デミえもん、愛してる! (加藤那智)
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気がつけば、そこは異世界だった

 はー……もう疲れた

 

 わたし--加藤那智は、1人住まいには広すぎる我が家のリビングのソファに、倒れるように寝転んだ。

 

 魔法使いはいなかった。

 年齢=彼氏いない歴のわたしは30という大台にのってもう幾年すぎたろうか。

 

 なんとなく、結婚できると思っていた。

 誰でもいつか結婚できるものだと。

 馬鹿だった。

 

 わたしはなんとなくレールに乗っていただけだ。

『幸せ』に通じるというレールに。

 

 まず偏差値のレールからはじまった。

 お金のない親の圧力から偏差値を高める努力をしつづけた結果、公立からなんとか国立大学進学することができた。

 

 そして、キャリアのレールに乗った。

 大学卒業後は、公務員になりこれからは女も稼げないと!と思い働きまくった。

 

 

 

 結果、どうなった?

 

 

 

 わたしは彼氏がほしかった。

 

 いつのころからか愛し愛されるということに強い憧れがあった。

 両親の不仲が原因かもしれない。

 

 本やドラマや映画の恋愛を見て、いつか、どこかに、わたしだけを見てくれる人ができると夢見た。

 

 どうしたら彼氏ができるだろう?

 

 同じクラスの学年1位の成績男子には彼女がいつもいた。

 

 ーーーーこれだ!勉強ができたら頭がいいことを好かれて彼氏ができるに違いない!

 

 それからわたしは猛勉強した。

 学年256位だった成績は全国模試で6位まで上がった。

 

 さあ、カモン!!

 と、心の中で全方位に向かって彼氏求むオーラを放った。

 が、効果はなかった。

 

 なぜだ!

 廊下に張り出された成績表でも、一目でわかる成績になったというのに……!!

 

 男子は、わたしのガリ勉してすべての時間を勉強に投入した結果、頭ボサボサ服装適当になったわたしより、すっぴんと称したナチュラルメイクの露出度の少ない女子に群がっていた。

 

 

 

 泣いた。

 

 

 

 でも、きっと、いい大学に行けば今度こそ彼氏ができるはず!

 

 意気込んだわたしはさらに勉強にはげんだ。そして、念願果たして旧帝大に合格。

 努力は実った。

 

 さあ、これからだ!とネット検索し、清潔感重視おとなしめ服を身につけ大学デビュー。同じコマをとってる女子に誘われた人生初の合コンにのぞんだ。

 数時間後、わたし以外の他の女子メンバーに男子は群がっていた。

 なんだこれ、前にも見たことあるぞ。

 

 わたしの周りに男子は一人も集まらない。

 一言、二言会話を交わすと、

「あ、飲み物が……」

「ちょっとトイレ……」

 と席を立って戻ってこなかった。

 

 なぜだ。

 

 意気消沈しながら帰宅。

 

 

 

 

 泣いた。

 

 

 

 

 それからモテない原因を究明するため分析。

 考えられる理由は多々あるが、まずわたしはコミュ能力がほぼ欠如していた。レポート発表のような専門用語説明はできても、日常会話による対話は壊滅的だった。

 

 だって、1日19時間勉強していたんだよ!

 

 いくらマルチリンガルで28ヶ国語が話せても、合コンではなんの好感エフェクトももたらさなかった。

 

 そして学歴ハンデ。

 

 合コンの男子メンバーは主に早稲田、慶応、青山、東大。

 女子メンバーは、フェリス、お茶の水、日本女子。

 男子は、彼女に東大学歴は求めない。

 むしろ学歴コンプを刺激してさけられる。

 

 だが、わたしを合コンに誘った子は、同じ東大生なのに男子と話が盛り上がっていた。

 なぜだ。

 はっ!顔か?顔なのか?そうか、顔か……。

 

 その後、何度か合コンする機会に恵まれるも、「東大女子」ということや、自分を知ってもらおうと頑張って自分の意見をはっきりいうとひかれた。

 心が折れたわたしは合コンに参加するのをやめて彼氏ができないまま卒業した。

 

 だがしかい!まだ、あきらめない!

 

 時代は少子化。そして不景気。

 男は女にも稼ぎを求めるはず。

 稼ぎのいい女になれば、より良い生活を望み結婚したい男はよってくるはず……ふっふっふ。

 

 大学卒業後、公務員キャリアになって働きまくった。

 恋愛向きな会話はできなくとも、年功序列、派閥配慮、他人をたてることは得意だったわたしは、ご年配の方にやたらと好かれて出世した。

 そして100億単位のお金を動かすことが当たり前のポストにおさまった。

 

 これくらい稼げば……!顔やコミュハンデなんて……!愛する夫と可愛い子供達と心地よい家がわたしにやっと……!

 

 

 

 

 ーーできなかった。

 

 出会いはあっても、自分より稼ぎもポストも上の女は嫌厭された。

 いわく、「可愛くない」そうだ。けっ。

 可愛くなくて結構。愛し愛されるなんて、理想を現実に求めたのが間違いだった。

 現実にいるのは、わたしをネグレクトしたくせに借金の無心してくる親と、わたしには見向きもしない男たちと、結婚したことを鼻にかけて見下してくる女たち。

 もういい。

 わたしは現実に希望を抱くのを諦めた。

 

 

「はあ……」

 

 

 わたしはため息を吐きつつ、リビングのサイドテーブルに置かれた愛読書「オーバーロード」を手に取り読み始める。

 この本はわたしの心の癒しなのだ。

 

 読み始めのキッカケはよく覚えていない、おそらく旧与党の税金使用問題の火の粉がこっちにまで飛んできて対応に追われ泊まり込み徹夜が4日過ぎて「思いで人が殺せたら……!」と追い込まれた頃だったろうか。

 

 帰宅後ふらふらとソファに半ば倒れこむように埋まり、手だけを動かしたつけたテレビに困っている骸骨キャラのアニメーションが映っていた。骸骨の困りよう、周りからのプレッシャーとストレス、それが自分とかぶったような気がして、なんとなく原作を探してストレス発散に読み始めた。

 

 

 

 

 

 ーーそこで『彼』に出会った。

 

「はああああん!!かっこいい!かっこいい!デミウルゴス!なんでこんな色々できちゃうの!モモンガちゃんのフォローはさりげなくて、外交、内政、軍事は完璧なくせに、モモンガちゃんの言葉を深読みしすぎて勘違いしちゃうピュアさ!ああーん!!!」

 

 

 

 

 ーーわたしの運命の出会いだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 現実に疲れたわたしのこころにオーバーロードの万能悪魔デミウルゴスはすっと入りこんだ。

 

 ああ、彼のような部下がいたら。

 ああ、彼のような上司だったら。

 ああ、彼のような彼氏がいたら。

 

 え……彼氏……だと、……彼氏……!?わたしは何を考えているの!だって彼は現実にいないのに。

 

 はっ!?これが『もえ』というもの?『にじげん』に恋をすると『もえ』なのよね、たしか……。

 いままで出会わなかったはずだわ、だって、彼は三次元(現実)にいなかったんだもの……。

 

 ああ、わたしの心の(勝手に)彼氏デミウルゴス。

 

 旦那様にしたい。

 

 心はモモンガちゃんを思うアルベドのよう。

 

 はっ!

 ということは愛してるってこと?

 

 

 

「やだー!やだ!わたしったら!」

 

 

 おい考えろ年齢、とうっすらおもいつつもわたしは突っ走るコトにした。好きなものを好きと言って何が悪い!!

 

 それから私はすぐに書籍全巻を5セット注文した。

 リビングと、キッチンと、お風呂と、ベッドルームと、保管用だ。

 

 アニメーションのBlu-rayも注文した。

 モモンガちゃん、いえ、アインズちゃんが、シャルティアの戦うシーンで激怒するデミウルゴスにキュンとした。

 

 通勤途中に、勤務中休み時間に、寝る前に、半身浴中に、何度再生したことか。

 

 冷静沈着、クールキャラにみえて誰よりも至高の41人を、ナザリックを大事に想っているのよね。そんなギャップもたまらない。

 私もアインズちゃんのようにデミウルゴスに大事に想われたい。はぁ。

 私がナザリックにいたらデミウルゴスの助けがしたいわ。国家運営ならいまやってるし、少しは役に立てると思うのよね。

 書籍とアニメはアルベドがいるから少しは楽かも知れないけれど、アルベドはアインズちゃんのためにやってるから。

 

 web版なんて完全にデミえもんだより。過労で死んじゃうわ。悪魔だけど悪魔だからって働かせすぎはよくないと思う。

 でも、きっと、デミウルゴスは、役立てることが自身の存在証明だとか、価値だとか考えてるから、気にしないのよね。

 こんなにナザリックを想っているデミウルゴスのこと考えてくれてるキャラいないなんて。

 

「私がいたら支えてあげたい、手助けしたいのに。おやすみなさいデミウルゴスちょっとは休んでね」

 

 今日もデミウルゴスを愛して電気を消して就寝するためにベッドにもぐる。

 彼におやすみの挨拶をするようになって、ちゃんと睡眠時間を取るようになった。

 ほら、他人には休めっていうのに自分は休まないって、説得力ないでしょ。

 わかってるよ、こんな風に『にじげん』のキャラに挨拶するのはおかしいことなんだって。

 

 でも、それでも、好きだから。

 

 

 《さすがアインズ様!》

 

「あ〜さすアイデミウルゴスおはよう〜朝からアインズ様ベタぼれデミえもんかわいい〜よーし今日もがんばろー!」

 

 ぶくぶく茶釜ウォッチを真似て、モーニング音にアニメのデミウルゴスの音声をセットした時計を作って大正解ー朝からみなぎるわー。

 

 わたしは毎日、運転手がくるまでに朝のランニングをしている。もう食べて寝てるだけで、燃焼されるほど基礎代謝高くないからね。

 人気のない早朝の公園を、イヤホンでオーバーロードのエンディングを聞きながら走り抜ける。

 

「う〜ん、この歌詞のアルベドの気持ちとっても共感できるのよね〜。わたしもこんな風にデミウルゴスを「ドスッッ!!」……て、えっ」

 

 突然の横から衝撃にわたしは横に倒れた。一体なに……。

 

 ぬるっ

 

 え……。なに、こ、……。

 

「なんで!なんで!あんたたち公務員は!!!検討しますって!!口先ばっ、か、り!!」

 

 ドス!ドス!ザク!ザクザク!ザクザクザクザク!!

 

 あ、熱、熱い、身体中、、あつ、、、。なに、。

 

 音が聞こえなく、あれ、イヤホンはずれた?

 

 イヤホンが耳からはずれたのを戻そうとしたけれど手が持ち上がらない。

 

 あれ、え、、、……。

 

 声も、で、な……。

 

 ……。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

「美代ー!朝から鏡みるのやめなさい!はやく学校に行きなさい!」

「この角度が一番いいなあ、ホロ写のこしとこ」

「美代!!!」

「はーい!」

 

 行ってきます!と母に言いながら出かけます。

 

 わたしは加藤那智……ではなく、高崎美代です。

 端的に言えば、加藤那智は死にました、多分。

 すぐ意識なくなったからわかりませんが多分あれは刺されました、いやー、不景気は政府のせいですから、仕方ありません。気がかりになる愛ある家族もいませんし、仕事で過労で死にそうだったので、さほど痛みなく意識をなくして死んたこともあり、未練も恨みもありません。

 

 それより赤ちゃんに生まれ変わってパニくりました。

 だって、身体は自由に動かせないし(首もすわってない)、

 言葉は話せないし(バブー)、

 よく見えない(焦点が定め慣れてない)。

 まわりはでっかいものがうごめいてたし(病院で大人の看護婦たち)。こわいこわい。

 

 生まれ変わってラッキーて思いました。だって彼氏いないまま処女でアラフォー突入しそうだったから、やり直しできるならやり直したかった。

 現世の情報を集めたら、生まれ変わった世界が前世と同じ世界のちょっと未来だとわかって、前世での失敗の経験をもとに今度こそ彼氏獲得のため有効手段を選択してやる!て思ったのです。

 前世はー。

 男の脳みその考え方?女と全然ちがうということがわかってませんでした。

 男はぶっちゃけ学歴なんか見てません。もっと別のところ見てます。男同士で自慢できる女を嫁にしたいと思っています。だから女は外見が一番重要。見た目8割。ううん、9割で判断されます。

 なので、前世では彼氏獲得したくて料理教室行ったり着付け教室、茶道教室にいって自分磨きしたけれど、努力する方向間違ってました、婚活には何の役に立ちません。

 料理できてもブスじゃだめ。逆に可愛ければ料理なんかできなくてもいい。

 

 わたしはこれから外見を磨きまくます、幼稚園の今からやればのびしろはいっぱいありますし。

 見た目は、清楚っぽく、黒髪基本。ナチュラルメイクばっちり。脱毛は小学生から。足が長く細い方がいいから、正座はしない、余裕があればバレエを習います。話し方の声のトーンも大事です。可愛く見える角度は鏡でチェックは欠かせません。

 

 え?あざとい?

 ところが男が可愛いって思うような女子は全員やっていることなんです。そんなことない!きっと全部計算なんかしてない!て?

 そうですね、男は、女はそのままのありのままの素が可愛いところがあると信じたいですよね、でもそんな女は一人もいません。

 

 いい例があります、前世のわたしはどうだったでしょう?

 自分でいうのもなんですが、素のわたしって性格可愛かったと思います、勉強ができて頭がよくなれば、お金をたくさん稼げれば、パートナーを助けお互い支え合っていけるはず、と単純でした。

 だけど、そんなわたしの素の単純さを重要視した男はいませんでした。役に立つかどうかじゃなかったんです、性格より見た目や、話し方。

 特にみーんな見た目の可愛い女、外見がまずあってそれからプラス女の実家に権力か金があるのに惹かれてました。

 それでわかりました。

 女と男のカップルは、釣り合いが取れないと成立しないって。

 釣り合いっていうのは、別に顔面偏差値が同じくらいという意味ではなく、お互いに求めるものを相手に提供できるか?ということです。前世のわたしの外見はブス。

 彼氏がほしいなら、まず外見磨き、うんがんばります。

 男の脳みそ言語、それにあわせた話術、あと男の劣等感を刺激しない程度のお金と学歴、トロフィーになるような見た目の評価、あとそれから……。

 

 あって困るのは男より抜きん出る部分です。

 相手の男に寛容さを期待できない場合(大体期待できないと考えたほうがいい、これは女も同じ)劣等感を刺激するようなところは相手より抜きん出ないようにします。

 容姿はいくら飛び抜けてても困りません、女の優れた容姿は男のトロフィーになります。

 

 女のすべてを受け入れられるような男は存在しません、女だって同じことが言えます。自分の劣等感を感じさせるような相手とは誰だって結婚したくないでしょう。

 

 だからわたしは問題ない見た目を磨いて努力します。いくら努力してもやりすぎにならないいいところがあるっていいですよね。

 そして今度こそ理想の彼氏を獲得するんだ!

 

 

「おはよー」

「おはー、ね宿題やった?」

「まーた?」

「お願い!美代様!このとーり!ちょっと昨日ゲームやりすぎちゃって」

「あれ、鈴ってゲームしないでしょ、親に止められてなかった?」

「それが、面白くってさ〜。親戚のうちいったらすごいんだよ。

 新しいの、体感型ってやつ?

 アトラクションみたいに入るところがあって、

 なんかゲームとは思えないくらいよくできてた」

「……それって」

 

 まさか、

 

「DMMORPG?ておじさんいってた」

 

 

 ーーーまさか。

 

 

 

 学校では、ホロW(時計型ホログラムスマートフォン)の使用は禁止されているので、じりじりとお遊戯や昼寝やご飯が終わるのを待って、待って、終わったら一緒に帰る家族を急かして急かして家に帰りました。

 

 母が夕食の支度をしている間に、母のホロPCを外部ホロモニタに切り替えこっそり検索します。幼児は直接接続できません。身体基礎が出来上がるまで子供を有害な情報に接触させないよう法律で決められています。

 

 だから知りませんでした。

 

「……DMMORPGがあるなんて」

 

 ーーまさか。

 

 ははっまさか。

 うん、なんか、わたしの早とちり。

 そう、早とちりだよ、やっだなー、あるわけないじゃん、ユグトラシルなん、て……。

 

 

 

「あった……」

 

 検索結果には、

 〈Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game『ユグトラシル』来年春βテスト募集開始!!さあ神話と混沌の世界へ誘おう〉そう、表示されていました。

 

 焦る気持ちをおさえながら、ホロWのホロコンソールキーボードを叩きまくりながら高速検索します。

 公式サイトには、来年βテスト開始とあるだけでまだ公開情報はすくないよう、だから確信は持てません、でも、

 

「そうだ、あれは何年開始だった……?

 今は……2125年だから……」

 

 

 

 本物のユグドラシル?

 

 

 

「うっそ……ほんとに!?」

 

 

 




にげて!デミえもん!


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気がつけば、ユーチューバーだった

 ホログラフィックにうつるユグドラシルの宣伝ホームページを穴が空くほど隅々まで見通す。

 

 

『ユグドラシル』が来年オープンβテスト開始。その後、正式サービス開始予定……。

 

 

 じゃあアインズ・ウール・ゴウンのギルドが結成されるの?

 

 至高の41人が集まる?

 

 階層守護者が作られる?

 

 

 

 ーーーーデミウルゴスは本当に存在する……。

 

 

 

 

 

「イヤアアアアアホォォォウーーー!!!!!」

「美代!?大声出してどうしたの!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 あぶなかった。昼間は歓喜の雄叫びをあげて、母に頭がおかしくなったと思われそうになった。

 だめ、笑いをこらえきれない、どうしよう、嬉しすぎる、隠さないと、うっくくっく!

 

 

「来年始まるDMMORPGは、サービス終了時にインしていたら異世界にいける」

 ……なんていった日には、病院入れられちゃう。あーだめだめ。おさえるのよ、わたし。

 

 

 わたしはベッドで身悶えながら、あらためて自分がいまいる世界がどこなのか受け入れようとした。

 

 

 いまいる世界は前世と違う世界だった……ここは……ここは……オーバーロードの世界だ!

 

 わたしは憧れた物語の世界に生まれ変わっていた!

 

 

「信じられない……」

 

 

 興奮をおさえきれずまた体が身悶えてしまう。

 いかんいかん、よしよしよーし、どうどうわたし。おちつけ、おちつけ、深呼吸、すーはーすーはー。

 人生設計の大幅な修正しよう。

 まずは再確認。

 

 わたしは前世で、なりたかった、なれなかった、幸せなお嫁さんになるため、

 ほしかった、愛する旦那様と子供、帰る場所のマイホームを手に入れるため、

 今度こそ努力の方向を間違えずに、努力邁進する気でいた。

 

 

 でも……でも、でもでもでもでも!

 本当にユグドラシルが存在するなら……!

 

 

「わたしは、

 

『デミウルゴスに会いたい』

『できればお付き合いしたい』

『彼氏になってほしい』

 そ、それで、でできれば旦那様になってほし……!

 

 キャー!キャー!!わたしの、わたしの夢てば大胆!」

 

 

 ごろごろごろ!ごろごろごろ!

 

 

 もうだめだ、おさえきれるわけがない。

 右に左にベッドの上で転げ回った。

 ベッドでよかった、布団だったら下に響きやすいから両親にばれてるわ。ありがとう一人部屋。よかった一人部屋。

 えー、こほん、そう修正計画の続きを考えよう。

 

 

「やることがいっぱいだあ……ふふ、ふふふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしの日常は変わった。

 

 

「お母さんーまたホロPCかしてー」

「また自撮りするの?」

「うんー」

「もーとりすぎじゃない?」

「幼稚園のわたしは今しかないんだよ、来年はもう小学生だもん」

「洗濯物たたむの手伝ったらいいわよ」

「はーい!」

 

 

 今日学校であったことを話し、父や姉や兄の話を聞きつつ、のんびりと母と一緒に洗濯物をたたむ。

 ちらりと横目で母を見る。お母さん、好き。

 だから一人っ子じゃなくてよかった。

 この間の幼稚園の将来の夢を聞かれたとき、「好きな人のお嫁さん!」て答えたら笑ってたね。

 ごめんね、わたし異世界で悪魔のお嫁さんになるのが目標なんだ。

 会えなくなっちゃうけど、お母さんとお父さんが死ぬまで困らないくらい稼いで残していくからね。

 こっちにいる間はいっぱい親孝行するから許してね。

 

 転移後、こっちの体は死んじゃってるみたいだから、家族にはばれないように気をつけよう……。

 

 

 母が夕食の支度をはじめたら、ホロPCをかりてダッシュで自分の部屋に行き高速で操作をはじめた。

 

 

「さーて、今日の動画中継をはじめますか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではまったね〜!みーの動画みてくらてありがと!!

 …………ふー、今日の再生数もなかなか。つぎはなんの特集にしようかな」

 

 

 わたしはユーチューバーになった。

 今いくつかのチャンネルをつくり動画中継してる。

 日常、ゲームプレイ、投資、語学……

 お気に入りユーザーも増えて嬉しい。

 

 

 え?

 

 

 ユグドラシルはどうしたのかって?

 

 もちろん、ユグドラシルにいってデミウルゴスに会うためにユーチューバーになったの。

 

 意味がわからないって?

 

 デミウルゴスに好ましいって思ってもらうためには、彼に合わせないとね。

 

 デミウルゴスの好きなもの大事なものは?

 至高の41人のアインズ・ウール・ゴウンと、

 その拠点ナザリックに住まうものたち。

 それ以外は眼中にない。

 

 

 だからアインズ・ウール・ゴウンに入らないと見向きもされない。

 じゃあ、ギルドに入れるようにゲームをはじめたら声かけてみればいい、といいたいところだけど、あのギルドメンバーの条件は、異型種、社会人。

 

 

 異型種はクリアできても、

 わたしはオープンβテスト開始時点で小学1年生で6歳、サービス終了の12年後で18歳。

 学生バイトじゃ社会人と認められないと思う。

 だからこのままだとアインズ・ウール・ゴウンには入れない。

 

 

 どうすればいいのか。

 

 

 悩んだわたしは、

 バイトってレベルじゃない位お金稼げばいいのではないだろうか?

 それで、学校は義務教育だから仕方なく通っている、本分は社会人といいはる!

 

 

 ーーーことにした!

 

 

 かといって、現幼稚園生にお金があるわけもなく、

 色々リサーチしたら、時代どころか世界も違うけど、前世の知識は大いに役立つとわかった。

 でも、所詮大人になれば知っていても特にすごいと思われないような知識だ。

 若いうちが花と思い、自身を売ることにした。

 

 

 幼稚園生ブランディングである。

 

 

 まず、マルチリンガル幼稚園生による語学講座の動画を配信はじめてみた。

 

 

 3〜6ヶ国語くらいならインターにざらにいるけれど、24ヶ国語できるのは売りになるんじゃないかなー?

 と思って、語学学習講座をはじめたら、あっという間にお気に入りが増えた。

 

 

 コメントを見ると子供を持つ親御さんたちが多い。

 わたしの動画を見てモデリング、子供が勉強する効果があるようだ。

 

 

「うちの子供が、同年代の子供が語学堪能に話している動画をみて、子供がやる気になりました!」

「どういう風に勉強したらあなたのように話せるようになるんですか?」

 

 

 教育に熱心なのは異世界も変わらないみたい。

 

 

 次に、ゲームプレイ動画を配信。

 殆どゲーム経験のないわたしに自由度の高いDMMRPGのユグドラシルを上手にプレイできるかわからない。

 なので、ユグドラシルがオープンするまで他の類似ゲームをして、ゲームをプレイすることに慣れようとした。

 

 

 完全な素人のゲームプレイ動画になるので、見る人は面白くないだろうと思ったけれど、物は試しと中継してみた。

 意外にもウけた。

 コメントを見ると子供の視聴者が多い。

 

 

 

「ここは◯◯にいくといいよ」

「△△にも行ってみて!」

「今度一緒にレイドボスいきませんか^^」

「みーちゃんかわいい!かわいい!かわいいいいいいいいい」

 

 

 

 多分大きいお友達もいる……気がする。

 動画をきっかけに一緒にゲームしてくれるゲーム友達もできた、とっても楽しい。これ、前世でやってたら勉強しなくなってたなあ。

 

 

 だんだん語学とゲーム配信でお金が入ってきたけど希望金額にはまだまだだった。

 なので、投資する。

 

 

 この頃には、わたしは隠していた学力をさらけだしていたので、親から「社会勉強の範囲で」と投資許可がおりた。

 お金の勉強をしてると思ったようだ、そう思わせた。

 

 

 株や為替はギャンブルである。

 普通にやればいい鴨になって損をする。そして胴元とつるんだやつらが儲かる。

 前世で胴元側にいたわたしは市場が動くのはどういう時かはよく知っていた。

 いつでもどんな時も必ず胴元が儲かるようにできている。

 市場に偶然はない、あるのは必然だけ、問題はそれを誰がいつどこではじめるかだ。

 

 わたしは世界中の政府と企業のありとあらゆる発表をネットで集めて分析し、この世界の胴元のルールを確認した。よし、わかった。

 

 

 とりあえず、為替。

 世界中で行われる選挙と戦争に合わせて買ったり売ったり。

 次に株。

 各国の政府発表に合わせて、もりもり買う、売る。

 

 なかなかいい感じにお金稼ぎできた。

 ただ、相場がどう動くかわかるわたしには、作業ゲームになってきてしまってつまらない。

 試しに、「投資は自己責任で!」と注意書きを書き、体の大きさから幼い子供とわかるけれど、顔と声がわからないように、被り物をしてボイスチェンジャーをして、投資する様子をリアルタイム動画で流してみた。

 

 

 大反響だった。

 

 

 動画をながした初期についたコメントは、

 

 

「子供が投資とかあぶないよ」

「子供がやんなよ」

「生意気」

「金持ってるガキ死ね」

「これだから金持ちの子供は」

 

 

 と、批判8割、心配2割くらいだった。

 でも、わたしが投資利益を上げにあげていき、しばらくしてくるとコメント色が一気に変わった。

 

 

「なんでタイミングがわかるんですか?」

「子供じゃないだろ?」

「どうしてあの時売ったんですかあああ!」

「◯◯社の株は買いですか?」

「くっそおおおお」

「アフリカ・中東ファンドはどう思いますか?」

「ファンドマネージャーに興味はありませんか?」

 

 

 低姿勢7割、罵声3割になった。

 コメント欄が低姿勢と罵声コメントに変化したきっかけは、どこかの政治エコノミストの人のブログみたいだ。

 わたしの動画について話していたようで、そこからSNS経由で広まり、お気に入りが一気に増えた。口コミすごいなー。

 

 

 稼いだ大分お金がまとまってきた。

 この辺からちょっと一人じゃ無理かなーと思ったので、会社を設立。

 ゲーム仲間に声かけて、ネットで募集して面接して正社員エジプト系アメリカ人とシリア系ドイツ人とイスラエル人を雇って、いくつか会社を買った。会社の使い道はいろいろ考えてる。

 

 

 ここまでで、わたしがユグドラシルで重課金、廃人プレイを12年間できるだけのお金は手に入れた。

 βテスト開始までに終わってよかった。

 

 

 最初は、βデータ引き継ぎないかもしれないし、

 正式サービスから課金がはじまるし、

 ユグドラシルは12年運営されていたから、そんなに焦ってプレイすることはないかと思っていた。

 

 

 でも、慣らしのために類似ゲームをプレイしたら、期間限定アイテム、期間限定イベントがあるわあるわ。

 

 

 DMMORPGが、こんなにアイテムをゲットする機会が定期的にあるなんて知らなかった。

 運営期間中のユグドラシルの詳細は『オーバーロード』ではあまり書かれてなかったし。

 

 

 ーーー初期の期間限定イベントでワールドアイテムとかがでたら?

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンは、ギルドランキングは第9位。

 それは、他にもっとランキングが上のギルドがあったということで、アインズ・ウール・ゴウンの面々よりも強いプレイヤーがいたということに他ならない。

 ワールドアイテムは総数200種類。

 そのうち、アインズ・ウル・ゴウンのワールドアイテムは、全ギルド最高11個所持。

 

 

 じゃあ、残りの189個は?

 

 

 デミウルゴスは、正直ステータスはナザリック基準でそんなに高くない。

 じゃあ、転移後の世界ではどうかというと、あの世界はプレイヤーの気配がある。

 

 

 転移後から数えて600年前に六大神

 、500年前に八欲王、200年前に十三英雄……。

 

 

 そして彼ら残滓が、

 未来の転移者が、

 ナザリックを、

 デミウルゴスも殺すかもしれない。

 

 ううん、アインズ・ウル・ゴウンのプレイヤーが死んでしまえば、主がいなくなれば彼らは暴走し追いやられた神ーー魔人となる。そして退治される。

 

 

 そんな事は絶対にさせない!!

 

 

 wiki判明してるワールドアイテムは50個までだった。

 傾城傾国で洗脳されたシャルティアのこともある。

 転移後のことを考えるとできるだけ手に入れたほうがいい。

 

 

 だから、βテストの段階で仮想サーバにコピーしてゲームプログラムを分析、計算、把握する。

 正式サービスがはじまったら、

 重重重課金して、

 レベル上げして、

 アイテム集めまくって、

 

 

 

 

 たっち・みーさんと同じワールドチャンピオンになる!

 




まだ小学生!


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side: 気がつけば、妹が金持ちだった

 

 うちの妹はかわいい。

 

「おにいたん、おかえりー」

 

 学校から帰った俺に気づいた妹が、俺のそばに、とてとてとやってきて足につかまる。

 そのまま見上げて俺をみつめる妹。

 

 ぐは!!!

 かわいい。歩きのつたなさがまたかわいい。しぬ。しぬしぬ。

 

「ただいま美代ちゃん!」

 

 兄の特権として妹を抱擁すべく、思いっきりギュッと抱きしめた。

 家の中は至福である。

 なぜなら自分の座るソファにすゆすやと眠る妹。寝顔は天使。

 

「YES!ロリータNO!タッチ!うぐ!」

「ばか!起きちゃうでしょ」

 

 姉に思いきり頭を叩かれた。

「そのやにさがったにやけ顏をやめろ」

「だって、姉ちゃん、美代がかわいいから仕方がないだろ」

「そんなの知ってる、お前の顔が気持ち悪いだけだ」

 

 かけられたブランケットの中でむにゃむにゃと寝言を言う妹。

 見ているだけで胸が締め付けられる。

 胸に手のひらをあてて姉に質問。

 

「……これが恋?」

「なぁわけないだろぉ!ロリコン!シスコンがああ!」

「いってええええ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 昔は弟が欲しかった。

 外見はいいくせに内面が粗暴な姉に、幼い頃からどつかれ、使いっ走りにされ、現実の女に夢が持てなくなった。

 女は恐ろしい。

 これでまた女が家に増えたらますます俺の居場所も時間も無くなる。

 だから妹より弟が欲しかったけど生まれたのは妹だった。

 

 できるだけ妹のいるベビーベッドには近寄らないようにした。

 母に言われたときだけ仕方なく面倒を見た。

 

 ある日、友達の家に遊びに行ったら、妹と同じ位の友達の妹がギャン泣きしていて驚いた。

 ご飯とかオムツじゃね?と聞けば、わかんないいきなり泣くんだ、という。友達もいつものことという様子だった。

 妹はあんな風に泣いたのを見た事がない。

 友達の妹は、友達と俺が遊んで、かまってもらえないのが腹がたつとばかりに積木をなげてくる。

 恐ろしい、女予備軍だ。

 

 妹と他の子供の違いが目につきはじめてから、妹をよく観察するようになる。

 いつも大人しい。

 必要があるとき、たとえば、空腹、

 オムツといったとき以外は泣いたのを見た事がない。

 泣くといっても

 妹はきわめて手がかからない子供のようで、

 母は、「助かるわーあんたたちのときなんか……」と何度もいっていた。

 妹は俺の知っている女とは違った。

 

「にいにい」

 

 お出かけするとき、俺と妹は手をつなぐ。

 母や父や姉より俺と手をつなぎたがる。

 妹の手はまだ小さいから、俺が人差し指と中指だけをまとめてチョキの形にすると、それにギュッとつかまる。

 嬉しそうな顔をする妹。

 俺がどこかにいこうとすると、ついてくる。

 そして、俺の触るものや、やっていることを興味津々に聞いてくる。

 放置されているというわけではないが、この家で俺の興味のあることに興味を持つ人間はいない。

 男と女の興味の方向が違うせいかもしれない。

 父は仕事で殆ど家にいないし、男の話はできない。

 それが普通だと思っていたのに妹は違う。

 

「にいにい、すごい〜」

「そっかあ?」

「みーもやるー」

「しゃーないなー」

「この……!!なんてもんやらせてんのよ!!」

「ひっ!ね、姉ちゃん!姉ちゃんだってでてるじゃ「いうなああー!!」ぐっ!ごっ!ぼげ!」

 

 妹は、俺のホロPC、本、スポーツ、エ……ゴホン、なんでも一緒にやりたがった。

 妹をいやいや面倒をみていたのはいつまでだったか。もう覚えていない。

 

 俺の友達と遊ぶときも妹を連れて行くようになり、俺たちがゲームに夢中になっててほっといてもぐずることなく楽しそうだった。

 あとで、「ごめんな」というと、「たのいかった」と笑顔。

 いつの間にか、妹と楽しく過ごすようになっていた。

 姉にいじめられたときは妹を抱っこして癒されるようにしている。

 急いで移動するときは、妹を抱っこするのだけど、はじめて抱っこしたときはその柔らかさに驚いた。

 寝る前に妹におやすみをいうと、大きい目に俺を写して、

 

「にいにいすきー」

 

 と、初めて言われたときは体に電流が走った。

 いまでは、毎日かならずおやすみをいって妹の言葉を聞いてから寝る。

 妹の目は大きく、幼児らしいぷりっとした丸い顔でつついて、はむはむしたくなる。将来はきっと美人だ、嫁にはやらない。

 そういうと、姉には「ばっかじゃない」といわれた、うっせ。

 そんなかわいい妹がもうすぐ小学生になる。

 ランドセルは何色がいいだろう、新しいお友達できるかな、そんな話をしていた頃、

 

 妹の様子が変わった。

 

 妹はよく好きなおもちゃ(人形)や女優の動画を見ていたのだが、いきなり自分も「(動画に)写りたい」いいだした。

「プライベートをうつすなんて!個人情報が!かわいいから危ない!」と母と俺は反対したが、

 姉と父は「やりたいことやらせたら?そんな(誰も)みないと思うし」

 と賛成し、家族会議紛糾。

 結果、危ない人とはコンタクトをとらない、と約束させ動画配信にOKを出した。

 

 やばい、妹が世の変態たちに目をつけられてしまう!俺は妹を守るぞ!こんなかわいい妹の日常動画を見るやつの目的なんて変態しかいない!

 俺が毎日見て見張らないと……!

 

 妹の送り迎えのために部活をやめようと俺は決心した。

 しかし、思惑と現実は違う方向に流れはじめる。

 

 第一回目動画を撮り始めたら、妹が宇宙語を話しはじめた。

 

 いや、ちがう、よく聞くとドイツ語だ。

 え、なんで、ドイツ語はなせんの?

 

 あとで聞くと、俺や姉が学校にある間、妹は昼間インターネットで語学学習をしていたそうだ。

 

 知らなかった……!

 

 日本語字幕を頼まれたので手伝ってつけてやった。

 

「ありがとうーおにいちゃん」

 といわれ、

「こんなの動画モザイク削除に比べたら大したことないぜ!でも、おにいちゃんじゃなくて、おにいたんな!」といったら、

 姉にペットボトル500ml投げつけられた。いてえ。

 

 そこからさらに驚きの連続は続いた。

 

 妹はその後、ドイツ語に続き、

 英語、ヒンディー語、スペイン語、アラビア語、ポルトガル語、イタリア語、フランス語、北京語、広東語、福建語、ロシア語、ジャワ語、ベトナム語、韓国語、マラーティー語、テルグ語、タミル語、トルコ語、ウルドゥー語、ベンガル語、インドネシア語の動画を配信しはじめた。

 

 えっ!?妹、天才じゃね??

 

 姉にいったら、アンタ今頃何言ってんのよ。とため息つかれた。どうやら我が家で妹の頭の良さを知らなかったのは俺だけみたい、悔しい。これからもっと妹を見つめて話をしよう。

 

 すげえ、すげえよ、俺の妹。

 

 才能は日の光をあびてこそ輝くものね、と、言う姉のドヤ顔にムカつきつつも、俺は妹を誇らしい気持ちでいっぱいになった。

 その内、妹の動画はたくさんの人たちにお気に入りされ、電子出版の誘いまできた。俺は妹自慢を学校でしまくった。

 それからしばらくして妹はまた新しいチャンネルをはじめた。今度はゲーム実況プレイを配信するらしい。

 

 これは、また、妹の隠された才能が開花するのか……!

 

 と思ったら、ダメダメだった。まず、妹は酔う。

 いわゆるDMMO酔いというやつである。妹は乗り物に弱い、すぐ酔うし吐く。ぐったりしてる様子が可哀想で、やめるか?といえば、大丈夫、といってヘルメットをかぶりまた酔って吐く。

 

「違うテーマのチャンネルにしたら?」

「やめ、ない、ぜったい、やる」

 

 と、よろよろダイブする。見ていて胸が痛くなって仕方がないから何度も止めるのに妹は決してやめない。

 

 なんだよーもういいだろー?

 

 と思うが、妹はやめない。吐いて、ダイブする。ダイブして吐く。そんな妹の様子に姉も眉をしかめていたが止めることはなかった。

 

 なんでそんなに必死なんだ?

 

 無理するなっていっても、妹は涙ぐみながら謝ってまたダイブする。なんで謝るんだ、謝ることないのに。どうしてもやりたい、やりたい、という。

 妹がどうしてそこまでゲームをやりたいのかわからない。でも、ここまで妹がやりたがるなら……気がすむまでやらせよう。

1ヶ月たって妹はだんだんと吐かなくなりゲームをプレイできるようになった。

 

 ゲーム実況プレイでの妹はとても楽しそうだった。初心者ギルドに入り、出会った人とパワーレベリングをする。

 もちろん俺は悪い虫ーーネットストーカーとかーーが可愛い妹につかないように一緒にプレイしてぴったり張り付いてる。どこにいくのも一緒だ。

 そんな風に妹充していたら、動画をみた姉からメールが届く。

 

「アンタ、キモい」

 

 ははははっ。ひがんだな姉ちゃん!

うらやましかろう!いいだろう!

 

 

 

 




のじゃロリは最高!


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気がつけば、ニョロニョロだった

 

 

「いよいよキャラメイクかー長かったー感無量ー」

 

 

 今日からユグドラシルのβテストがはじまった。ドキドキしながら、キャラメイクスタートする。

 

 さーて、人間種か亜人種か異形種の選択画面……。

 きたきたー。

 もちろん異形種を選択!

 

【スキャニングしますか?】

 

 ん?

 スキャニングってリアルの体を?

 そのまま再現されるのかな?

 そうだとしたら、子供バレバレだからどしよ。

 むむむ。

 あ、外装を人型に寄せても、種族クラスが異形種なら、守護者たちみたいに本性は別にあるかんじになるのかな。

 

【異型種をご選択の場合は、スキャニングされたデータが外装ベースに追加されます。また、魔法、装備品の効果により人型形態になった時の基本形態になります】

 

 ほうほうほう。

 じゃあ、普段は異形種なんだ。

 

【スキャニングは、年1回更新されます】

 

 なるほど、ということは成長に合わせて大きくなるんだー。

 

 キャラメイクの手順イメージができたのでスキャニングデータを元にキャラメイクをはじめる。

 

 

 キャラは、デミウルゴス関連にちなんだ外装にしようと考えていたので、「デミウルゴス」について調べた。

 グノーシス主義において旧約聖書世界ではヤハウェと名乗る彼をーー嫉妬深き偽物の神ヤルダバオトとよんでいたらしく、その姿は黄金のライオンの姿をした竜の形らしい。

 

 デミウルゴス、ヤハウェって。

 オーマイゴッド。

 流石、デミウルゴス、さすデミ。

 

 そんなデミウルゴスに関連のある外装にしたい。

 あつめた資料データを目を通す。

 

 ヤルダバオト……ヤハウェの目……蛇……よし。

 

 基本体型は、コブラの蛇さんにしよ。ニョロロ。

 

 楽園にきた蛇が聖なるものとされるグノーシス主義。

 そんな蛇がヤルダバオトーーデミウルゴスの味方だっていいじゃない?

 

 種族クラスは悪魔系も少しとっとことっとこ。

 転移後のことを考えると、ね。

 カップル円満は価値観があってないとね。

 

 

 モソモソと操作に慣れないながらも平原のエネミーを倒す。

 クラスは戦士系をとって……と、

 うはあ!レベルアップ必要取得経験値多いー!

 体もきったえないとなあー。

 

 

「ヴァルキリー」をぽち。

 北欧神話は、ウラエウスってイメージじゃないけど戦士系とっとかないと。

 戦士系だとリアル依存率高めだから、将来的にどうしても五体パーツアバターになっちゃって、普段ニョロロできないのが不満。

「ドラゴンナイト」とろーかなーどーしよーかなー。

 

 まあ、最終種族クラスで《インカーネーション/化身》、《イアールト/暁の煌めく抱擁》で地球に巻きつけるでっかい蛇になれるから、普段人型にちかいアバターで我慢だね。

 戦士もとって蛇にもなるとなると制限かかるに。

 

「名前は……イアールトの別名のウラエウスにしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




短いから0:00にもう一本!


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気がつけば、ギルドに入ってた

 

「こんこん」

「お」

「ウラエウスちゃん、こんちゃ」

「ちゃんと寝た?早くない?」

「ねましたー3時間くらい」

「寝ないとそただないぞ」

「うー、じゃあ少しウロったらねます」

「うむ」

「うんうん」

「ウラちゃんきたのに残念><ボクそろそろおちますーおやすみなさい」

「おやすー」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんばんわ美代です。もといウラエウスです。

 いまわたしはナザリックにいます。ギルドメンバーです。

 

 いつのまになんで?て、思いますよね。

 わたしも驚きました、な、何が起こったのかわからねーと思うが……なんていまだに夢かもしれないとほっぺをつねることが……。

 

 

 思い起こせばーーーー。

 

 

 ◇◇◇

  

 

 βテストが開始してから3ヶ月がたったころ、わたしは人間種プレイヤーをさけつつ、起きてる時間=ユグドラシルという状態でレベル上げをしていて、その日めずらしくソロでレベル上げしてた。

 

 だいたいDMMOをやるときは必ずおにいたんが一緒にプレイをするので。

 

 おにいたんはどうもわたしが1人でダイブしていると変な人にだまされて相手を信じてしまいリアルで呼び出されてしまうんじゃないのか?と心配しているみたい。

 

 おにいたん、前世と今世合わせたら精神年齢けっこう高いから大丈夫だよ?

 

 変な人には引っかからないけれど、やはり1人だとなかなか思うようにレベルは上がらず、デスペナルティをうけてレベルダウン3歩すすんで2歩戻るようなレベル上げ中。

 

 異形種ということで、人間種に絶賛PKされまくり。称号を求めてPKしてくる人や、面白がって多人数でPKしてくる人もいて様々だった。

 

 悲しいのは狩場でモンスターと間違ってPKされることである。

 

 キャラメイクでデミウルゴスにちなんだものにしようとキャラメイクした結果、見た目がでっかいコブラなので狩場でレベ上げしてると範囲魔法の巻き添えで殺されたり、角を曲がってばったりというシチュエーションがあると100%殺される。

 

 そしていまだβということもあり蘇生アイテムは課金では手に入らず、たまーにレア的にドロップする程度。

 

 ちょっとやさぐれそうになる。でもでもでもデミウルゴスに会うためがんばるのだー。もうちょっとレベルが上がれば職業クラス『ヴァルキリー』の影響で戦士系装備するために手足が生えてきて、もっと上がれば見た目の異形部分は尻尾だけになるから、そんなモンスターと間違われないと思うし。

 

 そんなふうににょろにょろレベ上げしながら、ヌっころされつつも、どうやったらアインズ・ウール・ゴウンに入れるのかな〜ということも考えていた。

 

 いまごろどこかで彼らもレベ上げしてるんだろうなーどこでやってるんだろう。たっち・みーさんがその木陰からさっとでてきてPKから助けてくれたりとかしないかな。

 

 ……。(想像中)

 

 わーダメダメ!いきなりアインズウールゴウンの人と会うとか緊張してダメー!

 ととりあえずギルド入会条件のひとつの「異形種であること」はクリアしてるし、海外の大学通信あと1〜2年で卒業できそうだから「社会人であること」もクリアにならないかなー!

 おっと、また人間種に後ろから斬られた。いてて、痛くないけど。油断禁物。くっそーレベル上がったらやっつけてやるー。

 

 横たわりながら死に戻りを待つ。

 

 するとおねえちゃんから電話がかかってきた。ダイブしていてもリアル電話は取れるようになっているので、コンソールの「着信」をおして電話に出る。

 

 

『みー、いまいい?』

『大丈夫ーどしたのおねえちゃん?お仕事おつかれさまー』

『今日もう終わったの。ねえねえ、わたしもユグドラシルはじめたわ』

『ほんと!今度狩りいこーよ!』

『いこいこ〜それで私ギルドはいったのね』

『はやっ!』

『で、そのギルドの人に狩り誘われたんだけど、みーも一緒にレベル上げしない??』

『えー悪いよーギルド入ったからおねえちゃんのことレベ上げしてくれてるんだと思うし。わたしはまだギルド決めてないからさー』

『んー、なんかね、弱い異形種応援ししたい!て人たち?なのよ。それでみーのことも話したら一緒に狩りどう?て』

『んんーありがたいお話だけど迷惑じゃないかな〜』

『そんなのわたしより、みーのがレベル高いからへーきよ』

『うーん、うーん。ほんとにいいならちょっとだけ〜』

『おっけー!わたしからフレンド登録、パーティリーダーからパーティ申請をみーにとばすようお願いしてみるね。みーのキャラ名ウラエウスだったよね』

『うん!』

 

 たま〜〜に運良く偶然野良パーティに入れてもらうことはあったので、今回もその類だと思い、嬉しいなー嬉しいなーとノンビリ申請を待っていた。

 

『ぶくぶく茶釜からフレンド申請がきました。承認しますか?』

『たっち・みーからパーティ申請されました。承認しますか?』

 

 

 

 !!!!????

 

 

 えっ!?

 

 

 ぶくぶく茶釜さ?!

 

 

 たっ、たっちさ、ん??

 

 

 

 ど、どうして……!おねえちゃん!!??

 

 え、なにこれ、どうしよう、

 ぶくぶく茶釜さんにたっちさんだ、たっちさん……!ぶくぶく……!

 

 

『みー大丈夫?』

『だいひりゆぬぶ、』

『みー!しっかり!どうしたの!』

 

 

 し、しっかり、わたししっかり、とりあえず承認、承認するんだ……、承認……承認てなんだ!

 ボタン、ボタン、ボタンを押す押すこと承認、ボタンはどこーーーーー…!

 ああ、コンソールとじてた、ばかばかっばかばかー!

 よ、よし、承認するぞー、しちゃうぞー、しちゃうんだ、あああー………っ!

 

 

「こんちわ」

「こんにちわー」

「み…ウラっちゃん、どうしたの?」

「よろよろ」

 

 

 ひゃああああーーー!

 パーティ欄に、たっちさんと、やまいこさんと、モモンガさんとおねえちゃん、ぶくぶく茶釜さんがいる……!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 やー、本当あのときは驚いたなあ。

 おねえちゃんがまさかぶくぶく茶釜さんだったなんて。お仕事女優目指してるのは知っていたけど、声優までやっていたなんて。

 

 わたしは帰ってきたおねえちゃんに思わず抱きついていっぱい感謝した。

 おねえちゃんありがとう!!

 そうしたら「弟ばっかりいい顔させるわけにもいかないしね」と頭を撫でてくれた。

 おねえちゃん好き!

 

 

「……エウ……、ウラエウスさん?起きてるのかな」

「へんじがないまるで」

「死んでないですー」

「よかった、寝落ちかと思いましたよ」

「おはー」

「いま狩りしてないし寝落ちててもよかったんじゃないですか?」

「は!?そうですね、ごめんなさい起こしてしまって」

「だいじょうぶですーねてなかったです。ギルドに誘われた日のことを思い出してて、ちょっと、ぼーとしてました」

「ああ、あの時ですね」

「はい」

「風の峡谷行てきま!」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃいです」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンの面々と一緒に狩りをして、そろそろ解散というころおねえちゃんと同じくギルドに誘われ、無事にギルドに入ることができた。

 

 社会人しか入れないんじゃなかったのかな?

 と、不思議に思っていたら、ギルドはまだできたばっかりみたいで、メンバー数まだ二桁なく学生も混ざっていた。

 

 わたしの頑張りは一体…………………。まあでも課金にお金が必要だったし結果オーライかなー。

 

 ……なんか驚きのあまり頭がはたらかなかったけど、おねえちゃんがぶくぶく茶釜さんならおにいたんはペロロンチーノさんてことだよね?でもおにいたんは人間種キャラだし、キャラ名も違うし……。ま、まさか、パパンかママンに隠し子とか!?と戦々恐々としつつ、「ギルドに入ったよおねえちゃんと同じところだよー」とおにいたんにメールで伝えてみた。

 

 ポーン!

 

 返信はやっ!

 

「俺も入る!」

 

 いやいやいやおにいたん。入るっていわれても。おにいたん人間種だし。一応いまだに話しかけるのドキドキ緊張気味のギルドマスターのたっち・みーさんとサブギルドマスターのモモンガさんに聞いみたら、

 

「おにいさんは大歓迎だけど、異形種限定なんですよね……」

 

 としょんぼりコマンドとともにいわれた。アインズ・ウール・ゴウンだしそうだよね。そのままおにいたんに伝えたら、ギルマスの名前おしえてって言われたからおしえた。あ、たっちさんの動きが止まった。お、おにいたん、おかしなこといってないかな、大丈夫かな。

 

『ペロロンチーノがギルドに入会しました』

 

 えー!!

 おにいたん!?おにいたんなのか、な……?

あわててメッセージで話しかけるとやっぱりおにいたんだった。速攻アカウント削除して新しい異形種キャラを作ってきたみたい。「人間種キャラはいいの?」て聞いたら、「元々みーがPKされにくいように人間種キャラ選んだだけだからへーき。それより一緒にゲームできない方が困る!」

 

 ほんとにおにいたんがペロロンチーノさんだった……。え、てことは、シャルティアを作ったのはペロロンチーノさんだから、つまりそういう……。

 はっ!だからおにいたんてわたしによばせてたの!……おにいたん。

 今度こっそりおにいたんのお部屋のホロPCの隠しフォルダ今度こっそり漁っちゃおー。えへへ。




PCみちゃらめえ!


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気がつけば、ワールドチャンピオンになってた

 

 

 ギルドに入ってからもレベ上げがんばった!

 

 戦士クラスの育て方がよくわからなかったので、たっちさんにたくさんアドバイスをいただいた。

 

 現実の体も鍛える必要があるぞーといわれ、なにがいいかなーとさがして、とある古武術を習い始める。

 

 それはアジアのある国の伝統武術。その国は一昔前植民地化されていて反乱を恐れた当時の政府が武術を禁止し、おおっぴらに武術を教え習うことができなくなった。

 

 なので、伝統奥義保持者たちは武術を踊りのなかに忍ばせて、秘儀を子孫に伝えたという見た目優雅だけど中身はガチ武術。

 

 呼吸法と気のコントロールを重視し、本国にいるわたしと同じくらいの年齢の門下生たちは、隠されたカードの記号あて、自身の周囲の障害物を目を閉じて察知することができるのがデフォルトらしい。

 

 なんでこの古武術を選んだかというと、いくらダイブの際に大人と子供のハンデを無くすべく体型に合わせた基礎体力筋力抽出を行うとはいえ、マッスルな男性が頂点にたつ総合格闘技と同じものを習って、女子供のわたしが勝てるイメージができなかったのだ。なんといっても欧米人にくらべ日本人は筋肉がつきにくい。

 

 なので潜在能力強化に比重が置かれた、相手の力をそのまま使って己の力にできる、逆らわず受け流して反転する武術を選んだ。

 

 こうなると、わたし戦士系というよりやってることはセバス系じゃない?

 

 なんて思ったりもしつつ、リアルで体とカンを鍛え、ユグドラシルで、ギルメンとレベ上げしまくって、わたしも異形種救済できるくらいレベルが上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルド入会してから数年後、わたしは伝統武術の世界大会の未成年部最年少チャンピオンになり、異形種狩りリベンジでPKKをしてPvPに慣れたのがよかったのか、たっちさんご指導のもとわたしもワールドチャンピオンになれた。ワールドチャンピン・オブ・ムスペルヘイムを手に入れたときは手が震えた。

 たっち師匠ありがとうございます!

 

 ワールドチャンピオンになれてほっとした。

 だって転移後はアインズ・ウール・ゴウンがおうち

 おうちを守る力がほしくてがんばっていたから目に見える結果がでると心から安堵に包まれましたーよかったよかったよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異形種に対する粘着とか、PKK逆恨みとか、狩場占領による恨みとか、学生と社会人の内部分裂とか、たっち師匠のお仕事が忙しくなったりとか色々あってたっちさんはギルマスをモモンガさんに移譲した。

 

 ギルマスってようは雑用係なので結構大変。みんなの調整役、なだめ役、忍耐と愛情と気配りが必要。

 

 ギルドマスターになったモモンガさんはすごくがんばった。

 

 ちゃんと眠れているのかなあて心配になるくらい。そりゃ骸骨にもなるわ。

 

 一生懸命なモモンガさん見ていると本当「アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが大好き」と伝わってきて、心の中があたたたかくなりほんわかする。ほんわか骸骨かわゆす。

 

 モモンガさんはギルメンを家族みたいに思っている。

 

 そんなモモンガさんを見ていて、わたしにもアインズ・ウール・ゴウンを想うあたたかい気持ちがうつってきたのかな、モモンガさんを助けたくなってアインズ・ウール・ゴウンのなかでイン率一番高いのはわたしだし、雑用をちょこちょこお手伝いして、モモンガさんがインしていない時間のフォローをするようになった。

 

 

 たっちさんギルドマスターやめたら、ユグドラシルもやめちゃうのかな、て不安だった。

 

 けど、イン率へって狩りする時間こそほとんど無いけど、会話メインでちょこちょこインしてきてくれて、ずっとアバターが第9階層においてあることがよくあった。

 

 みんなでたっちさんが離席して反応ない間に周囲にアイテムをおきまくっていたずらしたりした、ぷくく。

 

 

 

 




あと2話今日更新予定!


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side: 気がつけば、困っている人を助けていた

 困っている人をみたら助けるのが当たり前。

 

 

 

 

 ーーそんな当たり前のことすら私にはできないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日々変わらずおとずれる朝、妻の作った朝食を食べながら電子新聞を見る。

 

 私は大衆紙をいれて6紙に目を通した後、妻を残して署長官舎を出た。

 

 現在、務める警察署長は通過点の一つに過ぎない。

 早く警察庁に行きたい。

 どれぐらいで戻れるか、そのはやさが出世を決定する。気ばかりが焦る。

 

 キャリアへの道は厳しくたどり着ける者、キャリアを維持できる者はわずかしかいない。

 競争は、入庁より国家公務員1種試験よりずっと前、大学からすでにはじまっている。

 

 大学というのは東大を指す。それ以外は存在しない。それが省庁の考えだ。省庁がみるのは試験の点数ではない。大学をみる。

 無論、東大以外の採用もあるがそれは極少数だ。なぜなら、キャリアのポストのほとんどを東大卒業生が独占し、省庁と取引する企業も東大卒業生を好む。

 私も東大卒業生だ、それが省庁で生きる最低条件なのだ。

 

 国家公務員1種試験合格し入庁後警部補になり、半年の初任幹部科教養課程を受け、半年以上の現場研修をし、キャリア警部になった後、警察大学校で1ヶ月の補修を受け、2年間の警察庁勤務後、再び警察大学校で1ヶ月の補修を受けて、やっと警視ーーキャリアーーになる。

 その後、地方を数年に何度か異動する。そんな時期に結婚もした。目が回る忙しさだ。

 

 20代で九州地方の警察署長となって、自分よりはるかに年上の人間達が私に頭を下げてくる。

 ーー私個人でなく私の地位に。

 仕方がないとはいえ、ゆがんだエリート知識をキャリアに植え付けるための教育ではないだろうか、と思ってしまう。

 

 だがまあ私個人ではなく地位に頭を下げられることについてはどうとも思わない。

 そんなことはどうでもよくて、実のある仕事らしい仕事をさせてもらえないのが辛かった。

 

 地方のノンキャリアの警官達からすれば、私は「お客さん」で、「お飾り」の署長だ。怪我も病気も何事もなく、署内の情報を知ることなく、さっさと出て行ってもらいたいのだ。

 おかげで勤務してもやることは署長の椅子を温めることだけ。

 いきなり時間が空いてしまった。

 

 キャリアを目指して走りに走り抜いてきたいままでの労働強度とのあまりの差に気が抜けそうになる。

 

 ここでは私のやれることがほとんどない。

 

 家庭はまだ子供がないせいか、時間に余裕がある。空いた時間をジムで肉体強化に努めても気は晴れない。

 

 ーーそんな時だ、DMMOユクドラシルを知ったのは。

 

 署長の一日の仕事は電子書類に電子印を押して終わる。

 電子書類を物理的に例えれば、200の書類が入った決済箱が10〜14はこ毎日署長室にどどくようなもの。

 およそ、1日に2000〜2400の書類に目を通し押印する。

 1日の労働時間で処理するには量が多く、ほとんど中身をまともに精査することはできない。

 仕事の効率上昇の為、ダイブマシンを納入してあるおかげでようやくこなせるような量だ。

 内容も署長の押印が流れ手続きの処理のために必要なだけで、私でなくてもしつけた猿に押印させても変わらないだろう、と思う。

 だが猿には責任がとれない。責任をとらせるために人間が押印する必要がある。

 かくして私は1日中椅子に縛られることになった。

 

 しかし書類の内容をまったく吟味せず押印するというのは気性にあわない。

 なので、ただ押印するのではなくダイブしながら情報を集めて確認しているときに、ユクドラシルというゲームを見つけて……。

 

 ーーふと帰宅後自宅のダイブマシンにユクドラシルをダウンロードしてログインしてみた。

 

 惹かれたのは、無限の可能性。

 

 キャリアたるべく自分にプレッシャーを与え続け、自身の望みを実現しつづけることにいささか疲れていたのかもしれない。

 

「将来何になりたいか」

 そんな悩みは私にはなかった。

 

「自分はどう在るべきか」

 子供の頃からの望みは決まっている。

 

 ーー大事なものを、家族を、街を、国を守る人間になりたい。例え戦いのなかに身を置くことになっても。

 

 そう理想を抱いて進んできたのに、まだやりたいことはできていない。

 

 理想の足元にも達していない。

 

 地位がなければ理想の実現はできない……。

 

 現実は泥沼のなかを歩いてもがいているかのように前に進まない。

 

 泥沼は警察という組織だ。

 警察での戦いは国家を守る戦いではない、同じ公務員同士がお互いに足の引っ張り合いをするのは日常茶飯事。

 

 そんな公務員が集まる組織達が、互いの面子とプライドと意地でいがみ合い、本来の目的ーー国を守るーーから遠ざける。

 

 なにが正しくて何が間違っているのかわからなくなってくる。

 

 それでも上を目指すしかない。諦めたり立ち止まれば即転落だ。息切れすることは許されない。

 

 キャリアであろうとすれば常に有形無形の重圧がのしかかる。

 

 部下も上司も信用はできない、お互いをどう蹴落とし、自分がのし上がるか、四面楚歌の中、生きていくのが官僚の世界だ。

 

 一皮むけば化け物なのが人間だと感じていた。

 

 うんざりだ。……今の私にできることはない。

 

 そんな私の焦燥と焦りの気持ちはユクドラシルのキャラメイクに反映された。人間種、亜人種は選ばなかった。

 

 皮一枚下は何を考えているかわからない人間と毎日接している私には異形種の方がずっと好ましくみえた。

 

 おそらく異形を選ぶような者は、人間という存在を、自分自身を、一度は疑問に思ったことがある者ではないだろうか?

 

 気分転換だ、どうせなら違う世界で自由な自分になろう。

 

 ーーそれが私、たっち・みーのはじまりだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 現実の身体を使用しているような一体感が心地よい。思う様にモンスターを屠りレベルを上げていく。

 

 数値で自分の成長が分かるというのはわかりやすく、達成感があり、いいストレス解消になる。

 

 署内では一挙一動を周囲に見られている。

 私という存在が周囲にプレッシャーを与えているのだろう。

 人目を気にしなくていいというのはたまらない解放感だ。

 たまにはこういう息抜きもいいかもしれない。

 

 そんなことを考えながらレベルアップを目指し狩りをしていた時、オープンチャットにPKをしている連中のメッセージが表示された。

 

「ウェーイ」

「骸骨キモー」

「やっちゃえやっちゃえ」

「蘇生アイテム使ってらwww」

「さっさと死んでアイテムおいてけ」

 

 流れてきたオープン音声に私は思わず眉をしかめた。

 

 チームを組んでいる同士はチーム電話サービスで話していることが多いし、ギルドならギルド内電話サービスで事足りる。

 ならオープン音声はどういう時に使うのかといえば、狩りに行くときに足りない職業の募集であったり、売りたい者買いたい者の呼びかけや、珍しいものでは宗教勧誘をしている者、そして自身の主張を周囲に知らしめたい者ーー。

 

 今流れてきたメッセージに含まれるものは「公認された弱者を虐めてもよい」というもの。

 

 やられている方が骸骨というからには異形種だろう。

 

 ユグドラシルはどこまでも自由性を求めたゲームなので禁止事項がすくなくPK(player killer)は禁止されていない。

 ゲームのなかには警察は存在しない。誰も守るものがいなければ殺されそうになったときプレイヤー自身で対抗するしかない。

 

 そんなところも気に入っていたのだが、これは……。

 

 強キャラである人間種が異形種を差別しているのは知っていた。だが、あくまで好みの問題ととらえていた。

 自分のギルドは人間種だけにしたい、エルフだけにしたい、ドワーフだけにしたい、好みの反映で多様性のあるギルドができていく。

 多様性はゲームに深みを持たせ魅力を増す。

 だが、多様性ができる土壌として「自身と違う価値観を認める」ことが必要になってくる。

 

 これはどういうことかというと、たとえば、あるユダヤ人差別者がユダヤ人差別をよしとする発言を繰り返していたところ訴えられた。

 

 裁判がはじまる。そのユダヤ人差別者についた弁護士はなんとユダヤ人敏腕弁護士だった。

 そして、ユダヤ人差別者はユダヤ人弁護士に助けられ裁判に勝つ。

 じゃあ、ユダヤ人弁護士に助けられたユダヤ人差別者はユダヤ人を差別するのを止めたのかというとそうではない。

 

 ユダヤ人差別者は、

 

「俺はユダヤ人はいまでもみんな収容所に送られるべきだと思っている。だが、あんたの弁護は助かった」

 

 といい、ユダヤ人弁護士は、

 

「あなたの人間性は尊敬に値しない。だが、あなたがユダヤ人について発言する権利は私が守る」

 

 といった。人種差別は生活上ペナルティを追うことが多く損もするが、人種差別自体も発言者の個性として認められている。(正確に言うと認めざるえない)

 

 かつて日本政府(江戸時代)が儒学(朱子学)を採用し聖人君子を人々にといた。強者による弱者いじめをよしとしない考えだ。徳川幕府の反乱を防止するための政策の一環であった。

 そんな考えを教えこまれた日本人からすれば人種差別が個人の主張として容認される世界は共感しにくい。

 

 西洋は弱肉強食、殺し合いをして富を得ることをよしとする歴史があり、より多くの宝、より多くの奴隷を求めて戦いを起こしてきた。

 強奪することに罪悪感を持たないバックグラウンドがある。

 

 現在の日本は移民を受け入れ、ハーフ、クォーターが当たり前の国となっている。

 民族が混じり合うにしたがい西洋の思想も多く輸入され争いが絶えない国となった。

 

 かつて日本には女子供が夜1人で外を歩けた時代もあったのだ。

 

 

「異形種で魔法職なんて負け組えらぶほーばーか」

「死んだ?」

「あ、また。ウゼー」

「何個持ってんの?もったいね」

「異形種なんてモンスターにしか見えねー気持ちわりー」

「殺されるために作られた公式認定外装じゃね」

「魔法職低レベルじゃモーション遅いから無理だっての」

「なんかいえよ」

「むかつく」

「あきらめるまでヤろーぜ」

「うぃ」

 

 

 私は様子が気になりPKを行っている場所に近づいた。

 

 これが1対1ならなんとも思わなかった。

 

 チーム対チームでもなんとも思わなかった。

 

 でも目の前で繰り広げられているのは、多数の人間種がよってたかって、一体の異形種をなぶり殺しにしている光景。

 

 ーーこれは個人の心を折ろうとしている行為だ。

 

 すっと頭が冷えて目の奥が暗くなる。

 誰だ、なんだ、このうるさい音は。

 

 

 

 

 

 

 私の心臓の音?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつけば足元に転がる人間種たち。

 人間種たちが虐める異形種に気をとられていたのが幸いしたのだろう、奇襲に成功した私は人間種達を殺していた。

 

「なにすんだよ」

「くっそ」

「ふざけんなああああ」

「cijなかcffkerh」

「また異形種かよーだれか蘇生アイテム持ってねー?アイテム回収してくれよ」

「俺持ってる」

 

 蘇生した者をすぐPKする。

 

「ンだよ!!!!!!!!!」

「なにマジになってんの」

「うぜええええ」

「殺す殺す殺す」

「邪魔すんなよ!」

 

 自分たちが弱者認定した異形種には強気に出られるのに、やられれば喚く。

 殺すなら殺される可能性を受け入れろ。

 殺すなら殺される覚悟をするものだ。

 私は人間種どもの蘇生アイテムが尽きるまでPKしつづけた。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、……ありがとうございます!」

 

 死んだ人間種のアイテムを回収し、場所を移したあと、骸骨の彼ーーアンデットのモモンガさんとしばらく話をした。

 異形種狩りで大分憔悴した様子だったが、話しているうちに明るい感情をみせはじめた。

 日常的に異形種狩りにあっていたらしく、ゲームをやめようかと考えていたらしい。

 毎日さっきのような目にあっていれば、ゲームを楽しむなんてできないだろう。いままでよく続いていた。

 

 異形種は能力が偏っていることが多いのでソロ狩りはあまり向いていない。

 私もソロの時は、回復、バフがない分アイテムで補ってなんとかといったところ。

 ちょうどギルドメンバーを集めていたところだったので、よければ、とモモンガさんをギルドに誘ってみた。

 ようは、ソロでいなければいいのだ。無論、それでもPKしてくる者はいるが、ソロより襲われる確率は格段に減る。

 

 あっけにとられた骸骨というのは初めて見たかもしれない。

 モモンガさんは、私のギルド勧誘の意志が冗談ではないのか、喜びを隠せない大慌てな様子で確かめてきた。

 

 騙されたことでもあるのだろうか、ぬか喜びしないように自制しているようにうかがえた。

 

 私の勧誘の意志が本当だとわかると、今度はモモンガさんのステータスを私に教えてきて(ギルドにまだ入っていないのに教えてくるのはめずらしい)、アンデットのメリット、デメリットを提示してくる。デメリットを話しているときはとても不安そうだった。

 

「こんな自分ですが入れてもらえますか?」

 

 吹けば飛びそうな寂しげな骸骨である。彼は正直者だ。

 

「勿論です、よろしくお願いします」

 

 と安心させるためにうなづきながら力強く答えた。

(ここでダメですといったらどんな様子になるのだろうと一瞬考えた)

 

「よろしくお願いします!」

 

 大喜びの骸骨というのは初めて見た。

 しかもなんだかバックが光っている。

 何なのか聞いてみるととても楽しそうに答えてくれた。

 

「エフェクトスキルなんです、こうアンデットが天使みたいに神々しかったら逆に面白いかなと……!」

 

「……ギャップがあって面白いですね」

 

 ロールギャップロールか。面白い人を勧誘できた。

 

 殺すこと、勝つことをよしとする者に、弱者の思想をといたところで、笑われて殺される。

 

 殺して殺して殺し抜いてきた相手に対して、殺すことを悪徳と考える者は必然的に弱者となる。

 

 強者である殺戮者に勝つには、弱者は強者の思想を丸呑みする覚悟がいるのだ。

 

 ーー私にもできることがあるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界でまた格闘技を習い始めた。元々、定期訓練で肉体は鍛えていたが、さらに上を目指すようにした。

 ユグドラシルの戦士系はリアル肉体能力が反映されるためだ。

 

 ユグドラシルでのゲームプレイは充実していた。

 ギルドメンバーたちとアイテムを集め、メンバーのレベリングをし、PKKをしていた。

 

 ギルドはとてもにぎわっていた。

 

 通常、自己防衛のためにネットで個人情報はあまり話さない暗黙のルールがある。

 だが、この間ギルドに入った姉弟(兄)妹(きょうだい)によってルールはあやふやになりつつあった。

 この姉弟(兄)妹(きょうだい)はとにかくにぎやかだ。

 

 (ウラエウス)(ペロロンチーノ)が過保護なほど可愛がり、そのことに(ぶくぶく茶釜)がツッコミを入れて、弟が自身の行為を力強く肯定すると、(ぶくぶく茶釜)(ペロロンチーノ)を脅すのだ。

 その態度からして姉は(ペロロンチーノ)(ウラエウス)を可愛がっていることがわかる。

(弟妹ふたりに対する可愛がり方に大分差はあるが)

 おおむね家族愛の域をでないじゃれあいのようにうかがえた。

 

 そんな微笑ましさを感じさせる家族のやり取りの中、ふと(ウラエウス)に目がいく。

 

 

 

 (ウラエウス)には違和感を持っていた。

 

 

 

 ギルドメンバーに勧誘した(ぶくぶく茶釜)から、妹も一緒にレベリングしてもいいかと聞かれて了承し(ウラエウス)と出会った。

 

 レベリング中の言動と行動から(ウラエウス)は落ち着いて手際が良くなかなか知性的に見受けられた。そして礼儀正しい。

 

 マナーに反するが二人のやりとりから年齢を聞いたときは驚いた。

 

 こんな幼い子供が感情を抑え、周囲に気を配り、役割を演じて戦うことはできるものではない。

 

 大抵の14歳くらいまでの子供は大人に対して甘えを無意識に要求するものだ。

 

 大人相手に心の機微にまで配慮するのは、そうせざるおえない環境で育った子供ーー虐待された子供ーーくらいである。

 だが(ウラエウス)には虐待された子供の特徴はなかった。

 

 年齢は幼いが他人に対して敬意をはらい尊重することができるなら幼くても問題ないだろうとギルド加入を認めた。

 

 それからぽつりぽつりとギルドに加入するプレイヤーが増えていくなか拠点を作りはじめた。

 資金はかかるが特典も多くなによりある程度人数がいるギルドは拠点を持ちたがる。ーー夢があるから。

 

 そこでまた(ウラエウス)に驚かされた。

 

 拠点づくりのためにとても子供が持つとは思えない金額を課金してきたのだ。

 

 親のホロカードを使ったのかと問いただせば、自分のお金だという。

 

 (ぶくぶく茶釜)(ペロロンチーノ)に家は資産家なのか?と聞いたら、資産家なのは(ウラエウス)だと答えられた。

 

 よくよく聞いてみると、(ウラエウス)は私も名前を聞いたことがある、日本の長者番付に名前がのるほどの実業家だった。

 よくゲームをする時間があると思うほど規模である。

 ほとほと感心して、こんなにユグドラシルでゲームをしていて、仕事に支障はないのか大丈夫ななのか?と聞くと、すらすらと説明してくれた。

 

「仕事はダイブマシンのなかでユグドラシルをしながら同時進行しています。

 取引相手との面談は私が幼いので代理人をたててまして、どうしてもという場合は面談相手に私の親族であることを伝えた上で姉に代理を頼んでます。

 あ、姉と兄には役員報酬をきちんと支払ってますので、家族だからといってタダ働きはさせてません。

 わたしは学業もまだありますから。もうそろそろ卒業できそうなのですけれど。」

 

「卒業?小学校を?」

 

「小学校は籍をおいてあるのですが通っていません。卒業間近なのは◯◯◯◯◯大学です」

 

 世界大学学術ランキングトップの大学名の名前をあげられまた驚かせられた。通信で勉強しているという。

 

 確か、あの学校はテスト成績がいいだけでなくボランティア活動やクラブ活動をしないと卒業できなかったはずなのでアメリカにいま住んでいるのか?と聞くと詳しく教えてくれた。

 

「日本に住んでいます。そのあたりは個人の資金で慈善団体設立し世界的な活動をさせて多額の寄付をする過程をオープンにし、慈善団体モデルを論文として提出しているので免除されています。あと大学にも寄付しているのでわたしが所属することに関しては問題ないでしょう」

 

 いやはや驚いた、驚かせられた。

 世界的な早熟の天才がギルドメンバーだったとは。

 そして、気をつけねばなるまいと考えを新たにした。

 若い天才というものは、周囲の嫉妬や妬みにあいやすい。

 (ウラエウス)は仕事に大人の代理人をたて大学も通信ですませて極力表に出ないようにし自衛をしているとはいえ何があるかわからない。

 (ぶくぶく茶釜)(ペロロンチーノ)の過保護もわかるというものだ。私も気を配っておこう。

 

 それからは、(ウラエウス)がギルド電話で他愛の無い話で楽しそうにしているのをみて微笑ましく思うようになった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 警察署の空気がよくなり、前よりも過ごしやすくなった。

 警察署に合わせるのではなく、自分の信じる正義を通すことにためらいがなくなったせいかもしれない。

 自分の正義を通すためになんでも利用することにした。

 捜査に口を出せばキャリアに何がわかるといわれることもあったが、気にせず意見し現場の捜査員を信じ現場におもむき責任をとり正義を成した。

 

 煙たがられながらも活動的に様々なことに首を突っ込んで行った結果、本庁(ホンブ)に呼び戻されることになった。

 

 ーーこれもユグドラシルのおかげかもしれないな。

 

 その頃には当初対立していた副署長、キャリアに反発していた刑事たちと打ち解けていたので、私よりも彼らのほうが喜んでくれた。

 

 送別会では男泣きする者もあらわれ、また戻ってきてください〜という者は同僚から、ばか!と頭を叩かれていた。

 

 本庁と違い警察署はひとつの家族のようなものだ。

 本庁ではプライベートなど気にされない。

 

 警察署では私の子供が出産間際のときなど、わたしよりも周りの刑事達がなんとか出産に間に合わせようとフル回転で事件を解決させようとしてくれた。いい奴らだ。

 

 最初はあれほどはやく本庁に戻りたいと考えていたのに、いまではここが離れがたい。

 

 本庁にいったら所轄(かれら)が仕事しやすいように頑張らねばなるまい。

 

 新しい生活に身を引き締めつつも、いまひとつ懸念があった。

 本庁勤務に戻ったことと、子供が生まれたことでユグドラシルになかなかログインできなくなっていった。

 

 ギルドマスターでないとできないことが多いため、ギルドマスターのログイン率が低いギルドは活動がとどこおる。

 すでに私のログイン率低下の影響が出始めていた。

 

 仕方がない。

 

 ため息をつきつつ決断することにした。

 サブギルドマスターのモモンガさんにギルドマスターをお願いした。ギルメンを大事に思う彼ならギルドを任せられる。

 

 モモンガさんにサブマスターは誰がいいか?相談された。しばらく様子を見てから決めたらどうかと話した。

 

 ギルドマスターが私からモモンガさんに変わることで、ギルドも大分変わることが予想される。

 

 サブマスターは、私ではなくモモンガさんをフォローしたいという気持ちがある者が望ましい。それはしばらくたてばわかるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やってみなくてはわからないことがたくさんある。ユグドラシルで世の中はシンプルだと気付かされた。

 

 助けたいなら助ければいい。

 守りたいなら守ればいい。

 

 他人を助けることで己が助けられた。

 他人を守ることで己が守られた。

 

 国を守りたいならそこになんの迷いをもつ必要があるのか。

 

 私は自分の信じた正義を行う。ただしどんな結果になろうと責任を必ずとる。

 

 

 

 

 いつまでもみんながゲームを楽しめる世の中であることを切に願う。

 

 

 

 




たっちさんもえ!


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気がつけば、デミウルゴス充してた

 

 はじめてデミウルゴスを見たとき体に電流が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ、おはようデミウルゴスー」

 

 起きて1番にデミウルゴスに挨拶する。

 ここは第7階層のデミウルゴスの執務室。ログイン、ログアウト場所はここに決めていた。

 

 ニョロニョロぴょん!

 ニョロニョロぴょん!としながら、デミウルゴスに近づく。

 

 わたしはナザリック内ではレベルダウンのリングをしてコブラの体になっていることが多い。

 半人半神形でいると、どこからか兄がやってきてぎゅうぎゅう抱きしめてくるのだ。

 そうなるともう抱き枕状態にされるので兄の気がすむまで行動が不可能になる。困ったおにいたん。

 あんまり嫌がるとリアルでいじけるので、添い寝したりして機嫌をとらないとならなくなる。かわいいおにいたん。

 

 そんなわけでコブラ体でいることが多くなった。

 

 コブラの体は進むスピードをあまり考えず外装優先でつくったので、すごくのろい。

 尻尾が少ししかないので飛び跳ねたほうがはやいくらい。

 

 ぴょんぴょん。

 

 キャラメイクしたデフォルメされたコブラは、体長80センチ位で立ち上がる部分は50センチほど。全身は白く金色の光沢がある。頭の下のフードは威嚇していなくても常時広がっており、ハムスターみたいな丸い黒目だ。

 足が遅いのと手軽さからギルメンにはよく持ち運ばれている。

 

 半人半神形のときも結構抱っこされていることが多い。

 スキャニング外装を基本に使用しているため、リアルでなかなか背が伸びないのがそのままユグドラシルにも反映されていて小さいまんまなのだ。むう。

 

 鍛えすぎて骨にいく分を筋肉に使ってしまったせいかもしれない。いっそもっとムキムキになればいいのに新体操選手みたいな筋肉だ。もっと牛乳を飲もう。そしてアルベドみたいな、でるとこでてて引っ込むとこ引っ込んでる体型になるんだ。

 

 ぴょんぴょん。

 

 やっと机に近づけた。

 椅子にすわって書類整理しているデミウルゴスの膝にのる。

 

「ついた〜!」

 

 デミウルゴス充。はわーん。幸せ。

 

 

 たっちさんから拠点づくりはじめるよーと言われたときは、やっとデミウルゴスに会える!と大喜びした。

 

 はやる気持ちをおさえられず、拠点ーーナザリックにドンドン課金していたら職質された。リアル警察官こわい。ちびる。

 

 犯人はわたしじゃありません!と心でいいながら説明したら、自分の稼いだお金だよーというのがわかってもらえて遠慮なく課金していった。

 

 ガチャが「あと10000回回せます」て表示されたときは1回1回回すのも大変だからもうちょっとなんとかしてもらえないか運営に頼んだらいっぺんに回せるようにしてくれた。

 あわせてアイテムボックス拡張も拡張数指定できるようにしてほしい、ていったら1週間でできるようになった。運営ありがとうありがとう。

 

 拠点づくりが進んで、

 

 ドーン!

 

 ドーン!

 

 と、階層を追加していって、第7階層までできたときには感動したなあ。

 

 ここがデミウルゴスのおうち……!

 

 ギルメンみんなの前での階層守護者お披露目の時は心臓がバクバクしてた。

 

 だって生デミウルゴスだよ!?生デミー!

 

 期待と焦りで高揚する気持ちを抑えつつお披露目を迎えた。

 

 第1階層からお披露目がはじまり、シャルティアを披露するおにいたんは「俺の夢を全てつぎ込んだ!」ドヤア!と言っていた。おにいたんの夢が眩しくてみられないよ。

 

 ガルガンチュアには男性陣が興奮していた!ど迫力!

 とっても大きくて中に乗って操縦できたりするんじゃないのかなーて思うほど大きかった、ゴーレムというより建物、ビルみたい。

 

 コキュートスを見た時は、仏教の護法善神の金剛力士像を初めて見た時のような感動を受けた。

 はやく手合わせしたいな〜転移が待ち遠しいなあ〜。

 

 アウラは驚いた。紹介する時、お姉ちゃんが、男の子(おとこのこ)(男の娘(おとこのこ)ではなく)といったのだ。しかも服装が女の子でマーレとおそろいの色違いだ。

 あれ、女の子だったよね?と疑問に思いお姉ちゃんに聞いたら、「妹充はできてるから、足りないのは弟充なのよね」と言われた。えー。

 アウラとマーレは、男の双子になっていた!

 

 そして、いよいよデミウルゴスの番がやってきた。

 ウルベルトさんによるデミウルゴスの紹介がはじまり、悪魔は姿を現した。

 

 その時の気持ちをなんていったらいいのか……!

 

 どこか、期待したほどじゃないだろう、実在じゃない偽物なんだから、とハードルを下げてガッカリしないようにしていたのに、一目みて心奪われた。

 

 たしかに、ゲーム内のキャラクターである為、リアルのような質感や温かみはない。

 けれどわたしにとっては彼は偽物ではなく本物だった。

 

 同時に今はまだ彼に意識が芽生えていないことに安堵した。相手に意識があればこんな一方的に好意を押し付けることはとてもとてもできないだろう。

 転移前だからできることだ。

 

 デミウルゴスの後、ヴィクティム、セバス、アルベドの紹介をする。みんなが階層守護者に近寄って、触ったり、モーション、ステータスを確認して、出来栄えの感想を交わしている中で、わたしはデミウルゴスをガン見していた。

 

 かぁこいいようかっこいいようー。うーうーうー。どうしよう触りたいようー。

 

 触っても特に感触がないことはわかっていても触れてみたかった。

 ギルメンがいなければ、ぎゅっと抱きついたり、床でじたばた悶えてたかもしれない。

 

 身長181cmのデミウルゴスをわたしが見上げると後ろに転びそうになる。

 

 なので、ぴょんぴょん飛び跳ねてみていたら、餡ころもっちもちさんに

 

「抱っこしてほしいの?」

 

 と言われて、餡ころもっちもちさんに抱っこしてもらえたら、デミウルゴスの顔をもっと間近でみれる!と思い、

 

「あ……はい!もしよかったら」

 

 と答えたら、餡ころもっちもちさんは「ヘロヘロさーん!」とヘロヘロさんを呼んだ。

 

 あれ、餡ころもっちもちさんが抱っこしてくれるんじゃなかったのかな?

 

 と不思議に思っていたら、

 

 餡「ウラちゃんNPCに抱っこしてもらいたいみたいですよ〜」

 

 ヘ「あ、そうなんですか。あー確かにウラちゃんギルメンいない時でもNPCが運んでくれたら便利ですよねえ」

 

 えっ?えっ?

 

「あーそうだねー」「そうですね」「いいかも」「いいんじゃないですか」「うんうん」「いんじゃね」「じゃ、時間見て全NPCにプログラム流しておきます」

 

 こうしてわたしがよくわかっていない間に、抱っこプログラムがNPCたちに追加された。なにこの棚から餡ころもっちもち。

 

 ありがとう餡ころもっちもちさん!

 ありがとうヘロヘロさん!

 おかげでわたし幸せです!

 

 

 

 

 

「『デミウルゴス』『抱っこ』して」

 

 名前と行動指定ワードをいうと、デミウルゴスの腕が動き抱っこしてくれる。

 

 はわわ〜ん。お顔が間近に見れて鼻血でそう。目は宝石なんだよね。目を開く動作はないから転移しないと見られないのかあ。目開いたらどんな感じなのかなーわくわく。

 

 ちら。執務室のドアはぴったり閉まっているのを確認。

 

「んーいしょ、えいえいっ」

 

 半人半神形のときに指にした指輪は、コブラになると歯に通された状態になる。わたしは口のなかをむにむにさせて、歯に通されたレベルダウンの指輪を外した。

 

 目線が少し高くなり自分の手と白い前髪が目に入る。にぎにぎ手を閉じたり開いたりして動きを確かめた後、抱っこされたままの状態で腰をひねり、デミウルゴスに抱きつく。コブラだと抱きつけないのが難点である。

 

 横顔をじっと見つめる。ほっぺにちゅーしたい。

 

 しかしまだ意識がないとはいえ、キスをする勇気はない。なんか悪い気がする。ひょっとしたら悪魔にもファーストほっぺちゅーに何か思いいれがあるかもしれない。そうだ、了承なくほっぺを奪うのはよく無い。単に勇気がないだけ、ヘタレともいう。

 

 デミウルゴスの首筋に顔をうずめて落ち着く。体温はないけど落ち着く。

 

「デミウルゴス好き」

 

 そのままログインを維持しつつ仕事をはじめた。しあわせニヨニヨ。

 

 




デーミデミ充!充!


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気がつけば、恋のキューピッドだった

 たっちさんのイン率がへって前衛職が少なくなった。ウルベルトさんと仲よくなったのはこのあたりからだった。

 元々パーティはちらちら組ませていただいていたけれど、歳も離れてるしそんなに絡むことがなかった。

 デミウルゴスを作った人だから、やっぱりデミウルゴスと似ているところがあるのかな?と興味はとてもあったのでたくさん話しかけた。

 最初は一線引かれていた感じがあったけれど、いつのまにかパーソナルスペースに入れてくれるようになりお互いに長時間話し込むこともよくあった。

 

 特に悪について話すときウルベルトさんは熱かった。

 

 まず、東洋と西洋の悪の概念の違いからはじまり世界の宗教について、そしてそれぞれの宗教が悪と規定するもの、言動、行動、思想、存在の定義を教えてくれた。

 ところと時代が変われば悪は変わる。

 日本は仏教、神道の影響で、光あるところに影が生じる、二つで一つという生命一元の法則を基本とし、悪は必ず打ち倒すべきものという西洋の思想はない。

 それゆえに日本人は騙されやすくまた自身の邪悪さに気づくことが少ないそうな。

 ウルベルトさんは、無知が悪なのではなく人が普段目をそらしていること、自身の心の奥底を見ないことが悪だという。根幹を、淵源を、覗き、認めた者は悪ではないといった。

 面白い考え方だ。目をそらせば悪であるという。だからウルベルト自身は「良い」ことをしているつもりなのだが、他人からは悪と断じられることが多いという。

 様々な国、様々時代の悪であるということはどういうことかと研究しつくしているウルベルトさんの話は奥深い。ゲームにとどまらず、社会、芸能、スポーツ、ビジネスと多岐にわたる。

 

 そんな話題豊富なウルベルトさんとの会話で唯一話題にでないテーマは【恋愛】

 

 悪を説明するために愛の話は出るのだけれど、ウルベルトさん自身の恋愛観の話を聞いたことはなかった。やまいこさん、餡ころもっちもちさん、お姉ちゃん(ぶくぶく茶釜)と集まれば恋愛話は必ずといっていいほどする。男性陣でもノロケ話、彼女ほしー話、みーにはまだ早い許さんとかいろいろ聞くなかで、ウルベルトさんは話すことがなかった。

 

 話したくない事情があるのかなと思い、恋愛に流れそうな話題はあまり突っ込まずにいた。人間話したくないことは誰でもあるし心の柔い部分は好奇心でつついちゃいけない。わたしだって聞かれたくない告白をして56戦全敗という前世の歴史がある。ダメ、絶対、わたしからは聞かない、うむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなある日。いつも通りパーティを組んで狩りをし休憩していたらウルベルトさんが珍しくほんとーに珍しく、自身の恋愛についてポロリともらした。それを聞いた時わたしはわかった。

 

 この人、もっっっっそ、理系!あったまいいから、頭がよいからこそ、女性の感情の動きや、考え方がわからないんだー!わからないからリアルで女性に近寄らないのか……つまり免疫がない。興味がないわけじゃない。

 

 ーーギルドオフ会したときの記憶を思い出す。ウルベルトさんはどんな容姿だったっけ……えーと、長細い身体に表情の薄い顔。服装は全身上から下まで真っ黒だった。汚れも目立たない、着替えの組み合わせに迷うこともない実に効率的っていっていた。同じ服が家に20着あるとか。

 んー。やっぱり女性に対してはあんまり近寄ってなかったなー気後れしているように見えた。わたしはなんかかまってもらった気がする。なんでだろ。あ、そうか、子供だから女性のうちに入ってないんだな。そいえば、オフする前はゲーム内でたっちさんに対する敬語みたいな話し方で接されてたけど、オフ後はモモンガさんに対する接し方になった気がする。一人称が「私」から「俺」になってた。

 でも女性に慣れていないからといって話さないってことはなかったし、みんながゲーム内の話をはじめたら表情は薄いままだけど楽しそうな雰囲気だった。

 うん、全然問題ない。前世のわたしの就職前の会話のキャッチボール壊滅さを考えたら彼女がいないほうが不思議なくらいだ。フツーフツー。

 

 話の流れにのった勢いで「いい人がいたら結婚したいとか思います?」と聞いてみたら「理解できるなら」と言われた。おーー!

 これはウルベルトさん語翻訳すると「俺と相手がお互い分かり合えるところがあれば結婚したい」だ!ウルベルトさんにとっては、価値観が合うかどうか以前に女性脳が理解できないのかー。

 

 理系かあ、しかも突き抜けた理系かあ……。

 

 子供の図々しさを発揮しもうちょっと聞き出すと「自分が求めてるものはわかっているけれどどうやったら手に入るかわからない。わかったふりをして自分を偽ってまで偽物の愛は手に入れたくない」みたいだった。

 

ーー人の陰を悪を受け入れることができるのか?悪を理解しないで愛というのか、悪を受け入れず、愛せるのか。

 

 だからたっちさんのことを偽善といいながら羨望と嫉妬と好意と嫌悪を抱いていたんだ。

 善性への問いかけの裏にはそんな思いがあったのだろうと察した。

 デミウルゴスをピュアだと思ったけれど、つくったウルベルトさんもピュアだ。愛深きゆえに愛を捨てた男……ウルベルト。

 

 たっちさんは脳筋ではないけれども良くも悪くも肉体派なので、考えるより先に行動することが多く、拳で語ろう、やってからみんなで一緒に考えようという感じ。

 ウルベルトさんは頭で考えて考えて納得し理解できたと確信してから1人で行動する感じ。

 

 この違いを自分でもわかっている気がする。ここはひとつ手助けできないかな。ゲーム内でもお世話になっているし。なんか心配なんだよね、モモンガさんみたいに口に出して「寂しい」て言えない人っぽいし。本人が彼女なんかいらん!と思っているならともかくそうでもなさそうだし。傷つけないように押し付けにならないように……。

 

 そうしてわたしの勝手な「ウルベルトさん婚活計画」が始動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出会いだ!ウルベルトさんには出会いが必要!」

 

 デミウルゴスの膝の上で、ピチピチ飛び跳ねながら叫んだ。

 独自に(お金の力で)調べたところウルベルトさん仕事柄女性との出会いも少ないみたいなのがわかったのである。

(わたしはギルメン全員に人をつけていて、事故に遭わないように、日常生活に困ったことはないかフォローしていた)

 

 実はわたしは今世も仕事中にたくさんの女性と知り合う機会があった。才能もある容姿もいい、でも結婚相手が見つからない……という前世のわたしに似た人たち。自分の短所が相手から見たら長所と気がつかず空回りする人たち。

 前世のわたしを見ているようで、わたしのような無駄な努力で時間を消費して欲しくないと思い、ゲームと仕事で忙しいけれど時間をつくってアドバイスーー婚活相談に乗っていた。

 女性達は最初わたしのいうことに半信半疑だった。

 当然だよね、だって子供だし。でもわたしが伝えたように男性の思考に合わせたアドバイスを実行するとすぐに結婚成立する人が続出。その後口コミで相談が増え多数の方からお悩み相談を受けることに。そのなかでウルベルトさんと合いそうだなーという女性に何人か心当たりがあり、その人達と会う機会をつくってみようかと思った。

 

 女性とウルベルトさんとの接点を作るべく、女性とウルベルトさんを誘いゴシック美術絵画展に行くことにした。

 わたしは様子を見つつソフトクリームやレストルームへ席を立ち、女性とウルベルトさん2人の時間を作れるようにしてみた。

 

 どうだったかな?と帰宅後ドキドキしながら速攻インしてウルベルトさんに感想をきいたら……ツン感想をいただいた!

 

 ツンか、ツンかー。そうかー。ウルベルトさんのデレはなかった。うーあーダメだったのかなー。あー。

 

 彼女のほうにも感想を聞くと彼女は話題が面白かったとのことで好感触。おー。

 この彼女理系で研究一色。研究に夢中なあまり外見を気にすることなく生きており(前髪ぼっさー、眼鏡ドーン、スカートはかない)、そのせいで素地(割と胸があり眼鏡をとるとぽんやり潤んだ目をしている)を見抜けぬ男子に女子的な扱いを受けてこなかったため女性らしい扱いをされなくても不満を持たない(不憫)。

 このままいくと一見スマートなその実甘言で女を騙す男性既婚者にヤられてしまうのではないかと不安な女性だった。

 彼女は真剣に人の話を聞くという才能があるので、ウルベルトさんが多少乱暴な言い方をしても(えてして男性は照れるとなりがちである)職場で男のように扱われているから気にしないだろうし、ピュア同士ウルベルトさんに合うのではないかと思ったのだが……。うーんウルベルトさん……。

 

 ダメかなーどうかなーと思いつつ一週間後、

「またこないだの彼女と絵画展いくんですがいきませんか?」

 と、ウルベルトさんにおそるおそるジャブで誘ってみたら、

「行く」とのこと。

 

 お、おー!?こ、これは……っデレの未来がある……??

 

 何回かわたしをダシ二人をあわせることを繰り返しているうちに、わたしがいないときも2人は会うようになっていった。

 

 ヤッター!よかったー!

 ウルベルトさんのツンはツンじゃなかったー!照れてたんだな!もー!わたしにはデレなかったけど彼女にはデレたんだきっと!よかったよかったーー!

 

 ウルベルトさんが幸せリア充な道を進んでいったせいか、たっちさんとの会話が丸くなってきて、たっちさんも「お、おう……っ」て驚いてた。他のギルメンもウルベルトさん熱でもあるんじゃないか?と心配してた。ひどい。

 

「ウルベルトさんも幸せでよかったねーデミウルゴスも嬉しい?」

 

 定位置のデミウルゴスの膝の上にのりつつ、顎を机の上に乗っけながらデミウルゴスに聞いた。勿論返事はない。

 

「『抱っこ』してー」

 

 ウルベルトさんリア充化したら悪的言動行動減るのかなーと思ったらますます悪化した。リアルで彼女さんと良いことがあると照れてしまい表に出せず、その分ユグドラシルに発散しにくるのだ。こないだは笑顔モーションでとても楽しそうに前にやまいこさんにちょっかいかけた人間種ギルドをぶっ潰してたなあ……。超火力で焼き払うのではなく、MPKをしかけて疲弊させて仲間割れさせて「喜べ、お前たちに自身の邪悪さを見つめる機会をやろう」とかいってた。良いことしてると思っている悪の伝道師ウルベルト。南無南無。

 

 モモンガさんもリアル彼女どうでしょ?と思って女性と会わせようとしてみたけれど、ゲームと仕事に忙しくて時間がないとのこと。なによりユグドラシルで遊ぶのが一番楽しいらしい。パンドラズアクター作った時は「必殺技みたいなかっこいいドイツ語教えてください」て言われたもんなー。パンドラと一緒に敬礼したり、ギルメンと遊ぶのが楽しいならしょうがないっか。

 

 ギルメンが幸せならわたしも幸せ。

 

「はーしあわせー」

 

 

 




あなたーはー悪をーしんジーマースかー?


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side: 気がつけば、ストーカーされていた

 ギルメン達の視線の先にはデミウルゴスに抱っこされているウラエウス。抱っこされた腕からはみ出たしっぽがぴちぴちしている。

 

「きっと移動手段に使ってるだけだろ」

「うーむ」

「でも、さっきから第7階層ぐるぐる回っているだけですよね」

「デミウルゴスの階層見回りコースのまんまだよな」

「だな」

「てことはあのキャラが好きなんじゃね?」

「そう思えます」

「みーの好みはああいう……」

「たっちさんにもあとで報告しよ」

 

 暇すぎるギルメン達である。

 

「みんなで何やってるんだ?」

 

 ログインしたウルベルトが第7階層に現れた。

 

「お邪魔してます」

「どもども」

「ちわーす」

「ほら、ウルベルトさんこないだウラエウスさんがデミウルゴス気に入ってるっていってたでしょ?」

「あー……。で、わざわざ確かめにきたのか?暇すぎるだろ」

「大事なことですよ〜ウラちゃんがいままでキャラに入れ込んだこと見たことないですし」

「なんでシャルティアのところには遊びにこないんだ」

「しかも、あれ、もう4時間は抱っこされたまんまだぞ」

「長いよねえ」

 

 長いといいつつ同じ時間だけウラエウスの後をつけていることは棚の上発言。とんだ集団ストーカーである。これが村社会、ナザリックの掟。ギルメンの自室の玄関には鍵をかけない(門番NPCが立っていることはあるがギルメンは止められない)、ログインす(かえってく)ると近所のおばあちゃん(ギルメン)からの大量の野菜(アイテム)が玄関においてある、いつの間にかご近所の人(ギルメン)居間(自室)でくつろいでいるなんてことは日常茶飯事なのだ。プライバシー?なにそれ美味しいの?異形種たちの好物である、モグモグ。

 

「離席して仕事してるみたいだぜ。たまに戻って話しかけているが」

「何て?」

「≪聞き耳≫たててみよう」

「角度が悪いな、そっち行こうぜ」

「何て言ってる?」

 

 押し合いへし合いぎゅうぎゅう。

≪聞き耳≫スキルのあるギルメンの周りに集まる異形種たち。

 スキル効果が発動しウラエウスの声が聞こえはじめた。

 

「……今日は……、ての……まだ……ルゴスは……どんな感じが好みなのかなーやっぱりアルベドみたいなグラマラスな感じ?アルベドは体はグラマーだけど雰囲気は清楚そうだよね。うーんタブラさんと一緒の好みなのかな」

 

 ギルメンの視線が蛸頭に集中する。蛸頭は無言でサムズアップした。うぜえと思うギルメン、うなづくギルメンに別れた。

 

「うーん……」

 

 悩み声をあげたウラエウスの体が蛇形態から半人半神形態に変化する。

「みーちゃああん」と飛び出していこうとする鳥をピンクの肉棒が押し留める。鳥は遠距離武器を近距離で使おうとするがフレンドリーファイアなのでダメージを与えられない。ピンクの粘液体はイベントアイテム「恵方巻きの気持ち」を使った。これはユグドラシルの恵方巻きの時期のイベント報酬で同じギルドに所属するPCを巻くことができ、巻かれた相手を食す(でもダメージはない)ことができるアイテムである。

 

「やあああめてえええ」

「テメえなんか食いたくねえー!」

 

 食べ合うことで親密度が上げよう!というわけのわからないキャッチコピーで運営正気か?アイテムであるが、巻かれている間プレイヤーキャラを一時的拘束することができる。「カニバリズムな気持ち」という別名もついているsan値減少アイテムである。無論、デスペナもない。

 ギルメン異形種たちから生暖かい視線が注がれる鳥。しかし止めるものはいなかった。なんといっても妹に「おにいたん」と呼ばせている犯罪者予備軍と名高いバードマンに慈悲は与えられることはなかった、そう、慈悲深きギルマスであるモモンガすら鳥がピンクの粘液体に消化されていくのを見なかったことにしたのであった。哀れ、鳥。日頃の行いがものをいう。

 

「むう……。結局Bが限界だったし、身長も140㎝で止まっちゃったからなあ……牛乳毎日飲んでたのに」

 

 そんな兄の状況など露知らずのウラエウスはデミウルゴスに抱っこされたまま、胸のあたりに手を寄せて動かした。

 ゲーム内では再現されないがおそらく寄せてあげての動作をしているつもりなのだろう。

 寄せて上げつつ、ちらちらデミウルゴスにうかがう視線を向け、ため息をつくウラエウス。

 

「これは……」

「はい」

「どう考えても」

「恋する発言ですよね」

「デミウルゴスに?」

「ですかね……」

「NPCだよ?」

「まだ中学生なのに……鳥の悪影響か……」

「まあ俺の作ったNPCにそれだけ魅力があるってことだな」

 

 ウルベルトの自慢気な発言にピクリと反応する二つの影。

 

「ウルベルトぉ……」

「ウルっちゃん……」

「ん?なんだお前ら……ヒッ!?」

 ピンク粘液体と半ば消化された鳥の強い視線が最強魔法職の異形に向けられた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ウルベルトさん、最近彼女さんとはどうですか〜?いい食べ物屋さん見つけたんですよー!おすすめなので彼女さんと……あれ?ウルベルトさんお疲れ?」

「……ああ。」

 

 ぐったりモーションなウルベルト。きっと仕事が忙しいのだろうか?と心配するウラエウス。

 

「大丈夫ですか?」

「……ちょっと現実で絡まれてな……よくわからん男女の二人組に……」

「男女の二人組?カップルですかね?あー!わかった!ウルベルトさんデートしてたんじゃないですか!ウルベルトさんと彼女さんがイチャイチャしていて、それを見たカップルがうらやまくやしくて、ちょっかいを「ウラエウスはデミウルゴスが癒しなのか」かけてき…………え!?あ、は、はいっ!そそそうですね、癒されてますね、すごく癒されています!」

「そうか、だからデミウルゴスにいつも抱いて運ばれているのか」

「え?ななにいってるんですか」

「デミウルゴスの個室にいつもいるだろ」

「なななななななななななにをいぁて」

 

 ぴょぴょぴょぴょぴょぴょん!と高速ジャンプし動揺が隠せないウラエウス。その様子はNBA選手にドリブルされるボールのように変幻自在な弾みようだ。

 

「落ち着け」

「はぐう!」

 

 飛び上がったウラエウスの頭部を手のひらを下に向けキャッチし、ガシィとつかむウルベルト。スピードをなくして、ぷらん、ぷらん、と左右に体を揺らす蛇はお間抜けに見えた。

 

「そんなに気に入ったなら好きにすればいい」

「え?え!?」

「あれはそんなに応対プログラムを入れていないから反応がなくてつまらないと思うんだがな」

「つまらなくないです!楽しいです!反応は……今はまだないですがデミウルゴスはちゃんと知覚していると思います!」

 

(ーー今はまだないって……お前の頭の妄想の中のデミウルゴスはどうなってるんだ。やばい、これは重症だ、まともそうに見えてやはりあの2人の妹だったのか……)

 

 ウルベルトの脳裏に階層守護者を決める話し合いの時に、鳥とピンク粘液体に見せられたシャルティアとアウラとマーレの設定文章が思い浮かぶ。あの時は他人の性癖について興味はないからなんとも思わなかった。だが、己の領分に関わってくるとなるなら対応の仕方を考えなくてはなるまい。

 そしてこの間、現実で姉弟(きょうだい)に肉体言語による会話を試みられた恐ろしさが蘇る。

 

「ウルベルトさん?」

 

 ウルベルトはデミウルゴスを一瞥すると重々しく自分の作った悪魔にいった。

 

「ーーお前にまかせたからよろしく」

「え?まかせるって?どうしたんですかウルベルトさん?」

「大人はな……疲れてるんだ……」

 

 大人が「疲れているんだ」と言ったとき殆どが言い訳である。ウルベルトは「ぼくのかんがえたりそうのあくま」がデミウルゴスであり、ある時期を脱してからやや認めたくない若さゆえの過ちになりつつあるのを言い出せない。

 デミウルゴスについて色々聞かれ、ことさら好まれるというのは、嬉しいことでもあり同時に予期せぬ恥ずかしさを発露させ非常に居心地が悪い。なのでできるものなら俺のいないところで2人(1PC+1NPC)で好きなようにやってくれ、というのが本心だった。

 

(NPC愛は好きにやってくれ、頼むから俺まで巻き込まないでくれ)

 

「……一体どこがそんなに気に入ったのかわからん。こいつの設定は冷徹、無慈悲、拷問を嗜み、権謀術数に長けた、群衆に絶望を与えることを楽しむ悪魔だぞ」

「う〜ん。そこはまあ悪魔ですしー。仲間想いってところと、頑張り屋なところですかねー」

「はぁ!?仲間想い?頑張り屋?」

「あー……。えと、今はまだわからないですけどその内わかるようになるんですよ!」

「その内……その内な……お前がそう思うんならそうなんだろうお前の中ではな……」

 

 にっこりエモーションのウラエウスはデミウルゴスに抱えられて仰向けになりうなづいている。いいのか、仰向け。蛇の尊厳はないのか。捕まったツチノコみたいだとか思ったけど言わないでおこうとするくらいはウルベルトは大人である。

 そういえばこの蛇によって今まで他人に感じていた壁のようなものが取り払われたのだ。よくわからないツチノコではあるが感謝の気持ちはあった。

 

(恋は盲目っていうことか。まあ俺も他人のことは言えないしな。こいつのおかげだし。少しくらい設定をサービスしておいてやるか)

 

 

 




短いからあともう1話!


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気がつけば、勉強していた/side: 気がつけば、ヒロインだった

前半ウラエウス視点、後半◯◯◯◯視点


 

  こんにちわー抱っこ蛇ことウラエウスです。今日はナザリック第9階層のモモンガさんの個室にいます。ここんところ入り浸っています。なぜかというとーー。

 

「ここの概念の総数は歴史と地理あわせて58で、民主主義、政治体制、国際関係といった抽象的概念が12、ナショナリズム、人民主権などの個別・具体的な概念がーー」

「うんうん」

「この問題4は、資料から統一時期、東部をポーランド領にされたこと、ナチスのナショナリズムの思想傾向、東西ドイツ統合後ナショナリズム復活がなかったことをチェックしたらいいのかな?」

「そうですーあと年もいれたほうがいいです、ドイツ敗戦は1945年とか。それらに加えてあと二つ必要です。普澳戦争、普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦ときたら……」

「19世紀半ば以降のドイツが関係する戦争!」

「どんどんぱふぱふー。じゃああと一つはわかります?」

「ナショナリズムが再燃しなかった理由?」

「ですです!バッチリだよ!モモンガおにいちゃん」

「いやあー」

 

 

 ーーと、こんな感じに最近ゲーム内でモモンガさんに大学入試資格取得のために必要な知識を教えているのでした。

 

 実はだいぶ前からモモンガさんの暮らし周りは楽になってきていて定時に帰ることができるようになってきてまして(ちょっと色々したの)。それでモモンガさんは時間があいたら空いた分だけユグドラシルに当てるようになり毎日一緒にいることが普通になっていった。他のギルメンもちらほらいるんだけど、モモンガさんはイン時間がほとんどかぶるからよく話す。

 その会話の中でモモンガさんが言った一言がきっかけで勉強会がはじまりました。

 

「ウラエウスさんてこのあいだ大学通信で卒業しましたよね」

「しましたしました」

「……通信で大学卒業するのって大変ですか?」

「え」

 

 このあたりでわたしはピンときた。

 ひょっとしてモモンガさん大学行きたいのかな?って。

 聞いてみたら大卒のほうが給料もいいし、職場の待遇もいいから大学卒業資格がほしい。いままでは時間もお金もないしゲームしたいし諦めていたけど、ゲームもしながら大学卒業したわたしを見てチャレンジしてみたくなったんだって。

 

 おおー。そういえばギルメン進学率高い気がする。そっかあ……。

 異世界転移しちゃうモモンガさんに学歴必要なのかいまいちわからないなあ……。あ、でも、ひょっとしたら物語通りに進まない可能性だってなくはない。

 物語通りに進んだって勉強して知識を増やしたほうがいいよね、モモンガさんも困ることが減るだろう。

 よーし、モモンガさんのためになるならがんばっちゃうぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、まずモモンガさんの学力テストをした。足りないところ、必要なことがわかったので、1年の教育プログラムを組む。

 

 小卒までの勉強内容というのは前世の2015年ごろの日本の教育に似ている。

 受験のための知識、教科書、問題集の理解、丸暗記。

 この勉強方法だと自分の意見を言うことが苦手な人間ができあがる。

 支配層の思い通りに思考力、判断力、構成力が低くなってしまっている。これでは今世の大学入試試験に合格できないし、運よく入学できても卒業は無理だろう。

 

 ちなみに入試試験問題はこんなの。

 

 1.人は自らの過去の結果なのか?

 2.キケロの○○についてを説明せよ。

 3.なぜ自らを知ろうとするのか?

 

 丸暗記教育しか受けてこなかった者には答えることが難しいと思った。

 

 いきなりは難しいから、記憶と反復練習で思考する『型』を作るため、エッセイ、レポートなどの宿題を出した。複眼的思考法をつけさせるためにとにかく思考させる。人間は考える葦である。

 

 しばらくして小論文の書き方を教えた。

 まず問題を精読し、何の概念の問いなのかを明らかにさせる。そして、論点、学説、引用著書の限定に入る。ここまでが初歩。

 ここで思ったことを書けばただ集めた情報を書き散らかされた文章にしかならない。

 注目すべきは問題文の言葉、表現であり、冠詞、名詞、動詞、それぞれの意味、含意を検討する必要がある。問いを正確に理解する。

 これらの要素の関係性を把握し概念の識別が終わり方向性が決まったら小論文の構成に移りフォーマットにそって答案を書く。

 小論文の評価基準としては、問題の分析が十分であること、問いがあること、有効な議論があること、展開部の流れが明確であること、引用が正確であること、などがあげられる。

 

 これらをゲームプレイ中に会話形式で教えることにした。

 まずモモンガさんには、自分で考え、考えたことを意識し、意識したことを識別し、意見としていうことに慣れてもらうのがいいかなーて。もともとモモンガさんは考えることを制限されていただけで、学ぶことを楽しみながらどんどん吸収していく。

 小卒のモモンガさんが知らなくてもいいとされていた知識を、知らなかった知識を、獲得し、追求し、受け入れ、形成し、生み出す。

 学んでいくと、自分と他人の関連性、所属するコミュニティ、それをとりまく世界を理解していくことでモモンガさんは苦しむかもしれない。

 モモンガさんはこないだまで小学校の学費の学資ローンの借金を払っていた。わたしがこっそり用意した(モモンガさんにはわたしの会社だとは言っていない)0金利金融会社で完済させなければ借金奴隷のままだったと思う。病気にでもなって会社に勤められなくなった日には、社寮を追い出されホームレスになり、ホームレスは法律違反だからそのまま刑務所行きだったろう。動かない歯車と認識されたら居場所のない社会。

 真実は決して美しいとは限らない。正しさの裏には悪徳がはびこっている。

 世界の残酷な一面を理解したときモモンガさんは大丈夫だろうか。彼は優しく思いやりがある善人だ、そして今までは『悩まぬ人』だった。

 

 そう考えると転移した世界での精神の変質はモモンガさんにとって良いことなのかもしれない。ある意味において苦しまなくなるから。

 それに知識が増えてこのままいけばそこまでアルベドやデミウルゴス頼りにならないだろう。ずっと支配者ロールで大変そうだったし、素でできることが増えたらきっと楽になるはずだ。

 

「勉強って楽しいな」

「楽しいよモモンガおにいちゃん」

 

 あ、あと勉強会がはじまってからモモンガさんの敬語が取れて嬉しかった。他のギルメンがいるときは相変わらずだけど。「いつも気軽な感じで話しかけてほしいな」ていったら、「ペロロンチーノさんがなあ……」て言われた。おいにいたん迷惑かけてる?

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 なぜ苦しいのかわからなかった。

 起きて、仕事をして、寝る。毎日、毎日……。その繰り返しに疑問はなかった。苦しさを感じたのはゲームをはじめてからだ。

 

 ゲーム内で友と呼べる人ができ、頼り、頼られ、支え、支えられ、励まし、励まされ、繋がりができた。楽しくて、楽しくて、ずっとログインしていたいあまりに、空腹や排泄がわずらわしくなるほどだった。

 

 しかしログアウトすれば、友は消え、変わらない日常の繰り返しがはじまる。

 現実では、ただ仕事をこなすだけ。職場はネットの中にあり、同僚との会話は仕事のことのみ。ゲームのフレンドのように気持ちが通い合うことなどない。

 

 ーー苦しい。

 

 現実はかくもこんなに苦しみに満ちていたのか。

 ゲームでのように人と仲良くしたい、そう思っても相手はいない。家族も友もいない。そのことに疑問はなかった。天涯孤独という自分の境遇を普通だと思っていた。

 けれど、ゲーム内で他人と交流し様々な人がいるのだとわかった。世の中には差があるということがわかり納得した。

 

 ーー自分の感じる苦しさは気のせいではなかったのだ。

 

 差がわかったところでどうしようもない。どうにもならない。だから諦めた。

 納税金額ギリギリ合格ラインの自分は何かあれば都市の外に放り出される。

 何歳まで働くことができるだろうか。健康でいるためにはレンタル臓器の代金を払い続けなくてはならない。学費ローンの借金だってある。

 ただ、起きて、仕事をして、寝る。

 

 ーーああ、苦しい。

 

 現実では夢をみない、ゲームの中で夢をみる。

 ゲームの中では自由だ。何にでもなれる、なんだってできる。苦しさは感じない。たとえ、PKされ続けようとも、ギルドに誘ってくれた仲間がいる。ともにクエストをこなし、戦い、軽口をかわせる友がいる。それで十分だ。そう思っていた。

 

 けれどある時から「本当に十分なのか」と疑問に思うようになっていった。

 疑問に思うようになったキッカケは、新しいメンバーの彼女ーー少女との出会いだった。

 

 彼女は自分と同じく庶民だった。生まれは環境都市外でありながら、出会った時には市内在住だという。

 彼女は小学生ながら事業を立ち上げ、莫大な納税をし、家族ごと市内に移ってきたらしい。

 そして、現在も事業を幾つか立ち上げ、その全てに黒字を出しながら、ゲームにログインしてきていた。

 最初に感じたのは猛烈な嫉妬だった。家族がいてバックアップされ成功したであろう彼女に、自分が持ち得ないものを持つ彼女に激しく嫉妬した。そして自分にこんなに強い感情があったことに驚き怖くなった。

 

 彼女がインしている時は、ギルド音声電話を切り、チームも組まないようにし、できるだけ関わらないようにした。

 彼女に会いたくなかったのだ。いや、自分の醜さを見たくなかったのだろう。彼女の光に照らされて、いままで見えなかった自分が見えた、そのおどろおどろしさに直視できなかった。彼女が悪いわけではない。

 

 ーーああ、苦しい。

 

 現実だけでなく、ゲーム内でも苦しさを感じるようになっていった。もうギルドを辞めようか……ぐるぐると悩みソロで材料集めのため狩りをしていた時、ーーそれははじまった。

 

 ーー『ラグナログの前夜』を開始します。PKで得られる経験値2倍、プレイヤーの所持品ドロップ+レアアイテムドロップ。自PC種族と違う種族をPKした場合はレア率30%アップです。

 

 咄嗟にスクロールで移動しようと思った時はすでに遅く≪ディメンジョナル・ロック/次元封鎖≫され、人間種、亜人種に囲まれ襲われていた。

 多人数によるイチニアシブ強化、リアクション不可攻撃、対アンデット呪文と武器によりボロボロにされる。

 悔しいと思っていても何もできない。みんなと一緒にいたらこんなことには……。

 

 光、一閃。

 

「モモンガさーん!」

 

 現れた彼女はあっという間にPCを屠っていく。クリティカル強化された武器と装備による範囲攻撃。

 唖然としながらも、無意識に回復を行い、自分と彼女にバフをかける。

 重装備者ではない彼女は紙装甲。限界まで上げた敏捷性とやられる前にやる命中付与、イチニアシブ強化付与装備。防御にバフはかかせない。

 

「あり!」

「いいえ!」

 

 ソロならば囲まれれば負ける、けれど2人背中を預けあい戦えば負けることはないーー!そんな戦いになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで助けに来たんですか」

 

 複雑な気持ちから素直にありがとうとは言えず、口から出たのは疑問。

 

「なんでって……ギルメンだから?仲間だから」

 

 なぜそんなことを聞くのだろうとキョトンとした彼女。

 

 ギルメンだから、仲間だからーー。

 

 その後は彼女にあやまった。あやまってあやまりたおした。

 彼女はあやまられて泣かれて戸惑ったのだろう、オタオタしていた。

 俺はいままで彼女に抱いた気持ちを話し、大人気ない……申し訳なさすぎる……と、どんどん気持ちがへこんでいき、こんなことを話された彼女だって気まずいだろうと思いいたり、ギルドを抜けると話した。

 

「え?えー!?ちょちょちょちょっおおおと待ってください!それは困る!困ります!えーと、どうしよう、えっとえっと……と、とりあえず一から!もう一度最初から話してくださいー!」

 

 彼女だって俺がいない方がいいだろうと考えたのに、思わぬ制止に生い立ちから、会社でのこと、ゲームでのこと、あらいざらい話してしまった。彼女は真剣に聞いてくれて、時折「そこのところもうちょっと詳しく」と促され話し弾み、はっと時計を確認したらいつのまにか6時間たっていた。

 

 小学生に人生相談なんて……!大人なのに恥ずかしい……!

 

 あわてて話しを切り上げログアウトした。

 ログアウトした後、機械的に仕事の準備をはじめようとする、でもさっきの出来事が頭から離れず、準備が進まない。

 

 あんな話しをして次にどんな顔してあえばいいのか……!?

 

 避けていた相手との突然の急接近に頭がついていかない。できるならしばらくログインしたくない。でも、たっちさんが不在がちな今、サブマスの自分までゲームをあけるわけにはいかない。

 

 仕事が終わった後、しぶしぶログインすると彼女からすぐメッセージが飛んできた。

 

 や、やめてー!まだ心の準備が……!

 

『こんです!いまお時間よろしいでしょうか』

『は、はい……』

 

 一体どんな話しを……と思っていたら学資ローンの借り換えの話しだった。通常、学資ローンの借り換えはできない。だが彼女の話ではできるらしく、そのやり方だと金利がつかないらしい。そんなものがあるのか、と驚きつつ詳しく話を聞き、後日彼女のおすすめのとおりしたら金利分借金が減った。

 いままでの借金の半分は金利だったから、これで生活はずっと楽になる。

 

 彼女に借金が減ったことを話し、おずおずとお礼を言った。彼女は大したことじゃないといい、すぐゲームの話をふってきた。

 それから、こっちが遠慮しても彼女はぐいぐい誘ってきていつのまにか彼女のペースに巻き込まれていくことが多くなり、よく一緒に狩りをしたり、アイテム作成をしたりするようになった。距離をおこうとしてもおかせてくれない。

 

 いつのまにか心にあったモヤモヤがなくなっていた。

 

 彼女を近くでみていれば彼女が人一倍努力していることがわかった。それに対して自分は何をしていたのだろう、ただ羨んで妬んでいただけだ。なら自分も努力すればいいんじゃないか。彼女のようにはできないけれど、できることからやればいいんじゃないのか。

 

 ーー俺は何がやりたかった?

 

 起きて、仕事をして、寝るだけの日々の前にしたいことはなかったのか。

 ギルメンをみればみんなそれぞれ前に進もうとしている。

 俺は俺のできることを少しづつはじめてみようと思う。

 

「勉強って楽しいな」

「楽しいよモモンガおにいちゃん」

 

 

 




ツンデレ骸骨!

じゃなかった!ヒロインだった!


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気がつけば、見学していた/side: 気がつけば、観察していた

前半ウラエウス視点。後半◯◯◯視点。
暗い!きついのダメ!てひとみちゃだめ!


 タブラさんのRP(ロールプレイ)は徹底している。

 ギルメンと一緒にいてもギルド音声電話で話さない。みんなで会議する時はギルマスにメッセージを飛ばしてみん

なに伝えてもらっていた。

 

 なんでギルTelで話さないのですか?と聞いたら、タブラさんの種族ブレインイーターは意思疎通を精神感応(テレパシー)で行うかららしい。パーティを一緒に組んでもパーティリーダーとメッセージでやりとりし、ほかのパーティメンバーにはエモーションのみで対するので個人的な話をすることがほとんどなかった。

 そんな寡黙なタブラさんと話すようになったのは、わたしがアルベドにアイテムをあげるようになったのがキッカケだ。

 

 NPCたちに【抱っこ】が実装され、色々なNPCに抱えられながら移動できるようになり、いままでは知らなかったNPC目線を知ることができた。ナーベラルはこんなところも行くんだなーとか、コキュートス目線たかー!とか、シャ、シャルティア抱っこしなくていいから!とか、色々……うん、色々あった、最後はデミウルゴスに癒してもらった。

 じゃなくて!えーと、そうそう【抱っこ】されてナザリックを隅々まで移動したのにアルベドに全く出会わない。気のせい?と思ったけど気になってしまいアルベドのいる玉座の間に1日張り付いてみた。

 

 ひょっとしてアルベドはずっと玉座の間にいるの?わたしの推理が正しければアルベドは……!

 

 結果!推理どおりまったく玉座の間から移動することはなかった!気分は探偵、名探偵ウラエウス!……とかいってる場合じゃない。

 

 そっかーそっかーアルベドはずっと独りで玉座の間を……ちょっと寂しい。かなり寂しい気がする。

 

 NPCなら放置だろうが私室がなかろうが普通だろう。けれどアルベドもいずれ魂を宿せば、ひとりの意識ある女性である。

 我、思う故に我ありーー放置された思いの蓄積は彼女をさらに狂気の淵に追いやるのではないだろうか。

 

 玉座の間でひとりぼっちでうん百年……うええ、わたしなら耐えられない、つらい。

 

 そこでわたしはアルベドの寂しさを紛らわせることがないかなーと考えた。ギルメンみたいに狩りを一緒にしたりとかはできない。

 けど、話しかけたりアイテム上げたりとかはどうだろう?転移後、デミウルゴスもウルベルトさんのアイテムをモモンガさんからもらったら嬉しそうにしていたし。

 

 でも、NPC達はそれぞれの製作者に紐付けされているので、ギルマスでもないかぎり勝手に設定や装備を変えたりできない。

 なので、アルベドにアイテムをあげたいならタブラさんにあげて、タブラさんからアルベドにあげてもらうことになる。

 

 タブラさんとアルベドの接触が多くなるのはいいな。

 タブラさんはお姉ちゃん(ぶくぶく茶釜)おにいたん(ペロロンチーノ)みたいにNPCを構い倒す人じゃないから、きっとアルベドにはタブラぬくもりてぃは足りてないはず。

 たっちさんとセバスも接触は少ないんだけど、セバスは階層周回コース(見回り)でいろんな異形たちと接触するからあんまり孤独さないんだよね。

 あれ?守護者統括なのに階層周回コース(見回り)がないの?アルベド?こ、これは……。

 

 お手間かけさせちゃうかなーとタブラさんに謝りつつアイテムの件を相談したら親指オッケーエモーション。

 返事かっるー!タコさんかるいよ!

 ブレインイーターのイメージをぶち壊してくれるフレンドリーなタコさんである。

 

 オッケーいただいたので、アルベドへのアイテムをどんなのにしよーと玉座に行ってイメージづくりしてから製作。出来上がったアイテムをタブラさんのお部屋にいって渡す。タブラさんがアルベドに装備させる。わたしとタブラさんで装備したアルベドを眺めて、お互いにオッケーエモーションをだす。

 そんなやりとりを繰り返すうちにタブラさんとアルベド以外のことを話す時間も増えた。

 

 タブラさんの名前は、錬金術師の祖ヘルメス・トリスメギストスが作ったとされる、緑玉板(エメラルド・タブレット)のラテン語表記。

 名前のみならず、宝物庫のパスワードもエメラルド・タブレットから。

 クラス選択は錬金術イメージを主体とし、種族選択を産まれながらの思念力者(ナチュラルボーンサイオン)にするあたりかなりのこだわりがうかがえる。

 わたしの名前のウラエウスを『名前はエジプトの蛇女神?』とすぐ当てられた。

 わーギルドですぐわかったのタブラさんだけだよー。

 わたしは古代にロマンを感じるので、ちょいちょいツッコミをいれていたらタブラさんとエジプトの考古学について話すようになった。

 

「古代エジプトの発音に関してはまだわからない母音発音ニュアンスを知りたいんですよー(それがわかればデミウルゴスの別名のYHWHもイェホバなのかヤァハウェなのかわかりそう)」

『古エジプト、母音は表記せず子音表記だけ。神名の正確な発音を知っているのは、ごく僅か』

「いるんですか!」

『是。もっとも知っているからといって発音できるとは限らない。おそらく目が見えず耳も聞こえない者であれば可能』

 

 意味深!むむむ!

 タブラさんはおそらく素人ではなく専門職なのではないだろうか?

 

 そんなタブラさんと現実リアルで会うことになったキッカケはウルベルトさんだった。

 彼女さんが体調を崩して看病するから行けなくなったけど、もったいないからいるか?といわれエジプト展のチケットをいただいて「今日エジプト展いってきまーす」とギルTelで話し喜び胸はずませてお出かけ。

 エジプト展は人手が多くて、会場外も並んでいて、中も並んでいた!行列でなかなか見えないなか、ぴょんぴょん軽くジャンプしながらなんとか鑑賞する。

 わたしは自分のユグドラシルネームにもしたウラエウス関連を見ようと歩き回った。

 

 おおーっファラオの王冠の上の飾りにコブラ!ツタンカーメンの胸飾りにも。蛇の飾り多い!上エジプトはハヤブサ……おにいたんのアバターちょっとホルスっぽいな。

 

 なんて妄想しつつ絢爛豪華なエジプトの展示物に魅せられながら見学した。ちょっと興奮しすぎたのか疲れてしまいソファーに座り飲み物を飲んでると、トントンと後ろから肩を指でたたかれた。

 ふりかえるとそこに室内でめずらしいサングラスをかけた男性が立っていた。

 

「タ、タブラさん!?」

 

 ゲーム内と同じように親指を立てて返事をするタブラさん。

 ななんでここに!?と聞くと、タブラさんもウルベルトさんからチケットを譲ってもらったのだという。時間的にこれるかわからなかったけどユグドラシルで今日わたしがエジプト展に行くのがわかってあわせて来たんだそうだ。

 えー嬉しい!

 ずいぶん前のオフで会ったときはアルベドの話をする前だったせいもあって全然話さなかったし。

 それから並んで展示物を見て回り、その後お茶をご一緒することになった。

 

「あの人たちはいいんですか?」

「気にしないで、あれが仕事」

 

 展示物を見回っているときに、タブラさんの後を付いてくる二人組に気付いた。オフ会のときにもいたのかな。全然気がつかなかった。

 彼らはタブラさんのボディガードとかなんですか?と聞くと「見張り」と言われた。

 二人組は気になるけど、タブラさんが気にしないでほしいというので見ないことに。き、気になる……!とりあえず飲み物とお菓子を注文する。

 

 こうして間近でタブラさんを見るとおっとりとしてすごく育ちが良さそうな雰囲気。ティーカップを持つ所作ひとつにしても流れるよう。

 サングラスをしているのは、目が見えなくて義眼を入れたけど光に慣れないかららしい。元々目が見えなかったのか。だから服がシンプルなのかな。目が見えない人は服を着崩すとかができない。目が見えないからどれくらい着崩せばいいかわからないんだって。だから、目が見えない人は首元までボタンをはめるようにすごくきっちりしてるか、ぐしゃあと適当になっているかのどちらかになるらしい。

 タブラさんの服は目立つようなものではないけれどすごく仕立てがいい、生地が違う、多分オーダーメイドだ。いい生地ですね、と聞くと天然ものだった。ひええ。

 服は他人に見立ててもらって、着た感じの格好を他人に感想を聞いて決めるんだって。

 

「外ではサングラス。だから洋装。普段は和服」

 

 和服!うわー似合いそうって思った。

 とてもホラー好きには見えない!あんなビックリルームのニグレドのお部屋作った人には見えない!

 ユグドラシルのブレインイーターとのギャップ差がすごすぎるー。そういえば年齢いくつなんだろう、30代くらいなのかな。

 わたしのお仕事にも興味があるようでたくさん質問された。タブラさんこんなに話すイメージなかった……!タブラさんのほうはある研究所の学芸員らしく趣味で発掘作業もしているという。

 

 え、それってすごいお金持ちってことですよね……。

 

 そんな疑問が顔に現れていたのか笑われた。

 何を目当てに発掘しているのか聞くと、タブラさんは「うーん」と少し悩むようにしわたしと視線をあわせてから目をつぶった。

 

「な、なんか守秘義務とかあるなら無理にとは……」

「秘密、じゃない」

 

 うっすら瞼をあけ「これは昔話」とタブラさんはささやくような小声で話しだした。

 

「むかしむかし古い因習に縛られた家。

 その家は今はなき天皇家を代々守護する血筋で日本の国を裏側から守る。

 世界大戦の時にはある国の大統領の呪殺にも成功、力がある。

 そのあとすぐ大統領が変わって核を落とされて意味がなし。

 そして時代は流れ、口伝の大部分が失われ、宝を奪われ、守るべき主もなくす。存在意義をなくした獣、牙を振るうこと、手段ではなく、目的として生きながらえる。けれど結局なかから亡ぶ。

 その生き残り、僕は、失われた力を取り戻すべく、過去の遺産を追い求める」

 

 ……な、なんか、いますごいことをさらっと聞いたぞ。どどういいうことだ、つまりタブラさんが、いや、タブラさんの家が天皇家を守っていた?じゅさつ?

 

「ーーそんな話も、ある、かもしれない?」

「え!うそなんですか!?」

 

 戸惑うわたしに微笑むタブラさんの真意はわからない。からかわれたのかな。そうだよね、なんといっても作り込みこだわるタブラさんだし。

 

 その後はアルベド、ニグレド、ルベド姉妹について話したり、デミウルゴスについて聞かれたりした。

 なんであんなにデミウルゴスのことばかり聞いてきたんだろう?どういうところが好き?とか。

「すす好きじゃないですし!」というと笑われた。

 思わず仕返しに、タブラさんもアルベドのこと好きなんですか?と聞いてみた。

 

「言われるまでNPCのことを好きかどうかなんて考えたこと、はない。でも、アルベドや、ニグレド、ルベドのモデルにした人のは……好ましい、概念」

「(好ましい概念?す、好きだったってことだよね)そそうなんですか。タブラさんの大事な人だったんですね」

「大事、大事……。実は、彼女たち3姉妹、元々一人の女性をモデルにしたもの」

「1人、ですか!?」

 

 その人はいまは……?

 と聞くとタブラさんは口元に微笑みを浮かべて、遠くを見るような瞳になった。まるでもういない面影を目の前に探すかのように。永遠の憧れを瞳にのせて。

 

 ああ、わたしは何てことを聞いてしまーー。

 

「うちで元気にしてる母親」

「元気なんですか!?」

「ピンピンしてる」

 

 な、なんだーデリカシーないこといっちゃったな、申し訳ないことをしたと思ったのに!

 え?というより、お母さんがアルベドとかニグレドとかルベドとかみたいなの?そんな馬鹿な!

 戸惑うわたしを見てにっこり笑うタブラさん。

 

「もー!!びっくりさせないでくださいよー」

 

 またからかわれたんだー!

 タブラさんの胸元ポカポカ拳でたたくと、彼はひときわ高い笑い声をあげてわたしの頭を撫でてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 古い記憶。

 

 薄暗い室内に女の切なげな声、男たちの呻き声、破裂音、水音、が響く。

 

 暗転。

 

 自分をしっかと抱きしめ離さぬ腕。

 みしみしと骨が軋むほど抱きしめ締めつけてくる。

 

 暗転。

 

 物言わぬ壊れた肉人形。

 

 

 ーーそれが母の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古き血。

 汚れを最小限にする為に血族内での近親婚を是とする家系。

 交わりは深く長くより濃密な闇を滲ませ錆のような輪郭を形作り存在を示す。

 それが自分だと知ったのは大分後になってからのことだった。

 

 当時の自分の世界は満ち足りていた。

 暗闇を手足で「見て」(kkg)「探し」(hvc)「眺め」(nmgc)た。

 足元は、土なのか、石なのか、平らなのか、傾いているのか、踏んだ瞬間に理解する。

 気になるものがあれば指先でさわり、なで、にぎり、つついた。

 さらに気になれば、耳で「触」(mmh)り、舌で「見て」(begk)鼻で吸い込み胸で「味」わった。

 全てがおさまるところにおさまり、置き場所があり、居場所があった。

 そんななかどこにも置くことのできない概念があった。

 

「ワタシノコ」

 

 経文にも祭文にもない響き。いつ聞いたのかもわからない。

 うっすら記憶にのこる意味はわからないがその「色」(fhjh)おとは気に入っていた。「色」(fhjh)から香る「柔らかさ」(lunb)にずっと触れていたかった。

 

 「苦さ」(apj)がやってきて「色」(fhjh)の羅列をわたしてくる。

 わたされた「色」(fhjh)を自分が暗誦しないと腕や足を「毟」(uecv)ってくる。

 それが嫌で「色」(fhjh)を覚えて諳んじる。

 少しでも間違うとまた「毟」(uecv)られる。

 一言一句間違えずに「色」(fhjh)を完全に暗唱できるまで何度も繰り返された。

 

 ある日から「ご飯」(io)が変わった。

 五穀断ち、火断ち、塩断ちの断ち行に入った。

 水垢離。

 断食、断水、不眠、不臥。

 

 大気の隅々まで清廉な気配を感じる日。

 周囲にたくさんの人の気配も感じる。自分と「苦さ」(apj)の経文の唱詠がはじまった。

 

 一体、何時間、何十時間、唱え続けただろうか。意識が朦朧とし感覚がなくなってきた。経文だけが鮮明に浮かび上がってくる。

 もう、無理だ……と体が倒れそうになった時「苦さ」(apj)が大声を発し何かを解放した。覚えているのはそこまで。

 

 次に目覚めた時、僕は「視える」(lawv)ようになっていた。神憑式は無事に終わっていた。

 さらによりよく「視える」(lawv)ようになるために耳をつぶされた。

 けれど僕には「視える」(lawv)からなんら問題はなかった。いままで聴覚、触覚、味覚、嗅覚で作り上げた象形イメージでしかなかった世界の明明白白な様相を得ていた。

 

 そして、家業の生業をこなすことになった。やっと一人前の扱いとなった。

 僕の力を遺憾無く発揮し、一族に立ち塞がる障害となるものを排除した。そして、一族の役割を果たしながら、あの響きを持つ者を探した。

 探索に何ヶ月か必要としたが見つけることができた。

 「女」(pwmka)だった。僕は女人に会うことを禁じられている。血の穢れが力を弱めるから。

 でも僕は「女」(pwmka)に聞きたかった。会いたかった。

「ワタシノコ」にはどういう意味があったのか。「女」(pwmka)は僕にとって何なのか。教えてほしかった。

 我慢したが耐えられず、屋敷を抜け出し、蜘蛛糸をかいくぐり、「女」(pwmka)の元まで駆けて行った。

 

 そこで視たのはーー。

 

 無数の男たちの上で踊る女たち。

 嵐の海のように荒ぶり、燃え盛る炎のように乱舞する。

 与えられる愉悦に体を震わせる女たちと、女に紅い花を散らしている男たち。

 その中には「女」(pwmka)もいた。

 

 目を閉じることはできなかった。

 ーー全てを「視」(la)通す目のために。

 

 

 あれは何だったのだろうか。わからなかった。理解したくなかった。けれどこの「目」(huu)は閉じることも潰すこともできない。

 

 屋敷に戻った僕は謹慎の身となり見張りがついた。おそらくまた抜け出されてはたまらないと上が考えたのだろう。けれど、僕は抜け出す気はさらさらなく放心していた。しばらく使い物にならなかったと思う。

 

 何ヶ月かたち、「女」(pwmka)に会うことを許された。役割を果たせない僕を処分する手前まできていたのだと思う、最後にショック療法のつもりで「女」(pwmka)に会わせたのだろう。

 けれど会うといっても「女」(pwmka)と直面というわけではなく、「女」(pwmka)のいる部屋を覗くにとどまった。上は僕と女人との遭遇はできるだけ避けたいようだった。

 

 覗き窓から視た「女」(pwmka)の腹はふくれていた。

 あれは何だ?病気なのか?と傍付きに聞くと、子が入っていると言われた。驚いた。人があんな中にいるのか。

 

「私の子……」

 

 そっと腹を撫でる「女」(pwmka)の声が聞こえ雷に打たれたように身体が硬直した。

 聞き覚えのある響き。ということは……。

 

 ーー「女」(pwmka)は僕の母であった、あれが僕を生んだもの。

 

 子はどうなるのか?と聞くと、産まれたらすぐ「女」(pwmka)から離し教育係に渡され、見込みがあれば生き残ると言われる。なるほど、僕は見込みがあったというわけか。

 「女」(pwmka)を視やる。話してみたい。だが許されないだろう。では役割につけばよいのではないか。

 

 「女」(pwmka)に会った日からがむしゃらに奉仕をこなした。そして上に掛け合い日頃の功績を理由に「女」(pwmka)から子を引き取る役を奪い取った。ただし、【話をしてはならない】という制限付きで。

 それでもいい、「女」(pwmka)に会えるなら。

 

 それから大体1年に1回の「女」(pwmka)との邂逅がはじまった。

 

 「女」(pwmka)のいる部屋に入る。入ってきたのがわかるだろうに「女」(pwmka)はこちらをちらりとも見なかった。「女」(pwmka)に近寄ってよく「視」(la)る。「女」(pwmka)の顔は焼き爛れた火傷の跡があり足の腱を切られていた。これは歩けないだろう。

 そんな壮絶な身体とは裏腹に、穏やかで慈愛と優しさに包まれながら子を抱く様子は西洋に伝わるという聖母のようだと感じた。子にたいする愛情が伏せた目から溢れていた。

 この「女」(pwmka)から子を取り上げるのが役割である。

 僕は無造作に女に近づき、「女」(pwmka)の腕から子を取り上げた。

 

「わたしのーーわたしのこぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 絶叫。

 ガリっ!と頬に痛みが走る。腱を切られたというのに飛びかかってきた「女」(pwmka)に引っ掻かれた。

 身を引き距離を開けると「女」(pwmka)はあらん限りの声をだし叫びながら髪を振り乱し這いずってくる。その速さたるや常人が歩いている速度と変わらないだろう。

 すぐに外にでて扉を閉める。

 扉を叩く打撃音と振動が辺りに鳴り響く。

 

「わたしのこわたしのこわたしのこわたしのこわたしのこぉぉぉぉぉーー!!ああああああーー!!」

 

 「女」(pwmka)の慟哭。その悲痛な声。

 傍付きが眉をひそめ、僕の頬を癒そうとしたが、その手を僕は拒否した。いま、感じているモノを邪魔されたくなかったから。

 

 ーー僕はかつてない喜びを感じていた。

 

 それから「女」(pwmka)から子を取り上げる一年に一回の楽しみができた。

 取り上げるたびに「女」(pwmka)の様子がおかしくなり狂っていく。狂う様を見るのが楽しかった。

 取り上げた時だけ「女」(pwmka)は僕をみて強く睨みつける。火傷で醜くなった顔をさらに歪ませて襲いかかってくる。おいかけっこだ。楽しい。楽しくてたまらない。

 

 しかし何年か経つとだんだんと「女」(pwmka)の反応が遅く、動きが鈍速になっていった。やがて子を奪われても「女」(pwmka)は動かなくなった。

 

おい、(ovf)どうした、(pphg)子はいいのか(zwklv)

 

 なぜか焦り「女」(pwmka)に話かけた。この頃には一族の「目」の1人として役割をきちんとこなす自分に疑いはなくなり、「女」(pwmka)を連れ出すのではないかと心配して付けられた傍付きも厳しく監視していなかった。

 

 僕の言葉にも無反応な「女」(pwmka)に動揺する。おい、しっかりしろ!と子を逆さまにしたり、「女」(pwmka)の頬を叩いたりした。「女」(pwmka)はピクリともしなくなった。

 

 それから「女」(pwmka)は薬で寝かせられ、睡眠中に妊娠し子を取り上げられるようになる。

 医師が「女」(pwmka)から子を取り上げてそのまま移送されるため、僕の役割は終わった。

 

 「女」(pwmka)と会うことができなくなり、一族の「目」(huu)の役割をこなしながらも「女」のことが頭から離れない。

 

 ーーなぜ、「女」(pwmka)に会いたかったのだろう。

 

 ーーなぜ、「女」(pwmka)から子を取り上げると喜びを感じたのか。

 

 ーー「女」(pwmka)に抵抗され苦しむ様子をずっと見ていたかったのはなぜだろう。

 

 ーーわからない。

 

 

 標的を視つけ実行者に伝え殺し役割を終えて屋敷に戻る。

 僕は一族の千里眼の中では頂点に立つようになり傍付きが増えた。

 身の回りのことは全て傍付きたちが行う。覚えが目出度ければ地位が向上すると思っているのか、役立ちたいアピールがうるさくて仕方がない。

 馬鹿なことを。一族の序列は血の才のみ。いくらアピールしたところで、才がなければどうにもならない。

 それに一族で地位があることがそんなに大したこととは思えない。

 そう古い傍付きに漏らした時には、誠に差し出がましく恐れ多いことですがどうかいまの話を他のものには話されませぬよう、ひらに……と土下座をされて、さらに興味がなくなった。

 

「そういえば主様を煩わせていた「女」がなくなったそうですよ、石女になったので処分されたのでしょうね」

 

 にこやかに話す新顔の傍付きの言葉に身体が固まった。

 

 ーー死んだ?「女」(pwmka)が?

 

 心に吹き荒れる動揺を抑え、何事もなかったのように寝支度をさせて、傍付きを全員下がらせる。

 他人の「目」(huu)を幾人か経由し「女」(pwmka)の様子を確かめる。一族の病室にはいなかった。ーーでは本当に。

 

わたしのこ(watashinoko)……」

 

 あの声を聞くことは二度とないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は完全環境都市(アーコロジー)情報部に一族の今までの暗躍した活動内容、組織情報を密告した。一族は離散。生き残ったものは地下に潜った。

 僕は取引して監視付き証人保護プログラムにより身を隠すことになった。とはいえ、一族の能力者から身を隠すのは難しい。なので存在をごまかすために、義眼、義耳の機械化手術を受けた。

 

 僕は目が見えないことで既存の文化フィルターや、視覚イメージに囚われず、物事、物質の概念を把握することができた。

 例えるなら、月といって二次元的な丸、もしくは三日月を思い浮かべ、さらに地球に向いている方が表側、見えない方が裏側と考えるなら、すでに視覚イメージ+日本の文化フィルターに縛られている。

 僕は見えていないから、辞書に書かれているような概念通り月をイメージする。それは球体であり表も裏もない。

 

 僕は文盲だ。文字を知らず、言葉を持たない。他人とのコミュニケーションも音の羅列で行う。イルカのように。

 なぜなら言葉は思考のイメージを固定し縛り付ける。そうなると言葉以上の力は出せなくなる。

 このため僕の一族は赤ん坊の頃に目を潰し、力を行使するための最低限の旋律を覚えたあとは耳も潰す。そうすることで思考力は飛躍的につながり視覚、聴覚に頼らない認識力を得られるからだ。

『はじめに言葉ありき』というのはキリスト教を支配の手段として使い始めた者の書き換えであり、人間の想像力を、思考力を限定するための呪いでもある。

 その呪いにわざとかかることで、一族の捜索の目を眩ませる。

 

 千里眼で「視」るということは、相手に「見」られるということで、わざと認識させて相手の所在を見つける。だが、こちらが「視」なければ向こうは認識できない。

 彼らが探すのは「目」を持つ者。僕が「目」を失えば見つけることはできない。

 

 手術を受けたあと、僕はただ人として世間に混じりはじめた。まず言葉を知らないので言葉を習う。

 こんな音の羅列が敵意がないことを相手に知らせる合図なのか。

 いくらでも誤魔化しがききそうではないか、と不信ながらも習得する。

 

 しかし視界になれない。みんなは恐ろしくないのだろうか。

 視点が定まると定位置からの視覚情報しか見えない。横は?後ろは?

 よくこんな宙ぶらりんな眺めで安心して暮らしていられるものだ。

 

 色々悪態をつきつつもなんとか日々の暮らしに慣れていく。

 僕が千里眼で得た情報は、完全環境都市(アーコロジー)情報部最高機密に分類されるらしい。なのでアドバイザー業を保護の義務としてこなしながら、興味のあった自分のルーツを探しはじめた。

 

 僕の一族は元々は呪殺を主にした一族ではないらしい。では何をしていた家系なのか調べたかった。表立って自分が動くと一族の捜索に引っかかるかもしれないので情報部のチームメンバーに頼んでいる。

 大分古い家系だからすぐには無理だろう。

 

 完全環境都市(アーコロジー)内考古学研究所職員の資格を割り当てられた。

 情報部の案件があれば呼ばれるが、考古学に関する仕事はしてもしなくてもよい身分だ。

 だが触れてみると考古学は興味ぶかい。考古学に過去ではなく未来を感じた。神の存在を考古学は肯定している。そのことにとても親近感を覚えた。一族で何度も神憑式を行い、神がいることは身をもって知っている、一族の屋敷は常に神気で満ちていて心落ち着く空間だった。

 

 一族から出ればどこにも神の気配を感じない。これほど気配が薄くて一体人間はどうやって暮らしているのか、とても暮らしていくことなどできないだろうと不思議で仕方がなかった。

 

 しかし彼らは「カガク」という物質特化した技術で発展し、そして追い詰められていながらも、なんとか暮らしていた。そんな人の営みはどんなものだろう、とても興味深い。

 

 しかし暮らし始めて他者との対話はまったく上手くいかなかった。一族で隔離されて育ったせいだろう、相手が何を考えているのか、何に怒るのか、喜ぶのか、さっぱりわからない。

 そこで、他者を観察しはじめた。観察結果を見よう見まねでやってみる。

 

 ……おお!やっと薬屋の店員が声をかけてくれた!

「こんにちわ」「ありがとう」に加え、天気、ニュースの話題を振ってみたのが良かったのだな。

 

 なんとなく会話が成立するようにはなってきたが、未だに感情の動きがよくわからない。これはさらに観察を重ねる必要がある。

 感情の動きがもっとわかれば、「女」と対峙した自分の感情もわかるかもしれない。

 ならばと、どういうときに人は感情を表しやすいのかと調べた。

 

 ……娯楽一般がいいかもしれない。人間の感情が大幅に揺れ動き観察するのにうってつけなもの……ギャンブルや、ゲーム、特に人の生き死にや、人生がかかっているものほど良さそうだ。

 

 そして、自身のアバターを作り出すというDMMOーーユグドラシルを知った。

 

 興味本位でユグドラシルのゲーム概要を見ていて目に付いたサイオニックという項目。

 思念力サイオニックと呼ばれる力、精神に秘められた可能性を開発する技。自分が失った能力が書いてあった……!

 正直にいえば、千里眼を失い新たな五感を得たとはいえ、喪失感の穴埋めにはなっていなかった。

 失った能力を仮初とはいえ取り戻すことができ、多人数と関わることもできるゲーム、これは僕のためのゲームに違いない。

 

 支給されているダイブマシンにユグドラシルをダウンロードし、ログイン画面を表示、アバター作りに入る。

 

 分身(アバター)か……。

 どうも人間形は自分のイメージに合わない。視覚イメージに依存しすぎたデザインだ。僕の人間の概念に近いのは異形種か。

 

 異形種欄で気になったのは、ブレインイーター(脳を食べるもの)

 蛸のような触手、白く濁った眼。昼間はで15メートル程度の視程。劣った聴覚。鼻もなく臭覚も弱い。

 しかしその強力な思念力は、五感に頼らず周囲を把握でき、意思疎通は精神感応力(テレパシー)で行う。

 

 ーーこれだ、これしかない。

 

 最近感じることのなかった高揚感のままアバターを作りユグドラシルをはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームをはじめて最初の頃は、殺したり殺されたり、蛸頭が怖いのかかなかなか接触できるプレイヤーがいなかった。

 

 そういえば、脳みそを食べるとすごく嫌がられたな。PvPでプレイヤーの脳みそを食べるのが楽しくて【脳みそを食べますか?】をYesしすぎたのがいけなかったのだろうか。

 

 悩むこと数日して同じ異形種と知り合いギルド勧誘をうけたので入ることにした。

 メンバーは様々で多種多様なサンプルがいて観察しがいがありそうである。よかった。

 

 ギルメン達の会話を聞きながらじっと観察を続けた。

 興味をひときわ引いたのは観察対象7(幼い少女のギルメン)である。

 子供なのに年齢不相応な聡明さを持つ観察対象7(少女)の動向はいつも興味深い。

 ギルメンを助け、ギルド外の人間種、亜人種を殺す。

 本人は意識していないただろうが、

 【ギルメンを守る=ギルメン以外を殺す】

 ということを意気揚々こなしていて、その潔さに実に好感が持てる。ギルド外部のプレイヤーと付き合いもあるようだが基本的に仲間最優先なのが心強い。観察対象7(少女)が一族にいたら素晴らしい才能を開花させただろう。

 そうだな、観察対象7(少女)は僕が神憑になったころと同じくらいの年か。

 

 観察対象7(少女)には両親がおり、観察対象4(少女の姉)観察対象6(少女の兄)がギルメンにいるほど繋がりが強い。

 僕の一族の血の繋がりと世間の血の繋がりの違いをまざまざと感じさせる。観察対象7(少女)の環境は自分と大違いだ。

 

 

 

 

 

 ーーもしも。

 

 

 

 ーーもしも僕が一族以外の、世間一般といわれる中に生まれていたら、観察対象7(少女)のように育って、育つことができたのだろうか。

 

 ーー少女を愛しむ、姉と兄。少女も姉と兄を慕いーー母と父を慕い……。

 

 

 

 

 見果てぬ憧憬。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拠点作りが始まりNPCを作ることになった。僕は3体の女の異形を作った、1体ではあの「女」を表現することはできないだろうと考えたからだ。

 

 1体目。

 一応、あの「女」は僕の母であるらしい。では母のイメージとはどんなものか。僕は母を知らないので世間一般のイメージを付ける。僕の一族であるならば弱者に対して軽視し塵くらいにしか思っていなかっただろう、それも付け加えよう。男たちに搾取されつくしていたのは力がなかったせいだ、力をやろう。戦い身を守ることできる力を。

 だがあの饗宴では求められることに喜んでいた、それも加えておこう。

 

 

 

 

「女」よ。

「女」よ。

「女」よ。

 

 ーー貴女は僕をどう思っていたのですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワタシノコ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2体目。

 あの部屋で子供を取り上げられ続けた「女」に、子を与えよう。そして子のために戦う力を与えよう。取り上げられた子がどうしているのか、様子を見ることができる力を与えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3体目。

 肉人形と化した「女」に力を与えよう。肉の器に縛られることのない、最強無比たる力を。もし全てを終わらせたいと思ったのなら、終わらせることのできる終末の力を。

 

 

 アルベド、ニグレド、ルベド。

「女」を作り上げ眺める。

 そして、物言わぬNPCから答えを得ようとしていたのことに気づき苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タブラさんー、ちょっとご相談があるんですが……」

 

 観察対象7(ウラエウス)からメッセージが届いた。なんでもアルベドにアイテムを上げたいという。

 アイテムを上げる理由を聞いた。

 

「寂しくないように、ですかね?」

 

 自分は想像すらしなかった。NPCが寂しい?

 ふと、母はどうだったろうと考える。

 ーー母は寂しかったのだろうか、自分は……寂しかったのだろうか。

 

 わからないながらも観察対象7(ウラエウス)につきあい、アルベド、ニグレド、ルベドにアイテムを装備させる。

 

 ーー母にもこうしたら良かったのだろうか。子を取り上げるのではなく、似合いそうなものを選んであげればよかったのだろうか。

 

 観察対象7(ウラエウス)からもらったものではなく、自分で作ったアイテムをアルベドに装備させる。

 観察対象7(ウラエウス)は僕が話しかけるとNPCだって喜ぶという。

 

 ーー子供じみたごっこ遊びだ。

 

 そう思いながらも語りかけてみる。

 

「……アルベド……このアイテムはお前を考えて作った。……お前は嬉しい、のか……?」

 

 ニグレドの部屋に行くとまず赤子の人形を放る。

 ニグレドは観察対象7(ウラエウス)からもらった仮面アイテムを装備していた。

 装備すると顔にピタリとくっつき、皮下組織、真皮、表皮の役割を果たすという仮面で表情も表すことができるも言うもの。

 

 目が見えなかった僕からすれば、皮の形などどうでもいい。

「女」のひきつった火傷跡が残る糜爛とした顔。いっそ皮などないほうがいいだろうと皮をつけなかった。

 けれど観察対象7(ウラエウス)はの意見は違った。

 

「それはない。ないわー。タブラさん、たかが皮一枚、されど皮一枚ですよ。綺麗で美人な皮のほうがいいに決まってます!」

 

 だからニグレドには肉仮面を作ったようだ。説明欄を見れば、「被ると顔に吸い付くようにくっつき違和感なく表情筋を動かすことができる。仮面をかぶっていることを周囲の者はまったく気づかない」とある。

 

「僕からすればどんな表情だろうがお前はお前なのだが……お前は満足か?」

 

 

 肉人形のルベドは人の要素が限りなく少ない。観察対象7(ウラエウス)は形を整えるアイテムを作り渡してきた。

 これではルベドの肉人形さがなくなると思い装備を遠慮しようとした。

 

「見た目は動かない、ただの人形かもしれません、けれど心はあるし、魂はまだあるはず、たぶん!きっと!大切にされたら心は嬉しいはずですー!」

 

 よくわからない。けれど観察対象7(ウラエウス)のいうことはなんでも試してみようと思った。観察対象7(ウラエウス)の言う通りにすれば、自身では見つけることのできないどこともしれない場所にたどり着けそうな気がした。

 

「核のない「女」よ。動かぬ肉よ。役割をなくしたものよ。お前に意味があるかはわからない。けれどお前を作ったのは僕にとって意味があるか……ことなのだろう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女」よ。

「女」よ。

「女」よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母」よ。

 

 

 

 

 

 誰もいない暗闇の野原でたたずむ影よ。

 孤独のうちに生まれ、孤独に消えゆく運命だった子等よ。

 

 彼方で笑うことはあるのか。

 苦しみを笑う、無垢をさらけ出し、垢だらけのまま、世を嘲ることなく、何百、何千もの笑顔を浮かべて、星かげの向こう、ともしびが輝く暗夜に、見渡す限りの闇大海原にのまれ、そしてまた生まれてくるのか。

 

 ならば、僕はーー。

 

 一粒、涙。

 

 生きた星々となって空をめぐる、消えた星々となって地に降り注ぐ、お前たちと、そのともしびと、心を通じあわせたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母と兄弟たちの供養をし、多少呪われ、祓うことなく背負いながらログインする。体が重い。まあ仕方がない。

 情報部の方がいささか忙しなくなってきたが、観察対象7(ウラエウス)が頻繁に呼び出してくるので、定期的にーー週3日ほど、ユグドラシルに来ていた。

 そんなおり観察対象7(ウラエウス)に変なことを聞かれた。

 

「男性から見て魅力的な女性とはどんなでしょう?」

 

 僕には世間一般のことはさっぱりわからない。

 何故なら僕は視覚に依存しないで幼少期を育ったために、顔の造作の好みは著しく世間から外れてる……らしい。

 

「あまり参考、ならない」

「そういうタブラさんの意見が聞きたいんですよ!」

 

 食い下がられた。仕方ない、もう一度思考を咀嚼してみる。

 僕が美しいと感じるのは、穏やかでこころ安らかになるような概念を宿す存在だ。だがこの答えは参考にならないだろう。

 ふとこの間のギルメンたちが話していた会話が閃く。

 男女の(つがい)において身体の相性というのはとても大事で、合わなければ破局する者も少なくないらしい。だからエロくて気持ちいいに越したことはない!と強く豪語していたギルメンは明るく輝いていた。高貴ささえ見受けられた。

 

 僕は童貞である。

 なぜなら僕の術師界隈では女の経血は力を弱める要素となるので交わりは禁じられる。童貞で清い身を保つほど強い術者たりえるのだ。なので、僕は肉の悦びをしらない。

 だから、一概にはいえないが相手に肉悦を与えることができれば、それは魅力的な要素ではないだろうか?と伝えてみた。

 

「そ……そうですか……やっぱり……男のひ……でも……ああ!……ううっ……」

 

 ジタバタと床でのたうった観察対象7(ウラエウス)はどもりながら去っていった。

 今の僕の助言が役に立ったのだろう。

 昔は一族に役立っても嫌悪と砂を噛むような思いしかなかった。しかしこうしてギルメンに頼られ役立つことができるというのは悪くない気分である。

 

 

 今日の僕は上機嫌なブレインイーターだ。

 

 

 

 




おでんのタコうまい!


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気がつけば、プロフ捏造してた/side: 気がつけば、かわいがっていた

前半ウラエウス視点、後半◯◯◯◯◯◯◯◯視点


 

 プロフィール画面のウラエウス(自分)のアバターの頭の方と足先の方に両手の指をのせて引き伸ばすように開く。でも画面のアバターに変化はおきない。当然だ、プロフィール画面のアバター画像をさわったところで基礎体(ベース)の変化はできない。

 

「うー」

 

 身長の伸びがとまって1年経った、もうこれ以上の成長は望めない。身長が止まれば胸だって……。プロフィールのアバターを横向きにする。

 

 う、うん……よせて、よせーて、B……きっとBはあるはず……!ある!

 

 身長も胸も打ち止め。どうしよう、デミウルゴスとの身長差がおよそ40cm……?上げ底するにも限界がある身長差。どうしよう。

 

「ううう〜〜……!」

 

 身長170cm↑のスラリとした美脚のTHE秘書なお姉さまになりたかった……!デミウルゴスと釣り合うような……!

 

「はああ〜〜……」

 

 アバターの顔をじっと見る。正しく【スキャニング】された顔。鼻が高いとはいえない。目は大きい方かも。面長ではない、丸顔だ、美人顔ではない。

 

「【スキャニング】選択しなければよかったかな……」

 

 ユグドラシルのキャラメイクで【スキャニング】を選択しなければ、運営の用意した彫り深い西洋ベースの顔をいじくるところからはじまる。

 でも、そんな彫りのふかーい顔を自分の顔とは思えなかったわたしは【スキャニング】を選択した。

 わたし自身は、わたしのアバター、ウラエウスを気に入っている。

 でも、この少女の域で成長が止まった身体を他人が良いと思うかどうかは別だ。

 

 キャラメイクの時に、現実の自分の未来に希望を持ちすぎた……。うううううー。

 わかっている、わかっている。嘆いても仕方がない、これがわたしだ。しかたがない『妖艶な女性』という目標は達せられないことがわかったから、他で補わないと!前向きにいこう前向きに。うん。うん……。

 

 わたしは、得られなかった大人の魅力を補うにはどうしたらいいのか男性のギルメンに頭を下げて聞いて回る。しかし、わたしの年齢が年齢だけに男性の正直な意見をなかなか聞くことができなかった。

 

「大丈夫、大丈夫、ウラさんのことを好きな人が現れたら、見た目なんか気にしないから」

「そこまで外見気にならないけどなあ」

「みーはそのままがいいんだ、そのままのみーでいてくれよ」

 

 ……若干一名不変なおにいたんはおいておいて。

 みんなそんな少女マンガみたいなこと言わないでください!男性は見た目が8割ってわたし知ってる。

 前世で「目玉焼き焼けなくても気にしないよ、だってアイドルだしね〜」てアイドルと結婚した芸能人は言ってた。

 飲み会で、ブスに寄られたら「ウゼエ」だけど可愛い子だったら「おっ俺に気があるのかな」だって、無意識にブスハラしてた同僚は言ってた。

 みんな優しすぎる!わたしが子供だと思って、フィルタリングしないでいいのにー。

 

 あ、タブラさんインしてきた。

 タブラさん博識だし子供扱いしないで教えてくれそう、タブラさーん!

 タブラさんは人を見た目で判断しなさそう。

 そんな人がどこらへんを基準に相手を選ぶのか……きっと参考になるに違いない!

 お時間あるのか確認したら、大丈夫とのことでいそいそと質問した。タブラさんの返答はーー。

 

「快感度、高い身体、喜ばれる、男はエロくて気持ちいい、好き」

 

 体か!やっぱり体なのかーー!

 

 ゲームの中でも現実と変わりない!夢も希望もなかった!

 なんで【スキャニング】にしちゃったんだ、昔のわたしー!わたしのばかー!むきゃー!

 

 デミウルゴスのところにいくと現実をさらに直視して落ち込みそうなので、私室で過去の自分を責めながら仕事をしていると、女性のギルメンからメッセージがとどいた。

 

「ウラちゃんどうしたのですか?な、悩みがあるなら、ボクでよかったら聞きますよ……?」

 

 やまいこおねえちゃん……!

 悩んでいる内容自体は話さずにギルメンたちに質問ばかりしていたわたしの様子から察して声をかけてくれたみたい。優しいよう。

 どうしよう……やまいこおねえちゃん、こないだ男子生徒ズに生的いやがらせを受けていたのだ。

 ムカついたから男子生徒ズの親の後ろ暗いところを探って突きつけたら大人しくなったけれど。もちろん男子生徒ズは社会的制裁を受けさせた後転校させた。

 だからあんまり「男性」「性的」キーワードに触れそうな話題は避けたほうがいいんじゃないのかなと思った。

 

 でも心配してくれている気持ち嬉しいから断るのも……うーんうーん、と煮え切らない返事をしてしまうわたし。

 

「あ、そういえば6区画に新しいお菓子屋さんできたんですよね、すごーく美味しいクリームの入ったシューがあって」

 

 お菓子!そんなシューが!なんでやまいこおねえちゃん情報いつも美味しいものいっぱいなのー。

 

「シュー食べたいです!」

「ですよねボクもです。お菓子と飲み物を持ち寄って……餡ころもっちもちさんやぶくぶく茶釜さんも誘って……」

「わー!わたしお姉ちゃんに連絡しておきます!」

「じゃあ、ボクは餡ころもっちもちさんに」

 

 お菓子!おっかし!……やまいこおねえちゃん優しい……!ありがとうございます!

 

 というわけで、ユグドラシルにインしながら、現実でお菓子を食べるというお茶会をすることになった。

 あれ、なんかいつもやってるお茶会の流れと変わらない気がする。あれ?まあいっか。

 

 いつもどおりログイン画面を外部モニターに出力してユグドラシル内の映像を映す。それを見ながらお菓子、おつまみ、飲み物をとりながらワイワイ喋る。うん、いつも通りだね。

 

 アバターがいるのはユグドラシル内での場所は第6階層の巨大樹。自然に囲まれた高所からの眺めが癒されるところ、絶景かな絶景かな。

 

 そして……いつもどおり、わたしから見て、右に餡ころおねえちゃんとやまいこおねえちゃんが並び、左にお姉ちゃん……は、スライム的な膝の上にアウラとマーレをはべらせてお揃いのかわいいワンピースを着せている。

 

「アウラとマーレかわいいですね」

「ね」

 

 えっ?それでいいの?

 たたしかにアウラとマーレに女装違和感……ないけど、はべらせているところにツッコミは?得意気なスライムに何か言うことは!?

 

 ーーそう、餡ころもっちもちとやまいこはすでに何回も行われたお茶会によって訓練(ならされていた。

 

「お姉ちゃん、アウラとマーレのその服ーー」

「かわいいでしょう!みーのもあるわよ、ほら!」

「え、またーー」

 

 アイテム譲渡画面がひらき、ワンピースが表示される。

 

「あれ、なんか割と耐久度高い。お姉ちゃん、なんでーー」

「ほら、着て見せて着て見せて!」

「う、う、ん、わかった」

 

 可愛いワンピースだー。

 現実でストレスマッハなお姉ちゃんの気がすむなら……ぽちっ、と。

 

「あーかわいい!三人並んで!癒される!癒されるわー!」

「う、うん」

「はやくはやく!」

「はぁい……」

「あ、ボクもスクショいいですか?」

「あたしもいい?」

 

 いいねー顔もっと近づけてー!そうそうほっぺをくっつけてー!

 あー腕絡ませてーいいねー!そこ伏せて!そうそう仰向けになって、ややかぶりぎみで!

 んー!マーベラス!!

 ーーと様々なポーズを指示されながら撮影をされた。マーベラスて。

 

「はー癒されたわーやっぱり疲れたら可愛いものをみて、囲まれて、癒されるしかないわよね」

「だよね〜」

「わかります」

 

 確かに。わたしも疲れたらデミウルゴスのところで癒されてるから癒やしは大事なのよくわかる。ポーズとるのは恥ずかしけど……お姉ちゃんが癒されるならこれからもがんばろう。ただわたしの顔面偏差値アウラとマーレに比べるのはキツいから、かなりの強心臓にならないと……!毛の生えた人工心臓が売ってたら買うべきだね。

 

 撮影会が終わると、お姉ちゃん、餡ころおねえちゃん、やまいこおねえちゃん、忌憚のないトークが繰り広げられる。これもいつも通り。わたしはもっぱら相槌とツッコミ役。

 

「でねーほんとムカつくのよ、こっちが市外生まれだからって「君の家はどこにあるの?あー、そういえば最近市内に来たんだったね、それじゃあ規範に疎いわけだ、いや失敬」とかいって都合のいいように案件持って行こうとすんのよ!はっら立つ!なんなの市内で生まれているのがそんなに偉いのかー!」

「嫌ですね」

「うわーやだねー」

「偉くないからそういうこというんだよー大丈夫、お姉ちゃんのこと見てくれる人がいる、きちんとわかっている人がいるよ。お姉ちゃんふぁいと!」

「みーいい!お姉ちゃんがんばるわ!」

 

 お姉ちゃんにぎゅううと抱き込まれた!くるちい!

 そんな風にお姉ちゃんが吼え、

 

「あたしもわかってるんだよね。だから彼の仕事落ち着くまで待ってようと思って。でもやっぱみんながしてるとー」

「あー焦るよね」

「うん」

「そうですよねえ」

「みーちゃんどう思う?」

「んー彼氏さんていまおいくつでしたっけ、んーまだローンばりばり組める年齢ですねーー」

 

 結婚に悩む餡ころお姉ちゃんに男性が結婚を考える3つの時期ーー25歳手前、転勤、親からの圧力を受けた時のことを教える。

 そんな風に餡ころおねえちゃんが惑い、

 

「みてください!しゅっ!しゅっ!」

「はやい!」

「はやくなった!」

「やまいこおねえちゃん、拳のスピード上がってるー!」

「やった!」

「燃えてるねー」

「こないだの大会では判定、延長戦で2-1だったんだっけ?」

「そうです!だからボク、リベンジする為にラストスパートかけててーー」

 

 ゲームキャラの強化と日頃のストレスを発散する為にはじめたキックボクシングにすっかりのめり込んだやまいこおねえちゃん。

 そんな風にやまいこさんが燃え上がり、

 

「で、みーはどうしたの」

「え」

「気になる男の子でもできたんですか?」

「やーないない、だって、みーは基本篭ってるし、会うって言ったら全員仕事相手だから年上もいいとこだよ」

「あらら、じゃあ年の差?」

「ややや、わたしの話はーー」

「なんで、ウラちゃんはギルドのみんなに男性から見て魅力的な女性の部分きいてるんですか?」

「そんなこと聞いてんの!?ちょっと、ウラちゃん」

「どういうことよ、みー?」

「わわわー!」

 

 いつもなら話を流すとそのまま他の人に話題がうつるのに、今日はわたしに回ってきたボールを他の人に回そうとしても高速で戻ってくる!今日はまだみんなお酒入ってないのに!お姉ちゃんの追求がはげしいーいい!

 

「い、いいよ!わたしの話は!」

「よくないわよ。みーの年齢がわかって手を出してくるような奴がいたら私がぶっ飛ばすわよ」

「そんな奴に惚れたらダメよ、特にウラちゃんお金あるんだから、ホイホイなんだよ」

 

 なんのホイホイだろ。

 

「まあ、あれだけ婚活エキスパートのウラちゃんが引っかかるとは思えないから……」

「つまり、婚活じゃなくて、恋愛、恋ってこと?だれ、だれなの

 、まさかギルメンじゃないね?だれがロリコンなの?」

「弟だけじゃなかったなんて……!」

 

 ロリコン!?ないないないよ!やややばい!あらぬ嫌疑がギルメンに!

 

「ちがう!ちがうの!あの、その……!もう1年、背がもう伸びなくなっちゃって、胸も大きくならないし、グラマーにならないのわかったから……アバターだけでも変えたいなって……」

「……みー、そんなこと悩んでたの」

「だ、だって、お姉ちゃんや、餡ころおねえちゃんや、やまいこおねえちゃんみたいな女性としての魅力ほしかったんだもん……!」

「ということはキャラを1から?」

「作り直すんですか!?もったいない!」

「ううん、このキャラはわたしそのものだから気に入ってるから変える気はないんです、でもプロフィールのキャラ設定文章のところだけでも変えようかなって思って……」

「ふーん」

「なるほー」

「ほむ」

 

 ……なんだろ。3人がじっとこっちを見ているよ。悪いことしてないよね?悪いことしたみたいな気になってくるよー!

 

「で、そのプロフ文章は決まったの?」

「ううん、まだーー」

「ウラちゃんてどんな女性になりたいの?」

「ウラちゃん、可愛いと思いますよ?」

 

 うーん、身内(ギルメンびいきだよーやまいこおねえちゃん。わたしの現実リアル顔面偏差値を5段階評価するなら3、ユグドラシル評価なら1よりの2かなーユグドラシルの基礎体みんなに美形キャラだから。

 あとデミウルゴスと横に並んだら、『可愛い』より『美しい』の方が合う気がする。でも、わたしの顔は美しいから程遠い……丸顔……。

 

「こう、理想は……ミス・アーコロジーみたいな、身長170〜175cm位ですらっと美脚で、胸がちゃんとあって……90-55-90みたいなの……」

 

「「「ええー!?そんなの、みー(ウラちゃん)じゃない!」」」

 

 ……そうです、わたしじゃないです、出会い系の嘘プロフィールみたいです、ごめんなさい……。

 

「ごめんなさい……」

 

 現実はちがう。ずーんと胸にくる。

 

「うっ!」

「ご、ごめんね」

「そもそも、なんでそんな体型に憧れたんですか……?」

「デミウルゴスに合いそうな体型タイプかなって……」

「デミウルゴス?」

「あ!!ちがう!ちがうの!あの!アルベドそんな感じだし!タブラさんきっとああいう体型がいいんだなって!他のギルメンもアルベドのことベタ褒めだったし!だから男性はみんなああいう体型がいいのかなって!」

 

「……原罪はタブラさんか」

「タブラめぇ……」

「そういう……タブラさん見損ないました」

 

 え?タブラさんの知らないところでタブラさんの株が下がってる!?やややばい!

 

「や!タブラさんだけじゃないし!ユリもおっぱい大きいし背が高いし、あんなふうなの羨ましかったの!」

「そんな……ボクのせいだったんですね」

「ちがうーちがうのー!憧れ!憧れです!やまいこおねえちゃんのせいじゃないです!わたしが勝手にコンプレックス抱いてるだけなのです!」

「うーんこれは」

「みー、いまの自キャラの体型が気に入っているってことは、現実の体には不満はないのね?」

「う、うん、ないよ」

 

 わたしは今のわたしのこと気に入ってる。目とかお姉ちゃんに似てるし、耳とかおにいたんに似てるし、お母さんとお父さんに似てるもん。似てるところ好き。

 ただ、相手に合わないなあってだけで。

 

「ーーわかったわ。私がみーが満足できるようなプロフ文章考えてきてあげるから」

「え」

「あたしも考えるー」

「え?」

「ボクも微力ながらお手伝いします」

「ええ!」

 

 なん、なんで、わたしのプロフィールをお姉ちゃんとやまいこおねえちゃんと餡ころおねえちゃんが考えることに!?

 

 

 ーー1週間後。

 3人が考えてくれたプロフ文章が詐欺レベル文章で慌てた。

 

 項目分けすると、容姿(餡ころもっちもち担当)、カリスマ(やまいこ担当)、性感(ぶくぶく茶釜(お姉ちゃん)担当)。性感てなんだ、性感て。しかし大事なことだから!とお姉ちゃん。

 

 容姿は、餡ころおねえちゃんがわたしを見た時に感じた事が書いてあった。わたし、こんな文章ほど可愛くない……!

 

 カリスマは、やまいこおねえちゃんがわたしと接していて尊敬した事が書いてあった。尊敬の方向が間違っている気がするよ……!

 

 性感は……、エロゲ仕事で鍛えられたおねえちゃんが、「男子がこんなだったらたまんねえと思う身体って主に触り心地とか、◯◯◯した時に××で△△△。◽︎◽︎とか」て、肉体的特徴と影響が文章化されて……!

 ……これ、ほんとに、プロフにのせるの……?のせたくない……。

 

「非公開設定にすれば他のプレイヤーから見えないですよ」

 

 そっか。じゃあ、もらった文章で設定したっていって、本当はのせなければいいのかー。

 

「定期的にのせてるかチェックするからね」

 

 ええ!?なんで!?お姉ちゃん!

 

「ウラちゃん、お財布の中に1億円札入れるのといっしょよ」

 

 それってどういう……。

 

「あんたに足りないのは自信。でも自信なんて今日明日ですぐつくもんじゃない、だから目につくところに私達が考えた文章を貼り出しておきなさい。見てれば影響されるから」

 

 えー!?

 

「影響されると不安になって揺り戻しで元の自信のない自分に戻ろうします。そういうときはこの文章をみて信じてください、私達はみーさんのことを文章のように思っているということを」

 

 やまいこさん……。

 

「まあ文章はちょっとオーバーに書いたけどプラシーボ、プラシーボ」

 

 オーバーな自覚あったの!?餡ころおねえちゃん!あと意味違うから!

 

 ……3人が考えてくれた文章をもう一度みる。かゆい、はずかしい、わたしこんなんじゃない、や、やっぱり止めよう、と言おうとすると、3人の重みのある視線が痛い。痛いよー。

 ……はい、うん、そうだよね、わざわざ考えくれたんだもんね……。

 抵抗感半端ないけど、お見合いORネットの出会い系プロフを盛るんだと思おう……。

 

 それにーー物語(オーバーロード)のweb版舞踏会を思い出す。ちんくしゃがパートナーだと相手に恥をかかせることになるんだよね、それは怖い。元々、今の悩みはデミウルゴスに合うような女性像探しってところからきてる。

 大体、この文章だってこれ転移後どこまで反映されるのか。少しくらい反映されてくれないとすごく困る。困るよ。あーもうあの世界美形ばっかっぽいし。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 うちの家庭は妹によって激変した。

 

 我が家は、父は単身赴任、母も仕事をしながら私と弟を育てていて仕事で夜帰るのが遅かった。だから弟の面倒は私が見ることになった。

 

「お姉ちゃんだからよろしくね」

 

 昔はこの言葉は大嫌いだった。私だって甘えたい、でも弟の方が小さいから我慢しなくちゃならない。

 

「お姉ちゃんだから我慢してね」

 

 母が仕事で送迎行けないから、私が弟の学校の送り迎えをした。

 自宅からほんの30メートル先の幼稚園でも速攻臓器抜かれて道端に捨てられることもあるから送り迎えは必要だった。

 私の学校がまだ終わっていない時は、授業途中に弟を迎えに行って弟を連れて学校に戻り授業を受けていた。

 お願いだから大人しくしててーーといっても弟は少しもじっとせず「あれなに!」「どうして!」と大声を出して騒いでいた。

 まあ仕方がないよな、と大人の度量で受け入れてくれる先生、憐れみと迷惑顔半々の同級生たち。

 私は恥ずかしくて申し訳なくていたたまれなかった。弟が嫌で嫌で仕方がなかった。心が狭いってわかってる。

 

 思えば家に父も母もいない、私も構わないから、弟はかまってくれる人間に餓えていたんだと思う。

 弟の餓えにあの頃の私は気づかなかった、なぜなら私も優しく構ってくれる人に餓えていたから。だって私は送り迎えしてくれる人いないから、弟みたいに幼いころから学校通えなかったし。家で一人だったもの。なのに父と母は弟ばっかり。

 

 私は家で弟が話しかけてきても空返事。母から言われた最低限の世話、私と弟の食事の用意だけした。カップに栄養製粉をいれて水を注いで混ぜて渡す。特に会話はしない、「なんでなんで」「どうしてどうして」うるさくて腹がたつから。

 

「自分のことは自分でやって」

 

 母が夜勤になり帰ってこない夜、弟が夜中に布団に潜り込んできた。怖くて寂しいという。嫌だったけど無碍にもできず渋々布団に入れる。

 

 弟のことを同級生に話すと、弟が可哀想だねと言われる。いつもいつも憐れまれるのは弟。誰も私のことは考えてくれない。

 

 寄ってくる弟が面倒くさくて、パシらせて使う。それも面倒くさい。

 常に弟が付いて回る、そして弟が父や母、周囲の中心となって構われるのを見せ付けられるーーもう嫌だ。

 

 家では極力弟と別室にいるように過ごした。私は私のこと考えたい、誰も考えてくれないのだから、せめて私だけは私のことを考えたい。私は無想する。誰かが私を哀れんでくれる世界を。でもそんな世界は現実に存しない、だから私が私を哀れむ。

 

 いつのまにか弟は家にいる時は共同スペースにはいることはなくなり、自室に篭るようになった。私も自分の部屋に篭るから、弟と日常の接触は殆どなくなっていった。

 私はまた独りになった。

 

 その頃には私は役者の養成所(ボランテイアで運営されている)に通っていた。学校の演劇部での演技が良かったらしく声をかけてきてくれた人が運営してた。正直ボロいし、団員のやる気はバラバラだし、突っ込みどころはあるけれど、ここは私のステージだ。私を見てくれる人がいる。私は私だけの為に突きすすむ。

 

 でもいい役はこない。可愛いヒロイン役や、綺麗な友人役、美人な悪役をやるのは私以外の人。

 私は太っていたから。

 弟が生まれた時からストレスで栄養製粉を過剰摂取してしまっていた。そして太った体をみてまたストレス増加、自己嫌悪でまた摂取する。

 そんなある日、友達の声優オーディションに付き添ってロビーで待っていたら、その声優プロダクションのプロデューサーに声をかけられて試しにとオーディションを受けたら合格した。

 声優は声だけ。もちろん全身売りにする人もいたけど、声だけでもいい。すごく気楽だった。

 顔出しのあるホロ舞台の仕事より声優の仕事のほうが多くなる。そりゃそうか、好き好んでこんな豚を見たいやつなんかいないだろう。

 だからといって声優もいい仕事はこない、豚だし。

 タダ同然の役者の仕事2割、お金目当ての声優の仕事8割くらいの割合。わたしはがむしゃらに働いた。だって父も母もそうしている、働かないと私の居場所はないのだからーー。

 

 仕事を増やしまくって忙しくなったころ、母の妊娠が発覚した。

 

 ーー止めてよ、また私の邪魔をするモノを作らないで。

 

 生まれたのは、妹だった。

 また、世話を押し付けられるかとうんざりしていたら、母が面倒を見るという。

 私が弟の世話を心底嫌がっていたのをわかっているのだろう。最近は母も仕事場が落ち着いて夜勤は無くなったから子育てできるようになったらしい。

 

 安心した。私はもうこれ以上私自身のリソースを誰にも分け与える気はない。

 

 私はさらに仕事を増やし劇団事務所仮眠室に泊まり込みで稽古することも増えほとんど家に帰らなくなった。

 〈帰る〉というより、必要があれば〈寄る〉というほうが合ってる。

 顔をあわせないようにできるだけ家族が寝ている遅い時間に寄るようにした。

 

 なのに、あの日は。

 たまたまあの日は着替えが足りなくなって、夜の打ち合わせに必要だから家に寄った。

 

 玄関を開け廊下を進む。すると居間で弟が妹の面倒をみているのを見て驚いたーー弟が笑っている。

 私が一度だけ妹に対面させられた時、弟は妹を煙たがっていたーー私が弟を避けるように。

 思わず扉に身を隠し、そっと様子をうかがう。

 弟は面倒くさがることなく、妹のよだれを拭いてやり、拙いながらもおしめを変え、寝っ転がってお腹の上に乗せてあやしていた、そしてやはり笑っていた。妹も笑っている。居間に笑い声が響く。

 暖かい空気が流れていた。

 

 ーーなに、ここ。こんなの私の知っている家じゃない。私の知っている家は、シーンとしていて、冷たくて……。弟が笑っているところを見たのはいつぶりだろう……何年前……?そもそも何年会話をしていない……?

 

 私は着替えをとって稽古場に戻った。打ち合わせも上の空。泊まり稽古で夜寝る前も、家で見た光景がずっと心に残っていた。

 

 何となく家のことが気にかかり、帰宅できる時間がある時は家に戻るようになった。母の声を無視し自室に入る。そして自室のドアを少し開けて母と弟と妹の様子をうかがう。

 

 ーーなにがこんなに気になるんだろう。ここには何もないのだ、ないはずだ、だから私は外にーー。

 

「ねぇね」

 

 深く思考の底に落ちていた私のそばにいつの間にか妹が来ていた。ドアの向こうから、ややうつむきた私の顔を下からのぞいている。

 

「ねぇね?かなち?」

 

 悲しい?何をいっているの、この子。

 

「らいしょふーらいしょふー」

 

 妹は立ち上がりーーといってもややよろけながら私の肩につかまりながらーードアの隙間から部屋に入ってくる。

 私の頭を抱き込んだ。後頭部に妹の小さい手の感触。幼児の熱いくらいの体温が私を包んだ。

 

「ねぇねーのかなちいのとんでけ!とんでけ!」

 

 よくわからない、何がしたいの、大体私は悲しくなんかない。

 

「ちゅき!」

 

 いっそう強くだきしめる妹の腕。といっても幼子の力なんかたかが知れてる、振りほどいて私は立ち上がればいい、弟が妹の名前を呼びながらこちらに来る、妹をドアの向こうに追いやってドアを閉めればいい……でももう少し……もう少し……。

 

「ねぇね、にゃかないれ……やー、やー、う、ああん」

 

 みよーこっちこいよ!と弟の声。あんたたち何してんの!と母の声。ああ、うるさい、うるさい、うるさくて。

 

「二人して何泣いてんのよ」

 

 母の苦笑が聞こえた。

 

 わたし?わたしも泣いてるの?泣いてるわけないじゃない、なにいってんのよーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから家によく戻るようになった。本当はそんなに劇団に泊まり込む必要はなかったのだ、ただ家にいたくなかっただけで。

 

 いままでなかった母と日々の出来事の会話。働いてわかった父と母の苦労。私には将来どれくらいのお金が必要になるのかわかっていなかったのだとわかった、私は子供……だったのだ。苦しみの渦にはまり、周りを拒絶した子供。

 子供の私は、父と母に愛されない自分が嫌い、父と母をとった弟のことが嫌い、弟のことが嫌いな私が嫌いだった。

 でも実際は父も母も私を想っていた、ただ生きるのに必死だっただけで。

 なにもわからなかった子供の私は多分まわりを傷つけた。

 

 私が子供だったからといって弟にしたことは、……余裕がなかったとはいえ……。

 弟は私と口をきかない、それは私が先にはじめたこと。謝ったところで過去の私のやったことは消えない。大体、謝るのなんて自己満足だもの。

 

 ーーどうしよう、私、どうしたらいいの。

 

 その点、なんの負い目もない妹にかまうのは楽だった。弟のいない時間、妹をかまう。かわいい。きっと弟もかわいかったんだ、私にわからなかっただけで。

 

 ーーごめんね。

 

 家にいれば弟とも一緒にいる時間が増える。でも同じ空間にはいるけど話さない。互いにいることは意識はしている。私はほぼ他人も同然な距離の弟との会話をどうすればいいのか考えあぐねた。

 

 ーー今更なんて声をかければいいの?

 

 仕事で時間がずれて帰宅。家族はもう夕飯を食べ終えていた。少し、ほっとする。私がいると弟は口をきかないから。

 

 1人夕飯を食べ終えて自分の自室に向かう。弟の部屋の前を通りかかった。すると弟の部屋の扉が少し開いていて中が見えた。弟は妹を膝に乗せて何かゲームをはじめているみたい。

 

『ここはディレシア姦獄!あらゆる犯罪を犯した罪人が集まる断崖絶壁の孤島!だがここには無実の罪で収容されている者がいる!君は犯罪者たちの罪を暴き真犯人を見つけねばならない。もちろん犯罪者たちは簡単に話すことはないだろう、そこで拷問、調教で体に聞いてーー』

 

 ーーなんてもんを。

 

「きれー」

「この会社の絵師はエロむっちりで「このエロ馬鹿弟があ!!」ぐえぇっ!!」

「ねぇねーおかありー」

「いってぇぇ!」

「幼児になに見せてんだー!」

 

 ーー悩んでいた何年ぶりかの弟との会話は、弟がまごうことなき1◯禁ゲームを妹に見せようとしているのを阻止したことによって成立した。

 

「っっんだよ!」

 

 いきなりどつかれて腹を立てた弟は私にケンカを売ってきた。

 即座に部屋に視線を走らせ、どこに弟の大事なものが隠されているか理解した私は、隠し場所を母に伝えに行くといって妹を抱えて部屋を出ようとする。

 

「ふざけんな!」

 

 焦った弟は私の足にしがみつき、私が部屋を出るのを阻止しようとする。ああん?

 

「許可なく女の足に触っていいと思ってんのか!」

「ぐはぁ!」

 

 私は弟を蹴りあげて部屋を出る。扉を閉めた向こうにドサリと倒れる音がした。

 

「ねぇねーにいにいー?」

「大丈夫よ」

 

 弟の隠し場所は母には伝えなかった。だってきっと母にはばれてるから私が伝えるまでもない。弟の部屋の掃除をしているのは母だし。

 

 しかし、ああいうのが好きなのか……弟も成長したことを実感する。実はあの手の仕事の募集はたくさんあった。私の声は向いてるらしい。でもいままでやっていなかった、だって豚だし、豚が喘いで誰が喜ぶの?て思ってたけど……。

 

 試しに仕事を受けてみる、仕事というからには本気でやる。

 予習のために弟の部屋からいくつかこっそり借りてプレイしてみる。

 

 ふーん。なんかあれね、私にクるのものが足りない。私はかわいい女の子よりかわいい男の子のほうが好みかも……。

 

 実写系のホロAVも勉強のためにチェックする。

 男性目線の刺激とは何か?下半身にうったえる話し方は?頷きは?ため息は?呼吸音は?喘ぎは?

 チェックしているうちに私は燃えてきた。

 

 ヤってる最中にあんなにいろんな事を言うのスゴイ。これって購入者の耳を犯すってことよね。やりがいがあるわ。

 

 私はバリバリその手の仕事を受けた。事務所にたくさん反響が届く、ますます仕事を増やす。

 不思議なことエロではない声優の仕事も増えた。マネージャーにファンができたんだよ、と言われた。

 私のファン?だって豚よ?

 

「姉ちゃん……」

 

 3本収録を終えて家に帰ると弟が私の声あてをした作品のホロパケを持ちながら話しかけてきた。

 弟から話しかけてくるなんてーー嬉しい。

 

「えっと、あのさ……これのオミミの声やってるのって……姉ちゃん……?」

「そうよ」

 

 私は誇らしい気持ちで笑顔で答えた。

 

「マジかよぉぉぉーー!」

「え?」

 

 絶望感に満ちた弟の叫び声に戸惑う。

 

「なんで、姉ちゃんが出てんだよ!もうこのシリーズでヌけねーし買えねーじゃん!」

「……」

「大体、オミミは小さくて可愛くて横に広がってなくてーー」

「ーーああん?」

 

 その日(一方的な)死闘が繰り広げられた。

 

「にいにい、いたいのいたいのとんでけー」

「みーありがと……っ」

 

 弟が妹に泣きついている。

 

「みー、情けは人のためならずっていうのよ」

「なしゃけ?」

 

 弟に文句をつけられながらもエロ系の仕事は引き受け続けた。

 弟は私にムカつくこと言うけどーームカつくことを言うようになったのだ。

 

 ただたまにギクシャクはする。たまに、頭に血が上って言いすぎたとお互いに思い空気がかたまるケンカもあった。

 けれどそんなときは妹が笑って「いたいのとんでけー」というと和んでしまうのだ。

 

 3人でいるときは私と弟がケンカし、私と妹がいる時は弟の話をする。

 多分、弟は私がいない時に私の愚痴を妹に言っているのだろう、私には個人的なことは言わないので、妹から弟情報を聞き出す。

 だから弟の好きな声優を妹から知る事ができた。

 その声優は友達だったのでサインをもらってきて弟をからかいまくってやった。

 

 

 たまに妹がいなかったらうちの家庭はどうなっていただろうか?と考える事がある。

 

 なんとかなったとは思うけど、きっとこれほどのあたたかみはなかったに違いない。妹がくれた人生を変化させたキッカケに感謝。

 今度は長女の私が家族のためにできることをーーとお金を稼ぐぞ!と張り切っていたら、妹がまた人生が変わるキッカケをくれた。

 

 妹は動画を作って流していたのは知っていた。けれど子供の遊びなんだろう、位にしか思っていなかった。

 ある日「役員になってほしいからサインもらえるかなー」といってきた時にはじめて妹の稼いだお金の規模を知って驚いた。母も知らなかったようで驚いていた。

 私達がうろたえ慌てふためく間にも妹はさらに仕事の手を広げる。

 

 私や母の動揺とは裏腹に弟は落ち着いていた。妹と行動をともにしているせいなのか。

 

 妹のゲーム実況動画を見ると弟が一緒にプレイしている。2人で楽しそう、なんかムカつく。私だって、弟で遊びたいし、妹と遊びたい。

 

 こっそり弟と妹がやり始めたゲームをやってみる。

【スキャニング】?最近、顔バレしてるから困るわね。ああ、このグニョグニョしてるのいい感じ。なになに……溶解、麻痺、窒息……卑猥ね。見てるとイメージトレーニングにいいかも、いい声出せそう。

 

 ゲームの中でも現実と同じく弟とケンカし、妹と遊ぶ。

 かわいくない弟、かわいい妹。

 弟と妹をいじってかまい可愛がる。それが姉の義務であり権利。

 

 こんな楽しい権利を放棄していたなんて、むかしの私はほんと馬鹿だったわ!

 




ちょうじょのじかく!


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気がつけば、わたしもアインズ・ウール・ゴウンが大好きだった

 

 

 

 ユグドラシルをはじめて数年たった。

 

 

 ワールドアイテムだけでなく神器級アイテムもたくさん集めておきたいから、ぬーぼーさんさんによくアイテム作りの相談をした。そしてアイテムを作るのに必要な青生生魂 (アポイタカラ)日緋色金(ヒヒイロカネ)、などの超希少金属集めに奔走して、どデカイものを作ったり、乗ったり、飛んだりした。でっかい乗り物は男の子の夢だねー!ぬーぼーさん楽しそうだった!

 途中からアイテム作りにまざってきた、るし★ふぁーさんはゴーレム作るの途中で「アキタ(*☻-☻*)」ていうから、残りを引き受けて作ったりしたー。

 るし★ふぁーさんはほんとに気まぐれで、イタズラに巻き込まれるギルメンの阿鼻叫喚ひどかった。そんなギルメンに対してるし★ふぁーさんが、

 

「媚びぬ退かぬ省みぬ!」

 

とドヤァといったときはさすがにギルメンたちも切れてフレンドリィファイアを忘れて超位魔法をぶっぱなしていた。結果るし★ふぁーさんが作った大事な造形物がいくつか吹き飛んだから痛み分け?

 

 

 集めた超希少金属で自身の装備をととのえてギルメンたちとNPCたちに似合いそうな装備も作った。

こんなの似合うかなーあ、きっとこのほうがカッコいい!そんなふうに考えながら作るのはとっても楽しかった。そうしたらお返しにってお互いアイテム作りっこしていたら、なぜかアイテム作りが過熱しエンチャントしすぎによるアイテム破壊が日常になってしまった……。ももったいない。

 

 

 メイドたちにあげるアイテムを考えるときはホワイトブリムさんに相談してから作った。ホワイトブリムさんのメイド愛は凄すぎた……。デザインのこだわりについて盛り上がりすぎて締め切り破りそうになり青くなったホワイトブリムさんの原稿を手伝わさせていただいて光栄だったな。その後ちょくちょくホワイトブリムさんの締め切り前に電話が来るようになった。でもわたしよりプロのほうがいいだろうと思い、手先が器用な人を何人か雇い派遣したよ。作家さん死なないで、南無南無。

 

 

 お姉ちゃんは仕事が忙しくなってきたので(ダイエット成功してからお仕事ふえたのだ!)ギルメン全員で攻城戦と拠点戦をする時以外は巨大樹で会話が多くなった。

 その時は餡ころもっちもちさんと、やまいこさんも一緒に巨大樹のなかで女性ならではの話で盛り上がった。美容、旅行、恋愛、仕事、人生について……様々な話で世を明かしたことも何度か。

 その時は、アウラとマーレそしてなぜかわたしも着せ替えさせられた。そういえばマーレは内股で歩くモーションなのに、アウラは女性ぽいモーションはなかった。なんでなのお姉ちゃん。

 

 

 そういえば、おにいたんにもたくさん着せ替えさせられた。主にシャルティアと色違いの服。シャルティアがゴス系ブラックなら、わたしはホワイト系を、みたいに。

あとスクール水着まで持ってきた。

 

 えーこれ違反じゃないの!?

 

 ユグドラシルは性的部位の接触や露出に厳しかったのに。まあ、用途は水着だから……。もっとエロい服装してるキャラメイクは確かにいるからいいのかな……。

 おにいたんのポーズ指定は邪さがぷんぷんと匂っていて、シャルティアのこと嫌いじゃないのにちょっと苦手になっちゃった。ごめんねシャルティア。

 

 

 源次郎さんが高熱なのによろよろとインしてきた時は、翌日みんなで掃除と差し入れをしに行ったなー。

 すごい部屋だった……よ……言葉では表せないくらいすごい部屋だった……。みんなの人工肺のゲージが一気に危険度域まで真っ赤にになり、あわててマスクを買いに行ったっけ……。寝ている源次郎さんは熱で朦朧としていたのに虫の世話だけはじぶんでやりたがった。

 でも部屋の綺麗さは一週間と保たなかった。

 

 

 死獣天朱雀さんは大体研究休暇にインしてきてた。

 海外学会の後はお土産をくれてなんか孫みたいに可愛がってもらった。今世でおじいちゃんはいなかったから嬉しかった。大分身体を義体(サイボーグ)化していて元気に奥さんを抱き上げたりしてたっけ。

 

 

 武人建御雷さんは戦士系なので、たっちさんと同じくリアルの体を鍛えている。なかなか筋肉がつかないわたしに、オンライン筋トレアドバイスをくれた。とにかくタンパク質が足りてないから1日7000カロリー食べろ!て言われて、大会後はしばらく鶏肉見たくなくなったよ。ついた筋肉は鶏肉食べる量減らして、筋トレ減らしたらするする体重おちちゃった。

 

 

 大会前は弐式炎雷さんともPvPをして腕試ししたりして楽しかったー!巨大な剣が格好良くて!大地を引き裂くの。わたしも真似して巨大な二本槍を作ったよ。あとRPにオーラは欠かせないぞ!といわれて、その言葉に見ていたモモンガさんが強くうなづいてた。無論、わたしはリアル中学年齢なのでノリノリでオーラ覚えたよ!

何にしよかなー考えて即応・対応範囲攻撃オーラにしておいた。クリティカル対応されると厳しくて。

 

 

 ブルー・プラネットさんとは第6階層でピクニックやサバゲーごっこをしたー!迷彩柄の外装ギルメン分そろえてね!あの時は……ブルー・プラネットさんがすごく厳しくて人が変わったようだったよー。なんだっけ、なんとか軍曹そっくりだってギルメンがいってた。

 サバゲーが関わらなければ、自然の素晴らしさ憧れを語るほんわかキャラのブルー・プラネットさん。

 自然に対するあまりの情熱にサービス終了時に誘おうかと一瞬思ったけれど、彼にはすでに家庭があった……。だから幸せそうだし惑わせるのは悪いと思い誘うのは止めた。

 そのかわりナザリックに自然を増やそうとベルリバーさんまざって一緒に、記憶に残る21世紀の自然をナザリックに色々つくった。

 ギアナ高地、グレートバリアリーフ、ペリト・モリノ氷河、ウユニ塩湖、ヒマラヤ、グランドキャニオン、キラウェア火山、ゴーザフォス、クレーターレイク、ダナキル砂漠、etc……。

 課金しまくって拡張に拡張をかさねたので、ひょっとしたら物語よりもナザリック大きくしちゃったかもしんない。ブループラネットさんノリノリ。ベルリバーさんもノリノリ。

 ナザリック内に自然ダンジョンを作ってみんなで遊びまくった。

 大自然だけあって五感を刺激するものが多いので、転移後に体感できるアイテムか魔法がほしいなー。

 

 

 ヘロヘロさんは、ニュートラルネットハッカソンでよく会った。ヘロヘロさんが度々調整するNPCの動作プログラムの秀逸さに感動していることを伝えたら照れていた。照れた時の「いやあ〜」といいながら左右に体を揺らす動きが、ユグドラシルのアバターにそっくりだった。プルプル。今度、ぼく悪いスライムじゃないよ〜ていいながらプルプルしてほしい。

 

 

 音改(ねあらた)さんとは金融取引について話すことが多くて、話しているといつのまにか周りにギルメンが集まってきてた。

「へそくりを増やしたいんです〜〜っ」「保険どうしたらいいですか〜〜??」

 ととりすがられて素人が手を出さないほうがいいよ〜と諌めつつ、良さげないくつかの商品は教えてあげた。損きりのタイミングを読めるか心配なのでたまにチェックしよう。

 

 

 ぷにっと萌えさんとはPvPよりもオンラインのチェス、将棋、カードゲームで対戦することが多かった。勝率は3割くらい。わたしの手は素直だから読みやすい、とよく言われた。むむむむ。GvGをするときとか、工作を2〜3ヶ月前からはじめていて、GvGがはじまった!と思ったら、すでに相手方ギルドがボロボロだったり……。なんでこんな人が現実で図書館の司書やっているのか不思議だった。

 

 ばりあぶる・たりすまんさん、スーラータンさん、ク・ドゥ・グラースさん、チグリス・ユーフラテスさんもすごく面白い人達だった。前世わたしが死んだ後に物語(オーバーロード)にでてきていたのかもしれないけど、そこまで読めなかったから彼らがあんな楽しい人達だとは知らなかった。

 

 

 

 楽しかったーーみんながいて自分がいる。

 ユグドラシルで、ナザリックで、みんなと過ごすうちに、アインズ・ウール・ゴウンのみんなはかけがえのない宝ものになっていった。モモンガおにいちゃんもこんな気持ちだったのかな。

 

 

 

 

 




たからものだよー


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気がつけば、どうにもならなかった

 

 

 

 ーーギルドのみんなと一緒の時間を長く続けたい。

 

 そう為にはどうしたらいいのだろう?

 

 ーーみんなのリアル生活に余裕があればゲームのイン率が上がるのではないか?

 

 問題はなんだ?

 

 ーーお金だ、ギルドメンバーにリアルのお金がないことが問題だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今世は政府を実質支配している巨大複合企業(アーコロジー)が人々の血液を干からびるまで吸い上げている。

 ただお金を搾り取るだけではない、人々から「なぜこんなに苦しいのか?」と思考することも奪っている。

 モモンガおにいちゃんさんが小卒なのも愚民化政策の一つだ。最低限の知識さえあればいい、使いやすければいい、個人の考えなど不要、よい奴隷であれという支配者層の考え。

 

 ヘロヘロさんはなんであんなにブラック企業の文句をいっていたのに会社を辞めないのか?

 ーー辞めたらそれは死を意味するからだ。

 

 

 この現世の状態はわたしの前世からすでに予測された未来だった。

 

 江戸幕府の倒幕は欧米多国籍企業の後押しがあって成り立った。開国させて新たな植民地がほしかったのだろう。

 

 そして戦後GHQによる3R5D3S政策。

 基本政策の【3R】(Revenge―復讐、Reform―改組、Revive―復活)でアメリカ世論の復讐心を満足させ、アメリカによる日本の組織の都合のよい解体と組み替え(省庁すら変更された)、最後に独立という希望をちらつかせた。

 

 重点政策の【5D】(Disarmament―武装解除、Demilitalization―軍国主義排除、Disindustrialization―工業生産力破壊、Decentralization―中心勢力解体、Democratization―民主化)で徹底的に弱体化された。(軍と同じ位の力を持っていた警察も分けられた。警視庁と警察庁の管轄が違うのはこのせい)

 

 補助政策の【3S】(Sexーセックスの解放、Screenーテレビや映画の活用、Sportsースポーツの奨励)で、問題の本質から目をそらし娯楽を楽しめというもの。

 ーーVMMOーRPGもその一つである。

 

 前世わたしはなんとかしたかった。しかし女ということもあり、政府で重要なポストは得ることはできなかった。

 

 男並みに働けば女扱いされず結婚を逃し、女らしく男を支えて子供を育てれば税金を払え外で働けといわれる、働いても家庭に入っても子供を育てても文句を言われた前世の女性の不遇な状況は現世まで続いている。

 

 男だって支えてくれる女を政府の税金を払うために外にとられている(共働きでないと生活が成り立たないようにされた)状況で過剰労働をさせられて心にゆとりを持つのは大変だったろう。

 

 男女ともに嫁が欲しがった。家に帰ったらご飯とお風呂そして「おかえりなさい、大変だったね」という温かい言葉に飢えていた前世は「おかしかった」

 

 そして、今世は「おかしい」と考えることすら奪われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今世のわたしには莫大な資産がある。とはいえ、巨大複合企業(アーコロジー)たちの創業者一族に比べれば大したことはない。

 富を持つ真の支配者層の地位は19世紀にすでに確立されている。

 くいこめたのは自社の商品パッケージに自分の赤ちゃんの時の写真を使用した人間位だ。

 

 それでも、わたしが何もせずとも会社が勝手にお金を生み出してくれる。

 1ヶ月に2000万課金してもまったく生活に問題ないほどはある。

 

 じゃあ、このお金をギルメンに分け与えればいいのか、といえばそれはあまりうまくない選択だ。

 

 たとえば、お金をあげるとしよう。

 ーー税金で半分以上政府に持って行かれ、なんらかの正当な理由づけがされて巨大複合企業(アーコロジー)に使われる。

 

 ーーそれでもあげたとしよう。

 ただでお金をもらった側の心理を考えたことがあるだろうか。

 何もせずにお金をもらうとただでもらえるのが当たり前と思うようになり自身の存在意義を他に求めるようになる。

 わたしに依存し自立できない人間を作ることになる。わたしはギルメンを自立できない人間にはしたくない。

 

 なので陰ながら、ギルドメンバーの仕事や生活がうまくいくようにばれないように融通した。

 病院、親の介護、子供の面倒など人の手が必要となればヘルプをボランティアと称して派遣してフォローした。

 家族の学費が必要となれば無利子で貸し、卒業後はわたしの関連企業で就職できるように取計らった。

 労働環境がひどすぎるギルメンは、ギルメンと同職種の会社を買って転職をすすめた。

 

 

 ーーこの時間が永遠に続けばいい、そんな気持ちから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、これは悪手だった。

 生活に余裕ができると結婚して家庭をつくるギルメンが増えた。そしてログイン率が減っていった。

 たっちさんと同じくリアルに時間を割くようになっていたからだ。

 そして、だんだんとギルメン全体のログイン率は下がっていった。

 

 ギルメンのログインが減っていくと寂しくて悲しくて落ちこんだ。でもだからといってギルメンへのフォロー止めることはしなかった。

 物語(オーバーロード)のギルドメンバー達は現実(リアル)の過酷さゆえにログインできなくなっていったのだと思う。学費や生活費を稼ぐために爪に火をともすような生活をしていたであろうギルドメンバーたち。人工臓器のレンタル代金を払えなくなれば死んでしまうから仕事を増やした人もいただろう、リストラされないために罵倒されても過剰な仕事量をこなしただろう……。

 物語のモモンガおにいちゃんは本当にすごかったんだ。現実(リアル)をほとんど捨てて修行僧のようにナザリックを1人で維持したのだから。

 その状況に比べたらリア充してるからギルメンがログインできないなんて素晴らしいことだ。

 

 寂しい気持ちもあるけど、ギルメンの幸せはわたしの幸せ。これで良かったんだ。

 

 

 ぶくぶく茶釜(お姉ちゃん)ペロロンチーノ(おにいたん)を誘っても最近はインしてくれない。

 お姉ちゃんは「若いうちが稼ぎ時だからね!もちろん歳をとったからといって消えていくような女優になるつもりはないけどね」と仕事を増やし、

 おにいたんはゲームの仕事で重要なポジションを任せられるようになり、休もうとすると誰かが病気になったり、事故にあったりで、仕事を休めなくて「好きなエロゲーもする時間がない」と嘆いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんだろう、これは。

 

 

 

 

 

 背中を悪寒が走る。

 ギルメンがユグドラシルから離れていくことを止めることができない。

 無理やり続けさせることはしたくない、ギルメンにはそれぞれの幸せを追求する権利がある。仲間には幸せになってほしい。だから彼らが離れていくこと自体は仕方がないと思っている、なのにーー。

 

 

 

 

 なんだろう、この嫌、な感じは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしは考え方を変えた。ギルメンがいまログインできない時期なら、ユグドラシルを続けさせればいい。サービス期間を伸ばせばいいのだ。

 転移はあと何年かしてからすればいい。転移すれば異形種のアバターだ、こちらの寿命など関係ないだろう。

 

 生のデミウルゴスに会えるのは先の楽しみにするのだ。

 サービスさえ続けばギルメンも仕事や学校や子育てがひと段落したら顔をだしてくれると思うし。

 

 

「こんこん」

「こんー」

「維持費稼ぎにいてきま!」

「あ、俺も行く、アイテム整理するから5分待って」

「はーい」

 

 

 モモンガおにいちゃんとよく2人きりになるようになった。2人でナザリック維持費を稼いで、ナザリックを防衛し、アイテムをつくって、話をした。陽気だった骸骨さんはキラキラオーラをまとう事も、パンドラと遊ぶこともへり、物静かになっていった。

 二人きりの対話というのは第三者がいない分、個人的な心情を吐露しやすい。モモンガおにいちゃんと寂しい、みんなが戻って来ればいい、戻るまで待ちましょう、と気持ちを共有しあった。

 モモンガおにいちゃんは、ユグドラシルはこのままだとユーザーが減りつづけて終わってしまうのではないかという不安をもらす。わたしはギルメンのこと、仲間が幸せなのは嬉しいけど会えないと寂しいね……と話した。

 ギルドメンバーを待つわたしとモモンガおにいちゃんの気持ちは同じだった。

 

 あんまりわたしとモモンガおにいちゃんが寂しげだったせいなのか、ギルメンが狩りも話もしないけどログインだけしてアバター放置することが増えた。たっちさんにつづく放置アバターである。たまに朝と夜で位置がずれていたりする。モモンガおにいちゃんとわたしで1日1回はギルメンの位置の間違い探しをするようになった。その内、わたしとモモンガおにいちゃんは、寂しさが頂点に達すると放置アバターがいるところまでいってアイテムをぶつけるという習慣ができた。正確には当たらないんだけど、気持ち的にお賽銭投げる感覚で投げつけてる。えいえいっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしはβテスト開始前からユグドラシル制作会社の株を少しづつ買い今では大株主になっていた。会社さえ掌握すればユグドラシルはなんとでもなる。

 銀行にお金を借りたらバカ高い金利をとられるから(そして巨大複合企業(アーコロジー)に以下略)わたしから会社に融資を申し出た。

 オンラインはとかく金がかかる。だけど金さえだせば続くのだ。ますますわたしの事業は成長し、それらのいくつかを巨大複合企業(アーコロジー)に売った。その利益をユグドラシルにつぎ込む。わたしにはお金があるからユグドラシルを存続させることができるだろう。

 

 

 

 ーーそう思っていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またプログラマーが病気に?」

 

 ユグドラシルのスタッフが原因不明の病気になる。

 その割合は年を追うごとに増えていった。年々不調をうったえるスタッフは増えていき、とうとう全スタッフの8割が体調の不調を訴えるようになった。

 病院で診察し様々な検査をしても原因不明。どんな治療、療法も効果がなくほとほと困り果てた。

 

 

 なんだろう。いやまさか……もしかして。

 

 

 わたしは嫌な予感が当たらないようにと思いながら、試しに体調不良のスタッの1人をユグドラシル制作からはずし別会社にうつしてみた。

 するとスタッフはまたたく間に治った。スタッフ自身もあまりの変化に首をかしげるほど。

 

 

 やはり……ううん、まだ断定はできない、はず……。

 

 

「まさか」と思いながら同じような体調不調であるスタッフを別会社にうつした。

 

 全員が快復ーー全快である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしは確信した。

 

 

 

 ここは『オーバーロード』(ものがたり)の世界。

 これはこの世界の強制力ではないだろうか?

 わたしがねじ曲げようとしているのを本来あるべき本筋から外れないようにしているようにしか思えない。

 

 

「……どうして……」

 

 

 気がつけばガタガタと体が震えていた。震えが止まらない。背筋に悪寒が走り手足がどんどん冷たくなっていく。

 わたしという異分子が自由に行動できているから、きっと世界も物語どおりに進まないだろうと楽観視していた。ーーなんと根拠のない気楽な見通しだったことか。

 変えようのない未来がだんだんと近づいてきていたのだ。

 

 

「なんとか……なんとかしないと……っ」

 

 

 零れた呟きは暗い部屋のなかに消えていく。わたしの世界に対する無力さ表すかの如くーー。

 

 

 

 

 




かんがえがあまかった!


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気がつけば、結婚してた

 

 

 あれから物語の強制力にどこまで抗えるのか、どこまで世界改変することができるのか試してみた。

 できることできないことが明確になっていく。わかったのはユグドラシルのシステム根本に関わることーーゲームシステムを大幅に変えるような改変はできなかった。

 

 例えば、

 

「サービス期間を延ばす」

 

「ユグドラシルのゲームシステムを一新し、ユグドラシル2としてニューゲームかつキャラクター持ち越し」

 

 ……といったことはできない。

 つまりサービス終了延期はできず、サービス終了を止められないーー転移を止めることはできない。

 

 ……ならば、と物語(オーバーロード)の強制力の網の目をくぐろうと細かいことを試してみた。

 転移後の事を考え、備えようと思ったから。

 その結果『追加』という形なら若干修正はかかるけれど干渉できることが分かった。

 方法としては、いちプレイヤーとしてアンケート要望を出し、そのアンケート内容を叶えるべくプログラムを加える。ユグドラシルシステムの大きな改変を必要としないことなら多少修正はかかったが、魔法、アイテムを増加させることに成功した。おそらく元々の仕様に《ウィッシュ・アポン・ア・スター/星に願いを》やウロボロスなどの仕様変更効果が組み込まれているため、物語(オーバーロード)の予定調和と誤魔化せているのかもしれない。しかし油断はできない。

 

 

 気を張りつめながら転移対策をしているとき、ふと顔をあげると報告書のギルメンたちはそれぞれ望む幸せを手に入れているように見えた。よかった。

 

 このままでいたい、かわりたくない、現状維持しようとするのはわたしの一人よがりだったのかもしれない。みんなはそれぞれの道を歩んでいる。

 

 ーーでも、物語(オーバーロード)でたった一人転移してしまうモモンガさんはどうだろう。

 

 物語(オーバーロード)でモモンガさんは孤独を感じながらギルドメンバーに再び会える日をか細い希望とともに夢見ていた。モモンガさんを1人で転移させることは考えられない。いまもギルメンを求めて寂しかっているというのに。

ーー聞いてみたらどうだろうか。

 

「もしもゲームのアバターのまま異世界転移したらどうする?ですか?ウラエウスさんも面白いことを言うなあ。うーん……ギルメンに会いたいから戻ろうとするでしょうね。……でもそうですね……ギルメンたちがそれぞれの幸せをつかんでイン率も減り、ユグドラシルも終わるとするなら、そんな風に強くてニューゲームも面白いかもしれません。ちょこちょこ異世界で遊んで、週末は戻ってくる、とかがいいかもしれませんね」

 

 週末帰宅異世界転移か……そんな変更がねじ込めるかわからないけれど……。戻れるとしても種族による精神の変質を考慮する必要がある。転移先で異形種の性質のまま人を殺して元の世界に戻って人間の性質に戻ったら人によっては発狂する。設定だけもりこんだアイテムを作っておこう。ひょっとしたらわたしも強制力で転移できないかもしれない。そうしたらモモンガさんは物語(オーバーロード)のとおりに1人で転移してしまう。そんな寂しいことはさせたくない。彼はギルメンに会いたがっているのだから。けれどそうなったときのフォローも考えておかないと……。

 

 ーーよーし、やるだけやってやる!

 

 気合をいれて前向きに異世界転移準備をはじめなおした。

 本格的に現実の財産をゲームに移し、アイテム、装備を整える。そしてアイテムボックスを拡張、ナザリックを拡張しまくった。ワールドアイテムはユグドラシルゲーム開始直後からリアルマネーも使って集めていたのですでに多数所有している。しかし1人でこんなに持っていても使用条件に犠牲(サクリファイス)を必要とするものが多いため使い切れない気がする。

 

あー家族がいないモモンガさんのために異形種でも子供ができるアイテムも必要かも。なんかないかなー。わたしが転移できない可能性も考えてモモンガさんにわたしておかないと……。考えることたくさんありすぎる。アレキサンダー・セカークはどうだった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなふうに様々な事態を想定しながら転移準備をしていたら、

「サブマスになりません?」とモモンガさんに突然言われた。

 

 ほふぇ?あ、変な声出ちゃった。何を言われた?サブマス?さ……ブ……。

 

「な、なにをいってるんですか!」

「え?何って、ウラエウスさんにサブマスやってほしいなあと思って、あ、難しいですかね……そうですよね、ウラエウスさん忙しいですもんね……嫌だったら」

「ややややややや!嫌とかないですし!」

「モモンガさん、あんね、みー多分よく分かってないからさ」

「おにおにいたん!?」

「みー、落ちついて。深呼吸よ、深呼吸」

「ヒッヒッフー」

「それはなんか生まれちゃうだろう」

「あのね、サブマスっていうのはサブギルドマスターのことで」

「いやそこはわかっていると思うよ」

「困ったな」

「ごほっはふっ、さ、サブマスとか無理ですー!わたし、そんな、責任ある肩書き、コホ、コホっ申し訳ない、です!」

 

 呼吸が整わないけど言わなくちゃと思っていったら、ギルメンの様子はなぜかなまあたたかいような空気。なんだこいつわかってないなーていう雰囲気?なんでなの?

 あれ?今日はギルメンが全員インして動いてる、しかも動いてる、なんてめずらしい。どうしたんだろう。

 最近モモンガさんとも「おは!」「こん!」「おやす!」位しか会話がないほど準備に夢中だったから、なんかの記念日を見落としたのかな?カレンダーを確認しようとしたら、菩薩のような雰囲気の骸骨がまた話しかけてきた。なんでピカ〜エフェクトだしてるの、久しぶりに見たなあ。

 

「ウラエウスさんは、ギルメンのクラスアップアイテムがなかったら取りに行ってくれてたり、ギルメンがPKされたら敵討ちにいってくれたりしましたよね」

 

「う、うん、いえ、はい。でも、わたしも最初みんながドロップアイテム分けてくれてたから、恩返し的なことしてただけだよ、だけです。仲間が殺されたら倍返しするのうちのギルメンなら普通じゃない……ですか?」

 

 うう、まだ動揺がきえない。

 

「倍返しというか殲滅戦というか」

「みーちゃん、敵には容赦ないからな」

「うんうん」

「そーそー、餡ころもっちもちちゃんがやられたときなんかすごかったね。相手方のギルドメンバーをひとり……またひとり……と陰からPKKしていって」

「俺もおどろいた、メッセージとんできたら「これから◯◯ギルドぶっこわしてきまーす」だもんな」

「ウルベルトさんの何かが感染したのかとおもった」

「す、すみません」

「おい、どういう意味だ」

「嬉しかったです」

「なー」

「イイ!ฅ(^ω^ฅ) 」

「あわてて加勢にいったけど終わってたし」

「早かったな」

 

 みんなだってギルメンがやられたらやり返しにいってるし……。

 

「みんなが作ったナザリックやNPCをとっても大事にしてくれてますよね」

「そ、そっそうですか、言われるほどしてました、っけ」

「してたしてた。NPCのAIをすごい喜んでくれてさーすこし動作追加してもすーぐわかってくれて」

「ですです、外装も細かいところまで見てくれて、作りがいがありますた」

「みー、ほんとNPCたち好きだよねしょっちゅう話しかけてるくらいだし」

「ね^^」

「み、みみみ見られてた!?」

「そりゃあんだけ長時間話しかけてたらねえ」

 

 うっ、勘違いされている。

 NPCたちは転移前の記憶も持っているから、転移前に話しかけたらおけば転移後仲良くできるかも!?と思って階層守護者から一般メイドまで各NPCに話しかけていたのだ。

 

 特に階層守護者たちは、朝と夜1回づつ声をかけてすこし立ち話してから狩りに出かけていた。

 

 アルペドは、タブラさんや他のギルメンもいなくなって、さみしんぼでああなっちゃったと思ったから、一緒にいる時間あったら彼女も寂しくないかな?と思って玉座の間にちょいちょい行ってお花とか宝石のアイテムでまわり彩ったりしてた。仲良くしていけたらなーて思ってたし。

 

 アウラはモフモフつるつる好き仲間として仲良くしたいし、引っ込み思案なマーレとはきゃっきゃっお茶のみ友達になりたい。

 

 コキュートスは戦士同士だから、がっつり向こうで手合わせ相手してもらいたいし。

 

 シャルティアは……。

 ……。

 いや!シャルティアは好きだよ!

 でも、兄の性癖がシャルティアを通じてわかってしまったときのショックを思い出して……。ね。昔は兄がペロロンチーノさんだと知らなかったし……。ね。

 

 デミウルゴスには一番話しかけている。だって好きなんだもん。朝の挨拶と、寝る前にその日あったことを話しておやすみなさいしてる。。デミウルゴスの日常モーションを知りたくて1日くっついて回ったこともある。抱っこモーションがついてからはずっと抱っこしてもらってた。わかってる。自重しなかった。

 

そうだ、あの日はヤバかった。

 「今日は△△カンパニーが融資してくれってきて、◯◯◯銀行頭取が預金おろさないでっていってきてね〜」といつもどおり日々の徒然ごとをデミウルゴスに話しかけているところをウルベルトさんに見つかって言い訳が大変だった。

(結局デミウルゴス好きがばれてウルベルトさんにデミウルゴスの執務室にいてもいいというお許しがいただけたのはよかった)

 

……けど!!!そんな様子を見られていたなんて!!恥ずかしい!

 

 立ち話といっても、NPCは反応しないから、はたからみたらわたしが独り言いっているだけにみえるのだ。一人相撲はっけよいのこったのこった。一人壁打ちテニスパコーン!

 

 なので……だから……誰にも見られないようにあたりを気にしながら話しかけていたのに……。

 

「特にデミウルゴスはお気に入りですよね」

「うんうん、1日2時間くらいははなしかけてますよね」

「なななななな、なな、なんで知って……!!」

「ウルベルトさんからの報告です」

「みんなで現場をのぞきにいきました」

「みー、おにいちゃんもそれくらい話しかけてよー」

「ウザい、弟」

「愛してるのね〜」

「ウルベルトさーん!いわないでっていったのにー!」

「俺は自分の作ったNPCをそんな気に入ってもらえて光栄だなって言っただけだぜ」

「みー本当デミウルゴスのこと気に入っててて、家でデミデミ結婚したいなあ〜とかいってるんですよー」

「やーーーめーーーてーーー!」

 

 前世からのキャラ愛いじらないでー!!ひいいー!死ぬー!羞恥でしぬ!!じたばた!じたばた!

 

「それはそれは。でもまだ結婚システムは実装されていないですからね」

「みー、おにいちゃんは許さないぞ」

「実装されてもプレイヤー同士だけになりそうだよな」

「あっじゃあ運営にNPCとの結婚システム希望を出しておいたらどうです?」

「子供システムもほしいところですね。異形種同士の子供がどうなるのか興味があります」

「子供は拠点に縛られないNPCとして育てられるとよいですよね」

「じゃあ、サブマス、みんなの要望をまとめて、運営に希望出しておいてください」

「ええええええええええーーーーーーーーー!!!」

「ニヤニヤ」

「俺は認めないからな!」

「多数決で決まりですね」

重重重課金者(お得意様)のみーさんが要望だしたらあっさり通りそうだよな」

「だなー」

「ですね」

「うんうん」

 

 ふうううえええええええええ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんにちわ、精魂尽き果てぎみのウラエウスです。

ギルメンからの意見……を、とりまとめて運営に、要望をだしました。多数決サカラエナイ。

 まあ、そんな、ね。たしかにわたしは重課金者ですし、株も持ってますけど。それとこれとは、ね。ねー。

 結婚システムなんて導入するにはシステム弄らないといけないからおおきな『変更』になるだろうしスルーされると思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー半年後。

 

『結婚システムと子供システムが実装されました』

 

 強制力仕事しろォーーーー!!

 

 きっと強制力で無理だと思っていたのに……!!『追加』扱いになったの……!なっちゃったの……!!

 

 よろめきつつ、追加されたシステムをチェックして、また驚いた。実装のあまりの早さに、プレイヤー2者が選択したらステータスに【既婚:○○○←相手の名前】が追加されるくらいのアプデかと思っていたら……。

 

 

▽▽▽

 

 結婚するにはガチャで【エンゲージリング】を2個GETが必要。

 リングの種類は属性分だけあって、装備者にあった属性でないと装備できない。

 プレイヤー同士は、結婚式を挙げるとリングを装備することができ、装備するとわずかな攻撃防御アップ効果がある。

 プレイヤーとNPC、NPC同士の結婚は、結婚式システムが実装されてなくて、結婚選択画面で結婚を選択→リング装備→結婚完了となる。

 実はこのリング、エンチャントできる。+2までだからナザリックメンバーが戦うときには使えないけれど、初期ならなかなかいいアイテム。

 ただし、離婚すれば破壊される。離婚は片方がリングを破壊したら離婚とみなされる。

 

 次に子供システム。

 子供をつくるには2つの指輪とも+2が条件。

 指輪をはめた既婚者がガチャをすると【卵】がでるようになる。指輪をはめている間しか【卵】はでない。低低低確率。

【卵】は譲渡可能、売買不可。

【卵】を両親それぞれ5ヶ月づつ心臓の鼓動を感じられる身体部位に装備しておくと孵化する。

 子供の外装は両親の属性からランダムで決定。武器、防具装備可能。

 そして、通常NPCのように育成することができ、かつ自由に連れ歩ける。

 離婚したり、片親のキャラクターを削除しても子供は消えない。

 子供のHPが2割をきったとき、親の

 HPの6割を移せる。

 

△△△

 

 

 説明以上。なにこのしっかりしたシステム。半年でおかしい。スタッフ死んでるんじゃないのかな。

 とにもかくにも……。

 

 

「子供システムまで実装されちゃったよーー!」

「さすが重重重課金者(お得意様)の要望は違うな、さあさあNPCと異種族交配実験をしようぜ」

「ウルベルトさあああん?!」

「お兄ちゃんは認めないぞおおおー!あだっ!いってええええ!姉ちゃん止めるなよぉぉ!」

「未練がましいぞ、弟」

「プレイヤーとNPCだと結婚式はないんですねー」

「じゃあ、勝手にうちらでやったらいいんじゃない?」

「おもしろそーおれも手伝う(๑•̀ㅂ•́)و✧」

「るし★ふぁーさんが手伝うと大変なことになるからだめです」

「えー( ˘•ω•˘ )」

「じゃあ、ウェディングドレスとタキシードつくりますよ!」

「ホワイトブリムさん!?」

「じゃあ、私たちはブーケつくろっ」

「どこでやりますかね〜」

「こないだのアプデの空中庭園でどう?」

「あーいいですね、立ち入り禁止にしてやりますか。NPCを連れ出すのにも必要だから……そっちウロボロス何個あります?」

「ちょおおおおおお!そんなことに使わないでくださ!」

「1個」

「3個」

「今使わずに」

「よきかなよきかな」

「できれば週末にやってほしいですね」

「来月6月でよかったねー」

「まってえくださーー!!みんな正気に、正気にかえって……!」

「ギルメンはこの上なく本気だよ(キリッ」

 

 そんなとこで本気ださなくていいから!人の恋路をイベントにしないでえくださーーー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 み……なさんこ、んにちわウラエウスです。

 めでたく……めでたいのか?いやめでたいはず……そう、サブマスにもなりましたし、とうとうデミウルゴスと結婚することができました。

 やったー(棒読み)

 

 いや、嬉しい……くもあるのだけど……なんていうか。ヒドかった……結婚式。さらっと誓いをいって終わりかとおもったら……。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ギルメン、ウロボロスで、空中庭園エリアを占拠、わたしとデミウルゴスを連れ出した。ワールドアイテムこんなことに使わないでえ……っ!

 

 空中庭園エリアにいったら白亜の教会がたってた。なんで?ギルメンなんで?こんなに仕事が早いの。

 

 そしてご挨拶。タキシードのデミウルゴス。鼻血でそう。グッショブホワイトブリムさん。ウルベルトさんも礼服きてる。

「本日は誠におめでとうございます。これよりご両家の方々をご紹介させていただきます」

 

「新郎、製作者のウルベルト・アレイン・オードルでございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 

「新婦、姉のぶくぶく茶釜でございますそこにすまきになってうごめいてるのが弟のペロロンチーノでございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 

「皆様、今後とも末長くよろしくお願いいたします」

 

 なななななんでこんなにしっかり結婚式なの?なんで?ねえなんで?

 みんな、キリッとした感じにしようとして、いまにも笑い出しそうなのなんで、ひどい。

 

 介添人のたっち・みーさんとデミウルゴスが入場。

 この組み合わせにちょっと感動してしまった。そういえば物語ほどたっちさんとウルベルトさん仲悪くないなー、彼女へのプレゼントのアドバイスしてたし。

 

 わたしは、なんとか見られた様子になった兄と入場。

 進みたくなさそうなのを、姉がどついてる。みんなに笑われる、なんなの、これなんなの。おにいたん泣かないで。

 

 引き渡されて、聖歌斉唱。

 やまいこさんが指揮をとりながらギルメンが歌ってくれる。

 わりと揃っていて驚き。これはみんなで練習したの?

 

 司祭役モモンガさんに永遠の愛をたずねられる。モモンガさん《絶望のオーラⅤ》だすのやめてフレンドリィファイアでもやめて。

 

 「デミウルゴス、お前は

ウラエウスが

病めるときも、健やかなるときも

愛を持って、生涯

支えあう事を誓うか?」

 

 モモンガさん、デミウルゴスに聞いてもそんなふうにプログラムされていないし誓いの言葉は言えないからーー。

 

「誓います」

 

 え

 

 ええええー!!!???

 ちょ、どういうことなのデミウルゴス!?

 参列席をみるとプルプルしてるスライムがますますプルプルしてる……!こんのぉ……!!

 

 「ウラエウス、あなたは

デミウルゴスが

病めるときも、健やかなるときも

愛を持って、生涯

支えあう事を誓いますか?」

 

 ヘロヘロさん、誓いのために発言をプログラムわざわざするなんて……っ

 もはや、誓いませんということもできず、私も誓いの言葉をいう。

 

 「ち、ちかいます」

 

 互いに指輪を装備する。デミウルゴスは、ウルベルトさんがコンソール指示をして装備させている。

 

 やっと、やっと……っ、羞恥プレイが終わった……!

 

 とおもったらーー。

 

「みー、誓いのキスがまだよ」

「そうだよ〜」

「ニヤニヤニヤニヤ」

 

 な、な、なにいってんだこのひとたち!!!!????

 そんなキスとかいうプログラムはデミウルゴスあるはず……大体そういう行為は……ん?

 視界にうつる黒いスライムがさっきよりやたらと動きが激しい。なんだあそこのサムズアップしてるタコは。ままさかーー。

 

 視線を参列席からとなりに戻すとデミウルゴスの顔が目の前にあっ、

 

 

 ちゅ。

 

 

 ひ。

 ひいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

 

 デミウルゴスの顔が離れていく。どこか遠いところでモモンガさんが結婚の宣言が聞こえた。

 

 

「……どして……!18……15禁にひっかからないの?」

「結婚式のキスは、ひっかからないって公式にかいてあったわ」

「おねえちゃんーー!」

「あははー!」

 

 狼狽えながらバージンロードを歩いて教会の外に出る。

 

「ひゅーひゅー」

「おめでとうー!」

「おめでとうごさいます」

「おめでとう!!」

「やーめでたいめでたい」

「おめ♡₍₍ ◝(・ω・)◟ ⁾⁾♡ おめ」

「おめでとうーーーー!」

「おめでとう」

「おめっとさん」

 

 

 外にはギルメンみんながいてお祝いの言葉をくれる。どいつも笑顔モーション飛ばしてる。

 結婚式をイベント扱いにされて素直にありがとうといいたくない気持ちでいっぱい。

(のちのち、おねえちゃんには「みーが嫌なら企画しなかったけど、本当にデミウルゴスのこと好きでしょ?」と言われ赤面しながら黙ることになった)

 けれど、前世も今世も着たことのないウェディングドレスを、締め切りが重なる中で作ってくれたホワイトブリムさんには自然と感謝の気持ちがわいた。

 他にも、リアルが忙しいのにギルメンみんなわざわざ来てくれたと思うと、だんだん胸が熱くなってきて……。

 

「みんな、ありが……?」

 

 お礼を言おうとしたとき、るし★ふぁーさん、ばりあぶる・たりすまんさん、ベルリバーさんがなにやら大きな筒状のものをかかえているのが目に入った。

 嫌な予感がする。

 

「お祝いっていったら花火だよね!ヽ( ε∀ε )ノ」

 

 そういって、るし★ふぁーさんは、思いっきり空に向かって花火とは思えないミサイルを打ち上げた。

 

 ドーン!ドドーン!

 

「わあ」

「キレイ……」

「たまには良いこともしますね」

「ですね」

「おおーたーまやー」

「すごい……」

 

 大迫力の花火は空で大きく花開いた。庭園の湖のように大きい池に反射してとても美しい。現実では見られない景色だ。

 澄んだ青空に繰り出された幻想花火は心と体に響き染み渡った。

 きっとこの光景も計算して作ってくれたんだろうな……なのにわたしったら先入観で……るし★ふぁーさんのことだからって思っちゃって……ごめんなさい。あとでお礼をいわないとーー。

 

「あ」

「あれ?」

「んあ」

「何発か地上に向かってない?」

「何発とかいう数じゃありませんね……20…100……258……」

「あー……」

「るし★ふぁーさん、あれって」

「あれぇ〜?おっかしいなーなんか手元が狂ったみたい!てへぺろ☆◟(๑•́ ₃ •̀๑)◞☆」

 

ええー!!?

 

「てえええめええええ」

「おおー」

「お、着弾した」

「るし★ふぁーさん!あなたってひとはああああ!」

「いま吹っ飛んだの人間種の街ですか。綺麗に吹き飛んで良い景気付けになりましたね」

「あああ、あああ」

「いやーこれはやばいなー(棒読み)」

「あわわわわ」

「どうしましょう?」

「わー……」

「まあ、いいんじゃないですか、うちらもよくわからない人間種のイベントのハロウィンにかこつけて『異形種狩りフィスティバル』被害受けてますし」

「そうですね」

「みー、派手になったね」

「派手婚」

「多分しばらくしたら人間種ギルドがここを強襲するでしょうから、先に打ってでますか」

「そだねー迎え撃つにしてもこの装備じゃあ。一回ナザリックに戻って装備整えない?」

「オッケー」

「了解です」

「承知した」

「は〜い」

 

 ……派手婚とかいう問題じゃななくない……!るし★ふぁーさんを一瞬でも見直したわたしがバカだったー!

 そして結婚式がそのままPK祭りになりナザリックに攻め込まれて撃退したりすることになった。

 

 なんでこんなことに……!

 

 頭を抱えて困ったけれどアインズ・ウール・ゴウンらしいなあとも思ったりしたーーギルメンの好意が嬉しかった。

 

 たとえ、その好意によって新しい問題が生じたとしてもーー。

 

 

 




顔文字文化は残っていた!


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気がつけば、ゴーレムを作っていた

前半ウラエウス視点/後半○○○○。○視点(後半は来年3月以降)


 ナザリック第七階層赤熱神殿。信仰をなくした神々の石像が砕けた姿で散らばり廃墟に見えるデミウルゴスの住処。だがそれは表の姿。

 侵入者に見せる為の公的な部分であり、階層守護者のプライベート空間は地下部分に作られていた。

 間取りは玄関である広間サルーン、執務室、書斎兼少図書室、浴室バスルーム、衣装室と多数設計されている。だが、悪魔は睡眠を必要としないので寝室はなかった。あくまで単身を想定した間取りであるーー今までは。

 

「エエェ?」

 

 ウルベルトさんに「ちょっとこい」といわれて赤熱神殿地下に来たら……間取りが増えてる!

 どういうことだろうと横を見ると得意げなウルベルトさん、いつもにも増してドヤ顔してる。

 

「今までは単身者向けって感じだったからな。家族向けの部屋数にしておいてやったぜ」

 

「ウ、ウルベルトさんー!」

 

 か、感動した!

 

 前に「赤熱神殿地下拡張してもいい?」とはウルベルトさんに相談していたけど、わたしはここまでしっかりした拡張間取り作成まで考えてなかった!

 感激のあまりコブラ体でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

 思わず「おとうさん、ありがとうございます!」て叫んだら「ツチノコを娘に持った覚えはねぇ!」と言われた。

 

 つ、ツチノコ……!?そんな風に思われていたなんて……!しどい!

 

 増えたお部屋は、控えの間と女性の歓談の場として使われる応接間(ドローイングルーム)、女性主人がくつろいだりお茶会をする居間(パーラー)、夕食をとる食堂(ダイニングルーム)、温室(コンサバトリー)、私専用の寝室と浴室と衣装室と更衣室と化粧室、厨房(キッチン)、洗濯室(ランドリー)、使用人ホール、貯蔵室、従僕室、家政婦室、メイドの寝室 等。

 

 あ、あと子供部屋(ナーサリー)もあった!

 

【卵】から生まれたNPCには幼年期〜完成期があるのでつくったらしい。

 

 あれ?家具が一つもない

 部屋を見回っていて気づいた。

 全ての部屋の内装がされていないし、家具も置いてない。

 ウルベルトさんひょっとして……。

 

「好きな家具と壁紙にすればいいぜ」

 

 やっぱりー!

 

「ありがとうございます!」

 

 そうですよね、ウルベルトさん彼女さん、というか奥さんいますもんね、実体験からくる経験者の意見ですね、幸せなんですね、つまりノロケかー!

 

「いや内装は二人で考えたいもんだろ」て、もごもごと言っているウルベルトは放っておいて、さっそく課金、課金!

 家具、家具っと。あ、デミウルゴスの洋服も足しとこうっと。デミウルゴス、スーツしか持ってない、しかも数着しかウルベルトさんにもらってないみたいだし。

 アップデートされた衣装カタログにのっている基本データを片っ端から購入しちゃお!

 

 トラウザーズ、長ズボン、丈長の上着、帽子、ステッキ、モーニングコート、イブニングコート、オーバーコート、手袋、マフラー、サスペンダー……。

 あっ軍服もある!買っちゃお買っちゃおー。マントもマントも!

 

 やばいなーモモンガさんのこと言えないなー、軍服はかっこいいから仕方ないね。いっそのことナザリックをイメージした軍服をNPCみんなの分作ればいいと思うの。おにいたんもナザリック学園制服作ってたし(ただし、女性NPCの分のみ)。

 

 購入したアイテムで内装を整え、家具を配置。デミウルゴスの衣装や小物はデミウルゴスの倉庫に入れておく。

 え?なんでわたしがデミウルゴスの倉庫に入れられるのかって?ウルベルトさんじゃないとできないだろ?て思うでしょ、それがねーー。

 

「ええ!?そんなのダメですよ!ウルベルトさんが作ったキャラじゃないですか!」

「あのな、お前のデミウルゴスファッションショーとかいうのにいちいち付き合わされるこっちの身になってみろ……」

「楽しいじゃないですか!3時間くらいあっという間ですよ!」

「お前がな!お前だけがな!俺は!忙しいんだよ!」

「わたしだって忙しいですよ!主にデミウルゴスを愛でることで……ちょ!なんで頭つかむんですかー!」

 

 ぷらんぷらん。

 

「そんな理由でNPC保持権限移譲しないでくださいよー!デミウルゴスがかわいそうじゃないですか!」

「俺は!俺はかわいそうじゃないのかよ!」

「幸せじゃないですか!視界がー!酔う!酔っちゃいますううう!わああああああ!やああああああ!」

 

 画面が回るー!回るー!ううー!!

 わたしをブンブン振り回すウルベルトさん。おかしい!そんな筋力ないでしょー!

 

「……はぁ、……はぁ……とにかく!拠点戦とかの時は返してもらうから普段はお前が権限もってろ!好きにファッションショーしとけ!」

「うう、うぅ、ぎぼぢわるい……」

 

 でもォ、とさらに言いつのればウルベルトさんはログアウトしちゃった。最近全然来れてなかったのにわざわざこのために来てくれたんですよね、もー。ほぅあー、まだ酔って頭がぐらぐらするーウルベルトさんの真心は体を張らないと受け取れないよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ?!」

 

 びびびびっくりしたー!赤熱神殿からリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで第九階層に移動したのにわたしの後ろをデミウルゴスがついてきていた!ななななんで!?

 ……あ!ひょっとして権限がわたしにあるから?ウルベルトさんからデミウルゴスの権限を移譲されて移譲前の行動命令がリセットされてた?

 

 ためしにその場をぐるっと回って歩いてみる。後ろをついて来ているデミウルゴスもぐるっと回って歩く。

 

 う、うれしい!一緒に歩いてる!

 

 いつも抱っこしてもらって運んでもらうか、階層巡回プログラムされたデミウルゴスの後をついていくかの二択だった。けれど、いまはデミウルゴスとどこでも一緒に行ける……!?これってデートみたい!?

 

「ついてきてる!ついてきてる!あ、でも、こう……歩けばデミウルゴスのほうが前を歩いているように見えなくもない!わー!」

 

 わたしは嬉しくてその場をぐるぐる回りまくった。そんなわたしの後をデミウルゴスもぐるぐる回る。

 

「はっ!」

 

 一緒なのは嬉しいけど……どうしよう……連れ歩いているのを見られたら……。きっと、きっとギルメンに見つかったらいじられるんじゃないだろうか……?

 

「あ、ああ、ややばい!はやくウルベルトさんが入力していた巡回命令をいれといたほうが……こんなところを誰かに見られ「あれ?ウラちゃんじゃん (。☌ᴗ☌。)」るううしふぁあああああさああ!」

 

 ーーもっとも見られたくない人に見つかってしまった。

 

 ウラエウス は にげだした!

 

 …

 

 ……

 

 

 しかしまわりこまれてしまった!

 なんでナザリック1の敏捷高さを誇るわたしより速いの!翼の数か!堕天使だからか!

 

「あっれ?デミウルゴスなんで一緒なの?おーとうとうサブマス権限乱用はじまっちゃった?はじまっちゃった?(゚∀三゚三∀゚) ?」

「ち、ち違うよー!ここここれはですね……っ」

 

 るし★ふぁーさん、全然ログインしてないのになんでこんなときだけバッタリ会うのー!?

 

「よーし、パシャパシャ(⑅∫°ਊ°)∫!」

「ちょ、スクショまって!まって!」

「みんなに見せにいこーと (乂'ω')♫」

「まってぇえええええええええーー!!」

「ノルアドレナリンでちゃう?でちゃうщ(゚д゚щ)?」

 

 もおおおおおお!すぐこういうー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 るし★ふぁーさんがわたしとデミウルゴスのツーショットをギルメンにすぐ流した。

 

 ああああああ恥ずかしいーー!

 

 殆どのギルメンから生あたたかいコメントを投げられた。しかし、若干1名からは抗議?コメントをいただいてしまった。

 

「みー、浮かれすぎだろ。そいつ第九階層まで連れてきて、もし侵入者がきたらどうするんだよ。大体デミウルゴス、デミウルゴスばっかりかまいすぎなーー」

 

 仕事場に缶詰多忙なおにいたんの長文コメント。

 侵入者きたら経費節約のためにわたしとモモンガさんで撃退しに行っているので、デミウルゴスの階層までは侵入者はやってこれてないのが実情なんだけど、おにいたんの言うことは正しいので気をつけよう。でもデミウルゴスに関しては自重しない。

 コメントにメッセ返ししてると、ポーンとあたらしいメッセが届く。

 

「ウラちゃん、今度また遊びに来ない?娘が進路で悩んでてさ、ちょっと相談にのってあげてほしいんだ」

 

 あれれ、多忙でガワ置き放置のブループラネットさんから珍しいお悩み相談?

 

「わたしで良かったら!こないだのブルーさんのおうちでキャンプ気分楽しかったですー」

「横から申し訳ありません。よろしければ私の娘もご一緒させていただけませんか?」

 

 えっ、たっちさんまで!?というか中身いたんですか!結婚式からアバター微動だにしてませんでしたよね?っていったら、ギルボイチャログチェックはしてるとのこと。

 

「是非是非きてください、たっちさんもお悩みで?」

「お恥ずかしながら「お父さんはわかってない!」と言われてしまいまして……」

「こないだの事件のマスコミ対応も大変そうでしたもんね……」

「男親って難しいですよね」

 

 悩めるお父さんズ。お二人の娘ちゃんたちは美人でかーわいい。会うとよくお父さんの愚痴をいっている、けど本当はとってもお父さんのこと好きなんだよね。

 

「そういえばウラちゃん動画みた?」

「動画?なんの動画ですか?」

「ブルーさんそれはーー」

「あ、え、やばかった?」

 

 動画?なんの動画だろう?わたしを気遣うようなたっちさん、焦るブループラネットさんの様子が気になる。

 

「動画のアドレス教えてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「るぅしふぁああああああああああああアアァァァーーーー!!」

「こーこまでおいで♫ほーらほらほら☆〜(ゝ。∂)」

 

 わたしはるし★ふぁーさんに八つ当たりしていた。そう、八つ当たりの自覚はある。装備したのは自分の判断だ。自己責任だ。でも、でも、でもーー!

 

 八つ当たりの発端、それは結婚式後ナザリックにプレイヤーたちが攻め込んできた戦いを録画した動画がネットに流れていたことだった。

 動画には普段のアインズ・ウール・ゴウンにはまず見られない様子が、礼服と本気装備をアンバランスに装備しているギルメン、タキシードを着たデミウルゴス、ウェディングドレスを着て顔を隠したわたしが映っていたーー映ってしまっていた。

 

 わたしは普段顔バレをふせごうとナザリック外ではいつも全身鎧を着て(ヘルメット)をかぶっている。

 しかし結婚式の時はまさか必要になるとはおもっていなかったから、(ヘルメット)をギルド倉庫に入れていた、しかもそのことをすっかり忘れていて撃退しようとしたときにアイテムボックスにないことに気がついた。

 迫り来るプレイヤー。敵は目前だ。

 焦ったわたしは仕方なくイベント狩りの時にドロップしてそのまま持っていたアイテムをかぶって戦った。

 そんなわたしの外見が周りからみたらどんなふうに見えるかなんて慌てすぎて考えなかった、戦うのに忙しくって考えられなかった。

 

 ーー上はアフリカ産の自然と精霊一体がテーマという原色巨大なシャーマニック仮面、下は白いウェディングドレスの奇妙なわたし。

 

 全世界に公開された動画には無数の「笑」コメントがついていた。

 それを見たギルメンも大笑いしていた。

 

 地球を脱出したい。死にたい。

 

 恥ずかしくて恥ずかしくて1週間ログアウトし、でもサブマスだからと気を取り直して狩場にでたらーー。

 

「あ、仮面のww」

「やべwwwwww」

「あの仮面かぶってスクショとらせてもらっていっすか?wwww」

 

 て言われた。

 

 どうやったら重力振り切れるの?お月様になりたい。死にたい。

 

 もう嫌だー!とナザリックに引きこもったら、ギルメンから結婚式戦闘時のスクショを送られてきてーー。

 

「この角度まじかっけぇ」

「仮面に目覚めるwwww」

「私も仮面つくろうかな」

「ちょ、たっちさんwwwww」

「それじゃ私も」

「俺もみーとお揃いつくるわ!」

「おれ、二個持ってるw」

「どう?似合ってる?」

 

 とかギルボイチャでみんなしていいはじめてた。正気?正気ですか?なんでまたそんなに全力?

 しかもいつもならおさえてくれるはずのモモンガさんまでーー。

 

「みんなで仮面かぶってなんかポージングを考えましょうよ!」

 

 てノリノリに輝いていた。骸骨の頭頂部がピッカピカするくらい。

 えっ、そういう戦隊もの的なの引いてませんでしたっけ?いつ心境かわったんですか?モモンガさんてばギルメンの中の人イン率上がってはっちゃけやがって……!

 しかしモモンガさんには怒れない、ここのところ落ち込んでいたし、楽しそうなのは久しぶりに見たし。

 もういいもういいよ!みんなわたしの屍の上で楽しく踊るがいいさ!

 

 もはやどこにもわたしの安寧できる場所はない、デミウルゴスだけがわたしの癒し。泣きながら赤熱神殿に移動しようとしたらーー。

 

「ウラっち見てくれたー?俺の撮ったカメラアングル!(^з^)いやー慣れないことして疲れたわー!編集を手伝ってくれたのはーー」

 

 ーーまさか、いやまさか。

 

「……ネットにアップされていた結婚式の動画のことじゃないですよ、ね……?」

「それそれ!最高だったでしょ!(⌒▽⌒)」

 

 ーーお前かあああああああ!

 

「るぅしふぁああああああああーー!!」

「わあ!そんなに喜んでくれて俺もうっれしー(≧∇≦)」

「ミサイル花火が地上に流れたのってぜぇぇたいわざとでしょおおおおお!?」

「えーまっさかー♫ちらっと考えたけどー考えたけどー(*☻-☻*)」

「もおおおお!!」

「おっ本気装備?やる?やっちゃう?カモーンカモーン(゚∀三゚三∀゚) 」

 

 KILLLLLLLLLLLLLL‼︎

 次元断切(ワールドブレイク)してやる!

 

 怒りに任せてワールドチャンピン・オブ・ムスペルヘイムを引っ張り出して装備する。

 PvPエリアに移動してギッタンギッタンにしてやるー!と、るし★ふぁーさんを振り返ったら、視界の端にーー。

 

「殺しあってストレス発散しても、ネットに流れた動画もスクショも消えないよ……止めようよギルメン同士が相争うなんて……」

 

 といいながらギルメンみんなからお金をとって賭けをはじめる音改(ねあらた)さんが見えた。ちょお。

 

「今日もウラちゃんだな!」

「るし★ふぁーがうまく幻惑したらわかんねぇぜ」

「だから結婚なんかしなきゃよかったのに!」

「わたしは、みーに賭けるわ!」

「ボクも」

「はいはい、皆さん闘技場に移動しましょー」

「はーい」

「うぃ」

「bbb」

 

 ーーひ、ひどい!ギャンブル禁止ーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーわたしの安心できるところはここしかない。

 

「しくしく」

 

 賭けの対象にされギルメンに慰めという名のいじりをされた後、わたしはコブラ体でデミウルゴスの膝の上で横になって寝っ転がってふてくされていた。

 

「しくしくしくしく」

 

 わたしがサブマスになってからモモンガさんいじられ回避率上がってきている気がする。なんでだ、骸骨そんなに敏捷高くないというのに。おかしい、うちのいじられ主役はモモンガさんのはずなのに。

 

「デミウルゴスーみんなひどいよーしくしくしくしくしく」

 

 デミウルゴスのお腹のほうをむいて「泣く」コマンド連打しまくった。

 

「もー!るし★ふぁーさんのばかー!」

 

 今日のはいつにも増してひどかった。

 実はわたしとるし★ふぁーさんとのPvP(殺し合いはるし★ふぁーさんがギルド加入以前からの日常茶飯事。じゃあ、るし★ふぁーさんが戦闘狂なのかというとちょっと違う。

 あの人とは出会いからしておかしかった。

 PKされてたところを見かけて助けたら逆に、

 

「いいところだったのに!かわりにきちんと殺してね!プンプン!( *`ω´)」

 

 て攻撃してきたので驚いてPKしてしまった。

 るし★ふぁーさんは死までのタイムリミット12秒中やたら楽しそうで、

 

「いいね!いい感じ!一撃死ってなかなかないんだよー!さんくす✺◟(∗❛ัᴗ❛ั∗)◞✺」

 

 PKしてお礼いわれるなんてはじめてだった。

 

 それからマップで出会うたびに「やたー会えた!ウラちゃんヤろーねえねえヤろー(*∩ω∩)」て殺しにくるので、こういうコミュニケーションする人もいるんだーと何度か殺りあっていたらギルド加入申請してきた。

 えー?と思いつつ、みんなに聞いた後に「じゃあお試しで」と加入オッケーだしたら、タブラさんの個室にイタズラを仕掛けて気があったり、ギミック担当してたギルメンとゴーレム作りの話盛り上がってたり、すぐに馴染んでた。

 でもやんちゃも激しくて、ナザリック内でトラップを仕込んで、チグリス・ユーフラテスさんに解除してもらったり(転移後のこと考えるとね)してた。

 真面目なギルメンは馬が合わないみたいだったけど、るし★ふぁーさん自体が直接イタズラする相手は選んでいるみたいで、そんなに大きな不満はおきなかった。イタズラは多いけど悪質じゃないし、個人の資源も使ってナザリックのギミックつくってるし貢献してるよね、アインズ・ウール・ゴウン(うち)を利用しようとしない人だね、とギルメンによる人物見定めに合格し正式にギルドメンバーになった。

 

 正式メンバーになったらなったで、わたしとたっちさんにやたらとPvPを誘ってきた、というより殺しにかかってきた。

 たっちさんは外向きにヤるときはヤるけど、内向き(ギルメン)に対しては保護するものと考えているので、スキル・クラス再構成の目的以外でのギルメンのPKは断っている。なのでるし★ふぁーさんの相手はわたしに一極集中。わたしは何度るし★ふぁーさんを殺して、何度レベルダウンさせたことかわからない。あの人のドMレベルに上限はないんですか。

 もし物語でるし★ふぁーさんがモモンガさんと一緒に転移していたら、きっととんでもないことになっちゃってた。

 モモンガさんに「ねえねえ殺して殺してよ(*^o^*)♫」て迫ってドン引きさせるだろうし、少し目を離したら目に入る景色を地平線までゴーレムで埋め尽くそうとする、きっとするーーだって、るし★ふぁーさんだから。

 ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)を67体で作るのやめたのだってーー。

 

 思わず、はっとする。

 

 ……。

 ……67体のゴーレム……。

 るし★ふぁーさんの作った67体のゴーレム動き出したらどうなるんだろう……。

 お風呂場のライオンゴーレムはセリフ指定条件で戦闘開始……だった……。

 ……。

 ナザリック内に仕掛けられたイタズラは見つけたのは外したけど、ゴーレムは……どんな設定してるのか……。

 設定、こわくて知りたくない。

 67体のゴーレムみんな戦闘開始したらどうなっちゃう……の……?

 

「ややややややややややばい!絶対やばい!

 きっと大丈夫とか、るし★ふぁーさんが関わったら考えられないよ!?嫌な予感しかしない!

 どどどどうしよう……!そうだ抑止力!抑止力を作らないとーー!」

 

 ぴょん!と立ち上がる。

 

 ーー恐ろしい未来が脳裏をよぎった。るし★ふぁーさんの影響を色濃く受けた気まぐれトラブルメーカーな67体がザリックを壊滅させる未来が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダメ、絶対、るし★ふぁーSTOP!

 わたしは、るし★ふぁーさんの影響を色濃く受けるゴーレムの被害を最小限にとどめるため対策を考えはじめた。しかしなかなかいい案が思い浮かばない。気ばかり焦る。

 

「うーんうーーーーーんん!」

 

 るし★ふぁーさんへの抑止力といっても何をどうしたらいいのーかー。

 ゴーレムが何らかのスイッチが入ってお茶目な行動するのを阻止したいけど、何がスイッチになるのかわからないし……。

 

「ウラちゃん」

「あっ、ごめんなさい音改(ねあらた)さん」

「緊張してる……わけじゃなさそうですね」

「ちょっと、るし★ふぁーさんのフォローを考えてました」

「はははっ、さすがウラちゃん、このメンバーのなかでユグトラシルの考え事をしているとは思わなかったです!」

 

 いけないいけない、つい考え込んでしまった。

 今わたしは音改さんと金融会の大物ランチ会に参加していた。いままではこういった会に誘われても参加したことはなかったのだけど、音改(ねあらた)さんが参加するということで誘われてきたのだ。

 参加者は大手投資銀行元会長、大手保険会社CEO、ヘッジファンドCEO、投資銀行CEO……。財閥血縁者もいる。

 貼り付けた微笑みと天然のシャンパンを片手に会話を楽しみ、こないだあった金融危機など全くの他人事の億万長者たち。

 

「ややや、わたし音改(ねあらた)さんのオマケで入れてもらえただけですし!」

「普通はもっとね、この機会に周りとコネを持とうとするんですよ。なのにウラちゃんときたら」

「うーん、音改(ねあらた)さんのご親切はとてもありがたいのですが表の対応は大人の代理人に任せてますし、表立ってわたしが動くとちょっと。今日は音改さんの横でお話聞いてるだけですごくためになるかなーなんて」

 

 この人達の中にはうちの担当者が声をかけてる人もいるはず。でも支配層は血族内でお金を回すからお客にならない。なのでうちの私募投資パートナーシップーーいわゆるファンドは成金機関投資家向けのみである。

 

「それでいいの?幼い君の頭脳を売り込まないんですか?」

「ズタボロにされるだけですよ!」

「ははっじゃあ遠慮なく歩き回りますよ」

「はい!助かりまーす」

 

 音改(ねあらた)さんと人と人を渡り歩く。音改(ねあらた)さんが情報収集している横でわたしは親戚の子供扱いでニコニコと話を聞いているだけ。支配層の人たちってすごーく外面がいいからわたしみたいな素性のよくわからない子供にとても優しい。

 子供相手でも侮らないところが逆に怖いなーもうちょっとボロ出してください、ボロを。

 あー、るし★ふぁーさんどんなゴーレム作ってたっけ。能力値はわかるけど外装は未配置だからまだ見せてもらってない。やっぱり外装も教えてほしいなあ……るし★ふぁーさんにお願いして見せてもらおっかな。

 ……ん?なんだろう、入り口のあたりがザワついてる。

 

音改(ねあらた)さん?」

「まさか……!嘘だろ、◯◯◯◯◯◯◯家の跡取り?こんなパーティに出て来るなんて……!?」

「え、◯◯◯◯◯◯◯家!?それってここにいる支配者役とは違う、本当の支配者のお家じゃないですか!?」

 

 わたしと音改(ねあらた)さんは顔を近づけ小声で話した。音改(ねあらた)さん動揺のあまり素がでている。無理もない。

 今日の参加者に分家の人間がちらほらいるけれど、まさか本家の後継者が人目につくところに来るなんて滅多にない。しかし顔を知ってる音改(ねあらた)さんもすごい。

 

 人波が少し分かれ背の低いわたしにも当主の青年の顔が見えた。

 

 ーーげっ、イケメン。

 

 高身長、長い手足、彫り深く高い鼻梁、切れ長な目、整いすぎた怜悧な美貌。年齢は20……30代かもしれないが老化防止していたらわからない。富裕者は目が飛び出るような金額をかけて若作りしているものだから。

 

「跡取りにしては若くないですか?」

「見た目通りなら異例だね」

 

 歴史の裏に連綿と続く複数の家族ファミリーで構成された真の支配者、血の繋がりこそ全ての閥族。泡沫の名誉、地位、権力は目立ちたい人間に「支配者」という役割を与え、自分たちは闇にまぎれリスクをさけて目立たない仮初の職業について生きている。

 だから一族を率いる者である当主たちは人前に出ることを極端に厭うというのに。

 

「……なんで来たんだろう」

「会いたい人でもいるのかな。でもほら、それが誰なのかはわからないようにしたいのか……。全員と挨拶と軽い会話をしようとしてるように見えるね」

「うんうん。……え、てことは私たちの方にも来るんじゃないですか?」

「あ……だね」

「これはチャンスですよ音改(ねあらた)さん!」

「え!あのレベルはもう僕じゃどうにもならないから!」

「売り込み!売り込み!」

「待って待って!」

 

 わたしは尻込みする音改(ねあらた)さんの背中をぐいぐい押して、青年を二重三重に囲む人の話に突っ込んだ。青年の傍付きのボディガードが人をさばいている。ここで待っていればそのうち音改さんの番もやってくるでしょう、むふふ。

 しかし女性陣はみんな顔を赤らめて夢見るような目で見てるし、人心を掌握する支配者っていうのは容姿も整ってないといけないものなんだね。うーん、やっぱり【スキャニング】だけじゃ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「るし★ふぁーさーん!72柱の67体のゴーレムの外装見たいでーす!」

「えー?見たいの?見たいの?ウラっちてば積極的なんだから(///▽///)破廉恥えっち!」

 

 あれから悩んでもいい案が浮かばなかったので72柱の全データをみせてもらって分析することにした。

 

「破廉恥なのはるし★ふぁーさんのほーです!そんなにいかがわしいの作ったんですかっ」

「うん(^ω^)」

「え?ほんとに……?おにいたんみたいな事を?よよく規定に引っかかりませんでしたね、あっ、だから普段は未配置なんですか?」

「そーそー、配置しちゃうと修正はいるもー⊂((・x・))⊃」

「そっかあ」

 

 じゃあ見せてもらえないかーて諦めようとしたら、

 

「ほい」

「え?ーーあっ」

 

 ユグドラシル外経由でるし★ふぁーさんからメールが届いた。

 

「いいんですか?」

「うん、俺の画面スクショ」

 

 こわごわとDLするため画面をタッチする。

 わードキドキする!画像データDLするの怖いよー!

 一体どんないかがわしいものが送られーー。

 

 

「ーーえ」

 

 ーー有機的な具象

 ーー幾何学的な抽象

 ーー定型と非定型

 ーー反復リビテーションと交代オルタネーション

 

 ーー見事なバランスで音楽的な律動と旋律。

 

 万象無限な形状からあえて醜悪さを選び取りながら、

 醜い表層すら凌駕する本質的な美を浮かび上がらせ、

 悪を意識した形状でありながら人の本質に訴えかける美を持った67体の悪魔のゴーレムたち。

 このゴーレム達がただ裸であるというだけで修正されるなんて勿体なさすぎる、

 ギリシャ彫刻に修正なんてしないーー。

 

 ーーなんて……繊細なデザイン、色彩感覚、立体の優美さ美しさ……!

 

「……きれい、なんて……美しい」

 

「美」の概念は時代、地域、民族、によって異なる。

 普遍的なものは存在せず美醜は多様な価値観を含み精神的ものに左右されやすい。

 だがこれはそんなものを超える美だ。

 

 こんな感性の持ち主だなんて……知らなかった……。

 こんなの見せられたらるし★ふぁーさんを尊敬……しちゃうよー!く、悔しいんん!

 あんな普段ハチャメチャるし★ふぁーさんにこんな凄まじい才能がー!

 はっ!?わたしの作った悪魔5体とるし★ふぁーさんの悪魔たちが並んだら……。

 本格ダークファンタジーモンスターたちの横にJRPGヒロインじゃないですかー!

 ミスマッチすぎる!むっちゃ違和感ある!違和感しかない!

 

 ……るし★ふぁーさんが飽きて制作放棄したソロモン5体は「わたしの考える可愛い女の子」を好きに作っちゃったんだよおおお。

 5体をるし★ふぁーさんに見せた時も、

「いいじゃーん!(*´ω`*)」て気に入ってもらえたからいいかなて思ったのに!

 こんなミスマッチになるのがわかっていたら、

 るし★ふぁーさんに何としても残り5体作ってもらったのにー!

 Noooooooooooooooooooooooーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しくしくしくしくしくしく」

 

 またもデミウルゴスの膝の上。落ち込んだ時はデミウルゴスにひっつく。

 るし★ふぁーさんの作った悪魔ゴーレムのデザインに合わせて、

 抑止力になるゴーレムを作ろうとかなと考えていたけれど、

 るし★ふぁーさんのデータを見てデザインを合わせるのはすっぱり諦めた。

 才能以前の問題。

 感性が違う。

 はああああああ。

 

「なに作ればいいーのーぶーぶー」

 

 やさぐれながらも72柱情報を検索する。

 あっソロモン72柱を調べたら対応する天使がいるんだ、ほほー。天使、天使かー。

 元々天使って人型じゃないし頭や目や手や足や羽根がたくさんある異形だからナザリックにはぴったり。

 神聖系対策、例えば光輪の善神(アフラマズダー)対策にもちょうどいいかも。あれ使われるとナザリックのプレイヤーキャラもNPCもほんと残らない。

 拠点戦でも神聖系で攻めてくるからなあ。

 もし転移したらモモンガさんアンデットだし、

 神格持ちのわたしが一緒に行けたとしてもわたしも神聖系には弱いし。

 ナザリックの面々も殆ど悪だから天使モリモリ作っておけばモモンガさんも助かるよね。ヴィクティム達の所に置いとけばモモンガさんのレベルダウンを最小限にとどめられるかも。

 これは一石二鳥、三鳥なひらめき!むふふ。

 

 さて、作るものは決まった。材料どうしよう。

 るし★ふぁーさんのつくったゴーレムは超希少金属製。

 対抗できるゴーレムをつくるなら同じく超希少金属が必要だねー。

 さっそくモモンガさんにメッセを飛ばす。

 

『モモンガお兄ちゃんー宝物庫の金属使ってもいいー?

 使った分後で補充しておくから』

『いっぱいあるしいいよ、何つくんの?』

『るし★ふぁーさんのゴーレムだけだと迎撃中によくわからない行動する可能性あるから、

 第八階層の強化にゴーレム増やそうかなーって』

『あー……るし★ふぁーさんね……でも維持コストがなあ』

『大丈夫!収支バランス考えとくから!他のギルメンにはおっけーもらってきたよ!』

『んーじゃあいいんじゃないかなー』

 

 ゆるゆるギルマスあんどサブマスである。

 かくしてわたしの天使ゴーレム作りははじまった。

 

 ん?そんなに超希少金属ないでしょ?だって?

 むふふ、物語を読んだわたしは採掘場をずっと独占できないことを知っていたので、

 鉱山占拠前から音改さんとぷにっと萌えさんに相談して【お金】【資源】確保するための方針を決めていたのだ。

 

 まずウロボロスをギルメン全員力を合わせて複数入手。

(結婚式に使用したウロボロスはこのときのあまりだった)

 鉱山を発見したらすぐにウロボロスを使用し【拠点】化させ、時間でマップが変更になる迷路に作り直し、

 ギルド外プレイヤーに【拠点】化と気付かれないような高レベル自動ポップモンスターを無数に配置して勘違いさせた。

 超超超難易度鉱山の出来上がりである。

 多分、役割特化ガチビルド高レベルプレイヤーチームで発掘しに来ないと発掘は無理というレベルの鉱山。

 ワールドアイテム所持者やワールドを冠するプレイヤーという強者であっても、

 探索は時間がかかりすぎる作業ゲーとなり、さらに発掘は山ほどある仕掛けに「採掘面倒くさい」という気持ちになるだろう。

 勿論アインズ・ウール・ゴウンのギルメンは鉱山ギミックに攻撃されない。

 

 そして占拠しつつも完全独占はせず少量の金属を市場に流し流通量をコントロールした。

 つまり大金を払えば金属は手に入る、自分で取りに行くのは手間がかかりすぎるという状況に。

 正直強者たちはお金を余りに余るほど持っている。

 そして金属が欲しいプレイヤーたちが結託しないように、

 複数のギルドと直接取引きを持ちかけ時期によって優遇するギルドを変更した。

 

 それでも「異形種憎し!」を信条とするチームや、「もっと希少金属が大量にほしい」というチームにウロボロスを使用されワールドを出入り禁止にされたことがあった。

 その事態も予想していたので即座にウロボロス返しをして鉱山を取り戻し、

 取り戻した後しばらく金属を市場に流さなかった。

 

 この事件でとばっちりをくったのは、

 アインズ・ウール・ゴウンと取引きで超希少金属を入手していて、

 鉱山奪取に参加しなかったギルドらと奪取したチームが所属していたギルドだ。

 彼らと仲良くしていたのは、わたしを含めた数名のアインズ・ウール・ゴウンのギルメン。そう、仲良くするように指示されたのだ、ぷにっと萌えさんに。

 

 今回の鉱山確保にあたり、ぷにっと萌えさんはアインズウールゴウン内に不和があるようにギルド外に見せかける提案をしてきた。

「アインズ・ウール・ゴウンは、ギルド外親睦派とギルド外排斥派に分かれている、そんな主義の違いはあるけれどギルメン同士は仲が良いギルド」

 親睦派のリーダーはわたし、排斥派のリーダーはモモンガさんを指名しそれぞれ派閥にあったロールプレイをするようにいわれた。

 ギルド外のプレイヤーへの接し方については、ぷにっと萌えさんに演技指導までされた。

 そこまでする必要があるのかなー?ていったら、

 

「やるなら徹底的に完璧に」

 

 と計略をめぐらすのが楽しそうなぷにっと萌えさんだった。

 魔王ロール強化を指示されたモモンガさんは最初こそ「そんな、私が……」といっていたけど、「これはモモンガさんにしかできないんです!みんなに信頼されるギルマスのモモンガさんにしか!」とぷにっと萌えさんの一言で、

 

「えー!いやあ!必要ならしかたありませんよね!大事な希少金属確保のためならしかたありませんよねー!」

 

 とノリノリになり嬉しそうに新たなるアイテムーー『魔王マント・オブ・モモンガ』、『魔王の王冠・オブ・モモンガ』ーーを作成していた。

 のせられすぎだよ!モモンガお兄ちゃんー!

 

 そんなわけでわたしもぷにっと萌えさんが目星をつけた取引き相手候補のプレイヤーたちと親睦を深め、

 彼らのレベル上げの相談にのり、

 アインズ・ウール・ゴウンでは必要とされない人間種用と亜人種用がドロップしたときは優先的に譲ってあげたり、

 PK集団からから守ってあげたり、

 探索のお手伝いをしたり、

 積極的に仲良くした。

 

 そのかいあってか、アインズ・ウール・ゴウンは物語(オーバーロード)のようなDQNギルドではなく、DQNなプレイヤーもいるし、マトモなプレイヤーもいる悪役ロールギルドという認識になっていた。

 

 アインズウールゴウン内の親睦派(わたしとギルメン数名)とお付き合いしているプレイヤーたちからしてみれば、

 いままで仲が良いプレイヤー(わたしとギルメン数名)から、時間も手間もかかる鉱山金属を発掘する労力を割くことなく、適正価格で超希少金属を融通してもらい優遇されてきたという感覚がある。

 なのに、鉱山を独占しようとするDQNプレイヤーたちのせいで取引できなくなったのだ。

 

 さらにうちはギルドコメントとして「ギルドメンバーは仲良くしていた人たちに裏切られて傷ついています、時間をいただけますか?」

 と被害者コメントをだした。親睦派と仲良くしていたプレイヤーにも鉱山奪取に手を貸したプレイヤーがいると思わせた。

 DQNプレイヤーの多いギルドと名高いアインズ・ウール・ゴウンのコメントなんて、というプレイヤーもいたけれど、ぷにっと萌えさんの指示による慈善行動がここで効いてくる。わたしを含めた一部のメンバーの親睦派はアインズ・ウール・ゴウンの良心と言われているらしく、味方してくれるプレイヤーが結構いたのだ、主に上位ランクギルド所属プレイヤーに。うん、よく一緒に探索したし助けたしね。

 水は高いところから低いところに流れる、道徳に根ざした大義名分がたてば人の心はそちらに流れやすい。

 

 かくして、ナザリックと対決するデメリット、鉱山発掘の手間、

 時間がたてばまた流通してもらえるメリットを天秤にかけて大部分のプレイヤーたちはうなづいた。

 鉱山を奪取しようとしたプレイヤーたちからすれば、

 再度ウロボロスを使用してまたカウンターされるならウロボロスを入手する労力に見合わない、

 奪取派の意見はまとまらず平行線、よって様子見となる。

 このやりとりを何度か繰り返し、アインズ・ウール・ゴウンが超希少金属を流通させてくれるから、

 わざわざ鉱山取りに行かなくてもいいだろうという価値観をプレイヤーたちに植え付けた。

 それでも鉱山を奪おう!と考えるプレイヤーは、

 同じギルドメンバーやチームメンバーから、

「奪取すれば市場に半年は出回らなくなるから」とたしなめられ自主規制をうながされた。

 かくして超希少金属は実質アインズ・ウール・ゴウンが管理するのが当たり前となった。

 

 なので、いまだにアインズ・ウール・ゴウンで鉱山を隅から隅まで掘って掘って掘りに掘りまくっていて、

 さらに表には採掘量ごまかしているので超希少金属は十二分に余っているのだ。

 

 さーて、ギルマスの金属使用のおっけーもでたから早速作りはじめよ。

 どんなのにしよー。

 

 今度は性別つけるのやめておこう、特に男、イケメン作るのは苦手、というかイケメンが苦手。

 リアルイケメンて生き物はですね、

 持って生まれた顔ゆえに周りから優遇されるのが当たり前で生きてきたので、

 大体性格悪いんですよ。

 前世はそんなリアルイケメンにルサンチマンなブスハラ嫌がらせをされまくりでした……。

 なまじ仕事頑張っちゃったから。

 ナルシスト男の嫉妬はネチネしてて湿っぽかった。

 

 だからこそデミウルゴスの外見のみならず中身もイケメンなところに惚れる!

 デミウルゴスがいれば他にイケメンいらないのだ!デミウルゴスは癒し、癒し。

 よーし、ミニキャラっぽいのにしておこうかな、キモカワ系の。

 あ、まだるし★ふぁーさんに希少金属スターシルバー、使い込まれてなかったから使っておこー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使のゴーレムにヘヴル語の3文字を刻む、やっと完成。

 

「ふえーやっと35体目ー」

 

 ゴーレムつくるの本当大変。

 5体ならまだしもこんな大量のゴーレムつくるとなると骨おれまくってバッキバキ。

 作るだけじゃない、まずるし★ふぁーさんのゴーレムと同格かそれ以上にしようとするならエンチャント+5以上いるし、

 失敗するとゴーレムそのものが消失しちゃう。つらい。

 

 でも完成したゴーレムがふよふよ浮かぶと嬉しいし、

 るし★ふぁーさんのゴーレムの肩とか頭にのせたところを想像するとセットっぽくてかわゆいにちがいない、

 かわいいからがんばれる。

 天使たちの属性はヴィクティムと同じくカルマ中立にしておいた。

 そうそう内部分裂しないように設定に「ナザリックはみんな仲良くしよう!」て書いとこ。

 製作者わたしがデミウルゴスやギルメンのこと好きなら悪魔やカルマ悪ギルメンとも敵対しないと思うけど念のため念のため。

 属性の違いが派閥になって殺し合いになったら嫌だもんね。

 

 あ……リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの設定にもかいておいたほうがいいかも。

「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを身につけた者同士は種族と属性の違いはあれど和合する」て書いておけば、

 後々守護者たちが身につけた時も争い防止力ありそう。

 うんモモンガさんに相談しよっと、多分オッケーて言われそう。最近本当明るくノリがよくなったよねモモンガさん。

 んー天使ゴーレム作り終わるころには【卵】が孵るかな……。

 

「ウラっちがゴーレム作るなんてめずらしー」

「わっ!るし★ふぁーさん」

 

 いきなり後ろにるし★ふぁーさん!?びびったー!這いよらないで!

 るし★ふぁーさんのアバター何万もの小羽根でできた何千もの翼で本体が見えなくて、

 さらに翼には目が無数にあるから、後ろに立たれると無数の目に見られて目力強すぎてビビる。

 

「フーン。何で天使のゴーレム作ってんの」

 

 なんか面白くなさそうなモーションだしてる、るし★ふぁーさん、顔文字ないし。

 そんな不機嫌になられても困る、むしろこっちが不機嫌になりたい。

 

「るし★ふぁーさんのせいですよ」

「え、俺?」

「悪魔ゴーレム72柱作ったでしょう、正確には67体だけど。

 るし★ふぁーさんが67体いるようなもんじゃないですか、

 面倒をみるゴーレムも同じ数いないとと思って」

「えー面倒みてくれんの?ていうか俺とゴーレムは別もんじゃん」

 

 今度はニヤニヤして楽しそうなるし★ふぁーさん。

 るし★ふぁーさんの心の琴線わからない。

 ゴーレムはるし★ふぁーさんの精神を宿すはず、

 転移したら目も当てられないトラブルメーカーが67体だよ?殺されるために全力で攻撃してくるんだよ?

 

「ゴーレムはるし★ふぁーさんにそっくりです」

「えーどこが?外装全然ちがうじゃん」

 

 見た目じゃなくてー。頭おかしいと思われるだろうから転移することを言えないのが!

 

「姿形は違うんですけど、中から滲み出る……心、精神?

 魂が似てる……んだと思う、思います。そう、同じ!」

 

 イタズラ満載のるし★ふぁーさんの様子からは想像できないけど、

 悪魔ゴーレムたちの表層に浮かびあがる美しさは、るし★ふぁーさんの才能、内面なのだ。

 普段イタズラの後始末させられている立場からすれば認めたくないけど、

 るし★ふぁーさんの心には美しい精神があるんだと思う。逆にそう思えばイタズラの後始末しがいがある……のかな?

 んー、ここはもっと羽根ちっちゃくしたほうがいいかなー。

 

「……」

「るし★ふぁーさん?」

 

 ……あれ?るし★ふぁーさんが沈黙?黙り込むるし★ふぁーさんて、めずらしい。すごくめずらしい。

 悪いものでも食べていまお腹痛くなったのかな?

 

「俺も手伝う!(。・ω・。)」

「ーー!?え!ま、わあああ!」

「ほらほらこんな感じもいいじゃん!ウラっちはこっち作ってよ(=゚ω゚)ノ」

「早っ!できるのはやいよ!」

 

 いきなりやる気になってる!?なに?どうしたの!?

 手伝ってくれるのはありがたいけど、

 天使ゴーレムまでるし★ふぁーさんに作られたら抑止力の意味がなくなっちゃうよー!

 制作の主導権は握らせない!握らせないんだからー!




おつかれさまです!
年末進行デスマーチ終わりました!生き残った!イェーイ!みなさんは生きてますか!

大変大変申し訳ないのですがさらにこれから更新遅れそうです。理由は、

Blu-ray特典小説が在りし日のアインズ・ウール・ゴウンということで!楽しみすぎる!早く読みたいー!!読みたい!!ジタバタ!!ジタバタ!

……と心から小躍りしているのですが、この特典小説の情報を見た時に「デミえもん、愛してる!」にギルメン話をわりと盛り込んであるので、特典小説次第で、修正、原作と大きく離れる場合部分削除の可能性があるなあーと思いました。
で、るし★ふぁーさん、ぷにっと萌えさん、ブループラネットさん、の捏造話を書いた後アップしていいのかどうか悩んでるうちに上巻のチラ見がきたので読んだら「あっこれ待ったほうがいいわ」てなりました!

転移前のアインズ・ウール・ゴウンを描いたBlu-ray特典小説は、12月の4巻に上巻、来年2月の6巻に下巻に発売予定です!(宣伝)
10巻は1月発売(予定)だそうです!(宣伝)

上下巻読むまで小説の更新一時停止いたします!

でも書きたい!書きたいよー!オバロもえー!
仕方ないので寸止めされてたまらない気持ちは絵を描いてしばらく発散するしようかと思います!文章だともう進むしかないので、となると捏造を重ねるしかなく、しかし修正・削除の必要可能性大なのでお休み!

こっちで絵だけは載せられないと思いますのでピクシブにしばらくおります!
みなさんお元気で!良いお年をお迎えください!アデューアディオスアミーゴ!!

↓家族がツチノコかいてくれたよ!


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↓触発されてウラエウス半人半神verかいてみたよ!


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気がつけば、 マリッジブルーだった

「はあ……」

 

わたしは第7階層のデミウルゴスの執務室に設置した、わたし用の丸い冷たいウォーターベッドでとぐろを巻きながら(巻けるほどしっぽはないが気分的に巻いた気分)思考の海に沈んでいた。

いつもならデミウルゴスに抱っこしてもらいながら首すじに抱きついてデミ充しながら癒されているか転移準備で慌ただしくしているところだ。

でも今はそんな気分にはなれなかった。

 

「どうしよう……」

 

わたしはギルメンのサプライズでデミウルゴスと結婚した。

ギルメンのみんなはナザリックが異世界転移することや転移したらNPCたちに命が吹き込まれることを知らない。

だから今回の結婚はわたしを喜ばせようと企画したちょっとしたお遊びだと思っているだろう。

 

でも転移すれば……。

 

シュゥん……と蛇のため息をつく。

 

いまデミウルゴスはわたしと結婚していることをどう思っているのだろう。

転移前のデミウルゴスはプログラムされたことしか話さないし話せない、動かないし動けない。

だからデミウルゴスに聞くことはできない。いや、もし聞くことができたとしても私の心の準備ができていない。

モモンガさんがアルベドの設定を『愛してる』と書き換えて転移したあと悩んでいたように転移前のNPCには選択肢がない。

アインズ・ウール・ゴウンの1人であるわたしがデミウルゴスに「わたしを愛せ」といえば彼に否やはないだろう。

きっと至上命令としてありがたく従うにちがいない、デミウルゴスは断れない、断るということは考えすら浮かばないに違いない。

 

ーーでも、わずかな可能性がある。

 

NPC達は物語(オーバーロード)で転移したことや自律を開始したことに気付いていなかった。よほど自然に行われたのだろう。

そして異変に気付くことなくモモンガさんが闘技場に召集した時、デミウルゴスが最初に感じたのはおそらく【恐怖】ではないだろうか?

 

今世だって転移前に階層守護者全員を呼び集めたのはお披露目の時くらい。物語(オーバーロード)でも転移前に階層守護者全員を集めることはそんなになかっただろう。

物語(オーバーロード)開始直後の滅多にない階層守護者全員召集に、デミウルゴスはモモンガさんもナザリックを去る最後の挨拶に召集されたと考えたのではないだろうか?

そして【恐怖】からアインズ・ウール・ゴウンがモモンガさん1人である不安を解消するため、対策として世継ぎを重視した発言をしたのではないだろうか?

 

あの世継ぎ発言は疑問を抱いた。

 

世継ぎの話はモモンガさんの意志よりも御家(ナザリック)存続を優先する発言に感じられたから。

これが本当に想像主達を敬う忠義に篤い者の発言なのだろうかと不思議に思った。

だがよくよく考えてみれば、物語(オーバーロード)のギルメンはモモンガさんを残してみんないなくなっている。

だからモモンガさんもいつか必ずいなくなると予想しているのだ。

自身の気持ちを押し殺して諦めて対処しようとするデミウルゴスのなんという潔い諦観だろう。

モモンガさんが去った時に残された者達にはーーデミウルゴスにはーー寄る辺が、存在理由が必要だった。悪魔は創造主()に希望を縋ったのだ。

デミウルゴスという最上位悪魔ですら幼子のような気持ちにさせるのがアインズ・ウール・ゴウンである。

 

デミウルゴスは、世界に存在する全てのものの存在理由(レゾンデートル)がアインズ・ウール・ゴウンだと信じている。

実際転移前ゲーム内でのナザリックのNPCの役割は「ナザリックを守ること」それだけだ。

だが、NPCたちは転移後ナザリックを守護する以外のことも考えはじめた。

 

アルベドのモモンガ以外のアインズ・ウール・ゴウンメンバー抹殺計画、セバスのエルフ救出、コキュートスのリザードマン救済願い、デミウルゴスの世継ぎ発言。

 

転移はNPCたちに自由な自我を発露させる、わたしはそこにひとつの可能性をみた。

 

ーー自立思考。

 

その可能性を信じたい。

だから転移前は設定を書き換えず、転移後にわたしへの好意の度合いをはかろうと考えていた。度合いに合わせて距離を縮めていこうと思っていたのだ。わたしもナザリック(おうち)が大事、デミウルゴスもナザリックが大事。同じ方向を見ながらちょっとづつちょっとづつ……。なのに。結婚して【卵】ーー子供を作ってしまった。

 

「あああええうー!どうすれば!どうしようー!」

 

ごろごろごろ!ごろごろ!ドーン!……ぽとり。

ひんやり丸ベッドからはみ出し、壁にぶつかりバウンドしてベット着地。

 

デミウルゴスと結婚したのは正直嬉しい!嬉しい!嬉しい……嬉しいよ……でも、でも、でも、でもーー!

 

転移前にわたしのデミウルゴスへの好意が本物であることを知ってもらおうと一緒にいる時間を多くとり話しかけ気持ちを伝えてきた。

転移後にデミウルゴスの態度をみて告白するかは決めようと思っていた。

 

ひょっとしたら蛇は嫌いかもしれない(良かれと思って蛇にしたけれど)、

ひょっとしたら少女体型は好きではないかもしれない(おにいたんとは違う……気がする)、

見た目以前にわたしと親密な関係になること自体を不遜と考えてるかもしれない。

デミウルゴスの立場、考えでは、わたしとの結婚は断れない、ひょっとしたら断わることすら思い浮かばないかもしれないから、わたしが察する必要がある。

 

わたしはデミウルゴスの意志を尊重したかった。上からの強制じゃなくて両思いになりたかった。

 

だから、本当ならわたしは結婚してはいけなかったのだ。たとえギルメンのサプライズに空気が読めないやつと思われようとも断らないといけなかった。誰が知らなくてもわたしは知っていたのだから。

モモンガさんだって転移後NPC達が『生』きはじめると知っていたら、決して設定をいじりはしなかっただろう。

 

それなのに結婚に同意したのは一重にーー。

 

ベッドの縁から、そっとデミウルゴスの方を覗き見る。

 

デミウルゴスは普段と変わらない様子で仕事をしている。

見つめる先のデミウルゴスは呼吸しているように胸部が動き、定期的に眼鏡の位置を直すような仕草をする。

よくできたモーションだ。でもそれだけだ。少なくとも今は。

 

今のデミウルゴスの心の内を知ることがまだできないことがありがたい、心の準備がまだできていない。

 

ニョロりと程よくひんやりしたベッドをでて、ぴょんとデミウルゴスの膝の上に乗っかる。

デミウルゴスは机の上の書類をチェックしている。

わたしが膝の上にのっかることで、わたしの頭が邪魔でデミウルゴスからは書類は見えないはずだが、まるで見えているかのように手を動かし、書類を仕分けしている。

 

かわりなさに安堵する。

ーーデミウルゴスがまだ生きていないということに。

 

かわりなさに落胆する。

ーーデミウルゴスいま生きていないということに。

 

「……だって気がついたら結婚してましたとか……」

 

ちゃんと選択肢残さないと。

 

「まあわたしは、失恋には慣れているし、前世も今世も一度も両思いになれたことないし、わたしはへーきだし……へーきへーき」

 

デミウルゴスにわたしから逃げられる道をのこしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルメン達によるノリノリの監督下のもと異形種交配計画が本格始動した。

しかし、すでに【卵】から孵化したわたしとデミウルゴスのNPCをパワーレベリングしたら【卵】からできたNPCは育成がなかなか大変なのがわかった。

通常レベル上げはそれほど手間がかからないはずなのに【子供】のレベルアップ必要経験値は鬼仕様。さらに満足いく装備を揃えるのに時間がかかる。

 

現在、わたしとモモンガさん以外のギルメンはリアルに時間が取られ、ログイン自体はリアルの用事をしながらでできるけれど、ゲームプレイ自体はギルメン1人週に1〜3時間が平均。

まずはわたしとモモンガさんがそれぞれNPCと作った子供を集中して育成しようという話になった。

 

あ、モモンガさんアルベドと結婚したのです。

なんかね、ギルメン達が続々と結婚して【卵】を作っていく中でモモンガさんは、その、相手が……たまたまね!たまたまいなくてね!

そうしたらタブラさんが、『モモンガさんなら……』とかなんとかいったらしくて(モモンガ後日談)、モモンガさん、アルベドの側に立って照れてまごまごしてた、うん……胸……見てるのわかったよ……わかるけどそんなにガン見したらね、

 

「サキュバス嫁とかwwエッロwwwモモンガさん良かったですねまじエロっすねwwwさすがギルマス俺たちにできないことをwwww」

「ーーペロロンチーノォォォ!」

 

おにいたん、エロには敏感だからいじられちゃうって。

ドタバタと追いかけっこするモモンガさんとおにいたん。

ギルメンの生暖かい眼差し。お姉ちゃんいなくて良かったね、おにいたん。モモンガさんに失礼なこというとぶっ飛ばされるから。

 

わたしは「これが強制力か!」と内心驚きつつも、アルベドは玉座の間で寂しい期間もあったし、同じくさみしんぼ骸骨モモンガさんが幸せにしてやるのだー!といってやった。

 

「さみしんぼじゃないもん!ぼっちじゃないもん!」

 

……もんって、モモンガさん動揺しすぎだよー。

 

ともかく、アルベドとモモンガさん、わたしとデミウルゴスの子供NPCから育てようってことになった。

 

ギルメンによるブートキャンプがはじまった。

 

「おっ切れそう《バインド/拘束》!」

「んー、やっぱりスカートはかせたほうが似合うと思うのだけど」

「はい、そこ!いいよいいよ、ちゃんと当ったなー!タゲるの慣れてきたなあ」

「八大神ダンジョンズ全制覇させにいこうぜ」

「この外装とかどうですかねー」

 

モモンガさんは一番子育てに熱心ー。多分子育てでギルメン全体の活動率が上がって会話も増えてたし。骸骨歓喜。ほんとギルマスの鏡。

ワイワイ楽しく盛り上がる育成を横目で見ながら、わたしも所持しているワールドアイテムをデミウルゴスとの子供に渡してパワーレベリングの加速度を上げて子育てをしていた。

 

ーー親のわたしを殺すことができる強さを身につけさせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わたしを殺せるような力を、思考を、子供に与えよう』

子供ができたときに真っ先に考えた。

なぜ子供にわたしを殺せるようにするのか、話はわたしのキャラメイクまでさかのぼる。

 

わたしは自分のアバターをどんなふうにキャラメイクしようかと考えた時、転移後デミウルゴスと上手くいく要素を増やした。カップルの別れる最も多い理由は「価値観の相違」だという。

きっと人間のわたしと悪魔の道徳規範は合わないだろう。

 

そこで転移後のモモンガさんのアンデット化による精神の変質からヒントを得て、カルマがマイナスになる種族、スキルツリーを選択すればデミウルゴスの価値観と合わせられるのではないか?と考えた。

そしてわたしは種族クラスに、サーペント(古き蛇)をとり、最終種族はアペプ(太陽の破壊者)ーー悪の化身の蛇神となった。

わたしとデミウルゴスだけならこのままで良かったかもしれない。でも当初の予定からずれて想定外の子供ができた。

 

デミウルゴスと子供たち。なんて素晴らしい、そして恐ろしいことだろう。

 

魔の愛情とはどんなものなのだろう。

精神が変質したわたしは子供たちを害そうとしないだろうか?

あの世界で血が近い者ほど価値ある犠牲(サクリファイス)だったら?

自分の存在値を高めるために子供を犠牲にすることをためらわない性質になってしまったら?

そして子供も犠牲(サクリファイス)になることを喜んで受け入れてしまうのでは?

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに追加節制してもキャラ性質にどこまで影響を与えられるだろうか?

 

念のため、わたし自身の設定にデミウルゴスと子供への直接・間接攻撃禁止を書き込んだ。でも万が一ーー。

 

ーーわたしはわたし自身が一番恐ろしい、どうすればいいのか。

 

ーー家族。わたしの家族。

 

今世は家族仲も良く、わたしの居場所もある。

けれど、いづれ親は死に、お姉ちゃんもおにいたんもそれぞれ伴侶を見つけて家をでていき家庭をつくるだろう。家族がわたしを大事に思ってくれていることはわかる。

 

ーーでも、わたしは。

 

幼い頃に、与えられなかった故の空虚、与えられた故の傷、それが大人になっても周囲との違いを浮き彫りにさせ、蓋をした感情ーー怒りを刺激させた。

自身の存在を否定され利用され続けズタボロになった自尊心、とても自己を愛するなんて出来やしない。

酷い扱いを受け続けた心は自身の価値を信じることなんて出来ない。

 

ーー前世から続く決して消えない虚無感と無力感。

 

愛されなかったから、愛されることに飢えていた。

愛されたことがないから、他人を愛する資格がないと感じていた。

 

わたしだけを、わたしのみを、一番に思ってくれる存在がほしかった。無条件の愛がほしかった。

 

ーー得られなかった親からの愛情。

 

何かができるから褒められ認められるということではなく、ただあるがままでそこにいていい、存在していいという絶対的肯定感を与えられたことがない。

だからだろう、不安が無くならない、いつも影のように背中に張り付いてる。

 

価値のない存在(わたしにとって高望みなこと、それは愛されることより愛すること。

愛されなかった子供は他人を愛することに自信がない。だって愛された経験がないからどうやって他人に愛情をしめしたらいいかわからない。

大人になって周りの『愛情行為』を見よう見まねで学び、なんとか表してみるけれど、ちぐはぐ感は拭えない。

 

愛されることも、愛することも、わたしから程遠いものだった。手に入れることができない憧れ。地平線に沈む美しい夕日のように眺めるだけで辿り着くことはできない。

 

だから前世で結婚しなくても人工授精で子供を作れたのに作らなかったーー自分は欠陥品だから。憧れは憧れのままにしておいたほうがいい、虐待されて育ったわたしは、自分の子供に虐待してしまうのではないかと恐れたのだ。

 

ーーそんなわたしにできた旦那様と子供。

 

わたしがデミウルゴスを愛することができたのは彼に意識がないから。意識があったなら……申し訳なくてとても愛せないーー欠陥品に愛されて申し訳ないという想い。

欠陥品なりに愛情ーー世間一般でいう愛情を表す行為ーーを示してきたつもりだけど、本物を知らないからうまくできているかわからない。

 

 

 

『転移したわたし』にわたしの愛する存在を殺させない。だから子供たちの設定にはこう付け加えてある。

 

「自身は気づいていないが母に殺されそうになったら自己生存のために親殺しをためらわない。母殺しの罪悪感は持たず後悔もしない」

 

こう書けば『転移したわたし』にもし殺されそうになっても反撃して戦うだろう。子供が『そう有れ』と私が書いたことを残しておく。

わたしの意思でわたしを殺させたのだとわかるように。

もしわたしが死んでもデミウルゴスが子供たちをナザリックに必要な存在として育ててくれるに違いない。

 

大切な家族が仲良く暮らせるのが1番だよねー。



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