フィリー(受付嬢)がそう言って差し出された、こなした依頼の報酬を受け取って内容を確認した。……まあ、比較的近場の採取地のやつでそう難しくないものだったし、こんなところかしら。

 ……にしても、「様」付けが基本になってきてる気が……なんでかしら?

 

「あ、あのー……もしかして、怒ってます?」

 

「別に怒ってなんかないわよっ!」

 

「ふぇえ……やっぱり無茶苦茶機嫌悪い~!」

 

「と・に・か・く! あんたには関係無いから黙りなさい!」

 

 弱々しい声で泣きわめき始めそうになっている受付嬢を叱りつけ、これ以上ここにいると余計にイライラしてきそうなので、早々にこの場を後にすることにした……。

 

 

 

――――――――――――

 

***アーランドの街・広場***

 

 

 『冒険者ギルド』を出た私は、ある目的のため『アーランドの街』の中央あたりにある広場に来ていた。

 その広場の中心にある噴水のそばのベンチに腰掛けて、私は「ふぅ」と息をついた。

 

「……まあ、あてもなく来たところで会えるとは思ってなかったわ」

 

 「誰が」かというと、この広場など人通りの多い場所で人形劇をおこなう旅芸人のリオネラさんだ。「旅芸人」とは言っても、最近はもっぱら『アーランドの街』や『青の農村』を中心に活動しているみたいだけど……。

 

 でも、いつ、どこでやるかわからない人形劇を目印にしてリオネラさんを探すというのも、普通に考えれば無理な話だった。もしかしたら、街じゃなくて『青の農村』にいるのかもしれないし、そもそも毎日人形劇をしているとも限らないわけで……そこは、一回でどれだけの収入を得られるかっていうことが関係してきそう……だけど、今回はそんなことを知りたいわけじゃない。

 

「リオネラさんなら、()()()も何か知ってると思ったんだけど……」

 

 詳しくは知らないけどリオネラさんは、マイスとかなり親しい間柄だということがわかっている。なにしろ、マイスの家に頻繁に泊まっていたのだから……というか、一時期は同棲に近い状態だったみたい。

 まぁ、私はマイスの性格とかお人好し加減を知ってるからわかるが、マイスのほうからしてみれば本当にただ単に泊まらせてあげてるってだけで、二人の間に深い意味はなさそうなんだけど。

 

 

 けど、どうしたものだろう?

 

 このままリオネラさんが来ないか待ってみるか、それとも今日は素直に諦めてまた後日探してみるか……。

 以前にあったある一件でいくぶん話しやすい相手になったリオネラさんではなく、別の人で()()()を知ってそうな人にターゲットを変えて聞いてみるっていうのも、アリと言えばアリなんだけど…………べ、別に面と向かって話せる相手が少ないとか、そう言うわけじゃないんだからっ!

 

 

「あーっ! ミミちゃんだー!」

 

「ひゃっ……って、ロロナさん?」

 

 唐突にかけられた声に驚き、色々考えててうつむき気味になっていた顔を上げると、そこにはトトリの錬金術の先生でありアーランドの発展に大きく貢献したとされる錬金術士ロロライナ・フリクセル……通称ロロナさんがいた。これまでにアトリエで会ったり、トトリとの冒険で一緒になったりと、これまでにも付き合い自体はあった人だ。

 ベンチに座ってる私の前まで来たロロナさんは、ちっちゃな子が見せるような柔らかな笑みを浮かべながら私に話しかけてくる。

 

「奇遇だねー。わたしはなんとなくお散歩したい気分だったから街をウロウロしてたんだけど、ミミちゃんは?」

 

「え、あっはい、私は冒険中に達成した依頼を報告した帰りで……それで、ここでちょっと休憩してました」

 

「そっか、お仕事頑張ってきたんだね。いいよねー、一仕事終わらせた後のひなたぼっこは格別で……ベンチもいいけど、オススメは『青の農村』でモフモフした子に抱きついてしばふに寝転んじゃうことかな」

 

 「あっ、夏はぷに系がいいよ」と付け足して言うロロナさんに、「ひなたぼっこではない」と言おうかと思いつつもなんとなく相槌を打つ。すると、何故だかよくはわからないけど、ロロナさんは楽しそうに体を揺らし始めた。

 

「それでそのまま寝ちゃってもいいんだけど、面白い形の雲を探してみたりしても楽しいんだよ。例えば、『シーフードパイ』の形とかー……」

 

 ……きっとこの人は、小さい頃から変わらずこんなホワホワした感じだったんだろうという気しかしない。あっ、よだれが少し垂れてる。

 この人が、あの稀代の錬金術士様だというのだから世の中わからないものだ。……そんなことを言ったら、マイスも大概か。

 

 

「う~、パイのこと考えてたら、なんだか食べたくなってきちゃった! 今からアトリエに帰って調合しよっ(つくろう)かなー。よかったらミミちゃんも来ない?」

 

「えっ、ええっと……」

 

 トトリはまた『アランヤ村』に帰っているからいないだろう。けど、よくよく考えてみると……もしかしたら、ロロナさんも()()()を何か知っているかもしれない気もしなくは無かった。

 そうなると、このお誘いは良い機会なんじゃないかしら?

 

「それじゃあ……お邪魔させてもらいます」

 

「うんうん! それじゃっしゅっぱーつ!」

 

 

 

 

――――――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

「ふんふん、ふふふーん。そぉれ! ぐーるぐーる」

 

 軽快……というか愉快な掛け声と共に錬金釜をかき混ぜるロロナさん。

 色々とあってなりゆきで錬金術を習った私から見ても、謎の掛け声は必要なのかわからずなんとも不思議に思えてしまう。同じ『錬金術』なはずなのに、私がするものとは別物のように感じているのはどうしてだろう。

 

 私はというと、錬金釜をかき混ぜて『パイ』を作っているロロナさんの後ろ姿をソファに座って眺めていた。

 ……この光景に何の疑問も違和感も覚えなくなってきたあたり、私ももうずいぶん毒されているのかもしれない。

 

 

「ねぇ、ミミちゃん」

 

 不意に、こっちに背を向けたままのロロナさんから呼ばれた。

 ロロナさんの手は相変わらず杖を持っていて釜の中をかき混ぜ続けていたため、聞き間違いか何かかと思ったんだけど、そう間をおかずにまたロロナさんの声が聞こえてきた。

 

「もし間違ってたらゴメンなんだけど……もしかして、何か悩んでたりする?」

 

「えっ」

 

「なんとなくなんだけど広場で見かけた時、目と目の間がキューってなってたから何かあったのかなーって」

 

 目と目の間がキューって……つまりは、眉間に皺が寄っていたという事なんだと思う。けど、私、そんなふうになってたのかしら?

 見抜かれ、指摘されてしまったのはあまり気分の良いものではなかった。けど、()()()は最初から聞くつもりだったから、不機嫌さを何とか胸の内に留めつつこのままの流れで行くことにする。

 

「えっと、実は悩み事ってほどじゃないんですけど、気になってることがあって」

 

「気になってる? なあに?」

 

 

「マイスが前にいたところのことなんですけど……」

 

 

 そう。私がずっと気になっていたことは、マイスが前にいたという『シアレンス』のことだ。正確に言えば本当は少し違うのだけど、おおよそはそのとおりだ。

 これまでに何度かマイス本人に聞こうとし、出鼻をくじかれたり、他の人の乱入があって結局聞けずじまいになってしまっている。

 

 それを聞いたロロナさんは、何を思ったかはわからないけど「うーん……」と首をかしげて小さくうなりだしてしまっていた。

 ……混ぜるスピードがこころなしか速くなってるんだけど、大丈夫かしら?

 

 

「マイス君が前いたところって確か、し、し、し……しーくわーさー?」

 

「……『シアレンス』です」

 

「そう! それ! ……って、あれ? ミミちゃん知ってたの?」

 

「それは、まあ」

 

 かき混ぜつつも振り向いてきてキョトンとしているロロナさんを見て「もしかして、名前しか知らない?」という一抹の不安を感じつつも、とりあえず他の情報が無いかロロナさんの目を見て次の言葉を待ってみる。

 

「となると……あとは何も知らないかなぁ。あはははっ……」

 

 知らなかった。名前も曖昧だったことも含めると、私の人選が悪かったと思うしかないのかもしれない。

 

「師匠を探しに旅をしてまわってた時に、その『シアレンス』のことも聞いてまわってみたんだけど、最初に(ここ)で聞いた以上のことはわからなかったんだよね……」

 

 ちょっと失礼だけどちゃんと調べようとしていたことに驚きつつ、また行き詰ってしまったことに肩を落とす。

 ロロナさんもマイスとは仲が良さそうだったから何か知っているんじゃないかって思ったんだけど……。

 

 

「そういえば、ミミちゃんはどうして『シアレンス』のこと気になってるの?」

 

 当然と言えば当然の疑問が、ロロナさんの口から出てきた。

 

「実は……」

 

 ここまで来たら隠すことでも無いので、事の顛末をロロナさんに説明した。

 トトリのお母さんを探す旅で、たどり着いた場所でマイスの口から聞いた言葉を。その後、マイスから直接聞こうとした時に、マイスが喋ろうとしない内容(こと)があったことを。

 

 それを聞いたロロナさんは大きく首をかしげてしまい、釜をかき混ぜている手も完全に止まってしまっていた。

 ……最終段階に入っているのであればある程度は放置していても問題無いとは思うんだけど……爆発、しないわよね?

 

「なるほど……『シアレンス』に帰れない理由かぁ。それは聞いても話してくれなかったんだね?」

 

「はい。結局トトリたちが来てうやむやになったんですけど……」

 

「そっかー、わたしは初めて聞いたよ……。そういえば、会ってちょっとしたころからマイス君は全然『シアレンス』のことを調べたりしてる感じはなかったけど、それも関係したりするのかな? うーん、よくわかんないや」

 

 そう言って腕を組んで悩みだすロロナさん。

 

 当然私も、ずっと前から悩んでいる。

 何故『シアレンス』に帰れないのか。そこからアーランドに来たはずなのだから、帰る事だってできないほうがおかしいと思う。

 そして、何故『シアレンス』に帰れない理由を私やロロナさんにも言わないのか。理由を聞けば絶対納得できるとは言えないかもしれないけど、少なくともこんなモヤモヤした気持ちにはならずに済んだはずだ。

 

 

「うーん……イクセくんなら何か知ってるかな?」

 

「イクセくん?」

 

 聞いたことの無い名前……いや、トトリに連れられて行った『職人通り(この通り)』にあるレストランのコックがイクセルって名前だった気がする。そのあだ名か何かだろう。

 数軒隣の店だし、知り合いなのかもしれない。

 

 私の言葉をどう受け取ったのかはわからないけど、ロロナさんは「あっ、えっとね」と私に何か説明するように話し出した。

 

「私が『シアレンス』のことを聞いたのって、マイス君からじゃなくて、エスティさんとイクセくんからだったの。エスティさんは今は街にいないけど、イクセくんならもっと何か知ってるんじゃないかなーって思って」

 

 ロロナさんがそう言ったところで、まるでタイミングを計ったように錬金釜から「ぽんっ」と音が立った。どうやら調合は無事成功したようだ。

 

 

「それじゃあせっかくだから、さっそくイクセくんのところに行ってみよっか!」

 

「え、でもお店は営業時間で邪魔になるんじゃ……」

 

「大丈夫、大丈夫。今はそんなお客さんが多い時間じゃないし、多めに作った『パイ』をお土産に持ってくから!」

 

 そう言って、つい今さっき出来たばかりのパイをかかげるロロナさん。紫色のクリームや上に乗っているモノからして『ベリーパイ』だろう。

 でも、それって……

 

「飲食店に飲食物を持ちこんでも良かったかしら……?」

 

 不安を感じつつも「それじゃ、いこー!」とやる気満々のロロナさんを止めることはできそうになかったため、仕方なく大人しくついて行くことにした……。

 

 

 

――――――――――――

 

***サンライズ食堂***

 

 

「こんにちはー! イクセくん、いるー?」

 

「友達ん家に遊びにでも来てんのかよ、お前は」

 

「えっ?」

 

「おいおい……今はちょうど客がいないけど、ここは店だぞ?」

 

 ため息を吐いているイクセルさんからは、諦めているような様子が感じられ、おそらくはこう言ったやり取りは初めてではないんだとわかる。

 

「あっ、これ『ベリーパイ』! 出来立てだからイクセくんも一緒に食べよう」

 

「当り前のように誘うなよ。つーか、食いもんならウチで買ってけ」

 

「飲み物は頼むからね? ねっ?」

 

 ロロナさんのお願いに、イクセルさんは呆れ顔を見せつつもカウンター席を指し示した。

 

「『香茶』用意すっから、まぁ座って待ってろ」

 

「はーい! ミミちゃんもこっちこっち」

 

「は、はぁ」

 

 トコトコとカウンター席に駆け寄ったロロナさんが、振り向いて隣の席をポンポンと叩き私に勧めてきた。……二人のノリについていけず置いてけぼりをくらった感覚だけど、いまさら帰るわけにもいかず勧められるがままにロロナさんの隣の席に座ることに……。

 

 

「あの……ロロナさんはこの人とどういった関係なんですか?」

 

「イクセくんと? 幼馴染だよ。私とくーちゃんとイクセくん、ちっちゃいころからよく一緒に遊んでたりしてたんだー」

 

 それを聞いて納得した。だからあんなノリの会話を普通に慣れた様子でしていたのか、と。

 ……いや、ロロナさんは大体誰とでもあんな感じか。

 

 

 そんなふうにロロナさんと話しているうちに、イクセルさんが『香茶』を用意し終えたようで、私たちの前に持ってきた。それに合わせる様にしてロロナさんが私とロロナさん自身、そしてカウンター向こうのイクセルさんのほうへと、切り分けた『ベリーパイ』を配った。

 

「それじゃー、いっただきまーす!」

 

「……いただきます」

 

「おう。んじゃ、俺も休憩がてらちょっと食うとしますか」

 

 私たちは各々自分の分の『ベリーパイ』を一口食べた。

 いつだったか、トトリが「先生は錬金術でパイを作るのが上手なんだよ」とか言ってた通り、そして、これまでにもたまたまお邪魔した時にいただいた『パイ』たちと同じく、『ベリーパイ』はとても美味しかった。お店で出てもおかしくないくらい……というより、お店よりも美味しいのだから自然と二口目にいってしまう。

 

 

「んで、珍しい組み合わせに思えるんだが……今日はどうかしたのか?」

 

 はっ!? 『ベリーパイ』に夢中になり過ぎて、ここに来た本来の目的を忘れるところだったわ!?

 

 何か付いてしまっていないか気になる口元をハンカチで拭いつつ、姿勢を正し顔を上げる。

 見えたのは、興味深そうに……というよりは、単純に意外で少し驚いているといった様子のイクセルさん。おそらくは、ここにあともう一人……トトリあたりがいれば何の違和感もなかったことだろう。

 

「ふひゅあへ、ひょほは……」

 

「口の中のもの、飲み込んでから喋ってくれよ。さすがに何言ってるかわかんねえから」

 

 口元を両手で隠しながらモゴモゴ喋ろうとするロロナさんと、それを止めるイクセルさん。

 ロロナさんは一度頷くと、そのままモグモグして「……ごっきゅん」と喉を鳴らしたかたかと思うと、口を隠していた両手をそのまま頬に当てて満足そうな笑みを浮かべた。

 

 

「えへへ~……はっ!? え、ええっとね、今日はマイス君のいた『シアレンス』のことでちょっとあって……」

 

「ああ、あの事か。何かわかったのか?」

 

「わかったっていうか……わからないことが増えたっていうか……」

 

「あっ、それについては私から……」

 

 二人の会話に割り込む形で私が声をあげる。……この話を持ってきたのは私なのだから、事の経緯は自分でちゃんと説明したかった。

 

 

 アトリエでロロナさんに話したことと同じ事を、イクセルさんに説明した。すると、イクセルさんは納得したように大きく頷いた。

 

「なるほどな。そういう流れでウチにも来たってわけか」

 

「はい。それで……何か知ってたりしませんか?」

 

 そう問いかけたのだけど、残念ながらイクセルさんも何もわからないようで、ゆっくりと首を振ってきた。

 

「いや、今初めて聞いた話だ。そもそも『シアレンス』のこと自体、マイスやエスティさんから最初に聞いたこと以外、わからないままだしよ。料理とか食文化のことなら結構詳しく聞いてるんだけどなぁ……」

 

「そっか……イクセくんも私と同じ感じだったんだね」

 

「そうなると、マイス以外で知ってそうなのって、その……エスティさん、って人だけですか?」

 

 けど、エスティさんという人は今は街にいないとかロロナさんが言ってた。となると、後はやっぱりリオネラさんあたりなのだろうか?

 

 

「妹のフィリーが何か知ってるとは思い辛いし……待てよ? ()()()なら何か知ってるかもしれないな」

 

 ……と、私も知ってる名前を出して悩んでいたイクセルさんが、不意に動きを止めた。なにやら心当たりがあるみたい。

 

「えっ、イクセくん、アイツって誰?」

 

「クーデリアだよ、クーデリア! アイツ、前に俺も知らねぇマイスのことを言っててさ。だから、もしかしたら何か知ってるんじゃないかって思ってさ」

 

「げっ」

 

 つい口に出てしまったけど、私にとって嫌な奴の名前が出て来てしまった。

 ……正直なところ、私だけで考えた時もリオネラさんと同じくらい知ってる可能性はありそうだとは思ってた。けど、個人的に嫌いだったから話を聞いてみる相手から真っ先に除外しておいた。……だというのに、ここで名前が出てくるなんて……。

 

「ねーねーイクセくん。くーちゃんが言ってたマイス君のことって何?」

 

「ああ、結構前の話なんだがな……二人がウチに飲みに来てた時に酔払ってていつもの身長自虐ネタで絡み辛い空気を作ってた時に言ってたんだよ」

 

 当時の様子を思い出しながら、語り始めたイクセルさん。

 身長自虐ネタって……まあ、確かにクーデリア(あの受付嬢)はちっちゃいし、マイスも成人男性にしてはかなり低いだろう。それを酔っ払いが話の種にしてしゃべくりまわってるとすると……下手に触れようものならキレられたりしそうだ。マイスはキレたりはしないとは思うけど……世の中「泣き上戸」なんて人もいるそうだし、もしかしたらもの凄く泣くかもしれない。

 

 

「確か、「マイスが小さいのは親の影響だ」とかそんな感じに言ってたんだ」

 

 

 見たことの無い、酔っ払ったマイスの姿を想像していたのだけど、そんなことがどうでも良くなる情報が私の耳に入った。

 クーデリア(あの受付嬢)が話していたのは、マイスの親の話!? でも、それはおかしいんじゃ……だって…………

 

「ちょっと待ちなさい! この前、マイス本人に聞いたら「記憶喪失で、親のことはほとんど憶えてない」って言ってたわよ!?」

 

 驚きから、普段の口調に戻ってしまっていたことに途中で気付きつつも、そのままイクセルさんに疑問を投げかけた。対するイクセルさんは、私の言葉に特に驚いた様子も無く「あー、となると……」と、腕を組んで考え込むような姿勢を取った。

 

「クーデリアはマイスから聞いただけって言ってたんだが……その辺りはマイスの記憶喪失がちょいと特殊な状態なのが関係してるんじゃないか? 一回キレイサッパリ無くなった後、部分部分をちょくちょく思い出してる「虫食い状態」って最初の頃聞いたぞ?」

 

「……つまり、マイスの親に関する記憶は大半が欠けてるけど、身長のことは思い出してたっていいたいの?」

 

「じゃないか? アイツがウソ言うとは思えないし……まあ、なんでそのことをクーデリアが知ってたのかは知らねえけどさ」

 

 まあ、それならまだ筋は通るとは思う。納得はできないけど。

 だってそうでしょ? クーデリア(あの受付嬢)には話したのに、マイスは私には隠してたのよ? ……「身長なんて大した情報じゃない」ってマイスが勝手に判断して、私に話した時は「よく憶えてない」って適当にすませた可能性もあるにはあるけど……。

 

 

 

「あー……けど、そう考えるとな……「『シアレンス』に帰れない理由」かぁ……」

 

「……? イクセくん、どうかした?」

 

 うなるイクセルさんを不思議がったロロナさんが、少しカウンターに身を乗り出しながらその様子をうかがった。

 

「いや。普段、自分の身に危機が迫ってもウソ言わないようなあのマイスが秘密にしようとするなんて、よっぽどのことだと思ってさ。ほら、リオネラとかジオさんの事とかの時も隠そうとしてなかっただろ?」

 

 イクセルさんが言ったことに、ロロナさんが「あぁ……」と納得したような声をもらす……が、私からすると何の話かわかるはずがなかった。

 でも、マイスがウソを言うような人じゃないということは私もわかっている。……だからこそ、あんなあからさまに隠し事をされたのが嫌な意味で記憶に残ってしまっているのだけども。

 

「……で、アイツが何の意味も無く隠したりするはず無いだろ? でも、それを興味本位で調べてまわってもいいものかって思うわけだ」

 

 「気にならないって言ったらウソになるけどな」と続けて言ったイクセルさん。

 

 

 

 

 ……確かに、その通りだと思う。

 ()()()()()()()()マイスは大した理由も無しに人をつっぱねたりする人じゃない。それはわかっている。

 隠すには隠すなりのちゃんとした理由があるはず。間違いはないと思う。

 

 けど、納得できない。

 本当に帰れないのか。なんでそうなったのか。

 

 

 そして……それと同時に、私は思っている。これが私がやるべき事なんじゃないか、と。

 

 でも、私は知っている。

 今ならわかる。小さい頃に、『シアレンス』の話を聞かせてくれたマイスの様子を思い出せば、マイスは『シアレンス』のことを忘れられないんだと。帰れるのであれば、帰ってみたいという思いがあるということを。

 

 帰れない理由は教えてくれない。でも、確かなことはある。

 何でも、どんなことでも、自分で出来てしまうマイスが、唯一かもしれない「できないこと」と自分で認めていること。

 

 

 ならば、と私は思ったの。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 だから、帰れない理由を知りたい。その理由をなんとかしてあげたい。

 私にできることなんて何もないかもしれない。でも、何もせずにはいられない……気がすまないから。

 

 

 ……こ、こんな恥ずかしいこと、マイスはもちろん、他の人にも言えるわけがない。

 でも、今のままじゃあ何も出来ないままだというのもわかっている。

 

 

 

 私は、「どうしたものかしら?」とため息混じりに呟くことしかできなかった……。

 



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5年目:マイス「ジーノくん強化計画!!」

 またまた遅れてお昼休みに滑り込み投稿となりました。

 遅れるのが当たり前になってきていることに危機感を覚える今日この頃です。
 圧倒的時間不足……!


 

***マイスの家***

 

 

「ぷはーっウマかったー! やっぱ、修行の後のメシは最高だぜー」

 

「おい、なんだそのだらしない様は。気の知れた相手の家であってもそのような腑抜けた態度は見過ごせないな……そんなことでは、剣の腕が上がろうとも騎士としては半人前以下だぞ」

 

「いや、オレ騎士じゃないし、なる気もねぇんだけど?」

 

「だとしても、だ。最低限の礼儀作法すらなっていないのは、問題外だ」

 

 朝の畑仕事と僕との修行の後に食べ始めた朝ゴハン。それを食べ終えたジーノくんが、座っていたイスにふんぞり返るようにして倒れ込んでいた。そして、その様子を見た()()()()()()がジーノくんを注意している。

 

 

 さて、賑やかな僕の家だけど、なんで農業をするために僕の家に泊まりこんでいるジーノくんだけでなくステルクさんもいるのかというと……。

 

 きっかけは、少し前のある日。畑仕事を終えてジーノくんの修行に付き合っていた時のこと。ジーノくんの「オレには必殺技が足りていない」という趣旨の発言から、ジーノくんに合った『必殺技』を考えることになったんだけど、それは難航することとなった。

 そこに現れたのがステルクさん。そのステルクさんがジーノくんに必殺技を教えると言って、それからはジーノくんの修行にステルクさんも付き合うようになったのだ。……とはいっても、ステルクさんはジーノくんのように僕の家に泊まったりはしてないんだけどね。

 

 それからというものの、僕らの生活リズムは……早朝に起きて畑仕事。それが終わったら基礎トレーニングや僕とジーノくんとの試合などといった特訓。それから朝ゴハンを食べて、それ以降はジーノくんはステルクさんと必殺技の特訓……といったふうになった。

 ……で、ステルクさんはいっつもじゃないけど、畑仕事のすぐ後の特訓にも参加することがあり、そういう日はこうしてステルクさんも一緒に朝ゴハンを食べるようになっている。

 

 

 僕としては、作った料理を美味しく食べてくれているから嬉しいので、全く問題無い。

 それに……

 

 

「おにいちゃん、ホムは食後のデザートが欲しいです……ダメですか?」

 

 朝から誰かが唐突に訪ねてくるなんてことは()()()()()()よくあることなため、急きょ朝ゴハンの量を一人、二人分くらい増やすのも慣れている。

 そう、こうやって素材を貰いにホムちゃんが来たりするように……。

 

 

「そう言うと思ってたよ。今日は『プリン』を用意してるからねー……はいっ、どうぞ」

 

 準備していた『プリン』をキッチンから持って来て、座っているホムちゃんの前のテーブルに置いた。

 それを見ていたジーノくんが、もたれかかっていたイスから跳びあがり、大声をあげる。

 

「あーっ! チビッコだけずりぃ!」

 

「「チビッコ」ではありません。ホムはホムです。それに、ホムはくーちゃんより身長が高いのでチビという表現は適切ではないかと」

 

 ジーノくんの言葉にホムちゃんは抗議していたが、当のジーノくんは聞いていないようで『プリン』をうらやましそうに見続けるだけだった。

 

 ……クーデリアよりも身長が高いって、前に聞いた話だとアストリッドさんがホムちゃんを創る時に()()()そうしたらしいけど……。そういえば、ほんとなんとなくだけど、最初に会ったころよりもホムちゃんの身長が伸びている気がしなくもないような……?

 

 そんなことを考えつつも、『プリン』を凝視し続け段々と顔が近づいていくジーノくんをみかねて、これ以上イジワルをするのも悪いから、またキッチンへと行き、もう一つの『プリン』を取ってきた。

 

「心配しなくてもジーノくんの分の『プリン』もあるよ。はい、どうぞ!」

 

「わぁっ! ありがとな、マイス!」

 

「いやいや、気にしないで。最近修行を一段と頑張ってるジーノくんへのちょっとしたご褒美だからね」

 

 『プリン』のお皿につけておいたスプーンを手に取り、勢いよく食べ始めるジーノくん。ホムちゃんのほうもゆっくりとモグモグ食べ始めた。

 

 ……と、ふと視線を少しずらすと、朝ゴハンを食べている途中だったステルクさんが呆れたような顔で見てきている事に気がついた。

 どうかしたのかな……?

 

「どうかしましたか、ステルクさん?」

 

「コイツがいつまで経っても子供っぽいのは、キミのような甘やかす人間がそばにいるからなのだろうと思ってな」

 

「ええっ、甘やかすってほどじゃぁ……それに、ジーノくんの近くに僕以外にそういう人はいたかなぁ?」

 

 ジーノくんの家族には会ったことはないからどんな感じかはわからないけど、他に甘やかしているような人は……実際にその場を見たわけじゃないけどツェツィさんあたりはそう厳しくしたりしてないかな? メルヴィアも、なんだかんだで気にかけてそうな気もするけど……でも「甘やかす」ってほどの人はいないと思うんだけど……。

 

「……まぁ、キミの場合、誰にでも甘い気もするがな」

 

「さっきもでしたけど、あんまり褒められてる気がしないんですけど……」

 

「そうだろうな」

 

 何故か「フッ」と鼻で笑ってきたステルクさん。

 とはいえ、褒められてなくても、笑われてても、僕は僕がしたいからやってるだけなのでそこまで気にしない。それに、これはステルクさんがジーノくんの今後の事を過剰に心配しているからそう思ってしまってるだけで、別に全員が全員、僕の行動をそう思っていたりするわけじゃないだろう。

 

 

 

 

 

「あっ、ステルクさんの分の『プリン』もありますから、ゴハンを食べ終わったら言ってくださいね!」

 

「そういうところがなんだが……やはり自覚は無いようだな」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「はぁ、なるほど……この「ジーノくん」が強くなるために、おにいちゃんの家で働いていたんですね」

 

 そう納得したように頷いたのは、『プリン』を食べ終えて『香茶』をノンビリと飲み始めたホムちゃん。

 『プリン』を食べている途中にホムちゃんが「そういえば、この二人はどうしてここにいるのですか?」と聞かれたので、おおよその経緯をホムちゃんに説明していたのだ。

 

 

「というわけで、今は僕が基礎能力の底上げを手伝って、ステルクさんが必殺技の習得をさせてるんだ。もう、今の時点でもジーノ君は前よりも随分強くなったと思うよ」

 

「そうか!? オレ、そんなに強くなれたかな!」

 

 僕の言葉に反応したのは話していたホムちゃんじゃなくて、その隣にいたジーノくんだった。……で、そのジーノくんの様子に厳しい顔で苦言をもらすのは、『プリン』を食べているズテルクさん。

 

「世辞を言われた程度で調子に乗るな。贔屓が無いわけじゃないんだ、もっと現実を見て己を鍛えろ」

 

「ちぇーっ、また師匠のお小言が始まったー……メンドクセェ」

 

「だから、そういった不誠実な態度はだな……!」

 

 口調を強くしつつ、本当にジーノくんへのお小言を始めたステルクさん。その手には『プリン』の乗ったお皿があるのが、少しだけ(なご)んでしまうポイントだろう。

 

 

 

 ステルクさんのお小言は長くなりそうだし、その間に片付けられるものから洗い物を初めてしまおうかなぁ……?

 なんて考えていたところに、ふとホムちゃんがある質問を僕()にしてきた。

 

 

「強くなりたいのであれば、まずは武器を強いものに変えてみてはいかがでしょうか?」

 

 あたり前と言えばあたり前の発想。強さというのは戦う本人の強さはもちろん関係してくるが、その人が使う武器も無関係ではない。もし能力・経験などが同じ人同士が戦った時、武器の差がものをいうように、武器の強さも最終的な強さに深くかかわっている。

 

 それをわかっているステルクさんや僕は、ホムちゃんの言葉に「まぁ、確かに」と小さく頷いた。

 けど、ジーノくんはなんだか納得していないというか、ちょっとふに落ちてい無さそうな顔をしている。

 

「強い武器って言ってもなぁ……オレが今使ってるのって、トトリが「一番すごいので作ったんだよ!」って自信満々に渡してきたやつでさ。だから、これ以上強いのってねぇと思うんだけど……」

 

「そうですか。では、今使っている武器を強化してみるのはいかがでしょう?」

 

 ホムちゃんの提案がいまいち理解できないようで、首をかしげるジーノくん。

 対するホムちゃんはと言うと、僕のことをジッと見つめてきていた。……まぁ、今さっきジーノくんにしていた提案のこともあわせて考えると、()()()()()()なんだろうなぁ……。

 

「できますよね、おにいちゃん?」

 

「うん、できるよ。それなら、その一番すごいもので作った武器をそれ以上強くするのもそう難しくは無いかな?」

 

「んー……どういうことだよ、マイス?」

 

 腕を組んでますます首をかしげてしまっているジーノくん。そして、よくよく見てみると、ステルクさんも眉をひそめて僕のほうを見てきていた。おそらくはステルクさんもどういうことなのか気になっているんだろう。

 

 

「『鍛冶』ですでに完成している武器を素材を使って強化するんだ。鉱石で鍛え直して攻撃力(鋭さ)を上げたり、魔力がこもった素材を使ってモンスターの魔法攻撃への耐性を上げたり……あと、炎の力を秘めた素材で武器に付け加えさせたりする属性付与なんかもできるよ」

 

「すでに出来上がっている武器を……そんな技術もあるのだな……」

 

 

 驚いた様子でそう呟くステルクさん。ジーノくんも「はぁー……へぇー」と本当にわかったのか少し心配なことを呟きながらうんうんと頷いていた。

 

「強化に使う素材によって、武器がどう強くなるのかは全然変わるんだけど……でも、強くなるのは間違い無いよ」

 

「でもさぁ……やっぱり武器のおかげで強くなるのって、なんかズルみたいだし、カッコよくないだろ?」

 

 口をとがらせるジーノくん。必殺技のこともそうだけど、ジーノくんにはジーノくんの美学のようなものがあるみたいだ。

 

「そうでしょうか?」

 

 そんなジーノくんの言葉に疑問を示したのはホムちゃんだった。

 

「達人は得物(えもの)を選ばないとは言いますが、逆はそうでもないと思います。伝承などに「選ばれた者にしか抜けない剣」があったりするように、強い武器というのは人を選ぶものなのです。もし仮に「何でも切ってしまう剣」や「炎を噴き出す武器」があったとすれば、持ち主が未熟だった場合、持ち主自身が怪我を負ってしまうでしょう」

 

「それはまあ……確かに……」

 

「それに、良い素材ほど厳しい環境にある傾向があるので、強化素材を探すこと自体が良い修行になるかと。それに、数多(あまた)とある素材の中から「これだ!」という強化素材を見つけ出せるかというのは、冒険者としての才能が試されるものだと、ホムはそう思います」

 

 ホムちゃんがそこまで言ったところで、ジーノくんがイスから勢いよく立ち上がった。

 

 

「おっしゃー、やってやるぜ! そうと決まれば出発だ!! マイス! 帰ってきたら俺の剣、鍛えてくれよな!」

 

 そう言って、そばの壁に立てかけてあった剣を手に取り家の外へと飛び出していくジーノくん。その後ろ姿はあっという間に開け放たれた玄関の戸から見えなくなった。

 

「こら、待て! この後は必殺技の……ああ、くそっ! そもそもなんの冒険の準備もせずに行く気かアイツは!!」

 

 食べ終わった『プリン』が乗っていたお皿を素早くテーブルに下ろして、慌ててジーノくんを追いかけるステルクさん。ここで、そのまま放置せずにちゃんと追いかけるあたり、ステルクさんはなんだかんだ文句なんかも言いながらも面倒見がいい人だと思う。

 

 

 

「……って、冒険に出たってことは、数日間は帰ってこなかったりするよね? そうしたら、ジーノくんがやっていた範囲の野菜も僕がお世話しないといけないか」

 

 とは言っても、そこまで広い範囲じゃないからそう難しいことじゃないし、問題は無いんだけど……。

 

 

「おにいちゃん」

 

 

 と、そんなことを考えていると、不意にホムちゃんから呼ばれた。どうしたのかな、と思い、そっちを見てみると……

 

「…………」

 

 無言で、胸の前あたりで右手で小さく(ブイ)サインを作っているホムちゃん。その顔はこころなしか得意気にしている感じが……

 ……えっと、どういうことだろう?

 

 

 ホムちゃんの行動の意図がわからず目を白黒させていた僕をよそに、ホムちゃんはVサインをしていた右手を下ろし、フリルの付いたいつものスカートに包まれた自分の(ひざ)の上をポンポンと叩く。

 

 ……ああ、これはあの合図か。

 

 僕は家の中を……そして、窓から見える景色を確認し、回転しながらピョンと跳び跳ねて『変身ベルト』で金のモコモコの姿へと変身した。

 

「えっと、それじゃあ……」

 

 座っているホムちゃんのすぐそばまでテコテコと駆け寄り、ピョンとホムちゃんの膝の上へ飛び乗った。

 すると、ホムちゃんの両腕が金モコ()(わき)の下を通ってギュっと抱きしめてきた。そしてそのほんの数秒後に、僕の頭の上にポスンとなにかが乗った気がした。……両手で僕を抱きしめていることを考えると、おそらくホムちゃんが僕の頭にあごを乗せてきたんだろう。

 

 いやまあ、このくらい慣れたものだから別にいいんだけど、それよりも……

 

 

「……もしかして、ジーノくんたちを冒険に行くように仕向けたのって、こうするためだったりする?」

 

「はい。ホムが久しぶりのおにいちゃんと遊びたかったので、お出かけしてもらいました」

 

 特に悪びれた様子も無くそう言うホムちゃん。

 ……まあ、武器を強化すれば強くなるのは事実だし、ホムちゃんは別にウソを言ったりしたわけじゃないんだけど……ちょっと驚きだなぁ。

 

 驚きから来た沈黙を、ホムちゃんはどう思ったのか少しトーンの落ちた声で尋ねてきた。

 

「おにいちゃんも彼らと一緒に行きたかったのですか? それとも、おにいちゃんには別に何か用事が……」

 

「そういうわけじゃないんだけど、なんて言ったらいいのかな……? とりあえず、嫌とかそういうことは全然ないから、気にしないで」

 

 そう言って、僕は僕を抱きしめているホムちゃんの手を撫でてあげる。

 すると、頭の上のホムちゃんのあたまが動いている感じがした。この感じは、あごでグリグリしてる……わけじゃなくて、おそらくは(ほお)()りをしているんだろう。

 

 

 ……まぁ、お皿洗いはちょっと後回しにしないと、かな?

 



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5年目:クーデリア「怪しい誘い」

 感想欄で出た話題なのですが、「結婚後のマイス君の姓について」の話がありました。

 結婚後は、結婚相手の姓を名乗ることになることにしようと思っています。
 つまり、今作のマイス君はロロナと結婚しますので「マイス・フリクセル」になるということです。


 ついでまでに、仮にお嫁さん候補だった他のメンバーの姓を名乗ったとすると……

「マイス・フォン・フォイエルバッハ」(くーちゃん)
「マイス・エインセ」(リオネラ)
「マイス・エアハルト」(フィリーorエスティ)
「マイス・ヘルモルト」(トトリ)
「マイス・ウリエ・フォン・シュバルツラング」(ミミちゃん)

 という具合になっていましたね。ホムちゃんだけ、マイス君と同じく姓がありませんが……。

 ……それにしても、姓があるだけで、かなり印象が変わるものですね……。それに、姓によっても印象が全然違うというのも中々面白いものだと思います。



 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 最近の『冒険者ギルド』はといえば、通常業務に加え冒険者制度の整備のための業務もあり、特別ヒマだったりするわけじゃ無い。とはいえ、冒険者制度が始まってすぐのころに比べたら、時間的にも気持ち的にもかなり余裕はあるんだけど……。

 あとは、『青の農村』出身の数人を中心に『冒険者ギルド』で働く人員が増えたことも余裕ができたことの一因でしょうね。新人の中にはまだ失敗したり、あたしの半分も仕事をこなせない子もいるけど、それでもやる気はあるし、それに比例してドンドン成長していっているから今後はもっと余裕が生まれるはず……。

 

 

 まぁ、何が言いたいのかというと……休みもそこそこ取れるようになり、こんな()()()()()()()に『サンライズ食堂(ここ)』に来るなんてことも出来るようになった、ということだ。

 

 とは言っても、あたしが「来たい!」と思って来たわけじゃなく、休暇中に会った()()()()に連れられて来たってだけなんだけど……。

 

「さあさあっ! くーちゃんも飲んで飲んでー!」

 

「飲んでって……こんな時間からそんな飲む気にはなれないわよ」

 

 グラスではなくわざわざボトル一本で注文した『ぶどう酒』を、まだほとんど減っていない私のグラスに注ごうとしているのはロロナ。他でもない、あたしを『サンライズ食堂(ここ)』に連れてきた張本人である。

 

「むー……飲んでくれないの?」

 

「うぅっ……!? の、飲まないなんて言ってないわよ! でも、もうちょっとゆっくり飲んでいくから……ね?」

 

 ……肩を落として上目遣いで言うロロナの破壊力に負けて言っちゃったけど、正直なところ飲む気はほとんど無い。時間帯とか気分の問題もあるのだけど、それ以上に()()()()()のよね……。

 

 

 まず、さっきから言っているように、飲みに誘うにしては時間がおかしい。今はちょうどおやつ時、お茶に誘うならまだしもお酒は無いだろう。お酒が好きなヤツだったらわかるけど、ロロナは特別お酒好きでもないから違和感がある。

 

 続いて、あたしたちが座っている位置もおかしい。スイーツ系のメニューが充実しているとは言い難い『サンライズ食堂』はおやつ時は客が少ない時間帯だ。今もあたしたち以外に客はいなくてスッカラカン……だというのに、数あるテーブルの中でも、店の奥の一番端のテーブルにわざわざ座っている。

 普段のロロナなら、景色が見えて明るい通りに面した窓際の席か、客がいなくてヒマしてるイクセルと話せるカウンター席を選ぶと思うんだけど……。

 

 あとは、ロロナがやけにあたしにお酒を(すす)めてくるのもおかしい。これまで一度もこんなことは無かったんだけど……あたしを酔わせて、どうにかするつもりなのかしら?

 ……アストリッド(あの女)がいるのなら、アイツが何か吹き込んだんだろうってすぐにわかるんだけど……「帰ってきた」なんて話は全然聞かないから、その線は無さそうなのよね。

 

 

「……って、あんたのが空っぽになってるじゃない。ほら、あたしが注いであげるから、ボトルを貸しなさいよ」

 

「えっ、注いでくれるの? 本当?」

 

「なんで嘘を言わなきゃならないのよ。せっかく丸々一本注文したんだから、美味しく飲んじゃわないともったいないでしょ」

 

「えへへっ、それじゃあくーちゃんに注いでもらおっかなー」

 

 そう言って顔をほころばせるロロナから『ぶどう酒』のボトルを受け取って、ロロナのグラスに注いであげる。

 

 

「おいおい……お前が酒を勧められちまってどうするんだよ……」

 

 カウンター奥の厨房のほうから、そんな呟きがわずかにだけど聞こえてきたんだけど……ってことは、やっぱり何か裏があったようね。それも、イクセル(あいつ)も絡んでいるみたい。

 

 ……まあ、とりあえずはもう少し様子見でいいかしら?

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「くーちゃ~ん、のんれる~?」

 

「はいはい、ちゃんと飲んでるわよ」

 

 あれから二十分ほど経ったけど、つまむものを少し頼んだりしつつもあたしたちは『ぶどう酒』を飲んでいた。

 状況は見ての通り。ゆっくり飲んでいたあたしに比べ、勧められるままにハイペースで飲んでいたロロナの方が酔払っている。

 

「……にしても、キレイに出来上がっちゃってるわね」

 

「え~? なぁに?」

 

「別に何でもないわ。って、ちょっと、口周りが汚れちゃってるわよ」

 

「んー」

 

 少し身を乗り出しつつ、腕を伸ばしてロロナの口元をハンカチで拭ってあげる。拭っている間は口を閉じておとなしくしていてくれてたけど、ハンカチを離したとたん、ニヘラッと笑った。……なんていうか、普段以上に酔払っていて、幼児後退気味になっている気がしなくも無い。

 

「ねーねー、くーちゃん」

 

「はいはい、何かしら?」

 

「くーちゃん、もう酔払ったー?」

 

 今それをロロナ(あんた)が聞くの?

 そう思いつつも、これは最初とかにあたしにやけにお酒を勧めてきてたことに関わっている気がする。そう考えると、なんとなくそれっぽい返答をしてロロナが何を思ってこんなことをしているのか聞き出してみるほうがいいのかもしれないわね……。

 

「ええ、まあそうね……いい感じに酔っぱらってるんじゃないかしら?」

 

「そっかー! よかったー」

 

 あたしなんかよりもよっぽど酔払って顔を赤くしているロロナが、「うんうん!」と嬉しそうに頷いている。

 というか、「よかった」って……ホントにどういうことなのかしらね?

 

 

「じゃー、(おひ)えてっ!」

 

 

「……は?」

 

()ーかーらー、(おひ)えてよ~くー()ゃーん」

 

 えっと……何を言ってるのかしら、ロロナ(この子)は?

 

 いや、たぶん、きっとロロナの中ではちゃんと何か順序があった上で聞いているんだとは思う。

 けど、残念ながらコッチからしてみれば何が何だかサッパリだ。やっぱり、酔払っちゃってるから色々とおかしくなってしまっているんでしょうね……。

 

「……で、何を教えてほしいの?」

 

「う~! くー()ゃんのイジワルー!」

 

「いや、話しを聞きなさいよ!?」

 

 自己完結が早いというか、あたしに話しかけてきてるはずなのに、あたしを見ていないというか……勝手に機嫌悪くなっちゃうし……。

 ……というか、ロロナが思っている以上に酔払っちゃってる? あたしが色々警戒し過ぎて、飲まされないようにと逆にロロナにお酒を勧めていっちゃったけど……飲ませ過ぎたかしら?

 

「いいもん、いいもんっ! くー()ゃんが(おひ)えてく(りぇ)(にゃ)いなら、わ()しにも考()があるんだか(りゃ)!」

 

「だから話を……何する気?」

 

「トトリ()ゃんの(ちょ)ころに遊びにいっちゃうん()(りゃ)ー!」

 

「いやそれ、あたしは何も困らないし、むしろ困るのはトトリ(あの子)なんじゃ……って、もういない」

 

 もうすでに『サンライズ食堂』から飛び出して行ってしまっていたロロナ。かなり酔払ってたけど、走って出ていけてたし、いちおうは大丈夫……なのかしら? そうなると、心配すべきはあの酔っ払い状態のロロナの相手をしないといけないトトリのほうかもしれない。

 ……あら? そういえば、トトリは『アランヤ村』のほうにいるはず……ってことは、ロロナは『錬金術』の道具で『アランヤ村』まで行くつもり? だとすれば、あの酔っ払い状態で道具を上手く使えるかが心配になってくる。間違って変なところに移動しちゃったりしないかしら?

 

 そんなことを考えても、もう行ってしまったのだからあたしにはどうしようもないのだけど……。

 

 

 

「……で、結局なんだったのよ、今のは?」

 

 あたしがそう言いながらカウンター向こうにいるイクセルをジロッと睨みつけると、イクセルは「俺っ!?」と驚いた様子で声をあげてた。

 

「何驚いてんのよ。あんたも絡んでるんでしょ?」

 

「まぁ、半分……いやっ、三分の一くらいは俺のせいと言えばそうなんだけどな?」

 

 バツが悪そうにしながらも笑いながら髪をかくイクセルに、ちょっとイラッとしながらもあたしは次の言葉を待った。すると、「どこからどう話したらいいのやら……」と悩んでいたイクセルが、何かを決めたのか大きく一度頷いてから口を開いてきた。

 

 

「ちょっと前の話なんだが、ロロナがトトリの友達のミミを連れてきてだな……」

 

 

――――――――――――

 

 

「……つまり、きっかけはミミ(あの高飛車娘)で、そこにあんたがマイスとあたしの話を出して、ロロナはそれを探ろうとした……ってわけ?」

 

「ん、まぁ大体の流れはそんな感じだ」

 

 頷くイクセルを見て、あたしは大きなため息をついた。

 

 つまりは、ロロナは「マイスが元いた場所(シアレンス)に帰れない理由」や「マイスの両親のこと」を、知っていそうなあたしから聞こうとしていたってことなのね。まあ、確かにマイスはそれらのことや、それに関係する()()()他人(ひと)に話したりはしていないから、気になるのはわからなくもない。

 

「なるほどね。でも、なんでそれがこうなるのかしら?」

 

「そのあたりは、ロロナ(あいつ)ロロナ(あいつ)なりに考えたんだとは思うぜ? その上でマイス本人じゃなくお前に聞くことにして、マイスの親の話をしてた時みたいに酔払わせてみたらいいんじゃないかって」

 

「後半のほうって、どう考えてもあんたが情報源よね? 確かにあの時のあたしは酔払ってたけど……」

 

 そこまで言って、あたしはもう一度ため息をついた。正直なところ、「何事かと思えばそんなことで……」という肩透かし感がある。

 

 

「たくっ。そんなこと、酔払(よっぱら)わなくたってちゃんと答えるってのに……」

 

 あたしがそう言うと、その内容が予想外だったのか、イクセルが驚いたように目を見開いていた。

 

「やっぱ、何か知ってんだな? ……けど、あのマイスが秘密にしてることだから、てっきり教えねぇものだとばかり思ったんだが」

 

「どこの馬の骨とも知らない奴ならそうするわ。けど、ミミはともかく、ロロナやあんた相手ならあたしは言ってもいいと思ってるのよ」

 

「マジか!?」

 

 これも予想外だったみたいで、イクセルはカウンターから飛び出してあたしのそばまで来て、小声で問いかけてきた。

 

「……で、結局何なんだよ、マイスが隠してることって」

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

「…………はっ?」

 

「あたしからは言えないの。本人に聞いてみればいいと思うわ」

 

「いやいやいやっ!? お前教えるっていっただろ?」

 

「「答える」とか「言ってもいいと思ってる」としか言ってないわ。だから、教えない」

 

 そう言うと、イクセルはあたしが言ったことを思い出そうとしているかのように、腕を組んで首をひねって頭を悩ませ始めた。……が、すぐに「でもなぁ……」と納得していない様子であたしを見てきた。

 まぁ、わからなくも無い。立場が逆だったとすれば、アタシも納得できていないだろうもの。

 

 仕方がないから、教えない理由を丁寧に答えてあげることにした。

 

「マイスが隠す理由も、中々話せないその気持ちもわからなくはないの。だから、アタシの口からは絶対に言えない。……けど、赤の他人じゃなくてロロナやあんたくらいの間柄なら別に隠さなくてもいいんじゃないかって、あたしは思ってるわ。なんていうか、マイス(あいつ)は臆病になり過ぎてる気がするのよね」

 

「はぁ、なるほど……やっぱ、よっぽどのことなのか?」

 

「突拍子の無いというか、常識外れというか……帰れない理由の方も、思い出せてないはずの両親のことを知ってる方も、ね。聞いて驚かない奴はいないと思うわ」

 

「そっか……あー。そうなると、気にはなるんだがやっぱ聞き辛いなぁ」

 

 

 

 自分のグラスに入っていた『ぶどう酒』を飲み干して、あたしは立ち上がった。そして、自分はどうするべきか悩んでいるのだろうイクセルへ向かって、あたしは言う。

 

「まっ、どうしても知りたくなったらあたしに言いなさい。仲介くらいはしてあげるから。……あっ、でも今日の話は他の奴にはしたらダメよ。あくまであんたやロロナだったらいいってだけなんだから」

 

「あー、了解(りょーかい)

 

 ちょっと間の伸びた頼りない返事ではあったけど、イクセル(こいつ)もそんな口が軽いってわけでもないからここまで注意しておけば大丈夫だとは思う。

 

 

 

「……っと。そうね……大丈夫だとは思うけどいい機会だし、いちおうフィリーとリオネラには他人に勝手に話さないように言っといたほうがいいかしら」

 

 そう思いたち、あたしは『サンライズ食堂』を出て、二人がいそうな場所を周ってみることにした。

 ちょっとお酒臭いかもしれないけど……まぁ、大丈夫でしょ。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

フィリーとリオネラ(あいつら)も知ってるのか……。いやまぁ、マイスの家に泊まったりしてるって聞いてたし、仲も良いらしいから、そこまで驚くことじゃねぇのかもな」

 

 そう一人で納得するイクセル…………が。

 

 

 

 

 

 

「あっ……あいつら、金払ってなくね?」

 



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5年目:マイス「ジーノくん(の武器)強化計画!」

 原作ではほんの数日で終わるジーノくんの必殺技習得強化イベントが、今作では長引く理由。それは……

・ステルクさんよりも先にマイス君がジーノ君を連れ去ったから。
・ステルクさんの提案した作戦に、マイス君が難色を示したから。
・なんだかんだいいつつも、マイス君の特訓で強くなれてたから。

 必殺技だけで無く、基礎能力も底上げすることで本当に強くなれているジーノ君。原作よりも強くなるかも……しれないけど、性格はやっぱりそのままで、なおかつ本領発揮した錬金術士に勝てるかどうかは話が別だという……。


 

 武器を強化するためのに、その強化のための素材を探しに冒険に出たジーノくん。

 ジーノくん一人なら色々と心配だけど、ステルクさんもついて行っているのでこの冒険(これ)も修行の一環となっていることは間違い無いだろう。こっちも畑の方はもともとそうしていたように、僕一人でも問題は無いから大丈夫だ。

 

 まぁ、そもそもはホムちゃんがジーノくんたちを冒険に行かせる(追い出す)ために言ったことが始まりなんだけど……でも、いちおうはジーノくんが強くなることに繋がるから「結果オーライ」というものかもしれない。

 

 

 

 ……で、ジーノくんたちが冒険に行った後の僕はと言えば、恒例の釣り大会……今回は『大物!!釣り大会』なんだけど、その準備なんかはあったものの比較的ノンビリと過ごしていた。

 ノンビリとしていたのには、ジーノくんたちが帰ってきた時にいてあげられなかったら悪いからっていうのもあるんだけど、ホムちゃんが「今回はいつもよりゆっくり滞在できます」と言ったからっていうもの理由だったりする。せっかく僕の家(ウチ)に遊びに来てくれているんだから、僕もホムちゃんと久々に色々したかったからね。

 

 

 というわけで、ホムちゃんと……家でノンビリしたり、なーやその子供たちと遊んだり、『青の農村(ウチ)』のモンスターと戯れたり、一緒に料理をしたり……「最近、腕が鈍っているのでは?」と『錬金術』の指導をホムちゃんから受けたりもした。

 

 でも、まさか『トラベルゲート』の調合が目標に設定されるとは思わなかったよ……。

 『ネクタル』という気付け薬ぐらいがギリギリ調合出来るラインだった僕には、『トラベルゲート』は凄く難しくて調合にとりかかる前に別のアイテムの調合で調合の腕を上げる必要もあって……本当に大変だった。けど、ホムちゃんがそばで指導してくれてたから、まだマシだったのかもしれない。それに、出来上がった『トラベルゲート』は凄く便利なものだから、こうやって教えて貰いながら調合出来たのはむしろ良かったんじゃないかな?

 

 ……そう思ってたんだけど、ホムちゃん(いわ)く『トラベルゲート』は使う時にちょっと失敗すると変なところへ移動してしまったり、地面に埋まってしまったり、二人に増えてしまったりと、色々危ない部分もあるらしい。

 ロロナもトトリちゃんも、よくそんな危ないものをポンポン使えるね……。

 僕は『リターン』の魔法があるし『トラベルゲート』は怖いから極力使わないようにすることに決めた。

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・作業場***

 

 

 そして、そろそろホムちゃんも帰らないといけなくなってくる時期になってしまっていた。そんな中、ホムちゃんの要望で、今日も僕の家の『作業場』で調合をすることになったんだけど……

 

「今日は、『グナーデリング』に『精霊の首飾り』? でもこれ両方とも『トラベルゲート』よりも簡単な物だけど……今日は『錬金術』の練習じゃないの?」

 

「これも、『錬金術』の練習です。本当ならば先日の腕磨きの際に調合しておけばよかったのですが……ホムとしたことが、失念していました」

 

 えーっと……? つまり、僕の錬金術の練習が目的じゃなくて、『グナーデリング』と『精霊の首飾り』を作ること自体が目的って事なのかな?

 

「でも、なんでその二つが必要なの?」

 

「お土産です」

 

「お土産って……ああ。いつものアストリッドさんへの? でも、それくらいのだとアストリッドさんは満足しないんじゃ……」

 

「その心配の必要はありません。ホム自身へのお土産ですから」

 

 

 「ホム」のってことは、ホムちゃん(自分)へお土産ってことかな? ……うん、「自身」って言ってるし、以前に言ってた新しくできた弟の「ホム」へのお土産ってわけじゃないと思う。

 ということは、やっぱり自分で身につけるアクセサリーが欲しいってなんだろう。ホムちゃんも女の子だし、オシャレとかに興味を持つお年頃なのかもしれない。

 

 ……あれ? でも、ホムちゃんって何歳だっけ?

 最初に会ったのが『アーランド』に来てから初めての年越しの後頃で……ってことは、今は十二,三歳? いやでも、初めて会った時からそこそこ大きかったから、もう六……いや、四歳くらい加算したくらいの方が……? けど、アストリッドさんがホムちゃんを作ったのってあの頃で間違いないはずだから、やっぱり……。

 

 え、ええっと……考え始めたらよくわからなくなってきたから、ホムちゃんの歳のことはとりあえず今はおいておこうっ! うん、そうしよう!

 

 とにかく、ホムちゃんは指輪や首飾りといったアクセサリーが欲しいんだろう。でも、それならアクセサリーを取り扱っているお店に行ったら色々とあると思うんだけど……?

 あっ、でも、ホムちゃんはおつかいで採取地へ行ったりするわけだし、見た目以上に性能を気にしているのかもしれない。確かにそれなら『錬金術』なんかで特性を吟味(ぎんみ)しながら作った方が良いと思う。

 ……けど、そういうことなら僕の『錬金術』の腕を磨くにしても難易度は低いから、別に『錬金術』にこだわらなくてもいいかもしれない。

 

 

「ホムちゃん。アクセサリーが欲しいなら、レシピもたくさん知ってるから僕が『装飾台』で作ってあげるよ?」

 

 そう。僕は『錬金術』でなくてもアクセサリーを作る事が出来る。むしろ『装飾台』での作成のほうが得意で、品質的にも性能的にも自信を持って出せる物を作れる。それに、アクセサリーの種類の多さだって『装飾台』でのほうが多い。指輪なんて二十種類くらいあるから色やデザインも選べる。

 それに、アクセサリーも武器のように後から強化することもできるから、性能の底上げだってできる。……これは、『装飾台』で作った物じゃなくて『錬金術』で作った物でもできなくは無いんだけどね。

 

 だから、良い提案だと思ったんだけど……僕の言葉を聞いたホムちゃんは、何故か今にも泣き出しちゃうんじゃないかってくらい悲しそうな目になっていた。

 

「『装飾台』では、おにいちゃん一人で出来てしまうのでホムが手伝えなくなってしまいます……」

 

「そっか……そうだね! よしっ、『錬金術』で作ろう!」

 

 そんな顔をされてしまったら、もし仮に断る理由があったとしても断れない。今のように理由が無い時はなおさらだ。

 

 そうと決まれば、さっさそく調合にとりかかろう!

 

 

――――――――――――

 

 

 ……そんなこんなで『グナーデリング』と『精霊の首飾り』の調合にとりかかったわけだけど……『トラベルゲート』の調合に成功するくらいには『錬金術』を扱えるようになった僕にはさほど難しい調合ではなく、意外にもサクッと完成させることができた。

 

「…………♪」

 

 僕の調合した『グナーデリング』と『精霊の首飾り』を受け取ったホムちゃんは、いつもよりも口角が上がっていて、こころなしか頬が紅潮しているように思える。

 

 ホムちゃんも『錬金術』を使えるわけだし、そんなに珍しいものでもないと思うんだけど……そんなに嬉しかったのかな? 僕は知らなかったけど、実はアストリッドさんから服装なんかは決められてて制限されているとか?

 いや、いくらアストリッドさんでもそんなことは……しそうだなぁ。だって、確かロロナの『錬金術士』としてのあの服装も、アストリッドさんが監修したものだって聞いたし……。そうなると、弟子どころか自分が生み出した存在のホムちゃんの服装には、アストリッドさんはより一層口出ししてそうな気がする。

 

 ……今度時間がある時に、ホムちゃん用にアクセサリーを色々作っておいてあげようかな?

 

 

 

 「もしかして、もっといろいろ「アレもダメ、コレもダメ」なんて言われて制限されてるんじゃ……」と、アストリッドさんの(もと)で働くホムちゃんのことが心配になってきてしまった僕。

 ……でも、アストリッドさんはそんな悪い人じゃないから、そんなホムちゃんを縛りつけて働かせるようなことはしてない…………とは言い切れないのが余計不安になってしまう要因だろう。

 

 

 ホムちゃんにその辺りはどうなっているのか、聞いてみようとしたちょうどその時……。

 

 

「たっだいまー! マイス、いるかー? オレの武器、強くしてくれー!!」

 

 元気の良い声が『作業場』の外から聞こえてきた。その声色からも、内容からも、声の主が誰なのかすぐにわかった。なので、声の主……強化素材探しの冒険を終えて帰ってきたジーノくんと、一緒にいるであろうステルクさんを出迎えに、声のしたほう……家の玄関のほうへと僕は駆けていく……。

 

 

――――――――――――

 

 

 帰ってきたジーノくんとステルクさん。

 僕が出迎えに行ったんだけど……。会って早々、挨拶や冒険がどうだったかなどといった世間話もそこそこに、はやる気持ちを抑えきれない様子のジーノくんに引っ張られるような形で、僕は『作業場』へと戻っていくこととなった。

 

 そして『作業場』に入ってすぐにジーノくんは僕に、集めた素材を見せてきた。

 

 『グラビ石』、『樹氷石』、『鋼鉄鉱』、『ウィスプストーン』、『黒の魔石』、『竜のつの』、『竜のウロコ』がそれぞれ数個……見たところ、どれも品質は申し分の無いくらい立派なものだった。

 それらを僕に渡し、自慢げにするジーノくん。

 

「どうだ? これでオレの武器、もっと凄くできるだろ?」

 

「うん、バッチリだよ! 一部、あんまり武器強化にはむいてなさそうなのもあるけど、そのあたりを選別して強化に使えば、かなり強くなると思うよ! ただ……」

 

 ゴースト系モンスターを倒すと落すことのある「結晶化した魂」などといった噂がされる『ウィスプストーン』や、その名の通り黒いオーラが見えてきそうな力を放つ『黒の魔石』といった素材は、これまでの経験上あまり剣などの強化にはむいていない気がする。

 

 そして、それらのむいていない素材以上に問題なものがあるんだけど……

 

 

「ジーノくん……()()()()は何かな?」

 

 

 そう言って僕が指し示すのは、「片手に収まるサイズの黒くて丸い塊」と「縦長な薄茶色の結晶」。どちらも『アーランド』はもちろん、前にいた『シアレンス』でも見たことの無い物だった。

 しかも、普通、素材であればなんとなくどんな効果があるのかわかるのに、この二つはよくわからないという不思議さもオマケでついて来ている有様だ。

 

 ……で、持ってきた張本人であるジーノくんはと言えば……

 

「さあ? オレもよくわかんねぇ。えっと、確か……黒いのは見かけないちっこいモンスターに襲われた時に、殴り返してやったらソレを落して逃げてって……茶色いのは森ん中でモンスターの群れに囲まれた時に、師匠と一緒にぶっ倒してたら気づいたら落ちてたんだ。……んで、見た時にビビッときたから持って帰ったんだ!」

 

「へ、へぇ……うん。話を聞いたところで、全くわからないや。強化に使っても大丈夫なのかな、これ?」

 

 まあ、確かにジーノくんの言う通り、何かしらチカラがありそうな感じはするんだけど……でも、そのチカラがどういうものなのか見当が全くつかない。

 そんな確証の無い物を大事な武器の強化に使うのは、さすがに気が引ける。仮に失敗したり、変な効果でも付いた時には、ジーノくんの剣が使い物にならなくなってしまうわけだし……それだけは避けないといけない。

 

 となると……この、よくわからない二つの素材は、今回の強化には使わない方が良いだろう。

 

 

「そう! 見た瞬間に「これだ!」って思ったんだ! だから、その二つは絶対強化に使ってくれよな、マイス!!」

 

 いつもの三割増しくらい軽快な笑みでそう僕に言うジーノくん……。

 

「……うんっ、頑張ってみるよ」

 

 そんな真っ直ぐに言われたら期待に応えないわけにはいかないだろう。

 

 

「ホムが言うのもおかしいかもしれませんが……おにいちゃんは、少しは断る事も覚えた方が良いと思います」

 

 そう言って僕をジトーッと見てくるホムちゃん。

 あと、ステルクさんは何故かため息をついていた。……こっちも僕のせいなのかな……?

 

 

 

 

 

 ホムちゃんとステルクさんから何とも言えない視線をあびつつも、僕はこれからのことを考えて準備とかを始めることにした。

 

「えっと……じゃあまず、この強化用の素材は僕のほうで選別して……それと、ジーノくんが今使ってる武器も僕のほうで預かるよ。強化する武器が僕の手元に無いとどうしようもないからね」

 

「あっ、そっか。……武器の強化ってどんぐらいかかるんだ?」

 

 腰につけていた剣を鞘に納めたまま僕へと渡しながら、ジーノくんはそんなことを聞いてきた。

 

「強化の作業自体は一日もかからないけど……僕は強化以外にもしないといけないこともあるから、もうちょっと時間はかかると思う。他にも素材の選別もあるし、今回は初めて見る素材もあるから慎重にやりたいんだよね……そうなると、二,三日はかかるかな?」

 

「その間は、その剣も使えないというわけか……。だが、修行の手を止めるわけにもいかんだろう。何か代わりになる剣をコイツに貸してやってくれないか?」

 

 今日かにかかる時間についての話を聞いて、僕にそう言ってきたのはステルクさん。

 僕はステルクさんの言葉に「わかりました!」と頷き、強化用の素材とジーノくんの剣を『炉』から少し離れたところにある台にひとまず置いた。そして、武器をしまっているコンテナからジーノくんの剣に近い剣を探しだして、その剣をジーノくんに渡す。

 

「んー……じゃあ、オレは強化が終わるまで、またマイスん()で畑仕事しながらこの剣で修行すっかなー」

 

 

カンッカンッカンッ

 

 

 不意にそんな何かを叩くような音が聞こえてきた。

 音のした方へと顔を向けてみると、そこにあったのは窓……そして、窓の向こうではバッサバサはばたいている鳥が見る。……ということは、おそらくついさっきの音は、あの鳥が窓ガラスでもつついた音だったんだろう。

 

 ……あれ? あの鳥ってハトだよね? ってことは……

 

「クルッポークルポッポー」

 

 その、窓の外のハトが何かを言った……と思う。金モコ状態なら何を言っているのかわかったと思うけど、残念なことに人の姿じゃあおおよそのニュアンスというか、感情くらいしかわからない。

 

 えっと……なんだか少しだけ焦っているような……?

 

 

 ……と、そんなハトの言葉に反応したのはステルクさん。

 

「そうか、ならば……おい、また外へ冒険に出るぞ。必殺技も最終ステップまできている……であれば、必殺技は敵との実戦の中で完成させた方がいいだろう」

 

 何かブツブツ言った後、ステルクさんがいきなりそう言ってジーノくんと冒険に出ようとした。それに反発し不満を口にするのは、当然ジーノくんだ。

 

「え~っ! ほんの何日かなんだし、『青の農村(ここ)』で修行してりゃいいじゃんかー! それに、マイスのメシ食いたいし……」

 

「グダグダ言うな。引きずって運ばれたくないなら、さっさとしろ」

 

「ちぇー、今日の師匠はいつもに増して意地悪だぜ……」

 

 口をとがらせるジーノくんの言葉に、一瞬ピクッとしたステルクさん。

 そのステルクさん、ものすごく小声で「アイツと比べれば、この程度意地が悪くもないだろうに……」って言ってたけど……アイツって、誰のことだろう?

 

 

―――――――――――――――

 

 

 帰ってきたと思ったら、またどこかへ行ってしまったジーノくんとステルクさん。

 

 たぶん、あの窓の外にいた(ステルクさんの)ハトが何か関係あるんだと思うんだけど……一体何だったんだろう?

 いつものように近くにジオさんがいて勝負をしかけにでも行くのかと思ったけど、その場にジーノくんを連れて行くとは考え辛い気がする。ステルクさん、ジオさんに挑む度に気絶するほどボコボコに負けることが多いし、そんな姿をジーノくんに見せようとはステルクさんは思わないと思う。

 

 じゃあ、他に考えられる可能性は……

 

「……ホムちゃん、今回も二人を追い出すために何かした?」

 

「いえ、ホムは何も。……まぁ、そろそろ帰らないといけないのに、おにいちゃんとの時間を邪魔されて嫌な気分だったのは事実ですが」

 

「うーん……なんて言うか素直だね、ホムちゃんは」

 

「おにいちゃんほどではありません」

 

 そう、いつものすまし顔で言うホムちゃん。……なんとなく、その頭を()でておいた。

 

 

 

 

 

「で、結局なんだったんだろうね?」

 

「それはホムにもわかりません。……そんなことより交代です。今度はホムがおにいちゃんを撫でます」

 

 そう言ったホムちゃんは、『作業場』内にある『薬学台』……その机とセットになっているイスを引っ張り出し、そのイスに座ってスカートの上から自分の(ひざ)の上をポンポンと叩いた。

 ……って、また今日もか。僕が先に撫でたせいかもしれないけど……。

 

「あー……でも、ジーノくんの剣を強化しないといけないし……」

 

「それはホムが帰ってからしてくだい」

 

 そう言って手招きをしてくるホムちゃん。

 

 ホムちゃん、気持ちに素直になったって感じがしてたけど、同時にわがままになった気もするなぁ……。いや、でもこれまでが他人(ひと)に言われたことを頑張ってばかりいたんだし、これくらいのわがままなら聞いてあげてもいいのかもしれない。

 

 ……というわけで、これ以上(しぶ)ることはせず『変身ベルト』で金のモコモコの姿へと変身し、イスに座っているホムちゃんの膝の上へと飛び乗った。

 すると、今日はホムちゃんは左腕で僕を抱かかえ、右手で頭を中心に撫でまわし始めた。

 

 

 それにしても、ホムちゃんといい、フィリーさんといい、リオネラさんといい……なんで金モコ(この)状態になると膝の上に乗せたがるんだろう? それに()(かか)えるのも……こっちは絶対ヌイグルミ扱い何だと思うけど。

 

 「他に何か理由があるのかな?」と疑問に思い、撫でられている間ヒマだし、せっかくだからホムちゃんに聞いてみようと思って口を開いた……その時…………

 

 

 

 

「こんにちはー。マイスさんはこっちにいますかー……って、あれ?」

 

 家に繋がっている扉のほうから『作業場』に入ってきたのは、トトリちゃん……って、前にも似たようなことがあったような……?

 

 

 そう思ったんだけど「えっと、確か先生が言ってた……ホムちゃんだよね?」と思い出そうとしているトトリちゃんの背後から顔を出した子……ピアニャちゃんの視線が、ホムちゃんの膝の上の僕に止まっていた。

 

 ああ……ピアニャちゃんの目、すっごいキラキラしてる。

 

 それがわかった瞬間、僕はこの後どうなるかがすぐに想像できた。

 

 

 

 この後、ホムちゃんとピアニャちゃんで、金モコ()の奪い合いが始まった……。

 





 くるっぽー


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5年目:マイス「強化計……あれ?」

 書きたいこと、書かないといけないこと。
 説明をすべきところ、説明を省くべきところ。
 回収したいフラグ、立てておきたいフラグ。

 ……色々ありすぎて、今回無駄にグダグダと長くなってしまいました。実際のところ、もっと削れたかもしれません。が、後に回すと全体の話の進みが遅くなってしまうので、困ってしまうという……。
 結果、山無く谷無く詰め込まれてしまいました。


 ……書くべき事を書いて、早くマイロロ書きたいです。そして、番外編も書き溜めておきたいです。
 時間が……遊んで暮らせないものですかねぇ……。


 

***マイスの家・作業場***

 

 

「ええっと……これってつまり……?」

 

 そう頭を悩ませてしまうのは、今僕がいる『作業場』の状況。

 別に、何かを作っていたらおかしなものができたとか、強化をしていたら失敗してしまったとか、そういうことじゃない。だからといって、誰かに荒らされてしまっているわけでも…………けど、一番近いのはこれかもしれない。

 

 

 目をやるのは、『鍛冶』をするための設備『()』のそばの壁際。そこにはある素材が入った木箱が置いてあるんだけど……そのそばの壁に立てかけていたはずのジーノくんの武器『ウィンドゲイザー』が()()()()()()()

 

 ……それだけなら、「盗まれた!?」と驚き、慌てて探し回っていたと思う。けど、それだけじゃなかった。

 『ウィンドゲイザー』を立てかけていた場所に、代わりに、ジーノくんに貸しておいた剣が立てかけられているのだ。

 

 つまり……

 

「僕の知らないうちに、冒険に出てたジーノくんたちが帰って来て、交換していったってことかな?」

 

 強化するために僕が『ウィンドゲイザー』を預かった後、ジーノくんとステルクさんはまた特訓のために冒険に出て……で、僕はその翌日から『ウィンドゲイザー』の強化に取りかかり、そして強化が終わったのはそのまた翌日の昼前……つまりは昨日の昼前だった。

 強化を終えた後の僕はと言えば、その日の内は(ウチ)に遊びに来たフィリーさんやリオネラさんたちに協力してもらって()()実験したりして、家のすぐそばにずっといた。で、今日はと言えば、朝の畑仕事を終えた後は一回街に行って、『広場』や『冒険者ギルド』、『職人通り』をぐるーっと周って来たところで、それから帰ってきて……今現在に至る。

 

 ……となると可能性があるのは、僕が街に行っていた今日の午前中にジーノくんたちが帰って来ていたというものだろう。

 そして、僕が不在の中、強化し終えている『ウィンドゲイザー』に気がつき持ち帰った……そんな気がする。

 

「んー。ちょっと使()()()()()()()()()()()()()から、そのことを説明したかったんだけど……まっ、ステルクさんが一緒にいるからすぐにそのことに気付くよね?」

 

 『ウィンドゲイザー(あの武器)』、一歩間違えたら状況によっては大変危険なんだけど、ステルクさんがいるなら大丈夫だと思う。……いろんな意味で。

 トンデモ強化がされてしまった『ウィンドゲイザー』だけど、そんなふうになったのはどう考えても、ジーノくんが集めてきた強化用の素材のせいだと思うんだけど……なってしまったものは仕方がないだろう。

 

「でも、やっぱりちょっと心配だなぁ……」

 

 武器の扱いに関しては、特殊になったところで上手く順応して問題無く使えるようになってくれるとは思ってる。けど、ジーノくんはちょっとその……良くも悪くも調子がいいから、トンデモ強化された『ウィンドゲイザー』を持っただけで勘違いして「オレ最強!」とかなってるんじゃ……と、少し不安になってしまう。

 ……まぁ、そんなこと言ったら、武器を強化するという発想自体間違いだったって話になっちゃうんだけど……。でも、強くなれるのは本当だしなぁ。

 

 

 

 あっ! あと、心配なことが他にもう一つあった!

 それはジーノくんのことじゃなくて、()()()()()()()()()だ。

 

 ジーノくんたちが再び冒険へ出たちょうどその後、ピアニャちゃんを連れて僕の家に来たトトリちゃん。前の時とは違って二人だけだったのは、用を済ませたらすぐに『アランヤ村』へ帰る予定だったからなんだと思う。

 

 ……で、トトリちゃんが僕の家に来た理由なんだけど……結局、わからずじまいだった。というのも、トトリちゃんとピアニャちゃんが来た時、僕は金のモコモコの姿へと変身していて都合上「モコモコ」としかしゃべれなかったから、詳しく聞くことができなかったからだ。

 一緒にいたホムちゃんが何かしらのフォローをしてくれたり、僕が外に出て変身する時間を作ってくれたらよかったんだけど……。ホムちゃんはホムちゃんで、金のモコモコ(ぼく)に跳びつき抱きついてきたピアニャちゃんと僕の奪い合い(引っ張り合い)を始めてしまい、そのため僕は二人によって拘束されてしまいどうしようもなかったのだ。

 

 唯一わかったことといえば、僕を引っ張り合う二人を見たトトリちゃんが困ったように笑いながらもらした独り言……

「ジーノくんもいないし……。あの事をマイスさんに相談したかったけど……今はいないみたいだし、わたしのほうでも準備が必要だし、他の予定もあるから、また今度でいい……かな?」

 ……から読み取れる内容くらいだろう。

 とは言っても、「ジーノくんのこと」、「マイス(ぼく)に用があった」、「準備が要るくらいには大きなこと?」、「今すぐじゃないと困ることではない」くらいかな? ただ、三つ目はトトリちゃんの表情からして結構悩んでいる様子だったし、早いにこしたことはないのかもしれない。

 

 こっちから聞きに行くという手もあるにはあるにはあるけど、明後日(あさって)青の農村(ウチ)』であるお祭り『大物!!釣り大会』のことを考えると遠出はし辛い。

 ……いちおう、このあいだホムちゃんに教えてもらいながら作った『トラベルゲート』と使えば、一瞬で行き来ができるけど……でも、僕が聞いたのはトトリちゃんの独り言で、なのに「何か僕に用があったの?」なんて言いに行くのは不自然過ぎると思う。他に何か『アランヤ村』に行く用事でもあれば気にせず行けるんだけどなぁ。

 

 

 

「うーん。何かするにしても、とりあえずはいつも通りに過ごして……それで、お祭りが終わって一段落してからかな?」

 

 場合によっては、お祭りの後の次のお祭りについての話し合いで、村のみんなに「用ができたから次はあんまり手伝えない」などと言っておく必要があるかもしれない。

 まぁそれに、そのうちジーノくんたちがまた僕の家(ウチ)に来るかもしれないしね。

 

 

 というわけで、僕は『作業場』から無くなったジーノくんの武器や、その他諸々のことはひとまず置いておき、今日これからどうするかを考えることにした。

 

「『大物!!釣り大会』の準備や打ち合わせも終わってて、あとは前日の会場作りくらいだし……今日は()()の続きをしておこうかな?」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 それから四日後……。

 

 『大物!!釣り大会』をちゃんと片付けまで無事に終え二日経った『青の農村』は、お祭りの熱気を残しつつも普段通りの雰囲気へと段々と戻っていっていた。

 

 

 僕はと言えば、いちおうお祭りが終わった後に「もしかしたら、また遠出するかもしれない」とコオルたちに伝えて、一度『アランヤ村』に……()()()()()()()()

 

 その理由は、『大物!!釣り大会』に来てくれたリオネラさんとフィリーさん。その内のフィリーさんの予定が大きな要因だった。

 それはフィリーさんが近々丸一日取れる休暇。それに合わせて、比較的自由に時間を作れる僕とリオネラさんで前日から()()の最終テストのための準備をしておこう……ということになったんだ。

 

 

 その取れた休暇というのが今日のこと。『大物!!釣り大会』の翌日……つまり昨日はリオネラさんと僕とで準備をしていたというわけだ。

 本当は昨日、準備が終わり次第『トラベルゲート』で『アランヤ村』に行ってみようと思ってたんだけど、あれやこれやと色々用意していたら気付けば夜に……となってしまい、結局『アランヤ村』には行けずじまい……。

 

 だけど、そうやって前日にちゃんと準備をしていたからか、当日……今日の()()の最終テストはスムーズにいき、午前中までで終えることができたのだった。

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

「……ってことで、今回みたいな感じで問題無いと思うんだけど……どうかな?」

 

 僕がそう確認を取ると、僕が座っているイスからテーブルを挟んで反対側のソファーに座っている二人……フィリーさんとリオネラさんたちが小さく頷いてくれた。

 

「うん。内容とか流れは今度が初めてなんだし、今日くらいでいいと思うよぅマイス君」

 

「わ、私もそう思う。それに人数が多かった時のことを考えたら、このくらい基礎的で簡単な部分だけじゃないと教える人も大変になっちゃうから……」

 

 フィリーさんに続きリオネラさんが。そして、そのまた次に続いたのはアラーニャと

ホロホロだった。

 

「そうねぇ……仮に『青の農村』の人たちだけだったとしても、結構ギリギリな人数な気もするものね」

「だな。マイスはともかく、リオネラとフィリーにはいっぱいいっぱいじゃねーか?」

 

「人数の方も考えないとかぁ……。ある程度手分けすることも考えられなくはないけど……あっ、でも、それ以前にコッチの問題もあるね」

 

 人数の事を考えていると、ふとある事を思い出し、僕は「どうしたらいいかなぁ?」と頭を悩ませる。

 

 

 悩みながら僕が手に取ったのは、テーブルに積まれていた『本』……そのうちの一冊だ。それが僕が悩んでいる原因のものだ。

 実際のところは、手に取った一冊だけでなくてテーブルの上にある『本』全てが関係してるんだけど……。

 

 フィリーさんもリオネラさんも、僕の様子から、僕が言いたいことがわかったみたいだ。

 

「あっ、そっか。今みたいにみんなで一冊を見るわけにはいかないだろうし、回し読みってわけにも……」

 

「やっぱりしっかり読めないと、ちゃんと理解できなくて上手くいかないと思うよ?」

 

「そうだよね。でも、そうなると沢山書かないといけなくなるから、時間が凄くかかるなぁ……」

 

「「えっ」」

 

 僕の言葉に、フィリーさんとリオネラさんが揃って驚いたように声をあげた。

 いや、驚いたと言うにしては随分間の抜けた感じではあるんだけど……一体どうしたんだろう?

 

 その僕の疑問を解決してくれたのは、ちょっと呆れたような口調で「やれやれ」と話しだしたアラーニャとホロホロ。

 

「もしかして、全部手書きで本を作る気なの? 最初の一冊目とかだけならまだしも、何冊も作るのにそれは無茶だと思うわよ?」

「つーか、普通なら印刷するって考えが浮かぶもんだろ」

 

「印刷……ああっ! なるほど!」

 

 なるほど、それは盲点だった!

 

 確かに、世の中に出回っている本は印刷されたものが多い。手書きのものが全く無いわけじゃないけど、手書きの(そういった)ものは大抵世界に一冊しか無いようなものばかり。

 おそらく、そうやって印刷技術が広く使われているのは、アーランドが持つ機械と技術力の賜物なんだろう。

 

 

「でも、印刷のことって詳しくは知らないんだよね。どうやってやるのか……そもそも何処に行けば出来るんだろう?」

 

 そう。印刷というものは知ってるけど、それがどういったものかはほとんど知らない。なので、どうしたらいいのかがよくわからないのだ。

 

「ええっと……た、たぶん、街の工場のどこかで印刷もやってると思うんだけど……。工場のことって国の人が把握してるはずだから、大臣さんあたりに聞けばわかるんじゃないかな?」

 

 リオネラさんの言う通り、遺跡から発掘された貴重な機械を使用している工場というものは基本的に国が何かしら管理をしていたりすることが多い。だから、何かしら知っているとは思う。

 なんにせよ、現大臣であるトリスタンさんには印刷以外でも、()()のことで話しておかないといけないこともあったから、工場云々は抜きにしても近々会いに行くことにしよう。

 

「あとは……あの人に聞いてみるとか? ほら、あの……えっと、いのーの……」

 

「異能の天才、プロフェッサー・マクブライン?」

 

 僕がそう聞くとフィリーさんは「そうそう!」と頷く。

 

「あの人って機械のこと詳しいんだよね? だったら、印刷のための機械の事とかも知ってて、もしかしたら造れたりするんじゃないかなーって」

 

「なるほど。確かに工場で印刷してもらえたとしても、その間は他の人たちの邪魔になっちゃうわけだし……それならそんな立派なものじゃなくても、個人で使えるものがあったほうが何かと都合がいいかもね」

 

 となると、マークさんに事情を話して協力……というか依頼をすべきだろう。

 

 ただ……その場合、心配なのはマークさんにこの『本』たちの内容を知られることかもしれない。

 なぜなら、この『本』の内容は「『()()()()()()」……そう、この本は以前から書き進めていた『魔導書』なのだ。そして、マークさんは『魔法』といった非科学的なものを嫌っている……というよりも敵視している節がある。

 

 もしバレたら、協力してもらえないどころか、邪魔をされてしまうかもしれない。

 ……あっ、でも『魔法』については大々的に発表するつもりというか、いましているのがその準備なわけで、結局そう遠くないうちに知られてしまうわけで……それじゃあ、どっちにしろ何か言われたりするんだろう。

 

「そう考えると、マークさんからの協力は……ああ、でも『魔法』のことはちゃんと説明して、納得してもらわないと後々大変になるかなぁ?」

 

 最初からわかっていたつもりだったけど、やっぱりいろんな意味で前途多難な気がする。……だからといって、この計画を途中でやめてしまうつもりは全く無いんだけどね。

 

 

 

 

 

そうやって、フィリーさんとリオネラさんたちと一緒に「あーだ」「こーだ」と話し合っていると、不意に玄関のほうからノックの音が聞こえてきた。

 

「はーい!」

 

 そう僕はノックに返事をし、イスから立ち上がって玄関のほうへと行く。

 すると、僕が玄関へとたどり着くよりも先に、扉が開いた。

 

「失礼する、マイスはいるか」

 

「「きゃっ……!」」

 

「…………」

 

 入ってきたのは、こころなしか焦った様子のステルクさんだった。……僕から見て後ろの方から短い悲鳴が二人分聞こえてきたんだけど、それを聞いて、何とも言えない顔をして沈黙している。

 

「はい、いますよー……って、あれ? ステルクさん、ジーノくんはどうしたんですか?」

 

「……なに? どういうことだ? ここにいるんじゃないのか?」

 

 僕の言葉でステルクさんが僅かに首を傾げ、そのステルクさんの言葉を聞いて今度は僕が首を傾げる。

 

 ……よくわからないけど、こういう時は一回ちゃんと話して状況を整理するべきだろう。

 

 

「えっと、ジーノくんは一週間くらい前にステルクさんが冒険に連れて行きましたよね?」

 

「ああ。あの場でトトリ(あの少女)に合わせるわけにはいかなかったからな」

 

 なるほど。だからあの時、半ば無理矢理にでも冒険に連れて行こうとしてたのか。そうなると、もしかしてあの時に窓をつついてたハトは『青の農村』にトトリちゃんが来たことをステルクさんに伝えてたのかな?

 

「その翌日、ハトにあの少女がいないことを確認させ、それから『青の農村(こっち)』へ戻るようにしたんだが……」

 

「でも、僕とステルクさんは今日まで会ってないですよね?」

 

「いや、それは……帰る途中に別のハトから「そう遠くない場所に王がいた」という報告を受けてだな、そこでジーノ(あいつ)とは別れたんだ」

 

「えっ」

 

 えっと、つまり途中までは一緒だったけど、それ以降は知らないってこと? いくらなんでもそれは……。

 って、よくよく見てみれば、服の所々がボロボロになってる。汚れこそすでに払い落とされていたのか見えないものの、その様子からするとジオさんには結構コテンパンにやられてしまったのかも。

 

 

「別れたのは『青の農村(ここ)』からそう遠くは無い場所だったんだが……本当にここにはいないのか?」

 

「はい、あの日以降は会ってませんよ。……あっ、でも、五日くらい前に『作業場』に置いてあった強化した剣が、ジーノくんに貸してた剣と入れ替わってたんで、ここには来てたんだと思います」

 

「なに? ここに来ていたのであれば、会ったんじゃないのか?」

 

「それが、ちょうど僕が出かけてて留守だった時に来てたみたいで、会えてなくって……」

 

 僕がそう言うと、ステルクさんの眉間にはシワが寄り、目が細められた。……僕の気のせいじゃなかければ、眉毛もピクピクしている……

 

「……何故、キミが留守だったというのにジーノ(あいつ)は『作業場』に入れたんだ?」

 

「え? 何故って……むしろ何で入れないんですか?」

 

 ……気のせいか、ステルクさんのほうから「プツン」と何かが切れたような音が聞こえたような気がする。

 でも、別に切れるような紐とかは見当たらないけど……

 

「だから……! ……ハァ。キミそういう奴だったな。むしろ、家に鍵がかかっているほうが珍しいか」

 

 ステルクさんにそこまで言われて、何の話かやっとわかった。

 つまりステルクさんは、僕に「出かけているのに、何故鍵をかけていなかったか」と問い正したかったんだろう。ステルクさんなりに心配してくれているんだと思う……でも、「鍵がかかっているほうが珍しい」っていうのは、いくらなんでも言い過ぎなんじゃ……。

 

「僕だって、出かける時とか夜には鍵をかけるようにはなりましたよ?」

 

「なら何故ジーノ(あいつ)が来た時には鍵は開いていたんだ?」

 

「街に行っても一,二時間しかかかりませんから、鍵をかける必要は無いかなぁ、と」

 

「意識が低いというか、危機感が無いというか……泥棒が入ったり、何かあった時に困るのはキミなんだぞ?」

 

 そう言って大きくため息を吐くステルクさん。

 でもなぁ……

 

「でも、鍵をしてても入られる時は入られますし、あんまり意味が無い時もありますし」

 

「なに? 泥棒に入られたことがあるのか!?」

 

「ドロボウというか、アストリッドさんなんですけど……」

 

 そう。あれはアーランドがまだ王国だった時代……アストリッドさんが知らぬ間に僕の家に侵入し、薬などを持って行ってしまうことがある時期があった。それは、ロロナが王宮の課題を全てこなした後にアストリッドさんが『アーランドの街』から旅立つまで続いたんだけど……その間は本当に鍵は意味が無かった。

 とは言っても、そのアストリッドさんの行為に多少は困りはしても、そこまでではなかったから諦めていたというか、持って行ってもいいことにしてたんだけどね。

 

 ステルクさんはといえば、さっきまで驚いた様子だったのに、アストリッドさんの名前を出したあたりでピタリッと固まり……数秒後、一段と大きなため息を吐いて首を振ってきた。

 

「……そういえば、そんな話を昔していたな……。だが、アイツを基準に考えるのは流石にどうかと思うぞ」

 

「それはまぁ、僕もなんとなくそんな気もしていたんですけど……」

 

 そう言ったところで、僕とステルクさんの間に、何とも言えない空気が(ただよ)った。

 なんというかここで話は区切れたんだけど、「それで……何だっけ?」といった感じに次の言葉が出てこなかった。それは、目の前のステルクさんも同じ感じみたいだった。

 

 

 

 そんな僕とステルクさんに助け舟を出したのは、ソファーでビクビクしてるフィリーさんとリオネラさん……ではなく、リオネラさんのそばで浮いているホロホロとアラーニャだった。

 

「んで、結局ジーノって奴はどうなったんだよ?」

「それに、騎士さんはその子に何か用があったの?」

 

 ふたりの声に、ステルクさんは視線をずらし、僕は振り返ってソファーのほうを見た後、僕らは再び顔を見合わせた。……ステルクさんの視線に、フィリーさんとリオネラさんが跳びあがるのは……もういつものことだ。

 

 

「ジーノくんは一人で冒険に出てるか……もしくは、『アランヤ村』にかえっちゃったとか?」

 

「考えられるのはそのあたりだろう。どちらにせよ、無茶をしていなければいいが……。……にしても、私としたことがキミのペースに乗せられて、随分と喋ってしまったようだ。少し余裕があるとはいえいち早く対処すべきだというのに……」

 

 まるで僕が悪いかのように言われたような気がして、そこを否定しようと思った……んだけど、ふとそれよりも気がかりなことに気がつき、そっちのことを聞くことにした。

 

「対処って、何かあったんですか?」

 

「ああ。実は王と戦った後、私を起こしたハトがいたんだが……」

 

 「起こした」ってことは、つまり、ステルクさんは寝ていたんだろうか……? いや、それよりもまたハト……前に、話に出てきたハトと同じハトか、それとも別の……もし、別だとすれば、ステルクさんはいったい何羽のハトを飼っているんだろう?

 

 

「そのハトはギルドからの緊急の連絡を持ってきていて、内容は……『スカーレット』の群れが『アランヤ村』近郊を移動している……という報告だ」

 

「ええっ!?」

 

 『スカーレット』といえば、その名の通り真っ赤な悪魔系のモンスターだ。その体は比較的小さくて、人の子供くらいの大きさしかないだけど、その力は本物でなおかつ性格も狡賢く残虐で、一体だけでも中級冒険者がてこずる相手だ。

 そんな『スカーレット』が群れでうろついているとなると、かなり危険な状態だ。

 

「幸い、『アランヤ村』のすぐそばというわけでもなく多少距離はあるため、『スカーレット』たちが直接『アランヤ村』を襲う可能性も限りなく低いそうだ。ただ、村のそばの採取地にいついてしまう可能性や群れであるという危険性を考慮して、ギルドは討伐隊を編成することを決めた。それで、キミやジーノ(あいつ)に声をかけに来たのだが……」

 

「経緯はわかりました。それで、今『アランヤ村』は……? トトリちゃんも向こうにいるはずなんですけど……」

 

「王と遭遇できたのが、街から見て『アランヤ村』とは反対方向だったから、私もこの目でその様子は見れていない……が、ギルドの依頼を取り扱っている酒場があっただろう? あそこに情報が行き、そこから村全体に外へ出ないようにと伝達が回っているはずだ。あとあの少女には、もしも村の外にいた場合を考えて、すでに私の方からハトを飛ばしている。ハトには直接トトリ(本人)に渡すように言ってあるから、村にいなかった場合も周辺を探して手紙を渡すから問題無いだろう」

 

 「内容は、簡潔に何が起きているかと村に帰るように、と書いてある」と、手紙の内容を付け加えて説明してくれるステルクさん。とりあえず、ひとまずは大丈夫なようだ。ただ、不安要素が全く無いわけでもない。

 

 

 そして、話の流れからして僕もステルクさんと一緒に討伐隊に入るべきなんだろうけど……

 

「あの、僕、先に『アランヤ村』へ行っていてもいいですか?」

 

「なに? だが、街で人員を集めた後、彼女に……ん、ろ、ロロナ君の手を借りて討伐隊は『アランヤ村』に行く予定なのだが……今一人で村へ向かったところで、逆に遅れるぞ?」

 

「大丈夫です! 僕も『トラベルゲート』を持ってますから、一人でもすぐに行けます! ……トトリちゃんやメルヴィアがいるとはいっても、やっぱり村の人たちは不安になると思うんです。だから、少しでも早く村に行って、何か助けてあげたいんです!!」

 

 そう言って僕はステルクさんの目をジッと見つめる。

 対するステルクさんは、普段よりも微妙に険しい顔で睨みつけてきて……少し間をおいて、小さく息を吐いた。

 

「……そうだな。あまり考えたくはないが、もしもの場合に村を守る人間が一人でも多くいた方がいいだろう。それに、キミの言う通り、村の住人のことを考えるのであれば、なおさらな」

 

「はい! それじゃあ、準備してすぐに……」

 

「ただし、わかっているとは思うが、一人で討伐に出たりするような勝手な行動は控えておくように。敵の群れの数はかなり多いらしい。そんな中に特攻するのはいくらなんでも無謀だからな」

 

 そう言うと、ステルクさんは「では、私は街に行く」と僕の家から出ていった。

 

 

 

 そのステルクさんの背中を少しだけ見送った後、僕は振り向いてフィリーさんとリオネラさんたちの方を向く。

 

「色々やってた途中でごめんなさい! そういうことだから僕は今から出掛けるんだけど……みんなはここで好きなだけくつろいでて! あっ、もしあれだったら、冷蔵庫の中のものは勝手に食べてもいいからっ!」

 

 

「私たちもちゃんとお話は聞いてたから、そんなに気にしないで。それに、マイス君が帰ってくるまで、ここのことは任せてよ!」

 

 胸を張ってそう言うフィリーさん。ステルクさんは相変わらず苦手だけど、昔と比べたらいろんな人とお話しできるようになっているし、お留守番をしてくれるのなら、とても頼りになる。

 

「うん。だから、マイスくんは『アランヤ村』に行ってあげて。……ピアニャちゃんもきっと不安になってると思うから……ね?」

 

 リオネラさんのほうはといえば、前に『青の農村(ウチ)』に遊びに来ていて、リオネラさんの人形劇を観ていたりもしたピアニャちゃんのことを特に心配した様子だった。

 

 

 

 僕は家の事を二人に任せることにして、ササッと最低の準備をして、家の外へ出た。

 そして、僕は初めて使うアイテムを取り出し、かかげる。

 

「『トラベルゲート』!」

 




 読み返してみると、日にちの経過がわかり辛くて、いつ何があったかがわかり辛い感じが……。

 次回ぐらいに補足説明を加える予定です。


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5年目:マイス「いつもと違う『アランヤ村』」

 今回も「原作改変」、「捏造設定」、「独自解釈」がたっぷり含まれてます。
 そして、早く次の話しにいきたいのに、様々な理由で今回は短く、次回に続くという事態に……。とにかく頑張らないといけません。


 前回の後書きで書いていたように補足説明……といいますか、前回の話を中心にいつ何があったかをここに書かせていただきます。

――――――――――――


-3日目:(マイス)ジーノから剣を預かる。
     (ジーノ、ステルク)冒険へ出る。
     (トトリ)マイスに用事があってピアニャと共に家に訪問。


-2日目:(マイス)剣の強化開始。


-1日目:(マイス)剣の強化完了。


 0日目:(ジーノ)強化された剣を持ちだし、その後行方知れず。
     (マイス)剣がないことに気付く(前回、『5年目:マイス「強化計……あれ?」』冒頭)。


+1日目:特に無し。


+2日目:『大物!!釣り大会』開催日。
     (マイス)フィリーとリオネラに会い、今後の事を相談し、翌日とそのまた翌日に約束をする。


+3日目:(マイス、リオネラ)翌日の『魔法』の実験や話し合い、魔導書の最終確認や杖などの道具などの準備などをするために、マイスの家で色々とする。


+4日目:(マイス、リオネラ、フィリー)『魔法』の実験、および、そこからわかった問題点や「ある計画」に関する話し合いを行う。
     (ステルク)マイスの家を訪問。ジーノがいないことを知る。『アランヤ村』近くに『スカーレット』の群れが出現したことをマイスたちに伝える。
     (マイス)『トラベルゲート』を使い『アランヤ村』へ。←(今ココ!)


――――――――――――

 ……だいたいこんな感じですね。
 


 

***アランヤ村***

 

 

 

「……よっと。ちゃんと来れたみたいだね」

 

 『トラベルゲート』を使うのは初めてだったけど、問題無く『アランヤ村』へと移動出来たみたいだ。

 同じような瞬間移動する『魔法』……『リターン』を普段から使ってはいるけど、ホムちゃんから失敗例を聞いたせいか『トラベルゲート』を使うのはちょっと怖かったりする。

 

 

さて、『トラベルゲート』で移動した僕が現れた場所はちょうど村の入り口なんだけど、そこからは『アランヤ村』の中心である広場とそれを取り囲む家々が一望できる。

 見たところ大きな混乱なんかが起きている様子は無いが、いつも通りと言うわけでもないみたい。普段なら広場には立ち話をしている人たちやベンチに座ってノンビリとしている人なんかを見かけるんだけど、今日は全然見当たらない。たぶん、『スカーレット』の接近の情報を受けて、みんな自分の家などの屋内にいるんだろう。

 

「じゃあ僕は……まず、トトリちゃんとメルヴィアを探さないとかな?」

 

 僕がすべきことは、村の人たちの安全確保と、もしもの事態への準備、あとはステルクさんが連れてきた討伐隊に参加するための準備。それらをするためには、この『アランヤ村』を拠点にして活動している二人に会って協力してもらったほうがいいと思う。

 

「二人は……アトリエか、ゲラルドさんの酒場にいるかな?」

 

 どっちもありえそうだけど、有事ってことで、村にいる冒険者である二人は一緒にいる可能性が高い気がする。そして、そうなるとギルドからの情報が直接くる酒場にいるんじゃないかな?

 普段はお客さんが少ない酒場だけど、村で一番大きな建物だから色んな人が集まって身を寄せ合っているかもしれない。そうなると、その人たちに討伐隊のことなどを伝えて少しでも安心させてあげる必要もある。

 

 

 そう考えて、僕は村唯一の酒場『バー・ゲラルド』へと歩き出した……んだけど……

 

「んん?」

 

 広場にある建物の一つの扉が勢いよく開け放たれたのだ。

 

 たしか、あそこは……実は、まだ行った事は無いんだけど、パメラさんのお店だったはず……。

 

 驚きながらも、よくよく見てみると……というか、もう僕のすぐそばまで迫ってきてたんだけど、扉を開け放ったのと同時に走って出てきたピアニャちゃんが、僕に跳びついてきた。

 

「いらっしゃい! マイスぅ!」

 

「いらっしゃい、って……ええ?」

 

 てっきり怖くて僕に跳びついてきたのかと思ったんだけど、ピアニャちゃんにはそんな様子は無くて、むしろいつも通りに楽しそうな笑みを浮かべて元気にしているように思えた。

 と、開いた扉から少し遅れて、お店の店主であるパメラさんが「まって~」と、ピアニャちゃんを追いかけるようにして出てきた。

 

 ……って、あれ?

 

「なんでピアニャちゃんが、パメラさんのお店に?」

 

 ピアニャちゃんに対して「過保護」って言うか「大好き!大好き!」って感じだったツェツィさんのことを考えたら、絶対危なくないようにと酒場かヘルモルト家で一緒にいると思ったのだが、何故だかわからないけど見当違いだったことになる。

 どういうことなんだろうと思って疑問を口に出した。それに答えたのは、いつも通りのほんわりとしたパメラさんだった。

 

 

「なんで、って……ツェツィがウチに預けて、トトリとメルヴィとおでかけに行ったからよ~?」

 

「…………へ?」

 

「あっ、でも、トトリだけすぐに帰って来たんだけど……ちょっと前に、村から飛び出して行くのがお店の窓から見えたわ。何か忘れものでも取りに来てたのかしら~? それにしては、時間がかかってたような気もするんだけどー……」

 

 パメラさんの言葉を聞いてすぐは意味がわからなくて、呆然としてしまっていた。……が、すぐに何を言っているのかがわかった。

 

 思い出したんだ。前に、トトリちゃんとピアニャちゃん、ツェツィさんパメラさん、それにメルヴィアといったメンバーで『青の農村(ウチ)』に遊びに来てくれた時のこと。

 パメラさんとピアニャちゃんが仲が良いことに気がついて、僕はちょっとパメラさんにそのことを聞いてみたんだ。そしたら「ツェツィがトトリとメルヴィアと一緒に冒険に出た時には、あたしのお店で預かってるの。だから、仲良しなのよ~」って答えが……。

 

……

 

…………

 

………………って、

 

 

「え、えええぇーっ!?」

 

「わっ!? びっくりした。マイス、どうしたの?」

 

 つい出してしまった大声に、僕に抱きついてきていたピアニャちゃんが驚いてしまったみたい。でも、それを怒ったり文句を言ったりすることも無く、ピアニャちゃんは「何かあったの?」と僕の顔を心配そうに見つめてきて……って、そうじゃなくて!

 

「え、つまりツェツィさんとメルヴィアは冒険で村の外に出てて、トトリちゃんもちょっと前に村を出たってこと!?」

 

「そうだけど……それがどうかしたの?」

 

 キョトンと不思議そうに片手を頬に当てたまま首をかしげるパメラさん。

 いや、逆になんでそんなに呑気にしていられるんだ!? ……いや、もしかしてパメラさんとピアニャちゃんは『スカーレット』の群れの事を知らない? 「不安をかりたてるようなことはしない方が良い」って誰かが判断して、情報を知らせたのは最低の人にだけだったとか……?

 

 あり得るかもしれない。パメラさんはともかくとしても、ピアニャちゃんは一緒に住んでいるトトリちゃんやツェツィさんが危ない目に遭ってると知ったら凄く不安になるだろうし、心配で心配で取り乱してしまったりしそうだ。まだまだ小さな子だから、なおさら精神的に不安定になりやすいと思う。

 

 その真偽はわかならいけど、思っていた以上に良くない状況だ。

 

 『スカーレット』の群れの詳しい位置情報や、ツェツィさんたちがどの方面に行ったのかといったことが無いから遭遇してしまっているかどうかはわからないけど、それでも危機的状況な可能性があることは間違い無い。

 それに、トトリちゃんが村を飛び出して行ったというのは、きっとステルクさんのハトから手紙を受け取て『スカーレット』の群れの事を知ったトトリちゃんが「おねえちゃんたちが危ない!」って心配になって探しに行ったんだと思う。

 

 

 僕は嫌な汗が流れるのがわかった。それと同時にゾクリッと寒気が走り、全身の筋肉がキュッと縮こまるような感覚に(おちい)ってしまう。

 似たような感覚は、今回ステルクさんから『スカーレット』の群れのことを聞いた時点でもあった。だけど、今のはそれとは比べ物にならないくらい重くずっしりとのしかかって……いや、絞めつけてきた。

 

 大変だ! マズイ。心配だ。どうしよう……色んな感情や考えがグルグル回って落ち着けなくなる。

 

 メルヴィアも、戻って来て後から出ていったっていうトトリちゃんも、一流の冒険者だ。並大抵のモンスターには遅れはとらないと思う。

 だけど、不安要素もある。それは『スカーレット』の群れの数がかなり多いという情報。もし本当に多かったとすれば、トトリちゃんやメルヴィアでも単純に数の暴力で苦戦して、負けなかったとしても少なからず傷を負ってしまうだろう。それに、もし敵の数が多かったとしても、うまく逃げれさえすれば何の問題も無い。

 ……けど、今回は冒険者じゃないツェツィさんがいる。逃げるにしても、戦うにしても、ツェツィさんを守ろうとすることで本領発揮が出来ない状況に追い込まれてしまう可能性が高い。二人の実力をかみして、さらに、後から村を出たトトリちゃんと早くに合流できたとしても、かなり厳しくなる気がする。

 

 トトリちゃんが『トラベルゲート』を使えば……でも、アレを使うにはちょっと隙が出来ちゃうし、移動する人・物が多くなればなるほど使う際の座標の設定とかが難しくなる。だから、乱戦になってたら……下手をすれば、誰か一人がおいてけぼりになったり、『スカーレット』の群れも一緒に村まで移動しかねない……だから、まず使えないだろう。

 

 

 

「マイス、どこか痛いの? お顔、キュってなってるよ……?」

 

「顔色も悪いわよ~? 一回、横になったらどうかしら?」

 

 心配そうに僕の顔を覗きこむピアニャちゃんとパメラさんが見え、僕はハッとした。……そうだ、村で色々考えてても、不安がってもどうしようもないんだ。むしろ、その様子のせいで、ピアニャちゃんやパメラさん(他の人)まで不安にさせてしまう。

 

 ……危ないだなんてことは、最初からわかってた。いや、『アランヤ村』の人たちが危ない状況に置かれるからこそ、僕は来たんじゃないか。

 

 

 気持ちを切り替えるべく、僕は両手で自分の両頬をパァン!と叩き、「フゥ!」と短く息を吐いて背筋を伸ばしてピアニャちゃんとパメラさんの顔を見る。

 そして、いつものように元気に笑顔で話しかける。

 

「僕は大丈夫だよ! だから、ピアニャちゃんはトトリちゃんたちが帰ってくるまでパメラさんのお店のお手伝いをしてあげてくれないかな?」

 

「うー? うん! ピアニャ、今日はそうするつもりだった! ピアニャが作ったやつも売るの!」

 

「後で僕も見に行くからね。……パメラさん、ちょっとの間、ピアニャちゃんのことお願いします」

 

「任されたわ~。だ・か・ら~あとでちゃんとお買い物しに来てね~♪ 約束よ~?」

 

 

 ピアニャちゃんとパメラさんの返事を確信した僕は、二人にお店に戻るように言ってから、村の入り口の方へと駆け出した……。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 『アランヤ村』を飛び出した僕だったけど、内心、これからどうなるかが不安だった。なぜなら、メルヴィアとツェツィさん、それにトトリちゃんが言った場所がわからないからだ。

 

 ……トトリちゃんが飛び出して行けたのは、話を聞く限り最初はメルヴィアとツェツィさんと一緒に行く予定だったから、二人が行く場所を事前に知っていたんだと思う。

 だけど、僕はその場所を知らない。もし仮にトトリちゃんたちが戦闘をしていれば、近くまで行ければ、戦闘音なんかですぐわかるはずだ。ただ、最初から方向を間違えてしまったり、分かれ道を間違えてしまえば会えるはずも無く、見つけるのは至難の業だろう。

 

 

 だけど、()()()全く手が無いわけでもなかった。

 幸いなことに、僕よりも少し前にトトリちゃんが村を出ていった。その痕跡をたどっていけばいいのだ。

 

 僕は走りながら意識を『変身ベルト』に向けて……途中、勢いそのままにピョンと跳んで金のモコモコの姿へと変身した。

 

 金モコ状態なら、視線が低くなり、地面に残ったトトリちゃんのものだろう真新しい足跡を確認しながら走る事も難しくなくなる。

 また、『ウォルフ』ほどじゃないけど鼻も良くなって、『錬金術士』特有の薬草やら火薬やらの匂いの残り香をたどる事が出来る。

 そして、その大きな耳で音も良く聞こえるようになり、離れた場所からの音も正確に聞き取れるようになる。

 ついでに、根本的な身体能力も人の姿の時よりも強化されているから、速く走る事が出来る上にスタミナも増えて長時間走れるようになるため、単純に広範囲を探し回る事が出来る。

 

 

「無事でいて……!」

 

 

 『スカーレット』の群れと戦ってるかもしれないトトリちゃんたちの安否が心配でしかたない僕は、自然と走るスピードも上がっていってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 ……途中から、真新しい足跡が増えたけど……別々の道に分かれてたりすることもなかったから、僕は気にせず走り続けた……。

 






 短いですけど、前回の話に入れ込むと長すぎるため、こうして分かれることに。
 ……バランスの悪い分割だった気もしますが。


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5年目:トトリ「緊急事態発生!?」


 今回、なんと過去最長12674字となりました! というか、なってしまいました!!
 そして、やっと一段落です。


 と、今作のことは置いといて……なんと! 2017年10月26日に、3DS用ソフト『ルーンファクトリー4 Best Collection』が発売決定! あの『ルーンファクトリー4』がお求めやすい値段で帰ってきます!

 さらにさらに!! なんとなんと! 同時に『ルーンファクトリー4 Platinum Collection』という数量限定セットも販売されます!
 こちらは希望小売価格6980円(税抜)とちょっと値ははりますが、驚くことに3DS用ソフト『ルーンファクトリー4 Best Collection』に加え、あの名作DS用ソフト『ルーンファクトリー3』と、3&4の『オリジナルサウンドトラックCD』がついてくるという豪華セット!!
 なんということでしょう! 最新作(5年前)の『RF4』がプレイできる上に、あの中古が高く中々無い『RF3』も手に入り、『(オリジナル)(サウンド)(トラック)』も…………!

 ……って、そうじゃない。嬉しいけども。
 正直なところ『RF3』単品をお求めやすい価格で売って欲しかった。嬉しいけども。
 希望小売価格6980円(税抜)だと他人(ひと)(すす)めにくいから困る。嬉しいけども。
 というか、数量限定っていうのも予約できなくなったりするからどうかと思う。嬉しいけども。
 ……嬉しけどもっ!!

 こんな汚い商戦なんかには絶対負けない!
 ……でも、ちょっと考え方を変えて「『RF3』を買うおまけで『RF4』と『OST』がついてくる」って考えたら安く思えてくる不思議。というか、『RF3』の中古が高いから、新品が手に入るなら実際お得ではある……。そりゃあもう「買うしかないでしょ」ってなりました。
 お得感には勝てませんでした。


 アトリエもアトリエで、色々とありましたね。
 「コミックマーケット」の情報やら、ガストショップに追加されたグッズの紹介やら……あと、アトリエシリーズ公式LINEスタンプの配信も。歴代キャラの立ち絵などを流用して作ったようなものでしたが、ついついポチッとしてしまいました。

 ……作者みたいなチョロいファンはいいカモでしょうね。個人的には本望です!!
 



 

 

***トトリのアトリエ***

 

 

「おねえちゃんたち、帰ってこないなぁ……」

 

 アトリエの中を当ても無くグルグルと歩き回っていた足を止めて、わたしは窓の外に見える空を眺めた。

 

 

 そもそもの始まりは、メルお姉ちゃんの提案からだった。

 

 おねえちゃんとメルお姉ちゃんが小さい頃にしていた約束。それは、お母さんのように冒険することに憧れていた二人が、将来一緒に冒険に行くというもの。実際は、おかあさんがいなくなってから、おねえちゃんがお(うち)のことを一手に引き受けるようになって、その約束は長らく果たされることは無かった。

 けど、わたしが一人前の冒険者になったということもあって、メルお姉ちゃんはこの機会におねえちゃんを冒険に連れて行く計画をたてていたらしく、わたしにも協力してもらえないかなって声をかけられたの。

 

 結果的に言えば、おねえちゃんを冒険に連れ出すことには成功した。おねえちゃんは最初こそ行くのを渋ってたんだけど……一度近所の採取地まで冒険に行ったところ、次回誘った時には「実は今度はいつなんだろうって誘ってくれるのを待ってたの」なんていうくらい楽しみにするようになってた。

 

 

 で、今日がおねえちゃんと三回目の冒険ってことになってたんだけど、わたしはある理由で出発直前にアトリエに残ることにした。

 というのも、前回の冒険の時にわたしとおねえちゃんで盛り上がっちゃって、メルお姉ちゃんをほったらかしにしてしまったのだ。今回の件を提案してきたのがメルお姉ちゃんだということからもわかるように、メルお姉ちゃんだっておねえちゃんとワイワイ冒険がしたい。なのに、わたしは「協力する!」なんて言いながらも、自分ばっかり楽しんでしまってた。

 そんなことがあったから、今回はその反省を踏まえてわたしが「アー! ソウ()エバ依頼品(イライヒン)納品期限(ノウヒンキゲン)明日(アシタ)マデダッター! (ハヤ)調合(チョウゴウ)シナイトー!」って言って途中で離脱して、メルお姉ちゃんとおねえちゃんの二人だけで楽しんでもらおうと行動したんだけど……

 

 

「メルお姉ちゃんが一緒だし、大丈夫だとは思うけど……うーん…………うずうず……」

 

 冒険の目的地だった採取地は、これまでおねえちゃんを連れて行った冒険の中では一番村から遠い……とは言っても、日をまたがないといけないほど遠く離れてない。

 まぁ、だからと言って今帰ってくるには早すぎるんだけど……なんでか、早く帰ってこないかなーって思ってる自分(わたし)がいる。

 

「うずうず……いらいら……そわそわ……あーっ! 気になってなんにもできなーい!」

 

 うー……! そんなにすぐには帰ってこないってわかっているつもりなんだけど、どうしても落ち着けない。

 ……わたしが『冒険者免許』を貰いに行ったあと帰ってきた時なんかに、おねえちゃんが「トトリちゃんはいつ帰ってくるの!? 毎晩ごちそうを用意して待ってるのに!」なんてお父さんに行ってたりしたけど……もしかして、今のわたしと似たような気持だったのかなぁ?

 

「はぁ……やっぱりわたしもついて行けばよかったかなぁ」

 

 今からでも遅くない……? でも、二人がいい感じに楽しんでるところに乱入しちゃうのは、なんだか気まずいし。

 なら、二人には合流しなくて、陰に隠れて見守っておくとか? ……ううん。それもちょっと無理かな。おねえちゃんが戦ってるのを見たら、フォローしたくて絶対に手を出しちゃうと思う。

 

 

 

 「どうしたらいいんだろう……」って、一人で悩んでいたら、不意に「カンッカンッカンッ」と何かが叩かれる音が聞こえてきた。

 悩み込んでてうつむき気味だった顔をあげてみると、さっきまでわたしが空を眺めていた窓の外に、見覚えのあるハトさんがいた。

 

「あれ? このハトさんってもしかして、前にステルクさんに先生の名前を……う、ううん、ただのステルクさんのハトさんだったね……うん。そういう話だった。わたしは何も見てない、何も聞いてない……」

 

 ステルクさんに口止めされてたことを、寸前のところで何とか言わずに踏みとどまることができた。今は周りに人はいないけど、普段から気をつけてないと人前でポロッと言ってしまいそうで怖い。

 ……本当に怖かったのは、ハトさんに先生の名前を覚えさせて「ロ・ロ・ナー」って言わせてたのを、必死に口止めするステルクさんなんだけどね……。

 

「って、あれ? このハトさん、足に何か付けてる。……あっ! これが『伝書鳩(でんしょばと)』なんだね」

 

 前にミミちゃんから聞いた話を思い出して、わたしはピンときた。

 ……でも、なんでわたしのところに?

 

 不思議に思いながらも窓を開けて、ハトさんにアトリエの中に入ってもらう。そして、ハトさんに怪我をさせたりしないように気をつけながら、足につけられている手紙を取り外そうとした。

 手紙はハトさんがジッと大人しくしててくれたから、初めてだったけど難なく取り外せた。

 

 わたしは何が書いているのか気になって、さっそく丸められている手紙を開いた。

 

 

『村周辺にスカーレットの群れが目撃された。非常に危険なため、こちらが討伐隊を編成し駆け付けるまで村の外には出ず、外にいる場合は至急帰還せよ』

 

 

「えっ」

 

 ハトさんが飛ぶのに邪魔にならないサイズの小さな手紙。それにぎゅうぎゅうに書かれていた短い文章を見て、わたしは一瞬固まってしまう。

 

 でも、事態を把握できてすぐに、わたしは杖といつものポーチを掴み取ってアトリエを飛び出していた。

 

 

 ステルクさんは「村の外に出るな」って言ってた。理由も、『スカーレット』の群れの危険性も、全部わかってた。

 でも、だからこそ「村の外出るな」って言葉を気にしている場合じゃないってわたしはわかってた。

 

 

「おねえちゃん……!」

 

 おねえちゃんとメルお姉ちゃんが無事でいることを頭の中で祈りながら、わたしは村の外……おねえちゃんたちが行ってるはずの採取地へ向けて全速力で走っていく……!

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***採取地のはずれ***

 

 

 『アランヤ村』を飛び出してから、おねえちゃんたちが行ったはずの採取地へと向かって、わたしは走り続けてた。

 周りなんて気にしないで、ただただ道を走っていってた。他の採取地をつっきって通り過ぎて言ったりしながらも、ずーっと走り続ける。

 

 その途中、採取地や道を走っている最中に行く手に真っ赤な悪魔『スカーレット』が四、五体の塊でいることが何度もあった。きっとそいつらがステルクさんからの手紙に書いてあった「スカーレットの群れ」の一部分だったんだと思う。……何回も会ってるから、全体の群れの数はかなり多いのかも。

 

 その可能性が、わたしを不安にさせ「もっと急がないと!」とおねえちゃんたちのもとへとせかしてくる。

 だから、『スカーレット』たちなんて一々(いちいち)立ち止まって相手をしてあげるヒマなんてなかった。だから……

 

 

「どいてー! どかないと爆弾で吹っ飛ばしちゃうんだからー!!」

 

 

 ()()()()()()()、走る足を止めずにポーチから引っ張り出した爆弾系の道具を行く手を(さえぎ)る『スカーレット』たちめがけて投げつける。……そして、そのまま走り続けてく。

 

 再び『スカーレット』が見えてきたら爆弾を投げつけて走り去り、また見つけては投げて、またまた見つけては…………

 

 そんなことを何回か続けたところで、おねえちゃんとメルお姉ちゃんがいるはずの採取地にたどり着いた。

 だけど、そこに二人はいなくて、『スカーレット』が数体いるだけ……。でも、『スカーレット』がわたしを見るまでそんなに警戒してなかったことを考えると、ここでおねえちゃんたちが『スカーレット』と戦ったりしたわけじゃなさそう……? もしかして、もっと採取地の奥の方に行ってるのかも。

 

 そう考えたわたしは、ここの『スカーレット』もとりあえず倒してしまうことにした。

 

「とりゃぁー!」

 

 放り投げた爆弾が狙い通りに『スカーレット』たちの所まで飛んでいき、轟音と共に爆発した。爆破したモンスターの確認もそこそこにしてわたしはまた走り出す……。

 

 

 

 

 

 そうして、また何度か爆弾で倒しながら奥地へと進んで行くと……そこには、わたしが予想した通りにおねえちゃんたちがいた。

 けど、二人の数メートル先には十体ほどの『スカーレット』の群れが……ううん、メルお姉ちゃんが倒したのか、周りの様子からして元々はもう数匹『スカーレット』いたんだと思う。

 『スカーレット』に相対しながらも片膝をついてるのは、()()()()()()()()()()()()()()メルお姉ちゃん。おねえちゃんはその後ろに隠れるようにしていた。

 

 

「おねえちゃん! メルお姉ちゃん!」

 

 走ってきた勢いのまま、わたしはメルお姉ちゃんと『スカーレット』たちの間あたり……ややメルお姉ちゃん寄りの場所に飛び出した!

 

「トトリちゃん!」

 

「ナイスタイミング……とは言い難いわね。もうちょっと早いと嬉しかったんだけど……」

 

 いつもと違う、泣き声が混ざったような声で名前を呼ぶおねえちゃん。

 そして、メルお姉ちゃんもいつもの軽口はいまいちで、声も元気とは言い難いメルお姉ちゃんらしくないものだった。

 

 ……その理由はわかってた。メルお姉ちゃんの身体のあちこちの『赤』、それがモンスターの返り血だけじゃなくて、身体のあちこちにある傷から溢れ出したメルお姉ちゃん自身の血なんだということを。おねえちゃんはメルお姉ちゃんの後ろに隠れてるんじゃなくて、メルお姉ちゃん()おねえちゃんを背中(はいご)に隠して『スカーレット』の攻撃からおねえちゃんを守っていたんだということを。

 

グガアアアアア!

 

 『スカーレット』の群れの内の一体……他よりも少しだけ体が大きい個体が大きな叫び声を上げてきた。もしかしたら、群れのボスなのかもしれない。そのボスの目は、間に入ってきたわたしを睨みつけていて、まるで戦線布告のようにも思える。

 

 けど、そっちが気合十分なのと同じように、わたしの方もヤル気は満々だよ!

 

「むう、よくも二人を……! 許さないんだから! わたしのとっておきの爆弾で……」

 

 そう言いながら、わたしは肩から下げているポーチに手を突っ込み、爆弾を(つか)んで取り出し……

 

 爆弾を掴んで取り出し……

 

 爆弾を掴んで…………

 

 爆弾…………………

 

 

「……あれ? もうない? やだ、使い切っちゃった!?」

 

 えっと……まあ確かに、ここにくるまで沢山投げてきた。でも、それでもいつもの冒険でもあれ以上に投げてることも普通にあるし、いつも多めに用意してる爆弾系の道具が底を尽きるなんてことは……

 

 あっ……! そうだ! わかった!!

 

 いつもは冒険に出る前にポーチの中身を補充して、帰って来てから採取した物とか大事なものをコンテナに片付ける習慣になってる。

 けど、今日は最初からおねえちゃんとメルお姉ちゃんで行ってもらって、わたしは冒険に行く気は無かった。だから、ポーチの中の道具は前回の冒険が終わってから何も補充していない状態……つまりは色々と不足しているのが当然なくらいで、ここに来るまで爆弾がもったこと自体運がよかったくらいだと思う。

 

「トトリちゃん……」

 

「うん、まあトトリらしいけど……この状況じゃ笑えないわよね」

 

 ……わたしの様子から察しちゃったのか、おねえちゃんとメルお姉ちゃんから何とも言えない視線と言葉が……。

 

ゴギャアアアア!!

 

 そんなわたしの都合なんてお構い無しに、また『スカーレット』のボスが大きな叫び声をあげた。

 

 どう考えても襲いかかってくる一歩手前の状態だろう『スカーレット』たちを見ながら、ポーチの中を(あさ)り続けてみる……。

 ……うん。やっぱり爆弾は使い切ってしまったみたい。お薬も『ヒーリングサルヴ』っていう初歩中の初歩の薬しか残ってない。しかも、コンテナからアイテムを取り出せる『秘密バッグ』も、使える(すき)があるかはわからないけど一瞬で村に帰れる『トラベルゲート』さえもアトリエに置きっぱなしになってしまってるみたい。

 

 せ、せめて爆弾が一個でも残ってたら、威力や効果は弱くなるけどアイテムを複製できる『デュプリケイト』で爆弾を増やして何とかできると思うんだけど……無い物ねだりだっていうのはわかってる。

 

 

「こんなことなら来るまでの間は『デュプリケイト』使ってたのに……ううううう……で、でも大丈夫! これくらい武器だけでも……!」

 

 ポーチに突っ込んでいた左手を出して、覚悟を決めて両手で杖を構えた。

 

 ……でも、マズイ状況だということは間違い無い。十体近くいる敵に対してわたしは一人。

 ううん、一人だったら避けたり逃げたりしながらやりようがあったと思う。けど、今、わたしの後ろにはおねえちゃんと身体中に傷を負って血を流し、片膝をついて斧を杖のようにしてなんとか顔をあげてるメルお姉ちゃんがいる。避けたりなんかしたら、おねえちゃんたちが大変なことになっちゃう!

 でも、戦って勝たなきゃ、村に帰る事も出来ない……。

 

 口では勢いに任せて強気にも思える言葉を吐いてたけど、今、少しでも気を抜いたら脚も腕も震えあがってしまうそうなくらいになってた。

 

 

 わたしが動くか、『スカーレット』たちが動くか……どっちが先に動くかと言う状態で止まってた戦況。それを動かしたのは例の群れのボスの『スカーレット』だった。

 空を向けてクルクルと振るわれる指、その指先辺りには直径十センチくらいの大きさの『闇の球体』が形成され……「ガアァ!」という掛け声と共に腕が振り下ろされ、『闇の球体』はわたしの方へと向かって射出されたっ!!

 

 後ろにはおねえちゃんたちがいる。避けるわけにはいかない。わたしは杖を前に突き出すようにして、どうにかガードしようとする。

 速いスピードで(せま)ってきた『闇の球体』につい目を(つむ)ってしまいながらも「どうか……!」と防げるようにと心の中で祈る。

 

 

 

 

 

 

()()()()!!」

 

 

 

 

 

 

 「バシュン!」と何かがさく裂したような音。でも、わたしは何の衝撃も感じてなかった。

 いや、でも……聞こえた。炸裂するような音じゃなくて、()()()()()()()が。

 

 瞑ってしまってた目を開けた先……そこに見えた背中は……

 

 

「えっ…………()()()……()()?」

 

 

「ん? 変なこと言うなぁ、トトリは。オレが誰に見えたってんだよ?」

 

 剣を構えたままチラッと振り向いて返ってきた言葉。それは間違い無くあのお調子者で元気なことが取柄なジーノくんの声だった。

 

「な、なんでここにいるの!?」

 

「へ? トトリにリベンジするために決まってるだろ」

 

「いや、そうじゃなくって……なんでわたしがここにいるのがわかったの、って聞いてるの!」

 

「なんでって……あともう少しで村に帰り着くってところでトトリに会っただろ? んで、オレが「勝負しろー!」って声かけたのにトトリはどっかに走って行っちまって……んで、ムカついたから追いかけてたらここまで来てたんだ」

 

 ええっと……つまり、わたしがおねえちゃんたちの所に走って行ってる途中に会ってたってこと? でも、わたしはジーノくんに気付かなくて、そのまま走って行って……うん、『スカーレット』の群れを何回か吹き飛ばしたことは憶えてるけど、ジーノくんがいたなんてことは全然覚えがない。

 いや、そもそもここに来た理由が「助けに来た」とかじゃなくて「リベンジするため」とか「ムカついたから追いかけて」なんて言ってる時点で、色々と残念というかジーノくんらしいというか……

 

 

「つーか、どうなってるんだよ? こんなところに『スカーレット(こんな奴ら)』はいないはずだろ? それに、メル姉はともかく、なんでトトリのねぇちゃんまで……」

 

「ジーノっ! 危ない!!」

 

 振り向いてわたしたちのことを見て不思議そうにしているジーノくんだったけど、不意にわたしの後ろにいるメルお姉ちゃんが声をあげた。わたしはどうしたのかと驚いたんだけど何のことなのかはすぐにわかった。……振り向いてるジーノくんに向かって『闇の球体』が二つ飛んできてたのが、見えたのだ。

 

 ジーノくんを突きとばしてでも……!

 

 そう思って一歩踏み出そうとしたんだけど……

 

「こんくらい、問題ねぇ!」

 

 ジーノくんはそう言って、チラッとだけ前を見て……手に持つ剣を二回振るった。

 すると、どうしたことか剣に当たる少し前に二つの『闇の球体』は「バシュン!」と音を立てて爆散して……あっ、もしかして、最初にわたしを守ってくれた時もこうやって防いでいたのかな?

 …………って

 

「いやいやいや!? ジーノくん、何したの!?」

 

「何って、見りゃわかるだろ? 斬った」

 

「普通あんなの斬れないよ!? それに見えてなかったのに反応するなんて……」

 

「師匠たちも普通に出来ると思うんだけどなぁ? それに不意打ちも、師匠よりも軽いし、マイスよりも遅いし、どうってことないって」

 

 そう言ったジーノくんは、こっちを睨んできている『スカーレット』たちのほうに向きなおり、剣の刃の無い方で自分の肩をトントンしながら「でも……」って言葉を続けた。

 

「身体が軽かったりいつもよりも動けたりするのは、たぶん修行以外にも、マイスがしてくれた剣の強化が何か関係あるとは思うけど……ここに来るまで何回も使ったけど、よくわかんねぇんだよなぁ? 他にも色々変なことになってるし」

 

 剣の強化……? 今、ジーノくんが持ってるのって、前にわたしがあげた『ウィンドゲイザー』って剣のはずなんだけど……見たところ間違ってないと思うんだけど、どういうことなんだろう?

 というか、「よくわかんない」とか「変」とか……そんなものを使ってて大丈夫なのかな?

 

グガァアアアアッ!!

 

 その時、ボス『スカーレット』がひときわ大きな叫び声をあげた。剣に有効なはずの遠距離攻撃であるはずの『闇の球体』による攻撃が何度も通じなかったから苛立(いらだ)っているのかもしれない。……そのくらいの知能はあるはずだし。

 でも、その考えが間違いだってことをすぐ知ることになった。

 

「……笑ってる?」

 

 明確にそう思えたわけじゃないんだけど、なんとなくボス『スカーレット』の口が歪んだような気がしたのだ。

 わたしたちの前で、叫び声を聞いた時点で剣を構え直していたジーノくんも、わたしと同じような違和感を感じてたみたいで「なんだ?」って小さく呟いていた。

 

「……っ!? トトリ、後ろだ!」

 

 いきなり振り向いてきたジーノくんに言われて、反射的に振り返る。すると、そこには草むらから飛び出してくる数体の『スカーレット』が……!!

 そうだ……っ! ここに来るまでにわたしが何体もの『スカーレット』に出会ったように、目の前にいた奴らだけじゃなくて他にも沢山いた事を、わたしたちはすっかり忘れてしまってた。

 

「ジーノくん、トトリちゃん、前っ!!」

 

 次に声を上げたのは、怪我をしてるメルお姉ちゃんのそばにつきそうようにして震えていたおねえちゃんだった。

 言われて再び前を見てみれば、群れのボスたちが一斉に『闇の球体』をこっちにむかって打ち出してきていたのが見えた。つまり、後ろからの強襲に合わせて挟み撃ちにしてきたわけだ。

 

 前方から迫ってくる『闇の球体』。後方からは別の『スカーレット』たちが襲いかかってきている。

 時間も無い。でも、どっちから対処すれば……!? じゃないと、わたしもジーノくんも、おねえちゃんたちも……!!

 

 

 

 

 

「モッ……コォオオォォーッ!!」

 

 

 

 

 

 何かの鳴き声と共に、()()()()()()が後方から襲いかかってきていた『スカーレット』の先頭の一体にものすごい勢いでぶつかった。

 

 弾き飛ばされるように吹き飛んだ『スカーレット』。そっちに目がいっていると、ジーノくんの「でりゃあ!」という掛け声と共に複数回破裂するような音が聞こえた。どうやら、前方から迫ってきていた『闇の球体』をまた全部斬ったんだろう。

 

 ……と、『スカーレット』にぶつかった金色の丸い塊が、クルクルと回ったままお姉ちゃんたちのそばの地面に落ちる……かと思ったその時、「シュタッ!」と()()は着地した。

 

「モコちゃん!?」

 

 そう、その金色の丸い塊は一時期噂にもなったという「幸せを呼ぶ金色のモンスター」であり、先生のアトリエや『青の農村』のマイスさんの家なんかで度々見かけた、先生なんかに「モコちゃん」って呼ばれているモンスターだった。『スカーレット』には丸まった状態で突撃してたみたい。

 その存在に、わたしだけじゃなく、おねえちゃんやメルお姉ちゃん、ジーノくんも驚いていた。

 

 モコちゃんって、首に青い布を巻いているから『青の農村』の一因なんだと思うけど……だから『青の農村』や『アーランドの街』周辺が行動範囲だと思ってたんだけど、ここ『アランヤ村』のそばまで来てたりするとは予想外だった

 でも、おかげで『スカーレット』たちの攻撃を防ぐことができた。

 

 

「モコッ! モコモコ、モーコモココッ!」

 

 おねえちゃんたちのそばに着地したモコちゃんは、何かを喋っているかのように鳴きだした。けどそれは、そばにいるおねえちゃんたちやわたしに話しかけているというよりは、モコちゃんの視線の先にいる『スカーレット』たちに向けられたもののように思える。

 そのわたしの考えは正しかったようで、モコちゃんが何か言った後にモコちゃんが見ている『スカーレット』が、そのまた後に反対側……ジーノくんが剣を構えている前方のほうにいるボスの『スカーレット』が鳴いた。

 

グキャアァ!

 

ガアァ! グガガガギャァ!!

 

「モコッ!?」

 

 ……? よくわからないけど、モコちゃんはまるで言い返された鳴き声が予想外だったみたいに驚いた様子で短く鳴き声を上げた。

 モンスターたちの言っていることが理解できるらしいマイスさんがここにいたら、モコちゃんたちが何を話しているのかがわかったんだろうけど……残念だけど、わたしにはさっぱりわからなかった。

 

 

 心なしか大きな耳がいつも以上にダラーンって()れてしまっている気がするモコちゃん。

 そのモコちゃんに声をかけたのは、わたしやおねえちゃんじゃなくて、モコちゃんとは反対方向にいる『スカーレット』を睨みつけていたジーノくん。ジーノくんは目の前の敵から目を離さずに背中を向けたままモコちゃんに向かって声を張り上げる。

 

「助かったぜ、ちっちゃいの! よくわかんねぇけど、お前『青の農村(マイスんところ)』の奴だろ? オレがこいつら全員ぶっ倒す! 悪いけど、後ろを……トトリたちを任せていいか!?」

 

「モコ……モコッ!」

 

 ジーノくんの呼びかけに、少し悩むように……でもすぐに切り替えたのか、元気に返事をしたモコちゃん。

 

「ジーノくん! わたしもっ」

 

「心配すんな、もうさっきみたいにはならねぇ! オレが……オレたちがトトリも、トトリのねぇちゃんも、メル姉も守ってやるからな!!」

 

「ジーノくん……!」

 

 

 

「いくぜっ!」

 

「モコォ!!」

 

 

 掛け声と共に、ジーノくんは目の前にいる『スカーレット』の群れに向かっていった。そのジーノくんに『スカーレット』たちはまた『闇の球体』を数発打ち出したけど……

 

「だりゃあっ!!」

 

 走ったままジーノくんは剣を振って、それらを斬りかき消した。

 そして、その勢いのまま……剣も振るった流れのままに……群れへと突っ込んでいく。

 

 グギャア!

 ギギッ!

 ガアァ……

 

 ジーノくんの振るった剣が直撃したモンスターはすぐさま倒れていく。

 ……それでも、『スカーレット』たちもバカじゃなくて、何体かはすぐにジーノくんから距離を取っている。ジーノくんはその一体を追うように動き、そいつを切り裂いた。

 けど、別方向に避けていた『スカーレット』は剣の届く範囲から抜け出していた……ように、()()()()()()()()()()()はずだった。

 

 ギィ!?

 グゥ……ガ……

 

 ジーノくんの剣の刃が届かない範囲まで下がっていたはずの『スカーレット』たちが、まるで斬りつけられたかのようにいきなりのけぞった。それだけじゃない。体に斬りつけられたような跡ができたかと思えば、そこから「パキ……パキッパキッ」っと(こお)りついてきたのだ。

 でもわたし、あの『ウィンドゲイザー』を作った時に「氷属性付与」の特性を付けた覚えはないんだけど……それに、付けてたとしても、あんなに凍りついたりはしないはず……。

 

 傷口周りにできた氷の塊のせいか、それとも体を(こご)えさせる冷たさのせいか、『スカーレット』たちの動きは鈍っていく。そのため、マイスさんに負けないくらい素早い動きで追撃をかけてきたジーノくんの攻撃を避けることが出来ず、モロに受けてしまっていた。

 

 

「モッコモコー!!」

 

 そんな鳴き声が聞こえてそっちの方を見てみると、一体の『スカーレット』の両脚を両手で(つか)んで自分の身体ごとグルングルンと回転しているモコちゃんが。

 

 グギャァ!?

 ガァ……

 ギィッー!

 

 その様子はまるで小さな竜巻みたいで、わたしたちの後方に現れた『スカーレット』の群れへと突っ込んで巻き込んでいってた。最後には、掴んでいた脚をはなし(ほう)り投げ、遠くにいた別の一体へと勢い良くぶつけた。

 さらに、いつの間にか『スカーレット』のすぐそばまで近づいていたかと思えば、アッパーで打ち上げて……モコちゃんも跳びあがって『スカーレット』を掴み、そのまま落下と同時に地面に思いっきり叩きつけた。

 

 ……前に『青の農村』に行った時に、マイスさんが「村ではネコのなーが一番強い」みたいなことを言ってたけど、どう考えてもこのモコちゃんのほうが強いと思う。

 

 

 

 そうやってジーノくんとモコちゃんが『スカーレット』を倒しているうちに、いつの間にかあと一体までになっていた。

 

 残っていたのは、あの体が大きいボスらしき『スカーレット』。そいつが、ジーノくんと向かい合った。

 

 グゴアアァッ!!

 

「見せてやるよ! 師匠直伝の必殺技!!」

 

 そう言ったジーノくんは、わたしでも目で追うのがやっとなくらいの連続攻撃をボススカーレットに浴びせ……一旦距離を取ったかと思えば、凄い速さで突進して……

 

「うおおぉー! アインツェ……うわぁっ!?」

 

 さっきまでに倒した『スカーレット』のものだろう『角』を踏んでこけた。それも、ジーノくんは持っていた剣を放してしまって、剣は空中に放り出されて…………って、あれ?

 

ギイィヤャアアァアァァ!?

 

 ……ボススカーレットに突き刺さった。しかも、次の瞬間、ボススカーレットを中心に一瞬で大人よりもはるかに大きい氷の結晶の山が出来て……「パキィン!!」と砕け散った。

 そこに残ってたのは、ジーノくんが放り投げてしまった剣『ウィンドゲイザー』だけだった……。

 

 

 

 

 

「あいたたたっ……! あれ? た、倒せたのか……?」

 

「モコッ」

 

 前のめりにこけてしまい鼻を赤くしたジーノくんが、自分の目で見ることが出来なかったからかあんまり納得できていない様子で、確認するように言ってた。それに答えたのは、周りの敵をすでに全滅させていたモコちゃん。いつの間にかわたしたちのそばまで戻ってきてた。

 

「……な、なんとかなったのかな……? おねえちゃんたち、大丈夫!?」

 

 周囲にもうモンスターの気配がないことを確認したわたしは、周囲への警戒をといておねえちゃんたちのもとへ駆け寄った。

 

「ええ、私は……でも、メルヴィが……!」

 

「いやぁー、まさかトトリとあのジーノ坊やに助けられる日が来るとは……長生きはするものねぇ」

 

 そういつもの軽口の調子で言うメルお姉ちゃんだけど、その顔も、腕も、脚も……身体のあちこちが赤く染まっている。どう見ても無事ではなかった。

 

「わああっ!凄い血が!? 死んじゃう! メルお姉ちゃんが死んじゃう!!」

 

「死にゃしないわよ、この程度で……あーでも色々限界。ちょっとだけ寝かせて……」

 

 メルお姉ちゃんはそういうけど、大変な状況だとわたしは思った。

 だって、メルお姉ちゃんの身体には、致命傷と言えるほど深い傷は見当たらないものの、さっきから言っているようにあちこちに沢山傷を負ってしまってる。そのせいだと思うけど、地面に広がっている血の量から見積もって、どう考えても血の流し過ぎだった。

 

「ダメ! 目を閉じちゃダメー!!」

 

「メルヴィ? やだ、しっかりして! メルヴィってば!」

 

「……だ、大丈夫だって。だからちょっと揺すらないで……体に響く……」

 

 早く止血をしないと……これ以上血を流してしまったら、本当に寝たまま二度と起きなくなっちゃう!!

 でも、爆弾が底を尽きたように今のわたしのポーチの中はお薬も残念な状態で、とてもメルお姉ちゃんの全身の傷を治して塞いでしまえそうにない……どうすれば……!?

 

 

 その時、メルお姉ちゃんを薄緑色の光の流れが包んだ。……ううん、メルお姉ちゃんだけじゃない。わたしやおねえちゃんも、それぞれ薄緑色の光の流れに包み込まれたのだ。

 

「きゃ!?」

 

「なに? なんなの!?」

 

 わたしもおねえちゃんも驚き慌てたけど、薄緑色の光はほんの数秒ですぐにわたしたちの周りから消えた。

 

「トトリちゃん、大丈夫!?」

 

「う、うん。たぶん何ともないと思う……って、あれ?」

 

 とりあえず自分の身体に何かあったか確認しようと、身体に目を走らせていたんだけど……その途中にチラッと見えたメルお姉ちゃんに違和感を覚えた。

 

 

「メルお姉ちゃんの怪我……()()()()?」

 

「えっ、ウソ」

 

 ううん、間違い無い。相変わらず血まみれのままだけど、そこには傷らしきものは見当たらない。実際に触って確かめてみたけど、手に血はつくけどメルお姉ちゃんの肌はどこもツルツルしてた。

 

「ん……んんんっ! 静かになってくれたのはいいけど、ベタベタ触られると寝てられないんだけど……あら? まだちょっとフラフラするけど、身体が痛かったのはなくなってる?」

 

 「治してくれるの早いわね、ありがとっ」なんてメルお姉ちゃんは言ってくれたけど、わたしは何もしていない。

 

 いったい誰が……。というか、いったい何が……?

 

 

 そう思ってあたりを見まわしてみたけど、目に止まったのはジーノくんだけだった。……いちおう聞いてみることにした。

 

「……もしかして、ジーノくんが何かしたの?」

 

「いや? オレはなんにもしてないぞ? たぶんアイツだって」

 

 肩をすくめて首を振りながら、ジーノくんはそう言った。

 

「あいつ?」

 

「ほら、あのちっこいのだよ! アイツから変な光が出たの、オレは見たんだ。……今は、もうどっか行ってしまってるみたいだけどさ」

 

 ジーノくんにそう言われて周りを見てみたけど、確かにジーノくんが「アイツ」と言ったモコちゃんはどこにも見当たらなかった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 色々と気になるけど、もう絶対に『スカーレット』が現れないと決まったわけじゃなかったから、とりあえずこの場を後にすることにした。

 わたしとおねえちゃんで、怪我は治ったけど本調子じゃないメルお姉ちゃんに肩を貸し、唯一戦えるジーノくんが護衛として付き、わたしたちは『アランヤ村』へと帰っていく……。

 





 ダラダラと続いてしまった一連のお話ですが、なんとか今回で一区切りということになりました。次回に、後日談じゃないですが少しだけ絡みはありますが、ひとまず終わりです。
 今回はあまりマイス君自身に関係の無いお話のように思えたかもしれませんが、今後の展開からすると色々と意味のあるお話だったりします。


 今後はお祭りと、ラストバトル。あと、マイロロのイチャイチャ……に至るまでのお話を進めて行くことになると思います。
 ……ちょっと前にも同じようなことを言ったような気が……? 気のせいですかね?


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5年目:マイス「お説教と……あの噂」

 更新、遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。
 前回の半分くらいの長さなのにこんなことになってしまいました。内容云々じゃなく、単純に時間が中々取れなかった結果です。 そう言いながら、休憩時間を使って書き上げました。


 

***マイスの家***

 

 

 雲一つ無く晴れ渡る青空。

 

 今はすでにお日様は昇りきって青空になっているけど、早朝は、昇り始めた朝日によって生み出された夜から朝へ変わる色のコントラストがとても綺麗な空だった。そんな空の下でやる畑仕事は爽やかで、普段よりもとても作業がはかどった。

 空だけじゃなく、いろんな要素が今朝は良かった気がする。作物を揺らす風は強すぎず心地よくて、気温も寒くなく暑くもなく……井戸水はちょっと冷たかったけど。

 これからは日が出てきたらすぐ暑くなってくるだろうから、今日みたいな日は十分無いと思うと少しだけ憂鬱な気もする。まぁ、夏は夏で色々いいことはあるんだけど……。

 

 

「―――だというのに……聞いているのか?」

 

 

 ピクピク動いているステルクさんのコメカミ……って、これは今朝のことじゃなくて、今、目の前で起きてることだっ!?

 

 僕は慌てて姿勢を正して首を振る。

 

「えっと、途中から聞いてませんでした! だいたい、「そもそもキミは、先に一人で行った目的をわかっていたのか」あたりから……」

 

「……素直に言ってくれるのはありがたい。しかし、ちゃんと聞いてもらいたいかったのだが?」

 

「そうは言っても、そこから先はそれまでの繰り返しの愚痴だったし……」

 

「……確かに、愚痴っぽかったというのは否定できないが……しかしだな、そもそもの原因はキミなんだぞ?」

 

 ひたいに片手を当ててため息をつくステルクさん。

 ……でも、そう言われてしまうと、僕としては素直に聞くことしかできない。だって、ステルクさんの言う通り、僕に非があるのだから。

 

 

「いちおう、私が注意しておきたかったことまでは聞いていたようだが……確認までに、自分が何故怒られたのか、言ってみてくれ」

 

「『アランヤ村』に着いてすぐに一人で村を飛び出して行ったことと、その時と帰って来た時に誰かにちゃんと言って連絡してなかったから……ですよね?」

 

 今、僕がステルクさんに怒られているのは、昨日のスカーレットの群れの一件の事だ。

 

 そもそも僕は、いち早く村に行って村の人たちに少しでも安心してもらい、なおかつ最悪の事態に備えて村の防衛の準備をしておくために、一人で先に『アランヤ村』に行っていた。なのに、僕はそれらの事を放り投げてスカーレットの群れがいる外へと飛び出してしまったのだ。

 さらに、出ていく時はパメラさんとピアニャちゃんに会っただけで、外に行くとも言っておらず……外にいたトトリちゃんたちの所に駆けつけ『スカーレット』たちを倒した後は、ちょっとした事情からそのまま一人で村に帰って、それから出発の時にピアニャちゃんたちとしていた約束の通り『パメラ屋さん』に行って買い物をして、店を出るとちょうどトトリちゃんたちが帰って来てて、そこでちょっと話してから『青の農村』に帰った……。

 

 うん、冷静に考えれば問題だらけだ。ステルクさんが怒って当然だと思う。

 だから、こうして怒られて……

 

「……後半だけだ」

 

「えっ」

 

「前半の村を飛び出して行ったことは、状況が状況なだけにキミを(とが)めるつもりはあまり無い。聞いたところによると、結局は外にいたトトリ(彼女)たちとは合流は出来なかったらしいが、それでもキミが他の場所で『スカーレット』を殲滅したおかげで彼女たちのもとへ向かう『スカーレット』は減っただろう」

 

 「だから、そちらは強くは非難はしない」と言って小さく頷くステルクさん。

 そう。村を飛び出した後、トトリちゃんを追いかけるために金のモコモコの姿に変身した僕は、「飛び出したはいいが何処(どこ)にいるかがわからず、とりあえず『スカーレット』たちを倒しまくった」……という扱いになった。「マイス()=金モコ」という事実を隠している以上、そういうことにでもしていないとマズイのだ。

 

 

「だが、誰かに言伝をしておいたりしてまともに連絡をしていなかったのは大問題だ。私たち討伐隊が村に行ても、村の人はキミを見ておらず、一緒にいたロロナ君(彼女)がたまたま様子を確認しに行った『パメラ屋』で、キミが来ていたことをやっと知れた」

 

 目をつむり腕を組んでいるステルクさんだけど、話しだすにつれて段々と口調が強くなっていき、喋るのも早くなっていく。

 

「……かと思えば、いざ討伐隊を動かしてみてもキミ以外とは会えてもキミは見つからず。スカーレットの群れの討伐を終えても見つからないからと、一度『アランヤ村』に戻って体勢を立て直してからキミを探すために再び討伐隊を動かそうとしたら、すでに一人で帰って来ていて、それどころかすでに『青の農村』に帰ってるときた……一体、何を考えてるんだ!?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 僕は、謝ることしか出来なかった。言い訳をしようにも、完全に僕が悪いから何も言えないからだ。

 『アランヤ村』の誰かにちゃんと言っておこうなんて考えは全く思い浮かんでいなくって、そのまま勝手に行動してしまったのも僕の失敗だ。さらに、村の外で討伐隊の誰にも会わなかったのは僕が金モコの姿のままで隠れて通り過ぎたからで、『青の農村』に勝手に帰ったのも「家のこと、フィリーさんとリオネラさんに任せたけど、日が暮れてからも任せておくのは悪いよね」と、傾きはじめた太陽を見て「早く帰らないと」と思った個人的な理由からだ。

 

 

 ……でも、これって振り出しに戻っただけで、またお説教&愚痴を言われる時間に戻るだけなんじゃ……?

 

 そう僕は思ったんだけど、それは杞憂に終わった。

 

「ハァ……。まあキミは、どこかズレていたり抜けていたりはするが、話を聞かない人間では無いと思っている。今後はこういった事が無いようにしてくれ」

 

「は、はい! 気をつけます」

 

 僕はステルクさんの言葉に返事をしっかりとして、頷いてみせる。

 それに満足したのか、ステルクさんも小さく頷いて、「では」と玄関のほうへと向かおうとする……。

 

「えっと、もう帰るんですか? もしよかったらお昼ゴハンでも……」

 

「気遣いはありがたいが、遠慮しておこう。もう一人、じっくりと話をせねばならない奴がいるからな」

 

「えっ?」

 

「うちの馬鹿弟子だ。どうやら、あの少女とは上手くいったようだったが……アイツにはキミ以上に言っておかなければならないことが沢山あるからな」

 

「馬鹿弟子って……」

 

 それに該当するのはジーノくんだけなんだけど……「馬鹿」ってヒドイ言われようだ。

 でも、トトリちゃんとは上手く仲直り出来たみたいで良かった……。

 

 

 ジーノくんといえば、ウチの『作業場』から剣を持って行ったのは、やっぱりジーノくんだったみたいだ。トトリちゃんたちを守るように戦っていた時に彼が手に持っていたのが僕の強化した『ウィンドゲイザー』だったから間違い無い。

 ジーノくんが集めてくれた素材で強化してみたらトンデモ性能になっちゃったから、色々と心配だったけど、とりあえずは無事に使いこなしてくれていたから一安心した。

 

 

 一回強化するたびに実際に使ってみて『ウィンドゲイザー』の性能の変化を確認していたから、「()を使ったから()()なった」といった素材ごとの強化に使った時発揮する効力は大体把握できてる。

 中でも突拍子のなかった物は、ジーノくんが持ってきた素材のうち僕も見たことの無い、「片手に収まるサイズの黒くて丸い塊」と「縦長な薄茶色の結晶」。

 

「片手に収まるサイズの黒くて丸い塊」は、一回前に強化に使った『樹氷石』によって付与された氷属性と魔法攻撃力……その十倍近いチカラが何故か付与された。おかげで、「斬った傷口周辺から冷えていき動きを鈍らせる」程度だった氷属性攻撃が、「斬った傷口から氷が生えるように発生し、こめた力によっては対象および周囲をカチコチに凍らせる」程度のものとなってしまった。

 ……一個しか無くて、一度の例しかないから断言はできないけど、おそらく前に強化に使った素材の何倍ものチカラが付与される素材だったんだと思う。

 

「縦長な薄茶色の結晶」は、ただ単純に剣で斬れる範囲が伸びただけだった。

 ……いや、それ自体おかしいんだけどね? いやだって、剣が長くなったわけじゃなく、振ったら斬撃が飛ぶとかじゃなくて、剣の切っ先の()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ、おかしいと言わずに何と言えばいいんだろう?

 なお、何も無いのに切れる距離は、剣の切っ先から三十センチほど。さっきは違うと否定したけど、「遠距離攻撃」というよりも「剣が長くなった」ような感覚だった。

 

 他の強化に使った素材たちは、剣そのものの強度や攻撃力を強化したり、装備者の身体能力を強化するような効果があった。

 竜から取れた素材なんかは一回の強化でかなり強くなったんだけど……正直、「片手に収まるサイズの黒くて丸い塊」と「縦長な薄茶色の結晶」が異常過ぎてそこまで凄いとは思えなかった。……感覚がマヒしちゃってるかなぁ?

 

 

 なにはともあれ、ジーノくんの『ウィンドゲイザー』は上限十回の強化を終えて、「斬れる範囲が(みょう)に長く、斬ったものをカチコチに凍らせ、装備者の基礎能力を底上げする剣」となったわけだ。

 僕が強化したのでモンスターを『はじまりの森』にかえす『タミタヤの魔法』はかかっているから、モンスターが大変なことになることはまず無いんだけど、気をつけないと人は少なからず影響を受けるから、一歩間違ったら大惨事になりかねない。いちおう、気をつければ氷属性攻撃は(おさ)えることはできるけど、対人戦では使わないほうがいいと思う。……強くなるための武器強化がとんでもないことになってしまったものだ。

 

 

 

 そんなわけで、ジーノくんが『ウィンドゲイザー(あれ)』でトトリちゃんに再戦を挑もうとしてるなら、僕は責任を持って止めないといけない。

 まぁ今さっきのステルクさんによれば、幸い、トトリちゃんとジーノくんはスカーレットの群れ(この前)の一件で仲直りというか和解はできたみたいで、二人が再び戦うことは当分無いとは思う。

 

 だから、あえて気をつけるところといえば……

 

「ステルクさん、ジーノくんと試合をする時は気をつけてくださいね……?」

 

「ん? ……どういうことだ?」

 

 よくわからない、といった様子で首をかしげるステルクさん。

 

 とは言っても、特訓に付き合ったりするステルクさんは……たぶん大丈夫だろう。あの人は「剣の力だけで勝てると思うなっ!」なんて言いながら対処すると思う。むしろ、熱くなってこれまでよりも厳しくなり、熱くなりすぎて本気を出しちゃったりするかもしれない。

 僕は…………え、ええっと、『ウィンドゲイザー』尖った性能になっちゃったし、今度、何かもっと使いやすい普通の剣をジーノくんにプレゼント使用かな? あは、あははははっ……。

 

 

 

「ああ、私からもキミに言っておくことがあった。……私と一緒に『アランヤ村』に行った彼女も、キミの事を心配していた。一度顔を出しに行くといい」

 

 最後にそう言って、ステルクさんは僕の家から出ていった。

 

 彼女……ああっ、きっとロロナのことだろう。討伐隊を編成した後の『アーランドの街』から『アランヤ村』への移動は、ロロナの手を借りるって言ってたから間違い無いと思う。

 

 となると、ロロナも僕がいないっていう場にいたわけで……ああっ……絶対すごく心配させてしまってる気がする。

 すっごく昔の話だけど、僕が行ったはずの採取地に僕がいないってことですごく心配してたことがあったし……。そういえば、あの時も僕は金のモコモコの姿に変身してたんだっけ? それで隠れてたんだけどステルクさんに見つかって、一心不乱に逃げ出して……あれが金モコ状態で人前に出ちゃった初めての時だったっけ。

 

 

 とりあえず、ステルクさんの言う通りロロナのアトリエに顔を出しに行こう。

 

「うーんと……『パイ』を作って持って行こうかな?」

 

 機嫌取りって言えば機嫌取りなんだけど、心配をかけちゃったお詫びの意味も込めて用意するのが良い気がする。……うん、そうしよう。

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・キッチン***

 

 

「よし……っと。あとは焼きあがるのを待つだけだね」

 

 オーブンを閉じ火を入れた僕は、ひと息ついた。あとは少し待てば『ロロナのアトリエ』に持って行く『アップルパイ』が完成する。

 ……一瞬、錬金釜をぐーるぐーるして『錬金術』で調合しよう(作ろう)かとも考えてしまったけど、普通に作ることにした。

 

 

 僕は、オーブンの中の生のパイを眺めながら、昨日のスカーレットの一件を思い出した。

 

 何処に行ったのかわからないトトリちゃんたちを追いかけるためにした金のモコモコの姿への変身だったけど、実のところ別の理由もあって変身していた。

 それは『スカーレット』たちへの説得だ。村を襲おうとしたわけじゃなく、ただ単に近くを通っていただけなのであれば、すぐに移動してもらって争わずに済めば……そういう思いが少なからずあったのだ。

 

 実際のところは、僕が駆けつけた時点でトトリちゃんか誰かが『スカーレット』を何体も倒してしまっていて、『スカーレット』たちの頭に血がのぼっていたのと、駆けつけた時にトトリちゃんたちの後ろから襲いかかっているのが見えてつい僕も攻撃してしまったりしたから、『スカーレット』たちが話しを聞いてくれる可能性は凄く低かった。

 けど、何も言わずに倒す気にはなれず、僕は『スカーレット』たちの説得をしてみよるとしたんだけど……怒りを(あら)わにしながらも二体の『スカーレット』が以外にもちゃんと言葉を返してした。

 

 

「グキャアァ!(うるせぇ!)」

 

「ガアァ! グガガガギャァ!!(言うこと聞かねぇよ! 住処(すみか)奪った奴らのぉ!!)」

 

 

 その『スカーレット』たちの返答に、僕は驚きを隠せなかった。詳しく聞こうとしたけど、それ以降彼らは殺気と敵意しか向けて来なくて話してくれそうにも無かった。

 

 

 住処を奪った!? でも、僕はそんな事をした憶えは無かったし、『スカーレット』の群れを追い出すような開発をアーランドがしているとは聞いたこともなかった。

 

 けど、すぐに僕自身の間違いに気がついた。その時、僕は人じゃなくて金のモコモコ(モンスター)だった。つまり、彼らを追い出したのは人間ではなくてモンスターだったということを。

 最初は、四足歩行だけど毛のモジャモジャ感とその色が似ているヤギ系モンスターの『黄金羊』との縄張り争いに負けたのかと思ったけど……こうして家に帰って来てから、ある事を思い出した。

 

 『サンライズ食堂』で、昔からのメンバーで食事をしたあの時。

 ジオさんが支援物資の協力をお願いしに来たあの時。

 それ以降にも度々(たびたび)話には聞いていた噂……

 

「新種のモンスターが現れて、縄張り争いが起きてモンスターたちの動きが活発化してる……だったっけ?」

 

 腕のいい冒険者が、これまで誰も言ったことの無い採取地の奥地へと行くことで、新種のモンスターが発見されるということは多くは無いとは言っても、これまでにも何度もあったことだった。

 そういったモンスターたちが奥地から出てきて縄張り争いが勃発しているのかと思い、これまで噂のことはそこまで気にしてはいなかったんだけど……

 

 

「……もしかして、()()()()()()なのかな?」

 

 

 ()()()()()を考えて、僕はそう呟いた。

 

 ……当然だけど、その呟きに答えてくれる声は無くて、僕の耳には『アップルパイ』が焼けてき始めた音だけが入ってきていた……。

 




 前回消化仕切れなかった部分が中心に、フラグを回収・立てたりして、繋ぎのような回になってしまいました。……でも、いろんな意味で大事な話です。

 何故って、それは……ね?


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5年目:マイス「トトリちゃんとのおしゃべり」

 「なんだか最近、説明的過ぎる文章が増えてしまったなぁー」って思いなんとかしたいと考えていたのですが、いざ書こうとすると、中々うまくいかなくてちょっと困ってしまっている作者です。

 それと読み返してみると文章の感じや言い回しに傾向があるというか、ボキャブラリーが偏ってるというか、似たような表現が何回もあって、自分の非力さを痛感している今日この頃……。



***マイスの家***

 

 

「マイスさん、聞いてくださいよ! 先生がヒドイんですっ!!」

 

 そうちょっと怒った様子で僕に言ってきたのは、僕がギルドから資料を借りてきて()()()調()()()をしていたところに、ついさっき(ウチ)に駆け込むようにして来たトトリちゃん。

 僕は、用意して来た『香茶』をソファーに座っているトトリちゃんの前に出しながら、トトリちゃんの言う「先生」……つまりはロロナの事を思い出した。

 

 ロロナが「ヒドイ」って言われても、僕はなんだかしっくりこない。いつものんびりほわほわなロロナだし、何か失敗なんかはしても「ヒドイ」って人に言われたりするようなことをやったりはしないはずだ。このあいだ『アップルパイ』を持って行って様子を見に行った際も、勝手な行動をした僕を(しか)ってきたりはしたけどそれ以外はいつも通りのロロナだったから、何か変なことになったりはしていないと思う。

 

 他に考えられるとすれば……

 そういえば、前にロロナのことでトトリちゃんに相談されたことがあったような……? 確か、あの時はロロナに貰った『錬金術』の参考書が『パイ』のレシピだったとかで……

 

「あはははっ。もしかして、何か変な『パイ』のレシピでも渡された? 『エリクパイ』とか『金パイ』とか」

 

「えっ! なんですか、それ」

 

「ううん。違うんならそれでいいよ」

 

「はあ……?」

 

 何のことかさっぱりの様子で首をかしげるトトリちゃん。

 

 それでいいと思う。『エリクパイ』も『金パイ』も、僕は話でしか知らないんだけど、それだけでもおかしなものだというのは嫌というほどわかっていた。だから、そんなのをトトリちゃんに作らせるのは、さすがに気が引ける。

 ……そういえば、空から星や『うに』を降らせるアイテム『メテオール』をぶち込んだという謎のパイ『パイメテオール』っていうのもあったらしいけど……パイを降らせるという意味不明の効果があるとかどうとか……。

 

 

 まぁ、とりあえず気を取り直して、僕はトトリちゃんに改めて何があったのかを聞くことにした。

 

「そうじゃないとしたら……ロロナは何をしたの?」

 

「先生、自分のお友達なのにパメラさんを()(にえ)にしようって言うんですよ!? ヒドイと思いませんか!?」

 

「へぇ、パメラさんを生け贄に……生け贄!?」

 

 生け贄って、()()生け贄だよね? それって、死んでいるパメラさんに(つと)まるものなのかな?

 

「そうですよねっ! やっぱりマイスさんでもヒドイって思いますよね!? お願いです、先生を止めるのに協力してください!!」

 

 いやいや、色々と驚きなのは確かだけど、なんて言うか「ヒドイ」とはちょっと違う感想っていうか……どうしてこんなことになっているんだろう?

 

 でも、その疑問はすぐに解けた。

 そういえば、『アランヤ村』で過ごしているパメラさんは、幽霊じゃなくてちゃんとした身体を持っていた。僕は詳しくは知らないんだけど、確かアストリッドさんが作ってあげたんだっけ? それにロロナも関わっていたらしく、僕は前にそのロロナから話をちょっとだけ聞いたことがあったから思い出せた。

 ……でも、トトリちゃんはそのパメラさんが幽霊だってことを知らないみたい。この様子だと『アランヤ村』の人たちはみんなそうなのかも?

 

「……となると、止めるかどうかは置いといても、ロロナに説明不足だってことも含めて一回三人で話したほうが良さそうかな? でも、その前に……」

 

 色々考えていて、少し首をかしげながらうつむき気味になっていた僕は、顔を上げてトトリちゃんのほうを見た。

 

 

 

「えっと、それで…………()()()()()()()()()?」

 

 

 

 僕がそう言ったところで、僕とトトリちゃんがいるこの場の時間が止まった……。そう思えるほどの静けさが部屋を満たしていた。

 

 そんな沈黙が一分満たないくらいの時間があった後、先に動いたのはトトリちゃんだった。

 

「……そういえば、前回ここに来た時にマイスさんが留守でいなかったから、()()()話せてなかったんだった……」

 

「あの事?」

 

 僕が聞き返すと、トトリちゃんは「はい」と言って頷き、話し始めた。

 

「実は、ピアニャちゃんがわたしたちに付いてきちゃった理由に関わってくるんですけど……」

 

 

――――――――――――

 

 

「……なるほど。そういうことだったんだね」

 

 トトリちゃんから説明を聞き終えた僕は、納得して一人頷いた。

 

「『最果ての村(あの村)』から見えた『塔』に『悪魔』が封じ込められてて、何十年かに一度出てきてしまう『悪魔』に食べられたくないからピアニャちゃんはこっちに来て……。それで、ピアニャちゃんや村の人たちのために『悪魔』を倒したいけど、外から『塔』に入るには生け贄を一人差し出さないと扉が開かない……かぁ」

 

「はい。でも、村の人たちを助けるためとはいえ、誰かを犠牲にするなんて絶対したくないすし……それで先生に相談してみたら、パメラさんを生け贄にするって言いだしちゃって……」

 

「それで最初の話に戻るわけだね」

 

 ようやく、僕の頭の中で今回の話の一本の道筋ができた。

 

 それにしても、ギゼラさんを探す冒険で『最果ての村(あの村)』にたどり着いた時、マークさんが『塔』に行ったって言ってたけど、その時言ってた「しっかりと閉ざされていた扉」のカギがまさか生け贄だったとは。危険な『悪魔』を封印しているだけに、製作者側からしては簡単には開けさせたくなかったんだろう。

 でも、いつ出てくるかわからない『悪魔』を倒すには、こっちから扉を開けないといけないわけで……それで生け贄が必要になって……

 

「でも、もう死んでるのに、生け贄になるのかなぁ?」

 

「へっ? もう死んでる……って、どういう?」

 

「うん。それは今度パメラさんに会った時に本人に聞いてみて。僕が説明してもいいんだけど……やっぱり実際に見てみないと信じられないと思うから」

 

 今のパメラさんは何をどうしたのかはわからないけど、普通に生きている人とかわらないから、僕の口から「実は幽霊なんだー」って言ったところで信じられないだろう。前みたいに浮いたり、()けたり、すり抜けたりしてれば、すぐに信じられると思うけど……。

 でも、よくよく考えてみれば、そのあたり以外は普通に陽気なお姉さんって感じなんだよねぇ。

 

 

 

「ということは、この前(ウチ)に来たのは、生け贄の事を相談するためだったのかな?」

 

「あっ、はい。それと、できれば『悪魔』を倒しに行くのに、一緒に来てもらえないかなーって……」

 

「もちろん、トトリちゃんからの頼みであれば手伝うよ! ……まぁ、ちょっと今後の予定と相談しなきゃいけないんだけどね。だから、大体の日にちを教えてくれれば問題無いよ」

 

「ありがとうございます! えっと、予定ではもうすぐ……だったんですけど、こないだの『スカーレット』のことでお姉ちゃんを不安にさせちゃったから、少し『アランヤ村』にいようかなって」

 

 そこまで言ってトトリちゃんは「それに……」と言葉を続けた。

 

 

「今度、村でお祭りがあって、そのお手伝いをしないといけないから……『塔』に行くのはその後になると思います」

 

「お祭り? 『アランヤ村』ってお祭りがあるの?」

 

 『アランヤ村』にはそこまで頻繁に行っているわけじゃない。だから、これまでにお祭りをしているような様子に出くわしていない可能性もある。……けど、トトリちゃんたちはもちろん、前に(うち)に来ていたギゼラさんからもお祭りについては全く聞いたことが無いのはさすがにちょっと不思議だ。

 だから、そういった疑問もこめてトトリちゃんに問いかけてみた。

 

「あっ、はい。わたしも知らなかったんですけど、昔はやってたみたいですよ。それが復活して開催するってペーターさんが言ってました」

 

 トトリちゃんが言う「ペーターさん」っていうのは、『アランヤ村』で馬車の御者をしている男性だ。トトリちゃんのお姉さんのツェツィさんやメルヴィアと同年代で幼馴染……だったはず。

 

 「はず」だとか、全体的に情報が少ないのは、ただ単純に僕がペーターくんと関わりが少なかったから知らないだけだったりする。

 というのも、僕が初めて『アランヤ村』に来た時はツェツィさんとメルヴィアの後ろについて行く……というより、メルヴィアに引っ張られてる子ってイメージだった。そして、トトリちゃんが冒険者になってから僕が『アランヤ村』に時々立ち寄るようになってからはといえば、僕が行きは人or金モコ状態の徒歩で、帰りは『リターン』の魔法で移動していたため、馬車を使う機会が無くてやっぱり関わりが無かった。

 

 ……いや、いちおう滞在している時に挨拶くらいは交わしたりしたけど、何故かペーターくんが僕を避けている気がするんだよね……。何故か嫌われてるっていう意味では、マークさんが似たような感じだったけど、マークさんと違ってペーターくんから避けられる理由が全く見当がつかない。

 

 まぁ、そんなこんなでペーターくんのことはあんまり知らないのだ。

 

 

「それにしても、『アランヤ村』でお祭りかぁ……ねぇねぇ、どんなことするの?」

 

「それが、ペーターさんが教えてくれなくて……名前は『豊漁祭』で、あと……あっ、そうだ!」

 

 トトリちゃんが何かを(ひらめ)いた様子で手を叩く。

 

「実はペーターさんに頼まれたことがあって……人を集めてくれって」

 

「人を?」

 

「はい。祭りで何かするみたいで、そのために「若くて美人の女の人を八人集めてくれ」って言われてて……それで、そのことで相談が……」

 

 そうトトリちゃんは、ちょっと申し訳なさそうに僕にその相談を打ち明けてきた。

 

 

「若くて美人の女の人……心当たり、ありませんか?」

 

「ええっと…………参考までに聞くけど、これまでに集まったのは?」

 

「おねえちゃんとメルお姉ちゃん、パメラさん。あと、ロロナ先生、ミミちゃん、クーデリアさん、フィリーさん……です」

 

「七人ってことは、あと一人足りないんだね。……にしても、見事に僕の知ってる面々だなぁ」

 

 『アランヤ村』のお祭りなのに、半数以上が村の外の人って……大丈夫なんだろうか? 記憶にある限りじゃあ、『アランヤ村』には普通にツェツィさんたち以外にも女の人はいたと思うんだけど……他の準備とかで忙しいから外からも人を集めようとしてたりするんだろうか?

 

 若くて美人の女の人、か……

 

「『青の農村(うちの村)』には結婚してる子してない子、どっちの女の子もいるけど……さすがに行ったことも無い、知り合いもいない村のお祭りに出てくれる人はいそうにないかなぁ」

 

「わたしだけじゃなくって、マイスさんも一緒にお願いしてくれたら……」

 

「せめて何をするのかがわかってたら、僕も誰かに勧めたりできるんだけど……そこがわからないんじゃ、ちょっとね」

 

「あははは……ですよねー」

 

 がっくりと肩を落とすトトリちゃん。だけど、言ってることからすると、この僕の返答はなんとなくは予想していたみたいだ。

 

 トトリちゃんには悪いけど、さっきも言った通り、何もわからないお祭りに無理矢理参加してもらうっていうのはさすがにできない。

 そう考えると、やっぱりトトリちゃんの知り合いで、なおかつ『アランヤ村』に行った事のある人がベストだろう。せめて、後者はともかく前者の方……トトリちゃんの知り合いだとうことはほとんど必須条件になるんじゃ? となると……

 

「あっ、リオネラさんには声をかけてみた? 人混みはまだちょっと苦手みたいだけど、『青の農村(ウチ)』のお祭りには何度も来てくれてるし、お祭り自体はほとんど問題無いと思うよ。それに、ロロナやフィリーさんが行くってなってるんなら、たぶん断らないんじゃないかな?」

 

 それに、何をするかはわからないけど、リオネラさんにはホロホロとアラーニャとの人形劇があってお祭りを盛り上げることもできるから、いたら心強いんじゃないかなーって思ったんだけど……。

 

「えっと、実はリオネラさんにはもう声はかけてみてたんです」

 

「あれ? そうだったの?」

 

「マイスさんの言う通り、先生とフィリーさんの名前を出したら行きたそうにしてくれたんですけど……その、お祭りの日の午前中に続き物の人形劇の公演の予告をもう出しちゃってて、今からそれを取り下げるのは心待ちにしてくれているお客さんたちに申し訳ないから予定は変えられない……って」

 

「なるほど。それは仕方ないね」

 

 きっかけはともあれ、長い間ホロホロやアラーニャとやってきている人形劇だからこそ、真剣にしっかりと向き合ってやっていきたいって気持ちがリオネラさんにはあるんだろう。

 

 でも、聞いたところでは『豊漁祭』自体には興味があるみたいだ。きっと人形劇の予定さえなければ、トトリちゃんの頼みの対し頷きお誘いに乗っていたんじゃないかな? だとすれば、『豊漁祭』にはお客さん側でも参加できたほうがいいと思う。

 

「なら、僕は人形劇を終えたリオネラさんと一緒に、『トラベルゲート』を使って『豊漁祭』に行ってみようかな? 個人的にも興味があるし」

 

 

 

「それでも、いつになるかわからないから、リオネラさんを人数に(かぞ)えられませんよね……。ああっ、あと一人どうしよう」

 

 悩ましそうに大きなため息をつくトトリちゃん。

 

 僕としても、何とかしてあげたいところだけど……やっぱり何をするのかがわからないっていうのがネックになってしまう。

 

「じー……」

 

「ん? どうかした?」

 

「美人かどうかは微妙だけど、カッコイイっていうよりはカワイイ感じで整ってて、目もパッチリしてて、まつげも長くて……腕とかもそんなに太くないし……」

 

 な、なんだかわからないけど、トトリちゃんが僕の事をジロジロ見ながら、何かブツブツと言い始めた。

 そして……

 

 

「マイスさんって、若くて美人さんですよね?」

 

 

「それって、女の人って話だったよね!? 僕は男だよ!?」

 

「でも、服を変えて、ちょっとお化粧したら行けると思いますよ? マイスさん、童顔ですし」

 

「でもも何も、そこはどうしようもないよ……」

 

 女装とかそんな話に持っていかれるのはさすがに遠慮したいから、困っているトトリちゃんには悪いけど、僕はこの話題はもう切り上げてもらうことにしよう。

 

 ……未だに「えー……」と残念そうにしているトトリちゃんに嫌な寒気を感じつつ、僕は逃げるようにして新たな『香茶』を淹れにキッチンへと向かうのだった……。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「あっ、マイスさんにもう一つ聞いておかなきゃいけないことがあったんだ!」

 

「……なんだか今日は、いろんなことを聞かれるね」

 

 まぁ、そういう日があってもおかしくはない。それに、頼られたりすること自体は僕はむしろ嬉しいことで大好きだ……無理難題じゃなければね?

 

 そう思いながら、トトリちゃんの口から出てくる次の言葉を待ってたんだけど……

 

 

「この前わたしたちを助けてくれたモコちゃんに、近々(ちかぢか)会いに行こうって話になってて……モコちゃんって、『アランヤ村』の近くとか『アーランドの街』でも見かけますけど、普段どこにいるんですか?」

 

「えっ!? ……ええっと何かお礼とかなら、僕が伝えたり渡したりするよ」

 

「いえ、おねえちゃんたちがち直接お礼が言いたいって言ってるんで……それに、やっぱりわたしもモコちゃんにちゃんとお礼をしたいですからっ!」

 

 そうイイ笑顔で言うトトリちゃん。

 

 ……これは観念するしかないだろう。

 

 大丈夫、昔、フィリーさんやリオネラさんが遊びに来たときにやっていた要領で、トトリちゃんたちを家で待たせて僕が外のどこかで変身してくればいい。それでなんとかなるはずだ。

 あとは、僕がボロを出さないように注意すればいいだけだからね。うん、問題無い、問題無い……問題無い、よね?

 

 

 少し不安に思いながらも、「いつツェツィさんたちが来てもいいように準備しておこう」と心の中で決めた僕だった。

 




 ついにあのイベントが目前に! 『塔の悪魔』を倒しに行く前にイベントが発生して、パメラさんのところで「???」となった『トトリのアトリエ』から始めたプレイヤーも結構いたのでは?
 そして、そのためだけに紹介され、登場することとなる某御者。出番丸々カットじゃないだけマシだと思います。


 そして、()()()()を未だに知らないマイス君と、うっかり()()()()を伝え損ねたというか「知ってるもの」と思いこんでて気付いていないトトリちゃん。

マイス「村の人を食べちゃう『塔の悪魔』か……うん、それは倒さないと!」

トトリ「はい! 倒しに行きましょう!」

 ……それが今後の展開に影響を与えるかどうかは不明ですが……見方によってはマイス君が少しかわいそうだったりします。


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5年目:トトリ「いつも通りの『青の農村』」

 投稿遅れてしまい申し訳ありませんでした。
 今回は本当に謝ることしかできません……。パソコンの前で寝落ちしたのは久々です。


 『豊漁祭』!……は次回からで、今回は前回の最後にあった「トトリたちと金モコの交流回」……に見せかけた「フラグを建てる回」です。
 最近、そういうお話が多い気がしなくも無いような……?



 

 

***青の農村***

 

 

「こうして来たってことは、やっぱりあの子も『青の農村(ここ)』に住んでる子なのかしら?」

 

「それが、違うみたいで……。マイスさんが「いるように言っておく」って言ってたし、普段はあちこちに行ってるらしいから『青の農村』に住んでるってわけじゃないみたい」

 

「ふぅん、そうなんだ。まっ、青い布巻いてたし『青の農村(ここ)』の子だってのは間違いないんだろうけど」

 

 おねえちゃんの問いに答えたわたしの言葉に、メルお姉ちゃんが相槌を打つ……。そんな事をしながら、わたし達は並んで歩き『青の農村』へと足を踏み入れた。

 

 

「……で、どこにいるのよ? モコちゃんっていう例の金色のモンスターは?」

 

 そう。メルお姉ちゃんが言う通り、今日わたし達が『青の農村』に来たのは、『アランヤ村』の近くまでスカーレットの群れが来たあの時にわたし達を助けてくれたモコちゃんに会うため。

 あの時はお礼も何も言えなかったから、わたしもおねえちゃんたちも一度ちゃんと会ってお礼を言いたかったのだ。

 

 それで、そのモコちゃんがどこにいるのかって話だけど……

 

「たぶんマイスさんのところに……あっ、でももしかしたら村の中をウロウロしてるかも? 落ち着いてるってイメージがあんまり無いし……」

 

「なら、途中で誰かに聞いてみたりしながら、マイスの家を目指せばいいんじゃない?」

 

「そうね。もしかしたらその途中でバッタリ会うかもしれないし」

 

 メルお姉ちゃんの言葉に頷いたおねえちゃんが、そう言って「じゃあ、行きましょ?」と続けた。

 

 

 ……と、畑や畑に囲まれたお家に挟まれている村の中の道を歩いていると、向かっている方向から大きな荷物を背負った人がコッチに来ているのが見えてきた。

 見えてきたその顔はわたしの知っている人だった。

 

 

 その人はコオルさん。わたしが初めて『青の農村』に来た時に会ってから、ここに来るたびに何度も会っている人で、お友達……ってほどじゃないけど、こうして会っては世間話をしたりするくらいの仲になっている。

 

 『青の農村』を拠点にして活動しているけっこう大手の行商人さん……らしいけど、わたしにはそんな印象が無くて、普段の村の運営とかお祭りとかをまとめている「村の偉い人」ってイメージが強いかなぁ?

 なんていうか村長のマイスさんを差し置いて、実質の村のナンバーワンな気がする。それに、時々突拍子の無いことをするマイスさんのブレーキ役っていうイメージも……ちゃんと(おさ)えきれてない気もするけど。

 

「こんにちは、コオルさん。お出かけですか?」

 

「おうっ、トトリか。ちょっと街の奴と新しい取引があってさ、それでちょっとな。……と、そっちにいる二人は、確か前にも『青の農村(ウチ)』に来てたよな?」

 

 そう言ってコオルさんが目をやったのは、おねえちゃんとメルお姉ちゃんのほう。

 

 そういえば、おねえちゃんたちとちゃんと会ったのは初めてだった気がするから、せっかくだし紹介しておいた方が良いよね?

 

「えっと、こっちがわたしのおねえちゃんで、こっちが幼馴染で村の先輩冒険者のメルお姉ちゃん。……で、おねえちゃん、メルお姉ちゃん、この人は『青の農村』を拠点に行商人をしてるコオルさんだよ」

 

「はじめまして、ツェツィーリアです」

 

「どうもー、メルヴィアよ」

 

 軽く頭を下げて挨拶をするおねえちゃんと、手をヒラヒラさせて挨拶をするメルお姉ちゃん。

 それに対して、コオルさんは二カリと笑って二人へ向かって話しだした。

 

「ああ、よろしく。紹介してもらった通り、オレはコオル。トトリにはウチのお祭りに参加して盛り上げてもらったり、ウチの村長を連れだしてくれたりしてもらってて、ずいぶん世話になってる」

 

「あの……お祭りのほうはともかく、村長のマイスさんを連れだすのはご迷惑になっていないんですか?」

 

 コオルさんの言っていたことが気になったんだろう。おねえちゃんが、ちょっと不安そうにコオルさんに(たず)ねた。

 聞かれたコオルさんはといえば……困ったように笑いながら首をすくめていた。

 

「それがそうでもないんだよな、これが。アイツの場合、程よく休めばいいのに普段からずーっと働くし、祭りの準備でも人の仕事を取ってしまいかねないくらい働こうといるからな。アイツのチカラは心強くはあるし色々と頼ってる部分はあるんだけど、働き過ぎられるとそれはそれで困ったことになるんだよ、いろんな面でな」

 

 そう言って「ハアァ……」と深いため息をついたコオルさん。

 説明を聞いてもおねえちゃんとメルお姉ちゃんには、具体的にそれがどう問題になるのかわからなかったみたいで、少しだけ首をかしげてしまってた。前にそのあたりのことを聞いたことがあるわたしはといえば、「あははは……」となんとなく笑っておくことしかできなかったよ……。

 

 

「そういえば、トトリたちは何の用で来たんだ? またマイスか?」

 

「マイスさんって言えばマイスさんかもだけど、正確にはモコちゃんに用があって……それで、前に来た時にマイスさんにモコちゃんに会えるようにお願いしてたんです」

 

 わたしがそう言うと、コオルさんは納得したみたいで「ああ、なるほど」と頷いた。

 

「しっかし久しぶりだな、アイツに会いに『青の農村(ここ)』に来る奴は」

 

「えっ、前は沢山いたりしたんですか?」

 

「まあな。一時期から「幸せを呼ぶ金色のモンスター」だとかそういう噂が広まってさ、そのころはよく外から来た奴が「いませんか?」って村の人間に聞いたりしてたんだ」

 

「あっ、その噂ならアタシも結構耳に挟んでたね。ちょうどアタシが『冒険者』になったころだったかしら? 他の噂が悪い意味で気になって、アタシ自身はコッチには行かなかったけどさ」

 

 「今はこうして普通に来てるけどね」とメルお姉ちゃんは付け足して言った。

 そういえば、わたしが「幸せを呼ぶ金色のモンスター」の話を聞いたのはメルお姉ちゃんからで、その時、他にも「クワでグリフォンを追い払う」とか色んな噂のことも聞いたんだっけ?

 

 わたしはそんな事を考えていたんだけど、目の前にいるコオルさんは目を瞑って少し黙ったかと思えば、短いため息を吐いた。当時のことでも思い出していたのかもしれない。

 

「あの頃は大変だったぜ。そういう奴が来る(たび)に「マイスのところに行ってみろ」って毎回毎回言って……」

 

「マイスさんのところに? それって、やっぱりあの子はマイスさんがお世話してるんですか?」

 

「んー、そういうわけじゃねぇんだけど、今は違うが、当時はマイスしか村のモンスターたち全員のことを把握できてる奴がいなくてさ。あとは……あのモンスター自体がちょっと特殊つーか……」

 

 腕を組んで喋っていたコオルさんだったけど、そこまで言ったところで口を止めて少し俯いたような体勢で首を振った。そして、顔を上げたかと思えば、わたし達にニカリと笑いかけてきた。

 

 

「話そうと思えばいくらでも話せるけど……そろそろオレも時間でさ。悪いけどここまでだな」

 

「あっ、すみません、呼び止めちゃって」

 

「気にすんなって。まぁ、今回トトリたちはマイスに事前に言ってるみたいだし、問題無いと思うぜ? じっくり話してみたりしていきな」

 

 そう言ってコオルさんは「じゃっ!」とわたし達を通り過ぎて街の方へと向かって行った……。

 

 

 

「あのコオルって人が言うには、アタシらが考えてた通りマイスの家に行けばいいってことよね?」

 

「うん、それで間違い無いと思う」

 

 メルお姉ちゃんの確認にわたしは頷いてみせる。

 ……と、おねえちゃんが何故か歩いて行ってるコオルさんの後ろ姿をじーっと見つめていた。

 

「どうしたの、おねえちゃん?」

 

「えっ、ちょっとね……あの人、ジーノくんみたいに砕けた話し方だったけど、その割にはなんだか凄く真面目そうな感じがして……ちょっと驚いちゃったの」

 

 おねえちゃんの言うことは、なんとなくわたしにもわかった。

 けど、わたしの場合はコオルさんの事を色々知ってるからだったりもするんだけど……。

 

「聞いた話だと、村のお金のこととかお祭りの計画とかはコオルさんがまとめてるらしいよ?」

 

「それって村長のマイスの仕事じゃないの?」

 

 メルお姉ちゃんの指摘に、わたしとおねえちゃんは「そうだよね」と頷く。

 

 

 本当に、事実上の村のトップってコオルさんなんじゃないかなぁ……?

 

 そんな事を思いながら、わたし達は改めてマイスさんの家へ向かって歩き出した……。

 

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家前・玄関***

 

 

 いちおう村の中にモコちゃんがいないか、キョロキョロ周りを見て確認しながら歩いていったわたし達。

 そして、特に何も無くマイスさんの家へとたどり着くことが出来た。

 

 さっそくノックをしようとしたんだけど……少し気になることが……。

 

「……? マイスさんの声?」

 

 そう。普通にしてても外から聞こえるくらいの声でマイスさんが何かを言ってるような気がする。

 思わず漏れ出していたわたしの呟きに、おねえちゃんが頷いてくれた。

 

「そうみたい。お客さんが来てるのかしら?」

 

「例の金色のモンスターとかかもよ? でも、マイス以外の男の声もするから違うかも。なんか聞いたことがある気がするんだけどなぁ?」

 

 そう言って、メルお姉ちゃんは首をかしげる……と、思いきや、そのまま横移動をして玄関の横にある窓から中を覗きこみ始めた。

 

「あっ、なるほど。アイツだったかー。それにあの様子だと、ノックしてもしかたないしだろうし入っちゃおうか?」

 

 窓から離れて、再びわたしとおねえちゃんのそばに戻ってきたメルお姉ちゃんが、そう言って玄関の扉を開いた。

 ……って、勝手に入ってもいいのかな? ……これまでにいるかどうかわからなくて、何回か入ったことはあるけど。

 

 

 ちょっと不安に思いながらも、わたしはメルお姉ちゃんに続いてマイスさんの家へと入っていく。

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

「理論はだいたいわかった。……け・ど! 僕は認めないよ!」

 

「ホントに頭が固いんですね、マークさんは! 何度も説明しましたけど、この『魔法』は『ルーン』を(もち)いる確立された技術なんです! メカニズムもマークさんに合わせて理論的に教えたでしょう!?」

 

「だーかーらー! そのそもそもの『ルーン』が気に入らないって言ってるんだよ!! 『プラントゴーレム』の説明の時にも聞いたけど、なんだいその不思議パワーは!? 人やモンスターが内に秘めてるだとか、大地や空気中にも存在してるって言うけど、僕は一回も見たこと無いし感じたことも無いよ!?」

 

「見た事はあるでしょう!? うちの周りなんかにもいるフワフワ浮いてたりする『ルーニー』を! あの子たちは『ルーン』の集合体で、精霊とかそういったスピリチュアルな存在で……」

 

「不思議パワーが不思議生物を呼んだだけじゃないか! アレらが生物かどうかは怪しいけども!」

 

 

 

「えーっと……どういう状況なんだろ、これ」

 

 本が数冊おかれたテーブルを挟みながらも、それぞれイスとソファーから腰を浮かし気味に身を乗り出すようにして言い合っているのは、この家の持ち主のマイスさんと()()()()()

 何のことを話しているのはさっぱりだけど……二人ともケンカしているかのように、結構大きな声で言い合ってる。

 

「よくわかんないけど……力づくで止めてみる?」

 

「ちょっとメルヴィ!? いくらなんでもそれは……!」

 

 握りこぶしで自分の手のひらを殴るようにして手を叩いてたメルお姉ちゃんを、おねえちゃんが驚きながらもすぐに止める。そうするとメルお姉ちゃんは「冗談よ」とケラケラ笑ってた。

 

 

 ……まぁ、わたし達がそんなことをしている間にも、マイスさんとマークさんの口論は白熱していってて……。

 

「ですから! そこで『ルーン』と使用者の意識とイメージが……」

 

「そこのことはもう大方わかってるんだって! 問題はその『ルーン』の存在の証明であってだね、キミの言う『魔法』の原理じゃないんだよ!!」

 

「あるったらあるんです! ロロナの師匠のアストリッドさんは、僕が何か言う前に空気中から『ルーン』を摘出(てきしゅつ)して勝手に納得してたのに……マークさんは頭が固すぎます!」

 

「なんだいその言い草は!? 化学が錬金術により劣ってるとでも言いたいのかい!? いいだろう! 僕も科学のチカラで『ルーン』とやらを見つけ出してみせようじゃないか!!」

 

 マークさんがそう言って勢いよく立ち上がり、わたし達のいる玄関のほうへとカツカツと歩いてきた。

 

 

 ……で、こっちに来たマークさんも、そのマークさんを目で追っていたマイスさんも、ここでようやく私たちのことに気がついたみたいで、ふたりともハッとした顔を一瞬だけしてた。

 さっきまでの強い口調と勢いは何処へ行ってしまったのか、いつもの猫背とゆるい表情になったマークさんは、わたし達を見てにへらと笑った。

 

「いつぞやぶりだね、お嬢さん。いやぁ、お見苦しい所を見せちゃったね。どうしても熱くなってしまう話題でね、少々騒がしくなってしまったよ。……まぁ、僕はこれで失礼するから、ゆっくりしていくといい」

 

 そう言ったマークさんは、わたしの横を「おっと失礼」と一言言ってから通り過ぎ、玄関の扉を開けた。

 ……と、はたと何かを思い出したのか「あっ」と声をもらして振り向いてきて、わたし達のほう……では無く、その向こう側のマイスさんのほうを見て口を開いた。

 

「そうそう。最初の()()()だけど、アテがあるから二、三日で用意しておくよ。料金は……まぁその時に話そうか」

 

「あっ、はい。わかりました」

 

 さっきまでの言い争いは何だったのかと思ってしまうほど、アッサリとマークさんとマイスさんの間で交わされる会話。

 それにわたしが驚いているうちにマークさんは「じゃっ」と外へと出ていってしまう。

 

 そうして残されたのは、マイスさんとわたし達なわけで……イスから立ち上がったマイスさんがわたし達のほうへと向きなおった。

 

 

「いらっしゃい。ええっと……とりあえず『香茶』を淹れなおしますから、みなさん座って待っててくれませんか?」

 

 

――――――――――――

 

 

 用があるのはモコちゃんにだから『香茶』は断ろうかとも考えたけど、マークさんが出ていった後のあの場の何とも言えない空気のせいでなんとなく断れなくて、わたし達は言われるがままイスとソファーに座ることとなった。

 

 

 ……少し経ってから、キッチンのほうから『香茶』を持ってきたマイスさんに、わたしはさっそく話を切り出そうとして……それよりも先に、マイスさんのほうからわたしに話しかけてきた。

 

「来てくれたところに悪いんだけど……実は僕、今からちょっと予定があって家をあけなきゃいけないんだ」

 

「ええっ!? そんな……」

 

「あっ、ううん! トトリちゃんたちは家にいてくれていいんだよ? 今からでかけるついでにあの子に「トトリちゃんたちが来た」って伝えるから」

 

 そう言ってマイスさんは、こっちを向いたまま玄関のほうへと後ろ歩きで歩いて行く……。

 

「ん? でもそれなら、アタシたちも出ていって会いに行ったほうが早いんじゃないの」

 

 うん。確かに、メルお姉ちゃんの言う通りだと思う。わたしも、マイスさんと一緒に出た方がいいんじゃないかなーって気はしてる。

 

「それに、マイスさんがいないのに居座るのって迷惑にならないかしら……?」

 

 お姉ちゃんも申し訳なさそうにマイスさんに言っている。

 けど、対するマイスさんは玄関の扉に背中をくっつけた体勢で、ブンブン首を横に振ってた。

 

「ううん! せっかくきてくれたんですから、家でゆっくりしていってください! ……というか、留守番をしてもらっちゃう感じで、むしろありがたいくらいですよ? だから、冷蔵庫の中身を勝手に食べちゃうくらい好き勝手してくれてもいいです!」

 

「いや、いくらなんでもそれは……」

 

 いちおうわたしがマイスさんにツッコミを入れるけど……半分予想していた通り、特に触れられずにスルーされてしまう。

 そして、マイスさんはそのまま扉を開けて……

 

「そんなにかからずに帰ってきますけど……気にせずゆっくりしててくださーい」

 

 そう言い残して出ていってしまった。

 

 

 

「……なんかマイス、変じゃなかった?」

 

 玄関の扉をジーッと見つめ続けてたメルお姉ちゃんが、ポツリとそう呟いた。

 

「そうかしら? マイスさんが親切過ぎるのはいつものことだと思うんだけど……?」

 

「それはそうだけどさぁ、なんかねぇ……」

 

 おねえちゃんの言葉に、腕を組んで首をかしげるメルお姉ちゃん。

 見慣れてるはずなのに、目がメルお姉ちゃんの胸元にいっちゃうのは……わたしじゃなくてメルお姉ちゃんが悪いと思う。

 

 ……って、今はそういうのじゃなくて!

 

「何言ってるのメルお姉ちゃん、マイスさんが変なのはいつものことっていうか、昔からだよー?」

 

「「…………」」

 

 ……なんでだろう? メルお姉ちゃんとおねえちゃんの視線がわたしに突き刺さってる気がする。

 

 

コンコンコンッ

 

 

 と、不意に玄関のほうからノックの音が聞こえてきた。

 

「はーい!」

 

 アトリエにいる時の癖で、ついつい反射的に返事をしてしまって、ハッとなって手で自分の口を押えちゃった。

 

 そのわたしの返事を聞いてかどうかはわからないけど、ゆっくりと玄関の扉が開いて……

 

「モコッ!」

 

 プルプルと震えながら背伸びをし、がんばって扉を開けているモコちゃんだった。

 

 

 その姿を見て笑いそうになり、それをなんとか(おさ)えながら……わたしはあの時のお礼を言う前に、モコちゃんを迎え入れる。

 

 

「いらっしゃい、モコちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、って、ここアタシ達の家でもないんだけどねぇ……」

 

 

 そんなメルお姉ちゃんからのツッコミが聞こえたけど、気にしないことにした……。




 どこかで見たことのあるような最後のやりとり。



 次回はちょっと飛んで、ついにあの『豊漁祭』!
 いろんな意味でやりきれそうか心配です。投稿が遅れてたら「あぁ……上手く書けてないんだな」と察してあげてください。



 Q、トトリたちと金モコとの交流は?

 A、カット。


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豊漁祭《上》

※※注意!※※
 このお話には「原作改変」「捏造設定」等がいつも通りに含まれている上に、紳士的な表現や描写が混入しています! ご注意くさだい。


 前回「更新するよ!」と言っておきながら、結局、告知無く一回分更新が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした!
 それだけ力が入っている……と、自信を持っては言えませんが、頑張りました。過去最長19000字越え、第二位の約1.5倍になりました。

 今回のお話はサブタイトルに名前がないように、誰の視点でもないお話となっています。


 そして今回、一部を除いてキャラのセリフは大体原作通りですが、地の文やモブがちょっと大変なことになってしまっています。祭のイベントの内容が内容だけに、紳士的な表現やらが多々あるかと……。R-18までは決して行きませんが、CERO:Bくらいだと思ってください。下手すれば、黒歴史待った無しなお話になってしまったと思っています。
 ……あくまで、個人の感想ですが。

 そう大きな意味があるわけじゃありませんが、作者の勝手な考えに寄り原作とは変更された点は、「声援」などといったわかりづらいものでなく単純明快な「票」になったことです。
 「なんのこと?」と思う人もいるかもしれませんが……あんまり気にしなくていいです。

今回の『豊漁祭』、お話の中で説明されている「アレ」については、気になる方は「トトリのアトリエ 豊漁祭」で画像検索をしていただければ、画像が出てきてみることが出来ると思います。


 そして……途中、諸事情でお見苦しいものが挿入されていますが、大目に見ていただければ幸いです。



 『アランヤ村』。

 

 『アーランド共和国』の中心地である『アーランドの街』から見て南にある海岸沿いの村である。

 海のすぐそばということもあって、主な産業は漁業。そこで得られるものを自分たちで使ったり、村の外の人間と売買することで生計を立てている村だ。……もちろん、漁業以外の農業等も「盛ん」とは言えないが行われている。

 

 また、アーランドの中で唯一の外洋に出れる船を有している場所でもある。

 正確には「外洋船を作れるのは、造船技術が発達している『アランヤ村』くらいだろう」という見解と「大きな船を満足に泊められる立派な港がある土地が無い」という理由で、アーランドには『アランヤ村』以外には外洋船が存在しないのだ。

 

 

 そんな唯一の要素も持っている『アランヤ村』だが……お世辞にも「賑やか」とか「活気がある」とは言えない村である。

 

 別に、村人がいなくて村としての機能が死んでしまっているとか、そういった深刻な事態に(おちい)っているわけではない。多いとは言えないが、村人たちはちゃんといて各々自分の仕事を持ち、時に助け合いながら生活している。

 

 では、何が問題か。

 

 それは、外からの人の出入りが少ないことだ。

 来る人は魚やその加工品の買い付けに来る商人か、たまたま近くの採取地を探索していた通りすがりの冒険者。あとは、この村でアトリエを開いている錬金術士トトゥーリア・ヘルモルト、通称トトリの知り合いくらいだろう。そして、そのどれもがあまり頻繁にやって来るわけでも、大勢で来るわけでもないため、村がそう賑やかになることは無いのだ。

 

 「外洋船は?」と思うかもしれないが、そっちはそっちで「利用する利点が無い」&「大きな危険がともなう」ということで、必要とする人自体が(まれ)である。

 というのも、外洋に出てもあるのは、未踏……ではないものの未開である島々や大陸であり、冒険者以外にはあまり見向きもされない。さらには、外洋に出れば出るほど遭遇するモンスターが強くなるうえ、一度撃退されたとはいえ『フラウシュトラウト』のような規格外の凶悪モンスターの出現も有り得ないわけじゃないため、高ランクの冒険者であっても気軽に行ける場所ではないからだ。

 

 

 まぁ、そんなわけで『アランヤ村』は賑やかで活気のある村とは言い難いわけだ。

 ……比べる対象が、街のすぐそばの『青の農村』だということは、ちょっとかわいそうな気もするが。

 

 

 

――――――――――――

 

 

***アランヤ村***

 

 

 

 そんな『アランヤ村』なのだが……『アランヤ村』を訪れた『青の農村』の村長という肩書を一応持っているマイスには、今日の『アランヤ村』は心躍るものだった。

 

 

「うわぁー……! 賑やかだねぇ、やっぱりお祭りはこうじゃないと!!」

 

 

 そう! なんといっても、今日は『アランヤ村』の『豊漁祭』の開催日。

 村のあちこちが飾り付けられ、食べ物・飲み物・お土産物各種の出店が村のあちこちに出ている。また、アランヤ村の人たちの宣伝の賜物(たまもの)か、はたまたどこからか噂を聞きつけたのか、村の外から来た人も多いようで普段とは比べ物にならないほど人通りが多い。

 『アランヤ村』は今まさにお祭りの空気で満たされているのだ。

 

 そんな場所に来て、あのお祭りでも有名な『青の農村』の村長であるマイスがテンションを上げずにいられるだろうか? いや、そんなはずはない。

 なお、村長だからではなく、正しくは……『シアレンス』で季節ごとのお祭りが楽しみのひとつになり、アーランドに来てからは年に一度の『王国祭』だけで少し不満を感じ、共和国になり『王国祭』がなくなってしまってからは、新たにできた自分たちの村でお祭りを開催するようになるくらい……お祭りがいつの間にか好きになってしまっていたからなのだが……。

 その『青の農村』のお祭りが、マイスが時には私財をガッツリ使っているという事実を知れば、その祭り好き加減も知れることだろう。……お祭りで消費したマイスの私財の総額(そうがく)を知る事はあまりオススメしない。

 

 

 

 さて、そのマイスだが、今日の『豊漁祭』には一人で来ているわけではなかった。

 

 

「は~。『青の農村』の祭と比べりゃ人数は少ねぇけど、村の規模的には上出来な感じか?」

「そうね。むしろ、普段との人の多さの差はコッチのほうが大きいんじゃないかしら? ……リオネラ、人が多いけど大丈夫?」

 

「う、うん。こういう人混みは『青の農村』のお祭りで慣れたから……」

 

 ……アラーニャの問いにそう答えながらも、時折周りをキョロキョロして少し落ち着きが無い様子なのはリオネラ。そう、マイスは以前考えていた通り、『トラベルゲート』を使って午前中に街での人形劇の公演を終えたリオネラを連れて『アランヤ村』に来たのだ。

 

 そしてもう一人……。

 

「ここがマスターの弟子の生まれ故郷ですか……。おにいちゃん、ホムは彼女のことを何と呼べばいいのでしょうか?」

 

「えっ? うーん……普通に「トトリ」とか「トトリちゃん」でいいんじゃないかな?」

 

「わかりました」

 

 マイスの言葉にいつもの仏頂面で頷いたのはホムンクルスのホム。

 ホムがこんな質問をしたのは、創造主であるアストリッドを「グランドマスター」と呼び、そのアストリッドの弟子であるロロナを「マスター」と呼んでいるので、そのまた弟子であるトトリのことも「○○マスター」などと呼んだほうがいいのでは? と、ホムちゃん自身が考えたからなのだろう。

 ……そういうことを聞くのは、マイスにではなくてアストリッドに聞くべきなのだが、この場にいない以上仕方ない。

 

 ホムがマイスたちと共にいるのは本当に偶然で、今朝たまたまマイスの家を訪ねてきたからである。……少し時間がズレてしまっていたらマイスがいなかったわけなので、なんとも運が良いというか……。

 

 

 

 マイス、リオネラ、ホムの三人組は、あちこちに出ている出店を眺めたりしながら、とりあえず村の中心の広場のほうへと歩いて行っていた。なお、普段よりも人の行き来が多いため、アラーニャとホロホロはリオネラの両サイドには浮いておらず、アラーニャをリオネラが、ホロホロをホムが抱きしめる様にして持ち運んでいる。

 

 ……と、そんなマイスたちの進んでいる方向から三人の知った人が歩いてきた。むこうもマイスたちに気付いたようで、ちょうど目が合った。

 その人物とは、『アランヤ村』出身の冒険者であるジーノ。マイスはもちろん、リオネラやホムともいちおうは面識がある。

 

「あっ、マイス。それに、人形劇のねぇちゃんとちみっこも……」

 

「やぁ、ジーノくん! お祭り、楽しんで……て、どうしたの? その左頬(ひだりほほ)?」

 

 いつもより二割増しに元気な挨拶をしたマイスだったのだが、何やら元気が無い……というか、上の空なジーノを不思議に思い首をかしげていた。そして、変な様子のジーノの中でも目立っている、何故か真っ赤になっている左頬のことを本人に聞いてみるのだった。

 

「虫歯? いやでも、なんだか手形のようにも見えるような……?」

 

「な、なんでもねぇって!! じゃあな!」

 

 マイスの言葉で何故かハッとしたジーノは、それ以上の言及(げんきゅう)を避けるように、手で頬を隠しながら別れの言葉と共に足早にマイスたちの(わき)を通り過ぎていった…………っと。

 

「あっ」

 

 余りにも普段のジーノとは違う様子だったため、ちょっと心配になり通り過ぎていったジーノのことを振り返ってまでして目で追っていたマイスだったが、謎の呟きと共に不意にジーノの背中が止まったことに少し驚く。

 そして、そのジーノもマイスたちのほうへと振り向き、口を開いた。

 

「酒場、今日は何もしてないから入るなよ! 絶対だぞ!?」

 

「え? うん、わかったよ……?」

 

 いきなりで何のことかさっぱりだったマイスだが、とりあえず反射的に了解の返事を返した。それに満足したのか、ジーノは再び歩き出し、マイスたちからドンドン離れていった……。

 

 

「……なんだったんだろう?」

 

「さぁ? ホムにもわかりません」

 

 マイスの呟きに首を振りながら言葉を返すホム。その言葉にマイスは「だよね」と相槌を打ち、その上で気になっていたことを口にする。

 

「左頬は目立ってたけど……なんだか()()()()()()()()()()ような気がするんだけど、僕の気のせいかな?」

 

「確かにそんな気が……。それに、なんだか耳まで赤かったような気もするような……?」

 

 マイスの言葉にリオネラが同意して、付け足して言った。

 

 ジーノの変な様子や謎の注意が何だったのかはわからず、揃って首をかしげる三人……。とはいえ、ジーノ本人が何処かへ行ってしまった以上考えても答えは出てこないわけで……

 

「もしかして風邪かな?」

 

「せっかくのお祭りなのに……ちょっとかわいそうだね」

 

「ホムは「バカは風邪をひかない」と聞いたのですが……」

 

 三人の中では、そんな結論で落ち着いた。

 

 

 ……実際は風邪などではなく「ジーノ(ぼうけんしゃ)」だったのだが……それはまた別の話である。

 

 

 

 

 そんなこんなで、マイスたちは噴水のある『アランヤ村』の広場までたどり着いた。

 ここにくるまでに見たお店の中に気になったお店は三人とも各々あったのだが……それよりも先に確認しておかなければいけないことがあった。

 

「トトリちゃんやロロナたちが手伝ってることが何かあるはずなんだけど……いったいどこにいるんだろう?」

 

 そう。マイスが言っているように、トトリたちもこの『豊漁祭』で何かをしているはずなのだ。マイスと一緒にいるリオネラも()()のためにトトリから声をかけられていたのだが、人形劇の都合で断ったという経緯があった。

 

「若くて美人の女性を八人……でしたか? 看板娘にしては人数が多いとホムは思うのですが?」

 

「そうなんだよね。それに、何をするのかはトトリちゃん自身も知らないみたいだったし、よくわからなくって……」

 

 せめて何をしているのかがわかっていれば、どのあたりにいそうだとかわかりそうなのだが、マイスたちにはそれすらわかっていないのでどうしようもなかった。

 

 

 マイスが「トトリちゃんたちに会うのはひとまず諦めて、お祭りを楽しんでしまったほうがいいかな?」と考えだしたのだが……

 

「……? あっち、人が集まってる?」

 

 リオネラが不意にこぼした呟きにマイスと、そしてホムも反応した。

 二人がリオネラの視線を追ってみると……確かに、一角に人が沢山集まっている。よくよく見てみれば、その人々が幕を下げられた劇場のような屋根付き箱型の大きなステージを囲むようにして集まっていることがわかった。

 それを見て、マイスが首をひねる。

 

「あんなところにあんな建物無かった気がするけど……もしかして、何かイベントでもしてるのかな?」

 

「そうなんじゃない? それ以外にあんなのをわざわざ作る理由がわからないわ」

「つっても、そんなに盛り上がってる様子じゃねぇから、まだ始まってないのかもしれねぇな」

 

 アラーニャとホロホロが各々見た感想を言う。そして、それに続くようにして、ホロホロを()(かか)えているホムが、マイスの顔を見ながら彼に問いかける。

 

「おにいちゃん、行ってみますか?」

 

「うん……でも、もう人がいっぱいで、あの中に割って入って前にいくのはさすがにできないし……正面じゃなくて、人の少ない脇の方から観てみることにしよっか」

 

 その提案に、ホムもリオネラも頷いた。特にリオネラのほうは心なしか力強く頷いていた気がする。ある程度は人混みに慣れたとはいえ、やはりできる限りは避けたいのだろう。

 

 

 ……というわけで、マイスたちはステージの方へと移動を始めた。

 

 

 三人が端の良い感じの位置に移動出来たころ。ちょうどその時にステージ上に一人の男性が上がり、観客たちがにわかに騒がしくなり始めた。

 そう。『豊漁祭』のメインイベントが始まる時が来たのだ……。

 

 

――――――――――――

 

 

「あーあー。会場にお集まりの主に紳士(ジェントルマン)の皆様。大変長らくおまたせしました。アランヤ村『豊漁祭』メインイベント『美少女水着コンテスト』、いよいよ開幕です!」

 

 ステージの(はじ)でそう高らかに宣言したのは、『アランヤ村』出身、村と街の間を中心とした馬車の御者を生業(なりわい)にしている青年、ペーター。

 そのペーターがステージ脇にあった縄を引っ張ると、ステージの大半を隠していた幕が左右にシャーッと開かれた。

 

 幕に隠されていたステージ、そこにいたのは……並んで立っている、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「こ、ここ、こんなの聞いてないですよー!?」

 

 そう弱々しい声で泣きそうになりながら、しゃがみ込んだ上に腕で何とか体をかくそうとしているのは、フィリー。緑と黄緑をベースとしたボーダー(がら)の、バスト部分はチューブタイプの上下でわかれた(セパレート)水着を着ているが、本人が隠そうとしているため中々にわかり辛い。

 

 

「いえ~い! みんな楽しんでる~?」

 

 フィリーと打って変わって楽しそうにポーズを取ったり、観客に手を振ったりしているのは、パメラ。彼女が身につけている水着は白と黒を基調として落ち着いた色合いの草花のデザインなのだが……形状がなんとも表現し辛く、胸部は二本の帯が交差して左右の胸を隠すようになっている。……とにかく、色合いとは裏腹に大胆なデザインの水着だった。

 

 

「ま、たまにはこういうのもいいかもね。ほら、アンタも前出なさいって」

 

 特別恥ずかしがる様子もみせたりせず、そんな事を言いながら隣にいる幼馴染の背中を叩いているのは、メルヴィア。着ている水着は「ビキニ」と言われて真っ先に思いつくであろうセパレート水着。色は明るいメルヴィアらしい、赤、橙、黄、黄緑の暖色のグラデーションになっていた。

 

 

「や、やだ! ちょっと、押さないで!」

 

 一歩下がっていたのにメルヴィアによって前に出されたのは、ツェツィ。茶色をベースとしたチェック柄のスカート付きワンピースタイプの水着を着ていて、これまでの水着の中では肌面積が少ないように見える。が、実は背中のほうはバッサリと開いているため、背中側にフェチズムを感じる人であれば(おもむき)深いもの……なのかもしれない。

 

 

「あ、あははは……さすがにこれは、恥ずかしいね……」

 

 頬を赤く染め、本人の言葉通り恥ずかしそうにしているのは、ロロナ。普段着ている服と同様に赤とピンクを基本色としたビキニ水着。ただ、メルヴィアとは違い、腰にパレオと呼ばれる布を巻いているため、全体の印象がまた違ったものとなっていた。

 

 

「恥ずかしいなんてもんじゃないわよ! なんであたしが、こんな見せ物みたいにっ!!」

 

 恥ずかしさと怒り、その他諸々が混ざってしまい色々と大変そうなのは、クーデリア。彼女が身に付けているオレンジ色の水着はオーソドックスなワンピースタイプの水着で、あえて特筆するべき点は、肩紐や水着の(ふち)などに細かなフリルがついていて可愛らしいことくらいだろう。

 

 

「トトリ……? あんたには後でゆっくり話があるから、覚悟しておきなさい」

 

 もの凄く鋭い目つきで、今回ステージに上がっている女性陣を集めてまわった人物を睨みつけているのは、ミミ。その水着は見る人(別世界の人間)が見れば「赤のチャイナドレス」と表現しそうなデザインで……違いといえば、水着ということもあって(たけ)(また)と同じくらいまでしかないことくらいだろうか?

 

 

「そ、そんなこと言われても、わたしも知らなかったしー!」

 

 睨まれながらも、自分も被害者であることを主張しているのは、トトリ。彼女はクーデリアと同じく縁に小さなフリルがあしらわれた、青と水色のビキニ系のセパレート水着を着ている。また、左右の腰のあたりに結ばれている青いリボンがワンポイントとなっていていいアクセントになっていた。

 

 

 水着姿の八人の女性に、会場の熱気はさらに高まる。当然だ。男は単純で……なおかつ紳士となれば、その結束力も半端ではない。これが盛り上がらないはずがなかった!

 

 

「さてさて、それでは順番にお話をうかがっていきましょう。なお、このコンテストの優勝を決めるのは皆さんの票です! 最後の投票の際に、お気に入りの娘のエントリーNO(ナンバー)を書いて投票してください!」

 

 ペーターからの説明を受けて、紳士と少々の淑女たちは応えるように「おおー!」と歓声をあげた。

 

 そして、ここからが本番。

 出場者を一旦、観客からは見え辛いステージ脇の舞台(そで)にさげ、一人づつステージに出てもらいインタビューをする……いわゆるアピールタイムだ。

 ……出場者たちにアピールする気があるかは不明であるが。

 

 

 

 

 

 

「それではエントリーNO.1番! アーランドの冒険者ギルドの受付嬢! フィリー・エアハルトさん!」

 

「え、え、わ、私ですか? あ、あの、そのぅ……」

 

 ペーターに呼ばれて舞台袖から出てきた……というよりは、ノリのいいパメラとメルヴィアに押し出されて出てきてしまったフィリーは、未だに落ちつかない様子でキョロキョロしながら(ちぢ)こまってしまう。

 

 そんな様子はお構いなしに、ペーターはイベントを進行していく。

 

「いやー、本日ははるばる遠いところをありがとうござい……」

 

「きゃあああ! ちち、近づかないでください! それ以上、だめー!」

 

 ……まあ、そうなるだろう。慣れた『冒険者ギルド』の受付ならまだしも、こんな大勢の人前、それも水着姿で男性に近づき喋るなんてことは、あのフィリーには無理な話だ。

 

 だが、そんなフィリーの性格や事情も知らず、察してやれるほど立派な大人ではないペーターはといえば……

 

「え……でも、近づかないとお話をうかがえないですし……」

 

 無自覚ではあるものの、容赦無くフィリーに近づいた。

 

「いやー! こないでー! 変態(へんたーい)!!」

 

 そうなれば当然逃げだすのがフィリーだ。涙目になりながら一瞬にして舞台袖のほうへと帰って行ってしまった。

 なお、観客たちの方からは何故か「ありがとうございますっ!」という声がちらほら聞こえてきていた。

 

「あー……トップバッターということで、かなり緊張されてたみたいですね」

 

 最後まで的外れなことを言うペーター。実に残念……残念なのは元からだった。パーツパーツは結構美形なのに猫背やら表情やら内面がアレなため、ペーターは残念な奴なのだ。

 

 

 

「気を取り直していきましょう。エントリーNO.2番! 村のオジサマ方に(ひそ)かな人気を(ほこ)る『パメラ屋』の店主。パメラ・イービスさん!」

 

「は~い♪ 今日はあたしのために集まってくれてありがと~!」

 

 ノリノリ以外に言葉の見つからない調子のパメラ。おそらくは彼女が最も観客へのファンサービスをする人物だろう。

 なお、人気だったのは『アランヤ村』のオジサマだけではなく、『アーランドの街』でも一定数のファンを持っていた。そして、実はどこから聞きつけたのか、観客の中に街在住のパメラファンが混ざっていたりする。……奥さんのいるオジサマは、怒られたりしないのだろうか?

 

「いやあ。ノリノリですね、パメラさん」

 

「うふふ。あたし、こういうのに一度出てみたかったの」

 

 そう言って体を左右に揺らしながら笑うパメラ。紳士な観客の大半はその揺れに合わせて揺れる豊満な胸に目を取られている……。これはパメラの計算ではなく偶然だろう、魔性というやつかもしれない。

 

「さすがパメラさん。見た目だけでなく、心も若々しい。……しかし、本当に歳をとってませんね。村に来たのは何年も前なのに、全く見た目が変わって無いような……何か、若さを保つ秘訣でもあるんですか?」

 

「無いわよ? ただ、あたしは歳をとらないの。死んじゃってるから」

 

 ペーターの、本人にとっては何気ない質問。だが、それへのパメラの返答によって場の空気が一瞬固まった。

 

「……え? すみません、よく聞こえなかったんですが……?」

 

「だから~、もう死んじゃってるの。だから、歳はとらないの」

 

 今度こそ鮮明に、全員の耳に届いたであろうパメラの言葉。そこで「え、ええ~っ!?」といった感じに大騒ぎにならず、「何言ってるんだ?」となるのは良いのか悪いのか……。

 そんな中で、街からのファンで昔のパメラを知っているオジサマは「まったく、そんなことも知らないのか……それにしても、他人(ひと)を驚かそうとするおちゃめさは相変わらずだな」と、優越感に(ひた)りつつ彼氏面をしていた。……なお、そんなことを考えている人は複数人いるため、パメラは色々とオジサマ方をカンチガイさせてしまっているようだ。

 

「んー、えー……ま、祭りのテンションで少々舞い上がっているようですね」

 

 またもや的外れな事を言うペーター。……だが、今回はさすがに仕方ない気もする。

 

 

 

「次、次に行きましょう! エントリーNO.3番は……ああ、まあ来るんじゃないかと思ってました。メルヴィアさんでーす」

 

「はーい、どうもー」

 

 先程までの紹介よりもあからさまにやる気がなくなっているペーター。また、呼ばれたメルヴィアもいつも通りの調子で軽い挨拶をして出てきた。

 

「はい、ありがとうございました。それでは続いて……」

 

「ちょっとちょっと。さすがに扱いが悪すぎるんじゃないの?」

 

 紹介してすぐに退場させようとすることに、抗議の声をあげるメルヴィア。しかし、幼馴染で気の知れている間柄だからか、ペーターは遠慮も無く、自分の気持ちのまま態度もそれ相応に適当な感じで、メルヴィアを軽くあしらうように言う。

 

「それは司会者権限ということで。はいはい、時間もおしてますからー」

 

「ふーん、今日はずいぶん強気なのねー。いくら優しいあたしでも、怒ることくらいあるのよー?」

 

 まぁ、ペーターが強気でいったところで、昔からの力関係が(くつがえ)ったりはしないのだが。

 さすがのペーターもメルヴィアが怒っていることには気付き、途端に低姿勢になる。

 

「あ、あの……今はほら、大勢のお客さんが見てますから……ね?」

 

「見てない時ならいいってことよね? それじゃ、後でゆっくりお話ししましょうねー?」

 

 いまさら低姿勢になったとしても、メルヴィアの怒りが(おさ)まるわけではないので、ペーターが後々痛い目を見るのは逃れられない運命だろう。

 

 なお観客の中に、二人の最後のやり取りを聞いて()()()()()()()をしてしまった紳士たちがいたとか。……さすがに想像力が豊か過ぎでは?

 

「……少し、調子に乗り過ぎたかもしれません。まぁ、後のことは後で考えるとして!」

 

 撮り返しのつかないとこは、考えても無駄なのでひとまず置いておく。ある意味賢いかもしれない。ペーターだが。

 

 

 

「続いてのエントリーNO.4番……来ました! 文句なしの優勝候補! ツェツィーリア・ヘルモルトさんです!!」

 

「は、はい! うう、恥ずかしい……」

 

 贔屓(ひいき)されまくりな紹介で呼ばれたのは、トトリの姉であるツェツィ。

 贔屓されている理由は、司会のペーターがツェツィに惚れているため。本人はそれを隠しているつもりだが、村の人はだいたい察している模様。幸か不幸か、当のツェツィには気付かれていないが……ある理由で逆に「ペーター君は私の事を嫌っている」と思っている始末。

 

「ありがとうございます! 素晴らしいです! あーっと、そのー……」

 

「素晴らしいだなんて、そんな……。流れで参加しちゃったけど、やっぱり場違いだったかなって」

 

 勢いは良かったのに、目の前に水着姿のツェツィがいるからか次第に言葉が出て来なくなってしまうペーター。いっつもそんな感じだからトトリやジーノに「へたれ」と言われてしまうのだ。

 なお、対するツェツィはペーターが言葉に詰まったことをマイナスな方向に(とら)えてしまったようで、遠慮というか自虐的な事を言ってしまっていた。

 

 ここで上手くフォローできれば、ツェツィの中のペーター株は爆上がりなのだが……

 

「いえいえ、そんなことは決して! つまり、だから……」

 

 ……やはり、ペーターはペーターである。肝心なところを言っていけない。

 

「司会者ー! なーに緊張してんのよー!」

 

「う、うるさい! 口を挟むな!!」

 

 そんなペーターを舞台袖から茶化すメルヴィア。それにペーターは即座に反応して言葉を返す……こうやってメルヴィアに対して言うように、ツェツィにも思ったままのことをビシッと言えれば……無理か、ペーターだもの。

 

「あっ、ごめんね。私の水着なんて見ても、コメントしずらいわよね。次の人にかわるから」

 

「あ、待った! もう少し……ああ……」

 

 悪い意味で自己完結して舞台袖に戻ってしまうツェツィ。そんな彼女を引き止めることが出来ず、伸ばした手だけが虚しく空を切る。

 

時間(じーかーん)おしてるんじゃなかったのー?」

 

「だ、だからうるさい! あー……こほん。さあ、まだまだ祭りはこれからです!」

 

 メルヴィアの紹介の時に使った適当な理由を、メルヴィアにそっくりそのまま返されたことで、ペーターはイベントを進行せざるをえなくなった。

 

 

 

「次はこの方、エントリーNO.5番。まさかまさかの超有名人のご参加です! ロロライナ・フリクセルさん!」

 

「あははは……よ、よろしくお願いします」

 

 天才錬金術士と名高いロロナ。水着の恥ずかしさに加え、有名人などと言われ慣れていないため、ロロナの顔は一層赤くなった。

 ただし、有名人とは言ってもその容姿についてはあまり詳しく出回っていないようで、初めて会ったメルヴィアには「えっ!? このカワイイ子があの!?」と驚かれたりしている。有名とはなんだったのか。

 

「いやあ、驚きました。まさかこんな小さな村のお祭りに参加していただけるとは」

 

「それは、トトリちゃんに頼まれたからで……こんなことやるってわかってたら、出なかったんだけど」

 

 そんな事を言ったら、参加者の半分以上は参加していなかったと思う。もしそうなっていたとすれば、『豊漁祭』は……少なくともこのコンテストは開催されなかっただろう。それでいい気もするが、ペーターはもの凄く落ち込んでいたことだろう。

 

「しかし、ご高名な錬金術士というのに、ずいぶんとお若い……いや、むしろ幼いと言ったほうが……」

 

「うぐっ! わたしも気にはしてるんですけど……もうちょっと威厳とかほしいなって……」

 

 威厳の無さは童顔とか見た目の幼さ以上に、その性格や普段の言動にあると思うのだが……。結局はそう簡単に変えようが無いので、どうしようもない。

 

「顔だけでなく、体つきもどちらかというと幼児体型なんですね」

 

「うぐぐっ!?」

 

 ショックを受けるロロナ。

 だが、観客からは少なからずペーターの評価へ疑問の声が聞こえてきた。おそらく、ペーターの中ではツェツィあたりが基準になっているのだろうが……それでも、幼児体型寄りと言うのは厳しい気がする。

 

「まあでも、そのへんのギャップがいいという人もきっと……あいたっ!?」

 

「ちょっと! あんた、なにロロナ泣かせてんのよ!!」

 

「せ、先生の悪口言わないでください!」

 

 どこからか石がペーターめがけて飛んできたかと思えば、ロロナとペーターの間に割って入るようにしてクーデリアとトトリが舞台袖から飛び出してきた。

 

 観客の紳士たちの一部が「ああいうのが幼児体型だろJK」「本物の幼児体型キタコレ」「合法と違法……」「いや、17ならもう合法じゃないか?」「えっ、あれで17?」とわざめいたが、クーデリアが睨みつけると大人しくなった。

 ……また「ありがとうございますっ!」と聞こえたような気がするが、何にお礼を言っているのだろうか? そして、彼らは本当に『アランヤ村』の……いや、『アーランド共和国』の人間なのだろうか?

 

「わあぁ!? 出番まだの人は出てこないでください! ええっと……とにかく、ありがとうございました! ロロライナ・フリクセルさんでしたー!」

 

「うう……。しばらく立ち直れないかも……」

 

 なんだかんだバタバタで終ったロロナの紹介。

 ちょっと目に涙を溜めて舞台袖へと帰っていくロロナ。その姿を見てか、観客に紛れていた元騎士が目を光らせ、司会のペーターをロックオンしていた。ペーターに、このイベント(コンテスト)後にまたイベント(意味深)が追加された瞬間だった。

 

 

 

「えっと、それでは続きまして、エントリーNO.6番! この方もアーランドの冒険者ギルドの受付嬢。クーデリア・フォン・フォイエルバッハ嬢です!」

 

「っ……なによ!? ジロジロ見てんじゃないわよ!」

 

 怒りも隠さず、恥ずかしそうにしながらも律儀にステージに出てくるクーデリア。

 その言葉に、会場からは歓声にまざって「恥じらっているクーデリア嬢、いい……」とか、また「ありがとうございますっ!」といった声が聞こえてきた。

 

「さてさて、こちらのクーデリア嬢。一見、参加者中最年少に見えますが、実は……」

 

「ちょっと。どういう意味よ、それ」

 

 ペーター、毒舌のトトリとはまた違った感じで地雷を踏み抜いた。それはもう思いっきり。

 

「へ? そりゃあ、見たまんまの……」

 

「言ってごらんなさい?」

 

 ペーターは何故こうもギリギリで気付けるのだろうか? 逆に言うと、ギリギリまで気付かないのだが。

 笑顔でニッコリ笑っているクーデリア。その背後には真っ黒なオーラが……鬼の顔さえ見える気さえしてくる。

 

「……あの、言ったら殺すぞ的なオーラを感じるんですけど」

 

「うん、殺してあげる♪ だから、早く言ってみなさい?」

 

 クーデリアは笑顔で優しく言う……が、怒っているというのは誰が見ても一目瞭然なように、威圧感がもの凄かった。

 

 なお、観客の中には「()ってきます!」と言ってステージに上がろうし、周りに止められている紳士がいたとか、いないとか。

 

「……あ、ありがとうございました! それでは次の方にいってみましょう!」

 

「チッ……せめてぶん殴って、ストレス解消しようと思ったのに」

 

 とにかくイベントを進行させ、勢いで逃げたペーター。その結果に舌打ちをして割と本気で残念がるクーデリア。

 

 

 

 

 ……と。

 

「ん?」

 

 舞台袖にさがっていってたクーデリアが、ふとその足を止める。その視線の先は観客たちのいる方向……それも端のほう……。

 

「あーっ! あんた来てたのね、リオネラ!」

 

「え、ええっ?」

 

 そう。クーデリアが見つけたのは、イベントを見学していたリオネラだった。

 クーデリアの言葉に反応して舞台袖から顔を出したのは、フィリーとロロナ。

 

「ホントだ、リオネラちゃん来てる!」

 

「ほむちゃんも一緒にいる!?」

 

 二人は……あとクーデリアも、舞台袖に戻ったかと思えば、ステージの裏にあるのであろう出入り口から大きめのタオルを巻いて身体を隠し出てきて、リオネラとホムの方へと駆け寄った。そして……

 

「リオネラ! こうなったら、あんたも道連れよ! ついてきなさい!!」

 

「え……えええぇっ!? そ、そんなぁ」

 

「大丈夫だよ。水着も、リオネラちゃんが人形劇してる時の服と、さほど変わらないから!」

 

 そう言って、クーデリアとフィリーはリオネラを左右からとっ捕まえて、『バー・ゲラルド』のほうへと連行していった。

 

「ほむちゃんも行こうっ! それでそれで、カワイイ水着色々着ちゃおう!!」

 

「マスターの命令であれば、ホムは従います。……ですが、なんでしょう? 仕事と違ってあまり嬉しくありません」

 

 そう言いつつも、特に抵抗もせずにロロナに連れていかれるホム。

 

 

 なお、リオネラとホムと一緒にいたマイスはといえば……

 

「いやぁ、キミがあの『青の農村』の村長さんか!」

「いつもあなたの村の商品にはお世話になってます」

「噂はかねがね。少しお話を聞いてもいいですかな?」

 

「ええっと、今はちょっと……って、ああっ!? 連れてかれちゃった……」

 

 半ば無理矢理連れていかれそうになってたリオネラとホムを見て「さすがに止めないといけないよね」と、動き出そうとしていたのだが……それを察知した近くの紳士たちが世間話をする流れでマイスを(かこ)い、それを阻止したのであった。美女の水着のためなら、紳士にとってこれくらい朝飯前だった。

 

 そして、ここを取り仕切っているはずのペーターはといえば……

 

「おおっ、飛び入り参加者か! なんかコンテストっぽくていいなぁ!!」

 

 止めるどころか、テンションを上げていた。

 

 

 

 

「さあ! 飛び入り参加者が準備をしているうちに、次に行きましょう! ……あー、なんかまたギスギスしそうな予感。エントリーNO.7番! アーランドの名門貴族! ミミ・ウリエ・フォン・シュバルツラング!」

 

「どうも、みなさま。本日はよろしくお願いいたします」

 

 ステージに出てきたのはミミ。それも猫かぶりモードである。

 

「あれ……?」

 

「どうかいたしまして?」

 

「いえ、なんかおしとやかといいますか、想像と違うというか……」

 

「そうですか? 貴族として当然の立ち居振る舞いをしているだけです」

 

 当然、猫かぶりモードにを知らないペーターには違和感たっぷりなわけで、驚き首をかしげていた。

 

「さっき、トトリに毒づいてましたよね?」

 

「人違いでは?」

 

 ペーターの指摘を受け、張り付けていた笑顔をわずかにひきつらせてしまうミミ。だが、それでも華麗に流そうとする。

 ……が、そこで手を緩めないのがペーター。その先に待っているのが自分自身が大変な目に遭う未来と気付かず、そのまま突っ込んで行く。

 

「村で何度か見かけた時は、もっとこう偉そうというか、暴君のようなイメージがあったんですが……」

 

「……一つ、気付いたことを言わせてもらってもいいでしょうか?」

 

「あ、はい。なんでしょう?」

 

 相変わらず笑顔のミミ……だが、先程のクーデリアと同じく、その体からとてつもない殺気を放ちだしていた。

 

「先ほどから場がギスギスしているのは、参加者のせいではなくて……あんたが言わんでいいことを、誰彼構わず、べちゃくちゃ喋ってるせいではないかしらねぇ……?」

 

 もっともな意見である。というか、そうやって指摘してあげているミミはむしろ優しいのではないだろうか? 無論、ペーターは次にいらんことを言った時点で終わりなのだが。

 

「す……すみません……その、大勢の美女を前にして、テンションが上がってしまって……」

 

「あら、美女だなんて恥ずかしいですわ」

 

 珍しく比較的まともな返答ができたペーター。

 喜んでいるように見えるミミだが、当然これも猫かぶりの演技だろう。本心ではどう思っていることやら……。

 

 ……観客の中に「猫かぶりミミちゃんカワイイprpr(ぺろぺろ)」と言っている紳士がいたが……(あめ)かアイスキャンディーでも舐めているのだろうか?

 

「……で、ではミミさん、ありがとうございました……!」

 

 なんとか死地を脱したペーター。だが、基本的に自業自得なため、仕方のないことだと思う。

 

 

 

「さ、さあ! このコンテストの終わりも近づいてきましたが、まだまだ盛り上がっていきましょう! エントリーNO.8番! このコンテストの開催にも尽力してくれました、我が村が生んだ錬金術士、トトゥーリア・ヘルモルト!」

 

「はい! トトリです。よろしくお願いします!!」

 

 恥ずかしい……というよりは、緊張で固くなっている様子のトトリ。……舞台袖から聞こえてくる「トトリちゃーん! 可愛いわよー!」という声援は、間違い無くツェツィによるものだろう。

 

「いやあ、ありがとうっ! あなたのおかげで我々は、至福かつスリリングなひとときを過ごすことができました」

 

「そ、そんな。わたしは声をかけてまわっただけで……」

 

 「至福」はともかく「スリリング」だったのは、九割がたペーター自身のせいだと思うのだが……残念ながら、そこにツッコむ人物はいなかった。

 

「せっかくですし、何かやりません? サービス的なことを」

 

「……は? そ、そんな! 無茶振り過ぎますよ!!」

 

「やっぱりそういうのが無いとコンテストっぽくないだろ? ここは一つ、俺を助けると思ってさ、な?」

 

 同じ村で育ってきた仲からか、メルヴィアに対してとはまた違った感じに遠慮のないペーター。そもそも彼には気遣いとかは出来るのだろうか?

 

「そ、そんなこと言われても、サービスって何を……えっと、ええーっと……」

 

 「できません」とバッサリ断ってしまえばいいのに、その真面目さからか「何かしなければ!」と必死に頭を悩ませ始めてしまうトトリ。

 そして、導き出した答えは……

 

 

「う……うっふ~ん♥……とか、言ってみたりして……」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 色気のかけらもない「うっふーん」に、司会も本人も会場の観客たちも数秒間停止した。

 そんな中で真っ先に動いたのは……無茶振りを振ったペーターだった。

 

「……はい! ありがとうございました!」

 

「ちょ、ちょっとー! せめて何か言ってよー!」

 

 まるで何も無かったかのように流して終わらせるペーターに、顔を真っ赤にしたトトリが非難の声を上げる。

 なお、固まってしまった紳士たちだが、羞恥心で顔を赤くするトトリを見て「これはこれで……」と満足したようだった。

 

 

 

「さあ、ここからは準備か完了しこちらまで来た、飛び入り参加者二名となります! まずはこちら。エントリーNO.9番! アトリエの寡黙な小さき従者。ホムさんです!!」

 

「…………」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 舞台袖からゆっくりと歩いてきたホムは、正面を見て丁寧にお辞儀(じぎ)をした。

 着ている水着は黒に近い紺色の()に水色の水玉模様。また、デザイン的に特徴的なのは、腰から伸びている二段のスカートと肩の部分にフリッフリのフリルがついていることだろう。そのせいか、見方によっては水着というよりバレエの衣装……レオタードなどに見えるかもしれない。

 

 普段からレオタードを着ている人がいた気がするが、気にしてはいけない。

 ……というより、彼女たちの衣装を決めた()()()()の趣味なのでは……?

 

「少々表情が固いようですが、やはり飛び入り参加ということで緊張されているのでしょうか?」

 

「そんなことはありません。ホムはこの程度で緊張したりはしません」

 

 そう淡々と返すホム。それを聞いてひとまず安心したのかなんなのか、ペーターは「そうですか、そうですか!」と満足そうに言って進行を続けた。

 

「飛び入り参加というわけですが、そこまでコンテストに自信があるんですか? それとも、何か目的でも……?」

 

「マスターに命令されただけで、特に深い意味はありません。むしろ、『青の農村』のお祭りとは違い、参加賞どころか入賞賞品すらないようなので、出る意味が全くありません。命令でなければ出てませんでした。」

 

「あ、あははは……さすがにあの村の祭りと比べられると……それに、『豊漁祭』自体久しぶりの開催で手探り状態だったから、多めに見ていただければと」

 

 御者の仕事で『アランヤ村』と『アーランドの街』を行き来しているため、街のすぐそばにある『青の農村』のお祭りについてはペーターも知っていたのだろう。ホムの言ったことに苦笑いをして事情説明……というか、言い訳をした。

 まぁ、確かにペーターの言う通り、『青の農村』と比べるのはあまりに(こく)だろう。色々と条件が違うのだ……主に財力とか。

 

「では、次回のお祭りはもっと良くなるものだと思っておきます。そうなれば、グランドマスターも喜ぶと思いますので」

 

「は、はぁ?」

 

 ホムが言っていることはわかるが、主に「グランドマスター」という一言のせいであまり意味がわからず、ペーターは疑問符を浮かべる。

 なお、ホムが言っているのは他でもない『水着コンテスト』のことで、グランドマスターことアストリッドはコレを見て喜ぶだろうとホムは判断したのだ。その見解は間違いでは無いとは思う……が、アストリッドは「騒ぎ立てる汚らしい男共はいらん」と言って会場の紳士たちを吹き飛ばすだろう。言葉通り、ドッカーン!と。

 その証拠とも言えるのは……

 

「グランドマスターといえば、以前「お前に欲情する変質者は容赦無く殲滅していい」と許可をもらっているのですが……あなたは殲滅(ボコボコに)していい変質者(ヘンシツシャ)ですか?」

 

 しっかりと教育されているホム自身だろう。うみだされた時に与えられている知識の他にも、やや男性に対してキツめの教育が施されているようだ。ただ、今回のに関してはホム自身の身を守るという意味では間違っていない教育だろう。

 

 そして、「変質者ですか?」と聞かれたペーターはといえば……

 

「まっさかー。お前みたいなつるぺたは誰にもそんな目で見られねぇて。まぁ後七年……いや、十年後なら可能性はあるかもだけどさ」

 

 司会の口調ではなく、素の口調でそう返した。

 

「それは良かったです。……ですが、無性にボコボコにしたい気分です。先程のくーちゃんの気持ちがわかったような気がします」

 

 そう呟くホムに名前を出されたクーデリアはといえば……というより、とある身体的特徴を持った人たちは、ペーターに鋭い視線と殺気を向けていた。ペーターなんかにどう思われてもいいだろうが、はっきり口にされると少なからずイラッとくるものがあったんだろう。ペーターはまたもや敵を作ってしまったわけだ。

 

 そして、ペーターの言葉は他の場所にも影響をおよぼしており、会場の紳士たちの間では「大は小をかねる、大きいにこしたことはない」「小さいからこそコンプレックスからの羞恥心が……」「大きいのを気にする娘もいいだろう?」「でかけりゃいいってもんじゃない」「大きい胸より小さい胸。美女より永遠の少女だぜ!」等々……ある種の戦争に発展しそうなほどの論争が巻き起こり出していた。

 もちろん紳士以外の観客たちはドン引きで、紳士たちから数歩離れた。

 

 

 

「さあさあ、これでラストです! エントリーNO.10番最後の参加者も飛び入り参加の方で……もしかすると、会場のみなさんの中には彼女()()を知っている方やファンの方もいらっしゃるのではないでしょうか? 不思議な人形劇の旅芸人、リオネラ・エインセさん!」

 

「あわ、あわわわわ……っ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 目を点にして、固まっている状態でステージに出されたリオネラ。その両サイドにはいつも通りホロホロとアラーニャが浮いている。……逆に言うと、二人を浮かせている(チカラ)のコントロールが切れていないので、極限状態ではなくまだ少しは余裕があるのだろう。

 そんなリオネラの水着は、ロロナが着ていたものと似たようなタイプだった。上下がわかれている黄寄りのオレンジ色のビキニ水着に腰にはパレオを巻いている。決定的な違いは、上下の上のほう……胸の大きさによる差以外にも、肩紐ならぬ首の後ろで結ぶための紐に途中までネットのようなアミアミがついているのだ。そのデザインは、谷間を隠すわけでもなく、開けっ広げにしてるわけでもなく……言うなれば谷間のチラリズムに挑戦しているモノだった。

 

「オイオイ、落ち着けって。フィリーの奴も言ってたけど、普段の服とそんな変わんねぇぞ?」

「いや、そうは言っても水着は水着でしょ? それに、パレオはまいてるとは言っても左足は半分くらい見えてるし、中だって普通に水着でズボンじゃないわ」

 

「そんなこと言われたってどうしようもないっていうか……ううっ」

 

「はははっ、相変わらず賑やかで楽しいですねぇ」

 

 ()()()()のやり取りを見て愉快そうに笑うペーター。

 彼が……いや、彼だけでなくリオネラたちを知っている大半の人がそうなのだが、人形たち(ホロホロとアラーニャ)が喋る事に驚くことはない。その理由は、ある時点からリオネラたちがホロホロとアラーニャの言葉を人前でも隠さなくなったからだ。それがどういう心境の変化から来たかはわからないが、今では人形劇の前にさんにんの漫才のようなやりとりがあるのが恒例になっているほど周りにも受け入れられている。

 なんというか、アーランドの人たちは寛大……というか、順応が上手い気がする。その最たる例が、モンスターたちと暮らす『青の農村』だったりする。

 

「とりあえず、いつもみたいにしてみたらどうだ? 人前に出るって意味じゃ同じだしよ」

「そうね、もうステージにでちゃってるけど、人形劇の前みたいに一回深呼吸して……」

 

「う、うん、わかった。すぅ……はぁ……」

 

 ホロホロとアラーニャに言われて、目をつむり二度三度深呼吸をするリオネラ。そして、最後にもう一度スゥッと息を吸った後、パチリと目を開き……腕を左右に広げた!

 

「そ、それでは、始めさせていただきます! 今日の演目は……!!」

 

「いやいやいや!? そこまでいつも通りじゃなくていいわよ!?」

「そうだって! 一番短いのでも十分くらいかかるのに、今は無理ってもんだぜ!?」

 

 「えっ、あっ……!」と、自分が間違えていつものように人形劇を始めそうになった事に気付き、顔を真っ赤にするリオネラ。失敗したことへの反射的な対応なのか、両手を下腹部あたりで重ねて頭を下げる…………と。

 

 むにょん。

 

 目の前の光景を見て、そんな音が聞こえた気がした紳士たちがいた。

 

 手を重ねていたリオネラだが、緊張のためか腕は伸びきった状態だった。となれば、彼女の出場者の中でもトップクラスの胸は彼女自身の胸に左右から挟まれることとなる。さらにお辞儀をしたことで、多少頭や髪で隠れるものの谷間が正面から見えやすくなった。……それも左右の腕におされ、アミアミに押し付けられる形で。

 

「「「「「おおぉ……!」」」」」

 

「へ?」

 

 何故歓声が上がったのかわからないリオネラは顔を上げる。それと同時に会場からは、主に紳士の人たちによる拍手が沸き上がった。

 

「え、ええっと……あ、ありがとうございました……?」

 

 その拍手が結局何なのかわからないまま、リオネラはこれまた人形劇の時のくせで拍手の中を舞台袖へと帰って行った。

 ……これは、後からどうしてそうなったか聞いたときには、顔をこれでもかというほど真っ赤にしてもだえることだろう。そして「もう人前に出れない……」と……。その場合は、周りの人たちが励ましてあげられればいいのだが……。

 

「トトリ、こういうのをサービスって言うんだぞ……」

 

 そう呟いたのは司会のはずのペーター。今回は何か地雷を踏んだりしたりはしなかったが、リオネラ・ホロホロ・アラーニャのさんにんだけでよかった感があり、司会がその役目をはたしていなかったという意味では一番酷かったかもしれない。

 

 

 

 

 

「以上で、全参加者の紹介が終わりました。会場のみなさん、参加者の方々にもう一度盛大な拍手を!」

 

 ペーターの言葉に合わせて、会場からは本当にたくさんの拍手が鳴り響いた。

 そして、それと同時進行で、ペーターと共にこのイベントの開催につくしている係の人たちが、会場の観客たちから一人一枚の投票権を回収していく。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、投票権が全て集められ少し経ってから、ステージ上のペーターの元に一枚の紙が届けられた。

 

「……と、早くも集計結果が出たようです。記念すべきアランヤ村『豊漁祭』『第一回水着コンテスト』、その優勝者は……」

 

 どこからか聞こえてくるドラムロール。それが最後に「ダンッ!」と大きく一回鳴ったところで、ペーターの口から優勝者が告げられる。

 

 

 

 

 

「エントリーNO.5番! ロロナさんです!!」

 

「へ? わ、わたしですか? えええええ!?」

 

 予想外だったのか、いささか大袈裟に驚くロロナ。そんな彼女をたたえるように会場から再び大きな拍手が沸き起こる。

 その拍手にまざって、「キャベツ娘ー!」とか「さすがだ、鉄腕怪力娘!」とかいう声も聞こえてきたが……それが何のことなのかは、街出身の人ならわかるかもしれない。

 

「おめでとうございます! 国一番の錬金術士の称号に続いて、村一番の美女の座まで手に入れてしまいましたね」

 

「いいのかな? わたし、この村の人じゃないのに……」

 

 そんな事を言ったら、参加者の大半が『アランヤ村』に住んでいる人ではないこと自体が問題になってくるだろう。

 だが、そう言っていることからもわかる通り、ロロナはどこか遠慮している上に納得できていないようだったが……

 

「と、とにかくありがとうございました!」

 

 これまでなんだかんだでお祭りのイベントを優勝して来た経験からか、とりあえず綺麗にまとめることが出来ていた。

 

 

「最後まで初々しいロロナさんでした! さて、それでは今回のコンテストはここまでっ! また次回をお楽しみに!」

 

 最後にペーターがそう言ってしめて、『水着コンテスト』は幕を下ろした。

 だが、『豊漁祭』自体はまだ終わっていない。そして…………

 

 

 

 

 

 

 …………次回はあるのだろうか?

 




 ロロナが優勝してしまったのは、ロロナが結婚相手に決まってるから……ではなく、『ロロナのアトリエ』の正史において『キャベツ祭』や『武闘大会』といった無理矢理参加させられたイベントで、なんだかんだで優勝してしまっているということもあって、そういうイメージがついてしまっていたからです。
 そのあたりについては、次回の本編中でも少し触れさせたいと思っています。

 そして……原作では登場しなかったリオネラとホムを参加させました。原作『ロロナのアトリエ』の水着イベントと同じ水着でもいいかとも考えましたが、誠に勝手ながら水着を考え勝手に描かせていただきました。
 『ロロナのアトリエ』からは作中では何年も経っているのに、髪型とかに変化をつけようとしなかった中途半端さ。……リオネラの髪型についてはいちおう試みてみたんですが、しっくりきませんでしたのでボツとなりました。
 感想は……「慣れないことはするんじゃなかったな……」です。


 次回のお話ですが、コンテスト後のマイス君たちの反応とかをまとめた話になる予定です。


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豊漁祭《下》 【*1*】

 更新、一日ズレてしまい大変申し訳ありませんでした。
 またもや遅れてしまいました! 年末年始といい、休みが取れてもやらねばならないことが多くて時間が中々取れません。仕方のないことではありますが……。

 今回もグダグダ長くなってしまいました。やっぱりキャラをいっぱい出しても扱い切れずロクなことにならないことがわかりました。



 そして! 先日『リディー&スールのアトリエ』のプレサイトがオープンしましたね!
 キービジュアルらしき二人のイラストや、本日8/14から予約受け付け開始のボックス(セット)の内容公開。さらにさらに、発売ハードがPS4、PSVitaだけでなくニンテンドーSwitchからもという情報も!
 不安もたっぷりですが、期待せずにはいられませんね! 不安もたっぷりですが!!

 公式サイトは8/21オープンらしいので、続報を楽しみに待っておきます。


 

***アランヤ村・『バー・ゲラルド』前***

 

 

 『アランヤ村』の中心地にあたる広場。その一角に面した酒場『バーゲラルド』の出入り口から出てきたトトリは、数歩歩いてから肩を落としながら「はぁ」と大きな種息を吐いた。

 

「つ、つかれたー……なんだか、水着から着替え終わったとたん疲れがドッと来た気がする……」

 

 今トトリが感じているモノは、普段良く経験している冒険帰りの疲労感とはまた違ったものなのだろう。どちらかといえば、『錬金術』のレシピを丸一日かけて考えた後の精神的疲労感のほうが近いかもしれない。

 実際のところは、大勢の人前に出るという緊張や無意識中の興奮、水着である事による更なる緊張と羞恥心、その他諸々(もろもろ)によって特別動いたりしたわけでもないのに疲れんだろう。

 

 

 

 そんなお疲れの様子のトトリ。そのトトリに続いて『バー・ゲラルド』から出てきたのは、同じく水着から普段の服へと着替え終わった『水着コンテスト』の参加者たちだった。

 

 水着から着替えてやっといつもの調子に……となっているわけではないようだ。もちろん、水着の時のように手などで素肌を隠そうとする必要は無いため、そういった素振りは見られない。だが、差はいくらかあるもののトトリのように疲れ気味だったり、機嫌が悪かったりと、いつも通りとは言えそうにもなかった。

 

 

 多数派なのは、ステージ上での恥ずかしさや精神的な疲れは残っていながらも「全部終わったことだし、もう過ぎた事なんだからしかたないよね」と、気持ちを切り替えていこうとしている人たち。ツェツィ、ロロナ、フィリーやリオネラたちがそうだ。

 

「すみませんロロナさん、あんなイベントに参加させちゃって……」

 

「ああっ、気にしないでくださいっ! わたし、昔にこういうことはよくあったから……」

 

「ごご、ご、ごめんね、リオネラちゃん。無理矢理連れてっちゃって……あの時の私、なんていうか極限状態っていうか、最高にはいになっちゃってて」

 

「気にすんなって。オマエだって大勢の前で気絶しないで頑張ってたんだろ? だったらこのくらいは目ぇつぶってやれるぜ?」

「さすがに全く怒ってないわけじゃないけど、許せないってほどでもないわよ。ね、リオネラ?」

 

「う、うん。だから……ね? 今からお祭り、一緒に楽しもう?」

 

 やはり『水着コンテスト』は大変だったようだが、この様子からすると彼女らは持ち直してお祭りを楽しめることだろう。

 

 

 少数派は、疲れや恥ずかしさよりもイラだちが(まさ)っていて、その顔はいかにも「イラついてます」といった感じだった。そうなっているのはクーデリアとミミという、ステージ上でも結構イラついていた二人だ。

 

「ああっもう! なんでこんなことに……! こんな祭、来るんじゃなかったわ…………ま、まぁロロナの水着が見れたのは良かったけど」

 

「あのバカ御者をぶん殴りたい気持ちを抑えてまで貴族らしくしてたっていうのに……なんで私が優勝じゃないのよっ!?」

 

「バカね。あんたがロロナの可愛さに勝てるわけがないじゃない」

 

「何よ!? そう言うあんたこそ、ちんちくりんで見向きもされてなかったじゃない!」

 

 段々と険悪な雰囲気になっていき、睨み合いだす二人。

 その二人を止めたのは、事態を見ていて疲れた体に鞭打って間に入ったトトリだった。

 

「ちょ、ちょっと!? ミミちゃんのイラだってた理由とか突っ込みたい所はあるけど、とにかくケンカはよくないですよー!」

 

「「もとはといえば、あんたが!!」」

 

「ひゃあ!? だ、だからあんなことするなんて知らなかったんだってー!?」

 

 クーデリアとミミに睨まれて縮こまるトトリ。

 まぁ、仕方がない。クーデリアとミミが『水着コンテスト』に出ることとなった原因は、彼女たちの言う通りトトリが誘ったからで……でも、詳細不明の誘いにホイホイ乗ってしまった彼女たちにも責任が無いわけではない。

 

 

 騒がしくなり始めた面々を一歩離れたところから見ているのは、諦め半分だったり、イラついていたりしているメンバーとはまた違った様子の三人。

 

「着替えている時にため息を吐いていたりしてたので、てっきりはしゃぎ疲れてしまったと思ったのですが……どうやらホムの見当違いだったようです」

 

 仲良くお喋りしていたり騒がしくしている姿を見て、淡々とそう述べたのはホム。その表情は相変わらずの無表情で、疲れはもちろん、コンテストのことも何とも思っていないように見える。

 

「まっ、なんだかんだ言いながら、みんな元気は残ってるみたいね。一安心、これでお祭りを周れませんーってなったら、残念なんてもんじゃないわよ」

 

 いつもの調子でケラケラと笑っているのはメルヴィア。コンテストの紹介の際にぞんざいに扱ってきたペーターには色々と言っていたりはしていたものの、コンテスト自体はどこか楽しんでいる雰囲気も感じられたし、苦でもなかったのだろう。

 

「そうよね~。お祭りはこれからなんだから、もっと楽しまないと。……ってことで~、このままみんなで一緒にまわったりしちゃわな~い?」

 

 こちらも、普段通り……というか、幾分テンションが高くなっているように思えるのは、パメラ。今の様子やコンテストが始まった時からノリノリだったことからもわかるようにに、参加者の中であのイベントを最も楽しめたのは彼女だろう。

 

 

 さて。クーデリアとミミ、あとトトリによる騒ぎの中の呟きだったが、そのパメラの言葉はそばにいたホムやメルヴィア以外にも聞こえていたようだった。

 

「うんっ、いいねそれ! パメラの言う通り、せっかくだしこのままみんなでお祭りまわっちゃおう!」

 

 パメラの提案に真っ先に賛成したのはロロナだった。どうやら気持ちは入れ替えることができたようで、すっかりいつもの調子に戻っている。

 そんな彼女が乗ったとなれば、その性格からして周りの人も誘うのは目に見えたことだ。そして、それに釣られる人はいても、誘いを断るような人はまずいないだろう。

 

「ね、ね! くーちゃん、一緒にまわろうよ!」

 

「あのコンテストの後にみんなまとまって歩いてたら、どう考えたって悪目立ちするじゃない! イヤよ、そんなの!! ……で、でも、まぁロロナがどうしてもって言うなら、考えてあげなくもないけど……」

 

「トトリちゃんも、一緒に行こう!」

 

「はい! お祭りのお店の準備の手伝いをちょっとしましたから、どこに何があるかわかってます。せっかくですから、案内します! よかったら、ミミちゃんも一緒にどうかな?」

 

「なんで私があんた達と……」

 

 トトリの誘いに不満げに言うミミ……だが、おそらく、ほぼ間違い無くほんの少し後には陥落して一緒について行くことになっていることだろう。

 

 連鎖的に広がっていき、「ロロナちゃんが言うなら」とリオネラも乗り、それについて行く形でフィリーも賛同した。そして、特に誘いに乗る理由も断る理由も無いメルヴィアやツェツィもその流れからか「じゃあ、あたしたちもせっかくだし」と誘いに乗ることとなった。

 

 

「ほむちゃんも……あれ?」

 

 だが、その流れが不意に止まることとなった。

 止めたのは、流れのままホムも誘ったロロナ。誘いの言葉を途中で止めて不思議に思い、かつ、驚いて声を上げた。

 

 ……そうなった原因は他でもない、誘う為に目を向けたホムにあった。

 いつも通りの無表情に()()()ホムの顔。だが、ホムのと付き合いが長く彼女の事をよく知っている人物であれば、その一見無表情に見える顔もそうではないことがわかったであろう。

 ロロナもそうだった。目の前にいるホムの表情が()()()()表情(もの)に見えたため、つい誘いの言葉を止めてしまったのだ。

 

 

 だが、当のホムはといえば、そんなロロナの様子を逆に不思議に感じて首をかしげたのだった。

 

「……? マスター、どうしたんですか? みんなで一緒にお祭りを見てまわるという話だったのでは?」

 

「へ? あ、うん。そうなんだけど……」

 

 言ってることや、その声色からしていつも通りな感じに思えるホムだったが、やはりロロナは何か引っかかった。というよりも、悲しそうに見えたその表情がどうしても気になって仕方なかった。

 

 

「えっと……ほむちゃん、もしかしてイヤだった?」

 

「別に嫌というわけではありません。マスターの命令であれば従います」

 

「ううーん。ほむちゃんらしい答えといえばそうなんだけど……」

 

 ロロナは首をひねって考え込んでしまう。というのも、ホム本人は「嫌じゃない」とは言っているものの、やはりどうもおかしいように思えたからだ。ただ、このまま考えているだけじゃ、どうしてそう思ったのかという答えが出てきそうな気もしなかった。

 そこに助け舟を出したのは、いつものようにリオネラのそばで浮いていたアラーニャとホロホロだ。

 

「ねぇ、きっとあの事じゃないかしら? リオネラのほうはすっかり忘れちゃってるみたいだけど……」

「だな。オイオイ、お前が気にしてんのはマイスのことだろ?」

 

 その言葉に、ホムがピクリと反応した。そして、周りのみんなも……もちろんリオネラも。

 おそらくリオネラは「何か忘れているような……?」程度には違和感を覚えていたのだろう。それを()()ホロホロに指摘されるまで気付かないとは……

 

「あっ、そういえばコンテストのほむちゃんを連れてった時、マイス君も近くにいたっけ? もしかして、一緒に来てたの?」

 

「はい。ホムは今朝おにいちゃんに会ってお祭りのことを聞き「一緒にまわろう」ということでついてきました。来るときには、そちらのリオネラとも一緒でしたが」

 

「わっ、私は、前々から「せっかくだし、人形劇が終わってからでもいいから、お祭りに行ってみない?」って言われてて、それで……」

 

「それでマイスさんが二人を連れてきてたって事なんですね。……そういえばリオネラさんのほうは、わたしがお祭りの事を言いに行った時にマイスさんがそんなこと言ってた気がするような?」

 

 トトリを始め、そこにいたメンバーが『アランヤ村(ここ)』にいるとは思わなかった二人が何故『水着コンテスト』の会場にいたのかをやっと知った。

 そして、ホムの言ったことを聞いたロロナは、ちょっと考えるような仕草をした後、少しだけ頬を膨らませた。

 

「むー、マイス君ったらまたわたしに内緒でほむちゃんと遊んでー、ズルい! ……けど、先に約束してたのに、その予定を勝手に変えちゃったらほむちゃんに悪いよね」

 

 『水着コンテスト』に無理矢理参加させた時点で、色々と勝手に予定を変えてしまっている気もするのだが、それを指摘する人物は残念ながらその場にはいなかった。

 

 

 事情を知り、ホムがなんとなく悲しそうにしていた理由もおおよそ察したロロナが出した結論は……

 

「とりあえずまずは一緒にマイス君を探そっか! その後は……それから考えよ?」

 

 「マイスを探す」ということは、人が沢山いるお祭りの中を歩いて探すわけで……

 結局ホムは、みんな一緒にお祭りを見てまわる一員に組み込まれたわけである。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 さて。そんなこんなでマイスを探しながらお祭りムードの漂う村を歩いていた一行だったのだが……なんとも不思議な光景が、彼女らの目に入った。

 

「…………」

 

 賑わっている通りから少し外れた一角。そこにいつもの仏頂面で腕を組んで(たたず)んでいたのはステルクことステルケンブルク・クラナッハ。心なしかその顔は疲れているような気が……おそらくは気のせいではないのだろう。

 というのも、その原因と思われるものがすぐそばにいたため、容易に「疲れているのだろう」と想像できたのだ。

 

「~♪ ~~♪」

 

 ステルクの肩に乗っかり鼻歌を歌っているのはピアニャ。

 いわゆる『肩車』というものをしているわけだ。ピアニャが着ている服の形状の問題で少々スカートの(すそ)がめくれ上がって色々とギリギリである。だが当のピアニャはといえば、まだそういう年ごろではないのか、女性だけの村で育ってきたからか、別に恥ずかしがったり気にしている様子はない。

 

 

「あっ、トトリだ! おーい!」

 

「…………ハァ」

 

 肩車されているため普段よりも視点が高くなったからか、すぐにトトリたちに気付いたピアニャが元気に手を振る。が、その下にいるステルクは対照的に元気が無かった。

 

 ……で、そんなピアニャとステルクを見て真っ先に動いたのは、ピアニャのことを()でているツェツィだった。

 

「ピアニャちゃん、早く降りなさいっ! はしたないわ!」

 

「えー、楽しいよ? それに、今のピアニャ、ちぇちーよりもおっきい!」

 

「はいはい、私より大きくていいからこっちに来なさい」

 

「はーい」

 

 もうすでに十分満足していたのか、あっさりと身を(よじ)りながらステルクの肩から離れ、両手を伸ばしてきているツェツィのほうへと移り渡り抱きつくピアニャ。そして抱きしめられたままゆっくりと地面に降ろされる。

 

 

「ええっと……ステルクさん、何してたんですか?」

 

 大きなため息を吐いたステルクに、ロロナは少し遠慮気味におずおずと問いかけた。

 

「……祭りの途中、たまたま会ってな。何故かなつかれ、よじ登られ、力づくで振り解くわけにもいかず放置していたらああなった」

 

「あ、あはははっ……すみません、ピアニャちゃんがご迷惑を……」

 

 笑ってごまかそうとしてみたものの何を言えばいいかわからず困ってしまい、結局頭を下げるトトリちゃん。その謝罪にステルクは「別にキミが謝ることじゃない」と返した。

 

「へぇ、なんていうか意外ね。ステルクさんって、子供に好かれやすかったりしたかしら?」

 

「何言ってんの、むしろ真逆よ。目が合えば泣かれるくらいには、子供から嫌われてるわ」

 

「まっ、子供じゃなくても目が合わせられない人もいるようだけど」

 

 メルヴィアの言葉にクーデリアが指摘をし、それに続くようにしてミミが呆れ気味に言う。その視線の先には、自覚があるのかビクッと体を跳び上がらせた二人……フィリーとリオネラが。当然だが、二人してステルクと目が合わないようにと顔をそらしている。『青の農村』等でマイスを挟んで何度か会っていたはずだが、残念ながら未だに克服できていないようだ。

 

 多少目つきがキツイのでしょうが無い部分はあるかもしれないが、相変わらず失礼な態度をされてしまうステルク。だが、彼にとっては目をそらされる程度は不本意ながらよくあることなため()()()気にしていない。……不本意ではあるし、「全く気にしていない」とは言えないのだが……。

 

 

 そんなステルクに、追い討ちをかけるように失礼なことを言う人が一人。

 

「ピアニャちゃん、大丈夫? 何もされてない? 怖くなかった?」

 

 そう、ツェツィだ。「怖くなかった?」の前に「(顔が)」と付きそうな気がするが気にしたところで意味がないだろう。

 

 ステルクとツェツィと言えば、『トトリのアトリエ』で顔を見て悲鳴をあげてしまった(あげられた)うえ、「かわいいトトリちゃんを(さら)いに来た人攫い」と勘違いした(された)という、結構無茶苦茶な初対面を果たした二人だ。

 もちろん誤解はトトリによってすぐにとかれ、ステルクが帰った後にはどういう人なのかをトトリから聞いたため、「ちょっと顔が怖いけど親切な元騎士さん」という認識になっている。

 ……なっているはずなのだが、居候のかわいいピアニャのことということもあってか、まるでステルクが犯罪者か何かかのようにかなり失礼なことを言ってしまっている。

 

 ……で、そう聞かれたピアニャはといえば……

 

「……? ううん。ピアニャ、怖くなかったよ?」

 

「わぁ、ピアニャちゃんすごい……。わたしなんて慣れるまで顔もちゃんと見れなかったのに」

 

 心底感心したように言ったトトリの呟きが、ステルクの心に突き刺さった。救いなのは、ステルク自身そのことには()()()()で薄々気づいていたため精神的ダメージが少なかったことだろう。……つまり、前に同じような思いをして耐性がついていたわけだ。救いとは何だったのだろう?

 

 と、トトリの呟きを聞いて反応を示した人がステルク以外にも一人……他でもないピアニャだった。

 どうやら先程まで「怖い」とステルクが結びついてなかったらしく、トトリが言ったことを聞いて初めて「顔」のことなのだとわかったらしい。その結果、ピアニャが改めて導き出した答えは……

 

「この人の顔、怖くないよ? ウォルくんみたいでカッコイイ!!」

 

「ウォルくん……って、確かマイスさんのところにいる『ウォルフ』のこと、ピアニャちゃんがそう呼んでたっけ?」

 

マイス()もそう言っていたが……私はそんなに狼のような顔をしているのだろうか?」

 

 「だからといって乗られるのはさすがに困るのだが……」とステルクは付け足して言った。それは、『青の農村』ではモンスターによってはその背中に乗ったりすることが出来るという事を知っているから言ったのだろう。

 

 

 

 微妙に落ち込んでいるステルク。そんな様子の彼に困ったように笑ってから話しかけたのはロロナだった。

 

「あはははっ……そんな流れで聞くわけじゃないですけど、マイス君見かけませんでしたか?」

 

「彼か……どうかしたのか?」

 

「今、ちょっと探してるんです。わたしが連れてっちゃったほむちゃんと約束があったみたいで……」

 

「なるほど。彼なら少し前に広場のあたりを少しウロウロした後どこかへ歩いて行くのを見た、ちょうどアッチのほうだったな」

 

 そう言ってステルクは、『水着コンテスト』の会場のある方向を指差した。

 

 

 ……と、ロロナをはじめ、その場にいたメンバーが釣られるようにしてその指差した方向を見たのだが……そこに、ギュウギュウ詰めとまではいかない人ごみを避けながら走ってくる影が見えた。

 その人物はかなり慌てている様子で、トトリたちが気付いたよりもかなり後……ほんのすぐそばに来るまでトトリたちのことに気付かずにいた。

 

「ハァ、ハァ……! あっ、トトリ……げっ!? メルヴィア!?」

 

「おーおー。終わってからちゃんと来てくれるなんて、「後でゆっくりお話ししよう」ってあたしとの約束、ちゃんと覚えてくれてたみたいねー?」

 

 走っていた途中で無理矢理立ち止まろうとしてバランスを崩し、尻餅をつくペーター。その彼の前に立ってニッコリと笑うメルヴィアの後ろには、『水着コンテスト』でペーターと険悪な雰囲気になったクーデリアとミミもいて、その鋭い視線を向けていた。

 なお、ペーターにとって唯一の癒しであろうツェツィは、ピアニャにかかりっきりなため、ペーターが来たことにも気づいていない様子だ。

 

 そんな三人に怯えていたペーターだったが、何故かすぐに立ち直り……メルヴィアに跳びついた。

 

「も、もうこうなったらっ、後はどうなってもいいから助けてくれ、メルヴィアー!!」

 

「え、ちょ、きゃっ!?」

 

 いきなりのペーターの奇行に、クーデリアとミミが引いた。そして、くっつかれたメルヴィアは珍しく女の子っぽい悲鳴を上げたかと思えば、ペーターを力任せにふりほどこうとし……ある事に気がついた。

 

「ちょ、ちょっと? なんであんた全身びしょ濡れなのよ?」

 

「なんでって、そりゃあ海にブン投げられたからで……だから、助けてくれって言ってるだろ!?」

 

「いや、「だから」って話の流れが……は? 投げられた? 海に?」

 

 わけのわからない話に首をかしげるメルヴィアだったが……その答えはすぐに目の前に現れた……。

 

 

 

「ペーターくん! どこに行ってるんですか!」

 

「ヒィッ!? き、来たぁ!!」

 

 その声にペーターは短い悲鳴をあげ瞬時に移動し、メルヴィアの背後に隠れる。

 それ以外の全員はその()()()()()()がした方向に目を向けた。そして彼女らが想像した通りの人物がそこにいた。

 

「まだ話は終わってませんよ! ほら、他の人を巻き込もうとしないでください!」

 

「「「「「マイス(さん)(くん)!?」」」」」

 

 一同は驚きの声を上げる。なぜなら、いつもニコニコで温厚なイメージがあるマイスが、珍しくぷんぷんと怒っているのだ。なので、皆驚いており、声こそ出していないものの、普段表情に(とぼ)しいホムやステルクでさえも目を丸くして驚いていた。

 なお、その声には「えっ、なに!?」とマイスが驚かされていたりする。

 

「えっ、ちょっと待って。さっきペーターが言ってた「海に投げられた」って、もしかしてマイスが?」

 

 疑い半分といった感じでマイスに問いかけるメルヴィア。周りも「え、うそ!?」とその可能性に目をみはったが、マイスはと言えば……少し恥ずかしそうな……申し訳なさそうな顔をして口を開いた。

 

「うっ! それは……ついカッとなってしまって手が出ちゃったというか……でも、あれは全然反省しないペーターくんがいけないんだよ!」

 

 段々と声色が弱くなりながらも最後まで言葉を続けるマイス。……つまりは海に投げたこと自体は認めているわけだ。

 

「ま、マイス君も、そんなふうに怒ったりするんだね……」

 

「うん……ちょっと……ううん、かなり以外かも」

 

 そこそこの年月を共に過ごしてきたフィリーとリオネラがそう感想をこぼした。

 確かに、彼女たちの言う通りマイスが怒ることは本当に稀なことである。いつもニコニコしているだけでなく、はしゃいだり、悲しんだり、落ち込んだりと感情表現……というか、比較的感情が顔に出やすいマイスだが、怒っているのを見たことがある人はいないのでは?と思えるほどみんなの記憶に無いのだ。

 

 

 そうなると、みんなは必然的に「どうしてマイスはそこまで怒っているのか?」と言う疑問を持つわけだが……そのことについては、すぐにマイス本人の口から出てきた。

 

 

 

 

「何なんですかあの催し物は! 無理矢理参加させられてる人ばっかりで、楽しめてる人がほとんどいなかったじゃないですか!! 観ている人たちだけでなく参加者も楽しめないとダメですよ!」

 

「「「「「「「ああ、なるほど……」」」」」」」

 

 街を中心に活動している面々とトトリが大体納得した様子で頷いた。が、逆に言うと、それ以外のメンバーはどういうことかわからず首をかしげた。

 その中の一人、メルヴィアが手近にいたトトリにどういうことか問いかける。

 

「なるほどって言ったけど、何か知ってるの?」

 

「何かっていうか、『青の農村』のお祭りというか、マイスさんはいつもお祭りをする時は「みんな楽しく・賑やかに」っていうのが信条みたいで……いつもお祭りを開催する時はみんなが楽しめるように考えてるんだって」

 

 「まぁ、それでも『カブ合戦』とか危なそうなお祭りをやってるんだけど……」と呆れ気味に笑うトトリ。それを聞いてメルヴィアは「ふーん」と何とも言えない返事をしたが一応は納得できたみたいでそれ以上は何も聞いてこなかった。

 

 そして……

 

「あれ? わたしも昔からお祭りにはけっこう無理矢理参加させられてて……マイス君、一回も怒ってたことなかった気がするんだけど……?」

 

「それはあれなのでは? キミは今回のようになんだかんだ言っていつも優勝してしまうから、言うにも言えなかったからではないか? それも彼を差し置いて……」

 

「うぐっ!?」

 

 心当たりがあるようで、ショックを受ける自称:姉。

 

「……って、あれ? 先生が優勝したっていうのを知ってるってことは……ステルクさん、見てたんですか!?」

 

「んんっ!?」

 

 そして、弟子のほうに指摘され狼狽(うろた)える元騎士もいたとか……。

 

 

 

 

「他の村のお祭りに僕の考え方を押し付けるつもりはありませんけど……それでもアレはあんまりですよ! せめて、事前に催し物の内容を伝えた上で了承を得て、参加者を決めるべきです!」

 

「ばっ、バカ言うなよ! そんなことしたら、参加してくれる人がいなくなるだろ!?」

 

「みんなが参加したがらないような催し物を開催しようとしないでください! みんなが参加したがる、観たがるイベントを考えるのが運営ってものじゃないですか!!」

 

「んなこと言われても……水着が見たかったんだから仕方ないだろ!?」

 

 言い合いにもなっていないくらい一方的なやり取りをするマイスとペーター。

 マイスのお祭りに対する熱意がどこから来ているのかというのも気になるところではあるが……それより、自分の素直な意見と欲望をさらけ出して、無意識に周囲の女性陣へのヘイトをためているペーターが心配である。自業自得ではあるが、骨も残らないのではないだろうか?

 

 

 だが、そんな自分に迫る危機にも気付かず、先程の自分の言葉から状況の打開の糸口を見つけた(つもり)のペーターがニヤリと笑う。

 

「そ、それにっ! なんだかんだ言っても、お前だって楽しかっただろ!? 水着姿の女の子を見れてウハウハだっただろ!?」

 

 海に投げられた恐怖心がまだ残っているからか少し歪んでしまっているが、勝ち誇ったように言うペーター。

 しかし、先程から心配されているように、彼の周りにはあの『水着コンテスト』の参加者たちがいる。ついでに()()()を気にかけている元騎士様もいる……幸い誰にも聞こえていなかったようだが、元騎士がペーターの言葉に「むっ……」と少し顔を赤くしながら反応してしまったのは秘密である。

 

 ドヤ顔でマイスと見たペーター。だが……

 

 

「楽しいわけないじゃないですか!!」

 

 

 ペーターが言った後、ほとんど間を開けずにマイスが返した言葉がそれだった。 

 

 その強い口調で放たれた言葉に、ペーターのみならず、他の人たちも目をみはった。そして、その中には「マイスがお祭りに向ける熱意はそこまで……」と感心する人もいた。

 …………が。

 

 

 

 

 

「水着は、みんなで着て浜辺でお城作ったり綺麗な貝殻探して遊んだり、水をかけあったり対岸まで泳いで競争したりするから楽しいんであって、見ているだけで楽しいわけないじゃないですか!!」

 

 

 

 

 さも当然のように言っている……が、残念。マイスは間違ってはいないかもしれないが色々とズレていた。

 そして、上げた例が(みょう)に具体的である。

 

 みんながポカーンとしている中、ここぞという時に何故か察しがいいペーターが、例が具体的な理由を察してしまった。その結果……

 

「お……お前みたいな勝ち組に、俺たちの気持ちがわかるもんかー!! うわぁ~ん!!」

 

 悲痛な悲鳴をあげ、子供のように泣きながらどこかへと走って行ってしまった。

 なお、そんな言葉を投げかけられたマイスはといえば……

 

「勝ち……? え、別に勝負してたわけじゃないはずなんだけど……?」

 

 言われたことがわけがわからず、逃げ出したペーターを追いかけるのも忘れてその場で首をかしげていた。

 

 

 忘れていたとは言っても、マイスはペーターが逃げ出してしまったことにすぐに気付き、「あっ!」と追いかけようとした。……が、その肩に手を置き、止めた人物が……メルヴィアである。

 

「えっーとさ。まだペーター(アイツ)に言いたいことはあるかもしれないけど……今日のところは許してあげてくれないかしら?」

 

「でも……」

 

「いや、うん。気持ちはわかるわよ? あたしだってちょっと()()()したいし……けど、さっきので心がポッキリいっちゃったと思うから、さすがに今日はね?」

 

 まだ納得できていない様子のマイスだったが、「お願い!」と頭を下げられてしまってはどうしようもなかった。ムカムカは残っているものの、ここはメルヴィアの顔をたてて……とまで考えているかはわからないが、マイスは手を引くことにした。

 なお、他の女性陣も別にペーターを追うようなことはしなかったし、追うのを止めたことに何か言ったりすることも無かった。

 

 

 何とも言えない沈黙の中、クーデリアがポツリと疑問を口にする。

 

「……ねぇ。水着を着て遊ぶ話、やけに具体的だったけどそういう経験ってあるの?」

 

「え、うん。前にいた町の中に大きな湖があってね、そこで毎年の夏に『湖開き』があって、夏の間は街の人たちでよく遊んでたんだ」

 

「ふーん……そう」

 

 マイスの返答に当たり障りの無い相槌をつくクーデリア。内心どう思っているかは本人以外わからないだろう。

 

 そして……そうだ! 『青の農村(うち)』にもあんな湖作ってみようかな!……と、とんでもない計画をマイスが考え始めたことも、本人以外気付きようが無かった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 さて。ペーターとマイスのゴタゴタで色々とあったが、無事再会したマイスとホム。だったのだが……

 

 

 「この後は別れる? どうする?」となったところで、みんな……というか主にロロナの意見で「みんな一緒にまわろう!」ということになった。それもマイスだけでなく、なし崩しにピアニャとステルクも。

 

 そうしてようやく動き出した一行だったが……その途中「あっ、そういえば……」とメルヴィアがいい笑顔である話題を放り投げた。

 

 

「そういえば、二人って誰に投票したんですか~?」

 

 メルヴィアとしては空気を面白おかしいものに帰るための話題提供だったのだろう。だが、当の本人達……「二人」と言われて視線を向けられたステルクとマイスからしてみれば、面倒極まりない話題だろう。それに、周りの女性陣が食いついたことも含めて……。

 

 

 

「わ、私はたまたま立ち寄っただけで、コンテストは別に……。そ……それに! あのようなものはいかがなものかと思い、投票はしなかった」

 

 心なしか顔を赤くしてそう言ったステルク。

 メルヴィアあたりは「やっぱり堅物なのねー」という感じで流していたが、クーデリアは「……まあ、大体予想はつくけど」と、面白く無い物というか敵でも見るような目をステルクに向けていた。

 

 

 

 さて。我らがマイスだが……見たところ、話題を振られてもステルクほど狼狽えたりはしていないようで、一見いつもと同じ様子だった。

 

 そんなマイスに視線が集まる。

 

 

「僕が投票したのは…………」

 

 

 

【*1*】

 

 

 

「僕が投票したのは、ロロナだよ」

 

 マイスがそう言った瞬間、その場の時間が止まった……ように感じられた。特に、ステルクあたりはピシッと凍り付いたかのようだった。

 

 そんな中で普通に時間が動いていたのは……他でもないロロナである。

 

「そっかー、マイスくんはわたしに…………って、えええっ~!?」

 

 見事なまでにテンプレ通りのノリツッコミである。

 

 

「えっ、えっ、どうして!? わたし、マイスくんのことだから「一番楽しそうにしてたから!」とか言ってパメラに投票したって思ってたんだけど……なんで!?」

 

「なんでって、それじゃあ『水着コンテスト』の主旨が変わっちゃうよね? ちゃんと「水着姿が良かった人」に投票しないと」

 

 その言葉に、大抵の人が「マイスって水着コンテストの主旨を理解できてたんだ」と少なからず驚いていた。

 

「お祭りの主旨をちゃんと理解していないで参加する人がいたら、他の参加者も開催者側も大変なのは痛いほどわかってるから……」

 

 過去にそういう経験があったのか、マイスは少し目をそらしながら「あはははっ」とかわいた笑みを漏らす。

 

「で、でもでも! わたし、司会者さんも言ってたけど、子供っぽくなかった……? 体型はどうしようもないけど、水着は色とか形ももうちょっと挑戦すれば大人っぽくなったんじゃないかなーって思ってたりするんだけど……」

 

「ううん、全然そんなこと無いよ。むしろロロナっぽくて似合ってたんじゃないかな? でも、別のタイプにも挑戦してみるのはいいことだと思う。今度、水着を着る機会があったら思い切って見たら新しい発見もあるはずだよ!」

 

「えっ、そ……そうかなぁ? えへへへっ……♪」

 

 

 

 

 

「マスターは、おにいちゃんの中で「ロロナっぽい」()「子供っぽい」と大して差が無い認識だという可能性を考慮してないのでは……?」

 

「うん、してないと思うよ……。けど、先生は嬉しそうだから言わない方がいいんじゃないかなぁ?」

 

 ちょっと顔が緩んでいるロロナを見て、妹(けん)元助手と弟子がそんな会話をしていたとか……。

 

 

 

 

 

「色々思うところはあるけど……あんな素直(ストレート)に自分の感想を言ってるのを見ると、清々(すがすが)しくて好印象よね」

 

「それがどうかは置いとくとして……何故私を見ながら言う」

 

「ん? 別に何でもないわよー?」

 

 そんなやりとりが、受付嬢と元騎士の間であったとか、なかったとか……?

 




 サブタイトルと終盤で現れた数字……あれらは一体何なのか……?

 そう遠くないうちにわかる予定です。


 あと、最後のほうに関しては今後の展開の都合によっては加筆修正するかもです。


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5年目:イクセル「女じゃなくても三人寄れば」

※※注意!※※
 このお話には「原作改変」「捏造設定」等がいつも通りに含まれています!


 今回は少し短い……気がしますがこれくらいが普通で、ここ数話がやけに長かっただけです。

 ちょっと同時進行で別のものを書いています……時間が無いとか言ってたのに何をしているのやら。

 これまでにあった「なんの話?」というやつが少しだけ判明するお話です。 



 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 イクセル・ヤーンは『サンライズ食堂』のコックである……何言ってるんだ俺は。

 ともかく、今日も今日とて包丁を走らせ、鍋をかき混ぜ、フライパンを振るい、料理を腹を空かせた客たちの前へと運んでいた。

 

 ……時々、「ちゃんと休んでるか?」と心配されたりもするが、そんな心配されるほどでもない。この生活リズムになってからは結構経っていて慣れているし、その気になれば休みの二日や三日程度取れなくもない。それに、今の生活元々好きでやってる仕事だから別に苦でも何でもないというのもある。

 

 

 

 まぁ、そんな俺のことはさておき……今日も『サンライズ食堂』は賑やかだ。昼間とはまた違った空気の、酒飲みたちが大半を占める大人の時間っていうやつだ。

 そんな中に一人……俺はもうとっくに見慣れてしまったが、夜の雰囲気にはそぐわなさそうな外見(見た目)をした奴が、連れの二人と一緒になってテーブルを囲んでいる。

 

「……って事がきっかけだったんです。それからマークさんとは付き合いがあって、今回ので手を貸してもらうことに決めたのは、その付き合いから来てるんですよ」

 

「あえて補足しておくと、あくまで仕事上の付き合いだけだったんだけどね? でも、あのお嬢さん繋がりで接触機会が増えたせいで、何故か多少は気の許せる相手にいつのまにかなっちゃってたけど」

 

「まぁいいじゃねぇか、マー(ぼう)! マー坊が村長さんがこうして一緒に飲むようになったのも何かのご縁ってやつよ! 将来、それが思いもよらないことに繋がるかもしれねぇぞ?」

 

 「苦労が増える予感しかしないんだけどねぇ」と、嫌そうな顔をしながらジョッキを傾けたのは、この『アーランドの街』でも珍しい機械技術者であるマーク・マクブライン……自称「異能の天才科学者、マーク・マクブライン」だ。

 そのマークと対面する位置にあるイスに腰かけて豪快に笑っているのは、『サンライズ食堂(ウチ)』のすぐ隣の店『男の武具屋』の店主であるハゲル・ボールドネス(おやっさん)。おやっさんも勢いよくお酒をあおっている。

 

 ……で、その二人に挟まれるような位置取りに座っているのは、ご存知「見た目は少年、中身も少年」な『青の農村』の村長マイスだ。

 酒は言うほど飲んでいない。理由は長年の経験でわかっている。こいつはどこか遠慮がある……のではなく、時折気分的な時もあるが、大抵相手によって飲み方を変えている。今回の場合、マークやおやっさんと飲むのは初めてで最初は様子見してて、二人が思った以上に飲みだしたから自主的に介抱する側にまわることにしたんだろう。

 店側からしてみれば、酔っ払いが三人出来上がってしまうより凄く楽でありがたいんだが、どう考えても損な役回りだ。人がよすぎるというか、変に気を遣い過ぎているというか……まぁ、マイスらしいと言ってしまえばそこまでなんだけどな。

 

 

 そんなマイスをよそに、より酒を飲むペースが上がってきているマークとおやっさんだが、二人の間には遠慮とかそういうものはなかった。

 

 というのも、この二人は何故か異様に仲が良い。こうやって『サンライズ食堂(ウチ)』に飲みに来るのも初めてではなく、度々(たびたび)来ては酒飲んで、酔払って、騒いで帰ってく。実のところ、ここ最近では夜の『サンライズ食堂』の常連だったりする。

 歳は離れているし、そんな接点も無いだろうからこんなに仲良くなるとは俺からしてみても驚きだった。……まあ大きかれ小さかれ何かあったんだとは思う。それこそさっきおやっさんが言っていたような「ご縁」ってやつなのかもな。

 

「おーい。もう一杯、追加してくれないかなー?」

 

「マー坊もイケル口だな! よしっ、俺も負けちゃいられねぇ……こっちもジョッキ追加だ!!」

 

 カウンター奥の厨房で、別の席の客の料理を準備をしながら聞き耳を立てていた俺の背中に、そんな声がかけられた。

 

「あーい! すぐ用意するから、大人しく待ってろよー!」

 

 知った顔の常連客ということもあって多少普段の接客口調よりも砕けた言い方で返事をする。

 そんな俺の耳に、「楽しく飲むのに、別に競わなくっても……」というマイスの呟きがギリギリ聞こえた。……あいつのことだし、他人(ひと)が楽しそうに飲んでいるのは止めたり出来なんいだろうけどなぁ……。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 さて。料理を終え、客に運び、新しく酒を用意した俺は、この酒を注文したマークとおやっさんのほうへと向かう。

 

 

「だいたいキミは非常識すぎるんだよ。キミにとっての普通が全員にとっての普通だとは思わないで欲しい」

 

「そのことはこの十年ちょっとの月日で十分にわかってますよ。だからマークさんにはああして事前に説明をしたんです」

 

 ……何の話をしているかはよくわかんねぇけど、いちおう言っておきたいことがある。

 マークが言ってることは、マーク自身にも言えることじゃないのか?

 そして、マイス…………お前はいくらかマシになったのは確かだが、俺から見ると未だにけっこうズレてる気がするんだが?

 

 視線と言葉を交わす二人の間に割って入ったのはおやっさん。

 

「まあまあ、村長さんもマー坊のことも考えてのことだったって話だろ? 別にいいじゃねえか。それに、俺も話は聞きはしたんだがけっこう面白そうな話だったよな。俺としては協力は()しまないつもりなんだが……マー坊はどうなんだ?」

 

「それは、まぁ……ハゲさんの言う通りだと僕は(ぼかぁ)思いますよぉ? 研究時間は削られてしまうけど、僕個人への見返りも十分にあるし……それに、この国が抱えている問題への良い一手になると思ってますから」

 

 

「なんだ? なんか随分とデカい話になってるみたいだが……?」

 

「あっ、イクセルさん」

 

 俺の言葉に真っ先に反応したのはマイスだった。

 俺はマークとおやっさんに酒の入ったジョッキを渡しながら、さっきの話のことをそのまま聞いてみることにする。

 

「んで、結局何の話だったんだよ? 国の抱えてる問題とか言ってたけど?」

 

「なに、この国の教育への注力の足りなさを(なげ)いているだけさ」

 

「教育?」

 

 マークの返答に俺は首をかしげた。

 教育と言えば、いわゆる「お勉強」ってやつだろう。正直なところ俺はあんまり関心が無い……というかそう気にするものじゃなかった。というのも……

 

「あれだろ? 読み書きとか計算とか……そんな感じだろ? 注力も何も、問題無いと思うんだが……普通にどこの家でもやってることだし」

 

「うん、やってるね。でも、僕が言ってるのはもう一歩先……もっと高い基礎能力や専門的な能力を育てる教育の事なんだ」

 

 どういうことだろう?

 俺のそんな疑問が顔に出てしまっていたのか、「それはですね」とマイスが説明を始めた。

 

「とっても凄い技術なのに『錬金術士』がほとんどいないことや、機械技師と呼べるような人がマークさんくらいしかいないことは、そういう人たちを育てられる環境が無いからってことです。それに、専門的な学問だけじゃなくて基礎的な読み書き・計算の能力もあまり高いとは言えないのが現状で……ほら、『冒険者ギルド』が今はちょっと落ち着きましたけど、少し前までは人材不足で大変でしたよね? あれは処理しないといけない書類の量が処理できる量をオーバーしてしまってできる人が少なくて続けられる人がごく少数だったからだそうです」

 

 「性格とかの適性もありますけど、基礎能力の問題かと」と言ってマイスは話を〆た。

 

 まぁ、言わんとすることはわかった。

 確かに、錬金術士や機械技師の少なさについては俺も疑問に思ったこともある。それに、『冒険者ギルド』のほうもクーデリアが「休みがほとんど無い……」と数少ない休みに『サンライズ食堂(ウチ)』に来てぼやいていたことがあったのを覚えている。

 だが、それをどうするっていうんだ?

 

 その疑問に答えたのはおやっさんだった。

 

「んじゃあ、興味を持って行動力がある子供の頃から色々教えたりやらせてみたりした上で、きちんと学べる場を用意してやろうって話になったってわけだ……村長さんのところでな!」

 

 その言葉に、俺は「そうなのか?」とマイスのほうへと顔を向けた。

 

「ええっと……本当は他にも色々とあったんですけど、今回の()()の設立の件に関しては、だいたいその通りです」

 

 

 

「…………ん?」

 

 

 

「まぁ、そういう反応になるよな」

 

 ゲラゲラ笑うおやっさんを無視して、俺はいちおう確認のためにマイスに問いかけてみることにした。

 

「今、学校って言ったか? 学校ってあの学校なのか?」

 

「あはははっ、おやじさんもマークさんもそうでしたけど、凄く驚きますね」

 

「だってなぁ、話には知っているけど学校なんてもんは『アーランド(ここ)』には無い(ねぇ)し……いや、どういうものかくらいは知ってるけどよ?」

 

「その辺りは、良くも悪くも機械の恩恵なんだろうね。よほど精密なものでない限り大抵の人に使えて、なおかつ日々の生活の糧を十分に得られる。その恩恵が浸透し当たり前になった事で、今ある以上の物を開発しようとしなくなったり、知識や技術を蓄える必要性も薄くなったわけだ。その程度で満足してしまうとは、僕としてはどうにも理解し難いけどね」

 

 マイスと俺のやりとりの途中で、そうマークが持論を展開した。珍しく機械に対して否定的……かと思ったが、どうやらどちらかと言うと使う人間側のほうを否定しているようだ。

 

 

 マイスのやることにはもう驚かないくらいに思ってたんだが……これはさすがにそうは言ってられないな。色々と予想外だった。

 

 だが、よくよく考えてみれば、マイスは前々から学校の設立(こういうこと)を考えていたんじゃないだろうか?

 というのも、前に『青の農村』で『体験祭』というお祭りが開かれたことがあった。料理・鍛冶・薬学・農業といったことを参加者が実際に体験してみるという趣旨のイベントで、俺も料理体験の手伝いを頼まれて協力をした。

 今思えば、あのイベントを開催した時点ですでに学校の設立を考え始めていたような気がしてならない。何かの物事を大人数に教えるというものの練習のような……さすがに考え過ぎか?

 

 

 

「あっ、でもこの話、本当はトップシークレットですから、『青の農村』の今度のお祭りまで秘密にしといてください!」

 

「んなこと言われてもな……自信を持って言うことじゃないかも知れねぇけど、ついついぽろっと喋ってしまいそうな気がするんだよなぁ」

 

 マイスには悪いが、本当に言ってしまいそうなんだよな……。それに、今俺たちが話しているのは『サンライズ食堂』の店内。普通に別の客たちにも聞こえていたと思うから、今の話を完全に秘密にするって言うのは難しいだろう。

 

 けど、マイスもそのことは気付いているみたいで、不満そうにしながらも悔しそうにし「ムムム……」と俺を見つめて……本人は睨んでいるつもりだろうが……きた。

 

 

 そんなマイスの肩をマークがポンポンと叩く。

 

「まあ、いいじゃないか。()()()を喋ったわけじゃないんだし……キミとしては、()()()の事のほうが隠しておきたかったんだろう?」

 

「それはそうですけど、あとちょっとでできる今回の件の案を国に提出する前に噂が流れるのはちょっと……」

 

 そう言って、何かを考えたのか数秒間目を瞑って黙った後、短いため息をついたアイス。

 

 俺はと言えば……

 

「アッチ?」

 

「あー、それに関しては俺も聞いてねぇんだよなぁ。けど、学校と同じで次のお祭りん時に発表するって言ってたぜ?」

 

 おやっさんとそんな話をしていた。

 

 

 

 ……結局、謎は謎のまま……というか、気になることが増えてしまったまま夜は更けていったのだった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 なお、その後もハイペースにお酒を飲み続けたマークとおやっさんは見事に酔っ払い、残されたほぼ素面なマイスは予想通り大変そうにしていた……。

 

 

 

 

 




 学校を建てるのは『RF3』ではなく『RF2』なのでは? そんな疑問があるかもしれませんが……気にしたら負けです。二次創作ですもの。


 実際の理由は不明ですが、アーランドの街には学校は無いっぽいですよね。必要が無かったのか、なんなのかわかりませんが。
 仕事に関しては基本的に、お手伝いしたり、弟子入りしたりして学んでいったんでしょうかね?


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5年目:トトリ「予想外の……!?」

 諸事情により、更新がズレてしまい大変申し訳ありませんでした。

 あなたはリディー派? スール派? 作者は服だけ入れ替えてみて欲しい派です! ……何言ってるんでしょうね?
 でも、発売までに「このキャラが好きそう」とか考えておいて、実際にプレイした際にその通りだったり、「意外とこっちのキャラのほうが……」などと変わったりするのも楽しみのひとつだと思います。あえて前情報無しっていうのも面白いです。


 それはさておき……あらすじでの告知だけで未だに気付かれていない方もいらっしゃるかと思いますが、先日から『マイスのファーム IF』という作品を投稿開始させていただきました!
 その名の通り、この作品のIF(イフ)……もしもを書いた作品で、前々回のお話のサブタイトルについていた【*1*】という表現がされている部分が、もしも『ロロナルート』ではなく別の誰かだったら……といった感じの今作の番外編といったものになっています……なる予定です!

 なぜ別作品として登校したのかというと、『ロロナのアトリエ・番外編』とは違い重複しない・してはいけないからで、結婚やその先の事を考えるとさすがに本編と同じ場所に置いてしまってはいけない気がしたからです。
 『RF』シリーズでは重婚こそ無いものの何股とかは普通にありますが、それをやっちゃうのはさすがに……ということで、別作品として、各ルートを章で分けて投稿することにしました。

 本編と同時進行で書いているため……また、話の長さによって更新速度も当然ながら変わってきます。よって不定期での更新となります。
 基本本編の更新優先でやりますので、そのうち遅れが出てきてしまうと思いますが、「あのキャラとマイスだったらどうなるんだろう?」と気になった方に読んでいただければ幸いです。

 作者の「小実」をクリックして行ける「小実のマイページ」の「投稿作品一覧」か、もしくは小説検索で「アトリエシリーズ」等のキーワード検索で『マイスのファーム IF』という作品が出てきますので、そこからどうぞ!

 以上、お知らせでした。
 



 

***青の農村・マイスの家前***

 

 

 

「こんにちはー!」

 

 ノックをして、マイスさんの家の玄関の前でそう元気に呼びかける……けど、家の中からの反応は全然無くてい。

 でも、そのくらいのことは慣れている。わたしにも覚えがあるけど、調合とかに集中してると他のことには全然気づかなくなる、なんてことはよくあることだもん。……ホントかウソか、メルおねえちゃんはその(スキ)にわたしの……ううっ、アレ本当だったのかな?

 

 ……と、とにかく! こういう時は一回マイスさんの家の中でも『作業場』って呼ばれる『錬金釜』や『()』とか作業のための設備と、それらで作った物が保管されている場所に行ってみるのが一番だ。

 

 わたしは玄関の扉の取っ手に手をかける。ちょっと力をかければ、いつものように普通に扉を開くことができた。

 

「おじゃましまーす」

 

 返事は無いだろうと思っていながらも、いちおうそう言いながら家に入る。そして、入ってすぐのソファーやイス、テーブルが置かれている広い室内を見渡し……誰もいないことを確認してから、入って左手のキッチン……ではなく、反対の右手の方向にある扉、『作業場』に続く扉のほうへと歩いてく。

 

「マイスさーん? いませんかー?」

 

 扉を開け、顔をひょっこり覗かせて『作業場』の中を見てみる……けど、そこに今日はマイスさんはいないみたいでだった。

 

 

 

 ……その後、二階の寝室や家の裏手にある『離れ』や『モンスター小屋』も覗いてみだけど、マイスさんの姿は何処にもなかった。

 

 これは完全に留守……なんだろうけど、いくらなんでも不用心じゃないかな?

 そう思ったけど、よくよく考えてみればマイスさんが不用心なのは前からでいつものこと。逆に、用心している姿なんて想像できない。イメージなんて「やばっ! 家の鍵閉め忘れた!?」とかなるんじゃなくて「家の鍵? 大丈夫大丈夫、みんないい人たちばかりだから誰も盗っていったりなんてしないって」くらいの反応しかしそうにない気がする。

 

 

「……で、わたしはどうしたらいいのかな?」

 

 戻ってきた玄関先でわたしは空を見上げた

 

 そう。今の一番の問題はそこなんだよなぁ……。

 そもそも、わたしもなんとなく遊びに来たわけじゃなくて、理由はちゃんとある。予想外の出来事もあったけどなんとか終わった『豊漁祭』。余韻も引いて落ち着いてきたから前から、計画していた予定を実行することを伝えに来たんだけど……。

 

 『塔の悪魔』の討伐。

 

 このことについては、マイスさんにも前もって話してる。一緒に行くよって乗り気だったし、きっと準備なんかもしてくれているんじゃないかなとは思ってるんだけど……。

 

「あの時、ちゃんと『豊漁祭』が終わった後って言ったから、大丈夫だと思うけど……でも、今いないんじゃあどうしようもないっていうか……」

 

 ついつい「はぁ……」とため息が漏れてしまう。マイスさんっていちおう『青の農村(この村)』の村長さんだし、村の運営とかイベントとか、その辺りの仕事も色々あるんだと思う。

 前にそのことを心配した時には、そのことを聞いてくれたステルクさんに「心配しなくていい」とか言われたし、当のマイスさんも「気にしないで!」って言ってくれたけど…………前にコオルさんがしてくれた()()()が本当だとすると、一日連れ出すだけでマイスさんには約五万コールの損失が出るわけで……そう考えると、どうしても遠慮してしまいがちになっちゃう。

 いや、まぁお母さんがマイスさんに立て替えてもらっていた(払わせた)金額に比べれば(たい)したこと無い金額なのはわかってるけど……比べる相手が間違ってる気もするけど。

 

 ええっと……話はちょっとズレちゃったけど、つまり…………用件を伝えるにはマイスさんがいないといけなくて、いないとなると困るけど「忙しいのかも」って遠慮するべきか迷って、ならそもそも誘うこと自体色々迷惑をかけちゃうから遠慮しないといけない気がしてきて……

 

「マイスさんに一言バシッと言ってもらえるだけであんまり悩まなくてよくなるんだけど、今ココにはいなくて……あれれ? それは最初に考えてた気が……?」

 

 なんだか、今目の前にある問題がグルグルと巡り巡って戻って来てしまった気がする。

 

 

「うーん、どうしよう……えっと、マイスさんがどこに行ったか、()()()は知らないよね?」

 

 首をかしげながら悩んていたんだけど、ふと目に入った()()に声をかける。

 ()()は、マイスさんの畑そば……畑と家の間の空間に悠然と立っている。大人の男の人の身長より少し大きいくらいの高さの太い胴に、てっぺんに双葉の大きな葉の生えた反球体のような頭、肩から伸びる地面まで届く長さのゴツイ腕、他のパーツと比べると頼りなさげな小さな脚、それらがついた 人型(ひとがた)土の塊。

 昔はただの土の塊だと思ってたけど、今は知っている。これが『プラントゴーレム』という存在で、マイスさんが普段使っていたりわたしも持っている『アクティブシード』と同じく『種』から成長したモンスター……みたいな味方だということを。

 

 その『プラントゴーレム』だけど、わたしの問いかけには特に反応してくれないみたいで、土の塊なのにまるで生き物が呼吸をしているかのように肩などが上下に揺れ続けていた。

 

 ……もしかしたら、本当に呼吸をしているのかもしれない。口は見当たらないけど。

 でも、『プラントゴーレム』ってよくわかってないらしいし、そのくらいしててもおかしくないのかも? そもそもマークさんがマイスさんを嫌っていた大きな理由がこの『プラントゴーレム』だったらしく、いつだったか「わからないなら、実際に調査したみよう」とかそんな感じになって……それからどうなったんだろう?

 

「マークさんとマイスさんといえば、農業用機械(ロボット)とかも作ってたはずだけど、最近全然見てない気が……どうなったのかな?」

 

 正直、農作業でマイスさん以上の働きをする機械なんて作れっこないと思うんだけど、あのマークさんがだからって早々に諦める気もしない。「これが出来ないんじゃ……」「出来るようにしたよ!」「こういう判断も出来ないと……」「なら、次はそうしてみせよう!」「じゃあ次は……」って感じに、いたちごっこになってたり……?

 

 

 

 「いやいや、でも……」と、いろんな可能性が浮かんできて気づけばついつい考えてしまってた。

 

 

 ……と、不意に視界が(かげ)った。

 最初は「太陽に雲がかかったかな?」って思ったんだけど、そうじゃないことはすぐにわかった。だって、わたしの視線の先の畑には陽の光がちゃんと降り注いでて、陰になってるのはわたしのいるところだけだったから。

 

 じゃあなんで?

 

 そう思って反射的に空をみあげるよりも早く、わたしの肩に何かが触れた。

 

「へっ?」

 

 と思ったら、脚のほうにも何かが……!?

 肩を見てみると、何やら薄茶色の四角い棒のようなものが見え……って、これってどこかで見たような? それもついさっき……あっ!!

 

 

 思い出した。あの『プラントゴーレム』の指って確かこんな感じだった気が…………

 

 

 そう気付いてすぐに、バッと『プラントゴーレム』がいた方向を見ると、その高い身長のため上からに見下ろすように見てくる……やけに頭の上の葉っぱがピコピコ動いている『プラントゴーレム』が、身体を少し傾けて左手をわたしの脚に、右手をわたしの肩に伸ばしているのがわかった。

 

「ちょ、なにこれ……ひゃわあぁ!?」

 

 わたしがそれを確認したすぐ後に、わたしの視界は大きく動いた。浮遊感と少し回ったような感覚……。

 どうしてそうなったのかはすぐにわかった。地面に立ってたはずなのにいきなり持ち上げられたのだ。脚を肩を持たれて、まるで『お姫様だっこ』……じゃなくて、『プラントゴーレム』がバンザイするようにしてわたしを頭の上まで持ち上げているみたいだった。

 そう。それはまるで、前にわたしたちを助けてくれたモコちゃんが『スカーレット』を投げ飛ばす前に持ちあげてた、あの時みたいで…………

 

「え、ええっと……プラントゴーレムさーん? もしかして、わたしを投げたり……しない、ですよね……?」

 

 その可能性が頭によぎってしまって、つい体を強張らせてしまう。そんなわたしを安心させてくれる言葉を『プラントゴーレム』が言ってくれるはずも無く、いつも通り黙ったままで……答えは言葉じゃなくて行動で返ってきた。

 

 

「きゃああああぁぁーっ!?」

 

 

 つい悲鳴をあげてしまってるけど、別に投げられたわけじゃない。でも、わたしの視界は少なからず揺れ、視界の先の風景はドンドン右から左へ流れて言っている。

 そう。今、わたしは…………

 

 

 

 

 

「なんで……! なんで走ってるの~!?」

 

 持ちあげられたまま『プラントゴーレム』が走り出し、そのまま道を進んで行ってた。

 わたしは進行方向の横を向いた状態で脚と肩だけ固定され、ガックンガックン揺れている。……初めてペーターさんの馬車で旅した時、すっごく気持ち悪くて今もあんまり好きじゃないけど、それと同じくらい乗り心地(?)は悪い。というか状態が状態なだけに、そして『プラントゴーレム』が何を考えてるのかわからないだけに、命の危険すらうっすら感じられる。

 

 気づけば、通り過ぎて行く景色に畑が無くなってた。きっともう『青の農村』から出てしまってるんだろう。

 

「というか、どこに行ってるのこれ!?」

 

 ……えっと、いい加減止まってくれないと、そろそろ気分が悪くなってきて……うぷっ…………。

 

 

 

――――――――――――

 

***アーランドの街・門***

 

 

 

「トトリちゃん、大丈夫?」

 

「う~……なんとか……」

 

 気分が悪くてその場にへたり込みフラフラしているわたしの顔を、片膝をつきながら心配そうに覗きこんでくれてるのはマイスさん。

 

 そう。『プラントゴーレム』が、街と外との境界である門の前でようやく止まったかと思えば、いきなり地面に降ろされ、そこにいたのがマイスさんだったのだ。

 こんなことをした『プラントゴーレム』はどうしてるのかと思い振り返ってみると、へたり込んでいるわたしの後ろで、いつものように静かに立っているだけだった。……でも、気のせいかこころなしか「ドヤァ……」としてる気がする。わたしが勝手にそういうイメージを持ってしまってるだけかもしれないけど……。

 

 

「えーと……いちおう聞くけど、どうしてこんなことに? この子に運ばれてきたように見えたけど……?」

 

「それが、わたしにもさっぱりで……マイスさんの家に行って、マイスさんがいないからどうしようかなーって考えてたら、いきなり持ち上げられて、それで……」

 

 わたしがあったことを説明してみたけど、マイスさんは困った顔をして首をかしげてしまった。

 

「うーん? この子は相手が外敵じゃない限り勝手に手を出さないし、基本的に種を植えた僕が命令しないと何もしないはずなんだけど……?」

 

「そうなんですか? じゃあ、なんで……?」

 

「前に自主的に畑周りの雑草取りをしてくれてたことがあったけど……もしかしたら、僕を探してたトトリちゃんを、僕のところまで案内してくれたとか?」

 

「えー、「マイスさんはどこー?」って聞いてみたりしましたけど、そんなまさか……」

 

 

ヴォン

 

 

 わたしと、目の前にいるマイスさんの動きがピタリと凍ったように固まった。

 そして、首だけゆっくりと動いて、謎の音のした方向……『プラントゴーレム』が立っている方向を見た?

 

「まさか……?」

 

「本当に……?」

 

ヴォン

 

 わたしとマイスさんの問いかけに、先程聞こえた謎の音と共に『プラントゴーレム』がゆっくり頷いた。……初めて反応をしてくれた瞬間だった。なんだか嬉しくないけど……。

 

 

 

 わたしはマイスさんへの用事なんてすっかり忘れて、同じく困惑しているだろうマイスさんのほうを見た。すると、ちょうどマイスさんもわたしを見てきて、視線が重なった。そして……

 

「ふ……不思議な子もいるものだね」

 

「マイスさんが言うことですか、それ?」

 




 今回もそうなんですが、マイス君とマークさんの話は、前々から色々と考えているんだけど中々出す機会が無い話だったりします。今後、ちゃんと出てくる機会はあるはず……ですが、いつになることやら……。


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5年目:マイス「塔での決戦!……その前に」【*2*】

 『リディ&スールのアトリエ』の公式サイトがオープンしたり、ニンドリにて『RF4 Best版』&限定版の発売記念にコミックが連載されるようになったりしましたが……今作はいつも通りにマイペースで進んで行きます!

 あと、先日、『マイスのファーム IF』の各【*1*】の投稿完了を期に、まとめというか状況整理のようなちょっとしたものを作者「小実」のマイページ等から行ける活動報告に書かせていただきました。時間がある方は暇潰しにでも覗きに来てみてください。



【*2*】

 

 

***東の大陸・塔への道***

 

 

 

 僕の元を訪ねてきたトトリちゃんから、「『塔の悪魔』を倒す」と伝えられたのが昨日のこと。

 僕らは『トラベルゲート』を使い『東の大陸』に移動し、今、その悪魔とやらがいるという『塔』を目指して、雪が降り積もり道があったかも確認できない雪原を歩いている。

 

 塔へと向かっているメンバーは過去最多であろう八人(プラス)一人。

 トトリちゃん、ミミちゃん、ジーノくん、メルヴィア、ロロナ、マークさん、ステルクさん、そして僕。最後の一人は、生贄役のパメラさんだ。

 道中、悪魔のいる『塔』の影響なのか。全くと言っていいほどモンスターの気配がしないため各々(おのおの)自由気ままで、気になるものを見つけては近寄ってみたり、誰かと一緒に話ながら歩いていたりと、これから大物を倒しに行くというのになんだかいつも通りな感じだった。

 

 

 そんなことを考えながら歩いている僕は、一人でこれからの戦闘の事を考えていた。

 人が多いというのは、手数的にもスタミナ的にも良い点がある。……が、同時に立ち回りや連携が難しくなってくるというのも事実だ。敵の大きさにもよるけど、大人数だとかえって戦いにくくなってしまう可能性だったある。

 

 僕がここまで戦闘のことを意識しているのかというと、この前、最初に『東の大陸』にたどり着いた際の航海……そこで『フラウシュトラウト』と戦った時に、戦略の重要さを感じたからだった。あの時のように、海の船の上という特殊な状況ではないとはいえ、どうしても慎重になってしまう。

 

「ロロナとトトリちゃん以外は、みんな基本接近戦主体だから……面倒だとか思わないで、やっぱりここは僕が後衛にまわるべきなんだろうなぁ」

 

 というわけで今回は気分一新、いつもとは違う用意をたくさんしてきてるんだけど……ぶっつけ本番な部分も沢山あるから、大丈夫かちょっとだけ不安だったりする。

 それに、いきなりいつもしたことの無いような動きを要求するわけにはいかないから、あくまで僕の中だけで「ああしよう」「こうしよう」と考えているだけで、戦略とは言えないレベルだろう。……でも、もしもの事態も考えて、緊急で指示を出すことも想定しておいた方が良いかもしれないかな?

 

 

 

 

 

マイス(まーいーすー)くん?」

 

「ん? あ、あれ? ロロナ?」

 

 さっきまで先頭あたりでトトリちゃんやパメラと一緒に歩いていたはずのロロナが、気付かないうちに僕の隣にいた。先頭のほうを見てみると、トトリちゃんとパメラの周りにはミミちゃんとジーノくんがいた。ロロナと入れ替わったんだろう。

 となると、あとはなんで僕の所に来たかなんだけど……。

 

「それでどうかしたの? 『塔の悪魔』との戦闘の事でトトリちゃんから何か伝言とか?」

 

「んぇ? 別にそう言うわけじゃなくって……というか、トトリちゃんとはパメラが幽霊だって事とか、会った頃のことを話してただけで……」

 

 ああ、なるほど。

 確かに、『塔の悪魔』の話をしに来てくれた日に僕が説明した時点ではトトリちゃんはあんまり納得できていない様子だった。だからトトリちゃんは、本当に生贄になる前にパメラ本人と事情を知っているだろうロロナに聞いておきたかったんだと思う。

 

「あれ? じゃあなんで僕のところに?」

 

「ええっとね、なんとなくチラッて見た時にマイス君がなんだか難しい顔してたから、どうしたのかなーって思って。ねっ、ねっ? 何か悩み事があるなら、わたしに相談してくれていいんだよ!」

 

 昔、アストリッドさんに言われたりもしたけど、僕って本当にすぐに顔に出るんだろうなぁ。

 

 そしてロロナは何もしていないのに何故か得意げな顔をして「さあさあ!」と、僕に相談してくるようにと詰め寄ってきた。

 でも…………。

 

「『塔の悪魔』の大きさとかがわからないから、どう立ち回ったらいいかわからない、って話だからロロナでも……というか、誰に聞いても答えが出てこない類の悩みなんだよね……」

 

「あはははっ、それはー……うん、わたしもわかんないかな」

 

 ヘラリと何かを……頼ってもらおうとしたのに何のチカラにもなれなかった後ろめたさを……隠すかのように笑ったロロナだったけど、すぐに悲しげな顔になりガックリと肩を落とした。知ったかぶりをしたり、嘘をついたりすることは、ロロナにはできなかったんだろう。

 

 

「でも、なんだか意外だなぁー。マイス君がそんな真剣に戦うことを考えてるなんて……なんだかもっと「なんとかなるって」って感じであんまり考えてないんだと思ってた」

 

「ロロナの言ってる通りで大体あってるけど、今回は相手が相手だしさ。それに、ピアニャちゃんの故郷は絶対に守ってあげたいからね」

 

「ああ、そっか……そうだね」

 

 そう言ったロロナは、視線を正面方向に見える『塔』から左手の方向にずらしていた。

 その視線の先に見えるのは、針葉樹林の向こう側……遠くに見える独特の形をした住居群。そう、ピアニャちゃんがいた村だ。唯一林に全く隠れていない一番上の建物が、以前トトリちゃんに色々話してくれたピルカさんっていうおばあさんのいる家だったはずだ。

 

 そんな事を考えていると、不意にロロナが「よし!」と意気込みだした。

 

「うんっ! トトリちゃんのことも守ってあげなきゃだけど、わたしも先生としてピアニャちゃんのためにも頑張らないと!」

 

「……ん? 先生って、ピアニャちゃんの?」

 

 トトリちゃんはロロナの弟子だ。だからロロナはトトリの「先生」ってわけだけど……今のロロナの言い方だと、まるでピアニャちゃんの先生でもあるような感じがしたんだけど……?

 

「あれ? 言ってなかったっけ? ちょっと前にトトリちゃん()でピアニャちゃんに『錬金術』を教えてあげたんだ。ピアニャちゃん、飲み込みが早くてすごかったんだよー」

 

「へぇ……あっ、そういえば前にピアニャちゃんがパメラさんのお店で手伝いしてるって時に「ピアニャが作ったのも売ってる」みたいなこと言ってたけど、アレって『錬金術』で作ったものだったのかな?」

 

 僕がそう言うと、「たぶん、そうだと思うよ」とロロナも頷いてくれた。

 

 

 

「でも、あの時よりも前ってなると……いつの間に教えに行ってたの?」

 

 ちょっと気になってついつい聞いてしまったんだけど、何故かロロナは「あー……」と謎の声をもらしながら目をそらしてきた。

 

「教えに行ったっていうか、たまたまトトリちゃん家でお世話になってたわたしに、トトリちゃんが調合してるのを見てて興味を持ってたピアニャちゃんが「教えて!」ってせがんできたんだよね」

 

「たまたまってことは、他に別の用事があって来てたの?」

 

「ええっと、そういうわけでもなくて……」

 

 歯切れの悪いロロナに、さすがの僕も首をかしげてしまった。一体、何があったというのか……それとも、それほど言い辛いことでもあったのか……?

 

「実は、わたしもよくわかんないんだよね……。トトリちゃんが言うには、ベロンベロンに酔っぱらったわたしがいきなりアトリエに来たとか何とか……?」

 

「それって、『バー・ゲラルド』で飲んでたってこと?」

 

「ううん、違うよ? だってあの日は確か、昼間っからイクセくんのところでお酒を飲んでて……」

 

 昼間からお酒って……それも、話によると凄く酔うくらいに飲んでたみたい。なんだか、不自然でロロナらしくないっていうか……。

 自棄(やけ)飲み? って、ロロナはそんなことしないで、トトリちゃんあたりに泣きつきそうだなぁ。……弟子に慰めてもらう師匠ってどうなんだろう?

 

 僕がそんなことを考えているうちに、ロロナは当時の記憶を掘り返していたようで……ハッとしたかと思えば手を叩いていた。

 

「そうそう! あの時はくーちゃんと一緒で、それでくーちゃんに…………あーっ!? そうだ、思い出した!!」

 

 いきなり大声を上げたかと思えば、「あっ、でも今はマイス君が……でも、これってチャンスだったり……?」と、おそらく本人は独り言のつもりで小声でブツブツ言っているんだろうけど、僕の聞こえていた……何のことなのかはさっぱりだけども。

 

 

「うん……うん、そうだよね。よし、決めた!」

 

 何かを決めたというよりは、まるで覚悟を決めたかのような雰囲気があるロロナ。

 けど、いったい何を決めたっていうんだろう?

 

 

 

「ねぇ、マイス君……。マイス君、わたしに何か隠し事してるよね?」

 

 

 ロロナにしては珍しく真剣なトーンでの質問。

 心当たりは……ある。というか、普通に()()()にこういう状況はすでに覚悟していた。

 

「マイス君がわざわざ隠してることだし、言い辛いんだろうなってことはわかってる。わかってるんだけど……やっぱりマイス君本人の口からちゃんと聞きたくて……」

 

「ロロナ……」

 

 そこまで真剣に、真正面から言われたら答えるしかないだろう。色々と不安もあるけど、それは全部話してから考えればいい。

 僕はさきほどのロロナのように、覚悟を決めて口を開いた。

 

 

 

 

「……やっぱり、もうロロナの耳にも入っちゃったんだね。学校を作るって話」

 

 

 情報漏洩した場所がアトリエと同じ通りにある『サンライズ食堂』だったから、知ってて当然と言えば当然だろう。まあ、あのことはすでに仕方のないことだと割り切ってる。

 

「そう、学校を……って、そうじゃなくて、わたしが聞きたいのはマイス君の…………えっ? 学校?」

 

「基本的な教育に加え、希望で『農業』とか『鍛冶』とかも教えられるようにする予定で、その中に『錬金術』も入れる予定はあって……でも、実現できるか分からないし、国に提出した「学校設立の案」が通るまではロロナには伝えずにいようって決めてたんだけど……もうばれてるなら隠す必要も無いかな」

 

 

「え…………えええぇっー!?」

 

 大声をあげるロロナ。……って、あれ? これって何かおかしくないかな?

 だって、ロロナはどこからか学校の話を聞いて「マイス君の口から聞きたい」って言ってたんだよね? だったら、そんなに声をあげてまで驚く必要は無いとおもうんだけど……?

 いや、もしかしたら、これまでの付き合いの中で一番驚いているかもしれない……と思ったのは、僕の勘違いなのかな? もしくは、声をあげたのは、まだ国からの許可がおりてないことに対してだったのかも?

 

 そのどっちが正しいのか……もしくは、どちらでもないのか……どうなのかはわからないけど、隣を歩いているロロナの(ほほ)はプクーッと膨らんでいた。

 

「マイス君、ズルーい! 前に『体験祭』の時に言ったよね!? 今度そういう事する時はわたしもするって! 何で言ってくれなかったの!!」

 

「えっ。だから正式に決まったわけじゃないから、まだ言うわけにはいかなくて……ほら、期待させちゃって結局ダメだったら悪いし」

 

「それでもだよ! それに、トトリちゃんやピアニャちゃんだけじゃなくて沢山の人に教えたいから、わたしも『錬金術』の学校を作るの考えてたんだもん!! 教科書だって作ってるんだよ!?」

 

「ええっ!? そうだったの!?」

 

「今度、持っていって見せてあげる! ううん。今度じゃなくて、これが終わって帰ったらすぐ行くんだから!!」

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 叫んだり、何か言い合って騒いだりして賑やかなマイスとロロナを、振り返って見つめるトトリ、ミミ。

 

「後ろに行った先生、なんだか賑やかだね……今日はピクニックだっけ?」

 

「たくっ、マイスもマイスよ。これから大物と戦うって言うのに緊張感もなにもないじゃない」

 

 ついさっきまで雑談をしていた二人がそんなことを言うという、「お前が言うな」状態だったのだが、残念ながらそこを突っ込む人はいなかった……。

 

 

そして…………。

 

「…………」

 

 賑やかな二人をジッと見つめる人物が、トトリとミミ以外にももう一人いたそうな……。

 




 次回、ついに「『塔の悪魔』戦」!
 ……おそらく、今作では彼の名前は出ずに『塔の悪魔』のまま進んで行くと思います。


 あと、本編の執筆が遅れたりしない限り、8/25あたりに『IF』のほうを投稿したいと思っております。


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5年目:トトリ「塔での決戦」

予告をしておきながら更新できず、誠に申し訳ありませんでした。諸事情にてパソコンに触れることが出来ずにいました。
 詳しくは「小実」のマイページの活動報告『生存報告』にて書いています。……端的に言えば、病院に運び込まれ数日間お世話になっていました。


 今現在も本調子ではありませんが、また更新を再開していこうと思います。
 マイスくんとのイチャイチャの妄想がそこそこはかどっていて、早くお話を進めたいのです。なお、一番妄想がはかどっているのは『ロロナルート』ではなく『ホムルート』の模様。


 今回のお話は、ついに訪れた『塔の悪魔』との決闘!
 原作ストーリーではラストバトルと言える一戦であり、今作でもトトリちゃんとの因縁はあり、熱くなること間違い無し! ……と思いきや、『フラウシュトラウト』の時のほうが盛り上がりがあるかもしれません。理由は…………(続きは後書きのほうで!


 そして最後に……前に言っていた『マイスのファーム IF』は9/1に更新予定です!




 

 

***東の大陸・(リヒタィンツェーレン)入り口***

 

 

「ふぅ……そろそろいいかな?」

 

 天高くそびえる塔の入り口、その扉の前でわたしはあたりを見わたした。

 問題は……うん、無さそう。もう大丈夫かな? 何人かとは目が合って、その中にはわたしの意図を読み取ってくれたのか、頷いてくれた人もいた。

 

 

 今回、『塔の悪魔』を倒すためにここまで来たわたし達だけど、この入り口にたどり着いてから、すでに少し時間が経っている。そう、ちょっと休憩を取っているのだ。

 

 別に、ここに来るまでにモンスターと遭遇して戦ったから……とか、そう言うわけじゃない。

 休憩を取る事になった、その原因は……塔の入り口の脇に転がっている、()パメラさん。パメラさんっぽいけどちょっと違う、生気は全く無い等身大ぬいぐるみ。

 

 ええっと……何て言えばいいんだろう?

 幽霊のパメラさんが歩いたり物を触ったりするための肉体の代わりで、身体(それ)を作ったのは先生の先生で先生もちょっとだけ関わってて、首のボタンを押したらヒラヒラのドレスを着たパメラさんが飛び出してきて、そのパメラさんには足が無くて、ちょっと透けてて、浮いてて…………と、とにかく、本当に幽霊だった。

 

 そんなわけで、一応聞いてたわたしでも驚いちゃうくらいなんだから、事情を全く知らなかった人はもっと驚いたわけで……それで、ちょっと落ち着くためにちょっと休むことになっちゃったわけだ。

 驚きのあまり呆然としたり、叫び声を上げたり、腰を抜かしたり……あっ、ある意味一番反応が怖かったのはマークさん。なんていうか、その……人を見るような目をしてなかった。いやまあ、幽霊は人として数えていいのかわかんないけども。

 当のパメラさんは、驚くわたし達を見て喜んで、わざと驚かせようとしてきたりもして、ひとしきりやった後、満足したのか疲れたのか「先に帰ってるわ~」と身体を残してフワフワどこかへ飛んでいってしまう始末。

 

 

 ま、まあっ、とにかくもうみんな大丈夫そうだし! 塔に入って『悪魔』をやっつけよう!!

 

 そういうわけで、わたしは先生やマイスさん、みんなに声をかけ始めた。

 

 

 

―――――――――――――――

 

***(リヒタィンツェーレン)・1F***

 

 

 

 パメラさんを生贄にして解放された扉。それを開けた先にあったのは、真っ直ぐに上へ伸びる幅のある階段だった。

 周囲に床は無く、脇の(手すり)をから下を覗きこむと闇が広がっていて、その何も無い空間が地下のほうまで続いていることがわかる。そして、上を見上げると天井はあるけど、とても高くて……このフロアだけでもかなり広大な空間みたいだ。

 

 そんな浮世離れした塔の内部に目を奪われつつも、わたしたちは階段を上り続けていく。

 

「……おや? どうやら、あそこで一旦階段は終わりみたいだね」

 

 マークさんが見つめる先……わたし達が上っている階段の先に大きな円柱状の足場が見えてきた。

 

 

 そして、ほどなくしてわたし達はそこにたどり着く。円柱の上部、円形の足場の上でわたし達はあたりを見わたそうとして…………身体が固まった。

 

 真っ先に目に付く、上がってきた階段から見て真正面にある二体の石像。その間から伸びる道は、途中から階段が途切れてた。でも、問題はそこじゃない。

 そのちょっと手前。その場所に()()()()()()()()

 

 

 

 見た瞬間、わたしはすぐに理解できた。アレが『塔の悪魔』なんだと。ただ、その姿は想像していたような姿ではなかった。 

 

 (えり)などの裏地は血のように赤く、ボタンや刺繍などは黄金の輝きを放っていて、黒に近い紺の礼装。似たデザインで銀の装飾が施されたシルクハット。

 洗練されたデザインの礼装(それ)を纏う姿はまるで貴族のように優雅ささえ感じさせるもので、わたしが想像していたような悪魔らしい姿をしていなくて、お母さんと相打ちになるような屈強さも全くと言っていいほど感じられない。ただ、目も鼻も無い真っ黒な顔と、そこにギザギザの歯をのぞかせながら三日月形に笑みを浮かべている口。そして、背中から伸びる一対の翼のようであり、風でなびくマフラーのようでもある二本の『闇』が、目の前の存在が人の形をした「人ならざる者」だということを示していた。

 

 その凶悪な口以外黒く塗りつぶされた顔にはあるはずの無い目と目が合ったと思った瞬間、身体が固まってしまい背筋がゾワゾワする感覚に襲われる。

 嫌でもわかる。強いとか弱いとかじゃない、もっと違う恐ろしさ。まるで、身体そのものじゃなくてその奥深くにあるものが感じ取っているかのような、逆らいようの無い感覚。

 

 その恐怖心を何とか押し殺しながら、わたしは視線の先の『塔の悪魔』を睨みつけ……ふと、ある事に気付く。

 

「……あれ? もしかして、ちょっと元気が無い?」

 

 別に『塔の悪魔』に目に見える大きな傷があるわけでも、肩で息をしているわけでもない。だけど、本当になんとなくだけどそう感じたのだ。

 

 考えられる事と言えば、前に『塔の悪魔』が起きた時にお母さんが戦って……その時のダメージが残っているか、お母さんのせいで人を食べる暇無く塔に押し戻されてお腹が空いてしまったか……もしくはその両方なのかもしれない。

 なんにせよ、これはチャンスだ。わたしは覚悟を決めて、震える手で杖を強く握りしめる。

 

 

 そして、それとほぼ同時に感じた。

 

 前に

 隣に

 後ろに

 

 

「トトリがそんなカッコイイ顔するんじゃ、アタシも頑張らないわけにはいかないわね。……よっし! それじゃいっちょ派手にやっちゃいましょっか!!」

 

「案ずるな、(うれ)いはいらない。私が騎士として、キミの盾となり刃となり、道を切り拓こう」

 

「見たところ、この塔は外部も内部も石造りとは思えないほど丈夫みたいだ。僕らが暴れたところで何ともないだろうね、遠慮なくいかせてもらおうじゃないか」

 

「心配すんなって。なんかあっても、オレがこん前みたいに助けてやるからな!」

 

「トトリはトトリでいつも通りに自分の出来ることを一生懸命やって頂戴。……そうしてくれるから、いつも私達が安心して背中を預けられるんだから」

 

「今回は僕もサポートに回るよ。だから、慌てたりせずに一歩ずつ確実に進んで行こう! 一流の冒険者になれたトトリちゃんになら出来るよ!!」

 

 

 『塔の悪魔』から放たれるプレッシャーよりも強く感じる。これまでにも色々なところでわたしを支えてくれた人たちの存在を、その安心感を。

 

「えへへっ……凄い場所にいるはずなのに、ものスッゴイ強いモンスターが目の前にいるはずなのに、「皆がいるからきっと大丈夫!」って思えちゃうんだよね。わたしも前に……って、そんな昔話はいっか! よしっ、悪魔さんなんてコテンパンにやっつけちゃおうっ!!」

 

「……はいっ、先生!」

 

 先生の言葉に頷いて、わたしは大きく息を吸った。

 それぞれその手に武器を持って『塔の悪魔』を睨みつけているみんなに向かって、わたしはできる限りの気持ちを込めて、()()()をする。

 

 

「お願いします……わたしに、わたしに力を貸してくださいっ!」

 

 

 返事は聞かなくってもわかってた。そして、みんなの口からは想像通りの答えが返ってきてくれた。

 

 そしてそれと同時に、偶然かなんなのか『塔の悪魔』がそのギザギザの歯を開て『声の無い笑い声』を上げた。すると円柱の上部の円形の(ふち)をなぞるようにして青紫の炎のような何かがゆらめき出した。

 

 でも、わたしは驚きも恐れもしない。みんながいてくれるから。

 

 

 こうしてわたし達と『塔の悪魔』との決戦が始まった……!

 

 

 

 

 

「『アクセルディザスター』!!」

 

 でも、「サポートに回る」とか言ってた人が、開始直後に『竜の牙』で作った槍を構えて、(きり)()み回転しながら『塔の悪魔』に向かって飛んでいくのは、さすがに驚いちゃうかなぁ……あは、あははははっ……。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 ジーノくんが素早い連撃で武器の性能を最大限に()かし、メルお姉ちゃんが床を砕かんばかりの一撃をお見舞いし、ミミちゃんが身長ほどもある槍を見事に操った槍術で貫き、マークさんが自作らしい機械でのトリッキーな攻撃をくりだし、ステルクさんがその剣と飛ぶ斬撃で断ち斬り、ロロナ先生が凄い爆弾で吹き飛ばす。

 

 対する『塔の悪魔』の一撃一撃は、その成人男性と同じくらいの体格から考えられる最大限の重さで、背中から伸びる二本の『闇』が刃のように鋭くなる攻撃は何もかも貫くほど。また素早さも高く、最高と思える速さでは残像が見えるほどのものだった。

 

 

 だが、マイスさんの特攻から始まった『塔の悪魔』との戦闘。けど、その戦闘自体はわたしが想像していた以上に()()()()()()

 

 要因は大きく分けて三つ。

 一つは、予想外にも『塔の悪魔』が弱っていたから。

 もう一つは、わたしを含め八人という多いメンバーで単純に一人一人への負担が少なくスタミナがもっているから。

 そして最後に、最初の特攻以降、マイスさんが本当にサポートに(てっ)しているから。

 

 ただ、「サポート」とは言っても、それはとても奇妙というか、目を疑うというか……

 

 

 

「ワン! ツー! フィニッーシュ!!」

 

 敵に背を向けたマークさんの、その背中に背負われている機械から飛び出す(グローブ)によって放たれるストレート・ストレート・アッパーの三連コンボ。それが『塔の悪魔』に命中したんだけど……当たり所が良くなかったのか、『塔の悪魔』丈夫だったのかどちらかはわからないけど、マークさんの攻撃では『塔の悪魔』の体勢を崩すには至らなかった。

 そのため、攻撃を終えて離脱しようとするマークさんの背中に、『塔の悪魔』が追い討ちをかけようと『闇』を鋭くさせて(せま)る…………が

 

 

「『アーススパイク』っ!」

 

 

 そう叫ぶマイスさんの声が聞こえたかと思うと、マークさんに迫っていた『塔の悪魔』の目の前に、人の身長ほどありそうな鋭く尖った岩が「ズゴンッ!」と床から飛び出した!

 『塔の悪魔』はその岩に行く手を(はば)まれるどころか飛び出してきた岩に突きあげられてしまい、かする程度のように見えたけどそれでも後退してしまっていた。

 

「続くわ!」

 

 謎の岩によって後退した『塔の悪魔』……それを予想していたかのようにいつの間にか『塔の悪魔』の死角から接近していたミミちゃんが、上半身のねじりや肩から腕にかけてのバネを最大限に活かした渾身(こんしん)の一突きをお見舞いする。

 が、やはり『塔の悪魔』も黙ってはいない。体勢を多少崩しながらも先端を鋭く尖らせた『闇』を射出するようにしてミミちゃん攻撃しようとし……

 

 

「『パラレルレーザー』っ!」

 

 

 またマイスさんが叫んだかと思えば、マイスさんの近くに人の頭ほどの大きさの水の丸い塊が二つ現れ、それぞれの水の丸い塊から勢い良く水が『塔の悪魔』へと向かって放たれた!

 バックステップで『塔の悪魔』から離れようとしていたミミちゃんを避けるようにして、両サイドから『塔の悪魔』へとぶつかっていった水。それにより、より体勢が崩れたのか、狙いが定まらなかったのか、『闇』はミミちゃんの身体をかすめる程度にしか当たらなく、傷はほんの僅かだけで済んだ。

 

 しかも、その傷は……

 

 

「『キュアオール』っ!」

 

 

 マイスさんの身体から(あふ)れ出した()()()()()が、幾筋(いくすじ)もの流れに分かれ、その一つ一つがわたし達一人一人へと飛んできて……わたしたちを包み込むようにして薄緑色の光が淡く広がった。

 そうしたら、ふっと体が軽くなるような感じがした。

 そして……注目するべきなのは、さっき『塔の悪魔』によって小さな傷を負ったはずのミミちゃん。その綺麗な肌のどこにも()()()()()()()()。他の人たちも、これまで受けていた傷がキレイサッパリ治ってしまってる。

 

「やっぱ、これって()()()の……?」

 

 メルお姉ちゃんの呟きを耳にしたわたしは、心の中で頷いた。

 

 きっとわたしとメルお姉ちゃんが思い出している「あの時」は、同じ場面だと思う。

 『アランヤ村』のそばに『スカーレット』の群れが現れたあの時。おねえちゃんを(かば)って傷だらけになったメルお姉ちゃんと、爆弾を使い切ってしまったわたしを、ジーノくんとモコちゃんが助けてくれた後のこと。傷だらけで血を沢山流していたメルお姉ちゃんを治してくれた謎の光……あの時は、その場からいなくなったモコちゃんが何かしてくれたんだと思ったんだけど……でも、同じような現象を、今、目の前でマイスさんが引き起こしている。

 

 

 え、ええっと……モコちゃんと同じ薄緑色の光もそうだけど、それ以前にマイスさんがしているが引き起こしているんだと思う謎の現象が衝撃的過ぎて、色々と気になってしまう。

 それはわたしだけじゃなくて、他のみんなもそうだった。最初なんかは固まってポカーンとしてたり……今はもう普通に戦ってるけど、それでも時々マイスさんをチラチラ見たり、謎の現象にビクッと体を震わせたり……。

 

 

 そんな中、最初っから特に何もリアクションをしないで戦ってた人もいた。

 それは、ジーノくんとミミちゃん、あとマークさんだ。

 ジーノくんは、たぶんいつも通りに何にも考えてないだけだと思うけど……ミミちゃんとマークさんはどうして驚きも動揺もしなかったんだろう?

 

 

 

 ミミちゃんたちにも、マイスさん本人にも、すぐにでも話を聞きたいところだけど……それはさすがに目の前の『塔の悪魔』が許してはくれそうになかった。

 

 『塔の悪魔』の攻撃はマイスさんが防いだり()らしたりしてくれているけど、それも全部の攻撃に対して出来ているわけじゃない。ただ単に間に合わない時もあれば、これまでに二回『塔の悪魔』が使ってきた一人を『闇』で包み込む大技らしき一撃は、マイスさんでもどうしようもなかった。

 ……それでも、あの薄緑色の光で回復してるから、何の問題は無いんだけど……。

 

 

 でも、今の一番の問題は……

 

「ったー……コイツ、ちゃんと攻撃が当たってるのかー!?」

 

「剣が当たった感触自体はちゃんとあるだろう。……だが、そう思いたくもなる気持ちはわからんでもない。ここまで反応が皆無だとな……」

 

 『塔の悪魔』を攻撃してから離脱したジーノくんが苛立(いらだ)たし()に愚痴を言い、それにステルクさんが言葉を返した。

 

 

 二人が言ったように、『塔の悪魔』にいくら攻撃をしても悪魔は、その服や体に変化は起きず、動きが鈍ることも無く唯々(ただただ)ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるばかりなのだ。

 

 通常のモンスターであれば、いくら強大な相手であっても……例えば『フラウシュトラウト』のような人よりもはるかに大きいモンスターでも……強烈な一撃を当てることが出来れば傷を負うし、攻撃を続けていれば疲れるし、追い詰めれば怒りや焦りといった感情を見せてくる。

 だけど『塔の悪魔』にはそういった様子が全くと言っていいほど見られない。まるで幻でも見ているかのようで、本当にそこに()()のか疑問に思ってしまうほどである。

 

 そんな奴を相手にしていたら、どうしても焦りや不安がうまれてしまい行動に粗くなったり、連携に乱れが出てしまいかねない。それにそうなってしまうと集中が乱れる分気力も無駄に使ってしまい、いくら八人いるとはいっても消耗が激しくなって()が悪くなってしまう。

 事実、ジーノくんがそうであるように、ステルクさんや他の人たちにも苛立ちや焦り、不安の色が顔に出てきていた。

 

 このままじゃマズイ……!

 

 そう思いながらも、攻撃を続ける以外に何かできそうなことも思い浮かばないため、どうしようもない。でも、ここまで攻撃を続けて来たわけだから『塔の悪魔』も間違い無く弱っていってるはずなんだけど……。

 

 

 

「……っ!? 何か来るわよ!!」

 

 メルお姉ちゃんの注意喚起に、わたしはハッとして『塔の悪魔』のほうを見た。

 すると、『塔の悪魔』の足元からモヤモヤとした闇が湧き出し、地面を()うように低く広がりはじめている。そして、その(もや)が数か所に分かれて集まりはじめ……それが、『スカーレット』によく似た見た目の悪魔になった。その違いは体の色が赤くなくて黒いこと。

 

「ええっ!? 『黒の悪魔』!? それもなんでいきなり……!」

 

 『塔の悪魔』と、現れた八体の『黒の悪魔』から目を離すわけにもいかないため振り向くことはできなかったけど、その声だけで先生が驚きアワアワしてる姿が目に浮かぶ。

 見たところ『黒の悪魔』は『塔の悪魔』が呼び出した……というか、闇から生みだしたようにも思えるんだけど……。

 とにかく、ここに来て予想外の敵増援。ただでさえわたしたちの方は、手応えが少なくて焦りが出てき始めてるのに……これ以上は精神的にだけではなく体力的にもキビシくなってきてしまう。

 

 

 さすがにこれはなんとかしないと、考えたくないけどこのまま負けちゃうなんてことも……何か新しい一手を考えて流れを変えないと!

 

「って、あれ?」

 

 と、不意にわたしの頭の中で疑問符が浮かんだ。

 

 

 いきなり湧いて出てきた『黒の悪魔』。急な増援に間違い無くわたし達は焦るし苦戦もしてしまいかねない。

 

 けど、なんでそんなことが出来るなら『塔の悪魔』は最初から『黒の悪魔』を呼ばなかったんだろう?

 

 その表情通り、必死に戦っているわたし達をあざ笑うために、ワザと使ってこなかった? ……でも、最初からずーっと大きなダメージを与え続けているのはわたしたち。優勢だったならまだしも『塔の悪魔』のほうが劣勢だったのに、そんなことをするとは思えない。

 

 なら、他に考えられる理由は……なるべく使いたくなかったか、ここまでは使う気が無かったか……?

 そこでふと思い出した。さっきわたし自身が考えてたことを……「このまま負けちゃうなんてことも……何か新しい一手を考えて流れを変えないと!」……もしかして、攻めあぐねていた『塔の悪魔(あっち)』も似たようなことを考えてた?

 

 『塔の悪魔』がわたし達と同じような思考回路を持っているかはわからないけど、()()()()()()()は十分にあると思う。

 わたしは、そのことをみんなに伝えるために、一旦大きく息を吸った。

 

 

「みなさん! これまでにしてこなかったことをしてきたのは、表面的には見えなくても『塔の悪魔』も追い詰められていってる証拠だと思います! あと少し……あと少しです! 頑張りましょう!!」

 

「……なるほど。悪魔というものがどこまで生物的かはわからないけど「生存本能による必死の抵抗」……そういう風にも考えられなくはないね」

 

 わたしの言葉にマークさんが一応は納得してくれたみたいで、あごに手を当てて頷いてくれた。

 他のみんなも、どこまでわたしの言ったことを信じてもらえているかはわからないけど、否定するような言葉は聞こえなかった。……ただ単に、目の前のことをどうにかしようと考えていて、聞いてないだけかもしれないけど……。

 

 

グガアアアアア!

 

「来るぞ!!」

 

 『黒の悪魔』の一体が大きな泣き声を上げたのと同時に、八体全員が一斉に動き出した。それも、一体一体がそれぞれわたし達一人一人を狙うようにして突撃してきた。

 そうなると、さすがにわたし達も目の前の相手の攻撃をどうにかしないといけないわけで、他の人へのサポートが難しくなる……。

 

 

 ……八体? そういえば『()()()()()()

 

 

 はたと気付き、わたしに(せま)ってくる『黒の悪魔』を倒すための『N/A』を取り出し投げつつも、視線を周りへと向けてみた。

 

 すると、ちょうど見えた。

 迫ってくる『黒の悪魔』と対峙するマイスさん…………その側面から接近している『塔の悪魔』の姿が。

 これまでさんざんマイスさんが行動を邪魔してきてたから、『塔の悪魔』から目をつけられていたのかもしれない。そして『黒の悪魔』を呼び出し一斉にわたし達を攻撃したのは、一番邪魔になっているマイスさんを倒すべく、マイスさんの(すき)を作りながら周り(わたし達)に邪魔をされないための一手だったのかもしれない。

 

 とにかく、「マイスさんが危ない!?」と思ったわたしだったけど、その声が出る間も無く『塔の悪魔』は攻撃範囲にマイスさんを(とら)え…………

 

「とりゃあぁ!!」

 

 マイスさんが()()()()を持った腕を振るった瞬間、『黒の悪魔』共々『()()()()()()()()()()()()

 

 

 …………えっ?

 

 

 わたしがさっき投げた『N/A』の爆発音と『黒の悪魔』の断末魔が聞こえてきたけど、そんなことはどうでもいいくらい、わたしはマイスさんのほうに目が釘付けになっていた。

 

 その手にある()()を見てみると、どう見ても光り輝くものでは無さそうだった。どうやら、()()()のようにマイスさんの手元が光っていただけみたい。

 その、マイスさんが持っているものとは……

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 えっと……つまり、いつもマイスさんが畑で水を()いている時のように、周りに水を振り()いて…………その水に当たって『塔の悪魔』は吹き飛んだってこと?

 『フラウシュトラウト』の時の『クワ』がまだマシに思えてしまうほど、非常識というか、なんというか……。そもそも、そんな水を毎日受けているマイスさん()のお野菜ってどうなってるの……?

 

 

 

 そんなわたしの驚きをよそに、マイスさんは止まったりせずに次の行動に移っていた。

 

 どこからか『(ビン)』を取り出し、吹き飛んだ先で着地して立ち上がっている『塔の悪魔』に向かって、マイスさんは思いっきり投げつけた。調合した『毒薬』か何かかな?

 それはクルクルと回りながらも弧を描いて『塔の悪魔』へと一直線に飛んでいき…………勢いよくぶつかり「パリンッ」と軽快な音を立てて割れ、中の液体が飛び散った。

 

 飛び散った液体を思いっきり(かぶ)った『塔の悪魔』だけど、特に毒とかに(おか)されている様子は無いように思えた。

 あの『毒薬』は不発だったのか? それとも、『塔の悪魔』が元々異常状態に対して耐性が高かったのか? ……どちらかなのか、両方なのか、はたまたどちらでもないのか。よくわからないけど、なんにせよマイスさんの攻撃は効果が無かったようだ…………

 

 

 ……と、マイスさんが吹き飛んで少し離れた場所にいる『塔の悪魔』に向かって、勢いよく右手をつき出した。すると、その手の平から拳よりも小さいくらいの「火の玉」が『塔の悪魔』目がけて飛び出し…………

 

 

「『エクスプロージョン』!!」

 

 

 …………『塔の悪魔』に触れたかと思った瞬間、いきなり炎の「赤」が膨張して……文字通り「巨大な炎の柱」になった。

 

 離れているわたしの髪やスカートを勢いよくはためかせる膨張による爆風はもちろん凄いんだけど、それ以上に光源の少ないこの塔の内部を煌々(こうこう)と照らすほど燃え盛っている直径三メートル、高さ六メートルほどもありそうな炎の柱が凄いとかを通り越して唯々(ただただ)眺めることしかできなかった。

 

 

 長く感じられたけど、実際はほんの一、二秒間だけの存在だった「炎の柱」が消えた時、その場に残っていたのは…………

 

「―――――――――!!」

 

 全身が炎に包まれ火だるまになりながら、笑いとも叫びともどちらとも取れそうな「声の無い声」を上げて狂乱する『塔の悪魔』だった。

 

 

 その姿を見て……未だに口は笑みを浮かべ続けている『塔の悪魔』を見て、底知れない恐怖を感じていると、かなり驚いた様子のマイスさんの声が聞こえてきた。

 

「そんなっ!? あんなにみんなで攻撃して、『エクスプロージョン』を使う前に『油』をかけたのに、まだ倒れてないなんて……! 早くこの(すき)に追撃をしないと!!」

 

「いや、追撃って言ってもあれじゃあ近づけないし、そもそも必要なさそうな気が…………というか、『油』をかけたってどういうことなんですか!?」

 

「えっ、だって『油』って良く燃えるよね? その性質は火属性攻撃をする時に活かせるよね?」

 

「ええっ……そんな「常識でしょ?」みたいに言われても……って、あっ」

 

 マイスさんとそんなやりとりをしているうちに、ふと赤い光が消えた。……燃えていた『塔の悪魔』がまるで塔の内部の闇に溶け込むように霧散したのだ。

 

 

「か、勝った……のかな?」

 

 

 そう口にしてみるけど、どうにも実感が湧いてこなかった……。

 その原因は…………まるで幻のようにその体を残さず消えていった『塔の悪魔』のせいか、終始よくわからないことをしていたマイスさんのせいか……。

 

 半々、ってことにしておこっか……。

 




 海上の船の上という不利な条件で『フラウシュトラウト』を倒したメンバー+ロロナ&ステルクの二人。……これで『塔の悪魔』に負けるどころか苦戦する理由が無いんですよね……。

 そもそも原作のほうでも『フラウシュトラウト』を倒せたのであれば、「パーティは三人」という制限無しでDLC追加メンバー以外を全員連れて行けるのであれば、よっぽどアイテムの準備不足だったりしない限りまず負けないでしょうし……今作でも、正直なところマイス君がいなくても普通に勝てていたと思います。
 それこそ弱っていない状態のあの『塔の悪魔』なら苦戦すること間違い無しなんですが、そうしたらギゼラさんが何もできてないというかわいそうなことになりますし……。

 そんなわけで、今回はこのようなことになりました。
 今後、本調子に戻った時にちょっとした描写の修正は加えるかもしれませんが、大筋は変わらないと思います。

 ……原作ストーリーラストバトルなのに、盛り上がりはどこに行ったんでしょうか?
 迷子なのか、今後別に盛り上がる予定なのか……


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5年目:マイス「雪に覆われた村で」

 投稿時間がずれてしまい、申し訳ありませんでした。

 集中できるっていうのは良いことですけど、時間も忘れて書いてしまうのは問題ですね……。一番の問題は、投稿日になっても書き上げられていないことなんですけども。


 

 

***最果ての村***

 

 

 『塔の悪魔』との決戦を終えた僕たちは、悪魔を退治したことを伝えに『最果ての村(ピアニャちゃんがいた村)』へとその足で向かったのだった。

 

 そして今、『塔の悪魔』のことを話してくれた長のピルカさんの元へとトトリちゃんが行っている。その間、残っている僕たちは適当に待機ってことになってて、僕は家から持ってきた「雪や寒さに強い作物の種」をあげたり、実際に植えてみせたりしようと思ってたんだけど……

 

「キミが色々と常識外れなのは知っていたが、まさか『魔法』などといったものを……」

 

「けど、それでも「マイス君なら」って思えちゃうのが、なんというか……普通に受け入れられちゃうよねー」

 

 おでこに手を当てて首を振るステルクさんと、「あははは」と笑うロロナ。他の人たちもそれぞれ反応をしている。

 

 

 僕は今、寒さから逃れるため村の民家の一つに入れてもらい、ピルカさんに会いに行ったトトリちゃん以外の皆と一緒にいた。

 

 そうなった理由は、『塔の悪魔』との戦闘で使った『魔法』が原因だ。

 まあ、使うかもしれないと思った最初のころからこうなる可能性については考えていたんだけど、『塔の悪魔』との戦闘で白熱し、すっかり忘れてしまってた。

 

 で、()()()()()()()()()()()()()()()()()、ここで必死に隠す必要も無いから、『魔法』という技術であることを話したんだけど……そしたら、なんだかちょっと気になる言い方ではあるけど、いちおう納得というかわかってくれたみたいだった。

 

 

「ミミちゃんとくまさんは驚いてなかったけど……もしかして、知ってたりしたの?」

 

 首を傾げているロロナが、『塔の悪魔』との戦いの時、僕の使う『魔法』に驚かずに一緒に戦っていたミミちゃんと……あとマークさんを見て疑問を投げかける。

 すると、マークさんが嫌そうな顔をして髪をかきながら、「だから、何度も言うけどその「くまさん」呼びはよしてほしいと……」って呟いてたけど、諦めたように首を振ってからそれに答えた。

 

「ちょっとした事情があってね、『魔法』についてはマイス()から詳しく解説までされてて、見たことも一応あったんだよ。……まあ、最後のヤツの威力はさすがに想定外だったけどね」

 

「私は、実際に見るのは初めてですけど話にだけは聞いてました。『火』、『水』、『地』、『風』、『光』、『闇』の属性(エレメント)と、それらにそれぞれ『初級』、『中級』、『上級』があって……あと攻撃用ではない『愛』の『魔法』や、例外、もっと特殊な古代のものも存在すると言われているとか」

 

 マークさんに続いて答えたミミちゃんが『魔法』について簡単な説明を皆にしてくれた。

 

 個人的には、昔、ミミちゃんとベッドで休んでいるミミちゃんのお母さんに聞かせていた数あるお話の中で一、二回しか話していなかったはずの「『魔法』について」をミミちゃんが憶えてくれていたことに驚かされた。

 『アーランド(こっち)』じゃあまず必要無い知識だし、かなり昔のことだから憶えていてもほんのちょこっとだけだと思っていたから、完全に予想外だ。なんだか、ちょっとだけ嬉しい気がする。

 

 

 ミミちゃんの説明に「へー」とか「そうなんだ」とか反応をしている面々なんだけど、そんな中で一人、ステルクさんが隣にいる弟子(ジーノくん)に目を向けていた。

 

「お前もさほど驚いていなかったように思えるが……『魔法』を知っていたのか?」

 

「いいや? 別に知らなかったけど?」

 

 首を振るジーノくんに、ステルクさんがその鋭い視線で「ならば何故……?」と問いかけた。すると……。

 

「だって、マイスなんだろ? オレの剣を意味わかんねぇくらいの性能にしたりするんだから、あんくらい変なこと出来ても別におかしくないなーって思って」

 

「……まぁ、確かに規格外であることは間違い無いのだがな」

 

 「単純だからこそ、深くは考えんのか……」と、妙に納得した様子で一人頷くステルクさん。そんな師匠を気にする様子も無く、ジーノくんは「あー、腹減ったー……」なんてぼやいているようだ。

 

 

 

 

 

「ねぇ、マイス」

 

 とりあえずこの場が落ちついてきたかと思ったんだけど、そんな時、不意に僕に声をかけてきた人がいた。メルヴィアだ。

 

「さっき使ってた『魔法』ってさ、マイス以外にも使えたりするのかしら?」

 

「え、うん。剣とかの扱いと同じで得意不得意はあるけど、大抵の人は使えるよ。実際に、今、()()()()()()の発表にそなえて『青の農村』の皆には『魔法』の秘密特訓をしてもらってるんだ」

 

「告知の広告には「重大発表!」って書いてて、他に詳しいことは書いてなかったけど……なんだか、次のお祭りは大事(おおごと)になりそうね……」

 

 僕の言葉を聞いてそうもらしたミミちゃん。

 実際の「重大発表」は『()()』のことだけじゃなくて、一部の部外者の耳にはすでに入っている『()()』のことも含まれているんだけど……そうなると、本当に大事というか大騒ぎになるかも……? いまさら止めたりする気はないんだけど、色々な事態を想定して準備しておかないとかな?

 

 

 と、質問をしてきた本人であるメルヴィアは「ふーん……」と、何とも言えない反応をしていたんだけど……再び僕に向かって口を開いた。

 

「じゃあ、人間(ひと)じゃなくてモンスターが『魔法』を使ったりすることは?」

 

「すごく似ているのを使ってたりはするんだよ? 『アーランド』周辺でわかりやすいのは『幽霊』系や『悪魔』系の闇の攻撃とか。……というか、場合によってはモンスターのほうが凄かったりするんだよね。真似(マネ)するのが難しいくらい範囲が広かったり……」

 

 これは事実だったりする。理由はわからないけど、『シアレンス』にいたころ出会ったモンスターの中には、僕の使える『魔法』では真似できないような芸当を見せるモンスターたちがいたのだ。

 

 例えば、灼熱の『ソル・テラーノ砂漠』にいるゴースト系のモンスター『トマトーガイスト』。彼らが使う地属性魔法は、僕が今回使った『アーススパイク』によく似ている地中から尖った岩を発生させる『魔法(もの)』なんだけど……決定的に違うのがその数。一つや二つではなく、数個の岩が連続して発生するのだ。

 そういったように、他のモンスターたちも僕らが使う魔法とはよく似ているけど違うものをつかったりしている。

 

 『錬金術』のレシピみたいに自分で一から『魔法』を作り上げれば再現できるのかもしれないけど…………今度、試してみようかな?

 

 

 僕はそんな(こころ)みを思いつき考えてたんだけど……その時、メルヴィアはといえば……

 

「なら、()()()がマイスと同じ『魔法』を使っててもおかしくはないのね。でも、ちょっとねぇ……?」

 

 …………? メルヴィアは一体、何を言ってるんだろう?

 僕もなんだか少し気になるんだけど、メルヴィアのほうもこっちを横目でジッと見てきている。

 

 

 

 

 

「お、おまたせしましたーっ!」

 

 メルヴィアがまた何か言おうとしたのか口が動き始めたちょうどその時、僕らがいる民家に、ピルカさんとのお話を終えてきたのだろうトトリちゃんが入ってきた。必然的にみんなの視線と意識はトトリちゃんのほうに向いた。それは、メルヴィアも同様だった。

 

 

「トトリちゃん、お疲れさま。どうだったー? ちゃんと話せた?」

 

 トトリちゃんに「こっちおいでー」と手招きをしながら、どうなったかを聞くロロナ。それに、トトリちゃんは笑顔で答える。

 

「はい! 悪魔は倒したからもう大丈夫って、ちゃんと伝えました。……あと、ピアニャちゃんは『アランヤ村(うち)』にいてもいいけど、黙って勝手に出ていったことは怒らないといけないから、一回連れて帰ってきなさいって」

 

 『塔の悪魔』のことはもちろん、どうやら、僕らについて来てしまったピアニャちゃんのこともちゃんと話せたみたいだ。

 確か、ピアニャちゃんが『最果ての村(ここ)』を出た理由って「いたら目覚めた悪魔に食べられちゃうから」で……今回の一件で『塔の悪魔』が倒されてことで村を出ていく理由が無くなったわけだ。でも、それでもピアニャちゃんの意思を尊重し自由にさせてあげるあたり、ピルカさんは本当の意味で「優しい人」なんだろう。

 

 

 そんな、良いことしかないような話なんだけど……それにしても、トトリちゃんがやけに笑っているというかニヤついている気がする。

 そのことが気になったのは僕だけじゃなかったようで、ミミちゃんが片方の眉を跳ね上げ、ちょっとだけ首をかたむけて怪訝(けげん)そうにした。

 

「ニヤニヤしてて、変というか、気持ち悪いというか……。何かあったの?」

 

「気持ち悪いって、そこまで言わなくても……。えっとね、『塔の悪魔』を倒したことを伝えたらね、ピルカさんが「おぬしからすれば、母親の(かたき)も同然か」って言われたんだけど、わたしそんなこと考えてなくって……そう話したら「じゃあ何でそこまでして倒したんだ?」って聞かれちゃったんだ。けど、よくわかんなくって結局なんとなく「冒険者だからです!」って答えたんだ。それを思い出したら、なんだかちょっと笑えてきちゃって」

 

 ちょっと顔を赤くしながら「あははっ……」と笑うトトリ。そんな様子を見たメルヴィアが、おかしさ半分、感慨深さ半分といった感じの何とも言えない表情をする。

 

「「冒険者だから」ねぇ……言うようになったじゃない。前は魚にも負けそうな子だったのに」

 

 まあ、確かに「冒険者だから」って理由は、封印された強大な存在である『塔の悪魔』を倒しに行った理由にしてはアバウトすぎるっていうか……。そんな事を言ったら、僕なんか「トトリちゃんに誘われたから」とかしか言えないような気もして強くは言えないんだけどね。

 でも、それならピルカさんが言ったっていうような「()()()()」とかのほうが自然というか、納得できると思う。

 

 

……………………。

 

……………?

 

……。

 

 

 

え?

 

 

 

 

 

「ええぇーーーーっ!?」

 

 

「ひゃわぅっ!? ど、どうしたんですか、マイスさん!?」

 

 僕があげてしまった大声にみんなが驚き、トトリちゃんなんかはビクッと跳び上がって、目をパチクリまん丸にして僕を見て…………って、そんなことよりっ! どうしたも、こうしたも……!!

 

「いや、えっ、ちょ!? 何? どういうこと!?」

 

「落ち着け。そんなに慌てるとはキミらしくない……キミは慌てさせる側だろう」

 

「ステルクさん、そういう話じゃ……と、とにかく落ち着いてくださいっ、マイスさん!」

 

 トトリちゃんがそう言うけど、落ち着くって、そんな場合じゃないというか、どう考えても聞かずにいるわけにはいかない話だから、落ち着くわけにもいかない!

 

 

 

「そんなこと言われたって! だって、その……! 母親の……「母親(ギゼラさん)の仇」ってどういうこと!? 」

 

「「「「「「えっ」」」」」」

 

 僕の言葉を聞いたみんなが一瞬真顔になり……空気がピタッと固まる。

 その様子に、僕はなお混乱してしまい「えっ、えっ」とみんなの顔をキョロキョロ見渡すことしかできなかった。

 

 

 謎の空気の中、一番最初にオズオズと……というか、まるで頭の中で現在進行形でゆっくり整理しながら話しているかのように話し始めたのはトトリちゃん。

 

「ええっと……どういうことって言われても、そのままの意味と言うかー……あれ? 何がどうしてこうなってるの?」

 

 ……そのままの意味って……というか、トトリちゃんも何だか混乱しているというか、こんがらがっているというか、そんな感じが……。

 

 と、ここで「あっ」と声を上げたの人が一人。ロロナだった。

 

「そういえばマイス君、トトリちゃんたちと行った東の大陸(こっち)への冒険の後にあった飲み会で、「お墓は見たけど、聞くタイミングが無くってギゼラさんがどうなったかは知らない」って言ってたっけ……」

 

「ああ……あったな、そんなことも。まさか、私ですらおおよその話は聞いたというのに、まだ知らなかったとは……」

 

 ロロナの話を聞いて何か思い出したのか、ステルクさんも目をつむって眉間にシワを寄せて言った。その二人の話を聞いて、トトリちゃんをはじめとした他のメンバーが「えっ!?」と目を見開いた。

 

 

「……って、ステルクさんは知ってたんですか!?」

 

 僕の驚きに、ステルクさんは短く「まあな」とだけ答えてきた。そして、驚かされてばっかりな僕に、他の人たちも各々口を開きはじめた。

 

「いや、むしろなんで知らないの? 逆に驚きなんだけど……」

 

「オレでも知ってたぜ? なんでマイスは知らねかったんだ?」

 

「『アランヤ村』の人たちの次か同じくらいに知っておくべきだろうあんたが、何で今の今まで……はぁ」

 

 ……ミミちゃんには呆れたようにため息までつかれてしまった……。

 

「す、すみません、マイスさん。わたしが最初に気付かないといけなかったのに……! えっと、また今度、機会を見てお話しますね?」

 

「……うん。お願い」

 

 僕が気を遣うべき相手のトトリちゃんから、ものすごく気を遣われてる。

 なんだか少し泣きたくなってきたかも……。

 

 

 

「それに、ギゼラさんの仇って知ってればもっと色々……効くかわかんないけど、()()()()とかも用意したのに……」

 

「何よ、最終兵器って」

 

「というか、あの火だるまじゃ気がすまないのね……」

 

 ミミちゃんとメルヴィアにツッコミを入れられてしまった……。いつもならそう気にしないんだけど……今日は早く家に帰ってベッドで寝たくなった。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「……僕も知らなかったんだけど、なんだか言い出すには難しい空気だね、これは」

 

「えっ……でも、くまさんは別にいいような……?」

 

 

「だからその呼び方は……まあ、確かにトトリ(あのお嬢さん)のお母さんとやらと僕はほとんど接点も無いし、僕も別に構わないんだけども。…………にしても、キミもなんだかうかない表情(かお)をしているような気がするけど……」

 

「いやぁ、その、『魔法』って前にもどこかで聞いたことがあったような気がして、ずっと引っかかってて……いつだったけ? 確か、マイスくんが言ったんじゃなかった気がするんだけど……?」

 





 かわいそうなマイス君。ついでに異能の天才マー「ク・マ」クブラインさんも。
 そして……ロロナは良くも悪くもウッカリサンだと思います。ここであのことを明かしたら明かしたで複雑になりますしねぇ……。


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5年目:マイス「ある日の日常」【*3*】

「イチャイチャさせようにも、ある意味すでに完成されている関係のマイロロ。今以上にってなると、片方かもしくは両方に異性として意識させるか、それこそ恋人にでもなるかさせないといけないんじゃ……でも、それなら先に周りの人を巻き込んどかないとね!!」……って、感じのノリで内容の大筋が決まった今回の『ロロナルート』【*3*】。その割には終始絡んでいるわけではなく、無駄に長い気もしますが……。
 いちおうは次の【*4*】からが本番……いつもこんなことを言ってる気がしますが、気のせいではないかも知れません。


 『マイスのファーム IF』のほうでは、まだ各キャラの【*2*】の途中ですが、本編は特に気にせず進んで行こうと思います。
 元々番外編は『トトリのアトリエ編』が終わってからの予定だったわけですし、多少本編より遅れてしまうのは仕方のないこと……そう思っていただければ幸いです。


 そして今回、諸事情により最後のほうだけ視点が変わっています。ご了承ください。



 

 

【*3*】

 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 

「ええっと……? これはどういうことですか?」

 

 何かを複製調合しているのか、てこてこ歩き回ったりしながらも何やら作業をしているちむちゃんたちがいる『ロロナのアトリエ』。

 そのアトリエ内で、()()()()を膝に乗せてソファーの真ん中に座ったトトリちゃんが、その左右に座っている僕とロロナを交互に見比べた。その困り顔に、僕は苦笑いをしてなんとなく意味の無いごまかしをするしかできそうになかった。

 

「あ、あはは……」

 

「じー……」

 

 ロロナはと言えば、トトリちゃんをただただジッと見つめるばかり。

 アトリエに来たばかりのトトリちゃんに状況説明をしていない僕が言うのもおかしいけど、これじゃあトトリちゃんが困るのも仕方がないだろう。

 

 

 ずっとただ見つめてきているだけのロロナに少し気が引けたのか目をそらしたトトリちゃんは、僕のほうを向いて涙目で「なんなんですか、これ~!?」と(うった)えかけてきた。

 

「えっと、いきなりで何が何だかわからないかもだけど……その()()()のことでちょっとあってね。で、トトリちゃんが来て……」

 

「それで、トトリちゃんの意見を聞きたいの!」

 

 僕の言っている途中で、ロロナが大きな声で割って入ってきた。

 ここまで聞いたトトリちゃんは、「わかったような、わからないような……?」と何とも言えない顔をして首をかしげてしまっている。

 ……僕はとりあえずここまでの経緯について話すことにした……。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

***一時間ほど前***

 

 

 そもそもの始まりは、『塔の悪魔』を倒しに行く道中でロロナと『学校』のことについて話したことからだった。

 

 学校で学べることの一つとして『錬金術』も検討していて、僕は学校の設立が許可されてからロロナには伝えて協力してもらえないかお願いをするつもりだったんだけど……なんと、ロロナはロロナで『錬金術』を教える学校のことを考えていたそうで、教科書とかも作ってみたりしているらしかった。

 

 そんなわけで、最終的に「『塔の悪魔』を倒すのが終わってから、作った教科書見せるから!」って話になって……結局はさすがに疲れてしまったり、僕が『魔法』を使いそのことでバタバタしてしまったりしたことで、その日の内にロロナの教科書を見ることは出来なかった。

 でも僕も忘れてたわけじゃなくて、「次にロロナのアトリエに行くときに、僕のほうで作ったのも持って行って見せ合えたらいいなぁ」って考えていたのだ。

 

 

 そして後日、僕のほうで作った教科書を持ってアトリエにお邪魔したんだけど……

 

 

 

「マイス君の教科書、なんでこんなに分厚いのー!? こんなんじゃあ、読み始める前に頭がパンパンになっちゃうよ!!」

 

「ロロナの書いた教科書って何を書いてるか半分くらいわからないんだけど……。これ、ちゃんと伝わるかな?」

 

「ええっ!? そんなこと言われても……。それに、マイス君のは……!」

 

「いや、でも大切なことをちゃんと書いておくならこのくらいは……。というか、ロロナの教科書のここって手順が足りてないんじゃ……?」

 

「なら……」

 

「あと……」

 

 

 

――――――――――――

 

 

***現在・ロロナのアトリエ***

 

 

 

「……って、ことがあって、そこにちょうどトトリちゃんが来て……」

 

「学校とか、初めて聞いた内容(こと)もありますけど……なるほど、大体わかりました。それで「意見が聞きたい」って話になったんですね」

 

 納得したように、自分の膝の上に置かれている教科書の一つを手に取って表紙を眺めるトトリちゃん。

 

「トトリちゃんなら、どっちの教科書がいいのかわかるよね! ねっ!」

 

「それはまあ、作った二人よりも贔屓(ひいき)()無しに見れるとは思いますけど……でも、先生にそんな期待の視線を向けられるのはちょっと……」

 

 キラキラとした目で見つめながら顔を近づけてくるロロナに、トトリちゃんはちょっと引きつつ「というか、そもそも競う必要性は……?」と首をかしげていた。

 

 

 

「それじゃあ、トトリちゃんは教科書を読んでみてて! その間にお茶、用意してくるから!」

 

 そう言ってソファーから立ち上がり鼻歌まじりに歩き出したロロナ。

 そんなロロナの背中を目で追う、並んで座っているトトリちゃんと僕。……と、偶然か何か、僕がトトリちゃんのほうを見たのと同時に、ちょうどトトリちゃんも顔を僕のほうへと向けた。

 その偶然にお互い「あっ」とちょっと驚きつつも、僕のほうから話を振っってみた。

 

「あははは……ごめんね、いきなり巻き込んじゃって。それで、『ロロナのアトリエ(ここ)』に来たのって何か別に用があったんじゃ? もしそうなら、そっちを優先してくれていいんだけど……」

 

「いえ、別に何かあったわけじゃないですから、大丈夫です。それに、学校で教える『錬金術』……わたしも興味ありますから、協力させてください!」

 

 そう言って、元気な笑顔を見せてくれるトトリちゃん。

 けど、その笑顔はすぐに消え「あっ、でも……」となんだか不思議そうにして、少しだけ首をかたむけた。

 

「なんていうか、意外ですね」

 

「意外?」

 

「先生は子供っぽいところがあって意地になったりしますからまだわかるんですけど、マイスさんもっていうのは……。こういう時に真っ先に(ゆず)るというか一歩引くイメージがありましたから」

 

 そしてまた「意外でした」と言いながら、今度はイタズラをした子供のようにトトリちゃんは笑った。

 

 僕としては、そんなふうにしているつもりはないんだけど……でも、トトリちゃんにそういうイメージを持たれているってことは、少なからずそう見える時があるんだろう。

 でも、僕っていつも自分がしたいようにやってばかりだから、そんなことはないと思うんだけどなぁ……? 時々、お祭りでコオルに出場禁止を言い渡されてりはするけど、それはトトリちゃんが言ってることとちょっと違う気がするし……。

 

 それに……。

 

「僕は意地を張ってるというか、いろんな人に教えるための大事なものなんだから出来る限り良い物にしたいってだけで、その為に意見交換を沢山するべきだろうなーって思って……」

 

「そういうことにしときますね♪」

 

「ええっ……」

 

 何故かトトリちゃんにそう適当に話をぶった切られてしまった。別に「意地を張ってる」って勘違いされたままでもいいんだけど……でも、なんかやっぱり納得できないというか……。

 けど、すでにロロナが作ったほうの教科書に目を落してしまっているトトリちゃんの邪魔をする気にもなれず、「仕方ないか」と諦めることにした。

 

 

 手持ち無沙汰になった僕は、ロロナがお茶を用意していることを思い出して、実は家であらかじめ用意して持ってきていた『アップルパイ』をカゴから取り出した。かなり余分に作っておいたため、僕とロロナだけでなくトトリちゃんの分もちゃんとある。

 残った分は……いつも通りちむちゃんたちにおすそわけすることにしよう。トトリちゃんはもちろん、お茶を用意しているロロナもまだ時間がかかりそうだから、先にちむちゃんたちを集めて『アップルパイ』をあげることにしよう。

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 僕がちむちゃんたちを集めて『アップルパイ』をあげながら(たわむ)れているうちにロロナが『香茶』を()れてきてトトリちゃんと僕、あとロロナ自身の分をそれぞれの手元へ回し……僕もそれに合わせて『アップルパイ』を一人分にわけて配った。

 

 そして、トトリちゃんが教科書を読んでいる間、僕とちむちゃんたちの戯れにロロナも参加して遊んでいたんだけど……

 

「ええっと……とりあえず、こっちはここまでってことで……」

 

 不意にそんなトトリちゃんの声が聞こえたので、目の前で揃って並んで床をゴロゴロしているちむちゃんとロロナから目を離し、ソファー(そっち)のほうを見てみた。すると、そこにはちょうど僕の作った教科書を閉じるトトリちゃんが。どうやら僕らの作った教科書に目を通し終えたみたいだ。

 

「トトリちゃん、見終えたかな?」

 

「あっはい! どっちの教科書も大体読めました。けど、ちょっと……」

 

 元気に返事をしたトトリちゃんだったけど、その声は何故か段々と躊躇(ためら)っているかのような弱々しいものになっていっていた。

 そのことは気になったけど、僕が問いかけるよりも早く、起き上がったロロナがトトリちゃんに詰め寄っていった。

 

「で、どうだった!? わたしのとマイス君の、どっちが良かった? わたしのだよね!?」

 

「えっと、それは、そのー……」

 

 「ね?ね?」と問い詰められているトトリちゃんは、そんなロロナの顔を直視できていなくて、その視線は泳いでいる。

 

 

 ……ロロナの作った教科書をすでに見ている僕としては、トトリちゃんがなんでそんな反応をしているのかが、なんとなくわかってるんだけど……。

 

「ロロナ先生の教科書はですね……」

 

「うんうん!」

 

「「ぐ-るぐーる」とか「ぱらぱらー」とか擬音(ぎおん)が多いのと、「青い草」とか「ちょこっと」とかアバウトな表現も多いから……十人読んで一人でも理解出来(わかっ)たなら運が良いレベルだと思います」

 

「うん! ……あれ? ちょっと待って、それって……?」

 

 頷いた後に、数秒間ピタリッと固まったかと思うと、コテンッと首を傾げるロロナ。

 どうやら、ロロナの教科書を呼んだトトリちゃんの感想は、僕が予想したのと同じようで……

 

「凄くわかり(にく)いです」

 

「がーん!?」

 

「まぁ、そうだよね」

 

 その場に崩れ落ち、両手をガックリと肩を落とすロロナ。

 でも仕方ないと思う。調合に必要な素材などといった『レシピ』の他に、その手順とかも書かれているんだけど、それがトトリちゃんが言ったように擬音とアバウトな表現が多くて、どう考えても字で読んだだけじゃ理解でそうにもない内容だったのだ。

 

 

 

「じゃあじゃあ! わたしのよりも、マイス君の教科書のほうが良かったのー!?」

 

 僕は本職の『錬金術士』じゃないわけで、経験こそあるけれど、そこまで『錬金術』そのものや教えることに関して自信があるわけじゃない。

 だけど、ロロナの作った教科書の事を考えると……たぶん、消去法というか「どちらかを選ぶなら」と選択を(せま)られたなら選ばれる程度には、僕の作った教科書も完成してはいるはずで……。

 

「えっと…………()()()()()()()?」

 

「……ええっ!?」

 

 (ひざ)をついていた体勢から立ち上がりながら「どっちもどっちかぁ……それって、わたしは喜んでいいのかな?」ってロロナが言ってるけど、僕としてもロロナのフンワリ教科書と同じくらいと言われるのは、さすがに予想外というか……!

 

「あのー、トトリちゃん? そう思ったのはどうしてなのかな?」

 

「どうしてって……丁寧で図解とかもあってわかりやすく書いてますけど、これ、心構(こころがま)えとか、下準備、後片付けのこととかばっかりで、肝心の『()()()()()()()()()()()()()()()()んですけど」

 

 

「そうなの!?」

 

「そうなのって、ロロナ先生、読んだんじゃないんですか?」

 

「ええっとね、厚さを見てちょっと嫌になって、目次の項目の多さでめまいがして……そこから全然頭に入ってこなくって」

 

 

「「「…………」」」

 

 

 

「あっ、そういえば『実習編』と『応用編』を出すの忘れてた!」

 

 僕としたことがウッカリしてた。まさか『基礎編』だけ出して、他を忘れてしまってただなんて! そういうことならロロナやトトリちゃんがあんまりいい評価をくれなかったのも、当然のことで納得できる。

 というわけで、僕はさっそく残りの『実習編』と『応用編』の二冊をカゴから取り出した。

 

「「うわぁ……」」

 

「? 二人ともどうかした?」

 

 『実習編』と『応用編』の教科書を取り出したところで、ロロナとトトリちゃんが変な声を出した。どうしたのかと思い二人の顔を見てみると、僕の手元……教科書を持っている手を、目を細めて見ていることに気付いた。

 

「マイス君。一冊だけで厚さ十五センチくらいあるのに、それが全部で三冊って……。『錬金術』を勉強しに来た人がそれをいきなり渡されたんじゃあ、やる気()がれちゃうんじゃないかなぁ……?」

 

「先生の言う通りです。それに、勉強しに来てくれる子にそれを持ち運ばせるのは、さすがにかわいそうですよ? 一回、内容を整理して必要性の低い部分は(けず)りましょう」

 

「ええっ、そうかな? 一つの教室でみんな一緒にするんだし、ちょっとした失敗が周りの人を巻き込みかねないから、危なく無いように()れの無いようちゃんと書いておかないといけないと思うんだけど……」

 

 そう一応は反論してみるものの、ロロナにもトトリちゃんにも首を振られた。目を細められた時点で「もしかしたら……」って予感がしてたからそこまで驚かないけど、そんなにダメだったかなぁ?

 

 

 

「うーん、『錬金術士』の二人が揃って言うなら間違いんだろうし……とりあえず、まずは『基礎編』からチェックしていくってことでいいのかな?」

 

「はい、それでいいと思いますよ。まずは目次の項目を見て、そこで必要無さそうな項目にチェックを入れてから、内容を詳しく見ていって……もし書き込んでもいいなら、斜線を引いたり、書き加えてりしていけたらいいんじゃないですか?」

 

 トトリちゃんの提案に、僕は「大丈夫だから、そうしてみよっか」と頷く。

 教科書は()()()()()()()()。代わりはあるし、それにこれから新しくモット良いものを作るわけだから、今手元にある教科書()はどうなっても構わないわけで……むしろ、書き込んだりして有効利用できるならそうしたほうが良いだろう。

 

 僕とトトリちゃんが顔を見合わせて頷き、そして、二人そろってロロナの方を見る。すると、ロロナも頷きニッコリと笑った。

 

「よーし! それじゃあ、三人でやってみよー!!」

 

 こうして、僕の作った教科書を元に、新たな教科書を作る作業が始まる事と…………

 

 

 

 

 

「……って、あれ? わたしの教科書は? わたしの教科書は使えないの!? 使っちゃダメなの!?」

 

 ……始まる前に、僕とトトリちゃんには涙目になって今にも泣き出しそうになっているロロナを(なぐさ)め元気付けないといけなくなったのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

「お邪魔するよ。ロロナはいるかな? ……って、おや?」

 

 ノックをし『ロロナのアトリエ』入ってきたのは、この『アーランド共和国』で大臣を務めているトリスタン・オルコック。彼がアトリエに入ってみた光景は……

 

 

「じゃあ、『基礎編』の「調合を始める前に」(から)「素材を置いておく場所の注意点」は一纏(ひとまと)めにして、「調合の前にする準備と確認」って一つの項目にしちゃってー……」

 

「そうですね。そうすれば今の三分の一くらいまで減らせると思います」

 

「うん。あとは、さっきチェックを入れた削れる部分を削って……「道具の名称と用途」を「錬金釜等、用具・器具の基礎配置」の中に入れ込んだら『基礎編』は大体いいんじゃないかな?」

 

 

 ソファーにロロナ、トトリ、マイスの順に並んで座っている三人。トトリが膝の上で教科書を広げペンを持ち、その両サイドからロロナとマイスがその教科書の覗きこむような形になっいた。時に指差しし、時にペンを走らせながらも、教科書の内容について意見交換をしているようだった。

 

「仲が良さそう……いや、あえて「(いそが)しそう」って言っておくべきかな?」

 

 あごに手を当てて呟くトリスタン。その呟きに、議論がようやく一段落した様子の三人のうちトトリが気がつき「あっ」と声をあげた。

 

「トリスタンさん? えっと、いつの間に……?」

 

「あっ、ほんとだ! いらっしゃーい」

 

 トトリに続きロロナが気付き、ニッコリとした笑顔でトリスタンを迎え入れた。

 また、マイスもほぼ同時に気付いており、「こんにちは!」といつもの調子で挨拶をしていた。

 

「何やら忙しそうにしているみたいだけど、お邪魔だったかな?」

 

 そんな事を言いながらも、申し訳なさそうにするわけでもなく、さわやかな笑みを浮かべるトリスタン。「タントリス」という偽名を名乗ってアトリエに来ていたころから変わらない通常営業の彼である。

 

 

「大丈夫ですよタントさん、今日中に終わらせないといけない仕事もないですから……あっ、『香茶』用意してきますね!」

 

 そう言って立ち上がり『香茶』を淹れる用意をし始めたロロナ。それとほぼ同時にマイスも立ち上がり、何かをし始めた。

 

 ……と、ロロナがふいにそのお茶を用意している手を止めないまま、振り返ったりせずに口を開いた。

 

「マイス(くーん)。『アップルパイ』ってタントさんの分以外にまだある? できたら……」

 

「今日はちむちゃんたちにあげるにしても多く作り過ぎてたから、まだあるよ。だから、ロロナの分()もう一皿用意してる」

 

「あれ? そうなの? えへへっ、ありがとー! あっ、トトリちゃんもさっき食べたけど『アップルパイ(もう一皿)』どう?」

 

「わたしはさすがにもういいです。……これ以上はゴハンが食べられなくなりますし」

 

 トトリが断ったことに「そっかー」と少し残念そうにしながらも、ロロナは『香茶』を淹れながら「ぱい、ぱい、アップルパーイ♪」とよくわからない歌を鼻歌交じりに歌い始めた。

 

 

 

 ……と、ここまでの流れをアトリエの出入り口近くでずっと見ていたトリスタンだったが、ゆっくりと歩いて今座っているのはトトリだけとなったソファーのそばまで来た。

 それに気づいたトトリは、トリスタンに気を遣って中央からソファーの左端に寄り、右半分をあけ渡した。そんな気遣いに「ああっ、ゴメンね」とトリスタンは珍しく申し訳なさそうに軽く頭を下げ、ゆっくりと腰を降ろした。

 

「ねぇ、ちょっといいかい?」

 

「はい? なんですか?」

 

 色々と書き加えたりした教科書に再び目を落そうとしたトトリだったが、トリスタンに声をかけられたことでそれを止め、その目をトリスタンのほうへと向けた。

 トトリが見たのは、トトリ(こちら)ではなく『香茶』を用意しているロロナを見つめているトリスタンの姿。

 

「最近、忙しくてあんまりアトリエに()れてないこともあって、僕が()()()()が一緒にいるのを見る機会が減ってるんだけど……。大体いつもあんな感じなのかな?」

 

「あんな感じ?」

 

 タントリスの言う「あの二人」というのがロロナとマイスであることはトトリにもすぐに理解できたが、「あんな感じ」のほうはいまいち理解出来ず聞き返してしまうこととなった。

 

「ほら、間にキミがいるにはいたけどヤケに距離が近かったり……あと、ついさっきみたいに何も言ってないのに一緒になって準備したり、先読みしたみたいに何かしたり……」

 

「距離が近いって言っても、わたしが会ったころからそうでしたよ? おやつの準備もマイスさんが「おすそわけ」を持ってきた時はいつも先生が『香茶』を用意してますから……。あっ、でも「前はほむちゃんがやってくれてたんだよねー」とか言ってたっけ?」

 

 途中疑問を挟みながらも「前からだ」とするトトリ。

 その言葉に苦笑いをしながら、首をすくめるトリスタンは短くため息をついた。

 

「まぁ、確かに「昔から」っていうのも間違っていないとは思うけど……だけどねぇ? なんていうか、前とは違う気がするっていうか…………()()()()()()じゃなくて()()()()が変わっちゃったのかなぁ?」

 

 後半は呟くように小さな声になったトリスタンの言葉に、ちゃんと最後まで聞き取れなかったトトリは一人首をかしげてしまう。

 

 

 

「弟みたいに、ねぇ……」

 

 ロロナと、そのロロナに『アップルパイ』の乗った二枚の皿を持って近づくマイス。トリスタンは、その二人の姿を目を細めて見ながらそう呟いた……。

 




 極端なことを言えば、最後のあたりが書ければよかった回。
 でも、そこに至るまでの流れとして必要な要素を書いていっていると、「この話出したなら、こっちにも触れておきたい」とかなってしまって膨れ上がってしまい、少々無駄っぽい部分が出来てしまった疑惑があります。
 ……書いてて楽しかったですけども。


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5年目:トトリ「発表祭?」

 まず一言。また少しの間、音沙汰無くなってしまって申し訳ありません!

 原因は、前に活動報告等でお伝えしたアレと、それ関係で基本的に自業自得によるアレコレゴタゴタ。数日間、家に帰っては寝るだけの生活になってて、身体的にも精神的にも万全とは言い難い状態が続いていました。重要なことなのでもう一度言いますが、自業自得です。
 創作意欲自体は、『トトアト編』の話はもちろんその先の『メルアト』のイベントが『IF』のほうも含め紆余曲折しながらもドンドン構想が湧いてくる上に、別作品のネタまで降りてきてる状態なのですが、上記のように体力と時間の問題で中々駆けていない現状です。


 やらなければいけないこともありますし、体力も時間も有限ですが、その中で自分なりの全力を出し書き、投稿は続けていかせていただきます。
 イライラさせてしまうかと思いますが、よろしければ今後ともお付き合いしていただければ幸いです。



 

 

 『青の農村』。

 『アーランドの街』からそう遠くない位置にある、その名の通り農業を生業(なりわい)として生きている人たちが中心になってできている村。

 

 『アーランド共和国』の人たちにその名前を知らない人はいないと思う。けど、わたしの想定と異なり、もしかしたら知らない人がいるかもしれない……それでも、本人が知っていないだけで、きっと必ずどこかで関わっているはずだ。()()()()()()()()

 

 生産した作物が最も有名な場所。だけどそれ以外にも、街に住んでいる人や頻繁に出入りする人、行商人さんなんかには、また別の有名な部分がある。

 それは、月に一度行われる『お祭り』。月ごとに別のお祭りが盛大に行われるため、他人を飽きさせず、毎回のように沢山の人が集まる。その影響力は、「お祭りの日には街の店の客が半分以下に激減する」っていう話を聞けばすぐに理解できると思う。

 

 

 そんな『青の農村』の代名詞の一つと言える『お祭り』が、今日開催されるんだけど……今回はどうなるんだろう?

 

 

――――――――――――

 

 

***青の農村***

 

 

「うーん……ここから見える景色はいつも通りだけど……」

 

 わたしは『青の農村』の入り口付近から村全体を見渡してみた。そこから見えるのは、大抵のお祭りで目にする食べ物やお土産ものを扱っている露店が、村の中を通っている道の脇に何軒も出ているいつものお祭りとそう変わらない光景。

 ()()()()()()()()()()()()()()、今日のお祭りが気になっていたわたしはこうして『青の農村』に立ち寄ってみたんだけど……。

 

「これは、やっぱり宣伝の仕方が問題だったんじゃないかなぁ?」

 

 というのも、普段はお祭りの名前とその中でのイベント、その参加条件や開催時間、詳しい内容を書いた広告やチラシを張ったり配ったりしてるんだけど……今回はそのほとんどが()()にされた状態で告知された。

 あえて言うならデカデカと書かれた「重大発表あり」という文字が印象的だったけど、逆に言うと、そんなふんわりとしたことしかわからなかったわけなんだけどね。

 

 そんなふうに宣伝されたのには理由があるのは、さっきも言った通り、わたしはマイスさんからお祭りの内容を聞く機会があったから事前にわかっている。

 

 その理由っていうのが、「サプライズ」っていうのと「混乱になりかねないから」。

 前者のほうはマイスさんが「お楽しみはとっといたほうがいいよね?」という考えを押したかららしく……後者の方はコオルさんが「こんな()()の情報を中途半端に出したら、村に押しかけてくるヤツもいるだろうから」ってことで止めたからで、その二つの意見から、内容を限りなく最小限にした宣伝にしたそうだ。

 ……村長のマイスさんよりもコオルさんのほうがちゃんと考えてる気がするけど……でも、それを含めていつも通りといえばいつも通りなんだよね……。

 

 

 そんなことを考えながらわたしは歩きはじめ、おそらく今回もイベントの中心部になっているだろう『集会場』前の広場へと向かうことにした。

 

 普段よりも道は人通りが多いけど、いつものお祭りの時よりは少ないから、他人にぶつかったりしてしまうことも無くスムーズに進むことができた。

 ……できるのは助かるんだけど、人が少なくっていうのはちょっと心配になってきちゃうなぁ……よく知っているマイスさんが中心となって開催してるわけだし、自分のことでも無いのにどうしても成功・失敗を意識してしまう。まぁ、お客さんが少なくて村に損失が発生したところで、マイスさんならなんとでも出来てしまいそうなんだけどね?

 

 

 

 そこそこの人混みをかき分けて『集会所』前の広場までたどりついたんだけど……わたしの心配とは裏腹に、今日のお祭り用にセッティングされているのだと思うステージがある広場にはかなりの人が集まってて、そこだけはいつものお祭りと比べても劣らないくらいの人の多さだった。

 

「あぁ、よかったー。さすがにイベントをする場所にはちゃんと人があつまってるんだ……って、あれ?」

 

 もうじき始まる()()()()()()()()()()のために集まっているのだろう人たちをなんとなく見渡してたんだけど、その中に見知った姿があって……その人が誰なのか気付き、わたしは驚いてしまう。

 

「め、メルお姉ちゃん!?」

 

「あら、トトリじゃない。奇遇ね……って言っても、もしかしたらとは思ってはいたけど」

 

 わたしが近くまで駆け寄って声をかけると、メルお姉ちゃんはいつもの軽快な笑顔で手をヒラヒラと振って応えてくれた。

 それにしても、メルお姉ちゃん『アランヤ村』にいるって思ってたのに……

 

「メルお姉ちゃん、どうして『青の農村(ここ)』に……って、お祭りだからなんだろうけど……でも、ここまで来るの大変じゃなかった? 言ってくれればわたしが『トラベルゲート』で連れてきてあげたんだけど……」

 

「ありがと。でも、そのあたりは大丈夫よ。マイスに事前に事前に頼んでたから」

 

 マイスさんにって、いつの間に……。

 たぶん、あの時……『塔の悪魔』を倒しに行った後、わたしがピルカおばあさんと話に行っていた間か……それか、合流した後にわたしとマイスさんでお母さんの最後のことやわたしが聞きそびれていた『魔法』のことを話した、そのまた後に……?

 いや、でも、いつに約束をしたとしても……

 

「お祭り目前で忙しいはずなのに、よくマイスさんもいいって言ってくれたね」

 

「そこは正直ダメもとだったから、あたしも驚いたわ」

 

「ダメもとって。そんな風に思ったなら、わざわざマイスさんに頼まなくてわたしに言ってくれたらよかったのに」

 

「あはははっ……。でも、やっぱりマイスとは一回、面と向かって話しておきたかったし、多少無理を言ってでも迎えがてらに時間を作って貰うにはしかたなかったかなーって」

 

 メルお姉ちゃんの言葉を聞いて、わたしは「ん?」と首をかしげる。

 

 

 言ってることが何かおかしかったとか、そういうことはなかった。話の流れから、メルお姉ちゃんがマイスさんに前々から何か用があって会おうと思っていた……ってことはわかった。でも、ただ単純に「メルお姉ちゃんがマイスさんに用事……?」と不思議に感じ疑問に思っってしまった。

 

「メルお姉ちゃんがマイスさんに用事があったなんて、なんだか珍しいね? どうかしたの?」

 

「どうかしたっていうか……まぁ、ちょっとね」

 

 不意にいつものメルお姉ちゃんらしい軽快な笑顔から、少しだけ申し訳なさそうな……でも、誤魔化そうとするような笑い方に変わった。言ってることからしても、あからさまにお茶を濁していて何かを隠そうとしていることはすぐにわかる。

 自分で言うのもなんだけど、そんなふうに「何かありますよー」って感じの反応をされてスルー出来るほど、わたしは我慢強くはない。だから、メルお姉ちゃんにそこのところを問い詰める以外の選択肢はなかった。

 

「むー……何か隠してるでしょ!」

 

「うん」

 

「うんって……えぇ……?」

 

 特に悪びれたりせずに、メルお姉ちゃんは素直に頷いてきた。その素直さに毒気を抜かれたというか、肩透かしを受けたかのような感覚になって、わたしは勢いを削がれてしまう。

 

 でも、やっぱりなんだか納得がいかなくて、メルお姉ちゃんをジッと睨みつける…………けど、メルお姉ちゃんはひるんではくれず、むしろおかしそうにケラケラと笑ってきた。

 

「まぁまぁ、そんな顔しなさんなって! そうねぇ……今言えるのは、あたしが隠してることは()()()()()()()()()()ことのこのお祭りの内容に関係がある…………かもしれないし、無いかもしれないってことくらいかしら?」

 

「またそんなこと言って、また誤魔化そうとしてるよね……」

 

「そんなことないわよ? …………それに、トトリも勘付いててもおかしくないくらい判断材料はあると思うんだけどねぇ?」

 

「材料? えっ、調合の話なの?」

 

「いや、違うわよ?」

 

 あれ? 違った? ……でも、ちょっと間違えたからって「何言ってるの、この子」って呆れ顔しなくても……。

 ……それで、結局何の話だったんだろ?

 

 

 

 わたしが改めて問い詰める……それより前に、周りから「わぁ!!」と歓声が上がった。

 人が多いから、多少ざわついているのが普通だったんだけど、そんな中でいきなり上がった歓声にわたしは驚いてしまい、悲鳴とかは出さなかったけど肩をちょっとだけビクリと震わせてしまった。

 

 何事かと、慌てて周りを見渡してみると……『広場』の中央あたりに設置されているステージの上に、いつの間にかマイスさんが上がっていた。

 

 ってことは、ついに今から今日のお祭りのメインイベント……と言っていいモノなのかは置いといて……例の「重大発表」が始まるみたい。

 わたしとそばにいたメルお姉ちゃんは、さっき歓声をあげた周りの人たちと同じく、ステージの上に立っているマイスさんへとその視線を向けた。

 

 

 『魔法』と『学校』、そのふたつに関する発表。

 それにわたしは期待感を抱きつつも、「もしかして、あまりにも常識外れで受け入れられないんじゃ……」という主に『魔法』に対する不安感を(ぬぐ)えないまま、わたしはその発表を最後まで見届けるために真っ直ぐにステージのほうを見続けるのだった……。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「絵本など物語で描かれた『魔法』。それが今日、夢物語などではなく、実在のものとなります! ……こんな感じに!!」

 

オオォゥー!!

 

「一言で『魔法』と言っても色々あって……日、水、地、風といった属性の他にも…………」

 

オオォゥー!!

 

「そしてこの『魔法』、多少の得意不得意はあっても大抵の人が扱うことが出来ます! ほらっ、コオル、みんな。せーのっ!!」

 

オオォゥー!!

 

「安全面も配慮されてます。人はもちろん、敵対してないモンスターや動植物、建物などにダメージといった影響を与えることは無いです、ご安心を!」

 

オオォゥー!!

 

 

「この『魔法』を……それだけでなく、学問の基礎や『農業』、『鍛冶』、『薬学』、『機械学』、『錬金術』といった様々な知識や技術を学べる場を……『学校』を設立しようと思います!!」

 

オオォゥー!!

 

「子供たちの学び舎となる『学校』ですが、それだけでなく、学習意欲のある人ならだれでも受けられる授業を開くことも計画していて、いろんな人が自分の学びたいことを学べる場となります!」

 

オオォゥー!!

 

「どのような強化があるのか、費用や設備の詳細、校舎の完成、授業の開始……等は、今後、順を追って公開・発表していきますのでお楽しみに!」

 

オオォゥー!!

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 マイスさんによる挨拶から始まって、説明の後に『青の農村』に住んでいる人たちの協力もありながらの実演……そんなことを織り交ぜながらの小一時間の発表だったんだけど…………

 

「あれ?」

 

 拍子抜けというか、アッサリし過ぎている気がした。

 

 もちろん、ステージのある『広場』に集まっている人たちは『魔法』にも『学校』にも驚いているように見えた。

 見えたんだけど……なんていうか、その、取り乱したり、怖がったりすることも無く驚きながらも盛り上がってて、普通に受け入れている感じが……。

 

 いや別に、嫌がったり、『魔法』のことを悪く言って欲しいわけじゃないんだけど……でも、『塔の悪魔』との戦いの時に、戦闘中なのに固まってしまうほど驚いてしまったわたしたちが変だったように思ってしまいそうで……この周りの人たちの反応がなんだか納得いかなかった。

 

 一瞬、頭に「わたしが気付けてないだけで、実は周りの人たちはもの凄く驚いてたり……?」っていう考えがよぎった。

 けど、いちおう周りを見渡して見た時に、隣にいたメルお姉ちゃんと目が合って……その表情から、私だけじゃなくてメルお姉ちゃんもお祭りに来ている人たちの反応に疑問を持っているんだとわかったから、「わたしの気のせい」じゃないんだと確信した。

 

 ……でも、じゃあなんでそんなに驚いてないんだろう?

 一人で考えてもわからないままのような気がするから、わたしはとりあえずメルお姉ちゃんに聞いてみることにした。メルお姉ちゃんも「なんで?」って顔をしてるけど、わからない同士で話してみたら何か思い当たることを思い出したり、きっかけが生まれるかもしれないし……。

 

「ねぇ、トトリ」

 

 ちょっと悩みながら口を開こうとしたところで、わたしよりも先にメルお姉ちゃんがわたしに声をかけてきてくれた。

 

「んーと。なんていうかさ、あたしはもうちょっと混乱したりするものかと思ってたんだけど……みんな普通に楽しそうにしてるっていうか、期待ばっかで不安そうじゃないっていうか」

 

「あっ、だよね。やっぱりメルお姉ちゃんも同じようなこと考えてたんだ……。何か問題が起きてほしいわけじゃないけど、塔で戦ってる時に見て驚いた自分がおかしかったのかなって思えてきちゃうよ……」

 

「そうよねぇ。マイスも喜んでるっていうか()()してるだろうし、それに関してはあたしだって喜ばしいことだと思うし水を差したりする気はないんだけど。でも、なんか納得いかないのよねぇー」

 

 メルお姉ちゃんが少し口をとがらせて言ってることの大半が、さっきわたしが考えてたことと同じで内心ホッとする。

 でも、メルお姉ちゃんも「何故そうなのか」というところはサッパリみたいで、眉間にシワを寄せて首をかしげてた。

 

 

 

「フム。それは(ひとえ)に「経験の差」というものだろう」

 

 ふたりして頭を悩ませてたところに、不意にそんな聞き覚えの無い声がかけられた。

 

 声のしたほうへ目を向けてみると……そこにいたのは、『アランヤ村(うち)』でも『青の農村(ここ)』でも見かけ無いようなカッチリとした服を着て、きれいな装飾がされた杖をついた、鼻下とあごに整った(ひげ)をたくわえたおじさん……おじいさん? だった。

 

 このおじさん、どこかで見たことがある気がするんだけど……?

 

 そう思い、必死に記憶の中から目の前のおじさんのことを思い出そうとして……はたとあることに思い当たった。

 いつだったか、『青の農村(ここ)』で開催された『大漁!!釣り大会』っていうお祭りにわたしがたまたま参加して優勝しちゃった時、二位だったのがこのおじさんだった。

 

 

 思い出したところで、そのおじさんが言ったことをわたしは聞き返してみることにした。

 

「経験の差、ですか?」

 

「そう。ここまでそう短くない付き合いがあるのだ、マイス()と共に『魔法』の実演をしてみせた『青の農村(この村)』の住人はもちろん、何の祭りかわからなくとも来る者や常連は、彼が何かしたところで今更(いまさら)そう驚いたり恐れたりはせんさ」

 

 アゴ髭に手をやってそう言うおじさんに、わたしとメルお姉ちゃんは目を細める。

 

「いやまあ、マイスさんは()()()()だし、言いたいことはわからなくもないんですけど」

 

「だからって、ここまで許容できるっていうのはちょっとね?」

 

 

 

「逆に聞くが、一人で街に出回る作物のその多くを生産し、凶暴だと認識されているモンスターたちと共に暮らし、そのモンスターたちと意思疎通が可能で、農具・調理器具・野菜などで戦い、『カブ』を投げ合うような変な祭をはじめとした様々な祭を開催し、野菜コンテストや釣り大会では一人だけ桁外れな成績を残して「殿堂入り」と言う名の「出場禁止処分」を受ける…………そんな人物に常識を求めることなどできないだろう?」

 

 

 

「「あぁ……」」

 

 そうおじさんに言われて、わたしもメルお姉ちゃんも納得することしかできなかった。

 で、そういう結論にたどり着けば……

 

「常識を求めようにも、彼はそう簡単にはまがらん。それに、彼は色々と飛び抜けたりズレたりしているものの、幸いにも彼のそういった点は基本的には他人の利益にもなるようなことばかりだ。なら受け入れてしまったほうが楽だろう」

 

「そうなりますよね」

 

 そして、そうなったら後は多少驚いたりしても「でも、マイスなら……」って受け入れられる形になって、それが続いていくにつれて、マイスさんの周りの人たちは常識外れのことに対して耐性がついていって…………で、今の……今日の『魔法』への反応みたいに驚きながらも普通に受け入れられるようになった、ってことなんだと思う。

 

「わたしも、これまでの付き合いで慣れてたつもりだったけど、まだまだだったんだなぁ……」

 

「トトリ。コレは「慣れちゃいけない」ってほどじゃないけど、慣れなくっていいことだと思うわよ?」

 

 苦笑いをしながら首を横に振るメルお姉ちゃん。

 まぁ、わたしも慣れるべきだなんて思っては無いんだけど……でも、わたしたちももう膝上(ひざうえ)か腰のあたりまで()かってる気がするんだよなぁ……。

 

 

 

「……ところで、だ。盗み聞ぎのようで悪いが、先程の話からすると君たちはマイス()が『魔法(アレ)』を使って戦っているのを間近で見たことがあるようだが……どうだったかな? できれば感想を聞かせてほしいんだが」

 

 内緒話でもするように、手を口元に持って行きつつ少しだけ顔を近づけてこころなしかさっきまでよりも声を小さくして、おじさんは問いかけけてきた。

 

 どうって聞かれると……

 

「本当に凄くて、とっても不思議でした。威力って意味では……相手が『塔の悪魔(相手)』だったから最後の以外はパッとしない感じでしたけど、それでも下から横から不意打ちありで臨機応変に戦えてたと思います」

 

「んー、あたしも(おおむ)ねトトリと同じ感じかしら。あえて付け足すなら、あたしらが見た時はいろんなのつかってたけど、『魔法』にも『属性』ってのがあるらしいから本来は相手の弱点に合わせて戦う(使う)んだと思うわ。そう出来てれば、強い奴相手でも上手く立ち回れるんじゃないかしら?」

 

 メルお姉ちゃんの言ったことを聞いて、わたしも納得して頷いた。というのも、わたしたち『錬金術士』が使う爆弾等の攻撃用アイテムにも『属性』があって、それを敵の弱点を見極めて使うのが『錬金術士』の戦闘のキモで……それと同じだと思うとあの多彩な『魔法』の意味がよくわかったからだ。

 

 

「フム、なるほど。『魔法』は中々のもののようだな。……しかし、大抵誰でも使えるようになるというのは、利点でもあるが同時に気がかりな点でもある。そのための先程見せた安全性なのだろうが……やはり()()伝いの情報だけでなく、一度マイス()から直接話を聞いてみるべきだろうな……」

 

 わたしたちが言った内容で満足してもらえたかはわからないけど、おじさんが何か図呟きながらも一人頷いているところをみると、とりあえずは満足してもらえた……のかな?

 

「ん、時間を取らせてしまい、すまない。そしてありがとう。私が言うのもおかしいかもしれないが、今日はこのお祭りを楽しんでいってほしい」

 

「あっ、はい! おじさんも楽しんでいってください」

 

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 そう言って「では」と言い残したおじさんは、発表が終わってまだ余韻が冷めやらない『広場』の人混みの中に消えていった……。

 

 

 

 

 

「……で、トトリ? あの人、誰だったの? 知り合い?」

 

「知り合いと言えば知り合いなんだけどー……実はわたしが話したのは初めてなんだ。前に釣り大会の時に話してるのを見かけたから、ロロナ先生やステルクさんのお友達か何かだと思うんだけど……?」

 




 『ロロナのアトリエ』時代も大概だったけど、あの人の知名度が低すぎる件について。


 そして、途中にしれっとメルヴィアの口から出てきたあの事については……詳しくは次のお話で詳しく触れることとなる予定です。「大きく」ではありませんが、今後の展開のきっかけの一つになるかと……。


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5年目:マイス「悩んでも、世界は回り時間は進む」

 予告で更新を半日ずらしたくせに、それでも遅れる無能がいるらしい……すみません、私が無能です。

 予定の都合でちょっとした休みなることになり、それなら半日で書き終えられると思ったら、無理でした。


 

 

「ははっ、ありがとね。お祭りの直前で忙しいだろうってのに、こんなワガママに付き合ってくれて」

 

 

「「お祭りの参加者だから」って……相変わらずと言うか、何と言うか……。ペーター(あいつ)をブン投げたって聞いた時も思ったけど、お人好しに加えて祭馬鹿が入ってるわよね、マイスって」

 

 

「いや、別にそれがそれが悪いわけじゃないし、むしろそのゆるい感じが実は凄い人なのにとっつきやすいっていう魅力でもあると思うわよ?」

 

 

「……ああっと、待って。ワガママついでってわけじゃないけど、少し時間貰えないかしら? 確認と……それと、一言二言、言っておきたいことがあるってだけで、そんなに時間はかからないから」

 

 

「ん、ありがとね。……で、さっそくなんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「へぇ。村長さんっていっても、さすがに『青の農村(ここ)』のモンスターのことを何でも知ってるってわけじゃないんだ。でも、あの子のことだから、てっきりマイスが家の裏に回ったら入れ替わりで出てくるんだと思ったんだけどなぁ~?」

 

 

「…………。」

 

 

「……いやぁ、そんなに目を泳がせながら言ってもねぇ? って、そんな顔しないでよ。別に獲って喰おうってわけじゃないんだから。……にしても良く顔に出るって言うか、マイスってウソつけない性格してるわよね。まぁ、そんなあんたについこの間まですっかりダマされてたわけだけど」

 

 

「「なんでわかったの?」って……まぁ、半分くらいは勘で、あとは今日発表するっていう『魔法』を見た『塔の悪魔』との戦いの時()「ん?」って思ったんだけど……最初は()()()かしらね」

 

 

「ジーノに続いて助けに来てくれた時……あの時にちょっとひっかかったのよ、『スカーレット』みたいにあんなグルグル振り回されたりしなかったし、立場が全然違ったんだけど……なんか(かぶ)ったの。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()

 

 

「で? なんで『変身魔法』使ってコソコソするような真似するのよ? 場合によっては……」

 

 

「…………。」

 

 

「『ハーフ』って、そういう事情が…………まいったわねぇ、随分予想からズレてて、言いたいことがあったけど言えそうにないわ。でも、そうねぇ……変身するのは、みんなからちやほやされたいからとか?」

 

 

「……むしろ、もみくちゃにされて疲れる? でも、それはその姿を利用した自業自得のような気もするけど……にしても、本当に下心が無いわねぇ。トトリたちにも接してるわけだし、個人的には安心できてうれしいけど、別の意味で心配な気もするわ」

 

 

「っと、ゴメンゴメン、話がズレちゃったわね。えーと、あたしが言いたいのは……事情があるにしても、やっぱり近しい人に騙されてたって知った時は少なからずショックを受けるものよ」

 

 

「別に、トトリやツェツィ、他の人たちに明かしてほしいってわけじゃないわ。誰にもバレずにいられれば何の問題も無いわけだし」

 

 

 

「だけど…………マイスは(つら)くないのかなって」

 

 

 

「自分って自分自身のことを一番よく知ってるもの。あたしは、ギゼラさんのことをトトリに黙ってた時、「トトリのため」って思っててもやっぱり何処か引っかかってさ」

 

 

「…………。」

 

 

「……そっか。ならいいんだけど」

 

 

「まっ、これも何かの縁だし、困ったり迷ったりした時はあたしのところに相談に来てくれていいわよ? 解決してあげられるかはわかんないけど、愚痴ぐらいは聞いてあげられる」

 

 

「あたしじゃなくてもいいんだけどね。マイスはあたしが知ってる範囲だけでも、一人で頑張り過ぎてるように見えるし、時には他人に頼ることも覚えたらいいと思うわ」

 

 

「あとは…………ありがとね。あの時、トトリやジーノが助けに来てくれたけど、でもモコ助(マイス)が来てくれて良かったわ」

 

 

 

 

――――――――――――

 

***マイスの家・二階・寝室***

 

 

 

「…………ぁ」

 

 特に何があったわけでも無く、不意に目が覚めた。上体を起こし、うっすらと開いた目から見えたのは、窓の外のほんの少しだけ明るくなってきた空。その感じからして、いつもの時間に目が覚めただけみたいだ。

 

 ようやく朝日が顔を出し始めた空を見て「今日はいい感じに晴れそうだなー」と思いながらも、僕はあることに考えが回っていた。

 

「ううん……()()、見ちゃったな……あの夢」

 

 夢とは言っても、あり得ないことが起こったりするものじゃない。実際にあったことが出てきてるという夢。

 

 

 

 あのメルヴィアとのやり取りがあったのが、数日前のお祭りの時……前々からちょっと頼まれてて、その日の朝に『アランヤ村』に迎えに行った後のことだった。

 

 メルヴィアが、金のモコモコが僕だと気付いた……正確には、半分確信して鎌をかけてきたみたいなんだけど……まぁ、それに僕が見事に引っかかってしまってバレちゃったわけだ。

 メルヴィアは「他の姿に色々変身できる『魔法』」っていう微妙に違う予想をしてたみたいだったんだけどね。

 

 

 だけど……別にあの時の事を夢に見て、僕はそう目覚めが悪いってわけでも無かった。

 

 もちろん、メルヴィアが僕のことに気付いたのには驚いたんだけど……でも、僕が『ハーフ』だってことを知っても驚きはしても嫌そうな顔とかはしてなかったし、いつもの調子で受け入れてくれたことにはむしろ嬉しさやありがたさを感じたくらいで、嫌っていう気持ちも無かった。

 

 でも、何故かこうして何度も夢で見ることになっている。

 悪夢ってわけでもないし、逆に良い記憶だったから夢で見てるって感じでも無い気がした。

 

「うー……なんでだろう?」

 

 そんなわけで、ここ最近、朝起きてはこうして首をかしげて考え込むことが多くなってしまっている。

 

 

 そして…………

 

 

「っと、そんなことより、早く畑仕事を始めないと!」

 

 毎回、今やるべきことを優先してやっているうちに「まっいっか。そのうちわかるだろうし」と思考を切り上げている。

 

 

「ああっ!? 今日って()()だった! 早く仕事を終わらせて最後の準備にとりかからないと!!」

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村・集会所前『広場』***

 

 

 前回のお祭りを終えてから、僕たちは本格的に『学校』造りに力を入れていくことになった。

 各教科の教科書や教師、学校施設の建物の計画とそれを立てるための土地の確保。他にも『青の農村』にわざわざ足を運んで聞いてくる問い合わせで生徒募集に関する質問等も増えてきて、準備はもちろん事務的な対応にも追われている。

 

 

 ……が、新しい出来事っていうのは、一つも物事に対してだけ新しく起きるわけじゃない。

 これまで通りの生活の中にも季節の流れや、ちょっとした変化なんてものも家ごとに……人、一人一人に起こっていたりするものなのだ。

 

 そう。例えば――

 

 

 

(なんじ)――。彼女を妻とし、病める時も健やかなる時も支え合い、死が二人を(わか)つまで、永遠に愛することを誓いますか?」

 

「ち、誓いますっ」

 

(なんじ)――。彼を夫とし、病める時も健やかなる時も支え合い、死が二人を(わか)つまで、永遠に愛することを誓いますか?」

 

「……誓います」

 

 

 

 ――幸せな門出とか。

 

 

 ……この愛の誓いを確認する役回りも、随分と慣れてしまったものだ。

 

 歴史も何も無い『青の農村(この村)』が出来て初めて結ばれたカップルが結婚するってなった時。

 「式とかどうする?」って話になって、村のみんなで祝うように決めて……で、ほとんど農家ばっかりで「あーでもない、こーでもない」と話し合って形となった『青の農村』流のなんちゃって『結婚式』なんだけど……それを誰がどうまとめるかって話になった時、僕を除いた全員が「村長で」と満場一致で決めてこんなことになったのだ。

 

 みんなで決めた台本を読むだけなんだけど、最初のころはやっぱりきんちょうしたりしちゃって、終わった時にはドッと疲れたりした。けど……

 

 

 僕の目の前で愛を誓いあい、そしてキスを交わす男女。

 

 

 ……新郎新婦の幸せそうな姿をこうして間近で見れる立場って言うのも悪くない。

 最近はそう思うようになってた……。

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村・集会所***

 

 

 

 『広場』での誓いを終えた後は、『集会所』内での身内でのお祝いになる。

 ……まあ、新郎新婦っていう主役がいて、ちょっと料理に手が込んでて豪華なだけで、あとはお祭りの打ち上げなんかとさほど変わらない賑やかなパーティーなんだけど……それはそれで『青の農村(うち)』らしくていいだろう。

 

 

 そんな中、僕はと言えば新郎新婦へのお祝いの言葉を終えて、彼らから少し離れた場所で一人グラスを傾けていた。

 

 

 ……と、そんな僕に声をかけてくる人が。

 村の誰でもありえそうなんだけど……こういう時は決まって()が真っ先に来る。

 

「よっ。なに一人で寂しそうにしてるんだ?」

 

「寂しそうにって……僕、そんな顔してた?」

 

「いや、巣立っていく雛鳥を見る目してて気持ち悪かったな。似合わないったらありゃしないって」

 

 そう言ってけらけら笑うのはコオル。『青の農村』の初期の頃からのメンバーの中でも『行商人』ってこともあって僕個人とは付き合いが長い彼とは、こうして冗談交じりに話すことも多い。

 多いんだけど……本当にそんな目をしてたのかな、僕は?

 

 

 そんなことを考えて首をかしげる僕。その隣に来たコオルは「でもなぁ……」と呟いてから言葉を続けた。

 

「マイスんところに教わりに来たヤツの中で最年少だったアイツが結婚って……早いもんだよな」

 

「最年少って言ってもコオルのいっこ下だったよね? まあ確かに、あの頃に比べてずいぶんと立派になったけど」

 

 そう。彼は僕のところに『農業』を教わりに来たメンバーで、その時はまだギリギリ歳が一桁で、でも人一倍『農業』に真剣だった。……本当に立派になったものだ。身長なんて、とっくの昔に僕の上を行っている。

 

 そんな農業一筋に思えた彼も、今日、はれてお嫁さんを貰ったわけだ。

 お相手は村や街から見て南のほうにある、麦の生産で有名な一帯『黄金平原』と呼ばれる採取地近くで暮らしている農家の娘さん。農業の勉強のために『青の農村』に来て、彼とはそこで出会って交際を始めたらしい。

 

 

 その事を思い出して、「やっぱり彼は農業繋がりで物事をかんがえるのかなー?」なんて考えてたんだけど……そんな僕をコオルが(ひじ)でつついてきた。

 

「なぁなぁ、気付いてるか? 初期メンバーどころか、今『青の農村(うち)』で成人してて結婚してないのって、俺とマイスだけなんだぜ?」

 

「あれ? そうだっけ?」

 

 言われて、村に住んでいる面々を思い出してみて……農作物の生産量の集計や、最近では『冒険者ギルド』で働いたり、学校の設立関係でも手を貸してくれている農家以外の住人の事を思い出してみて…………僕は頷いた。

 

「ああ、そっか。しっかりしてて大人びてる子もいるけど、まだ十代前半だったね。あはははっ、そっかーみんな幸せそうでよかったよ」

 

「って、そうじゃなくてだな……」

 

 「ハァ」とため息を吐いて首をふるコオル。

 ……? 何か間違ってたかな?

 

 

「いやな、俺はともかく、マイス(村長)の結婚はまだなのかーって、ウチの連中がみんな言ってるんだよ。直接言われたりしてないか?」

 

「ああ……」

 

 そう言われて思い返してみる……。結果……

 

「ここ数年は、結婚式の度に言われてるかな?」

 

「それでも相変わらずってわけかー……そういう相手も全くいないのかよ、お前は」

 

「相手かぁ……」

 

 考えてみるが…………うん、やっぱり思い浮かばない。

 

 

 結婚というものを上手くイメージできないっていうのもあるんだけど、それ以上にそれ以前の問題が多すぎる気がする。

 

 そもそも、身長とか童顔とか、常識が無いと言われやすいこととか……僕の外見的・内面的な部分を考えただけでも好きになってくれる人っていうのは少ない気がする。

 その上、「異世界出身」、「人間とモンスターの『ハーフ』」っていう二大問題がその先に待ち構えているわけで……うん、やっぱり結婚は色々と難しい気がする。

 

 

 ……そもそも、僕自身が数歩ひいちゃっているというか……

 

 

 ここで、僕の中で何かがカチッとはまる音がした気がした。

 

 

『だけど…………マイスは(つら)くないのかなって』

 

『自分って自分自身がしてることを一番よく知ってるもの』

 

 

 ああ、メルヴィアと話したことが夢に出るまで何か引っかかっているのは、他でもない自分自身が自分の事を不安に感じているからなんだろう。

 メルヴィア以外にもこれまでに僕のことを受け入れてくれた人はいた。それに、それ以外の人も「話も聞かずにつっぱねるようなことはしない」って僕は思っている。

 

だけど、だ。

 

 周りの人を信じる気持ちよりも、「もしも……もしも、嫌われてしまったら」という不安感が勝ってしまっているからだろう。

 そしてそれを、「別に教えなくても……」とか「話すタイミングが無くって……」と言わなくていい理由を言い訳して自分にも隠してしまおうとしている……そんな気がした。

 自分のことながら、「なんとなくだけど、そうなんじゃ……?」っていうのが、情けないところだ。

 

 ……リオネラさんやフィリーさん、クーデリアやホムちゃんにも受け入れてもらえているのに、「周りの人とは違う」って不安に思ってしまうっていうのは、客観的に見てもよっぽど自分に自信が無いんだと思う。

 

 

 

 「結婚」だとか、その相手がとか、そんなことはまずこのことを何とかしてからじゃないとダメだよね。

 ああ、でも、きっと何か別の事を始めたら一生懸命になっちゃって、今考えてることとか、結婚のこととか忘れちゃいそうなんだよなぁ。

 

 

 そう思って、僕は心の中で自分の単純さを自嘲気味に笑うのだった……。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 ……マイスがひとりでそんなことを考えているその時。

 思考に浸っている彼の周りでは……

 

 

「おいおいウソだろ!」

「結婚の話をしても三歩歩けば忘れる村長が……!」

「あんなに考え込んでる!?」

 

 だとか……

 

「相手がいるかって話でああなったのよねっ?」

「そうだけど……ああっ! もしかして、気になるお相手が!?」

「本当!?」

 

 だとか……

 

「気になる相手って……もしかして私かしら~!?」

「アンタはもう旦那がいるでしょ」

「村の中で修羅場って……」

 

 だとか……

 

「村長はウチの娘と……!」

「バカを言うな! それならウチの娘のほうが!」

「わたしの養子になってくれないかしらねぇ……」

 

 だとか、聞き耳を立てていた村の人たちが、本人をよそに騒ぎだしていた。

 

 

 今日の主役である新郎新婦は……

 

「そ、村長にやっと春が……!?」

「えっと、そんなに驚くことなの?」

「あの人、昔っから周りに男も女も寄ってくるのに、そんな話はからっきしで……周りからも、もはやマスコット的な扱いだから……」

「ええっ!? ……あっ、でもわかるかも」

 

 他所出身の新婦が、新郎の話を聞いて驚いたりしていた。

 

 

 そして、マイスの隣にいるコオルはと言えば……

 

(……まぁ、女を連れ込んでも料理を振るまったりするだけのマイスに、相手も何も無いか)

 

 と、ある意味一番的確なことを考えていた……。

 

 

――――――――――――

 

 

 しかし、こうして騒ぎとして話が広がったように、人とはこういった類の話には目が無い物だ。

 そして「人の口には戸が立てられない」そんな言葉が世の中には存在するように…………

 





あっ……(察し)


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5年目:結婚疑惑騒動【*4*】

【*4*】

 

 

***職人通り***

 

 

 

 日が沈みかけて薄暗くなってきた水路沿いの通り。

 夕焼けが幅のある水路の水面を照らして、見た者に美しさや哀愁を感じさせるものである……のだが、今、そこにいたある人物は「こんがりとおいしそうに焼けた『パイ』みたい」という感想を心の中で述べていた。

 

 そんな、感想を聞いた人がいれば「お腹が空いてるのかな?」と思われそうな人物は、昼間と比べて人通りが少なくなっている『職人通り』を一人歩いていた。

 

「ふんっふんっふふーん♪」

 

 彼女……『稀代の錬金術士』ロロライナ・フリクセルの感性で言うなれば、「ひと仕事終わらせた後のこの「ワァーッ!!」って感じの解放感!」……という、わかるようなわからないような表現になってしまうが、まぁおおよそは通じるのではないだろうか。

 それが大きな仕事ならなおさらで、その上これからお楽しみが待っていることを考えれば、この彼女の歳とは不釣り合いなほどのテンションは仕方のないことだと思える……かもしれない。

 鼻歌交じりになっていたり、アトリエから『サンライズ食堂』までの短い距離をちょっとスキップ気味になっていたりするのも「仕方のないこと」と目を瞑ってあげるべきだろう。……そういうことにしよう。

 

 

 一応、ロロナがこうなったのにはちゃんとした理由がある。

 少し前に名指しで入った依頼で始めた数日間かかりっきりになる大きな調合が無事終わり、今日に納品とその報告を終えたのだ。そして、報告ついでに「くーちゃん」ことクーデリアに会い、そこでロロナの思い付きでくーちゃんと夜ゴハンを食べる約束をしたのだ。

 調合でアトリエにこもっていた間は、わざわざアトリエまで来てくれる人としか会えず……それで、久々に会ったクーデリアと「ゴハン食べに行きたいなー」と思ったのだろう。

 

 実のところ、ロロナはクーデリアと少し前にも『サンライズ食堂』に飲みに行っていたのだが、彼女は自分でも気づかないうちに飲み過ぎ、結局何を話してたのかも思い出せないくらい酔払ってしまった。しかも、目が覚めたら何故か街じゃなくて『アランヤ村』の弟子のトトリ住むの家にいて……と、ロクに記憶に無いのだからロロナにとっては「久しぶりにくーちゃんと飲みに行く」ことに違いない。

 まぁそんなことがあったから、『アランヤ村』にいたピアニャに『錬金術』を教える機会ができたのだから、彼女にとっては一概に悪いことだけではなかっただろう。

 

 少し話がずれてしまったが……そんなことがあったから、ロロナは心の中で、今日はお酒はちょっと気をつけながら飲むことに決めていたりする。

 しかし、料理はしっかり食べるつもりではある。調合の仕事中はどうしてもそれ以外は片手間になってしまい、()()()()以外はあんまりちゃんとしたモノを食べられなかったため、少々料理に飢えているのだろう。

 

 

 さて、そんなロロナなのだが……テンションが上がったままでスキップし過ぎてしまいうっかり『サンライズ食堂』の前を通り過ぎてしまったようだ。幸い、すぐに気付き慌てて入り口の前まで退き返していたのだが……大丈夫なのだろうか?

 

 

 

――――――――――――

 

***サンライズ食堂***

 

 

 

「おっじゃましまーす」

 

 まるで友人宅に訪問しているかのように軽快な挨拶で店内に入るロロナ。

 とは言っても、これはいつものことであるし、『サンライズ食堂』自体そう特別厳しかったりするわけではないお店なので、仮にロロナのことを咎める人がいたとしても幼馴染であるコックのイクセルくらいである。それも、いつものことなので本気で怒ったりしているわけではない。

 

 それは今日も同様の用で、カウンター奥の厨房にいるイクセルが「またかよ」とちょっと呆れ気味の表情を一瞬浮かべたものの、慣れた様子で「おーう」と返事をロロナにするのだった。

 

「今日は客が多めで奥の角テーブルになるぜ。クーデリアのヤツがもう先に座ってるからわかんだろ?」

 

 そう言われたロロナが店内に目をやると、イクセルが言った通り奥の席にクーデリアが先についているのが見えた。さきほどの挨拶もあってクーデリアも当然ロロナが来たことには気づいており、自分のほうを見たロロナにチョイチョイと軽く手招きをする。

 

 

 手招きに誘われるままテーブルまで来て席につくロロナに、両肘をテーブルについて指を組みその上にあごを乗せたクーデリアが口調()()少し機嫌悪そうにして話しかけた。

 

「遅かったじゃない。もうあんたの分の飲み物も料理も先にてきとーに頼んどいたわよ」

 

「えへへーっごめんね? あと、ありがとね、くーちゃん」

 

「べ、別にいいわよ、お礼なんて。ただあたしがボーっとして待っとくのが嫌だっただけなんだからっ」

 

 勝手に頼んだことを特に追及したりせず、ただちょっと恥ずかしそうにしながら謝り、そしてお礼を言うロロナ。

 

 ロロナからすれば「イクセくんの料理はどれもおいしいし、くーちゃんが選んでくれたものなら間違い無いよね!」というある種の信頼感があったためなのだが……。

 まぁ、クーデリアはクーデリアで「ロロナの好みはわかってるし、食べたいだろうものを選ぶのなんて朝飯前だわ」と内心ドヤァ……としていたのだが、本人以外知り様がないため別にどうというわけではない。本人が一人で得意げにしているだけである。

 

「にしても、仕事終わってからのあたしよりも約束の時間に遅れるなんて、何かあったの?」

 

「えっと……一回アトリエから出たんだけど『サンライズ食堂(ここ)』に着く一歩手前で「あれ? 裏口閉めてきたっけ?」ってなって引き返して……アトリエに戻ってからアレもコレも心配になって確認してたら……ね?」

 

「ね? って、まったく相変わらず抜けてるわね……。まぁ、遅れた事はともかく、戸締りを気にしてることには()()()()安心したわ」

 

「それほどでも~」

 

 クーデリアの妙な言い回しには特に気にした様子も無く、照れるロロナに、クーデリアは「別に褒めてないわよ」とスパッとツッコミをいれた。

 

 

 

 さて、そんな感じに始まったロロナとクーデリアの食事会だったのだが……ふとロロナが「そういえば……」と何故か小声でクーデリアに話しかけた。

 

「依頼の報告に行った時もそうだったんだけどね、なんだか街の人から遠巻きに見られたりチラチラ見られたりしてる気がして……ここのお客さんも見てきてる気がするし、アトリエに帰ってから自分で確認したんだけど、わたしの髪とか服とかに何かゴミでもついてたりする?」

 

 そう心配そうに問いかけるロロナ……なのだが、対するクーデリアは苦笑いをするばかりだった。

 

「いや別についてたりはしないと思うわよ? ……ていうか、それはどう考えても()()のせいでしょ」

 

「アレ?」

 

「……? その話もあって今日は誘われたと思ったんだけど……って、ああ。そういえばあんたは……」

 

 互いに頭に疑問符を浮かべ首をかしげ合っていた二人だったが、先にクーデリアが何かわかったようで、それを言おうとし…………それよりも先に出来た料理とお酒をテーブルまで運んできたイクセルが口を挟んだ。

 

「あの噂話の事だよ。ここ最近、街中その話題で持ちきりだぜ? おかげで俺に聞いてくる奴もいてさ、おかげで手以上に口を動かさなきゃなんなくて面倒ったらありゃしねぇよ」

 

「噂話……って、何のこと?」

 

 より首をかしげるロロナに、イクセルは「は?」と目をパチクリとまたたかせた。

 しかし、そこで助け舟を出したのが、先程何かに気付いたクーデリア。

 

「ロロナが依頼の調合でアトリエにこもり始めたのって、確かあの噂が広がる直前だったのよね……。だから、もしかしたら……いや、今の反応からするともしかしなくても、ロロナはまだあの話聞いてないんじゃないかしら?」

 

「おいおい、マジかよ……いやまぁ、ある意味ロロナらしいって言えばらしいけどなぁ」

 

「えっ? えっ? それで結局、何の話なのっ?」

 

 

 何が何だかわからず困惑しだすロロナ。

 そんなロロナに、その噂話のことがイクセルの口から伝えられる…………

 

 

 

 

 

「何の話って、()()()()()()()()って話だよ」

 

 

 

 

 

「え?」

 

「つっても、あくまで噂話で実際のところは――」

 

 

「えええええぇぇえええぇーーーーーー!?」

 

 

 『サンライズ食堂』にロロナの大声が響き渡った。

 それほどの大声であり、そのような大声が出るほどの驚きだったのだと嫌でも理解できることだろう。

 

 その突然の大声に客の中には耳を塞いだ者もいたが、ロロナと同じテーブルについていた……つまりは一番近くにいたと言っていいクーデリアだが何故か別段どうといったことはないようだった。慣れの差だろうか?

 

 

 と、周りも周りで大変そうだが、大声をあげたロロナ本人が一番大変なことになっていた。

 

「えっ!? 何? どういうことっ!? 結婚って、相手は!? マイス君のところのお向かいさん!? それとも二軒隣の娘さん!? ああっ! もしかしてその妹さんのほう!? 他には、最近『学校』のことで一緒にいることが多いっていうりおちゃん!? それならフィリーちゃんもよくマイス君の家に行ってるからもしかしてっ!? そ、そそそういえば、わたしの知らない間に『錬金術』を教え合ってたっていうトトリちゃんもありえるの!? はぅわ!! ……も、もしかして……くーちゃんが!?」

 

 さっきまでのほんわかオーラは何処へやら。あわてふためき、一人で大騒ぎである。

 そして、そのロロナのそばにいるクーデリアとイクセルはといえば……

 

「この場合、瞬時にこれだけの人数を()げたロロナに驚くべき? それとも、それだけの候補を挙げられてしまうマイスの普段の行いを責めるべき?」

 

「マイスだろ? つーか、前のほうで出た奴らは『青の農村』の人なのか?」

 

「で間違いないと思うわよ? まぁ、二児の母、結婚一年目、12歳っていう、どう考えても結婚は無理な面々なんだけど……ロロナ、「仲が良さそう」ってだけで名前を挙げてるんじゃないでしょうね……?」

 

「……ならマイスだけじゃなくて、どっちもどっちじゃねぇか、コレ?」

 

 呆れ気味のイクセルの言葉にクーデリアが「まあ、そうでしょうね」と返す。

 正直なところ二人にとってもこのロロナの慌てっぷりはさすがに予想以上だったのだろう。そのロロナの勢いのせいかもうすでに疲れているように見える。

 

 だからといって、このロロナを放置するわけにはいかないと二人はわかっている。……それに、()()()はちゃんと訂正しておかないと後々不味いことになるに違いないだろう。

 

 

「ちょっと、ロロナ」

 

「うぇ!? な何、くーちゃんっ? 友人のスピーチの話!?」

 

「おいおい、コイツどこにぶっ飛んでんだよ!?」

 

 ロロナの反応にイクセルは驚き、クーデリアはため息をつく。

 

「いい、ロロナ? よーく聞きなさいよ? ()()()()()()()()()、本人から確認も取ったから間違い無いわ」

 

「ふぇ?」

 

「だーかーらー、噂話は嘘だったってこと。たっく、噂話一つにいくらなんでも慌て過ぎよ」

 

 クーデリアの言葉を聞いて何回か目をまたたかせたロロナは「ふひゅ~……」と息を吐き、脱力した様子でイスの背もたれにだるーんともたれかかった。

 

「な、なーんだ……マイス君が結婚するわけじゃ…………って、あれ? じゃあなんでわたしがチラチラ見られたりしてたの?」

 

「そりゃあれだ。普段マイスのヤツの近くにいる奴や関係がある奴が何か知ってるんじゃないか、はたまた「お相手」なんじゃないかっていう憶測が飛び交ってな。それで注目を集めてたんだと思うぜ? なんたって、うちの客も「何かしらねぇか?」って俺に聞いてくるしな」

 

 「そんだけ今、注目の的なんだよ。マイスとその周りがな」と付け加えて締めくくるイクセルに、ロロナは「へぇー」とわかったのかわかってないのか微妙な反応をしている。

 

「噂が流れた当初は今さっきのロロナほど……じゃないけど、アッチもコッチも大騒ぎだったのよ。当然、ほんの二、三日で(おさ)まるわけはないし。その上、何故か『冒険者ギルド』でもその話で持ち切りで……おかげでジオ様に久々に会えたんだけど……。あとは……噂の真偽については私は結局、本人に聞いて確認取ったわね」

 

「俺も同じ感じだな。ウチはマイスんところから色々仕入れてるからな。その時に確認したんだよ」

 

「そ、そうだったんだ……そんなことがあってたなんて……」

 

 驚愕しているロロナは、口をポカーンと開け、目を真ん丸にしている。

 時間のかかる調合だったとはいえ、いつものように釜をぐーるぐーる混ぜたり()()()()があったのであれば、いつの間にか知らぬ間に外ではそんなことがあっていたのだと知れば、それは驚いても仕方のないことかもしれない。

 

 

 

「まぁ、仮に本当だったとしても、あたし達は特に何もすべきじゃないと思うんだけどねぇ……」

 

「ええっ!? どうしてくーちゃんはそんなこと言うの!?」

 

 ぽつりと呟くように言ったクーデリアの言葉に、ロロナが思いっきり反応する。が、クーデリアは特に驚いたりもせず、さも当然の様に答える。

 

「なんでって、そりゃあ……マイスはこの国でも特殊な立場だったりはするけど、結局は本人たちの問題じゃない? そこにあーだこーだ口出しするのは良いとは思えないもの」

 

「それは、そうかもだけど……でも、マイス君はまだちっちゃいし……それになんだか――」

 

「ちょっ、それはどういう意味? なんかケンカ売られてる気が…………ま、まあ、身長はひとまず置いておくとしてよ? あいつだって「約」とは言っても結婚には十分な歳はいってるわ。というか、むしろそろそろいい加減結婚しててもおかしくないくらいで、逆に言うとそろそろヤバイわけ……」

 

「ちょっと待った! ……それ、俺たちにもぶっ刺さってねぇか?」

 

 話し出したクーデリアに割り込む形でイクセルが制止をかける。……内容が内容なだけに、三人の間に何とも言えない空気が流れた……。

 

 

 

「なんか変に嫌な気分になったけど……そういうのは、お酒を飲んで忘れちゃいましょう」

 

「あ、あはははっ……そうだねー」

 

「ちょ、ずりーぞ!? 俺仕事中だから飲めねぇのに!」

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

「それにしても、結婚の噂なんてたってたんだー……うーん? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 




 結婚の噂をされても、特に気にせず女の子の家(アトリエ)に突撃する通常営業のマイス君。


 ……まだ、いろいろと解決というか明されていない部分もありますが、それらは今後の展開の種になるといいいますか…………それを言うなら火種なのかも?


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5年目:マイス「来訪者」

 ちょっと前に感想欄で話題に上がって気がついたことなのですが、本日で今作が初回投稿から2周年という節目をむかえるですようです。これからも作者なりに書き進めていきたいと思っています。

 ですが、そんな記念とかは関係無く、いつも通りの更新となります。
 しかも今回は「書いておきたかったけど、話は膨らませられなかったお話」そのため最近の中では比較的短いです。


 『リディー&スールのアトリエ』の情報がPVをはじめとして段々と出てきていますね。
 発売日は12/21予定だそうですが……個人的には最低一回は変更がある気でいます。なかったら「ヤッター!」です。……完成度が高ければ早くても遅くてもかまわないのですけども。

 前二作から続投のキャラがどれだけいるか、また、ロジックスやエスカのようなキャラがまた出てくるのか……今後公開されていくであろう情報が楽しみで仕方ありません。



 

***青の農村・マイスの家***

 

 

 

 このところ段々と肌寒さを感じ始めるようになったけど、昼下がりともなればさすがにまだ温かくはなる。いわゆる季節の変わり目の時期だ。

 

 ここ最近の僕は、畑仕事などといった普段の仕事以外にも『学校』設立に関わるアレコレもあり、多忙と呼べる日々を送っている……っていうのは言い過ぎかもしれないけど、いつでも何かしらやるべきことがあって暇をしない。個人的には、時間に追われながらもとても有意義な日々だと思う。

 

 

 ……とはいっても、今日はいつもとはちょっと違ったりする。

 というのも、今日はお客さんが……とだけ言うと「よく来てるじゃん?」なんて思われるかもしれないけど、とにかく今回は珍しい組み合わせの人たちが一緒になって来ているのだ。

 

 僕の座っているイスから見て、テーブルを挟んで反対側にある三人がけのソファーの真ん中を開けて並んで座っている()()は、先日にも『魔法』のことを詳しく聞きに僕のところに来たジオさん。もう一人は、かつてこの国がまだ『アーランド王国』だったころに王宮の……ある意味では『冒険者ギルド』の先進であった『王宮受付』で受付嬢をしていたエスティさん。

 エスティさんとは約月一である近状報告のような手紙のやりとりこそあったものの、こうして実際に会うのはとても久しぶりだったりする。

 

 「珍しい組み合わせ」なんて言ったけど、実際のところはジオさんとエスティさん(この二人)という組み合わせ自体は有り得ないものじゃない。国上層部の関係者っていうのもあるし、二人の間には他の人たちとはまた別の信頼関係のようなものがある……ように思える。

 だから、二人が一緒にいること自体に「なんで?」とは思ったりはしない。

 けど、僕がこうして二人一緒に会ったのは、本当に指折り数えるほどの回数しかなかったりする。一番最近は……確か『青の農村』が正式にできた日だったかな?

 

 

 

 ……まあ、そんな二人が今僕の家に来てるわけなんだけど、その来た理由って言うのが…………

 

 

 

 

 

「……なるほど。つまり、()()()は事実ではなく嘘で、それは別にキミの口から出た言葉から広まったりしたものではないのだな?」

 

「はい。全く身に覚えがないから、たぶんどこかの誰かが冗談半分に行ったことが人伝(ひとづて)で広がっていったんだと思います」

 

 「あの噂」……少し前から、『アーランドの街』や『青の農村』を中心に爆発的に広がった「マイス()が結婚する」っていう根も葉もない噂。

 そのことについてジオさんとエスティさんに説明を求められ、とりあえず僕の知っている限りのことを話したところ……ジオさんから確認をされたため、僕は頷いて答えた。

 

 すると、ジオさんはその整ったあごひげを親指と人差し指でつまむようにして触れながら「フム……」と何かを考えるかのように目を(つむ)った。

 

 

 そんなジオさんと入れ替わるようにして、今度はエスティさんが僕に話しかけてきた。

 

「にしても、性質(タチ)の悪い噂よねぇ。冗談や悪ふざけで流していいものじゃないわよ、コレ。もし私がマイス君の立場だったら……噂の出所をつきとめて犯人をぶっ〇す(ちょっとお話する)ところよ」

 

 最後のほう、エスティさんの声のトーンが変わり、一瞬何かおかしい感じがしたんだけど……結局、その違和感が何だったかはわからなかった。

 

 でもまぁ、エスティさんの言っていることもわからなくもない。事実、噂を本当のことだと思ってしまった人が僕が知っているだけでも何人もいて色々と問題が起きた。

 

 

「まぁ、確かに困りましたよ……。会う人会う人に「あの話、本当?」とか「おめでとう!」とか「お相手は?」とか聞かれたり……『青の農村(ウチ)』のモンスターたちがどこからか花を摘んできてくれて申し訳なかったり……『青の農村(ウチ)』の子供たちが何かコソコソしていると思ったら「まいす、けっこんおめでとう」って書いた横断幕を作ってるところを発見しちゃって、「あの話は嘘で結婚しないよ」って言うにも言えないけど、言わなかったら言わなかったで後でもっと大変なことになるのは目に見えてるから言わないといけないっていう板挟みになったり……「結婚はしないよ」って説明したらしたで、いつもより顔が暗くなってた子の顔がパァッて明るくなって「なら、おとなになったら、わたしとけっこんして!」って言ってきて、便乗して別の子も何人か言ってきて、それにどう答えればいいかわからなくって……」

 

 

「ええっと、ツッコミたいところはいっぱいあるんだけど…………とりあえず、お疲れ様」

 

 エスティさんが、苦笑いをしながらそう言って、いちおう僕を労ってくれた。

 

 まぁ、確かに噂のせいで何度もとっても疲れたりした。

 なんというか、嘘の噂が広まったのは僕のせいじゃないのに、信じてしまっている人たちを見る度にものすごく申し訳ない気持ちになっていって、何かがゴリゴリ削られて精神的に疲れてくるっていうか、そんな感じで……

 

 でも……

 

「慣れてくれば、『青の農村(ウチ)』で他の人の結婚式があった後の「村長はまだ結婚しないんですかー?」がちょっと大きくなったバージョン、って思えるようになってきて、対応にもそう疲れなくなってくるんですけどねぇ」

 

「……私が知らなかっただけで、マイス君()結構周りから言われたりしてるのね」

 

 エスティさん、最後に僕の耳でもギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声で「けど、まだ二十代だからって余裕があると思ってるんでしょうけど……」って呟いて……。

 「余裕」って、それは体力には自信があるから、これくらいじゃどうかなってしまったりしないとは思うし……それに精神面的にもある意味「気持ちの持ちよう」だから、今回みたいにちょっと考え方を変えてみたり、慣れてきたりすれば余裕は余裕だろう。それは間違っていないと思う。

 

 

 と、そこに、考え事を終えたのかジオさんが話に加わってきた。

 

「フム、この村の住人には聞かれるそうだが……実際のところ、どうなんだ? 結婚は考えたりはしていないのか?」

 

「考えたことが無いってわけじゃないですけど……とりあえず結婚は「しない」って思ってます」

 

 僕がそういうとジオさんはわずかにだけど目を細め、エスティさんはただただジッと僕の目を見てきた。

 

「ええっと、理由は色々とあるんですけど……『学校』のことでいそがしかったりしますし、それに畑仕事とかに打ち込みがちですから、どうしても結婚とか(そういったこと)を考える時が無くって……それに、考えてもすぐに別の事を考え出しちゃうくらい興味を持ててないわけですから。なら、今自分がやれる仕事とかを一生懸命できるのが一番かなーって……」

 

「いちおうは全く何も考えなしに言っているわけではない……ということか」

 

「なら、ここまでの話を総合的に見ても、私達から言うべきことは無いかしらねぇ? ……個人的には色々と言いたいけど」

 

 そう言ってため息を吐いたエスティさん。

 

 ……って、あれ?

 

「私達? 個人的? ってことは、もしかして今日は国勤めとして何かお話でもあって……?」

 

 でも、そんな話は最初からずっと全く聞いてない。というか、噂の事を聞かれてからはほとんど喋ってるのは僕だったし……もしかしたら、噂の事を聞くために来たのかな?

 

「ああ~っと……も、もうだいたい用は終わってるからマイス君は気にしなくていいわよ? ……ですよねっ?」

 

「何故私に振る!? ……まあそういうことだ。気にしないでくれたまえ」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 流れからすると、どう考えても他に何も情報も無いから噂のことを聞きに来たっぽいんだけど…………何か……絶対何か隠してる感じがする。第一、話を聞くためだけにわざわざジオさんとエスティさんの二人が動くとは思えない。……となると、やっぱり別に何かがあるに違いない。

 

 ……と、思ったんだけど、僕はそれ以上考えるのはやめることにした。

 そもそも相手はジオさんとエスティさんだ。いい人である二人が何か隠してたとしても、そんな悪い事をしたりはまずしないに決まっている。なら、下手に探ったりせずにしておいた方が良いだろう。

 

 

 

「オホンッ。まぁ、今回は噂一つで随分と大事になってしまったわけだが……その影響はまだ尾を引いているようだ。早く何とかなって欲しいものだが……」

 

「ああ、それはそうですね。慣れてきたって言いましたけど、やっぱり良い気はしませんから……。僕のほうでも手は打ってみたんですけど、あんまり効果が無くって……」

 

「手、って……何をしたの?」

 

 

「噂なんて気にしないで、いつも以上に「いつも通り」にしてました! そしたら、周りの人は「いつもと変わってない」って気づいてくれるだろうし、もっとずっと見てたら、相手の影も形もないことがわかりますから!」

 

 

「マイス君のいつも通りって……前と変わってないなら、朝起きて、畑仕事して、挨拶してまわって、街に顔出して、また街でも挨拶してまわって、依頼を受けに受付に行って、他にもお店やアトリエに寄って…………噂がなかなか消えないのって、そうやって何人もの()に会ってるからなんじゃ……」

 




 おそらく発表際の後また出掛けたジオさんと、相変わらずどこかへ行っていたエスティさんの登場。今後各ルートを含め、登場する機会が増えてくる……かもしれません。


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ロロナ【*5-1*】

※あとがきにてご報告というか、お知らせがあります※

 毎度おなじみ……になってしまっている、遅刻魔「小実」でございます。
 またもや更新遅れてしまい申し訳ありません。
 人は何故睡眠をとらなければいけないのでしょう? 睡眠時間がゼロになれば、好きに使える時間が増えるというのに……でも確実に体を壊しちゃいますね、はい。


 何はともあれ、『リディー&スールのアトリエ』新情報来ましたね!!

 フィリスちゃん、うおー! イルちゃん、ぐわー!
 なんというか、顔はあいかわらずだけどそれ以外はお姉さんになった感じのフィリスは、『フィリスのアトリエ』でいろんな服装を見てきたはずなのに衝撃的な新鮮さを感じました。イルメリアは……まさかの主人公の先生枠らしいという……あと、身長は育って無さそうなのに、一部だけあのフィリスに負けず劣らずに見えるくらい成長してそうっていう……。なんて言えばいいんでしょうね? この感覚。
 とにかく、二人そろって立派な錬金術士になっているようです。
 ……こうキャラに期待を感じ出すと、ストーリーのほうがなおのこと気になってきますねぇ……。

 リディー&スールのお父さん? 美人店主の店に通って怒られる父親や、どこぞの見えるけど見えない父親、王座に座ってるだけに思えるオタンコナスな父親……彼らよりもストーリーで活躍しそうなダメ親父じゃないかなーっと。……前述の三親父も良いキャラしてますし、活躍(?)の場もちゃんとあるんですけどね?


 そして、今作の、今回のお話は……個別ルート【*5*】!
 サブタイトルが適当になっているのは、このあたりから全ルート共通で使えそうなサブタイトルが思い浮かばなくなったからです、ご了承ください。

 今回は、一言で言えば……急展開!



【*5-1*】

 

 

 

 

 

***青の農村***

 

 

 

 

 見渡す先に見えるのは点在する建物と、その周囲にある畑。道を行きかうのは、村の住人と、荷物を背負った行商人、あとは青い布を巻いたモンスターたち。

 『青の農村』のいつもの風景に目をやりながら、わたしは一度大きく深呼吸をして心を落ちつかせる。

 

「来ちゃった……で、でも別にいいよねっ! 用があるんだから!」

 

 そうっ! 今日『青の農村』に来たのは、学校で使う『錬金術』の教科書の作製の集まりのため! じゃなかったりする。……わたしのところに大きな仕事が入ったり、それに合わせてトトリちゃんが『アランヤ村』のほうに帰ったりして、「他にもやらなきゃいけないこともあるし、そこまで急がなくてもいいから」ってことで、『錬金術』の教科書作りは一旦ストップしてる。

 

「けど、ちょっと気になるところがあるから相談したい、ってことで、会いに行っても問題無いよねっ?」

 

 そういう建前でこうしてここまで来たけど……だ、大丈夫だよね?

 

 わたしがここに来た本当の理由は、「マイスが結婚する」っていうあの噂のことを確かめるため。

 

 くーちゃんやイクセくんはああ言ってたけど、あの後、アトリエに帰ってからも「噂は嘘っていうのは本当なのかな……?」って心配になってモヤモヤした。もちろん、くーちゃんやイクセくんのことを疑うわけじゃないんだけど……でも、やっぱり気になって、どうしてもマイス君本人に確認を取りたくなったのだ。

 

 ……で、「またこの間みたいに、いつも通りに『パイ』を持って来てくれたりしないかなぁ。それで他愛のないお話をしてー……」って待ってみて一日。

 「学校の校舎のこととか他にもいろんな事しないといけないらしいし、忙しいかもしれないから、わたしの方から何か持っていってあげたほうがいいかな?」って思いながらも、なんだか一歩が踏み出せなくて悩んで一日。

 「そういえば、マイス君ってどんな女の子が好きなんだろう?」って途中考えながら作っていたせいか、ちょっと混ぜ過ぎて調合していた『パイ』を爆発させちゃって一日。

 

 ……そんなことがあって、ようやく今日、決心とさしいれの『ベリーパイ』が完成し、こうして『青の農村』まで来ることができたのだ!

 

 

 

「ここまで来たんだから、いまさら引き返すわけにはいかないよ、わたし! それに、アレは嘘なわけだし、あくまでそれの最終確認っていうか、そんな感じのをするだけで、緊張する必要は……!」

 

「いや……こんなとこにつっ立って、ひとりで何ブツブツ言ってるんだよ、ねーちゃん?」

 

「わひゃぁ!? ……って、コオル君?」

 

 いきなりかけられた声に驚いて跳び上がってしまう。その驚きで高鳴ったドキドキを抑えつつ、わたしがその声のしたほうへと目を向けると……『青の農村』を中心に活動している行商人のコオル君がいた。

 わたしがアトリエを始めてからの付き合いで、当時の名残で未だにわたしのことを「ねーちゃん」と呼んでいるコオル君。本人も「行商人」って名乗ってはいるけど、最近は昔みたいに自分の足であちこち行っている様子は無く、村での交渉や売買が主な仕事になってるみたいで、普通の商人みたいになってたりする。……陰では『村長補佐』とか『村長代理』とか言われてたりもするみたい。

 

 そのコオル君が、わたしを見ながら呆れたようにため息をついている。……そ、そんなにわたし変だったかな?

 

「んで、どうしたんだ? 今日は学校のアレは無いはずだし、買い物にでも来たのか?」

 

「えっと、そういうわけじゃなくってね。ちょっとマイス君に用があって……」

 

 わたしがそう言うと、何故かコオル君は明後日のほうを見て「あー……」ってなんだか声をもらしながら、髪をかいた。

 

「んっとな……今日はアイツ色々あってさ、用があるなら明日とかにした方がいいぜ?」

 

「あっ、やっぱり学校のことで忙しかったりするの?」

 

「そういうわけじゃないんだけどな……面倒事っつーか、なんて言うか……」

 

 なんだから煮え切らない感じって言うか、何なのか具体的には言ってくれないコオル君。

 

 ……? どうしたんだろう?

 もう次のお祭りの準備でも始まってるのかな? それなら、内容を秘密にするために隠したりしてもおかしくなさそうだけど……。

 

 

 不思議に思いながら、なんとなく遠目に見えるマイス君の家のほうへと目を向けてみて……

 

「あれ?」

 

 遠目に見えるマイス君の家の玄関から、マイス君と……()()()()()()()()()()()()が出てきた。

 『青の農村』の人ならわたしも大体知ってるし、違うと思う。じゃあ、作物とかの取引をしに来た人? ……それにしては、服とかが煌びやか(キラキラしてる)ような気がして、商人さんって感じでもない気がする。

 

 そんな見たことの無い女の人は笑顔を浮かべながらマイス君に手を引かれて、わたしのいるほうとは逆方向、『集会場』のある広場の方へと歩いていっていた。

 

 その遠目に見える後姿を指差して、コオル君に聞いてみた。

 

「ねぇ、コオル君。あの人初めて見るんだけど……『青の農村(ここ)』の人?」

 

 そっちに目をやったコオル君は「ああ」と言ってから続けて……

 

 

 

 

 

「あれはマイスの()()()()()だよ」

 

 

 

 

 

「えっ…………みあい、あいて?」

 

「ああ。確か、どっかの『貴族』の御令嬢らしいぜ? つっても、話を聞いたのはマイス本人で俺も詳しいことは知らねぇんだけど……まぁ、大方、こないだの噂で色々あった関係だと思うぜ? なんでも、国のほうから話が来たみたいで……って、ねーちゃん、聞いてるか?」

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

 

「……あ、あれ?」

 

 気付けば、目の前にはアトリエの玄関が。アトリエの外壁を照らしているのは夕日で、空は赤く、端のほうは黒くなりはじめていた。

 昼間なら人も行きかっている『職人通り』。でも、あたりを見渡してみたけど、時間の問題か人通りも少なくなり始めているみたいで、誰も歩いていない。

 

 

 わたし、いつの間に帰ってきたんだろう?

 えっと、確かあの後……歩いて帰ってきたっけ? それとも『トラベルゲート』で? 経っている時間からして歩きっぽいけど……うーん、憶えてない。

 

 あと、()()は……

 

「夢……とか、そういうわけじゃないよね……」

 

 それはなんとなくわかってる。それに、遠目で見ただけなのに焼き付いて離れないくらい憶えてる。

 マイス君に笑顔で手を引かれていた女の人。その手を引くマイス君も笑顔だった。

 

「……とりあえず、中に入ろ」

 

 不意に吹いた、冷たくなり始めた風に身を震わせながら、わたしはアトリエのカギをあけて中へと入った……。

 

 

 

――――――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 夕日の差し込む窓のそば。ソファーに何をするわけでも無く座る。そんなわたしの隣には、『青の農村』まで持って行ってたカゴが……。

 

「『ベリーパイ』……美味しくできたはずなのになぁ……」

 

 カゴの中には、さしいれ用に作ってた『ベリーパイ』が出ていった時と同じ数だけそっくりそのまま残っていた。

 

「もったいないし、晩ゴハン代わりに食べちゃお……」

 

 一緒に用意していたお皿に『ベリーパイ』を一ピース取り出し、ソファーから立ち上がって『香茶』も自分の分だけ用意してから戻って来て座る。

 

 

「それじゃあ……いただきまーす」

 

 一口、『ベリーパイ』に口をつけてみる。

 うん、おいしい。『香茶』にもよくあってる。やっぱり今回の『ベリーパイ』は過去最高の出来な気がする……するんだけど……。

 

でも(ふぇぼ)なんでだろ(ふぁんふぇだお)……」

 

 味も、品質も申し分無いはず…………なのに、何故かわたしの頭の中に浮かぶのは、口の中と目の前にある『ベリーパイ』じゃない、全く別の『ベリーパイ』。

 

 『アーランド共和国』がまだ『アーランド王国』だったころ。まだまだ一人前とは言えないわたしとホムちゃんで忙しくしてた時に、マイス君が手伝いに来てくれたあの日。依頼の調合ついでに追加で三人分作った『ベリーパイ』。

 後に依頼主さんからは「最高の『ベリーパイ』だった!」って大好評をもらったんだけど、調合後のティータイムに食べたほむちゃんには「これより美味しい『ベリーパイ』をホムは知ってます」ってダメだしされて、それにショックを受けてるとマイス君が慰めてくれて……。

 

 口の中にあった『ベリーパイ』を飲み込み、「ふぅ……」と小さく息をつく。

 

「こっちの『ベリーパイ』のほうが上手く出来てるはずなのに、なんであの時の『ベリーパイ』が食べたいって思っちゃうんだろ……」

 

 なんで? わからない。わからないけど……なんだか、自分の手元にある『ベリーパイ』にもう一口、口をつける気にはなれなかった。

 

 

 

 

「どうしたんだい、ロロナ? そんな、涙なんて流しちゃって」

 

「ひゃぃ!?」

 

 不意に耳元で聞こえてきた声に跳び上がってしまいそうになり……手元にあった『ベリーパイ』と『香茶』に気がついて、それをなんとか抑え込んだ。……『香茶』のほうはちょっと跳ねちゃったけど……。

 

 そして、声の主を探して目をやると……

 

「って、タントさん!? なななっ、なんでいきなり……!? ちゃんとノックして入ってきてください!」

 

「したよ? けど、返事がなくてさ。「留守かな?」って思ったんだけど、ドアは開いててね、気になって入ってみたんだけど……まさか、ひとり黄昏(たそがれ)てるロロナが泣いてるなんて思わなかったよ」

 

「な、泣いてなんかいません! これは……そう! この『ベリーパイ』が美味し過ぎて感動しちゃったから涙が出ちゃっただけです!」

 

 タントさんに「それって、やっぱり泣いてるんじゃ」ってツッコまれたけど、そんなのよりもなんでかはわからないけど「誤魔化さないと!」って思ったわたしは、そう言って手元の『ベリーパイ』を口に詰め込んだ。美味しい、美味しいんだけど……やっぱり何かが違う気がする。

 

 

それで(しょふぇで)? モゴモゴ…… タントさんは(ふぁんとぅふぁんふぁ)こんな時間に何の用ですか(こふはじふぁんにのんのふぉうでぃふふぁ)調合の依頼なら(ひょーほーのんらんはふぁ)今なら絶対に(いふぁふぁらへっはいい)大爆発を起こせる(ふぁいだふはふおおふぉふぇう)自信がありますけど(ふぃふぃんのはひはふふぇほ)? ングッ……」

 

「いや、別に依頼ってわけじゃないんだけどね?」

 

 ちょっとだけ苦笑いをしてたタントさんの顔が、ふと優しい微笑みに変わり……その右手に持っている()()を前に出してわたしに見せてきた。

 

 

「ちょっと仕事の都合で良いお酒が手に入ってさ。一人で飲むのもあれだし、よかったら一緒にどうかなって思って……」

 

 

「……『ベリーパイ』にあうお酒ならいいですよ」

 

「あーうん、それはどうだろう?」

 

 ……なんでだろう? また苦笑いされた……。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

「失礼する。以前に出してもらった報告書と品物の件で少々……なんだ、この状況は……」

 

 所用で『ロロナのアトリエ』に踏み込んだステルクは、アトリエ内の様子を見て眉間にシワを寄せた。

 というのも……

 

 

 

「だからですね! マイス君が、女の子に興味を持ったり「結婚したいー!」って思ったりするのは男の子だから仕方ない事だっていうのはわかってるんですよ!? 特に、くーちゃんたちも言ってましたけど、永遠の青少年って感じでももういい歳ですし、結婚の事を考えるのもいいと思うんです……でもっ! それをなんでわたしに相談しないで、お見合いなんてするんですかー!!」

 

「ああ、うん、そうだねー」

 

「そもそも、初めて会う貴族の子なんかじゃダメですよ! マイス君、良い子だから騙されちゃいますよ!! それにっ! 結婚なら、昔っからマイス君と仲が良いりおちゃんとかフィリーちゃんとか……『貴族』がいいなら、あんな子よりくーちゃんのほうが百倍カワイイじゃないですか! そこから間違えてます!! その後も、相談してくれれば、付き合うきっかけ作りとか、いい雰囲気作りとか、デートプランとか、告白の練習とかいっぱい手伝ってあげるのにー!!」

 

「はははっ、その通りだね。……おかしいなぁ? 予想してたのとかなり違うんだけど……」

 

「タントさん! 聞いてますか!?」

 

「ああ、はいはい。聞いてますよーっと」

 

 

 明らかに酔っぱらっていて普段より二割増しの音量で喋るロロナと、そのロロナに絡まれて心なしかげんなりしているタント……もといトリスタン。

 

 さすがのステルクも、これはメンドクサイことだとすぐに理解するが……放置することもできず、また、ロロナ(あっち)がこちらに気付いたこともわかったので、一人諦めたようにため息を吐いた。

 

「あーっ! ステルクさーん!! いいところにー、一緒に飲みましょう! のんじゃいましょう!!」

 

「……断る理由は無いが、何故酒と一緒にパイを……とてもではないが、良い組み合わせとは思えないのだが……」

 

「なんですか……わたしの『ベリーパイ』が飲めないって言うんですかー!?」

 

「パイは飲み物ではないだろう……」

 

 事の経緯はともかく、これは重傷だ。そう判断したステルクは今後どうするか頭を悩ませつつ改めて大きなため息を吐いたのだった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初は良いタイミングに会えたと思ったけど……ここで、よりにもよってコイツが来るなんて……運が良いのか、悪いのか…………」

 




 なにしてるんだ、マイス君。
【*4*】でも大概急展開だったのに、今回はそれ以上……。作者なのに、メタァ……な意味も含めて色々と心配です。


 そして!
 お知らせですが、誠に勝手ながら、少しの間……明確に言うと『IF』のほうが全て【*4*】に行くまでの間、こちらの更新をちょっとだけお休みさせていた抱きたいと思います。
 理由として、時間の問題以上に、「各ルートの時間進行と共通ルートの整合性の整理が追い付かないから」というのが第一に挙げられます。あと、本編である『ロロナルート』だけが圧倒的に先に進んでしまった場合、共通ルートのクライマックスに続く一部のお話が他のルートにおいても大きな影響が出てしまうため……って詳しく説明したいんですけど、重大なネタバレになってしまうため、控えます。
 とにかく、本編『ロロナルート』がクライマックスに差し掛かる際の『IF』との差を1~2程度にしておきたいので、今、少しだけ調整のためにお休みをさせていただきたいのです。

 具体的には、次回の本編の投稿は10/15を予定しています。
 今回の後編とも言える【*6*】ですので、今しばらくお待ちください……。

 『IF』の次回の更新は10/2予定です。


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ロロナ【*5-2*】

 長い間、こちらの作品でお休みをもらってしまい、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。
 だというのに『IF』のほうを予定通りに更新できなかった失態! こちらも、大変申し訳ありませんでした!

 これから、頑張っていきますよ! 体を壊さない程度に、ですけども。


 さてさて、ファミ通等で『リディー&スールのアトリエ』の新情報がまた来ましたね!!

 見た目に変化が出たプラフタ! 服装はともかく、髪の感じは『ソフィーのアトリエ』で出てきた過去(生前)のプラフタに近づいている気がしました。あと、尻尾(正確にはねじまきだったかな?)が見当たらないようにも見え……もしかしてもしかしますかね?
 あとは新キャラの錬金術士二人の情報に加えて、前作からの人形大好き父娘の登場も!

 新情報が出る度、期待も不安も倍増していくここ最近。
 えっ? 「不安は倍増させるな」って? はははっ、無茶を言わないでください。



 それはさておき、今回のお話は……個別ルート【*5-2*】! マイスでもロロナでもなく、まさかのエスティさん視点であります。
 ロロナルートでは、【*5-1*】から次に続くための間の話と言ったところです……早くマイロロ(マイス×ロロナ)でイチャイチャさせたい衝動に駆られます。
 サブタイトルは前回に引き続きそのままです。今後はずっとそうかも。




【*5-2*】

 

 

 

 

 

***職人通り***

 

 

 

 お昼時を過ぎ、人の行き来がピークを越えたちょうどそのころ。まばらな人通りの中を歩いて、私はある場所を目指して歩いていた。

 

「あらら。ちょっと外装が改装されてるかしら? となると、内装のほうはもっと変わってるでしょうね。まっ、結構な期間来てなかったし、そのくらい変わってて当然と言えば当然かぁ」

 

 目的地の『サンライズ食堂』の前に立って、その店構えを一通り見てみれば、自分の記憶の中にある『サンライズ食堂(それ)』よりも()洒落(じゃれ)た外装になっていることに気付く。

 けど、その外装の装飾は店を綺麗に(いろど)ってはいるものの、装飾過多と言うわけでもなく、むしろ最低限のものといえるほどの規模でそれでいてパッと見で「オシャレ」だと思わせられるもので……綺麗だと見させても決して「高そうだ」とか「入り辛い」とは感じさせない、正に『サンライズ食堂』らしいものだ。

 

 

 ここ何年か街を離れていたけど、その間に『サンライズ食堂(ここ)』以外にも人も物も変わったりしているみたいで、帰ってきてから色々と処理しないといけない諸々の問題をやっとのことで処理し終えて、こうして街に出てみるとその変化を発見できた。

 

 ……というか、数年ぶりに帰って来たっていうのに今の今まで色々バタバタしてて、自由な時間がロクにとれなくて、のんびりするヒマも無かった職場環境自体が問題がある気がするけど……。

 こんなのだから出会う機会が無くって結婚もできないんだと思う。うん、職場が悪いのだ。やりがいはあるけど、それはそれ。

 

 

 まぁ、そんなことはひとまず置いといて、私は、今にも腹の虫が鳴いてしまいそうなほどのこの空腹感を何とかすることを優先することにした。

 遅めのランチを食べるために『サンライズ食堂』の扉のノブへと手をかけ…………ふとある事を思い出す。

 

「そういえば、初めて会ったマイス君を『サンライズ食堂(ここ)』に連れてきたのもこんな変な時間だったかしら?」

 

 街の外で倒れているところをロロナちゃんたちに拾われて運ばれてきたマイス君。そんなマイス君が目覚めたあと、身元を確かめたりするためにちょっと話した後にゴハンに連れて行ったのがこの『サンライズ食堂』だった。

 その縁もあってか、マイス君()はその後も何度も『サンライズ食堂』に脚を運ぶようになったらしくて……そのまた後には、育てた作物の取引相手にもなったとか。

 

「あの頃は弱々しさもあって本当(ホント)にカワイイ子で……いやまぁ、今もカワイイ系なのは間違い無いけど、触れると火傷しかねないというか、扱いが難しくなっちゃったのよねぇ。本人に悪気も無ければ、別に何か罰せられることをしてるわけでもないんだけど」

 

 そもそも今の今までバタバタしてたのも……もっと元を辿(たど)れば、長い間街の外での活動が多かったのに今になっていきなり街に帰ることになったのも、マイス君のせいなのだ。でもやっぱり本人に悪気も自覚も無ければ、むしろ周囲の行動による被害者的な立ち位置で……けど、それでもやっぱり無自覚の行動のせいっぽいきがするのよねぇ……?

 

 

 ……そんな、影響力も全く無くってかわいい男の子ってだけだった昔のマイス君を思い出しつつ、私は改めて『サンライズ食堂』の扉を開け、中に入った……。

 

 

 

―――――――――――――――

 

***サンライズ食堂***

 

 

 

イクセ(いくしぇ)く~ん。お(しゃけ)おかわり~!」

 

「ほどほどにしとけよー」

 

「いいから早くー!」

 

 私は目を疑う。

 というのも、『サンライズ食堂』に入って見えたのが、どう考えてもお昼過ぎ(こんな時間)にあっていい光景ではなかったから。

 

 これで飲んでるのが()()ティファナさんならまだわかるし、「旦那さんのこと思い出しちゃったのかなー……」なんて思いながらも絡まれてはかなわないからコッソリ逃げ出すんだけど……カウンター席で飲んで、カウンター向こうのイクセル君に絡んでいるのは、『サンライズ食堂』の二軒隣りにある『アトリエ』の現店主……ロロナちゃんである。

 

「ほらよっ。追加だ」

 

「わーい! お(しゃけ)だ~♪」

 

「何日もウチで飲み食いしてくれるのはありがたいことだけど……いい加減、こんな真昼間から酒を飲みまくるのは止めた方が良いと思うぜ?」

 

「飲んでないとやってられ(にゃ)いんだもーん」

 

 そう言ってグラスを傾けるロロナちゃんを見て、頭に手を当てて「はぁ」と大きなため息を吐くイクセル君。どうやら、今日以外にもあっているらしいロロナちゃんの相手に疲れはじめてるみたい。

 

(まぁ、三杯目からは酒じゃなくて)(薄めたジュース出してるから、)(酒をあびるほど飲むより)(身体に負担は無いだろうし)(好きにさせるか)

 

「ふぇ? イクセ(いくしぇ)くん、(にゃに)か言った?」

 

「いーや、別に?」

 

 あっ、いや、思ったよりも余裕そうかも。

 でも、ロロナちゃんの身体を気遣って、途中からお酒を出さずに別の物を出してるらしいけど、それってどっちの値段で請求してるのかしらね? あと、お酒じゃないって気付かないロロナちゃんって……。

 

 

 『サンライズ食堂』内の光景を見て、店に入ってすぐのところで私はただ呆然と立ってそれを見ていた。

 と、イクセル君が入店してた私にようやく気付いたようで、コッチを見て「いらっしゃいま……」と途中まで言って、あからさまに嫌そうな顔をされた。

 

 いや、なんでよ?

 

「ちょっとー? いくらなんでも、久々に会ってそんな顔されたらグサッとくるわよー?」

 

「怖いから、笑いながら言わないでくださいよ……。しばらくぶりっすね。……あと、別にエスティさんがウチに来ることが嫌というわけじゃなくって、タイミング的には最悪だってだけですから……」

 

「それってどういう意味……って、あら?」

 

 イクセル君の言ってることがよくわからなくて聞き返してみたんだけど……ちょうどその時、視線を感じて反射的にそっちの方に目を向けたんだけど、そこにいたのは……

 

「じー……っ」

 

 お酒(じゃなくてジュースかもしれない)が入ったグラスを片手に、可愛くほっぺを膨らませて(コッチ)をジッと見つめてくるロロナちゃんが。

 

 ああっ……私にも、する行為が一々可愛かった幼少期があって……って、ロロナちゃんももうとっくに二十代後半……四捨五入をしたら三十路のいい歳になってるんだったわね。それでこの衰えを見せない可愛さっていうのはズルいと思う。

 

 ……でも、なんで私の顔をそんなに見てくるのかしら?

 会うのが久しぶりだから驚いてる? それとも……もしかして、私の顔を忘れちゃったとか? いやまさか。

 

「……すか」

 

「ん?」

 

エスティ(えすちぃ)さん(しゃん)なん(にゃん)()すか!? あん(にゃ)ことし(ちゃ)のは!? ヒドイ(ひじょい)()す! マイス君がわたし(わちゃし)相談(そーだん)(しゅ)る時間も与えないように(よーに)立て続けに……未だに結婚()きないことへの八つ当たり(やちゅあたり)()すかー!?」

 

「お?(威圧)」

 

 今、何言ったよ? この子?

 

「どれもこれも、わたしが頼りないからだー!! わーん!」

 

 そう言って泣きながらカウンターに()()せるロロナちゃん。……で? さっき何言ったよ? うん? なんかとんでもないこと言った気が……

 

「ああ、こいつ相当酒が回ってるなぁ、言ってることが支離滅裂だ。飲んだ酒の量はたかがしれてるのに……やっぱこういうのって飲んでる時の気分っていうか気持ちの持ちようが関わってくるものなんですかね?」

 

「まぁ、そういうこともあるとは思うわ。……で? 「言ってることが支離滅裂」ってわかるってことは、ロロナちゃんが何を言ったのかわかってるのよね? 私の聞き間違いとかじゃないってことよねぇ?」

 

「さ、さーなんのことやら……?」

 

 あっ、イクセル君ったらあからさまに目をそらした! ってことはやっぱりロロナちゃんがよく手入れされたナイフのような言葉をブン投げて来たのは幻聴でも何でもなかったって事ね。

 これは、一回しっかりとおはなししないと……

 

「……って、あら?」

 

「くぅー……すぴぃ~……」

 

 突っ伏したまま寝息をたててるロロナちゃん。……ホントに子供みたい。いや、こんな酔払いな子供は可愛げ無いだろうけど。

 

 

 

 

 

「……で? どうしてこんなことになっちゃってるの?」

 

「あー、話を聞く猶予はあるんですね」

 

「いちおう、ね。あとのことは、ゴハン食べながら考えることにするわ。色々と思うところはあるけど、どうにも私の知ってるロロナちゃんと違い過ぎて……いやまぁ、コレがここ数年で成長した結果だって言うなら、寝てても一発入れるつもりだけど」

 

 私は気持ちを落ち着かせつつ、ロロナちゃんの寝ている隣の席に座り、そのままの流れで適当なものをメニューの中から選んで注文する。

 イクセル君のほうももう切り替えたみたいで、注文を聞いてから「あいよー」とちょっと気の抜ける返事をして調理にとりかかってくれた。そして、調理をしながら私にここ最近にあったことを話してくれた。

 

「どこから話せばいいのやら……そうっすねぇー」

 

 

 そこからイクセル君が話してくれた内容をまとめると……

 

・始まりはおそらく「マイスが結婚する」と言う噂から。

・広まり出して少ししてから初めてロロナちゃんがその話を知った。そこからちょっと落ち着かない感じ。

・それから数日後くらいからロロナが『サンライズ食堂』に入り浸ってお酒を頼むように。

・そんなロロナを心配してか、様子を見に来て付き合う人が数人。クーデリアは気になるが昼間は仕事に忙しいため中々様子を見れず、主にトリスタン君やステルク君が、らしい。

・そんなことになった原因は、酔払ったロロナの口から出てくる言葉からすると「国からの話がきたお見合い相手がマイスのところに来てて、そのことをマイスが話して(相談して)くれなかったから」らしい。

 

 

「けど、酔払っていくにつれて怒り方っていうか、その内容が微妙にズレてくるんすけどね? そのお見合い相手とマイスのヤツが凄く仲が良さそうだったとか、手を繋いでたとか……俺から言わせてみれば、マイスが相手を邪険にしたりすることはまず無いし、スキンシップも元々多いタイプだから、そのくらい気にすることじゃないと思うんすけどねー」

 

「いやっ、ソコは気にすべきだと思うわ。けど、それよりも……」

 

 ただ寄ってきたいい匂いに鼻をくすぐられつつも、聞いた話の中から気になる言葉があったため、私は首をかしげる。

 

 

 

「「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「へ? そうなんですか?」

 

「ウソじゃないわよ。これでも一応私も()()()に一枚噛んでるもの」

 

 私の言葉により、調理を続けながら器用に一層首をかしげるイクセル君。そんなイクセル君に簡単に説明をしてあげる。

 

「もうかなり前……王国時代のころの話なんだけどね? マイス君が、公共の橋とかの修復にかかる大金をポンッと出せる大金持ちだって判明した頃に、国の上層部のほうでちょっとした会議みたいなのをやって「マイスの扱いをどうするか」って話をしたのよ。それで、「国の上層部とつながりの深い女性を用意して婚姻を結ばせる」とかいう政略結婚みたいな話も出たり「財産目当てで近づく(やから)も出るのでは?」って話になったりしたのよ」

 

 そこまで聞いたイクセル君は相当驚いていた。まぁ、噂がたってからならまだしも、そんな昔からそう言った話があったというのは流石に予想外だったんだと思う。

 

「結局は、歳や本人の意思の有無の問題もあって「干渉してはいけない」って話と「恋愛は本人たちの意思を第一に」、あとは「財産目当てで近づく者にはそれ相応の対応をする」って話にまとまったの。で、その話はそういうことに一番関わりが強い『貴族』の当主にも話が行ったんだけど……その中心になったのが、今で言う元国王と元大臣の二人だったの」

 

「ああっ、元国王のあの人も……それでエスティさんもよく知ってるんすね」

 

 納得した様子で言うイクセル君の言葉に「まあね」と短く答えておく。

 で、そのままの勢いでイクセル君は私に疑問を投げかけてきた。

 

「今回もそういう話し合いがあったり?」

 

「ええ。今回はマイス君本人に結婚の意思があるかどうかも直接確かめたんだけど……それで、とりあえずは現時点で「結婚する気は無い」って話だったから、そうなったらコッチから何かしようって話にはなりようがないわけよ。それで、これまで通りにー……って話だったはずなんだけど」

 

「なのに見合い話がマイスのとこに来てたってことかぁ……」

 

 調理を終えた料理を皿に盛りつけながら不思議そうにするイクセル君。

 

「まぁ、実際のところ「見合い話」自体は別に規制してるわけでもないし、そういうのは全くありえないわけじゃないんだけどね? でも、それが過去に話がいってたはずの『貴族』出身の子で、「「()()()()()()()」ってことになると、どうにもおかしいのよ」

 

 ロロナちゃんが愚痴っていたという話が……つまりはロロナちゃんが誰かから聞いたという「マイス君のお見合い相手のこと」の話自体が間違っている可能性もあるにはあるんだけど……

 

 

「なんにせよ、さすがにこれは調べてみないといけないわねぇ……と、その前に腹ごしらえね♪」

 

「あいよ、お待たせしましたっと」

 

 こうして、私の意識は目の前に出された料理の方へと向くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というか、見合い話なんてあるなら、私に回して欲しいんだけど」

 

「えっと、それって……エスティさん的には、マイスはアリってことっすか?」

 

「あー…………ヒール履いた状態で身長差10~15cmくらいないのは、ちょっと無理かなぁ」

 

「「マイス<エスティさん」でそんくらい差はありそうですけど?」

 

「違う、そうじゃない」

 




 
 話の進むスピードが心配になってくるこの頃。


 ……マイス君の周りで何が起こってるんでしょう?


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ロロナ【*5-3*】

 書くべきことは沢山あるのですが……とりあえず一言。

 すみませんでした!!

 連絡無し、活動報告も無し、以前色々言っていた自分は何処へ行ってしまったのでしょうか。


 自分自身の、身内の、職場の、周りの、様々な事情が重なり……ほんともう、仕事も、生活も、それ以外も、正直いっぱいいっぱいです。
 それでも、こうやってキーボードをカチカチしている時間が一番好きなんですが……いかんせん、その時間もほとんど取れず、移動時間などといった本当に合間合間にしか書けていません。身から出た錆な部分もありますが……家に帰って疲れ果てて寝るだけっていう生活が実際に訪れるとは思いも…………
 ようやく来たお休みでこうして書き上げたところです。

 ……と、書いていたらきりがないので、愚痴も含めここまでにしておきます。


 今回は、まさかの三連続で、【*5-3*】となりました。
 そして、書きたい事、書いておくべきことを書いていたら、とてつもなく長くなってしまいました。しかも、誰かの視点ってわけでもないので、淡々とし過ぎているという……場面転換が多すぎるのが悪いんです、そんな構想を組んだ作者が悪いんです。


 途中、愚痴っぽくなってしまいましたが「お話を考えて書いていること自体はすっごく楽しんでます!」……という報告でした。
 こんな読者の皆様をイライラさせてしまう小実ですが、そんな作者の『マイスのファーム』にこれからもお付き合いいただければ幸いです。……お暇なときにでもどうぞ……。



【*5-3*】

 

 

 

 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 

「聞こえてきてる声からして、今日もコッチにいるみたいだけど……さぁて、今日はどうなってるかしらねー?」

 

 日がほとんど沈みかけた街。

 まるで、朝起きて窓にかかっているカーテンを開け、空模様を確認するかのような調子で『サンライズ食堂』の扉を開けて入ったのは、仕事を終えて来た『冒険者ギルド』の受付嬢の一人、クーデリアだった。

 

 そんな彼女が目にした光景は……

 

 

「こ(りゃ)~! わたしのお(しゃけ)(にょ)(にゃ)いのかー……こきゅこきゅ……ぷはぁ~!」

 

「そう言いながら、自分が飲んでるじゃねーか」

 

当然(とーぜん)()しょー? ()って、わたしのお(しゃけ)なん()もーん♪」

 

(今お前が飲んでるの)(酒じゃなくって)(ただのブドウジュース)(なんだけどな)

 

 ここ最近、『サンライズ食堂』に入り浸っていることが多くなった……今日の昼ごろにも飲んでて、一度寝落ちしてしまった後、また起きて飲みだしたロロナと、その酔払ったロロナを少し面倒くさそうな表情をしつつも対応をするイクセルの姿だった。

 

 ロロナ以外にも一応客がいるようだが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、面白おかしく酔払っているロロナを(さかな)にお酒を飲んでいるようだ。

 

イクセ(いくしぇ)くーん。結婚って(しょ)んなに良いもの(にゃ)のー? なんで、マイス(まいしゅ)君とかエスティ(えすちー)(しゃ)んがしたがってるのか、わかんないん()けどー?」

 

「んなこと俺に聞くなよ、オイッ。つーか、ついでのようにこの手の話題で()()()の名前を出さないでくれよ!? あん時もそうだったが、聞いてるコッチが気が気じゃなくなるんだよ」

 

 

「……まぁ、ここ最近はこんな感じだし……でもねぇ……」

 

 「マイスが結婚する」という噂と、その後発覚したという「マイスがお見合い」という出来事から、色々と変になってしまったロロナを見たクーデリアは、今回が初めてでは無いものの「どうしてこうなった」と思い…………それと同時に「まぁ、これはこれでカワイイんだけど」とも思っていた。

 

「……っと。いけない、いけない。今日はやる事ちゃんとやらなきゃね。いい加減、ロロナにも真っ当な生活に戻って欲しいし」

 

 そう独り言を呟きながら、クーデリアはロロナの座っているカウンター席へと近づいて行くのであった……。

 

 

 

 

 

「今日も随分と飲んでるみたいね、ロロナ」

 

「ん~? あーっ、くーちゃん!」

 

 のろ~っとしたゆっくりな動きで首を動かし、左隣へと来た人物に目をやり……それが誰なのか理解してから間の抜けた声でそう言ったロロナ。

 クーデリアは呆れた顔をしつつもどこか嬉しそうにし、ロロナから特に了承を得たりすることも無く「よっ……と」と、軽く飛び乗るような感じで隣の席についた。

 

「いらっしゃ~い。くーちゃんは、今日は何飲んでくー?」

 

「あんたは店員か。……っと、今日はお酒は遠慮しとくわ。この後にも、ちょっとした用事もあるから」

 

「えー? そーなのー?」

 

 クーデリアの言葉に、ロロナは心底残念そうにした後、口をとがらせて「ぶ~、ぶ~」とひとりでブーイングをしだす。

 そんなロロナを見て、短くため息をついたクーデリアは「……で?」とロロナに向かって疑問を投げかける。

 

 

「それで? いつまでこんなことしてるのよ?」

 

「…………マイス君が謝ってくれるまで」

 

「いや、あいつからしてみれば、何が何だかわかんないと思うわよ?」

 

「そーだよねー。アトリエにも「サンライズ食堂(ココ)』にも全然来ないマイス君には何にもわかんないよねー。あーあ、お見合い相手(あの女の人)と一緒にいるのがよっぽど楽しいんだろーなー……ごきゅ、ごきゅ、っはー……ふーんだっ!」

 

 そう言ったロロナは、グラスに入っていたお酒……と称して出された『ブドウジュース』をそうとは知らずに一気に飲み乾してから、頬をぷくーっと膨らませた。

 

 クーデリアのほうはといえば、カウンター奥にいるイクセルに視線で「そうなの?」と問いかけていた。

 

 頷くイクセルを見て「ここ最近アトリエにも『サンライズ食堂』にも来ていない」というのは事実らしい。が、クーデリアは『サンライズ食堂』は少なからずマイスと取引をしていることを知っているので、全く関わりが無いというのはおかしいと思ったのだが……。

 クーデリアは「それは、今聞いても意味がないのかしらね?」と一旦思考から追いやることにした。もし、そのことでなんとかできるなら、ロロナに居座られて一番被害を被っているであろうイクセルが真っ先に何かしているはずで……そんな様子が無いということは、()()では意味がないということに違いないからだ。それに……『冒険者ギルド』のほうにもここ最近顔を出しに来ていないのだから、そこはまず間違いないんだろう。

 

 

 だが、今までの情報で、クーデリアは自分がこれからどういう風に話の方向を持っていくかを、すぐに決めることができた。

 そして、そのまま……考えた通りの道筋で話が進むようにと、ロロナとの会話の舵を切るのだった。

 

 

 

「あー、そのことなんだけどね……どうやら、ロロナが思ってるのとは随分状況が違うらしいわよ?」

 

「違うって、何が?」

 

「「お見合い相手との結婚話は破談に終わった」、あと「忙しいのはただ単純に『学校』関連のことが沢山あり過ぎるから」って話よ」

 

「……ふーん」

 

 クーデリアの口から簡潔に述べられた話に、ロロナは何とも言えない返事しか返さなかった。……というのも、クーデリアの言っていることを素直に受け止められなかったからだ。

 

 「忙しい」というほうの話はまだわかる。ロロナと……『アランヤ村』に帰省しているトトリが手伝っている『錬金術』関連は、元々マイスが大部分を準備していたことや、ロロナとトトリという強力な協力者がいるため進行具合は良い。……のだが、他は別だ。トトリがいない間は『錬金術』関係を一旦止めて他に注力するというぐらいには差があり、そこまでヒマがないというのも頷けなくも無い。

 が、「お見合い相手」の話については、ロロナはほとんど信じられなかった。互いに初対面であろう相手に対してあそこまで仲が良さそうにしているマイスとその見合い相手……そんな姿を他でもない自分自身の目で見たロロナには「あれは絶対話が良い方にまとまるに決まっている」という考えがどうしても離れそうになかったのだ。

 

 

 幼馴染として長年の付き合いがあるクーデリアには、色々と表情に出やすいロロナの考えていることくらい、手に取るようにわかるのだろう。納得してない様子のロロナを見てカウンターで頬杖をつき、ジトーっとした視線をロロナの方へと向けた。

 

「何? あたしの言うことが信用できないってわけ?」

 

「そういうわけじゃないけど……でも…………」

 

「はぁー……まぁ、今まで「こうだ!」って思ってたことを一瞬でひっくり返すっていうのは難しいかもしれないわ。でも、本人の口から……マイスの口から聞けたら、嫌でも納得できるでしょう?」

 

 そう言われたロロナは……再び頬を膨らませた。

 

 酔いが回ってきているロロナにでもわかる。マイスがこの場にいないことを考えると……クーデリアはロロナに「マイスに会って直接聞いてこい」と遠回しに言っているのだ。

 結果が正しくとも間違っていようとも(どっちであっても)、確かにそれが一番手っ取り早いだろう。だが、それができていればここまでになることもなかったはずだ。本当は結婚寸前までいってて今も家でイチャイチャしている可能性だってある……そこに突入できるほど、今のロロナの神経は図太くなかった。

 

 が、クーデリアもそこをわかっていなくてこんなことを言っているわけではない。ロロナという人間をわかった上で……言葉でチョイチョイ突いてくる。

 

「ロロナとマイスって、ここ最近全然会えてないのねー。……そういえば前に、トトリがマイスを避けて、まともに顔を合わせなかった時があったわよね。ロロナはトトリにかかりっきりでロロナの方もマイスに会えてなかったけど……あの時のマイスってば、ロロナに会えないことでもかなりショック受けてて凹んでたわよねー?」

 

「…………うっ」

 

「まぁ? あの時はトトリから悲鳴上げられたり避けられたりして、元々弱ってたっていうのもあるんだろうけどー…………あー。でも、今は毎日のように仕事に追われる日々よね? 流石のマイスでも何日も連続で働き詰めだと、精神的にクルものがあるんじゃ……じゃあ、今も弱ってるのかしらね? だとすると……?」

 

「……うー」

 

「アトリエにも『サンライズ食堂』にも、ついでに言うと『冒険者ギルド』にも顔を出しに来れてなくって、街に来れず、みんなに会えずに一日中働いて……で、気付いたら日はとっくに暮れてて真夜中で……あとは寝るだけ。きっと、お酒を飲んで喋ったりはしゃいだりするヒマも無いんでしょうねー?」

 

「うー……うー!」

 

「今頃、何してるのかしらー? 夕食で使った食器を片付けて、日課の日記で仕事のことだけを書いて、戸締まりを確認して、ベッドに入って……「ああ、昨日と同じことをしただけだったなぁ……」なんて考えながら、独り寂しく……でも、マイスのことだから「みんなのためにも頑張らないと!」って次の日も体に鞭打って――」

 

「う~!! そんな無茶しちゃダメー! いっつも自分だけでできるからって、一人で何とかしようとしちゃって……もう怒った! わたしがちゃんとビシッと言ってあげないと!!」

 

 そう言うと、ロロナは勢い良く立ち上がり店の外へと飛び出して行った。

 今の話からすぐさま飛び出していくまでの流れ……アルコールが回っているため全速力は出せていない様子だが……少なくとも()()()()未だにマイスに対し庇護意識を持っているようだ。

 

 

 

 飛び出して行くロロナの背中を見送ったクーデリアとイクセル、そして居合わせた客たち。

 その中のイクセルは、「料金……は、()()ツケにしとくか」と呟きつつ、カウンター席に残されているクーデリアへと声をかけた

 

「なぁ、今ので良かったのか? なんか途中から話がすり替わって……お見合い相手のことなんか、ロロナ(あいつ)の頭ん中からすっぽ抜けてるぽかったぞ?」

 

「別にいいのよ。今した話が、頭の片隅にでもあればどうにでもなると思うわ……というか、最悪ロロナをマイスに会わせるだけで解決するだろうっていう話だったし」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()クーデリア。

 それに違和感を感じたイクセルは首をかしげた。

 

「……もしかして、今回の話、クーデリア(お前)はよくわかってなかったりするのか?」

 

「んなわけないわよ。とはいえ、人から聞いた話であたしが直接確かめたわけじゃないけど。でも「見合い相手」の話と「『学校』のことで忙しい」っていうのは本当みたいよ? それより後は、ロロナをマイスのところに行かせるための()()()()だけど」

 

「オイオイ、でまかせかよ。それと、人から聞いたって……ああっ、もしかしてエスティさんか? ()()()()会った時に「調べる」って話してたけど、仕事が早いなっ!?」

 

「違うわよ?」

 

 昼間に来たエスティ()のことを思い出してそう言ったイクセルだったが、それはクーデリアによってバッサリと否定された。むしろ「そんなことあったの?」と首をかしげている。

 「じゃあ誰が?」とイクセルが言うよりも先に、クーデリアがそのことについて口にする。

 

 

 

「どこぞの元騎士よ、「手伝ってくれ」って。ロロナをどうにかするのはあたしとしても悪いことじゃなかったし、それでこうして伝えて、マイスのところに行かせたのよ」

 

「ステルクさんが? いやまあ確かに、ロロナ様子を見に来たりして気にしてる感じはあったけど……。んで、その本人じゃなくて何でお前が? ステルクさんは何してんだよ?」

 

「さぁ? あいつが何考えてるかとか、そこまではあたしも聞いてないけど……今回の()()でも叩きに行ってるんじゃないかしら? まっ、小物臭のする()()()()を黒幕って言うのは変かもしれないけど」

 

 「黒幕?」と、話についていけずに首をかしげるイクセルをよそに、クーデリアは席から立ち上がる。

 

 

 

「さてっと。送り出したけど、色々心配だし後を追ってみようかしらね……()()()()()()()()()()()()?」

 

 そう言って店内のとあるテーブルに目を向けるクーデリア。そのテーブルについている人物……酔払っているロロナをハラハラとして見ていた二人の客……似合わない帽子とローブを纏っている()()()()()()()()はビクッと体を震わせた後、恐る恐るといった様子でゆっくりとクーデリアのほうを向いた。

 

「え、ええっと……クーデリア先輩? いつから気づいてたんですかぁ……?」

 

「いつからって、最初からよ。そんな「気にしてください」っていう変装してれば目はいくし、それに……二人して膝の上にそんな人形抱えてれば、ねぇ?」

 

 クーデリアの言う通り、フィリーとリオネラの膝の上にはそれぞれアラーニャとホロホロが抱えられている。それで気付かない方が難しいかもしれない。

 ……が。

 

「ロロナは全く気づいてなかったみたいだけど」

 

「あはははっ……ま、まあロロナちゃんは酔払ってたし、マイスくんのことでいっぱいいっぱいだったみたいだから仕方ないような……?」

 

 ちょっと苦笑いを浮かべたリオネラがそう言い、クーデリアも小さく頷いて「よねー」と声を漏らす。……と、それとほぼ同時に、納得したような顔をする。

 

「あんたらはロロナの事……というか、ロロナがマイスのことどう思ってるのか気になって、こんなことしてたんでしょ? まっ、はたから見ても酔払っているロロナは()()()()()()を持っているように見えるもの」

 

「「ぎくっ!?」」

 

「本人たちに直接聞けないあたり、あいかわらず引っ込み思案というか、へたれてるっていうか……」

 

「「う、うう……」」

 

 二人して自覚があるのか、クーデリアに言われたことがグサリと来ているフィリーとリオネラ。

 ちょっと凹んだ様子の二人をチラリと見ながらも、クーデリアは自分が言いたいことをサラッと伝える。

 

「……で? もう一回聞くけど、あんたたちはどうすんの? ロロナとマイスのことが気になるなら、追いかけた方が良いし……それに、長年ロロナ(あの子)の親友してきた身から言わせてもらうと、一回きっかけさえあれば、あの子は後は真っ直ぐだと思うわよ?」

 

「……先輩はそれでいいんですか?」

 

 クーデリアの言わんとすることを理解したフィリーが、逆に問いかけた。リオネラもフィリーと一緒にクーデリアの顔をジッと見つめている。その視線は何をうったえかけているのだろうか……?

 視線を浴びながらも、クーデリアは()()()答える。

 

「いいも何も、本人たちがそれがいいって言うなら、あたしは何も言わないわよ。……それに、どこの馬の骨とも知れない奴ならまだしもマイスなら、ね」

 

「そう、ですか……」

 

 何とも言えない顔で、どう思っているのかわからない相槌を打つリオネラ。

 

 そんな様子を見て、ため息をついた後……クーデリアは『サンライズ食堂』を後にするのだった……。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

その少し前のこと……

 

―――――――――――――――

 

 

***職人通り***

 

 

 

「……って、ことがあってですね……」

 

「ほぉ。私のほうでも「お見合い」については噂程度で聞いてはいたが……まさか「国から」という話だったとは……」

 

「マイス君のほうから話を聞こうと思って行ってみたんですが……タイミングが悪くて、学校の事と今月のお祭りの準備とが重なっちゃって村全体が大忙しみたいで……」

 

「聞けそうにも無かった……と」

 

 アトリエの横……階段を下った先の井戸のあるスペースで情報交換をしているのは、エスティとジオ。二人とも国の上層部に関係する人物なのだから「国の施設の中で話せばいいのでは?」と思うところだが……ここ数年間、街の外で活動してばかりでその最中にする情報交換が道端で、ということもあってか、街でもこうしてフラッと道端で話すことが多くなっていた。

 

 ジオはその整った顎鬚(あごひげ)を指でいじりながら、「ふむぅ……」と思考顔をする。

 

「国の運営に関わっている上層部のほうで確認を取ってみればいいのかもしれんが……見合い話だとという事を考えると、その相手である『貴族』を特定して調べた方が早い気がするなぁ」

 

「それもそうですね……。マイス君()との見合い話で得するのは他でもないその相手ですし、「国」っていうのを出したのも彼が断わり辛くするためのものという可能性も……」

 

 そう言って頷き合うジオとエスティ……だったのだが、不意に二人の耳に別の声が聞こえてきた。

 それはすぐそばというわけではなく……どうやら、階段を上がったほう……アトリエの前のあたりだろうか? 二人は静かにして、その声に耳をかたむけるのであった……。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

アトリエ(こっち)にいない、ってことは……今日も『サンライズ食堂(あっち)』か。……こっちのほうが僕的には有り難いんだけどなぁ」

 

 アトリエの前でそう呟いたのは、国の大臣を務めているトリスタン。ここ最近、いつもと調子が違うロロナを気遣っている人の一人である。

 

 と、『サンライズ食堂』のほうへと向かおうとするトリスタンだったが、そちらから近づいてくる影が一つ。トリスタンはそれに気づき……暗がりの中でうっすらと見えてきた顔が見知ったものである事を理解し……「うげっ」と嫌そうな顔をした。

 しかし、特に何をするわけでもなく、通り過ぎようとしたものの……その人物はトリスタンの前に立ちはだかるようにして立ち止まり、トリスタンも立ち止まらざるを得なくなった。

 

「何? 僕はあんたに用は無いんだけど?」

 

「こちらもわざわざ話す気は無かったんだが……一応、言っておくべきだろうと思ったからな」

 

 不機嫌さを隠そうともせずに言うトリスタンに対して、相手は……()()()()はいつもの仏頂面で返す。

 

「手短に済ませてくれないかな? どっかの自称で仕事してる人とは違って、こっちは国勤めの仕事がやっと終わったんだ。時間を無駄にはしたくないんだよ」

 

「……その立場を上手く使ったようだな。マイス()との繋がりも十分にあるお前が言えば、『貴族』側も疑ったりすることも無い。彼のほうに話を通すのも容易いだろう。そして、狙ったのは……()()()()か。ロロナ(彼女)があそこまでなるのも計算していたというのであれば、悪趣味にもほどがあるがな」

 

 ステルクの言葉を聞いて、トリスタンは一瞬()()()()()()……が、すぐにいつもの飄々とした調子に戻り、軽く肩をすくめた。

 

「へぇ、わざわざ調べたのかな? それはどうもお疲れ様です……で? 何かな? 別に何か悪い事をしたってわけじゃないだろう? マイス()の事を気にしている人がいたから、ちょっと紹介してあげたってだけ。贔屓無しに見れば彼も良いお相手じゃないか。あの『貴族』の娘さんも喜んだことだろうね」

 

「……まぁ、喜んではいたな。だが、お前の思った通りには行かなかったようだが?」

 

 調べた時にその貴族の()に会ったのだろうか? 何故か神妙な顔をして言うステルク。対してトリスタンは別段興味無さげである。

 

「そうだった? まぁ別にそれでも構わないけど。最悪、彼を足止め出来ればいいだけだし」

 

「やはり、目的はあくまで()()か。彼女と彼(二人)の距離を離す……そこに意味がある、と」

 

「そこにすぐ気づくあたり……そういう点では、あんたもコッチ側じゃないの? だから、わざわざ調べたりしてまで、邪魔してこないと考えてたんだけど……というか、僕以上に二人のことを間近で見る機会の多いあんたなら、僕以上に思うところはあったんじゃないかな? 僕の勘違いだったなら、それはそれでライバルがいないわけだし、僕は嬉しいんだけど」

 

 そのトリスタンの問いに、ステルクは何を思ったのか何も言わなかった。

 が、数秒間を空けてから静かに口を開いたのだった。

 

「……私がこうして動いているのは、彼女のあんな姿は見てられんかったからだ。そして……それを解消するには、原因である「見合い話」の真偽を確かめるのが最も最短だと踏んだから。ただそれだけだ」

 

「それはまた随分と献身的なことで」

 

 いつもの仏頂面を保って言うステルクに対して、やれやれといった様子で首を振るトリスタン。

 

 

 

 

 

 そんな会話を陰で聞いていたエスティとジオが、顔を見合わせコソコソと話しだした。

 

「……なんか、知らないうちに話が進んじゃってますね? 私たちよりもよっぽど早くステルク君が動いてたみたいですし……」

 

「そのようだな、予想外だ。にしても、トリスタンはメリオダスの奴に似てきたんじゃないか? なんというか、妙にコスい手を考えるというか、そういったことをするところが……」

 

「ああ、まぁ、たしかに……」

 

 二人はトリスタンの父親であり、アーランドで以前に大臣を務めていたメリオダスのことを思い出していた。メリオダスもメリオダスで裏で動くこともあったのだが……アトリエの取り潰しを進めていた時の妨害策略といい、なんかこう「もっと直接的で効果の強いモノが他にあったんじゃないか?」と思えることばかりだったのだ。

 今回のトリスタンが裏で動いた「お見合い」の一件ももっとストレートなやり方もありそうなきもするのだが……?

 

 そんなやりとりをしていたエスティとジオだったが……

 

「で、どうします? 今、トリスタン君たちの前に出ますか? それとも……」

 

「フム……知ったからには動くべきだろうが……んん?」

 

 ジオがその先を言うよりも先に……どうやら、怪談上のほうで別の動きがあったようで……ジオたちは再び意識をそちらへと向ける。

 

 

 

 

 

 その変化は単純明快だった。

 日も沈み、人通りもほとんどなくなった道にいたトリスタンとステルクのほうへ、駆け足で向かってくる人影があったのだ。その人物が……

 

「……あっ、ロロナ?」

 

「むっ……」

 

 少し赤くなった顔をしてこちらへと駆けてくるロロナに気がついたふたりは、それぞれ声を漏らした。

 その声で誰なのか気付いた様子のロロナは……ちょっと一瞬だけ目を見開いた後……勢い良く頭を下げた。

 

 

「こんばんは! えっと……! お仕事が大変でっ、マクラぎゅ~ってしてっ、泣いててっ、最近全然会えてなくってっ、お酒も飲んでなくって! あと、それから、それからっ、お見合い相手はいなくってっ、学校が大変でっ、結婚するって! ええっと……と、とにかく! ()()()()! それじゃっ!!」

 

「えっ、ちょ……!?」

 

「ごめんなさいっ! わたし、いますぐ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 通り過ぎて行くロロナに、トリスタンは制止をかけようとする……が、ロロナはそう言い放ち、そのままの勢いで行ってしまう。二人を通り過ぎたロロナはそのまま階段を下って行くのだが、盗み聞きをしていたエスティとジオは、物陰に隠れて走っていくロロナをやり過ごすのだった……。

 

 

 ……残されたのは、ポカンとした様子のトリスタンとステルクだけ。

 そんな二人の耳に、石畳を叩く数人の足音が段々と近づいてくるように聞こえてきた。二人が『サンライズ食堂(そちら)』のほうへと目を向けてみると……

 

「偶然……というか、もしかして待ち伏せでもしてたの?」

 

 そう言ったのは、クーデリア。その後ろにはフィリーとリオネラが少し不安そうな顔をしてついてきていた。

 クーデリアの言葉に、ステルクが小さく首を振る。

 

「偶然だ。たまたまトリスタン(コイツ)を捕まえられたのがここだったというだけだ。……それにしても、随分と錯乱している様子だったが……アレで大丈夫なのか?」

 

「さぁ? 「マイスに会わせられさえすれば何とかなる」って言ったのはあんたでしょ? あたしもそんな気はするし、大丈夫じゃないかしら?」

 

「いや、そっちではなく、アレで無事に『青の農村』までたどり着けるのかどうかという……」

 

「あー……追いかける身としてはありがたいけど、あの子『錬金術』のアイテムで移動するなんて考えがすっぽ抜けちゃってるくらいだからねぇ。それにお酒も入ってるから……」

 

 クーデリアが言うにつれて、クーデリア本人を含め全員が段々と不安顔になっていく……が、クーデリアは途中で手をパンッと叩いて「まっ!」と切り替えるように声をあげた。

 

「なんかあったときの「もしも」のためにも、あたしたちが後をついてけばいいってだけの話よ」

 

 

「そうだよね! 何かあった時のためについていかなくちゃ!」

 

「う、うんっ! 早くロロナちゃんを追いかけないと!」

 

 クーデリアに続いて、フィリーとリオネラがそう言うのだったが……

 

「まー、んなこと言ったところで、どう考えても建前なんだけどな」

「そうよねぇ。特にリオネラとフィリーはどう考えても……ていうか、何かあった時、フィリーって何が出来るのかしら?」

 

 ホロホロとアラーニャから、ビシッとツッコミを入れられるのであった……。まぁ、仮に凶悪なモンスターが襲いかかってきたとして、冒険経験もまるで無いフィリーには何もできないだろう。

 なお、『アーランドの街』~『青の農村』間の街道というのはアーランド共和国の中でも最も「安全」と言える街道であるため、モンスターに襲われるなんてこと(そんなこと)はまずありえないだろうが。

 

 

 

 なにはともあれ……クーデリアたちはロロナの追跡を再開するのであった……。

 フィリーとリオネラの後ろには……

 

「……そういえば、僕が独断でしたことだって、マイス()は知ってるの?」

 

「私からは話していないから、まだ知らんだろう。……まぁ、仮に知ったところで彼は気にしないだろうがな……」

 

 トリスタンとステルクが続き……そのまた後ろを……

 

「無関心ってわけでもないだろうけど「へー、そうだったんですかー」で済ませちゃいそうなのよね、マイス君って」

 

「心が広いというか、広すぎてあまり理解してないというか……それが彼の持つ美徳でもあるのだろうがな」

 

 エスティとジオが隠れながらついて行く形で、一団はロロナの後を追って『青の農村』を目指すのであった……。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

***マイスの家***

 

 

「……ひとまず、こんなところかな?」

 

 まとめ上げた書類の整理をしていたマイスが、ひと息ついてから背もたれに体重を預けて「うーんっ!」とイスに座ったまま伸びをした。

 

 街での取引なんかは、別の用で街に行く村の人……例えばコオルとか……に頼んでしまい、学校関連とお祭りの準備に集中しているマイス。

 そのふたつに絞ったところで、やるべきことは沢山あり過ぎるくらいなのだが……特に、学校のほうは『錬金術』関係はまだしも他はやることが多すぎるくらいで、終わりが見えないというのが実の話だ。

 

 それでも、おおよその目安を立てておき、一区切りついたところでマイスは「今日はそろそろ切り上げようかな?」と片づけを始めることにしたのだが……。

 

 

 

 バアァンッ!

 

「えっ!?」

 

 ノックも無く、勢い良く開け放たれた玄関戸。それに驚いて声をあげてしまったマイスが見たのは……

 

「ふー、ふー……! はっ、ま、マイスきゅ…けほっ!? こほっ!?」

 

 肩で息をしながら、何やら息苦しそうにしているロロナだった。

 何か言おうとしたようだったが、息が整っておらず、むせてしまったようだ。

 

「ええっ!? ちょ、どうしたのロロナ!? 何かあったの!? と、とりあえず、落ち着いて……深呼吸してっ」

 

「すぅー……はぁー……すぅー……」

 

 何ななんだかわからず焦った様子のマイスがうながすままに、ロロナは深呼吸を数回しながら自分の息を整えていった。

 

「どうかな? もう大丈夫? もしダメだったら、何かお薬でも……」

 

「だ、大丈夫だよ……もう、落ち着いてきたから」

 

 そう言って……まだちょっと辛そうにしながらも笑顔を見せるロロナ……だったが、「はっ……!?」と声をあげて目を見開いたかと思うと、笑顔を消してマイスのほうを見て大きく息を吸い…………その分の空気を「声」として発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マイス君っ! ()()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 ロロナが全身全霊を込めて発したであろう言葉に、マイスは首をかしげ……

 

「「「「「「「えっ?」」」」」」」

 

 マイスの家の外からは、複数人の声が聞こえてきた。

 幸い……かどうかはわからないが、家の外からの声には、マイスは目の前のロロナの言葉に思考も意識も持って行かれたため気づかず、ロロナも……

 

「マイス君みたいな純粋な良い子にはわかんないかもだけどね、世の中には『せーりゃく結婚』っていうあんまり良くないものもあってね、そうじゃなくってこう……やっぱり結婚はちゃんとお付き合いをした『恋愛結婚』のほうが良いと思うよ! それにそれに…………んぇ? あ、あれ?」

 

 自分が思ったことを口にしているはずなのに、自分自身でもズレを感じたようで……途中で止めて首をかしげて悩みだしてしまっていて、外の声なんてものには全く気付いていなかった。

 

 

 

 ……さて、面と顔を合わせているマイスとロロナ(二人)以外の外に隠れ潜んで様子をうかがっている人たちでさえも頭に疑問符を浮かべてしまっていて、混沌とした状況となっているマイスの家。

 そんな状況で真っ先に動いたのは、唐突のことでそもそもの状況がわからず情報量が少なく早く処理出来たマイスだった。

 

「え、ええっと……もしかして、僕が結婚するって話を聞いて……? ロロナ? アレは誰かが勝手に流した噂話でウソなんだ」

 

 「とっくに誤解は解けたと思ってたし、おすそわけ持っていった時のロロナ、いつも通りだったから、とっくに知ってるものだと」……そうマイスは思っているのだが……。

 実際はまだ「マイスが結婚する」という噂は消えきっていないし、マイスが思っている「おすそわけを持っていった時」は、まだロロナが噂のことを知っていない時なので、今のマイスの考えは絶妙にハズレてしまっていた。

 

「あっ、それはくーちゃんたちに教えてもらったから……じゃなくて! それじゃなくってあっち! 『貴族』の女の子とお見合いしてラブラブって話っ!」

 

「らぶらぶ? そんなことはしてないんだけど……? そもそも、あの娘と会ったのは断るためだったわけで……」

 

「へっ? 断るって…………で、でもでもっ! あんな仲良く手繋いで歩いて行ってー!」

 

「手を繋いで……ああっ、もしかして()()を考える前準備で村の中を案内した時の?」

 

 次々に出てくるワードに目を白黒させながら「えっ? えっ?」とドンドンこんがらがって来てしまっているロロナ。

 

「い……いじゅ、移住って……も、もしかしてっ同棲!?」

 

「……とりあえず、このまま立ち話って言うのもなんだし、『香茶』を……いやっ『リラックスティー』淹れてくるからソファーに座って待っててくれる?」

 

「ぇ、うん、ハイ……オネガイシマス」

 

 目を回して頭から煙を出すんじゃないか? と思ってしまいそうなほど混乱して頭を悩ませ始めたロロナは、マイスの申し出に素直に頷くことしかできなかった……。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 マイスが淹れてきた『リラックスティー』を飲み、少し落ち着きを取り戻したロロナ。

 そんなロロナに、マイスは「国から紹介されたお見合い相手」について説明していったのであった。

 

 そして……

 

 

「えっと、つまり? お見合い話は相手が準備をしてしまってたから一応は受けたけど最初から断るつもりで……断る理由として『学校』のことで色々ある事を説明したら……」

 

『子供たちが集い学び……それだけでなく、望めば誰でも専門技術を学べる施設……素晴らしいですわ! 街で噂話程度で聞いてはいましたが、こうして直接詳しく聞いてみると、この上なく興味深く、理想的でもありますわ! その計画、(わたくし)にも協力させてくださいまし! これでも幼い頃から貴族として英才教育を受けた身でありますので、一般教養の勉強関連であれば(わたくし)がお手伝いも、もっと言えば教鞭を取ることも可能ですわよ! なので是非(ぜひ)是非(ぜひ)っ!!』

 

「……って、『学校(そっち)』のほうで熱烈にアタックを受けて、それでそのまま……」

 

『先生になるのであれば、『青の農村(こちら)』へ移り住むのもよいかもしれませんね! お父様がなかなか行かせてくれませんでしたが、「モンスターと共に暮らす村」、前から興味はあったんですの♪』

 

「……で、頻繁に村に来るようになった……ってこと?」

 

 話を聞き終えたロロナが、未だに少し疑い気味にマイスに聞き返した。

 それに対して、マイスは大きく頷いた。

 

「あはははっ……科目によっては、建物や道具以上に教える立場の人(教師)が不足気味だったから、こっちからしても願ったり叶ったりで……」

 

「それで、教育に熱意のあるその娘が来てくれたのが嬉しくってはしゃぎ気味で案内してた……って…………うん。経緯からして、どうしてそうなったのかよくわかんないよ……」

 

 そう言って苦笑いをするロロナ。

 

 ……だが、一番よくわからなくなったであろうは、娘を見合いに出した親だろう。婿を取ってくるわけでもなく、嫁に出るわけでもなく、娘が勝手に独り立ちをしだしたのだから困惑する他無い。

 

 そんな人がいることなど知らず、マイスは「まぁ……」と少しだけ話題を変えて、その貴族の娘について話しだした。

 

「なんでもその子、小さい頃から家で教育を受けているのが()()退屈で嫌で仕方なくって、その度に「(わたくし)一人でなく、共に学び、遊び、競い合う相手がいれば……」って思ってたらしくてさ。それで『学校』の計画にも乗り気になったみたいなんだ」

 

「まあ、それは……わからなくもないような?」

 

 『錬金術』をほとんど独学で学んできて、これまでに成功例は少ないものの『錬金術』を教えてきたロロナには、どこかしら少なからず思うところはあったようで、すぐにではないものの納得した様子で頷いた。

 

 

 

 話が一段落し、今一度『リラックスティー』でのどを潤したロロナは、再度マイスに確認をし始めた。

 

「まとめると……「お見合い相手」は「協力者(同志)」になって、「街に顔をださなかった」のは「学校のことで本当に忙しかったから」?」

 

「うん、そうなるね。特に後半のほうはお祭りのこともあって色々と予定の調整が難しくって……あっ、でもお祭りが終わったらちょっとは余裕ができるんだけどね? だがら、『錬金術』の授業とかの話は、それからトトリちゃんがこっちに来てから……ってことになるかな?」

 

「そのあたりは、前に確認した通りだね。その気になれば『トラベルゲート』で呼びにもお邪魔しにも行けなくもないし、それでいいと思うよ」

 

 ひっかかっていたことの真偽を確かめ、今後の事も確認し、これで一件落着……

 

 

 

 ……とはならなかった。

 

 ふと、何かを思い出したように、マイスが「そういえば……」と口を開いた。

 

 

「今日来た時「結婚しちゃダメ」って言ってたけど……アレって「結婚する」って噂のことじゃなかったのなら、結局なんだったの?」

 

「ふぇ? えっと、だからそれは『青の農村』に来てた「お見合い相手」のことで…………って、あれ?」

 

 ここで、ロロナもある事を思い出した。

 

 

 

 

 

 マイスの家(ここ)に来てから、『せーりゃく結婚』だとか『恋愛結婚』だとか言ったが、その時ロロナ自身、自分で何か違和感を感じた。

 

 というか、ロロナがマイスのところに急いできたのは結婚云々(うんぬん)ではなく、クーデリアに焚きつけられた際の「仕事に疲れて、みんなに会えなくて、凹んでて一人寂しくしてるかもよ(意訳)」という言葉を真に受けて心配になったからで……。

 しかし、もっと大元を言えば、今日クーデリアから聞いた「お見合い相手との結婚話は破談に終わった」、「忙しいのはただ単純に『学校』関連のことが沢山あり過ぎるから」という話が信じ切れず、本当かどうかという話で……。

 

 だがここでロロナは、初めて()()()に「はて?」と首をかしげた。

 

 

 (()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? )

 

 

 今日、クーデリアと話す前……昼間にエスティと会ったころには、マイスのことが心配でどうこう言っていたりはした。だが最初は、「お見合い相手」のことを知った時、その人と笑顔で歩いていたマイスを見た時は、ロロナ自身も理解できないようななんかモヤモヤした感じで……そこから少しして「お見合いなんて! その前にわたしに相談しろー!」て考え始めたわけで…………でも、この時点でもう()()()()

 ロロナは気づいた。その初期の時点で()()()()()()()()()()、「()()()()()()()()()()()()()()()()マイスを引き止めたい(非難したい)がための()()()()()()()

 

 そう、ロロナは()()した。

 

 

 そして、改めてロロナは考える。「なんで結婚してほしくない(そう)思ってるんだろう?」と。

 友達が、弟分が唯々(ただただ)心配だからか。もしくは、先を越されたくないからか。はたまた…………?

 

 

 思考の末、()()()()()()()()()()その答えにたどり着いたロロナは……

 

 

 

 

 

「えっ…………あ……あぅ~……!?」

 

 

 顔を耳まで真っ赤にし、頭からぷしゅーっと蒸気を出し、口をぱくぱくさせ、ぷるぷると体を震わせだした。

 

「えっ、ちょっ……ロロナ!? どうしたの!?」

 

 ロロナの急変っぷりに慌てるマイスだが、ロロナを心配して彼がイスから立ち上がりソファーに座っているロロナの方へと駆け寄ろうとし……結果、その行動がロロナの顔をなお赤く染め挙げてしまう。

 

「うぇぅ!?」

 

「熱? 風邪? でも、さっきまではそんな感じはしなかった気が……もしかして、何か急性の病気だったり!?」

 

「いやっ、これはっ、えっとーそのっ! う~……はっ!? そ、そうっ! ここに来る前に『サンライズ食堂(イクセくんのところ)』でお酒飲んでたからで……走ってきて休んだから、酔いがぶり返してきたっていうか!」

 

 マイスに今の状態を、そうなった感情を伝えるのは躊躇われたのか、言葉を濁そうとするロロナ。その途中で、いかにも今何かを「閃いた!」といった感じにハッとした顔をした後……言い訳にしてはあまりにもうそ臭いことを言って誤魔化そうとした。

 外で盗み聞きをしている面々も「それは流石に……」といった様子で聞いていたのだが……

 

 

「ええっ!? 走ってきてってことは、街から村までの夜道をアイテムも使わないで一人で走って来たの!? それもお酒を飲んでからって……!!」

 

 

 マイスは「酔いがぶり返す」云々の話ではなく、別のところにもの凄く驚いていた。……マイス自身も似たようなことがないわけでもなかったりするが、そういう時は基本、アクティブシード『ハスライダー』を使い自分の足は使わずにすいすい滑って帰るため、マイス曰く「酔っていてもいなくても関係無い」らしい。

 なお、ロロナは「アイテム? ……ああっ!!」とマイスの言葉を聞いてようやく『錬金術』で作った道具……主に『トラベルゲート』のことを思い出していた。

 

「そんなの、危ないよ! こんなに酔払っちゃうまで飲んだのに街の外に出るだなんて、ダメじゃないロロナ! いくらこのあたりには襲ってくるようなモンスターはそうそういないって言っても、夜道は暗くて危ないし、一人だったら何かあった時どうにもできなかったりするんだよ!?」

 

「ひゃい! ご、ごめんなさい……」

 

 珍しく怒気のこもった声を発するマイスに、ロロナは驚き委縮してしまう。それに、その雰囲気だけでなく言ってることも最もなことであるため、素直に謝るしかない。

 

 

「まったく……そんな状態で帰しても心配なだけだし、『トラベルゲート』も酔払ってたら上手く使えそうに無いし、もう遅いから、ロロナは今日はウチに泊まっていって。いい?」

 

「はい…………へ? お泊まり?」

 

「『離れ』はいつ誰が来ても良い様にしてるから、たぶん大丈夫だと思うけど……ちょっと待ってて、確認してくるから! あっ、酔払っちゃってるんだから、危ないし、勝手にどっかに行ったらダメだよ?」

 

 そう言ってマイスはそのまま外に出ていき『離れ』の方へと行ってしまった。

 そして、残されたロロナはと言えば……

 

「い……いきなりお泊まりって、そんな……! でも、この前にはトトリちゃんたちが泊まったって言ってたし、りおちゃんとかフィリーちゃんなんてしょっちゅうだって言うし……わたしがお泊まりしても何にもおかしくは無いよね……!? それに……ま、マイス君だからっ、マイス君だから、本当に心配してくれてるだけで別に他意は無いはず…………あれ?それはそれで、ちょっとモヤッてするっていうか、なんて言うか……う~! ど、どうしたらいいの~!?」

 

 独り言をブツブツ呟きながら、真っ赤になった顔を両手で隠してブンブン首を振って悶えていた……。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 いっぽう、『離れ』があるほうとは反対側……マイスの家の正面側の外では……

 

 

「あたしの予想通り、ロロナはああなちゃったわけだけど……マイスは悪い意味で予想を裏切らないわねぇ」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「リオネラと騎士のにいちゃんが固まっちまってるんだが……どうすんだ、これ?」

「……どうしようもないんじゃないかしら?」

 

 

「ああっ……どうしてこんなことに……!? それに、僕があの立場にいれば、あそこでロロナに言い寄って……!」

 

「そんなこと言って、昔っからいざという時に一歩引いちゃったり、「彼女のアトリエのために」ってカッコつけてロロナちゃんの前から去ったくせに会えないことを後で一人で後悔しちゃったりするへたれだからなぁ、トリスタン君ってー」

 

「まだまだどうなるかわからない状態ではあるようだから、そう悲観することは無い。……まぁその前に、君には少々話があるのだが……」

 

「え、ええっと、色々あり過ぎて頭がごちゃごちゃしてきてるけど……なんでお姉ちゃんとジオさんがここにいるんですかぁ!?」

 

 

 外も外で騒がしくなってきていた……。

 




 色々と詰め込みすぎた感が……それでも綺麗に消化しきれていないという……。

 ステルクさん、トリスタン、フィリーやリオネラ等々のキャラが、本編『ロロナルート』ではどうなっていくのか……その辺りや、これまでの裏側も今後触れて行くこととなる予定……ですが、書いていたら本筋から外れ過ぎてしまいそうなうえに本筋よりも長くなりそうで、折り合いの付け方を考えている今日この頃です。

 今更ながら、自分の頭で考えた事を文字に起こすことの難しさを痛感しています。……そもそも、これまでも上手く思った通りに表現できたことって、片手で数えるほどしか無いような気もしなくも無いような……?


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5年目:ジオ「クイズ大会」

 箸休め回。
 共通ルートでもここまで本編のストーリーとも関係無い話を書くのは久々な気がします。……まぁ、全く関係無いわけじゃないんですけども。


 きっと、おそらく、このタイミングであれば、どの個別ルートでもこのお話は影響をさほど受けたりしない……はず!
 そんなことを考えながら、書きました。



 

 『魔法』。それは、物語の中の空想の産物であった……が、『青の農村』の村長が中心となり、世間一般に知られるものとなった。

 

 『学校』。そんな魔法をはじめ、ありとあらゆる専門的なことを教えたり、基礎教育を行う場……なのだが、町にも無かったそれが『青の農村』にて設立されることとなる。

 

 『結婚』。愛し合う者同士が結ばれ生涯を共にするもの……なのだが、噂が噂を呼び話題の中心であるはずの村長も知らぬ間に、「結婚する」等の噂が広まって大騒ぎになったりもした。

 

 

 そんな、何かと話題に欠かない『青の農村』だが……忘れているのではないだろうか?

 この村を語るには欠かせないアレを……。

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村・集会所前『広場』***

 

 

 

『……というわけで、予選最終組の最終問題……「『カブ』は冬の作物である」の正解は……「〇」です!!』

 

 

ワアァー!!

 

 

 『拡声器』によって大きくなって発せられたマイス君()の声に、広場内に設けられた試合用の特設ステージを囲むようにして設けられた観客席にいる観客たちの声が湧き立つ。

 

 

『さて、予選最終組の中で最も正解数の多かった解答者は……ライアンさんです! おめでとうございます!』

 

「どうだ、見たか! この私の実力を!」

 

「素敵よ、アナター! この調子で頑張って~」

 

 「ライアンさん」と呼ばれた男性がガッツポーズをし、観客席からはそんな彼に向かって手を振り感性を上げるご婦人が……。

 フム……確か、あの二人はロロナ君の御両親だったかな?

 

『これで、この『()()()()()』本戦に進出する解答者が出そろいました。マークさん、トトリさん、クーデリアさん、ライアンさん、の四名です! 解答者の準備が済み次第、本戦を開始しますので、少々お待ちください!』

 

 

ワアァー!!

 

 

 これから始まる本戦への期待からか、再び湧き立つ会場。

 そう言ったマイス君()は『拡声器』を口元から離し、数歩下がって運営席へと戻った。おそらくは本戦であり決勝戦である次の試合の最終確認をしているのだろう。

 

 

 

 

 

 しかし、いやはやこれは……

 

「なーに、ニヤニヤしてるんですかー?」

 

「いやなに、この普段の様子とは似ても似つかない賑やかさ。流石は『青の農村』の三大名物の一つと言える「お祭り」だな……と思ってな」

 

 観客席の一角に座って、今日の祭りのメインイベント『クイズ大会』を観覧していたところ、隣に座っていたエスティくんがジトッとした目でこちらを見てきていた。

 まぁ、それは素直に答えて華麗にスルーする……はずだったのだが、どうやら今の回答だけでは満足できていないようで、納得していない…………ああ、いや、これは……ただ単純に機嫌が悪いだけか?

 

「どうしたんだ? せっかくの祭りなのだから、もっとこう……楽しんだらどうだ? そんな辛気臭い表情はこの場には似合わないぞ」

 

「そんなこと言われたって、せっかくの休みがお(もり)兼監視になったらこんな顔にもなりますよ……ハァ……」

 

「何? 休暇なのであれば、それこそ好きにすればいいではないか。遊ぶなり休むなり、自由にすれば――」

 

「じゃあ午後からの会議、私が引っ張って行かなくてもちゃんと出席してくれますか?」

 

 

 

「……善処しよう」

 

「ほらっ! ダメじゃないですか!?」

 

 ズビシッと勢い良く指を指しながら、私のことを非難してくるエスティ君。……まぁ、確かに、自分がすべきことをしようとせずに逃げて遊ぶ者が居れば非難もしたくもなろうが……今回は流石に違うと思うのだが?

 

「いやいやっ、あの会議は別に私がいる必要も無いだろう? いたところで座っておくしかすることは無いと思うのだが……第一、あのあたりの仕事は、今の私がする仕事ではないと思うんだが? 君にも心当たりはあるだろう?」

 

 私がそう聞き返すと、エスティ君は「うっ」と言葉を詰まらせた。やはり彼女自身も何か思うところはあったようだ。

 

「まあ、確かに……そもそも、他所との併合の調整や調査、併合した地域との交流が今の私達の仕事であって……今は()()()()で街に帰ってきてますけど、「いるから」ってわざわざ他のことの話をこっちにまで持ってこられちゃって困ってるんですよね……」

 

 「あの一件」というのは、いわずもがな「マイスが結婚する」という噂話から始まったあの一連の騒ぎだ。

 あのマイス君()が本当に結婚するとあれば、国としてはかなりの大事だったする。そうでなくとも、ただでさえ彼は周囲への影響力が強いため、ただの単なる噂話であってもただ黙って見過ごしておくわけにはいかなかったのだ。「今回は違っても、今後実際にもしもがあったら……」そんなことを今回の一件を機会に、準備をしておいたりする必要もあったわけだ。

 

 ……なのだが、どうやらエスティ君はそういった「国としての立場」というものだけでなく「個人的に」色々と気にかかっていたようで……

 おそらくは、今機嫌が悪いのも、私を監視しておかなければいけないから、というだけでなく、マイス君()の結婚話という彼女が若干過敏気味な「結婚」に関わる話だったから元々ストレスが溜まっていたのもあるのだろう。

 

 まあ、そんなエスティ君(彼女)を責めるつもりは無い。「結婚」に過剰な反応を示すのは流石にアレだが、同じくマイス君()に振り回されている身としては、頷けるところは少なからずあったりするのだ。

 それに……私だって休みたいのだ。

 

 

「だろう? 私だって全く協力しないとは言ってない。ただ、なんでもかんでもやらせようとするのは間違っているのではないか?……という話だ。それに、これだって十分立派な仕事だと思うぞ? あの一件の中心人物であるマイス君()と、彼の住む村の様子の観察は」

 

「そう言う割には、抽選で当たって出場出来ることに喜んだり、クーデリアちゃんに負けて本気で(くや)しがってましたよね?」

 

「それは、彼女に負けたからと言うか、ただ単純にクイズに不正解してしまったのが、思いの(ほか)悔しかったからなのだがな……」

 

 第一、この『クイズ大会』、参加できるのが受付をして「控え札」を貰った後、催し物開催前にクジ引きで呼ばれた番号の「控え札」を持った人……十六名だけというかなり倍率の高いものなのだ。

 イベントの開催時間を考えれば仕方のないことだが……故に、参加者……解答者として選ばれたら嬉しくもなるものだ。

 

 そして、私があのクーデリア君に負けたというのは……まあ事実だ。剣の腕とかであれば負ける気は無いが、今回は仕方ない……悔しさはあるがね。

 この『クイズ大会』……十六名を四グループに分け、そのグループごとに一位を決めて、各グループの一位がこれから始まる本戦で争うこととなるのだが……その内容は、この祭りの名前の通り……

 

 

 

『えーっと……準備が完了したみたいなので、本戦を開始したいと思います! さぁ、解答者の四名が入場します。皆さん大きな拍手でお迎えください!』

 

 マイス君()の言葉に、会場には拍手と歓声が飛び交い……特設ステージにはその解答者4名が順々に出てきた。

 

「はぁ……入賞賞品が魅力的だったから出たけど、やっぱり僕にはこういう賑やかなのは合わないな……。まあ、今更棄権したりする気はないんだけど」

 

「あはははっ……でも、マークさんはメガネのせいか凄くさまになってますよ? それに比べてわたしは……なんとなくで選んでただけなんだけどなぁ?」

 

「まっ、勝負なんて時の運だったりするし、そんなに気にするもんじゃないわよ…………そう、だからジオ様を負かしてしまったのも仕方ないことなのよ、うん……」

 

「はっはっはー! そんなに落ち込まないで、過去は気にせず、これからの勝負に目を向けるべきじゃないかい?……それはそうと、ロロナもどこかで見てたりしないかな?」

 

 一名を除いた三名は、それぞれなんともやる気があるのか無いのかわからない感じがするが……大丈夫なのだろうか? 特にその内の一人はどうやら私が関係しているようで、何とも申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 そんな中、マイス君()による本戦の説明が始まった……。

 

 

『さて、『クイズ大会』の本戦ですが……ルールは予選と同じです! 僕が問題を出し、その答えを「(マル)」「×(バツ)」で解答……解答方法は問題を出してから制限時間内にステージ上に、それぞれ四角い白線の枠で囲まれた〇か×の場所に移動してください! ……あっ、視覚的に何を選択したのかわかりやすくするためだから、白線から他の解答者を押し出したりしたらダメですよ! 絶対、ダメですよ! いいですね?』

 

コレハ、「フリ」カ?

「フリ」ダナ

オスナヨ! ゼッタイオスナヨッ!

 

 ……何やら、会場の一部が騒がしい気がするが……? 

 まあ、大勢の観客の前で他の人を押し出せるような、図太い神経の持ち主はそうそういないと思うが……。

 

『問題は計四問。最終的に正解回数が多かった解答者が優勝となります! 同点だった場合、その人たちだけで問題を追加していき決着をつけます。……あっ、この本戦では予選とは違い、問題はこの箱の中に入っている「村の住民みんなで考えた高難易度問題」をランダムに引いていきます。……あれ? コオル? 僕は聞いてないんだけど?』

 

 台本を読んでいるマイス君()が振り返り、運営陣にいる赤毛の青年に問いかけている。視線を向けられた青年は、肩をすくめて首を振ってからマイス君が持っているのとは別の『拡声器』を手に取り、声をあげた。

 

『いやだってさ、村長が用意してた「超難易度問題」、大半がマニアックな農業関係で面白みに欠けてたぜ? だから、『学校』のことで村長が色々やってる時に、連中を集めて別の問題を作ったんだ。一応はオレのほうで監修はしてある。色々とギリギリの奴もあるが……確率も低いし、面白おかしくなると思うぜ?』

 

『うーん……まぁ、僕が知らない内に色々あってたりするのはいつものことだし、別にいっか』

 

 私が言うのもなんだが、村の長がそれでいいのだろうか?

 

 

 今回の祭りだけにとどまらず、いろんな意味で心配な発言があったが……当の本人たちはもちろん、解答者の四名もそこまで気にしてない様子で……どうやらこのまま始まるようだ。

 

 

 

 

 

『それでは……始めます!』

 

 そう言って、マイス君()は丸い穴の開いた箱に手を突っ込み……その中から、半分に折られた一枚のカードを取り出した。

 

 

 

 

『第一問! 『青の農村』に一番多いモンスターの種族は「ぷにぷに系」である。「〇」か「×」か!』

 

 無作為抽出による出題だったが、それは如何にも『青の農村』らしい問題で、一問目にはちょうど良いであろう問題だった。

 

 ロロナ君の弟子のトトリ君と眼鏡の青年・異能の天才科学者マーク・マクブラインことマーク君が「〇」に、残りの二人が「×」に移動し、解答は半々に分かれた。

 さて、果たしてその正解は…………?

 

 

 

『正解は…………「×」です! 実際に一番多いのは「狼系」で、初めて僕の家で暮らすようになったのも「狼系」の『ウォルフ』の子だったりします。それが、影響があったりするのかなぁ?』

 

「ええ~……よく見るし、一番弱い子たちだから、『青の農村』に多い気がしたんだけどなぁ……?」

 

 外してしまったトトリ君が肩を落とす…………が、まだ一問目であることを思い出したのだろう。気持ちを切り替えるためか、首をブンブンと振ってから「よしっ!」と胸の前で両手で握り拳を作って、やる気を出している様子だが……さて、巻き返せるものかな?

 

 

 

 

『続いて、第二問! 12年ほど前に街で開催された『王国祭』、そのメインイベントの『武闘大会』で優勝したのは……ロロナことロロライナ・フリクセルさんですが……では、優勝した時に授与された称号は「剛腕(ごうわん)怪力(かいりき)(むすめ)」である。「〇」か「×」か!』

 

 マイス君()がその問題を読み上げている途中、観客席の何処かから「うぇぅ!? ちょ……!!」と驚き焦っているような声が聞こえたような気がしたのだが……おそらくは気のせいなどではなく、ロロナ君(彼女)の声だったのだろう。

 なお、ステージ上では彼女の弟子のトトリ君が「えっ? 先生が優勝!?」と初耳だったようで少々驚いていた。

 

 そんな中、解答は……マーク君以外全員が「×」に移動する結果となった。

 当時、私もその場にいたのだが、色々とショックがあってよく憶えていないのだが……はたして?

 

 

 

『正解は…………「×」! 正しくは「鉄腕(てつわん)怪力(かいりき)(むすめ)」でしたー。……でもあの『武闘大会』のロロナって、爆弾ばっかり使ってて別に鉄腕でも、怪力でも無かったんだけど……なんであんな称号になったんだろう?』

 

「この私が、ロロナのことで不正解になるわけがないだろう! 娘のことくらい、知ってて当然だからなっ!」

 

 ロロナ君の父親のライアンと言う男性がしたり顔で笑っている……さて、そんな父親を見て彼女はどう思っているのやら……。

 ついでに言うと、私の隣には「ああいうのはノリが一番なのよー……たぶん」と呟くエスティ君が。おそらくなんとなく思い付きで作った称号なのだろう。

 

 

 

 

『第三問! はっ? あ……えっと、『青の農村』のマスコットキャラはマイス村長そのひとである。「〇」か「×」か……え、ええ……そんなの問題にする?』

 

 困惑しながらも最後まで読み上げる彼は、立派だろう…………顔が赤くなっているのは気のせいでは無いはずだ。

 ……それにしても、この問題を考えたのは『青の農村(この村)』の村民なのであれば……それはまあ、困惑もするだろう。

 

 そんなマイス君はともかくとして、解答はクーデリア君が「〇」、その他は「×」を選んだようで……正解は……?

 

 

 

『正解は…………「〇」!? え、嘘……いやまあ、可愛いモノ扱いされてる気は昔からしてたけど、ここまでとはさすがに……えっ、アンケートまでして確定済み? いやなんでそこまでしてるの!? 次点は金色のあの子(モコちゃん)? え、ええっ……それってつまり……』

 

「はぁ、能天気に見えて、彼も彼なりに苦労をしていそうだね……まあ、随分と妙な苦労ではあるけどねぇ」

 

 困惑し続けた最後には頭を抱えだしたマイス君()を見て、何を思ったのか同情するような目で見るマーク君。まあ、その反応は仕方ない気もするが……。

 

 

 

 

『っ……ふう! えっと…………気を取り直して、最終問題です!』

 

 自分の顔を両手でパンッと叩いたマイス君が、気持ちを切り替えた様子で箱の中から最終問題となる問題の書かれたカードを一枚取り出し……

 

『…………』

 

 見た瞬間、破り捨てた…………なにぃ!?

 

『コオル? ちゃんとチェックしたのコレ? ギリギリも何も、面白くもならないような、アウトなヤツ入ってたよ? これは人の心を(えぐ)っちゃう……書いた人は後でお話があるから、ね?』

 

エッ、アウトッテドンナ……オ、オコッテル!?

ガクブル……アレ?デモカワイイ?

オコッテルソンチョウサン、イイッ……

 

 珍しく怒っているマイス君()に、会場の人たちは全員驚きを隠せない様子なのだが……

 しかし、さっきの第三問ですらOKだった彼がここまでする問題とは、一体なんだったんだろうか? 不謹慎かもしれないが、気になってしまうな……。

 

 

『はいはいっ! 今度こそはまともな問題を! っと……最終問題! 『トマト』、『ホウレンソウ』、『キュウリ』、仲間外れは『トマト』である。「〇」か「×」か!』

 

 最後の最後に作物の問題ときた。確かに『青の農村』の人間が考えそうな問題の代表格と言えるかもしれない。

 解答は、マーク君とライアンと言う男性が「〇」、トトリ君とクーデリア君が「×」を選び……

 

 

 

『正解は…………「×」! 仲間外れは『ホウレンソウ』。『トマト』と『キュウリ』が夏の作物で連作できるのに対し、『ホウレンソウ』は秋の作物で一回収穫したらそれで終わりなんだよね』

 

「まあ、実際に作ったことがなくても、市場に出回っている様子とかちょっと思い出せばわかる問題よね」

 

「えっ!? わたし、『ホウレンソウ』だけ苦いって思ってたんですけど……」

 

 ……どうやら、トトリ君のほうは正解は正解でも、理由までは合っていなかったようだ。予選もなんとなくで選んでいたそうだし、たまたま運が良かったタイプだったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで『クイズ大会』本戦の前問題を終えたわけだが、その結果は……。

 

『最終的に一番正解数が多かったのは…………クーデリアさんです!』

 

「まっ、このくらいの問題なら、難なくやれるってことよ……少し大人気なかったかしら?」

 

『クーデリアさんには、豪華優勝賞品と……えっ? 「天才○×(マルバツ)女王」の称号を……?』

 

「ちょっと!? いらないわよ、そんな絶妙にダサい称号は!!」

 

 台本呼みながら首をかしげるマイス君とそんな彼にツッコミを入れるクーデリア君。

 そんな二人の様子で最後にひと笑いが起き…………『クイズ大会』の幕は下りた。

 

 

 そして……

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「ふむ……一番盛り上がったところで動いたのだが……」

 

「それくらいで見失うわけないじゃないですか! ほら、会議に行きますよ」

 

 

 ……私は会議からは逃げられそうになかった……ハァー……。

 




 原作『ルーンファクトリー3』には無いお祭り『クイズ大会』でした! 白線から押し出し、水に落すイベントですね、わかります。

 このお話自体は、『トトリのアトリエ編』を書くことを決めた時点でもう色々と考えていたんですが……いいタイミングが無く今の今まで書けてなかったんですよね……。



 そして、マイス君が破って捨てた問題は……
『問題:『冒険者ギルド』の受付嬢・クーデリア・フォン・フォイエルバッハの身長は140cmである』

 他にもボツになった問題もあったりしますが……案外、「わかりそうで、わからないライン」って難しいものだということを痛感しました。


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ロロナ【*6*】

 もう何度目かになる、連絡無しのお休み。大変申し訳ありませんでした。
 やはり、根本的な書く時間の確保の問題もあるのですが……今回はちょっと色々とありました。


仕事忙しい!? 書く時間無い!?

時間が出来た! 手元に『RF3』と『RF4』が! やるっきゃない!

全データ結婚して子供ができたデータで埋めたぞ! イチャイチャを書く意欲も湧いたぞ! 各キャラのイチャイチャの方向性も固まったぞ!!

……あれ? 何で自分、こんな胸が痛むことを書かないといけないの? なんでハイライトが仕事しないような人が出てきてしまうの?(今ココ!


 ……と、ここ最近の作者でした。
 周回したことがある? 全ヒロインの結婚生活を体験したこともある? それでも新品を前にすると無性にやりたくなってしまう農夫としての(さが)

 そして、ルーンファクトリーをプレイした後に今作を見て感じる「あれ?」感。まぁ、ルーンファクトリーのほうが修羅場とかが全くと言っていいほど無い、その辺りがあっさりした優しい世界なのが大きいとは思うのですが……。
 でも、『IF』のほうのルートはともかくとしても、本編に採用された『ロロナルート』はどうしてもそのあたりを消化せざるを得ないので、仕方のないことなのですが、それでも何と言うか、話を考えた作者本人のくせに胸が痛んでしまい、執筆スピードも過去最悪に。「このキャラたちを悲しませたかったのだろうか?」と一人で勝手にこことを痛めてます。

 ……この後に待っているであろう、イチャイチャを心の糧にし、頑張って執筆していきます。


 そして、今回のお話である【*6*】ですが、簡単に言うと「周囲の反応・様子」といったところでしょうか? そのため、少々これまでとは書き方が異なっております。



【*6*】

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

『その1:トトリ「変な先生」』

 

 

 

 

***青の農村・マイスの家***

 

 

 変だ。

 

 わたしが感じた事を言い表すとすれば、たったそれだけになると思う。

 でも、「何が?」って聞かれたら、ちょっと説明が必要になるかもしれないけど……それでも、それでもやっぱり「変」の一言が一番ピッタリ合っているんじゃないかな?

 

 それが何の話かって言うと……

 

 

 

「それじゃあ、「調合」だけじゃなくって「採取」を焦点に当てた授業も(おこな)っていくってことでいいんだよね?」

 

「はいっ、それがいいと思いますよ。いくら『青の農村』内で手に入る素材は多いって言っても、限度がありますし…………って、あ……」

 

「…………」

 

 これまでにこうして集まっての作業でほとんど完成したと言っていい教科書。それが置かれたテーブルを囲んでわたしと先生、あとマイスさんで『錬金術』の授業の事について会議をしていた。……けど、その途中、先生がぽけーっとしている時がこうしてよくある。

 

 窓の外から見えてる空に浮いている雲を見てる……とか、そういうわけじゃなさそうなんだけど……? だって、今回なんか、ロロナ先生の顔はテーブルを挟んだ反対側にいる()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだもん。……マイスさんを見てるのに、マイスさんが言ってることに気付かないっていうのも、変な話だけど。

 

 

 そして……「こうしてよくある」って言ったように、これは今日が初めてじゃないし、何回もあってる。

 『塔の悪魔』を倒してから少しの間、わたしは『アランヤ村』のほうでゆっくりしてた。で、ちょっと前からまた『アーランドの街』やそのそばの『青の農村(ここ)』なんかに(かよ)って『学校』の『錬金術』関連の事をまた手伝ったりするようになったんだけど……その、こうしてまた来るようになった頃から、ロロナ先生の様子がちょっと変になってた。

 

 

 つまりは、『塔の悪魔』を倒した後……わたしが『アランヤ村』にいる間に先生に何かあったんだと思うんだけど……全く見当もつかないんだよなぁー?

 

 

 そんなことを考えているうちに……って言っても、時間にしてほんの数秒だったとおもうんだけど……わたしだけじゃなくマイスさんもロロナ先生の異常に気がついたみたいで「あっ、()()()ぁ」とちょっとだけ困ったように笑いながら肩をすくめてた。

 そして……

 

「ローローナー?」

 

「ん? ……んー…………あ、えっ……うぇぇえっ!?」

 

 イスから立ち上がって、先生に近づいて行き……先生の目の前で軽く手を振りながら名前を呼ぶマイスさん。

 ロロナ先生は、その手と声でようやく動いて……マイスさんの顔を見てビクッと跳び上がりながら変な声を出す。

 

 なんでかはよくわからないけどワタワタともの凄く慌てるロロナ先生と、その様子を見て苦笑いをするマイスさん。

 ……これも実はよく見る光景になってたりする。先生が動かなくなった時、その場にマイスさんがいたらまずこうなるんだから、ある意味当然かも? それに、先生がこうなるのってマイスさんの家に来てる時が大半だし……。

 

 

 

 そんな光景を見てわたしは「変」って思うわけだけど……おそらくは「アーランド一のお人好し」であるマイスさんは、(そんな考え)よりもっと別のことが真っ先に来るみたいで……

 

「ロロナ、最近なんだか元気がないみたいだけど……大丈夫? 体調が悪いとか、どこか痛いとか、熱っぽいとか……何かお薬とか必要なら用意するし、看病だって!」

 

「か看病!? それはそれで……じゃなくて!? えええ、ええっとー……調子が悪いってわけじゃないけど、何というか……と、とにかくっ! 大丈夫だから! 本当に大丈夫だから!!」

 

「うーん……ならいいんだけど? 本当に何かあるんなら、遠慮しないですぐに言ってね?」

 

 赤くなってる先生の顔を覗きこんだりしながら心配するまいすさんと、手と首をブンブン振ったりして言葉だけじゃなく身振り手振りで「大丈夫!」ってことを必死に伝えようとするロロナ先生。

 まあ、そこまで必死に否定されればさすがのマイスさんも「そう?」と一応手は引くんだけど……最後の最後まで、何も言ってなくてもその表情だけで「ホントのホントに大丈夫?」と心配してるのが丸わかりだ。

 

 

 そして、これまでの傾向から考えると、次にマイスさんはきっとおやつと飲み物を用意してくる……と思う。たぶん。

 そうわたしが予想した通り、マイスさんは動き出した。

 

「それじゃあせっかくだし……って言うのはおかしいかもしれないけど、今から休憩にしよっか? 『ドーナツ』作ってくるから、適当にのんびり待ってて!」

 

 そう言うとマイスさんは、わたしや先生が何か言ったりするよりも早くスタコラサッサと『キッチン』のほうへと行ってしまう。

 ……となると、この場に残されるのはわたしと先生なんだけど……

 

「………………」

 

 またぽけーっとして、マイスさんが消えた『キッチン』のほうをじーっと見ているみたいで……とにかく、変っていうかおかしいっていうか……。

 

「…………はぁ」

 

「うわぁ」

 

 落ち込んでるって感じじゃなくて、物憂げって言うか影というか深見っていうか……がある感じの……、先生らしくない子供っぽくない大人しめのため息をついていた。

 それがあまりにも似合わなくて、ついつい「うげっ」ってなっちゃって変な声が漏れ出てしまった。

 

 

 

 先生、本当にどうしちゃったんだろう?

 やっぱり、わたしがこっちにいないうちに何かあったんだろうけど、いったい何が……?

 

 あっ、それとも、もしかして、ただ単に頭ぶつけちゃったとか、変なもの食べちゃったとかなのかな?

 

 

 あと……

 

「…………」

 

 窓の外にチラチラ見えるあの黒いのって、もしかしなくてもステルクさん……だよね? なんであんなところに……?

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

『その2:メリオダス「今、欲しい物」』

 

 

 

***オルコック家邸宅の一室***

 

 

 

 コツ コツ コツ コツ…… コツ コツ コツ コツ……

 

 

 

 室内に一定のリズムで鳴り響く音。

 それは靴が床を叩く音……室内を特にあてがある訳でも無く、だがジッとしていられずに自宅の書斎の(はじ)から端を行ったり来たりしている……他でもない()()の足音だ。

 

「うむぅ……」

 

 こうして頭を悩ませる時というのは、以前は王宮の大臣用の執務室でということが多かったが、大臣職から身を引いた今では書斎で……いやっ、今はそんなどうでもいいことを考えている場合ではない!!

 

 

 

 わしが頭を悩ませることとなっている原因は、他でもないあのトリスタン(バカ息子)だ。

 

 

 昔から何かとありはしたが、奴に後任の大臣を任せてからもうすでに十年近い月日が経とうとしている。

 勤務当初から口だけは達者だったがどこか物の見方に(かたよ)りがあるように思えたが、まだ精神的な幼さが残っている程度に思っていた。事実、それは時間が経つにつれ大体解消されていった。

 

 しかし、トリスタン(バカ息子)の仕事が向上したのは途中まで。いつからか悪くなっていったのだ。

 いや、「いつからか」という表現はいささか不適切かもしれんな。あのトリスタン(バカ息子)の勤務態度が悪くなったのは大きく()()()()()()()()があったように思える。

 

 一度目は、今から6,7年ほど前だっただろうか? 目に見えてやる気を無くし、本当に最低限の最低限という程度の仕事をやる程度になってしまった。

 二度目は、今から3,4年ほど前……のはずだ。これまでのやる気の無さは()()()解消され……その代わり、頻繁に仕事から抜け出すようになったのだ。これには王国時代の他所から帰って来たばかりの生意気さがあふれかえっていたころのトリスタン(バカ息子)が戻って来た感覚を覚えたものだ。

 

 

 しかし、まあ、そんなトリスタン(バカ息子)が最近また仕事を頑張りだしている……と思った矢先に大事が起き……その後の出来事が、あろうことかそのトリスタン(バカ息子)が引き起こしたものだと知ることとなった。

 それが、今、わしの頭を悩ませていることの大元の原因だ。

 

 肝心の国のことは周りに任せっきりで、外での仕事(活動)にいそしんでいる……ということになっているが、ほんの最低限の報告以外ロクに情報や連絡を寄越さない元国王兼現国長、ルードヴィック・ジオバンニ・アーランド。

 昔からわしの頭を悩ませている一番の人物なのだが……その元国王がついこの前家に来て話したのは、トリスタン(バカ息子)が、世間一般に言われる「マイスの結婚騒動」に乗じる形で「国」の名を(かた)ってマイス()の元に見合い話を持っていったという話……つまりは、あのトリスタン(バカ息子)がまたやらかしたというわけだ。ただし、今度はある意味盛大に、だ。

 

 

 そもそも、元国王が国に戻ってきたのも、その「マイスの結婚騒動」によるもので…………いやっ、そこの話はもういい。もうマイス()自身の口から結婚の話は真っ赤なウソだということは聞いているし、噂も完璧に消えたわけではないが大分下火にはなってきている。

 

 も! ん! だ! い! は! 問題は!! トリスタン(バカ息子)マイス()に見合い相手を勝手に仕向けた()()だ!!

 

 

 

 結婚はウソってことになってるけど、本当にウソなのか?→マイス()とそういう仲になりそうな相手って?→もしかして……ロロナ(錬金術士)!?→いやいや、まさか……でも、二人の距離って妙に近いなぁ→……とりあえず邪魔をして、その間に何としてもコッチが距離を縮めよう!

 

 

 

「馬鹿か、アイツは! ウソだと知っておきながら、その対応! 焦ったからといってそんな姑息な手段を取るとは!! 彼の迷惑になる可能性を考えんかったのか!?」

 

 もちろん、話はトリスタン(バカ息子)本人からではなく、元国王から又聞きのような感じで聞いたものであるうえに推測も混ざっているかもしれないため、全てが正しいとは限らないだろう。

 だがしかし、もはや、「馬鹿」以外の言葉が思いつかない……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 というのも、彼が進めている『学校』の設立、それにトリスタン(バカ息子)が差し向けた見合い相手()()()人物が協力することとなり、結果的にではあるが、マイス()が抱えていた悩みの一つを少なからず解決することとなったのだ。……トリスタン(アイツ)自身、そうしようと思っていなかったことだろうが、それでもマイス()の助けになった事には変わりない。

 

 

 そして、もう一つ。わしを大いに悩ませることが……!

 それは、元国王から去り際に付け足されるように聞かされた一言………。

 

 

 『ああ、そうそう。少々面倒……と言っては悪いかもしれないが、そのお前の息子の想い人の錬金術士だが、どうやら『青の農村』の村長に気があるようでな……肝心のマイス()のほうは不明なのだがな』

 

 つまりは「トリスタン→ロロナ→マイス」の「三角関係」ということらしい…………。

 

 ……息子があの錬金術士に好意を持っていたということは……言われるまで、知りもしなかった。でなければ、未だに結婚しないトリスタン(アイツ)に見合いの場をセッティングしたりはしない。だが、よくよく考えてみれば「何故今の今まで気付かなかったのか?」と思ってしまうほど、トリスタン(アイツ)の行動にはあの錬金術士が関わっていた。

 

 アトリエを閉鎖させるための工作をしていたころも、思い出してみればトリスタン(アイツ)がまともに工作をしていることは無かった。

 そして、トリスタン(バカ息子)の勤務態度が悪くなった()()()()()()()()。一度目は「錬金術士が街を出て旅をし始めたころ」やる気をなくした。二度目は「錬金術士が街に帰って来たころ」仕事から抜け出すようになった。

 

「…………むしろ、何故今まで気付かなかったんだ!? これでもかというくらい、察せそうなタイミングはあったじゃないか!!」

 

 我ながら、鈍感すぎるというか何というか……この察せなさには、脳裏に一瞬だけ、息子が飛び出して行った時の仕事ばかりに目をやっていて家庭を疎かにしていたころの記憶がよぎってしまった。……あの時とは色々と状況や事情は違うというのに、な。

 

 

「というか、わしはどうすればいいんだ!? トリスタン(アイツ)にはいい加減身を固めてほしいとは思っているが、だからと言ってマイス()に少なからず迷惑をかけたことがどうでもいいというわけではない。それにマイス()にも幸せな家庭を築いて欲しいと思っている。しかし、やはりそこは息子の恋を応援したいという気持ちが出てくるのだが……何故、よりにもよってその間に入るのが、あの錬金術士とは……悪い、と言うわけではないのだが、何と言うか気不味さが…………ああーっ! どうすればー!!」

 

 あてもなく書斎の中をウロウロしてしまっていた脚を止め、頭を抱える。しかし、答えなど出るはずも無く……唯々(ただただ)、頭と胃が痛くなってきた。

 

 

 胃薬……は、今、ちょうど手元に無い。

 こういう時は様子見がてらにマイス()に厄介になることが多いのだが……今、どういう顔をして会いに行けばいいのやら……。

 …………あと……ここ最近、生え際の後退が激しくなってきた気が……加齢のせい、だけではない気がするのだが……

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

『その3:????「助けて……」』

 

 

 

***アーランドの街・広場***

 

 

 

 

 

 『アーランドの街』の中心部にある広場。

 人々が行き交い、子供がはしゃぎ遊び、婦人(マダム)たちが世間話に花を咲かせる……そんな活気のある場所、のはずなのだけど、その一角が周囲に比べて妙に淀んでいた。

 

 

「「……はぁ」」

 

 

 偶然にも揃ってため息をついたのは、ベンチの両端に座っている二人。

 

 一人は、旅の大道芸人の人形師・リオネラちゃん。旅の大道芸人って言っても、ここ最近はほとんど街と『青の農村』を中心に活動しているから、「旅の」って感じはしないかもしれない。

 もう一人は、この『アーランド共和国』の大臣を務めているタントリスさん。一応はそこそこ偉い立場なはずなんだけど、仕事をほったらかしにすることも多々あるらしい。……今日は、仕事をちゃんとやってきたのかな……今の時間からして、やってない気がするけど……?

 

 そんな二人が、揃いも揃って落ちこんでるっていうか、凄く暗い。リオネラちゃんなんて、ホロホロくんとアラーニャちゃん(ふたり)を抱き抱えた状態で、ドヨンとした暗いオーラが見えるのに口元はうっすらと笑ってて……最初にその顔を見た時は、背筋がゾッとした。

 

 

 そんな二人が何をしているかと言えば……

 

「……こんなところにいないで、彼のところに行ったらどうなんだい?」

 

「それはー、その、マイスくんは、今は『学校』のことで忙しいから……『魔法』のことなら私も手伝えるけど、それは昨日で、今日は違うし……」

 

 目を合わせたりすることも無く……というか、その目が光が無いというか薄いんだけど……ただただ、二人(そろ)ってベンチに座って脱力していた。

 

 そこまで言ったリオネラちゃんに変わって、今度は抱き抱えられているホロホロくんが喋りだした。

 

「そういうオメーは何してんだよ? ロロナ(あの嬢ちゃん)んところに行って、いつもの歯の浮きそーなセリフでも吐いてきたらどうなんだ?」

 

「ロロナは今、弟子のトトリ(あの子)と一緒に(マイス)の家に行ってるよ。さっき言ってた『学校』のことなんじゃないかな? ……正直、暑い眼差しをマイス(アイツ)に向けてるロロナを目の前で見たら冷静でいられる自身がなくてね。だから、今会いに行くのは遠慮してるんだ」

 

「まぁ、簡潔に言うとヘタレちゃったのね」

 

 ぐはっ!?

 

 タントリスさんの言い訳じみた語りに、アラーニャちゃんがビシッと言い切った。……それでダメージを受けてるのが、タントリスさんだけじゃなくてリオネラちゃんも、っていうのが何とも言えない。……ついでに私も……。

 

 

「「はぁ……」」

 

 再び揃ってため息を吐いた二人は、また

 

「色々と扱いやすそうだからって『貴族』のところに発破かけたわけだけど……よくよく考えてみたら、キミみたいな娘にやってもらったほうが良かった気がするよ」

 

「そんなことない、と思います。長年一緒にいたけど、マイス君、私をそういう目で見てそうに無かったから……」

 

「まぁ、じゃなきゃ、キミがマイス(アイツ)の家に泊まってたっていう時期に、アイツが手を出してそのままゴールイン……いや、なんでそうならなかったのさ?」

 

「な、なんでかなぁ……あはははっ……はぁー……」

 

 力無く笑ったかと思えば、ひときわ大きくため息を吐くリオネラちゃん。

 そんなリオネラちゃんに、やっぱり目を向けることも無くトリスタンさんは言葉をかけた……。

 

「……キミも随分と変わったよね? 昔は僕の顔を見るだけでも逃げ出しそうだったのにさ」

 

「それは、あなたを怖がる理由が無くなったから……。もう逃げなくてもいい世界に、マイスくんが変えてくれたから……マイス、くんが……。だから、もう私はこれ以上は……(ぐすっ)

 

「ああ……確かにあの『魔法』でそういうチカラに対する意識は大きく変わったからね。それにしても、「変えた」かぁ……そういう意味では僕も少なからず……いやっ、でもそのあたりはロロナの存在が大きいかな? ……はぁー……もうちょっと頑張ってみてそれでもロロナが彼と結ばれたら……仕事もやる気でないし、昔みたいにちょっと旅に出てみようかなぁ?」

 

 

 感極まったのかすんすん泣きはじめてしまうリオネラちゃんに、ポケーっと空を見上げて役職をほっぽりだそうと考え始めているトリスタンさん。二人とも目が……。

 

 

 

 

 と・い・う・か!!

 

 私も色々吐き出したい気持ちとか、愚痴とかいっぱいあるんですけど~!?

 でも、そばに居る二人がちょっと私よりもいろんな意味で重いっていうか、そこに割って入って何か言うほどの覚悟が無いっていうか……

 

 

 私、フィリー・エアハルトは、たまたま居合わせてしまったがために、ベンチの両端に座っているリオネラちゃんとトリスタンさんに挟まれる形で、冷や汗を流しつつ背筋を伸ばして黙って座ってます……。

 とっ、とにかく! 誰かこの重苦しい空気から助けてください~!?

 




 なお、『その3:????「助けて……」』は3回ほど書き直してこの短いものになった模様。
 プロトタイプの二つは「重い」、「ドロドロ」、「後味悪い」のどうしようもないものでした。

 ……正直なところ、これまでの『ロロナのアトリエ編』や『ロロナのアトリエ・番外編』などでもそうだったように、その過去のせいでリオネラがかわいそうなことになってしまうという問題が。リオネラにスポットライトを少しでも当てると、その辺りがどうしても浮き彫りになってしまい、加減が難しい所です。
 マイスくんとの相性自体は悪くないですし、個人的にも『ロロアト』にしか出てこなかったことを悔むくらい好きなキャラなので、『リオネラルート』ではこれでもかってほど幸せになって欲しいです。というか、もう絶対します。


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5年目:マイス「…………。」

 ただでさえ色々と余裕がないのに、リアルでもコッチでも「ああしたい」、「こうしたい」、「ここでこうするならこっちは……」と自分で勝手に仕事を増やして、自分で自分の首を絞める計画性の無い人間……私です。


 

 

***青の農村・マイスの家***

 

 

 

 家のコンテナや倉庫の中に保管されている様々な素材を種類ごとにまとめて作ったリストの書類束に目を通しながら、僕はつい「うーん……」と(うな)ってしまう。

 

 もちろん全体に目を通すわけだけど、特に注意深く見るのは『木材』、『鉱石類』に属する素材たち。

 何故かと言えば……

 

「『学校』施設の建設材料だから、気にかけとかないといけないからね……」

 

 そう。建物そのものにしろ、中の設備……机や椅子といった基礎的なものから、錬金釜や()といったものまで……必要なものは山ほどあるのだ。それも、一個人(いちこじん)が使うためではなく、『学校』という集団で活動する場で使うもののため、文字通り規模が違う。

 なので、そのための素材の管理は大切。大切、なんだけど……ちょっとした問題にぶつかってしまった。

 

 

「うーん……? 思ったよりも()()()()()なぁ?」

 

 

 そう。素材が想定していたよりも消費されていないのだ。

 予定よりも建設や設備の作製が遅れている……そんなわけでもない。むしろ、全体的に見て、予定よりも早く進んでいるくらいだ。だから、むしろ減りが大きくなって然るべきなんだけど……

 

 素材が減っていない。なのに、建築の進捗状況自体は問題無く進んでいる。それって少しおかしな話だけど……じゃあ「欠陥建築」だとかそう言う話なのかと言えば……それも違うと思う。

 というのも、なんとなくだけど、原因はわかる気がしているのだ。

 

()()()()()()()()……っていうか、おかげだよね?」

 

 トトリちゃんのお手伝いのためにロロナが作った『ほむちゃんホイホイ』という装置から生み出されるホムンクルス、通称「ちむちゃんず」。長女のちむちゃんから始まり、紆余曲折あって最終的に男の子4人、女の子5人の計9人となったちむちゃんずは、今現在『トトリのアトリエ』と『ロロナのアトリエ』のそれぞれのアトリエに配属され活動している。

 

 『ロロナのアトリエ』のほうにいるちむちゃんずなんだけど……その子たちが自分たちで申し出てきて、仕事が無い時に同じ規格の物が複数個必要な建築資材を『()()』してくれることになったのだ。特に、『塔の悪魔』を倒した後、トトリちゃんが『アランヤ村』に帰っていた時期は沢山『()()』してくれてたみたいで……

 

 で、その『()()』なんだけど……その言葉通り、作って欲しいモノを見せたら、それと全く同じものを作ってくれる。それも何の素材も無しに、だ。

 前に一回、ちむちゃんたちにどうしているのか聞いてみたことがあるんだけど、全く教えてくれそうになかった。というか、本人たちも「え?」と首をかしげてた……不思議なこともあったものだと思う。

 

 

 そんなわけで、素材の消費も無しに沢山の建築資材をそろえることができたわけで……それが結果的に、今、僕の目の前にあるリストの『木材』や『鉱石類』の縁の少なさで目に見える数値として現れてきたわけだ。

 代わりに、ってわけじゃないけど、『パイ』の素材となる『食材』の素材がそこそこ減った。……まあ、ちむちゃんたちが手伝ってくれる理由が、僕の作った各種『パイ』が欲しいっていうものだったからね?

 

「まぁ、このまま何も問題が発生しなかったら……とりあえず、素材に関しては不足したりはしそうにないかな?」

 

 建築等には僕がたくわえている物を使って村の人たちに負担は駆けさせないって言った時、コオルには「えー……」って、ものすっごく嫌そうな顔をされて何度も拒否されたりもしたんだけど……彼が心配していたであろう「足りなくなる」っていう事態にはなりそうにも無い。

 次会う時にはこのリストと今後の建設予定をまとめたものを用意して、「ね? 大丈夫だったでしょ?」と胸を張ってみせよう。

 

 

 

 

 

 そんなことを考えていると、不意に玄関のほうからノックの音が聞こえてきた。

 

「おーいっ、マイスいるかー!」

 

 噂をすればなんとやら。聞こえてきた声は、さっき僕が思い浮かべていたコオルのものだった。

 ちょうどいい……と思ったんだけど、ここでふとある事に気付く。

 

 ……なんか普段よりも声色が強めって言うか、焦り……?

 いや、理由はわからないけど、その声だけで「普段は無い何かがあった」と察せる程度には様子がおかしかった。だけど、鍵のかかってない玄関戸を返事も聞かずに開けたりするほど切羽詰まっているわけでもなさそう……一体どうしたというんだろう?

 

 

「はーい、っと。どうしたの?」

 

 玄関戸を開けて顔出すと、そこには予想していた通りコオルがいた。そのコオルは僕の顔を見て「よぅ」と軽く手をあげて挨拶を簡単に済ませ、そのまま本題を喋りだす。

 

「いやな、さっき昔からの行商仲間が村に来たんだけど……そいつが、()()()()()()()()()()を連れて来ててさ」

 

「大怪我!?」

 

「ああ。なんでも『青の農村(ウチ)』に来る道中で倒れてるのを見つけたとか……つっても、見つけてすぐにそいつが手当てしてくれたみたいで、命に別状は無さそうだぜ」

 

 一気に心配になった僕を、手で「まあまあ」と制止しながらコオルは「けど……」と言葉を続けてきた。

 

「もう見つけてから一日以上は経ってるのに目を覚まさない、って心配しだしてさ。んで、オレのところに来たってわけだ。……んで、怪我の原因を考えると、()()()()()()()()()()()()()()かなんだけど……なんにせよ、目覚めた瞬間パニック状態になるかもしれねぇ。そうなった時、落ち着かせられそうな奴って言ったらマイスが真っ先に思い浮かんだんだ」

 

「だから、僕のところに?」

 

「一緒にいろいろしてるから、やることが沢山あって忙しいのは百も承知だ。村の事とか『学校』のこと……そのあたりはいくらかオレが代わりにやってやれるからさ、ちょいと引き受けてくれねぇか?」

 

 確かに、個人的に『モンスター小屋』を持っているのは流石の『青の農村』でも僕ぐらいだ。ちゃんと落ち着ける場所がある……それは傷を負っているモンスターにとってはかなり重要なことだ。

 それに、もし仮に人為的な原因で怪我を負ってしまったのであれば、人に対して極度の警戒心を持つかもしれず……モンスターが原因で怪我を負ってしまったのであれば、モンスターに対して極度の警戒心を持つかもしれない。

 ぼくであれば、そのどちらにも対応できる…………まぁ、コオルは僕が『ハーフ』であることは知らないわけだし、ただ単に「モンスターと一番仲良くできる奴だから」っていう感じに考えて僕のところに来たんだろうけど……。

 

 

 もちろん、断る理由も無い。なので、僕はコオルに向かって大きく頷いた。

 

「任せてよ。仕事の中には僕がやらなきゃいけないことも少なからずあるから、流石に一日中そばに居るってことは出来ないけど……でも、そういうところはウチのモンスター()たちに手伝って貰ったりして何とかするから。……で、その大怪我したモンスターっていうのは今どこに? あと、どういった種族なのかもわかったら、色々と準備しやすいんだけど……」

 

 行商人さんが『青の農村(ここ)』まで連れてきたってことは、『島魚』みたいな大きなモンスターではないんだろう。

 おおまかな大きさや骨格、その種族の習性などがわかっていれば、休養させる場所の環境や必要な物などを今すぐにまとめられる。なので、できれば先に知っておきたいんだけど…… 

 

 コオルは、僕の問いに「あー、うーんとだな……」と呟きながら頭をかいて明後日の方向を向いたりした後、ちょっと考え込むような仕草をして「実はだな……」と粗らめて口を開いた。

 

()()……のような、そうじゃないような?」

 

「えっ? どういうこと?」

 

「いやっ、たぶん同じ種族のモンスター(ヤツ)は見たことあると思うんだけどな……大怪我してる(今回の)ヤツで()()()っていうか」

 

 なんとも言えない感じのコオルに、僕はつい首をかしげてしまう。

 そんな僕の様子を見てか、コオルは苦笑いを浮かべる。

 

「まっ、実際に見てもらったほうが早いかもな」

 

 「ついてきな」。そう言って歩き出したコオルを……まあ、村の中だし、玄関の鍵は閉めなくていっか……僕は追っていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

 

 

 ああ、()()()()()()()……。

 

 

 僕は、コオルが言っていたことがどういうことなのか、理解した。

 

 

 

 

 

 コオルに連れられてきた場所にいたのは、包帯などの治療処置をしたのだとわかるものが身体のあちこちにみうけられる……目を閉じてぐったりとしている一匹の『()()()()』だった……。

 




 ……そうですよ。
 どうしても各ルートのほうに気が行きがちですが、本筋のストーリーも進めて行かないといけないんです。まぁ、各ルートというか結婚相手も必要不可欠なストーリーとなるんですけども。

 つまり……そういうことです。


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ロロナ【*7-1*】

 【*○*】←これ、どこまでいくのか心配になってきてる今日この頃。
 書きたいこと、書くべきことが沢山あるのがいけないと思う。特に本編である『ロロナルート』はこれでも結構端折ってるという事実。……いつになったらゴールインするんだろう? 【*20*】とかかな?(遠い目



-追記-(11/23)
 上記のように色々と思うところがあって、ちょっとナンバリングを修正(?)中。詳しくは活動報告のほうで……と言いたいところなんですけど、その文章をまとめる時間が無いほど本編とIFを書く時間が無い今日この頃。近々詳細を報告します。


【*7-1*】

 

 

 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

「それでね、それでね! わたしが師匠を探してあちこちを旅してた時の事なんだけど……」

 

「へぇ……そんなことがあったんですか」

 

「というか、それだけ探し回って見つからない先生の先生って、いったい何処で何をしてるんだろう?」

 

 アトリエで会話をはずませているのは、ソファーに並んで座った先生とミミちゃんとわたし。それぞれの膝の上には『パイ』の乗ったお皿があり、手元には『香茶』の(はい)ったティーカップがある。

 

 

 今日は特別お仕事も無く、マイスさんのところでの『学校』の『錬金術』関連のことも無かったため、アトリエでちむちゃんたちと戯れてたんだけど……。

 そこにミミちゃんがたまたま来て、ロロナ先生の発案で「せっかくだし……」っておやつにすることになった。『パイ』と『香茶』を用意し、それから雑談をしながらおやつを……って、そんな感じだった。

 

 

 なにはともあれ、お母さん探しとか、冒険者免許更新のためのランクアップとか、そういうことを考えなくていいノンビリとした時間を過ごしているわたし達。

 

 

 でも、わたしとしては未だに気が抜けないっていうか……いや、でも、ちょっとはマシになったんだけど……。

 

 何が?って、()()()()()だ。

 

 ロロナ先生ってば、あれからというもの頻繁にポケーッとしてることが多くて、ホントにどうしようもないっていうか、天然とかそういうのを通り越してボケちゃったんじゃないかって思っちゃうくらいだった。

 しかも、大変なのが『錬金術』で調合している最中にそんな状態になっちゃった時。大抵の場合、調合が上手くいかなくなって大爆発……からの、ポケーッとしてて爆発から逃げようとも隠れようともしないことがほとんどのロロナ先生を救出・看病。さらにはちむちゃんたちに手伝って貰って散らかったアトリエの掃除……と、後処理が盛り沢山なの。

 あの大変さっていったら……今更だけど、わたしが爆発させる(たび)にアトリエのお掃除をしてくれてたおねえちゃんには頭が上がらないよ……。

 

 そしてそれは、今の生活にも少なからず影響があって、「特別お仕事も無い」って言ったけど……実は、何度も爆発があってるせいで「今頼むのはマズいかも……」っていう()()が広がり、普段はあるはずの『錬金術士(わたしたち)』を名指しにした調合依頼が出されなくなったからだったりする……らしい。

 情報の出所は『冒険者ギルド』で依頼を取り扱っているカウンターの受付嬢をしてるフィリーさんで、きっとウソでも何でもなく、事実なんだと思う。……爆発があった時にアトリエの周りが()()()()()で「今回はハデだなぁ」とか言ってる人たちがいたのも、そういった()()と関係があるのかなぁ?

 

 

 ……そんな、色々とわたしの生活にも影響をおよぼし始めている先生の()()だけど……ここ最近になってようやくおさまりが見え始めたっていうか、発生する頻度が下がってきた。

 でも、全く無くなったわけじゃなくって、ふとした時になってたりする。もしかしたら、どういう時になるのかを調べていけば、先生がどうしてこんなことになってしまったのかがわかるのかもしれない…………んだけど、今のところはわかんないんだよなぁ……?

 

 わたしがそんなことを考えて口が休まっている間にも、先生とミミちゃんは会話の花を咲かせていた。

 

「まあ、師匠は昼過ぎに起きて一日中ダラダラしたり、変に早く起きたと思ったらフラ~っと出て行って夜遅くに帰ってきたり、昔からアトリエはわたしに任せっきりで気まぐれで自分勝手な生活してたから……。アトリエの存続が決まった後もいきなり旅に出たと思ったらフラッと帰ってきて、アトリエを開いてお客さん奪っていったり……」

 

「真偽のわからない噂しか聞いたことがありませんでしたけど……ロロナさんの話している内容と雰囲気のせいか、なんというか、悪名高さに関わるような所業以上に「気まぐれなネコっぽい」っていう印象が強くなってきた気が……」

 

「うーん……わたしはネコって言われると師匠より、本物のネコと一緒にいることが多かったほむちゃんが思い浮かぶんだよねぇ……。はぁ……師匠はともかく、ほむちゃんになかなか会えないのが寂しいなぁ」

 

「ほむ……? ああっ、マイスのところに時々いる女の子がそんな名前で……あら?」

 

 原因……原因かぁ……。このまま何にもなくなっていくなら別に知らないままでもいいんだけど、まだまだ続くようなら原因を調べて解決しないといけないよね? 結局はわたしにも色々と影響が出ちゃいそうなわけだし……。

 

 

「ちょっと、トトリ? ねぇ、聞いてるの?」

 

「えっああ、うん! わたしも『ミートパイ』よりも『おさかなパイ』のほうが良いと思うなっ!」

 

 肩を叩かれてとっさにそっちの方へ目を向けると、ジトーっとした視線を向けてくるミミちゃんが。

 わっ、わたし、何かしちゃったかな……?

 

「何言ってんのよ? そんな話、してないんだけど……?」

 

「あはははっ……ご、ごめんなさい。ええっと……それで?」

 

「いや、ほら、さっきまで普通に話してたはずなのに、ロロナさんがいきなり黙っちゃって、反応もなくなったの。変よね……一応は小声で何か言ってるっぽいけど」

 

 ミミちゃんに言われて、わたしから見てミミちゃんとは反対の隣に座っているロロナ先生の方を見た。そこにはどこかを見てポケーッとしているロロナ先生の姿が。

 これは……

 

「ああ、またかぁ……」

 

()()?」

 

「うん。ちょっと前から時々こうやってポケーッとすることがあるの。ゴハン食べてる時とか、調合してる時とか……あと、マイスさんのところで『錬金術』の授業のことで話し合いしてる時とかに」

 

 他にも、ホントに何気ない時にいきなりなるから、本当に困ってしまう。

 わたしの話を聞いたミミちゃんは目を細めた。

 

「調合の時って、それって工程によってはかなり危ないんじゃ……って、ああ。最近聞く爆発の噂って、それで……。結構頻繁になってるみたいだし、思った以上に大変な状況ね」

 

「そうなの。ロロナ先生に直接聞いても、隠そうとするか、そのままポケーッてし始めちゃうかでどうしようもなくって……たぶん、わたしが『アランヤ村(あっち)』に帰ってる間に何かあったんだとは思うんだけど……。ミミちゃん、何か解ったりしない?」

 

 「そんなこと言われてもねぇ……」と言って、腕を組み首をかしげて考え出すミミちゃん。わたしもちょっと考えてみるけど……うーん、やっぱりわからないんだよなぁ……。

 ……ついでに言うと、わたし達がこうやって話したり、うんうん唸っててもロロナ先生は相変わらずぼーっとしているままだったりする。

 

 

 そうやって少しの間、わたしとミミちゃん二人揃って考え、悩み込んだんだけど……

 

「……やっぱり、そうよね」

 

「えっ? ミミちゃん、何かわかったの!?」

 

「違うわよ。私なんかよりよっぽどそばにいるトトリが考えてもわからないことが、私にそんなポッと思いつくわけないじゃない。……今更だけど、そう思っただけよ」

 

「ああ、まぁ……そうだよね」

 

 ガックリと肩を落とすけど、そう簡単にわかるものなら、わたしだったこうも悩んだりすることは無かったことには間違いない。確かにミミちゃんの言う通りだ。

 でもなぁ……

 

「せめて何か、もうちょっとヒントでもあれば」

 

「んなこと言ったって、本当に何かあったのかどうかもわからない曖昧なところから始まってる時点で、そもそも答え(ゴール)があるかどうかも怪しいくらい……」

 

 

 

 そんなことを話していると、不意に玄関のほうからノックが聞こえてきた。それに続いて……

 

「こんにちはー!」

 

 っていう元気な挨拶が。ノックしてすぐに入ってこなかったり、その挨拶の声からしてお客さんは……。

 誰か察しがついたところで、わたしはいつものように返事を返した

 

「あっ、はい。どうぞー」

 

「お邪魔しまーす。こんにちはトトリちゃん! あっ、ロロナとミミちゃんもいるんだね」

 

「ええ、ちょっとお茶にお呼ばれして……。とりあえず、お元気そうでなによりです」

 

 入って来たのはマイスさん。そのマイスさんに、ミミちゃんがちょっと固めの挨拶をして、ロロナ先生はあいかわらず…………あれ?

 

「う、うぇぅ!? ま、、まままマイス君!? えっ、いや、ちょっ! なんでもない! なんでもないよ!? うん!!」

 

「……何言ってるんですか、先生?」

 

 ちょうど復活したところだったのか、いつものマイスさんに目を覚まさせられた時のように慌てた様子で……何故か、何か言い訳でもするようにアタフタしだしてた。

 

 

 ……っと、そんな変な先生は置いといて……っと。

 

「なんていうか、マイスさんがアトリエに来るのって久しぶりですね。最近は忙しそうで、わたしたちからソッチに行くことが多くなりましたし……もしかして、何か用事でもあったんですか?」

 

「うん、実はそうなんだ……けど、うーん……? この中だと、やっぱりロロナに聞くのが一番かな?」

 

「先生に?」

 

 わたしが首をかしげるのとほぼ同時に、「ええっ!? わ、わたしぃ!?」という先生の驚いてる声が聞こえた。

 

 それにしても、マイスさんが先生に聞きたい事って何なんだろう? 言ってる様子からすると、一応わたしからも聞くことは出来そうな感じには聞こえたけど……『錬金術』のこと? いや、でもそれなら、普段マイスさんのところでしているように話せばいいだけだし、今後もコッチから行く予定がすでに立ってるのに、今、わざわざ来るようなことは無いはずだけど……?

 

 

 

 と、そんな時に、である。

 

 誰かが、わたしの腕をガシッと掴んできて……いきなり立ち上がらせるように引っ張られた!

 見てみると、いつの間にか立ってわたしのすぐそばまで来ていたミミちゃんが。腕を掴んできてたのはミミちゃんのようだ……って、なんで?

 

 そんなわたしの疑問を他所に、ミミちゃんが話しだす。

 

「それでは、ちょうどいいタイミングですし、私はこれにて……。あっ、トトリは少々借りていきますので」

 

「「えっ?」」

 

「ちょ、ミミちゃんどうしたの? なんか微妙に猫かぶってるし……というか、そんな引っ張らないでー!?」

 

 いきなりのことにポカンとしている先生とマイスさんをよそに、「それでは、ごゆっくり」とよくわからない一言を言ってからわたしを引っ張ってアトリエから出ていくミミちゃん。

 

 

 えっ、えっ? 一体、何がどうなってこんなことにー!?

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

 ミミちゃんに引っ張られ、先生たちを置いたまま外に出て来てしまった……。

 

「ちょ、ちょっと!? ミミちゃん! どうしたの? 冒険に行きたいなら、そう言ってくれれば……ていうか、それならそれでアトリエで準備してから……」

 

「別にそういうわけじゃないわよ。ただ、ちょっと、あそこは二人きりにしたほうが良さそうだなって思っただけ」

 

 ……? 何の話だろう? 気にはなるけど……

 

「そんなことより、今、先生を放置するのは色々とマズイと思うんだけど……マイスさんといる時って、普段以上にポケーッとしてることが多いし、わたしが間に入ってないと絶対マイスさんの迷惑になっちゃうよ!」

 

「ああ、やっぱり……っていうか、そこまでわかってて、その場にも居合わせてるのに、なんでこうも気付かないのかしらね?」

 

「えっ? 何が?」

 

 わたしがそう言うと、なんでかわからないけど、ミミちゃんがとっても(ふかー)いため息を吐いた。

 ……いや、だから何で?

 

「トトリ? 一応確認までに聞いておくけど……マイスと一緒にいる時に、あなたの先生はボーっとすることが特に多いのね?」

 

「うん、そうだけど? いっつもマイスさんに声かけられたり手をパタパタされてやっと、さっきみたいに慌てて……。おかげで話し合いがあんまり進まなくって、マイスさんに余計に時間を作って貰わなきゃいけなくなって。先生にはわたしが「しっかりしてください!」って言ってるんだけど、全然治らないんだよね……」

 

「ハァー……」

 

 いやっ、だから何でそんなため息を!? ついでに、なんでそんなかわいそうなものでも見るかのような目でわたしを見てるの!?

 

 

「ロロナさんがボーっとしてるの……()()が原因ね」

 

「へぇー……えっ!? これって何!? もしかして……! わたし!?」

 

「違うわよ!」

 

 ビシッとツッコんでくるミミちゃん。

 

「わたしじゃない……それじゃあ、なんなの!? 教えて、ミミちゃん!!」

 

「何ってそれは……まぁ、なんというか、その……ねぇ? どう言ったらいいのかしら?」

 

 何故かちょっと顔を赤くして言うミミちゃん。……いや、でもっ!

 

「そんな勿体ぶらなくていいから!」

 

「あー、もうっ!! アレよ、アレ! こ……! ()()()よっ!!」

 

 

 こいわずらい……?

 

 ………………?

 

 …………………………。

 

 ………………………………………!

 

 …………!!??

 

 

「はぁっ、うえっ!? 誰が! 誰に!?」

 

「ロロナさんが、マイスによ。……どうやら一方通行みたいだけど」

 

 そう言いながら、窓からアトリエ内を覗くミミちゃん。

 まだアトリエを出てすぐの場所だったことを思い出し、ちょっと声のトーンを抑えながらわたしはミミちゃんのそばに寄って言う。

 

「いやいやいやっ……ええっ!? ロロナ先生が!? ホントに!?」

 

「あんな熱い視線をチラチラ向けてて、好きじゃないってことは無いでしょうし、さっき私と話してた時にボーっとしだしたのは今思えばマイスの名前出した時だったし……。たぶん、ボーっとしてる時はいつもマイスのことでも考えてたんじゃない?」

 

「うわぁ……ウソだぁ。マイスさんほどじゃないにしろ、あんな子供っぽい先生が、そんな……恋愛だなんて……。信じられないっていうか、有り得ないっていうか」

 

「あんた、自分の先生に対しても相変わらずキツイわね」

 

 「えっ、何が?」と首をかしげると、またミミちゃんにため息を吐かれた……。

 

 

「トトリが何にもわかってなかったのは理解したけど……一応聞くけど、邪魔とかはしてないわよね?」

 

「う、うん、たぶん……大丈夫、だと思う。……けど、やっぱりなぁ……。えぇ、なんで二人が……?」

 

「そうかしら? 私からすると、結構お似合いだと思うけど? 昔から仲は凄く良さそうだったし、相性は問題無さそうだし……二人して、かなり凄い人なはずなのに全然それっぽくないところとかも」

 

「ああ……うん」

 

 ミミちゃんの言葉を聞いて、わたしは妙に納得してしまう。

 

 でもなぁ……? ロロナ先生もだけど、マイスさんも先生以上に恋愛(そういうの)が似合わないっていうか……わかるのかなぁ?

 

 

 

 

「しっ!」

 

 そんな事を考えていると、急にミミちゃんが静かにするように言ってきた。「どうしたんだろう?」って思ってると、アトリエから先生とマイスさんが出てきた。

 

 『ロウとティファの雑貨店(こっち)』方面に来られると見つかってしまいそうだったけど……二人は『男の武具屋』や『サンライズ食堂』のある方向へと歩いて行ったので、その心配は無かった。

 

 それにしても……二人はアトリエで何を話して……今からどこへ行くんだろう?

 

 

 

「……って、あっ!」

 

 並んで歩いている二人……そのうちのロロナ先生の手が、隣で揺れてるマイスさんの手に伸びて……!!

 

 

 ()()()()()!!

 

 

「いやっ先生! なんでそこでいかないんですか!?」

 

「そう言うトトリは、あの二人のそばにいて何で気付かなかったのよ?」

 

「……ホントなんでだろ……?」

 

 もしかしなくても、わたしが察せてなかっただけで、あの二人の間で結構色々とあってたりした? まさか……ねぇ? ううん……?

 

 

 

 って、ちょっと目を離してたうちに、二人がむこうのほうまで行ってしまってた。

 ……で、誰かと話してるみたい。あれは……

 

「ステルクさん? あっ、先生たち、もう行っちゃった……」

 

「そうみたいね。……って」

 

 わたしとミミちゃんが見ている先でロロナ先生とマイスさんが『冒険者ギルド』があるほうへと歩いて行き……その後ろ姿を見送ってたステルクさんが……

 

 

「「あっ」」

 

 

 いきなり膝をついて倒れた。

 ええ……一体何があったの……?

 




 次回、視点が変わり色々と進む……予定。


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ロロナ【*7-2*】

 お恥ずかしながら、生きさせていただいております。自分で言うのもおかしなものですが、よく生きていたなと思っております。
 『リディー&スール』発売日に行きつけのショップで買って、色々あって、つい先日もう一度買って……ただいまDLC無しで一週目をプレイ中の「小実」です。


 復活し、数カ月ぶりにここ「ハーメルン」様にログインし、感想・活動報告・メールを見て迅速に対応をせずに「やばい。どうしよう……」と悩み込みヘタレてしまうこと数日間。ようやく色々と考えがまとまりました。この場を借りて謝罪させていただきます。

 この度は、読者の皆様に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。

 自分で考えたお話で胃が痛くなるほど極端なメンタルをしている作者ですが、今回ばかりは流石に最低の酷さだと重々理解しているつもりではあります。非難・罵倒どんな言葉であろうと受け止めさせていただきます。(ただし感想欄では利用規約にひっかかる場合がありますので、メール等でお願いします)
 また、真に申し訳ありませんが、この数カ月の空白を取り戻すというのは諸事情により困難なため、お詫びを申し上げることしかできません。……が、何かしらの行動で意志を示したいという欲があり、以下の三つを実行させていただいてます。

(1)スマホでのログイン実施。
(2)ツイッターによる365日態勢での進捗、更新・生存報告、その他諸々。(「小実」ページにてリンク公開中)
(3)主に番外編に関する活動報告でのアンケート・要望意見募集の実施(用意)。

 (1)に関しては、前々から意見をいただいていたので「やっとか」と言われること間違い無しだと思います。大変申し訳ありません。主にあらすじの更新予定、活動報告・感想へのコメントの対応などの情報更新を迅速に行うためのものとなります。
 (2)は、「読者の皆様に一番手っ取り早く情報を伝えるには」と考えた結果至った答えです。実のところ、SNS系統はあまり得意ではないので本当に報告事項とかばかりになってしまうかもしれませんが、とにかくやって行きたいと思います。
 (3)は、以前のような更新速度の維持に不安が未だ残っている最中ではありますが、創作意欲・熱はあることを示すため、そして罪滅ぼしにもなりませんが読者の皆様に楽しんでいただける要素を増やせれば……という思いで実施させていただきます。


 自己満足に近い対応となってしまっておりますが、これらが作者が今出来ると思った行動であり、足りない頭で考えた精一杯です。

 改めて、今回は大変申し訳ありませんでした。



―――――――――



 ……さて。本編のほうですが、一文で表すと……

「ロロナもマイスもしっかりして」

 ……です。なお、ロロナとマイス君それぞれに対する「しっかり」の意味は違う模様。



【*7-2*】

 

 

 

 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 ああ……どうしたらいいんだろう……!

 

「ミミちゃんもトトリちゃんも、いきなりどうしたんだろう? ……前あったみたいに、避けられてるとか、嫌われたとか、そういうことじゃない……よね?」

 

 トトリちゃんたちが出て行ったアトリエの玄関戸のほうを、ちょっと不安げな表情をして見つめてるマイス君の顔……なんだけど、どうしてかまっすぐに見つめることができそうもないっ……!

 眩しいっていうわけじゃないんだけど……いや、でも最近のマイス君は心なしか輝いて見える気もするから、案外眩しくって目を向けられないだけで……?

 

 そう思って、改めてマイス君の顔をみようと目を向けると……

 

「もしかして、冒険か買い物の約束でもしてたのかな? ロロナは何か聞いてたりする?」

 

 ……ちょうどマイス君もこっちを振り向いてきて……目が……合、って…………

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 …………………………………。

 

「……ロロナ?」

 

「カッコイイとカワイイって、両立するんだね」

 

「……えっ?」

 

「……はっ!? わっ、わたし、何か言っちゃってた!?」

 

 首をかしげてわたしの顔を覗きこんでくるマイス君を見て、何かポッと口にしちゃった気がする。

 けど、自分じゃ何を言ったのかわかんなくて、あろうことか目の前にいるマイス君に聞いちゃったんだけど当のマイス君は何か考え込んで……いきなり「ああっ」って合点がいったようにポンと手を叩いた。

 

「ああ、確かにミミちゃんはカッコイくてカワイイと思うよ! 昔は唯々(ただただ)カワイイだけだったけど、知らないうちに冒険者になってて、槍を振るう姿はあの頃からは考えられないくらいカッコよくって……」

 

「ふーん……マイス君は、ミミちゃんみたいな()が好きなんだー……」

 

「うん、好きだよ? ……あれ? 何か違ったかな?」

 

 いつもの調子で素直に頷くマイス君。その後、ちょっと間を開けてから、コテンッと首をかしげ眉間にうっすらシワを寄せてる……。

 

 ……ついでに言うと、実はわたしも首をかしげたかったりする。

 だって、マイス君は「何か間違えた?」って考えてるけど……第一わたし、自分自身が何を言っちゃったのか全然わかって無いから、マイス君がいきなりミミちゃんのこと話し出したこと自体、全然意味わかんないし……。

 

 

 というか、えっ? 普通に頷いたけど、マイス君は本当にミミちゃんのことが好きなの!?

 

 ……いやいや、落ち着こう、わたし。今、目の前にいるのは()()マイス君。きっと、わたしが思ってたような「好き」じゃなくて、友達とか、家族とか、そんな感じの相手への「好き」だろうし……うん、間違い無いよ。

 トトリちゃんの村(アランヤ村)の『豊漁祭』の『水着コンテスト』の時だって、わたし達の水着姿そっちのけでお祭りのありかたそのものに文句を言うくらいだし、異性のあれこれ(そういうの)は全然無い……はずっ!

 

 ……あれ? ってことは、わたしがマイス君のことをあーだこーだ想っていた(考えてた)のって、実はあんまり意味が無かったり……?

 

 そもそもわたしって、どうしたいんだろう?

 マイス君のことは……それはまあ、その……好き、なんだけど「それで?」って話になっちゃう。

 

 

「ロロナ?」

 

 

 えっとね。別にね、今の生活っていうか、こんな感じの関係も嫌いじゃないしこれはこれで悪くないとは思うの。

 でも、なんていうか、ね?……今思い返してみるとマイス君のお見合いの話の時もそうだったんだけど……マイス君が誰かとくっつくっていうかイチャイチャしてるのを見たりすると、その、胸のあたり(ここのあたり)がこうモヤモヤァ~のギュウーッって感じになってどうしようもなくなってしまうこともあったり。

 そういう時は、会いたくないって気持ちが出てくるんだけど、もっとマイス君のそばにいたいって気がするのも間違い無くって……。ならどうしたらいいのかって考えたら……そ、()()()()()も有りなのかな!?

 

 

「ロ・ロ・ナ~? ……ううん、またなのかなぁ?」

 

 

 なら、どうしたらいいの?っていう話になるんだけど……やっぱり、こう、誘惑とかして、マイス君(相手)わたし(自分)にメロメロにさせちゃえば……!

 

 ……いや、だから、()()がさっき思い出した『豊漁祭』の一件(ときの事)で無理なんじゃないかって思ったわけで……。

 そそそっそれに、ね!? やっぱり誘惑っていうと、ちょっとその、恥ずかしかったりするし。人前……それもマイス君一人の目の前でっていうのがまた一層恥ずかしくなっちゃうっていうか……!!

 

 恥ずかしい…………人前……誘惑?…………豊漁祭…………

 

 

 

 

――『う……うっふ~ん♥……とか、言ってみたりして……』――

 

 

 

 

 

「っ~!? こほっこほっ!」

 

「!?」

 

 『豊漁祭』の時のトトリちゃんを思い出して、つい吹き出しちゃったっ!

 あの時は、あまりの出来事に声も出せなかったけど、今こうして思い出すと変に笑えてきちゃうっていうか……いやいやっ、ダメだよわたしっ! トトリちゃんだって無茶な注文に一生懸命(こた)えようとして精一杯にやった「サービス」なんだから、笑っちゃ失礼だよ!!

 

 ……あれ? なんでかわかんないけど寒気が。

 ああ、そっか。あの時のトトリちゃんを思い出したら「もしマイス君を誘惑しようとしたら、わたしもあんな感じに……?」って……。

 や、やめとこっ。わたしが「うっふ~ん」ってしたところで、わたしが恥ずかしいだけだし、マイス君はそんなことでなびいちゃうような子じゃないし……たぶん。

 

 

「急に黙ったり、顔が赤くなったり、いきなりむせたり…………大丈夫なのかな?」

 

 

 冷静になってようやく落ち着けてきたところで、マイス君がそんなことを呟いているのが聞こえた。

 ああ……うん。放置しちゃってゴメンね、マイス君。

 

 けど、わたしがちゃんと何かを言う前に、マイス君は「ちょっと台所借りるね」とだけ言って行っちゃった……。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 アトリエ奥にある、『錬金術』で料理を作るようになってからは使う機会はメッキリ減った台所。そこから戻ってきたマイス君の手にはティーポットとティーカップが。お茶を淹れてきてくれたみたい。それも、マイス君の手持ちにあったらしい『リラックスティー』の茶葉を使ったお茶でとっても飲みやすいの。

 こういう気遣いをしてくれるのがまたマイス君のいいところで……ちょっと気を遣ってくれ過ぎちゃてて申し訳なく思うこともあるけど……うんっ! でも、やっぱりマイス君の魅力だと思う!

 

 

「それにしても……(ウチ)に来た時もそうだし、アトリエの爆発の話も聞いてたから一応は知ってたけど、思った以上にヤバイ気がするんだけど……本当に病気とかじゃないの?」

 

「あ、あはははぁ~! ゴメンね、心配かけちゃって。その、ね? ホントに病気とかそんな大変なことじゃないんだよ」

 

 まぁ、わたしとしては病気とかとは別方向に大変なんだけどね……。

 そんなわたしの気持ちはマイス君も察せないみたいで、真剣そうな顔をしてわたしのことをジーッと見てきて……ううっ、いろんな意味で目を合わせられない……! しかも「ヤバイ」なんて普段のマイス君じゃああんまり使いそうもない言葉を使っちゃってるし、かなり本気で心配してくれてる!?

 

 嬉しい……気もしなくはないけど、今、そんな真剣な目をして問い詰められでもしたら、わたしは何を口走っちゃうことか……!

 

 さ、さすがにそれは危ない気が!!

 ここは早く別の話をして、話題をそらさないと!

 

 えっと、ええっとー!?

 

「っ! そんなことより、空は青いね!」

 

「……? まあ、青いけど……赤かったり、黒かったりもするよ?」

 

「あ、あー、うん! そうだねー! アハハー!!」

 

「「…………」」

 

 ……何言ってるんだろう、わたし。マイス君の意識をちょっとくらいはズラせたかもしれないけど、どう考えてもこれは失敗じゃないかな……会話も全然続かないし。

 でも、このちょっとしたスキを見逃さないで、次の手を打たないと、マイス君にあることないこと問い詰められて大変なことに……!

 

「話題……何か話題を……わだいー」

 

「……本当に大丈夫なのかな?」

 

 その心配そうにまっすぐ見つめてくる視線が、今はちょっとツライよ……。

 

 うう……昔は心配をするのはだいたいわたしの方だったのに、今じゃ立場が逆転してマイス君がわたしのこと心配してることが多くなった気が……。それに、わたしも『パイ』をごちそうすることはあるけど、その倍以上の頻度でマイス君が何か作ってきてくれたりするし……。

 何かあった時だって、ここ何年かはもういつも頼ったりお世話になったりするのはわたしのほうがほとんど。それに、マイス君は大抵のことは自分だけでできちゃって(やっちゃって)……今、トトリちゃんと一緒にわたしも手伝ってる『学校』の錬金術のことだって、わたしの方から「手伝う」って言ってなかったらマイス君だけでやっちゃったんだろうなって気がするくらい頼ってもらえそうにないっていうか……。

 

 

 ……ん? 頼る……?

 ちょっと待って。何かつい最近、マイス君がわたしのことを頼るようなことがあったような気が……?

 

 「なんだったっけ……?」って思い出そうとして悩むこと数秒。わたしはそうかからずに()()()に思い当たった。

 

 

「あっ、そうだ! 今日来た時にマイス君、トトリちゃんやミミちゃんじゃなくってわたしに用があって来たんだったよね? アレってなんだったの?」

 

「えっと、アレは……」

 

 そう途中まで言いかけたマイス君だったけど、その先は言わなくってわたしの方を見てコテンッと首をかしげた。

 忘れた、ってわけではなさそう? なんていうか、表情が「はて?」って感じじゃなくて不安そうっていうか……わたしを心配してる感じ?

 

 ……なんとなくだけど、たぶん、さっきまでわたしがワタワタしてたのを「もう大丈夫なの?」って心配してる……のかな?

 

 そうなんだろうって思って、わたしが「大丈夫!」って意味を伝えようと大きく頷いてみせると、マイス君の表情は少しだけ和らいで……そして改めて話し出してくれた。

 

「実は……」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「なるほどー、新種のモンスターについてだったんだ」

 

 マイス君が話してくれたことを簡単にまとめると、『青の農村』に新種のモンスターらしき子が保護されたから、一緒に暮らすか暮らさないかはひとまず置いておくとしても、状況把握のためにも色々と情報が欲しい……ってことみたい。

 途中、ちょっと悩むような素振りがあったりしたから、もしかしたら「村に新種のモンスターが来た」っていう初めての出来事がマイス君の中でもまだ整理しきれてないんじゃないかなぁ? まあ、そうじゃなきゃわたしに相談なんてしてこないだろうし……っていうか…………。

 

「ええっと……それで、なんでアトリエ(ココ)に?」

 

「ロロナかトトリちゃん、どっちかがいるんじゃないかなーって思ってさ」

 

 そういえば、今日ココに来た時に、用があるのがわたしかトトリちゃんかで迷ってそうな感じがあったのを思い出す。けど、わたしかトトリちゃんかって……『錬金術』? いやっ、よっぽど難しいモノじゃない限りマイス君自身でどうにかできるはず。それに、『錬金術』が新種のモンスターを調べることに繋がる気もしない。

 

 ……そんなことをわたしが悩んだのを知ってかどうかはわからないけど、マイス君はそのまま話し続ける。

 

「僕以上に冒険してるトトリちゃんは新種のモンスターに実際に遭遇していそうだし、ロロナは前に話してたのを思い出してさ……ほらっ、新種のモンスターの調査の為に一時期街を離れてたって」

 

「あーそれでかぁ……」

 

 言われて思い出したけど、確かにわたし、前にちょっと新種のモンスターを調べてたことがあったんだった。そのことをマイス君が覚えていたのなら、わたしに聞きに来てもおかしいことじゃない。

 

「確かにそんなこともあったけど……うーん、ちょっと前の事だからうろ覚えなんだよねぇ……それに、自慢じゃないけどわたしってあんまり物覚えは良くないし……」

 

「超が付くほど一流の『錬金術士』になってて物覚えが悪いっていうのはどうかと思うけど……」

 

「それはこう……キュピーンって閃いて、パパッとしてからのぐーるぐるって感じにしてるだけで、別に物覚えがどうこうってことじゃあ……って、ああっそうだ!」

 

 

 話してる途中、ある事を思い出してわたしはつい手をポンと叩いてしまいつつ、マイス君にその思い出したことについて話してみる。

 

「あの調査って、『冒険者ギルド』のほうからお願いされた話だったんだ。で、最後は報告書を作って提出したの。だから、くーちゃんのところに行けばその報告書とか……もしかしたら、他の人が寄せた情報なんかもあるんじゃないかな?」

 

「なるほど、『冒険者ギルド』かぁ……。確かにモンスターの事とか街の外の情報はギルドに集まりそうではあるよね、うっかりしてた」

 

 そう言うマイス君は、髪を軽くかきながら少し恥ずかしそうに笑ってた。まぁ、冒険者ギルドには街の外で起こった出来事が報告が……たまに苦情とかも……入ってきたりする。だから、情報が欲しいならとりあえず『冒険者ギルド』っていう考えも簡単に浮かびそうだけど……いやっ、でもそれだと、もしかしたらわたしは今日マイス君に会えてなかったかもだし……。

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、マイス君が「それじゃあさっそく『冒険者ギルド』に行ってみようかな」って言ってソファーから立ち上がった。

 

「あっ! それならわたしもついて行くよ。トトリちゃんたちもどっか行っちゃって手持ち無沙汰だし、それに何か手伝えることがあるかもしれないから!」

 

 ……半分くらい、一緒にいるための建前なんだけどね?

 

 

 

 

 それにしても…………何か忘れてるような気が……?

 ううん……なんだろう? そもそも、あの時ってなんでわたしが調査に行ったんだっけ? それこそ()()『青の農村』の村長であるマイス君が行ってたほうが色々とわかったりしてた気がするんだけどなぁ?

 でも、それとは別に、他にも何か忘れてる気がするんだけど……。

 

 頭をひねってみたけど、全然思い出せなくって……まぁ、きっとそのうち思い出すと思うし、今はとりあえずマイス君と一緒に『冒険者ギルド』を目指してアトリエから出発することにした。

 




 次回、今回進まなかった分、あの人が膝を折ったり、別の人がぶっちゃけたり……凄く濃くなる予定。


-追記-
 Twitterのアカウントは「小実」のページにてリンクを公開中。

 「リンク、ちゃんとできてないよー」と教えてくださった方、ありがとうございます。恥ずかしながら、自分のマイページ(ホーム)を貼ってしまうという失敗をしていたようです。
 今現在は正常にリンクができていることをPC・スマホにて確認しました!


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ロロナ【*7-3*】

 Twitterのほうでつぶやきましたが……お酒はダメですね。さめるまでの頭のまわらなさが危険。


 【*7-3*】で一区切りです。
 今回は、前半はステルクさん視点。後半はクーデリア視点でのお話となります。

 「恋は盲目」なんて言葉がありますが、ロロナがちょっとマイス君に意識が傾き気味な傾向が露わになって行きます。
 そして、それと同時に作者にスケさんへのある種の罪悪感が……いやまあ、書いている自分が言うのも変かもしれませんがマイロロも大好きなんですよ? でも、原作のステロロも好きですし……。

 ただでさえ、書く時間が限られているのに「『IF』の番外編でステロロ書きたいなぁ~」なんて考えている、そんな小実でした。



 

***職人通り***

 

 

 

「…………」

 

 様々な店が立ち並ぶ『職人通り』。その脇を流れる水路へ転落防止のために設けられた柵に片手を置き、陽の光を反射しきらめく水面を私はなんとなく見つめていた。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 後悔……とはまた違う、どちらかというと自身の情けなさを痛感するようなネガティブな感情が自分自身の内から湧いてきていることを理解していた。

 

 

 しかし、そもそも『職人通り(ここ)』をなんとなく散策したりすることは、以前からよくあったことだ。

 だというのに、何故、最近ではこんな感情を抱くようになってしまったのか……。

 

 私自身の気持ちの持ちようそのものが変わったから…………正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 いや、好意自体は以前から見え隠れしていたようにも思えるので、「感情の変化」というよりも「自覚からくる行動・態度の変化」と表現したほうが適切かもしれない。

 

 まぁ、昔からロロナ(彼女)マイス()のことを何かと気にかけ、逆に気にかけられたりしていたし、多少方向性(タイプ)の違いはあれど底無しのお人好しでどこか抜けていたりお騒がせな部分がありながらも憎めない人柄なあたり、何かと波長が合っている節はあった。故に、二人が親密交友関係になることは(はた)から見て至極当然のことに思えるため、そこに疑問を持つことは無い。

 だが……

 

「理解することはできても、何故か納得はでき……()()()()()、か」

 

 何故、自分自身がそんな風に思うようになっているのかは、恥ずかしながら一応はおおよその見当がついている。しかし、そうやって冷静に自己分析が出来ている反面、その結果を(かたく)なに認めようとしない自分がいるのもわかっていた。

 理屈だけでは語れない。()()()()というものはそういうものなのだろう。……そしてそれは、向かう対象が違えどロロナ(彼女)も抱いている感情のはずだ。

 

 マイス()の結婚の噂やお見合いの話を聞いてからというもの、『サンライズ食堂』に酒を飲みに入り浸ったりしていたロロナ(彼女)だが、その健康面で不安になる生活はつい先日改善された。……が、そのかわりに、急に放心したり一人で悶えたりするようになり…………あれはあれで、私としては見てられないものだ。

 

 

「……私は一体何をしているのやら」

 

 ロロナ(彼女)のことを考えていると、気付けば知らぬ間にこの通りの途中に見える彼女のアトリエの方へと視線を向けてしまっていた自分に少しばかり情けなさを感じてしまっていた。

 私は短くため息をつき、再び顔を正面の水路のほうを向く。

 

 

 第一に、だ。()()()()()()()は周りがとやかく言うものではないだろう。

 

 ロロナ(彼女)が誰が好きであろうとソレが彼女の意思であるのだから、その背中を押すならまだしも、禁止したり他の選択肢を強要するのは人としてあるまじき行為だ。

 そして、それはマイス()()同じ。マイス()にだって、好意を向けられた場合に答えを選択する権利はある。もちろん、相手の好意に対して真摯(しんし)な態度で向き合うのであれば、であるが。相手の好意を利用してやろうなどと考える(やから)には周りから何かしらの手を加えなければならない。……まぁ、マイス()であれば万が一にも無いと思うが……。

 

「そういう意味では、何かしでかさないか心配な顔がいくつか浮かぶな……」

 

 前に「もし仮に」と付くが、今ロロナ(彼女)が抱いている想いが叶えられそうになったとしよう。 

 あの二人は何かと顔は広く、本人たちに自覚があるかはわからないが少なからず()()()()()()()も複数人から向けられているような節がある。その好意を持っていた人々が少々騒いだりするだろう……が、おそらくは大事にはならないとは思う。

 

 しかし、下手に行動力と実力を持つ人間が何かしそうではある。

 

 例えば、結婚の騒動(例の騒動)で最近街に戻ってきたエスティ先輩。

 ロロナ(彼女)がアトリエを継いで王国課題をこなしていたころの先輩であれば、「ちぇー、羨ましいなー」などと少々(ねた)ましそうにしながらも何だかんだ最後には祝福していただろう。

 だが、年が経つにつれ先輩のその手の話へのあたりの強さは年々増しているように感じるのだ。実のところは何かするかしないかはどちらとも言えないので、未知数と言ったほうが正しいもするが……なんとなくだが、何かするような確立のほうが高い予感がするのは、気のせいだろうか?

 

 そして、絶対と言っていいほど何かするであろう人物は、あのアストリッドだ。

 何のためかは知らないが、今はまるで逃げているかのようにことごとく姿を隠しているアストリッドだが、少しばかり歪んでいる気もするが弟子であるロロナ(彼女)への溺愛っぷりは相当なものである。その弟子が誰かと結ばれるなどという話になれば、何もしない方がおかしいくらいだ。翌日、槍が降っても私は驚かないだろう。

 しかも、性質(たち)が悪いことに、アストリッド()なら大抵のことはできてしまいそうなので、言葉通り「何をしてもおかしくはない」のだ。

 

 

 

「だが、そもそも何故私は()()()()()()よりも、彼女の周りの事に気を遣わなければならないんだ? それはまぁ、何者かがロロナ(彼女)の邪魔をするというのであれば私はその(たくら)みを阻止すべきだと思うが……」

 

 しかし、ロロナ(彼女)の行く手を誰も(はば)まず、彼女が抱くその思いが()げられる――それは()()()()()()()()()()()

 ……それがわからないほど、私も頭が回らないわけではない。

 

 ならば、何故私は……?

 

 

「ハァ。()()()()()、と言うやつか……」

 

 

 

 

「弱み、ってもしかして例の首の……?」

 

「いや、そういう弱さではなくてだな。もっと言えば、首ではなく君の……」

 

 

 ……待て。()()()()を知っている……それ以前に、この声は……!?

 

 

「ふぇ? 私?」

 

 ハッとし、水路方向へと向けていた顔を身体ごと左手方向(アトリエのあるほう)へと向けると……覚えが無いといった様子で小首をかしげているロロナ(思った通り)の顔が目に入った。

 つい漏れ出してしまった独り言を何処(どこ)まで聞かれたのか焦り、そのせいで思考が停止しかけたのだが……ロロナ(彼女)の隣にマイス(例の彼)がいることに気付き、別の意味で思考がガチリと固まってしまう。

 

「ンンッ……!?」

 

「ステルクさん、どうかしました?」

 

「い、いや。なんでもない」

 

 私の様子にすぐに違和感を覚えたのだろう、相変わらず察しのいいマイス()が問いかけてきた。

 慌ててなんとか取り繕ったが……何かおかしいという印象は払拭しきることができなかったようで、マイス()の表情は心配そうに歪んだまま。だが、人が良過ぎるが(ゆえ)マイス()は「わかりました……」と言い、それ以上は追及してはこなかった。

 

「あっ、そういえば……」

 

 それ比べ、ロロナ(彼女)のほうは私の焦りには気づいていないようで……まぁ、直前にあった私の「君」発言のほうに気を取られていたようだったし、今回に関しては、彼女たちに気付く前に考えていたことが考えていた事だけにあまり突っ込んで聞いて来てほしくはなかったので、良かったのは良かったんだが……。

 

「なんだかボーっとしてたみたいでしたけど……ステルクさんは、こんなところでどうしたんですか? 何か悩み事だったり?」

 

 前言撤回。私が触れてほしくないところを的確に踏み抜いてきた。もちろん、彼女の事だからわざとではないだろうが……それでも何とも言えない気持ちになってしまうものだ。

 「他人(ひと)の恋愛事情に振り回されそうだと考えていた」などと言うわけにも、ましてや「君(の好意)のことを考えていた」などと歯の浮くような小恥ずかしいこと(セリフ)など言えるわけも無い。すぐそばにマイス()がいるのだからなおさらだ。仮にいなかったとしても……

 

 

 と、とにかく、今は話をそらしておくのが正解だろう。……偶然にも、ちょうど気になる事もあるのでな。

 

「そういう君たちこそ、どこかへ行こうとしていたようだが何かあったのか?」

 

 質問に対して質問を返すという、あまり褒められたことではない対応をした。……が、ロロナ(彼女)マイス()も別段気にした様子も無く、「「それは……」」と口をそろえて話し出すのだった。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「……なるほど、例の「新種のモンスター」たちについての情報か」

 

 

 聞かされた話によれば、今、マイス()が村長を務める『青の農村』に「新種のモンスター」がいるそうだ。そのモンスターを保護したマイス()には何やら思うところがあったようで、これまでに集められた「新種のモンスター」について調べることにしたらしい。

 

 ……というか、これまでマイス()は「新種のモンスター」との接触が無かったのか?

 いや、まあ確かによっぽど「会ってみたい」などと思って普段人が入り込まないような奥地に突っ込んだりしない限り、ただ単に冒険をすれば絶対会えるというわけでもなかったのは事実だ。現に、何かと街の外を移動することも多い私でも、数えるほどしか遭遇出来ていない……()()()。行き慣れた採取地ならまだしも、あまり言った事のない場所、ましてや前人未踏の地などになれば、一見で新種か否かなど判断できんがな。

 

「とりあえず、事情は理解した。それで、『冒険者ギルド』へと向かっていたと」

 

「はい。ロロナに(すす)められるまで『冒険者ギルド』に行くっていうのをうっかり失念してて……」

 

「あっ、そうだ! ステルクさんは何か知ってたりしませんか?」

 

 ポンと手を叩いた後こちらへと飛んできたロロナ(彼女)の問いかけに、私は軽く首を振ってから答える。

 

()()()以外にも遭遇したことはあるにはあるが、ほんの2,3回だ。その上新種のモンスター(彼ら)はすぐに逃げ出してしまってな。故に、私もロロナ()と同じくらいの情報しか持ち合わせていないな」

 

「……? …………ああっ!」

 

 私の言葉に数秒間()をあけてから大袈裟とも取れる反応を示すロロナ(彼女)。そのそばにいるマイス()はいきなりの事にビクリッと体を震わせて驚いているようだ。

 ……だが私は、私の言葉に対するロロナ(彼女)の表情の変化を見て、大方何がどうしたのかということの見当はついていた。

 

「私に「何か知らないか」と聞いた時点でなんとなくそんな気はしたが……新種のモンスターの調査は君と私が引き受けた依頼だっただろう?」

 

「あ、あはははー……っ、えっと、忘れてたとかそういうのじゃなくてですね~? アトリエから出る時、何かあったんだけどなーって思ってはいたんですけど……」

 

「それを「忘れていた」と言うんだろう」

 

 忘れてたことに後ろめたさが流石に感じられたのか……しかし、なんとかその場を乗り切ろうとしての判断か、明後日のほうを見て笑いながら本当に誤魔化す気があるのか分からないことを言っていた。

 当然そんなもので誤魔化しきれるはずも無く、私の言葉に「うぐぅっ!?」と言葉を詰まらせたが。

 

 

 ……と、その視線に気づいたようで「いや、そのちょっと……」と少し遠慮気味に口を開いた。

 

「ふと、その調査にどうして僕は呼ばれなかったのかなーと思って……」

 

「ん? それは……」

 

 調査にマイス()が呼ばれなかった理由を、彼自身が知らなかったことに一瞬驚いたが、根は馬鹿がつくほど真面目で責任感もある彼の性格を考えると知らされてない事にも納得し……しかし、疑問を持っても知らないままというのもどうかと思ったので教えようとしたのだが……。

 私よりも先にロロナ(彼女)が言ったのだ。それも()()()()()()()()

 

「あれ? なんでだっけ? マイス君がいた方が調査がはかどりそうなのに」

 

「……君()()が言い出したことだったんだがな」

 

 昔から変わらない……どころか、年々酷くなってるのではないかと思えてくるロロナ(彼女)の抜けっぷりに頭を抱えつつ、私はひとつため息をついてから改めて話を再開する。

 

「『冒険者ギルド』に報告書を見に行くのだろう? その時に、理由についても受付嬢の彼女に聞いてみればいい」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 「受付嬢……もしかして、くーちゃんが?」と呟きつつも、名前は出てきてもまだ「どうしてその人物がでてくるのか」がピンときていない様子のロロナ(彼女)と、そもそもの理由の方を知らないためピンときようがないマイス()は、疑問を抱えたまま『冒険者ギルド』へと向かって行くのだった。

 

 

 そんな二人の後ろ姿を、何とも言えない気持ちで見送っていたのだが……

 

「……?」

 

 不意にロロナ(彼女)の横顔がわずかながら見えた。どうやら左隣を歩くマイス()のほうをチラリと見たようだ。

 そして――後ろ姿なので正確に確認できるわけではないが――両手で握り拳を作り、まるで「……よしっ!」と気合を入れるかのような仕草をしたかと思えば……

 

「……!?」

 

 ソーッとロロナ(彼女)の左手が伸びる。

 その先には歩調に合わせて揺れるマイス()の右手。

 触れるか、触れないか。そんなギリギリまで近づいたかと思えば、ロロナ(彼女)のほうから寸前で手を引き…………しかし、先程よりもマイス()の腕の振りがわずかに大きかったのか、()()()()()()()()

 

 

 二人してピタリッと手も歩みを止め固まってしまった。

 

 時間は……長く感じられたが、実のところはほんの数秒だったかもしれない。

 

 「はて?」といった様子で首をかしげたマイス()が、固まったままのロロナ(彼女)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 対して、固まってしまっていたロロナ(彼女)のほうは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………

 

 

 …………………………………………。

 

 ………………………………。

 

 ……………………。

 

 

「…………グハッ!?」

 

 気づけば、私の視界には石畳しか映っていなくなっていた。

 

 

 本人たちの問題だとか、むしろ周りに気を付けなければなどと考えていたが……

 

「目の前で見ると……思いの外、ダメージを…………受ける、もの……だな…………」

 

 ()()()、私の思っている以上に、()の中で()()()という存在が大きいということだろうか……?

 

 駆け寄ってくる足音と「ステルクさん!? どうしたんですか!?」というトトリ(彼女の弟子)の声を遠くに聞きつつ、私の意識は闇に飲まれるのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***冒険者ギルド***

 

 

 ギルド全体が静かながらも確かにざわめき……あたしから見て右手のほうから、「けけ、けっ結婚、報……告……!?」とかいう声と共に()()が倒れるような音が聞こえてくる。

 

 見てみれば、予想通り依頼関係の受付についていたフィリーが直立体勢でそのまま綺麗に真後ろへと倒れてた。

 特筆すべきは……その感情の振れ幅が激しい感があるフィリーにしては珍しく「目は点、口は横一線」という真顔であることと、顔色と言うか全身が真っ白になってしまっているように見える気さえするほど生気が感じられないこと……かしら?

 

 

 原因?

 そんなの視線を正面に戻せば原因(それ)は嫌でもわかる。

 

 

「…………!」

 

 幸い(?)フィリーの声は届いていなかったようで、いつものにこやかな表情で「おーい!」といった感じに左手を振ってコッチに歩いてくるマイスと……

 

「えへへ~」

 

 こっちはそもそも周りの声が聞こえているのか怪しい、親友としては何ともコメントし辛いデレッデレの表情をして、歩くマイスの右手を自身の左手でしっかりと握って連れそっているロロナ。

 

 

 そりゃ、ギルドにいた全員がざわつきもするし、フィリー(あの子)がぶっ倒れるのも納得できる。

 フィリー自身、マイスに()()()()()()()があったのはもちろんのこと、その立ち位置的に運が無かったのかリオネラとトリスタン(おサボり大臣)に挟まれることがここ最近多いようで心労が絶えない様子だった。

 

 その上で目の前の光景(こんなもの)見せられたら……ねぇ? 「あの二人なら……まあ、いいんじゃないかしら?」と思っていたあたしですら、今のは少し動揺しちゃったわけだし。

 

 

 そんな二人が手を繋いだまま、ついにあたしがいる受付カウンターの前まで来た。

 

「こんにちは、クーデリア。お仕事の調子はどう?」

 

「まあ、ボチボチってところかしら。誰かさんの影響(せい)で雑務が増えたりもしたけどもう落ち着いたし……マイス()、いつも通りみたいね(爆発しろ)

 

 一瞬さっきのフィリーの発言「何の報告かしら?」と言いそうになったけど、よくよく見てみれば()()()マイスはいつも通りの調子で、変なのはロロナのほうだけだってことに気付いてその言葉は飲み込んだ。

 その辺りの探りをいれるためにちょっと含みを持たせて言ってみちゃったけど、当のマイスはさほど気にしていない感じ。この調子じゃあ、あくまでロロナからの一方通行だっていう状態からは進展してはいなさそうね。

 

「で? 今日はどうしたのよ? あんたたちってことは冒険者免許のこととか冒険者(コッチ)方面の話じゃないんでしょ?」

 

「えっと、実は「新種のモンスター」のことで聞きたいっていうか、報告の確認をしたいんだけど……」

 

 マイスが新種のモンスターについて知らない様子なことに少し驚いたけど、冒険する頻度は昔より格段に減り『青の農村』内での活動が多くなっている今のマイスが新種のモンスターを知るには、会いに行ったり、逆に来たりしない限りはそうそう無いだろう……って事に気がついて、ひとまずは納得する。

 

 じゃあ、なんで今の今までノータッチだったのに、今回そんなことを聞きに来たのかって話になるんだけど……その疑問をあたしが投げかける前に、あることに気付いた。

 何やらマイスが「あれ? あれ?」といった感じにキョロキョロしているのだ。一体どうしたのかしら……?

 

「えっとフィリーさんが見当たらないけど、今日はお休み?」

 

「ああ、そういう……ほら。「結婚報告」がどうとか言って、あそこに倒れてるわ」

 

 あたしが軽くあごでクイッと指し示すと、マイスは覗きこむように少し受付カウンターに身を乗り出し……「わっ!?」と声をあげた。

 倒れてるフィリーをみるやいなや、マイスは握っていたロロナの手を離し……そして握ってきていたロロナの手からもそのままスルリと容易く抜け出して、ピョンとカウンターを飛び越えてフィリーのもとへと駆け寄っていった。

 

「大丈夫ですか!? いったい何が……フィリーさんが気絶するといえば、ステルクさん? でもさっき会ったステルクさんにはそんな様子は無かった気がするんだけど……というか「結婚報告」って誰の? エスティさん……じゃないよね?」

 

 ……マイスが何か呟いてるのが聞こえたけど、気にしないことにしましょう。

 特に最後のはいろんな意味で危ない気がするんだけど……まぁ、そこで自分の事だったとは夢にも思ってないのが、マイスらしいっちゃらしいわね。

 

 

 

 そんなマイスのことはひとまず置いておくとして……とりあえず、あたしの前に残っているロロナへと意識を向ける。

 

 ロロナはといえば、ついさっきまでマイスに握られていた左手を自身の右手で大事そうに()でながら、デレデレと笑みを漏らしていた。

 ……そこまでデレッデレにとろけている様子を見せられると、直前にあたしのなかで否定したばかりの「二人の関係(なか)が進展したのではないか」という考えが再びわき上がって来てしまう。

 

 あたしは冗談半分で、からかうように少しニヤニヤしながらロロナへとカウンター越しに顔を寄せる。

 

「何? もしかして、今日はデートだった?」

 

「ふえぅっ!? で、でででーと!?」

 

「あら、違ったの? てっきり、ロロナのほうから告白して付き合いだしたんじゃないかって思ったんだけど」

 

「やっやだ~何言ってるの、くーちゃん! 付き合うだなんて、そんな…………って、あれ?」

 

 そこまで言って、ようやく変だと感じたんでしょうね。

 首をかしげて固まったかと思えば、ギギギッと(きし)むような音が聞こえてきそうなゆっくりとした動きで傾いていた顔を真っ直ぐに戻し、表情を固めたまま目を白黒させた。ついでに汗がダラダラ流れている気もする。

 「目は口程に物を言う」なんて言葉があるけど、今のロロナの表情は「な、なんで……!?」と驚愕しているのがまるわかりだ。おそらくは「ロロナ(自分)(から)マイスへの好意」にあたしが気付いていることに驚いでいるんでしょうね。

 

 

 あたしは、流石に好意の事(それ)をロロナ自身の口から語らせるのはどうかと思うところがあったため、軽く首をすくめてみせた後、こっちから話を切り出した。

 

「言っとくけど、バレバレよ? ……まぁ、肝心のマイスはサッパリみたいだけど」

 

 そう言いながらチラリと視線だけ依頼関係の受付の方へと向けてみると、そこでは倒れていたフィリーを手厚く介抱するマイスの姿が。こっちの話なんて聞こえている様子も無ければ、そんな余裕も無さそうだ。

 

「それは、その……あのねっ! そういうことじゃないっていうか、マイス君はマイス君だし……!」

 

「誤魔化そうとするヒマがあるなら、マイスを口説き落とす方法でも考えたら? さっき言ったみたいに、マイスは()()()()()にはトコトン(うと)いんだから、あんたのほうから積極的にいかないとどうしようもないわよ」

 

 「そんなことしてるうちに、他の娘に盗られちゃうんじゃない?」と付け足して言うと、ロロナは「がーん!?」と本当に口で言って大きく目を見開いた後、ガックシと肩を落とした。 

 

「ううっ! そ、そんなこと言われたってー……」

 

 まぁ、中々一歩踏み出せない気持ちを理解できないわけでもないから、ロロナの漏らす弱音にあたしはうんうんと小さくだけど頷いて見せる。

 ……けど、ロロナ(この子)のその奥手さをなんとかするべく、背中を押すなり何か考えたり、実際に動いてあげるべきかしら?

 

 

 

「そ、そんなことよりっ、今は「新種のモンスター」のことだよ!」

 

 自分の恋路を「そんなこと」呼ばわりまでして話題をそらそうとするロロナに愛らしさを感じつつも、その行く末に不安を覚え、ついため息が出てしまったあたしは別に悪くないだろう。

 

「マイス君もあんなに気にしてるんだから、私の事よりコッチのほうが大事なの! 頼ってくれたんだしなんとかしてあげないと!」

 

「気にしてる……ねぇ?」

 

 マイスが「新種のモンスター」に会ったのは今回が初めて。それでいきなり気にし始めるってことは、絶対と言っていいほど何かあるんだとは思うけど……まさか……?

 

 

「まさか「新種のモンスター」って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「アッチノ? くーちゃん、何か知ってるの?」

 

「知ってるって、そりゃあ……ん?」

 

 確かにあたしは今、直接的な言い方はしなかったけど……それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()

 「ロロナの天然?」とも思ったんだけど、よくよく思い返してみればロロナ(この子)ってばついこの間もあのミミ(高飛車娘)と一緒でマイスの()()()を知らない様子だったし……。

 

「この子よりも先に、マイスと色々話さないといけないみたいね……」

 

「ふぇ?」

 

 なんにせよ、「新種のモンスター」のこともあるわけで、マイスと話す時間を設ける必要はあるのよね……。内容が内容だし、流石に人の目が多い『冒険者ギルド(ここ)』でじゃあ難しいし。

 

 

 

 それにしても……

 

「そうそうくーちゃん! なんであの調査の時、マイス君は呼ばれなかったの? マイス君ってモンスターたちとお話しもできたりするし、一緒に冒険したかったんだけど……」

 

「あんたねぇ……トトリの船でギゼラ探しに出るって時期と被って「ギゼラさんのこと気になってるだろうし、マイス君にはあっちに行ってもらって、ロロナたちが調査にまわる」って、あんたとここで相談して決めたじゃない」

 

「あっ……!」

 

 ……ロロナの天然って、ここまでひどかったかしら?

 




 今回のまとめ。

 スケさん:マイロロ(本人たち無自覚)の前に一人で勝手に倒れる。
 フィリー:はやとちりによる発言で、ギルド職員間のマイス君の噂を再燃させる。なお、タイミングがズレていれば、マイロロに彼女の発言が直撃し大惨事になっていた模様。
 クーデリア:覚悟完了していたので、思う存分ロロナをからかって愛でることはできた。しかし、肝心の本人たちの距離が詰まったように見えて何にも進展・解決していないことに頭を悩ませる(苦労人)。

 ……あと何十話必要なんでしょうね? 大袈裟に言ってますが、間違い無く他のキャラが結婚相手だった場合の倍近く時間がかかりそうな予感。
 えっ? リオネラとトリスタンはどうしたのかって? ……リオネラには『IF』で幸せになってもらいます。トリスタンさんは……未定です。


 次回、共通のおはなしで箸休め回。とはいっても、大筋のストーリー的には重要な部分が進んで行く大事なお話しなんですけども。


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5年目:マイス「モコモコとモコモコと行商人」

 ちょっと短め、マイス君視点のお話。

 内容はおおよそ「モコッ! モコココ、モコー!」って感じですかね(意味不明)。
本当は、「マイス君、本当に珍しく真面目に難しいことを考える」です。

 あと、こちらでは更新の都合上直前の告知になってしまいましたが、『IF』のほうが明日4/5に更新予定です。



***青の農村・モンスター小屋***

 

 

 

 人とモンスターが一緒に暮らす『青の農村』。その村の村長を一応やらせてもらっている僕の家の裏手……『離れ』と隣接する『倉庫』、そのまた隣に建てられている一軒屋『モンスター小屋』。……まぁ、「小屋」って言ってはいるけど、僕の住んでいる家のような普通の家と大きさはあんまり変わらなかったりするんだけど。

 

 名前から分かる通り、モンスターたちが住む家の()()()()()()

 『青の農村』が村として形になってからというもの人が増えるのと比例するかのようにモンスターも増え、それに合わせて『モンスター小屋』も村の中に数か所建てられたんだけど……昼間は基本モンスターたち(みんな)は外で活動してるし、外で寝る方が性に合ってるっていう子も多かったりするから、家と言うよりも、「雨や雪からの避難所&もしもの時の病院代わり」くらいの扱いの建物だったりする。特にウチの裏手のはその傾向が強い。

 

 

 

 そんな『モンスター小屋』に、僕は今いるんだけど……

 

 

 

「モコモコ、モコ?」

 

「…………もこ」

 

「モコ。モコッコ、モーコ?」

 

「もこー」

 

「モコ……」

(まいったなぁ……)

 

 困ってしまった僕は、金のモコモコ(変身した)状態のまま腕を組み首をかしげてうなった。

 

 

――――――

 

 

 問題の中心は、もちろん……って言っていいかはわからないけど、少し前にコオル伝いで僕のもとで保護された『モコモコ』だ。

 

 

 僕が初めて会ったころ、まだ意識が戻っておらずぐったりとしていたモコモコ。けど、応急処置もちゃんとされていたこともあってか『モンスター小屋(ここ)』で看病するようになってからというものの怪我はみるみるうちに回復していき、ほんの数日でほぼ全快した。

 

 で、身体の傷が治っていけば、衰弱気味だった精神面も自然と回復に向かっていき……怪我が全部治りきるかどうか、といった時期くらいからモコモコは目を覚ますように……。

 ()()、それがまた()()()()()とそれに(ともな)()()を浮かび上がらせることとなった。

 

 

 逃げたんだ、(人間)を見て。

 

 

  治りかけていた怪我が少し悪化してしまうくらい暴れて(おびえて)しまい、落ち着かせるのも一苦労だった。

 

 一旦離れて金モコ状態で再び会うことで一応はなんとかなったんだけど……それでも、金モコ()(人間)と同じ匂いがするからか、暴れはしなくなった者の警戒心を解いてはくれなかった。そのため、なんとなくの感情しか読み取れないくらい意思疎通が出来なくなってた。こっちから話しかけても、返事が返ってこない……完全な敵意を向けられてきて会話にならないことはあったけど、こういったことは初めてだった。

 そんなこともあって、目が覚めてすぐのころは食事や怪我の治療の経過確認など最低限の時間意外は、僕以外の他の子……例えば、一番付き合いの長いウォルフとかに……交代交代(こうたいごうたい)でモコモコのことを見守ってもらうようにした。それでも、最終的なことも考えて、日々接していく時間を僕も少しずつ増やしていってるんだけどね。

 

 

――――――

 

 

 でも、これでわかったことがある。

 この保護されたモコモコが負っていた怪我は、()()()()()()()()()()()だということ。本人から直接聞けてはいないから確定じゃないけど、ほぼ間違い無いと思う。

 

 それに、()()()()()()も別段初めてというわけでもない。『青の農村(ここ)』にいるモンスターの中には()()()()()()がある子も実はいるんだ。……だからこそ知っている。その子たちとしっかりと向き合うには、お互いにしっかりと根気と時間が必要だってことは……。

 

 

「モコ、モココー……」

(でも、()()()()()()がある、って言うのはわかってたんだけど、やっぱり……)

 

 

 さっきも言ったように「初めて」じゃない。でも、だからと言って全くショックでないわけでもない。

 

 そもそも、モンスターを『はじまりの森』へ返す『タミタヤ』どころか『魔法』そのものすらなかった世界なんだ。そんな世界で、モンスターがはびこる地で人々が生活していくには何かしらの対処法を持たないといけないのは当然のことだ。

 文化から何から違う世界。だから「仕方ないことだ」と割り切ってた部分もある。……第一、僕だって()()()()を使っているとはいえモンスター(相手)の意思をくみ取らずに戦って倒すことなんて、それこそ何回も数えきれないほどやってきた。この気持ちは「偽善」に他ならない。

 

 それでも、こうして『青の農村』が出来てからは、隔たり無く受け入れ……また、人とも交流を深め、互いに理解し合い、一緒に楽しく過ごせる環境づくりをしていって……ほとんど自己満足なんだけど、「これでいい」って自分の気持ちに折り合いを付けて完結させていた。

 

 

 ……だというのに、僕と同じ世界から来たであろう『モコモコ』が傷ついているのを見たら、どうしてこうも心が揺さぶられてしまうんだろう?

 

「モコモコモーコー」

(他でもない、みんなに失礼なことだよね)

 

「キュゥ?」

 

 そんなことを考えていたら、手近にいた、今日の午前中モコモコのことを見てくれている『たるリス』くんの頭を、金モコ()の小さな手でいつの間にか撫でてしまっていた。

 『たるリス』くんは、僕がどう思ってそんな風に言っているのかまでは流石に理解できなかったみたいだったけど、僕の感情は感じ取ることはできているみたい。でも、その上で、なんで撫でられる(こうなる)のかはわからないみたいで、首をかしげる塔にその丸い身体を傾けている。

 

 

 僕はそんな『たるリス』くんにあとの事を頼んで『モンスター小屋』から一匹(ひとり)出て行ったのだった……。

 

 

 

――――――――――――

 

***青の農村***

 

 

「モコー、モモッコ……」

(ゆっくり時間をかけてでも心を開いてもらって、何とかしてモコモコ(あの子)に何があったのか聞くとして……)

 

 怪我のことはもちろん、そもそもどうして『アーランド(こっち)』に来ちゃったのか、その経緯も……

 

「モコ?」

(って、それはモコモコ(あの子)自身だけじゃなくって「新種のモンスター」全体にいえることかな?)

 

 

 というのも、調べてみてわかったけど、()()()()と言うべきか各地で目撃情報が挙がった「新種のモンスター」とは8割くらいは『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 人前に現れたり、他のモンスターのナワバリに割って入ったり、元いた群れを分散させてしまったり……間接的な部分を含めれば、本当に色々な方面に影響を与えただろう「新種のモンスター」。それが『シアレンス(あっち)』のモンスターだったということには驚かされた。

 

 それで改めて詳しく情報を見ていってわかったことがあるんだけど……「思ったより少ない」それが素直な感想だった。

 

 もし、いつからか『アーランド』でも見られるようになった『ゲート』。その内のいくつかが「『シアレンス(あっち)』の世界」もしくは『シアレンス』の『ゲート』と同じく「『はじまりの森』」に繋がっていたとしよう。その場合、そのゲートのある場所一帯は『シアレンス(あっち)』のモンスターだけになっていてもおかしくない。

 けど、「群れを見た」という話はほとんど(ゼロ)に近い。多くて3,4匹が一緒にいたってくらいで、全体のうちのほとんどが1,2匹の目撃情報なのだから……正直「『ゲート』で繋がっている」っていう仮説の信憑性は半々くらいも無いかもしれない。

 

 

 

「モココ、モコーコ……」

(なら、なおさらその子たちがコッチに来ちゃった理由がわからないんだよなぁ……)

 

 今現在、そのあたりのヒントになりそうな情報を持っているだろう存在は、先程の『モコモコ』である。……が、今の状態から見るに、その子から情報を聞き出すのには時間がかかってしまうだろう。

 なら、それまでボーっとしておくか……と言われて、大人しくしておくはずもない。他に何か糸口が無いか模索するべきじゃないかな?

 

「モコ~……モコッ!」

(他の「あっちの子」にも会ってみたいし、今度は外に行ったりしてる『青の農村(ウチ)』のモンスター()たちに何か心当たりが無いか聞いてみようかな……そうと決まれば!)

 

 

 

 僕は人の姿に変身せず(戻らず)金モコ状態(モコモコの姿)のまま村の中心部のほうへと出て行くことに決めた。

 

 

 その足でテッテコ駆けていく……んだけど、家の前方にあるウチの畑の範囲を越えたあたりで、ふと僕の家(こっち)に来ている人がいることに気付いた。

 

「モコ……」

(あれは……)

 

「よぉ、チビモコ」

 

 その人物は、活発な印象のある赤毛の商人、昔から何かとお世話になってるコオルだった。

 コオルも金モコ()に気付いていたみたいで、立ち止まって片手を軽く上げてきた。僕もそれに(ならう)うようにして、彼の少し前で立ち止まり「モコッ」と手を上げて答えてみた。

 

「あっちから出てきたってことは、()()()()の様子を見てきたところか?」

 

 「例の仲間」っていうのは、怪我をしていた『モコモコ』のことだろう。

 あの子を僕のところに連れてきた時の様子からもわかるように、コオルは『金のモコモコ』と今回の『モコモコ』とが同族である事をすでに理解しているんだろう。まあ、毛の色や身に着けている装飾(アクセサリー)系統の有無の違いはあれど、それ以外はほぼ同じだからわかってもそうおかしくはないかも。

 

 何はともあれ、コオルの言った通りなので僕は頷いて見せることにした。

 

「モコ!」

 

「ならよかった。まっ、怪我の悪化なんかはそうそう無いだろうけど、どんな様子だ? ……やっぱ、まだマイスのことは怖がってるか?」

 

「モココ……モコー……」

 

「……そっか。まっ、そんな思い詰めることは無いさ。お前の底なしのお人好し加減を一身に受けてればそのうち相手もわかってくれる、そこんところはオレが保証してやる……って、マイスに言ってやってくれ」

 

「モコ~」

 

 まったく、コオルったら。そうやって、本職の行商に加えて村の運営のことにも色々してくれてるっていうのに、更にはわざわざこうやって来て他人(ひと)への気遣いをしてまわるんだから……。

 けど、コオルが言ってくれているように、こっちから誠心誠意をもって接していけば、きっとあのモコモコも心を開いてくれるに違いない。今、僕は、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 コオルの言葉に自信が湧いてきて……それとは別に「やれそうなことはやっていってみないと!」って気持ちもドンドン湧いてきた。

 だから、コオルに一言二言言ってからその場から離れようとした……んだけど、

 

 

 

 

「あ~もこちゃんだ~!」

「ん? ほんとうだー」

「もふもふ!」

 

「モコッ」

(あっ)

 

 おそらくは、手を繋いで散歩していたんだろう『青の農村(ウチ)』の仲良しちびっ子三人組。

 遊び盛りな年頃の子たちが(金モコ)のような絶好の遊び道具を見つければ……それは当然、飛びついてくるに決まってる。

 

「あそぼ~」

「あそんでー」

「あそべ!」

 

「モ、モコーッ!?」

(えっあっ、ちょ! わー!?)

 

 逃げるには一歩遅く、あっけなく捕まってしまい……胴、耳、腕をそれぞれ捕まれ、拘束されてしまう。

 

 

村のちびっ子たちに連行される中、(金モコ)の大きな耳には「……まぁ、子供と遊ぶのは良い気分転換になるかもしれねぇし、とりあえず放置でいいか」という、声の感じからして苦笑交じりだろう呟きがかろうじて聞こえてきたのだった。

 

 




  次回、また『ロロナ』ルートのお話。

 大体、クーデリアが頑張ってくれるお話になります(結果、好転するとは言ってない)。
 

 やっぱり、各ルートの関係上、共通のお話でメインキャラたちを中々出せないのが、話を作るうえで厳しいです。……自業自得ですね!


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ロロナ【*8-1*】

 今回はマイス君視点の『ロロナ』ルートのお話。



 『リディー&スールのアトリエ』をプレイしてて思ったこと。
・スール=スーちゃん≠スーくん=ステルクさん
・ルーシャ=ルーちゃん≠ルーくん=ルーフェス
 ……きっと、『メルルのアトリエ』プレイしたことある人は同じようなことを感じていたに違いない……と勝手に思っています。



【*8-1*】

 

 

 

***青の農村・マイスの家***

 

 

 

「へぇ。それじゃあ例の「新種のモンスター」は、やっぱりあんたのところのモンスターだったのね」

 

 日は落ち切り星々が夜空を埋め尽くしたころ、僕のした説明を聞いた上でクーデリアは納得したように頷きながらそう言っていた。

 

 

 僕がどこにいるのかといえば家のキッチンスペース、そこの台所で晩ゴハンを作っている。

 クーデリアはといえば、キッチンのはじ、ちょうどリビングダイニングと繋がっている通路の手前(さかいめ)あたりでイスに腰かけていた。普段、僕の家(ウチ)に来た時はリビングダイニングのソファーが定位置にはなっているんだけど「顔も見えないし、声も届きにくいから」といって、話すためにわざわざイスを動かしてこっちまで来たのだ。

 

 そんな状態で僕らは最近のこと……主に、この前『冒険者ギルド』に言って見せてもらった報告書、その内容である「新種のモンスター」についての話していた。

 

 まぁ、そもそも今日こうしてクーデリアが(うち)に来ているのは、報告書を見に行った時(その時)に「それの話()あるし、今度あんたの(ところ)に行くから」って話が発端だったりするんだけどね……

 

 

「ってことは、やっぱり例の『ゲート』から出てきてるのかしら? 一応色々聞きはしたけど……調査してたころってちょっと前のことだし、しっかりとは憶えてないんだけど、そういうことなんでしょ?」

 

 「それこそ、ギルドの資料庫を漁れば報告書も見つかると思うわ」とクーデリアが付け足して言っているのを聞きながら、僕は『アーランド』近郊で見られるようになった『ゲート』について調べていた当時の事を思い返していた。

 そもそもはクーデリアの別の調査で、護衛というかお手伝いをしていた際に採取地で『ゲート』を発見したのが、本当はもっと前から在ったのかもしれないけど()()()()()始まりだった。それから、情報を集めてみたら他にも目撃者や発生地が複数件あることが判明し、個人的にも気になったため僕が調査に乗り出したんだ。

 

「でも、あの時周った『ゲート』の目撃情報があった採取地じゃあ、今「新種のモンスター」って言われてる『シアレンス(あっち)』のモンスターには全然会ってないんだよね」

 

 それがどうしてかわからず、フライパンのほうを見たままつい眉をひそめてしまった僕がそう言うと、クーデリアは普段とはちょっと違う声色で――きっと、顔を見れてたら意外そうに目を少し見開いてたりしてたのかな?――「あら?」と言ったのを皮切りに喋りだした。

 

「それってどういうことなのかしら? 『ゲート』が向こうと繋がってるなら、その頃から遭遇しててもおかしくないはずだもの。考えられるのは、本当にたまたま確率的にも奇跡的に出会わなかったのか……もしくは、そのころにはまだそのモンスターたちはコッチに来てなかったか……」

 

「あとは、『()()()』とは別の方法でこっちに来た……くらいかな?」

 

「有り得る? っていうか、もしかして見当がついてたりするの?」

 

 残念ながら見当はついていない。けど、()()()や「新種のモンスター」の一度の発見頭数などを考えると、可能性は十分にあり得ると思う。

 

「見当はついてないけど、可能性としては十分にあるんじゃないかな? だって……ほらっ」

 

 調理の中の一工程を終えて一区切りついた僕は、クーデリアのほうを見て()()()()()()()()()()

 僕の仕草の意図を理解できず「はぁ?」という顔をしたクーデリアだったけど、ほんの数秒間をあけてから「ん?」と首をかしげてから何か思い当たったのか納得したように頷いてきた。

 

「あぁ、考えてみればあんたがコッチに来たのも訳わかんないままだったわね。当然だけど、あのころに『ゲート』なんてもの無かったから……確かに()()()()の可能性って言うのも十分にあり得る、か……」

 

「とはいっても、じゃあ何なのかって言われると、答えは出てこないんだけどねー」

 

 苦笑を漏らしながらそう言い、その一方で僕は次の調理工程に移るために用意していた数個の卵を割っていく。

 

 

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

 短い呼びかけに、ボウルに入れた卵をかき混ぜながら何気なしに顔をそっちへ向けると、イスに座ったままジトーっとコッチを見てくるクーデリアの姿が。

 

 ……あれ? 気付かないうちに何か気に障ることでもしちゃった?

 全然心当たりが無いんだけど……でも、ムスッとした感じで機嫌が良くなさそうなのは間違い無い。だから、やっぱり僕が何かしちゃったんじゃ……コオルとかからも「無自覚で色々やらかす」とか言われたりするし。

 でも、今してるのって料理だしなぁ? ……って、あっ!? もしかして……

 

「えっと、記憶に無いけど、クーデリアって卵が苦手だったりしたっけ?」

 

「何よ、いきなり。別にそんなことないけど? ……って、そうじゃなくって、()()()()()()よ」

 

「ロロナの?」

 

 晩ゴハンのメニューを急遽変更する必要がないことにとりあえず安心しつつ、どうしてここでロロナの名前が出てくるのか不思議に思い、つい首をかしげながら聞き返してしまった。

 

「さっきの話の流れで、ってわけじゃなくて最初からするつもりで今日は『冒険者ギルド(ギルド)』とか『サンライズ食堂()』じゃなくて『マイスの家(ここ)』にしたんだけど……あんた、まだロロナに()()()話してないんでしょ?」

 

()()()……?」

 

「あんた自身のこととか、あんたがいた場所(ところ)の話よ。昔、あんたが「言うタイミングが無くって」って言ったしロロナが知らないっていうのはわかってたんだけど……ちょっと前からロロナも他の奴に触発されて何かありそうって気にしてたわよ?」

 

 「何か聞かれたりしなかったの?」と聞かれたけど…………一通り思い返してみても心当たりは無かったから、僕は首を横に振った。

 

「まっ、そんな気はしてたけど。黙ってるならまだしも、聞かれたことをウソで返すなんてことができるとは思えないくらい、マイスって馬鹿正直だし」

 

「それは褒めてるの? (けな)してるの?」

 

「時と場合によるわ。今回は……呆れてる?」

 

 言ってる本人(クーデリア)がなんで疑問符を浮かべているんだろう?

 というか、「呆れてる」って……どうして!?

 

 

 

 ソッチをチラチラと見る程度にはクーデリアの言ってることに少し気を取られつつも、かき混ぜた卵をフライパンでほどよい固さになるように慎重に熱していく。……ここの火の入れ加減が最終的な料理の出来栄えに繋がるから、本当は集中すべきなんだけどね……。

 

 そんな僕の様子はあんまり気にしていないのか――最初から、調理中に話しかけてきてたんだから、当然と言えば当然かな?――クーデリアは短くため息を吐いてから、洗食べて僕のほうへと口を開いた。

 

「あたしとかが勝手に教えるのは流石にどうかと思うけど……とにかく、そんな親しくない相手ならまだしも、いつまでも黙ってるのも可哀想じゃない。それに、もう遅いかもしんないけど、黙ってる期間が長くなればなるほど言い辛くなるだけよ」

 

「それは……そう、かもしれれないけど……でも……」

 

「なに? ロロナに言うのは嫌? 受け入れてくれないんじゃ、って心配なの?」

 

「ううん、ロロナならきっと……って、思ってるよ」

 

 (さと)すように言ってくれてるクーデリアに、僕はそう返した。すると当然クーデリアからは「じゃあ、なんで?」という疑問が、口ではなくて視線で返ってきた。

 僕は……少し悩みつつ――良い感じに火が通った卵をフライパンから、先に用意していた味付きゴハンの上に乗せてから――いい言葉(表現)が思いつかず、とりあえず思ったままの言葉で伝えてみることにした。

 

「でも、もしも万が一ロロナに嫌われたら……そんなの絶対嫌だし、考えるだけでも怖くって……気づいたらいつの間にか、そう思ったら他の事を考えちゃってて。…………クーデリアにも、リオネラさんやフィリーさん、ホムちゃんやメルヴィアにだって受け入れて貰ったっていうのに、さ」

 

 ましてや、自信の秘密を心の内を話してくれたリオネラさんに対しては「誰も「怖い」だなんて思わないよ」って、みんなが受け入れてくれるって、言ってたのに……言ってる(当の)本人である僕自身は自分の存在(秘密)が受け入れてもらえるかどうかビクビクしてるだなんて。知られたら怒られる……いや、「無責任なことを行ったんだ」みたいなことを言って軽蔑されるかな?

 

 そんな事を思いながらも、やっぱり「怖い」という気持ちは、どうしても変わりそうには無かった。

 

 

 

「……まぁ、親友としてあたしは一応は色々と理解してるつもりよ。けど、あたしはあんたじゃないから、あんたの抱えてる不安を本当の意味で知ることなんて出来ないし、あたしはロロナじゃないから「絶対」なんて言えないわ」

 

 僕の言葉を聞いてからいくらか間を開けた後、ゆっくりと話しだした。口調こそいつも通りだけど……ジッとコッチを見つめてきている目は真剣そのものの鋭さ。ギルドで冒険者に忠告をする時くらい……いや、それ以上でこの真剣さはもしかしたら、初めて見るかもしれない。

 

「けどね、これだけは言わせてもら――――」

 

 イスから立ち上がったクーデリアが、僕の事をビシッと指差し何かを言おうとし――――そこで、わずかにだけど確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 もし、まだフライパンで調理を続けていたら、その時に出る音で聞こえてなかったかもしれない。もし、クーデリアが真剣な眼差しと声のトーンで喋っておらず、声をはりあげていたら聞こえてなかったかもしれない。

 ……それくらいの音だったけど、僕の耳にもクーデリアの耳にも確かに聞こえ僕らは顔を見合わせる。……喋ってる途中だったクーデリアの顔は、何とも言えない表情になっていた。

 

 

 

 まあ、話を中断させてしまってクーデリアには悪いけど、流石に無視するわけにもいかないし、来客を無視する気は元からさらさら無いから僕は「はーい!」とノックに少し遅めの返事を返して玄関のほうへと向かって行く。

 

「おまたせしましたー……って、あれ?」

 

 玄関戸を開け……家から漏れた光で照らされた玄関先にいたのは――

 

 

 

 

 

()()()?」

 

「あははっ……き、来ちゃった?」

 

 何故か、はにかみながら小首をかしげてそんなことを言ってきたのは、ロロナ。

 日が暮れてしまってから(こんな時間)(ウチ)に来るなんて珍しい……ことでもないかもしれない。ひと昔前には探索帰りに寄ってきたりもしたし、()()()()()()夜にロロナが訪ねて来たこともある。

 

 だから僕は気にせず、ロロナが何の用事で来たかは知らないけど「玄関で立ち話もなんだし」ってことで(ウチ)に入ってもらうことに決めた。もし、晩ゴハンを食べてないなら、一人分を急いで追加で用意して一緒に食べてもいいかもしれない。

 というわけで……

 

「とりあえず、いらっしゃい! 今、晩ゴハン作ってたところだから、よかったら食べていってよ!」

 

「えっ、本当!? でもいきなりだったし、準備大変なんじゃ……」

 

 口では遠慮してるけど、嬉しそうに笑ってくれるロロナ。時間的には微妙なところだったけど、この様子だと言ってるのは「建前」ってやつで、実は晩ゴハンを食べたくって僕の家(ウチ)に来たんだったりするのかな? それはそれで嬉しいので全然OKなんだけど。

 

「大丈夫だよ。二人でも三人でもあんまり変わりないし、食材はいっぱいあるから!」

 

「あっ、でも私も『パイ』をちょっと持ってきてるからっ! …………えっ? ふたり?」

 

 「えへへ~」って感じに笑いながら持ってたカゴを胸の前に持ってきて見せてくれたロロナだったけど、いきなりピタッと止まって「はて?」と知った様子で思案顔をした後、玄関から家の中(こっち)に顔をのぞかせてキョロキョロと中を見渡し……

 

 

「「あっ」」

 

 

 「どうしたのかしら?」とキッチンのほうからコッチの様子をうかがっていたクーデリアと目が合ったかと思えば、二人揃って気の抜けたような声を漏らした。

 

「……くーちゃん?」

 

「えー……っと、ね(間が良いのか悪いのか)……」

 

 それにしても、どうしたんだろう?

 ロロナと目を合わせたクーデリアは()()()「あっちゃー……」って顔をして、額に手を当てて頭を抱えちゃってるんけど……?

 

 わけもわからずロロナとクーデリアの二人を交互に見てたんだけど……しだいに()()()()がわかってきた気がした。

 というのも……

 

 

「ぷぅ……っ!」

 

 

 ポケーッとしてたロロナの(ほお)が段々と膨らんでいき……最終的に、海で獲れる『バクダンウオ』のようにプクーッと膨れて、眉も吊り上がって……()()()というか、ロロナにしては珍しく()()()()っぽかった。

 

 だから合点がいった。

 クーデリアが頭を抱えたのは、怒ったロロナをなだめないといけないのが事前にわかったからなんだろう。

 

 そして、その予想通りだったんだろうけど、それから僕とクーデリアは怒っちゃって帰ろうとするロロナを引き止め、お機嫌取りをすることになる。

 

 

 

 

 

 でも…………なんでロロナは怒ったんだろう?

 




ロロナ「このドロボーネコ!!」

クーデリア「違うってば! むしろ……」

マイス「……?」

 ……みたいな?


 今回は、イチャイチャというよりも「マイス君の心情&ロロナの態度を見てニヤニヤタイム」って感じでした。
シリアスの中に唐突にぶち込まれるロロナ(癒し)

 次回、今回の続きで、「何でロロナが家に来たのか?」と+α。むしろ「+α」のほうが本編かもしれません。……クーデリアに砂糖を吐かせたい(願望)。


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ロロナ【*8-2*】

 大遅刻してしまい、申し訳ありません!
 感想への返信も行っていきますので、少々お待ちください。


 今回のお話しはマイス君視点。
 ……そろそろ誰かが一回、マイス君をぶっ叩いてもいいと思っている、そんな作者です。


【*8-2*】

 

 

 

***マイスの家***

 

 

 

 前もって約束をしていたクーデリアと、雑談をしながら晩ゴハンを作ったりしてた、そんな時。突然(ウチ)に来たロロナ。

 ……なんだけど、玄関で会った時はいつも通りニコニコだったはずのロロナは、家に入るなり何故かすっごく不機嫌に。「ぷくーっ」と(ほっぺ)を膨らませてしまった。

 

 本当にいきなりのことで、何でロロナがそんな風になっちゃったのかはわからなかった。だけど、「じゃあ、バイバイ」とか言って追いかえしたりは絶対にしないし、むしろどうしてそんなことになったのか分かるまでは帰す気はないから、ちゃんとお話をするためにも、まずはロロナに機嫌をなおしてもらうことに。

 

 

「……っと。うん! こんなものかな」

 

 

 ()()()、《僕の目の前にはロロナはいなかったりする》》。

 僕の視線の先にはフライパンの上にある黄色い塊、『オムレツ』――『オムライス』のライスに乗せる前の卵の塊だから正確に言えば違う気がするけど――が一つ。新しく追加した一人前の晩ゴハンだ。

 

 

 なんで、そんなことになってるのかというと……クーデリアから「ちょっと邪魔だから、ロロナの分も作ってあげるなりなんなりしてなさい」といった感じの事を言われて、キッチンの方へ追いやられたからだったりする。

 

 ロロナの分を追加で作らないといけないのは決まってたことだからいいとして……家に入れてソファーに座ってもらえるまでには落ち着かせはしたけど、今日の(あの)ロロナをクーデリア一人に任せてよかったのか、っていう一抹の不安は残ってたりする。

 でもまあ、ロロナが頬を膨らませた時に、クーデリアは何かわかったような様子をみせてたし、ロロナのほうも僕がキッチンへ行かされるのを止めたりしないくらいには僕よりもクーデリアのほうに用があったみたいだし……お互いに心当たりがあるみたいなら二人で話し合ってしまったほうが、事情を知らない僕が色々口出ししてしまうよりもスムーズに解決できるのかもしれない。

 

「でも、結局何の話だったんだろう?」

 

 盛り付けておいたライスの上に卵を綺麗に乗せながら、何気なしに二人がいるリビングダイニングへの通路の方へと目をやる。流石にここからじゃ話し声は聞こえないけど、時々ロロナの「ええっ!?」なんていった大きな声だけは聞こえてくる。……その感じからして、何とも言えない沈黙が続いたり、ケンカになったりってことにはなってはいなさそう、かな?

 

 

 「でもなぁ……」と、やっぱりあのロロナの珍しい怒りようを思い出して不安を拭いきれないまま、完成した『オムライス』を運んでいく。

 

 ……もし、まだ不機嫌だったら、僕がどうにかするべきなんだろうけど……どうしたらいいかなぁ?

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 追加分の『オムライス』を持ってリビングダイニングへとついた僕が見た光景(もの)は……

 

 

「あ~う~!」

 

「はいはい。とりあえず、今は好きなだけ(もだ)えときなさい」

 

 ソファーに座り、両手で顔を(おお)い「いやっいやっ」とでもいうかのように首を横に振っているロロナ。大半が隠れてしまっている顔は、手で覆えていない部分や指の間から見えている個所の肌は、ゆで上がったかのように真っ赤だった。

 そんなロロナのすぐ隣に座って、何やら慰めの言葉らしきものをかけながら「よしよし」といった様子で背中を撫でてあげているのはクーデリア。その顔は、呆れや同情が入り混じったような複雑な表情で……でも、どこか嬉しそうっていうか「ほっこり」といった言葉が似合いそうな穏やかさも感じられる。

 

「ふぅ……恥ずかしがってるロロナも……って、あら? そっちも終わった(できた)のね」

 

「うん、ばっちり上手くできたよ。「()」ってことは?」

 

 「クーデリア(そっち)も?」と小首をかしげてみる。すると「まあね」と軽く返してくるクーデリア。

 やっぱり、最初っからロロナが不機嫌になってた原因をわかっていたみたいだったし、元々ロロナとは長い付き合いであるクーデリアからしてみれば朝飯前だったのかもしれない。……まぁ、その割にはロロナはいつも通りってわけじゃなさそうだけど。まだ僕のことに気付いてないみたいだし。

 

 追加分の『オムライス』をテーブルに置き、先に出していた分とあわせて配膳をちゃちゃっとすませた後、僕はロロナたちが座っているソファーとはテーブルを挟んで反対側にあるイスに座る。

 それとほぼ同時に、クーデリアがロロナの肩を叩きながら声をかける。

 ……顔を上げたロロナがようやく僕に気がついたみたいで、驚いた様子で「うひゃぁ!?」と声をあげたのには苦笑いするしかなかった。

 

「まぁ、とりあえず晩ゴハンを食べようか?」

 

「そうね。せっかく作って貰ったんだし、そうしましょ」

 

「う、うんっ……それじゃあ、いただきまーす」

 

 僕の言葉にクーデリアが賛同し、ちょっとモゴモゴしながらロロナも頷く。

 そして、ロロナが言ったのに合わせて僕とクーデリアも「いただきます」と続く。

 

 

 ……うん。思った通り、今日の『オムライス』は過去最高とまではいかないかもしれないけど、十分にいい出来だろう。

 そいうやって自画自賛してたんだけど……

 

「はむっ……んん~! おいしー! 『パイ』もそうだけど、やっぱりマイス君の作った料理は……はっ!?」

 

 『オムライス』をスプーンでひと(すく)いし口へ運んだロロナが、どこかいつもと違う難しい表情をしていた顔をほころばせていた。

 お墨付きをもらえたから一安心……というか、素直に言ってただ単純に嬉しかった。

 ……けど、なんでロロナはまた顔を赤くしてるんだろう? しかも、「うー」なんて言いながらたぶんだけど僕の事をジーッと睨んできてる。……うん、鋭くないけど、あの目つきはきっと睨んでるんだと思う。でも、なんでだろう? クーデリアはああ言ってたけど、まだ何か……?

 

 「それとも、ライスのほうに混ぜ込んでみた『ピーマン』が嫌だったのかな?」なんてことも考えたんだけど……どうやらそれは無かったみたい。僕のほうから中々視線を外そうとせずにもう一度スプーンで『オムライス』を掬い、食べた。また顔をほころばせ、再びハッとして…………わざとやってるんじゃないかって思うくらい、何度かそんなことが続いた。

 

 コロコロと変わるロロナの表情を、ちょっと微笑ましく眺め……ふと、その視界のはじに、同じようにロロナに顔を向けているクーデリアが見えた。そっちに目をむけてみると、偶然かそれとも視線に気づいたのか、クーデリアもコッチを見てきて……視線が交わった。

 そして……どっちが先と言うわけでもなく「クスッ」と笑った後、僕たちも自分の分の『オムライス』へとスプーンを向かわせた……。

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「……それで? いきなりだったけど、ロロナは何か急用とかあったりしたんじゃ……?」

 

「えっと、特に用があったわけじゃないんだー。本当にただ単に「マイス君に会えたらなー」なんて思っただけの思い付きで……あははっ……ううっ、色々用意してきてるなんて言えないよぅ」

 

 晩ゴハンを食べ終えて、『香茶』を一杯飲みつつのんびりと雑談をする僕たち。このころになると、ようやくと言うべきかロロナもほとんどいつも通りに戻っていた。

 うんうん。顔を真っ赤にしているロロナは、毛を全部刈られて涙目になってる『モコモコ』と同じくらい庇護欲をくすぐるものがあるけど……でも、やっぱりいつものニコニコしてて元気いっぱいなロロナが一番だと思う。

 

 

「んなこと言って、()()()()()()()()()()()()焦ってた感じだったのにねー?」

 

「ううっ!? それはーそのっ、くーちゃんが()()()()()()()()()()()()()で……!!」

 

「えっ?」

 

「ああ~いやっ、なんでもないよ!? マイス君は気にしないで!」

 

 そうは言われても、気になるものは気になるんだけど……?

 それに、今の話は、さっきロロナが不機嫌だったことの原因に繋がっているんだと思う。それなら……

 

 

「でも、話は大体わかってると思うんだけどなぁ?」

 

 

「「えっ」」

 

 僕の言葉に、二人が揃って声を漏らした。

 ただし、ロロナは驚いた様子で、クーデリアは疑うような声色で……だったけど。特にクーデリアのほうは「何言ってるんだ、こいつは」とでも言い出しそうな、これまでにないくらいジットリとした目を向けてきてる。

 

「何言ってるの、あんたは」

 

 実際に言ってきた。

 

「いや、だってさっきの話って、ロロナがなんだか怒ってたっぽかったのと関係があるんでしょ? それなら……ね」

 

「ホントにっ!?」

 

 アワアワしだすロロナ。やっぱり()()()()()()()()()

 

 

 不機嫌になったロロナ。それを見てすぐに何かを察したクーデリア。僕がいない間に二人で話して、それからロロナが顔を真っ赤にして恥ずかしがり、クーデリアがそれを慰める。

 その状況とこれまでの経験から分かっている二人の性格や根本的な人間性。ここ最近の二人の様子等々。

 

 それらから推測し、導き出される話の全容(結論)は……!

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 きっとロロナとクーデリアで飲みに行く約束でもしてて、ロロナがその日付を勘違い。待ち合わせ場所で待ってても来なくって「急なお仕事でも入ったのか、家の用事かなー」って仕方なくロロナは移動開始。そこで思い付きで僕の家に行ってみたらクーデリアがいて、問い詰めてみたら、約束してたのは明日とか明後日だった……みたいな事だったんだと思う。

 それなら、ロロナがいきなり僕の家(ウチ)に来たことも含め、いろいろと納得できる。

 

 

 ……って、あれ? あれれ?

 

「クーデリア? どうして、頭かかえちゃってるの……?」

 

「あんたが馬鹿だから」

 

 ひどい!?

 

「だって、ねぇ? 言ってることは大体あってるんだけど……あんたのその様子からすると、どー考えても中身は全然間違ってそうなのよね」

 

「えっ? それってどういう……」

 

「ロロナみたいに、顔の一つでも赤くしてみせなさいっての! ったく……察しが良いのか悪いのか、なんで一歩手前(そこ)まで察せてそうなのに肝心のところで……」

 

 そこで大きなため息をつくクーデリア。

 

 結局どういうことなのか、よくわからないまま。

 疑問を残しつつ、もう一人の当事者であるはずのロロナのほうを見てみると……

 

「そうだよねー、マイス君だもん。ふんっ」

 

 どうしてかはかわかんないけど、また頬を膨らませてた……なんで?

 

 

 

 

 

「くーちゃんには止められたけど、やっぱり「お泊まり作戦(ツー)」を実行するしか……!」

 

「あーうん、本気ならそんくらいしないと、このアホは動じなさそうではあるわね……でも、それを本人の前で言っちゃって良かったの?」

 

「あっ」

 

 また僕の知らない話をしていた二人だったけど、そのうちのロロナが「まずいっ!?」とワタワタ慌てはじめ……そんな姿をクーデリアがまたため息混じりに見つめている。

 

 ええっと……なんだか少し嫌な予感がするんだけど……大丈夫、だよね?

 

 




クーデリア「ロロナは楽勝だった。マイスは問題外だった」

ロロナとクーデリアのやりとり。何があったかは次回のロロナ視点で回収します。


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ロロナ【*8-3*】

 今回はロロナ視点の『ロロナ』ルートのお話。


 話が、中々進まない……!
 というのも、「前回後回しにしてた内容がある」&「描写しておきたいことが多い」&「このお話の終わりまで書くと、視点・場面が何度も変わり過ぎる上に一話にしては長すぎる」……といった事情があるため、途中の区切りで切らざるを得ない事態になったからです。
 あと、実はこの【8-○】のお話のラストの締めが二種類あって、未だにどっちにするか迷っているからだったりします。『ロロナ』ルート全体の構成にはさほど影響はないのですが、とあるキャラの扱いがかなり変わってしまうため、本気で悩んでしまっています。

 そんなわけで、事前に言っておきますが、まさかの【8-4】ありです。長々と引き延ばしてしまって申し訳ありません。



 ……あと、明日『IF』のほうの更新を行いたいと思います。『フィリー』ルートです。


【*8-3*】

 

 

***マイスの家***

 

 

 お月様が照らす夜道を歩いて、ドキドキワクワクしながら来たマイスのお(うち)。そこで会ったのは、マイス君……と、なんでかいるくーちゃん。

 ドキドキワクワクしてたのがモヤモヤイライラに変わって、なんていうか頭がグワァーって感じに熱くなっちゃってた。

 

「ハァ……。だーかーらー」

 

 それで、キッチンに行っちゃったマイス君はひとまず置いといて、くーちゃんにどうしてこんな時間(夜中)にマイス君のお家にいるのか、詳しく()()()()()()()問い詰めてみたんだけど……それでもくーちゃんから返ってくるのは、疲れたようなため息混じりの言葉だった。

 

()()()()()()もあったけど、あたしがマイスの家(ここ)に来たのは例の「新種のモンスター」のことで話があったからよ。それ以外はなんにもないってば」

 

「本当? ホントのホントに本当?」

 

「そうだって言ってるでしょ。というか、ずいぶん疑うわね? ……思ってたより独占欲が強かったりするのかしら?」

 

 くーちゃんがボソボソ呟いてるけど……とりあえずは、本当に「新種のモンスター」のことでお話があっただけみたい。

 

 まあ、納得できるかなぁー?

 お仕事終わるまで中々『冒険者ギルド』から離れるのは難しいだろうし、来るのが夜になっちゃうのは仕方ないこと。ゴハンを一緒に食べようとしていたのは、マイス君のことを考えれば十分あり得るから、くーちゃん的には()()()()は無いとは思う。

 それなら、「新種のモンスター」のこと以外に用は無かったって言ってるんだから、私の気にし過ぎで……って、あれ?

 

「なんにもないって言ってて……それじゃあ結局野暮用(やぼよー)って何だったの?」

 

「チッ」

 

「舌打ち!?」

 

 私が驚くと、くーちゃんは「冗談よ」って言ってから腕組みして肩をすくめてみせた。

 

「隠したいというか、あやふやにできればって思ってたことなんだけどね。……でも、まぁロロナになら教えてもいいとは思うんだけど」

 

「いーから教えてよーっ!」

 

 少しニヤニヤしながら「でもなー」ってもったいぶるくーちゃん。

 ……なんだか、いつもと違ってイジワルな気がする。

 

 そんなくーちゃんに詰め寄りながら問い詰めてみたら……

 

 

「じゃあ、代わりにってわけじゃないけど、ロロナが来た理由を教えてくれない? そしたらあたしも教えてあげるわ」

 

 まさかの交換条件。

 えっ、うー……そ、それはー……くーちゃんになら言えなくも無いけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()あんまり言いたくはない。でも、何にも言わないのは悪い気がするし……

 

 

()()()()()()()()()()()()()!?」

 

「はぁ?」

 

「だって、マイス君と『冒険者ギルド』に行った時、くーちゃんが言ってたよね? 「あんた()のほうから積極的にいかないとー」とか「他の娘に盗られちゃうんじゃない?」とかっ!」

 

「あー、うん。確かに言ったわよ? って、もしかして……?」

 

「それでそれでっ! ちょっとだけ心配になってきちゃって、どうにかしてマイス君に振り向いてもらえないかなーって考えて……昔、師匠が言ってた「ギャップ」っていうのを活かしつつ、お喋りだけじゃなくって布団の中で手ぇ繋いでみたり、思い切って同じ布団に潜りもんじゃうプランもある「お泊まり作戦(ツー)」準備して来たのに~!」

 

 ここまで言って、くーちゃんも私が言いたかったことをちゃんと分かってくれたみたいで、少し申し訳なさそうな顔になった。

 

 

「なのに……! まさか、くーちゃんもマイス君を狙ってたなんて……騙されたぁ!」

 

「いや、()()()騙してないから。というか、なんであたしがマイスを狙わなきゃならないのよ」

 

「ええっ!? だって、カワイイよ? カッコイイよ? あと強くて、優しくて、色々作れて、おいしくて、物知りで、でもちょっとドジっこなところもあって、お祭りとか学校とか面白いこと沢山考えるから一緒にいるのが楽しくて……ねっ! マイス君、良い子だよ! きっと最高だよ!?」

 

「言ってることは、最後あたり以外は否定するところはほとんだ無いけど……あんた、実は恋のライバルが欲しかったりするの? ……あと、途中でマイス(あいつ)食べられてなかった?」

 

 えっ? なんで、くーちゃんはそんなこと言うんだろう? そんな話……だったっけ?

 

 わかんなくて、ついつい首をかしげちゃっていると、くーちゃんは苦笑いしだしてため息まで吐いてきた。

 

「まぁ、ロロナ(あんた)(いと)しの「マイス君」のアピールはひとまず置いといて――」

 

「い、愛しのだなんて、そそそんなぁ~」

 

「あそこまで言ってて、そこに照れるの……?」

 

 それはもう仕方ないんじゃないと思うなっ!

 良いところを言ったり自分の心の中で「好き」って思ったりするのと、周りの人に「好き」って気持ちを指摘されちゃうのって全然違うし……。

 

 

「とにかく、改めて言っておくけど、マイス(あいつ)と特別な関係がとか狙ってるっていう()()()よ」

 

「だから、照れてなんて~……勘違い?」

 

「そっ、勘違い。どこぞの職務怠慢大臣じゃあるまいし、あたしはそんな裏でこそこそしたりはしないわ。……思うところが全く無いわけじゃないけど、ちょっとしたアドバイスをしたりとか、普通にロロナの恋路を応援してるんだからね」

 

 あれ? た、たしかに……。

 さっき自分で言ったけどくーちゃんが色々言ったから私、今こうして「積極的にいってみよう!」って思って色々作戦を考えて行動できはじめてるわけだし、何にも悪い事は無かった気が……?

 改めて思い返して考えてみればみるほど――一回冷静になってみればすぐにわかったのかもしれないけど――なんか、ただ私が()()()()()しちゃただけって感じがしてきた。

 

 

 そう思えはじめたら、いきなり詰め寄ったり怒り気味に色々言っちゃったのが凄く悪い事したように思えて……

 そうだ! 勘違いだったんだし、くーちゃんに謝らないと…………んん?

 

 なんだか、隣に座ってコッチを見てるくーちゃんの顔がものすーっごくニヤニヤしてる……? そ、それに、なんだか目は変にあったかいっていうか優しい感じが……。

 

 

「いやぁ~。でも、今回はロロナが勘違いしてくれてて良いものが見れたわー」

 

「えっ?」

 

「だって、あたしをあんなに質問攻めしたり、聞いてもないのにマイス(あいつ)の魅力を語り出そうとしたりしちゃって。最初は「好き」だなんて、気の迷いか何かじゃないかって心配もあったけど……そこまで本気なら、あたしも本当に手放しで応援できるわー」

 

「っ!?」

 

 言われてみれば、暴露しちゃった感がある気が……!

 で、でも、くーちゃんってば前から私がマイス君のこと好きってことは知ってたみたいだし、いまさらそんな…………ううん、やっぱり恥ずかしいっ! 顔から火が出そう、っていうか頭が『メガフラム』っ!!

 

 あ~う~!? ど、どーしよー!?

 

 

 

「それにしても……ホント、それっぽいこと言って話を少しズラすだけで簡単にひっかかるから、誤魔化しやすいわね。今は有り難いけど、他の奴に騙されたりしないか心配だわ」

 

「ふぇっ? な、何か……?」

 

「別にー? ただ、今ごろキッチン(あっち)でマイスが、ロロナのためにって愛情たーっぷり込めて『オムライス』を作ってるんだろうなーって思っただけ」

 

「うぇぅ!?」

 

「ああ、そうそう。マイスも不機嫌だったあんたのこと気になってるだろうし……晩ゴハン食べる時、あたしとマイスが一緒にいたから勘違いしてたってこと話してもいい?」

 

「やーめーてー!」

 

 

 くーちゃんがすっごくニヤニヤ笑いながら顔を近づけてきて、耳元で……!?

 な、なんだか今日のくーちゃんは師匠とはまた別の意味で手が付けられないよ~っ!?

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 ……そんな、くーちゃんとのやりとりがあったのも、随分前のことに思えてきそうなくらい、私は今目の前での出来事のほうにばっかり意識がむいちゃってた。

 

 というのも、くーちゃんとの内緒話のつもりがマイス君にも普通に聞こえるくらいの声で話しちゃってて、それで……

 

 

「ええっと、「お泊まり作戦(ツー)」? ツーってことは二回目ってことなんだろうけど……どういうこと? というか、作戦ってなんの……?」

 

 

 聞こえちゃった言葉のせいで、なんだかマイス君が首をかしげて困惑中です……ど、どうしよう?

 そんなに考え込まれても、別に深い意味が隠されてたりするわけじゃないんだけど……。

 

 ううーん。でも、聞かれちゃった以上は「なんにも言ってないよ!?」とか言って誤魔化すわけにもいかない。いっそのことそのまま強行突入というか、そのままのながれで作戦を開始したほうが良い気がする!

 

 

 

「あの、この前『離れ』のほうにお泊まりさせてもらったよね?」

 

「この前……ああっ、僕がお見合い相手だった娘と結婚するって()()()して来た――」

 

「ストーップ!? そ、そこは関係無いから思い出さないでっ!」

 

 ただでさえ、ついさっきも勘違いのせいで恥ずかしい思いしたのに、あの時のことまで掘り返されちゃったら本当に恥ずかしすぎて頭がどうにかなっちゃいそうだよ!!

 あと、隣のくーちゃんはクスクス笑うの止めてっ! その笑い声で、余計に恥ずかしくなっちゃうからっ!

 

「と、とにかく! あの時はゴタゴタしちゃってて、喋ったり遊んだりってことがあんまり出来なかったよね」

 

「まぁ、あの時はロロナがかなりお酒で酔っちゃってたからね。喋るのはいっぺんにバーッて出るか、いきなりウンともスンとも言わなくなるかの両極端って感じだったし、それに結構ボケーッてしちゃってることも多かったから、遊ぶっていうのもねぇ」

 

「ウン、ソーダネー」

 

 マイス君の言葉に、ちょっと目をそらしてしまいながら何とか返事をする。

 言えない……! 「好き」って気持ちの事とか、マイス君の言動一つ一つにはんのうしちゃったりとかして、『離れ』に案内されてからはベッドに入ってアレコレ考えてたらいつの間にか朝になっちゃってたとか!

 

 

「そ、それで! 実は今日、リベンジってことで色々お泊まりの準備してきちゃってるの! だから――」

 

「そっか! それじゃあ、ちょっと『離れ』のほうの準備してくるね。ついこの間掃除したばっかりだから、問題無いと思うけど……」

 

「――いきなりで悪いんだけど……あっ、ちょ……」

 

 私が言ってる途中で、嬉しそうに立ち上がって離れへと繋がる裏口の方に早足で言ってしまうマイス君。呼び止める前に、その後ろ姿は開閉した裏口戸で見えなくなった。

 ……いや、まぁ断られないっていうのは嬉しいんだけど……

 

「そんな自信無さそうに頼まなくったって、これまでのマイス(あいつ)の事を考えると、断るはず無いっていうのもわかりきってるでしょ?」

 

「確かに、くーちゃんの言う通り……でも、できれば『離れ』じゃなくってコッチでマイス君と一緒に寝てみたかったんだけど……」

 

「夜這いって……積極的にとは言ったけど、飛ばし過ぎじゃない?」

 

「そういうのじゃなくって!」

 

「でも、大体あってるでしょ?」

 

「そうかもだけどっ!」

 

 正直に言って、『離れ』を用意してもらって、コッチでマイス君とお喋りして、眠くなって寝る時になったら「また明日」って『離れ』に移動して……って流れじゃあどう考えても今以上の関係になれない気がビンビンするだよね……。

 そ、それこそ、くーちゃんが言うように「夜這い」まがいのことをするくらいじゃないと……! で、でも恥ずかしいしっ!

 

 

 また、頭に血が昇っちゃう感覚がして熱くなってたんだけど……

 そんな中で、くーちゃんがいつの間にかソファーから立ち上がってた。「どうしたんだろう?」って首をかしげる……それより前に、クーちゃんの口が開いた。

 

「まぁ、とにかくあたしはこのあたりで退散するわ。明日も朝一で仕事ってこともあるし……十中八九何かやらかしそうで不安しかないけど、いたらいたで邪魔しちゃいそうで悪いから」

 

「うっ……ご、ゴメンね、くーちゃん」

 

「別にあたしは今マイス(あいつ)とお喋りしたいわけじゃないし、謝ることないわよ。……告白しちゃうとか、逆にあいつからさせちゃうとかする勢いで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いい報告が聞けるのを、待ってるわ」

 

 そう言って歩き出したくーちゃんは軽く手を振って()()()()()()()()()()()。……って、あれ? なんで裏口?

 

 一瞬わかんなかったけど、きっと『離れ』のほうにいるマイス君に一言言ってから帰るつもりなんだ、って思い当たって納得した。

 

 

 

 ……くーちゃんが背中を押してくれたんだし、私、頑張らないと!

 

 『離れ』のこともある。くーちゃんとの話もたった一言二言で終るとは思えない。なら、時間はまだまだ余裕がある……はず!

 

「なら、今のうちに……!」

 

 一回、大きく息を吸って……吐いて……。それから一度握りこぶしを作って「よしっ!」と気合を入れて…………

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()……!

 

 




R-18はありません


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ロロナ【*8-4*】

視点がコロコロ変わる今回のお話。



【*8-4*】

 

 

 

***離れ***

 

 

「よしっ、こんなところかな?」

 

 普段から定期的にしていた掃除でそこまで汚れてはいなかった『離れ』。そこに備え付けられているベッドとそのすぐそばに布団を用意し、ちゃんと二人が寝るスペースを確保できた。そうしても手狭に感じない程度の広さを『離れ』は持っていた。

 まぁ、一番多いときだとアランヤ村組+αの計7人が寝泊まりしたことも一応はあるから、2人くらいはどうということも無いとは思う。

 

 

 

 なにはともあれ、準備は万端だ。家のほうに戻ってロロナとクーデリアに……

 

「予想はしてたけど、あたしの分も用意してるのね」

 

「あれっ、クーデリア? どうしたの?」

 

 家に戻ろうと振り向くと、いつの間にか開けられていた『離れ』の出入り口の扉、そこにクーデリアが立ってた。

 いきなりのことにちょっとだけ驚いていると、クーデリアは何とも言えない顔をして髪を軽くワシャワシャとかきながら口を開いた。

 

「言っとくけど、あたしは泊まらないわよ」

 

「ええっ!?」

 

「そんなに驚くこと? あたしは一度も「泊まる」だなんて言ってないわよ」

 

 あれ? そうだったっけ?

 クーデリアに言われて、お泊まりの話をした時の事を思い出してみる。

 

 …………………。

 

 うん。確かに言ってなかった。もちろん、『冒険者ギルド』で「新種のモンスター」について話しがあるから~って約束をした時もお泊まり(そんな話)は全くしてなかった。つまり、完全に僕のはやとちり。

 でも、せっかくなんだし……。

 

 僕のそんな思いが顔に出てしまっていたのかな? クーデリアが呆れた顔をしてため息を吐いてきた。

 

「あのねぇ……こっちにも都合とかあったりするのよ。明日は朝一から仕事だし」

 

「えぇ、そのくらい街に送ってあげるし……それに一緒のほうがロロナも楽しいと思うし、クーデリアがいないってなったら寂しがるんじゃないかな」

 

「……ちょっと悔しいけど、今回に限ってはそれは無いと思うわ」

 

 ううーん……そんなこと無いと思うんだけどなぁ?

 

 ……って、あれ? なんだろう?

 よくわからないけど、なんだかクーデリア言い回しが変っていうか、ちょっとおかしいような……?

 

 

 感じ取った違和感を指摘して聞く……よりも先に、クーデリアが腕を組んで「まっ」と一言声を漏らしてから、そのまま続けて喋りだした。

 

「ロロナが寂しがるって思うんだったら、その分あんたがそばに居てあげなさい。それだけであの子も結構喜ぶと思うわ」

 

 それは言われなくてもそうするつもりだ。

 最初こそ「用も無くなんとなく来た」みたいなことを言ってたけど、よく聞いていけばどうやらわざわざお泊まりをするつもりで準備してきたって話だという。それは僕としては大歓迎だし、せっかくなんだから最近学校(仕事)関連の話ばかりになりがちなロロナとお喋りもしたい。

 だから、何かゆっくり飲めるものなんかを用意して、眠くなっちゃうまでお話し――

 

 

「そうねぇ……せっかくこうして布団をしいてるんだから、今日は一緒に『離れ(ここ)』で一緒に寝てみれば?」

 

 

 ――してみるのも悪くないかも……って、ん?

 

「ええっと……クーデリアは何を言ってるの?」

 

「何って、どうすればロロナが喜びそうかって話よ」

 

 「それ以外に何があるの?」と言ってくるクーデリア。……なんだけど、なんていうか妙にニヤニヤしてるっていうか、その……たぶん、言ったら怒ると思うけど、悪巧みとかをしてる時のアストリッドさんに似た雰囲気が漂う表情(かお)をしてる。

 いや、でもクーデリアだもんね。悪巧み(そんなこと)はしないはずだし……きっと、ロロナが楽しそうにしている姿でも想像して笑顔が漏れてるだけだろう。

 

 

 ……にしても、『離れ(ここ)』でロロナと一緒に寝る…………か。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「まあ、そうよねぇ……えっ」

 

 これまでのように『香茶』を飲みながらお喋りするのも悪くはない。でも、布団に入ってからダラダラとお喋りするのも、それはそれで面白そうな気がする。

 よくよく思い返せば、トトリちゃんたちアランヤ村組が泊まった時、一番楽しそうに話してたのも、みんなが寝る準備をして『離れ』に行った後だった気がする。(こっち)からも分かるくらい『離れ』が賑やかだったのを憶えている。

 

 それにトトリちゃんたちが泊まった後(その後)、ロロナが「私もお泊まり会に参加したかった!」みたいなことを言っていたのを憶えている。

 残念なことに、あの時のような大人数じゃないけど……それでも、ロロナを一人で寂しく寝かせるよりは僕も一緒にいて寝ながらお喋りするほうが、ロロナもよっぽど楽しめるはずだ。

 

「自分から提案しといてなんだけど、そんな普通に受け入れられるのは……やっぱり、ロロナのことを異性として全く見てないってことかしら?」

 

 となると、家の扉や窓の施錠は家で寝ている普段よりもしっかりとして……あれ? どうしてかは知らないけど、いつの間にかクーデリアが額に手を当てて、首を振ってた。何か…………もしかして……?

 

「えっと、……ゴメン、もしかして何か言ってたりした?」

 

「ううん、別に。そんなことより、片付け(準備)ができたなら早くロロナのところに行ってあげなさい。きっと待ってるわよ」

 

 

 「ほらっ」と言って僕の手を取り、引っ張るクーデリア。

 手を引かれる僕は、そのまま『離れ』の外へと連れていかれるのだった……。

 

 

 

 

―――――――――

 

***青の農村***

 

 

 『離れ』から出た僕とクーデリア。

 元々僕に泊まらずに帰ることを伝えるだけのつもりで『離れ』に顔を出しに来ていたというクーデリア。家に入ることはせず『離れ』との間にある簡易的な渡り廊下の脇から出ていって、僕が送るって言ったのも断ってそのまま村を街の外へと向かって歩いていってしまった。

 

 引き止めようかとも考えたけど……まぁ、新人冒険者ならまだしもクーデリアだ。

 『青の農村(ウチ)』の周りではまずあり得ないだろうけど、もしものことがあってもクーデリアなら十分すぎるほどの実力がある。それに、お酒なんかが入ってて酔払ってしまっているなら心配だけど、今日はそんなことは無いから大丈夫だ。

 

 「もしも」の話をするなら、帰っているクーデリアの目の前に「新種(あっち)のモンスター」が現れてしまわないかが心配かな……主に「新種(あっち)のモンスター」のほうが。

 

 

 ……そんなことを考えながら、僕はロロナを待たせてしまっている家へとはいるのだった……

 

 

 

―――――――――

 

***マイスの家***

 

 

「あっ、おかえり~」

 

「ただいまっ。『離れ』のほうは用意でき、た……よ?」

 

 扉を開ける音で気付いたんだろう。家に入ってすぐ、ロロナの声が聞こえてきた。

 そのロロナの声に応えながら僕は家に入っていった……んだけど、()()()()が僕の目にとまりちょっと固まってしまう。

 

 

「……マイス君? どーかした?」

 

 ソファーに座って、部屋のはじの本棚からとってきたんだろう本を読んでいたらしいロロナだけど、一瞬固まってしまった僕を見てか、首をコテンッとかしげた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ホワホワした毛玉(ポンポン)()()()()

 

 

 ……一瞬目を疑っちゃったけど、どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いや、正確には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先端のポンポンを掴んで掴みあげれば円錐状になるだろう柔らかな材質(フワフワ素材)の薄桃色の帽子。

 これまた薄桃色が基調で、(えり)袖口(そでぐち)(すそ)がフリルがあしらわれ、肩の上側がほとんど露出するくらい襟ぐりが広く胸元に小さなリボンのワンポイントが栄える上着。

 上着とよく似た色使いのもこもこ(ふわふわ)した印象を受けるショートパンツ。

 そして、足先からショートパンツの裾から下数センチくらいまでを包み込んでいる白と薄桃色、薄藤(うすむらさき)色の三色の縞々モフモフソックス(ニーソ)

 

 

「えっと……なにそれ?」

 

 口を動かしてみたはいいものの、何て言えばいいかわからなくてそんなフワフワとした言葉しか出てこなかった僕。

 ロロナはと言えば、僕が何の事を言ってるのか分からない様子で頭に(疑問符)を浮かべてた。

 

 けど、僕の視線を追うようにして自分の服へと目を落して……「はぅわ!?」と変な声をあげ顔をちょっとだけ赤くしてあたふた慌てだし……

 

 

「こ、これは、その……ぱっパジャマだよ!? パジャマっていうのはね、寝る時に……!」

 

 

「あっ、いや、それは流石に知ってるよ?」

 

「あれ? そうなの? マイス君がそういうの着てるの見たこと無かったから、知らないのかと……」

 

「それを言ったら、ロロナがそのパジャマを着てるのを見るのも初めてなんだけどなぁ?」

 

 でも、大昔……それこそこの家に住むことに決めた頃。ベッド・布団など足りてなかった家具をそろえた際にティファナさんに「こういうのも持ってたほうが良いわよ」って寝間着一式渡された……んだけど、これまでほとんど着てなかったりする。色々作業してても不思議とそこまで汚れないし、とある理由(わけ)もあってそもそも着ようと思うことも少なかったのだ。

 だから、ロロナから「見たことが無い」って言われるのも仕方ないと言えば仕方ない気がする。

 

 いや、そもそも僕は寝る前に『鍛冶』でも何でも限界までして体力ギリギリになったうえで寝るから、その状態で着替えるのは困難(面倒)だからだったりする……まぁ当然汗とか(すす)とかの汚れはパパッと落とすんだけど。

 

 

 

「それでそのー……どう、かな?」

 

 「でも、今は昔とは違って体力・気力のほうは全然余裕があるから、そろそろいい加減に……」なんて一人考えていると、ロロナがおずおずと問いかけてきている声が耳に入り、意識を引き戻される。

 

 「どう」っていうのは、この状況からしてやっぱり今ロロナが着ているパジャマに対する感想なんだろう。……なんだろうけど、どういえばいいのやら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

「うーん……色とか雰囲気とかがロロナにぴったりでいいんじゃないかな?」

 

「そ、そうかな? えへへ~」

 

「ただ……」

 

 僕がそう呟くと、ニヘラと笑ってたロロナの顔が「へっ?」と一変し、その真っ直ぐな眼が僕を捉えた。

 ……正直、言い辛い気もするけど、言わないわけにもいかないよね……?

 

 

 

「ワンサイズとは言わないけど、少し小さかったりしない? ほんのちょっとだけ窮屈そうに見えるんだけど……」

 

 上も下も、ふわふわした服の素材やゆるりとしたそのデザイン。だから、その、体のラインっていうのが基本わかり難い……はずなんだけど、袖口のあたりとか……胸元とか……あと、太もものあたりとかが、こうほんの少しだけ……ね? 肉というか柔らかさが見て取れそうな肌の…………

 って、あれ? ロロナの様子が……?

 

 

「ぐはっ……!?」

 

「ロロナ!?」

 

 まるで射抜かれたかのように胸を両手で押さえ、そのままソファーに横向きに倒れてしまった。

 

「ち、違う……これは、太ったんじゃない。太ったんじゃないの…………そう。これ結構前に着てたのだから、太ったんじゃなくて成長してサイズが合わなくなっただけなの……!」

 

 やっぱり、「『パイ』は別腹!」なんて言って沢山食べちゃうロロナでも、女の子はそういうことを気にするんだろう。

 胸にやっていた手をいつの間にか顔へとやって覆い隠してしまっているロロナ。横に倒れて、顔を隠してぶるぶると震えている姿は……うん、何もいうまい。そもそも僕が指摘したからこんな状態(こと)になっちゃったんだもんね。

 

 なんとかフォローをしたいんだけど、ちょっと見てると顔が熱くなりそうな「ムチッと感(弱)」はくつがえりそうもないから……ここは、ロロナが言ってることから何か突破口を……!

 

 

「あっ……! 「前に着てたの」らしいけど、どれくらい前から来てたの?」

 

「……師匠を探す旅に出る前くらいから」

 

「6年以上前じゃない……着れてるのがすごいくらいだよ、それは」

 

 顔をおおっている手の指を広げ、その指の間から目を除かせて「本当?」と不安そうに聞いてくるロロナに、僕は頷いてみせた。

 

「でも、なんでそれから買い替えてないのかが気にはなるんだけど、何か理由が……?」

 

「ええっと、旅は持って行って着替えたりする余裕はないから……。街に帰ってきてからはアトリエにトトリちゃんがいることが多くてね、トトリちゃんが忙しそうに調合してそのままの格好で寝たりしてるのに、私だけ着替えるのもなぁ~って思って生活してたら……」

 

「パジャマを着ない生活がしみついちゃった……ってこと? 確かに、錬金術はものによっては調合に凄い時間がかかるし、仕事が増えるとなおのことヒマが無くなっちゃうもんね」

 

 それはわかった……けど

 

「じゃあ、なんで今日はわざわざ引っ張り出して来たの?」

 

「元々ゆったりとした服だったし、ちょっとくらい大きくなってても着れるかなーって。……いけると思ったのにー! うわ~ん!」

 

「やっぱり、単純に成長しただけっぽいし、気にしなくていいと思うんだけどなぁ?」

 

 それに、「着れると思った」ってだけっていうのは理由としてはなんだかちょっとズレてる気も……お気に入りだったパジャマを引っ張り出してくるくらいお泊まりに気合を入れて臨んでたってことなのかな?

 

 

 とにかく、ロロナが落ちつくまで時間もあるだろう。その間に()()()()をやっておこうかな?

 

 

 

「それじゃあ『離れ』に行く準備で、(こっち)の戸締まりをしてまわってくるから、ロロナはちょっと待っててね」

 

「うん…………うん?」

 

 ……?

 ソファーに横たわっていたロロナが、腕をつっかえ棒にするような形で上半身を少し上げ顔をこっちに向けて不思議そうな……かつどこか悲しそうな顔をしていた。

 

「横にはなっちゃってたけど、私、まだ全然眠くないから大丈夫だよ……?」

 

「ああっ、そういえばまだ言ってなかったっけ? 色々あって、今日は僕も一緒に『離れ』で寝ることにしたんだ」

 

「えっ?」

 

「今日は本当に()()()()()()、ずーっとお話しできるよ!」

 

 

「ええぇーーーーっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

***離れ***

 

 

 どれくらいマイス君とお喋りしたんだろう?

 

 お布団に入る前も、入ってからも。最近あったお祭りのことや普段の食事のこと、本当に他愛のないお話もした。状況が状況なだけにかなりドキドキしながらだったから、半分くらい右耳から左耳へとそのまま通り抜けちゃった気がするけど……仕方ないと思う。

 

 とりあえず……もう、『青の農村(むら)』のどこもかしこも寝静まっちゃうくらいの時間にはなっているはず……日付がかわっててもおかしくない気がする。

 

 

 私が寝てるベッド。

 そのすぐ隣の床に敷かれた布団にはマイス君が。

 

「くぅ…………くぅ…………」

 

 そして……そのマイス君はついさっき、私よりも一足先に眠ってしまったところ。

 

 

 私はゆっくりと自分の布団から抜け出して……ベッドに腰かけるような姿勢になってから、そのままの流れでベッドの隣のマイス君の布団へと足をおろしていく。

 

「そろ~り……そろ~り……」

 

 音を立てないように、マイス君を起こしてしまわないように、私はおりていき……ししてそのままの流れでマイス君の寝ている布団の中に潜り込んだ。

 

「ね、寝てる……よね?」

 

 布団に潜りこんでから、改めて寝てしまっているマイス君の顔を見た。

 ……うん。無事、起こさずに潜り込むことができたみたい。

 

 

 くーちゃんとあんな話をしたからじゃないけど……こんなことしちゃって、ちょっと大胆過ぎたかな?

 でも大丈夫、大丈夫なはず。そう、これはわざと潜り込んだわけじゃないんだもん……。

 

「寝相が悪くてたまたまベッドから落ちちゃったんだから、それならしかたないよね……?」

 

 唯一そばにいるマイス君が寝ている以上、私自身以外られにも聞かれることも無い言い訳を、あえて自分に言い聞かせるように呟く。

 

 

 布団の中で伸ばした左手が何かを探し当てた。ゆっくり、優しく触ってみる。

 ……これは右手、かな?

 

 

 その手を握り……ふとある事を思い出した。

 

 

「……なんでだろうね?」

 

 

 初めて一緒に採取に行った時(あの日)、何気なく繋いだり、一緒にバンザイをして喜びを表すためにちょっと無理矢理掴んだこの手を……今はこうして「大好き」だと思ってる。

 ついこの前(あの日)、何度伸ばしても中々触れられず、結局自分から握ることの出来なかったこの手を……今もこうしてドキドキしながら握ってる。

 

 

「変だし、わかんないけど……ふふ」

 

 

 でも悪い気はしなかった。

 

 ただマイス君のことを考えるだけで胸が苦しくて……

 手に触れるだけで顔から火が出るくらい熱くなって……

 そうしていくだけでなんだか私のどこかが満たされていくような気がしてた。

 

 

 

 気づけば空いていた右手を布団から出し、寝ているマイス君の頭をそっと撫でていた。

 そして、そのままゆっくり頬へとおろしてき……

 

 

「おやすみ、マイス君――――ゅっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 朝……なんだと思う。

 鳥の声が聞こえるし、視界のはじに見える窓の外はカーテン越しでもギリギリわかるくらいには明るかった。

 

 

 けど……

 

 

「しゅぴ~しゅぴ~…………まいしゅきゅー……ん」

 

 僕の視界の下半分はほぼ薄桃色。少しだけ濃いピンクのリボンも見える。

 上半分の大半は……何の色なのか、というか何なのかは考えたらいけない気がする。……考えてしまったら、僕が主に精神的にマズくなる。

 

「しょこふぁ~、めー……うみゅぅ……えへへぇ」

 

 それにしても……冒険の時の野営じゃあそんな印象は受けなかったけど、ロロナって寝相が悪かったりするのかな? じゃなきゃ、こんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ああ、いや、でも寝相が悪かったらアトリエのあのソファーで寝るなんて無理だろうし……?

 

「ん、んんっ~…………ふひゅぅ……く~」

 

 ……これ以上は…………うん、流石に……。

 どうしたら……あっ、だけど、ロロナが起きてないなら別に少しくらい良いんじゃ……?

 少しくらいなら、バレないよね……?

 

 

 

 

 

 

「モコー……」

 

 こうして、僕は『変身』することで何とか抜け出せた。

 

 でも、なぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

***冒険者ギルド***

 

 

 

 

「くーちゃん、どうしよう……」

 

「朝っぱらから、そんな辛気臭い顔して……どうしたのよ」

 

「マイス君が顔を合わせてくれなくなったのっ! 私どうしたら……!?」

 

 

今にも声を上げて泣き出しそうなロロナを前にして、頭を抱えるクーデリア。

 

「やっぱあたしも一緒にいた方が良かったのかしら?」

 

時すでに遅し。もう後の祭り……()()()()()()()()()()




【悲報】また二人の距離が広がる……というわけではないです。一応。

次のロロナルートは……ロロナ側からではなく、マイス君側からの内心のお話が中心となり、そして……!?


あっ、あとロロナの服は『アトリエクエストボード』の「レイジーナイト」を参考にさせていただきました。部分部分の名称を間違えてるかもしれません。


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『カレ』と『彼』

 捏造設定、独自解釈あります。

 今回はストーリーの本筋に関わるお話……なのですが、これまでのお話とはかなり雰囲気(書き方)が違います。
 というのも、『とあるキャラ』の視点の体験や感情等(あれこれ)を主軸にしつつソレを第三者が語る、といった形式だから……というのと、『とあるキャラ』というのが色々と訳アリというか特殊でドコまで描写すべきか迷うため、書くのに難航したというわけなのです。
 結果、かなり短くもなっています。今作の初期なみかも。書くのにかかった時間は普段とさほど変わらなかったというのに……言葉選びやぼかし方などという方面で書き無しが多かったからだと思います。


 ……正直なところ、必要な話ではあるものの、実は読み飛ばしてもそんなに問題無かったりします。内容も「面白いか?」と聞かれたら「人を選ぶ上に、自信を持って頷けない」と答えるレベルのものです。

 『ロロナのアトリエ編』を書きはじめた時から考えていたお話なのに、短い上に「面白い」と言えないって……ドウイウコトナノ……。



 

 『カレ』は、ただあてもなく歩いていた。

 

 

 もとより、そこら一帯には何か目印になるようなものも無いため、そんな状況で自身が何処へと行っているのかが分かるのであれば大したものであろう。

 

 白く、白く……どこまでも続いているのではないかというくらい「白に囲まれた空間」。前も後ろも、右も左も、ついでに上も下も白く染まっている。

 そんな空間なのだ。『カレ』自身、自分がどちらのほうから来たかなど憶えているはずがない。

 

 ……いや、『カレ』は憶えようとするだけ無駄だということを知っていたのだ。

 

 そもそも、『カレ』はこれまでにも似たような場所で似たような経験をしたことがあったのだ。

 日常の最中(さなか)、この『白の空間』に迷い込み……そしてまた別の場所へと行く。

 望もうとも望まずとも「白の空間(ここ)」に迷い込んでしまった以上、何処かへと続く『穴』を見つけ、そこへと身を投じなければならない。『カレ』は『白の空間(この空間)』をそういうものだと認識していた。

 

 そう、初めてじゃない()()()()()

 

 

 

 

 

 どれだけ歩き続けただろうか。

 ほんの数分間だったかもしれない。だがしかし、『カレ』にとっては一日中歩き続けた気さえした。

 

 『カレ』は未だ『穴』を見つけることができずにいた。

 

 

 正確には見るけることはできていた。それも複数個密集したものを。

 その『穴』たちは、まるで大きな何かが通った後、徐々に閉じて行き複数個に分裂してしまったかのようで……事実、よくよく見てみれば本当にゆーっくりとした速度で縮まっていっているのがわかる。

 

 見つけたにもかかわらず、『カレ』はその『穴』からは出ようとはしなかった。

 『カレ』の感覚器官が「大きな水」を感じ取り、本能が「その『穴』には入ってはいけない」と警鐘を鳴らしたからだ。

 故に、『カレ』は他の『穴』を探すべく歩き続けたのだ。

 

 

 しかし、歩けど歩けど『穴』は中々見つからない。以前迷い込んだ時には逆に「どれにしよう?」と悩んでしまうくらい沢山あったと『カレ』は記憶していたにもかかわらず見当たらないのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 何かが違う。

 

 

 『カレ』はそう感じていた。

 『白の空間(ここ)』が距離感や時間感覚・方向感覚があてにならない空間だということはわかっていた。だが、それにしても勝手が違い過ぎる。

 『白の空間(ここ)』が本当に()()()()()()()()()()()』なのだろうか? 実は違う()()()なのではないだろうか?

 

 ふと『カレ』は思い出した。

 「違う」といえば『白の空間(ここ)』に迷い込む少し前から違和感を薄々ではあるものの感じていた、ということを。そう、()()が違ったのだ。()()()()()鼻や口から入ってくる空気も、毛を揺らす風も、すれちがうモノタチも……()()が違った。

 しかし、『カレ』には「何かが違う」ということはわかっても「何が違うのか」というところまではわからずじまい。結局『カレ』はその違いを理解する前に『白の空間』へと迷い込んでしまい、考えようが無くなったのだ……。

 

 

 何故? どうして? 何が? どういうこと?

 

 

 疑問が尽きることはなかった……だが、『カレ』はそう思い詰めたりすることは無かった。

 立ち止まり呆然としていても何も進展しないこともわかりきっていることだ。故に『カレ』は歩き続けていくだけ……。

 

 

 そうして歩き続けた『カレ』は新たな『穴』を見つける。

 先程見つけた『穴』のような危険性は特には感じられず『カレ』はその『穴』に入ることにした。

 その先で何が待っているのか、それは当然『カレ』にもわからないが……だからといって一歩踏み出さないわけにはいかなかった。

 

 ただただ一生懸命生きてその命の限りを尽くすことが自分たちに許されたことなのだ、と『カレ』は理解していたから……。

 

 

 

 

 

 

 『カレ』は知っているつもりだった。

 世界は(ぬく)もりと優しさだけでなく、悪意と危険が渦巻いているということを。そして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 獣は力を弄び、欲には抗えず、己の領域に固執するものなのだということを。

 人は未知を嫌い、真を見ようとせず、異分子を廃するものなのだということを。

 だから恐れ、恐れられるのだと。

 

 『カレ』がそれをどこまで理解していたのかはわからない。だが、痛みと寒さの中で自分を傷つけたモノタチに「未知からくる恐れ」ではなく「体験を持っての恐れ」を抱いたことは間違い無かった。

 

 

 

 

 

 

 あたたかい……。

 

 覚醒しきれない薄ボンヤリとした意識の中で、『カレ』は様々なモノを感じ取っていた。

 

 触れられ、握られ、抱き抱えられた感触を。ガタガタゴトゴトと揺れる音と振動を。(かお)る空気と流れる風を。そして……段々と「いつも通り」に近づいていく()()の感覚を。

 

 そして、『カレ』のそばにいる『誰か』の匂いが二、三度変わったころだろうか?

 『カレ』はまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、『カレ』はまた深い眠りに入ることが出来たのであった……。

 

 

 

 

 

 

 『カレ』が目覚めたのは、果たして『カレ』がココに連れてこられてからどれほどの時間が経ってからだっただろうか?

 

 目覚めた『カレ』の目に真っ先に入って来たのは、自分が知っているのとは少し違う()()()()。自身のことを襲ってきたモノタチとも何かが違う。

 しかし、見た目での問題だが、記憶的にはごく最近に襲ってきたモノタチとよく似た存在。どうしても『カレ』はモノタチ(かれら)を恐れ、少し怯えてしまう。

 

 そして……目覚めてから少ししたころ、一人の人が『カレ』の前に現れた。

 相手は人である。『カレ』は周囲のモノタチ(かれら)に対して以上に人を恐れていた。故に、『カレ』は先程までとは比べ物にならないほど怯えきってしまう。

 そう……()()()()があるにもかかわらず、そのことが頭の中から抜け落ちてしまうほどのパニック状態に内面ではなっているのだ。

 

 

 その人は困ったような……それでいてどこか苦しそうな顔をして、その場から去っていった。

 

 

 その数分後。『カレ』の前に『カレ』と同族のモノが現れた。

 

 だが『カレ』はそれを喜んだりはしなかった。喜べなかった……というよりは、喜ぶ前に混乱してしまった、と行ったほうが正しいのかもしれない。

 『カレ』は感じ取っていた。その同族の匂いが、先程来た()()()()()()だということを。その匂いは別に嫌いではなかったのだが、人と同族の匂いが同じことに頭がついて行けず、『カレ』には呆然とするしかなかったのだろう。

 

 

 それからというものの、同じ匂いのする人と同族は、『カレ』の療養している場所によく顔を出すようになっていき……『カレ』の怯えも段々と弱まっていった。

 

 恐怖心が拭えきったたわけではない。だがしかし、ココには自分を襲ったモノタチや人と同じ種族はいるが、襲ってくる奴らはいないということを『彼』はりかいしだしていたのだ。

 

 

 そして、それとほぼ同時期に『カレ』はあることに気がつくこととなった。

 その人が『カレ』の前に現れたあの時、『カレ』が感じていた()()()()……それがなんなのか、を。

 

 

 

 

 

 懐かしい。

 

 

 あぁそうだ。これは、この匂いは……

 

 

 

 ()()

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()





 『RF3』をプレイしたことのある方なら「もしかして、○○のイベントに出てきた○○?」とか色々察せそうなお話。

 知らない方も大丈夫です!
 ストーリーの本筋に関わる重要な点ですので、今ここに書くとネタバレになってしまうので語れませんが、本編中でしっかりと説明多めで描写します。ですので少々お待ちください。
 原作的にも、この作品的にも、いろんな意味でネタバレになりそうで……でも、このあたりで触れとかないと、後々意味不明になってしまう……そんな扱いが難しいお話でもありました。


 ……どう考えても、とあるキャラの精神面がヤバいことになってそうなのは言わないお約束です。


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ロロナ【*9-1*】

 前回のお話の雰囲気? なにそれ、おいしいの?……な、感じの【*9-1*】。

 くーちゃんによる、マイス君の考察回。
 でも、『IF』のほうの『クーデリア』ルートとかでもわかるように、くーちゃんの予測とか推測は結構外れます。
 「原作マイス」と「マイス君」との違いが垣間見えるお話です。


 終盤は、トトリちゃん視点でのお話です。



【*9-1*】

 

 

***マイスの家・作業場***

 

 

 

 あたしがマイス(あいつ)に用があって家を訪れていた昨晩。突然訪れたロロナがなんだかんだ(勘違いとか色々)あって「お泊まり作戦(ツー)」とやらを実行するとか言い出した。

 それで、あたしは「朝一で仕事があるから」という()()で、ロロナ(天然)マイス(天然)の二人の事が心配になってはいたけど一応空気を読んでマイスの家(その場)から退散した。

 

 ……で、よ。

 

 今朝。『冒険者ギルド』で受付の仕事をしていたあたしのもとにロロナが一人で来た。「マイス君が顔をあせてくれなくなったのっ!」とか「嫌われちゃったんだー!!」とか涙目で言い、(すが)りついてきた。

 だから、今日は特別仕事が忙しかったりしなかったあたしが、マイスの様子を偵察()にいくことになった……ってわけ。

 

 ……まぁ、そんな役割を引き受けたのは「ロロナの頼みだったから」とか「元々、二人のことに首を突っ込んでたから」とかそういうのもあった。

 あとは、一応はロロナたちの事を考えてであったとはいえ、自分は帰るっていう選択をしたが故にその後何かあってしまったとなったら、ちょっとは負い目を感じたりもしたってこと。客観的に見ればあたしの何が悪かったってわけでもないでしょうけど……でも、あたし自身が「()()()()()何とかしてあげられるならしてあげたい」って思ってるのは事実なわけで……。

 

 

 ……と、とにかくっ! 色々思うところもあってこうして『青の農村』までマイス(あいつ)の様子を見に来た。

 

 んで、畑の様子を見ても、ちゃんと一通りの世話は終わらせている様子で、ロロナとは違って、マイスのほうは別に仕事が手につかなくなってるとかそういうことは無い「いつも通り」っぽい。やっぱり、何かあったとかロロナが何かしでかした……っていうより、またロロナの勘違いとかそこからくる認識の差で何かあった程度のことなのかしら?

 

 そう思って、またマイスの捜索を再開し……マイスを見つけたのは『作業場』の『炉』のそばだった。

 

 

 

 (つち)を何度も振るって、何やら武器を作ってるみたい。

 『炉』から漏れ出る煌々とした光に照らされながら、加工している金属へと目を向けているマイスの姿は、予想してたいつも通り……

 

カンッ! カンッ! カンッ!

 

 いつも、通り……の…………

 

カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! 

 

 ドンドン作られていく様々な種類の武器。『鍛冶』の腕を磨いているにしては種類がバラつき過ぎ、どこからか依頼(ちゅうもん)されたにしてもいくらなんでも多すぎる武器たち。

 

カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!

 

「……これは絶対何かあったわね」

 

 あたしがそう確信を持つには十分過ぎる状況(もの)だった。

 金属を鍛えるにしても、叩き過ぎな気がするくらい……なんていうか、こう……一心不乱? 一見乱雑にも見える作業光景だけど、それでも作りだしてる武器(もの)はあたしの目で見た分には一級品なのは、流石と言うべきかしらね。

 

 

 まあ、なにはともあれ、マイスには一旦作業をやめてもらわなきゃいけないんだけど……

 

カンッ! カンッ! カンッ!

 

「これ……どのタイミングで()めればいいのかしら?」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「あはは……ごめん、ちょっと集中しすぎちゃったみたい」

 

「「ちょっと」って表現は適切じゃない気がするけど……まあいいわ」

 

 名前を呼んでも(声をかけても)気付かれなかったから、大声を張り上げる――っていうのも少し気が引けたため、材料に伸ばした手を(はた)いて物理的に気付かせることになった。……別に、ワザとでは無かったとはいえ無視されたのにイラついた、とかそういうのじゃないから。

 

「そうね……」

 

「?」

 

 謝ってた最中もそうだけど、今のマイスもどうということのない()()()()()な感じではある。けど、『鍛冶』してた時の様子には違和感があったのは事実だし……。

 とりあえず、探りを……ってしてもいいけど、マイス(こいつ)相手に回りくどいことしてたら時間がいくらあっても足りなくなりそう。なら面倒だしいっそのこと「ロロナと何かあったの?」くらい率直に聞いてみた方がいいかもしれない。

 

 

「話っていうのは、昨日のことなんだけど……」

 

「昨日? もしかして例の「新種のモンスター」のことで何か新しい情報でも入ったの?」

 

「そうじゃなくて、ロロ――「うぇっ!?」――ナの……」

 

 ……待って。何、今の。

 今、あたしとマイスは対面してるわけなんだけど……「ロロナ」の名前の名前を出した時点――というか「ろ」の音が連続であたしの口から出たあたり――で、変な声をあげた。その顔は、真っ赤とまではいかないけど朱色に染まってて、表情自体は照れ笑いに近い何か……かと思えば、急に涙目になったりとコロコロ変わっていた。

 

 ロロナもデレデレし過ぎてる時もあったりするけど、「マイスが」ってだけでなんていうか、こう、一気に有り得ないものを見た気がしてくる。やっぱり普段の様子の差かしら。

 というか、「何かあった」とは思ったけどマイスのこの反応、まさかとは思うけど……いやいやっ、あのマイスよ? ()()()()()あるわけ……

 

「ロロナからちょっと話を聞いて来てみたんだけど……何かあったの?」

 

「何かあったりはしてない……わけでもないような、そうでもないような……?」

 

「はぁ……誤魔化そうとしても誤魔化しきれてないあたり、マイス(あんた)らしいっちゃらしいけど」

 

 とりあえず何かあったことは間違い無いみたい。

 それも――マイスの様子からして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「とにかく何があったのか話してみなさいよ」

 

 『冒険者ギルド』に来た時にロロナから「何をしたのか」はすでに聞いてある。その話から、どうしてマイスがこうなったのかは予想出来なくも無いけど正直決め手に欠けてた。もしかすると、ロロナが憶えてない何かがあったのかもしれないし、マイスのほうから何か聞ければ確信も持てる。

 まぁ、マイスが「ロロナを異性として意識してること」を素直に話せばなんだけども。これだけ顔真っ赤にして恥ずかしそうにしてるなら、話してくれそうもない気がプンプン……

 

「えっと、その……実は――」

 

 ……話せるの?

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 マイスから聞けた話は、ロロナの言ってたことと一部を除いてほぼ同じだった。

 

 

 マイスが『離れ』から戻って来たら、ロロナがサイズの少し小さめのパジャマに着替えていたこと。

 だた、マイスは「見てはいけないものを見てしまった気がする」と呟いていた。受け取り方によって印象がかなり変わる言葉だけど、顔を一層赤くして言ってたから……まあ、そういうことだったんだと思う。あたしもちょっと見てみ――――

 

 あと、あたしが冗談半分に言た、『離れ』で一緒に寝るということ。

 このあたりは二人の言ってたことにほぼ違いは無かった。ロロナはマイスの申し出に驚いたらしいけど、マイスのほうはといえば、あたしが言った時がそうだったように楽しそうだから程度の感覚だったらしい。

 

 そして……二人の間で話が大きく違っていたのは寝た時・起きた時の話だった。

 その要因は「どっちが早く寝付き、どっちが早く起きたか」ということっぽかった。今回の場合、寝るのも起きるのもマイスのほうが早かったみたい。

 夜、マイスが先に寝てしまってからロロナがマイスの布団に潜り込んでから手を繋いで……朝、マイスが起きるとまだ寝ているロロナに手足でガッチリ抱きしめ(ホールド)られてた(されてた)そう。なにそれうらやま……けしからん。

 

 

 ……と、まあまとめるとそんな感じの話だった。

 

 納得できなくはない……けど、聞いている内に疑問を感じてしまったのもまた事実だったりする。

 

 

 第一、マイスがロロナの事を意識するきっかけも薄い――常識的に見ればアレだけど――気がする。

 

 そもそも、ロロナとマイスって、昔から何処かの誰かさんが心配したりするくらいには距離感が近い。出会った「王国時代(初期)」から冒険中に手を繋いだりとか抱きついたりとか、そういうスキンシップは普通にあった。ここ数年はロロナのほうが大人として自覚が出てきたのか……はたまた、対象がマイスよりもトトリとかソッチへとむいていたからか、少し付かず離れずといった感じの時期もあるにははあったけど。でも、マイスのほうは、今も昔も変わらず自分からスキンシップをしたりするほど積極的ではないものの、そこまで拒んだり照れたりすることもなかった印象がある。

 

  それに、ロロナのパジャマ姿(服装の変化)程度で反応を示すか、っていうのも……ああ、いやでも「見てはいけないものを見てしまった気がする」って言ってたわけだし、少なからず影響があったのは確かではある。

 でも、そんなのだったら『アランヤ村』であった『水着コンテスト』の水着姿の時にもっと()()()()()反応があってもおかしくなかったんじゃないか?って気もする。

 

 

 そして、最後に……

 

「はぁ…………」

 

 話していくにつれて()()()()()()()()()()マイス。

 ……って、何でよ!?

 

 

「どうしたのよ?」

 

「いや、ね。()()()()()()()()()()()()……」

 

「……は?」

 

 顔を伏せ気味にして神妙な顔をしたかと思えば……マイス(こいつ)はいきなり何言いだしてるのかしら?

 

「まあ、色々と無茶苦茶で周りを振りまわしたりすることがあるのは否定しないわよ? でも、それであんたが最低な奴だって言いだしたら、世の中、どれだけの人が「最低」になると思ってるの」

 

「そんなこと無いと思うけど……? 僕はロロナのことを……ううん、ちょっとドジなところもあるけど、昔から良い娘だったって思ってるよ! でも、その……そ、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……確かにそういうのは、あたしとしてはコメントし辛い部分ではあるわね。でも、そのくらいマイス(あんた)くらいの年頃の男なら、好きな子相手にはそのくらい普通なんじゃない?」

 

 面と向かっては言えないけど、今の今までそういうことが全く無かったことのほうがおかしいんじゃないかって気さえする。というか、あたしとしてはロロナを意識しだしてることに確かに驚きはしたけれど、逆に安心感もおぼえたくらいだし……。

 けど、当のマイスはあたしの言葉を聞いてもなんだか納得できていない様子。一体、どうしてそこまで自分が持った好意を卑下するのかしら?

 

 

「でも……()()()()()()()()()()()

 

「悪いって、何がよ?」

 

「だってさ――――

 

 

 

 

 

     ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ニッコリと、でもどこか悲しそうな様子で笑うマイス。

 そんなマイスの表情を見て、言葉を聞いて、あたしは――――

 

「そんな相手に好意を向けられてもロロナも困るだけだよ。それに……僕は、お祭りとか学校とかみんなで色々して賑やかに騒いでいる今で、十分幸せなんだ。それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――――「アホがいる」、そう思った。

 

 

 いや、だって……ねぇ?

 本人(マイス)は大真面目なんだろうけど、色々と間違えてるっていうか絶妙にすれ違ってしまってる。それを差し引いたとしても、根本的に考え方がひど過ぎる気がしてならない。

 

 けど、そう思いながらも、実際はあたしの頭の中では「カチリッ!」と何かがしっかりと噛み合ったような音が鳴っていた。

 

 

 冒険にも出かけたり、なりゆきとはいえ農業で一から村を起こしたり、毎月のように様々なお祭りを企画したり……世間一般のマイスへのイメージって、「活発」だったり「挑戦的」や「好奇心旺盛」などといったものを思い浮かべがちだと思う。

 

 けど、あたしは「実は違うんじゃないか?」って()()()()()()()()()

 そして今のマイスの話で違うって……それだけじゃないんだ、って確信した。

 

 

 マイスは結構「臆病(怖がり)」なんだと思う。特に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 思えば、『ハーフ』であることをロロナをはじめ、周りの親しい部類の友達にも中々明かそうとしないのも、そういうところからきているんじゃないだろうか。

 「今のままでいい」、「関係を壊したくない」……いっつも柔和な笑みを浮かべていて頭の中がお花畑な印象さえあったりするくらいお気楽に見えさえするマイスだけど、案外、そんなネガティブなことを考えていたなんてこともありえなくはない。

 

 あぁ……でも、どうだろう?

 いつもではなかったのかも? 本人の自覚がどこまであったかは定かじゃないけど、今日がそうだったように他の事に没頭することでネガティブな(そういった)考えを頭の片隅に追いやっていたのかもしれない。

 

 それに、ロロナへの気持ちにだって、聞いてるだけでも感じた事はある。

 「友達だから」、「弟分だから」って言ってるけど、それはあくまで「マイスの想像したロロナの都合」であって……マイスの本心は、いっこうに言えない『ハーフ』の件で負い目があったり、不安があるから……なんじゃないかってあたしは予想できた。

 

 まぁ、そもそもロロナへの好意を「モヤモヤしたよくわからない気持ち」なんて言ってるあたり、自分(マイス)自身でもロロナに対して自分が抱いている意識を理解しきれてない可能性も十分あり得るけどね。

 

 

 ……つまりマイスは、ただの「活発・天然・鈍感・純粋青年」なだけではなく、「ネガティブ」だとか「実は演技派」といったものを足したくらいだったりするのかもしれない。

 そう考えると、恋愛事(そういうの)に全く興味無しに見えて、実は頭の片隅に抑え込んでるだけで普段から色々妄想とかしてたり……けど、それでも異性(あたし)に対して異性への想い(こういうこと)をこうもペラペラと話せはしないだろうし、それはないか。

 

 

 

「……結局、わかったようでわかんない所も結構増えた感じね」

 

「えっ?」

 

「気にしないで、コッチの話だから」

 

 

 確かなのは、マイス(こいつ)が色々こじらせちゃってて、面倒くさいってこと。

 今はそれをどうにかするかして、ロロナとの関係を修復させること、それが最優先事項よ。

 

 とは言っても、正直なところマイスが変に意識し過ぎちゃってるだけっぽいし……いっそのこと、このまま二人をぶつけさせるくらいの勢いで再会させたら手っ取り早いんじゃないかしら?

 きっと、この調子だと、本人同士が知ってないだけで互いに好意自体は抱いてるわけだから、マイスのほうに少し気をつけとけば結構スムーズに行くと思うんだけど……。

 

 

 しかし、なんとなく一筋縄ではいかない気がして、あたしは気付かないうちにため息を吐いてしまっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

「あれ? どうしたんだろ?」

 

 ちょっと用があって出かけてたんだけど……先生のアトリエへと帰ってると、そのアトリエの前でちむちゃんたちが何やら集まって会議をしてた。

 

 うーん……この距離で聞こえないってことは、結構小声で話してるみたい。

 私もちむちゃんのそばまで寄って、しゃがんでから小声でちむちゃんたちに声をかけた。

 

「ただいま。どうしたの、こんなところで。なんで中に入ってないの?」

 

「ちむ?」

「ちむーむー」

「ちちむ~」

「ちむっち」

 

 ふんふん、なるほどなるほど……。

 

「アトリエの中の空気がなんかいつもと違ったからいられなかった? なんだろ? またロロナ先生がボケーってしちゃって、調合に失敗したり変なモノでも作っちゃったのかな?」

 

 よくわからないけど、とりあえず入ってみないとわからないよね……。

 でも、毒とかガスとか危ないものが充満してる可能性もあるし、いちおう安全確認をしながら慎重に(ゆっくりと)入っていかないとかな?

 

 

 

「よしっ」

 

 私は入り口の扉をゆっくり慎重に少しずつ開けていき、まずは隙間から少し覗く程度で見てみる。

 

 …………。

 

 正面方向にある釜は……使われてないみたいだし、爆発とかの痕跡も入り口(ここ)からじゃあ確認できない。なんともなさそうなんだけどなぁ?

 じゃあ、いったい何があったんだろ?

 

 とりあえず毒やガスといった危ない物の気配はなさそうで一安心し、本格的に調べようと思って、アトリエに一歩踏み込むためにいつも通り扉をしっかりと開けようとし――

 

 

 

 ――何かが倒れ込むような音を聞いて、その手を止めた。

 

 聞こえてきた方向は入り口から見て左手のほう。いきなりのことに驚いちゃいながらも、私はゆっくりと隙間からソッチのほうを覗き…………見えた。

 

 

 

 ソファー。

 そこに()()()()()仰向けに寝転ぶような体勢でいるんだろうロロナ先生。

 そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………

 

 

 ヒュッ

 

 

 私の心臓か何かが、どこかわかんない所へ引っ込む(落ちていく)感覚と幻聴があって……私は静かにかつ素早く扉を閉じた。

 

 

 息をするのも忘れてしまいそうで……でも、視線を感じて、視線を斜め後ろやや下へと向ける。すると、私の事を見上げてきてるちむちゃんたちと目があった。

 ……タイミング的に、ちむちゃんたちが何を見たのかはわからない。でも、わたしは無言のまま、視線と身振り手振り(ジェスチャー)でなんとかちむちゃんたちに今の気持ちを伝えようとする。

 

「…………」

(むり、あだるてぃ、わたし、わからない)

 

「「「「…………」」」」

 

 ちむちゃんたちの返答は、無言のブンブン首振り。

 どうしろっていうの……!?

 




 男はみんな狼なのさ★


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ロロナ【*9-2*】

  投稿遅れてすみませんでした!すみません! 作業中に寝落ちしちゃってました!


 終盤、途中で視点が変わりますのでご注意ください


追記
Twitterで告知したように、明日5/3に『IF』の『クーデリア【5-2】』更新予定です。


【*9-2*】

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

「うー……う~!」

 

 朝、くーちゃんのところに駆け込んでからどれだけの時間が過ぎたか……よく憶えてないけど、すーっごく経った……わけじゃないっぽい。

 まだお昼にもなって無いはずなのに、一日くらいアトリエの中をウロウロしちゃってるような気がする。

 

 

「くーちゃん、遅いなー。やっぱり、マイス君が怒ってたりしたのかなぁ?」

 

 私の話を聞いてくれた後、すぐにくーちゃんはマイス君の様子を見に『青の農村』へと行ってくれたんだけど……未だに(こっち)に帰ってきてないみたい。

 いや、まさか、帰ってきても私のところに報告に来てくれないとか、そんなこと無いよね……? ちゃんと、マイス君がどうしてたかとか、教えてくれるよね!?

 

「うーん。色々心配だし、やっぱり一緒に行ってたほうがよかったんじゃ……でも、マイス君が私を避けちゃってたら会えないかもだし、こそこそ隠れてついて行ってそんな所をマイス君に気付かれちゃったら、いっそう嫌われて顔を見てくれないどころか何にも喋ってくれなくなるかも!? そんなことになったら、私……!」

 

 絶対、立ち直れなくなっちゃうよ……!!

 

 逃げられたりしないように不意打ちで目の前に立って、それで真っ先に謝って……でも、謝るっていっても、なんでマイス君が顔も合わせてくれなく(あんな風に)なったのかはわかんないままなんだよね……。理由もわかってないまま「とりあえずで謝る」なんてことしたら感じ悪い気がするし、それこそマイス君を怒らせちゃうかも。

 

 

 

 きっと、私が何かマイス君を怒らせちゃうようなことをしちゃったんだと思うけど……

 

「もしかして、私、イビキがうるさかったりしたのかな?」

 

「前に野営した時に聞いた限りじゃあ、ロロナの寝息は静か……というか、かわいらしかった気がするけど?」

 

 かわいいかどうかはわかんないけど、これまでにそういうことを指摘されたりしたことは無いのは無いからなぁ。

 

「それじゃあ、寝相が悪くて寝てる間に蹴っちゃったとか……言われたこと無いけどなぁ~?」

 

「そうだね。良かったとも言えないけど、それでもそんなに激しくは動いたりはしてなかったかな」

 

 まあ、そんなに動いちゃうんだったらアトリエ(ここ)のソファーで寝てた時に、床に転げ落ちちゃうよね。そんなことがあった記憶は無いから、やっぱり「寝相が悪くてー」ってわけじゃないかぁ。

 とすると、あとは……

 

「ああっ!! マイス君と一緒に『パイ』作って食べる夢てたから、寝ぼけてマイス君のこと(かじ)っちゃった!?」

 

「本当に齧ってたかどうかは知りようがないけど……とりあえず、夢でも君に見てもらえてる彼にちょっと嫉妬しちゃうかなぁ?」

 

 うう~ん? 私の歯形っぽいのは、マイス君のどこにもついてなかったと思うんだけど……まさか、よく見れなかった顔に? 例えば、顔の中で噛みつきやすそうな鼻、とか?

 

 

 ………………………………。

 

 ……………………?

 

 …………っ!?

 

 

「ええっ!? だっ、誰ぇ!?」

 

「誰って、顔も忘れられたとなると流石に傷つくんだけどな」

 

 そんなことを言って肩をすくめてるのは――さっきまで独り言だった私の呟きに答えてた人――いつの間にかアトリエに入ってきてたタントさん。……って、ホントいつの間に入ってきたんだろ……?

 

 

「で、どうしたんだい? なんだか難しい顔しちゃってさ」

 

 タントさんがそんないつも通りのかるい感じの口調で聞いてきて、私はちょっとだけ悩んだ。

 とは言っても、今回はマイス君に対して私が何か失敗しちゃったってだけの話だし、別にそんな隠すことでもない気もする。だから、()()()()()話しちゃうことにした。

 

「実は――」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「――ってわけで、今はくーちゃんが様子を見に言ってくれてるんです」

 

「ふぅん……」

 

 私の話を聞いてたタントさんはあごに指を当ててなにやら考えるようなそぶりをしてた。

 

 ……()()()()()()()……?

 

 なんで私が悩んでたのか、っていう話はした。ただ、「マイス君と一緒の布団で寝た」ってことは流石に話さないでおいた。だって、私としてはまんざ……別に悪くはないんだけど、噂なんか立っちゃったらマイス君に迷惑かなーって。

 ……嫌がられたら、それはそれで私がキツイし……。

 

 とにかく、言ってないから大丈夫なはず。

 ……でも、何か忘れちゃってるような、見落としちゃってるような……?

 

 

 

「ねぇ。クーデリア(あの娘)に行ってもらったのって、朝の結構早い時間だったんだよね?」

 

「えっ、あ、はい。そうですけど……?」

 

 「何かあったっけ?」って考えているところにタントさんから声をかけられて、ちょっと慌てちゃいながらも返事をする。

 

「移動時間を考えると、まだ帰ってこないっていうのもあり得なくは無いけど……案外、『青の農村(むこう)』でマイス()とのんびりお茶でもしちゃってたりするんじゃない?」

 

「のんびり、お茶……?」

 

「ほらっ、あの二人って何だかんだ言って相性ピッタリに見えない? 二人でいることも多いし、なんていうか「気の置けない仲」って感じ」

 

 た、確かにっ! 昨日もそうだったけど、マイス君のところに行ったらくーちゃんもいた、ってことは昔から時々あった気もする……。

 

「はっ!? ま、まさか……!?」

 

 くーちゃん、私がこうして悩んでる(すき)にマイス君を独り占めして……!?

 

 

―――――――――

 

***マイスの家(妄想 byロロナ)***

 

 

「うわ~ん、クーデリア~! ロロナが、ロロナがいじめてきた~」

 

「はいはい、大丈夫よー。あの子が勝手に来ないようにアトリエで待っておくように言ってあるから」

 

「クーデリア~! クーデリア~!」

 

「さぁ、嫌なことはお酒で忘れちゃいましょう。今日は多少飲み過ぎるくらいでいいわよ。心配しないで、もし酔いつぶれちゃってもあたしが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からねー?」

 

「クーデ……ううん! クーちゃん! 大好きだよっ!!」 

 

「うふふふふ」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「マイス君が、盗られちゃう~!?」

 

 お、おおお、落ち着いて私っ!! これはあくまで想像の世界の話で……!

 

 そ、そうっ! だって、昨日くーちゃんが言ってたじゃない! 「あたしはマイスを狙ったりしてない」って!

 だから大丈夫。心配しなくたって、そんなことには……

 

 ……って、あれ?

 

「「くーちゃん(から)マイス君」はありえなくっても、「マイス君(から)くーちゃん」は全然ありえるってこと~!? やだー!!」

 

 そうだよ!? マイス君がくーちゃんのことを好きになるってことは普通にあるんだった! っていうか、可能性的には大きい気がする……。

 だって、くーちゃんってカワイイんだよ? なんだかんだ言って優しいんだよ? お仕事だってイッパイできるし、戦っても強いし、色々知ってて頭もいいし!

 

 ……あれ? なんか本当に有り得そうな気が……?

 

「でもでもっ! マイス君って鈍感だし! 恋愛関係(そういうこと)全然わかってなさそうだから! 大丈夫! ダイジョウブ……な、はず…………」

 

「……ロロナ?」

 

「はっ!?」

 

 い、今、どこまで口で漏れちゃってた!? わかんない!

 

 と、とにかく! 恥ずかしいし、勢いでも何でもいいから誤魔化して……!!

 

 

 

「あの、これはーそのっ! 何でもないっていうか、フィリーちゃんの真似っていうか――――()()()()!?」

 

 

 

 いきなりのことで……なんて言ったらいいんだろう?

 

 ちょっと浮いたような……ううん、本当に浮いてたのかもしれない。

 続くようにして、背中から何かにぶつかったような感触。そんな痛かったりしたわけじゃないけど、衝撃がポフンッって感じであって、身体の中の空気()が一瞬押し出されちゃったような少しだけの苦しさも感じた。

 

「――やっぱり、って言うべきかな?」

 

 ちょっとむせながらも、衝撃で反射的に閉じちゃってた()を開けて周りをみようとし……そこで手首辺りが押さえつけられたような感覚が……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、目の前には――――いつものにこやかな表情とは違う、鋭い目をした()()()()()が。

 

「目の前で話してても、隣にいても、なかなか僕だけを見ていてくれないのは分かりきったことだったさ。……でも、ロロナが一生懸命に打ち込んでる姿は僕も嫌いじゃなかったし、国を動かす側になって君のその手助けをしたいとも思った」

 

 えっ、どういう状況……?

 あれ? これはソファー? 私、今ソファーに……?

 

「えっ、ちょ――」

 

()()

 

 

 押さえつけてる手がギュっと閉じて握りしめられる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。『錬金術』ならまだしも、()()()()()()()()()()()()()

 

「っ」

 

 

 

 

 

 数秒くらい……かな?

 そのくらいの間をあけて、右手を押さえてたタントさんの左手が離れた……けど、その右手を私は動かせなかった。

 

 動かしたかった。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから動かせなかった。

 ()()()……

 

 

「タントさ――」

 

「……なんて、ね?」

 

 

 スッっと、タントさんの顔が離れる。

 その口元は笑ってたけど、目は髪型が少し崩れてしまってるせいで目元まで長髪がかかってしまってて、ちゃんとは見えなかった。

 

 

 私が何か言うよりも先に、押さえつけてきてたタントさんの右手がクルリと向きを変え、優しく手を握り直してそのままその私の左手を引いて私の上体を引き起こしてくれた。

 左手で自分の前髪をかき上げながら、タントさんは喋りはじめる。

 

「なんだか、こうやってロロナを()()()()のも、随分と久しぶりに感じるね」

 

「もぅ、からかうって……ホントにもう、タントさんはしかたのない人ですね。でも、それにしては乱暴すぎませんか?」

 

「ああ、ゴメン。久々過ぎて気持ちが……いや、加減がわかんなくなってたみたいだ。本当に申し訳ない」

 

 私が口をとがらせて言うと、タントさんはいつもの調子で行った後……大きく頭を下げて謝ってきた。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()()?」

 

「………………()()()()

 

()()()()()()()()()()?」

 

()()()()()()()()()()

 

 顔をあげないまま、私の問いかけに答えるタントさん。その顔は私からは全然見えない。

 

 

「そう、ですか? うーん……私の勘違いだったならいいんですけど……」

 

 「でも」と続けるよりも先に、タントさんが動いた。顔を上げて……でも、一緒になって反転したから、最後にちゃんと私に見えたのはタントさんの後ろ姿だけ。そのままタントさんはアトリエの玄関口へと歩いて行った。

 

「ロロナ」

 

「……? はい、なんですか?」

 

「ありがとう。それと……頑張れ。彼はキミのことを待ってると思うよ」

 

 ノブに手をかけたところで振り返って……ちょっと変な笑顔を浮かべてた。

 

 

「タントさん……やっぱり…………ううん、違うよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

『もしかして、私、イビキがうるさかったりしたのかな?』

 

 悩むロロナの姿はとても愛おしく……そして、僕ではなく彼を案じてであるという事実が僕の奥底で炎をくすぶらせ……

 

 

『実は――』

 

 悩み混じりに彼との思い出を語るロロナの笑顔がとても愛らしく……僕との思い出を語る時も同じ笑顔を見せてくれるのだろうか? と考え、不安に胸を締め付けられ……

 

 

『マイス君が、盗られちゃう~!?』

 

 彼を想い、妄想で焦り慌てふためく姿は、好きなロロナであるはずなのに、とてつもなく嫌いな「何か」であるように見えた。

 

 

 

「……ハァ」

 

 

『っ』

 

 僕の言葉に、驚き目を見開いた表情(かお)。しかし、その奥に見えたものは――

 僕はその顔をやはりというか、好きなものではかった。

 

「あの表情も好きになれたら、また違ってたのかなぁ……」

 

 関係が好転するとは思えないのがまた笑えるところではある。僕自身はちっとも笑えそうにないけど。

 

 

『……()()()()()()()()()()()()()?』

 

()()()()()()()()()()?』

 

 あの時、彼女はどんな顔をしていたんだろうか?

 「嫌われたくない」という気持ちもあるが、「嫌ってくれれば、諦めようもある」と思っている僕がいる。

 

 

 いや、それくらいの差は今更なんということもないだろう。そもそも、僕の中で大きく変わる時期があったとすればもっと前…………ん?

 

 

 

「…………」

 

「「「「ちむ~……」」」」

 

「ロロナの弟子の……あと、ホムンクルスの子たちか。どうかしたかい……って、聞くまでもない、か」

 

 ちょっと赤くなっている顔色。警戒している目。手に持っている何かの薬品が入ったビンとあと爆弾。

 最後のはひとまず置いておいたとしても……残りの要素からして……。

 

「もしかして、さっきのアトリエでのこと、見たり聞いてたりした?」

 

 僕の問いに、一同はほぼ同じタイミングで頷いた。

 

「最初のほう何を話してたのかとか、途中の詳しい事情まではよくわからなかったんですけど……でも、ああいうのは、その……よくないと思います」

 

「ちむっむ、ちむー!」

「ちーむ!」

「ちむちー、ちちむっ」

「ちむちむ!」

 

「……まあ、その辺りは自覚もしてるから、さ。本当に許されるとは思ってないし、()()()()許されようとは思ってないから、今はとりあえず目を瞑っててくれないかな?」

 

 

「む、むぅ……先生も一応許したっぽかったですし、先生が許してるのに私が勝手に何かするっていうのも、確かにおかしいですけど……でもっ」

 

「ちむ! ちちむちむちっち!」

「ちむちーむっ! ちむちーむっ!」

「そうだそうだ! ロロナが許そうとも、この私が許すはずが無かろう!」「ちむ!?」

「ちむみっ……む?」

 

 

 何か、今、変な声が……

 

 

「えっと……ちむちゃんたちって、普通に話せたっけ?」

 

「ちむむ?」

「ちむ?」

「ちーむちむ?」

「ちちむ~」

 

 いや、でもさっきの声はどこかで…………

 

 

「……まさか!?」

 

 




書きたかったことをちゃんとかけているかが不安な今日この頃。
加筆修正するかも、です。

えっ、最後?
そこは変わりませんよ


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ロロナ【*9-3*】

最後まで納得いかず時間過ぎてもいろいろ変えちゃったお話。


最初は第三者、途中からマイス君視点です。


【9-3】

 

 

***職人通り***

 

 

 

 「キイィ……」と扉の蝶番が軋む音がしたのは『ロロナのアトリエ』。そこから出てきたのは、つい先程までアトリエ内でタントリス(トリスタン)と話していたロロナ。

 そんなロロナは出てすぐに、通りを雑貨屋のある方面へと歩いて行こうとしたが……その前に、とある()()が視界に入り彼女(ロロナ)は足を止めた。

 

 

「あれ? トトリちゃんにちむちゃんたちも……アトリエの前なんか(こんなところ)でどうしたの?」

 

「ああっ、先生! ええっと……それは、その、色々あったというか……」

 

 少し顔を赤くして慌てふためきながら答えるトトリ。

 そんな弟子の姿を見て、ロロナは首をかしげた。すぐに答えを導き出せた某大臣ほどは察しが良いわけではないらしい。

 

「……つまり?」

 

「実は、ついさっきトリスタンさんに会ったんですけど……そのトリスタンさんがいきなり現れた女性に連れてかれちゃったんです」

 

「ちむっ、ちむ!」

 

 ロロナとトリスタンのやりとりを覗いていたことなどは伏せ、言葉を選んだ末にそう発言したトトリ。そのトトリに同調するようにちみゅみゅみゅちゃんも頷いた。

 

「タントさんが? 連れてかれたってことは、たぶんその女の人は国勤めの人なんだろうけど……またお仕事抜け出して来てたのかなぁ?」

 

「「また」って……あの人、一応この国の大臣さんなんですよね? 大丈夫なんですか?」

 

「あはははっ。大丈夫かどうかはおいといて、タントさんにはよくあることだから。トトリちゃんは気にしなくっていいよー?」

 

「は、はあ…………あれ?」

 

 

 「ええ~?」といった様子で、呆れ顔で脱力したように肩を落としていたトトリだったが、不意にピタリとその動きを止めた。その視線はロロナの顔に定まっており、目を少し見開いてハッとした後、そのまま心配そうに顔を歪めた。

 トトリがそうなった理由がわからず、ロロナはキョトンとした。

 

「やっぱり……? あのっ、ロロナ先生」

 

「ん? どうかした?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「えっ?」

 

 トトリとしては半分、確信に近いモノはあった。

 「異性から押し倒される」なんてことがあった後だ。最終的に一応は()()()()()()()になったとはいえ、流石の自分の先生(ロロナ)も内心いつも通りにはいかないんだろう……そう思ったのだ。

 それを裏付けるかのように、ロロナの表情(かお)には普段の「明るさ」というものが欠けているように()()()()()()()()。だが――――

 

「うーん……? そんなこと無いと思うんだけどなぁ?」

 

 当のロロナ自身は、自分がそんな状態だとは思っていなかったため、トトリの言葉にわずかにだが首をかしげてしまった。

 しかし、同時に「そう見られてしまった原因であろう事実(モノ)」には彼女(ロロナ)にしては珍しく心当たりがあったため、「けど」と言葉を続けたのだった。

 

「えーっとね、元気が無いとか無理してないよ? 確かに色々あってちょっとグチャグチャーってなってる気もしなくはないんだけど……レシピ考える時よりも、いっぱい考えて、いっぱい悩んで……ここらへんがキューってなって頭が痛くなっちゃいそうなくらい」

 

 眉間のあたりを指差して、()()()「えへへっ」と()()()()()()()ロロナ。

 

 

「けどね……()()()()()()()()()()()()()()。私は――――――()()()()()()()()()

 

 

 ハッキリとした口調でそう言った後、ロロナは気合を入れるかのように両手でパシンッと自分の両頬を叩く。そして、そのままその手で胸の前で握ろ拳を作った。

 その眼は、先程までの柔らかな眼とは打って変わって、奥底にゆらめく火が見えるかのような力のこもった眼になっていた。

 

「だから、行ってくるね! トトリちゃん、悪いけどアトリエのことよろしくっ!」

 

 そう言うと、ロロナはそのまま駆け出していってしまった。

 

 

 そんなロロナの姿をトトリとちむちゃんたちは少々唖然としつつも見送っていた。

 

 トトリとしては、内心冷静でもいられなくなっていつも以上に残念な感じにロロナがなっていると踏んだのに、思っていたよりも元気そうな姿に驚いてしまっていた。 

 だが、先程のロロナの笑顔が、「天真爛漫」という言葉が似合う普段の笑顔とは違っていたのも確か。全く何ともないわけでもなさそうなのだが……それでも、しっかりと前を向いて立っている、歩けているというのは……。

 

「大人の余裕……とはちょっと違うか。でも、先生も先生で色々考えてて、それで一生懸命頑張ってるんだよね」

 

「ちむ」

 

 トトリの呟きに、ちむまるだゆうくんが頷いた。

 その返事を聞いてか聞かずか、トトリは短くため息を吐く。

 

「先生とマイスさんがどうなるか、すっごく気にはなるけど……先生に悪いよね」

 

「ちぃーむ! ちむ、ちちむ!」

 

「そうだよね。あんなカッコイイ目で「行ってくるー」なんて言われたのにコソコソ追いかけてくなんて、私には出来ないよ。だから……アトリエで待っとこっか?」

 

「「「「ちーむー!」」」」

 

 そう言ってトトリたちは留守番を任された『ロロナのアトリエ』へと入って行く……。

 

 

 

 

 

「そういえばあの女の人、私に「弟子2号」なんて言ってきたけど……人違い、だよね? 初対面だし」

 

「ちむー?」

 

 トトリの疑問に答えられる人はそこにはいなかった。ただ、ちむドラゴンくんが「さあ?」と首をかしげて……バランスを崩し倒れそうになるだけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 

 所変わって『マイスの家』。その名の通り、マイスが住んでいる家である。

 

 玄関を入ってすぐにあるリビングダイニング。そこには、家の主であるマイスと、今朝ロロナに泣き付かれてマイスの様子を見に来たクーデリアが。

 そんな二人が、いったい何をしているのかというと……。

 

 

「目ぇ瞑った? じゃあ深呼吸……吸ってー……吐いてー……」

 

「すぅ…………はぁ…………」

 

「今、あんたの目の前には……一緒にお喋りしたり、ゴハン食べたり、冒険したりする()()()()()()()のロロナがいるわ」

 

「……っ!」

 

 

「「…………」」

 

 

 目を瞑ったまま、落ち着いた様子だったはずのマイスの顔が「ボフンッ」という効果音が聞こえてきそうなほど、一気に赤く染まり……二人の間に何とも言えない沈黙が流れた。

 その沈黙に耐えかねたように、肩をフルフルと震わせていたクーデリアが、口を閉じ抑えこんでいた言葉を爆発させる。

 

 

「あ・の・ね・え? ようやく意識するようになったかと思えば、なぁーんであんたは名前出しただけで反応するくらい過敏になっちゃってるのかしら!?」

 

「えぇ……その、ごめん」

 

「これで何度目? 頭がそのまま下半身に繋がってるような下衆野郎じゃなくって、純粋(ピュア)過ぎてのことだってのは今までの付き合いから「分かってる」というより「信じたい」けど……でも、いくらなんでも度が過ぎると気色悪いわよ?」

 

「かはんっ!? それに、気色悪いって……」

 

「あたしに言われたくらいで一々凹むなっ! ああ、もう……なんで()()()()は揃いも揃って面倒くさいのかしらねぇ……」

 

 関係改善云々の前に、ロロナと面と向かって会話もできない状態ではどうしようもないだろう……ということで、クーデリアは言葉巧みにマイスを誘導し、まずは「イメージトレーニング」でマイスの状態の改善を行おうとしたのだが…………今のところの結果は、見ての通りだった。

 

 

 クーデリアが声を荒げるのも仕方のないことだろう。それほどまでに、マイスのロロナへの意識が良くも悪くもヒドイのである。

 

 そもそも、双方(ロロナやマイス)の気持ちを知っているクーデリアからしてみれば、「嫌われたんじゃ……!?」と不安がり慌てふためくロロナも、「僕が異性として(そんなふうに)好かれるなんてあるわけがない」と勝手に決めつけ自己完結してしまっているマイスも、見てて呆れてため息が出てくるほどのものだろう。特に、今先程本人の意思を知ったばかりのマイスはともかく、ロロナにはこれまでにも色々と付き合わされてきた。

 それでも変に投げ出したりせず、こうして最後まで付き合おうとしているのは、クーデリアの元来からの性格か……それとも、二人と浅くなく有る「(えん)」ゆえにか……。

 

 

 そんなクーデリアでも匙を投げてしまおうかと思ってしまうほどどうしようも無いマイスの様子に、彼女は頭を抱えてしまった。

 

(いっそのこと、密室か何かに閉じ込めたりして、無理矢理にでも二人っきりにしてしまったほうが手っ取り早い上に二人(ロロナとマイス)のためになるんじゃないかしら……?)

 

 クーデリアが、『錬金術』や『魔法』を持つ者に対して効果があるか微妙なことを考えはじめていた……ちょうどその時、玄関戸のほうからノックが聞こえてきた。

 

 

 家の主であるマイスが返事をする――よりも先に……というか、ノックの後、ほぼ間髪入れずに扉は開かれた。

 そこにいたのは――――

 

 

「おじゃましまーす」

 

 

 ――――ホンワカとした調子でそう言うロロナだった。

 

 突然現れたロロナに、クーデリアは朝のあの情けない様子と違うロロナに驚きつつ、()()()()()()()…………マイスは「ロロナが来た」というだけでカッチカチに固まってしまった。

 

 

 来訪者ロロナを見て、クーデリアがデジャヴを感じていたが……先日とは色々と状況が異なっていた。

 朝か、夜かなどといった時間帯の違い……などではなく、重要なのはロロナとマイス。先日は来訪したロロナが地に足がつかない様子だったのに対し、今日は家主であるマイスのほうが地に足がついていない。

 だからと言って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。

 

 

「ちょっと、ロロナ――」

 

 いきなりのことに数秒固まっていたクーデリアが、復活してすぐにロロナに声をかけようとした……が、意図してか否か、それに被るようにロロナのほうからもクーデリアへと喋りかけたのだ。

 

「ああっ、くーちゃんゴメンね。お仕事でも色々無茶言ったのに……やっぱり私、自分でお話ししたいかなーって」

 

「――まっ、ロロナがそうしたいって言うなら、あたしは別にいいんだけど……」

 

 さっきまで声を荒げてまでマイスをどうにかしようとしていたクーデリアだったが、ここではあっさりと引き下がった。

 相手がロロナだったからだろうか?

 それとも、少し申し訳無さそうに言いながら浮かべられた微笑み……その眼の奥にある光が、幼馴染でも見たことの無い柔らかくも力強さが感じられる……「決意」を感じられるモノだったからだろうか?

 

 

 なんにせよ、ロロナの意思をくみとったクーデリアは、ロロナと入れかわるようにして玄関から家の外へと出て行こうとする。その前に、一言だけ言い残して。

 

「それじゃあ、あたしはお役御免ってことで、」

 

 肩をほぐすかのように軽く肩を回しながら出て行くクーデリアに「え、ちょっ!」と驚きつつも視線で必死に助けを求めるマイス。……だが、クーデリアはマイスに対してあえてヒラヒラと手を振ってみせるだけで、そのまま出て行くのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***マイスの家***

 

 

 

 二人きりになった。

 それも、ロロナと。

 

 これまでに、同じように二人きりになることは普通にあったのに、どうしてこんなにも顔が熱くなるんだろう。目の前にいるはずのロロナの顔を見ることが出来ないんだろう。

 恥ずかしさも当然あるんだと思う。けど、()()()()()()()()気がするのも、また事実だ。

 

 この場から逃げ出したい。そうすれば、この苦しさを感じるほど胸を締め付けられるような感覚を少しは緩められる気がするから。

 でも、逃げたくない。クーデリアが言っていたように、こんな僕じゃあダメなんだ。自分のしなきゃいけないこともできずに、ロロナの事ばっかり想っているだなんて。ちゃんといつものように――――

 

 

 

「ゴメンね、マイス君」

 

 

 

「えっ」

 

 ロロナの口からいきなり出てきた謝罪に、僕は呆けた声を漏らすことしかできなかった。

 って、あれ? なんでロロナは僕に謝って……? むしろ、悪い事してるのは僕のほうで……

 

「あっ! 今のは、アレじゃないんだよっ? マイス君を怒らせちゃうようなことしちゃってたからじゃなくてね。……ソッチも本当は謝らなきゃいけないんだけど、私バカだからどうしてかわかんなくって」

 

「……何の話なのっ?」

 

 いやいやいやっ!? ど、どういうこと? 

 

 僕が怒るって……ハッ!?

 まさか、ごくまれに見るロロナの怒った時の表情の中に「ふーん!」って明後日の方を向いて頬を膨らませる時があるけど……。もしかして、今日の僕の顔を背ける仕草(それ)を自分の怒った時のソレと同じものだと思って……!?

 ロロナだし、そんな勘違いをしてもおかしくは無い。

 

 

 おそらくしているであろうロロナの「勘違い」を訂正するために、慌ててロロナに制止をかけようとし……ついつい前を見てしまった。

 つまりは、ロロナの顔を真正面から見ることに……結果、僕はビタッ!っと固まってしまった。

 

 それはもちろん、ロロナの顔を見たから――――――()()()()()()。ロロナの顔が、()()()()()()()()()から……その原因が、僕であろうことをすぐに理解できたから、だ。

 

 

 自分の気持ちのモヤモヤでロロナとちゃんと面と向かって話せなかった。

 もし仮に、ロロナが僕のことを見てくれなくなったら、僕はきっともの凄く傷ついたことだろう。僕がロロナの事を想うように、ロロナが僕の事を想っていないのは間違い無いけど……それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんでそんな当たり前のことに、気付かなかったんだろう……!

 僕は、僕は自分の都合だけを考えて……「こんな気持ち、向けられても迷惑だろうから」ってロロナの都合を考えているようなフリをして、僕は本当にロロナの気持ちを考えてあげられてなかったんだっ!

 

 

 ロロナっ! そんな風に申し訳なさそうにしなくていい。謝るのは……謝らないといけないのは僕のほうで……!!

 

 

 

 

 

「なんで怒らせちゃったのかわかんない。わかんないままだけど、()()()()()()()()私はマイス君に会いたかった。会って話したかった……だから「ゴメン」なんだっ」

 

 

 謝ろうと開きかけた口が止まってしまう。「ロロナは何を言ってるんだろう」って、思ったから。

 

 ロロナが相手の気持ちを全く考えないような人じゃないってことは知っている。そうじゃなきゃ、僕だって好きになったりはしない。

 じゃあ、なんでロロナは「怒らせてしまった理由」を「そんなこと」だと言って一蹴したんだ……? 「会いたかった」? 僕に? なんで……?

 

 

 

()()()……()()()()()()()

 

 

 

 疑問がポンポン浮かんでくる最中に聞こえてきたロロナの声は、頭をガツン!とハンマーで叩いたかのような衝撃を僕に与えた。

 

「っ!? それって、どういう……!!」

 

「まあ、それは「冗談」らしかったんだけどねー」

 

 ガクッと力が抜けて、そんな話、「冗談だったから」っていってもして欲しくないなーっと思いつつ顔をあげたら、ロロナの顔が見えた。

 

「ううん。でも、()()()()()。あんな辛そうにして言ってきたのに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 遠いどこかを見るように……その時の事を思い出すようにして言うロロナ。

 

 

 ……一体、その人は何と言ってロロナに告白をしたんだろう?

 

 好奇心や野次馬根性で知りたいわけじゃない。ロロナをこんな表情(かお)にした原因を知りたかったんだ。

 告白のことを(わら)うわけでもなく、悲しんでいるわけでもなく……少し辛そうに、なおかつ優しく笑いかけるかのように微笑んでいる。

 

 

()()()に言わなきゃいけないことも、言いたいこともあったはずなのに、全部グチャグチャーってなっちゃって……わけわからなくなって、怖くなって……それでいつの間にか()()()()()()()()()()()()()()()()()()「助けて……っ!」って思っちゃってた」

 

 告白で、ロロナが怖がったこと。そして「私が好きな人」という凄く気になるワードのことが引っかかりながらも、僕はロロナにそのことを聞くことが出来なかった。

 思い出しながら語るロロナの表情が……その雰囲気が、僕の声を押し留めていた。

 

「「なんてね」って言う直前に、もっと辛そうな表情(かお)になったのは、きっと私の顔にそんな気持ちが……。やっぱり、本当に私のこと、好きでいてくれたんだろうなぁ…………わかるもん。私が感じてたモヤモヤと、自分でも気づけてなかった不安も……きっと、()()()が持ってたのと同じなんだろうなー」

 

 

 そう言うとロロナは、その語り(こえ)に聞き入る僕に近寄り……僕の、宙ぶらりんだった右手を両手で握ってきた。

 

 

「もっと一緒にいたい。だから、伝えたい。けど、伝えられない。嫌われたくない……でも、()()()()()()()()()()()()って」

 

「ロロナ……」

 

「マイス君――――――

 

 

 

 

 

 

――――――私、マイス君のこと、好きだよ」

 

 

 

 

 

 「好き」。

 その意味は……わざわざ考えなきゃならないほどじゃない。()()()()()()なんだろう。

 

 

 ああ、そうか……

 

 僕だけが特別じゃないんだ。

 

 僕らだけが、特別なわけじゃないんだ。

 

 

 誰だって悩む。

 

 周りの人の目を気にしてしまう。

 怖いからこそ、独りは嫌で誰かを求めてしまう。

 逆に怖いからこそ、誰かを突き放して独りになってしまうかもしれない。

 

 好きな人が相手なら、なおさらだ。

 それは、今、僕の手を強く握ってくれているロロナの顔を見てもわかる。

 

 

 

 だからこそ僕は…………

 

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 僕は一歩さがる。

 ……半開きになっていた口をギュッと閉じ、目尻に涙をためるロロナの顔が見える……けど、僕は言わなきゃいけないことがある。

 

 

「ごめん、ロロナ」

 

「……~っ!!」

 

 

 その溢れ出る涙を拭ってあげたい。

 でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

キュピーン!

 

 

 わずかな音と淡い光と共に、僕は姿を変えた(変身した)

 沢山の涙で視界がにじんでしまっていたのか、突然の光に驚いて目をつぶってしまったのか、ロロナは僕を見失い「あれ? あれ?」とキョロキョロとした。

 

「……ここだよ。もっと下」

 

 ……これで気付くはずだ。

 身長が半分以下になって、消えるようにロロナの視界からいなくなった僕を。()()()()()()()()()()姿()()()()()()()

 

 

「あっ……!?」

 

「…………」

 

 

 目尻に新たに涙をためていたロロナの目が見開かれる。その目は金モコ()の目とあった。

 

「ずっと黙ってて……騙しててゴメン。信じられないかもしれないけど、()()()()()()()()姿()()()()

 

「えっ……それって、どういう」

 

「『魔法』、『ゲート』。それに「新種のモンスター」……それらは僕が前にいた場所のもので、僕は……この世界じゃない世界にいた、モンスターと(ヒト)の『ハーフ』なんだ」

 

 信じてもらえるかもわからない話。むしろ、冗談だと思われた方が嫌われないかもしれないくらいだ。

 

 だけど、近年現れた『ゲート』と「新種のモンスター」で、僕が公表し広めていっている『魔法』で信憑性を高めてたたみかける。

 嫌われるかもしれない、拒絶されるかもしれない……()()()()()()()()()。こっちを向いてくれるから、僕もちゃんと向き合いたいんだ。

 

 

「だから……だから、そんな僕は……僕のほうからロロナの手を取ることはできないんだ」

 

 そう言いながら、今度は僕が右手を伸ばす。ただし、その場から動かずに、ロロナの手を握ることも無く……ただそのモコモコ()の手を伸ばすだけ。

 

 

 

「…………………るい…………」

 

「えっ?」

 

「…………ずるい……」

 

 「ずるい」か。確かにその通りだと思う。

 

 ロロナにあれだけの事を言わせておいて、後からこうして要求するだなんて……「受け入れてくれるんじゃないか」っていう打算的な考えにしか思えなくて当然だよね。

 だから、やっぱり……

 

 ……僕は目を伏せて、伸ばしていた右手をおろ――――――

 

 

 

 

 

 ――――――身体が宙に浮い……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ろろ……な……?」

 

「ずるいよ……」

 

「……ゴメン」

 

 

 

 

 

「……ずるいよ! かわいくて、かっこよくて、かわいいだなんてっ!!」

 

「ごめ……へっ?」

 

「それにそれにっ! トトリちゃんやピアニャちゃんにチヤホヤされててずるい! 私はどっちかといえばトトリちゃんやピアニャちゃんチヤホヤしたい側だけどっ!!」

 

「ええっ!?」

 

 何の話!?

 いやっ、というか、「ずるい」ってそういう!?

 

 

 予想外のことに混乱する僕……けど、ロロナはそんなこと御構い無しに僕の事を抱きしめて、モコモコ()の頭頂部あたりのモコモコ毛に頬擦りしてきた……。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、マイス君はちょっと抜けてるところがあるね。こんなに好きなんだから、もっと好きになっても、もう嫌いになんてなれるわけないんだよ?」

 

「?」

 

「んーん、なーんでもない。ただ…………大好きだよっ!」

 

 抱きしめたまま、嬉しそうな声で言うロロナ。きっと笑っているに違いない。だから、僕は……自分の気持ちを言葉にして返すべきだろう。

 

 ()()()()()()、この手でロロナの事を抱きしめ返す。そして――

 

 

「ロロナ。僕は――――――」

 

 

 ――僕は、言う。ロロナにしか聞かれたくない、その『(ことば)』を。

 




ロロナルート、節目にしては(特に前半が)スッキリし過ぎている印象を受けますが、ようやく大きな一区切りです。

一応色々と考えて書いてはいるのですが、正直、ロロナの心情描写不足感が否めません。吊り橋効果ってわけじゃなくて、鏡というか、ひとふりというか……?


まあ、二人の間は最後はスルリといきましたが、ね?
ご存知の通り、この二人になるとまだまだ問題が残されてしまってますので。……他ルートだと、もうとっくに全部解決してそうな……STⅢ?なんのことやら。
この先、どうなっていくかは……本編の本筋とともに進んでいきますので少々お待ちください!


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彼の知らぬ間に……

 短い! そして、意味不明気味!


Q,どうしてこうなった

A,【9-○】以降になると、本当にルートごとの差が出て来てしまうため、本筋を進めようにも、色々と制限が出て来てしまうから


 正直言って、前半のあの人たちの話もギリギリだったりします。



 あと、告知になりますが……明日5/10に『IF』の『ホム【5-2】』更新します。してみせます!



***????????***

 

 

 

「例の現象、あの時の発生地点の絞り込みができたとは聞いたが……本当にあのあたりなのか?」

 

 さざ波が引いては押し寄せる音が聞こえてくる浜辺で、一人の女性と、一人の少年が並んで立っている。

 その者たちの服装は、大海原にポツンと浮かぶ孤島というこの場(ココ)にはいささか適していない(あっていない)「マント付きロングコート」と「フリルのついた執事服らしきもの」という奇抜とも言えるコンビ。

 

 女性の言葉に、少年は静かに……だが、しっかりと頷いたうえで「はい」と肯定し、女性の問いかけに答えるべく言葉を続けた。

 

「範囲としては、上下左右200(メートル)ほどの誤差が生じている可能性は有ります。ですが、恐らくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「街の連中が噂していた「新種のモンスター」が、このあたりにもそれらしきモノがいるという話があったが……それだけでも考えものだと言うのに……いや、だからこそ、か?」

 

 面倒くさそうに言った女性は眉間にシワを寄せ、孤島を覆う木々()を見る。

 

 偶然か何か、二人のいる浜辺から見える、熱帯で自生している草木で構成された森……そこから「ズシン、ズシン」と重量感のある()()が歩いたかのような音と振動(地鳴り)が。

 さらには、遠くに「ミシミシ」「バキバキ」と草木を薙ぎ倒す音が聞こえ……それらをかき消すような「ギュァオオォーーーーンッ」という獣の遠吠えとはまた違う何かの鳴き声が轟く。

 

 一般人なら恐れおののき、大抵の『冒険者』でも冷や汗の一つや二つかきそうな状況にあって……女性は、相も変わらず面倒くさそうにしてため息を吐くばかりで、隣に立つ少年に至っては無表情で森のほうを一瞥するだけであった。

 

 

 この日何度目かになる――なおかつ、その中で一番大きく長い――ため息をして首をゆっくりと一度二度振った女性が口を開いた。

 

「ただでさえ、あっちのホムに任せていた研究の一件もあるとうのに、よりにもよって今、こちらも活発化するとは……研究材料が増えるのは良いが、こうも忙しいというのも考えものだな」

 

「忙しいのは、グランドマスターがロ……マスターのことをいきなり覗きに行ってしまい、予定(スケジュール)を狂わせているからなのでは?」

 

 

 女性と少年間に何とも言えない空気が漂い、数秒間ではあるが、静寂が訪れた。

 

 

「……なんだ? 未だにロロナの事をマスターと呼ぶのは慣れないのか?」

 

「申し訳ありません、グランドマスター。まだ直接お会いしたことも無いので、うまく連想して記憶できていないようです。それと、話をそらすのはいかがなものかと……」

 

「言われずとも、理解しろ。ロロナのことが優先事項だからに決まっているだろう!」

 

 悪びれもせず、むしろ胸を張って傍若無人な物言いをする女性。だが、少年はそれを咎めたりしようとは全くせず、受け入れて……そして、わずかに首をかしげた。

 

「なら、何故グランドマスターは街から……マスターのそばから離れて活動を?」

 

「ん? ……ああ、そういえばお前には話していなかったか」

 

 一瞬、「何故そんなことを?」と言った様子であっけにとられていた女性であったが、すぐに少年の持った疑問が何故湧いてきたのか理解したようで軽く頷いてから語り始めた。

 

 

「今の研究内容は、できれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……会えないのは、遠くから眺めたりすれば(まぎ)らわせることはできるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「まぁ、真意を隠す建前など、吐いて捨てるほど思い浮かびはするがな」と付け足して言う女性。

 

 

「だがしかし、こんな生活もいい加減飽きてきた。とっとと終わらせてしまってロロナを愛でるとしようじゃないか。ほらっ、ホム、調査を始めるぞ」

 

「はい、グランドマスター」

 

 「クイッ」と眼鏡を上げて整え言う女性と、文句を言うことも無く頷いてつきそう少年。 

 そして――――

 

 

「さて、まずは……」

 

 

ギュァオオォーーーーンッ!!

 

 

「準備運動に、軽く怪獣退治とシャレこもうか」

 

 ――――木々を粉々に破壊し、吹き飛ばしながら……女性の腕より大きい()()()()()()()()女性と少年(ふたり)へと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***???????・????***

 

 

 

 

「―は――た。――――前―元―――所へ―――――出―る」

 

 

「――? ―う―――と―い?」

 

 

「お前―――――と引――ん―原因―――たの―、他で―――ワ――だ。あの―――――が最も――およ――――との出――水―媒体――り、異―への『―』―開―――とが―来た――」

 

 

「―――とは、アン――自―にア――――ッチを行―来――る―――?」

 

 

「出来――はな―、が「―由―」――言――い。むし――々のよう―――にな――アチラ―と行く――――で―ないの―。し―し、今、再び――時―――に……いや、あ――以上―双方は近――、―つ、境――――定に―っている」

 

 

「―ぇ、ま――――会――わ―? そ―――最――い―――――ング―――ん―ゃない―」

 

 

「『―』は――不―定になっ―――ほう―と、傾き、位置―もズレ――じる。そ―て、―安定――るの――違い無―彼が――場所―――。彼―『―――』、『―』で――『―――――』でも―る存在、彼のい――へ―ズ―るとなれ―、お前――るのにも―――都―がい―――う?」

 

 

 

 

 

「ワ――の力を――て、お前―アチラへと送―――う。――し、その――――彼―お前――った『穴』へ―案内し――――。そ――れば、―は――れる。あるべき姿――……本来――へと戻る――が出来る―だ」

 

 

「……―――、―たしをむこうに――――――に、マイスを――――い、っ―こ―――?」

 

 

「そ―だ」

 

 

「―――ね! ―い――、―たしは――――よ!!」

 

 

「そうか。では―――送ろう……――――?」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

***マイスの家・モンスター小屋***

 

 

 

「…………ん?あれ?」

 

 ボヤーッとする視界と意識を何とか覚醒させようと、数回目をまたたかせたうえで目を擦る。

 

 ……首を回し、辺りを見てみてわかったけど……どうやらモンスター小屋の脇に積み重ねていた刈り取った『牧草』の上に寝転んで、そのままいつの間にか寝てしまってたらしい。

 ついでに言えば、僕の周りには『ウォルフ』や『緑ぷに』、『たるリス』それに、例の『モコモコ』も一緒になって寝ていたみたいで、寝転んだその子たちに僕は囲まれた形になっている。

 

「僕が寝ちゃったのは昨日色々あったからだとしてだよ。この子たちは……たまたま僕を見かけて、なんとなく一緒に寝転んでみただけ、かな?」

 

 きっと、深く考えたってそんなに深い意味は無い気がするんだよなぁ……。

 でも、『モコモコ』がそばで寝てくれているのは、少なからず心を許してくれるようになっているからだろうし、嬉しくもあるよねっ!

 

 

 

 

 

「それにしても……さっき、何か夢を見てたような……? いや、あれは……夢、だったのかな?」

 

 夢にしては、なんだか感覚がおかしかったような気がする。なんというか、俯瞰的に見れていたっていうか……とにかく、違和感があった。

 それに――

 

 

 

「あの声、聞き覚えがある気がするんだけど…………誰、だっけ?」

 

 

 

 




 どういうことだ!?(ちゃんとした説明は……前の『カレ』と一緒の機会にやる模様)


 「もう【10-○】でいいんじゃないかな?」とも思いましたけど、いい加減、このあたりで色々触れておかないと後々「いきなり、どういうことなんだ!?」ってなりかねませんので、こうなりました。
 まあ、今回このお話を淹れたとしても「Why?」ってなるかもですけど。


 次回は【10-1】!
 ようやく、マイロロイチャイチャです!


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ロロナ【*10-1*】

ここ最近、本当に深夜ギリギリ(アウト)まで書いてることが多いことに不安を覚えてます。
余裕を持ってやりたいですねぇ。


そんなことはさておき、マイロロですよ!マイロロ!!
今回はまだまだスロースターターな気がしますけど、やっとです!


【*10-1*】

 

 

***冒険者ギルド***

 

 

 

 ロロナに泣き付かれて、仕事を急遽休みにして『マイスの家(あいつんち)』に行ったのが昨日のこと。

 

 そして、弱腰になってたマイスを叩き直している最中に、急に来たロロナにバトンタッチして……あの後、どうなったのかは、あたしは知らなかった。

 だけど……

 

 

「――というわけで、そのね? あの後、ええっと……仲直り、できたよって報告を」

 

 もじもじとしながら薄く赤に染めあげた顔をこっちに寄せて、少しだけ声を潜めてそう言ったロロナ。

 ……その姿・仕草を見れば、あの後、どうなったのか想像するのは容易かった。

 

「はいはい。言葉選ぶなんて似合わない事しなくっても、大体わかってるわ。そうねぇ……おめでとう、とでも言っておこうかしら?」

 

「やだなぁ~くーちゃんったら! お付き合いってだけで、そんな……けっ、結婚だなんて~! それはまぁ、早くしたいなーとは思ったりはするけど~」

 

「ロロナ? 浮かれてるのは分かったけど、あたしはそんなこと一言も言ってなわよー?」

 

 せっかく声のボリュームを押さえていたっていうのに、ロロナの声は一気に普段通りかそれより少し大きいくらいになってしまってた。

 これでは、今『冒険者ギルド(ここ)』にいる連中の中でも察しの良い奴らは、何のどういう話なのか察しちゃったんじゃないかしら? まあ、嘘ならまだしも本当のことなら、遅かれ早かれ広まるだろうし、そう気にすることは無いかもしれないけど。

 

 

 唯一、ホッと息を付けた事もあるにはあった。

 あたしのいる受付の隣の受付には普段、フィリー(あの子)がいるんだけど……昨日は朝早くで……そして今日は、ちょうど今日は前々から休暇になっていたからフィリー(あの子)はいない。

 

 もしも、いたとすれば……色々と面倒なことになってたでしょうね。

 フィリー(あの子)も、ロロナがマイスへ好意を持っていることは知ってはいるだろう。けど、フィリー(あの子)自身もマイスへ好意を持っていて……それを諦めきることはできていない様子だった。けど、時間が多少かかってもいいから気持ちに折り合いを付けてほしい。

 だからこそ、今、「二人は付き合いましたー」なんて話を不意打ちに近い形でいきなり聞かせるのは気が引けた。ましてや、噂話とかでならまだしもロロナ(当事者の片割)から直接聞くっていうのも……無いとは思うけど、ロロナにいきなり襲いかかったりするんじゃないかって不安感もあるし。

 

 

 

「でも、意外ね」

 

「ふぇ? 何が?」

 

()()()()()()になったっていうなら、てっきりマイス(あいつ)と四六時中ベッタリするものと思ってたんだけど……マイス(あいつ)のデカイ仕事でもあってヒマになったりでもしたの?」

 

 マイスはともかくとして、ロロナは基本的に親しい相手ほど距離がかなり近くなりスキンシップも多めだ。そして、性格・性質的に考えてもホムやトトリなどといった相手に対してそうだったように、恋人(マイス)相手にも「一緒(そば)にいたい」、「頼って欲しい」などといった感情(もの)が前に出てくるとばかり思ってたんだけど……もしかして、違うのかしら?

 

 

 そんなあたしの考えの正誤を示したのは、ロロナが()()()()()()()()()()()()言葉だった。

 

「ううん、そんなことないよ? さっきまで一緒にいて……今、アトリエでお茶会の準備してくれてるの」

 

「お茶会? 今から?」

 

「でも、時間的にそのままお昼代わりにーってなりそうかも? それで、くーちゃんにも声をかけて……ついでに報告もって思って」

 

 そこで「何の話?」と一瞬だけ思ったけど……まあ、つまりは報告ついでに()()()へのお誘いに来た、ってことなんでしょうね。

 

 けど、それに対するあたしの返答は決まっていた。というのも……

 

「残念だけど、昨日の急遽取った休み時間のこともあって、今日は流石に抜けられないわ」

 

「そっかー……。ちょっと残念だけど、仕方ないね」

 

 まあ、一応はロロナとマイス(二人)の時間を邪魔したくないっていう気持ちもあるにはあるんだけどね。

 

 

 と、そんなことを考えてたら、ロロナが何やらゴソゴソとし何かを取り出した。

 

「こんな事もあろうかと、実はお茶会用に作った『ベリーパイ』おすそ分けに持ってきてました! というわけで、よかったらお昼休みにでも食べてね」

 

「あら。それじゃあ有り難くいただいとこうかしら」

 

 そう言いながら、ロロナからさし出してきた『ベリーパイ』を受け取る。

 

 『ベリーパイ』は、ただ単純に甘いパイってわけじゃない。確かに少なからず甘さはあるけれど、ベリー類特有の酸味のほうが印象深いだろう。

 ……ただ、もしもお茶会の誘いに乗っていた場合、目の前でロロナとマイスのやりとりを見なきゃならなくって、『ベリーパイ』さえも甘ったるく感じてしまってたかもしれないわね。

 

 あと、『ベリーパイ』ってことは、十中八九マイスが家で収穫しておいたものを持ってきたベリー類を、ロロナが有効利用(パイにした)んだろう。相変わらずおいしそうなことで……。

 

 

 

 そんなわけで、あたしはロロナの誘いを断ったわけだけど……そこまでで用は大体すませたんだろう。

 ロロナはあたしに軽く手を振りながら、踵をかえした。

 

「それじゃあ、マイス君たちが準備して待ってくれてると思うから、私帰るねー?」

 

 やっぱり、なんだかんだ言って恋人(マイス)が恋しいんだろう。

 こころなしか早口に言ったロロナを見送………………ん?

 

「ちょっと待って」

 

「? どうしたの、くーちゃん?」

 

「「マイス君たち」って……マイス(あいつ)以外に誰がいるの?」

 

 いやまあ、あたしに声をかけたってことはすでに他に誰かを呼んでるっていう可能性は十分にある。

 ロロナ本人が呼んでるわけだし、ロロナもマイスに何も聞かずに呼んだりはしないだろう。だから、あたしが「あーだこーだ」言うのも変かもしれないけど……なーんか嫌な予感がする。

 

「うん? ええっとね……トトリちゃんと、ちみゅみゅみゅちゃんと、ちみゅめぅ……ちにゅっ! ……その、ちむちゃんたち」

 

 噛んで、言うの諦めたわよ、ロロナ(この子)ったら……。

 

 って、あぁなんだ。どうやらあたしの杞憂だったみたいね。

 よくよく考えてみれば、ここ最近、またトトリがコッチに来て活動しているみたいだったし……そうなれば拠点にしている『ロロナのアトリエ』にも基本的にはいて当然よね。

 

 

 

 

「あと、りおちゃんと、ホロくんと、ラニャちゃんと、フィリーちゃんが来てくれてるんだー」

 

 

ワンモア(もう一回)

 

「ええっ!? あのね、また噛んじゃいそうだから……遠慮してもいい?」

 

 そんなこと言わないで、もう一回……いいえっ! せめてウソか本当かを……

 ……まぁ、どう考えても、夢の中の出来事でもなければ、あたしの幻聴ってわけでもないみたいだけど。

 

「「運良く居なかった」どころか、渦中のど真ん中に居ちゃってるじゃない……」

 

「なにが?」

 

 「はて?」と首をかしげてるロロナはさておき……。

 フィリーが休みで『冒険者ギルド』でのあたしとロロナの会話(この会話)を聞いてなかったからって、まさかお茶会(ソッチ)にいたなんて……。もの凄くうんがわるいんじゃないかしら、あの子。

 しかも、フィリー(あの子)だけじゃなくて、リオネラのほうも一緒にいるっていうのが……。

 

 ……まさかとは思うけど、「マイス君は私がもらったー!」ってアピールのためにロロナがわざとセッティングを?

 いや、ロロナがそんなこと…………まあ、その気が無くっても一歩間違えば流血モノになりそうなんだけども。

 

 

 けど、そのことを知ったからって、あたしがやれることなんて限られてる。

 今、出来ることといったら……

 

 

「ああ。引き止めちゃってゴメン。……最後に、ちょっといいかしら?」

 

「うん、それは別にいいんだけど……どうしたの?」

 

「トトリにね、ちょーっと用があるから『冒険者ギルド(ウチ)』に顔出しに来て、って伝えておいてちょうだい。急用ってわけじゃないけど、今日中に……そうね、時間も少しかかるかもしれないから、適当にお茶とパイ食べた後に来るくらいでもいいから。別に早く来てくれても構わないけどね」

 

「わかった! トトリちゃんにそう言っとくね」

 

 マイスやロロナ、フィリーにリオネラといった当事者とも言える面々はまだしも、完全にただ単に巻き込まれちゃっただけのトトリには、ちょっとした逃げ道くらい作ってあげててもいいでしょう?

 

 

 

 

「……にしても、本当にあのロロナとマイス(二人)がねぇ……」

 

 正直「よくくっ付いたよなぁ」って思ってしまうカップルな気もする。

 けど、お人好しなことろとか、自分の好きなことには変に思えるほど夢中になったりとか……なんだかんだ言って似た者同士だし、相性自体はいいんじゃないかしら?

 

 

 しかし…………ねぇ?

 

「気になることといったら……やっぱり()()()()かしら? まぁ、()()()のことは気にするだけ無駄な気もするし」

 

 あたしは昨日、ロロナとバトンタッチした後の事を……そこで会った、()()()()の事を思い出し……かけて首を振り思考を中断させる。

 

「変なことさえ(たくら)んでなければいいんだけど……」

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 アトリエから出て行ってから無事帰ってきたロロナ先生。

 そして……どうやらマイスさんとは上手く言ったみたいで、帰ってきた時、先生はすっごく嬉しそうにしてた。

 

 

 

 それが、昨日のこと。

 

 そして今日、先生の思い付きなのか、昨日のうちにマイスさんと何か話していたのか、お昼前にアトリエでお茶会をするって話になった。

 

 最初、私は先生とマイスさんの邪魔になっちゃうかもしれないから遠慮しようかと思ったんだけど……どうやら、私よりも先にフィリーさんやリオネラさんにも声をかけてたみたいで、それで「先生は本当にただ単に集まって飲んだり食べたりしたかっただけなんだろうな」って思って、私は変に遠慮せずに参加することに。

 

 

(やめとけばよかった……)

 

 

 それが、今の私の心からの気持ち。

 「何で?」って、それは……

 

 

「ね、ねぇ! マイス君、実はこの前――」

 

「へぇ! そんなことが――」

 

 

「今度しようと思ってる新作の劇なんだけど……その、ちょっと迷ってて――」

 

「うーん? それなら、この前使ってたあの演出と似たタイプで――」

 

 

 お茶会の準備を終えて、一段落して休憩しているマイスさん。そして、そのマイスさんと楽しそうに話しているフィリーさんとリオネラさん。

 

 ……気のせいか、マイスさんと話している時の二人から(ハート)がポンポン飛び出しているように見えてます……。

 

 ううんっ、きっとこれは……そう! あれだっ!

 ここ最近、どばっとロロナ先生の恋愛関係の色々を見てきちゃったから、頭が勝手になんでもかんでも恋愛関係(ソッチ方面)に変換しちゃってるだけで、今私の目の前でやってるのは、ただの単なる友達同士のコミュニケーション……だったらいいな。

 ……マイスさんは、大丈夫ですよね? いつも通りな感じですし、フィリーさんとリオネラさんが「お付き合いのこと」を知らなくっても、マイスさんは自分のことだから知ってるはずで……! 昨日の今日で浮気だなんて……そんなこと無いですよね? ねっ?

 

 

「ただいまー」

 

 私がそんなことをグルグルと考えてる間に、クーデリアさんの所へ行ってたロロナ先生が帰ってきた。

 救世主……じゃなくって、不安要素が増えただけな気もするけど、私はいつものように先生に「おかえりなさい」って声を……かけようとしたんだけど、それより先に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「おかえり、ロロナ」

 

 そばに寄った結果、すぐ近くにあったロロナ先生の両手をとって、自分の両手で優しく包み込んだ。

 そして、ニッコリ笑ったマイスさんが包み込んだ先生の手を軽くさすりながら口を開いた。

 

「外、寒くなかった? 手が冷たくなっちゃったりしてない?」

 

「大袈裟だよ~。もう結構寒くなってるけど、そんなしもやけになっちゃう程じゃないんだから大丈夫! それに……」

 

 先生が右手(かたて)を抜き出し、そのままさっきまで包んでいたマイスさんの左手()の甲を覆うようにその右手(かたて)を置いて……マイスさんの手で包み込まれたままの左手と出した右手で、マイスさんの左手を挟み込んだ。

 そして、指先がゆっくりと曲げられて……マイスさんの左手は先生の両手でギュっと強く握られた。

 

「……実は、外歩いてる時に()()()()()にならないかなーって期待してたんだっ」

 

 ほわんっ

 

 そんな感じに、先生とマイスさんの周りが淡いピンク色の光で彩られたように見えた。

 ……そう思えるほどの何かを、私はその場で目で耳で感じ取っていた。

 

「ロロナ……」

 

「えへへっ~。マイス君の手、すごくあったかいなぁ」

 

 向かい合ってニコニコ笑う二人……。

 

 

 

 

 

 ……って、それはいいんだけど……

 

 

 ちょっとだけ視線をズラせば、そこに見えてくるのは……

 

 

「蛙の(いもうと)は蛙、かぁ……ふふふっ」

 

「…………っ」ビクンッ ビクンッ

 

「」

「」

 

 涙があふれ出るどころか、目が何だか暗くなってるフィリーさん。

 真顔で白目向いてビクビク痙攣してるリオネラさんと、ソファーに力無く倒れてしまってるホロホロとアラーニャ。

 

 え、ええっと、こういうのって確か…………「死屍累々」?

 

 

 

「って、ええっ!? リオネラさん!? ホロホロ!? アラーニャ!? フィリーさんまでっ!! ど、どうしたんですか!?」

 

「うわぁ!? もももっもしかして、今日準備したやつに『暗黒パイ』が混ざってたりした!? なんか痙攣してるし、やっぱり毒で……!」

 

 「二人のせいですよ!」っていうツッコミは、私には出来そうもない……。

 その前に、胃薬のレシピでも考えよっかなぁ……?

 

 




フィリー
「マイス君が先にお茶会にお呼ばれ!? こ、これは接近を阻止したほうが良いんじゃ……!?」※手遅れです。

リオネラ
「むしろ、これを機会にコッチが急接近するくらいの勢いで……!」※繰り返しますが、すでに手遅れです。


そして、まだまだ続きます、このお話。


 【10】に……個別ルートにシリアスはもういらないんだ……。もう、今までの分までイチャイチャしとけばいいと思うんですよ、私は。


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ロロナ【*10-2*】

遅くなってしまい、大変申し訳ありません!


【*10-2*】

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 色々とあって、フィリーさんとリオネラさんが大変なことになったお茶会だったけど、なんとか――本当になんとか――始めることが出来た。

 

 美味しい『ベリーパイ』。良い香りがする『香茶』。……このちょっと変な空気のせいか正直、今の私にはどっちもよくわかってなかった。食べ終えたには食べ終えたんだけど、味が全然思い出せそうもない。あえて言うなら、甘かった……のかなぁ?

 

 

「ちむー!」

「ちむみゅ……」

「ちむしゃ、ちむしゃ」

「……zzZ」

 

 

 私の足元に来て甘える子。ゆっくりだったり、一心不乱にだったりして『パイ』を食べる子たち。床で大の字で寝ちゃってる子……。

 もう、ちむちゃんたちだけが『ロロナのアトリエ(ここ)』の「癒し」だと思う。

 

 ロロナ先生? 先生自体は癒し系かもしれないけど、無自覚で色々しでかしちゃうから……。

 特に今回は、マイスさんと一緒になって天然でやらかしてる。本人(先生)たちとしては、至っていつも通りで、誰にでも優しいお人好しお節介焼きないつも通りの二人なんだけど……それがかえって互い(お相手)への態度の変化が浮き彫りにしているし、他に変化が無いってことは「他所への配慮」もほぼゼロのまま。一般常識的なモラルが最低限あるかないかくらいで、周りなんて特別気にせずイチャイチャしだす始末。

 ……これで本人(先生)たちに悪気でもあれば嫌えるんだろうけど……ね?

 

 

 

 そんな風に何とも言えない――でも、ロロナ先生とマイスさんは凄く楽しそうな――お茶会が刻一刻と過ぎていってた。

 

 そんな中、マイスさんとソファーに並んで座ってたロロナ先生がいきなり「はっ!?」とした顔をしたかと思ったら、その両手で口元を押さえて立ち上がった。

 

「ああ~っ! そ、そういえば……!」

 

「ロロナ? いきなりどうしたの?」

 

 隣にいたマイスさんが、ロロナ先生のいきなりの行動に驚きながらもそのまま先生に問いかけた。

 

 先生はといえば、ちょっとバツの悪そうな顔をして……

 ……って、んん? 先生ってば、マイスさんの方じゃなくてなんでか私のほうを見てる気が……?

 

 

「えっと、そのね? 『冒険者ギルド』に行った時にくーちゃんに言われてたんだけど……「ちょっと用事があるから、今日中に、できれば早めにギルドに来て」って感じの事をトトリちゃんに伝えといてって言われてたの、すっかり忘れてちゃった」

 

 クーデリアさんが、私に? 一体何だろう?

 ううーん? 急ぎの用のように見えて、実はそうでもなさそうだったり……色々とアバウトすぎる気がする。まるで、本当は用なんか何にも無いような……? でも、私なんかを意味も無く呼び出すなんてこと、有り得るかなぁ?

 

 ……あれ?

 もしかしたらフィリーさん達の好意(こと)は知ってて、先生から誘われたお茶会がとんでもないことになりかねないって気付いて、先を見越して私に助け舟を用意してくれてた……とか?

 

 その予想があっているかどうかということはひとまず置いといて……とりあえず間違い無いのは「この異様な空間から抜け出せる」という事実。

 本音を言うと、スッゴイ助かります、クーデリアさん……!

 

「それっ、早く言ってくださいよ!」

 

「ふえっ!? そ、そんなに怒らなくっても……」

 

「怒ってません!!」

 

「うぅ。トトリちゃん、絶対怒ってる……グスンッ」

 

 力無くうなだれる先生。

 

 それは、怒りたくもなりますよっ!

 だって、フィリーさん達に気を配ったりとか、必死に空気を読んでたのに……実は最初から逃げ道が用意されてたなんて知ったら、色々と言いたくもありますから!! 

 

 

 

 そのフィリーさんとリオネラさん達はというと…………

 

 

「ふとした瞬間、手と手が触れて目と目が合って、そのまま二人の顔と顔が近づいて……ぶはぁっ!?」

 

 ロロナ先生とマイスさんがいるソファーの方を見たまま何かを呟きだし……そうかと思えば、いきなり鼻血を出すフィリーさん。

 

 

「二人の子供……ちっちゃくって、ホワホワしてて、すっごくカワイイんだろうなぁ……ふふふっ」

 

 窓から見える空をみたまま、静かに笑うリオネラさん。

 

 

「……ねぇ。あれから回復してこれ、なのよね? 大丈夫なの? なんだか悪化してる気がするんだけど……」

「知ったこっちゃねぇよ。けどまあ、オレらがこうしていられるってことは、いちおうリオネラん中に余裕が出来てるってことだろうよ」

 

 そんなリオネラさんのそばに浮いて、二人の事を心配しながら話している黒猫と虎猫の人形――ホロホロとアラーニャ。

 ……? リオネラさんに余裕が出来るのと、ホロホロとアラーニャ(ふたり)に何か関係があるのかな? よくわかんないや。

 

 

 

「けどねぇ? 本人達をよそに、勝手に先走り過ぎじゃない?」

「普通引くぜ。コイツみてぇにさ」

 

 そう言ったホロホロがその腕をチョイチョイと動かして私のほうを指し示した。……って、ええ!?

 

「うぇっ!? べ、別に引いてなんか、ない……わけでもないですけど……。あのー……結構こじらせちゃってます?」

 

 最初こそ必死に誤魔化そうとしたんだけど、なんだか全然誤魔化せる気がしなくって、そのまま少しだけ遠慮気味に質問してみたり。

 そうしたら、フワフワ浮いているふたりがそのまま頷いたり身振り手振りをしながら、私の質問に答えてくれはじめた。

 

「否定できねぇな。仕方ない気もしなくはねぇんだがよ、そんだけ後悔するなら時間はいくらでもあったんだし、幾らか行動を起こしたらよかったんじゃ……まあ、オレらが言えたことじゃないけどさ」

「そうよねぇ……それに、リオネラはマイスもそうだけどロロナのことも大好きだから、なんだかんだ言って二人の事は祝福してるとは思うわ。すぐに立ち直れるかどうかは、話が別だけどね?」

 

「は、はあ……?」

 

 とりあえずは「大丈夫」ってことなのかな? でもやっぱり、すごく心配な状況としかいいようが無いのも事実。

 うーん? 

 

 

「まあ、リオネラたちの独り言を偶然か何なのか、スルーできちまってるアイツらもアイツらだけどよ」

 

「え?」

 

 ホロホロの言葉に釣られて視線を移動させると……そこにいたのは先生とマイスさんだった。

 うーん……確かにすごく勝手な妄想をされているっていうのに、その声に反応らしき反応をしてないみたい。大声じゃなくって、ブツブツ呟いてるってくらいの声量だけど、普通は聞こえると思うんだけど……?

 

 「どうしてそうなってるのか?」っていう理由は、なんとなくだけどすぐに察することはできた。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()んだもん。

 

 先生とマイスさんは、ソファーに「真っ直ぐ正面を向いて」座ってなかった。

 互いに相手のほうを向くように座り、角度を微妙にズラして斜めに座り……お互いの顔を見ながら話せる体制に、いつの間にかなっていた。

 

 

 ロロナ先生は泣き顔になっているし、マイスさんはちょっとだけ怒ってるような感じがするんだけど……いったい何をしてるんだろう?

 

 そんなことを気にしながら、私はジッと息をひそめ、静かにしておいて……先生とマイスさんの声に集中するこ事にした。

 

 

――――――

 

 

「もう、ロロナったら。そういった連絡はちゃんとしておかないとダメじゃない! トトリちゃんが怒るのも当然だよ」

 

「だってー、こうやってお茶会するのって久しぶりで嬉しかったから、ついうっかり……。そ、それに、マイス君とアトリエでのんびりお話するのも……ああっ!? お仕事のことが嫌いとかそう言うわけじゃないし、このないだのお泊まりの時のお喋りが退屈だったとか、そういうことじゃないよ!? ホントだよ!?」

 

「ううーん、そう言って貰えるのは嬉しいんだけど、ソレはソレ、コレはコレだと思うよ? それに、これからの事を考えると連絡とかもっと細かいこととかも、しっかりやっていけるようにしないと絶対苦労することになっちゃうと思うんだ」

 

「「これからの事」……? はぅわぁ!? っそそそ、それはその、大事だよ? でもでもっ! 今はそういう話は関係無いんじゃないかなーって! ああっ、けど、そういう話が別に嬉しくないってわけじゃなくって、むしろ、その……う、嬉しいけど……」

 

「「関係無い」って、そんなこと無いと思うよ? やっぱり、そういった細かいところから気を付けていかないと。ほらっ、『学校』の授業も連絡や報告をしないと他の教科との連携も上手くいかないだろうし、『学校』全体の運営にも影響が出ちゃって大変なことになりかねないからさ」

 

 

「そ、それは……あれ?」

 

「……ん? どうかした?」

 

 

「あ、ああー! 「これからの事」って、『学校』のことかっ!」

 

「うん、そうだけど……ロロナは一体、何だと思ってたの?」

 

「あはははっ……私、てっきり、『結婚』の事だとばかり思っちゃってたー……」

 

 

「えっ」

 

「あっ」

 

 

「「…………」」

 

 

――――――

 

 

 見つめ合う先生とマイスさん。

 身体ごと完全に向き合う……なんてことこそなかったけど、それでも鼻先同士が10cmほどしか開いていない状態で目と目を合わせているらしい、とのこと。見ているコッチが恥ずかしくなってきそうだ。

 

 ……というか、フィリーさんやリオネラさんの妄想を聞いて「先走り過ぎ」なんて思ってたけど、今の会話を聞いてると案外遠い未来じゃない気がしてきた。

 

 

「とりあえず、その『フラム』は仕舞いなさい?」

 

「ああっ! ご、ごめんなさい、つい」

 

 アラーニャに言われて、自分がいつの間にか爆弾である『フラム』を取り出してる事に気付いて、驚いてワタワタしてしまいながらもソレをポーチの中にしまった。

 そんな様子にホロホロが呆れた様子で「ヤレヤレ」と首を振ってた。

 

「「つい」で爆弾爆発させられたら、たまったもんじゃねぇけどな……」

 

 そう言われても……。

 

 本当に、自分でも気付かない内に手に『フラム』を持ってしまってて……。

 でも、なんでかな? なんだか、間違った事をした気はしてないんだよねぇ……?

 

 

 

 それにしても……

 

 二人の空間を作っちゃっているロロナ先生とマイスさん。

 それぞれ勝手に妄想に浸り始めてしまったフィリーさんとリオネラさん。

 何にも理解してないのか、それとも見てみぬふりなのか、いつも通り自由気ままなちむちゃんたち。

 

 ……「お茶会」というのも名ばかりの、よくわからない状況になっちゃってるアトリエ。

 

「……もうギルドに行っちゃっていいかな?」

 

「いいと思うぜ? こんな状態だし、黙って出てっても誰も文句は言わねぇよ」

 

 私の呟きに反応してくれたのはホロホロだけで、他の人たちは…………うん、聞いてないね……。

 私はついついため息を吐いてしまいつつ、静かにアトリエから出ていった。

 

 

―――――――――

 

***冒険者ギルド***

 

 

 逃げるようにアトリエから出ていった私の行先は、当然『冒険者ギルド』。

 私の予想だと、もしかしたらクーデリアさんからの用事っていうのは何にもないのかもしれないんけど……。でも本当に何か用事かあったらいけないし、他に何か用があるってわけでもなかったから、行ってみることにした。

 

 

 そうしてたどりついた『冒険者ギルド』なんだけど、入ってすぐに見えるクーデリアさんがいるはずの受付カウンターに見たことがある人が居ることに気付く。

 それは、ついこの前会ったばっかりの人だった。

 

「あれって……トリスタンさん?」

 

 トリスタンさんって確か、この国の大臣さんだったよね? そんな印象全然無いけど。

 

 『冒険者ギルド』って国営してるらしいから、もしかしたらそう言う運営関係で何かあったのかな? ……もしかして、クーデリアさんが言ってたっていう用事っていうのも、それ関連で? って、そんな重要そうな話、私じゃなくってロロナ先生のほうに持って行くよね。

 じゃあ、どうしたんだろう?

 

 

 私がそんなことを考えながらも歩いていくと、トリスタンさんの背中で隠れてて見えなかった受付にいたクーデリアさんが、私に気がついたみたいでヒョッコリと横にズレて顔を出し、コッチに小さく手を振りながら安心したような顔をした。

 

「ああ、来たのね。ちょうどいいところに……って言いたいところだけど、あんたからしてみれば、一難去ってまた一難かもしれないわね」

 

「「一難」って、やっぱりお茶会のこと分かってて……でも、「また一難」っていうのはどういう……?」

 

 トリスタンさんの隣――とは言ってもこの間の事もあるから2mくらい離れてすぐには手が届かないようにして――に私が立ち、疑問が口に出てしまいながら首をかしげると……視界のはじでトリスタンさんがコッチに向きなおって行くのが見えた。

 

 ……こ、公衆の面前だし、私は先生とは違ってトリスタンさんとはそんなに交友があるわけじゃないから()()()()()はないはずだけど……どうしても、ちょっと身構えてしまう。

 

 

 視線の先、柔和な笑みを浮かべるトリスタンさんが、その口を開いた

 

 

「やぁ、子猫ちゃん。キミのその長く美しい髪が、今日は一段と輝いて見えるよ」

 

 

「はぁ……どうも?」

 

 ……?

 

「あの、クーデリアさん」

 

「あー、コイツの言葉は本気にしないほうが良いわよ。特に、今日はいつもに増しておかしいから」

 

「え? いつも通りじゃないんですか?」

 

「なるほど。ロロナのそばに居たあんたの中ではこういうイメージなのね、コイツは」

 

 だって、先生にこういうことよく言ってるし……。

 それに、以前に先生から聞いた話じゃあ、トリスタンさんは昔から先生が恥ずかしくなるような歯の浮くセリフをポンポン言ってまわってたらしいから、今くらいのは普通なんだと思うけど?

 

 ……でも、あの時先生は「冗談で、からかってきてー!」なんて言ってたけど、今思えばそれってトリスタンさんは冗談じゃなくって本気だったんじゃ……?

 あれ? なら、なんで今私はトリスタンさんにあんなこと言われたんだろう

 まさか、先生から私に鞍替えとか!?

 

 

「とにかく、おかしいのよ。ついさっきまでココに一緒にいた前大臣なんて頭抱えてたくらいで……」

 

「んー……なんとなくわかった気はしますけど、そんなにですか? 他にも何か……?」

 

「無断欠席・遅刻が無いどころか誰よりも早く仕事はじめてて、今日の分どころか溜まりに溜まってた仕事まですでに全部終わらせて来たらしいのよ」

 

「それが普通なんじゃ……というか、普段どれだけサボってるんですか?」

 

 大臣さんがどういう仕事なのかっていうのは私もよくは知らないけど、それでも全体で見たらかなり偉くって重要な役職だとなんじゃ……?

 

 まてよ? 村長なんていう村で一番偉い役職についているはずのマイスさんが、お祭り以外の街の運営にはほとんど関わってなかったりするように、大臣さんっていうのも実はそんなに対して仕事が無かったりするのかな?

 ……いや、マイスさんを基準に考えるのも何かおかしい気がするけど。

 

「それにしたってよ。言動だって、一時期からそんな使わなくなった口説き文句みたいな軽口も、誰彼構わず言ってるってレベルなってるし……こんなこと言ってても、特に気にしないで無反応だから、不気味というか気持ち悪いというか」

 

「う……それは確かにいつも以上に変なのかも」

 

 ああ、やっぱりアレってやっぱり、基本ロロナ先生だけに言ってたんだ。それを冗談扱いされてたって……さすがにちょっとトリスタンさんに同情しちゃいそうかも……。

 

 

 

 それにしても、トリスタンさんがおかしくなったのって……昨日の今日だし、間違い無く()()()()だよね……?

 

 

「もしかして……ロロナ先生に振られたから、おかしくなったんじゃあ?」

 

「振られた!? え? ロロナがマイスに告白しただけじゃなくて、トリスタン(コイツ)がロロナに告白してたの? だったらこんな風になっても……いや、ロロナの気持ちについては前から知ってたはずだし、それならもっと前からなっててもいいはず……って、あら?」

 

 最初こそ驚いてたクーデリアさんだったけど、思い当たること自体はあるみたいで納得したみたいに頷いたりしてた……んだけど、その途中にトリスタンさんの様子に変化があって、私とクーデリアさんはソッチに目がいった。

 

 

「ううっ!? ろ……ロロナ? こく、はく、マイス……っ!? うっ……!!」

 

 まるで頭が痛いかのように頭を抱えたトリスタンさん。そして数秒間痛みに悶えるように動いた後、ハッと顔を上げて目を見開いた。

 

「そうだっ! あの時、ロロナを……それで……()()()が……!!」

 

 その時、トリスタンさんに電流走る!

 

 

「ぅぱぁうらぁっ!?」

 

 

 比喩とかじゃなくって、本当にビリビリバリバリと。

 青白い光と火花が散るような音がしながらトリスタンさんがビリビリしびれ……おさまったと同時にその場に倒れて……!?

 

 

「クーデリアさんっ!? 今、首に何かが着いてて、そこから雷が……!」

 

「あたしは何も見てないわ」

 

 なんで、そんな遠い目をして明後日のほうを見ちゃってるんですか!?

 

 床に転がって時折ビクンッビクンッと跳ねてるトリスタンさんの首には、やっぱり何かが……首輪? ううん、たぶんおしゃれな「チョーカー」ってヤツだよね? さっきのは私の見間違いで、「電流が流れる首輪」なんていう創作物に出てきそうな拷問器具じゃないよね?

 

 

 と、不安を無理矢理奥底に閉じ込めようとしている最中、ふと難しい顔をしたクーデリアさんが小さな声で呟くのが、偶然にも私の耳にすっと入った。

 

「こんな変なことできるのって()()()くらいじゃ……?」

 

「あいつ?」

 

「……。世の中、関わらずに済むなら、それに越したことのない奴もいるのよ。詳しいことはわかんないままだけど、今のコイツに関わるのは止めといた方がいいわよ、本当に」

 

 やっぱりどこか遠い目をしているクーデリアさんが、下手をすれば私のお母さんの行先の事を話してくれた時と負けず劣らずな真剣さで言ってきた。

 

 何かわかったみたいだけど……クーデリアさんの言う通り、私は知らないほうが良いのかなぁ? そこはかとなく危険な香りがするし……。

 

 

 

――――――

 

 

 なんだか納得しきれていない様子のトトリが『冒険者ギルド』を出て行った後。

 クーデリアは、カウンター越しの床に倒れているトリスタンを見下ろしながら独り言を漏らしていた。

 

「そうすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……? だとしても……」

 

 

「め、眼鏡を、かけた……素敵な、お……ねえさ…………ん」

 

 

「アイツがコイツに……というか、男に好かれたいなんて思うわけ無いと思うんだけど……何でこんなことになってるのかしら?」

 

 

 

―――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

「はぁ……どうしよう。抜け出す言い訳にはなったけど、結局はギルドの方からも追い出されちゃった」

 

 気を抜いていたら、どうしてもため息が出てしまうくらい憂鬱とした気持ちになってた。

 このままアトリエに戻る……なんて選択肢は無いわけじゃないけど、できるなら取りたくない。

 

 じゃあどうするのか? って話なんだけど……

 

「イクセさんのところは……パイ食べた後だし、飲み物だけで居座っちゃうのも悪いよね? ハゲルさんのところは……暑いよね。時間つぶしに入れるような場所じゃないよ」

 

 あとは、雑貨屋さんとか……あそこは、さっきのトリスタンさんとは別の意味で変な男の人達が居るからなぁ……。

 ミミちゃんのお家は……行ったこと無いからどこにあるかわからないし、いきなりお邪魔しちゃってもきっと迷惑だよね?

 

「なら、もういっそのこと『アランヤ村』に帰っちゃおうかな? 別段、コッチでやらなきゃならないことがあるわけでもないし……」

 

 そうと決まれば『トラベルゲート』でひとっ跳び……なんだけど、なんとなくで歩き続けていたせいでいつの間にか『ロロナのアトリエ(先生のアトリエ)』が見えてくる場所まで来てしまってた。

 ……そうなってくると、どうしてもあの後どうなったのかアトリエの中の様子が気になってきちゃって……

 

 

「大丈夫かなぁ? あのまま放置してきちゃったけど……リオネラさんかフィリーさんがマイスさんを刺しちゃったりとか、そんなことになってないよね?」

 

 ……ここまで来ちゃったし『アランヤ村』帰る前に、様子見るだけ見ていってもいいんじゃないかな?

 別に、アトリエの中に入らなくっても窓からソーッと覗くくらいで、わざわざこれ以上頭を突っ込まなくてもいい感じで……

 

 

「そうそうっ。ちょうど、あの人たちみたいに……あれ?」

 

 

 近づいていってると、よくよく見てみればアトリエの窓の脇に男の人と女の人の二人組が張り付いているのに気がついた。

 最初は「ドロボウ?」って思ったけど、中に先生たちがいるはずだし、下見にしては白昼堂々とし過ぎだし。

 

 それに……

 

「あの人たち、どこかで見たことあるような……無いような?」

 

 確か、『青の農村』のお祭りで何度か見たことが……

 

 

「ぐぬぬぬぬっ……! 複数の女性を(はべ)らせるとは、けしからん奴だ! そんなふしだらな男にロロナを渡すなど……! 私は認めん……認めないぞぉ!!」

 

「認めるも何も、最後(けっきょく)は本人たち次第でしょう? それに……「何人もの女の子に好意を寄せられちゃう男性」と「結婚してるのに他所の奥さんにうつつをぬかす男性」、どっちが「ふしだら」かしら……ね?」

 

「……ハイ」

 

「けど、ロロナは苦労してそうねぇ……。邪魔しちゃ悪いって気もするけど、せっかくだからちょっとお邪魔しちゃおうかしら?」

 

 そう言って窓から離れて玄関のほうへと行く女の人と、その後を遅れてついて行く男の人。

 その横顔を見て、私の中のパズルのピースがカチッ! とはまる音がしたような気がした。

 

 

「ああっ! そうだ!! あの二人、確か先生のお父さんとお母さんだ!?」

 

 思い出すのは、お祭りで奮闘する男の人(先生のお父さん)とそれを応援する女の人(先生のお母さん)

 ……そして、前におねえちゃんやメルおねえちゃん、ピアニャちゃんとマイスさんが一緒に雑貨屋さんで買い物をしてた時に、先生とそれを追いかけた私が飛び込んでいって「またティファナさんのところに来てたの、お母さんに言うからね!」と先生に怒られていた男の人(先生のお父さん)

 

 

「……え? 先生の御両親が『ロロナのアトリエ(あの中)』に? ど……どうしよう……!?」

 

 止めるべきか、ついて行くべきか、はたまた見てみぬふりをするか……

 私の頭の中がグルグル回り……お腹がキリキリと鳴ったような気がした……。

 




その昔、とある少女のことを「眼鏡ブス」と言った生意気なクソガキがいたそうな……
イッタイダレナンダー


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ロロナ【*10-3*】

 色々な要素が重なって胃に穴が開きかけていた「小実」です。
 「豆腐メンタル」といいますか、一つの事でダメになると連鎖的にバラバラに崩壊してマイナス思考待った無しな感じで……。欠陥建築?

 活動報告の方で少々書かせていただきましたが、隊長的な面以外でも、面倒なマイナス思考な事もあってちょっと悩んだりしてました。
 そんなこんなで、色々考えなおしたりしながらもこれ以降の全体のお話の流れに調整を加えつつ、焦らず適度なペースをつくっていこうかと。

 全体の流れ的には、修正によって短くなるどころか話数が増えそうなのは秘密です。



 今回は、ロロナ視点でのお話となります。




【10-3】

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 トトリちゃんやちむちゃんたち、マイス君にも手伝ってもらって、アトリエにりおちゃんたちやフィリーちゃんを招いた「お茶会」。

 

 途中、伝え忘れていたくーちゃんからの伝言をトトリちゃんに言って、その後気付いたらいつの間にかトトリちゃんがアトリエからいなくなってたりもしたんだけど……もしかして、クーちゃんの言ってた「用」に心当たりがあって、早めに行きたかったのかな? わたしが伝え忘れちゃってたことを怒ってたし、もしかしたらそうなのかも。

 

 

 ま、まぁそんなこともあったけど「お茶会」自体は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 途中でいなくなっちゃったトトリちゃんも、用意してた『香茶』やマイス君が用意してくれた厳選素材の『ベリーパイ』はキレイサッパリ美味しく食べきってくれてたんだから、そっちのほうは何にも問題無かった……はず。

 りおちゃんやフィリーちゃんだって一生懸命口をもごもご動かして食べてたんだし、やっぱり味の方は心配する必要なんて無いよね。なんて言ったって、マイス君が選りすぐった素材で作った『ベリーパイ』なんだもん! それに、わたしだっていつものパイ作り以上に「美味しくなーれ! 美味しくなーれ!」ってぐーるぐーるかき混ぜたんだから!!

 

 

――――――

 

 

 そんなこんなで、パイたべながら、お喋りしながら、だら~っと続いてた「お茶会」だったけど……そんな中、アトリエに「コンコンコンッ」ってノックの音が軽く響いた。

 

 りおちゃんやフィリーちゃんは聞こえてなかったのか無反応だったけど、わたしと話してたマイス君も気づいたみたいで……でも『ロロナのアトリエ(ここ)』の店主はわたしだし、マイス君に向かって小さく頷いてからわたしは玄関のほうに向かって返事をした。

 

「はーい。……誰だろ?」

 

 一瞬、いつの間にかいなくなってたトトリちゃんの顔が思い浮かんだんだけど、すぐに「でもトトリちゃんならノックはしないかー」って自分の中で答えが出た。

 

 他となると、お仕事のお話かな? 昔みたいに「お仕事しないと!」って必死になってやらないといけないほど追い詰められたりもしてないけど……だからといって、「お茶会中だから」って理由で蔑ろにするわけにもいかない。やっぱり、なんだかんだ言って自分が調合した(つくった)が役に立って喜んでもらえたら嬉しいし、自分で言うのも変かもしれないけど、頼られちゃうと断れないんだよねー……。

 

 んん? そういえば……時々、『ロロナのアトリエ(ここ)』にミミちゃんやマーク(くま)さんなんかが来て、トトリちゃんから錬金術で作ったものを貰っていったりしてることもあったけ? もしかしたら、そういうのかも?

 

 

 そんなことを考えながら、アトリエの玄関口のほうへととっとこ歩み寄って行ったんだけど……わたしが開けるよりも一足先に玄関戸が開いた。

 

 そこから、アトリエに入ってきたのは……

 

「お邪魔しちゃうわ」

 

「お母さん!? それに、お父さんまで……!」

 

 アトリエに入ってきたのは、お母さんとその数歩後ろをついてきてたお父さんだった。

 

 昔みたいに定期的に家に帰ってたころと比べ、アトリエの店主になってからは合う機会がめっきり減っていて……それでも時々なんとなーく会いにいったり、偶然会ってお話したりもしてた。

 けど、こうやっていきなりアトリエに来るのは初めて……あれ? そういえば、昔、ほむちゃんにお留守番頼んでお買い物行って帰ってきたらお父さんとお母さん(ふたり)が居て……ってことがあったような……?

 

 

 と、いきなりの訪問に驚いて、頭の中がちょっとグチャグチャーってなっちゃって目をパチクリさせながら一瞬固まっちゃったんだけど……それを見てかどうかはわかんないけど、お父さんがズズイッと前に出てきて、その勢いのままわたしの目をジッと見て言ってきた。

 

「ロロナっ! 色々考えたがロロナにはまだ早い――」

 

「ア・ナ・タ?」

 

「ハイ……」

 

「???」

 

 何かを言いかけて……でも、すぐにお母さんにビシッと言われてションボリ落ち込むように止まっちゃうお父さん。

 

 ……それで、一体何が「早い」んだろう? 「ロロナ(わたし)には」って言ってたし、間違い無くわたしと無関係じゃないと思うんだけど……ううん、中途半端にしか聞いてないせいか余計に気になっちゃうよ……。

 

 

 色々気になるはするけど、とりあえずはこうしてアトリエに来た用件を聞かないと。

 

「それで? いきなり来ちゃったりして、今日はどうしたの?」

 

 うーん……昔からだけど、二人で旅行に行ったりするのが好きだし、旅行(それ)で必要な物で錬金術で作ってほしいものがあったとか? それとも、ただ単にお喋り氏に来ただけ?

 

 そんな予想をしながら、二人に聞いてみたんだけど……

 言葉を返してきたのはションボリしてるお父さんじゃなくって、なんでかやけにニヤニヤしてるお母さんだった。

 

「どうしたも何も……その前に、ロロナこそ私たちに何か言うことがあるんじゃなーい?」

 

 言うこと……? 何かあったっけ?

 心当たりが無くって首をかしげちゃっていると、お母さんが今度は頬を膨らませて言ってきた。

 

「時々、耳にはしてたんだけど……ようやく、噂の渦中のマイスくんとくっついちゃったのよね~? もうっ、秘密になんてしなくたっていいじゃない? むしろ、色々相談しに来てくれてもよかったのよ?」

 

「え、えええっ!? 」

 

 ようやく、お母さんが何を言っているのかがわたしにもわかっちゃった!!

 

 いや、それはその、機会を見てちゃんと報告しなきゃって思わなくもなかったけど……。

 

 でも! 二十ウン歳(このとし)になってお母さんたちに相談ていうのもなんだか変な気がするし、それが恋愛関係ってことになると余計気恥ずかしさもあって相談しようとも思えないよ。

 っていうか、アトリエ(ここ)にマイス君いるのにそんなこと話さないで!? ものすっごく恥ずかしい!! ……けど、それを口に出して目の前で止めようとするのも、それはそれで恥ずかしい気が……!

 

 

「ふふふっ、やっぱり()()()私が睨んだ通り、ロロナはマイスくんとお似合いだと思うわ~」

 

「いいや、私はまだ認めたわけじゃ……アイタタッ!?」

 

 また何か言いかけたお父さんが、今度は靴ごしに足の甲をお母さんに踏みつけられて、結局はやっぱり途中までしか言えてなかった。

 

 

 

 気になる点はむしろ増えた気さえするけど、それでも一応は状況は飲み込めた。

 

「えっと、つまり今日アトリエに来たのは、その……私とマイス君のことで? ……って、はぅわぁ!?」

 

 そこまで自分で言ってて、途中で()()()()に気付いて、つい変な声をあげちゃった。

 

 マイス君とわたしは、はれてお付き合いすることになったんだけど……実のところは、途中勘違いもしちゃったりしたけど、色々とアドバイスをくれたり背中を押してくれたくーちゃんにはお付き合いすること(そのこと)を報告した。

 でも、実はやっぱりちょっと気恥ずかしさもあって、他にはまだ誰にも話して無かったりする。

 

 つまり……今マイス君以外でココにいるりおちゃんやフィリーちゃんにもまだ秘密で、でもそれが今バレちゃったわけで……何て言葉で表現すればいいかわわからないけど、「隠してた」ってこともあってか顔から火が出そうなほど顔が熱くなっちゃって……!!

 

 

 

「いや、これはあのね、別に私とマイス君が、ってことじゃない……わけでもないんだけど! だから、そのっ…………ん?」

 

 ハッとりおちゃんとフィリーちゃん(ふたり)がいる方に向きなおって、誤魔化そうとして……でも、やっぱりウソなんて言えなくって。

 結局よくわかんないことを、自分でもよくわからないまま口走ってしまってたんだけど……ふと、視線の先にいるふたりの様子がなんだかおかしなことに気がついた。

 

 

「例のやつだね……!「お義父さん、お義母さん! 娘さんを僕にください!」っていう……ふふふっ……!!」

 

「親、公認……かぁ…………素敵な、響き……だ、ね……」

 

「いやぁ、まだ決まったわけじゃ……あぁ、そういうことね」

「……そこは、羨んじまっても仕方ねぇな。……にしても、二人揃って本当にダメダメになってんじゃねぇか」

 

 

「……あれ? なんだか、思ってたのと反応が違う気が……」

 

 隠してたことをとやかく言われたり、お付き合いすることを軽く茶化されたり、告白の事かを根掘り葉掘り聞かれたりするものとばかり思ってたんだけど……。

 

 フィリーちゃんは何処見てるかわからない目で、何かハイテンションになってた。

 そしてりおちゃんはポツポツと何か呟いてて……それに対して、らにゃちゃんとほろくんが……うーん? どういう意味なんだろう?

 

 

 

 

「これはヒドイ……」

 

「あれ? この声は……?」

 

 ポツリと聞こえてきた聞き覚えのある――というか、少し前に聞いたばかりの――声に、わたしは周りをキョロキョロ見渡し……お父さんとお母さんのさらに後ろ、玄関の脇から覗くようにひょこっと顔の一部を出しているその姿を見つけた。

 

「トトリちゃん? そんな所で何してるの?」

 

「気付かれた!? ああっ、その、これは覗いてたわけじゃなくって……そうっ! タイミングを見計らってたんですー!」

 

「なんの?」

 

 りおちゃんとフィリーちゃんを除く他の全員の視線を集めた状態で何かを必死に伝えようとしてるのか、わちゃわっちゃとよくわからない身振り手振りを繰り返すトトリちゃん。

 そんな姿がまたカワイイ……っていうのはひとまず置いといて、いったいどうしたんだろ?

 

 

「うーんと、えーっと……アレですよ! アレ! ほらっ、クーデリアさんの所に行って、その時に頼まれたことでちょーどちむちゃんたちに用があってー」

 

「「「ちむ?」」」「ち~む~…………ちむっ!?」

 

 パイをモグモグ食べたり、ゴロゴロしたり……。

 部屋のあちこちで自由気ままに過ごしてたちむちゃんたちが、トトリちゃんに呼ばれて一斉にトトリちゃんのほう(そっち)を向いた。……一人、遅れてたけど。

 

「ああっ。でも、ギルドのことが色々わかる人もほしいし、人でもほしいからフィリーさんとリオネラさんにも手伝ってほしくってー。それで、いつお茶会の間に入ろうか様子を見てたんですー」

 

 「だから、ここにいたんですー」って言って玄関脇に立ってたトトリちゃん。

 

 大体事情はわかった……んだけど、わたしの中にはちょっとした疑問というか()()()()が気になってちょっと不安になった。

 偶然にもマイス君も似たような気持ちを持ったみたいで、わたしよりも一足先にそのことを口にして、わたしも続くように言った。

 

「そんなに人手が必要なら、僕が手伝うよ? いったい、どんな用事だったの?」

 

「トトリちゃんが頼ってくれない……やっぱり私みたいな先生じゃ頼りない!? 困ったことがあったなら、わたしにすぐ言ってくれたらいいんだからね? ねっ!? 何だってしちゃうよ!?」

 

「マイスさんが来ちゃダメなんですよ! このお人好し!! あと、先生もそんなところで張り合わないで下さい!」

 

 珍しく強めの口調でトトリちゃんにビシッと言われちゃって固まっちゃうマイス君とわたし。

 ……だったんだけど、ふと「あれ?」って思ってチラッとマイス君のほうを見ると、偶然か何かマイス君もトトリちゃんの方じゃなくってわたしのほうを見てきてて……そして同じことを思ってたのか、二人揃ってコテンッと首をかしげてしまった。

 

 

((叱られたような気もするけど……何か変?))

 

 

 トトリちゃんに言われた内容がなんだかしっくりこないっていうか、間違ってない気もしないわけじゃないけど、なんだか納得できないというか、結局のところどういうことで怒られたのかわかんない漠然とし過ぎた感じというか……?

 

 

 

 マイス君とわたしが、そんな風に「はて?」と首をかしげているうちに、足早にアトリエに入ってきたトトリちゃん。未だに何か言ってるりおちゃんとフィリーちゃんの手を取り引っ張って立ち上がらせるとそのまま玄関のほうへと連れて行こうとする。

 

「ちむちゃんたちっ! フィリーさんとリオネラさん(ふたり)を引っ張り出すの手伝ってー!」

 

「「「「ちむー!」」」」

 

 元気の良い返事をして、ふたりの計四本の足(あし)にそれぞれ一人ずつ付き、腕を引っ張るトトリちゃんに合わせて足を押すちむちゃんたち。

 

 そうして、トトリちゃんとちむちゃんたちの手によって運び出されてくりおちゃんとフィリーちゃん。

 お父さんとお母さんが先に避けといて出来てたルートを通って玄関から外へと出て行ったかと思えば、トトリちゃんだけがすぐに戻ってきて勢い良く頭を下げたかと思ったら、その後すぐに玄関戸を閉めちゃって……あとは、ほんの少しだけ表の『職人通り』の石畳を叩く靴の音と何かが引きずられる音が少しずつ小さくなって(遠のいて)いくのが聞こえるだけだった。

 

 

 

「結局、何だったんだろ?」

 

「うーん……わかんない」

 

 何が何だったのかわからないままのマイス君とわたしが、また揃って首をかしげてしまい……

 

「あらあら。気を遣わせちゃったかしら?」

 

 お母さんのポツリと漏らした言葉を聞いて……もやっぱり何のことだかわからなくって、わたしはつい眉間にシワを寄せちゃってた。

 

 

 ……とりあえず、まだ残ってるはずだし、お父さんとお母さんに『ベリーパイ』と『香茶』を用意してこよっかな?

 




 とある描写とフラグを入れたいがために、本番は次回に持ち越された感じです。


 ついに始まる、フリクセル夫妻との面談!
 マイス君は、そしてロロナはこの局面をどうのりこえるのか!?
 そして、現場から離れた面々が遭遇する()()()()()が、物語の本筋と絡み……そして、()()()()が歩む新たな一歩もそこから始まる!

 ……そんな次回は【10-4】となる予定です。


それと告知となりますが、来週から『アンケート・第一弾』を開始する予定です。
以前に行った「お嫁さんを誰にするか?」ほど本編に影響を与えるものではないものの、ちょっとした事や、番外編のあれこれをアンケートする事になる予定です。


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ロロナ【*10-4*】

 相変わらずの遅刻魔。
 ……大変申し訳ありません。


 そして、本日6/14に公式でアトリエ新作情報公開とのことで……
 そのあたりについても、語りたいことは沢山ありますが、それはまたの機会に。


 今回は、ロロナ視点&後半はトトリ視点でのお話となります。




【*10-4*】

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 

 いきなりアトリエにやってきたお父さんとお母さん。

 ギルドから戻ってきたトトリちゃんが、りおちゃんとフィリーちゃんをちむちゃんたちと一緒に運んでいってしまってから……それから、わたしはお父さんたちに『ベリーパイ』と『香茶』を用意して出したんだけど……

 

 

「ウマい! やっぱりロロナの作った『パイ』は世界一ウマい『パイ』だ!」

 

「そうねぇ。私もさすがに『パイ』作りじゃあもうロロナには敵いそうにないわー」

 

「母さんの料理も、ロロナのパイも食べられる私は、とんだ幸せ者だな!」

 

 『ベリーパイ』を美味しそうに食べながらそんなお話をする二人。

 

「そ、それほどでも……?」

 

 普段なら、お父さんとお母さんの言葉にもうちょっと素直に喜べたんだろうけど……今のわたしにはそれができそうになかった。

 

 

「それにしても、『ベリーパイ(このパイ)』に使われてる『コバルトベリー』、とても甘くて、けどほどよく酸味もあって……ウチで普段食べてるのと美味しさが全然違うわ」

 

「いや、これはロロナの調理が上手かっただけじゃないかい? うん、そうに違いない」

 

「素材が良くないとここまで美味しくはならないわよ。ウチも『青の農村』産の物を買ってるんだけどねぇ……ふふっ、愛情のなせる(わざ)かしら?」

 

 マイス君が用意してきてくれた『コバルトベリー』のおいしさについてそれぞれ感想を言う二人。

 お父さんはなんだか少し辛口気味な気がするけど、逆にお母さんの方はちょっと変な言い回しだけどマイス君のことを褒めてるっぽかった。

 

「あはははっ……」

 

 けど、当のマイス君は誤魔化すかのような何とも言えない愛想笑いだけで、普段言いそうなお礼の言葉や『コバルトベリー(作物)』についての説明を全くしそうな雰囲気じゃない。

 あと、質が根本的に違うのは、「『青の農村』産」って一言で言っても必ずしもマイス君が作ったものとは限らないからだと思うよ、お母さん。

 

 

 

 そんな、ちょっと「らしくない」様子のマイス君だけど……その気持ちはよーくわかるよ。

 

 だって、お父さんとお母さんがアトリエに来たのが、マイス君とわたしがお付き合いしてるってことについてのお話があったから。

 わたしだって緊張してるんだから……正確に言えばちょっと違う気もするけど、マイスくんからしてみれば「彼女のご両親へのご挨拶」なわけで……当然、わたしより緊張するに決まってた。

 

 その証拠に……

 

「すー……はー…………すー……はー…………」

 

 耳を傾けてみれば、静かにだけど確かに大きくゆっくりとした呼吸が聞こえてくる。

 ちょっと視線を移してみればわかるけど、腕や全身での身振り手振りは無い普通の体勢のまま、マイス君が深呼吸をしてるのがわかる。

 

 「村長」っていう役職だけに、マイス君は人との面会とかは経験もあって慣れている物だと思ってたけど……わたしのお父さんとお母さん(両親)に会うっていう今日のは、流石にわけが違ったみたい。

 

 

 とにかく、こうやってマイス君がいつもとは違ってすっごく緊張しちゃってるんだから、こういう時こそわたしがしっかりしないと……!

 

 

 

「おかわり! ……と言いたくらいおいしかったが、これ以上は流石に夕飯に影響が出そうだからお終いにしとこうか」

 

「とても美味しかったわよ、ロロナ。それにマイスくんも♪」

 

 ……っと、そんなことを考えたりしてるうちに、お父さんとお母さんは『ベリーパイ』を食べ終えてしまったみたいで、簡単に感想を言いながら残りの『香茶』をゆっくりと飲んでた。

 

「「ど、どうも……」」

 

 偶然にも何とも言えない返事を一緒しちゃってたマイス君とわたし。

 これで一区切りついたわけだし、そろそろ本題(例の話)に移っちゃいそうかな……?

 

 

 

「美味しい『パイ』もいただいたことだし、そろそろ……」

 

 予想した通り、お母さんが本題を切り出そうとした――

 

「あっ、ちょっと待って!」

 

 ――だから、わたしはそれを一足先に止めてしまうことにした。

 

 

「そのことなんだけど……わざわざ来てもらったけど、今日は一旦(いったん)帰って!」

 

「なっ!? ロロナっ、まさかとは思うが、もう口も聞きたく無いとかそういうことじゃぁ……! 父さんは久しぶりにロロナとゆっくりおしゃべりが――」

 

「アナタ。ロロナは「一旦」って言ってるでしょ? きっと今日は何か都合が悪いのよ……そうなんでしょ?」

 

 驚くお父さんをなだめたお母さんが、いつものように薄っすら微笑んだ顔で私を見ながら確認を……そして「なぜなのか」という理由を話すよう催促するように聞いてきた。

 そんなお母さんにわたしは小さく頷いてから口を開いた。

 

「二人ともきっと知ってると思うんだけど……わたしとマイス君はずっと仲良くしてきてたんだけど、その……正式にお付き合いって感じになったのって、本当につい昨日(最近)なの」

 

 むしろ、お父さんとお母さんの耳が早すぎるくらいなような……。

 いや、でもマイス君にはけっこう最近まで結婚の噂話があったし……『青の農村』でわたしがマイス君の家にいたことや、今日の午前中『冒険者ギルド』にくーちゃんに報告しに行った時のことあたりで話が漏れちゃったりして、一気に広がっちゃったのかも。

 

 ううん、気になるところだけど……とにかく、今は目の前の事をなんとかすることを第一にかんがえないとっ!

 

 

「わたしは「ずーっと一緒にいたい」って思うくらいマイス君の事が大好き。マイス君も同じように思ってくれてるって知ってる。……だけど、まだ「これからの事」を相談しあったこと無いんだ。だから、マイス君とわたしで一回ちゃんと話し合いたい。それから、改めてお父さんとお母さんとお話がしたいの。それに……」

 

 

 視界のはじっこにチラリと見えるマイス君。

 やっぱり緊張でガッチガチに固まってて、それどころか手なんかは小さく震えてた気さえする。そして……わたしがお父さんたちに「一旦帰って」っていった時は、目をまん丸にして驚いてた。

 

 どうしてそこまでの反応をするのかはわからない。マイス君が何を考えてるかは全部が全部わかったりするわけでもない。でも、だからこそ、こんな様子のマイス君を見ていたら「わたしがなんとかしてあげないと!」って思わずにはいられない。

 わたしはほんのひと息だけ間をあけて、言葉を続けた。

 

 

 

「……今度、わたしたちのほうから家に行くよ。だから、今日は一旦帰ってくれないかな?」

 

 わたしがそこまで言うと、お父さんとお母さんは顔を見合わせて…………それからコッチを向いて言ってきた。

 

「そういう事情(こと)なら、ちょっと時間を空けた方が確かに良いわよね」

 

「しかしだな……まぁ、母さんがいいなら、私もかまわないが……」

 

 お母さんはちょっと申し訳なさそうに、お父さんは納得しきっては無い様子で。それでも二人揃って頷いてくれた。

 

 

 これで、とりあえずは大丈夫そうかな?

 マイス君とは、これからのことを話しながら、しっかりと原因を探ったりもして何とか緊張をほぐしてあげないと。私には何をしてあげられるかはわからないけど、何かできることはあるはず。

 

 

 

 

 

「あのっ!」

 

 ここまででお開きで、わたしがお願いしたようにお父さんとお母さんが帰ろうかっ…ていうその時、声をあげて引き止めたのはマイス君。

 

「僕には、ロロナとの、娘さんとのお付き合いやこれからのことよりも先に、お二人に伝えておかなきゃいけないことがあるんです」

 

 一体、何を……?

 最初はそう思ったけど、どういうことなのかすぐにわかっちゃった。

 

「僕は、元々ここから凄く凄く遠い国の者です。それに記憶喪失で、ところどころ思い出してはいますけど、ここ十年以上は全然思い出せなくなってて……虫食い状態もいいところなくらいだと思います」

 

「ああ、そうらしいね」

 

「前にロロナから聞いたことがあるわ」

 

 マイス君の言ったことに頷いて返すお父さんとお母さん。

 

 そして、マイス君は……あの事を言うつもりなんだと思う。

 ちょっと考えればわかっちゃうこと。不器用なくらい真面目で、一度決めたらまっすぐ誠実でいようとするマイス君らしい。

 

「それとは別に……僕は周りの皆に隠してたことがあるんです」

 

 でも、わたしのときみたいに不安でいっぱいだっていうこともわかった。

 このことを話さないといけないって気負っちゃってたから、余計に緊張しちゃって……あんなことになってたんだ。

 

 そんな今のマイスにしてあげられることは、わたしがしたいことは……

 

「っ……ロロナ」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 横からスッと手を伸ばし、マイス君の手を握ってあげる。

 キュッと握る。優しく、でもしっかりと。わたしの気持ちが伝わるように。

 

 

――――何があってもわたしはマイス君の味方だから。

 

 

 ……本当に通じたのかはわかんないけどマイス君の表情が少し緩んで、そしてわたしに一瞬微笑んでからまた真剣な目をしてお父さんたちの方を向いた。

 

 

 

「僕は人間とモコモコっていうモンスターを両親に持つ『ハーフ』なんです。だから、僕は人間でもありモンスターでもあり、こうして両方の姿を持ってます。今、こんなことを言うのはおかしいかもしれませんが、今度ご挨拶に行く時に何か……いえ、言いたいことがあるなら、今のうちに――「関係無い」――えっ」

 

 

 後半、少し言葉に詰まりながらも続いていたマイス君の話を、途中で止めたのは……お父さん……?

 

 

「君が何処の国の産まれだろうと、君のご両親がどのような方だろうと関係無い。……もちろん、ロロナはそのことを知っていて、それでも彼と「一緒にいたい」と思っているんだろう?」

 

「う、うん」

 

 ちょっと普段見ないような顔で聞いてきたお父さんに驚いちゃいながらも、私は何とか頷いて見せる。そうしたら、お父さんはその答えに満足したのか大きく頷いた。

 

「なら、私から言うべきことは無い。なぜなら――他でもない、私たちの愛娘のロロナが君の事を認めたんだからな。なら、それ以上()()を追及する必要は何処にもないさ」

 

 

「「お父(ライアン)さん……」」

 

 

 

 

 

「だが…………ロロナとの結婚は、私は認めんぞー!!」

 

 

「「えええぇ~!?」」

 

 これまでにないくらいの真剣なお父さんはどこにいったの!?

 そう声に出してしまいそうなくらいの、空気が一変するお腹の底から噴き出してくるお父さんの叫び…………って

 

「ちょっと待って、お父さん! さっきの話の流れは!? なんだかいい話にまとまりそうだったよね? ねぇっ!? どうしてそうなるの!?」

 

「そうは言ってもだな、ロロナ。それとこれとは話が別だ。第一、お父さんはまだまだ親離れさせる気はないぞっ!」

 

「子供だったわたしを置いて、お母さんと二人で旅行に行ったりしてたお父さんが言うことなの、それ!?」

 

 

 それに、わたしももう2X歳で、親離れがどうこうとか言わなきゃいけない歳じゃないんだけど!?

 

 

「やっぱり、嫌、ですよね。僕みたいなのが自分の大事な娘と結ばれるなんて……」

 

 わぁ~!? マイス君が凹んじゃった~!?

 

「そんな自分のことを悪いみたいに言わないで、マイス君!」

 

「そうだぞ! さっきも言ったように、そういうことは一切(いっさい)無いからそこは安心してほしい」

 

「じゃあなんでダメなの!? もしかして、特に理由も無しに……?」

 

「そっそんなこたーぁないぞ? 理由はだな、その……えっとだなぁ……」

 

 そう言いながら視線が泳いじゃってるお父さん。

 ……やっぱり、理由が無い?

 

「うわぁ。お父さんの器が大きいのか、小さいのか、全然わかんないや……」

 

 

 頭を抱える……とか、そんな風になってしまうよりも「呆れ」が勝っちゃってため息が出ちゃってたわたし。

 

 と、そんなわたしの耳に笑い交じりの優しい声が入ってきた。

 

「うふふっ。ロロナもマイスくんも、そんなに難しく考えなくっていいのよ?」

 

「お母さん?」

 

「そもそも、結婚は認めないぞー」って言ってるのは照れ隠しみたいなもので……この人もこの人で、距離感を測りかねているって感じだから、そう深刻に捉えなくていいわよ?」

 

「んなっ! 何を言ってるんだっ、私は別にそういった意図があったとか、そういうわけじゃ!?」

 

 さっきまでマイス君とわたしのほうを向いていたお父さんだったけど、今度はお母さんのほうを見て何でか必死さを感じられる様子でお母さんの言った事を否定しだした。

 でも、お母さんはそんなことおかまいなしに話しを続けてる。

 

「聞いてよロロナ。お父さんったら、マイスくんの結婚の噂話があったころから妙にソワソワしてて、私に……」

 

「ワー!? ストップ! ストーップ!!」

 

 より必死さを増してお母さんのお喋りを止めにかかるお父さん。その様子を見てクスクスと笑いながら「わかったわよー」とようやくやめたお母さん。

 

 ……一体、何の話だったんだろう?

 

 

「あの……ロウラさんは、その、何とも思わないんですか?」

 

「確かに。お父さんの反応も予想外だったけど、お母さんはお母さんでなんだかあんまり驚いたりしてなかったみたいだし……マイス君が良い子だってわかってたから?」

 

 マイス君の疑問にわたしも続けて気になったことを言ってお母さんに聞いてみら、お母さんは小さく首をかしげた。

 

「う~ん? ロロナが言うようなのもあったけど…………なんて言うか、今更感(いまさらかん)?」

 

「えっ? それってどういう……?」

 

「あっ、でもなんとなく言いたい事はわかるかも」

 

 もしかしたら、わたしたちでも十分に慣れちゃってるくらいで『魔法』もそうだけど、そもそものマイス君が良くも悪くもとんがってるからなぁ。そういう意味では常識外れのことには耐性ができちゃってるとか?

 それ以外には……なにかありそうかな? マイス君以外にもモンスターに変身できる人を知ってるとか……流石にそれは無いよね。

 

 

「とにかく……マイスくんが一番不安だったんだろうことは、なんにも心配いらなかったってこと。だから……安心して、いつでも(うち)に来ていいのよ?」

 

「……はいっ!」

 

 お母さんがニッコリと笑いかけながら言った言葉に、マイス君は力強く頷いてた。

 

 ええっと……これでとりあえずは一安心……なのかな?

 

 

 

 

 

「そ・れ・で? 結局のところ、二人はドコまでいったのかしらー?」

 

「「えっ」」

 

 より一層ニッコリ笑ってるお母さんに、わたしと……きっとマイス君もドキリとして反射的に身を引いてしまってたと思う……。

 

「ロロナもだけど、マイスくんのほうも結構奥手みたいだから……ギリギリ『キス』までくらいかしら?」

 

「そ、それはそのー……」

 

「なっ、ななななんでそんなことをお父さんとお母さんの前で、赤裸々に発表しなきゃいけないのっ!?」

 

「なにぃ!? その反応からして……キスをしたのか! お父さんはゆるさんぞぉー!」

 

 わたしの言ったことのどこがひっかかったのか分かんないけど、またお父さんが騒がしくなったー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***職人通り***

 

 

 

「何話してるのかはわかんないけど……アトリエ、すっごく賑やかだなぁ」

 

 フィリーさんとリオネラさんをアトリエから引っ張り出した後。

 それから、偽装のためってわけじゃないけどちむちゃんたちにはおつかいを頼んで行ってもらったんだけど……アトリエ横の路地に隠れた私たち。そこそこ音は漏れてるけど窓際に張り付いたりしないと聞こえそうにないアトリエ内の会話を聞いたりはしてなかった。

 

 気にならないわけじゃないけど……でも、やっぱり盗み聞きや覗きには罪悪感があるにはあるし、それが先生の親との大切っぽい話ならなおさら気が引けた。

 それに……

 

 

「この二人から目を離すわけにもなぁ……」

 

 

 裏路地にいるのは、わたし以外には二人。

 

 顔を両手で覆って、頭から足先まで真っ直ぐなままでうつ伏せに倒れた体勢でシクシク泣くフィリーさん。

 膝と胸とアラーニャとホロホロを抱いて座るリオネラさん。

 

 

「うん……やっぱりこれはヒドイありさまだよ……」

 

「何がかしら?」

 

 裏路地の惨状を見ての独り言に言葉が帰ってきて驚いた私は、すぐにその声のした方……職人通りの表通のほうを見た。

 

「って、あれはウチの……あっちのあの子は……。ん? アナタって、確か……」

 

 そう言いながらフィリーさん、リオネラさん、私の順に見たその女の人は、何処かで見たことがあるような…………というか、今、裏路地で倒れて泣いてるフィリーさんに凄く似てる?

 もしかして……?

 

「あー……もしかして、そこで倒れてるウチの妹が何かやらかしちゃった?」

 

「いえ、むしろフィリーさんは被害者というか……そんな、ケンカとか事件性のある大事とかじゃないんですけど」

 

 そう言ったらビミョーに納得できて無さそうな不満げな顔をした女の人は、前にフィリーさんやロロナ先生から話に聞いてた「フィリーさんのお姉さん」なんだろう。確か、エスティって名前で、婿探しの旅に出たとか何とかでフィリーさんに仕事を引き継がせたらしいけど……?

 でも、旅に出てるならなんで『アーランドの街(ここ)』に? お婿さんが見つかって帰ってきたとか?

 

 

「まぁいっか。今日用があるのはアトリエだし……ロロナちゃんはいるの? いないならあなたに頼むことになるかもしれないんだけど?」

 

 そう錬金術(おしごと)の話っぽいことを私に聞いてくるエスティさんは、その様子からして初対面だけど私の事も知ってるみたい。

 

「先生はいることはいるんですけど……」

 

「けど?」

 

「今お客さんが来てて、対応できないかもしれなくって」

 

 そう言うと「へぇ」とエスティさんは感心した様子で声を漏らしてた。

 

「結構長い間見てなかったけど、ちゃんと一人前にやっていけてるみたいね……って、あのころのロロナちゃんじゃなくて稀代の錬金術士様なんだから当然と言えば当然かしら」

 

 

 そう言ってエスティさんはまた表通りのほうへと戻って、そしてそのままアトリエのほうに……って、えっ?

 

「ちょっと、ロロナちゃんの仕事っぷりでも覗いてあげようかしら♪」

 

「あっ…………行っちゃった」

 

 大丈夫かなぁ?

 エスティさんって、フィリーさんのお姉さんでけっこう大人なはずだし、空気を読んで大事なところの邪魔をしたりはしないと思うけど……なんか、やけに心配になっちゃってるんだよね……。

 

 やっぱり気になるからって、とりあえず表通りの様子を覗こうと思って私も表通り(そっち)へと駆けていった……んだけど……

 

 

「わっ! もう戻ってきて……って、どうしたんですか!? 血ィ! 口から血が出てますよ!? 吐いたんですか!? 一体何が……!!」

 

「……大丈夫よ。下唇を噛み千切りそうになっただけだから」

 

「大丈夫じゃない!? と、とりあえずお薬持ってるんで、使ってください!」

 

 何がどうしてそうなったんだろう……?

 私がポーチから取り出した緊急用のお薬を手渡すと、「……ありがと」とちょっとダルそうな声でお礼を言ってきた。

 

「なるほどねぇ……。アッチがああなったから、ここでこの二人がコウなってるのね」

 

「あーっと……その、ご存知で?」

 

「うん、まぁなんとなく、この二人はそんな雰囲気があるなぁとは思ってた」

 

 そう言うエスティさんの目はどこか遠くを見てて……そして、その目を瞑ったかと思ったらスッゴイ大きなため息を吐いた。

 

 

「はぁ~。身内だからっていうのもあるけど、状況的にも……流石にこの二人は放っておけないわね。……だからって、この三人でっていうのも虚しい気がするけど、仕方ないわね」

 

 そう言ったエスティさんは、力無くダランとしてる二人を引っ張り起こして……あの細腕でよくできるなぁ。メルおねえちゃんと同じ、あれで怪力なタイプなのかな?

 

「アナタも来る?」

 

「えっ? くる、って?」

 

「お酒。こういう時の飲み方を教えとこうかと思ってね……私に教えられることってそれくらいだし」

 

「それは遠慮しときます。私、まだ未成年なんで」

 

 そこまで聞いたら短く「そっ」とだけ返して、肩を貸すような形で引っ張り起こした二人の背中を叩きながら「ほらさっさと歩いた、歩いた」と自分で歩くようにうながしてた。

 

 

 

 そうして、ゆっくりとだけど裏路地から出て行ったエスティさんたちを見送って……私は『トラベルゲート』を取り出した。

 

「『トトリのアトリエ(ウチ)』に帰って、二日酔いに効きそうな薬でも作ってあげとこうかな……。飲み方教えるって言ってたけど、あの様子じゃあきっとフィリーさんたち酔いつぶれちゃうくらい飲んじゃうだろうし……」

 




 次回の更新から、活動報告でアンケートを行いたいと思います。

 正確にはアンケート系3問、リクエスト系1問となる予定です。


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ロロナ【*10-4.5*】

 新鮮なアトリエ新作の情報だー!
 『ネルケと伝説の錬金術師たち~新たな大地のアトリエ~』、期待不安いっぱい! 色々書きたいけど、どう考えても前書きじゃ足りません。
 ただ一つ、単純にデザインだけならネルケさんドストライクです。


 そして今回は【10-4.5】! どうしてこうなった!?

 あと、活動報告にてアンケートはじめました!



【*10-4.5*】

 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 俺はイクセル・ヤーン。アーランドの街にある『サンライズ食堂』を任されているコックだ。

 

 まだ陽も傾き始めたばかりの『アーランドの街』。昼間のランチ時を過ぎたこの頃は『サンライズ食堂(ウチ)』は一旦客足が途絶える。

 それでも時偶に暇を持て余した人が軽いティータイムをしに来ることがある……けど、それも大抵は軽食やデザートが充実した小洒落た店に行くのがほとんどで、そこそこヒマになったりする。

 

 ヒマになったりする…………はず、なんだけどなぁ……。

 

 

 

「多くは語らないわ……とにかく、()()()()は飲むに限るの!」

 

「「…………」」

 

 

 コイツらみたいに、昼間っから酒飲みに来る連中がいなけりゃ、ヒマがあったはずなんだけどなぁ……。

 まぁ、一番の問題はヒマ云々じゃかくて、こん後

 

 

「今日は私が、そんな時のお酒の飲み方を教えてあげるから、()()()()()忘れちゃうくらい、トコトン飲んじゃいましょー!」

 

「「……お、おー……」」

 

 やけにテンションが高いエスティさんに対して、フィリーとリオネラはテンションが低い……つーか、どこか「心ここにあらず」って感じで、まともに気力が感じられない。

 けど、双方に共通してる点は「空気がよどんでる」ことだな。長年『サンライズ食堂(ここ)』でやってきた経験からわかるが、ありゃもう確実に悪酔いするわ。

 

 こういうのには関わらないっていうのが鉄則……なんだが、残念ながらここは『サンライズ食堂(俺の店)』、関わらねぇってわけにはいかねぇんだよな、これが。

 

 

 じゃあ、酒飲むのを止めてみるか……って思ったりしなくも無かったわけじゃないが、十中八九無理だろうな。なんでって()()()()()()()

 

 何を知ってるのかと言えば、変にテンションが高いエスティさんのことだ。

 

 ここ最近は街を離れてたから店に来なくて会うことも無かったが、前は時々こんなエスティさんを見る機会があったんだ。そういう時は、決まって「良さそうな人がいたのにダメだった」とか「知り合いが結婚した」だとか……まぁつまりは()()()()()があった後だ。今回も、きっとそういうことなんだろうな。

 

 それに加えて、フィリーとリオネラ(あの二人)か……。

 無理矢理付き合わされているからあのテンションの低さなんだとも思えなくはないけど、もしや……いや、まさかな?

 

 

「恋人がなんだー! 結婚がなんだー! アトリエまで聞こえるくらい騒いでやろーじゃないの!!」

 

「うう……おねえちゃんの言葉に同意する日が来るなんて……もうヤケクソだよぅ~!」

 

「そっそれはさすがに悪いんじゃ……? でも……今日はお酒に頼っても……」

 

 

 

「アトリエに迷惑かける前に、ウチが大迷惑被るんだけどな?」

 

 カウンター奥の厨房からの俺の呟きは、テーブル席のエスティさんたちには酒を飲みだした事もあってか聞こえていないようで……ロクなことになりそうにないな、と諦め気味にため息を吐くことしかできなかった。

 酒も料理も出さずに追い出すって手も無くはないが、あの調子じゃあエスティさんに文字通り力ずくでどうにかされてしまいかねないから、やはり諦めるしかないだろう。

 

 

 そして……エスティさん以外のメンツに加え、ついさっき聞こえてきた『アトリエ』って単語から、大体の事情を察し……俺はおとなしく店員としてやり過ごすことに決めた。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 あれから数時間経ち陽が暮れた街…………

 

 

 7組だ。

 「何が?」って、今日これまでに店の扉を開けたけど帰って行ってしまった客の数だ。原因? ……言わなくてもわかるだろ?

 

 

「結婚……素敵、ですよね。でも、結婚したからって、その先幸せになるかなんて誰にもわからなくって……何がきっかけで、一変するかは……」

 

「そうよねぇ~。みんながみんな「結婚するのは大事」だとか「あたり前」みたいな感じになってるけど、結婚しない幸せだってあるのよっ!」

 

「うぇ~、おねーちゃんが言っうと負け惜しみにしか聞こえないよぉ~? あははははっ!」

 

 

 一応は連中の中でまだ一番酔って無さそうな(マトモそうな)状態のはずだが、どこか物悲し気なドンヨリとした雰囲気を漂わせて、チョビチョビ飲みながら一人でなにやら呟き続けているリオネラ。

 そのリオネラの言葉に、少しズレていながらも相槌を打って自分の意見を主張するエスティさん。

 さらに、そのエスティさんの言ったことに対して、素面(しらふ)じゃあエスティさん(相手)を恐れて言いそうにない事をズバズバ言いながら笑うフィリー。

 

 エスティさんは「なんですってー!」と怒りをあらわにしながら、威嚇するようにジョッキを持った手を高々と上げ……中身が空っぽになっていることに気付き、俺の方(こっち)にむかって「おかわり~」と表情をコロッと変えて上機嫌に追加注文をした。

 

 

 あーあ。

 こんな店内の空気じゃあ普通に飲み食いしていく猛者(やつ)もいるこたぁいるが、ごく少数。全体的に見て客足が遠のいちまってるし、損害も損害、大損害だ。

 

 

 まあ、収穫もあるにはあった。

 予想した通り、この一件の原因は「マイスとロロナが正式に付き合いだした」ってことみたいだ。

 

 一応俺も、今朝がたも含め、ここ最近それっぽい噂は聞くには聞いていた。つっても、これまではまた噂話が独り歩きしたのかと思ってたんだが……三人の様子やその会話の端々(はしばし)から聞き取れる情報からして、どうやらマジらしい。

 それも、ほとんど「結婚を前提としたお付き合い」状態らしく……って、ロロナとマイス(ふたり)の年齢やこれまでの付き合いのことを考えりゃ当然と言えば当然な気もする。……俺も結婚してねぇから、どうこう強く言う気にも慣れねぇけどな。

 

 

 とにかく、そういうことらしい。

 めでたいことだし、俺としては幼馴染として、友人として素直に祝福するところだが…………リオネラやフィリーからしてみれば、割り切れない部分も結構あるんだろうな。

 二人の一癖二癖(ひとくせふたくせ)ある性格気質からして、まともに接せる異性っていうのは限られているだろうし……それに、マイスがそんな二人を引っ張れるようなお節介焼きな面が強いこともあって、あいつらからすればマイスは恋愛(そういう)対象筆頭だったんだろう。

 

 結ばれちまったのは今更どうこう言うべきじゃないだろうから、ちょっと……いや、かなり迷惑だが、今日のこの酒で踏ん切りをつけてほしい所だな。もしこれ以上(こじ)れに(こじ)れて所謂(いわゆる)「修羅場」になられても困るからな。

 

 

 ……と、そんなことを考えてたら扉についてあるベルの音が聞こえてきた。出る客はいなかったことを考えると、必然的に外から客が来たことになる。

 また、店内を見てすぐに出て行かれる可能性もあったが、ここは当然素直に「いらっしゃいませー」と声を出して迎え入れることにした。

 

 

「うわぁ……何アレ」

 

「……って、なんだ、お前か」

 

 入店してきたのは、俺にとってはロロナと同じく幼馴染の一人であるクーデリア。今現在は『冒険者ギルド』で受付嬢をしてるはずだが……陽も暮れたし、ちょうど仕事終わりだったのか?

 

 クーデリアはテーブル席の一つにいるエスティさんたちを一瞥しながらもスルーし、なるべく入り口に近い方を選ぶようにしてカウンター席についた。

 

「仕事終わったからアトリエの様子を見に行こうと思ったのに、通り過ぎようとしたらやけに騒がしくて気になって入っちゃったけど……何よ、あいつらは」

 

「その前に何か注文してくれよ。あいつらのせいで、商売あがったりなんだ」

 

 俺がそういうと、眉をひそめながらも「……何かジュースを一杯」とだけ言ったクーデリア。その注文の品を用意しながら、エスティさんたちの騒ぎ声をBGMに俺は先程の問いに答え始める。

 

「失恋と先越されの自棄(ヤケ)飲みだとよ。昼過ぎからずーっとあの調子だ」

 

「あー、そんな気はしてたけど、やっぱり? ったく、トトリが抜け出してからアトリエで何があったのかしらね……」

 

「なんでも、ロロナんところの親がアトリエに来たらしいぜ? 親公認なったとかならないとか」

 

「なるほどねぇ。あの人たち、『青の農村』のお祭りにしょっちゅう顔を出したりしてマイスと交流もかなりあったっぽいし、なんだかんだ言いながらもアッサリ認めちゃったんじゃないかしら?」

 

 確かに、クーデリアの言う通りだし、そう心配するようなことにはならないとは思う。ロロナもそうだが、マイスもそう嫌われない性格してるし、よっぽどの事があったりしない限りは門前払いになったりはしないだろうな。

 

 

 と、用意し終えた『リンゴジュース』を「ほいっ」とクーデリアの前に置く。それを受け取ったクーデリアはソレに口をつけるんだが……なんか、その表情はスッキリしてない感じがした。

 

「どうしたんだよ? 何か引っかかることでもあったのか?」

 

「いやね、なんにもないならいいんだけど……」

 

 何事も結構ズバズバ言うタイプのクーデリアにしては珍しくハッキリとしない物言いに内心首を傾げてしまった。

 けど、クーデリアは「それが」と言ってからゆっくりと驚くべきことを話し始めた。

 

 

「アイツが変なこと言ってたのよ」

 

「あいつ?」

 

 誰のことだ?

 

 

 

 

()()()()()()()、ロロナの師匠の」

 

 

 

「……は?」

 

 いや待て、アストリッドっていやぁ、それはまあロロナの師匠の名前だし知ってるけど……確か、ふらっとどこかに行ったままロロナが探しても行方不明のままで、ここ何年も目撃情報が無かったはずだよな? なのになんで今クーデリア(こいつ)の口からその名前が出てくるんだ?

 

「なんだよ、あの人帰ってきてたのか!?」

 

「帰ってきたかどうかはわかんないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なんでマイスん所にいたのかとか聞きたい事もあるが……とりあえず、何してたんだよあの人は?」

 

「アイツが現れたのはいきなりだったけど、タイミングからしてあたしは最初、ロロナとマイスの事を邪魔しようとして来たんだって思ったのよ。でもなんか「今、割って入ってロロナに嫌われない手段が思い浮かばなくてな」とか何とか言って、結局なんにもしなかったのよ」

 

 ……つーか、ロロナとマイスがどうこうなったのって、つい昨日からの話なのか? それにしたって、アストリッド(あの人)は耳が早いというか早すぎると言うか……。

 けど、今の話からすると急だったから何にも邪魔できなかったって事か? それは何というか、運が良かったんだろうな。

 

「……あの時、アイツが言ってた「余計なことに時間を取られてた」っていうのは、告白して振られたっていう大臣の調教のためだったってわかったけど、結局のところアッチのほうは……」

 

「告白? 大臣って……いやいや、調教!? 何の話だよ!? それにアッチって……」

 

「前半は気にするだけ無駄よ、ただどっかの誰かが気持ち悪いくらい矯正されたってだけのことだから。そんでもって()()()()()()()()()()()()()()()()()()。「すぐにロロナをどうこうするような度胸は無いだろう。それに……」」

 

 

 

 

 

――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「……って。まるで、だから自分から手出しする必要が無いって言いたげにね。これまでのロロナたちの積み重ねも含めて、そんな様子も無くってむしろ順調そのものにしか思えないんだけどね」

 

「つっても、確かに無視しきれねぇよな。なんたって、あのロロナの師匠が言ったことだし」

 

 俺が頷いて言うとクーデリアは「そうなのよねー……」と悩まし気にため息をついた。

 

 

 

 

 

 ……まぁ、俺にとって悩ましいことは他にもあるんだが……

 

 

「そう、だよね……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 

「大体、何よ! 失恋の一回や二回で一丁前に落ち込むだなんて……人生経験のうちの一端じゃない。もうちょっと頑張りなさいよ!」

 

「おねーちゃんは、いっつも相手の肩書とか能力とか見た目ばっかり見てて、誰かを本当に好きになったことが無いからそんなこと言えるんだよー!」

 

「なぁっ!? そういうあんたは自分の好みとマイス君とが全然違うじゃない! 他の人とは話せないからって妥協しちゃったんじゃないの!?」

 

「違いますー! 妥協なんかじゃないですー! 「大好きな食べ物」と「毎日食べてたい物」とが違うっていうのと同じで、考える時の着眼点がビミョーに違うってだけの話ですー!」

 

「なによっ!?」

 

「おねーちゃんこそ!!」

 

 

 

 

「……百歩譲って騒ぐのはいいけど、店の中で暴れないでくれよー?」

 

 今にも掴み合いになりそうな姉妹に一応そう声をかけるが……ああうん、聞こえちゃいねぇな。

 

「大変ねぇ、あんたも」

 

「そう思うなら何とかしてくれ」

 

「しーらない」

 

 そう言ってまた『リンゴジュース』に口をつけるクーデリア。

 

 

 ……っと、数分ぶりにまた入り口の扉のベルが鳴り響いた。

 

 

「いらっ――――――っ!?」

 

「あらっ、賑やかだと思ったらフィリーちゃんにリオネラちゃん、それに……エスティじゃない」

 

 そう、そこにいたのは……って

 

 

「おいっ! なにそそくさと出て行こうとしてんだよ!?」

 

「ジュース代はツケで……何なら倍額でもいいわよ?」

 

 逃げるように……いや、マジで逃げようとしていたクーデリアを小声で引き止め、カウンターを挟みつつも互いに顔を寄せ合ってコソコソと喋る。

 

「だからって、逃げるな」

 

「イヤよ。実際に見たこと無いけど、ロロナから聞く限りじゃあ相当やばいんでしょ?」

 

「分かってるなら、なんとかするの手伝ってくれよ!」

 

「そう思うなら、まずあんたが酒を出すのをやめなさい」

 

 クーデリアがズバッと言ってきたことは確かに正論だ。

 いや、だがしかしだな……

 

「んなこと言ったって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、本人自覚無いしさ」

 

「だからって……ねぇ?」

 

「断ろうにも普段(いつも)最終的には涙目でお願いされて、周囲のおっさんたちの視線が厳しくなって…………」

 

 そのまま過去にあった事を離そうとし……話題のティファナさんが、とっくに入り口からいなくなっていることに気付き――――

 

 

「「あっ」」

 

 

 ――――いつの間にか、エスティさんたちのいるテーブル席に着いているのが見えて、俺とクーデリアの声が重なった。

 

 あの人達はすでに何時間も(たむろ)って飲みまくり、注文しまくっている。

 そう、グラスが空いたら頼むってこと意外にも、別の種類の酒を頼むってこともあって……テーブルの上には人数分以上の酒の入ったグラスやジョッキがある。つまりは……

 

 

「それじゃあせっかくだしお邪魔しちゃうわよ、エスティ?」

 

「いいわよー! 今日は思いっきり飲んじゃいましょーティふぁ……な……?」

 

 ……時すでに遅し、ってことだ。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 その後の事?

 酔っ払いが転がったり、目のやり場に困ったり……まあ、いろんな意味で酷かったとだけ言っておく。

 




 前までのお話の中で書いた意味深そうなこと等を少しずつでも回収していくスタイル。とはいっても、今回は結構最近のやつからだけだけども。

 今回からアンケート開始です!
 お暇がある方は「小実」のページから活動報告へ。そちらで回答をしてくだされば嬉しいです。お気軽にどうぞ!


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ロロナ【*10-5*】

  またもや遅刻してしまい、大変申し訳ありません。
 告知の追記修正よりもいつの間にか遅くなってるだなんて、ヒドイありさまです


 今回いつもよりセリフの比率が大きくなっています。


 そして今現在「小実」のページの活動報告にてアンケートを行っています。
 内容は……

①、②子供について
③『メルアト編』のマイスの行動基準
④キャラ、アイテム、その他絡み等結構アバウトなリクエスト募集
(例:「エスティさんとラブ飲みドリンク」、「ロロナ争奪戦」)

 となっています。
 締め切りは次回の本編更新までです。

 お暇があればお気軽に参加ください。



【*10-5*】

 

 

***サンライズ食堂***

 

 

 

 いつもはお客さんでにぎわっている『サンライズ食堂』の店内。

 だけど今はお昼からは少しズレた時間で、ちょうどお客さんは僕たち以外は見当たらなかった。

 

 

 そんな中、僕はロロナと並んでカウンター席に座ってたんだけど……

 

「マイス君……わたし、気付いちゃったの」

 

「気付いたって……何に?」

 

 食事が一段落して食後の『香茶』を飲んでいたら、不意に隣にいるロロナが深刻そうな様子で話しだした。

 一体、何がどうしたっていうんだろう?

 

 

 

 

 

「あれからそろそろ一ヶ月くらい経つけど……わたしたち、恋人っぽいことして無い気がするっ!」

 

「いやいや、そんなこと……」

 

 だって、ロロナのご両親とお話してから正式にお付き合いして…………して……?

 

 

 

「た、確かにそうかも……!?」

 

「何言ってんだよ、お前ら」

 

 僕が驚きながらそう呟くと、カウンター向こうにいるイクセルさんは呆れた様子でそう言ってきた……。

 

 

――――――

 

 

 改めて、僕とロロナに加え、店員であるイクセルさんが新たに参加することとなった会話は、少し申し訳なさそうなロロナの言葉から再開された。

 

「えっとね、実は今日こうしてイクセくんの所に来たのは、そのことをマイス君と一緒に相談するためだったんだー」

 

「ウチで料理食ってくのはついでかよ!? それに、なんでお前まで驚いてるんだよ、マイス!」

 

 ロロナに勢い良くツッコミを入れて……その勢いのまま僕のほうへと振ってきたイクセルさん。

 

「あははっ……てっきりロロナがイクセルさんの作った料理が食べたくなったのかなーて思って。それに、『学校』のことで忙しくなってからは来れる機会も減っちゃてたから僕も来たかったし……」

 

「お、おう。あーっと、まぁそう言われると嬉しくないわけじゃねぇけど、こないだの騒動の元凶だって思うと何とも言えない気持ちが」

 

「えっ」

 

「あ、いや、こっちの話だ。マイスやロロナに悪気が無いのは分かってるから。……自覚も無いのは厄介だけどよ」

 

 最後にボソッと言ったイクセルさんの言葉は僕にはギリギリ聞こえてきた……けど、自覚って一体何のだろう?

 僕がその疑問を投げかけるよりも先に、イクセルさんが再び口を開いた。

 

「とにかく、だ。何で俺に? 自慢じゃねぇけど恋愛事とかわかんねぇぞ? もっと他に相手はいなかったのかよ?」

 

「わたしも色々考えたんだよ? でも、身近な人でお付き合いとか結婚とかしてる人ってあんまりいなくって……」

 

 ロロナの言う通り、『青の農村』の人たちを除けば僕らの身近な人はあんまり結婚していない。むしろ、近しい人ほど結婚して無いような……?

 

 あと、僕はまだしも、ロロナは『青の農村』の人たちに相談するのはハードルが高かった…………いや、僕でも相談しないかも。この間の噂の騒動で気付かされたけど、あの人たち恋愛関係の話への執着心が強くって……もし仮に今回の事を相談しようものなら、あの時のようにまた尾ひれがついて変な噂になって広まりかねない。

 それは流石に嫌だからね。

 

 

 ただ、ロロナの周囲の状況を知ってか知らずかは分からないけど、納得してない様子のイクセルさんが指摘しようとしてきて……

 

「いないって、親が……って、そういうことは親に相談しにくいか」

 

「うん、さすがにね。というか、もうこりごり。根掘り葉掘り聞いてくるし、お母さんは凄くパワフルで、お父さんは一々話の腰を折ってきて……」

 

「うん、アレは僕もちょっと遠慮したいかな」

 

「……もう何かあったんだな」

 

 何かある度に「ダメだ」「認めない」って言ってきたライアンさんには驚かされたなぁ。でも、それ以上にロウラさんのコッチを追い詰めてくるような質問攻めのほうがもっと手ごわかったけど。

 

 

 

 「でも、他に誰かいないか考えたんだよ!」って言ったロロナは、指をあごに当てて少し首を傾げる、何かを考えるような仕草をしながら言葉を続けた。

 

「他にはティファナさんなら、って思ったりもしたんだけど、色々思いださせちゃったら悪いかなーって」

 

「その気遣いを一割でもいいからコッチに向けてほしいところだな」

 

「?」

 

 ……? 何の話だろう?

 イクセルさんの言葉に、同じように疑問を持ったのかロロナも不思議そうにし……僕のほうを向いてから……偶然にも僕と同じタイミングで首をコテンと傾げた。

 

 僕はどう言うことなのかをイクセルさんに聞こうかとも思ったけど、ロロナは僕ほどは気にしてないみたいで、そのまま相談相手を考えた時の話を続けた。

 

 

「それで、結婚したことのある人以外って考えたら、恋愛(そのて)の話に詳しそうな人って考えて、結婚に積極的だって印象があったエステ――」

 

「おい、やめろ」

 

「え? あ、うん。帰ってきてるのは知ってたけど、どこにいるかは全然わかんなかったからやめたよ? あとは……美人さんなトトリちゃんのおねえさんや、かわいいメルちゃんもそういうことに詳しいかなーって思わなくも無かったんだけど……」

 

 喋ってる途中でいきなり割って入られたロロナだったけど、いきなりのことに驚きながらも普通にお喋りを続けることが出来ていた。

 ……「メルちゃん」っていうのがメルヴィアのことだっていうのがすぐにわからなかったのは秘密だ。

 

 

「それで、経験豊富そうな人以外だったら、こういうぷらいべーとなことを相談しやすい相手っていうのが優先かなーって思って、まずフィリーちゃんに――」

 

「ばか、やめろ」

 

「今度はバカっ!? わたしバカじゃないよ!? と、とにかく、フィリーちゃんなら相談しやすいし、いい答えが出てこなくってももしかしたらエスティさんのこと知ってるかもって……でも、フィリーちゃんも「ダメだ、ダメだ!」っていうお父さんとは別方向に脱線してしまいそうな気がしてやめたんだ」

 

「理由は間違ってるが、その判断は正しいぞ」

 

 またもや話の途中で割って入ってきたイクセルさんだけど、最後にはウンウンと頷いていた。

 

 

「他に誰かって考えて、りおちゃんなら――」

 

「やめろ。わざとか? わざとなのか?」

 

「ええっ? な、なにが……? 何言ってるかわかんないけど、りおちゃんならきっと親身に聞いてくれる……って思ったんだけど、逆に気負い過ぎちゃって真剣に悩み過ぎて他のこと考えられなくなっちゃいそうな気もしたからやめたの」

 

「また絶妙な回避を……つーか、ロロナのあいつへのイメージってそんなのなんだな」

 

 ……? さっきからイクセルさんは、何をわかるようでわからないようなことを言ってるんだろう?

 

 まぁ、それは置いとくとして、ロロナが言ってることはよくわかる。人をよく気遣ってくれるリオネラさんだけど、その真面目さと真っ直ぐさは視野を狭めてしまうものでもあるからなぁ……。真剣に考え過ぎて頭から湯気を出し「きゅ~」と目を回してしまう様子がすぐに目に浮かぶ。

 ……実際にそんな光景を見たことがあるわけじゃないのに、どうしてだろう?

 

 

「それで、結局くーちゃんに相談してみようって思って……」

 

「まあ、妥当だろうな。あいつなら経験云々はともかくとしてロロナからの相談を蔑ろにはしないだろうし」

 

 イクセルさんの言葉に、僕はついつい頷いてしまっていた。

 むしろ、ロロナはもっと早くにクーデリアに相談することを思いついていいんじゃないかな?

 

 

「朝起きてからすぐに相談しに行ったら怒られた」

 

「そりゃお前が悪いわ」

 

「うん、朝早くにいきなり行くのは迷惑になっちゃうかもしれないんだから、ね?」

 

「うう……冷静に考えればそうなんだけど、わたしも必死に考えたりしてて、ちょっと……」

 

 まぁ、そんな事をしてしまうくらいには「恋人っぽさ」のことをそれほどまでに考え悩んでたってことなんだろう。

 

 

「でもね、でもね! その後くーちゃん「で? なんなのよ?」って、いちおうお話し聞いてくれたんだよ!?」

 

 「自分で「いちおう」とか言うのは悲しくないかな?」って思いながらも、黙ったままロロナの言葉を聞き続ける。

 

「だから、最近マイス君とあったこととか話して、恋人っぽくないって話をして、どうしたらいいのかなって聞いたら……!」

 

「「聞いたら?」」

 

「「惚気(のろけ)てんじゃないわよ」て言われて、追い出されちゃった」

 

「えっ、なんでそんなことに!?」

 

「いや、マイス。ここ最近のお前ら見たやつ全員がクーデリアが言った事と同じこと思ってるからな?」

 

「「ええっ!?」」

 

 予想外の情報に、僕とロロナは一緒になって驚き声をあげてしまってた。

 

 そ、そんな風に思われてたの!? いや、でも第一、見ただけで「惚気てる」って……!?

 

 

 

 

 

 

「えーっと……そんなわけで、そのままマイス君がアトリエに来る約束の時間になって、あと相談できそうなのってイクセくんくらいだし、そのままマイス君と一緒に行こうかなーって思って」

 

「んで、こうなった、と。話は把握できたが……つまりは消去法で俺だったんだな?」

 

「まあ、そうなっちゃうかなぁ」

 

 驚きから回復したロロナの言葉に、イクセルさんはため息混じりに言い……ロロナがまた申し訳なさそうにしながら言葉を返した。

 

 

 

 それにしたって、どうしてだろう?

 

「あれ? マイス君、どうかした?」

 

「あっ、ちょっと気になることがあって……」

 

 ちょっと考え込んでしまっていたのに気がついたらしいロロナが、僕の顔を覗きこむようにしてきて……僕は素直に答えた。

 

 

 

「こういう話ならトリスタンさんが真っ先に思い浮かぶんだけど……お仕事忙しかったりして相談できそうにないかな?」

 

 

 

 僕がそう言うと、イクセルさんがピシッと固まった。

 そして、ゆっくりと首を振りながらちょっと震え気味の声で言ってくる。

 

「いや、マイス、それは流石に……って、もしかしてこいつ、あの事を知らねぇってことは――」

 

 

「その手があった……!」

 

 

「おいいっ!? ロロナっ!? お前がそこでGOサイン出すのかよ!?」

 

「えっ、何かダメなことあった……?」

 

「ダメも何も……俺も又聞きでよくは知らねえけど、アイツと色々あったんじゃないのか!?」

 

 よくわからないけど、ロロナが何かまずいことを言ったのかな?

 いや、でもそれにしたってイクセルさんの様子が必死……というほどでもないけど、何故かやけに勢いがあった。それほどまでのことがあったのかなぁ?

 

 

 ちょっとの間、イクセルさんが言っていることがわからない様子のロロナだったけど、不意にロロナはポンッと手を叩いた。どうやらロロナは何か心当たりがあったみたいだ。

 そんなロロナは……

 

「「冗談」って言ってたし……これまで通りじゃダメなのかな?」

 

「ダメだろ……」

 

 ここまで「一体何の話なんだろう?」って思ってた僕だけど、ロロナの言った「冗談」っていう言葉にどこか聞き覚えがあって……そして思い出した。

 

 そうか。なら、あの時の話の……

 

「ロロナに告白したのって、トリスタンさんだったんだ。言われば納得できちゃうなー」

 

「お前はお前で、何冷静に受け入れてるんだよ……。もっとこう、思うことでもあったりしないのか?」

 

「ロロナは人気者なんだなー……くらい?」

 

 僕がそういうと、イクセルさんは肩をガクッと落とし、大きな大きなため息を吐くのだった……。

 

 

 

 

「ひとつ分かった。お前ら放っておいたら、こん前のアレほど酷くはねぇけどロクなことになりそうもないってことが。キレイに結論出せる気は全くしねぇが、簡単な意見くらいはできるだろうし……それでいいな?」

 

「うんっ、ありがとうイクセくん!」

 

「あはははっ、よろしくお願いします」

 

 二人揃って軽く頭を下げたロロナと僕。

 そして、イクセルは一つ咳ばらいをしてから離しだそうとし……寸前ではたと手を止めた。

 

 

「つーか、そもそも最初は自分と相手……つまりはカップル同士で話し合ったりしてみるもんなんじゃねぇのか? マイスはロロナが悩んでた内容(こと)をついさっきまで知らなかったみてぇだし、まずはそこからやってみたらどうなんだよ?」

 

「それはそうかもだけど……自分で言うのも変かもしれないけど、わたしこういう話に全然縁が無くって、なんにもわからないの」

 

「まあ、そうじゃなきゃ悩んだりはしないだろうしな。だからこそ、相手とちゃんとコミュニケーションを取って……」

 

 そんなことを言うイクセルが腕組みをしてロロナに説教じみた事を言っていたんだけど、それを不意に止めた。そして、ロロナの隣のカウンター席に座っている

僕のほうをじっーと見てきて……

 

「……わりぃ。相手がマイスじゃあ無理だよな」

 

「ええっ!? それってどういう意味!?」

 

「いや、お前くらいだと思うぜ? 俺ら世代でロロナよりも恋愛事を経験・理解してなさそうなヤツは」

 

 そ、そうなのかなぁ?

 いやまぁ、僕自身、そんな経験は無いから色々とズレてしまってるのは否定できない。でも、仕方ない気もするし……。それに、理解が出来てないって扱いは流石に心外だ。

 

 そんなことを考えていたのがイクセルさんに通じてしまったのか、イクセルさん

は僕に向かって少しニヤリと笑った。

 

「なら、ロロナの悩みを解消してやれよ。恋人っぽいこと、何か思いつくだろ?」

 

 恋人っぽいこと?

 

 恋人っぽいこと……

 

 恋人……

 

 

 

「ぶ……文通?」

 

「マイス君、それ、たぶん遠距離……」

 

「やっぱダメそうじゃねぇか」

 

 うっ! なんとなくダメな気もしたけど、イクセルさんだけでなくロロナにまでダメだしされるなんて……!

 

 

 

「よく聞いとけ。俺の意見を言わせてもらうとだな、まぁ真っ先に思い浮かぶのは『デート』だろ。つっても、それはもうしてるようなもんだし……」

 

「してる?」

「してるの?」

 

「今だって俺が会話に入っちまってはいるが、カップルで店で食事は十分に『デート』の範疇だと思うぜ?」

 

「「ほー」」

 

 なんとなくそんな気がすることを言われて、ロロナと僕はついつい感心の声を漏らしてしまっていた。

 

「他にも、一緒に買い物(ショッピング)とかただ単に散歩とかでも……極端に言えば、男女が仕事以外で二人きりで出かけたら大抵は周りからしたら『デート』に見えるだろうしだろうし、ロロナの言う「恋人っぽいこと」になるんじゃねーのか?」

 

「それじゃあ、二人で街や村の外に行ったりするのも『デート』になるんですか?」

 

「なら、わたしたち結構『デート』してたのかな?」

 

 僕とロロナの疑問に、イクセルさんは「いいや」と首を横に振ってから首をすくめてきた。

 

「お前らが街の外に出るって、採取だろ? アレは仕事の一環じゃねえか。それに大抵他にも誰かついてきてただろうし……いや、でも案外そういう方向性は悪くないかもしれねぇな」

 

 何かを思いついた様子でいきなりハッとしたイクセルさん。

 

 

 「あーっと、どう言ったらいいんだろうな……」と少しの間悩んだ末に、イクセルさんは改めて僕らの方へと向き直って語り始めた。

 

「ほら、ロロナんところの両親って旅行が趣味だろ? いろんな所に行っていろんな物を二人で見て……『デート』って言葉は的確じゃねえかも知れないけどあれはあれで悪くは無いとは思うんだ」

 

「うーん……そう言われれば、そうなのかも?」

 

「んで、そのお前ら版ってわけじゃないけど「採取に行く」じゃなくてもっと別の目的を持って二人で街の外に行ってみたら『デート』として十分なもんになるんじゃねぇか?」

 

「なるほど」

 

 納得して頷いた僕がなんとなく「ロロナはどう思ってるんだろう?」って思って、隣に座るロロナのほうを見てみれば……なんだか少し目を輝かせ始めてた。

 

 

「ほらっ、昔俺も行ってたことから思ってはいたけど、普段はスルーしがちだが採取地の中にはいろいろ綺麗な景色とか物とか……もっと抽象的に言えば「雰囲気が良い」場所って結構あるだろ? そういうのを目的に行ってみたら、普段の採取目的の冒険とのギャップもあって特別感も出てくるんじゃないか?」

 

「わぁー……! なんだか楽しそうかも!」

 

 なお目の輝きを増しているロロナ。イクセルさんもイクセルさんで王国時代にロロナの手伝いで冒険してたころ見た()()()()()()を思い出したのか、なんだか楽しそうにしている。

 

 

 ……問題は、他でもない僕。少し引っかかることがあった。

 

 

「ねぇねぇ、マイス君! 今から予定たてようよ! 『お祭り』とか『学校』の事もあるけど、調整すれば……って、マイス君? また何か……」

 

「なんていうか、どう言ったらいいのか……」

 

 勘違いかもしれないし、気のせいかもしれない。

 でも、聞かずにはいれなかった。……いろんな意味で。

 

 

 

「男女で街の外の綺麗な景色を見に行ったら、それって『デート』になるの?」

 

「まぁ、意識の差はあるかもしれねぇけど、一対一でだったらデート(それ)に近いモノにはなると思うが…………まさか、お前っ!?」

 

「マイス君、誰かと『デート』したことあるの!?」

 

「基本依頼で行ってたんだから『デート』じゃない……とは思うんだけど……いや、でも『デート』だったのかなぁ?」

 

 そもそも『デート』の定義がわからないから判断しようが無いんだよね。

 あとは……うん。今さっきイクセルさんが「意識の差」なんて言葉を使ったけど、僕がそう思ってなくってももしかしたら相手のほは『デート』って思ってたりしたらどうしたらいいんだろう?

 いや、まあ今更どうしようもないのはわかってるんだけどね?

 

 

 そんなことを考えているうちに、思った以上にロロナが声を荒げてしまっていた。

 

「もしかして、くーちゃん!? それとも、りおちゃん!? フィリーちゃん!? ……ハッ! まさか、なんだか意外と仲がいいミミちゃんだったり!?」

 

「違うよ!? 十何年も前の話で『シアレンス』にいたころのことで……」

 

「『シアレンス』ってマイスが昔にいたっていう……まさかマイス、お前そこに彼女がいたのか!?」

 

「いやいや、誰ともお付き合いはしてなかったし彼女はいないよ」

 

 暴走しそうなロロナの言葉を否定しておき、イクセルさんの言葉についても否定と訂正をつけておく。

 『デート』云々はともかくとして……彼女・彼氏といった間柄じゃなかったのは確かだ。……あっちじゃあ、まだ誰にも『ハーフ』だってことは明かせてなかったし。

 

 

 

「でも、誰かと行ったんだよね!? どんな()なの!?」

 

「どんな娘って……まず、倒れてた僕を助けてくれた花屋の子に、宿屋の――」

 

「「複数人!?」」

 

 驚きの声に少し耳がキンキンしつつもなんとか持ちこたえ、困ったように笑って見せる。

 

 

 なんとなく、これから質問攻めされそうなことはわかったけど……僕は少しうきうきしていた。

 

 ロロナはどういう表情をするんだろう?

 あの綺麗な景色の数々のことを、見た目はもちろんその他のことも事細かに……熱から、音から、匂いから……僕が伝えられる全ての手段を持ってあの景色の事を伝えられたら、ロロナはどんな反応をするんだろう?

 

 そのことを楽しみにしつつ……「さて、どうしよう?」と心の中で呟いた。

 『シアレンス』の綺麗な景色はいいんだけど……今まさにロロナが気にしている「デート(?)の相手」のことはどこまで言っていいんだろう?

 

 

「ふーん……ふーーん?」

 

 

 理由はよくわかんないけど、ロロナちょっと怒ってるっていうかすねてる感じがするし……そのせいかはわからないけど、モコモコとしての野生の勘がビンビン反応している……気がする。

 

 

 ……何故だかわかんないけど、不思議なことに僕の頭の中には、笑顔で親指を立てたライアンさんの顔が重い浮かんでいた。

 …………本当になんでだろう?

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「マイスのやつ、中身がアレなだけで、実は経験豊富なのか……?」

 

 衝撃の事実を知ってしまったイクセルは、カウンター席で向かい合って話しているマイスとロロナの事を他所に、ひとり呟いていた。

 

 

 元々元気なタイプの二人だとはいえ、付き合い始めてからは二人揃うと本当に騒がしくなるようになったものだ……とイクセルは思いつつ、つい大きなため息を吐いてしまっていた。

 

 

「つーか、話に聞く限りじゃあお泊まりデートしてる時点でもう十分「恋人っぽい」と思うんだけどなぁ?」

 

 以前に又聞きしていたことを思い出しながらそう言い、イクセルは当のマイスたちのほうを見て、少しだけ目を見開いた。

 

 ついさっきまで不機嫌だったはずのロロナがいつの間にか心底楽しそうに笑ていて、マイスは相変わらずの笑顔でロロナに何やら「凍った花」の話をしていた。

 その光景を見てイクセルは何を思ったのか……静かにカウンターそばから離れて厨房の方へと向かった。

 

 

「……コーヒー、淹れてくるか」

 

 ……ただ単に、苦い物が飲みたかっただけだった。

 



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『光』


 活動報告で行っていたアンケート、締め切らせていただきました!
 参加してくださった読者の方々、大変ありがとうございました!

 集計結果は、集計でき次第、本編の前書きと活動報告のほうで順次公開していきたいと思っております。少々お待ちください。



 そして、今回からついに……!?

 ……ここからの共通ルートは「独自解釈」、「捏造設定」のオンパレード。そのうえ、各ルートごとに違和感が発生したりしだします。
 『本編』である『ロロナルート』ですら違和感が所々にありますのでご注意ください。……本筋をまとめていくには仕方ないのです。



 

 

***青の農村***

 

 

 年の瀬が近づき、日に日に寒さを増していくように思える『青の農村』。

 朝日が顔を見せだしたばかりの時間(ころ)。一日の中でも空気がより冷たい早朝。僕は遠出しているとき以外は毎日の習慣になっている畑仕事をしていた。

 

 痛いほど冷たい……なんて、人によってはそんな表現をしてしまいそうなこの時期の水を()み、畑の水やりのために『ジョウロ』へと移す。

 

 

「ふぅ……やっぱり流石に冷たいなぁ」

 

 冬と言えば雪。

 そんなイメージが定着してるんだけど……『アーランドの街』やその周辺では、四季もあるし寒暖の差も結構ある割には冬に地面が白くおおわれてしまう時期というのはあんまりない。

 気候のせい、なのかな? けっこう内陸に位置するからっていうことも考えられなくはないけど……とにかく、『青の農村』を含めた『アーランドの街』周辺の地域は気候が比較的安定しているみたいなんだ。

 

 雪が作物を覆い尽くしてしまわない、という意味では一応良い点ではあるんだけど……やっぱり冬には雪が積もっていて欲しい気がする。

 まあ、気候が比較的安定してるおかげで『シアレンス』にいた頃は夏場によく発生して困らされていた『台風』、それをそう気にしなくてよくなったのは有り難いけど。

 

 

「それにしても……」

 

 自分ではもうすっかり馴染みきっている気でいるけど、つい先程考えていた「僕の中での冬のイメージ」とも全く関係無いわけじゃない時折ある周りの人との感覚のズレ。

 ここでの生活も12、3年ほどになるけど、それでもむこうでの感覚が抜けきっていないのも不思議な感じがしなくも無い。

 

「まあ、嫌じゃないんだけどね」

 

 

 「さてっ」と意識を切り換えた僕は、家の脇にある井戸から離れ『ジョウロ』片手に畑へと向かって行く……。

 

「ふっ……てりゃー!」

 

 力を溜めて、その勢いを乗せて一面に水を撒く。『ジョウロ』から撒かれる水は大量で広範囲に豪快に……ただし、その水の勢いで葉が傷ついたりしないように優しくむらなく繊細に……そんな風に水を撒く。

 

「次はあっちでもう一回――」

 

 

 

「モコ……」

 

 

 

「――ん?」

 

 ある意味では昔から聞きなれている言葉(?)が僕の耳に入った。

 

 間違い無く『モコモコ』の声だけど……はて? 見ての通り、今の僕は人間の姿で金のモコモコにはなってない。だから、僕の口から無意識に漏れたってことは有り得ないと思うけど……?

 あと残っている可能性はあるにはある、というよりソッチが本命。ほぼ間違い無くソッチだろう。

 

「ん? 今日はいつもより早く起きたのかな?」

 

 普段はもうちょっと後に起きるくらいで、その時間に合わせて僕が『モンスター小屋』に顔を出す、それが最近の生活リズムだった。

 

 って、あれ? 叫んだ感じの大声だったならまだしも、普通に鳴いたくらいの声だったら『モンスター小屋(あそこ)』から家の前の畑(ここ)まで聞こえるはずもない。むしろさっきのはボソッてほどじゃないにしても小声に近い感じがした。

 となると、モコモコ(あの子)がひとりでに『モンスター小屋』から出て結構近くまで来てたってことになりそうだけど……。

 

 活発的になったなら嬉しいことだけど、好奇心のまま一匹(ひとり)で村の外まで行ってしまったら何があるかわからない。見つけて、僕自身がついておくなり、人でもモンスターでも村の誰かに一緒にいてもらったりしないと。

 

 

「あっ」

 

 いた……とはいっても、ちゃんと見れたわけじゃない。

 井戸があるほうとは逆の方……つまりは家の『作業場』があるほうとは反対側、『キチン』のあるほうの家の端から家の裏手に入って行く……そんなモコモコ(あの子)の姿がチラッと見えたのだ。見えたと思ったらすぐに家の陰に入っちゃったんだけど……でも、見間違いだったとは思えない。

 

 僕の家の裏手といったら、『離れ』に『モンスター小屋』、あとは普段は一応は鍵をかけてある『倉庫』がある。

 

「『モンスター小屋』に帰ったならよし。それ以外なら……そのときは、一旦金モコになってお話をしてみてから決めよう」

 

 もしかしたら、何か思うことがあって小屋から出てうろついている可能性もある。なら、不満点やら何やら聞いて出来ることなら解決してあげればいい。もっと別に何かあったり、逆に何も無くっても直接会って話せるのならそっちのほうが良いだろう。

 

 

 そうと決まれば、いますぐモコモコ(あの子)を追いかけよう。急がないと、モコモコ(あの子)があのまま他所へと行こうとしてたら見失ってしまいかねない。

 

「よいしょ……と!」

 

 軽く駆け出し、畑を一応取り囲んである簡易的な木の柵をピョンと跳び越え、そのままモコモコ(あの子)の姿が消えた(見えなくなった)家の裏手へと向かっていく……。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

――懐かしい感覚

 

 

「…………ぁ」

 

 

――見覚えのある『ひかり』

 

 

「モコ」

 

 

――そして『()()()()

 

 

「もしかして、キミは……()()()()?」

 

「モコ~」

 

 

 思い出した……いや、記憶喪失して(忘れて)いたわけじゃない。()()()()()()は今でもよく憶えている。

 ただ、繋がらなかったんだ。

 数多(あまた)存在する『モコモコ』たちのうち、『アーランド(この世界)』に偶然にも迷い込んだであろう一匹(ひとり)。その数百……もっと多いかもしれない数のうちの「1」がまさか()()()()()だったなんて……。

 

 今、目の前にいるのは、僕がまだ『シアレンス』で生活してたころにあの()と共にいた時……秋のダンジョン『オッドワード谷』や冬のダンジョン『インヴァエル川』で遭遇した『モコモコ』だ。間違い無い、はずだ。

 そう、あの()と……

 

 

 

*―*―*―*―*

 

『……ひやかしなら帰って』

 

 初めて会ったころから、まるで僕が怒らせるようなことをしてしまったんじゃないかってくらい、刺々しくて冷たい態度だった。

 

『もうあたしに近づかないで……お願いだから』

 

 でも、接していくうちに僕は知った。

 

 あの娘は本当は感情的な熱さも持っていて、そして人にもモンスターにもとても優しい娘だってことを。そして彼女がそうして壁を作るような態度を取るのかを……。

 

 

『あの光が……みんな、みんな、持ってっちゃうんだよ』

 

 彼女が「呪い」と呼ぶ現象のせいで、ずっと悩み苦しんでいたことを……。

 

 

『だからもう、誰とも仲良くならないって……そう決めたのに…………決めたのにな』

 

『やっぱり、独りは寂しいよ……』

 

 でも、壁を作って、他人と距離を取ろうとしても……自身がどこかで求めていることもあって、どうしようもなく自分の気持ち()の中で板挟みになってし合っていることを……。

 

 

『……もうイヤなの』

 

『やっと見つけたと思ったのに……やっと、掴めたと思ったのに!』

 

『でもね……手を開いたら何も無いの。いつも、空っぽなの』

 

 目尻に涙を浮かべ、まるで自白するかのように目の前にいる僕に言葉を投げかけるあの娘は、いつものツンツンとした雰囲気とは異なり……とても弱々しく感じられた。

 

 

『もう、耐えられない。大事なひとを失うのは、もう…………耐えられないよ』

 

 止まらない言葉。溢れ出す気持ち。

 僕はそんな彼女の言葉を唯々受け止めて……

 

 

 でも、その際中に……僕は一瞬の光と共に前にも感じたことのある()()()()()()を感じた。

 

 その閃光を認識した彼女は、瞬きをして、ジッと僕を見て――

 

『――――思った』

 

『……消えちゃったかと、思った』

 

 あの娘は僕の事を――僕が消えたんじゃないかと気にして――ずっと見ていたからかは気付かなかったけど……光の渦の中から懐かしい感じと共にモコモコ(あの子)が出てくるところを僕は見ていた。

 

 モコモコ(あの子)は以前にあの娘と一緒に冒険に行った『オッドワード谷』の帰り道、懐かしい感じに引っ張られて勝手に体が変身しそうになりその場から離れたから最後までこの目で見ることはできなかったけど……『オッドワード谷』の入り口でその後のあの娘の反応からして不思議な光の中に消えたであろうモコモコ(あの子)だった……。

 

 

 『モコモコ(あの子)』のことも気になったけど、その時の僕はそれよりも先になすべきことがあった。

 僕は言わないといけない。彼女の言っていた消えてしまった「ともだち」たちに変わって「()()()()()()()()」ということを。

 

 そうしているうちに、モコモコ(あの子)は何処かへと行ってしまっていたのだった……。

 

―*―*―*―*―*―

 

 

 

『あたしの近くにいたら、あんたも消えちゃうよ』

 

 あの光の中に消え二度と会えなかったという「ともだち」たちのことを思い出しながら言った、あの()が言っていた言葉。

 

 ……『アーランド』に来てすぐのころ、僕は「もしかして」と思った。

 「もしかして、()()()に呑まれたんじゃ……」って。

 でも、それは違うってことはすぐにわかることだった。

 

 

 あの時『シアレンス』で見た光の渦、そこからは()()()()()()がしていたから。

 

 

 その匂いが何なのか、結局僕は答えを断定()せなかった。考えられたのは「モンスターが本来いるべき場所」である『はじまりの森』。もしくは、僕の思い出せているわずかな記憶の中にある僕の出身地「人とモンスターが供に暮らす場所」。「懐かしい」と感じたことからこのどちらかだと思っている。もちろんその予想が外れている可能性も十分にある……。

 

 けど、僕がいつの間にかいた『アーランド』は、むしろ懐かしさからは程遠い場所だった。

 だから、僕が『アーランド』に来たのはあの光とは無関係だと判断したんだ。

 

 だけど……

 感じる。あの時と同じ匂いを。

 なら、あの光の先にあるのは、()()()()()……?

 

 

 『魔法』でも無理だった。どうしようもない、諦めるしかない、今ここで自分の出来ることを探していくしかない……そう自分に言い聞かせて、気持ちを新たにして改めて初めた『アーランド』での暮らし。

 

 あの時諦めていた望みが叶うかもしれない状況に、今、僕の目の前にあるのかもしれない。

 

 

 ……いや、わからない。絶対なんて言えない。だけど、僕の感覚を信じるなら、間違い無くあの先には僕のルーツとなる何かが待ち受けているはずだ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()……?

 

 

 

 僕が自然と目をやるのは、保護していた『モコモコ』。

 『シアレンス』にいた頃にも会ったこの子は、あの時のようにすぐに光に入る様子……は見せず、光の渦から1メートルほど手前に立って僕のほうをジーッと見てきている。

 

「君はいったい……?」

 

 

 

 ピシッ ミシミシッ……

 

 

 

 何か知っているんじゃないかと思いつい口から出た僕の言葉に、視線の先の『モコモコ』が反応を返そうとする……その寸前。

 まるで何かにヒビが入るような音が、僕の耳に確かに聞こえた。

 視線の先のモコモコ(あの子)も驚いたように背と耳をピンッとしてキョロキョロと辺りを見渡して――――

 

 

「……えっ」

 

 

 僕は気づいた。

 モコモコ(あの子)の後ろにある光の渦の動きが止まり……光の塊となったソレの周辺にヒビ割れのような光の線が走っていることに。

 

 パキッ パリンッ! カシャンッ!!

 

「モコッ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 いや、本当に空間にヒビが入り割れはじめてる!?

 渦巻いていた光によく似た青く淡い光があふれたして……より一層、ヒビが入るのと割れるスピードが一気に増してその光が爆発的に広がってきた!!??

 

 

――危ないっ!

 

 

 何がどうなってるのかは分からなかった。

 でも、今目の前で起きている現象(何か)がとんでもないことだっていうのは、感覚ですぐにわかった。それに……光から感じられていた「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この溢れ出した光がどこまで広がるかはわからない。でも、とにかく離れないといけない気持ちでいっぱいになってた。

 でも……

 

 

「助けないと……!」

 

 

 モコモコ(あの子)はいきなりヒビ割れ広がった光に驚いていた。

 最初の『光』はまだ大丈夫だろうけど、その後の連鎖的に広がっていってる別のモノに変わってしまった『光』についてはモコモコ(あの子)も想定外の事だったんだろう。

 

 つまり、今モコモコ(あの子)が『(アレ)』に飲み込まれて無事でいられる保証なんてどこにも無いってことだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 気づけば僕は駆けだしていた。

 お決まりのポーズも決めずに、一瞬で身体能力が根本的に底上げされている金のモコモコの姿になって、最高速のスピードでモコモコ(あの子)の元へと直進。手を伸ばして――――――

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 コンコンコンッ

 

「おーい、マイス? 今度の祭りのことでちょっと話があるんだが……」

 

 ガチャ

 

 ノックもそこそこに、剣感を開けてマイスの家の中へと入る、実質『青の農村』ナンバー2である赤毛の青年・コオル。

 

「あいかわらず、鍵は開いたまんま……って、いねぇな? この時間なら、朝飯食ってるころのはずなんだが……?」

 

 はて?と首をかしげたコオルは、踵を返し、一旦家から出た。

 

「畑仕事が遅れて……って、さっき前通った限りじゃあ畑にマイスはいなかった気がしたんだが…………んん?」

 

 首を傾げ、眉間にシワを寄せるコオル。その視線の先には……

 

 

 

 

 

「アイツ、今日どっか外に出かけてるんだっけ? 畑仕事が終わってねぇじゃねぇかよ……にしたって中途半端か?」

 

 ……作業半ばで放り出された状態のマイスの畑だった……。

 

 





 ラブ度が上がって、関係が進展していったらヒロインが失踪すると思った?
 残念! マイス君でした!


 ……マイス君があの娘を口説いてるっぽい? マイス君が消えた(いなくなった)後のあの娘が大変そう? 序の口です。
 でも、大丈夫! アトリエとルーンファクトリーのクロスだよ!

 一応改めて言っておきますと、各ルートごと別世界の話であり、そもそもマイス君は一途です。八方美人なだけです。そんでもってヒロインの数だけ別世界があるのです。


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GO GO TOTORI

 大変遅くなってしまい申し訳ありません!
 相変わらずの遅刻魔野郎。思い付きで登場人物を増やすから……けど、おかげで満足して……そして『IF』のほうの内容にも影響与えちゃって、加筆修正間に合わなくって……4,5人以上を一気に動かすのは自身の技量的に無理があったと気付かされました。


 前回に引き続き、「独自解釈」、「捏造設定」のオンパレード。そのうえ、各ルートごとに違和感が発生したりしだします。
 『本編』である『ロロナルート』ですら違和感が所々にありますのでご注意ください。……本筋をまとめていくには仕方ないのです。


 三人称でのお話。
 そして……私の頭の中で、途中からあるBGMが流れてました。



 

 

 

――マイスがいなくなった

 

 

 誰かに出かけることを告げることも無く、『青の農村』の村長・マイスが姿を消してから丸一日が経った。

 幸か不幸か、お祭りの開催日が近かったこともあり人が集まり出していた『青の農村』。その結果、その報せは『青の農村』に……そして『アーランドの街』にまですぐさま広まった。

 

 マイスがいなくなったことに対する反応はひとそれぞれ。

 

 悲しむひと、怒りを覚えるひと、信じないひと、何が何だか理解できないひと、心配になって喉に何も通らないひと、「そのうちフラッと帰ってくるだろ」と心配しないひと。

 

 

 そして、マイス(かれ)と繋がりが深かった人物の何人かは、特に示し合わせたわけでもなく()()()()に集まることとなった。

 話の真相を、確かな情報を少しでも得るために……。

 

 

 

―――――――――

 

 

***青の農村***

 

 

「――つーわけで、畑の状況や家の裏手に『ジョウロ』が転がってたっていう状況からして、昨日の早朝、村長(あいつ)が畑仕事をしてる最中みてーだ。オレが家に行っていないのに気がついたのは、そんあとってわけだ」

 

 マイスの家の前、畑がすぐそばにあり見渡せる場所にあるちょっとしたスペースに集まっている人々にそう語っていたのは、実質『青の農村』No2である商人のコオル。マイスがいなくなっていることに人間で一番最初に気付き、遠出することも報告されていなかったため村の人たちにも確認を取って周っていなくなったことを確信した人物でもある。

 

 コオルの前にいるのは、マイスがいなくなったことについて詳しく知りたがっていた、マイス(かれ)と少なからず親しい人々……ロロナ、クーデリア、リオネラ、ステルク、フィリー、トトリ、ジーノ、ミミ……計8人。

 いや、かれらの他にもティファナやハゲルといった『アーランドの街』の人々が数人、村に住んでいる人だけでなく『青ぷに』や『たるリス』などといった『青の農村』の者達がちらほら。

 

 

 そんな中から、耐えきれないといった様子で声をあげたのは、コオルとは昔から商売的な繋がりもあったロロナだった。

 

「ねぇ! マイス君、ホントの本当にいなくなっちゃったの? どこかにお散歩に行ったとか、そういうのじゃなくって……?」

 

「村長のことを最後に目撃したのは……村長んとこの『モンスター小屋』で寝泊まりしてた古参のウォルフ。小屋の外に感じがしたらしくって外を覗いたら、『光の穴』に吸い込まれてくマイスを見たらしい。それが俺が家に行くちょっと前で……それからはサッパリだ」

 

 ロロナの問いかけに首を振りながら答えたコオル。それに対して次に疑問を口にしたのは大道芸人のリオネラ。泣きそうな顔をしながらもコオルの話に耳を傾け続けていて……その中で気になった言葉を無意識に繰り返していたようだった。

 

「光の穴……?」

 

ウォルフ(そいつ)がそう言ったんだよ。つっても、ウォルフ(そいつ)もどう言ったらいいかわからんって感じだったから()()()()()()()くらいの認識しかできねぇいんだよ」

 

「しかし、そもそも本当にそのモンスターの証言は信用できる物なのか?」

 

 少し喰い気味になりながら言ったのは、難しい顔をした騎士・ステルク。

 彼もそう短くない付き合いをしてきているため、「『青の農村』の大半の人間がモンスターの言いたいことがわかる」などという噂の真偽は知ってはいる。が、念には念を入れてか、訝しげにコオルに聞いていた。

 

 

「証言としては信用できないかもしれないのは百も承知だ。もしかしたら、夢でも見てた可能性だって無くは無いんだからな。……けど、状況的に考えて目撃情報は間違い無いと思うぜ?」

 

「状況……? 何か他に手がかりでもあったりしたのっ?」

 

 リオネラと同じく涙目でプルプルと震えていたフィリーが、不安そうに……しかし、希望がないのか縋りつくように問いかけた。

 

「例のウォルフ以外の他のヤツにも協力してもらったが、マイス(あいつ)の匂いは目撃情報通り家の裏手でぷっつりと切れてるんだ。何がどうしてそうなったかはわかんねぇけど、ほっぽり出された畑仕事の事も併せて考えると、その『光の穴』ってのに呑まれて消えちまったって言うのが筋が通っちまってるんだ」

 

 「けど、その先はサッパリなんだ」と困ったように肩をすくめてみせながら首をふるコオル。

 周りの人々も首をかしげたりしながらガヤガヤと「何か知っていないか」、「何か手がかりになるようなものは」と各々近くにいる者と喋りだす。

 

 

「『光の穴』……言い表し方の問題で…………もしかして……?」

 

 あごに指を当てて考えていたクーデリアの小さな呟きは、ざわめきの中に沈んでしまい…………

 

 

 

 

 

「ふむ。予想はしていたが()()()。それも……様子からして、()()()()()()()

 

 

 

 

 

 いやによく通る声。

 

 そう表現してしまいたくなるほど、その声はざわめきの中でも人々の耳にもすんなりと入っていった。

 そして、自然と皆の視線が声のした方へと向いた時……その内の何人かは驚いたような反応をし……そのまた数人は声まであげた。

 

 

「師匠!?」

「アストリッド!?」

 

 

 眼鏡を片手でクイッと上げながら、ヘラリと……呆れた様子で笑うのは、「悪名高い錬金術士」などとも呼ばれるロロナの師匠・アストリッドだった。

 

「そう大声で呼ばなくとも聞こえる。それとロロナ、私の事は「お姉さま」と呼べと――」

 

「呼びません! って、どうしてここに!? 今までどこに…………ううん、そんなことより……」

 

 

 いきなりの事に頭が追い付いていないのか髪をワシャワシャしてしまいながらも何とか思った事を言葉にしていこうとしているロロナ。

 しかし、それを待つよりも先に、ロロナ(かのじょ)の弟子であるトトリが他の何人かも気になったことを口にするのだった。

 

 

「あのっ!「ヤツが帰った」って、どういうことなんですか? もしかして……マイスさんと何か関係が……!?」

 

「むっ、お前は確か……それはまあ後でいいとして、特別に質問に答えてやろう」

 

 変に上機嫌になったアストリッドが、彼女にしては珍しく何の面識も無いはずのトトリの願いに対してすんなりと承諾し……一呼吸おいてから再び口を開いた。

 

 

 

「お前が思った通り、ヤツとはマイスのことだ。マイスが帰ったんだ、ヤツが元いたこことは違う世界……『異世界』にな」

 

 

 

「いせかい、って何の話だよ?」

 

「どういうことだアストリッド」

 

 話が飲み込めず首をかしげるジーノ。その隣にいるステルクがアストリッドにさらなぬ説明を求め、その眼つきをさらに険しくした。

 

「ホム」

 

「はい、グランドマスター」

 

 アストリッドの呼びかけに、彼女の背後からスッと現れた「ホム」と呼ばれたお琴の子。その子は幅が10cmほど細長い紙の両端を持ちその腕でめいいっぱい横に広げてみせた。

 その紙には何やら目盛と、上半分とした半分でそれぞれギザギザと上下に振れている赤と青の二色の線が描かれていた。

 

「これは私の研究の一端で、ホムに管理を任せていた装置から観測・集計されたデータなのだが……簡単に言うが、赤い線が(プラス)の増減で、青い線が(マイナス)の増減。これと同様のデータを観測・集計する装置を複数個所に設置することで、位置による観測データの差をまとめ、発生位置・規模を推測し記録することができるのだ」

 

「発生?」

 

「お前たちが『ゲート』と呼ぶアレのことだ。この赤い線のほうがその『ゲート』と同じ方向性を持ったエネルギーを観測した際に反応し計測された、というわけだ。単純に言うと『ゲート』が増えればこの(プラス)の数値が増加する」

 

 そう言ってアストリッドが指差し示すのは、グラフの上半分の中でも上のほうをウロウロしている赤い線。

 ……対して、した半分に示されている青い線は、上下を分けている中央の主軸の太い線、そのすぐ下のそばを走っていた。ソレは()()()()()()()()ほぼ上下することなく多少の波打ちだけの変動だった。

 

 しかし、そもそも(マイナス)の数値はなんなのか……?

 その疑問を誰かが口に出すよりも早く、アストリッドのほうからそのことについて説明が始まった。

 

「『ゲート(アレ)』を(プラス)と考えた時……()()()()()()の反対方向の流れ……それがここでの(マイナス)の数値。つまりは、こちらから『ゲート』の向こう側への何かしらの物質・物体の移動、正確にはその流れのためのエネルギーが青の線で表されているわけだ。そのこの部分がつい昨日、街にある私のアトリエに配置していた装置が観測した過去最高値だ」

 

 そう言ってアストリッドが指差した部分は、青い線がグラフの最低のラインまで届いている個所……青い線に唯一大きな変化が見られた地点。

 

 

 

 そこまでの説明で、放り出されて(任されて)いたステルクやそのアトリエのことを知っていたロロナが、「アソコにそんな装置が!?」と驚いていた。

 ……が、頭が何とかついていけていたレベルの大勢、その中の大抵の人がある疑問を……いや、答えを見つけてしまった。

 

 それをわかってか、アストリッドが満足した様子で頷いた。

 

「ここまでの説明でわかった奴もいたようだが……『ゲート』の先、それがさっき言った『異世界』であり……()()()()()()()()()()。新種のモンスターというのも、恐らくはあの『ゲート』から出てきた『異世界』のモンスターだろう」

 

マイス()が元いた世界? 彼がいたというのは――」

 

「『シアレンス』という町、だろう? だが、おかしいとは思わなかったか? 探せど探せど見つからない町。知らない技術に、異なる文化……そんなものを持ち合わせたヤツがいきなり現れることを……これまでに疑問を全く感じてこなかったか?」

 

「それは……」

 

 喰い気味に自分の抱いていた疑問を返答されたステルクは押し黙ってしまう。

 

 

 

 

 

「とにかく、だ。ヤツは帰ったんだ。偶然か意図してかは分からんが、本来いるべき場所ヘとな」

 

「そ、そんな……なんで、いきなり……」

 

「何も言わないで、なんて……」

 

「まぁ、故郷を前にしてはその程度だったということじゃないのか?」

 

 ただでさえ目尻に涙をたたえていたフィリーやリオネラは、今すぐ声をあげてなきだしそうなほどになっている。いや、彼女たちだけではない。街や村のひとたちも動揺したり落胆している人も多くいた。

 

 

 しかし……

 

「……です」

 

 やはりと言うべきか、どこでも、どこまでも諦められないひともいるものだった。

 

「師匠、わたしイヤです! せっかく仲良くなれたのに、これまで一緒に頑張ってきたのに、このままマイス君とお別れだなんて……絶対イヤです!! だから、どうにかしてマイス君を探して、それで……!」

 

「探す……『ゲート』先へ行く方法それが第一関門だろう……だが、それで? お前はヤツに何を言うつもりだ?」

 

「えっ?」

 

 突然の質問にあっけにとられるロロナが質問への返答をするよりも先に、アストリッドがたたみかけるように言葉を続けた。

 

「その昔、ヤツが一ヶ月ほど酷く落ち込んでいた時期があるのは知っているな? お前は「わたしが頼りないから相談してくれないんだー」とかわめきながら調合に失敗し続けてたりしたな……あの時のロロナは、アレはアレでカワイかったが。……あの時、ヤツは『魔法』を含めたありとあらゆる手段を用いて「元いた世界へ帰る実験」を続け……()()()()()()()()()()()()()()()()()。もう、『シアレンス』には絶対に帰れないんだ、とな」

 

『……っ!!』

 

 アストリッドに直接言葉を向けられたロロナだけではない、幾人もの息を飲む音が確かに聞こえた。

 

 その中でも、トトリは特に表情が歪んでしまっていた。

 「人」と「場所」。求め続けたモノは違えど、歩み続けたその先には求めていたものは無くて……マイスがそんな自分と似たような経験をしたように思え、「もし、手を伸ばす先に求めていたソレがあったとしたら……」そう考えると……トトリはもうよくわからなくなってしまうのだ。

 

「『青の農村(この村)』の祭りもそのほとんどがヤツの元いた町のもので、そうやって『シアレンス』という故郷を想い続けたヤツに……仮にもう一度会えたとしてロロナ、お前はなんて言う? 何と言って引き止める?」

 

「そ……それは……」

 

 言葉に詰まってしまうロロナだけではない。誰もが諦めはじめ「仕方ないことなんだ」、「これでいいんだ」という思いがよぎり始めた。

 いいわけなどいくらでもある。元より『光の穴』らしきものに吸い込まれて消えたマイスを追う手段もわかならいのだ。そのうえ、マイス自身のためを考えたら、寂しさが無いわけでもないだろうが……納得はできなくとも、諦めもつく。

 

 そう、思う他無い……

 

 

 

 

 

ザリッ

 

 

 

 

 

 シンッと静まりかえってしまっていた空間に、土がすれる音はよく響いた。

 音の発生源は街の貴族であり冒険者でもあるミミ、その足元からだった。先程までは話を聞いていたのでアストリッドのほうを見ていたのだが……そこから踵を返したため、靴の裏が地面の土と擦れてさきほどの音が出たのだろう。

 自然と皆の視線もそちらへ向く。

 

 そばにいたトトリが、その悲しそうな顔をしたままミミを見る。

 

「ミミちゃん……」

 

「……なんて顔してるの。()()()()()()()()()()()()()()()。あんな詐欺師の言うことなんて信じる必要はないんだから」

 

「探すって、でも、でも……っ! ………………ん、さぎし? ()()()!?」

 

 悲しそうに泣きはじめそうだったトトリだったが、ミミの口から出てきた予想外の言葉に目をまん丸にして驚き、涙を流すことも忘れてしまった。

 

 他の周りの面々も同様な反応だった。特に、アストリッドのことを知っている人ほど大きく驚き、言葉にはしていないものの「やばい、マズい」という言葉が顔にかかれているかのように動揺している。

 そして、今の会話は当然のようにアストリッドの本人にも聞こえているわけで……

 

 

「ほう……? どうやら、口の利き方がわかっていない奴がいるようだが……」

 

 

「ひぇっ!? 師匠、滅茶苦茶怒ってる!! ミミちゃんミミちゃん、と、とりあえずあやまっておこう!?」

 

 小声で必死に訴えかけるロロナだが、ミミはその声をスルーし、むしろ不敵に笑って見せている。

 

「あら? 口車に乗せて騙す気が無かったんなら、アナタはただの知ったかぶりって事になりそうなんだけど……ご高名な錬金術士様がそんなことしてる、なんてことはありませんよね?」

 

「なに?」

 

 より一層高まるアストリッドからのプレッシャーに、冷や汗を流しながらもミミは恐れず猫かぶり……ともまた少し違うやや感情のこもった丁寧口調で語り始める……

 

 

「目撃情報があることからして、アナタが言ってたこと……「マイスが突如発生した『ゲート』とは反対の性質のモノに飲み込まれた」という()()までは信用できます。……で・す・が! その後は全然なっていません」

 

 「ご存知かしら?」と問いかけた後、一旦大きく息を吸ったミミはアストリッドから目を離さず、言葉を続ける。

 

「『タミタヤ』。それは武器にかかっている『魔法』。その魔法がかかった武器でモンスターを倒すことは殺すことではなく、モンスターを「本来いるべき場所」へと還すこととなる。『ゲート』を通って迷い込んだモンスターを本来いるべき世界「モンスターの楽園」とされる『はじまりの森』へと還す『魔法』……昔、マイスさんが私とお母様に語ってくださった物語の中にあった「不思議な魔法」の説明……」

 

 最後だけ、何処か懐かしむように言ったミミだったが、すぐに表情を引き締めた。

 

「あのころはマイスさんが作った創作物語か何かだと思ってだけれど、今ならわかります。()()()は他でも無い、マイスさんが元いた世界でのお話。そこに伝わる神話や事実、知識の物語なのだと。そして……もうおわかりかしら?」

 

「…………。」

 

「『タミタヤ』? 『魔法』? 『ゲート』……モンスターが還る『はじまりの森』?」

 

 眉間にシワを寄せるアストリッドと、首をかしげるロロナ。

 その様子を見たミミは……ソレを告げる。

 

「『ゲート』の先にある『異世界』……『はじまりの森』はマイスさんがいた場所から見ても異世界のように遠い場所……マイスさんのいた『シアレンス』とは全く別の場所よ! 元いた世界に帰った? 何て言って引き止める? バカじゃないの!? 『はじまりの森』はね情報も無くて「モンスターの楽園」なんて抽象的な表現しかされないような、何人もの人が挑んで帰ってこなかった世界。いくらあのマイスさんだからって、絶対安心だだなんて言えない……連れ戻しちゃいけない理由も、助けに行っちゃいけない理由も無いわよ!」

 

 

 「そうなのか?」と先程まで諦めムードが漂っていた周囲の人がどよめき出す。

 中には、ミミほどでは無いもののそのことについて知っていた人もいたようで……

 

「『はじまりの森』……そういえば、そんな言葉マイス(あいつ)が出してきた報告書の中のどこかに書いてあった時が……確か、それこそ『ゲート』の調査報告書だったかしら?」

 

「わ、私も昔、遊びに行ってたころにそんな話をしてもらったような……?」

 

 腕を組み考えこむクーデリアに、ちゃんとは思い出せずに首を傾げてしまうフィリー。

 そして、先程までの暗い顔がどこかへ消えてしまった笑顔の眩しいトトリがピョンピョン跳び跳ねた。

 

「すごい! すごいよミミちゃん! マイスさんから聞いたお話、ちゃんと覚えてたんだ!!」

 

「こ、これくらい当然よっ! ……それに」

 

「……? ミミちゃん?」

 

 飛びついてきたトトリを受け止めつつ、恥ずかしそうにそっぽを向くミミ。だが、その表情が照れや恥ずかしさだけではなく……どこか歯痒く悔しそうな表情で、そのことにトトリもすぐ気づく。

 そして、トトリだけでなくアストリッドも当然のようにそれを見落さず、さらにはトトリとは違いその内心までも見通してしまっていた。

 

「ふんっ、()()は分かっているようだな。詐欺師や知ったかぶり呼ばわりはお断りだが、百歩……いや、百万歩譲ってわたしの仮説は「『異世界』=『シアレンス』」前提の穴だらけだったことは認めてやらんこともない。だが、それは()()に戻っただけ、ヤツを探しに行くと言っていたが……どこに行くつもりだったんだ?」

 

「マイスさんが行ったっていう『光の穴』だって、きっと他にもどこかに……あとは足で稼げば……!」

 

「わかっているだろう? 仮にヤツが通ったものと同じものと遭遇できたとしても、結局は遭難者が増えるだけだ」

 

「それは……だからといって、ここで何にもしないでいるだなんて!」

 

「精神論だな。親切ついでに教えてやるが、ある時期から増え始めて以後ほぼ一定を保ち続けている(プラス)としたエネルギー、『ゲート』とは違い、(マイナス)のほうは普段は極微弱で、時折突発的に数値が増えることもあれど持続性は無く発生してもすぐに消滅する。場所も規則性が無く予測も不可能」

 

次々にアストリッドの口から語られる情報。しかし、それらはどれも「朗報」とは言えないもので、むしろミミをはじめとした面々の表情に影を落とすものばかりだった。

 そして、それはまだ続く。

 

「しかも頻度は低く、『ゲート』の目撃情報がある前より始めていたこのエネルギー計測の十数年分のデータからしても一年に四度起こるかどうかくらいで、遭遇することが出来ること自体きわめて稀な現象だ。しかもその内のほとんどは人っ子一人と同じくらいの質量をギリギリ移動させられそうかどうかといったくらいで、それよりも大型の反応は今回の件を除けば八年ほど前に一度あったっきりだ」

 

「えっと、それって、やっぱり無理ってことなんですか……?」

 

 押し黙ってしまったミミのすぐそばにいるトトリが、おずおずとどこか(すが)るように問いかける。

 だが、アストリッドはその問いにもためらいも全く無くただ淡々と首を横に振ってみせるばかりだった。

 

「まあ、裏ワザとして、『ゲート』の消滅時に発生する(マイナス)のエネルギーを利用する手も考えられなくはないが……アレは微細すぎて一人移動させるのにはその何十倍も必要だからな。都合よく巨大な『ゲート』でもあれば可能性はあるだろうが、そのようなモノはこれまで一度たりとも発見されてはいない。今から探し回ったところで見つけられる可能性は限りなくゼロに近い」

 

 

 

――やはり、もう希望は無いのか

 

 落ちて、希望を持って立て直し、また落ちて……それを繰り返してきたが、ついには()()()()()()()()()誰もがそう思った。

 そのふたり……そのうち一人は、仏頂面のまま目をつむっており何を考えているのかはわからず、もう一人は――

 

 

「なぁなぁ、トトリ」

 

「えっ、()()()()()?」

 

「結局、何がどうなって、どうするんだ?」

 

 

 ――何も理解出来てなかった。

 

 

 ジーノの間の抜けた声での予想外の発言に、トトリをはじめとした何人かがガクッと肩を揺らした。

 その内の一人、ミミが呆れかえった様子でコメカミをピクつかせながら言う。

 

「あんた、話聞いてなかったの……?」

 

「聞いてたって! 森だか楽園だかに行ったらしいけど、「ドコかに行ってしまった」ってのは最初からわかってただろ? んで、そこが危ない場所ってのも。けど、マイスはツエーしそんな心配いらねぇと思うけど……でも、どうしても心配ってなら助けにいけばいいだけの話じゃないのか?」

 

 「なのに、なんでか皆、わけわっかんねぇ話しだすし……」とブーブー文句を言うジーノ。

 そんな様子にジーノとは幼馴染で長い付き合いのあるトトリは「まあ、ジーノくんだし……」と諦めつつも、放置してそのまま文句を言い続けられても困るため、仕方なく簡単に要点だけ説明してあげることにした。

 

「だから、マイスさんが何で言っちゃったのかとかは分かんないままで……そもそも、マイスさんがいるはずの『はじまりの森』に行く手段がないのっ。だからみんなこんなに悩んでるのに……ジーノくんは……」

 

「いつもみたいに、トトリの錬金術でいけばいいんじゃね? マイスを目指してピューってさ」

 

「『トラベルゲート』のこと? でもアレは、お家とかアトリエとか……そういう場所以外でも座標さえわかってれば跳べなくはないけど……。けど、言った事の無い場所の、それも『異世界』だなんて跳んでけるわけ――」

 

 

 

()()()()()()!!」

 

 

 

「――ない……えっ? 先生?」

 

「それだよ! 『()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 突然大声を上げたロロナが、そう高らかに言った。……が、相対するトトリは頭に疑問符を浮かべたまま首をかしげてしまっている。

 

「えぇ……? 『トラベルゲート』じゃあ無理ですよね? ……もしかして、他に何か便利なアイテムが……」

 

「それはー……ない。けどっ! 何回か試してみないとかもだけど、きっと出来るはず! だって……」

 

 そこまで言ったロロナは…………アストリッドの方へと向き直って頬を膨らませた。

 

「もうっ! 師匠ったら、こんな時までイジワルしなくたっていいじゃないですか!」

 

「ハァ? ちょっと、どう言うことよ?」

 

 プンスカ怒るロロナを見、その発言を聞いたクーデリアが困惑した様子でロロナとアストリッドを交互に見比べながら言う。

 

 

「どうって……今思えば、すっごくイジワルで回りくどいけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「教えてって……一体何をですか?」

 

 トトリの問いかけに、ロロナは自信満々に頷いてから口を開いた。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

「「「「「『ゲート』を、逆さまに?」」」」」

 

「うんっ! そんな道具を作って使ったら、流れも逆になって向こうっかわ……マイス君が行った『はじまりの森』に行けると思う」

 

「ロロナさんの言ってることは、筋が通るような通らないような……けど、わからなくはないわね。……本当にできるかは置いといて」

 

「どんな道具になるかはわかんないけど、確かにそれなら……あっ、でも仮に他の所の『ゲート』でそれが出来たとして、本当にマイスさんが行ったところにたどり着くのかな?」

 

 ミミに続き、トトリが頷きかけ……しかし、不安を抱いてしまいその動きを止めてしまった。しかし、その不安を拭い去る考えを、ロロナはすぐさま発案する。

 

「『ゲート』ってなんでかはわかんないけどソコから動かせないし……いっそのこと『ゲート』そのものを発生させる装置も調合し(つくっ)ちゃえばいいのかも?」

 

「マイスと合流した後の事の帰りの事も考えれば、それが最善かもしれないわね。……けど、『ゲート』なんてロロナ作れるの?」

 

 クーデリアが口に出した誰もが抱くだろう当然の疑問に、ロロナは自信なさそうに「う~ん……」とうなった。

 

 

 

「可能です」

 

 

「その声は……ほむちゃん!?」

 

 どこからか現れた女の子のホムに驚くロロナ。そのホムの手には何やら「鍵」が握られていた。

 

「『ゲート』を構成している要素は、すでにグランドマスターが解明済みです。なのでそれを用いた設計で調合を行えば不可能ではないとグランドマスターも以前に言っていました」

 

「なっコラ、ホム!」

 

 静観していたアストリッドが、ホムに制止をかけようとする……が、ホムは止まること無く話し続けた。

 

 

「『ルーン』です」

 

 

「『ルーン』? それって一体……?」

 

「簡単に言っちまえば、大地を中心とした「自然のエネルギー」だな」

「そして、人やモンスターの中にも根源にある……って、確か言ってたわ」

 

 トトリの疑問に答えたのは……リオネラの両脇でフワフワ浮かんでいる黒猫と虎猫の人形・ホロホロとアラーニャ。そのふたりに続いて今度はリオネラ自身が喋りだす。

 

「マイスくんや私だけじゃなくて、フィリーちゃんも『魔法』を使えたから、知らないだけで誰でも持ってるものなんだと思う……」

 

「けっけどね、結構練習してやっと使えるってくらいだし、そのうえすぐに疲れちゃうから……きっと、私達の中にある『ルーン』だけで『ゲート』をつくるっていうのは無理なんじゃないかな」

 

 自信なさげではありながらも、自身の経験も挟みつつ体内の『ルーン』の扱いについて話すフィリー。

 しかし、それは問題を浮き彫りにしてしまうものでもあった。

 

「じゃあ、どうやってその『ルーン』を確保したらいいんだろ……?」

 

「大丈夫です、マスター。どうぞこちらを」

 

「えっ、なにほむちゃん……って、「鍵」?」

 

「先程回収して来た、『作業場』に放置されていたおにいちゃん家の『倉庫』の鍵です。『倉庫』の中に十分な量とは言えないでしょうが実験用分くらいの『属性結晶』はあると思います」

 

 

「『属性結晶』?」

 

 いきなりの倉庫の鍵の登場に「防犯は……?」と驚きを通り越して引き気味だったトトリだったが、ロロナとホムの会話内で聞きなれない言葉が聞こえてきたため、つい復唱してしまっていた。

 その声を耳にしていたホムが静かに頷く。

 

「はい。主に『ゲート』を破壊した際などに入手できる結晶のことです。それは至極簡単に言えば「属性」という方向性を持った「凝縮され結晶化した『ルーン』」。つまり……」

 

「「『ゲート』の材料になるっ!」」

 

 ロロナとトトリ、二人の錬金術士の声が重なった……。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 希望が見えはじめ、盛り上がりを見せるロロナとトトリの周辺。村や街の人々もそちらへと集まっていた。

 

 

「さて……どこまでがお前の筋書通りだ?」

 

 

 ……が、そこから少し離れたスペース。取り残されるように離れた場所から様子を眺めはじめていたアストリッドに、そんな声がかけられた。

 

「はて? なんのことやら? 言っておくが、遠回しに教えていたなどというのはあくまでロロナの勝手な想像だぞ?」

 

 ヤレヤレと肩をすくめてみせるアストリッドに、声の主――ステルクが淡々と言葉を発した。

 

「彼女の言っていたこと云々ではない。お前のことを少なからず知っている身として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そう思っただけだ」

 

「だから、ワザとらしい演技で周囲を誘導していると思った……と。まぁ、お前がそう思ったならそう思っとけばいい」

 

 興味なさげに、短くため息をつくアストリッド。

 

 

「……まぁ、「諦めたなら、それはそれでよかった」とだけ言っておこうか」

 

「ハァ……その様子だと、相変わらずのようだな」

 

 今度はステルクが大きなため息をつき、額に手を当てて首を振った。

 

 

 

「ステルクさんっ!」

 

 不意にステルク(かれ)を呼ぶ声が聞こえた。

 その声の発信源を見れば、ステルクへ向かって手を振る錬金術士の二人の姿があった。

 

「手を貸すのか?」

 

「彼女たちに頼られて、断れる気も、断る理由もありはしないからな。それに……」

 

 そう言いながらステルクは歩き出し、アストリッドを振り返ること無くそのまま行ってしまった。

 最後にこう言いながら……。

 

 

「相手が誰であろうと、窮地に立たされているだろう者のもとに駆けつけ救うのは騎士として当然のことだ」

 

 

 そんなステルクの後ろ姿を見送るアストリッドは、ひとりポツリと呟く。

 

「そっちも相変わらずじゃないか……」

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「たっく、あんたらが各々勝手にやりはじめたら、出来ることもできなくなるわよ。いい? あたしが役割分担を教えるからよーく聞いておきなさい」

 

 そう言って話を切り出したのはクーデリア。

 

 

「まず、リオネラ。あんたはマイスん家の本棚とか『学校』用の資料とか全部ひっくり返して『ルーン』関係の事を全部洗い出しなさい。性質、運用法、とにかく利用できそうなものは何でもよ。『魔法』に……『ルーン』に一番馴染みのあるあんたなら分かることもあるかもしれないから、頼んだわよ」

 

「うんっ、が……がんばる!」

 

 そばにホロホロとアラーニャを連れ添ったリオネラは、両手をギュッと握って握りこぶしを作り、気合十分な様子を見せる。

 

 

「フィリー。あんたはあたしと一緒に『冒険者ギルド』に戻って、ギルドの資料室の中からマイスが提出した報告書を引っ張り出してまとめ上げて。特に『ゲート』に関する報告書もあるから絶対に見つけなさい。ソレが終わり次第、あたしの方の仕事を手伝ってもらうわよ」

 

「資料室でって、あの大量の中から……自信はそんなにない、けど……でもっ、頑張ります。頑張ってみせます~っ!」

 

 やはりと言うべきか、涙目でプルプル震えそうになりそうなフィリー。だが、寸前で留まれた様子で、一生懸命に意気込んでいた。

 

 

「そんでもって、冒険者組は単純明快。それぞれ散らばって『ゲート』の捜索、『属性結晶』の収集よ。効率化も考えて『ゲート』がある可能性が高い場所……『新種のモンスター』の目撃情報・被害情報がある場所をギルドでピックアップでき次第、伝書鳩で情報を送るから活用してちょうだい。集めた『属性結晶』が今後の調合の要になるから大いに頑張ってよね」

 

「おうっ! とりあえず、メル姉ぇとか協力してくれそうな人にも声かけてみるからなっ」

 

 ジーノが軽快に笑いながらそう言い……

 

「ギルドでのハトの用意が終わり次第、私もそちらへ参加しよう」

 

 ステルクは、相変わらずの仏頂面でそう告げ……

 ミミは……

 

 

「わ、わたしもっ!」

 

「トトリは調合のほうに集中してちょうだい。……私も一応はマイスに『錬金術』を教えてもらってるけど初歩も初歩。難しい調合がちゃんと出来るのはあんたとロロナさんくらいなの、コッチは私たちに任せてちょうだい」

 

「ミミちゃん……」

 

 

「そうよ、トトリ。あんたたちがやることが何よりも一番重要よ。一応は「できそう」ってだけで、道具は実際のところ全部ゼロの状態から考えて調合していかなきゃいけないのよ。あんたたちにしかできない、重要な役割……頼んだわよ」

 

「わたしにそんなこと……本当にできるのかな?」

 

「大丈夫、独りじゃないんだから。 みんなも頑張ってる、わたし達もそばに居て一緒にやってく……きっと出来るよ!」

 

「ホムもお手伝いしますので、ご安心ください」

 

 プレッシャーで弱気になっていたトトリを励ますロロナとホム。

 そして、トトリはふた地の顔を見て……頷き合い……

 

 

「はい、みんなで頑張って……絶対マイスさんを助けましょう!」

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「みんなで……か」

 

 

 

村長(あいつ)の帰りを待つ以外に、オレたちにできること……」

 



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ロロナ【*11―1*】

 【11-○】は「マイス失踪」中の各自の行動・心情等となっています。
 なので、ルートごとに場面は結構違いますし、ロロナとトトリのように重なったり……でも内容がかなり違ったりすることもあります。……そう言う予定です。


 引き続き、「独自解釈」、「捏造設定」のオンパレード。

 三人称でのお話となっております。



 

【*11―1*】

 

 

 「マイス救出」の目標を掲げて各々自分がやるべき役割をこなすべく邁進していく……。

 

 

 そんな中、今回の計画の要といえる部分を任されたロロナとトトリは、『アーランドの街』の『ロロナのアトリエ』に場所を移し、それぞれ試行錯誤をしながら調合を行っていた……。

 

 

 

―――――――――

 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 

――ぼかんっ!

 

 

「あっ」

 

 音を立てて爆発――とは言っても、周囲の物を吹き飛ばしたりすることのない釜の中だけで済む小規模の爆発ではある――したのは、ロロナがかき混ぜていた錬金釜。どうやら調合に失敗したようだ。

 

「先生、()()……」

 

「集中力を散らさないでください。一段落するまで自分の調合に専念を」

 

「は、はいっ!」

 

 爆発してしまったロロナの錬金釜(ほう)に意識が向いてしまっていたトトリは、二人の補助をしているホムちゃんに指摘され自身の目の前にある自分用の錬金釜の方へと集中を戻した。

 それを確認したホムちゃんは、薄っすらとではあるが確かに黒い煙を上げているロロナの錬金釜へと近づいた。そして、中の様子を確認してからロロナのほうを向く。

 

「……やはり、中身は全部ダメそうです。ホムも手伝いますので手早く片付けてしまいましょう」

 

「ううっ。ゴメンね、ほむちゃん」

 

「かまいません。これがホムの仕事ですし……それに次こそは失敗しなければいいだけです」

 

「が、ガンバリマス……」

 

 凹んだ様子でイジイジとするロロナに「……早く片付けましょう」と言って促すホムちゃん。

 

 

 結局ふたりの片付けが終わったのは、トトリの調合が一段落した後だった……。

 

 

――――――

 

 

「あの、先生が今やってる調合って「『ゲート』を反転させる道具」でしたよね? それってそんなに難しいんですか?」

 

「んーん、そんなことな――「難しいです」――うえっ、そうなの!?」

 

 ロロナとホムちゃんが後片付けを終え、トトリが調合が一段落したところで、「焦ったところで良い結果は出ません」というホムちゃんの発案で小休憩のティータイムが始まり……少ししてからのトトリの疑問。ソレに答えようとしたロロナの言葉――の途中に割り込んできたホムちゃん。それにはトトリよりもロロナが驚かされていた。

 

 

「いや、でもなんとなく何をどう入れたらいいかとかも分かってるからレシピ考えるのも簡単で、工夫もそんなにいらないし、調合自体もそんなに難しくないと思うんだけど……?」

 

 ホムちゃんの言った「難しい」がいまいちピンときていない様子のロロナが、そう反論を述べる……が

 

「でも、その調合を失敗しちゃってますよね?」

 

「うぐっ!?」

 

「それも、何回も……」

 

「うぐぐっ!? そ、それはそうなんだけど……」

 

 トトリの鋭い指摘に、ロロナは胸に手を当てて大袈裟に見えるリアクションを取る。

 

 

 

 と、まあ、そんな調子の師弟の様子を見ていたホムちゃんが、「ですが……」と相変わらずの淡々とした口調で喋りはじめた。

 

「マスターが自信があるのに失敗しているという奇妙な点はさておき、難しいのは事実です。おそらく……トトリ(あなた)では調合は困難かと。まあ、だからといってそちらの調合が簡単だと言うわけではありませんが」

 

「トトリちゃんが調合し(やっ)てるのって、『ゲート』を発生させる道具だよね? ソッチのほうがよっぽど難しそうに思えるんだけど……?」

 

「どうでしょう? 今は完成品(最終目標)のためのパーツを作ってる途中段階で、細かかったりはしますけど作れないーって頭抱えちゃう程じゃないです。うーん……これから大変になってくるのかな? でも、考えたレシピ通りにやれるならそんなこともなさそうだけど」

 

 トトリは自分のやっていること・やっていくことを頭の中で整理し……そのうえで少々悩みつつもそう判断する。そこにホムちゃんが注釈を入れる。

 

「調合そのものは難しくないでしょう。ただ、全てを合わせた上での最終調整は運と根気との勝負だと、グランドマスターは言っていました。失敗しても調合ではなく細かい部分の微調整の繰り返しなので、爆発して部品がダメになったりすることはありませんしそう心配しなくてもいいかと」

 

 「へぇーそうなんだ」と話を聞いていたトトリだったが、不意に違和感を覚え「はて?」と首をひねった。

 

「えっと……グランドマスターって、あのアストリッドさんっていうロロナ先生の先生のこと……だよね? なんで、私と先生とで考えた道具の事を詳しく理解し(わかっ)てるの?」

 

「以前、『()()()()()』の際にグランドマスターが二人の考えたものとよく似たものを作ったことがありました。その時に半ば独り言のようにホムたちに教えてくださったのです」

 

「えっ? 師匠も作った事あったの? じゃあ、それを使えばいいんじゃ……」

 

「今現在、その道具は現存していませんので不可能です」

 

 そう言い切ったホムちゃんの言葉に、二人は顔を見合わせた後、再びホムちゃんのほうを向いた。その目は「なんで?」という疑問を言葉が無くともありありと伝える視線(もの)だった。

 

「理論上問題無いはずの動作を、毎回微調整を繰り返しながら百回ほど試行した末に八つ当たりのため空高くで爆散しました」

 

「師匠でも上手出来なかったんだね、その道具。ちょっと意外かも」

 

「「『ゲート』の発生は、理論一割、素材一割、残りの八割運と偶然。でなければ、この方法でこの私が出来ないなんてことはありえないからな」……とのことで。まあ、グランドマスターは他の研究もしていましたし、元々その道具は「本命」ではなかったそうなので、八つ当たり(そんなこと)をしたのでしょう」

 

「それって負け惜しみ……って、あれ? 私、今からそんなものに挑戦しないといけないんじゃ……さっきホムちゃんが言ってた運と根気ってそういう?」

 

 めんどくさがったりしながらも実は何でも出来る……というイメージが強かったアストリッド(師匠)の意外な一面を知れてなんとなく嬉しくなっているロロナ。

 ただし、トトリは余計にこの先の事への心配を募らせてしまっていた……。

 

 

 「けど……」

 

「師匠がわたしとトトリちゃんとで考えた事を知ってたのは、昔から間を見計らったみたいに突然出てきてたりしたし、そんな師匠の事だからてっきり色々考えてるわたしたちのことをずーと覗き見てたのかと……まぁ、そんなこと無いよね、あはははっ~」

 

 トトリとも出会っていないころの――まだアトリエを護るために王国からの依頼をこなすことに奔走していたころの――昔を思い出して、一人その思い出にふけり微笑み(わらい)ながら言ったロロナ。

 彼女の脳裏にはきっと、アストリッドに驚かされ、からかわれ、いじられたりもした過去が廻り廻っているのだろう。

 

 ただ……

 

 

「……ホムは黙秘します」

 

 

「「えっ」」

 

 そのホムちゃんの意味深な一言で、ロロナとトトリは固まってしまうのだが……。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「それじゃあ、休憩もここまでってことで調合を再開しよっか! ここまでで遅れちゃってる分も取り戻しちゃうくらい、がんばってこー!」

 

 そう元気良く宣言するロロナに、隣に立つトトリが良い笑顔で「はいっ!」と返事をする。

 

 

 

 

 

「では、マスターは数時間散歩でもしてきてください」

 

「うん!――――

 

 

 

 

 

 ――――うん?」

 

 ホムちゃんに言われたことに素直に頷き――数秒の間を持ってから首をかしげるロロナ。その表情(かお)は段々と眉と口とがヘニャリと曲がり……

 

 

「失敗するたびに段々と爆発音が大きくなり、上手くいっていたトトリ()の釜を巻き込んでの連鎖爆発をしてしまわないかヒヤヒヤしますので、とりあえずトトリ(こちら)の調合が終わるまでマスターは行動ということで……」

 

 

「うわ~ん!!」

 

 ……泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 泣いたロロナがアトリエを飛び出して行った後……

 

 

「あのー、ホムちゃん? 私が『アランヤ村』の自分のアトリエで調合すればよかったんじゃ……」

 

「いえ、それだともしもの時の補助や相談といった連携が上手くいきませんので、二人揃って『ロロナのアトリエ(ここ)』でするのがいいんです」

 

「でも……」

 

 これでは本末転倒なのでは?と気にするトトリを他所に、ホムちゃんは淡々とトトリの調合の用意をしている。その準備の手を止めぬまま、ホムちゃんは口も動かす。

 

「それに、マスターはきっとすぐに作り終えてしまうでしょうから、今のうちにこちらの調合を終わらせていた方が良いのです」

 

「えっ?」

 

「本来、マスターほどの腕があれば「『ゲート』を反転させる道具」の調合は、マスター自身がそう思ってたようにそう難しいものではなく、失敗するはずはありません」

 

「でも、先生は実際に何回も失敗しちゃってるよ?」

 

「それは今のマスターはダメダメだからです。あれではどんな調合も失敗しています。原因は単純明快ですので、さすがのマスターでも自覚しているとは思いますが……早く気持ちを入れ替えてもらわないと、ホムも他の人達も、マスターも……そしてきっとおにいちゃんも困ってしまいます」

 

 

 そう言って、不意に作業の手を止めてロロナの出て行った扉を見つめるホムちゃん。それに釣られるようにして同じく扉を見るトトリ。

 

 

 

 

「ときに」

 

「?」

 

「ホムはトトリ(あなた)のことを何と呼べばいいのでしょう? グランドマスターの孫弟子で、マスターの弟子ですから……」

 

「…………え?」

 





 状況説明的な部分が多い今回。

 次回はロロナ視点で心情やらを。そして……(悪い意味で)いつもと違うロロナが前に進むためのきっかけとなる出来事が……?


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ロロナ【*11-2*】

 お昼頃(20:35)……春(七月)みたいな、ゲームの発売延期かな?
 すみません。思ったよりも仕事の休憩時間や合間の時間を使えませんでした。


 【11-○】は「マイス失踪」中の各自の行動・心情等となっています。
 なので、ルートごとに場面は結構違いますし、ロロナとトトリのように重なったり……でも内容がかなり違ったりすることもあります。……そう言う予定です。


 引き続き、「独自解釈」、「捏造設定」のオンパレード。そのうえ、各ルートごとに違和感が発生したりしだします。

今回は視点が一転二転します。ご注意ください。


【*11-2*】

 

 

***職人通り***

 

 

 

「アイタタタっ。……ぐすんっ」

 

 

 ほむちゃんに「マスターはアトリエから出てってください(意訳)」って言われて、つい飛び出してきちゃって、それで…………アトリエから出てすぐの通りの階段で一段踏み間違えて転げ落ちちゃった……。

 

「ううっ、ほむちゃんも、あんな言い方しなくっていいのに」

 

 そんな()んだり()ったりな状況でわたしがついつい漏らしちゃってた呟きは、特に誰に聞かれるわけでもなくて……ちょっと寂しい気がする。

 

 

 いやまあ、追い出されたのはわたしが何回も調合に失敗しちゃったのが悪いんだから、当然といえば当然の結果なんだけど……。

 普通に考えたら、調合している横で小さくとは言っても何度も爆発させてる人がいたら気が気じゃないよね。そんな状態だったんだろうトトリちゃんに代わってほむちゃんがわたしにああ言ってきたんだと思う。

 

 ……うん、やっぱりわたしが悪かったんだよね。

 とは言っても、わたしだって失敗しようと思って調合をしてたわけじゃないし……うーん、でもそれは言い訳だよね。

 

 

「はぁ~……なんであんなに失敗しちゃったんだろ? 出来そうな気はしてるのになぁ……」

 

 とは言っても、出来ていないのがまぎれも無い事実なわけで。

 

 

 「何回も」ってことは、何かしらの原因があるんだと思う。

 

 思い浮かぶのっていったら、調合の仕方か素材の吟味、もっといえばレシピそのものに不備(まちがい)があるのかもしれない。

 トトリちゃんにも協力してもらったし、わたしにはアレ以外には思い浮かばないーってくらいには考えに考え抜いたレシピで間違えちゃってたりはしないと思うんだけど……。でも一から作ったレシピだから絶対に絶対に成功するとも限らない気も……。

 

 ……ほ、他に失敗の原因になりそうなのって何かないかなぁ?

 

 そう、例えば――わたしが爆発させちゃった(失敗した)時にトトリちゃんがホムちゃんに注意されてたみたいな……「集中力をきらさない」って感じで。

 

 

「集中力……集中…………」

 

 

 ……()()()()()()()()()()()()()()()ような、しないような?

 何かが心のどこかにひっかかってしまっている、そんな感じ……。

 

 

 

『だが、それで? お前はヤツに何を言うつもりだ?』

 

 

 

 アストリッド(師匠)から言われた一言。わたしはその一言にあっけにとられちゃって言葉を詰まらせてしまってた。

 

 でも、今のわたしの胸の内にひっかかってるのは、師匠の言った()()()()()()()()()()()()()()、わたしの頭の中をぐるぐる回っていた考え(こと)、それがずーっと離れずに残っちゃってる気がする。

 

 ……思えば、度重なる失敗もそのせいな気もしなくはないかも?

 

 

「つまりこれは師匠のせいってことなんじゃ……」

 

 

 

 

 

「何が私のせいだと?」

 

 

「それはもちろん、わたしが何回も調合に失敗しちゃうのが……って」

 

 トボトボ歩きながらの独り言……だったはずなのに、不意に左耳から聞き知った声が入ってきて……って、この声って?

 

 

「うえぇう!? し、しし師匠っ!? いつのまに……!」

 

「いやなに、いきなりお前がアトリエから飛び出してきたかと思ったら階段を転げ落ちて、そして一人寂しそうに歩いていたので……心配して隣を歩いてやってたんだぞ? ん? ん?」

 

「つ、つまり最初っから……」

 

 やっぱり師匠って四六時中わたしたちのこと監視してたりしてたんじゃ……!?

 というか、「心配して」なんて言ってる師匠だけど、その表情(かお)はむしろニヤついててとてもじゃないけど心配しているようには見えないんですけど……。

 

 

 

 一時期は旅をしてまわってまで探した師匠。その師匠がコッチの気なんて知らずにいつの間にかひょっこりと帰ってきて……それで、昔と同じ調子でわーわー好き勝手にやってる。それが少しだけ何とも言えない気持ちになってくるんだけど……今はそれを置いといて。

 

 今、重要なのは『青の農村』で話に乱入してきた後、ほむちゃんを置いてフラっとどこかへ行ってしまった師匠が目の前にいるって事。

 

「いきなり出てきたこととか色々言いたいことはありますけど……師匠」

 

「なんだ? ついにお姉さまと呼ぶ気に――」

 

「違いますよっ。あの、ほむちゃんから聞きましたけど、師匠ってコッチにいない間に「『ゲート』を発生させる道具」とかの研究もしてたんですよね?」

 

「ん、片手間の研究の一端で、な。ほら、あの時見せた計測結果のグラフがあっただろう? あの計測が元となって、そこから……まぁ詳しいこと置いとくとして、それがどうかしたか?」

 

「その中で、わたしにそう気付かせてくれたみたいに「『ゲート』を反転させる道具」みたいなやつも作ってみたりしてないんですか?」

 

 ほむちゃんから話を聞いた時から「もしかして……」とは思ってたけど……どうなんだろう? 可能性としては十分にあると思うんだけどなぁ。それであったら譲ってもらったりなんかすれば、わたしが調合を失敗ばっかりしちゃうのも、それで予定より色々遅れてるのもなんとかなるのに。

 いや、でも「発生させる道具」のほうは爆散させたみたいな話だし、反転させるのはさすがに……。

 

 

 

「作ってあるが……それがどうかしたか?」

 

 

 

「そうですよねー。さすがに――――」

 

 ……ん? 作ってる?

 聞き間違えではないみたいだし、驚き……とはいっても、なんというか……

 

「――――さすがは師匠って感じですね」

 

「ふふっん、もっと熱烈に褒めたたえてもいいんだぞ?」

 

 そう言いながらドヤ顔で眼鏡をクイッと上げる師匠。

 

「あの、それを貰ったりとかは……?」

 

「まあ、他でもないお前の頼みだ。それ相応の対価さえ支払えばくれてやるのも吝かではない……が、おすすめはしないぞ」

 

 

 ……? どういうことなんだろう?

 「おすすめはしない」って、何かその道具にマズイことでもあるのかな? 例えば、扱いがとーっても難しくって危ないとか、使うためにはものすーっごい素材が必要だとか?

 

「いや、違うぞ?」

 

 色々考えてたのが顔に出ちゃってたのか、それとも相手が師匠だったからか、師匠がそんなこと言ってわたしを否定してした。

 

 でも、「違う」なら、一体何で?

 

「すすめない理由は至極単純で……同時に複雑難解だ」

 

「単純で複雑?」

 

 

 

「お前はそれで納得できるか?」

 

 

 

 なっ……とく……?

 

「正直に言おう。私がその気になればお前たちがやろうとしていることを実現できる道具もすぐに用意できるし、もっと極端なことを言えば、よりスマートな手段を用いてヤツをこちらへ連れ戻すことも不可能ではないだろう…………だが、お前はそれで納得できるのか?」

 

「納得も何も、今はマイス君を助けるのが優先に決まってるじゃないですかっ!」

 

「少なくとも、私は納得できん!」

 

「えっ!?」

 

「だってそうだろう? あの現象そのものには興味を惹かれはするが、ヤツがいなくなろうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、故にわざわざ助けてやるつもりはない。それに、お前に頼まれるにしてももう少し媚びるように頼んでくれないとだなぁ……」

 

 そう言った師匠は、頬を赤らめながら「もっとこう……「お願いしますぅお姉さま~」みたいな感じでなぁ~?」ってわたしの声マネ(?)もしながらクネクネして……

 

「……って、ただのワガママじゃないですか!?」

 

「ワガママで何が悪い!」

 

 何でそんなことを胸張って言えるんですか!?

 もうやだ、この師匠! 昔以上に酷く自分勝手になってる気がするよっ!

 

 

 

「まぁ、そんな私の意思を知ったところでお前たちは計画を止めたりはせんだろうし、私も妨害しようなどとは考えていない。だが、師として失敗の原因でもあるお前が抱えている悩みを解決してやるのが先決だな。そうだな……ヤツの家に行ってみるといい」

 

「やつ?」

 

「言わんでもわかるだろう? ヤツの、マイスの家だ」

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***青の農村・マイスの家前***

 

 

 

「……っで、来ちゃったけど……」

 

 わたしの目の前には、マイス君(持ち主)がいなくなってしまった一軒の家。

 アトリエからは追い出されちゃってたし、他に用があったりしたわけじゃないから、言われるがまま『青の農村(ここ)』まできちゃってたんだけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何回も調合失敗してるーっていうのは、師匠に話しちゃってたけど……でも、それだけでどうしてその原因が師匠にはすぐにわかってたんだろう? それも、「お前(わたし)が抱えている悩み」でって」

 

 わたしは一応は集中力云々のことを考えた時に「もしかしたら……」って思いはしたけど、そのことは師匠は知らないはず……。

 

「それに、何でマイス君の家に行ってみたらいいって言ったんだろう? ……そりゃあマイス君がいたら根本的に全部解決するけど……いないからこんなことになってるってわけで……」

 

 そもそも、わたしの中でひっかかってしまってることって、下手したら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()気がするし……。いやまあ、マイス君が「『アーランド(ここ)』にいたい」っていってくれたら、それでいいんだけど……。

 

 

「……うん。ここで考えても仕方ない気がするし、帰ろう」

 

 そう思って来た道を帰ろうとしたんだけど……その時、玄関のほうから「ガチャ」と音が聞こえた。

 

 えっ? マイス君はいないはずだし、いったい誰が……?

 

 

 

 

 

「ぁ……ろ、ロロナちゃん?」

 

「りおちゃん……ああっ、そっか」

 

 

 マイス君の家から出てきたのはりおちゃん。その両隣にはいつものようにらにゃちゃんとほろくんがフワフワ浮かんでる。

 ……そういえば、りおちゃんはマイス君の家にある本とかを漁って『ルーン』のこととかを調べてるんだった。なら、ここにいて当然だよね。

 

「なんだか声がするような気がするって思ったら、ロロナ(アナタ)だったのね」

「どうしたんだ? まさかとは思うが、もう『属性結晶』が無くなったか? もしかしたら『作用場』のほうのコンテナに残ってるかもしれねぇけど……」

 

 そう言ってくれてるらにゃちゃんとほろくんに、わたしは首を振りながら「いいの、いいの」って言う。

 

「別に、そういうのじゃなくって……うーん、なんて言ったらいいんだろぅ?」

 

「……? どうかしたの?」

 

「どこから話したらいいのか……ええっと、まずはわたしがアトリエから追い出されちゃって――」

 

「オイオイ」

「……何したのよ、アナタ」

 

 

 

―――――――――

 

 

 ……とりあえず、りおちゃんたちにこれまでのことを話してみた。

 

 

「――で、師匠にはここに……マイス君の家に行ったらいいって言われて来てみたんだ。でも、なんだかスッキリしたりはしなくって……」

 

「はぁん、なるほどな」

「アナタの師匠がそんなことを」

 

 事情はわかってもらえたみたいで、ほろくんとらにゃちゃんが頷くような仕草をしてくれた。

 

「けど、なんで師匠はマイス君の家(ここ)に行けーって言って来たんだろ? またイジワルしてきてるとは思いたくないなぁ……」

 

「あの人のことだから、何かしら意味はあるんでしょうけど……」

「とはいえ、あのネェチャンの考えを理解しろってのが無理な話だよな」

 

 ……うん。ほろくんの言う通り、師匠の考えていることをわかるようになるのは、いろんな意味で無理な気がするよ。趣味趣向はもちろんだけど、なんだかんだ言って元々頭もいいわけで……やっぱり無理な気がする。

 

 

「ろ、ロロナちゃんっ!」

 

「ふぇっ? どうしたの、りおちゃん」

 

 急に大きな声を出してきたりおちゃんにちょっと驚いちゃったりもしながらも、改めてりおちゃんの方へ向き直ると、りおちゃんが胸の前で両手をギュッと握ってわたしを力強い目で見てきてた。

 

「ああのねっ、調合のこととかはわかんないけど、ロロナちゃん悩みのことなら……わたしたち、聞いて上げられるよっ! た……たぶん、だけど」

 

「りおちゃん……」

 

「まあ、聞いてやれるってだけで、解決できるかはわかんねぇけどな」

「もうっ、そういうことはわざわざ言わなくていいのよっ!」

 

「あはははっ……でも、聞いてくれるだけでもうれしいよ」

 

 

 とはいっても、わたしの悩み……心の中のひっかかりが本当に調合の失敗と結びついてるかどうかは……でも、それによる集中力不足以外に理由も思いつかないのも事実だしなぁ?

 

 ちょっと悩みながらも、りおちゃんなら相談できる気がして、わたしはまだ誰にも話せてなかった悩み(こと)を打ち明けてみることにした。

 

 

 

――――――

 

 悩み……って言うのとはちょっと違うような気もするんだけど、あの時からずーっと頭の中に残っちゃってて、よくフゥッと思い出しちゃうんだ

 

 

 師匠にね「お前はヤツに何を言うつもりだ?」って言われたあの時。

 その後、師匠が言ってたマイス君が故郷(シアレンス)を想い続けたって話も心当たりはすっごくあってね……わたし、止まっちゃったの。

 

 それまでは……

「マイス君と離れたくない」

「これからもずっと一緒にいたい」

「連れ戻したい」

 ……って思ってたのに、そういうのが全部無くなっちゃって……その代わりにね――

 

 

 

――――『シアレンス』に帰れたほうが、マイス君は今よりずっと幸せなんじゃないかな――――

 

 

 

 ――そう思っちゃったの。

 

 もちろんね、マイス君が行った先が『シアレンス』じゃないってわかってからは「連れ戻したい」とかまた思えたし、『はじまりの森』のことを知ったらマイス君なら大丈夫かもって思ってもやっぱり「助け出さなきゃ」って思ったよ?

 

 

 でもね、残ってるの。

 あの時のわたしの頭の中に浮かんだ言葉が……だから、いつもいつの間にか考え出しちゃうんだ。

 

 

 もしかしたら、マイス君にとって『アーランド』は生き辛くて、本当は今でも『シアレンス』に帰りたいんじゃないか、って。

 今やってる調合や実験(こと)がどんどん進歩して、変わっていって、いつかは『はじまりの森』じゃなくって本当に『シアレンス』に行けるようなものが出来ちゃうんじゃないか、って。

 そうしたら、マイス君が帰れちゃうようになるんじゃないか、って。

 

 何年も前、全然元気が無くって沈んでいたマイス君を思い出したら――

 いつも一生懸命に、お祭りをあんなに楽しんでるマイス君を思い出したら――

 『シアレンス』の近くにある綺麗な場所のことを楽しそうに話してたマイス君を思い出したら――

 『シアレンス』の人たちのことを懐かしそうに……どこか寂しそうに言ってたマイス君を思い出したら――

 

 

 やっぱりマイス君には『アーランド』に戻って来てほしくって……でも、もしもマイス君が『シアレンス』に帰りたいって言ったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――――――

 

 

「――って、感じのことをいつの間にか調合中に考えだしちゃってて……たぶんそのせいで集中力がとんでっちゃったから、失敗ばっかりしてたんだと思うんだ」

 

 そこまで言ったところで……自分の耳に入ってくる自分の言葉を聞いて、改めてちょっと凹んじゃった。

 なんていうか陰湿っていうか、勝手に色々考えちゃってて聞けば聞くほどマイス君に悪い気がしてくるような……。

 

「っていうか、もしももしもで考え過ぎだよね。ご、ごめん……」

 

 

「まぁ、仕方ないんじゃないかしら? いきなり色々あった上に、よりにもよってマイス(こいびと)がいなくなっちゃったんだから。そのくらいネガティブになりもするわよ」

「だな。……にしたって、相変わらずのお人好しっつーか、相手想い過ぎっつーか。もっと自分の思った通りにすればいいってのによ。コイツなんて、なぁ?」

 

 

 「なぁ?」ってらにゃちゃんとほろくんが顔を見合わせて頷き合って……って、あれ? 間にいるりおちゃん、いつの間にか(うつむ)いて……? さっきほろくんが言ってた「コイツ」っていうのはきっとりおちゃんのことだろうけど、それと何か関係が……?

 

「えっと……何かあったの?」

 

「何かあったっつーかな? マイスがいなくなってオマエが色々考えてるのと同じ時にコイツが何考えてたと思う?」

「今の話聞いてると、マイス(同じ人)を想ってる人同士でも、考えてることは全然違うんだってちょっと驚いたわ」

 

 なんで、りおちゃんが思ったことを二人が……って、そういえば、ほろくんとらにゃちゃんって、りおちゃんと()()で、りおちゃんの方からはわからないけど二人の方からはりおちゃんのことが色々わかるんだっけ?

 ……けど、りおちゃんってあの時に何を考えてたんだろう?

 

「……っま、それは今はどうでもいいか」

 

「そんなぁ!? 凄い気になるんだけど」

 

「ごめんなさいね。それより今は、リオネラが言いたいことがあるみたいだから」

 

「りおちゃんが?」

 

 言われて改めて目を見けてみるけど、やっぱり俯き気味でその表情(かお)は見えない。

 なんだか、ちょっと震えてる……? だ、大丈夫かな?

 

 

 

 

「…………か」

 

「?」

 

 

 

 

「ロロナちゃんの……ばかっ!」

 

「ええっ!?」

 

 なにっ!? 今、わたし、りおちゃん何て…………ばか……馬鹿!?

 いやまあ、師匠とかくーちゃん、イクセくんとかにけっこう言われたことはあるし、バカ以外にもアホだとか色々言われたことあるけど、あのりおちゃんに!?

 

「わたし、何かしちゃってた!? りおちゃんを怒らせちゃうようなこと……! ご、ごめ――」

 

「謝らないでっ!」

 

「うえっ!?」

 

 そ、そんな……っ!?

 で、でも、怒らせちゃったならちゃんと謝らないとだし、でもでも――

 

 

()()()……()()()()()…………!」

 

 

「……へ?」

 

 りおちゃんには……? それってどういう……?

 

 

「マイス君はロロナちゃんのことを……グスッ……ロロナちゃんのことを選んだんだよ? 好きだって……大好きだって言ってくれたんじゃないの……!?」

 

「りおちゃん……?」

 

「……いきなりいなくなって、心配なのもっ、不安でいっぱいなのもわかるよ? もしかしたら、『はじまりの森』にも『ハーフ』のマイス君が自分の意思で行ったんじゃないかって……そんなことまで思いだしちゃうかもしれない…………でも、でもっ……ロロナちゃんだけは信じてあげなきゃ……っ!! マイス君は……マイス君はっ、気まぐれとか、妥協で、ロロナちゃんと一緒にいることを選んだんじゃないんだって! 絶対、『アーランド』に……ロロナちゃんの所に帰ってきたいって思ってるって!!」

 

「……!!」

 

「私、私は二人とも大好きだから……二人で一緒に、笑顔でいてよっ……グスッ……スン…………ロロナちゃんも、マイス君も……二人がいる『アーランド』じゃなきゃ、ダメ、なんだもん……!」

 

 

 ……そう言ったりおちゃんは、沢山の涙を流してた。それは、りおちゃんが拭っても拭っても、ドンドンあふれてきてて……

 

 

 

「……りおちゃん。()()()()

 

「ん、ぐしゅ………」

 

「わたし、恋人失格なんだろうなぁ」

 

「そんなこと、ないよぅ……ロロナちゃんは、勝手な私より全然優しくって……きっと、マイス君だってそんなロロナちゃんに救われてるって思う……」

 

「そうかな……でも、きっとそんなすごくないと思うから。()()()()()()()()()()()()……()()()()。たくさん怒って、たくさん謝って、たくさんお話して……それで、やっぱり最後はマイス君のそばに居たい」

 

 そこまで言って、わたしはもう一回りおちゃんに「ありがとう」って言いたくなった……だから、言った。

 そして……

 

 

「わたし、やらなきゃ!」

 

 

「スン……うんっ! 頑張ってロロナちゃん! こっちで何かわかったら、すぐに伝えに行くよ。それに、何か私に出来ることがあったら何でも言って!」

 

「うん!」

 

 りおちゃんの言葉にそう答えて、わたしは街へ、アトリエへと向かって走り出す。

 

 

 

 

 

 アトリエを飛び出してきちゃったから『トラベルゲート』が手元に無くって、もどかしいけど……でも、だからこそ、わたしは一生懸命走る。

 真っ赤な夕日が目に染みるけど、それでもわたしは前を見る。

 

 きっと待たせちゃう。待たせちゃってる。けど……

 

 

「待ってて、絶対に助けに行くから!」

 

 

 もう、迷わないから。

 

 

―――――――――

 

 

 走って行ったロロナを、玄関前で見送るリオネラ。

 

「リオネラ、よかったの?」

 

「うん。……わかってる、よね? あれも全部、本当にわたしの気持ちだから……」

 

「けどなぁ……だからって「だもん」ねぇだろ。いい歳どころか、もう三十路目前なんだからよ」

 

「ちょっ、ホロホロ!? そういうことは言わないでっ!!」

 

 どこかスッキリしながらもしんみりしてしまっていたリオネラに、ホロホロの言葉がグサッとどころかグリュンとリオネラの心を抉った。

 

 

「ふむ。しかしだな、そういう「ふとした瞬間に顔を出す幼げな感じがグッとくる」なとどいう感性を持った輩もいるのだ。お前のそういう所はそれはそれでイイと思うが……」

 

「ふぇ?」

 

 声のしたほうを――斜め後ろを――振り返ったリオネラの目に飛び込んできたのは……玄関横の窓を開けて、ティーカップ片手にその窓枠の縁に肩ひじつけながらお茶を飲んでいるアストリッドの姿だった。

 

「ええええ、ええっ!? い、いいつ……いつから……!?」

 

「言わんでもわかるだろう?」

 

 やけに偉そうに、優雅にお茶を飲みながらそう答えるアストリッド。その口をティーカップから離し……「ふぅ」と息をひとつついてから、再び口を開いた。

 

「安心しろ、と言っていいかは……いや、さっきの様子からすれば、お前には「安心しろ」でいいんだろうな」

 

「オイオイ、何の話だ?」

「まぁ、大体予想はつくけど?」

 

「ロロナはそれはそれはもうアホの子で、どうしようもない抜けっぷりのあるドジっ子ではあるが、絶対に成し遂げるさ」

 

「ぜ絶対、ですか……?」

 

 リオネラの問いかけに、アストリッドは静かに……しかし、確かに頷いた。

 

「お前も間近で見てきたと思うが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いまさら、あんな調合でつまずきはせんよ」

 

「……はいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

 ……ん? あれ? ……ここは…………ソファー?

 

 そうだ、ホムちゃんに手伝ってもらいながら色々調合していって……それで、一段落したころには日が暮れ経ってて。けど、ロロナ先生は飛び出して行ったまま帰ってきてなくって……。

 探そうかとも思ったけど、とりあえずアトリエのお留守番をしとかなきゃーってことで先生の帰りを待つことにして……。

 でも、ずーっと調合してたからか、ソファーに座ってたらウトウトしちゃって……そこからは憶えてない、かな?

 

 

「というか、もう朝……? 先生は……」

 

 

 まだ重いまぶたを擦りながら辺りを見渡してみると……まず目に入ったのが、私の隣で私と一緒の毛布に包まって寝てるホムちゃん。私に毛布を掛けてそのまま寝ちゃったのかな?

 

「……あっ」

 

 錬金釜のそばの床に、釜をかき混ぜる杖を両腕で抱きしめるようにして寝転がってる先生の姿が。

 そして、よくよく見るとその右手には……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「出来たんですね、先生……!」

 

 

 

 

 

「いぷしゅっ!」

 

「先生……風邪、ひいてないといいなぁ……」

 




 書いてて思ったこと。
 今作で、大小様々ある原作からのキャラの変化。それが一番大きいキャラはフィリーだと思っていたけど、実はアストリッドなんじゃないかと思い始めた今日この頃。


 次回、ラストバトル……?


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TARGET

 書くべきこと、書きたいこと多々ありますが、初めに一言……お待たせしました。そして、大変申し訳ありませんでした。


 諸々の事情で、精神的にも時間的にもネットに触れられないほど余裕が無い時もありましたが、ようやく色々と立ち直ってきました。まだましですしまだ戦えます。
 ……が、時間が無いのは相変わらずで、活動報告のほうに書きたい「謝罪」や「現状報告」、「アンケート結果」や「リクエスト関係の話」等々手が回らない状態です。『ネルケと伝説の錬金術士たち』の新情報の話もしたい! 特に、懐かしさのある若々しいステルクさんのこととか……!


 改めて、いろんな意味で大遅刻の今回のお話。
 上の話と同じく諸々の事情で前々からフラグっぽいモノも立てておいた「とあるキャラ」の登場を一時見送ることに。結果、ここから先のお話をほぼ全て構成から再構築することになり、四苦八苦しました。
 ……仕方のないことなんです。書き換える原案ではあのキャラが本気で暴れ過ぎちゃって『青の農村』が大変なことになってしまう……っていうお話になっていまして、「いかんでしょ」としか言えない表現が多々……。

 そんな今回のお話ですが、場面がコロコロ大きく変わるため第三者視点で書かれることに。ちょっと淡々とし過ぎた表現になってしまっている気がしますが……どうぞ。



 

 

***ロロナのアトリエ***

 

 

「ココはこうで、コッチは……このくらいでいいのかな?」

 

「うんっ、いい感じな気がするよ! あとはソレをこのくらいギューって締めて……」

 

 慎重に、実に慎重な手つきで二つのアイテムの細部を調整していく二人の錬金術士、ロロナとトトリ。

 

「「で、できたー!!」」

 

 アトリエ内に響き渡ったその声に、肯定の意を示しながら口を開いたのは、二人のサポートを続けていたホムンクルスの少女・ホムちゃんだった。

 

「はい。どうやらそのようです。実際に使用してみなければわからない部分もありますが、ここまでの手順、出来た物の外観や情報量……()()()()()()()()()とは相違点はあれど「どちらがいい」とは言いきれない誤差で済まされる範疇化と。なので、現時点で判明している範囲では問題は見当たりません」

 

「はぁーよ、よかったー」

 

「ってことは、これで完成ってことだね!」

 

 安堵した様子で喜ぶ二人に、ホムちゃんは「そうとは言い切れません」と言いながら、首を横に振る。

 

「グランドマスターは、この直前の段階で面倒……もとい、別件で立て込んだためこの研究は頓挫してしまいました。つまり、この先はホムにも、もっと言えば誰にとっても未知の領域となります」

 

 途中、ホムちゃんは言葉を濁したが、二人はすでに()()()()を察してはいるのであまり意味は無い。が、ホムちゃんにしてみれば建前のようなものが一応は必要だったのかもしれない。

 それはともかく、「大変なのはまだまだこれからで道のりは長い」ということを再認識せざるを得なかったためか、トトリが少しげっそりとした様子で肩を落とす。

 しかし、それも仕方のないことではある。今の今までやってきたことでさえ初めてのことが沢山あり神経をすり減らしながら休まず頑張ってきたのだ。普通、少しくらい弱音も吐きたくなってくる頃だろう。

 

「そ、そんなぁ。ううっ、なんだか緊張してきちゃった……」

 

「大丈夫だよ! ここまでちゃんと出来たわけだし。それに、試してみてダメだったら何回も挑戦するんだから!」

 

「先生……そうですよね! マイスさんのためにも、私、最後まであきらめないで一生懸命やります!」

 

 師匠であるロロナのひたむきなまでに前向きな姿勢に引っ張られ、トトリは弱りかけていた心の中の(情熱)を燃え上がらせた。

 

 

「よーし! そうと決まれば、本当に上手く発生するのかとか、細かい調整なんかもかねて実際に二つを一緒に合わせて使ってみよー!」

 

「はいっ!」

 

 二人一緒に、握りこぶしを天井へと突き上げ「おー!」と気合十分に声を出し、さあ早速とりかかろうと準備を始めた……が、

 

 

「待ってください」

 

 

 それを止めたのはホムちゃん。

 いつものジト目で……ではなく、どことなく残念なものを見るような目をして、ゆっくり淡々とその一言を紡ぎ出した。

 

 

 

「アトリエで……街中で『ゲート』や、それに準ずるものを発生させるのは危険です」

 

「「あっ」」

 

 ホムちゃんの言葉に、ロロナとトトリが揃って間の抜けた声を漏らした。

 ……まあ、確かに、実験が上手く進めば問題無いだろうが――万が一を考えれば一転、大惨事になりかねないことは想像するにたやすいことだろう。

 

「実験はせめて街から出て、ある程度開けた土地(場所)でやるべきかと」

 

「そ、そうだよね。うっかりしちゃってた」

 

「うっかりじゃあ済まされなさそうな気が……って、私もか」

 

 トトリの言う通り、「うっかり」どころじゃない。というより、普通に考えればわかることである。

 

 

 

 

「近場のほうが良いに決まってるし、マイス君を助けに行く時の事を考えたら……やっぱり、マイス君が光の中に消えた場所の近くがいいのかな?」

 

「でも、『青の農村』の中でやるって言うのも、街と同じで危ないですよね? だとすると、街と『青の農村』を繋ぐ街道からちょっとわき道にそれた辺りとか……?」

 

 じゃあ、どこで試してみるか?

 その相談は案外にも早々に考えがまとめられた。……落ち着いてさえいれば『アトリエ(その場)』でなんて考えは浮かばず、浮かんでもすぐに消えるものなのだ。

 

 

「それじゃあ、改めて――――やってみよーぅ!」

 

 

 改めて気合十分な掛け声を上げたロロナ。ソレに続いてトトリも外出と実験の準備を始めだした。

 

 マイスを連れ戻すための計画は、一歩一歩着実に進んでいた…………。 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***ネーベル湖畔***

 

 

 『アーランドの街』から東へ行った先にある、遺跡の沈んだ湖『ネーベル湖』。

 その湖のそばの陸地で、辺りを見渡しながらステルクは口を開いた。

 

「情報通りならば、このあたりで例の『新種のモンスター』の目撃情報があったそうだが……しかし……」

 

 言葉を止め、こめかみをピクつかせながら大きく息を吐き……そののちにステルクは目の前の人物を睨みつけた。

 

 

 

「何故、彼方がここにいる!!」

 

 

 その怒りが露わとなっている視線と言葉が向けられた相手――元国王、現首長である()()が、肩をすくめながらステルクと対面している。が、当のジオはどこ吹く風だ。

 

「何故とは、言うまででも無いだろう? 今回の一件はアーランドという国にとって十分に一大事と言える事態だからな。私が尽力しない理由などありはしない。それにだな、マイス()のためにも、そして彼のために頑張っている者たちのためも、個人的に私も手を貸したいと思っただけのことだ」

 

「んんっ、それはわかりますが、しかし……。はぁ……その熱意を普段の業務にも向けて貰えるのであれば、どれほど良いことか……」

 

 普段の苦労や、個人的な恨みつらみもあるのだろう。ステルクは途中からぼやくように不満を漏らす。

 それに釣られるように、ジオのほうもため息混じりに愚痴を漏らし始める。

 

「私としても、この状況には不満があるのだがな。よりにもよって、合流するのが()()()()()だとは……クーデリア嬢(彼女)の采配なのだから、無意味なことではなく、何かしらの意図はあるのだろうが……いささか落ち着かんな」

 

「きっと、被害報告が多いとかそういう理由だと思いますよ。最近まで街を離れてましたから、ここ最近の情報までは流石に耳に入ってませんので、私は詳しくは知りませんけど……にしたって、過剰戦力な気がするんですけどねぇ?」

 

 ジオの言葉にそう言い補足しながらも結局は愚痴っぽくなってしまっているのは、立場上なにかとジオと関わりがある元受付嬢・エスティ。彼女も、このマイス救出の計画に協力をしているらしい。

 

 

 こうして、『王国時代』から何かと縁が深い三人がこの『ネーベル湖畔』で合流したのだが……問題はここからどうするか。

 そんな中、真っ先に意見を述べはじめたのはステルクだった。

 

「まず『新種のモンスター』が今でもここにいるかは確証はありません。とにかく、まずは当初の目的である『属性結晶』を得るために『ゲート』を探すべきでしょう。そうすれば、いるのであれば『新種のモンスター』にも必然的に出くわすはず」

 

「あいわかった。採取地も決して狭いわけじゃない、ここは手分けをして探した方がいいだろう。二人はそれぞれアチラとアチラへ、私はあっちへと――」

 

「逃げる気じゃないでしょうね……?」

 

 ジオが喋っている最中に、ステルクはその鋭い目つきをさらに鋭くして割り込んだ。

 そんなステルクの言動に少なからず「ムッ」とするところがあったのだろう。眉をひそめながら、改めて話始めた。

 

「……ステルク。いくらなんでも邪険にし過ぎじゃあないかね? 流石の私とて、このような状況下で場をかき乱すような行為はしないぞ」

 

「「流石の私とて」などと……! つまりは、普段はかき乱していることを自覚なされているんですね!?」

 

「ええいっ! 何故いちいちそんなところに噛みついてくるんだ! そもそもキミはだな――――!」

 

「いいや! こちらも言わせてもらうが、彼方という人は――――!」

 

 ついに始まってしまった元国王と元騎士による口喧嘩。

 その様子を見て頭を抱えるのは、当然、残された元受付嬢である。

 

「戦力の偏りの前に、この二人を一緒にしちゃダメでしょ。……せめて、その間に私を放り込まないで欲しいわ……」

 

 「剣抜かなきゃいいけど……」と口喧嘩だけでなく、本当の意味で喧嘩をしだすことを懸念しだすエスティ。

 だが――

 

 

 

 

「――跳べ!!」

 

「ッ!?」

 

 ――不意のジオの指示に、ジオ自身だけでなくステルクと……ついでに、二人から少し離れていたエスティもその場から跳び退いた。

 

 ほんの一瞬の後。

 三人のいた場所を一直線に巻き込むようにして、赤みがかったピンク色の()()が伸びた。

 

 木の幹ほどの太さは優に超えていそうなソレは、誰もいなくなった空間を通り過ぎてから一瞬で伸びてきた方向へと引っ込んでいく。ジオとステルクがその方向へと目を向けた時には、そこには何もなく、自分たちが歩いてきた道とその脇で静かにきらめく穏やかな湖面がみえるだけ。

 

 

「何、今の……おっきなトカゲ? いや、でも何かが……」

 

 唯一、立ち位置の違いから一番相手(てき)を目視出来ていたエスティがそう呟く。

 しかし、その正体を目にしても確信も持ち切れていないようで、ついには小さくだが首をかしげる。

 

「だが、いったい何処へ……? まさか姿を消すモンスターなのか?」

 

「いや。姿が見えないだけでなく、気配もココに在るようで無い。なるほど、これは一癖も二癖もありそうな――――ぬっ!」

 

 ジオが再びその場から跳び退くと、先程までいた場所に空気を引きさく「バチバチ」という音を立てる()()がちょうど炸裂した瞬間だった。

 

 ことごとく攻撃を避けたジオたちに、ついにその『新種のモンスター』が姿を現した。

 

「ほぅ。これはこれは、随分と面白い見た目をしているな」

 

 ジオがそう漏らすのも仕方がないだろう。目の前に現れたのは、先程エスティが言っていた「トカゲ」という表現が当たらずも遠からずと言える四足で地面を這うようなフォルムであった。

 ()()()、その大きさが家ほどもありそうなことや、四肢の指の間に水かきらしきものがあること、長い尾先まで続いている背びれ、そして嫌というほど目に付くそのモンスターの首周りから伸びる節とそこから生える肉色無数のエラ(びらびら)……それらが、『トカゲ』とは大きく異なる点だろう。

 

 その外見を見て、顔をわずかにだが確かにしかめたのはエスティだった。文字で表すなら「うげぇ」といった様子だ。

 

「面白いっていうより、むしろ鳥肌が立っちゃいそうなくらい気持ち悪いんですけど」

 

 彼女の言葉にも頷ける点はある。

 ギョロリと見開かれたまん丸い目、パックリと裂けるように頭の端から端まで開いている大人も簡単に丸呑みしてしまいそうな口、そこから覗く血管が薄っすら見えるピンク色の生々しい舌……爬虫類好きならむしろ好ましい特徴もあるかもしれないが、エスティのように少なからず嫌悪感を抱いても仕方のないだろう。

 

「こんな時に無駄話を……来るぞ!」

 

 ステルクが呆れ気味に呟いている最中に目の前の『新種のモンスター』が動きを見せ、三人は戦闘態勢に入る。

 

 

 『新種のモンスター』の、獣とも違う独特な泣き声を合図に、湖畔での戦いの火蓋は切って落とされた……

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***シュタイン丘陵(きゅうりょう)***

 

 『アーランドの街』から南にある『アランヤ村』。その『アランヤ村』から西へ西へと向かった先に在る、遺跡が残された丘陵地帯『シュタイン丘陵』。

 そこでは男女三人が並んで道を歩いて……いたりはせず、主に男二人がアッチコッチヘウロチョロしていて、その進行ペースはお世辞にも早いとは言えなかった。

 

 トトリやその周りとも……ついでに、仲は良好とは言えないが行方不明になったマイスとも何かと縁のある自称『天災科学者』マーク・マクブライン。通称(トトリ曰く)マークさん。

 そんな彼は、辺りに点在する石造りの遺跡を見てまわり、そのモジャモジャの髪をかき上げながら一人呟いていた

 

「このあたりの遺跡は随分と風化が……機械関係というより生活や宗教に関わりがありそうな遺跡だし、仕方ないか。それに、ソッチ方面は僕としてはそこまで重要視はしてないんだけどもね……そもそもわかんないし」

 

「はいはい。わかったから、あちこち見てまわらないでちゃんとついてきなさいよー」

 

 トトリの先輩冒険者である『アランヤ村』出身のメルヴィアが、ため息混じりにウロウロするマークにそう言いながら道を進んで行く。

 そんなメルヴィアに、今度はトトリの幼馴染で共に冒険者となったジーノがアッチコッチヘ行って辺りを見渡しながら、声をかけた。

 

「なーなー、本当にこのあたりなのか?」

 

「らしいわよ。別々の冒険者から複数回の報告があったらしいし、被害者もいるっていうんだから間違い無いでしょ」

 

「んー、けどなぁ~?」

 

 メルヴィアの返答を聞いても納得しきれなかったのだろうジーノは、ムスーッと口をとがらせてしまう。

 

 

「そんな眉間にシワ寄せて、何か気になることでもあるのかい?」

 

「どーかしたっつーかさぁ……なんかしっくりこなくってさ。「これまでなかった遺跡がいきなりあらわれた」とか「朝霧の中、聞いたことも無い唸り声と巨大な砦の影が……」とかいう報告だったんだろ? 本当に『新種のモンスター』だったのかよ?」

 

「「建物に襲われた」なんて話もあるそうだ。まあ、確かに酔っ払いの妄言か何かだったほうが納得できるね」

 

 「なんだかなー」と呟くジーノに、マークを頷く。

 ……まあ確かに、『冒険者ギルド』から伝書鳩で届いた指令書に書かれていた「『新種のモンスター』を探すための情報」は場所だけでなく、特定するために使えるだろう被害報告の内容もあったのだが……彼らが言うように、とてもじゃないが信用しがたいものではある。

 

 しかし――

 

「――けど、それっぽいのは見えてきたわよ」

 

 そう言ったのは、他の二人のようにあちこちに行ったりせずに、ずっと一定のペースで道を歩いていたメルヴィア。いつの間にか、彼女だけちょうど丘を一つ越えるくらいには先行する形になっていたのだ。――そして、その丘の先に何かが見えたんだろう。

 

「ほんとうか!?」

「ほう……ん?」

 

 追いかけるようにして駆け出したジーノとマーク(ふたり)が目にしたのは、周囲の遺跡とは一つ一つの石の色や大きさ、そして一つの塊として見た時の大きさも大きく異なった建造物。

 

 まず、ゴツイ石造りの壁があり、その中央に天へと伸びる円柱状の塔らしきものが一つ……その上部は物見櫓のような人が立てるスペースがありそうな構想をしている。その左右にそれぞれ中央の塔より一段低く、少しばかり細い塔らしきものが。

 つまりは一枚の厚い壁の両端と中央に塔らしきものがキレイに並んで居るのだ。

 

 

「砦……塔? 壁? ていうか、微妙に両端の柱は浮いてね?」

 

「ホント、見たことのない造りをしてるわね……それに、金属部品で強化されてるっぽいにしても、このあたりの遺跡にしてはなんだか欠けたり削れたりしてなさ過ぎな気も――――」

 

 この『シュタイン丘陵』では……もっと言えば、『アーランド』では見かけない造りの建造物を前にして驚きを隠せない様子だ。

 

 だが、手を伸ばせば届くくらいの距離までメルヴィアが建造物に近づいたその時……何かが擦れるような重い音と共に、大地が、そして建造物が揺れ始めた――――

 

 

 

 ――――いや、違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「なにこれ、動いて……!!」

 

「なんだなんだー!?」

 

 目を見開いて驚愕するメルヴィアと、いきなりの事に状況が上手く掴めないまま目を白黒させるジーノ。

 そしてマークは……

 

 

「す、すっ……すばらしぃいーっ!!」

 

 

 何故か、感激していた。

 

 

「ちょっ、いきなりどうしたのよ!?」

 

「どうしたもこうしたも、わからないかい!? 『ゴーレム』だよ『ゴーレム』!」

 

 そう言われて、反射的に建造物のほうに目を向けるメルヴィア。すると、偶然か何か、中央の塔の上部だと思っていた部分が轟音を響かせながらグリンッと回転、そうして見えた、これまで見えていなかった部分には、ボワァと淡く発光する『ゴーレム』の目らしきモノが見えた。

 

 確かに、マークの言ったように目の前の建造物……もとい、建造物らしきものは『ゴーレム』のようだ。

 だが、しかし……

 

「ゴーレムって、あの!? デカすぎじゃない!」

 

「確かに大きい。本当に建造物と見紛うほどだよ。これまでに見たことのある『ゴーレム』の中でも一位二位を争うくらいかもしれないねぇ……! なによりっ!! そのシルエット、デザインだ! アーランドで見かけるのとは大きく異なっていて、無骨ながらもシンプルなデザイン、左右対称的で整った――――」

 

「長いわよ!?」

 

 ツッコミを入れつつ、武器である斧を構えるメルヴィア。ジーノはそれより一足先に剣を抜いていた。

 

 

 

 

「これは想定外だけど嬉しい利益だ! 是非(ぜひ)とも鹵獲(ろかく)して持ち帰ろうじゃないか!!」

 

「んなことできないわよ!」

 

「ぶっ倒すから無理!!」

 

 マークの無茶な要請に、それぞれ別の返答を返して……その巨大な『ゴーレム』との戦闘は始まるのだった……。

 

 

 

 

 

―――――――――

 

***街道のはずれ***

 

 

 

「先生……」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこには『ゲート』とそれを反転させる道具の実験を行う為にトトリたちが来ていたのだが……

 

 

()()()()()……()()…………!?」

 

 そう言うトトリの視線の先に()()のは――――――()()()()()()()()()()()

 

 

 蠢く(もや)から見え隠れするのは(かみ)(ひげ)を長々と伸ばし、所々に装飾が施された服と、それに似たようなデザインの外装を纏った()()()

 

 

 

『e…………l……a』

 

 

 

 ヒトに似た黒き存在。

 

 そうとだけ言えば『塔の悪魔』に似ている――――――が、違う。何かが違う。それをトトリは肌で感じでいた。

 『塔の悪魔』のような掴み所の無いが確かに突き刺さってくる殺意――ではない。まるで、どこまでも纏わりついて来そうなほどネットリとした視線と悪意。

 

 

 

『G……Giiiiiiー!!』

 

 

 

 その悪意が、トトリたちに襲いかかってきた――――

 




※本編中で触れられるかわからない部分の補足

★ウーパードラゴン
 名前の通り、ウーパールーパーみたいなドラゴン。
 神出鬼没な移動、舌を伸ばしたり雷球を放ったり、その他諸々のトリッキーさのある行動・攻撃があり、シリーズによって差はあれどアースマイトを翻弄するボスモンスター。
 だが、今回は相手が悪い気がする。

★Gゴーレム
 ルーンファクトリーシリーズで登場する『ゴーレム』、言うほど建物ではない。
 シリーズによっては『ゴーレム』自体がボスモンスターだったりするが、その大きな体から繰り出される「ロケットパンチ」は圧巻の一言。
 無機物なのか、生物なのかわかり辛い気もするが、ひとくくりで「モンスター」なんだろう。 

★??????
 ネタバレの宝庫のおじいちゃん。
 アースマイトに邪魔をされ、アースマイトを恨み、そして「アースマイトォ!」と憧れている(?)、そんなどこかの誰かさんのなれの果て。
 ……のはずなのだが、何かがおかしい。
 いや、元からおかしいけども。

☆あくなさん
 出番がすっ飛んでいったひと。
 何が悪いって、追い詰めた時の最後の攻撃がどう考えても辺り一帯が大変なことになる。
 


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『終わりのもの』①

 いろいろと大変申し訳ありません。行動で示そう。

 開幕、ネタバレサブタイトル。そして、アクナからおじいちゃん変わってから改変が重ねられて、徐々に徐々に難易度というか表現や展開にトゲが無くなっていって、結果「超マイルド」になりました。

 もう、世の中嫌なことだらけだなーっていう話……はおいといて、投稿直前の最終改変に至るまでに紆余曲折あったという話です。簡潔に言うと、今回のギャグシーンの大半が元々はFull-Bokko(される)シーンだったという事をお伝えしときます。それじゃあ、色々と持ちませんでした。
 あとは、人気投票とか、発売日が12/13日に決まった『ネルケと伝説の錬金術師たち』のこととか、発売まであと2日の『アーランドの錬金術士1・2・3 DX』のこととか……前にもこんな風に色々書いて、結局何にも惚れられなかった気がしますが、何はともあれ連日投稿です。たたみかけろ、クライマックス。


 今回はトトリ視点でのお話となっております。


 

 

 

***街道のはずれ***

 

 

 

 

()()()()()……()()…………!?」

 

 

 私の視線の先に()()のは――――――()()()()()()()()()()()

 (もや)の奥に見え隠れするのは、人に見えなくはないけど……でも、どこか違う存在。そのナニカは――

 

 

『e…………l……a』

 

 

 何か言ってるような気がするけど、ギリギリ聞こえない程度の声の大きさで呟いてて、一生懸命耳を澄ませて聞こうとしても聞き取れない。

 モヤモヤの切れ間から見え隠れするその眼は、私たちを睨みつけている気もするけど、焦点の定まってなくて深く沈んだ闇の穴のようでもあった。

 

 

 

 ……そもそも、なんで私たちとナニカ(こんなもの)街と村の間の街道脇(こんなところ)にいるのか。それには理由があって……。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 「『ゲート』を発生させるアイテム」と「反転させるアイテム」。両方を調合し終えた私たちは、その二つのアイテムを今手元にある『属性結晶(ルーン)』を元にして実際に使ってみる実験をすることにした。

 それは、先生とホムちゃんと一緒に考えた理論を、「可能だ」と太鼓判を押した先生のそのまた先生であるアストリッドさんでさえもたどり着けなかった――と言うよりは、飽きて途中で投げ出してしまっていたらしい――その先の話。元々、偶然が絡むほど調整が難しいとされる「『ゲート』を発生させるアイテム」にもう一つ付け加えるんだから、より一層、慎重で繊細な調整が求められてるってことは私にもすぐにわかった。

 

 そして、仮にも「モンスターを発生させるモノ」として()()()()()()()『ゲート』。そんなものをアトリエで……街の中で発生させる実験をするのは危険であるというホムちゃんからの至極真っ当な指摘で、私たちは実験を街の外で行うことにした。

 というわけで、手ごろな場所に移動した私たちは手分けをして準備を始めてた……。

 

 

 

「「「「ちっむ、ちっむ」」」」

 

 人手が多いことに越したことは無い。なので、せっかくだからと『ロロナのアトリエ』にいたちむちゃんたちにも手伝ってもらうことに。

 ちむちゃんたちには、私が調合した「『ゲート』を発生させる装置(アイテム)」――直径約30cmほどの円形の台座のようなもの――の、脇に取り付けられている投入口にゲート発生の動力となる『ルーン』が結晶化した『属性結晶』を次々と投入してもらってる。『マイスの家』とそのそばにある『倉庫』の中からかき集められ、大袋に一纏めにされていた『属性結晶(ソレ)』をちむちゃんたちはバケツリレーの要領で掛け声でタイミングを合わせながらスムーズに、そして着実に装置の中に入れていっている。

 ……私とかがドバーッと流し込むように入れればいいような気もしなくはないけど、投入口が『属性結晶』より少し大きいくらいで、結果、効率はさほど変わらないので、私が他の事をして置かなきゃいけないから、このままやってもらっていたほうがいいんだと思う。

 

 

「ここがこうだから、こっちは……こう。あとはー……実際に使()ってみないとわかんないかな?」

 

 そんな私はと言えば、ちむちゃんたちのほど近くで、装置の調整と最終確認を(おこな)っている。

 理論上は何とかなりそうではあるけれど、やはり初めての試みということもあって手探りな部分も多い。だから最善を尽くしたつもりでも、わからないことなんて山ほどある。そこから感じてしまう不安を少しでも拭う為に、最後の最後まで確認を怠らずにやってたい。

 

 ……うーん。でも、ココは本当にこんな感じでいいのかなぁ?

 

 

トトリ(彼女)が『ゲート』を発生させたら」

 

「すぐに「反転」! でも、人を巻き込んだりしないように注意!」

 

「「反転」する時、してる時は」

 

「むやみに近づかない! 吸い込まれそうになったりしたら、『トラベルゲート』とかで即座に退却!」

 

「上手く反転できたら」

 

「モンスター以外がちゃんと通れるか、まずは物を入れてみる! 人は危ないかもだから入らない!」

 

「モンスターの出現など、不測の事態・失敗に直面した場合は」

 

「安全第一! 一旦距離を取って冷静に対処。最悪の場合は装置ごと爆破! 万事解決!」

 

 少し離れた所から聞こえてくる淡々とした声と、勢い良くハキハキした声とが、一つ一つ今後(実験)のことについて確認を取っている。それはもちろん、ホムちゃんと先生だ。

 

「マスター……本当に、こんな調子(ノリ)で大丈夫ですか?」

 

「こんな!? そんなことないよ、大丈夫だよ…………たぶん」

 

「忘れてはいないと思いますが、今回の実験にはおにいちゃんを助けられるかどうかがかかっています。真面目にやってください」

 

「ご、ごめんなさい……緊張し過ぎて肩に力が入っちゃってる気がしたから、ちょっと気を抜かそうとしただけなんだけど……」

 

 ……ちょっと、状況はよくわからないけど、先生がホムちゃんに叱られてるっぽい。

 

 緊張で張りつめた中、難しい調合を続け、ようやくアイテムが完成して……それで先生、変に気が抜けちゃってたり?

 本番はまだまだこれからなんだから、先生にはしっかりしてほしいんだけどなぁ……?

 

 

 

 

 

「ちーむー?」

「ちちむ」

 

「? どうかしたの?」

 

 最終調整をしている最中に、呼び声(?)と共にチョンチョンと裾をひっばられた。促されるままソッチに目を向けてみたら、空っぽになった大袋をかかげるちむちゃんたちが。つまりは用意していた『属性結晶』を全部入れきったらしい。

 私は、ちむちゃんたちに微笑みながら小さく頷く。

 

「終わったんだね、ありがと。私の方ももう少しで出来そうだから、先生たちを呼んできてくれる?」

 

「ちむむ!」

「ちむっ!」

 

 「了解!」とでもいった様子で元気の良い返事をした後、(そろ)って少し離れた所にいるロロナとホムちゃんのもとへと駆け出して行ったちむちゃんたち。

 そんなちむちゃんたちの姿を少しだけ目で追ってから、私は再び最終調整とその確認の作業の続きをする。

 

 あともうちょっと。実験をする前ギリギリまで私に出来ることしっかりやらないと……!

 

 

 

 ほどなくして、先生とホムちゃんを連れてちむちゃんたちが戻ってきた。

 

「あっ先生、準備できまし……た……よ?」

 

「ごめんねー、そっちのこと全部任せちゃって。それで……どう? ちゃんと動きそう?」

 

「……え、は、はい。初めてだから何とも言えない所もありますけど、たぶん大丈夫かと……。それでーそのー……?」

 

 先生の言葉にしどろもどろしそうになりながらもなんとか答えたんだけど、私がついつい目をやってしまってたのは先生――正確には先生の顔……もっと言うならその両頬――だった。なんでかしらないけど赤くなっている。

 その視線に気づいた……とはいっても、何故見られているのかまでは察せて(わかって)ない先生が「はて?」と首をかしげながら私にに問いかけてきた。

 

「あれ? どーかした?」

 

「えっと、どうかしたっていうか……こっちがどうしたんですかっていうか……?」

 

「気にしないでください。気合を入れなおすために自分で叩いて、その際に力加減を誤っただけですから」

 

 先生に真っ赤になってる(ほっぺ)のことをどう聞けばいいのか困ってた私に助け舟を出したのはホムちゃん。そのホムちゃんから経緯を聞いた私は「ええっ」と少し呆れちゃったけど「まぁ、先生だし……」とどこか納得もしちゃってた。

 

 

「えーっと、先生の方も準備は出来てるんですよね?」

 

「うん、出来てるよ! 爆弾と回復アイテムもバッチリ!」

 

 「ほら!」と、手元のカゴの口を開けて中を見せてくる先生。その中身はゴチャゴチャしてて……というか、いくらなんでも多過ぎな気が……今回のことのために一体、冒険何日分の用意をしてきてるんだろう?

 

「それって……街の外に出たのは「もしもの時」のためですけど、いくらなんでも厳重過ぎじゃあ……」

 

「マスター。いざという時のための備えというのは大切ですが、失敗を前提に行動するというのも考えものかと」

 

「わ、わかってるよ!? 『ゲート』を発生させられたらすぐに「反転」させちゃえば、モンスターは出てこない! だから、そこをしっかりしさえすれば大丈夫……うん、できる!」

 

 そう言ってギュっと握りこぶしを作るロロナ先生。

 ……なんだろう。余計に不安になった気がする……。

 

 

 

 

 

「とっ、とにかく! 準備もできたんだし、さっそく実験を始めちゃおう!」

 

「そうですね…………ちょっと心配ですけど」

 

「気にしてはいけません。何か言って図星でも着いてしまっては、マスターが()ねてちまって余計な手間がかかりますから」

 

 言ってることはわかるし、納得もできちゃうんだけど……でも、それはそれでどうなんだろう……?

 というか、時々、ホムちゃんがロロナ先生のことをどう思ってるのかがわからなくなっちゃう。ロロナ先生はほむちゃんのことを「お手伝いしてくれる妹みたいな子!」って言ってたけど……。

 

 そんなちょっとした疑問を抱きつつも、でも結局は先生とホムちゃん(本人たち)の問題だということで一体意識の端っこへと追いやり、自分が今やるべきことへと集中する。

 

 

 「『ゲート』を発生させるアイテム(装置)」へ向かって向き直ってから、一旦大きく息を吸って……吐いて。気持ちを落ち着かせたところで、先生たちに確認を取る。

 

「それじゃあ、『ゲート』を発生させますよ?」

 

 振り返りつつ声をかけると、「反転させるアイテム」を手に持ったロロナ先生が――

先生の隣に佇むホムちゃんと足元で整列しているちむちゃんたちが頷いた。

 

「うん!」

 

「いつでもどうぞ」

 

「「「「ちむっ!」」」」

 

 ……やれることは全部やったはず。あとは落ち着いて、実際に使用し(やっ)てみるだけ……!

 

 

 

「いきます! ……開け、『ゲート』!」

 

 

 

シュゴゴーン!

 

 凄い音を立てて台座の上で発生した渦巻く光……『ゲート』。

 

 うん、見た感じ問題は無さそう……かな?

 でも、なんだか「シュオンシュオン」って音が『ゲート』から聞こえ続けてるのが気になるけど……採取地とかで見かけるヤツではそんなに落して無かったと思うんだけどなぁ……

 

 ちょっとひっかかるけど、先生の方は見た感じいつも通りで首をかしげたりはしてないし……私が気にし過ぎてるのかな。

 

 

「すかさず「反転」! ええーいっ! ひっくりかえれー!!」

 

 

 そんな掛け声と共にロロナ先生が持つ道具(アイテム)から一筋の光が発射された。その光は一直線に『ゲート』へと向かっていって――ぶつかる。

 すると、『ゲート』は何度か色を変えながら(またた)き、その後に発生した時と似たような音を再び立て、先程までとは逆回転に渦巻きだした。

 

 ……こころなしか周りの空気が『ゲート』へと向かっているような気もするから、きっと『ゲート』の「反転」に成功した……んじゃないかな?

 

 「どうなんだろう?」ってちょっと思いながらも、確認するために隣に立ってる先生の方を見てみた。そしたら、コッチに顔を向けた先生と目があった。……どうやら、先生もちょうどコッチを見てきたみたい。

 その先生はといえば、私が何か言うよりも早くニッコリと笑いながら頷いてきた。ということは、きっと先生からしてみても上手く「反転」できたように感じたんだろう。

 

「やったね、トトリちゃん!」

 

「はいっ、先生!」

 

 

 

 

 

 

「達成感に浸るのは結構ですが、まだ実験の最中です。早く次の工程に移ってください」

「「「「ちむ~」」」」

 

 不意に向けられた声に、私と先生は「あっ」って揃って声を漏らしてしまう。

 声のした方を見てみれば、ジットリとした目を向けてくるホムちゃんとちむちゃんたちが……!

 

「「ご、ごめんなさい」」

 

 揃って謝る先生と私。

 私たちに、ホムちゃんはゆっくりと首を振って「いいんです」って言って――

 

 

 

「今回は「成功した」とは言い難いようですから、つい先程の数秒の浪費(ロス)もあまり意味は無いでしょうし」

 

 そんな事を言うホムちゃんに私と先生は「どういうことだろう?」って顔を見合わせる。『ゲート』は発生させられたし、「反転」もうまくいってたし……?

 

 と、コッチから何か言うよりも先に、ホムちゃんは私たちじゃなくって『ゲート』のほうを向いて……釣られるように私たちもソッチを――――って、あれ?

 

 

「あれっ!? ち、小さくなってってる!?」

 

 そう、先生が言ったように、反転した『ゲート』が徐々に……けど、確実に収縮して(ちいさくなって)いってた!

 

 どうして……!? 確かに、上手くいってたはずなのに!

 

 ……! ううん、緊急事態(こういう時)こそ冷静にならないと……!

 そもそも、今回はあくまで上手くいくかどうかの実験だったわけで、何か不具合や想定外の事態が起きたとしても、それらを記録しちゃんと調べて原因追究をするべきなんだ。それが本番への布石になるんだから!

 考えられるのは、実は「反転」が上手くいってなかったとか、『ゲート』を構成している『ルーン』の補充量が足りていなかったとか……なんにせよ、今の状態を調べるなり記録するなり、何かしらしていかないと!

 

「先生っ!」

 

「うん!」

 

 私の呼びかけに先生は間髪入れずに応え――――その手をカゴへと突っ込んだ。

 

 

 んん?

 

 

 ……これまでの経験から、この時点でなーんとなく嫌な予感がした。

 ううん、カゴの中から何か調査や記録に使えそうな道具(アイテム)を出すのかもしれないし、ただ単純に紙とペンとかを出そうとしてるのかもしれないから、そんなにおかしいことじゃ……

 

 

――モンスターの出現など、不測の事態・失敗に直面した場合は

 

――安全第一! 一旦距離を取って冷静に対処。最悪の場合は装置ごと爆破! 万事解決!

 

 

 ふと、実験開始前にホムちゃんと先生とがしていた会話を思い出した。

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ……あっ!

 

 

「せっ先生っ! ちょ――――」

 

「てりゃーっ!!」

 

 失敗だったかもしれないし、不測の事態ではあっただろうけどっ! 最悪の事態っていほうどじゃ……! というか、もっとやれることとかあると思うんですけどー!!??

 

 そんな私の想いは虚しくも届かず、止めるよりも早く、先生はカゴから取り出したモノを反転した『ゲート』へ向かって投げつける……!

 ああっ……。これじゃあ、もしかすると「『ゲート』発生装置」ごと爆破されちゃって一から作り直し――――

 

 

 

シュオーンシュオーンッ!

 

 

 

「えっ?」

 

 聞こえてきたのは、爆発音じゃなくって変な音。

 不思議に思って辺りを見回してみるけど、変わった様子は何処にもなくって……あえて言うなら、反転した『ゲート』が相変わらず収縮していってることくらい。いつの間にか、人の頭ほどの大きさまで小さくなってしまっていた。

 

 というか、一体何がどうなって……?

 

 

「おー……上手くいったねー」

 

 ドンドン小さくなってついには拳大くらいにまでになってしまっている『ゲート』を見ながら、隣にいるロロナ先生はそんなことを言ってる。

 けど、なにがどう「上手くいった」んだろう?

 

「むこうからこっちに来るのはモンスターだけらしいけど、モンスター以外も通れるみたい。 けどまあ、マイス君が通ったのもコレと似たやつみたいだしきっと私たちでも大丈夫だよね?」

 

 そこまで聞いて、私の頭の中に少し前に先生が言ってたことが浮かんできた……

 

 

――モンスター以外がちゃんと通れるか、まずは物を入れてみる! 人は危ないかもだから入らない!

 

 

 私は「ああ、そっち」と納得して、自分のはやとちりを恥ずかしく思いつつ、『ゲート』の様子がおかしいとわかったとたん物を投げ入れた先生の良いのか悪いのか判断し辛い即決力に驚きつつ……「そういえば」とあることが気になってしまった。

 

 「ああー、もう消えちゃいそう」って少し寂しそうに言いながら、豆粒ほどになった『ゲート』を見ている先生に、その疑問を投げかけてみることにした。

 

 

「あの、ロロナ先生」

 

「ん、なあに?」

 

「よく見えなかったんですけど……『ゲート』に何を投げ入れたんですか?」

 

 そう。反転させた『ゲート』が収縮していっているのがわかった時、先生はカゴから何かを取り出して投げつけた。

 てっきり『ゲート』を破壊するために投げたんだと思ってた私は、爆弾系の何かを投げたものだとばかり思っててちゃんと確認してなかったんだけど……結局は何を投げ入れたんだろう?

 

 って、あれ?

 どうしたんだろう? 先生と目があわない……というか、先生の目が泳いでいるような……?

 

「わ……」

 

「わ?」

 

 

 

「……わかんない」

 

 

 

「えっ」

 

 わかんない……ワカンナイ…………「わからない」?

 

「ええっとねっ! 小っちゃくなってくの見てね、早く何か入れてみないとーって思って急いでカゴから何か出そうとして……それでー……その」

 

「つまり、マスターはソレが何なのかを確認しないまま投げちゃったんですね」

 

 私も大体察せたあたりで、ホムちゃんがズバッと言った。

 「うぐっ!?」と言葉を詰まらせる先生に、私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。……ま、まあ、先生らしいって言えばらしくって、なんだか変な安心感はあるんだけど。

 

「堅かったような……柔らかかったような……? あとは、あとはっええっと……?」

 

「と、とりあえず、カゴの中身を確認して何が無くなってるか調べてみましょう?」

 

「……うん」

 

 先生は少し申し訳なさそうにしながらカゴのふたを開けて「ええっと……」と漏らしながら、その中をガサゴソと漁りだした。

 

 その様子からして、とっさのこととはいえ何か確認もしないで投げ込んでしまったことに負い目を感じちゃってるのかな? 私からしてみたら、物を投げた事に驚きはしたけど、駆け足ではあっても実験が出来たんだから結果オーライだと思うんだけどなぁ?

 

 

 

ピシッ ミシミシッ……

 

 

 

 音が聞こえた。

 「しょうがないなぁ」なんて思いながら、先生を見ていた私の耳に入ってきたのは、何かが軋みヒビが入るかのような音。

 

 反射的に音のした方へ目を向けたんだけど……そこに見えたのは、反転した『ゲート』が完全に消えてしまった台座――()()()()()()()()()()()

 ううん、「浮かんでいる」というよりは、まるで空中の空間そのもの(そこ)に直接ヒビが入っているような非現実的な光景に見え……。

 

 

パキッ パリンッ! カシャンッ!! ドヂューン!

 

 

 ひび割れが音と共に弾け、それに伴って出来た『穴』から「黒い風」とでも言うべき何かが吹き出してきた。そう、さっきまでの反転した『ゲート』とは逆の流れ……アッチからコッチへと何かが流れ出してきたのだ。

 

「きゃっ!?」

 

「トトリちゃ……わわぁっ!?」

 

「…………っ!!」

 

「「「「ちむ~!?」」」」

 

 私も、先生も、ホムちゃんも、ちむちゃんたちも、その吹き荒れる「黒い風」に飲み込まれて押されてしまい、必死に踏ん張ったり、尻餅をついちゃったり……体の小さいちむちゃんたちは何処かへ飛ばされてしまったり。

 

 

 

 一分にもならない、きっとほんの十数秒くらいだったと思う。

 吹き荒れてた「黒い風」の勢いが徐々に弱まり……ひび割れのあったほうへと集まっていく。

 

 ()()()()()

 

 勢いが弱まりだしたくらいで見えてきてたんだけど、「『ゲート』発生装置」の台座があったあたり――「黒い風」のせいで台座は私たちからちょっと離れたところまで飛ばされちゃってるから、「あった場所(過去形)」なんだけど――そこにナニカがいた。

 

『…………』

 

 いつの間にかそこにいたナニカ。

 状況からして、『ゲート』あった場所に発生したヒビ割れ……そこから現れたんだとは思うけど…………。

 

 「黒い風」が吹き止んだ『街道のはずれ』。体勢を立て直した私たちの前に、そのナニカは立ちはだかった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 

「先生……()()()()()……()()…………!?」

 

 そして今。

 私の視線の先に()()のは――――――()()()()()()()()()()()

 

 

 蠢く(もや)から見え隠れするのは(かみ)(ひげ)を長々と伸ばし、所々に装飾が施された服と、それに似たようなデザインの外装を纏った()()()

 

 

 

『e…………l……a』

 

 

 

 ヒトに似た黒き存在。

 

 そうとだけ言えば『塔の悪魔』に似ている気もするけど……違う。何かが違う。そんな気がしてた。

 『塔の悪魔』のような掴み所の無いが確かに突き刺さってくる殺意――ではない。まるで、どこまでも纏わりついて来そうなほどネットリとした視線と悪意。

 

 

 よくわからないけど、もの凄く怒ってる……のかな?

 

 例えば、採取地で遭遇するモンスターの中には「ナワバリに侵入された!!」って感じに怒り心頭な様子のモンスターもいたりする。だから、「怒っているモンスター」ってだけなら、そんなに驚くことでも恐れることでもないんだけど……何かが根本的に違うような気がしてならない。

 それに……

 

「気のせいじゃなかったら、私のこと凄く睨んできてるような……」

 

 隣にいるロロナ先生でなく、そのまた隣あたりにいるホムちゃんでもなく、私のほうをジッと見てきている(睨みつけてる)気がする。

 というか、さっきから目があってて背中のあたりを中心にゾクゾクとした悪寒を感じてる。

 

 でも、なんで私? 身に覚えなんてないよ……?

 

 

「ちむっ、ちーむ!」

 

「ひゃっ!? って、なんだちむまるだゆうくんかぁ……驚かさないでよぉ」

 

 さっきの「黒い風」で吹き飛ばされてしまってたちむまるだゆうくんが、いつの間にか私の足元まで来てて、チョンチョンとつついてきてた。周りを見てみると他のちむちゃんたちもトテトテと駆け足で戻って来てるのがわかった。

 

 視線の先のナニカに気を取られちゃってた私はちょっとびっくりしちゃったんだけど……ん? ちむまるだゆうくんが何かを腕で示して(ゆびさして)る。指し示してる先には例の黒い靄につつまれたナニカ。知らないうちに現れたアレに驚いてるのかな?……けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ちむむっ!」

 

「ん?」

 

 よく見てみたら、指し示してるのはナニカの上のほう……人で言うところの「頭部」のあたり……()()

 

 顔っぽい所とか、長い髪の毛とか、髪の毛と一体化してるようにも見える立派なお(ヒゲ)とかが黒い靄の間から見え隠れしてるんだけど……()()()()()()()()()()()()()()()

 なんて言うか、こう、服とか装飾でもない限り人なんかにはない艶やかな赤紫色。そんな色が頭部の三割くらいを占めてるように見える。いやまあ、『ゲート』の向こう側……『はじまりの森』から出てきたってことで、あのナニカがモンスターだろうって考えたら「そういうモンスターなんだろう」って納得できはする。

 

 でも、何か違う気がするんだよなぁ? なんていうか、鱗とか毛といった体色の一部が赤紫色(あんないろ)してるっていうよりも、右斜め上のほうから絵の具がデロ~って垂れてる感じで顔がを中心に染まってる感じ…………。

 そして、()()()()()()()()()()()()()。ああ、だから、ちむまるだゆうくんがヨダレを…………って、んん?

 

 

 ナニカの、(もや)で見え隠れしてた本当に頭の真上近くあたりから「ボトンッ」といった感じに何かが落ちるのが見えた。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――――

 

 

「「あっ」」

 

 

 それの正体に気付いてついつい漏らしてしまってた声に、偶然にもロロナ先生の声も被る。……きっと、先生も気づいたんだろう。

 頭からこぼれ落ちたそれ――ナニカの頭を赤紫色に染め上げた中身と、コンガリと焼けた生地と、おいしそうなニオイを併せ持つものは間違い無く『()()()()()』に違いない。

 

 問題は、なんで『ベリーパイ』がナニカの頭からこぼれ落ちたのか……って、それは深く考えなくてもすぐに理解し(わかっ)た。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「つまり、アレが怒ってるのってどう考えても先生のせいじゃないですか!! なのになんでかわからないけど私が睨まれちゃってるし……ってことは、私、とばっちり!?」

 

「ううっ、わたしにもそんなつもりは…………いっそのこと投げ込んでたのが爆弾で、倒してしまってたほうがよかったかなぁ?」

 

「投げ込まれたのがパイでも爆弾でも、叩きつけられたのが住処(すみか)の床でも頭でも、どっちにしても怒っちゃうに決まってるじゃないですか! そもそも、なんでそんな発想になるんですか!? 先生は(つじ)()りならぬ(つじ)爆弾魔(ばくだんま)かなにかですか!?」

 

「辻爆弾魔!?」

 

 「がーん!?」ってショックを受けて涙目になってるけど、そんなことはどうでも……というより、少しくらい反省してくれたほうが良い気がしてる。

 とは言っても、先生もわざとやったってわけじゃないし、とっさの行動が()()()()こんなことになってしまってるだけで、そこまで強く責めることはできないから……。でも、反転させた『ゲート』になにも投げ込まなかったら、あのナニカがこっちに来ることもなかったんじゃ、って思ってしまうのも仕方ないことだよね?

 

 

「マスター、トトリ、おふざけはそこまでにしてくださいっ…………きます……!」

 

 

 まだ短い付き合いしかない私でも「珍しい」と思ってしまうホムちゃんのこころなしか強めの口調での注意喚起に、私と先生は揃って身構える……まだ先生は涙目のままだけど。

 

 見れば、ナニカの周りに漂っていただけの(もや)が、まるで炎か、小耳にはさんだことのある闘気(オーラ)のように、揺らめき昇っていく様にしてナニカの身体の周りを流れていってた。

 その様子と肌で感じられる空気から、あのナニカがもの凄くやるきなのが嫌なほどわかってしまう。

 

 

 

『G……Giiiiiiー!!』

 

 

 

「とにかく、このまま放ってはおけないし倒しちゃおうっ!」

 

「は、はい!」

 

 取り出した杖をギュッと握りしめて、視線の先にいるナニカを見据える。

 あの暗く深い穴のような目で睨みつけられるのは怖いし、ゾクゾクと感じる悪寒は未だに身体を駆け巡っている。

 

 結果的にとはいえ、私たちがした実験で呼び寄せてしまったモンスターなのだから、責任を持って倒さないといけない。そして……きっと『ゲート』の先で頑張っているだろうマイスさんのためにも、今ここで引くわけにはいかないんだ……!

 

 

 ナニカが(まと)っていた黒い靄が弾け、膨れ上がり、あたりを薄っすらと(おお)い…………そのナニカが、雄叫びのような、悲鳴のような鳴き声(こえ)をあげてわたしたち(こっち)へと突進してくる。……それが戦闘開始の合図になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Giii――――Zzeeee――――Llllaaaaaa!!』

 

「…………んん?」

 






(そういうことだよ)

 引き伸ばしに伸ばされたバトルにようやく突入。
 文字数の割には話は進まない。状況説明やらが多すぎたか……?


 次回、『錬金術士師弟&ホムンクルス`s VS 終わりのもの』


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『終わりのもの』②


昨日に引き続き「超マイルド」のつづき。
昨日投稿した分よりもだいぶ短いです。というよりも、話のくぎり的に仕方ないとはいえ前回が長すぎました。
③まで続きます


そして、今回もトトリ視点でのお話しとなっています。


 

***街道のはずれ***

 

 

 

 

「…………んん?」

 

 マイスさんを助け出すための、『ゲート』を発生させ「反転」する実験。その実験の失敗(?)のせいか、はたまたロロナ先生が『ゲート』に『ベリーパイ』を投げ込んだせいか、突如現れた黒い靄を纏った(ヒト)に似た『終わりのもの(ナニカ)』。

 そのナニカとの戦いがついに始まろうとした……

 

 

 ……んだけど、私としては今、こっちにむかってきたナニカが上げた奇声(叫び)がなんだかひっかかった。

 今、あの『終わりのもの(ナニカ)』が何か言ってたような……?

 

 

『――――――!!』

 

 

 ……うん、気のせいだよね。言葉にもなっていないような叫びをあげて、こっちに突進してきてるだけで……

 

 私たちめがけて来ているナニカは、文字通り飛んでくるかのように……じゃなくって、まるで地面のスレスレを滑るかのように移動してて――

 

 ――意外と速い!?

 

『――――!』

 

()けっ……いや、ガードッ……というか、コワイ!?」

 

 もの凄い表情(かお)して睨んできてるのに、直立不動で滑ってる……! しかも、地味に速い!

 とっさに杖を前に突き出すように構えてガードの体勢をとるけど、こんな予想以上に速い勢いのまま攻撃されたら不味い……とまではいかなくても、けっこう痛そう……!!

 

 そんな痛みを想像してしまって、反射的にギュッと身体が強張ってしまった。

 

 

 ナニカは勢い良く私の横を()()()()()――――って、あれ? なんにもしてこな――

 

「っ! トトリちゃん、あぶない!!」

 

「えっ、きゃぁっ!?」

 

 通り過ぎた『終わりのもの(ナニカ)』を目で追っていた私に横からドンッと衝撃が……ううん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いきなりの事に、先生にどうかしたのか聞こうと――――あと、文句を一言二言言おうとして……見上げた(前を見た)私の目に写ったのは、音を立てるほどもの凄いスピードで一直線に飛んでいく数個の『闇の球』。

 ソレラがまるでタイミングを、そして高さを微妙にずらして一点を狙うように飛び交ってて…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?

 

 あのまま通り過ぎたナニカを呆然と見つめていたらと考えると、ゾゾゾッと足先からずずーっと背中を通って頭のてっぺんまで駆け上がってきた鳥肌。

 

「せ先生っ、ありがとうございます」

 

「あはは……ほぼ真正面からだったら見えなかったかもしれないけど、アレの後ろのほうからボールみたいなのがピョンピョン出てきてたのが気になって……。それで、なんか動いたって思った時とっさに――――ふえっ?」

 

 なるほど……きっと、あのナニカが通り過ぎた後にあの黒い球たちが飛んでくる時間差攻撃だったんだ。危ない所だった……。

 

 

 で、先生が何か変だけど、いったいどうしたんだろ……ん? なんだかちょっと(かげ)ってる?

 あのナニカが突進してくる前に黒い(もや)が薄く広がったからそのせいで……? でもそれならもっと前から陰ってることに気付いても……

 

 そうしてた仕上がりながら辺りを確認しようとして――――偶然か何なのか、私が最初に目をやったのはナニカがいる方で――――そして()()。大きな影を私たちに落す存在を。

 

 

 

「ド……(ドラゴン)……!?」

 

 

 体格はアーランドで見かける『ドラゴン系』とは異なり二足歩行で前足が翼と一体化したような見た目をしているけど、他人を丸のみに出来そうな大きな口、その口から覗く牙、頭から伸びる角、体を覆う鱗、大きな翼……それ等の特徴は間違い無くドラゴンだ。

 長い首も気にはなるけど、それ以上に特徴的なのはその翼が骨格部分以外はまるで羽毛のようでなおかつ色鮮やか()()()こと。ただし、その鮮やかな色もナニカと同じようにほとんどが黒い靄でおおわれていてしっかりと見ることが出来ない。

 

 

――まずい……!!

 

 

 そう思った時にはもう遅かった。

 雄たけびを上げるように首を、頭を、口を動かしたその竜が大きく羽ばたいたかと思えば、その竜の前に――つまりは竜と私たちとの間に――それこそ竜と大差のない大きさの『竜巻』が発生し、あろうことかこっちに向かって来た!

 その上、『竜巻』からは時折、マイスさんが使っていた風の魔法『ソニックウィンド』みたいな風の(かたまり)がまるで『竜巻』の中で荒れ狂う風がはぐれて出てきたかのように飛び出してきている。

 

 なにより、ただ単純に風の大きな流れであることも確かで……あの『終わりのもの(ナニカ)』が現れた時に発生した「黒い風」よりもよっぽど強い風だから、なんとか踏ん張ろうとしても、身体が浮きあがりそうになって…………!

 

「ちむ~!?」

「ちー!」

「…………」(気絶)

「ちっむ! ちっむ! ちっ…………ちむ~」

 

「わー!? またちむちゃんたちが、飛んでってるー!?」

 

 必死に地面の草にしがみついてる子もいたけど結局はみんな竜巻に飲み込まれて、さっきよりも高く遠くに飛ばされていって…………あっ。

 

 ふわりと浮かぶ人影。そのまま『竜巻』に吸い寄せられそうになったのは、踏ん張っていた残りの三人のうち一番体格が小さいホムちゃん。

 

「あっ」

 

「あぶない!」

「ほむちゃん!」

 

 私が何とか手を伸ばしホムちゃんの右手を捕まえたのとほぼ同時に、ロロナ先生も手を伸ばしてホムちゃんの反対の手(ひだりて)を捕まえたのが見えた。

 よく見てみると、ホムちゃんの手を捕まえたのとは反対の手で持つ杖を地面に突き刺して風に耐えてるのがわかった。「なるほど!」って感心した私も先生に(なら)って最小限の動きで持ってる杖を地面に突き刺してみると、先程までとは比べ物にならないほど楽になり耐えることが出来そうだった。

 

 ……ただ、飛ばされそうになってるホムちゃんを握ってる方の手は、やっぱりキツイ。でも何とか耐えて……!

 

 

 ガギンッ!

 

 

 そんな音が聞こえて、反射的にソッチに目がいった。

 見るとそこには……「あっ」って顔をしてフワッと地面から浮いてるロロナ先生と、何故か末端のほうが折れてしまってる先生が持つ杖と、浮かんだ先生の下を通過する風の(かたまり)…………。

 

 察した(わかった)。風の刃が杖をポキンッと折ってしまったんだろう。

 察してしまった(わかってしまった)からこそ言いたかった。「なんでそんなピンポイントに?」って。

 

 そして、こっちはちゃんと声に出して言わないといけなかった。

 

 

「せんせ~! か、片手で二人は……色々と無理ですー!!」

 

「だよねー……でも、なるべくなら離さないでー!?」

 

 地面(地上)のほうから「私→ホムちゃん→先生」と連なって『竜巻』に巻き上げられそうになっている私たち。先生のお願いに「ごめんなさい」と返すよりも先に、ホムちゃんの手を捕まえている私の手の限界……とほぼ同時に浅くしか刺せてなかった杖が地面の土を少し抉りながらズポッと抜けて、私の身体も……!

 

 

「あ……あれ?」

 

「あいたっ!?」

「…………」

 

 ついに私も浮いて『竜巻』にのみ込まれてしまうのかと思ったら、浮遊感(そんなこと)はなかった。といいうか、『竜巻』も無くなっていた。

 代わりに「どすんっ」と「すたっ」という着地音が聞こえ、先生が尻餅をついてホムちゃんが足先からキレイに着地をしてた。どうやら、私だけじゃなくってホムちゃんと先生の間でも手が離れてしまってたみたいで、幸か不幸か先生の着地失敗の道連れにはならなかったみたい。

 

 

 でも、どうしていきなり……?

 そう思ってあの竜のいた方を見てみると、竜はどこにもいなくて『終わりのもの(あのナニカ)』だけが見えた。……さっきまでどこにいってたんだろう?

 

 何はともあれ、あの竜が消えたからか、ただ単に『竜巻』が自然消滅したかでとりあえず私たちは助かっ――――――

 

 

「気を抜き過ぎです」

 

 ホムちゃんの声にハッとすると、いつの間にか視線の先にいたはずのナニカがいなくなっていて……私から見て右手の方向で、ホムちゃんが両手を前に突き出して何かを防いでいた。

 それは一番最初に渡しを狙って打ち出された「闇の球」とは真逆の「光の球」で、4つがクルクルと回るように連なってホムちゃんを襲っている。防いでも防いでも代わる代わるグルグルとぶつかってくる「光の球」にホムちゃんがじりじりと押されているのがわかる。

 

「……くぅ!?」

 

 私や先生が何かするよりも先に、ホムちゃんが(はじ)かれるようにして倒れ込む。私たちもとっさに避け、4つの「光の球」はクルクル回りながら通り過ぎていった。

 

「大丈夫!? 怪我は……!」

 

 ポーチに手をつっこみ手探りで薬を探しながら、私は起き上がるホムちゃんに駆け寄る。

 

「ご心配なく。ホムはつくられた段階で「ロロナ(マスター)以上の身体能力と錬金術知識」という設計にされていましたので。さすがにマスターも成長しましたし今でも勝てると豪語はできませんが、この程度は大したことはありません」

 

「そ、そうなの?」

 

 思いの外、元気そうなホムちゃんに少し驚きながらも安心しひと息つく。

 けど、今度はホムちゃんの声ではなく先生の声が私の注意を引いた。

 

 

「気を付けて! また何かくるみたい!」

 

 目を向けてみれば、ちょうど『終わりのもの(ナニカ)』が右手を開きながら、前に突き出すような行動(こと)をしているところだった。

 「闇の球」か「光の球」を撃ち出してくるのかと思って身構えた……んだけど、開かれた手のひらから何かが出てくる様子は無くて、私は首をかしげてしまいそうになった。

 

 

 小さく、でも確かに、足元のから音がしたような気がし――

 

ズガガガガガッン!!

 

「きゃっ!!」

「うわぁっ!?」

「…………!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 運良く誰にも直撃はしなかったけど、腕や足に少なからずかすってしまい傷を作ってしまう。かすっただけでもわかるけど、かなりいたい。直撃したら空に打ち上げられる……だけで、すめばまだマシかもしれない。

 

 

 そして、コレに私は覚えがあった。

 

「これって、マイスさんが『塔の悪魔(あのとき)』に使ってた『アーススパイク』……?」

 

「発生する数が大きく異なりますが、同種の『魔法』かと」

 

「そっ、それじゃあもしかして、マイス君の魔法と同じで他にも『火』とか『水』とか……まだまだいっぱいあるの!?」

 

 先生が口にした言葉に、私は頷くことも首を振ることもできない。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 でも、ただでさえ押され気味というか押されてばかりなのに、コレがまだ序の口だなんてわかってしまったら……気が滅入るなんてものじゃない、けど、それだけ強く恐ろしい相手ならばなおさら逃げるわけにもいかない。

 それに、あの突然現れた(ドラゴン)のこともいまいちわからないし……不安要素ばっかりだ。

 

 

 

 

 そして……こうしている間にも『終わりのもの(ナニカ)』は、高速で移動を続け……きっと間違い無く次の攻撃を撃とうとして来ているに違いなく、私たちも反撃をしないとラチがあかないことは一目瞭然だった。

 

「先生。私がとりあえず『フラム』をばらまいて相手(アレ)の動きを抑えてみますから、大きくて強いの一つお願いしますっ」

 

「うんっ、わかったよ!」

 

 

 先生の返事を聞くと同時に、私は何個(いくつ)もの爆弾(フラム)を取り出して、放り投げる――――――動作に入ったところで、『終わりのもの(ナニカ)』が何度目かの急接近をしてきた!

 

 ぶつかってくるような勢いで……でも、脇を通り過ぎるコースで私たちのそばを高速移動したナニカ。その通り過ぎた後には、ナニカからしみ出すように発生した十数個の「闇の球」。それがふわふわと浮かんでいた。

 

 それを見た瞬間、『フラム』を投げるのを完全に止めて、数歩下がる。

 最初(さっき)みたいに私を狙ってくるんだったらもっと動いた方がとは思う。でも、もしも私以外の先生やホムちゃん狙いだとしたら、下手に動いた方が危ないかもしれないから。

 それを判断するためにも、飛んでくる「闇の球(アレ)」の動きを初動をしっかり見て素早く避けないと……!

 

 

――――えっ?

 

 

 「闇の球」は音を立てて高速で飛ぶ――――()()()()、《《静かにその場で消滅した》。

 

 

「これって、どういう……!?」

 

 

 困惑する最中、顔が、陽の光とは別のなにかに照らされた気がした。

 

 ハッとして目を向けた先には、私たちのそばを通り過ぎた『終わりのもの(ナニカ)』がいつの間にか手を開いて突き出している姿が。

 その手のひらの先には――――――私たちの方へと向かってくる「(ヒカリ)」。連なる「光の球」とは大きく異なる……点滅しながら発光し、フワフワとゆっくりそよ風に乗っているような他より断然ゆっくりとした速度で進む人の頭に満たないほどの大きさの「光」。

 

 

 気づいてからほんの2,3秒後。その「光」と私たちとの距離が5メートルになろうかというあたり。

 点滅していた「光」が()()()()

 

 「人の頭ほど」の大きさが一気に「家一軒分」ほどに。

 草を吹き飛ばしながら、土を抉りながら、空気を焼きながらまだまだ膨張を続け……あっという間も無く私たちの眼前に迫るまでの巨大な光球となって私たちを飲み込もうとし―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ」

 

 

――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()




※なお、「超マイルド」以前はここらでホムちゃんが、その前までは三人全員、最初期では町や村にも被害が……くらいのレベルでいろいろハードでした。詳しくはまたの機会、何かの機会にでも……。


明日は『IF』&たまった感想返信の予定です。


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『終わりのもの』③

 皆様、恐らくはご存知だろうかと思いますが、なんとなんとアーランドシリーズに4作目が登場とのことです。
 『ルルアのアトリエ』というそうで、主人公のルルアこと『エルメルリア・フリクセル』は「ロロナの娘」だそうで、巷ではいろんな意味で大騒ぎです。

 色々と言いたい事やらは活動報告や瀕死状態のTwitterでもちょっとずつ描いている通りなんですが、まえがき(ここ)で書くべきこともあります。

――――この世界(作品本編)のマイス君にルルアが出会ったら修羅場(?)待った無しですね!

 なお、大真面目にシリアスにしようとすればするほど小実(作者)の胃と精神力が大変なことになる模様。
 作中のマイス君を取り巻く環境だけでも気が滅入る軟弱さなのに……とはいえ、物語を考えたのは自分ですし自業自得と言えば自業自得なのですが。


 それはそれとして、『ネルケと伝説の錬金術士たち』も登場キャラやシステム等、情報が増えてきました。
 なんというか、『メルルのアトリエ』の国の開発を本格的にゲームに落し込んだ感じと言いますか、わかってはいたつもりですが従来のアトリエシリーズとはかなーリ変わってる感じですね。個人的にはすっごく楽しみです(不安が無いとは言ってない)


 さて、今作の本編はあいかわらずの『VS 終わりのもの』。知ってる人的には正体バレバレな『終わりのもの』さん。一部ハメ殺し的な攻撃 を持つこの強敵……その一つである大爆発にさらされるロロナたちの運命は……!?
 っと、その前に別の場所でのお話が入っております。



 

***冒険者ギルド***

 

 

「変な音と破裂音? それに黒い霧ですって?」

 

 『冒険者ギルド』に駆け込んできた街の門番が報告してきた内容にクーデリア(あたし)は眉をしかめた。報告をしてきた門番の慌てっぷりからして事実なのは事実なんでしょうけど、何がどうなたらそんな現象(こと)になってるのかしら?

 

 なんで()()()()に限って……いや、もしかしたら何か関係が……?

 「ありえない」とは言い切れない。マイス(あいつ)がいなくなった時に目撃されたらしい光についても「おそらくはゲートとは反対の性質のモノだろう」ってだけで正体はもちろん発生原因なんてもっと判明して(わかって)いないんだから、今現在確認されている異常現象も無関係とは言い切れないわよね。

 

 マイス関連の私的な理由はないわけじゃないけれど、それ以外にも立場的には街やその周辺への安全を確保・維持する必要があるわけで……はいそうですか、と報告を聞くだけ聞いて放置っていうわけにもいかない。

 

 

 となると、あたしがとるべき行動はほぼ決まってしまってる。とにかくまずは現場調査、そして出来るのであれば素早く解決。

 

 そうなると腕の立つ冒険者にでも早急に依頼でも出して言って貰うのが一番……なんだけど、ここでちょっとした問題があった。

 そう。今現在、腕の立つ冒険者はあたしといくらか面識がある面々はもちろんのこと、そこそこ腕の立つ冒険者も大概が出払っている。それには色々と理由があるんだけど……とにかく、今『冒険者ギルド』からすぐに出れる冒険者はいないというわけだ。

 あと、残っているのって言ったら……

 

「ロロナたちなら……いや、でもあの子たちもあの子たちで重要なことをやってるわけだし、それを邪魔するのは……」

 

「あの~、そのことなんですが」

 

 カウンター越しにオズオズとかけられた声に、あたしは逸れていた意識を改めて門番(そっち)の方へと向ける。

 

「実は『冒険者ギルド(ここ)』に来る前にアトリエの前を通ったんですが、張り紙が貼ってあって……」

 

「張り紙? ロロナたち、アレの研究のために依頼は受けないってことでも書いておいたのかしら?」

 

「それもあったのですが、『実証実験のために街の外に行ってます』とも……その、もしかすると……」

 

 ……言わんとすることはわかった。わかってしまった。むしろ、ロロナたちが何を調合し(つくっ)ているか知っている分、「もしかして」なんかじゃなくて、もっと確信に近いものがあった。

 最悪の場合、ロロナやトトリが実験に巻き込まれて行方不明に……ってことになりかねかいんじゃないかしら。そうじゃなくても、道具そのものが爆発して壊れたり、発生させた『ゲート』からモンスターが大量に湧き出してきたり……悪い意味で何でも有り得てしまいそうね。

 

 そう考えると、色々と納得できる――けど、それはそれでやっぱり人の派遣は必要なことには変わりない。

 『ゲート』からモンスターが出てきたってだけなら、よっぽどの準備不足でもない限りロロナたちだけでなんとかなるだろう。けれど、もし()()()()()()()()()……例えば、マイスがいなくなってしまった一連の出来事のようにあたしの想像をはるかに超えることでもあったとすれば……まぁ本当にそんなことにでもなってたら、そんじょそこらの冒険者をよこした所でどうにもなんないんでしょうけど。それこそ錬金術士、それも癪だけどアストリッド(あいつ)くらい常識から逸脱したレベルじゃないといけないでしょうね。

 

 

 だからって今何もしないわけにもいかないことだって重々承知してる。それに……

 

「なんとなくだけど、嫌な予感がするのよね……」

 

 かといって『冒険者ギルド』の前身とも言える『王宮受付』、それがあった王国時代の王宮のように、皆ある程度は訓練を受けた騎士たちが職員にもいたころと比べ、今の『冒険者ギルド(ここ)』はもっぱら事務職専門の職員ばかりだ。まともに戦闘ができるのなんて、それこそ昔ロロナと冒険に出ていたあたしくらい。

 となると、やっぱりあたしが行くべきなんだろう。個人的にもロロナたちのことが心配なのもあるけど、戦闘も調査も、どっちも有り得るって考えたら自分で言うのもなんだけどあたしが適任なのは間違い無い。

 ……ただ、変に嫌な予感がしてしまってるからか「本当にあたしだけで大丈夫かしら?」っていう一抹の不安はぬぐいきれそうにない。だからといって、連れて行けばある程度でも使えそうな人も他にいないからどうしようもないんだけど……

 

 「誰でもいいから、ちょうどよく冒険者が帰ってきたりしてないかしら?」と思い、辺りを見渡し……ふと、あたしから見て右手の方にいる()()()に目がとまった。

 

 

「…………ん、ふきゃっ!? く、クーデリア先輩……? 私、何かしちゃってましたか?」

 

 カウンターにいつもの依頼書ではない紙束を積んでそれらに目を通していた()()()()が、あたしの視線に気づいて驚き慌てながら姿勢を正した。

 この子は、ちょっと前から「『ゲート』の調査書」の端書にあった『ゼークス帝国』の『シフト』とかいう装置について、詳しい記述がないかを探してるって言ってたかしら?

 

 けど、これはいいかもしれないわね。

 

「ねぇ、あんたって確か――」

 

 

 

 

 

 

――――――――――――

 

***街道のはずれ***

 

 

 

「…………ぁ」

 

 『終わりのもの(ナニカ)』の攻撃によってひき起こされた大爆発。

 その爆発に私や先生、ホムちゃんは呑まれそうになり――――寸前に、私たちの前に小さな影が現れた。

 背丈は1mにも満たない本当に小さなその姿は……()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「オイオイ。騒がしいと思って来てみたら……どーなってんだ、こりゃぁ?」

 

「えっ、ほろくん……!?」

 

  先生の口から出てきた……黒猫の人形・ホロホロ。そのホロホロが私たちと爆発との間に立ち(浮き)障壁か何か展開して私たちを護ってくれて……!

 

「ロロナちゃん! トトリちゃん! 大丈夫!?」

 

「って、まあ見たとおりかしら?」

 

 そんな声が聞こえて振り返ったら見えたのは、コッチに駆け寄ってくるリオネラさんとそのそばに浮いてついてきているアラーニャ。そして、リオネラさんの手元には両腕で抱き抱えられている ちみゅみみゅちゃんが。

 

 

「りおちゃん!? らにゃちゃんも!」

 

「あのっ、どうしてここに……?」

 

 私の問いかけに、リオネラさんが小さく頷きながら応えてくれた。

 

「えっと、その、マイスくんの家で調べ物をしてたら変な音が聞こえてきて……外に出てみたんだけど村の人たちも聞いたらしくってあたりを見渡したら黒い霧みたいなのが漂ってる場所が見えたの。マイスくんのこともあったし村の人には残ってもらって……」

 

「それで、ロロナたちと採取地に行ったり旅したりしてきて有事の経験が一番あるから、ってことでワタシたちが立候補して様子を見に行くことにしたの。――その途中、空からこの子が降ってきて、事情を聞けて急いで来たってわけ」

 

「ちむっ!」

 

 アラーニャの言葉に反応して、ちみゅみみゅちゃんが「わたしのことです!」といった様子で片手を上げ、それを見たホムちゃんが「納得しました」と呟き頷く。

 

 リオネラさんとアラーニャ(ふたり)の説明でおおよそ理解した。

 

 今回の実験は、もしもの事態を考えて街中(アトリエ)や街や村のそばから離れた場所……『アーランドの街』と『青の農村』を結ぶ街道脇の平原ですることにした。けど、「本番のことも考えてマイスさんが消えたであろう場所から極力離したくない」という考えもあって、村のほうからはそこまで遠く離れてはいない――言ってしまえば、ギリギリ目視できなくもない距離の――場所での実験だった。

 音も大きければ聞こえてもおかしくは無いし、『青の農村』から見えたっていう「黒い霧」というのも……きっと『終わりのもの(あのナニカ)』が襲ってくる寸前に周囲に広げた「黒い(もや)」のことだろう。そんなものがこの平原の一部だけに広がっているのであれば、多少離れた距離からでも目視することはそう難しくなく一直線に来れると思う。

 ちみゅみみゅちゃんは……竜巻で大空高くまで巻き上げられ、その後は風に運ばれてリオネラさんたちが移動していたところまで飛んでいっちゃってたんだろうなぁ。

 

 

「いや、情報交換はいいんだけどよ? せめて、避けるか退くかしてくれねぇか? 防いでるコッチの身にもなってほしいぜ」

 

「「「あっ」」」

 

 私の口からこぼれた声と、先生とホムちゃんの声とが重なる。

 ……うん、ホロホロの言う通りだとは思う。未だに続いていた大爆発とその余波は本当なら私たちを飲み込んでいる距離ではある。けど、中心からは離れた場所で数歩で何とか範囲外に出ることはできる位置なんだから、前の攻撃のすぐ後だった最初はどうしようもなくても、ホロホロが防いでくれた後はいくらでも逃げられたのは事実。爆発を防いでるホロホロからしてみれば、一刻も早く抜け出しといてほしかったんだろう。きっとそれが正しかっただろうし。

 

 というか、なんで防げてるのかな? 飛んでまわってることといい、ホロホロって実は錬金術の技術が詰め込まれた超高性能な……!?

 

 

「……おい、気のせいかもしれねえけど、そこのトトリ(嬢ちゃん)が目キラキラさせてねぇか?」

 

 

「はて? ホムにはそのようには見えないのですが?」

 

「とにかく、ごめんねほろくんっ、気付いてあげられなくて……!」

 

 

「あーもう、いいから早く。そういうこと言ってる間に動けっての。リオネラも、ボーっとしてねぇで、ソイツラ早く連れてけ! …………ん?」

 

 

「ひぃ……ふぅ…………正直、防ぐのでイッパイ、いっぱいで……っ!」

 

「……ホントね。ワタシのほうにチカラがあんまりこなくって、今にも落ちてしまいそうなくらいよ」

「オイッ!? リオネラ、お前さっき普通に駆け寄ってきてただろ!?」

 

「そそれは……ロロナちゃんが、心配で、が頑張って……けど、もう、限界……!」

 

「諦めんなよっ!? 今、チカラが抜けでもしたら黒猫(オレサマ)が黒焦げ……いや、ヘタすら木っ端微塵だぞ!!」

 

 「ひぅ!? そ……それはやだ~!」って言って、涙目になりなるリオネラさんの腕の中では、まるで応援するかのようにちみゅみみゅちゃんが「ちーむ! ちーむ!」と掛け声を出してる。見れば、先生やホムちゃんもいつの間にやら顔色を変えて応援を……って、そこは言われてたように早く逃げたほうがいいんじゃ? 私も他人(ひと)のことは言えないけど……。

 

 

 うーん……何がどうなってるのか――特にリオネラさんやアラーニャの言っていることが――今一つ分からない状況。

 でも、そんな色々と不安だった状況も、そう長くは続かなかった。

 

「おお?……ようやくかぁ~」

 

 さっきまで断続的に発生し続けていた爆発が、これまでのがウソのようにスッと引いたのだ。

 時間にして数十秒くらいかな? これまで爆発とその余波を防いでいたホロホロは安心したようにどこか気の抜けた声を漏らしてる。同じくして、リオネラさんもゆっくりと肩の力を抜き大きく息を吐いて胸をなでおろしている。

 

「って、ダメダメっ!」

 

 私も、さっきまで大きな爆発で気圧させていた感覚が薄まって、ホッと息をつきそうになる――――――けど、そうはしない。私もさすがに学習するんだ。

 

 

 調合が出来た達成感か、無事に『ゲート』の発生&反転が一応は出来たからか、それらをひっくるめた「もう少しでマイスさんを助け出せる」っていう高揚感か……とにかく、私は……私たちは少し浮かれてしまってたんだろう。まだまだこれからだって言うのに。

 「気を引き締めろ、私っ!」そう、心の中で自分に言い聞かせる。

 

 この『終わりのもの(ナニカ)』相手に息をついているヒマは無い。ここまで戦っただけでも十分わかった。

 あのナニカからずっと感じている悪寒が走り怖くなるほどの敵意に始まり…………見た目からは想像できないほどの速さ。人の意識の隙を突くようないやらしい攻撃。どこまでも相手を追い詰める技の規模の大きさ。何がくるのかわからなくその上「まだ何かあるんじゃないだろうか?」と警戒せざるを得ないほどの多彩な技の数々。そして……突如現れ消えた竜など、まだまだ底が見えてこない謎。

 

 だからって、恐れているわけにもいかない。そもそも『ゲート』が直前まであった場所から無理矢理出てくるような存在(やつ)なんだ。それくらい強くてもなんにもおかしくはないんだ。

 今、相対している渡したちがナニカ(それ)をなんとかしないと……!!

 

 

 

 そう自分自身を奮い立たせて、『終わりのもの(ナニカ)』のほうをキッ!と睨みつけるようにして見る。

 

 ――そんな私の耳に入って来た()は、「闇の球」が飛んで風を切る音でもなく、大地が揺れて牙のようにせり出す音でもなく、ましてや爆発音でもなかった。

 

 

『――――――!』

 

 

 聞こえないけど聞こえてくる()()()

 

 声だけでは収まりきらない笑いを表すかのように揺れる肩。そんな笑いを抑え込むかのように胸元へ……かと思えば大表な仕草で肩幅少しくらいまで開いたりと、せわしなく動く腕。さらにその眼は笑みで歪みながらもギラつき、揺れる肩に合わせて頭が上下し、『終わりのもの(ナニカ)』の長い(かみ)(ヒゲ)は乱れ躍る。

 

 その姿に重なるのは――――やっぱりと言うべきか、『最果ての村』から見えるとうにいたあの『エビルフェイス(塔の悪魔)』だった。

 『エビルフェイス(塔の悪魔)』も笑っていた。まぁ、『エビルフェイス(塔の悪魔)』は常にギザギザの歯を見せて、その口しかない顔で笑っていたんだけど…………マイスさんによる「『油』をかけて丸焼き」によって大ダメージを受け消えてしまう寸前の『エビルフェイス(塔の悪魔)』の首をグリングリンと動かしながらのケタケタ笑いは不気味で夢に出てきそうなほどだった。

 

 この『終わりのもの(ナニカ)』の笑いも、『エビルフェイス(塔の悪魔)』のものと同じで不気味さは確かにあった。けど、それ以上に気持ち悪かった……ううん、なんて言っていいかわならない不快さと不安にかられてしまう。

 薄れた黒い靄から見える『終わりのもの(ナニカ)』の顔が『エビルフェイス(塔の悪魔)』とは違って人間(ひと)(それ)とほぼ同じだからだろうか? 何故か向けられる「怒り」も、なすすべなく翻弄されている私たちを見下すような「笑い」も、肌に刺さるように感じるのとは別にその『終わりのもの(ナニカ)』の表情も相まって嫌なほど伝わってくる。

 

 

 けど、それよりも……

 

「なんでしょう、この無性にモヤモヤ……イガイガする感覚は? ホムにはよくわかりません」

 

「まぁそうよね。()()()()()()()わよ、あんな無防備に大笑いされたら」

「とは言っても、オレなんかも防ぐので手一杯だったし、何とも言えねぇんだけどな」

 

 眉間にシワを寄せながらも首をかしげるホムちゃん。それに同意を示すアラーニャとホロホロ。

 うん、私もきっとホムちゃんと同じ気持ちなんだと思う。それはまあ、ロロナ先生やホムちゃん、ホロホロに守ってもらえてなかったら、私なんて今頃そこらへんに倒れてしまってただろうけど……だからって、あんなに大笑いされて何とも思わないわけじゃない。具体的にはあの長い髭と髪がクルクルに(ちぢ)れるような派手な爆発でドカーンと吹き飛ばしてしまいたい。

 

「先生!」

 

「うんっ、わたしもいけるよ!」

 

 私の意図が伝わっていたのか……先生も『終わりのもの(アレ)』に対して思うところがあったのか。はたまた、ただの偶然か。私の声に答えた先生は私と同じくその手に爆弾を持ってた。

 取り出した爆弾は、これまた偶然にも同じ種類――『N/A』。あのお母さんを探して出た航海で遭遇した『フラウシュトラウト』を退ける決定打になったあの爆弾だ。当然、素材の厳選や私自身の錬金術の腕の向上で、当時よりもより強力な性能になってる。私なんかよりも凄い先生の『N/A』だって、もっと凄いに決まってる。

 

 さっきの一声で呼吸を合わせることが出来た私たちは、揃って振りかぶり――――

 

 

「「そ~れっ!!」」

 

 

 ――――投げた。

 

 

 飛んでく『N/A』の先には当然『終わりのもの(あのナニカ)』。

 先生のか、私のか……どちらか片方からか、同時にか「カチリッ」という音が聞こえたような気がしてすぐに、轟音が響き爆風の余波があたりに吹き荒れた。さらに、さらにと続くように連鎖に連鎖を繰り返して炸裂する『N/A』の()()()()()()()()()()()()

 

立ち上る火柱と巻き上げられた土埃に、『終わりのもの(あのナニカ)』の姿はかきけされた…………

 





 やったか!?(フラグ)


 引き伸ばしに伸ばされるこのお話。……色々と変更したことによる弊害もあるんですが、書きたい場面のことを考えるとこうなってしまうという側面もあっての結果です。


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『終わりのもの』④

 だからせめてスマホで更新の情報は随時更新したり、Twitterで……とお叱りを受けた小実です。返す言葉もありません、大変申し訳ございません。

 燃え尽き症候群(小説には関係無い)を患ったりもしましたが、それはそれとして……

 そして、本編と平行して進行させていくはずの小説が2,3個あったはずなのですが、そっちにも時間を……
 「なんで好きなことだけできないんだろうなぁ」などと子供じみた事を考えてしまうそんなボヤキを漏らしながら、今回も相変わらずのトトリ視点でお話をはじめていこうと思います。よろしくお願いします。



***街道のはずれ***

 

 

 私と先生がそれぞれ投げた『N/A』が連鎖して炸裂し、『終わりのもの(ナニカ)』がいた一帯を地面ごと吹き飛ばし焦がしてく。

 その威力はやっぱり目をみはるものがある……んだけど、私はこれだけで決着がつくとは思ってはいない。きっとコイツは、あの時戦った『エビルフェイス(塔の悪魔)』と同等かそれ以上の強さだと予想している。流石に『N/A』二つ(これくらい)で倒せるほど軟じゃないはず。

 

 そんなことを考えながら私が見つめるのは爆発で土埃の舞い上がった地点。土煙から飛び出してくるだろう『終わりのもの(ナニカ)』かヤツからの攻撃にすぐに対応するべく、その動向を見逃さないようジッと目を凝らす――――

 

 

「――ぁっ!?」

 

 

 ――――そんな私の背中に衝撃が走り、その衝撃の勢いのまま前のめりに倒れてしまった。

 

 冷たい、熱い……ううん、ジンジン痛い……。

 

 手持ちの回復薬が、付与し(つけ)ていた特性『やる気マンマン』によって自動的に効力を発揮してくれたことで痛みはみるみる引いていく……でも、まだ痛みが残ってる。

 

 だけど、倒れたままじゃあどうしようもないのも事実。私は痛みに耐えつつ体勢を立て直すべく出来る限り素早く立ち上がろうとする。

 私のそば以外からも小さな呻き声や土の擦れる音が聞こえてきたような気もする。きっと、私以外にもさっきの攻撃を受けてしまった人がいるんだろう。……早く治して(回復して)あげないと……!

 

 

「みんな、しっかりしてっ!」

 

 

 先生の声が聞こえるのと同時に痛みが一気に引き、急いで立ち上がりながら確認した周囲には、私よりも一足先に立ち上がってたのかはたまた攻撃を避けられたのか、ロロナ先生がその両手にそれぞれ空の容器(ガラスビン)が。痛みが引いたのは先生が追加で使ってくれたお薬のおかげだったんだ。

 少し離れた所に倒れていたホムちゃんとリオネラさんたちも立ち上がってきているところで、とりあえずは大丈夫そう……かな。

 

「……んっ、あれ?」

 

 足元に違和感を覚え目を向けると、あるモノが見えた。

 足の爪先から踵までの長さより少し長い程度の幅がライン状に抉られている地面。それはまるで円を描くように伸びていて、その周囲は()()()()()()()()()()()()。その結果、立ち上がった私の足元もちょっとぬかるみかけてたんだろう。……よくよく見てみると、服もあちらこちらが濡れてたり泥がついてたりしてる。

 

 ……この(あと)の感じ……前にマイスさんが使ってた『水の魔法』でも似たような跡がついたりしていたような……? 前の「地面から岩がせり出す魔法」もそうだったけど、やっぱりマイスさんと同じで『終わりのもの(あのナニカ)』も沢山の魔法がつかえるんだろう。

 

 

 それはそれでキツイ……けど、それ以上に――――

 

「もしかして、無傷……?」

 

 いつの間にか私たちの背後にいて『ウォーターレーザー(水の魔法)』で攻撃をしてきてた『終わりのもの(ナニカ)』。また笑っているその姿は、『N/A』が直撃してたはずなのに、それらしき傷どころか(すす)すら付いている様子がなかった。……まあ、煤は黒い靄で見えにくいだけなのかもしれないけど……とにかく、パッと見た感じ、そんなダメージが入っているようには到底思えない。

 

 なんで……? どうして……?

 『N/A』よりも強力な爆弾(アイテム)が無いわけじゃあない。けど、はたしてソレが『終わりのもの(あのナニカ)』に通じるんだろうか? それに、『N/A』をほとんど無傷のような状態で耐えている相手なんだから、通じたとしても「倒しきる」までダメージを与えるってなるとどれだけの回数()が必要なんだろう? その間コッチが一方的に攻撃出来るわけじゃなくて、当然アッチからも襲いかかってくる……これまでと同じで、あの並じゃない攻撃を何度も受けていたらどうなってしまうかは想像できてしまう。

 攻撃面にしても、防御・回復面にしても、手持ちの道具(アイテム)だけじゃあ心許無い。せめて冒険の時には持ち歩いていた『秘密バッグ』があればアトリエのコンテナからほしい道具(アイテム)を取り出せるんだけど……ううん、『N/A』以上の威力って考えるとそこまでの量は……回復アイテムだって、何時そこを尽きてしまうかわかったものじゃない。

 

「でも、どうしたら……」

 

 

 

「トトリちゃん! だいじょうぶ、大丈夫だよっ!」

 

 脚から力が抜けてへたり込んでしまいそうになる直前、先生の力強い声が耳に入り何とか踏みとどまれた。

 自然と、縋るように、名前を呼ぼうとしながら先生のいる左のほうを向いて――気付いた。

 

 ……先生も、震えてる……?

 

 私なんかよりも強くて凄い錬金術士のロロナ先生が……ううん、それはまぁジーノくんみたいに「つえーヤツと戦いたい!」って感じじゃないし、先生だって怖かったり不安だったりすることもあるに決まってるよね……。

 ()()、それでも悠然と立って、ギュっと杖を握って、しっかりと前をみてる。

 

 先生は、私の先生だ。

 私だって知ってる。逃げるわけにも、諦めるわけにも

 

 

「そう、だよね。諦めるには、まだ早いんだから……! 先生! 私、やってやります! 『終わりのもの(アイツ)』との根性比べ!!」

 

「! うんっ、その勝負わたしもつき合うよ!」

 

 顔を合わせ、頷き、そして改めて『終わりのもの(倒すべき相手)』を睨みつける!!

 

 

 さぁ! ここからが本番なんだからっ!!

 

 

 

 

 

「なに馬鹿な事を言ってるんですか?」

 

 そんなことを言う声が聞こえてきたのは、私たちの後ろ――そこにいたのはホムちゃんと、そのまた斜め後ろにはリオネラさん。そして、その足元にはちみゅみみゅちゃんと……あれ? いつの間にかちむドラゴンくんも戻ってきてる?

 

 さっきのはホムちゃんが? でも、なんであんなことを……?

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ホムちゃんが長い袖で隠れた両手(その両手)でどこからかそれぞれ取り出したのは……『フラム』に『レヘルン』、『ドナーストーン』、それに『地球儀』まで。

 これって、どういう……?

 

「『N/A』で有効打を与えられなかったのは事実でが、だからといって何も効かないとは限りません。アレが何かしらの耐性を持っているかもしれませんし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「あっ」」

 

 私と先生の声が重なる。

 そうだ。私たち錬金術士が『錬金術』で服や防具に『特性』を付与して「炎」や「雷」といった攻撃を軽減しているように……モンスターにも、特定の属性が効かなかったり逆に効いたりする――錬金術士(私たち)とは違って生まれつきとか育った環境でそんなふうになるって話を聞いたことがあった気がする。

 

 でも、そう考えたら『N/A』があんまり効いてなさそうなのにも納得が……あれ? 『N/A』って「炎」の爆弾だったっけ……? うん、確か炎……ん? でも、素材を厳選して作ったら、全然性質が変わったような気も……。

 

 

「と、とにかくっ、何か弱点があるかもしれないっていうのはありえそうですね。ねっ、先生?」

 

「うんっ! よーし、片っ端から試していっちゃおう!」

 

ホムちゃんから各属性の攻撃用アイテムを受け取る私たち。そこに、リオネラさんが『終わりのもの(ナニカ)』と私たちの間を遮るように立った。

 

「上手く引き付けられるかはわからないけど……でも、当てられるような隙を作ってみせるからっ……! ロロナちゃん、トトリちゃん、よ、よろしくね」

 

「……うん! でも、絶対に無理はしないでね、りおちゃん」

 

「オレサマもついてんだから、心配すんなって。背中(後ろ)に逃げねぇヤツでもいねぇ限り、あんなヘナチョコ魔法、受けたりしねぇって」

「まっ、()()()()()が適任って言うのは間違い無いわ。盾役ってこと以上に、不意打ちから注意をひきつけたりするのはなにかと、ね?」

 

 リオネラさんのそばでフワフワ浮かんでるホロホロとアラーニャが、手を振りながらいつもの調子で言う。

 ホロホロは冗談なのかさっきのことを根に持っているかのような事を言い、それに比べてアラーニャのほうは至って真面目そうなことを言って「だから心配しないで」と伝えてきた。

 

「回復やその他補助はホムに任せて、マスターたちはあのゴ●ブリのように動き回る『終わりのもの(アレ)』に爆弾を当てることに集中してください。弱点がわかり次第、ちむ(この子たち)にその属性の道具を持ってきてもらいます……もしくは、私たちで時間稼ぎをする間に、お二人でアトリエに一度帰ってもらいます」

 

「「ちむっ!」」

 

途中何ともコメントし辛い例え(表現)を交えながらのホムちゃんの言葉に、その足元にいるちみゅみみゅちゃんとちむドラゴンくんが「まかせて!」と言わんばかりの元気なお返事をする。

 

 

 

 不安が無くなったわけじゃない。過去最高ってくらいに大変な戦いになりそうだっていう予感は相変わらずだし、むしろ確信に近いくらいだ。

 

 けど、さっきまで感じていた絶望感は全然感じなくなってた。

 「先生たちと一緒なら絶対大丈夫!」、その気持ちが私を一歩踏み出させるチカラになっていた。

 

 キッと『終わりのもの(ナニカ)』を睨みつけて、私は高らかに宣言してみせる。

 

 

「アナタは、私たちが絶対にやっつけてみせるんだからっ!!」

 

 

 私の声を聞いてかどうかはわかんないけど笑うのをやめた『終わりのもの(ナニカ)』。

 その『終わりのもの(ナニカ)』が手を突き出して飛ばしてきた火球を避けるところから、私たちの戦いは改めて始まった――

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 ――んだけど……

 

 

「ひぃ……ふぅ……へぇっ……!」

 

「トトリちゃん、大丈夫っ!?」

 

 

 先生の声に、「もうダメぇ~」って言葉が口から出てきそうになるのを寸前で飲み込んで……なんとか「へ、平気ですっ」と返すことが出来た。

 でも、本音を言うとかなりキツい……。

 

 リオネラさんやアラーニャ、ホロホロが頑張ってくれているおかげで攻撃の半分くらいは私や先生を狙ってきてなかったし、コッチへの攻撃もいくらか防いでくれてた。だから、私たちを狙ってきて私たちが対処しないといけない攻撃は10回に2,3回くらいしかなかった。

 

 けど、結果的には私はかなり走り回ることになってた。

 どうしてかっていうと……『終わりのもの(あのナニカ)』が結構動き回るからっていうのもあったけど、それ以上に例の大爆発攻撃やドラゴンをいきなり呼び出してからの攻撃がどうしても無差別的な広範囲攻撃だったから、その攻撃や予兆が見られたたびに走って距離を取らないといけなかったから。

 最初のほうで見た竜巻をおこすドラゴンがもう一度現れた他にも、燃え盛る炎のような体が印象的だったドラゴンも現れ、その大きな身体ごと尻尾を振りまわして辺り一帯を焼け焦がすような熱波を放ったりもしていた。

 

 他にも、ついでっていうにはちょっと大きなことが――――

 

 

 そんなことを考えていた私のもとに、お薬を持ったホムちゃんが駆け寄ってきた。

 

「大丈夫です、トトリ(あなた)はまだやます」

 

「えっと……なんで断言?」

 

トトリ(あなた)よりも走り回っているリオネラ(彼女)がまだああやって走り回ってるんです。それに加え、戦闘にブランクのある彼女より現役冒険者であるあなたが先に体力切れになるとは思えません」

 

「いや、まぁその通りだけど……」

 

 でも、私としてはその()()()()()()()()()()()()()()……

 

 

 

「……メルおねえちゃんで慣れてたつもりだったんだけど、悔しいっていうかなんだかグサッって胸を抉られたような感覚……えっと、別に、そんな気にしてるわけじゃないんだけどね?」

 

「はあ……? ホムには何を言っているのかよくわかりませんが……とにかく、まだ何も終わってはいないんです。早く復帰しましょう」

 

 うん、ホムちゃんの言う通りだよね。目の前で先生以上に大きく揺れてるからって、今そんなことを考えてる場合じゃないよね。……現実逃避するにはまだまだ早すぎる。

 

 

 実際、ここまで走り回って、隙を見てアイテムを投げつけて…………そうやって一生懸命にやってきた結果、わかってきたこともたくさんある。

 

 まず、今のところ当てることのできた道具『フラム』、『レヘルン』、『ドナーストーン』……それぞれ「炎」、「氷」、「雷」の属性攻撃アイテムだけど、どれも同じ程度のダメージ――とは言ってもそもそもの威力の低さもあってか本当に小さな負傷――を『終わりのもの(あのナニカ)』に与えることが出来ていることがわかった。

 

 「じゃあなんで『N/A』は効いてないようすだったのか?」っていう疑問も湧いてきたけど、とにかく『終わりのもの(あのナニカ)』が決して倒せない相手じゃないってことはわかった。

 だけど、問題はこれまでの属性攻撃はどれも「弱点」ではなさろうってこと。残っている『地球儀』の地属性も、『終わりのもの(アレ)』自身が土の魔法っぽいものを使っているから「弱点」だとはちょっと考えにくいし……。

 もちろん、「弱点がある」ってわかってたわけじゃなくて「弱点があったら突破口になる」って話だったわけで、「弱点が無い」って可能性もじゅうぶんあった……だけど、そこに期待をしていたのも確かだ。

 

 やっぱり持久戦は避けられそうにないかな……

 でも、最初に考えてたのとは違ってホムちゃんとちむちゃんがいるおかげで、いざという時の補給の目途も全く無いわけじゃないし、とにかく今は色々試していってみないと!

 

 

 ホムちゃんから受け取ったお薬をゴキュッと飲んで体力も疲労感も一気に回復。拳を握りしめて気合も入れなおした。

 

 

「よーし、復活! すみません、先生っおまたせし――」

 

「トトリちゃーん! でっかいの来たから離れて~!!」

 

「――まし……えっ?」

 

 

 なんのことか聞くよりも早く、理解した。

 こっちに走ってくるロロナ先生やリオネラさん……その向こうに見える()()()()

 

 その大きさと放たれているプレッシャーからこれまでに見たドラゴンと同じようなヤツだってことは察することが出来た。……だけど、これまでの二体ともまた違う……一見ドラゴンとは思えない見た目。

 尖ってたり角ばった場所の少ない|流線形の身体。四足どころか二足歩行もできそうにない脚らしきものが見当たらない骨格。その脚や翼の代わりに身体から生えていたりする大きなヒレ…………あえて言うなら、大海原で出会ったあの『フラウシュトラウト』をより魚っぽくしたような存在だった。

 

 羽毛のような翼を持つドラゴンが吹き荒れる竜巻をおこし、燃え盛る炎のような体表のドラゴンが辺りを焦がす熱波を放った……。となると、大きなヒレを持ち魚と竜の中間っぽいドラゴンが何をしてくるかは、だいたい予想できちゃう。

 そう、たとえば『フラウシュトラウト』がやったような津波(大きな波)での攻撃とか――――って、それは無いよね。『フラウシュトラウト』との戦いの時とは違って、ここは海でもなんでもない陸地それも結構な内陸だし……でも、『終わりのもの(アレ)』がやってきた『ウォーターレーザー(水の魔法)』みたいに、口からブシャーって水を発射したりとかはできそう……? いや、もしかして、陸地で大波をおこせたり!? マイスさんや『終わりのもの(ナニカ)』が魔法で水を出してるんだから、出来ないって言いきれない所が……!

 

 

 そんなことを考えながら、先生たちと一緒にドラゴンから離れるように駆けて行く私。

 

「つめたっ!?」

 

 と、その脚――(かかと)から(ひざ)下十数センチくらいまでが、突然ヒヤッと()()()()()に包まれた。

 

 ううん、()()なんかじゃない。この感触というか流れる感じは間違い無く「()」……って、なんで!? なんでいきなり足元に……あたり一帯が水没するような水が!? そばにいたホムちゃんなんて、服の構造の関係でフリルの付いたかわいいスカートまで水に浸かっちゃってるよ!

 あれ? でも、あたりを覆う黒い靄でちょっと見え辛くはあるけど、私のいるところからほんの十メートルほど先……ちみゅみみゅちゃんやちむドラゴンくんが待機してた辺りは全然水没なんてしてない原っぱが健在で……本当にどうなってるの!?

 

「って、ひゃぁ!! な、な流される!?」

 

 膝下の大半が浸かるほどの水位になっている水は私たちの斜め後ろ――つまりはおおよそあのドラゴンへと向かうように流れていて、その勢いは激しくって、必死に抗おうとしても歩くスピードと同じくらいの速度で押し流され、正直倒れないようになんとか体勢を保つだけで精一杯っ!

 

 何とか首を回し横目で後の方へ眼をやる。

 その途中、私よりもあっち側にいたロロナ先生も必死に流れに抗ってて……そのロロナ先生の方へ焦った様子のリオネラさんとアラーニャ&ホロホロが飛んで行ってて…………()()()()!?

 なんかもの凄く気になるモノを見てしまった気が気がするけど……と、とにかく、その大きな体ゆえに嫌でも目がいってしまう例の大きなヒレのドラゴンはと言えば、まるで遠吠えをする『ウォルフ』のようにその首を大きくもたげてゆらしていて……その真下あたりになるドラゴンの胸元前の地面に流れる水が渦巻き飛沫を激しく上げながら集まっていくのが見えた。

 

 もしも、こけてしまったりして渦の中心(あそこ)まで流されてしまったら……! そんな考えが頭によぎってしまって、背中に悪寒が走りブルリッと震え上がってしまう。

 

 

 

――――――ぁ!!

 

――――――ぃ!!

 

 

「……? 今、何か聞こえたような……??」

 

 渦へと勢い良く流れる水音と、その名かをバシャバシャと抗う私たちがあげる飛沫の音のほんのわずかな合間に、なんとなくだけど、誰かの声が聞こえたような気がしたんだけど……?

 

 

「気のせい……あっ。っとっとっと!」

 

 不意に脚から消えた水の感覚が消えて、流れに上がらってた勢いのまま前のめりに倒れそうになったのを何とか踏みとどまる。

 すぐさま辺りを確認すると、比較的小柄で流されないか一番心配だったホムちゃんも、私よりもドラゴンに近かったリオネラさんやロロナ先生も……ビショビショになってはいたりもするけどとりあえずは無事そうだった。

 

 

 広範囲攻撃をやり過ごせたことにひとまず息をつきそうになっていた私に――――――()()()()()()()()()()()()()()

 

 その影たちは、あの大きなヒレのドラゴンが消えた場所に再び現れた『終わりのもの(あのナニカ)』へと跳びかかって……!!

 

 

 

 

 

「「アンタっ――――」」

 

「ロロナに」

「トトリに」

 

「「――――何してくれてんのよ!!」」

 

 

 

 

 

「くーちゃん!?」

「ミミちゃんっ!?」

 

 『終わりのもの(ナニカ)』に、銃弾の雨が降り注ぎ――――(ヤリ)の鋭い一撃が叩き込まれる!!

 





 やったか!?(二回目のお約束)


 錬金術士が二人いてもてこずる……その理由は、「二つの作品のゲームシステムというか戦闘システムの違い、それによる印象」が強いかと。つまりは書いてる人(作者)のせいですね、わかります。


 ようやく役者がそろった最終戦。『終わりのもの』を突破するその方法とは……!?

 次回、『最終局面』


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『終わりのもの』⑤

『ネルケと伝説の錬金術士たち』発売延期!
……最近のアトリエではいつものことなきもしますね。個人的には発売されるものが良くなるのであれば、延期なんてなんのそのですし、いくらでも待ちます。

それとは別に、『ルルアのアトリエ』ですよ!
ピアニャに、新キャラのオーレルの情報初公開! ここでは書きつくせないくらいいろいろありまくりで困ってしまいます!

何はともあれ、最新話でございます




***街道のはずれ***

 

 

 大きなヒレのドラゴンによる大渦(猛攻)をしのぎきった私たちの前に現れたのは、クーデリアさんとミミちゃん。

 

 偶然なのか間を測ってなのか――あの怒ってる感じからしたら、我慢した上で飛び出してきたようには思えないけど――ドラゴンが消えてから『終わりのもの(ナニカ)』へと向かって文字通り跳びかかった二人。

 クーデリアさんは『終わりのもの(ナニカ)』を高く跳び越えながらその両手に持つ銃で弾丸の雨を浴びせ、続くミミちゃんはその身の丈以上もある(やり)を跳びかかる勢いのまま袈裟斬りの要領で切り付け……槍を地面に叩き付けてしまう手前で持ち手で鑓先までの長さやその方向を調節しながら身体ごと回り、その回転の勢いを皿に加えた状態で今度は『終わりのもの(ナニカ)』を斬り上げた。

 ミミちゃんの流れるような一連の動きも目をみはるものがあるけど、それ以上にクーデリアさんが予想以上に身軽で凄い動きをしてて……前に一緒に冒険に出る機会はあって銃を使うってことも聞いてたけど、あの時はマイスさんとステルクさんだけで蹴散らせてから戦う姿を見るのは初めてだったりする。

 

 

『――――。』

 

 

「ロロナたちが手こずってるから並の奴じゃないとは思ったけど、ずいぶんと丈夫……というより、コイツ本当にモンスターどころか生き物なの?」

 

「当ってるはずなのに、硬い柔いじゃないこの変な感覚……塔の『エビルフェイス(あいつ)』を思い出すわね」

 

 はたから見て強烈に見えた二人の攻撃を受けて、そう大きくのけぞったりはしなかったものの動きを止めた『終わりのもの(ナニカ)』。そこから距離を取って私たちの方へと駆けてきたクーデリアさんとミミちゃんが思慮顔でそれぞれ言葉を漏らしてた。

 

 

 けど、それよりも……

 

「くーちゃんに、ミミちゃんまで! どーしてココに!?」

 

 私よりも先に先生が二人に問いかけた。

 二人とも『終わりのもの(見たことも無い気味の悪い何か)』が目の前にいるからか戦闘態勢のまま、先生の方へ向き直ったりはせずに視線だけを向けて口を開いた。

 

「どーしてもこーしても、これだけドンパチやってたら嫌でも『冒険者ギルド(ウチ)』に報告が来るにきまってるじゃない。んで、腕利きの冒険者が揃いも揃って『属性結晶』集めに各地に散ってる今じゃあ、あたしくらいしか派遣できる(来れる)人材がいなかったのよ」

 

「私は指令で、みんなが集めてた『属性結晶』を一旦まとめて、ロロナさんとトトリの所に持って行く途中で……そしたら、『青の農村』の近くで黒い霧があって、その中から爆弾や雷の音と変な気配がしたから「絶対何かあったんだ」って思って……」

 

 クーデリアさんに続いて言ったミミちゃんの腰には、何やらゴツゴツしたものが入ってそうな袋が。きっとあの中に『属性結晶』が入ってるんだろう。

 「戦うにはちょっと邪魔ね」と言いながら取り外し、私へとさし出してきた。……うーん。ここまででアイテムは結構使ったからポーチに入るかな?

 

「ロロナ。とりあえずの状況はおおよそ理解できてるし長々話してる暇はないから、手短に「今からどうするか」くらい説明してくれるかしら?」

 

「あっ、うん。『終わりのもの(相手)』の攻撃が凄い上に本体は素早くて丈夫で強過ぎて……それで、何か決定打になるような弱点が無いかって色々試してたんだけど、今のところどれも微妙で残りは『土』属性の『地球儀』だけなんだけど……」

 

「……とりあえず、何か手はあるのね。まっ、アッチも動くみたいだし、とりあえずあたし達でスキを作るからトトリと二人でやっちゃいなさい」

 

 先生が属性の事とか詳しいことを軽く省いたせいか、解ったのかどうかいまいちな反応を見せるクーデリアさん。でも、『終わりのもの(ナニカ)』が向きなおってきたし、手短に済ませなきゃいけなかったから仕方ないかな?

 

 

()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そうクーデリアさんは付け足すように言って――――って、誰にいってるんだろう? 

 チラッとこっちのほうを向いたクーデリアさんの視線は、気のせいか私や先生の肩越しの……その先へと向かっているような気が……。

 

 その視線に釣られるように後ろへと目を向け――る途中で、その声は私の耳に入って来た。

 

 

「しょ、そそ、そんなぁ!? せんぱい、わたし、ムリですよ~!?」

 

 

「うぇっ!? ふぃ、フィリーさん!?」

 

 後方支援をしてくれているホムちゃん……そのクーデリアさんよりちょっと大きいくらいの、比較的小さな体の背後にに必死に隠れようとするかのように中腰気味で震えている女の人。その姿は、見間違えるはずもない、私がそこそこ見知っている人……クーデリアさんと一緒で『冒険者ギルド』で受付のお仕事をしているフィリーさんだった。

 でも、クーデリアさんと違って、「冒険に行ってた」とか「下手な冒険者よりも強い」とか言う話はこれまで聞いたことは無かったんだけど……? 本人も「無理」って言ってるし、大丈夫なのかな?

 

 涙目でプルプル震えているフィリーさんが必死に訴えかけるけど、クーデリアさんはもはや振り向くこともしないで言葉だけであしらいはじめちゃう。

 

「別にあんただけで倒せなんてことは言わないし、そんな期待も全くしてないんだから。あんた、『魔法』が使えるってだけで下手な冒険者よりも役に立つんだから、今はとにかく自分と周りを回復させることだけ考えて逃げ回っときなさい」

 

「そんなこと言ったって~! 戦うなんて聞いてないですしっ、それに、なんだかもの凄く怖そうな相手で……わ私っ、初戦闘がこんな相手って死んじゃいま――――」

 

「可能性は十分にあったけど、言ったらあんた絶対来ないじゃない。まあ、とにかくあたし達も――あのリオネラだって頑張ってるんだから、ちょっとは手伝いなさい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 クーデリアさんの言葉に、フィリーさんだけでなく私も……ううん、私以外の人たちも少なからずビクリッと反応してしまう。

 

 でも、確かにその通りなんだ。

 『ゲート』が消えてから現れたとはいえ、『終わりのもの()退治の戦()はマイスさん救出のための実験の後始末。私たちが何とかしないと計画を実行できない(前に進めない)。それに……単純な話だけど、マイスさんの失踪(消えた)先だと思われる『はじまりの森』には『終わりのもの(目の前のナニカ)』がいて――――他にも同等かそれ以上のモンスターがいてもおかしくは無いってこと。そう考えると、『終わりのもの(このナニカ)』を倒せないんじゃあお話にならないってことでもある。

 

 

「ほらっ、来るわよ!!」

 

 

 クーデリアさんが注意喚起を飛ばすのとほぼ同時に、『終わりのもの(ナニカ)』が「黒い球」を撒き散らしながら高速で迫ってくる!!

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 これまでのリオネラさんによる囮役とホムちゃんのサポートに、新たにミミちゃんとクーデリアさんの揺動・遊撃、フィリーさんの回復役が加わった新たな戦線。特にフィリーさんの回復『魔法』の存在は大きくって、その分手の空いたホムちゃんは私たち皆への強化や異常状態・弱体化の解除、さらに『終わりのもの(ナニカ)』への弱体化付与を試みたりと戦術の幅が一気に広がることとなった。

 結果、私と先生にもかなりの余裕ができて、逆に『終わりのもの(ナニカ)』が大きな行動へ出るチャンスは減っていって……。

 

 

「トトリちゃん!」

 

「はい! 先生!」

 

「「『地球儀(ちきゅーぎ)』っ!」」

 

 

 

『――――――』

 

 

 みんなが作ったスキを突いて確実に当てにいった『地球儀』は狙いに狂いも無く『終わりのもの(ナニカ)』へとぶつかり、地響きを立てるほどの一撃をお見舞いすることとなった。

 

 けど…………

 

 

「ッハ~、トコトン丈夫だなー」

「ホントウにね。一応全く効いてないわけじゃなさそうだけど……」

 

 ホロホロとアラーニャがそう言うように、やっぱりと言うべきか『地球儀』が『終わりのもの(ナニカ)』へと与えたダメージはたいしたものじゃ無かった。

 これで『終わりのもの(ナニカ)』へはどの属性も特別効果があるわけじゃないことがわかった。

 

「属性攻撃用アイテム、4種類ともダメですか……いえ、ホムが用意した道具(モノ)の、そもそもの品質・効力の問題という可能性も十分ありますが……」

 

「ううん、そんなことないよっほむちゃん! 属性ごとにダメージに差はほとんどなかったから、結局はどの属性も弱点じゃなかったわけで……だから、ええっと……」

 

 ほんの少しの変化でわかり辛いけど、表情(かお)がこころなしかションボリとしてるホムちゃん。

 そんなホムちゃんに先生がフォローを入れている――――けど、いまいちとりとめの無い感じになってしまっている――――最中、私の中で、一旦頭の隅へと追いやっていたとある疑問が再び浮き上がってきてた。

 

 ……どうして、あの時の『N/A』はまるで効果が無かったんだろう?

 属性で言えば、『N/A』はさっき試した『フラム』と同じ「炎」属性。『フラム』は多少ではあってもダメージを与えることは一応できてたわけで……それなら、単純な火力で言えば数段上な『N/A』の爆発だって『終わりのもの(あのナニカ)』にダメージを与えられて当然のはず。でも、まるでダメージは無かった。

 もしかして、何かしらの条件で今よりももっと堅くなって――それで、『N/A』は効いてなかったとか? ……って、もしそうだったら、かなり不味いよね……。

 

 

 

「私の(ヤリ)とか直接的な攻撃もイマイチ……残念だけどトトリやロロナさんの考えていたような「突破口」は無さそうね」

 

「まっ、今の戦闘でわかったけど、数の優位を上手く活かせば持久戦もなんとかやっていけそうじゃない。属性の弱点関係無しの根性比べでも、何とかなるんじゃないかしら?」

 

「ふぇっ?」

 

 ミミちゃんに続いて、不敵な笑みを浮かべつつ見解を述べたクーデリアさん。

 ……なんだけど、何故かフィリーさんがその言葉に少し気の抜けてしまいそうなマヌケな声を漏らして、クーデリアさんを含めたほぼ皆の視線を集めた。もちろん、私もそっちへと目を向けてしまって……。

 

「……いやまあ、半分くらい騙して連れて来といたのは確かだけど、あんた、今このタイミングで帰れるって思ってたりしたの?」

 

「うぇええぅ!? 別にっ、そんなことじゃ……あっ、でも、確かに帰りたい……って、ちち違いますぅ! クーデリア先輩っ、今のはその、言葉のアヤで~!!」

 

「だ・か・ら! それでなんだっていうのよっ?」

 

 ワタワタ慌てたりして結果何を言いたいのかハッキリしないフィリーさんに、イラッとしたご様子のクーデリアさんが強く問い詰めて……そこで、私は強いプレッシャーを感じた!

 この戦いで何度も体感してきたこの類のプレッシャー。だけど、今回はこれまでとは()()違う感じで……そうして予想した通り、目お向けた先には――――

 

 

「っ! また別のドラゴンが……!」

 

 

 ――そう。現れたのは、羽毛を持ったドラゴンや炎のような体をしたドラゴンと同じ、二足歩行で腕が翼になっているタイプ(シルエット)のドラゴン……ただし、二体と比てその身体はやや細く華奢な印象を受け、何よりも額辺りから生える鋭い一本角

が特徴的だった。

 

 雄たけびを上げるように、その一本角で空を刺すように大きく首をもたげたドラゴン。

 

 すると、薄くではあるけど黒い靄に包まれていて少し暗くなっていた私たちの周辺が()()()()()()()()()

 というより、段々暗くなっていってる……ん? でも、まだ明るめな地面(ばしょ)もチラホラ……って、コレって「暗くなってる」ていうより「(かげ)ってる」って言ったほうが…………陰……影……なんで?

 

 ほんの一瞬でたどり着いた「なんで」という思考。それと同時に――ううん、反射的にだったし、もしかしたらそれよりも早かったかもしれない。

 そう、バッと空を見上げた。

 

 

 

 

 ()

 人の大きさなんか悠々越えているまんまるな巨岩が、空高くから降り注いてきてた。それも、1個2個じゃなくて――10個以上。

 

「『メテオール』使われたモンスターって、こんな気持ちだったのかな?」

 

「んなこと言ってる場合かぁっ! 早く離れるわよ!!」

 

 空から『☆を模したもの』や『うに』、果てには『ぷに』を降らせる道具(アイテム)『メテオール』。ふとそのことを思い出してたら、グイッと腕を強引に引っ張られ、そのまま半ば引きずられるように走り出すことになる。

 ああっ、でも、ミミちゃんの判断が正しいみたいで、巨岩が降り注ぎそうな範囲は一本角のドラゴンの周囲十数メートルだけで、走って離れれば避けるのはそう難しくはなかったみたい。

 

 

 と、その場から逃げる最中の私たちの耳に、クーデリアさんと、それとフィリーさんのちょっと荒い息遣いと共にその声がするりと入って来た。

 

「で、なんだったのよ、さっきの話は」

 

「ひぃ、ふぅ……! だ、だからぁ、まだ試してない属性が2つあるんじゃって思ってぇ~……だから、ですね――ケホッケホッ……ううっ、明日、絶対筋肉痛だよぉ」

 

 普段、受付のお仕事であんまり運動をしてい無さそうだけど、やっぱりここまで走りまわってきただけですいぶんと大変そうなフィリーさん。……()()()()2()()()()

 

「ちょっ、フィリーさんっ! 属性って、4()()ですよ!? あと2つなんて……」

 

「えぅ、トトリちゃん? で、でも、属性攻撃って6()()なんじゃないの?」

 

 

 フィリーさんの言葉に「えっ?」って声が複数被って聞こえた。もちろん、私の口からも出てたけど……。

 

 

()()()()()()()()、「()」、「()」、「()」、「()」……()()()()()()6()()()()?」

 

 

 「ち、違った?」と周りの皆の様子を代わる代わる必死に見るように視線ををせわしなく動かくフィリーさんは……って、あれ? 「火」? 「炎」じゃなくて? 「土」だって……それに、「氷」や「雷」は? あと、なんだか知らないのも……。

 

「あっ!」

 

 「思い出した」と言わんばかりに声を零したのはリオネラさん。巨岩があと少しでドラゴンの周りの地面と激突するというころ、範囲から退避し終えてた私たちの視線は自然とリオネラさんの方へと向いた。

 

「マイス君が昔言ってたんだけど……『アーランド(こっち)』と『シアレンス(前にいた場所)』じゃあ属性の概念?が違うって。それで、マイス君が使う――私やフィリーちゃんが教えてもらった『魔法』攻撃も全部『シアレンス(そっち)』のほうの属性だって話が……」

 

「それってつまり、『終わりのもの(あの敵)』もそっちの属性が基準で、弱点もそっちの属性であるかもってことですか?」

 

 私がそう問いかけ終えたのとほぼ同時に、降り注ぐ巨岩が大地を揺らし轟音を立てて砕け散る。

 リオネラさんの答えはその轟音でかき消されちゃったけど……少し迷うような表情をしつつも確かに頷いた様子からして、私の考えはとりあえず間違って無さそう。でも、まだ推測の域を抜けないけど……。

 

でも、言われてみれば、マイスさんの使ってた『魔法』って私が錬金術で作ったことのない「風」や「光」、「闇」といった属性の『魔法』だったように思える。それに……今戦っている相手やドラゴンがやってくることも、『シアレンス(あっち)』の属性にピッタリと当てはまってる。

 

 そんなことも考えていると、岩が落ち終えてからリオネラさんのそばに居るホロホロとアラーニャが喋ったことは、また私を悩ませることに……。

 

「しっかしだな。これまでリオネラ(こいつ)がけん制や誘導で撃ってきた『魔法』なんだけど、普通に「闇」とか「光」、「風」なんかの属性も撃ってて、それに『終わりのもの(アレ)』も何回か当たったりしてんだよ」

「けど、思い返してみても、全く効かなかったことは無かったけど、特別ダメージ負ったりしてる様子も無かった気がするのよ。もちろん、『錬金術』で作った道具であればもっと効果があるかもって可能性は無きにしも非ずなんだけど……」

 

 ……そうアラーニャは言うけど、つまりはそれってどっちにしろ難しいというかありえないくらいなんじゃぁ……?

 

 

『――――』

 

 

「っ! といった所で相手が大人しく待ってくれるわけじゃないし……来るわよ!」

 

 ミミちゃんがそう言った通り、いつの間にかその姿を消した一本角のドラゴンに代わり、『終わりのもの(ナニカ)』がまたこっちに迫って来てた。

 特に合図も無しに私たちは自然と解散して、それぞれが『終わりのもの(ナニカ)』と良い距離を保つべく動き出した。

 

 滑るように勢い良く突っ込んで来た『終わりのもの(ナニカ)』。私たちが避けて開けたルートをそのままの勢いで進み、完全に通り過ぎた。しかし、止まっていきなり一瞬発光したと思ったそのすぐ後――――ソコに『終わりのもの(ナニカ)』は()()()()()()()

 

 

 「えっ!?」と驚きの声を上げるよりも先に、視界の端に黒い(モヤ)が見えた。

 私のそばではなく、少し離れた場所――もっと正確に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いつの間に……!? いや、さっきの光ったので『瞬間移動』!? もしかして、『N/A』が効果が無かったのも、属性の耐性とかじゃなくてそもそも当たって無かった……!?

 それにもしあんな至近距離で攻撃を受けたら、下手したら一撃でなんてことも……!?

 

 

 そんな考えが私の頭の中をグルグルと行き交いながらも、視線の先のスローモーションで見える光景は、何か『魔法』を撃ち出そうとするかのように先生へと向かって手のひらを突き出す体勢に入る『終わりのもの(ナニカ)』。そして、カゴの中に手を突っ込んで道具(アイテム)を取り出そうとするロロナ先生。

 

「あっ」

 

 ど、どうしたんだろう? なんだか少し嫌な予感が……

 

 

 

 

 

「もう道具(アイテム)がパイしか残って無い……?」

 

 

 先生っ!?

 あれだけあったはずなのに、私とホムちゃんとの時、あの序盤でどれだけ浪費したんですか!?

 そんなツッコミをしそうになっちゃうけど、そんな余裕はない。クーデリアさんや他の人も間に入ろうと動き出してはいたけど、なにせ完全に不意打ちとなった『瞬間移動』の直後。とても間に合いそうには……!!

 

 

「ロロナ先生っ!!」

 

 

 

 

 その声が先生に届くどうか、そんな一瞬……淡いピンクの光が先生と『終わりのもの(ナニカ)』弾け――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――ォ!!』

 

 

 

「「「「「「えっ?」」」」」」

 

 

 『終わりのもの(ナニカ)』が弾かれるようにのけぞった。

 

 

 って、先生は!?

 

 尻餅をついてポケーッとしている先生に急いで駆け寄って肩をゆすってみることに。

 

「ロロナ先生っ、大丈夫ですかっ!?」

 

「え、あ、うん。大丈夫だよ? それで、今、何があったの?」

 

「なにがって、私にもさっぱりで……先生が何かしたんじゃ……?」

 

 そう聞いてみると、先生はコテンと首をかしげてしまう。

 

「爆弾が無くって、もうヤケクソだ~!って『エンゼルフルハート』をドッカーッンと……」

 

 確か、杖にちからを集めてから撃ち出し拡散させて広範囲を攻撃する技で……あのピンクの光は『終わりのもの(ナニカ)』の攻撃じゃなくて、先生の『エンゼルフルハート』だったんだ……。普段の冒険じゃあ、先生もアイテムばっかり使ってるからあんまり馴染が無かったけど、あんな感じの攻撃だったよね。うっかり忘れて……。

 

「無事でよかったけど、どうしてロロナの『エンゼルフルハート(あれ)』があそこまでのダメージになってんの?」

 

「たしかに、マスターの『エンゼルフルハート』は物理的なダメージのみだったはず。……仮に、見た目的にあちらの世界の『属性』の「光」として敵側に認識されていたとしても、そもそも「光」は『終わりのもの(あのナニカ)』の特別聞いたわけではなかったのでは……?」

 

 私に続いて駆け寄ってきたクーデリアさんとホムちゃんが、私もうっすらと感じていた疑問を口にした。

 その通りなんだよね、一体何でなんだろう……?

 

 

 

「「あっ」」

 

 揃って声を上げたフィリーさんとリオネラさん。「まさか、また何か忘れてたことが……?」と二人の声がした方へ眼を向けるのとほぼ同時に、その信じがたい言葉は聞こえた…………

 

 

 

 

 

「「()()()」」

 

 

 あい……「愛」?

 




「愛って何さ?」
遂に、ようやく、終局。

次回、『ロロナ【✳︎12✳︎】』


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ロロナ【*12*】

先出しファミ通にて、お母さんロロナ&スクショ公開!
なんと、今作にも登場しているちむどらごんくんが成長した姿で登場!? ロロナかわいいヤッター!
……本編以外にも書きたいことがたくさんであります。

 大変長らくお待たせしました。
 正直に言います。「シリアスかけない……」と気付いた時点で何となくそんな風になる気がしてましたが、書き上がったはずなのに、納得というかスッキリしない感じです。不完全燃焼?

 各ルートそれぞれ別々の展開を考えた結果のお話です。
 そのため、『ロロナ【*12*】』は別にイチャイチャとかそんなのはないです。あくまで「各ルートごとのヒロインを主軸においた『終わりのもの』編ラスト」といった扱いになっております。……そもそも、マイス君がいませんので、イチャイチャさせたくでもできないという……。


 というわけで、ロロナ視点でのお話です。
 シリアスなんて無かった。


 

 

【*12*】

 

 

 

***街道のはずれ***

 

 

「「()()()」」

 

 りおちゃんとフィリーちゃんが言った言葉に、私は固まって……ううん、私以外も固まってしまって……

 

 

「……こんな時に、何の冗談よ?」

 

 くーちゃんだけが、そうツッコミを入れてた。まぁ、くーちゃんの言う通りなんだけど……

 

 

先輩(せんぱぁーい)っ!? 私たち、ふざけてたりしてないですからぁ~!」

 

「ええっ……」

 

 疑うような目で見るくーちゃんにフィリーちゃんはタジタジで、そこにりおちゃん()()が助け舟を出してあげた。

 

「そ、その、さっきフィリーちゃんが言った6属性以外にも、実は「愛」と何の属性でもない「無」があって……。属性を付与してない武器の攻撃は「無」だと思うけど、それが特別『終わりのもの(アレ)』に効いてるわけじゃなかったから……」

 

「だから、さっきのロロナ(嬢ちゃん)の攻撃は消去法で「愛」属性だろうってわけだ」

「一応、リオネラたちがマイスくん(あの子)に教えてもらった『魔法』の中には「無」属性は無くて「愛」属性はあるけど、その、ちょっと……ねぇ?」

 

 ……???

 りおちゃんの言葉を補足するように付け加えたほろくんとらにゃちゃんだけど、なんだからにゃちゃんの歯切れが悪い気が……? どうかしたんだろう?

 

 放心しかけてたトトリちゃんたちも復帰した(もどってきた)みたいで、その内のミミちゃんが一回かわいらしく咳払いをしてから「それで」って話し出す。

 

「その「愛」属性とやらが『終わりのもの(あいつ)』の弱点で、その属性『魔法』もあるなら、ロロナさんと『魔法』を使えるを他が援護(サポート)に回るって体制でいいのかしら?」

 

「じ、実はぁ~……愛属性魔法はもう使ってて()()()()()というか……ひぃっ!? ミミ様っ、そそそそんな睨まないでくださぃ~!!」

 

「ミミちゃん、落ち着いてっ。……でも、フィリーさん。使ってたのに使えないって、どうい……う…………ああっ!? も、もしかして……!」

 

 トトリちゃんが途中で()()()()に気付いたのか、目を見開いて声を張り上げた。

 ……そんな姿を見たフィリーちゃんが申し訳なさそうに――りおちゃんが苦笑いをして頷いたのを見て私も確信してしまい、必要無いかもしれないけど万が一外れてる可能性を考えて、一応聞いてみる。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「はいぃ」

 

「実は攻撃用の魔法は無くって……」

 

 二人の言葉を聞いて、私はひとり心の中で「やっぱりかぁ」と呟く。

 隣にいたほむちゃんは「愛情は傷を癒すと聞いたことがありましたが、事実でしたか」って納得したように頷いてるけど、それ、違うと思うよ?

 

 

 

「むしろ、何でロロナ(オメー)のが「愛」属性なんだ?」

「そうねぇ、『エンゼルフルハート』って名前だけはそれっぽいけど、何か心当たりは?」

 

「ううっ……それを聞かれても、よくわかんないとしか……」

 

 『エンゼルフルハート』にそんな力があったなんて初めて知ったし、「愛」属性なんてのも全然知らなかったわけで、そんな聞かれても何にもわかんないから教えようが無いんだよね……。

 そもそも、マイス君から属性のことなんて聞いたことはまるでなかった。『魔法』についても『学校』の話をしてた時にポロッと聞いて、それから大々的にマイス君がお祭りで公開したあの時にようやくちゃんと見たわけで……うーん、むしろりおちゃんのチカラのほうが私の中じゃぁ魔法って感じだもんなぁ。

 

 でも、何か忘れてるような……? ぞくせーまほー……ううん、なんか違う。もっとこう、『錬金術』関係……でもなくて…………愛……それはもっと違う。

 ……なんとういか、こう、もっと最近も耳にしてて……属性…………

 

 

 

―――――――――言えば「属性」という方向性を持った――――――――――――――――――

 

 

 

 あれ? マイス君が『農業』のこと以外でそんな真面目な感じで喋ってる時なんてあったっけ?

 って、だから、まずマイス君から『魔法』とか『属性』のことを聞いた憶え自体無いんだって! ……ん? それじゃあ、誰が言ってた(誰から聞いた)んだろ?

 

 

 

「つまり、必死こいて探った『終わりのもの(アレ)』の弱点はロロナしかつけそうにないってこと」

 

 くーちゃん……じゃないなぁ。さっきの感じからして『属性』のことも知らないっぽかったから違うはず。

 

「それは……あっ! ええっと一か八かで回復魔法、『終わりのもの(あれ)』にかけてみますぅ……?」

 

 フィリーちゃん……も違う気がする。『魔法』や『属性』のことはきっとわたしよりももっと知ってるだろうけど、そんな話、今の今までしたことなかったし……。

 

「それで『終わりのもの(あいつ)』が回復でもしちゃったら本末転倒じゃない」

 

 もっともなことを言ってるミミちゃん……は、『シアレンス(あっち)』のことはマイス君から色々聞いたことがあるらしいけど、『属性』とかのことは……どうなんだろう? ミミちゃんがそう言う話をしてるとこは記憶に無いなぁ。

 

「でも、他の属性も効果が無いわけじゃないですし、みんなでやればなんとかなりますよ!」

 

 胸の前で手をぎゅっとしてるトトリちゃん……も、私とあんまりかわんないくらい知らないっぽかったから、違うよね。『錬金術』のことならそれなりに真面目に話したりはしてるんだけど……

 

「マァ、最初のころとは違って大体対応はできるようになってきてっからな」

「そうねぇ。瞬間移動に気を付けさえすれば人数と手数の優位で何とか押し込めるんじゃないかしら?」

 

「う、うん、絶対大丈夫っ! がんばろう!」

 

 気合を入れてるりおちゃんたち……が一番『魔法』について知ってるはずだけど、もし何かわかることがあるなら既に言ってそうだけど……愛属性みたいに何かうっかり忘れてたり? ないかな?

 

「マスター、先程からうんうん唸っていますが、どうかしたんですか? どこか怪我でも……?」

 

 そう言い心配そうな表情(かお)をして、少し見上げるように私の顔を覗きこんでくるほむちゃ……

 

「…………あっ」

 

 

――――簡単に言えば「属性」という方向性を持った「凝縮され結晶化した『ルーン』」――

 

 

「? ホムの顔に何か付いて――」

 

「ああー! それだーーーーっ!!」

 

 

『――――――!』

 

 私が()()()()を思い出して、ついホムちゃんを指差しながら声をあげちゃったのとほぼ同時に、何故か『終わりのもの(あのナニカ)』がいつものよくわからない鳴き声をあげて動き出しちゃった。

 

 

「ちょっ、なによロロナ(あんた)っ! アレと一緒に叫んだりして……まさかとはおもうけど、意思疎通でもしてみようとしたの?」

 

「くーちゃん!? ち、違うよ! これは偶々(たまたま)でほむちゃんが……って、うわぁっ!!」

 

 私たちの間を『終わりのもの(あのナニカ)』が通り過ぎて……!!

 んんっ? 通り過ぎた軌跡(あと)にゆっくり点滅してる光の球が三つほどフワフワとゆっくり飛んでて……こんなのちょっと前にも見たことがあるような……?

 

 ああ、そうそう、あれはホント最初のころ、結局はりおちゃんたちが防いでくれたあの大爆発、それをおこしたやつだー……ちょっと小さくなってる気がするけど。

 はれ? ()()

 

「ひやぁあっ~!」

 

 跳ぶようにその場から離れたそのすぐ後に、爆発が三つ立て続けに起こった。その規模はあの時の大爆発ほどじゃなくて、一つ一つは人一人分くらいの大きさだった。

 けど、すごく痛そうなのは相変わらずで、危うくあれに巻き込まれそうだったって考えるとちょっと冷や汗が……って、それより今はっ!

 

 

 

「ああ、いたっ!! トトリちゃん! ミミちゃんの!」

 

「「えっ」」

 

 『終わりのもの(ナニカ)』の攻撃をよけながら見つけた()()()()()()に声をかけたら、驚いてるようなわけわかんないような表情(かお)をしてコッチに振り向いた。

 って、今のは急いでた私の口から出た言葉が悪かったよね。一旦、落ち着いて……

 

「ええっと違うくて、トトリちゃんアレッ! ミミちゃんから預かったあの袋貸して!」

 

「え、あ、はいっ。それはいいですけど……?」

 

 「どうしたんだろう?」って顔をしながらもポーチからガサゴソ取り出して、()()()を渡してくれたトトリちゃん。ミミちゃんのほうも「ああ、そういう話ね」って納得(?)したみたいで『終わりのもの(ナニカ)』の相手にすぐに戻ってった。

 

「先生、いきなりどうしたんですか!? 袋の中身(それ)は『ゲート』発生のために必要な『ルーン』のもとで、ミミちゃんたちが集めてきてくれて……なんで今?」

 

「うん、そうなんだけどね。もしかしたら……『終わりのもの(あいつ)』をやっつけられるかもしれないの!」

 

「ええっ!? それはまあ、ある意味ではエネルギーの塊ですし、それを上手く攻撃に転用できればダメージを与えられるかもしれませんけど……! でも、それでも今からっていうのは難しくないですか? 『ゲート』発生装置を調合し(つくっ)た時にわかったんですけど、そもそもその『属性結晶』はエネルギーに変換するのには手間が…………あれ? 『()()結晶』……ぞくせい?」

 

 言ってることはその通り(とーり)なんだけど……でも、トトリちゃん()気づいたみたいだ。

 そして、じれったくなって、袋を逆さまにしてバサーッと中身をぶちまけた私は今、それらを見つけた。5,6個目に付く、()()()()()()()()()()()()

 

 

「あった! ()()()()()()()!!」

 

「ロロナ先生っ! も、もしかして、コレが『愛属性』の『結晶』なんですか!? そうなんですね!」

 

 そう。トトリちゃんが言うように、『ハート型の結晶(コレ)』が『愛属性』のはず! というのも……

 

「思い出してみれば、『属性結晶』ってほむちゃんが『ルーン』の集め方を教えてくれた時に言ってた()()()で、『ルーン』の結晶に『属性』ってほーこーせーがついたものだって師匠が研究してわかった……だからそう呼んでるって。そして、『属性結晶(これ)』が元々『アーランド(こっち)』になかった『ゲート』を壊すことで手に入ることを考えたら……」

 

「『属性結晶』が持ってる属性は、『シアレンス(むこう)』の属性と同じはず……ってことですね!」

 

 目をキラキラさせるトトリちゃんに、私は大きく頷いて見せる。

 

 辺りに散らばった『属性結晶』は形も色も様々で、私の記憶にあるだけで8種類くらいだったはず。今の今まで気にしたことは無かったけど、よくよく考えてみたら、今日聞いた「無」「愛」を含めた『シアレンス(あっち)』の()()()()()()()()

 

 もちろん偶然かもしれない。けど、今目の前に見える『属性結晶』を見てみれば、話に聞いた『属性』とは無関係には見えない。

 燃え揺らめく火のような形をした赤い結晶。滴る雫のような形をした水色の結晶。逆巻く竜巻のような形をした白い結晶。ゴツゴツとした岩のような形をした薄茶色の結晶。まるで深い穴に吸い込まれ落ちていくかのように渦巻く暗い紫色の結晶。ぴかっと輝く閃光のような形の黄色い結晶。そこら辺の小石のように小さい緑色の結晶。……そして、いわゆるハート型と呼ばれる形をした真っ赤な結晶。

 よくわからないのが若干1種類あるけど、それ以外はすんなりと『属性』に当てはめることはできる。ハート型の結晶も、その見た目的にも、消去法でいっても『愛属性』であることはほぼ間違い無い…………はずっ!

 

 そして……

 

 

「結晶から属性のチカラを引き出してそれを使って調合すれば、『終わりのもの(あいつ)』に大ダメージを与えられる『愛属性』のアイテムがつくれるはず!」

 

 それはもう、これまで『終わりのもの(あっち)』がやってきたのを倍返しにするくらいにドッカーン!とスッゴイ爆発をおみまいできるくらいの道具(アイテム)でも……けど、『愛属性』の道具って爆弾になるのかな? それともそれこそ『魔法』みたいにブワーッと飛んでく感じで? 一体何がいいんだろう?

 

「話は聞かせてもらいました。ホムのことを指差してから騒ぎ出したかと思えば、そういうことだったのですね、マスター。では、急いでアトリエに戻って調合を……そういえば『トラベルゲート』は……?」

 

「えっと、冒険じゃなかったし遠くまで行く予定じゃなかったから持って来てなくて……」

 

「では徒歩になってしまいますが……それだと、むしろ『青の農村』のほうが近いですね。おにいちゃんの家にも錬金釜はありますし、素材も『愛属性の結晶』はここにありますしおにいちゃんの家なら大抵揃うでしょうし、そちらへ行ったほうが早いでしょう」

 

「そうですねっ。『終わりのもの(アイツ)』の相手にも慣れてきましたし、人数的にも余裕はできてるから私たちで何とか対応して、その間にロロナ先生にいそいで調合してきてもらえば……!」

 

 トトリちゃんが言うように、今、こうして三人が少し離れて援護が減っている状態。危ない状況は全く無いとは言い切れないけど、それでも『終わりのもの(アイツ)』何とかできてるように見える。なら、私一人がいないくらいならまだまだ余裕はあるはず。

 確かに、その通りなんだけど……

 

 

「ううん、調()()()()()()()()()()から、チャチャッとやっちゃうよ!」

 

「……ここで?」

 

「あー、それは知ってますけど……大丈夫ですか、先生?」

 

 眉間にムギュっとシワを寄せて首をコテンッとかわいくかしげるホムちゃんと、「え~」って感じに嫌そうな表情(かお)をするトトリちゃん。

 そんなに心配しなくていいのに……

 

「大丈夫だいじょーぶ! だから、二人はみんなを手伝ってあげて」

 

「マスターがそう言うのなら……。代わりにと言ってはなんですが、ちむ(この子たち)を手伝い(けん)護衛につけておきます」

 

 ほむちゃんがそう言うと、どこからかトテトテと駆け寄ってきたちむちゃんたち。竜巻で遠くまで飛ばされてた子も戻ってきてたのか、いつの間にか4人になってて「「「「ちむっ!」」」」って仲良く掛け声をあげてた。

 

「わかりました。それじゃあお願いしますね先生! …………なんだか、そこはかとなくイヤな予感がしますけど」

 

 最後にポツリと呟いてから駆け出すトトリちゃん。ほむちゃんもその後をついて行った……。

 トトリちゃん、なんでそんなに心配しちゃうんだろう?

 

 

 

「なにはともあれ、手早くつくっちゃってあんな奴倒しちゃおー!」

 

「「「「ちむ~!」」」」

 

 カゴなんかよりも何倍も大きい錬金釜(冒険の時用)をヒョイっと取り出す。

 初めてやってみせた時トトリちゃんはすっごく驚いてたけど、今のトトリちゃんならこのくらい簡単にできる……はず。じゃないと冒険に持って行けない道具(アイテム)ってけっこうあるし……

 

「それじゃ、いっくよ~! 『愛属性の結晶』投・入!!」

 

 『愛属性の結晶』を6個バラバラーっと錬金釜へと頬り込む。

 ここからこうしてぐーるぐーるとかき混ぜて……そうしたら凝縮してひとまとめに……そうしたら純粋な『愛属性』の塊になる。そこに道具(アイテム)として使う為にいい感じに色々と付け足して……

 

 

「……ちむ?」クンクン

「ちむむっ!」

「ち~む~……」クゥ~

「…………」ヨダレダラー

 

「ふえっ? どうかした…………ああ、なんだかいい匂い~♥。まるで『パイ』が焼けてくような甘くて香ばしい…………ん? 『パイ』?」

 

 

 この匂いがしてるのは、間違い無く今私がかき混ぜてる錬金釜から……。

 あれ? 『パイ』の材料なんて入れてないよね? 色々『パイ』にしちゃったことはあるけど、今は別にお腹減ってないし、誰かと一緒にかき混ぜてないし……そもそも今回は「『パイ』にしよう!」だなんて全く思ってなかったよ!?

 

 気のせいだって自分に言い聞かせて思いっきりぐーるぐーる混ぜ続ければ、ほらっ――――甘くて香ばしい香りが強くなっていって……

 

 

「で、でっきたー! ハート型のパイ、名付けて『愛のパイ』~…………どうしてこうなったの?」

 

 よくよく考えてみれば、基本的に冒険中に調合したことあるのって『パイ』だけで、他の道具は手持ちのやつだけで大抵何とかなってたし……正直に言うと、冒険の最中に、採取したのを見て「あっ、これ『パイ』にしたらいい感じかも!」って思ったらぽーいって入れてぐるぐるして…………あ、うん、今さっきのと大体同じ流れだね。

 きっとトトリちゃんもわたしが冒険先で『パイ』しか調合してないことを思い出して、心配してたんだね……今になってようやくわかった気がする。

 

 ていうか、手元にあった『愛属性の結晶』全部がひとまとめになって『パイ』になっちゃった……ど、どうしよう?

 

 

「ちむー!!」

「ちっむちっむ!」

「……! ……!」

「ちぃ~むぅっ!」

 

 でも、ちむちゃんたちには大人気。「ちょうだい!ちょうだい!」って跳んでアピールしたり、わたしの脚をよじ登って来たり、もの凄い真っ直ぐな眼をして無言で訴えてきたり、何故か踊り回ったり…………その視線はわたしじゃなくて、わたしの手にある『愛のパイ』にしか向いてないんだけどね。

 

「かわいい……って、そうじゃなくって、『愛のパイ(これ)』はあげられないんだよ!? これは『終わりのもの(あいつ)』を倒すための最終兵器で……!」

 

「「「「ちむむ?」」」」

 

――――『パイ』が?

 

 そう言われた気がしたけど……気のせい、だよね?

 

「でも、確かに『パイ』だもんね。回復魔法じゃないけど、逆に敵が回復しちゃうような……うわぁ!? スカートひっぱって……いや登らないで――って他の子も~!?」

 

 最初に登ってきてた子に続けとばかりに他の3人も……! こ、こそばゆいし、独りならまだしも計4人となるとさすがに重さが……それも、段々と上のほうへくるとなおのことでぇ!

 なんとか踏ん張るけど、もう一番最初の子が腰を通過、そして次々に上半身をマントとかを掴んで登って……

 

「だからーダメだってばー!」

 

 もう時間の問題な気もするけど、なんとか『愛のパイ』をちむちゃんたちに盗られないように、腕を伸ばして頭の上にあげて少しでも届かないように――――

 

 

 

――ピカッ!!

 

 

 

「へっ?」

 

 ()()()()()――そう、まだ薄っすらと黒い靄が辺りに散ってる目の前の景色が一瞬だけ全部薄い桃色に塗りつぶされるくらいの光がパッと。それと同時に、わたしの手から『愛のパイ』の感触が消えた。

 

 いきなりのことに、反射的に頭上へと目をやって……やっぱり何も持っていない自分の手が見える――――だけじゃなかった。

 

 

()()()()()?」

 

 

 あれ? ……ああそっか、黒い靄で……その隙間から見える色は茶色っぽくて…………でも、ちょっと真上からはズレてるけど、アレはわたしの頭上のはるか上空にあるから、今見えてる部分は陰ってるはず。となると、あれはもっと黒さは無いはずで、きっとこげ茶色というかそんな色なんじゃ…………まるで、こんがりと焼き上がった――――

 

 

 ――――ん? 形といい色といい、なんだかとっても見覚えがあるような……?

 

 

 ……そんな風に考えてる(現実逃避してる)間に黒いハート――もとい何故か大きくなって空から降ってきてる『愛のパイ』は、どんどん地表へと近づいてて……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして――――

 

 

――ベチョン

 

 

 原型は全然残ってるんだけど、なんだか(みょー)に生々しい「パイの落ちた音」がして、『終わりのもの(あのナニカ)』という敵も含め、わたしとちむちゃんたち以外のこの場にいた全員が巨大な『愛のパイ』の下敷きになった……。

 

 

「あ、あははは……も、もしかして、これ、わたしが悪いのかな……?」

 

 わざとじゃないけど……でも……

 

 そう思って、わたしにまとわりついてるちむちゃんたちに聞いてみた。

 けど、ちむちゃんたちは落ちてきた巨大な『愛のパイ』に放心してるみたい……ああっ、違う。みんなヨダレたらしてる。おっきなパイに目を奪われてるだけだ、これ! そんなに食べたいのかな? 確かにいい匂いはするし、ちょっと気になるし、やっぱり大きいってだけでなんだか特別感があって…………

 

 

 

 

「ロ~ロ~ナ~?」

 

 聞き覚えのあり過ぎる、ちょっと怒った感じのくーちゃんの声に、わたしは巨大なパイへと向いていた意識が引き戻された。

 くーちゃんは、その巨大なパイから這い出してきて……ちょっとべとべとしたのが顔や身体中についたままこっちに……ああっ! 入れ替わるように、わたしから離れたちむちゃんたちが巨大なパイへと一直線に!! って、くーちゃん以外の皆もゆっくりとだけど出てきて……

 

「昔、あんたに『パイ』をぶつけられたことがあったんだけど……まさか今になってここまでのことをしてくるなんてねぇ?」

 

 確かに昔、まだ王国からの課題をこなしてたころ、『メテオール』をつかったパイ・『パイメテオール』をつくった時に、その効果でたまたまアトリエの近くを歩いていたくーちゃんに『パイ』が降ってきたことが……! ううっ、みんなのことも気になるけど、目の前まで来たパイまみれのくーちゃんの声から感じる怒気がすごい……!

 口元は笑ってるけど、目は瞑ってるし、こめかみはピクピク動いてるしで……絶対もの凄く怒ってるよ!!

 

「あ、あの『パイメテオール』の時の……あれもわざとじゃなかったんだけど、今回もちょっとその、わたしにもわけわかんないことになってて……! ご、ごめんね!? 顔だけでもすぐに拭くからっ!」

 

 ハンカチを取り出して、一番影響があると思う目元から拭き取ってそのままほっぺたのほうも――

 

 

「んっ……」

 

「ううっ、洗い流せたらそれが一番良いんだけど……そうだ! 『終わりのもの(あのナニカ)』がまた魚みたいなドラゴンを呼んだら、あの水で洗い流せるんじゃ……って、ああ!? 今、まだ戦闘中っ敵はどこに……!?」

 

 くーちゃんも普通に無事なことを考えたら、やっぱり『愛のパイ』に攻撃力なんてものはなくて『終わりのもの(あいつ)』も無傷で――――

 

「ちょっと!!」

 

 トトリちゃんやりおちゃんたちが這い出てきた巨大な『愛のパイ』の方が危ないかもしれない! そう思って、そっちへ行こうとしたら、ハンカチを持ってた手をクーちゃんに捕まれて引き戻され……!?

 

「ま、まだ顔にクリームが付いてるんだけどっ?」

 

「あぅごめっ…………くーちゃん? もう付いてないみたいだけど……?」

 

「えっ……そ、そう…………なら、あと髪だけでも……」

 

「う~……してあげたいけど、『終わりのもの(あいつ)』がどこにいるかもわかんないし。ごめんね、後でいいかなくーちゃん」

 

 そう言ったらくーちゃんはシュンとしちゃって……くーちゃんが?

 

「……もうちょっとかまってくれたっていいじゃない。だって、マイスが戻ってきたらコンナコトできないもの」

 

「へっ?」

 

「あたしだってマイスには戻ってきてほしいわよ? でも、少し前からロロナ(あんた)とマイスって周りが二の次になるくらい意識し合ったりベッタリしてたでしょ? そしたら、あたしとは自然と一緒にいる時間は少なくなって……寂しかったのよ?」

 

「どうしたの、くーちゃん!?」

 

 くく、くーちゃんが何か変になってる……!?

 まさか、パイで頭を打って変に……「パイで頭を打つ」ってなんか凄く変な気がするけど…………とにかくなんだかおかしいよ!?

 

 

「マスター」

 

「ほむちゃん、いいところに! あと、『パイ』はごめんね! それで、その、なんだかくーちゃんが変になっちゃってて……!」

 

「それはおそらくあの空から降ってきた『パイ』が原因でしょう。ホム()パイ(アレ)』が口に入ってからというもの心拍数が上昇し、マスターを見ているとなんというかこうホワホワする感じがします。過去にマスターが作った変わり種の『パイ』たちと同じく、食すことによって特有の効果が発揮されるようです」

 

 ううっ!? 薄々そんな気はしてたけど、やっぱり『愛のパイ(あのパイ)』のせいで……?

 というか、ほむちゃんが気付いてるかは微妙だけど、ほむちゃんたちの口に入る前に光って飛んで大きくなってっていう過程が実はあって……あれ? そういえば、ほむちゃんってばさっき「ホムも」って言ってたけど、ほむちゃん自身はそこまで変化が無いような……って、そうじゃなくて! よくよく考えてみたらくーちゃんやほむちゃん以外の人も――――

 

「――もしかして、『終わりのもの(アレ)』も!? アレも今のくーちゃんみたいに……そ、それってどうしたら!?」

 

「ちょっとロロナぁ、なに騒いでんの? ていうか、あたしの話、ちゃんと聞いてる?」

 

「くーちゃん、今それどころじゃあ……!」

 

 もし『終わりのもの(あのナニカ)』が『愛のパイ』を口にしてなかったら、いつどこから襲ってきてもおかしくないしこんなノンビリ話してる場合じゃぁ……! で、でも『愛のパイ』を食べちゃってたら食べちゃってたで、襲ってこなくなるかもしれないのはいいけどどうやって接すれば……!?

 

「心配には及びません。『終わりのもの(あのナニカ)』についてですが……『パイ』に潰されてる最中に爆発し弾け飛ぶのを目撃しました。そして、ついさきほど辺り一帯を確認しましたが姿は見えませんでした。一帯に蔓延してた黒い靄ももうありませんので、倒せたと判断して問題無いでしょう」

 

「ああ、そうなんだ……よかったー」

 

 言われてみれば、いつの間にやら周囲に散ってた黒い靄は消えてしまってて、空から降り注ぐ太陽の光がちゃんと地表までとどいてる。

 まさか『パイ』で倒せるなんて……でも、あの『愛のパイ』は『愛属性の結晶』でつくったんだから、本当に愛属性が弱点だったなら『終わりのもの(あのナニカ)』にとっては凶器だったのかな? というか、爆発して弾け飛ぶって一体何が……?

 

 

「ロロナ先生~……」

 

 む、この声はトトリちゃん!

 見れば、ベトベトに汚れちゃってるトトリちゃんとミミちゃんが肩を落としてヨタヨタと歩いてきてた。

 

「トトリちゃん! ミミちゃん! 大丈夫? 変になってない? 『愛のパイ(あのパイ)』食べちゃってない!?」

 

「いえ、食べてませんよ。先生が「今から調合する」とか言ってた時点で、なんとなくイヤな予感はしてましたから……やっぱり何かあったんですか?」

 

「ええっと……ロロナさん、アレ、食べちゃったら何かまずかったんですか? 私、出てくる最中に口に入ったの飲み込んじゃったんですけど……」

 

 不安そうに効いてくるミミちゃん。

 ……だけど、あれ? あんまり変わってないというか、ほむちゃん以上にどうもなってない……もしかして、効果が発揮されてない? なんで? いやっその、そもそも発動してほしいような効果じゃないっぽいんだけどね?

 

 

「今現在判明している効力は、ホムが確認できてる範囲では、外傷・疲労の回復、治癒能力の一時的な向上……さらには、原理は不明ですが心拍数の増加、思考能力の極端化、マスターへの意識集中などが挙げられます。どうやら個人差があるようですが――――」

 

 わたしに変わって説明してくれてるホムちゃんが「例えば……」と言って視線を動かし、それにつられるようにして、わたしやトトリちゃん、ミミちゃんもソッチを見た。

 

「別に、ロロナ(あんた)マイス(あいつ)がくっついたのが嫌だとか、そういうわけじゃないわよっ!? どこの誰ともわかんない奴よりも、昔から知ってるあいつのほうが全然信用できるし、いい奴だってことはわかってる。けど…………ハァッ!? あたし、今なにか言って……って、フィリー(あんた)何してんのよ?」

 

先輩(せんぱぁい)! 助けてくださいっ! リオネラちゃんが今頃またぶりかえしたのか、変になっちゃってますぅ^!?」

 

「将来、ロロナちゃんが私のお義母さんになっちゃうんじゃなくて、今から私がロロナちゃんの義娘(養子)になれば……それならロロナちゃんからマイスくんをとらなくていいし、マイスくんからロロナちゃんをとらなくてもよくなって……はははぁ」

 

 

「――――と、このように、マスターへの元々の好感度が高い人物ほど効果の影響を強く受けるようです」

 

「そ、そうなの……? あれ?」

 

 そもそも食べてないトトリちゃんやトトリちゃん繋がりでの関係が主なミミちゃんはともかくとしても、ほむちゃんに効果がそんなになさそうなのはどうして?

 え、あれ? ま、まさか……! 実はほむちゃんってわたしのことそんなに好きじゃないの!?

 

 はぅわぁ!? な、なんだかトトリちゃんたちからの視線が……!

 

「とりあえず、先生の愛の形が『パイ』で、先生の(パイ)が人を狂わせるってことはわかりました、ハイ」

 

「幻覚作用があるって言ったほうがマシな気が……マイスさんも大外規格外な人だけど、この人にマイスさんを任せて大丈夫なのかしら? でも、私が口出しするようなことじゃ……」

 

 うぐっ!? トトリちゃん、そんな目で見ないで~! というか、ミミちゃんはそんなとこまで心配してるの!?

 そんな時、袖をクイクイッと引っ張る手が……

 

「マスター」

 

「ふぇっ……ほむちゃん、なぐさめて――」

 

「そんなことより、あちらを。甘い匂いに釣られて寄ってきたモンスターたちが、『愛のパイ(例のパイ)』を食べはじめてます」

 

「えっ」

 

 そう言われて巨大なパイのほうに目をやると、ほむちゃんが言うように、ちむちゃんたち以外に『ウォルフ』や『ぷに』、『たるリス』などといったモンスターたちがたくさん群がってた。その内の数匹は青い布を身に着けた『青の農村』の子たちだった……逆に言えば、その数匹以外は完全に野良のモンスターたち。

 

 ……これ、もしも効力が発揮されたらどうなるんだろう?

 

 




※後に、追いかけ回す

皆と協力:トトリ、クーデリア ルート
愛の力(ガチ):ホム、リオネラ、ミミ ルート
ギャグ調:ロロナ(今ここ)、フィリー ルート

……の予定。

『新ロロナのアトリエ』のロロナの必殺技と、『メルルのアトリエ』のちびっこロロナの原理不明の特殊効果パイの片鱗を足して、ルーンファクトリーの愛属性でごちゃ混ぜにした結果、このようなことに……
実際の愛属性に人の精神に作用するような効果は(おそらくきっと)ありませんのであしからず。


★『愛のパイ』
ロロナが『愛の結晶』を素材にいつもの感覚でぐーるぐーるした結果、できてしまったハート型のパイ。
そのまま食べることもできるが、天にかざすことでメテオールのように空から降らせることも可能。敵味方関係無く巻き込んで回復&効果付与……なのだが、一部のモンスターへは大ダメージ。
特殊効果は、実は「対モンスター」と「対人間」で微妙に異なっており、摂取量によって好感度がモンスターでは一律で上がるのに対し、人間では元の好感度が倍増計算で増加される。
なお、愛情は「隠し味」ではなく「原材料」。


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トトリ「積み上げてきたもの」

 読者の皆様の中にアカデミーで『ルーン』を研究していた方はいらっしゃいませんか! 『はじまりの森』に行った事のある方はいらっしゃいませんか! あの世と『はじまりの森』が同一視される問題・その関係性について語れる方はいらっしゃいませんか!
 えっ? 「公式(オフィシャル)の情報があるだろ」? ありましたか? オフィシャルメモワール? おのれ、はしもと!(新作『RF5』ありがとうございます!)

 ……なにはともあれ、大変お待たせしました。ようやく『ネルケ』に手を付けた小実です。『ルルアのアトリエ』が目前なのに、これで大丈夫か……? 当然のごとく、体験版は未プレイです。



 今回のお話しは――というより、今回に限りませんが、登場キャラが多くなるとまとまりがつかなく……しかし、出さなければならないことには違いないので、このような形となりました。


***青の農村***

 

 

 実験とか色々あった日から数日経ったある日の朝。

 私はロロナ先生やクーデリアさんたちと、『青の農村』にあるマイスさんの家の裏手……マイスさんがが消えた地点だとされる場所から少しだけズレた場所で『ゲート発生装置』をいじってた。

 

 そんな私の背中に、聞き慣れた声がかけられた。

 

「おーい、トトリ。例の宝石、集めてきたぜ」

 

「宝石じゃなくて結晶だっての。よっ……と! 結構集まったわね。まっ、大陸中掛け周ったんだから、むしろこんくらいあって当然かしら?」

 

 振り向いてみれば、『ぷに』くらいの大きさの袋を持って走ってくるジーノくんと、その後ろで倍くらいの大きさの袋を肩にかけて背負ってるメルおねえちゃんが。

 そのまた後ろには、袋を背負ったステルクさんがいて、並ぶようにフィリーさんのお姉さんのエスティさんと、アーランドの元国王さまのジオさんも来てた。

 

 まず先に、私のそばまで来て袋を差し出してきたジーノくんとメルおねえちゃんに、受け取りながらお礼を言う。

 

「ジーノくんもメルおねえちゃんも、ありがとうっ! 大事に使うね」

 

 続いて来たステルクさんたちからは、ホムちゃんと「実験中にまたあんなことがあったらあれだから」って護衛としてそばに居てくれてたミミちゃんが、代わりに受け取ってお礼を言ってて……そのそばで、私たちの様子を見渡したジオさんが自分のあご髭を指で触れながら喋りだした。

 

「フムッ。『青の農村(こちら)』に来ているとは、どうやら調合は一段落したのかね?」

 

「あっ、じおさん。そうですね、『ゲート』の発生装置や反転させるための道具(アイテム)、それに探索に必要なものも一通り調合し終えてて……今は、細かい調整や改良の余地が無いか模索してるところです」

 

 ジオさんがいることに今の今まで気がついてなかった様子の先生が頷いてから応えると、腰を曲げて前のめりになったエスティさんが装置を覗き込みながら「それじゃあ」と言葉を続ける。

 

「そろそろ、その『はじまりの森』ってところに行けそうなのかしら?」

 

 きっと、エスティさん的には何気ない、当初の計画的に考えても順序通りの普通の問いかけ……だったんだろうけど、私や先生を含め、フィリーさんやリオネラさんたち、前からここに来てた人たちの間で、何とも言えない空気が漂っちゃった。

 一旦作業の手を止めた先生が、ちょっと視線を泳がせながら、申し訳なさそうに話し出した。

 

「えっと、行けなくはないんですけど、実は少し問題があって」

 

「問題? 何か足りないものでもあったのか?」

 

「足りないと言えば足りません……けど、根本的にはそれ以前の問題って言うか……」

 

 ステルクさんからの問いかけに、言いよどむ先生。

 

 

「まぁ、ようするに思った以上に『属性結晶』が……『ルーン』が必要だったってこと」

 

 「どういうこと?」と首をかしげるステルクさんたちに対してまず口火を切ったのはクーデリアさん。続いて、リオネラさんたちが説明を付け加える。

 

「ちょっと詳しく言やぁ、発生させた『ゲート』が自然の(野良)よりゼンゼン安定してねぇってこったな」

「そのせいで一定割合はグルグル巡るはずの『ルーン』の大半が空気中に霧散しちゃって、すぐ装置の中の『ルーン』が空っぽになるのよ」

 

「自然に発生してる『ゲート』はそんなことならないから、きっと何か状況が違ってて条件が合えばそんなに『ルーン』を消費することも無くなる……はず、なんです……」

 

「発生装置のほうの調整もしてみてはいるんですけど、全然うまくいかなくて……もしかすると、もっと根本的に変えなきゃいけないところがあるのかも……」

 

 最後に、『ゲート発生装置』を調合し調整も主にやってる私が、現状について本当にちょっとだけだけど、簡単に付け加えた。

 もちろん、「行くための道具(アイテム)」以外の「行ってからのための道具(アイテム)」もとりあえず全部調合し終えてる今は、ロロナ先生も調整のほうを手伝ってくれてるんだけど……それでも変化はちょっとだけで、こう進展と言った進展はないまま。もういっそのこと、装置そのものを新しいものを調合しよう(作ろう)かとも考えもしたけど、実行はしてない。素材コストとかそういうの以前に、今のヤツ以上の構造を考えつかないっていうのが理由だったりする。

 

 

 

 一通り話を聞いて一つ頷いたジオさんが、「それで」と話の続きをうながす。

 

「あとどれくらい『属性結晶(コレ)』が必要そうなのかね?」

 

「えっと、継続させる時間……『はじまりの森』に行ってから帰ってくるまでのこととか考えたら、今の10倍くらいはないと不安かなーと」

 

 ロロナ先生の言葉に、そのことをすでに知ってた皆も含めた多くの人が息を飲んだ。先生が「余裕を持って考えればですよっ!?」と付け加えたけど、それでも対して変わらない気が……。

 

 

 でも、先生が言ってる「今の10倍は欲しい」って話も一応事実ではあるんだよね。

 

 少し話はズレちゃうけど、そもそも、こっちから『はじまりの森』へと『ゲート()』を開くと何処へ繋がるかは分からなくって、現時点では「マイスさんが消えた地点(ばしょ)で開けば、ほぼ同じところに繋がる()()」っていう仮説をもとにしてる状態。方法が他に思い浮かばないから仕方ないけど、マイスさんを探すにあたって不安が無いわけじゃない。

 けど、それ以上に問題なのは、ロロナ先生がちょっと言ってたけど()()のこと。

 ソレに対しては不安要素しかない。一番手っ取り早いのは発生装置と反転道具をもう1セット調合する(つくる)こと……だけど、『アーランド(こっち)』で調合した(つくった)『ゲート発生装置』が『はじまりの森』で使えるかわからないっていう問題点。「じゃあ、行くために反転させた『ゲート』を元に戻して維持すれば?」って話になって……そこで、さっきの『属性結晶』が今の10倍欲しいって話に戻ってくるわけ。

 

 ……でも、この「10倍」も()()()()()()()信用できないというか、不確かなものだからなぁ。

 というのも、フィリーさんが『冒険者ギルド』内を探し周って見つけた、マイスさんが書いた「『ゲート』及びそれに関係する内容の報告書」によって、()()()()()()()()()()()()()()()()から。マイスさんがいた世界(むこう)でも『ゲート』は謎が多いらしく、特に発生メカニズムなんかについては全くと言っていいほど解明されてないみたいで記述はほとんど無かったそう。

 一応、他の国では『ゲート』を『アーランド(こっち)』で言う『機械』によく似た『キカイ』っていうモノによって発生させることが出来る……らしいが、報告書を書いたマイスさんも又聞き(うわさ)でしか知らないようで、詳しくは書かれてなかったらしい。

 

 

 もちろん、マイスさんの事を諦めるわけにはいかないけど、今よりも何倍もの量を集めるという時間や労力と言った現実的な問題が少なからず湧いてくる状況に「どうしたものか……」といった空気が流れ出す……けど――

 

「おーし! それじゃあ、もっと集めてくるな!」

 

 ――ジーノくんはいつも通りだった。

 そんな単純で一直線な思考回路に、呆れつつもどこか安心しちゃって……ちょっとだけ羨ましい気も…………けど、ねぇ? さすがに、そういうわけにもいかない。

 

 当然のように他の人達も各々驚いてたり、呆れてたり――一部、それもそうだと言わんばかりに頷いてるけど――私と似たような反応をしてた。

 その内のメルおねえちゃんが、ちょっと驚きながら――それ以上に呆れながら――ジーノくんに詰め寄ってく。

 

「ちょっと!? 話聞いてたの? 第一、今集めてきたのだって結構時間かかったのよ?」

 

「? だから、もっと強い奴ら倒しまくって、ついでに『ゲート』を壊しまくって集めてきたらいいんだろ?」

 

 目的とオマケが逆になっちゃってるような……? まぁ、ジーノくんなら仕方ないよね。

 

「しかし、破壊(こわ)した『ゲート』が何時再発生するかもわからず、闇雲に探すのも限度がある。目印となっていた例の『新種のモンスター』の目撃情報ももうほとんど周りきったとなると、なおのことか」

 

「だからって、みんなで集まってここでウダウダ言ってても仕方ないのも確か。……ジーノ(こいつ)の意見に乗る形になるのが、なんかちょっと(しゃく)だけど」

 

 ステルクさんとミミちゃん、二人が言ってることはどっちも間違ってない。間違ってないけど……。

 

 

 やっぱり、ここは根本的な解決策が必要なんだと思う。だから私たちが『ルーン』が霧散しちゃう問題を解決して『ゲート発生装置』を改良しないと……!

 でも、何をどうしたら? そもそも、ルーンをその場に留めるって言っても、閉じ込めるわけにも……発生のために流動させてる時点で壁とかで囲っても効果は薄くなるから、そこから変えていけば? ううん、でも結局は使うための空間が必要で、そこから流れ出しちゃう…………どうすれば……下手に留めようとしたら何故か結晶化させちゃう、というかさせちゃったし。そうなったら『ルーン』の流れそのものが止まってどうしようもなくなる……。

 

 せめて、『ルーン』のことがもっと解れば……。

 リオネラさんが調べてくれた分では、マイスさんお得意の農業関連や『魔法』の使用に関わる感覚的な部分で、『ルーン』そのものやその性質・運用などといった研究や理論部分はほとんど無かったらしくて……それらの実戦・実技的には十分役に立つんだろうけど、今私たちがやろうとしているような他の事への応用は考えられて無くて、イマイチな内容だった。

 一から自分たちで『ルーン』の研究をしようにも、どう考えても時間が沢山必要で……。結局はみんなに『属性結晶』を集めてもらうのとほとんど変わらない――どころか、研究が上手く進む(いく)保証も無い事を考えたら、『属性結晶』集めを優先したほうが確実な気さえしてくる。

 

 

 ミミちゃんも「もう実験中の敵発生(あんなこと)も起きそうにないし、私も結晶集めに戻ったほうが良いわね」って言ってる通り、もうこうなったら『属性結晶』集めにもっと人を割いた方がいいんじゃ……?

 

「ううっ……正直、これ以上チョコチョコ調整しても『ルーン』の効率もよくなりそうにないですし、私も結晶集め(そっち)のお手伝いを……」

 

「大丈夫よ」

 

「えっ?」

 

 私に待ったをかけたのはエスティさん。その顔はやさしそうな笑顔でありながらも、ふとした瞬間にクスクスと笑いだしそうな、まるでイタズラを仕掛けた子供のようなものでもあって……なんというか、変に不安感が。

 そんなエスティさんの隣にいるジオさんも、あご髭を指でつまむように触れながら……口髭の陰からチラリと覗く口がちょっとだけだけど確かにニヤリと歪んだ。

 

クーデリア嬢(彼女)から今回の件の事の次第を聞いた後、転ばぬ先の杖にと軽く相談しておいただけだったのだが……良くか悪くか、役に立ちそうじゃないか」

 

 ……? いったい、何を言ってるんだろう?

 

 そんな疑問は私だけじゃなく周りのみんなも持ってるみたいで……って、あれ? ()()()()()()()()()()()()()()()、なんだかちょっと様子が違うような?

 

 

 

「そんなしたり顔で言うなら、最初から自分たちで持って行ってくれませんかねぁ? ほんとにもう……」

 

 そんな声が聞こえてきた方向……そこにいたのは、『アーランド共和国』の大臣さんで、先生のお知り合いでもあるトリスタンさん。

 ちょっと疲れたような顔をしてため息をついて――あっ、でも先生を見たとたん「やぁ、ロロナ」って爽やかな笑顔をむけた。……本当に嫌々ってわけでもないのかも?

 

 ついでに言えば、その後ろには何かが入ってる様子の麻袋がいくつか積まれた荷車と、それを引いてきたんだろう体つきがガッシリとした冒険者らしき人が二人ほど。……あと、見知った『アーランドの街』の人も数人。

 

 

 

()()()()()()()マイス()にはそこまでどうこう思ってたりはしないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()。冒険者たちに国からの依頼として『属性結晶』集めの依頼が大々的に発注されてね。そして、集まったモノを大臣である僕がこの一件の代表として届けるついでに顔を出しに来たってわけ」

 

「国からの依頼!? 一体いつの間に……あっ、そういえば」

 

 『ゲート発生装置』の実験で『終わりのもの(謎のモンスター)』が現れたあの時。

 黒い靄が広がり異常な状況となった街道のことが『冒険者ギルド』へとほうこくされて、その現状調査・原因究明のためにクーデリアさんとフィリーさんが緊急派遣された。そうして、途中たまたま合流したミミちゃんと一緒に私たちの所までたどり着いて、あの『終わりのもの(ナニカ)』との戦闘に加わってくれた。

 

 クーデリアさんは『魔法』が使えるだけで『冒険者』でもないフィリーさんまでもわざわざ引っ張ってきたわけだけど、あの時「腕利きの冒険者が各地に散ってる今――」みたいなことを言ってたはず。アレはメルおねえちゃんやステルクさんのことを言ってたんだと思ってたけど……もしかして、その国からの『属性結晶』集めの依頼で本当に冒険者のほとんどが各地に出て行ってたのかな?

 だとすると、さっきクーデリアさんとフィリーさんの反応が他の人達(わたしたち)と違ったのにも納得できる。

 

 

 というか、今の話からするとあの荷車に乗せられてる麻袋って、もしかしなくてもその依頼で集められた『属性結晶』なんだよね? そうすると、先生が言ってた「今の10倍」には流石に届かないだろうけど、それでも結構な量がある。

 人海戦術っていうのかな? 沢山の人が集めてまわってくれたからこそ、あんなに集まったんだろう。長としてきっかけを作ってくれたジオさんや、色々と頑張ってくれたんだろうトリスタンさんには感謝しきれない。

 

 ……まぁ、当の自称代表のトリスタンさんは、また疲れ顔になっちゃってるんだけどね。

 

「まったく。上も上だけど、特別割が良い報酬でもないのに喜々として依頼を受けてまわる人の多いことといったら……。そもそもそこまで協力したいっていうなら、国の運営(ウチ)を通さずに自分たちで持って行けって話なのにさ」

 

 そんな愚痴を吐くトリスタンさんの肩を叩きながら「まー、まー」と口を挟んでいったのは、街の『サンライズ食堂』のコックさん――先生の幼馴染で、私もよくお世話になってるイクセルさんだった。

 

「んなこと言って、あんたも冒険用物資のサポートの手回しとか、結構積極的に動いてただろ? なんだよ、照れ隠しか?」

 

「……親父の(くち)(うるさ)さが4割増しくらいになりそうなのが嫌なだけだよ」

 

 そっぽを向いてそういうトリスタンさんに、イクセルさんは「あー……うん、そうだよな、あの人は」って、何とも言えない顔で頷いてる。トリスタンさんのお父さんについて何か知ってるのかな?

 

 と、そのイクセルさんが一歩前に出てから、荷車に乗っている麻袋の一つを親指で指差しながらいつものカラッとした軽快な笑顔を見せてきた。

 

「『サンライズ食堂(ウチ)』に来る連中にも持ってるヤツがいないか声かけて、色々集めてまわったんだ。上手く使ってくれよ、ロロナ、トトリ」

 

 

 入れ替わるように前に出たのは、これはまた私もお世話になってる街の雑貨屋さんの店主・ティファナさんだった。

 

 

「わたしのところでも、似たようなことをしたの。あと、街の常連さん以外にも外からやって来るお客さんもいて、その人たちの中に持ってる人もいたから買い取ったり、ね。装飾用に多少加工されてるのもあるけれど、使えそうかしら?」

 

「えっ、あっはい。よっぽど手を加えられてない限り本質に変化はないから大丈夫だと思いますけど……その、大丈夫なんですか?」

 

 買い取ったりして集めたって、聞いた限りじゃあ大変なことをしているように聞こえるから、ちょっと心配になってくる。

 もちろん、あの荷車の上の麻袋のどれか一つ丸ごとをティファナさんだけで集めたとか、そういうわけじゃないだろうけど……それでも、けっこうな金額を使わないといけないんじゃないかな……?

 

 そんな私の考えの全部を口に出しはしなかったんだけど、言いたいことは伝わったみたいで……それでもティファナさんは優しい微笑んだまま小さく首を振った。

 

「ふふっ、気にしないで。マイス君のおかげで得れた利益もあるもの、それなりの余裕だってあるわ。それに……お金じゃ買えないないモノだって、彼には貰ってきたもの。このくらい、大したこと無いわ」

 

 

 

 

「皆さん……! でも、なんでこんなに」

 

 協力してくれることがもちろん嬉しいんだけど、いきなりの――しかも大人数で大量の――支援に、どちらかといえば驚きとか戸惑いとかそういったモノが前面に出て来てしまってた。

 そんな私がついこぼしてしまった言葉に()えたのは――

 

 

「お前らだけに任せてないで、自分たちも何かしたい……みんながそう思ったってだけの話さ」

 

 

「コオル君!?」

 

 私よりも先に、声の主に気付いたらしいロロナ先生が読んだその名前。いなくなったマイスさんの代わりに『青の農村』をまとめているコオルさんだった。

 

「ちょうど良いタイミングみたいだな。『青の農村(ウチ)』の連中が集めてきたのをまとめ終えたところだったんだ。ほらっ」

 

 コオルさんが差し出した袋は、総量こそ荷車に乗った街のみんなが持ってきた『属性結晶』の半分にも満たない量だったけど、頭数(総人数)の差を考えればもの凄い量だ。

 それに対して私たちが何か言うよりも先に、「言っただろ?」って呟いてそのまま付け加えるように言葉を続けてくる。

 

「マイスがいなくなってすぐの時、ねぇちゃんたちがそれぞれ役割決めて頑張ろうって話になっただろ? あん時に思ったんだ、オレも他の奴らも「何か力になりたい」ってな。都合のいいことに、『青の農村』には農民や商人みたいな人間以外にも多種多様なモンスター(いろんなやつ)がいるから、他の奴らの手が届かないような場所まで探しに行けたんで、中々効率良く集まったもんだと思うぜ?」

 

確かに、街道や採取地などある程度は人が立ち入る場所でも、その奥深くや足場の悪い場所、その先などにはどうしても手が伸びない範囲がある。それら地域をカバーするのは、他でもない『青の農村』のモンスターたち以外に適任な存在はいないだろう。

 

「まっ、チカラになりたいってのは俺が知らないところでもあってたみたいだけどな」

 

「それって……?」

 

 

 

 

 

「ととり~」

 

「トトリちゃんっ!」

 

 その二人の声は、よく聞き覚えのある声で……っていうか、この声は――

 

「おねえちゃん!? それにピアニャちゃんまで! どうしてここに!?」

 

――そう、『アランヤ村』にいるはずのおねえちゃんとピアニャちゃんが、ふたり揃って――正確には、元気良く走るピアニャちゃんにおねえちゃんが付き添う形で――こっちに向かってきてた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、《《高々と上げて》》。

 

 って、もしかして?

 

「キラキラしたけっしょー持ってきたの! マイスを助けるのに、これ、必要なんだよね?」

 

 予想は的中してた。

 すぐそばまで来たピアニャちゃんが見せてくれたカゴの中身は『属性結晶』。

 

「メルヴィたちに声をかけに来た時に話は聞いてたから、私たちも村周辺で集めてみたの。お父さんも乗り気で、近場の島だけだけど海のほうでも探してきたわっ」

 

 そう、普段とは違う珍しい元気良さで言うおねえちゃん。

 何回かメルおねえちゃん私とで冒険に連れてったりもしてた時期があるからこそわかるけど……きっと、なんだかんだ言っておねえちゃんも冒険が好きなんだろう。――――だからって、外海に出るのは止めて欲しいなぁ。それはまあ、他の人が手を出さないし出せないだろうから『ゲート』がある可能性が高いかもしれないけど、現れるモンスターが村の周りのヘタな採取地よりも強いし、知ってたら絶対止めてたよ……。

 

 言われて気付いたけど、おねえちゃんたちが知る機会はあったね。

 『ゲート発生装置』の調合を始める前、『属性結晶』を集めるための協力者を得るために、私は『トラベルゲート』を使ってジーノ君と一緒に一度『アランヤ村』に戻ってた。それがあってメルおねえちゃんが『属性結晶』集めに参加してくれたんだけど――なるほど。確かにあの時に知ったんだったら、おねえちゃんたちが『属性結晶』を集めててもおかしくはない。――――でも、危ないことはして欲しくは無い――けど、反対を押し切って『冒険者』になったり船で外海に出たりした私がどうこう言えた話じゃないよね。

 

「トトリちゃんはいつ帰ってくるかわからなくて……それでペーター君の馬車で街のほうまで行こうかとも思ったんだけど、馬車はあるのにペーター君はどこにもいなくて」

 

「ペーターさん……」

 

 まるでおねえちゃんを避けるかのようなペーターさんの雲隠れ。もしかしなくてもヘタレて(いつもの)……ンン?

 

「あれ? それじゃあどうやって『青の農村(こっち)』まで来れたの?」

 

 当然と言えば当然の疑問。

 昔、改造されたことでいくらか早くなった馬車でさえ『アランヤ村』から『アーランドの街』や『青の農村』までは数日かかってしまう。なのに、その馬車がペーターさんのせいで使えなかったとしたら……。

 ……まさかとは思うけど、歩いてきたり?

 

 

()()()()()()()()()が連れてってくれたの。ビュッンって、ととりのみたいに景色がパッて変わったよ!」

 

「ちょっとだけ変な人だったけど、トトリちゃんかロロナ先生の知り合いなんでしょ? 「いろんな意味で未熟とはいえ()()()()()()()()()が困ってるのであれば、手を貸してやるのもやぶさかではない」って言って親切に『青の農村』のすぐそこまで送ってくれたの」

 

 体いっぱいの身振り手振り(ジェスチャー)で伝えようとするピアニャちゃんに、おねえちゃんが頷きながら付け加えた。

 「メガネのおねーさま」とか「弟子のそのまた弟子」って話からして……ううん、でも私、()()()とは会ったのは一回だけな上に会話らしい会話もしてないから、ほとんど人伝に聞いた内容(こと)ばっかりで、確信は持てないし――――

 

「師匠、見かけないと思ったらそんなところに。というか、間を測ったように()()()()()()()でぴあちゃんたちが来たことといい……それに「変な人」とか「おねーさま」って呼ばせるところとか相変わらず……ううん、今は考えないでおこう」

 

 ――――あっ、先生がそう確信した(思った)んだったら、間違い無くアストリッドさん(あの人)なんだろう。

 

 

 そんなことを考えてたら、私の服の裾をクイクイッとつまむ手が。それはもちろんそばにいるピアニャちゃんの(もの)で、その目は少し潤んでいるけど私の事をしっかりと見てる。

 

「マイスと約束してるの。一緒に『がっこう』に行って色々いっぱいおべんきょーするって……ピアニャ、マイスがいなきゃヤだよ」

 

 マイスさんってば、いつの間にそんなことを……

 というか、『錬金術』を教えてもらうなら『学校』じゃなくても、前みたいにロロナ先生に……もしよかったら私も教えるんだけど――ああ、でも、私たちも『学校』での『錬金術』の授業はお手伝いはするんだから、いいのかな?

 

 私はピアニャちゃんの手をとり、両手で優しく包んであげる。

 

「大丈夫だよ。私たちがマイスさんのことちゃんと連れて帰ってくるから!」

 

「っ……うんっ!」

 

 

 

 ――――とは言ったものの……。

 

 

 いけなくはないだろうけど……まだ足りない、よね?

 

 

 袋の中身をちゃんと全部確認したわけじゃないけど……今は大体最初の約8倍くらいまで『属性結晶』は集まったかな?

 あともうひと押しってところまで来てはいるし、予想よりも素早くマイスさんを連れ戻すことが出来るとすれば十分な量……なんだけど、それでも不安要素が残っちゃう状況なのが事実。やっぱり安全を考えると万全の準備をして置くべきで、そうすると『属性結晶』はまだ足りないだろう。

 

 とっても言い辛いけど、また『属性結晶』を集めるお手伝いをしてもらうように言わなきゃ――――

 

 

 

 

「フッフッフ……! お嬢さんたち、忘れてはいないかい? 天才科学者であるこの僕を!」

 

「オレもいるぜ! 嬢ちゃんたちが一生懸命頑張ってるのは知ってたが、声も全くかけてくれねぇだなんて、水くせぇじゃねぇかよ」

 

 

 

「マークさん! ハゲルさん!」

 

 そこには、珍しく背筋が伸び腕を組んで仁王立ちしてるマークさんと、そばにある人一人が乗れるくらいの台車を押してきたんだろうハゲルさんが。台車には何かが乗ってるけど、大きな布がかけられててその全容を知ることはできそうになかった。

 

「実はね、『属性結晶(例のモノ)』の収集の際に、これまでに同型の見たことの無い、おそらくは『シアレンス(彼が元々いた世界)』出身だろう巨大なゴーレムと出会ってね。鹵獲はかなわなかったけどサンプルとして一部を持ち帰ることが出来たのだよ。そして……ハゲル(おやじ)さん!」

 

「おうよっ!!」

 

 送った合図に、威勢のいい掛け声を返したハゲルさんが台車に乗せてあるモノにかかった布を勢い良く取り払い、マークさんが大仰な身振りで()()を指し示しながら高らかに声を上げる。

 

「これがマイス()から『ルーン(未知のチカラ)』について聴いてからというもの、持てるチカラを注いできた僕の研究の集・大・成! その名もー……色々省略して『ルーン式原動機関』!!」

 

 ソレは、なんというか、こう……ゴツゴツとしてあれな感じの…………よくわからないけど、とりあえず「なにかの機械」なんだろうってことはわかった。逆にそれ以外はよくわかんない。げんどうき?

 

 私を含め、あんまり反応がよくなくて――そのせいか、呆れたような顔で「ヤレヤレ」と首を振るマークさん。

 

「わかりやすく言うなら、『ルーン』とかいうものを動力に換える機械だよ。ただし、最初にきっかけとなるエネルギー――いわゆる「呼び水」が多少必要だけどね。しかし、そこもすでに解決(クリア)済みさ。実は彼らが持ち帰ったものをちょっと拝借させてもらってね、それが思いの他原動機の基礎動力源に適した性質で、発生されるパワーが初期の想定を随分と超えるくらい良いものだったよ」

 

「何? アレがそこまで? バチバチ音を立てて発光し、その上、下手に触ればシビれてしまう代物だったが……役に立ったのであれば、わざわざ苦労してまでして持って帰った甲斐があるというものだ」

 

 マークさんの言葉に反応したのは、ステルクさんだった。

 結局どういった物(なんのこと)を言ってるのかはさっぱりのままだったけど、どうやらマークさんがいたチームとは別のステルクさん達のチームが入手した物だったらしい。話からしてマークさんもステルクさんも初めて見るものみたいだから、もしかしたらマイスさんがいた世界由来のものなのかな?

 

「と、まあ、そんなわけで彼らが持ち帰った『電気の結晶(帯電した結晶体)』を、ハゲル(おやじ)さんの技術も借りて作り上げた機械に組み込んだのが『ルーン式原動機関(コレ)』というわけさ」

 

 そう言わて、改めてその機械を見てみる。

 おそらくは、珍しいものを使い、マークさん達の技術が詰め込まれた凄いものなんだろうけど……うん、やっぱりよくわかんないや。

 

 

「でも、これがいったい……まさかとは思いますけど、見せびらかすためだけに……?」

 

 

「そんなことは無い――と言いたいところだけど、そのまさかさっ!」

 

 

「ええっ!? そんな!?」

「ええっ!? そうだったのかぁ!?」

 

 本当に何しに来てるんですか!?

 そんなにも予想外だったのか、先生なんかは声をあげてまで驚いて――って。

 

「いや、先生はわかりますけど、なんでハゲルさんも驚いてるんですか……?」

 

「だってよぉ、マー坊が嬢ちゃんたちのためになることだって言ってたから、色々先を見越して何か作ってるのかと思って……」

 

 そう言ってバツが悪そうにその頭を軽くかくハゲルさん。対して、マークさんは軽快かつどこか演技がかったような「はっはっはっ!」という笑い声をあげてる。

 

「軽いジョーク……というか「()()()」だよ。そんな些細なことは気にしない、気にしない。ただ単に自慢と言うか、行き詰ってるところの気分転換にって思ってただけだし。――けど、タイミングを見計らってた時にキミらが言ってたその『ゲート発生装置』の問題点についての話が聞こえてきてね……そこでふと思い当たったのさ、「『ルーン式原動機関』が役に立つんじゃないか」って」

 

「役に立つ……?」

 

 「コレが?」と首をかしげてしまう私。もっとも、()()()()()()()()()マークさん以外の誰もが首をかしげてるんだけどね。

 

「『ルーン式原動機関(コレ)』が動力を生む原理を至極簡潔に説明すると、「機関内やその延長上での『ルーン』奔流による循環運動」。そしてそれを利用したモノであり、理論的には半永久的に、実際にはエネルギーの分散や『ルーン』の性質故の流出もあって『ルーン』の追加補充が必要だけど……それでも、今キミたちが使っている『ゲート発生装置(ソレ)』より『ルーン』の継続保有率もエネルギー伝達効率も数倍良いという確信はあるよ」

 

 「勘違いしないでほしいけど、実際はそもそもの理論構築はもちろん、『ルーン』の活生動作やエネルギー移行はもっと複雑だからね?」……そう念押しをするマークさんの顔は真剣そのもの。そこには科学者じゃない私たちにはわかならいこだわりとか信念とかがあるのかもしれない。

 

 

 

「それで提案なんだけど……その『ゲート発生装置』に、この『ルーン式原動機関』を組み込んでみないかい?」

 

「へっ? ソレを装置に組み込む……ですか?」

 

「うん。原動機関が生み出す力学的エネルギーを利用するために()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうだね、図解すると……」

 

 そう言って、背負ったリュックから何か書かれた紙――おそらくは、原動機関を図に書き起こしたもの――を広げ、詳しい説明をツラツラと喋りながらそこに筆を走らせ出した。

 

「……と、まあ、こんな感じかな? 『ゲート発生装置』がいくらか機械寄りのモノとはいえ僕は『錬金術(そっち)』には疎いからどこか間違いがあるかもしれないけど、『ルーン』の運用についてはそう間違っていないだろうから修正はいらないと思うよ」

 

 そう言って渡してきた図面に改めて目を通してみる。

 すると、マークさんが一から説明をしてくれたからか細かい所はいまいちだけど、おおよそ把握することはできた。おそらくはマークさんがわかりやすく一部を簡略化してくれてるからって部分もあるんだろう。

 

 

 うん……うん……うんっ!

 やってみなきゃわかんない部分も、思い通りになるかどうか微妙な部分もあるにはあるけど……理論的には『ゲート発生装置』のエネルギー効率が最低でも三割は向上するはず!

 

「先生! これならこの量の『属性結晶』でも余裕を持ってて安心ですよっ!」

 

「えっ? そう、なのかな……う、うんっソウダネ!」

 

 ……?

 ロロナ先生ってば、そんな穴が開きそうなくらい図を睨みつけなくてもいいのに……。普段はそうそう利用しない機械が大部分を占めちゃうからいつも以上に慎重になってるのかな?

 

 それはともかく――――

 

「……いいんですか? 私は重要性とか凄さとかまだ半分も理解しきってませんけど、すごく希少な機械(もの)なんですよね? それを貰うような形になっちゃうんですけど……」

 

 「本当にいいんですか?」と改めてマークさんに聞く。

 別に調合に失敗してダメにする気は全く無いし、そんなことにはならないだろうけど……ことが終わった後に原動機関を取り出せるかどうかとなると話は別だ。仮に取り出せたとしても、完全に元のままとは限らないし……。

 

「いや、構わないよ? 確かに、二度と手に入るかわからない材料も使ったりはしたけど、あくまでそれは「試作品(プロトタイプ)」。それ以上のものを作る予定だし、その案ももうできてるから遠慮なく使ってくれていい」

 

 いつものように「それに……」と

 

「そもそも『ルーン式原動機関』はマイス()がいたからこそ発想を得たものであり、彼をギャフンと言わせるために研究を進めたものの一つ。――彼がいないとほんの少しだけど、モチベーションが落ちるんだよ。あくまでほんの少しだよ? 彼がいなくたっていくらでも有効利用できる場はあるし、あのボヤッとした説明にイラつく必要も無くなるんだから」

 

 最後のほうは……あっ、もしかして、前にマイスさんの家で『ルーン』と『プラントゴーレム』について話して口論みたいになってる時があった、あの時の事かな? そう考えると、この『ルーン式原動機関』もあの話と結びついたり……?

 

 

 

 

 なにはともあれ、『属性結晶』の確保も、『ゲート発生装置』の改良も目途がついた。改良結果にある程度は左右されはするけど、これでマイスさんを救出するために必要だったものはそろうわけだ。

 

 あとは、『ルーン式原動機関』を『ゲート発生装置』に組み込むだけ。

 

 

「待っててください! マイスさん!!」

 





次回、「○○リスペクト」。
 『トトリのアトリエ編』が始まるころからほぼ確定していたお話で、『メルルのアトリエ編』に続く土台となるお話……なのですが、『ルルアのアトリエ』の情報が入ってから色々変わった模様。


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ゲートを越えて

 Twitterでちょっとふれたけれど、紆余曲折あった結果、結局大筋変わらなかったお話。
 低評価ばっちこい()。

 諸事情により、第三者視点となっています。


***ロロナのアトリエ***

 

 

 

 『属性結晶』が集まり、『ゲート発生装置』の改善策が示された翌日……

 

 

 

 

「「で、できたー!」」

 

 

 そう元気良く声をあげたのは、このアトリエの主人であるロロナとその弟子トトリ。

 

 マイスを『はじまりの森』から救出するという目的のためこうして共に調合しているが、一緒に「ぐーるぐーる」とはかき混ぜてはいない。……いつかのように調合したものがなんでも『パイ』なってしまうかもしれないからだ。今回そんなことになったら大問題になってしまうため、役割分担をして交代で調合に手を加えるようにしてた。

 

 結果――無事『ルーン式原動機関』を『ゲート発生装置』に組み込むことに成功した。

 

 

「『はじまりの森』へ行くための『ゲート()』を生み出す装置『ゲートーゲ』!」

 

 原動機関を組み込んだことによって多少大きくなってしまった装置を二人で何とか取り出したんだけど、そしたらロロナがそんなことを言い出したのだ。

 

 つまりは、『ゲート』を発生させ、反転させて『はじまりの森』に行くわけだから、「ゲート」とそれを反転させた「トーゲ」……そして、それらを合わせて『ゲートーゲ』というネーミングにしたのだろう。

 愚直というか半端で締まらない感じもするけれど、過去の『ほむちゃんホイホイ』と比べれば……比べても、どっちもどっちである。つまりは、ある意味ではロロナらしい命名だろう。

 

 そんなネーミングセンスをこれでもかと見せつけられたトトリは――まぁ彼女も彼女でロロナ以上の独特なネーミングセンスを持っているのだが――感心したのか、はたまた唖然とさせられたのか、ポカンとしていた。……が、ふいに「あれ?」と首をかしげた。

 

「先生? これそのものには反転させる機能はついてませんから、反転してる部分を名前に付けるのは、ちょっと違うんじゃ……?」

 

「……『新生・げーとくん』!」

 

「新生ってことはそもそもが『ゲート発生装置(げーとくん)』だったんですか!?」

 

 ()()()()衝撃の事実を知ったトトリが驚きを口にする……が、内心「道具(アイテム)の名前なんだから、あんまり凝らなくてもいいかな?」と考えていて、実はそこまで気にしてなかったりする。

 

「ま、まあ、それはともかく、これで『はじまりの森』に――マイスさんを助けに行けますね!」

 

「そうだね! どれだけ効率が良くなったかは実際に使ってみないとわかんないけど、確実に良くはなってるはず。それに加えて、『属性結晶』をみんながたくさん集めてきてくれたからバッチリ問題無しだよっ!」

 

 『ゲート発生装置(前段階)』まではまだしも、急きょ新たに組み上げなおした装置であるため完成図は当然無く、何度も実験を行いまとめ上げた精密なデータももはや使い物にならない……つまるところ、()()なんてほとんど無い状態だ。

 だがしかし、二人には()()があった。「これなら大丈夫」という確信が。

 

 

 そうと決まれば――――

 

 

「それじゃあトトリちゃん、みんなを集めて出発だよ!」

 

「はいっ! ちむちゃんたち、連絡お願いね! 集合場所はマイスさんの家の前だからね」

 

「「「「ちむー!」」」」

 

 元気の良い返事と共にアトリエの外へと飛び出して行くちむちゃんずを見送ったトトリは「さてと」と一言呟いてからロロナへと向き直った。

 

「先生、私たちも早く準備を。確か、()()のほうはホムちゃんがやってくれてるんですよね?」

 

「うん。ほむちゃんがくまさんやコオル君たちと一緒に、私たちの冒険中ゲートの維持管理をするための「かせつほんぶ」?っていうのを作るって言ってたよ。だから、あとは……こないだ作っておいた冒険用のやつと、臨時の『秘密バッグ』のほうを確認すればいいかな?」

 

「わかりました! パパッと終わらせちゃいましょう!」

 

 

 「「おー!」」

 

 

 

―――――――――

 

 

***マイスの家・裏手***

 

 

 

 マイスの家の裏口、『倉庫』と『モンスター小屋』、そしてそれらを結ぶ渡り廊下がある幅約十数メートルほどの家の裏手。

 

 その一角に、おおよそ半球状に大小数か所地面が(えぐ)られている場所がある。そう。()()()()()()()()()()()()()()()()

 芝生がほどよくしげり、春や夏には一帯が緑の絨毯のようになるはずなのだが、抉れたそこは青々しさなどカケラも感じさせない土色になっている。いや――――

 

 

 ――――なって()()と言ったほうが正しいだろう。

 

 というのも、一番大きく抉られている地面からマイスが消えた『野良反転ゲート(ひかり)』の発生の中心点を割り出し、ソコに新たに作られている『ゲート発生装置』を置くための土台が組まれた結果――丸裸になっていた地面は土台の基礎部分に大半が覆い隠されていた。故に、土色はほとんど見えなくなっている。

 

 そのすぐそばには、数本の支柱とそれに支えられた屋根――場所が場所なら所謂テントと呼ばれるものに近い――があり、その下には何なに書類と小型の機材を乗せた机。

 そしてそこには、一人黙々と機材をイジるマークと、手伝いをしてくれている『青の農村』の住民に淡々と指示をとばしているホムちゃんがいた。

 

 

「……こんなところでしょうか。そちらはどうですか?」

 

「こっちも問題無いよ。キミが教えてくれた計測器の動作もバッチリだ」

 

 そう言うマークの視線先には、以前――マイスがいなくなった時にアストリッドがホムくんに持ってこさせていた、『ゲート』のエネルギーの方向性を(プラス)(マイナス)で置き換え線グラフで記録されていく装置、その同型の装置が。完成する『ゲート発生装置』の運用時に、『ゲート』の安定維持およびデータの記録のために、ホムちゃんから装置の仕組みを聞いたマークが再現したものである。

 

 

「そうですか。しかし、驚きました。まさかこの短時間で本当に作ってしまうとは……」

 

「まっ、規模自体小さかったし、それに『ルーン式原動機関』を開発した僕にはそう難しくはないのさ。というか、この手のものは原理を――その根本的な部分を理解さえすれば、他でもそう変わらないから応用が聞きやすいんだよ」

 

 

 

「しかし、まいったね。ボクとしても()()()には興味はあったんだけど……いかんせん、()()や『ゲート発生装置』といったものを理解できる人間が少な過ぎる。おかげで、ボクはここでこうしてお留守番が確定済みさ」

 

「そうですね。協力者と呼べる面々の中では、作るのに関わったロロナ(マスター)とトトリ、あとはホムくらいでしょう。それでも、あなたにはおよびませんので……しかし、いざという時の事を考えると、できれば錬金術士であるマスター達のどちらかはこちらに残ってほしいのですが――」

 

 そこまで言ったホムちゃんとマークが顔を見合わせて、一度、短くため息をついた。

 

 

「あんなやる気満々の彼女らに「残って」っていうのは……ねぇ?」

 

「はい。(はばか)られます」

 

 ふたり揃って小さく首を振る。

 

「そういうキミこそ、本当は行きたいじゃないかい?」

 

「……否定はしません。ですが、客観的に見てホムはこちらでサポートにまわった方がおにいちゃんのためになるという結論に至りました」

 

 「なので、こちらで最善を尽くします」と言うホムちゃんにマークは「そうかい」と簡素な相槌を打った――が、その後、何故かいつものヘラッとした笑みを浮かべた。

 「何故だろう?」と首をかしげるホムちゃんの頭に、髪越しの感触が伝わった。

 

 

「まっ、そのあたりはアタシたちに任せときなさい」

 

「あなたは……」

 

 その人物をホムちゃんは当然知っていた。ロロナが「メルちゃん」と呼び、トトリが「メルおねえちゃん」と呼ぶ「メルヴィア」という冒険者だということを。

 ……とはいっても、本人同士はそこまで深い仲でもない。せいぜい、『アランヤ村』の『豊漁祭』や、『青の農村』で時折顔を会せた程度。メルヴィアからしても「元・ロロナさんのお手伝い、現・マイスのお手伝い」という微妙に間違えた認識だったりする。

 

「ツェツィとピアニャちゃんにも散々お願いされちゃってるし、もう一人分の想いくらいならアタシが背負ってあげるわよ。それに、あなたみたいなカワイイ子のお願いならなおのことね。ほーら、うりうり~!」

 

「髪が乱れるので、やめてください」

 

 髪をワシャワシャとやや乱暴に撫でまわすメルヴィアに、わずかにだが確かに眉を顰めながら拒絶するホムちゃん。だが、ならばと今度は頬をフニフニと撫でまわされてしまうだけだった。

 

 その様子を笑いながら見ているだけのマークさんが、どこか頼もしそうに――いや、むしろ一周回って呆れさえ顔を覗かせそうなくらいの雰囲気で視線を移した。

 

「しっかし、『はじまりの森』の情報が少なく危険度が未知数とはいえ――あの救出メンバーなら心配しようがないんじゃないかな? よっぽどの想定外でもない限りさ」

 

 その視線の先には、集まるように声がかけられたであろうメンバーが、各々話をしたり、軽く体を動かしていたりしていた。

 

 王国時代には騎士として……その後も実力者として知られているステルクにエスティ。もう十分ベテランの域に脚を踏み入れているミミとジーノ。そして、まだここにはいない、稀代の錬金術士のロロナとその弟子であり冒険者としても一流であるトトリ。

 マークからしてみれば、その実力を知らないのはクーデリアとリオネラくらいであり――そのふたりに関しても、周りから聞こえる評判は悪くはなかった――今そばに居るメルヴィアを含め、その他に関しては、皆が皆現時点での『アーランド共和国』内で指折りの実力者ばかりであるという評価であった。

 足りないとすれば、それこそ行方不明のマイスや、「仮にも国の長なんだから」と『はじまりの森』行きを周りに止められた元国王(ジオ)くらいだろと思っていた。

 

 

「ホント、アタシはいらないんじゃないかなーって思うくらい……でも、結果的に国中をあげて動いてた「『属性結晶』集め」に比べれば大したこと無いでしょ」

 

「それを言われたら、その通りなんだけどもねぇ」

 

 満足したのかホムちゃんを解放したメルヴィアがケラケラと笑い、マークは同意しながらも肩をすくめる。

 

 

 

 

「すみませーん! お待たせしましたー」

 

「おっ!来た来たっ」

 

 そこに聞こえてきたトトリの声に、仮設本部から出たメルヴィアだけでなく、集まっていた救出メンバー、ホムちゃんたちの準備の手伝いをしていた『青の農村』の面々、そして話を聞きつけて激励すべく集まってきた人々……皆が反応した。

 

「遅いぞートトリー。早く行こーぜ!」

 

「たっく、あんたはこういう時も相変わらずね。……で、ちゃんと出来たんでしょうね?」

 

「うんっ! 心配しなくてもいいよ?」

 

 「ふぅん、ならいいんだけど」と言いつつ……その言葉の割には随分と嬉しそうなミミ。

 

 

 トトリの後には、これまた冒険の準備万端のロロナと、マークが『ルーン式原動機関』を持ってきた時と同じように『改良版ゲート発生装置(新生・げーとくん)』を運んできているハゲルさんが。

 

 

「おーぅい! マー坊、コレはどこに置きゃあいいんだ?」

 

「発生装置はコッチだよおやじさん。――ああっ、もうちょっと手前……そう、ソコ! あと――」

 

 

 

「ホムちゃん。お願いしてた準備、いっぱい頼んじゃってたけどもう出来てる?」

 

「ハイ、マスター。『ゲート』の発生・持続のための準備はもちろん、緊急時の対処・連携の確認、万が一の際の救出メンバー救出の段取りも完璧です。あと、『はじまりの森』において『秘密バッグ』とコンテナが正常に繋がるかどうかの確認方法についてなのですが――」

 

 

 ……こうして、本当に最後の最後、最終段階の準備とその確認作業に各々が入っていく。

 

 そう。

 ()()()は確かに近づいてきていた……。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 ハゲル(おやじさん)の手によってマイスが消えた地点に築かれた基礎の上に設置された『改良版ゲート発生装置(新生・げーとくん)』。

 それの最終確認を行っていたロロナとトトリが、作業を終え立ち上がり振り返ると、その視線の先――基礎部分から一,二歩さがった周りには、マイス救出メンバーが。そのまた数メートル離れた場所には、様々な面で協力してくれた人々……フィリーやイクセル他『アーランドの街』の人たちや、コオルを中心とした『青の農村』の人とモンスターたち、そして『属性結晶』を持って来てそのまま待っていた『アランヤ村』のツェツィとピアニャが……ロロナとトトリ(ふたり)を見ていた。

 

 その光景、そしてみんなの視線から感じられる期待・不安諸々全てをひっくるめたプレッシャーを、ふたりが感じている中いると――――そこに、気の抜ける間の伸びた声がかけられる。

 

 

「お~い、お嬢さんがた。こっちは準備万全だよ」

 

「計器類およびサポート体制、共に整っています」

 

 仮設本部の屋根の下(テント)からいつもの猫背で手を振るマークと、その隣でこれまたいつも通りのキッチリとした背筋の伸びた直立姿勢で小さく頷くホムちゃん。

 

 

 それらに答えるように大きく「ありがとっ!」と言ったロロナが、隣に立つトトリの顔を見た。偶然か否か、トトリも同じようにロロナのほうを向いており――ふたりは同時に頷いた。

 

 

「それじゃあ……やっちゃおうっ!」

 

「はい! 先生!!」

 

 

 ふたりは『改良版ゲート発生装置(新生・げーとくん)』に向きなおり、一度大きく深呼吸をし、そして――――

 

 

 

 

「『ルーン』供給ライン確認っ! セーフティ解除! 開け、『ゲート』!!」

 

 

シュフォフォーン!

 

 

 トトリが装置のレバーを下ろしボタンを押し込めた後、高らかに宣言するかのような発言に反応して装置が起動し……ほんの数拍置いた後に、『改良版ゲート発生装置(新生・げーとくん)』の中央部分に薄桃色の逆巻く『光』が――『ゲート』が発生した。

 

「計測値、ベクトル(プラス)上昇…………安定したね。『ルーン式原動機関(ルーン循環用の機構)』も正常に作動してるし、うん、申し分ないんじゃないかな?」

 

 仮設本部から聞こえてきた声からも、その見た目からもわかるように、発生させた『ゲート』は採取地で見かける自然発生の『ゲート』と遜色の無いものだった。

 

 『ゲート』が維持できていることを確認し――今度はロロナが自分で調合した道具(アイテム)を持ち、『ゲート』へとかざす。

 

 

 

「「反転」してっ! ていやーっ!!」

 

 

 

 道具(アイテム)から放たれた一条の光が、『ゲート』にぶつかり――数度瞬いてから、その光の渦が逆回転をはじめた。

 が、光はあくまで光なので、よくよく見ても「あれ? 変わったかな?」程度にしか見えないため、見た目はさることながらその性質が反転した(変わった)かどうかはそう判るモノでもない。

 

 しかし――――

 

「計測値(プラス)値が激減、対照的に(マイナス)値が急増。それぞれの減少・増加した数値の差は、誤差一桁。反転は成功、装置も順応し『ルーン』も反転した『ゲート』維持のために過剰な消費もなく正常に働いています。マスターたちの予測通り維持時間になるかと」

 

 ホムちゃんからの報告によると、ロロナたちの思惑通り『ゲート』の「反転」に成功したようである。それも、以前の実験のようにほんの数分で徐々に小さくなり消滅してしまう様なこともない状態らしい。

 

 

 その報告を聞いたロロナとトトリはハッと顔を見合わせ――笑う。

 

「先生っ、ついに!」

 

「うんっ! ついに行けるよ、マイス君を助けに!!」

 

 ふたりのその言葉を聞いた周囲の人々は皆顔をほころばせる。

 街や村の人たちは歓声や激励の言葉をあげた。救出メンバーたちは、己の武器の柄を確かめるように握りしめたり、胸の前で自分の手に拳を打ち付け小気味の良い音をたてたり、声援に答えたり……仕草、表情様々だが、皆一様にチカラ漲る良い目をしてしていた。

 

 

 

 

 

 ――――が、

 

 

「あ~、気合十分なところ悪いんだが……ちょっといいかな?」

 

「? じおさん、どうかしましたか? ……あっ! 行きたいって言ってもダメですからね!? 王様じゃなくなってもじおさんは――」

 

 しかしロロナの発言を遮るように、「いや、そうではなくてだな……」と目を細めながらジオは言葉を続けた。

 

 

「何やら、『ゲート』の中央付近がパチパチと弾けているように見えるのだが……これは私の寄る年波が原因の目の錯覚なのだろうか?」

 

 

「「えっ」」

 

 

 つられるようにロロナとトトリが――それだけでなく、周囲の誰もが視線を『ゲート』へと向け、目を凝らした。

 

 

 ……確かに、小さくだが薄桃色の光と別色の、黒に近い紫色の光が小さく爆ぜているように見え……いや、暗い光はその爆ぜる規模を段々と……そこそこの速さで大きくしている。

 平たく言えば、誰から見ても「何かあってる」とわかる状況だ。

 

 

「ほむちゃんっ? もしかして、また段々とちいさくなっていったりしそうなの?」

 

(プラス)値、(マイナス)値、共に誤差の範囲の微弱な変化しかありません。何の問題も無い……はずなのですが?」

 

 

「ま、マークさん!? どういうことですかぁ~!?」

 

「どうと言われてねぇ、トトリ(お嬢さん)? 異世界だとか世界同士の間にあるであろう空間についてとかそういったことは、流石に専門外だから想像とか推測でしか言えないんだけど……ふむぅ? 以前実験中にいきなり現れた『終わりのもの(存在)』とその出現状況の報告を考えると、『ゲート』を開いた最中およびその前後は世界間を隔てる壁が希薄になり、それによって歪がうまれ――――いや、それよりも『ゲート』の方向性を無視して何かが移動しているとすれば、流れに逆らうモノがあれば機械の回路がショートするのと同様にスパークが発生し……」

 

「沢山真剣に考えてくれてるところ悪いんだけど、どうこう考えてる状況じゃなくなるくらいドンドン大きくなってるわよ!? ほらっ、ツェツィはピアニャちゃん連れて退(さが)って!」

 

 

「断言はできないでしょうけど、いちおう『終わりのもの(前例)』があるから、万が一も考えて救出メンバー以外は離れときなさい! あっ、冒険者連中はあたしが指示飛ばすからのこっときなさい。ほら、あんたが誘導しなさいよ」

 

「はいぃっ! 実力者も沢山いて、もしも本当に敵が出てきても大丈夫だから、慌てずに落ち着いて退避してくださ~い! ついてきてくださ~い!」

 

 

「んにしても、できりゃあココで暴れてほしくはないんだけどなぁ?」

「そうね。マイスの家のすぐそばだし……『終わりのもの(あの時のやつ)』レベルのやつだったら一帯が更地になりかねないもの」

 

「で、でも、わたしたちが守らなくちゃっ! マイス君の帰る場所を!」

 

 

「おっしゃー! どんとこーい!! 今度こそ俺も戦ってやる!!」

 

「フムッ。『はじまりの森』へと行ってはいけないと言われはしたが」

 

 

「どうして皆さん、そんなにマークさんの推測通りだと思って……!! いや、でも確かに最悪はそれだろうから何とかできるようにしとかなくちゃ……って、『ゲート』を逆流して来れるって、いったいどんなモンスターなんですか!?」

 

 頭を抱えるトトリ。しかし、そう都合よく異変が止まってくれるわけも無い。

 そして、その場にいる全員が感じられたわけではないが……暗い光を放ちだした『ゲート』の奥から、確かに強いプレッシャーが発せられだした。その時点で、何かが逆流してきていることに確信を持った人物もいた。

 

 

「来るぞっ!!」

 

 

 そうステルクが声を上げたのとほぼ同時に、『ゲート』が一層強い光を放ちだし……破裂音と軽い衝撃波、それによる風があたりを駆け巡る。

 物質的な損壊は無いが、瞬間的な風に『改良版ゲート発生装置(新生・げーとくん)』の設置された基礎部分の周囲が砂埃に包まれてしまった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あたたた~っ! なんか途中から変だったねぇ」

 

 

 

 

 

 

 時間と共に舞い上がっていた砂埃がおさまっていき……影が――――

 

 

 

「んでもってここは……あらぁ? この建物、どっかで見たような……?」

 

 

 

 ――――人影が、段々と露わになって――――

 

 

 

 

「って、()()()()()()()()()! ハハッ! いやぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

 

「――えっ」

 

 

 

 

「ん? 人が多いけどまさか何か祭でも――って、あら?」

 

 

 

 

 その人物とトトリの視線が合い――――

 

 

 

 

 

「おかあさん!?」

 

 

 

 

 




 ある意味原作よりもひどい帰還。
 どれもこれも『シアレンスの冒険者』が10話くらいおくれてるせいなんだ(自業自得)


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帰還

 『ネルケ』にて、ようやくステルクさんが登場しました。
 『ルルア』? ……まだ、未プレイです。おかげで、ネタバレを踏んでしまわないかビクビクしております。


※感想返信、遅れてしまっております。大変申し訳ありませんが、少々お待ちください。※


***青の農村***

 

 

 

 しっかりと憶えているわけじゃなかった。

 ううん。というかむしろ、『フラウシュトラウト(おかあさんがいなくなった原因)』が記憶からすっぽりと抜け落ちていたのと同じように、おかあさん自身に関する記憶も虫食い状態に近かった。

 

 

 ――――()()

 

 

 第一、最後に会ったのはもう十年近く前で、私も()()()()あのころとは変わってて当然。うっすらと憶えている部分でさえ頼りにはならないだろう。

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「おかあさん!?」

 

 

 

 もちろん、私の勘違いの可能性だって十分にあった。

 けど……

 

 

「ん? どうかしたかい、トトリ?」

 

 

 私の呼び声に反応してコッチを向いた()()()は、一瞬だけ目を丸くしたけど、すぐにニカリと笑って――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 握りしめる手は確かに掴み

 抱きつく腕は空振らず

 肌に触れる無骨さのある衣服からは記憶の奥底に眠っていたおかあさんの匂いがして

 いつの間にか涙があふれてきてた私のその頭を撫でる手はいつかのあの手で

 その声は、確かにずっと聞きたかったおかあさんの声で―――――

 

 

「おかあさん、おかあさん……!!」

 

「……ははっ。「立派になった」って聞いたから一体どんな淑女(レディー)に成長しちゃったのかと思ったら……なんだい、アタシが知ってるのと同じでまだまだ子供じゃないか」

 

 

 十八歳(この歳)にもなって、「まだまだ子供だ」と笑うかのような物言いをされたけど、そんなことは気にならなかった。

 

 「子供のままでいい」そんな気持ちがなかったわけじゃない。でも、だからというわけでもない。 

 「子供だ」というおかあさんの声が、人を小馬鹿にするような言い方じゃなかったから――――というよりも、その声はどこか嬉しそうにしている気さえしたから、何故か私まで嬉しくなってたんだ。

 

 

 

「そっれにしても、ホント育ってないわねぇ」

 

 

 ――――嬉しくなって…………

 

 

 

 

 

「はっ!? まさか、トトリと見せかけて、ツェツィの子供だったりするのかい!?」

 

 

 

「おかあさんっ!?」

 

 顔をバッとあげて、これまでとは色々と違う意味で大声をあげてしまう。

 

 

 

「ハァ、ハァッ! ウソッ……!? ほ、本当に……おかあさん?」

 

 その声に振り返ると……ポカンとしてたり、頭抱えたり、目をパチクリさせてるみんなの合間を通り抜けてきた、少し肩で息をしているおねえちゃんが目をまん丸にしてコッチを見てた。

 

 その後ろの方から、ピアニャちゃんがテトテトと走ってきてるのが見えるから――万が一のために急遽避難して(離れて)たけど、遠目からその姿が見えたからか私の声で気付いたからか、おねえちゃんは信じられない気持ちで大急ぎでここまできたのかもしれない。それこそ、ピアニャちゃんの手を引くことを忘れちゃうくらいに。

 

「おおっ! ツェツィは聞いてた通りえらい別嬪さんになってるじゃないの!! これは、本当に良い旦那を捕まえて子供の一人や二人――」

 

「「おかあさん!!」」

 

 詰め寄ってきたおねえちゃんと、抱きついたままの私とが睨みつけながら声を荒げると、一応は止めたけど特に悪びれた様子も無く……むしろ「待ってました!」とでもいうのかケラケラと笑いだした。

 

 

「冗談だってジョーダン」

 

 

「冗談って……それでも言っていいことと悪い事が……」

 

「それに、なんでわざわざこんな時にいうのかしら……?」

 

 余りにも自由なおかあさんに、肩を落としため息をついてしまっていた。

 すぐそばからはおねえちゃんが吐くため息も聞こえてきた。きっとおねえちゃんも私と同じような表情でため息をついてたんだろうなぁ……。

 

 そんなことを考えてると、また頭の上におかあさんの手を感じた。今度は撫でるようにじゃなくて、ポンポンと優しく叩くような動きで。

 

 

「言うべきことも、言いたいこともあるんだけど……それは家に帰ってからって決めちゃっててさ。ちょっとだけ、待ってくんない?」

 

 

「それは私たちを待たせ過ぎな……ううん、いまさらね」

 

「そうだね、おねえちゃん。おとうさんだけいない時になんて、かわいそうだし」

 

 おかあさんの帰りなんて、もう何年も待たされ続けてきた。そこに今更ほんの少しの時間なんて、有って無いようなものだよ。……遠い地で亡くなって、もう二度と会えないとさえ思ってたんだから、なおのことだ。

 

 ……けど、確かに私にも、何があったのか問い詰めるよりも先におかあさんに言いたいことはある。それも、おかあさんと同じくヘルモルト家(私たちのお家)で言いたい一言が。……きっと、おねえちゃんも同じだと思う。

 

 「おかえりなさい」って。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ととり~、ちぇち~」

 

 間延びした声が聞こえたのとほぼ同時にクイクイッと服の袖を引かれ、自然とソッチに顔が向く。そこにいたのは、さっきおねえちゃんを追ってこっちに走ってきてたピアニャちゃん。

 ピアニャちゃんを挟んだ向こう側にいるおねえちゃんは「あっ」って顔をしてた。いきなりのおかあさんの登場に慌てて駆けつけたために、うっかり忘れてしまったんだろう。

 

 

 ――()()()()

 

 

「ねぇねぇ。もんすたーじゃあ……なかったんだよね?」

 

 おかあさんのことをチラチラと見ながら聞いてくるピアニャちゃん。

 おかあさんもおかあさんで、そんなピアニャちゃんの様子に「ん? なんだい?」と首をかしげてた――けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うん。この人は私たちのおかあさんで……ほらっ、『最果ての村(ピアニャちゃんのいた村)』にあったお墓の――」

 

「墓っ? なーんでそんなモノが……って、あのおばあちゃんしかいないよねぇ。作んないでって言ったのにさ」

 

 説明しているところを聞いてたおかあさんが驚き、困ったように笑ってた。

 いや、それはまあ、生きてるのに知らないうちにお墓を建てられてたら……でも、おかあさんの場合、『アランヤ村』的には行方不明期間が凄く長かったわけだし、事情を知ってた『最果ての村』側でも状況が状況(ほとんど死にかけ)だっただけに、お墓が建てられても仕方がない気がする。

 

 そのお墓を建てることを決めたピリカさんも、おかあさんが生きてたことを知ったら驚くだろうなぁ……。

 

 

 っと、説明を聞いたピアニャちゃんはわかったのかわかってないのか、小首をかしげながら「ふ~ん?」という生返事をしてて――――

 

 

 

 

 

「それで、マイスはー……?」

 

 

 

「えっと、それは――――んん?」

 

 

 ()()()……()()()()…………???

 

 

 

 

 

『あっ』

 

 

 

 

 

 それは、私の口から漏れ出したのか、おねえちゃんの口からだったか……それとも、周りにいた先生やミミちゃんからか――――正直よくわからなかった。

 だって、頭の中が一瞬真っ白になってしまってたから。

 

 そもそも、今日こうして集まってるのって――おかあさんが出てきた『ゲート』を発生させて反転させたのって――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――――

 

 

 

「あ――――――――――っ!!」

 

 

 

 そそそっ! そうだったー!?

 反転させた『ゲート』から、死んだと思ってたおかあさんが逆流してきて(出てきて)、そのことで頭がいっぱいになってた!

 

 ……って、こうして改めて思い返してみると、おかあさんが『ゲート』から出てくるってわけわかんないなぁ。

 「なにはともあれ、話は家に帰ってから」みたいな流れになっちゃってたけど、ちゃんと話を聞かないとどうしてこんなことになってるのかが意味がわからないよ……。おかあさん、あの『はじまりの森』にいたってことだもんね?

 

 

 ふと、周りに意識を向けてみると、先生やステルクさん、その他大人数が私と似たような状態でワタワタと慌てて――比較的冷静なのは、仮設本部にいるマークさんとホムちゃんくらいじゃないかな? 何か機材とにらめっこしてる。きっと『改良版ゲート発生装置(新生・げーとくん)』や計測器など周辺装置の上体を確認してるんだと思う。

 

 

「そうそう、『ゲート』だよ『ゲート』! って、ああっ! 消えちゃってる!? さっきの爆風で……? とにかく、『属性結晶』はまだまだあるし、発生装置が無事ならまた出来るよねっ? どこも壊れてないといいんだけど……!!」

 

「ねぇ、ちょっとどうしたってのさ? 話の流れが……マイスがどーたらこーたら言ってるけど、何? マイスがいなくて心配してたとか、『お祭り』の準備が上手くいってなくてあわててるとか?」

 

 「そういえば、見たこと無いモノがいっぱいあるけど何か関係あるの?」と改めて周りをキョロキョロ見渡してたおかあさんが、そんなことを言って……。

 でも、そんな構ってるヒマが無い――というか、ヒマがあるかないかわかんないというか、『はじまりの森』のこと自体よくわかってないから判断しようがなくて、急ぐに越したことはないだろうってことで……。

 

 

「って、そうだ! おかあさん、事情はよくわかんないけど『ゲート』のむこうに――『はじまりの森』にいたんだよねっ!? 実はマイスさんも事故でソッチに行っちゃってるみたいで……おかあさん、何か知らない? 噂話を聞いたとか、痕跡とか……!」

 

「ああ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「「「「「「えっ!?」」」」」」

 

 

 おかあさんの言葉に、私だけじゃなくて他にも沢山の人が反応をした。

 というか、伝染するようにみんながみんなピタリと固まって、おかあさんのことを見てる。

 

 やっぱりアストリッドさん(先生の師匠)が言ってた通り、目撃されたっていうあの謎の光は『アーランド(こっち)』から『はじまりの森』へと流れる、『ゲート』とは逆の流れのモノで……! って、それは確信してたことだからいいとして……「()()()」!?

 

 

「そそ、それってどこでっていうか、どこらへん……! ううん、なんて聞けばー……!?」 

 

 知ってる場所ならどの辺って言ってもらえばいいけど、再三言ってる通り『はじまりの森』のことなんて全然知らないわけで、仮に「どこ」って言われてもどうしようもないよね……。

 

 でも、何か知ってるなら聞かない手は無いし――ああっ!! そういえばさっき、私のこと見て「「立派になった」って聞いたから~」みたいなこと言ってた! もしかして、それってマイスさんから聞いて……!?

 だとしたら、マイスさんは? も、もしかして何かあって『はじまりの森』じゃなくて『シアレンス(あっち)』に帰っちゃってたり――――

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

――――――へ?

 

 

 ()()()()()()()()()おかあさんが「ほらっ」とさっきまで私を撫でていた右手()とは反対の()をヒョイとあげて――――その手には、どこかで見た……というか、かなり見覚えのある()()()()()()()()()が……。

 

 これまた、私だけに限らず、周りの人たち全員が固まった。もちろん、その視線はおかあさんとそのあげられた(モンスター)に縫い付けられてる。

 

 

「も……モキュ~……」

 

「あら? 目ぇ回してら。どおりで静かなわけだ」

 

 

 そう。おかあさんが示したのは、主に『青の農村』で見かけることができた()()()()()

 一時期「幸せを呼ぶ金色のモンスター」として噂もたったりした……最近では、体毛の色が違う同種らしき怪我をしたモンスターが保護されたりもした、一般に「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おかあさんに首元を掴まれている目を回している「モコちゃん」。

 

「まっ、それも仕方ないか! 最初こそいい感じにスルスル行けてたのに、途中から強い向かい風の中を突き進むみたいになって、無茶苦茶頑張って何とか抜け出せたわけだし」

 

 それってもしかして、私たちが『ゲート』を反転させたからじゃぁ……?

 思いはしたけど、口には出せなかった。とてもじゃないけど、そんな空気じゃないし……それ以上に頭の中がグチャグチャで、色々と言わなきゃいけないこととか、疑問とか、驚きとかが全然おさまらなくって……!

 というか、何時から? 最初から!? いや、でも……ううん、ずっとおかあさんにばっかり気を取られてたし、気付けなかった……!?

 

 

「ん? なんだい? みんなして黙りこくっちゃって……マイスのことが心配だったていうなら、そこはもっとこうワーッ!って喜んであげたっていいんじゃない?」

 

 いや、そうだけどそうじゃないっていうか……

 

 

 

「えーっと、ギゼラさん?」

 

「……? あらぁ! 誰かと思ったらメルヴィアじゃない! こんなに立派に育っちゃって~!!」

 

「どうも~……って、そうじゃなくて。マイスのことなんだけどー……?」

 

「マイスだろ? ほれっ」

 

 そう言って、左手に持つ目を回した金色の毛のモンスター(モコちゃん)をズズイッと突き出してみせるおかあさん。

 

「うーーーん! そうだけど、そうじゃないっていうか。その、一応……ねぇ?」

 

「はぁあん? 何言ってんだか。いったい、マイスがどうしたっていうのさ?」

 

 

 心底不思議そうに首をかしげてるおかあさんが腕を曲げて、さっきまで突き出してた金色の毛のモンスター(モコちゃん)を自分の(ほう)へと向け「ねぇーマイス?」って、まるでお人形遊びをしてる子共がお人形に語りかけるかのように言って――――

 

 

 目をパチクリ瞬かせてから私たちの方を見て……

 

 金色の毛のモンスター(モコちゃん)をへと視線を戻し……

 

 また、私たちの方を見て……

 

 それを一度二度繰り返し……おかあさんは、その右手を自分の後頭部へと持って行き……笑った。

 

 

 

 

「そういえば、マイスが金のモコモコ(この子)だっていうのは秘密なんだっけ? ごっめん! さっきのナシで!!」

 

 

 

 

 

『え』

 

 

 

 

 

『ええーーーーーー!?』

 

 

 

 

 そのみんなの絶叫は、「マイス=モコちゃん」という事実に対してのモノか――それとも、そんなことを暴露をしたのにケラリと笑って無かったことにしようとするおかあさんに対してか。

 どちらにしても、きっと今日一番の……ううん、過去最高の大声だったと思う。

 

 

「あーはっはっはっー!!」

 

 

 本当に本当に久々の再会の、ほんのちょっとの時間だったんだけど……以前話を聞いてまわってた時に「ギゼラさん(おかあさんい)に振り回された」って言ってた人たちの気持ちが、マイスさんとのお金関係の話を聞いた時以来かなまた少しだけ理解出来たような気がした。

 

 

 とにかく、私はただ、私がまだ知れていない「いなくなってからのおかあさんの足取り」の中で、おかあさんが周りに()()迷惑をかけていないことを家族の一員として祈ることにした。

 ……絶対、かけてるんだろうなぁ……。

 

 いや、でも、もしかしたら、ずーっと『はじまりの森』をさまよっててサバイバル生活みたいな感じで過ごしてたなら、まだ……!!

 

 

 

「……おかあさん? いちおう聞いておきたいんだけど、『ゲート』のむこうって『はじまりの森』だよね? そこでマイスさんと会ったんだよね?」

 

「そうだよ? フォローも何もしないで、他人の都合全然考えないでエラそうなことばっか言ってきた『あく何チャラ』とか言うのをぶっ飛ばしてから、ちょっとコッチに帰れそうな可能性がありそうってことで書置き残して『はじまりの森』に突入したんだよ」

 

 

「『あく何チャラ』って……あの、ギゼラさん? もしかしてですけど、それって『アクナビート』じゃぁ……?」

 

「ああっ、それそれ!! よく知ってるねぇ!」

 

「……『アクナビート』って確か、マイスのいたところの水の神様の名前よね? それも世界を創ったっていう……」

 

 ミミちゃんの口から出た言葉と、ケラケラと笑うおかあさんの姿を見て、久々にお腹がキリリと痛んだような気がした……。

 

 

 




 なお、まだ序の口の模様。
 トトリの胃がしに、ツェツィはぶっ倒れる。

 ……前にも書きましたが、ほぼ間違いなく原作以上に酷い帰還。
 ロロナやトトリ、その他大勢の頑張りとはなんだったのか……(意味はある)。

 次回『ギゼラの大冒険(ダイジェスト)』。


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