咎孕みし堕天使への狂歌 (空箱一揆)
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001 遭遇

仕事のストレスから、ひどく残酷で救いのない話を書きたいと思いながらできた作品です。
『大海を統べるは、蓬莱の姫』の輝夜達と同じく、異変に巻き込まれたルーミアの物語です。



 ある咎人の場合

 

 光が身を沈め、蜘蛛の巣のように張り巡らされた裏道を支配するのは暗闇の静寂。

 白日の芸術的な造形を持った美しさはなりを潜めて、そこに在るのは悪徳と暴力に支配される空間である。

 恐怖を纏わせた叫び声と、狂喜を孕んだ少女の叫びが交差する。

 歓喜を響かせる少女の声色に恐怖はない。

 恐慌する悲鳴は野太い男のものだ。

 戦場へ招く戦乙女の呼びかけか、はたまた悪魔の手招きか、およそ考えつかない異質な音色が我を誘うと、咎人は思う。

 町の成り立ちにして、夢魔の誘いにひきこまれた愚かな生贄の叫び声だろうか?

 我がただの人で在るならば、この場を去るのだろう。

 しかし、この咎人が、ただただ安穏な歩みを進めることができるだろうか。

 この叫びは、我が罪を裁くために背後より迫り来るのではないか?

 逃げ出すことに意味などない。

 この先に待つ審判にこそ、生きる意味があるのかもしれない。

 この歩みの先が、永劫の闇だったとしても、その先に待つ我が罪の在りかから目を背けることなどできないだろう。

 右手に触れた冷たい感触。

『elegy』がその音を奏でた日を思い出す。

 今宵、左手にかかる重厚な塊に、その魂が宿ることはあるのだろうか?

 今宵こそ、その魂を宿しその産声を響かせてくれ。

 悲しき哀歌にふさわしき、旋律をこの心に響かせてくれ。

 

 

 

 悲しげな表情に、銀色の髪。

 全身を覆い隠すようなロングコートと、怪しく光る指輪。

 視線を隠すための薄暗いサングラス、その咎人の名前は『ロットン』と呼ばれていた。

 

 

 

 ある人食い妖怪の場合

 

 (ここは、どこだろう?)

 

 身体が重く、ひどくおなかが減った。

 河童と宇宙人が面白いことをしているらしいと聞き、見に行こうしていたはずだが、どうしてこんな所に居るのだろう。

 聞き覚えのない音を拾いながら、それがこの村の言葉なのだと理解し始めた頃、ようやく、食事に在りつくことができた。

 人間の里よりもずっと広く、どこまで行っても人間だらけの世界だった。

 幻想は欠片も見当たらなく、ただただ、おなかの音が鳴る。

 いつもどこでも現れる隙間妖怪はおらず、空を自由に翔け回る赤白巫女も姿を現さない。

 酷くおなかの音が鳴る。

 

 (あれは食べてもいい人間?)

 

 すれ違う人間達は、暗闇を渡り歩く一人の人食い妖怪に興味も示さず通り過ぎる。

 見たことない着物を着た人間が何十人、何百人とすれ違う。

 里の中での人食いは禁止されている。

 それを破れば、博麗の巫女に殺されるだろう。

 里の出口は何処にある。

 

 酷く酷く、おなかが減った。

 

 普段これほどまでに飢餓を感じたことはない。

 一定の量であるが、隙間妖怪がある程度の食料を供給してくれるからだ。

 しかし、今はそれがない。

 

 酷くおなかが減った。

 

 このまま、空腹を続けることは、自身の存在にすら影響すると思い当たる。

 なぜここまで空腹が酷くなるのか?

 分からない。

 異常事態が自身に降りかかっていることを感じるが、有効的な解決策を思い当たるに至らない。

 心なしか、身体中から力が抜けていくのを感じる。

 

 おなかが減った……。

 

 すれ違う人間達から恐怖を感じない。

 妖怪に対する恐れを感じられない。

 人間が私を見下ろす視線が、ただの少女を見ているように感じる。

 普段恐れるはずの人間が恐れない。

 これまでの自身の存在証明が崩れていく。

 

 お腹が、減ったなぁ……。

 

 これ以上の空腹は、もはや自身の命にかかわると、本能が警告を打ち鳴らす。

 博麗からの制裁と、空腹からの消滅を天秤にかけて、少女の姿と正反対の妖怪の本性が牙を剥き出しにする。

 

「――お腹が減った」

 

 目の前に、無防備のお肉が歩いているのに、なぜ私は我慢しているのだろう。

 私は人喰いだ。

 喰らわなければ消滅してしまう。

 人の恐怖を浴びなければ、私は存在できない。

 無防備に、阿呆のように、木偶のように歩き回るお肉が目の前にあるのに、なぜ喰らわない?

 なぜ、誰一人妖怪を恐れない?

 追い詰められていく現状に、苛立ちが募る。

 博麗の制裁が何だ、どのみちこのままでは私は死ぬ。

 登り出した三日月を見上げて、髪に結ばれたお札を何気なしに触れそうになる。

 さらに苛立ちが増していく。

 もはや、隙間妖怪も博麗さえもどうでも良いと思えてくる。

 ひどくなる空腹に比例して、全身の力も弱まっていく。

 もはや、時間がないことを悟った私は、自身に残された妖力のすべてを使い、薄暗い街で話しかけてきた一人の男を暗闇の中へと引きずり込んだ。

 

 ――

 ――――

 ――――――

 ――――――――うまいッ!?

 

 まるで、見たこともない化け物を見たように怯える男。

 我慢できずに、私を突き放そうとした右腕を食いちぎる。

 私をただの人間だと思っていたらしい愚かな餌は、恐怖をひりだしながら、私の腹へと収まっていく。

 普段食べられない、恐怖に満ちた餌だった。

 味は悪くない。耳に入る恐怖の声色が、体中に力を宿してくれる。

 恐怖の味は、嫌いではない。

 ただし、抵抗して動き回るせいでものすごく食べづらい。

 私は、食事はゆっくり、静かにするのが好きだ。

 うまいが、面倒な手順や、作法など考えずに食べられる者が好きだ。

 お湯を入れれば、程よい恐怖と、味を引き出してくれる餌はないものだろうか?

 隙間妖怪も、そのあたりを考えて配給してくれるとありがたいのだが。

 適度な歯ごたえを感じて、しみだした血をごくりと飲み干す。

 赤黒くどろりと感じた感触が、程よいうまみを滲み出す。

 今だに、叫び声を上げるとは、元気な餌だ。

 まったく、食べずらく、めんどくさい……、それでも、

 

「たまには、いいものだわ」

 

 目玉を引き抜いた時点で男は失禁し、痛みの限界を超えて絶命する。

 これで食べやすくなった。

 ぴくぴく痙攣する餌を眺めながら、ゆっくりと食事を続けようとする。

 そんな時だった。

 

 

 

 ある咎人と人食いの邂逅。

 

 とある少女の姿をした人喰いは『ルーミア』と呼ばれていた。

 その少女の姿からは、想像すらできない圧倒的腕力に、首を絞められた男、ロットンは全身から力が抜けていくのを感じる。

 酸素を求めて、口は虚空を食むが、締め上げられた喉をそれが通ることはなかった。

 かろうじに引っかかっていた、サングラスが地面に落ちる。

 そしてルーミアと視線が交差した。

 ガラス玉のように澄んだ瞳。

 生きた芸術を眺めるように、遠くなる意識の中でロットンは思った。

 

 (――――美しい)

 (まるで、月の光を纏うアルテミスの生き写しだ)

 (口元から零れ落ちる、赤黒く濁った液体は、聖者のワインであろうか?)

 

 ルーミアの背後に伏せた男は、言葉もなく、許しを請うかのように黙して地に伏せている。

 にたり、とルーミアは嬉しそうに笑う。

 明滅を繰り返す外灯の下で、金色の乙女は感じたことのない、興奮を覚えた。

 乾いた笑みを返す男から理解の範疇を超えた感情が湧き上がってくる。

 ただ少し力を加えるだけで、男の首は細い小枝を折るように砕けてしまうというのに。

 その目には恐怖が宿っていない。

 ただただ、純粋な好意のように、親しみを込めて、今にも死んでしまいそうな表情をしながら、ルーミアの表情に見惚れているのだ。

 薄れゆく意識の中で、ロットンが浮かべたものは笑みである。

 ルーミアは、不思議そうな顔をして、思わず右手の力を緩めた。

 移り変わるルーミアの表情に、ロットンはこれまでの人生すべてが、彼女の姿に出会うものであったのではないかと思った。

 出会い、そして次にくる死の刻を待ちながら、力なくロットンは微笑を浮かべ続けている。

 常人には理解できない思考。

 人喰いであるルーミアですら、その思考を理解することはできなかった。

 しかし、突如としてルーミアの全身に力が満ち足りるのを感じた。

 突如失われる空腹に対して、ルーミアは驚いてロットンを地面に落とす。

 いきなりの出来事に咽返り、手の痕が付いた首を抑えながらロットンはゆっくりと立ち上がろうとする。

 ルーミアは知る由もない。

 突如満ち足りた力の存在。

 それは、妖怪たちが人間の恐怖を妖怪の力に変えるのと似たプロセスで生み出されるものである。

 幻想郷で、ある一定以上の妖怪がわずかに内包する力の名を『信仰』と呼ばれている。

 恐怖を上回る畏怖と呼ばれるものが、ルーミアの全身に新しい力を宿した時であった。

 ただただ、恐怖を与えるだけの妖怪が、ただ人を食い殺すしかできないルーミアに対して、ロットンは畏怖を抱いた。

 人では在りえない人形のような美しさと、圧倒的な捕食者としての存在感にロットンは羨望したのだ。

 恐怖ではなく、畏怖。

 伝わってくる力の源を本能的に理解し始めたとき、ルーミアはただ年相応の少女のように笑い声を上げた。

 たかが、人喰い風情を畏怖する人間がいるとは、誰が考えるのか。

 恐怖とは違う。ただの妖怪に対して、人間は畏怖など抱かない。

 妖怪は人間の敵だ。

 ゆえに恐れても、敬いはしない。

 少女の姿を模すのは、ただ人間を捕食しやすくするため。

 夜を纏ったようなスカートと、血のように赤い瞳。

 人形のように精巧な美しさという、皮を被ったとしても、その奥に潜むのは、獣よりも達の悪い残虐性。

 そんな存在に対して、ロットンは畏怖を抱いた。

 人間として破綻した思考に、ルーミアは笑い声を上げる。

 かわいらしく、人間のような笑い声をあげる。

 血のシャワーを浴びながら、食い殺された男の肉体を背に、神秘的なまでに、残酷に美しくルーミアは笑う。

 

 「――深淵より湧き出た闇が、少女という姿をかたどるなら、あるいは君のようになるのか? それとも、天から身を窶した堕天使といったところか?」

 

 掠れて、息切れた言葉が吐き出されたとき、ルーミアは目の前の男を殺す気が完全に失せていた。

 殺すなどもってのほかだ、人を食い殺すよりも、自身の存在を保つために目の前の男が必要だ。

 ルーミアは、空腹より解放されたのを感じた。

 

 「あなたは、なんて名前の人間?」

 

 両手を大きく広げ、世界の大きさを感じ取るように、ルーミアは問いかける。

 

「――ロットン。君の名前は?」

「ルーミアよ。ねぇ、ロットン、久しぶりにお酒が飲みたいの?」

 

 ヒビの入ったサングラスを拾い上げながら、ロットンはルーミアという名を反芻する。

 

「ルーミア……、君の名前をもらってもいいだろうか?」

 

 いまだ、魂のこもらない鉄の塊。

 まるで幼子を抱きかかえるかのようにルーミアに触れさせると、ルーミアはロットンに答えた。

 手に収まるそれが、何なのか、ルーミアは理解できなかったが、ロットンがそれを大事そうにしていることだけはわかった。

 

「いいわ。私の名前をあげる」

 

 魂のこもらない鉄の塊。量産された名前をモーゼルM712という。

 箒の柄とあだ名される独特の形状を持った拳銃、それがモーゼルM712だ。

 そして、ロットンの右手に収まったそれを『elegy』、左手に収まったそれは『Rumia』と名付けられた。

 新たな誕生の産声を上げるように、Rumiaが天高く鉄火の悲鳴を上げる。

 そろそろ人が集まりだしそうだ。

 Rumiaから発射された弾丸は、二人を照らした外灯を撃ち抜き、あたりに闇夜を呼び込んだ。

 そして、停滞を拒むように吹きだした風が、まるで二人を祝福するかのように月明かりを覆い隠す。

 ロットンは、男の懐から零れ堕ちた、財布と携帯を拾い上げる。

 そして何気なく広げた携帯を覗き見た。

 対してルーミアは、もはや男の躯に用はないとばかりに、歩き出す。

 ルーミアは、携帯に対してさした興味も示さずにロットンを手招きする。

 ロットンは、携帯の主の名前を確認すると、それを自身のコートへとしまった。

 暗黒の祝福を受け、ロットンとルーミアの姿は、夜の人々の中へと紛れていく。

 

 ―――携帯の持ち主の名前は『ウィザード』と呼ばれていたらしい。

 

 




ここまで、読んでいただきありがとうございます。
ある意味幸運EXコンビ? 
命題の義を終えたロットンと、お札リボンが取れたルーミアなら公式チートになるか? (お札リボンが取れるとは言っていない)
感想、コメントいただけましたら幸いです。

5837様、誤字報告ありがとうございました。


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002 射手

ロットンの思考回路が分からない。
自分で書いていて、ロットンが何を考えているのか、分からなくなってくる不思議。



ある人喰い妖怪の場合

 

 どこまで行っても人しかいない。

 妖怪の姿は見えず、獣は飼いならされた家畜に堕ちていた。

 今日も肉を食いちぎりながら、これからの事を考えてみる、

 

(……、たまには、人間の雌も食べたいわ)

 

 赤い液体を飲み干しながらルーミアはふとそう思う。

 

(雄は簡単によって来るのにどうしてかな?)

 

 ロットンとはぐれて、ふらふらさ迷っていると、なぜだか頭が悪そうな人間の男がよくよく近づいてくる。

 

(おやつが向こうから来ると思えばいいのかしら?)

 

 そこまで考えて、赤黒い調味料で汚した口をゆがめて、笑みをうかべた。

 食事の趣向に思考が避けるほど、余裕が出てきたことにおかしくなったのだ。

 お腹が膨れれば妖怪なんとでもなるものだと思い、口の周りに付いたソースを舐めまわす。

 

(確か、博麗神社は太陽の昇る方向にあったから、こっちで合っているはずなのだけど、いまだに神社の影も形も見えないわ)

 

 美味しいお酒を飲ませてくれた後、行く当てのなかった私に、何故か「何処へ行きたい?」と問いかけたのはロットンであった。

 人間の雄。無口で無表情のような性格だが、その行動の節々に、なぜか興味を惹かれる雄であった。

 私は、まっすぐに太陽の昇る方向を指さしながら、希望を述べてみたが、ロットンは妖怪の山も、魔法の森も、人間の里も知らなかった。

 とりあえずロットに付きそいながら、この世界を歩き回ってみたが、此処は人間の里と比べて、驚くほど大きかった。

 白い吸血鬼の家みたいなものも時折見かけたが、屋根に着いた十字架を見ると、とても場違いに思えた。

 河童がたまに動かしているような、鉄の塊が目まぐるしく動き回る町。

 今までの世界より、此の場所の方が幻想郷という名にふさわしいのではなかろうか?

 そう考えたところで、ロットンが席から立ち上り退出を促す。

 私は、ロットンの後ろに続くようにしてちょこちょこと歩き出した。

 ロットンは、先日拾った小物入れから、巫女が私に投げつけるようなものを取り出して、何やら人間の雄とやり取りしている。

 その光景を背に私は、いち早く透明な扉の外へと飛び出した。

 夜だというのに、異常なほど明りにあふれた街並み。

 ふと見上げた空には月が薄暗く輝いていた。いつも見るよりも星の数が少なく思える。

 

(妖怪の山も見えないし、一体ここはどこなのよ?)

 

 すでに、月が三度も昇った。

 いまだにここがどこか分からない。

 まさか、あの隙間妖怪がドジを踏んで、幻想郷の結界を崩壊させたのだろうか?

 在りえない話ではない。

 確かあの妖怪は一日の半分近く寝ているらしい。

 私でも、さすがにもう少しは起きているのに、管理人とは名ばかりでまったく呑気なものだ。

 思いを巡らしているうちに、ロットンが出てきた。

 

「ねぇ、もっと東に行きましょう」

 

 その姿は、まるで人間の子供の様だろう。半ば演技もあるが、感情のままにふるまうことが気楽であるともルーミアは感じている。

 

「ああ」

 

 何やらサングラスをいじりながら、後ろ足に体重を乗せた奇妙なポーズを取るロットンを無視しながら、ルーミアは鼻歌交じりで歩き出す。

 

 

 

 

とある酒場の亭主バオの場合

 

 その日、奇妙な客の来訪にバオは僅かに眉を顰めた。

 新顔がこの町に流れ着くのは、珍しいことではないが、驚くべきはその組み合わせである。

 暑そうなロングコートを着こなした男は、どこかこの町の人間とは違った方向にぶっ飛んだ感性の持ち主のように思える。

 しかし、奇妙な服装をとやかく言うつもりはバオにはない。それよりも気になるのは、男が連れている、金髪の小さな餓鬼の方だ。

 妙に小奇麗なその姿から想像するに、おそらく夜の為に購入したものだろう。

 だが、それよりも気になるのはその餓鬼の表情だ。

 周囲の状況が珍しいのか、まるで物おじせずに、目をキラキラさせながら笑顔を浮かべている。

 よほど大事にされているのか、この町の恐ろしさを知らないと見える。

 そんな無防備な生贄羊をこの町に連れ込むとは、まったく馬鹿な男だと思い息を吐き出す。

 しかし、今日あっただけの人間に忠告する優しさなどない。

 おそらく数日で餓鬼はさらわれて、男も無残な死体へと変わるだろう。

 せめてそれまでに、せめて金でも落としていってくれと思いながら、ガラスコップを磨く。

 そんなバオの感情を察したわけではないだろうが、男は緩やかな足取りでカウンターへと近づいてきた。

 歩き方、周囲の警戒の仕方から、ただの素人ではなさそうだが、それだけではどの程度の実力かわからない。

 

「兄ちゃん、見慣れない顔だな? ここは初めてか?」

「ああ、ビールとミルクを」

 

 人差し指を立てながら、空いていた席に座る。

 今はまだ、込みだす前の時間帯であり、店の客はまばらだった。

 

「兄ちゃんここは、保育園じゃねえぞ。餓鬼連れてくる場所間違ってるんじゃないか?」

 

 口では文句を言いながらも、それぞれ男と金髪の餓鬼の前にジョッキを差し出す。

 男の前にビールを、餓鬼の前にミルクを置くと、金髪の餓鬼は素早くジョッキに手を伸ばす。

 

「てっ!? 嬢ちゃん何してやがるッ!?」

 

 男の前に置かれたジョッキをひったくるようにして、それを一息に飲み干した。

 

「お代わりッ!」

「お前が飲むのかってッ!? おいあんたッ!?」

 

空になったジョッキを突き出す餓鬼の横で、男がミルクを半分ほど飲み干す。その光景にあっけにとられていたバオだが、男は淡々とした声色で、

 

「僕は下戸だ、ビールで吐く」

「おめぇら、一体何なんだよ?」

 

 あっけにとられたバオに対して、ルーミアはジョッキを机に打ち鳴らしながら、お代わりを催促する。

 その光景に何も言わない男だが、周囲の客たちは逆に興味を持ち始めたようだ。

 

「何だてめぇッ、そんな為りで良く飲めたもんだなッ、じゃあこいつも飲んでみるか」

 

 明らかに面白がって差し出したそれは、アルコール度数35%のウイスキーだった。

 どう考えても、餓鬼に飲ませるものではなかったが、連れの男が止めるそぶりも見せない。そして餓鬼は、迷いなく差し出されたそれを掴むっと、一気に幸せそうに飲み干した。

 

「お代わりッ!?」

 

 さすがに、一気に飲み干せるとは思ってなかったのか、絡んできた男も一瞬言葉を失う。

 横で見ている、男はなれた様子でその様子を黙ってみていた。

 サングラスの所為で目元はわからないが、口元は笑っているようにも見える。

 

「おっ?! よし、バーテンッ! バカルディ一本出してやれッ! 飲みきれたら俺のおごりだッ」

 

 自分の新しく酒を注文して、グラスを煽ると、馬鹿笑いしながら、新しく来た酒を新たに進める。

 絶対にろくなことは考えていないだろうなと思いながらも、バオは餓鬼の前に瓶と新しいグラスを置いた。

 男のばか騒ぎに、気づいた何人物客が集まって来る。

 酒に酔った馬鹿どもにあおられながら、餓鬼は瓶口を加えて一気に酒を飲み干した。

 まさか、瓶ごと一気に飲み干されるとは思わなかったようで、客も一気に沸き立った。

 面白がった何人かが、さらに酒を注文する。

 まるで化け物を見るような目で、バオはケロリと瓶を空にしていく幼女を見つめる。その考えが、まさに正しいと、今のバオには知る由はなかった。

 なんにせよ、今日は忙しくなりそうと、苦笑交じりと吐息を吐き出したのだった。

 それから数時間。テーブルに移動した餓鬼と入れ違いに、なじみの客が姿を現したのだった。

 

「おおっ、どうしたダッチ、新顔か?」

 

 餓鬼を連れた男も、この町であまり見ないタイプだが、ダッチが連れた男もこの町で見かけることは少ないタイプだ。

 顔付からして、アジア系のようだが、白いYシャツ姿の男は、借りてきな猫のように、周囲を警戒しながら怯えているようだ。

 ホワイトカラーが似合うアジア系の男をロックだと紹介したダッチは、左右から挟み込むように男を席へと促す。

 

「残念。こいつは、レヴィのボーナスだ。なぁ、ロック」

 

 その言葉にどっかから身代金目的でさらってきたのだと悟ると、黙ってグラスを並べることにした。

 不幸そうな兄ちゃん、ロックといったが、この町では別段珍しいほどじゃない。むしろ、ラグーン商会にさらわれているだけ安全かもしれない。

 まあ本人にとっては、どちらも変わらないだろうが。

 いつも通りの摘みを頼むと、ダッチは何やら連絡するといって席を立った。

 残された、ロックに金髪論毛の優男、ベニ―が話しかける。

 ベニーがこの町に来た時にも、この町に合わない男が来たと思ったが、今ではごく自然に、ここに居るのが当たり前に見えてくるから不思議だ。

 染まれば染まるものだと感心しながら、次の注文が来るまで他のグラスでも磨いると、レヴィが、ラム酒を頼んでくる。

 瓶とグラスを目の前に出してやると、レヴィは嬉々としながら。いまだ仏頂面のロックに絡み始めた。

 

「ビールなんぞ、しょんべんみてぇなもんだろう。男ならラムだろ、ラム」

 

 グラスになみなみ注いだラム酒を飲み干しながら、挑発するような物言いで酒を勧める。

 このホワイトカラーじゃあ、一気飲みは無理だろうな、と思っていると、意外にこの男はレヴィから押し付けられたグラスを一気に煽り始めた。

 どこで吐き出すかと、ひやひやしていたが、意外にもロックはグラスの中身をすべて胃に修めて、グラスをテーブルにたたきつけた。

 レヴィやベニーもまさか、ロックが此処まで酒に強いとは思っていなかったのか、あっけにとられたように、間抜けな表情をさらしている。

 

「俺はな、一気飲みなんて大嫌いなんだッ。だけどな、大学のコンパで、会社の接待で飲まされ続けた日本のサラリーマンをなめるなよッ!?」

 

 何故か得意そうな笑みを浮かべるロック。さっきまでのしけた面は何処に行ったのやら。

 しかし、酒を飲み来てそんな面ばかり見ているのも滅入るものだ。馬鹿みたいに騒いで、乱痴気騒ぎしている方が、この店らしい。

 そして、ロックの挑発返しにレヴィも火が付いたのか、二人そろって新し酒を注文してきた。

 

「「バーテンッ、バカルディ店に在るだけ持ってこいッ!!」」

 

 まったく、酔っ払いどもが。今日はいつも以上に儲かりそうだな。

 飲み比べをする二人の周りをいつの間にか周りの客たちが、はやし立て始める。

 次々に、空になるグラスを前に、どっちが勝つか賭け事も始まりだした。

 そんな時だった。

 5杯目のグラスをロックとレヴィが空にしたとき、入口から、黒い何かが放り込まれた。

 死線を潜り抜けた何人かは、敏感な第六感に何かを感じたのか、ふいにその方向へと首を向ける。

 無造作に転がった、手のひらに収まる程度の黒い塊。

 危険だと感じたときには、とっさに身体が動き出していた。

 直後、周囲を巻き込んだ爆炎が、閃光を伴って周囲を破壊する。

 続いてくるのは銃弾の嵐だ。

 カウンターに並べていた酒瓶が粉々に打ち砕かれていく。

 2度目に襲撃を受けたときに、カウンターに並べるのはダミーの空瓶だけにしといて本当によかったと思う。

 そして足元に隠してあった。銃を取り出して、銃弾が止むのを静かに待ち望む。

 逃げ遅れた客たちが、うめき声、あるいは悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 此処までひどい状況は久しぶりだ。

 しかし、ここまで店をボロボロにされながら、いまだにロアナプラで店を続けている自身も相当なものだと思う。

 すでに自分もこの場所の住人に染まり切っているのだと、改めて自覚する。

 一定の間隔を置いた一斉射撃の合い間、改めて手榴弾が投げ込まれて、瀕死の人間にとどめを刺すように爆発が起こる。

 さらにとどめだと言わんばかりに、大量の鉛球をばらまいた後、銃声の音が消えた。

 

「(レヴィ、二丁拳銃の名は伊達じゃないって所を見せてやれ)」

 

 物陰からダッチが、レヴィを焚きつけるように告げる。

 すでに二丁のカトラスの安全装置を外していたレヴィは、暗く淀んだ瞳で、獲物のすきを窺っている。

 そして、コツコツコツと、床を規則的に踏み鳴らす靴音が、だんだんと大きくなった。

 

「チェックしろ。まだ、声が聞こえた……、俺は生きてるやつは大嫌いなんだ」

「へぇ、そーなのかー」

 

 手下に命じて、死体を確認させようとしていた男の前に、場違いな幼女の声が立ちふさがる。

 あの餓鬼は、生きていたのかと思う反面、数秒後には死んでいるだろうという確信を抱いた。

 

「なんだ、この餓鬼は……」

 

 あまりにも。場違いな声の主の登場に、銃弾を持った男達が一瞬の思案に暮れた。

 その間は数秒だけ。

 実際の時間はもっと少なかったかもしれない。

 声の主の姿を確認したときには、すでに手にした銃口は、金髪の餓鬼に向けられていた。

 引き金を引くには一呼吸もいらない。

 その僅かな合い間を縫うように、レビィとは違う、二丁拳銃を両手に持った新顔が、幼女を庇うようにして、自身の銃口を不埒な侵入者へと向けた。

 

 

 

とある人喰い妖怪の場合

 

 なぜか大量に差し出される酒を大量にあおりながら、楽しげにはやし立てる人間達。

 私が何杯目で倒れるかかけているようだが、あと樽に四、五杯はいけるのではないだろうか。

 笑いながら次々にグラスを空にしていくと、隣のテーブルで一人牛乳を飲むロットンが目に入る。

 目が合うと同時に微笑みかえるロットンに、笑い返すと私はまた酒を煽り始めた。

 そんな時だった。

 無作法な宴会であるが、その最低限の作法すら守れぬ人が割り込んできたのは。

 突如激しい爆風にあおられて、何人かの人間が地面に伏す。

 酒場の明かりが完全に消滅すると同時に、あたりは薄暗い暗闇に包まれた。

 しかし、この程度の暗闇では、私が作り出す闇には到底及ばない。

 闇を操る程度の能力を持つ私にとって、昼間も、真夜中も関係ない。私が作り出す闇以上の暗闇など存在するはずがないのだから。

 酒場から光が奪われると、間をおかずに、外側から大量の弾幕が降り注ぐ。 

 柔らかい人間の身体ではひとたまりもないであろう弾幕の雨の中、わたしの周囲に群がっていた人間達が苦痛の声を上げながら崩れ落ちる。

 まるで、数百年前の幻想郷を見るような、人間にとっての地獄絵図。

 しかし、人間を殺しているのが同じ人間というのが笑ってしまう。

 僅かに口元が緩むのを感じて、私も床に小さく伏せておく。

 致命傷は負わずとも、この弾幕の雨に当たるのはあまり気分が良くない。

 人間達の悲鳴を聞きながら、じっとその弾幕が止むのを待ち続ける。

――

――――

――――――

 店の大半の人間が肉の塊へと変貌したとき、やっと弾幕の雨が止んだ。

 

「チェックしろ。まだ、声が聞こえた……、俺は生きてるやつは大嫌いなんだ」

 

 ロットンが持っていた、弾幕を撃ちだす鉄の塊を両手に掲げながら、尊大な態度で床に転がる死体をけり転がしていく。

 そうなのか、この雄は生きている奴が嫌いなのか。

 私も生きている人間は食べづらいから嫌いだ。いちいち抵抗するからめんどくさい。

 人間の子供くらいならば、食べやすくていいのだが。

 人間の雄の言葉に、少しばかり肉が食べたくなってきた。

 私は立ち上がり、とりあえず目の前の雄の言葉に共感を覚えたので一言つぶやいた。

 

「へぇ、そーなのかー」

 

 人間の雄達は、私の姿を確認すると、あっけにとられたかのような視線を向ける。

 しかし、身体はごく自然な動きで、弾幕を撃ちだす鉄の筒を私に向ける。

 

「あんたは、取って食べれる人間?」

 

 答えはない、指先が僅かに動き、私へ鉄の弾幕を撃ちだそうとするのを確認する。

 わたしは、この店の中に、宵闇を作り出そうと闇を操る程度の能力を発動させようとするが、突然目の前に長にロングコートが視界を遮った。

 

「待て。宴の席に無作法なる振る舞い、零れ落ちたたる杯の一滴は、今宵貴様たちの血肉によって、ッ!?」

 

 ロットンが撃たれた……、少しイライラする。

 

「兄ちゃん。詩人気取るなら通りで御座でも広げるんだね。まあ、あの世にそんなものがあるのか知らないが――ッ!? ちッ!?」

 

 話の途中で撃つとは無作法な奴である。

 まっすぐに飛来した弾は、ロットンの胸に一発、二発と続けて被弾する。

 ロットンがその衝撃によってその身体を地面に打ち付けられた。

 その光景に、なぜか苛立ちが増した。

 その感情に僅かな戸惑いを考えさせられていると、今度はとどめを刺そうとする人間の雄に対して、意識の外から数発の弾が撃ち込まれた。

 ロットンと同じように、両手に弾幕を発射する鉄の筒を持った人間の雌であった。

 それを合図だと言わんばかりに、他の兵士たちも応戦を開始する。

 すでに人間の雄達は、私の事を意識の範疇に置き換えたようだ。

 目の前に迫り来る弾幕に対して、見た目が幼い少女の姿である私は、脅威でないとみられているのである。

 しかし、それは妖怪にとって面白いものではない。

 ゆえに私は、

 

「ディマーバケーション……」

 

 すでに薄暗くなった酒場の中を、真の宵闇によって塗り替えていく。

 発動した自身ですら周囲の認識ができなくなるほどの完全な闇。

 ここの人間達に、妖怪の恐ろしさを教えてやるのだ。

 

 

 

 レベッカ・リーの場合

 

 何かが投げ込まれたのを察知するや否や、即座に手にしたグラスを握りしめたままカウンターの内へと非難する。

 投げ込まれた何かを確認する必要はない。

 この場合、最も可能性の高いのが火炎瓶で、次に手榴弾だ。

 まさか、空き缶投げ込む酔狂な奴がこの町に居るはずもない。

 殺傷性を持った何かだと、あたりをつけて早々に身を守ることに専念する。

 このカウンター、バオが何度となく起こる崩壊のたびに、防弾性を持たせており、そこそこの安全は保障できるだろう。

 

「へぇ、また防弾性が上がったな」

「だろう。フィフティーキャリバーまでなら耐えられるぜ」

 

 感心して見せるが、それでも店のテーブルやら窓ガラスやらば、ばらばらに砕けていく。

 まぁ、命あっての物種だ。肝心のモノさえ守っていれば、最悪どうとでもなるというものだ。

 射撃が止むのを待つように、ゆっくりとグラスの残りを煽っていると、ロックが這いずりながらカウンターに入り込んできた。

 見た目は擦り傷ぐらいで、弾丸は命中していないようだ、さらに泣き言を言うくらいの元気はあるみたいだ。悪運の強い男だ。

 いまだに止まない銃撃音。

 しかし、もうしばらくすれば、生死の確認をも込めて、店の中に突入してくるだろう。

 その時こそ本番だ。

 その瞬間を見逃さぬよう、相棒の二丁を両手に握り占めながら、静かに呼吸を吐き出した。

 銃撃の合い間に聞こえていた、悲鳴が少なくなっていく。

 悲鳴がうめき声に、そして沈黙へ、もうすぐ銃撃が止むと確信した。

 即座に飛び出せるように出入り口への意識を注意する。

 

「チェックしろ。まだ、声が聞こえた……、俺は生きてるやつは大嫌いなんだ」

 

 一か所に注意せず全員で全体をカバーしている。

 プロだ……、しかし、姉御。この町を支配するロシアンマフィアの子飼いよりはましだろう。

 手下は足元に平伏す、身体をけり転がして、死体であることを確認していく。

 半死の者には、銃弾を、もう少し近づけば確実に殺せる。

 あと二歩……ッ!?

 

「(誰だ、あの餓鬼は)」

 

 あと少しで確実に殺せる距離であったというのに、敵は歩みを止めた。

 いや、金髪の餓鬼の所為で止められた。

 思わぬ邪魔が入った。

 無邪気な笑顔を浮かべながら、楽しそうに両手を広げて男へ向かう。

 まるで遊戯のように、死体の中で純粋に笑みを浮かべる少女。

 

「(狂ってやがるな)」

 

 おそらく変態者どもに、醜悪な遊びでも教え込まれたのだろう。

 怯えもせず、委縮もせず、まるで子供らしくない

 だが、それで終わりだ。

 馬鹿な餓鬼が馬鹿をやって、死ぬだけだ。

 金髪の餓鬼を殺そうと意識が向いた瞬間を狙う為に今度こそ意識を集中させた。

 

「待て。宴の席に無作法なる振る舞い、零れ落ちたたる杯の一滴は、今宵貴様たちの血肉によって、ッ!?」

 

 何やら馬鹿は餓鬼一人だけじゃなかったようだ。

 しかし、英雄願望か、自殺志願者かはわからないが、これで男たちの多くの意識が逸れた、飛び出したコートの男が撃たれると同時に、飛び出すには今しかないと判断し、一気に両足に力を籠める。

 羽より軽い引き金を引く。

 眉間に命中。一人が確実に死亡。もう一人は腹から血を吹きだしながら地面に崩れ落ちた。

 追撃を逃れるために、再びカウンタに飛び込もうとするところで異変に気付いた。

 

「なっ!? 煙幕ッ?」

 

 倒れた、馬鹿な男を中心に、黒い靄のようなものが湧き上がってくる。

 すかさず、視線が遮られるより早く、銃弾を放つ。

 これで二人は減った。

 しかし、こんな暗闇でさらに煙幕なんて使う馬鹿がいるとは、常識を疑う。

 完全な闇で敵の兵士の姿が掻き消える。

 これ以上この場での銃撃は危険だと判断し、ダッチに声をかける。

 

「ダッチッ、まったく見えねぇ。とっととずらがろうッ」

 

 撃ち殺した兵士を盾に、ゆっくりと裏口の方へと後ずさる。

 

「ロック、悪いなこれであんたの引き渡しはチャラだな」

 

 愛銃のS&Wで撤退援護をしていたダッチがいまだにカウンターの中で丸まっているロックに告げた。せっかくのボーナスなのだから、できれば連れていきたいが、この状況下で足手まといになりそうな奴を連れていくわけにはいかない。

 ダッチが此処までだというのならば、ボーナスはあきらめるしかないかと、思っていたが、予想外にもロックは立ち上がり、裏口に近寄りながら叫ぶ。

 

「俺はどうなるんだッ!?」

 

 すでに闇の中に姿が掻き消えた男達。飛んできた銃弾の火花を目安に、こちらも何発が撃ち込む。

 悲鳴が聞こえた。

 死んだかの確認はできない。

 そんな横で、呑気な会話を続けるダッチとロック。

 

「もともとない話なんだ。ここで別れるってのはどうだ?」

「それはないだろうッ、連れてけッ!!」

 

 確かにこの日本人。この町に置いて行けば、朝まで生きているかどうかも怪しいだろう。

 別に、そのことを憐れんだわけではないだろうが、意外にもダッチはロックの同行を許した。

 

「しょうがねぇな。足だけは引っ張るんじゃないぞ」

 

 そして私たちは、なぜか追撃が緩んだことを訝しげに思いながらも、港に泊めてある船へと急ぐのであった。

 バオの店はすっかり暗闇に包まれていた。

 

 

 

とある人喰い妖怪と信奉者の場合

 

 宵闇。闇より暗く、月の光さえ遮る影の中。手近な人間らしき者の腕を引きちぎる。

 無意味に連射される弾幕に対して、こちらも弾幕を放つ。

 

「夜符ッ、ナイトバードッ!」

 

 鳥の羽のように、扇状に鮮やかな弾幕を放つ。

 何人かの悲鳴が聞こえるが、このままでは、生死を確認することができないと、弾幕に合わせて、宵闇を解除する。

 かなりの人間が、血だまりに身を沈めてうめき声をあげているが、僅かに数人、いまだに無事な人間が姿を現す。

 視界が晴れると同時に、「生きている人間が嫌い」と言っていた人間の雄が店の外へと飛び出す。

 それに続いて何人かの人間も外へと逃げ始めた。

 私は新しく弾幕を放とうとするが、ナイトバードを放つよりも早く、色あせた弾幕が人間の命を奪った。

 いつの間にか、立ち上がっていたロットンが生き残った敵へと駆ける。

 胸、頭部、ほぼ一撃を持って敵の命を奪っていく。

 人間の雄達は、まるで化け物を見るような目をするが、すぐに応戦するように鉄の筒を構える。

 ロットンは、床へ転がるようにして弾幕の射線を躱す。

 さらに、床から空へと撃ち抜くようにして、二人の人間の命を奪った。 これで、まともに動ける人間はいない。

 すでに何人かは店の外へ逃げ出ていた。

 

「その牙を敵へと突き立てろ【Rumia】(――何か違うな。「穿てッ」の方がよかっただろうか……?)」

 

 逃げ出した人間に向けてロットンはさらに追撃を放つ。

 私の名前を与えられた鉄の筒から、一発の色あせた弾が射出される。

 それを最後にロットンは、静かに敵の出方を窺うようにじっと敵を見据える。

 色あせた弾丸は、生きている人間が嫌いな雄の肩を撃ち抜いた。

 その雄は、顔を痛みと怒りで憎悪に染めながら、こちらを睨み付ける。

 

「たっ、大尉ッ。21名死亡、3名重傷です」

「――ッ! 撤退だッ! チンピラしかいない街だと思って油断した。まともな殺し合いができる奴が、こんな所に居やがるとはッ! すぐに目標を追うぞッ! あのチンピラども、代わりに嬲り殺しにしてやるッ!!」

 

 生きている人間が嫌いな雄は、そう叫ぶと、重傷者を放り出して、鉄の箱に乗り込み、かなりの速度で去っていく。

 私は、手に付いた血をなめとりながら、ゆっくりと僅かに息のある、捨てられた重傷者に近づく。

 血に濡れた私がどのように見えるのか。

 うつろな視線で必死に手を伸ばす雄に対して私は、

 

「お前は、食べていい人間?」

 

 笑顔で、いまだ生きていた男の命を頬張った―――。




此処まで、読んでいただきありがとうございます。
感想などいただけると幸いです。

N2様、誤字報告ありがとうございました。


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003 掃除

前回読んでいただいたみなさんありがとうございます。

しかし、此処で一つ注意点。
最終回までに、原作で死んでいない、キャラが一人以上、おそらく死にます。
ご注意ください。


 イエローフラッグの亭主バオの場合

 

 悪夢の再来だ。

 ラグーン商会の連中に関わると、たいてい碌なことがない。

 あいつらは腕のいい運び屋だが、いつもトラブルや、災害をこの店にまで運んで来やがる。

 まったく、疫病神だと思いながら、無残に散らかされた店内の様子に頭を痛める。

 そこは、粉々に砕かれたガラスの破片と、生臭い肉片が乱雑に散らばり、異臭が立ち込める地獄が広がっていた。

「仕事中はこの店に来るな」と何度行ったか分かりゃしない。それでも、ラグーン商会の知名度と影響力を考えると本気で来るなとは言えなかった。

 こんな町でさえなければ、即座に立ち入り禁止にしてやるのにと思いながら、無残になった店の補修を考える。

 とりあえず、死体から修繕費を徴収させてもらおう。

 めぼしい死体を探す為に、壊れた電球の代わりとして、カウンターの裏に備えていた懐中電灯のスイッチを入れる。

 すると、両手に持ったモーゼルを腰にしまう、優男の姿が目に移った。

 

「……?」

 

 無言で懐中電灯の光を見つめる優男。

 そういえば、この男は、餓鬼を庇って撃たれたはずだ。

 なのに、煙幕が晴れてからは、ハリウッド並のワンシーンを演じながらも、まるで痛みを感じさせていなかった。

 まさか不死身ということはないだろうが、この男の身体は一体何でできているんだろうと疑問が浮かぶ。

 

「―――……、兄ちゃん、さっき撃たれてなかったか?」

 

 何やら、妄言をつぶやきながら、餓鬼と襲撃者の間に割り込んだ直後に撃たれたはず。

 あの距離なら自分でだって外すことないだろうと思いながら、警戒を久崩さぬように、目を細めて男を観察する。

 新しくロアナプラに訪れた子連れの男。

 銀髪優男で、長いロングコートを羽織り、使用していた銃は、すでに骨董品であるモーゼルだ。

 そして、いきなり煙幕を使ったかと思えば、視界が効かぬ中で、多数の襲撃者を一斉射撃で沈め。さらに、視界が戻った瞬間、動揺が納まらぬ前に、残りの襲撃者を無駄弾なく沈めた。

 その手腕は侮れない。

 まるでA級映画の主演じゃないかと思い、単純な戦力はラグーン商会の用心棒であるレヴィと同等ではないかとあたりをつける。

 まったく血を流している様子もなく、ピンピンしながら動き回っていた男は、静かに自分の胸元を開いて見せた。

 その行動に、これまでの疑問が一斉に氷解した。

 

「防弾チョッキか? 暑苦しいのによくやるな」

 

 俺も昔は着ていた時期があるが、暑くて重い上に、動きづらいことから、すでにカウンターの下にしまわれて久しかった。

 

「いざというとき、心強い」

「確かにそうだが、まさかこの街でそんなもの着ている奴がいるとはな」

 

 手のひらで額を抑えながら、笑い声をあげる。

 この街は馬鹿で救いようのない悪党どもが集まって出来た町だ。

 確かに防弾チョッキは有効だが、ここでそんなものに、金を掛けるくらいなら、まず銃を買う。

 銃を買ったら酒と女を。

 持つだけで強くなった気がするのは、誰だって同じだ。

 そんな馬鹿どもは、自分の命がなくなる瞬間まで、自分の命が、どれだけ軽いのかを知ることはない。

 もしもそんな頭が在るのならば、とっとこの町を出ていく事を考えるだろう。

 だが、目の前の馬鹿な男は、銃に加えて防弾チョッキまで着込んでいる。

 此処まで知ると、先ほどの煙幕や、その中で敵を一掃した手段がおぼろげに見えてくる。

 おそらく、長い厚手のコートの中には、いくつもの商売道具を隠し持っているのであろう。

 手品の要領と一緒だ。

 長く袖を隠すことのできる服装は、多彩な暗器の仕込みが可能だろう。

 そして、こんな荒事の場でも、笑顔を崩さない餓鬼の方にも納得が行った。

 おそらく、金髪の餓鬼は仕込みを逸らすための囮として、仕込まれていたに違いない。

 こんな場所で少女の笑みは、否が応でも意識してしまうことだろう。

 まず間違いないと思っていい。

 しかし、拳銃を突きつけられた状況で、一切気負うことなく、無邪気に笑えるまで仕込んでいるとは、つくづくぶっ壊れていると思った。

 

「あんた名前はなんて言うんだ?」

「ロットン、ロットン・ザ・ウィザード」

 

 なぜかサングラスを中指で直しながら、ロットンは名乗った。

 もって回った仕草に、話し方だが、それも擬態なのかもしれないと思い、僅かに彼らに興味が湧いた。

 

「そうかい、あの嬢ちゃんはなんていうんだ」

「彼女の名は、ルーミアだ」

「ロットン、呼んだ?」

 

 それまで聞こえていた、ピチャピチャという音が止み、ロットンの言葉に反応するようにルーミアと呼ばれた餓鬼が、トコトコと近づいてくる。

 理由は分からないが、とてもうれしそうな笑顔を浮かべている。

 顔から体中まで、返り血浴びたというのに、まったく怯えすら見せない姿に、まっとうな育ちではないことを確信した。

 そんな餓鬼を此処まで、手なずけられるとは、ロットンは一体何者なのだろう。

 少なくともただのチンピラでは在りえない。

 多勢に無勢で在りながらも、即座に戦場を支配し、制圧するだけの行動力。

 襲撃してきた敵はおそらく、ラグーン商会を狙ったものだろう。

 しかし、この場でとんだダークホースに出会うとは、夢にも思っていなかっただろう。

 俺でさえ、びっくりしているのだからな。

 

「ねぇ、ロットン。そろそろ眠くなってきたから行きましょ」

「そうだな」

 

 そうこう考えている間に、ロットン達は、最初に頼んだ、ビールとミルク代を差し出して店を出ていこうとする。

 

「ちょっと待ちな。これから餓鬼連れて宿探しに行くつもりか、さすがにそれはやめとけ」

 

 単純な善意が2割でロットン達を引き留める。

 ロットンの腕はかなりのものであり、目の前で観察したこの男の性格が進んでトラブルを招きたいような、人格破綻者には、見えなかったからの提案だった。

 正直に言って、四大マフィアが入り乱れるこの町で、中立を貫くのはかなり面倒なものだった。

 今でこそ、それぞれマフィア間のどこにも属さない情報交換の場ということで、台風の目のように置いておかれているが、その拮抗はとても危ういものだ。

 だからこそ、ラグーン商会のように、有望で力ある客達に繋ぎを取ることは、この店を存続させる為に必要不可欠である。

 

「店の片づけ手伝ってくれるなら、上の一室しばらく貸してやるぜ。あんた町に来たばかりだろう。住む場所決まるまでの借宿で良ければどうだ」

 

 あまり深入りし過ぎず、それとなく、無理なく恩を売る。

 それがこの店、イエローフラッグを存続させるコツの一つだ。

 笑顔はプライスレスだが、無駄撃ちしないこともポイントだ。

 しばらく、考え込むそぶりを見せたロットンは、ちらっと横でソーセージのようなものをかじっているルーミアに視線を落とした。

 

「ルーミアは、それでいいかい?」

「そうね、歩くのも面倒なんでここに泊まりましょう」

 

 思ったよりも、はっきりとした受け答えをしているルーミアに、やはり実年齢はもう少し上かもしれないと思った。

 しかし、どこか発音が拙いようにも聞こえる。

 つかみどころのない餓鬼だ。

 

「よし、じゃあ今日は店じまいだ。そのあたりで寝ている客から、店の修理費集めるから手伝ってくれ」

 

 店の修理費の改修と、死体の片づけの手配、本格的な片づけは日が昇ってからになるだろうが、今日も遅くまでかかりそうだ。

 「分かった」と短く答えると、ロットンはまず、見た目が人間に近い物の身体をあさりだした。

 その横で楽しそうに騒ぐルーミアの姿に、とても場違いな印象を抱く。

 その楽し気な話声を背中にし、俺は店の外で閉店と書かれた看板を立掛けるのだった

 

 

 

 とある始末屋の場合

 

 朝一の電話に、仕事の支度を済ませた私は、数人の同業者を連れて、頻繁に要請が入る酒場へと足を向けた。

 ずっぽりと頭からつま先までを覆う黄ばんだ白色の作業服。

 素肌すべてをそれで多い隠して、半壊したドアを落下させながら店内へ入る。

 バケツや鉈をはじめ、掃除道具と死体袋を担ぎ、あたりを見渡せば、男女関係なくひき肉のようになった死体の山だ。

 元南ベトナム兵が経営する酒場、『イエローフラッグ』は、今日も楽しい死体の山で彩られている。

 程よく、ぐちゃぐちゃに盛られた死体の上には、砕けた椅子や、テーブルの破片が、チップスのようにばらまかれている。

 昼食までには終わりそうにないと思いながら、不機嫌な表情をした、店の亭主であるバオに声をかけた。

 

『今月デ、三ドめネ。もうスぐ、すたんぷガ、溜まるかラ、期待シてナさイ』

 

 かつて恋愛のトラブルで、喉を切り裂かれ、まともな発音が不可能になった私は、電動式人工喉頭を喉に押し当てながら、とびきりの営業スマイルでバオが差し出したカードにスタンプを押す。

 最も、ゴーグルとマスクの所為で私の表情を読み取ることは不可能なのだけど。

 

「スタンプなんかよりも、お前らを頼らずに、一月くらい店を営業してみたいもんだ」

『ザンねンだったワネ。デモ、そうなッタラ、私もゴはン、食べられナクなるかラ、そうならナいよう、願ってルワ』

 

 バオの店に、死体が出ないようなことが、一月も続くなど、この町を牛耳る四大マフィアのホテルモスクワや、三合会の連中が、仲良く手をつないでダンスするくらい在りえない、と思いながら、さっそく宝の山を片付けにかかる。

 最近やっと、内臓の価格が戻って来たが、この分ではまたすぐにでも値下がりしそうだ。

 まずは原型がまともな死体を優先的に片づけていく。

 目が濁り始めてるわ……、残念。

 これではクーラーボックスを持ってきた意味が無いかもしれない。

 鮮度の落ちた死体をてきぱきと解体しながら、袋に詰め込んでいく。

 しかし、見事に一撃で頭を撃ち抜かれた死体以外は、ひどい有様だ。

 大量の弾丸で削りとられた肉には、骨を抉り、内臓をそぎ落とし、大量の血を床にぶちまけている。

 それだけならまだしも、獣に食い荒らされたような後まである。

 そこで、ふと作業の手を休めた。

 

『指? きれイに、喰イ千切られテる』

 

 野犬が侵入したにしては、妙にきれいな食べ方をしていることに疑問を浮かべながらも取りあえず作業を進める。

 早くしなければ、昼どころか、夜までかかってしまうかもしれない。

 他の同業者も、めぼしい臓器を回収しながら、掃除を続ける。

 そして私は、一番奇妙な死体へと手を伸ばした。

 

『……、バオ? こレ、何ガあったノ?』

 

 腕の付け根から、巨大な猛獣に食いちぎられたかのように、悲惨な傷口をさらしている死体を指さす。

 床のガラスを掃いていたバオは、私が指さした死体の男を見て、眉を顰めながら答えた。

 

「ああ、昨日、このごたごたに居合わせた新顔がいてな、今二階で寝てる。そいつらがやったんだ」

 

 『そいつら』というならば数人のグループなのか? 

 それとも、そいつは、サーカスのピエロよろしく、猛獣でも手なずけているのだろうか?

 多くの死体を片付けて来た私だが、それでもこんな切り口は見たことがなかった。

 そんなことを考えていると、酒場の二階から、誰かが降りてくる音が聞こえた。

 この店の住人だろうか?

 

「ロットンッ! 起きたならお前も手伝えッ!」

 

 店の奥から、なかなかイカした服の趣味をした、銀髪長身の男が、ロングコートを翻しながら現れた。

 この街ではあまり見かけない、タイプの人間だ。

 

「ルーミアは、まだ寝てるのか?」

「ああ」

 

 ロットンと呼ばれた男は、いまだ寝ぼけているのか? と思えるような動作をしながら、バオと受け答えをしていた。

 

「昨日はお愉しみだったのかい?」

「―――? シャワーを浴びてすぐに寝たが?」

 

 悪そうな顔でうっすら笑みを浮かべるバオは、そのままロットンにガラスと木片を片付けることを命じると自分は、店の奥へと引っ込んでいった。

 見た目と裏腹に、箒を手に掃除をする姿はひどくシュールに思えた。

 

「コれ、あなたガ、殺ッたノ?」

 

 機械的な音声に戸惑ったのか、数秒間視線を合わせながら沈黙。

 次に、獣に食われたような死体と、私を交互に見比べながら、箒を杖のようにしながらロットンが語りだした。

 

「俺ではない。彼の命運が未だ尽きぬ運命で在るならば、そこで眠るのは俺であったかもしれない。ゆえに、彼の死はその運命によって決定されたのであろう」

「……………」

 

 ロアナプラの狂人、変人を相手に商売している私であるが、その返答はまったくの予想外であった。

 手にしていた、電動式人工喉頭を危うく取落としそうになりながら、改めて、その男を観察する。

 しばらく、微妙に胸の奥をつつくようなポーヅを取っていた男だが、私が反応を返さない事に、飽きたのか、元の掃除へ戻っていく。

 とりあえず、この男が、昨晩この店で派手に暴れた人物で有ろうことは察しがついた。

 どうやったのか知らないが、獣に食いちぎられたかのような後が見れる死体。

 まさか、この男が月夜に、尻尾と牙が生えてくる種族ではあるまいし、どうやったのかは非常に興味がある。

 

『こレ、もシ必要になったラ、連絡ちょうダイ。1割引きデ、請け負うハ』

 

 取りあえず、持ち歩いていた名刺をロットンに渡しておくことにした。

 目の前の死体の殺し方を教えてくれたら、2割引きでもいいと思いながら、男の様子を窺う。

 ロットンは手にした名刺を奇妙な目で眺めながら、それを受け取りポケットにしまった。

 

「覚えておこう。俺とお前に運命が在るなら、また交わることもあるだろう」

『所デ、コレ、どうやって殺したノ?』

 

 その後、何度か問い詰めてみたが、ロットンは獣に引き裂かれたような死体の作り方を一切話さず、奇妙な言い回しではぐらかすばかりだった。

 仕方なく、その日はおとなしく帰ることにした。

 余計な詮索をしたとして、殺されてはかなわないからだ。

 取り合えず、面白い死体も手に入ったことだし、帰ってからゆっくり遊ぶとしよう。

 新しい玩具を手に入れた私は、楽しい気分でイエローフラッグを去るのであった。

 

 

 

 とある人喰い妖怪ルーミアの場合

 

「私のおやつがない~ッ!?」

 

 月が昇る前に、夢から覚めた私は早起きだ、と自分をほめながら、昨日残った食料を求めて階段を下りる。

 しかし、そこには何もなかった……。

 あれだけ騒がしかった酒池肉林宴会場がまるで嘘のように、がらんとした何もない空間だけが広がっていた。

 とりあえず、おいしそうな部分をまとめていたはずの場所へ近寄り、床を叩いてみる。

 ペチペチペチと、乾いた音がする。

 それ以外に、何もなかった。

 それでもあきらめきれずに再度、さきほどより力を込めて叩いてみる。

 バンバンバンと、床が軋む音がする。

 が、やはり何もなかった……。

 

「ルーミアの嬢ちゃん、そんな所で何してるんだ?」

 

 まさかの光景に、自我喪失したように、昨夜の幻想を求めて、何もない空間を見つめる。

 その背後から、昨日酒を運んできた人間の雄が声をかけて来た。

 

「私のおやつが~~……」

「お前、死体の中に何か隠してたのかッ?!」

 

 酒を運んできた雄は、若干一歩引きながら、表情を歪めてこちらを見下ろす。

 せっかく、起きたら食べようと思ったのに、少し目を離せばこのありさまだ。

 幻想郷でもよく、あったことだ。

 食料を木に突き刺しておけば、カラスや雑魚妖怪に食べられたり、地面に埋めて置けば、埋めた場所を忘れたり。

 仕方のないことだ。

 よくあることだ。

 しかし、この高ぶった気持ちはどうすればいいのだろう……。

 そこまで考えて、ふと見上げた先に食料が在ることに気付く。

 あまり、美味しそうな人間ではないが、この高ぶった食欲を抑える、単純な解決方法が目の前にある。

 床を撫でるのをやめた私は、酒を運んで来た雄を見上げながら立ち上がる。

 

「一体何を隠していたのか知らないが」

 

 ビールを運んで来た食料が、何かを話している。

 

「そんなに腹が減ってたのか?」

 

 ああそうだ、とてもお腹が減っていた気がする。

 宵闇を発動させる必要もない。

 ただ一歩、妖怪の力で踏み込み、腕を振るえば目の前の食料は、食べやすくなる。

 両足に力を込めて、飛び出す瞬間。

 食料と目が合った。

 

「ほら、これやるから。後はロットンにでも食いにつれて行って貰え」

 

 視線を交わした瞬間。

 一瞬の本能を上回る何かが、私を制して、酒を持って来た雄の手に、視線が変わる。

 

「……、それは何?」

「何って、ただの飴玉だよ。食ったことが無いのか?」

 

 キラキラした包みをはがし、自分の口へ放り込んだ。

 そして、酒を持ってきた雄は、新しくポケットの中から三つの飴玉を差し出した。

 雄の仕草を真似して、包み紙をはがすと、その中にあった丸い、輝く石のようなものを口の中に放り込む。

 その瞬間、人間を食べたときと、同じくらいの幸福な気持ちが浮き上がってくる。

 

「美味しいッ!?」

「そうか、そりゃよかった。裏でロットンが掃除してるから、それ持って飯でも食いに行ってこい」

 

 私は、そう言われて、酒を差し出した男が、指さす方向へ、走り出した。

 そして、店の奥へ入る直前、ふとあることを思い出した私は、両手を大きく広げて、クルリと背後を振り返る。

 

「ありがとうッ!」

 

 飴玉を差し出した男を置いて、私はロットンを探しに店の裏へと走り去るのだった。




ルーミア、飴玉で買収される。
バオ、お菓子を持っていなければDead Endでした。
あんな街で長年酒場を続けるバオは、もしやロットン並に幸運値が高いのでは? と思うこのごろです。

此処まで読んでいただいてありがとうございます。
感想やコメントなどいただければ幸いです。


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004 故郷

日常パートって難しい。
早く殺伐とした戦闘シーンが書きたい。

一部おかしなところがありましたので、再投稿します。


 咎人たる魔術師の場合

 

 ロアナプラに着いてから何度目かの夜が明ける。

 そして、そろそろ路銀が付き始める頃であった。

 しかし、どこからかルーミアが大量に拾ってきた札束のおかげで、今しばらく金に困ることはなさそうであった。

 どこから拾ってきたのか問いかけてみると、あの出会うべき運命の夜と同じように、地面に転がっていたらしい。

 この町の人間は、不用心な住人が多いようだ。

 しかし、この町中で落とした本人を探すのは不可能に近い。

 結果として、有効に使わせてもらうとしよう。

 せっかくなの巡り合わせなのだ、今日もこの悪徳の街を彷徨うとしよう。

 

「ロットンッ、早く行きましょうッ」

 

 ドアの外からは、金色の光を浴びた黄金の戦乙女が笑顔で手招きしている。

 これ以上ルーミアを待たせるわけにいかないと、椅子にかぶせていたコートを翻しながら羽織り、テーブルの上に置いてあった二丁の相棒を腰のホルスターに収め、足早にドアの外へ駆けだした。

 ここ数日、ルーミアはバオからもらった飴が気に入ったようで、大量に購入していたから、今日もそのつもりなのだろう。

 先日は、札束丸ごとで購入したために、バオのお使いと思われたのか、ダース単位でイエローフラッグへ運び込まれて、バオが驚愕していたものだ。

 口いっぱいに飴玉を頬張るルーミアは、まさしく光の天使と呼ばれるほど、微笑ましい姿であった。

 さて、それでは今日も地上に降り立った女神の御供を務めるとしよう。

 日の光を浴びた少女の笑顔へ向けて、改めてサングラスを掛け直し、笑みを返すのであった。

 

「お~いロットン、出かけるなら。ついでに買い物して来てくれ」

 

 裏口を出ようとすると、何やら出かけようとしていたバオに呼び止められた。

 手近にあった紙にいくつかの商品を書き込み、それを差し出して来る。

 押し付けられるように、渡されたそれを受け取ると、

 

「夕方までには頼んだぜ」

 

 バオは嬉々して部屋の中へ戻って行った。

 まあ、バオには、少なくない借りがあるため、彼の頼みを聞くのは吝かではない。

 コートの裏にメモをしまい込み、急いでルーミアの後を追いかけるのであった。

 

 

 

ラグーンの新米水夫ロックの場合

 

 逃げ足は重く、追いかけるのは、空を縦横無尽に翔ける凶悪な殺戮者であった。

 激しく打ち付ける鼓動に呼吸が乱れ、息苦しさが募る。

 逃げられない。

 どんなに気をせかしても、足の動きは遅い。

 敵は強大であり、地上を這う人間ごときが立ち向かうことも愚かしい。

 その姿に、戦意は萎えかける。

 死を覚悟するには、その姿は十分であった。

 抗うことさえ許されないのだろうか?

 そんなはずはないと、必死に策を巡らせる。

 しかし、限られた時間は少ない。

 敵との距離は今も近づいてくる。

 ただ指先一つ動かすだけで、敵は自分の命を奪うことができるのだ―――。

 その距離は一息の所まで迫る。

 そして俺は………、頭をぶつけて気絶した――――。

 

「ッ! クッ!? おいッ! ロックッ!! とっとと起きろッ!!」

 

 つい先日、戦闘ヘリを魚雷で撃ち落とすなどという、馬鹿みたいな博打を打ったせいだろうか。

 いまだに悪夢に悩まされたりする。

 しかし、まさか成功するとは、運がよかった。

 命の危機を脱した俺を呼び起こしたのは、俺をこの状況に放り込んだ当事者の一人であった。

 怒声に呼び覚まされた視界が、最初に目にしたのは、最近見慣れてきた、凶悪な拳銃使いの悪役染みた笑顔であった。

 

「レヴィ!? どうしてここに?」

 

 起き上がり、いまだ靄がかかったような視界をぬぐう為、洗面所の生ぬるい水で顔を洗う。

 鮮明になった視線の先では、たばこを吹かしたレヴィが外を親指で指しながら言った。

 

「さあてロック、今日は麗しきクソ溜まり、ロアナプラをじっくり教えてやるよ」

 

 あっけにとられながらも、見ず知らずの町を案内してくれるのはありがたいと、急いで着慣れたスーツを纏うのだった。

 

 

 

 活気に満ちた町。

 誰もが騙し騙されを繰り返す町ではあるが、そこで生きていこうとする熱気だけは紛れもなく本物だ。

 これまで俺が信じていた、義務、忍耐、規律。そんなすべてと、正反対の人間性出会った。

 今この瞬間を楽しむように、あがき続ける命。

 明日の保証もなく……、しかし、そんな中で勝ち取った今を生きる街だからこそ、俺は、この場所に惹かれたのかもしれない。

 

「住めば都って言うけど、此処は、どうなんだろうな?」

「あなたは、里の人間?」

 

 聞きなれたはずの言葉。

 自分が吐き出した言葉以外に、その言葉を話せる人間が居るとは信じられず、思わず立ち止まり、声のする方向を振り返る。

 そこに立っているのは、明らかに日本人ではない少女であった。

 短く切りそろえられた金色の髪と、赤いリボンを揺らしながら、少女はかわいらしく首をかしげながらこちらを見つめる。

 不思議そうに問いかける瞳。

 

「……? あなたは、里の人間?」

 

 再び聞こえたあの日本語に、俺は加えていたタバコを取り落としたのだった。

 

「ルーミア、何かあったのかい?」

 

 口元から零れ落ちたタバコに気付き、靴で踏みつけて火を消していると、人込みの中から、ロングコートを身に付けた、銀髪の男と目が合った。

 

 金髪の少女は、トコトコと軽快な足取りで、声をかけて来た男のそばへ近寄る。

 

「おいッ、ロックッ! 何ぼさっとしてやがるッ!」

 

 そして今度は、いつの間にか、遠く離れていたレヴィが怒声を含んだ声で、こちらへ呼びかけながら、足早に戻ってくる。

 レヴィは、そこで初めて、俺と対峙している二人の存在に気が付いた。

 

「ん? 誰だてめぇら? 見ない顔だな?」

 

 睨み付けるように目を細め、身を乗り出すようにしてロングコートの男を見上げる。

 

「俺の名はウィザード、ロットン・ザ・ウィザード」

「私はルーミアよ」

 

 どこか芝居がかった仕草で、右手の中指でサングラスを掛け直しながら、名乗る男。この場にそぐわない仕草に、呆れとも苦笑とも取れる表情を出しそうになる。

 しかしそのような考えを顔に出すことはない。

 数少ない、この町で使える俺のスキルとして、かつて営業回りで使用した、当たり障りのない笑顔を浮かべながら、無難に自身の名を述べようとしてする。しかし、

 

「こいつはロック。アタシはレヴィ。んで、あんたらはウチの水夫にな何の用だ?」

 

 明らかに喧嘩を売っている口調で、レヴィはロットンと名乗った銀髪の男を睨み付けながら問いただす。

 しかし、ロットンは、レヴィの問いに対しても、涼し気な表情で再び、サングラスをかけ直し沈黙を貫いた。

 両者の間に、一触即発の不穏な空気が漂いだす。

 最も、その空気の大半はレヴィが発したものであったが。

 その空気を打開したのは、この場にそぐわない明るい声で、足元から発せられた問いかけであった。

 

「ねぇ? あなたは何処から来た人間?」

 

 俺は、この場を乗り切る為に、あえてそのルーミアと名乗った少女の問いかけに乗ることにした。

 

「俺は、日本から来たんだよ。ルーミアちゃんは随分と日本語が上手なんだね?」

 

 ルーミアちゃんの視線に合わせるようにして、屈みながら答えると、ルーミアは嬉しそうに、笑顔を浮かべながらさらに問いかける。

 

「じゃあ、博麗神社や、魔法の森の場所は知ってるかしら?」

 

 【博麗神社】、【魔法の森】。聞いた事ないが、おそらくアニメか、漫画に登場する場所だろうと思う。

 あいにく、アニメや漫画はほとんど見たことが無いので詳細は分からないが、このような外国でも知られているのならば、ドラえもん並に人気の作品なのだろう。

 

「ごめんね、ルーミアちゃん。俺はその場所は知らないなぁ。それは何処にあるんだい?」

「えっ―――…………」

 

 これまで明るい笑顔を浮かべていたルーミアちゃんは、短く困惑を現した声をあげて、次に悲しみを混ぜ込んでかためた能面のような表情を浮かべた。

 

「ッ!? ルーミアちゃん?」

「ルーミア?」

 

 突如、変貌した表情に困惑する俺をよそに、ロットンがルーミアちゃんの名前を呼ぶと、先ほどとは正反対の静かな足取りで、ロットンの足元まで近づき、袋を下げていた反対側のロットンの手を握りしめた。

 

「おいロックッ!? この餓鬼は一体なんて言ってんだ?」

 

 どうやら、日本語が分からなかったらしいレヴィが、不機嫌な声を発する。

 

「えっと、ルーミアちゃんが、博麗神社や、魔法の森を知らないかって」

「神社? お前の国にある教会みたいなもんだろ。それより、魔法の森って、餓鬼は、まだまだ夢を見てる暇があっていいもんだな」

 

 明らかに馬鹿にした声でルーミアちゃんを見下ろしながら、さっさと立ち去ろうとする。

 

「まあ、そんな空想に浸るのはほどほどに、早く現実ってもんを知るんだな。行くぞ、ロック」

「え……、そっ、そうだレヴィッ!? そろそろ昼だし、どこかで何か食べないかッ!? せっかくだしロットン、君たちも一緒にどうだッ?」

 

 なぜ悲しそうな表情に変わったのかは分からなかったが、このまま去るには、なんとなく後ろめたさを感じて、これまで無言を貫いていたロットンに問いかける。

 

「俺は構わないが……、ルーミアはどうする?」

「行く…………」

 

 短く答えた返事。

 そして、レヴィは一人、不機嫌な表情で何か言おうとするが、その言葉を発するよりも早く、俺は、レヴィの背中を押して歩くのを促す。

 

「さあ行こうッ、レヴィ、君のとっておきを案内してくれよ」

「あッ!? ちょッ! ロック、てめぇ勝手に決めんなッ!?」

「せっかくだし、今日は俺のおごりだ、だからなレヴィ、いい所に連れてってくれ」

 

 先ほど換金した、財布を取りだしながら、レヴィに再度頼み込むと、何とか折れてくれたようで、深いため息を吐き出しながら、レヴィはタバコを取りだした。

 すかさず俺は、ライターを取り出して、そこに火を灯す。

 

「しゃあねぇな。そんかわり、今日はてめぇの奢りだからな」

「ああ、分かったよ」

 

 こうして俺達は、レヴィに連れられて、近くの店へと移動するのであった。

 

 

 

 見た目からして、イエローフラッグなどよりも高そうな店だった。

 懐の心配をする俺には、まともに味が分からなかったが、食事を終える頃には、ルーミアちゃんの顔にも多少の笑みが戻りだしていた。

 食事中に、二人の関係を聞いていると、どうやらロットンがルーミアちゃんを助けたらしい。

 詳細はよくわからなかったが、結論をまとめるとそんな話であった。

 そして、イエローフラッグの亭主であるバオに頼まれたものがあると言って、二人は先に店を出ていった。

 店から出ていく二人の後ろで、レヴィは深く吸い込んだ煙を吐き出しながら口を開く。

 

「――ロック。てめぇに少し言っておくことがある。下手に他人に関わろうとするな、そして他人の言い分を鵜呑みにするな」

 

 小さくなったタバコを灰皿に押し付け、新しいタバコを取りだしながらレヴィは続ける。

 

「身の丈を考えて、臆病に行動しろ、でなければ、てめぇの身体は安ものベットで明日の朝を目覚めることなく、冷たい床で永遠に眠ることになる。いくらアタシでも、てめぇから首を突っ込んだトラブルまで面倒は見きれねぇ」

「レヴィ、でも……」

 

 何かを言おうとするよりも早くに、視線で黙らされる。

 

「あの餓鬼、どうしてこんな町に居ると思う。もしかして、ダークヒーロー気取りのあいつが、囚われの少女を助け出したとか、夢物語でも考えてるんじゃないだろうな?」

 

 僅かに、それに近いことを考えていた俺は、気まずくなってレヴィから視線を逸らす。

 レヴィは、それを見透かしたかのように、煙と共に、ため息を吐き出しながら、言葉を続けた。

 

「あれはな、何も知らないただの餓鬼だ―――。

 そう、現実ってもんを何にも分かってない目だ。この町でそんな目をしてる奴がいるとすればな、商品なんだよ。

 それもとびっきり変態御用達のなッ。

 何も知らないまま、幸せそうに、大事そうにされてるが、それが大事なスパイスになるのさ。

 自分自身がお花畑に居ることを信じている、そしてあるときふっと自分が立っているのが、お花畑じゃなく、血と腐臭にまみれてたクソだまりに居るんだって知るのさ。その時には、今まで持っていた物、尊厳も人格もすべて溝にぶちこまれて、踏みにじられる。

 泣こうが喚こうが、助けは来ない。成長してもいない身体に、男のいきり立ったモノぶちこまれて、使い捨ての玩具のように、ぐちゃぐちゃにされるのさ。

 泣いていられる間がまだましさ。そうして、泣くことすらできなくなったら、本当に、使い捨てとして、ばらばらにされ、どこかの金持ちの部品にされるのさ――。だからロック、アイツらには、これ以上関わるな。てめぇは、そんな相手とも笑顔で話せるようなタマか?」

 

 その視線は、人間の目を見るような目ではなかった。道端で、踏みつぶされた、虫けらを一瞥するような濁った視線で、まっすぐにこっちを見据えている。

 

「でも、ロットンは……」

「あの男がどうかは知らねぇ。アイツがもしも知らなかったとしても、それは仕込みだ、あの餓鬼を真っ白なままで運ぶ運び屋かもしれない……。なぁロック、お前の考えが正しかったとして、あの優男はどうしてこの街に居る?」

 

 そして、突如投げかけられた疑問に、自分自身でも良い答えが出てこなかった。

 

「本当に、あの餓鬼の事を考えてるなら、こんなクソだまりに来るはずないんだよ。てめぇの国ほど、平和ボケしてなくても、まともに暮らせる場所なんて他にもあるだろ。それをしないってことはな、そう言うことなんだよ。だからな、ロック。この町の他人を信じるな。最初から疑え。この町で笑顔で近づいてくる奴ほど、狂っていると思え。人の善意なんてもんはこの街にゃ、犬のクソほどにも役に立たない。いいな」

 

 それは、おそらく正しいのだろう。

 俺がこの町に来ることになった経緯を考えれば、この町に住む人間に善意を期待することは、間違っているのかもしれない。

 レヴィの言っていることはきっと間違っていない。

 でも……、それならば、レヴィが今俺に向けて言い放った言葉は、善意ではないのか?

 その言葉は、この町になれない俺に対する最大限の気遣いとも取れる。

 この言葉がなければ、俺はきっとこのまま、日本で居たときのように行動し、何かしらのトラブルを背負い込んだ挙句に、無残な死にざまをさらしていたかもしれない。

 こんな街でであっても、何かしら信じられるものはあるんじゃないかと問いたかった。

 しかし、その言葉が出てこない。

 おそらく、今語った言葉は、レヴィが今まで生きていた道と遜色ないものなのだろう。彼女を救うものは現れず、ふとした幸運と偶然によって此処まで生き残ったのだろう。

 そんな彼女に、一体なんと言えばいいんだろう。

 

「ロック……、お花畑なんて、この世界にゃ存在しないんだぜ――」

 

 自虐気味に吐き出した言葉を最後に、レヴィは、席を立ちあがる。

 

「レヴィ……、もしかして君は―――」

 

 本当はお花畑があると信じているんじゃないのか? と、口から出そうになり口を閉ざす。

 怪訝な目を向けるレヴィに対して、俺は……。

 

「ああ、そうかもしれないな――――」

 

 消極的にも彼女の言葉を肯定するしかなかった。

 今の俺達の関係で、これ以上レヴィの心に踏み込むことはできなかった。

 いま、飲み込んだ言葉をレヴィに話す機会がこの先あるのだろうか?

 今の俺に、その答えを出すことは出来なかった。

 

「よしッ、ロックッ! 下がったテンションを上げるために、バオのトコにでも行こうかッ! この前の続きといこうぜッ」

「この前のって、まだ昼過ぎだぞ」

 

 これまでの空気を捨て去るように、努めて明るい声でレヴィは話す。

 

「いいじゃねぇか、今日はお前の奢りだからなッ」

「ちょっ、本当に勘弁してくれ、此処の飯代も結構きつかったんだから」

「男だろ、細かい事気にすんな」

 

 さっきまでの会話がまるでなかったかのように、笑うレヴィ。

 そんな今の関係を俺は、心の底から楽しんでいたのだった。

 




此処まで読んでいただいてありがとうございます。
感想などいただければ幸いです。


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005 飯櫃

投稿期間が開きまして申し訳ありません。
何とか、投稿しましたけど、今回の話で、原作準レギュラーが一人死にます。
この物語に救いはありません。


 人喰い妖怪ルーミアの場合

 

 暗闇を照らしていた満月よりも、煌々と輝く街並み。

 人類が眠るべき時間を逸脱し、妖怪の在るべき時間を闊歩する。

 それがどれだけ愚かなことであるかを知らしめるべく、袋小路に連れ込まれた人間へと、容赦なく爪を振るう。

 

「かっ……、あ……、え、あ!?」

 

 失った腕に理解の追い付いていなかった。

 ただ、そこに在ったはずのものを眺める人間の雄を現実へと呼び戻したのは、自身の欠損に伴う痛みであった。

 しかし、それだけでは終わらない。

 切りさかれた痛みが悲鳴に変わるよりも早く、その柔らかい喉元へと牙を突き立てる。

 グジュリッ! 肉をすりつぶした音と共に、流れだした血が喉を潤していく。

 頬いっぱいに肉を頬張りながら、陸に挙げられた魚のように口を動かす男の表情を眺める。

 そこに在るのは、恐怖により促される悲痛な表情。

 二度と発することのできない声を吐き出そうとする、無意味な行動を続ける哀れな餌の姿であった。

 その恐怖こそが糧となる。

 思いだせ。この世界で人が恐れるべき存在が何であるかを―――。

 すでに失いつつある命に止めを刺すべく、柔らかな腸へ向けて右手を振り上げ……、笑顔と共に振り下ろす。

 目は大きく開かれ、口元は痙攣を繰り返す。

 死の瞬間に流れ込む恐れは、今日も私を生かしてくれる。

 食べきれないほどの新鮮な肉、里の中で食事をしても、飛んでくる巫女はいない。

 此処はもしや、妖怪の理想郷なのか……、

 

 …………

 ………………

 ……………………

 

「―――違うッ!!」

 

 苛立ちと共に、残った死体を乱雑にむさぼる。

 

 おかしいッ!?

 

 おかしいッ!?

 

 何故だッ!?

 

「どうして、恐れが満ちないッ!?」

 

 人類は、妖怪と違い同族の死に敏感な生き物であったはず。

 それなのに、この街では人が殺されたとしても、誰もが無関心だ。

 これではまるで、此処の人間は妖怪、化け物ではないのかッ!?

 すでに、息絶えた死体を鞭うつように、痛めつけるように、むごたらしく食い散らかして見せたとしても、この町の人間はまるで恐怖を覚えない。

 いや、恐怖は在る。

 だが、その恐怖を妖怪のものだとは、誰も考えない。

 この街では、人が人を殺す。それが当然のものだと、誰もが信じている。

 グジュリッと、目玉をかみ砕いて一息を付いたところであたりを見渡す。

 大通りからはそれほど離れていないはずなのに、誰もがこの路地裏が存在していないかの如くに、近づかない。

 呼吸が乱れる。

 最近人間が、少し頑丈になって来たように感じる……。

 私は、そのまま苛立ちを紛らわすように、目前の食料を力任せに叩きつぶす。

 

「此処は、一体……、どこ――……」

 

 かつて暗闇を照らしていた満月の光すら、この街では薄暗く感じる。

 今も幻想郷は存在するのだろうか? 

 あの里の言葉を話す人間の男は、博麗神社を知らないと言った。

 ならば、此処は博麗の結界の外だろう。

 私は、あの場所に還ることができるのだろうか――――――。

 今日はもう、眠るとしよう。

 日が完全に沈みきるまで眠るのもいいかもしれない。

 私は、寝床に向かって歩き始めた。

 

 

 

 とある南米十三家族の女中の場合

 

 太陽は完全に沈みながらも、ぎらつく欲望が陰ることのない街の中。ついに目的の場所を発見することができた。

 屑や生塵を何百と煮詰めてこしとったような、一片の価値すら感じられない、人間と呼ぶことすら吐き気を催す、ゴミ達の街。

 淫靡なネオンを掲げる看板を一瞥すると、私は、この街で最もガラの悪い酒場“イエローフラッグ”へと足を踏み入れた。

 粗悪な扉が、ギシギシと音をたてる。

 店内へと一歩踏み出したところで、何人かの客たちが、奇妙なものを見るように私を見つめる。

 私が身を包むのは、命の恩人に与えられた地位の証。

 奉仕を生業とする服装は、およそ場違いなものであろう。

 しかしそれでよいのだ。

 場違いで目立つ服装ならば、どんな頭の出来が悪い人間であっても即座に見つけることができるだろう。

 私の大事な者に手を出した酬いを与えるため……、そいつらをあぶりだすには好都合だ。

 手早く情報を得るために、酒場のカウンターへと足を進める。

 怪訝な目を向けていたバーテンだが、すぐに無関心を装うように、新聞へと目を移す。

 とりあえず牛乳を頼み、すぐにでも情報を得ようと流行る気持ちを抑えながらも、この日中で何度も繰り返した言葉を繰り返す。

 

「この街には、今朝ついたばかりでして。右も左も分かりません。コロンビア人の友人を探してッ」

 

 私の言葉を遮るように、安物のビールを叩きつけて、目の前に差し出すバーテン。

 

「ここは酒場だ、酒を頼めッ! 阿保んだらッ!」

 

 乱暴に叩きつらられたグラスから、なみなみ注がれたアルコールがはねる。

 頬を濡らした滴に、僅かな不快感を感じながら、静かに、指先で拭う。

 右手で握りしめたグラスは、力加減を間違えて、ミシリと音を立て皹が走る。

 グラスが砕けた。

 湧き上がった不快感が僅かながらに解消されたことで、再びバーテンに対して問いかける。

 

「この街には、今朝ついたばかりでして、右も左も分かりません。同郷の友人である、コロンビア人を頼ってきました」

 

 吐き溜まりの中に店を構えるバーテンこの男は……、道端に転がるゴミよりも最悪の部類だ。

 店に入った瞬間から私へ対する警戒を絶やさずに、挑発、悪意ある言葉を使い分けながら、的確に私の真意を探ってくる。

 感情を図ることに長けている。

 私という存在を探り出そうとしている。

 この街の中で、無害ではなく、力によって君臨するでもなく、他人への感情を図り、その感情を自由に引きだすことに精通している。

 善と負の感情を選り分け、向かうべき暴力の先を相手に悟られる事なく、動かすことができる。

 かつての私の知り合いにも、存在した人種だ。

 それなりの訓練を受けた兵士が持ち得る力。

 たかが、駒である兵士を動かす程度の能力だが、クズしかいない、この街では十分に効果を発揮できるだろう。

 この店の中であるなら、客の大半を動かして、私を排除する方向へ持っていく事もできるだろう。

 一対多の戦場を作り出すことのできる。

 それがこの男の自信へとつながるならば、

 

「その方々いる場所を―――」

 

 自身の力よりも、兵を使う時間さえも与えずにも、己の命を奪えることを示してやれば…………、

 

「教えてくださいまし――」

 

 堕とすことができる。

 私は、その惚けた表情を食い殺さんとする眼力で、低い声色で告げた。

 揺らぎ、プライド、いろいろな感情が混ざり合う瞳を逃がさぬように、視線を縫い止める。

 バーテンの頬から汗が流れる。

 そして、口を開く……。

 

「俺達を嗅ぎまわってるイカレタ女中ってのは、お前の事か?」

 

 バーテンが、言葉を紡ぐよりも早く、背後から投げかけられた言葉。

 振り返り、その声の主を確認する。皮膚の色、口調、台詞。

 それは、私が求めたいた獲物であった。

 すでに、バーテンなど眼中にない。

 飛び出し、即座に縊り殺したくなる感情。それを、冷静に制御しながら、現れた屑共に殺意の視線を向けた。

 ごちゃごちゃとのたまう屑共の講釈に付きあう気はなく。

 ひとまず、必要な人数以外を間引くべきだと、ゆっくりと手にした傘を屑共へと向ける。

 通常の傘よりも格段の重量を誇ったそれには、容易に人を殺す仕掛けがなされている。

 柄の部分に偽装した引き金を引けば、たやすく一人の命を奪うことができる。

 とりあえず命さえ残っていれば、必要な情報は手に入る。

 すでに私の頭は、憤怒にまみれていた。

 

「……(サンタマリアの名に誓い、すべての不義に鉄槌をッ)」

 

 屑共が手にする鉄の飾りが、玩具であることをまずは教えてやろう。

 屑共の銃口が火を噴くよりも早く、塵を掃除するために引き金に力を込めて、

 

「――待てッ」

 

 私は引き金を引くタイミングを失った……。

 自分の格好が、場末の塵溜まりに対して、不相応であることは理解しているが、目の前に割り込んできたこの男の容姿もどこかこの塵溜まりに不相応な姿であった。

 さほど寒さもないこの時期に、長いロングコートを翻し、腰に隠したホルスターから取りだしたのは、年代物のモーゼルだ。

 反対の手には、どこでかで購入したらしい紙包を抱えている。

 

「か弱き女性を多勢に任せて嬲る様。神はよほど俺の瞳に悲しみを映し出させたいらしい」

 

 どこか芝居かかった口調で、銀髪の男が口を開く。

 正直、屑共よりも先にこの男を黙らせたかった。

 この男が、この場に居合わせただけの屑であればよかった。しかし、この男が私を助けるために、出て来たことはゆるぎない事実であろう。

 どのような理由であれ、無関係の人間を救おうとした人物。そのような人間を、屑共へ対する肉壁とするには多少の躊躇いを覚えた。

 数年前、私が南米の屋敷で匿われるよりももっと昔、そのころの自分では、考えられなかった思考であった。

 南米の屋敷で過ごした数年が、私を憎悪によってこの場所へ向かわせ……。

 そして、私が弱くなったことを実感させられた――。

 口惜しさ、苛立ちから、私の口元から赤い血が流れだす。

 

「てめぇ、最近噂になってる幼女趣味じゃねえか。俺達を誰か分かっているのかッ? さっさと、おうちに帰って粗末なナニでも、餓鬼にしゃぶらせてたらどうだ?」

「黙れ、下郎。見知らぬ土地で迷える乙女に銃を向けるだけでは、飽き足らず、我が女神への暴言。それ以上の侮辱は、我の瞳に浮かびし悲壮を、憤怒へと塗り変えることになるとしれ」

 

 さらに、芝居かかった口調に磨きがかかる。

 もしや私は、安っぽい喜劇を見せられているのではないか? 在りえない可能性に困惑しながらも、目の前で肉壁となる人間の脇から周囲の状況を確認する。

 多少なりとも頭のある人間ならば、即座に店の外へと逃げ出すべきであるが、この店の客たちは、私たちを面白い劇を見るかのようにゲスな笑みを浮かべている。

 私が誘いだしたマフィア共、コロンビア・カルテルの連中が、一人の人間が加勢した程度で引くわけがない。

 もはや、スカートの中に隠した手榴弾ですべてを吹き飛ばして終わりにしてやりたい気分になってくる。

 しかし、目の前の屑共にはまだ聞かなければならないことがある。

 私がこの吐き溜まりに来ることになった、恩人の子が、若様の居場所を吐いてもらわなければならない。

 本来ならば、このような吐き溜まりと化した街に居るべき御方ではないのだ。

 もしかしたら、すでにどこかに売り飛ばされているかもしれないと考えると、いてもたってもいられなくなる。

 改めて、観察すると屑共は、私よりも銀髪の吟遊詩人気取りの男に意識が言っている。

 もはや、これ以上時間を費やす気もない、この馬鹿騒ぎに終止符を打つと決め、仕込み傘の引き金に力を込めるタイミングを計る。

 その前では、銀髪の男が、何やら小脇に抱えた包みを動かしては持ち上げて、腕が止まる。

 何がしたいのかわからなかったが、カウンターの中に身を潜めていたバーテンは、その行動を察したかのように叫ぶ。 

 

「おっ、おいロットンッ!? そいつは俺が今朝頼んだものじゃないだろうなッ! 止めろよッ! 止めろよッ! まさかそいつはッ!?」

 

 バーテンの慌てよう、広範囲に対して殺傷を可能とする何か? そしてこの男は何処から出て来たか。

 確か厨房からのはずだ。ならば、銀髪の男が持っているものは、

 

「(小麦!? 粉塵爆破かッ!!)」

 

 吟遊詩人気取りの男が小脇に抱える袋を掲げると、塵共に向かって、投げつける。

 低く弧を描くように飛ぶそれに対して、塵共も何かしら危険を感じたようだが、すでに遅い。

 

「すべての不義に鉄槌をッ!?」

 

 瞬間、仕込み傘から飛び出した銃弾が、放り投げられた包みを撃ち抜いた。

 私は、衝撃が来ることに備え、防弾性を施した仕込み傘を広げて盾とする。

 広がる傘が視界を遮り……。

 そして……。

 撃ち抜かれた袋からは……。

 七色の玉が降り注ぐ。

 私を含めた、多くの客の思考が止まる。

 

「あ、飴玉?」

 

 つぶやいたのは誰だったか? そして、一時の静寂に幕を引いたのは、唯一この包みの中身を知っていた男だ。

 

「今俺の瞳に移るのは悲しみの色でしかないだろう。それらを覆い隠すには、闇でしかない」

 

 抱えていた飴玉の包みがなくなり、自由になった腕がコートの陰に隠れた何かを探り出した。

 そして流れるような動作でそれを眼前に放り投げる。

 

「漆黒『ダークナイトウィッザード』」

 

 薄暗い紫が世界を覆う。

 

「なッ!? がッ!?? えぐまぁッ!? がッ」

「でめぇえッ! バッ、ながにぅッ!?」

 

 眼前で広がった煙に視界を奪われ、床を転げまわりながら物を破壊する音と、言葉にならない悲鳴が響く。

 その横を、強引に手を引かれながら、私は店の外へと飛び出した。

 

「なッ!? ロットンッ!?」

 

 聞きなれない言葉が聞こえた。何者かをはじき飛ばして駆けだそうとする私に、背後から聞きなれた声が響く。

 

「ロベルタッ!?」

 

 手を引く銀髪の男を引きずり倒す勢いで制止すると、声の主へと振り返る。

 

「わ、若様……」

 

 そこに居たのは、今の私が忠義を尽くすべき御方の一人。ガルシア・フェルナンド・ラブレスであった。

 

 

 

 ラグーンの狂犬、レベッカ・リーの場合

 

 餓鬼のお守はうんざりだ。電話がかかって来たのは昨日の夜。

 コロンビア・カルテロの連中から、荷物を引き取って渡すだけの簡単な仕事だったが、その積荷が問題だった。

 口うるさく、ちょろちょろとうっとおしい、そんな荷物の世話にはほとほと、嫌気がさしていた。

 雇い主のダッチにも言われたが、私がこの仕事をやってるのは、ベビーシスターをやるためじゃねぇ。

 むしろそんなことは、隣で阿保面ぶら下げてるロックにでもやらせればいい。

 いまだに、真っ白い服、前職の仕事着を身に付けており、私がせっかく買ってやったアロハシャツを着ようともしない。

 全く、忌々しいことだと思いながらも、仕事が長引きそうになった鬱憤を晴らす為に、目の前の餓鬼を小突いて見せると、さらにダッチにたしなめられる。

 

「お前、それ大人の態度じゃないぜ。てめぇにも餓鬼の頃があっただろう」

「そう言うなら、ベビーシスター代でもよこすんだなッ」

 

 大人の態度じゃない。ならどんなのが大人の態度だっていうのか?

 少なくとも私自身には、餓鬼のころに子供らしい扱いをされたことはなかった。

 そして、この世界には、危険を顧みずに人助けをするヒーロもいない。

 スーパーマン? スパイダーマン? ウォッチマン気取りの阿保ならいるかもしれないが、所詮は映画の世界だろう。

 イライラは募るが、これ以上言ってもどうにもならないことは理解している。餓鬼の世話は、ホワイトカラーが似合うウチの水夫見習いにでも任すことにしよう。

 私は、最後にもう一度餓鬼を睨み付ける。

 そして面倒な役目は、ロックへ丸投げする。。

 ロックが余計なことを言わなければ、今頃この荷物を引き渡して、仕事上りのラムでも煽っていたはずなんだがな。

 餓鬼が孤児だろうが、金持ちだろうが、どうでもいい。

 さっさと、こんな面倒な仕事は終わらせたいもんだ。

 さっきダッチが、ロックが思いついた違和感について、裏付けを取る為にロシアンマフィアのボス、パラライカの姉御に電話していた。

 何やら姉御も立て込んでいるらしいが、できれば早めに、情報を教えてほしいもんだ。

 

「しっかし、今日も此処は一段と騒がしそうだな?」

 

 イエローフラッグの中へ入ろうと近づくと、そこには、阿鼻響叫喚といった、叫び声が外まで響いてくる。

 

「ダッチ、今日は別の店にしないか?」

「そう言うな、バラライカさんとはこの店で待ち合わせしてる。面倒な客がいるならとっととお引き取り願うしかないな」

 

 ドアを開けることに戸惑ったのは一瞬だが、その一瞬の間に、店の中から何者かが飛び出し、私の身体を押しのける。

 そのことに苛立ち、とっさに腰のホルスターに収めたカトラス掴むと、私を突き飛ばした犯人へと鉛の銃弾を叩き込む

 

「てめぇッ、何処に目つけてやがるッ」

 

 左右から発射された弾丸は、私にとっては不幸にも、飛び出した二人の身体を掠めるだけで合った。

 メイド服を纏った奇天烈な女。

 その手を引くのは、現在この街で最も話題を集めている男。

 幼女趣味、スタイリッシュ電波男、天然ジゴロなど不名誉なあだ名で有名になりつつあるロットンの姿であった。

 

「ロベルタッ!?」

 

 店から飛び出した二人を注意深く観察していると、横から甲高い不快な声が耳に届く。

 

「わ、若様……」

 

 とうとう金髪の餓鬼だけでは飽き足らず、守備範囲を広げたかと半ば、軽蔑的な視線を向けるが、ロットンは極めて涼しそうに、ズレてもいないサングラスをかけ直している。

 そして、クソ生意気な餓鬼に近づこうとして来るメイド服の女。

 私は安っぽい三文芝居でも見せられているのか?

 さらわれた餓鬼をメイドが助けに来るとか、今どき三流映画でもやらないような、現実が目の前にある。

 そんな、分かりやすい物語に、ハッピーエンドに見える物語に、私の苛立ちは限界に達した。

 

「動くんじゃねぇ。てめぇッ、一体どういうつもりだ」

 

 今にも飛び出していこうとするクソガキを抱えるように拘束すると、その口元に、銃口を押し込む。

 

「一体何のつもりでしょうか?」

「あっ、知るかよッ! それよりもこれは私らが預かった荷物なんだッ。どこの誰か知らないが軽々しく近づいてくるんじゃねぇッ!」

 

 近づこうとするメイドの動きが止まる。

 

「レッ、レヴィ!? 一体何を」

 

 何やら横でロックが狼狽えているが、関係ない。この手にあるのは、ただの商品なんだから。言われたとおりに、言われた場所まで運べばそれだけの存在だ。

 そのあとで、変態共に嬲られようが、ばらされようが、一切関与しない。

 このクソガキは人間ですらない、ただの荷物なのだから。

 誰が荷物などを助けに来るのか?

 イライラが募る。

 このまま指先にちょいと力を込めれば、この餓鬼の頭ははじけたポップコーンのように、小気味良く砕け散るだろう。

 

「その手を離してもらえないか?」

 

 これまで、メイドの背後で何度もサングラスをいじっていたロットンが、話に入ってくる。

 

「あッ? ロットン、どういうつもりだ? てめぇもとっとと帰って、餓鬼の世話で……、も――――――――」

 

 銃口をメイドからロットンへとずらした瞬間に、突如頭部を襲った衝撃と共に――、私は、――を、失っ…………。

 

「あなたは、美味しそうじゃないわね」

 

 

 

 人喰い妖怪ルーミアの場合

 

 毎夜宴会を繰り広げる酒場だが、今日は宴会場へ行く気分にもなれずに、部屋の布団の上で転がっていた。

 珍しくロットンは朝から出かけており、日が沈むまで一人ゴロゴロと、白い布団の上を何度も往復する。

 最近疲れやすくなった身体を休めるために、布団の上で寝そべっているが、疲れはあまり取れなかった。

 そんな中、微妙な胸騒ぎと共に、一階の騒ぎが一段と騒がしくなったように感じ、ふらりと窓の外を覗いてみた。

 そこには、先日出会った、人里の言葉を話す人間の雄が店に入ろうとしている

 そして、反対に店の中から飛び出して来るロットンの姿があった。

 何やら、吸血鬼の従者が来ているような服を身に付けた人間の雌の手を引いているが、一体何があったのだろうか?

 そのメイドが、ナイフを飛ばしてこないか注意深く確認してみる。

 すると、ロットン達と対峙していた人間の雌が、弾幕を放つ鉄の筒、銃と呼ばれているらしい武器を抜くのが目に入る。

 そして、その雌はロットンに向けて、その筒を向けた……。

 私の鼓動が大きく脈動した。

 徐々に湧き上がる不快感が私の中に充満していく。

 そして、私の中に残った論理的な意識がささやいた。

 ロットンが死ねば、私はどうなるのであろう?

 この世界は、おそらく外の世界。

 博麗結界の外の世界で、幻想を、神への信仰を、妖怪への恐怖を失ったこの世界で、宵闇をつかさどる私は何時まで存在できるのか?

 この街に来て、何度人間を襲ったとしても。

 幾度となく恐怖を振りまいたとしても。

 誰一人、他人の死に興味を示さない人間達。誰もが、人殺しを妖怪の仕業と考えない、人が人を殺す、この狂った世界で、人喰い妖怪である私は、生きている意味があるのか?

 身体はすでに動きだしている。

 脆い窓を突き破り、ロットンへ銃口を向ける雌の頭部を、力任せに地面へと叩きつけた。

 そして……、抱えられていた、小さな子供の頭部が弾けた。

 脆い。

 やはり人間は脆いと思った。

 しかし、地面に倒れ伏す人間の雌は今も人の姿を保っている。

 人間の頭部はこんなに硬かっただろうか?

 

「あなたは、美味しそうじゃないわね」

 

 食欲のそそらない人間の見下ろしながら、ロットンの方を見上げると、驚いたような、悲しいような、不思議な表情をしていた。

 その隣で、絶望に染まった表情のメイドが叫びを上げた。

 

「わ、わか……、さ、ま――あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 手にした傘と鞄を取り落とし、狂ったように叫ぶメイド服の女。

 その女の目に、いつか見た人間を思いだす。

 ただ、妖怪を憎み、憎み、憎み。

 憎悪によって人の心を正常に保とうとしていた人間がいた。

 博麗の巫女と比べても遜色ない、力を持った人間がいた。

 力こそがすべて、それ以外のすべてを奪われた人間がいた。

 かつて見てきた人間と同じように、悲しみに支配されたメイドは、崩れ落ちた子供の身体を必死に、抱きとめる。

 しかし、その失われた瞳がメイド服の女を見返すことはない。

 失われた口が、再びメイドの名を呼ぶこともない。

 今頃は三途の川を渡り、閻魔の前に並んでいる頃だろう。

 狂ったように、命を失った肉塊に対して、何度も語りかける。

 特段珍しくない光景に、興味を失いながら、トコトコとロットンの方へと歩いて行く。

 

「ロットン、お腹すいたわ。御飯を食べに行きましょう」

 

 何故だか、悲しそうな表情をするロットンに対して、首をかしげると、背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「る、ルーミアちゃん……」

 

 呼びかけられた声に、私は少しだけ気分をよくして振り返る。

 

「何かしら?」

 

 怯えが感じられた。畏怖は感じられないが、未知に対する恐怖が、私の中へと流れ込む。

 これまでの気怠かった身体が、嘘のように活力に満ちてくる。

 私の心は晴れやかだった。

 いまだ、人類の中に、他人の死を共感できる人間がいると知って。

 私はとても楽しそうに、人里の言葉を話す雄へと笑いかけた。

 人里の言葉を話す雄は、なぜか口元を抑え、狼狽した様子で後ず去る。

 

 物言わぬ躯に縋り付くメイドと、顔を青くして怯える人里の言葉を話す雄のおかげで、今日は美味しくご飯がいただけそうだ。

 せっかくなので、目の前で弾けた子供の肉も味見してみるとしようかと考える。

 

「てめぇらッ!? 死ねッ!!」

 

 美味しいご飯をどれから食べようかと考えていると、そこそこ食べられそうな御飯が、酒場の中から飛び出してきた。

 消えかけた煙の中から放たれた弾幕に続いて、目を真っ赤に染めたご飯達が、銃をこちらに向けていた。

 

 「思いだしたぜ。フローレンシアの猟犬、お前の首を持っていけば、俺も晴れ――――」

 

 何か叫んでいたご飯だが、突如飛来したナイフによってその喉を切りさかれた。

 吸血鬼の館に住むメイドよりも動きは遅いが、目の前の肉を捌くには十分な速度だった。

 おそらくその集団の中心人物だったのだろう、残った肉達は、まるで連携も取れずに、狂ったように声をあげるメイドよって、切り伏せられていく。

 痛みで転げまわるご飯達。

 メイドは、そのご飯達に向かって、何度も、何度も、ナイフを突き立てる。

 

「若様ッ! 若様ッ! 若様ッ! これは、これは、私が受けるはずたった罪業であるはず。決して、貴方のような方が、受けるべきではななかったはず」

 

 獲物が完全に生明を停止させたとしても、その腕は止まらない。

 何度も、何度も、何度も、その手に持ったナイフを沈黙した肉塊へと振り下ろす。

 

「お前のような奴が、お前のような奴がッ! わ、若様ッああああああああああああああ――――――」

 

 突如メイドの動きが止まった。

 ゆっくりと、立ちあがるメイドはふらりとこちら、正確には、人里の言葉を話す人間の雄とそのつれを見据える。

 

「何故……、若様―――」

「おっ、おいッ!? これ、ちょっとヤバいんじゃないの?」

 

 くすんだ金色の髪を持った人間が怯えた声をあげる。

 

「ああ、とりあえず逃げッ!?」

 

 メイドは、人間とは思えない速度で、泥にまみれたように見える、身体の大きな人間の雄に詰め寄ると、手にしたナイフを力いっぱいに振り下ろす。

 泥まみれのような雄も、腰に下げた銃を手に取り、応戦しようとするが、振り下ろしたナイフの軌道が突如逸れた。

 振り下ろした速度を維持したまま、その鋭利な刃は、泥まみれのような雄の腹へと突き刺さる。

 

「ベニ―ッ、車を出せッ! ロックッ! レヴィをッ……」

 

 そこまで叫んだところで、メイドは泥にまみれたような雄から大きく距離を取るように後退する。

 メイドが立っていた場所に、2発の弾丸が撃ちこまれていた。

 

「行けッ! もはや救えぬならば、せめてその子と、同じ場所で眠らせよう」

「お前……。すまねぇ。生きてたら一杯奢るぜ」

 

 なぜだか、ロットンは泥にまみれたような人間の雄を庇うようにして、メイドの前に立ちはだかった。

 泥まみれのような雄は、そのまま走り、クルマと呼ばれていた鉄の箱に乗り込んで去っていく。

 それを追わんとするメイドの前に立ちはだかるロットンは……、

 

「ッ!?」

 

 強烈な蹴りを股間に受けて、悲鳴を上げる暇さえなく崩れ落ちた。

 私は、ロットンの傍へと駆けよる。

 そんな私を無視するように、メイドは、地面に転がった傘と、鞄を掴み、近くにあったクルマに乗り込む、泥にまみれたような雄達を追うように去っていった。

 

「ろッ、ロットン?」

 

 呼吸はしている。いまだにロットンの魂は、三途の河にはたどり着いていないようだった。

 私はこの時ばかりは、さぼり癖のある、赤毛の死神の存在に感謝した。

 

 

 




若くして散ったガルシア君に黙祷。

友人に言われたんですよ、このまま勘違い系SSで行くのかと。違います、この小説は、猟奇ものです。

此処まで読んでいただいてありがとうございます。
感想などいただければ幸いです。


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006 家族

前回の投稿から時間が開きまして申し訳ありません。
時間が空くと、キャラの性格とか忘れそうで、読み返したり、余計に時間がかかってしまいますね。
作風としては、断章のグリムのような作品を目指しています。
所で、此の読者に断章のグリムを読んだことがある人いるのでしょうか?
そして今回、ルーミア無双の回です。
 



ラグーン商会の水夫、ロックの場合

 

「レヴィ、レヴィ?」

 

 ガタガタと激しく揺れながら、街中を疾走する赤いロードランナーは、人身事故を紙一重で躱しながら、街中を疾走する。

 人以外のモノを盛大に跳ね飛ばし、轢きつぶしながらも、いまだ人的被害が出ていないのは、車を運転するベニ―の腕がいいのか、俺達の普段の行いがよいのか、おそらく前者だと思いながら、自分の横で、ぐったりと死んだように、身じろぎしない刺青のガンマンに呼びかける。

 頬を軽く叩いて反応を見るが、その姿はまるで死体のようで、ピクリとも動かなかった。

 

「ロック、レヴィを起こせッ! もしもアイツが追って来たら、レヴィの銃が必要だッ。それに、次に起きたら閻魔の目の前だったなんて笑えないだろう」

 

 傷口を抑えながら、必死に声を絞り出すダッチ。その横では、焦りを含んだ声色でベーニーが問う。

 

「それより、何処に行けばいい? 逃げ場所はあるのか?」

「知るかッ、とりあえず港だ。ラグーン号へ向かえ」

 

 傍目に見ても、ダッチの表情は青ざめており、今も脇腹を抑えながら、時折苦悶の声を漏らす。

 必死に平静を取り繕おうとしているようだが、状況は芳しくなかった――。

 

「レヴィ……」

 

 仕事を受けた直後はこんなことになるとは思いもよらなかった。

 孤児と言われていた子供を一人、運ぶだけの仕事だった。

 だが、それは真っ赤な嘘。

 彼は、南米に君臨する資産家集団、十三家族の次代当主……、に為るはずであった、ただの子供だ。

 おそらく、ガルシア君が死ぬことになった理由の一端は俺達にもある。

 いや、自身に言い訳をしそうになったところで、薄暗い感情を振り払う。

 何を言ったところでガルシア君の命に終止符を打ったのは、横で意識を失っているレヴィであり、今回の過失はラグーン商会の落ち度であろう。

 殺す必要などなかった。

 言い方は悪いが、商品として扱うのならば、手ずから傷をつけることはご法度であるはずなのだ。

 しかし、今回の依頼にある虚実の何かが、レヴィの内にある負の感情を刺激してしまった。

 そこまで考えたところで、短くなったタバコを捨てて、新しいタバコへ火をつける――。

 いつからか、増えていったタバコの量。

 深呼吸するように深く煙を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。

 今レヴィの過去を考えるのはやめよう。

 下手に考えてしまえば、ガルシア君を殺した罪をすべてレヴィに押し付けてしまいそうであった。

 俺達は、一人の子供が不幸になることを理解した上で、この仕事に乗ったのだ。

 食う為に、生きるために、ただ自分の命の代わりに、見ず知らずの命を差し出したのだ。

 正直に言えば殺したくなかった。

 だから、殺さなくて良い理由を探していた。

 その結果が、頭部を、身体を、命を、すべてを失った子供の躯だ。

 

「――無力だな……」

 

 正義の味方(ヒーロー)など存在しない。

 所詮、ロビンフットは、所詮大衆が求めた偶像の集大成に過ぎない。

 それでも、せめてその偶像の一かけらになれることを願ってみたが、どうやら俺という存在では、偶像の一欠けらにすら届くことはないようだ。

 もしも、ロビンフットが居たならば、俺はあの時、この時代錯誤な海賊もどきの運び屋に、助けられることもなかっただろう。

 俺は、ガルシア君が死ぬその瞬間まで正義の味方(ヒーロー)を求めていた。

 困っている人がいれば、当たり前のように助け、他人を救ってくれる存在を。

 しかし、ガルシア君は死に。

 現実に俺が助かったのは、偶像の正義の味方(ヒーロー)ではなく。

 己が信念のみ従い、自由を愛し、くだらない不条理を吹き飛ばしてくれる、そんな無頼者だ……、それはまるで正義の反対の存在であって――――。

 その結果すら、単なる偶然と気まぐれの産物に過ぎなかった。

 人はあっけなく死ぬ。

 そこに悪意があろうと、無かろうと。

 そして今度死ぬのは自分かもしれないのだ。

 子供の命を天秤にかけて置きながら、今度は必死に生き残ろうと思考を巡らす自身の感情が後ろめたく、無力な自分がどうしてもみじめであった。

 

「あれは……、まるで外宇宙から落ちてきた狩人の類だ。違うのは、泥をかぶって隠れたとしても見逃してくれないことだろう」

 

 深い思考の闇に囚われていたところで、ダッチの問いかけによって現実へ引き戻される。

 

「狩人か……、俺にはあれが、未来から来た殺人ロボットに見えるよ。違うのは守護する子供がすでに死んでいるってことだ」

「そうかい、だがどっちだとしても、今の俺達には手に余る相手にはち違いねぇ。どうだロック、ヤクザみたいに侍ソード一本で相手してみるか?」

 

 傷の具合はよほど悪いらしい。

 時折苦痛に耐えるように言葉を堰き止めながらも、饒舌に舌を動かす。

 そうでもしなければ、耐えられないのだろう。

 

「残念だけどダッチ、俺はロビンフットにはなれそうにない……、勝ち目のない賭けはごめんだ」

「そうかい、だがそうも言ってられないかもしれねぇぜ」

 

 突如ダッチは、窓から乗りだすと、手にする拳銃を発泡する。

 

「ッ! どうやら魔術師は失敗したらしいな。ロックッ! レヴィを早く起こせッ!」

 

 ふり向いたそこには、メイドに服に身を包んだ殺人機械――否、憎悪に包まれ、感情を狂わされた人間が追って来て居た。

 ダッチは、痛む脇腹を抑えながらも必死に弾丸を放つが、顔色はさらに悪くなる一方だ。

 おそらく今あのメイドとまともに戦えるのはレヴィしかいない。

 俺やベニーでは、逃げることさえできずに、一突きの元に刺殺されるのがオチだろう。

 ダッチもすでに限界に達しようとしている。

 ともかくレヴィに目を覚ましてもらわなければと思い、声をかけ続ける。

 

「レヴィっ」

 

 かなり頭を強く打った用で、全く反応しない。

 まるで死人のようだ。

 そして、ダッチは込められていた弾丸を撃ち尽くし、新たに装填しようとシリンダを外すが、手を震わせたように、持っていた拳銃をついに取り落とした。

 

「やべぇな。ちょっと意識が飛んだ」

 

 腹から新しく流れ出す血。

 俺は持っていたハンカチを差し出して、ダッチに傷口を抑えさせる。

 しかし、この程度では、何の解決にもなっていない。

 そして何発がの弾丸がロードランナー赤い塗装を抉りとる。

 運転しながらだというのに、驚異の命中率だ。

 近づいてくる恐怖に、気持ちは焦りだす。

 呼吸を整える暇すらない。

 この場にいる誰もが戦えない。

 ベニーは運転中であり、ダッチはすでに意識がもうろうとし始めている。

 レヴィの意識はいまだに戻らない。

 ――俺以外の誰もが……。

 純粋な引き算よりも明確な回答。

 少なくとも俺は、銃を持つことはできるだろう。

 引き金は引くだけでいいだろう。

 殺される覚悟と、殺す覚悟、いまだに俺は本当の意味で覚悟ができていなかったのかもしれない。

 本当に殺されるのが嫌ならば、早々に日本に戻ればよかった。

 殺す覚悟もなくこの場所にいるべきではなかった。

 だけども、自分が生き残る為に暗いことに手を染めること、その覚悟だけはあったはずだ。

 「レヴィ」と、問い掛ける感覚が短くなる。

 それでも一向にレヴィの意思は戻らない。

 だがもしかしたら、後一秒後に、レヴィは目覚めるかもしれない。

 今その一秒だけ、僅かなりとも、時間を伸ばせるのは自分しか居なかった。

 ならば……、俺はレヴィの手に握られた銃を指をほどくようにして取り上げた。

 酒の席でレヴィが語っていた銃の扱い方。

 撃てれば何でもよい、打つために必要な手順。

 すでに安全装置は解除されている。

 俺は、ガルシア君の血に濡れたその銃を手にして……、ついに並走し始めた、メイドへ向けて銃口を向けた。

 鼓動が早まる。

 感化が鈍化していくように、何も考えられず。

 

「やめて、く――」

 

 自身の言葉とは裏腹に引き金を引こうとする自身の指は、メイドから向けられた、殺意によって一瞬硬直する。

 ただ、次の瞬間、彼女の姿は闇の中に飲まれていった――。

 黒い靄のようなものに包まれて、後方に引きはがされていく車を見ながら、俺は、撃たなくてよかったことに安堵したのだった。

 

 

 

遊撃隊の伍長、メニショフの場合

 

 此処が無法者たちの街だとしても、最低限線引きされたルールというものがある。

 例えば、この町で唯一、中立であることを許されているイエローフラッグ。

 この場所での争いは暗黙の了解として、この町を知るもの達にとってはタブーとされている。

 例え巨大な組織が縄張りを主張しあったとしても、この時代、どこかで妥協や一時の停戦が必要な場合がある。

 我々は戦争屋であるが、獣ではない。

 戦い、勝ち続けることこそが本文なのだ。

 だが、新参者や立ち位置の分からぬ小物にとって、暗黙のルールは守るに値しないものであるらしい。

 たった今、たどり着いたその場所は、何人も客が地面に汚物をぶちまけながら転がっている。

 そんな中、幼い少女も、地に倒れた連れらしき男のそばに座り込んでいる。

 悲痛なる状況。

 例えこの世の暗黒面に身を映したとしても、不条理な世界のあり方に対して、少なからず憤りを感じてしまう。

 それは、弱さなのだろう。

 ゆえに言葉には出せない。

 そして、表情に見せるわけにもいかない。

 すでに血に伏せた者達に対して、俺ができることはないと判断し、すぐさま大尉に命じられた任務を遂行することを優先させる。

 強制的に閉店となった店の中へ、もしここにラグーン商会のメンバーがいないとすれば、この惨状のあらましをバオにでも確認する必要がある。

 地面に伏せた金髪の幼女をもう一度だけ一瞥し、静かに店内へと向かう。

 何やら、化学兵器が使われた様子だが、客のうめき声を聞く限り、致死性ではなさそうだ。

 しかし、それでも念を入れて、手にしたハンカチで口を覆い店内へ突入しようとする。

 

「おいッ! ロットンッ! てめぇなんてことしやがるッ!! このゲロまみれの店内と、壊れた調度品の数々、どうしてくれるッ!?」

 

 どうやらこの店の亭主である、バオは五体満足で、元気な様子だ。

 相変わらず悪運が良い奴だと思い、飛び出してきたバオに声をかける。

 声を張り上げながら店の外へ飛び出したバオは、咽たように、何度も咳をしながら、赤くなった目で、地に伏せた死体へ叫んだ後、すぐに、こちらへ気付いたようで、驚愕した声と共に、一歩後ずさる。

 

「おっ?! あんた、ホテルモスクワのッ!? なんでここにッ!?」

 

 店内を取り囲むように、配置された兵士達に、気圧される様子で、恐怖をにじませた表情でこちらを見つめる。

 こちらに来た目的を話、速やかにラグーン商会と、目的の人物の事を尋ねなければならない。

 そう思い、話を切りだそうとするが、今度はこちらが驚愕にする番であった。

 

「ッ!? お前、生きていたのか?」

 

 死んだと思っていた男は、砂だらけになったロングコートを払いながら立ち上がる。

そして、骨董品ともいえる二丁のモーゼルの具合を確かめながら、足元の幼女に対して自分の無事を告げていた。

 次に、なぜか自分のズボンのベルトを緩めているようだが、この場所で一発始めるわけじゃないよな?

 おいッ、止めろよ……ッ!?

 

「おい、お前ッ?! 一体何をッ?」

 

 こんな所で、公開プレイをを始められてはたまらないと、制止しようとするが、

 

「ふっ、俺のマグナ「てめは一体何をしてやがるッ! てっッ?! それ、何があったッ!?」

 

 俺が制しするよりも早く、バオが銀髪の男の頭を叩くと同時に、ロットンが股間から取りだした物に対して、目を見開いた。

 ファールカップ。

 一般的には、格闘技などの目的で股間を保護するものだが、どれだけの力を加えられたのか、一目で分かるほどに、それは大きく凹んでいた。

 

「一体何が……」

 

 ある意味男として、俺も何がどうなって、そのファールカップが、此処まで痛いたしい状況になったのか、興味なくもないが、このまま、バオと、銀髪の男の漫才を見せられているわけにはいかない。

 銀髪と、金髪の少女。

 その組み合わせにどこか引っかかるものを覚えつつ、とりあえずバオとこの男に現状を尋ねることにする。

 

「所で、バオ一体何があった?」

「ッ!? 何ってそりゃ、メイドだよ。メイド服を着た女がいきなり店を尋ねて来て、そいつを狙ったコロンビアカルテロの連中とひと悶着あったんだが……、もしかして、あのメイドは、ホテルモスクワの関係者かいッ!?」

 

 顔を青くしながら、尋ねるバオに、とりあえずは関係者ではないとだけ伝える。

 だが、ここで騒動を起こした女中はおそらく、こちらが探していた目的の人物であろう。

 

「関係者ではないが、こちらはその人物がどこにいるか知りたい、何処に行ったか分からないか? それと、ラグーンの連中が此処にいたと思うが?」

「いや、ラグーンの連中なら来ていない。メイドの事ならロットン、お前の方が詳しいだろッ」

 

 へしゃげたファールカップをひとまず股間に戻したロットンに、バオが問いを投げかける。

 ロットンと呼ばれた男は、今度はサングラスの位置を直しながら、悲しそうな声色で答えた。

 

「ああ、彼女ならばラグーンを追って行った。できることならば、この場で子供と一緒に眠らせてあげたかったが……」

「子供?」

 

 そう言ったところで、珍しく上等な服を着た子供の死体に気付く。

 この街では、まずお目にかかれない服装に、この死体が、近くのストリートチルドレンで無いことは理解した。

 むごたらしく、頭部を失った死体を見下ろしながら、自分達が織っていた女中の情報を頭の中で反芻する。

 

「ッ、この子供ッ! まさか、ラブレス家のッ?!」

 

 ここ数日調べていたコロンビアカルテロの状況と、ラグーンが依頼されていたらしい仕事を思いだし、状況が最悪の事態へ向かおうとしていることに気付いた。

 

「ラブレス家というのは分からないが、彼女にとって大事な者であることは確かだ。その子供の死に対して、僕にも責任がないとは言い切れない」

「思ったよりも状況は悪そうだな、詳しく話してもらう」

 

 何があったかこれから詳しく聞く必要があるが、事態は緊急を要するようだ。とにかくは、女中とラグーンの状況大尉に連絡するために携帯を取りだした。

 そこでふと思いだす。

 

「あんた、最近噂になっている子連れか?」

 

 携帯電話の番号を押しながら、目の前男についての噂を思いだす。

 銀髪とロングコートの二丁拳銃。そして、幼女とも見れる幼い少女を連れた男が、バオの店に出入りしていると噂になっていた。

 不名誉なあだ名と、女性関係のトラブルが絶えない男。

 それがロットン・ザ・ウィザードという男にかけられたレッテルであった。

 そこまで、考えたところで、大尉へと連絡がつながる。

 

『伍長状況をッ?』

『はッ! イエローフラッグは一部損傷。ただし、非致死性の化学兵器で店内はひどい有様です。居合わせたコロンビアカルテロの連中はすでに死亡。猟犬はラグーンの連中を追って十分前に、メインストリートへ向かったとの情報が。そして、目的の子供ですが、死亡しています』

『ならば、一部部隊に情報収取を継続させ、伍長は子供の死体を確保しこちらに合流せよ』

『了解、店の主人にはなんと?』

『後で、見舞金でもだしてやると伝えておけ。部隊を率いて街へ出る』

 

 通信がきれた携帯電を戻しながら、再び目の前の男に意識を戻す。

 子供の死体を確保するということは、いまだこの死体はあの猟犬に対する切り札になるのだろう。いや、どちらかというと、これは飼い主に対するアプローチだろう。

 しかし、頭部のはじけた子供の死体を運ぶことになるは。

 いくら戦場を渡り歩いたとしても、なれないものだ。

 必要であれば、殺す。

 親、子供、必要であれば飼い犬までも。

 それが俺達の役目であるにもかかわらず、いまだにいまだに、後味の悪さを感じる程度の感情は残っていた。

 子供の死体のそばでは、金髪の少女がしゃがみ込みその有様に呆然としているようだ。

 もしや友人だったのかもしれないと考えるが、すでにその子供は人ではなく、物に成り下がっている。

 恐怖に涙を流さないだけ上等だと感じながらも、どう声をかけたものかと金髪の少女に近づき――ッ!?

 

「お前ッ!? 一体何を」

 

 子供殺す事自体は、感情を殺す事ができた。

 しまし突如目に入って来たその光景は、衝撃過ぎて、一瞬感情を抑えることができなかった。

 少女の手には、千切れた肉片が、それが子供の死体であることは明らかであった。

 少女は、まるででサバンナの獣のように、獰猛な笑顔でこちらを振りかえり、手にしていた肉片を口の中に放り込む。

 くちゃくちゃと音を立てて、素早く咀嚼すると、すぐさま背を向けて走りだした。

 俺の漏らした言葉に、部下たちが反応し視線を集めたが、走り去る少女には怪訝な視線を向けただけで特に何もすることはなく、ただ少女の姿を見送った。

 ロットンは、この少女の在り方を知っているのだろうか?

 一瞬、問いただしたくなったが、今はそれよりも任務の重要性を思いだして手早く死体を袋に収めるように部下を呼ぶ。

 世界は、どうしてこうも狂っているのだろうか?

 早く任務を終わらせて、強い酒でも飲みたいものだ。

 

 

 

宵闇の化け物の場合

 

 納まった苛立ちが再び炎灯す。

 心の奥で燻っていた、不確かな感情が、はっきりとした苛立ちとして全身を駆け巡る。

 地に伏せたロットンの生を確認すると、私は軽く腹ごしらえをして、メイドが走りだした方へ駆けだした。

 

 何故、あの人間を痛めつけられたくらいで苛立つのか?

 

 分からない―――。

 

 この人間は私の何なのか?

 

 私が存在するために必要なのだ。

 

 では、ロットン以外の人間でも良いのか?

 

 ……、良い――、よい? 良いのか?

 

 ロットンとは何か?

 

 ロットンは、ロットンであり、それ以上でも以下でもない。

 

 何故苛立つのか?

 

 私はこのロットンをどうしたいのか?

 

 その答えは、およそ心の深層より湧きだし、今言葉として表に出ようとしている。

 しかし私は、何よりもその言葉を、自身の心を理解することに対して、恐れを抱いている。

 人喰い妖怪である私自身の存在が揺らぎそうで、これまで纏った殻が剥がれ落ちそうで、恐ろしくて……。

 苛立った感情のまま左手が自身の頭を押さえつける。

 ……、一瞬、自身の心は空虚に沈み落ちたように暗転し、苛立ちが、薄い笑いとなって零れ堕ちた。

 いくら自問したところで、これからやろうとすること、自分のしたいと思ったことだけは覆らない。

 ――遊びましょう。

 あのメイドは、ロットンを痛めつけて私を苛立たせた。

 だから、遊ぶのだ。

 感情のままに、あのメイドに、この気持ちが晴れるように、遊ぶのだ。

 人を殺す事は、人喰い妖怪としての在り方だ。

 恐れられる為に殺し喰らう。

 けれども今は、そんな理由に関係なく、私の心の底から、あの人間を――殺したいと思った。

 だから、遊ぶのだ。

 全力で、手加減なく。

 それで死んだとしても、それは事故なのだから。

 

「いらだった私の気が済むように、遊びましょう」

 

 手は抜かないが、ハンデはあげよう。。

 遊び相手は、空も飛べず、能力も使えず、銃を使わなければ弾幕も放てない、人間だ。

 ゆえに、ゆっくりと懐にしまっていた、三枚のカードを取りだす。

 

「生き残れるかしらね?」

 

 手始めに一枚のカードだけを除いて、片付けると、闇を全身に纏いながら天高く空へと浮かび上がる。

 その姿は、まるでそこに何もいなかったように誰にも知られることはなかった――。

 妖怪とは化け物である。

 人の恐怖に、人の空想を混ぜて体現しされたも存在である。

 怒りでは、恐怖に立ち向かうことができても、乗り越えることはできない。

 上空で纏った闇を解除すると、町を見下ろして目的のものを発見する。

 赤い鉄の箱。それを追う車という鉄の箱。

 追うものが、これより追われるものに変わる。

 此処からは私のステージだ。

 ゆっくりと闇を纏いながら、メイドがいるはずの車へと一気に急降下する。

 鉄の箱が、赤い鉄の箱に並んだところで、メイドが窓より顔だす。

 そして、私の右手がメイドの頭部を捕捉した。

 驚愕した叫び声と共に、私を引きはがそうと全力でメイドは抵抗してくる。

 弱い。

 しかし、私の力もだいぶ弱っていた。

 人間を一瞬で殺せない程度には。

 ぐるぐると回る鉄の箱は、そのまま鉄の木にぶつかって停止する。

 車から引きずり出したのか、自力で逃げ出そうとしたのか、メイドと私は車の外へと転がりでた。

 そのため、掴み方が悪かったのか、メイドの頭部を離してしまった私。

 メイドは一瞬の生を嗅ぎ分けた様子で、一気に私から距離を取る。

 そして黒い弾幕を放つ筒、銃をこちらに向けて、弾幕を放った。

 

「美しくないわ」

 

 躱そうとした私の髪を僅かに掠める。

 グレイズしたと感じた瞬間、金色と赤色が宙を舞った。

 瞬間、私は脳内すべてを一度に洗いだされたかのような錯覚を覚えた。

 今までの拙い思考が鋭く加速したように感じ、一瞬の戸惑いの後、私は笑った。

 向かってくる、色褪せた弾幕の群れ弾幕。

 若干見づらいそれを僅かな動作で躱して見せる。

 今の私なら、吸血鬼にすら勝てそうだ。

 私は、世界のすべてがおかしく思えて、とても楽しそうに笑った。

 その隙をつくかのように、メイドがさらに弾幕を放つが、数も少なく、白黒の魔法使いにすら劣るであろう威力であった。

 平面にしか放てない弾幕を空へと僅かに浮かび上がることで回避する。

 次は自分の番だ。

 簡単に勝負がついては興ざめであるため、少しは頑張ってほしいものだ。

 

「お前はッ、何者だぁッ!?」

 

 空へ浮かんだ瞬間、メイドは初めて憎悪以外の表情を見せて、驚愕を混ぜ込んだ声で叫ぶ。

 

「気をつけてね。闇符、ダークサイドオブザムーン」

 

 再び闇を纏うと、それまでメイドが立っていたはずの場所へ赤い弾幕を放つ。

 弾幕が周囲を破壊する音と共に闇を一瞬だけ解除すると、今度はさらに密度をあげて、黄色い弾幕を放った。

 メイドの悲鳴が上がる。

 しかしいまだ、恐怖は僅かしか得られない。

 いまだ怒りが恐怖を凌駕しているようだ。

 闇を解除しながら、地面に降り立つと、それを狙った様子でメイドの一直線の弾幕が私へ飛来する。

 私は地面に足がつくと同時に、その場を蹴りつけるようにして、黒い弾幕を回避して見せる。

 さらに追撃が来るかと思ったが、メイドはこの場所を逃げ出すことを優先した様子で、大通りを外れて裏通りへと走りだしていた。

 

「化け物かっ!?」

「つまらないわね」

 

 吐き捨てるようにつぶやいた言葉が、僅かに私の存在を満たす。

 それでも、所詮あのメイドは武器を持った里の人間程度でしかない。

 吸血鬼の所に住むメイドとは比べるもなく、弱い。

 

「あと二回、無事に済むかしら?」

 

 空を飛ぶとお腹が減ってしまう。

 私は、大地をけって、メイドを追うようにして駆けだした。

 追いかける私に向けて、時折、思いだしたかのように振り返り、メイドは黒い弾幕を放つ。

 なんだか、めんどくさくなって来た。

 

「月符、ムーンライトレイ」

 

 逃げ出すメイドの左右に白い光の波動を放つ。

 突如現れた光に意識を取られ、メイドは地面に散らばるゴミに足を取られて倒れ転げる。

 左右から閉じていく光に、メイドは引きつった表情を浮かべた。

 先ほどよりも僅かに、恐怖が増した目で私を見つめる。

 

「あは」

 

 その光景がとても心地よく、私はゆっくりとひかっりの帯を閉じながら飛び切りの笑顔を返してあげた。

 しかし、メイドは笑顔を向けると同時に、恐怖を瞳の奥にしまい込んだように、再び怒りを宿した瞳で、こちらへまっすぐに弾幕を放つ。

 光の帯に挟まれてた道をまっすぐ、遮るものはなく私に向かって弾幕が飛来する。

 さすがにこのままでは飛弾してしまうので、光の帯を解除して、その弾幕を回避する。

 

「今のは、スペルブレイクになるのかしら?」

 

 私の問いかけには応じず、メイドは新しく弾幕を放った。

 後一度、大分気分も晴れてきた所だ。

 

「次で最後よ」

 

 その言葉に反応するように、メイドは飛び上がるようにして、立ちあがると、弾幕を放ちながら再び距離を取ろうとする。

 ただし、空を飛べないのでは、弾幕の射程から逃れることは不可能でる。

 

「異符、ブラックバレットオブウィザードッ」

 

 両腕に闇を纏わせて、闇の中から直進的に黄金と紫の弾幕を放つ。

 右手の弾幕は等間隔な平行で発射され、だんだんと上下に分かれてゆく。

 左手からまき散らされた弾幕は、紫の弾幕の隙間を埋めるように、

 黄金と紫の光は混ざり合い、人一人がぎりぎり避けられるであろう隙間だけを残して、メイドに飛来する。

 おそらく、巫女であれば、格子の隙間を縫って接近するだろう。

 黒白の魔法使いであれば、迷うことなく自身の最大弾幕で相殺と反撃を行うであろう。

 ならばメイドは、お前はどうする?

 つい最近作り上げたこの弾幕をどのように回避するのか考えながら、あるいは、此処で終わるのか?

 その決着はすぐに分かる。

 周囲の建物と、私の弾幕の所為で負傷していた何人かの人間を巻き込みながら、鮮やかな破壊がまき散らかされた。

 砂埃が舞い上がる。

 反撃するのか?

 即座にメイドの反撃を回避できるように備える。

 

「……、ぅ―――、」

 

 小さな呻き声が聞こえた。

 煙の晴れた先、そこには、弾幕を放つ機械を取り落としたメイドの姿。

 かなり際どいよけ方だったらようだが、四肢はいまだにつながっている。

 しかし、銃を取り落とした指は、何本か欠けており、再びこれまでのようにそれを握ることはできないだろう。

 たったそれだけの負傷で、空も飛べなくくせに、能力も使えない癖に、弾幕を回避するとは、

 

「負けちゃったわ」

 

 非常に残念であるが、三枚のスペルカードをくぐって生き残るとは、思わなかった。

 だけどまあ、目の前のメイドには、十分な恐怖を与えられたようだ。

 失った指、取り落とした銃に気付かず何度も、私に向けて弾幕を放つような動きをするメイド。

 もはや逃げ出す気力もなく、ただただ、機械的に反撃の真似事繰り返すメイド、怖い、逃げたい、逃げられない。

 私が何者であるか理解できない。

 畏怖。

 人々が忘れ去った幻想への恐れが、僅かであるがメイドから私へ流れ込む。

 殺すには惜しい。

 そもそも、三枚のスペルカードを避けて生き残ったのだから見逃してもいいだろう。

 これから先、死ぬまで私を恐れ、闇を恐怖して生きてほしい。

 それが人間の正しい在り方なのだから。

 

「じゃぁね」

 

 闇を纏い、溶けるようして私は姿を消した。

 彼女が闇を恐れるように、この日の恐怖を忘れぬように。

 二度と、ロットンへ手を出さぬように。

 そう願いながら……。

 

 

 

ロベルタの場合

 

「ロベルタッ!?」

 

 私を呼ぶ声が聞こえる。

 誰が?

 すでに私を呼ぶものは躯になり果てた。

 ならば、個の声は幻聴であるのだろう。

 しかし、その声はどこかで……

 理解できない化け物の強襲から、必死に逃れた私は、全身が痛む身体を引きずりながら何とか、港へと逃げ出すことに成功した。

 そこには、かつて私にぬくもりを与えてくれた人が、この世に残った最後の恩人が立っていた。

 

「だ、旦那さまっ―――」

 

 それが幻想であるのか、本物であるのかもはやどうでも良かった。

 負傷したのは肉体だけでなく、私の心もボロボロだった。

 目の旦那様だが、幻だとしても、私の心は限界をとっくに超えていたのだ。

 優しく抱きとめる旦那様に身体を預けながら、私は泣いた。

 ただ、子供のように。

 無力な自分を嘆くように。

 救えなかった若様に対して、許しを請うように。

 不甲斐ない自分のすべてに、泣いた。

 声を張り上げ、もはやここで旦那様に見捨てられたなら、間違いなく死を選ぶであろう。

 

「すみません。すみません、申し訳、ありまぜんっ」

「ロベルタ……、帰ろう。私たちの家に。私はもう、家族を失いたくない」

 

 息子を失って一番つらいのは、旦那様のはずであるのに。

 不甲斐ない私を見捨てても、仕方ないはずなのに。

 あなたはまだ、私を家族といってくれる。

 あなたは一番泣きたいはずなのに、私が先に泣いてしまって……、

 

「申し、わけ……、あり、ません」

 

 私自身すでに感情の制御ができていなかった。

 どうして良いのかわからなかった。

 そこから、先のことは覚えていない。

 次に気付いたとき、私は白い病院のベッドの上であった。

 できればすべてが、一夜の悪夢として忘れたかった。

 しかし、これから先私はあの悪夢を背負って生きていかなければならない。

 それがせめて、私を救ってくれた旦那様へ返せる唯一のものだと信じて。

 

 

 

ラグーン商会の水夫ロックの場合

 

 港へ逃げ込んだ俺達を待っていたのは、バラライカさん率いるロシアンマフィアの面々であった。

 その中に一人、明らかにマフィアとは無関係そうな男性。

 それが、ラブレス家の現当主であることを理解するのに、さほど時間はかからなかった。

 こんなにも早く、自分達と関係のある人物を調べ上げたのかと恐怖したが、実は、親元のロシアンマフィアとコロンビア・カルテルは、すでに戦争状態にあり、いくつかの情報は集まっていたらしい。

 今回の誘拐の一件はコロンビア・カルテルが、ラブレス家に対する嫌がらせの一環として始まり、そこに俺達は巻き込まれた形となったとして、話はついているそうだ。

 だが、そんなことを言われたとしても、子供を殺された親としては、俺達も子供を殺した殺人犯と同類でしかないだろう。

 去ってゆくラブレス家の現当主と、メイドに対して、俺は黙って三人を見送ることしかできなかった。

 向こうも、様子を窺っていた俺達を鋭い視線で一瞥した後は、徹底してこちらを見ないようにふるまっていたようであった。

 だが、とりあえずラグーンの面々は何とか一命をとりとめたのだ。

 無論ベニーと俺は無傷であったが、ダッチはしばらく入院生活を余儀なくされそうである。

 しかし、今の所は元気そうである。

 そして、レヴィは……、

 

「……ッ! 痛ってぇッ!!?」

 

 車の中で意識を失っていたレヴィが、いつも通りの気丈な声をあげる。

 その声に、安堵した俺達だったが、レヴィが次に発した言葉によって、再び、周囲の沈黙が訪れた。

 

「レヴィッ?! よかった」

「……おい、ロックッ!?  此処は何処だ、どうして明かりを付けないッ?」

 

 全く見当違いの方向を見て叫ぶレヴィに対して、俺達は、レヴィが発した言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を有したのだった。

 

 

 

 

 




子供一人が死ぬことで、二人生き残る可能性が出れば、ガルシア君の死にも意味があったかもしれない。
最後が駆け足だったかもしれませんが、どうでしたでしょうか?

此処まで読んでいただいてありがとうございます。
感想、コメントなど頂けましたら幸いです。

次回は、タケナカ編かな?

獅子カメーン様、誤字報告ありがとうございました。


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007 縁結

 長く空いて申し訳ありませんでした、次話投稿します。



堕天使の信奉者の場合

 

 世界に侍りし悲しみの連鎖は途切れることを知らず。

 見ず知らずの幼子もまた、この瞬間にその儚き命を散らしていく。

 それでも何一つ変わる事なく、世界という歯車は均一化された速度で回り続ける。

 楽園より人を追いだしたるが神で在るならば、肉体なき魂を再び天上を迎え入れるのも神であろう。

 我が侍りし金色の乙女は、この悲しみ溢れし世界より、業深き人の魂を救いあげるために舞い降りたのであろうか?

 月夜に反射する髪が、黄金の絹のように靡く。

 鬼灯のように赤い口元が幸福を告げるように笑う。。

 幻想の化身と呼んでも過言ではない美しき少女の姿。

 我が目にしたこの光景は、例えミロや、ゴッホのような高名な芸術家であったとしても、決して形にすることは敵わないであろう。

 我が見た、この瞬間は、まさに現世と冥界がまじりあった、どこか幻想の世界を想像させる。

 純黒の楽園より零れ堕ちた少女の姿。

 闇の中に在りて、光の名を冠し少女の姿。

 彼女は、今宵も哀れなる人の身を神の身元へといざなっているのか?

 街中からの騒めきが途切れる。

 ふと、我が左に納まりし少女の名を賜りし愛銃から、悲し気な気配を感じる。

 我に向かえというのだろうか?

 

 ―――

 ――――――

 ―――――――――

 

 為らば往こう。

 神より追放されしこの身体。

 いまだ神々が住まう楽園へと向かえぬというのならば、せめて幻想に最も近しい彼女の元へ。

 その行いを人々に咎と言われようとも―――。

 この身体朽ちて、人としての終わり告げる時まで彼女に全てを捧げよう。

 

「――Rumia?」

 

 昼間と見まごう七色の光は消えうせ。

 遠く響く破壊者の咆哮はなりを潜めている。

 駆ける道の脇には、死後の審判に並ぶ躯の姿。

 我は哀悼の意を表す暇もなく、少女の姿へ駆けよった。

 

「あら? ロットン、どうしたの?」

 

 人工の光は破壊しつくされ、天上から注ぐのは、儚い月明かりのみ。

 まるで、人の業をあざ笑うようなチェシャネコの笑みのように、その身を削った三日月に照らされて、黄金の髪の少女の姿が妖艶な笑みを浮かべる。

 幻想を幼き身体に宿したルーミアの姿は、あの日の夜よりも、僅かに大人びたように見えた。

 周囲に散らばる肉片と死臭、混ざり合う人工の破片をかき分けて乙女は笑う。

 赤いベールをかぶったように、血はしたたる。

 彫刻のように整った顔立ちが、天使の笑みで魅せた。

 両手を広げてルーミアは笑う。

 楽しそうに……、だがその口調が僅かに崩れる。

 息を乱したルーミアは、ゆっくりとした足取りで、とてとてとこちらへ近づいてくる。

 屈み込み近づいた顔色を窺えば、その顔には疲れの色が濃く見てとれた。

 それでも笑みをやめないルーミアに対して、静かに手を伸ばす。

 

「ルーミア、どうしたんだい?」

 

 指の先に触れた黄金の髪は、まるで重さを感じないほどに軽い。

 そこに在るのに、無いような不思議な感覚。

 ただ、その感覚すらもルーミアの美しさを際立たせているように思えた。

 

「ちょっと、疲れたわ――」

 

 ルーミアはかすかに瞼を下げる。

 そしてゆっくりと両手を降ろした。

 その姿からは、天真爛漫といった普段の光景は想像できない。燃え尽きる一本の蝋燭のように、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。。

 手を伸ばせば届く幻想の女神に、平伏すだけでは芸がないだろう。

 息することすら忘れそうになり見入ってしまいそうな光の化身。

 その姿はこの煉獄に在りて、ただ一筋の尊き救いの具現のように感じられた。

 愛銃に与えられた『Rumia』という名、授かりしその栄誉に我が返すことのできるものとして足りないかもしれないが……、

 コートの内側に大切に仕舞いこんでいた、白い花びらを取りだした。

 それは輝く白金の珠、チェコビーズが等間隔に連なり輪を象った冠だ。

 名もなき花には、ジョーゼットリボンが控え目にあしらわれている。

 いつだったか、ルーミアは自身の髪に結ばれたリボンを好いていないと語っていた。

 それは、自身を縛る鎖だと告げた。

 ルーミアの過去に、そのリボンの何が彼女を縛っているのか知ることはできなかったが、

 

「かなりの無茶をしたようだね」

 

 今にも崩れ堕ちそうなリボン、赤の残骸を指先でほどくと、手にした白いクラウンをルーミアへかぶせる。

 黄金に咲いた白い花は、ルーミアの風貌を一片させたように、大人びた姿へと変えさせる。

 一瞬あっけにとられた様子のルーミアだが、

 

「ありがとう」

 

 静かに、そして嬉しそうにルーミアは告げた。

 つられて笑みをこぼしながら立ち上がる。

 

「帰りましょ、今日はとってもいい夜ね」

「ああ、月は今日も美しい」

 

 例え我が罪が許されざるとしても、いまこの時に生きられることを見逃されているのならば……、我が望むことは何もない。

 

 

 

ラグーン商会の水夫ロックの場合。

 

 扉が閉まる。

 部屋から退出したのは、ラグーン商会が誇る凶暴なる女ガンマンのレヴィであった。

 ついこの前の仕事の為に、ラグーンの戦力は大きく低下していた。

 何せ前線を担う二人がやすやすと負傷させられてしまったのだから。

 ラグーン商会のボスであるダッチは、腹部を何針も縫う大怪我を負い、ラグーンの用心棒たるレヴィは仕事の過程で視力に不安が残るありさまであった。

 

「で、ロック。レヴィの様子はどうだ?」

「医者の言では、特に問題はないそうだ。レントゲンにも特に以上は見られないし、その時には特に問題なさそうにも思えた」

 

 いまだ全快には程遠いながらも、何とか退院することのできたダッチは、止められていたはずのたばこに火をつけて、そして煙を吸い込んだ。

 

「問題ない。本当にそう思うかロック? ならいいんだが、俺にはどうも嫌な胸騒ぎがしやがる。確かに普段は見えてるだろうよ。だがな、ここ最近のあいつを見ていると、どの程度かは分からないが一時的に視力が低下しているんじゃないかと疑問に思う時がある。これは雇用者としてこの問題は無視できるものじゃない」

 

 その通りだった。どれだけ俺が庇おうとしても、レヴィの視力に不安が残るは明らかであった。

 普段はこれまでと変わらない調子であったから、すぐに忘れそうになるが、レヴィは確かに、時折不可解な行動を取る時がある。

 

「今日はまだいい。だが、撃ち合いの最中に一時的であっても視力がなくなる何てことになれば、その時死ぬのはアイツだけじゃねえ。俺か、お前らか、もしくは全滅だってありえる。

 これまで一緒にやってきた仲だ、何とかしてやりたい気持ちはあるが、善意だけで生きていけるほど、この街が甘くないことはロック、お前が一番理解してるはずだろ」

「それは……、ベニー、君はどう思う?」

 

 ダッチに言葉に、まっすぐと視線を返すことができずに口を噤み。これまで、我関せずと一人コーヒーを啜っていたベニーに言葉を向ける。

 

「僕は医者じゃないし、本当の所はどうか分からない―――。だけど、もし本当にレヴィの視力に問題があるなら、今すぐにでもこの街を出るべきだ。彼女は、この街でも相当恨みを買っている。そんな中で、彼女が今日まで生きてきたのは、彼女の凶暴性ともいえる、力があったからだ。レヴィの目が見えなくなった何て噂が流れでもしたら、これまで口を噤んでいた街の連中は、即座に彼女に牙を剝けるぞ。そしてその過程では、普段彼女と行動を共にしていたロック、君も巻き込まれることになる」

 

 それ以上は何も言うことができない。誰もが他人を蹴り落としながら生きていく街の中で、レヴィの状況はひどく最悪であった。

 

「もし今後、検査で何か問題があればレヴィは即座に解雇する。それがこの商会のボスとしての判断だ。これまでの仲間のよしみで、この街を出ようとするならそこまでの手助けは吝かでもない、それに個人として可能な範囲で手助けすることまでは否定しない。だが、それ以上は無理だ。アイツのためにも、俺達のためにもそれ以上の深入りすることはできねぇ」

 

 重すぎる決断。しかしそれは、命をチップに仕事をこなすラグーン商会としては、決して甘く見ることはできないことであった。

 レヴィのこれまでの振る舞いを抜きにしても、この町は目が見えなくなる人間が生きていける場所ではないのだ。

 言葉が途切れ、部屋の中は一瞬にして通夜のような雰囲気に包まれる。

 沈黙に耐え切れなくなり、懐からライターを取り出してタバコに火をつける。火打石の

擦れる音だけが響いた。

 そして、ぐちゃぐちゃになりそうな思考を無理やり整えながら、煙を吐き出す。言葉を探す中で、沈黙を破ったのはダッチであった。

 

「なぁロック。お前故郷に帰るか?」

「はっ?」

 

 その言葉の意味を悟るよりも早く、ダッチは言葉をつなげた。

 

「もしもレヴィのことが気にかかるって言うなら、お前があいつを日本へ連れていけばいい。お前は紛れもない日本人だし、籍が抹消されていたとしても、今ならまっとうな手段で戻すことが出来るだろ。レヴィの方の籍はどうだか知らないが、行くなら真っ白な籍を手にできるように口ききしてもいい。日本人の夫がいるならなんとでもなるんじゃないか?」

「はっ……、はぁッ?!! ダッチ何を言って」

 

 あまりにも突飛な考えにぐちゃぐちゃだった思考は、完全に停止した。

 

「そりゃいい。こんな田舎街の暮らしもちょっと早い婚前旅行だったということにすれば万々歳かな。祝儀は弾むから、新作のCPUが出たときは頼むよ」

 

 茶化すように、話に乗るベニー。その顔からは、先ほどの深刻な表情はなりを顰めていた。そして、和らいだ雰囲気の中で、ダッチは再び真剣な声で告げた。

 

「だがなロック、もしもアイツの目が見えない何てことになれば、それくらいしか手がないのも事実だ。お前には拒否権もあるし、見ないふりをするのもいい。こんな馬鹿げた提案をするのも俺が同僚にできる手助けなんてこれくらいだというだけだ。それに、もしこの提案に乗れば、アイツの存在がお前の一生に重くのしかかるかもしれない―――」

 

 返す言葉のない俺に対して、一服煙を吸い込んだダッチは、続けた。

 

「グノーシス主義を語るわけじゃないが、少なくとも俺達が生きていた世界は悪意に満ちてやがる……。世界ってのはどうやったってままならないものだな」

 

 それはすぐに答えの出せる問題ではなかった。

 現状ならば、おそらくまだ失踪届が出されているだけだろう。

 元の会社に連絡を取れば、おそらく戸籍の回復くらい便宜は図ってくれるはずだ。

 だが、俺が戸籍を戻し、レヴィを日本へ連れて行ったところで、レヴィはあの街になじむことが出来るだろうか?

 あそこは、確かに安全であろう。

 しかし、その安全にはこの街と同じく、暗黙の了解とルールに縛られている。

 この金と暴力がすべてと言わんばかりの街とは、正反対のルールの中で、レヴィは生きていけるのだろうか?

 それはもはや、海水魚を淡水へ放り込むことになるのではないだろうか?

 ……、ふと俺は、かつてレヴィと話した会話を思いだした。

 

『ロック……、お花畑なんて、この世界にゃ存在しないんだぜ――』

 

 かつて、レヴィが漏らした言葉。

 いまだに、その意味を問うことはできていない。

 だが、もしもレヴィがそんな世界を望んでいたとして、一度世界に裏切られたレヴィは、その場所でただ幸福になることが出来るのだろうか?

 

「―――ダッチ、俺は」

「すまねぇな、ロック。ちょっと冗談が過ぎたようだ」

「へっ?」

 

 突然口調が軽くなったダッチに、俺は言い掛けた言葉を失った。

 

「何だロック、その反応は? もしやあいつに惚れたか? まああんなじゃじゃ馬でも、乗りこなしてくれるんなら俺は一向にかまわないぜ」

 

 にやりと笑うダッチ。続くように、ベニーも笑みを漏らす。

 

「いっ、いや、俺は?!」

 

 もはや、何を言おうとしたのか、記憶からも飛んでしまった。

 

「まあ、可能性の話だ。今日の検査で問題なかったなら大丈夫だろう」

 

 そのあとは特にレヴィの視力に触れることなく、次の仕事の話に取り掛かった。

 しばらく大口の案件は入って居ない。

 スリルに満ちた日常は少しばかりお預けになってくれていてありがたかった。

 

 

 

三合会タイ支部のボス、張維新の場合

 

 このロアナプラにおいて問題が無い日などはない。ただ、その問題が自身と組織に許容できるか否かそれだけが重要だ。

 特にこの問題は可及的速やかに処理するに限る。

 たかが小物の躾と思いきや、よくぞ此処まで火の粉が広がるとは、人生分からないものだ。

 まあ、俺自身の過去を顧みても、人の人生や経歴などが当てになるとは考えない方が良い。

 小遣い稼ぎに銃を気軽に売りさばいていた小物の躾が終われば、次は最近話題になっている男の話だ。

 この火薬庫のようなロアナプラで、人手は常に欲している。

 しかし、そこに信用という二文字をつけることが出来るのは一握りしかいない。

 子飼いの連中達を除けば、信用できるのは一握りの義理と、金払いによるつながりだけ。

 ラグーンの連中が最近、バラライカの所と急速に接近していることを考えると、こちらも奴らに対する対抗手段、あるいは縄を用意する必要がある。

 ダッチ、俺はお前の事を買っている、だから妙な考えは起こさないでくれよ。

 

「アニキ、例の子連れが来ました」 

「おう、御苦労。で、お前の見たてはどうだ?」

 

 何時だって悩みは尽きないものだ。それでも、こんな箱庭のような街でも回していかなきゃならない。下っ端に居た頃には知りたくもなかった嫌なことさえ見えてくる。

 そして、新しくこの街やって来た物好きへ思考を戻す。

 

「南米に匿われてた特殊部隊の兵卒を狩りの如く追いまわして、街を半壊させたという噂ですか、多少修羅場は潜っているようですが、実際の所はなんとも。その辺りのゴロツキよりは頭が回りそうですが。まあ昼間とはいえ、あんな少女を堂々と連れまわすような輩です、まともな神経はしてないでしょう」

「だろうな。だがまあ、この町は多少薄暗いものがあったとしても受け入れる。そいつが真昼のショッピングモールで、幼女相手にストリップかまそうとも、俺達に害がないなら別にどうってことはない。ただ、俺ならそんな奴とは極力関わりたくはないがね」

 

 ラグーンへの対抗策、というだけでもないが、魔術師を名乗る男の噂は、ここ最近でひっきりなしに話題に上がっている。

 元は、幼女に欲情する男娼上りの道化師という話だったが、今ではキューバで暗殺訓練を受けたFARCのゲリラ出身という話から、CIAの諜報員という話まで上がっている。

 ただ、いくつかの情報屋から仕入れた情報では、それもどうやら真実ではないらしい。実際の奴の過去は不明な点が多く、現時点で分かっているのは連れ回っている少女と出会ってからの後が大半らしい。

 まあ、これから魔術師と会うのだ、実際にこの目で確かめるのが一番だろう。ならばと、今度は、連れまわしている少女について何か分かったことはないかと聞いてみる。

 

「あの子供ですが、容姿や、年齢から『チャウシェスクの落とし子』じゃないかという話です。いつくかの情報ですが、少女に死体を捌かせながら……食べさせていたとか。魔術師の方は、その光景を悦楽に浸った表情で眺めていたとか――」

「そりゃまたエグイな。だが、チャウシェスクの落とし子なら在りえる話だ。あそこ出身の娼婦は変態御用達としてピカ一の趣味の悪さだ。ローワンにでも話せば案外、身元はすぐに分かるかもしれねぇな」

 

 魔術師が連れてる子共が本当にチャウシェスクの落とし子なら、そこからロットンの経歴も探れるだろうと考える。

 まあ、今はこれ以上考えても仕方ないだろうと思い、別室に待たせていた魔術師を部屋へと通す。

 

「待たせたな色男。それとルーミアちゃんだったか?」

 

 部屋に入って来た男は、特に気負った様子もなくゆっくりと俺の前へ近づく。

 部屋には子飼いの男達が、妙な気を起こさないようにと魔術師の一挙手一同を見守っているが、それすら気にした様子もない。

 さらに魔術師の足元の少女は、背負った可愛らしいリュックから菓子を取りだしては幸せそうに平らげている。

 

「あなたが、此処の支配者か?」

 

 わざとらしくサングラスを掛け直しながら、魔術師が言う。

 

「支配者って言うほど、大層なものじゃないが、まあ三合会からタイ支部を預かっている張維新だ。実は最近絶賛売り出し中の魔術師に仕事があってな」

「――詳しく話を伺っても」

 

 三合会という大組織を背景に、少しばかり圧力を掛けてみるが、それすらも暖簾に腕押しといった感じの魔術師だ。大物なのか、鈍いのか判断はつかないが、三合会タイ支部のボス直々の依頼に対して、臆することなく話を続けようとする胆力は認めてもいいだろう。

 

「話を聞くということは、この件を受けるという意味でいいのか? なんなら、今なら帰っていいんだぜ」

「――夕闇に生を置く俺であっても、侍るべき闇の在りかは心得ている。ゆえに問題は何もない」

 

 持って回った言い回しだが、どうやら自身の状況理解だけは出来ているようだ。まあ、このロアナプラに置いて、四大巨頭と呼ばれる三合会ボスの依頼を断れる奴はそういないだろう。

 とりあえず、タンゴ三兄弟か、シェンフォアの奴と組ませてみるか?

 そう思った直後、事務所に突如爆音が轟き、部屋の隅からは火の手が上がる。

 突如の爆発を前にしても、動揺することのない魔術師。これならば、少しは期待してもいいだろう。

 

「ロットン、依頼内容の変更だ。これからラグーン商会へ向かう。お前はそのまま護衛に入れ。周、シェンフォアとレガーチに連絡を取れ、仕事の依頼だ。二日でケリをつける」

 

 矢次に指示を出しながら、燃える事務所からの脱出を図る。

 突発的な状況にも関わらず、魔術師も少女も気負う様子もなく、あたりを警戒しているだけだ。

 その光景にどこか頼もしさを感じる。とりあえず、一時試験は合格でいいだろう。

 次は、こんな馬鹿なことを仕出かした奴らに落とし前をつけてもらうとしよう。




此処まで、読んでいただきましてありがとうございます。
もしよろしければ、感想、コメントなど頂けましたら励みになりますので、よろしくお願い致します。


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008 合流

お久しぶりです。
気付けば一年近く放置状態の作品、せめて一年過ぎる前に更新するぞと、無駄なあがきをしております。
作者ですら微妙に内容を忘れかけてる作品ですが、こんな所で終わりたくないので更新します。


 ラグーン商会のボス場合

 

 やれやれ、やっと退院できたと思えば、こんな大口案件が待っているとは思わなかった。

 腹を掻っ捌かれ、生死の境を彷徨った挙句、地獄の門から叩きだされてみれば、ロアナプラの四大支配者が直接やって来るとは、運が良いのか、悪いのか分かりゃしねぇ。

 濃い目のコーヒーを入れて振り返ると、黒いスーツと、高そうなサングラスを身に付けた四大勢力の一角は、深くソファーに座りながら軽口を叩いてくる。

 背後には、子飼いの男達が、そしてどこで縁があったのか知らないが、銀髪の道化師が周囲を警戒するように黙って俺達を観察している。

 さらに、その足元には、金髪の餓鬼が何が楽しいのか、周囲を見回しながらちょろちょろと動き回っている。

 

「さっきから、ずっと待ってるんだが、コーヒーの一杯も出ないのか、ダッチ? サービス悪いぞ」

「ほう、知らなかったぜ。ウチが喫茶店だったとは。どうしてウチが魚雷艇を持ってるか知ってるか、張さん知ってるか?」

 

 三合会タイ支部のボスに対してこの口調。

 俺自身も第三者から見れば、かなり図太い神経に見れるだろう。

 最近では自分自身でラグーン商会まで足を運ぶことが少なくなったはずの張さんが、自ら出向いてくるとは、一体どんな劇薬を運んできたのやら。

 例えどんな爆薬を持ちこんだとしても、俺達はそれを指定の場所まで運ぶだけだがな。

 濃い目に入れたコーヒーを街の支配者に指し出して、俺自身も張さんの前に座る。

 コーヒー豆は安物だが、それは豆が引き立てということで勘弁してもらおう。

 

「冷たい言葉だなダッチ。まぁ、それはいいとしてだ。レヴィが居ないっていうのは、あの噂、もしや本当なのか?」

「噂? 張さん何を言ってるのかわからないな。レヴィなら酒の飲みすぎでベッドの上だろうよう。ロックが大至急起こしに行ったんでもうすぐ来るはずだぜ」

「そうか、単なるデマならいいんだ。何せ、この街では、子共の戯言ですら間に受ける阿保がいるくらいだからな」

 

 張さんの物言いになんとなく嫌な予感が感じ取るが、まさか張さんが直接足を運んだ理由が、その噂ではないだろう。

 

「この街の連中で頭のネジが緩んでない連中が何人いるかね。――張さんが、ロットンと一緒に居るのも今回の依頼に関係あるのか?」

「なぁに、ツーハンドが使い物にならないようならと思って連れてきた保険だよ。あんたらとは、妙に縁があるらしいしな」

 

 『使い物にならない』という言葉に、俺は噂の内容をだいたい察することが出来た。先日ロアナプラに現れた戦闘民族とのいざこざだが、その時の結末が、あちこちで一人歩きしているようだ。

 できれば、張さんぐらいのレベルで噂を止めておきたいが、それはまず不可能だろう。

 だがまあ、今回の依頼を無事終えることができれば、噂の方も多少は納まりを見せるだろう。

 

「そうかい。ロットン、登場時のポージングとネーミングセンス以外は、頼りにしてるぜ」

 

 軽く皮肉を言ってみるが、ロットンは無駄に大げさな動作で、サングラスを掛け直し頷くだけであった。

 足元の金髪の餓鬼は、退屈してきたのか、窓の外に上半身を乗り出しながら足をぶらぶらさせている。

 とりあえず商談に入ろうかと話を促そうとした矢先、ドアを乱暴にノックし、ラグーン商会の用心棒と水夫が姿を現した。

 

「やぁ、ツーハンド。思ったより元気そうだな」

「だいぶ私は聞きそびれたかい」

 

 酒を飲みすぎたような表情で、ツーハンドことレヴィが手を上げて軽く会釈する。

 視線は気だるげだが、しっかりと張の旦那を見据えていた。

 これで巷に散らばる好ましくない噂、“ラグーン商会のレヴィは視力を失った”という噂に歯止めがかかればいいのだが。

 この手の噂はトラブルの元になる。

 この街の掟は、法よりも武に依存している。

 その力の根源に不安があるとすれば、足元を攫おうという連中は、掃いて捨てるほどいるだろう。

 今回の依頼は、そういった不安を払拭するためにも必要だ。

 そして、張さんが俺達の目の前に黒塗りの重厚なアタッシュケースを見せつけた。

 どんな厄ネタが入って居るのかと訝し気にそれを見つめていると、張さんは改めてタバコに火をつけて話を続ける。

 

「この町じゃ、ヨランダの婆以外に許してない事、何か知ってるよなダッチ?」

「暴力教会の? と、なると武器か」

「ああ、こいつを差し出したブルガリア人の馬鹿は、ホットシュリンプを露店で売る気軽さで銃を売っていた。俺は最初に警告したんだぜ」

 

 つまりは、銃を売りさばいていたブルガリア人は、特殊な職を持って居た。なかなか使える奴だから、見逃しておいたのだが、奴は張さんの忠告を冗談か何かだと穿違えていたらしい。

 

「そのブルガリア人が、俺の忠告を冗談でないと理解できたのは、金玉をナッツのように割られる段階になってからだ。奴がナッツの代わりに指し出したもの、それが文書だ。そいつには、愉快な仲間達のハイキング予定が書かれていてな、お前達も朝からテレビで何度も見てるはずだ」

「――、テレビって……、アメリカ大使館っ!?」

 

 どうやらロックも何かを察したらしい。

 この街で最もホワイトカラーが似合い、この街に最も似合わない男だが、察しの良さだけは買っている所だ。

 さすがは日本の営業人だな。

 

「この世界には、アンクルサムが消えてほしい奴らが五万といる。 俺はそんな中の一つにこいつを持って行ったんだがな。連中は文書の値段を聞くと、『ケツをローストされる前に失せろ』てな具合でな」

 

 面白そうに話を途中で止めて、煙草をふかす張さんだが、この後の展開は容易く想像がついた。

 

「交渉は決裂して、張さんの事務所はローストされちまったっていう訳か」

「その通りだ。話が早くて助かるよダッチ」

 

 話も何も、それ以外に解釈しようのない展開だったわけだが、今回の依頼の内容はおよそ察することが出来た。

 

「俺は、『じゃあ他を当たるよ』そう言ってやった。その結果、俺の事務所はヨルダン辺りまで吹っ飛び、今に至るッて云う訳だ」

 

 改めて、ケースを意識させられながら、話の続きを待つ。

 

「本題はここからだ、お宅らにはこのケースを運んでもらう。五チームが同時にロアナプラを出発し、それぞれの目的地へ運んでもらう。お宅らの到着地点はバシラン島の地元軍基地だ。リミット二日、それを過ぎるとカンパニーの係官はバシランを去る」

 

 今回の依頼内容が一通り聞き終わり、できることなら関わりたくもない案件だが、この街で生きていくにはどうやっても避けることはできない依頼である。

 もはやできることは、いかに良い条件で契約できるかというだけであった。

 

「リミット二日とか相変わらず無茶な注文だな。手つけは持ってきてるか? 経費は別途計算だ」

「分かってるさ」

 

 俺の問はすでに予想していたようで、張さんは軽くそう答えて見せた。

 全く持って、厄介で面倒な依頼だ。

 たまには命のかからない仕事がしたいものだと思ってしまう。

 契約がなったのならば、後は素早く動くだけ。おそらく上手く逃げ出した張さんを追って、此処にも追手がやって来るだろう。

 できればそいつらが此処に着く前に、動きだしたい所だが、

 

「ロットンッ!? 人間がいっぱい来たッ!!」

 

 楽しそうな餓鬼の声に、ロットン、そしてレヴィが窓から外を覗き込む、

 

「伏せろッ!「RPGッ!?」」

 

 危険を察知した本能は、無意識に身体を床へ、ある者は物陰に滑り込ませる。

 レヴィは、窓から離れるように駆けだし、ロットンは金髪の餓鬼を引きずり倒すようにして床へと伏せる。

 その行為が終るか、終わらないかの境目に、ラグーン商会の事務所は、爆撃と燃え盛る炎に包まれた。

 耳を塞ぎながらも、完全に防ぎきることのできない爆撃音。

 卓上のカップやらは、破片となって降り注ぎ、周囲へは火の粉が瞬く間に広がっていく。

 一通りの災害が通りすぎた後、この場所で重傷者が出なかったことはまさに奇跡であっただろう。

 砕けたテーブルをどかしながら起き上がり悪態をつく。

 

「やれやれもう来たのか」

「情報がダダ漏れだぜ張さん、この話はキャンセルだ」

 

 此処まで、巻き込まれた以上キャンセルなどできないことは百も承知だ。だが、理屈では分かって居たとしても、このような状況になってしまえば、どうしても一言、口に出してしまうものだ。

 それにここで仕事をキャンセルできたとしても、事務所の修理は自腹になってしまう。

 どちらにしても最悪の展開にしかならないものだ。

 

「降りるか? 降りたら事務所の修理は自腹になるぞ。せめて道中そこまで見送ろう」

 

 降りることができないことは分かって居る。ならばもう、どんな災害が来ようとも、最後まで命をチップに、生き残りに賭けるしかない。

 

「ねぇ、ロットン。あれは食べてもいい人間?」

 

 場違いな子共の楽しそうな声が妙に響く。

 状況を理解しているのか、いないのか、この状況に泣き叫ばないだけましだと思い、ロックにケースを持たし自分も愛用のリボルバーを手にする。

 

「おい、餓鬼の相手なんぞしてる余裕なんかねぇぞッ! 非常口はこっちだ、てめぇも手伝えッ!」

 

 どうも餓鬼に対して良い感情を持って居ないのか、レヴィがロットンに突っかかる。

 だが、この状況かで無駄に反発してくれないでいるロットンの様子は、とりあえず、ありがたかった。

 

「さて、お手並み拝見と行くぞ子連れの魔術師」

 

 その言葉に何か言いたそうなロットンであったが、その姿は非常口をけ破ったレヴィに連れられて、銃弾飛び交う戦場の中へと消えていった。

 

「馬鹿、こんな所でそんなものを出すなッ!?」

 

 怒鳴り声が聞こえるということは生きているということだ、それだけの余裕があるのならば何の問題もない。

 

 「よし二人が道を切り開いた行くぞ。それとなダッチ、逃がし屋との合言葉だが――」

 

 銃声がひしめく最中、その言葉を受け取ると同時に俺達も部屋を飛び出る。

 続いてベニーボーイと、ロックが必死に後をついてくる。

 全く、退院したばかりだというのに最悪の気分だ。

 だが最悪の気分というのは、いまだ生きているという証拠だ。生きているなら、死ぬ時まであがくしかないだろう。

 リボルバーから飛び出した弾丸は、兵士の胸を貫く。血で汚れた事務所の修理費を考えながら、俺達は裏口に停めていた車へと急ぎ乗り込んだのだった。

 

 

 

雇われた子連れ魔術師の場合

 

 大海に掻き分けて突き進む小型艇の上で、潮の香りにさらされる我は、羨むべき太陽の光にさらされながら、東へと進む。

 暗黒街の首魁に雇われた我は、奇妙な縁を得て、何度となく敵味方に分かれ相対することになったラグーン商会の面々を護衛することになった。

 まさしく奇妙な縁であった。

 一度目の出会いは偶然に共闘することになり。

 二度目は麗しき女中の身体を守るために敵となり、そして女中の尊厳を守るために味方となった。

 三度目の邂逅、我は彼らを守護する定めを請け負った。

 希少なるこの縁が我らを結びつける。

 この邂逅の先で待ち受ける運命は、我に何を望むのだろう?

 例えそれがどのような道であったとしても、今は旅路の終わりまで、願わくば彼らとの道を別つことが無いことを祈ろう。

 この苦難の先に、我が贖罪を禊ぐ機会が待ち受けているのだろうか?

 いつか来るその結末。それはまだ、天空を舞い踊る白き御使いにさえも知ることはないのだろう。

 ふと隣を見てみれば、幸せそうに菓子が入った鞄を握り占めたルーミアが幸せそうに眠っている。

 そのあどけない眠り顔に、我が心に巣くう闇さえも、消えてしまいそうな幻想を感じてしまう。

 それがどれだけ尊き幻想だとしても、今この一刻だけは心を安らぐ瞬間であろう。

 これから向かうバシラン島では、おそらく我らを待ち構える、敵が卑劣なる罠を張り巡らしていることだろう。

 そして、夕闇に紛れバシラン島への潜入を思いはせていた俺は、

 

「ロットン、これ昼飯だけど」

「ああ感謝する」

 

 食欲を誘う、スープの香りに、思考を中断させられた。

 カップの保存食を受け取った我は、いつの間にか置きあがってこちらを見ていたルーミアと目が合った。

 おもむろにそれを差し出す。

 

「? おお? いただきますっ!」

 

 それは文明の叡智が生みだした保存食であった。 

 人が、紅き原罪の実を食してから、随分と永い刻が過ぎたのだ。

 これを見ると、人が叡智の実を食したことすら必然であったのではないかと思われる。

 そして我もまた、人の身である限り空腹に抗らうことはできない。

 我は新しい食事をロックから貰い、食す。

 

「感謝する」

 

 隣でおいしそうに麺を啜るルーミアの姿は、まるで絵画のように、微笑ましい光景で、ロックも軽く笑みを浮かべ、懐から煙草を取りだし、俺の横に腰を掛けた。

 

「君とはロアナプラに来た頃から顔見知りだったのに、こうやって話すのはあまりなかったな」

「そうだな、だが本来こうして話すどころか、出会うことさえもまた稀有なことだ」

 

 ロックと我とは、本来出会うことすらなかった運命であろう。

 生まれた人種、思想、生き方すら事なる中で、邂逅したこの奇跡に我はまさに奇妙な縁を感じずにはいられなかった。

 

「……、前に似たことを聞いたんだが、どうして君は今も、ルーミアちゃんと一緒にいるんだい?」

 

 第三者から見ると、我とルーミアとの関係は非常に奇妙なものに見えるのだろう。これまでははっきりとそれを聞かれたことはなかったが、改めて我とルーミアの関係を言葉にするのも悪くはないだろう。

 

「俺は、言わば亡霊というべきものであった。空虚な生の中、ただ辿りつかぬ理想の果てを目指し罪を冒した。彷徨うべき先に、理想郷は存在せず。夢の為れの果てに手を伸ばしては、つかめぬ幻想に打ちひしがれる毎日だった……」

 

 そして、言葉を止めると。我が此処に在る意味となったルーミアの存在を目に入れる。

 ルーミアこそが、我が今を生きる証である。

 ルーミアこそが、零れ堕ちた幻想の一端である。

 

「道はずれた暗がりの中、血の海で狂ったように笑う少女に俺は……」

 

 その姿に魅了されていた。

 現世に不釣り合いなほど、幻想に満ちた幻影の天使に、これまでの生すべてがこの場に到ためのものであったのではないかと感じてしまったのだ。

 

「苦しそうで、辛そうで、今にも消えてしまいそうなそんな姿に……」

 

 天界より堕ちたその姿に……、

 

「息をすることすらできずに、気付けば相棒を抜いていた」

 

 “Rumia”と名を受けた愛銃。取りだした鉄の重さと冷たさを感じながら、我はその時に思いを馳せる。

 

「その顔を曇らせることなかれ。それこそが俺がルーミアに捧げた誓いだ。この運命……、いや俺が定めた道だ。薄汚れた裏切者である俺だが、俺が俺である限り、俺は彼女の生を肯定し続ける」

「……」

 

 何故か無言になったロックの方を見ると、ロックはタバコを取り落としながらも、はっきりとこちらの顔を見据えていた。

 

「次は……」

 

 サングラスを掛け直しながら、こちらもロックに話かける。

 

「君がロアナプラで彼女らと居る理由を話してもらえるか?」

「あっ、ああそうだな――」

 

 追ってからの追跡を逃れている最中だというのに、そこには平穏な日常を現す光景があった。

 笑い声と、少女の笑顔と、それは、炎獄の銃使いがロックを探しに来るまで続いた。

 我を氷河と表わすのならば、ラグーンの用心棒であるレヴィは、対極である炎獄と表すことがふさわしい。

 我が罪深き両手と同じく、二丁の殺戮を手にする者。

 その生き様は、荒々しく苛烈。

 多くの罪悪を矮小な人の身に引きつけながら、その身を焦がし続ける様は、天空よりラッパの音色が響く時まで、変わる事はないだろう。

 炎獄の銃使い、レヴィ――。

 

「(炎獄と相対するならば、氷河よりも、零度、いや氷獄か……、)」

 

 しばし、炎獄の銃使いの顔を見つめつつ、考えごとをしていたららしい。

 突如訪れた頬の痛みに意識を戻され、その後の予定について話し合う。

 我らは暗闇に紛れて海を渡る。

 そのときルーミアを置いて行くことを告げられ、どうしようかと考えていたが、ルーミアがあっさりと承諾したことでその話は終わってしまった。

 

 そして、夜は深まる……。

 それすなわち、我らが行動を開始する時刻である。

 そこで我は気付いた、ルーミアの姿は見えないことに……。

 どこかに隠れているのだろうか?

 だがそれを探す時間はなかった。

 後ろ髪を引かつつも我は、ロックに促されて黒塗りのゴムボートに乗り込み、上陸地点を目指す。

 思ったよりも酷い揺れに戸惑いながらも、我らは上陸地点を目指して波間を彷徨うことになった。

 

 

 そして数時間が経過する。

 上陸地点を探して、予定よりも時間を有してしまったが、無事沿岸の港町へとたどり着くことが出来た。

 だがそこは、すでに街と呼ぶには躊躇うべき場所であった。

 

「この町はすでに死んでいる」

 

 街の中を進むが、誰一人生活する気配すは感じられない。

 人がかつて存在したことだけを示す町。

 閑散としたこの場所には、すでに生きる人間は居らず、打ち捨てられた証だけが存在していた。

 

「ああ、この町は二年前から戒厳令が敷かれている。昼夜問わずゲリラ軍と、正規軍が鉛球をぶち込みあってるんだ。そんな街に住みたい者好きなんていやしねぇんだろ」

 

 主義主張の押し付け合いの末、この場所はすでに死街と化している。

 ロアナプラは魔窟であれど、いまだ人の営みがなせる場所であったが、此処にはもはや何もない。

 ただ、無慈悲に忘れられ、消え去るだけの場所であるのだ。

 そんな死者の街中を歩くこと数分。この街に似つかわしくない、文明の音色がまっすぐにこちらに向かってくる。

 それは果たして、敵なのか? それとも味方であるのだろうか?

 我は炎獄の銃使いと並び立ち、それぞれの相棒を両手に待機させる。

 “elegy”、我が敵に悲しみと憐れみの挽歌を奏でたまえ。

 “Rumia”、宵闇の使徒から受け取りし加護を受け、我が前に立ちふさがりし者の罪を計りたまえ。

 近づいてくる鉄の獣が目の前でドリフトするように急停車する。

 炎獄の銃使いは、銃口をまっすぐとそれを操る人物に向けながら、近づいて行く。

 我も“Rumia”も同じように向け、鉄の獣の奏者を計る。

 

「よう、ラグーンの連中だな。数は6人って聞いてたけど?」

 

 敵……、ではないのか?

 どっしりとした体格。恰幅の良い男は、ふてぶてしい笑みをうっすらと浮かべながら、ひょうひょうと問い掛ける。

 この男が味方であるのならば、闇の調停者から授かりし、禁断の暗号を持って居るはず。

 炎獄の銃使に対して、その男は自らの運命を決定させる言葉を口にした。

 そして我は、炎も刻として、凍てつくほどに変わるということを知ることになった。

 

「泰山夫君、祖は我なり。泰山夫君てのは死と厳罰の神の名前だが、現世に置いて、てめぇみたいな間抜けを捌くのは、アタシらの仕事って訳だ。張の旦那はあほでも、間抜けでもねぇ、何処からか情報が洩れてるのを知って、直前に合言葉を変えてたのさ」

「―――」

 

「下がれロックッ!!」

 

 奏者と炎獄が互いに銃声を解き放つ。

 互いの距離が開かれるその瞬間を狙い、我も両手に眠りし魔弾を解き放つ。

 

「二人とも行けッ!」

 

 事態は何時であっても急を有する。

 現れた逃がし屋の正体をいち早く見抜いた炎獄の銃使いが、銃撃戦を開始する。

 そして、この場において、我の役割は決まっている。

 我は汝ら二人を守護する必要がある。

 それこそが、我に与えられた、闇の調停者からの命令である。

 炎獄の銃使いと、追手を遮るように、我が右手は沈黙を続けていた“elegy”を解き放つ。

 当たれば躊躇なき無慈悲を持って、敵を地獄の支配者の元へいざなう、殺戮の魔弾。

 一時的に精密性を捨て、連射性を生みだし、鉄の弾幕となって両者の間を別つ。

 両者は、弾けるように距離を取って動きだす。

 鉄の獣の奏者は、先にこちらを片付けるつもりなのか、鉛の雨従えながら、我を轢き殺さんと向かってくる。

 この先を通すわけにはいかない。

 我には、この命令を守る使命があるのだから。

 爆風に揺れるコートの裏に隠し持った、とっておきを取りだして目の前へ放り投げる。

 

「虚空『フォールン・エンジェル・ヴェッ!??』」

 

 我が言霊をモノともせず、鉄の獣の奏者が無秩序に放った鉛の魔弾は、虚空に投げ出された閃光を秘めた管に触れるとともに、視界を覆う閃光と衝撃を生みだした。

 その光景を背にしながら、サングラスがずれないようしっかりと抑え。 

 そして、身を翻して先に逃げ出した二人の背を追い掛ける

 

「これは、袋のネズミか」

 

 僅かに先を走る二人を遮るように一台の車両が進路をふさいだ。

 炎獄の銃使いは立ちふさがりし敵を撃ち抜くため、名も無き愛銃を敵へと向ける。

 その横で、ロックもまた敵からアタッシュケースを守るようにしっかりと身体で抱え込む。

 

「ちっ!?」

 

 炎獄の銃使いが、非常なる弾丸を放つ――。

 ――、その距離はおよそ彼女が弾を外す距離ではなかった……。

 

「この女ッ!」

 

 肩を撃ち抜かれてなお、敵の戦意は衰えない。

 突如左腕で額を抑え込む彼女は、何故か全ての弾丸を外すように、撃ち尽くした。

 

「レヴィッ!?」

「逃げろロックッ!!」

 

 炎獄の銃使いの異常な状態に、何か感づいたのか、ロックが彼女の名を叫んだ。

 その瞬間、我もまた、二人の背に追い付くことができたのだが、両者の距離が近すぎて魔弾を放つことができない。

 そんな二人に対して、アタッシュケースを奪いに掛かる敵と、様子の可笑しい炎獄の銃使いに敵は容赦のない追撃を放つ。

 向けられた銃口を遮るため、ロックが無意識にアタッシュケースを盾にする。

 敵の追撃を逃れる事には成功したが、当たりどこが悪かったのか、

 ケースの鍵がはじけ飛ぶ。

 それは、そのままロックの手を離れて地面へ転がる。 

 

「あっ!?」

「何ッ!?」

 

 それはあっけないほどに簡単にその中身をさらした。

 空虚な中身を……、何も入って居ない。

 一瞬あっけにとられたロックだが、空のケースを盾にしながら、すぐさま状況を把握しこちらへ逃げだす。

 その行動に、我もロックを援護するように右手の愛銃“Rumia”を放とつ。

 だが、

 

「レヴィッ!!」

 

 何故か動きの鈍った炎獄の銃使いは、敵の銃身を叩きつけられていた。

 動きの鈍った炎獄の銃使いは、そのまま敵の車両の中へと引き釣りこまれる。

 彼女を救いだそうと手を伸ばすロックだが、炎獄の銃使いの身体はピクリとも動かない。

 

「ロックッ!! 離れろッ!」

 

 我は再び左手の“elegy”の制約を取り外し、とどまることない魔弾の雨を見舞う。

 背を低く駆けよるロックの背を超して、それは敵へと着弾するが。

 鉄の扉に阻まれて、しとめるには至らなかった。

 

「畜生ッ!」

「一度引こう」

 

 我が使命の失敗に心を痛めるが、此処で撃たれれば、この汚名を雪ぐことすらできなくなる。

 相棒を囚われたロックにも言えるが、この場で敵に無常な突撃を行ったとしてもなにもならない。

 近くの建物へ駆けよる。

 砂煙をあげて、周囲から鉛の雨を降らせる敵を掻い潜るには、なるべく追手が入ってこれない狭い道を進むしかない。

 ロックに先導させながら、鉄の獣が入ってこれない道を選び走り抜ける。

 

「黒翼『デス・ザ・フライ』ッ!」

 

 背後からせまる鉄の獣に対して、腰につるしていた閃光の円菅を二つ同時に投げ放つ!

 それは、地に落ちると同時に内蔵されていた、破壊と衝撃をまき散らす。

 砂塵を巻き上げ、近づいていた鉄の獣を吹き飛ばす。

 しかし、それもただ一体を仕留めたに過ぎない。

 それは群れを成しながら、こちらを捕縛する為に距離を詰めてくる。

 狭きわき道が、背後からせまるの危機を僅かに手間取らせてくれる。

 

「あっ!?」

 

 すでに脇道を抜けようとしていたロックが叫び声を上げる。

 出口を塞がれた。

 一瞬でそれを把握した我は目の前に現れた鉄の獣の奏者と、指先に刃を掴んだアジア系の女性に“elegy”、“Rumia”を向ける。

 

「兄ちゃん達、頭下げるよ」

「「あっ!?」」

 

 その言葉を理解できたのか否か、ロックは頭を抱えてしゃがみ込む。

 同時に我は、地面に浮き上がっていたパイプに足を取られてそのまま大地を転がるように二転した。

 頭上を鋭い風切音が通過する。

 投擲された刃は、我らを狙っていた敵の額を一突きに絶命させる。

 

「もしかして、護衛のッ!?」

「死にたくないなら、はよ、乗るとよろしい。でなければ置いてくですだよ」

 

 地面を転がった反動のまま起きあがると、腰まで伸びた長い髪の女性に言われるがままに、俺達は速度を落とした車へと乗り込んだ。

 少なくともこれで機動力で負けることはなくなったが、あの炎獄の銃使いは無事だろうか?

 

「Mr.張からは5人と餓鬼一人だって聞いたが、残りはどうした?」

「ああ、予定が変わって3人になった。もう一人は、敵に捕まった、助けないと」

 

 ハンドルを握る金髪の欧米系の男に対して、断固たる決意を持ってロックが告げるが、金髪の男、そして髪の長い女性は嘲笑を持ってそれを却下する。

 

「お話にならない。仕事はお宅らを基地に運び、金をもらうだけ、他は拒否よ」

「尻なら自分で拭きやがれ。このまま米軍基地に向かうぜ」

 

 我はその答えに対して、結果を覆す言葉を持たない。

 少なくとも、彼女が囚われたのは我が力のなさが故である。

 その言葉にロックは、言葉を詰まらせて空になったケースに視線を落とす。

 しばし無言が支配する中、ロックはおもむろに煙草を取りだして深呼吸するように煙を吸い込んで吐き出し、

 

「書類がない。書類を持って居るのは彼女だ」

 

 はっきりと確信を込めた声色でロックはそう言った。

 

 




此処まで読んでいただいてありがとうございます。
原作の流れを汲みつつ、異なった結果を示すって以外に難しいですね。
今回ルーミアの活躍がほぼ無かった分、次回はルーミア無双で行きたいと構想練っています。
もしよろしければ感想などいただければ幸いです。
次回もよろしく御願いします。


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