黒子のバスケ~ヒーロー~ (k-son)
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日の出
リ・スタート


全国中学校サッカー大会準々決勝。

 

『Pi.Pi.Pi~~~』

 

終了のホイッスルがフィールドに響き渡る。

 

スコアは『3-2』。

 

「...負けちゃったかぁ。悔いは、残るよね。やっぱり。」

 

腰に手を当て、1人空を見上げながら呟く。

選手控え室で、レギュラーメンバーは我慢できず涙を泣かしていた。

 

「君たちは、よくここまで戦いました。負けはしましたが、この結果に胸を張りなさい。」

 

顧問の教師は、部員全員に対して激励をしていく。

 

「公立校でありながら都大会を勝ち進み、全国大会ベスト8。私は、あなたたちを誇りに思います。」

 

「そうだよ。俺たちがここまで残ると、誰が予想したよ。都大会を優勝したときの周りの驚いた顔なんて、堪んなかったし。」

 

「「「「...英雄。」」」」

 

「「「「...英雄さん。」」」」

 

「ほんと..。悔しい、けどやっぱ楽しかった。...ごめんやっぱ悔しい。」

 

「2回いうなよ。どっちなんだよ!」

 

「...あはは。こんなときでも、英雄さんは英雄さんなんですね。」

 

「そうだよな。...うん。楽しかった。」

 

気づけば、部員全員が笑っていた。涙を流しながら。

先程までが嘘のように晴々ととしていた。

 

「さて。帰りますか。」

 

 

 

大会から数日後、英雄は自室にいた。

ごちゃごちゃした部屋の真ん中で、天井を見上げる。

部屋内には本棚があり幾多の本やDVDがほとんどで、あらゆる分野の本が並んでいた。

中でも多いのが、サッカー・心理学・そして...

突然、携帯電話が鳴り響く。

着信相手を確認すると、知った名前からだった。

 

「誰ですか~?気分が乗らないんだけど。」

 

『発信者:リコ姉』

 

「リコ姉か...。なんでしょねぇ?」

 

通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てる。

 

「は~い。もしもし~。」

 

『もしもし。今大丈夫?』

 

「うぃー。何の御用でございますかー。」

 

『・・・結果、見たよ。惜しかったね。』

 

「・・・うん。」

 

『でもすごいよ。全国ベスト8まで勝ち残ったんだから。』

 

「・・・ああ。そう思うよ。」

 

『それに。中学から始めて、レギュラーになって、都大会のベストイレブンに選ばれるなんて。』

 

「チームメイトに恵まれてたからね。」

 

『よくいうわよ。『未完のファンタジスタ』な~んて呼ばれてるくせに。』

 

「勝手に呼んでるだけじゃん。技術あんまないし...。(『ファンタジスタ』なんて正直嬉しくないんだよね。俺より上手いやつなんて、上から数えたらキリが無いし。誰だよ、言い出したやつ。)」

 

『...で?』

 

「で?」

 

『これからよ。どうするの?』

 

「これから?いや、さっきまで爺ちゃんと稽古してたから、とりあえず昼メシでも食べようかと...。」

 

『ちっが~~う!!』

 

「うわ!耳痛い!!」

 

『これからの進路よ。真面目に答えなさい。』

 

「これから、ね...。特に決まってないなぁ。」

 

『アンタ、このままバスケ辞めちゃうつもりなの?』

 

「...。(さすがリコ姉。いきなり核心ついてきやがる。)」

 

言葉にする事を少し躊躇いながらも想いを伝える。

 

「正直、結構悩んでる。」

 

『そう...。』

 

「部活のメンバーに『高校でも一緒にやろう』とか、言われちゃってるし。実際スカウトもそこそこ来てるんだよね。」

 

『あんたは?...あんたはどうしたいの?』

 

「(誤魔化されてくれそうにないねぇ。ガチトークは、あまり気が進まないんだよ)」

 

言葉をひとつひとつ組み合わせながら、胸のうちをさらけ出す。

 

「3年」

 

『え?』

 

「実質2年間だけど、バスケットボールに触れてもない。

 

今更って感じがするし」

 

『...だから?』

 

「へっ??」

 

予想外の展開についていけず、なんとも情けない声を出してしまう。

 

『だから、そんなことは聞いてないじゃない。あんたがどうしたいかを聞いてるの!』

 

「どうって...。」

 

『それに知ってるわよ。...あんた、ボールに触れてないって...嘘なんでしょ?』

 

「あれっ?何で知ってんの?ってヤバッ!!」

 

『見たから...。部活の帰りにストリートのコートでバスケしてるところをね。』

 

「えぇと、たまたま...。そう、たまたまだよ。気分転換に遊んでただけで...。」

 

『毎晩もやるものなの?』

 

「ぐっ...。謀られた。」

 

『もういいから、話を進めるわよ。』

 

「はいはい。もう降参~。」

 

悔しいが両手を挙げ、降参のポーズをする。電話越しなので見えている訳はないが。

 

(なんでだろ?昔っから隠し事がすぐばれる)

 

『だいたい。ウジウジと後ろ向きなのはあんたらしくない。いつまで、『あのこと』引っ張ってるのよ』

 

「だよね~。わかってはいるんだけどね。」

 

『結局のところ。まだ結論は出てないのよね?』

 

「うーん。」

 

『そう。まあ、この件は見逃してあげる。...話は変わるけど、今度の日曜日、時間つくれる?』

 

「えーと...。うん、大丈夫。...多分。」

 

『どっちよ!?とにかく!ウチの練習に参加しなさい。』

 

「一応聞くけど、なんでかねな?」

 

『今ウチの人数減ってて、3 ON 3もできないのよ』

 

「そういえば、今年から創設したんだっけ?」

 

彼女らの部活は今年から創設したので、人数も少なかったのだ。

 

「今まではどうしてたの?」

 

『...本当はもう1人いたんだけど、怪我しちゃって...ね。』

 

「う~ん。どうしようかな~。」

 

『はい決定ということで♪』

 

「とほほ。拒否権ないんですね。」

 

『当たり前。っていうか、『とほほ』なんて久しぶりに聞いたわね。』

 

「了解しました。」

 

『午前中からやってるから、ちゃんと来なさいよ。』

 

「はーい。でわでわ、これにて。」

 

『ピッ』

 

「ふぃー。」

 

ため息をしながら通話を切ると、携帯電話を机に投げる。

 

「なんともお優しいこって。」

 

などと、独り言をぼやく。

それでもなんとなく、理解していた。

恐らく最後になろうチャンスをくれている事に...。

 

「たしかにこんなの、こんなの俺らしくないよな...。」

 

「......っよし。」

 

気合を入れ、クローゼットにあるバッシュを取り出していた。

 

「あっ、学校の名前聞いてないや。後でメールで聞いとくか。」

 

再び携帯電話が鳴りだしたので、確認する。

 

 

 

●リコ姉

 

件名:ゴメン!!

 

本文:学校の名前教えるの忘れてた。

 

   名前は----

 

 

 

 

    『誠凛高校』よ。

 

 

 

 

 

 

新たな色が生まれる...。




1発目はいかがでしたか?文才が無い為、できるだけ丁寧に作成していきます。

ご感想・ご指摘・アドバイス等があれば是非お待ちしております。


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邂逅

あれから日曜になり、スポーツバッグを肩に掛け誠凛高校を目指しているのだが。

 

「あーづーいー」

 

夏も終わりに差し掛かるというのに、涼しくなる兆しも無い。

当然、歩くペースも落ちていく。そう遠くないはずの距離が倍歩いているように感じてしまう。

 

「迎えに来てくれるとか、優しさがあってもいいと思うんですけどねぇ。」

 

などと、独りで愚痴る。

そして、やっとこそれらしき建物が見えてくる。

 

「へぇー。なかなか綺麗気じゃん。んー迎えは無しね。つか勝手に進入しても大丈夫?」

 

本当は、事務局から許可をもらうべきなのだろうが...。

 

「っま、いいか。なんかあったら、リコ姉に押し付けよっと。」

 

考えた挙句、面倒くささが圧勝してしまい、そのまま体育館に向かう。

 

 

 

インターハイ予選の決勝リーグで敗北してしまったが、なんとか持ち直しつつ次に向けて練習をしているのだが...。

 

「そういや、カントク。今日の練習って誰か知らねーが参加するんだっけか?」

 

日向は、先日から聞かされていた今日の予定を確認する。

 

「その予定なんだけど...。一体どこで道草を食ってるのかしら?」

 

発案者の『カントク』こと、相田リコが言う。

 

「どんな奴なんだ?」

 

小金井が興味津々に聞いている。

 

「うーん。なんていうのかなぁ。中学の知り合いよ。年下の。」

 

カントクは、なにやら企んでいるようで、含みを持ちながら話す。

 

「年下の?ってことは中学ん時のバスケ部の後輩か.?」

 

誰なのかはわからんが、ここまでもったいぶる理由が分からない。

 

「そーじゃないけど、知ってるはずよ。伊月君もね♪」

 

どーやら最後までもったいぶるらしいリコは答えない。

 

「えっ?俺も?」

 

伊月も心当たりがないのか、予想外の表情で答える。

 

「すいませ~ん。今日、練習に参加させていただく者ですが~。」

 

そんな中、体育館の入り口から男の声が響く。

 

「英雄遅刻よ!何してたの!」

 

いきなり、リコ姉に叱られる。

 

「いや~あの~、すいませんでした。勝手に入っていいものか悩んでいましたら...。とゆ~か、迎えに来てくれればよかったのでは?」

 

一応で言い訳をしてみる英雄だが

 

「それならそれで連絡しなさいよ!」

 

と、一蹴される。

 

「ですよね~。」

 

ぶっちゃけわかってました。はい。

 

「まあいいわ。皆集まって!」

 

リコ姉の声に部員全員が集まってくる。

 

「今日の練習に参加する補照 英雄よ。」

 

「よろしくです。」

 

紹介を始めるリコ姉に便乗し挨拶をしていると、見たことある顔があった。

 

「あれっ?順平さんに俊さん?御2人ともこちらの学校でしたかぁ。」

 

「あ、あぁ。お前だったのか...。」

 

日向は驚きを隠せず、戸惑いながら言葉を返してくる。

 

「久しぶりだな本当に。それはそうと、練習に参加してくれるのは助かるが、遅刻はいかんぞ。それに言い訳もなっ。」

 

俊さんも驚いていたが、直ぐ平常に戻りいつも通り話しかけてくれる。

 

「!!はっ。言い訳...言い訳しても...いいわけ。

 

「.........。」

 

「伊月..ほんと...死んでくれ。」

 

「(うん。変わってないや。)」

 

順平さんは頭を抱え、ぼやきだす。

しかし英雄はここで負けまいと、自前のバッグからタッパーを取り出し

 

「これ差し入れで持ってきたんですけど、実は隠し味かあるんです。」

 

突然始まった俺の説明に、周りが困惑していく。

 

「どーいうこと?」

 

意味が分からな過ぎて、リコ姉が聞き返す。

 

「しょーゆーこと。です。」

 

そして、ドヤ顔。

このコンボを決め表情を戻すと、伊月はゆっくりと近づいていく。

英雄もゆっくりと歩み寄り

 

『ガシッ』

 

力強く握手を交わす。

 

「あーもう!馬鹿やってないでさっさと着替えてきなさい!」

 

リコは痺れを切らし、怒鳴り始める。

さすがに、これ以上は今後の展開において不味そうなので素直に従う。

 

「日向君。案内よろしく。」

 

「了ー解。」

 

「すんません。おねがいします。」

 

日向の案内で部室に向かっていると、

 

「...ところで、聞いていいか?」

 

「ん~。はい。答えられる範囲なら。」

 

「...バスケ、また始めるのか。」

 

前を歩く日向は真剣な表情で筆問をぶつける。

 

「正直なとこ、決めかねてるんです。とりあえず、今日はお姉様のお願いを叶えるつもりッす。」

 

「そうか...。まぁ、いい練習になるよう期待しとくぞ。」

 

「現役バリバリの人が、ブランク真っ最中の奴に言うことじゃないですよ。ハードル上げないでくださいよ~。」

 

そんなやり取りをしていると、部室に到着した。

 

「空きロッカーがあるから、適当に使え。」

 

「うす!じゃあこことった~♪」

 

すばやくロッカーを開け、バッグを押し込む。

 

「お前は小学生か!!」

 

英雄は日向のツッコミを軽く流し、バッグから練習着一式を取り出す。

 

「あ、直ぐ着替えるんで、先に行っててもらってもいいですか?」

 

「分かった。お前待ちなんだ、直ぐ来いよ。」

 

日向は、先に体育館へと向かう。

日向を見送った英雄は着替えをさっさと済まし、最後にバッシュを取り出す。

バッシュを軽く履いてみた時、直感的に何かを感じた。

 

「(あぁ、駄目かもしんない。)」

 

感情が先走り、爆発しないように抑える以外できなかった。

 

 

 

「で、中学のバスケ部の後輩なんだっけ?」

 

小金井が話を再開する。

体育館では英雄の待ち状態なので、英雄について話していた。

 

「ううん。英雄は、サッカー部のレギュラーよ。」

 

リコは答えられる範囲で答える。

 

「えっ、じゃあ彼は初心者ってこと?カントクの考えを疑うわけじゃないが、ちゃんと練習になるのか?」

 

リコの返答に土田が食いつく。土田は唯の人数合わせではないかと心配した。

 

「そうでもないわ。英雄は全国を経験してるし、身体能力も確かなものよ。」

 

幼馴染のことだけあって、少し自慢気に答えてしまう。

 

「それにあいつは小学校のとき、地元のバスケットクラブに在籍していて結構有名だったぜ。」

 

伊月も一緒になって英雄の過去を語る。

 

「へぇー、そりゃまた。ところで、なんでまたサッカーなの?」

 

小金井は何気なく話を掘り下げる。しかし、簡単に語れるような話ではなかった。

 

「いや、最初はバスケ部にいたんだけd

「伊月君!!」

 

「あっ!悪い..。」

 

伊月が答えようとしたところをつい声を荒げて止めてしまった。

 

「ん?どうかしたか?」

 

英雄を案内していたはずの日向が1人で戻ってきていた。

 

「あ、あぁ。補照が中学でバスケをしなかった理由を聞いてたんだけど、不味かったのか?」

 

小金井君達は状況についてこれず困惑している。

 

「あぁ、それな。あーなんつーか...。すまんな少し答え辛くてな。」

 

日向が返答に困っていると、

 

「別に構わないですよ。中学では噂になって結構有名になりましたから。」

 

着替えを済ました英雄がいた。

 

 

 

 

英雄は練習着に着替え、体育館に向かっていると、

 

「伊月君!!」

 

リコの大きな声が聞こえてきた。

 

「補照が中学でバスケをしなかった理由を聞いてたんだけど、不味かったのか?」

 

「あぁそれな。あーなんつーか...。」

 

(ああ、なるほど)

 

どうやら英雄に関する話であることに気が付いた。

 

「別に構わないですよ。中学では噂になってましたから。」

 

と、自ら進んで話に混ざっていく。

 

「なんとなく分かったと思いますが、初めはバスケ部だったんですよ。これでもね...。ただ、馬鹿やらかして、バスケ部から居ずらくなっちゃって。そんでお仕舞いですよ。」

 

英雄は飄々と答えるが、実際に見た面々からみると実に痛々しい姿だった。

 

「...上級生をね、ついボコっちゃいまして。いや~俺もまだまだ若かったというしか...。」

 

「英雄!まだそんなこと言ってるの!だいたいあの時は...。」

 

「...リコ姉、もういいから。少なくてもそういう風になってんだから。」

 

「......。」

 

 

英雄の冷たく言い放ってしまった言葉に、リコは黙ってしまう。

 

「あっすいません。気を遣わせちゃったですか?気にしないでください。」

 

「いやっ。大丈夫だ。そろそろ練習始めようか。」

 

日向が空気を切り替えようと練習開始を促し、

 

「...そうね。...始めましょう。フットワークから!皆声だして!今日は3 on 3でセットプレーを重点的にするわよ!」

 

リコが切り替えて、監督の顔になり指示を出す。

英雄は1度しゃがみ、途中で靴紐が解けてしまわないように強く締め直し、また立ち上がる。

 

「おっしゃ、いきますか~!」

 

英雄にとって、過去は胸を張れるものではない。

それでも、そのことでリコや日向に気を使われる方が嫌だった。

 

もしかしたら、これが最後になるかもと【ありもしない事】を考えながら、久しぶりに履いたバッシュの感触を確かめる。

体育館に響き渡るバッシュの音が、不思議と心地よかった...。




8/15 修正


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私とアイツ 前

いきなりですが、リコ目線です。

オリ主の過去をさらっと流します。


リコ side

 

 

---回想---

 

 

 

私と英雄は、付き合いが長い。

 

互いの実家が近かったので、よく遊んでいることが多かった。

 

 

 

世間一般の女の子の遊びとはあまり縁が無く、

 

物心ついた頃には、父の職場であるスポーツジムで過ごしていた。

 

 

 

英雄も柔術を習っていたこともあり、体を動かすことが好きだったようで、ジムを遊び場扱いにするという、不思議な状況が出来上がっていた。

 

 

 

 

お互い小学生になったある日、英雄は私の父にこんな相談を持ちかけた。

 

 

 

「NBAせんしゅになるには、どうすればいいですか?」

 

 

 

私の父は面白半分で適度なメニューを組み、やらせてみた。

 

それを軽々とこなしたことを父は驚いていた。

 

 

 

その後、地元のクラブに入りバスケと柔術、その合間に父の無理なく無駄なくのメニューという、殺人的な日々を過ごすようになっていった。

 

それとは別に、元日本代表だった父に技術面での教えを請い、小学校の休憩時間ですら友達を引っ張りバスケをし、家ではNBAのビデオを見ているらしい。

 

そのせいで、NBAの選手のものまねをしてくるようになった。

 

 

 

「マジック・ジョンソンとか言われても、小学生の女子にわかるかー!。」

 

 

 

うんざりした。あの頃は、相当うんざりしていた。

 

・・・今思えば、超が付くほどの大馬鹿だと確信できる。

 

ちなみに、ものまねの精度はすごかった。ただ、その後のドヤ顔が腹立つ。

 

 

 

1度好きな理由をきいてみると

 

 

 

「楽しいから。それに、じゅうじゅつって、1人じゃん?みんなで戦うところとかワクワクするよ。」

 

 

 

と、言うことらしい。

 

柔術は常に、1対1の戦い。

 

英雄にとって、集団競技は憧れだったのかなと思った。

 

 

 

 

 

 

2年が経ち、

 

 

 

 

 

 

私が小学5年生・あいつが小学4年生の年に、クラブのレギュラーとして出場するようになっていた。

 

それまで応援に行ったことが無かったので、父を連れ応援に行ったのだが・・・。。

 

 

 

 

始めてみた英雄のバスケは、

 

 

 

 

-----衝撃的だった。

 

 

 

 

相手のチームは当然ながら全て2歳うえの小学6年生であるにもかかわらず、決して引かず堂々とプレーをしていた。

 

小学生時の2歳の差は想像以上に大きく、体格・スタミナの載積量など、成長期の違いは間違いなくあるはず。

 

 

 

それ以上に印象的なのは、あの楽しそうな笑顔だ。

 

小学生である以上、技術の差はそこまで無い。

 

シュートを決められたり、ドリブルを止められたりすることもある。

 

それどころか、チームがピンチに陥ったりしても少しの陰りすら見せない。

 

 

 

派手なプレーとは言えないが、圧倒的な存在感を放つ。

 

 

 

当時の私は父の影響があったため、それなりにバスケについて知識があった。

 

それでも、これほど観ていて、面白いと思ったのは初めてだった。

 

 

 

 

それからも英雄は、飽きることなくバスケ馬鹿を貫いていた。

 

休日に小学校の友達数人と遊んでいたら、急にいなくなっていたので

 

 

「どこいってたの?」

 

 

と、聞いてみると。

 

 

「なんか、外にバスケットゴールがあった。」

 

 

と返ってきた。

 

 

「・・・ちなみに、なにしてたの?」

 

 

「バスケ。」

 

 

「うん。知ってる。」

 

 

「なんか、知らない奴がいてさぁ。ボロボロに負けちゃったんだよねぇ。」

 

 

「へぇ。あんたが一方的になんて・・・。どんな子?」

 

 

「う~ん。ガングロ?」

 

 

「なにそれ・・・。」

 

 

 

等という事もあった。

 

 

 

 

 

更に月日は流れ、

 

 

 

私は中学に進学していた。

 

 

同時に身体能力が数値化してみえるようになり、父の仕事を手伝うことも増えてきた。

 

 

そういえば、中学のバスケ部に所属していた同級生の日向君という男の子が、父のジムに通っていた。

 

 

気が付くと、既にあのバスケ馬鹿と知り合っていたらしく、

 

 

名前で呼び合うようになっていた。っていうか、感染してた(バスケ馬鹿菌に)

 

 

 

あのバスケ馬鹿・・もとい英雄は、最上級生となりチームの柱になった。

 

身長も165cmといつの間にやら伸びており(・・・あれっ?身長いつ抜かれたんだろ??)

 

私の父に1 on 1の相手をしてもらうべく、付き纏うようになり

 

 

 

「ねぇ。おじさん。勝負してよ~。」

 

「あぁ?めんどくせぇな・・・、今忙しいんだよ。」

 

「いいじゃん!それに、本当に忙しそうだったら話しかけないよ。」

 

「なんだと!俺が暇そうに見えるのか!このクソガキ!!」

 

「たのむよ。俺の専属トレーナーにしてあげるから~。」

 

「それじゃあ、今と変わらねえだろうが!」

 

 

 

 

と、ジム内に口論する。2人をよく見かけた。

 

結局、『週に1度時間を作る』で落ち着いたらしい。

 

 

 

 

 

彼の名は、各地に広く知られ、

 

 

後から聞いた話だけど、あの『帝光』から声がかかっていたが断ったらしい。

 

 

理由を聞いたら

 

 

 

「1回見に行ったんだけど、なんか楽しくなさそうにだったから」

 

 

 

とのこと。

 

 

私は、耐え切れず吹き出した。

 

 

 

誰にも負けないくらい、バスケが好きなくせに

 

 

誰にも負けないくらい、バスケが上手くなりたいくせに

 

 

そんな馬鹿みたいな理由超強豪校からの誘いをで断ってしまったのか、と。

 

 

 

 

また春が来た。

 

英雄は本当に、私と同じ中学に進学を決めた。

 

 

 

今ウチのバスケ部には、ジムによく来る日向君。その流れで、知り合った伊月君。

 

そこにあいつがやってくるのだ。

 

 

 

今後のバスケ部に期待してやろうと思っていた。

 

 



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私とアイツ 後

回想はここまで。
次から本編に戻ります。
サッカー用語が少し混じりますが、お付き合いください。


 

英雄は、目立っていた。

入学して間もないはずなのに、・・まぁ理由はなんとなくわかるけど。

この時点で身長は175で常にヘラヘラしており、天然パーマと合わさればどこぞのホスト・もしくはチャラにしか見えない。

 

当然のように誰よりも早くバスケ部に入部してた、仮入部という順序を無視して。

以前から、仲のよかった日向君、その後に伊月君と交流を深めていた。

既に、並みの中学生レベルを凌駕している英雄は上級生であろうが一蹴。

 

当たり前といえば当たり前だ。

往年といえ、元日本代表選手と1 on 1をしてきたのだから・・・。

 

 

1週間後、他の新入生はまだ仮入部の段階だ。

 

私は、バスケ部の関係者というわけではないので、偶に様子を見に行くだけであった。

ジムでトレーニングをしている英雄の表情に陰りが見えた。

本人に聞いてもこたえないので日向君に無理やりきいてみると、英雄に嫉妬した3年生が悪質な悪戯を始めたとの事だった。

 

 

 

日に日にその行為はエスカレートしていき、必要以上にきつい、あたりやパスにより体に痣を作ることもあった。

そして、他の1年生の本入部が決まる頃には、誰も止めなくなっていた。

その事実に、日向君や伊月君は憤っていたが

 

「あいつらが引退するまで放っておけばいいことですから、気にしないでください」

 

英雄がそう言う以上なにも言えないままだった。

 

 

 

次の日から、日向君と伊月君は部活終了後、英雄と練習をしてくれることになった。

私は、偶に見に行くくらいだが、ほぼ毎日続いたらしい。

英雄は、2人との練習と父との1 on 1だけは楽しそうにしていた。

何度か差し入れを作ってみたら、食べた3人は3人は一斉にトイレに駆け込んで行った。

 

いくら美味しくなくても、それは酷いと思う。

といってみたら

 

「「「お願いします!味見をしてください!!」」」

 

と、泣きながら土下座された。

 

 

 

 

 

そんな日々が続いたある日。

いつものように部活終了後、残って練習を始めようとしたとき----

 

「いつもいつもご苦労様でーす。やっぱ才能ある人はちがうねぇ。」

 

悪辣な3年共がイラつく顔を並べてやってきた。

英雄は、慣れたように挨拶だけ済まし柔軟運動を始める。

それが気に入らなかったのか、標的を日向君に変えて挑発を続ける。

 

「未来のエース様に、今から媚るなんて情けねぇと思わねぇの?」

 

「・・・。どっちにしろ今の先輩らよりは、マシだと思うっすけど。」

 

「おいっ!日向!!。」

 

堪えきれず日向君が言い返してしまい、遅れて止める伊月君。

 

「あ?なめてんの?」

 

3年達は、そう言って殴りかかる。

 

「ぐっ!!」

 

日向君は殴られながらも、睨み付ける。

私は見ていられず止めに入る。

 

「ちょっと!やめないよ!!」

 

「うっせーよ!」

 

なにもできず突き飛ばされ、倒れる。

 

 

----ッドッカ!!

 

 

音がしたほうに振り向くと、英雄は私を突き飛ばした男子を殴っていた。

 

「なんなんだ。テメェ!・・がはっ。」

 

あっという間に、3・4人はいたであろう人数を打ち倒していた。

その後、顧問の先生がやってきて事態の収集を明日にするとの事でそのまま解散した。

下校中、英雄の表情を沈んだままだった。

 

 

次の日、事情はどうであれ暴力事件として扱われていた。

このままでは公式戦出場停止とまで危ぶまれ、責任を取る形で3年らは退部となった。

英雄と共に。

 

私と日向君、伊月君で抗議はしたが覆ることはなかった。

その日から、1週間。

英雄は学校を休んだ。

中学に入学してからの1ヶ月間、これが体育館で見た最後の姿だった。

 

 

 

ここからは、聞いたことがほとんどで、あまり話もしてない。

英雄は、同級生の誘いでサッカー部に入部したらしい。

ジムでのメニューもサッカーのものに変更され、顔を見る機会も減った。

父もあれだけ面倒臭がっていた割りに、残念そうな顔をしていた。

そんな状況を改善できず、私は高校へ進学することになった。

日向君達は、熱心に頑張っていたのだが試合に勝つことができなかった。

それに加え、1つ年下の「キセキの世代」の圧倒的な才能に絶望し、バスケをあきらめていた。

そのこともあり、バスケについてあまり関わらないようにしていた。

無意識にバスケ部の無い『誠凛高校』を選んだ理由なのかな?

 

聞くところ、あいつはレギュラー入りを果たしたらしい。

頑張っているところが想像しやすく、少しほっとした。

 

 

また、再び春。

無事誠凛高校に入学。

日向君と伊月君もここに入学していた。

なぜだかわからないけど、日向君が似合ってない金髪になっていた。

あれほど、一生懸命だった彼のあんな姿を見ると心苦しかった。

あのことを思い出しそうで・・・。

 

 

 

今私は、バスケ部の監督になってくれないかと誘われている。

目の前にいるのは、木吉鉄平君。

最近はバスケのことに疎いが、この名前は知っている。

『無冠の五将』の1人のはずだ。

彼は、新しいバスケ部を創ろうとしている。

あえて、ゼロから始めるなんて変な奴・・・。

ちょっとアイツに似てるかも。

 

 

私は、断った。

誘ってくれるのは嬉しいけど、適当なことはしたくなったから。

中学の時みたいに、最初から勝つことを諦めてしまっている部の監督なんてしたくない。

 

その後、日向君と木吉君が1 on 1で勝負したり、屋上で宣言したりといろいろあったけど監督を引き受けることにした。

日向君は嘗ての熱意を取り戻し、集まった皆は個性的で経験者じゃない人もいたけど、勝利することを諦めず

目標はあくまで全国優勝。

私も全力で挑戦してみよう!

新しい仲間との新しい目標、きっと楽しくなるだろう。

 

 

創部してからは、とにかく練習の毎日。

他校と比べてスタートダッシュが遅れていることもあり、練習のメニューはスパルタにしておいた。

当初、メンバー全員が練習終了後動けないでいたが、何とかシゴキに耐え成長している。

 

今は、自室で今後の動きについて案を纏めている。

みんなのレベルアップに合わせてメニューや、チームの方向性などを考えていると、やるべきことがありすぎて、集中力が散漫になってきた。

気分転換のため、少し散歩をすることにした。

 

 

-----ダムッダム

 

-----ザッシュ

 

 

現在午後11時。

公園のほうから何か聞こえるが、該当などとっくに消えている時間だ。

少し気になり見に行くが、暗くて見えない。

よーく見ると誰かが、バスケをしているようだ。

ボールもゴールもほとんど見えない状況で、よくやると眺めていると

 

「はあっはあ・・。なにやってんだろ俺・・・。未練タラタラじゃねぇか。」

 

(この声って、まさか?)

 

もう1度目を凝らす。

長身で、髪は恐らくパーマ。

そして、何度も見た柔らかなシュートフォーム。

気づいたとき、この場にいることができなかった。

 

 

 

数日後、やっぱり気になった為、もう1度あの場所に行ってみると

---アイツはいた

近くの自動販売機に縋りながら、休憩をとっていた。

自販機の光により、あいつの顔がはっきりと確認できた。

間違いない、あいつだ。

 

(こんなとこで、なにやってるのよ)

 

声を掛けようかと迷っていると、あいつは歩き出し帰って行った。

結局、話しかけることはできなかった。

監督として忙しい毎日だが、完全に忘れることができなかった。

 

 

 

 

夏を向かえ、バスケ部は一丸となってインターハイに挑む。

できる限りのことは、やってきた。

あとは、とにかく全力で挑むのみだ。

誠凛バスケ部は、チームとして若すぎるが、鉄平と日向君を中心に予選を勝ち上がってことができた。

次勝てば、決勝リーグ。

皆の士気も高く、なによりだ。

アイツのチームも相当調子が良いらしい。

お互いに全国に行くことができれば、これをネタに話しかけるのも悪くないだろう。

 

 

 

そして、予選トーナメント決勝に勝利した。

その結果、相手チームの花宮君の策略により負傷、戦線離脱を余儀なくされた。

柱を失った誠凛高校バスケ部は瓦解し、決勝リーグで三大王者を相手に全てトリプルスコアで敗北した。

 

 

次に向け、練習を再開するが、全く’はいっていない’練習が続いた。

私もショックからなかなか立ち直ることができず、ムードを切り替える為、案を巡らせた。

そういえばアイツは、明日決勝戦らしい。

気分転換を兼ね、OGとして応援に行くことにした。

競技は違うが、どんなプレーをするのか興味があった。

前情報として、スポーツ雑誌にこう書かれていた。

 

 

----某サッカー マガジン

 

 

 

○○中学校

 

 

司令塔10番 田中のリーダーシップと指揮、

 

どんな局面でも顔を出すチームのダイナモ18番 補照、この2人を軸にする展開力は期待できる。

 

 

 

 

無名校であるため扱いは小さいが、高い評価を得ているようだ。

 

 

 

試合当日。

会場に私はいた。

相手は強豪校。

試合の展開予想は、7対3で、相手側が有利との事。

こちらは勢いがあるがムラもあり、若いチームなのだ。

少し、誠凛バスケ部とダブってしまうような状況だった。

 

前半は、相手のディフェンスが固く。

アイツの強引すぎる、オフェンスが目立った。

私は、少しがっかりしていた。

バスケをしていた時のものとは、比べたくないほどの自分勝手なプレー。

たしかに、身体能力を使い強引に切り込むプレーは効果的だと思うけど、

今のアイツは、それしかしていない。

当然、マークもきつくなりパスが回らなくなるという始末。

そして、ゴール前で相手にPKを与えてしまい、味方が抗議しレッドカードで退場。

更に、ゴールを決められ、窮地に陥る。

応援席からも、半ば諦めているような声が聞こえる。

 

 

でも、私は見た。

変わらない、あの笑顔を。

ここからのアイツのプレーは、変わった。

1人欠けた状態でも、それを補うようにフィールドを駆けていた。

オフェンス時には、パスコースを増やしマークを引きつける為、空いたスペースに失踪し、

ディフェンス時には、誰よりも早くボールを追い回し、ルーズボールに飛び込んでいた。

それも、常にトップスピードを落とさず。

相手チームもアイツの無尽蔵ともいえるスタミナに翻弄されていた。

なるほど。と思った。

あえて、強引なプレーをすることで相手チームに強く印象付け自分をマークさせ、走らせる作戦。

つられた相手は疲弊し後半の状況が一気に覆る。

1人欠けるというトラブルがあったが、それでも互角に戦えている事も納得できる。

それに、表向きの強引過ぎるプレーに陰になっているが、

ボールを持っていない時のアイツの動きは、凄かった。

味方が有利になるポジションに必ず居て、スクリーンのタイミングも絶妙。

マークが2人になろうとも、逆にそれを利用する。

マークが増えたことにより、審判からの死角の隙を付いてPKを奪う。

あの強引過ぎるプレーもこれの伏線だったのだろうか?

そして、確実に決め1-1で同点。

そのまま膠着し、後半ロスタイムに入った時だった。

 

 

 

味方のシュートを、相手GKが弾きルーズボールになり外に向かってボールが転がる。

何故かアイツはそこに居て、そのままパスを出した。

味方を1度も確認せず、出したループパス。

 

観客を含め、そこに居る全員の視線を奪い、ゆっくりと弧を描いていた。

 

たった1人が走りこんでいて、そのままシュートが決まる。

 

これには、応援席全員が立ち上がり歓声を上げていた。

英雄は全国の切符を手にし、都大会のベストイレブンに選ばれた。

サッカー関係者に『彼の技術はまだまだ荒いが、そんなもの後からでも習得できる。あの精神力と創造性の高さを得るのは、容易くない。

彼の2年後が見てみたい。』と言わせ、『未完のファンタジスタ』と呼ばれるようになった。

 

 

私には2つのことに気づいた。

1つは、これが、これこそが。

あいつが、英雄が。

バスケにおいて、目指していたプレーそのものだったこと。

 

つまり『自他共栄』。

力を合わせるというわけではなく、自分と味方を掛け合わせ、実力以上のプレーをし、更なる高みへ上るプレー。

あのパスは、戦術として決まっていたことではなく、一瞬の閃きと味方を信じぬくことでできたもの。

アイコンタクトという言葉はあるけど、実際に見たのは始めてだった。

自分と受け手を信じきり、そこに味方は走りこんでくれる。

きっとではなく、必ずというレベルで。

 

2つ目は、英雄がバスケ以外で自分の才能を開花させてしまったことへの寂しさ。

英雄が、バスケから離れて会話の回数も減っていく中で、私の中でアイツと呼んでいた。

私は、もう1度見てみたかったのよ。

バスケット選手としての英雄を。

だから、コートに居ない英雄をどこか他人のように見ていたのだ。

 

 

この2つが合わさり、私は少しだけ涙した。

 

だから決めた。

 

もう1度。

 

もう1度バスケをやらせようと。

 

公園で見た英雄は嘘じゃないと思うし、心のどこかで未練があるはず。

 

英雄が何を考えているのか、もうそんなの関係ない。

 

首根っこを引きずってでも、必ずコートに立たせて見せる。

 

 

 

 

・・・結果オーライだけど、気分転換にはなったかな?




・ファンタジスタ
閃きや想像性のあるプレーで観客を魅了するスーパースター級の選手に対しての呼称。



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門出

----誠凛高校体育館

 

 

英雄 side

 

 

 

「ふぅ。」

 

 

 

恐らくリコ姉が考えたと思われる、鬼のようなメニューを一通りこなした。

 

 

 

「って、お前ぜんっぜん余裕そうだな・・・。はぁっはぁ・・どんなスタミナしてんだよ。」

 

 

 

順平さんが肩で息をしながら、声をかけてくる。

 

 

 

「いやいやキッツいすよ。本当に。さっきのシュート練も精度が落ちてるし。」

 

 

「それでも、息上がってなくね?」

 

 

 

続いて、小金井さんもこっちに近寄る。

 

 

 

「5分休憩の後、予定通り3 ON 3をするわよ。」

 

「「「うぃーす。」」」

 

 

そう言いながら、リコ姉がこちらに来る。

 

 

 

「どう?ウチの練習は?」

 

 

「どうーって言われても・・・。いんじゃない?」

 

 

「なんで疑問系?具体的な感想はないの?」

 

 

「そうだねぇ、インターハイ予選ベスト4は伊達じゃないってのは分かったけど。」

 

 

「ん?お前知ってたのか・・。」

 

 

 

順平さんが水分補給をしながら、こちらを向く。

 

 

 

「一応地元のことですし、ネットサーフィンは俺の趣味ですから。」

 

 

「そうか・・。」

 

 

「もう1人の『木吉さん』は残念だったと思います。できればお会いしたかった。」

 

 

「・・・。」

 

 

「そうね。私も合わせてみたかったわ。」

 

 

 

おっと、まだ振り切ってなかったかたな?

 

 

発言に気をつけよう。

 

 

 

「それじゃあそろそろ、再開するわよ!」

 

 

 

休憩を終え、再び集まる。

 

 

 

「攻守交替で10本。メンバーを入れ替えて3セット!初めはAチーム、日向君・伊月君・土田君。Bチーム、水戸部君・小金井君・英雄。分かったら準備して!」

 

 

「直ぐにヘバンなよ。声出していくぞ!!」

 

 

「「「「「うぃーす!」」」」」

 

 

 

順平さんが引っ張り、リコ姉が押し上げる。

 

うん。いいチームだと心から思う。

 

 

 

「水戸部さんに、小金井さんでしたっけ?よろしくです。」

 

 

「・・・(コクッ)。」

 

 

「よろしくたのむぜ!そうそう、こいつ単に無口なだけでいいやつだから。」

 

 

「なるほど。なんとなく分かります。ちなみにポジションはどこですか?」

 

 

「俺はSF。水戸部はPF。お前は?」

 

 

「小学校の時はオールラウンダーでやってました。ガードがいないのはネックですね。」

 

 

「じゃあ、俺がやるよ。大抵のことはある程度できっから。」

 

 

「了解です。じゃあオフェンスは、俺がローポストで水戸部さんがハイポストの連携を軸にしましょう。」

 

 

「なるほど。てゆーかミドルシュート打てないのか?」

 

 

「いや~。ブランクがあるので自信ないんですよ。で、マークは順平さんに俺、俊さんに小金井さん、土田さんに水戸部さんでいいですか。」

 

 

「OKー!」

 

 

「・・・(コクッ)」

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

『ピッ』

 

 

 

 

 

先攻はAチーム。

 

 

伊月からの早いパスワークでノーマークを作り、シュートを狙う。

 

 

「日向!」

 

 

「おう!土田!」

 

 

1度ゴールしたにボールを運び、土田がマークを引き付け外に戻す。

 

 

その間に、伊月は英雄にスクリーンをかけて日向のマークを外す。

 

 

パスを受けた、日向がシュートを決める。

 

 

「ナイッシュー!」

 

 

「やるなぁ。」

 

 

一連のプレーに感心し、オフェンスポジションをとる英雄。

 

 

3 on 3は速攻がないため、実力がはっきりと分かる。

 

 

 

序盤、小金井 → 水戸部 → 英雄 のラインで勝負をかける。

 

 

水戸部のスクリーンで前を向き、小金井のパスが渡る。

 

 

 

「あざっす。」

 

 

 

ヘルプに来た、土田をワンフェイクで抜き去り、そのままレイアップ。

 

 

決まる。

 

 

 

「補照なかなかやるじゃん。」

 

 

 

「いやいや。小金井さんもなかなか、水戸部さんもスクリーン助かりました。あと、苗字で呼ぶのやめてくれません?」

 

 

 

「わかった。次も頼むぜ英雄!」

 

 

 

「オッス。」

 

 

 

 

リコ side

 

 

 

Aチームは、コンビネーションを活かしたパスワーク。

 

 

Bチームは、高さを活かした丁寧なシュート。

 

 

 

10本もやっていれば、互いの動きに慣れてくるため連携の欠くBチームが不利になるはず。

 

 

でも、英雄の動きは徐々にキレていく。

 

 

攻守交替を重ねるたび、味方を理解していくように見える。

 

 

 

 

「はい次!メンバーを変えて2セット目!先攻はBチームから。Aチーム伊月君・水戸部君・土田君。Bチーム日向君・小金井君・英雄よ。」

 

 

 

「「「おう!」」」

 

 

 

『ッピ』

 

 

 

「英雄を内に置いて、俺と小金井で外から仕掛けるぞ!」

 

 

 

「「おう!」」

 

 

 

待ち焦がれた。

 

 

日向君と英雄。

 

 

この2人が同じコートに立つことを。

 

 

 

「おら英雄!休んでないで、走れ。」

 

 

 

「一応ゲストなのにこの扱い。もう少し愛がほしいです~。」

 

 

 

「やかましい。だアホ。」

 

 

 

笑ってる。

 

 

今日の練習も終盤、体力的に相当キツイはずなのに。

 

 

 

「リバン!!」

 

 

 

水戸部君と土田君 対 英雄。

 

 

 

3人が同時に飛び。

 

 

 

土田君がボールを掴む。

 

 

 

が、下から英雄の手が伸びてきて、すくうようにボールを奪う。

 

 

 

体がぶつかり合いファールになりそうになりながら、しなやかな体捌きでそれをかわして着地。

 

 

 

そのまま流れるように日向君にパスを出し、日向君の3Pが決まる。

 

 

 

「ナイスパス!俺がいるのがよくわかったな」

 

 

「なんとなくそこに居てくれているような気がしたんすよ。」

 

 

 

笑いながら、ハイタッチ。

 

 

 

(ブランクなんて言ってたけど、変わってないじゃない・・・。あーあ馬鹿みたいに、にやけちゃって。本当、面倒なんだから・・・)

 

 

 

周りの皆もつられて笑っている。

 

 

 

「サボってないでさっさと攻守交替よ!あ、言い忘れてたけど、負けた回数分基礎トレーニング追加よ♪当然英雄もよ。」

 

 

 

「「「「なにぃー!!?」」」」

 

 

 

「聞いてねーよリコ姉!鬼かアンタ!?」

 

 

 

「ハッハッハ。なんとでもいいなさい!」

 

 

 

「くそ~。鬼、悪魔、色気無し!!」

 

 

 

「英雄の追加分は、負けた回数×2ね!」

 

 

 

「うっそ!?冗談です。お姉さま~。」

 

 

 

(((言わなきゃいいのに・・・)))

 

 

 

それからの英雄はメンバーのことを多少は掴んだのか活き活きとしていた。

 

 

 

運動量も全く落ちず、味方チームを援護し続けた。

 

 

 

それ故に、シュートの精度も維持していた。

 

 

 

(魅せてくれるじゃない・・・。)

 

 

 

『ッピ』

 

 

 

「はい終ー了。しっかり柔軟をして疲れを残さないで。」

 

 

 

さあ、どうするのかしらね。

 

 

 

side out

 

 

 

英雄 side

 

 

 

練習が終わり、1人壁に腰掛けている。

 

 

 

「お疲れ!」

 

 

 

リコ姉がスポーツドリンクを差し出したくれる。

 

 

 

「ありがと。」

 

 

 

それを一心不乱に飲み干す。

 

 

 

「それで、どう?決心はついた?」

 

 

 

真剣な表情で、聞く。

 

 

 

「うん。俺さ、今日部室でバッシュを履いたとき『これは駄目だな』って思ったんだ。」

 

 

 

「・・・うん。」

 

 

 

「でさ皆からのパスをもらってシュートを決めた時、やっぱり駄目だったんだ。」

 

 

 

「駄目って何が?」

 

 

 

「なんていうのかな?俺の心ってかな?それがさもってかれたんだよ。もう見事に。」

 

 

 

「・・・。」

 

 

 

「途中から何も考えずに、走っててさ。単純に楽しかった。」

 

 

 

「うん。」

 

 

 

「別にサッカーがつまらなかった訳じゃないし、あれはあれで充実してた。でも、やっぱ手放せない。」

 

 

 

「あんたやっと気づいたの?そんなの昔から分かってたじゃない。」

 

 

 

「そうだね。話は変わるけど、このチームは勝てそう?」

 

 

 

「今、インサイドが弱点になっている。だから平面で勝負するために、練習を厳しくしてるとこ。で、後は新入生に期待ってとこかな?」

 

 

 

「ふ~ん。なるほどね。ねえリコ姉?」

 

 

 

「なによ?」

 

 

 

「俺をドラフト1位で指名しない?」

 

 

 

「は?」

 

 

 

「は??」

 

 

 

「なんで聞き返してくるのよ!」

 

 

 

「駄目?」

 

 

 

「駄目ってじゃないけど。むしろ、来てくれるなら大歓迎よ。でもウチの学校スポーツ推薦とか無いし。」

 

 

 

「そこは、ここに受かるように勉強を教えてくれればいいじゃん。」

 

 

 

「・・・本気、なのね?}

 

 

 

「当たり前!ここのチームには恩もあるし、将来必ず強くなる。それに。」

 

 

 

「それに?」

 

 

 

「リコ姉を全国に連れてって日本一の監督にしてやるよ。幼馴染のよしみでね。」

 

 

 

「それ、乗った!その代わり覚悟しときなさいよ。言ったからには、泣き言は許さないわよ。」

 

 

 

「よ~し。テンション上がってきた!リコ姉、おっさんにメニューの変更を依頼しといて。」

 

 

 

「その必要はないわ。私が全て管理するから、髪の毛1本無駄なくシゴキあげてあげるから。」

 

 

 

「・・・お手柔らかに。」

 

 

 

「フフッ。楽しくなってきた♪英雄なら人として限界ギリギリで組んでも大丈夫そうだし。」

 

 

 

「聞いてない・・。早まったかな?お~い、順平さんとこに行ってるよ?」

 

 

 

怪しい笑みを浮かべるリコ姉を放置し、先に部室に戻っている順平さんのところに行く。

 

 

 

 

 

部室の扉を開け、姿勢を正し、頭を下げて叫ぶ。

 

 

 

「俺にバスケをやらせて下さい!!!」

 

 

 

ひと悶着あったが、後から来たリコ姉が混乱を収める。

 

 

グーパンで・・・。

 

 

 

 

side out

 

 

 

 

リコ side

 

 

 

「とりあえず今後は自主練習をメインにして、時間があればウチに来て参加しなさい。」

 

 

 

「ん、了~解~。先に帰るよ?お疲れ様~。」

 

 

 

そう言うと英雄は、走って行ってしまった。

 

 

 

「まだ走れるの?どんだけ??!」

 

 

 

小金井君が遠ざかる英雄につっこむ。

 

それを見かけた顧問の武田センセがこちらに来る。

 

 

 

「相田さん。彼は君達と一緒に居たようだけど、誰かな?」

 

 

 

 

それを微笑みながら答える

 

 

 

 

「ウチのドラフト1位です。」

 

 

 

夏がもう直ぐ終わる。



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先に求めるもの

もう少しで原作入りです。





帝光中学バスケットボール部。

そこには、10年に1人の天才達が、5人も集まった『キセキの世代』と言われる存在がいた。

彼らは、全国大会3連覇という偉業を成し遂げ、帝光バスケ部の黄金時代を作り上げた。

 

「-----ちゃん?聞いてるの?」

 

「あ?聞いてるよ。耳元で叫ぶな。」

 

「だったらちゃんと返事してよ!高校の監督さんが待ってるのよ?」

 

「別にいいだろ?待たしとけば。」

 

「もーいいかげんにして!進学先早く決めないといけないでしょ!」

 

「へいへい。どこ行ってもたいして変わんねぇだろ。俺を楽しませてくれる奴なんて限られてるし。」

 

帝光中学校の校内で2人の男女が何時ものやり取りを行っていた。

 

「途中で帰ったらダメだからね!」

 

「うるせーよ。さつき。」

 

幼馴染の桃井さつきに無理やり連れて行かれる、帝光中バスケ部エース青峰大輝。

 

「(高校に上がれば少しはマシになるのかねぇ。このままじゃ、バスケが嫌いになっちまう。)」

 

彼は頂点であるが故の悩みを抱えていた。

それは自分と同じ領域に至っているライバルがいないこと。

そして、過去に出会った1人の少年を思い出していた。

 

「(そういや、あの天パ野朗。中学じゃ見なかったな。同じ地区だと思ったんだがな。)」

 

嘗て、自分に挑んできた初めての同い年。

あの時はヘラヘラと笑っていたのがムカついて、ボコボコにしてやろうと思っていた。

結果は、ギリギリの内容ではあったが勝利した。

当時の実力を考えても、普段大人を相手にしていた中で、ここまで苦労したことは無かった。

なによりその後がとても印象に残った。

 

『おまえ、すっげぇなぁ。俺にも教えてくれよ。』

 

少年はへこむどころか笑顔を3倍増しで、詰め寄ってきた。

その後、日が暮れるまで1 on 1を続けた。

同い年でここまで競り合えるのは初めてだった為、最高に楽しかった。

 

『バスケってなんでこんなにおもしろいんだろう?』

 

『さあな、知るかよ。』

 

『なあガングロ。また、どっかでやろうぜバスケ。』

 

『だれがガングロだ!ぶっ飛ばすぞ!いいぜ。また相手してやる。』

 

『なんで上から目線?』

 

『あたりめーじゃん。俺が勝者。天パが敗者。』

 

『天パ...。まあいいか。はっはっは。』

 

『...変な奴。』

 

という1つの思い出。

 

「(アイツは楽しくバスケをやってるのか?)まあいい。さつき、今日の高校の名前なんつーんだ?」

 

「桐皇学園よ。さっき行ったじゃない!ところで、テツ君どうしてるか知らない?」

 

「さあな。もうしばらく見てねーし。」

 

「そう...。」

 

 

 

 

場所は変わって、誠凛高校。

今日も活気に満ちた雰囲気でハードな練習をしている。.....1人除いて。

 

「なあリコ姉。なんで俺だけ基礎練習なんだ?フットワークとかドリブル・パス・ボールハンドリングの基礎麦価じゃん!あと走ってばっかだし。」

 

「口ばっかり動かしてないで、さっさとやる!あんたは、ブランクを解消することだけを考えなさい。バスケット選手の体に戻ってないのよ。」

 

「だけど~。これじゃ1人でやるのと変わんないじゃん!お願いま~ぜ~て~。」

 

「はあ...。しょうがないわね。今日も最後に3対3やるからそれで我慢しなさい。」

 

「さっすが。話がわかる!包容力のある女性は素敵だと思うよ~。」

 

そして、英雄が待ちに待った3対3。

 

「よっと。」

 

伊月からのパスを受け取りながら、ワンステップのバックロールターンで土田をかわす。

そして、悠々とレイアップを決める。

 

「ナイシュー!」

 

「へっへっへ。このままだと来年からのスタメンは頂いちゃいますよ~。てか狙ってるし。あー来年が楽しみだ。」

 

「だぁほ!そう簡単に渡すか!!」

 

英雄の軽口に日向たちが奮起する。

 

「(うん。良い雰囲気ね。今まで無かった部内での競争意識ができつつある。互いが引っ張り合うんじゃなくて、高め合う、そんな感じね)」

 

木吉鉄平を欠いた誠凛高校としては、プラスの誤算だった。

当初は、来年に向けた練習が本格的にすることを考えていた。言ってしまえば頭数を揃えることが第1目的だった。

しかし、英雄の存在により、部内に変化が訪れた。英雄はそれぞれに本気の競い合いを求めた。その為、練習中もより活気付いている。

副産物として、現レギュラーに危機感を与え、競争し己を高めていった。

 

さらに英雄は部内全員の個人練習に付き合いその代わりにそれぞれの得意技のコツを教えてもらうという行動に出ていた。

その人懐っこい人柄から徐々に信頼を得ていった。

未だ、正式な部員ではないが部内に与える影響力は計り知れない。

 

そんな楽しみながらも、高いレベルのバスケをしている様を遠くから見ている人影があった。

 

 

 

 

 

「(僕は、悩んでいる。

 

嘗て、帝光中学校で共に戦った方達のことだ。

 

僕はバスケが好きだ。...好きだったはずだ。

 

でもそれは、多分今の帝光中のバスケじゃない。

 

『前』の帝光中のバスケだ。

 

どうすれば、みんなは思い出すんだろう。

 

どうすれば、わかってもらえるんだろう。

 

答えがでなくて、学校も休むこともしばしば。ここしばらく部のみんなにも顔を合わせたことが無い。

 

 

 

そんな時、ドリブルの音が微かに聞こえる。

 

音がした方を見てみると、やっぱりバスケだった。

 

ここからは離れているけど、ゴール付近ならなんとか見える。

 

なかなか上手だと思った。

 

いやっ、それよりも印象的だったのは...)」

 

 

 

「楽しそうだ。とっても。」

 

 

 

「(選手の表情は分からないが、なんとなくそう思った。

 

それを数分眺めて、その場を後にした。)」

 

 

 

「『誠凛高校』か...。」

 

時は巡りあいの季節へと流れて行く。



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春は曙

9/3編集。



季節は巡り、春になる。

冬の終わりを待っていたように草木が咲いていく。

桜も急ぐように鮮やかに咲き誇り、そして散っていく。

新しき出会いに期待と不安を抱かせるように。

 

--私立誠凛高校

 

出会いを期待しているのは新入生だけではない。

有望・無謀な新入部員を確保しようと、2・3年生も躍起になっている。

バスケ部のブースで受付をしているリコと日向。

 

「そういや。英雄は?まだ顔出してねーだろ。」

 

「アイツならもう帰ったわよ。サッカー部に見つからないようにね。」

 

「あぁそーゆーこと。」

 

今日までの半年間、英雄は定期的に練習に参加していた。

ある日、誠凛サッカー部にバレて熱烈な勧誘を受け続けていたのは記憶に新しい。

そんな訳で、本日英雄は先に帰宅し、自主トレを行っている。

故に知らない、この日、誠凛バスケ部に新しい風が舞い込んだ事を。

 

次の日、1年生との顔合わせが行われた。

初心者もかなり混ざっており、いかにも無名の公立校といったところだった。

そして、その中に火神大我と黒子テツヤという、どうにも癖のありそうな新入生がいた。

火神に至っては、素材としてこれ以上があるのかと問いたいくらいの潜在能力をもっていたが、黒子に関しては訳が分からかった。

 

「あれはどーゆーこと?彼は何者なの?」

 

部活が終わり下校中にバスの中で黒子のことを考える。

 

「(帝光出身という割りに...違うわね。どこをどう見ても、並みの...下手をするとそれ以下。それでレギュラー!?冗談にも程があるわよ。)..ねぇー。どう思う?」

 

一緒に帰宅しているはずの英雄に話しかける。

 

「何が?!俺だけバスに並走させてる性格の悪さについてか?」

 

英雄がこちらを睨むようにリコを見ている。が、都内の渋滞しているとはいえ、バスと同じ速度はしんどい。

 

「しょうがないじゃない。今日もアンタだけ体力有り余ってるようだし。」

 

少し開けた窓から話を続ける。

 

「さっさすがにこれは...、どうかっと、おもうんですが!て、ゆーかそのイイ顔をやめて下さらない?」

 

「で。1年のことなんだけど。」

 

「スルーですか...。火神と黒子だっけ?」

 

「火神君はともかく黒子君ね。」

 

赤信号でバスが止まり、英雄は息を整える。

 

「ああ...。はぁはぁ。たしかに....、身体能力は並かそれ以下なんだろうけど。すーはー。何かしらの理由はあると思うよ。」

 

話をしていると信号が青に切り替わる。

 

「はい、走った走った♪理由..ね。」

 

「あーもう!勘で言えば、’持ってる奴’だろう、ねー!」

 

「ふーん。そうね。あ、そろそろリストの錘増量するつもりだから、それとも雨がっぱにする?」

 

「うわ~ん!おねーちゃんがいじめるよ~!」

 

この奇行に他の乗客は慣れていた。

 

 

次の日。

天気は雨。

 

「ロードワーク削った分、時間が余るな。どーする?カントク。」

 

 

「(1年の実力も見たかったし)ちょーどいいかもね。皆ー!ミニゲームをやるわよー!内容は1年対2年!」

 

急遽練習メニューを変更する。

 

「え?先輩とイキナリ?!地区大会ベスト4なんでしょ!?」

 

「まじで?!」

 

「そんなん笑えないって!」

 

現レギュラーの実力を想像し、臆する1年。

 

「強い相手とやる方が楽しいにに決まってんだろ!!!」

 

それを得点板の横で見つめる英雄。

 

「って!なんで~?!いやいや、俺は見る側じゃなくて、見られる側でしょ?!」

 

「英雄うるさい!」

 

「この空気みたいな扱い何なの?!よくよく考えてたら、自己紹介すらしてないし!」

 

「あんたの実力は、もう分かってるからぶっちゃけ興味ないの!」

 

「この言い草!だんだん気持ち良くなってる自分が怖いわ~。」

 

「それにあんたのスタイルは、ある程度知っておいた方がいいでしょ?」

 

「さいですか...。うん、俊さんと2人でたくましく生きていこう。」

 

 

『ッピ』

 

 

この試合は火神と黒子、この2人が今後の試合に出る事を決定付けた。

火神は序盤から、その荒削りながらも潜在能力だけで圧倒し、黒子はミスディレクションを利用した稀有プレーを披露していた。

その2人に他の3人も何とか付いていき、勝利をもぎ取った。

予想以上の新戦力を手に入れた誠凛2年は、敗北しながらも明るい未来に喜んだ。

 

学校近くの大通り。

黒子と火神が成り行きで、話しながら帰っている。

 

「僕はキミを日本一にします。」

 

「はっ!いうねぇ。」

 

2人は決意を胸にしていた。

...その横をバスが通り、遅れて上下雨がっぱで着込んだ、明らかに通気性0の服装をした男が走ってきた。

 

「本当にカッパが用意されてるなんて~!しっかり錘も増量されてるし、というか着替えてたら置いていく普通?!しかも着替えもってかれてるし!!」

 

雰囲気をぶち壊した。

 

「あらっ。黒子君に火神君じゃないですか~。2人そろってお帰りってか?仲よさ気で。」

 

「なんなんだ!?つか誰だお前??!!」

 

強く警戒・拒絶する火神。

 

「あぁそっか。俺、同じバスケ部の補照英雄です。よろしく!」

 

「あぁ今日、得点係りされていた。」

 

平常で挨拶する黒子。

 

「あっ!お前、ユルい天パ男。」

 

続いて気づいた火神。

 

「あ~覚えてくれてありがと!なんやかんやで挨拶できなかったからね。ちなみに俺も1年だから。」

 

「何?!じゃあ何で、今日出なかったんだ?」

 

詰め寄る火神。

 

「いや~いろいろあんのよ。カントクに興味無いって言われたし。」

 

「はあ?意味分かんねぇ。お前相当できるだろ?ちゃんと相手しろ!」

 

「どうどう。落ち着いて、毎日一緒なんだから、直ぐ機会が来るって。」

 

「そうですよ。火神君落ち着いてください。補照君、僕もキミとバスケがしたかった。」

 

「そうかい?ありがと。ああそう、俺苗字で呼ばれるの好きじゃないから名前で呼んで?英雄でよろしく。どーせ3年間は一緒なんだから気にしないで。」

 

「っち。先帰るわ。また明日な、黒子に英雄。」

 

そう言いながら帰っていく火神。

 

「そうだ!俺もリコ姉を追わねばならぬ。しからば御免!!」

 

雨がっぱの怪しい男も走り去っていく。

 

「あ、お疲れ様です。」

 

背を向ける英雄に挨拶する黒子。

 

「ってゆーか。なんで、周りの奴すらアレ見て平然としてるんだよ!!」

 

明らかな奇行を前にして平然としている周りの人々に、我慢しきれずつっこむ火神。

 

「.....そうか、あの人が。」

 

黒子は火神と歩きながら物思いに耽っていた。

 

その後、無事に本入部が完了し、英雄含め、6人の新入部員が正式に籍を置いた。

その時にひと悶着があったのだが、ここは割愛。

本格的に、誠凛は練習をスタートした。

 

「おやこんなところでも、仲がよろしいねぇお二人さん?」

 

英雄がトレーを持ってやって来た。

 

「誰だよ!つか仲良くねーし!って英雄か。」

 

「よっす。奇遇!あ、黒子君横いい?」

 

「いいですよ。」

 

「こっちくんじゃねー!勝手に座るな!」

 

「僕が先に座ってたんですが・・・」

 

「そうだよ。硬いこといいっこなし!」

 

英雄がたまたまマジバに寄ったところ、偶然にも黒子と火神も一緒に座っていた。

折角ということで、黒子の隣にすわる。

 

「...ところで黒子、お前その強い中学だったんだろ?なんでここにきたんだ?スカウトとかこなかったのかよ。」

 

英雄を無視し、火神が話を切り出す。

 

「あえてこの学校に来たって感じがすんだよな。なんか理由があんのか?」

 

「....僕がいた中学の理念は『勝つことが全て』。そのために必要だったのがチームワークではなく、個人技。むしろ邪魔だと判断していました」

 

英雄は、(こんなに話してるの始めてみた)とか考えていた。

 

「パスなどほとんど無く、それぞれが決めるだけ。でも、それが最強でした。..でも、でも僕にはそれが1番正しいとは思えない。他にも方法があるはずと思ったんです。」

 

「んで?どうすんだよ。気に入らないから、キセキの世代をぶっ倒すのかよ。」

 

「そんな事を考えていた事もありましたが、今僕がバスケをやる1番の理由、このチームを日本一にしたいからです。」

 

「ふーん...。1つまちがってるぜ?...日本一にすんだよ!!」

 

2人が盛り上がっている中、英雄はハンバーガーの包み紙で見事な鶴を作っていた。

 

「...できた。」

 

「ってなにしてんだよ!」

 

「いや。俺さっき空気じゃなかった?」

 

「英雄君結構巧いですね。」

 

「いる?」

 

「いりません。」

 

「だよね~。」

 

「なんなんだよ!こいつら!!」

 

シリアスから一転、自由空間が誕生しうつむく火神。

 

「黒子君、黒子君。」

 

「なんですか?」

 

「キミはバスケが好きなんだよね?」

 

「はい。そうですが・・。」

 

「そっか、うんうん。バスケって楽しくて自由なものだと思うんだよね。」

 

「???どーゆうことですか?」

 

「う~ん。その内相談しようと思ってることがあって・・。」

 

「その内ですか?」

 

「そう。その内♪あ、別に悪いことじゃないから。」

 

「...そう、ですか。」

 

その後も、ルーキー達は雑談を続けていく。

 

数日後の放課後。

 

 

 

黄瀬と黒子・火神が睨み合う。

というのも、誠凛は神奈川の強豪・海常高校との試合が決まり、気合を入れているところに、1人の男が現れた。

その人物とは、海常高校在籍でキセキの世代のひとり、黄瀬涼太。

黄瀬は挨拶しにきただけであったが、火神が因縁を付け1ON1を行うことになった。

しかし、逆にその凄さを思い知らされてしまった。

黄瀬は他人のプレーを見ただけで模倣できる。スピード・パワーを上乗せした状態で。

火神は敗北しながらも、捜し求めていた強敵を前に笑い。

『キセキの世代を倒す』と黒子と2人で宣言したのだ。

 

「青春だぁねぇ~。やっぱこうでやくちゃぁねぇ。」

 

またしても、乗り遅れた英雄。

 

「あんたのそうゆうとこ、たまに尊敬しそうになるわ....。とゆうかあんたは混じんなくていいの?」

 

あきれるリコ。

 

「なんか乗り遅れたっぽいし、無理に入る必要はないよ。しかし、あんなのが全国に5人もね...。リコ姉、順平さん後で、相談があるんですけど....。」

 

急に神妙な顔つきになる英雄。

 

その日の練習が終わり、英雄は部室に戻ろうとしていた黒子を捕まえていた。

 

「えっと、話って何ですか?」

 

「うん。直球で話すから、わかんないことあったらその都度聞いてね。」

 

「はい。分かりました。」

 

体育館に2人だけがのこり、汗の処理をしながら話す。

 

「黒子君ってさ、シュート打たないの?」

 

「僕に才能は無いので...。」

 

「そーじゃなくて!そもそも最初からそのスタイルだった訳じゃないでしょ?」

 

「すいません。意味が分かりません。」

 

「バスケが本当に好きなら才能がどうとかじゃなく、上手くなる可能性があるなら努力するべきだと思うんだよ。」

 

「それは素晴らしい考えだと思います。けど、僕とキミは違う。」

 

「そーでもないだろ。パスオンリーのスタイルって、なんかしらの挫折がないと実に付かないと思うんだよ。つまり黒子君は挫折を知り、それでも諦められなくて努力を続けた末に今のスタイルがあるということになる。」

 

「......。」

 

「それに今年、全国優勝するじゃん?」

 

「ええ、そのつもりです。」

 

「そしたら、来年・再来年で俺達のことはしっかり研究されるって訳だ。そうなると今のままじゃ、しんどいと思うぜ。」

 

「でもそれは、それはやってみないと分かりません。」

 

「...あ~もう!シュート、打ちたいの打ちたくないの!?入る入らないは別として!」

 

「あなたに...あなたに何が分かるんですか!?そんなの打ちたいに決まってるでしょう!」

 

だんだんと熱が入っていく会話、そして溢れ出す本音。

 

「だったら打てよ!誰になんと言われようとも打ち続けろよ!!諦められないんだろ!!」

 

「...!!」

 

黒子は始めて見る英雄の激昂振りに圧倒され、今まで誰にも言われたことのない言葉に言葉を失う。

 

「練習にだって付き合うし、外したってリバウンドは俺に任せろ。...前にも言ったけど、バスケはもっと自由で楽しいものなんだよ。自分の可能性をもっとよく見て、その先に何がある?『キセキの世代』は猛スピードで進化してるって言ってたけど、そのくらいなら俺達にもできる。」

 

黒子は笑った。

 

「そんなこと言われたの...初めてです。英雄君って意外と熱血なんですね...。」

 

「そうそう。能ある鷹は爪を隠すってね。」

 

「ふふっ。そうですか...。練習はしてみるつもりです。それじゃお先に。」

 

「いやいや、そんなこと言わずに一緒に行こーうよ?」

 

体育館を後にした。

 

 

 

 

「ふーん。アンタもいろいろ考えてるのねぇ。」

 

部室には、リコ・日向・英雄の3人が残っていた。

 

「まあね。黒子君がミドルレンジのシュートが打てるようになったら、今後の展開が面白くなるしね。」

 

「で、なんの話だよ。」

 

日向が英雄に尋ねる。

 

「今後の戦術についてなんですが...。俺を6人目として使ってください。」

 

「「はぁ!?」」

 

英雄はチームにとっての自分の役割を提案した。

 

「なんでよ!?」

 

「リコ姉のことだからとっくにチーム構想はできてるんだろうけど...。チームが成長するには、火神君がキーマンになる。あいつは試合中にもどんどん成長する。

 

でも、他の選手...特に先輩達にも経験を積ませるべきだ。」

 

「それはアンタもでしょ!!」

 

リコは息を荒々しくする。

 

「だからこそ、ここぞというときに使って欲しい。PGの俊さん・シューターの順平さんは外せない。火神君をベンチに入れるとモチベーション等で問題が出る。黒子君はチームの味になるし、水戸部さん・土田さんはインサイドのサポートに必要だ。小金井さんは、全体のバックアップになる。」

 

「「....。」」

 

「じゃあ俺は?となると。自分で言うのは恥ずかしいけど、ベンチにいて切り札扱いの方が綺麗に落ち着く...。チームが研究された時なんかは特にね。」

 

英雄の発想に眉間にしわをよせる2人。

 

「英雄...。お前はそれでいいのかよ?」

 

今まで発言しなかった日向が問いただす。

 

「このチームに来た時から、自分の立ち位置について考えてました。一丸になって全国に挑むなら、全員の力を余すことなく発揮することが大切です。ウチのチームはまだ若い....こんな小細工も必要だと思いました。」

 

「そうか...分かった。前向きに検討する。」

 

「日向君!?」

 

了承した日向をリコは止める。

 

「話は以上です。できればこれを踏まえて、海常との試合のメンバーを選出してください。お先に失礼します。」

 

英雄はそう言って帰っていった。

 

「日向君...。なんで?」

 

「英雄が言っていることは間違いじゃない、本当に対したもんだ...。それに、俺だってアイツがどれだけバスケに飢えてるか知ってる。だからこそ、どうゆう覚悟で提案してるのかも分かった。」

 

 

 

「それは...。」

 

「『チームで勝ちたい』ってよ!少しくらい汲んでやりたい...!勝って試合出場機会を増やしてやりたい!それが先輩としてアイツにできることだろ!!」

 

「日向君...。」

 

 

その頃英雄は、下校中にストリートバスケのコートで偶然にも黒子と出くわしていた。

 

「あ、どうも...。」

 

「ああ偶然だね。どしたの秘密の特訓?」

 

「いえ、なんとなくバスケがしたくなりまして・・。」

 

「そっか...。」

 

「英雄君はどうしたんですか?」

 

「ちょっとね。今日は、熱血に行き過ぎたから熱を冷まそうと...。」

 

「またなにかやったんですか?」

 

「『また』って何!?」

 

「いえ、なんとなく。」

 

「まっちょうどいいか。ちょっと混ぜて~。」

 

「いいですよ。」

 

そうして、バスケを始める2人。

 

「...僕は決めました。もっとバスケを楽しむ為に...。」

 

「そっか。よかった...。」

 

「なんで、英雄君はこんな風にしてくれるんですか...?」

 

「個人的には、もったいないと思って。」

 

「『もったいない』....ですか?」

 

「そう!できるかも知れないのにやらないとか、どこかでバスケを諦めてる部分がね。」

 

「そうですか。」

 

「んで。チームとしては、黒子君がシュートを打てるようになれば面白くなるからっと。」

 

そういってミドルシュートを決める。

 

「面白いですか..?」

 

「ちょっと想像してみて。今までの黒子君のプレーを知っている選手は、黒子君にシュートがないと思っている訳。けどなかなか捕まえられないから、黒子君をフリーにしてスコアラー、誠凛で言うと火神君かな?にマークを増やすだろう。

 

その予想を裏切って、黒子君がミドルレンジから決める。こうなると相手のディフェンスは混乱する。シュートも警戒しないといけないからね。でも、ボールを触るまでは黒子君は捕まえきれない。シュートを警戒する為、当然パスも通りやすくなる。

 

その時の相手チームの顔を想像すると、どう?ワクワクしてこない?」

 

黒子は体をぶるっと震わせる。

 

「たしかに、面白いですね。ワクワクします。」

 

「でしょ!まあそれまでは練習しつつ今できることで、戦わないといけないんだけど。...そうだ、これからは時間があればバスケのことを話し合わないとね。」

 

「何を話すんですか?」

 

「バスケの戦術とか、パスの意図に至るまで!」

 

「分かりました。今後の練習を含めて、よろしくお願いします。」

 

「こちらこそ!パスのスペシャリストとの意思を確認するにはもってこいの機会だからね♪」

 

夜空の下、握手を交わす。

 

「ああ、そうそう。『黒子君』って呼んでるけど、もっとフランクなのに変えていい?」

 

「別にかまいません。あまり変なのじゃなければ。」

 

「う~ん。そうだねぇ...ちなみになんて呼ばれることが多かった。」

 

「中学の時には『テツ』と呼ばれてました。」

 

「そっか。よろしく『テツ』!」

 

「ええ。こちらこそです。英雄君。」

 

2人の異才の道は交わる。

 



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黄色は強いと目が痛い

練習試合当日

場所は海常高校。

 

「さすが海常でけー!。」

 

敷地の広さにテンションを上げる誠凛バスケ部。

その中で火神の目は血走っていた。

 

「あの火神君。なんか充血してますよ。」

 

「ちょっとテンション上げすぎてな...。」

 

「遠足前の子供みたいですね。」

 

「なんだと!」

 

「どーもっス!広いんでお迎えに来ました。」

 

『キセキの世代』黄瀬涼太がやって来た。

 

「どーも。」

 

「あざっす。」

 

「黄瀬!...おい!!」

 

リコと英雄が挨拶する中、火神が敵意を露にする。

黄瀬は火神を無視し、黒子に近寄る。

 

「黒子っちー。せっかくウチに誘ったのにあっさりフるなんて、俺女の子にも振られたことないのに...。」

 

「さらりと嫌味を言わないでください。」

 

「無視かよ!」

 

黄瀬は振り返り、火神に対峙する。

 

「あんなにはっきりと喧嘩売られたんで、悪いけどぶっ潰させてもらいますよ。」

 

「上等!」

 

黄瀬に案内されて見たものは、体育館に用意された片面のコートだった。

 

「片方は練習中?」

 

「ああ、どうも。監督の武内です。」

 

疑問をつぶやいていたリコの前に海常の監督が現れた。

 

「あの...これは...?」

 

「見たままだよ。ウチは軽い調整のつもりだから、無駄をなくすため他の部員には普段通りの練習をしてもらってるよ。」

 

海常の思惑を語る、監督武内。

 

「ふ...ふっふ...ふ。」

 

リコは怒りで引きつる。

それは、他の誠凛メンバーも同様。

 

「..おい黄瀬、言っておくがお前を試合には出さん。お前まで出したら、試合にならなくなってしまうよ...。」

 

我慢限界の誠凛バスケ部。

 

「マジすんません!!...でも、俺を引きずり出せなかったら、『キセキの世代』倒すとか2度と言えないっスよ?」

 

「アップはしといて下さい。直ぐに出番が来ますから。」

 

「え?」

 

黒子の言葉に海常側は顔色を変える。

 

「あと、そちらの贅肉以上に無駄なものはないと思いますよ~。」

 

英雄の挑発に黄瀬は引きつっていた。

 

 

 

試合開始。

じっくり立ち上がりを決めようとした海常・笠松に、黒子がスティールし火神がダンクを決める。

 

バキャ!!!

 

先制のダンクの衝撃に耐えられずゴールリングがへし折れる。

 

「すいません。これじゃ試合ができないので、全面コートを使わせてください。」

 

宣言どおり、たった1回のプレーで海常を動かす。

海常の顔色を変えた。

半面から全面での試合再開。

 

そして、ついに黄瀬登場。

 

「やっと出やがったか。」

 

少し満足気な火神。

リコは黄瀬を視ていた。

 

「(改めて見ると、この能力値。化け物ね...。)」

 

「なんて顔してんだ?リコ姉...。せっかく全国レベルを生で体験できるんだ。テンション上げていこ~よ。」

 

なお、平然としている英雄のおかげで誠凛ベンチは落ち着いていた。

 

「黄瀬!きっちり挨拶を返してこい!」

 

海常キャプテン笠松は黄瀬をシバく。

 

ゲーム再開。

笠松からパスを、マークを振りながら受け取り、ダンク。

まさに、先程火神が行ったプレーだった。

 

グァッシャン!!!

 

「バカヤロウ!!まだ壊れてねえよ!!!ちゃんとしろ!!」

 

しっかりあいさつを返したのに、笠松に背中をけられた黄瀬。

しかし、威力は火神のプレーに勝る。

その火神もそれを感じ取っていた。

そこから互いのトランジションゲームが続く。

火神が決め、黄瀬がそれ以上で返す。

 

 

試合開始から3分経過『16-17』

 

「まだ3分だぞ!このハイペースは何!?」

 

小金井は見たことのないハイペースさに目を見開く。

 

「(ディフェンスは当然全力でやってる。なのに、まるっきり意味を成してない...。これが、『キセキの世代』同士の衝突なの!?)」

 

均衡しているかの様にみえるが、そこは海常。

一人ひとりの能力は高い。

 

「(コレはちょっとキツイ!火神と黒子がいなかったらとっくにいかれてる!)」

 

日向も徐々に不安に染まる。

その後もペースは落ちず、けれども黄瀬のキレは増すばかり。

選手の消耗を感じたリコは1度タイムアウトをとる。

 

「黄瀬のマーク増やす?」

 

「ちょっと!まってくれ...ださい。」

 

日向の提案に下手糞な敬語で反論する火神。

 

「ださい?敬語のつもりなのよね?でもね...」

 

「いえ・・。活路はあります。」

 

黒子が黄瀬について話を始める。

 

「そんなのあるなら速く言えよ...。」

 

「それよりもすいません。もうひとつ問題がありまして...。」

 

「え?」

 

「予想外のハイペースでミスディレクションの効果が切れかけているんです。」

 

「....!」

 

「そーいう大事なことは最初に言わんかー!」

 

「すいません。聞かれなかったので...。」

 

「いや、言えよ!!」

 

「ははは。」

 

英雄は楽しく観覧していた。

 

「なに笑ってんのよ!」

 

『ピー』

 

「タイムアウト終了です。」

 

 

「まだ対策決まってないのに...。終わっちゃったー!!」

 

「あははは・・ぐへっ!」

 

「だから笑ってんじゃねぇ!」

 

怒りの矛先にされる英雄。

 

「このままマーク続けさせてくれ...ださい。もうちょいで何か掴めそうなんす...。」

 

「いいわ。とにかくマンツーからゾーンに変更。黄瀬阻止を最優先にいきましょう。」

 

「おう!」

 

「黒子君はペースダウンを。出来るだけでいいから。」

 

「なんとかやってみます。」

 

それでも指示を飛ばすリコ。

 

「お?」

 

誠凛はマンツーマンからボックスワンに変更。

それを一蹴するかのような笠松の3Pが決まる。

 

「海常ナメてんのか?欠伸がでるぜ!」

 

一瞥してDFにはいる海常。

 

「・・ふうっ、楽はできねぇな。まったくよ。」

 

誠凛のOF、火神のドライブから黒子にパス。

海常森山のパスカットによりそしされ、速攻をくらう。

 

「なるほどな、少しづつ慣れてきたのか、見えてきた..。」

 

再度誠凛OF。

パスワークから火神に渡りダンクを狙う。

そこに黄瀬がブロックに入り、アウトオブバウンズ。

 

「そろそろ分かったスか?今のキミじゃ『キセキの世代』を倒すなんて到底無理っスよ。」

 

「なんだと!」

 

「誠凛と海常じゃ。5人の基本性能が違いすぎる。他のメンバーじゃ話しにならない。それに、キミの実力はだいたい分かった。どうやっても俺には勝てないっスよ。」

 

「くっくく・・・。はっ・・はははは。」

 

急に笑い出す火神。

 

「...悪いな。ちょっとばかり嬉しくてな。勝てねぇくれぇがちょうどいんだよ!!」

 

テンション最高潮で話を続ける火神

 

「くっくっく。いいねー、やっぱいいわ火神君!」

 

英雄も同調し笑っていた。

 

「それにわかったしな、お前の弱点。つまり、黒子だろ。」

 

「それで?なにが変わるんスか?黒子っちの真似ができないくらいで・・・。」

 

「変わるさ!」

 

『第1クォーター終了です。』

 

「第2クォーターで吠え面かかせてやる。」

 

 

誠凛ベンチにて

 

「なるほど。いけるかもしれないわね。やってみましょう。」

 

「火神もやっと頭冷えてきたみたいだしな。」

 

「俺は別にそんな・・・」

 

第1クォーターでの自分の行動を思い返し、ばつが悪そうな顔をする火神。

 

「「チョームキになってたよ!!」」

 

「これは黒子君と火神君の連携が大事よ。できる?」

 

「問題ねえ。やってやる!」

 

「頑張ってねぇ~。2人共。」

 

英雄がゆるい激励をする。

 

「うるせぇ、補欠は黙ってろ。」

 

「いや、俺これでも秘密兵器だから・・・。今はエースに任せるよ。」

 

「まかせろ!お前に出番はねぇよ!」

 

「うんうん火神君てばカッコイィ~。」

 

『ピッ』

 

「第2クォーター始めます。」

 

5人はベンチから出る。

 

「やるじゃない、火神君を上手く乗せたわね。」

 

「まぁ勝手に乗ってくれてるんだと思うけど。」

 

「アンタも準備しときなさい。黒子君が持たなくなった時に投入するわよ。」

 

「ん。ちょっと早いような気がするけど。了解。」

 

 

 

第2クォーター開始。

 

 

 

海常DFはマンツーのまま。

火神のドライブに対し、しっかりついていく黄瀬。

 

ここまでは変化なし、だがここからバックパスで黒子に渡り、ワン・ツーで火神に返して火神のシュート。

 

(黒子っちとの連携で!?)

 

事態を把握した黄瀬が驚く。

 

 

再度、誠凛OF

またもや火神のバックパス。

 

(何度も同じ手は、効かないッスよ)

 

コースを遮ろうとするも

黒子のパスは外にいる日向の下に。

そして、決まる。

海常は誠凛の新しい攻撃パターンに顔を強張らせる。

 

「でも結局点の取り合いっス、粘ったところで黒子っちは40分もたない。勝つのはウチっスよ!」

 

「それは分かんないぜ?」

 

「!!!」

 

「黄瀬に黒子がマーク!?」

 

誠凛の逆襲が始まる。

 

「黒子っちとこんな風にヤルのは始めてっスね。けど、俺は止められない!」

 

ワンフェイクで抜き去る黄瀬。

すぐさまヘルプにはいる火神。

 

「違うね!止める為じゃない・・・。」

 

バチィ

 

黒子のバックチップによって、ルーズボールになる。

 

「なっ!?」

 

黄瀬は驚愕する。

 

「てめぇがどんなプレーをするかなんて関係ねぇ。抜かせるのが目的なんだからな!」

 

「影の薄い黒子君の後ろからのバックチップならいくら黄瀬君でも反応できないでしょ!」

 

誠凛側が沸く。

 

「別にドライブしか出来ない訳じゃないっス。」

 

再度、海常のOFで黄瀬にボールが渡り、3Pを構える黄瀬。

そこで待ち構えていた火神にブロックされる。

 

(やられた・・・!平面は黒子っちで隙を突いて、空中戦は火神で叩き落す作戦か。)

 

「速攻!!」

 

「っく!!」

 

黄瀬はシュートを止められ、無理な体勢から火神に追いすがろうとする。

その反動で動いた黄瀬の左手が、黒子の頭部に命中する。

 

「黒子君!!!」

 

『レフェリータイム!!』

 

「黒子!!」

 

黒子の頭部から目にかけて血が流れていた。

頭部へのダメージを隠しきれず、倒れる。

 

「終わったな・・。不本意な結末だが・・・。」

 

海常側は誰しもそう思っていた。

 

 

 

 

「黒子君は交代ね。この怪我じゃあ今日はもう出せないわ。こっからは、このメンバーでやっていかないといけないわ。」

 

「黒子の代わりなんてできねえよ...。」

 

ベンチの1年は不安に染まる。

 

「英雄!準備はいい?」

 

アップをしている英雄に声をかける。

 

「おう!で、なにすればいい?黄瀬でも止めようか?」

 

「な!?」

 

英雄の言葉に驚く火神。

 

「火神君ちょっと黙って。・・・できるの?」

 

「おそらくシュート自体はそうそう止められないが、打たせないくらいはできるよ。」

 

「どうするの?」

 

「黄瀬を徹底的にフェイスガードでボールに触らせない。俺だけオールコートになるから他の4人は任せるっす。」

 

「・・・頼むわね。言ったからには成功させなさい!オフェンスは一旦2年を中心に!」

 

英雄の役割が決まり、士気も回復する誠凛。

 

「・・・・っくそ!」

 

黄瀬のマークを外され、憤る火神。

 

「火神君・・もういいや、火神。」

 

「なんだよ!」

 

「お前の相手取っちまって悪い!でもみんなで勝つんだろ?役割分担だ!」

 

「役割分担?」

 

「そう。俺はディフェンスで黄瀬を止める、オフェンスはお前が倒すんだ。」

 

「オフェンスは俺が・・・。」

 

「いざというときは頼むよエース・・・。」

 

そう言いながら、肩を軽く叩いてベンチを出る英雄。

 

「英雄。やっとだな・・・。」

 

「ええ。順平さん・・・。もうテンション振り切ってます!!」

 

「どいつもこいつも先輩舐めやがって、ひれ伏せ!そして敬え!!」

 

「順平さんスイッチ入ってますよ~」

 

「交代です。11番に変わって15番!!」

 

誠凛は沈まない。




トランジション・・・互いのチームの守備が戻りきっていない状態で速攻を掛け合うような速いゲーム展開のこと。


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英雄の片鱗

本編の前に皆様に謝罪を述べさせて頂きます。
私がこの作品を作っていく中で、原作に拘りすぎのあまり二次小説としての意味を失いかけていたことについて謝罪致します。
これについては、ごらん頂いた方が不快にさせていたことを大変心苦しく思っております。
今後の方針と致しまして、『海常との練習試合』以降に改善できるよう努めます。
これからもご指摘・アドバイスがあれば是非お願い致します。

長くなりましたが、本編へどうぞ!!


誠凛ボールから再開

 

 

日向のマークに英雄の絶妙なスクリーン。

抜け出した日向に伊月からのパス。

水戸部がしっかりボックスアウトを行っているのを確認して、日向のシュート。

 

 

攻守交替。

 

 

「「「何!?」」」

 

未だボールをもっていない黄瀬に、英雄の徹底的なプレスが襲う。

他の誠凛メンバーは、ハーフコートのマンツーのようだ。

露骨な黄瀬対策に、海常の表情は険しくなる。

最初は、英雄のことを層の薄いベンチ要員と舐めていたが、実際の英雄DFは厳しく簡単にパスが通りそうもない。

 

「へぇ。あんたみたいな人、何でいままで出てこなかったんスか?そんなにトバしたら直ぐにバテちゃうッスよ!。」

 

まだ少し余裕な顔つきで英雄に話しかける黄瀬

 

「まぁ~いろいろあってね。こっちのスタミナなんて心配しなくてもいいよ。それより『キセキの世代』を直に感じたくてね、直談判したんだから本気で来てよね。」

 

「それじゃいくっス!っく...。」

 

黄瀬が進もうと1歩出そうとしたところを先に回りこむ。

 

(なんなんスか。パスもらうどころか、ハーフラインを超すのもしんどい。)

 

いくらフェイントをかけてすり抜けようとするが、フェイントもくそもなくプレッシャーで押しつぶそうとする英雄。

海常は攻め手を欠き、修正できずタイムオーバー。

 

 

攻守交替。

 

 

インサイドが1枚増えたことにより、誠凛OFは安定した。

水戸部と英雄のポストのコンビプレーと火神を囮にすることで日向をフリーにし、連続3P。

 

「っち!さっさと取り返すぞ!!」

 

海常笠松は、鼓舞する。

しかし、黄瀬と対抗できる奴が2人もいるとは想定していない。

ちらりと黄瀬を確認するが、英雄が黄瀬を食らい付いて離さない。

 

「しつこい男は嫌われるっスよー。」

 

黄瀬が軽口で挑発するも

 

「いやいや、一途な男もアリでしょう~。」

 

全く動じない。

 

「っち!これはもう4人でやるしかねぇ。」

 

たった1手で状況を変えた誠凛。

身体能力は、チーム平均で海常が勝っているが、火神の存在により苦戦は免れない。

それどころか、ゴール下の制空権を奪われる始末。

 

「そーいえばこれ英雄の初試合か。」

 

小金井がベンチで話す。

 

「そういえば、英雄ってどれくらい上手いんですか?」

 

「そっかお前ら、英雄のプレーはあんま見たことないんだっけ。」

 

「うっ!!」

 

小金井と1年のやり取りに口黙るリコ。

英雄は基礎練習が多く、ミニゲームなどの練習にあまり参加していなかった。

その原因は、リコが調子に乗って作ったメニューをこなすのに部活の大半を使ってしまうことだった。

 

「言われたくなかったら、メニューを変えてやればいいのに?」

 

「う、うるさいわね。そんなの後々!」

 

(ごまかしたな)

 

白い目で見る小金井。

 

「せっかくだから、教えてあげる。英雄のスペックその①、持久力よ!」

 

「持久力ですか...。」

 

「あいつのスタミナは、『キセキの世代』以上よ!」

 

「でも、それだけじゃ...。」

 

「そ!そしてスペックその②柔軟性よ!」

 

「柔軟性?たいしたことなさそうに聞こえ...。」

 

「そんなことないわ!あ、次のリバウンドをよく見てなさい。」

 

そう言われ、視線をコートに移すと伊月のシュートが外れ、

 

「(リ)バーン!!」

 

海常小早川が両手で掴む。

その瞬間、英雄が後ろから下から救い上げるように、小早川の両手の間に自分の手を通しポンッと奪う。

 

「なに!?」

 

奪った後、ふわっと着地を決め、そのままパスを捌き火神のシュート。

ベンチで見ていた誠凛1年は、

 

「...何ですか、今の?海常の10番がリバウンドを奪ったように見えたのに気が付いたら、英雄が奪ってる?それにあんなに密着したのにファールどころか何事もなかったかのように着地してる。」

 

「あれが英雄の柔軟性。他の選手がアレをやろうとしたら体外はファールになるわ。筋肉の、体の使い方がしなやかなのよ。そして、もう1つ・・。英雄の下半身にはもう1つの関節があるわ。」

 

「「は?」」

 

「普通、バスケのような早いフットワークが必要なスポーツは膝と足首を使用するわね?」

 

「は、はい。バスケっていうか基本そうですよね。」

 

「英雄の場合、もう1つの間接を・・・股関節を使うのよ。それによってできる動きの幅がとてつもなく広い。だから、黄瀬君の動きにも付いていけるのよ。この柔軟性により、体負担が減り持久力も更に生かせる。」

 

「な、なるほど。」

 

「まあ、基本練習が多かったのは、その行動に耐えれず怪我したりしないように筋肉の鎧を付けさせる事が目的だったんだけど...。途中で限界がどこまであるのかが気になっちゃって...。」

 

「...。(気の毒に)」

 

 

 

試合は進み...

 

 

 

現在、第3クォーター

得点は 68-68 で同点。

一旦タイムアウトを使い、息を整えている。

 

「(いくらなんでもそろそろキツイっつーの。俺も集中力が切れてきちゃったし...。英雄があまりOFに参加しないから。このまま勝ち越しは正直できるきしないっての。)」

 

「カントクなにか手はないんですか!?」

 

誠凛メンバーは疲弊していることに、1年は不安になりリコに策はないかと聞く。

 

「前半のハイペースで策とかできる体力残ってないのよ...。せめて黒子君がいてくれたら...。」

 

その言葉の後、寝ていた黒子の体がピクリと動く。

 

「おはようございます。」

 

黒子はよろよろと立ち上がり

 

「それじゃ行ってきます。」

 

歩き出す。

 

「ちょっと何言ってんのよ!?」

 

当然リコは止めに入るが、

 

「でも、カントクが出ろって...。」

 

「言ってない!タラレバが漏れただけ...。」

 

「じゃあ出ます。」

 

「おい!!」

 

全く聞こうとしない黒子。

 

「僕が出て戦況が変えられるなら出さしてください。」

 

「いぃんじゃない?出せば?」

 

「英雄!!」

 

息を整えるメンバーの中英雄は口を出す。

 

「テツ、本当に大丈夫なんだね?」

 

「はい。いけます。」

 

「だってさ?それに水戸部さんがちょっとしんどそう...。」

 

水戸部は目立ってはいないがここまで、誠凛のインサイドを支えてきたのだ。

 

「システムを戻して、水戸部さんの穴を俺が埋める!」

 

「はぁ。分かった。その代わり、ヤバイと思ったらすぐ変えるわ。わかった?黒子君。」

 

「分かりました。」

 

リコはリスクを考え迷っていたが、決断する。

 

「火神も黄瀬の相手は頼んだよ?俺はゴール下に入るから。」

 

「おおっし!この時を待ってたぜ!!!」

 

英雄はマイペースに火神に向かって発破をかける。

 

 

 

その頃海常側では

 

「大丈夫か黄瀬?」

 

笠松が黄瀬の状態を確認していた。

 

「まーなんとか。」

 

英雄のプレスにより、相当体力を削られた黄瀬。

なんとか振り切ろうとするがなかなか抜けず、ボールに触っても時間が残されていない為、無理なシュートを打たされていた。

 

「OFは、インサイド中心で行く。10番のブロックは脅威だが、8番は疲弊している。そこを狙い、ヘルプに来たらアウトサイドに切り替える。」

 

海常監督は、次のプランを提言する。

 

「まだ同点だ!自力の差がある以上流れはもう1度こっちに来る!それまで我慢だ!!」

 

「「「おう!!」」」

 

じわじわとまで追いすがられ、士気が落ちている海常メンバーを激励する笠松。

やはり、彼は全国に誇るキャプテンシーを持っていた。

 

『タイムアウト終了です。コートにもどって下さい』

 

それぞれ選手が戻っていく中

 

「テツ、火神...。」

 

英雄が呼び2人が振り返る。

 

「勝つよ!」

 

「はい!」

 

「たりめーだ。行くぜ。」

 

海常は、またも思惑を外された。

黒子の復帰である。

黄瀬のマークが火神に戻り、英雄がゴール下に入る。

だがペースを取り戻せると思い。

誠凛の作戦ミスに期待した。

 

 

 

そこからは、またもトランジションゲーム。

速攻に速攻を返していく。

 

火神を黒子・英雄がバックアップして互角以上にもっていく。

 

「また見えなくなってやがる!」

 

黄瀬も英雄のマークにより、キレが落ちていた。

海常にとって厄介なのが、黒子のパスを火神以上に上手く合わせて来る英雄の存在だった。

火神ほど、派手なわけではない。

なのだが、必ずDFにとって嫌な位置でパスを受ける。

マークはしっかり付けているのだが、振り払おうと長身プレーヤーと思えないほど複雑に動き回る。

先程まで、黄瀬のマークをオールコートでやっていたはずなのに、まだ走る。

海常のOF時には、ポストプレイで押さえつけてはいるが、パスを出した瞬間にすり抜けてくる。

リバウンドも英雄1人に対して何故か独占できない。

火神・黒子は要マークなのだが、どうしてもこの男から目が離せない。

 

 

 

そして、黒子の中継パスを中継し走り込んでいた日向に渡す。

それが決まり、『80 - 81』

 

「ぎゃ・・逆転!?」

 

この事実に黄瀬の表情が一変する。

笠松のロングパス。

火神は隙をつかれ反応できない、黒子がバックチップを狙う。

が、黄瀬はクロスオーバーでかわし、そのままダンク。

 

「かわした!?こいつどこまで成長するんだ。黒子のバックチップまで読むなんて...。」

 

「俺は負けねぇスよ!誰にも・・・黒子っちにも!!」

 

「やべぇな。全員気ぃ入れろ、ここから第1と同じ点の取りだ!!」

 

それに気づいた日向は激をとばす。

そこから予想通りになり、点の取り合い。

走る・走る・走る

 

完全な消耗戦の中、英雄は笑っていた。

経過時間に比例していくように。

試合開始より、進化した黄瀬シュートを止めることは容易くない。

獲って獲られてのシーソーゲーム。

1回のミスがそのまま敗北に繋がる。

そんなことはわかっていると、黄瀬同様コレまで以上にキレていた。

英雄からのスクリーンは黄瀬には避けられない。

 

 

オーバーできないので、スイッチしかない。

小堀以外は火神に高さで対応できない。

分かっていても、火神のシュートが止められない。

 

ラスト15秒『98 - 98』

 

「また同点!!」

 

ギャラリーは、この好ゲームに興奮していた。

 

「しつこい!止めをさしてやるぜ!」

 

笠松が吼える。

 

「当たれ!ここを守れなきゃ勝てねぇぞ!」

 

「守るんじゃだめ!攻めて!!!英雄!なんとかしなさい!」

 

後手に回ればヤラれると、リコは大声で叫ぶ。

 

「あいよ、まかせろ!!」

 

英雄はそれでもなお、笑顔だった。

 

 

あと6秒

 

 

笠松のシュートを火神がブロックする。

 

 

あと5秒

 

 

ルーズボールになり、勢いあまりアウトボールになりかける。

 

「ルーズよ。これ拾わなきゃ・・・。」

 

リコが不安気にいうと。

 

「だから、まかせろって言っただろ!!」

 

英雄がルーズボールにダイブし、キャッチするなり日向にパス。

 

 

あと4秒

 

 

日向からのオーバースローのパスが火神に渡る。

 

渡ると同時に火神のドライブ。

 

サポートするように黒子が並走。

 

 

あと3秒

 

 

黄瀬が構える。

 

火神は黒子にパスをする。

 

黒子にはシュートはないと判断し、火神の警戒を強める。

 

 

あと2秒

 

 

後ろからありえない人物が現れた。

 

先程、ルーズボールに飛んでいたはずの男がここまで追いつき火神の逆を走っていた。

 

黄瀬が目を移した瞬間、黒子のパスが火神に出る。

 

アリウープを狙った高いパス。

 

火神は跳び、黄瀬は反応に遅れて跳ぶ。

 

 

 

あと1秒

 

 

 

(なんだその宙にいる長さは!?)

 

黄瀬は火神より少し遅れて跳んだにもかかわらず先に落ちていった。

 

「もうお返しはいんねーよ。なぜならこれで終わりだからだ。」

 

ブザービーターを狙ったアリウープが決まる。

 

 

ガッシャン!!

 

 

『ピーーーー』

 

 

勝負は決した。



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海常戦後の一こまです。


「うぉおおっし!!」

 

火神の勝利の雄叫び。

ベンチはリコを含め、歓喜。

2年は勝った実感がないように火神を見据え。

黒子は息も絶え絶え。

英雄は黒子に近づき、軽く手をかざす。

黒子も英雄の意図に気が付き同じように手をかざす。

 

---パッシ

 

ハイタッチを決めるが、その反動で黒子が倒れそうになる。

英雄は、ギリギリの黒子に肩を貸す。

 

「英雄君威力強すぎて、手が痛いです。」

 

「ごめんよ~。でも、こういう時はアリじゃない?」

 

「そうですね。アリです。」

 

そして、黄瀬は

 

「負け、たんスか・・・?(負け?初めての???)」

 

目の前の事実を突きつけられ、思わず涙する。公式戦だろうが練習試合であろうが関係なく、初めての経験に涙は止まらない。笠松は、敗北を知った天才に活を入れる。

 

「てめぇの辞書にリベンジって言葉を追加しとけ!!」

 

気持ちの整理はついていないが、とりあえず切り替えた黄瀬。

 

「うっス!」

 

 

 

試合後の整列を終えベンチに戻る誠凛。英雄が黒子をゆっくりと座らせて、リコに近づく。

 

「どう?なんとかしてみたんだけど?」

 

「なんか泥臭かったけど、もうちょっとかっこよくできなかったの?火神君にいいとこ取りされてんじゃない。」

 

リコが笑顔で手をかざす。

 

「おぉっ?言うねぇ。」

 

英雄も手をかざし、笑顔を返す。

 

パッシ!!

 

本日2度目のハイタッチ。

 

 

 

 

着替えをし、海常高校をあとにする誠凛メンバー。笠松と日向は、キャプテンとして握手を交わす。

 

「次やるときは、インターハイっすね。」

 

「ええ、楽しみにしてます。次も負けません。」

 

笠松の背後には、悔しさ全開の監督武内がいた。

それに対してリコは、今日1番の笑顔だったとか。

 

「それじゃあ失礼します。」

 

 

 

 

 

 

 

その頃、体育館裏では黄瀬が1人頭から水を被っていた。黄瀬に誰かが近寄る。

 

「今日の双子座は、運勢最低だったのだよ。まさか、負けているとは・・・。」

 

「緑間っち・・。来てたんスか?」

 

『キセキの世代』のひとり、緑間真太郎その人だった。

 

「まったく、不快な試合だったのだよ。シュートは遠くから入れてこそ価値が高まる。『人事を尽くして天命を待つ』という言葉を習わなかったのか?」

 

緑間は現れて早々、独自理論による試合のダメ出しを始める。

黄瀬は手馴れた感じでやんわりと流す。

 

「まず、最善の努力。それを基本に最善の行動。そして、俺は『おは朝』の占いのラッキーアイテムを必ず身に着けている。ちなみに、今日のラッキーアイテムは蛙のオモチャだ。人事を尽くした俺のシュートは落ちん!」

 

「(毎回思うけど、最後の意味がわからん...。)つーか、俺より黒子っちと話さなくていいんスか?」

 

「必要ない。今日は試合を観に来ただけだ。それに今更話す事など無いのだよ。この試合も見に来るほどでもなかった。」

 

わざわざ見に来る程の興味を示している癖に、何故か本音を隠そうとする。

割とめんどくさい性格の持ち主である。

しかし、緑間は知らない。緑間が見たのは第4クォーターだった為、黄瀬を苦しめたディフェンスを確認できていなかった。

 

 

 

 

 

試合後、誠凛は怪我をした黒子を病院に連れて行っていた。診察を終え、戻ってきた黒子と付き添いのリコ。

 

「異常なし!!」

 

それを聞いた一堂はひとまず安心。

 

「ご心配をおかけしました。」

 

そう言い、頭を下げる黒子。

 

「まあ何はともあれ...。」

 

「「「勝ったー!!」」」

 

勝利の余韻を存分に感じる誠凛バスケ部。英雄は、ボーっと遠くを見つめていた。

 

「途中で何か食ってく?」

 

伊月の提案。

 

「何にする?」

 

提案に便乗する日向。

 

「俺、金ねぇ。」

 

小金井が提案に穴を開ける。

 

「俺も。」

「僕も。」

 

更に火神・黒子が提案を穴だらけにする。

 

「ボ~~~...。」

 

英雄は、未だ思考が飛び去っている。

 

「ちょっと待って、今の交通費を抜いた所持金の合計っていくら?」

 

リコは状況を打破すべく、確認をする。結果。

 

「21円...。」

 

「帰ろっか...。」

 

「ぼーーー..ほげぇ!!」

 

「いつまで呆けとるか!?さっさと帰って来い!!」

 

「い..いやマジスンマセン。でも、脇腹はじんどい...。」」

 

完全に気を抜いていた所へのボディーブローはクリティカル。

 

「で、あぁ金ないんだっけ?ちょっと待ってて。」

 

「ちょっと!どこ行くの!?」

 

英雄は急にどこかへと走り出す。

 

 

~15分後~

 

 

「福沢さん2人でなんとかなる?」

 

「え?どーしたのこれ??」

 

「たま~に、父さんの手伝いしてるから。そのバイト代。はっはっはどーだひれ伏せ!!」

 

「「「はっは~!!」」」

 

若者の集団が1人に対して土下座しているというなんともシュールな光景。

 

「むぁだまだ足りぬわ!ひれ伏せ!購え!」

 

ここぞとばかりに調子に乗る英雄。

 

「そこの小娘、頭が高いゾッ!!ッグフ...。」

 

「調子に乗るな!...これは私が預かっといてあげるわ。」

 

またもやリコのボディーブローがクリティカル!!

 

「こ、呼吸が...ボディの連発はヤバイから...。」

 

英雄撃沈

 

「さぁ皆。パァーっとイコー!!」

 

「「「ウィーッス!!」」」

 

リコを先頭に歩き出す。先程の暗いムードはどこやら、話が弾む。

 

「マジスイマセン...ホント、チョットでいいからマッテクダサイ。オネガイ...。」

 

軽く酸素欠乏になり、足が動かない。

 

 

 

という訳で、今人気のバイキング専門店

メンバーは各々料理を食べている。

 

「残したら罰金らしいから、考えて食べてね。」

 

一応注意するリコ。

 

「王様2人で倍キング。」

 

「伊月ダマレ。」

 

「もと取らなきゃ!!」

 

「ガキか!?」

 

伊月の駄洒落・小金井のはしゃぎ様に無表情でつっこむ日向。チラリと火神を見ると、

 

「やっぱこれくらい食わねーとダメだな。」

 

各種の料理がそれぞれ有り得ないくらい山盛りになっていて、それを口一杯に頬張っている。

 

「すげぇ...。」

 

「あ、なんかリスみたい...。」

 

「やっべ、何かかわいいかも...。」

 

「ずっと見てたら胸焼けしそう...。」

 

日向・伊月・英雄・小金井はまじまじと火神を見ていた。

誠凛は食事を大いに楽しんだ。しかし、いつの間にか黒子がいなくなっていた。

 

 

 

その黒子は1人抜け出して、黄瀬と共に公園に来ていた。

 

「何で...何で中学3年の決勝の後姿を消したんスか?」

 

連れ出した黄瀬が切り出す。

 

「正直、僕にもわかりません。」

 

「はぁ?」

 

「確かに、決勝のときが切欠です。あのチームには何か大切なものが欠落しているような気がしました。」

 

「どのスポーツも勝てばいいじゃないっスか!?それより大切なことってあるんスか?」

 

「僕もこの前までそう思っていました。だから、何がいけないかはっきり分かっていません。ただ...。」

 

黒子は話を続ける。

 

「僕はあの頃、バスケが嫌いだった。ただ好きで始めたバスケなのに...。だから火神君にあって、ホントにすごいと思いました。心の底からバスケットが好きで、人一倍バスケに対して真剣です。」

 

「わかんねっスわ...。直接聞いたら分かるかと思ったんスけど。」

 

黄瀬は俯く。

 

「けど1ついえるのは、いつか黒子っちと火神は決別するっスよ...。」

 

「...。」

 

たまたま、黒子を見つけた火神は離れたところで聞いていた。

 

「あいつは発展途上。『キセキの世代」と同じオンリーワンの才能を秘めている。いつか必ずチームから浮く。」

 

黄瀬は濃い可能性を言い、黒子は押し黙る。

 

「てめっ、何勝手に消えてんだよ!」

 

そのタイミングで火神は突入する。

 

「じゃあ、そろそろ帰るっス。」

 

バッグを持ち歩き始める黄瀬。

 

「黄瀬君...さっきの話なんですけど。多分大丈夫です。」

 

その言葉に黄瀬は足を止める。

 

「誠凛には、もう1人凄い人がいます。正直何を考えているのかわからない人なんですけど...。」

 

「お前がゆーな!」

 

つっこむ火神。

 

「その人も誰にも負けないくらいバスケが好きで、一緒にバスケをすると楽しいんです。僕が諦めていたことも引きずり上げようとしてくれるんです。だからこの先もきっと...。」

 

「そっスか...。黒子っちがそう言うならそうなのかも知れないっスね。でも、次は負けないっスよ。その人にも言っておいて...火神っちも俺らとやるまで負けんなよー」

 

「火神っち!?ってなんだよ!」

 

「黄瀬君は認めた人に『っち』って付けるんです。良かったですね。」

 

「嬉しくねーよ!」

 

空は、夕暮れに染まっていた...。と綺麗に終わるわけもなく、公園を出ると鬼の形相をしたリコが待っていた。

 

「みーつーけーたー。」

 

相田家お仕置き『逆エビの刑』。試合終わりの選手にする行為ではない。反り返り具合はもはや拷問。

 

「誰..か、たすけ..て。」

 

「俺も昔くらったなー。」

 

それをメンバーはスルーし、英雄は感慨深く耽っていた。

 

ちなみに、掛かった食費『¥18,480』と大誤算。理由は、火神が食べたものの中に、別料金が必要になったものが大量に混じっていた為。

 

英雄は根こそぎいかれた。福沢さんどころか精神まで。さようなら、そしてお久しぶりです、夏目さん。

 

 

 

 

「それで英雄、さっきから何を考えていた訳?」

 

「え~と...言わなきゃダメ?」

 

帰宅途中にリコに問い詰められ

 

「恥ずかしいからあんまり言いたくないんだけど...。」

 

「別にーまあ言いたくなるようにしてあげる。」

 

「ちょ!なにするつもり!?」

 

「いやっ!もう...言わせないでよ♪」

 

「なんだろう...通常なら可愛い仕草なのに。この圧力...。」

 

冷や汗が止まらない英雄。試合が終わってからは踏んだり蹴ったりだった。

 

「...皆で勝ち取ったっていうこの感覚...後何回感じられるのかなって...。」

 

「さあね。あんた次第でしょ?ま、負けるつもりはないけど。」

 

「おお!頼もしい!!」

 

「いや、逆でしょ!?次はもうインターハイ予選なのよ?しっかりしてよね!」

 

「そうだね~。『本当の挑戦はここから』的な?」

 

「はいはい。あ、そろそろ英雄のメニューを見直すわ。」

 

「おお!遂に!これで俺もミニゲームに...。」

 

「そこから倍ドン!!」

 

「ホント...上げて落とすの上手いよね...。」

 

 

 

夏の予選まであとわずか...



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IH予選前
まさかの球蹴


少し無茶をしますが、お許し下さい。

サッカー用語多数です。

ただ、悪ふざけではありません。


英雄 side

 

 

今日も空が青い...。

 

「ん?なんでだ?リコ姉??」

 

「なーに♪」

 

昨日、海常高校と練習試合を行い勝利した。ここまでは良い。しかしバスケ部一同は、今グラウンドにいる。

 

「今日って休養日にするって言ってなかったっけ?」

 

リコ姉に散々確認をとろうとするが、

 

「そうよ。『バスケ』はお休みよ♪」

 

この笑顔である。そして、目の前にいる我が誠凛高校のサッカー部の面々。

 

対して、もはや諦めムードの我らバスケ部。

 

「...んで、何するの?だいたい想像がつくんだけど...。」

 

「気分転換を兼ねて、サッカーでリフレッシュ!」

 

「「「何でだよ!?」」」

 

バスケ部の声が木霊する。全くもってその通りだと思う。

 

「とゆーか、サッカー部が未だに英雄のことを諦めてないのよ。そろそろしつこいと思って練習試合に参加することで手を打ったのよ。」

 

「サッカー部とバスケ部のサッカー対決って勝ち目あるの?」

 

小金井さんが聞くが、それは当然だ...。正直サッカーを舐めてるとしか言えない。というかサッカー部はそれでいいのか?

 

「ざけんな!!なんで俺まで?」

 

火神よ気持ちは分かるが、そんなストレートに反抗すると...。

 

「じゃあ火神君は基礎練習・フットワークをいつもの5倍ね。言っとくけど、サボったら直ぐ分かるからね。」

 

「ぐ...。する。いや参加します。」

 

「よろしい!!」

 

と、こうなるだけだから...。

 

「そーねー...。確かにただ参加するだけじゃ、もったいないわよね...。英雄何かない?」

 

「もったいない?何が?リコ姉が『がっかり美少女』なこと??ッグェ...。」

 

「ナンカイッタ?」

 

「イイエ、ナンニモ...。」

 

連日のボディのダメージが深刻だ。内臓がやられてはいないだろうか

 

(((だから言わなきゃいいのに...。)))

 

他のバスケ部のメンバーは、1歩離れて見ていた。

 

「この畑はあんたが1番詳しいんだから、いい案考えてよね。」

 

「そゆこと...。そうだねぇ、まず俊さん。」

 

「ん?なんだ?」

 

「大体の配置や指揮はブン投げますんで、よろしくお願いします。」

 

「バスケよりも倍の人数なんが...。」

 

「分かってます。『イーグルアイ』もっと効率良く使用する為の訓練だと思ってください。後、ある程度の駆け引きも覚えられたら覚えてください。」

 

「それ、相当無茶振りじゃないか!?」

 

いや、そうだと思うんですけど。ここまでしないと、ウチの姉御が黙ってないんです。

 

「綺麗なプレーは、正直読みやすいです。これはバスケでも一緒だと思うんですよ。意外性があったら有利ですからね。」

 

「サッカー漫画の作家。」

 

「いや、そうじゃなくて...。確かにそれ、かなりの意外性ではあるんですけど...。」

 

「伊月だまれ。」

 

「順平さん助かりました。で、順平さんはマークの振り切り方を考えて実行してください。ポジションはフォワードにしときます。」

 

「具体的にどうすればいいんだ?」

 

「俊さん同様駆け引きが重要になるかと。」

 

「まあ、やってみる。」

 

 

 

「次、火神。抜かせないディフェンスを心がけて。」

 

「あぁ?そんなの奪っちまえばいいだろ。」

 

「いやいや、そんな博打まがいのディフェンスはマズイって!!バスケもそうだけど、平面のディフェンスがちょい雑なんだよね。」

 

「う...。」

 

「高さで勝つ!!てゆーのはいいんだけど、やっぱ不安定だよ。今日はサッカーだけど、その方が体への負担も減るだろうしね。」

 

「今日のところは従ってやる!!」

 

「ありがと。で個別の指示はここまで、あとは全体の指示なんだけど...。」

 

バスケ部のメンバーはまだあるの?という顔をしている。

 

「当ったり前ですよ!パスについてです。」

 

「パス?なんか特別なことでもすんのか?」

 

日向さんはなんだかんだで、真面目にやってくれるようだ。

 

 

「試合時間になれてないので、パス主体でいくんですが。1つだけ...パスの声を聞いてください。」

 

「「「パスの声?」」」

 

「別にエスパーみたいな真似をしろとは言ってません。例えば、周りに敵がいないときはゆるいパスをします。他には、足元へ低い弾道のパスの時は進行方向にスペースがある、こんな風なパスにある意図とかのことです。。」

 

「あ、なるほど。」

 

「小金井さんは理解が早くて助かります。今日は俺がボール運びをするんですが、俺がどーいうつもりでパスを出しているかを理解してください。」

 

「そんなんできるか!?」

 

火神が反論してくる。バスケだとあんなに常識はずれなくせに...。

 

「いやできるよ。海外のプロチームは様々な言葉の中でプレーをする。それはつまりパスが言葉になりうるからです。」

 

火神から全体を見渡し言う。

 

「これは、バスケにも応用できます。ウチはパスワークが売りのチーム。俺が言ったことがバスケでも実践できたら、もう1段上のプレーが可能となります。」

 

「「「....。」」」

 

「これは、元々リコ姉と相談してました。その内、練習に盛り込むつもりだったんですけど...どうやら思いつきで予定をオジャンにしたみたい。」

 

「あ、ばれた?」

 

わざとらしくて腹立つ。

 

 

「特に、テツ。良く見て感じてくれよ。出来次第で、誠凛はオフェンスに関して全国トップレベルになる。」

 

「パスに...意思を...。」

 

「基本的には、俺がフォローに入っているからヤバくなったらパスしてください。リコ姉、こんな感じでOK?」

 

「いいんじゃない?今日は全部英雄に任せるから♪」

 

「さよですか...。」

 

 

 

 

ルールは、前後半15分ずつの30分。ハンデキャップは2点。オフサイドはこちらのみ無し。ゴールキーパ・ディフェンダー・ミットフィルダーを1人ずつ、サッカー部から借りた。

ただ...サッカー部の意気込みが半端ない。

 

「勝てば、助っ人2回分...。」

 

「リコ姉~!今、新情報が飛び出したんだけど!?」

 

「あぁそれ?試合に勝ったら、バスケの試合の時間以外なら2回まで助っ人で貸すって言ったのよ。言ってなかったっけ?」

 

「日向さ~ん!!同じ日に、バスケとサッカーの試合ってさすがに死んじゃうっすよ!」

 

順平さんに助けを求めると

 

「まあ善処するよ...。」

 

目を合わせてもらえない。世知辛い世の中になったものだね。

 

「フゥー...。とりあえず、さっき言ったことは忘れずにせっかくなんで楽しくやりましょ。」

 

 

 

 

まさかのサッカーでのミニゲームが開始された。

 

バスケ部チームは、サッカー部から借りた選手を中央に集め安定化を図る。バスケ部メンバーは、DF(ディフェンダー)水戸部・福田・土田、MF(ミットフィルダー)小金井・火神・ボランチの役割に伊月・英雄FW(フォワード)日向。+サッカー部のレンタル選手という構成。

黒子は、いつも通り特定のポジションがなく好きにさせている。フォーメーションは、4-2-3-1に限りなく近い、堅守速攻タイプ。

まともにやってサッカー部には勝ち目が薄い。本職に比べて、こちらは体育の授業程度。慣れない動きに挙動不審になっている。

なんとか士気をあげる為、強引なドリブルで切り込み精度度外視でロングシュートを打つ。

 

カーン

 

シュートはポストに弾かれた。こちらには得点できる手段があると印象づけてマークを1人でも多く引っ張れれば皆の負担は軽くなるだろう。

 

英雄はできる限り自分のパスを受けてもらいたいが為、孤軍奮闘と走り回っている。

いきなり高レベルのパスを受けろというのは酷だが、英雄のパスや動き方1つから何かを感じ、読み取ろうとしている。

日向はマークを引き離しきれていない。もっとも、ワントップである為、通常よりも厳しい状況だ。

伊月は、いつもの倍の人数でイーグルアイを使っているが判断が遅れている。

火神は身体能力でなんとかなっているが、ディフェンスは雑。まあ一朝一夕でできるようになるものでもないが....。

黒子は英雄のパスを食い入るように魅入っている。

 

こう言ってしまうのも申し訳ないが、誠凛のサッカー部はお世辞にも強いとは言えない。激戦区東京で考えると2、3回戦くらいかな?

どちらにしろ、移動距離に違いがあっても身体能直では問題ない。バスケに無い強い接触が不安だけど、さすがに練習試合でそこまでしてこないでしょう?

 

そんなこんなで、前半が終了。考えながら走り回るのは、大変な労力になるので15分だろうとも疲労は免れない。

 

 

ハーフタイム。

 

英雄は、前半において自身の行動の意味について解説し、考えてもらっていた。

 

 

 

 

「...で、あのとき出したパスは左に蹴り出して欲しかったから、右足で蹴りやすくパスを出したんです。わかります?」

 

「頭ではなんとなくわかってんだけど、実際にやるとなると...な。」

 

土田さんにボールをクリアしたときのことを確認している。

 

「次に俊さん。全体の動きに慣れました?」

 

「少ししんどいな...。フィールドの大きさが特に。」

 

「あと俊さんは選手の性質をもっと理解してください。火神だったらこう動く、順平さんならこう動かないとか。」

 

「わかった。」

 

「火神は、突っ込み過ぎ。ボールを獲るんじゃなくて抜かせないようにしてみて。」

 

「なんで俺が...。」

 

「いいの?リコ姉にチクるよ?」

 

「後で覚えとけ!!」

 

「テツはどう?」

 

「もう少しで何かが掴めそうなんです。」

 

「そこまでくれば、もう少しだね...。」

 

大体の意識確認は終わった。

 

「後半は、全力で動くのでなんとか合わせてください。前半の俺のプレーで感じたことをそのまま返してくれればいいです。」

 

「つーか最終的に感覚になってないか?」

 

順平さんは鋭いなぁ。

 

「えぇ。これは感覚を理屈で理解することが大切なんです。不安になったら味方を信じてください。このパスならベストポジションで受けてもらえる。あのシュートなら止めてくれる。味方を理解し、信頼することが大切です。」

 

大体が難しい顔をしているが、頑張って欲しい。

 

「精度は2の次、飽く迄もパスによる意思の疎通にこだわってください。」

 

 

『後半を始めます。』

 

 

 

 

 

後半こちらの作戦がばれてサッカー部にポゼッションサッカーを仕掛けられる。

当然、チームのキープ率が低下していき、じっくり攻められてあっさり1点取られる。

ハンデがあるので、『1 - 2』。

 

こちらとしては建て直しをしたいが、そう甘くはない。ついに点が取られたことによって、ミスが多発。

瞬く間に、もう1点取られる。これで、同点。

 

しかし、こちらも試合に慣れてきた。

預けたパスがしっかり帰ってくるようになった。少しトリッキーなパスもしてみよう。

 

シュートフェイントからのラボーナキック。精度は低いが、相手の虚をつくパスだ。俊さんはこのパス自体には驚いていたようだが、パスコースを予想してスペースに走り込んでいた。視野の広さもあるだろうが、少し満足。

テツに関して言うと、この広さでミスディレクションをやられるとマジでどこにいるのかわからない。というわけで、適当に味方の援護をお願いしといた。

火神は攻撃時には、前線まで走ってくれている。

これで、なんとか1点はとれそうだ。

 

技術はないが、繋がっていくパス。トラップをミスしよーが、誰かがフォローしてくれるという信頼は良いプレーに繋がる。集団競技において、重要なことだが簡単に出来る事ではない。

俺の目指すアイコンタクトによるパスワークもこれが地盤になる。無理難題を言うがどうか身に着けてほしい。

 

そんなことを思いながら、自分勝手な言い分に苦笑いをしてしまう。

 

そこで、あるスペースに向かい走り出す。俊さんをチラリと一瞬見ながら。なんとか意図を汲んでくれたのか、進行方向の10歩程前にパスが来た。

精度ばかりはどうしようもない。DFも詰めてくるので、マルセイユターンでかわす。

そのままドリブル突破を仕掛け、順平さんにパスをする、フリをする。

相手DFが怯んだ隙に、ドリブルで抜く。怯んだDFもシュートコースを狭めようと迫ってくるが、今度はその隙に順平さんがフリーになっていた。

そこで、俺はあえて中途半端なパスを出す。

相手DEはミスだと思いボールに詰めるが、そこに現れたテツがパスを俺に返してくれる。

そして、今度こそロングパスを出す。少し高めで順平さんは反応しづらい。

順平さんはボールに触れないが、後ろから走ってきたいた火神が体ごと押し込む。

相手ゴールキーパーと接触し、ボールのみゴール前に転がっている状態。

そして、どフリーのテツがちょこんとボールを蹴りゴール。要はごっつぁんゴール。

 

これは単にまぐれなんだけど、その要因を得たのは正直嬉しい。

俺はテンションが上がっていた為、テツを掴み上げ、髪をくしゃくしゃにする。

テツは嫌がっていたが、どことなく嬉しそうだった。

 

掻い摘んだような試合のハイライトだけど、こんな感じで試合は終わった。

 

 

正直、疲れた。フィールドの端から端まで何mあると思ってんだろ。最後まで笑って見ていたリコ姉にそう思ってみた。

勝ったといっても、戦利品は何も無し。俺が何か賭けときゃよかったのかねぇ?

 

 

side out

 

 

 

「みんなお疲れ!怪我はない?」

 

リコ姉は、ヘバッているバスケ部の前に立ちこちらを見回している。

 

「英雄!最後のプレー...あれはいったい...。」

 

日向は息を荒らしながら、得点に結びついたあの一連の流れについて解説を求める。

プレーに絡んだ、黒子・火神・伊月も同様に。

 

「あの時は、皆さんの体力に余裕はありませんでした。だからこそ前半からやってきたことが結果に繋がったんです。俺の意図を多少は理解をしないとあんなことはできません。」

 

そのまま具体的な解説を続ける。

 

「俊さんは、どうしてあそこにパスを出したんです?」

 

「今日は、空いたスペースに必ず走っていたからだ。」

 

「そうです。しかし別に今まで、どのように動くかなんて1度も言ったことはありませんでした。次に順平さん、俺を囮にしてマークを外したのはお見事でした。状況やマークマンの心情を利用するのは、効果的に活用できます。後、俺が出したロングパスに無理に触ろうとしなかったのはなぜですか?」

 

「お前ならもっと受けやすいパスをくれると思ったからだ。」

 

「面と向かっていわれるのは少し恥ずかしいですけど、そうゆうことです。で火神、後ろから詰めてきたのはナイス。打ち合わせなしでよくあそこまで走ってきたよね?」

 

「へっ!守ってばかりじゃ性に合わねぇ...。それにマークが無けりゃパスが来るような気がしただけだ。」

 

「やっぱ、その辺りの感覚的なところ...俺と愛称が良さそうなんだよね。で最後にテツ、俺はそこに居てくれると信じてパスを出したんだけど、リターンをしてくれたのはなぜ?」

 

「あれは...日向さんと火神くんがいたので、一瞬でもマークを外したいから僕にパスを出したと思ったからです。」

 

「うん、ありがと。で、どうだった?ゴールを決めた感想は。」

 

「別にただ単に運が良かっただけです。ただ...悪くはないです。」

 

「そかそか、サッカーでそれなりならバスケだったらどうなんだろね~?」

 

黒子の回答に満足したような顔をした英雄は、更に煽る。

 

「そうですね。とっても楽しいでしょうね。」

 

「そ。....というわけで~そろそろ真面目にいくのはしんどいです。今日の感じをバスケに応用するつもりなのでよろしく~。」

 

英雄は引き締めていた雰囲気を一気に解放する。

 

「まったく、最後の最後でしまらないわね。」

 

まかせっきりだったリコもあまりのギャップに呆れる。

英雄の評価の変動値は今日もゼロ。

 

「んで、これからどうするカントク?実際1時間くらいしか使ってないんだが、自手練にでもすんのか?」

 

日向が今日の予定を確認する。

 

「直ぐにでも、今日の感触を試したいと思ってる子も居る様なんだけど...1度全体でミーティングをしようと思ってたのよね。」

 

見ても分かりにくいが、黒子がそわそわし始めている。リコも分かってはいるが、ミーティングをしない訳にもいかない。ちなみに、火神・小金井辺りは解散する気満々だった。

 

「申し訳ないけど...今後の方針についてもみんなの意見が欲しいのよ。30分だけでいいから、その後は好きにしてもらって構わないわ。それでいい?黒子君。」

 

「...わかりました。残念ですが。」

 

バスケ部一同は空き教室へ向かう。

 

 

 




そろそろ、他の1年生の名前も出していこうと思います。


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ただ上を目指して

現在、空き教室で会議中

 

 

「インターハイ予選で勝ち上がっていく為に何が必要か?そして、必要なものをそろえる為にどうすればいいかを考えていきましょう。」

 

議長をリコに決まり進行される。

 

「練習しかねえだろ。です。」

 

「そりゃ当たり前よ。そこに関しては、私が管理してるんだから。練習以外で、もしくは新しい練習の提案でもいいけど?」

 

面倒臭そうに話す火神に一括し、全体に問いかけるリコ。

 

「ハイ!リコセンセ~。」

 

英雄が元気良く手を上げている。

 

「...。誰かなんか無い~?日向君はなんかない?」

 

さらっと流される。

 

「そうだな。今日感じたことは今後練習としてどうやるのか?」

 

日向は空気を読み、’あのパス’の練習方法を確認する。

 

「それはね、ミニゲームの最中にプレーしながら感じたこと・疑問をその都度話し合って理解度ど深めるようにするのよ。」

 

「それって効率悪くないか?」

 

「承知の上よ。その後にしっかり、紅白戦もやるからそこで確認したことを実践して。」

 

「わかった。」

 

「ハイ次。」

 

「あの...リコ姉?手、挙げてるんだけど?」

 

「伊月君は?」

 

「あぁ...。(いいのか?)相手チームへの偵察とかはどうする?以前とは状況が違うしな検討してもいいんじゃないか?」

 

伊月は横目で英雄を見ながら質問する。

 

「そうね...。そろそろトーナメント表が発表されるから、必要があれば直ぐに動けるようにしたほうがいいかもね。申し訳ないけど1年生の中から選出させてもらうから、その1人と私が偵察に行くってことで。」

 

「「「分かりました。」」」

 

1年生(火神・英雄除く)が返事をする。

 

「で、何?」

 

遂に無口になってしまった英雄に目を向ける。

 

「ドライっすね。えっとまず、他の『キセキの世代』の情報とか知りたいかな~。なんか記録とかってないの?」

 

「どう?黒子君。なにか言えることある?ちなみに東京には、秀徳に緑間が入ったそうよ。」

 

そこにいる全員が黒子に目を向ける。が、

 

「そうですね。緑間君は帝光中のNo1シューターです。多少の距離があってもシュートを落としたところを見たことがありません。映像記録とかは持ってないです。」

 

「ふ~ん、他には?」

 

「3P以外では、身長もあってドリブルで抜くこともできるのでそうそう止められないと思います。」

 

「緑間ね、っへ!おもしれぇ!!ぶっ倒してやる!!」

 

『キセキの世代』のことでまた火がつく火神。

 

「OK~。他の選手については、後々でいいや。で、次なんだけど。ディフェンスパターンを増やしたい、特にゾーンでのものを。」

 

緑間のことは一時置き、戦術面での提案を始める英雄。

 

「新しいディフェンスって、予選までもう時間がないぜ!?」

 

日向が英雄の言葉に待ったをかける。

 

「なにか理由があるのね?」

 

対照的にリコは冷静に返す。

 

「ウチは基本的にマンツーを主体にしてる。でもインサイドがウチに比べて強いところはいっぱいある。それにウチの『ラン&ガン』をするならゾーンの方が利点が多い。」

 

「インサイドか...。」

 

「それに、水戸部さんはゾーンの方が合ってる気がするよ?」

 

「で、具体的には?」

 

「う~ん。ホントはいろいろ状況に合わせて切り替えるのが理想なんだけど...。今1番必要だと思うのは『1-3-1ゾーン』だと思うよ。」

 

「『1-3-1』か」

 

「そうそう、これだとゾーンでも3Pのチェックもできるよ。鍛えればマンツーと違ってそうそう抜かれることもない。どう?」

 

「「「...。」」」

 

バスケ部一同は考え込む。

 

 

「いいわ。やってみましょう。みんなはどう?異論があればはっきり言って。」

 

「「「...。」」」

 

「当然、スパルタで体に叩き込むからそのつもりで!配置については考えておくから。」

 

「「「....。(や、やべぇ)」」」

 

メンバーはブルーな未来予想図を見てしまった。

 

「そろそろいい時間ね。じゃあ今日はここまでね。自主連はいいけど無理して、怪我しないようにね。」

 

「「「お疲れした~。」」」

 

 

 

「すいません。」

 

英雄が教室から出ると黒子に呼び止められた。

 

「ん、な~に?」

 

「練習付き合ってもらっていいですか?今日の感じを忘れたくないんです。」

 

「OK~!じゃあ直ぐ行こうか。火神はどうする?」

 

「俺も少しやって帰る。」

 

 

 

 

結局バスケ部全員が体育館で練習していた。

 

「いや、今のはこっちじゃね?」

 

「でもシュート狙えたぜ?」

 

先程行ったプレーについて徹底的に討論している。

 

「あの~すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど。」

 

英雄が割ってくる。

 

「何秒あればシュート打てます?」

 

「「「はぁ?」」」

 

「スクリーンも効率良くするんだったら、何秒マーク外せたら精度の高いシュートが打てます?」

 

「そんなの考えたことないし。」

 

「じゃあ今度計っときます。最低でもその時間はファイトオーバーとかさせないようにしますから。」

 

「おぉ。」

 

「あ、話を割ってすいませんでした。」

 

「おう。じゃあ続きいくぞ!」

 

状況を変えて、また戦術理解度を高めていく。

 

 

 

「火神~。ちょっといい?」

 

「なんだよ?」

 

「試したいプレーがあってパス受けてくんない?」

 

「別にかまわねーよ。」

 

「じゃ速攻からの流れでよろしく。」

 

英雄の前に火神が走っている。英雄は腕をしなるように振りながらパスを出す。しかし、どう見ても見当違いの方向で火神を並走するようなパスだった。

 

(ミスか?)

 

火神を含め周りもそう思っていた。が、

 

 

ギュン

 

 

バウンドした瞬間、ボールの軌道が変わって火神に向かう。

 

「うお!!」

 

顔面ギリギリで受け、声をあげる。

 

「なんだ...今のは?」

 

一同騒然。

 

「ど~お?びっくりした?」

 

「あぶねーだろーが!」

 

「火神ならギリとれると信じてたんだよ?」

 

「ってゆーか、今どうやった!?」

 

「投げる瞬間に手首でチョイって。」

 

「いやわからん...。」

 

「俺間接とか柔らかいから、手首なんかもほら。」

 

といいながら、自分の掌を手首にピッタリ付けてみせる。

 

「うわぁなんかグロイ...。」

 

「ちょっ!!ひどくないですか!?」

 

見ていた日向らは、顔を顰めるように見ている。

 

「へぇー。やるじゃねぇか!」

 

「でしょ♪テツと組めばパスに関して怖いものなしになるし。」

 

 

 

「そういやまだ相手してねーだろ、いい機会だ1 on 1で勝負しろ。」

 

「OKOK。やろーか。あ、テツも後でシュート練習しよ。」

 

「わかりました。」

 

「おっし。こい英雄!!」

 

 

 

 

反対側のハーフコートでは日向と伊月が練習しながら、様子を見ていた。

 

「すげぇな...。」

 

「ああ。やっぱあいつも...。」

 

「それは中学の時から分かってたことだろ。」

 

「そうだな...。でも『キセキの世代』とは何か違うよな。」

 

「あいつは、バスケの全てが好きなんだ。チームプレーも個人プレーも駆け引きも関係なく。」

 

「そりゃお前もだろ?」

 

日向が火神と英雄を見ながら語る。

 

「知ってるか?あいつが今まで見たバスケの試合のDVDの本数。」

 

「1万本だ。」

 

「!!!」

 

「サッカーをしてた頃は、深夜の公園でDVDのイメージを元にバスケをしていたらしい。電灯すらついてない状態でな。」

 

「...。」

 

「あいつは間違いなく逸材だ。カントクがいうには、まだバスケとサッカーの感覚のズレがあるらしいから別メニュー中心なんだとさ。」

 

「なるほど、そうゆうことか...。英雄の奴、楽しそうだな。」

 

「ああ、ああいうところが’違い’なのかもな...。」

 

 

 

 

 

「読み~!」

 

英雄は火神の進行方向に先回りしてゆく手を阻む。

 

「っち。(なんだやりにくい)だったら!」

 

火神は無理やりジャンプシュートを打つ。当然英雄もブロックに飛んでいる。火神は着地した瞬間、リングに走り出す。1人アリウープだ。

英雄も着地して直ぐに、動き出す。正確には、着地してからの反応は火神より早い。

火神は、マークが外せず無理な状態で跳ぶ。食らい付いた英雄も跳びリバウンド勝負になる。

高さで有利な火神がボールを真上に捉える。そこに英雄の腕が伸びてきて火神の腕の内側を添えるように、ボールを弾く。英雄のチップアウトにより火神のオフェンスは防がれた。

 

 

「くっそなんて動きをしやがる。」

 

「いや~火神の相手は疲れるわ~。今日はこんなとこで勘弁して。」

 

「っち、しょーがねぇ。次は決める。」

 

「そうそう、聞いときたかったんだけど?」

 

「なんだよ?」

 

「ゾーンディフェンスしたことある?」

 

「あるにはあるが...。」

 

「だよねぇ、アメリカだものねぇ。よしわかった!ゾーンの練習は火神に厳しくシゴくようにリコ姉に言っとくから。じゃ。」

 

「待て!ふざけんな!!」

 

 

 

火神は呼び止めるが、英雄は無視し黒子のところへ。

黒子は1人で先にシュート練習をしている。

 

 

「調子はどう?」

 

「そうですね。ボチボチって感じです。」

 

そう言いながら、次々にシュートを打つ黒子。

 

「脇が空いてるよ。」

 

「あ、ありがとうございます。こうですか?」

 

「そうそう、フォームは良くなったけど少し力みが入ってる。」

 

「難しいですね。」

 

「とにかく打ちまくる。俺がリバウンドに入るから。」

 

「ありがとうございます。」

 

「いいのいいの、俺も練習になってる訳だし。」

 

「シュートが入らないからなんですけどね。」

 

「おっと、キッツいねぇ。まあ『今は』ってことで。」

 

「そうですね。じゃあどんどんいきます。」

 

 

 

結局、自主練習はいつもと同じ時間まで行われた。

先日の練習試合の疲れはなんとやら。

 

リコは先に自宅にもどり、チームのスケジュールを見直していた。

今日のミーティングによりやることが増えた為、ずっとパソコンに向き合っている。

 

「...『1-3-1』ね、さすがにバスケ馬鹿なだけあるわ。」

 

 

バスケ漬けの1日は今日も過ぎていく。

 

 




前々から思っていたことをネタにしてみました。

じわじわ、黒子をカスタムしていくつもりです。


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ちょっとした再会

今回は少し短めです。


某体育館

 

 

 

リコと英雄はある高校の練習試合の偵察に来ていた。

 

「...。」

 

リコは苦々しい表情で試合を観ていた。

 

「へ~、ほ~、は~。」

 

その横で、試合のデータを取り続ける英雄。

 

「1人の選手でここまで違うとはね...。」

 

「パパ・ンバイ・シキ。セネガル人ね、大したリーチだねぇ。」

 

「帰って対策しなきゃ!」

 

「ガンバ!!」

 

「なんでそんな余裕そうなのよ!?」

 

「ワンマンチームくらい、なんとかならないの?」

 

「う...言ってくれるわね。」

 

「火神を当てるしかないでしょ。マンツーならね。」

 

「まさか!?ゾーンを試すっての?まだあれはつけ焼き刃もいいとこよ!」

 

「実践の経験は、練習の何倍にも勝るってね。ま、一応考えといてよ『カントク』。」

 

インターハイ予選の初戦の相手『新協学園高校』の対策を考えながら、誠凛に戻る2人だった。

 

 

 

 

 

「ただいま~。」

 

テンション低めに戻ったリコ。

 

「あれっ?今日はスキップとかしないんすか?」

 

「するか!!」

 

「だぁほ。公式戦までへらへらするわけないだろ!」

 

「英雄戻りました~。あっれ~?皆さん表情硬くないですか~?俺なんかもうテンション上がっちゃって!」

 

着替えを済ました英雄がへらへらしながらやって来た。

 

「....。お前はいつも通りなのな。」

 

日向は肩を落としながらため息をつく。

 

 

 

「で、強いのか?1回戦の相手。」

 

「秀徳どころか1回戦も危ういわ。」

 

「「「...!」」」

 

リコの言葉に緊張が走る。

 

「とりあえずシャメ見て。...名前はパパ・ンバイ・シキ。身長2m、体重87kg、セネガルからの留学生よ。」

 

「デカ!2m!?」

 

「えっと名前なんだっけ?」

 

文化の違いにより、名前をいまいち覚えられない。

 

「話が進まん。黒子君なんかあだ名。」

 

「えーと、じゃあ『お父さん』で。」

 

「なにそのセンス。」

 

本人の知らないところであだ名が決定した。

 

 

「特徴は高いの一言に尽きるわ。ただ届かない、それだけで誰も彼を止められないのよ。っとゆー訳で、火神君と黒子君は別メニューよ。」

 

「おう。」

「はい。」

 

「で、場合によっては新しいディフェンスをいきなり使うつもりだから、本番まで一気に仕上げるわ。」

 

「よっし、行くぞぉ!!」

 

「「「おう!!!」」」

 

リコの指示・日向の激によって士気が最高潮。

目標・過程がより明確になったことにより、気力が充実していた。

そして、もう1つ。

 

「英雄も今日から合流していいわよ。」

 

「まじで!?楽しくなってきた!」

 

リコが許可を出すと、英雄は飛び出していった。

 

「パワーリストは外しちゃダメよ。」

 

「なんで?怪我すんじゃん?」

 

「大丈夫、1個500gまで下げるから。あ一応捻挫防止のサポーターもつけといてね。」

 

「まあそれならいいか...。」

 

「(みんなに合わせてたら、英雄の練習にならないのよね...。スタミナがありすぎるってゆーのも考え物ね。)」

 

渋々パワーリストを巻く英雄を見ながら、リコはいかに練習でスタミナを使わせるかを考えていた。

 

「ん、こんなもんか。」

 

英雄は数回ジャンプしてパワーリストの感触を確認した。

 

「ほんじゃま行ってくるね。」

 

「はいはい、行ってらっしゃい。」

 

「順平さん!今日から参加するんでよろしくお願いします。」

 

「そうか。じゃあ今フットワークしてるから最後尾に並べ。」

 

「ういっす。」

 

英雄の練習参加。つまり、本格的なチームへの合流を意味している。

 

 

それから、3週間経ち。本番の前日。

 

英雄は自宅で体を休めている。

最後の練習を軽めに終えて、自宅に居るのだが。

 

「なんか落ち着かない...。」

 

それもそのはず、英雄が出場した最後の公式戦は小学生の時。計算する4年近く公式戦から離れていた。

 

別に、試合に対して不安がある訳でもない。練習はしっかり行った。サッカーでは、全国まで行っている。ただ、『大きな会場でバスケをする』これだけで興奮は収まらない。

 

「よし!行くか!!」

 

堪らず、頭を冷やそうとスポーツバッグを持ち外へ出る。中にはしっかりボールが入っている。

 

「(ちょっとだけ、ちょっとだけです。)」

 

自分でも誰に言ってるのか分からないが言い訳をしながら自宅を出て行く。

 

 

 

 

 

 

---ストリートに着くと先客が居るようだ。少ししか見てないがむちゃくちゃ上手い。んん、どっかで見たような...。

 

ただ、1人のようなので空いているほうのゴールを使わせてもらえないか聞いてみることにした。

 

「あの~スンマセン。あっち側のゴール使ってもいいですか?」

 

「あ?別にいーよ。もう帰るし...。ってんん?お前どっかで...。」

 

際にいた男はこちらに振り向くと、じっと見てきた。

 

「ん?顔になんか付いてる?目とか鼻とかはなしで。」

 

「いや、そうじゃねーよ。顔っつーか...天、パ...?お前あん時の天パか!?」

 

 

『あの時の天パ』そう言われ、幼き日に出会った男の子を思い出した。

 

 

「あ!そーいうキミはガングロ君かい?」

 

「ガングロって言うなつってんだろ!」

 

「おうおう。久しぶりだね~、元気~。」

 

「相変わらずゆりぃな。そういや今までどうしてたんだ?全く見たかったぞ。」

 

「ま.ね。色々あって中学でバスケしてなかったのよ。」

 

「『中学は』ね。つーことは、高校からはバスケしてんのか?」

 

「そだよ。ブランクがきつくてね。そっちはどーなのよ?」

 

「一応バスケ部にいるが、どいつもこいつも雑魚ばっかで俺が出る必要がねぇからテキトーにやってる。」

 

話す表情に陰りが見える。

 

「ふーん...。楽しくないのか。」

 

「...!!まーな。俺を楽しませてくれる奴なんて一握りいねぇし、俺に勝てる奴なんて存在しねぇからな。」

 

「そっか。ま、いーや。そんじゃ。」

 

そう言いながら背を向け、ゴールに向かう。

 

「おい。お前は...いや、お前は予選に出るのか?」

 

「出るよ、多分。あと、俺は楽しくやってるよ。今でも。」

 

「...そうか。そんじゃな。」

 

ガングロが帰ろうとしている。どこか寂しそうだったので、

 

「なあ!この後、暇か?」

 

声をかけてみる。

 

「あ?なんだよ?」

 

「メシ食いにいかね?」

 

「なんでお前とメシくわねーといけねーんだよ。」

 

「奢るからさ。いーじゃん!どうせ暇なんだろ!?早くお母さんに『晩御飯いらない』ってメールしろよ。」

 

「しねーよ!つか寮だし!ホントに奢りなんだろーな?」

 

「マジマジ。じゃあいこーか?」

 

「お前何しにここに来たんだよ?」

 

「気晴らし気晴らし。中華でいい?」

 

「なんで中華?」

 

「いや~最近できた店のマーボーが上手いらしいのよ。」

 

「まあいいか。」

 

「OK~!」

 

 

 

5年ぶりの会話はなかなか楽しく、遅くまで話していた。

バスケ以外のこと、俺がサッカーしてたことや日頃していること等を話した。

 

好きな女性タレントの話は特に白熱した。

ことの発端は、ガングロが『堀北マイ』が好きだということだった。つまりは、巨乳派である。

これは俺に対する挑戦にしか聞こえない。

なぜなら、俺は美脚派だからである。それ故、どちらが上かの大討論に至った。

 

 

......30分以上の末、互いの思いを尊重し否定はしないというところで終わった。

 

 

話してみると分かったが、素のガングロは昔とあまり変わってなかった。結構笑ってたし。

店を出るとあいつは帰っていった。

 

 

「あっ、結局のとこ名前なんつーんだ?」

 

 

ガングロと呼びすぎて、名前を聞くのを忘れる始末。

 

「まっいいか。」

 

おかげで、すっかり気分転換ができていたので自宅に帰ることにした。

 

1発勝負のトーナメント予選。

その前日としては、いい夜を迎えられたなぁと思いながら1人歩いていた。---

 



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オール オア ナッシィング
青臭さもたまにはアリ?


ついに始まるインターハイ予選

 

 

「いくぞぉ!!」

 

誠凛バスケ部は、会場に向かう。

 

「うぅ...。」

 

目を充血させている火神。

 

「また寝れなかったんですか?」

 

チラリと見て黒子が言う。

 

「うるせぇ。」

 

 

 

 

 

試合の順番は最初。例えれば開幕戦である。独特な雰囲気を醸し出し、選手の緊張を煽る。

 

現在、開始前の練習中。

 

本日の対戦相手『新協』の要注意選手、通称お父さんにより黒子が子ども扱いされていた。

実力的にとかではなく、本気で子供だと思われていた。

 

堪らず他のメンバーは、腹を抱えて失笑。

英雄は堂々と

 

「ははははは~。」

 

笑っていた。

 

「いろいろイラっと来ました。」

 

その言葉に、笑うのを直ぐ辞めた。英雄以外。

 

「くくっくっく...。おわっ!」

 

顔擦れ擦れにボールが飛んできた。

 

「すいません。手が滑りました。」

 

 

 

 

 

只今、試合前の作戦確認の最中。

 

「スターターは、海常と一緒。ディフェンスはマンツー。火神君、お父さんをお願い。英雄はベンチ。」

 

「うっす。いよいよか、楽しみだぜ。」

 

「ってゆーか、英雄出さなくて大丈夫なのか?」

 

火神がテンションを上げる中、日向が1つ質問する。

 

「いや~。出たいのはやまやまなんですけど。一応俺秘密兵器なんで。」

 

「その設定まだ生きてたのか?」

 

「大丈夫よ。3クォーターから出す予定だから。そしたら、いきなり試すからそのつもりで。」

 

「分かった。」

 

「さ、こんな序盤で躓くわけにはいかないわ。」

 

「分かってる。いくぞ!!」

 

「「「おう!!」」」

 

 

 

 

ティップオフは、お父さんが制し新協ボール。

そのまま、速攻でお父さんに渡り、打点の高いジャンプシュートで先制。

 

誠凛もすぐさま攻撃をしかける。

シュートを打つが、軽々ブロックされる。序盤早々、圧倒的な高さを見せ付けるお父さん。

 

しかし、黙っていない誠凛。火神がお父さんにプレッシャーを与え続け、自由にプレーをさせない。

シュートの制度が一気に下がり、新協の得点が伸びない。

 

そこに、火神・黒子のコンビプレーによるダンクが決まる!

新協も直ぐ取り返そうとするが、

 

「なっ...!」

 

スパン!

 

突如として現れた黒子により、パスを弾かれた。弾かれたボールをそのまま掴み火神のダンク。

誠凛は流れを完全に掴んだ。

 

第1クォーター終了。新協 8-23 誠凛

 

 

第2クォーターは黒子を一旦ベンチに下がることに。英雄は第3からなので小金井が入る。

黒子がいないので、ディフェンス重視の作戦。

 

お父さんは持ち直し、シュートの打点が更に高くなっていた。

 

対する火神も負けていない。身長差をものともしない跳躍力でシュートを防いでいった。

その活躍は、ベンチを沸かせる。それを意味深に見つめていた黒子。

 

「ど~したの?そんな顔で見つめて。何かあったの?」

 

英雄は黒子に話しかける。

 

「いえ、別に。」

 

「まあいろいろあるだろうけど、アイツは大丈夫でしょ。」

 

「...どうしてそう思ったんです?」

 

「ん~勘かな。」

 

「勘ですか。」

 

「黒子君ラスト5分いける?」

 

2人が話しているとリコが問いかける。

 

「とゆーかもうちょっと前からいけてました。」

 

「そう。じゃあゴー!」

 

ここまで新協に巻き返されていたが、黒子の再登場で点差をどんどんつけていく。

そこからは、正に猛攻。

更には遂に、2mから放たれるシュートを火神がブロックする。

 

第2クォーター終了 新協 34-56 誠凛

 

 

 

ハーフタイム

 

 

 

「お疲れ~テツ。あ、もう出番ないからよろしく~。」

 

「はい。よろしくお願いします。」

 

「そうそう。もうテツのパスは勿体無いからね。」

 

「英雄!いつまでもへらへらしない!」

 

リコが英雄に一括する。

 

「無~理。あ水戸部さん、ここからは火神だけじゃないってところ見せ付けてやりましょ。火神も今度は俺の番だから獲っちゃ駄目だよ。」

 

「...(こくり)」

 

「はっ!言ってろ。」

 

「まったく...。」

 

「しょうがねーよカントク。こればっかりは。しっかり結果だせば文句は無い。」

 

「そうね。万が一の場合は...ふふっ♪」

 

なんとも言えない笑い声が木霊する。

 

「...さてと。期待に応えますかね。俺の為にも。」

 

 

 

 

アップを終えて、後は待つのみ。

 

(落ち着け!3年待ったんだ。数分くらい待てるだろ!)

 

そこには先程までの、飄々とした姿は無く。自らの膝に肘をつけ、手を合わせた状態で眉間に近づけて目を瞑り、何かを祈っているような英雄が座っていた。

 

「おい、急にどうしたんだよ?」

 

英雄の急変に言葉をかける火神。

 

「...火神、悪いが少し黙っててやれ。」

 

事情を知る日向は、真剣に英雄へのちょっかいをとめる。

 

「時間です。コートに戻ってください!」

 

リコ・日向・伊月が見守る中、係員からの知らせが来た。

 

「さあ、行くわよ!」

 

「「「おう!」」」

 

 

 

 

『誠凛高校。11番out、15番inです。』

 

 

交代のコールの後、英雄がコートに1歩踏み入れた。

その瞬間、今までの想いが溢れ出しそうになり、視界が滲む。

英雄は天井を見上げて誤魔化そうとした。

 

(まったく、あの馬鹿は何泣きそうになってるのよ...。)

 

しかし、リコを始め製凛のメンバーは全てを見ていた。

すっかりバレていることに気がつき、リストバンドで目を拭う。そのまま、リコのへ行き。

 

「ゴメン!1発引っぱたいてくんね?」

 

モチベーション諸共、消えてしまいそうになった英雄。

 

「ったく、世話が焼けるわね。行くわよ。」

 

 

 

 

----バチン

 

 

 

 

プラン通り第3クォーターからは、ディフェンスをマンツーから1-3-1ゾーンに変更。真ん中に英雄、後ろに水戸部、右に火神、左に日向、トップに伊月。

 

「大丈夫か?紅葉ができてんぞ。」

 

「あ、順平さん。目がチカチカしますけど、問題ありません。」

 

右頬に綺麗な紅葉を残している英雄に日向は心配していた。

 

「そんじゃま、いくぞ!」

 

 

 

新協は変わったディフェンスに戸惑いながらも、お父さんにボールを集めようとする。

が、そうもいかない。英雄のディナイによりパスコースが塞がれる。

ならばと3Pを狙うが、待ってましたといわんばかりに伊月がブロック。そのまま日向・火神が走り出し、速攻を仕掛ける。

伊月→日向→火神とパスを回して、あっさりシュートが決まる。

 

「よっし!」

 

誠凛ベンチのリコがガッツポーズをする。

 

 

新協はゾーンが組まれる前にとロングパスを出すが、

 

「激甘~!」

 

お父さんとの間に英雄が現れインターセプトされてしまう。

カウンターにカウンターを返され得点を追加される。

 

 

新協はお父さん以外ではインサイドの強いプレーヤーはいない。誠凛には火神・水戸部・英雄の3人がいる。そして、水戸部のマークに英雄のパスカットによりお父さんまでパスが回らない。

アドバンテージが見事に引っ繰り返った瞬間であった。

もやは、外からの無理なシュートしか残されていないが、誠凛の3人によりリバウンドも獲れない。

水戸部と英雄のどちらかが必ずお父さんを抑えて飛ばさせない。圧倒的有利の状況で火神がリバウンドを獲っていく。

 

 

「カントク、凄いですね!ここまで機能するなんて。」

 

降旗がチームの活躍振りに声を荒げる。

 

「コレもカントクのプランの内なのか?」

 

小金井も質問する。

 

「正直、私も驚いてるわ。お父さんをここまで封じ込めるとは...。水戸部君にしても、マンツーよりもキレてるわ。リバウンドまで与えないなんて...。」

 

水戸部は決して、簡単にはポストに入れない。英雄は、相手が体で押し込んでいても、すり抜けてパスカットする。

更に言うと、お父さんが火神を避けようとするので、心理的にも追い詰めていた。

 

 

 

ここからは、一方的な展開だった。

 

またも、ボールを奪い速攻を仕掛ける誠凛。

新協もなんとか一矢を報いろうと速攻を止めるが、日向が後ろにパスを出す。

そこには、後ろから走ってきた英雄が受け取りドライブしてきた。

アウトナンバー成立のセカンドブレイク。戻りが間に合わずジャンプシュートを決める。

 

ここで新協の心が折れた。

お父さんはシュートすら打たせてもらえず孤立し、外からのシュートもまともに打てない。

打てたとしても、精度が低い。外してもリバウンドが獲れない。

そして、そこからの速攻は止められない。

 

じわじわと離れた得点差は40点。そして、試合終了の笛が響く。

 

 

結果は

 

 

新協 49-90 誠凛

 

 

誠凛の圧勝。

 

 

 

 

「どうよ!見た見た?ちょっとくらい褒めてもバチ当たらんよ。」

 

英雄はリコにドヤ顔で迫る。

 

「確かに、お見事って言いたいところなんだけど。なんか腹立つ。」

 

「まあまあいいじゃねぇか、カントク。実際1-3-1の効果は絶大だった訳だし。」

 

「確かにな。体力もマンツーよりも温存できた訳だし。」

 

「そうね。お父さんをここまで封じ込めるなんて大したものよ。よくやったわ。」

 

「いえ~。ほらほら、水戸部さんも後半は俺らが活躍したんですから。いえ~!」

 

「...(こく)」

 

「やっぱり声出してくんねーんすね。」

 

実は、どこかで水戸部の声を出さそうといろいろしていたが、結局全て不発だった。

 

 

「お疲れ様です。」

 

「おおテツ、ありがと。どうだった?」

 

「凄かったです。英雄君が泣いたときは少し感動しました。」

 

「あら、そこ触っちゃう?」

 

黒子があの一件に触れてきた。

 

「ああ、たしかに。もう大丈夫か?」

 

「お前、案外泣き虫なのな。」

 

「次からは、気づかれないようにな。」

 

お約束の集中砲火。

 

「やっぱそうなる~!?ホント勘弁してください!青春の1ページという訳で。」

 

「しばらくこれで、退屈しねーな。」

 

容赦なくイジる気満々の2年。

 

「テツ~。少し恨んでもいいよねぇ?」

 

「...すいません。でも、時間の問題だったと思うんですが?」

 

「うぅ。でも、めげないんだから!!」

 

「はいはい。さっさと着替える。後つかえてるから。」

 

「「「うぃーす」」」

 

 

 

なにはともあれ、1回戦突破。




水戸部君は、マンツーよりもゾーンの適正が高いと思うんですよね。


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感性は人それぞれ

1回戦を勝利し、勢いに乗った誠凛。

 

続く2回戦、3回戦も勢いのまま撃破していた。

 

黒子と英雄を温存したまま。

 

その間はというと、

 

 

 

「暇だね~。」

 

「そうですね。なにも起きなかったら、このまま決まりでしょう。」

 

全く出番の無いまま、3回戦の第4クォーターを開始していた。

 

「う。ウクライナ。」

 

「なんですか、急に?」

 

「にわとり。」

 

「理由も無しにしりとり始めないでください。」

 

「いやいや。不思議としりとり成立してるよ?」

 

英雄が馬鹿なことをしていると、

 

「余計なことしてないで、試合に集中しなさい!」

 

怒られた、黒子を巻き込んで。

 

「いいかげん出してよ~。それに見てよ!テツなんか試合に出れないから、ずっとうずうずしてるし。はい、『し』。」

 

「もうええわ!」

 

「別に、単にうずうずしてるだけです。」

 

「なにその言い訳...。」

 

結局そのまま、何事も無く100点ゲームで誠凛が勝利した。

 

黒子は温存させる為、というのは分かるが、英雄は自分が試合に出ていないことの理由を尋ねると。

 

「何かみんなの調子が良くって忘れてたわ。」

 

と、一蹴。

 

 

 

 

4回戦。

 

 

 

黒子と火神は、相手チームと知り合いのようだった。ただ、相手の腰がかなり引けていた。

勝利の意欲が全く感じられなかった。

この試合は、黒子が試合に出ていたが、英雄の出番は第4クォーターのラスト2分だけだった。

 

「くっそ!なんでだ~!!」

 

2試合分の鬱憤を晴らそうと、ゾーンディフェンスは使わずコートを駆け巡っていた。が、気合が入りすぎて試合に関係ないことを叫び、ファールをもらっていた。

 

「あの馬鹿...。」

 

その情けない姿にリコは頭を抱える。

 

 

 

 

試合後...。

 

 

「何恥かいてんのよ!」

 

「いや~。面目ない...。つい。」

 

正座で説教を受けていた。

 

 

「それにしても、順調っすね。このまま決勝リーグに行けちゃうんじゃないですか?」

 

「「「はぁ~。」」」

 

福田の言葉に2年は一斉にため息をつく。

 

「東京の三大王者、秀徳・正邦・泉真館。毎年必ずこの3校が全国に行っている。そして予選トーナメント決勝に来るのは間違いなく、『キセキの世代』緑間真太郎が加入した秀徳高校だ。」

 

日向が東京地区の現状を説明した。

 

「三大王者ね...。」

 

火神が俯きながら、三大王者の実力について考えていた。

 

「あの~、そろそろ正座解いていいですか?足の感覚が無くなってきたんですけど...。」

 

「駄・目♪」

 

英雄が足をプルプルしていると、会場がざわめきだした。

 

 

 

オレンジのジャージ集団が会場に入る。

 

「まあ、実際に見るのが速いわね。今年は特に凄いらしいから...。」

 

『秀徳ー!!秀徳ー!!』

 

会場の応援と共に現れた、三大王者・秀徳高校。

 

 

 

火神がベンチから飛び出し緑間のところへ行き、何をするかと思えば、緑間の掌に自分の名前を書いていた。

 

「先輩達のリベンジの相手には、きっちり名前を覚えてもらわねーとな!」

 

緑間に挑発をするが、

 

「ずいぶん無謀なことを言うのだな。」

 

「なに!?」

 

「てか先輩達から何も聞いてねーの?去年、三大王者に全ての試合でトリプルスコアで負けてんだぜ?」

 

秀徳・高尾が口を挟む。1年はその言葉で不安気に2年達を見る。

 

「表面上の薄っぺらい情報だとそうなっちゃうね。」

 

英雄が誠凛1年に声をかける。

 

「彼我の差は圧倒的なのだよ。歴史は繰り返されるだけ...。」

 

「そんなことは無いと思います。やってみないと分からない。」

 

緑間の言葉に待ったをかける黒子。

 

「黒子...。やはり貴様は気に食わん。」

 

「いや~。キミが黒子?気にすんなよ、あいつツンデレだから。ホントは超気にしてんだぜ。ん?」

 

高尾が黒子に絡む。

 

「テツ~かっこいいぞ~。もっと言い返してやれ~」

 

「なぜに正座?」

 

正座中の英雄が声を張るが、その光景は無駄にシュールだった。

 

 

「じゃあ上で、観戦するわよ。」

 

コートから観客席に移動しようとする。

 

「ちょ!ちょっと待って!!足が...。」

 

長時間正座だった為、立てもしない英雄。

 

「何してんの!さっさとする!」

 

容赦無しに放置するリコ。

 

「マジで!?俺、そんな重罪!?誰か手伝って!本当に立てないんだって!」

 

「火神君お願い。」

 

「っち。しょうがねえな...。」

 

「ヒュー。火神君ってばかっこいい!」

 

「うるせえな。さっさと立て!」

 

無理やり立たそうするが、

 

「今、足にさわったアカンて!っちょっと聞いてる?」

 

火神は無視。

 

「マジでマジでマジで!」

 

結果、足に血が回るまで引きずられていた。

 

 

 

 

 

秀徳 対 錦佳

 

 

軽々と得点を重ねていく秀徳。

秀徳・大坪がインサイドで圧倒している。

 

「去年はアイツ1人でも手ごわかったんだけどな。」

 

日向がぼやく。

 

「去年までは、インサイドが強くて、アウトサイドが普通って感じだったんだけど。」

 

錦佳はインサイドを固めて失点を抑えようとするが、

 

緑間の超高弾道3Pが決まり相手に追い討ちをかける。

 

 

「前にも言いましたが、フォームを崩されなければ100%決めます。」

 

「「「....!」」」

 

皆が緑間の実力に絶句している中、

 

「ふぁ~あ。」

 

「英雄何だらけてんの!」

 

英雄がつまらなそうに、手すりに首を掛けていた。

 

「どうしたんですか?」

 

黒子も心配そうにみつめる。

 

「つまんねぇ~。」

 

「は?」

 

「お前、こんなプレー見てその反応はねえだろ。」

 

英雄の態度にメンバーは困惑する。

 

「確かにすげぇけど、心に響かない。シュートが決まろうが、全然どきどきしない...。」

 

「こいつ...。」

 

日向達は、呆れていた。

 

「...英雄君。僕はたまにキミを凄いと思います。」

 

黒子が、英雄に感想を言う。

 

「偶になんだ...。」

 

 

試合は、秀徳の圧倒的な勝利で終わった。

 

 

 

 

 

 

「え?もう一試合あんの?まじで?」

 

火神は完全に忘れていたが、実は今日2試合あるのだ。

確認の為、トーナメント表を確認する。そこで、最終日に三大王者、正邦・秀徳との2連戦が発覚した。

 

この境地に、むしろ闘志をもやす誠凛だった。

 

「よっしゃ!テンション上がってきた!練習してくるわ!」

 

「するな!休めよ!バスケ馬鹿か!?バスケ馬鹿神か!?」

 

 

なんだかんだで、火神と英雄の扱いは同列だった。

 

 

「17時からの試合は、英雄に任せるわ。」

 

「らじゃ~。」

 

「他のみんなは、様子見ながら交代させていくから。不味いと思ったら直ぐに言って。」

 

「了解。」

 

 

 

 

 

対 白稜高校

 

 

「さぁて、初スタメンですよ~。」

 

「今日は泣かねぇのか?」

 

「ほじくり返すなよ~馬鹿ガミ~。」

 

「んだと!お前に言われると余計腹立つ!」

 

試合直前にケンカを始める2人。

 

「うるさい!今日、2試合目なんだから無駄な体力使うな!」

 

 

 

 

誠凛スターター

PG伊月

SG日向

SF小金井

PF火神

C 英雄

 

 

 

「とゆーか英雄っセンターできんの?」

 

ベンチの土田が今更な質問をする。

 

「そういえば、本来のポジションってどこなんですか?」

 

黒子も興味ありげに便乗する。

 

「英雄には、そんなのないわ。」

 

「「「え?」」」

 

リコの返答に声を合わせて聞き返す。

 

「昔は...いや、なんでもない。英雄の順応性が単純に高いのよ。どんな突発的な状況でも着いていける。あ、これ英雄のスペック③ね。それにちゃんと練習もしてきたわ。要はオールラウンダーってこと。」

 

「とゆーか、その『英雄のスペック』ってまだあるの?」

 

「伊達に、『相田スポーツジム』のモルモット...じゃない。で、鍛えられてきた訳じゃないわよ!」

 

「「「...。」」」

 

不思議と英雄の好感度?が上昇した。本人の知らない内に...。

 

 

 

 

コートでは、1-3-1ゾーンが機能して順調な立ち上がりをしていた。

相手はそこそこの実力を持っていたが、高い跳躍を誇る火神、軟体動物・英雄、両名のインサイドを支配された。

 

「火神~。疲れたら交代してもいいよ~。」

 

相手センターのシュートコースを塞ぎ、シュートを落とさせる。

 

「うるせぇ!!」

 

火神は文句を言いながらリバウンドを奪う。

 

「火神!獲ったら前出せ!速攻だ!!」

 

伊月の一喝で、速攻が繋がり得点を追加する。

 

「プレーは凄いんだけど...。」

 

小金井は肩をすかす。

 

「お前ら、やかましいわ。だぁほ。」

 

日向に諌められる。

 

「「うぃーす。」」

 

 

 

相手のファールからのプレー。

 

伊月が小金井のスクリーンを利用して日向にパス。日向はそのままシュートに跳び、ブロックを引き付け英雄にパス。英雄はディフェンスを背負いながら、背中越しに走りこんでいる火神めがけて、片手のバウンドパス。火神はドンピシャのパスを受け、ワンハンドダンク。

 

「ナイッシュ火神~。」

 

英雄はハイタッチを求める。

 

「...っち。お前はなんか腹立つが、プレーは認めてやる。」

 

 

 

バッチン!!!

 

 

第2クォーター終了 54-21

 

 

 

後半に入り、メンバーの交代。

 

PG英雄

SG

SF小金井

PF土田

C水戸部

空きに黒子

 

 

ディフェンスをマンツーに変更し、試合再開。

 

 

白稜は、誠凛の交代に困惑する。調子のいい状態を態々崩すのか、もしくは舐められているのか。なぜ、先程までセンターしていた男がガードをしているのか。

その余裕を崩してやろうと、英雄に対してスティールを使用をした。

 

英雄は、レッグスルー1発で抜いた。あまりにも前傾でボールを獲りに来ていたからだ。

そのままドライブで侵入し、ヘルプの裏を突き、ノーマークの土田にパス。ゴール下からのシュートで確実に決めた。

 

白稜の攻撃は、黒子にパスカットされて再度誠凛の攻撃。

直ぐに走り出していた、英雄目がけて黒子のロングパス。英雄のアリウープが決まる。

 

 

白稜は完全にペースに巻き込まれていた。後半のシステム変更に惑わされて、英雄の長身PGに目を引かれ、黒子のミスディレクションに対応できないでいた。

 

誠凛はその後も交代を繰り返しながら、英雄以外のメンバーの疲労を計っていた。最初にゾーンで言ったのは、後半に伊月・日向を抜いた状態でピンチになっても、コートに戻せる体力を確保する為だった。

問題なく、時間は過ぎ、

 

 

111-59 で誠凛がまたもや100点ゲームで勝利した。

 

 

 

「いつにも増して食べますね。」

 

いつもの学校生活。

 

「むしろ、よくそれで足りんな?」

 

只今、昼食中

 

「火神君、黒子君、ちょっと手伝って欲しいから来て。」

 

教室の入り口から、荷物を抱えたリコが現れた。

 

 

 

「なんだかんだで、結構疲れてんですけど...鬼か!」

 

ダンボールに入った荷物を持たされていた。

 

「つか、英雄に頼めばいいじゃん。」

 

「もう無理よ。」

 

「無理?何が?」

 

言葉の意味がわからない。

 

「火神君あれ見てください。」

 

「ん?っげ。」

 

黒子の言う方に目を向ける。視線の先には、両手一杯に荷物を抱え、ショルダーバッグを2つクロスして肩に掛けた英雄の姿がそこにあった。

 

「...リ..コ..姉。肩から...先....感覚...なく...なって...」

 

なんか悲惨だった。

 

 

 

「カントク、あれ大丈夫なのか?つーかカントクは持たないのか?」

 

「気にしない気にしない。乙女に荷物もたすの?」

 

「は?自分で言ってて何も思..イデ!!」

 

リコの拳が火神にめり込む。

 

「いやいや、リコ姉は上手く攻めれば、乙女の顔が出て..ぐぇ。」

 

いつの間にやら復活していた英雄もリコの拳を受ける。

 

「つか、中身なんですか?」

 

話は、ダンボールの中身について

 

「去年と今年の試合のDVD。なんたって王者と2連戦だからね。分析しすぎ、なんてことはないわ。」

 

「ちなみにあっちは?」

 

火神は目線を英雄の荷物に向ける。

 

「あれは、備品....と私物。」

 

いったい何が入っているのだろうか

 

 

 

 

 

放課後、部の全員で正邦の試合を観ることに。

 

 

.......。

 

 

 

「分かってたことだけど、キビシーな。」

 

「スンマセン。凹んできました」

 

伊月・小金井が厳しい感想を言う。

 

「正邦、秀徳と10回やったら9回負けるは、でも1回を今回持ってくればいいのよ。」

 

「そーでもないでしょ~。」

 

リコの言葉を割る英雄。

 

「何?今は構ってあげられるほど余裕無いのよ。」

 

「違うよ。俺から見たら、正邦は6回、秀徳は5回は勝てるって言ってんの!」

 

「「「はぁ?」」」

 

英雄に唖然する一同。

 

「こいつら、古武術の動きすんだろ?」

 

「見ただけでなんで分かるんだ!?」

 

嘗て、敗北させられた相手を調べ上げて、手に入れた情報をあっさり見抜いた英雄に驚愕する日向。

 

「なんでって...こんくらい俺でもできるよ。」

 

「忘れてたわ!こいつ、古流柔術の師範代候補なのよ。」

 

リコは英雄の経歴を思い出し、皆に伝える。

 

「ホント、お前ってネタが尽きないな....。」

 

「お前、何モンだ?」

 

メンバーに奇異の目で見られる。気にせず話を続ける英雄。

 

「そうそう、俺は凄いんだよ~。で、正邦にも突くべき弱点はいくらでもある。たとえば、さっき言ってた凄い1年。こいつもその動きを練習したんだろうけど、たった数ヶ月で習得できるほど甘くない。軽くつつけば綻びが出てくる。それに俺相手に毎日練習してるんですから、正邦ごときの物まねなら突破できますよ。」

 

「この野郎。言い切りやがって...。」

 

日向がははっと笑いながら言う。

バスケ部は感じていた。この男が時折発する、言葉・雰囲気・オーラがなんと頼もしいことか。不思議とできそうな気がすると。

 

「なんでだろうなー。なんとかなりそうな気がしてきた...。」

 

小金井も不安で染まっていた顔が晴れやかになっていた。

 

「そうね。勝つための最善を尽くしましょう。ウチの馬鹿1号がこう言ってる訳だし、その非常識で捻じ曲げてもらいましょ。」

 

「全く褒められてる気がしないのは....何故?」

 

 

 

 

 

「と言うわけで、英雄が正邦の動きをまねするから。火神君が英雄と1 on 1をして。」

 

最後の練習を正邦対策に当てることになった。

2年は去年から研究しているが、1年は知らない為、火神・黒子をメインに慣らす。

 

「まあ本家は俺なんで。そこそこいけると思うよ。」

 

「ああ。たのむぜ」

 

正邦のスタイルをまね火神に迫る英雄。

 

「やっぱ、タイミングがとりづらい...。」

 

「試合では隙あらば、数人で囲んでくるから動きを止めたら駄目だよ。」

 

呼び動作がない動きは予測が困難となる。火神も同様にじわじわと追い込まれていく。

 

「火神は考えすぎないで、本能のままいけばいいんだよ。考え過ぎると...こう!」

 

英雄は攻めあぐねた火神のボールを弾いた。

 

「っくっそ。」

 

「はい次はテツね。」

 

「はい。お願いします。」

 

黒子には、スティールせずに動きを抑えにいく。

 

「テツは慣れてくれればそれでいいから。」

 

その後もレギュラー陣を相手にしながら、正邦の特徴を伝えていく英雄。

 

 

 

 

 

2時間後...。

 

オーバーワークを控え、速めに練習は終わった。英雄以外は...。

英雄のスタミナは既に周知のことなので、なにも言われない。

英雄はメンバーが帰っても残り、最後の調整に励んでいた。

 

「そろそろ、鍵しめるわよ。」

 

リコは残り、英雄の練習に付き合っていた。

 

「うい。じゃあラスト!」

 

両手でボールを叩きつけ、高く跳ね上がったボールを空中で掴みひとりアリウープのダンク。

 

 

ガッシャン

 

 

「うーん、いい感じ。」

 

休憩を一切していないのにもかかわらず、1人ご満悦。

 

「汗の処理をしっかりね。それにしてもなんとか間に合ったって感じね。」

 

リコがタオルを投げる。

 

「ありがと。そだね、やっとだよ。ここから、伸ばしていかないと。それに、俺の情報はほとんど漏れてないから、そこを活かしていかないと。」

 

英雄は汗を拭う。

 

「そうね。アンタが来てから約1年、結構長かったわね。足癖が悪くなっていたし。」

 

「足癖って...。まあ否定はしないよ。...リコ姉。」

 

「なに?」

 

「ありがとう。」

 

「はい?」

 

突然の『ありがとう』に?を浮かべるリコ。

 

「俺を引き戻してくれて。戻ってきて良かった。今大声で言える。戻って直ぐに全国レベルの相手とバスケができる、昔を思い出すと幸せだと思う。」

 

床に座り込み、目線を下にして話す。

 

「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるのよ。それに、10年以上アンタを鍛えてるのよ。感謝してるなら応えてみせなさい。」

 

「ん。じゃあさ、『私を全国に連れてって』って言ってみて。」

 

いつものへらへらした表情ではなく、真顔で見つめてくる英雄。

 

「なにそれ。どこのドラマ。」

 

「い~じゃん。ほらほら、お願い~。」

 

直ぐに真顔を崩して、頭を下げてくる。

 

「...し..ぜ....つ..て。」

 

リコは抵抗を諦めて、俯きながら言葉にする。

 

「え?聞こえないんだけど?」

 

「しょうがないじゃない!これ結構恥ずかしいのよ!?」

 

「やるんだったら、ちゃんとやろうよ。」

 

「く、英雄に正論言われるとダメージでかいわね。...私を...全国に連れてって。」

 

リコは頬を少し染めながら、ぼそぼそと呟いた。

 

「やっぱ、リコ姉は乙女なんだよね。どうして皆分かんないか...な!」

 

リコの拳が横腹にめり込む。

 

「あんたって奴はぁー!」

 

「今のはほんの冗談だから!ちょっと落ち着いて!」

 

「問答無用ー!」

 

歩けない為、体を転がしながら逃げていく。

 

「連れてく!全国に連れてくから!勘弁して下さい!!つか、明日試合ー!」

 



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準決勝

インターハイ予選・予選トーナメント

 

 

 

誠凛対正邦

 

 

 

試合直前の調整中。

 

火神は正邦の選手ではなく、秀徳の緑間を睨んでいた。

そこを日向に叱られていた。当然、見ていた英雄は大笑い。

 

「てめっ!何笑ってんだ!」

 

英雄に突っかかっていると、

 

 

「キミが火神君っしょ?せんぱーい、こいつですよねー?誠凛、超弱いけど1人凄いの入ったてー?」

 

馴れ馴れしくやって来た正邦1年の津川が火神に絡む。

 

「言ってくれるわねぇ...クソガキ...。」

 

リコは目を吊り上げ、イラついているようだ。英雄は巻き込まれないように、芸術的ともいえるフェードアウトを慣行した。

 

 

 

ゴチン!

 

 

 

「ちょろちょろすんな馬鹿たれぇ。すまんな。こいつ空気が読めないから、本音が直ぐ出る。」

 

正邦キャプテン・岩村が、津川の行動を謝りつつも、棘のある言葉をかけてくる。

 

「別に謝んなくてもいいっすよ、勝たせてもらうんで。あと、去年みたいに見下してたら泣くっすよ。」

 

日向が前に出て、言い返す。

 

「見下してなどいない、ただお前らが弱かった。それだけだ。」

 

事実なのだが、明らかに自分達の勝利を疑っていないような発言。そうして、津川の首根っこを引っ張って行った。

 

 

 

 

-----誠凛控え室

 

 

「......。」

 

「......。」

 

 

 

いつになく重い空気の控え室だった。ボールを触り続ける者、立ったり座ったりする者、様々だが、雰囲気に飲まれつつあった。英雄はケータイをいじっていた。

 

「みんな、ちょっと気負い過ぎよ。元気が出るように1つご褒美を考えたわ。...次の試合に勝ったらみんなのホッペにチューしてあげる!どうだ!」

 

片目でウインクしながら星を飛ばし、『ウフッ』というようなポーズをとるリコ。

 

「『ウフッ』ってなんだよ。」

 

「星飛ばしたらダメだろ...。」

 

伊月・小金井からのダメだし。リコは心に痛恨のダメージを受けた。

 

「バカヤロウ!義理でもそこはよろこべよ。」

 

日向の追い討ち。リコは沈んだ。ダメージが深刻だ。

 

「ガタガタ言わんとしゃきっとせんかボケー!!」

 

リコが涙目で、メンバーに一喝する。

 

「わりーわりーわかってるよ。」

 

リコをなんとか諌める日向。終始おろおろする水戸部。そこに...

 

 

『録画を終了しました。』

 

聞きなれぬ、電子音声が流れた。

 

「お?英雄何やってんだ?」

 

火神は音がした方を見ると、英雄がにやけながらケータイのカメラをリコ達に向けていた。

 

「うんとねぇ。面白いネタかな?」

 

英雄の言葉に2年が一斉に振り向く

 

「どこが面白いんだ?」

 

「そうだね。コレをあるおっさんに見せたら...2・3人は再起不能になるかな?」

 

「英雄!!それよこせ!!」

 

焦った2年が英雄に襲い掛かる。

 

「別にいいですけど...。自宅のパソコンに向けてメールで送ったんで、データは消えないですよ~。さ、どうします?これは正当な交渉といきましょう。」

 

「っく..。望みはなんだ?」

 

小金井が何気に乗ってくれる。

 

「勘違いしてもらっては困るな...。私はなにも望まない。ただ、楽しみたいだけだ。純粋にバスケットをね、今のあなた達じゃできそうもないからね。その上で勝ちましょう。リコ姉泣かせちゃったし、情けないプレーしたら許しませんよ?」

 

英雄は、交渉人を演じながら全員に言う。

騒ぎながらも、先程までの空気を取り払った。

 

「わかった。呑もう。」

 

「お願いします。」

 

どっちにしろ、弱みは握られたままだが心構えも整った。

 

「あ、リコ姉もさっきの約束忘れないでね。」

 

「約束?なんのこと?」

 

「勝ったら、チューしてくれんでしょ?その状態で写真とるから。」

 

さっきの役を辞めて、飄々と言質をとっていく英雄。

 

「え...、マジ?」

 

「マジマジ。自分から言ったんだから守らないとね~。」

 

墓穴を掘ったリコに逃げ場は無い。

 

 

 

 

 

 

誠凛スターター

 

PG 伊月

SG 日向

SF 黒子

PF 火神

C 英雄

 

 

 

 

ティップオフ。

高さで勝る火神が制す。ボールは日向が掴み、速攻を掛ける。

正邦は未だマークが完璧ではない。だが、味方の戻る時間を稼ごうとしてくる。

 

「順平さん!」

 

英雄が追いついて来ていたのでパス。

受けた英雄のレイアップで先制点。

 

「ナイス英雄!」

 

誠凛のディフェンスはマンツー。英雄は岩村とマッチアップ。

津川は火神に任せる作戦。

 

「1年が相手か...。すまんが手加減はできんからな。」

 

岩村がポジションにつきながら声を掛ける。

 

「いやいや、ディフェンス『は』全国クラスのチームの、オフェンス力。見てみたかったんですよ。」

 

英雄も負けずに毒を吐く。

 

「言ってくれるな。」

 

岩村は不適な笑みを浮かべる。

 

 

 

-ーーーーーーーーーーーー

 

 

この日、海常の黄瀬と笠松は観戦に来ていた。

 

「へぇ~...。」

 

目に映ったのは

 

6 - 10

 

ペースを掴まれつつある誠凛の姿であった。

 

「かなり押されているな。」

 

同行していた笠松からも声が出る。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

リードされている原因は、津川に対して火神が攻めあぐねていたことだ。

英雄からレクチャーされたものの、実際試合での微妙な違いに戸惑っていた。

 

「(DFだけなら黄瀬並だ!)」

 

津川の隙を窺っていると。

 

「火神!持ちすぎだ。」

 

伊月がフォローに現れ、火神をスクリーンに使いゴール下に入る。そのまま、シュートに持ち込むが、

 

バコッ!

 

岩村のブロックに阻まれる。

 

「甘いな。そんな攻めでは、ウチのDFは崩せない。」

 

火神のドライブは防がれ、他から攻めてもなかなか得点を許してもらえなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

堅牢な正邦DFに会場は沸く。

 

『すっげぇ。誠凛なかなか点が取れない。』

 

観客に混じり、海常の2人は真剣な表情で見ていた。

 

「実際に試合して思ったんだが、誠凛はスロースターターだ。そこに火神がアクセル踏み込んでくるんだが、その火神が波に乗れてねえ。」

 

笠松は、現状から読み取り解説する。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「おい津川、張り切んのもいいけど、後半ばてんなよ。」

 

「大丈夫っす。思ったほどじゃないんで。」

 

津川のトラッシュトークに腹を立て、火神は強引に抜きにかかる。

 

 

『チャージング。白10番。』

 

 

流れを奪われかけている誠凛。正邦のDFはあまりにタイトで黒子もパスができなかった。

 

ここで1度落ち着かせる為、タイムアウトを使った。

 

「こら!どんだけ沸点低いのよ!」

 

「火神君...もう2つ目ですよ?」

 

「...。」

 

リコ・黒子に畳み掛けられ、火神は遇の音もでない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「古武術っスか...。」

 

笠松からの解説を聞き、以前対戦した津川の成長に納得する。

 

「けど、このままやられっぱなしで黙ってるタマじゃないっスよ。」

 

だが、誠凛を知る黄瀬は反論する。

 

「だろうな。実際、そんな点差じゃねぇしなんとか追いすがっている。火神・黒子のコンビならいい勝負になるだろう。それに...。」

 

「補照英雄...っスよね?」

 

練習試合で、ダークホースとして現れ目の前に立ちはだかった男の名前を呼ぶ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

「で、どうなの?修正にまだ時間かかる?」

 

リコは今後のプランに関わる重要事項を確認する。

 

「俺は6割くらい、もう読める。岩村さん限定だけど。」

 

いの一番に英雄が応える。

 

「俺は3割...くらいかな。」

 

「俺もそのくらいだな...もう1クォーター欲しい。」

 

伊月・日向も答え、プランの修正を求める。

 

「わかったわ。じゃあ作戦は継続して、オフェンスのメインは引き続き火神君と黒子君に任せるわ。」

 

「うっす!」

 

「何回目か忘れたけど、考えんなよ?いつも通りにバスケすればいいんだよ。」

 

「うっせぇ!」

 

「人の親切を....そんな風に育てた覚えはありませんザマズ。」

 

今、キツイ状況なのだがこのやり取りを見ていたら、考え込むのがアホらしくなる。

 

「辞めなさい1号(英雄)、2号(火神)。正邦がこのままくるなら、消耗戦になるわ。」

 

「つか2号ってなんだよ!俺のことか!?」

 

「大丈夫!その内慣れるから!なんかライダー見たいじゃん。」

 

「全然嬉しくねーよ!」

 

最近この手の絡みが増えてきた英雄と火神。

 

「そういえば、じゃがいも君になめられてるねぇ~。」

 

「うるせぇよ。つか、じゃがいも君って...。」

 

「なんか、試合中ににやにやして、じゃがいもの表面みたいじゃん。」

 

「お前が言うのか?」

 

「まあいいからいいから。じゃがいもは、余裕ぶっこいてる。そこをウチのエースが、じゃがいもの動きを上回って潰す。そのときの表情...見てみたくね?どう?」

 

笑顔で回答を求める英雄。

 

「悪くねぇな...。よし、あのじゃがいもを泣かす!」

 

先程までの眉間の皺が無くなり、いい表情になっていた。

 

 

 

 

ビーーー

 

 

タイムアウト終了のブザーが鳴る。

 

 

 

再開早々、誠凛は露骨にアイソレーションにでる。

ボールは直ぐに火神に渡る。

 

「おもしろいね。来い。」

 

戦術での津川への挑発。つまり、火神は津川に対して仕掛けることが最も有効で、得点しやすいということ。

そんなことも歯牙に掛けず、にやにやと笑う。

 

油断している津川。

火神はチェンジオブペースからのクロスオーバーでぶち抜く。アイソレーションによりヘルプもできない。鬱憤を晴らすかのような火神のダンクが決まる。

 

 

「まだまだ、これからですよ。楽しいのも苦しいのも。」

 

 

完璧に抜かれた津川は、それでも笑みを辞めなかった。

 

「火神~。」

 

「なんだよ。」

 

「あいつ、気持ち悪りぃな。」

 

「言うなよ。気にしないようにしてんだから。」

 

「そっか、エースも大変だ...。」

 

この緊張感のなさ、これが英雄クオリティー。

 

 

 

 

正邦の攻撃。

速いパス回し。正確に言うと、パスを受け取ってからが速い。無駄な動作を消し去り、読みづらくなっている。

誠凛DFの振られてあっさりシュートコースを空けてしまう。

 

フリーになった津川のレイアップ。なんとこ火神が防ぐが、ファールになり2スロー。

 

「(まずいぜ。つーか火神3つ目じゃん!)」

 

焦りだす日向。そこに英雄がやって来て、

 

「顔引きつってますよ~。もう少しの我慢です。」

 

「そうは言うが、これ以上離されるわけにはいかねぇだろ。」

 

「じゃあなんとかしましょう。テツ~いける?」

 

「わかりました。やってみます。」

 

なんとなく黒子に伝えてみたが、実際どこにいるのか分からなかった英雄は体をビクッとさせた。

 

 

 

 

10-18

 

 

点差が埋まらない中、英雄が動き出す。

 

 

誠凛の攻撃。

 

 

今回、センターポジションを任されているにも関わらず、ポストに入らず走り出す。

この動き自体は、開始からずっと行われてきた。岩村の目も慣れてきていたところだった。

 

黒子は伊月から来たパスを、中継する。が、パスの先は英雄の進行方向と逆。正邦は焦ってパスミスを犯したと思った。

英雄は、反転し半身で右手を伸ばす。その右手にはしっかりとボールがあった。

そのままパスの勢いのまま、切り込む。岩村は完全に逆を突かれ、マークを外されていた。ゴール下でのジャンプシュートで確実に決める。

 

 

正邦側は唖然としていた。今までと攻撃のリズムどころか質が変わった。更にキャプテンである岩村が簡単に得点を許したことはチーム全体にショックを与えた。

 

「ナイスパス!」

 

「こんな感じでいいんですか?」

 

互いの拳でコツンと合わせる。

 

「順平さ~ん。ウチのバスケ思い出しました~?」

 

そのまま日向のところにかけよる英雄。

 

「ああ悪い。少し浮き足だってたみたいだ。」

 

「い~え。こっからはお願いしますよ。」

 

「だぁほ!なめんな!」

 

あのパスこそ、英雄が提唱した『意思を繋ぐパス』である。そこにはパターンは無く、チーム全員で同じイメージを共有することでできるコミュニケーションのパス。

既に黒子を始めとする全員がそのパスを使うことができていた。

 

重点的に練習してきたが、実践投入はコレが初めてだった為、頭から抜け落ちていた。

 

しかし、遂に突破口をこじ開けた。

 

黒子を中心として息を吹き返した誠凛。

黒子がミスディレクションを利用した、スティール。

伊月→黒子のパスを英雄が割り込みドライブを仕掛ける。と、見せ掛け黒子にパス。津川がヘルプとして引っ張られ、火神のマークが甘くなる。

黒子は見逃さず、火神に勢い良くバウンドパス。流れを奪い取るかのような火神のアリウープ。

 

 

負けじと正邦の攻撃。

 

 

「っな!?」

 

岩村は驚愕した。

今、マークについている男がしていることは正邦のディフェンスだった。

 

予備動作をなくし、強烈なプレスで押しつぶすようなディフェンス。ものまねレベルではなく、正邦のベンチの人間より上手かった。

さすがに、キャプテンをやっているだけあって、違いくらいは分かる。

 

「たかだか3年くらいでマスターしたとか考えない方がいいですよ。」

 

だからこと分かる。この男の異様さに。

 

「お前は一体...。」

 

しかし、岩村は同じことをしていてもパワーで勝っていると思い、ポストに入り押さえつける。

そこに春日からのパスが来た。一層背後への力が入る。

その瞬間、英雄が脱力し岩村からの力を受け流す。たったそれだけで、岩村の重心がぶれる。

数秒ではあるが、岩村は動けない。その隙を突いて英雄が回りこみパスカット。

傍からみると、岩村が突っ立っているようにみえた。

 

「速攻!!」

 

既に前を走っている火神に向けてロングパスを出す。得意のワンハンドダンクが決まる。

 

「自慢のDFもこうなると、どうしようもないですね~。」

 

英雄が、正邦に聞こえる音量で話す。

 

「っく。DF戻りが遅いぞ!」

 

あっという間に点差が無くなり、精神的にきつくなっているのは不味いと声を張る岩村。

 

再度、正邦の攻撃。

 

春日がゆったりとした動きで、虚を突き伊月を抜いてシュートを打つ。

意識的に、岩村にパスを回すことを避けていた。そこに火神のブロックに阻まれる。

 

再び誠凛の速攻。これもまた、戻りが間に合わず、日向の3Pが決まる。

 

 

 

ビーーーー

 

 

 

第1クォーター終了。

 

21-19

 

 

 

「どーよ火神?じゃがいも君の表情がいい感じになってきたよ?」

 

「ちょっとスカッとした。けど、これからだぜ。」

 

「だよね~。そうこなくちゃねぇ。」

 

英雄と火神が遠くに見える津川の表情を眺めていた。

 

「余所見してないで話を聞きなさい!」

 

叱られ、リコに向く。

 

「パスにつられ過ぎてるわ。もっとタイトに。あともっと攻撃的に、怯んじゃダメ。」

 

 

ビーーーー

 

 

第2クォーター開始

 

 

正邦のDFが更に厳しくなる。

 

「くそ、マジで抜けねぇ。でも、」

 

火神は津川の股下にパスを通し、黒子がそのパスを直ぐに火神に返す。

津川を抜いたが、岩村が素早くヘルプに来ていた。

 

火神・黒子コンビプレーは、怯まず連携で岩村をも抜き去り得点を追加する。

 

全国レベルのDFを突破し、勢いに乗ろうとする誠凛。

しかし、

 

「はあ..はあはあ..。」

 

火神の様子が変わる。汗の量が尋常ではなくなっている。呼吸も荒い。

そんな様子をみて、津川は更ににやついていた。

 

 

試合が進み、津川のDFが弱まった。

火神はチャンスだと思い、ドライブを仕掛ける。

 

 

ピーーー

 

 

「オフェンスファール。白10番。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

『4つ目だ。!』

『誠凛がファールトラブル。』

 

試合の急展開に観客が騒ぎ出す。

 

 

「あっちゃぁ、何やってんスか...。」

 

黄瀬も額に手をあて、ため息をつく。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

誠凛は即座に交代を申請。

それを見た火神は抗議する。

 

「ちょっと待ってください!もうファールしなきゃいいんだろ!?...です。」

 

「ちょうどいいわ。どっちにしろ、お前ら2人は前半までって決めてたし。」

 

日向は、火神・黒子に緑間要する秀徳に勝つ為、2人を温存することを決めていた。

 

「だからって、そんな...」

「博打だってことは分かってる。でも、決勝リーグに行く可能性が高い。」

 

日向は説得するが、火神も引かない。

 

「例え消耗していてもなんとかしてみますよ!だから!」

 

「火神うるさい。」

 

傍観していた英雄が口を出す。

 

「自己管理もできないやつに、順平さんの決定に口出すな。それに博打ってあんまりじゃないですか?俺、6割勝てるって言ってんじゃないですか。」

 

「火神君従いましょう。そして、先輩を信じましょう。」

 

「....。分かった。」

 

 

 

『メンバーチェンジです。』

 

 

 

火神OUT   水戸部IN

黒子OUT   小金井IN

 

 

 

「水戸部さん、よろしくお願いします。」

 

「...(こく)」

 

「小金井さんも、こっから走り合いに持ち込むので。」

 

「おお、まかせろ。英雄も頼むぜ。」

 

「じゃあ予定より少し速いが、

 

日向からシステム及び作戦の変更を伝えられる。

 

ウチがインサイドを支配する。」

 



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壁の取り払い方

誠凛はDFを1-3-1ゾーンに変更。

 

 

対して、正邦は無駄のなく早いパスでゴールを狙う。

 

 

 

 

「俊さん!無理に獲りにいかないで。コースをしっかり切って!ロングシュートを必ずチェックして下さい。」

 

「おう!。」

 

「順平さんはじゃがいも君のパスの受け際を逃がさないで下さい。1人だけテンポが遅いので、ねらい目です。」

 

「おっしゃ!つかじゃがいもってあいつでいいのか?」

 

「小金井さんは、とにかく走り負けないで下さい。速攻時には必ず前にいて下さい。」

 

「おっけ!」

 

「水戸部さんは俺とインサイドを支配します。このDFが正邦のDFを破る鍵になります。しんどい役目ですがお願いします。」

 

「...(こく)。」

 

「あくまでもゾーンなので、出過ぎないようにお願いします。来ますよ!」

 

 

 

 

あえて、津川へのDFを弱めてパスコースを空ける。その分他のパスコースはチェックをしっかりしている。

正邦は堪らず、津川にパスを出す。日向は一気に詰め、パスカット。

その瞬間、正凛が走り出す。

 

「速攻!」

 

日向の前には既に小金井が走っている。正邦は間に合わず、簡単に得点を許す。

 

再び、正邦の攻撃。

またも津川のみ、DFが緩くなっている。これにはさすがの津川も表情を歪める。

誠凛は既に、正邦の動きの癖を見抜いている。津川が絡む場合、テンポが僅かだが遅くなっているところを集中して狙っている。

ならばと、正邦は春日・岩村で仕掛ける。古武術を抜きに考えても勝算はあった。

しかし、なかなか春日が切り込めない。マンツーと違い、1対1にはならない。パスをするが、どうにもゴールに近寄れない。

 

「いいから持ってこい!」

 

岩村が叫ぶ。残り時間を気にしながら、高めのパスを出す。誠凛のインサイド陣との身長差は無いが、フィジカルで勝てると踏んだのだった。

が、伊月がコースを削ってきた為、中途半端なパスになった。英雄にはそれで十分だった。

伊月にコースを限定されてパスなど、実に読みやすい。などと言わんばかりのインターセプト。

 

小金井はそれを確認した後、直ぐに走り出す。先程と同じ状況となり、レイアップで得点。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「黒子っち達が下がってどうなるかと思ったんですけど。あっという間に主導権を奪ってるっスね。」

 

観戦に来ていた黄瀬は感心していた。

 

「ああ。こんな風に正邦のDFを封じるとはな。実際、正邦のDFを破ったわけじゃねえ。極端なトランジションゲームに持ち込み、DFが戻る前にシュートを決めているだけだ。」

 

冷静に誠凛の作戦を読む笠松。

 

「それはわかるっスけど。ここまで、あっさり嵌るもんスか?」

 

正邦は全国レベルである。いくら何でも、そんな単純なことで劣勢になると考えにくい。

 

「いや、正邦の弱点を正確についている。そもそも正邦は絶対的エースがいない、レベルの高いパスワークと無駄のない動きで勝つ。そんなチームオフェンス中心のチームだ。対して誠凛のゾーンDF、有効なパスをポストに入れさせねえ。正邦のインサイドの威力が半減してる。外から打つしかなくなるが正邦にそこまでのシューターはいねえ。」

 

笠松も誠凛のゲームプランに感心する。

 

「達人もこうなっちゃあ、形無しっスね...。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

第2クォーター終了

 

 

54-31

 

 

正邦は窮地に追いやられていた。

後半に何かを仕掛けなければ、そのまま敗北してしまう。だが、攻めようにもターンオーバーからの速攻が脳裏にチラつき、攻め手を欠いている。

しかし、それでも名門。岩村は決断する。

 

「全員聞け!この試合を予選などと思うな!インハイの準決勝ぐらいのつもりでいけ!。」

 

 

 

 

 

 

「や~や~、火神にテツ君。実に暇そうだね。休めているかい?」

 

「そうですね。少し退屈です。」

 

「暇すぎる。」

 

得点差がほぼ安全圏に入り、余裕が見える3人。

 

「あんたたち~、いくら点差ができたからって油断すんじゃないわよ?」

 

リコに白い目で見られた。

 

「恐らく、正邦は何かしら仕掛けてくるはず...。それでも決して引いちゃ駄目。そのまま勝利を掴みとるの!」

 

「「「おう!!」」」

 

 

 

ビーーーー

 

 

 

第3クォーター開始

 

開始早々、ボールを奪った正邦が先制。

 

「あ。」

 

「こら英雄!油断すんなつったでしょ!」

 

リコは大声で怒り出す。

 

「分かってるから!名指しは止めて!ハズいから!」

 

そんなやりとりを無視し、小金井が再開しようとすると。

 

「DF!いくぞ!!」

 

正邦がオールコートプレスを仕掛けてきた。

 

「っく!」

 

王者相手に20点差をつけたという事実により、気が緩んでしまった誠凛メンバー。

虚を突かれ、焦ってパスを出す。しかし、甘いパスを許してはくれない。

即座にパスカットされてしまい、連続得点される。

それにリズムを掴んだのか、一層圧力が増した正邦。

 

「気を抜くな!一気に点差を詰めるぞ!」

 

浮かれず、全体に指示を飛ばす岩村はさすがだ。

正邦のオールコートが奏し、そのまま6点追加した。

 

「伊達に王者名乗ってないってか!」

 

日向は険しい表情になり、パスコースを探す。

 

「順平さん、『風林火山』っすよ!」

 

「なるほどって、どれだよ!?林か!山か!?英雄頼む!」

 

走って近寄る英雄にパスする。

 

「うぃ~す。」

 

向かってくるボールを、自分の股下を通すように弾く。マークに付いていた岩村の股も抜く。

岩村は一瞬ボールに目を移した。英雄はその一瞬を逃さず、岩村を置いていく。

すかさず津川のヘルプ。英雄はボールをキープし、ダックインで津川の構えているところより低く飛び込む。

もはや、油断もしていない津川は必死で食らい付く。

 

「(!?。ボールは?どこだ!?)」

 

ボールが英雄の手元から無くなっていた。直ぐに見回すとループ状に浮かんでいたボールを伊月がキャッチしていた。

英雄も津川が目を離した隙に移動する。

 

「水戸部!!」

 

伊月から水戸部へパスが渡る。既に、ポストアップいた水戸部はシュートモーションに入る。

同時にカバーリングでマークが変わった岩村も飛ぶ。

 

「(このフォームは...。こいつフックシューターか?!」

 

通常のブロックでは止められず、誠凛の第3クォーター初得点。

 

「水戸部さん。ナイスです!」

 

パァン!

 

水戸部が微笑みながら、ハイタッチを受ける。

 

 

 

 

そこからは、誠凛得意ラン&ガンに持ち込んだ。

正邦の動きをほぼ見切り、ゾーンDFで失点を最小限に抑えた。

失点しても、速攻で取り返し点差を縮めさせない。

正邦は、オールコートプレスにより体力が奪われていく。勝負所をなんとか凌いだ誠凛は止まらない。

内から外、外から内と切り替えながら見ている者全てに、OF力の高さを見せ付けた。

 

そして...

 

 

「順平さん!ラスト、頼みます!」

 

「おお!」

 

ポストアップした英雄からのパスが日向に渡る。

日向が3Pを放つ。

 

 

 

スパッ

 

 

ビーーーーーー

 

 

 

誠凛 104-48 正邦

 

 

 

「「「「よっしゃあ!」」」」

 

 

 

観客が沸き。ベンチからメンバーが飛び出し、勝鬨をあげる。

 

「......。」

 

リコも嬉しさあまり、声にならない。

 

「みんな...おめでとう...。」

 

この1年が報われて、涙が溢れ出しそうになる。

 

「お嬢さん...よかったら私の胸でよければ貸しましょうか?」

 

英雄が執事の様に、手を胸に当て頭を下げる。

 

「グスッ...馬鹿、調子に乗るんじゃないの...。」

 

少し笑いながら、スパンと英雄の頭を叩く。

 

「そうそう、やっぱり笑ってた方がこっちも嬉しいねぇ。」

 

「英雄...ありがと。」

 

「いえいえ~。」

 

他のメンバーがベンチに戻ってきた。

 

「ん?どうかしたのか?」

 

日向がリコの様子に気づく。

 

「あ順平さん。なんかリコが感動して泣きそうになってたので。」

 

「そうか。でも、喜ぶのは次に勝ってからだ。」

 

「...うん。」

 

「そだよ。これくらいで、泣いてたら全国優勝したらどうなんの??発狂すんのか?それはそれで見て見たいかも...。」

 

「...黙れ。」

 

「はい!申し訳ございません!!」

 

 

 

 

「あっちも終わったようだな。」

 

伊月が反対のコートに目を向ける。

秀徳高校が圧勝していた。風格を持ち、堂々とコートを去っていった。

 

 

 

 

 

「体冷えないようにすぐ上着着て!あとストレッチは入念に。疲労回復にアミノ酸とカロリーチャージを忘れずに。順番にマッサージしていくからバッシュ脱いでて。」

 

控え室に戻ったが、秀徳戦に向けてリコの仕事が始まった。

 

「あれっ火神は?」

 

「スー...スー...。」

 

火神は腕を組み、眠っていた。

 

「ちょっと寝たら体固まっちゃうでしょうが。」

 

リコは起こそうとする。

 

「まあほっとけよ。途中交代をこいつなりに責任感じてんじゃねーの。それに、力を貯めているように見えるしな。」

 

日向がリコを止める。

 

「そうね...って!英雄!なに食べてんの!?」

 

「何って?...(もぐもぐ)おにぎり以外に見える?ちなみに具は、昆布と梅とシーチキン。」

 

「何考えてんの!試合中吐くわよ!」

 

「大丈夫!炭酸抜きのコーラ飲んどくから♪」

 

「ばっかたれー!」

 

リコの声は控え室の外にも響いたとか...

 

 

 

「そういや、リコ姉?」

 

「なによ?」

 

「あの約束どうしよっか♪」

 

「げ。」

 

「そのリアクションはどうなのよ?そうだね、折角だから今すぐしてよ。」

 

「ここここんなところでできる訳ないでしょ!ああああ後にしなさい。」

 

完全にうろたえまくるリコ。

 

「あ~嘘つくんだ...。(ちら)テンション落ちるなぁ。(ちら)結構頑張ったと思うんだけどなぁ。(ちらちら)」

 

「あーもう!わかったわよ!こっち来なさい。」

 

「待ってました~。俊さんコレで写真撮ってください。」

 

「いいのか?おやっさんに見つかったら殺されるぞ。」

 

「問題なしっす。むしろ宿命?おっさんのとどめを刺すのは譲りませんよ。」

 

「ああ、よくわからんがわかった。」

 

「はい、おまた。」

 

英雄は膝を突き、リコが近寄る。

メンバーがそれを見守る。

 

.........。

............。

................。

 

 

「.......できるかー!」

 

 

バチィン!!

 

 

「...リコ姉、ベタ過ぎるのはどうなのよ?」

 

英雄の顔面に赤く手あとが付いていた。

 

「うるさい!今は試合に集中すんの!」

 

半ば、やけくそになり大声を出していた。

 

「英雄こんな写真しか撮れなんだ。」

 

まさに、現在の英雄の顔と顔を真っ赤にしたリコが写っていた。

 

「まあ面白いからOKです。ありがとうございました。腹ごなしに散歩してくるよ。」

 

英雄は携帯電話を受け取り外へ出ていった。

 

 

 

 

 

「...ちぇっ。報われないねぇ。ま、これもアリか。」

 

誰にも聞こえないように、呟いていた。



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しんどい決勝戦

「火神君時間です。」

 

インターハイ予選・予選トーナメント決勝

試合10分前。

 

 

 

「はー疲れたぁ。だって2試合目だぜ。しかも、どっちも王者だし。でも、やっと節目...、ぶっ倒れるまで全部出し切れ!」

「「「おう!!」」」

 

円陣を解き、コートに入る。

 

「まさか本当に決勝までたどり着くとは思わなかったのだよ。だがここまでだ」

 

整列前に、緑間が黒子に話しかける。

 

「負けません、絶対に。」

 

黒子が静かに闘志を燃やす。

 

 

 

 

誠凛スターター

 

PG 伊月

SG 日向

SF 黒子

PF 火神

C 水戸部

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

「王者・秀徳と新鋭・誠凛、果たして40分後、勝利を手にするのはどっちか。」

 

観戦に来ていた海常・笠松が整列する両チームを見下ろす。

 

「それはいいんスけど...誠凛のスタメン大丈夫なんスか?」

 

同行していた黄瀬が頬に肘を当てて不満な声を出す。

 

「さあな、だが考えなしにとは思えねぇ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ティップオフ前に火神と緑間が睨み合っている。周りも火神の昂ぶりにあてられているようだ。

 

「ホント火神は見てて飽きないねぇ。」

 

ベンチの英雄が嬉しそうにニヤついている。

 

「カントク、ホントに英雄いなくて大丈夫なのか?」

 

横に座っている小金井が不安気にしている。

 

「博打ってのも分かってるわ。今は皆を信じましょう。」

 

リコも少し不安気な表情を浮かべる。

 

 

 

 

ティップオフ。

 

ボールは誠凛へ。速攻を仕掛けようとするが、

 

「っく、戻りが速い!」

 

流石の王者、状況判断も優れている。

誠凛は主導権を奪う為、黒子を使った奇襲を仕掛ける。

パスは跳んでいた火神に渡り、そのままダンクを狙う。

 

 

パァン!

 

 

緑間のブロックが炸裂する。

 

「ナイス真ちゃん!」

 

秀徳・高尾がルーズを奪取し、速攻。

伊月が足を止めようとするが、木村にパスを出す。

木村のレイアップを日向が必死のブロック。シュートはコースを外れて落ちる。

試合はそのまま均衡状態へと入った。

 

 

互いが波に乗れないまま、2分が経つ。

秀徳の速攻。高尾がボールをリードする。主導権を渡したくない為、伊月が抜かれないDFで時間を稼ぐ。

が、高尾のノールックパスが後方にいた緑間へ渡る。膠着状態において、先制点の価値は多大だ。確実性を求める場面で当然のようにシュートモーションに移っている。

 

そこは3Pラインの外。普通の神経では考えにくい。

 

そんな思惑の中、そのシュートは高く放物線を描きながらリングに向かい

 

 

ザッッシュ

 

 

決まる。

 

 

 

『うおおお!決まった!』

『先制は秀徳だ!』

 

 

今まで沈黙していた観客は一気に沸く。

誠凛・日向らは、先制点を緑間によって奪われショックを隠しきれない。

シュートを外すつもりも無い緑間は、悠々と自陣に戻っていた。

けれど、勘単に終わるつもりも無い。

緑間が振り向いた瞬間。

 

 

ヒュン!

 

 

ボールが緑間の顔付近を通過し、走り込んでいた火神に渡る。

 

 

ガシャン!

 

 

ダンクが決まり、流れを押し戻す。

 

「黒子...。」

 

「すいません。そう簡単に第1クォーター取られると困ります。」

 

 

 

「なんなんだよあれ?」

「コートの端から端までぶった切ったぞ。」

 

観客どころかベンチのメンバーも先程の黒子のパスに驚いていた。

 

「へぇ~なるほどねぇ。」

 

「英雄、知ってたって顔ね?知ってたならはよ言えや!」

 

「ちょ...ま!聞いてただけ!見るのは初!嘘じゃない。一応『言わなくていいの?』って聞いたら『特に聞かれていないので』って。」

 

「あいつは~...。」

 

上手く責任をなすりつけた英雄はほっと息をつき、リコはコートの黒子を睨む。

 

 

 

秀徳の攻撃。

 

緑間にボールが渡り、1度ゴールを見る。シュートを狙おうかというときに、黒子が視界にチラつく。

 

「っく。」

 

シュートを止めてパスを出す。先程の回転式長距離パスが脳裏をかすめて踏みとどまる。

しかし、王者は王者。すぐに切り替えて、インサイドにいる大坪にパスが渡る。

緑間を警戒していた為、大坪のチェックが疎かになっていた。当然シュートは止められない。

 

攻撃的な誠凛も失点を得点で挽回する為、速攻。

黒子の中継パスで得点。

 

 

 

「おーい。高尾・木村、マークチェンジ。」

 

秀徳の監督・中谷の指示。

 

「(どうゆうこと。急に直接的なものになったわね...)」

 

リコも秀徳の狙いを読もうとする。

 

「おいリコ姉。あの10番持ってるよ。いい目をね。」

 

「...!まさか」

 

英雄の一言でリコが驚愕する。

 

 

 

伊月→日向を黒子が中継する。

 

「てぇ!!」

 

高尾が黒子のパスを叩き落す。奪ったボールをそのまま速攻で得点。

高尾は英雄の言うとおりもっていた。伊月のイーグルアイの同質にして上位の視野の広さを持つ『ホークアイ』を。

 

「まじかよ。それじゃあ黒子のミスディレクションが聞かない!?」

 

「...!!」

 

今までになかった状況に驚く誠凛。それは黒子も同様だった。

 

 

 

誠凛はなんとか落ち着こうとタイムアウトを使う。

 

「(結構ピンチ...よね。)英雄、準備して!」

 

「う~ん。そうだねぇ」

 

英雄は、ちらりと黒子を見る。

 

「まさかお前、このままやられっぱなしな訳ないよな?」

 

火神が黒子の頭を鷲掴みにする。

 

「まあ、ちょっといやです。」

 

黒子は、やりこまれていることが、鷲掴みにされていることなのかは分からないが嫌そうな顔をする。

 

「よく言った!カントク、このままやらせてくれ。」

 

「だってよ?リコ姉?」

 

英雄は満足気な顔で、リコに顔を向ける。

 

「え?高尾君には効かないんでしょ?大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないです。困りました。」

 

「うん。そう。っておい!どーすんだ!?」

 

 

 

ビーーーー

 

 

 

無常にもタイムアウト終了のブザーが鳴る。

 

 

心機一転で再開しようにも、あっという間にパスカットされて速攻をくらう。

この試合は本日2試合目の為、スタミナの消費も激しい。

 

 

 

「なんかもう息切れ始まってないすか?」

「まだ第1クォーターですよ?」

 

1年の福田・降旗が不安を表す。

 

「大丈夫よ。確かにこの試合は、火神君と黒子君にかかってるわ。でも...。」

 

「まあまあ、黙って見てなって。俺らの先輩は結構すげーよ?この間も『立花』が逝ってたし。」

 

「『立花』?」

 

 

 

「秀徳がなんぼのもんじゃい!」

 

クラッチタイムに入った日向が3Pを決める。

 

そして、秀徳の攻撃。

速いパスを繋ぎ、得点を狙う。坪井からのパス。黒子がミスディレクションを利用しスティールする。

ボールをダイレクトで日向に送ろうとするが、またしても高尾に阻まれる。

そのままボールが緑間に渡る。

 

「こっちは本気なのだよ。もっと本気で守れ。それに....。俺のシュートレンジはそんなに前じゃないのだよ。」

 

緑間がシュートモーションに入る。

 

「(まさか!センターラインから!?」

 

虚を突かれ、ブロックすらできない。ノーマークのシュートは高く上がり、リングを通過する。

 

「そもそも俺のシュートは3点、お前達は2点、何もしなくても差は開くだけなのだよ。」

 

緑間は直ぐに自陣のエンドライン際まで戻る。

 

 

そのシュートを目の当たりにして、火神に火が付いた。

ボールを持った火神は、バックステップで3Pラインの外に出てシュートを打つ。

 

「何!?」

「あいつ外からのシュートは苦手じゃ!」

 

今までのデータにないOFに驚く秀徳。火神は着地後、ゴール下まで走る。

 

「入ればそれでよし!入らなきゃ自分で押し込むまでだ!」

 

リングに弾かれたボールをそのままリングにぶち込む火神。

これ以上、点差をつけたくない誠凛は少し安堵した。

第1クォーター終了まで残り数秒。当然、最後に得点しようと迫ってくると考えていた。

が、何も無い。ただ緑間がエンドライン際で構えていた。

 

「(おい!そこから何mあると...!」

「嘘だろ...!」

 

凶悪なシュートは放たれ、誰もが見上げる中、静かに決まった。

 

 

誠凛 13-19 秀徳

 

 

 

「冗談きついぜ....キセキの世代。」

「あんなんどうやって止める?」

 

誠凛の空気は重い。第1クォーターは秀徳に獲られた。緑間への対抗手段を模索している。

 

「暗い!暗すぎる!!まだ第1クォーター終わったばっかだよ?なにこれ?」

 

「うるせえ。黒子が通じず、緑間の3P、これらを打破しなきゃ勝利はないんだよ。」

 

「いやいや折角、緑間君が底を見せてくれたんだからいいんじゃないすか?後半にあれ出されたら手遅れになってたかも...。」

 

メンバーの雰囲気を無視し話を続ける英雄。

 

「リコ姉、いいよ。次から出る。もう大体わかってきたし。」

 

「なんか考えがあるのね。」

 

「とりあえず...すまん!火神!緑間のマークちょうだい!」

 

「はぁ!!なんでだよ!?」

 

「お前のモチベーションがどこに向かってんのか分かってるけど、お願い!DFだけ!ちょっとでいいから!」

 

「海常の時と同じことをするのね。」

 

「そゆこと~。」

 

「それで行きましょ。火神君、不満なのは分かるけど頼むわ。大坪君をお願い。」

 

「くそ。わかったよ!...です。」

 

火神は納得していないが、勝利の為に従った。

 

「ありがと火神。プレーしながらでいいから、緑間を観察しといて。いつでもマークを戻せるように。俺はあくまでも平面しかないから、直接シュートを止めらるのはお前しかいない。」

 

「そうゆうことか...。」

 

「で、テツに関してなんだけど....。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

「遂に出てきたっスね~。」

 

黄瀬が嬉しそうに笑う。理由は分からないがスタメンから外れていた男を見ながら。自分と同じキセキの世代を相手にどこまでやるのか、何をするのか、興味が尽きない。

 

「対策ありってところだろ。」

 

笠松は誠凛の対策を読もうとする。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「あれっ?あいつ確か正座してた...誰だっけ?」

 

高尾は交代した英雄を見るが名前を覚えていない。

 

「別に誰だろうが変わらんのだよ。」

 

緑間は興味なさそうにコートに向かう。

 

「彼が例の....。うーん、どうしよっかぁ。」

 

中谷は旧友から、英雄のことを聞いていた。

曰く、『誠凛にトンデモ野郎が入ったぜ。油断してると飲まれるかもよ?』

相田景虎ほどの男が、評価する人物。ただ、情報が少ないし、緑間程じゃないとふんだ。

 

 

 

ティップオフ前

センターサークルに集まり、ボールを上がるのを待つ。

 

「あ、マーク変わったからよろしくねぇ~。俺も1年だから。」

 

英雄が緑間に話しかける。

 

「うるさい黙れ。」

 

緑間は一蹴する。

 

「その眼鏡って特注?ゴーグルにしないの?」

 

こりない英雄。

 

「当たり前だ。全てに対して妥協しないからこそ、人事を尽くすということなのだよ。」

 

「結局話しに付き合ってくれんのね。何気にいい奴なのね。」

 

「ああ~、真ちゃんツンデレだから。」

 

「嘘をつくな、高尾。」

 

「ちょっとこのキャラうらやましい。」

 

「でしょ。」

 

「キミもなかなか、後でアドレス教えてよ。」

 

「お前も変わってんなぁ。まあいいけど。」

 

英雄と高尾の友情度1上がった。

 

「「何してんだ!?」」

 

両チームのキャプテンから突っ込まれた。

 

 

 

 

開始早々ボールをキープした秀徳。早速、緑間に渡り黒子が黄瀬に使用したバックチップを狙う。

がしかし、高尾がスクリーンで妨害する。なし崩しに火神と緑間が1 ON 1になり、緑間が火神を振り切りあっさり3Pを決める。

 

誠凛は焦り黒子にボールを回すが、やはり高尾に防がれる。

すぐさま緑間の3P。

 

 

13-24

 

 

「これって、ホントきっついねぇ。」

 

それでも英雄は笑っていた。

 

「こんなときまで、へらへらしてんじゃねぇよ!」

 

そんな英雄に腹を立てる火神。

 

「だから落ち着けって。俺とお前で止めるんだ。フォローは任せたよ。テツ合わせろ!」

 

 

 

誠凛は自陣に戻り、攻撃する。

今までと同じように、黒子にパスを出す。高尾はマークを外していない。今まで通りスティールを狙う。

黒子にパスが渡った瞬間、高尾が戸惑う。

 

「(ボールがこねえ!)」

 

良く見ると黒子がボールをスルーし英雄がキープ、高尾の横を抜き去る。黒子はパスのモーションをしていた為、そのタイミングにつられてしまった。

英雄のマークの坪井は、インサイドががら空きになるにも関わらず、英雄が外まで走った為、振り切られていた。

ノーマークの英雄はミドルレンジからのシュートを決める。

 

第2クォーター、緑間で点を取ると決めていた秀徳は、緑間にパスしようとする。

エンドラインから木村は緑間を見ると...。

英雄がマークについていた。

 

「さて、根競べをしよーか?俺、我慢強いよ?」

 

黄瀬すらも苦しめた、フェイスガードが緑間に迫る。

 

 

 

緑間にボールを集める、という作戦を変更せざるを得ない秀徳。

 

「そーきたか。あいつ結構やるねぇ。(とは言ったものの、あんなチェックじゃ並みのパスじゃ通らねぇ。大坪さんに切り替えるしか...。)」

 

高尾は緑間から、大坪のインサイドを選択した。

ドリブルからパスを繋ぐ、誠凛も必死に守る。高尾はふと緑間の姿を探す。

そこには、ハーフラインを超えてすらいない緑間がいた。

 

「何!?」

 

緑間は振り切ろうと、英雄は指1本動くことを妨害する。この場面で、緑間は封じられた。パスをするとバイオレーションになる。大坪がシュートを狙い跳ぶ。

火神のブロックが炸裂し、誠凛のカウンター。

緑間をマークしていた英雄にパスが渡る。英雄がオールコートでマークに着く限り、誠凛の速攻は緑間以外には防げない。

 

「ふん。だからといって、俺を簡単に抜けると思うな。」

 

それでもキセキの世代の緑間真太郎、並のプレーじゃ抜けない。

英雄はダックインで緑間の足元低く突っ込む。それでも、緑間は降り抜けない。

 

「ほんじゃま、こんなのはどう?」

 

英雄は進行方向とは違う方向へ、ボールを放った。緑間がボールに目を移した隙を狙い、マークを外す。

緑間は目を疑った。バウンドしたボールがコースを鋭角に変えて英雄の手元に戻っていく。なにかに操られているように。

フリーになった英雄のレイアップが決まる。

着地した英雄は直ぐに、緑間の下にやってくる。

 

「貴様...。」

 

「だから根競べって言ったでしょ?シュートなんか防がなくてもいいってこと。どっちが先に潰れるか...。」

 

「いいだろう。俺がお前に現実を教えてやる。」

 

 

キセキの世代・緑間とファンタジスタ・英雄がぶつかる。




最近、更新が遅れ気味で申し訳ありません。
『立花』は戦国武将の立花道雪のことです。


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決勝・中盤戦

更新が遅くなりまして、申し訳ございません。
私事ではありますが、時間的余裕がありませんでした。
以前のような更新スピードを維持できないかもしれませんが、なんとか踏ん張ってまいります。


ーーーーーーーーーーー

 

「何なんだ!あれは、パスの軌道が変わった?」

 

笠松は立ち上がり、英雄を見る。

 

「黒子っち、じゃない。あのタイミングはありえない。じゃあ...。」

 

黄瀬も今のプレーについて推理する。

 

「ああ、補照がやったことなんだろうな。黄瀬、アレできるか?」

 

「1度見ただけじゃわかんないっス。ただ、完璧にコピーとなると簡単じゃないっス。」

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

秀徳の攻撃は決め手を欠いていた。緑間が使えない以上、インサイドの1択になる。そうであれば誠凛側は守りやすく、楽に得点できない。

まさか、キセキの世代を止める人物が、同じキセキの世代以外にいるとは思いもしなかった。

緑間もマークを振りほどこうとするが、ハーフラインを超えるのもひと苦労。

そこで高尾は、英雄に対してスクリーンを行い、緑間をノーマークさせようとする。

緑間に追いつこうとも、直線距離は使えない。

 

「火神ぃ。頼む!」

 

英雄が声を上げる。火神は緑間へパスが出されたの見計らい、緑間へ詰める。

緑間はボールを受け取るとシュートモーションに移る。ブロックされるなど、はなから考えていない。打てば入る。

火神は緑間に合わせて高く跳ぶ。

 

「うぉおおおおおお!!!」

 

 

ビッ

 

 

微かに火神の指先が放たれたボールに触れる。

 

「なんだと!?」

 

緑間はその様子に驚き、ボールの放物線を目で追う。

ボールはリングに弾かれ、リバウンドを制した大坪が押し込む。

 

「げげ。火神マジごめん。」

 

「気にすんな、決められたとはいえあくまで2点だ。それにみんなで戦うんだろ?」

 

「さっすが!エースの言うことはかっこいいねぇ~。」

 

「言ってろ!」

 

「...後ろをしっかり守ってもらってるからね。ギアもっと上げていこうか。」

 

 

 

誠凛のセットオフェンス。ここは確実に決めたい。

それを秀徳が許さない。

また、数秒だけ黒子がノーマークになる。しかし、数秒高尾が追従する。

英雄が黒子に近寄り、パスをもらいに行く。今度は大坪も英雄を追い、マークは外さない。

密集地帯が生まれ、黒子はスクリーンとしてし、高尾のマークを完全に外した。

 

黒子→火神ラインにパスが通り、火神のダンク。

 

「くっそやられた...!」

 

高尾は悔しそうに、顔を顰める。

英雄も足を休めず、緑間のマークへ。

 

「お前、星座は?」

 

緑間が英雄を睨む。

 

「サソリだよ。ブスっと刺して欲しい?」

 

「今日の6位程度の運勢で、1位の俺に逆らうな。」

 

「ああ、『人事を尽くして天命を待つ』ってやつ?」

 

「さすがにそれくらいは知っているか...。」

 

「俺、それあんま好きくないから。火神風に言うと『天命待つ時間あったら、最後まで足掻くんだよ!』」

 

「...お前も正真正銘、本物の馬鹿なのだよ。」

 

「馬鹿を馬鹿にすんなよ?」

 

「フン!日本語がおかしいのだよ。」

 

「馬鹿に常識は通用しないからね。」

 

他の8人が攻防をしている中、2人は静かに競い合っていた。切り替えし、先回り、フェイント、密着、素人目には決して分かりにくいが、玄人目には唸らせる動き。

火神を含め誠凛メンバーはプレーに集中するが、英雄と緑間を見て何かを感じていた。

そして英雄自身にも変化が訪れていた。緑間との1 ON 1は素人目には分からないほど、ギリギリの攻防である。キセキの世代は伊達じゃない。

気を抜くと、マークを振り切られる。要所要所で仕掛けてくる、高尾のスクリーンも警戒しなければならない。

速攻時には1番ゴールに近くなる為、そのまま緑間と攻守交替する。英雄はスピンボールを小出ししながら、得点・アシストを重ねた。

ただ、ひたすら緑間の足元に向かってダックインを続けていた。同じことを繰り返しているので、緑間に何度か止められていた。

 

 

 

そこから、攻防を繰り返す。緑間が攻撃不参加といえども、やはり王者。簡単には差を縮めさせない。

火神がいるとはいえ、秀徳のOFを防ぎきることは難しい。屈指のセンター大坪がいるのだ。大坪を中心にしたインサイドは強力。

トーナメント決勝の割りに実に地味な戦いだった。

 

 

第2クォーター終了。

 

 

35-41

 

 

ハーフタイム。英雄の活躍で、誠凛は必要以上に離されずにすんでいた。

ここから、手を打たなければ逆転は難しい。実際黒子は、英雄との連携以外では高尾に妨害されていた。日向・伊月も体力に余裕はない。

元々秀徳は強力なインサイドを誇るチーム。自力では上。火神・英雄の奮闘でここまで来たものの、負担は少なくない。なんとかしなければいけない。

 

「黒子君を1度引っ込めるわよ。水戸部君を投入して、インサイドを厚くする。火神君と英雄のマーク交代。火神君は緑間君を頼むわ。英雄はインサイドを立て直して。」

 

「了解~。火神、『超ロング3P』はそこまで打てないと思うけど、油断しないようにね。水戸部さん!俺との連携DFで秀徳をギャフンと言わせてやりましょ~。」

 

「見てろ!ぶっ倒す!」

 

「....。(コク)」

 

「ん、OK。そういう訳だから、また黒子君を投入した時が勝負よ。集中を切らさないで対策を考えて黒子君。」

 

「わかりました。」

 

 

 

 

もはや、余裕どころではない秀徳ベンチ。

 

「大丈夫かよ。真ちゃん。」

 

「問題ないのだよ。パスを回せ高尾。」

 

「マジ?どう考えても無理でしょ?15番のマーク外してから言ってよ。」

 

「ふん。なんてことはないのだよ。」

 

「汗半端ないぜ?」

 

汗ダクダクの緑間。

 

「監督どうします?緑間を1度下げますか?」

 

大坪が提案する。

 

「うーん。どうしよっか。」

 

「監督、大丈夫ですまだいけます。」

 

「あの超ロング3P、あと何発打てる?」

 

「...ハーフコートまでのなら問題ありません。」

 

今思えば、執拗なダックインは体力消耗を狙っていたのかと唇を噛む。

つまり、必要以上に疲労した膝では超ロング3Pを打つタメがしにくくなる。

 

「よし。他の4人で、緑間をバックアップしろ。」

 

 

 

 

 

第3クォーター開始直前

 

 

黒子 OUT  水戸部 IN

 

 

 

 

誠凛はDFをトライアングルツーに変更。火神は緑間の、伊月は高尾のマーク。インサイドは日向・水戸部・英雄の3人。

伊月はあくまで、火神が緑間に対し集中できるように高尾を制限することが目的。

秀徳インサイド陣は、表情を強張らせる。あえて1人ゾーンから外したという意味、すなわち『3人で問題ない』ということ。

 

第3クォーターが開始され、DFで先手をとった誠凛。だが、秀徳もチャンスと見て緑間にボールを集める。

緑間の自陣からの超ロング3Pは控えて、ハーフコート内でのシュートをメインとした。

ボールは英雄のマーク時と違い、比較的容易にパスが渡る。緑間は数秒だけ火神のマークを外し、シュートモーションに入る。3Pラインより1m離れた場所、NBAライン。

ゴールから近く、タメもほとんどいらない。火神のブロックをかわしながら、ボールはリングを通過する。

 

「お前、ふざけているのか?」

 

緑間も同様に英雄を睨みつけていた。先程まで、OFになかなか関わらせてもらえないほどのDFを見せた男が、一転して野放しにしたのだ。

口にはしないが、実力を認めた男に放置されるのは癪なのだ。

 

「何が?...ああそゆこと。言っとくけど、ウチのエースを舐めない方がいいよ。」

 

睨まれた英雄は直ぐに察し、笑いかける。

 

「ふん。後で後悔しても遅いのだよ。」

 

一瞥し緑間は去っていく。

 

「やっべ、楽しくなってきた。エリート面だけかと思ったら、あんな顔もできんじゃん。」

 

 

 

 

秀徳は、DFの変更はしなかった。高尾が伊月、木村が水戸部をマーク。

誠凛は、英雄をハイ、水戸部がローとポストアップの連携をしかける。大坪はゴール下から引きずり出された。

水戸部のスクリーンで火神がマークを外す。同じタイミングで伊月から英雄にパスが入る。

 

「しまった!!」

 

大坪は火神へスイッチを行おうとしていた為、急いで英雄のマークに戻る。

英雄に急接近した大坪の頭上を超えて、火神にボールが向かっていた。

 

「な!!?」

 

英雄はボールを両手でキャッチし、そのまま背面の方向に放り投げたのだ。火神が走りこんでいたタイミングに合わせた。

火神のダンクが決まる。

 

「火神~ナイス!すまんね、走らせてばっかで。」

 

「かまわねえよ。もっと回して来い!」

 

「現金なやつ...。ま、いいかぁ。突っ走るのもいいけど、パスの声をしっかり聞いてくれよ?」

 

なんだかんだでいいコンビ?なのだろうか?

 

 

 

 

一方、秀徳は認識した。誠凛のインサイドは決して侮ってかかれば、返り討ちにあうレベルのものだということを。

確かに、緑間の負担は軽減された。しかし逆に言えば、英雄の負担も減りOFの比重が高まってしまうということ。

つまり、ここからハイペースな点の取り合いになる。

 

「リードしてるなんて思うなよ。こっからは引いた方が飲まれるぞ!」

 

大坪は直ぐに理解し、メンバーの意識を高める。

 

 

 

今の誠凛のDFはかなり特殊だった。火神は緑間にオールコート気味になり、伊月はあくまでも、高尾の『火神への妨害の妨害』である為、ハーフコートのマークになる。インサイドは3人のゾーンなので、他の選手に外から打たれたら瓦解する。しかし、秀徳に関していえばそれはありえない。緑間という強力な存在がある限り、他のシューターはコートにいない。

秀徳を研究し、練り上げた策なのだ。付け焼刃だろうが、通常のマンツー・ゾーンよりも効果的だろう。

なにより、誠凛側には完全にばれていないが、緑間の自陣からの超ロングシュートは勝負所以外では打てなくなっている。

以上により、秀徳は一旦インサイド中心に展開する。インサイドに意識を集められれば、再度緑間で突き放す作戦。

 

 

 

 

大坪と英雄は第3クォーターにおいてキーポイントになっていた。

 

大坪は体を張り、力で捻じ込んでいく。ゴール下で確実にパスが入ればダンクで叩き込み、リバウンドに関しても力ずくでボックスアウトをした。

だが、徐々に大坪のプレーの効果が低下していく。ポストアップでも1年とは思えない程の駆け引きを仕掛けくる。押せば引き、引けば押してくるように体勢を崩しにくる。その為、周りとの連携に遅れが発生していた。

更に、高尾にマークしている伊月がボールを奪うのではなく、パス・シュートのコースを限定するようなDFをしている為、安易なパスはカットされた。

 

流れを掴みたい秀徳は、1度緑間に託す。誠凛DFが機能している為、ベストな体勢ではない。

その隙に火神が詰める。緑間はシュートモーションに入り、跳ぶ。

火神も遅れるが、跳ぶ。

 

「おおおおおお!!!」

 

「な...!(こいつ、さっきよりも高く...!?)」

 

 

ビッ

 

 

またしても、火神の指先がボールに触れた。今度はタメも短く、こちらの方が先に跳んだはずなのに。

ボールはリングに弾かれ、リバウンド勝負に。

大坪は英雄を押しのけ、そのまま押し込もうとダンクを狙う。

 

 

 

「ヤバイ!!またこの展開だ!」

「ボックスアウトが完璧に決まってる。英雄でも無理なのか。」

 

誠凛ベンチの降旗と河原が恐怖する。

 

「やかましい!!しっかり応援しなさい!」

 

「でも流石に、相手は全国屈指のセンターですよ?力ずくじゃ勝てないんじゃ...?」

 

リコの言葉を返す河原。

 

「いいから、ちゃんと見てなさい。それにアイツを舐めすぎよ。」

 

 

 

両インサイド陣が跳ぶ。高さで若干有利な大坪がボールに触れる。が、英雄に弾かれる。

 

「(チップアウトだと...!)ルーズだ!キープしろ!!」

 

大坪は英雄のプレーに驚愕しつつもボールを眼で追う。

ボールはルーズになり、ルーズボールを伊月と争い高尾がキープする。直ぐに宮路にパスを出すが、その間を英雄が割り込んでスティール。

 

「(おいおい!ありえねーだろ!お前さっき大坪さんとリバウンドで跳んでたじゃねーか!??)」

 

「(着地してからの動き出しが速い!)」

 

その光景を少し遠めでみていた高尾と緑間も驚愕した。

 

「速攻!!」

 

「「「しまった!!!」」」

 

その為、誠凛の速攻に反応が遅れた。

その隙にボールは伊月に渡る。だが身体能力では高尾に分がある為、直ぐに追いすがる。

伊月は追いつかれる前に先頭を走る火神にパス。しかし、緑間は追いついている。

 

「(勝つんだ!!)おおおおおお!」

 

火神の全力ジャンプでのダンク。緑間のブロックの上から叩き込む。

 

 

「火神ナイッシュ!」

 

英雄が火神に寄っていく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「少しずつだが、誠凛に流れが傾きつつあるっスね...。」

 

黄瀬はコートを見つめる。

 

「火神のダンクが緑間から決まったからな。...それより補照を良く見ろ。」

 

笠松が促す。

 

「DFに戻ってるっスね。それがなにか?」

 

「バカヤロウ!!問題はどこから戻ってるかだ。」

 

「どこからって....!?火神っちと戻ってるってことは...。」

 

「そうだ。火神がダンクを決めた時、実はフォローにきていたんだ。リバウンドを競り合い、その後スティールに跳び、速攻のフォローに間に合うように走りこむ。一見地味だが、脅威の運動量だぜ...。」

 

「そっスね...。俺もあの運動量に潰されかけたっス。」

 

「恐らく、他にも直接マッチアップしないと分からない何かがあるのは間違いない。...ただ、気になるのが他のメンバーがガス欠寸前ってことだ。」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ゲームはトランジションゲームとなり、流れは誠凛が掴んだ。

しかし、相手は王者秀徳。点差はなくなりはしたが、つき離せない。

なにより、誠凛メンバーは正邦戦の疲れが見え始めていた。現在は上手く行っているのでなんとかなっているが、どこで疲労が噴出すのかわからない。

自力では秀徳が有利。それだけに、勝ちきれない現状は精神的にくる。

どちらかが少しでも怯めば、ゲームは終わる。

そんな不安を抱きながら、第3クォーターは終了した。

 

第4クォーターを残すのみ。



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ノったもん勝ち

キセキの世代との対戦話は難しいですね。



「いやはや、もう第4クォーターですよ~。」

 

英雄は渡されたタオルで顔を拭きながら、得点版を見る。

 

「だからなんでお前は、余裕ようなんだよ!」

 

日向含めたレギュラー陣は体を重そうにしている。

 

「皆には悪いと思うんだけど、楽しくって堪んないんですよ。」

 

「は?楽しいって?」

「こんなにしんどいのに楽しいって...。」

「Mか?」

 

メンバーに怪訝な表情をされる。

 

「大坪さんといい、緑間といい、マジすげーんすよ!」

 

英雄はベンチから立ち上がり、両手を広げた。

 

「そんなすげープレーヤーとやり合う内に、俺も上手くなっていくのが分かるんですよ!俺はまだまだ上にいける、それだけでアドレナリンがMAXですよ!!」

 

「分かったから、つか近ーよ。」

 

鼻息を荒くして寄ってくる英雄を、日向は手で頭を押さえつける。

 

「まっ、確かにそうかもな。あの王者と2連戦なんだ、成長しない訳が無い。」

 

伊月も自身の手を見ながら応える。

 

「そうね、だからこそここまでこれたんだから。じゃあ、第4クォーターからは黒子君を投入して一気に勝負を懸けるわ。黒子君いける?」

 

リコが話を変え、指示を出す。

 

「はい、大丈夫です。」

 

「高尾君についてはどうするの?具体的には対策あるの?」

 

「なんとかします。」

 

「そう...っておい!これさっきもやった!」

 

「ただ、今までより一段上のパスをします。」

 

「そ、そんなのいままで見たこと...。」

 

黒子の言葉に一同が驚く。

 

「このパスは受け手を選ぶんです。中学でもキセキの世代以外では取れなかった。でも、今の火神君と英雄君なら....。それに、ここで諦めたくありません。」

 

「分かったわ、その辺りは黒子君に任せるから頼んだわよ。」

 

「はい。」

 

「で、問題は火神君。後何回跳べる?」

 

リコは目線を移す。

 

「なんだよ?...ですか。何回でも大丈夫です。」

 

「いいから、意地張らない。ふむ...そこまで深刻じゃなさそうだけど。」

 

リコは火神の下半身を視る。

 

「何回って、あのスーパージャンプのことか?」

 

日向達はリコの方へ向く。

 

「そうよ。あのジャンプは武器になるんだけど、1試合使うには火神君の体ができてないのよ。現状じゃあ10回使えばいいことね。」

 

 

 

ビーーーー

 

 

 

「とにかく、あまり無理はしないこと!できればDFで重点的に使用して。さあ、最後の大一番よ!」

 

「おし。いくぞぉー!」

 

「「「おう!」」」

 

 

水戸部 OUT   黒子 IN

 

 

第4クォーター開始。

ボールは誠凛が奪取。火神をジャンパーにあえてして、適当に跳んでもらい。大坪の正確なジャンプボールのパスを逆手に取ってパスカットをした。

そして、戻りきれていない秀徳ゴール下から英雄のランニングシュート。景気良く先制を決めた。

 

 

誠凛 69 - 67 秀徳

 

 

秀徳は速いリスタートで強襲する。木村からのロングパスが緑間に渡る。

ハーフコートライン付近からの3Pは誠凛の勢いをぶった切る。

 

「くっそ。やっぱ王者相手に油断するもんじゃねーな。」

 

伊月はユニフォームで汗を拭う。

 

「まったくな。しんどいぜ...。」

 

日向も秀徳側を見つめる。この均衡を崩す為にも、黒子の可否はこの試合の結果に大きく関わる。

 

 

 

「えらく期待されてんじゃん。でも、なんもさせねーよ。」

 

黒子のマークに高尾が付く。前半は連携でマークを外されたが、今はミスディレクションの効果も薄まっている。

 

「(あれ...近い...。)はっ!」

 

それなのに高尾は見失ってしまった。原因は分からないがそれならばと、パスコースから逆算する。

伊月がパスを出し、高尾はそれを追う。

 

「今度は取られません。このパスは加速する。」

 

黒子がボールを掌打で打ち飛ばす。

 

 

ダァン!

 

 

今までに無い鋭いパスは火神の手元に収まった。

 

「(ボールをぶん殴るっ!?取る方も取る方だ!こいつらまじかよ!!!)」

 

秀徳DFは火神を緑間に任し、それよりも何をするか分からない英雄に直ぐヘルプにいけるように集中していた。

黒子のイブナイトパスにより緑間の裏を抜けていく。緑間も追いすがる。

火神は超ジャンプでダンクを狙う。

 

「させん!!」

 

緑間もブロックに跳ぶ。

火神はその上から叩き込む。

 

 

 

『スゲー!上から叩き込んだぜ!!!』

『相手はキセキの世代だろ!?ぱねぇ!』

 

 

 

火神のスーパープレイに会場は沸きあがる。

 

「うっほ~!で~は~!」

 

英雄も火神のプレイを見て触発されていた。

 

「テツ君テツ君、俺にもパスちょーらい。」

 

「別にいいですけど、なんですかそのテンション。」

 

「なんかさ、火神ばっかり目立ってるじゃない?やっぱ俺もかましとかないと!あ、このテンションは振り切った状態だから改善できないよ。」

 

テンション上げすぎて壊れ気味の英雄のマシンガントーク。

 

「リコ姉らも見とけ!すげぇの一発かましたるわ!」

 

英雄は誠凛ベンチを指差しながら大声をあげる。

 

「....あの....カントク....。」

 

「ゴメン....なにも言わないで...。」

 

メンバーは対応に困り、リコは頭を抱えた。

 

 

 

攻守交替し、ボールを運ぶ秀徳。なんとか上手く緑間に繋ごうとパスを続ける。

そこに突然現れた黒子のスティール。英雄は既に走り出している。

試合も終盤になったというのに、序盤と変わらないスピード。あわせるような黒子のパス。

ボールを持った英雄はノーマーク。ワンドリブルをして跳ぶ。

 

ギュン!

 

ガッシャン!

 

英雄のダンク。

会場は火神と同等、それ以上に沸いた。両チームの選手も呆気に取られている。

今英雄がしたプレーは、跳んだ後に体を1回転ひねりダンクするという『360』の発展版『720』である。

この緊張感漂う終盤の確実性を求められる場面で考えるとできない。いや、できたとしてもやろうと思わない。

会場の歓声は全てを包み込むほどにあがっていた。試合を観ていた者全ての視線を英雄が奪っていた。

 

「どよ、どよ、ど~よ!」

 

「また馬鹿晒して、負けたら承知しないから。」

 

誠凛ベンチによってきた英雄に、笑いながら手を差し出すリコ。

英雄も楽しそうに笑い、リコの手に合わせる。

 

 

パァン!

 

 

「順平さん達もどうでした今の?」

 

「いや、すげーけどよ。今の意味あんの?」

 

「確かに720って、ダンクコンテストじゃないし。」

 

「あっれ~!?味方の反応が薄い!」

 

「ップ。くっくくく。」

 

「火神は同類だよ!?何笑ってんの?」

 

「んだと!」

 

「だぁほ!もうちっと緊張感をな....。」

 

火神・英雄の2連発は誠凛に流れを引き寄せた。

 

 

 

 

「なんなんだ....。」

 

「火神ほど高く跳んでいる訳じゃないのに。あの浮遊感。」

 

「つーかあの場面で720って馬鹿じゃねーの!?」

 

秀徳側のダメージはとてつもなかった。連続で失点したこともあるが、英雄の理解し難いプレーが頭にチラつき離れない。

どこかで英雄の影を追っていた。それにより、黒子のミスディレクションの効果も高まっていた。高尾は混乱状態、緑間は火神のマークにより余裕などない。

インサイドは英雄1人に振り回され続けていた。カバーに行けども、パスを捌かれ日向の3Pを決められる。

英雄の運動量は誠凛の他メンバーをカバーし、パスコースをディナイし、秀徳OFを制限していった。

 

『またターンオーバーだ!』

 

「早く戻れ!急げ!」

 

もはやお家芸とも言える誠凛のランアンドガン。伊月がハーフコートまでボールを運び、日向にパス。ブロックしようと宮地が跳ぶ。日向はノーフェイクでボールを放つ。

 

「(おっし!そのコースは入らねぇ...。)」

 

宮地は放たれたボールを目で追う。

 

「違う!シュートじゃない!」

 

後方より1人走ってきた。

 

「ヒーロー見参!ってね♪」

 

「「アリウープ!?」」

 

日向のシュートに見せかけたパスは英雄の手に収まり、リングに叩きつけられた。

 

 

ガッシャン

 

 

こうなってしまうと手が付けられない。

秀徳はタイムアウトを使い。修正を図るが、消耗した緑間にこれ以上の負担は危険である為、緑間1本というのも厳しい。

かといって、緑間に英雄のマークをさせると火神を放置してしまうことになる。普段ならともかく、消耗した大坪に火神を封じられるか。

なにより、高尾の修正が追いつかずDFが機能していない。この場面でメンバーチェンジという選択肢は選べない。

 

そんな秀徳を他所に、英雄のプレーはキレていた。皆が消耗し、精度も低下している中である。

黒子のミスディレクション、英雄のスピンボールから織り成すパスーワークのパターンは多彩でOFを加速させ続けた。

 

それでもと、緑間中心に得点を狙う。

 

「緑間ぁ!」

 

高尾からのパスを受けて、緑間は3Pのモーションに入るがいかんせん体勢が悪く火神に詰め寄られる。

このままではブロックを食らうとボールを下げる。

 

 

パァン。

 

 

火神の背後から伸びてきた手にボールを弾かれた。

 

「な...!」

 

緑間の目線の先に英雄が微笑んでいた。それを確認できたのは一瞬で、英雄はルーズボールを奪取していた。

 

「速攻!」

 

英雄のワンマン速攻。高尾は止めにかかる。なんとか数秒の時間を稼ぐことができた。

しかし、英雄は後ろから走ってくる日向にノールックでパスをした。日向はそれをダイレクトで空いたスペースに返し、受け取った英雄のワンステップロールターンで高尾を抜き去る。

高尾を抜いた英雄の前に緑間が立ちふさがった。高尾の稼いだ数秒で追いついたのだ。

ここで英雄は、1度黒子に向かってパスのフェイクを入れた。最も警戒している高尾は反応せざるを得ない。パスコースを塞ぎに行く。この間2秒。

フェイク後、ダックインで突っ込む。

下半身に大分負担を抱えた緑間だが、この試合で何度も使われた手に嵌るわけが無い。

 

「馬鹿の一つ覚えなのだよ!」

 

腰を落とし、英雄の進行方向を塞ぐ。

英雄が急停止後、背面からボールが浮き上がった。ボールの出所が見えず反応できない。ボールを目線で追うと空中で火神がボールを掴んでいた。

 

 

ガシャン

 

 

火神のアリウープが決まった。

緑間はやられて理解した。今の一連のプレーの意味を。

速攻を止めた高尾をパスの連携で抜いたのは、連携を印象づけておく為。その後の黒子へのパスフェイクで高尾は黒子から離れられない。

英雄のダックインは目線を下げさせる為。この試合で止められようと仕掛け続けたのはこのときの為。下がった目線では、あの背面越しから浮き上がるパスは捉えられない。

背面から飛び出るパスは、英雄がサッカーのヒールキッキングを再現したものだった。英雄の柔軟な鞭のような手首で弾けば通常より高く跳ね上げることができる。正邦の津川にも使ったテクだったが、秀徳は見ていない。

そして、高尾は黒子を警戒しすぎて火神の対応に間に合わなかった。仮にヘルプに間に合ったとしてもミスマッチで止められない。

 

セットプレーやナンバープレーの類ではない。今のプレーには違った感覚があった。それは緑間だけではなく、誠凛メンバーも感じていた。

 

「(今のは...?)」

「(パスを出さされた?)」

「(これがイメージの共有...。)」

「(気づいた時には走り出してた。)」

 

コートの伊月・日向・黒子・火神は英雄の描いたイメージを見た。

今までの練習で、パスに意味をこめるということを続けてきた。上達する中で、動きの一つ一つの意味について納得するまで話し合ってきた。

当然戦術理解度も向上したのだが、それ以上に互いの信頼関係も向上していた。

伊月ならこう防ぐ・日向ならこっちに流す・黒子ならそこに居る・火神ならそこで跳ぶなどと、彼ならばこうする『だろう』ではない。

『必ずそうする』『そこまでなら完遂する』という信頼を得た。

これで誠凛はOFレベルが確実に1段上がった。フォーメーションプレーではない、強豪や古豪が求めるが習得し難い『アイコンタクト』。

英雄が求めたバスケの一旦である。

 

今までにない感覚に興奮し、誠凛は完全にノッた。限界寸前だった身体も気力が溢れだす。

秀徳には流れを奪い返す力は残っておらず点差が広がっていたが、それでも上級生が諦めずくらい付いていた。

 

最後に緑間がブザービーターで3Pを決めるも、この試合の終了のブザーが鳴り響いた。

 

 

誠凛 97-78 秀徳

 

 

 

「勝った....勝ったー!」

「よっしゃぁー!!」

「やった~!」

 

激戦を制した誠凛ベンチは歓喜する。正邦を下した以上に。

コートに立つメンバーも勝利を分かち合っていて、とてもいい笑顔だった。

それを遠くで見ていたリコが涙ぐんでいたのは彼女の秘密だ。

 

この試合を観ていた観客は、口を揃えて同様な感想を述べていた。

 

『とても良い試合で、楽しかった』と。




ヒールキッキング・・・サッカーの技術で、両足でボールを挟み踵で頭上まで跳ね上げるプレー。肩越しから飛び上がるボールは出所が見えない為、反応が遅れる。

ちなみに、火神の膝は痛めていません


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エンカウント

「みんなーそろそろ帰るよー。」

 

リコが更衣室のドアを開ける。

 

「ちょっと待て...。」

 

「王者2連戦だぞ...。」

 

「体が悲鳴をあげとる。」

 

「(うわぁ...ゾンビみたくなっとる。)あ、ごめん。」

 

緊張が解けた今、疲労が襲う。レギュラー陣はギリギリアウトだ...1人除いて。

 

「きょうは、とてもつよいちーむとたたかって、かちました○っと」

 

「マジでなんなのそのスタミナは!つか小学生の日記か!?」

 

メンバーは疲れきっているため、リコがつっこむ。

 

「SNSで日記つけてんだけど。」

 

「それじゃあ、内容がほとんど伝わらんわ!!」

 

「...あぁっ!内容が無いよう。っていうフリ?」

 

「...それ、いただき...。」

 

「伊月君しんどいなら、無理しない方がいいんじゃない?」

 

「...つか死ね。英雄も。」

 

「俺も!?」

 

低い声の日向。

 

「とりあえずどっか近い店に入ろうか?」

 

長い間更衣室にいることができな他、場所を変えることに。

 

 

 

ガラガラガラ~

 

「すいませーん。席空いてますかー?」

「お客さん、多いねー。」

 

試合会場近くにあるお好み焼き屋に到着。

 

「マジ腹減ったな....ん?」

 

「お。」

「ん。」

 

店内に見知った人物がいた。

 

「ってめ!黄瀬と笠松!」

 

「ちース。」

 

「呼び捨てか!?」

 

海常の黄瀬と笠松だった。思わず火神は笠松に敬語を忘れる。

 

「みんなーさっさと座ってー。」

 

 

 

大人数だったが、既にいたお客のご好意に座敷を空けてもらった。それでも全員が座れなかったので、別に相席することになった結果。

笠松・火神、向かい合わせに黄瀬・黒子というなんとも濃いメンバーになった。

 

「なんで相席なんスか?」

 

「あぶれたんだよ。」

 

「さっさと食わねーと、ゴゲんぞ。」

 

 

その様子を英雄は写メしてた。

 

「『お好み焼き屋なう。すっげー目立つ集団発見』っと。こうゆうのは傍観してる方が楽しいね。」

 

「英雄、私疲れてるから代わりに焼いて。」

 

「耳まで疲労してんのかな?この人の10倍くらいカロリー消費してるはずなんだけど...。」

 

「やれ。」

 

「はい。(やっぱ俺もあっちいけばよかった...。)」

 

権力者は絶対。

 

 

 

「おっちゃん。席空いてる?」

 

また新しく来店した。が...、先程対戦した秀徳の緑間と高尾だった。

 

「なんだここに!?つか他は?」

 

一同を代表して日向が問う。

 

「いやー、真ちゃんが泣き崩れてたらはぐれちゃって。」

 

「おい!」

 

「ついでに飯でもみたいな?」

 

「店を変えるぞ!」

 

「おい!」

 

緑間は翻し店から出て行く。

 

 

バシャーン

 

 

再び、ずぶ濡れになった2名が入店する。

 

「あ、海常の笠松さんじゃないですか!?折角なんでいろいろ聞きたいっす。」

 

「俺のこと知ってんのか?ってひっぱんな!」

 

高尾が笠松を引っ張っていく。

 

「あ、こっちいっぱいですね。」

 

「お~い、だったらこっちきなよ。」

 

英雄が手を振りながら呼ぶ。

 

「お、補照じゃん。さんきゅー。」

 

 

 

というわけで、テーブル席は緑間・火神、向かいに黄瀬・黒子。

 

「「「あの席ぱねー!」」」

「ちょっと!!なんかワクワクするわね!」

 

なんとも目が離せない。

 

「あれ、狙ってたろ。」

 

「えー、まっさかー。」

 

笠松は高尾に呆れていた。

 

「ぱしゃり。この写メ相当レアだよね。あ~高尾、アドレス教えてよ。よかったら笠松さんも。」

 

「ああ、そういや試合中にそんなことあったな。いいぜ。」

 

「別にかまわねーよ。つか、おめーら試合中に何やってんだよ!」

 

とりえず、濃いメンツはそっちのけで寛ぐことにした。

 

「そうそう、聞いてみたかったんですけど、キセキの世代と同じチームってどんな感じ?」

 

「うーんそうだな...。」

 

「ウチの真ちゃんは唯我独尊って感じで先輩達から浮いちゃってるけど、ツンデレってこともあるし見てて面白い。」

 

「それなんか違くね?」

 

「黄瀬も最初はそんな感じで生意気なヤローだと思ってたが、練習試合の後からなんか感じが変わったみたいだ。あとレギュラー争いが激化して、試合出るのも一苦労だな。生意気なのは変わらねーけど。」

 

「へ~。大変そうだね~。あちち、俺猫舌なんですよね~。」

 

英雄はもんじゃ焼きと格闘していた。

 

「いや、ちゃんと聞けよ!てめーからの質問だろうが!」

 

「聞いてます聞いてます!嘘ついてません!本当です!」

 

「あざとすぎてなんか腹立つな。」

 

笠松に睨まれて、ペコペコと頭を下げる。

 

「つか補照、お前中学で見かけなかったんだけど高校からか?だったら地味に凹むんだけど。」

 

今度は高尾からの質問。

 

「んな訳ない。中学はバスケ部に入らなかっただけ。一応ミニバスケから。」

 

「へー。ほっほっ。」

 

お好み焼きをひっくり返す高尾。

 

「高尾結構上手いな。」

 

「えーこんなもんじゃなっすよ。」

 

調子に乗り出す高尾。

 

「やんや、やんや~。」

 

煽る英雄。

 

「無茶すんなよ。」

 

笠松が止めようとするが...

 

「あ。」

「あ。」

 

加減を誤りお好み焼きが宙に舞った。そして、緑間の頭の上に

 

 

ベチャ

 

 

「高尾ちょっと来い!」

 

緑間が高尾を外へ引きずっていく。

 

「わりーわりー。ごめん.....ごめん。補照マジ助けて....って目ぇ逸らすな!お前も原因の一旦だろうが!」

 

英雄は先程の場所からリコのところに行き、もんじゃ焼きを作っていた。

 

「いやゴメン!リコのもんじゃ焼くのが忙しくて....。ってもう聞こえてないか...。ふむ...『お好み焼き屋でヤキ入れられてるなう。』アップアップ♪」

 

 

 

音がしなくなり、緑間だけ戻ってきた。

 

「火神、忠告してやるのだよ。東京にいるキセキの世代は2人。俺と青峰大輝という男だ。そしてお前と同種のプレーヤーだ。せいぜいがんばるのだよ。」

 

「緑間君。」

 

店を出ようとする緑間を黒子が呼び止める。

 

「...また、やりましょう。」

 

「...当然なのだよ。次は勝つ。」

 

「お返しに俺からも1つ忠告しておくよ。」

 

英雄が座敷から呼びかけ、緑間が振り向く。

 

「パスを選びすぎて、ぶっちゃけ読みやすかったよ。あとチームにもう少し馴染んだほうが良いよ。相方を大事にね。」

 

「ふん、余計なお世話なのだよ。...補照とかいったな。お前もせいぜい馬鹿面を晒すんだな。」

 

言い捨てて去っていった。

 

「ひどいお言葉...。まぁいいか。おっす黄瀬。」

 

「うぃス。そういや、補照っちとまともに話すの初じゃないっスか?」

 

「あ、確かに。なんやかんやで火神がカラミまくってたからね。てか”っち”って何?」

 

「俺、認めた人に”っち”って付けるんス。」

 

「そかそか。よろしくっす黄瀬っち。」

 

「あーマネしないで欲しいっス。」

 

「ん~。『コピーする人のマネしたら嫌がられたなう。』っというか、俺『なう』ってやつ嫌いかもしれない。なんか言っててイライラする。」

 

「だったら止めればいいじゃないっスか!なんなんスかこの人?」

 

楽しい食事を終えて誠凛は帰宅した。

帰り際、黒子が犬を拾った。どことなく黒子に似ていた為、情が入り捨てづらくなり部で飼うことに。名前は『2号』。今後、物語に絡んでくるかは不明。

そのときに、火神が犬嫌いなことが発覚した。英雄が美味しくいただきました。(ネタ的に)

 

 

 

 

遂に誠凛バスケットボール部は予選トーナメントを勝ち進み、次は決勝リーグ....

 

 

おまけ

 

 

「の前に期末試験よ!これ落としたら、試合出られないんだから!」

 

「つーわけで、中間でやばかった奴は勉強合宿だ。つか火神お前だ。」

 

リコと日向が今回の企画を発表する。

 

「なんで俺だけ...。つか英雄は?アイツの答案見てないぜ。...です。」

 

火神が英雄を指差す。

 

「英雄は分かってるからいいの。ちなみに、38位よ。」

 

「な...そんな馬鹿な...同類だと思ってた...。」

 

火神はショックを隠しきれない。英雄は火神の肩をポンポンと叩き、火神が振り向く。

 

「どんまい。」

 

この言葉は火神に精神的なダメージを与えた。

 

「こいつ、本気で腹立つ!!」

 

英雄は誠凛に確実に受かる為、リコ(学年2位)に勉強を教えてもらっていた。しかし、合格ラインを超えたにも関わらず、『中途半端は認めない!』と言われ、リコのシゴキが収まらず、結果なかなかの点数が出せるようになっていた。

 

「ちなみに、好きな戦国時代の偉人は竹中半兵衛。」

 

「「「いや知らねーし!知りたくねーし!」」」

 

「マジでか!?」

 

日向のみ食いついた。

 

 

期末試験は、黒子が持っていた『緑間特性コロコロ鉛筆』が炸裂し、無事パスした。

コレを機に日向と英雄は戦国武将トークをするようになった。日向が練習中にシュートを外すとなぜか英雄が持ってきたいた幕末志士アイテムを破壊された。(高杉晋作)




英雄と他校のメンバーを絡ませたかったので、お好み焼きのくだりを使いました。


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一寸先は闇

試合前日までです。


相田スポーツジム。

誠凛は、ジムが定休日の日にプールを使用した。フィジカル強化を行っている。

 

「まずはスクワット。」

 

ピッ

 

水中では浮力が働き怪我をしにくいが、抵抗もある為、かなりキツイ。

英雄は幼少よりコレをこなしている為、メニューがキツくなっている。具体的に言うと、皆が水中でスクワットだが、英雄はしゃがんでジャンプとなっている。

大差ないように見えるが、この違いはかなりしんどい。他がやると後の練習に影響する。

ちなみに、火神は私用で不参加。理由は生活費の支給がどうとか。

 

ピッ

 

「はい、一分休憩。」

 

「マジキツイなプール練。」

 

メンバーが息を整えていると

 

「ん?」

 

まさにボン・キュ・ボンの美少女がそこにいた。

 

「あのどなた?今日ジムはお休みなんですけど。」

 

リコが恐る恐る聞いてみると

 

「えーとテツ君の彼女です。決勝リーグまで待てないので来ちゃいました。」

 

............。

 

「「「え~!!!」」」

「黒子!お前彼女いたの!?」

 

「違います。中学時代のマネージャーだったひとで桃井さんです。」

 

「(決勝リーグって次の対戦校なの?)」

 

その後、黒子と桃井の馴れ初め(?)を聞いたが付いていけなかった。

 

「ちょーと胸が大きくてちょーっとカワイイだけでみんな慌て過ぎよ。ね、日向君?」

「うんそうだね。(ちら)」

 

「チラ見してんじゃねーよ!」

 

リコの一撃で日向はプールに叩き込まれた。

 

「日向さん死んじゃいますよー。」

 

「あれっ?俺の事知ってる?」

 

「知ってますよー。キャプテンでクラッチシューターの日向さん。イーグルアイを持つPGの伊月さん。無口な仕事人でフックシューターの水戸部さん。驚異的なスタミナをもつファンタジスタ補照君。小金井さんと土田さん。で、ギリギリBの監督リコさん。」

 

「ふざけんな~!!」

 

「あ、俺も知ってる。」

 

桃井の発言に取り乱すリコの後ろで英雄が爆弾発言をする。

 

「っておい!なんでアンタが知ってんの!?」

 

「いや、おっさんが勝手にしゃべりだしたんだよ。すげードヤ顔で。でも安心して、俺は美脚派だから。」

 

「意味分からんわ!!」

 

リコのボディーブローは見事に決まり、英雄は一時的にチアノーゼになりました。

 

 

 

 

「みんな決勝リーグの出場校出たわよ。」

 

Aブロック・誠凛

Bブロック・桐皇学園

Cブロック・鳴成

Dブロック・泉真館

 

ジムから戻って、リーグ表を見ていた。

 

「なんか新鮮なリーグ表だな。」

 

「結局青峰ってどこよ?やっぱ王者?」

 

「違うわ。桐皇よ。」

 

「聞いたことねぇ。」

 

「過去の実績はないけど、最近全国から有望な選手を集めてるそうよ。特に今年は秀徳と比べてなんら遜色ないそうよ。」

 

「そいや、俺ここに声掛けられたよ。バスケで。」

 

英雄が何か思い出したかのような顔をする。

 

「何か知らんけど、俺がバスケに再起するってことを知ったらしくて。」

 

「ふーん。まあ中学上がるまではアンタもそこそこ有名だったからね。」

 

「うぃーす。」

 

リーグのことで談話していると火神が合流し、練習が始まった。ただ気になったのが火神の様子が少し変だった。

 

 

 

練習後、火神・黒子・英雄はマジバに来ていた。

 

「そいやあ火神?」

 

「あんだよ。」

 

「今日合流する前に何かあった?」

 

「それ僕も思いました。練習中なにか思いつめていた様に見えました。」

 

「そうそう。それに練習する前から少し疲労が見えたし。」

 

火神に対し、2人で問い詰めた。

 

「...今日、青峰とやった。」

 

「!」

 

黒子が顔色を変える。

 

「そんとき言ってた。黒子、お前は昔の光だとな。ただ同じチームだったとは聞こえねぇ。お前ら中学ん時、何があったんだよ?」

 

そして中学時代の出来事が語られた。

青峰は誰よりもバスケが好きで、練習量も1番だったこと。

青峰が1番早く才能が開花したこと。

強さ故に相手がいなくなり、バスケに対して不真面目になってしまったこと。

 

 

「...ふーん。一言言うなら、ちょーしのんなボケ!ってぐれーだわ!強くなりすぎてつまんなくなっただぁ?腹でコーヒー沸くぜ!」

 

「お茶です。」

 

「さくっと勝って、目ぇ覚まさせてやらぁ!」

 

火神が黒子に拳を向ける。

 

「...はい!」

 

黒子も遅れて拳をぶつける。

英雄は、テーブルに肘をつけ、つまらなそうな顔をしていた。それは、予選トーナメントで秀徳の試合を観た時の表情だった。

 

「...そっか。『俺に勝てるのは俺だけだ』か。」

 

英雄が小さく呟く。

 

「英雄君?」

 

「ああ、ごめんごめん。今日さ、桐皇のDVD見たんだ。」

 

「んなもんあったのか!?」

 

今日、直接青峰とやりあった火神は当然のように興味をもった。

 

「はっはっは、伊達にネットの住人してないさ。興味あるなら貸すけど。ほい。」

 

DVDを差し出す。

 

「マジか!借りとくぜ。」

 

「おうおう、気にすんな。実はスマートフォンにコピーなんかしてたりして♪」

 

趣味が評価され調子に乗り出す英雄。

 

「す、すげーな。ちょっと見せてくれ!っっ.......これが...青峰..。」

 

その小さな画面には、青峰のプレーが移っていた。凄まじい程のキレのあるドライブは正に圧倒的。火神も客観的に見るのは初めてで言葉を失いかけた。

 

「これ倒すのは生半可じゃ無理だよ。それに見る限り、流しながらのプレーなんだよねぇ。さあどうしたもんか...。」

 

「そんなもん、ぶっ倒すだけに決まってんじゃねーか!」

 

「火神はそれでいんじゃない?俺は嫌いじゃないし。それよりテツ君に聞きたいんだけど。」

 

「なんですか?」

 

「中学の時と比べてどのくらい成長してる?」

 

「正直わかりません。英雄君の言った通り、青峰君は本気を出していませんから。ただ、恐らく練習はほとんどしていないと思います。」

 

「にゃるほどねぇ。おっけぇ~、ありがと。そんじゃそろそろ行こうか?」

 

「そうですね。時間もあまりありませんし。」

 

そういい黒子と英雄は立ち上がる。

 

「ん?お前らどっか行くのか?」

 

「ちょっとボウリング場にね。火神も来る?」

 

「最近一緒に帰ってると思ったらそんなことしてたのか?」

 

「はい。英雄君に誘われて。結構楽しいですよ。」

 

「いや、いい。」

 

「そっか。そんじゃ。」

 

「お先です。」

 

「ああまた明日な。」

 

火神は英雄から渡されたDVDを見つめていた。

 

 

 

 

 

桐皇対策をメインとした練習を続け、試合前日。

調整程度に抑えていたが、英雄はもの足りず1人で夜のストリートコートに来ていた。

 

「うりゃ!」

 

英雄のジャンプシュートは綺麗な音を立ててリングに入った。

 

「コラ!明日に備えろって言ったでしょ!」

 

「へ?」

 

英雄が振り向くと仁王立ちしたリコが睨んでいた。

 

「えっと...なんでここに?」

 

「わからいでか!あんたのことだから、体育館が使えないならここにくると思ったのよ。」

 

「ご理解いただき光栄の極み。」

 

「馬鹿言ってないでさっさと帰りなさい。」

 

「もう少しだけ~。」

 

「はぁ~。...それにしても、さっきのシュートは、大分制度が上がったわね。」

 

「伊達に順平さん達の後輩やってないからね。他のも試合で使えるようになったよ。」

 

「それにしても、よくもまあこんな暗い状況でできるわね。」

 

「まあ、これが俺の中学ん時に得たものだからね。」

 

2人がコート内で談話していると、そこに近づく足音があった。

 

「そこの君達~?こんなとこで逢引でもしてんの~?」

「ぎゃっはっは、逢引て、今時そんなんいわねーし。」

 

粗暴な男が複数現れた。

 

「学生じゃん。子供の時間は終わってから。とっとと帰んな。」

 

「...英雄、行くわよ。」

 

リコは顔を顰め、英雄を引っ張っていく。

 

「英雄?おい!こいつ補照英雄じゃね!?」

「補照って...あんときのクソガキ!!」

「ちょい待てや。」

 

男は2人を呼び止める。

 

「なんですか?もう帰りたいんですけど...。」

 

「お前に用はねぇよ。1人で帰れ。補照ぅバスケ部の先輩忘れるって失礼だと思わねえの?しかも殴った相手だぜ?っくそ!思い出したら腹立ってきた。」

 

「あんたたち、あんときの....!」

 

「...お久しぶりです。」

 

男達は嘗て、英雄が中学時代にバスケから離れた原因をつくった上級生グループだった。

英雄は軽く会釈をした。

 

「ホントだよな~。つかまだバスケやってんだ?お前のせいで俺らバスケ部辞めさせられたのに。」

 

「それはあんたたちが悪いんじゃない!」

 

男の発言にリコが言い返す。

 

「はぁ?つかお前には用ないんだけど。」

「そうそう、男には男のけじめの取り方ってあんじゃん?」

 

グループは近づいてくる。

 

「...ちょっと、何するつもり?」

 

「リコ姉下がってて。」

 

英雄がリコの前に進む。

 

「駄目!もうあんなの見たくない!!」

 

「...わかってる。」

 

リコが止めようとしたが英雄は止まらない。いや状況的に止まれない。

男達は襲い掛かってきた。

しかし、素人のパンチなど古武術を嗜んでいる英雄には当たらない。避ける。かわす。かわす。避ける。

かわされ続けた男達は疲れてきた。

 

「ホント勘弁してくんないですか?」

 

「...っくそ。涼しい顔しやがって...なめてんじゃねー!」

 

男は怒鳴り散らして、足元にあった石礫を投げつけた。

英雄はそれを避け.....

 

「!!」

 

られずに顔面に命中する。付着していた小さな砂が目に入り、手でおさえながらうずくまる。

英雄には避けられなかった。なぜなら英雄の背後にリコがいた為である。

 

「英雄!!あんた血が...!」

 

額から出血し、リコは駆け寄ろうとする。

 

「タンマ!...大丈夫だから...。」

 

「よっしゃ...つーかまーえた。」

 

しゃがみ込んだ英雄の服を男が掴む。

 

「かっこいいねぇ。ヒーロー気取りかい?」

 

自分達が優勢になり、感じの悪い笑い声がコート内に木霊する。

 

「おら!!」

 

 

ッガ!!

 

 

男達はしゃがんでいる英雄を殴る蹴るの暴行を始めた。

英雄は目がまだ回復していない為、避けられない。

 

「おいおいもうおしまいかい?」

「根性みせろよぉ。」

「ぎゃっはっは。つかこうなったらどうしようもなくね?」

「たしかに。俺でも無理だわ。」

「お前何様なんだよ。」

 

「英雄!!止めなさいってば!!

 

男達はしゃべりながらも暴行を止めない。リコの静止は空しく響くのみ。

 

「そろそろ飽きたし、とどめ!」

「あ、俺も。」

「そんじゃ順番でいくね?」

 

交代に英雄の腹部に蹴りを入れていく。

 

 

ッメキ。

 

 

「っがは!!」

 

不気味な音が英雄から鳴る。

 

「ピーーーー。そこで何をやってる!?」

 

そこに巡回していた数人の警察官がやって来た。

 

「やばくね?」

「逃げろ!」

 

男達は走り出す。リコは直ぐに英雄に駆け寄る。

 

「英雄!!大丈夫!?.....っ!!!」

 

顔に傷が複数あり流れた血が服を汚していた。そして、英雄が右腹部を抱えている。

 

「さすがに...痛い。」

 

英雄は無理やり苦笑いをするが、余計に痛々しい。

 

「君達大丈夫かい?ってひどい怪我じゃないか!?おい!救急車呼べ!」

 

警官が話しかけてきた。

 

「...ん?君達は学生かい?こんな時間になにをしてるんだい?」

 

「すいません。ここでバスケットをしていたら、彼らが絡んできて無視して帰ろうとしたら...。」

 

「逆上して一方的に暴行を加えたってことだね?」

 

しゃべることもしんどい英雄に代わってリコが答える。

 

「じゃあ調書とるから、あそのままでいいから。」

 

「はい。」

 

救急車が到着し、英雄は病院で応急処置を受けていた。

明日、念のために検査と改めて事情聴取をすることになった。

リコは、落ち着きを取り戻し自宅に連絡することに。

 

「あ、パパ?ゴメン帰るのもう少しかかりそう。うん、実は...」

 

父・相田景虎に相談することにした。

 

「―うん。そうなの。お願いできない?...ホント?...ありがとお!!うん...わかった。」

 

電話を切り、英雄のところへ。

 

「どうだったの?」

 

「頭部へのダメージがあるから、今晩はここで様子見ろだって。」

 

「...そう。....もしかして脇腹...。」

 

「ん、ひびが入ってるかもって。」

 

「...ゴメン。私の

「明日さぁ...先に遅刻の申請しといたほうがいい?」

 

リコの言葉を遮る。

 

「遅刻?...って試合に出る気?無理よ!そんなんじゃ碌に動けないじゃない!!」

 

「...そうかもね。でも、相手は桐皇..いや青峰だ。こんな状態でも役立つかもしれない。」

 

「...なんで。」

 

リコは俯き呟く。

 

「それにみんなが知ったら心配して、試合に影響するかもしれない。だったら遅刻にした方がごまかせる。」

 

「...もういい、もういいから、休んでなさい。明日、パパが迎えに来るから。」

 

「おっさんが?そっか...ありがと。」

 

「...じゃあ、ね。そろそろ帰るわ。」

 

「俺も寝るかね。」

 

2人はそこで分かれた。大きな不安を抱えて。

それでも決戦は迫る。



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遅刻者

事件の翌日。つまり、試合の日である。

事件をしらないメンバーは、試合に向けて体の調整をしたり意気込んでいたりしていた。

 

 

 

英雄は病院で1日過ごし、検査の前にある人物と会っていた。

 

「お初にお目にかかります。手前、誠凛バスケ部で杯を交わしております。補照英雄でござんす。」

 

中腰になり片手を下に添えて掌を相手に向ける。江戸時代とかの渡世人の挨拶である。

 

「ああ、キミがリコの言ってた子かい?確かにおもしろいね。ていうかどうしたの?階段でころんだのかい?」

 

「いや、もういいです...。」

 

ボケを殺されて少し凹む英雄。

 

「そうかい?始めまして補照君。」

 

「英雄でいいですよ。木吉さん。」

 

「だったら俺も鉄平でいいよ。」

 

木吉鉄平...去年の中心選手でありインターハイ予選で故障の為、リタイアした部の創設者。故障後この病院に入院していた。

 

「怪我の調子はどうですか?」

 

「あともう少しってところかな。というより、英雄も相当ひどいと思うんだが...。特に右の脇腹なんかがね。」

 

「大丈夫ですよ。ちょろっとひび入ってるくらいですから。」

 

「そうか。ま、頑張るのはいいけどあいつらにあんま心配かけんなよ。」

 

「そう、ですね。ただ、今日はキセキの世代との試合なんですよ。」

 

「...出るつもりなのか?」

 

「わかりません。俺がいなくてもなんとかなるなら任せます。そうじゃないなら....。」

 

「...俺も怪我をしてる身だ。復帰を前に同じことを考えるよ。あまり無理はしないようにな。」

 

「うっす。」

 

 

『補照英雄様、診察室までお越し下さい。』

 

 

呼び出しの放送がなる。

 

「あ、じゃあ失礼します。」

 

「ああ、またな。」

 

 

相田景虎の付き添いで検査を開始した。

検査の結果。脳への影響はなく、最悪のケースは回避された。

ただ、上半身の打ち身・痣が数箇所。右の脇腹の2本にひびが確認された。全治2週間。

激しく動くことを医師から止められもした。

 

「それじゃあ、また来ます。」

 

英雄は笑顔で返し、医師は溜息をした。景虎はただ口を出すことなく英雄を眺めていた。

検査を終えて、車で警察署に向かっている途中。

 

「おい。クソガキ。」

 

「なんすか?」

 

「そのなりで試合に出てどーにかなると思ってんのか?」

 

「確かにお客さんとか変な噂すんでしょーね。」

 

「そっちじゃねーよ。ったく...ホントに馬鹿だなお前。」

 

「昔から言ってたでしょ?『人生を楽しむコツはどれだけ馬鹿なことを考えられるか』って。」

 

「大真面目に実践してるやつ見たことねーわ。」

 

「俺もっす。」

 

「お前のことはどーでもいいが...。リコを泣かせたら覚悟しとけよ。」

 

 

 

リコ side

 

 

『...なんで。』

 

私が呟いた言葉。

 

『なんで抵抗しなかったのか?』

 

あの時、目が開けられなくてなすがままだった。でも、何かしら反撃でいたはず。英雄は実際のところ、強い。素人相手じゃ数人いようが返り討ちにできる。事実上リタイヤとなった英雄を見るとそんなことを思ってしまった。

聞くまでもない。私は知っている。3年前の事件で強制大部になった時、英雄が泣いていたことを。

誰にもばれないように声を殺して。反省と後悔を繰り返し。

だから、英雄はやり返さない。もし殴り返していたら、誠凛バスケ部は出場停止、それどころか一定期間の他校との試合禁止もありうる。

バスケができない辛さを知っているから、せめてと体を張った。

 

アイツはどこまでも前向きだ。ほとんど後ろを見ない。どんなことがあっても前を見ることを止めない。

 

「傍から見てるとフラフラ歩いてるようにしか見えないのにね。」

 

私は、普段のアイツを思い出し笑ってしまう。

英雄が来て1年。ウチに進学すると言ってくれたことは嬉しかった。そして、ウチに齎したものは数え切れない。

できたばっかりで人数の少ない部内に競争。弱点だったインサイドの強化。そして、幾度となく戦況を覆したあの笑顔。

依存してるみたいで駄目ね。だから、今回は英雄の分まで頑張ろう。

その前に皆に知ってもらわないと。

 

「みんな!ちょっと聞いて!!」

 

 

side out

 

 

 

誠凛メンバーは会場に向かう前にリコから、事件について教えられた。

英雄は試合開始時間に間に合わないこと。軽くない怪我をして満足に動けないこと。リコとしてはできれば出したくないと考えていること。

メンバーの表情は固まる。英雄は予選トーナメントでインサイドの中心を担っていた。

火神のような高さは持っていない。しかし、ポジショニングや運動量での安定感はチームに欠かすことができない。実際に、全国クラスのセンター秀徳・大坪と渡り合っていた。

つまり、OF・DF共にランクダウンしてしまう。

特に2年は去年の鉄平のことを思い出してしまう。

 

「みんなのいいたいことは分かるわ。でも、アイツにこれ以上頼ってばかりじゃ全国になんか行けないわ。それにみんなだって成長してる。大丈夫よ!」

 

リコは必死に鼓舞する。

 

「日向君達も。あの時とは違うわ。火神君や黒子君だっている。自分達で勝利を掴むの!」

 

「そうですね。できることを精一杯やるだけです。」

 

黒子が最初に応える。

 

「そーだな。っというか別に英雄に頼ってねーしな。」

 

火神も続く。

 

「むしろ先輩らしく引っ張っていかねーとな。」

 

「それに去年みたいな情けないことなんかできないしな。」

 

2年も表情が明るくなる。

 

「大丈夫です。英雄君がいなくても誠凛は強いです。」

 

メンバーの精神的な成長にリコは息をつく。

 

「とにかく、試合に集中して!」

 

 

 

 

場所は変わって警察署。

事件の加害者である、男数人は逮捕されており、完全な被害者として調書を取られていた。

そんな中、英雄は時計を気にしていた。

警察署から会場まで、車で1時間程かかる。できるだけ速く到着したいと思っていた。

しかも、荷物が自宅にある為、更に時間がかかる。

取調べが終わると景虎の元へ急ぎ、

 

「おっさん!頼みます!!」

 

「しゃーねー。乗れ!」

 

英雄は今自分でできることを考えて、リコにメールを送る。

内容は『試合の状況を逐一教えて欲しい。』

 

 

 

 

誠凛対桐皇

序盤、キセキの世代青峰が遅刻するという事態が発生した。

その為、青峰が到着する前に点差をつけようとした。

しかし、桐皇は青峰抜きにしても実力は高い。とにかく個人技を使い一対一を徹底したチームである。

同じ土俵で戦うのは部が悪い。誠凛はいつも通りパスワークで得点を狙う。

 

それを桃井の収集した情報により、プレーが読まれてしまう。攻撃パターンどころか、どう成長するかも読まれ、特に2年は碌に動けないでいた。

そこで、攻撃の軸を火神・黒子にシフトチェンジする。火神の超ジャンプは分かっていても止められない。黒子に関しては全く読めない。桃井の情報網を掻い潜ることに成功した。

そこから誠凛のOFは息を吹き返し、第2クォーターで遂に逆転を果たす。

 

流れを掴んでいる中、第2っクォーターラスト1分に青峰が到着する。

その間に点が動くことは無かったが、実力の片鱗を見せ付けられた。

ハーフタイムにリコは携帯電話を鞄にしまう。リコは英雄のメールを無視していた。何故なら、英雄を試合に出す気が無い為である。それに、火神と黒子がいれば勝ち目があると思っている。

 

第3クォーター。誠凛は一旦黒子をベンチに下げた。その際に黒子が青峰にこだわっており、試合に出続けると言い出していた。火神がそれを静止させなんとか引き下がった。

開始直後から青峰のアイソレーション。火神と青峰の1on1。

青峰の敏捷性は凄まじく、キレのあるドライブは火神でさえ付いていけない。あっさりと勝ち越しされる。

火神の目が慣れて対応できるようになったところに、青峰の本来のプレースタイルが襲う。

基本の型にはまらない、独自性溢れるプレー。

これまで2人のキセキの世代と渡り合った火神ですらとめられないという事実は誠凛に深刻なショックを与えた。

流れを変える為、黒子を投入。ミスディレクションを利用したパスとスティールで点差を縮める。

が、黒子のイグナイトパスを青峰に止められて、5人抜きの上ダンクで火神と黒子を吹き飛ばす。

第3クォーター残り5分

47-63

点差は広がっていく

もはや打つ手なし、敗北決定かと思われた。

 

『もう決まりじゃね?』

 

観客からもそんな声が聞こえる。

 

「(何か手を...。どこかに突破口があるはず...。ピンチなんていままでも乗り越えてきた。今までなら...。って違う!英雄はいない!)」

 

リコは血が出そうなほど唇を噛みながら思考を巡らせる。コートで必死に戦っているみんなの為に何か戦況を変える手段を取る為に。

 

 

ギィィィ...パタン

 

キュ

 

キュ

 

キュ

 

 

「ん?」

 

小金井は物音のする方へと目を向けた。

 

「あ...。」

 

小金井は口を開けたまま動きを止める。

リコもつられて小金井が見ている方を見る。

 

「間に合った...かな?つかリコ姉、メール無視しないでよ。傷つくじゃん!」

 

そこにいた人物は顔の数箇所に湿布を張り、額に包帯を巻いていた。見た目は痛々しいがいつもと変わらぬ表情で声を張る。コートにいる者も声に気づき目を張る。

 

「16点差か...おっけぇ間に合った!リコ姉、タイムアウト。」

 

誠凛のジャージを羽織り、颯爽と歩いて誠凛ベンチへと近づく。

 

「ヒーロー見参!!ってね。」

 

片手を腰に当て、残った手を反対側にかざしポーズを決める。

リコはタイムアウトを申請し、ふっと笑う。

 

「やっぱ来ちゃうのね...。というかヒーローが遅刻なんて悪い冗談よ。」

 

「だろうね~。」

 

 

その人物の名は...補照 英雄

 

 

『誠凛、タイムアウトです。』

 

 

 

「英雄お前...大丈夫なのか?」

 

日向は英雄の状態を見て心配そうに問う。

 

「いちちち。まあ大丈夫なんじゃないですか?」

 

英雄は顔の湿布をとりながら答える。

 

「けど、その怪我は...。」

 

英雄の怪我を見た伊月は顔を顰める。

 

「ぶっちゃけ、インサイドの競り合いはしんどいっす。でもやりようはあるから大丈夫っすよ。」

 

「みんな聞いて!ここで一気に点差を詰める為に博打を打つわよ。まず、火神君を1度下げるわ。」

 

「だっ大丈夫です!!やれます!!」

 

リコの指示に拒否を表す火神。

 

「勘違いしないで。あくまでも、少し休ませる為よ。今までかなりの負担だったもの、このままじゃ最後までもたないわ。2分だけでいいから休みなさい。」

 

「っく....。分かりました。」

 

「よし!そして黒子君も火神君が復帰したらもう1度下がってもらうから。ミスディレクションも第4クォーターまでもたないでしょ?」

 

「はい。」

 

「水戸部君は火神君が戻るまでインサイドをお願い。」

 

「...。(コク)」

 

「具体的な対策はどうするんだ?俺達は桐皇に読まれちまってるし、なにより青峰を抜けるのか?」

 

日向は英雄に現状を伝える。

 

「う~ん。具体的なねぇ~。」

 

「おい!そんなんで大丈夫か!?」

 

「そりゃあ、あっちの土俵で戦ったら分が悪いのは当然だと思いますけど...。」

 

「土俵?」

 

「あっちはとにかく1対1なんでしょ?そんなの付き合う必要なくないですか?いつも通りにすればいいんですよ。」

 

「そうは言うが...。」

 

伊月もまだ納得していない様子。

 

「流れを掴む為に、こっちもリスクを負ったプレーをしなきゃなんないですけど。そんなに難しく考えなくてもベストなプレーをすればいいんです。『ベストラン・ベストパス・ベストシュート』ですよ。」

 

「簡単に言ってくれるよな...。お前は当然それができると思ってんだろ?」

 

「あったりまえ!っすよ♪順平さんはもっと自信を持ってもいいんです。誠凛のキャプテンなんすから。」

 

「いやな後輩だな...。怪我を推してまで駆けつけたんだ、乗ってやるか!」

 

「俊さんと水戸部さんはもっとチャレンジしてください。それを選択できるレベルまで来てるんすから。」

 

「...。(コク)」

 

「ホント、言ってくれるな。」

 

「一応聞いときますけど、まだ走れますよね?」

 

「当たり前ぇだ。舐めんな!」

 

「テツ君は~うん、なんか硬い。」

 

「は?」

 

「こんなときこそ笑っとけ笑っとけ。自然体ってやつだよ。それともあれかい?笑わせてみろってフリかい?」

 

「...ふふ。わかりました。」

 

いつしか不安に染まった表情は消えていた。

 

「初っ端から奇襲すんで、フォローをお願いっす。」

 

 

ビーーーー

 

 

「っしゃあ!気を取り直していくぞ!!」

 

両チームがコートに戻る。

 

「よお、天パ。」

 

「おお、ガングロ。中華以来。」

 

「お前が誠凛にいたとはな。なるほどな緑間に勝てるわけだ。つかなんだそのなりは?」

 

「これ?イメチェン。パーティーに遅れた分は貸しにしとけよボーイ。」

 

「んなイメチェンあるかよ。つかホントにキャラ変えんな。まあいい、楽しみが増えたんだがっかりさせんなよ。」

 

「怪我人なんだから労ってよ。」

 

「するか馬鹿。つかやっぱ怪我なんじゃねーか。」

 




ヒーロー見参・・・某卓球映画の登場人物・ペコがした決めポーズ


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思惑

「ここで彼が来ますか...。とことん目立つことが好きなようですね。」

 

桐皇の監督原澤が呟く。

 

「監督、彼をご存知なんですか?」

 

横にいた桃井が質問する。

 

「初めて見たのが4年前ですかね。それがとても印象的でね。その後、サッカーに転向したようです。去年に知人からバスケに復帰すると聞いてスカウトもしました。まあ、ふられてしまったんてるんですがね。」

 

「え...?」

 

「皆さんはあまり彼のことを知らないようですが、もしウチに来ていたらそこに立っていたでしょう。ちなみに桃井さん。」

 

「あ...はい。」

 

「彼の情報はどこまでできていますか?」

 

「他の選手同様、今までのものとこれからのものを渡してあります。当然、サッカーで全国に言ったことも。」

 

「ふむ...。桃井さんの力は認めていますが、修正の用意をしておいてください。」

 

「...はい。分かりました。」

 

「どうやら、怪我をしているようなので大丈夫だと思うのですが、念の為です。」

 

原澤は冷静に言うが、桃井含めベンチのメンバーは困惑している。

予選が始まるまで、名前も聞いたことの無い1年生がそこまでの選手なのだろうかと。

 

 

 

誠凛ボールで再開。

英雄に青峰がマークに付く。水戸部がスクリーンに入り、マークを外す。同時期に黒子がミスディレクションでマークを外す。

 

「(知っとるわ。秀徳戦で見せた。黒子・補照の連携パスやろ。)」

 

桐皇はスティールに備える。

英雄は予測を無視して3Pラインの外まで走る。合わせて黒子からのパスが出る。

 

「いけません!急いで止めなさい!」

 

監督原澤から指示が出る。ボールが英雄に渡りシュートモーションに入る。

そこに、少し出遅れたものの青峰が一瞬で距離を詰めてくる。その光景に1度は焦ったものの安堵する桐皇。

英雄はモーションを止め、ワンドリブルでバックステップし、再度シュートを放つ。

 

「何!?」

 

青峰はシュートを止めたと思い込み、間に合わない。手を伸ばしても1歩分だけボールに届かない。

 

「(3Pやと!今までそんなそぶりなんかなかったやないか!桃井の情報にもなかったで!!)」

 

桐皇・今吉の表情が変わる。

予選トーナメントでは1度も見せなかった3P。シュートレンジは精々ミドルレンジだと思っていた。

青峰のブロックもあっさりかわして決めた事実は大きい。

 

「やるじゃねぇか。おい。」

 

青峰は愉悦の表情を浮かべる。

 

攻守交替。

英雄の情報修正をしたい桐皇は青峰に回そうとする。

今吉が青峰の位置を確認しようとすると、目の前に英雄が現れる。

 

『ダブルチームだ!』

 

伊月・英雄のダブルチーム。英雄が青峰のマークにつくと予想していた為、対応が追いつかない。

 

「(ほんなら誰が青峰を...。...!!!)」

 

今吉が青峰を見ると、完全にフリーになっていた。

青峰自身も自分が無視されていることに驚き、同時にイラだっていた。

 

パン

 

「しもうた!!」

 

目を離した隙に英雄がボールを弾く。弾いたボールを伊月がキープ。

 

「速攻!!」

 

なんとか止めようと今吉が追いすがる。伊月は追いつかれる前に右にボールを出す。

3Pライン付近で英雄が受ける。

 

「青峰が来てんぞ!!」

 

日向からコーチングが入る。日向の言うとおり青峰が迫る。

しかし、英雄は練習どおりの自然なモーションで左に流されながら、放つ。

青峰のブロックは1cm届かない。

 

『10点差!!』

『すげえ!流れが変わるぞ!?』

 

53-63

 

誠凛の追い上げに会場は沸きあがる。

桐皇は速攻を返そうとエンドラインから今吉にパスを出す。

それを黒子がスティール。

 

「(あかん。またやってもーた!)15番をチェックや!」

 

黒子は英雄とは逆の方向にパスを出した。

英雄に意識が集まりすぎて虚を突かれた。パスを受けた日向の3Pは誰にも阻まれることなくリングを通過する。

 

56-63

 

遂に点差が一桁に。誠凛の奇襲が成功した。

 

 

 

 

「英雄が3P!?そんなん今まで...。」

 

誠凛ベンチで息を整えている火神は驚いていた。

 

「そういえば1年は知らなかったっけ?日向君達2年は知ってるんだけど。2年の個人練習に1年間付き合って同時に各々のスキルも学んでいるわ。それに今までは使えなかったが正しいの。秀徳戦もインサイドから離れられなかったし。」

 

「1年間?あいつは1年じゃあ...。」

 

「そうよ。でも英雄が練習に参加したのは去年の夏からなのよ。だからこそ、1年でありながらあそこまでの連携ができるのよ。火神君も良く見ておいて、そして何かを掴み成長しなさい。それが青峰君に勝つ方法よ。」

 

「...うす。」

 

「よし!もうすぐで交代だから準備を欠かさないで。」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

この試合を観戦しに海常・黄瀬と意味不明な変装をした緑間が来ていた。

 

「補照っちが3Pとはね~。さすがというかなんというか...。」

 

「だが、これで戦況は変わる。外からの攻撃が2枚になったのだからな。それにしてもあの男どれだけ引き出しをもっているのだ。」

 

「桃井っちも読めなかったみたいっスね。」

 

「実際にやって思ったのだが、あいつはプレーの見せ方というのが非常に上手い。仮にデータを持っていてもあまり効果はなさないだろう。」

 

「見せ方?っスか。」

 

「虚実を混ぜ込み裏をかく、要は駆け引きだ。常にアホ面である為、内情は読み取れない。馬鹿であるがゆえ、行動も読みきれない。ある意味桃井の天敵だろう。」

 

「ああ。緑間っちも裏かかれてアリウープくらってたスね。」

 

「だまれ黄瀬。あれは油断してただけなのだよ。」

 

「なにゆってんスか。めちゃめちゃガチだったじゃないスか。それにしてもあれ程強いのにいままで名前も聞いたこと無いって不思議っス。」

 

「...ん?そういえば1つ思い出したのだが。」

 

「何スか?」

 

「赤司から又聞きしたことがあるのだが。なんでも、帝光中学にバスケでスカウトをされて蹴った奴がいたそうだ。一部の関係者曰く、『もし帝光にきていたらキセキの世代として数えられていた』」

 

「っは?なんスかそれ。聞いたことないっス!」

 

驚愕する黄瀬。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

桃井も驚愕していた。

他のプレーと違い3Pというのは実に付くまでにかなりの練習量を必要とする。

短期間でできるものではない。つまり意図的に隠されていた可能性が高い。

 

「すいません監督。すぐ修正します。」

 

「いえしょうがないでしょう。あいつらもそろそろ対応できるでしょうし。」

 

「はい。」

 

 

 

今度は確実にハーフコートまでボールを運んだ桐皇。

英雄も青峰のマークについている。そのままアイソレーションの形へ。

青峰にパスが渡る。

チェンジオブペースからのクロスオーバー。

 

「うお!!」

 

抜かれかけるがなんとか追いすがる。が更にレッグスルーで逆に切り返す。

 

ピキッ

 

踏ん張ろうとした英雄の動きが一瞬止まる。その間に離されて水戸部がヘルプに入るもフェイダウェイで決められる。

 

「英雄!大丈夫か?」

 

英雄が右の脇腹を抑えていた。心配した日向が駆け寄る。

 

「...でーじょうぶっす。それにしてもあんなん相手に火神も良くやったっすね。」

 

「どうだ?なんとかなりそうか?」

 

伊月も声をかける。

 

「1個だけ...。とりあえず試してみますよ。まずは点とらないと。」

 

「だな。やるからには容赦しねーから、走れよ。」

 

「うっす。」

 

誠凛は黒子の中継パスで水戸部に回す。ローポストの水戸部はフックシュートのモーションに入る。

 

「(だから、分かってたら怖くねんだよコラー!)」

 

桐皇・若松はボールを弾こうと手を伸ばす。

 

「若松!15番がいっとるで!」

 

今吉からの声が聞こえた時、ボールが水戸部の手から無くなっていた。

水戸部が片手に持ち上げた状態で、英雄がスイッチしていた。英雄のステップインからのレイアップ。

そこに青峰のブロックが襲う。ボールは軽く弾かれて、宙を舞う。

 

「うぇええ、これでも点入らんのん?軽く引くわ...。」

 

堪らず英雄の泣き言。

 

「英雄!戻れ!速攻来るぞ!!」

 

「おおっと!すんません!」

 

日向を追うように戻る。桐皇の速攻が来る。

何とか抑え、速攻崩れから青峰にボールが渡る。

英雄は半身気味に構える。それを見た青峰はにやりと笑う。

再度凄まじいキレの変則的なクロスオーバーで抜き去ろうとしている。そこで英雄は、わざと左を空けて通過させる。ノーマークにせず、ついていくだけ。

そこにヘルプに来た水戸部が待ち構える。

 

『追い込んだ!!』

 

ここでダブルチームで捉えようとする。しかし、青峰は止まったと見せかけて急加速で水戸部を抜き去る。

英雄はここで追いすがり、コーナーに追い詰めた。トリッキーなプレーで抜こうともスペースが無い。無理をするとアウトボールになる。青峰のプレーに制限ができた。

ロングシュートならばフォームレスシュートであろうが、動作も大きくなりとめやすいだろう。

だが、青峰は躊躇無く跳んだ。通常のシュートモーションではない。英雄以外は火神がマッチアップしたときの投げつけるようなシュートを思い出した。

その時同様に投げる...寸前で英雄の手が伸びる。

 

 

バチィ

 

 

『ピーーーー。ディフェンス!15番!』

 

観客はこの一覧のプレーに沸くが、選手側はそうはいかない。

 

「(ファールで止めた...やと!)」

 

今吉達、青峰の力量を知る者は驚愕し、

 

「なるほどね。そうゆう手があったのね。」

 

リコ達誠凛側は感心していた。

青峰のフォームレスシュートは、基本とはあまりにかけ離れている。DFは判断に戸惑いシュートを許してしまう。

当然、審判も判断が難しくなったくる。リングに当たって初めてシュートと判断できる。だから、英雄はボールが放たれる前に止めた。

審判の判断に頼る為絶対ではないが、シュートと判断されなければフリースローは青峰に与えられない。

そして、現在の英雄の目的は

①最低でも点差を維持しての時間稼ぎ

②奇襲をかけて点差を縮める

③桐皇の情報を引き出す

である。

第3クォーター終盤でファールの1つや2つ取られてもほとんど痛くない。

むしろ桐皇のチャンスを潰せた時点で利が勝っている。

 

そして...

 

 

ビーーーーー

 

 

『誠凛、メンバーチェンジです。』

 

誠凛は1つ目の難関をクリアした。




長くなりそうなので、1回切ります。
申し訳ございません。


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乱戦突入

火神 IN   黒子 OUT

 

 

「おっつ~。お加減はいかが~?」

 

無駄に気さくな英雄が火神に問いかける。

 

「つかお前の方が大丈夫か?」

 

試合に出て2分程度の汗のかき方ではない。

 

「ああ、気にしなさんな。そっちも膝とかどーよ?」

 

「問題ねぇ。」

 

「そんじゃ青峰よろしく~。」

 

「...ああ。」

 

火神の表情が曇る。

 

「火神の思ったようにすればいいさ。考えすぎだ、長所がつぶれるよ?後ろは俺らに任せろ。お前が思う最高の場所に走りこめ。」

 

英雄は諭し走り去っていく。

 

 

 

 

もはや青峰の興味は火神から英雄に移っていた。

 

「やっぱあいつはおもしれぇ!」

 

1ON1では負けはない。それは確信に近いもの。

しかし実際はチームとしてどうかと問われれば、点差は縮まっている。

初っ端の連続3P、ダブルチーム、ルールを背に隙をついてくるなど、自由な発想でペースを乱してくる。チームの総合力では桐皇が上という事実を無視して。

プレースタイルや考え方は違えど、間違いなく自分と同じタイプの人間だと思う。

だからこそ、嬉しさ半面不快に思う。

なぜ、火神がマークについているのかと。この試合での番付はすんでいるのにだ。

先程完全フリーにされたときといい、感情が揺さぶられる。

でも、それでもいいと思っていた。

こんな感じは本当に久しぶりだったから。高校に進学してから、毎日が退屈だった。練習だろうが試合だろうが関係なく瞬殺してしまう。

この上なくストレスだった。緑間を倒した奴がいると聞いて少しは期待したが、やっぱり駄目だった。

そんなときに、傷だらけになった天パを見つけた。恐らく、満身創痍なんだろうが憤りをぶつけるにはちょうどいい。こいつが折れないのは知っていたからだ。

そこにきての奇襲に奇策、本気で勝ちにきている。そんな顔を見たら、とことんボコボコにしてやろうと思った。

マークにつかないなら、引き釣り出してやればいい。

 

 

 

桐皇のスローインで開始。

未だ英雄を図りかねているので青峰に集めた。

青峰の独創的なドライブに火神はまだ対応できない。左右に振り、敏捷性をもって抜き去る。

 

「ちょっと待った~!」

 

そこに割ってはいる英雄。待ってたと言わんばかりににやりと笑う青峰。既にスピードに乗っている。このままチェンジオブペースで抜こうとする。

英雄は青峰が動くと同時にバックステップで少し距離を開ける。キレで見失わないように。

 

「甘ぇよ。」

 

ドライブを止め、放りなげるようなシュート。

 

「美味しいとこは任せるよ。...エース。」

 

「だぁああああ!!」

 

追いついた火神が手を伸ばしボールに少し触れる。

 

 

ガン ガン パサッ

 

 

シュートの軌道を少し変える事ができたが、失点は防げなかった。

 

「あぁ~おしい!」

 

誠凛ベンチから声が上がる。

せっかく盛り上がりかけた士気を失う訳にいかず

 

「大丈夫よ!DFが形になってきてる!」

 

ポーカーフェイスで阻止する。

 

 

 

「っくそ!読めねぇ。」

 

火神が悔しそうに顔を顰めるが

 

「まあ、即席だからあんなもんじゃない?」

 

「次は止める!」

 

「その意気その意気!」

 

 

伊月から火神に渡る。マークは青峰。英雄にはSFの諏佐がマーク。青峰としては英雄のマークがしたかったが、今吉がなんとか諌め従った。

英雄はこの試合でゴール下を避けていた。その為、英雄よりも火神の高さが脅威と判断した。これならば、リバウンドで勝り有利に試合を運ぶことができる。

火神は45度の位置から左にドライブ。青峰は難なく着いてくる。そこに水戸部がスクリーンに入る。

 

「よっし!」

 

火神はフリーになったことを確認し、ゴール下まで走る。若松がスイッチし、マークにつく。火神は構わず超ジャンプでダンクを狙う。

それでも青峰は逃がさない。若松の頭上にあるボールを叩き落とす。ブロックの勢いでボールが遠く飛ぶ。

コートにいる者はボールの行方を追った。

ボールを奪取したのは英雄。諏佐がリバウンドの為、英雄から目を離した隙に移動していた。

諏佐が直ぐにつめるが英雄のジャンプシュートに間に合わず得点を決めた。

 

 

58-65

 

 

『ダブルチームだ!!』

 

青峰に対して、火神・英雄のダブルチームを仕掛ける。

 

「やはり、そうきましたか...。」

 

監督・原澤は予想していたが、余裕の顔ではない。

 

「良!」

 

「は、はい!すいません!」

 

青峰はボールを要求する。周りの不安をよそに。

 

「そこが狙い目~。」

 

英雄が数秒だけ青峰を足止めする。その隙に火神がスティール。

 

「しまった。戻れ!!」

 

桐皇は誠凛の速攻を阻止する為、急いで戻る。最前線には火神・英雄、そして青峰が走っている。

火神は逆サイドに走る英雄にパス。受けた英雄のステップインからのクロスオーバーシュート。

これもまた青峰がしっかり反応している。英雄はボールを下げて背中越しに隠す。

それを受け取った火神のワンハンドダンク。

待ちに待ったエースの得点はチームを盛り上げる。

2人がかりでも青峰から得点した事実は大きなものになる。

 

攻守交替で再び青峰にダブルチーム。

ここで今吉はOFから青峰を外すことにした。シューターの桜井に回し、外に引き付けインサイドで得点する。

この目論見は当たり、難なく成功した。現状、誠凛のインサイドは水戸部1人。ヘルプを考えても桐皇が有利。

桜井のマークが甘ければ、そのまま3Pで得点を重ねた。

 

対して誠凛は英雄を中心に得点を量産した。アイソレーションはせず、火神をフォローしながらガンガン突っ込ませる。それによりDFを崩れさせて隙を突きつづけた。

桐皇側も直ぐに対応してくる為、得点するのは容易くなかった。

それでもアーリーOFでDFが機能する前に得点し、これ以上離されないように食らいついていた。

途中、黒子を投入しようとしたリコを英雄がアイコンタクトで止め、我慢に我慢を重ねていた。

 

 

「日向!」

 

伊月からのパス。受けた日向は近くまで走っていた英雄にパスする。英雄は背中越しにボールを隠しながらダイレクトで弾く。

ボールはコーナーに流れ走りこんでいた日向が受け、3P。

 

『誠凛、しぶとい!!』

『がんばれ!!』

 

観客も終わりかけたゲームをここまで立て直した誠凛の応援をするようになっていた。

 

ビーーーー

 

そこで第3クォーターが終わる。

 

 

71-79

 

 

「ほんまやりにくいわ...。」

 

いつのまにかアウェー状態になったことに愚痴る今吉。

 

「ほとんどの観客が誠凛側になっちゃいましたからね...。」

 

桜井も状況により発揮される実力が変わってしまう為、この状況は好ましくない。

 

「んなことよりパスもってこいよ。」

 

「あわわわ...すいません!」

 

「そやかて、ダブルチームが続くようならこっちの方が確立高いやん。」

 

「んなこと聞いてねーんだよ...。持って来いつったらもってこいよ。」

 

青峰はかなりイライラしていた。第3クォーター終盤で決めたシュートの本数は1桁。ほとんどパスすらもらえていなかった。

 

「おい青峰ぇ!いいかげんにしろよ!!」

 

「青峰君!!」

 

若松も桃井も黙っていない。実際、得点は問題なくできている。点差は離せていないが今吉の判断は間違いではない。

 

「うるせぇよ。だいたい、俺が負けるとでも思ってんのか?2人だろうが5人だろうが俺が決めてやんよ!」

 

しかし、青峰の不遜は止まらない。

 

「分かったわ。アイソレーションはできんが、ボール集めるようにしといたる。監督、それでええですか?」

 

「まあしょうがないでしょう。」

 

「はっ、わかりゃあいんだよ。」

 

結局、原澤・今吉が折れ青峰の我侭を通すことに。

 

「何考えてるの!?ちゃんとして!!そんなことしてる場合じゃないのわかってる!?」

 

満足気な青峰を問い詰める桃井。

 

「うっせーよ、さつき。今、楽しんでるんだ。邪魔すんじゃねー。」

 

桐皇ベンチはこれ以上ないほど、ピリピリしたムードになっていた。

 

 

 

「マジしんでー。」

 

日向が天井を見上げながら愚痴る。

 

「見てるこっちもしんどいわ。」

 

リコも溜息をつく。

 

「さすがにこの体で消耗戦はキッツイっす。」

 

英雄はユニフォームの中につけているコルセットを緩める。

 

「汗が染込んで気持ち悪いんすよ~。」

 

「我慢しなさい。さすがにそれないと許可できないわ。」

 

「ですよね。」

 

「で、黒子君を投入するから。変わりに水戸部君下がって。」

 

「カントク、インサイドはどうするんだよ?正直、今の英雄じゃ厳しいぜ?」

 

「でも、今までの疲労で水戸部君は無理よ。どっちにしろ1度休ませなきゃ。」

 

「じゃあ...?」

 

「高さである程度負けるのはしょうがない。だから、平面での走り合いよ!」

 

「失点度外視のランアンドガン...か。」

 

「博打も大概にしろっとはいいたいが...。」

 

「ああ、実際それしかねぇ...!」

 

火神・伊月・日向はその作戦に乗った。

 

「ぶっちゃけ、やってることはいつもと変わらねぇんだけどね。」

 

「英雄君、余計なことはあまり言わない方が...。」

 

「英雄、うるさい。」

 

「いいと思うんですけど。」

 

「いや!もう怒られたし!!」

 

 

ビーーーー

 

 

「まだまだピンチは変わらないけど...。」

 

「ああ、もうひとふんばりしますか!」

 

日向と伊月が意気込む。

 

 

 

第4クォーター開始、いきなり青峰の単独突破。

誠凛は水戸部が抜け、負傷した英雄がインサイドを守っている為、青峰には火神のみ。

青峰は火神を抜き去り、英雄のブロックをフェイダウェイでかわしながらシュートを決める。

 

「取られたら取り返せばいい!!行くぞ!!」

 

日向の鼓舞で気を取り直し、速攻を出す。

 

「黒子!」

 

黒子の中継パスでOFに変化をつける。火神と英雄選択しが2つになった為、通用しなかったイグナイトパスも冴え渡る。

いくら青峰といえども、この2人を抑えきれない。火神に青峰、英雄に若松・諏佐で完封する作戦だった。

得点力の無い黒子をあえて放置し、ポストアップした英雄に集中した。

英雄の体が軋む。コルセットとテーピングで固めている為、いつものようなしなやかな動きはできない。体の競り合いなら尚更だ。

歯を食いしばりながら、ポストを諦めパスをもらいに行く。マークの2人も追いかける。

わずかにできたマークの隙間に向けて膝を落とす。上半身は固められているが、下半身は生きている。足首・膝・股関節を使い重心操作することでできる急転換。

油断を見事に突いた。黒子も英雄に合わせてバウンドパス。

なんとかパスを受けたものの笠松と諏佐が迫りつつある。英雄はステップでゴールから横に流れシュートモーションに入る。

2人のブロックが阻む。が、英雄のモーションは通常のジャンプシュートではない。

 

「フック...!?」

「マジであといくつ引き出しがあんだコラー!」

 

水戸部が得意としたフック。違うとすれば、英雄の独特なスナップにより高い放物線を描きながらブロックを優雅に超えていた。

 

「水戸部さん!見ました今の!結構イケてんでしょ!」

 

決めた英雄が水戸部の下へ駆け寄っていた。

 

「...。(コク)」

 

水戸部は言葉にしないが笑いながら頷いていた。

 

 

 

勢いを加速させるかのような黒子のスティール。

しかし、桐皇の戻りも速い。直ぐにマークにつく。またしても黒子にノーマーク。

日向から英雄のパスは若松に弾かれ、ラインを割りかける。

それに対して、1番に飛び込んだ英雄。ダイビングキャッチで黒子にパスを出した。たったひとつの意思を込めて。

黒子は中継パスをせずに受けた。黒子が感じた英雄の意思、言葉にするならば『挑戦しろ』。

そして構える。

 

「え?」

 

桐皇ベンチで見ていた桃井は困惑する。

観客席で見ていた緑間・黄瀬も同様に目を見開く。

 

ショ

 

火神や青峰と比べて弱弱しいジャンプシュートはリングを通過した。

 

「よっしゃあ~!テツ君、ナイッシュ!」

 

英雄はいの一番で黒子のゴールを喜ぶ。

それ以外は唖然としていた。誠凛側ですら開いた口が塞がらない。

嘗てのチームメイトの桃井が情報から排除した可能性。

黒子のシュート。

桐皇DFを混乱に陥れた。英雄のマークは実質1人になり、行動範囲を広げる。

青峰で得点を量産するものの、DFが機能しきらない。点差は離せずにいた。

 

80-86

 

ここで誠凛はタイムアウトを取った。

最後の大勝負に出る為に...。




・クロスオーバーシュート
リングの中心を、一方のサイドから逆サイド方向に通りこして、バックボードを使ってリリースするレイアップシュートのこと

黒子のシュートの解説は次回にやります。


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ファンタジスタの定義

なんやかんやで桐皇戦長くなってしまいました。
次で一旦終わる予定。


「で、黒子のシュートについて説明欲しいんだけど。」

 

リコの声で視線が黒子に集まる。

 

「すいません。入るようになったのはつい最近だったので、忘れてました。」

 

「英雄も噛んでんでしょ?どうやったの?普通に練習してても無理だったのに。」

 

黒子から英雄に注目が移る。

 

「ああ、やってたことはシューティングとボウリング。」

 

「ボウリング?なんで?」

 

英雄の回答で頭に『?』を浮かべるメンバー。

 

「そもそも、なんで黒子のシュートが入らないのか。簡単に言えば、スナップに癖があったから。だからひたすら真っ直ぐに転がせることを続けたんだよ。」

 

手の振りと手首の使い方を意識して、あまり重力に逆らわずに投げるだけ。これだけでボウリングは真っ直ぐに転がる。

黒子に必要なのはその手首の感覚だった。このじっくりゆっくり自分のペースでできるやり方は黒子にマッチした。

徐々に上達していく中で、玉の重さも増やしていった。結果改善したスナップと副産物として下半身強化にも繋がった。

そこから、ついてのシュートフォーム改善などを行い今に至る。

 

英雄の説明を聞いたメンバーはあまりにも自由すぎる発想に言葉を失った。

 

「まあこんな感じ?それより、これまでよりもこれからの話をしていいですか?」

 

 

 

 

「残りあとあと4分弱か...。ちょいまずいなぁ。」

 

今吉は得点板を見る。

あくまでもリードしているのは桐皇。それを後半維持していた。

それでも精神的な疲労はたまったものではない。

追う側と追われる側、それを維持したまま約15分。断然追われる方がキツイ。

 

「それにしても桃井、11番のシュートは予期できひんかったんか?」

 

汗を拭いながら桃井を見る。

 

「すいません。中学の時点ではシュートに関して全く上達してなかったので...。まさかこの短期間で...。」

 

桃井は申し訳なさそうに俯く。

 

「まあしゃあないやろ。それよりもこっからどうするかが問題や。」

 

「んなもん決まってんだろ。俺が全部決めて終わりだ。てかそれ以外ありえねーだろ。」

 

「てめえ!ここまできて調子に乗りすぎだ!」

 

若松は青峰に詰め寄る。

 

「若松、ええからちょい黙っとれ。まあそれが1番確立が高いのはわかっとるやろ?」

 

「っく!!」

 

「では、そういうことで決まりです。全員勝つことに拘りなさい。誠凛がどんなことをしようとも確実に得点を重ねれば負けることはありません。」

 

原澤が最後に締めたが、後半途中からのピリピリした雰囲気が少し懸念していた。

 

「テツがシュートね...。この目で見ても信じらんねーぜ。全く変わってねーって言っちまったけど、見間違えたか...。」

 

青峰は遠くの黒子を見つめていた。

 

「ホントやっぱかっこいいな。それにしても、帝光でもどうにもならなかったのに、どうやったんだろ?」

 

桃井も青峰につられて思いを馳せていた。

 

 

 

「あんた...本気で言ってんの?」

 

少し怒気が混じりながら英雄を問い詰めるリコ。

 

「..うん。こっからはできることだけやってたら負ける。その為にコルセットを外す。」

 

今まで桐皇からの当たりをなんとか耐えていたのは、コルセットで衝撃を緩和していたからだ。

それを外すというのは、自殺行為のようなもの。故にリコは賛成できない。

 

「けどお前。それで残りもつのか?」

 

日向もあまり良い顔をできない。

英雄の試合時間は約10分にも関わらず流している汗の量は普通ではない。負傷した上での激しい運動は、体を痛め酸素の供給を妨げていた。

普段の数倍の疲労を抱えていた。それでも騙し騙しここまでやっていたのだが、これ以上は怪我の悪化は免れない。

 

「お願いします!大事な場面で置いていかれたくない!後悔したくない!」

 

英雄が頭を下げて懇願する。

 

「...はぁ。日向君、この馬鹿をよく見てて。ホントにやばいと思ったら直ぐに下げるから。」

 

他のメンバーが沈黙する中、リコがため息をつきながら指示を出す。

 

「ああ分かった。」

 

「それじゃあ、最後は英雄の提案どおりにいくわよ。最後まで諦めるな!」

 

「「「おお!!」」」

 

 

ビーーーー

 

 

「英雄。」

 

コートに戻る途中日向が話しかける。

 

「ん?どうかしましたか?」

 

「作り笑いもいいが、やるならしっかりしろ。顔、引きつってんぞ。」

 

「うっす。」

 

 

『誠凛メンバーチェンジです。』

 

 

桐皇は誠凛ベンチを見る。

 

 

水戸部 IN   伊月 OUT

 

 

「そうきましたか...。」

 

原澤は理解した。

 

「確かに1度だけ試したことは知ってますが、まさかここで!?」

 

桃井も理解したが、驚きが勝る。

 

「ということはマッチアップはわしか?」

 

今吉は苦笑いをし

 

「これは結構やばいかもな...。」

 

青峰は言葉と裏腹ににやりと笑っていた。

 

誠凛の最後の1手。つまり...

PG 補照英雄

 

怪我の為、ゴール下でのプレイには限りがある。が、このポジションならそれが軽減される。

尚且つ、今吉と英雄はミスマッチとなり、今までのOFパターンの情報は使えなくなる。

この終盤で、悪夢のような1手。

 

 

桐皇からの再開。

「(こことらんとホントにまずいで)青峰!」

 

今吉がパスを出す。フリをして左にドライブ。桜井にスクリーナーをさせて抜け出し、そこで青峰にパス。

受けた青峰のドライブは確実に得点に繋げる。

 

「怪我しとるとこすまんのぅ。こっちも簡単に負ける訳にいかんのや。多少せこくてもかんにんしてや。」

 

息の荒い英雄に言う。

 

「別にかまわねっす。こっちもセコイプレーやっちゃってるんで。」

 

ふっと笑い移動する英雄。

 

「ここまできたんだ、勝つぞ!!」

 

この試合、唯一出づっぱりの日向だが気合で体を動かす。

 

「「「しゃあっ!!」」」

 

誠凛OFは変わらず展開の速いアーリーOF。リードを英雄が行う。桐皇は本来ならある程度、情報を引き出そうとするが、第4クォーターでそれはできない。今吉は迂闊に飛び込めず機会を窺っている。

英雄は間を開けずにペネレイトを仕掛ける。

 

「(いきなりかい!)」

 

英雄のレッグスルーになんとか反応する。

 

「(ボールが...。!持ってへん!?)」

 

英雄は股を通したボールをキャッチせずにパスに変化させる。ボールは空いているスペースに向かう。

これに受けたのは日向。3Pラインではなく、ミドルレンジからのシュート。

桜井はブロックに跳ぶが僅かに届かない。

 

「っち。よこせ!!」

 

ほとんど青峰のワンマン速攻。火神と英雄が追う。

青峰がそのままシュートに向かい。2人でブロックに跳ぶ。英雄の体が接触してしまい。審判の笛が鳴る。

青峰はボールを背に回し、その体勢でシュートを狙う。決まれば得点が認められてフリースロー1本が与えられる。火神が1度嵌められたプレーである。

英雄は何かを感じ取り、体を捻る。ボールの軌道上に英雄の頭が侵入し、顔面にボールが当たった。

そのまま変な体勢のまま、落下する。受身もままならず、落下の衝撃で呼吸が一瞬止まる。

 

「んんん!!」

 

右脇を抱えて悶える。

そんな英雄とは対照的に桐皇は静まりかえっていた。

 

 

「あれをギリギリでも止めるとは...。一体彼には、何が見えているのでしょう。」

 

桐皇・原澤は光景を見つめながら呟く。

 

「???監督、見えるとは?」

 

僅かに聞こえた桃井が問う。

 

「あ、聞こえてしまいましたか。サッカーでいうところの『ファンタジスタ』の定義って知っていますか?」

 

「高い技術を持ち、想像性の高い選手というイメージを持っています。」

 

「そうですね。大体はそんなところです。そもそも『ファンタジスタ』というのは、ポジションでも役割でもありません。称号のようなものです。そして、技術があればそう呼ばれるわけではありません。彼らには『見えないもの』が見える。」

 

「『見えないもの』ですか...。」

 

 

 

「そう。科学的には解明されていないんだけど。」

 

誠凛ベンチでも同じ質問があり、リコが答えている。

 

「逸話はいろいろあって...『未来が見える』とかっていう話もあるわ。別に視力が良いとかって訳じゃなくて、感覚的に察知するらしいわ。私としては、『概念にとらわれない多数の可能性の中から嗅ぎ取ることができるプレーヤー』ってところね。」

 

話を聞いていた誠凛メンバーは無言。

 

「けど、この感覚がここまで強く感じられるのは1年ぶりね。折角だから、よく見ておきなさい。面白いわよ。」

 

「面白い...って、そんなんでいいのか?」

 

小金井が怪訝な表情をする。

 

「いいの!その方がアイツの力になるんだから。(そうよね...。)」

 

リコはコートを見つめた。そのときには先程の余裕そうな表情は消え、よろよろと立ち上がる英雄から目を移さなかった。

 

 

 

 

青峰はきっちり2本のフリースローを決めた。

誠凛のOF。フリースローを決められて速攻を出せなかったので、強制的にセットOFになる。

パスアンドランを繰り返し、得点を狙う。

再び、英雄にボールが回る。受けると同時にワンドリブルで1歩前に出る。

今吉は警戒を強め、英雄が前に出た分引く。直ぐバックステップで距離を開け、ミスマッチを活かして3P。

 

「(なんなんやこの違和感。止められる思うてブロックしたが、合わん!)」

 

85-90

 

「青峰来るぞ!備えろ!!」

 

日向が声で先程よりも戻りが速い。

 

「桜井!こっちや!!」

 

桜井は青峰へのパスを止め、今吉に渡す。

今吉は1つ確信した。英雄の動きが徐々に低下している。顔色も悪い。怪我の状態が良くないのならば、あえてそこを攻める。

華麗に抜き去るのではなく、しつこくパワードリブルで肉薄する。

 

「ぐぉ...。」

 

英雄の右肩が落ちる。その隙を突いて、左にロールターン。水戸部がヘルプに来るが、かわすように青峰にパス。

受けた青峰はボールを下手投げで放る。火神はボールの行方を目で追うが、パスではなかった。ボールは火神の肩越しから逆の手に戻る。

 

「なに!!」

 

火神が目を戻した時には既に動き出していて、マークを外される。

青峰のダンク。

 

ドカッ

 

ピーーーー

 

『ディフェンス!!白15番!!』

 

英雄は無理やりファールで止める。

 

『3つ目だ!!15番限界か!?』

 

観客も英雄の異変に気が付き始めていた。

そして、これも青峰はフリースローを決める。

 

「ここだ!!テツ君!!」

 

黒子がリングから堕ちてくるボールを直ぐに回転式ロングパスへと繋げる。

青峰のフリースローは落ちない。だからこそ火神をリバウンドに参加させずに走らせた。そして、日向は速攻に向かうフリをして青峰の進行を妨げる。青峰は最短距離を通れない。

完全フリーの火神のダンクが決まる。黒子もOFに参加していなかった為、より一層影を薄めていた。

そして、桐皇もフリースローでしか得点できない為、いまいち流れに乗れない。

 

87-92

 

フィールドゴールが欲しい桐皇は速攻を出す。青峰を囮にして桜井にパスを出す。この状況でクイックスローは止められない。

日向は止めることはできなかったが、偶然にも手で視界を遮ることができた。桜井の3Pはリングに弾かれた。

落下点に何故か英雄がいて誠凛ボールになった。

 

「なんでそこに!?」

 

シュートした桜井が驚く。

 

「速攻!!」

 

「まずい!!戻れ!!」

 

誠凛絶好のチャンス。前には火神、逆サイドには日向がいる。

英雄は横にパスをした。黒子が走りこみイグナイトパス。の手のフリだったが、黒子はスルーした。その先には日向が待ち構えていた。

ボールにはバックスピンが掛かっており低い軌道からバウンド直後、日向の足元から上に跳ね上がった。

シューターにとってこれ程、シュートを打ちやすいパスはない。ボールの勢いそのままにシュートが打てる。まさに、日向の為だけに出されたパスだった。

黒子もそれを理解していた。英雄ならもっといいパスをくれる。だからこれは自分に対してのパスではない。

英雄の意思はしっかりと伝わっており、迷いも無く3Pを決めた。

 

決まったと同時に1秒、間を置き歓声が爆発する。

観客はスタンディングオベーションで総立ち。

 

「(歓声の前にあるこの『一瞬の空白』が堪らない...。)」

 

英雄は自陣に戻りながら感動に震え、小さくガッツポーズをした。

 

90-92

 

残り1分34秒遂に、射程圏内に捉えた。

ムードは誠凛1色。桐皇側はこの状況で得点するには青峰以外の選択肢を失った。

それでも確実ともいえる勝算がある。迷わず青峰へパス。

この試合で何度も行われた、火神と青峰の1on1。1度も火神は勝てなかった。しかし、僅かではあるがついていけるようになっていた。

出来上がっていない体を酷使してそれでギリギリ。火神は青峰との差を理解し、受け入れた。その上で挑戦した。何故ならば、

 

「(みんなが後ろから押し上げてくれる!俺が成長することでチームの為になるのなら、全力でぶつかってやる!)」

 

目の前でどれほどの怪我をしようとも前を見続けてる癖に、頼ってくれる馬鹿が『エース』と呼んでくれる。

それが今まで以上に、火神の潜在能力に火をつけた。

予測ではなく勘で青峰に譲らない。

青峰のジャンプシュートに合わせて火神の超ジャンプ。コースを潰した。

青峰はそこから上体を寝かすように変化していく。これもこの試合中に使用した変則シュート。

 

「っぐ!!まだ駄目なのか!?」

 

「いや。ここまでもってきた火神の勝ちだ!そっからなら変更聞かないでしょ!」

 

上体を寝かせた為、ショットの位置が下がったところを狙った。その位置なら多少出だしが遅れても間に合う。英雄のブロックは青峰のシュートを完璧に止めた。

ルーズボールは水戸部が奪い。速攻に出る。

日向から英雄と渡る。今吉は戻りが速く、英雄に迫る。

英雄は空いている近くのスペースにボールを出す。黒子が受け、英雄が黒子の逆に回りこみリターンを受ける。黒子がそのままスクリーンとなり今吉を留める。

マークを外した英雄はステップインでゴール下に向かう。

追いついた青峰がDFに入る。すると英雄のステップが変化していくことに気が付く。

英雄がダンクに跳ぶ。

青峰もブロックに跳ぶ。

が、青峰のブロックはジグザグした英雄のステップでタイミングを僅かにずらされていた。

更に英雄のシュートはボースハンドダンク。青峰のブロックを体で受け止めながら、残された体力を叩き込む。

 

『青峰からダンクを決めた!』

『同点だ!!』

 

観客はこのまま誠凛の逆転を期待した。

が、ダンクは決まったが勢いのあまり、体が流されて青峰の下敷きになる。

 

ドゴオッ

 

青峰の肘が英雄の脇腹に落ちた。




・ボースハンド
両手持ちの意味

・黒子に関して
イグナイトパスとかできる以上、練習方法をしっかり考えれば上手くなるのでは?
と思いました。いくらなんでも、単純なシュートくらいできるようになると思います。


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決着...

UAが5万回になりました!
ご覧頂いた皆様に感謝しております。今後ともよろしくお願いいたします。


『レフリータイム』

 

落下後、青峰はむくりと起き上がった。

が、英雄はぴくりともしない。会場全体の動きが止まった。

 

「英雄!!」

 

リコの声で我に返り、日向達は英雄に駆け寄る。

 

「大丈夫か!?おい!!」

 

仰向けになっていた英雄が目を開け、立とうとしたが足に力が入らずに四つん這いに崩れる。

 

「やっべぇ...意識飛びかけた...。」

 

「立てるのか?無理しなくていい。」

 

「あ、日向さん..。ちょっと起こしてもらっていいですか?」

 

「火神たのむ。」

 

「うす。おい、持ち上げるぞ。」

 

火神の手を借り、よろよろと立ち上がる。

 

「どうだ?やれそうか?」

 

「...。(くっそ、目がチカチカする。)」

 

膝に手をつき、肩で息を整える。その肩は小刻みに震えている。

 

「駄目...か、カントクに交代するよう伝えてくるわ。」

 

日向が誠凛ベンチへ向く。英雄がとっさに日向のユニフォームを掴む。

 

「す..すんません。我侭...いいま..す。すぅーはぁーすぅー。」

 

深呼吸の後に、うな垂れた上体を起こし日向の正面を向く。

 

「あの人が止めてくれないでいるんです。見ていてくれているんです。あと少し、ここにいさせて下さい。」

 

「そうは言うが...。」

 

「先輩、英雄の頼み聞いてやってくれないですか?」

 

「火神君...。」

 

「火神まで何いってんだ?」

 

火神の以外な言葉に日向と黒子は驚く。

 

「青峰に...桐皇に勝つには、英雄は必要です。」

 

「...(コク)」

 

「おいおい、水戸部もか?」

 

水戸部が英雄の肩に手を置き、日向を目を見て頷く。

 

「...ったく。俺がキャプテンだったことを感謝しろよ。フツーじゃありえねぇんだから。」

 

 

 

 

「大丈夫っスかね、補照っち。」

 

黄瀬もこの様子を見ていた。

 

「様子を見る限りただごとではないようなのだよ。それも気になるが、今のプレーを見たか?」

 

黄瀬の隣で見ていた緑間。

 

「青峰っちのブロックに力ずくのダンクっスよね?さすがに俺も厳しいっスよ。」

 

「何を見ていた?怪我した状態で青峰のブロックを正面から押し返せる訳ないのだよ。ダンクに行く前なのだよ。」

 

「前?確か...ステップインからだったような。」

 

「...まあいい。俺も実際に見るのは初めてなのだよ。あれは『ジノビリステップ』もしくはそれに類似しているのだよ。」

 

「『ジノビリステップ』?なんなんスかそれ。」

 

「『マヌ・ジノビリ』を知っているか?」

 

「あの『アルゼンチンの英雄』の?」

 

●マヌ・ジノビリ

NBAのサンアントニオ・スパーズ所属。ユーロリーグ優勝、オリンピック金メダル、NBAチャンピオンのすべてを成し遂げたのは、ビル・ブラッドリーとジノビリだけである。更に世界選手権でも銀メダル獲得しており、FIBAアメリカ選手権を加えれば実に4冠に輝いている。

多くの大試合を経験しているため、戦術理解度が高くメンタルも強い。アルゼンチンの英雄でありながらシックスマンの役割もチームの勝利のために引き受けるなどジノビリの能力がスパーズの強さの大きな一因として高く評価されている。(wiki調べ)

 

「世界的に見て、マヌは身体能力は平均的だった。それでも多くのタイトルを勝ち取ったのは、普通の選手とは違うジグザグした動きは変幻自在で、予測不能なところにあったのだよ。」

 

「なるほどね。ジノビリステップで青峰っちのブロックを逸らした訳っスね。」

 

「...本当に見ていて飽きない男なのだよ...。」

 

緑間はよたよた走る英雄を見て、フッと笑みがこぼれる。

 

 

 

試合再開。残り時間、約40秒。

桐皇は迷うことなく、英雄のところから攻める。

先程は青峰ですら止めて見せた誠凛DFを警戒してのことだ。それに残り時間を考えてもこの1本を取れば有利に立てる。

前回同様にパワードリブルで今吉がDFを崩しに来る。

ヘルプが着たらそこを攻める。次第に英雄が押され始める。

実際のところハンズアップで精一杯というような顔をしている。

 

「(こいつほんまもう限界どころやない、ちょっと尊敬するわ。けど、それじゃウチらは止められへん。ラスト30秒、ここはやっぱ)青峰やろ!!」

 

今吉は、最後の攻撃を青峰に託す。

ヘルプに行こうとした英雄が躓き、転びかけるがそれを拒否して足に力を入れる。

青峰はパスを受けたと同時に抜きにかかる。火神も踏ん張る。

そこで青峰はスピードを緩めて1歩足を後ろに下げる。火神は警戒し、距離を詰める。

火神が歩幅を空けたところに、青峰はボールを通しバウンドさせる。そのまま火神を抜き去り、ボールを追って跳ぶ。

 

『1人アリウープだ!』

 

目の肥えた観客が青峰の思惑に気付く。

阻止しようと、火神と英雄が遠いところから手を伸ばす。

 

ドシャ

 

体勢の悪かった火神、体に力が入らない英雄、2人のブロックは何の脅威にもならなかった。

 

「しまいだ。」

 

着地も満足にできない英雄を見下ろしながら言い捨てる。

 

 

実のところ、英雄は自分の体の状態を理解しきれていなかった。

青峰の下敷きになり、衝撃で頭が真っ白になっていた。その後、DFに入った時に体の異常に初めて気付いた。

特に右足の踏ん張りがきかない。次第に痛みが増してきて、右腕も満足に動かない。無意識に前かがみになろうとする。

それでも残った力を尽くして、まだマシな左足でブロック跳んだ。結果は見ての通り、へろへろなブロックで止められるほど甘くは無い。

先程の英雄のダンクを見事にやり返された。

 

「(ホント...強すぎ。)」

 

英雄は青峰の圧倒的な強さを前に、笑った。

だんだんと英雄の体は鉄の鎖に巻かれていくような、感覚に囚われていた。

酸素供給は間に合っておらず、チアノーゼに陥りかけていた。

それでも、立ち上がり前を見渡す。

 

 

「英雄!お前はゴールの近くで待ってろ!水戸部、黒子フォロー頼む!」

 

「順平さん...。」

 

「ほとんど走れないんだろ?だったら俺が持ってきてやる!だから、お前はお前のできることをしろ!最後の攻撃だ、力を振り絞れ!!」

 

体力が限界なのは英雄だけではない。自力が上の相手にここまでやり合ったのだ。気力で保っている。

桐皇はオールコートで止めを刺しにきている。この選択ができたのは、日向がドリブルの向上をしていたからだ。試合の序盤で止められはしたが、日向の努力は確実に現れていた。

日向達がボールを運んでいる間に、歩を進める英雄。

桐皇は英雄を無視し、ボールマンにダブルチームで迫っていた。

 

日向達は黒子の中継パスと水戸部のスクリーンを使いながらパスアンドランでオーバータイムギリギリでセンターラインを超えた。

火神は青峰のマークに苦しみながらも、チャンスを窺っている。格好なんか気にせず、がむしゃらに。

 

「黒子!!頼む!!」

 

日向からのボールをイグナイトパスで英雄に送る。

 

「15番や!!なんもできやせん!!奪え!!」

 

水戸部のマークについていた若松が英雄に迫る。

 

英雄は抜くどころか、走ることもままならない。それでも皆が託してくれている。

 

「この気持ちのこもったボールを無駄になんかできない...!)」

 

しかし、コンディションは最悪。気を抜くと意識が飛びそうなほどだった。

 

 

 

リコはベンチで見守っていた。いや、見守ることしかできなかった。

英雄の唇が紫に変色しかけていることも気付いていた。

それでも今ここでメンバーチェンジはできない。

 

「(私には何もできないの?あいつはこんな状況でも前を見続けているのに...。)」

 

自分の服を握り締めながら、歯がゆさに耐えかねている。

 

「(こんなはずじゃなかった...。結局、あいつに頼ってしまった...。カントクは私なのに...。)」

 

自身の不甲斐なさに腹を立てる。

 

「(今できること...意味なんかないかもしれない。でも少しでも力になれるかもしれないなら!)...頑張れ...。」

 

振り絞り叫ぶ。

 

 

 

「頑張れ!!英雄!!!」

 

聞き覚えのある声が耳に届く。

英雄は軽く微笑みながら、パスを受ける為の腕を下げた。

 

「(スルーか?それはもうしってんぞ!)」

 

水戸部の位置を確認して、スティールに備える。

そして、英雄に目線を戻したところに映りこんだ。

 

ボールが軌道を変えて、ふわっと高く舞い上がったのだ。

若松含め、桐皇は目で追えているものの、魅せられてしまい動けない。

 

「(どーなってやがる...!)」

 

パスを受けてどうこうする力は残っていない。だから英雄はリフティングの要領で肩で弾いた。

ボールの勢いは弱まってしまったが、高く上がった。火神に寸分無く合わせるように。

 

しかし、だからこそ火神は青峰より勝っている武器で勝負できる。

純粋な高さは火神が上。

全力で床を踏み抜かんばかりに飛ぶ。火神の最高到達点でボールがドンピシャのタイミングで渡る。

 

「うおおおおおお!!」

 

ボールに込められたものに、自分のものを込めてリングに叩きつける。

アリウープが決まった。

誠凛メンバーが喜ぶ中、英雄は自陣へ歩き出していた。

そこに火神が駆け寄る。

 

「ナイスパス!!」

 

英雄にハイタッチを求める。

 

「...悪い...火神。」

 

英雄は応じず、火神をトンと押す。

火神はよろけた。

 

「なっ!?」

 

何すんだよと言いかけた時、火神の頭にボールが当たった。

桐皇が残り数秒で隙を突いてカウンターを仕掛けようとしていたのだ。

それを英雄は火神を押してボールの軌道に割り込めさせた。

 

「火神悪い...。もうこれが精一杯...。」

 

英雄が言い切ると試合終了のブザーが鳴った。

 

 

ビーーーーー

 

 

94-94

 

 

リーグ戦にサドンデスは無い。乱戦となった試合の結果は引き分け。

そして、

 

 

フラッ....ドサ

 

 

英雄が事切れた。

 

「おい!!英雄!!」

 

火神が呼びかけるが、応えない。意識を失っている。

 

『担架!いそいで!!』

 

係員が慌しく動き、会場は騒然とする。

1人足りない整列で幕は閉じた。

 

 

 

「すいません!誠凛の者ですが!」

 

一同は医務室に急いで向かった。

 

「ああ、今眠っているよ。一応、救急車を呼んでいるからね。待っているといい。それより、彼の怪我はなんだい?あきらかに普通じゃないんだが...。」

 

「...。」

 

質問に答えられず、俯くリコ。

 

「...あまり詮索するつもりはないがね。」

 

係員は背を向けた。

 

「...みんなは先に着替えてて。私は付き添うから。」

 

 

 

 

その後、病院で英雄は意識を取り戻した。

後遺症などの心配も無く、検査入院をすることとなった。

ただ、脇腹の怪我が悪化して完治までの日数が延びた。

この事が学校側に入り、完治するまで試合の出場させることを禁止することになった。

メンバーリストから英雄の名前が消えた。

 

 

残る2試合を1名欠きながらも全力で戦った。

しかし、桐皇相手に激戦を繰り広げたことが嘘のように、あっさりと負けた。

DFが機能しなかったのが理由ではない。

火神が膝を痛めて、出場時間が限定されたのが理由ではない。

桐皇と引き分けたことで、気を抜いたことが理由ではない。

 

インターハイ予選を戦い抜く力が不足していたからだ。

東京都予選はもはや、予選のレベルではない。

予選で勝ち取ることができなければ、全国で勝てるわけが無い。

毎試合死力を尽くして戦い続けることができるわけが無い。

どこかで、疲労が爆発する。プロならともかく、体のできていない高校生なのだ。

現実はそこまで都合良くはならない。

 

誠凛はそれを噛み締めることしかできなかった。

観客席で観ていた英雄もまた、医師から渡された松葉杖を強く握り締めていた。

 

 

誠凛の夏は、暑くなる前に終わった。




東京都のレベル、凄すぎです。全国クラスの高校が5校あるとか...。


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新規一転
何事も切り替えが大事


効率よく練習するには、具体性が必要だ。

目標を決めて、その為にどうやって目標に近づくかを決める。その過程をなぜやるかを把握しなければならない。

 

決勝リーグが終了し、翌日。

連戦後ということで、練習を軽めにすることになった。

その前に、決勝リーグの試合を見て反省点・改善点を明確にする。

 

「やっぱり層の薄いウチが勝ち上がって行くには、もっとスタミナが必要ね。後の2試合なんかは主導権を取られっ放しでふんばる体力が足らなかった。」

 

映像を見ながら発言するリコ。

 

「ああ、DFで手一杯になって後手後手で負けたからな。結果、気持ちが先走ってシューターとしての役割を果たせなかった。」

 

「桐皇戦で思ったけど、PGであれ程までチームが変わるなんてな...。」

 

日向と伊月も改めて感想を言う。

 

「まあ、失敗は成功の母とも言いますし、負けたことはしゃあない。という訳で次っすよ。」

 

顔の痣が薄くなった英雄が言う。

 

「みんな、分かってる?冬にできなかったら、全裸で告ってもらうわよ?」

 

「「「マジで!!」」」

 

「今年最後の大会、ウィンターカップか?」

 

「そうよ!全てをぶつけるのはそこよ!」

 

「それでできなかったらマジで全裸やるぞ、この女。」

 

「んふふぅ~。」

 

リコのイイ顔に一同絶句。

 

「あと、もう直ぐ帰ってくるわ。鉄平が。」

 

「え、マジ...?」

 

「こりゃなんか起こる...かも。」

 

「あの、鉄平さんて?」

 

2年は妙な表情をするが、1年は知らない。

 

「ああ、1年はまだ知らないか。ウチの7番だ。」

 

「へぇ、そんな人がいたんですね。」

 

「あ、そろそろ視聴覚室の使用時間になるからみんなは体育館に移動して。」

 

「俺片付けとくんで、先行って下さい。」

 

話がきりよく終わったので、調整程度の練習に行く。英雄はドクターストップの為、参加できない。

 

「おう。頼むわ。」

 

 

 

 

「火神君。財布忘れるとか、どうすれば出来るんですか?」

 

「しょうがねーだろ。筋肉痛でポケットに入れたまま座ると痛むんだよ。あと、その言い方やめろ。すげー腹立つ。」

 

途中で教室に引き返した2人。

 

「ん?」

 

教室の入り口手前の位置でリコと日向が突っ立ている。

 

「おう、火神に黒子。どうした?」

 

「いや、忘れもんなんですけど。先輩達こそどうしたんですか?こんなところで。」

 

「ああ、ちょっとね...。後で持って行くから先行ってて。」

 

「ここまで来たから自分で取りますよ。」

 

火神が教室に向おうとすると、リコが邪魔をするように立ちふさがる。

 

「いやマジで、邪魔なんすけど。」

 

「火神、黒子、すまんが今教室に入るな。」

 

日向もここを通す気が無いようだ。

 

「僕は別にいいですけど...何かあるんですか?」

 

黒子が質問した時、教室から呻き声が聞こえた。

 

「...くし....ち.....う。」

 

それは普段とは想像できない英雄の声だった。

 

「...何が『負けちまった』だ。それすら共有できなかったくせに..!どんな顔して言ってんだ!こんなところでつまんねー怪我なんかしやがって!俺は...一体...何を...。」

 

涙交じりの声は廊下にも響き、火神は力が抜けてリコと日向は俯いた。

 

「...あいつは間接的に負けたのよ。敗因なんかも曖昧で、受け止めようとしても想像でしかない。それでも必死に切り替えようとしているの。チームの一員としてね。」

 

「...あ。」

 

「笑っちゃうわよね。確かに、桐皇戦では勝てなかった。でも負けなかった。英雄が必死になって繋いだチャンスを無駄にしたのは私。でも今できることは見守るだけなんて...。」

 

「いや、俺もだ。少しピンチになったくらいで足元見失って、挙句に試合中に英雄の姿を探したんだからな。」

 

「俺は...。」

 

「...。」

 

火神と黒子はここで言えることなどなかった。

その日、軽めに練習をした。見学していた英雄の目は赤くなっており、小金井が気付いたとき『目に埃が入ってめっちゃ痛かったっす』と誤魔化していた。

 

 

都内の某オフィス

 

「誠凛高校...。彼がここに?」

 

「はい。確認済みです。」

 

「そうか...。やっと見つけた。」

 

 

 

練習開始前。

 

「まだ疲れが残ってるか?」

 

日向が首を捻る。

 

「さすがに今日からは軽くなんないだろ。練習。」

 

バン

 

「せ..先輩!大変です!!ラモスが!」

 

1年降旗が部室に飛び込んでくる。

 

「うっせぇな、ちょっと落ち着け。で、なんだよ?」

 

「今、英雄に来客が来てて!それが...」

 

 

一同は校長室に急ぐ。校長室周辺には人だかりが出来ていた。

 

「ちょっとどいてくれ!」

 

そこには生徒だけでなく、教師も混じっていた。

 

「君達、バスケ部の。今、相田さんが立ち会ってるから勝手に入るんじゃない。」

 

「じゃあ、ホントに来てるんですか?ラモスが。」

 

「ああ、なんでもサッカーのスカウトだとか。」

 

 

 

校長室では、校長と担当教師、英雄と監督としてリコが話していた。

 

「え..?すいません。もう1度お願いします。」

 

リコは耳を疑った。

 

「単刀直入にいいマス。補照英雄君をヴェルドに下サイ。」

 

反対側に座っている、東京ヴェルドの監督・ラモス炉伊が話す。

 

●ラモス炉伊

プロサッカーの日本リーグ創世記を選手として活躍し、日本代表までなった。その後、東京ヴェルドの監督を務めている。

 

「お久しぶりです、ラモスさん。それにしては急すぎませんか?」

 

表情が固まっているリコをよそに英雄が言う。

 

「確かに、少し強引だと思いマス。それでも君がこのまま埋もれてしまうのが惜しい。はっきり言って才能の無駄遣いデス。」

 

「ちょ..いくらなんでも、言葉が過ぎませんか!?」

 

ラモスの言葉にリコが声を荒げる。

 

「君がカントクだったネ。この間の試合のことは聞いているヨ。君は補照君を潰す気カイ?」

 

「ツッ!!」

 

「こんなところで埋もれてる場合じゃないんダヨ。中学から姿を消して、高校サッカーでも聞かナイ。調べてみたら、この有様。今からでも遅くはない。ウチのユースに入るんダ。君なら直ぐトップチームに合流できるダロウ」

 

「勝手に話を!」

 

「君は分かっていナイ。彼がどれほどの価値を持っているのかヲ。ゴールデンエイジ達が現役を退いている中、次のプラチナ世代がどれほど重要なのかを。私の評価では、世界を舞台にするべき男ダ。」

 

「...。」

 

リコは世界という言葉に反論できなかった。

 

「あの、ラモスさん。」

 

「何ダイ?」

 

「この話、お断りさせてもらいます。」

 

「!?..何故ダイ?サッカーが嫌いになった訳じゃないダロウ?あんなに楽しそうにしていたじゃないカ。」

 

「好きですよ。今でも偶にテレビで見てますし。」

 

「だったラ!!」

 

「でも、ここでバスケをしたいんです。」

 

「世界が君を待っているんだヨ?それに、高校を卒業したらどうするんダイ?精々大学くらい、そこで終わりじゃないカ。ここは強豪という訳でもないようじゃナイカ。」

 

「誰かに言われたからやってたんじゃないんです。トレセンへの推薦状とか書いてもらったり、俺を評価してもらってることは感謝してます。それでも俺にはバスケしかないんです。」

 

「...そうカ。残念だ。」

 

「ああ、それと。このチームは最高ですよ。『マイアミの奇跡』なんて周りから言われるかも知れないっすけど。奇跡なんて期待してないんですけど。」

 

 

 

 

誠凛高校の校長室は壁が思いのほか薄く、会話が漏れていた。

英雄とリコは外にいたメンバーと鉢合わせをした。

 

「あら皆さん、聞いてました?」

 

「ああ、悪いな。それよか、いいのか?」

 

「問題無いっす!日本一、なりましょう!」

 

「おお。」

 

「俺、職員室に用事あるんで。」

 

英雄は颯爽と歩いていった。

 

「あの、『マイアミの奇跡』ってなんですか?」

 

河原がおずおずと聞く。

 

「サッカー用語よ。オリンピックで当時のブラジルはスタープレイヤーを集め最高の布陣をそろえて、優勝候補だったの。日本と比べて10回やれば10回勝つと言われていた。それを覆し、歴史的な勝利を収めたの。それが『マイアミの奇跡』。」

 

「...。」

 

「あいつが言ったことを直訳すると、『奇跡なんかじゃなくて、実力で勝ち取ってやるよ』ってことよ。」

 

「ウィンターカップか...。」

 

「もっと強くなんなきゃな。」

 

「ああ...。」

 

大きな栄光よりも自分達を選んだ英雄を思い、拳を見つめ決意した。

 

 

 

その夜。

ストリートコートで火神・黒子と英雄が鉢合わせした。

 

「およ?お2人さん何してるの?」

 

「おめーこそ。怪我はいいのかよ?」

 

「ああ、ウォーキングくらいは許されてるからね。」

 

「じゃあなんでここに?」

 

「...テツ君、みんなには内緒にしてね。」

 

「英雄...。」

 

「ん?どうしたの火神?」

 

「思ってたんだけどよ。どうして俺をエースなんて呼んで、押し上げてくれんだ?」

 

「火神君...。」

 

「認めたくねーが、現状での選手として完成度は英雄が上だ。チームの為と考えたら...。」

 

「エースってさ、いろいろ大変な役割だと思うんだよね~。ここぞという局面でボールが回ってくる。技術も必要なんだけど、精神的な重圧も当然かかってくる。」

 

「何を言って...。」

 

「それでもみんなは火神を認めた。チームとか勝利とかいろいろ背負って高く跳んでくれると信じているから、だからエースはやっぱり火神なんだ。最初の2年対1年の時に見たお前のダンク、感動したよ。そんで、もっとすげー絵が見れると思った。」

 

「絵...。」

 

「桐皇のラストシュート。あの時、テツ君がボールをくれて、俺に出来た最高のパス。それを最高のシュートで応えてくれた。嬉しかったなぁ。」

 

「英雄君...。」

 

「どーせなら楽しい方がいい。だから、頑張れ。」

 

「最終的に頑張れって、おい!」

 

「あはは、んでこれからどーする?全国に行けなかった訳だけど。」

 

「決まってんだろ。今よりもっと強くなる!」

 

「僕も、強くなります。もう英雄君に負担はかけません。」

 

「おいおい、嬉しいこと言ってくれんじゃない。だったら、もう影だからとか諦めたようなこと言うなよ?」

 

「そんなのシュート練習始めたときから、決めてます。馬鹿にしないでください。チームの為に僕個人が強くなります。」

 

「そかそか、そりゃ悪かったね。ま、負担とか考えたことないけど...。なんか話してたらバスケしたくなってきたなぁ~。」

 

「だったら、さっさと怪我治せ。いくらでもぶッ倒してやる。」

 

「俺、やられる前提?つか怪我人に対して冷たくね?」

 

「大体こんなもんじゃないですか?」

 

「ヒドッ!!」




・ラモス炉伊
元日本代表選手をパロってます。
・ゴールデンエイジ(黄金世代)
中村、中田、小野、稲本、高原、の世代のこと。オリンピックでメダルを獲った。
・プラチナ世代
ゴールデンエイジに代わる新しい世代。宇佐美、宮市がいる。
宮市の1人スルーに惚れました。


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ボケ男と日常

少し短いです。


「っふ!」

 

スピンボールで火神をかわし、ジノビリステップで後ろから迫る火ブロックを逸らし、ダンクを決める。

 

「っくっそ!今度はこっちの番だ!」

 

怪我が癒えた英雄が火神と1on1をしている。ちなみに練習開始前なのだが、既に汗がダクダクだ。

 

「おい、お前らやる気があるのはいいけどよ...。練習ちゃんとこなせるんだろうな?」

 

日向が呆れた顔をする。

 

「おおおおお!!」

 

「だから、真っ直ぐ過ぎだっつーの。左右の選択肢だけじゃ、厳しいよ。前後も覚えろって。パターンが少ない、んだよ!」

 

火神のドライブをゴール下まで行かせない。日向の話など聞いていない。

 

「話を聞けー!!」

 

「まあいいんじゃない?火神君の雰囲気も良くなってきてるし、英雄ならあれでも練習に支障はないでしょ。」

 

リコが諌める。そこに見慣れぬ人物が現れる。

 

「さっ!練習しよーぜ!!」

 

木吉鉄平が1年ぶりにやって来た。ユニフォームをばっちり着て。

 

「ひ....久しぶりだな木吉..。」

 

「おう。」

 

「おうじゃねーよ。なんでユニフォームなんだよ!」

 

「久しぶりの練習でテンション上がっちまってよ~。」

 

「やる気あんのか!?あんのか!?」

 

いきなり天然ボケをかます木吉と、つっこむ日向、そしてただ見ているだけの他メンバー。

 

「これなら!!」

 

「うおっ!」

 

「あんたら、集中し過ぎ!!」

 

火神と英雄は気にせず1on1を続けていた。

 

 

 

「去年から怪我で入院してたんだが、今日から復帰する木吉鉄平だ。ポジションはセンター。よろしくな!」

 

練習着に着替えた木吉が自己紹介をする。

 

「(この人が誠凛バスケ部を創った人...。)」

 

「やるからには本気。目指すのは日本一。でもその過程もしっかり楽しんでいこーぜ。」

 

「鉄平さん、ちわーす。」

 

「おっ、お前も怪我治ったみたいだな。」

 

「英雄、お前らいつ?」

 

「検査入院した時にね、挨拶しといたの。ほら、俺めっちゃ礼儀正しいじゃないすか?」

 

「木吉、怪我はもういいのか?」

 

「ああもう大丈夫だ。それより、日向。英雄が話しかけてるぞ?」

 

「知ってるよ!流したの!!ホント面倒臭い!」

 

「ん?」

 

リコが木吉と英雄を見て、何かに気付く。

 

「英雄...あんたちょっと背が伸びた?」

 

「え?どうだろ?入学のときから測ってないし。」

 

「鉄平と背中合わせになって!」

 

「ん、ああ。」

 

木吉と英雄が背中合わせになり、頭に板を乗せる。それを日向が計測。

 

「どう?」

 

「えーと、同じくらいか...?いや少し英雄が低いか...。木吉、何cmだっけ?」

 

「193だ。」

 

「英雄は?」

 

「測ったときは189くらい...だったような。」

 

「3cm以上は伸びとる!!」

 

「おお!俺、成長してるねぇ~。」

 

「この分だと、まだ伸びそうだな。」

 

「っく。羨ましい...。」

 

「でもまあ、190以上が3人になるっていうのは明るいニュースよ。」

 

雑談を終えて、練習を開始した。

 

「うおおおお!!」

 

ガッシャ

 

ピッ

 

「ファールよ、火神君!!強引過ぎ。」

 

「どうしたんだ。あいつ...。」

 

「まるで、周りに頼ろうとしない。1人でバスケやってやがる。」

 

「別にいいじゃないですか?」

 

小金井と伊月の間ににゅっと英雄が入ってくる。

 

「英雄どっから出てきた!?」

 

「今日まで暇だったので、テツ君にミスディレクションの基礎を教えてもらったんすよ。イケてんでしょ?...試合じゃ使えないけど。」

 

「それはいいが、火神があれでいいと思うのか?」

 

「ただ模索してんでしょ?口出ししなくても、なんとかするでしょ。俺も新しいの練習しようかな...一発芸。」

 

「バスケじゃねーのかよ!!」

 

「テツ君て、手品できるのかなぁ?」

 

「知らんわ!!」

 

2人がかりで英雄につっこんでいると、木吉が火神と1on1をすることになっていた。スタメンを賭けて。

結果は、火神が勝利。だが、木吉が上履きを履いたままというボケをかました為、明確な優劣を付けられなかった。

練習が終わり、木吉と日向が一緒に下校していた。

 

「それにしても面白いなあの3人。」

 

「他の2人はともかく、火神がな...。まるでキセキの世代みたいだ。」

 

「そうかぁ?そんな心配することでもないだろ。火神も黒子も壁を乗り越えようとしているみたいだし、それになんといっても英雄だ。」

 

「あいつがどうかしたのか?」

 

「壁にぶつかったら、お前ならどうする?」

 

「そりゃ乗り越えるしかねえだろ?」

 

「そうだな。でも必ずしも乗り越えられる壁ばかりじゃない。英雄の場合、乗り越えるんじゃなくて目一杯横に進めるだけ進めて、壁の隙間をすり抜けてるって感じだな。」

 

「その反則ぽい発想はあるかもな。」

 

「でも、間違いじゃない。あの姿勢は見習わなきゃいけないかもな。」

 

「ああ、そうだな。」

 

 

 

 

翌日。

 

「今年は夏休みの初めと終わりの2回に合宿を行うわ!」

 

練習後にリコと日向が今後の予定を発表する。

 

「夏休み明けたらウィンターカップはすぐだ!気合入れていくぞ!!以上!!解散!!」

 

「「「お疲れっしたー!!」」」

 

「職員室に用事あるから、先上がるね。」

 

リコが体育館を去るのを見計らい、

 

「全員、もっかい集合!!」

 

日向が再度集合させる。

 

「なんすか?」

 

「いいから聞け。俺達は今、重大な危機に直面している。」

 

「「「!??」」」

 

「今年は合宿2回。宿は格安の民宿にした。よって食事は自炊だが、問題はここから。...カントクが飯を作る!!」

 

「...え?駄目なんですか?」

 

降旗が質問する。

 

「当たり前だろ!桐皇とのレモン蜂蜜漬けとか見たろ!!」

 

「リコ姉またやったんだ...。アレは普通の人にはねぇ...。」

 

「つまり料理の粋を完全に超えている。」

 

英雄と木吉の言葉から経験がもれている。

1年は絶句し、2年の顔色が青ざめている。

 

「じゃ..じゃあ自分達で作れば...。」

 

「そうしたいのはやまやまなんだが...。」

 

「練習メニューが殺人的過ぎて誰も夜に動けん。」

 

「ひ..英雄は!?お前なら、なんとか...。」

 

「リコ姉がそんな生ぬるいことするわけないじゃない。恐らく、俺だけメニューが倍以上になる...。練習ってか拷問?」

 

「「「..............」」」

 

「という訳で...」

 

 

 

トントントン

 

「試食会ですか?」

 

翌日、家庭科室でリコの『合宿メニュー試食会』を開くこととなった。

 

「さすがに、不味いから練習しろなんて言えないだろ。」

 

トントントン

 

「ちなみに先輩達は料理できるんですか?」

 

「そこそこ。」

 

「大体なんでも。」

 

「できん!」

 

上から伊月、小金井、日向。

 

「1番上手いのは水戸部かな。黒子は?」

 

「ゆで卵なら負けません。」

 

「キンニクバスター的な?」

 

「そっちじゃねーだろ!!」

 

英雄のボケに日向がつっこむ。

 

「まさか、そんな調理方法があったなんて...。」

 

「ちげーから!!つっこむのめんどくせー!!」

 

トントントン

 

「英雄、なんでそんなに余裕そうなんだよ?ちなみに、お前は料理できんのか?」

 

福田が英雄に素朴な疑問を問いかける。

 

「ああ、こいつは全然駄目だ。でも、だから今日は頼りになる。」

 

日向が代弁する。

 

「は?どうゆう...」

 

「できた!!カレー。」

 

そこにあったのは、ご飯の上に素材のままの野菜が突き刺さり、ルーがかかっているカレー(?)だった。

 

「「「(カレー!!?)」」」

 

「(いや、丸ごと!)」

 

「(さっきのトントントンはなんだったの!?)」

 

「まあ、見た目はともかくカレーだから。」

 

とりあえず、一口食べてみることに。

 

パク

 

「「「「(まっずー!!)」」」」

 

おかゆご飯、生野菜、生肉、そして謎の酸味と苦味がメンバーを襲う。

 

「おかわりじゃんじゃんあるから。」

 

「「「(そして寸胴ー!!)」」」

 

一同が超低速で食べ進めるいる。一行に減らない。

 

「やっぱり、美味しくなかったかな...。」

 

リコが落ち込む。そんな中、猛スピードでおかわりした人物がいた。

 

「リコ姉ぇ、いつもより美味しいと思うよ。」

 

「「「(な、何ぃーーー!!)」」」

 

「英雄は小さい頃から、カントクの作ったものを食べ続けてきたんだ。結果、味覚が馬鹿になっちまったけどな...。」

 

「後、昨日の晩から何も食べてません!!」

 

「「「(きゅ...救世主がここにおるー!!)」」」

 

「味音痴の英雄に言われてもね。」

 

言葉とは裏腹に嬉しそうなリコであった。

日向も頑張って完食しリコの前ではなく廊下で倒れ、木吉はおかわりをして変な汗をかきだした。

このままでは、本格的にマズイと火神がリコに料理を教えた。

それでも、改善しなかった為、原因をさぐるとカレーにプロテイン等の薬物をいれていたことが発覚した。

 

「なあ英雄。」

 

「何?火神。」

 

「カントクの料理よく食えるな。」

 

英雄は5杯おかわりしていた。

 

「ああ、今日のはまだ美味しい方なのよ。」

 

「は?」

 

「昔にね。おままごとで作った泥団子をマジで食わされたことあんだよね。即入院だったけど。」

 

「そ...そうか。大変だな...。」

 

英雄の胃袋は正に鋼鉄。



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合宿は青春

夏本番。日差しは激しく、気温は上昇。

 

「あー着いた。」

 

「磯の香りが...イソがねば。」

 

「伊月だまれ。」

 

合宿の為、海に来た誠凛。

 

「あれ?カントクと英雄は?」

 

「先行って準備してるんだと。英雄も手伝ってんじゃねーのか?」

 

「あ、こっちこっち。うん、ちょうどいいタイミングね。」

 

「英雄は?」

 

「何言ってるの?そこにいるじゃない」

 

リコの指差したところに、英雄が日陰でぐったりしていた。

 

「おい!どーーした!」

 

日向が駆け寄る。

 

「休憩地点で置き去りにされて、ポケットにこれが...。」

 

英雄の差し出した紙には、『みんなより遅かったら...ヤバイわよ』と書かれていた。

 

「ちなみにどのくらい走ったんだ?」

 

「やーねー、精々20kmくらいよ♪」

 

「20km!?英雄は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫よ。もう5分もすれば回復するでしょうし。今更、見間違えたりしないわよ。」

 

ブロロロロロロ キッ

 

「お前ら、娘に手を出したら...殺すぞ。」

 

リコの父・景虎が車で寄せてきた。

 

「「「「はい!!」」」」

 

「あとクソガキ、ざまあみろ。」

 

「絶対...マフラーに犬の糞詰め込んでやる...。」

 

 

 

リコの連れられて、体育館ではなく浜辺へやって来た。そこには、バスケットゴールが2つ設置されてあった。

 

「カントク...まさか?」

 

「そっ、ここでバスケすんの。」

 

戸惑うメンバーを他所に浜辺にできたコートへ進むリコ。

 

「この合宿の目的は、まず個人の能力の向上よ。」

 

「...!!」

 

「けど勘違いしないで、あくまで束ねる1つ1つの力を大きくするのよ。チーム一丸で勝つためにね。基本動作の質を向上させるためにはまず、足腰の強化よ。その為の砂浜練習。まずは、いつものメニュー...の3倍よ。」

 

そう言いながらリコは制服を脱ぎ、涼しげな格好になる。

 

「さぁ始めるわよ。地獄の合宿!」

 

 

 

この環境下では、砂に足をとられて思うように動けない。気を抜くと転びそうになる。

ボールを使ったミニゲームとなると更に難度が上がる。

 

「(思うように全然動けねぇ...。めちゃめちゃきちーぞこれ。)」

 

強靭な脚力を誇る火神ですら、翻弄されている。

 

「こっちだ黒子!」

 

声の方へ黒子が中継パスをする。が、

 

バスン

 

意識が甘くバウンドパスをしてしまい、砂に埋まる。

 

「バウンドパスしてどーすんだ。」

 

「ドリブルできないから、パスで組み立てるしかないんだが...。」

 

伊月はなんとかゲームを組み立てようとするが、動き辛さにより考えが纏まらない。

火神がダンクに行くが、高さが足りずそのまま落下した。

そんな中、

 

「水戸部さん!」

 

英雄の動きが光る。

ボールを高く上げ、DF側が見上げるが日差しが強く目を背ける。その隙に水戸部に渡り、ゴール。

 

「んなぁ...ずりぃ!!」

 

小金井が非難する。

 

「全体の声だしが無いからっすよ。みんな同じ条件なんですから、上手くやらないとね~。足がしんどいなら、しっかりハンズアップしないと..重要なのは腕(かいな)かいな...腕だけに。」

 

「っち。全員声出せ!ドリブルできないだ。もっと自分の位置を確認し合え!!DFも!声出して連携を取れ!!あと、英雄は後でシバく!!」

 

日向がキツそうな顔をしながら、声を張る。

 

英雄のステップイン。火神がブロックを狙う。

 

スカッ

 

「なにっ!」

 

火神のブロックは空を切り、ボールはそのままリングへ。

 

「へへぇ~。いいでしょ?桐皇の桜井のクイックリリースを俺なりに応用してみたんだけど。」

 

英雄が行ったのは通常のシュートのリリースポイントより低く、早いタイミングで放ったシュート。ブロックのタイミングをずらした。

NBAなどで身長の低い選手が使っている技術。桐皇戦の間を利用して、シュートのイメージを作っていた。

照りつける日差し、冷めることのない気温で足がガクガクになりながらもメンバーは、走り続けた。

 

「お疲れ!夕方からは体育館に移動よ。」

 

 

午後からは、体育館でのメニュー。

 

「(あれ?いつもよりいい感じで指が掛かる...。)」

 

「(僅かだが、動きがよくなっている。重心が足の親指の付け根に集約されるようになったからか...。砂浜練習の本当の目的はこれか...。)」

 

一同は自身の向上を実感していた。ただ、英雄の場合は、幼少からの柔術などの経験により、昔から出来ていた。

 

「だから、お前はさっきの砂浜練習であんなに動けたのか...。」

 

伊月が英雄に素朴な疑問をぶつける。

 

「じゃーん。実は俺、タコ足なのです。リモコンとか余裕で掴める。」

 

英雄は素足を出して、指をくにゃりと曲げる。

 

「足の指、長!!キモ!!」

 

「ひど!?」

 

「すげぇけど、バスケじゃ意味無くね?」

 

「まあ...そうなんですけどね。」

 

疲れていれど、モチベーションを落とさず練習を行った。

 

 

 

練習を終えて、民宿にチェックインした。

直ぐに入浴し、折角なのでそのまま柔軟体操を行った。その後は自由時間。

自主練を行うものや、直ぐに寝てしまうもの色々だった。

英雄はというと、民宿のお爺さんと仲良くなり、その話の中で教えてもらった釣りスポットで釣りを楽しんでいた。釣竿は借り物である。

 

「海もいいねぇ。この爽快感が堪らない。」

 

「どう、釣れてんの?」

 

「いや、全く。こっちの才能は無いのみたい。つーか釣りの天才ってどんなの?ルアーでレンガでも砕けるのかね。」

 

「馬鹿言ってんじゃないわよ。」

 

「こんな夜更けにお嬢さんが1人じゃ危ないよ~。襲われても知らないよ~。もうボコられるのは勘弁~。...むしろ相手側がやばいか。...痛い。」

 

リコの手が頭をはたく。

 

「やかましい。」

 

「なんか機嫌悪い?俺なんかしたっけ?それとも何かあった~?」

 

「別に。鉄平と話してただけ。てゆーか、あんだけ走らせてもまだ余裕そうね?ホントどんだけよ。」

 

「そんなんリコ姉も知ってんでしょ?つーか、こうなった一因はリコ姉じゃん。」

 

「やっぱ、あんたのメニューは変更するわ。みんなに合わせてる様じゃ駄目ね。砂浜練習もあんまり意味なさそうだし。長袖切るくらいじゃ、足りないわね。」

 

「本当の地獄はここからだった...。」

 

「ああして...いやこうかな...いっそこれくらいは...ふふっ。」

 

「何か入ってるし!?」

 

「という訳で、はい。パワーリスト4個。1個1kgよ♪」

 

「ははは...。準備がいいね...。」

 

「元々、想定内よ。とりあえず明日はそれ使って。」

 

「そかそか。そんじゃま、ご期待に沿いますかね。じゃあ、帰りますか?」

 

「あれ?もういいの?全く釣れてないじゃない。」

 

「爺ちゃん曰く、夜明け頃がいいらしいのよ。だから、さっさと寝る。合宿中に1匹くらいいけんでしょ。」

 

「そ。」

 

「ん~で、夜道のお供をさせていただきますよ?お嬢様?」

 

「ばーか♪」

 

合宿1日目がこうして終わった。

 

 

 

「なんでここにいるのだよ!?」

 

「そりゃこっちの台詞だ!」

 

早朝から緑間と火神が言い争いをしている。

秀徳高校も合宿で同じ民宿に宿泊するのだという。

 

「バカンスとはお前らはいい身分なのだよ。なんだその日焼けは!」

 

「バカンスじゃねーよ!」

 

「ちょっと...もうみんな食堂で待ってるんですけど...。」

 

エプロンが赤く染まった、リコが包丁をもって立っていた。

 

「お、お前の高校は何なのだよ!?」

 

「誠凛高校です。」

 

「そう言うことじゃないのだよ!」

 

「あれ?秀徳さん?」

 

「ただいまー!」

 

釣りから英雄が戻ってきた。

 

「遅い!!どこまで行ってたの!」

 

「うははは。ごめんごめん。それが、めちゃ釣れてさぁ。気付いたらこの時間。とりあえず、食費の足しにしてくんさい。...って秀徳?」

 

「おっす、補照。」

 

「...。」

 

「へぇ、なかなかじゃない。まあ、不問にするわ。さっさと食堂に来なさい。」

 

「あいよ。んじゃまた。」

 

軽くの挨拶をして、食堂へ向かった。

 

「(なーんか、面白くなりそうだなぁ。...つか、なんでリコ姉ぇ血まみれ?)」

 

英雄の口角がつり上がる。

 

「それはそうと、飯が上手い!いやぁ、マジ腹へってたんだよね~。味噌汁が五臓六腑に染み渡るぅ。」

 

「朝からテンションたけーな...。何時から釣ってたんだ?」

 

日向が呆れた顔で聞いている。

朝食では、量にノルマを付けて食べさせている。半端な量ではないので、ほとんどなんとか食べ進めている状況だ。...火神は余裕で食べるが。

英雄は、大食いというわけではないが、遅れてきた割にもうおかわり3杯目。

 

「4時半っす。」

 

「早過ぎだろ...。」

 

「...今思ったんですけど、魚って誰が捌くんすかね?」

 

「.........やばいか?」

 

「生物はマズイっす。ここのおばちゃんに頼んでみます。」

 

 

 

午前の砂浜練習。英雄は開始までに相当量のランニングを済ませてある。錘が4つ付きで。

 

「こう暑いと海で泳ぎたくなるねぇ。」

 

「ホント、元気だな...お前。」

 

「えーまたまた~。」

 

午前の練習が終わった直後、英雄は防波堤から海へダイブした。

 

「っぷはー!きんもちーい!!」

 

他のメンバーに置いていかれたが。

 

「って誰もおらんし...着替えに行くかね...。」

 

 

 

「という訳で、午後は秀徳との合同練習よ。」

 

誠凛は課題である、各選手のスタイルの確立の切欠として秀徳に申し込んだ。

それぞれが、実践で自分を量りどうするかを決めることができれば、チームとして1段上にいける。

英雄を通して、掴みかけているのではあるが、より明確にする為に。

こちらの情報が漏れるというデメリットもあるが、承知の上でのことだった。

 

「火神君はちょいまち。」

 

「ん?」

 

「みんなの分の飲み物買ってきて。」

 

「は?」

 

「500m先のコンビニまでゴー♪重いだろうから、1本ずつでいいわよ。」

 

「1本ずつ...。」

 

火神は試合に出れないことに納得しきっていないようだが、とりあえず指示に従った。

そして、秀徳相手に火神抜きで闘うことになった。

 

「改めて見るとやっぱひとりひとりの動きの質が違うな...。」

 

「だったら、いいとこだけ盗んじゃいましょ?こんな機会滅多にないんすから。とにかくチャレンジっすよ。テツ君はもうそのつもりみたいですし。」

 

「英雄...そうだな。」

 

黒子が緑間に対して1on1を仕掛ける。

しかし、あっさりとボールを奪われてそのまま超高弾道3Pを決められる。

 

「ふざけてるのか?」

 

「ただ、僕自身がもっと強くなりたいんです。」

 

「...笑わせるな!1人で戦えない男が1人で強くなれるものか。」

 

緑間が黒子にきつく言い捨てる。

 

「”まだ”できないだけじゃん。」

 

英雄が話を割る。

 

「分かった風な口を利くな。実際、帝光ではできてなどいなかった。」

 

「”帝光では”ね。大体どうするかはテツ君が決める。外野が何言っても野暮なだけ...。犬にでも食われれば~。」

 

「「....。」」

 

2人が睨みあう。英雄らしからぬ表情で。

 

「いいだろう...お前には1度分からせてやる。」

 

「おっけーおっけー。いいよ、火神には悪いけどなんかカチンときた。」

 

「「すいません!マーク変わってもらってもいいですか?」」

 

当事者の黒子をそっちのけで激突する。




・タコ足
講道館柔道の創設者・西郷三四郎が有名。足の指が以上に長く、地面をレース用タイヤのように地面を掴むことができる。ただ裸足ではないので、バスケにはあまり意味をなさない。


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馬鹿とビビり

ザシュ

 

英雄がマークにつく前に3Pを決める。

 

「口ほどにもない...。」

 

「1本決めたくらいで、何言ってん?」

 

表情を変えない英雄に、逆に緑間が眉をピクリとさせた。

あくまでも練習なので、エンドラインからの3Pはしない。基本はハーフコート内である。

英雄もそこまでタイトなマークはしていなかった。お互い、1on1を意識している。緑間の3Pは非常にブロックしづらい。ブロックする前に放たれる。無理に止めに行くと、フェイントに引っかかり抜かれていた。

その日、緑間は10本の3Pを決めた。

誠凛 87-96 秀徳

自力の差を見せ付けられた。緑間・英雄以外の所でも、力負けした。

 

翌日も合同練習を行い。

 

「馬鹿め...昨日で懲りなかったのか?」

 

「ん~。もうちょいでいけそうな気がすんだよね。」

 

「何度やっても同じなのだよ...。」

 

昨日に引き続き、緑間と英雄は競い合う。

 

「緑間!」

 

高尾から緑間へパスが渡る。

英雄が対する。木村がスクリーンをかけるが、あっさりすり抜ける。

 

「スクリーンの使い方下手じゃね?」

 

「うるさい黙れ。」

 

緑間はドライブで抜きに行くが、英雄も当然のようについて行く。

結局、高尾にリターンで返した。

 

「あれ?もうこないの?」

 

「っく。...いいだろう。徹底的に思い知らせてやるのだよ。」

 

「くっくっく。いいね、そうこなくちゃ。」

 

誠凛ボールになり、伊月から英雄に渡る。

 

「な!!」

 

ノーフェイクで3Pを放つ。緑間の出足が1歩遅く、ボールに届かない。

 

「ざまあみろ!」

 

「子供かお前!」

 

攻守交替。

再度、緑間と英雄が対峙する。

緑間はマークを外そうと動き回り、英雄はパスカットを狙う為わざと距離を開けて追従する。

切り返しで緑間がパスを受けるが、英雄の指先がボールに触れる。

 

「おしい。」

 

なんとかボールをキープする緑間だが、シュートを打てる体勢ではない。

 

「少しくらいは認めてやる。が、まだ甘いのだよ。」

 

緑間はバックステップからの3Pを狙う。190の緑間から放たれる高弾道の軌道はブロックを許さない。

 

「...もう、それは飽きたよ...。」

 

リリース前のボールを下からすくい上げるように弾く。

 

「なんだと!」

 

弾かれたボールはコートの外へと転がる。

 

「ふぅ~。確かに、お前の3Pは凄え。でも、そんなに怖くない。」

 

汗を拭いながら英雄が言う。悔しさのあまり緑間が睨みつける。

見ていた周りも騒然とする。

 

「(昨日は、めちゃくちゃ決まってたのに...なんでだ?緑間がこんなにあっさり止められるところなんて始めてみた。)」

 

高尾も目を見張り、頭を巡らせる。

火神のように、豪快なブロックを決めた訳ではない。そこまでのジャンプ力はない。だが、ポイントを間違えなければボールの下部分を触ることはできる。

 

「(でも、緑間相手にそう簡単にできるもんなのか?)」

 

その日、緑間が決めた3Pは5本。明らかに昨日に比べて、防がれている。

誠凛 90-89 秀徳

 

「へぇー。想定外だが、いい影響を得られそうだ。」

 

秀徳の監督・中谷は1人考えていた。

緑間は、キセキの世代。部内には1対1での練習相手がいなかった。故に、フォーメーション練習以外はシューティングに費やしていた。

中谷としても悩みどころであったが、偶然にも合同練習でしかも緑間をやり込める程の選手との練習を図ることができたのだ。

 

 

夜になり、走りこみから火神が帰ってきた。昨日より距離を伸ばしていた為、入浴時間に間に合わなかった。

 

「風呂...終わりっすか...。」

 

今にも泣きそうだ。

 

「火神...こっち、こっち。」

 

声のする方に向くと、英雄が手招きしている。

 

「なんだよ...。」

 

「風呂、間に合わなかったんでしょ?俺もなんだよ。だから...。」

 

民宿から少し離れた砂浜にて。

 

「this is GOEMON!?」

 

そこには、ドラム缶でできた五右衛門風呂が準備されていた。

 

「ちとボロイけど、なかなかいいっしょ?」

 

「おぉ...。こんなんどうやって...。」

 

「民宿の爺ちゃんに頼んだら貸してくれた。っで、俺もう入ったから、よかったら使っちゃって♪周りは見張っとくしさ。」

 

簡易式露天風呂に浸かる火神。ちなみに衣服は、柵に布をかけて作ったバリケードで脱いだ。

英雄は周りに気にしながら、バスケットボールでリフティングをしている。

 

「どーよ?」

 

「ああ。悪くねぇな。」

 

「だろ?頑張ったんだぜ。」

 

「こんなとこで何してるんですか?」

 

黒子が民宿からやって来た。

 

「おう、黒子。どうした?」

 

「おっす。見ての通り、入浴中。ノゾキはよくないよ~。」

 

「お2人を見かけなかったので探しに来ました。」

 

「あれ?無視?」

 

「先輩方も探してましたよ。特にカントクがお怒りです。」

 

「げ...。マジ?」

 

リフティングを止めて焦る英雄。

その後、問答無用でリコに捕まり、罰としてデコペン(デコピンをペンで行う)をくらった。地味に痛く、若干内出血下挙句、涙目になった。

 

 

合宿4日目。

 

「は?マジで言ってんのか?」

 

日向がきょとんとしていた。

 

「マジマジ~っすよ。折角、これ以上無い程の技術を体験できるんすから。」

 

ヘラヘラと答える英雄。

 

「でもなぁ...。」

 

どうも乗り気になれない。

 

「大丈夫ですって!日向さんなら!」

 

「おーい、カントク~。」

 

英雄に押し負けそうになり助けを求める。

 

「いいんじゃない?」

 

「軽いな、おい。」

 

「別にそういう訳じゃなくて、シューターとして得るものもおおいんじゃない?」

 

「う...。それはそうなんだが...。」

 

「はい、決定。」

 

「鉄平さん、俺は大坪さんもらっていいですか?」

 

「ああ、かまわん。」

 

英雄の発案で、緑間のマークを日向、大坪のマークを英雄がすることになった。

 

「(それはいいんだよ...。問題は...。)」

 

緑間がものすごく睨んでいる。

 

「大坪さんお願いします!」

 

「ああ、こちらこそな。だが...。」

 

大坪がちらりと緑間を見る。

 

「え?なんか問題ありました。」

 

「いや、問題というか...。何故、俺なんだ?」

 

「全国屈指のインサイドプレーヤーが何言ってるんですか。俺、楽しみにしてるんですから!」

 

「おい!」

 

遂に我慢しきれなくなった緑間が英雄を問い詰める。

 

「一体、どうゆうつもりだ。」

 

「いや...何で?合同練習なんだから、いろんな選手とやんないと勿体無いじゃん?」

 

ぷくくくと、高尾が笑いを堪えている。堪えきれていないが...。

 

「高尾、黙れ。勝負に逃げたということでいいのだな?」

 

「んなもん、公式戦でやればいいじゃん。...あ、そうか。」

 

「何だ?」

 

「構ってあげられなくてすまんね。」

 

「おい!...もういい!」

 

高尾は堪える気などなくなり、ぎゃはははと笑っている。

日向がマークについているが、技量に差がある緑間を止めるのは至難である。

それでも、何か掴もうとしがみつく様に必死にDFを続けた。キセキの世代No1シューターのスキルを盗もうと。

インサイドでは、ポストアップした大坪と英雄が競り合っている。その辺りの経験が多くない英雄にとって、大坪との競り合いは実に勉強になり楽しいものであった。

予選ではいなしながら虚を突き続けたが、正面からぶつかると大坪のシンプルなパワーに負けそうになる。正確には、パワーではなく無駄の少ないポストプレーがそれを可能にしているのだ。未だ本調子でない木吉では、こうはいかない。

だからこそ、あえて正面からぶつかり続けた。オーソドックスなセンターのプレーを自分のものにする為に、そのイメージを強く持つ為に。

『損して得とれ』。正にその通りであろう。

試合の結果は誠凛の敗北。しかし、各々は何かしらを得ていた。敗北といっても大差を付けられた訳でもない。

火神抜きで戦い抜いたという自信もついた。

 

その晩、この合宿で試合に一切出られなかった火神が不満そうにしていた為、リコがアドバイスを行った。

火神の特性、つまりジャンプ力。この合宿での目的は、その為の下半身強化であった。

そして、もう1つ。利き足は右であることを認識させた。

それが終わると、民宿に戻っているところでイメージトレーニングをしている英雄に遭遇した。

相手をイメージしてDFを行う。暗い場所だからこそイメージがし易い。元々想像力豊かな英雄は、イメージをより現実と近寄らせることが出来る。

相田景虎に教えられてから、このイメトレを欠かしたことはない。サッカーをしていた頃でもだ。

だからこそ、真っ暗なストリートコートでもバスケが出来る。いや、そうでしか出来なかったのだった。空白の3年分の成果は、イメージの動きを体現できること。これこそが、英雄の創造性である。

 

「今日は誰が相手?見たところ...インサイドプレーヤーだと思うんだけど。」

 

「ティム・ダンカン。」

 

「そ、で?」

 

「やっぱ強いね。ま、イメージだから。つか、直接やってみて~。負けてもいいから!」

 

「こら。あんまり叫ぶな!その辺にしときなさい。」

 

「へ~い。あ、火神知らない?」

 

「下の駐車場にいるわよ。どうかしたの?」

 

「あいつの参考になりそうな映像があったから渡しとこうと思って。」

 

「へぇ~それ興味あるわね。ちなみに中身は何?」

 

「ブレイク・グリフィンだよ。」

 

「...なるほどね。ちょっとヒント出しすぎのような気がするけど...まあいいわ。」

 

「じゃ、晩飯までにはもどるよ。」

 

駐車場に着くと火神が緑間から指摘を受けていた。

 

「ウィンターカップ予選でがっかりさせるなよ。」

 

黒子にも言葉を残し、こちらにやって来る。

火神はどこかへ走り出し、黒子も追っていった。

 

「よっ。なんかアドバイスしてもらったみたいで悪いね。」

 

無視して通り過ぎようとした緑間に話しかける。

 

「なんの用だ?なれなれしくするな。」

 

「あれ?まだおこってるの?」

 

「真ちゃん、ツンデレだからマークについて貰えなかったから拗ねてんだよ。」

 

「黙れ高尾。拗ねてなどいない。」

 

「そっか。だったら1つご忠告~。」

 

「ふん。言ってみるがいいのだよ。」

 

「今のままじゃ、その内勝てなくなるよ。」

 

「なんだと...。」

 

「昨日、ブロックできた理由がわかんない?あまりにも決まったルールでしか動かないからだよ。正確過ぎるシュート、タイミングも打点も同じ、後は合わせりゃなんとかなる。全国クラスなら俺以外でもこの方法を使うと思うよ。」

 

「....。」

 

「高弾道はブロックし辛い。でも、あれをパスに繋いでアリウープにすることは出来ない。しても、時間が掛かりすぎて止められる。つまり、意外性が無い。」

 

「...意外性。」

 

「絶対シュートは外さない。逆に言えば、外しそうなシュートは打たない。さあどうする?テツ君に言ってたみたいに、自分のスタイルに固執するかい?俺が気に入らなかったのはそこなんだよ。今まで負けたことが無いんだろうが関係ない。ちゃんと受け止めろよ。ビビってんのか?」

 

「俺はビビってなどいない。」

 

「だったら、しっかりチームに馴染めよ。後ろで支えてくれているメンバーをしっかり見つめろよ。チラチラ見んな。」

 

「....っく。」

 

「そんじゃ、先に戻るね。高尾、後フォローよろしく。」

 

「マジで?言いたいこと言ったら帰るんかい!?」

 

「あー聞こえないー。」

 

合宿最終日はそんなこんなで終了。

火神は自分の目指すスタイルを明確にし、黒子はキセキの世代を抜くオリジナルのドライブを習得すると決めていた。

他のメンバーも向上するために明確な目標を決めることができていた。

 

 

次の日、民宿から発ち、帰宅ではなくインターハイを観戦しにいくことになった。



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4人目登場

インターハイ準々決勝。

海常対桐皇。

誠凛は、この好カードを観戦した

結果は桐皇の勝利。チームの総合力ではほぼ互角だったが、エースの差が決定的だった。

青峰と黄瀬。キセキの世代同士の激突。観客は目を離すことなどできない。

終始、青峰が黄瀬を圧倒した。途中、黄瀬が青峰のスタイルのコピーという荒業を仕掛けたが、スタミナが持たず力尽きしまう。

それが、大体の試合内容。

誠凛は試合のレベルの高さを感じ取り、更なる向上を誓った。

 

翌日、誠凛バスケ部は休養日を設けた。

皆、思い思いに行動した。2年はいつも通りに練習を始め、1年と木吉はストバスのオープン大会に出場を決めた。

英雄は、父の仕事を手伝うことにした。体力があり、アルバイトではなく私的なお手伝いということになるので、重宝されている。一応、小遣いは出るので、釣竿購入の費用を稼ぐ。英雄は、海の合宿を切欠に本格的に釣りを始めることにした。

 

ストバス組は偶然会場で正邦と鉢合わせした。ウィンターカップの予選出場権を持てないので区切りとして出場するとのこと。

お互いが勝ち上がりまた勝負することを約束した。

しかし、正邦はあっさりと負けた。1人の実力者をとめることが出来ずに。

彼の名前は、氷室辰也。

火神にバスケを始めさせた男。嘗て、互いを兄弟と呼び合い切磋琢磨し合った仲だった。意思のすれ違いにより、氷室が敵意を持っているようだが。

ストバス決勝は、誠凛1年ズ 対 氷室が飛び入りした草チーム。

試合開始直後、キセキの世代の紫原敦が現れた。同じ陽泉高校である氷室を迎える為と言う。それを火神がそのまま帰す訳もなく、成り行きで紫原も参加することに。

1度ずつ攻防した直後に雨が降り出し、決勝は中止になり終了。

氷室は土産代わりに1つ技を披露した。パッと見変哲のないジャンプシュートだったが、タイミングを合わせた火神のブロックをすり抜けるようにリングに決まった。

火神は驚愕し、氷室は不敵に笑った。

そこに、作業着で頭にタオルを巻いた英雄がビニール袋を手に提げやって来た。

 

「残念無念また来週~。決勝まで来たなんてさすが!」

 

「んー誰ー?この会場の作業員さん?」

 

「ウチのチームのメンバーです。紫原君。」

 

「補照英雄、よろしく。」

 

「へー、まあ興味ないけど。」

 

「そっちから聞いといて!?」

 

「紫原君はそういう人なので。」

 

「じゃーねー黒ちん。」

 

「...今でもバスケがつまらないと思いますか?」

 

「その話、それ以上するなら黒ちんでも潰すよ。向いてるからやってるじゃ駄目なの?ま、反論あるならウィンターカップで聞くよ。」

 

「まあまあ、そんなピリピリしなさんな。お近づきに○イの実あげっから。」

 

「...貰う。」

 

紫原は英雄からパ○の実を受け取り、氷室と帰って行った。

 

「そういえば、英雄君はどうしてここに?」

 

タオルで濡れた体を拭きながら、黒子が問う。

 

「親父の手伝いが終わったから様子見に来たんだけど、こんな面白くなるんだったら俺も出ればよかったなぁ。」

 

英雄と黒子が雑談していると火神の携帯電話が鳴る。

 

「カントクが今から学校に来いって...。」

 

 

学校に行くと、雨の中走っている日向達、そして体育館に機嫌の悪いリコと桐皇の桃井がいた。

桃井が黒子に抱きつき泣き出したので、黒子が話を聞いた。

内容が若干修羅場ってるので英雄は2年のためにタオルを用意しにいった。

 

「お疲れ~す!」

 

「おう。悪いな。」

 

「ほとんど雨ですけど、汗の処理はしっかりしないと。」

 

「キタコレ!学生の臭いがくせえ!」

 

「伊月もっかい走って来い。」

 

落ち着きを取り戻した桃井から、決勝と準決勝でキセキの世代が出場しなかったこと、その理由を教えてもらった。

青峰は黄瀬との試合で肘を痛めていた。紫原は赤司との試合を避けた。赤司は面白くなかったから。

紫原と赤司については、よく理解できなかった。

その後、黒子が桃井を送っていき、その日は解散した。

 

ある日のミニゲーム。

Aチーム

伊月・日向・黒子・火神・木吉

Bチーム

降旗・小金井・英雄・土田・水戸部

 

「さあさあ!試合に出られるなんて確信しちゃってる皆さんに分からせてやりましょ!そう簡単にいかないって。」

 

パンパンと手を叩きながら英雄が笑う。

 

「っへ。言ってくれるぜ。」

 

火神がモチベーションを上げる。

 

「この試合の結果をスタメンの参考にするから♪」

 

「マジかよ...。」

 

現スタメン対ベンチメンバー。

Aチームは今まで戦ってきた実績と自信があったが、Bチームの英雄に対して不安を抱く。

 

「日向!」

 

伊月からのパス。伊月には降旗が付いているが技量の差がある為、なかなか止められない。

日向には小金井がマーク。日向はマークを引き付け中にボールを入れる。

受けたのは木吉。マークは水戸部。木吉のシュートを止めにいくが、途中でパスに切り替え日向にリターン。

マークの甘くなった日向は3Pを決めた。

 

「ほー、あれが『後出しの権利』かぁ。」

 

英雄は素直に感心した。

木吉の掌は広く、ボールを持ち続けられるのでDFに合わせたプレーができる。もはや、読み合いにすらならない。

 

「でも...フリ!」

 

Bチームは降旗をPGとして組み立てる。

Aチームはマンツー。降旗に伊月、小金井に日向、英雄に火神、土田に黒子、水戸部に木吉。

慎重な降旗らしく、じっくりと攻める。

 

「英雄!」

 

ハイポストに入った英雄にパス。

受けた英雄は、スピンムーブでマークの火神を左手で押さえつけながら抜く。

出だしが遅れたが、火神は直ぐに迫る。

英雄は上体を揺らしドライブを意識させ、ノールックで小金井にパス。

そこに、黒子が現れてボールを弾く。ルーズになったボールに1番速く反応したのは英雄だった。

 

「全力ダーイブ!!」

 

木吉のマークが甘くなったのを逃がさず水戸部に渡し、そのまま得点。

 

「くっそ、ああゆーのもあるのかよ...。」

 

ランニングプレー主体の火神はポストのスキルが少ない。英雄は容赦なくそこを突いてくる。

 

「黒子の奴相変わらず読めないな。」

 

マッチアップしていた土田から言葉がこぼれる。

 

「つっちーさん。まだまだこっからっすよ!さっそくゾーンDFでいきましょ。」

 

実質1年の付き合いのあり、試合中にいちいち苗字を呼ぶのは効率的にも良くないのでニックネームで呼ぶようになっていた。

Bチームはマンツーから1-3-1ゾーンに変更。英雄を中心に、トップに降旗、右に小金井、左に土田、後ろに水戸部となっている。

パスワークをディナイしつつ、小金井と土田で日向の3Pをケアする。黒子のミスディレクションもマンツーに比べて容易になる。

 

「このDF、実際にやられたら...。」

 

「ああ、厄介この上ない。でも、だからこそ練習になる。行くぞ!」

 

Bチームの『楽にパスは通さない』というDFに苦い顔をする伊月を日向が激をあげる。

1-3-1というのは、他のゾーンと少し異なる。

2-3や3-2の様に中か外のどちらかではなくバランスよくケアし、シュートをブロックするよりもパスを中に入れさせない。

ペネレイトをされても2人で当たることもでき、火神にも対応できる。

しかし、欠点も存在する。

まず、コーナーからの3Pを打たれたら対応が遅れる。そして、リバウンドエリアに配置できる人数が減る。

Aチームも日向でコーナーを攻める。が、伊月を降旗と小金井で追い込みパスを出させない。

 

「先輩!こっち!」

 

火神がパスを要求する。

 

「でぇい!」

 

伊月の無理なパスを土田が弾く、ルーズになったボールをまたしても英雄が奪う。

 

「コガさん!」

 

黒子にスティールされないように高くパスを出す。小金井が走り、伊月が追う。

 

「先輩!」

 

「おう、行け!」

 

「しまっ...!」

 

伊月が小金井にふられ、ノーマークでパスを受けた降旗がレイアップを決める。

 

「ナイス、フリ!」

 

「結構イケてんじゃない、Bチーム!」

 

審判役をしているリコも納得する程の綺麗な速攻だった。

 

「速攻返すぞ!早くしろ!」

 

木吉の声で意識を切り替えて、OFに移る。

 

「黒子!」

 

伊月から黒子へ繋ぎ、火神へイグナイトパス。降旗がDFに間に合っておらず、火神に渡る。

そのまま火神の右足で踏み切る超ジャンプのワンハンドダンク。英雄がしっかりブロックに跳んでいる。

ボールを掴んでいる左手を火神が動かすが、途中で離してしまいリングに当たる。

しかし、木吉がリバウンドを奪い、そのままタップシュートを決める。

 

「くそ...、もう少し、もう少しなんだ。」

 

火神がぶつぶつと呟いている。

 

「へぇ。」

 

ブロックできなかった英雄は少し感心していた。

その後もメンバーチェンジをしながらミニゲームは続いた。

 

 

練習後。

汗を拭きながら駄弁っていた。

 

「そういえば、月末の合宿ってどうなるんですかね?」

 

福田が日向に質問する。

 

「というと?」

 

「カントクが電話しててその後スキップしてました...。」

 

「スキップだと!!」

 

その言葉に一同が振り向く。

 

「みんなー!お知らせよ!」

 

うきうきしながらリコがやって来た。

 

「...全員、集合。」

 

日向の声で整列する。

 

「月末の合宿はM大学と合同になりました♪」

 

「「「はぁああああ!?」」」

 

「この間、秀徳で今度はM大かよ!」

 

「しかも、次は山だろ!?嫌な予感しかしねぇ!」

 

「てか、M大ってインカレでも上位に来てるところだろ?カントク一体どうやって?」

 

一年はとにかく驚愕し、伊月・小金井・日向はリコを問い詰める。

 

「パパのコネでちょちょっと♪」

 

「リコ姉ってそういうの異常に似合うよね...。」

 

「なによ、みんなして。そこは『ありがとう!』でしょ?こんな機会そうそうないんだから...。」

 

「「「むぐぐ...。」」」

 

色々反論したいが、リコの言うことも正論である。

 

「全員聞け!」

 

日向が前に立ち声を張る。

 

「この合宿は前回よりも厳しいものになるだろう。でも、全国に行く為には乗り越えなければならない。だから、1つだけ....全員、生きて帰って来い!」

 

「「「了解!!」」」

 

一同が全力で敬礼をする。なんだかんだでノリノリだった。



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いざ、WCへ

某山岳部。

アップダウンの激しく長い坂道がある為、合宿場として名のあるところ。

そこで、誠凛はとにかく走っていた。

 

「ファイト!声出して!」

 

「誠凛~ファイ!」

 

「「「おう!!」」」

 

海での合宿と同様に午前中はフィジカル強化を行い、午後にM大学と合流というスケジュール。

アップダウンが激しいと膝への負担がキツイ。更に、徐々に標高も高くなっていき、息も切れやすくなっていることもあり無駄口を叩く余裕などとっくの昔になくなっている。

そもそも、宿泊している場所から体育館は片道3kmとかなり離れている為、たどり着くだけで汗をかくどころではない。

既に合宿3日目になり、疲労は隠せない。

英雄も長袖、錘つき、念のため捻挫防止サポーター、とかなり通気性が悪い。

ちなみに、リコは父・景虎が用意した電動式補助付き自転車でスイスイだ。

海合宿では下半身強化を行っていたが、今回の山合宿では下半身だけではなく上半身も含めた強化を行っている。

インサイドでのボディコンタクトでスタミナを奪われないように。その為、水戸部、土田、火神のメニューは他の倍になっている。木吉は怪我が再発しないように他のメンバーと同じメニューでじっくり仕上げる。英雄はパッと見3倍である。

 

M大との合同練習は体力的に酷使するものではないが、さすがというレベルでプロ並の技術を見せ付けられた。

大学のレギュラーともなれば、高校時代でならした選手も数多く、誠凛メンバーもかなりの刺激になった。

明確な成長のイメージをもった火神や黒子は、やり込められながらも己の技術を研磨させていった。

伊月や日向はM大のゲームメーカーから積極的に話を聞きにいき、バスケIQを向上させた。

水戸部、小金井、土田はスクリーンやリバウンドのタイミング等を参考にして、上手く吸収できるように練習をおこなった。

英雄はM大に他では珍しいポイントフォワードのポジションについている選手がいたので、ストーカーの如く付き纏っていた。後で、リコに苦情が来たが。

何度かミニゲームを行ったが、チームの総合力に差があり午前練習の疲労が残ったまま、尚且つ新しいプレーをどんどんチャレンジしていた為、ミニゲームの内容は悲惨なものになっている。

 

「今日もボコボコにされちゃいましたね。」

 

「やっぱスゲーな。悔しいとかじゃないんだよ。」

 

負けてへらへらしている英雄に説教したいところの日向だが、レベルの違いに素直に感心する。

 

「あちらさんの6番って来年プロ入りらしいわよ。」

 

「あー、納得。」

 

リコの情報に納得する小金井。

 

「キタコレ。納豆食って納得。」

 

「伊月黙れ。」

 

悔しがるよりもとにかく学べるところを学ぼうと選手の動き一つ一つを細かく観察していった。

どこが優れているのか、どう攻略するのかをみんなで確認しながら。

 

「DFパターン増やします?」

 

「あ、それ俺も思った。」

 

「具体的にどうゆうのが必要なんだ?」

 

「ウチはマンツーと1-3-1だろ。ゾーンプレスとかもあった方がいいんじゃね?」

 

「ケースによれば、ボックスワンとかやってるんだけどな。パターンにするほど練習してないしな。」

 

練習後の柔軟の合間に、あーでもない、こーでもないと全員で議論を行っていた。誰かに言われたわけでもなく、自分達に必要なことを話し合い理解しあった。

多少なりとも自分たちのことが分かってなければ、議論などできない。そして、議題については皆が一致していた。集団として同じ方向を見ていないと出来ない。

気付けば、DFからOFパターンについての議題になっていた。カットインのパターンやナンバープレイを作るかどうかまで。

 

「(このチームは必ず強くなる....。)」

 

リコはメンバーのそんな姿に小さく確信した。

 

「でもあれだな...。」

 

議論が落ち着き、日向が別の話題を提示する。

 

「そうっすね...。」

 

火神もうなずく。

 

「「「今から帰るの考えると気が滅入る。」」」

 

「あらっ?」

 

1番の意見の一致。

 

宿泊所に帰宅中。

当然、軽く流す程度だがランニングをいている。アップダウンがキツイ為それでもしんどいのだが。

 

ザザッガサガサ

 

道路わきの雑木林から何やら大きな影が飛び出してきた。

 

「おっ?」

 

「何だ何だ?」

 

「あれは...。」

 

「「「猪だー!!」」」

 

こちらの声に驚き、猪が突進してくる。

 

「うわー!でかっ!」

 

「なんでこっちくんの!?」

 

「お前ら騒ぎすぎだ!それに反応してんだよ!」

 

木吉が何とか落ち着かそうとするが、そんな余裕などない。

そのまま、黒子の方に急接近する猪。

 

「黒子!!」

 

「にゃろ!」

 

小金井が石を投げつける。

少しだけ、猪の視線が黒子から離れる。それでも、勢いは止まらない。

誰もが覚悟した瞬間、黒子がすり抜けたかのように猪が綺麗にすれ違っていた。

すれ違った猪はそのまま森へと帰って行った。

 

「え?」

 

「今のは?」

 

メンバーが困惑していると、

 

「できた!僕だけのドライブ!」

 

黒子が1人歓喜していた。

 

「今、猪を抜いたのか...?」

 

「は?どうやって?」

 

伊月や日向は論議をしていたが、リコや木吉は嬉しそうな黒子を見て、どこか満足気だった。

 

 

 

「という訳で、今日は猪鍋よ♪」

 

リコが特大サイズの鍋を笑顔で運ぶ。

 

「...おい。誰か手伝えなかったのか?」

 

「順平さん無理っすよ。あのランニングの後に動ける訳ない。おばさんに捌くのは手伝ってもらったみたいですけど。」

 

「猪の肉って調理するの難しいんじゃ...。」

 

「....。」

 

「水戸部曰く、『調理自体はそこまでじゃないけど、下手をすると臭いがヤバイ』らしい。」

 

「英雄、いけるか?」

 

「さすがに、臭いに耐性はないっす...。」

 

覚悟を決め鍋の蓋を

 

「よし、それじゃあ...開けるぞ...。」

 

日向が代表で開ける。

中は極普通の鍋といったところで、ぐつぐつと煮えたぎっている。

 

「あれ?臭わない...。」

 

「あのね~。いつまでも同じレベルな訳ないでしょ!」

 

むしろ香ばしい匂いを漂わせた為、つい小金井の本音が漏れる。

 

「悪い悪い。...んじゃ、いただきまーす。」

 

みんなで一斉に口に運ぶ。

 

「「「ん~!!!ああああ!!」」」

 

「えっ?何!?」

 

「噛んだ瞬間、臭みが一気に蘇ってくる!」

 

「どーやってんの!?」

 

凶悪なギャップの臭い爆弾ともいえる猪肉に火神、伊月は声を上げる。

リアクションできなかった者はむせっ放しである。通り越して過呼吸になっている者もいた。

 

「水戸部の呼吸がヤバイ!」

 

「なんかひゅーひゅー言ってる!!備品の酸素ボンベもってこい!!」

 

水戸部は木吉に運ばれ、集中治療室状態になっていった。

 

「あ、でも味自体は美味しいですよ。」

 

英雄は鼻栓をしながら食べていた。なんともシュール。

それに習い、全員が鼻栓しながらの食事をした。食事中の会話は当然鼻声。

 

「(なにこれ...?)」

 

リコは自分で作った状況であるが、さすがに顔が引きつりもう少し練習しようと誓う。

この夜は、あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎて、食事中の笑い声は絶えなかった。

 

翌日、合宿の最終日。

M大は先に引き上げていった為、練習試合はできない。

ミニゲームをしてもいいのだが、スタイルの確立する為に各々の個人練習に当てた。

最近は日々の練習を明確な目標をもってしている。1度整理する必要があったのだ。

だが、バラバラにではなく、複数のグループになって状況を想定しながらの積極性を見せていた。

 

「木吉、どうだ?」

 

「まだ、少し違和感がある。よし、もう1本!」

 

日向は、3Pが生命線だ。しかし、それを生かす為、シュートフォームからのパスを木吉と練習している。同じフォームでシュートとパスを使い分ければ、DFの反応が遅れる。パスを意識させるだけで、3Pの威力は上がる。逆もDFに脅威を与えるだろう。

 

「火神!今、フリにパス出せたぞ!」

 

「スンマセン!もう1回お願いします!」

 

「なあ、今のどうだった?他のパターンって何かあるか?」

 

伊月、火神、水戸部、小金井、土田、そして1年の3人は3on3で思いついたプレイを試しながらその都度、中断し意見交換をしている。火神は視野を広げて空中戦のレベルを上げる為、伊月は意見交換することで多角的な考え方を得る為に。

水戸部、小金井、1年の3人は全力で底上げをしている。それでも、徐々にレベルが高度になっていくことに合わせて、知らず知らずの内に上手くなっていった。

黒子の個人練習に英雄は付き合っていた。昨日、コツを掴んだと思われるドライブへの興味が尽きなかったのだ。

 

タン

 

「うお!」

 

「どうですか?」

 

反応できないまま、あっさりと黒子に抜かれる。

 

「こんなん、初見じゃ止めらんないよ。スゲーな。」

 

「昨日の猪君には感謝ですね。」

 

「そういや、シュートの方はどんな感じ?『後は自分でやります』なんていうから、現状知らないんだけど。」

 

「距離はあまり伸びてませんが、成功率はあがってますよ。レイアップシュートもそこそこです。」

 

嬉しそうにボールを見つめる黒子。

 

「そんなテツ君に相談があるんだけど...。」

 

「なんですか?」

 

「テツ君の友達の....あ~、紫原君だっけ?彼のいる高校の映像見たんだけど、あれはヤバイね。2mが3人いるんだよ。」

 

「...そうですか。」

 

「んでもって、俺には火神程のジャンプ力もない。このままいったら、文字通り潰される。だからさ、ハイループレイアップシュートの練習に付き合ってくんない?

 

「シュートですか...。でも、どうして僕なんですか?」

 

「ダイレクトタッチに関してはチームで1番だと思ってるから。実に参考になるね。それに、折角だからシュートのバリエーション増やそうよ。シュート練習楽しんでるの知ってんだよ?」

 

「...そうゆうとこ良く見てますよね。」

 

「趣味だもの。」

 

「はあ...。分かりました。その代わり、僕の練習にも付き合ってくださいね。」

 

「OK~OK~、まかせとき~。まずは、テツ君のドライブからね、さっドンと来い!」

 

そう言いながら、DFにつく英雄。

 

「じゃあ、行きます!」

 

英雄は全力で止めに行き、改善点があれば挙げていった。そして、ケースごとのシュミレーションを行いながら基本的な運用パターンを考えた。そこから、応用できるように。

誠凛一同は個人のスタイル確立の為、まとめを行った。

夏休み最後の山合宿は個人能力の向上以外に、チームの課題を全体で見つけることができたのでまずまずの成果と言えるだろう。

 

それから3ヶ月個人練習からチーム練習に比重を置き換え、OFとDFのパターンの精度を上げていった。

それと同時に、東京予選に出場する相手チームの情報収集も行った。出場権利を持つチームは夏に比べて少ない為、数は限られる。そこから予選リーグに勝ち上がってくると予想されるチームは重点的に。

考え付くことを話し合い、出来る限りのことを納得できるまで。不安を打ち消すように。

その際にスタメン争いも激化していき、チーム内のモチベーションも維持していた。

 

 

「う~ん...。どうしようかしら...。」

 

采配を担うリコは予選が近づくたびに悩んでいた。当然、スタメンのことだ。基本のメンバーが決まらないと戦略も決まらない。

木吉が復帰したことで、インサイドはかなり伸びた。Cはほぼ決まりになるだろう。エースの火神を抜きには考えられない。日向もチームの色と言っていいだろう。キャプテンとして、チームを牽引してくれる。

後は、伊月、黒子、英雄、これが問題だ。個々の能力が伸びていることは素直に喜ぶ。しかし...

 

「カントクとして贅沢な悩みよね~。まったく...。」

 

伊月は、イーグルアイを用いて論理的に最適なゲームの組み立てを行う。広い視野はフォーメーションプレーの起点として活躍するだろう。論理的になり過ぎて消極的になりがちだったが、バスケIQを向上させたおかげで改善されつつある。

黒子は、ミスディレクションでパスの中継役を行う。OFとDFのアクセントになる。更に最近の伸びも良い。連携無しの個人のプレー等が特に。フルタイムで起用できないのが弱点。

英雄は、プレーの幅が広く単独でも切り込める技能をもっている。独特のリズムのペネレイトやパス、そしてDF。なにより、無尽蔵のスタミナとあのメンタル。今までが奇策でしかしてこなかったので、ガードとしてどこまでいけるかが不明点がある。

3人での共存は出来ない。そんなことは選手にも分かっている。だから競い合った。他のポジションの者も作戦次第では、外れる可能性だったある。人事ではない。

スタメンの発表は近々しなければならない。緒戦の相手も分かっている。やることは山ほどある。だから...

 

「よし!決めた!」

 

何度も編集し直したデータがPCに映っていた。

気温も下がり、季節が変わる。

そして、まもなく全国への再挑戦が始まる。




皆様のご意見を参考にさせていただいております。
今後ともよろしくお願いいたします。


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ささっと初戦

補照英雄のステータスを後書きに記載しております。


ウィンターカップ予選。

夏のインターハイ予選の上位8校で争い、勝ち抜いた4校が決勝リーグで総当りし、その上位2校が全国へ勝ち上がる。

特別枠で既に全国出場が決まっている、桐皇は予選には出場しない。

 

誠凛対丞成

木吉は会場入りする前からにやけていた。

 

「おい、いつまでにやけてんだ。」

 

日向が緊張感を持たせようと言葉をかける。

 

「そっすよ~、変なとこでポカしますよ~。(ニヘラ~)」

 

「いや英雄。お前も相当緩いぞ。」

 

「たっく!このアホ兄弟が~。」

 

「すまんなリコ。分かってはいるんだが、どうしてもな(ニヘラ~)」

 

「悪気はないんよ。でも、公式戦だと思うと、ね。」

 

言動がどこかしら似ている2人に悩まされるリコと、原因の木吉と英雄。

 

「とりあえず、スターターを確認するわよ。PG英雄。序盤はじっくり行きなさい。その後のゲームメイクはまかせるわ、楽しんできなさい。」

 

「うぃ。」

 

「次、SG日向君。外からの攻撃は任せるから、ガンガン決めちゃって。3Pはウチの生命線なんだからビビっちゃだめよ?」

 

「おう。」

 

「次、黒子君。特にないわ。練習通りに。」

 

「はい。」

 

「次、PF火神君。今日はマークが厳しいかも知れないから、キレんじゃないわよ。」

 

「うす。」

 

「んで、C鉄平。今日の試合で試合勘を取り戻せるようにしときなさい。」

 

「おお。」

 

「このメンバーは固定じゃないから、勘違いしないで。この先、調子が良ければドンドン起用していくからモチベーションを維持しなさい。」

 

スタメンのメンバーを読み上げたリコは全体に呼びかける。

 

「とにかく!今日を勝たなきゃ、決勝リーグにも行けないわ。きっちり締めて行きなさい!日向君!」

 

「勝つぞ!気合入れろ!!」

 

「「「おお!!」」」

 

「じゃあ、いくわよ!」

 

メンバーは控え室の外へと向かう。

 

「はい!質問!!」

 

そのタイミングで元気良く手を挙げる英雄。

 

「...何?もう時間ないんだけど。」

 

「オープニングシュートって誰が決めるの?どうせだったら俺が決めたいんだけど。」

 

「よーし、いくわよー。」

 

「「「おーう。」」」

 

「あ、待って~。」

 

無視された英雄は急いで後を追う。

 

 

 

試合前の整列も終わり、ティップオフ前

対戦校・丞成高校のメンバー1人がどんよりとした雰囲気を醸し出していた。

 

「どうした鳴海!?」

 

「なんですかアレ...。相手のカントク、女って言ってたのに...。」

 

「は?」

 

丞成・鳴海が勝手に沈んでおり、キャプテンの川瀬は困惑する。

 

「テンション上がんねーつうか...色気ゼロじゃん!!」

 

鳴海がリコを指差し叫ぶ。

その様子を見ていた誠凛メンバーは、顔色が青ざめながらリコの方を向く。

 

「「「(そ~~..。)」」」

 

笑顔のリコは親指で喉を掻っ切り、突き刺すように下に下ろす。

 

’ブチ殺せ ’

 

「「「ひぃ!!」」」

 

言葉もなく、しかし確実に意図が伝わり、メンバーは更に青ざめる。

 

「これで負けたら...死ぬな...。」

 

「「「おお..う」」」

 

日向の言葉が否定できない。

 

「やっぱ出だしで、ぶちかますか。英雄、さっきの言ってたのイケるか?」

 

「とーぜんです!火神、耳貸して。」

 

「あ、なんだよ。」

 

「ちょーと協力要請。」

 

ごにょごにょと火神に耳打ちしている英雄は明らかに何か企んでいる顔だった。

 

 

ビーーーー

開始の合図と同時に、ボールが高く放り投げられる。

互いのジャンパーは跳び、ボールに手を伸ばす。超ジャンプ力を誇る火神は、相手ジャンパーの鳴海よりも先に手が届き、相手のゴールに上から下へと向かって叩きつけた。

勢いの付いたボールは、もう1度バウンドして跳ね上がった。それを嬉しそうに追う、ただ1人反応していた英雄。丞成側は虚を突かれ反応できない。

ノーマークの英雄はボールを掴み、ジャンプ後にボールを掴んだまま風車のように回しながらのダンク、

 

「オープニングは貰った~!」

 

ウィンドミルを叩き込む。

 

『キター!ウィンドミル!!』

『すげー、いきなりだぜ!!』

『やっぱ、誠凛っておもしろくね?ファンになりそう!』

 

開始早々のダンクに会場は沸く。英雄は両手を広げてアピールし、更に煽る。

観客の関心を誠凛に向けさせて、味方につけた。

 

「こんな感じで行くんで、ヨロ!」

 

ビッシッ!と丞成に向かって指を刺す英雄。

 

「いつまでやってんだ!速く戻れ!!1-3-1行くぞ!」

 

日向の指示から、ゾーンを組む。

 

『あれ?何か前と違うくね?』

 

目の肥えた観客は気付く。

インハイ予選時とは違い、トップを英雄、右に黒子、左に日向、中心に火神、後ろを木吉という布陣。

丞成はインサイド重視のチーム。2人以上がポストアップしパスを受ける。そして、残りがカットインやスクリーンを多用して攻め、リバウンドを支配して主導権を奪う。

今回も同様に、大型ルーキー鳴海がローポスト、3年PF津布久がミドルポストに入る。

序盤は鳴海を木吉、津布久を火神がケアする。そして、丞成PG遠山に英雄が迫る。

 

「うおっっ!!」

 

遠山は焦って鳴海にパスを送る。

身長差は15cm以上、中途半端に高い軌道のボールなど逃がさない。ボールを弾かず獲る。

 

「ゲッツ!!」

 

誠凛の速攻。1-3-1は通常のゾーンと比べて速攻が出し辛いとされているが、伊達に半年以上鍛え上げてきたわけじゃない。

遠山はすぐに追う。しかし、キセキの世代並の体捌きをする英雄を捕らえられない。

オープニングの再生かと思わせるような状況で、英雄のワンハンドダンクが決まる。

英雄は観客に向けて拳を突き出し、更に煽る。ダメ押しといわんばかりに主導権を引き寄せた。

 

 

 

「誠凛と丞成、どっちが勝ってますかね?」

 

「さあのー、実力自体はほとんど一緒や。誠凛にとって丞成は相性悪いしな。誠凛のインサイドはそこまで大したことないからな。ただなぁ...。」

 

「ただ?」

 

第1クォーター途中から、桐皇の今吉と桜井が観戦着ていた。

今吉は桜井の質問に答えず、観客席に入り得点版に目を向ける。

誠凛 16-13 丞成

 

「おっ、やっとるやっとる。って微妙やん...。」

 

丞成は火神に対して2人で厳しくマークしていた。ラフな当たりも多く、火神はイライラを募らせる。

序盤はじっくりという指示が出ていたので、英雄は満遍なくボールを回して試合に慣らさせていた。火神のマークが厳しいのは見て分かったが、火神が要求するのでパスをした。その結果が今の状況なので、合わせて火神はプレーが乱れていった。

 

 

 

「くっそー!!」

 

「火神君、落ち着いてください」

 

アウトバウンズで一旦ゲームが切れたので、何とか落ち着かせようと火神に声をかける黒子。

 

「うるせー落ち着いてるよ!!」

 

「火神~、パス要求するならちゃんとしろよ~。つか、顔に出過ぎ。」

 

「るせっ。」

 

英雄も声をかけるが収まる気配もない。

 

「火神!もっと楽に行こうぜ!」

 

「おっさすが、分かってるっすね。」

 

火神の頭をバシバシと叩きながら木吉が笑いかけ、英雄も便乗する。

 

「鉄平さん。流れが切れかけてるんで、そろそろいいっすか?」

 

「そうだな、そろそろ大丈夫だからボール回してくれ。」

 

 

誠凛ボールで再開。

英雄がボールを運びながらマークを1人引き付ける。火神に2人ついているのでゴール下には鳴海と木吉だけ。

身長差を活かし遠山の上からパスを出し、問題無く受けた木吉はフックの構えで跳ぶ。英雄はそのままパスアンドゴーで走り出し、マークの目を引く。

マッチアップの鳴海はしっかりフックシュートのタイミングに合わせてブロックに跳ぶ。

木吉は後出しの権利を行使し、シュートリリースのタイミングでボールを放さず、パスに切り替える。ノーマークでパスを受けた日向のミドルレンジからのジャンプシュートはリングを通過した。

そこからは、木吉を中心に得点を重ねた。火神は相変わらずのダブルチームにより、得点に関わることもできずに不満を溜めていった。

 

丞成のパスを日向がインターセプトしてターンオーバー。黒子が中継し、ロングパスを火神に向けて出す。

 

「やっとかよ!こうなりゃゴールぶっ壊すくらい、叩き込んでやる!!」

 

一段と強く踏み切り高く跳ぶ。

 

ゴッツ

 

感情を前に出し過ぎ、高く跳び過ぎ、リングに頭を打ち付けてしまった。

 

「「「(高過ぎー!!)」」」

 

「あはっはっはっは!さすが火神!美味しすぎる!!」

 

ベンチの面々はつっこみ、英雄は腹を抱えて笑う。

 

ビーーーーーー

 

皆が呆気にとられている内に第1クォーター終了のブザーが鳴る。

 

『なんだ今の...。』

『リングに頭ぶつけるって人間技か!?』

『ワンマンて感じだったのに...』

『インハイ予選で決勝リーグにいったのはフロックじゃねぇ!!』

 

観客は騒然とし、誠凛の評価を改めざる得ない。

誠凛は第2クォーターでメンバーチェンジを行った。

黒子 OUT  伊月 IN

伊月がPGに入り、英雄がSFに変わる。

丞成は作戦の変更せず、ひたすら火神をダブルチームで抑えようとした。そして、木吉に鳴海をつけて失点を減少を狙った。

つまり、他のチェックが甘くなるということ。伊月、日向、英雄が動く。

伊月がボールを運び、遠山がチェックする。遠山の後ろから英雄がスクリーンに入り、伊月をフリーにする。

そのまま伊月が一気に侵入し、ヘルプが来たところでパス。完全フリーの日向に渡り、3Pを決めた。

誠凛3人に対して、丞成は実質2人で守らねばならない。しかも、1人は外に張っている。

丞成は追い込まれていることに気が付き、苦い顔をする。このままでは、後手になり点差が開いていく。

かといって、火神のマークを1人外して良いものか。鳴海は木吉の相手だけで一杯一杯になっている。

丞成はとにかく攻めようと、パスを回す。

誠凛のDFは1-3-1のまま、黒子の位置にそのまま伊月が入っている。

 

「火神~、不満なのは分かるけどちゃんとDFしてよ?」

 

ハイポストでボールを持った丞成・津布久を火神と英雄が囲む。

 

「うるせー、黙ってバスケができねーのか!!」

 

無理な体勢でのシュートを火神がブロック。ボールは弾かれて日向がキープ。

 

「速攻!!」

 

既に走り出している伊月にボールが渡る。それに英雄と火神が追従する。

丞成もこれ以上はマズイと伊月を追う。

 

「へいへ~い!英雄空いてますよ~。」

 

英雄が片手を上げてパスを要求する。伊月はすぐに高めのパスを出す。

英雄に注目が集まり、DFが迫る。英雄は急停止して、ボールは通り過ぎる。

そして、その先で火神が掴みアリウープ。

 

「俊さ~ん!ちょっと冷たくないですか?囮につかうなんてぇ。」

 

「悪い悪い。いい感じに火神がフリーだったからな。」

 

「悪いって...。こんなに尽くす後輩はそういないですよ。」

 

「おい!!さっさと戻れ!!だぁほ!!」

 

英雄は戻りながらちらりとコートの外を見る。

桐皇・今吉と目が合い、指をさす。

 

 

「わはは!魅せてくれるわ。」

 

今吉は楽しそうに笑う。

 

「これは、決まりですかね?」

 

傍にいる桜井が得点板を見る。

誠凛 43-21 丞成

 

「そやな。しかし、見にきといてよかったわ。木吉の復帰によって誠凛のインサイドは弱点どころか脅威や。」

 

今吉の目が薄く開く。

 

「そして、火神と黒子。この2人もなんや上手くなっとる。まあ、そこは青峰がなんとかするやろ。んで、問題が...。」

 

「補照...ですね。」

 

「そや。この前は本調子じゃなかったからな。ほんで今日分かった。青峰が気にするのも納得や。桜井、お前も覚悟しとけよ。マッチアップは青峰以外でせなあかんからな。」

 

 

試合は誠凛の優勢で進んでいった。

丞成は火神のマークを減らしたが、それにより火神が活発化し、火神中心で得点を重ねた。

日向も調子を上げて何本も3Pを決めた。外をケアすると木吉と英雄で点を取った。

5人が上手く連携し、流れるように点が取れていく。この光景に伊月は自身を持ち、積極的なプレーをしていった。

 

後半は、英雄と黒子が交代し、黒子の中継パスを多用したゲームになった。

黒子を捕らえることは難しく、気をとられると他のメンバーがどんどんシュートを打ってくる。

丞成は常に後手になり、対応で手一杯になりOFどころではなかった。

誠凛はそのまま押し切り、大差で勝利を手にした。

 

誠凛 124-51 丞成




氏名: 補照英雄(ホテル ヒデオ)
身長: 192.7cm
体重:  85.3Kg
利き手: 右
最高到達点: 338cm
●ポジション適正:(最高S、A、B、C、D、F最低)
PG:A SG:A SF:A PF:A C:B
●身体能力
持久力と柔軟性が非常に高く、キセキの世代にすら勝る。特に、下半身は10年近く鍛え続けている。(相田スポーツジム監修)
それ以外は、バランスよく鍛えてあり欠点は少ない。強いて言えば、無駄な筋肉を避けた為、上半身のパワーはそこそこどまりであること。
●プレースタイル
OFは多くの引き出しを持ち、自由な発想でDFに的を絞らせない。サッカーで培ったボールへの嗅覚を持ち、ルーズボールの奪取率が高い。
独特のリズムのドライブやペネレイトを得意とし、3Pも高い精度で打てる。ポストプレーはハイポスト、ミドルポストを好んでいて、パワー勝負は好まず駆け引きを多用する。
DFは、持久力と柔軟性を生かした平面のDFを行い、ブロックよりもシュートを打たさないDFを行う。並の選手であれば、体力の消耗を強いられて後半にはパフォーマンスが低下する。
●特技
スピンボール:柔らかい手首により通常よりも幅広い変化を作り出すことができる
軟体リバウンド:しなやかな体捌きで他のリバウンダーをすり抜けるようにボールを奪う。
ジノビリステップ:柔軟な下半身により可能な方向転換でDFを惑わせる。
時間差レイアップ:通常よりも速いタイミングでリリースする。通常のレイアップと組み合わせてブロックをかわす。


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久しぶり

ウィンターカップ予選・決勝リーグ

誠凛対泉真館

初戦で順調な滑り出しをした誠凛の勢いは決勝リーグでも続いた。

火神を1対1で止められる者はおらず、黒子を追いきれる者もいなかった。

しかし、火神のワンマンチームにはならず、伊月が組み立て、ゴール下で木吉、外から日向とOF力を見せ付けた。

DFにおいても途中から出てきた英雄と水戸部により失点を抑え、相手にペースを譲らなかった。

ウィンターカップまでの間、実践練習が十分にできなかった誠凛は試すようにシステムを入れ替えていった。

結果として、相手が対処にまわり自身のプレーができなかったのも勝因の1つである。

誠凛は逆に自分達のバスケを行い、夏の予選でのリベンジを果たした。

そして、

 

「秀徳も勝ったか...。」

 

「まあ当然そうくるでしょ。」

 

先に試合が終了した誠凛は隣のコートに向く。

たった今勝利したことに浮かれることなく、既に次へと見据えていた。

決勝リーグ2戦目は秀徳である。

 

「ったく、浮かれることもできねーな。次は相当厳しい戦いになる。」

 

着替えを終えて廊下を歩いている日向がぼやく。

 

「え?でも今回は木吉さんいるじゃないですか。」

 

「前も勝ったし..。」

 

「あくまでもあっちが格上よ。前回はたまたま上手く勝てただけ。」

 

河原と降旗の意見にリコが反論する。

 

「その格上が受けて立つどころか死に物狂いだ。しかも相手はキセキの世代、ハンパじゃねえぞ。」

 

日向がメンバーの気を引き締め直していると

 

「悪いみんな。先行っててくれ。」

 

木吉が立ち止まり、1人廊下に残った。

嘗て木吉をドクターストップに追いやった無冠の五将の1人、花宮真がいたからである。

火神も気付いており、日向がメンバーに説明した。

曰く、最もバスケットボールに不誠実な男

言葉だけでは意味が分かりづらく、聞いていた火神達は怪訝な顔をしたが、英雄だけは別の印象を受けていた。

 

 

決勝リーグ第2戦目。

誠凛対秀徳

前回の試合同様、天気は雨だった。

アップも完了し、開始を待つのみ。

 

「スタートは丞成と一緒よ。でも、立ち上がりから全開で飛ばすわよ!」

 

「火神君。さっきの緑間君の顔を見ましたか?」

 

序盤の作戦も確認し終え、黒子が火神に話しかける。

 

「ああ、すれ違った時な。雰囲気が以前と違ったな。」

 

緑間は勝利に飢えていた。

夏のインターハイ予選でチームとしても個人としても負けるなど微塵も考えていなかった。

しかし、結果は敗北。心の内に今までに感じたことの無い感情が生まれた。

更に、偶然居合わせた合宿で補照英雄により言い様のない敗北感を与えられた。

その為、誠凛との試合を数ヶ月待っていた。

 

「真ちゃんどったの?」

 

「話しかけるな。今俺は気が立ってるのだよ。奴らに勝つ。それしか考えられないのだよ。」

 

「そらー俺もだ。」

 

秀徳は照準を明らかに誠凛へと合わせていた。

緑間の言葉を皮切りにセンターサークルへと向かう。

 

火神と緑間はにらみ合い、整列が終わっても目を離さなかった。

その光景を黒子は見つめていた。

 

「悪いけど、緑間はお前にかまってるゆとりはねーぜ。火神を完全にライバルと認めている。...そしてそれは俺らもだ。補照、おめーにもだ。」

 

横から高尾が黒子に近寄る。余裕も油断も無く。

 

「だったら、尚更負けません。」

 

黒子は視線を真っ直ぐに向ける。

 

「久しぶり!何?俺も混ぜてくれんの?気を使って貰ったみたいで悪いね。」

 

乗り遅れていた英雄は声を掛けられたことで嬉々とした。それにより、空気が冷える。

 

「いや、空気読めよ...。」

 

冷ややかな目を向ける高尾。

 

「あ、申し訳。やり直していい?」

 

両手を合わせて、苦笑いで懇願する英雄。

 

「しゃーねーな。...お前らを認めた上で、今日は勝つぜ。」

 

「OK~。こっちも全力で勝ちに行くよ。」

 

 

 

火神はこの試合、緑間のマークに集中する為、ジャンパーから外された。

本来なら代わりは木吉なのだが、できるだけ木吉の負担を減らす為、今回のジャンパーは英雄である。

 

誠凛   秀徳

木吉 C  大坪

火神 PF 木村

黒子 SF 宮地

日向 SG 緑間

英雄 PG 高尾

 

ティップオフ

 

先に触ったのは大坪。英雄も遅れてボールに触れてボールの進行方向がずれる。

拾ったのは日向。が、そこに高尾の手が伸びる。

 

「なっ!!」

 

ボールは弾かれ、秀徳・木村が奪う。

 

「ナイス高尾!このまま先取点だ!!」

 

先取点を狙い、前方の宮地に向かってオーバースローで投げ

 

ビシッ

 

黒子が投げる寸前でボールを弾く。

 

「(っくっそ!やっぱ高尾じゃねーと駄目だ!」)

 

木村は内心で悔しがりながらボールの行方を追う。

ボールは偶然にも緑間のいる方に行き、緑間の手に収まる。

そのままシュートモーションに移り、超ロング3Pを放つ。

 

バコッ

 

放たれた直後に火神によりブロックされる。

 

「んな長いタメのシュートを俺がそうそう許さねえよ。」

 

誠凛がやっとの思いで見つけた、緑間の欠点。超ロング3Pはその距離を放る性質上、タメが長く必要とし、体力的に回数に制限が存在する。

前回の試合を見返したところ発見した。

いきなりブロックをくらった緑間は少し睨みながらも直ぐにそっぽを向いた。

 

「...?」

 

火神が意外そうな表情を浮かべるも、秀徳は気にせずスローインでゲーム再開。

再度、緑間にボールを回す。

緑間のノーフェイクのシュート。

 

「無駄だ!」

 

またしても火神の超ジャンプによるブロックに阻まれた。

 

『マジかよ!あの緑間を連続ブロック!?』

 

「(何か変化があると思ってたが...前とまるで変わらねぇ。)」

 

観客は単純に沸くが、誠凛メンバーは疑問を抱いていた。

 

「言っておくが、新技などないのだよ。今日までやってきたのは体力アップの基礎トレーニングなのだよ。...確かに俺とお前の相性は悪い。だが、そのくらいで見限る程俺のシュートは安くない!」

 

今日までひたすら走ってきた。火神との相性も在るが、なにより前回の試合で英雄によりスタミナを奪われていいようにされてしまったことの反省だった。

シュートが通用しないかもしれない、そう思ったとき自分が許せなかった。

今まででも1番の武器である3Pを自分が否定しそうになったからだ。

だから、走った。無限に3Pを打てるように。

 

「気付いているだろうが、俺のシュートは無限に打てる訳ではない。しかし、お前のシュートも同じこと。だったら、お前が跳べなくなるまで打ち続けるまでだ!」

 

「おもしれー!(根競べってか!?)」

 

今までに無い程に気迫の篭った緑間に対して決して退かない火神。

やはりこの2人の対決が試合の勝敗へと繋がる。

 

「ちょっと、緑間君らしくないです。」

 

「黒子?」

 

黒子は緑間に対して違和感を感じたが、それ以上の推測はできなかった。

 

「ふーん。」

 

英雄はというと、興味あり気に声を漏らす。

第1クォーターは、緑間が打ち、火神が止めるというプレーを繰り返し、その度に点差をつけていった。

誠凛 23-16 秀徳

点差だけを見ると誠凛が優勢に見える。しかし、誠凛側としては気が気ではない。

 

『(なんとなく素直に喜べそうじゃないな...)』

 

『(何を考えている?)』

 

日向と木吉は頭を巡らせる。

緑間をここまで完封してはいるのだが、それ以外の失点をあまり防げないでいた。なにより、火神の消耗加減が不安を齎している。

インターバルでは、特に変更はなくそのまま継続することになった。

第2クォーター開始後も緑間と火神の対決を主としたゲーム展開は続いた。

 

「どうした?もうへばったのか?」

 

「んな訳ねーだろ!」

 

緑間の挑発に反論する元気はあるのだが、流れる汗の量も見逃せるものではなくなった。

一方、黒子もミスディレクションの効果も切れ始めていた。その性質上、同じ相手との2戦目以降でのミスディレクションの効果は薄くなってしまう。

英雄もゲーム展開が極端すぎて、あまり緑間封じに参加できないでいた。

そして、嫌な予感というのは不思議を当たる。

緑間はフェイクを織り交ぜて火神の消耗を狙う。火神はひたすら超ジャンプを繰り返しくらい付いていく、と言う展開になりじわじわと押され始めていた。

 

『また緑間だ!』

 

もう2桁の回数になる対決。

 

「(シュートかフェイクか...。クソ!離陸見てからじゃ間に合うわけねえ!)」

 

緑間に合わせて跳ぶ。が、見事にフェイクに引っ掛かり抜かれる。

 

『フェイクだ!!』

 

「(だったらもう1度!)!?」

 

追いかけて再度ブロックをしようと足に力を入れるが、膝に力が入らない。

緑間はフリーになりモーションに入る。

 

「させん!!」

 

そこに予期していた木吉がヘルプに来てブロックに跳ぶ。

 

「よっしゃあ!止めた!!」

 

コースを完全に封鎖している。

誠凛ベンチのメンバーも安堵した。しかし、緑間はそこで止まらなかった。

 

「そう来るのを...

「待ってたんだよ!!」

 

誠凛や観客の予想を裏切り、高尾にパスを出した。

そのまま、高尾からロングパスが渡り、アウトナンバーなり得点した。

緑間のパス。

ただこれだけで、秀徳のOFは一変する。

幅が広がり、防ぎきることは難しい。対抗馬の火神も拾うが膝にきている。

リコは直ぐにタイムアウトをとった。1度落ち着く必要があることと、流れを切れれば直良いという狙いがあった為だ。

互いに戻るときに、緑間と英雄はすれ違った。

 

「次はお前だ。」

 

「おぉっと、言ってくれるね。それより、あのパスが答えかい?」

 

「お前が切欠という訳ではないのだよ。ただ人事を尽くしているだけなのだよ。」

 

「ま、いんじゃない?やるじゃん、かっけーよ。」

 

微笑みながらそう言うと英雄はベンチに戻っていった。

 

「...ふ。」

 

緑間も笑みが零れるが直ぐに、表情を戻しベンチに戻っていった。

 

 

「リコ姉!リコ姉!」

 

「なによ、時間内からさっさとして。」

 

英雄はベンチに戻るとリコにねだっていた。

 

「あのね~、飽きた!」

 

「「「はぁ!!?」」」

 

「ちょ...お前何いってんの!?」

 

一言で混乱状態に陥れた。

 

「いや、英雄の言うとーりだ。いつも言ってるだろ?楽しんでいこーぜ。試合なんだ、ピンチの1つや2つあった方がいいに決まってる。」

 

「木吉...。多分英雄の言ってることはそういう意味じゃないぜ?」

 

「ん、そうか?」

 

木吉がズレた事を言い、とりあえず落ち着いた。

 

「それで、どうしたいの?英雄。」

 

「とりあえず、火神に休憩させれば?このままじゃもたないよ?」

 

「それに黒子もだな。ミスディレクションも切れてるし。」

 

リコが話を戻し、英雄が答え、伊月も参加する。

 

「そうね。2人とも、一旦下がって。」

 

「分かりました。」

 

「っちょっと待ってくれ!...ださい。」

 

黒子は素直に受け入れたが、火神が待ったをかける。

 

「気持ちは分かるけど、このまま無理をさせる訳にはいかないの。夏と同じ事をしたいの?」

 

「それは...。分かりました。」

 

リコの正論に言葉が詰り、目を伏せる。

 

「決まりだな。火神が戻るまでくらい付くぞ。」

 

「日向さん...。」

 

「ま、そういうことね。伊月君、水戸部君、準備して。」

 

「おう。」

 

「(コク)」

 

火神はどこか頼もしそうに2年達を見つめていた。あくまでも自分に繋いでくれる為に。

信頼し、この局面を任せて回復に専念することにした。

 

「ちょーっと待った!!」

 

突然、英雄がその雰囲気に待ったを掛けた。

 

「...だから何?」

 

さすがに周りから白い目で見られてしまったが。

 

「秀徳の前回の総得点ってどれくらいだっけ?」

 

「確か...120くらいだったか?」

 

「120っすね?...じゃあ本日の目標を発表しまーす!」

 

「「「はぁ?」」」

 

「今日、誠凛は130点以上取ります!」

 

困惑するメンバーを他所に英雄が観客席に聞こえる大きさで叫びだした。

 

『今...なんて言った?』

『130点取る...だったか?』

『秀徳相手に...か?』

『予告か!?盛り上げてくれるぜ!』

 

ざわざわ

 

会場中に混乱が広がり、審判が注意をしに駆け込んできた。

 

「...はい。すいません。今後無いようにいたします。」

 

代表してリコが注意を受ける。

 

「ごめん!リコ姉!」

 

「あんた何してくれんのよ!下手したらファールになってたわよ!」

 

全く反省が見えない英雄に怒鳴り散らすリコ。

 

「助けてください。もうしません。許してください。」

 

「ちょっと裏来いや♪」

 

棒読みの英雄に我慢できなくなり、制裁を加えようとした。

 

「と、とりあえず、試合後にお願いします。...と.とにかく!ウチは攻撃型チームですよ?失点を気にしすぎですよ。緑間のスタミナは第1・第2と火神が削ってくれたんですから、不利なんかじゃないんですよ。」

 

リコの笑顔に顔を青くしたが、気を取り直して話す英雄。

 

「何の為に今まで走ってきたんですか?秀徳と正面からやり合えなきゃ、全国行ってもベスト16くらいで終わりますよ。」

 

「例えが微妙にリアルだな...。」

 

「俺は賛成だ。」

 

今まで黙って聞いていた木吉が英雄に同調する。

 

「先輩としてこれからも火神に、おんぶに抱っこじゃカッコつかないだろう。それに、面白そうじゃないか。」

 

「鉄平...。」

 

「まあ、自信が無いんだったら無理に言わないが。」

 

リコがメンバーを見守る中、木吉がチラリと日向に目を移す。

 

「あーもう!わーったよ!ここで退いたらダセエじゃねーか!」

 

「決まりね!DFを最小限にして点の取り合い、真っ向勝負よ!!」

 

「そうこなくちゃ!火神、テツ君、羨ましかったら速く回復してねぇ。」

 

「分かってるよ!」

 

「はい、お願いします。後、後ろに...」

 

「へ?」

 

メンバーの同意を得てはしゃぐ英雄の後ろにリコが立っており、肩をトントンを指で叩いた。

 

「分かってると思うけど、達成出来なかったら....スゴイわよ♪」

 

拳を握りパキポキと慣らしている様を目にして、英雄の動きが止まった。、



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成長のキセキ

ウィンターカップ決勝リーグ・第2戦

誠凛対秀徳

お互いにリーグ成績が1勝しており、この試合で勝った方が全国に近づく。

逆に負けると、全国への道が危ぶまれる。決して負けられない。

34-24

誠凛リードで第2クォーター残り6分強。

誠凛は試合開始から飛ばしすぎた火神をベンチに下げた。ミスディレクションの効果が切れた黒子も同様に。

 

ビーーーー

 

『メンバーチェンジです。』

 

水戸部 IN 火神 OUT

伊月  IN 黒子 OUT

 

ゲーム開始前、緑間は誠凛側のベンチを見る。

火神をあっさり下げたことはまだ良い。問題は、秀徳ベンチまで聞こえた英雄の発言である。

 

「俺達から130点取るだと...!」

 

「おーおー言ってくれんじゃん。」

 

緑間の言葉に同調して高尾も誠凛ベンチを見つめながら言う。

 

「しかし、チャンスだな。どうやら火神は下がるようだ。」

 

いきり立つ秀徳のメンバーを大坪が諌める。

 

「んーそうだな。だが、恐らく緑間のマークは...。」

 

「ええ、15番の補照でしょう。」

 

秀徳の監督・中谷は英雄の存在を懸念する。事実、夏の合宿で緑間をとめて見せた。

 

「確かに、俺単体でシュートを狙えば止められかねません。でも、連携を織り交ぜれば、あいつであろうとも止めさせません。」

 

緑間の瞳に闘志が宿る。

 

「...よし、いいだろう。やってみろ。」

 

 

 

誠凛ボールでゲーム再開。

メンバーチェンジした為、英雄をSFに変更し、PGが伊月になっている。

 

「まずは1本!決めるぞ!」

 

伊月がボールをじっくりと運ぶ。

先程の宣言の後とは思えな静かな立ち上がりである。秀徳も警戒を強める。

 

「伊月!こっちだ!!」

 

ポストアップした木吉が要求する。伊月はその方向へボールを投げる。

が、ボールの軌道は明らかに木吉に対してのものではない。

 

「違う!15番だ!」

 

木吉のマークをしていた大坪が声を荒げる。

緑間がボールマンを確認する為に目を離した隙にエンドライン際まで走り込んでいた。

 

「しまった!」

 

遅れて緑間が追いかけるが、間に合わない。

サッカーのフォワードにとって、マークを外しスペースに走ることは基本である。

中学時代に散々してきたプレーだ。そして、優位な体勢を簡単には譲らない。

伊月の出したボールに合わせて跳ぶ。

 

「おりゃ!」

 

そして空中で掴み、そのまま叩きつける。

 

『アリウープだ!』

 

反撃の狼煙である。

静かな立ち上がりから空気を一変させるプレーは会場を更に盛り上げる。

 

「っく!こっちも攻めるぞ!」

 

秀徳は逆転する為、直ぐに再開する。

 

「マンツー!行くぞ!!」

 

日向の声でDFが展開される。

 

「な!!?」

 

『誠凛、ゾーンを解いたぞ!!』

 

ボックスワンからマンツーマンDFに変更され、英雄のみオールコートで緑間に対応する。

夏に戦った時を思い出させる。

 

「良い機会なのだよ。ここでカリは返す!」

 

「ま、火神が復活するまでの繋ぎなんでね。お手柔らかに。...なんて言うと思ったか!追加で貸しを押し付けちゃる!」

 

この試合のもう1つのキーポイント、緑間対英雄が開始された。ハーフコート内で対峙する。

夏同様、英雄がフェイスガードでパスコースを塞ぐ。

秀徳は当然、こうなることを予期していた。

 

「生半可なパスは通らねぇな。けど!!」

 

英雄が塞いでいるのは、あくまでも高尾→緑間ラインである。

つまり、他からのパスの供給を防ぐのは容易ではない。

高尾は直接ではなく、宮地を経由して緑間にパスを届けた。

十分な体勢でパスを受けた緑間は迷わず、3Pを決める。

今までの信頼関係では、考えられなかったプレーである。

 

「やるな~。でも、こっちもガンガン行くから!」

 

それでも英雄の表情は変わらない。

飄々とした風体のままOFポジションに付いていく。

 

「走れ!!」

 

日向の声から誠凛のパスワークが始まる。

今までと違うのは、

 

『速い!!もう攻め込んできた』

 

パススピードが格段に上がっていること。

伊月→日向→木吉と繋ぎ、木吉のシュート。

大坪が追いかけ、宮路がブロックに跳ぶが、木吉は『後出しの権利』で水戸部にパス。

受けた水戸部のジャンプシュートが決まる。

チーム全体のテンポが上がり、DF側の対応を後手にしてしまうことで、優位な体勢、チェックの甘い状態でシュートを打てるようになる。

加えて、木吉の『後出しの権利』がそれに拍車をかける。

これこそが、去年創部1年目にして予選トーナメントを勝ち上がったチームスタイル。

ランアンドガンのスピードバスケットである。

 

 

 

「あぁもう!やっぱり始まっちゃってる!」

 

桐皇のマネージャー・桃井は独りで誠凛対秀徳を観戦しにきていた。

 

「あれっ?桃っちじゃん!」

 

「きーちゃん!」

 

「...きーちゃんは止めて欲しいっス。」

 

海常・黄瀬もまた、この試合を観戦していた。

 

「そうだ!試合は!?」

 

「なかなか面白いことになってるっスよ。」

 

黄瀬はコートに目を移す。

試合は第2クォーター残り2分

誠凛 35-28 秀徳

マークが緩まった緑間の3Pが調子よく決まり、点差を詰めていた。

しかし、徐々に決まらなくなり後1歩追いつけない。木吉が復帰したことにより、本来のOFパターンが使用できるようになったからだ。

外から伊月が、中から木吉がパスの起点になり、パスワークを加速させる。ノーマークを作り出し、得点を重ねる。英雄もうまく順応し、得点力を爆発的に伸ばしていた。

再び、秀徳ボールの緑間と英雄の1on1。

 

「ほらほら、あと5秒。」

 

「うるさい。」

 

緑間はシュートを諦めて高尾にパスをする。

が英雄も簡単には許さない。

ボールに近い腕を伸ばして指先に触れる。

お互いが体をぶつけ合い、前のめりに倒れる。

 

ダダン

 

ルーズになったボールは、なんとか高尾がキープした。

 

「(っぶねー。やっぱこいつは、かなりやりやがる。)」

 

緑間も転倒しており、シュートどころではない。

そして、バックコートにおけるシュートチャンスは8秒。

秀徳の選択肢はインサイドとなる。

 

「しゃーねーここは...。」

 

「いかせない!」

 

インサイドまでボールを運ぼうと前を向くと、伊月が待ったを掛ける。

しかし、相手は1年で王者秀徳のスタメンを勝ち取った高尾。

 

「おっと!じゃあこっちだ。」

 

振り向いた方向と逆回転でロールターン。見事に逆を突き歩を進める。

 

「ちぇりゃあ!」

 

パン

 

「うぉ!?」

 

転倒後、英雄が凄まじい速さで起き上がり、高尾がフロントチェンジで持ち替えていたボールを後ろからはたく。

ボールはそのままラインを割り、ゲームが切れる。

 

「(おいおいこいつ、復活すんの早過ぎだろ...。)」

 

高尾は英雄を観察しながら汗を拭う。

 

「ナイス!英雄!!」

 

「あざっす!そーいう俊さんも俺が来ることを分かった上でのDFでしたね。というか、後輩走らせて楽するなんてひどくないですか~?」

 

「結果オーライてことで勘弁してくれ。あ、キタコレ!コートで往来しても結果オーライ!」

 

「伊月ー、先に更衣室で休んでろ。できればそのまま帰れ。」

 

「(ふーん、なるほどな。)」

 

高尾はなんとなく察した。

5番伊月俊。

前回の対戦での印象派薄かった。自分と似た目を持っているが、言ってしまえばそれだけ。

1人の選手として怖くも無く、悪く言えば眼中になかった。

しかし、この試合での印象は違っていた。

今のプレー、伊月はパスコースを塞ぐことのみ行った。なぜなら、伊月の視線の先に英雄が立ち上がっていたからだ。

 

元々、論理的に組み立てるプレーヤーではあったが、夏の合宿によりそれだけでは駄目だと実感した。

英雄やリコ、日向などと共にDVDを使った、戦術研究を行った。自分ならどうするか、他にどのような選択肢があるのか。

バスケIQを高め、ほんの少しではあるがイレギュラーを論理に組み込めるようになった。

結果、視野が以前よりも更に広がり、見えるパスコースの数も増えた。

何より、英雄とポジション争いにより出場機会が危ぶまれた。成長したことを試合で試したい、コートでプレーしたいと思うことは当然で、試合を渇望するようになった。

伊月に不足していた要素、強引さ、傲慢さが生まれた。

成長したのは火神や黒子だけではない。PGとして伊月は1段上のステージに上った。

 

「っとまあ、ウチも全国行ってもなかなか見れるようになったしょ?」

 

高尾がスローインを行い、英雄も緑間をマークする。

 

「ふん、可もなく不可もなくと言ったところなのだよ。」

 

「で、お前は?」

 

「うるさいぞ。いちいち話しかけるな。」

 

「本当に3Pしかないのか?」

 

「このっ、高尾よこせ!」

 

緑間がカットでパスを受け、3Pを狙う。

 

「うりゃあ!」

 

リリース寸前、英雄の指先がボールに触れる。夏合宿で行った下手からのブロック。

ボールは1度リングに弾かれるも、リングをくるりと回りながらポスンとくぐった。

 

「はぁっはぁ...。」

 

何とか決まったものの、緑間としては気が気ではない。

全力中の全力で決めにいかなければ、止められる。

天才であるが故に、それを理解している。

このやり取りを後何回行えばいいのか。

火神とは違うプレッシャーは、精神的にダメージを少しずつだが確実に与えてくる。

 

「それでも俺は、負けん!!」

 

「そーかい。ま、俺はお役御免なんでね。」

 

ビーーーー

 

『誠凛。メンバーチェンジです。』

 

火神 IN 水戸部 OUT

 

「折り返しまで、あとちょっとだから頑張れビビリ君。」

 

「なんだと!」

 

英雄の挑発染みた発言に表情を強張らせる。

 

「『義を見てせざるは勇なきなり』ってね。人事を尽くすって意味を考えたほうがいいよ?んじゃ。」

 

悔しさを噛み締めながら、去っていく英雄を睨みつけていた。

 

 

「お膳立てはここまで。おいしいところは譲るよ。だから...。」

 

「ああ、後は任せとけ!」

 

パァン

 

笑顔で迎えた英雄と目に気合を込めた火神がハイタッチをした。

 

「ま、止められなくても気にすんな。その分、点取ればチャラだかんな。つか、俺も結構決められたし。」

 

「わあってるよ!けど、負けるつもりはねえ!」

 

「言うねぇ。そうでなくちゃ。」

 

速いパスまわしから始まる誠凛OF。

日向が外に張り、中にボールを入れる。

木吉と裏から走りこんできた英雄がボールの受け渡しを行い、英雄のオーバーハンドレイアップ。

緑間がヘルプに来るが、それを見越していた英雄から火神へと渡る。

宮地のマークチェンジが間に合わず、火神のワンハンドダンクが叩き込まれる。

 

火神の復帰により、誠凛に火神、木吉、フォワードとしての英雄と揃い、更に攻撃的に出た。

もはや、インサイドで互角に勝負が出来る誠凛。ゴール下で木吉が張り、火神がランニングプレーを仕掛け、英雄が絶妙なポジショニングでスペースを埋めてマークを散らす。

3人が中心となり、要所で日向の3Pを量産する。その起点は伊月である。

DFでも火神が緑間を、木吉が大坪、伊月が高尾、日向が木村、英雄が宮地をマーク。

緑間の3Pを全て止められる訳ではないが、失点を最小限に留め、他からのシュートもケアし続けた。

誠凛はマンツーを敷いている為、緑間がマークを引きつけてのロングパスが使えない。

それでもキセキの世代、No.1シューター緑間真太郎。

シュートを数度防がれながらも奮闘し、3Pを決め続けた。

そして、第2クォーター終了。

誠凛 51-46 秀徳

 

以前とは違う、格段に強烈さを増した誠凛のOF力に秀徳は抑えきれないまま後半へ。

緑間がこのまま最後まで行けるかどうかが、鍵となる。

 

王者相手に正面から戦い、主導権を奪った誠凛ベンチは明るい。

 

「はっはっは、どんなもんだい!あと80点!1クォーターで40点ずつ!」

 

「かなり、現実的な点じゃないな...。」

 

更衣室にて英雄が高笑いをし、日向が冷静につっこむ。

 

「順平さん。そんな浪漫の無いこと言わんでくださいよ。つか、やんないと明日が来ないんすよ~。」

 

「英雄、知ってるか?日付変更線と言う物があってだな...。」

 

「木吉!なんかちげーから!」

 

木吉の天然ボケに小金井がつっこむ。

 

「それはともかく、いい感じね。このまま押し切れればいいんだけど...。」

 

「緑間が今のままなら、ウチが勝つよ。リコ姉。第4クォーター辺りで失速するよ。火神もいるしね?」

 

「おう!」

 

英雄の言うことは論理的に正しい。しかし、気になる言葉もある。

 

「『今のまま』ってどういうこと?」

 

リコは英雄を問い詰める。

 

 

 

秀徳の雰囲気は暗い。

前半、緑間の奮闘で一気に盛り返した。

しかし、逆転には至らなかった。この事実は、非常に厳しい。

 

「すまないな緑間。俺達が不甲斐無いばっかりに。」

 

「いえ...。」

 

大坪の言葉にフォローすることもできない。

そもそも、秀徳の戦略は緑間にマークを引きつけることにあった。

序盤、火神にブロックされる前提で3Pを打ち続け注目を集める。

徐々にフェイクを織り交ぜて得点を重ねつつ、火神の消耗を狙う。

抑えきれなくなった火神以外にマークを引きつけることで、味方にパスしてアウトナンバーを作る。

後はペースを渡さないように誠凛DFを後手後手にさせて、インサイド中心に得点しつつ隙を突いて3Pを決める。

緑間の体力次第と言う若干の博打要素があったが、途中まで成功しつうあった。

しかし、英雄のたった一言で瓦解した。

誠凛の長所はあくまでもOF力。下手に失点を気にせずに、長所で勝負してきた。

 

「15番はバスケットというものを良く理解している。ふーむ...どうしたもんかねぇ。」

 

監督・中谷も対抗策を模索する。しかし、この状況を打破することは難しい。

3度、攻守交替をした場合、こちらが2回3Pを決めてもあちらが3回2Pを決めてくる為、結果として点差が縮まらない。

逆転の可能性がない訳ではないが、それよりも緑間が失速してしまう。火神が回復したのが正直痛い。

いっそ、1度ベンチで回復を狙うというのも手であるが。

この状況で緑間がコートからいなくなくと、その間やられたい放題でゲームが終わってしまう。

 

「すいません...。俺がもっと決めていれば...。」

 

「真ちゃんがいなかったら、それこそもう終わってたって。」

 

「そうだ。緑間はよくやっている。」

 

「そーそー。」

 

緑間は悔しさを噛み締める。

 

「(『よくやっている』か...。俺は何をやっている。3Pも満足に決められず...俺に何が出来る...?)」

 

中谷が対策を説明しているが、緑間は己を省みることで精一杯である。

 

「おい、真ちゃん。ちゃんと聞いとけよ。」

 

「ああ、すまない。」

 

「やけに素直だな。逆にキモいわ。」

 

「うるさい、高尾。」

 

「そーそー、そうでなくっちゃ。ま、気持ちは分かるがな。この際開き直って行こうぜ。あちらさんは別にトリックプレーをしてる訳じゃないからな。」

 

「ああ。」

 

高尾の忠告を素直に聞き入れる緑間。その姿に高尾は心配する。

 

「やってくることが分かってたら、そこまで怖くねーし。」

 

「ああ....ん?おい!今、なんて言った!?」

 

「おぉ?この際開き直って...。」

 

「違う!その後だ!」

 

態度が一変した緑間に問い詰められ戸惑いながらも答える高尾。

大坪らも、緑間が急に声を上げたので、一斉に注目した。

 

「え、えーと。たしか、分かってたら怖くないだったかな。」

 

「....そうか。...っふ。」

 

今度はいきなり吹き出し、周りが戸惑い始める。

 

「『義を見てせざるは勇無きなり』...。そういうことか。」

 

「なんだそりゃ?」

 

木村が頭に?を浮かべる。

 

「いや、なんでもありません。...全く、あの男は本当に何なのだよ...。いや、ただの馬鹿か...。」

 

「良く分からんが、何か吹っ切れたって顔だな。」

 

大坪も緑間の表情が元に戻りほっとする。

 

「はい、問題ありません。...監督。」

 

「何だ?」

 

「この試合、勝ちましょう!」

 

「ふむ。何があったかは知らんが。当たり前だ。」

 

「そこで、提案があります。」

 

何かを決断した緑間の目には、今まで以上に決意が宿っていた。

まだ試合は終わらない。



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天才の底力

歴戦の王者・秀徳と新鋭・誠凛。

会場の声援も真っ二つに分かれた。

両者ともコートに踏み入り、互いを睨みあう。

秀徳は点差を前にしても、闘志を萎えさせてはいない。

これっぽっちも油断など出来ない。

 

「補照。」

 

「ん?」

 

第3クォーター開始前に緑間が英雄に近寄る。

 

「どうゆうつもりかで敵に塩を送ったのかは知らん。しかし、そのふざけた態度を後悔させてやるのだよ。」

 

「わかってるよ。これで負けたんじゃ、順平さん達に顔向けできねえからな。でも...楽しみにしてるよ。」

 

「...いいだろう、楽しませてやるのだよ。ついでに敗北もくれてやる。」

 

英雄に感化されたのか、緑間の表情に固さが緩和されていた。

 

「おもしれー。」

 

「おいおい、真ちゃん。俺らも忘れてんじゃねーよ。」

 

後ろに火神と高尾が立っていた。

 

「そんじゃま、始めますか!」

 

互いのチームがコート中央に集結する。

 

「つか、てめーがシキんじゃねー。」

 

「いいじゃん!たまには。」

 

良い雰囲気で再開するかと思わせたが、火神と英雄のせいで台無しになった。

 

「だぁほ!お前らは、いちいちオチがないといけねーのか!」

 

 

 

第3クォーター開始。

会場にいた秀徳以外の人間はいきなり驚愕させられた。

 

『緑間が...ポストアップ!?』

 

火神は前半同様、オールコートで緑間をマークの予定だった。

しかし、緑間は粛々とハイポストに入った。

 

「(こいつ...。3Pで体力勝負じゃなかったのか?)3Pは諦めたのか?」

 

火神はそのままインサイドに張る緑間のマークを行う。

 

「...黙って見ていろ。」

 

緑間は火神の発現に興味を示さない。為すべきことを為すために。

そして、秀徳は動いた。

緑間が走り、伊月に近づく。伊月は、虚をつかれて反応が遅れる。

伊月の側面に体を押し付け、高尾をフリーにする。

フリーになった高尾は、インサイドに侵入しシュートを狙う。

木吉がヘルプに向かうが、その横をボールが飛び、大坪に渡る。

大坪のジャンプシュートが決まり、第3クォーターの先制ゴール。

このOFの一連のプレーは実に基本的で、特筆することもない。しかし、

 

「緑間っちがスクリーン!?」

 

観客以上に黄瀬が驚愕し声を上げる。

帝光時代を含め、これまでの試合で見たことも無い。

それどころか、インサイドのプレーなど絶対にしないと思っていた。

黄瀬自身、帝光中バスケ部に入部したのが中2からなので知らないだけということもある。しかし、本格的に才能が開花し始めたころには、3Pのイメージしかない。

 

「あのプライドの高い緑間っちが...なんで!?」

 

「ミドリン...。」

 

桃井も含め、嘗てのチームメイトの見たことのない姿に目を奪われていた。

 

「緑間君...。」

 

それは黒子も同様だった。ポイントゲッターではなく、裏方とも言えるスクリーナーをしている姿など知らない。

 

「(緑間が、更にチームに順応し始めてる!?)」

 

「火神!足止めんな!!」

 

「あ...うす!」

 

はっきりと見てとれる変化に戸惑いを隠せない火神を日向が声を出しゲームに集中させようとするが、日向も内心は度肝を抜かれた。

前半以上に意図が読めない。ここからのゲームの展開が。

 

「とにかく点取って、突き放すぞ!!」

 

秀徳DFが整う前にアーリーOFを仕掛ける。

伊月が起点になり、そこからパスワークで繋げていく。

 

「木吉!」

 

伊月→日向→火神→英雄→伊月ときて、インサイドの木吉にボールがまわる。

直ぐさまシュートを狙う。

 

「させん!!」

 

大坪のブロックが阻む。

 

「む。」

 

「鉄平さん!!」

 

英雄が空いたスペースに向かい、走りこんでいる。

ポジショニングが良いというのは、外から見ると地味ではあるが、味方からすると頼もしいものである。

積極的に得点に絡む火神の様な派手さはない。しかし、スペースからスペースへと走ることでDFの芽を引き、他の味方が対応できないルーズボールを拾うこともできる。

 

「応!」

 

後出しの権利によって出されたパスは、英雄にではなく向かっているスペースに出されていた。

英雄の動き出しは速く、数秒マークについていた宮路を振り切りミドルシュートを決める。

 

「ナイスだ、英雄!」

 

自陣に戻りながら、木吉は褒めていく。

そこに秀徳の速攻が襲う。

最前線を緑間が走り、パスを受けてゴール下に切り込む。

 

「何!?」

 

予想外の事に火神の反応が遅れて侵入を許す。

ゴールとの距離が短い為、ほぼ垂直に放たれるジャンプシュートで直ぐに取り返した。

 

「意外か?俺が3P以外で得点することが。」

 

前半までのプレーから、別人のような変わり様に火神は困惑し、緑間に更に揺さぶられる。

 

「火神気にすんな!取り返しゃいい!!」

 

すかさず、日向のフォローが入る。しかし、火神の心の隅に引っかかっていた。

 

「行けぇ!」

 

パスワークから火神に渡り、ドライブを仕掛ける。

 

「っく!」

 

格段に上手くなった火神の突破力は緑間であろうとも簡単には止められない。

緑間を抜き去り、大坪のブロックの上からダンクを狙う。

 

「させるか!!」

 

ピーーーー

 

『ディフェンス黄色6番。ツースロー。』

 

緑間はファールになりながらも、ボールを掴んでいた左手ごと弾き、ダンクを防いだ。

これは、夏合宿の際に告げた火神のウィークポイントを狙ったものだった。

火神の左手のボールハンドリング技術は向上していたものの、未だ完璧と言えず、咄嗟の対処に追いつけないでいた。

誠凛のアーリーOFを防いだものの、秀徳の劣勢は続く。

この2本のフリースローを決められれば、点差は埋まらない。長期に渡り、点差が続くと選手の士気に関わる。

秀徳側の祈るような視線を背に受けながら火神のセットシュートは放たれた。

 

ガン

 

ボールはリングに嫌われて弾かれる。

それを見た会場はざわめきだす。

 

「ドンマイ!火神。次決めていこう!」

 

今までフリースローの機会が少なかったが、火神の成功率は決して低くない。しかし、事実外してしまった。

火神を落ち着かせようと、木吉が声を掛ける。

 

「だ...大丈夫っす。(次、次さえ決めれば。)」

 

火神は木吉の声に応え、目を瞑り集中を高める。次をしっかり、決めれるように。

それがいけなかった。

 

ガン

 

失敗に焦り、肩に力が入った為、またしてもショットは弾かれた。

緑間の急激な変化に混乱し、対応で頭を一杯になってしまった。

フリースローは流れからのシュートと違う状況でのものとなる。

特に精神面を問われ、少し力が入ってしまうだけで、軌道が変化し入りにくくなる。もっとも、緑間が意図したわけではないが。

 

「「「リバウンドー!!」」」

 

この好機を逃さず、秀徳の大坪、木村、宮地がボールに跳びつく。

フリースローの場合、ファールした側のポジションが優位の状態になる。

つまり、英雄も秀徳から奪うことはかなり厳しくなる。

大坪がきっちりリバウンドを奪い、秀徳OFに切り替わる。

 

「マズイ!!」

 

ベンチで見ていたリコから焦りの声が漏れる。

 

「戻れ!!速攻来るぞ!!」

 

日向の指示で一斉に自陣に戻る。

 

「順平さん!!違う!!」

 

その動きに火神もつられてしまったが、英雄の大声で重大なことを意識から外してしまったことに気付く。

 

「やばい!気ぃ抜いた!!」

 

日向もそれに気付き、そのプレーヤーを探す。

大坪からロングパスで緑間に渡る。

 

「遅い!!」

 

第3クォーターが始まってから、緑間の今まで見なかったプレーを目の当たりにした。

インサイドでの攻撃参加。速攻もミドルシュート。

その異常事態につられてしまった。

 

【次も速攻で来る】と

 

キセキの世代とあって、通常のプレーもさすがと言えるレベルで全国にも通用するだろう。

しかし、緑間真太郎の最大の武器は、超距離3Pである。

 

「(間に合わねえ!!)」

 

火神も必死にくらい付くが、動き出しが遅れブロックできない。

緑間から放たれたシュートは、この激戦で疲労しているにも関わらず、綺麗な高軌道を描いていた。

 

ザッシュ

 

『決まったー!!』

『やっぱ緑間!!3Pの破壊力ハンパねー!!』

『つか、これで同点じゃん!』

 

誠凛 53-53 秀徳

好機を逃さず、秀徳は遂に同点へと追いついた。

 

「おい英雄。お前が言ってた通りになってきたぞ。どーするつもりだ?」

 

日向と伊月はボールを取りに自陣まで戻る最中に英雄に詰め寄る。

 

「いや~、こりゃすげーっすね!」

 

2人が見た英雄の顔は相変わらず暢気丸出しだった。

 

「勝つ気あんのか!?あぁん!?先輩が聞いたらはっきり答えろや!!」

 

「日向、入っちゃってるよ..。」

 

日向はクラッチタイムに入り、口調が荒くなっていた。

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

第3クォーター開始前、英雄は緑間の変化を予期していた。

 

「緑間の変化?」

 

「もう十分変わってんじゃん。」

 

英雄の言葉に伊月は聞き返し、小金井は反論する。

 

「いやいや、まだでしょ~。キセキの世代ってそんなもんじゃないでしょうし。ぶっちゃけ、今のはどっちつかずの半端なプレーなんですよ。」

 

前半で見せた緑間がひきつけて、アウトナンバーを作り得点する。全くチームプレーをしなかった緑間から見ると、とてつもない進歩といえる。

初めは虚を疲れたが、対策がないかと問われれば、そうでもない。

長距離3Pは使用制限があり、火神なら止められる。英雄でも打てる回数を減らすことができる。

そうなると、結論は直ぐに出る。

止めれるシュートは止めて、止められない緑間の全力のシュートは止めない。寧ろ、どんどん打ってもらう。

点差を開けられないようにOF重視にしていけば、緑間の消耗は進み、第4クォーターで必ず失速する。全く動けなくなるまではいかないが、そんな状態なら英雄でも確実に止められる。

そこで一気に勝負をかけて、流れを掴み勝つ。

これが、英雄の言動からリコが纏めた作戦であった。

そしてミスディレクションの効果が切れかけた黒子を下げた、もう1つの理由。

秀徳と正面で戦う為に高さというファクターは重要であった。

そこで、木吉、火神、英雄という誠凛最強のフロント陣である。火神は体力回復の為、1度ベンチにさがったが。

秀徳の大坪198、木村187、宮地191に対して木吉193、火神190、英雄192。

火神の超ジャンプ力を合わせて考えれば、全く引けをとらない。互角の勝負ができる。

黒子を下げて、英雄をフォワードにポジションチェンジしたことでOF・DF共に正攻法のバスケが展開できるのだ。

このままいけば、ほぼ誠凛の勝利になるだろう。

しかし、英雄はこのままでは終わらないと言う。

 

「っていうか、何でそんな知った風な感じなの?」

 

リコは楽しそうに語る英雄を見て、素朴な疑問を問う。

 

「え?だって、そういう風に追い込んだもの。」

 

「あ、なーるほどねー。道理で前半割と大人しかった訳ね。うんうん、そっかー...ってこのバカチンがー!!」

 

リコのチョップが英雄の脳天に直撃する。

 

「...痛い。ノリ突っ込みなんて腕を上げたじゃないか。」

 

「うるさいわ!!なんでそこまでする必要があるの!?アンタ、本当に勝つ気あるの!?」

 

「あったり前田のクラッカー。...痛い。」

 

一切詫びることのない英雄にもう1発チョップを食らわせた。

 

「ふざけるのも大概にしなさい!!」

 

「...ふざけてなんかないさ。俺は本気だよ。」

 

「え?」

 

頭を摩っていた手を下ろし、何時に無く真剣な表情に切り替わる。

 

「全国で勝ち上がっていくってことは、他のキセキの世代と戦うってことなんだ。そしてテツ君曰く、それぞれが急激に進化を遂げている。インハイで見た黄瀬なんかはそうだよね。」

 

「な、何を言ってるの?」

 

リコを含め、英雄以外のメンバーは耳を傾けるがいまいち要領を得ない。しかし、真剣な面持ちの英雄の言葉を真摯に聴いていた。

 

「仮にキセキの世代と戦って、良いとこまで追い詰めて勝ちかけたとしよう。でも、そこで必ず天才プレーヤーとしての底力が解き放たれる。正直、どれ程のものなのか想像できない。」

 

話を聴いていたメンバーは、その光景を想像して生唾を飲み込む。

 

「だったら、その底を見るのは速い方が良いに決まってる。試合の重要な局面ではこういう経験が大事なんだよ。それに...。」

 

「それに...?」

 

「今やってるのはリーグ戦。仮に、負けたとしてもチャンスは残ってる。秀徳なら泉真館との試合も勝つだろうし。博打を打つ価値はある。...まあ、負けるつもりなんてさらっさらないけどね♪」

 

「「「....。」」」

 

一見、ふざけている様にしか見えない。しかし、話を聞くと『なるほど』と思えるような戦略。

英雄が試合に対して真剣に取り組んでいることは、とっくの昔に理解している。

それでも、英雄の発想に言葉が出ない。どこまで、見据えているのだろうか、と。

 

「で、こっからが私情ね。緑間ってさ、確かに3Pの威力は凄いと思う。だけど、黄瀬や青峰と比べて恐怖を感じない。」

 

「んん。まあ、確かに。青峰と比べればな。」

 

英雄の問いかけに日向が答える。

 

「そこには何か理由があるんだと思う。海合宿のときに確信した。だから、散々煽ってみたんすよ。緑間が形振り構わず、勝利にこだわるように。ホントはもっとスゲー選手のはずなんすから。俺はそれを見て見たい。そして、本気の緑間を相手に更に成長して勝つ。皆さんには苦労かけると思いますが、俺は必ず緑間の底を引き摺り出します。」

 

「「「...。」」」

 

再度、室内が沈黙で満たされる。

 

「くくく。はっはっはっは。」

 

今まで黙って聞いていた木吉が、突然笑い出した。

 

「木吉ぃ、なんだよ急に?」

 

小金井が眉を潜めながら質問する。

 

「すまんな。...いや、俺らも大概バスケ馬鹿だと思っていたが。ここまでの奴は見たこと無い。本物の大馬鹿野郎だ。」

 

「はは!自覚してますもの。」

 

「だから、笑ってんじゃないわよ!!ごめんみんな。ウチの馬鹿が暴走したみたい。でもコイツが責任とってくれるらしいから、どんどん扱き使って!」

 

リコが英雄の頭を叩く。

 

「だから、責任もなにも勝つんだって!なあ火神ぃ?前に言ってたろ?『勝てないくらいがい丁度良い』ってキメ顔で。」

 

「キメ顔とかしてねーし!つか、誰が負けるつもりで試合すっかよ!」

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

誠凛は緑間の覚醒を予期していたが、具体的にどうなるかは実際になってみないと分からなかった。

結果として、緑間のマークの火神は混乱しプレーが荒れてしまっている。一級品のブロックも余り当たらない。

落ち着かせようと声を掛けるが、

 

「大丈夫っすよ!(っくっそ!くっそ!!)」

 

フリースローを外してから、挽回しようと焦り始め、声を掛けたことが逆効果になってしまった。

逆に秀徳は勢いに乗り始め、一気に得点を重ねた。

本来なら火神をベンチに下げて頭を冷やしてもらいたいところなのだが、前半と状況が違いできない。緑間がインサイドでプレーするようになった為、火神が抜けるとミスマッチが起きるのだ。

火神の調子が戻るまで、踏ん張るしかない。

あっと言う間に劣勢になった誠凛はひたすらOFに力を注いだ。

そして、第3クォーター残り2分。

 

誠凛 82ー88 秀徳

 

緑間によって翻弄され続けた誠凛は、遂に逆転を許し、点差を離されてしまった。




・緑間が不遇過ぎたので、今回プレースタイルを改変することにしました。
というか、こだわりなくしたらとんでもないことになりそうです。
身長195なんですよね?何故今までポストアップしなかった?

・火神って1度受けに回ったら、滅法弱そうなイメージがあります。
逆に開き直ったら、怖いイメージです。


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仕事にプライドは邪魔。良い仕事をするにはプライドが必要。

SG-シューティングガード。

コート内では3Pなど長距離からのシュートを得意とし、得点を稼ぐ役割を担う。一般にこのポジションの選手はポイントガードの選手よりも身長が高く、ショット回数もポイントガードより多くなる。

また「オフガード」や「セカンドガード」と呼ばれることもあり、ポイントガードの補佐も行うため、ボールハンドリングやパス、高い位置での判断力に優れた選手が務めることが望ましい。現代の花形ポジションである。

スモールフォワードを兼任することができる選手もおり、こうした選手はスウィングマンと呼ばれ、試合中、状況に応じてポジションを変更する。

スウィングマンという概念は、1970年代終わりから1980年代始めにかけて誕生した。すぐれたスウィングマンは、高さや運動能力でディフェンスのミスマッチを生み出すことができる。(wikiから抜粋)

 

英雄が初めて緑間を見たとき、心が躍るようだった。黄瀬もそうだったが、ここまでのプレーヤーが日本に存在しているのかと。

しかし、観戦していた試合が進むにつれて歓喜から落胆へと移っていた。

3Pの距離、精度は驚愕に値するが、緑間はそれに囚われている様に見えた。

『本当に勿体無い。』最終的な感想がこれだった。

シューターとして高レベルなのは間違いない。しかし、SGとしては如何なものだろう。

SGにも選手によって色々あり、3Pも重要だ。1つの技を極めて、一流の選手になるのも、1つの正解だ。それでも、それのみでできているスタイルに疑問を感じて欲しかった。

そもそも、英雄の中でも緑間の基本的な評価はかなり高い。

シュート精度は勿論のこと、高さがあり、スピードもあり、バスケIQも高い。青峰や火神のような日本人離れした身体能力は無いが、補える程のポテンシャルを持っている。

上手く成長すれば、間違いなく世界に挑戦できるだろう。

でも、その事に気付かなければ、日の目を見ない『忘れられた天才』になってしまうだろう。

しかし、可能性に見向きもせず小さく纏まっては酷くつまらない。SGというポジションは、そんなつまらないものじゃない。

英雄が憧れた、コービーブライアント、アレン・アイバーソン、NBAを代表するスタープレーヤー達が愛したポジションなのだ。

 

 

第3クォーター残り2分弱。

 

またしても、緑間のスクリーンによって、高尾がインサイドに侵入する。

 

『ああ!またこのパターンだ!』

 

「(っち!くそっ!!)行かせるか!」

 

火神はマークをスイッチして、高尾の侵入を防ぎに行く。

 

「...っち。..なーんてな。外すなよ。」

 

高尾は、ノールックでリターンパスを背後にする。

 

「しまっ...!」

 

火神はパスの向かう方向へ急いで向かう。マークチェンジ後、緑間のマークは伊月である。

完全なミスマッチになり、緑間のシュートは止められない。緑間はしっかり3Pラインの外で待ち構えていた。

 

「誰に言っているのだよ。馬鹿め。」

 

火神がブロックに行こうとしても、高尾と伊月が直線状に位置していて、最短距離で近寄れない。

伊月が腕を伸ばしても、圧倒的に届かず、高い弾道を描きながらリングを通過した。

 

誠凛 82ー88 秀徳

火神のプレーが荒れ、精彩を欠いてしまい、逆転を許してしまった。

それに加えて、インサイドでの緑間のプレーは、凄まじいの一言だった。

3年の3人だけですら、全国レベルの実力を持つ。そこに、195の長身の緑間である。

1人抜いても、緑間がヘルプでやって来る。これだけで、OF側は堪ったものではない。

チームのシステムが緑間の為のシステムから、緑間が加わる前のシステムに変わり、それを緑間が上手く合わせているものだった。

ぶっつけでここまで合わせらる緑間は、やはり天才に間違いないだろう。

インサイドに集中しているので、外に位置していた日向のマークはいくらか甘くなっているのだが、全てのシュートを決める事は難しい。

リバウンド。特にOFリバウンドは、秀徳が高確率で奪取し、得点を重ねていた。

OF・DFにも良いリズムというものがあり、リズムが良いと成功しやすく調子も出やすくなる。

緑間個人も、プレーにドライブを混ぜてくるので、火神はその対応に追われていた。

他の4人でカバーをするが、緑間の3Pが要所要所で決まり、手が付けられなくなってきた。

何とか、火神の調子を戻そうとチャンスメイクをするが、緑間のタイトなマークによりそれも叶わない。

速攻・遅攻、インサイド・アウトサイド、緑間は本当の意味で『人事を尽くす』様になっていった。

 

「...ふ。」

 

緑間は誰にも気付かれない程に小さく、笑った。

己の決断により、ここまで変わるとは正直思わなかった。

英雄を切欠にというのは、癪ではあるが本当に癪ではあるが、チームが、自分自身が成長していく実感は、

 

「(悪くない...な。)」

 

 

 

「カントク...。」

 

「え、何?」

 

秀徳に流れを奪われたままの試合が進み、リコが打開策を練っているところに黒子が声をかける。

 

「今ならイケルと思います。...新しいドライブを。」

 

丁度良くボールがラインを割り、ゲームが切れる。

リコは直ぐに交代の申請を出す。

 

ビーーーーー

 

メンバーチェンジのブザーが鳴り、注目が集まった。

 

「頼む、この流れを変えてくれ。」

 

誠凛ベンチの祈るような期待を背負いコートに立つ。

 

『誠凛、メンバーチェンジです。』

 

黒子 IN 伊月OUT

 

「やっと出てきたか...。」

 

黒子の姿を見た緑間からぼそりと零れる。

 

「今更?ミスなんたらは、もう切れ掛かってんだろ?ヤケクソか?」

 

宮地が黒子の起用に疑問を持つ。

 

「寧ろ逆だ。この状況において考え無しは有り得ない。何かある。」

 

黒子について、1番詳しい緑間がチームに警告する。

 

「...。つか、何フツーにタメ口なんだ?ひき殺すぞ。」

 

「...。後、補照やり合うなら気をつけてください。」

 

完全に素で言葉遣いを間違えて、宮地に睨まれる緑間。

 

「あぁ?何誤魔化してんだ。つか、後半からずっとやってんだろうが!今更何いってんだ。」

 

「今まではどちらかというと裏方に徹していました。ボールに触れるのは瞬間的で、シンプルなものでした。しかし、PGにチェンジする以上何かを仕出かします。」

 

「...っち、わかった。一応警戒しとく。」

 

 

 

 

 

 

「黒子!イケルのか?」

 

「はい。」

 

「とーぜんだな。それより、ちゃんとあいつらの度肝を抜けるのか?」

 

黒子の交代で日向が押されていた試合展開に希望を持ち、火神が黒子を後ろから軽く突き飛ばして煽る。

 

「...大丈夫です。と、いうか、火神君こそ大丈夫ですか?緑間君に良い様にされてたみたいですけど。」

 

黒子は皮肉で返す。

 

「っせえ!俺はこれからなんだよ!!」

 

黒子の投入により、誠凛の空気に変化が訪れる。

それを理解した秀徳は黒子の警戒を最大にした。

英雄もPGのポジションに戻り、誠凛ボールでゲームを再開する。

 

「まず1本じっくりいきましょん!」

 

このOFの重要さを理解しているが故に今までと違い、じっくりとOFを展開していく。

プレースピードを下げて確実に繋いでいき、クロックが10秒を切った直後。

ローからハイへとギアを上げるように一気に動き出す。

火神が高尾へスクリーンを掛けて、黒子をフリーにさせる。

高尾は黒子を警戒し過ぎた為、視野が狭まり対応が遅れた。

黒子は抜け出し、緑間の下へと走り出す。

そこにタイミングよく英雄からのパスが渡り、ボールを弾かずキャッチし構える。

 

「(馬鹿な!キャッチしたらミスディレクションは使えないはず...。何を...。)」

 

黒子自身のレベルは緑間も良く知っている。だからこそ、黒子の狙いが分からない。

しっかりとステイローして構えていると、そこにいたはずの黒子の姿を

 

「何かヤベーぞ!」

 

『バニシングドライブ』により見失った。

 

「なんだとー!!」

 

あのコート内で最弱だったはずの黒子が、緑間を抜いたことで秀徳は驚愕する。

気が付けば、構えていた緑間の後方にいてゴール下へと侵入していく。

 

「このっ!」

 

木村がヘルプに入ると、黒子が計っていたかのようにパスを出す。

パスは木吉が受け取り、DFの体勢が整う前にダンクを決める。

 

『ん、んな、なな、何だ今の!?』

『緑間をぶち抜いた!?』

 

秀徳は直ぐにリスタートし速攻を掛ける。この誠凛のOFに焦った木村が、シュートセレクションを間違えて、直ぐにシュートを打ってしまった。

 

「木村!まだ早い!!」

 

リズムもタイミングも崩してしまったシュートはリングに弾かれてしまい、またしても"たまたま"そこにいた英雄が拾う。

速攻をミスった秀徳はそのまま速攻を返される。

 

「テツ君!!」

 

英雄から黒子へ一直線にボールが渡る。

前には黒子要注意の為、速攻に参加せずマークを続けていた高尾のみ。

後ろからは、阻止しようと秀徳が、黒子のフォローの為にと誠凛が走ってきている。

 

「させっか!!(何がなんだかわからねえが、今度こそ!!)」

 

全身全霊で高尾が止めに行くが、

 

キュッ ダダム

 

あっさりと抜き去る黒子。

 

「(信じられねえ!マジで消えやがる!)」

 

そして、黒子のレイアップが決まる。

誠凛 86-88 秀徳

夏から続けたシュート練習により、ジャンプシュートと共に試合で使える精度まで高めることに成功していた。

 

「ナイス!つか、この大会の初得点じゃない?」

 

「ああ、確かに。何か自分のことじゃないのに、こう感慨深いものがあるよな。」

 

誠凛側のムードが変わり、誠凛ベンチから割とどうでも良い話をし出していた。

 

「大分、シュートが馴染んできてるみたいでなにより。」

 

「ナイス黒子。」

 

「良いシュートだったぞ。」

 

「だあほ!喜んでないでさっさと戻れ!黒子、次も頼むぞ。」

 

英雄、火神、木吉も黒子のシュートに喜び、日向も3人を叱りながらも黒子を称える。

皆、黒子が今まで積み上げてきた努力がどれ程か知っていたからだ。

 

「...はい!」

 

 

 

「黒子がシュートね。話には聞いていたけど、実際に見るまで信じられなかったぜ。」

 

目の前で見せ付けられた高尾は少しぼやく。

 

「別にシュート自体とめられない訳ではないのだよ。やはり、あのドライブが脅威なのだよ。」

 

「分かってるよ。まっとにかく、1本返さないとな。つか、何笑ってんだよ。」

 

「笑ってなどいないのだよ。何を見ている。」

 

緑間の口元が僅かに上がっていた。

緑間は直感であるが、感じた。黒子も英雄の影響を少なからず受けているのだろう、と。

そして、ただ単純に面白いと思った。この綱渡りのシーソーゲームを楽しくてしょうがない、と。

 

秀徳OFは再び流れを引き戻す為に、早々に緑間へとボールを預けた。

 

「そう何度も打たせるか!」

 

火神は黒子の活躍で、調子を取り戻しつつあった。復調までもう1歩というところまで来ており、誠凛としては何とか火神で点を取りたいところ。

そんな状況で緑間の3Pを決められる訳にはいかない。なんとしても阻止する為、火神は猛プレスを掛ける。

 

「良いDFだ。簡単には抜けそうにないな。だが!」

 

距離を詰められる前にモーションに入り跳ぶが、火神もしっかりタイミングを合わせてブロックでシュートコースを塞ぐ。

 

『ブロック、ドンピシャ!』

 

このままブロックされるかと思いきや、そこからボールを下げる。

火神を引き付けた状態で高尾にパスをした。

 

パン

 

「ワンパターンは頂けないねぇ。」

 

そこに英雄が割って入り、スティール。

 

「あ!てめっ!」

 

ワンマン速攻になり、高尾が急いで戻る。だが、高尾では高さが足りない為、宮路も急ぐ。

 

「俺もとっておきを見せてやる!」

 

英雄がステップインを始めたので、宮地は強引にブロックに行く。

ブロックに続いた高尾は目を見張る。

 

キュッ

 

ステップインから跳ぶはずだった英雄が勢いを完全に殺し、急停止したのだ。

英雄が止まれても、高尾は止められない。英雄の目の前を通り過ぎていく。

ゴール下でフリーになり、英雄のシュートはあっさり決まる。

点差は無くなり、同点。

 

「なんて奴だ!あそこからあのスピードで止まるのか...!」

 

「マジ..かよ。」

 

2人は呆然とする。他のメンバーも平然とはいかない。

英雄の成長を目の当たりにしたのだ。

いや、以前からその片鱗は火神同様あった。

先の先、後の先を取る英雄のDFの秘密は、無尽蔵のスタミナと柔軟性。

スタミナは、1試合丸々プレスを掛け続けられる。

柔軟性は、動きの幅が広がるので体の負担が減り、咄嗟でも体勢を崩さない。

そして、もう1つ....英雄が誰よりも走り、積み上げてきたもの。

例えるなら、青峰の能力の1部。

0から100に瞬時に移行できる加速力と100から0へと移行できる減速力。

その内、片方だけであるが同レベルで機能する。

 

つまり、『超ブレーキング能力』。

 

プレーの流れの途中で止められるから、抜かれることを恐れずボールマンへと向かい強気に前に出られる。

それを英雄の十八番のステップインのパターンとして組み込んだのだ。

夏まではブランクを解消する為にOFは基本を守り、DFのみでしか使えなかった。そこから夏の合宿を経てOF、というかドライブで使えるようになっていた。

 

「ナイス!英雄!」

 

「ナイスです。」

 

「良く決めた英雄。」

 

「その前のDFもな。」

 

チームメイトから荒い祝福を受ける英雄。背中や頭をバシバシ叩かれている。

 

「あざーす♪..って痛い。イテッ。...あのすいません、地味に痛くてイラっするんですけど。」

 

英雄も平常運転で返す。

 

秀徳は英雄の対応について頭を巡らせて、士気低下に陥りそうだった。

 

「今更、あの男が何を仕出かしても驚くことはありません。とにかく、点を取るしかありません。ボールを回してください。」

 

この場で、緑間に異論を出す者はいなかった。

秀徳というチームは緑間中心になっていることもあるが、何より夏の頃と違い、自分で点を取るだけの理由ではなく、純粋に勝つ為に言っているからだ。

試合の終盤に差し掛かる展開上、このまま逆転されるのはかなり不味い。

このOFをしくじる訳にはいかない。

だからこそ、ラストシュートを緑間に打たせる必要がある。

3年もどれだけ憎まれ口を叩いても理解している。必死に動き回り、パスをまわして隙を窺った。

 

『ラスト5秒』

 

ショットクロックが少なくなったとき、緑間は動いた。

木村が火神に対して、スクリーンを掛ける。外へと抜け出した緑間に向かってパス。

英雄がヘルプに向かいブロックを試みる。が、僅かに緑間のシュートの打点が予想から外れていることに気が付く。

 

「このシュートは決める!」

 

「おお?」

 

緑間の3Pはリングを通過したが、何時もより荒々しい入り方だった。

それもその筈、今まで試合でしたことの無いシュートを打ったからだ。

 

「(フェイダウェイ!?)」

 

「(この状況でまだ進化すんのかよ)」

 

この土壇場でフェイダウェイを決めた事にリコと日向は驚きを隠せない。

先程の英雄のプレーに動じていない。集中が増している。

 

緑間は、今まで打ったことのないフェイダウェイを決めた。

これも英雄同様、日々誰よりもシュートを打ち続けた緑間の土台があってこそのもの。

緑間は確実にプレースタイルを変更ではなく、進化させてきている。

 

「火神君!」

 

緑間のシュートが決まるなり、黒子が回転式長距離パスを繰り出す。

 

「おし!」

 

リスタートを行い、速攻で返す。パスは問題なく火神が受けた。

しかし、緑間は予想していたのか既に追ってきている。

 

「何!?(読んでいたのか?)

 

「そう来ることは予想済みなのだよ。」

 

「っへ!だからなんだ!だったら無理やりにでもぶち込んでやる!」

 

火神は力強く踏み切り、ダンクにいく。それを緑間は跳んだ直ぐ後に何とかファールで止めた。

 

『プッシング!黄色、6番。ツースロー。』

 

「はぁ...はぁ...だから、負けてなど、やらん!!」

 

肩で息をしながらも、気迫が全身から溢れる。

緑間真太郎が秀徳高校のSGとして立ちはだかる。



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結末はあっさり

通算UAが10万に達しました。
閲覧いただいた皆様に感謝しております。

折角なので、この機に何か変わったことをしようかと考えております。
案としては、『もし英雄が帝光に入学していたら』をコンセプトにした帝光中の日常を描いた外伝です。
別にシリーズにするつもりはありません。
その内の投稿を予定しています。


緑間のファールにより、2本のフリースローを与えられた火神。

表情は見てとれるくらいに硬い。

均衡状態でまた外してしまったらと考えてしまい、集中しようとするが不安が頭に残ってしまう。

実際、フリースローを外してしまったことで調子が崩れてしまい、第3クォーターはチームの足を引っ張ってしまった。

 

「火神気楽に行け。」

 

「ああ、落としても気にすんな。その為に俺たちがゴール下で張ってんだから。」

 

日向と木吉が優しく声を掛ける。

聞こえているのだろうが、火神の表情に変化は無い。2人の表情も曇る。

 

「駄目っすよ、それじゃあ。おーい、へタレ~。聞こえてんのか?このジャンプ馬鹿。そんなんだから、なんちゃって帰国子女とかいわれんだよ。」

 

英雄が火神の頬をぺしぺしと叩き、罵倒する。

 

「んだと...このニヤケ野!喧嘩売ってんのか!?後、最後のは関係ないだろ!!」

 

「つか、あちらさんにまた落とす事を期待されてんよ?」

 

「おい英雄!いくらなんでもストレート過ぎだ。」

 

「っぐ...。」

 

英雄の率直な事実を告げられ火神が噛み締める。

 

「いやいや、こいつにはこれくらいじゃないと...。言っとくけど、こっから先はエースのお前次第だから。いつまでもウジウジしてんなら、ベンチに戻って。」

 

「...わかってるよ。」

 

「それじゃ、お節介ついででもう1つ。硬いから硬すぎるから、見たら誰でも分かるから。ポーカーフェイスは無理そうだから...うーん、困ったらとりあえず笑っとけば?そしたら...空も飛べるかもよ?」

 

「ピーター○ンか!」

 

「ぷぷっ!よくわかんないけど、緑間がピーターパ○のマネしてるとこ想像しちゃった。『空など簡単に飛べるのだよ。』なんつって。」

 

「脈絡なしか!」

 

『早く位置について下さい。』

 

審判に促されて、それぞれが位置に並ぶ。

火神はフリースローラインに立ち、ボールを受ける。

 

「(...ホントはっきり、言ってくれるぜ。俺次第か。)」

 

火神はちらりと緑間を見て、試合の状況を考えた。

 

「っぶは!!」

 

すると、緑間と目が合い、英雄が言ってた緑間ピー○ーパンを想像してしまい、吹き出す。

その間も時計は進み、残り10秒。

笑いを堪えようと顔が引きつり、焦ったままシュートをしてしまい1本目を落とす。

 

「いや、何やってんのよ?」

 

英雄がやれやれと言わんばかりに呆れた顔で問い詰める。

 

「ほとんどテメーのせいじゃねーか!!シュートの前に緑間で思い出し笑いしちまったんだよ!」

 

「な?地味にくるだろ?」

 

この期におよんでこのドヤ顔、火神としては1番イラっとする。

 

「ぜってぇ後で、泣かす。」

 

「おう!だったらこの試合をサクっと終わらせとこ?つかどの道このまま130に届かなかったら、リコ姉に泣かされるんだけど。」

 

「知るか!」

 

『早く位置に着いてください!』

 

審判の声がだんだん強くなってきたので英雄は移動した。

2本目のフリースロー。火神の体から力みが消えていた。

 

「(調子狂うぜ...。あいつなりの気遣いなのか?...いや、ないな。まあとりあえず、さっさと打つか。)」

 

ショッ

 

火神が打った直後に、リバウンド争いが始まる。

木吉と英雄も競り合うが、ポジショニングは秀徳が有利。一斉にゴールを見上げる。

 

ザッ

 

『10番2本目はしっかり決めた!』

 

誠凛 89-88 秀徳

 

「よし!」

 

火神が小さくガッツポーズをしていると。

 

「緑間ぁ!」

 

大坪のリスタートで緑間に渡る。

 

「っくっそぉ!また気を抜いた!」

 

火神のフリースローに気を取られて、緑間の注意を怠ってしまった。

緑間のモーション中にブザーが鳴り、ブザービーターが決まる。

 

「また、このパターンかよ!」

 

誠凛ベンチから、悔しさが篭った声が上がる。

 

「はぁ..はぁ...。」

 

「ナイス!緑間!」

 

きっちり3Pを決めた緑間の下へ高尾が走り、称えた。

 

「おい大丈夫か?」

 

「..ふん。余計な心配なのだよ。」

 

肩で息をしていた緑間がむくりと上体を上げて、あからさまな強がりを言っている。

決して軽くない足取りでベンチへ向かう。

 

誠凛ベンチでは第4クォーターのプランについて話している。

 

「しっかし、最初はたまげるどころか恐怖すら感じたよ。マジつえーな。」

 

第3クォーターの窮地をなんとか逃れたが、精神的にかなり疲れている日向。

 

「しかも、秀徳自体が変わったというか去年の状態に戻ってるって感じだな。」

 

「そこに緑間が上手く合わせてると、冷静に考えてみるとシャレにならんな。」

 

伊月と木吉も同意する。

 

「最後に決められたのは正直、痛かったわね。」

 

「...!」

 

リコの言葉に反応する火神。

 

「しゃーないしゃーない。火神気にすんな。その前に決めたフリースローは良かったぜ。」

 

「っていうか、1本目に何があったの?様子がおかしかったみたいだけど...。」

 

「っあれは!ピーター○ンが...。」

 

「ピーターパン?」

 

「「???」」

 

「...いや。なんでもない...です。」

 

「火神、ドンマイ。」

 

あまりにアホらしいので説明をやめた火神の肩をポンポンと英雄が叩く。

 

「だから!テメーに言われるのが1番腹立つんだよ!」

 

「おぉう。」

 

「あー、なんとなくわかった。原因が何かは。」

 

火神の様子から英雄が絡んでいることを理解したメンバー。

 

「っは!肉食動物を模した菓子パンを...。」

 

「はいはい。チーターパン、チーターパン。」

 

「...今回は対応が冷たくないか?英雄。」

 

「順調な結婚生活を送るには、ちょっとした変化が必要らしいすから。」

 

「漫才してないで、第4クォーターの作戦を伝えるわよ。」

 

悪ふざけを止めて、リコに注目が集まる。

 

「緑間君が大分消耗しているみたい。だから、いつでも勝負を掛けれるように注意しておいて。あと、マークをチェンジするわ。鉄平と火神君はそのまま、日向君が宮地君、黒子君が木村君、っで英雄が...。」

 

「オールコートか。」

 

「高尾かぁ。そういや、直接マッチアップするの初めてだなぁ。うん、おっけぇ!」

 

木吉が復唱で確認し、その横で英雄が嬉々としていた。

 

「分かってると思うけど、アンタが楽にパスを出させれば、ミスマッチが生まれてその分ウチが失点するから完封するつもりで。

 

「了解了解。」

 

「ついでに、残り10分であと42点取らないといけないのを忘れずにね。失敗して恥かかせたら、罰ゲームが待ってるから。」

 

「了解であります。カントク殿!」

 

英雄は一気に姿勢を正し、敬礼を行った。

 

「OFは火神君中心にシフトして。あ、でもチャンスがあったら躊躇わずシュートを打ちなさい。」

 

ビーーーー

 

「勝負所が来たらサイン出すから、見逃さないように!」

 

ブザーが鳴り、リコが5人を送り出す。

 

「ラスト10分走り負けんなよ!!」

 

「「「おぉし!!」」」

 

 

第4クォーター開始。

早いパス回しで攻撃を展開する誠凛。

ボールが行き交い英雄に回る。英雄には宮地がマークについている。

 

「順平さん!!」

 

英雄から見て左にいる日向を見ながらパスを狙う。

宮地はパスカットを狙い手を伸ばす。

しかし、英雄の手からボールは離れず、そこからクロスオーバーで宮地の股を抜きながらのドライブ。

 

「(フェイクかよ!っくそ、マジうぜえ!)」

 

そのままゴール下に切り込んでいく。緑間が直ぐにヘルプに行き、侵攻を防ぐ。

 

「まだだ!!」

 

英雄の横に弾ける様なロールターンにもしっかりと着いて行く。

しかし、英雄のそれはロールターンではなく、ロールの途中でボールを手首で弾きパスに変更。

そのパスを受けたのは火神。ゴールに向かい高く跳び上がる。

大坪がブロックを試みるが、火神の構えたボールはそれよりも高い位置。

 

「だあああ!」

 

第4クォーターの先取点は、第3クォーターで不発だった火神のダンク。

 

「やっぱ、火神のダンクは見ていて気持ちがいいねぇ!」

 

「おお!ナイスパス!!」

 

2人はそのままDFに入る。

 

「やっぱ、止めらんねーのか...。」

 

木村もさすがに苦い顔をしてしまう。

 

「そうかもしれん、だがチームの勝敗とは関係ない!」

 

「お...おう!」

 

ここまでの秀徳を引っ張ってきたのは間違いなく緑間である。しかし、リバウンドやメンタル面で影から支えてきたのは大坪である。

火神の超ジャンプによりブロックの上からダンクを決められようが、勝利への意志を途絶えさせたりしない。

 

「攻めるぞ!!」

 

大坪の声に押し出されるように秀徳OFが誠凛に襲い掛かった。

しかし、秀徳は緑間の超ロング3PからのOFパターンが使えない。

高尾との連携・スクリーンでかわしても、英雄がスイッチできる位置にいている。

このパターンのOFは単調になりがちで読まれやすい。距離がありすぎてフェイダウェイも使えない。

よって、ハーフコート内でスタンダードなバスケがメインとなる。

それでも実のところ、メリットもかなりある。

緑間の特性上、どうしても3Pを警戒せざるを得ない。当然、タイトなDFになるのだが。不用意に距離を詰めると

 

「っく!っそ!!」

 

火神が距離を詰めようとした瞬間を狙って、その横を抜き去る。

そのまま突っ込みレイアップで得点をあげる。

 

『おおー!秀徳も負けてねーぞ!!』

 

そこから4分間、互いのOFを止められず点の取り合いに縺れ込んだ。

集中力も途切れることの無いプレーで全てのシュートがリングをくぐった。

DFも全力で行っているのだが、OFがそれを上回っている。

 

第4クォーター残り5分と少々。

誠凛 107-108 秀徳

点差にそれほど動きは無く、秀徳のリード。

 

「(まだか..?まだこないのか?)」

 

日向を含め、誠凛は待っていた。リコの合図を。

 

「日向!集中集中!」

 

「わぁってるよ!」

 

秀徳にリードを許したまま時間が経ち、焦り始めている日向に木吉が声を掛けた。

しかし、焦りを見せるのは秀徳も同様だった。

DFは機能しきらず点を取られ、ミスの許されない状況で4分間攻め続けた。それでも点差を離すことができない。

そして、1番の懸念は高尾である。

第4クォーター開始から、英雄がマークしてきている。

英雄のDFの前にして、ゲームメイクを行うのは並大抵ではない。

スティールされないようにしてボールを運び、有効なパスを入れる。幸い、緑間のヘルプを視野に入れている為いくらか楽ではあるのだが。

高尾の能力は高い。ゲームメイクと合わせて、黒子のマークを兼ねている。

その前からも緑間の今までにないプレーと3年と上手く橋渡しをしてきた。第3クォーターが上手く機能したのは高尾の力である。

間違いなく全国クラスのPGであるだろう。しかし、少なくない負担を抱えたことで堪った疲労が爆発する。

そして、遂に

 

パァン。

 

高尾が英雄に捕まり、ボールを弾かれる。

 

「やっべ!!(つうか、こいつどんだけだよ!)」

 

英雄のパフォーマンスは相変わらず落ちてない。直ぐに奪い、速攻。

高尾も直ぐに戻ろうとするが、疲労の為出足が遅れて英雄との距離を開けられる。

英雄を止められる者がいなくなり、綺麗なフォームのレイアップが決まる。

 

『第4クォーター初のターンオーバーは誠凛だ!』

『下手をするとこのまま流れが傾くぞ!!』

 

試合の行方の分かれ道に差し掛かり、観客も歓声を沸き上げる。

 

「ここよ!!あたって!!」

 

リコから合図が出る。

 

「DF!!いくぞ!!」

 

誠凛のオールコートマンツーマンが展開される。

スローインをしようにも、パスコースが無い。木村は時間に追われて、近くにいた高尾にパスを出す。

 

「っよっと。」

 

またしても英雄に奪われて、連続失点のピンチ。

奪った状態で踏み込み周りを見る英雄。

高尾はドライブに備え距離を開ける。

しかし、高尾がドライブ警戒の為、英雄と距離を開けたことを見計らい、バックステップからのジャンプシュート。

 

「(ここで3Pかよ!!)」

 

後半、ほとんど打たなかった3Pをこのタイミングで決める。

高尾のブロックなど届かない。

誠凛は考える暇を奪うように直ぐにプレスを掛ける。

 

スローイン役は木村、マークに黒子が着いている。スローイン自体は問題ない。問題なのはこの状況でパスできるのは、ミスマッチになっている宮地だけなのだ。

木村はオーバースローでロングパスを出す。が、途中で木吉がインターセプトしそのままカウンターへ。

 

「速攻!!」

 

高確率で宮地へパスすると分かっているからこそ、誠凛は逆にそこを狙った。

 

ボールは再び英雄の下へと回ってきて、マークは高尾。

プレスでボールを奪うと宮地が英雄にマークできないのだ。

これこそが誠凛の次善策であった。

万が一、緑間が1試合をやりきった場合、ターゲットを高尾に変更する。

高尾と英雄とでは完全にミスマッチになり、シュートを防げない。

なにより、全国クラスのチームのレギュラーだとしても、1年なのだ。キセキの世代とでは比べることすら出来ない壁がある。

そのキセキの世代とやり合える英雄。そして、そのスタミナに対してこの第4クォーターで抗えることは出来ない。

仮に緑間がヘルプに来たとしても

 

「やらせん!」

 

緑間をかわすように火神へとパスが出る。

木村がマークチェンジで火神へ詰めると、火神から黒子へとパスが渡り、ドフリーのシュートが決まる。

堪らず秀徳のTOが入り、ゲームを区切る。

しかし、これといった対策が出てこない。

結局、緑間任せの状況は変わらない。それに加えて高尾が一気に失速している。交代も考えるが、この勝負所でベストなプレーができる選手などそういない。仮に交代したとしても、黒子のマークできる者がいない。

泣く泣く、『現状維持でまず1本じっくり得点する』で終わった。

誠凛としては、オールコートで疲労したところで軽く休めるのは好都合と思い、簡単な確認後、特に話もせず回復に努めていた。

 

再開すると、緑間に預け、緑間がボール運びを行う。

本来、SGというポジションにつく選手はこういった状況で変わりにゲームメイクを行うこともある。

しかし、緑間にゲームメイクの経験は無いに等しい。

それよりもまず、目の前の火神を抜かなくてはならない。

ボールを進めようと、ドリブルを仕掛けるが、

 

バチィ

 

黒子が弾き、ボールが火神の元に。

 

「しまった!」

 

黒子を意識から外してしまい、スティールされる。

火神は既に走り出しており、緑間も追いすがるが届かない。

火神のダンクが決まり、点差が一気に広がる。

誠凛 116-108 秀徳

 

流れというものは不思議なもので、上手く行っているときは疲労を感じない。

しかし、窮地に追いやられると一気に噴出す。

現在の秀徳のメンバーは足に錘をつけているかのように感じているだろう。

 

そこからの試合展開は一方的だった。

誠凛のオールコートプレスにより点差をつけられた。対応しようにも、英雄により高尾は封じ込められてしまい、パスを奪われ続けた。

流れを変えようと、高尾を交代させたが、やはり黒子を捉えられる者がいなくなり、黒子の中継パスによる得点が急増した。

代わりのPGと緑間の連携もいまいちで、ミスが出始めた。

誠凛は残り2分くらいでオールコートを止めて、ハーフコートのマンツーマンに戻した。

高尾がいなくなったことにより、チームが崩壊した為である。

第3クォーターから始まった秀徳のプレーは凄いが、練習なしのぶっつけなのだ。

流れが悪くなればミスも増えていく。

緑間の敗因は気付くことが、遅かったことだろう。

 

緑間は懸命に抗うが、スタミナは切れかけた状態でできることなどあまりなく。

徐々に開いていく点差を防ぐくらいだった。

最終的には、3Pも全て火神に防がれ、完全に沈黙してしまった。

 

「英雄君!」

 

黒子から中継パスで英雄にパス。

ステップインでレイアップを狙う。

 

「うおおおお!」

 

振り絞りながら緑間がブロックに跳ぶ。

 

「...ナイス、ファイト。」

 

英雄はボールを下げて、背後にパスをする。

待ち構えていた火神のダンクが、緑間が見上げる中炸裂した。

 

ビーーーーーー

 

誠凛 141-115 秀徳

 

「「「ぃっよっしゃああーー!」」」

 

コート内・ベンチ含め誠凛の勝ち鬨が木霊する。

 

「あっぶねぇ。なんとか達成したよ...。」

 

「お前はそっちかよ!!」

 

「へへっ!」

 

適当な軽口を叩きながらも英雄は嬉しそうに笑った。

 

「ホントに達成させるなんて...。全く...って、あ。」

 

リコはふと目を移した試合のスコアシートに目を移す。

 

「...?どうしたんだ?」

 

「...あ、なんでもないわ。」

 

小金井になんでもないと返答し、リコがもう1度スコアシートを見る。

 

得点:31点 リバウンド:10 アシスト:14 スティール:15 ブロック:4

 

「クアドルプル・ダブル...。ちゃっかりとんでもないことやらかしてくれるわね...。他で気付いている人はいないでしょうに。」

 




・クアドルプル・ダブル
試合で1人の選手が、得点、リバウンド、アシスト、スティール、ブロックショットの5つの項目の中で4つ、2桁を記録すること


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因縁

試合終了後の整列。

特に何も話さず、互いのベンチへ別れていく。

 

「緑間、ちょいタンマ!」

 

呼ばれた緑間が振り向くと英雄が手を上げながら近寄ってきた。

 

「...なんなのだよ?試合の敗者を笑いにでも来たのか?」

 

目で拒絶を表しながら、皮肉を言う緑間。

 

「........強かった。うん、強かったし凄かった。」

 

「だからなんだ。プライドも捨てて、形振り構わず勝ちに行った結果がこれなのだよ。」

 

「それでも、俺は緑間の決断を尊敬する。」

 

英雄は真っ直ぐに緑間の目を見て断言した。

 

「...うるさい、黙れ。これ以上用がないなら、もう行かせてもらうのだよ。」

 

緑間は一瞬英雄の瞳に引き込まれそうになりながらも、さっさと引き上げていった。

しかし、少しだけ、ほんの少しだけ緑間の口元は上がっていた。

 

「あ、また笑ってるし。一体なんなのだよ。」

 

「だから笑ってなどいないのだよ。あと、マネをするな。」

 

緑間が荷物を纏めていると、高尾が声を掛けてきた。

 

「あれ?案外元気じゃん。」

 

「用が無いなら声を掛けるな。....高尾?」

 

いつも通りのやり取りを行っていると、高尾からのリアクションが無い。

 

「ゴメン!!俺がもっとやれてりゃあ...。最後まで走れていりゃあ...。ゴメン!ゴメン!!」

 

高尾は俯きながら、その瞳から涙が流れていた。

 

「俯くな!顔を上げろ!...お前はよくやってたぜ。」

 

「確かにな。俺らと緑間だけじゃ、ここまでの連携はできなかったしな。」

 

宮地が高尾の背中を叩き顔を上げさせ、木村が同意する。

 

「それに、まだ終わった訳じゃない。最終戦を勝てば全国に行ける。反省はいいが、切り替えも重要だ。」

 

そして、大坪が締める。高尾は宮地に連れられて控え室へ戻っていく。

緑間は何も発さず、その背中を見送っていた

 

「(高尾が...いや、皆がいなければここまでできなかった。...もっと早くに気付いていれば。もっと...。)」

 

緑間はゆっくりと他のメンバーを追いかけていった。

 

 

 

「みんなーお疲れ!!」

 

控え室にもどったメンバーをリコが労っている。

 

「おおっし!全国も決まったも同然!!」

 

小金井が完全にはしゃいでいた。

 

「こいつ...。」

 

「また言いやがった...!」

 

夏の時に引き続き、意識しないように言わなかったことを言った小金井を日向と伊月は引きつる。

 

「..小金井君、ちょっとこっちに...。」

 

「えっ!なんで?」

 

バッシィイ!

 

「痛えぇ!ってかどこから出したの!?」

 

リコがどこからともなく出したハリセンで小金井を張り倒した。

 

「気持ちは分かるけど、そういった気持ちの緩みから怪我したりすんの!まず、目先の目標をしっかりこなさないと。」

 

「カントク、どういうことだ?」

 

日向がリコの言葉に含まれた意味に感づく。

 

「もう1つの試合の結果がでたのよ。霧崎第一の圧勝よ。」

 

「泉真館に!?」

 

「次の最終戦で秀徳は間違いなく勝つわ。そして、ウチが霧崎第一に負けたら、2勝1敗が並び、結果しだいでは全国にいけなくなるわ。」

 

「「「...!!」」」

 

一同が最悪のパターンを想像し、言葉を失う。

 

「それでも全国にいけるかもしれない、でもそんな運任せじゃ駄目。あくまでも自分の力で勝ち取るのよ!」

 

「っへ。要は勝てばいいんだ。きっちり全勝して東京制覇だ!」

 

「簡単に言ってくれるよな。」

 

「でも、シンプルで良い。」

 

火神が即答し、他のメンバーも乗っかっていく。

 

「いただきます!」

 

その横で食事を始めた英雄。

 

「また食ってるよ。あんだけ走ってよく胃が受け付けられるよな。」

 

英雄は練習・試合の終了後の30分以内に必ず食事をし、エネルギー補給を行っていた。

 

「英雄!無理して食べたりしないでよ?この状況で体を壊されちゃあ堪んないから。」

 

「大丈夫大丈夫。これいつから続けてると思ってんよ?今更ってんだい!」

 

運動を行ってから30分以内の期間に成長ホルモンが分泌されやすいと言われ、その間に補給を行えばより強い体作りができる。

もっとも、急に食事をとることで、口に入れたものを戻しそうになったりするのだが。

リコにより鍛えられた(?)胃袋をもつ英雄にとっては、大したことではない。

そして、190を超える長身になったのは運や偶然だけではなく、英雄が積み重ねた結果である。

 

 

その後、ユニフォームから着替えを始めた。

皆が話をしている間、着替えを済ませていた黒子は一人で外へ行っていた。そこに偶然居合わせた緑間と観戦に来ていた黄瀬と桃井と少し話し込んでいた。

その頃、またしても黒子を見失った為、捜索隊を出した誠凛。屋外にいるとも知らずに。

木吉と日向は、戻ってきたときの為に2人で控え室に残っていた。

その間、今日の試合の後半に木吉の動きが鈍っていたことを話していた。

 

「ったく。ヤセ我慢しやがって。」

 

「なんだよ...ばれてたのか。...っぐぅ!」

 

木吉は痛めていた膝を抱える。

 

「あやしいと思ってたけど...。次の霧崎第一戦は出るな。」

 

「ふざけんな...。今年が最後のチャンスなんだ...。膝がぶっ壊れても出る!!」

 

 

「......!!」

 

そこに偶然近くにいた火神が聞いていた。

火神は気付かれないように離れていった。

 

 

翌日、誠凛バスケ部は休養日とし、その代わりに部室の大掃除を行うことになった。

部室の中は汚いを通り越している状態で、生徒指導の教師にばれれば面倒なことになる。

あまりの汚さにリコが発狂し、ゴミをどんどん火の中に投げ込んでいった。

 

「うらぁあー!」

 

「それ俺の上履きー!」

 

というか、火を焚くこと事態どうなんだろうか?

 

全体が片付いたので各自のロッカーの整理に移った。

こういったところで、地味に個性が出てくる。

小金井はロッカーに着替えに使ったパンツを溜め込み、伊月は書き溜めたネタ帳を溜め込んでいた。お互い、それだけでロッカーの中を埋めてしまうほどに。

日向は戦国武将。黒子は特に無し。水戸部は決して見せようとしなかった。

火神のロッカーからは、赤点のテストの答案用紙が出てきてイジリの集中砲火を浴びていた。

英雄のロッカーから複数のノートが流れ落ちた。

 

「ん?あ、これ。なつかしいな。まだ続けてたのか...。」

 

ノートをみて日向が呟く。

 

「そりゃあもう。中学ん時のも家に残ってますよ。」

 

「なんですかそれ?」

 

黒子がノートに興味を示す。

 

「バスケット日誌だよ。俺も最近やってる。」

 

伊月が代わりに答える。

 

「日誌?ですか。」

 

「日々の気付きや反省点を書き残して、目標を明確にするんだ。結構役立つぜ。」

 

「うえぇ、よくそんなもん続けられるな。」

 

火神が苦い顔をする。

 

「って思うじゃん?やってると自分の成長を感じられて案外楽しいよ。」

 

「ふーん。」

 

「...1つ見せてもらってもいいですか?」

 

「かまわんよ。基本殴り書きだから勘弁してね。」

 

黒子は適当に手に取りめくる。

 

「...これ...。」

 

英雄の言うとおり、正直読みづらい。それでも、黒子の目が釘付けになる。

 

「なんか変なとこあった?って、しまった!それ日誌じゃなくて雑記帳!!恥ずかしいから、それ以上は勘弁して!!」

 

すばやく黒子から取り戻し、奪われないようにズボンの中にしまう。

 

「なんだぁ?変な妄想でも書いてたのか?」

 

小金井がニヤケ面で問い詰める。

 

「ま、まあ。そんな感じです。」

 

「黒子、何が書いてあったんだ?」

 

英雄のリアクションで気にならない訳も無く、伊月が黒子に質問する。

 

「テツ君!頼むよ。内密に~!!まだ、できたらいいな位で、人前でいうのは照れるんだよぉ。」

 

「ふふ。分かりました。その時が来るまで、黙っときます。...それにしても、凄いことを考えていますね。...本当に。」

 

内容を知る黒子から笑みが零れていた。

その後、練習時間を使いきり部室の清掃を終わらせた。

火神、黒子、日向は一緒に下校。

その際に、火神が秀徳戦の帰り際に聞いた、木吉のことについて質問した。

日向は2人に、ウィンターカップに掛ける想いを語った。

 

その頃、リコ、伊月、英雄はマジバにいた。

伊月が話があると言い、誘ったのだった。

 

「実はお願いというか、相談があるんだが。」

 

「分かりました。それで行きましょう!!」

 

「早っ!!っていうかまだ何も言ってないんだけど!」

 

「アンタは黙ってなさい!話が前に進まん!」

 

伊月が切り出す前に了承する英雄を、リコがつっこむ。

 

「英雄、それだったらコレ貸すぞ。」

 

紅茶の入った紙コップを英雄に差し出す。

 

「ちゃかすな!(茶貸すな)伊月君も一緒になってどーすんのよ!」

 

「あぁ...すまん。何かつられた。で、だな。次の試合なんだけど。」

 

「次?あ、そっか。次は霧崎第一だもんね...。」

 

「ああ。それで...俺をスタメンにして欲しい。出来ればフルで。」

 

表情が真剣なものに変わり、頭を下げだす伊月。

 

「おっけぇ!頑張って下さい!!」

 

先程同様、即答する英雄。伊月は拍子抜けする。

 

「...軽いな。」

 

「ま、基本的にはリコ姉が決めることなんで。それに、高いモチベーションを無駄にするのは勿体無いっすからね。」

 

「確かにね...。少なからず因縁があるのは事実だし。よし!分かったわ!!」

 

「本当か!!恩に着る!」

 

「ただし!フルでっていうのは、試合の状況次第よ。調子が悪かったら直ぐに交代させるからね。...意気込むのはいいけど、力を入れすぎ内容にね。」

 

「さすがリコ姉!しっかり釘までさして!そんなところに痺れるぅ!俊さん、余計かもしれないですけどアドバイスを1つ。試合に飲まれないようにね。」

 

「試合にのまれる?どうゆうことだ?」

 

「試合になってみれば分かります。後は俊さん次第♪」

 

「そこまで言ってぼやかすのかよ。」

 

英雄はそれ以上、何も言わなかった。

それからその日までの間、火神と黒子が聞いた木吉についてのことが1年の中で大きな話題になっていった。

それにより、1年のモチベーションが上がったのは言うまでも無い。

 

 

そして試合当日。

ウィンターカップ東京都予選最終戦。

誠凛対霧崎第一。

最終戦ともあり、多数の来場者が観客席を求めた。

その中に桐皇の一団も混ざっており、青峰も強制連行という形だが観戦に来ていた。

 

 

「大丈夫かな日向。シュート全然入ってないし。」

 

「まあ、いれこむ気持ちもわかるけど...な。」

 

試合開始前の練習中に小金井と伊月が日向を心配する。

練習中のシューティングで日向のシュートの成功率はかなり低かったのだ。

 

「なんせ、今日の相手はあいつだからな。」

 

誠凛のボールが敗退側、霧崎第一が使っているコートまで転がり、霧崎第一のPG花宮が拾う。

 

「はい。どうぞ。」

 

「悪いな。」

 

花宮から木吉が受け取る。

 

「ちょっと待てよ。去年お前がやったこと、まさか忘れてんじゃないだろーな。」

 

「は?しらね。勝手に怪我しただけじゃねーか。」

 

「てめぇ!」

 

花宮の挑発により掴みかかりそうになった日向。

火神がそれを背後から肩を掴み止める。

 

「実物は一段とクソだな。」

 

「あなたがどんなことをしてこようが、負けません。」

 

一緒に黒子も敵意をむき出しにする。

 

「威勢がいいな、1年共。それじゃあ、試合中には気をつけろよ。」

 

そう言いながら花宮はベンチに向かう。

誠凛もベンチに戻り、コンセントレーションを高めていく。

 

「鉄平!あまり無茶なことはしないで。無理だと思ったら直ぐに交代させるから...。」

 

「ああ。」

 

「絶対勝つぞ!!誠凛ーファイ!!」

 

「「「オオ!!!」」」

 

コートに向かうのは、日向、木吉、伊月、黒子、火神の5人。

伊月の直訴を汲み、英雄はベンチスタート。

 

『それでは、誠凛高校対霧崎第一高校の試合を始めます。』

 

それぞれの想いを胸に、ウィンターカップ予選の最後の試合が始まった。



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one for allって何?

更新が遅れてしまい、申し訳ございません。



まずは、誠凛が先制。

速いパスワークから黒子に渡り、バニシングドライブを仕掛ける。

マークについていた山崎は黒子の姿を見失い抜かれる。

黒子は直ぐにパスを出し、木吉のアリウープで先制点。

とにかく派手なプレーをする誠凛。

対して霧崎第一。

キツイあたりやリバウンド時に足を踏むなどのラフプレーにより、誠凛にペースを与えなかった。

審判の死角やルールの隙をついてくるプレーに誠凛メンバーは頭に血を上らせていた。

これまでの霧崎の試合では、必ずと言ってよいほど相手チームのエース級の選手が怪我をしていた。

 

伊月のシュートがリングに弾かれる。

 

「リバウンド!」

 

木吉と日向がボックスアウトを行う。

霧崎のSG古橋が日向の足を踏み、動き出しを遅らせる。

そのまま古橋がリバウンドを奪い、その動きのまま肘を日向に向けて振り下ろす。

 

ガッ

 

それを木吉が受け止めた。

 

「ちゃんとバスケで掛かって来い!」

 

「...してるけど。」

 

古橋は直ぐに切り替えて、花宮へパスを出す。

花宮のワンマン速攻は難なく決まり、点差は逆転。

 

「おしい。邪魔すんなよな。」

 

霧崎の悪質なプレー、花宮の挑発により木吉が怒りを露にした。

 

「...俺に何しようが大抵のことは見逃してやる。だが!仲間を傷つけられるのは我慢ならん!!」

 

仲間に危害を加えられそうになったことに耐えられない木吉。

しかし、試合のペースは霧崎の悪質なプレーの数々により奪われそうになっている。

プレーはともかく、精神的に未熟な火神はラフプレーにキレて殴りかかろうとしたところを黒子に止められる。

それを見たリコは流石にまずいとTOをとった。

 

「こっからのインサイドは俺1人でいい。みんなは外を頼む。」

 

木吉から提案されるが。

 

「何言ってんだ!そんなことしたら!!」

 

「だめよ!むしろ、もう交代を...。」

 

木吉の無謀ともいえる提案を日向とリコが止める。

 

「だめだ、やる。その為に戻ってきたんだ。ここで変えたら恨むぜ!」

 

それでも木吉の決意は揺るがず、周りは何も言えなかった。

静かに英雄は動いた。

 

「...鉄平さん。今、楽しいっすか?」

 

「...。」

 

その問いに木吉は答えられない。

 

結局、木吉の提案を採用し、中に木吉1人、外に他4人というOFフォーメーションで試合を進めた。

と言っても、日向以外のアウトサイドシュートの成功率は高くない。

必然的にリバウンド勝負になっていった。

ボディコンタクトが増えて、霧崎のラフプレーに晒されていくにつれ体に痣が増えていく。

他の4人は何とか木吉を楽にしようとシュートを狙うが、気持ちが逸り、肩に力が入りシュートを落とした。

日向も例外ではなく、寧ろ1番悪影響を受け、3Pを落とし続けていった。

 

ゲーム展開はともかく、その光景にイラついた花宮は木吉に止めを刺そうとした。

リバウンドでの競り合いによりもつれ合ったと見せかけて、木吉の頭部に肘を落とす。

これがもろに決まり、木吉の頭部から流血。

それでも木吉は立ち上がり、試合を続行。

この状況は第2クォーター終了まで続き、木吉がインサイドでチームを支え続けた。

 

『つかいつまでやらせんの?』

『確かに、もう無理でしょ。やっぱちゃんとした監督がいないと。』

 

しかし、観客から怪我をしても続ける木吉を変えないリコに対して悪評が飛び交っていた。

誠凛 45-40 霧崎第一

 

控え室へ戻りながら花宮は、機嫌悪く歯軋りをしていた。木吉が前半粘り続けた為である。

 

「まってください。そんなことをして楽しいですか?」

 

「あ?何だお前。楽しいかって?楽しいさ。お前らの先輩とか傑作だったぜ。前半リードしてるからって調子にのるなよ。楽しいのはこっからだぜ?それに、観客は分かってるみたいだけど、無能な監督がいるチームに負けるかよ。」

 

ここまでの悪質なプレーを黒子が問いただすが、花宮はひねた笑いで挑発する。

誰にも気付かれなかったが花宮の発言に英雄がピクリと反応した。

 

 

「くっそ!あいつら!!」

 

頭に血を上らせた火神が控え室のベンチを蹴り飛ばす。

 

「物にあたってんじゃねーよ。」

 

「けど、実際ムカつくよな。」

 

日向は火神に制裁を加え、小金井も歯がゆさから拳を握る。

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、問題ない。」

 

伊月の声に木吉は答えるが、その体には複数の痣が目立っていた。

 

「(そんな訳ない。これ以上は躊躇っていられない。恨まれようが...。)」

 

リコが交代を涙目になりながら決断し、恨み言を覚悟した。

 

ポン

 

英雄がリコの頭に軽く手を乗せて前に出る。

 

「駄目ですよ。物にあたったら。」

 

「っせーな!分かってるよ!つかよく冷静でいられる....な。」

 

火神がみた黒子の表情は言葉と裏腹に怒りに満ちていた。

周りもそれを感じ取り、暗い雰囲気に包まれる。

 

「あーあー。こんな茶番もうやめません?」

 

「ちょっと!こんな時に何言ってんの!」

 

英雄がだるそうに発言する。

 

「こんな時だからだよ。つかリコ姉も何やってんの?グダグダと前半が終わっちゃったよ?」

 

リコに諌められても、英雄は発言を止めない。

 

「俊さん。PGならもっと試合の流れをみないと。試合にのまれてイーグルアイが霞んでますよ。火神は秀徳戦で何も学ばなかったの?シュートセレクションがグダグダじゃん。」

 

「んだとてめえ!」

 

「英雄君止めて下さい。」

 

火神がいきり立ち、黒子がなんとか止めようとする。

 

「いーや止めない。みんな視野が狭すぎる。あれくらいでいちいちメンタルやられるなんて、勝つ気あります?」

 

「...さっきから聞いてりゃあ、茶番だぁ?グダグダだと?てめえみたいに何時も、へらへらしてる訳じゃねんだよ!!」

 

遂に日向がキレ、英雄の胸倉を掴みロッカーに押し付ける。

 

「ゲホッ...じゃあ、どうしたいんですか?」

 

「ああ!?」

 

「どうしたいか...っつってんだろうが!」

 

英雄は日向の手を掴み、引き剥がす。

 

「分かってんすか!今日、順平さんシュート1本も決めてないじゃないすか!花宮さんどうこう以前に考えなきゃいけないことあるじゃないすか!!目的を履き違えてんじゃねぇ、キャプテンだろうが!!」

 

「う...。」

 

めちゃくちゃな敬語と普段見せない本気の表情に日向は圧される。

 

「まあまあ落ち着け。」

 

「...鉄平さん、何言ってんすか?1番の問題はあんたっすよ?何試合を私物化して壊そうとしてんすか。」

 

「...何だと?」

 

英雄の発言に木吉も顔色を変える。

 

「もうとっくに限界でしょ?しょーもないとこ晒す前にさっさとベンチに引っ込んでください。」

 

「お前!...っく!」

 

木吉は膝の負担の為、急に立ち上がろうとしても力が入らない。

 

「1人でイイカッコして満足でしょう?そのせいでウチは波に乗り切れてない。順平さんはともかく、俊さん、火神、テツ君は外からの攻撃を得意としてない。シュートが入らないから調子も上がらない。だから前半の中途半端なOFになる。そんな当たり前のこと言わせんな!!それに誰が守って欲しいなんていったよ!?俺たちは自分の力で全国に行くじゃなかったのか!!?」

 

誰も英雄を止めることができない。英雄の言葉は真っ直ぐに心に響いていく。

 

「他のみんなもだ!!なんで誰も何も言わない!?なんで誰も助けてやらない!?鉄平さんが言ったから?関係あるか!!火神!素直に聞き分けてんじゃねぇ!ミドルレンジでパス受けろよ!テツ君!ミスディレクションなら当たりをくらわずにパスできるだろ!俊さんも鉄平さんが引き付けてくれてんだからスペースに飛び込めよ!順平さんも3P決めてDFを広げろよ!鉄平さんを...仲間を孤立させんな!!どいつもこいつも...チーム一丸じゃなかったのかよ!!」

 

「英雄...。」

 

「順平さんは少し頭を冷やしててください。リコ姉、変わりに俺が出る。」

 

「うん、お願い。」

 

「アップしてきます。」

 

英雄は部屋から出て行った。

 

「(英雄の言うことは正論なんだけど...。この雰囲気は不味い。)鉄平、みんな...あのね。」

 

「...分かってる。ははは、おもいっきり頭に冷や水を掛けられた気分だな。...水戸部、後頼む。」

 

「...(こく)」

 

「...それでいいのね?」

 

「ああ。日向も1回ベンチに戻れ。」

 

「分かった...。くそ、俺は何をやってんだ。あんなんは俺のバスケじゃねぇ...。俺たちはこんなんじゃ...。」

 

日向はベンチに座り、右手で自分の額を覆う。

 

 

「あーやっちまった。俺もまだまだだねぇ。」

 

感情をぶつけてしまった事で気まずくなり、どう戻ろうかを考えていた英雄。

とりあえず用をたして気分を切り替えようと、トイレを目指す。

 

「おぉ?」

 

「んだよ。てめぇか?」

 

トイレの入り口前で青峰に遭遇する。

 

「何でトイレに来て、悪態つかれるかねぇ。」

 

「知るか。」

 

同時に入ろうとして、互いの体が入り口でつっかえる。

 

「痛ぇだろ。どけよ。」

 

「いや、俺もトイレに行きたいんだっつーの。」

 

英雄も少しばかり感情が昂ぶっており引かない。

 

「俺が先だ!!」

 

「何か分からんけど、絶対引かない!」

 

両者がトイレに飛び込む。

 

「いや、お前ら何してんだ?」

 

先にいた花宮が鏡越しに見ていた。

 

「別になんでもねえよ。つか相変わらず、こすい試合してんだな。」

 

「そんなことないだろうに。あれはあれで、高度な心理戦なんだよ?」

 

「お前誠凛の...。そうか、少しは分かってる奴もいるんだな。どっちにしろ関係ないけどな。」

 

花宮が手を拭きながら言い、立ち去ろうとする。

 

「やったらやり返される。」

 

英雄から微かに聞こえた言葉を背に花宮は自チームの控え室に戻っていった。

 

「つか、お前は出ないのかよ?」

 

「後半出るよ。といっても繋ぎだから途中でまた引っ込むけど。あ、ゲームプランばらしちゃった。」

 

「なんでもいいけどよ。折角俺が見にきてんだ。あんま眠たい試合しやがったら承知しねえぞ。」

 

「だったら、VIP席にでも座ってろって。」

 

先に終わった英雄が手を洗い、青峰の制服で吹きながら答える。

 

「おい何人の服で拭いてんだ。張り倒すぞ!!」

 

「だってここのエアー壊れてんだよ。」

 

「自分のがあるだろ!!」

 

「あ、確かに。青峰、お前って天才?」

 

「...よし。1発殴らせろ。」

 

数分後、アップを終わらせた英雄が水浸しになったジャージを持って戻ってきた。

 

インターバルが終了し、第3クォーターが開始される。

水戸部 IN 木吉 OUT

小金井 IN 黒子 OUT

英雄  IN 日向 OUT

 

ミスディレクションを考慮して黒子も交代。

 

「英雄、頼んだ。」

 

「...うす。」

 

日向からの声に親指を立てて応える。

 

「...リコ姉、絶対日本一の監督にしてやるから。」

 

「今更何言ってんのよ。来年にまで引っ張られると待ちくたびれそうだからさっさとする!」

 

「いーね!さすがリコ姉!」

 

第3クォーター開始。

霧崎もメンバーチェンジを行っていた。

変わって出てきたのは、C瀬戸健太郎。

その瀬戸を英雄がマークし、水戸部がPF原をマーク。

ここでも、審判の死角を突いて悪質な肘打ちによる当りが仕掛けられていた。

 

「凛さん!!」

 

水戸部のマークが甘くなり、すかさず花宮からのパスが通り、そのまま原が得点に繋げた。

 

「あの野郎!またやりやがった!!」

 

「大丈夫か?水戸部。」

 

火神は再び頭に血を上らせて、小金井が気遣う。

 

「とにかく攻めるぞ!!」

 

木吉と日向が不在の為、今仕切っているのは伊月である。

点を取り返そうとパスワークを仕掛ける。

 

バチィ

 

起点の伊月のパスを花宮があっさりスティール。

そのままカウンターを仕掛けて花宮のレイアップが決まる。

 

「っく!!」

 

伊月は今度は取られまいと慎重にボールを運ぶが、またしても花宮によりボールを奪われる。

その次も。

そしてその次も。

誠凛 45-50 霧崎第一

 

たった2分であっさりと逆転を許し、点差をつけられていく。

その間、誠凛の得点は0である。

伊月のパスは全く通らず、疑心暗鬼に陥っていた。

 

 

「なんかあの5番が出てきてから、異常に4番のスティールが増えましたね。」

 

観客席で観ていた桐皇・桜井が今吉に疑問を投げかける。

 

「あいつめっちゃ賢いねん。試験とか常にトップやったしな。」

 

「は?」

 

桜井はつい生返事をしてしまった。

 

「誠凛は早いパスワークのハイレベルのバスケットや。効率良く、全員がフロアバランスを見て裁量を選択する。特に5番はエエPGや。広い視野と冷静な判断で正確にプレーしよる。それを花宮は寸分狂わず読み尽くしとんのや。」

 

「それにしたって、ここまで封殺できるものなんでしょうか?」

 

桜井からさらに問われた今吉はもう1人のプレーヤーに目を移す。

 

「そこで出てくんのがあのCや。...多分な。」

 

C瀬戸は花宮に継ぐ高いIQを持っている。

花宮の考え・動き・読みに完全ではないが着いていくことができる。

そして、最適なポジショニングでパスコースを限定する。

後は花宮が限定されたパスを作業の様に奪っていく。

瀬戸がコート内にいる場合であれば花宮のスティール確率は格段に上昇する。

特に伊月のような教科書のような綺麗なプレーをするタイプは読まれやすい。

何故ならば、教科書は誰もが知っており予測しやすいからである。

これまでの試合ではもう少し柔軟にプレーをしていたが、全国への意識、花宮への対抗心、前半でのラフプレーにより、丁寧すぎるプレーに立ち戻ってしまっていた。

 

 

第3クォーターが4分経過したところで、誠凛はTOをとった。

誠凛 45-60

 

「くっそお!!」

 

悔しさのあまり伊月は椅子に八つ当たりしてしまった。

 

「現状、どうやら霧崎第一は完璧に読みきっているようね。」

 

第3クォーターでの得点が未だ0という事実をはっきりと言葉にするリコ。

 

「どーする?日向戻して英雄で攻撃のリズムを変えるか?」

 

「....!!」

 

小金井の言葉に伊月の肩がビクつく。

 

「うーん。」

 

リコは手を顎に当てて構想を練る。

 

「ま、待ってくれ!!まだ、まだやれる!!」

 

「やる気があるのはいいんだけど、そうムキになってるのが1番マズイのよ。」

 

「っく...。」

 

このままじゃ引き下がれないとリコに待ったを掛けるが、正論によって跳ね返される。

 

「...俊さん。PGが俯いたら駄目っすよ。どんなにピンチでも不敵に笑ってやるのが、良いPGの秘訣なんす。まあ、PG暦の浅い俺が言うのもアレっすけど。はい、笑って~♪」

 

「...こう、か?」

 

伊月が口角をやや上げてみせる。

 

「いや、目が笑ってないっすよ。あと硬い。アドリブ利かせて...こう、っすよ。」

 

英雄は、笑ってみせる。しかし、なにかこう悪い権力者が見下すような陰湿な笑いだった。

ペースに巻き込まれた伊月も一緒になって、ドSな笑いをしている。

 

「お前を蝋人形にしてやろうかー!」

 

「それは無理だー!」

 

どう見ても、絵的にかなり悪い。

 

「ねえ...何やってんの?」

 

リコは遂に我慢できずつっこんでしまった。

 

「カントク、もう5分だけチャンスをくれ。このままじゃ終われない。」

 

伊月の心の内にあった対抗心等は未だ消えてはいないのかもしれない。

それでも、今の伊月の表情を見たリコは

 

「...3分ね。結果を出して認めさせなさい。」

 

「十分だ!」

 

純粋な闘志を宿しながら軽く微笑んだ伊月をしっかりとコートに送り出すことにした。

 

「で、具体的にはどーするんすか?今のとこ、こっちのOFは止められてる訳だし。」

 

話が纏まったところで、火神がこれからのことを切り出す。

 

「このまま行くわ!」

 

「いや、だから。」

 

「このくらいで、一々対策が必要だと思ってるんなら、火神君も霧崎第一も舐めすぎよ。今まで通り、誠凛バスケで勝ちにいくのよ!」

 

「今まで通り...。」

 

「そう。でも、1つだけ...パスだけがチームプレーじゃない。これだけは忘れないで。」

 

ビーーーーー

 

「じゃあ、行ってきなさい!!」

 

「「「オウ!!」」」



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笑えねーよ

今月は更新が遅くなっております。
閲覧いただいております皆様には大変ご迷惑をおかけします。
個人的に、大事件が起こりまして後処理で執筆時間が減って降りました。


「ここが試合の分岐点や。誠凛が挽回できなければ、そこで終わりや。」

 

TOが終わり、コートに入っていく両チームを見ながら桐皇の今吉は呟く。

 

「...今吉さんだったらどうします?」

 

横に座っている桜井がしきりに質問を飛ばす。

 

「少しは自分で考えてみい。」

 

「あ、すいません!ホントすいません!!こんなことも分かんないでレギュラーしててすいません!!」

 

「いや、そこまで謝らんでも...。」

 

「最近調子こいててすいません。うざくてすいません!!」

 

「うざいって言う前に謝んなや!ていうか調子こいてたんかい!?どのへんが!?」

 

謝り倒す桜井と、最近わざとやってるのかと思い始めた今吉であった。

 

「今吉さん、めんどくさいから桜井のスイッチ入れないでくださいよ。」

 

桜井の横に座っていた若松がだるそうな表情で諌める。

 

「すまん、すまん。で、なんやったっけ?わしやったらか...。パスが通らんのやったら、1対1に持ち込むのが定石やろうなぁ。実際にやってみんとはっきりとは分からんけど。ま、じっくり見ときや。誠凛はどうすんのやろ?」

 

 

試合開始。

いつも通りのOFフォーメーションをとる。

水戸部がロー、英雄がハイポストに配置。

霧崎も先程と変わらず、パスコースを限定するDFを展開。

伊月はいきなりパスワークを開始させるなどせず、じりじりと花宮との距離を詰めていく。

 

「(こいつ...。)」

 

花宮は伊月の表情・雰囲気から内情の変化を読み取った。

 

ドン

 

気が付くと英雄が体を預けていた。

 

「スクリーン!?」

 

「っち。(ベタな手を...。)」

 

思わず仕掛けられた花宮も舌打ちをしてしまう。

伊月はそのままゴール下へと侵入。

 

「ははっ。(想定内なんだよ!)」

 

霧崎は日向がベンチに下がった為、DFをインサイドで固めていた。

 

「(今、ゴール下には1人。パスを警戒して適当に打たせりゃリバウンドは取れる。そのままカウンターだ。)」

 

花宮の考えを多少でも理解できるのは瀬戸のみ。しかし、日々の練習によりいくつかの決まりごとは存在する。

大体の試合展開は、花宮により相手PGは封殺される。当然、花宮にスクリーンを掛けたチームは山ほどいた。

瀬戸はそのまま伊月にマークを変える。

伊月は足を止めてしまい、後ろから来た花宮にボールを弾かれる。

 

「しまっ...!!」

 

ボールが古橋へ跳ねていく、そこに英雄が飛び出す。

 

「こ..のぉ!」

 

ボールとの距離が離れており、ギリギリ指先が触れる。

瀬戸は弾かれる方向を先読みしてボールを奪おうとした。

 

「(よし。カウンターだ。)」

 

ギュン

 

「な!!ボールが離れていく...!?」

 

バウンド後のボールが逆再生の様に真反対へ跳ね上がる。

先程英雄が触れたときに強力なスピンが掛けられていた。英雄は何事もなかったかのようにボールを手に収めた。

直ぐに伊月にパス。

 

「何度でも!!」

 

この一連の流れで、霧崎のDFは乱れていた。

原がヘルプに来る。火神がフリーになっているのだが、火神へのパスをスティールしようと花宮が待ち構えている。

しかし、伊月はパスどころかゴールに向かい突っ込んできた。

 

「(ここでカッコ悪いことなんか出来るか!俺だって!!)」

 

パスと予想し、気を抜いていた原は後手に回ってしまい伊月のシュートを許してしまった。

 

誠凛 47-60 霧崎第一

 

「ナイスっす!!強引なプレーとかシュートを意識させれば、もっとパスが活きますよ!この後もガンガン行きましょう!!」

 

インターバルでの態度が嘘のように、伊月の得点を本気で喜ぶ英雄。

 

「英雄...。ああ!!」

 

攻守交替

流れを奪いたい誠凛にとってこのDFは重要である。

先程のワンプレーでうまく集中しはじめている伊月は花宮にプレッシャーを与え続ける。

 

「おぉ!?良いDFっすよ!このまま奪っちゃいましょ!」

 

英雄を中心に声が出始め、DFにリズムが生まれる。

が、それでも無冠の五将。伊月を抜き、フローターシュートを決めて得点する。

 

「ははっ!無能な監督のチームの癖にあんま調子にのんなよ?やろうと思えばいつでも点なんか取れんだよ。」

 

花宮としては大事な場面で得点し、ペースを乱すためのトラッシュトークだったのだが、

 

「...はぁ。...俺もさぁ、偉そうに言った手前、我慢してたのに...。お前、もう笑えねーよ。」

 

押してはならない、触れてはいけないスイッチを押してしまった。

 

再度、誠凛OF

伊月は花宮から少し距離をとった。

3Pラインよりも外である為、花宮はDFフォーメーションを守りも無理に追いかけてこない。

そこで振りかぶる。

 

「な!!?」

 

伊月はオーバースローでゴールに向けて力一杯投げつけた。

今までのプレーを省みても完全に意表をついた。

 

「どけー!」

 

走り込んでいた英雄が跳ぶ。

マークの瀬戸は花宮に合わせてポジションを取る為、花宮同様意表をつかれてあっさりマークを外されていた。

代わりにヘルプに来た原が少し遅れてブロックに跳んだ。

 

「ブチかませ!英雄!!」

 

「当ったり前!」

 

伊月の声に呼応して英雄がブロックをかわさず、力ずくで叩き込んだ。

 

「うぉお!?」

 

『ディフェンス、10番。バスケットカウント1スロー。』

 

原は英雄に押し負けて、コート外まではじき出された。

英雄は原に近寄り、手を差し出す。

原の手を掴み立ち上がらせる。

 

「凛さんのカリは確かに返したよ?」

 

そう言い残しフリースローラインへ移動していった。

口元は笑っていたが、目が明らかに笑っていない。原は少しだけ青ざめた。

 

このフリースローをしっかり決めた英雄。

誠凛 51-62 霧崎第一

 

第3クォーター初得点を決め、波に乗りたい誠凛。

対して霧崎もラフプレーを織り交ぜたOFを展開する。

瀬戸はマークについている英雄に肘をぶつけた。

 

ガスッ

 

「っつ!!」

 

仕掛けたはずの瀬戸の表情が歪む。

 

「(こいつ、脛を...。)」

 

英雄はマークをしながら、要所要所で瀬戸の脛を蹴りつけ削ってきていた。

 

「皆さんの見落としは、こういうプレーを自分達しかしないと勘違いしたことですよ。でも、まあこんなしょうもないことするんですから、やり返されることも想定内でしょ?」

 

瀬戸だけに聞こえる大きさで囁く。

 

「お前...。」

 

「つか、試合中に寝てるとかありえないでしょ?頭が良いのかどうか知らないですけど、そんなんで勝てるほどバスケは甘くねーよ。」

 

瀬戸はまさか反撃をくらうと思って折らず、集中が散漫になりつつあった。

そもそも、瀬戸は単純なCとしての個人能力はチーム内で2番手である。英雄もCが本職でないが、これまでに木吉と練習で競り合い、夏の予選では秀徳の大坪と渡り合ってきた。

ラフなプレーも返されて、徐々に英雄が圧していった。

 

その間にもプレーは続いており、古橋が放ったシュートがリングに弾かれ、両チームがボックスアウトに入る。

瀬戸がポジションを固める途中、英雄が瀬戸の右肩を軽く触った。当然、審判の死角を狙ってである。

瀬戸が右肩の方に意識が向いた瞬間に一気にゴール下に入り込んだ。

水戸部と原も争っており、原の足が水戸部の足を押さえつけていた。これにより、跳ぶタイミングが遅れてしまう。

 

「リバウンド!!」

 

英雄と原がボールを取り合う。

原は水戸部の足を踏みつけている為、微妙な移動ができない。

 

「こういう奴に限って、基本がなってないんだよ!」

 

より良いポジションにいた英雄が悠々とリバウンドを奪う。

瀬戸も黙っておらず、英雄の着地際を狙う。

前半で木吉に行ったことを英雄にもしようとした。

瀬戸と英雄の距離が一気に詰まる。

瞬間、2人がもみくちゃに転倒し

 

『ディフェンス、白15番。』

 

英雄にファールを言い渡され、瀬戸が地に伏したまま英雄のみ立ち上がり、

 

「おっと、すんません。ゴール下は接触が多いから気をつけないとね♪」

 

2人が転倒した瞬間に瀬戸の肘を捌きながら、体重の乗った英雄の肘が瀬戸の腹部に直撃した。

瀬戸が襲い掛かった状況を逆に利用し、ダメージを与えた。

瀬戸はよろよろと原の手を借りながら立ち上がった。

 

観客はこの場面でのファールにため息を漏らしているが、選手側は目を細めた。

 

「カントク、この場面でファールって不味くないですか?」

 

ベンチで見ていた河原は、調子の上がっていたところのファールに不安がる。

 

「...っ。」

 

リコは返答に詰まった。チームの勝敗云々ではない。

これは、明らかな報復行為だからである。

 

「...英雄君が笑っていません。」

 

表情だけで言えば笑っているように見える。しかし、分かる者には分かる。

黒子はこれまでの個人練習などを行う内に、英雄の本気の顔を判別できるようになった。

故に英雄の異変に気付いた。

 

 

 

「あまり気持ちの良いものじゃなくなりましたね。」

 

観戦していた桐皇の桜井も英雄の行為の意味を理解しており、複雑な表情だった。

 

「ふん...。」

 

青峰は興味無さ気に鼻息を鳴らす。

 

「まあ、普通はそやろな。」

 

今吉は言葉に含みを持たせる。

 

「普通は、って。今吉さんはそうじゃないんですか?」

 

「今までどんだけラフプレーやってきたかどうかわ知らんが、ここまでやり返されたことは恐らく無いやろ。霧崎の表情を見てみ?特に5番と10番、ビビリ上がっとる。事実上、今日の試合でラフプレーはほとんどできんやろ。なんせ補照は本気で潰しにきとるからな。好き好んで標的になろうとはせんやろ。」

 

今吉は心なしか笑っている様に見えた。

 

 

 

「伊月さん、お願いがあります。今だけでいいので。」

 

「お、おお。」

 

コートにいる誠凛の4人も英雄の雰囲気に気付いていた。

口元だけが笑っており、目が冷たく細く開いていた。

 

 

 

「瀬戸、大丈夫か?」

 

山崎は表情の青い瀬戸に声を掛ける。

 

「あ、ああ。なんとか...。」

 

「つか、あいつマジでやばくない?」

 

原が花宮に不安を訴える。

 

「っち...何ビビッてんだよ。今更やることは変わらないっつーの。」

 

さすがの花宮も具体的な対策を発言できない。

 

「そうはいうが、いちいちやり返されたらこっちがもたねーよ。あいつの当り、俺らより重たいんだよ。」

 

実害を受けた原は瀬戸を見ながら反論する。

 

「しゃーねーな。見てろ。手本を見せてやる。」

 

「大丈夫なのか?恐らく次はお前が標的になるぞ?」

 

古橋が花宮に注意を促す。

 

 

 

瀬戸が息を整えて、試合再開。

ボールを持った花宮に英雄がマークする。

 

「(こいつ馬鹿か?インサイドを放置して、何考えてんだ?)...くくっ。他の奴等こんな馬鹿にビビリやがって。」

 

明らかな愚策に花宮が笑いを零す。

 

「別にいいですけど、どーでもいいこと考えてる暇あんすか?ほら!」

 

一瞬の隙を見逃さず、ボールを軽く弾いた。

 

「んな!!っくそ!」

 

花宮はあせりボールに手を伸ばす。

しかし、ルーズに強い英雄が譲る訳も無く、気付けば花宮に体を押し付けボールを奪おうとしていた。

 

ズッダン

 

2人が前のめりに倒れ同時にボールに触れる。

英雄はボールを力任せに引っ張り込む。

 

ドッゴッ

 

鈍い音が会場に鳴り響く。

花宮の鼻から赤い血がポタポタと流れ落ちていた。

 

『フ、ファール。白15番...。』

 

審判も少し戸惑う、先程からの連続ファール。作為的なものを感じるが、前半で霧崎の行為を見逃してしまったことでこれ以上の判断ができない。

 

『おいおい!何してんだよ15番!』

『連続ファールって、勝つ気あるのか!?』

 

英雄は手を上げながら、花宮に言い捨てる。

 

「本気で勝つ気も無いくせにくだらねーことすんじゃねーよ。次はこんなもんじゃ済まないからな...。仮に事故にあっても、落雷が落ちても、あんたを許さない。...あと。」

 

「っひ...。」

 

花宮の顔は一気に青ざめ、コートに座った状態でずりずりと後退した。

 

世界でも花宮のようなプレーをするプレーヤーは存在する。それ自体は否定しない。しかし、あくまでも勝利の為であり、下衆な目的の為ではない。

霧崎第一は覚悟も信念もない、唯の暴力である。それが許せなかった。

なにより、今英雄がこうして誠凛の一員としてコートにたっているのは相田リコのおかげである。

英雄は今の自分を誇りに思う。己の馬鹿でバスケから離れ、枯れるほど泣き喚き、死ぬほど後悔もした。

それでも、こうして誠凛というチームでバスケをすることが嬉しく思う。今までの自分を肯定できるほどに。

相田リコが否定されるということは、自分自身も否定されるということ。

それ以上にリコを馬鹿にされることは、何よりも許せない。

 

「よく見てろ。無能と言ったウチのカントクが日本一のカントクになるところを。」

 

 

ここで両チームはメンバーチェンジを行った。

花宮の鼻の処置をする為。

英雄はさすがに、これ以上はマズイと思ったリコが日向と交代させた。花宮がいない間を狙い、黒子も小金井と交代。

 

「順平さん、後お願いします。」

 

「...お前は偉そうに言っときながら、抱え込んでんじゃねーよ!」

 

日向の拳が英雄の胸にドスンと入る。

 

「お前も反省して俺らが全国行きを決める瞬間をしっかり見とけ。」

 

「...うっす。」

 

日向がコートに入り、黒子が英雄の前に立つ。

 

「...英雄君。後で話があります。試合に勝ったら、覚悟しといてくださいよ。」

 

表情は読みづらいが、分かる者には分かる。

 

「あ、もしかして怒っていらっしゃる?」

 

「ええ。」

 

黒子はそれを言うとコートへ進む。

 

ズドムッ

 

ベンチに座り、日向達を見送っていると、頭に衝撃が走る。

 

「結構痛い。」

 

「やかまし!あんたやり過ぎよ!」

 

リコの痛々しい顔を見て、英雄はいたたまれなくなる。

 

「あ~!泣くのはマジ勘弁!おっさんにばれたら殺される。」

 

英雄はなんとか空気を変えようと、おちゃれけてみる。

 

「...バカ。」

 

「...ゴメン。」

 

「後、ゴメンとアリガトウ。」

 

「.....。」

 

どうしようもない程に荒れていた心が澄み渡る。

 

「リコ姉。」

 

「ん?何よ。」

 

「やっぱ最高のカントクだよ。誠凛に来て良かった。」

 

英雄の言葉にリコの顔が赤く染まる。

 

「う..う...うるさい!ちゃんと試合見る!!」

 

 

柱を失ったチームは脆い。

加えて瀬戸は軽くないダメージを負っている。

誠凛の全国でも屈指のOF力に抗う力は残っていない。

流れが誠凛に傾き、点差が見る見るうちになくなっていく。

第3クォーター終了時点で逆転した。

 

第4クォーターで花宮が復帰。

何とか対策を試すが、花宮自身が鼻詰まりでパフォーマンスが落ちている。瀬戸も同様。

切り札のDFが使えない。そして、ノリ始めた伊月を止められない。

次々に失点し、逆に点が取れなくなり、見て分かるほどに失速した。

歯軋りをする余裕もなくなり、心が折れた。

 

誠凛 109-79 霧崎第一

 

ビーーーーー

 

「勝ったーーー!!!」

「全国だ!!」

「ぃっよっしゃぁあああ!!」

 

誠凛メンバーは終了のブザーを聞き、勝利の雄叫びを上げる。

 

「英雄、今日みんなに借りを作っちゃった訳だけど。俺は皆に何をしてやればいい?」

 

「さあ?みんなで考えたらいんじゃないっすか?」

 

「ははっ!そうだな。こんなに頼りになる仲間なんだからな。」

 

木吉は英雄の適当なようで真理のような言葉に笑みを浮かべる。



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マリーシア

『誠凛、創設2年目にして全国出場だ!!』

『すぐに編集長に連絡だ!!』

 

マスコミ関係者が慌てて会場を後にする。

 

「ま、世間は初物に興味津々やし、騒ぐのもしゃあないか...。」

 

「っち。生意気に...。そーいや、青峰は?」

 

傍から見ていた桐皇の今吉の言葉に若松はつまらなそうな顔をする。

 

「試合が終わったらさっさと帰りましたよ。...なんか笑ってましたけど。桃井さんも一緒に。」

 

「またスタンドプレーかよ!」

 

桜井の返答に若松が更に機嫌悪気になっていく。

 

「まあ分からんでもないけどな。ワシもガラにもなくテンション上がっとるし。...なあ、話変わるんやけど。今日の試合見てどう思った?」

 

「はぁ?なんすか急に?...別にって感じです。アレくらい俺でもできますよ。」

 

「何と言うか、表現し辛いですね。今吉さんは?」

 

今吉はふと質問し、部員一人ひとりが思い思いの言葉を発する。

 

「そうやな...。今日の試合は花宮の土俵やった。それを補照は同じ土俵で勝ったんや。...どうしてか分からんが、補照に負けたくないと思っとる。もし、あいつがウチと当る時、PGやったらマッチアップはワシや。そう考えると、な...。」

 

抑えきれなくなり零れだすように、今吉は笑っていた。

 

 

 

誠凛高校バスケットボール部控え室。

先程、予選の1位通過が決まり歓喜していたのが嘘のように静まり返っていた。

問題の中心人物である補照英雄は部屋の隅で正座をしている。

 

「...あの~いつまでこうしていれば...。」

 

「(ギロリ!)」

 

「あはは、ですよね~。」

 

いつまで正座していればいいのか聞こうとしたが、リコのひと睨みで肩を落とす。

 

「とりあえずみんなお疲れ!ついに全国よ!!」

 

「...さっきあんなに喜んでみたけど、実感わかねーな。」

 

日向は上の空気味に呆けている。

 

「しかも全勝で東京制覇。なんかこう、実は夢でしたみたいな?」

 

伊月も同様である。

 

「まだ桐皇との決着が着いてねーよ。...です。」

 

東京制覇という言葉に反応し、握り拳を作る火神。

 

「...だな。」

 

火神の言葉に気を落ち着かせた日向は片方の口角を上げながら応える。

 

「...話を割ってすいません。英雄君に1つ聞きたいのですが?」

 

話が落ち着いたところで黒子が手を上げる。

 

「...いいよ。何?」

 

「何故、あんなことをしたのですか?あんな報復行為を...。結果としてチームが有利になったのかもしれません。それでもあんなことをする必要があったのですか?」

 

黒子は真っ直ぐに英雄を見つめる。

 

「やっぱりテツ君はそうだよね。...偉そうなこと言って、勝手なことをしたことは謝るよ。みんな、すみませんでした。」

 

「そうですか。」

 

英雄の土下座に黒子の表情が緩んだのも束の間。

 

「でも、プレー自体は悪いと思ってない。」

 

英雄は頭を上げて言葉を紡ぐ。そしてその言葉に空気が止まる。

 

「な、何ですかそれ!こんな時にふざけないでください!」

 

「ふざけてなんかいないよ。本気さ。」

 

「それじゃあ、そんなんじゃ霧崎第一と一緒じゃないですか!僕はキセキの世代のバスケが間違っていると思って戦うことを選びました。それでも!彼らはそんな卑怯な真似はしない!」

 

「「「....。」」」

 

黒子の声が部屋の中で木霊する。

 

「カントク。」

 

火神がリコに止めてくれと願いながら見つめる。

 

「やらせなさい。」

 

「なっ!!」

 

リコの意外な発言を受けて火神は立ち上がる。

 

「お互いバスケに対して自論を持ってる者同士、今までぶつからなかった方が不思議だわ。」

 

「だからって!!」

 

「それにこのまま不完全燃焼でずるずるいったら、チームの士気に関わるのよ。」

 

「カントク!...日向さん!」

 

「そういう訳だから黙って座っとけ。」

 

リコに詰め寄る前に日向によって肩を掴まれ強制的に座らせられた。

 

「...卑怯かぁ。あのさ、とりあえず俺の話を聞いて欲しい。」

 

「なんですか?」

 

「マリーシアって知ってる?ポルトガル語で狡賢いって意味なんだけど。」

 

「マリー..シア?」

 

皆は聞きなれない言葉に頭を傾ける。

 

●マリーシア

ポルトガル語で「ずる賢さ」を意味するブラジル発祥の言葉である。サッカーの試合時におけるさまざまな駆け引きを指す言葉。

地域によって「マリーシア」には「汚い」プレーが含まれ、「接触プレーの際に必要以上に痛がりピッチに倒れこむ」「プレーエリアに直接関係しない選手が意図的に倒れ、試合を中断させる」「相手の髪やユニフォームを引っ張る」といった行為が常態的に行われており、相手の長所を消すための戦術といえるだろう。

1998 FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦のアルゼンチン代表対イングランド代表戦ではデビッド・ベッカムを退場へと追い込んだ。

 

 

「ウチのメンバーに正Cは鉄平さんしかいない。もし、ゲームから排除されたら?排除できなくてもパフォーマンスを低下させることができたら?」

 

「何を、言って...?」

 

「それができていたら、今日の試合はもっと大変なことになっていただろうね。いやそれどころじゃない。その後もロクなことにならなかっただろうね。戦力的にも、精神的にも。つまり、霧崎第一が行ったことは戦略的には正しい。」

 

「そんな...!?」

 

黒子がショックを受けているが、英雄の口は止まらない。

 

「だからこそ、鉄平さんには下がってもらったんだよ。この人はこんなところで消えていいプレーヤーじゃない。全国という表舞台に立ってほしい。だからといって、順平さんや俊さん、火神にテツ君、みんなが傷ついていい理由にはならない。そういう訳で...。」

 

誠凛に来てからの約半年、英雄とマンツーマンで練習することも多かった。

かつてのチームメイト、青峰大輝に負けないくらいバスケットが好きだということが伝わってきた。

英雄の影響もあり、シュートが入るようにもなった。時間を重ねるたびに自身もバスケが好きなんだなと再確認もした。

火神も悪口を叩いているが、本心では英雄を認めているのだろう。だから、

 

できれば、できればこの男からそんな言葉を聞きたくなどなかった。

 

「俺が花宮さんを潰した。」

 

「...楽しいですか?そんな、そんなことをして楽しいですか!?僕はそうは思いません!!」

 

黒子は悲しんでいた。今にも泣きそうになるくらいに。

 

「そうだね。好き嫌いを言えば嫌いだ。でも違うんだよ。」

 

「何がですか!」

 

「好きなものを全力で頑張ればもっと好きになれると思ってるんだ。」

 

「それって普通じゃねーの?」

 

小金井がつい質問してしまう。

 

「言うのは易しってやつですよ。バスケってパス・ドリブル・シュートだけの競技?違いますよね。もっと、もーっと!頑張れることはあるんすよ。マリーシアだってその内の1つです。だからといって、常日頃からあんなことする訳じゃないですが。」

 

両手を広げて英雄は言う。

 

「霧崎第一に対して俺は、見ててドン引きするほどのことをしました。これで少なくとも、また試合になった時に牽制になります。」

 

「でも、そんなことをする必要があったんですか!?そんな卑怯なことを!」

 

「...鉄平さんはどう思いますか?」

 

「そうだな...否定自体はしない。気に食わんがな。試合に勝ちたいと思わない人間はいない。その気持ちがそういったプレーとして形になることもある。」

 

「そんな...。」

 

英雄は木吉に話を振り、黒子は再びショックを受けた。

 

「卑怯と思うか、厳しさと思うかの違いでしょ。頂上への道は簡単じゃないのは分かってるよね?霧崎第一と同様のチームはあるかもしれない。卑怯だと罵倒するんじゃなくて、厳しさと受け取りしっかりとした対応をするべきなんだよ。」

 

「それでも、それでも僕は、認めたくありません!!そんなバスケじゃあ、英雄君のバスケじゃ楽しいなんて思えません!!」

 

黒子は俯いたまま、鞄を手に取り外へと飛び出す。

 

「黒子!!」

 

「火神君お願い!!」

 

「ちょっと待てよ!黒子ぉ!!」

 

リコの声に従い、火神は黒子を追いかける。

 

「...こんな展開でいいの?」

 

「...ま..ね。」

 

リコの問い掛けに弱弱しい返答だけを返した。

 

「あっそ。じゃ、帰りましょうか。」

 

「カントク、いいのかよ。」

 

「正直、これでいいとは思わないわ。でも、ずっとここにいる訳にもいかないでしょ。一応、火神君に任せてあるし。後で確認の電話もしておくわ。」

 

あっさりと帰宅を選択したリコに日向が問う。

 

「あのさ。」

 

「何よ。まだ何かあるの?」

 

「...足、痺れちった。」

 

「...あのね。」

 

特に問題も起きないと判断し、会場を後にした。

 

 

 

「はぁはぁはぁ...。」

 

「あっ!こんなとこにいやがった!!」

 

黒子が街灯の下で息を整えているところに火神が現れた。

 

「...すいません。」

 

「別に...いいけどよ。」

 

黒子の醸し出す雰囲気に火神がつられて、2人の沈黙が続く。

 

「...火神君はどう思っていますか?さっきの英雄君のこと。」

 

「あ?いや、何つーか...。正直、あんま良い気はしねー。でも、アメリカでもそんな奴はいた。今日程じゃねーけど。それでチームの為になってるんだとしたら...あーもう!!こんがらがってきやがった!!」

 

「そうですか。...僕もです。」

 

「でも少なくとも、アイツはチームの為にやったってことも嘘じゃねーと思う。あんなにキレてたのも初めて見たしな。

 

「...分かりません。英雄君が言ったことも理解できますし、英雄君に助けてもらった事も嬉しく思います。でも、心が納得しないんです!」

 

「黒子...。」

 

膝に手をついたまま黒子の顔は上がらない。

 

 

他のメンバーも帰宅していた。

英雄は1人離れていった。

 

「カントク、どうすんだよ?」

 

小金井がリコに事態の収拾を願う。

 

「うるさいわね!そう簡単に解決できたらとっくにしてるわよ!」

 

「おいおい、これは部全体の問題だぜ。コガも考えろよ。」

 

その結果、リコに怒鳴られ木吉に諭される。

 

「...なあ、木吉。実際のとこどう思ってるんだよ。」

 

日向が真剣な面持ちで木吉に問いかける。

 

「さっきも言ったが、決して好きな訳じゃない。でも、100%間違っているとも思わない。」

 

「監督として言わせて貰うと、勝つ為にやるべきことをやった英雄に非難するつもりはないわ。ただ、学生のバスケとしては...黒子君の意見を支持ね。」

 

全中経験者と現バスケット部の監督の意見を聞き、他のメンバーは唸る。

 

「そうなんだよな~~。はぁ、なんでこんなことになっちまったのかなぁ。」

 

「ちょっと!キャプテンなんだからしっかりしてよ!」

 

日向のため息交じりの台詞に活を入れられる。

 

「英雄も今後一切しないってことじゃなく、必要があればまたやるっていうことだろうし。」

 

「でも実際、今日の試合は楽になったんだよなぁ。」

 

「...(はらはら)」

 

伊月、小金井が続き、水戸部が心配そうに周りを見回している。

 

「これはあの2人だけの問題じゃない。俺達も考えないといけない。全国に行けば同じこともあるかもしれない。その時にどう立ち向かうべきなのかを。」

 

皆は一斉に黙り、考えながら帰宅を続けた。

 

「あーあ、勝った後の打ち上げ楽しみにしてたのになぁ。」

 

ここでまたしても小金井が余計な発言をしてしまう。

 

「あんた!いい加減にしなさい!!」

 

「あ!嘘!!冗談!!ごめんなさいーー!!」




少し時期が遅れますが
今期で引退したベッカム選手に敬礼!!


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チャンピオンロード
だからこそ


『ワアアアアアァア!!』

 

画面から歓声が聞こえる。

決して広いと言えない間取りの部屋では、DVDが再生されていた。

 

「...遠いなぁ。でも、今に見てろ。」

 

食い入るように画面を見ながら手に力を入れる。

手に力が入り過ぎた為、手にしていたリモコンがミシミシと音を立てる。

 

「っとと!やべぇやべぇっと。」

 

レコーダーの電源を切り、リモコンを布団の上に雑に投げた。

英雄の頭には、今日言われた黒子の言葉が思い浮かぶ。

 

「うーん、どうしたもんかなぁ。」

 

ガシガシと頭を掻きながら解決策を練るが、どうにも浮かばない。

 

「...寝よ。」

 

時計は9時を差しており、今時の中学生より早い終身時間であった。

 

 

 

翌日。

バスケ部メンバーは視聴覚室に集合していた。

今まで通り、撮った試合の映像で各々のプレーを思い返し反省会を行う為である。

 

「......。霧崎第一との試合は参考にし辛いな、正直。」

 

「前半なんかは特に酷かったからな。俺なんかシュート全然入ってない。」

 

黙ったままでは意味が無いので、伊月と日向から感想を切り出す。

 

「あ、分かってると思うけど、日向君の戦国武将フィギュアぶっ壊すから♪」

 

「凄い笑顔で言いやがるぜ、この女!」

 

悲哀色に染まった表情に染まる。

 

「まあ、少なくともメンタル面で反省するべき点は浮き彫りになるからな。」

 

「っすよねぇ。俺なんて、掲示板にめっさ叩かれてたし。」

 

木吉は誠実な意見と言い、英雄は自虐に走る。

 

「つか、そんなのあったの?」

 

「夏ぐらいからなんかできてました。キセキの世代の影響でしょうね。ちなみに、ウチのこととかよく話しにでてきますよ。」

 

「俺はなんて?」

 

「いや、ちょっとここで言うのは...。とりあえずすいません。」

 

「うえぇええぇぇ!?なにそれ怖い!!でも気になる!!どうしよう...。」

 

小金井の素朴な疑問から悪ふざけを行う英雄。

 

「ちょっと!話を脱線させすぎ!」

 

リコの一声により、軌道修正。

 

「ともかく!この経験を次に生かしていかないと、ウチのNo.1馬鹿がまた暴走するかもしれないし...。」

 

リコの冷めた目が英雄に突き刺さる。

 

「最近、この感じが嫌じゃなくなってきたんですよね。自分でも驚きっすよ。まさか、ここまで開発されるとは...。」

 

「「「変態。」」」

 

最終的にはほぼ全員からの冷たい目が突き刺さった。

しかしたった一人、黒子だけは様子がおかしかった。

 

「黒子はどうだ?なんかあるんだろ?」

 

誰もが躊躇した黒子への質問を、木吉はブッ込んだ。

 

「(さすが木吉。ぱねぇ。)」

 

「(いつもはうっとしいド天然ぷりだけど、今回は頼りになる。)」

 

そんなことをメンバーは考えていた。

 

「...そうですね。...特にありません。」

 

「そうか...。」

 

試合終了後から始まった、2人の問題に対する解決の切欠にならないかと期待したがどうにもならなかった。

室内は沈黙に包まれる。

 

「今日はこんなところね。そうそう、話は変わるんだけど、次の休日に温泉に行くから予定空けといて。」

 

リコが話を切り替え、空気も入れ替わる。

 

「また急だな。なんだよ温泉って、そんな金ないぞ。」

 

「友達の親戚がやってるとこなんだけど、シーズンじゃないから格安でいいって。これまでの疲労が蓄積してると思うから、ここで1度リフレッシュしましょ。」

 

日向の心配はあっさり解決し、話はどんどん進んでいく。

 

「...問題なければ決定ね。あ、一応、念の為、必要ないと思うんだけど~着替えとバッシュも持参ね。」

 

だが、どこか違和感がある。温泉といい、このタイミングといい、どうにも都合が良すぎる。

そもそも今までで、ことイベント事で普通に終わったことなどない。

リコ以外のメンバーはなんとも言えない表情になっていた。

 

「「「(あ、怪しすぎる...。)」」」

 

「それじゃあ、今日は軽く流して解散ね。」

 

一同が席を立ち、部室へ向かおうかとしたとき、火神が手を上げる。

反対の手にはプリントを掴んでいた。

 

「あの、相談がある、っす。」

 

「ん?どーした?」

 

「俺、アメリカに行ってきます。」

 

空気が一瞬止まった。

 

「はぁあああ!?なんで!?」

 

「い、何時だよ!?」

 

「次の休日っす。飛行機のチケットも取ったし。一応、さっき学校の許可も貰いました。」

 

驚くメンバーを他所に淡々と話す火神。

 

「...どういうこと?」

 

リコは冷静さを取り戻し、事実確認を行う。

 

「短期留学制度を利用して、アメリカで修行してくるつもりです。あっちに教わった師匠、みたいな人がいるんす。」

 

「それで、どうして今じゃないといけないの?」

 

「今のままじゃ、悔しいがあいつらに勝てない。でも、だから、もっと強くなる為に。そしたら、今日留学の話を聞いて、しかも行き先はロス。だから...今じゃねーと駄目なんだ!もう誰かに頼りっぱなしは嫌なんだ!!...です。」

 

火神の真剣な目を通して、決意を感じ取った。

 

「...行って来い。ただし!ちゃんと強くなってくるんだぞ。」

 

「ま、そーいうことなら止める理由はないよな。」

 

「いいなぁ...。まだ枠ってあるのかな!?なあ!?」

 

「あんたは駄目。とんでもないトラブルに巻き込まれて帰ってこなさそうだから。ま、しっかりやってきなさい。後、ちょっとこっち来て。」

 

日向と小金井が後押しをして英雄も便乗しようとした。それをリコが諌め、火神を指で呼ぶ。

 

「?なんすか?」

 

ガッッ

 

火神が近づいた瞬間、リコのアイアンクローが決まる。

 

「いたたたたたあ!!なにすんすか!」

 

「これは相談じゃなくて、事後承諾っていうのよ。次は無いように♪」

 

話のオチがつき、体育館へ向かう。このくだりに関して、他のメンバーは完全にスルーを決め込んだ。

ちなみに、練習開始前に日向の最上義守フィギュアが爆竹による公開処刑で木っ端微塵に消え去った。

 

「「「(なにも練習前にしなくても...。)」」」

 

 

 

「今日はここまでよ!」

 

「「「お疲れっしたー!!」」」

 

調整のみの軽い練習を終えて体育館内に大きな挨拶が木霊する。

 

「火神、1ON1の相手してくんね?」

 

「お前からなんて珍しいな。別にいいぜ。」

 

軽いメニューが終わりメンバーが引き上げていく中、英雄が火神を誘った。

今までは火神が催促する形が多く、英雄からということは少なかった。

 

「3本勝負で俺からな。」

 

英雄が1度ボールを預け、火神が直ぐに返し開始の合図。

細かなフェイクを混ぜながら火神に迫る。

 

「(右か?左か?はたまたフェイダウェイ?)」

 

練習でほぼ毎日のように行ってきたが、それでも英雄を止めることは簡単ではない。

キセキの世代とやり合っていると言っても過言ではない。

しかし、相手が強ければ強いほど火神は急激な伸びを見せる。

 

英雄は火神の思惑を他所に真っ直ぐに突っ込んだ。

 

「(真っ直ぐ!?やべぇ反応が遅れた!!かまわねえ、跳べ!!)」

 

火神は右足で踏み切り強烈なブロックを炸裂させる。

 

「マジか!!?」

 

火神の跳躍のタイミングは確実に遅れていた。それでもブロックを決めた。この事実を遠くで見ていたメンバーも悟る。

WC予選での激闘により、またしても凄まじい成長を遂げていたことを。

恐らく、秀徳戦が切欠なのだろう。霧崎第一では試合展開の為、気付くことができなかったが。

英雄は、火神にブロックされた緑間の気持ちをほんの少し理解した。

 

「(これは...ホントに参ったなぁ。)でも...これでいい。なあ火神、ひとつ賭けないか?」

 

「あ?なんだよ?なに賭けるんだ?」

 

「エースの座♪」

 

「はぁ?」

 

火神は展開についてこれていない。

 

「だってさぁ、鉄平さんとはやったじゃん。だったら俺とも勝負してよ?当然、本気でね。」

 

「どういうつもりだ?今更...ってまぁいいか。俺としても自分から名乗ったことないしな。それにお前ともいつかやり合いたいと思ってたところだ。良い機会だ、ハッキリさせとこうぜ。俺とお前」

 

「おう!どっちが上なのか、ってね。おっけ!テンション上がってきた。」

 

英雄の好戦的な表情に火神も高揚する。

2人の勝負を止めようとする者は誰もいなかった。

何故ならば、誰しもがこの勝敗の結末を見たがったからである。

皆は、単純な1ON1なら火神に分があると思っている。

しかし、引き出しの数なら英雄。なにより、英雄から仕掛けた勝負ならなにかあるのでは?とも思い、予想は困難となった。

 

火神の1本目。

火神は目の前の男を凝視する。

これまでキセキの世代やそれに次ぐプレーヤー達と競い合ってきた。

厳しい壁をなんとか超え、勝ち上がってきたが今にして思う。

この男もその一人であるということを。

夏の予選で自分より活躍する姿を見て、頼もしいと思ったことも事実。

しかし、どこかで頼っていく自分を悔しいと思っていたことも事実。

練習で幾度と無くやり合ったが、あくまでも練習は練習。

アメリカへの修行を前にして思う。

『この男に勝ちたい』と。

そしてそのチャンスは今しかない、と。

そんな青春ぽい事を考えている自分に対して、少し笑ってしまう。

 

「そんじゃ...行くぜ!」

 

左右のドリブルからバックロールターン。

シンプル且つ速いドライブでゴールを狙う。

英雄もそう簡単には許さない。

体をぶつけて、シュートを行う為のスペースを削ってくる。

このままシュートをすると、窮屈になって精度が低下するだろう。

そこで火神はフェイダウェイでのジャンプシュートに切り替えた。

 

「(いける!!)」

 

見事に英雄のブロックを交わしてリングを通過する。

 

「よし!!」

 

火神の力強いガッツポーズを英雄に見せ付ける。己を鼓舞するように。

 

「決めたぜ。俺は、今日、このタイミングで、お前に勝つ。」

 

「ははは、言っちゃってくれるねぇ。」

 

手で髪をかき上げながら表情を変える。

キセキの世代が火神を認める前から英雄は思っていた。

この男は本物である、と。

己のプレースタイルの違いの為、火神をエースと読んでいたが。

バスケットに全てを賭けている英雄が火神を意識しない訳が無い。

そして、今までの厳しい試合の中でメキメキと成長していく火神を見て、チームメイトでありながら勝ちたいと思ってしまった。

そうなってしまえばどうしようもない。

 

英雄のOF。

ボールを掴んだと同時にシュートフェイントに移る。

多少強引であるが、火神が英雄との距離を少し開けていた為、ブロックのタイミングが遅れる。

追うようなブロックをフェイダウェイでかわす。先程やられた火神のプレーをやり返すように。

 

「っく!」

 

火神は届かなかった左手を強く握り締める。

1本目の強引な切り込みが頭にチラつき反応が遅れてしまった。

悔しがりながらも『さすが』と心のどこかで思ってしまう自分に腹が立つ。

 

「負けるか!!」

 

火神のフルスピードのドライブ。

空中戦の肝である左手に意識を集中する。

 

「(ダンクに行って、ブロック来たらダブルクラッチ!!)!!?しまった!?」

 

火神は進行方向左に向かっている。

ここからダンクを狙うことは難しい。なぜならば利き足は右、重心が左に寄っているこの状況で跳んでも窮屈になり高さが出ない。

残された手段は、ジャンプシュートか左足でのダンク。

空中戦を仕掛けるはずが、逆に選択肢を限定されている。

 

「(だったら!)」

 

1本目同様フェイダウェイ気味のジャンプシュートを選択。

高い打点でシュートを狙う。

 

バスッ

 

ボールを握る火神の手に比較的軽い衝撃が伝わる。

英雄のブロックはシュートを防げなかった。

英雄が先に地面へ降りていく中、火神は放つ。

 

ガッガン

 

シュートはリングを通過することなく、落下していく。

 

「ボールに触られた...。完全に読まれてたのか。」

 

自分のOFをあっさり止められて、ショックを受けた火神。

 

「言っとくけど、4月からずっと自分達の意識を確認し合ってきてんだよ?火神は割と分かりやすかったし、何考えてるかなんて大体予想がつくさ。」

 

何時に無く静かに向かってきていた英雄が言葉を綴る。

 

「その右足は確かに大きな武器だ。でも縋っているようじゃ駄目だよ。今後、大事な場面になると必ず右足で踏み切ってしまい、こんな風に止められる。」

 

「あ。」

 

「少し偉そうに言わせて貰うと、火神の最大の長所はそこじゃない。俺が認め、本気で負けたくないと思ったところは。」

 

ツカツカと火神に近寄り、火神の胸を拳で軽く突く。

 

「長所とか短所とかあるけど、あんまり囚われるとつまんなくなるからね。全部知った上でお前のバスケットをすればいんじゃね?」

 

「...俺の。」

 

「そ、俺は俺の火神は火神の。前にも言ったけど、考えるのは火神の柄じゃないでしょ。」

 

「うるせー。正直俺もそう思ってんだよ。」

 

「ははははは!...火神、俺はもっと上手くなるよ。」

 

「あ?だったらもっともっと上手くなってやるよ!アメリカ行くしな!」

 

「それはちょっと敗北感が...。」

 

腰に手を当てて俯く。

 

「へっ!ざまあ見ろ!」

 

火神はそれを見て笑い出す。

 

「そんじゃあ...まあ、決着つける?」

 

「当然!」



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転んだら負け

更新が遅れてしまい、申し訳ございません。


英雄はここぞという時のスピンボールを使い、1人スルーパスで火神を振り切った。

火神にブロックすらさせずにジャンプシュートを決める。

 

「おっしゃ!!」

 

火神は開き直り、力ずくのダンクをぶち込みタイに戻した。

 

「どうだ!!」

 

本来のルールであればここで終了だった。

しかし、引き分けという結果に満足しない2人は、ルールをサドンデスに変更し続行。

 

「この!!」

「おりゃ!」

 

「負けるか!!」

「見たか!」

 

「■▲○!!!!!」

「○◆△!!!!!」

 

終わらない。お互いが1度も外さない為、終わらないのだ。

延長が10回目までされた時、

 

「いーかげんにしなさい!!この馬鹿共!!」

 

さすがに見るに見かねたリコが止めた。

そもそも、今日の練習は軽く流す予定だったのだ。これでは意味が無い。

 

「まってよリコ姉!もう少しやらせて!!」

 

「そっすよ!次で勝つんすから!!」

 

「なんだとー?」

 

「んだよ!?」

 

「うるさーーい!!あんた達、正ー座!!」

 

「「う...。」」

 

それでも2人が騒ぐ為、強制終了。

実はリコの隠れた配慮があった。

このまま続くとスタミナの差で英雄が有利なのは間違いない。

しかし、そんな呆気ない終わり方でよいのだろうか。

そう思ったリコは勝負を中断させた。

 

「-------------以上!わかった!?」

 

3分間全力の説教が終わった。

 

「はい。」

「うす...。」

 

2人は既に意気消沈。気力を根こそぎやられていた。

 

「分かったら、とっとと着替えた着替えた。」

 

「ふーー。」

 

不完全燃焼のまま火神が先に立ち上がる。

 

「火神。」

 

「んだよ。」

 

「また、やろーな。次は...日本一になった後か。まあ、その辺で。」

 

「...ああ。当りめーだろ。」

 

火神は体育館をあとにした。

他のメンバーの大半は火神を切欠に部室へ戻っていく。

見送った英雄はゴロンと寝転がる。そのままストレッチを行った。

 

「結構やばかった。ホントすげーよな。」

 

英雄の素直な感想が館内に響く。

 

「そうね...。」

 

「緑間の時もそうだったけど、あいつら見て凹む気持ちがちょっと分かるわ。少しの切欠でどんどん凄くなる。...負けたくねー。やっぱり負けたくない。」

 

「...アンタもさっさと着替えなさいよ。」

 

「はーいよっと。」

 

英雄はすくっと立ち上がり部室へ。

 

「英雄。」

 

「ん?」

 

体育館入り口で英雄が振り向く。

 

「当たり前な事言うけど、頑張んなさい。」

 

「...分かってる。だから頑張るよ。」

 

少しの間、呆けてしまった後に笑いながら去っていった。

 

 

 

 

そして週末。

予定通り、山間に在る旅館へやって来た誠凛メンバー。

 

「火神君、タオルを湯につけたらいけませんよ。」

 

「え、そーなのか?」

 

「はぁぁぁ堪んないなぁ。」

 

「やっぱ来てよかったな。」

 

「ジャクジー行ってみようぜ!」

 

それぞれが思い思いで温泉を堪能していた。

 

「そういや英雄は?」

 

ふと、伊月が姿を探す。

 

「直ぐサウナに行ったぁ。汗かいて体洗ってから風呂に浸かるんだとぉ。あいつはこういう細かいルールとか持ってる奴だからなぁ。」

 

付き合いの長い日向はぼんやり声になる。

 

「ああ、偶にいるな。そんな奴。Myお風呂アイテム持ってくる奴とか...な。」

 

温泉・銭湯あるあるに小金井が反応し、ふと横に目を向ける。

そこには、泡だらけでシャンプーハットを被り、犬の2号を洗っている黒子がいた。

 

「ホントにいたー!!っていうか泡で2号を...。どっからつっこめば!?」

 

キャッキャ ワイワイ

 

仕切りの向こうから元気な女性の声が聞こえる。

 

「随分楽しそうだな。」

 

「そういえばフロントに女子大生がいたな。」

 

「女子大生!!よし覗こう!!」

 

「なんでだよ!」

 

木吉が素朴な感想を言い伊月が応えていると、小金井のテンションが跳ね上がった。

こういう場合の小金井の行動力は計り知れない。

 

 

その頃、英雄はサウナにいた。

1人ということを良い事にガンガン室温を上げていた為、割とシャレにならない温度で息苦しさもハンパない。

かれこれ10分と少々。

 

「ちょっとやりすぎた感が否めないな。そんでも、この後の牛乳が楽しみだなぁ。」

 

そろそろ出ようかと思った時。

 

『ぎゃあああああ』

 

バキッ

ドスッ

ドボンッ

 

悲鳴と鈍い物音が聞こえてきた。

これを切欠に外へと歩き出す。

 

 

「次ぃ!歯ぁ食いしばれ!!」

 

「ぎゃーす!」

 

覗きを働こうとした不埒な輩を鉄拳制裁。

とうとう最後の1人を湯船に叩き込む。

 

「まったく!」

 

湯船に沈んでいる男共を見下ろしているとため息が出てしまう。

 

「何してんの?えらい楽しそうじゃん?」

 

「別に。教育的指導を...。」

 

リコは後ろから知った声が聞こえてきたので、振り向きながら掻い摘んで説明をしようとした。

リコの目に映ったのは、威風堂々とした英雄の姿。当たり前だが全裸である。

 

「きゃあああ!!」

「きゃあああ!!」

 

同時に悲鳴をあげる。しかし、英雄は前を隠さない。

 

「っておい!なんでアンタも悲鳴出してんの!?つーか前を隠せ前を!」

 

「流石にここまで堂々とみられると多少は恥ずかしいよ。」

 

「話を聞け!ホント隠せよ!いやお願いだから、隠して!!」

 

リコは顔を赤くしながら必死に目を背ける。

 

「はいはい。...おっけー、いいよ。」

 

英雄の声に従い、恐る恐る目を開ける。ドヤ顔でポージングを決めていた。

 

「って隠れとらんやんけ!!」

 

「アウチッ!」

 

リコのハイキックが英雄の顎を打ち抜き、そのまま走り去っていった。

 

「調子に乗りすぎた...か。」

 

ふらついている膝を確認しながら、ちょっとだけ反省。

 

「やっぱ覗きなんかするもんじゃないな。」

 

ダメージから復活した日向も反省していた。

 

「なんすかそれ!なんで俺も誘ってくんないんですか!!」

 

英雄が立ち上がり食い気味で迫り来る。

 

「いやどっちみちオチは同じだからな?つか、近い!お前のジュニアが顔にちけーんだよ!」

 

「わはは!相変わらず賑やかやな。」

 

何時もどおりのやり取りをしていると、聞きなれぬ声が会話を割った。

 

「お前ら...。桐皇...!なんでここに!?」

 

嘗て夏のインターハイ決勝リーグで戦った桐皇学園の面々の登場であった。

 

「まあ、あれや。近くで練習試合しとってな。せっかくやからってことで、ウチらも温泉いこか?ってなったんや。たまたまやで?そんなピリピリせんといてや。」

 

目つきの変わった誠凛メンバーに軽くアイサツをした今吉。

 

「桜井。そーいやアイツは?」

 

「汗かいてないから良いそうです。」

 

「っへ!たりめーだ!試合に出て無いんだからな!!」

 

恐らく青峰のことだろう。どうやら相変わらずらしい。

 

「そういえばこっちも火神とテツ君いないすけど。」

 

「ああ、黒子がのぼせたから火神に任せた。」

 

桐皇の登場により、伊月の反応も硬い。

 

 

 

「...お久しぶりです。青峰君。」

 

「よう。」

 

「...青峰。」

 

浴場の外で3人は再会をしていた。

こちらでも雰囲気は重く、会話らしい会話などほとんど無かった。

 

 

 

一方、女性の2人、リコと桃井も浴場でにらみ合っていた。

 

「良い試合しましょ?」

 

「上等!!ウチの男共を舐めんじゃないわよ!!」

 

明らかに負ける気のない挑発を含んだ桃井の言葉に、リコも正面から応対する。そこに、

 

『うおおおお!?ちょっと待てー!!』

 

隣から男性の声が響き渡る。

 

「「えーと....何?」」

 

雰囲気をぶち壊された2人は仕切りの壁を見つめる。

 

 

 

「だ~る~ま~さんがころんだ!」

 

ピタ

 

掛け声の終了と同時に6人が動きを静止する。

今行っているのは、子供の頃に誰もが経験のある遊び。【だるまさんが転んだ】である。

なぜこれかというと..。

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

「折角やからなんかゲームでもせーへん?」

 

今吉の提案から始まった。

 

「ゲーム?」

 

「そや。負けた方が勝った方にジュースを奢るって罰ゲーム付きで。」

 

「別にいいっすけど。内容は?」

 

なんとなくキャプテンの日向が代表で質問を行う。

 

「サウナでどんだけ長くおれるかってのはどうや?」

 

「それ俺すでに10分以上やったんでしんどいっす。」

 

「そか。ほんならどないしよ?」

 

「こんなのどうっすか?」

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

そして英雄の提案に軽い気持ちで乗ってしまった一同。

 

ルールは、両チームから3人ずつ選出し、鬼役も公平を期して1人ずつ選出。

スタートは脱衣所からで、そこから最も遠い場所をゴールと鬼の場所にする。

掛け声は鬼役が順番に行う。

ゲームの最中に鬼に見つかるとスタートからやり直し。

後は通常ルールと同じ。

 

誠凛からは、日向、小金井、英雄。鬼役に伊月。

桐皇からは、今吉、若松、諏佐。鬼役に桜井。

 

開始直後はそれなりに楽しくやっていた。

しかし、英雄の悪ふざけが牙をむく。

 

「だ~~~る~...。」

 

掛け声が続くうちに距離を一気に詰める若松。

英雄がすぐ後ろに迫り、腰に巻いてあったタオルをひょいと外す。

 

「ろんだ!」

 

鬼役の2人が振り返る。

そこに何も隠されていない若松がいた。

 

「なんで!?」

 

「若松さん何やってんすか!?」

 

「へ!?うおおおお!?ちょっと待てー!!」

 

桜井のツッコミに若松は素早く股間を隠した。

 

「あ、アウト...。」

 

伊月が素直にアウトを宣言。

 

「そんなのありかよ!?」

 

「あはははは~!!」

 

「アウトです。」

 

「あ。」

 

英雄がケラケラ笑っていると桜井に宣言された。馬鹿である。

 

「ふーん。そんなんアリなんかい。」

 

後ろから見ていた今吉が鋭く笑う。

今吉のスイッチが入った。

 

そこからのゲームはとにかく『酷い』の一言。

 

「おっと!手が滑ってもうた!!」

 

英雄が軽く押されて湯船へダイブ。

 

「...アウト。」

 

お互いが、というか今吉・英雄がそれぞれに妨害を行い、収拾がつかなくなっていた。

湯船に突き落としたり、冷たいタオルを投げつけたり、等々。

終盤には、他のメンバーも感覚が狂ってきたらしく。タオル無くても微塵も怯まなくなっていった。

それでも、参加せず見ていたメンバーも爆笑し、大いに盛り上がる。

 

「ちょっと一体、何事!?」

 

しかし、あまりに騒ぎすぎた為、旅館の従業員に見つかり止められた。

更に事の容態がリコの耳に届き、鉄拳制裁を受けるハメになってしまった。

 

「またお前かー!!怪我したらどうすんの!!」

 

この『だるまさんが転んだ』が思ったより面白かったのか、桐皇での恒例行事になったとかならなかったとか。

 

 

 

「すまんのう。つい悪ノリしてしもうた。あんなはしゃいだのは久しくてのぅ。」

 

さすがに今吉も本音で謝罪を行う。

 

「いえ、発端はウチの英雄ですから。こっちこそすんませんでした。」

 

代表で日向が桐皇に向けて謝罪。

ちなみに英雄は未だに、お説教中である。

 

「お~そやそや。目的忘れとったわ。」

 

「...やっぱり、何か狙いがあったんすね。」

 

「やっぱバレとったか。まあええ。そや、アイサツしよて思うてな?」

 

「アイサツ?」

 

「何言うてんねん。ウチとおたくらゆーたら1つしかないやろ。」

 

瞬間、今吉含め霧皇の表情が激変する。

 

「WCのや。なにせ...1回戦で当るんやからな。」

 

「「「な!?」」」

 

誠凛は急展開についていけず、絶句する。

 

「発表はまだなんやけど、本来なら同じ県同士は1回戦で当たる事はない。でも、特別枠は例外らしいとのことらしいで?そうゆう訳やから、よろしく頼むわ。」

 

 

 

その頃、旅館の談話室では、黒子・火神・青峰の3人がバラバラに座っていた。

浴場での騒ぎが原因で話すタイミングを失い、沈黙が続く中で青峰が口を開ける。

 

「くっくっく...。お前らんとこ、相変わらず騒がしいのな。」

 

「騒がしいのは英雄だけだ。一緒に纏めんじゃねえ!」

 

「大差ないだろ。」

 

「んだと!?」

 

火神は立ち上がり青峰を睨みつけ、青峰は冷静に火神を観察した。

 

「ふーん、”こっち側”に来たのは本当らしいな。でも、その程度じゃ楽しめねーよ。」

 

「ああ!?なんなんだテメーは!?」

 

「...火神君。」

 

「っち。」

 

黒子の一言で渋々座りなおし、そっぽを向く。

 

「テツ、見たぜ。アレがさつきが言ってた新技か?」

 

「...はい。青峰君達を倒す為のモノです。」

 

「ほー。へっ...悪いがそりゃ無理だ。それに1回戦目で敗退するしな。」

 

「!?...どういう事ですか?」

 

「簡単だ。相手が俺らだからだ。」

 

青峰の言葉から数秒の間の後、ふっと黒子が笑う。

 

「火神君。今、やったって思っちゃいました。」

 

「当り前だ。そんなのみんな一緒に決まってんだろ。勝ち上がっていけばどうせいつかは当るんだ。だったら早い方が良い。借りはとっとと返させて貰うぜ!」

 

「...やってみな。」

 

宣戦布告はいたるところで行われた。前回の試合で、勝ちきれなかった桐皇と引き分けたものの拭いきれない敗北感を与えられた誠凛。

目前まで迫ったWC。予想される激戦。その先の勝者を譲らないと言う様に。

 

そして、未だその事を知らず、胸アツな瞬間に立ち会えない男もいた。

 

「旅館まで来て正座はないんじゃない?さすがに恥ずかしいというか『ギロ!!』....いえ、何でもないです。」




そういえば、原作はサウナでトーナメント表見てるけど、紙(?)の材質ってなんでしょう?


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会話をするときは目を見よう。

「という訳で、合宿よ!!」

 

昨日、桐皇との宣戦布告を行った誠凛メンバーは、現在旅館近くの体育館に来ていた。

 

「まあ、簡単に帰れるとは思ってなかったけどな...。」

 

伊月が冷静な感想を言う。

火神は早朝に旅館を発っているので、ここにはいない。

 

「何すんだろ?」

 

既に着替えを済まし、バッシュの紐を結んでいた。

 

「あー待て待て。バッシュはまだいい。」

 

そこに、リコの父である相田景虎が現れた。

 

「出たな~。この親バカめ。」

 

「シバくぞ、コラ。」

 

「今回はカントクのお父さん!?」

 

「誰がお義父さんだ!カゲトラさんと呼べ!!」

 

「バカじゃん。」

 

「おい、”親”が抜けてんぞ。クソガキが。」

 

メンバーが驚く中、英雄は景虎をなんとかいじってやろうと口撃をぶつけ始める。

 

「リコに頼まれてお前らを強くしにきてやったんだろうが。もっと歓迎しろ。」

 

「「「はあ...。」」」

 

メンバーは状況を把握しようとした為に生返事になっていた。

 

「でだ。始めに1つ聞いておく。...リコの裸を覗いた奴は出て来い。」

 

「「「えぇ~!!!」」」

 

景虎はモデルガンをメンバーに突き出し、脅し始める。

迫力のあまり、突きつけられた側は本物の様に思えた。

 

「いや、なんと言うか。...失敗したというか。むしろ見られたというか。」

 

「はいはいはーい!僕、逆に見られましたー!!」

 

「てめぇ!リコの目を汚すんじゃねー!」

 

「「「どっちみちか!?」」」

 

モデルガンは英雄をロックオンした。

それを英雄は口でくわえ始める。

 

「ふぁふぁふぉひふひふぇ。ふぁふぇほふぁひ。(訳:まあまあ落ち着いて、ダメ親父♪)」

 

「...。『パシュ』」

 

「うぉおえぇぇえぇ!!ゲッホッゲ!!」

 

「「「(容赦ねー!!)」」」

 

意図を察したのか、容赦なく引き金を引いた。BB弾は喉を突き、英雄は咽あがる。

 

「リコの裸を見ていいのは俺だけなんだ!!」

 

「そんな訳あるかー!!」

 

景虎の発言がヒートアップしてきた為、リコは止めにはいる。

 

「そんな...。いや、そうだ。彼氏なんて認めんぞ!!」

 

しかし、既にオーバーヒート。

 

「...ふふふ。おっさん、あんたは1つ見落とししている事がある!見たくないのか?...あんたは孫の顔が見たくないのか!!!!」

 

「!!!!!!!」

 

この言葉に景虎、電流走る。

 

「しまった....。俺とした事が...。いやしかし。でも、見たい!ぬあああああ!どうすればいいんだー!!」

 

そして、膝を着き頭を抱えて悩みだした。

そこに勝者と敗者の構図が完成してしまった...。

 

「「「いや、なんでだよ!!」」」

 

リコ含め、展開に残された者達が意義を唱えた。

リコの事であるが本人はほったらかしである。

 

 

 

「とまあ、冗談はここまでにして。」

 

「長いわよ!」

 

「すまんすまん。とりあえずお前ら、全員服を脱げ。」

 

上半身裸になり整列し、景虎が確認していく。

 

「まあいんじゃねえの?お前ら2組に分かれろ。んでもって、3時間くらいケードロしてこい。負けた方はフットワーク倍な。」

 

「「「ええぇ!?」」」

 

メンバーの台詞がこんなのばっかりである。

 

「英雄は錘を外してけ。その代わりフットワーク倍な。」

 

「既に!?」

 

メンバー全員は素直に従い、山林を目指して行った。

2人きりになり、リコは意図について問い始める。

 

「これは、ファクトレクってこと?」

 

「そうだ。【自然という変化に富んだ地形を走ることで、全体的な筋力アップができる。】ってのもあるけどな。筋肉を馴染ませるって意味合いもある。ただ筋肉つけても意味が無い。筋トレしても効果が中々でないのが通常だ。それには山ん中を走らせるほうが手っ取り早い。それは、英雄にも言える。」

 

「英雄も?」

 

「確かに下半身については認める。しかしその分、上半身とのバランスが悪いとも言える。まあ、上半身を後回しにしてる理由も知ってるから駄目だとは言わんがな。ファクトレクでついた自然な筋肉なら問題ないだろ。」

 

そのままメンバーが戻ってくるまで、今後の方針について相談をつづけた。

 

 

 

「「「戻りましたー。」」」

 

ケードロから戻ったメンバーは再び整列する。

 

「お前らの次の相手のDVDを見せてもらった。個人技主体の攻撃型チーム。でもな、俺から言わせてもらえればあっちの方がチームプレーができている。」

 

「え?」

 

「できているかどうかで言えばな?勘違いすんじゃねぇよ。チームプレーっつっても個人プレーしなくていい訳じゃない。そもそもDFが1番警戒するのはシュートだからな。まずはそこからだ。パス回すだけじゃチームプレーなんて呼ばねえんだよ。」

 

景虎の厳しい一言にメンバーは絶句してしまう。

 

「おっさん、おっさん。そんなの分かってるよ。とっておきだってあんだよ。ね!順平さん!」

 

「もしかして、アレか?いや確かに夏から練習してるけどよ。結局、予選じゃあ使えなかったし。もう1個のヤツなんかも更に完成度低いし。」

 

「大丈夫っすよ!まだ時間は残ってますから!!火神にもデータを大量に渡しといたんで。」

 

英雄は自信満々に反論しているが、日向達はどこか不安気だった。

 

「まあ言うのはタダだからな。まずは形にしておけよ。...話がずれたな。とにかく、一人ひとりが武器を持つ事が必要だ。勝負所でも使えるような武器がな。」

 

そこから、個人へのアドバイス・指示が始まった。

 

2週間弱、土日はファクトレク、平日は学校で練習を行った。

本日は日曜なので山林近くの体育館を借りている。

 

「どう?調子は。」

 

今回、景虎に任せたリコは、途中参加でやってきた。

 

「1年はともかく、2年は大丈夫だろ。天然ボケ男は既に自分のスタイルを持っているし、プッツンメガネとキューティクルサラ男も方向性は大体合ってたし、他の3人も何とか形になるだろう。」

 

「黒子君と...英雄は?」

 

「英雄については前に言った通りだ。復帰して1年と少しでやっとブランクを完全になくし基礎を固めた今、それを十全に活かせるようにすることが最優先だ。」

 

「つまりはここから?」

 

「そうだ。例えるなら建築の基礎工事が終わったようなもんだ。まだまだ褒める訳にはいかねえ。まあ、ここからどうなっていくのかが楽しみではあるがな。」

 

景虎はフッと笑みを零す。

 

「...そうゆうことは本人に直接言ってあげればいいのに。」

 

「嫌だ!アイツは直ぐに調子に乗りやがる。あとムカつく。」

 

「いい歳したおっさんが何言ってんの?」

 

「お、おっさん。リコには言われたくなかった...。」

 

リコのツッコミに景虎轟沈。

 

「で、黒子君は?」

 

「アレは初めてみるタイプだからなぁ、悪いがあんま具体的なことは言えなかった。後、相談されたよ。『相手を傷つける様なプレーは必要なのでしょうか?』ってな。原因は英雄、だろ?」

 

「...うん。」

 

「こればっかは俺がどうこう言うことじゃない。理解と納得は違うからな。直接話し合えとは言っといた。」

 

「実際はどう思う?」

 

「今監督してる中にも同じ意見を持ってる奴もいるだろう。実際、英雄のやったことは極端なのも事実。日本国内で言えば、実際にそこまでやる奴も珍しい。逆に薄坊の考え方を温いと言う奴もいる。『それを出来ずして何が最善か』とな。」

 

「うん。」

 

「俺としては、どちらかと言うと英雄を支持する。それでも英雄も改めるところはある。リコ、その時の試合、面白いと思ったか?」

 

「...正直、そんなこと思わなかった。」

 

「だろうな。確かに、英雄の行動は間違っちゃいない。でもな、あいつのバスケは、本質はそうじゃない。それはお前ら全員が分かってるんだろうが。だから戸惑っている。違うか?」

 

「そのとおりよ。でも、なんでかしら...?」

 

「焦ってんのさ。だから勝利という結果に拘り出してるんだよ。」

 

「...そういうこと。恐らく原因は夏のIH予選...。」

 

「確かにな。それに2年のブランクは不安の理由としては充分だ。もっと出来てた自分と比べてることもあるだろう。でも、それだけじゃない。というか、お前は知らんのか?」

 

「え?」

 

「WCのもう1つの意味だよ。」

 

「ちょっ...ちょっと待って!何?何のこと!?」

 

困惑したリコは構わず話を進める景虎を止める。

 

「この分じゃ俺以外には話してないな?恐らくチームに気を使ったんだろうが。ったく、変なところで不器用だなあの馬鹿は。」

 

はぁー、とリコを余所にため息を突き出す。

 

「いいか。よく聞け。-----------。」

 

そして、景虎から思いもしない事実を告げられ

 

「......。何よそれ...。」

 

それ以上言葉が出なかった。

 

「チャンスは今年のWCがラストだ。ここで結果を出さなきゃ、アイツの夢は4年は遅れるだろうな。」

 

「夢か...。」

 

その後、リコは何事もなかったかの様に振る舞っていた。

しかし、今まで気付かなかったというショックは小さくなく、その違和感はメンバーも不思議に思っていた。

 

 

 

数日後、リコは2人の人物を視聴覚室に呼び出した。

その2人とは問題の黒子と英雄である。

 

「急に呼ばれたと思ったら、そういう感じか。」

 

「まあ、いつか来るとは思ってましたけど...。」

 

両者とも3人だけという状況で、既に察していた。

 

「1人ずつでもよかったんだけど。回りくどいのは趣味じゃないのよね。さ、腹ん中ぶちまけてもらいましょうか!!」

 

もうこれ以上この状態を続けさせないと決意を目に宿している。

さすがに両者ともこの状況は不本意だが、リコが逃がしてくれそうも無い。

 

「...そうですね。わかりました。はっきりさせましょうか。」

 

「...異議なし。」

 

2人が席に座ったところでリコが出口へと向かう。

 

「じゃ、終わったら呼びに来て。施錠義務があるから。結論が出るまで帰さないから♪ああ、それと結論もみんなに発表するからよろしく~。」

 

リコの言葉の後半に反応し、2人は立ち上がる。

 

「え、ちょっと!」

 

「発表!?なんで!?これは...。」

 

「まさか、ここまでみんなに気を使わせといて『2人の問題なんです』なんて甘い事考えてる訳ないわよね?」

 

笑顔でそう言うと鼻歌を歌いながら悠々と教室を出て行った。

残された2人は呆然と立ち尽くしていた。

 

「やられた。全員グルだ。」

 

「...ここまで、やられたらもう逃げられませんね。」

 

くすりと黒子が笑った。

 

「はは、そっかそっか。じゃあしょうがないか。」

 

久しく見なかった黒子の笑顔につられて英雄も自然と笑顔になった。

しばらく笑い合い、英雄が切り出す。

 

「とりあえず、謝らせて。...この前はゴメン!!」

 

頭を下げながら話を続ける。

いきなりの行動に黒子は目をパチクリと動かす。

 

「少し前にさぁ、リコ姉に『らしくない』って本気で怒られてさ。思い知らされたんだよ。俺、ちょっと自分のバスケを見失っちゃって。」

 

「はい...。」

 

「結局、鉄平さんに偉そうなこと言ったくせに、俺自身が自己満足でみんなに意見を押し付けただけだったんだよ。だから、ゴメン。」

 

「...僕も。卑怯だなんて言ってすいませんでした。」

 

「え?」

 

「僕もあれからずっと考えてました。僕は間違っているのか?どうすれば良いのか?そんな事ばかり。」

 

英雄が頭を下げている途中にポツリポツリと語りだした。

 

「これは火神君にもお話したことなんですが、僕は元々キセキの世代を倒す為、キセキの世代に認めさせる為に誠凛に来ました。そこから僕は誠凛高校1年黒子テツヤとして、英雄君と火神君とみんなと日本一になりたいと思えるようになったんです。」

 

「うん。...それで?」

 

「違うんです。...僕の決意は甘かった。あの時僕は『彼らはそんなことはしない』と言いました。それはまだ心の何処かで彼らに拘っているんです。その結果、頭に血を上らせて先輩を助ける事ができなかった。」

 

「でも、それはしょうが...。」

 

「しょうがなくなんてないんです!」

 

激昂した黒子に押し黙る英雄。

 

「英雄君はチーム内に勝つ為の努力に対して手を抜く人間を認められますか?違いますよね。僕はみんなで一丸になって、勝ったときに嬉しく思う事が勝利だと思います。その勝利こそが僕がバスケを楽しいと思えるんです。」

 

「...うん。」

 

「僕はキセキの世代を言いわけにしたしょうもないプライドで、自分を裏切ってしまった。英雄君にひどい事を言ってしまった。それがどうしても許せない...。だから、すいませんでした。」

 

黒子が言葉を止めると、英雄はニコリと笑いながら手を差し出す。

 

「俺は誠凛高校15番、補照英雄。君は?」

 

察した黒子も手を握り笑顔で答える。

 

「!!僕は誠凛高校11番、黒子テツヤです。」

 

「「..ぷっ、くくくく...。」」

 

お互いの自己紹介後、堪らず手を離し笑い出した。教室内に小さく響く。

 

「...急になんなんですか?」

 

「いや、なんとなくなんだけど。...俺はもう見失わないよ、何があっても。次からはみんなに相談するし。」

 

「はい、お願いします。僕も、もっと強くなります。技も心も。..頑張らないといけないですね。英雄君に負けないように。」

 

「嬉しい事言ってくれるねぇ。じゃあさ、後で言うつもりだったんだけど、テツ君も目指さない?」

 

「目指す?日本一じゃなくてですか?」

 

英雄は話題を変更し、黒子を勧誘しだした。

 

「俺の雑記帳見たでしょ?」

 

黒子はふと内容を思い出す。

 

「...僕に出来るでしょうか?自信ないですけど。」

 

「違う。できる・できない、じゃなくて、やるか・やらないか、でしょ?俺はやるよ。」

 

「...検討はしますが、まずは目の前に集中しないとカントクに怒られますよ?」

 

「確かに。」

 

率直な意見に英雄はケラケラと笑う。

 

「そうだ。また、シュート練に付き合ってください。」

 

「おっけー!そんじゃ青春ぽく解決したところで、リコ姉を探しますか。つか、どこにいるか教えとけっつーの。」

 

英雄は先に立ち上がり、出口へと向かう。

 

「英雄君。」

 

「ん、何?」

 

「英雄君にとって『勝利』ってなんですか?」

 

「ん~、そうさね~。『証明』かな?」

 

翌日、リコの手によってわざわざ報告書に纏められ、メンバー全員(火神不在)の前で読み上げられた。

2人は大げさな謝罪の場を設けられ、赤裸々に頭を下げた。

そして、元々の雰囲気を取り戻した誠凛はついに全国の強豪たちに挑む。




やっと本戦。
これからも頑張ります。


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開幕

時間は進み、全国で勝ち名乗りを上げたチームが東京に終結していた。

今年最後の全国大会、ウィンターカップが始まる。

会場入りする前から誠凛メンバーは緊張してしまい、表情が硬いまま開会式へと臨んだ。

そこにいる今後戦うかもしれないチーム全てが強そうに感じ、不安を膨れさせる。

 

「やっぱり、全国ともなると会場もデカイっすね。」

「見ろよ。あのチーム。すっげぇ強そうだぜ。」

 

1年の降旗や福田などはオロオロしっぱなしだった。

 

「俺たちは正々堂々戦いに着たんだ。うろたえてんじゃねえ!!」

 

「「「はっはい!!」」」

 

日向の一喝で尊敬の眼差しを向ける1年達。

 

「(たよね?俺間違ってないよね?でも実際強そうに見えるんだよなぁ。)」

 

内心びびっていた日向は静かに自問自答を繰り返していた。

 

「(実際俺達も初体験だからなぁ。そういう俺も...。)」

 

その様子を見ていた伊月も心臓が高鳴っていた。

 

「情けないわね。アレを見なさい。」

 

リコは親指で後方を指差す。

 

「コガさん。さっきのプラガール可愛くなかったですか?」

 

「いやいや、となりのチームのプラカードもってた方がよくね?」

 

間違った方向性で馴染んでいる英雄と影響された小金井の姿がそこにいた。

 

「...あれは駄目だろ。」

 

こんなことで落ち着いてしまうことが情けなくなってきたメンバーであった。

 

 

「つーか、火神は?」

 

「遅刻です。時差ボケしてるらしくて。」

 

「なーにをやっとるんじゃ!!どいつもこいつも勝手にしやがって!!」

 

思わずリコが絶叫。

 

「まあまあ落ち着いて、パンツ見えるよ?ぐはぁ!!」

 

問答無用でボディブロー。英雄は崩れ落ちた。

そのタイミングで黒子が挙手。

 

「あの...赤司君に呼ばれたので会ってきます。」

 

「ああ!!てめーもか!?...って赤司!!?」

 

赤司というワードにリコは冷静さを取り戻す。

 

「赤司ってキセキの世代の?」

 

「分かったわ。午後の試合に間に合うようにしなさいよ。...そうだ、英雄。」

 

「な...ナンデスカァ?」

 

プルプル振るえ地面に向かって唸っていた英雄が裏返った声で返事をした。

 

「一応あんたも着いていきなさい。」

 

「何故に?」

 

「い・い・か・ら!!」

 

結局有無を言わせず黒子に同行する事になった英雄。

 

 

 

「そんな訳でよろしく。」

 

「はい。」

 

やはり以前の様に会話が弾む事はない。

2人は会場の外へと足を運ぶ。

歩いていると他の通行者が黒子に気付かずぶつかりそうになるが、黒子は軽くかわしていく。

 

「よく器用に避けながらあるいてるよね?」

 

「ええ、まあ慣れです。」

 

「ああ、そう。」

 

「お待たせしました。」

 

会話を諦め前方をみるとやけに目立つ4人が佇んでいた。

嘗てのチームメイトでありながら、その雰囲気は重い。

 

「なんだぁテツ。お守り付き...ってなんだ、お前か。」

 

相変わらずだるそうに話す青峰。

 

「峰ちんもいるじゃん。さつきちんが。」

 

お菓子を頬張る紫原。

 

「お久しぶりっス!」

 

携帯電話を片手に手を振る黄瀬。

 

「...。」

 

無言でハサミをもっている緑間。

 

「(ここが別の場所だったら、俺警察呼ぶかも...。)」

 

英雄が最初に思った事はしょうもなかった。恐らく緑間が原因なのだろうが。

 

「むー開かない。ミドちんハサミ貸してよ。」

 

紫原が次のお菓子を食べようとするが上手く開かない。

 

「嫌なのだよ。」

 

「えー。」

 

なんとか開けようと力を込める。

 

ググググ  バァンッッッ!!

 

「あ。」

 

袋は確かに開いた。

しかし、勢いのあまり中身が地面に落ちていった。

紫原は数秒考え、落ちたお菓子に手を伸ばし始めた。

 

「拾ってまで食うな!!」

 

そういったことに細かそうな緑間が拾い食いを阻止。

 

「3秒ルールで...。」

 

それでも諦めようとしない紫原。

 

「3秒ルールって嘘だからね。俺しっかり当ってるし。お腹が半端ないことになるよー?」

 

英雄の経験談によりピタリと動きを止めた。

 

「そうなの?って、んー?君誰?」

 

「以前パ○の実あげた、作業着着てた奴なんだけど。」

 

「パイ○実?あ~そんなこともあったかも...やっぱ分かんないや。」

 

「そんな...。後で食べようとパイの○楽しみにしてたのに。」

 

「あの○イの実、湿気てたよ?」

 

「覚えてんじゃん!?まあ、雨降ってたしね。」

 

「パイパイ煩せぇな。」

 

紫原と会話をしていると青峰が割って入った。

 

「昼間っから、パイパイとかやめて欲しいわ。」

 

「ホント~。他人のフリしよっと。一緒にされたくないし~。」

 

「なんだお前ら。打ち合わせでもしてたのか?」

 

3人が会話(1人は喧嘩腰だが)をしつつ残された3人が挨拶をしていた。

 

「やあ、みんな。どうやら待たせてしまったようだね。すまない。」

 

そこにキセキの世代最後の1人、赤司征十郎が現れた。

 

「こうしてみんなが再び終結することは、とても懐かしく気分が良い。...だから、関係のない人間には立ち入られたくないんだよ。分かるかい?補照君?」

 

「それはそれは。でも、こっちにはこっちの都合があんの。分かる?赤司君?」

 

赤司のプレッシャーの前でも飄々とした態度に変化は無く、挑発を挑発で返した。

 

「だから、こうしてお願いしてるんだよ?別にテツヤをどうこうしようってわけじゃない。素直に帰ってくれないか?」

 

「おいおい、つれねーこというんじゃねーよ。」

 

只今、遅刻の真っ最中の男、火神がそこに現れた。

 

「火神君!」

 

「よう、ただいま。...あんたが赤司か。会いたかったぜ。」

 

「...真太郎、ハサミを貸してくれないか?」

 

「別に良いが...何に使うのだ?」

 

「髪が伸びてて、丁度切ろうと思ってたところなんだ。」

 

火神の登場から少しの間の後、緑間に近寄りハサミを手に取る。

 

「けど、その前に....。」

 

ビュッ

 

「うお!!!」

 

赤司は火神の顔面を狙い、ハサミを押し伸ばした。

紙一重で避けたが、頬をかすめて流血していた。

 

「へぇ、その身のこなしに免じて今回はゆるそう。しかし、次は無い。僕か帰れと言ったら帰れ。」

 

「(こいつ!本気だった...。)」

 

「この世は勝利が全てだ。勝者は全てを肯定され、敗者は否定される。そして、僕はあらゆることで勝ってきた。全てにおいて勝利してきた僕の言うことは正しい。」

 

何事もなかったかのように、ジョキジョキと髪を切っていく赤司。

沈黙が漂う中、くすくすと英雄が笑い始めた。

 

「英雄君?こんな時に何を笑っているのですか?」

 

「いやさ。こう見てると帝光中ってコミュ障の奴多いなって。イタイ王様気取りとガングロボッチ、逆コ○ン君に狂信家、あと多分パシリ。」

 

「ちょっと!一緒にしないで欲しいっス!!あと、パシリはあんまりっスよ!!」

 

「誰がガングロボッチだこら!」

 

「逆○ナン君て俺のこと~?」

 

「中身は子供、否定しきれないのだよ。」

 

「えぇ。だったら狂信家もあってると思うよ。おは朝の占いを気持ち悪いほど信じてるじゃん。」

 

「なんだと!!」

 

英雄が爆弾を投下し、一気にもめ始めた。

 

「補照君、君にも帰るように言ったはずだが?」

 

「ああ、そうだったね。まあ、裸の王様にならないように気をつけてね。火神、後よろしく!」

 

英雄は言いたい事を言ってあっさり去っていった。

後から黒子に聞いたところ、英雄が去った後、特に何もなく解散したとの事。

そして、今英雄は火神と共に正座させられていた。

 

「なんでやねん。」

 

「英雄、私はちゃんと付き添いなさいと言ったわよね?」

 

「だから、火神に。」

 

「キセキの世代相手にこの馬鹿が何も仕出かさないと思える!?」

 

「なるほど。じゃあ、ごめんなさい。」

 

「おい!!何がなるほどだ!!大体なんで俺が正座しなくちゃいけねーすか!」

 

「今何時?」

 

「...10時です。」

 

「たまたま開始が午後だったからいいものの、午前開始だったらとんでもないわ!!」

 

「す、すいませんでした。」

 

あっさり折れた火神に、だったら最初から反抗しなければいいのにと思うメンバーであった。

 

大会のスケジュールは順調に行われ、1回戦から盛り上がりを見せていた。

そしてついに、決戦の時間が迫ってきた。

誠凛メンバーは更衣室で今か今かと待っていた。

 

カチコチカチコチ....カチ。

 

「さあ行くわよ!!」

 

「「「応!!!」」」

 

試合前の緊張も既に無く、良い集中で試合を向かえることができていた。

廊下を通り、コート出入り口を通過した瞬間、歓声が出迎えた。

 

『お!出てきた!!』

『頑張れよー!!』

 

会場の観客席は満席。

 

「おおっ!俺たちって意外に人気!?」

 

小金井が観客の意外な反応に気分をよくする。

 

「残念だが、そうじゃないらしい。俺たちはあくまでおまけだ。ほら、きたぞ観客の本命が。」

 

木吉の目線の先に観客の目線を全て奪った集団、桐皇学園のメンバーが入場していた。

 

『うおー!来たぞ!!』

『キセキの世代NO.1スコアラー青峰が所属する桐皇学園!!』

『いやいや、青峰だけじゃないって!!4番の今吉だって全然読めねープレーするし!!』

『あのシューターのシュートだってめちゃくちゃ早いんだぜ!!』

 

IH準優勝で名は全国に轟いていた。

誠凛はアウェーの状態で望まなくてはならない。

 

「さすがに準優勝校は違うな...。」

 

「今更。そんなこと分かってたこと...。なんて言う必要もなさそうね。」

 

「醤油うこと!」

 

「伊月、黙れ。」

 

「いやーデカイ会場は気分がいいねぇ。」

 

この状況においても一切の揺らぎもなかった。

それほどに気力は充実している。

 

『両校、整列してください。』

 

「行くぞ!!」

 

両チームともコート中央に集合する。

 

「よう。さっきはろくにアイサツできなかったからな。」

 

「あ?....確かにな。まあ、ボチボチマシになったじゃねーか。期待してるぜ?」

 

「ま、見てろよ。」

 

試合直前の相対。

火神の態度は桐皇の予想外に穏やかだった。

 

「よろしく。」

 

「よろしゅう。」

 

キャプテン同士、日向と今吉が握手をした。

 

「(前とは違うって感じか?他の4人も案外落ちついとる。)」

 

それぞれが試合前の挨拶を行う中、黒子がゆっくりと青峰に近づいた。

 

「...今回は負けま...。いえ、勝ちます。絶対に...。」

 

「いいぜ?前回の続きといこうか。決着つけようぜ?」

 

黒子は負けないと言いかけて言い直し、それを青峰が受けた。

もうここからは言葉じゃなく、プレーで示すのみ。

 

 

 

「ふう、間に合ったか。お嬢さん方、ちょいと前失礼するぜ?」

 

たった今到着した景虎が開いていた席に腰掛けた。

 

「おぉ?ありゃぁかっちゃんか?道理で強いわけだわ。いい年して変わらねーな。」

 

「いい年してるのはお互いだろう。変わらないなトラ。」

 

テンションが高くなってきたところで、横から声を掛けられた。

景虎の旧友、秀徳高校監督・中谷であった。

 

「マー坊か...?いやー!!久しぶりだな!!」

 

「さすがにマー坊は止めてくれ...。ウチの選手が見てるんだが。」

 

「「「(マー坊...。)」」」

 

「で、こんなところで何をしている?」

 

「ちょっと、教え子の様子を見にな。つっても1ヵ月未満だがな。それでも俺好みの良いチームになってるぜ。」

 

「もう、監督はやらんのか?」

 

「俺がそんな柄かよ?それにもう愛娘と大馬鹿野郎に託しちまった。」

 

「託す?何をだ。」

 

「俺が、俺たちが果たせなかった夢さ...。」

 

景虎の横顔はなんとも優しい表情であった。

 

 

 

『桐皇学園対誠凛高校の試合を始めます』

 

桐皇学園

 

C 若松孝輔 193cm

PF 青峰大輝 192cm

SF 諏佐佳典 190cm

SG 桜井良 175cm

PG 今吉翔一 180cm

 

 

誠凛高校

 

C 木吉鉄平 193cm

PF 火神大我 190cm

   黒子テツヤ 168cm

SG 日向順平 178cm

PG 補照英雄 192cm

 

 

審判がボールを抱え、上空に投げ放つ。

 

ティップオフ

 

若松と木吉は同時に跳ぶ。

ボールを手にしたのは桐皇・今吉。

 

「青峰ぇ!」

 

まずはきっちり先制し、主導権を握ろうと青峰にパスを

 

「DF!!」

 

そのコースを英雄が遮り、一瞬今吉を躊躇わせた。

しかし、それでもきっちりと青峰にボールは渡り、桐皇絶好のチャンス。

 

「行かせねぇ!!」

 

英雄が稼いだ僅かの間に火神が戻っていた。

 

「...いいね!」

 

いきなりの対決により、青峰のテンションもハネ上がる。

まずは、得意のチェンジ・オブ・ペースで

 

バチィ!!!

 

青峰がドリブルしようとし、ボールを手放した瞬間を狙って黒子がボールを弾いた。

 

「(な...!!)」

 

弾いたボールを掴んだのは英雄。

桐皇、チャンスが一気にピンチに。

 

「(青峰がスティール!?んなアホな!?これは予想しとらんかった!!)アカン間に合わん!!」

 

ほとんどワンマン速攻で英雄のレイアップが決まる。

 

「やってくれんじゃねーか。テツ!!!」

 

「勝つと言ったでしょう?嘘だと思われていたなら心外です。」

 

これは青峰の癖、油断、慣れそういったところを突いた黒子の宣戦布告。

ジャンプボール後の速攻以外を抜いた青峰のプレーは、得意のチェンジ・オブ・ペースからほぼ始まる。

そして、本気を出す事がすくなくなった青峰は、いつものリズムを作ろうと安易な選択すると読みきれるのだった。

それをダメ押しするかのように火神とのいきなりの1on1。ここまでくれば、黒子のミスディレクションは破れない。

 

「(こんなんわしらでも今気がついた悪癖や。因縁なんかどうかは知らんが)やっぱり楽やないで、この試合は。」



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まずはここから

先制を果たした誠凛。

しかし、桐皇も黙ってはいない。

 

「いきなりやってくれるやないか。ウチのエースもご機嫌損ねてしまいそうやわ。」

 

今吉には英雄がマーク。

ちらりと青峰を見ると、表情がパスを要求しているように見えた。

 

「その辺は慣れていらっしゃるでしょ?お任せします。」

 

「ははっ言ってくれるわ。(さてどないしよ?)」

 

英雄は今吉と青峰の間にポジション取りを行い、且つドライブを警戒していた。お手本のようなステイローである。

ちなみに他のマークは、青峰に火神、桜井に日向、若松に木吉、諏佐に黒子。

 

「(でも、青峰だけで芸が無いと思われても癪やし。)特攻隊長の出番やな!!」

 

逆サイドにいた桜井にパス。

 

「はい!すいません!!」

 

桜井のシュートも磨きが掛かっており、リリースのタイミングが更に速い。

 

「ぐぅ!!(分かってても触れねぇ!!)」

 

日向も懸命に手を伸ばすが届かない。

 

「まあ、そういうこっちゃ。青峰使わせんようするのはええけど、それに付き合う必要もないねん。」

 

DFに戻りながら英雄に挑発を投げかける。

 

「...ふぅ。どうすっかな。」

 

「英雄。パスくれ。」

 

火神が背後からパスを要求してきた。

 

「おお?イケそうか?」

 

「わかんねぇ、とりあえず1回試させてくれ。」

 

「了解。って順平さん、いいっすか?」

 

「早いか遅いかの違いだ。遠慮なくやれ。」

 

「あざっす!!」

 

誠凛のセットOF。

桐皇のマークは英雄に今吉、日向に桜井、黒子に諏佐、木吉に若松、そして火神に青峰である。

英雄に対してミスマッチでも関わらず、マークしているということは、

 

「(様子見ってところかね。)」

 

「英雄!くれ!!」

 

「おお!悪い!!テツ君!」

 

「火神君!」

 

火神の声に反応し、黒子経由で火神にパスを届ける。

 

ざわざわ....

 

会場はいきなりのエース対決にざわめく。

両者とも見らみ合いながら、隙を窺っている。

 

1秒...2秒...と時間が経ち、

 

「火神、パス!!」

 

キキュッ!

 

火神が動いた。全速のドライブ。英雄の声に青峰が反応してしまい、火神から目を離してしまった。

 

「ちぃ!」

 

青峰は反応に遅れながらも俊敏性で追いつくが、体勢は火神が有利。

打点の高いジャンプシュートを狙う火神。しかし、青峰も簡単にはいかせない。

 

チッ

 

ボールの下部に触り、コースをずらす。

コースをずらされてリングに弾かれた。

 

「「リバウンド!!」」

 

木吉と若松が競り合う。

 

「どっ....せい!!」

 

力押しでリバウンドをもぎ取ったのは若松。

 

「うらぁ!速攻!!」

 

またも力任せで今吉に向けてぶん投げた。

 

「うお!!痛いっちゅーねん!!」

 

「ちょっとまったー!!」

 

英雄がいち早く戻り、速攻に待ったを掛ける。

 

「よし!今のうちに戻れ!!」

 

その間にDFに戻る誠凛。

 

「おっ!ええの?ここが空いとるでぇ!!」

 

ゴールに向けてロングパス。

 

「しまった!!」

 

「遅えよ。」

 

火神は遅れて跳ぶが、青峰に追いつけない。

 

ガシャ!!

 

青峰のアリウープ。英雄もみんなが戻る為の時間稼ぎが精一杯で手が出なかった。

 

『キター!!アリウープ!!青峰全開かー!!?』

『いや今吉のパスも凄かった!!』

 

超高校級のスーパープレーに観客は沸く。

桐皇は主導権を掴みかける。

火神は完全に止められた訳ではないのだが、決め切れなかった。火神が引き摺らなければよいが。

 

「もしかして、ビビった?」

 

「うるせえな。てめえが急に入ってくるからびっくりしただけだ。」

 

「そんなこと言って、自分ではそこそこナイスなフォローだと思うけど。」

 

「ちっ。分かってるよ。まだ足りねえってことは。」

 

火神は理解していた。

青峰に勝利するには、実力が不足している事を。

 

「じゃあこの試合中までには頼むよ。前座は任せろって♪」

 

「...ああ、頼む。」

 

 

 

「つったものの。(ちょーっと中が硬いんだよねぇ。かといって外から打つのもリズムが悪いし。)」

 

今吉を前にドリブルをしながら考える英雄。

 

「英雄!!」

 

木吉がポストに入り、ボールを要求。

 

「たのんます!!」

 

受けた木吉はそのままシュートへ。

 

「だぁらあぁ!!」

 

「む!」

 

若松のブロック。

それを後出しの権利でパスに切り替えて、英雄にリターン。

 

「ナイスパス!!ほっ!」

 

英雄はパス・アンド・ゴーで切り込んでいる。

若松思わず苦言が出る。

 

「くそが!!」

 

英雄のクロスオーバーシュートが放たれた。

 

バチィ

 

ゴールかと思われたが何者かに防がれた。

 

「お前かよ!?」

 

ブロックしたのは青峰。英雄がシュートを丁寧に打ちすぎて、その一瞬で追いつきボールを弾いたのだった。

 

「勘違いすんなよ。火神1人で満足する訳ねーだろ。アイツもお前もまとめて相手してやる。」

 

仁王立ちする青峰から、圧迫感が放たれる。

 

ビーーーー

 

『誠凛TOです。』

 

ブロックされたボールはラインを割り、ゲームを中断。

 

 

 

「どう?調子は。」

 

リコが出場メンバーの調子を確認する。

 

「悪くないな。」

 

「まあ、空気に馴染みだしてはいるな。」

 

木吉は手をグーパーグーパーとしながら見つめ、日向は首をコキコキと鳴らせていた。

 

「問題無し!!..です。」

 

「いけます。」

 

火神はTO中にも関わらず今にも飛び出しそうで、黒子は冷静にリストバンドの位置を直していた。

 

「こんなもんでしょ?」

 

英雄はバッシュの紐を結び直しながら返答。

 

「それじゃあ、次に進めましょうか!英雄いける?」

 

「ちょっと内への意識が高いからなぁ。いけると思うけど、今吉さんは直ぐに対応してくるよ。その後の事も考えときたいな。」

 

「じゃあパスくれ。俺が外から決めて、DF広げるから。その後は英雄に任せる。」

 

ポキポキと骨を鳴らしながら、作戦を提案する日向。

 

「...うん!よし!!それで行きましょ!まずはそこからよ!」

 

「わぁー。順平さんの格好良いとこ見たいなー。」

 

「おー。任せとけ。」

 

ビーーー

 

『TO終了です。』

 

 

 

桐皇OFから再開。

今吉は誠凛5人の表情から作戦を窺おうとした。

 

「なんやぁ?そろそろ本領発揮かいな?あんまのんびりしよったら、あかんでぇ?」

 

「お気遣い、あざっす。ぼちぼち行くんで気ぃ抜かないように。」

 

「挑発しがいのないやっちゃ。」

 

今吉と英雄の水面下でのペースの奪い合い。

互いに隙を窺っている。

 

「(順平さんが少しでも楽にシュート打てるように...)ここはとめる!!」

 

英雄の猛プレス。今吉は抜群のキープ力でボールに触らせない。

 

「そうくると思うとったわ。」

 

ハイポストまで走ってきた若松にパス。

先程の英雄のプレーを真似るようなパス・アンド・ゴー。

 

「まずった!」

 

直ぐに追いかけ追いつく。

 

「なんてな。」

 

今吉はUターンし、英雄を振りぬく。

英雄が追いすがろうと振り向くと

 

ガガッ

 

「桜井っ!?」

 

「すいません!!」

 

桜井がスクリーンを掛けて、今吉から引き剥がす。

そこで若松からのリターン。

 

「個人技主体ゆーてもこのくらいはできるで。」

 

シュートモーションに移り、跳ぶ。

 

ギュムッ

 

「こんちきしょう!!」

 

桜井のスクリーンをファイトオーバーで凌ぎ、一気に手を伸ばす。

 

チッ

 

英雄の指先が僅かに掠めた。

 

「!!あかん!リバウンド!!」

 

「うぉっしゃぁあ!!どらぁ!!」

 

「鉄平さん頼みます!!」

 

「おう!!」

 

ボールはリングに弾かれリバウンド勝負に移行。

 

「ぃよっしゃぁあ!!」

 

「く...。(先程も思ったが、こいつのフィジカルの強さは...!?つか煩いな。)」

 

リバウンドは若松が奪取。そのままシュートを決めて得点を加える。

 

「すんません!鉄平さん、順平さん。」

 

「気にすんな。まだまだここからだろ?なぁ日向?」

 

「まーなー。あんま気負ってんじゃねーよ?」

 

「...え、あ。」

 

木吉に話を振られた日向は意外にも、硬さが全く見られなかった。

 

「とにかくパスくれ。」

 

「あ、うぃっす!!」

 

誠凛OF。

英雄は3Pラインでシュートを狙う。

 

「テツ君!!」

 

「はい!」

 

またしても黒子を経由してパスを届ける。

 

「ナイス黒子!」

 

「(この人の3Pは要注意だけど、ドリブルはない。)止める!...え?」

 

日向に厳しいチェックを行ったつもりの桜井。しかし、その日向に瞬く間に距離を空けられシュートを打たれた。

 

ズサッ

 

「(なんで!?一瞬であの距離を!?)」

 

「おい謝りキノコ。なにも成長したのは、火神だけじゃねぇ。そっちのキャプテンにもそう言っとけ!」

 

「...っく。」

 

成長した日向を前に桜井は唇を噛み締めた。

 

日向は景虎から、この重心操作を利用した高速のバックステップを教わっていた。

練習期間は決して長くは無いが、付け焼刃とはいえないレベルである。

いくら全国級であっても初見では防ぎきれない。

 

桐皇の速攻は今吉が諏佐にパスし、あっさりと得点に繋げる。

マークの黒子も懸命なDFもミスマッチではブロックも届かず意味を成さない。

 

『おおー!鮮やか!!』

 

「さあ、DFや!」

 

いつでも得点できるという自身が今吉には現れていた。

 

「ある程度の失点はしょうがないわ!その倍取ればいいのよ!!」

 

ベンチからメンバーが気落ちしないようにリコの激が飛ぶ。

そして、誠凛OF。

 

「挽回は早い方が良いよね!」

 

「はい!」

 

またしても黒子を選択。

黒子は左足で踏み込み、ボールを強く弾くイグナイトパスを披露した。

 

ギュンッ バチィ!

 

それを日向が受ける。

 

「そんな!?確か以前は!?間に合わない!」

 

ビッ.......ザシュ

 

夏から冬にかけて、誠凛メンバーの身体能力は遥かに向上しており、イグナイトパスを取れるほどになっていた。

マークの桜井も意表を突かれてしまい、例のバックステップを使わずに3Pを決められてしまった。

 

「...今日のキャプテン、なんかいつもより凄くないですか?」

 

ベンチで応援していた福田がリコに問いかけた。

 

「ああ、日向が首を鳴らしてるだろ?あれが出るときは、絶好調の印なんだぜ。」

 

答えたのはリコではなく、小金井。

仲間が活躍する姿に嬉しそうな顔をしていた。

 

 

一方、桐皇は余裕という訳も無く、対策を立てねばならない。

 

「桜井、大丈夫か?ヘルプは...」

 

「大丈夫です。ヘルプって言ってもあのバックステップに対して有効とは思えませんし。僕1人で何とかします。だからやらせて下さい...!」

 

「おぉ...そうか。」

 

意外にも桜井の態度は何時ものおどおどしたものではなく、明らかな敵意・対抗心を表していた。

よく考えてみると、少し前に唇を噛み締める仕草も普段は見られない。

 

「ええから、やらせとけ。...桜井、言ったからにはちゃんと結果ださんといかんでぇ?」

 

「今吉...。」

 

「はい!大丈夫です!!」

 

桜井は気合を入れ直し、OFに走っていった。

 

「ホントに大丈夫か?様子が少し違うんだが。」

 

「心配し過ぎや。青峰抜いて1年でスタメン撮ったのは伊達やないっちゅーことや。直ぐにわかる。」

 

続く桐皇OF。

桜井にパスが入るが、動きにキレが出だした日向のDFにより、追い込まれてしまう。

 

「桜井!戻せ!!」

 

今吉に言われたものの、心配は取り払いきれずに桜井のフォローにまわった諏佐。

 

「心配いらんゆーたのに。勘違いされやすいが、あいつは人1倍負けず嫌いや。相手が強いほどシュートの精度を上げていく。」

 

その諏佐に日向が目を向けた瞬間。

 

バッ....ザシュ

 

桜井が強引にシュートを打ち、強引に決める。

 

「あなたには負けませんよ。単純に僕の方が巧いもんっ!!」

 

口を尖がらせ子供のようになった桜井。

 

「うぜぇ...。」

 

駄々を捏ねられた大人のような顔をする日向。

しかし、対抗されていることも理解したようで、

 

「英雄、どんどん回せ。アイツの目の前で決めまくってやる。」

 

そこから、桜井のクイックリリースと日向の重心操作技術を使った高速バックステップの打ち合いが始まった。

両者とも1本たりとも外さず、得点を重ねた。

 

 

「3Pの打ち合いっスね。」

 

「だがここで、インサイドに切り替えれば勝負に逃げたとも捉えられるしな。」

 

コートの脇で見ていた海常メンバー・黄瀬と森山はこう分析した。

 

「まあ、その考えた方も一理あるがな。」

 

「って言うと、他にあるんスか?」

 

その横で笠松が冷静に反論を含んだ一言。

 

「エースやシューターはその考え方で間違っちゃいない。だがな、PGは違う。あの2人を見ろ。」

 

笠松は試合の陰になっている今吉と英雄を指し示す。

 

「表にゃ出てきてねえが水面下で争ってやがる。PGにとって視野を狭める行為は致命的だ。意地を張るのはいいが、それがそのまま隙を与えることになるんだよ。」

 

PGとは現場監督のようなもの。

チームにとって有益な選択を常に迫られる。勝負にこだわり選択肢を狭めてしまえば、裏を書かれることもある。

そして、今吉、英雄両者ともそんな些細な隙も逃さない。

現状、互いが3Pを警戒している素振りをしながら、インサイドへのパスのケアも忘れていない。

 

ザシュッ

 

残り6秒というところで、桜井に3Pを決められた。

誠凛もそこでOFの意識を無くす事はない。

 

「黒子!!」

 

木吉のスローインからロングパスで黒子に渡る。

しかし、ボールを持ってしまえば、ミスディレクションは使えない。直ぐに諏佐がDFを行う。

 

「行かせるか!」

 

「いえ....行きます!!」

 

黒子のバニシングドライブにより、諏佐は黒子の姿を見失った。

 

「調子にのんな!!」

 

若松がすかさずヘルプに行くが、絶妙なパスアウトでかわされてしまう。

ボールは3Pラインの外にいる日向の手の中に収まる。

速攻の流れからなので、桜井のマークも甘い。

フェイント無しのジャンプシュートは防げない。

シュートはブザービーターで決まる。

 

桐皇学園 24-23 誠凛高校

 

最初の慣らし作業がありながら、1点差まで追いついた誠凛。

それでも、冷静に観察を続けた桐皇。

第1クォーターは両チームとも主導権を握りきれず終了。

観客は盛大に沸いているが、まだまだこれからなのは両チームとも重々承知していた。

 

「諏佐、どうやった?」

 

「ああ、桃井の言う通りだった。」

 

「よっしゃ決まりやな。そしたらどないしたろ?...第2クォーターで誠凛がどんな顔するか楽しみや。」

 

今吉は鋭く笑っているのだった。




オリジナル展開ができず原作に合わせてしまい、申し訳ございません。
火神覚醒フラグを潰す訳にはいかず、少し安易な展開を選択しました。
桐皇戦の中盤くらいからなんとか挽回できるように尽力いたします。


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新技フィンガーロール

第1クォーターは互角だった両チーム。

インターバル中にそれぞれが作戦を確認していた。

 

「やっぱ桃井の言うた通り、バニシングドライブの鍵は火神や。」

 

桐皇・桃井は試合前から既にバニシングドライブのタネについて見切っていた。

本来はボールを持った状態でミスディレクションを使用する事は出来ない。

しかし、今やキセキの世代と単体でも競り合う事ができる火神に一瞬だが、視線誘導できるようになった。

それプラス、DFの足元に突き刺さるような低いダックインで、消えたように見せているのだ。

 

「はい。あの技の発動条件は、火神が近くにいることだと思います。...今のところは。」

 

「じゃあ、話は簡単だ。青峰が火神をチェックすれば...。」

 

桃井の解説を聞いた若松は対策を提案する。

 

「馬鹿か。なんで俺がいちいちそんなことしなくちゃいけねーんだ。」

 

「んだとぉ!!」

 

「出したきゃ出させればいい。そんなもんに俺が負けるか。俺に勝てるのは俺だけだ。」

 

青峰の不遜。しかし、圧倒的な強さを見せてきた青峰に意見できる者はいない。

 

「今吉さん。15番とのマッチアップはどうですか?」

 

「どうもあらへん。お互い様子見しとっただけや。ただ、作戦通り布石はもう打っとるで。」

 

「その調子でお願いします。後、既に渡したデータ通りの成長をしていると思いますが、直接止める事は難しいかもしれましんので、ご注意下さい。」

 

「わかっとる。」

 

桃井の次の標的は英雄なのだ。夏の失態を当然ながらそのままにしているわけがない。

 

 

 

「順平さん。ナイスファイトっすよ。カッコいいぃ!」

 

「おう。」

 

第1クォーターでの日向の活躍により、改めて敬意を示す英雄。

 

「みんな!第1クォーターは上々よ!でも集中を切らさないでね。」

 

「ああ、大丈夫だ。黒子は一旦下げるんだっけか?」

 

「はい、皆さんよろしくお願いします。」

 

ぺこりと頭を下げる黒子。

 

「で、第2クォーターなんだけど。第1クォーターは大人しかった彼が動きだすわ...。」

 

「...!!分かってるっす。青峰は必ず来る...。」

 

火神の肩がびくっとゆれる。

 

「つか、お前負けてもしょうがないと思ってない?」

 

「んだと!」

 

「何しにアメリカ行ってたんだ。俺が行きたかったっつーの!」

 

「英雄、それは唯の嫉妬じゃねーか。」

 

本音を隠さない英雄にツッコミを入れる日向。

 

「そんな君に、俺が大事にしている言葉を教えてやろう。『勝とうと思わなければ、上手くなれない』、俺が何も分かってなかった時に聞いた、俺が尊敬するプレーヤーの言葉だ。」

 

「え?(それって...。)」

 

リコは何かに引っかかるが、英雄は構わず話を進める。

 

「俺は上手くなりたい。だから相手が誰だろうと関係ない、本気で勝ちに行く。それで足りないのなら、その試合中で追い越す。前にも言ったろ?俺はもっと凄くなる。...お前は違うのか?」

 

指や手首の関節の柔軟を行いながら、力強い眼光で火神の瞳を突き刺す。

 

「でも、ま。無理を言うつもりは無いよ。お前が出来なきゃ、俺がやる。俺が俺のバスケで勝たせるからね。うだうだしてたら置いていくよ?」

 

「....うるせえ。」

 

「あ?」

 

「うるせえ!つってんだ!!偉そうにすんじゃねえ!!」

 

「お、落ち着きんしゃい...。」

 

ついに火神がキレた。英雄がたじろぐ。

 

「てめえの出番なんかねえよ!邪魔になんねえ様にコートの墨で縮こまってろ!!誰が負けてもしょうがないと思ってるって!?勝つのは俺だ!!!!」

 

「...お前にできんの?」

 

「やってやらぁ!!よく見とけ!!バカヤロウ!!」

 

 

ビーーーー

 

『インターバル終了です。第2クォーターを始めます。』

 

 

「....さあ、予定通りガンガン行きなさい!黒子君がいないからって言い訳できないんだから!!」

 

「そこはスルーかよ...。とにかく!いくぞ!!」

 

「「「おう!!」」」

 

IN 伊月  OUT 黒子

 

日向の激で気合を入れ直し、コートへ向かう。

 

 

 

 

「なにを揉めとんのや。それにしても、思った以上に切り替え早いやんか。」

 

「黒子対策意味なかったっすね。」

 

「まあ、ええ。諏佐、マーク交代や。」

 

「ああ、分かった。」

 

「気いつけぇや、このクォーターで来るで?」

 

「桃井のデータは確認しているから問題ない。」

 

交代した伊月を見て、瞬時に作戦の変更を確認する桐皇。

 

 

 

「これが全国のコートの空気か...。」

 

伊月が感傷に浸っていると英雄が声を掛けた。

 

「俊さん、すんませんが1分で慣れてください。その後直ぐにいきますよ?」

 

「あまり舐めないでくれ。いつでもいける。...それにしても、少し言いすぎじゃないのか?」

 

「どうですかね?割と本気でしたけど。」

 

「なんだ、そうなのか。」

 

「でも、出来ないと思ってたら、最初から火神に任せてないでしょう?」

 

「まあな。...機内食は変更出来ない。...キタコレ。」

 

「伊月。帰れ、土に。」

 

「マジで!?」

 

いつも通りの伊月。つい英雄は笑ってしまった。

 

「火神、英雄はああ言ったが、あまり重く考えるなよ。」

 

木吉は火神を気に掛け、一言を添える。

 

「別に...青峰に勝つのは俺っす。それ以上も以下も無いっす。」

 

多少ふて腐れているが、何処か吹っ切れていた。

 

「そうか。ま、期待してるぜ。皆もな。」

 

 

 

第2クォーターは桐皇OFから開始。

誠凛のDFはマークチェンジしており、今吉に伊月、諏佐に英雄となっている。

黒子のミスマッチによる穴がなくなっており、安定感が見られる。

 

「(ほう。思った以上にええDFや)」

 

今吉の目にもDFの成長が見て取れる。

そこで、絶対的な力を持つ青峰にパスを送る。伊月のDFも悪くないが、英雄と比べるとまだ隙がある。

 

『いきなり青峰だ!』

 

「おら、いくぞ?」

 

0から100への急加速。

火神の視界から一瞬にして消えたように見せる。

 

「なめんな!」

 

火神もそう簡単には譲らない。すかさず間合いを詰め、ドライブコースを寸断する。

しかし、青峰はそこからもう1つ切り返す。

 

「な!くそ!!」

 

火神は逆を突かれ、距離を離される。

その隙に青峰が文字通りリングに投げ込む。

 

「木吉!」

 

失点直後、伊月が手を上げてボールを要求する。

第1クォーターで奪い合った主導権は、未だ定まっていない。

ここで奪われてしまう訳にはいかない。失点に気をとられず攻守を素早く切り替えた。

 

「英雄!」

 

既に前線に走っている英雄にロングパス。

流れるような速攻。リングはもう目の前。

しかし、青峰が超スピードで追いつき、立ちはだかる。

 

「だから言ったろ?お前も逃がさねえって。」

 

「...。」

 

特に反応することなく、足を前に進める。

青峰は目の前のドリブルに割り込むように手を伸ばす。

 

「なっ!?(これは...。)」

 

その手がボールに触れることはなかった。青峰が触れるより前に英雄が弾き、青峰の股を通した。

 

『青峰をまた抜き!?』

 

エースの火神ではないプレーヤーが青峰を抜き、観客は沸く。

そして、レイアップに移る。

 

「勝手に抜いた気になってんじゃねーよ!」

 

抜いたはずの青峰のブロックがコースを防ぐ。

 

『はえぇ!あそこから追いつくのかよ!』

 

「勝手に止めた気になってんじゃねー、よ!」

 

青峰の予想したコースを通過せずリングを通過した。

そのシュートコースはバックボードの端だったはず。しかし、こうしてリングを通過している。

 

「...すげえ。」

 

この一連のプレーを見た火神は、後ろで呟いていた

 

【勝とうと思わなければ上手くはなれない】

【うだうだしてたら置いていく。】

【俺はもっと凄くなる。】

 

英雄の言葉が頭をよぎる。

アメリカに行く前の1ON1から以降、互いが研鑽を積み更なる成長を遂げたはずだった。

そして英雄の確かな成長に、火神は思う。

 

「...決めたぜ。」

 

 

 

「一応あれ、桃井は読んでたんやけどな...。青峰ぇまた読んでないんかい、データ。」

 

「うるせえな。にしても味なモン身に付けてきやがったな。まさか、フィンガーロールとはな。」

 

●フィンガーロール

リングにボールを置くように放つレイアップ。そのレイアップに、指先でボールを転がすようにして放つショットのこと。

通常、バックボードを利用してシュートした場合、入射角=反射角となる。しかし、フィンガーロールにより、入射角<反射角、もしくは入射角>反射角も可能となるのだ。

これを用いれば、どの位置からもシュートが狙えるし、シュートのコースも切り替えられるのでブロックをかわし易くなるという利点がある。

 

「...考えてみれば、これほど補照にフィットする技は無いのだよ。初めて見るプレーにも関わらず、違和感がまるでない。」

 

「真ちゃん?」

 

客席で観戦していた緑間は呟く。

 

他プレーヤーに比べ、英雄のスピンは圧倒的な回転数を誇る。

ただそれをシュートに活かせるようになっただけなのだ。

それを桃井はデータの収集・解析で読み取っていた。

 

「そやけど、青峰が抜かれるとは思わんかったわ。油断しすぎやで。」

 

「だから、うるせえよ。(にしても、シュートの前のドリブル。あれは一体...。)」

 

今吉の言うとおり、確かに油断していたところがあった。その為、抜かれた際に何をされたのかがはっきりしないのだ。

 

「(あの時、ボールを奪ったと思った。でも実際は股を抜かれた...。もう1回見れれば...。)」

 

青峰が失点したという事実。それは桐皇に重いダメージを与えてしまう。チームの最強という勝利への根拠が揺らいでしまうからだ。

今吉は直ぐに青峰へパスを出した。

 

「あ?まだお前かよ...。」

 

「...。」

 

「何だ、言い返す気力も失せちまったか?」

 

青峰の挑発染みた発言に、意外にも火神は無言で睨んでいるだけであった。

 

「っち。つまんねぇな。」

 

「...ごちゃごちゃうるせえな。いいから、さっさと来いよ。」

 

火神の目にあるのは、勝利への意志。

 

「へぇ...。」

 

青峰は自然体でゆっくりとドリブルを始める。

 

「(勝つんだ!何の為にアメリカに行ったんだ!!集中しろ...アメリカん時はもっと...。)」

 

基本のハンズアップから一変、徐々に手を下げ、力みの無い体勢へと変化していく。

 

 

「ん?」

 

「どうした?黄瀬。」

 

コート脇で試合の行方を見ていた海常・黄瀬は火神の変化に気がついた。

 

「いや、なんていうか。さっきまであった力みが消えてるんス。でもって、両手をダラリと下げたあの構え。青峰っちとそっくりなんス。」

 

黄瀬はIHの桐皇戦で青峰と対峙したことを思い出した。

 

 

 

ここで青峰のチェンジ・オブ・ペースで前に出る。

その直前を黒子と同様に狙い、ボール奪取を図る火神。

しかし、青峰はバックロールターンでかわし、ジャンプシュートを狙った。

 

「(これで止まらないことは分かってるよ!だったら!!)」

 

青峰がジャンプする直前に追いつき、ボールを力強く弾く。

 

「(足りないなら、その分上乗せすりゃ)いんだろうが!!」

 

「何!?」

 

『青峰を...。』

『ブロックしやがった!!』

 

青峰のシュートが防がれるという予想外の展開にコート内の両チームとも弾かれたボールを目で追った。

 

ダッ

 

サイドラインから外に出る間際、ボールに手を伸ばす人物がいた。

 

「(何でこの人が)ここにいるの!?」

 

1番外にポジショニングしていた桜井が目の前に現れた英雄の姿を疑った。

 

「速攻!!」

 

日向の一声で誠凛全員が走り出す。

英雄→日向→伊月で、伊月のレイアップで連続得点を挙げる。

そして遂に第2クォーターでリードを果たす。

 

桐皇学園 26-27 誠凛高校

 

「お前も結構やるようになったじゃねえか。あんま期待はしてなかったんだがな。」

 

「てめえに負ける気もないのは当然だが、これ以上、置いて行かれるのもまっぴらなんだよ。」

 

「...あ?」

 

このタイミングで火神の枷は外れた。この理由のひとつを青峰はまだ知らない。

チームメイトとは、助け合いだけではない。時にはぶつかり合い、切磋琢磨する。

いわば1番身近なライバルにもなる。互いに認め合いながらも、対抗心を持ち、それを向上心に変えていける。

補照英雄。この男と出会ってもう直ぐで1年になるが、1度たりとも追い抜いたと思ったことは無い。いや、思わせてくれない。

誰よりも走る姿、誰よりも流した汗、決して立ち止まらず駆け上がっていく背中。

火神とて全力だ。しかし、

 

「俺が少しでもスピードを緩めれば、あっという間に離されちまうんだよ!...分かんねえか、お前には。」

 

「はぁ?意味わかんねーよ。」

 

1人納得している火神に苛立ちを見せる青峰。

しかし、火神はあっさりと自陣に戻っていく。

 

「ここでもう1本取れば、ペースは一気にウチだ!!」

 

誠凛DFは一層激しくなる。

 

「よこせっ!」

 

「っ青峰!」

 

そう簡単にボールが渡らないことを察した青峰は、自ら今吉に近寄りボールを要求する。

今吉は考えることなくボールを預けた。

 

受けて直ぐに急加速。ゴールに詰め寄る。

火神もそのコースに立ちふさがり、行かせない。

 

「っち。」

 

青峰は弾ける様に90度に急転換。そして、投げつけるようなシュート。

 

「させねえ!!」

 

青峰の視界に火神が現れ、手を伸ばしシュートコースを塞ぐ。

そこで青峰はそのままブロックを受けないようにゴールに投げる。

 

「(これはさすがに落ちる...)な!」

 

投げたと同時に青峰、急加速。

そのままリングに弾かれたボールを掴み、ダンク。所謂ティップスラムである。

 

「へ!!上等だ!!」

 

「せいぜい楽しませてくれよぉ!!」

 

見せ付けられた火神は更に闘志を燃やす。

次順、ボールは火神に回り、静かにボールをつく。

 

「...てめぇ。」

 

お株を奪うようにチェンジ・オブ・ペースからドライブイン。

 

「せいぜい楽しんでろ!」

 

しかし青峰はタイミングをしっかり読んでおり、マークは外さない。

 

「調子にのんな!」

 

「火神!こっち!!」

 

英雄がスペースにはしっており、パスを要求。

またしても青峰は1度、英雄に視線を移してしまった。

その隙を逃さず、火神のフルドライブからのジャンプシュート。

 

「っくそ..!あの天パ、マジうぜぇ。」

 

ブロックのタイミングが遅れてしまい、火神の得点を許してしまった青峰は苦言を漏らす。

 

「あの野郎、余計なマネしやがって...。」

 

何故か決めた火神も苦い顔をしていた。

 

更に次順。

青峰の強い要求でパスを貰い切り込もうとするが、火神のDFにより攻めあぐねていた。

 

「...よう。楽しんでるか?」

 

「て...めぇ!」

 

オーバーアクションからストップ・アンド・ファースト。強引にスピードを0にし、更に急加速。何度も披露したチェンジ・オブ・ペース。

他に比類できないキレであるにも関わらず、火神のDFを抜く事はできない。

 

 

 

「ああいうタイプに良い思い出はねえな。」

 

「ああ、随分苦しめられたものだ。どうやって身に着けたのだ?」

 

客席で見ていた景虎、中谷は現役時代の経験を思い出しながら火神を見ていた。

 

「さあな。俺は直接教えたことねえんだよ。」

 

バスケに限らず、野性を持ち合わせたプレーヤーがいる。

その動き、読みは論理的に説明できず、あるとすれば独自の勘とでもいうのだろうか。

故に読み辛く、相手を翻弄する。

 

火神は嘗てその野性を持っていた。しかし、空白の中学時代で失ってしまった。

そこでアメリカへと渡り、嘗ての師匠の下、それを取り戻す為、修練を行いそれを再び手にした。

そして、ジャンプ力を含めた前進のバネを野性の勘により、使いこなす事に成功した。

 

火神の動き出しは早く、青峰を逃がさない。

青峰の背面シュート。ターンアラウンドの途中でのシュートに切り替える。ドライブに意識が行き、シュートのチェックが疎かになる隙をついたシュート。

しかし、火神は防ぐ。

 

「おらぁあ!!」

 

ブロックが決まり、3Pラインより外へと押し出される。

 

コート内のプレーヤー、周りで見ているもの、全てがその光景に目を奪われる。国内最強のプレーヤーが無名のプレーヤーにブロックをくらうなど、誰が予想しただろうか。

しかし、タイムは動き続け、ゲームは続いている。

そのボールを拾うのは、やはり

 

「15番!?何時の間に!!(くそっ!なんでそんなに早く動ける!」

 

マークについていた諏佐が驚きながら追いかける。

 

「ナイス英雄!!そのまま行けぇ!!」

 

伊月が後押しするように声を上げる。

今吉、桜井が直ぐ後ろまで来ているが、ミスマッチではどうしようもない。

英雄のフックシュートはループ気味になり、リングを通過する。

 

『誠凛!ゴール1つ分抜け出したぞ!!』

 

桐皇学園 28-31 誠凛高校

 

青峰が2度も防がれ、さすがにベンチも動く。

TOを入れて、ゲームを区切る。

 

『桐皇、タイムアウトです。』

 

「さて、このペースはまずいですね。」

 

監督・原澤は対策を練る。

 

「監督!こいつ全然駄目ですよ!?」

 

若松は青峰を指差し、罵倒を始める。

 

「...うるせえな。雑魚はすっこんでろよ。」

 

「んだと!!」

 

「若松もいちいち言うなや。」

 

結局今吉が収拾した。

 

「でもまあ、青峰が押さえ込まれてもうたら、ウチは負けてしまうんやけどな。」

 

「俺が?つまんねーギャグかましてんじゃねーぞ。エセ関西人。」

 

「ひどっ!本場やで!」

 

「(確かに、火神と天パ。このままノロノロしてたら食い切れねーよな)いいぜ...。テンション上がってきた。」

 

「....っち。」

 

にやりと笑う青峰をみて、若松は渋々納得した。

 

「(やっとかいな...。)そや、諏佐。補照とのマッチアップはどうや?」

 

「いやに気にするな。」

 

「まあ、ワシは個人的にファンやし。それに、予定通りに試合が動けば、補照は動く...必ずな。」

 

細い目の隙間からギラリと目が光る。

 

 

 

「真ちゃんはどういう心境?」

 

「だまれ、高尾。別にどうってことないのだよ。」

 

客席で見ていた秀徳の高尾と緑間。

 

「しっかし、火神の反応速度はなんとか納得できるとして。補照のルーズボールの奪取率は分かんねーな。火神のブロックしたボールを得点に繋げてやがる。」

 

「ふん。簡単なのだよ。...とどのつまり、そうなると分かっていればそれなりに反応できる。」

 

「は?青峰相手だぞ?」

 

「そうだ。ほとんどの人間が有り得ないという可能性、補照..いやあのチームはその可能性を信じていた。それに...仮に火神がブロックできなくても、それでも良いのだよ。ブロックできなければ青峰は確実に決める。あの状況ではどちらしかない。結果、あの動きはそのままワンマン速攻のチャンスにもなる。」

 

緑間は冷静に分析する。

 

「なるほどね。...やるねぇ。1ヶ月前とは違うってか。」

 

それを横で景虎や中谷は聞いていた。

 

「...ふむ、トラ。随分と面白い選手を育てたな。」

 

「英雄のことか?...違ーよ。アイツが勝手に面白くなったんだよ。」

 

顔を片手で支えながら、景虎は否定する。

 

「.....そういう割りに、そんな目で見るんだな。」

 

「うるせぇ。娘みたいな事言うんじゃねー。」



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カッコ悪くても

第2クォーター再開。桐皇学園ボールから。

誠凛としてはこのまま、主導権を握りたい。

伊月のDFも自然に圧力が増していく。

 

「(さあ、どうくる?)」

 

低く保った姿勢はペネレイトエリアに入れさせない。

そこで今吉はさらっとパスを回す。

伊月だけでなく、誠凛全体のDFのリズムが良い為、シュートチャンスを与えない。

再びボールは今吉の下へ。しかし、残り時間も少ない。

ここを奪えば誠凛の絶好のチャンスになる。

 

シャッ

 

「え?」

 

そんな中、今吉はシュートの打ち気を感じさせないまま、3Pを決めた。

 

「ラッキ~、すまんのう今日のワシはツイとるらしいわ。」

 

「っぐ...。」

 

3点差で1番決められたくなかった、シュートを時間ギリギリで決められた伊月のダメージは小さくない。

悔しさを隠せず、表情として現れる。

そして、次の誠凛OFを決めなければならない。もしも、外してカウンターを食らえば一気に流れを持っていかれる。

今日、好調だと確認している日向にパス。

 

「(ここはバリアジャンパーで。)」

 

日向はパスを受け、得意のバックステップで3Pを狙う。

 

「行かせません!!」

 

「!!?」

 

日向の引いた分だけ桜井が着いてきた。タイミングも合わせられてシュートが打てない。

いずれ、後半には対策がうたれると思っていたが、まだ第2クォーターだというのに、対応できるようになるのが速過ぎる。

 

桃井が得意の情報収集で、またしても立ちはだかる。

日向のバックステップの秘密に当りを付けていた。

重心操作で高速に動くこの技の肝は、簡単な話、重心を見ればいい。

もっとも重心が掛かるポイント。つまり、足の親指である。

競技は違うが、ボクサーなども重心を足の親指で操作し、パンチに重みを生み出している。

 

「(やべぇ。獲られる...。)」

 

「キャプテン!!」

 

「!頼む!!」

 

すかさず火神がフォローに行き、パスを受けてそのままドライブ。

 

「..........!!!」

 

振り向いた先にいた青峰。その圧力は更に増しており、火神を躊躇させた。

遥かに成長した野生の勘で見たものは、どうやっても負けてしまうだろうという敗北する己の姿だった。

その一瞬の躊躇いを青峰は見逃さない。

ボールに触れ、弾く。

 

「もーらい!」

 

そのボールを掠め取る英雄。

 

「おらぁ!!」

 

しかし、青峰もすかさず反応し手を伸ばす。ボールは弾かれラインの外へ。

英雄の肘に当っていた為、桐皇ボール。

 

「....ふぅ。(キツイね。....ん?)」

 

先程までは本気ではなかったのか?そう思えるほどに青峰はキレを増していた。

予想外だった英雄も全く問題にしていない。

英雄は溜め息がを1つ吐いてしまった。

 

 

「(折角、青峰がテンション上げとんのや。つき合ってやらんと)な!」

 

ここでも今吉は青峰にボールを回す。

青峰はチェンジ・オブ・ペースのタメを省き、一気にドライブで切れ込む。

 

「うおっ!!(読んでたのに追いつけねぇ!そんな....また速くなってるだと!!)」

 

ここにきて青峰のトップスピードが上がった。

これには火神も驚愕する。

予想を遥かに超えるスピードで過ぎ去っていった。

 

「このっ!」

 

再三、英雄のフォローのブロック。

しかし、青峰のスピードは追いつかせない。

英雄を振り切り、リングにぶち込む。

 

『ファウル!!DF白15番!バスケットカウント1スロー!!』

 

2分にも満たない間で形勢は逆転。

リコも直ぐに動きTOを申請。

そして当然の如く、フリースローは外さない。

桐皇学園 33-31 誠凛高校

 

『誠凛タイムアウトです。』

 

観客から見ると、ついさっき中断したばかりの様に見える。

 

『結局、こんなもんか...。』

『やっぱ青峰が最強つーこった。』

『ま、こっからの桐皇は見物だな。』

 

観客には、もう勝敗は決まったという声が増え始め、桐皇のド派手なプレーを期待していた。

 

誠凛としては、何とか前半を持ちこたえたいところ。

これでは、わざわざ黒子を温存している意味がなくなってしまう。

けれども、更にスピードの増した青峰に対して火神1人は戸惑っている。

 

「....くそっ!!」

 

「どうする?黒子を投入するか?」

 

「正直、ほとんどペースを握られた。なんとかリズムを作りたいが...。」

 

「俺は桃井の先読みDFに、もう捕まっちまった。マーク外せなきゃ、そうそうシュートを打たせてくれない。」

 

火神は少し前の威勢の良さが己に帰ってきてしまい、木吉、伊月、日向はリコ同様、この局面を打破する方法を考えていた。

 

「僕はいつでもいけます。」

 

そこに黒子は名乗りを上げた。

 

「予定とは違うんだけど...仕方ない、か。」

 

「ん~。おし!じゃあDFからリズムを作りましょう!」

 

英雄が手の柔軟をしながら、立ち上がった。

 

「だから、それができねーから考えてんだろ。」

 

「テツ君ごめーん。出番はもう少し待ってね♪」

 

「...英雄君。」

 

「英雄!ふざけてる場合じゃ...。」

 

「1-3-1で俺が真ん中でポジション取る。だから、みんなはゾーンの連携とかあんま考えなくて良いです。ガンガン外に開いてください!」

 

英雄は日向や伊月の静止をものともせず、屈伸等の準備を続ける。

 

「(厳しいわね...。あの4番がDFの穴を見逃してくれると思えないわ。でも...。)」

 

リコが頭を巡らせる。

 

「それに、俺達の動きがもう読まれてきている。何か変化が必要なのは分かってるだろう。」

 

小金井や木吉も英雄の無茶を止める。

 

「じゃあ、OFも俺メインで行きましょうよ!うんそれでいこう!!」

 

「だから!!」

 

「ちょっと待って...。英雄、できるのね?秀徳のように緑間に集中って訳には行かないわよ?」

 

「...できるさ。第2クォーター残り5分、既にお客さんは俺達が負けると思ってるみたいだけど、間違いは正さないとね。」

 

『タイムアウト終了です。』

 

「...しょうがねえな。後輩の我侭に付き合うのも先輩の務めだっけか?」

 

「まあな。火神にも散々つき合ってきたんだ。英雄も面倒見ないとな。」

 

「まったくな。今年の1年はどうにも我侭が多い。」

 

日向、木吉、伊月は英雄の意気込みを買い、コートへ向かう。

 

「..リコ姉、おっさん来てる。なんか秀徳のメンツと一緒に座って見てるよ。」

 

「ホント?」

 

「なんだかんだで、面倒見がいいからね。俺にはあの人にプレーでしか返せない。」

 

「(まったくこの2人は...。)」

 

同じタイミングで景虎はくしゃみをしていたりする。

 

「..俺はできる..俺はできる..俺はできる。俺はできる!!」

 

何度も同じ言葉を呟き、最後に叫ぶ。

 

「よし!行ってきなさい!!」

 

「行ってきます!」

 

リコに背中を叩かれ、気合充分でベンチを出る。

 

「英雄...悔しいがまだ足りないみてぇだ。でも、なんとかする。だから、時間をくれ!!」

 

火神が本意ではないであろう言葉で英雄に話しかける。

 

「いいよ。『まだ』なんだろ?分かってるよ。信じてあげるから俺を信じてくれ。」

 

「お前...。」

 

「あれ?やっぱ優しくすんのは善くないかなぁ。」

 

「うっせっ!ただ借りを作ったままは性に合わないだけだ!」

 

「頼むぜ...。お前が一瞬でも青峰を抑えられたら、それがチャンスになるから。」

 

こんな英雄を見るのは、初めてだった。

どこか堅く、どこか違和感がある。

英雄にも不安はあるのだ。相手は桐皇、時代が時代ならばとっくに優勝していても可笑しくは無い。

 

そして、再開のブザーが鳴る。

 

勢いが出始めた桐皇のDF。

無駄にパスを回しても意味を成さない。

 

「俊さん!」

 

ハイポストでパスを受け、直ぐにリターン。

そして3Pラインより外に回り込む。

 

「させるか!」

 

諏佐が3Pをブロックする為に迫る。

それをポンプフェイクで引っ掛けて、その横を抜き去った。

更に今吉のヘルプにスピンボールで1人スルーパスで抜き、ジャンプシュート。

 

バチィ

 

『ファール。黒7番。バスケットカウント2スロー。』

 

ギリギリで諏佐が間に合い、フィールドゴールだけは阻んだ。

 

「大丈夫かぁ諏佐。」

 

「ああ..。とりあえずはな。」

 

「気ぃつけえや。こっからこのパターンが続くで。(...やっぱりな..)」

 

英雄はミス無く、フリースローを決めた。

 

「(よし。こっから、こっから。...いや駄目だ。マーク2人くらい決めなきゃな駄目だ。)」

 

諏佐との間合いを開け、頭を振りながら全体を把握していく。

 

「(そのDFポジション。そして明らかに変わった顔つき。...やっぱりかい。)」

 

今吉はパスコースを探しながらも誠凛のDFが変わったことに目を付けた。

桐皇はローポストに若松、ハイに諏佐、トップに今吉、左右に青峰、桜井という1-3-1のOFポジションを取っている。

どこかでこうなることは、桃井でなくても予想は出来た。

そして、そんな事を考えながらも、若松にさり気なくパス。

若松は木吉を背にしながら、シュート。

そこに木吉のブロックが迫ってきた為、1度持ち替えダブルクラッチ。

 

ビッ

 

英雄のブロックが間に合い、ボールに触れた為、ボールは落ちる。

 

「(このガキ!!)」

 

諏佐も加わり、リバウンド勝負に移行。

木吉も英雄も既に跳んでおり、次のジャンプまでに時間が掛かる。

諏佐がリバウンドを取り、そのまま得点につないだ。

 

「英雄スマンな。折角、ヘルプに来てもらったのにな。」

 

「こっちもすんません。中途半端なことしちゃって。...まだ判断が遅いな。もっと、もっと速くしなきゃ...。」

 

木吉の言葉に反応しながらも、目はどこか遠くを見ていた。

 

「英雄?」

 

「....ん~!パワーアーップ!!」

 

英雄は両手で力こぶをつくり、ポージングを決めた。

 

「え?なんか言いました?」

 

「え?ああ、何でもない。その調子でガンガンいけ。失敗してもフォローしてやる。」

 

木吉は呆気にとられたが、直ぐにとり直し、OFへ向かう。

次順。英雄は先程同様にハイポストに入る。

パスを受け、パワープレーでゴール下へと押し込む。

 

「ほっ...ほっ...ほっ!」

 

「っく!(決してそこまで重くないが...)」

 

前回では、見なかったプレーだがこれまでのデータにはあった。

こういったパワープレーをしない英雄を少し過小評価していた諏佐。

しかし実際、夏にはインサイド中心でプレーしていたのだ。軽い訳がない。

跳ね返す事はできる。でも、踏ん張った瞬間を英雄は狙っている。

 

そして英雄はギャロップステップでステップイン。ゴールを狙う。

若松のブロックが来ていたが、木吉にパス。

フリーの木吉で得点。

 

「ナイスパス!」

 

「うす!さあDF!!」

 

徐々にペースを取り戻している誠凛、そして対する桐皇は青峰で確実なゴールを狙う。

 

「(きやがった...!)」

 

火神は外からのシュートのチェックを諦め、ドライブを止める為に、更に低く構える。

青峰も当然のようにドライブをしかけ、火神を避けず正面から打ち倒そうとしている。

 

「(くそ!よく見ろ、ボールは直ぐそこだ。手を...)伸ばせー!」

 

「はっ!」

 

火神のスティールを青峰はかわしながら、ドライブで侵入した。

 

「ゾーンだ!1人抜いても、すぐにヘルプが来るに決まってんだろ。」

 

「だろうな。」

 

火神を抜いても英雄が阻み、更に後ろから火神が追ってくる。ついでに言えば、英雄の後ろに『鉄心』こと木吉もいる。

パスをしない青峰だからこそできる対抗手段。

青峰としては、むしろ望むところであり、万々歳である。

しかし、やはり青峰。ここに来てスピードが更に増す。

バックステップで火神に挟まれることから逃れ、一気に前進。

日向のように技ではなく、単純な身体能力での高速移動。

必死にブロックに来ている2人をあざ笑うかのように、青峰は型にない体勢でブロックを受けながらフィンガーロールを放つ。

 

『DF15番、バスケットカウント1スロー。』

 

英雄2回目のファールを取られる。

これからというところで、このファールは痛い。

英雄は直ぐに脳内で反省と修正と行う。

 

「まだ遅い。もっと頭振って...。」

 

「英雄、OFだ!」

 

パァン

 

そのパスを今吉にカットされる。

 

「あかんでぇ、みえみえや。」

 

「やべぇ!!」

 

日向が焦り今吉に迫るも、直ぐにパスアウトし桜井が決める。

その後に、英雄へのパスをまたもやスティールされ、速攻を決められた。

更に次順。

木吉がOFリバウンドを取り着地したところを桜井が弾く。

 

「何!?(桃井のデータ予測か!)」

 

「くそ!ここにきて厄介だ。」

 

伊月が追う目の前で、フリーの今吉のレイアップが決められる。

 

桐皇学園 44-35 誠凛高校

 

あっという間に9点差。

誠凛が対策を講じる前に、桐皇はペースを完全に掴んだ。

 

「くそ...つえぇ。」

 

全力で読んでいるのだが、花宮のようにはいかない。

1歩追いつけない。その事実が、英雄を襲う。

 

「まだまだ。俺はこっからだ。」

 

「たりめーだ。はなからそう簡単に勝てるとは思ってねえ!」

 

「そうだな。木吉、膝はどうだ?」

 

「問題ない。ま、楽しんでいこーぜ。」

 

相手チームに青峰がいる時点で不利なのは予想済み。

英雄はメンバーにかっこつけた手前少し凹んでいる。でも他の4人の顔はまだ死んでいない。

つい英雄は呆けて見てしまった。

 

「大体、お前らしくねーんだよ。今のお前はつまんねー。」

 

火神は思っていた事をぶちまける。

火神が負けたくないと思ったのは、こんな小さく纏まっているバスケではない。

 

「......。」

 

「あん時の方がまだマシだったぜ。まあ...っへ!お前がやらないなら俺がやる。」

 

黙っている英雄に、英雄の言葉をまるまる返す。

 

「...やーめた。」

 

「あ?」

 

「俺、かっこつけるの止めた。恥かいたし、とことんかっこ悪くいく。」

 

「そんなもん最初から無理だろ。」

 

「はは、無理か...じゃあしょうがないよね。」

 

ここでミスをすれば10点差になってしまう。

勝利するには決めなければならない。

 

「へい!俊さん!」

 

「おう!」

 

英雄は走力を活かし、走り回った。

当然、OFポジションは歪になる。

しかし、4人はそれに合わせるようにポジションを変更していく。

パスコースを無理やりこじ開け、パスを得る。

 

「ここは、決める!!」

 

マークの諏佐に突っ込むようにドライブ。

諏佐は間を保ち、食らいつく。

そこに、

 

「4番!?」

 

その間に日向が割って入り、英雄と連携でスクリーンを仕掛ける。

桜井は英雄に捕まり、日向が大回りに外へと向かう。

諏佐がマークチェンジしブロックに向かうが、ショットの方が速い。

しかし、ここで日向が足を取られ、シュート体勢が崩れる。

 

「(しまった!?ショートする!)」

 

ボールはリングに届かず、コートの外へと向かう。

次に失点してしまえば、勝利が遠のく。

 

「ま、だぁああ!」

 

誰よりも早く英雄がダイブする。

ボールが床に着く前に掴み、中に投げ込む。

 

「鉄平さん!たの!!」

 

「任せろ!!」

 

木吉がダンクでぶち込む。

英雄は言い終わる前に転倒してしまったが、直ぐに起き上がりDFに向かう。

 

「この1本、ぜってぇ守るぞ!!」

 

「「「おう!!」」」

 

「(全体をフォローしながらシュートを止めるってのは、正直無理だ。)なら!!」

 

もう直ぐ第2クォーターは終わる。せめて点差をひと桁にしたいところ。しかし、そんな逃げ腰で残り20分強を戦っていけるはずがない。

桐皇は落ち着いてじっくりとボールを回した。

そして、1-3-1の急所である、コーナーを突く。

コーナーで桜井がパスを受け、構える。

しかし、気が付けばそこに日向がつめていた。

 

「(そんな!でも!!)」

 

「(陣形崩れとるで。)桜井!」

 

「はい!」

 

日向が抜けたスペースを狙って、今吉が走りこむ。

そこに、前のめりに英雄が突っ込んで来る。

 

「な!?」

 

「(シュート防げないなら、シュートチャンスを無くせば)いんだろー!!」

 

英雄の人差し指と中指が割り込むようにボールを弾いた。

 

『アウトバウンズ。黒ボール。』

 

「はぁ...はぁ...。っくそ!」

 

英雄は悔しそうに床を叩き、伊月に起こされる。

 

「大丈夫か?英雄。」

 

「すんません!今のは獲れました!」

 

「...そうだな。次はとめよう。」

 

今のプレーは、失点シーンを防いだ時点でファインプレーと言えるものなのだが、英雄は納得していない。というよりも獲れると本気で判断していた。

ゾーンのトップの位置を守る伊月は、本当に頼もしく思った。

そして、桐皇OFは継続されるのだが、残り10秒弱でオーバータイム。

ラストシュートは青峰に託す為、今吉はパスを送る。

 

ギュァア

 

「!?さっきよりも動き出しが速い!?」

 

またもや英雄がボールに触れる。パスコースがずれたが青峰はなんとか受けた。

しかし、体勢が崩れ火神に距離を詰められた。

それをかわそうと青峰はドリブルを始めた瞬間。

 

「あ....?」

 

ついたボールが帰ってこない。

青峰が下を見ると、前のめりに転倒していた英雄が、伏せたままボールを掠め取っていた。

決して

 

「俊さん!!」

 

寝転がりながら伊月にパスを送り、OFの起点を作る。

 

「速攻!!」

 

伊月、日向、火神が走る。

桐皇の戻りも速く、既に待ち構えている。

 

「さっきのは驚いたけど、まだまだや。」

 

「それはどうかな?」

 

伊月は背後にパス。

 

「ナイス俊さん!」

 

英雄が追いつきセカンドブレイクに移行。

 

「けどそれも想定内や。」

 

今吉と諏佐のダブルチームで対抗。

 

「ふっ!」

 

英雄は迷わず今吉に肉薄し、一瞬タメを作りスピンムーヴでかわす。

 

「っく..。けどまだや!」

 

「もらった!」

 

英雄が前を向くその隙を狙い、諏佐がスティールを狙う。

 

ギュン

 

「な!?(ボールが戻っていく...。)」

 

英雄の強烈なスピンにより、須佐の手を避けるように後退する。

そこから、ボールを前掛りになった諏佐の股に通してさらりと抜いていく。

 

『2人抜きだ!』

 

「これは...。」

 

火神のマークをしながら青峰は見た。

それは第2クォーターの最初に青峰が抜かれたプレーだった。

 

「英雄!行けー!!」

 

ベンチからの声援が後押しし、シュートを狙う。

 

「調子にのんなこらぁ!!」

 

若松のブロック。コースを確実に潰した。はずだった。

 

「(リングが...見えた!!)」

 

「(このシュートフォームは!?フィンガーロールか!)」

 

英雄は横に跳びながら、下手投げ気味に放った。

 

「(高い!まさか....!)」

 

高いループで舞い上がったボールは明らかにリングに向かっていない。

しかし、

 

「(なんだよ...まだあったのかよ...。っへ、そうこなくちゃな!)」

 

ボードに当った直後、スピンにより落下コースを変え、リングを通過した。

3人を相手にしながらもリングに通したボールを見ながら青峰は嬉しそうに顔を歪めた。

 

『第2クォーター終了です。インターバルに入ります。』

 

桐皇学園 44-39 誠凛高校

 

前半桐皇リードで終了。しかし誠凛は後半に確かな希望を残した。

 

「前半は桐皇リードか。まあ、順当だな。しかし、最後のプレーは驚いた。」

 

「...まさか、この土壇場でヘリコプターショットとはな...。」

 

それを上から見ていた秀徳の大坪と緑間も感心した表情でコメントを残す。

 

「だが、ギリギリ踏ん張ったことでも大したものだ。後半は黒子を投入して勝負を掛けるには充分な点差だ。」

 

監督の中谷はそう評価した。

 

「でも、青峰からボールを奪った時のは笑えたな。」

 

高尾は、英雄が這い蹲りながらもボールを獲った事を思い出した。

 

「...それが、あの男の凄さなのかもしれん...。」

 

「緑間?」

 

「いや、なんでもない。」

 

他の試合ではなく、この試合に全ての視線が集まる。

そして、後半の試合展開に皆、期待や思いを募らせていた。




●ヘリコプターショット
アレン・アイバーソンが披露した事で有名。
高難度のフィンガーロールでハイループレイアップに分類される。


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もみじ×12

「はぁー疲れたー。」

 

更衣室に戻った早々、英雄はバッシュを脱いで寛いでいた。

 

「だらけるの早!!」

 

「どけ。」

 

小金井はツッコミ、日向は英雄を足でどける。

 

「もっと優しくしてぇ!」

 

「英雄、うるさい。」

 

「はいはい。何時もの感じね...ふぅ~。」

 

英雄は部屋の隅にチョコンと座り直す。

 

「前半はなんとか乗り切ったわ。後半は黒子君!行けるわね。」

 

「頼むぜ黒子。」

 

「もちろんです。」

 

リコと伊月の声に頼もしく応える黒子。

 

「よし!..ただ、桃井のデータによる先読みDFで、後半のマークはもっとキツくなるわ。それを忘れないで!」

 

「つってもどうする?選択肢を黒子に絞ってしまうのは、正直不安がある。」

 

木吉の言う問題は深刻であり、試合が進めば進むほど桐皇のデータが充実する事になる。

 

「..足りないなら、足せば良いんすよ。」

 

「火神?」

 

「まだ勝利に届かないなら、試合中に成長すれば良い。今まであれだけ練習してきた俺達なら、それができる。..っと思うっす。」

 

「...っへ!火神の癖に。良いこと言うじゃねぇか。」

 

「はあ!癖にって何すか!!」

 

「確かに。砂浜とか山とか死ぬほど走ってきたんだ。そろそろ成果が現れてもいいんじゃないか?」

 

日向は火神に辛く返し、木吉が膝をポンポンと感慨深く叩いた。

 

「その意気よ!英雄にばっかり良い顔させちゃ駄目!」

 

「...え?ああ、そうだね。」

 

「...?どうした英雄?」

 

いつものフリに反応が悪い英雄。ずっと汗を拭っている。

それをメンバーは不審に思う。

 

「英雄?....!!そのタオル貸してみなさい!」

 

リコは何かを感づき、英雄の手からタオルを奪い取る。

そのタオルには、ずっしりとした重みがあったのだ。

 

「重い...。英雄!どういうこと!?」

 

「......。」

 

 

 

桐皇の更衣室。

前半で得たデータを用いて、後半への確認作業をしていた。

 

「誠凛の2年生は今まで通りで問題ありません。しかし後半は、間違いなく11番の黒子が出てきます。」

 

桃井が代表して、後半の予想を立てる。

 

「黒子君ですか...。彼は厄介です。放置しておく訳にはいきませんね。まずは、あの消えるドライブとやらを止めなくては...。」

 

原澤も同様に黒子への警戒を呼びかける。

 

「15番のマークはどうする?このまま俺が付くのか?」

 

「いや、先ずは様子見よ。諏佐、お前は黒子のマークでええ。」

 

「アンタにやれんのか?」

 

青峰がニヤケながら、今吉に質問する。

 

「様子見やってゆうとるやろ。別に直接やり合ってわしが勝つ必要もない。それに、理由は分からんが、予想以上にこっちの狙い通りになってきよる。後は、時期を待つだけや。わしがやるのはその微調整。」

 

「...あっそ。」

 

「青峰、お前はこういうバスケは好かんやろな。でもな、前も言った通り土俵の違いや。...補照も同様にな。別にええやん、お前には火神と黒子がおるんやから。」

 

「わからねぇ。どうしてそこまで拘るんだ?」

 

「何度も言わすな。土俵の違いや。はっきりいうて、お前らキセキの世代とワシらは立ってる場所が違う。火神もそうや。でも補照はどっちかというとわし等に近い、スタート地点はわし等と一緒だったはずや。」

 

今吉は人知れず、英雄に対抗心を持っていた。

 

「最初は夏の時の印象が強かっただけやった。その後の温泉でわしは見た。1mmも無駄が無いように絞り込まれた肉体を。多分、あのスタミナも柔軟性もここ1番のDF力も後天的に身に付けた代物や。だから、同じプレーヤーとして尊敬もするし、負けたくないとも思った。」

 

「意外だな。アンタにもそういうところがあったんだな...。」

 

「あかんか?...わしでも少し驚いとんねん。あんま茶化すな。ま、だからこそ、わしが1番補照を研究したって自信がある。せやから心配せんでええ。」

 

いくら対抗心があろうとも、桐皇を率いている今吉。

余分な力みなどない。

 

「はい。私も今吉さんの作戦は問題ないと思います。」

 

「そか。桃井の太鼓判があれば、なおの事心配無用やな。」

 

「では、後半は。」

 

「ああ、補照の武器。スタミナを奪う。」

 

 

 

「英雄!!」

 

「すんません...予想以上にスタミナが消費してるんす。」

 

「...やっぱり。」

 

「どういうことだ!今までのどんな試合でも、そんな事1度も...。」

 

英雄の異常事態に誠凛メンバーは、冷静さを失う。

 

「...恐らく、今吉さんの思惑に引っかかったのかと。」

 

第1クォーターで英雄が行った事は、青峰のパスコースと黒子がマークしていた諏佐へのパスコースのチェック。

これ事体は元々リコのプラン通りであり、問題ではない。

そして、問題は...

 

「やっぱり第2クォーターの無茶が祟ったのか..。」

 

「確かに。途中からほとんどOFとDFで走りっぱなしだったからな。」

 

「特に1-3-1の時がな。桐皇OF相手に1人で切り盛りしてたんだからな。」

 

日向、伊月、木吉は原因を思い返す。

 

「そんなことないっす。みんなを信じられたからこそ、俺は動けたんす。」

 

にこりと微笑みながら英雄は反論する。

 

「...違うわ。大体当ってると思うけど、それ以上に疲労が大きすぎるのよ。...英雄、アンタを鍛えた私にはそんな嘘は効かないわよ。」

 

しかしリコは、英雄の嘘を見抜く。

 

「え?」

 

「カントク、どういうことだ?」

 

納得しかけていたメンバーは疑問を投げかける。

 

「今思えば、英雄のプレーに違和感があったのよ。開始直後のファーストシュートをダンクに行かなかったでしょ?」

 

「あ..確かに。」

 

「いつもなら派手に決めてたな。」

 

「そして、第1クォーターは可も無く不可もなくといった試合運びで、教科書通りの玄人好みのプレー。」

 

「ははは....参ったな。」

 

リコは1つ1つ、今までの英雄からは、あまり印象の無い場面を言い当てる。

英雄は若干諦めが入った様に笑う。

 

「どおりで。何からしくないとは思ったけど。」

 

「聞けば聞くほどに違和感があるな..でも何でだ?」

 

第2クォーターで火神はなんとなく感付いていた。だからこそ、『らしくない』『つまらない』といったのだ。

日向にはその理由が分からない。他も同様といった感じだ。

 

「...このWCってどういう意味があると思う?」

 

「え?いや意味とか言われても、日本一を決めるんじゃないのか?」

 

「つか、それ以外にあんの?」

 

リコの問いの意味が分からずメンバーはきょとんとしてしまった。

 

「あるわ。それこそが、英雄の本当の目的。そしてそれは、」

 

「.....。」

 

英雄はリコの言葉を止めることなく目を瞑り、反応を待っている。

 

「U-18日本代表なのよ!」

 

「「「....!!!」」」

 

あまりの話の規模の大きさに絶句。

 

「日本...代表?」

 

「ちょっと、訳がわからない。」

 

「日本代表...そうか!世界選手権...NBAか。」

 

「世界...。」

 

木吉は直ぐに答えを出すも、日向や伊月、小金井はピンと来ていない。

 

「来年には、その前のアジア大会。そしてその前にある年明けの代表合宿。それに召集される為、そうよね!英雄!!」

 

メンバーは一斉に英雄を見る。

 

「...そうだよ。黙っててすいませんでした。」

 

英雄は深く頭を下げた。

 

「知っていたのに..気付けなかった。..悔しい。」

 

リコは下唇を噛んで表情を歪めた。

 

「俺はみんなで日本一になりたい。その気持ちは嘘じゃない。...でも、どうしても世界の舞台に立ちたいから、勝ってアピールをしなきゃいけない。もしかしたら俺にも声が掛かるかもしれない。でもそれじゃあ駄目なんだ。きっとキセキの世代も招集されて、スタメンに選ばれ、俺はベンチ。そんなの認められない..!」

 

英雄には、2度と捨てないと誓った夢がある。日向や伊月も誠凛のメンバー全員だって知っている。校内放送で宣言したのだ、他の生徒にも覚えている者もいるだろう。

でも、ここまでとは思わなかった。いや忘れていた。

リコも黒子と英雄の和解の時に知り、先走るなと説得したつもりだった。

それでも、英雄の想いは遥かに強かったのだ。

 

「それに、このチームはみんなが考えているよりも、ポテンシャルはずっと高い。上手く引き出せれば絶対に勝てるはずなんだ。もし、それで負けるとしたら、原因はきっと俺。...1回戦なんかで負けられない!キセキの世代だからって負けられない!!」

 

胸の奥にあった強烈な意志。

メンバーは思う。そこまで考えていた事があっただろうか、と。

この男は、どれだけサッカーで認められようが、全てをかなぐり捨ててバスケに賭けてきた。

誠凛というチームに賭けたのだ。

 

「(それを見ていた、はずなのに!!)」

 

「だから...動きが堅くなっていたのね?普段と違う動きをした為に、余計なスタミナを消費してしまった...。」

 

「そう..みたいだ。情けない...空回りして、みんなに迷惑を掛けて....すいませんでした!」

 

英雄の土下座。勢いの余り床に頭を打ちつけ、鈍い音が鳴る。

他が反応に困っている中、日向は言いようの無い悔しさがこみ上げ、英雄に詰め寄る。

 

「英雄ぉ!!」

 

「ちょっと日向!」

 

胸倉を掴み上げ、引き寄せる。

 

「うるせえ伊月!..お前、何でもっと早く言わねぇんだ!最初から知ってたらっ!!」

 

「..すいません。あくまでも、チームが優勝に集中..」

 

「違う!!そうじゃねえだろうが!!もっと俺等を頼りにしろ!!日本代表になりたいんですって、手伝ってくださいって言ってみろ!俺はお前の先輩なんだぞ!!」

 

「!!..順平さん...。」

 

「日向君...。」

 

リコも止めようと思ったが、思い留め見守ることに決めた。

 

「カントク抜いたら、俺が1番の付き合いだ。お前が嫌だろうと、中学の時から俺が先輩だ。迷惑かどうかはこっちが決めるわ!だぁほ!!」

 

日向も激情のあまり泣きそうになっている。

 

「大体お前のバスケは玄人好みだとか、教科書通りとか、そういうんじゃないだろ。もっと行き当たりばったりで、味方の俺等でさえも驚かせるような...違うか?」

 

「アピールする為に拘ってしまいました。その方が見えがいいと思いまして...すいません。でも、第2クォーターの終盤で分かったんです。俺ができる事はそうじゃないって。火神が気付かせてくれました。」

 

「火神にさき越されたのは気に入らないが。まあいい...本当になりたいか?代表に。」

 

「はい...誠凛でボールに触れて、本当に嬉しかった。みんなで頑張って勝ち進む日々も。...でも、この気持ちに嘘はつけない。」

 

「...お前が世界の強豪を相手に、か。...とりあえず、背中向けろ。」

 

「え??」

 

英雄の問題を治めたところで、日向は英雄の服をめくり、背中を出す。

 

「理由は分かったし、別にそこまで引っ張る事でもない。でも、迷惑掛けたケジメはつけなきゃな?」

 

「え?え?すんません。理解が追いついて...ってまさか。」

 

「もみじ作って気合入れ直してや、る!」

 

バチィ

 

「痛っ!!」

 

日向は英雄の背中にしっかりと残るように強く叩いた。

 

「たりめーだ。これで済ませてやるんだから、感謝しろ。」

 

「あ、ありがとうございました...。」

 

「じゃあ私も!」

 

「え?」

 

日向がベンチへと戻るとリコが後ろに立っていた。

 

「あんまり心配かけんなー!!」

 

日向と比較にならない程の音がなり、流石に他のメンバーもドン引きだ。

 

「ああーーーー!!!」

 

本当に痛いと、痛いと言えないことがある。今の英雄が正にそれだ。

 

「ああスッキリした。」

 

「リコ、やりすぎだ。」

 

「だってムカついたんだもん♪」

 

「..痛い....痛い...ヤバイ。」

 

痛みの余り、痛いがヤバイになってきた。

 

「まあ、こればっかは我慢だな英雄。」

 

「え?何で鉄平さんまで?」

 

「2発も3発も変わらんだろう?」

 

「マジスカ?」

 

鉄平の大きな手が英雄の肩を掴んで離さない。

 

「...前に、俺を独りにするなと怒ってくれたことがあったな。...俺は嬉しかったぞ。だから俺も、お前を独りにはさせんっ!!」

 

バチィ

 

「いあっっ..い!!」

 

背中に3発目が入り、英雄の声は悲鳴に変わる。

 

「次は俺か。ポジションを奪われたからな。容赦はしないぞ?まあ、頑張れ!!」

 

バチィ

 

伊月が

 

「ま!お前ならイケるかもな。特にないけど、よっと!!」

 

バチィ

 

小金井が

 

「本当にしんどくなったら、いつでも交代するから、な!!」

 

土田が

 

「....(コク)」

 

まさかの水戸部までが続き英雄の背中にもみじを作った。

 

「英雄、俺達は応援しか出来ないけど...。」

 

「頑張れって言うしか出来ないけど...。」

 

「とにかくこの試合、勝とうぜ!」

 

「「「せーの!!」」」

 

河原、福田、降旗から同時に3発。

もはや英雄の背中は赤くないところの方が少ない。

 

「げ...。もう叩くとこないじゃねーか。」

 

「火神君...俺信じてるよ。」

 

英雄は縋るように見つめる。

 

「あ、あった。...世界か。そんな面白そうな事を考えてたとはな。ったく、また出し抜こうとしやがって。だったら俺も狙うぜ...この野郎!!」

 

ドンッ

 

火神は背中ではなく横腹を狙い、フルスイング。

 

「て、テツ君はしないよね!?ね!?」

 

黒子の腕力が弱いとはいえ、これ以上は開いてはいけない扉を開きそうで、英雄は必死に黒子の足に縋る。

 

「僕はこの試合、勝ちたいと思っています。でも、もう1つ英雄君同様に想いがあります。」

 

「テツ君...?」

 

「黒子?」

 

「今の青峰君がどうとか、そんなことは考えていません。ただ..もう1度、青峰君が笑ってプレーするところを見たい。...だから、僕は英雄君と一緒です。」

 

「テツ君!!あ、ありがとう...。」

 

「じゃあ英雄君、いきますよ?」

 

「....おかしくね?」

 

「僕だけ仲間外れですか?あんまりです。それに僕は第1クォーターしか出てません。」

 

「屁理屈だぁ~。」

 

「ふふ。でも、このチームなら青峰君といえども本気を出さなければ勝てないと思います。だから、この試合勝ちましょう!!」

 

最後に黒子の手の痕がつき、計12人分のもみじが残った。

その辺のM男もびっくりだ。

 

「この話はここまで!英雄だけじゃなく、一瞬一瞬を集中して戦いなさい!!」

 

「分かってる。コイツ程、思考はぶっ飛んでねえ。」

 

リコと日向は容赦ねぇと、叩いておりながらメンバーは思った。




作者の解釈
キセキの世代が年代ごとの代表にならなかった理由は、帝光の勝利があればよいという考え方だからだったのではないかと解釈しています。

ちなみに、また外伝をやろうかと思ってます。


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希望はある!

「さあ、後半だ。」

 

両チームがコートに入場し、会場はそれを今か今かと待っていた。

コートの端で見ていた海常もそれに反応し、目線を集めた。

 

「...黒子っち。」

 

「第2クォーターは温存した黒子で、どう桐皇を攻略するのか...。」

 

「.....。」

 

第2クォーターで試合に出ていた伊月に変わって黒子が入った。

黄瀬はそれを見て、森山は試合展開を予想していた。

その中で、笠松は言葉を発さなかった。

 

IN 黒子  OUT 伊月

 

メンバーチェンジにより、英雄のポジションがPGに変更。

第3クォーターは誠凛から開始。

英雄はゆっくりとボールを運び、隙を窺う。

 

「...。(さあ、来てみい。)」

 

目の前で今吉が立ちはだかる。桐皇は相変わらずのハーフコートのマンツーマン。

第2クォーター同様首を振りながら、全体の状況を把握していく英雄。

そして、ゆらりと前進し今吉にドライブを警戒させ、意識の薄くなったところでパス。

タメを作った後、パス・アンド・ゴーでインサイドに向かう。

英雄の出したパスの先には、諏佐のマークを外した黒子がおり木吉にパス。

 

「よしっ!」

 

諏佐・若松は英雄の動きに目がつられ、反応が遅れる。

 

「(くそ!こっちは囮かよ!)」

 

ブロックもできなかった若松を尻目に、木吉は得点を追加した。

次順、誠凛はDFをゾーンからマンツーマンに変更。

黒子と1-3-1の相性が悪い為である。

配置するなら、今吉の近くか桜井の近くになるが、黒子では3Pは止められない。

なにより、ゾーンでいくと黒子の位置関係が予測されやすく、ミスディレクションの効果が発揮しにくいのだ。

それよりも英雄が今吉からのパスの供給を防いだ方が良いという判断である。

 

「....。」

 

コート中央で英雄が今吉に迫る。

チャンスがあれば奪ってやろうという意志が見て取れる程のプレッシャー。

今吉も流石に良い思いはしない。

英雄は基本のハンズアップではなく、片手をボールの位置に合わせていた。

ドライブよりもシュートやパスを警戒したDF。

今吉は捕まる前に諏佐にパス。

 

ビッ

 

僅かに指先が触れて諏佐に届く前で落ち、ルーズボールになる。

黒子と諏佐が追い、リーチの差で諏佐が奪う。

 

バチィ

 

「なっ!!」

 

「....。」

 

諏佐が奪った後、黒子に取られないように頭上に上げた瞬間を狙って英雄が弾く。

流石の英雄もギリギリの攻防で直接スティールとまではいかない。

それを運よく拾ったのは青峰。火神は混戦模様で反応が送れていた。

火神をかわしながらシュートを狙う。

火神もヤマを張ってブロックするが、ボールに届かず失点を許してしまった。

 

「....(まだ流れはウチか?にしてもギリギリやった。)」

 

今吉も正直パスを弾かれた時はマズイと焦っていた。

運よく青峰がいるところにボールがいき得点できたが、この展開は心臓に悪い。

様子見の予定だが、仕掛けるタイミングを誤る訳にはいかない。

DFに戻りながら、プランの修正を考えていた瞬間。

英雄が3Pラインでジャンプシュートを狙った。

 

「あかん!」

 

実はポンプフェイクで、今吉の横を抜き去る。

須佐のヘルプのタイミングで、黒子にパスを送る。

満を持して黒子のバニシングドライブ。

英雄によりDFは乱されており、そこに黒子である。DF泣かせもいいところ。

奪いに来た若松は見事に抜かれジャンプシュートを決められた。

 

「やっぱ11番がいると違うな。」

 

「っち。厄介すぎるだろ!」

 

「まあな。そろそろおとなしゅうしてもらおうか?」

 

「じゃあ...。」

 

「そや、補照のマークを諏佐に任す。代わりにわしが黒子のマークや。」

 

桐皇が遂に黒子封じに動いた。

 

 

桐皇OFは静かにパスを繋げて、確実な得点を狙う。

若松が受け、1度シュートに行きながらパスアウト。

外で待っていた桜井が決めて、リードを伸ばす。

今吉は、ボールと距離を空けてポジションを取り、英雄のDF参加をさせなかった。

 

「(対応が早い...。)」

 

こんな対応をされると思わなかった英雄は渋い顔をした。

そして、次順。更に苦い思いをさせられた。

 

桐皇DFはマークチェンジ。

元々今吉と英雄にはミスマッチが発生していた為、どこかで諏佐がくるであろうと考えていた。

 

「...(どうなってるの?)」

 

リコも目の前で起きている事を信じられないという表情で見ていた。

問題は、黒子にマークしていた今吉がミスディレクションの効果を受けていない事だ。

黒子がいつも通りにマークを振りぬこうとしているのだが、結果は叶わない。

 

「そんな...!?」

 

「まあ、世の中そんなに甘くないっちゅーっこっちゃ。」

 

中学時代から考えても今まで起きたことの無い事態に黒子は戸惑っている。

その心境を手に取るように察知し、鋭く笑う今吉。

その戸惑いは、チーム全体に感染して動きにも現れていた。

 

「!?順平さん!!」

 

「あ!?」

 

英雄のなんでもないパスに反応できず、日向は桜井にスティールされてしまった。

 

「良!よこせ!!」

 

「はい!」

 

青峰のワンマン速攻。

火神と英雄が追っている状況で、位置的に英雄が近い。

ここは火神のブロックに賭けるしかないと、英雄は時間を稼ぐ為、強引に割り込む。

 

「ここはマズイんだって!」

 

縋るような想いで、コースを塞ぐ。

そんな思いも空しく、青峰は切れ込む。セットOFならともかく勢いの乗った速攻は止められない。

青峰は前方にジャンプし、その勢いのままリングに向かって投げつけた。

 

「知るか。」

 

豪快に決めた青峰のシュートは、誠凛の不安を煽った。

 

「まだまだ...です。パスを下さい。バニシングドライブで流れを取り戻します。」

 

黒子は踏みとどまり、挽回のチャンスを要求した。

 

「任せて!なんとかする!」

 

英雄もこの場面の重要さを理解し、黒子に便乗した。

 

誠凛OF。

黒子は、今吉の妨害に耐えながら英雄のパスを貰いにいった。

英雄が今吉にスクリーンを掛けながら受け渡し、黒子がバニシングドライブで抜いた。

 

「テツ...来いよ...。」

 

しかし、目の前で青峰が立ちはだかった。

 

「黒子!パス!!」

 

少し横で火神がパスを要求している。

だが、黒子にパスは出来なかった。

この状況で、正直にパスを狙うと青峰に取られる恐れがある為だ。

更に黒子は昔の、帝光時代の事がプレイバックしてしまい、パスをいう選択肢を失くした。

 

「....っく。...行きます。」

 

連続使用だが火神の声もあって、バニシングドライブを使うタイミングとしては充分であった。

青峰の目線を自身から外し、ダックインで横に抜いていく。

誠凛の誰もが、得点を期待した。

今まで、緑間であっても止める事が出来なかった大技、バニシングドライブ。

しかし、悪夢のような事態に陥る。

抜いたはずの青峰が黒子の動いた分だけ後退し、マークを外さなかったのだ。

それも、目を瞑ったまま。

 

「俺には通用しねぇよ。」

 

青峰は目を開け、一瞬動きを止めてしまった黒子の隙を逃さずボールを弾く。

そのままボールをキープして、ワンマン速攻に移った。

追っているのは先程同様、火神と英雄。

しかし、先頭は青峰が走り、追いつけない。

 

「くそ!ファウルもできん!」

 

「待ちやがれ!!」

 

どれだけ嘆こうとも青峰との距離が縮まらない。

青峰のダンクを目の前で決められた。

青峰は青峰しかできないやり方で黒子を止めた。

過去、黒子との相性はバスケのみだが抜群だった。だからこそ考える事が解るのだ。

タイミングやテンポが、解ってしまうのだ。

 

 

桐皇学園 53-43 誠凛高校

差を縮めるどころか、再び10点差に。

更に問題なのが、温存した黒子が今吉に封じ込まれ掛け、青峰にバニシングドライブが止められてしまった事で、士気にもダメージを受けた事である。

 

黒子対策を作り出したのは、嘗てのチームメイト、桃井さつきであった。

ミスディレクションのタネも知っており、分析するには充分すぎる程の情報を持っていた。

黒子の1番の武器は、イグナイトパスでもバニシングドライブでもない。

ミスディレクションそのものである。

ミスディレクションは敵には見えないが、味方からは見えておりパスをすることはできる。

黒子を見ようとするほど、目線は操作され効果は高くなる。

ではどうするか?

実は正邦の津川も1度行っている方法。

パスを受ける側やパスコースを逆算して、見えなくとも黒子の位置を特定する。

つまり、黒子を見ず、それ以外の情報からなら捕らえられるのだ。

これを応用し、今吉はボールを持っているプレーヤーと黒子のアイコンタクトから情報を得ていた。

ミスディレクション無しでは並のプレーヤーである黒子相手で、多少出遅れても間に合うことも考えれば最良の策と言えよう。

そして、黒子は大きなダメージを受けた。

 

「そんな....。」

 

「テツ。お前はあくまでも影だ。光に勝とうなんて勘違いしてんじゃねーぞ。それは無駄な行為だ。」

 

青峰から言い捨てられた。黒子へとどめと言わんばかりに。

黒子が今まで積み上げてきたものを真っ向からねじ伏せられた。

 

「(まさか黒子が止められるなんて....。)」

 

「(どうする...?)」

 

チームのムードも失墜し、困惑、不安、そういった負の感情が噴出しそうになっていた。

 

「大丈夫!俺達はこんなモンじゃない!まだいける!!」

 

「ったりめーだ!黒子1度くらい止められただけで、もう負けたつもりか!?」

 

英雄と火神の2人が暗いムードを吹き飛ばそうと声を張る。

 

「「取られたら、倍取り返せばいい!!」」

 

「「...ハモンな!!」」

 

「恥ずかしいだろ!?」

 

「俺のせい!?」

 

ここまで来て言い争いをする2人。

日向、木吉、黒子はつい噴出した。

 

「っぷ...くくく.....。」

 

「ははは、そうだな。その息の合い様ならまだいけるな。」

 

「....ふふ。そうですね。この2人なら。」

 

次のOFをしくじる訳にはいかない。

このOFを決めれば、10点差以上にはいかない。しかし、失敗してしまえば...。

それでも、不思議な期待感がある。

 

「とりあえず英雄は好きに動け、今桃井のデータから抜け出せるのはお前だけだ。そんで火神、お前も好きに動いていい。俺達が合わせる。」

 

「「...うす。だからお前!!」」

 

「聞けよだぁほ!!」

 

かぶらないように返事のタイミングをずらしたはずが、見事に同期した2人。

 

「...後、DFもお願いがあります。」

 

 

 

ベンチにいたリコはTOを取るべきかを考えていた。

第3クォーターが始まってあまり時間が経っていない今、後で支障がきたさないかどうかである。

申請しようと立ち上がった時、コートから状況に合わない笑い声が聞こえた。

 

「か、カントク。あれ大丈夫か..?」

 

心配そうに小金井が指差す。

もちろん、こんなところで騒いでいるのは誠凛のメンバーである。

中心には、火神と英雄。内容は聞こえないが、なんとなくどうでも良いことで言い争っているのだろう。

 

「(まったく...こんな観衆の前で恥を晒しちゃって...。)」

 

ほんの僅かな時間だったが、士気を持ち直したようだ。

それを見たリコはTOの申請を取り止めた。

 

「大丈夫そうね...。いいわ、やってみせなさい。」

 

リコはメンバーひとりひとりの表情を信じ、ベンチに座り直す。

 

 

 

実際のところ、不安はあった。

英雄のスタミナをこれ以上浪費しない為、黒子中心のOFをする予定だった。

それが、難しくなった今、英雄は覚悟しなければならない。

この第3クォーターで何も出来なければ、誠凛の勝機は薄くなる。

わざわざ黒子の提案を蹴ってまで望んだ試合展開であるにも関わらず、そんな失態はできない。

 

 

【ミスディレクションを切れさせる?】

 

試合前日のミーティングで、黒子はある提案をしていた。

ピンと来ず、日向は聞き返す。

 

【はい。恐らく、試合フルに使えない以上、最後まで保ちません。だから、あえて切れさせます。】

 

【どうゆう事?】

 

リコでも把握しきれず、黒子の説明を待つ。

 

【バニシングドライブが出来るようになって、ひとつ思いついたことがあるんです。効果が切れた直後なら僕に視線を集める事ができるんです。】

 

【つまり、バニシングドライブと同じことが俺達にもできるって事か?】

 

木吉はざっくりとしたイメージだが、黒子の意図を理解し始めた。

 

【はい。それが勝負所の武器になると思ったんです。」

 

【すげぇじゃん!!】

 

小金井は単純に捉え、素直な感想を言う。

 

【そうか。今まで見えなかったプレーヤーがいきなり見え出せば、どうしても見てしまうからな。】

 

【うん。いけそうね!】

 

桐皇に勝つ為のとっておきを得た誠凛。

 

【ちょっと待った。...で?デメリットは?】

 

しかし、英雄は喜びもせず黒子に目を向けた。

 

【これを使ってしまえば.....今後桐皇にミスディレクションは通用しないでしょう...。】

 

【なっ、なんだよそれ!】

 

黒子の答えはメンバーを騒然とさせた。

 

【....これだけの大技をリスク無しで使おうとする方が甘かったわね。】

 

元々、同じ相手にミスディレクションの効果は薄まる。

黒子曰く、このミスディレクション・オーバーフローはそれ以上の効果を発揮し、それ以上の耐性を作ってしまうとの事だった。

 

【駄目だろ。そんなんじゃ。】

 

【でも、勝つ為に最善だと思います。皆さんを信じない訳ではありませんが、万が一という事も考えないといけないのでは?】

 

【...日向君はどう思う?】

 

【正直、気が進まないが、勝つ為には】

 

【順平さん、だったら止めときましょ?俺はやりたくないですし。】

 

英雄は食い気味に反対の意を示す。

 

【英雄君、今回ばかりは僕が正しいと思います。...我儘を言わないでください。】

 

【解ってる!俺が唯の我儘をいってるだけなのは......でも本当にテツ君の未来を賭けないと勝てないのかな?このメンバーでも駄目なのかな?】

 

【.....】

 

英雄は黒子だけでなく全員に質問し、周りは沈黙する。

 

【テツ君がどれだけ勝ちたいかは解ってる。でも、テツ君を生贄みたいにして勝っても絶対嬉しくないし、喜べない。】

 

【お前、言い方を考えろ。】

 

【じゃあ....他に何かあるんですか?】

 

【今の誠凛のバスケで充分勝算はあると、俺はそう思ってる。だから、信じて欲しいんだ...このチームの可能性を。】

 

今思い出しても、恥ずかしい事を言ってたなと英雄は思う。

といっても、最近はこんな事が多く、臭い台詞を連発しているのだが。

 

「(考えろ。現状桐皇のDFにほとんど捕まっている。火神を自由にしたいけど、青峰へのスクリーンは効果が薄い。テツ君も駄目。鉄平さんにあまり負担をかけるのも後が不安。)」

 

結論。

 

「(俺が点を取って意識をこっちに向けなきゃ)ってことか。」

 

須佐は英雄のマークをしているのだが、先程からブツブツと何かを言っており、何故かデジャヴしていた。

 

「(何だ?この恐怖感は...)」

 

「ふぅーーー。」

 

いつか見たような光景に困惑している須佐の前で英雄は、大きく息を吐いた。

そろそろ仕掛けてくるかと思い、須佐は構え直そうとした瞬間。

 

ギュンッ

 

英雄のチェンジオブペースにより、一気に抜かれた。

一気に侵入しミドルシュートを決める。

そして、直ぐに今吉に対して強いプレスをかけた。

 

「いいっすよ!今吉さんの誘いに乗ってあげます。」

 

「なんや、解った上か。デートにサプライズは必須やで?」

 

桐皇は端から英雄を走らせる作戦をとっている。

現時点では、火神より上の青峰がいる以上、アドバンテージは桐皇にある。

誠凛が対抗するには、英雄の運動量を過剰に酷使するしかない。

英雄が青峰へのパスコースを塞いで来るのも、DFを全体的にフォローするのも、こうして英雄が点を取りにくるのも予定どおりなのである。

多少、英雄にやられたとしても青峰の能力があれば問題ないということだ。

桃井の予測が効き難い英雄を試合終盤に排除しようしている。

英雄も解っているが、あえて誘いに乗った。というより、選択肢はそれ以外に無い。

 

「もうあなたにパスはさせません。」

 

「...そか。ま、黙ってやられる訳にはいかんけど。」

 

今吉はパスを受けるフリをしながら敵陣に向かって走る。

が、英雄も追従。

そこで今吉はハーフライン辺りで止まり、またしても英雄のDF参加をさせない。

黒子と諏佐のミスマッチを狙っている。

 

「さ、どないする?」

 

「...その嫌らしさはマジ尊敬っすよ。でも!!」

 

英雄はマークと解き、味方が守るゴール付近に走り出す。

諏佐のシュートをブロックしようと踏み切り、沈み込む。

 

「(今だ!)」

 

それを狙い打って、今吉にパスが渡った。

見事に振られてしまったが、英雄も急ブレーキを掛けて今吉に迫る。

けれども、ボールに触れることはできず、3Pを決められた。

 

「やっぱわしも結構きとるわ。」

 

ここにきて今吉は好調ぶりをみせた。

 

「なにやら既に注目されてるみたいで何より....。」

 

要所要所で3Pを決められて、誠凛は点差を詰められない。

誠凛も対抗しなければならないのだが。

 

「くそっ!(偉そうに言っておきながら俺は...。)」」

 

日向は悔しさを噛み締めていた。

桐皇が3Pを決めている中、桜井によってバリアジャンパーを読まれ、ろくに打ててすらいない。

そして次順、英雄からパスがまわる。

3Pにいきたいのだが、桜井は許さない。

 

「順平さん!」

 

「!?」

 

横から声が聞こえ、咄嗟にパスを出す。

受けた英雄はジノビリステップで一気にステップイン。

既に今吉を振り切っており、ヘルプに諏佐がいっている。

 

「(15番!)」

 

桜井も振り返り、インサイドを見た。

 

「え?」

 

振り返った桜井の股をボールがワンバウンドして通過した。

英雄はノールックのダイレクトパスで日向にリターン。

日向も驚きながらも体が自然に動き、シュートを決めた。

 

「(何だ?体が勝手に....。この感じ、どこかで...。)」

 

違和感という訳ではないが、日向の体からの経験が語っている。

初めてではない、思い出せと。

 

 

 

続く桐皇OFは、またも今吉がコートの端にポジションを取っている。

ボールは青峰がキープし、緩急の鋭いドライブが襲う。

火神の懸命なDFに加え、黒子がフォローをしている。

パスをしない青峰ならではの対策。

 

「やられっぱなしで引き下がれるか!」

 

「まだだ。まだ足りねぇ。」

 

「いいえ、ここは止めます!」

 

「まだ解んねぇのか?」

 

青峰は強引に突破し、ノーマルのレイアップ。

 

「まだだ!」

 

そこに英雄が構えており、チャージングを狙った。

しかし、青峰はそれすらもかわす。

ボールを持ち替え、体勢を変えながらリバースショットを放った。

 

「くっそぉおお!」

 

バチィ

 

火神が僅かに触れ、リングから外させるが。

 

『ゴールテンディング』

 

審判にバイオレーションを取られ、失点を防げなかった。

 

「....これは?」

 

桃井はこの光景にある可能性が頭を過ぎった。

 

「(そんな...いやでも!...10番が僅かにだけど...。)」

 

火神の反応が上がってきている。

青峰は前半よりも確実に早くなっている。

そして火神もまた、この試合中で本当に成長してきている。

まだ、青峰との差は確かにあるが、もしこのままいけば...いずれ..。

当の本人は唯、悔しがっているだけだが。

 

「はは...あははははは!なんだウチにもあるじゃん!これならいける!」

 

誠凛の希望を再確認し、英雄は笑った。

 

「これなら、俺のスタミナ全部賭ける価値がある!」

 

英雄は決断する。

ペース配分を捨て、全てを賭けてエースに繋ごうと。

崖っぷちでの決断があの感覚を完全に蘇らせる切っ掛けとなる。




●ゴールテンディング
ショットされたボールがバスケットよりも高い位置にあり、なおかつ落下している時に発生するバイオレーション。
オフェンス側の選手がボールに触れた場合には、ボールがバスケットに入っても得点はカウントされない。
ディフェンス側の選手が触れた場合には、ショットされたボールがバスケットに入らなくても得点が認められる
アリウープってときどきこのルールを無視されてるって知ってましたか?
スラダンでもやってましたが。


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今吉という男

第3クォーター3分過ぎ。点差は未だに桐皇のリード。

10点差からなかなか縮まらず、精神的にも疲労が溜まる。

誠凛がどれだけ持ち直そうとも、桐皇が立ちふさがり跳ね返す。

英雄にもスタミナに不安が発生し、他も桃井のデータ予測を用いたDFに苦しんでいた。

そんな中、僅かではあるが火神が青峰を相手に輝きを見せた。

やはり、火神は何かを持っている。

 

「いいね!遣り甲斐があって楽しいねぇ。...まずは残り7分を頑張ってみようか。」

 

軽やかなドリブルでボールを運ぶ。

諏佐は先程やられたチェンジ・オブ・ペースからのミドルジャンパーを警戒しており、低く構えていた。

3Pの可能性もしっかりと考えており、タイミングを計っていた。

 

「よっ!」

 

「な!?」

 

英雄がオーバースローでボールを投げ、諏佐の頭のスレスレを通って木吉に渡った。

現状、桐皇DFで安定した得点を狙える木吉は英雄のパスを受けた後、問題なく得点した。

 

「良いパスだったぞ。もっと強気にいけ。」

 

「うぃす!」

 

桐皇OF。

今吉はまたしても、ハーフラインにポジションをとった。

そこで、英雄は1mほど距離を取りマークを緩めることで、ヘルプに行きやすくした

 

「もうこのパターンは飽きたよ。」

 

ニヤケ顔の英雄は頭を振りながら、今吉に言う。

その後ろでは、桜井から諏佐にボールが渡り、得点のチャンスを作っていた。

諏佐がシュートに行く前に英雄は詰める。

諏佐も見越してパスアウト。

 

「だと思ったよ!!」

 

英雄のパスカット。

今吉は英雄が背を向けた直後にポジションを変えているにも関わらず、英雄はパスコースを読んだ。

そして、誠凛のカウンター。

いち早くもどったのは青峰であった。

英雄は前に出て、誰もいないはずの場所に向けて目を青峰から逸らした。

青峰は目線のフェイクだと判断し、ボールに手を伸ばす。

 

「何!?」

 

ボールに触れる直前、英雄がボールを叩いて青峰の股を抜いた。

 

「調子に乗るな!」

 

しかし、これを食らったのは2度目、直ぐに追いつき、ブロックを狙う。

 

「....残念したぁ!」

 

英雄は背後に向かって、ノールックで高くパスを出した。

受けたのは火神。フリースローラインからゴールまでの直線状ががら空きになっていた。

 

「本当の狙いはこっちか!?」

 

「ぶち込め!火神ぃ!!」

 

「たりめーだ!!」

 

火神のレーンアップからのダンクが決まる。

青峰も直ぐにブロックに行こうとするが、英雄に押さえつけられてしまい動けなかった。

 

「(もうあかんか...。)」

 

今吉は今のOFの状況に限界を感じていた。

4人対4人で試合を展開させて、イレギュラーを起こさせないようにしていた。

しかし、英雄の適応能力は凄まじく、既に慣れ始めている。更にPGの今吉がゲームに参加しない為、リズムも単調になっていた。

今もそこを狙われた。

 

「(けどまあ、解ってたことや。)今更引けるかい!」

 

桐皇OFは通常に戻し、体勢を立て直す。

迂闊に突っ込むと英雄にやられる恐れがる。その為、パスを多用してゲーム展開をするしかない。

できれば青峰に繋ぎたいところだが、それを許してはくれない。

 

「桜井!」

 

今吉は桜井を中継して青峰に回そうとした。

英雄のチェックは青峰と諏佐へのパスコースがキツイ。

逆に言えば、桜井と若松へには若干緩くなっている。

今吉レベルになればその差は大きく、パスを通すのもいくらか楽なのである。

 

「させねえ!」

 

「っく...青峰さん!」

 

日向は必死のDFをするが僅かの間だけ躊躇わせたが、パスを防げなかった。

 

「青峰!気ぃつけ!?」

 

「(流石、順平さん。)どれだけ速く動いても、パスを受ける瞬間だけは止まるっしょ!!」

 

「なんだと!?」

 

日向が作った数秒。そして、火神の懸命なマーク。それによって、青峰の動きは限定される。

その隙に、青峰の背後まで迫り、パスを受ける前に弾いたのだ。

ルーズボールを黒子が拾い、速攻に繋げる。

 

「っち!」

 

『ファウル、DF黒4番。』

 

今吉は黒子に対してファウルで止め、フィールドゴールを阻止する。

そして流れを切る為に桐皇はTOをとった。

 

「マズイですね。誠凛は完全に息を吹き返しました。」

 

「すんません。正直、補照に対して諏佐1人はキツイです。」

 

「すいません...。」

 

「かといって、青峰君を10番から外すのも危険です。」

 

今吉は監督・原澤に現状を伝えた。

青峰ならマークをこなせるのだろうが、そのリスクを桃井が言う。

 

「...では、11番のマークを緩めて、すぐにヘルプにいけるようにしてください。」

 

「実質ダブルチームか。まあ、それしかないわ。...すまんのう桃井。堪忍してや?」

 

「いえ...。」

 

「後は、OFについてですが。」

 

桃井の提案により、DFの対策が決まった。桃井としては黒子封じがこんな形で破られてしまった為、悔しさもあった。

 

「さっきのは不味かったですね。」

 

「桜井!なんだあれは!半端なパスしやがって!!」

 

「すいません!!」

 

「若松。少し落ち着け。」

 

桜井は若松と青峰にひたすら頭を下げていた。

 

「...今吉。」

 

「どないした諏佐?」

 

「15番を追い詰めるのは解ったが...。本当にこれでいいのかと思ってな。」

 

「どうゆうことや?」

 

諏佐は何かに引っかかっており、不安を抱えていた。

 

「あいつはキセキの世代とは違うといったな?ならあいつは何なんだ?この先何かとんでもない事が起こるような気がする。」

 

「...とんでもないって言われても。諏佐も見たやん。夏ん時に。」

 

「....ファンタジスタ、ですか。」

 

代わりに原澤が答えを言った。

 

「ええ、そうです。あの時も怪我でほとんど死にたいだった。でも見たろ?最後の得点シーンを。」

 

「あれがまた来るってか...。」

 

「そや。しかも今回は怪我とか無しの全開バージョンやで?」

 

桐皇はいい思い入れを持っていない。

勝利目前が引き分けという結果になってしまったのだから。

 

「でもまあ、最後まで保たんやろうから、まずは第3クォーターを踏ん張るしかあらへん。」

 

しかし、今吉はそれを望んでいるかのように見えた。

 

「ではいつも通りにラストシュートは青峰君に打たせたいので、各々パスを送る際には気を付けて下さい。青峰君も最後まで気を抜かないように。」

 

「.....。」

 

桐皇メンバーが対策を練っている中、青峰は思い耽っていた。

 

「ちょっと!青峰君!?」

 

「ああ...。悪い、聞いてなかった。」

 

「しっかりしろよ!てめぇ!!15番にやられて凹んでんのか!?」

 

「うるせぇな。」

 

桃井と若松が問い詰めるも青峰に効果はない。

 

「そういや、2度も股抜きされてるところを見たのは初めてやな。あれに検討はついたか?」

 

「まあな。あれはチェンジ・オブ・ディレクションを応用したドリブルテクのひとつ、シャムゴッド。」

 

シャムゴッドとは、ストリートバスケで生まれたドリブルのテクニック。

DFに向けてボールを突き出し、DFが反応した瞬間に逆の手で叩き抜くという技である。

これだけでは、別に青峰が抜かれる理由にならないが、もうひとつ英雄の工夫があった。

それは、ドリブルの最中にDFから目を離すことだった。

あえて隙を作り、DFを誘っていたのだ。これはハイレベルであればあるほどに引っかかりやすい。

技量があればあるほどに、その隙に反応してしまうのだ。

 

「にしても、わざわざストリート系で攻めてくるなんてな...。火神といい、どうしてか飽きさせねえ。」

 

「(青峰君...?)」

 

 

 

誠凛ベンチでも同様に作戦を練っていた。

 

「どうする?こっから4番のマークを俺がやろうか?」

 

日向は英雄にマークチェンジを提案。

OFでは英雄に負担をかけてしまっている日向は、DFだけでも助けてやりたいと思った。

 

「...ここで引いたら駄目でしょ。当然ガンガンいきますよ。」

 

「けどなぁ...。これじゃあ本当に最後まで保たねぇぞ?」

 

英雄は大量に吹き出る汗を拭いながら、笑顔で答えた。

 

「大丈夫ですよ。例え俺が動けなくなったとしても、ウチには頼りになるみんながいますから。さっきのスティールも順平さんが踏ん張ってくれたからこそ、火神がしっかり詰めてくれてたからこそなんすから。」

 

「確かに。あれは間違いなくみんなで頑張った結果よ。」

 

「それに。今吉さんを放置できない。なんたって、桐皇の柱はあの人なんだから。」

 

この場で見ている人々は、桐皇と言ったら青峰なのであろう。

しかし英雄から見た桐皇は少し違う。

あそこまでの個人技重視であっても、チームとしての形を保つことができている。

他のチームが真似をすれば、あっという間に崩壊してしまうだろう。

チームがチームとして成り立っている理由は、今吉の存在に他ならない。

そもそも、桐皇が結果を出し始めたのは、今吉が入学してからである。

無名のチームを今吉が纏め、努力の果てに今の桐皇があるのだ。

確かに、最大の武器は青峰であるのは間違いない。

そして、今吉の代わりもまた、存在しないのだ。

 

「あの人を舐めちゃいけない。高校で3年間もバスケの事を考えてきた人なんだから、経験値だけも遥かに高い。」

 

英雄はむしろ尊敬しているくらいだった。

 

「ああ..そうだな。俺等よりも1年も多くプレーしてきたんだからな。」

 

木吉も素直に感心していた。

その良いものを良いと考えられる英雄に。

 

「だから、俺がやりたいんです。もっと上手くなる為に。」

 

「...やるからには勝ちなさいよ?」

 

「だったら俺にしかできないバスケをすればいいんだよ。だから俺は負けないの!」

 

意地悪く聞いてくるリコにニヤケ顔で答える英雄。

疲労はあるが、それ以上に高いモチベーションを持っていた。

 

 

「これは予想できなかったな。」

 

海常の森山は言う。

 

「青峰っちをスティールなんて、流石っスね。」

 

「誠凛は元々OF力のチームだったが、補照中心になった場合は組織的なDFが出来るようだな。」

 

続いて黄瀬と笠松も感想を述べる。

 

「シュートが止められないなら、シュートチャンスを与えなければいい、か。言うのは簡単だが実際にやるとなると...。」

 

「それにしても、いくらタイミングが分かっていても青峰っちのスピードに付いていけるのは火神っちだけだと思ったんスけど。」

 

「スピードっつてもいろいろあるんだよ。」

 

「え?」

 

「単純なトップスピードと一瞬でトップスピードになる加速力。そして、もうひとつが判断スピードだ。」

 

判断が相手よりも速ければ、動き出しの一歩目も速く動ける。

英雄は僅かだが、桐皇よりも勝っており、桐皇のプレーに遅れを作れれば青峰にも対抗できるのだ。

 

「ただガムシャラに動いている訳じゃねぇ。状況判断をしっかり行った上で、瞬時に適切な行動に移してるんだ。」

 

PGには他のポジションと比べ、タブーが多くある。

確実性や器用さが求められる。

ボール運びでのミスはご法度、さらにOF時には自陣に1番近いポジションを取る為、カウンターを警戒してそうそうドライブなどはできないのだ。

夏以降からのコンバートした英雄もPG時にはそのルールに従っており、速攻以外は割と控えめにしている。

そして今、その課せられたルールを排除しようとしている。

 

「ほとんどの観客は火神と青峰に注目しているだろう。でも選手、特にPGはそうはいかねぇ。誰も補照と無視できない。」

 

技量の持ったPGからすれば、高等なテクニックと駆け引きのオンパレードであり、それを行っている2人のPGに目を向けているだろう。

 

 

『TO終了です。』

 

 

誠凛ボールで試合開始。

じっくりいかず前えと突き進む英雄。

対して、諏佐が構え、今吉もタイミングを計っている。

 

「うーん、良い感じになってきたねぇ。」

 

などといいながらも、直ぐに切り込む。

ボールを右に放り、左から諏佐を抜き、スピンで戻ってきたボールをそのままドリブル。

 

『おお!すげえ!!』

『今のなんだ!?』

 

その華麗な様子に観客は沸きあがる。

プレーの入り方がパスにも見えてしまう為、諏佐は虚を突かれた。

今吉がヘルプに行くが、バックロールスピンでかわし、ヘリコプターショットで決める。

若松や青峰のブロックまでを見越していた。

 

「おし!!」

 

「っく(ここに来てかい...)」

 

忘れた時にこんな大技を決められ、4点差まで詰め寄られる。

ある程度やられる事は分かっていたが、これ以上は不味い。

 

「おい。とりあえず、ボールを全部俺によこせ。」

 

しかし、桐皇には青峰がいるのだ。

パスを繋げさえすれば、点などいくらでも取れる。

 

「わかっとる、待っとけ。」

 

今吉にもIH準優勝高のPGとしてのプライドはある。

任された仕事はきっちりとやり遂げる。

 

「最強は青峰や。だったら、わしのやることは決まっとる!」

 

今吉は強引に抜きに出た。

華麗とは言いがたく、泥臭さくもしっかりとボールをキープしながらロングパスを出す。

 

「青峰!!」

 

問題なく受けた青峰は全開のドライブ。

 

「くそぉ!」

 

火神は一瞬追いすがるだけで、止められない。

ヘルプに来ていた黒子をも抜き去り、シュートを狙う。

 

「まだだでしょ!」

 

その間に英雄が間に合い、リングとの間に割り込む。

そして後ろから火神と黒子も迫っている。

囲まれる前に青峰はシュートを狙った。

横に跳びながらの投げ込みシュート。英雄も1歩届かない。

 

「おお!!」

 

「何!?」

 

そのシュートを木吉が途中で触れてコースをずらした。

青峰の投げ込みシュートはほぼ一直線上になるので、途中で触れてもゴールテンディングにはならないのだ。

ボールはバックボードに弾かれラインの外へと流れる。

 

「ルーズ!だぁあああ!!」

 

英雄が必死のダイブを試みるが僅かに届かず、ラインを割り、桐皇ボールになってしまった。

 

「っくっそ!!」

 

ブロック直後で反応が遅れた為であるが、当の本人は悔しそうに床を叩いていた。

誠凛はもはや開き直り、青峰に対して4人で止めにいっていた。

パスをされてしまえばそれまでだが、それでも青峰はパスをしないのだ。

 

「くくっ!堪らねぇ!期待して待ってた甲斐があった。」

 

青峰が愉快そうに笑っていた。

 

「この感じを何年待った?悔しいどころかマジ感謝だわ、ホント。」

 

青峰は昔を思い出しながら、集中力を極限にまで上げていた。

 

タイムクロックの残り時間が無い為、当然のように青峰にパスされた。

他の3人が上手くポジションを広げ、パスコースを作ったのだ。

そして青峰がパスを受けた瞬間、空気が一変した。

青峰が火神を抜き去り、シュートを決めたのだ。

これまで、徐々にだが青峰に追いついてきた火神に何の反応もさせずに抜いたのだ。

火神には何が起きたか分かっていないだろう。

それほど青峰のキレは凄まじく、先程までのものが可愛く見える。

 

青峰は己の才能だけで、アスリートの最高の状態であるゾーンに入ったのだった。

ゾーンとは集中力が極限にまで達し、己の能力を最大限に生かせるようなるもの。

バスケットに限らず、別の種目でも同様な現象は現れ、トッププレーヤーでも限られたものだけが体現できる。

 

はっきり言って、ゾーンに入った青峰を止める手段などない。

しかし、誠凛としてもここまで来て、引き下がれない。

とにかく攻める。

 

「テツ君!!やっちゃえ!」

 

英雄が今までDFの意識を集めた甲斐があり、黒子へのマークが甘くなっていた。

オープンスペースから黒子はイグナイトパスを狙う。

 

「はい!」

 

黒子は手に捻りを加えながら、ボールを押し出した。

改良型のパス、イグナイトパス・廻である。貫通力を増したパスがコートを鋭く切り裂く。

 

バチィ

 

しかし、青峰はそれさえも反応してしまう。

一瞬にして追いつき、ボールを弾いてしまった。

初見ということもあり、完璧にカットは出来なかったが、それでも得点チャンスを潰した。

 

「そんな...。」

 

どれだけ勝利への道筋を立てても、最終的には青峰が立ちはだかる。

それも、今まで誰も見たことの無い、正真正銘本気の姿で。




今吉のくだりは作者の解釈です。(一応)


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バトンタッチ

「なっ...何だよ、今の...。前見たのよりも..。」

 

客席で見ていた高尾は驚愕していた。

以前、目の前で見たイグナイトパスよりも向上された強化版イグナイトパス。

詳しい詳細は見ただけでは分からないが、何かしらの特性を持っていることは分かる。

しかし、青峰は反応してしまった。

この2つの事で高尾だけでなく、全ての者が目を見開いていた。

 

「恐らく、今まで温存していたのだろう。このような事態にも対抗できるように...。しかし、今の青峰はそれを上回ってしまった。」

 

緑間も驚きながらも、状況を整理する。

 

「(どうする?今の青峰に多少の工夫や小細工は通用しない...。)」

 

今後の試合展開を予想するが、誠凛が勝つイメージが沸かない。

自分達ならどうするかと考えるも、直ぐにははっきりした対策は思い浮かばない。

 

「...っく。」

 

 

 

 

「へっ!やるじゃねーか、テツ。流石に一瞬ビビったぜ。」

 

青峰は嬉しそうに笑いながら、黒子を称えるが黒子にしたら笑えない。

前半で温存し、いざという時の隠し玉だったのだが、まさかの初見で防がれた。

ゾーンに入った青峰は既に全日本クラスをも超越しているかもしれない。

 

「これが、底か...凄いな。」

 

「英雄君...。すいません、こんなところで。」

 

「確かに、コースが甘かったね。もっと際どくてもよかった。」

 

今まで誠凛が何度も攻勢を仕掛けているが桐皇が跳ね返すという構図から脱却できない。

観客も沸いてはいるが、結局は桐皇が勝つのだろうと思っているだろう。

そんな中、英雄は青峰がどうとかそういう事ではなく、単純な戦略的な事で駄目出しをした。

 

「...はい?」

 

「やっとここまで来たか....もう少しだ、頑張ろう!」

 

ゲームは続いている。話を切り上げ、英雄はボールを貰いにいった。

スローインから再開。

日向が投げて、英雄が受けた。

 

「(今ので速攻に繋がらなかったんだから、ウチにもまだ流れは残ってるはず...。)」

 

桐皇はもう黒子のマークを完全に外して、英雄にダブルチームで臨んでいる。

 

「この1本は止めさせてもらうで。」

 

ショットクロックも大分少なくなっており、じわじわ追い詰められている。

今、桐皇が1番決められたくないのは3Pである。中に踏み込めば、青峰に捕まる可能性が高い。

それも計算内なのだろう。強気にガンガン前に出てくる。

 

「それじゃあ、こうでしょ!」

 

充分引き付けた後、フリーの黒子にパスをして得点を狙う。

 

「まだ分かっとらんのかい。そっちは鬼門やで。」

 

黒子は間違いなくフリーだった。近くに経過したDFがいた訳でもなく。

しかし、青峰の超反応は予想を遥かに超え、黒子との距離を一気に潰す。

 

バチィ

 

青峰のスティールは黒子に反応する事も許さなかった。

流れるように速攻、今まで以上のスピードは、誠凛どころか味方でさえ付いていけない。

位置的に英雄がなんとかDFに入れたのだが、今の青峰には障害にもならない。

 

「っく...。」

 

電光石火ともいえる青峰のワンマン速攻。

今まででも止めることが困難であったのにも関わらず、自身の最高のパフォーマンスを発揮できるゾーンに入った青峰。

こうなってしまえばノーマークも同然。

ボールをリングにたたきつける。

 

「まじかよ...。こんなんどうすりゃ!」

 

これまで何度も劣勢を跳ね返してきた誠凛。しかし、

 

「(DFにも積極的に参加しだしてる...。しかもあの反応速度。半端な攻撃...いいえ、ほとんどのOFは通じないかも...。そして、ボールを持たせてしまえば、止められない。)」

 

リコも現状を整理し、打破しようと思考の巡らせる。

今まで英雄が行ったようにパスの供給を妨げればと考えるが、今の青峰に通用するかどうか分からない。

それよりも青峰が火神へのチェックを強め、黒子への警戒をしている為、2人を使ったOFが制限されてしまう。

 

「(何より、英雄がどこまでも保つかが問題ね...。1度下げるか....。この第3クォーターでかなりの失点は免れない、でもここは!)」

 

英雄をこの場でベンチに下げるリスクも考え、それでも試合終盤に再度投入するべきかと判断し立ち上がる。

 

「伊月君!準備を...。」

 

ふいに英雄と目が合う。

 

「......にっ!」

 

英雄はリコの考えを察しそれを拒否するように首を振った。

そして大きく口を吊り上げ笑いながら、親指を突き出した。

 

「英雄?」

 

「はいはーい!あちらさんは手の内はこれで打ち止め!後は勝つだけ!イケるイケる!!」

 

両手でパンパンと叩きながら、チームを鼓舞する。

このまま何も出来ず試合が終わってしまう可能性が高い。青峰を止める事ができないのだから。

それでも、ここで消極的な方法と取るよりも勝算がある。

 

「今すべきは、ここを凌ぐ事。(ビビるな、最高の見せ場が来たんだ。考えろ、どうする?イメージするんだ...。)」

 

英雄はリコに意志を示し、再度OFを仕掛けるためボールを貰いに行く。

 

「(よし!!興奮してきた!)順平さん!パス!!」

 

「.....ああ!」

 

日向はその光景を見ながら、思い出していた。手に残る妙な感覚を。

 

 

今吉は、表情ひとつ変えない英雄の高いモチベーションに再度警戒していた。

 

「(...なんや、そのやる気マンマンな顔は?何をやらかす気や..!)」

 

英雄の顔から流れる少なくない汗を見て、桐皇の作戦が上手く行っていることを確信した。

しかし、同時に嫌な予感がした。それも今までより大きな。

 

シャッ

 

ドリブルの勢いそのままに、英雄は3Pを放った。

 

「くっ(警戒してたはずなのに...!)」

 

諏佐のブロックは間に合わず、リングを通過。

 

「気の緩みを突かれたか...。」

 

「すまん。」

 

「ええよ、気にすんな。わしも同じや。」

 

ゾーンに入った青峰を見て、桐皇も半ば勝ちを確信した。

だからこそ、プレーが雑になってしまい英雄に狙われる。

今吉の言葉に反応したのは諏佐だけでなく、若松や桜井も同様だった。

気を取り直し、再び青峰で点を取った。

英雄がパスカットを狙ったが、ゾーン状態の青峰のパスの受け方に隙がなくなっており、ボールに届かない。

 

「何度も同じ手が通用するか!」

 

火神がブロックに手を伸ばしきる前にショットを打つ。

 

「パス!!」

 

決められた直後に英雄がパスを要求。

速攻に慣行し、いち早く戻った桜井と今吉を前にステップイン。

 

「(これは...ヘリコプターショット!?)」

 

桜井は強引な英雄のシュートコースを読んだのだが、高さが足りない。

 

「うらぁ!!」

 

そこに青峰の手が割り込み、シュートを阻む。

 

「っくそ!」

 

「英雄君!まだです!!」

 

弾かれたボールを黒子がダイレクトで英雄にパス。

 

「ありがっと!」

 

「パスアウト!?」

 

そのボールを更にダイレクトで外に送っり、フリーの日向が受けて連続で3Pを決めた。

 

「英雄ナイス!!」

 

「俺よりテツ君ですよ。助かった。」

 

「いえ、英雄君のおかげでマークが緩くなりましたから。」

 

「それにしても、よく俺のいるところが分かったな。」

 

「え?ああ、なんとなくですよ。桜井が近くにいましたし。」

 

日向は今のファインプレーを称えながらDFに戻っていた。

 

「青峰の近くであまりプレーしないようにしましょう!だから順平さん、テツ君、力を貸してください。俺はプレーのリスクを上げる。」

 

 

 

今吉から青峰へと直接のパスはチェックできるが、それをしながら間接的なパス回しをチェックする事は難しい。

そこで、青峰へのパスコースのチェックを緩めた。

 

「ん?(そうきたか..。)」

 

今吉は英雄の意図に気付いた。

英雄は今まで青峰だけにはパスを与えまいとDFを行っていたが、今や桐皇はそれを全体へのパス回しと青峰のゾーンで解決した。

もう英雄のDFは効果を発揮してはいない、故に英雄は賭けに出た。

1つのパスコースを最優先でチェックするのではなく、4つ全てをチェックするつもりである。

 

「(....ま、それもええわい。こっちの予定以上に早まりそうやし。)なっ!」

 

チェックどころか、奪う為に手を伸ばしてきた。

間一髪で今吉はその手をかわしたが、すぐに体勢をステイローに戻している。

 

「(こいつ!玉砕覚悟か!?)」

 

英雄はひたすらボールに手を伸ばし続ける。

 

「(少しでもパスに遅れを作れれば、きっとみんなが何とかしてくれる!)」

 

英雄の負担は増しているが、それでも直接的な活躍は望めない。

あくまでも、切っ掛け作りでしかない。読みは何度も空振りをするだろう。

しかし、それでもいいのだ。

何故なら英雄はエースではなくキャプテンでもないのだから。

 

「はっ...はっ...はっ...。」

 

「っくぅ...!」

 

少しも息をつかせないようなプレッシャーにさらされながらも今吉はパスを狙う。

 

「キャプテン!!」

 

「!?若松!!」

 

見かねた若松がパスを受けに来ていた。

今吉は直ぐにパスを送るが、英雄の指が咄嗟に触れた。

 

「っちぃ!(このガキ触れやがった!)」

 

ルーズボールを若松が拾おうと、手を伸ばす。

 

ッチ

 

「このっ!!」

 

英雄が突っ込んで来ており、更にボールに触れて若松のキープを阻む。

 

「タラタラしてんな!!」

 

そこに青峰が拾い、英雄が削った残り時間で難なく決めた。

 

「くそっ!止められねぇ!!」

 

火神はずっと苦しんでいた。

徐々に青峰との距離を縮めていたのだが、ゾーンにより更に青峰の背から遠ざかってしまった。

火神個人の問題ならまだ良いが、チームが危機に陥ってのに何も出来ていない。

青峰のマークの為、パスもなかなか来ない。どうにも自分の不甲斐なさに我慢できない。

 

「分かってる!分かってるからもう少し待ってくれ!」

 

そこに英雄が肩を掴んで話しかけた。

 

「必ず俺とテツ君で最高のパスを送るから。任せてくれ!」

 

「...英雄。」

 

「勝つ為に火神、お前で点を取る。だから信じて走ってくれ!」

 

英雄の握る手に力が篭る。

 

「...分かった。とにかく走ればいいんだな?」

 

第3クォーターも既に終盤。

英雄の疲労も相当なものになっているだろう。

しかし、それを理由に躊躇っている訳にはいかない。

英雄をダブルチームから自由にする為、日向は諏佐にスクリーンを仕掛けた。

 

「(英雄!)」

 

「(あざっす!)」

 

そのまま中に入り込み、ミドルジシュートで得点した。

英雄は192cmであり、今吉と桜井に対してミスマッチを狙える。

これを基本パターンにOFを組み立て、盛り返そうとした。

しかし、DFは機能しきらず、青峰からの失点を許した。

両チームは互いに同じパターンで点を取り合った。

英雄はOF・DF共に軸となり、走り続けて支えた。

しかし、それでも今の桐皇OFは防ぎきれず、徹底的に青峰に点を取られ続けた。

結果、徐々に息が上がり始めていた。

 

そして再び、黒子のスクリーンにより侵入した。

そこに若松がヘルプでブロックに跳んだ。

 

「こんのっ!」

 

「鉄平さん!!」

 

その下を通し、木吉にまでパス。

 

スパァン

 

「何!?」

 

凄まじい反応速度で青峰がボールを叩く。

 

「まだ!」

 

それを英雄がフォローし、ボールを掴む。

 

ッチッ

 

それでも青峰からは逃げられない。

青峰の手はボールを捕らえる。

 

「ま..だ!?」

 

英雄の膝がカクンと落ちた。倒れかけてコートに手を付く。

 

「(足が...。不味い!ここで青峰に渡したら...。駄目だ!手も足も出ないなら)頭がある!!」

 

青峰に渡る前にヘディングでボールを飛ばした。

そしてそのボールはコントロールされており、ぽっかり空いたスペースに向かった。

 

「英雄!ナイスパス!!」

 

受けたのは火神。

青峰のブロックを受けないようにジャンプシュートを決めた。

 

『頭で!?』

『す、すげぇ...。』

 

観客は思わず立ち上がった。

見ていた選手を含めてである。

 

 

「見たで!(残り第4クォーターで一気に突き放せる!)」

 

今吉は確認した。英雄の足が縺れて倒れかけたところを。

作戦の成功を確信した。

 

「英雄!大丈夫か!?」

 

「あと少しくらい保たせるよ。」

 

「(残り50秒...。)」

 

何度目だろうか、うつ伏せになった英雄を火神が引き起こす。

 

グググッと、火神の力を借りて起き上がった。

 

「...すまんね。」

 

「お前...。」

 

「残り、しっかり締めていこう。」

 

火神の視線を背に受け、今吉のマークへ向かう。

 

 

「なんて男だ...。」

 

「あの状況で、あんなプレーが...。」

 

大坪や中谷も立ち上がっていた。

 

「どうしてそこまでできる...。」

 

そして緑間も

 

「あいつはな...お前等と違って跳び抜けた才能を持ち合わせていなかった。」

 

そんな中、景虎は語りだした。

 

「それでも、止まらないし、躊躇わない。誰よりも上手くなりたいはずなのに、プレーが通用しない前提で試合をするような大馬鹿野郎なのさ。」

 

景虎は昔から英雄を知っている。

決して慢心せず、バスケットに対して嘘をつかず、どれだけキツイ練習に積極的に取り組んだ。

身長を伸ばす為に、プロテインなどの薬剤を一切口にせず、運動後の補給を必ず行ったりもした。

スカウティングや戦術研究、イメージトレーニングも欠かさなかった。

トレーニングメニューも任せたままにせず、思った事は意見として申し出たりもしていた。

それだけの事を行いながらひたすら上を見続け、遂に実力者にも認められ始めた。

そんな英雄にいつしか見ていた夢を預けた。

 

「お前等がどう評価してるかは知らねぇが。....あいつはお前等が思っているよりも、ずっと...誇り高い。」

 

景虎は1人立ち上がらず、静かに見ていた。

 

 

先程のプレーから英雄の動きはややではあるが低下していた。

動き出しが遅れて、今吉に楽にパスを通された。

青峰に意識を集中させておいての桜井の3P。

 

「ここまでや。お前はようやったと思うで?お前がおらんかったらここまで点差を保ててへん。」

 

「...ぜぃ..はぁ..。」

 

「...わしの勝ちや。」

 

攻守交替のすれ違いで、今吉の勝利宣言。

言い返そうにも、呼吸が荒くてしゃべれない。

 

「点...とらなきゃ...。」

 

足は重く、肺も痛い。しかし、ぼんやりと頭にインスピレーションが宿る

 

「.....。」

 

「(英雄?なんだよ。)」

 

きょろきょろとこれまで通り辺りを見回す最中に日向と目が合う。

そこに今吉と諏佐が割り込み、英雄を囲む。

 

「(これなら奪える!)」

 

2人に押されるように後退させられるが、ボールを強くついてドライブを警戒させようとする。

 

「(抜きに来たら、わしが奪う。今のスピードなら充分や。)」

 

諏佐が先行し、詰めた瞬間。

 

ピッ

 

英雄が股を通してパスを出す。

 

「(でも甘いわ!)」

 

ギュン

 

「(スピン!?)」

 

そのボールにはスピンが掛かっており、結果、諏佐と今吉2人の股を抜いた。

 

「(俺は今、英雄と同じ事を考えてると思った。)」

 

空白とも言えるスペースに絶妙のタイミングで日向が走っており、シュートを放った。

 

「(今まで何本も決めてきたけど、何だこの興奮は?やっぱりお前は最高だ...。)」

 

誰にも遮る事を許さず、しかし味方を押し上げる。

 

『なんだ今のは!?』

『2人抜き!?マジかよ!』

『DF、誰もついていけなかったぞ!』

 

そんな優しい最高のパスであった。

 

 

「まだ、時間は残っとる!!」

 

ブザービーターを狙った桐皇の速攻。

 

「だぁあああああ!!」

 

英雄が突進ともいえるDFで迫り、今吉の手ごとボールを弾く。

誤審の可能性を感じたのか、ボールに飛び込み、サイドラインを割った。

 

『ファウル、DF白15番。』

 

ファウルアウトに躊躇いはないのか、強引にピンチな場面を潰した。

 

「はぁ...ぜぃ....ぜぃ...。」

 

ボールを腹に抱えながら、仰向けに寝転がっている。

 

「....(点はとれへんかったけど、まあええ。)」

 

今吉の言葉通り、そのまま第3クォーター終了しインターバルに入った。

桐皇学園 75-69 誠凛高校

 

 

「少し危ない場面がありましたが、まあいいでしょう。第4クォーターは攻勢を強めますよ?」

 

桐皇ベンチでは原澤がいつも通りのOF重視の作戦を言い渡す。

 

「分かってます。補照がおらんのんだったら、いくらでも点を取ったります。」

 

「っち、こんなもんか。けどまだ諦めてないみてぇだし。」

 

「そや。勝手に冷めるのは止めとけよ?」

 

今吉は汗を拭いながら、青峰の独り言に相槌を打つ。

 

「これからは、11番に今吉さんがマークをついてください。」

 

「ああ、ええよ。」

 

桃井の提案により、再び黒子封じを行う方針である。

 

 

 

誠凛ベンチでは、よろよろの英雄がベンチに深く腰掛けた。

 

「ぜぃ!せぃ!」

 

酸素という負債が一気に体を蝕み、顔を上げる事もできない。

 

「...英雄はここまでね。伊月君、お願い!」

 

「ああ!」

 

この勝負所での投入に対して、伊月は力強く返事をした。

 

「けど、こっからどうやって攻める?」

 

「もうミスディレクションを切れさせても、間に合わないかもしれません。」

 

「また、黒子封じが来ると思うしな。」

 

不安要素は尽きない。

小金井、黒子、伊月は頭を巡らせるが、青峰と桃井のデータ予測によるDFから点を取るのは簡単ではない。

改めて英雄の負担の大きさを思い知らせる。

 

「かぁ....ぜぃ...みぃ...。」

 

「どうした英雄?お前はしゃべんなくていい。休んでろ。」

 

日向が静止を呼びかけるが、英雄は火神のユニフォームを引っ張る。

 

「...ビビるな...ぜぃ...お前なら...でき..る...ゾーンは...必勝じゃ..ない。」

 

「(こいつ、こんなボロボロになってまで...俺は..)任せろ!お前は休んでていい!」

 

「..任せた。」

 

火神は英雄の両肩をもって答えた。

 

「ッテツ君...みんなを...信じて...目に見えなくても....信頼で繋がってるから...。」

 

「...はい!」

 

「鉄平さん...膝はどうですか?」

 

「お前のおかげで大分楽をしたからな。」

 

「順平さん..。」

 

「何だ?」

 

最後に、日向に向き直し、英雄なりの激励を掛けた。

 

「俺....日本代表に...なりたいから...お願いします。」

 

「....おせえよ。..ま、一旦バトンタッチな。」

 

拳を作り英雄の額にコツンと当てていた日向はやはり嬉しそうだった。




桐皇戦で考えていた事は、ミスディレクション・オーバーフローを使用しない事でした。そして、その代用案が英雄の奮闘しかなかったので、ここ最近の話が一辺倒になってしまいました。申し訳ございません。


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ケミストリー

「青峰には俺1人でやらせて下さい。」

 

火神は第4クォーター開始直前にそう言った。

 

「勝つ為には、俺がやらなきゃいけないんだ。」

 

これまで、英雄との連携でさえ抑えきれなかった青峰のマークをどうするかと話していた時である。

黒子をフォローに回せる予定であった。

 

「...分かった。まだ、10分ある。それまでになんとかしろ。」

 

「そうね。やってみなさい。」

 

それを日向とリコが肯定する。

小金井が不安気に確認する。

 

「カントク大丈夫かよ!?」

 

「確かに今の青峰君を止めることは容易じゃないわ。でも、勝機は英雄が作ってくれてる。ゾーンにだって欠点はあるのよ。」

 

「欠点?」

 

「コービー・ブライアントって聞いたことあるわよね?」

 

ゾーンに入ったら止められないプレーヤーといえば、コービー・ブライアントの名前が挙げられるだろう。

それほどにゾーン時の彼は凄まじい爆発力を誇る。

しかし、ゾーンに入った試合を全て勝てているかといえば、実はそうでもない。

ゾーンに入るとそのチーム内のパワーバランスが崩れ、周りのリズムが悪くなってしまう恐れがある。

更にゾーン時には自身の能力を最大限に使用できる半面、疲労も大きい。つまり、ゾーンには使用制限がある。

そして、制限を越えてしまえば、パフォーマンスは通常以下に落ち込んでしまう。

NBAのトッププレーヤーでさえそうなのだ。青峰とて、限界はある。

英雄は僅かな可能性に賭け、あえて青峰に本気のプレーをさせていた。

パスコースを緩めたのもその為である。時間に余裕をなくし、出来るだけ楽なシュートを打たせなかった。

 

「いい?火神君。ある程度の失点は気にしなくて良いから、しつこく食らいつきなさい。その上で、止めて見せなさい。」

 

「ウッス!」

 

「OFは黒子君にパスする時に気をつけなさい。それをヒントにして黒子君を捉えてくるわ。」

 

「「「おう!!」」」

 

 

 

『第4クォーター開始します』

 

火神は青峰を止める為、チェックを強める。

 

「なんだ?お前1人かよ。お前じゃ俺を止められねーよ。」

 

インターバルを挟んでいるが、青峰の集中力は途切れていなかった。

桐皇のパススピードも上がっており、青峰に簡単にパスを行った。

 

「っく!」

 

「こっから多少、楽できそうや。」

 

今吉が今まで受けてきたミスマッチを、今度は伊月が受けている。

 

「青峰ぇ!!」

 

青峰は火神をかわし得点を重ねた。

攻守交替し、黒子に今吉がマークした。

 

「これで王手や。」

 

「いいえ、これからです。」

 

黒子は視線誘導し、スペースへ走る。

 

「(もうそれは、バレバレや。)こっちやろ!」

 

今吉も状況と黒子の心理を読み、黒子を追う。

そして、

 

「な!?」

 

黒子を見失った。

 

「木吉さん!?」

 

「おう!」

 

黒子は伊月からのパスを中継。

木吉は若松のブロックをかわしながらシュート。

 

「(どーいうことや?わしは確かに。)」

 

今吉は作戦通り、黒子を直接見ずパスをする側の目線を見て黒子の位置を特定してきた。

しかし、実際に黒子を見失い、失点にまで発展した。

 

「(...イーグルアイか...。まさか1度も目視せずとは。)」

 

視野の広い伊月ならではの対抗策。

つまり、全てのパスをノールックで行うつもりである。

パスコースを読ませない為に。

しかし、他からの視線も見ていたはず、黒子の独断で動いているだけなら今吉なら読める。

 

桐皇は青峰により点をとり、再度誠凛OF。

 

「(何が起きとんのや。)」

 

今吉は黒子以外の4人のメンバーの視線を観察。

タネを見切って、止めたいところではある。

しかし、またしても見失い。今度は日向のところにパス。

その際、黒子を誰も目視で確認しなかった。

 

「(つまりこれは、誰かのスタンドプレーじゃなく、全体的なプレーっちゅうことか!?)っく、桜井!」

 

日向が受けた瞬間に桜井が迫る。

 

「(やるしかない!)」

 

日向はバリアジャンパーをチャレンジする。

しかし、桜井は冷静に日向の足元を確認して、日向が後退する分を詰める。

 

「っく!(ん?)」

 

「日向!」

 

「お、おう!」

 

「させっかぁ!」

 

再度、木吉にパスを行うが、ここは若松が防ぎパスカット。

一気にロングパスを通して、今吉の速攻で得点。

 

「ドンマイ!日向!」

 

「見えた...!」

 

「??どうした日向?」

 

「見えたぞ、突破口!次はいける。」

 

木吉に声を掛けられた日向は今のプレーで何かを発見した。

日向の顔は明るく前を見据えるのだった。

今吉はそのまま黒子のマークを行うが、黒子封じが効果をなしていない。

少量の情報で黒子の位置を割り出そうとするが、動き出しが遅れてしまう。

 

「英雄君を抑えようとしたんです。いくらあなたでもただでは済みません。」

 

黒子に、いや誠凛にはもうばれている。

英雄の運動量に対抗して、策を幾重にも絡めてきた。DFはともかくOFでの今吉の負担は決して軽くない。

試合開始から常に張り詰めながらやってきたのだ、今吉の限界も遠くない。

 

「ま、隠し通せるモンでもないからな。」

 

そして、また黒子の姿を見失った。

 

「日向さん!」

 

「よし!」

 

今度は直接日向にパスを送った。

すぐに桜井が迫り、日向の足を見て確認する。

 

「(今だ!!)」

 

桜井が目線を足元に移した隙を狙って、日向は3Pを放った。

 

「しまった!」

 

「(思った通りだ!DFに入ったらすぐに足元を必ず見る。)」

 

足元を見て重心を確認することで、これまで日向のバリアジャンパーを防いできた。

しかし、こうなってしまえばバリアジャンパーのみを警戒する訳にはいかない。

これから、桜井は読みではなくヤマを張って対応しなければならない。

 

「ははっ!やってやったぜ!」

 

日向は起死回生の1発は流れを傾けた。

ふと誠凛ベンチを見ると大いに沸いており、その隅で英雄がグッと親指を突き出していた。

 

「OFの起点が出来た!ナイスよ日向君!!」

 

誠凛はそれを活力に変えて、勢いを増していく。

が、青峰は止まらない。

 

「くそぉ!!」

 

火神を歯牙にも掛けない青峰に悔しさに叫ぶ事しかできない。

みんながどれだけ点を取っても、青峰はすぐに取り返す。

そのまま、遂に3分が経過した。

 

「火神ーー!!腰引けてるぞ!胸を張れ!」

 

「英雄?」

 

「お前は馬鹿なんだから余計な事を考えるな!どう倒したら楽しいかを考えろ!...ごほっごほっ。」

 

「多少回復したからって無理すんなよ。」

 

「..すんません。今、俺に出来る事はこれくらいなんで。それに...大分キテますよ。」

 

「は?何の事だ?」

 

「繋がりかけてます。後は変化を待つだけ...。」

 

むせながらも英雄は心配をそれほどしていなかった。

 

「あの野郎!公衆の前でなんて事いいやがるっ!!」

 

火神は大勢の観客の前で恥を掻かされて、顔を赤く染める。

 

「変に考え過ぎるのはお前の悪いところってのは、当ってるんだけどな。」

 

「そうそう。前半みたく、本能でいけよ。」

 

木吉と日向が背後から追い抜きながら声を掛けた。

 

「細かい事を考えるのは俺の仕事だ。勝手にとるな。」

 

伊月も言いながら、走り抜ける。

 

「僕は火神君ではないので、変わりに青峰君と戦うことはできませんし、だからといって力を分ける事はできません。でも、合わせる事はできます。だから、最後まで戦いましょう。みんなで!」

 

黒子が最後に並走し、拳を突き出す。

 

「...重てぇな。これがエースの背負う想いの重さか...。アイツ、とんでもねぇもの押し付けやがって!へっ、上等だ!やってやんよ!!」

 

火神は拳をコツンの合わせて応えた。

 

 

 

少し表情に堅さが消えた。

誠凛OFで伊月から火神にパスが渡った。

 

「火神君!」

 

黒子が必死で青峰にスクリーンを掛け、火神を自由にさせる。

なんとか1秒を稼いだが、青峰はすぐに追いすがった。

 

「火神パス!」

 

少しでも意識をこちらに引き付けようと、日向がパスを要求する。

 

「うぉおおおお!」

 

火神のシュート。

しかし、青峰が触れてリングに弾かれる。

 

「リバウンド!!おおおお!!」

 

リバウンドを木吉が執念で奪う。

 

「黒子!!」

 

「はい!!」

 

木吉がボールを片手で持ち翳したところに黒子が現れ、掴まれたまま腕を振りぬく。

 

「(ボールに意志を込めて...込めるべきはみんなの勝利の意思!)火神君!!」

 

伊月は木吉と黒子の連携でのイグナイトパスが出る直前に、青峰に体を寄せる。青峰には無駄な行為かもしれないが、0.1秒でも稼げれば儲けもの。

4人は淀みのない連携で、火神の底上げを行う。火神に点を取らせる為に。

その甲斐あって、火神の手の中にボールは収まる。

 

「「「「(行け!火神!!)」」」」

 

「(壁は見えた、後は飛ぶ!全部抱えて飛んでやる!)がっ!あああああああ!!」

 

火神は感じた。自分を後ろから支えてくれた力を。

そして、強く願った。この手にあるみんなの思いを。

火神の内にあった何かが視界の中で弾けた。

 

「お前には無理だ!!」

 

青峰がすでに腕を伸ばし、シュートコースを塞いでいる。例え、ダンクに来ても対応できる。

またも襲った青峰のブロックをダブルクラッチでかわしてダンクを叩き込んだ。

 

「何!?(動きの質が変わった!こいつ...まさか!!)」

 

「俺の負けで良いよ...。それでもこの試合は、俺『達』が勝つ!!」

 

青峰は理解した。

目の前の男が自分と同じ領域に至ってしまった事を。

 

「...これは、予想外。火神もやっぱり...。でも寂しいなぁ。いいな、俺だって今まで2回しか経験したことないのに...。」

 

英雄は、チームが上のステージに上りつめた喜びと、火神が階段を一気に上ってしまった驚きと、そこに自分がいないこの状況への寂しさを同時に受けていた。

 

「(まったく...誰のおかげで、みんながこの状態を迎えたかを分かってないわね。)いいから座ってなさい。こらっ!足をバタバタさせない!」

 

あれだけやって、まだコートに断ちたいと駄々を捏ねる英雄をリコが叱った。

この、今まで何度も見たやり取りに他のメンバーは笑った。

 

「(ありえへん、ありえへん!どうなっとる!?火神もゾーンやとぉ!それよりも!チームの在り方が変わった!?何や今の一連のプレーは!!?)」

 

今吉は細い目を見開き、確認に努める。

 

 

 

 

「何だ!何が起きた!?...トラ!!」

 

中谷は、理解できずに景虎に問い詰めた。いや、正確に言えば理解したくなかった。

 

「お前、分かって言ってんだろ?想像の通りだよ。まだ弱いが、このチームにケミストリーが起きた。」

 

「(ケミストリー...!)」

 

横で聞いていた緑間も事の大きさに思わず、耳を疑った。

 

「このタイミングは偶然だろう。それでも、その為の要因はあった。つまり、起きるべくして起きたんだ。」

 

ケミストリー。和訳で化学変化。または結束力とも言う。個のゾーンに対して、チームのケミストリーともいえるだろう。

人と人との相性は、化学変化のようであることから言われ始めた。

メンバーの状態や相性、力量、戦術、それぞれがマッチして初めて偶発的に起きる現象で、プラスαの力が生まれる。

ある意味、ゾーンよりも難しいとも言える。

それを景虎は必然だと言う。

そして、それは緑間含め、キセキの世代の全員が経験した事などない。

尚且つ、その切っ掛けで火神個人が覚醒し、ゾーンに入ってしまった。

 

「これが、キセキの世代と全く違う道を歩んだ、アイツが作り上げた才能だ。異常なまでのアダプタビリティー...。」

 

 

 

誠凛メンバーは少なからず高揚していた。

この感覚、このビジョン、まるで元々みんなが同じ人間だったかのような。

パスやランに意味を持たせ、お互いを理解しあい、その先に見た新たな世界。

思い起こすは夏よりも前の、意味不明に走ったグラウンド。

英雄がウキウキしながら、説明していた意思を込めるパス。

皆は真の意味で理解した。

 

『これか!』と。

 

戦術理解度が向上しチームの力は増したが、それはただの上澄みであって、目指すべき目標は理解し切れなかった。

これに関しての英雄の説明が感覚的な事が多かった事が原因であり、英雄が実践していることが全てだと思っていた。

しかし、英雄がいない状態で、全てが繋がった。

他にも言い様があったかもしれないが、今はこれしかない。誠凛は繋がったのである。

ナンバープレーの約束事の上でプレーしたのでは無く、各々が各々の動きや考えてる事がリンクした。5人を繋いだのは言うなれば信頼。

この影響を強く受けたのは、火神と黒子。

火神は他の4人とシンクロしていく中で、プレーに極限までに集中し、内に眠っていた能力を開放させた。

黒子は今までパスのみだった己の限界を感じ、まだまだ練習が必要だがシュートも覚えた。しかし、行き止まりだったはずの道から新たな道が切り開けた。

 

「(僕はまだ上手くなれるんだ!まで出来る事があるんだ!!)これなら勝てる!」

 

5人は今戦っている桐皇の5人を見る。

 

「(これは...)認めんといかんなぁ。今までで最強のチャレンジャーや...。」

 

「(認めるしかねぇ...)お前等は最高だ...。」

 

今吉、青峰は理解した。

この試合、負けも充分に有り得る事を。

 

「それでも(最強は青峰や!)」

 

ここでミスると一気に誠凛の流れが押し寄せる。

選択肢は青峰1本しかない。

今の青峰相手なら、元々の実力からいって火神以外には止められない。

最低でも点差を維持したい桐皇は失点を諦め、青峰の得点に全てを賭けるしかない。

アイソレーションを仕掛けて、出来るだけ他からのヘルプを極力なくそうとした。

何故なら今の誠凛なら、連携で青峰を止めてしまう恐れがあったからだ。

何より、ここに来て英雄の粘りが功を為した。

ゾーンは体力的に時間制限がある。それを過ぎれば、青峰の力は低下する。

そうなれば、火神を止める手段がなくなってしまうかもしれない。

 

これはあくまでも可能性のひとつであり、それでも青峰は競り勝つかもしれない。

しかし、最悪の状況を無視できない。

 

「これを見越して...か(居てもおらんでも厄介な奴やで...ホンマ。)」

 

そして、桐皇にケミストリーは起きない。。

桐皇のチームの在り方自体が超個人技主義であった事も原因であるが、大きな原因はエース青峰にある。

これまで練習はおろか、チームメイトを信頼・信用した事がない。

桐皇という帝光中と類似したチームに在籍した為、コート内での立ち振る舞いに何ひとつ変化もない。

過去も現在も、パスという選択肢を無くして常に1人でやってきた。

故に青峰を中心に成立してしまった桐皇には、決して起きない。

桐皇が勝つも負けるも青峰次第、どちらになろうとも原因は青峰になる。

 

 

全身全霊の青峰1本の桐皇に対し、誠凛は絶対の結束力で対抗した。

互いのOF力はDFを無力化し、点を重ねていく。

日向に、木吉に、伊月に、黒子、それぞれが遺憾なく、持てる力を振り絞っているが、ラストシュートは火神に任される。

絶対に外せないプレッシャーの中で、感覚に慣れてきたのか、火神のキレが徐々に増してきている。

 

「いいね!」

 

それを見た青峰の瞳には、輝きが増していた。その分青峰の動きもキレる。

この2人は何度もぶつかり合った。

この試合は今日の、下手をしたらこのWC全ての試合を含めた上で最高の試合かもしれない。

試合開始までは桐皇の優勢だったはずが、エース含めチームが同等の高レベルでやり合っている。

こんな試合に観客が沸かないはずが無い。

 

「青峰君...なんて...楽しそうなの...。」

 

桃井は何時しか見た、嘗ての輝きを取り戻した青峰を見ていた。

それは、その頃を知っている、黄瀬や緑間、他のキセキの世代達も同様だった。

 

「笑ってプレーしてる姿を見ると、なんか懐かしいっス。」

 

「プレー自体もイキイキとして躍動感が溢れてきている...。」

 

見ている場所は違えど、皆はバスケが楽しいと思っていた時代を思い出していた。

しかし、それをさせているのがキセキの世代がいるチームではなく、ケミストリーというキセキを起こした新鋭チームである。

そのエース火神は遂に、青峰を捉える。

 

バチィ

 

青峰のシュートを完璧に捉え弾く。それを分かっていたかのように伊月が奪い、速攻に繋げる。

桐皇も阻止しようと走り回るが、誠凛のパスに追いつけない。

木吉が受け、レイアップでブロックを引き付け、後ろにパス。

受けたのは黒子。更にダイレクトでボールを宙に放る。

 

「(火神君なら...)ここにいる!!」

 

ここで決めるのは、やはり火神。空中で受けた時には、既にダンクの体勢になっている。

青峰も手を伸ばすが、追いつけない。それ程、黒子のパスは火神にフィットしていた。

 

「勝つのは俺達だ!」

 

ガシャ

 

桐皇学園 95-92 誠凛高校

 

残り時間4分を切ったところで、完全に射程内に入った。

 

『キタキタキター!!3点差!!』

『ここまで来たら絶対勝てよ!誠凛!!』

 

観客もいつしか、誠凛に応援する者も増えており、チームの立場は逆転した。

それでも桐皇は最強は青峰だと信じ、パスを送り続ける。

 

「ははっ!勝手に決めんな!!」

 

同じくゾーンに入っている火神を強引に押し込み、シュートを放つ。

 

「っくっそ!」

 

「おら...!もっとだ、もっと来い!!」

 

右手をクイクイと曲げ、更なる激闘を誘う。

 

「なんて奴だ。ゾーンももうギリギリだというのに...。」

 

「くそっ!バケモンが!!」

 

木吉も日向も青峰の持つ、異常な圧力に感嘆の意を示す。

疲労はかなり溜まっているはずなのに、青峰の動きに陰りは見えない。

1度止められようが、ショックを受けたと感じさせない。

 

それから3点という差がとても大きく感じた。

どれ程、点を取っても青峰が強引に決めるという事の繰り返し。

誠凛は最高のプレーをしている。青峰はたった1人でも、決して引かない。

こうなれば、作戦がどうこう、読みがどうこうといったことではない。

勝利を手にするには、単純に桐皇より青峰より勝るしかない。

 

『...良い試合だな。』

『ああ、もっと見ていたい。』

『でも、もう直ぐ終わるんだよな...。』

 

観客も終わりを惜しみながら、試合を眺めていた。

 

 

「(しめた!もう見え始めとるで!!)」

 

今吉は見え始めた黒子からボールを弾く。

 

「っく。」

 

『アウトバウンズ。白ボール。』

 

ボールはラインを切り、何とかカウンターという最悪のケースは逃れた。

しかし、ここに来て黒子のミスディレクションが効果を無くし始めていた。

最後の追い上げに黒子の力は必須。

なにより、今の流れを切りたくは無い。

 

「(3点差が遠い...。)」

 

「(何か!何かもうひとつ...。)」

 

「(火神も既にいっぱいいっぱいで、青峰以外の負担は不味い...。)」

 

「はぁ...はぁ...。」

 

日向、木吉、伊月も不安要素に直面した。

火神の息は荒くなっており、誠凛に焦りが見える。

 

ビーーーー

 

『メンバーチェンジです。』

 

コート内にブザーが響いた。




●ナンバープレイ
OFで決められた動き・ルールを各々が動き、シュートへと繋げるチームプレーの事

ケミストリーはチームケミストリー等という場合もあります。


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勝敗は

桐皇監督・原澤は今になっても思う。

決して今、桐皇メンバーの前では言わないが。

もし、補照英雄という男が桐皇にいたらと。

 

高レベルのチームの監督は、チームを作る上で目指すものがある。

すなわち、最高のチーム作り。

細かいところはそれぞれの思想や主義によって変化するが、結局のところそこになってしまう。

最高のチームとは、最強のプレーヤーがいるチームか?否

優れた統率者がいるチームか?否

環境がより整ったチームか?否、である。

プロでも最高と謡われるチームはケミストリーが起きる。

NBAでもケミストリーが起きるチームが優勝している。

 

そして、様々なチームが最高のチーム作りを目指して取り組んでいるが、到達したチームは少ない。

どれだけ強いチームを作ろうが、決してケミストリーが起きなかった。

何故か?強豪になればなるほど、チームの仕組みはマニュアル化しているからだ。

徹底管理は監督の思うようなチームは作れるが、そこに化学変化は起きようも無い。

メンバーの意志を無理やり纏めてしまう遣り方は、効率は良いが予定通りで止まってしまう。

数々の要因を達成して始めて到達する。チームとして最高峰の頂。

たかが創部2年の新鋭チームが出来ていいはずが無い。

それも、今年に1年の火神と黒子が入り、更に木吉が途中参加で急ごしらえもいいところ。

そんな不完全なはずのチームには有り得ない。

 

 

 

嘗て、原澤が桐皇監督に就任するよりも遥か昔。

旧友の景虎に誘われて、ある試合を見た記憶。

小学生同士の試合で、迫力も何も無い。何の為に呼んだのかとつい睨んでしまった。

しかし、たったワンプレーで目を奪われた。

小さなチームの一体感。

その後のプレーでは起きず、はっきりと断言するには弱々しい為、なんとも言えない状態ではあったが。

 

現役時代でもそうそうお目にかかれない現象を、小さなプレーヤー達が無意識だろうが引き起こしていた。

そうする内に、気付いた。発端が何かに。

中心には、ヘラヘラとプロなら監督に怒られそうな表情をしながら、華麗な歌を歌っているような少年がいた。

彼はエースではない、キャプテンではない、それなのに目が離せない。

本当に小学生の試合かと思わせる位に、体育館は沸いていた。

 

今吉で作った土台に青峰という最高のプレーヤーを持ち、他の部員も全国から集めた精鋭である。

アクが強く、個人能力主義という状態になってしまったが、その実力はもはや全国でも有数。OF力ではトップクラス。

だからこそ、夢を見てしまった。ここに英雄がいたらと。

 

「やはり、強引にでも呼び込んでいれば...。しかし、このチームも最強です。」

 

コートの端に立つ英雄を見て、原澤は言う。

今までの監督生活の中で、最高のチームを作り上げた自負があった。

 

 

 

「英雄、イケルのか?」

 

日向は不安気に聞く。

 

「うぃす。もう大丈夫ですよ。つか、除け者みたいで悲しかったですよ?」

 

体をポキポキと鳴らし笑顔で答えた。

 

「この馬鹿、こんな状況で本当に羨ましそうに見てたわよ。」

 

後ろでリコが一蹴する。

 

「だって、俺が1番やりたかった事を俺がいないところでやっちゃうんだもん。」

 

「お前も言うな!もんって何だ!今聞くとイライラする!」

 

日向が英雄の頭をはたく。

 

「英雄、後は頼んだ。」

 

「俊さんもお疲れ様っす。美味しいところ譲ってくれてどもっす。」

 

伊月は英雄と手を合わせて、ベンチに戻る。

 

「すまんなぁ、疲れてるところ。」

 

「むしろ、ばっちこいって感じですよ。このまま終わったら、背中叩かれ損ですからね。」

 

木吉とは朗らかに笑いあう。

 

「僕は見ましたよ?僕の目指す先の一端を。」

 

「それは良かった。でも、絶対俺も負けないよ?もっともっと先に行こう。」

 

黒子と拳を合わせた。

 

「...おう。見たか?かましてやってるぜ。」

 

「見たよ...。俺には出来ないプレーだった。一瞬憧れそうだった。」

 

「ああ?何か引っかかるんだよ、その言い方!」

 

「絶対に憧れてはやらないよ?俺とお前はそういう関係だ。」

 

「....上等だ!」

 

「...おうよ!」

 

最後に火神とハイタッチを決め、コートに向かった。

ある程度回復したとはいえ、全快とも言えない。体になにかしこりの様なものがある。

それでも、頭に敗北は無かった。

それと反比例するように、ドーパミンが分泌されていくのだ。

 

 

日向のスローインで再開。

 

「....?」

 

英雄は受けたボールが何時になく手に馴染むような気がした。

 

「....来い。....?」

 

目の前には再びマークに来た諏佐が構えている。

その英雄はボールをまじまじと見ながら、呆けていた。

 

「(急になんだ?まるで隙だらけじゃないか...!)」

 

諏佐はボールに手を伸ばした。

 

「....はは、はははのは!!」

 

「っぐ!(やはり誘いだったか!)」

 

諏佐が前傾姿勢になった横をレッグスルーで抜き去る。最高の笑顔を持って。

 

「(...足も腕も気だるい。でも...イメージがどんどん沸いてくる!)」

 

「DF!警戒せえ!!来るぞ!!」

 

この土壇場で、満面の笑み。今吉は警戒を強め、黒子を追った。

 

「(もう効果は切れとるはずや!今度は何もやらせん!!)」

 

先程、黒子にスティール出来た事を思い出し、黒子の位置を追う。

 

「11番は15番の後ろに隠れてます!!」

 

ベンチから桃井の声が聞こえる。

英雄は構わず背後にボールを放って、直後ボールに向かって一直線に走り出す。

 

「(英雄君のイメージが伝わってくる....。)じゃあこうです!!」

 

黒子はリングに向けて、イグナイトパスを打つ。

そのパスに火神が反応し走る。

 

「そんなモンじゃ俺は抜けないぜ?」

 

「.....。」

 

そのパスコースを読み、青峰が火神の前に出る。このままでは青峰にパスカットされてしまう。

それでも、火神に不安の色はなかった。

 

ビシッ

 

割り込むように、英雄が指で弾いた。

球速は弱まりながら、火神の手の中に収まった。

 

「んだと!?(でも間に合う!!)」

 

火神のジャンプシュートに青峰はブロックで迫った。

しかし、ボールは放たれず、3Pラインの外へと向かった。

 

「日向...やと!桜井は!?」

 

マークのはずの桜井は木吉のスクリーンによって、外されていた。

日向のシュートは今日で1番綺麗なフォームをしていた。

 

桐皇学園 107-107 誠凛高校

 

同点である。

会場は歓声で溢れかえり、その興奮が窺える。

そして、今吉の前に英雄が立ちふさがる。

 

「っちぃ!(またこれか...。難儀やで)」

 

楽に抜けるはずもなく、肉薄し強引に前に出る。

勝利のへの道は前にしかないのだから。

 

「(3年間も走ってきたんや。もう少しだけ保ってくれ...。こんなに勝ちたいと思ったのは初めてなんや!)」

 

青峰が居る状況で、ここまでの窮地に陥ったのは初めてだが、それでも闘志は消えない。

いくら現実を見て妥協をしても、勝利を諦めた事はないのだ。

そんな今吉の3年間は濃い。だからこそ英雄に対抗心が生まれた。

その男は始まりは自分と同じだったはずなのに、あのバケモノ共に勝つつもりなのだ。

全く妥協をしていない訳ではない。事実、今は火神頼りの部分はあるし、チームを勝たせるやり方で勝負している。

しかし、今吉には分かるのだ。英雄は決して直接勝つことを諦めた訳ではないと。

 

「よこせ!」

 

今吉と青峰の距離は縮まっており、パスコースは若干開いた。

 

「(だから、ここまでがわしの仕事や。これだけは...)負けん!!」

 

ここで失敗すれば、逆転。

英雄を押しのけるように、パスを押し出す。青峰の下へ。

 

ビッ

 

「な!?テツ!!」

 

いくら青峰が速く動いても、パスコースとタイミングが分かれば充分に対応できる。

 

「はぁ...はぁ....。」

 

黒子の体力も限界に達しており、精神力でカバーしている。

ルーズボールは火神が処理し、ドリブルを行う。

しかし、青峰の戻りも速い。

 

「やらせねぇよ....!」

 

(お前なら....。分かってくれる!!)

 

別に声が聞こえた訳ではない。

ただ、反応したからそこにパスを出した。

 

「火神ならともかく、今更お前にやられるか!!」

 

直ぐに青峰も詰める。パスで抜けられぬように注意しながら。並みのパスなら手が届く。

英雄は、青峰からみて左へとフェイクを掛けて右に上体が傾いていく。

 

「(左と見せかけて右!!)」

 

青峰であれば充分にスティールが狙える。

手を伸ばしかけた瞬間、英雄の右手がボールの中心に下から回し、逆端に手の甲をつけた。そして弾く。

 

「(手の甲で!?こんなん見たことねぇ!!)」

 

青峰も抜かれた訳ではないが、体勢が不利過ぎる。

英雄に体を押し込まれ、スティールも狙えない。

そして、1番嫌なタイミングで下手投げのシュート、ヘリコプターシュートを決められた。

 

『ファウル!黒5番!バスケットカウント1スロー!!』

 

フリースローを取られた上で。

 

「くそっ!!」

 

「見たか!ガングロ!!追いついてやったぜ!」

 

この場面ではあの状態になった時点で、誠凛の得点はほぼ決まっていた。

そのチャンスを作ったのは黒子。英雄はすぐに駆け寄り嬉しそうな顔をした。

 

「テーツ君。見た?」

 

「はい。見てましたよ。」

 

「火神もナイスパス!」

 

「おう!つか、さっきのやつってどうやんの?」

 

「ああ、あれ?今度教えるよ。」

 

最高のプレーをした1年トリオ。逆転以外で盛り上がっていた。

 

「よし、よしよしよーし!!良くやったわ、みんな!」

 

リコは興奮し何度もガッツポーズをとり賞賛する。

 

 

 

「なんだ今のは...。クロスオーバー?いや、ボールがコートに着く前に切り替えした?」

 

黄瀬は僅かに見えた。

クロスオーバーのタイミングより速く切り返したドリブルテクニックを。

青峰が道を譲ったかのようにも見えた。

通常とは違ったタイミングやテンポ、そしてリズムで思いもよらないプレーで相手を翻弄する。

 

「やってる事はこんなに違うのに...まるで、青峰っちみたいっス。」

 

 

 

「...トラには分かるか?」

 

「エラシコ...そう呼ばれるらしいぜ?サッカーでは。」

 

サッカーの名選手ロナウジーニョが得意とするドリブル。

ドリブルの方向をボールの下を通し、逆側に切り返す高度な技である。

英雄は手で行う分、いくらか容易になるだろう。

 

「あの独特なテンポはそう簡単には読めない。ここにきてまた成長したな...。」

 

「あの、今更っすが、アダプタビリティって何ですか?」

 

高尾が手を挙げ、気になった単語を確認した。

 

「...適合性や順応性の事を言う。これを持つ者はどのような状況においても適切な対応が出来る。」

 

大坪が簡単に解説し、高尾はへぇーと唸っていた。

 

「確かに、補照はそれに当てはまってると思いけど、それだけじゃ説明が出来ないっつーか..。」

 

そこに景虎が話を挟んだ。

 

「アダプタビリティ、つまりアダプテーション。適応、順応、そして調整だ。チームに順応し、適応する。そしてチームメイトの選手としての色を濃くしてしまうんだ。」

 

キセキの世代達との決定的な違い。

相手を圧倒するのではなく、味方を押し上げる為のスキル。

勝利と言う結果は同じでも、過程がまるで違うのだ。

そして、一定以上チームに適応し隙間を埋めていった果てに、化学変化が起きた。

ゾーンに入れなくても、これならば対等に戦える。

唯一持っていた発想力という才能を体現できるように身体能力を伸ばし、色々な役割をこなせる様に技を磨いた。

それが数年に及んだ英雄の答えなのだ。

 

「一見、無駄だと思えるサッカーの経験をも活かし、ここまで持ってきた。それでもアイツは満足しない。アイツを止めるのは厄介だぞ?」

 

「ふふ、面白い。その挑戦うけてやろう。」

 

景虎の挑発を中谷は笑って受けた。

未だ、試合は続いているのに。

 

 

「追いついただと...?ざけやがって!!」

 

青峰は心底悔しがっていた。

今まで負けたことはない、何故なら青峰は最強だったからである。

何人だろうと止めさせず、幾多のチームを打ち砕いてきた。

確かに、強者とのゾクゾクずるような試合を望んできたが、負けるつもりはなかった。

しかし、今回の青峰は押さえ込まれている。

目の前の火神、同じ領域に至った尋常なる才能の持ち主。実際に何本ものシュートを止めてきた。

この位の状況ならむしろ望ましいが、パスが回ってこないのだ。

ボールを持てば最強のプレーヤーでもボールを持たなければ意味が無い。

 

「(窮屈で仕方ねぇ!!)」

 

現状、火神を抜いて得点というのは楽ではない。それに加えて、黒子が英雄が隙を見て襲い掛かってくる。

そして、ゾーンから抜けかけている。限界もすぐそこ。

 

「パスか...。」

 

そうなっている原因ははっきりしている。

青峰がパスしないという事実のみ。

そう考えていると、めぐり巡って青峰にボールが渡る。

ドライブに行くも火神は付いてくる。黒子や英雄もマークを外し、距離を潰してくる。

 

「(負けたくねぇ..負けたくねぇ)くっそ!!」

 

バチィ

 

青峰が歯軋りしながら若松に出したパスは、英雄により防がれていた。

 

「勝負に勝って、試合に負けたなんて展開はいらないよ!!」

 

木吉がルーズボールを拾って速攻。

木吉、黒子、日向、英雄、黒子、次々とパスを回し火神へと繋げる。

切れかけたはずの黒子のミスディレクションが効果を失っていない。

火神が光で黒子が影ならば、英雄は空気。

空気が澄んでいれば、光はより輝き、影は大きく濃くなる。

 

「うぉおおおおお!!!」

 

「あぁぁぁあああ!!!」

 

火神のダンクを青峰が正面から受け止め、力を込める。

 

「(俺は独りだったら多分負けてた...やっぱりお前はすげぇ。こっちは全員掛りだからな。でも、俺の方がチームに恵まれてた...それが勝因だ!)おおおぁぁぁっぁぁ!」

 

青峰ごと力ずくで、ダンクを叩き込んだ。

 

「......。」

 

そして、その空間は歓声に支配された。

 

----わあああぁぁぁっぁぁ

 

ここにエースの勝負は決した。

青峰の動きが見て取れるように低下した。

それでも、プレーヤーとしての質は高い。が、黒子や英雄のヘルプが来なくなった。

もう体力的に余裕がないのもあるが、火神を信頼した結果であった。

なにより、防いでおきながらも青峰のパスは脅威すぎた。

各自のマークに集中した方が効率的であり、付け焼刃のパスを通さない自信もあったからである。

 

 

今吉には走りきる体力はもうない。そこを精神力で補おうと、必死でパスを送り続けた。

桐皇には信頼関係というものはない、ただエース青峰への信用だけである。

残り時間1分間は桐皇も最後まで走り続けた。

今吉に報いるように、ベンチも声を張り続けた。

その懸命な姿はきっと観客の記憶に残るだろう。

例え、敗北したチームであっても...。

 

ラストシュートは黒子。

青峰は火神に押さえ込まれて、抜け出せない。

誠凛の4人は綺麗にスペースを空けていて、黒子を阻むものはない。

 

桐皇学園 111-119 誠凛高校

 

歓声でかき消されながらも、ブザーは鳴り続けた。




WC桐皇戦長くてすいません。
今後も頑張ります!


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夜の公園で

勝者は天を仰ぎ、敗者は俯く。

この試合の行く末は遂に決し、誠凛の勝ちという結果で幕を閉じた。

桐皇メンバーはその事実に目を見開き、呆然としていた。

 

「....負け?...そうか、負けたのか...。」

 

チームの中心人物である青峰も目の前に敗北を突きつけられても、実感を感じられなかった。

なにせ公式戦で敗北したのは、今回が初なのだから。

もう1度得点掲示板を見て、実感は沸かずとも結末を確認していた。

 

「はぁ...はぁ...青峰...君」

 

試合終了の合図により、疲労が噴出した黒子はよろよろと青峰に歩み寄る。

 

「...何やってんだ、テツ。勝者なら勝者らしくしろってんだ...。」

 

あまりのよたよた具合に見ていられなくなった火神が肩を貸し、黒子を支えた。

 

「...お前の勝ちだ。」

 

「違います...。僕達の勝ちなんです。」

 

黒子は青峰の賞賛を改めた。あの感覚に身を委ねた者なら分かるのだ。黒子の力で勝った訳じゃない、火神の力だけじゃない。

 

「...そうだな。」

 

「よお。今回は俺等の勝ちみてーだが、俺個人としてはまだてめーに勝ってねぇ。だから、次だ。次こそ俺が勝つ!」

 

火神は勝者チームだが、この結果に満足していなかった。個人的な価値観をそのまま言葉にし、青峰に対して改めて宣戦布告をおこなったのだ。

 

「っふは!...調子にのんな。今回は負けてやったが、次はねぇ。」

 

次。その言葉は不思議と、気持ちを明るくしてくれた。

しかし、敗北感をしっかりと理解していない青峰が、次について考えるのはもう少し後。

 

「青峰君、少しいいですか?...あの時の手をまだ合わせてもらっていません。」

 

黒子は握り拳を作って青峰に向けた。

青峰は今更と照れながら嫌がっていたが、結局黒子に押し負けて、拳を合わせた。

 

 

「補照、ええ試合やった。ほんまに悔しいけど、まっ、しゃあないわ。」

 

少し離れた場所で、今吉と英雄が握手を交わしていた。

 

「ありがとうございます。今吉さんと戦えてよかった、俺はまた1つ上手くなりましたから。」

 

「ははっ。ハングリーなやっちゃ、最後に戦えたのがお前で良かったわ。今はそう思う...。」

 

今吉は手を離し、ベンチに戻ろうと振り向いた。

 

「最後?大学とかプロとかあるでしょ?もう辞めちゃうんすか?」

 

「アホ言え、わしは一般入試や。それにプロ行ったかて、それまでやろ。国内でもあんま注目されへんしな。」

 

その背中に英雄は声を掛けて呼び止めた。

 

「今吉さんくらいのPGなら、呼ぶ声も数多でしょうに勿体無い。それに注目させればいいじゃないですか。」

 

「はぁ?どないすんねん?」

 

「そうですねぇ...アメリカとか倒したら、嫌でも注目するしかないでしょ?」

 

「アメリカぁ!?」

 

にやけた英雄の発言に、細い目が強引に広げられる。

 

「それに、1度くらいは同じチームってのも悪くないと思いますよ?一応、一緒にプレーしたいリストの1人なんすから。それじゃ、『また』」

 

言いたい事を言った英雄は、誠凛ベンチの和に飛び込んでいった。

今吉はベンチにもどりながら、英雄の言葉の真意を推理した。

 

「アメリカ...なぁ。そうか、キセキの世代すら通過点なんか....。でか過ぎるやろ!...っくっくっくく..。」

 

今吉は独り突然笑い出し、周りをぎょっとさせた。

 

「はーははは!負けた負けた!先のことはまだわからんけど、それもおもろそうやんけ!」

 

「今吉さん...?」

 

「ああ、桃井気にせんでええ。ちょっと便所行ってくるから、先戻っといて。」

 

「あ、はい。」

 

今吉は笑顔でコートから先に離れトイレの個室に入った。

 

「はは、負けか...。やっぱ、悔しいもんはくや..し....。」

 

3年間の思いは、雫となって溢れ出していた。その重さは本人にしか分かりはしない。

 

 

 

誠凛ベンチはとにかく賑やかだった。

英雄がユニフォームをレゲエのライブみたくぶんぶんと振り回し、観客の声にアピールした。

 

「イエー!イエー!イっげぇ!!」

 

「アホ!さっさと戻るわよ!!」

 

リコにスコアボードで殴られ、無理やり引きづられていった。

コートから出る前に、景虎に向けてピースサインをした。

 

「...どうよ?おっさん、少しは楽しめたか?」

 

聞こえるはずのない声を言いながら。

 

「...ふん、及第点だ。調子に乗るな、馬鹿。」

 

それでも意志は景虎に伝わっていた。

 

「マー坊、先帰るわ。ま、頑張れ。」

 

「ああ...。ん?お前、手がビショビショじゃないか。」

 

「うるせえ、見んな。」

 

 

 

更衣室に着いた英雄は変わらず忙しかった。

 

「リコ姉、鉄平さんをお願い。俺は火神にするから。火神、ここに寝そべれ。」

 

「分かってるわ。鉄平、足出して。」

 

リコは木吉のマッサージを始めた。英雄は火神に。

 

「ああ、なんだよ?別に大した事ねーっつの。」

 

「うるさいな。いいから!!こういうのは後に残しちゃ駄目なんだよ。」

 

「大体お前に出来るのかよ?」

 

「簡易的な奴なら、俺でも出金だよ。お前はゾーンを使用したんだ。自覚しろ。」

 

英雄は、火神が以前負傷しかけた膝を念入りに解していく。その次は腰とういう順序で。

 

「ゾーンは疲労も倍なんだっつの!ケアをちゃんとしなきゃ怪我すんだよ。選手生命、短くしたくねえだろ?」

 

「....分かった。でも、お前もじゃねーのかよ?」

 

「ああ?鍛え方がちゃうし、後でやるから問題ないっよ!」

 

「イデデデ!おい!もっと丁寧にしろ!!」

 

火神は何か思うことがあるのか、そのまま素直に従った。

英雄のマッサージは案外普通で、リコ程ではないが、疲労が溜まった部位を重点的に解していった。

 

「ほい!終わり。次、テツ君。ほら、早くしなきゃ体が固まるでしょ?」

 

「いや、でも。英雄君が先ですよ。」

 

「はっははは!聞く耳もたんわ!!」

 

黒子を軽く持ち上げ、ベンチにうつ伏せにさせた。

その最中に、火神が寝ている事に気付いた。

 

「どんだけだよ...こいつ。」

 

「でも、火神君は頑張ってくれましたから。」

 

英雄と黒子は頼もしそうに微笑んでいた。

ウチのエースらしいと。

そして、試合に出た者全てにマッサージが終わり、さて帰るかと見渡すと、英雄以外のメンバーが眠りについていた。

 

「あ~あ、リコ姉どうする?」

 

「まあ、ちょっとくらいいいでしょ。英雄、足出しなさい。やったげる。」

 

「もう自分でやったよ?」

 

「いいから!さっさと出す!...労ってあげようってんだから素直に受け取りなさい...。」

 

リコは時間潰しがてら英雄のマッサージを行うという。そして、英雄を寝かせる。

 

「...電気は消して...」

 

英雄は親指を噛みながら上目遣いをした。

 

「殺すわよ...?」

 

「....すんません、調子に乗りました。」

 

「よろしい!」

 

強く拳を握ったリコの圧力に負けて、素直にうつ伏せの体勢をとった。

 

「アンタのは簡易的に過ぎないんだから、後で火神君達のもやっておかなきゃ。」

 

「ああ、きもぢぃぃぃぃ。」

 

「御爺ちゃんか!」

 

英雄の背中をパシッとリコが叩いた。

 

「英雄....お疲れ様。」

 

「あ、うん。....折角だから、リコにもやったげようか?腕もかなり疲れてんでしょ?気持ちようしまっせ!うへへへへへ」

 

ギュッゥゥゥ

 

「痛ダダダダダ!!」

 

何故か英雄が厭らしく手を擦りながらリコに窺っていると、リコに思いっきり抓られた。

 

「セクハラ。」

 

「えぇええ!?感謝の気持ちなのに!?」

 

こういうった空気になると、体が勝手に馬鹿をしてしまう英雄であった。

 

 

その後、メンバーは全員起きて体育館を出た。

床の上で寝てしまっていた面子は、若干後悔しており、マッサージを受けてなければと考え恐怖していた。

とりあえずこのまま解散しようかと考えたが、誠凛のお祭り男・小金井が打ち上げをしたいと言い出した。

リコも桐皇との試合の後でしっかりとした補給を取らせたいと思っていたので、これに賛成。

かといって外食というのはどうかと考えていた時に、火神から自宅ならいいのではないかと提案した。

こうして、火神で鍋を食べることになった。

 

買出しを行ったメンバーは火神の自宅におじゃました。

 

「うわっ!俺んちより広いでやんの...。俺んちワンルームなのに...。」

 

英雄は資本社会の厳しさを目の当たりにした。

それ程、火神の自宅は広かった。少なくとも、2DKはある。

 

「ああ、元々親父と住む予定だったけど。結局すぐアメリカに戻っちまったから、1人で住んでんだよ。」

 

メンバーは開いた口が塞がらない。

色々言いたい事もあるが、ともかく食事をしよう行動を始める。

 

「ん?カントクは??」

 

日向がリコがいないことに気付いた。

 

「えっと、キッチンに...あ、ほら。」

 

福田が料理をしているリコを指差す。

 

「へぇ、ホントだぁ....。おいぃぃぃ!!何普通に料理させてんだよ!?」

 

「えぇ!でも、みなさんが普通にしてるからいいのかなって...。」

 

日向が福田の胸倉を掴み、焦りながら問いただす。

 

「言い訳ないだろ!!山ん時と一緒じゃねえか!」

 

「でも、今回は特別な食材を使ってる訳じゃないし。」

 

「味自体は普通だったな。」

 

日向が福田の頭をグォングォン振り回すが、伊月と木吉は意外に問題ないのでは?という意見だった。

 

「はい!できたわよ!!特性ちゃんこ鍋!!」

 

リコはテーブルに笑顔で鍋を置いた。

メンバーは唾を飲み込みながら、ゆっくりと蓋を開いた。

 

「よし...普通だな...。」

 

今の彼等は危険物処理班と同じ気持ちなのだろう。

緊張で箸が震えていた。

 

「いっただきまーす!!」

 

そんな中、英雄が最初に箸を入れて、ガツガツと口に頬張りだす。

見たところ一切問題ないようで、他のメンバーもある程度の安全を確認した。

※これはただの食事シーンです。

 

鍋に入っていた具は普通ではなかったが、不思議と味は問題なく、寧ろ美味かった。

それを機にわいわいと食事を始めた。

ついでに、反省会にも繋がり、試合中のプレーを確認しあった。

 

それからしばらく経った後、実は鍋にリコがいつも通りにサプリメントを投入していた事によって、不味さのダメージが遅れてやってきていた。

ほぼ全員がそれによって倒れ、行動不能になっていた。

しかし、耐性を持つ英雄は暇を持て余し、部屋に書置きを残して、先に帰って行った。

 

 

 

暗い夜道を青峰が1人で歩いていた。

試合後に自宅に帰った後、じわじわと敗北感が体の隅々まで覆い、眠れなかった為である。

気晴らしになればと、散歩をしていただけだった。

ふと、ストリートコートの近くまで来ている事に気付いた青峰は、なんとなく歩を進めるのであった。

 

「あ?こんな夜更けに誰がいんだ?照明も付いてねえのに、ご苦労なこった。」

 

近づいて行くと、ドリブルらしき音が聞こえてきた。そのままフェンスのところまで近寄り、目を凝らした。

 

「...天パ。」

 

コートにいたのは英雄であった。

英雄は目を瞑りながらドリブルしており、イメージした誰かを相手に1on1をしていた。

気付けば青峰はフェンスを握り締めていた。何かに急かされるように。

 

「そして、パァッス!!」

 

「っぶね!!何しやがる!!」

 

英雄が急に青峰にボールを投げつけ、青峰がつい声を出してしまった。

 

「んお?誰かいんの?」

 

英雄は別に青峰に向けたわけではなく、確かめに歩み寄ってきた。

 

「...よお。」

 

青峰としてはこのまま通り過ぎようと思っていたのが、予定外の展開になってしまった。

仕方なく、片手を上げ挨拶を行う。

 

「ああ、ガングロか。どったの?」

 

「別に。ただの散歩だ。お前こそ、こんな時間にまで、あんだけやってまだ足りねーのか?」

 

「当たり前じゃん。まだ足りない、俺はもっと上手くなりたいからね。」

 

「そうか...。」

 

英雄はボールを拾って、指先で回す。

 

「...バスケって何でこんなに面白いんだろう?」

 

「あ?なんだよ、急に。」

 

青峰は聞き返しながらも、どこかで聞いたような気がした。

 

「なあ、ガングロ。またどっかでやろうぜ。」

 

「さっきからガングロ、ガングロ、うるせえよ!もう名前知ってんだろ!前と、違って...?」

 

遠い記憶の中から蘇った思い出。

純粋にバスケを楽しんでいた、幼い記憶。

 

「今度は俺が上から目線な?」

 

「よく覚えてんな。そんな事。」

 

「そりゃそうさ。あの時から、あの時を切っ掛けにマジで上手くなりたいって思ったんだから。」

 

青峰は帝光中の頃、良く記憶に残っていた少年を探していた。

照りつける日差しの中で、何時までも笑いながらボールを追ったあの時間をもう1度体験したいと。

そして、それは英雄も同じだった。

サッカーへの転向とういう、予想だにしないことが起きても、完璧に敗北を教えられた色黒の少年はまだバスケを続けているのかなと思っていた。

もし、機会があればもう1度。イメージトレーニングの相手は定期的に青峰を思い出していたのだ。

 

「本当に思い知らされるんだ。バスケって1人じゃ出来ないんだって。味方がいて、相手がいて、それでやっと出来る最高のステージ。このボールでどこまでいけるんだろう?」

 

「ああ...そうかもな。」

 

「俺なんか、興奮し過ぎてちょっとだけ●ッキしちゃったんだよね。」

 

「言うなよ!そういう事!!マジ台無しだ...。」

 

青峰は英雄のペースに巻き込まれ、頭を抱えながらつい笑ってしまった。

 

「みんなには言うなよ?俺のイメージが崩れちゃうから。」

 

「言えるか!?大体誰に言えるんだよ!誰も得しねえよ!!」

 

結局、英雄との雑談に付き合っていった。

 

「そういえば、年明けはお前どうすんの?」

 

「あ?何の事だ?」

 

「あ、知らないんだ~。じゃあ黙ってようっと。」

 

英雄はにやにやしながら、情報をチラ見せしといて黙秘を決め込んだ。

 

「おい!気になんだろ!」

 

「もしかしたら、呼ばれないかも知れないからね。場合によったらドヤ顔しに行くわ。」

 

「じゃあいいぜ。言いたくなるようにしてやる!」

 

青峰と英雄の鬼ごっこが始まった。こんな夜更けに。

追い抜いたのか、追いつかせなかったのか、それはその人それぞれが決めることなのだろう。

 

「なあ!青峰。」

 

「んだよ!つか待ちやがれ!!」

 

「俺はドンドン凄くなるからね。このままだったら次は楽勝だよ?」

 

「上等だ!!これから先も、お前等とは長い付き合いになるからな!!」

 

近い将来、青峰は英雄のドヤ顔を見なければならなくなるのか。

それは、まだ分からない。




トップアスリートの試合中や試合後には、よくある事らしいですよ?
何がって聞かずに、察していただければ幸いです


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底力を示せ
WTB


「...あのさ、誰?」

 

桐皇戦の翌日、誠凛メンバーは試合会場に来ていた。今後、当る可能性のあるチームを観戦する為に。

英雄の目線の先には、火神と並んで歩いていた金髪の外国人がいた。

 

「ん、ああ。俺の師匠、みたいな人だ。」

 

「みたい、じゃねえ。れっきとした師匠だろ。アレクサンドラ・ガルシアだ。よろしくな!!」

 

「ああ、どうも...。火神にこんなパツキン美女なんかと...ちょっと幻滅だな。」

 

歩きながら火神が説明し、アレックスが握手を求めているが、英雄は聞いちゃいない。

火神に対する印象を改めていた。悪い方へと。

 

「おい!今説明したろ!!」

 

「あれか?普段は、『お前のタイガー』が火を噴いてんのか?...火神大我だけに。」

 

「泣かす!」

 

火神と英雄のじゃれ合いが発生し、他のメンバーは放置する。

 

 

「タイガから聞いてるぜ。お前も結構やるそうだな。」

 

興味をもったのか、落ち着いた英雄に声を掛けたアレックス。

 

「アレックス!余計な事言うな!」

 

「はは!照れんな!」

 

アレックスは豪快に笑っていた。その時、英雄がアレックスについて思い出した。

 

「ああ、思い出した。クレイジーレックス...。」

 

「何それ?」

 

英雄の言葉に小金井が聞き返す、本人のアレックスもピクリと反応した。

 

「いやね。確か数年前の事なんですけど、この人ゴシップネタが以上に多くて、どっかのライターが名づけたのが一気に広まったらしんですよ。」

 

「あっ!おい、英雄!!それは!!」

 

「クソガキ!!それ以上、その名を出すな....ブッコロすぞ...?」

 

火神がどちらを止めようとしたのかは分からないが、英雄の胸倉をアレックスが握り上げ、もの凄い形相で迫っていた。

 

「...いや~...なんと言うか、素敵な日本語をお使いで....。」

 

「次はないぞ?」

 

「イエス アイ ドゥー。」

 

クレイジーレックス。現役だったアレックスが、私生活の行動がぶっ飛んでいた為についたニックネームだった。

マスコミの悪意もあって、世間に広まっていた。そのおかげで、マスコミの人間がアレックスにボコられる事が多くなった。それも含めて、未だに未婚である。

そして、悪意がなくてもその名で呼ぶ事は、アレックスの逆鱗に触れる。というか、そんなマニアックな事を知っている奴は少ないだろうが。

そんなこんなで、観客席に座り、観戦を始めた。

 

それぞれのコートでハイレベルな試合が行われているが、やはりキセキの世代の試合はその上を行く。

秀徳の試合が行われていた。県予選を勝ち抜いた強豪であっても緑間は歯牙にもかけない。

多少なりとも軽んじていたアレックスもこれには驚愕し、実の弟子である火神が勝とうとしている敵の強さを思い知らされた。

 

英雄はというと、別に今更と言わんばかりに考えていた。

秀徳とは既に2回戦っている。この際、戦術などを考えてもあまり意味がないだろう。

それほどに手の内は、互いに分かっている。

そんな時、コートの隅にいた人物の顔をみて、未だ挨拶をしていない事を思い出し席をたった。

 

「英雄?どこ行くの?」

 

「ちょっと挨拶にね。」

 

「挨拶?誰にすんのよ?」

 

「オカケンさんに。6年ぶりだけど覚えてっかな?」

 

英雄の口から出た名前をリコは何処かで聞いたことがあった。

しかし、思い出せない。あだ名で呼んでいる以上、それなりの時間を過ごしているのだろうが。

 

「会場入り口で集合、忘れないでよ?」

 

「あいあーい。」

 

英雄の口元が緩んでいた。それほど親しい人物なのだろうか。

 

 

「オカケンさーん!」

 

英雄が手を振り、その人物に呼びかける。

 

「んん?誰じゃ、懐かしい呼び名で呼ぶのは...?」

 

その人物は周りと比べても、首ひとつ出ており、遠くからでも良く目立っていた。

 

「覚えてますか?W・T・B!!の補照っす。」

 

英雄は手で文字を表して、昔行っていた合図を送った。

 

「おお!英雄か。久しぶりじゃの?」

 

「誰アルか?」

 

「昨日の誠凛のPGしてた奴だよ。」

 

そこには陽泉高校の面々がおり、英雄の声に岡村建一が反応し応えた。

陽泉高校レギュラーの劉偉は昨日見ていたはずなのに、英雄を覚えておらず、横にいた福井健介が補足した。

 

「6年ぶりです。ご活躍は耳に届いてましたよ。」

 

「おう、ワシも昨日みたぞい。なかなか派手に目立ってたな!」

 

長年にわたる再開に岡村はがはははと笑う。

 

「あれー?黒ちんのところの...誰だっけ?確かパイノミ...?」

 

「どこからそのワードが出てきたんだ?補照君だ。」

 

その後ろから、キセキの世代紫原と、火神との因縁がある氷室が現れ、陽泉レギュラーが一同を介した。

 

「つか、何?知り合いか?」

 

福井が当然の疑問を岡村に投げかける。

 

「おお、こいつとワシは小学校のバスケクラブで一緒だったんじゃ。んでもってそれ以来って訳じゃな。」

 

嘗てキセキの世代が世間に知れ渡る前、東京のバスケクラブの1つ、西東京ミニバスケットクラブの第31期のメンバーであった。

当時、6年生の岡村はCを行って、4年生だった英雄がSFでプレーしていたのだ。

キセキの世代の台頭により、世間の記憶から消えてしまったが、関東を席巻していた。

つまり、West・Tokyo・Basketball。略してWTB。

 

 

「ま、ガキだったころは転向が多くてな、在籍したのは1年半だけだったがの。」

 

「実に懐かしい。」

 

「お前の噂は一切聞んくなったから、何をしてるかと思ったぞい。」

 

「なんかサッカーで全国行ってましたよ!」

 

昔の話に花が咲き、あまり試合を見てなかった。

 

「おい、岡村。久しい再開なのは分かるが、ちゃんと試合を見ろ。」

 

そこに陽泉高校監督の荒木雅子が現れた。

 

「あ、荒巻さんだ。」

 

「む?監督のこと知っとんのかい?」

 

バスケオタクの英雄は荒木の現役時代の事も知っていた。

 

「あれでしょ?月バスのプバレンタインデー企画で、何故か男子プレーヤーを押さえて、人気投票1位になった。アンドレ様、ですよね?」

 

「それを言うなー!」

 

荒木の黒歴史ともいえる事件。そこには男女分けての人気投票だったのだが、蓋を開けてみると女性票を圧倒的に集めていたのだ。

女性部門では7位と微妙。編集者も面白がってそのまま掲載したので、当時の荒木は宝塚みたいな扱いになっていた。

ちなみにアンドレとは歌劇での役で、人気の女性が男装して行うところから来ている。

そして、未婚。

などと英雄がペラペラと話していると、目の前に竹刀が襲い掛かってきた。

咄嗟に白羽取りで受け止め、冷や汗が流れる。

それをナイスコンビネーションで岡村と劉が壁を作り、他の観客から隠した。

 

「ひ、英雄。悪いが謝ってくれんか?ちょっとこのままじゃと、こっちに飛び火するんじゃが..。」

 

「す、すいませんでした。僕、ファンだったんでつい..。」

 

岡村の願いに応えて、英雄が誤魔化しに掛かる。

新巻の現役時代を見たことがある英雄は、当時の名プレーが良かったなどといって落ち着かせた。

 

「フー!フー!...そ、そうか?」

 

「ええ、06年の時の韓国戦も見ましたよ。あの誤審が無かったら勝ってましたもんね。」

 

「....お前どんだけ詳しいんだ。あまり取り上げられなかったはずだぞ?」

 

全力で煽てていると、なんとか我に返った荒木に若干引かれる英雄であった。

 

「....ほっ。」

 

周りにいた陽泉のメンバーも一安心していた。

 

「やあ、補照君。握手してもらえるかな?」

 

「ええと、確か火神の...。」

 

「氷室だ。よろしく。」

 

今の出来事をなかったかのように何食わぬ顔で氷室が英雄に近づいた。

 

「あ、ども。」

 

「君にはシンパシーを感じたよ。タイガにも勝つが君とも真剣勝負がしたいな。」

 

氷室はクールな表情の割りに力強く、英雄の手を握ってきた。

 

「おっ?そういう性格なんすね?つか、火神のついでみたいなのは嫌っすね。俺はあいつより下だなんて思ったことないっすよ。」

 

英雄も力を込める。

 

「ふっ。そうか、君の言うね?楽しみにしてるよ。」

 

氷室の挨拶が終わったのか、そのまま背を向けた。

 

「ま、そういうことじゃい。当る時は容赦はせんぞ?」

 

変わって岡村が話しにきりをつけようとした。

その負けるとも思っていない岡村に英雄は思うことがあった。

 

「...オカケンさん。言うかどうか迷いましたけど、その体たらくじゃ俺等には勝てませんよ?」

 

「あぁ?」

 

にこやかだった雰囲気が英雄の一言によって崩れ去る。

 

「いくら知り合いじゃというて、あまり調子に乗るなよ?」

 

「オカケンさんは好きですけど、今の陽泉は好きになれないんすよ。...ガッツがね..足りてないっすよ。」

 

英雄は陽泉の全員から睨まれながら、去っていった。

紫原に一切話しかけずに。

 

 

英雄は誠凛に合流し、観戦を終えて帰宅する事に。

そこで、アレックスが火神への特訓がしたいと申し出た。

 

「頼む...。」

 

「えー、火神アメリカで俺が送ったメール全然見てなくて、おさらいしときたいんだけど。」

 

リコが口にする前に英雄が反対意見を言った。

 

「それでも、この先お前等の為にもなるんだ。」

 

「うーん。」

 

リコも悩む。誠凛には、実は桐皇戦で出来なかった事があった。

原因は火神の理解度不足であり、今後使用出来るようにすることがこの先勝つ為の必須条件だった。

 

「よし!じゃあ、英雄を貸します。」

 

「えぇ...そうくんの?」

 

英雄は、リコの返答を予想しておらず、とても嫌そうな顔をした。

 

「そしたら練習効率も上がるし、その分こっちの合わせにも参加できるでしょ?」

 

「確かに、DF役があれば...それにこいつクラスなら...。」

 

リコは英雄を完全に無視して話を進めた。アレックスも賛成よりだった。

今朝にアレックスの地雷を踏んだのが不味かったのか?

という訳で可決。

英雄は簡易的だがマッサージの心得もあるので、火神の練習環境としては申し分も無かった。そして、英雄に笑顔も無かった。

 

という訳で、英雄はその日からアレックスと火神に同行。しっかりこき使われていた。

しかしながら、アレックスのバスケット論にも興味がある。なにせ元プロなのだから、得るものもあるだろう。

終わると火神のマッサージを行ってから帰宅。

翌日も早朝から火神宅に行き、再度練習。午後は一旦学校へ火神と合流し、軽い合同練習。

現在は次の対戦校の中宮南の研究中。

 

「まあ、こんな感じでオーソドックスなバスケね。後、この試合は火神君と黒子君は温存したいの。」

 

実は火神が特訓している影で、黒子が新シュートの練習をしていた。予定では英雄が付き合うところが変更となり、青峰に付き合ってもらっているらしい。

なかなかにハードワークだったので、リコは試合に2人を外すという提案をした。

 

「けど、勘違いしないでね。夏の時みたいに博打って程でもないわ。2人抜きでも充分勝てると思うから言ってるの。」

 

「ま、確かにな。映像見てる限りじゃ、何とかなりそうだからな。」

 

リコに続いて木吉も勝算を持っていた。

 

「...鉄平も出来ればフル出場を避けて欲しいのよ。日向君もね。」

 

「でも、それじゃあスタメンほぼ入れ替えじゃん?」

 

小金井が問題点を提示した。

 

「全部って訳じゃないし、ただ出来るだけって事。このまま勝ち上がれば、陽泉高校と当るわ。」

 

「紫原か...。」

 

木吉は少し思いつめたように、手を顎に当てた。

 

「5人中3人が2m越え、桐皇戦並に激戦は必死だから、休めるときに休ませたいの。」

 

リコは一端の監督らしく、優勝する為の戦略を立てていた。

陽泉と戦うには、インサイド争いが歌劇になる。当然、木吉がメインになるのだが、披露した状態で満足にプレーは出来ない。

2回戦、3回戦はプレーの感触を掴むだけに留めさせ、陽泉戦に照準を合わせる。

それは、日向も同様。桐皇戦の時のような絶好調でなくても良いが、不調になってしまうと勝つプランが厳しくなる。

日向にも調整をして、ベストな体調で臨ませたい。

 

「それは、分かるけどな...。」

 

「つまり、次は俺、水戸部、小金井、土田、英雄か?」

 

期待されてると言え、日向も悩む。伊月はスタメンを予想。

誰も英雄の心配はしていなかった。

 

「凛さーん!久しぶりにかましてやりましょ!」

 

「(コクン)」

 

英雄の声に、水戸部は首を傾けた。この2人のDFの安定感は夏に証明済み。

 

「...英雄、頑張れよ。」

 

すると、福田、降旗、河原に声を掛けられた。

 

「俺等はさ...応援するしか出来ないけど...全力でやるからさ!」

 

「は?何言ってんの?」

 

「「「え?」」」

 

「え?」

 

4人してきょとんとしてしまった。どうやら、話がかみ合ってないようだ。

 

「いや、だから。」

 

「いやいや、試合出ないの?」

 

3人はこの返しが来るとは思っておらず、意味が分からなかった。

 

「こーちんは隠れて3Pの練習してるのみんな知ってるよ?」

 

こーちん、河原浩一に英雄がつけたあだ名。

河原は、フォワードだが身長は決して高くない。チームの為になればと、伊月や日向の練習につい合いながら、アウトサイドシュートの練習をつんでいた。それも恥ずかしかった為に隠れて。

 

「逆にひろしは、フォワードプレーを覚えようとしてるのも知ってる。」

 

ひろしこと、福田寛。Cとして、高さも力もまだ足りない。既に水戸部や火神、英雄など、ゴール下をカバーできる者は足りている。だから、フォワードの動きを取り入れてプレーに幅を持たせようとしていた。

 

「そんで、フリ。俺はフリのPGも好きだからね。それに2試合中、伊月さんの代わりができるのはフリだけなんだから。」

 

フリは降旗光樹のあだ名。慎重なボール運びを心がける。最近は伊月を見習い、バスケIQ向上を目指して勉強中である。

 

「ふふ!私を騙そうっていうならもう少し工夫しなさい。」

 

リコも優しく笑いかけ、メンバーの視線が3人に向く。

 

「あー。まあ、そう言う事だから頼むわ。」

 

「え、あ...。」

 

日向に声を掛けられた河原は既にキョドっている。

 

「そうそう、呼ばれた時に恥かかないようにな。」

 

「は、はいぃ。」

 

小金井に肩を叩かれた福田も同様。

 

「簡単に出場機会は渡さないけど、そのときが来たら頼むぞ。」

 

「....。」

 

伊月に話しかけられた降旗は声も出ない。

 

「みんな、ご迷惑を掛けますがお願いします。」

 

最後に黒子に頭を下げられた。

その後の3人は、それぞれ覚悟を決めようと一切しゃべらなかった。

 

 

そして、試合当日。

スタートは、予定通りのメンバー。

水戸部、土田、英雄でインサイドを守り、伊月と小金井でカウンターを仕掛けた。

試合展開は、スタメンを抜いても順調な滑り出しをしていたが、要所要所での英雄のプレーに違和感が現れていた。

 

「ん?」

 

リコも気づいた。微妙にかみ合わないのだ。

コンマ1秒のズレがある。英雄も困惑しており、修正に苦しんでいるようだ。

 

「あっれ~?おかしいな...?」

 

第1クォーターはあまりリズムに乗れず、23-19で勝ってはいるが微妙。

インターバル中に、英雄の状態を確認した。

 

「なんかさぁ、感覚が先走るっていうか。何なんだろうね?」

 

英雄は手を握ったり開いたりしながら、違和感の原因を考えていた。

 

「...今日はDFに専念、OFはみんなに任せて。」

 

「ううん...仕方が無いか...。すんません、お願いします。」

 

木吉がいないインサイドには英雄を外す事が出来ないので交代はしないが、DFやリバウンドをメインにするように指示した。

 

「ああ、それはいいけど...大丈夫か?何か怪我でもしてるんじゃ...。」

 

「いや、そう言うことじゃないんすけど...。」

 

心配そうに伊月が話しかけるが、そういった分かりやすい事でもなかった。

 

「英雄...それを飼いならしなさい。」

 

「ん。分かってるよ。」

 

誠凛は完全なチームOFで臨む事になった。

英雄のシュートは控えめになり、それでもマークが集まるので、パスを回して確実性を求めた。

走りながら、スクリーンを駆使してフリーを作り、水戸部や小金井で点と取っていく。

 

「なあ、カントク。英雄に何が起きてんだ?」

 

チームの出来はまあまあだが、日向はふと疑問に思った。

 

「...多分、英雄は自分の成長に戸惑っているのよ。」

 

「はぁ?そんなん今更だろ。今まで全く成長してなかった訳でもねーし。」

 

「身体能力とか、基本的なテクとかはね...。でも、あの独特な感性が成長を見せたのは、今回がやっとなの。」

 

リコは不調の原因に当たりを付けていた。

桐皇戦という激戦の中で英雄は、自分の能力を高めていった。

基本的な技術や、今吉と競り合う中での駆け引き、しかし英雄の本質は別の物。

創造性、コートにおける様々な可能性をありのままに捉えて、形として表す性質。

そして、それは幾らリコや景虎のトレーナーとしての高い実力を持ってしても、鍛える方法が見つからなかった。

 

「だから、出来るだけイメージどおりに動けるように鍛えてきたんだけど...英雄のファンタジスタとしての能力を強くするには実践の中にしかなかったの。でも、想像以上に成長してしまったから、英雄の動きが空回りしてるんだと思う。」

 

贅沢な悩みなのだろうが、リコは親指の爪を噛みながら説明する。

予定では第4クォーター、早くても第3クォーターの途中から、日向や木吉を投入するつもりだった。

しかし、このまま行っても大丈夫か、という疑念もある。

DFはともかく、OFの起点が無いのが問題だ。

現在は、DFからのターンオーバーでの得点でリードを守っているが、英雄の不調がばれれば、主導権を奪われる恐れもある。

 

「守るか...。」

 

リコはふとベンチで応援しているメンバーに目を向けた。

 

「(よし!)河原君、準備して!!」

 

「え?」

 

第2クォーター6分過ぎ。

交代を知らせるブザーが鳴り、ガチガチに固まっている河原が立っていた。

 

IN 河原  OUT 小金井

 

「おう、行ってこい!」

 

「あわわわわ....。」

 

「大丈夫か...?」

 

小金井とすれ違った河原は、ロボットダンスをしているかのように歩いてくる。

 

「カントク...流石にこれは...」

 

勝つ気があるのかと聞きたくなるような采配に日向はリコに目を向けた。

 

「確かにちょっと心配だけど、これで意図は伝わると思うわ。」

 

 

「外か...。確かにインサイドへの一辺倒になってたな。相手にもばれてきてるみたいだし。」

 

伊月はリコの意図を読むが、何故河原なのかは分からなかった。

今まで3Pの練習をしている事は知っていたが、当然成功率は日向の比にならない。同じ条件なら小金井の方が良いだろう。

とにかく、1度アウトサイドからのOFで組み立て直す。

 

「河原!」

 

伊月がパスをして、外に張った河原が放つ。

が、ショートしてしまい、リングまで届かない。

 

「くっそ!そう言うことかよ!!」

 

英雄が無理に跳んで、ボールを伊月に向けて弾く。

 

「ナイス!英雄!!」

 

エアボールになった状況で伊月はマークを外していて、そのままレイアップで得点。

 

「ご、ごめん!」

 

河原が先程の失態に頭を下げている。

 

「ダイジョブ!もっと胸張って!腰が引けてるから短くなるんだよ。」

 

英雄はポンと腰を叩き、激励する。

 

「リバウンドは任せろ!」

 

土田も寄ってきて、声を掛けていった。

 

「昨日も言ったけど、こーちんの頑張りは知ってるから。だから、俺達を助けてくれない?」

 

試合出場機会がほぼない1年の河原を全国大会の場に出す事は、戦術上ありえない。

だから、リコの言いたい事は察することが出来る。

リコは全員に活を入れているのだ。

河原のフォローをさせる事で、余裕を無くし強引にパフォーマンスを高めさせようと。

 

「カントク、滅茶苦茶すんな...。」

 

伊月はついため息を出してしまう。

 

 

そこから、一旦河原にボールを集めてからの展開を始めた。

河原はビビっていて、インサイドに入ろうとはしない。だから、あえて集めてハイポストに入っている英雄を経由する。

伊月に渡しながらスクリーンを掛けてシュートチャンスを作った。

伊月のチェックが強まれば、土田や水戸部にパスをして、DFをかき乱した。

 

「河原!打て!!」

 

「はい!!」

 

徐々に試合に溶け込んでいった河原は、遂に3Pを決めた。

 

「やっ..たー!!」

 

力強く握り締め、歓喜に震えていた。

 

「これはこれで...楽しいかもしんない...。」

 

河原に点を取らせる事は、決して楽ではなかったが、しかし、今の河原を見るとこちらも良い気分になる。

相手は全国に名を連ねる強豪校であるが、キセキの世代ほどではない。

気付かない内に、気を抜いていたのかもしれない。不調だとしても言い訳は出来ない。

それでも、この点は気分が良い。

 

「それに...慣れてきた...。俊さん!俺もういけます!!」

 

英雄は、唯時間を過ごしていただけではない。

1つ1つのプレーを確認しながらの、20分弱であった。完全とは言えないが、ギアを挙げる為には充分だ。

 

英雄復活。OFを加速させていく。

ハイポストからの展開は変更しないが、そこからのミドルシュートを打ち、相手Cを引きずり出し、水戸部や土田にパスを繋げていった。

DFがインサイドに寄れば、伊月のカットや河原のシュートを使い始め、主導権を完全な物にした。

 

第3クォーターになると、河原のスタミナが切れ始めたので、そこで日向を投入。

 

「へっ!見せ付けられるばっかじゃカッコつかねえよな!」

 

後輩に負けないといわんばかりに3Pを決める。

第4クォーターには木吉を投入し、予定通り調整に専念させた。

 

「お陰で、チェックが甘い!」

 

膝の事を心配しなくても良い状況で、木吉は後輩の頑張りに報いろうと奮起した。

主力メンバーを完全に温存できたまま、試合は終了した。

誠凛高校 109-71 中宮南高校

 

更に、河原に全国を経験させる事も出来、監督としてリコは万々歳だ。

しっかり機能したのは2分程度だったが、

 

「割といい感じだったわね...。まだ早いけど...来年も楽しみだわ。」




アレックスと新巻監督の事は、分かっていると思いますが、作者の解釈と捏造です。

小学生の時の他のチームメイトについては今後触れるかもしれません。


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ベスト8

WC第3回戦。

誠凛は、いつも通りに1-3-1ゾーンでペースを奪っていた。

2回戦の反省により、日向をスタメンに選びバランスの良いOFを展開。

インサイドは水戸部、土田、英雄の3人でリバウンドを高確率で奪取していた。

相手Cの慎重は3人よりも高かったが、誠凛の1-3-1はパスコースを制限し、まともなプレーをさせなかった。

途中で日向を小金井と交代、戦術をカウンター速攻型に切り替えた。

そして、これも上手く嵌り、点差をつけていく。セットオフェンスの場合でも、英雄のミドルシュートを中心にOFを組み立て、それぞれが平均的に得点。

最後に木吉を投入し、疲労している相手のインサイドからリバウンドやシュートの本数を稼いだ。

 

 

 

「イェーイ!ベスト16突破ぁ!!」

 

文句なしの勝利に英雄ははしゃいでいる。

今のところ出場時間が1番長いのだが、疲労の色は無い。

 

「順調順調!」

 

リコもスコアボードを眺めてニンマリしている。

これで、次ぎに迫った大勝負をベストな状態で迎えられるのだから。

 

「次は....。」

 

改めて火神は次ぎの対戦校を確認する。

キセキの世代・紫原敦、そして氷室辰也を擁する陽泉高校。2,3回戦はコートに入らず、自分は特訓に専念させてもらった。

仮にもエースと呼ばれているのだ、ここでチームを勝利に導かれなくて何がエースか。

彼のテンションは既に爆発寸前であった。

 

 

「馬鹿やろう!!」

 

そのままのテンションでアレックスとの特訓に臨んだ火神は、アレックスに叱られていた。

 

「熱くなるのはいいが、怪我すんだろ!!」

 

「けど!!」

 

「ぅっせぇっ!!

 

不完全燃焼な火神はつい反発し拳骨を貰い蹲る。英雄は横でストレッチを行いながら、その光景を笑って見ていた。

 

「それにしても...規格外の技だね。これがワールドクラスって奴?」

 

英雄はふとこの数日の特訓の内容を思い返す。徐々に形になっていくそれに流石の英雄も驚かされた。

なにせ完成すれば、ブロック不可の必殺技となるのだから。

 

「うーん、俺ならどうやって止めるかね?」

 

対抗心を燃やすのはいいのだが、そのせいで練習相手という役割を忘れてしまい。本気のDFをしてしまった。

完成度がまだまだな火神は使用すら出来ない。

しかし、アレックスはそれはそれでいいと考え、続行させた。次の試合に間に合わせるには多少の無茶は覚悟するしかない。

それに、叱ったが、その熱意を上手く活かしきれれば成功も近い。

 

「...それにしても、良いコンビじゃねーか。身近なライバルの存在ってもの程、成長に繋がるものはねえ。」

 

アレックスは見守りながら、昔の事を思い出していた。

小さな弟子達が楽しそうにバスケをする姿を。

 

「(タツヤ...)」

 

 

 

 

そして遂に試合当日がやって来た。

陽泉高校対誠凛高校。

試合開始前から、陽泉の3人のでかさが際立つ。

 

『でけぇ...ホントに高校生?』

『やっぱあれくらいパワフルじゃないと盛り上がんないでしょ!』

『それに2試合連続無失点つーのがヤバイ!!』

 

いつものことながら、周りの予想は誠凛の不利である。

誠凛としても今日の試合が厳しくなる事は事前のスカウティングで分かっている。今更、驚いたりする事もない。

 

「はい!注目!!」

 

リコが手を叩きながら試合前の確認事項を行った。

 

「今日の重要事項はインサイドよ!不利なのは始めからわかってるんだから、一々不安にならないで。」

 

「あーい。順平さんどうですか?」

 

「絶好調とまでは行かないが、悪くねぇな。つか、2試合共ここまでお膳立てされといて、出来ませんなんて言えるか!だろ?」

 

英雄は適当な相槌を打ちながら、もう1つのキーマンである日向に話しかけた。

しばらくの間、温存且つ実践での調整をしてきた甲斐もあり、万全だったようだ。

 

「ああ、火神と黒子はどうだ?」

 

木吉も同様であり、気持ち的にも余裕があった。

 

「問題ねーです!」

 

「どーでもいいけど、俺に対する感謝が感じられないんだけど?」

 

「別に...いなくても良かったし。」

 

「何それ。器ちっちゃ」

 

「んだと!?」

 

実際のところ、火神はそれなりに恩を感じていた。何と無く伝えるタイミングが無かっただけなのもあるが。英雄のドヤ顔を見ると思うと体が拒否したのだ。

流石に試合前に怪我というのも問題だらけなので、立ち上がる火神を黒子が止めた。

 

「まあまあ。」

 

「そーいやテツ君も青峰とシュートの特訓してたんだよね?」

 

「はい。結局のところ目的には至りませんでした。それでも、無駄だったということもありません。」

 

「お?自信ありって顔だねぇ。」

 

「英雄!いい加減、試合前にはしゃぐ癖直しなさい!」

 

「甘いね。俺がはしゃぐのは試合後もだ!」

 

「うるさい!」

 

「うぇぇぇぇ。」

 

前のめりになって黒子の話を聞く英雄のユニフォームを掴み、強制的に座らせた。

試合前の選手にすることではないが、これがいつも通りの誠凛だったりする。

 

「他人の事はともかく、アンタはどうなの!?ここで調子悪いなんて言ったら...張り倒す!」

 

「ダイジョブ、負ける気がしないよ、アレもあるしね♪」

 

リコの恐喝にもあっさり応える英雄は本当に調子が良いのだろう。

 

「よし、それじゃあスタートは桐皇と同じね。いい?絶対にビビっちゃ駄目。とことんしつこくいきなさい。」

 

「「「おう!」」」

 

先ずは整列。

両チームが中央に集まる。

 

「おい英雄。この間言った事忘れちゃおらんじゃろうの。」

 

先日に英雄からはっきりとチームを否定された岡村は睨みつけていた。

 

「えっと...?ああ、あれっすね。当然ですよ。つかオカケンさんは何も感じないんですか?」

 

「あぁ?」

 

当然副キャプテンの福井も反感を受けなかった訳ではない。

 

「...分かったわい。こっからは言葉じゃなく、プレーで語ろうか。」

 

「そゆ事。」

 

完全に形式だけの握手を行う。岡村から強い力で握られていた。

それと同様に、火神と氷室、木吉と紫原が火花を散らす。

 

陽泉高校

C紫原敦 208cm

PF岡村建一 200cm

SF劉偉 203cm

SG氷室辰也 183cm

PG福井健介 176cm

 

 

誠凛高校

C木吉鉄平 193cm

PF火神大我 190cm

 黒子テツヤ 168cm

SG日向順平 178cm

PG補照英雄 192cm

 

両雄入り乱れ、試合開始。

木吉はベストなタイミングでジャンプボールを跳ぶが、圧倒的高さをもつ紫原が当然の様に先に触れて福井に送る。

 

「もーらい!」

 

それも織り込み済みだった英雄は、福井からボールを奪い

 

『ジャンパーヴァイオレーション。白9番。』

 

先取点と思いきや、主審の笛で止められてしまった。

紫原がジャンプボールをボールが最高点に向かうまでに触れてしまっていた。

主審は充分な高さに放り投げていたのだが、紫原の驚異的な高さが窺える。

 

「...やっちった。」

 

「次は気をつけような?」

 

「お前、いい加減にしろアル。」

 

紫原はチームメイトから非難を受けているが、割と普段から行われているように見受けられる。

監督の荒巻もそこまで厳重注意をしていないのだろう。

 

「分かってた事だけど...。」

 

「ああ、この試合。マジでキツイぞ...!」

 

だが、試合全てでこの高さに挑まねばならないのだと、誠凛メンバーに思い知らせた。

 

 

対して、陽泉にも不安要素が無かった訳ではない。

 

「でも、アツシのミスは結果として助かった部分はあるぜ?」

 

スティールを食らった福井である。紫原が制したボールを大事に行こうとしたときに奪われた。

ルールに助けられなければそのまま先取点を与えていたかもしれない。

 

「ま、口だけって事はないじゃろ。」

 

補照英雄。最大の選手が紫原である事は間違いないが、PG限定なら英雄が最大なのだ。

警戒しない方がおかしい。昔を知って尚且つ、桐皇戦を見た岡村なら尚更である。

 

「内が駄目なら外ってのは定石アル。別に目新しいこともないアル。」

 

劉も他と同じ戦法で来ると思い、若干舐めている節があった。

それは今までのゴール下の支配してきた結果から来ている。インサイドは俺達のものだと。

いつも通りに2-3ゾーンで、強固な盾を作った。

この2-3ゾーンこそが、2回連続で無失点の記録を作ったのだ。それは重厚で強烈なプレッシャーを放つ。

 

 

 

「てな感じで舐められてる?」

 

「てな、ってなんだよ?」

 

今日までの研究や英雄の『だから?』というリアクションで、誠凛はそれほど不安を感じていない。

 

「まあいい。行くぞ!」

 

日向のスローインで英雄がボールを運んだ。

陽泉のゾーンは他のチームと比べて外に開いており、未だ3Pラインであってもチェックが厳しい。

 

「でも、関係ないけどね。」

 

「な!?」

 

福井の正面でいきなりジャンプシュートを打った。

陽泉高校 0-2 誠凛高校

英雄が3Pラインを踏んでおり2Pであったが、それ故に福井のチェックは若干甘くなっていたのだ。

約20cmのミスマッチ、英雄に跳ばれると福井には届かない。

 

「えっと...ゾーンでいいんすか?」

 

おまけに挑発もプレゼントし、誠凛の先制。

 

「ん~。やっぱアイツも面倒だねぇ。」

 

紫原はそれをだるそうに見ていた。

 

次順。陽泉OF。

しかし、紫原は自陣でぼんやりしており、OFに参加する気配はない。

 

「ふぁ~...頑張ってねぇ~。」

 

欠伸をしながら4人を見送っていた。

陽泉は2IN2OUTのフォーメーションで福井がボールを運んでくる。

その福井には日向がマークし、岡村に木吉、劉に英雄、そして氷室に火神となっている。

 

「初っ端からぶっ倒しにいくぜ。タツヤ!」

 

「この時を待っていたよ、タイガ!!」

 

開始早々に1ON1でぶつかる。

福井からのパスを受けて、即シュート。

 

「フェイク!?」

 

氷室の鋭いフェイクに火神はブロックに跳んでしまった。

その隙に氷室は一気に侵入。

 

「いかせません!」

 

そこに黒子がヘルプ。黒子はとくにマッチアップせず、自由に動いていた

氷室はそこでジャンプシュート。

 

「はっ!!」

 

黒子は氷室のシュートに一切反応出来なかった。

 

「うわぁ...綺麗なフォーム。」

 

ドリブル、ストップ、ジャンプ各基本の動きがあまりにもスムーズで美しいともいえるシュート。

そこに練習から来る重厚なバックボーンが見える。

 

「やっぱ、いやそれ以上に...巧い。」

 

昔を知る火神も、遥かに力を増した氷室に単純に感心を示していた。

 

「もっとガンガン来いよ、タイガ。そんなもんじゃないだろ?」

 

氷室は自陣に戻りながら、すれ違う火神に問いかける。

 

「っく...タツヤ。」

 

この試合は派手にダンクの応酬かと思いきや、両チームのファーストシュートがジャンプシューであった。

しかしその影で、インサイドでの競り合いは行われている。

 

「鉄平さん、練習してた奴いけますか?」

 

「ああ、大丈夫だ。だから、どんどん打って来い。」

 

序盤、誠凛は外からOFを組み立てる。

しかし、乱発しても全てが入る訳ではない。その幾つかは外れることもある。

リバウンドがとれるかどうかが問題なのだ。

 

それでも、誠凛にアドバンテージはある。

高校バスケのPGは大体が大きくて180くらいで、英雄の190越えのPGなどどこにもいない。

PGの適正があっても、他ではFかCをやらされるのだろう。事実木吉はそうである。

そして、英雄のシュートは緑間のものと同様の効果が現れる。

その長身からのジャンプシュートをブロックしてくても、届かないのである。

陽泉であれば岡村や劉などだが、アウトサイドにポジションを取る英雄がうっとうしくて仕方が無い。福井と氷室に出来る事はまず打たせない事。

 

『ダブルチーム!!』

『でも2-3ゾーンだったらああするしかねぇ!』

 

観客は大分目が肥えている。

そのデメリットも若干でも理解しているのだろう。

英雄は、捕まるギリギリのタイミングで日向にパス。

徹底的なアウトサイドに、岡村はゾーンを崩して日向を詰めた。

 

「火神!」

 

「よし!」

 

生まれたスペースで火神がパスを受けて、シュート。

インサイド堅守のゾーンを崩し、ノーマークだった。本来ならこのプレーは得点に繋がる。はずだった

 

「(なんで...もうそんなところに?)」

 

バゴッ

 

紫原のたった1歩で詰められ、打点で言えば英雄より高いシュートを叩き落した。

キセキの世代、紫原敦。出場選手最大の体格をもち、尚且つその長身にして軽やかな動きをする。

そして、紫原の守備可能範囲は3Pラインより内側全てである。

 

「やっぱり避けては通れない...」

 

リコは改めて最大の脅威を確認し、診る。

その膨大なエネルギー量は火神を遥かに超える。

この先、どの展開でも3P以外の得点を得ようとすれば、紫原をどうにかしなければならないのだ。

 

「ルーズ!」

 

英雄がそれなりに長いリーチでボールを確保し黒子にパス。

黒子がダイレクトで木吉にパスし、あっという間にペイントエリアに異動していた英雄に折り返した。

すかさず、英雄のジャンプシュート。が、その前を大きな影が覆う。

再度、紫原のブロックが弾き飛ばし、それを福井が速攻に繋げた。

 

「うわっはー...デカ。」

 

英雄の記憶にもあそこまで豪快に防がれた事はなく、改めて紫原の凄まじさを体験した。

 

「...思ったより、大した事ないじゃん。」

 

紫原は一応程度に警戒していたが、火神と英雄をあまりにもあっさりと止められた事で、杞憂だったかと感じた。

 

「....言われちゃった。どうする?火神」

 

「ああ!?うるせぇよ、俺はこっからだ」

 

「2人共、止めて下さい。DFですよ?」

 

誠凛は想像以上の迫力に多少驚いたが、特段取り乱すほどでもなかった。

試合開始直後は、お互いの引き出しを軽く見せ合う程度で、本番はここから。

ベスト8の壁というものがある。壁というからには、分厚く高いなにかが阻んでいるイメージなのだろう。

2、3回戦とは違い、勢いだけでは壁を乗り越えられない。ここからは本当の地力を試されているのかもしれない。




青峰や火神が使うゾーン
ゾーンDFのゾーン
この2つが分かりにくいかも知れませんが、どうかお付き合い下さい。


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しつこく

序盤誠凛は2-3ゾーンで守る陽泉相手に定石どおり外から攻めた。

日向と英雄の2枚で、陽泉もゾーンを更に広げてプレッシャーを強め警戒に当る。

 

「くそ!マジうぜぇ!」

 

福井が英雄をチャックしながら睨みつける。

シュートの精度では日向の方が上だが、英雄のジャンプシュートがブロックできない。その為、2-3ゾーンは歪になっていく。英雄に福井と氷室が付き、日向にボールが渡ると岡村か劉が詰めていた。

紫原がいる限り、誠凛のOFリバウンドは早々取れない。他のチームなら怯み、シュート自体に躊躇する。

だが、英雄と日向はそれでも打ち続けた。しつこくしつこく、リングに嫌われても。

結果で言えば全てが得点に繋がらなくても点は取れているし、どこかで日向が勢いにのる可能性も充分ある。

あまりにあっさりと点を取ったので、触れられていないが今まで無失点で勝ち上がった陽泉のDFからの初失点である。

しかし、陽泉も安定して点を取っており、点差を広げていた。

 

「あ。」

 

英雄の3Pは中々に高精度だが、外す時は外す。

 

「リバン!!」

 

「よ~。」

 

火神や木吉が気合を入れてボールに手を伸ばすが、紫原に軽くボールを奪われる。

開始直後から、陽泉ゴール下の制空権をものにした紫原。誰よりも高い位置で確保した。

そこから陽泉の速攻。だが、陽泉の速攻からの攻撃力は桐皇などと比べると今一で、福井と氷室だけであれば、外に張っていた英雄や日向と火神が追いつく。

そこであまり無理はせず、味方の到着を待ってセットOFに移行。

 

やはり陽泉とのインサイド争いは苛烈。

2mの岡村と劉。ジャンプ力を誇る火神もポジション取りに苦戦し、木吉は高さで負けてしまう。

 

「(どっちだ...)フェイク!?じゃねぇ!!」」

 

火神はついさっき見た見事なフェイクを思い出し跳ぶのを止めたが、本当にシュートを打たれて決められた。

 

『おぉ!強引にいった~!!』

 

仮に外してもリバウンドを持っていってしまうのだ。福井と氷室は多少強引でも打ってくる。

それほどまでにインサイドには自信をもっていた。紫原がOFに参加していなくても。

 

「テツ君!」

 

黒子からの速いリスタートで英雄が速攻をリードする。

 

「...きなよ。」

 

「一騎打ちね!見せてもらうよ!!」

 

OFに参加していない紫原が待ち構える。

英雄は3Pラインの少し内側で足を止めてシュートの素振りを見せ、紫原がよってきた瞬間にペース・オブ・チェンジでゴールに迫る。

フィンガーロールで得点を狙おうと、腕を伸ばす。これならばボールの軌道を変化させてブロックは受けにくい。

 

「何だ。そんなもんなの?」

 

「うお!?」

 

しかし、紫原はボールが放たれる瞬間を叩き落とした。その長いリーチは多少ポジション的な優位性をも覆してしまう。

ボールは氷室が拾ってまたも速攻に出る。

今度はアウトナンバーを成立させて、劉が決めた。

陽泉高校 15-8 誠凛高校

 

『徐々に差が開いてきた』

 

第1クォーターは陽泉高校のペースで進んだ。原因は唯1つ、リバウンドが取れない事。

陽泉自陣では紫原含め3人の2m超えがいるのだ。いくら全国でも有数のCである木吉がいようとも、超ジャンプ力をもつ火神でも至難の業。

別に華麗に点を取られている訳ではなく、全てが力技で捻じ込まれていく。

誠凛に0以外の数字が表示されているのは、日向の力が大きい。

 

【少なくとも序盤は不利だから、気にせず打ち続けて】

 

試合前にリコから言われた一言。

 

【期待してくれんのはありがたいが、俺でも外すぞ?】

 

日向は自分の3Pを誠凛の武器として自負しているが、緑間のように全てを決める事は出来ない。

それに、相手にもこちらのデータは渡っているだろうし、チェックも甘いはずはない。

 

【だから英雄にマークを集めるようにするわ。それでシュート自体は打てるはずよ。先ずはあの2-3ゾーンをなんとかしなきゃ】

 

【...知らねぇぞ。】

 

【分かってるわ。今回ばかりは戦国武将フィギュアを破壊なんかしなから。】

 

【そうじゃねぇよ。】

 

破壊されるのは嫌だが、重要なのはそこじゃない。日向は苦笑いをした。

 

 

日向は改めて今の役割を確認していた。

ゴール下に木吉、少し離れた場所に火神、その中を不規則に動く黒子、先程紫原に止められたがインサイドへのペネトレイトを陽泉DFに意識させマークが強まった英雄。

今、動けるのは日向しかない。しかし、近くにいる岡村が日向から目を離していない。いつでも詰め寄る事は出来るようだ。あの長い腕に捕まらないように打てるのか。

 

「っち。しょうがねぇな....英雄!」

 

日向は英雄の背後に回りボールを受け取る。

 

「(3P!)ぐっ!てめ!!」

 

「ひゅー!」

 

福井が日向へ迫ろうとするが英雄が肩を入れて阻む。

他の3人がヘルプに行きたくても、英雄と福井と氷室が1列に並んでいて間に合わない。

 

「だったら俺が!」

 

氷室が回りこんで、日向をブロックしようと跳ぶ。

 

「ここだ!」

 

「これは!?桐皇戦で見た...。」

 

日向のバリアジャンパーで氷室を引き剥がし、体勢充分の3P。

 

「順平さん!流石っす!!」

 

「おお!もっと持って来い!!」

 

DFに戻りながらハイタッチを決め、速攻への警戒を強めた。

 

 

「リバウンドの可否を無視して打ってきやがる。」

 

福井が忌々しく誠凛を睨む。

 

「構わん。結局、単発でしかない。打たせておいても問題ないじゃろう。」

 

「しかし、4番が調子を上げてきている。今のパターンは俺達には有効だしな。」

 

岡村がその結果の点差を目視し現状維持を提案するが、氷室は懸念事項もある事を告げた。

 

「氷室ちんは気にし過ぎだよ~。インサイドから点は取られてないし、リバウンドも全部取れてる。」

 

紫原は既に敵じゃないと判断し、ぼーっと天井を見上げた。

 

「どうでもいいからボールを入れるアル、アゴリラ。」

 

「え!?ワシの言った事問題ないよね!?なんで悪口たたかれとんの!?」

 

陽泉での岡村の蔑まれっぷりは英雄に似ているかもしれない。

 

 

陽泉は福井のボール運びからじっくりと組み立てる。元々、陽泉はセットOFが中心。ゴール下に人数を掛けてからが必須である。

 

「(さて、そろそろ俺も仕事しないとな...)」

 

岡村のチェックをしている木吉が目を光らせる。この様な時の為に準備してきた技がある。

試合開始から出し惜しみせずにやっていたが、実践投入が初なのでどうにも上手く出来なかった。

しかし、英雄や日向が試合を繋いでいるところに、Cの自分が何も出来ない事を認められるはずがない。

 

「(誠凛のCは俺だ!守るどころか守られてるようじゃ...この先一緒のコートに立つ資格なんてない!!)」

 

木吉は今までに無く、焦燥に駆られていた。

2,3回戦で自分のいないインサイドを見せ付けられたのだ。何も思わないはずはない。

日向も火神も黒子もいないはずなのに、このチームの力強さは。多少ピンチになっても1年生を使ってスタメン陣を一切使わずチーム力で勝ってしまった。

高さは負けていても平面で圧倒している。水戸部や土田はこれほどまでのプレーが出来るのかと、思い知らされた。

今までは『無冠の五将』などと呼ばれ、試合に出続けた木吉。しかし、膝の怪我でチームに迷惑をかけ、目の前で木吉がいなくても勝てるという事実を突きつけられた。

木吉にとってチームは守るべき対象であった。しかし、霧崎第一戦から先に思い知らされた。

誠凛メンバーは決して守ってもらう事を望んではいない。誰かに守られているような奴が日本一になれるはずもない。

 

 

「だぁああ!!」

 

火神が氷室のシュートに手を掠める。軌道が変わってリングに弾かれた。

インサイドにいるのは木吉と英雄。英雄は現状パワー不足を否めない。一日の長をもつ劉にポジションを奪われていく。幸いにもボールは木吉の方へ弾かれた。

 

「(今のみんなを守るとか、そんな事は思わない。でもゴール下くらい守れないで)いい訳ない!」

 

腕をボールに向けて真っ直ぐに伸ば片手でボールを直接掴んだ。

 

「何だと!?片手で!?」

 

懐へ抱える木吉を見て岡村が目を見開く。

 

「速攻!!」

 

黒子を介してロングパスを放つ。火神が受けて、ドライブ。

そこには変わらず紫原が待ち構えている。

 

「行くぞ紫原!!」

 

「ホント暑苦しい...。」

 

「火神!」

 

「こっちも何気にうざいし。」

 

火神の逆サイドに走り込んでいた英雄。

火神からパスを受けて、レイアップの構えで跳び紫原を引き付け火神にリターン。

流れるようにフェイダウェイシュートを放つ。

 

「むむ?」

 

紫原は直ぐに詰め寄り、ボールに手を伸ばして指先を掠めた。問題なく弾けると思っていたのに。

得点にはならず、陽泉にボールが移る。

 

「戻って!早く!!」

 

ベンチからリコの声が響き渡り、5人は走り出す。

氷室がボールを受け、英雄が前を塞ぐ。火神はフェイダウェイで動き出した遅れた為、臨時でマークを変えて劉についている。

 

「やあ、きたね。」

 

「状況判断っすよ、むっつりさん?」

 

氷室は火神の時ほど向きにならずに冷静に劉にパスをした。

 

「ぐぅぅ!」

 

「やっぱ大した事ないアル。」

 

ポストプレーで押さえ込まれ力づくでシュートを決められた。

そこで第1クォーター終了のブザーが鳴った。

陽泉高校 17-12 誠凛高校

 

劣勢ではあるが、善戦しているとも言える。

だが、インサイドでの得点は出来なかった。2P3P含めてアウトサイドからが全てである。

木吉がリバウンド争いに参加できるようになったことで第2クォーターからの状況は一変するかもしれない。

 

 

誠凛ベンチでは、現状と対策を確認していた。

 

「やっぱりあのゾーンは厄介ね。紫原君を中心に4人が外にドンドン開いてくる、それを掻い潜ったとしても紫原君をどうにかしないと...。」

 

陽泉高校のゴール下には紫原がいれば充分なのだろう。事実、誠凛のインサイドにおけるシュートは全て止められている。

 

「今は日向君で繋いでいるけど....。」

 

「結局は単発だ。外に引き付けてからが重要だ。なんとかインサイドで点を取らなきゃな。」

 

木吉はリコに続き、先程リバウンドを奪取した木吉が言う。

 

「でも、鉄平さんがリバウンド取れたんだから1歩前進っしょ!」

 

「お前は全く駄目だったからな。」

 

「あんだよ。お前もそうだろ。さっきのポストへの対応見てたぞ、へったくそだな。」

 

「んだと!?」

 

「だから、ドリブルとかもいいけどポストを覚えろって言ったんだ。凛さんとかに教えてもらっとけよ。それでPF名乗ってるとか...ぷぷぅ!」

 

「コノヤロウ....。」

 

「あーもう!はいはい、止めなさい2人共!2人共が情けないのは分かったから」

 

またも諍いを起こそうとした2人の頭をムギュっと押し付けリコが止める。

 

「「何でそうなる!?」」

 

2人はその結論に不満そうだが。

 

「リバウンドはともかく紫原君から点を取る方法を...。」

 

「あの...僕にやらせて下さい。」

 

そこに黒子が静かに挙手をした。

 

 

 

「あ~うざ。勝てるはずもないのによくやるよ。」

 

紫原はしつこく挑んでくる誠凛に早くも嫌気が差している。

 

「止めろ紫原。それでも追いすがっている事実は見逃せない。」

 

荒木が注意を促し、第2クォーターの作戦を伝えた。

 

「言わずとも分かっていると思うが、4番と15番からのアウトサイドは中々だ。このままでもリードを保てるだろうが、無視できない。劉と福井が15番、氷室が4番だ。10番に何か因縁があるのだろうが、今は従え。いいな?」

 

「...はい。」

 

英雄の高い打点に福井や氷室では厳しい。それに加え、日向へのチェックは2-3ゾーンでは限界を感じた。

そこで荒巻は英雄にダブルチームするように指示。紫原のいるゴール下に1人人数を削っても問題はない

しかし理解と納得は違う。氷室は返事をしたものの未練を残している。

 

「(ゾーンを崩されてしまったの。それもたった10分で...。)」

 

岡村は汗を拭きながら、ふと考えた。

これまでも外から攻めてきたチームはいるが、それでも陽泉の2-3ゾーンは揺らがない。紫原の能力もあって、そうそう楽にシュートは打たせない。とめられなくてもシュート成功率は下がる。後はリバウンドを取っていけば前半で大概の勝負はつく。

それ以外のチームはキセキの世代がいるようは全国トップクラスの強豪のみ。

しつこくしつこく外れても打ち続けた根性は認めざるを得ない。

 

 

第2クォーター開始直前。

 

「おっ、やってるやってる。」

 

「もう!いい加減にしてよね!とっくに始まっちゃってるよ!」

 

観客席に青峰と桃井が現れた。

いつも通り時間にルーズのようで桃井を怒らせている。

得点板には誠凛の善戦が見て取れ、少しだけ感心していた。

 

「はぁ?さつきの方があいつ等舐めすぎだっつの。後半からでもいい位だ。」

 

青峰にこの展開は読めていた。というか、自分達に勝った誠凛があっさり負けるのは癪なのだ。

 

「別にそんなんじゃないよ。でもむっくん相手でそう簡単じゃ。」

 

「ああ、俺でもしんどいわ。けどな、テツがいる。直ぐに試合は動くさ。」

 

 

 

反対側には火神と氷室の師匠であるアレックスが見ていた。

 

「リバウンドが取れない状況下でよくやるな。だが、ここからはそうはいなねぇ。最後のリバウンド...あれを今後出来るか次第...だな。」

 

アレックスは陽泉と誠凛ことを考えるが、本当に知りたいのは氷室と火神の結末。

教えを受けた後、それぞれが自己流に研磨し、その成果を今示している。師匠として見守らないわけにはいかないのだ。

どんな結果になろうとも、それが師匠としての義務だと思った。



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葛藤

第2クォーターが開始された。

ボール運びの英雄に福井と劉がマークに付き、平面で福井高さで劉といった形で英雄の動きを制限しにかかった。

日向には氷室がマークし、外からの攻撃に備えている。

逆にインサイドが薄くなっているが、紫原がいるのだ充分脅威である。

 

「....にか!」

 

それでも英雄はヘラヘラと笑って前を見据える。

 

「火神!」

 

「(パスか!)」

 

パスフェイクから劉の足元をダックインで振りぬく。

 

「簡単に抜かれたらダブルチームの意味ねーだろ!」

 

スピードで若干劣る劉を福井がカバーする。英雄を追いかけ、ゴールへの道を塞ぐ。

そこで英雄は急停止し、ボールを両手で背後に持つ。

 

「どっちだ?」

 

「(こいつ...舐めてるアルか?)」

 

劉も追いつき、距離を潰す。そのふざけた態度に腹を立てながら。

 

「...残念。正解は....」

 

英雄が走り出した後に黒子がボールを持っており、2人纏めてバニシングドライブですり抜けていく。

2人は一瞬、英雄を追うか黒子に詰めるかを迷ってしまって棒立ちのまま何も出来なかった。

 

「「な!?」」

 

「真正面でした!」

 

黒子はペイントエリアに侵入し、シュートを狙った。

黒子のシュートを邪魔されないように木吉がスクリーンを紫原に掛けるが、容赦なく押しのけて黒子が持っているボールに手を伸ばす。

 

「甘甘だね~黒ちん。そんなんじゃ....(何だそのフォームは?ヤバイ!?)」

 

紫原は本能的に危険を感じ、全力でとめにいった。

黒子のシュートフォームは通常と違い、頭上に構えず両手で胸の辺りで固定している。例えるならかめ●め波のような。しかし、シュートはあくまでもシュートどのようなうち方であろうが、止められないはずがない。

しかし、伸ばした掌にあるべき感触を感じられなかった。それよりもブロックするべきシュートが、ボールの姿を見失った。

 

「そんな...!!」

 

 

 

「ナイッシュ!黒子!!」

 

火神はインサイドでの初得点を喜び、黒子の肩を叩いた。

 

「テツ君、凄いシュートなんだけどさ。リバウンドが取り辛いかも。」

 

黒子のシュートも実践初投入なのでリバウンドのタイミングが計り辛かったのだが、今言うことじゃない。

 

「よし!このまま一気に行くぞ!!」

 

日向が締めてDFを展開する。今度は作戦通りのマークを行った。

といっても、未だに紫原が出てこない。試合展開では助かっているが気に入らない英雄。

火神はどちらかというと、氷室に意識が向いておりそこまで考えていないのだろうが。

そろそろ陽泉OFに慣れてきた誠凛DFは、プレッシャーを強めていく。

日向は今までにあまり経験のないPGとのマッチアップだが、ドライブとシュートをしっかりとチェックしている。

いくら陽泉が高いと言っても、パターンが少ないのであればやりようはあるのだ。

 

福井は劉にハイボールでパスを行った。

バウンドパスなど低いバスでは黒子に捕まる可能性が否定できなかった為である。しかもポジション取りで劉は今のとこと負けていない。

しかしPGの真理はPGには分かるもの。劉が跳んでキャッチする直前に指先を捻じ込み弾いた。

 

「んだとぉ!?(読まれた!?)」

 

「まだだ!」

 

ルーズになったボールを氷室が抑えてOFを続行させる。

 

「待ちやがれ辰也!」

 

「こい!」

 

氷室のジャンプシュート。今度はフェイク無し。コートから足が離れている。

 

「今度こそ!」

 

火神の超ジャンプであれば、多少跳び遅れても追いつける。

凄まじい跳躍で氷室の構えたボールの高さに手が追いついた。

 

「(止めた!!)...え?」

 

ボールの軌道上に手を翳したはずなのに、ボールは何も無かったかのようにリングを通過した。

ブロックをすり抜けたかのように。

 

 

「何だあいつは?見たことねぇぞ。」

 

そのスーパーシュートに青峰も反応していた。

 

「...確か。今大会からの出場でデータが少ないの。」

 

「結構やるぞ。あのシュートは...?」

 

超高校級の才能故か、見ていただけなのに体が反応した。

氷室が打ったシュートの正体を暴こうと頭を張り巡らせる。

 

「それもいいけどテツ君のシュート、カッコいい!!」

 

「あんな...さつき...。」

 

桃井のブレない姿勢にため息が出た。

 

「そういえば青峰君が教えたんだよね?」

 

「別に。特になにもしてねーよ。元々はブロックをかわす為の高いループのシュートの練習だったんだぜ?」

 

「え?そうなの?」

 

IH後から英雄と黒子はハイループレイアップの練習を始めていた。

英雄は以前から考えていたのでイメージも出来ており、練習を重ねてものにした。

しかし、黒子のか細い腕では、高くボールを放り上げられなかったのだ。

何度も練習したが、高く投げると精度がかなり低下してしまい、桐皇戦では使用できなかった。

基本的に黒子のシュート回数は少ない。相手が忘れかけた時にフリーを作ってのシュートの為、1回1回が重要なのだ。

普通のジャンプシュートはある程度には仕上げたが、紫原に通用させるにはやはりもう1段階上に進む必要があった。

そこで青峰に依頼し、英雄以外の発想を求めた。

すると遊び半分で、『いっそパスみたく掌で押し上げた方がいいじゃない?』という意見が採用され、DFが見失うシュート『ファントムシュート』が完成した。

 

「にしても、大人し過ぎんだろ。何考えてんだ?」

 

「何が?いい感じじゃない。」

 

青峰が不満を口にするが、桃井には直ぐに察する事が出来なかった。

 

「紫原とインサイドで張り合おうなんて不利に決まってんだろ。だから外からってのは分かる。分かるが、それ以外何もしてねぇ。テツのシュートだって今日初めて知ったはずだ。」

 

「...確かに。(バスケの事は回転早いなぁ...)」

 

普段の学業で最低ランクを彷徨っている青峰はバスケの事に限り、IQは跳ね上がる。

何時もその辺りをフォローしている桃井としては複雑だ。

 

 

続いて誠凛OF。

速いパスワークで繋いで、隙を窺う。

英雄がマークを2人連れていく事でスペースを作り出した。

 

「くそっ!まだだ!!」

 

福井は忌々しそうにそこに現れた黒子を睨む。

気付けばそこにポツンと黒子がパスを受けて再びシュートを狙う。

 

「テツ君!」

 

「黒子!」

 

英雄と火神がパスを要求し、DFを黒子の下に行かせない。

紫原がもう1度ブロックを狙うが、またもシュートを見失い失点を許した。

 

「まさかここまで黒ちんにやられるとはね。」

 

「僕も何もせずここまで来た訳じゃありません。」

 

コートで最高の体格を持った紫原が、コートで最弱の黒子に点を連続で許した。

バスケが好きではない紫原もそれなりにプライドはある。当然のように黒子に対して敵意をあらわにした。

 

そこから誠凛は黒子を使ったOFを展開し得点を奪った。

今の陽泉DFは英雄にダブルチームを仕掛けている以上、黒子へのチェックが甘い。逆に黒子に警戒を強めると英雄が嫌らしくDFを揺さぶる。インサイド重視の2-3ゾーンは崩壊しかけている。

しかし、英雄の3Pも黒子のファントムシュートも成功率は約7割。外してリバウンドを陽泉に奪われるケースもあり、中々差が縮まらない。

そして、陽泉のOFはリバウンドを取ってからのカウンターと氷室を起点にしたセットOFで強引に点を取っている。特筆すべきはあのミラージュシュートというブロック不可のマジックシュートである。

亡霊と幻影が均衡を作ってしまい、誠凛に精神的なプレッシャーを与えていた。陽泉には未だ最終兵器が後ろにあるという安心感か、それほどダメージは受けていない。

 

 

「(やべぇ...俺だけ何もしてない)」

 

そんな中、火神が最も焦っていた。

DFリバウンドを取れるようになってきた木吉、外からOFの起点になっている日向と英雄、そしてインサイドで遂に得点を奪った黒子。

比べて自分はと問われれば、何も答えられない。

現状ポストプレーの技量不足でインサイドの活躍は今一で、氷室へのマッチアップも大した効果を出していない。

焦りが大きくなるに連れて、氷室のフェイクに引っかかりまくっている。

氷室への想いも自分が納得できる答えも持ち合わせてもない。気合が空回りしているのが自分でも分かる。

今、自分はゲームで浮いているのだと自覚させられる。

 

「タイガ...お前。俺を馬鹿にしているのか?」

 

「ち、違う!!俺は....」

 

「どちらにしろ、その状態で俺に勝とうなどと思っている時点で」

 

火神が氷室に意識を集中させ過ぎディナイを怠った。氷室は悠々と受けてワンステップでダックイン。

火神も反射で追いつくが、それはフェイク。逆側に抜かれてシュートを決められた。

 

「このコートにいる資格はない。....俺をがっかりさせるな」

 

「タツヤ....。」

 

氷室に伸ばそうとした手を止めて握り締め歯を食いしばった。

火神の心にはまだもんもんとした感情が渦巻いている。

 

「おい、馬鹿。ベンチに戻るか?」

 

「うるせぇ!分かってる!...分かってはいるんだ...。」

 

背後から肩を組んできた英雄の腕を跳ね除け、憤りを見せる。やはり簡単な事情ではない。

ベンチにいるリコも1度引っ込める事も考えている。それ程に火神の動きは悪い。エースを背負っているとなれば尚更だ。

 

『誠凛高校、TOです』

 

高さに対して走力で張り合うのは疲労が溜まる。均衡状態で精神的にもきているこのタイミングは素晴らしい。今まで采配を担ってきたリコも既にデキる監督になっていた。

 

「水分補給はしっかりね。でも、飲みすぎちゃ駄目よ、お腹に水が溜まってしんどくなるから。」

 

「分かってるよ、かあ....リコ姉。あはははは!気分悪くなるもんね!?」

 

いい間違いをなかった事にしようと英雄が棒読みのような笑いを出す。

 

「あぁ、あるよな。先生をお母さんていい間違える事。」

 

「恥ずかしい奴。」

 

木吉は天然で聞かなかった事にせず、どストレートでぶち込んだ。リコが追い討ちをして英雄撃沈。

 

「だぁほ!緊張感なさ過ぎだ。黒子、このままOFを維持するが大丈夫か?」

 

「はい、問題ありません。」

 

「うん。それじゃあ、DFを変更させるわよ。火神君と英雄マークチェンジ。」

 

「そんな!?」

 

今までに無い試合展開による黒子の疲労具合を確認し、現段階の重要事項である氷室への対応を告げ火神がいきり立った。

火神では無理と思われたと勘違いしてリコを問い詰める。

 

「勘違い?っすか。」

 

「そっ。こんなところで燃え尽きてもらっても困るのよ。ゲームに集中できてないし。」

 

「うっ...。でも!」

 

「分かってる!いいから聞きなさい。今までもそうだったでしょ?勝負所までの繋ぎは英雄の方がなにかと都合がいいのよ。ってコラ!いつまで凹んでるの!?」

 

素での間違いで体操座りで俯いている英雄の顔を掴みあげて話を続けた。

 

「いい?英雄、アンタは氷室君のシュートチャンスを減らしてきなさい。出来るわね?」

 

「了解了解。でも、火神のポストの下手さは露呈したと思うよ?」

 

「テメェ!」

 

「聞けよ!...だったら勉強してきなさい。近くに鉄平や全国屈指のインサイドプレーヤーがいるんだから、お手本としては豪華過ぎるくらいよ。」

 

「...うす!」

 

リコが前向きな考え方を与えて、綺麗にまとまった。と、見せかけて

 

「それに!」

 

「え?」

 

「私、いつまで舐められてりゃいいのかな~。さっさとあっちのC引きずり出してきなさい!!」

 

「別にカントクだけじゃ...。」

 

「あぁん!!?」

 

笑顔が怖かった。

いくら強いといっても、曲がりなりにも桐皇を下してここまで勝ち上がったと自負もある。我慢の限界は直ぐそこ。

ちなみにこれは激励とは言わない。恫喝もしくは脅迫であろう。

 

 

「さ、お仕事お仕事♪」

 

今のくだりが面白かったのか英雄は復活しており、意気揚々とベンチから出て行った。

 

「あ、火神。」

 

「なんだよ。」

 

散々英雄に馬鹿にされたことを根に持っているのか、冷たく睨み返した。

 

「俺っていうか、テツ君が何か言いたそうだったんで。」

 

「黒子?」

 

「僕には兄弟はいません。でも、兄弟って喧嘩するものじゃないんですか?距離が近いからこそ、わかって欲しいからこそ。火神君は氷室さんに何をわかって欲しいんですか?」

 

「俺がタツヤに...。」

 

「僕は少し違いますけど、青峰君と分かりあいたいからこうして戦う事を選びました。結果は今一はっきりしませんでしたが、それでもぶつかって良かったと思います。」

 

火神は初めて黒子の気持ちを少し理解できたと思った。

 

「(...すげぇな、この気持ちを整理できたのか。やっぱすげぇよ。)」

 

同時に言葉にも態度にもしなかったが尊敬もしていた。

仲が良かった者と対立する事も覚悟して自分の想いを届けようとした黒子に。

 

 

「テツ君には適わないなぁ。...俺等の代のキャプテンはテツ君なのかな?」

 

英雄はいつも通りふわふわしていた。

 

「何時の話をしてんだ。さっきのカントクの話は俺等も同罪だぞ?」

 

「いやいや、舐めてもらってんならいけるところまで行きましょ?楽できていいじゃないすか。」

 

「まぁ、紫原が出てきたら厄介な事になるのは間違いないからな。」

 

一応程度に木吉は英雄の話しに同意する。

本音では紫原との対決を決意しているのだが、リコによるペース配分もあってガムシャラにという訳にもいかない。

 

「まぁまぁ、後半にはいい感じの表情を期待できますよ。」

 

「...随分黒くなったな。桐皇の今吉の影響か?」

 

「多分。」

 

英雄は今吉との駆け引きを経て能力以外で変化が見られた。

それがいいのか悪いのかは結果で分かるだろう。

 

ゲーム再開。

劉と福井のダブルチームに捕まる前に英雄は黒子にパス。

そして、ダイレクトで中継パスを英雄にリターンして、シュートチャンスを作った。黒子のシュートを警戒して他への対応が若干遅れてしまうのだ。

 

「フェイク!?」

 

ポンプフェイクで劉を引っ掛けてその大外を抜き去り福井を背後に背負った。紫原もブロックの為、英雄に目標を定める。

そこでポストに入っていた木吉にパスを入れて紫原にスクリーンを仕掛けた。

 

「重っ!!」

 

「何してんの?邪魔だよ、どいて。」

 

紫原にとっては障害にもならず、力ずくで跳ね除けた。

 

「うぉっ!?」

 

『ファウルDF、白9番。』

 

「な!?」

 

予想外の宣告により紫原の顔が強張る。

 

「(今のシミュレーション臭かったじゃん...)」

 

「あ~ビックリした。」

 

棒読みの英雄を見て確信した。

英雄はわざわざシュートチャンスを削ってまで紫原からファウルを奪った。

紫原の油断が原因だが、ここまで挑発染みた事をされて流せるほど紫原は大人じゃない。

 

「へ~そうくるんだ。決めた、お前も捻り潰すよ。」

 

「やっと見てもらえたよ。火神とか鉄平さんとかばっかりで、こう燃えるものがないとね。」

 

周りでスポ根な空気を出され自分が空気になりかけた事を根に持っていた。

エースを譲った弊害か、なんとなく寂しい英雄だったのだ。

 

スローイン後、ポストアップした木吉に紫原が小声で話しかけた。

 

「よくやるよね~勝てもしない試合に本気になって。あんた教えてあげなかったの?あんだけボロボロにされたのに。」

 

「勝ち負け以外にも価値はあるさ。お前にはそういうのないのか?」

 

「別に。」

 

「そうか、俺には逆に理解出来ないな。これほど素晴らしい事なんてない。後!」

 

再び英雄がペネトレイトからの木吉にパス。

 

「はぁ?同じ手が通用するとでも?」

 

紫原はもう油断などせずに叩き潰そうと木吉にプレッシャーを与えながらも英雄から目を離していない。

今度は完璧にねじ伏せようと狙っていた。

 

「黒子!」

 

「あ!?」

 

ほんの少しだけでも意識から外してしまうと黒子を捉えられない。

紫原は最重要事項であるファントムシュートを頭からなくしてしまったのだ。

とっさに岡村がブロックに跳ぶと、火神にパスが渡りそのままパスアウト。

 

「ナイス火神!!」

 

逆サイドにポジションチェンジした日向がフリーで3Pを放つ。

日向がペイントエリアを横断したことで氷室が英雄のスクリーンに捕まり引き剥がされていた。

フリーであれば日向は外さない。リングを通過し差を縮める。

 

「言っておくが俺達は負けない。お前がどれほどであっても!」

 

木吉は一言紫原に言い渡し、メンバーを労いにいった。

 

「.....。」

 

 

 

紫原は木吉を自陣で睨みつけていた。

しかし、陽泉OFは4人で行われ、氷室に英雄がマークについた。

 

「そろそろウチの監督から鉄拳制裁がきそうなんで、完封させてもらいますよ。4人のOFくらい。」

 

様子見は終わりというように、英雄は低く構えて距離を潰した。

 

「言うじゃないか。それでも勝つのは俺だ。」




・シミュレーション
相手からの接触に対してオーバーアクションでファウルを取る動き。審判にばれればテクニカルファウルを逆に宣告される。サッカーでもよくある。
テイクチャージングも同類


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2つ目の武器

氷室にマークチェンジをした英雄はタイトにチェックを行った。

火神はインサイドで劉にマーク。

 

「む!(やはりやるな。)」

 

英雄のフェイスガードに氷室は舌を巻いた。桐皇戦を見ていたが実際に受けると違った印象を受けた。

福井とのパスラインがきっちり消されており、ボールを受けるのも楽ではなさそうだ。

 

「ゴール下じゃ今一だったんで、ガリガリいかせてもらいますよ。」

 

にひひと笑う英雄は、福井と氷室を首を動かしながら交互に目視し足を動かし続ける。

 

「氷室!」

 

そこに岡村がスクリーンを英雄にかけて、フリーにしようとした。

 

「痛!オカケンさん?...やっぱりだ。」

 

「何?」

 

岡村ほどの体格相手ならファイトオーバーも儘ならないが、陽泉は忘れている事がある。

黒子の存在を。

 

黒子は岡村の影に潜んでいて、氷室がドライブインしてきたタイミングでボールを弾いた。

 

「しまった!」

 

弾かれたボールは英雄が奪取し速攻。

 

「へいへいへい!いつまでも4人じゃ!飽きちゃうっつの!!」

 

ポジション的に先頭を英雄が走り、日向が続く形に。

その勢いのまま、紫原が待つペイントエリアを目指した。

 

「また~?いつまで付き合えばいいの?」

 

「俺が勝つまで!」

 

踏み込み位置が速く、ジャンプシュートではない。ミドルレンジのレイアップとくれば

 

「(ヘリコプターシュート!)...ここでさっきのお返しでもしようか。」

 

高い位置でも紫原の腕が伸びてきて行く手を阻む。

 

「じゃあこんなんどうですか?」

 

ボールを1度下げて持ち替えた。

 

「(ダブルクラッチ!?)」

 

英雄は左手だけを紫原の背後に回してボールを放った。しかし、それはリングに嫌われ零れ落ちた。

 

「あ、外しちゃった。」

 

「(当たり前じゃん、そんなん簡単に...)木吉!?」

 

英雄に追いついた木吉がリバウンドを奪ってそのままタップシュートで捻じ込んだ。

紫原は本来なら充分間に合い失点を防いでいたところだが、英雄のシュートに邪魔された。

遠い距離からしかも190クラスの長身を持つ英雄のハイループレイアップを防ぐには、流石の紫原も近寄って最大の逆さでブロックしなければならない。

それでも、元々の高さもあって今までは間に合っていた。

そこで英雄のひと工夫、左手に持ち替えてのダブルクラッチである。利き手でない方の手ではあるが、英雄の何をするのか分からない怖さが無視させない。

そこまでくれば英雄は外しても良い。何故なら、後ろから木吉もしくは火神が追ってきてくれているからである。

陽泉の岡村と劉は足が遅くてこの2人より遅れてしまう。

結果、木吉にランニングリバウンドから得点を決められた。

 

「あんなんいきなり出来るわけないじゃん。バスケってそんなに甘くないよ、半目君?」

 

「てめぇ...!」

 

英雄の後姿を睨みつけていた。

英雄は木吉に近寄って得点を喜んだ。

 

「やったね!陽泉DF粉砕~!!」

 

「おお!このままいくぞ!!」

 

誠凛は紫原のいるゴール下からの得点を得た。

これは、ゲームのペースを握るには充分すぎるくらいのものである。

だが、まだ誠凛はスタート地点にすら立っていない。

リードはまだ奪われたままで、4対5での試合が進んでいたのだから。

 

そして陽泉OF。

福井はいきなり劉にパスを入れて、インサイドで勝負した。

火神の穴を狙ったものである。氷室に対して、英雄と黒子で実質ダブルチームをされてリスクを嫌った為だ。

 

「っく!」

 

その狙いは見事に嵌り、火神はポジショニングの時点で負けてしまいあっさり点を取られた。

 

先程の得点パターンは、スティールから始まる事が前提であり、きっちり決められると使えない。

それなりに速くボールを運ぶ事は出来るが、それでは陽泉DFも戻りきってしまってリバウンドを捻じ込む事は難しい。

 

「まだ2-3?つか原型留めてないけど。」

 

「ごちゃごちゃうるさいアル。」

 

「お前止めりゃこの場は収まんだ。そろそろ大人しくしてもらうぜ。」

 

「1-2-2とか好きだったんすけど?」

 

「何時の話をしてんだ。そりゃ去年のパターンだろ!」

 

英雄の言葉を劉はうっとうしがっていたが、ノリの良い福井はつい応えてしまう。

 

「去年の方が爆発力あったと思うっすよ?ツインタワーとか。」

 

「それは...。」

 

「無視しろアル。」

 

福井も思う事があるようだが、オフボール時の英雄のトークに巻き込まれそうになったところを劉が冷静に対応し福井をゲームに集中させる。

 

「英雄!」

 

日向からのパスを受けて福井に迫りドリブルを前につく。

 

「(これは...取れる!)」

 

福井は手の届く位置にあったボールに手を伸ばすが、その直前に弾かれて空振り。

 

「(しまった!引っかかった!これは桐皇戦の!?)」

 

英雄のシャムゴッドで抜かれて、劉が迫った瞬間にパス。

 

「(これも見たことある!)」

 

パスだったものはスピンにより英雄の手に戻っていき、ドリブル続行。

1人スルーパスである。

そこで正真正銘のパスを火神に送ってシュートチャンスを生み出した。

 

「よっしゃあ!」

 

「行け!火神!!」

 

受けた火神はそのままダンクを狙って跳びあがる。

 

「調子に乗るな!!」

 

どれだけ振っても紫原は立ちふさがる。火神の左手にあったボールを叩き落す。

 

「くっそ!」

 

ボールは勢い良くラインを割ってゲームが切れた。

体勢を崩した火神を英雄が起こしてみると、やられた割に表情は晴れやかだった。

 

「少しはすっきりしたぜ。やっぱごちゃごちゃ考えるのは性に合わねぇ。」

 

「おいおいMキャラは俺だけで充分だっての。」

 

「違ぇよ!つかやっぱそうなの!?」

 

「ま、いんじゃね?お前らしくて。俺は好きだな。」

 

「るせ!いいからパスよこせ。こうなったら意地でもアイツの守るゴールをぶち抜いてやる!」

 

2人がやり取りをいていると、木吉が近寄り声を掛けた。

 

「盛り上がってるとこすまんが、俺にもボールくれよ。今ならいけそうな気がするんだ。」

 

「木吉先輩?」

 

機を見計らっての言葉なのだろうが、火神には分からなかった。

木吉がこの試合で行ったシュートはほとんど止められており何故今なのか。

紫原の守るゴール下で得点できる技などあるのだろうか。

と、考えた。

 

「え、でも後半からってことだったじゃないすか。」

 

「いいじゃないか、俺だって活躍させろ。それに、リコも言ったがそろそろ同じ土俵に上がってもらおうぜ。」

 

木吉が誠凛側ベンチをチラリと見ると、リコが親指を突きたてており、ゴーサインを出していた。

若干察しが良すぎるような気がするが、長い付き合いからくるものなのだろう。

 

 

後半を良い形で迎えたい誠凛だが、シュートクロックも少ない。

さっさとシュートを決めたいが日向へのチェックが厳しい。

しかし、インサイドに広大なスペースが空いている。いるのは火神、黒子、木吉。

ここで先程紫原に止められた火神にパスを入れる。ゴール下付近には2人、パスカットの恐れは低い。

 

「ほんと...だんだんイライラしてきたよ。なんなのお前等。」

 

「このままやられっぱなしってのは、我慢ならねーんだよ!!」

 

苛立ちが増す紫原を余所に、火神は真っ向勝負と言わんばかりに突撃。

 

「そんなシュート何度でも叩き落してやる!」

 

言葉通りに火神の手からボールを弾く。

そして、そのボールを手に取った黒子共々見失った。

 

「(バニシングドライブ...!後ろか!?)」

 

紫原は着地後にもう1度跳んだ。火神へのブロックとは違い、黒子の見えないシュートを警戒した本気のジャンプ。

その黒子の手にはボールの姿などどこにもなかった。

 

「ナイスだ黒子!!」

 

振り向くと木吉がボールを持っていた。それもミドルレンジで。

 

「(黒ちんは囮!?)」

 

「(けど、その距離からほとんど打ったことはねぇ。)岡村!」

 

「わかっとる!!」

 

福井の言葉を理解して岡村が間に合うかどうかギリギリのタイミングで手を伸ばした。

紫原は連続ジャンプの反動で恐らく間に合わない。黒子を追ってしまった為、木吉に背を向けている状況。

岡村の方が早く届き、精度の低いシュートであれば届かなくても更に精度を下げる事も出来る。

シュートが落ちてしまえば、間違いなく紫原がリバウンドを抑えられる。

 

「鉄平...舐められてるわよ。」

 

歓声の中で届くはずのないリコの声。しかし、想いは同じだった。

木吉鉄平。

誠凛高校バスケットクラブを創部してからの中心人物で、その年の大会でベスト4という大躍進をゴール下から支えた全国でも有数のCである。

しかし、その大会での怪我で約1年間もの間を病院で過ごしていた。

その風体からはとても思えない程の無念を背負っている。

2年生になってから強力な新入生の話を聞いた。

パスのスペシャリスト黒子、爆発力を持ちエースとなった火神、チームの汚れ役の英雄。

自分の役割だったものが自分以上に発揮している。何度試合映像を見たことか。

鉄心と言われている木吉としても思うところはある。

だからこそ、自分の能力適性を更に磨く為、片手のダイレクトキャッチ『バイスクロー』を身に付けた。

それでも不安は拭えなかった。

もし、夏の予選に間に合っていればなどと考える事もある。その時自分は何かを成し遂げられたのだろうかと。

復帰してブランクを解消している中でも、火神や英雄はドンドン強くなっていく。日向達もだ。

他のチームも以前とは比べ物にならない程に成長しているだろうし、膝の爆弾もいつ爆発するかも分からない。

 

 

しかし、鉄は打ちつけられてこそ強くなる。鉄心とはそういった叩かれて強くなった心の事を言うのだろう。

チームの為には、チームが勝利するには守るだけでは足りない。

膝の負傷があろうが長くコートに立っていたい。

 

「あまり....舐めるなよ?」

 

「むぅう!?」

 

木吉の気迫は岡村のプレッシャーに全く引かず、真っ直ぐに手首を返した。

そのシュートフォームから、いかに練習のシューティングで打ち込まれたシュートかを容易に示した。

 

木吉が出した答え、つまりミドルシュート。

以前では、チーム内で全国クラスのゴール下にほぼ木吉1人でやっていたので必要なかったもの。

しかし、現在は違う。高さだけでいえば英雄と遥か上まで跳べる火神がいるのだ。なにも1人で背負う必要はない。

 

「(俺はみんなの代表でここに立っているだ!)」

 

なにより、夏の映像で見たのだ。

パワーで劣る英雄が外から打つ事によって広がった誠凛OFを。

誠凛のハイスピード&コンビネーションバスケには必要不可欠と言う事は説明されなくても分かる。

そして、やってみて分かった事はもう1つ。

ゴール下以外でパスを受けてのシュートは、ゴール下で相手C等のプレッシャーを受けながらのシュートと比べて膝への負担を軽減できる。

 

「おいおい。ありゃ相当打ち込んでるぞ。」

 

「そのようじゃの...。」

 

目の前で見た岡村も感心するほどの錬度。

これまでの試合で常にゴール下でプレーしていた木吉、シュートチャンスが無かった為に見る事はなかった。

高さで勝る相手チームに対してシュートレンジを広げてチャンスを多くする。

考え方は単純だが、単純な故に期待できる効果も大きいのだ。

 

「へぇ...。でもそんなもん?...ホントわかんないかなぁ!!その程度の小細工じゃ俺に勝てないって事が!!」

 

しかし紫原はそんな単純なものではない。

天才と呼ばれているのは伊達ではなく、ある程度分かっていればその優れた肉体で対応できる。

 

「ナイッシュ!!やっぱ鉄平さんはすげぇっす!!」

 

英雄は1番に駆け寄って両手を握り締め、爛々と目を輝かせた。

 

「...さあ!DFだ!!」

 

「いくぞ!ここ1本止めるぞ!!」

 

真っ先に戻った日向に続き、他の3人も戻った。木吉の背中をポンと叩きながら。

それは木吉にとって堪らなく好きな瞬間の1つだった。

 

「もういいや...。」

 

「...紫原?」

 

ふいに後ろを見た岡村は、紫原がそこまで来ていたことにようやく気が付いた。

 

「どっちにしろ、そろそろ俺が動かないと駄目でしょ~?...それに」

 

誠凛がしつこく食い下がり徐々に点差を縮めてきた結果、遂に陽泉の5人目を動かした。

 

「俺が、この手でにねりつぶさなきゃ気が済まない...!」

 

 

 

「なんとか引っ張りだしたのはいいが....(なんだよ..コレ...!)」

 

日向は目の前で走っている大きな壁に恐怖を感じていた。

紫原がペイントエリアに侵入するところですれ違ったが、その大きさたるや。

岡村や劉とは比べ物にならない程に体格以外からくる異常なプレッシャーが肌にビリビリ受ける。

 

「だが、むしろここからだ。こっからが勝負!!」

 

木吉の言うように戦う覚悟は出来ている。

しかし、紫原がOF参加する事自体稀である。その為、データも少ない。中学時代のデータや黒子の説明などもあるが、チームの質やどのような成長をしたかも分からない。

陽泉5人でのOFは夏を含めて片手で数え切れる程に。

そしてその影響力も凄まじく、攻めあぐねてリズムを悪くしていた4人にも躍動感が蘇ってきた。

 

「だから、その感じがムカつくんだよ!」

 

「っぐ!!」

 

ゴール下にポストアップした紫原へ木吉と英雄がチェックに行くが、紫原が最高点で受けるためパスコースをディナイできない。

着地後、直ぐに跳びながら体の向きを変えてリングを正面に捉えた。

2人のブロックを意にも介さず悠々と豪快なダンク。

その威力のあまりに2人は押し込まれ吹き飛ばされた。

 

「じっとするな!速攻だ!!」

 

体勢を崩しながらも木吉は激を飛ばす。

 

「お、おう!黒子!行け!!」

 

黒子がラインの外からボールを持って回転し、その勢いのまま前線に走る火神へと繋ごうとした。

 

「いや、そんなんさせる訳ないし。」

 

「...っ!!」

 

黒子の目の前に紫原が仁王立ち。

その巨体故に、パスコースを覆いかぶさるように潰した。

黒子の回転式長距離パスは1度勢いを付けると途中で止める事が難しい。

加えて、紫原の反射神経は並ではない。ボールが腕に当ってコートに落ちる。

それをそのまま紫原が奪ってダンク。

 

「結局そんなもんだよ、黒ちん。出来ない奴はどこまで行っても出来ない。それが分からない奴程、無様に潰されんだよ。」



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前半考察

紫原の連続ゴールからのダメージを必死に押し殺し、再びOFを仕掛ける。

今度はスタンダードに日向がスローイン。英雄がボールを運び、ハイポストで待つ木吉にパス。

木吉がシュートを狙って紫原を引き付けた。そして、黒子でシュート。紫原が着地後に直ぐに立て直してブロック。

 

「っち!(...でもこれは?)」

 

その軌道に偶然にも紫原の手がわずかに入っていた為、ボールはリングに弾かれた。

 

「リバウンド!!」

 

ゴール下にいるのは、火神と岡村の2人。

紫原は連続ジャンプの後で間に合わない。劉は福井と共に英雄のマーク。

 

「(分かってる!分かってるんだ!...けど!!)っぐ!!」

 

岡村に押し込まれてポジションを奪われていく。キセキの世代以外の人間でパワーであっさり負けたことなどない。しかし、こうして岡村・劉にいいようにされている。

 

「ぬるいわ!!」

 

岡村の力で押し込まれている分、火神のジャンプのタイミングは遅れた。

完璧にボールを補給し、外にいた氷室にパスを出す。

日向では、氷室との1対1は止められない。氷室は1歩たりとも反応させずにハーフラインを超えていく。

 

「くそ...(やっぱ上手ぇ!)」

 

日向同様外にポジションを取っていた英雄が氷室を止めようと駆け寄る。

既に3Pラインを超え、氷室のシュートレンジ内に入っている。

 

「君のDFは感心する。だが、ボールを持てさえすれば関係ない!!」

 

英雄のDFはボールを完璧にキープするまでに威力を発揮するものである。

その瞬間の隙はキセキの世代であろうが変わらない。ただ、ボールを持たせてしまって尚且つカウンターを仕掛けられてしまえばどうしても不利になる。

火神程のバネを持つ脚力がないのだから。

 

「シュート!?」

 

氷室のジャンプシュート。

しかし、火神程でないにしろ英雄ならば届く。

はずだったが、触れる事すら許されず、ボールは英雄の腕をすり抜けるようにリングまでの放物線を描いた。

 

「このシュートは止めさせない。誰にも!」

 

「これがあるんだよねぇ...。」

 

流石の英雄の難しい顔を隠しきれない。そもそも、この状況になった時点で失点の可能性は濃厚だったのだ。

リバウンドを取られてからのカウンターに対して効果的な対抗策が出来ていない。

時計を見ると残り数十秒、最後のOFになるだろう。きっちり決めて後半に繋ぎたいところだ。

 

「(つっても若干テツ君の影が濃くなってるんだよね。...頼り過ぎたか。)」

 

黒子からの提案で、予定でもどこかで1度ベンチに下げなければならない事もあり、第2クォーターのOFを黒子中心にしてきた。

しかしその弊害か、黒子のミスディレクションの効果がなくなりかけていた。その状態で紫原に通用するのか。

 

「んな訳ないじゃん!」

 

「やばっ!!」

 

うっすらでも黒子の位置が確認できた紫原はとっさに英雄からのパスをスティールした。

そして、そこからドリブルを始めて単独突破を図る。

 

「(でけぇくせに速えぇ!)」

 

目の前に居るのは果たして人間なのだろうか、巨大な塊が襲って来る。正に戦車を相手にしているかのような。

 

「自分のミスは自分で...。」

 

「へぇぇ....だから?」

 

英雄が挽回しようと紫原の目の前で腰を低く落として構えを取る。

しかし、圧倒的なパワードリブルで英雄の体が無理やり後退させられている。

少し前のやり取りでチャージングを警戒した紫原はあっさりと自分のシュートレンジ内に到達した。

 

「結局そーいうことでしょ?」

 

高速のピボットターンは英雄を置き去りにする。その場から跳んでも圧倒的に高さが足りない。

 

「まだだ!!」

 

「ここは止める!!」

 

英雄の踏ん張りの間に木吉と火神が追いついていた。

紫原に2人掛りでブロックを試み、シュートコースを塞いでいく。

 

「....で?」

 

2人の上から覆いかぶさるように押しつぶす。それは分かっていても止められない。

 

「ぐぁっ!!」

 

「おぉぉ!?」

 

炸裂したダンクの威力に2人は吹き飛ばされた。

それを紫原がリングにぶら下がりながら見つめ、着地して一言。

 

「ど~お?気分は。」

 

やっとの事で引きずり出した紫原はやはり強大な壁となった。

この事態を予測していたが、その予想を遥かに超えた紫原のプレーは未だ全力とは言えない。

しかし、その6割程度の力でこの影響力。2分に満たない時間でペースを奪った。

 

ビーーーー

 

「んん~?終わり?全く...悪運だけは強いよね。」

 

第2クォーター終了の合図が鳴り響き、劣勢になった流れを一旦止めた。

のしのしと自陣のベンチに向かってダルそうに戻っていく紫原。

 

「(...運?そんなはずは...)」

 

火神と木吉同様に近くまで来ていた氷室は冷静に状況を見つめる。

英雄が2人に手を伸ばして起き上がらせていた。

 

「大丈夫っすか?あんま無茶しないで下さいよ。」

 

「すまん、ついな。」

 

「っけ!そんな細けぇ事は知らねぇよ。」

 

「おーおー、すっかり熱くなっちゃって。」

 

起こされながらも火神はそっぽを向いて意地を張っていた。

まぁまぁと話しながらベンチに戻っていると、岡村に話しかけられた。

 

「おい。お前がなんじゃあかんじゃあと言いながらも、結果はこれじゃ。」

 

岡村が首で指し示した得点板には陽泉の優勢が表されていた。

陽泉高校 39-26 誠凛高校

 

誠凛が色々と仕掛けてきたがいつも通りにインサイドを支配した結果。

大人気ないと自身でも思っているが、思い知らせようとした。試合前に言われた事を忘れていない。

いくら旧知の仲とはいえ、チームを馬鹿にされて黙っていられるはずがないのだ。

 

「じゃが...あいつを引っ張り出した事は認めちゃる。」

 

「んだてめぇ...。何もう勝った気でいんだよ。」

 

その言葉に反応したのは火神であった。岡村と英雄のこれまでの事など知る由もないが、その上から目線は気に入らない。鋭く睨みつけて威嚇していた。

 

「こらこら、俺の出番を取るなっつの!...ま、そゆことっす。楽しみは後半、最後に笑ってるのは俺達なんすよ。」

 

前に出た火神を押しのけて英雄はドヤ顔で対抗した。

 

「何言ってんだ?お前は基本笑ってんじゃねぇか。」

 

「火神馬鹿。冷めるわ馬鹿。ジャンプ馬鹿。」

 

「うるせぇ!馬鹿って言った奴が馬鹿だ!馬~鹿!!」

 

「赤点野郎が何言ってんの?この前の...」

「あ~~~!!今言うんじゃねぇよ!!」

 

火神の失敗談をこの場で暴露しようとした英雄の口を必死で塞ぎにいった。英雄がふさがれモガモガ言っている。

 

「敵なんじゃが、お前等もう少し緊張感を大事にした方がいいじゃろう?」

 

一瞬にして空気になった岡村が、呆れながら言葉と同時にため息が出ていた。

 

「すみません。ウチは基本こんな感じなんで。」

 

「そうか、苦労してるんじゃの...。」

 

仕方なく代わりに応対した木吉の背後に日向が現れ、火神と英雄の首根っこを引っ張っていった。

その姿を見て岡村はふいに親近感を覚えていた。部員の奇行に困らされているのはどこも一緒のようだ。

 

「俺はともかく、ウチのキャプテンなんですが。...けど、このチームは楽しいですよ。きっとどのチームよりも。」

 

「.....。」

 

木吉は1度頭を下げてチームの元に戻っていった。

いきり立つ火神の頭に手を乗せて諌めながら笑っていた。現時点で負けているチームと思えない程に。

 

 

 

誠凛はハーフタイムを使ってプランの最終確認をしていた。

 

「みんなお疲れ!差し入れ準備してきたわ!!」

 

リコがタッパーを抱えている。どうにも嫌な予感しかしない。

全員が静かにそのタッパーを見つめていた。

 

「おいおい、またかよ。カントク、まさかまたレモンをそのままぶち込んでる訳じゃないよな?」

 

「ふふん!同じミスを何度もすると思ってるの?いつもとは違うのよ。」

 

なにやら自身ありのようで、強引に受け取らせた。

震える手でゆっくりとその蓋を取る。

 

「なんでよ!?」

 

「...察してくれよ。」

 

気を取り直して中身を確認すると、やはり丸ごと蜂蜜に浸かっていた。

 

「そうそうそう、やっぱ冬はミカンだよね~...って一緒じゃんか!」

 

「何が違うの!?」

 

この物体のどこに自信があったのかと必死にリコを問い詰めた。

 

「馬鹿ね~。それきんかんよ?レモンって結構高いのよね。」

 

「そっち!?」

 

「あ、俺。昔にミカンを山ほど食べさせられて足の裏が黄色になった事思い出した。」

 

「今言うなよ!食べる気失せるだろ!!」

 

メンバーがガヤガヤと揉めていると、水戸部が静かに果物ナイフを取り出した。

水戸部も学習して、リコの持ち込んだ食べ物(?)を後から手を加えられるように準備していたのだ。

 

「さっすが水戸部!!ぬかりねぇ!!」

 

「やっぱ水戸部だよな!!」

 

一切リコが賞賛されないオチも鉄板になってきた。

 

「と、とにかく!黒子君を一旦下げるわ。」

 

「はい。伊月さんお願いします。」

 

なんともモヤモヤ感が残るリコだったが、このままハーフタイムが終わりそうなので本題に戻る。

 

「黒子抜きで点を取るとなると...やはり紫原が問題だな。」

 

「ああ、それより木吉。膝は大丈夫か?」

 

「今のところはな。」

 

木吉が陽泉のゴール下の攻略法を考えているが、日向としては木吉の状態の方が重要だった。

ミドルシュートを解禁した事でOF時に掛かる負担が減るだろうが、リバウンド争いの疲労はどこまで溜まっているかが分からない。

 

「やらせてくれ。大事な時に使えないようじゃ、俺は...。」

 

「木吉...。」

 

木吉は今、チーム内における自分の存在意義を計っている。それほどに自分自身を追い詰めていた。

言いだしっぺが足手まといになる。その辛さは本人にしか分からない。

既にチーム内で周知の事実となったが、木吉の膝は関知しておらず、誠凛バスケ部としての試合は今回でラストなのだ。

賭ける想いは人1倍強い。

 

「鉄平さん。そんなあなたに良い物ありますよ?ジャッジャジャーン!!」

 

英雄は持参していたバッグからサポーターを取り出した。

 

「は?何なんだ?」

 

「M社のニーサポートは関節の横ズレをがっちりガード!その上、膝の曲げ伸ばしに一切違和感無し!上下のテンションベルトのフィット感是非体感して下さい!!」

 

「なんで通信販売風なんだ?」

 

「左右合わせてなんと18000円!!」

 

「「「高え!」」」

 

サポーターを持っていた事よりも金額に驚いていた。

 

「つか!そんなんあるなら最初から出せよ!」

 

「いやね?今日の試合前にはしゃいでたら、忘れっちゃってたんすよ!これがマジで。」

 

「うぜぇ...。」

 

周りから総ツッコミを食らって小話風に話す英雄にイラっとしたのは仕方が無いだろう。

 

「おぉ、遂にできたか。」

 

「立て替えたんすから頼みますよ。調整もおっさんに頼んでばっちし!」

 

英雄から受け取った木吉はそのまま膝につけて感触を確認していた。

サポーターを付けての試合は初めてだが、英雄の言葉どおり違和感がなかった。

 

「知ってたのか?」

 

「まあな。今まではリコのテーピングでなんとか凌いでいたが、長いトーナメントを勝ち進むんだ。こういう事も必要だろうと思ってな。」

 

誠凛バスケ部の台所事情は厳しい。

発足してから2年目のチームに与えられる予算内でリコがやりくりしている。

その為、木吉はテーピングで試合に臨んでいたのだ。

しかし、全国の猛者達やキセキの世代のいるチームとやり合うには、自己の体調管理が重要だった。

そこで英雄に依頼し、調達したものを景虎が調整、思いついたのがWC本線直前ともあってこれまでに間に合わなかったのだ。

 

「けど、これでやり通せる。」

 

「にしても...流石と言うしかないわね。彼が出てくるだけでこうも変わるのだから。」

 

前半の好調もあくまで紫原がOFに参加していないものでしかない。決して胸を張れないのだ。

 

「よく言うよ。始めはどうなるかと思ったぜ。リバウンドが取れないから5割は決めてね、だなんてな。」

 

「ま、いいじゃない。信用してるのよ?」

 

日向はきんかんの蜂蜜漬けをかじりながら苦言を漏らすが、リコは笑って流した。

 

 

 

「お前達、良く聞け。前半はいい感じだった。あちらのアウトサイドからのOFに晒されながらもインサイドを徹底して抑えたことにより、充分な点差を付けられた。紫原も、積極的になったのは予定外だったが、後半も期待していいのだな?」

 

「まぁしょうがないよねぇ。面倒だけど。」

 

陽泉高校の控え室でも後半のプラン確認が行われていた。

大きくリードしている側ともあって、雰囲気は明るい。しかし、それを素直に喜べない者もいた。

 

「.....。」

 

「氷室、浮かない顔をしているな。」

 

「いえ...。」

 

荒木は静かに汗の処理をしている氷室に声を掛けたが、返事も今一元気がない。元々、話すタイプではないが何か思い詰めているように見える。

 

「後半開始、恐らく黒子はベンチに下がる。そうなれば、火神とのマッチアップも増えてくるだろう。」

 

「それはありがたいのですが...。」

 

「...ふむ。他にも感じている者もいるだろう、この言いようのない違和感について。」

 

氷室以外にも岡村や福井も同じ様な表情をしており、代わって荒巻が言葉に出す。

 

「え~、考え過ぎでしょ。結果勝ってんじゃん。」

 

その中で紫原のみが、興味なさそうに反論。

 

「確かに、外に関してはそこそこ認めてもいいけど。けど、それだけ。そこらのゴミ屑を変わんないしね~。」

 

「言葉を選べといつも言っているだろうが...。ともかく、紫原のいう事も一理ある。気にし過ぎても害になるだけだ。警戒をしっかりしておけば、問題ない。いつも通り締めていけ。」

 

だが、言っている事は間違いじゃない。勝つ為に作戦を仕掛けてくるのは当然で、その上で陽泉はリードを奪っているのだから。

荒木は集中力を乱されるのを嫌い、この話題を終わらせた。

 

「誠凛のフォーメーションを攻守共に変更される。データの統計的に考えて、PGの伊月を投入してくる。」

 

「外が3枚か...。」

 

「じゃが、伊月自体には外からの成功率は低い。実質2人じゃ。が、マークに1人取られる。こちらもインサイドの人数は減ってくるの。」

 

黒子がいないパターンから考えうる状況を予想し、対応策を考えていく。

 

「インサイドに関しては紫原がいればまず問題ない。劉が開いて、岡村がフォローに回れ。」

 

「ん~。」

 

「はい。」

 

 

 

 

「後半どうなるかな?」

 

選手のいないコートを眺めていた青峰に桃井が質問をぶつけていた。

 

「...さあな。っち、やっぱ後半から来るんだった。(なんだこの違和感は...)」

 

「なによそれー!そんな事言って結局遅刻するんでしょ!」

 

普段のこともあり、頬を膨らませた桃井に強く言われて反論が出来なかった。

 

「むっくんが出てきたから、やっぱ誠凛は苦しくなるよね。」

 

「これはそんな単純な話じゃねぇよ。」

 

「え?」

 

本当は面倒だったが、桃井に根負けて状況の解説を始めた青峰。

 

「さっきも言ったが、誠凛は陽泉に対して3Pのみで対抗してるようなもんだ。つまり」

「つまり、猫被ってる可能性があるっちゅうこっちゃ。」

 

そこに別の方向からの声が話を割った。

 

「...あんた。受験勉強はいいのかよ。」

 

「今吉さん...。」

 

誠凛との試合後に引退し、受験勉強に励んでいた今吉がいた。

 

「気分転換がてらに見に来ただけや。これくらい問題ないわ。」

 

「あ、お疲れ様です。あの、今の言葉はどういう?」

 

突然現れた私服の今吉に対して、桃井がおずおずと問いかけた。

 

「どうもこうもあらへん。微妙な違和感を感じ取る奴は今見てる中にもおるはずや。のう、青峰。」

 

「.....そもそも。前半、誠凛の作戦はどう見ても成功するとは思えねぇ。」

 

「え...。」

 

誰もいないコートを眺めながら青峰はその違和感について話し始めた。

 

「偶々テツが新型シュートを身に付けたからこその、今の点差だ。それがなけりゃ、もっと点差は開いてたはずだ。もしくは、それ以外に点を取る方法があったが隠したか。」

 

「そしてDFもや。もっと効果的なやり方が存在する。」

 

「....ウチにやったようにですか?」

 

「そや。わしにやったようにPGからのパスの供給を抑えてしまえばええんや。4人なんやからそこまで難しくないやろ。」

 

「...考えれば考えるほど、確かに変ですね。あえてゴール下で勝負したってことになります。そして不利な状況がそのまま点差に繋がった。」

 

一見、陽泉有利のように見えるコート内には思惑が渦巻いていた。

前半に点差を付けられるのを想定していたかのように、端から前半を捨てていたかのように。

それでも、生半可な策略は陽泉には、紫原には通用しない。

 

「あえて追い詰められて、ケミストリーを誘発させるってのはどうですか?」

 

「可能性は捨てきれねぇが、考えにくい。つか、さつきが1番あいつ等過小評価してんじゃねぇか。」

 

「んもう!青峰君は黙ってて!!」

 

桃井の提言を否定した上で小馬鹿にした青峰に頬を膨らませた。

 

「はは、仲ええのう。」



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トレンド

「さぁみんな!ウチはこっからよ!相手に見せ付けてやりなさい!!」

 

控え室からベンチに移動したリコは腰に手を当て、片手を陽泉ベンチに向けて指差していた。

 

「...カントク、舐められてる事に我慢ならないらしいな。」

 

「えぇ!?でも、この作戦考えたのカントクじゃあ...。」

 

「実際に罵られてゴミ屑扱いされたのが予想よりもムカついたんでしょ。」

 

その横でひそひそと伊月、降旗、英雄が話しまわりも耳を傾けながら、リコを眺めていた。それに気付いているであろう陽泉高校の面々も涼しく受け流している。

当然ながらしわ寄せは誠凛高校メンバーにやって来た。

 

「返事はぁ!!?」

 

「「「はい!!」」」

 

どこぞの鬼監督かのようにメンバーを整列させる。

 

「よし!こっからはあちらも5人全てでOFを展開してくるわ。でも!そんな事は最初から分かってる!練習どおりにプレーが出来れば勝てるわ!日向君、前半で精神をすり減らした事も理解した上で言うわ。陽泉にとって脅威であり続けて。厄介な存在だと思わせるの。」

 

「あぁ、分かってる。もう2-3じゃ、俺達は止められない。」

 

「伊月君、ウチのOFが成立するかは伊月君に掛かってる。いきなりの実践投入は無茶、でも第3クォーターは任せるわ。」

 

「もちろんだ。寧ろ待ち焦がれていたよ。」

 

「英雄、これで負担がどうとか言い訳は出来ないわ。ここで勝てばベスト4、あんたの目的に大きく近づく。あの高さ相手に勝算は?」

 

「在ろうが無かろうが関係無い。勝つよ。キセキの世代だろうと世界のエースだろうと、ね。」

 

「火神君、失敗を恐れないで。とにかく前に進むのよ。これ以上勉強時間を上げられないわ。ウチのエースを名乗るくらいなら何とかしてみせなさい。」

 

「うっす。」

 

「...鉄平。誠凛のCはあんたよ。...楽しんでらっしゃい。」

 

「おう、これ以上ないくらいに楽しんでるぜ。」

 

ハーフタイムを明けて第3クォーターが開始された。

福井がボールを運んでいく。

福井には伊月、氷室に火神、残る3人はインサイドを担った。

劉に日向、岡村に英雄、紫原に木吉である。

 

「意味が分からん。トライアングル・ツーではないのか?」

 

陽泉の監督である荒木は予想を裏切る誠凛に疑問を浮かべ、横目でリコを見た。

その横顔は得意げになにかを画策しているように見え、荒巻は再度思考を巡らせた。

 

「....おい。前半何点だった?」

 

「は、はい。13点差です。」

 

スコア係りに眉を寄せながら聞くが、頬がひくりと引きつった。

 

「違う、そうじゃない。私達は何点取ったのかと聞いている。」

 

「は?あ、39点です。」

 

「多いな...。」

 

「はい、今日は皆調子が良いようです。内訳はええと、リバウンドを取ってのカウンターが多いですね。おおよそ5割がそれに当ります。」

 

「やられた...。」

 

「え?」

 

スコア係りはピンと来ていないが、荒木は前半の違和感について当りをつけた。

手がかりは今試合の前半総得点にある。

 

「っち。(ウチに大差を付けられたチームにしては元気すぎる。)」

 

本来、全国的にみて陽泉高校にはOF力は低い。何故なら、チームの中心人物である紫原が面倒臭がりOFに参加しないからである。4人でのOFでは、どれだけ1人1人の実力があっても限界はあるのだ。

それでも最終的に相手の心が折れる事で終盤で一気に得点し、平均で80点になるのがいつものパターン。

相手の心が折れる原因は紫原によるところが大きい。しかし、細かく言うと岡村や劉とのリバウンド争いで疲労し、スタミナ切れを起こすのがへし折る引き金になっている。

だからこそリバウンドの可否を無視したのだろう。

DFリバウンドに木吉を専念させる事で、ボディコンタクトを減らし体力を温存させている。他のメンバーも同様。

高さに対して走力でというが、相応の体力が必要だ。実行すれば大きな疲労から逃れられない。しかし、そうは見えない。

逆にそれでも点を取れたのは日向の奮闘もあるが、誠凛のOFリズムが保たれていたことにある。

誠凛の得意なゲーム展開は、見て分かる様にトランジションゲーム。対して陽泉は基本岡村と劉がポストアップしてからの遅攻を多用する。陽泉がペースを握っている場合、当然遅攻になっているはずなのだ。

しかし、リバウンドからのカウンターという状況になれば陽泉であっても走らなくてはならない。陽泉は気付かない内に誠凛の得意な領域で戦っていたということになる。

それも回りくどく、気付かせないように。

気付かなかった理由に関して、思い当たる事もある。それは、紫原のOF参加。

数分で圧倒したイメージは敵どころか味方や観ていた観客にすら植え付けた。だから、この予定以上の得点に気付きにくかった。紫原がいるのであればしょうがないと。

 

更に紫原の登場が第2クォーターの終盤だった事にも、疑問が残る。

並みのチームならともかく、誠凛は優勝候補だった桐皇学園を下したチームだ。その実力が本物であれば、遅かれ早かれ紫原が積極的にゲーム参加している可能性が高い。

であれば、寧ろ紫原の登場のタイミングは遅かったのではないかという不安も浮上するのだ。

 

「(なるほど、女子高生と言えどもここまで引っ張ってきた実績は伊達ではないという事か)だが、それくらいの事でどうにかなると本気で思っているのか?」

 

しかし、陽泉高校は全国でも随一の高さを誇り、キセキの世代紫原敦を擁している。またその実力も本物である。

荒木の言葉同様、ポストアップした紫原が猛威を振るう。

 

「ふーん。1人でいいの?」

 

「ぐぅぅぅ!!(やはりこのパワーは..)」

 

木吉のチェックによる影響が一切なく、福井の高いパスを受けてそのままリングに叩きつけた。

陽泉にマンツーマンDFを仕掛けたチームはいない。平面では対応できないあの高いパス回しを封じる事が出来ない限り。

 

「速攻!遅れるな!!」

 

「「「おう!!」」」

 

紫原がOF参加したことで生まれた、ゴール下のスペースを狙って一直線にパスを回す。

こうなれば、得点も前半に比べて容易だと思える。がしかし、そうもいかない。

Cとも思えない程のフットワーク、そしてその広い歩幅で紫原が追ってきている。

 

「(んな馬鹿な!?)けど、英雄!!」

 

伊月は紫原の運動能力に驚愕するが、右斜め後ろに英雄が走ってきている事を把握しており、パスを渡した。

 

「後半1発目、いっきまーす!!」

 

英雄はミドルレンジから前方しながらのシュート、ヘリコプターシュートで強引に突っ込む。

並走していた紫原も右手を伸ばしてコースを寸断する。

 

「止めろ!!」

 

それを追っていた岡村が叫ぶ。福井は既に追いついており、伊月のチェックを行う。

 

「(はぁ?何言ってんの?これは...)パスでしょ!」

 

「火神!」

 

英雄の手から逆サイドにいた火神が受け取り、ゴール下に入り込む。しかし、それを読んでいた紫原は、着地後素早く移動し火神の面前に立ちふさがった。

既に15点差、ここを止めれば誠凛は致命傷とまでは言わないが、大方の体勢が決まってしまうだろう。

 

「だぁあああ!」

 

「うるさいよ!」

 

力任せでボールを引っぱたき叩き落す。そこに偶々いた英雄が掴み、ルーズボールをキープ。

そして、フェイダウェイで得点を狙った。

 

「しつこい!!」

 

再三のブロックがボールを掠めて、リングに弾かれる。氷室が日向を背負いながらボールを奪ってカウンター。

 

「っくそ!!戻れ!!」

 

誠凛が前掛りになった状態で、英雄は追いつけない。伊月が臨時でカバーするが、氷室の華麗なドリブルで抜かれ3Pラインを突破。

 

「まだだ!氷室ぉ!!」

 

その間に戻っていた火神が迫り、再度ボールを奪う為に圧力をかけた。

 

「どうやら、やっとその気になったようだな。さぁ、勝負だ!」

 

前のめりに突っ込みフロントチェンジ、火神が右のコースを警戒したところで逆をついた。

 

「(インサイドアウトか!?)」

 

右のコースをチェックする為に移した重心が動き出しを遅れさせ、ものの見事に左を抜かれた。

 

「もらった!」

 

「んな訳ねぇだろ!!」

 

「...だろうな。」

 

それでも火神は持ち合わせている脚力で追いつきブロックを試みる。しかし、それもフェイク。

跳んだ火神をピボットでかわしてセットシュートを放つ。

 

「17点差か...。」

 

その光景を1人で見ていたアレックスは厳しい表情をしていた。

 

「スタミナの温存も出来てプラン通りなんだろうが、これ以上はヤバいぞ。」

 

誠凛は本当に健闘していると言える。だが、徐々に点差が開いているのもまた事実。

紫原の化け物っぷり、そして陽泉高校の実力は簡単に逆転出来るものじゃない。

 

「だが、今のOFは良かったな。あいつ等がやりたかった事がようやく分かってきた。」

 

アレックスは火神の個人レッスン以外で誠凛に関わっていない。誠凛の言う秘密兵器など知る由も無い。

始めは黒子のシュートの事だと思ったが、まだ他にあるように見える。

 

「確かに、タイガ次第かもしれん。」

 

以前に火神の特訓中に英雄が楽しそうに言っていた。『これが完成すれば』と。

 

 

 

 

「もう終いじゃ。この点差はもう覆らん。」

 

今度は隙を突かれないようにすばやく自陣に戻りながら、岡村が語りかける。

 

「もう、ですか...違うんすよ、オカケンさん。」

 

「ん?」

 

英雄の発した言葉が頭に引っかかり振り向くと、どこか寂しい表情で英雄が佇んでいた。

 

「ようやく紫原のギリギリが見えてきた。そして、陽泉のパターンも...。」

 

「なん..じゃと?」

 

「はっきり言います。あんた達のバスケは、そのスタイルはもう古いんす。」

 

「...英雄!行くぞ!!」

 

俯き気味だった英雄は、日向に肩を叩かれ気持ちを切り替え走り出す。

岡村も英雄の真意を量りながら、警戒心を強くした。前半からあった違和感が形を変え、今警報を鳴らしている。

 

「(なんじゃ、あの表情は...寂しい?意味が分からん。)ええぃ!全員プレスをかけろ!勝負を決めるぞ!!」

 

岡村の英断で陽泉は一気に勝負を掛ける。他のメンバーから何の疑問も生まれなかったのは、それぞれがその理由を理解していたからである。

誠凛は得意のラン・アンド・ガンで高速のパスワークを展開。だが、それは既にスカウティングが終えている。黒子のいないパターンでは予測も割りと容易ある為、これが警鐘の原因だとは思えない。

木吉がゴール下からハイポストに入りパスを受ける。同タイミングで火神が外に出て代わりに英雄がインサイドに向かう。

 

「紫原を釣り上げるつもりか!?」

 

岡村が木吉の対応に向かい、抜かれた場合は紫原に託す。劉は英雄を追っており、逆サイドに穴が開いた。

 

「火神!!」

 

そのスペースを木吉が突き、火神がパスを受けた。氷室は伊月のスクリーンを受け、マークを引き剥がされている。

 

「もう分かってんでしょ?意味なんてないってさぁ!!」

 

「ああ、分かってるぜ。勝つのは俺達だ!!」

 

火神のいる位置より更に外、日向がたった今走りこんできており、火神のパスを受けてシュート。

 

「...ナイスパスだ、火神!」

 

「うぃっす!!」

 

決めた日向と良く見ていた火神がハイタッチを交わし、意気揚々と自陣に戻っていく。

陽泉はあまりにもあっさりと点を取られ少し困惑しながらも、結局は外からと切り替えボールを運ぶ。

 

「紫原!」

 

福井がシュートの軌道よりも更に高くボールを放り、紫原のみが取れるパスを出した。

圧倒的高さを持つ紫原だからこそ出来る、脅威のアリウープ。

 

「がぁアア!!」

 

他を寄せ付けない暴風雨のようなダンクを止める事は出来ず、ただ跳ね飛ばす。

 

「っつつ..。」

 

尻餅をついた木吉はお尻を摩っていた。

 

「おい、木吉。」

 

「大丈夫だ、問題ない。というか、そんなに心配すんなよ。ここからが見せ場だろ?」

 

見かねた日向が駆け寄るが、木吉のその笑顔は本物で今の状況を楽しんでいるようだ。

 

「さ、楽しんでいこーぜ。」

 

「...英雄の影響か?この感じ、前より強烈になってる。」

 

「悪い事か?」

 

「いや、悪くねぇな。」

 

「だろ?楽しくてしょうがないんだ。これだから止められない。特にこのチームはな。」

 

木吉は楽観的な性格を持っているが、似た部分を持っている英雄の存在のせいか、へらへらと笑う事が多くなっていた。

チームを守る事を優先させてきた男が、ここに来て初めて選手個人としての戦いを望んでる。

その背中を日向は嬉しそうに見つめていた。

 

「やっとか...。」

 

「何だ?何か言ったか?」

 

「いいや。...行くぞ!!」

 

---やっと、本当の意味で肩を並べて戦える。

それを日向が言葉にする事はない。それでも、1年越しのこの想いはきっと報われたのだろう。

 

「(違うな。報われるのはこっからだ!)」

 

パスを受けた日向がシュートに跳び、岡村が釣られてブロック。

その状態で回り込んできた伊月に手渡し、伊月のペネトレイト。

 

「むぅ!(こんなパターンは今まで...)」

 

ペネトレイトに見えた伊月は岡村の近くで止まりシュートフェイクで紫原の1歩を動かし、英雄にパス。

英雄のミドルシュートを警戒して紫原は動かざるを得ない。

 

「けど、そのパターンは飽きたし。」

 

「じゃあ、こんなんどう?」

 

ボールを逆手に背後にボールを送った。

 

「日向!?」

 

ここに現れたのはまたしても日向。先程の伊月のポジショニングがそのままスクリーンになり、日向をフリーにした。パワーでは全く叶わないが、数秒稼ぐくらいなら出来る。

なにより、伊月は知っている。日向が3Pを放つのに必要な3秒という時間を。

そして、英雄もポジションを変える為に走る。

 

「(ピック・アンド・ロール...。)一々感に触るっ!」

 

ピック・アンド・ロールとはスクリーンを用いた連携の1つ。

スクリーンをした直後に走り出し、相手DFを困惑させ対応を遅らせる事が出来る。

 

視界をチラつく英雄に腹を立てながらも、紫原がリバウンドの為にゴール下に戻ろうとすると背中が何かにぶつかった。

 

「火神!?」

 

「ぐぐぐ....よぉ」

 

パワーでは紫原が上。幾らポジション争いをしようと結果は見えているはず。

 

「っは!木吉!?」

 

木吉がシュートの軌道に合わせて跳びあがった。

そしてやっと気付いた。日向はシュートを打った訳ではないことを。

紫原はゴール下から出てきたのではなく、引きずり出されていた。火神のスクリーンを振り払ってブロックに行きたくても間に合わない。

火神のマークをしていた氷室がカバーしようとも、ミスマッチで既に跳んでいる木吉をどうする事も出来ない。

 

「ナイスだ、日向ぁ!」

 

会心のアリウープは炸裂し、頑強だった陽泉DFを切り裂いた。

 

「アリ...ウープだと..木吉ぃ!!」

 

バスケを初めてこれまでにアリウープを決められた事はない。

それ故に、紫原のプライドは強く揺さぶられた。

 

「まだだ。」

 

「あぁ!?」

 

「まだまだ、借りは残ってる。ゆっくり返させてもらうよ。」

 

「ぐっ...!てめぇ...。」

 

形相は更に強くなり、今にも襲い掛かりそうな目で木吉を睨みつけていた。

 

「ケミストリー、か?」

 

紫原が守るゴールをここまで簡単に破ったチームは見た事が無い。氷室はコートで何が起きているのかを考え、桐皇戦の事を思い出す。

しかし、感覚的な判断だが少し違う気もする。

 

 

 

「違ぇよ、多分な。」

 

氷室と同じ桃井の意見を青峰が否定していた。

 

「でも、これって。」

 

「トレンド。そう言っとった。」

 

その横で今吉が1つの言葉を漏らした。

 

「あ?誰が?」

 

「補照にな。ハーフタイムん時にトイレで会った。」

 

「あいつ、どんだけトイレが近いんだよ...。」

 

青峰は以前、英雄にトイレで遭遇し制服で手を拭かれた事を思い出し舌打ちを鳴らす。

 

「....スモールラインナップって知っとるか?」

 

「さぁ、知らねぇな。」

 

「えっと、なんだったっけ?」

 

「バスケットにも歴史あり、や。元々、とにかく高くて力強いバスケットが主流やった。そして時代と共に流れも変わる。」

 

何十年前からバスケットにおいてセンターというポジションの重要性は高い。しかし、近年でそれが変わりつつある。

スモールラインナップ。今NBAでも注目されているチーム構成に関する考え方で、平均身長を下げる代わりに機動力を大幅に上げる事ができるというもの。

 

「誠凛にとって1番大きいのは、木吉がシュートレンジを広げたことやろな。ハイポストに入れるようになった事で、陽泉の2-3はもうほとんど効果を為してない。入れ替わるように火神か補照が飛び込んできてスペースを生かせるようになった。」

 

スモールラインナップのメリットは、機動力アップにより攻守の切り替えが早くなる事。ゴール下での競り合いでの怪我が軽減される事。

 

「そういう観点から見ると、陽泉は時代を逆行してるとも言える。ビッグマンの紫原、岡村、劉、この3人を揃えた事は凄いが、カウンターの対処が上手い事いっとらんしの。つまりこういう見方も出来る。時代の流れに乗ったものと乗らなかったもの。」

 

「...なるほど。」

 

今吉の示した構図を理解し、うーんと唸る桃井。

 

「多分、この試合を若松に見せたらおもろい事になるかもな。」

 

「確かに。あ~撮っておけばよかった。」

 

 

 

3人がそんな話をしている最中にも試合は進んでいる。

 

「よこせ!」

 

激昂した紫原がボールを要求しているが、伊月が福井にチェックを強めておりそうそう高いパスを出せそうも無い。

 

「(だったら)劉!」

 

福井はミスマッチになっている劉を選択。日向では劉のシュートを止められない。

 

「この距離じゃ話にならないアル!」

 

フリー同然の状況でシュートを決めて再度17点差。

 

「戻れ!来るぞ!(アリウープの後にあっさり返されてもダメージなしか...)」

 

岡村は誠凛の速攻に備えて自陣に向かって走る。

 

「すまんみんな。」

 

「気にするな。俺達のOFが通用したんだ、こんな些細な事は問題じゃない。」

 

「こっからギアを更に上げるから、気にせずついて来いよ?」

 

「たりめーだ。」

 

日向の失点であろうとも今は関係ないのだ。正攻法で陽泉から点を取った。この事実は活力へと繋がっている。

 

誠凛のOFはまたしても木吉がハイポストにあがるところから始まった。

 

「どーせまた、俺をゴール下から離したいんでしょ?(その距離なら間に合う。ひねり潰してやる。)」

 

そして警戒していたのは福井も同様、木吉へのパスコースを塞ぐ。

 

「そー簡単にやらせるかよ。」

 

「....っふ。」

 

起点を潰された伊月が軽く笑い、ノールックで左にパスを出した。

受けたのは英雄、劉が一気に詰めていつでもブロックにいける体勢を取った。

しかし、その瞬間。誠凛のOFポジションが一変する。

逆サイドにいた日向が左のコーナーまではしり、木吉が英雄とリングを結ぶ一直線上の間に移動。

 

「(なんだ?何を狙っている?)」

 

荒木がベンチから目を細めて、誠凛の動きに注目していた。つい先程の失点についてまだ把握できておらず、何故ここに来て誠凛が止められなかったのかを早急に見極めなければならない。

 

「順平さん!」

 

「(日向か!?)」

 

劉側に3Pを打てる日向と英雄がいるのだ。堪ったものではない。だから、つい吊り上げられてしまった。

劉が開いたスペースに英雄が入り込みジャンプシュート。当然、紫原が迫ってくる。

その股下を綺麗にバウンドパスで木吉に送り、ゴール下でシュートを狙った。

 

「まだじゃ!(くそ...。)」

 

「そうだ。俺達はこんなもんじゃない!」

 

更に岡村のブロックをギリギリのパスでかわして、ミドルレンジでフリーになっていた伊月が決めた。

 

「(何だ?分かっていても、止められない!?)」

 

福井は困惑する頭を抑えきれない。アウトサイドシューターが2人いる時点で陽泉のDFが苦しいのは分かる。しかし、後半の失点はインサイドから崩されているのだ。

 

「これは...!そんな...まさか!!?」

 

ようやく荒木は気が付いた。誠凛が何をしているのか。生半可なOFでは破れない、強固な盾を切り裂いたその正体を。驚きのあまり、ベンチから立ち上がりもう1度その目で確認する。

 

「トライアングル・オフェンス!!?」




・インサイドアウト
クロスオーバーを使わず上体の動きとステップで抜く技術。速攻の時などによく使われており、スラッシャー系の選手はみんなこれが上手い。
・ピック・アンド・ロール
実践的なスクリーンのパターン。ピックとはスクリーンのこと。




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スモールラインナップ

「ふふん♪驚いてるみたいね。でも、これからよ。日向君当って!!」

 

「おう!」

 

リコはOF成立を自慢げに笑う。そして更に点差を埋めるべく、日向に指示。

これを機に誠凛はDFにも変化を加えた。

 

「ダブルチーム!?」

 

インサイドで日向の活躍は望めない。ミスマッチを突かれ、ブロックは届かず、リバウンドも難しい。

そこで、伊月とダブルチームを仕掛け、陽泉OFの妨害を図る。

 

「氷室へじゃなく、俺にか!?」

 

陽泉OFの得点原は2つ。紫原と氷室であり、平面で勝負するなら氷室へのダブルチームの可能性が高いと思われていた。

 

「悪いけど、前半であんた等の事しっかり調べさせてもらったよ。」

 

伊月は福井に挨拶がてらに一言呟きながら距離を詰める。

 

「この!」

 

福井は伊月が前に出てきたタイミングで抜きにかかるが、日向によって阻止される。

 

「(中は手薄だ。パスさえ入れられれば...!)」

 

「やらせるか!」

 

高いパスを狙う、伊月と日向が懸命に手を伸ばす。その甲斐もあってパス自体は防げなかったが、パスの高度が下がった。

 

「英雄!狙え!!」

 

「よいしょー!!」

 

劉に向かって投げられたボールは精度が下がり中途半端になってしまった。それを見逃さず英雄がスティール。

 

「しまっ..!」

 

「速攻!」

 

火神が最前線で受けてカウンター。日向と伊月が続いて、福井と氷室と紫原が追う。

 

「ここは決める!!」

 

力を右足に込めてフリースローラインから高く跳んだ。

 

「くそ!この状況じゃ!!」

 

単純なスピードで紫原が火神を上回っている訳ではない。加えて、スタート地点で火神の方がリングに近かった。

いくら紫原のDF能力が優れていると言えど、間に合わない。

これが、英雄がインサイドを守り氷室に火神がついた利点の1つである。

その利点を充分に活かした火神のワンマン速攻は、誰に邪魔される事もなく成功を収めた。

 

「っしゃぁあ!!」

 

火神は氷室に見せ付けるようにガッツポーズを取り、決して負けていない事を主張した。

 

「(不味いな....ペースというか、平面でせり負け始めてる。)」

 

氷室はこの試合、どちらに優位性があるのかを考え、一抹の不安が過ぎっていた。

次順、福井が再度ダブルチームに捕まり、インサイドへのパスを満足に出来ない状況に持ち込まれた。

気合の入った伊月だったが、その勢いのあまり福井を押し倒してしまい。それを見逃さずに陽泉はTOを取った。

 

 

「トライアングルOF?何それ。」

 

荒木から誠凛の戦法を教えられたが、紫原の記憶には無く、苛立ちを隠さないまま聞き返した。

 

「時間がない、詳しくは省くぞ。用は、ウチというか紫原に対抗する為のフォーメーションだ。より早くより複雑に、5人全員でシュートチャンスを作り出している。」

 

このOFは複雑で一言での説明は難しい。荒木は掻い摘んで説明するが、問題はそこから。

 

「このOFはナンバープレーとは違うんですか?最初からラストシュートの役割が決まっているなら....。」

 

前もって決まっている事を遂行しているだけなら、打つ手は充分にある。そう考えた岡村は提案する。

 

「そうだな、こちらとしてはそれしかない。だが本当にトライアングルOFであれば、そう簡単には済まないだろう。あれは従来のOFとはかけ離れている。万が一、こちらが読み勝ったとしてもあちらは直ぐに切り替えてくる。」

 

今思えば、木吉がミドルシュートを態々温存したのはこの為だったと結論付けられる。

ただミドルシュートが打てるようになった事を隠す必要など、普通はありえない。

 

「もし過小評価をまだしている奴がいるなら改めろ。容赦なく全力で叩き潰せ。気の緩みに漬け込まれるぞ。」

 

主に紫原に対しての言葉だが、どれほど伝わっているのだろうか。当の本人は鼻で笑っており、危機感が足りていないような気がする。

 

「それにDF。ゴール下までにパスを通さないつもりだ。そして、火神がよりゴールに近い位置からの速攻は、止められない。....恐らく、ガードとインサイド陣を切り離すつもりだろう。」

 

「っくっそが!」

 

誠凛に狙い目と判断された福井は、苦々しい表情を浮かべながら俯いた。

 

「落ち着け、手はある。氷室と劉、福井をフォローしろ。氷室が火神を抜くか、劉がハイポストに入って橋渡しを行う事で、状況を打破できるだろう。」

 

荒木は冷静に指示を与え、メンバーを落ち着かせる。

 

「分かりました。」

 

「はい。」

 

「氷室。お前の望みどおりの展開になったぞ。いいか、やるからには絶対に負けるな。お前が止められればOFは半減する。」

 

「....言われなくとも。」

 

念を押された氷室は目に闘志を映し、既に臨戦態勢を築いている。

 

 

 

「おもろい事になってきよったで。直ぐに気が付いた陽泉監督さんも流石や。」

 

客席で見ていた今吉は楽しそうに眺め、つい手に力が入っていた。

 

「っと、やっぱ引退したばかりでつい熱が入ってもうとるの。」

 

「未練タラタラじゃねーか。」

 

「やかまし!次がある奴にどうこう言われたくないっちゅうねん。」

 

青峰が冷やかしているが、どうやら心中は今吉と同じ様だ。

 

「にしても、やるじゃん。トライアングルOFなんてもの、いつ身に着けたんだ?」

 

「ウチには使ってこなかったって事は、短期間で出来るようになったのかなぁ。」

 

青峰の横で桃井が唇に人差し指を添えて思考を深めていた。

 

「というより、練習自体はかなり前からで、実践で使い物になったのは最近っての方がしっくりくる。」

 

「ま、このOFに挑戦したのは誠凛らしいっちゃらしいの。」

 

トライアングルOF。

特徴は、3人が三角形を作るように位置し、1人がインサイド、2人がアウトサイドでパスを回す。そして他の2人も決められた動きに従って移動し、DF側の隙を作り出すところにある。

パスだけではなく、カットやスクリーンを多数のバリエーションで絡ませ、DF側を後手に回すことが出来る。

通常のOFパターンはドライブの得意な選手を突っ込ませたり、ミスマッチを突く等、1対1から始まるものが多い。しかし、トライアングルOFはあくまで5人の協調が必須であり、バスケにおいて必須だと思われてきた強いCやPGがいない場合でも、強力なOF力を可能とするのだ。

現に、NBAで得点王に輝いていたマイケル・ジョーダンを擁したシカゴ・ブルズが優勝した大きな一因になっている。

当時、ルーキー時代からその存在感を示し続けていたジョーダンだったが、その分マークはキツく優勝から遠ざかっていた。

NBAには『得点王がいるチームは優勝出来ない』という格言があり、その格言を打ち破る事が出来なかった。

 

ヘッドコーチがフィル・ジャクソンに変更された年、時代は大きく変わった。

ジャクソンはトライアングルOFを導入し、チームを一新した。

トライアングルOFはボールを散らし、ジョーダンの負担を減らす事が出来るが、1人のボールを持つ時間も少なくなり、ジョーダンの得点も減るデメリットがあった。

周りは懐疑的だったが、ジャクソンは優勝という結果で黙らせた。

更にジョーダンはチーム全体の調子を上乗せさせるように、その年も得点王になった。

ジャクソンはトライアングルOFを使い続け、ブルズを6度の優勝に導いたのだ。その後、コービー・ブライアント擁するレイカーズの監督に就任したジャクソンは、同様にトライアングルOFを用いて優勝に導いた。

スモールラインナップが叫ばれる中で考えると、トライアングルOFは時代の流れを作り出した大きな切っ掛けなのかもしれない。

 

「スモールラインナップ...。」

 

「そや。結局そこに行き着く。さっきのカウンターもそうや。誠凛は陽泉の突くべき事をよう分かっとる。」

 

「それが福井さん、ですか?」

 

「さっきも言ったが、パスの供給を止めればどんだけ凄いシューターがおっても怖くない。なにより陽泉の役割分担が極端なんや。」

 

「極端?」

 

桃井の質問に答え解説が続く。

 

「用は、インサイドがべったりしてるから、その負担をガードが担ってんだろ。んで、陽泉のPGは弱えぇ。」

 

横から青峰が厳しい評価を言って今吉の顔を引きつらせる。

 

「きっついの。あくまで全国的に見て、や。決して福井は悪い選手じゃない。丁寧にボール運ぶし、3Pも打てる。が、身体能力はそんなでもない。且つ、ゲームメイクって点では伊月が上かの。3年になって初めてスタメンになったっちゅうからしょうがないのかも知れんが。」

 

「関係ねぇよ。実際、こうやって狙われてんだから。」

 

「もう!そんなんだから、いつまで経っても友達の1人も出来ないんだよ!」

 

「るせぇな!だからお前は俺のお母さんかよ。」

 

結局桃井に叱られて舌打ちしながら黙る青峰だった。

 

「そんで、火神をゴールに近い位置から走らせるのもあのDFの目的やろうな。あの位置からなら紫原は追いつけん。かといって気にし過ぎたらDFに捕まる。パスのインターセプトは補照の得意な分野やし、徐々に牙を剥いてきよったな。」

 

「....今回が初投入。いきなりであんな複雑な動きは、通常より体力を消耗する。前半に温存した理由はこれか。」

 

トライアングルOFの欠点として、その複雑で難しい連携を行うには体力を消費する。初めての実践で試合全てで行える訳が無い。

静かに青峰は誠凛の意図を知る。そして、自分が観客の1人だという事を寂しく感じていた。

 

 

 

「このタイミングでTOを取るなんて流石ね。で、火神君。この後もターンオーバーの速攻、期待してるわね。」

 

リコも荒木の上手い手配に感心しながらも直ぐにゲームに備えて確認事項を伝える。

 

「おう。任せてくれ!」

 

「後、動き出しが遅い。そんなんじゃ陽泉に捕まるわよ。」

 

「う....。」

 

1度褒めておきながらも、調子に乗らないように駄目出しをしっかりし釘を刺す。

 

「不味いと思ったら伊月君のフォローを活かしなさい。無理しない事。」

 

「分かってるよ!..です。」

 

決して頭脳派ではない火神にとって、トライアングルOFは他のメンバーよりも苦労していた。

原因はアメリカ留学以外に無い。態々英雄がメールにしてまで渡していたが、さも当然かのように読んでいない。厳密には少し読んで挫折したが正しい。

対桐皇戦では、火神の理解度が皆無で使い物にならず、どうなるものかと冷や冷やしていたのは内部機密。

それ故に火神にはスパルタで突貫して、やっとの事で投入できた背景があった。

元々、火神の負担を緩和する意味もあったものだが、これでは意味が薄れる。どこかでポカをしてしまう可能性でリコの頭を悩ませていた。

 

「それと、氷室君へボールが集まると思うわ。このDFは火神君が止める前提で成立するんだからそのつもりで!」

 

「....それも分かってるっす。もう、腹は括った。」

 

目の前に握り拳を構え、気合の入り具合を証明する火神。前半と違い、戦う為の心構えが完了したようだ。

 

「遅いっ!って言いたいところだけど、大目に見てあげる。感謝しなさい。」

 

いつからだろう。リコに頭が上がらなくなったのは。そう考えてしまう火神だった。

 

「....。」

 

「どうした英雄。なんかあったか?」

 

誠凛は未だ大差を付けられ、油断など出来ない状況であり、真剣に今後の展開について考える事は間違いでもなく必要な事。

英雄も笑顔でなくボーっとしているが、そんな事を考えているように日向には見えなかった。

 

「いや、どうせだったらって考えちゃいまして。」

 

「..お前が考えてる事はなんとなく想像がつく。でも秀徳の時とはちげーんだ。お前も分かってんだろ。」

 

「1発勝負のトーナメントっすからね。分かってますよ。リコの考えた作戦は凄い。上手くいけばほぼ間違いなく勝てる。大丈夫、納得はしてます。」

 

「....だったら。」

 

「何か言ったっすか?それより、順平さんも大丈夫?疲労があっても誤魔化してもらわないと。」

 

「言ってろ。(だったら、なんでそんな顔してんだっつの。....忘れてたわ、こいつマジ面倒臭えんだった。)」

 

日向は知っていた。普段は飄々とし器用に物事をこなす姿から想像しにくいが、英雄は変なところで悩みだす癖がある事を。

しかも1度悩みだすともう止まらない。答えを出すのに時間が掛かり、立ち往生する始末。

今回に関しては半ば納得はしているだろう。しかし、英雄の表情からは引っかかっている事も明白。

なにもこんな時にと、ため息をつかずにはいられなかった。

 

「(オカケンさん、本当の狙いに気が付かないと。終わっちゃいますよ....)」

 

リコの会心ともいえる作戦は、既に陽泉の急所を抑えている。何時気が付くかで勝敗の行方は一変する。

火神に対して偉そうな事を言った手前、表に出さないが、英雄の中心にあるモノが疼くのだ。

 

 

 

TOは終了し、福井がボールを持つ。そしてすぐさま氷室へと繋ぎ、いきなりの1ON1。

氷室対火神。

両者の因縁はもはやチームの勝敗に関わる問題となり、視線が集中する。

止める事が出来れば主導権は一気に誠凛になだれ込む。出来なければ....。

 

「舞台は整った。」

 

「ああ、もうあんたを兄とは言わない。勝負だ!!」

 

受けた氷室は迷わずドライブを慣行。一瞬リングに目を向けた行為がフェイクとなり、火神の反応よりも先に1歩踏み出す。

 

「(ヘルプが来たら直ぐにパスを..)何!?」

 

氷室がインサイドに侵入したにも関わらず、誠凛の他4人は各々のマークに専念し、動きを見せなかった。

 

「そーいう事だ!」

 

「タイガ!」

 

驚きで動きが鈍った隙に、火神は再び氷室の前に立つ。

 

「俺のやる事はてめぇに勝つ事だ!氷室ォ!!」

 

「面白いね。」

 

身を翻し、逆側にロールターン。氷室の得意な距離に持ち込んだ。

綺麗な構えからのジャンプシュートを狙う。

 

「..何度でも言おう。このシュートは止めさせない!」

 

氷室のミラージュシュートはブロックをすり抜けリングを通過した。

 

「はぁ..はぁ..(なんでだ?タイミングは合ってる。本当にボールがすり抜けるなんてありえねぇ!!)」

 

DFに戻る氷室を見つめて正体を模索する火神。これまでキセキの世代が相手でも決めてきたブロック。黒子のシュートとは違い、シュートそのものは見えている。

だが、気が付けばシュートは決まっている。改めて兄という存在を大きく感じた。

 

「(違う!兄なんかじゃなく、1人のプレーヤーとしてぶつかるしかねぇ!これだって何かあるはずなんだ!)」

 

続く誠凛OF。

陽泉の頭から消えかけていた英雄の3Pが決まり、また1つ点差を縮める。

 

「ナイッシュ!」

 

リコはガッツポーズを行い、チームを盛り上げる。

そして、再び氷室がボールを受けた。

 

「(まず、こう相対してからのフェイクとドライブ!)っち!パスか!?」

 

氷室のドライブを警戒し、重心を背後に集めていたのを読み、氷室は岡村にパスを出す。

 

「んがあぁぁ!」

 

「去年と変わってないっすね、シュートレンジ。」

 

遅れながらもチェックしにきた英雄が一言告げながらブロックに行くが、ポジション取りに負けている状況では阻めない。

 

「ふん。それでもお前等には負けんわ。」

 

「みたいっすね。でも、そろそろ気付いていい頃っすよ?」

 

「....?」

 

淡々としたシュートを決められ、トークも鼻で笑われた。

3年間ゴール下で全国の猛者を相手に競り合った岡村を止めるのは容易ではない。

 

「(少し深めに守り過ぎたか..。やっぱ、詰めていくしかねぇ。)」

 

「火神、耳貸せ。」

 

「うおっ!?なんだよ、いきなり!」

 

火神が今しがたのDFを反省しているところに英雄が近寄って耳元で囁く。

 

「あのシュートってどこまで離れた距離で出来るんだろうね?」

 

「は?んなもん、お前....そう..か。」

 

「後、よろしく~♪」

 

一言で察した事を確認し、すれ違い際に肩を叩いていった。

 

陽泉もそろそろ誠凛の動きに少しは慣れてきたのか、マークを振り切られる事がなくなった。

 

「やっぱ、大した事ないし!」

 

誠凛のトライアングルOFに振られながらも、紫原の手先が英雄の放ったボールを掠め、リング通過を阻んだ。

 

「リバン!!」

 

しかし、ゴール下には岡村と木吉のみしかおらず、劉はポジション取りに遅れて、紫原もブロックの直後で、間に合わない。

 

「(これなら..)いける!!」

 

木吉の片手ダイレクトキャッチ、バイスクローが成功し、そのままマークの甘くなっていた日向にパス。

連続3Pで誠凛の追撃。しかも、OFリバウンドを奪った上である。

 

「そんな甘いもんじゃないわよ!リバウンドが取れないなら、取れる状況に持ち込めばいいってね。」

 

リコは始めからリバウンドを諦めてなどいない。その為の対策はしっかりと準備してあった。

トライアングルOFはDF側に大きな負担を強いる事が出来る。加えて日向が外に位置し、英雄が外から中、中から外と出入りを繰り返し、コートを広く使える以上、スペースは生まれ先手を打ち続けられる。

その時点でインサイドは2人。そして、シュートへのブロックは紫原が担当している事も前半などで確認済み。

陽泉のフロント陣に落ち着いてボックスアウトする暇を与えず、リバウンド奪取率を大幅に上げたのだ。

ここに来て、スモールラインナップの利点が再び発動したのであった。

 

「くそ....(DFをめちゃくちゃに引っ掻き回されて、ボックスアウトがどうしても遅れる。)」

 

紫原はもう認めるしかなかった。

高さに対して走力で対抗する。戦略でそんな事が当たり前の様に行われているが、この試合ほどそれを体験した事はない。

才能を持たなかった者の言い訳だとも思っていたところに、迫り来る誠凛というチーム。

好きでもないバスケだが、自負はあった。そして2-3DFはズタズタにやられたい放題。

しかし、気に入らない。

その暢気な顔が、楽しそうな表情が、暑苦しい雰囲気が、薄っぺらな充実感が。

 

「....笑ってんじゃねぇよ。」




・ターンオーバー
ボールを奪ってカウンターを出すようなプレー


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暴風雨のような奴

フラストレーションが募り、我慢出来なくなった紫原。

いつも通りにプレーして、いつも通りに捻り潰す予定だった。しかし、木吉は未だ意気揚々とコートに立っており、黒子には何本ものシュートを決められ、火神の表情に陰りは見えず、ニヤケ面のふざけた奴が視界にチラつく。

パスは停滞し、紫原の手までなかなかやってこない。

 

「(そーいや、こっちにもいるよね。カスが...。)」

 

チームメイトだからこそ考えずにいたことだが、こうなってしまえば容赦は無い。

碌に誠凛を止められずに、高さで勝っているのにリバウンドを奪われ、満足にパスもできない。足を引っ張るだけのチームメイトの価値なんてあるのだろうか。

 

「(ま、流石に1人じゃ試合出来ないし。)でも、お前等は別だ....!」

 

第3クォーターが3分を過ぎ、最大17点差まで広がったリードは10点差まで縮まっている。

陽泉高校 51ー41 誠凛高校

数字からも誠凛の好調具合が窺える。誠凛としては大変気分の良いものだろう。

しかし、それが最も気に入らない。だからぶっ壊したくなる。

 

「紫原っ!?」

 

「よこせっ!!」

 

「お、おぉ!」

 

紫原がボールを受けに福井に近寄り、ボールを要求する。福井はダブルチームに捕まる前にパス。

紫原らしくない強引なプレーだが、その形相に圧されて紫原に任せた。

 

「鉄平!英雄!」

 

「「おう!」」

 

リコの指示でフリースローラインでボールを受けた紫原を2人で囲む。

今までのデータにはハイポストからの得点は無い。追い詰めてスティールを狙う。

 

「だから..なんだってんだ!」

 

スピンターンで木吉側に抜ける。

 

「させるか!」

 

Cのものとは思えない速い身のこなしでかわした紫原のシュートレンジはもう直ぐそこ。しかし、点差を一桁にしたい誠凛、木吉が追いつき、英雄は大回りでリングへのコースを塞ぐ。

 

「(うぜぇ..うぜぇ..)うぜぇ!」

 

紫原はドリブルを止め、再びピボットのターン。木吉とフォローに走っていた英雄の逆を突き、シュートチャンスを作った。

 

「ドリブル終わったぁ!」

 

「チェック!打たせない!!」

 

真っ先に木吉が詰め寄り、英雄が続く。

 

「あぁ!?いつまで勝てる気になってんだ!」

 

2人のDFにより、ダンクが出来る距離への侵入を阻めた。しかし、ボールの打点の高さは通常の遥か上を行く。

バンクショットを強引に捻じ込む。

 

「俺が本気になりゃ...。」

「火神!」

 

リングを通過したボールを伊月が拾って、エンドラインから火神へロングパス。

 

「てめっ!」

 

火神はセンターライン直前まで走っており、氷室のマークをぶっちぎる。

 

「なんでもうそんなところに!?」

 

「(アツシがシュートを打つよりも早く走っていたのか!)」

 

劉が驚いている最中、誰よりも早くスタートした火神の脚力に氷室は追いつけない。

 

「うらぁ!」

 

氷室がボールの行方を目で追った為に生じた隙を突いての速攻。火神のワンハンドダンクはが一閃し点差を元に戻す。

 

「くそくそくそ!」

 

「さて、もう1ラウンドいこうか。」

 

紫原が地団駄している横で、木吉が涼しい表情で改めて挑戦状を叩きつけた。

 

「はぁ?何言ってんの、さっきので分かれよ!」

 

「この試合の結果なんぞ、もう誰にも分かりはしない。だったら、俺にもチャンスはあるさ。お前を倒すチャンスはな。」

 

「ぎっぎぎ..!木吉ィ....。」

 

 

 

陽泉は火神のワンマン速攻の脅威を実感させられた。

DFからのカウンターでなくともその威力は凄まじい。誠凛はリバウンドの可否はある程度無視し、別の方向からのアドバンテージを上手く利用している。

紫原が点を取ろうと本気になればなるほど、紫原のDFへの戻りは遅れる。木吉と英雄がしつこく食らいついている事が原因である。

セットプレーでは火神を相手できる氷室でも、速攻となれば話は別。スタートで出遅れれば、火神に単純な速さで追いつけない。

仮に追いついても、体勢充分な火神の高さに手が届かず、高確率で決められるであろう。

火神をインサイドから外し、短所を消し長所を最大限に引き出している。

 

「(ふざけやがって..)パス!」

 

「パスっつったって状況分かってんのか!」

 

更に強張った紫原の要求だが、カウンターを警戒した福井は躊躇し、伊月と日向に捕まった。

 

「っち。インサイドへの直接パスは無理だ。」

 

ダブルチーム相手でもなんとかキープし、パスを横に流し氷室へ渡る。

 

「はぁ!?何やってんだよ。」

 

隠す気のない憤りを味方に叩きつけ、不満をアピール。

氷室がボールを受けるとフォローで岡村が近寄る、予定だった。

 

「おい!紫原!」

 

「どいて、邪魔。」

 

岡村を押しのけて紫原がハイポストへ向かった。

 

「アツシ!?(何を?そんな事したらパスが読まれやすいだろうが!)」

 

「いいから!!」

 

紫原の激昂は明らかにチームの和を乱し始めていた。

氷室も火神相手でそこまで余裕があるはずもなく、ボール目がけて手を伸ばしてくる。

ドライブのタイミングを味方に崩され、仕方なく紫原へパスをした。

 

「スティールチャーンス!」

 

見え見えのパスに英雄が食いつき、ダイブ気味に飛び込んできた。

 

「させる訳ねぇし。」

 

紫原は英雄に体を寄せて、動きを強引に静止させる。片腕で英雄を、背中で木吉をとめて、残る片腕を使ってパスを受けた。

 

「片手で!?(なんてパワーだ。)」

 

「ぐぬぬぬ..。この!この!」

 

懸命に手を伸ばしブンブンと英雄の手が空振りを打つ。紫原ならではの、ファウルギリギリのプレー。

そして、強引にゴール下へと向かい、2人を強引に押し戻す。それでも、ゴール下への侵入を徹底して阻み、ダンクだけは阻止した。

 

「紫原!こっちだ!」

 

「フリーなんだぞ!」

 

完全フリーの岡村と劉がパスを要求する。当然だが、ここでパスすれば有利な体制でシュートが打てる。確実性を求めるならば、誰でもパスをする。

 

「...なんだ。逃げるのか...。」

 

「はぁ!?逃げてねーし!」

 

このタイミングで木吉が一言を発し、その選択肢を消させた。

 

「(上手いなぁ...。)俺も頑張らないとね!」

 

ムキになった紫原は無理やりシュートを打つ。しかし、2人もタイミングを見計らいブロックに跳んだ。

シュートは紫原の精神状態と同様に荒れ、リングに弾かれた。

 

「(よっし!)」

 

「気を抜いちゃ駄目!!」

 

「ヤバ!」

 

紫原のシュートを外させる事が出来、心に緩みが発生してしまった。リコの声で気が付くが、もう遅い。

2人の背後から大きな影が覆い、押しつぶす。

 

「てめぇら相手に逃げる必要ねぇし!」

 

外したボールを自ら捕球し、そのまま叩きつけた。

 

「はっ!火神は!?..氷室!」

 

氷室は既に追っている。が、火神の動き始めのタイミングは絶妙で、パスコースを防げない。

 

「(何故..タイガ。お前はこんなタイミングを計れるようなタイプではないはずだ。)」

 

氷室の知る火神は選手として自己中で頭の良いとはいえない。良くも悪くも1対1ばかりで、トライアングルOFのような連携すらこなせるとは思えない。

1年弱くらいの時間で、攻守の切り替えを判断できるように変われるものなのか。

 

「パスを出させるな!」

 

陽泉監督の新巻が声を張り、エンドラインからパスを狙う日向の前を岡村が手を伸ばしコースを切る。

 

「ぬぅおりゃ!!」

 

岡村の気合を込めた右腕はボールに触れる事なく、伊月に渡ってそこからロングパス。

走力で氷室との距離を広げた火神が問題なく受けて、先程の得点シーンを再生するかのようにダンクを決めた。

 

「っしゃ!」

 

「いつの間にここまで..やるじゃないか。」

 

「確かに、俺はポストプレーが苦手だし、みんなにフォローしてもらいっぱなしだ。だから走って走って、走りまくって点取る事だけは負ける訳にいかねぇ。」

 

「....なるほど。(ようやく見えてきた...。)」

 

氷室は火神ではなく、日向とDFの確認をしていた伊月を見た。

火神の戦術理解度はチーム内で最低で、反復練習でなんとか出来ているレベル。緊張感漂う本番でいきなり成立させる事など難しい。

しかし、それでも上手く運用する事は出来る。それが伊月である。

福井に対してダブルチームで当り、シュートも1本決めたくらいの目立たない選手だが、目立たないところで火神のフォローを行っていた。

動き出しのタイミングをアイコンタクトで伝え、火神をバックアップし、チームの潤滑油となっている。

伊月の理解度はチーム内で1番高く、リコの考えを良く理解している。『コート内の監督』、PGをそう例える事があるが、伊月は間違いなく正統派PGなのだろう。

 

「良い仲間を得たようだな。」

 

「はっ、良いどころじゃねーよ。相手以上に味方に容赦ねぇし、言い訳なんかもさせてくんねぇ。迂闊なこと言ったら出来るまでやらせるし、怖いくらいだ。」

 

「そうか。」

 

愚痴を零す火神の顔は爽快な笑みを浮かべており、言動に不一致が起きていた。そんな表情を見た氷室も釣られて笑っており、やられているのに悪い気がしなかった。

そんな兄弟の姿を微笑ましそうに師匠が見ている事など知る由も無く。

 

「....負けんなよ。どっちも」

 

その母性溢れる表情を普段から見せれば、結婚などとっくにしているのだろう。

誠凛に若干肩入れしていたアレックスは、どちらの勝敗だろうが関係ない。ただ、お互いに後悔するような事にならなければ。

その周りにいた観客の中には、その容貌を目にし惹かれている男性が多かったのは、物語には関係ない。..多分。

 

「ぐ....パスっ!愚図ってんじゃねぇ!!」

 

「おらよ!」

 

紫原に渋々ながらもパスを送る福井。しかし、その位置は3Pラインよりも外。

そのままドリブルで突撃してくる。ブルドーザーのように。

急襲された誠凛DFは整いきっておらず、英雄を押しのけ、木吉を抜き、遂にゴール下に到達した。

 

「その体格でランニングプレー!?」

 

「何でもありか..堪らん、な。」

 

ブロックすらも出来ず、豪快なボースハンドのダンクを決められ、その天性の才能をまざまざと見せ付けられた。

 

「火神!」

 

日向がパスをしようとしたが、氷室が火神の動き出しのタイミングに合わせて既に走っている。

氷室は火神の前に立っており、行く手を妨害し、火神がスピードに乗る事を許さない。

 

「出だしのサインは、もっと分かりにくくした方が良い。敵にばれてしまうからな。」

 

「氷室っ....だよな、そんな簡単にいくわきゃない!」

 

火神のふとした言葉で氷室は看破している。そんな氷室相手に火神は更に心を熱くした。

 

「(迷ってる場合じゃねぇ!)」

 

「しょうもない手段がいつまでも通じると思ってる?」

 

日向の目の前には紫原が立っており、何もしなくてもパスコースが無くなってしまっている。

 

「(近くで見ると..)でけぇ!」

 

「順平さん!こっち!」

 

すかさず英雄が日向に近寄りパスを要求。紫原が未だこっちにいる以上、DF力は半減しチャンスはある。

 

「あぁ?だから..うぜぇって言ってるし!」

 

日向の出したパスを紫原の手が掠めて、誰もいない場所に落ちる。

 

「まだ!これを拾えば..。」

 

「そんで、お前が1番うぜぇ!」

 

ルーズボールを拾おうとする木吉を突き飛ばす形で、押し倒した。

 

「ファウル!DF白9番!!」

 

当然、主審が笛を吹き、ゲームが切れる。

 

「あ~ぁ、はいは~い。ごめんね~速攻防いじゃって。」

 

紫原の中で1番不快に思っていた木吉を突き飛ばした事で溜飲が下がったのか、笑いながら手を挙げてDFに戻っていった。

ファウル1つで誠凛の流れを断ち切った。これで、DFに戻る時間が充分にでき、カウンターを食らわない。

トライアングルOFは確かに脅威だが、紫原がいれば対応のしようもいくらかある。

 

「さ、きなよ。」

 

セットプレーになれば再び誠凛のパスワークが発動する。

 

「(5人の協調だか知らないけど、1つ分かった。)木吉を潰せばいんでしょ!」

 

今まで以上に木吉に対するチェックを強め、体を寄せる。

トライアングルOFでは、必ず始めに3人による三角形を築き上げなければならない。外からのシュートをある程度目を瞑り、まずインサイドのパスコースを潰しにきた。

 

「ぐっっ....!」

 

ハイポストでポジションを取っている木吉は、背後から圧迫してくる紫原のパワーに負け、徐々にポジションを奪われていく。

そんな状態では、パスを受けようとも紫原に奪われる恐れがある。

日向はゴール下へ走りこんでいた火神に一直線にパスを出し、チャンスを作り出した。

 

「もらったぁ!」

 

「行かせるか!」

 

火神がダンクに跳ぶが、岡村が遮ったため、直線距離は使えない。

 

「火神!こっち。」

 

受けたボールを外にパス。日向はシュートに移行し3Pを狙う。

 

「あぁぁ!」

 

劉は状況に流されず日向へのマークを行っていた。直接ブロックが出来なくても、その高い位置まで伸びた手はシュート精度を低下させる事も出来る。

 

「(やべっ!ショートする..。)リバウンド!!」

 

丁寧に狙い過ぎた為、バリアジャンパーをしなかった。不意に肩に力が入り、フォームが崩れてしまう。

ゴール下周辺には、紫原・岡村・氷室、木吉・英雄・火神が競り合っている。

リコの言うリバウンドが取れる状況ではないが、ここを引くなど許されない。

 

「ほーんと面倒。こうなったらリバウンド取れる訳ねぇだろ。」

 

「いいや!取る!!」

 

木吉が片手を伸ばしてバイスクローを狙うが、紫原が同様に片手でのダイレクトキャッチで木吉よりも上で捕球。

 

「へぇ、思ったより簡単だねぇ。」

 

「なっ!」

 

紫原の掌は木吉同様、常人よりも広い。つまり、紫原にはバイスクローが可能なのだ。で、あるならば、木吉よりも長い腕、高い身長で威力は倍増する。

 

「ナイッシュ!氷室」

 

久方ぶりのターンオーバーを決めて、波に乗ろうとする陽泉。

 

「ドンマイっす!」

 

「ホント、何でもありだな..。」

 

木吉は軽く深呼吸をし、自身の技を軽く真似されたショックを鎮めていく。

 

「それよりも....日向、大丈夫か?」

 

「あぁ..すまねぇ。」

 

そして日向の体調変化に目を向ける。

日向は、前半から今までずっとリバウンドが取れない中、シュートを打ち続けてきた。

精神的に負担を掛け、後半にはひたすら走り、状態は良くない。日向が抜ければ陽泉に捕まりやすくなり、ここまで耐えてきた事が崩壊する。

 

「後、2分とちょっとだ。..なんとかする。」

 

「何時の間に、順平さん無しではいられない体になっちゃったんだろう?」

 

「キモイわ!」

 

そこから数度の攻守交替を繰り返し、点差の変動はほぼ無かった。

陽泉は紫原オンリーのOFで点を取るが、誠凛は変わらず外から組み立てるOFと火神の速攻で食い下がるといった試合展開だった。

誠凛が何度かシュートを外してリバウンドを取られても、要所で日向が3Pを捻じ込み直ぐに追いつく。

結果11点差で第3クォーター残り3分強、誠凛はTOを取った。

 

 

「お疲れ、日向君。ラストスパート直前に少しだけ休んでて。」

 

「わりぃなカントク。そんじゃ、少しだけ..。」

 

リコは労いタオルを手渡す。

トライアングルOFする以上、状況変化によるポジションチェンジは行われる。外にはる日向は外から外へと大きく移動する事も多く、疲労の具合は限界ギリギリだった。

だからこそ、休めるときに休ませる事も必要なのだ。

 

「コガさん達とやるの久しぶりっすね。」

 

「まぁな、ぶっちゃけちょいビビってるけど。」

 

 

 

 

「紫原、結果的にリードを守れているが、暴走するのをこれ以上黙っていられない。」

 

「はぁ~?何で?いいじゃん別に。にしても、中々折れないなぁ。もう残り時間も少ないのに..ムカムカしてきた。ねぇ、お菓子食べていい?」

 

だらしなくベンチに腰掛けている紫原に我慢できず、竹刀を振り下ろした。

 

「ってーな!」

 

「敬語を使え!そういうところが問題なんだ!もっと周りを使え。」

 

「いや、使えねーし。これが1番だって分かってるでしょ?」

 

「んだとぉ!」

 

荒木の説教でも諸共せず、他のメンバーを一瞥する。

その態度に腹を立てた福井が、紫原に詰め寄っていく。

 

「あんたらがもっとちゃんとしてれば、俺が態々ここまでする必要ねーんだから。」

 

「だったら始めから..!」

 

「もうええじゃろ、落ち着け。」

 

「コイツの言葉に一々反応してたら疲れるだけアル。」

 

岡村と劉に諌められ渋々腰を下ろす福井だが、不満が表情に表れている。

 

「アツシも分かってるんだよな?誠凛は間違いなく強いって。」

 

「....別に。」

 

キセキの世代の起用は非常に難しい。その実力以上に我が強く、不協和音を齎してしまう。

紫原も普段は大人しく最低限のいう事を守り練習も取り組むが、スイッチが入ってしまうと抑えるのに苦労する。

 

「ともかく、まだあちらには黒子が残っている。気を抜くな。最低でもこの点差を維持できれば勝利は直ぐそこだ。」

 

 

内部事情は後に回し、目の前の試合に集中していった陽泉だったが、誠凛のベンチを見てしまい顔が強張った。

 

「はぁ!?どーいうつもりだ」

 

「これは一体...。」

 

「ふざけて..やがる..!」

 

サイドラインに立つ2人の姿は、陽泉の予想を完全に外したものだった。

 

「誠凛、メンバーチェンジです。」

 

交代の案内が響く。観客の表情からも驚きが見て取れる。

 

「(疲労で動きが重くなっていた日向は分かるが....。何故?)」

 

小金井 IN 日向 OUT

水戸部 IN 木吉 OUT

 

誠凛の手札はまだ残っている。



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ソウリョク戦

「コガさん、硬いっすよ。」

 

「当たり前だろ!こんな状況で緊張するなって方が無理あるから!」

 

「....。」

 

小金井の緊張を和らげようと、肩を揉みながら英雄が付き纏っていた。残り3分強が誠凛にとってどれだけ重要かが分かっている為、水戸部にも緊張は見られる。

しかし、やって貰わないと困る。小金井と水戸部が出来るという前提でリコは作戦を立てているのだから。

 

「そんな時こそ!!」

 

英雄が小金井の後ろから伊月の横へ移動し、会話をするように口を動かしていく。

 

「いや~、今日はいつもより走ってばかりですね。」

 

「そうですねぇ。加えてベンチも含めてチーム一丸になってますから。」

 

「つまり?」

 

「これがホントのソウリョク(走力・総力)戦。」

 

「なんでやねん!」

 

「「どうもありがとうございました!!」」

 

小気味良いテンポでのやりとり、深いお辞儀でオチを示す。ちなみに打ち合わせはしていない。

 

「....その息の合い様が1番腹立つんですけど....。」

 

「恥さらしだ....。」

 

「やってる場合か!?この馬鹿共~!!」

 

小金井と日向が頭を抱え、リコがいつも通りにハリセンでつっこんでしまった。

そのせいで、客席からもクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 

「あぁぁ、もう!変に目立っちゃったじゃない。さっさと行ってくる!審判から睨まれてるわよ。」

 

「えぇぇ。この雰囲気で試合すんの?」

 

今一締まらないまま、コートに送り出された小金井は若干脱力感に包まれた。

 

 

 

「(くそっ!舐めやがって!そんなんで勝つつもりかよ!!)」

 

再開されたゲームは陽泉ボールから。

紫原のプライドは、誠凛のメンバーチェンジによって深く傷つけられていた。

未だに誰一人として、精神的にも潰れた者はおらず、士気は高い。

紫原としては第3クォーター中に捻り潰すつもりだった為、この交代には不愉快に思っていた。

 

「(いや、むしろこれは英断だな..。膝に爆弾を抱えた木吉と前半の功労者の日向。第4クォーターでの失速を恐れたか....。となれば、残り時間をいかに最小限の失点で抑えるかになるな。)」

 

監督の荒木は冷静に状況を分析した。誠凛は少なからず、前半の負債を減らす為に無理をしてきた。

日向の3P乱発、難度の高いトライアングルOFや機動力重視のスモールラインナップ、なにより紫原を相手に正面からやりあったのだ。体力的に不安になってもおかしくない。

そして、切り札・黒子を投入した時こそが真の勝負所。それをよりベストな状態で迎えたいと思うのは、監督なら誰でも同じだろう。

 

「(しかし、いきなり2人交代とは欲張りすぎだ。優秀でも結局学生だ。こういうところで経験不足が出る..か。)全員、分かってるな!福井、氷室!気を付けろ!!」

 

リコの采配ミスの可能性を感じ、陽泉メンバーに指示を出した。

どれだけリコが優秀な監督と言っても、研修や抗議を受けた事などない。均衡し、ギリギリの状況での判断が勝敗を決定付ける事もある。

今の誠凛の編成では、間違いなく平面重視のOF・DFを仕掛けてくる事も推測できる。

 

「..分かってるっつの!(あんま舐めてんじゃねーよ。)」

 

「(何をしてこよーが)」

「(関係ないアル)」

 

「それごとぶっ潰す!!」

 

陽泉の5人が意気揚々と攻撃に転じると思惑と違い、誠凛のDFは変わらずダブルチームのままだった。

日向の役割を小金井、木吉を水戸部がそのまま入っているだけ。

確かに、体力が満タンで最初から飛ばしてきている。

 

「(DFに関しちゃ、日向より上か...。うっとうしい)」

 

伊月と共に福井をチェックする小金井は予想以上に良いDFを仕掛けており、評価を改めさせた。

 

「(こっちのは、全然大した事ないし。パワーなんて木吉以下、こんなんで何すんの?)」

 

水戸部については予想通りの能力で、特筆する様な物は無いと判断せざるを得なかった。

平面を強化してきたように見えるが、誠凛のOFから強烈な3Pが消えている。意図がまるで読めないのだ。

本当にただの時間稼ぎであるならば容赦はしない。

 

「(だったらさっさと行動に移すだけアル。)」

 

劉が動きパスを貰いに行く。連動して、氷室も動きパスコースを作る。

紫原は新巻の指示を一旦守り、指示されたポジションでポストアップ。

 

「(あ~ヤダヤダ。どんだけ頑張ってもこんなしょうも無いところで力尽きんじゃん。だったら始めからやらなきゃいいのに..。)」

 

少なくともそのしつこさは認めていた紫原は、この展開により誠凛も他と同様であると評価を下方修正していた。

実際、誠凛は粘っており、有効なパスを入れささず、徹頭徹尾足を動かし続けている。

 

「コガさん!右後ろスクリーン狙われてますよ!」

 

「おう!伊月フォロー頼む!!」

 

英雄がコーチングを行い、それが無くとも見えている伊月は全体に同調するようにポジションを変えてDFを安定させる。

火神は氷室にしっかりついており、何時でもとめに行く準備を整えている。

そして福井は氷室へのパスを通した。

 

「このDFは俺を止める事で完成するのだろう?出来るのか?」

 

「それで勝てるのなら!」

 

もう何度目か、2人の1ON1.

火神には1つ考え付いた事があった。当然ながら、氷室を止める上で忘れる事が出来ない、ミラージュシュートである。

未だ、その正体にたどり着いていない。が、手がかりなら掴んだ。

 

「(あのシュートはミドルレンジでしか打ってねぇ!3Pで打てない理由があるのかどうかは分からないが、まずはそう仮定して..。)」

 

3Pライン際に立つ氷室のフェイクをあえて無視し、3Pを打たせてみた。

 

「(狙うのは)ここしかねえ!!」

 

後だしでブロックを狙うと、ボールに指が僅かに触れてコースを乱すことに成功。

 

「なっ!?」

 

しかし、リバウンドを取る事は出来ず、水戸部の上から捻じ込まれた。

 

「ドンマイす。さぁさぁ、OFOF。あ、火神やるじゃん。」

 

「まだだ!まだ止めてない。次は何とか...。」

 

軽く褒めた英雄の声は、火神にとってどうても良い事だった。火神の考えはほぼ裏づけが取れており、ミラージュシュートの正体に1歩近づいた事でも火神は満足していない。

 

木吉と日向を欠いた誠凛は、ハイポストに英雄が入りローに水戸部、外に小金井といった布陣。

3Pという警戒対象がなくなり、陽泉はインサイドに締めている。スペースも減っており、崩した2-3を立て直そうとしている。

ボールが火神に渡って、ドライブを仕掛けていく。マークの氷室に英雄がスクリーンを掛けて、背後の紫原に揺さぶりをかけた。

 

「はっ..来いよ。」

 

「上等だ!」

 

紫原の挑発に乗っかり、火神は真っ直ぐに跳び込んだ。

 

「ぉらぁっ!!」

 

「っがっぁ!」

 

ワンハンドダンクを狙ったが、紫原に弾かれた。

 

「拾ーった!」

 

ルーズを拾って紫原の横に跳び、レイアップを仕掛けるが、紫原はそれに反応して手を伸ばす。

 

「だから..何?」

 

「だから..こう!!」

 

手を1度戻して持ち替え、自分の股を通してパスを通した。

空中でのレッグスルーパスで水戸部にボールが回り、絶好のシュートチャンス。英雄が障害となり、紫原のブロックは間に合わない。

であれば、岡村がやってくる。

 

「止める!」

 

水戸部は半身の状態で右手のシュートを狙う。岡村のブロックをループ気味のシュートで紙一重にかわし得点。

 

「(フックか!)だが、次は止める。分かっていればなんて事ないわ。」

 

初見だったからこそ虚を突けたが、次回からはもっとシビアになるだろう。

岡村は紫原と比べなければ、優秀なCであるのだ。フックシュートだろうが、タイミングを合わせてくる。

 

「さっすが、水戸部君。いきなり決めてくれるなんて頼りになるわ。それじゃ、行くわよ....DF!!」

 

水戸部の得点後、リコが、誠凛が動いた。

陽泉は勘違いをしている。

確かに、木吉と日向を休ませたいという考えはある。しかし、誠凛の心情はあくまでも、積極的で攻撃的である。試合中に2人をベンチに下がらせる事を予定している以上、対策はある。

センターラインを中心に、陣形が構築されていく。

 

「ぞ、ゾーンプレスか!?しかも1-3-1!」

 

陽泉の持っているデータにも1-3-1DFはあるが、ゾーンプレスとなると始めてみる。

しかも、ポジションがやや変わっている。

後ろに英雄、真ん中に水戸部、右に小金井、左に伊月、そしてトップに火神。

 

「(木吉を引っ込めた時点で、何と無く予想はしてたぜ。)走れ!」

 

福井は、誠凛が平面で勝負したがっている事を感じ取り、この展開を読んでいた。

他のメンバーに指示を出し、突破を目指す。

しかし、火神の腕が一閃しボールを弾く。

 

「あ..!」

 

「っっしゃぁ!!」

 

福井から奪ったボールを勢い良くダンク。これでは紫原も追いつかない。

 

「(そうか..火神のワンマン速攻をより近い位置で行う為のDFか...。)」

 

新巻は、誠凛が態々火神をDFの先頭にした意味を推測した。陽泉から手っ取り早く点を取るなら、紫原が間に合わないようなカウンターしかない。

第3クォーターでは、誠凛の得点パターンの1つとなっており、陽泉OFを躊躇させている。

だからといって、このままボヤボヤしていれば誠凛の時間稼ぎに付き合うハメになってしまう。

それに、1-3-1ゾーンプレスとて完璧なDFではないのだ。

 

「きっちり!パス繋いでいけ!!」

 

改めて福井から、指示が出て、ロングパスを多用せずにボールを運ぶ。

 

「コガさん!挟んで!!」

 

福井がパスを出す前に、火神と小金井に捕まってしまう。

 

「劉、頼む!」

 

「だぁあ!!」

 

バイオレーションでは、8秒以内にフロントコートにボールを運ばなければならない。

福井から受けたパスを劉が受け、大きくロングパスを出す。

高いパスではあるが、焦った為かコースが乱れている。

 

「およー。ここが狙い目ーっと!」

 

紫原へのパスを英雄がインターセプトし、またもやターンオーバー。

完全なアウトナンバーとなり、劉の高いブロックでも止められない。火神に釣られて、小金井に決められた。

 

「ナイスっす!」

 

「うひゃー..。これはシビア過ぎね?」

 

決めたもののそれまでのDFからの切り替えや、複雑な展開のOFに早くも弱音を出しそうな小金井。

陽泉はDFが整う前にパスを狙うが、今度は水戸部に奪われた。

 

「っく!またか!!戻れ!」

 

岡村は目の前で奪った水戸部がボールを投げた先に向かって走るが、誠凛の切り替え速度に追いつけない。

今回は氷室もDFに戻っており、火神のチェックを行う。

 

「(タイガ....!!)」

 

氷室・劉・福井で誠凛の速攻から死守するが、間断の無くセカンドブレイクが襲う。

伊月が、ゴールから見て45度の位置に走りこんでいた英雄にパスを行い、ミドルシュートを狙った。

 

「この..!」

 

「残念っした~!」

 

それにギリギリ紫原が追いつき背後からブロックするが、それは英雄のフェイクで一気にゴール下まで侵入。

ゴールまでのコースには障害となるものは無く、勢いのままに跳びこんだ。

 

「だぁ!!」

 

劉がファウル覚悟のブロック。フリースローを与える事になってもフィールドゴールは防ぎたい。それほどまでにこの場の連続失点は不味いのだ。

しかし、ヘリコプターシュートには触れる事も出来なかった。

 

陽泉高校 64-57 誠凛高校

気が付けば点差は一桁にまで縮んでいる。得点板に映る数字が気になってしょうがない。

陽泉は初めて焦りを感じた。

 

「(7点差か....。)」

 

「(どうやら、まだわしらは..評価が甘かったようじゃの。)」

 

「(いや、むしろ....それを誘発させられた?)」

 

交代した2人を見て油断するように仕向けられた。

確かに、木吉と日向と比べても見劣りするだろう。木吉ほど水戸部はインサイドで存在感を出せない、日向ほどの3Pを小金井は打てない。

そして陽泉は『これなら』と思ってしまった。誠凛が平面で勝負しようとしているのを理解しておきながら。故に警戒を無意識に緩め、急激な状況変化に追いつけないでいた。

 

「ナ~イスな交代だったでしょ?」

 

英雄の一言に苦笑いをするしかなかった。

 

「凛さん!無理なロングパスを上手く奪った以上、こっからが本番っすよ!」

 

「....(こく)」

 

「頼りにしてますからね!コガさんも、ガンガン走っちゃってくださいよ!」

 

「ま、俺に出来るのはそんくらいだからな。」

 

英雄はDFポジションに戻りながら声を掛ける。

2回の速攻を成功させ、2人に緊張はもう無い。

 

「またまた~!誠凛で組んだのは、2人が初めてなんすよ!」

 

水戸部と小金井。

外部から見ると目立たない2人だが、決してただの交代要員ではない。

小金井は器用貧乏。何事もある程度で伸び悩んでしまうが、言い方を変えると物覚えが速いのだ。

現在、誠凛のシステムを1番理解しているのは伊月だが、最初は小金井だった。OFもDFも序盤の練習で馴染む。悪く言えば黄瀬の劣化版ともいえる。

 

---酷くない!?

 

水戸部は、マンツーよりもゾーンDFの適性が高く、カバーリングは一見の価値がある。

余談だが、英雄が1番敬っていたりする。

ことDFにおいて、この3人でのDFは柔軟性に優れているのだ。

 

「.......。」

 

「心配か?」

 

ベンチで見ていた木吉に、日向が問いかけた。

 

「いや、どうかな。それもあるが、正直分からん。ただ....。」

 

「あん?」

 

「ウチってこんなに凄いんだなって。考えても見ろ、OF特化だったウチがDFのチーム相手にDFであっと言わせてるんだからな。」

 

「まぁ、普段の練習でもあいつ等には苦労させられるからな。」

 

日向は木吉の言葉で、普段の練習風景を思い出し、ははっと笑った。

 

「そこだ。小金井や水戸部がここまで出来る奴だとは思わなかった。」

 

「夏で支えてくれたのはあいつ等だぞ?」

 

木吉の意図が分からず、顔を覗き込んだ。

 

「....そうだな。やっぱ、キャプテンをお前にしてよかったよ。」

 

「な、なな、何だよ!急に!!」

 

木吉に夏は無かった。

代わりにあったのは、真っ白な病室の思い出だけ。

もし。もし怪我をしてなくて、ブランクがなかったとしても、みんなの力を引き出せていたのかと思う。

木吉がいない1年間で、それぞれのメンバーが何とかしようとして成長した。自分の怪我を切っ掛けに。

それを嬉しく思う半面、やはり寂しかった。

 

 

 

陽泉はロングパスをいう選択肢を完全に無くして、短いパスを繋ぐしかなくなった。

始めからそういう作戦を取っているのだが、プレッシャーに負けてパスをするしかなくなったのだ。

最初に福井がボールを持てば、火神が寄ってくる。それに会わせてゾーンそのものも前進する。

 

「(マンツーじゃねぇんだ。場所によってはチェックが緩いはず...。)」

 

福井はギリギリまで引き付けて、氷室へパス。

ボールを持った氷室は、突っ込んでくる小金井をあっさりとかわしハーフラインを超えた。

 

「....!」

 

すぐさま水戸部がカーバーリングを行い、英雄もその後ろに控えている。

 

「(しまった!囲まれた!!)」

 

不意に速度を落としてしまい、選べる選択肢に限りがることに気が付いた。

氷室が立っている場所はハーフラインのすぐそこ。後ろへのパスは出来ないし、ドリブルで無理に抜こうとすると英雄がスティールに来るだろう。

逆サイドに走っている紫原にロングパスを通したいが、2度も奪われていて戸惑ってしまう。

 

「室ちん!」

 

紫原が要求しているが、そうも行かない。

氷室の背後から抜いたはずの小金井が追ってきており、ボールを弾いた。

 

「ファウル!!DF、黒6番。」

 

「やべっ!!」

 

審判に笛を吹かれてターンオーバーから逃れたが、このゾーンプレスのしつこさは堪らない。

 

「(助かった..か。)....!?何を考えている!!俺は相手のミスに安心しているのか!?」

 

一息ついた己に苛立ち、歯を食いしばりながら握り拳を作った。

情け無い自分が許せない、と。

 

「こうなったら何が何でも....!!」

 

もう、火神に拘っている余裕など無い。誠凛がこのDFを仕掛けてくる以上、氷室のドリブル突破の展開は必然となる。

その上で、決着を。

 

ハーフコートまで運んでも、OFの時間は大分減っている。

誠凛はダブルチームに変更し、福井と氷室のチェックを再度強化した。

 

「パァス!!」

 

迷わず紫原へパスを送りたいが、小金井が試合に馴染んでおり、更に前に出てくる。

福井はジリジリと後退せざるを得なく、氷室がボールを貰いにいった。

 

「氷室ぉ!!」

 

「っく!」

 

ゴールに対して正面を向けていない今、満足なフェイクも出来ない。出てきた火神の背後に空いたスペースにパスをするしかなかった。

岡村を経由して紫原が時間ギリギリに得点を果たす。

 

「あ?(ブロックがねぇ...!?)」

 

「(こいつら!!ブロックですら無視しやがった!?)」

 

インサイドにパスが渡れば、紫原にパスが渡れば、その高さ故に止められない。

止められないのであれば、最初からブロックを諦め、ディナイに全力を注ぐ。

誠凛にとって平面が全てであり、不利な場面をあえて捨てた。

 

「伊月!」

 

余った余力を走力に回し、一斉に駆け巡る。

 

「も、戻れ!!速攻だ!!」

 

荒木も声を荒げるが、ブロックにいかなかった分、誠凛のスタートダッシュも速い。

劉と岡村が取り残され、3対5の形が出来てしまった。

 

「英雄!!」

 

コートを広く巡るパスは、あっという間にペイントエリアまで迫り、英雄のヘリコプターシュート。

 

「(パスだ..。引き付けてからのだろ?分かってるよ。....なのに)」

 

ブロック出来るのは紫原しかいない。ブロックを試みた後に行われる展開が分かっていたとしても。

 

「俊さん!」

 

ボールをまたもやレッグスルーパスで横に放り、伊月がシュート。

ギリギリまで時間に追われた陽泉での得点に比べて、誠凛の失わぬ勢いそのままの速攻。

 

「あいつ....!わざとあんなプレーを..。」

 

試合中、度々行われた英雄のプレーが紫原を逆なでしていた。

シュートで引き付けてからのパス、これは他でも行われているようなプレーだが、態々レッグスルーパスなどする必要があるのだろうか。

所謂ストリートのフリースタイルから生まれた『魅せる』系の技であり、ルールに反する場合があったりなどそれを試合に使用する者は少ない。

突然パスの出所が変わる為、相手DFのスティール成功率も下がるが、味方の反応が遅れる恐れもあり、パスの出所をそのような手段で変更する必要はあまり無い。

だが、英雄はそれを使用している。あのニヤケた顔で。

 

「ぜってぇ潰す....ぶっ潰す!」

 

その時、紫原は理解した。

紫原が嫌悪しているのは、木吉でもなく、火神でもない。誠凛というチームそのものであると。

 

「火神、ドンドン前へ出ろよ。後ろは俺達に任せろ。」

 

小金井は、不慣れな1-3-1のトップの位置で踏ん張っている火神に激励の言葉をかける。

このDFは、失点しても直ぐに火神が走れるように考えられたもので、誠凛のいつもの失点覚悟のラン・アンド・ガンなのである。

しかし、機能すれば相手に与える脅威も中々で、特にガード2人に負担を強いる事が出来る。

福井と火神がマッチアップすれば、抜く事もロングパスもそうそう許さない。無理をしたところで小金井もしくは伊月が挟んで奪う。

そして氷室がドリブルでボールを運ぶ場合、1人抜かれても水戸部と英雄がカバーにいける。

それでも駄目なら、直ぐに反撃の態勢を作り、アウトナンバーの状況を誘えばよい。

 

「うす。後ろは任せるっす。」

 

基本的に1対1に専念出来る事は火神にとってもやりやすい。

必ず火神が先頭になる速攻を警戒して、陽泉はよりボールマンに近いポジションを取り、OFに時間が掛かっているのが今の状態だ。

 

「(でも、突破出来ない訳じゃねぇ。まずは点をきっちり取っていけば..。)」

 

福井は確実性の高い、氷室の突破からの紫原へのパスを選択しようとした。

 

「プレス!!」

 

リコからの指示で、誠凛の陣形が変化していく。

1-3-1からサイドの2人が上がり、3-1-1へと。

 

「コースが無い!?」

 

伊月・火神・小金井に囲まれて、パスどころかドリブルするのも難しい。

陽泉が焦りながら福井へ近寄るが、問題の紫原へのパスは英雄がディナイを続けている。

何とか、劉に手渡し、氷室へと送る。しかし、迫り来る水戸部と抜いてハーフラインを超える時間がもうない。

手段はロングパスしかなく、英雄のインターセプトに奪われる。

 

「っくそ!戻れ!!」

 

やや下がり目にいたことで、紫原と岡村のDFに戻るまでの時間は短縮されるだろう。

しかし、英雄から小金井にロングパスを通され、走ってきた水戸部がゴール下で受ける。

 

「(フックと分かっていれば!)」

 

劉が惑わされずに水戸部を追い、ブロックに跳んだ。

手を水戸部のシュートに合わせて

 

「ブロックが合わない..!?」

 

フックシュートはジャンプシュートと比べ、ボールをやや後方に構えるので、劉も前掛りに跳んだはず、それなのにボールに手が届かなかった。

 

「(左?そんな!?さっきは右で打ったはず!!)」

 

これが水戸部の身に付けた新たな武器。左右のフックシュートである。

どちらからでも打つことが出来れば、ブロックのタイミングを量りにくくなり、無理をするとファウルになる。

寡黙な職人気質、水戸部の実にらしい成長であった。

 

「ナイス水戸部!」

 

身に着けるまでの度重なる練習を知っていた小金井は真っ先に駆け寄る。

水戸部や小金井、彼等はチームの中心になる事は無い。2年生になった今は火神・黒子・英雄にポジションを奪われ、黒子以上のチームの影になっている。

チームの推進力にならずとも、影ながらみんなの背中を押し上げるような役割。

それでも、それでも決して誠凛バスケ部に入部した事に後悔ないのだ。

 

「....(こく)」

 

それをにこやかに答える水戸部に、英雄も遅れて駆け寄った。

 

「さっすが凛さん!惚れちまいそうっすよ。」

 

目標に向かって全力で進みながらも、時に馬鹿をやり、時に悔しさを分かち合う。

そして、気が付けば日本一というタイトルを奪い合う場にいて、みんなと一緒に手を伸ばしている。

『今を越える冬は今後無いかもしれない。』

そんな風に思いながら。



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爪数mm分の意地

誠凛の1-3-1ゾーンプレスは、奇襲という事もあって充分に機能している。

始めに火神が襲い掛かりドリブル突破を楽にさせず、それをパスなりでかわしても小金井もしくは伊月が詰め、火神が追ってくる。

その間にロングパスを通そうとしても水戸部が待ち構えており、更にその後ろに英雄が相手ボールマンの視界に入るようにポジショニングをしている。

少しでも躊躇えば火神に捕まり、碌なOFは出来ない。ハーフコートまで8秒、合計で24秒というOFの時間も考えながらとなると、判断までの時間を大幅に削られる。

少なくともゲームメイクをあまり得意としていない氷室には、安易なパスをさせないだけで効果的である。

ハーフラインを少し過ぎた半端な場所などで足を止めてしまい、ターンオーバーをさせてしまう。

 

「(ボールを運びきるまでが勝負って事か....)劉!岡村!ボールから離れすぎるな!!」

 

陽泉PGの福井は、氷室のドリブル突破のみのボール運びを修正し、岡村と劉もより近い位置でパスを受けさせ、確実性を求めた。

高いロングパスを狙われているのなら、高いショートパスで誠凛が対応しきれないパターンを作り出す。

 

「(ペイントエリア内で紫原にボールを渡せば、誠凛はブロックを諦めてるし加点は確実。今はこれしかない、か)おう!劉!」

 

最初の火神をなんとかすれば、残りの誠凛メンバーはほぼミスマッチ。福井からボールを受けた岡村は高い位置でのパスを劉に回した。

その間にも、氷室と紫原が徐々にゴールに近寄っていく。紫原が最前線で、氷室はやや下がり目でパス回しに沿っている。

水戸部や英雄が劉と紫原の中間に立ち、コースを遮断しているのだが、届かないものはどうしようもない。

 

「はい、残念残念。」

 

紫原に対応できる者は火神くらいだろう。いや、火神でも厳しい。

高さもそうだが、パワーが圧倒的に足りないのだから。

 

「速攻!」

 

英雄がブロックをせず、紫原がリングに叩き込んだボールを拾って直ぐにパスを出した。

しかし、陽泉の戻りも早く、既に走り出している。

それでも、数秒でも数的有利を利用できる状況を活かそうと火神を始め小金井、伊月が走っている。

 

「火神!頼む!!」

 

小金井から火神へ。

受けた火神は一直線に向かおうとするが、目の前に氷室が現れる。

 

「ここは止めさせてもらう!」

 

「っこの!」

 

氷室を抜きに掛かるが、スピードに乗る前だった為難しい。

 

「火神、戻せ!無理をする場面じゃない!」

 

「....っち。」

 

強引にドライブを仕掛けようとした火神を伊月が静止させ、渋々ながらもパスを回させた。

 

「小金井!」

 

と見せかけて、スペースに走る小金井にパスを送り、ゴールを演出。福井は伊月に釣られて小金井への警戒を怠った。

 

「とぉ!!」

 

伊月の好判断により、フリーで受けた小金井のレイアップ。

 

「ふん!!」

 

ぬっと現れた影が小金井から放たれたボールを弾き、バックボードに当ってラインを割った。

ギリギリのタイミングだったが、紫原が間に合い速攻を止める事に成功。

 

「うわぁ..。ホントに来たよ....マジ半端ねぇ!」

 

その迫力にビビり上がる小金井は、恐る恐る紫原を見上げた。

一流ともいえるオーラを放っており、正しくバケモノそのものであった。

 

「....走る事しか能の無いくせに、調子に乗らないほうがいいよ。どうせ勝てないんだから。」

 

「....(怖えぇ)」

 

腰が引けて、目も合わせられなくなっていた小金井。

しかし、モチベーションまで失くしている訳でもない。

走るしか能が無い。正しくその通り。

小金井にはこれと言った特徴が無く、いつでもその他大勢という扱いの人物。

高校から始めたのでバスケ暦2年と考えると、充分に成長していると評価も出来るが。日本一を争うメンバーとしては1歩足りない。

 

「残りちょっとっす。ガンガン行きましょう!!」

 

試合が途切れ陽泉DFも戻りきっており、メンバーチェンジをしてから初めてじっくり攻める事になる。

奇襲により点差を縮めた誠凛は、ここを凌いでおきたい。

ブロックでショックを受けた小金井に英雄が詰め寄った。

 

「バスケは走ってなんぼっす。人一倍走る事が出来きて、プレーの水準を守ってくれてるコガさんは、雑魚なんかじゃない!」

 

「....そう目を見られながらは、照れるな。」

 

「....実は俺も。」

 

お互いが頭を掻きながらはにかんでしまい、どうにも締まらない。

締まらないが、嫌な空気は無くなった。

 

スローインから再開するが、誠凛は少し苦しい展開になってしまう。

日向と木吉が抜け、セットOFの展開力が低下している今、選択しは少ない。

陽泉は外のシュートさほど警戒しなくてもよくなり、その分英雄へのチェックは厳しい。木吉の役割を英雄が担い、外から打てるのは小金井くらい。

水戸部の左右のフックシュートは武器だが、紫原はそれでも止めてしまう可能性が高いのだ。

速いパス回しでチャンスを作りたいが、時間的余裕も少ない。結果、時間ギリギリに小金井の3Pを選択した。そして、リングに弾かれる。

 

「「リバウンドー!!」」

 

両チームから激が飛び合い、ボールに手を伸ばす。こればかりは火神も参加し、体で競り合う。

紫原は木吉がいないインサイドで、片手ダイレクトキャッチを必要とせず、両手での補給を狙った。

 

「ちょわ!」

 

横から変な掛け声が聞こえたかと思うと、両手で掴んだボールが弾かれた。

 

「(着地際を狙って...!)」

 

「セコくてごめんね~。」

 

結果的に競り合いにすらならなかった英雄だが、補給後からパスを出すまでの間を狙って、隙を窺っていた。

ボールは誰もいないスペースに転がり、皆がボールに群がる。

 

「誰かたのんます!」

 

英雄は紫原の背後に隠れて追えない。ルーズは福井・氷室と小金井・伊月で奪い合う事に。

最初に飛びついたのは小金井。選手同士の衝突を恐れず、体を張った。

 

「(俺だってこのくらいっっ!!)っが」

 

少し遅れて手を伸ばした福井の肩が顔面に入りながらも負けずに引き寄せ、伊月にパス。

シュートを打った事でショットクロックが24に戻り、再度誠凛はOFを続行できる。

 

「焦るな!じっくり!1本じっくりだ!!」

 

カウンターを食らいかけた事で、動揺が生じないように伊月がボールをキープしながら他4人に呼びかける。

あったかもしれない陽泉の24秒を潰せたのだ。これを利用せずになんとする。

そもそも誠凛の勝負所は第4クォーターを予定しているのだから、ここで必要以上の無理をする必要も無い。

 

「....(あ。同じ事考えてるって顔だな。)」

 

しかし、そういわれると無茶したくなる英雄。ふと、周りを見ると火神が同じ様な表情をしており、英雄と目が合った。

 

「へへっ!」

 

英雄の悪ふざけはともかく、火神がなにかしら思いついたのならなにか勝算があるはず。

英雄が外に逃げるように3Pラインを目指し、劉をインサイドから釣り上げる。

それに気が付いた火神は、言わずとも察してゴールまでのスペースを作った英雄に対して笑った。

 

「(エースなら決めてみせろってか?)上等だ!!」

 

伊月から絶妙なパスが渡り、水戸部がスクリーンで氷室を抑えた。水戸部のチェックに岡村がゴール下を空けて、残るは紫原1人。

火神は小細工など一切なしで、真っ直ぐゴール目指して高く跳んだ。

 

「(高い..!)けど、それくらいじゃさせねーよ!!」

 

紫原が火神の手からボールを叩き落とす直前、火神の手が少し動いた。

しかし、紫原のブロックの方が早く、地面に鋭くボールが叩きつけられ、劉の手に収まった。

 

「速攻!」

 

劉から福井に渡り、ボールを運ぶ。そして氷室へ。

 

「ちょっと待った!」

 

英雄の手が僅かに掠めて、ボールの軌道がずれたが氷室は体勢を崩しながらパスを受けた。

その間に誠凛メンバーはDFに戻り、ダブルチームの陣形を構築していく。臨時で、氷室のマークを英雄が行い、インサイドは火神。

 

「(そうか。外に開いたのは、タイガのチャンスを作る為だけではなく、カウンターに備える為でもあったのか....。)」

 

氷室もあえて無理をしようとせず、自分達のペースを取り戻す為、味方を待った。

陽泉インサイド陣もポジションを取り、ゴール周辺に布陣。

相変わらず福井のチェックは厳しく、逆にインサイドは手薄。パスを出せれば手堅く点を取れるだろう。そして、氷室のドリブル突破からならそれが出来る。

更にひと工夫、岡村が英雄にスクリーンを掛ける。

 

「不味い!ヘルプとカバー!!」

 

リコが声を出しコーチングするが、氷室の方が僅かに速い。

英雄が引き剥がされ、得意のミドルレンジへと侵入した。未だ止める事に成功していないあのシュートが打てる距離に。

氷室がシュートフォームに入る最中、火神も走って距離を詰めるがマークの受け渡しで動き出しに遅れが生じた。

 

「(諦めるな!まだ間に合う!!)」

 

前掛りに手を伸ばしているが、届かない。その時、別方向から誰かが迫っていた。

 

「このぉぉぉ!!」

 

「(6番か!?)」

 

ただガムシャラに小金井が跳び込んだ。

170cmの小金井と183cmの氷室。小金井のジャンプ力がそこそこ高いにしても完全にミスマッチで、氷室のジャンプシュートをブロックするなど成功する訳が無い。

この状況で、フリーでミドルレンジに侵入した時点で、失点はほぼ決まっているのだ。

 

「(無駄かもしれない!それでも、俺には走って突っ込むしかないんだ。)」

 

1年を覗いて、誠凛バスケ部に明確な貢献を出来ているかと問われれば、小金井には出来なかった。

ある程度の事はそこそこに出来、欠点はあまり無い。逆に長所も無く、小さく綺麗に纏まってしまっているのが、自己評価である。

スターターの5人はともかく、他のベンチ組と比べても自分が霞んでいるように思えて堪らないときがある。

土田にはリバウンド、水戸部はフックシュートでインサイドに手助けできる。伊月なんかは、ここ数ヶ月で一気にPGとしての実力を増している。

 

氷室を華麗にブロックするなんて事、出来ると思っていない。

それでも、もしかしたら氷室がタイミングを間違える事もあるかもしれない。ブロックに跳んだ切っ掛けでコースがずれて外すかもしれない。もしかしたら、リバウンドが上手く誠凛側に転がってくるかもしれない。ファウルになって、フリースローを外すかもしれない。

意味の無い行為でも、可能性はあるのだ。

 

「(俺だけ!何もせずに、見ているだけなんて....)絶対嫌だ!!」

 

日本一を誓い合った1人としてのプライドは、小金井にもあった。

その迷いの無い、ブロックの指先に、その爪先に僅かにボールが掠った。

 

「「「リバウンド!!」」」

 

「へ?」

 

ボールはリングに嫌われ、落下点をコートに変えた。

予想外の感触に小金井自身が呆気に取られてしまい、情け無い声を出してしまった。

水戸部が小金井の頑張りに報いろうと手を伸ばすが、劉と紫原相手に押しのけられ、押し込まれてしまう。

 

「小金井速攻だ!走れ!!」

 

「あ、おう!」

 

残り数十秒で、得点を決めて終わりたい誠凛はOFを仕掛ける。

陽泉の戻りも速く、今のメンバー構成で点を取るのも一苦労だが、ここで取り戻せれば第4クォーターが楽になる。

 

パスを回し、小金井が受けた瞬間、ボールを受け損ねて弾いてしまう。

 

「っっ!!」

 

ラインを割って陽泉ボールに。

ボールを触った時、手に痛みが走った。小金井がそれを確認し、顔をゆがめる。

陽泉がスローインをした直後に、ブザーが鳴ってベンチに戻った。

 

「小金井君。手、出して。」

 

「やっぱ、ばれてる?」

 

隠そうと手を背中越しに回したが、リコにあっさり見つかり手を見せた。

 

「さっきのブロックの時ね。さっさと止血するわよ。」

 

小金井の中指から血が滲んでおり、血の出所は爪からのようだ。

氷室のシュートに爪先が掠めたショックで出血したのだろう。

 

「なんか情けないな。」

 

水戸部と違い、シュートを決めた訳でも、スティールを決めた訳でもなく、中途半端に終わり、挙句の果てに誰よりも先に手当てを受けている。

そんな自分に対して乾いた笑いが出てしまった。

 

「何言ってるのよ。良くやってくれたわ、ナイスファイトよ!」

 

「痛いって!!」

 

応急処置を終えたリコが小金井の手を叩いた。

 

「期待にしっかり応えてくれたわ!顔を上げて!!」

 

「....まだ確信は無いすけど。もしかしたら氷室のミラージュシュートの正体が分かった、かも知れない。多分すけど。」

 

火神は目の前で、小金井のブロックがボールに触れた瞬間を見ていた。

火神のブロックをすり抜けるシュート。ミドルレンジでしか打たず、そして身長が足りないはずの小金井が触れる事の出来たその正体。核心までの距離を縮めたのは事実。

 

「本当?....これであのシュートを攻略できたら、間違いなく小金井君のおかげよ。それに..英雄。小金井君のプレーどうだった?」

 

「サイコー。」

 

座って一息ついていた英雄は、親指を立てて応えた。

 

「コガさんと凛さんでのDFが一番楽しいからね。もう2分あったら良かったのに、なんてね。」

 

「あぁ、間違いなく陽泉に一矢報いれた訳だ。すげぇよ。」

 

英雄の意見に日向が賛同し、そろって褒め称えた。

 

「何だよ急に。俺はただ..みんなみたいに。」

 

1回戦で見たみんなの頑張りを自分なりに真似しただけ。

あの時の桐皇は凄まじかった。それでも躊躇わず走り続けた誠凛。自身はそのメンバーだと証明する為に。

爪1枚の犠牲でボールに触れただけ、点差が開かなかったのは小金井だけの力でも無い。

 

「コガ..。お前の頑張りを嘘にはさせない、絶対に。」

 

いつになく余所余所しい小金井を笑いながらも、木吉は強く決意を胸にした。

試合までも試合中も、助けてもらった。ここで結果に繋げなければ、戦って勝ち取らなければならない。

 

「9点差ね、よしよし。小金井君と水戸部君が約束どおり、リードを保ってくれたわ。」

 

陽泉高校 70-61 誠凛高校

 

ゾーンプレスで詰めた点差を元に戻され二たが、一桁台に押さえ込みリコの想定内に収まっていた。

1点でも縮まった方が良かったが、陽泉相手に高望みは出来ない。1ゴール差でも縮められた時点でよしとする。

 

「伊月君もお疲れ様。次も期待しちゃうわ。」

 

「ああ。でも、たらればを考えてしまうな。」

 

「じゃあ、その反省を次に活かすように!」

 

全国の強豪相手に10分でも五分の試合運びをした事は喜ばしいが、決して満足はしない。

もっと上手くやれたはずと考える伊月は、成長を、歩みを止めたりはしないのだ。

 

「日向君と鉄平、休んだ分はきっちり働いてもらうから。」

 

「任せろ。」

 

「分かってる。」

 

「黒子君も出し惜しみは要らないから、いけると思ったらガンガンいきなさい。」

 

「はい。」

 

「火神君。疲れてるなんて言い訳は聞かないわよ。陽泉DF突破は貴方に掛かってるんだから。後、もう誰も補助出来ないから、全部自分の判断で。」

 

「うす。」

 

「英雄、ここまで微妙な活躍お疲れ様。」

 

「うぅっわ、きっつ!」

 

「....ここからなら全力でいってもスタミナ切れは起こさないでしょ?限界ギリギリで頼むわ。」

 

「スタープレーヤーは期待を裏切りません!あ、未来のね。」

 

第4クォーターへの準備は整っている。後は実行に移すだけ。

チーム一丸でここまで辿り着き、全ては残り10分で決まる。

 

 

 

陽泉高校のベンチは異様な雰囲気に包まれていた。

大差を付けて第4クォーターを残すのみ。それなのに、空気が重い。

 

「....っち。」

 

紫原の舌打ちがそれを物語っている。他のメンバーも全く口を開かず、息を整えている。

リードしているはずなのに、勝っている気がしないのだ。

数字上とは違って思うような試合展開が出来ず、毎クォーター先手を打たれているような、この点差が嘘のような気さえする。

 

「何なの?この空気は。勝ってるのは俺らだっつーの。しょぼくれた顔をぶら下げんじゃねぇし。」

 

「うるさい黙ってろ。状況見てしゃべれアル。」

 

「はぁ?」

 

「まぁまぁ、内輪もめは見苦しいよ。」

 

紫原の皮肉に付き合う余裕もなく、劉が跳ね返すが、紫原も更にむっとして結局氷室に諌められていた。

 

「走らされた、みたいじゃの....。わしらは気付かない内に誠凛のペースで戦っておった。それも試合の最初から。」

 

「ああ、俺にダブルチームを仕掛けたのもその一端だ。俺が止められれば、当然誰かがフォローに走らなきゃならないし、トライアングルOFとゾーンプレスの対応でまた走らされる。」

 

岡村と福井は今までの状況を整理し、誠凛の本当の狙いを推測していく。

 

「第4クォーターは間違いなく木吉、日向、黒子を投入してくるだろう。黒子はきっちり10分、木吉と日向はインターバルを会わせて5分休息を取れている。」

 

荒木も想定外の展開で、苦い顔から変えられない。

陽泉は、誠凛の次々と来る策の対応に追われて、全く休ませられなかった。そこに不安要素が残る。

陽泉としてやるべき事は1つ。

 

「ウチはDFのチームだ。9点差をいつも通り守るしかない。これ以上、あちらの思い通りの展開をさせるな。」

 

紫原を中心としたDFで圧倒する。

今までそうしてきた様に、チームの持ち味で勝負する事が大切だ。紫原が参加する陽泉OFは並ではないが、誠凛の土俵で戦う必要もない。

足元をすくわれない為にも。

 

「OFは紫原と氷室中心でいく。ウチは紫原だけでなく、氷室も会わせてダブルエースだ。」

 

紫原と氷室を獲得した時から、荒木の構想は決まっていた。

キセキの世代を得た他のチームに勝る為には、キセキの世代に準ずる実力者が必要不可欠。

夏では事情により発揮できなかったが、もしそれがなければ、結果は違っていたかもしれない。

 

 

 

「不思議なもんやのぉ。9点という差がこうも薄く感じるとは。」

 

最後の10分を前に、観客に混じって見ていた今吉。

 

「どれもこれも、俺らとの試合で使わなかったものばかり。」

 

青峰も第3クォーターの展開とは裏腹に酷くつまらなそうだった。

 

「ゾーンプレスに関しては、お前がおったら使いもんにならへんからやろ。勝負所であっさり抜いてしまいそうやからな。」

 

「んなもん、やってみねぇと分かんねぇだろ。」

 

「お?珍しく殊勝やな。」

 

「るせぇよ。」

 

今吉に冷やかされ、機嫌が悪くなっていく青峰。その心境になるのがもう少し早ければ、現実は変わっていたかもしれない。そんな風に思ってしまう今吉は仕方ないのだろう。

 

「そしてテツ君の出番だね!」

 

「さつき、お前そればっかだな。他にねぇのかよ。」

 

相も変わらずぶれない桃井の目線の先には黒子がいた。青峰も堪らずため息をつく。

 

「別にいいじゃない!正直どっちが勝つかだなんてわかんないし。青峰君に誠凛の狙いが分かるの?」

 

「知るか。この試合に順当なんて言葉は無くなってんだからよ。大体、俺に勝った誠凛とやってタダで済む訳無いだろ。」

 

「何でそんなに偉そうなの!?」

 

ゲームの合間に再び痴話喧嘩をする2人を今吉は苦笑いをしながらコートを見ていた。

点差と雰囲気が反比例している両チームを。

 

「....あ。ワシ、分かったかもしれん。」



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エースの価値

試合の4分の3が経過しており、残り10分で9点差。

桐皇学園を下し、今や全国ナンバー1のOF力があると言っても過言でない誠凛と、2m越えを3人抱えて2試合連続無失点という記録まで作った強力なDF力を誇る陽泉。

最強の矛と最強の盾の対決かと思われたが、第3クォーターでは誠凛の一陣の風のようなDFが陽泉を脅かし、陽泉のなぎ倒すようなOFが猛威を振るった。

 

開始ブザーが鳴る前に、木吉、日向、黒子、火神、英雄がコートに入っていく。

ただ、コートに入っただけで陽泉の警戒を煽っていった。

何故なら、このメンバー編成は間違いなく誠凛の最大火力。にも拘らず、その底力を確認できていないのだから。

黒子がいない状態でのトライアングルOFは見たが、黒子がいて英雄がPGになった場合は一体どうなる。

 

「....アホらし。俺までビビってるように見えるじゃん。」

 

誠凛が何を狙おうと、何を仕掛けてこようと、この30分で逆転はおろか5点差以上まで届いていない。

たった10分で簡単にひっくり返せるモノではない。

厄介な敵と判断しているが、勝利以外の結果を想像できない。

 

「(それよりも....)」

 

未だに仕留め切れずに要る木吉を睨みつけた。

誠凛のOFは木吉に1度パスを通す事が多い。当然、紫原や岡村が対応に向かわねばならない。そしてゴール下にスペースが出来、他が出入りする事でDFをかき乱している。

逆に言えば、木吉を完全に潰してしまえば誠凛の勝機はなくなる。

 

「紫原君。バスケはつまらないですか?」

 

コートまで歩いている途中、気がつくと目の前にいた黒子に以前に聞かれた事を再び問われた。

 

「....そういえば反論があるんだっけ?」

 

「いえ、紫原君の考えを否定するつもりはありません。本当のところを聞きたいんです。」

 

「だからぁ....何度も言わせないでくれる?そういう真面目過ぎるとこホント...うざいよ。」

 

最後の大一番を前に黒子にしつこく問われて、機嫌がますます悪化していく紫原。

 

「うぃっす。」

 

「....英雄か。」

 

決着前に一言告げたかったのは黒子だけではなく、英雄も岡村に歩み寄った。

 

「どうっすか?良いチームでしょ。」

 

「ああ。それに、あれ程滅茶苦茶だったお前がここまで成長しているのにも少々驚いたわい。」

 

「俺は何時だって日進月歩してるんす。もっと上手くなる為に。」

 

「そうか....。ま、お互い負けられんからの。恨みっこ無しじゃ。」

 

試合前にあった諍いは既になく、会話の内容は実に淡白で、結局何が言いたかったのかは分からなかった。

英雄の真剣な瞳に込められた想いは、届かない。

 

「恨みっこ無しか....。耳が痛い話だな、タイガ。」

 

「知るかよ。どっちが勝ってもって話だろ。俺は負けねぇ。」

 

「変わらないな、そういう子供みたいなところは。」

 

「っせえよ!!」

 

「決着を、付けよう。」

 

「懸かってるのはリングじゃねぇ。互いのチームの、未来だ!!」

 

火神は迷いを断ち切っている。因縁の始まりである兄弟の証をも振り払い、ただチームの為に勝利を目指す。

氷室にとって、兄弟云々関係なく純粋に争う今を求めていたのかもしれない。

 

 

第4クォーター開始直後、誠凛は果敢に攻めにいった。

今大会、最大PGの英雄がボールを運び、ハイポストに木吉がポストアップしている。更に、陽泉にとって厄介な存在である日向が体力を回復した状態でアウトサイドに張っている。

最初からトップギアでパスを回し、黒子から火神が受けた。少しチェックが甘くなった氷室の横を強引に突入。

 

「っく。(1度遅れると、手が付けられん!)」

 

通常の1対1ならまだしも、状況が違いすぎる。

パスワークによって、火神の得意な位置で勝負しなければならない。木吉がハイポストにいることで、ゴール下のスペースが生み出される。そこに黒子のパスがタイミングよく入るので、ドリブルへの移行がスムーズになる。

火神の速い1歩目は氷室にまともなDFをさせないのだ。

 

「っち。そう簡単に...。」

 

「火神!!」

 

「へい!火神!」

 

火神の進行方向上に日向がポジションを移しており、火神の背後には英雄が待ち構えている。

紫原が一瞬目を離した隙に火神はもうそこまで迫っている。

 

「いかせん!!」

 

火神のワンハンドダンクに岡村がブロックを試みるが、ダブルクラッチでかわす。

リングの反対側でボールをリリース。

 

「くそっ!」

 

ボールがリングを越える前に紫原が弾き、失点を防いだ。

 

「よっと。」

 

強く叩いた為、ボールは紫原の背後に向かった。それを木吉がタップシュートで、リングネットがパサリと音を鳴らす。

この試合で何度か食らったパターンをそのまま抵抗も出来ずに受けた。

リバウンドどころか、ボックスアウトすらさせてもらえない。

 

「DF!!」

 

日向の一声でコートを広く使ったプレスDFが陽泉に立ちふさがる。

 

「また!1-3-1!!」

 

「気をつけろ!!何かおかしい!!」

 

荒木は誠凛のポジションの変化に気付き、警戒を呼びかけている。

それでも、第3クォーター同様に短く高いパスをするしかない。

 

「離れすぎるな!きっちり行くぞ!」

 

福井の判断の元、岡村と劉が動きを合わせて氷室と紫原をサポートする。

福井が全身を試みようとすると、現れた人物に虚を突かれた。

 

「じゃじゃ~ん!さっきと同じだと思ったら『迷い』ますよ!!」

 

前を塞いでいるのは英雄。その奥には火神を確認できた。

 

「ポジション入れ替わっただけじゃねぇか!」

 

つっこみを入れながら、パスコースを探して岡村にパスを送る。しかし、それを見越していた英雄がコースに手を伸ばして高度を下げさせた。

 

「っは!」

 

「木吉!?」

 

ゾーンのサイドにいた木吉がボールを奪っていた。

 

「もーらい。」

 

英雄に送り、ミスマッチのままミドルシュートを決める。スローインをした劉も福井が邪魔になり、ブロックが届かない。

再び劉が福井にスローイン。

 

「(平均身長が上がっていて、パスのチェックがもっとシビアになりやがった。)」

 

後半に集中砲火を受けている福井はもう笑えない。

火神のトップと違い、英雄の場合にパスコースを制限され他のメンバーがスティールしやすい様に誘導している。

火神の1対1の強さも脅威だが、英雄の嫌らしさも堪える。

 

「だったら!氷室!!」

 

木吉の反対側、日向が守っているエリアに氷室を走らせてパスを通した。

英雄のチェックもあって、低く短いパスになりながらも氷室の手に収まる。

氷室のスキルなら日向を抜くのに問題は無い。それが1対1であれば。

 

全速の切り返しで日向の横を抜こうと前に出ると、黒子の手が伸びてきてボールに迫る。

 

「黒子だと!?」

 

黒子の手をスレスレでかわすが、日向も追いつきまたしても中途半端な場所でスピードを緩めてしまい切っ掛けを見失う。

ドリブルは止めていないので、変更しパスを狙う為、強引に前進せず横に進む。

 

「いっただきむぁぁす!」

 

「っは!(しまった...これが狙いか!?)」

 

奪われないようにバックチェンジで持ち替えている最中に、英雄によって奪われた。

 

「順平さん!!」

 

その場で氷室を縫い付けるように固定し、速攻に向かう日向にパス。

劉は氷室のフォローでハーフライン際まで走っていた為ゴールに間に合わず、福井が日向の前に立ち味方の戻りを待つ。

 

「行けっ黒子!!」

 

パスを受けるまで存在を悟らせなかった黒子がペイントエリアで受け、レイアップ。

変形の1-3-1で奇襲し、またしても先手をとった誠凛。

 

福井は悔しがりながらも前を見てパスコースを探すが、やはり氷室くらいにしかパスが出来そうにない。

あまり時間を掛けると英雄に捕まってしまう。

岡村の付近には木吉が張っているし、ミスマッチ故に英雄の上からロングパスを通すのも厳しい。

 

「貸せアル!」

 

「あ、そうか!!」

 

ラインの内側に入った劉が取り、1番ゴールに近い紫原に向けてパスを狙う。

コート中央を高いパスが突っ切って紫原の元へ向かう。

高い位置でパスを受けさせれば、誠凛に邪魔は出来ない。

 

「(これなら....)」

 

誠凛も一気に自陣へ戻り出し、ボールを追っている。しかし、紫原に渡れば得点は濃厚。

紫原は落下点に向かって、ボールを捕捉し備える。そこに、誠凛DFの最後尾の男が現れ、肉薄してくる。

 

「火神!?」

 

「(通常のパスならともかく)これなら!」

 

劉の出したパスは確かに高くインターセプトの恐れは無い。しかし、遠距離へ高く投げるとどうしても山なりになってしまう。

精度は下がり、紫原の最高到達点より低くなる。英雄でも届くような高さであれば、火神の跳躍は届くどころか完全に。

 

「もらった!!」

 

奪える。

 

奪ったボールを木吉に預け、ゴールへ走る。

紫原も攻守を切り替えて、火神を追う。

しかし、ボールの行き交う方が早く、日向から黒子が中継し、英雄へと繋がった。

 

「これで3点差!」

 

英雄のレイアップがゴールに迫り、慌てて劉がブロック。

ボールはバックボードに弾かれ、リングを通らなかった。

 

「やっ..」

 

安心したのも束の間。

更に後ろからやって来た木吉がボールを奪ってリングに叩き込み、鈍い音が鳴る。

レイアップではなく、パスだった。紫原もすぐそこまで戻っていたが、今一歩手が届かない。

英雄の宣言どおり、点差は3点差にまで縮まり、陽泉の動揺を誘う。

 

「火神君なら、常人より対応エリアが広い。状況判断が厳しい役割だからムラがあって使いにくいけどね。」

 

リコがやったった感を表情に出し、陽泉を遂に追い詰めた事を確信した。

基本的には1-3-1ゾーンプレスの最後尾は英雄に任せた方が安定感は増す。しかし、紫原相手にインターセプトするのは難がある。

その隙を水戸部が埋めて、ディナイに専念していた事で陽泉にロングパスの警戒を煽り、選択肢から排除するように仕向けていた。

 

「そして、次に出てきた時。一気に決めるわよ!」

 

試合開始から積み上げてきた戦略が花を開く時が来た。全てはこの瞬間の為に。

 

 

 

「ボールが無いと点が取れないの分かってる?さっさと運べよ!」

 

紫原の心境は荒れに荒れていた。紫原のいないところで失点し、パスが来たと思えば時間ギリギリで余裕の無い状況でのプレー、点を取っても手ごたえが無く、そして。

気が付けば、後ろに迫っている誠凛達。

このまま逆転などさせない、と指示を無視してハーフラインまでボールを受けに行った。

 

「早く!!」

 

福井はクレーム染みた言葉を受けながら、劉を仲介させて紫原へボールを届けた。

流石に紫原の行動は目立ち、木吉がチェックに向かう。

 

「邪魔!」

 

木吉を振り払いながら前を向き、強引に前進。パワーにものを言わせれば火神をも押し返せる。

 

はずだった。

 

「....え?」

 

紫原の驚愕に満ちた声と共に主審の笛の値が鳴り響いていた。

 

「チャージング!OF白9番!!」

 

その足元に尻餅をついているのは、黒子だった。

 

「高さと力だけで勝てないですよ、バスケは。」

 

黒子の一言は紫原の心に痛恨の一撃を与える。

 

 

今誠凛が行っているDFの軸は縦に並んだ英雄と火神である。

プレースピードの速い桐皇・今吉のパスを半ば封じ込めた英雄が福井を制限し、青峰と正面からやり合った火神がそのバネを活かしてロングパスを狙う。

木吉をあえてサイドのポジションを守らせ、1-3-1の壁を厚くする。

隠し味として急に現れる黒子のDF。

今まで、これはヘルプかスティールを狙ったものと陽泉は勘違いをしていたが、本命は明らかに違った。

黒子のミスディレクションを最大限に活かしたチャージングを奪う為のDF。

ギリギリまで黒子の動向が見えず読めない状況で、チャージングを回避し続ける事は不可能である。

 

「....誠凛はなんて、なんて恐ろしいものを作り上げてしまったのだ....。」

 

これは紫原の不注意から生まれたものだが、対象となる選手は陽泉全員当てはまる。

屈強とは言えない黒子の体格に強引な形でぶつかってしまえば、黒子が押し倒されたと以外に見えない。

黒子の弱さが陽泉を戦慄させる。荒木も例外ではない。

 

 

「それだけやない。これは陽泉のガードの弱さをこれまで以上に徹底的に攻めとる。」

 

誠凛の作戦の核心に近づいていた今吉は、変則1-3-1について語る。

青峰と桃井は黙って聞き入っており、余計な言葉で割る事はしなかった。

 

「福井が補照を抜ければ話が早いんやが、それはできん。自分のゴールが近い場所での無理はしとうないからな。だったらパスや。」

 

PGならではの心理分析で的確に、行われたプレーを読んでいく。

 

「福井と補照の身長差で直接前にロングパスは同じ理由でしたくない。フォローの岡村へは木吉が日向とポジションを変えてまで、出来るだけチェックに行く形を作られて、逆の氷室を使いたくなる。それが罠。」

 

それが事前に分かっていれば、手段が打てる。

氷室が日向を抜く事は大して問題にならない。そこに黒子が急に現れ、囲む。

ゴールから遠い位置でシュートフェイクも何も無い。パスは二の次、日向と黒子でドリブル突破を防げばよい。

ショットクロックへ焦り、サイドラインの近くでのプレーを強いられフェイクも効果を半減、後ろから追ってくる英雄にも目を向けないといけない、これらで氷室に通常の様なプレーは望めない。誠凛が有利な状況に誘導しているのだから。

 

「残るは劉に戻してロングパス。補照のインターセプトを警戒して高く上げる事でゴール近くで奪われる事は無くなったが、山なりなパスでは火神から逃げられん。インサイドで良くやっとったディナイを無意味にさせるパスは出来ん。そこに紫原が暴走気味によって来る。それをズドン、や。やる事がえげつないで。ほんま。」

 

誠凛は事前に黒子からの情報で紫原の気性の荒さをも読み、そこを狙い打った。

 

「こんな、いつチャージング取られるか分からんもん仕掛けられて、不安にならん訳ないやろ。それがファウル3つ目なら尚更や。」

 

客席からでも見える。審判が3という数字を掲げているのを。

黒子のチャージングは試合終了まで、危機感を与え続ける。黒子を見失い、プレーに躊躇いが生まれ、強引なプレーなど出来るものか。

そして恐らく、疑心暗鬼を誘うこのDFには、霧崎第一の『蜘蛛の巣』が参考になっていると思われる。

 

「か...。」

 

「か?」

 

今吉の解説が終わると桃井がぼそりと漏らす。

 

「カッコいい!!身を挺してまでのチャージング!さすがテツ君!!」

 

桃井の感想は全て黒子に向けられた。

ため息をつく青峰の横で、今吉の口は開いたまま塞がらなかった。

 

「(ま、それだけやないねんやけどな....。)」

 

今吉はそこまでに至った過程とその結果を説明しようとしたが、騒ぐ桃井を見て諦めた。

問題は、この凶悪と言って良いDFを何故今まで使わなかったかという事。

試合開始から使っても充分な効果を期待でき、もっと早くに追いついていたはず。

そこには理由が無ければならない。

あるとすれば、今の紫原の状態であろう。

 

「は?俺が??こんな奴等に....ファウル3つ...。」

 

今一状況を把握できていない紫原は、不安定な精神状態へと陥っていく。

起きた今でも信じられない。崖っぷちとは言わないが、よりそれに近いところまで追いやられている。

1度目は英雄に、2度目は木吉、3度目はコート上で最弱の黒子。

 

「落ち着けアツシ!今の様に無理なプレーをしなければ、そう簡単にチャージングを取られないはずだ。」

 

ぶつぶつと何かを言っている紫原に氷室が駆けつけた。

まだ3つ目と考えさせ気持ちを切り替えさせる為に言葉を並べているが、紫原の耳には届いていない。

落ち着きを取り戻す前に、誠凛のOFが始まる。

 

「にひひひ。忙しないねぇ。」

 

直ぐに仕掛ける事をせず、紫原に笑いかけた。

 

「笑ってんじゃねぇ!!余裕のつもりかよっ!?」

 

それがより一層、紫原を刺激する。

 

「....ねぇ。中は俺だけでもういいからさ。」

 

「何を言っとる?」

 

「あいつ等全員、俺が捻り潰す。あんた等は邪魔しなきゃいい...。」

 

今までに見た事ない程の昂ぶりを見せる紫原に、誰も反論出来なかった。

陽泉のDFは、紫原1人が中に残り、残り4人は外に開いた。その陣形はもう2-3ではなく、マンツーマンであった。

日向に福井、英雄に岡村、黒子に劉、火神に氷室、木吉にはチェックの甘くなっているが紫原がついている。

しかし、効果は期待出来る。楽にアウトサイドシュートを打たせなければ、リバウンドは紫原なら必ず取る事が出来るだろうし、その守備範囲ならどんな攻撃も跳ね返せる。荒木もそれを理解して黙認。

 

「マンツーすか。悪くないっすね。」

 

「お前に3Pは打たせん。」

 

英雄と日向には3Pラインの外でも厳しくチェックされている。抜かれても構わないと言う事だろう。それ程に紫原の実力を信じている。

誠凛の真骨頂は早いパス回しによるスページングである。ボールと人が移動を繰り返し、マークの隙間が徐々に開いていく。

トライアングルOFに加えて黒子の中継パスで、予測困難なOFに変貌する。

火神が有利な状況で氷室から抜け出し、紫原のいるゴール下へ特攻。紫原の視界には木吉が移っており、判断が揺さぶられる。

 

「(シュートに移行してからでも、間に合うんだ)惑わされるか!」

 

見極めに集中し、タイミングを図る。

火神はパスを選択し、黒子が受けた。

 

「っくそ!(こうも入り乱れると見失うアル)」

 

マークの劉は黒子を捉えられない。気が付くと別に場所に移動しており、フリーでボールを受けた。

そして、特殊なシュートフォームから繰り出されるシュート、ファントムシュートが打ち上げられた。

 

「ナイッシュ黒子!」

 

紫原もブロックを試みたが、前半同様シュートを目測できずに空振りを打ってしまった。

警戒が薄れた頃にやってくる黒子。トライアングルOFというシステム内で、黒子の独壇場になりつつある。

中継パスでゴールチャンスを作り、黒子への意識が薄れた時にシュートを狙う。

火神のドライブ、木吉のミドル、日向の3P、英雄のヘリコプターシュート等が黒子へ意識を向かせない。

DF側も当然ながらヘルプの為、周りを見ているが、どうしても黒子を二の次にしてしまう。

 

「1点差....。」

 

誠凛の猛追により、隠しようの無い焦りがあふれ出す。

これではっきりした。今、流れは誠凛にある。

 

「まだだ!まずはOFを!!」

 

福井は、歯を食いしばりながら気持ちを切り替えて、氷室にパスを送る。

誠凛は勢いのままゾーンプレス。下手にパスで対抗するよりも期待度は高い。

流れを断ち切る前に、点を取らなければならない。紫原が無理をしてファウルを取られる訳にもいかず、氷室のドリブル突破1択。

先程は驚いたが、落ち着いていけば氷室はそうそうボールを奪われない。

 

「俺を、舐めるな!!」

 

日向をかわし、更に前へ。

死角から黒子の手が伸びるが、ギリギリでそれをもかわす。

 

「ウチは紫原じゃねぇ!!氷室!パスしろ!!」

 

壁を振り切った先には広大なスペースと火神が待っている。ここは確実にパスをしたいところだが、氷室は火神との勝負を選んだ。

 

「室ちん!何やってんの!?」

 

ベストと思われるパスタイミングを流し、ドライブを仕掛ける氷室に紫原も声を上げる。

 

「(ここでタイガを抜けば、流れがくる!!)」

 

インサイドアウトで火神の逆を突き、シュート。

 

「させねぇ!!」

 

火神は全力跳躍によるブロック。氷室に影で覆い、シュートコースを削っていく。

 

ミラージュシュートは、その一連のプレーの中で2度リリースしている。

元々氷室のシュートは通常よりやや早いタイミングで放つ。DF側もそれに合わせてブロックをするのだが、1度目のリリースで宙に浮かしてタイミングを外す。タイミングをずらされたブロックの上を2度目のシュートで仕留める。

一見豪快に見えるブロックの本質は繊細なタイミングを掴む為の洞察力が必要になるのだ。

フェイクを本物に見せるまで昇華させた氷室は、それを容易に外していく。

 

「だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

しかし、その思惑と違って、火神の指先はボールに触れてしまう。

 

「何!?(しまった....気が逸ったか!)」

 

強引に勝負を挑んだ氷室の心中は、決して穏やかではなく、タイミングを読み違える。

エースの一人として、チームの危機を自分で解決しようとしたのだ。

それは、エースとして間違えではない。しかし、そのエゴがスナップの僅かな指先に影響し、シュートセレクションを乱してしまう。

 

「っち。だから....言ったでしょ!!」

 

リングに弾かれたボールを紫原が処理し、そのまま押し込める。

久しぶりの陽泉の得点ではあるが、その得点でもチームの勢いに後押しできない。

 

「はぁ...はぁ...(分かった、分かったぜ。ミラージュシュートの正体!!)」

 

この試合中で、少しずつヒント得ていった火神もついにその正体にたどり着いた。

それが表情に出て丸分かりだった事はご愛嬌。

 

「っぐ....。」

 

氷室にも火神に正体が掴まれた事を悟り、悔やむ気持ちが抑えきれない。

 

「室ちん....。熱くなりすぎて、ちょっとうざい。」

 

「ともかく、点を返したんだ。こっからじゃ。」

 

チームの不協和音が目立ち始めた事を気にして、岡村が間に入る。

 

「それが何?ミスは追及しなきゃ。さっきは直ぐにパスしてくれれば、確実に決めてた。それを室ちんの尻拭いっておかしくない?」

 

「....すまんな。今度は決めるさ。」

 

「そうじゃないし。俺が寄越せって言ったら、パスすればいいの。..そろそろ、味方だからって容赦しないよ?」

 

「なんだと....。」

 

ミラージュシュートに触れられて、氷室も冷静ではいられない。判断ミスと言われるのも分かっているつもりなのだが、こうも言われると癪になる。

 

「やめろ!お前等、試合中だぞ!!」

 

「...済まない。」

 

「......っは。」

 

荒木の叱咤で、とりあえずにらみ合いは止めたが、ここに来てダブルチームというシステムのデメリットが顔を出した。

そのリスクを理解した上での事だが、チームにおいて最悪のケースで勃発してしまう。

 

「エースってなんやと思う?」

 

「あ?なんだよ急に。」

 

陽泉の内部問題を見て気分が良くなるはずもない。

大きく鼻で息を吐く、今吉から現エースの青峰に質問した。

 

「さあな。意識した事ねぇし。」

 

「やろうの、っくっくっく。お前はそれでええ。」

 

チームを率いるキャプテンと、ゲームを作るPG、両方の役割をこなして来た今吉は、エースについて語る。

 

「スコアラー、シューター、チャンスメーカー、大体そういう奴がチームを背負ってエースって呼ばれたりするが、決まってその実力に比例するほど、我が強い。エゴと言ってもええ。」

 

強い気持ちが勝利を引き寄せる事もよくあるコート上では、エースの活躍が結果に結びつく。

負ける事を許されない責任と共に、ある程度の自由を認められる。しかし、勝負所以外で、そのエゴは必要ない。

 

「わしにとって、エースっちゅうのはチームの必要悪やと思う。お前も強いが、普段は見るに耐えんしの。」

 

「っち....うるせぇっつーの。」

 

誠凛に負けて多少考えが変わった青峰にとって、怠惰だった己の事を言われると肩身が狭くなる。

 

「まぁまぁ、皮肉の一つくらい言わせてくれてもええやないか。」

 

愁傷な青峰をこれを機に弄り始める今吉は、実に楽しそうだ。

 

「っけ。....で?つまりは何が言いたいんだ?」

 

「ノリの分からんやっちゃのぅ。つまりはそのエゴは、時にチームに不利益を齎す。そのエースが2人いる陽泉はどうやろな。その手腕がこのゲームを左右するからな。」

 

「わぁ~大変だ。どうするんだろ。むっ君って怒ったら中々静まらないからなぁ。」

 

桃井が割りと暢気な声を出しているが、事態はそう簡単ではない。

堅牢だったはずの陽泉は、内部の問題により、その脆さを露呈してしまった。

ダブルエース。かみ合っている時は良いが、そうでない場合の失速加減はチームの土台を揺るがしてしまう。それも、第4クォーターというミスの許されない場面で。

今吉の言うように、エースを必要悪と考えている監督は多いだろう。基本的にチームにエースは1人であり、その1人を最大限に活かせる様なスターター・システムを考えるのが主流。

元々、紫原がOF参加しなかった事から、始まった事だろう。4人でのOFを成立させるには氷室の活躍が不可欠だった。

 

「....やっぱりね。このチーム嫌いだわ。」

 

妥協はなく、チームの為と自分のプレースタイルを加味して、火神にエースを押し付けた英雄は、ゆっくりとしたドリブルでボールを運びながら、陽泉というチームのあり方を見つめた。

決してエゴが無い訳でも無く、むしろ好き勝手やらせてもらってる英雄でも、敵の不協和音に嫌気が差していた。

完全に割り切った桐皇の方が、遥かに良い。

 

「オカケンさん。あんた、もうとっくに顔が、負けてますよ。」

 

「な....に..」

 

チームの不和に頭がいっている岡村を試合に呼び戻し、本当の勝負を要求する。

岡村が聞いたのは、嘗て自分が言った事のある言葉。

 

【こんな事で負けるかい!お前等、顔が負けとるぞい?そんなんで勝てるか!!】

 

6年も前の事で、岡村自身も忘れていた言葉。

『顔で勝て』

それがあの時の全てだった。

 

「(未だにヘラヘラしているのは、そのせいか....。)」

 

堰を切った英雄の想いは止まらず、指を突き出して岡村の耳に届く。

 

「そっちの事情は知ったこっちゃない。....あんたは俺を見てれば良い!そっちのエースもまとめて、俺が超えるところを見てれば良い!!」




黒子のチャージングって、一部を除けば最強なのでは?


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狙い打つは弱気な心

高々と掲げた勝利宣言に、岡村の頭も冷えてマークの英雄に集中出来ていた。

少しだけ不甲斐ない思いに駆られながらも、自分に与えられた仕事を全うする為に。

 

「馬鹿っぽいの、相変わらず。嫌いじゃないがの。」

 

「賢いふりは嫌いなんすよ。」

 

冗談交じりの会話もここまで。

英雄は強気に前に出る。

スピード・小回りは英雄が勝る。岡村の役割は、3Pを防ぐのが最優先で、インサイドでのシュートへの対応は紫原に一任されている。

岡村を抜く事自体に問題はない。

 

「ぬう!!」

 

レッグスルーで抜き、フリースローライン付近にまで侵入。木吉にパスを出して、ゴール前に立ちはだかる紫原に牽制する。

木吉も直ぐに折り返し、岡村を引き付けて英雄から振り切らせた。

連携1発でフリーになり、ゴールから0度のスペースにいる火神へとパス。ゴール下へのチェックが薄く、得点チャンスである。

しかし、その程度の揺さぶりでは紫原から逃れきれない。

 

「....行かせません。」

 

「黒ちん..!」

 

黒子がスクリーンを仕掛け、火神の元に近づけさせないように肩を入れる。

本来であれば、パワー不足で紫原の障害になるはずもない。スピードでも勝っており、火神へブロックするのも容易い。

しかし、それが出来ない。

火神がシュート体勢を作り、ゴールに迫っているのにも拘らず、紫原の足が出ない。

黒子のスクリーンごとき楽勝のはずで、まだ間に合う。

 

「....っく!」

 

「らぁぁぁぁ!!」

 

氷室がブロックに行くが高さで勝る火神のダンクが決まり、加点を止められなかった。

この失点は陽泉にとって予定外の事。今のプレーなら紫原がブロックするはず。

 

「おい!今のは間に合うだろ!?何やってんだ!!」

 

福井が紫原の行動に異議を出し、活を入れようと詰め寄った。

 

「今のはゴメン....。」

 

素直に詫びを入れてOFに向かう紫原だが、様子が明らかにおかしい。

いつもの様なふてぶてしさなど欠片もなく、表情も優れない。

 

「え?あ、おい!!」

 

気持ち悪いほどに素直さに違和感どころでない福井は、呼び止めるが振り向きもしない。

 

「DF!!」

 

誠凛は変わらず、変則1-3-1ゾーンプレスを仕掛けてきており、考える隙も与えない。

正直、TOを取りたいところだが、第4クォーター開始してあまり時間が経過してない今取るかどうかを迷わせる。

消耗戦に持ち込んでいる誠凛を喜ばせるだけになる可能性もあり、判断が難しい。

 

「上がれ!!」

 

氷室に預けて、紫原・岡村・劉が前に向かって走り、福井が氷室のフォローに備えた。

ドリブル突破できっちりハーフコートまで運べば、陽泉の高さで勝負できる。しかし、あくまでもゾーンDFなので、パスコースを作ってチェックを散らす為に福井も合わせて走る。

 

氷室がパスを受けた時点で、英雄から距離を取っている。

スピードを落とさず一気に駆け抜けられれば、良いのだ。残りの不安は黒子の所在のみ。

日向をかわして、黒子のスティール及びチャージングを警戒し、背後から英雄が追ってくる前にパス。

氷室が背負った負担は重いが、迷わず足を動かしていく。

 

「うっ....やば!」

 

「(よし!次)は...?」

 

先ずは日向をかわした。その直後に黒子が来ると思い込んでいた。

しかし、その予想は外れ、視界の先には誰も居ない。少し遠くに火神がいるだけ。

肩透かしを強烈に食らい、思考が乱れてしまった。

一瞬の躊躇を逃がさず、再び日向が氷室の目の前に現れ、英雄も遂に追いついた。

 

「だから言ったっしょ!迷いますって!!」

 

「ハーフコートよ!DFの変更急いで!」

 

日向と英雄が時間を稼いでいる最中、リコの指示で火神と木吉がゴール下を守り、紫原へのディナイを強める。

基本を積み上げ昇華した氷室は、積み上げた理に沿ってプレーしている。つまり、突発的で想定外への対処がやや弱い。だから、あえて黒子のチェックをなくして、虚を突いた。

普段ならともかく、こういった均衡状態の中でならその人物の本質が出てしまうのだ。

 

「氷室!!」

 

福井がフォローに向かい、氷室がパスフェイクで日向を引っ掛けて横を抜く。

 

「今だ!!」

 

「....っくっそ!!」

 

「ファウル!DF黒4番!!」

 

日向が1度福井に目を向けた瞬間の事だった。

それを日向が強引に食らいつこうとしてファウルを取られてしまう。

ターンオーバーの機会を潰してしまった事を悔しそうに地団駄する。

 

「わり....。いけると思って油断した。」

 

「モウマンタイっす。充分イケてますって。」

 

スローインまでの間に、福井に対するダブルチームを日向と黒子にして、氷室のマークを火神の戻した。

そして、何度目の対決だろうか。氷室がボールを受けて、火神と向き合った。

少し前のシュートセレクションのミスを挽回する為、ドライブに見せかけて劉へパスを送った。

 

「紫原!」

 

劉を中継し、高いパスで確実に紫原へと届けた。後は、紫原が得点し、直ぐにDFに戻って速攻だけは止めなければならない。

紫原はその場でジャンプシュートを打った。

 

「はっ!?」

 

ブロックをかわす為、虚を突いたプレーとも言えるが、はっきりいってらしくない。

ゴールに近づいて圧倒するようなものではなく、焦っているようにも見える。

近くにポジション取りをしていた岡村も驚いていて、リバウンドポジションをとっていない。

氷室を追求した紫原が同じ様に、シュートセレクションを乱して、リングに嫌われる。

 

「っち!入れよ!!」

 

自らリバウンドに行って、手を伸ばす。木吉が片手を伸ばして競り合うが、強引に奪って、再度ジャンプシュート。

 

「何でだよ!!」

 

しかし、また外れてしまい、リバウンドに手を伸ばす。

チャンスと思い、火神もリバウンド争いに参加。

紫原の突然の不振に岡村・劉も慌ててゴール下に入り込む。

 

「ここは絶対勝つ!」

 

木吉の声に反応し、火神が超ジャンプで我先にボールに触れ、落下点が変わる。

ゴール下に密集してボールを追える人間は限られて、陽泉側では劉・氷室・福井。

状況はリバウンド争いではなくなっている。これは、既にルーズ争いである。

リバウンドが取れないなら、取れる状況に持ち込めば良い。それでも駄目なら、リバウンドを取らせないように仕向けて、ルーズに持ち込む。これならば身長差関係なく、全員が参加できる。

誠凛でルーズ奪取率の高い英雄が、密集地帯をスルスルっと抜け出て、真っ先に拾った。

 

「火神!グッジョブ!」

 

黒子の中継パスで抜け出て英雄のワンマン速攻。日向も続いている。

追っているのは、福井と氷室。紫原達は少し遅れていた。

氷室が駆け寄り、福井がパスが出たときの対応に備える。陽泉の最善の行動だが、誠凛の優位性は変わらない。

 

「(来ましたね~)英雄、いっきまーっす!!」

 

大きく振り上げてコートに投げつけると、ボールは大きくバウンドする。ドライブでも、シュートでも、パスでもない行動に氷室の読みは遅れた。

 

「(何を....。)これは!?」

 

気が付き、英雄の前に出ようと足を動かすが、英雄の動き出しが僅かに速い。

バウンドしたボールはリング付近まで浮いて、落ち始めるところで英雄が両手で掴み叩きつける。

 

「1人アリウープか!」

 

氷室の高さではブロックも儘ならなく判断の遅れで失点を防げない。

火神のシンプルでパワフル且つスピーディなワンマン速攻。そして、柔軟に基本的プレーとトリッキープレーを使い分け、セカンドブレイクへの移行も確実に得点に繋げる英雄。

ターンオーバーからの両名のワンマン速攻は、止められない。

前半のリードが嘘の様に詰められて、信じられないほどにあっさりと逆転した。

 

これには荒木も動き、TOを取った。

流れを1度切りたい思いもあるが、問題は紫原の失速である。完全に集中力が乱れ、プレーに影響している。

 

「....英雄。」

 

英雄はベンチに戻る為に岡村の近くを通ったが、特別何かをいう訳でもなく過ぎ去って行った。

もう、岡村を見ていない。目も合わせず、ただすれ違った。

 

 

 

 

ベンチに戻った時、なんとも頼りない姿の紫原が座っていた。

表情は暗く、一言も発さず、これがキセキの世代の1人とは思えない程に弱々しい。

 

「一体、どうしたと言うのだ。お前らしくない。」

 

「黒ちんを何とかしてよ。プレーに集中できない。」

 

荒木の問いにも曖昧な答えしか出せず、タオルを顔に掛けて息を整えている

紫原は今、黒子の警戒心が最大になっており、ゲームが見えていないのだ。

 

「もっと強気に行け。ファウル3つで縮こまってもらっても困る。」

 

陽泉が勝つには、紫原の活躍が必須。黒子も厄介だが、だからと言って他の4人にやりたい放題させておけない。

氷室でも、火神の相手だけでかなりの負担を負っている。

 

「とにかく、今は黙って休んでいろ。ここからが勝負所なのだから。」

 

紫原の気持ちの切り替えをさせて、他のメンバーに方針を伝える。

特に氷室の役割が重要になるはずなのだから。

 

「氷室。誠凛がゾーンプレスを続ける限り、お前のドリブル突破が鍵だ。なんとしても福井と共にボールを運べ。」

 

「分かってます。」

 

「福井もいいな?氷室に並走しながら、氷室が動けるようにスペースを作ってやれ。」

 

「うす。」

 

ガード陣の踏ん張り次第で、試合はどうとでも転んでしまうだろう。

誠凛は平面に勝機を見ている。逆に言えば、そこさえ凌げば陽泉の勝利は限りなく近くなる。

 

「岡村・劉は、パスコースを作る事とスクリーンを掛けて氷室をフォローしろ。OFは変わらず紫原と氷室で点を取る。」

 

的確に問題点を洗い出し修正するように指示を出した。そろそろ、陽泉のメンバーも慣れてくる頃。

逆転されたが、まだ勝負を諦めるような事態ではない。

 

 

 

「ナイス英雄!よく決めた!!」

 

誠凛ベンチでは、手荒い祝福により英雄がボコられていた。最近は、みんながみんな容赦なくなっている。もみじのくだりのせいだろうか。

 

「痛っ!火神ってめっっ!!」

 

特に火神からのがイラっとする痛さなので、殴り返そうか悩みどころであった。

 

「遂にひっくり返してやったぜ!!」

 

勢いなどではなく、自分達の力で逆転した事への達成感は清々しいものだ。

ここまでに超えてきた障害の大きさから見ても、どうにも笑いが止まらない。

 

「はいはーい!喜ぶのもいいけど、試合はまだ残ってるわ!!しょうもないポカしないように!」

 

浮き足立たないようにリコがしっかり締めて、再度集中させるように促す。このあたりは流石と言うべきか。

 

「紫原君の調子が戻るまでにどれだけ差をつけられるかが問題よ。攻守共に気を抜かないで!」

 

会場内でリコが行わせた作戦、その全貌に気が付いた人間がどれだけいるのだろう。

この作戦の狙いは、紫原の精神状態を崩す事だった。

 

前半で、3P一辺倒と言ってよい消極的OFを仕掛け、誠凛のあえて舐めさせたところから始まっている。

最大17点差まで広がった時には、『大した事のない奴等』と認識されただろう。機転はそこから。

トライアングルOF・ダブルチーム等々で翻弄し、徐々に追い詰めていた。

本来ならその場で評価を改めて仕切りなおしでもするところだが、紫原はそれまでの認識により悪あがきに見えたことだろう。そのフィルターが邪魔をして、格下だという認識を改めなかった。

そして、意識がゲームから離れ、個人的な苛立ちがプレーに影響し始めた。その苛立ちは陽泉のメンバーにさえ八つ当たりしだし、不和を招いた。もっとも八つ当たりに関しては想定していなかったが。

最後に黒子のチャージングによって、意識が完全に試合の勝敗から黒子への警戒に移り、コンディションが最悪の状態にまで陥っている。

途中で、舐められている事に腹を立てだしたリコを理不尽以外に思えなかった誠凛メンバーであった。

 

キセキの世代達は、皆それぞれが精神的な不安定さを抱えており、どこかにムラがあったが、紫原は中でも1番不安定だとイメージ出来る。

面倒を嫌ってOF参加をせず、気分次第でOF参加した時には、相手を感情に任せて1人で捻り潰すほどの活躍を見せる。

そして普段の生活ではお菓子を食べてばかりで何もせず、バスケ以外はてんで残念な人物と言える。

等々、黒子から聞いた情報から推測したのだが、これ程分かりやすい性格をしていれば、そこに付け込む隙があったのだ。

 

「やっぱ、紫原は復活すんのかな?」

 

「はい。このまま終わってくれるほど優しい人じゃないですから。」

 

小金井の疑問に黒子があっさり答え、相手はあくまでもキセキの世代と言う事を再認識させた。

 

「ねぇ、リコ姉。」

 

「ん?どしたの?」

 

インターバルももう間もなく終了となる時に英雄が真顔で問いかけた。

 

「チームの力も、監督としてのリコ姉も全国に通用するって証明出来たしさ....もういいよね?」

 

誠凛は層が薄いという評価を改めさせ、リコを無能呼ばわりした世間に知らしめた。だからこそ、次へと進まなければならない。

 

「こっからは、俺個人がどうか。それ以外にない。」

 

「....そ。気張ってきなさい。」

 

リコが軽く流すのは、心配するべき事ではないと知っているからである。

無茶を過ぎてチームと共倒れするような無責任ではなく、チームの勝利という最低条件を守った上での決意であるのだ。

相手には2m越えが3人もいて、この場以外でこんな高さを経験出来ないからこそ、全力でぶつかりたい。

そんな英雄の決意を静かに了承した。

 

 

 

ゲーム再開。

陽泉がスローインで前を向くと、誠凛はゾーンプレスを解きハーフコートで待ち構えていた。

 

「(まただ!また先手を取られてる....。)くそっ!!」

 

対策を立てて突破しようとすると、誠凛は先にシステム等を変更し、翻弄してきた。

引かば押し、押さば引く。なんとも見事なものだろうか。

やりようのないやり難さに顔を歪ませる福井。

 

「福井!ボール運びが楽になっただけじゃ!いつも通りにいくぞ!!」

 

岡村が積極的に声を出して、動揺を押し留めようと奮起する。

氷室で突破する予定も変更し、福井からのOFを試みる事になった。

 

誠凛はやはり福井に日向と黒子でダブルチームを仕掛けて、パス供給の寸断を狙った。

これまで、ボールキープをしてきた福井もゲーム終盤となり、疲労を隠せない。対して、日向・黒子共に体力的な不安はない。

誠凛の積み上げてきた事が徐々に現れ、陽泉の力を剥ぎ取っていく。

バスケットにおいて、重要視されるポジションはCとPGである。

スモールラインナップを求められる昨今でも、Cというポジションは高く強くであるべきだ。そして、ゲームで最もボールに触れるPGが弱いと、ゲームが破綻する。

陽泉は、その両方に莫大な負担を掛けていた。紫原は自滅に近いが、福井はダブルチームに晒され、体力を削られてきた。勝利の為のラストスパートまで保つのか。

 

であれば、他でカバーするしかない。

紫原がペースを取り戻すまで、氷室メインと行きたいが、火神のマークも厳しさを増していた。

つまり、岡村と劉のプレー次第なのだ。少なくとも、どちらかがフリーになりやすく、チャンスをつくりやすい。突破口があるならそこしかない。

 

「劉!」

 

氷室経由でハイポストに入った劉が受けた。

英雄がチェックし、シュートチャンスを与えない。英雄は下から這うように迫り、劉はシュートの為にしゃがみ込む事が出来ないのだ。

 

「(紫原...は...)」

 

何気なくいつもの癖で、紫原のポジションを確認した。

そんな他愛のない隙を見逃さず、劉が上に抱えていたボールに手を伸ばす。

 

「目移りしちゃ駄目すよ。」

 

容易に奪われたボールは日向が拾って、既に走っている火神にパスを出す。火神は伊月からのサインが無くても動き出せている。

氷室も追っており、火神の前に出る。

 

「いつまでも易々といくと思うな!!」

 

しかし、ワンマン速攻自体がOF側の有利であるが為に、火神を止めきれない。

フルドライブからのフェイダウェイシュートで強引に点をもぎ取った。

 

「どうだっ!!」

 

「.....!(ここに来て、キレが増している。)」

 

火神に跳ばれたら氷室では届かない。シュートレンジに入られるまでが勝負するべきポイントであり、踏み込まれた時点で氷室は負けていた。

更に加えて、速攻に移るタイミングを火神が覚えてしまい、氷室も先読みし難くなっている。

 

「ナイスです。火神君。」

 

「おう!!」

 

陽泉ゴールから戻って黒子とハイタッチを交わす。

自己判断できるようになった火神の動き出しは速く、あっさりとMAXスピードに至る。そうなってしまえば、氷室では荷が重い。

陽泉がペースを掴む為には、まず確実に点を取ってターンオーバーをさせない事が必須である。

 

「(やっぱ紫原無しじゃ無理だ!どうにかして....)」

 

誠凛DFは既に戻りきっており、福井が得点へのルートを考えるが、やはりフィニッシャーが居なければこの窮地を脱却出来ない。

紫原がミスをする可能性を踏まえて、その上でフォローしていくしかないと考えた。

今一調子の上がらない紫原であるが、注意を引ければ幾らかチャンスは作れる。氷室へ直接パスをして仕掛けさせても、火神に一任している様で、他はディナイに専念している。注意を引いて氷室が、無難か。

 

「気合入れろ!DFもう1本!!一気に突き放すぞ!!」

 

この1本がどれ程の価値なのかを理解して日向が、一喝。誠凛メンバー全員がプレスを掛けていく。

福井→氷室→劉から紫原へ高いパスを届けた。

 

「このっ!」

 

黒子が福井にマークしている事を確認し、強引にダンクを狙う。

 

「やらせん!!」

 

「お前なんかに!!」

 

しかし、逸る気持ちが空回りして、タイミングはバラバラ。予備動作も大きくなってしまって、木吉のブロックが押し返す。

力では勝る紫原は、そのまま押しのけるが、リングにボールをぶつけて手からすっぽ抜けた。

 

「そんな....!?どうして....こんなはずじゃ。」

 

心身が乖離してしまった紫原は、普段ではありえない様なミスを犯す。

リングから離れていくボールは火神と劉が手を伸ばす。ゴール下で控えていた岡村は間に合わない。

 

「っらああぁぁぁ!!」

 

「高い!?」

 

2mの劉が伸ばした手よりも高く、火神の手がボールを外へとはじき出す。

 

「英雄君!」

 

ルーズを黒子が拾って、そのままダイレクトで前方にパスを送った。

それを追って英雄が走る。

 

「まちやがれ!!」

 

福井と氷室が追う。しかし、火神程ではないが、英雄も速い。2度3度跳ねたボールを拾って、ゴールまで一直線。

福井をロールかわして、氷室に一瞬の肉薄後に跳ぶ。

 

「てい!!」

 

ボールをくるりと回しながらのダウ浮く、ウィンドミルを決めて点差を広げた。

 

「....(傍目には分かりにくいが...やはり彼は上手い。)」

 

氷室は、英雄の派手なプレーに隠れた地味なテクニックに素直な感心を示した。

 

「もう後が無い....(ああなったら、氷室でも止められん、か。)」

 

崖っぷちどころか、片足がもう落ちかけている。誠凛のターンオーバーへの対抗策は無く、陽泉OFも負のサイクルが回り、点が取れない。

氷室のドリブル突破が1番信頼性を持っているが、有効なパスを送れず体勢が良くない状態を強いらなければならない。

それでも、荒木は決断せねばならない。

 

「氷室にボールを集めろ!」

 

コート内に向けられた指示を耳にした福井は従い、氷室の位置を確認した。ダブルチームに捕まるよりも早くボールを渡して、直ぐに勝負を仕掛けさせる。

ハーフコートに入って直ぐにパス。

 

「....違う。」

 

火神と対面した氷室へボールが渡るところを見て英雄が呟く。その言葉を聞いたのは、岡村のみ。

 

「ぶつぶつとやかましいぞい。」

 

「オカケンさんは、その他大勢で満足なんすか?こんな『負けないバスケ』なんか...。」

 

言葉の途中で駆け出す。

 

氷室は、火神を抜こうとフェイクを仕掛け、前に出た途端にジャンプシュート。

ミラージュシュートの正体を突き止めた火神は、ブロックをひとタイミングずらして2回目のリリースに狙いを定めた。

 

「甘い!ばれてることなど端から分かってる!!」

 

氷室は、火神がブロックを遅らせてくる事を予期しており、1回目のリリースでショットした。氷室は1回目と2回目のリリースを打ち分けられる。

途中で変更が出来るまで昇華した、真の必殺技だったのだ。

 

「ちげーよ。俺は囮だ....悔しいけどな。」

 

氷室の目線とリングの間に手が伸びてきた。

2回のリリースがあるならば、両方をケアすれば良い。ミラージュシュートは強力な武器である。だからこそ、打ち手の心に隙がある。

紫原の集中力を奪った様に、今度は1番のシュートを打ち崩す事で氷室へ精神的ダメージを狙った。

 

「俺達には勝てない!どれだけ負けない理由を作っても!!」

 

火神や紫原のお株を奪うような英雄の豪快なブロックが炸裂した。

 

「火神行け!」

 

日向がルーズを拾ってターンオーバー。

跳ばなかった火神は直ぐに走り出し、そのままダンクを決めた。

 

「だぁっ!!」

 

連続ゴールを決めた誠凛の勢いは増すばかり。果てには氷室まで完璧に止められ、泥沼状態へ向かっている。

今まで、こんな事は無かった。

全国最大級のインサイド、3Pも打てて安定感のあるPG、鋭いドライブでDFを切り開くSG、負けるとすればキセキの世代が進学する様な強豪相手くらい。

負けるにしても、こんな展開なんかではない。

インサイドは半ば崩壊し、SGのドライブも成功率を5割を下回り、PGもダブルチームによって沈黙。

勝利のイメージがとてもじゃないが想像し難い。

今後も誠凛の速攻に晒されるだろう。陽泉OFが全て成功すればであるが。

 

「さぁ、もっとガンガン来てくんさいよ。俺はまだ見てない。」

 

「...はぁ...はぁ.....はぁ...。」

 

「あんた達はこんなもんじゃないでしょ?....止めてくんさいよ。そうじゃないでしょ?」

 

敗北色に染まりつつある岡村に英雄は、改めて言葉を送った。

誠凛の速攻の度に自陣に戻り、止められない事を承知で走り、その結果逆転。士気消沈も仕方ないのかもしれない。

しかし、敵側の英雄はそれを認めない。

 

「点を取ろうとしないFなんか怖くないんだよ!何時までCのつもりでやってんだ!?」

 

今にも膝をつきそうな弱々しい姿を認めない。

 

「ダブルエース?....っはは、その他大勢扱いで納得する程腰抜けだったんだ。ふざけんな!!」

 

「君!何をしているんだ!?止めなさい!!」

 

英雄の激昂に主審が駆けつけ、留めに入る。

近くにいた木吉も慌てて岡村に迫る英雄の首根っこを掴んで動きを止める。

 

「よせ!ファウルになるぞ!!」

 

「っく....。あんたは言ってくれたじゃないか...。チームを活かすって事は、自分が埋没する事とイコールじゃないって....!!」

 

「止めろ!英雄!!」

 

それでも止まらない英雄を日向が駆けつける。

日向は、後半からずっと嫌な予感をしていた。

英雄のエゴは一定のラインと超えると暴発する。

普段はヘラヘラとしている英雄だが、その心の奥に厳しさを秘めている。己に厳しく、日々に反省を繰り返す程に。

特に、認めた相手には容赦しない。木吉・黒子・火神・日向、誠凛のメンバーに対しても言い放ち、言い争いになる事もあった。

それは試合相手にも当てはまる。インサイドまでプレイエリアを広げた緑間との試合は、正直辛かった。次に対戦した時は負けるかもしれない。

結果として、経験を経て精神的にタフになったのは事実なのだが。

 

「テクニカルファウル!黒15番!!」

 

学生の試合では、多少の事は主審が注意で終わる事も多くあるが、今回は英雄の静止と反省が見られず、主審はファウルを宣告した。

テクニカルファウルを宣告されれば相手チームにフリースローが与えられ、その成否関係なく相手ボールから試合が再開される。

このまま勝利へと順調に行きたかった誠凛にとって、痛すぎる結果となってしまった。

 

「....馬鹿野郎。」

 

「....すんません。」

 

リコが直ぐにTOを申請し、ゲームを区切った。

ベンチに戻った誠凛メンバーの口からは何も発せられず、重苦しい雰囲気が漂っている。

 

「すんませんでした。俺....俺!」

 

「何かあったら一言言えっていっただろうが!」

 

日向が怒るのも当然。英雄は誠凛の作戦を自ら瓦解させたのだから。

 

誠凛DFは、陽泉を心理的に追い込んでいた事で成立していた。

大差からの猛追で、陽泉は多少なりとも焦ったに違いない。負けない為には、確実性を求めて紫原なり氷室なりにパスを回そうと考える。

逆に言えば、シュートを最初から捨てている状態だ。ある程度プレスを強めればパスに転ずる事を利用して、スティールからターンオーバーと繋げていた。

紫原がいるから、氷室がいるから、そんな風に考えている節があり、苦しい時ほどその考えは強くなる。

もっとも、陽泉が立ち直ってしまえば、効果は半減するだろう。

 

「それで、これで何か変わるのか?」

 

木吉が何も気にしておらず、微笑みながら英雄に質問を投げかける。

 

「....多分。少なくとも俺はそう信じてます。」

 

「あー!っもう!!嫌な予感はしてたんだよな!!」

 

日向が堪らず、声を上げて頭を抱える。感づいていた為に事前に止められなかった事を悔やんで仕方ない。

 

「英雄君....。」

 

「何んだい、テツ君。」

 

「気は済みましたか?」

 

「こんな事言うのは気が引けるけど、こっからなんだよね。」

 

2、3発殴られる事を覚悟していた英雄は、怒ると地味に怖い黒子と恐る恐る目を合わせて答える。

しかし、黒子も木吉同様怒っている訳でなく、英雄の心中を心配したものだった。

 

「そうですか....。では、頑張らないといけませんね。やってしまった事は仕方がありませんし、その上で勝つんでしょう?」

 

「楽に勝っても楽しいとは限らないからな。」

 

火神も笑い流して、この状況を軽く受け止めていた。強敵との対戦を望む火神にとって問題にならないらしい。

 

「まさか、交代させてもらえるなんて考えてんじゃないでしょうね?」

 

「ありえるとは思ってたよ。」

 

「冗談!体で払ってもらうわよ。覚悟しなさい!」

 

リコは英雄にデコピンし、簡単な罰を与える。

英雄が岡村に何かしらの想い入れがあるのは分かっていた。面倒事になるとは予想していなかったが。

 

「ははは....。体目的なんて照れるよ。」

 

「黙らっしゃい!この変態が!」

 

「変態か...。そんな頃もあったなぁ。」

 

試合展開が急変するかもしれない事態にこの態度。誠凛もタフになったものだ。

 

 

 

「結局何がしたかったのかは、分からんが。チャンスだな。」

 

陽泉ベンチでは、荒木が流れを変えられるかもしれない機会を逃すまいと画策する。

フリースローを2本とも決めて、更にフィールドゴールを決められればと。

 

「補照が馬鹿なのは、分かったけどさぁ。その先どうすんの?」

 

冷や水をかける様に紫原が余計な一言を言う。

多少の点差を詰められても、誠凛DFが機能している内は陽泉に流れは来ない。

紫原は試合に対する興味を薄れさせている。

 

「紫原少し....黙れ。」

 

「う....。何だよ...。」

 

意外な人物からの一喝で、紫原が口を塞いだ。

岡村は真剣な面持ちで、英雄の一言一言を思い返していた。

 

「(なるほどの、顔が負けておるわ。)」

 

とにかく息を整えている他のメンバーを見て、納得する。

 

プレイスタイルは変わったものの、バスケへの態度は昔のままだった。

よくもまあ、そのままで居られたものだと感心さえする。

誠凛はこちらの弱気な部分を狙っていた事も理解した。英雄はそれをばらす事になったとしても、待っている。

 

「(『何を?』だなんて考える事だけ不毛かの。全く以って嫌な後輩じゃ...。)」

 

己の不甲斐なさに苦笑いを零し、大きく深呼吸をした。

 

「どうした?」

 

意味深な笑いをした岡村の横で福井が問う。

 

「なに、少しばかり思い出し笑いをな。」

 

「気持ち悪いアル。冗談は顔だけにして欲しいアル。」

 

劉も会話に参加して、岡村を弄り始める。

 

「お前もどうした?そんな悲痛な顔をして、去年のお前だったらもっとがっついてたじゃろうが。福井も、存在感ないぞい?」

 

「うるせえよ。つかマジでどうした??今までこうしてきたじゃねぇか。」

 

「そうじゃ。でも、それで勝てんなら、変えていかんとな。監督、わしにやらせて下さい。」

 

紫原が進学してきて、初めて岡村が選手として1歩前に進んだ。余所から見れば小さな歩みかもしれない。しかし、何事も小さな変化から大きな変貌に繋がっている。

心に決意という硬く大きな力を宿し、眠れる巨人が目を覚ます。




少々酷評してしまいましたが、紫原のことが嫌いなわけではありません。
特に、原作の終盤戦とかはよろしいかと。
仮に2年目の紫原を想像すると、ものすごい選手になると思いますし。

・余談
コービーブライアント選手が怪我により再び戦線離脱してしまい、残念に思いました。
万が一の事になれば、時代の変わり目を齎すかもしれませんね。


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溢れるメンタリティ

お久しぶりです。3ヶ月の沈黙申し訳ございません。
以後よろしくお願い致します。


【やっぱり、俺のバスケじゃ駄目かな?】

 

【ん?どうした。急に】

 

6年も前の記憶。

今よりも背は低く、技術も大した事もない頃。

 

【この間の最後のシュートが外れて負けちゃったじゃん?あれってギグ君のミスじゃなくて、俺のパスが悪かったと思うんだ。】

 

その頃の年下の少年は、理想と現実の狭間で悩み、どうするべきかを決めかねていた。

 

【なんじゃ、そんな今更な事悩んどんか。】

 

【今更?】

 

【そうじゃ。ギグスもお前のプレイが好きだから何も言わんし、だったらあん時に決めんかったアイツが悪い。】

 

【....でも。】

 

【それはわしもじゃし、ナベやシシもじゃろう。始めは慣れるのに大変じゃったが、今はそうでもない。無理に変えられたら、こっちが困る。英雄の良いところがなくなってしまうからの。】

 

【俺の良い所?でも、やっぱりチームが負けるのは嫌だよ。】

 

このチームに加入して3ヶ月にも満たないが、人望は既に高くコミュニケーションも取れていた。

付き合いは短いがあっさりと溶け込み、こうして頼られるのは悪くなかった。恐らく女子よりも男にモテるタイプなのだろう。

 

【だったらこうせんか?そのままでみんなを活かせる様になれ。みんなの為に体を張る事と犠牲になる事は違うと思うぞ?そのままを貫いた上で、チームの力になれ。】

 

【出来るかな...。】

 

【出来る!と思わんかったら何も出来んぞ。後はお前次第じゃろ?】

 

その年の大会でそのチームは、席巻し名を轟かした。

キセキの世代という名前が世間に知れ渡るよりも前の事である。

 

 

 

 

ゲーム再開し、両チーム交代は無かった。

 

「ふぅぅぅぅー....。」

 

岡村は、決意の表れのように深く息を吐き出しコート中央に足を踏み入れる。

フリースローは氷室が担当。結果に関わらず陽泉ボールの再開になるので、リバウンドポジションにはつかない。邪魔にならないように視界に入らず、少し離れた場所で見守っている。

誠凛の顔ぶれを見るが、士気に大した影響は無い様子。

 

「(ま、そうじゃろうの。こっちはほとんど機能しておらんのだ。)」

 

氷室も紫原も現状を突破するような活躍は望めない。氷室はともかく紫原の精神状態が未だ落ち着きを見せない。それどころか、試合に対する意欲が全く感じられない。

要の2枚が追い込まれ、劇的に変わる手立てもない。

 

「氷室、確実に頼むわ。」

 

「分かってる。絶対に外せない。」

 

福井が氷室に声を掛けて、TO明けで集中力が乱れてないかを確認した。

 

 

 

2本とも問題なく決め、陽泉の得点が加算される。

 

「(まぁ決めてくるよね。で、このOF決められると4点分か....)」

 

数字上4点分の大失態。それが英雄が行った事の結果である。

それに言い訳はしない。しないが、献上した4点分の働きをしなければならない。

 

「(これで負けるとか、ないよねぇ...。)この1本は止める!!」

 

英雄は、インサイドを守りパスを警戒する。

変わらずダブルチームを用いて陽泉OFを抑圧し、ターンオーバーを狙っている。

 

「(見れば見るほど感心するのぉ。ウチをよく研究しとるわい。一見、劉を仲介すれば楽なようにも見える。)」

 

岡村の前に立ち、ボールマンの福井との間に割って入っている英雄を見ながら感心を示していた。

この形からでは、陽泉OFのパターンは限られてしまう。分かっていればダメージは少なく、速攻にも移りやすい。失点しても直ぐに取り返せるというOFの自信の表れだろう。

更に氷室が先程ミラージュシュートを止められたことにより、氷室に躊躇いが生じる。英雄の位置を確認しながらでは、火神に集中出来ない。

そして紫原は未だに沈黙を守っている。

 

「劉!」

 

氷室から劉にパスが送られ、ハイポストでキープ。

すかさず英雄がチェックに向かう。

 

「(英雄が劉に、そして木吉は....流石に紫原を無視できんか...)劉よこせ!」

 

今までは直ぐに紫原へパスし確実な得点を狙っていたが、今の状況では岡村のシュートの方がより可能性が高い。

インサイドには、陽泉が数的有利になっている。岡村にパスを回すのはそう難しくない。

 

「(ワシがやるん...)なっ!?」

 

「らっぁぁぁぁ!!」

 

背後からの火神のブロックにより、岡村のシュートが弾かれた。このパターンも誠凛は想定していた事で、対策も準備していた。

直接アウトサイドから岡村へパスをさせない事で、火神がブロックに行く時間を作る事が出来る。

対して岡村は、このシュートを大事に打ち過ぎた。それでは、死角からのブロックはかわせない。

 

「速攻くるぞ!戻れ!!」

 

激しくバックボードを跳ねて宙を舞うボールを木吉がチップアウトで日向まで弾いた。紫原より速かった1歩分のチャンスを活かして速攻に繋げる。

福井と氷室と劉が懸命に戻るが、速攻に追いつけるのは2人だけ。英雄にペイントエリアに侵入されたら失点を防げない。

 

「順平さん頼んます!!」

 

「おぉっし!」

 

2人を引き付けた状態で日向にパスアウト。

前半のプレイで消耗し、約5分の休息を取った日向の体は余計な力みなど無く、ここにきて動きは冴えていた。

万が一外しても、ゴール下には英雄と氷室しかいない。それならば、英雄はリバウンドを抑えてくれる。

リバウンドが取れない状況で打ち続けた日向には、その安心感が背中を後押ししてくれているような気がした。

ノーフェイクでのシュートは福井のブロックをものともせず、リングを通過した。

 

「(失点防いで、3P。5点分ってところか....ま、火神のお陰なんだけども...。)あざっす、順平さん。火神も。」

 

英雄はDFに戻りながら、尻拭いをしてくれた2人に頭を下げる。

 

「過ぎたことだ、気にすんな。」

 

「分かりました。気にしません。」

 

「即答かよ!」

 

再び顔を上げた英雄はケロリとしており、いつもの様に振舞った。切り替えが素早く褒めるべきだろうが、何かモヤっとする。

思わず火神がつっこみを入れる。

 

「っくそ...。日向の調子は依然上向きか。」

 

「すまん。ワシが油断したばっかりに。」

 

フリースローを入れたくらいでは、ペースを取り戻す事は出来ない。

なんとしてもフィールドゴールが必要だ。

 

「あ~、もういいや。俺を交代させてくんない?飽きたし。」

 

「あ?何言ってる!?今お前が抜けたら負けは確実じゃねーか!!」

 

「負けるに決まってるよ。俺までまともにパスこねーし。」

 

しかし、紫原はこの期に及んで試合を投げた。当然、福井は非難し、認める訳が無い。

 

「はぁっ!?イージーツー外したお前が言うのか!!?」

 

「....何か言った?お前如きが俺に意見するの?」

 

「止めろ!!試合中だぞ!?」

 

氷室が間に入って諍いを止める。

 

「室ちんも大概...何?」

 

紫原の言葉を岡村が肩を力強く掴む。

 

「別にお前がどういうつもりだろうが良い。」

 

「岡村!?」

 

「だまっとれ。それでもコートから出すわけにはいかん。居るだけでマークを引き付けられる。後は好きにしろ。」

 

告げ終わると岡村は、我先にOFに向かった。

紫原の言うとおり、ジリ貧なのかもしれない。それでも、諦めるという選択肢は存在していない。存在してはならないのだ。

紫原も特に反論せず、面倒に思いながらも足を前に動かした。

 

「(っつっても生半可なパスは、奪われる。....どうする?やっぱり、氷室に。)」

 

「福井!多少強引でも良い!打て!!」

 

岡村は、パスではなくシュートを要求した。

しかし、福井はダブルチームに捕まらない様に距離と取っていて、これを決められるのは緑間くらいだろう。

 

「(んな無茶な...。なんだよ...やる気マンマンじゃねーか。)っち、分かったよ。」

 

福井は、迷っていたが岡村の目を見て従った。

リバウンドに関しては陽泉に分がある。むしろ、勝機はそこにしなない。

 

「日向!チェック!!」

 

「分かってる!!」

 

木吉が声を出し、日向がブロックに向かったが、福井のシュートが早い。

弧を描いてリングに当る。ここからは、高さと力の領域。

 

「このっ!」

 

紫原ではなく、岡村が力ずくで英雄や木吉を押しのけて奪う。

奪った後にすぐさま、迫り来る火神のブロックに対して強引にバンクシュートを決めようと、前掛りに跳ぶ。

 

「っらあ!!」

 

しかし、勢いづいた火神のブロックを堪えきれず、横に弾かれてしまった。

 

「うぉっ!?」

 

「フリーじゃ!打てっ!!」

 

ボールは運よく劉の目の前に飛んで行った為、ターンオーバーからには逃れた。劉はそのままシュートを決めて得点を加える。

 

「っち、惜しいな。」

 

「ドンマイです。切り替えていきましょう。」

 

悔しがる火神に黒子が近寄り、声を掛けていた。今のシーンは本当に偶々陽泉側に転がったものであり、火神のミスではなかった。

そして、この時点で1つ小さな変化が起きていた事に、ほとんどの人間は気が付いていなかった。

 

「よっしゃ!ラッキーでも2点は2点じゃ。劉もよくつめとった!」

 

この程度で流れは変わらない事は、岡村自身が重々承知している。それでも、声を張り出さずにはいられない。

チーム内にいまだ蔓延る良くない雰囲気を打ち払う為である。

 

「(あっちの火神も充分バケモノか...。こっちの自信もメンツもへったくれもないの。)」

 

内心で密かに愚痴りながら、再び前を見る。怒涛の攻撃力に立ち向かう為に。

厄介なのは、速いパスをポジションチェンジ。黒子も加わり、容易にノーマークを作り出す。マーカーの劉は振り回されっぱなしで、空元気も空回りしている。

トライアングルOFに黒子が加わると本当に手が付けられない。

 

「(あ~もう、面倒だなぁ。さっさと終わらないかなぁ。)」

 

そんな中、ゲームの中心であるべき紫原は完全に上の空状態で、岡村の言葉どおりただ突っ立っているだけだった。

正直、誠凛のシュートシーンを見るとイラっとするが、それでも火神の様にがっついたり、黒子の様にしつこくするのが嫌でしょうがない。

自己中、ここに極まれり。それに薄々気が付き始めた黒子の表情が曇っていく。

 

「何?打ちたいならどーぞ。もう俺関係ないし。良かったね勝てて。」

 

「紫原君...。」

 

「紫原ぁ...てめぇ!」

 

「放っておけ!」

 

この結末は黒子も含めて誰も望んでいなかった。追い詰めすぎた弊害か。しかし、少なくとも黒子はそれを乗り越えてくるものだと信じていた。バスケットに対して本当の想いがあるならば。

いくら試合中でも、我慢にも限界がある。福井がDFを止めて詰め寄ろうとした時、岡村がまたもや静止させ、意識をゲームに引き戻す。

今、確実にチームが、ゲームが崩壊した。ベンチの荒木も頭に手を当てて俯き、敗北を覚悟した。観客も同様に、好ゲームと期待しただけにショックは隠しきれない。ざわつきが止まらず、辺り騒然と化す。

 

「(くっそ...こんな終わりがあるかよ...。)」

 

「(ふざけるな!こんなの...あんまりアル!)」

 

福井はもう形だけのDFを継続するので一杯一杯になり、劉も苦い思いを噛み締めながら手を伸ばすが、黒子のファントムシュートを止める事はできなかった。

これまでに積み重なった点差もあって、勝ち方が、何をすれば良いかが、もう分からなくなっていく。

 

「アツシ!いい加減にしろ!!それで良いと言ったが、態々バラす必要などないじゃないか!?」

 

「はぁ?どうせ負けるんだから、さっさと諦めれば?」

 

「お、お前という奴は...。」

 

氷室も怒りが抑えきれず、失点後直ぐに詰め寄る。

 

「じゃっかっしぃわ!!」

 

そのまま乱闘かと思われたが、岡村の一喝で4人の動きが止まった。様子を窺いに来ていた主審も一緒になって身を捩じらせている。

 

「こんな大勢の前で...恥ずかしくないんか!!」

 

敗色濃厚になった陽泉内でただ1人、岡村の顔だけは違っていた。

 

「なんじゃなんじゃ、わしだけか?まだ勝てると思ってるのは。」

 

「え?」

 

点差と残り時間を考えてみても、ここからの逆転は紫原の言うように厳しいものがある。しかし、その根拠があるのかどうか分からない言葉には、ほんの少しだけ力強さがあった。

バスケットを知らない初心者が言うのならまだしも、まさか岡村からそんな言葉がでるとはと、少し呆然としてしまう。

 

「劉、インサイドはわしらの縄張りじゃ。たかだか新人の1人や2人、でかい顔させるな。」

 

「.....。」

 

「福井、もっとガンガン持って来い。わし、今調子ええけぇの。」

 

「お前...。」

 

「氷室、火神の相手はしんどいじゃろ。勝てなくてもいい。ただ、負けるな。」

 

「キャプテン....。」

 

「ほら、審判さんが心配そうにみちょる。...行くぞ。」

 

岡村は2人に告げると何事も無かったかのように、OFに向かった。冷静さを一時取り戻した氷室も岡村に続いてOFへ向かう。

紫原は4人とは距離を置き、OFに参加出来ない場所、自陣で見送った。対して岡村が文句の1つも言わなかった。

 

 

 

「(やっちゃる...やっちゃるぞ。見とけ英雄。わしはまだ枯れてない。そんなもん認めてたまるか。)パス!」

 

ローポストへポストアップし、パスを要求するが、そのパスを通すのが厳しい状況である。岡村の言葉でなんとかプレーを続けている福井では、迫り来るダブルチームに捕まってしまう。

 

「くっそ!どけよ!」

 

「させねぇ!」

 

日向や黒子にも思う事があるが、それでも試合に対して気を抜くと言う事はしない。岡村へパスを入れたい、入れてやりたいという気持ちと裏腹に、パスが成功する気がしない。

 

「無理なら構わん!打て!はよ!!」

 

タイトなマークにより、それも儘ならない福井は、内心での舌打ちが止まらない。シュートクロックもあとわずか。

 

「貸してくれ!」

 

「氷室か!頼む!!」

 

フォローに来た氷室に受け渡し、その氷室が今までに無いほどに、雑にリングに向かってボールを投げた。

そんなシュートとも言えないものが入る訳も無く、端からリバウンド勝負でしかない。それでも、これこそが一点の突破口。

 

「劉!行くぞ!!引くなよ!!」

 

「ぐ....!」

 

劉も懸命に体を張っているつもりだろうが、気持ちがプレーについていけていない。パワーで劣る英雄にポジションを奪われていた。

ボールは岡村と木吉の元へと零れ落ちる。

 

「(勝負!!これだけは...この1本だけは負けられん。)負けて...たまるか!!」

 

木吉の片手によるバイスクローで補給する前に、岡村が片手で強引に胸元まで引き寄せた。

 

「何!?」

 

「こなくそっ!」

 

木吉相手にリバウンドを制し、そのままシュートを狙うが、またしても火神がブロックに現れ、岡村が掴んでいるボールを叩く。

 

「ぬぅぅがぁぁ!!」

 

それでも、直ぐに弾かれる事なく押し返そうと粘る岡村。一瞬の均衡後、やはりボールは勢い良く弾かれて紫原の元へと向かった。

 

「拾え!紫原!!」

 

「あ~もう、はいはい。仕方ないなぁ。」

 

これまでになく、気迫に溢れている岡村の言葉に渋々ながら従い、目の前を転がるボールを拾って福井に返した。

 

「....(さっきまでなら...。)」

 

ここで初めて火神が異変に気が付いた。結果的に同じ様にブロックが決まり、得点を防いでいる。しかし、徐々に力強くなっているように思えるのだ。

手に残る感触を確かめるように眺めるが、どうにも答えが出ない。

 

「....火神。もうゲームは決まったと思ってるなら改めたほうが良い...かも。」

 

「英雄?」

 

そこに英雄が現れ、意味深な表情で告げた。

 

 

 

「福井!もう1度だ!!」

 

こんなスローペースで逆転など不可能だろうが、岡村が孤軍奮闘する姿を見て福井は最後まで付き合う事を決めた。

 

「わぁってるよ!ちょっと待ってろ!!」

 

福井は先程と同じ様にパスもしくは、リバウンドへ持ち込めるように投げ込みたかったが、誠凛DFは何度も同じ手段を許すはずも無い。尚且つ、紫原のいないインサイドに脅威を感じず、プレスを強めていった。

 

「(駄目だ...。一旦氷室へ...。)」

 

「(そう簡単に)行かせるか!」

 

一旦預けて体勢を整えようとパスを選択。しかし、日向の腕が僅かに触れて、ゴール下へと転がっていく。

 

「ナイス順平さん!」

 

英雄がすばやく反応し前へと出る。本当にゲームが壊れたとしても、容赦はしない。取れる点は取っておく。

ボールに手が届こうという時に、横から岡村が体を押し入れ手を伸ばしに来た。

 

「おおぉ!?」

 

「渡すかい!!」

 

英雄がルーズボールを奪取するのを防ぎ、力一杯弾くが勢いあまりラインの外まで出て行った。

 

「っち。やるのぉ、英雄。」

 

「...オカケンさんも。ちょっと見直しました。」

 

「はっはっは!そうかそうか。....今にその上から目線なんぞ、出来んようにしちゃるわい。」

 

笑い飛ばし、強い眼光で英雄を睨みつけた。

 

 

 

「(なんで....。もうこのゲームは終わりじゃん。そこまでする意味なんかあるのかよ...。)」

 

コートの隅で成り行きを見ていた紫原の心にも、なにか変化が起きていた。

失敗したOFからなんとか1本防ごうとしているが、5対4という圧倒的不利な場面が続き、結局失点している。

それでも、沈んでいたメンバーの顔が岡村の影響か、蘇ってきている。敗北へと1歩1歩近づいているのは間違いないが、それでもゲームがゲームとして成立している。

完全に崩壊したところから、ここまで持ち直している。それだけに、途中で投げ出しコートで立ち往生している自身が無様に思えてしまう。

 

「(だから、さっさと諦めろよ!なんで、負けてんのにそんな顔出来んだよ...。なんで....。)」

 

今も必死になって、点差を1つでも埋めようと4人が走り回っている。

 

「なんで...こんなにも...心が揺さぶられる...。」

 

 

 

 

「おおし!気合入れろよ!福井!さあ来い!!」

 

両手を叩きながら、自身を含めてチームを鼓舞する。

 

「(分かってる。でもな...お前のプレー見てると、ただ投げ込むだけの俺って)かっこ悪過ぎじゃねーか!!」

 

先ほどの様にリングに投げ打つだけなら簡単だが、そんな情けないプレーはしたくない。パスが無理ならせめてまともなシュートくらいを、とバックステップして普段なら打たないような距離で3Pを放った。

恐らく、始めからリバウンドの為のシュートだったのであろう。肩の力が抜けており、本日最高のシュートを放った。

 

「あ、入っちまった。」

 

まぐれでも、この3Pはチームの弾みになりうる値千金の価値がある。

 

「なんじゃ、やりゃ出来るもんじゃの。よっしゃ、1本止めるぞ!」

 

「うるせぇな、分かってるっつーの。」

 

確かな事は、少しずつではあるが、目の色が代わりつつある事。僅かなきらめきがゲームに変化を齎し始めている。

しかし、それでも流れは誠凛にある。速いパス回しから、再び劉の所で失点する。

 

「ナイス黒子!!」

 

ミスディレクションを使ってフリーになってからのレイアップが決まり、点差を戻す。

 

 

 

 

 

「(どうにも乗り切れないアル....。どうすれば..)」

「俯くな!顔を上げろ!!」

 

劉の大きな方を荒っぽく抱き寄せ、丸くなった背中を抱き起こす。

 

「去年までのお前はどうした?わしからポジション奪ってやろうと噛み付き続けたじゃろうが。あの牙をもう1度思い出せ!ファウルが怖くてビビっとんのか!?」

 

「俺の...牙...。」

 

「何度も言うが、ゴール下はわしらの....違うな、わしの縄張りじゃ。わしに勝ちたかったら、まずはあやつらを蹴散らせ。」

 

その言葉で劉は岡村の腕を振り払い。大きく深呼吸し、味方の岡村を睨みつけた。

 

「あんまり調子にのるな、アゴリラ。」

 

「ほう、調子が出始めたか?」

 

「どうでもいいけど、一々痛いアルよ。あと、気安く触るな。匂いが移る。モアイの肩でも抱いてろ。」

 

「言い過ぎ!それ、言い過ぎだから!!」

 

結局いつもの感じで、格好がつかないのは、良い事なのだろうか?

 

「でも、確かに。インサイドで好き勝手にやられるのは我慢なら無いアル。」

 

「おう!見せてやろうじゃないか!ツインタワーの復活じゃ!!」

 

「勝手に俺をおまけみたいに言うな、モミアゴリラ。」

 

その間に福井がボールを持って通過し、岡村を一瞥する。

 

「こういう時くらい、カッコつけさせて!」

 

調子が戻ったとたんに、一斉放火を浴びて、岡村がむごく見えてくる。

 

「俺も混ぜてほしいな。」

 

そこに氷室も加わり、4人で誠凛側のリングを見る。

 

「んじゃまぁ、いこっかい!」

 

 

 

誠凛は本当であれば、ここでゾーンプレスで行きたいところだったが、事情によりハーフコートのダブルチームを継続した。

理由は実に簡単。火神の体力である。陽泉におき始めた変化により、ゲーム展開も変わりつつあり、勝負に行くべきかを悩ませる。万が一、決め切れなかった場合、最悪の展開が予想される。

出来れば、大事なポイントでゾーンプレスを使いたい。しかし、ここでの無茶は次のゲームに大きく響く。使いたくても使えないのだ。

そんなリコの考えもあり、下手に無茶をせず、点差を有効に使っていく方針となっている。

 

「けど、胸騒ぎがするわ...。英雄、責任取ってくれるんでしょうね...。」

 

事の発端となってる英雄はその空気を感じ取り、少しだけ困ったように笑っていた。




昨年の勢力図・大会結果等を想像すると、2m2人の陽泉が早々負けるとは思えず、洛山はどうやって勝ったのだろう。ねぶやでも1人はしんどかろうに。
なんて事を考えてました。

まぁ、どうでもいいと思いますが。


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目には目を

士気を取り戻した陽泉の面々は、4人にも関わらず強気にOFを展開。

 

「バッチ来い!」

 

岡村を中心に勝利への意思を高めていく。

外に開いて展開している福井と氷室は、強いプレスに凌ぎながらシュートを狙っている。岡村と劉のインサイド、特にリバウンドを用いたOFであれば、チャンスは充分にある。

ボールは氷室へと渡り、火神が迫る。

 

「氷室...。」

 

「なんだその顔は...。もう勝ったつもりで、俺を哀れんでいるのか?」

 

実際問題、陽泉がどれだけ粘って得点しようが、常にアウトナンバーが成立してしまっている現状で誠凛のOFを止める事などできはしない。

出来ても、ただ点差がスライドするだけ。

 

「図星か...。勘違いするな。俺はお前と同じ土俵に上がっただけだ。初めてできた、頼りになる先輩達。それも3人もだ。負ける気がしないな。」

 

「...そうか。でも!遠慮はしないぜ!!」

 

「望むところだ。」

 

多少強引なシュートでも、あの2人ならリバウンドを取ってくれるという安心感は、今までに無く心強い。アメリカで誰よりも強くなる為にたった独りで研鑽を積んできた氷室にとって、久しく無かったものであり、不思議と力が溢れてくる。

 

「(この人に報いるには、このままじゃ駄目だ!もっと...)」

 

背中を後押しされたかの如く、ドライブのキレも冴え渡る。

 

「っぐ!(圧される...!?)」

 

その気迫を受けながらも食らいつき、ブロックタイミングを計る火神。

 

「(まだ足りない。もっと..もっと....)もっとだ!!」

 

不意にバックステップし、ジャンプシュートで3Pを放つ。

 

「ここだ!」

 

火神は堪えに堪え、ドンピシャでブロックショットに跳んだ。

 

 

 

---アメリカで研鑽していた時点では、それは出来なかった。その技のあまりな繊細さ故に、成功率は全く上がらず、一定以上ゴールから離れた場所以外では使い物にならなかった。

アレックスからは、【別のベクトルからの力が必要だ】と言われ、火神のような天性の才能の事だと思った。

だから、使える距離をギリギリまで伸ばしてきた。それを間違いだとは思っていない。

 

 

 

「(でも今なら分かる。俺に必要だったのは、才能なんて言い訳染みた言葉じゃない。共に戦ってくれる、仲間。)」

 

氷室は、第2のスナップで放った。

 

「そんな...この距離で...!?」

 

ロングレンジによる、ミラージュシュート炸裂。

これまでは、ミドルレンジまでが精々だった。それは2回目のリリース時のボールに触れている時間があまりにも短く、コントロールにも限界があったからである。

それを氷室は、ミスを覚悟で行った。ではなく...。

 

「心から信頼したから、か。....良い顔になったな。」

 

客席で見守り続けたアレックスは、氷室に起きた心境の変化を読み取り、プレーヤー以前に人として成長したその姿が、嬉しくて堪らなかった。

 

 

ロングレンジによるミラージュシュートの恩恵は大きい。

誠凛はインサイドへのパス同様に、シュートへの警戒を強めなければならなくなった。ミラージュシュートならば、確実にリングまで到達できる。

 

「気にすんな火神!取られたら取り返す!!」

 

日向も今の氷室のプレーの危険度は直ぐに理解した。

それでも、圧倒的有利なのは誠凛。失点など、されて元々。

パスワークを武器にOFを展開。木吉の後出しの権利を活かし、ゴール下のスペースへとパスを出す。

 

「ナイスっす木吉さん!!」

 

十八番のランニングプレーで切り込み火神のダンクが炸裂し、点差を戻す。

 

「(やはり強烈じゃの...なんとか止めんと...。)」

 

体力的にしんどくなる時間帯で、岡村は膝に手をつきながら頭を巡らせる。

 

 

 

 

「...むっくん。」

 

試合を立ち見していた桃井は、ポツンと立ち止まっている紫原を見て、表情を沈めていた。

 

「つか、陽泉はこの状況でよくやってんな。特にあの4番。終わったと思ったが、少々意外だったぜ。」

 

青峰も同じ気持ちであるが、今も直ゲームに集中している4人を見て、青峰なりに賞賛を送った。

 

「...意外か。まぁ、今年のしか知らんのんならそう思うてまうやろな。」

 

「あぁ?どういう意味だ?」

 

岡村と同年代である今吉は、ふと岡村に対する評価を口にした。

 

「知らんと思うが、岡村は中学から数えて全国大会の常連中の常連や。ベスト8には必ず残っとった。顔に似合わずエリートっちゅうやっちゃ。」

 

今吉だけでなく、海常の笠松や小堀、秀徳の大坪達。この世代で岡村を下に見ているものはいない。

岡村のチームとの試合をするには、覚悟しなければならないからだ。

 

「は?覚悟?なんだそりゃ。」

 

圧倒的な天性による才能をもつ青峰には、恐らくそれを理解する事は出来ない。自身で体験する以外には。

 

「選手として、華はない。得点能力もそれほどでもない。それでも、ただ高いだけの選手な訳はない。見てて分からんか?」

 

実力的に見れば、紫原がCポジションでプレーするのは当然の選択だ。それでも、岡村がゴール下に居ると居ないとでは、違うのだ。

 

「....精神論はあんま好きやないけどな。岡村という選手はそこが強い。どれだけ不利な状況でも最後まで粘ってくる。しかも、その粘り強さがまわりにまで伝染するから厄介なんや。」

 

もつれ込んだ試合では、モチベーションなど気持ちの部分が強いチームが最終的に勝利する。そもそももつれ込む時点で、技量は同等。そこで優劣をつけるのは、メンタルの強さしかない。

 

「特にこういった開き直った時ほど、わしはやりたない。なんせ、あまりあるガッツが多少の技量の差を打ち消してくるんやから。」

 

事実、4対5という絶望的状況においても誰一人として勝利を諦めていない。

 

「今年に関しては、それが無かった。初めてポジションを奪われたショックかどうかは分からんが、らしくはなかったな。」

 

脅威の粘り腰をもつC岡村をそんな風に見ているは、やはり今吉だけでなく、大会側の都合により試合の開始時間が変更となり、この試合を見に来ていた海常の3年生達も同様だった。

 

「....岡村。」

 

「どうしたんスか?小堀先輩?」

 

「うるせぇな。黙って見てろ。」

 

寡黙な小堀が珍しく想いの募った言葉はいた事に、黄瀬が疑問を持ったが、笠松により強制的に黙らされた。

 

「ひっで!素朴な疑問だったのに~。」

 

「どうせ聞いたって、おめぇにはわかんねぇよ。」

 

キセキの世代や無冠の五将達が集結した今年、同じ3年としてはつい共感を覚えてしまう。

岡村がポジションを奪われて事も、正直ショックだった。

あれほどの男でも駄目なのかと。

そして今、再びチームの中心となり、奮起している姿に感銘してしまっている。

 

「(おい、分かってんのか...。俺達3年なんだぞ。1年も2年も年下の奴等に生意気な面させていいのかよ!)」

 

笠松はかねてから思っていた、高校バスケット界の現状について。

確かに、各々が選手としての特色を確立し、誰よりも早くそれを伸ばし続けている。

それでも、無冠の五将より1年、キセキの世代よりも2年も早くから高校で頑張ってきたのだ。

笠松も黄瀬を海常のメンバーとして本当の意味で認めてはいる。それでも直、たかが新人に勢いづかれている事が気に入らない。

 

「(俺達3年がふんばれねぇで、チームが強くなるかよ!)」

 

 

 

「(今止めるべきは、オカケンさん。)鉄平さん!」

 

岡村が良いリズムを作っている以上、直ちに止めなければならない。英雄は、木吉にアイコンタクトで伝える。

その大変さを理解しておきながらも。

 

「氷室ぉ!」

 

「(くそ!これは...外れる。)」

 

先程は華麗に決めたが、何度も決められるほど簡単なシュートではない。火神のチェックにより、精度を欠いてしまう。

リバウンド争いに持ち越され、岡村に対して英雄と木吉で当る。

 

「(1人がボックスアウトをし続けてわしを跳ばさせない気か....。)劉!お前しかおらん!!」

 

「一々うるさいアル!」

 

もはや劉にもやるべき事は理解できている。それなのに、どうしてそんな不安そうな顔で見ているのだと。

 

「(大体!なんでアゴリラに2人で俺には誰もつかない!?毎日誰と競り合って来たと思ってるアル!!)」

 

劉は中国からきた留学生である。

バスケットの為に態々遠く離れた日本にまで来て、生半可な覚悟では残せる結果等はない。

陽泉に入学してからは、毎日の様に岡村とポジション争いに明け暮れた。

未だに勝ち名乗りをした事はないが、負けているとも思っていなかった。だから誰よりも、紫原にポジションを奪われた岡村の姿はショックだった。

そのゴリラに勝つ為にどれ程苦労しているかも、知る由も無く。

その頃からだろうか。噛み付く事を忘れたのは。足掻く事をしなくなったのは。現状に甘んじるようになったのは。

 

「(でも、もう終わりアル。お前がまた不細工なプレーをするんだったら。)お前を倒すのは俺アル!!」

 

「うぉおおお!!」

 

「邪魔アル!!」

 

ファウルスレスレで火神を強引にどかし、荒っぽくリバウンドをそのままダンクで得点に繋げた。

 

「ファウルじゃないのかよ!」

 

日向が審判に目で確認するが、主審は首を振り、試合続行を促した。

 

「ふん。これくらいでごちゃごちゃ言うくらいだったら、端からインサイドに来ないほうが身の為アル。もう、容赦はしない。」

 

その目は変わったという次元ではない。劉の目から放たれているのは、殺気。霧崎第一の悪意が可愛く思えてしまうくらいに強烈な殺気が突き刺さる。

学生の大会でこんなものを向けてくる選手はいないだろう。

 

第4クォーター残り4分を切った。

 

陽泉高校 84-88 誠凛高校

 

誠凛は2Pを積み上げていたが、福井と氷室の3Pが1本ずつ決まっており、逆転を狙えるところまで来ている。

どうにも陽泉のリズムが良くなる事や火神の体力をを考慮して、リコは残されたTOを使った。

 

「(あちらのベンチも騒がしくなったか...。やっぱ、粘ってみるもんじゃの。)」

 

1度は終わったかに見えたゲームの行方は、岡村にとって良好な方へと向かっている。

しかし、

 

「(少々無茶し過ぎたか....足がついて来んようにならんといいが...。)」

 

4人で5人を相手取るのは、いくらなんでも体に堪える。ベンチまで歩いていると、何もない場所で転んだ。

 

「おい!大丈夫かよ!?」

 

「すまんすまん。ちょっと気を抜きすぎたみたいじゃ。」

 

それを表に出さないように振る舞う。今、岡村がチームを抜けるわけにはいかない。岡村が担っていた負担は恐らく、他の誰にも背負えない。

気合を入れて立ち上がろうと顔を上げると、異様に大きな手が伸ばされていた。

 

「ん。立ちなよ。」

 

「紫原、か...。どうした、退屈か?」

 

「分かってんなら、さっさとベンチに戻してよね~。」

 

紫原が岡村に手を貸して起こしていると、横から福井が言葉を投げかけた。

 

「なんだてめぇ。今更なんか文句でもあんのかよ。」

 

先程の行動を未だに許してはいないと、断固抗議の意を示す。結果として、ここまで盛り返す事ができたが、先の行動含め紫原への不満をもらす。

 

「別に。ただ、やっぱ偶には老い先短い人を労ろうかと思っただけ。」

 

「んだ?....監督。流石に紫原を代えるんですよね?」

 

4点差まで粘った事を考えると、戦力にならない紫原などいないほうが良いのは当たり前。荒木の指示を仰ぐ形式だが、YES以外を言わせるつもりも無い。

 

「....そうだな。岡村のパフォーマンスを活かす為には....。」

「待った。それで勝てるの?」

 

「お前はすっこんでろ。少なくともお前がいない方が遥かにマシに決まってる。」

 

劉も福井に賛成し、紫原に比べてどれだけ技量が下だとしても、突っ立っているだけの選手よりも役に立つ。

何より、自分達の力でインサイドを建て直した今、紫原にポジションを奪われるのも気に入らない。

 

「みんな、少し待ってくれ。...アツシ、試合に出たいのかい?」

 

紫原の交代は賛成多数になっている最中、紫原の様子に変化が見られている事に気が付いた氷室は、改めて紫原の意志を確認した。

 

「別に。俺がいなくても勝てるんなら....そうじゃないなら、俺を使いなよ。誠凛のOF止められるの?」

 

紫原は、正に陽泉の1番の問題を持ち上げた。

OFリズムが良くなり点は取れる。だが、この間での失点を抑え切れていない。ここ1番でブロックを決める事が出来るのは、紫原をおいていない。

だからこそ、荒木は決断できないでいる。

 

「岡村、お前の意見も聞きたい。」

 

決断するのは荒木だが、実際に行うのは選手。今、チームで中心となっている岡村の意見も重要と考え、意見を募った。

他の選手も今岡村の意見に反対などしない。固唾を呑んで、岡村に視線を集めていく。

 

「...紫原よ。勝ちたいか?」

 

岡村は真意を探るべく、ただ一言問うた。

 

「ん~。やっぱり負けたくはないな。」

 

紫原の返答はどこかはっきりしない。

恐らく本人もその気持ちの整理が出来きっていないのだろう。

 

「そうか...。とりあえず、利害の一致はしとるようじゃの。」

 

「おい!岡村!!」

 

どこか腹を括ったような言葉に福井が問い詰める。

 

「じゃがな、最後まで足掻き続けられるという自信はあるか?」

 

福井の反論を右手で止め、再び問う。

 

「ん~。用は捻りつぶせばいいんでしょ?」

 

「まぁ、ええじゃろ。...決まりじゃ。」

 

遺恨は全く改善されておらず、不満顔のベンチメンバー含めて紫原を一瞥する。

 

「ええ。気にするな。どうせこいつらも本音では分かっとる。じゃからの、バスケでやらかしたんなら、バスケで帳消しにしろ。」

 

「で。どうすればいい?今までのままじゃ不味いでしょ。何かあるなら言ってよね。」

 

今までに無く積極的に指示を仰いだ紫原の様子は、やはりどこか新鮮で、少しだけ可愛げがあった。

決まった事にグジグジということも無く、劉や福井、そして氷室も明確な打開策を模索する。

 

「満遍なく守るのは、正直厳しい。ウチの持ち味であるインサイド、特にリバウンドで勝負したいところだ。」

 

荒木としては第1にゴール下のスペースを何とかしたい。ゴール下をがっちり固めて、ロングシュートを落とさせられれば、優位な試合運びが実現できる。

 

「高校生が出来るようなOFではないのだがな...。」

 

自身がやろうとも思わなかったOFを達成した誠凛に対して愚痴を零す始末。

 

「....!がっはははは!!」

 

突然、岡村が大声で笑い出し、周りを怪訝な表情にしていった。

 

「急にどうした?」

 

「きっと、あまりにモテなさすぎて精力が頭にいってしまったアル。もう2度と近寄らないで欲しいアル。」

 

福井の横で、本格的に容赦がなくなった劉が毒を吐く。

 

「なぁ。そんなにわしの事嫌い?」

 

きっと泣いても許される。それくらい、さらっと劉から来る毒はキツイものがある。

 

「キャプテン、何か思いついたのか?」

 

氷室が話を本題に戻し、岡村がふんと鼻を鳴らした。

 

「やっぱ、今日のわし結構キテるぞい。こんな事思いつくなんてな。」

 

 

 

 

「強い。これが、陽泉の本来の実力か。」

 

誠凛ベンチでは、戻ったメンバーにタオルやドリンクが手渡されており、それぞれが一息ついていた。

日向は、全くの別チームになりつつある陽泉に感嘆の声を漏らしていた。

 

「プレイスタイルは違うけど、鉄平さんに似てるんすよね。」

 

横で相槌を打つ英雄は、岡村の奮闘を少し笑いながら話した。

 

「あの人の背中って、なんでこうカッコいいのかなぁ。」

 

「英雄あんた...。」

 

リコはそんな表情の英雄を心配し、声を掛ける。

今行われた数分の岡村のプレー、これこそが英雄が見たかったもの。何度も問い掛け、伝えようとぶつかり、ファウルすら犯してしまっている。

 

「違うよリコ姉。俺は別に負けても構わないなんて思ってない。俺が勝ちたいのは今のオカケンさんなんだ。高い塔を支えるふっとい柱、そんなあの人に勝ちたい。」

 

顔面の汗を拭きながら、リコの疑念に答えを返す。その返答自体もなかなかの爆弾発言なのだが、試合開始前からマッチアップを希望して、リコの許可をとっている以上、止め様が無い。

 

「分が悪いのも、厳しいのも分かってる。だから、やりたいんだ。憧れっていう最大級の目標を超えるには今しかない。...それに、今日ずっとやってきて、手ごたえが無い訳でもないし。きっとイケるよ。」

 

真顔で、目的を言い切った直後に雰囲気を元に戻して、楽観的な発言。

 

「まぁいいわ。どっちみち、反対するつもりもないし。後気になるのは、火神君。」

 

英雄の話を切り上げて、1番の不安要素である火神に焦点を当てた。

これまでのプレーでは、OFの要としてよく走っていた。英雄同様、途中で休む事無くである。

その体力の残量しだいで、後の展開に大きく響く。

 

「問題ねぇっす!やれます!!」

 

気合が充分なのは良く分かったが、それとは話が違う。現在、誠凛ペースであるので火神に疲労感がないのであろう。だから不安が拭えない。

 

「そう言うからには信じるわよ。後で弱音なんか言ったらひっぱたくから!」

 

「うっす。」

 

残った時間は回復に当てて、コートに向かった。

 

 

同様にベンチから出てきた陽泉にメンバーチェンジは無く、紫原は毒気の抜けた顔で登場した。

 

「まさこちん。ヘアゴム貸してよ。」

 

「監督って呼べよ。」

 

DFポジションに向かいながらだらしなく伸ばしていた髪を後ろで纏めていく。

 

「紫原君...。よかった。」

 

何処と無くうれしそうな黒子は、直後に真剣な面持ちに変化していく。

 

「火神君。これは、本格的にやばそうです。」

 

「ああ、チームそのものからでる雰囲気がこれまでと全く違う!」

 

これまで、陽泉高校は紫原のチームという前提で戦ってきた。

状況としては、秀徳戦とよく似ている。チーム内の主導権を上級生に渡し、自身のバスケットを飛躍させたあの緑間との試合。

 

「全員よく聞け!今ある点差は1度忘れろ!あくまでもウチが挑戦者だって事を忘れるな!!」

 

日向は、秀徳との試合で得た経験を活かし、一時的な優勢に惑わされないように、己も含めて言い聞かせていく。

誠凛ボールで再開。

 

そして、陽泉が仕掛ける。

ぶっつけ本番だが、起死回生とも言える会心のDF。

 

それは、今までどおり岡村・劉・紫原でインサイドを支配する為のものである。

この試合での反省を全て盛り込まれているものである。

陽泉高校というチームの特徴を最大限に活かせるものである。

 

ボールを運ぶ英雄に氷室がマークし、3Pを狙う日向には福井。大胆にも火神には、決まったマークを付けなかった。

 

「...思い切ったな~。」

 

素直に英雄が感心しているが、この時点でその威力は窺える。

 

「目には目を、じゃ。」

 

目には目を。トライアングルにはトライアングルを。

陽泉高校、渾身のトライアングル・ツー。




今回も、選手それぞれのバックボーンを捏造しております。
ご了承下さい


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悔しさの根本

トライアングル・ツー。

3人がゴール下で、三角形のゾーンDFを形成し、残りの2人がマンツーを仕掛けるDF。

今までの2-3と違うところは、ゴール下に対するチェックを強くする代わりに、それ以外は弱くなる。

しかし、紫原の反応速度からいうと、まず問題にならない。ゴール下の配置は、エンドライン側に岡村と劉、トップに近い場所に紫原となっている。

意味する事は、まずいままで誠凛が利用していたゴール下へのスペースが生まれない。紫原がより前掛りになった事で、リバウンドよりもブロックに比重を掛けることが出来る。

火神を自由にするという危険を犯しているが、ある程度覚悟して臨んでおり、止められるところを止めようというものだ。

そして、マンツーでチェックを行っている2人。氷室は英雄のドライブを最警戒し、アウトサイドシュートを打たせる様なDFを行っている。この陣形であれば、リバウンドは高確率で奪取できる。福井も同様、日向のバリアジャンパーを警戒し、ブロックが出来なくともシュートコースを削って1本でも落とさせようとした。

 

英雄は木吉にパスを行い早速攻勢を強める。

 

「うっ!(どう攻める?)」

 

そこで初めて気付いた。これまでは、紫原が最後の砦として待ち構えており、ギリギリながらもそこさえクリアしてしまえば、得点は出来た。

今度の場合、紫原をかわしても壁が残っている。それも2枚。

無敵の盾を以って突撃してくる要塞の様な威圧感が、誠凛を襲う。

 

「木吉さん!」

 

声に反応し、咄嗟にパスを送る。

決まったマークの無い火神が受けて離れた距離からのジャンプシュート。そこに、前半同様紫原のブロックが行く手を阻む。

 

「このっ!」

 

「やっぱり高ぇ!」

 

「火神君!!」

 

フォローに行っていた黒子がパスを受けて、ファントムシュートを放つ。

 

「さぁせるか!!」

 

岡村が全身で止めるくらいの勢いで手を伸ばし、ブロックを試みるが空振りしてしまいリングを揺らされる。

 

「助かったぜ、黒子。」

 

「ちょっと圧力が増してきてます。正直、これからのシュート全て入れ続けるのは難しいかもしれません。」

 

内心相当焦っていた火神は黒子に礼を言うが、黒子は状況的に喜べない。

 

「決められたが問題ない!しっかりチェックしていれば、その内シュートを落とす。そうすれば、6点差なんてあっという間だ!」

 

監督・荒木は確かな手ごたえを感じながら声を張る。それは、初めての陣形にも関わらず、メンバー全員が感じている事だった。

考え付いたのは岡村だが、誰も素直に賛辞を送ろうとはしなかったが。氷室はなんとなく空気を呼んでそうしなかっただけ。

 

「いいぞ紫原。後ろの事は気にするな。もっと前へ行け。」

 

「馴れ馴れしく触んないで。」

 

岡村が肩を叩いて褒めるが軽く振り払う。それでも悪い気はしなかった。

 

陽泉OF。

福井がボールを運んでいるが、シュート意識が高く、パスのみを警戒していられない現状、ハイポストへ入った劉へのパスを防ぎきれなかった。

 

「くっそ!」

 

劉に英雄がチェックに行くが、その前に劉がジャンプシュートを放つ。

 

「まっず!」

 

ゴール下には紫原と岡村。対して誠凛側は木吉しかいない。高さ以前に数的有利を作られた。

急いで英雄が戻るが、既にボックスアウトが完了しており、割り込む隙が無い。

 

「ぅらぁあ!」

 

雑に打った劉のシュートは外れ、リバウンドを制した紫原がそのまま叩き込む。

 

「速攻!!」

 

失点後直ぐにボールを火神に渡して、ワンマン速攻に持ち込んだ。点差でリードしている誠凛は失点しても構わない。

 

「させない!」

 

「なっ!タツヤ!?」

 

『ファウル。白12番!』

 

スマートさも何も無く、氷室が火神の右手ごとボールを弾き、ファウルでピンチの場面を防いだ。

その間に他のメンバーが戻り、DFを整えていく。

 

「.....やっぱ、流石だぜ。でも、まけねーよ。」

 

「ふっ、こっちの台詞だ。」

 

直ぐにゲームに意識を戻し、お互いが背を向けた。両者とも気が付けば蟠りもとうに無くなっており、いつかの日差しの下で戦ったあの頃のように戻っていた。

必死のあまり、無意識な行動なのであろう。それでも、違和感は無い。

 

「先輩!」

 

「ん?どうした。」

 

火神は日向に声を掛け、決意と共に告げた。

 

「俺は大丈夫です。ゾーンプレスで行かせてください!」

 

それは、日向含め全員が考えていた事。

点差を守っているだけでは、いつかやられる。必要なのは徹底的に引き離す事である。

 

「...いいのか?始めちまったら後にはひけねぇぞ。」

 

「ここで引いたら多分負ける。そんな気がしてならねぇんす...。」

 

火神の本能が警報を鳴らしている。それ以上に氷室が限界を超え始めている今、勝利を待つという選択肢を選びたくないのである。

 

「...上等だ。」

 

日向がメンバー全員に見えるように片手を掲げてグッドサインを作る。そして、親指を下に向けてバッドを示す。

 

「終わったら、みんなでぶっ倒れようぜ!」

 

「先輩...っす!!」

 

それが全員の総意であったとしても、感謝の気持ちが抑えきれず、勢い良く頭を下げた。

 

「ははん、先越されちゃいましたね。」

 

「そうみたいだな。あんな良いプレーを見せられたんだ。こっちもお返ししないとな。」

 

「...ですね。」

 

バッドサインの意味を把握した英雄・木吉・黒子はそろって陽泉の待つ方へと向かう。

 

英雄の目の前には、氷室が腰を落としてドリブルコースを塞いでいる。

 

「さ、やろうか!」

 

「...そんな目で見られたら。興奮しちゃいますよ!!」

 

言い終わる前にドリブルで突っ込む。

ドリブルを最優先で警戒しているのなら、あえてそこを破りにいく。そこを抜ければ、OF側が一気に優位に立てる。

 

「瞬間的な突破力は火神が上でも、ドリブルの幅広さはやはり君だ。本当にシンパシーを感じるよ!」

 

「っだったらこんなん、どうっすか!!」

 

左右に、前後に、常に隙を窺ってシュートチャンスを狙っている。

そんな英雄を相手にするのは、中々にしんどい。しかし、氷室の目は輝いていた。身体能力で勝る相手はアメリカで散々やってきたが、こんな奴は初めてだと。

英雄は、上半身の動きで揺さぶり、食いついたところでボールを回して手の甲で弾いた。

 

「これがエラシコ!?」

 

初見ではあるが青峰を抜いた技がこの場で炸裂し、ペイントエリアへと突入。

さらにヘリコプターシュートで紫原を釣り上げて、火神にパス。

 

「っしゃっあ!」

 

そしてさらにその奥。岡村と劉のいるゴール真下という戦場に切り込んだ。

 

「このっ!」

「だらぁ!!」

 

2人の高いブロックが迫るが、ダブルクラッチでかわしてボールを放る。

 

「っ!!」

 

ギリギリのタイミングで紫原の指先が触れて、リングを潜らせなかった。

 

『バイオレーション!ゴールテンディング!!』

 

今回は、火神に軍配が上がり得点板に加算される。

 

「っくそが!!」

 

その結果に紫原が地団駄を踏んで、機嫌を悪くしていた。

その姿に、今一信用しきれていなかったメンバーも無意識に認め始めていた。

 

「いつになくムキになっとるようじゃの。」

 

「ああ!?なってねぇし!」

 

「いや、なってんじゃん。」

 

子供の様な天邪鬼は変わっていないらしく、福井が冷静に突っ込みを入れた。

 

「ムカつくんだよ!火神も木吉も、後あのニヤケ野郎も!」

 

「どうした、アツシ?彼のようなタイプは別に嫌いじゃなかったはずだろ?」

 

本質的には英雄も熱血系だが、紫原に対してガツガツいっていた場面は無かった。

 

「気付っちゃったんだよ...。」

 

そう言い残し、OFに向かってしまった。

 

「(何と無く引っかかってた。多分、ウチに挨拶しに来た時だ。それは試合中というよりも、今確信した。)」

 

紫原にもそれなりにプライドはある。だからこそ、初めての経験により、イラついてしまうのが抑えきれない。

最初は変な奴だなぁくらいの印象。人付き合いが得意でない紫原と違和感無く会話ができるというだけだった。

それが徐々に、違和感になり、プライドを逆撫でした。

 

「走るぞ!ぜってぇ足止めんなよ!!」

 

日向の合図により、誠凛は再びゾーンプレスへと移行する。

英雄をDFのトップにしたバージョンで、コートを広く展開していく。

 

「っち!(ここで来るかよ!)」

 

「(いやむしろ、当然じゃろ)」

 

未だ攻略できていない変則1-3-1ゾーンプレスを前に、その厄介さを思い知らされる。

何故ならば、既に黒子の位置が分からなくなっているからである。

迂闊に抜きにいけば、氷室でも危うい。

しかし、選択肢は残っていない。

 

「(頼むぜ...)氷室!!」

 

氷室が切り込み、日向が強気に当った。

氷室の選択肢にシュートが無い以上、ドリブルもしくはパスになる。

日向は何が何でも抜かれない様に、パスを他に任せてドリブルのみに警戒を強める。

 

「(それでも、しんどいっつーの!)」

 

必死に食らいつくも、再びキレだした氷室に追い縋る事も出来ない。

インサイドアウトにより、道を空けてしまい全身を阻めない。

しかし、誠凛のDFはまだ続く。

黒子がヘルプに入り、隙を突いてスティールを狙った。

 

「(不味い...弾かれた!)」

 

誠凛DFの配置を目視した僅かのタイミングで黒子の指が掠め、ボールを氷室のコントロール下から外す。

 

「このっ...。」

 

「福井さん...っ!」

 

ルーズを福井がダイレクトで氷室に返し、背中を押された氷室の再度ドライブ。

ショットクロックにやはり余裕は無く、焦っても仕方ない場面であるが、不思議と不安は無かった。

 

1度岡村に預けて、シュートチャンスを狙ってスペースへと走る氷室。

 

「紫原!!そこで待ってろ!」

 

ハーフコートにまで運ぶのに苦労を強いられているが、ここまで持ち込んでしまえば高さが生かせる。

紫原までもう少し、一気に行きたいところだが木吉のマークがあってそうもいかない。

 

「くそ!」

 

その隙に誠凛メンバーが戻り切り、DFを再構築。

福井は既にダブルチームに晒されている。岡村は思い切って、ゴールまでロングスロー。

リバウンドオンリーのあまりにも強引なプレー。それでも、この試合中で最も有効なのは変わらない。

 

「だあぁぁっ!!」

 

たった1人英雄がゴール下で張り、リバウンド争いを競り合うが、劉と紫原の2人相手にというのは無理がある。

劉が奪ってそのまま得点。

 

「今のはしょうがない!切り替えて行こう!!」

 

木吉が手を叩きながら、割り切るよう促していく。ゴール下までにボールが到達してしまえばそれまで。

失点してしまったが、陽泉OFを制限できているし、機能している。

 

 

パスワークでフリーを作る為、ボールと選手が動き続ける誠凛。

日向が福井の裏にあるスペースにパス。受けた英雄が氷室のマークから抜け出す。

ボールを抱えて真っ直ぐに突っ込んでいく。

 

「(これは...)」

 

ステップで揺さぶりながら迫り来る英雄に紫原は、目を見開く。

ボールを抱えている位置が低く、何度か見たヘリコプターシュートのものとは違った。

 

「(またレッグスルーの...そう何度も)」

 

左手でボールを下げた瞬間に紫原は左足を踏み切りパスの出所に手を伸ばした。

 

「よっと。」

 

「なっ!(持ち替えただと?)」

 

ボールは右手に持ち替えられて、上空に翳される。

道を譲った形になり、咄嗟に身を翻し手を伸ばすが、今1歩届かない。

 

「(なんだ...この屈辱的な光景は...。)」

 

見上げる自分。届きそうで届かない。

それが、余計に腹立たせる。

 

「させるか!!」

 

紫原の背後を守る2人が高い壁のようなブロック。

直線的ではゴールに届かない。英雄はループ気味に放つ。

そして、着地後に直ぐにゴール下へと飛び込みリバウンドに手を伸ばす。

 

「この野郎!」

 

同タイミングで紫原もジャンプし、ボールに手を伸ばす。

 

「らぁっ!!」

 

そこに我先へとボールを奪った火神がそのままリングに叩きつけた。またもや紫原を覆うように。

 

「ズリー!今の俺んじゃんか!!」

 

「うるせぇな。」

 

「美味しいとこ取りかよ!いーよなーお前は。アメリカ行って、パツキン美女侍らせて...。ばーか、ばーか。」

 

「あぁん!?」

 

ふと、火神の待遇を考えて、罵倒を始める英雄。当然、火神は喧嘩を買った。

 

「こんな時まで、何やってんだ!?」

 

日向は余裕の無い体力をツッコミに回してしまう。

 

 

 

「あいつ等ぁ...!」

 

「落ち着けアル。そんなんじゃ止められるものも止められなくなるアル。」

 

またも不安定になっていた紫原に劉が声を掛けた。

火神に対してマークを割かなければ、こういった展開にもなる。

 

「...違う。気が付いちまったんだよ。」

 

「...?...何を?」

 

10年に1度の天才、キセキの世代として常にトップであった紫原だからこその憤り。

氷室の問いに対して、一言だけ答えた。

 

「アイツ...俺を見てない。」

 

高校に進学してからも、チーム内で誰よりも警戒されて、打倒紫原というチームを、選手を負かしてきた。

補照英雄という選手から、そういった態度が全く見えない。

先程のプレーの最中でも、レッグスルーで持ち替える前の時点で、紫原よりも背後の2人の位置を確認して跳んでいた。

紫原をかわした時でも、青峰との時と比べて、明らかである。

 

それは、紫原にしか分からない。その一言では、岡村達には伝わらない。

 

「まぁ、お前の言う事が何なのか。それはわし等には分からん。けどな、悔しいをそのままにするな。」

 

「...別に。悔しいとか、思ってないし。」

 

「どの口が言ってんだか。」

 

分かりやすく強がる紫原。この試合で色々と初めて見せる表情の数々にやはり、可愛げがあった。

 

「バスケットは嫌いか?」

 

ふと、岡村が紫原の嫌がる質問をぶつけてみた。

 

「あんたまで、そんな事言うの?....好きじゃねーよ、こんなスポーツ。汗で気持ち悪くなるし、元々興味があった訳じゃないし。」

 

黒子に答えた様に、返答するが、そこに微かな変化が起きていた。

 

「でも、嫌いじゃない、か?」

 

氷室が心境を呼んだか、直球で更に問う。

 

「別に。どうでもいいでしょ?とりあえず、勝とうよ。この試合。」

 

どうにも、無意識に余計な事を言ってしまう紫原は逃げるようにOFに向かった。

手のかかる年下の少年を追う様に、他の4人も向かっていく。

 

 

 

そこから、互いのOFがギリギリのところで決まるという展開をひたすら続けた。

4点から先に進めない陽泉と、突き放せない誠凛。

両者とも無理を承知で足を動かしている。

 

「(やっぱ、キッツイだけのスポーツに楽しいとか。分かんないなぁ。)」

 

自身の言動に矛盾している事は紫原にも分かっている。何と無くで初めて、何と無くで続けている。

他のチームの選手が充実感を浮かべながらプレーは、何故か腹が立つ。

 

---羨ましかった

 

弱いやつが楽しんで、それより強い自分は何一つ得た気がしない。全中で優勝した時ですら、ほっとするだけ。

 

---知りたかった

 

気に入らないと言いながらも、興味はあった。もしかしたら、今もコートにたち続けている理由なのかもしれない。

 

「(もし、この試合に勝てたら....俺にも分かるかもしれない...。俺にもあんな顔が出来るかもしれない...。」

 

---だから勝ちたい

 

 

 

残り時間、2分を切った。

岡村の気迫は未だ衰えないが、膝が笑い始めている。

 

「もらった!」

 

木吉が隙を逃さず、ボールを奪って速攻に移る。

木吉の前には日向と英雄。直ぐ後ろには火神。

これまで通り、黒子からの中継でロングパスを日向に届けて英雄に預ける。

フィンガーロールで劉のブロックを受けない様にショットを

 

「ぉおお!!」

 

放った直後に紫原が現れて、ブロックが炸裂。

バックボードに跳ねて福井の下へ落ちる。

 

「な、ナイス!」

 

誠凛は前掛りになっており、DFが間に合わない。

福井は、真っ直ぐにドリブルでボールを運ぶ。

 

「パス!!」

 

ペイントエリアで紫原が受ける。

 

「紫原!?こんなに速かったか?」

 

対応できるのは火神だけ、異様なオーラを放つ紫原に臆する事無く、ブロックに跳ぶ。

しかし、感じたオーラ以上のパワーが火神に圧し掛かり、一気にもっていかれた。

 

「ああぁぁぁ!!」

 

ゴールに背を向けたまま跳び、空中で体を捻りダンク。

そのあまりの衝撃・威力、まさに『破壊の鉄槌』。

 

「ぁぁぁぁああああ!!!」

 

決めた紫原は、両手を握り、吼えた。

 

「あああぁぁぁああああ!!」

 

その止めを刺す様な咆哮でゴールの支柱が決壊し、大きな音を立てながら崩れ落ちた。

 

---紫原、覚醒。




試合展開を盛り上げようとすると、監督がショボク見えるというジレンマ。


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最も汗を流した試合

少々長くなりました。


陽泉高校 94-98 誠凛高校

 

第4クォーター残り1分と数十秒。

紫原がゴールを壊してしまった為、ゲームを一旦中断した。

その衝撃的な光景に観客は騒然とざわついている。

 

 

「キセキの世代っつーのは、なんでこう...。」

 

「つーか、紫原のあれって...。」

 

小金井はコート内の作業を眺めながら、衝撃のワンシーンを思い浮かべる。

しかし、伊月は紫原のプレーからその異常さを感じ取った。

 

「恐らく、青峰同様...。」

 

「ZONEっすね。」

 

木吉と火神は率直に答えを言い、顔を強張らせている。

極限にまで集中した最高の状態。桐皇戦での青峰は同じZONEに入った火神ですら1人で対抗できなかった。

そして今回、火神はZONEに入っていない。それが何を意味するのか、言わずとも分かってしまう。

残り僅かな点差を数えて不安が拭えない。

 

「この間で解けないかな?」

 

「どうかな?こういった都合の良い期待ほど、裏切られるもんだからな。」

 

小金井のご都合主義をあっさり伊月に否定され、だよなぁっと頭を悩ませている。

当然、またケミストリーが起きるという期待も出来ない。

 

「でも、ゴールが壊れたのはラッキーだったわね。」

 

「そうだな。考える時間と気持ちを切り替える時間を得られたからな。」

 

リコは、チームを指揮する監督として冷静を保ち、その言葉に木吉も同意。

しかし、残り時間も点差も少ない状況で考えると、不利なのは誠凛である事は事実で、何とか打開策なんなりをひねり出さなければならない。

 

「DFはこのまま行くしかないわ。どっちみち、紫原君にボールを渡したら間違いなく決められる。それをなんとしても阻止!」

 

「何も無くても火神ですら厳しい相手だからな...。加えて、氷室もキレ出してる分、2人を抑えろというのは無茶だ。」

 

リコは1つ1つ整理しながら方針を纏めていき、それに日向が相槌を打っていく。

火神もそれを理解しており、苦い顔をしながらも反論はしなかった。

 

「んで、OFはどうする?こっからは、マジで落とせないぞ?」

 

日向の言う事はもっともで、トライアングル・ツーで攻めづらくなった陽泉DFが、更に凶悪になった事で生半可なOFは自らの首を絞める事になる。

だからこそ、フィニッシャーを予め決めておく事も必要である。

 

「そうね。やっぱりここは、火神君で行きましょ。でも、当然DFの意識も集中するから、チャンスだと思ったら思い切ってシュートを打って。」

 

そして、エースの決定力を信じ、火神に託す事になった。

それでも、拭いきれない不安はある。なにせ、正真正銘、本気の紫原のプレーはこれから。何が起きるかなんて想像できない。

 

「(うん...私の指示は間違いじゃない。でも、もう1つ。もう1つ何かが欲しい...。)」

 

緊張感で握り締めた片手を口元に当てて考え抜く。リコは『これならイケる』という根拠が欲しかった。

陽泉のメンタリティは凄まじく、誠凛メンバーに対して強烈なプレッシャーとなっていた。絶対勝つというものは無いが、士気回復にはなる。

 

「(ZONEか...。くっそ....こんな時に俺も入れれば、絶対勝てるのに...。)」

 

火神は、紫原が入った事により、自分も入れればと無い物強請りしてしまうほどに焦っていた。

その恐ろしさは青峰との試合で、充分過ぎるくらいに思い知っている。

『アレ』にこのまま挑むのか、と。しかも、残り約2分でどうにかしなければならない。

 

「ここまで来て負けてたまっかよ!...勝つんだ....勝つんだ。弱気になるな!」

 

ボールが火神に集まる事も含めて、気持ちで負けていては勝てるはずも無い。火神は自ら顔を叩いて、気合を入れている。

 

「...英雄、何か無い?」

 

別の視点からのアイデアを求めて、リコは英雄に問う。

 

「ん...。そう、だね。このまま博打上等で突っ込んで、勝利を勝ち取る方。もしくは、多分これより勝率高いけど、10倍辛い方。どっちがいい?」

 

「前者は、今カントクが言った事だよな。後者は?」

 

「へぇ、興味あるな。聞かせろよ。」

 

英雄の言葉に降旗は理解が追いつかず、伊月は興味を持って詳細を聞いた。

 

「えっと。まず...。」

 

 

 

 

陽泉高校のベンチでは、紫原を労う為に岡村が声を掛けた。

 

「ようやった!紫原!!」

 

「...今、話しかけないで。集中が途切れる。」

 

戻った途端にタオルを頭に掛けて、視界を遮り、呼吸だけを整えていた。

ここで、解けると意味が無い。勝利の為には、この状態を維持して試合に戻らなければならない。

正直、己が青峰と同じ状態になるとは思ってもみなかったが。

 

「アツシはともかく、キャプテンは大丈夫なんですか?」

 

「残り2分を切って、今更コートから追い出す気か?」

 

氷室の率直な質問に対して岡村が皮肉で答えた。

 

「馬鹿アルか?お前がいなけりゃ始まらないアル。だから、アゴ割れてるアルよ。」

 

そこに劉が毒9割・気遣い1割で返した。

 

「ええ。だからどこまでやれるのか。そこが問題なんです。」

 

「そうか...すまんかった。でも...もう少し優しくならんか?」

 

1番悲痛な願いだけは、どこまでいっても叶えられない。しかし、『いつも』をいつもの様にした事で少し気が楽になった。

 

 

 

「紫原が...か。意外、どころの話しじゃねぇな。正直、1番無いと思ってたぜ。」

 

「どういう事?」

 

試合も終盤になり湧き上がる観客に紛れていた青峰が真剣にバスケと向かい合う紫原を見て、言葉を漏らした。

それに反応した桃井に問われて、その理由を話す。

 

「ZONEってのは、才能があれば誰でも入れる訳じゃねぇ。用は気概の問題だ。」

 

極限までの集中をするには、その物事に対する強い想いが無ければならない。

これまで、一切の興味も無く、ただただバスケをしていた紫原には、その強い想いが無いと思っていた。

 

「でも、入っちゃったんだよね?」

 

「そうだな...。まぁ、『好きこそ物の上手なれ』って諺もあるしな。」

 

「え?」

 

桃井は、青峰の答えに怪訝な顔をして、青峰のおでこに手を当てて確かめた。

 

「なにしてんだよ。」

 

「熱は無い。青峰君が諺使うなんて...明日は竜巻でも起きるかも。」

 

「どーいう意味だコラ。」

 

「しかも、使い方間違ごーてないしの。」

 

「...もうしゃべんねぇ。」

 

桃井と今吉にイジられて、完全に機嫌を悪くした青峰であった。

 

 

好きこそ物の上手なれ。

本来の意味は、好きで打ち込んでいれば上達するものであるというものであるが、逆にやっていれば自然に好きになっていくものでもある。

そもそも、バスケット程のキツい競技を合っているからという理由で続けていけるはずもない。

 

 

「面白いもんっスね。」

 

「何がだ?」

 

同様の意見を思った黄瀬は、ふっと笑い始めた。

再開までもう少し掛かるので、時間つぶしがてら笠松がその言葉の意味を聞いた。

 

「緑間っちに青峰っち、そして紫原っち。誠凛との試合では、俺ですら見たことの無い、もの凄いプレーをしてるんスよ。それが、偶然とは思えなくて。」

 

「確かにな。それに、不思議と見てるこっちにさえ、熱が入ってくる。」

 

力強く握られた手を開いて、掌に残っている汗に笠松が目を向ける。

誠凛の綿密な作戦と陽泉の純粋なパワーが相殺し、両チームがぶつけ合っているのは精神力のみ。空っぽになりつつある体力の代わりにありったけかき集めている。

こんな試合を見せられて熱くならない訳がない。

 

「紫原が覚醒した今、陽泉が有利と見えるが、実際五分五分だ。残り時間と点差を考えれば誠凛が7点取れれば逃げ切れる。」

 

ゴールへの作業が終わりつつあるのを見て、森山が戦況を予測する。

いくら覚醒したからといって、ボール運びから何まで全て紫原が負担する様な事は無い。当然誠凛は、今までどおりにオールコートのDFを仕掛けて、紫原へのパスを封じに行くだろう。

それが出来なくても時間を使わせる。陽泉が出来るOFは、恐らく多くて5回。全て成功すれば、10点。点差の4から10を引けば、6。誠凛がその間に7点取れれば、陽泉は届かない。

最も、つまらないミスがない前提の話で、どちらかが根負けすれば、あっという間に引っ繰り返る。

 

「さぁ、再開するぜ。」

 

大会運営スタッフによる最終確認が終わり、合図と共に両チームがコートに戻っていく。

 

 

 

 

「(紫原の雰囲気。どうやら、予想した最悪の展開らしいな...。)っち。」

 

静かな物腰で、辺りを威圧するようなオーラを放つ紫原を見て、火神は顔を顰める。

 

「しけた顔してんじゃねぇ!しんどいのはあっちも同じだ!」

 

「そーそー。顔で負けんなって。」

 

煮え切らない火神を日向が叱咤し、英雄も首を鳴らして同意する。

 

「うるせー、分かってる!...っす。」

 

「円陣でも、やるか?」

 

この試合の決着を着けるために、木吉が1つ提案をした。

5人が集まって肩を組み、腹を括って大きく叫ぶ。

 

「勝つぞ!!」

「おおっしゃっぁぁぁ!!」

 

 

 

 

「ふん。気落ちなどしてないようだな。こっちもやるか?」

 

「臭いから嫌アル。」

 

岡村の言葉を無視しながら、DFへ向かっていく。その変わらない態度に岡村は心底心強く思う。

あの紫原のプレーを見ても、勝利を意識せず、試合に集中できている。それも全員が。

 

「(贔屓目でなくても、良いチームじゃ。しかも、伸びしろもまだある。...負けたくないな、こんなところで。)」

 

キャプテンとして、このチームを率いている自分を誇りに思う。もっとこのチームで上に行きたい。願わくば、勝利を。

 

 

 

中断された試合だというのに、熱は全く冷めていなかった。

試合の行方を見届けようと、観客は最後まで声援を惜しまなかった。

しかし、その期待を裏切るかのように、誠凛はペースを落とした。

 

『誠凛、いかねぇ!?』

 

速いパスワークもせず、淡々と英雄がドリブルを続けている。

攻撃的な誠凛がまさか消極的な作戦を選ぶとは思わず、観客は堪らずブーイングを起こしてしまった。

 

「ははぁん。誠凛、きっちり24秒使い切るつもりやな。」

 

周りが騒ぐ一方で今吉は、ただ冷静に誠凛の決断に気付き、賞賛する。

 

「確かに、見てる側からしたら興醒めや。そんでも、この状況で躊躇わずその選択が出来るっちゅーのは、大したもんや。」

 

 

 

 

「らしくはねぇ。それでも、陽泉のOF回数は確実に減らせられる。もし、これで誠凛のOFが成功すれば、勝つのは誠凛だ。俺でもそうする。」

 

今吉同様、笠松も誠凛の選択を認めて、不満げな黄瀬の表情を正す。

 

 

 

あっという間に、ムードは陽泉一色になっていく。そんな中でも、誠凛メンバーの顔に変化はない。

 

「(この状況も覚悟しとった訳かい...。上等じゃ。)この1本止めて一気に行くぞ!!」

 

先程の円陣もこの雰囲気に流されない為のものだと察し、それに負けないように岡村も声を張り上げる。

ショットクロックが10秒を切った直後、誠凛が急激に動き出す。

 

英雄から黒子にパス。ダイレクトで木吉に回り、いきなりシュートチャンス。

しかし、倍速の紫原からそれでは逃げ切れない。

完全にブロックされてしまい、氷室がルーズを拾った。

 

『ファウル!黒15番!』

 

速攻へとつなげたい場面で、英雄が体を張ってファウルで流れを切った。

 

『誠凛汚いぞ!!』

『勝負しろ!!』

 

ディレイドOFとファウルゲームの逃げ切り戦法に観客もキツイ言葉を投げかけていく。

 

「セコくてすんません。」

 

そう氷室に言い残した英雄の顔は、全く堪えておらず、飄々としていた。

 

「いや。これも含めてバスケだ。それでも、勝つのはウチだ。」

 

「へー。大分吹っ切れた感がありますね。...それじゃ、もう1回、『セコくてすんません。』」

 

明らかに何か含んだ一言を残してDFポジションに入っていった英雄。残された氷室は、その真意を探るべく頭を巡らせる。

 

「(どういう意味だ...。やはり何か特別な...。)」

 

「氷室攻めるぞ!」

 

誠凛に20秒を使われて、時間的余裕のない陽泉は、ゾーンプレスに立ち向かう。

スローインする場所が近く、氷室のドリブルで一気にハーフラインに踏み込んでいく。

 

「ぐぅぅ!(食らいつけ!1秒でも多く!!)」

 

決して抜かさないという意思が見て取れる日向のDFが粘り、氷室をフリーにしなかった。

その隙に、他のDFを整える。福井へのダブルチームをここで解き、ハーフコートマンツーマンに変更していた。

 

「この状況でDFを変えてくるじゃと!?どんだけ捨て身なんじゃ!!」

 

絶対にパスをさせたくない誠凛は、日向に氷室、劉に木吉、福井に黒子、岡村に英雄、紫原に火神がマークしている。

覚醒した紫原に対して英雄と木吉の2人がかりでも、あまり意味が無い。可能性があるとすれば、まず火神。

ゾーンプレスに対するポジショニングの為、得意の形に持ち込めない。

 

「だが、これなら俺1人でどうにかなる!」

 

しかし、日向が懸命に守っている場所。それは、氷室の得意な位置。冴え渡るフェイクが使えるその場所では、日向は止めきれない。

一気に抜き去り、強気にショットを放つ。

ゴール下でインサイド争いを繰り広げていたが、リバウンドの必要も無く、リングの間を貫いた。

 

「はぁ...はぁ...相変わらず、しぶといっすね。」

 

「...ゴール下は...お前には...まだ早い...。」

 

リバウンド勝負はしなかったが、ボックスアウトで英雄は岡村に完敗しており、素直に褒め称えた。

パワーでは劣り、仮に勝っていても折れない大木。今、紫原を警戒しなければならない状況なのに、どうしてもこの男から目が離せない。

 

「さっきも言いましたけど、今日あなたに勝ちます。俺、個人が。」

 

「やってみろ。」

 

再度誠凛OF。

点差は2点となり、陽泉が勢いづく。

それでも、誠凛は遅攻。

 

ダンダンと静かにドリブルの音だけがコート内を響かせている。

残り時間が1分を切り、氷室も流石に焦れてしまう。

 

「(何故だ!何故来ない!!直ぐにでも逆転したいのに!!)」

 

個人よりもチームを、という今までに無い心境に至った氷室は、平常を保っている目の前の男を恨まずにはいられない。

またしても10秒を切ったところで動き出し、パスワークでチャンスを狙う。

それでも、紫原の放つ存在感だけで、シュートを躊躇ってしまっている。それほどにまで、今の紫原は異常である。

 

『ショットクロック、バイオレーション。』

 

主審のコールにより、ボールは陽泉に渡されたが、同時にターンオーバーのチャンスも消えうせた。

えげつない程にまで、徹底している誠凛。実際にはしないが、陽泉ベンチの荒木も唸り声をあげそうになった。

 

「落ち着け!この1本!この1本を決めれば負けは無い!!」

 

陽泉は勝利にもう手が届きかけている。ここを決めるか落とすかで、決定付ける。

紫原から点が取れないからこその誠凛の1手。苦肉の策では逃げ切る以外の道は無い。同点に持ち込めばこっちのものである。

 

スローインは福井が行い、直接氷室へとボールを渡す。マークは再び、日向。

つい先程に抜かれたショックは微塵も受けておらず、決死の覚悟を見せる。

誠凛のDFはオールコートマンツーマンへと完全に移行しており、フロントコートへのパスコースが無い。

 

「(だが、氷室なら抜ける...!)行け!」

 

荒木の確信に近い氷室への期待。それに応える様に、キレのあるインサイドアウトで日向を振り切った。

 

「!?室ちん!!」

 

その時。誰よりも早く紫原の脳裏に警報が鳴り響き、何とか伝えようと名前を叫ぶ。

今思えばの話だが、紫原が1番厄介だと思った事を誠凛が使ったのは、1度きり。

そういえば、スローインした福井のマークは誰だった?

 

 

抜いた日向の背後に、黒い影が待ち構えていた。

 

「(不味い...。不味い、不味い!!)」

 

全力のドリブルの勢いを殺そうと足に力を入れる氷室。しかし、試合の終盤でそんな余裕は残っていない。

踏みとどまる事ができなかった力がなだれ込み、黒子にぶつかってしまった。

 

『チャージング!白12番!!』

 

審判に宣告されて、試合の主導権を誠凛に奪い返された。

 

「ナイスだ、黒子!」

 

「さっすがテツ君!神様仏様黒子様って感じだよ。もうハグしちゃお!ぎゅーって。」

 

「英雄君。痛いです。」

 

超ファイプレーをした黒子は称えられながら揉みくちゃにされていく。

残り47秒でとめた事により、陽泉は精神的に大打撃を受ける。

陽泉がまともに出来るOF回数は1回。そこをとめれば誠凛の勝利となる。

更に、この展開により氷室は、強気にドリブルなど出来ない。

 

「俺は...何て事を...。」

 

己の犯したミスに呆然と立ち尽くす氷室。やられて初めて、気付く。

日向が氷室のマークに付けば、高確率でドリブル突破を選択する。ゾーンプレスでも何度も行い、それがベストだと思い込んでしまった。

人間観察の上手い黒子からすれば、その癖・傾向を見抜くには充分すぎた。今まで使わなかった理由は。

 

「(ここぞと言う場面を想定して....)っく!」

 

恐らく誠凛は、変わらず攻めてこないだろう。

24秒を使われて残るのは、たった23秒。

 

「室ちん。顔上げなよ。」

 

「アツシ...。」

 

「別に、まだ負けた訳じゃないし。」

 

「そうじゃ。こうなった以上、こっちもオールコートで当るしかないじゃろうの。」

 

「結局こうなるアルか。上等アル。だったらあっちの土俵で蹴散らすまでアル。」

 

「だな。悪い氷室。俺も早く気付いていれば。」

 

顔を上げた氷室に見えたものは、全く戦意のなえていない顔ぶれ。それだけに申し訳なさが募る。

 

「紫原。お前に託すぞ。」

 

「うるさいな。分かってるよ。」

 

陽泉としては、ターンオーバーからの速攻を狙うしか逆転がない。この場面で氷室の3Pに期待すると言うのは酷だろうと考えたからである。

紫原はそれを当然と受け取り、DFへと向かう。

 

「俺がニヤケ野郎で良いんだよね?」

 

 

 

 

陽泉はオールコートマンツーマンを展開。

火神に氷室、木吉に劉、黒子に福井、スローインを行う日向に岡村、そして英雄に紫原がマッチアップ。

ハーフラインを超えさせると、本当に24秒使われてしまう。8秒耐えてバイオレーションで捕まえたい。

平面では英雄に対応できるのは限られている。現状、氷室では難しい。ミスマッチになっており、上からパスを通されてしまう。いくら厳しくチェックしても、黒子のミスディレクションが効果を発揮している今、パスはいくらでも通される。

平面でも負けず、尚且つ高さでも負けない、紫原以外に出来る者はいない。

 

「こっちも余裕ないからね。ぶっ潰す!!」

 

「いいの?ここは俺の縄張りだよっ!!」

 

紫原対英雄。

平面では一日の長を持つ英雄だが、今の紫原からはそう簡単に逃げられない。日向も岡村という壁を前にしてパスコースを遮られている。

このままでは、3秒ルールに引っかかる。

 

「先輩!」

 

そこに、黒子がフォローに来て英雄の変わりにパスを受ける。

 

「黒ちん!ほんとうざいね!」

 

「なんと言われようが、これが僕のバスケです!」

 

「テツ君とにかくボールを前に!!」

 

とにかくフロントコートにボールを運びたい誠凛。しかし、劉が前から追ってきており、紫原も英雄を警戒しながら黒子に迫る。

 

「させないよ。ここで止める!」

 

「.....!」

 

パスならともかく、他は並以下。黒子相手なら絶対に奪える自信があった。

近くに光となる火神もおらず、パスを出す隙間もない。

追い込まれた黒個は、1つ視線誘導を行った。

 

「消えた!?(火神がいないのに...まさか、このニヤケ野郎を使って!!?)」

 

黒子の英雄の存在感を使ったバニシングドライブ。2人を抜いて一気に前へと足を進める。

 

「(でも、黒ちん。それじゃ遅いよ!)」

 

抜いたまでは良かった。ただ、紫原のリーチの長さ、反応速度、それらが少々距離を取られても届くのだ。

ゴールに向かう黒子の背後からボールを弾いて、全身を阻む。

 

「劉!ルーズ!!」

 

同タイミングで劉と英雄がルーズへと飛び込み、互いの頭が衝突する。

 

「ぐぅぅっ!!」

 

「いってぇ!!」

 

ぶつかってからのリカバリは紙一重で英雄が速かった。衝突時に一瞬動きが硬直したところでボールを引き寄せて、直ぐに黒子に返す。

 

「テツ君!ダイレクトで!!」

 

「!!?はい!!」

 

ボールを預けた後、直ぐに起き上がり中継されたボールを受ける。

8秒ギリギリでハーフラインを踏み入った。

 

「英雄まだだ!後ろから!!」

 

日向からの声に反応し、バックチェンジで突き刺すような手をかわした。

 

「っぶね!」

 

「くそ...。さっさと寄越せよ、そのボール!」

 

再び紫原が前に構えており、プレスを強めてくる。

 

「へへっ...。良い感じじゃん。でも、青峰じゃないけど、足りないよ!」

 

瞬間、英雄の姿が紫原の視界から消えた。

 

「(これは黒ちんの...そんな馬鹿な)」

 

完全に見失い、顔を振ってその姿を探す。それでもいない。

 

「アツシ!下だ!!」

 

氷室の声に従って目線を下げると、下から紫原を抜いていく英雄の姿が映った。

 

紫原以外の人間には英雄が何をしたかが見えていた。

驚愕する観衆の中、青峰がその技の名を言う。

 

「あの野郎。この場面で、スリッピンスライドかよ...。やっぱ」

 

スリッピンスライド。

大体の形式はバックロールターンに良く似ている。相違点は、その流れの中で1度座り込んでいるところである。

紫原が距離を詰めた状況で190台の英雄がそれをやると、そのダックイン以上の高低差で紫原の視界から消えうせる。紫原の長身が仇となった。

ドライブの途中でDFに背を向けて座り込み、反転しながらドリブルイン。それをこの勝負所で、ダブルドリブルを宣告されることなく、鮮やかに決めた。

その技量もだが、頭がおかしいと思われても不思議じゃない。

観客は掌を返すように、英雄のプレーで湧き上がる。

 

『な、なんだよ。今の...。』

『紫原の足元に1度座り込んで...訳分かんないけど、すげぇ!!』

 

今の紫原を抜く事は容易くない。

通常の何倍ものパフォーマンスが可能で、どんなプレーでもとめれる筈だった。

ただ、紫原はこんなバスケを知らない。

 

「(ざけんな!)おらぁ!!」

 

咄嗟に手を伸ばして、英雄の背後からバックチップでボールを弾いた。

 

「うわっ...っとと!」

 

弾かれたボールを片手を伸ばして何とかキープし、ダイレクトで木吉にパスを送る。

 

「さーせん!乱れました!!」

 

「いや!よく持ちこたえた。」

 

紫原にマークされて、ボールを回してきただけでも賞賛に値する。それを無駄にさせない為、劉を背負いながら必死にキープ。

 

「先輩!」

 

「む!よし行け!!」

 

そこに火神が走りより、木吉からボールを預かる。木吉は火神に渡しながら、氷室を押さえて火神から引き剥がす。

紫原のいないゴール下。こんなチャンスは滅多に無い。ここで決めて勝利を決定付ける。

 

「させないアル!!」

 

劉との1対1。その後ろにはリングがある。

勢いをそのままに、火神はフリースローラインから跳んだ。その体勢は、ワンハンドダンクのもの。

 

「(これで、決める!!)ぅおおおおおっっ!!」

 

「(高い!でも、ここは)引けないアル!!」

 

今、劉の背後には誰もいない。紫原は今のバックチップで体勢を崩しており、岡村は日向のマークで間に合わない。向かってくる火神を迎撃どころか、前に向かってブロックに跳び、跳ね除けにいった。

劉の出来る最高のブロックで立ち向かった。しかし、後から跳んだ劉の方が先に落ち始めている。

 

「(とど...かない...。)」

 

「まだ!」

 

ゴールテンディングギリギリのタイミングで、横から紫原の手が間に合い、ボールを叩き落す。

三度目の正直と言わんばかりのブロックは、岡村のところに落ち、攻守が入れ替わった。

 

「(紫原の粘り勝ちじゃ。このボール無駄に出来ん!)福井いけぃ!!」

 

全身で振りかぶり、全力で福井にボールを届ける。

 

「(分かってるよ!出来る出来ないなんて...)言ってられるかー!」

 

氷室にボール運びを頼り切っていたが、この土壇場で福井のドリブル突破。残った体力を使って、前進していく。

 

「そう簡単には行かせません!」

 

英雄のフォローの為に下がり気味でポジションを取っていた黒子が、福井の進行方向に構えて足を止めさせる。

 

「ナイス!黒子!!今の内に戻れ!!」

 

「ありがたや、ありがたや!」

 

「おぉらぁ!英雄!言ってる場合か!?」

 

黒子が時間を稼いでいる内に、ドンドンDFに戻っていく。

 

「パス!」

 

福井は、DFが戻ってしまった事に焦りながらも声のする方にパスを出した。

受けたのは紫原、点差は2点のワンゴール差。任されるのは紫原だけ。

しかし、紫原がボールを受けた場所は、ゴール下ではなくリングから離れた3Pラインよりも外。

 

「何だと!?ドライブするつもりか!!?」

 

紫原のドライブイン。火神はパワーで押しのけられないように腰を落として構えた。

その予想を裏切り、パワーをほとんど使わない、スピードとテクニックを駆使した。フロントチェンジからのロールターンは青峰や黄瀬を彷彿させるかのようなキレのあるドライブ。

 

「はえぇ!(こんな巨体で出来るもんなのか!?)」

 

抜かれそうながら肩を入れて競り合うが、ここからが紫原の本領。

パワーではコート内の誰だろうと相手にならない。分かっていても止められない。

 

「んっっがぁ!!」

 

木吉と英雄がヘルプに来てもそれは変わらず、遥か上からダンクを叩きつける。

陽泉は遂に点差を戻してタイに持ち込んだ。

 

「っし!(こうなれば、誠凛はランアンドガンしか残っていない。それを止めてターンオーバーを決めればわしらの勝ち。今の紫原ならいける!)」

 

岡村の確信に近いガッツポーズ。会心の同点弾を決めた事で陽泉のムードは最高潮となった。

同点になった以上、誠凛は攻めにこなければならない。少しでもリスクを負わせればスティールのチャンスも増える。

 

「あ...れ...?」

 

振り向いて映った光景に目を疑う。

誠凛はそれでもディレイドOFを選んでいたからである。

 

 

 

「陽泉は良くここまで盛り返してきたと思うで。ただ、この展開は誠凛の狙いそのものや。」

 

誠凛の行動に困惑する陽泉を今吉が眺めていた。

 

「だろうな。今の紫原から点を取る方法なんて、残り2分弱という状況では存在しねぇ。」

 

ここまで来れば青峰も感づき、1つ1つ整理していく。

 

「2分じゃ無理でも10分なら何とかなるかもしれん。そう考えた誠凛は、まずお互いの攻撃回数を減らし、DFに全力を注いだ。」

 

「良い感じでテツのチャージングへの警戒心が薄らいでた。あいつらにとって都合がよかっただろうな。ま、天パが紫原を振り切りかけた事には驚いたが。」

 

主に桃井に対して解説しているのだが、桃井は2人の息の合い様に注目しており、あまり聞いていなかった。

 

「聞けよ。」

 

 

 

そんな事をしていると、誠凛が時間を使い果たし、第4クォーター終了のブザーが響き渡った。

これよりインターバルを挟んで、延長戦にもつれ込む。

 

「そもそも、選手ってのは、40分走りきる用に練習してきとる。延長戦なんて滅多に体験するもんやない。」

 

「本気で戦う自体、紫原にとって未知の領域だ。その上延長戦。体力が保つはずがねぇ。」

 

コート内では、両チームがベンチに戻っていく。その顔色の違いはかなり酷いものがある。

延長戦を始めから覚悟していた誠凛と、第4クォーターを最後と決めて全力を尽くしたところで悪魔のアンコールを受けた陽泉。

加えて、誠凛の主力メンバーは第3クォーターで休息をとっており、もう少しだけ無理が利く。対して陽泉の岡村と福井の疲労度は甚大である。

 

「けど、誠凛にも不安はある。スコアラーである火神も相当しんどそうや。元気そうなのは、アイツくらいやろ。」

 

「元サッカー選手は伊達じゃねぇってとこか...。」

 

チームメイトを気遣い声を掛けてまわる英雄の姿が良く目立っている。

実際しんどくても、顔に出しそうにもないが。

 

「確かに。ちょっと前のルーズん時もちょっと体の作りの違いが出とったな。」

 

今吉は、紫原を抜きかけた直前のワンシーンを思い出していた。

体格は明らかに劉が上回っていた。それでも、先に動いたのは英雄。

 

「首の筋肉が衝撃を緩和したんやろうけど。多分、あいつは慣れ取んのや。ああいった当りに。」

 

競技の違いもあるが、サッカーにおいて厳しい当りは日常茶飯事の様に行われる。

昨今の日本サッカーのレベルも上がっており、中学生でもよくみかける。時には退場覚悟でタックルを繰り出す選手もいる。

全中ベスト8の成績を残したチームの中心選手だった英雄も厳しいマークや当りを受けていた。

それがあるから、岡村との競り合いで何度負けても食らいつき続けていた。

 

「結果はさんざんやったけど、パワー不足を考えたらむしろよくやっとると思うで。」

 

「にしても、凄かったね。」

 

今吉の考察もひと段落し、桃井が感想を言い出した。

 

「あぁ?何が?」

 

「むっ君も凄かったけど。そのむっ君を抜きかけたあのドリブルとか。」

 

「ああ、あれか。」

 

「青峰君も出来るの?」

 

興味が次の10分にいっており、桃井の質問を適当に答えていた。

 

「やろうと思えば出来る。でも、試合じゃやろうと思わねぇな。」

 

「...ねぇ。ちょっと思ったんだけどさ。」

 

「なんだよ?」

 

急に桃井が口を止めて何かを考え始めた。人差し指をアゴに当てて頭上に目を向けて、むーっと考え込むが答えが出ず、青峰に打ち明けた。

 

「根拠とか、そういうのじゃないんだけど...。今まで見たどんなプレーよりも、あのドリブルが何故か1番しっくり来るの...。」

 

実は兼ねてから疑問を抱いていた。情報収集のスペシャリストとしてチームに貢献してきた桃井だが、不思議と英雄に対するイメージが掴みきれなかった。

データを集めて精査して、出来た選手像にはどこか違和感があり、まるで嘘の塊で出来たかのように思えた。

 

「どういう事だ?(ちょっと待てよ...スリッピンスライドの時、俺はなんて言った?...『やっぱり』?)」

 

その時に青峰は、無意識に何年も前の事を思い出していた。年月の経過でほとんど思い出せない。思い出せるのは、良く笑っていた事。

 

「(なんで俺は、何年も前の事を覚えていたんだ?実力的にはそこまでだったはず...。)」

 

小学生時代は大人と混ざってストリートバスケを楽しんでいた。強い相手なら他にもいた。

 

「(印象深かったのは、あの馬鹿みたいな笑顔と。そして....そうだ。確か、『まるで....』)」

 

桃井の言葉から、記憶の糸を手繰り寄せた結果。桃井が感じていた違和感の原因に辿り着いた。

 

 

陽泉対誠凛。

勝敗はサドンデスに持ち込まれた。

紫原覚醒後、誠凛は一切得点出来ていない。自ら持ち込んだのだから、精神的ダメージはない。

しかし、紫原をなんとかせねば、勝利を掴む事は出来ない。

途中で休んでいたとは言え、走力を駆使した疲労は小さくないのだ。このままという可能性もあるのだから。




これで終わると思っていた方、すいません。もう少しだけ続きます。
お付き合いください。


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底力を示せ!!

延長戦前のインターバル。

両チームとも疲弊を隠しきれず、いつ爆発するのか分からない状況になった。

目まぐるしい活躍を見せた陽泉は特に危険度が高い。

 

「『セコくて』...こういうことだったか。」

 

英雄の言葉の意味がようやくはっきりし、氷室はミスしたショックを切り替えようと目を瞑りながら呼吸を整える。

氷室の経験上に延長戦というものはない。公式戦での経験不足で、誠凛の思惑に気付けなかった。

 

「......。」

 

選手達が黙りこくっている中、監督・荒木は延長戦での作戦に頭を悩ませていた。荒木には幸い、現役時代に延長戦の経験はある。あるのだが。

 

「(本来なら、ここからは疲労を気合でカバーするべきなのだが、もうそれも限界か。交代させるか?)」

 

残り時間が10分増えて、そんな状況を視野に入れてプレーしてきていない陽泉の5人がどこまで走れるのか。駄目なら交代させるしかない。

5分間、せめて3分だけでも休ませれば、可能性は残る。だが、

 

「(その間はどうする?岡村の代わりなど誰が出来る?こんな場面でコートに出て、どこまでやれる?)」

 

問題は岡村と福井。

岡村のいなくなったゴール下に出来る、スペースは誠凛に確実に狙われる。劉にだって余裕がある訳じゃない。

福井も同様だ。個性の強い紫原や氷室とのコミュニケーションが取れているPGは他にはいない。

それに、3年が抜けた場合のフロアリーダーなんてものを決めていない。氷室に頼みたいところだが、日の浅さがネックになっている。

 

「(本当に。この試合で、己の無能さをつくづく思い知らされた。)」

 

荒木は、この試合で何も出来なかった。

常に先手を取られ後手に回ってしまい、碌な指示もできていない。誠凛を最も過小評価していたのは、紫原でなく、自身。

厳密に言うと、女子高生であるリコを下に見てしまっていた。

昔、指導者の研修で聞いた事がある。

 

『ゲームの勝因は選手にあって、敗因は監督にある。』

 

荒木が作ったチームは、ゲーム中に瓦解した。しかし、岡村を中心に選手達がより良く再構築してしまった。

紫原にCポジションを与えた時に、岡村に対してしっかり説得するべきだった。

目先の勝利に拘った結果、このチームの可能性・潜在能力に気が付かなかった。

 

「(それに比べて、あちらの監督は局地的にベンチを上手く使っていたな。まるで、フィル・ジャクソンだ。)」

 

シカゴ・ブルズの黄金期でチームを率いた名将、フィル・ジャクソン。

彼の特徴は、ベンチの選手を良く起用する事。

ベンチの選手を起用し、それが原因でチームが敗北する事もあったが、彼は『和』を重要とし、選手達に聖書を買い与えたりと、チームに対する哲学を貫いている。

 

「監督。大丈夫です。やらせて下さい。こちとら3年も鍛え上げてきた根性がまだ残ってます。」

 

「...ああ。すまん。」

 

 

 

 

 

「とりあえず、何とかなったな。」

 

「黒子君のおかげでね。」

 

誠凛ベンチの雰囲気は暗くもなければ明るくもない。試合の結末を先送りにしただけなのだから。

それでも、第4クォーターで勝負するよりも勝ち目がある。

ZONE状態の紫原も青峰同様に、制限時間があるからだ。その時までに、どれだけ粘れるかが重要である。

そんな訳で、メンバーは平常を保っていられた。

 

「延長戦か...木吉、膝は大丈夫か?」

 

「あぁ、何とかするさ。」

 

伊月は、5人それぞれにタオルやドリンクを渡しながら、木吉の体調を気遣う。

試合中、あまり目立っていなかったが、木吉も相当な負担と疲労を抱えていた。異変が起きるとすればまず木吉からだ。

無茶をして欲しくもないが、木吉には下がるつもりもない。

 

「ま、やばかったら俺にボール下さいよ。なんならOFを俺中心にしてくれても...。」

 

英雄は胸をドンと叩いて、己を誇示した。

 

「つーか、お前も大丈夫なのか?なれないゴール下で競り合ってきたんだ。疲れてない訳ないだろ?ほい、ドリンク。」

 

背後に立っていた小金井がドリンクを手渡した。

 

「へへっ。どうやって陽泉から点を取るかを考えるだけで、胸が高鳴っちゃいますよ。」

 

がぶ飲みはせず、口に軽く含んでゆっくりと喉を通した。

少量の水分が体に染み渡り、回復を促していく。

 

「火神君もですよ。無理なら無理で言ってくれないと...。」

 

「だーれが無理っつったよ!勝手に決めんじゃねぇ!」

 

黒子が静かに休んでいた火神に声を掛けると、速いレスポンスで返ってきた。

 

「やけに静かだったので、つい。」

 

「ちげーよ。どうやったら勝てるかを考えてただけだ。」

 

火神のその一言で、ベンチ内の空気が止まった。

 

「何でだよ!?」

 

「いや、まさか火神からそんな台詞を聞くとは思ってなかったし。」

 

日向のその一言で、火神が普段どんなイメージを持たれているかを察し、機嫌を損ねた。

今まで勢い任せでやって来た火神が、自分なりに考え始めた事は、それ程に大きな事なのだ。

 

「(直ぐに成長出来るなんて事はないだろうけど。いつかきっと...。)」

 

己の中で確かなビジョンを持つ事は、成長を遂げる上で重要なものである。

野生的な本能でその都度判断できる火神には、これまでその機会はなかった。しかし、今以上の上を目指すならば、行き当たりばったりでは駄目なのだ。

 

「で、何か思いついた?」

 

「...いや、何も。」

 

「使えねぇ。」

 

「んだと!コラ!!」

 

またもや英雄がちょっかいを掛け始めたのでリコが止めて、本題に戻る。

 

「じゃあ、メンバーチェンジは無しね。でも、不味いと思ったら直ぐに変えるから。」

 

その決定に誰も不満を漏らすことなく、頷いた。

 

「それで、作戦は無し。正面からぶち破れ!」

 

延長戦になった事は、正直言ってリコにとっても想定外の事。

予定では、紫原が失速した後に一気に終わらせる事になっていた。英雄がぶっ壊したが。

よって、もうネタ切れ。

加えて体力的問題は、誠凛に優位な展開になってきている。休む暇なく攻め続ける方がなによりも、相手にとって嫌だろう。

 

「後は紫原次第ってとこか。」

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫っすよ。」

 

英雄は余裕しゃくしゃくと言ったふうに、鼻歌を歌いながらバッシュの紐を結び直していた。

それを見て、日向も延長戦開始前に紐を結び直す。

 

「なんでそんなに余裕があるんだよ。」

 

「えぇぇ?何でだと思います??」

 

いるだけでプレッシャーになる紫原に対する態度は、日向らも疑問に思っていた。

含むような言い方で、ニヤニヤしている英雄。

 

「今の紫原は、これが限界なんすよ。ZONEに入っても、いや入っちゃったから尚更ってとこすかね。リコ姉なら分かるっしょ?」

 

「私ならって...あ、そういう事。っていうか、大事な事はもっと速めに言いなさいよ。」

 

英雄の問いにリコは思い当たる事があるようで、意味不明な自信の根拠を察した。

 

「もう、分かってんだとばかり...。遂に俺、超えちゃいました?」

 

「調子に乗るな変態。」

 

途中からほぼ雑談に入り、気持ちのリフレッシュを行っていた。

今大会に出場しているチームの内でこんな体力回復の仕方をしているのは誠凛くらいだろう。

 

 

そして、正真正銘最後の10分が始まった。

開始早々、紫原のブロックが炸裂する。

 

「っしゃぁ!速攻!!」

 

誠凛も攻撃的になっており、ターンオーバーからの速攻を防ぎきれない。

初撃を止めても、強烈な紫原のセカンドブレイクで押し込まれる。

 

陽泉高校 100-98 誠凛高校

 

紫原の連続得点により、遂に逆転を果たす。陽泉DFはトライアングル・ツーに戻し、インサイドの支配を強めていく。

誠凛もペースを上げて、アーリーOFの勢いのまま、トライアングルの陣形を使ってシュートを狙っていった。

 

「英雄君!」

 

「ぅっす!」

 

黒子からイグナイトパスが英雄に向かう。英雄はボールを受けるフリをして、そのまま素通りさせた。

 

「スルー!?」

 

受けたのは日向。日向のマークをしていた福井は、英雄がパスを受けると思い、日向から目を離してしまった。

 

「(ったく。たま無茶振りしてきやがって。ま、こいつの考えそうなこった。)」

 

際どいプレーを強いてくる英雄に苦言を吐きながらも、紫原のブロックを受けない状況をあっさり作った英雄を感心していた。

英雄が受けると思い、紫原も英雄に詰めていた。故にその直線状の奥にいる日向へブロックするのは、英雄が邪魔で間に合わない。

3Pを決めて、逆転。両チームも100点台に乗せてきた。

これより、これまでのような華麗なテクニックは、体力を消耗した状態ではほとんど使えない。

どちらが強くモチベーションを保てるか、勝つ為に泥臭くなれるか、それが試される。

 

 

しかし、紫原が全てのプレーに顔を出す為、陽泉が誠凛を押し込み始めた。

 

「っらぁ!!」

 

紫原のワンハンドダンク。

誠凛DFは変わらずダブルチームを続けている。と言っても、黒子が他へのヘルプを行える余裕が出てきたので、福井には日向が主にマークをしている。

黒子が何処で何をしているのかが分からなければ、陽泉にも躊躇いが生じる。氷室も迂闊にドライブをせず、着実にインサイドへのパスを回している。

それでも、誠凛の動きも鈍くなっていく。紫原へのパスを寸断できない。

中の2人、木吉と英雄は何度もやられながらも食らいつき、紫原の表情を曇らせていった。

 

陽泉高校 106-103 誠凛高校

 

紫原大爆発。OF・DF共に目まぐるしい活躍で、点差が頭一つ抜け出した。

 

「これが...峰ちんの見ている世界。」

 

あれ程までに苦しめてきた誠凛相手に何もさせていない。

全てが思い通りに行く。それは、これまでもどんな時でも出来ていた事。

 

「(なのに。感情の昂ぶりが収まらない...。)」

 

あの時、青峰が笑っていたのが少しだけ理解できた。

 

「(やべぇ。英雄はああ言ってたがよ。これじゃあ、こっちが先にまいっちまう。)」

 

日向は、やや表情が忌々しくなってきた英雄と本格的にしんどそうになった木吉を見て、不安が襲い掛かってきていた。

当の本人も域が上がっており、あとどれだけ3Pを打てるかも分からない。

 

「(それに黒子だって、ミスディレクションの効果が切れかけてる。)」

 

これが延長戦の辛さである。普段出来ている事が全く出来なくなり、気持ちを強く持つ事も難しくなってくる。

そんな中でも、ベストのプレーをしてくる紫原を止める事は出来ない。本当にバケモノぶりを見せ付けられる。

 

「(くっそ!なんとか、なんとかしねぇと。)」

 

火神もなんとかしようともがいているが、紫原のブロックの前に防がれ続け、苦しんでいた。

 

「(英雄だって出来る事は全力でやってる。本当はマジで疲れきってるはずなんだ。)」

 

変わらない運動量の影でどれだけ歯を食いしばっているのかは、あくまでも想像でしかない。

それでも、こんな時ですら負けたくないという気持ちが前に出てくる。

 

「(それでも、エースは俺なんだ!ここでやらなきゃ。)英雄!俺に打たせろ!!」

 

顔を上げて、ボールを求めた。

その一言でチェックが強まる事など、考えもしていない行動。

 

「はは、言ったからには、ちゃんとしろよ!」

 

氷室の体勢をパワードリブルで崩し、火神にパス。

リングを見た時には、もう紫原が迫ってきている。

 

「今の俺から点は取らせない。」

 

「いや!やってやる!!」

 

火神の大跳躍。真っ直ぐに突っ込みボールを片手で高く掲げる。

はずだったのだが、高さが全く足りていない。

 

「(そんな馬鹿な!?)」

 

「りゃぁあ!」

 

紫原も正面からブロックを慣行し、叩き落す。

勢いに負けて火神が転倒している間に、陽泉のターンオーバー。

ルーズボールを拾った福井から、劉、氷室とパスが通り、レイアップで得点。

氷室は着地後たたらを踏んで、前に突っ伏した。

互いに疲れが限界を超している。だが、陽泉の精神力の凄まじさたるや。

 

「(体が...重い。息も苦しい...。俺は、もう跳べないのか?合宿であんなに走ったのにもう終わりなのか...。)」

 

倒れた時に、少々頭をぶつけていた。それが切っ掛けか、溜まっていたものが一気に噴出した。

前かがみになった上半身が言う事を聞かない。頭の中が真っ白になっていくのが良く分かる。

 

「(嫌だ!最後まで戦いたい!だって、まだ勝負はついてないんだ!!)」

 

 

 

「(とうとう限界か...)水戸部君!」

「待ったリコ姉!...火神を、甘やかすな。」

 

この試合において、火神は良くやった。火神のスコアラーとしての力がなければ、ここまでこれなかった。

誰が監督でも、間違いなく火神を交代させる。

動いたリコを察知し、英雄が止めた。

 

「(...今のは英雄か...。だが、ありがてぇぜ。)うぉおおおおお!」

 

ありったけの虚勢を張り、重力を何倍にも感じている体を無理やり起こす。

それでも、疲労が抜けた訳ではない。また跳べるとは限らない。

 

「(出来る、出来ないじゃない。やるんだよ!!)」

 

幸いにも陽泉ゴールに近い位置にいる。英雄がボールを運ぶまでの数秒で、少しだけでも息を整えようと努めていく。

 

「おいおい。ホントに大丈夫なのかよ。」

 

「大丈夫だと思います。」

 

「黒子?」

 

日向の懸念は当然だが、黒子はあえて英雄の肩を持った。

 

「普段から練習中でも互いを意識してる2人ですから、英雄君には火神君を信じる根拠があるんだと思います。」

 

出会った頃から、火神と英雄はぶつかり合ってきた。

英雄はエースを任せると言いながら、火神をぶっちぎろうとする。

火神はキセキの世代と渡り合い、打ち勝ったとしても、英雄を下に見たことがない。

常に負けん気をぶつけ、本音で話し、練習でもガチンコだ。

唯一キセキの世代が、得る事の叶わなかったものこそ、身近なライバルの存在である。

 

「(これくらい!アイツはこんな時でも笑っていやがったんだ!!俺にだって出来ない訳がない!!)」

 

桐皇戦で見せ付けられた背中は今でも覚えている。

みんなに繋げる為に、走り、守り、考え、行動していた。今の自分に何が出来るのか、はなはな疑問だが、途中で諦めるような弱気なところなど見せられない。

薄くなってゆく意識の中で、それだけは決して消える事がなかった。

 

 

木吉から日向へとボールが回り、福井のマークを外しきれていないが、引けない。

ノーフェイクで3Pを放った。

 

「(踏み切れない...。落ちる!)リバウンドー!!」

 

ブロックを食らわなかったが、膝からの力がボールに伝わりきっていないのを自ら察した。

ゴール下では、木吉と英雄、紫原と岡村がボックスアウトでポジション争いを行っている。

 

「ぬぅぅぅ。」

 

「(やっぱり、あんた最高のCだよ。でもね。そろそろ俺も)負けっぱなしって訳には行かないんだよ!!」

 

岡村より内側に入り込み、ポジション争いを制した。

リングに弾かれたボールが英雄の方に零れ落ちていく。

英雄は、身長差を埋める為、片手を伸ばしてチップアウトを狙った。

 

「ぉぉぉおおっ!」

 

それを紙一重で紫原の手が先に届く。紫原のバイスクロー。

狙った訳ではなく、咄嗟に行った事であり、紫原にも余裕は無い。

しかし、ここで連続得点を決めれば、誠凛に精神的ダメージを大きく与える事が出来る。

紫原は、そのまま自身でドリブルを行い、リングまで一直線に猛進する。

 

「(これで決める!これで勝つ!!)」

 

火神は失速し、陽泉が大きなリードを持てれば、勝てる。

 

---ぼ、ボールは...どこだ...

 

日向や黒子がDFに向かうが、力で撥ね退けられ、止められない。

 

「行けぇ!紫原!!」

 

「うぁぁああああ!!」

 

フリー同然の状態で、両手でボールを構える。

 

---あ...あった

 

大きく振りかぶった紫原の背後から、高くジャンプした火神が無防備になっているボールを叩き落とす。

 

「がぁっああ!!」

 

「こいつ!?どこにそんな力が。」

 

「順平さん!ボール!!」

 

味方でさえ呆気にとられたが、英雄の声で我に戻り、ボールを拾った。

日向が、ボールを拾って顔を上げると、既に火神が最前線にまで、走っている。

 

「火神ぃ!!」

 

日向からのロングパス。

陽泉は完全に火神に追いつけていない。それでも、紫原は間に合い。火神の前に再三立ちふさがる。

 

「(何度も何度も)しつけぇんだよ!これで終わりだ!!」

 

再び跳べるようになったとしても、紫原にはとめきる自信があった。

タイミングを計ろうと、火神を見据えようと凝視すると、明らかに火神の様子が違っていた。

形相、雰囲気、何処を見ているのか分からないそのギラギラした目。

 

「(こいつ...意識を失いかけてる?)」

 

以前、桐皇と誠凛の試合で氷室が野性の獣の持つ本能に似ていると言っていた。

 

「(似ているどころか...それそのものじゃん。)」

 

今の火神は、闘争心だけで動いている。体力の限界を振り切って、ZONEに入ったのであろう。

故に速い。もうそこまで迫っている。

 

「んなもん関係あるか!ぶっ潰す!!」

 

「ぅぅぅぅ....がぁぁあああ!!」

 

火神は今までの最大を越す跳躍を見せた。目の前の壁を越そうと、上に上に向かっている。

そして、最高到達点に至った瞬間、ボールを振り下ろした。

 

流星のダンク。

 

紫原の上からリングに直接投げ込む超大技。

これまで、アレックスとの特訓でも完成しなかったものであり、試合中でも試みてはいたが、成功はしなかった。

火神は、己の尽きかけた底からひねり出し、紫原を、己自身を超えた。

 

「ぅ。」

 

湧き上がる歓声の中、精魂尽き果てた火神はよろよろと崩れ落ち、英雄に支えられた。

 

「お疲れ。良いもん見れた。ゆっくり休んでろ。」

 

火神の腕を肩に回し、交代申請するリコの下へと向かった。

その姿に観客は惜しみない拍手を送った。

 

IN 水戸部 OUT 火神

 

誠凛が交代した直後、陽泉側も騒がしくなっていた。

紫原が膝をつき、1歩も動けないでいる。

 

「(嘘だろ...何で?峰ちんだってもう少し...。)」

 

紫原は第4クォーターで何もしていなかった時間があり、いくらZONEの疲労が大きいとはいえ、早すぎる。

足からピクピクと痙攣しており、プレーどころか歩く事も儘らない。

 

「...紫原。交代じゃ。」

 

「......くそっ。」

 

両チームのエースが共にコートを去った。

紫原に対しても大きな拍手が巻き起こり、そのプレーの数々を称えていた。

 

「残り5分。いけるか?」

 

「大丈夫さ。元々ウチは高さを頼みにしてないしな。紫原が抜けた以上、狙いどころも増える。」

 

火神を見て、自分達がどこまでいけるか不安になった日向だが、木吉の言葉により、少し気が楽になった。

 

「凛さーん。パス、ガンガン回すんでお願いしやーす。」

 

「(こく)」

 

「水戸部は、そのまま氷室のマークを頼む。陽泉の交代してきた選手より、氷室を抑えておきたいからな。」

 

それでも試合は続いており、交代を契機として、展開内容が一変。

まず、リバウンドの奪取率が同等になり始めた。原因は、英雄が岡村に競り勝つようになったからである。

 

「ぅおっしゃあ!」

 

「リバン!」

 

英雄がチップアウトで弾き、そのまま速攻に繋いだ。

勝負所での投入でも水戸部は、しっかりと集中出来ており、ターンオーバーを確実に決めた。

 

次に、紫原の穴を埋めようとするが、控え選手では無理がある。

元々、今やっているパターンはこれまで練習してきていないものが大半で、いきなり順応しろと言っても厳しい。

岡村と劉のツインタワーをメインにOFを転換する。結果、ガード陣に負担が行き、英雄のインターセプトをかわし切れなくなった。

 

「(強い...。本当につようなったな。こっちはもう足がいう事を聞かんというのに。)」

 

陽泉のOFで、英雄のタイトなチェックを受けて、本心で感心していた岡村。

 

「(お前とわしの6年間、どこで差がついた?)」

 

確かに、紫原の加入後に立ち止まってしまったかもしれない。しかし、英雄も3年間バスケットから離れていたはず、条件的には同等。

 

途中交代したFと福井のパスが合わず、シュートセレクションが乱れてシュートを外した。

 

「おおおっ!」

 

木吉のバイスクローで誠凛が奪って、ターンオーバー。

 

 

「決まりだな。」

 

近くで見ていた海常の笠松が、試合を決定付ける水戸部のフックシュートが決まり、確信した。

 

「っスね。火神っちと紫原っちが抜けても、試合の熱さは変わんなかった。」

 

「ついでに言うと、補照の野郎。本当に50分やりきりやがった。」

 

ここが誠凛の厄介なところ。後半強いというよりも、運動量が落ちない。桐皇の今吉はそれをわざと走らせよとした結果、自らの負担に耐えられなくなった。

今回、岡村も最後まで粘っていたが、岡村のガッツを自分のものにして、押し切った形だ。終わり方が大体同じのようだが、言い方を変えれば、単純すぎて対策がないと言うこと。

 

「火神っちと黒子っち、そして補照っち。青峰っち、緑間っち、紫原っちですら勝てなかった。....くぅ~~ワクワクするっス!!」

 

「バカヤロー!まずは勝ち上がらねぇと話しになんねぇよ!!」

 

 

 

笠松が黄瀬をシメていると、試合終了のブザーが鳴った。

 

陽泉高校 112-116 誠凛高校

 

一進一退を繰り返した試合は、攻め抜いた誠凛の勝利で幕を引いた。

 

「う...ん。あ、れ?っ試合は!?」

 

丁度その時、火神の意識がよくなり、試合の結果を問い詰めた。

 

「大人しくしてなさい!...勝ったわよ。見なさい。」

 

リコの指し示す先には、全身で喜びを表現する5人の姿があった。他のベンチのメンバーも入り乱れており、もみくちゃに抱き合う姿も。

火神には実感薄く、とりあえず一息入れた。

 

「何他人事みたいにしてんのよ。火神君は良くやってくれたわ。胸張って!」

 

「あ、うす。」

 

「ほら、行ってきなさい。」

 

リコに尻を叩かれて、少し恥しげに仲間の元へ向かった。

 

「お、火神気がついたのか!?」

 

「あ、どもっす。」

 

「何、湿気た面してんだよ。お前の1発が流れを決定的に変えたんだからよ。もっと喜べっつんだよ。」

 

メンバー全員が駆け寄り、火神を称える。火神も釣られて徐々に笑顔になっていき、初めて勝利の実感を得ていった。

 

 

「...タイガ。」

 

喜んでいる最中、氷室が火神に歩み寄り、火神も察して改めて相対する。

 

「俺の負けだ。約束どおり...。」

 

試合前に決めた賭けの結果である。

どちらにせよ、嘗ての兄弟であった絆は取り戻せない。

 

「つーことは、これからは兄弟うんぬんじゃなくて、対等のライバルって事すか?」

 

「何だよてめぇ。関係ないだろ。」

 

話しを割って入ってきた英雄に火神が真顔で、あっちいけと言う。

 

「君は...。」

 

「氷室さんとライバルだなんて、いいなぁ。あれだったら、俺となんないすか?飽きさせませんよぉ?必要だったら、おにいたまって呼びましょうか?」

 

食い気味で話しかけてくる英雄に氷室もきょとん顔。次第に、笑いがこみ上げてくる。

 

「ふふふ...是非お願いしたいよ。だが、おにいたまは勘弁してくれ。」

 

火神を尻目に氷室と握手をして、その場を去っていった。

 

「んにゃろう...。」

 

「話が逸れたな。もう兄と名乗らないよ。」

 

 

 

 

「大丈夫っすか?膝とか壊さないでくださいよ。」

 

「それをお前が言うか?」

 

立っているのもギリギリといった岡村に英雄が歩み寄っていた。

岡村の皮肉を笑顔で受け取り、握手を求めて手を出す。

 

「ものすっごい、良い試合でした。俺、オカケンさんを尊敬してましたから、すっげぇ嬉しいです。」

 

「負けた直後には、少々堪える台詞じゃの...。けど、まぁ...良い試合ってのには同感じゃ。」

 

差し出された手を握り、互いの健闘を称えた。

 

「...くそぉ。なんで...。」

 

ベンチに腰掛け、俯いたままの紫原には、この結果を受け止めきれていなかった。

不完全燃焼でコートを去り、少しだけ分かりかけたのに。

不意に目に入った岡村達が笑っている姿で、いきり立ちヨロヨロと歩きながら、問い詰めた。

 

「なんで笑ってんだよ!負けたんじゃん!!訳わかんないよ!」

 

「紫原...。」

 

疲労とはじめての敗北により、頭が回らず、子供の癇癪の様に叫ぶのみ。

 

「半目君、半目君。」

 

「んだよニヤケ野郎!」

 

片方の口角を吊り上げて近寄る英雄。

 

「大きなお世話かもしんないけど、1個だけ言わせて?」

 

紫原の返答を待たず、言葉を続けていく。

 

「本当に勝ちたかったら、試合前にお菓子食べるの止めた方がいいよ。バクバク食って、脂肪で鈍った体じゃあ、話しになんないからね。」

 

近代スポーツでは、至極当たり前の事である。

暴飲暴食は体に異常をきたし、常に気だるさが付き纏い、パフォーマンスは低下する。

紫原のZONEが予想より早く切れたのは、そういう理由がある。才能より以前に、食生活の乱れからくるものである為、リコが気が付いた。

普通なら周りが気付き注意するのだが、その状態でも勝ってしまう紫原に、やはり他とは違うのだろうと思われ、本気で止められなかった。

 

「以上。余計なお世話でした!」

 

あまりにも正論を叩きつけられて、陽泉の誰もが何も言えなかった。

結果が決まってからではあるが、『負けて当然』。そう思うしかなかった。

本気でやっている選手には尊敬と敬意を示す英雄だが、どれだけ才能を持っていようが半端こいてる奴に用はない。

劉や福井にも握手を求めたが、それ以上紫原に近寄る事は無かった。

 

「...っくっそ!」

 

紫原はヨロヨロとベンチに戻り、自分のバックを持ち上げて振り落とした。

 

「くそ、くそ、くそ!!」

 

更にバックを踏みつけ、中に入っていたスナック菓子が潰れて中身が散乱していく。

最後に強く踏みつけて、もう1度英雄を呼び止めた。

 

「おい!」

 

「ん?」

 

「つ、次は負けねぇ!覚えとけ!!」

 

これ以上無い屈辱を受けて、紫原は立ち向かう事を選んだ。

 

「....あそ。じゃあ、次は20点差つけて勝つから、覚悟しといてよ?」

 

「だったら!こっちはダブルスコアにしてやる!!」

 

子供の口げんかに発展し、せん無き事を言い合っている。あまりにも馬鹿馬鹿しい言い合いに、周りから笑いが零れていた。

 

「...紫原君。また、やりましょう。」

 

「黒ちん、敵なんだから馴れ馴れしくしないでよ...。」

 

コートを後にしようと移動を始める頃、黒子が改めて紫原に再戦の約束を持ちかけた。

紫原はあれだけ、否定していた事を思いっきりやってしまい、気恥ずかしさで黒子の顔が見れない。

それに察した黒子は、静かに「はい」とだけ言って背を向けていった。

 

「強かったぞ、誠凛!このまま勝ち続けろよ!!」

 

去っていく岡村が背を向けたまま、拳を突き上げ、力強くエールを送った。

その勇ましい背中に英雄は1人、大きく頭を下げていた。




陽泉戦終了です。
お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
次はどうしましょうか...。


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セミファイナルにて
色あせた記憶


陽泉を下した誠凛。

セミファイナルで当るであろう海常の試合が直ぐにでも開始される。

誠凛は直ぐに着替えて客席に向かおうとしたのだが、予定外の展開により、更衣室にすら戻っていない。

 

現在、マスコミに囲まれて取材を受けていた。

いくら無名と言われようが、IH準優勝の桐皇、そして陽泉と戦って勝ち上がり、4強に残った誠凛をこれ以上無視できない。

今まで様子見をしていた分、注目度も急上昇した。

キャプテンの日向、女子高校生監督のリコ、エース火神には集中してマイクが向けられる。

 

「いや、あの....はい。」

 

小心者の日向は完全にくちどもっており、全ての質問にこの台詞しか言えなかった。火神もなれない経験で、以下同順。

リコはリコで、ハキハキと答えているが、模範解答ばかりで、ワイルドカードとして取り上げたいマスコミからすれば、今一面白みが足りない。

リコとしては、出来れば口を閉じたままで終わらせたかったが、取材終盤になって英雄にもマイクが向けられた。

 

「目標っすか...。優勝は当然すけど。あ、そーだ。次勝ったら、俺が『東日本ナンバーワンPG』って名乗っても良いっすよね?」

 

英雄のビックマウスが火を噴いた。突きたてた親指を自らに向け、胸を張って言い切る。

 

「ちょっと!あはは、今のナシで。」

 

リコが英雄の首根っこを引っ張り、愛想笑いで誤魔化そうとするが、マスコミ達は大層喜んでいた。

恐らく、今のは確実に使われる。

 

「あ~、でも。語呂悪いか。じゃあ、SGPG(※スーパーグレートポイントガードの略)で。」

 

「おいコラ。何時からお前は若林君になったんだ?」

 

世代によっては分からないであろう英雄の冗談に小金井がつっこんだ。

その辺のやり取りもしっかりカメラに収められており、リコの表情が青ざめていく。

 

 

「なんて事してくれんのよ!今の放送されちゃうじゃない!!」

 

更衣室に戻った英雄は、小金井と共にリコに説教を食らっていた。

小金井が「なんで俺もなんだよ」とブツブツ言っている。ちなみに、火神は黒子と何かを話した後、1人でどこかへ行ってしまった。

黒子が問題ないというので、火神の戻りを待っていた。

 

「いや、記者さん喜んでたじゃん。」

 

「絶対他のチームに睨まれんぜ。」

 

「それって問題あるの?」

 

日向の苦言を全く理解出来ていない表情で英雄が目を開く。

 

「いや、ないな。結構な事じゃないか。ウチを応援してくれる人も増えるだろうし、少なくてもマイナスにはならないな。」

 

木吉だけが英雄を肯定し、室内に緩みきった雰囲気が漂っていた。

すると英雄が何か思いついたように、携帯電話を取り出して、通話を始めた。

 

「...おっさん?ああ、勝ったよ。...いや、テレビの取材受けちった。...そうそう、リコ姉も出るよ。」

 

恐らくリコの父・景虎だろう。リコがテレビで放送されると言った直後に、『何ぃぃぃぃ!?』という声が離れていても聞こえてきた。

 

『ろ、録画しなきゃ!やっぱ、ブルーレイだろ!ちょっと待て!俺持ってねぇ!!』

 

錯乱状態に限りなく近づいたのを確認して、英雄は通話を切った。

 

『そ....』

 

「もう、パパったら...。」

 

リコが頭を抱えていると、英雄の携帯電話が鳴り響いた。

 

「もしもし...俺持ってない。えっ?違う??」

 

英雄がブルーレイ非所持を訴えるが、どうやら話の内容が違うようで、英雄の表情に変化があった。

 

「マジ...?分かった!直ぐ行く!!」

 

一瞬呆気に取られ、通話を切った途端急いで着替えを済ましていく。

 

「何?なんかあったの?」

 

「ゴメン、リコ姉!ちょい用事できたから、先帰るよ。海常の試合撮っといて!!」

 

ここにリコがまだ居るにも関わらず、パンツ1枚になる英雄。もっとも、それくらいでリコが顔を背けることもない。

しかし、突然テンションを上げた英雄の理由が分からない。

 

「ちょっと!英雄!!....なんなの?」

 

リコの声も聞かず、颯爽と立ち去ってしまった。あれほど疲労を抱えた上、まだ走るのかと、改めて英雄の出鱈目ぶりを感じた。

ただ、英雄の喜び様から、その用事というのがなんなのかが非常に気になる。

 

「ま、いいわ。火神君は...まだ戻らないみたいだから放っておいて、降旗君達が席とってくれてるから向かいましょ。」

 

 

 

 

「ん~~~♪ヘイヘイヘ~イ♪」

 

高校生にもなって鼻歌を歌いながらスキップをする英雄。体育館の外に出ると、なにやら賑やかな声が聞こえる。

賑やかと言うよりも、揉めていると言った方が正しいか。

 

「ん?火神か??この声。」

 

早く景虎のところへ行きたいところだったが、少し気になったので声のするほうに向かう事にした。

 

「おーい火神。何してんの?って氷室さんとアレックスさん?後、黄瀬君。と、誰?」

 

なにやら修羅場っている状況と遭遇した。

殴られたような傷を顔に作っている氷室と氷室を支えているアレックス。

謎の人物を睨みつけている火神と、反対側の黄瀬。

そして、見知らぬ網込み。

 

「英雄か。」

 

「あぁん?誰だてめぇ。」

 

この場の空気が今一読めないので、とりあえず火神のところへ向かう。

編みこみ頭の男は、陰湿な笑いを浮かべてこちらを見ている。

 

「お前さぁ、このタイミングでこんな問題起こしていいの?」

 

「俺だってそんなつもりねぇよ。あいつがふっかけてきたんだよ。」

 

1度英雄に目を向けた後、再び男を警戒する。

 

「黄瀬君もアップしてる時間じゃないの?」

 

「補照っち、お久しぶりっス。すんません。ちょっとコイツと因縁あるんスよ。」

 

説明があまり上手くない火神から状況を聞くのを止めて、黄瀬に窺う。

黄瀬も警戒を強くしており、男から視線を外さない。

 

「ふ~ん。ねぇ、そこのアイパー君。」

 

「誰がアイパーだ!?」

 

アイアンパーマの略。簡単に言うと、更に短髪のパンチパーマ。一昔のチンピラファッション。今時の若者でこれにしてる奴はいない。

険悪なムードを無視して、馴れ馴れしく無防備に近寄る英雄に、ジャージを着ている恐らくどこかの選手だろう男は、眉間を寄せて睨みつける。

 

「補照っち!?灰崎に近寄ったら危険っスよ!!」

 

「えっそうなの?どうにも三下臭いから、大丈夫かと。」

 

のほほんとした英雄が黄瀬に目を移すと、その灰崎と呼ばれた男が握り拳を振り下ろしてきた。

 

「っと!」

 

「っち!避けやがったか!」

 

咄嗟にかわして、英雄が灰崎を見据える。

 

「...三下。」

 

「あぁ!?」

 

ぼそりと言った発言に灰崎がもう1度拳を突き出すが、英雄が全てかわしていた。

 

「両手ぶらり戦法♪」

 

「くっそ!あたらねぇ!!」

 

「...っぷ。良いザマっスね。」

 

溜まらず黄瀬が笑い出し、灰崎の手が止まり黄瀬を睨む。

 

「...てめぇ、覚えとけよ。試合でぶっ潰させてもらうぜ。」

 

灰崎は再度、英雄にも睨みつけた後、この場を後にしていった。

 

「あらあら。黄瀬君てば、ああいうのと友達なの?意外に、あれなんだね。」

 

「あれってなんスか!?つか友達じゃ無いっス!!」

 

英雄が黄瀬の印象を悪い方に改めだしたのを察して、全力で否定する。

 

「アイツ。灰崎は、元々帝光中のバスケ部員だったんス。まぁ、色々あって途中退部してたんスけど、どうやらまた始めたらしい。」

 

「うんうん。昔の友達と久しぶりにあったらキャラ変更デビューしてたんだよね。大変だなぁ。」

 

「全然聞いてない...。つか、こういう事に慣れてんスね。こっちの方が充分意外っス。」

 

「ん?まぁ、経験値の違いだよね。その辺りは。」

 

「経験?」

 

「....数人に...ボコられて...あばらにひび入れられるとか...。」

 

英雄が顔を背けながら小さな声での爆弾発言。

 

「ちょ!?今なんて!!?」

 

何がどうなったらそういう展開に出くわすのか。大多数の人間には理解できない。

ともかく状況が落ち着いたので、試合前の黄瀬はチームの下へと戻っていった。

 

「セミファイナルで合いましょ!後!『東日本ナンバーワンPG』は笑わせてもらったっス!!」

 

英雄のビッグマウスから出た発言は、既にかなり広がっている様だ。

海常のPG笠松も知っているだろう。なんて思ったのかが気になるところ。

しかし、直ぐに合えると思い、あえて今すぐ聞かなかった。

 

「よし!じゃあ俺帰るから!火神、後よろしく!!」

 

「って、おい!お前何しにきたんだ!?」

 

しゅた、と手を翳してお暇しようとした英雄を火神が呼び止める。

 

「野暮用~♪フンフンフーン♪いぇいいぇいいぇい!」

 

黄瀬の時同様に、話を聞かずドンドン去ってしまう。

そのテンションの高さにやや疑問をもったが、氷室の容態が気になり、手当てに向かった。

 

 

 

「おっさん!」

 

「おう。早かったな。これだ、受け取れ。」

 

英雄は勢いのまま、相田スポーツジムへと到着していた。

挨拶も早々に、景虎から1通の封書を手渡された。英雄は、すぐさま開封し、中身を確認する。

 

「....。」

 

「協会が既に通訳してるはずだ。そっち読め。」

 

「なるほど。全然読めない。」

 

取り出した書類を読むのを諦めて、封筒の中にあるもう1つの書類を読み始める。

 

「...どうだった?なんか」

「や...やった。おっさん、やったよ俺!!」

 

景虎が内容について質問すると同時に、英雄が景虎に抱きついて無垢な少年の様な歓喜の姿。

 

「...よかったな。」

 

普段ならウザがって蹴っ飛ばすところだが、正面から受け止め、歓喜に震える肩を優しく抱いた。

 

「俺、やるよ。ここで培ったもの全てを持っていく!俺が証明するんだ!」

 

「...みんなには、なんて言うんだ?」

 

「今日は駄目だよ。興奮して、上手く伝えられない。明日。明日、試合が終わってから言うよ。」

 

英雄と最も付き合いの長い人物は、日向でもリコでもなく、景虎である。

サッカーに転向した時も、リコらに会わないようにジムに来ていた。

 

【サッカーか。ま、お前なら何処ででも上手くやれるだろ。】

 

【うん。どうかな?決めた事だから、全力でやってみるつもり。...でもやっぱり、やりたい事がみんなに望まれないって辛いね。】

 

【泣き言いうな。とにかく中学の内は全力を注げ。半端な事してると、碌な事にならんからな。】

 

競技が変わっても、景虎が英雄のトレーナーである事に違いは無く、英雄は景虎にだけは本心が伝えられた。

愚痴を言える存在があったからこそ、やってこれた。英雄の『ありがとう』にはどれ程の想いが込められているのかは、2人にしか分からない。

 

「そういや、勝ったんだって?祝いをくれてやる。横になれ、スペシャルマッサージだ。」

 

英雄は従い、試合の内容を横になりながら順々に話していった。

しばらくするといびきを掻き始め、よだれまで垂らす始末。

 

「おいおい、誰が片付けると思ってんだ?...やれやれ。俺も前に進んでみるか...。」

 

英雄の肩や膝には、気付きにくいくらいの小さな痣が出来ており、今日の試合の厳しさが容易に伝わってくる。どれ程、気を張り詰めてやってきたのか。

1時間くらい放置し、その後に起こして帰宅させた。英雄は大あくびをしながら、バッグを肩に掛け景虎に感謝を伝える。

 

「おっさん、明日。なんか色々迷惑かけるかも。」

 

「場合によるがな、出来る事はやってやる。だから、勝て。上に向かって駆け上がれ。」

 

英雄は小さく頷き、自宅へと帰宅していった。

 

「...あ。あの馬鹿、大事な書類忘れて帰っちまった。」

 

隅にあるテーブル、そこに無防備に置かれた1通の書留。

これが、物語を大きく動かしていく。

 

 

 

翌日、誠凛は会場入りする前に朝一で1度学校に集合し、ミーティングを行った。

海常高校のスカウティングも済んでいない為のもの。昨日は、あまりの疲労でそのまま解散し、今日に持ち越したのだ。

リコが撮った映像資料には、海常と福田総合の激戦が流されている。

 

「超ロング3Pって、マジ?」

 

「ああ、それだけじゃねぇ。青峰のキレ、紫原の高さとパワー、緑間の3P、それぞれを完璧に再現してる。」

 

前半は、例のアイパーが黄瀬を圧倒していたが、終盤になってから黄瀬が他のキセキの世代の技を再現させて、逆転勝利を決めていた。

 

「そういや、氷室さんは大丈夫?」

 

「ああ、とりあえず大事には至らなかったらしい。」

 

英雄は、昨晩にほっぽり投げてしまった事を思い出し、火神に陳謝した。流石に、対応が冷たすぎたと少々反省。

それくらい、昨日の英雄は地に足がついていなかった。

 

「つーか、お前も何してたんだよ?」

 

「えーと、それは今日試合に勝ってから言うよ。」

 

火神からも昨日の英雄の動向を聞かれるが、珍しくはぐらかした。少々気になるが、英雄のいう事ももっともなので、海常戦に話題を戻す。

問題はここから。

 

「今日のスターター、かなり変更しようと思うの。」

 

リコから今日のオーダーが発表する前に、誠凛の現状を説明された。

 

「昨日の試合で延長戦にもつれ込んだから、鉄平の膝に大きなダメージが残ってるのよ。」

 

陽泉戦の時、英雄が言った10倍キツイという言葉の本質は、勝ってからの問題が大きい。

元々、選手層の薄い誠凛の主力メンバーが大きな疲労を抱えて、日付が変わった今も回復しきっていない。

勝ち残っている4チームないで最も体力的にキツくなっているのは明白だ。

 

「次いで、火神君もね。酸欠でぶっ倒れて、正直フルで出したくないんだけど...。」

 

「俺は大丈夫っす!」

 

やっと得た黄瀬との再戦の機会をみすみす見逃すという選択肢は火神にあるはずもなく、立ち上がってベンチを拒否する。

 

「分かってると思うけど、今日も無茶して勝ったとしても大会はまだ終わらないのよ?その先の決勝で、ガス欠でしたなんて言い訳にもならない。」

 

「帰って爆睡したし、ちょっと筋肉痛もあるけど、大丈夫っす!」

 

実際、黄瀬がいる海常相手に火神抜きというのは考えられない。それでも、先の先まで見通す事も監督としては必要なのだ。

 

「...ま、いいわ。でも、ちょっとでも無理だと思ったら直ぐに交代させるから。」

 

と言っても、どこかのクォーター10分くらいなら、他のメンバーでもなんとかなるという自信もある。

 

「で、前半は鉄平抜きで試合を運ぶわ。伊月君、よろしくね。」

 

「みんな、スマン。」

 

恐らく、木吉も始めは反発もしただろうがリコの説得により、受け入れていた。

ここはまだ、壊れてよい場所ではない。壊れるつもりもないが、あるとすれば決勝戦が終わった後。それ以外には許されない。

申し訳なさそうに木吉が頭を下げている。

 

「いいよ。一々謝るな。」

 

日向が軽く流し、作戦の詳細を纏めていく。

 

「で、インサイドは。」

 

「当然、俺っしょ!」

 

そういえば、昨日テレビで英雄のビッグマウスが放送されていた。

東日本ナンバーワンPGになると言っておきながら、インサイドでプレーするなんて本当に訳が分からない。

他のチームの選手達も見ているだろうし、面倒な野次が飛んできそうで堪らなかった。

 

「って事は、スターターは...。」

 

「うん。それを踏まえた上で発表するから、聞き逃さないように!」

 

誠凛のスターティングメンバーが正式に伝えられた。

リコがほぼ徹夜で考えた、今の誠凛にとって最も有効なメンバー。そして、作戦。

 

「...どう?」

 

「いーんじゃない?面白いね。」

 

英雄は、うんうんと頷きながら笑って賛成した。

リコとて、成長する為の努力を欠かしたことはない。百戦錬磨の強豪校の監督の裏をかく事が出来れば、チームに間違いなく貢献できる。

陽泉戦では、リコが過小評価されていた為に上手く事を進めたが、ここから先というよりも、1度対戦した海常は油断などしてくれるはずもない。

 

「じゃあ、そろそろ出発しましょ。降旗君達、悪いけどお使いお願いね。」

 

「あ、はい。」

 

時間に余裕はあるが、早めに到着するに越した事もない。降旗、福田、河原は試合前に備品の買出しを依頼して、席を立った。

 

「あ、カントク。バッシュ壊れちゃったから、ちょっと買ってきていいっすか?」

 

火神が、コンビニ行って来て良いですかくらいに軽く言う。

 

「あ、僕もです。」

 

黒子も便乗し、良い流れで出発しようとした雰囲気を台無しにした。

 

「お前等、まず座れ。」

 

リコが机をバンっと叩いて、強制的に着席させた。

 

「なんでそれを今言うの!昨日の時点で気付かなかったの!?」

 

新品のバッシュで試合するという事は、それくらいあり得ない。

靴ずれを起こせば、プレーに支障するのは言うまでも無い。確かに昨日の試合は、それくらいハードなものだが、リコも言わずにはいられない。

 

「あ~もう!直ぐ買ってこい!試合に間に合わせろ!!ダッシュ!!」

 

リコの指示で、火神が猛ダッシュ。黒子が完全に追いつけないでいた。

 

「リコ姉、俺も行っていい?別にバッシュ壊れてないけど。」

 

「も~、勝手にしてよね。あ、そうだ。これパパから。」

 

「お~、どもども。」

 

英雄がバッグを手に取り、リコから1通の書留を受け取って火神達の後を追っていった。

リコ達は先に試合会場に向かう。

 

「つか、なんで付いて来てんだよ。」

 

「最近、新しいバッシュが欲しいと思ってたんよ。その下見。」

 

ショップを巡り、英雄は暢気にウィンドウショッピングを楽しみ、黒子もバッシュを買い終えているのだが、火神のバッシュだけ見つからない。

このままでは、試合に間に合わないかもしれないと焦っている火神の為に、黒子が電話で助けを求めた。

 

 

「って、なんでお前までいるんだよ。」

 

待ち合わせていた公園に訪れたのは、桃井と青峰だった。

偶然にも、青峰と同じ足のサイズだったので、青峰が持ってたバッシュをくれるという。青峰は今この時まで、聞かされていない。

青峰が現在使う予定も無いので、1ON1で勝負して火神が勝ったら譲る事になった。

2人が1ON1をしている最中、黒子と桃井は真剣な面持ちで話をしており、英雄は独りで書面を見ながらニヤニヤしていた。

 

しばらくすると、青峰と火神が勝負を終えて黒子のところに戻ってきた。

 

「これはくれてやる。だから、つまんねー試合なんかすんじゃねぇぞ。」

 

勝負の結果は青峰の勝ちだったが、青峰は火神にバッシュを譲り、青峰なりの激励を送った。

 

「そろそろ、会場に向かわないと不味いですね。英雄君...何ニヤニヤしてるんですか?」

 

「...ん?あ、ごめんよ。気にしないで。」

 

「???」

 

完全に自分の世界に入っていた英雄。挙動が変なのは何時もの事だが、それが如実に感じる。

ここで青峰らと別れようとした時、青峰から呼び止められる。

 

「おい天パ。1つ聞いてもいいか?」

 

「なに?前にいった年明けの事?」

 

「あ、それもあったな。...じゃねぇよ!」

 

桃井に聞けば、日本代表について分かるはずだが、聞いていないので未だに知らない。

しかし、それとは別にどうしても聞いておきたかった事がある。

 

「大昔に1度、やった事を試合見てて思い出したんだよ。」

 

「「「っえ...!?」」」

 

青峰と英雄が以前に面識があった事など聞かされていない3人は、驚きながら2人の様子を見ている。

構わず、青峰は質問を続ける。

 

「何で...お前はスタイルを変えたんだ?」

 

「...何でだと思う?」

 

桃井の情報収集に微妙なズレを作り出した理由。そこにある疑念が生まれる。

今までの試合で行ったプレーは、本来のプレーではないかもしれない。

そして、青峰の色あせた記憶でも、どこか違和感を感じた。具体的なプレーをはっきり思い出した訳ではないが、その時自分がどう思ったのかを思い出した。

だから、カマ掛けるつもりで質問した。

結果は上々、舌打ちと共に英雄の面倒臭そうな顔が浮かび上がってきた。

 

「言っとくけど、手を抜いた訳じゃない。あれがあの時の全力だった。それは間違いないよ。」

 

「ああ?」

 

それはそれで腹立たしいと、青峰も不機嫌そうな表情になったので、大事なところだけは否定した。

聞いているだけだった3人は、話についていけてない。

 

「ま、納得してくれとは言わないよ。...その代わり、前言ってた事だけ教えてあげる。来年のアンダー18のアジア選手権に俺は出るよ。」

 

「は?」

 

「そんじゃ、またね。」

 

青峰がきょとんとしている間に英雄は去ってしまい、話の展開についていけなかった黒子と火神は困惑しながら後を追った。

 

「昔に会ったことあるって...アンダー18って何?」

 

「...そうかよ。そういう事かよ...。」

 

桃井が話を整理しようと青峰に近寄るが、青峰はただ俯いて強く拳を握り締めるのだった。

 

 

 

「英雄君、さっきの話ですけど。」

 

移動中に黒子が思いきって、青峰との会話の意味を聞いた。

 

「本来のプレーってどういう意味だ?」

 

火神も当然前に乗り出して問い詰めている。

青峰が感じたように、出来る事をせず手を抜いたのであれば、黒子にとって絶対に許せない事である。

 

「あれ?怒っちゃってる?」

 

こんな時まで、ヘラヘラしている英雄が勘にさわる。

 

「お前!」

「英雄君!」

 

壁際に追い詰められて逃げ場が無くなった。

本心を聞き出すまで、問い続ける姿勢を解かない2人。

 

「...ふぅ。これ言うの、正直気が進まないんだけどね...。」

 

英雄が、諦めのため息をしながら歩みだす。

 

「歩きながらでいい?」

 

黒子と火神は軽く頷きながら、英雄と肩を並べて歩く。普段、自分の事を語らない英雄が、重そうに口を開いた。

 

「テツ君がどんな苦労して今のスタイルになったかは知らないけど、俺だってそれなりに挫折の経験があるんだよ。」

 

英雄が言っているのは、決してサッカーに転向した切っ掛けの事ではない。

青峰同様、色あせた記憶の中にある。

 

「始めに言っとくけど、今のスタイルはあくまでも上手くなる為のものであって、半端な気持ちでやってない。」

 

そして、英雄の口から『下手くそな目立ちたがり屋』の、幼き記憶が語られた。




色々思うこともあると思いますが、出来れば見守っていただけたらなと思います。


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ギフト

「ま、あんまり時間掛けて言うつもりもないから。」

 

3人が横に並びならが会場へと向かっている。2人が190クラスの身長なので、道が狭く感じる黒子。

英雄の以前のスタイルの件について、説明をしてくれる。

 

「スタイルを変えたっていうか、より良く改善したってのが正しいかな?時期的には中学に上がる前に。」

 

試合前にクドクド話す意味も無い。なるべく簡潔に英雄は口を動かしていく。

 

「改善、ですか。」

 

「そうそう。テツ君も、今のスタイルじゃない物からなんで変えたのって聞かれても困るよね?」

 

黒子からその過程を直接聞いてはいないので、英雄の想像でしかないが、始めからミスディレクションを使っていたとは思えない。

長くバスケットをしていれば、それなりに変化していくのは当たり前。

 

「そうですね。でも、青峰君の様子を見ると、普通ではないように思えました。」

 

そういえば陽泉の岡村も現在の英雄を見て、変わったと言っていたような気がする。

やはり、英雄に対する疑問が拭いきれない。

 

「普通か...。確かに、普通じゃないと言うか、ちょっと変わってたかも。」

 

当時は、そんな事を意識していなかったのだろう、改めて自己認識して黒子の疑問を認めた。

 

「例えばどんなところがですか?」

 

「うーん...具体的にって聞かれると。シュートは年相応、パスはど下手、姿勢が悪くて視野も狭くて、頭も悪い。」

 

小学生の時の事なので、そこまで高いレベルを期待した訳では無かったが、聞く限り、今とは大分違うようだ。

 

「意外ですね、パスが下手っていうのは。」

 

「大事なところでよくパスミスしたよ。負け試合の理由は大体俺だったし。」

 

しかし、青峰が今でも覚えていた理由としてはなんとも弱い。英雄が話渋っている事は良く分かった。

たった1度の1ON1でも印象に残るという事は、もっと特別な何かがある。

 

「あ、でも。ドリブルだけは自信あったなぁ。青峰が言ってたのは多分それじゃない?」

 

「...青峰君に聞いてみないとはっきりしませんが、そうなのかもしれませんね。」

 

結局、具体的にどんなプレーだったのかは分からなかった。曰く、いきあたりばったりのバスケだから説明しづらいとの事。

 

「何でそれを止めちまったんだ?小6までやってたんなら、無理に変える必要ねーんじゃねぇの?」

 

「違う違う。そこまでやって気が付いたんだよ。そのままでの限界に。」

 

1度染み付いたバスケをあえて手放す理由など、火神には分からなかった。始めから作り上げる時間と労力を考えると、既にあるものの精度をあげた方がよいのでは無いのかとも思う。

英雄は軽く否定し、同時に過去の自分のをも否定した。

 

「全国大会の予選で2年連続で初戦敗退するようじゃ駄目なんだよ。オカケンさん達から受け取ったバトン、応援してくれた人達みんなの期待に応えられなかった。」

 

英雄の所属していたミニバスクラブ・WTB。当時4年生だった英雄の上に、6年生だった岡村がいた時は非常に強かった。

その後、5年生時と6年生時の大会両方を1回戦負けしたと言う。

 

「ちなみに、4年ん時は全国ベスト16ね。実に分かりやすいでしょ?」

 

当時のチーム編成は、6年生3人、5年生1人、4年生1人。翌年には事情により5年生の選手を含めた4人がチームを抜けていた。

結果で言われると、確かに英雄に原因がある。

 

「その頃くらいには、頭ん中にイメージが沸くようになっててね。それを実践するのが楽しくて、楽しくて。でも、テクが無いからミスになる。」

 

今や英雄を評価するには欠かせない、その想像性。それは、小学生時代に既に持ち始めていた。

 

「でもね。オカケンさん達が卒業して5年生になってから、それが出来なくなっていったんだ。強く濃くなっていくイメージと反比例するように、チームは弱くなっていった。」

 

明確にやりたいプレーがあっても、体や技術が追いつかない。それが、徐々に苛立ちになっていく。最終的にはチームに求め、配慮など全く無い自己中プレーに繋がって、不協和音。

6年生時の大会でも、ジレンマを抱えて敗北。どうしたらよいかも分からず、ボロボロに泣いた記憶は今でも残っている。

 

【...よかったじゃねぇか。】

 

【っえ?】

 

【お前はこんなにも早くに、失敗っていうギフトをもらった。喜べ、その先には大きな成功が待ってるぜ。】

 

そんな時に景虎から言われた一言。バスケットをやり直そうと思った切っ掛けでもある。

その言葉は、傷ついていた心から新しい活力を生み、もう1度立ち上がらせた。英雄は、負けた直後以上に涙を流していた。それも、笑いながら。

 

「技術とか戦術とかを教えてくれなかったけど、考え方とかメンタル部分を伝えてもらったんだ。少なくても俺はそう思ってる。以前に言った『勝とうと思わなければ上手くはならない』ってのもそう。」

 

指導を受けていた内容は、実用性が薄く、自身で考えろとを常々言われていた。

相談には乗るが決して頼らせず、トレーニングの意味を理解させる。英雄が悩んでいる事も知っていたが、口を出さず見守るのみ。

むしろこちらの方が手間のかかるやり方だったが、景虎は最後まで面倒をみていた。

 

「基本が出来ない奴に、応用なんて出来はしない。そして、俺は感じたんだよ、自分の可能性を。俺に出来る事はあるじゃないかって。」

 

パスやシュートだけじゃなく、オフ・ザ・ボールの動き、ボックスアウトやカッティング。

俯いた顔を上げた時に遥か彼方が見えた。無限に続いている道を見て、足踏みなんか出来ない。

 

「俺が1からやり直すって決めた時も、あの人笑っていうんだ。頑張れって。」

 

無意識に英雄の顔も優しく微笑んでいる。前々から親交が深いと思っていたが、そこにはそれなりの理由がある。

 

「だから、スタイルが変わったとしても変わらない。大事な事は俺が分かってる。...これが答えでいい?」

 

「...はい。」

 

結局、昔のプレーが何なのかを具体的に知る事が出来なかったが、英雄が語った事に偽りは無いと判断し、英雄の言葉を了承した。

相槌も無しに聞いているだけだった火神にも不満は無いようだ。

 

「ま、いいだろ。会場に着いちまったからな。」

 

試合会場に到着し、英雄の身の上話を一旦終了させた。激戦を予想させる試合を前にして、余所へ意識を持っていく余裕は無いのだから。

最後に黒子は、1つだけ質問をした。

 

「大事な事ってなんですか?」

 

 

 

 

「遅い!!」

 

誠凛の更衣室に到着早々、リコに怒られた。

ギリギリだが、時間に問題は無いはずなのに。

 

「心配なら1本連絡くれたらよかったのにぃ。」

 

「あ?口答えする気??」

 

「何でもございません!!」

 

英雄がブー垂れた直後にリコのひと睨みを受けて、敬礼で従順の姿勢に変更。

そのままロッカーに荷物を修めて着替えを済ませていく。

 

「...カントクは知ってるんすか?英雄の前のスタイル。」

 

「っえ?...なんでそれを?」

 

英雄から直接聞けず一旦は納得したものの、やはり興味が沸く火神はリコに聞いてみた。

リコは、その質問を想定しておらず、表情が固まった。

 

「ちょっと色々あって、英雄から聞いたんすけど。結局どんなものだったかまでは言わなかったから。」

 

「...ふーん。どんな流れでそうなったのかは知らないけど、アイツが昔の事を人に言うなんて...本当に何かあったのかしら。」

 

火神としてはそんなつもりでは無かったのだが、リコが割りと重そうに捉えていた。

火神の横で着替えていた黒子もリコの様子から、英雄の異変について考えている。

 

「まぁいいわ。それで、アイツの昔よね?...なんて言うか、口で説明し辛いのよね。」

 

顔を顰めながらリコは言いよどむ。

気が付けば、その会話をメンバー全員が聞いており、会話に参加しだす。

 

「ちょっと!リコ姉に聞くとかルール違反!!」

 

英雄は火神を問い詰めて、この話をやめさせようとする。しかし、1対多数になっており、小金井も既に会話に入っている。

 

「伊月は実際に見た事あるんだっけ?」

 

「まぁな。カントクの言うとおり、何とも言えないけどな。」

 

現在となっては数少ない目撃者の伊月も止める事なく、会話を続ける。

 

「日向は?」

 

「俺は見た事ねぇ。」

 

「順平さーん!」

 

木吉も日向も止める事なく、参加。英雄の叫びも空しく響く。

 

「強いて言えば、『当たり前の事以外が出来る選手』かな。」

 

リコが悩んで出した回答。余計にわけが分からなくなる。

伊月も同意しており、他はポカンとしていた。

 

「リコ姉、昨日の海常の試合の映像見せて。ちょっと復習するから。」

 

ようやく話題を終わらせて、ため息交じりのまま英雄が自分の世界に篭りだした。

直接見ていない分、今の内に海常のプレーを把握しておきたいのだ。

アップ開始までの時間は、すべて確認に使い、イメージ修正を図る。普段ヘラヘラしている英雄も、この試合開始までの時間は集中力を増しており、表情も真剣になる。

 

 

 

 

アップの時間となり、1度コートに向かう。

丁度先に行われていた、洛山対秀徳の試合の前半が終わり、インターバルの為に両チームが更衣室に戻っているところだった。

誠凛は、洛山ベンチ側から入場し、洛山メンバーとすれ違っていた。

 

「やあ、テツヤ。」

 

「どうもです。...赤司君。」

 

未だ対戦したことの無いキセキの世代最後の1人、赤司征十郎が黒子に軽く挨拶を行った。

火神も開会式で赤司にやられた事を忘れておらず、同様にアイサツを行おうと近寄っていた。

 

「さっさとアップしましょうよ。」

 

誠凛メンバーのほぼ全員が洛山に目を向けている中、英雄は何事も無かったかの様にコートを指差していた。

そこに八重歯が目立つ、洛山メンバーの1人が英雄に声を掛けた。

 

「なぁなぁ。火神もやべぇけど、お前も面白いな!」

 

「どもっす。」

 

洛山レギュラー葉山小太郎。

英雄は、ペコりと頭を下げて葉山の言葉に対応する。それなりに褒められているのだろう、しかしこちらは葉山のプレーを直接見た事無いので何とも言えない。

 

「俺はドリブルで誰にも負けたくないからね。やる機会があったら勝負しようぜ!」

 

「どもっす。」

 

「でも、当った時にPGだったら難しいよな。」

 

「どもっす。」

 

「ねぇ、聞いてる?」

 

適当に答えていると、流石の葉山も気が付いて、素直に悲しそうな顔になっていた。

1つ上のスポーツマンにいう事ではないが、何かこう小動物のようだなぁという感想に至った。

 

「小太郎。何してるの?さっさと行くわよ。」

 

「あぁごめんごめん。」

 

すると、葉山より1つ分背の高い長髪の男、実渕玲央が葉山を呼びに来た。

雰囲気といい、口調といい、そっちの人間なんだなぁと思う。何気に、洛山の個性も半端ない。

 

「ごめんなさいね。小太郎は実力者を見るといつもこうだから、流してくれればいいわ。」

 

「いーえ。ご丁寧にあざっす。」

 

「補照君だっけ?なれるといいわね。東日本ナンバーワンPGに」

 

放送された英雄の発言を見た実渕は、その一言を言いながら葉山を引っ張っていく。

 

「...なりますよ。国内ナンバーワンPGに。」

 

そして、英雄の言葉に振り向いた。何かを企んでいる顔ではなく、ただ普通に頭を掻きながら宣言した。

 

「そう。じゃあ、そのビッグマウスに免じて伝えといてあげるわ。」

 

実渕は赤司への伝言を受け取って、自チームの更衣室へと向かっていった。

黒子と火神は赤司とで何かあったらしく、少々動揺をしており、アップで体を温めるのに時間が掛かっていた。

 

「なるほどね。IH優勝校は伊達じゃないってか。」

 

先程の会話でも、今やっている秀徳との試合で負ける事など微塵も考えていないという、自信に満ち溢れていた。

東日本ナンバーワンも赤司がいないから可能なものであるから、薄ら笑いされた。

 

「そういや、何時に無く反応が薄かったな。」

 

英雄が独りで納得していると、横から日向に先程の英雄の対応について問われた。

 

「試合前ってのもありますし。何より、俺が興味あるのは洛山でも赤司でも無く、あいつ等が持ってる優勝旗だけっすから。」

 

昨日の試合の疲労を引き摺っており、連日続くトーナメントの辛さをひしひしと感じている今日、試合への入り方は慎重であるべきだ。

加えて英雄は、昨日のゲームプランをぶち壊した原因。あれがなければ、もう少し楽なはずだったのもあり、責任を感じている。

しかし、英雄から正論が出ると妙な感じになる不思議。

 

「(既に集中力がここまで高まってる...)」

 

プレー1つ1つの感触を確認していく英雄のシュートは、全てリングに収まっていく。

これまでの強豪たちとの試合により、より良い試合の入り方を身に付けていた。

 

「それに、海常との練習試合の時も、俺出た時間少なかったし因縁とか感じてないんすよねぇ。」

 

今年度の誠凛バスケ部の当初、英雄はバスケット選手になりきれていなかった為、ベンチにいる事が多かった。

海常との練習試合の時も途中出場で、しかもDFオンリー。特別なライバル関係を形成することも無い。

他の誠凛メンバーとの温度差もあって、今日の試合は熱くなり過ぎたりしないだろう。

 

「後は、インサイドプレーの復習出来ればいう事なしっすよ。」

 

陽泉での経験を血肉にすべく、海常とでもインサイドを希望した英雄。

技巧派C小堀とサイズは同等。ここで有効なプレーが出来れば、英雄がインサイドでも脅威な存在になれる。

 

「それは別に構わないけどな...。復習とか絶対に言うなよ!」

 

あちらに伝われば、100%角が立つ。別に英雄が舐めている訳でなく、認めているから出来る行為なのは分かっているが、聞けば悪い方に捕らえられる。

1発逆転の無いバスケにおいて、序盤からの試合運びを疎かには出来ない。岡村相手に競り合い続けた英雄を信用しているが、態々嫌悪されたいとも思わない。

 

アップの時間も終わり、再び更衣室へ戻る誠凛。

 

「こーちん、頼みがあるんだけど。」

 

「え?何だよ。」

 

「後半からの洛山対秀徳戦、撮ってきてくんない?」

 

高校最強と謡われるチームのプレーを何も知らない英雄は、河原に調査を依頼した。

河原達が試合に出場する可能性は低いが、こうもはっきり言ってしまう英雄にどうなのかと思ってしまう。

 

「...いいぜ。任せろ!」

 

高まる緊張感に落ち着かなかった河原は、二言返事で受けた。

 

「あ、俺も行く!」

 

降旗も同行し、既に再開されているだろうコートに向かっていく。

 

「何かあったら教えてねぇ!」

 

「ああ!!」

 

結局1年の3人が偵察に向かった。プレー以外で何とかチームに貢献しようと懸命になってくれている。

カメラを手渡した為、海常の再チェックはもう出来ない。

後は、試合開始まで更に集中力を高めるだけ。今回は、何時も以上に体力的に厳しい展開が予想される。スタートから飛ばせるように準備だけは欠かせない。

 

「...(なんだろう?何時も以上に試合への意欲が高い。悪い事じゃないんだけど...)」

 

傍から見れば実に頼もしい姿だが、リコにとっては違和感でしかない。

原因があるのならば、昨日の先に帰宅してからの英雄の行動に何かあるはず。今朝、景虎から預かった書留が無性に気になる。

 

「試合の第4クォーター開始しました!」

 

10分強が過ぎ、ビデオで偵察していた降旗が、1人で報告に来た。

そのタイミングで、誠凛はコートに移動を始める。

 

「...行くぞ、英雄。」

 

日向が、タオルを頭に掛けてコンセントレーションに努めていた英雄の体からは汗が溢れており、戦闘体勢に完璧に入っている。

英雄は、イメージトレーニングで汗をかける。

頭からタオルを取り、リコらに続き、バッグに入っている書留を目にして、改めて決意を抱く。

 

「(この試合をこの1年の集大成にしよう)後、順平さん。トイレ行って来ていいすか?大きい方ですけど。」

 

 

 

 

洛山対秀徳。

全国と名の付く大会で、最多の優勝数を誇る現在最強と名高く、キセキの世代・赤司征十郎が率い、無冠の五将を擁する洛山。

対して、キセキの世代No.1シューター緑間を擁し、誠凛と2度も激闘を繰り広げた秀徳。

 

互角のスコアで前半を折り返し、後半も10分を過ぎ、第4クォーターに入っている。

展開は洛山有利。緑間が奮闘しているのだが、別の局面で他のメンバーが押されっぱなし、それでも諦めず試合に集中してきた。

WC予選で行った、緑間のインサイドプレーを完全に組み込んでおり、良いOFをしているが、それでも追い縋るのも厳しい。

赤司が緑間をマークする事で、緑間は3Pすら打てない状況に追い込まれている。

赤司の『天帝の眼』は、人間の筋肉の動きやそれによる予備動作を見て取り、動作に移した瞬間にスティールすることも出来る。

 

 

そこで緑間は覚悟を決め、高尾とのコンビプレーを披露した。

それは、シュートフォームのままジャンプし、キャッチしたボールをそのままショットするという超荒業。

土壇場で成功し、勢いに乗りかけたところだったが、洛山は冷静に体勢を持ち直し、もう1度秀徳を押し返した。

 

赤司はそのシュートを容易く封じ込め、何事も無かったかのように振舞っている。

 

「そんな...。」

 

類稀に見るスーパーシュートをあっさり止められて、秀徳は呆然としている。

緑間も顔には出さないが動揺している。

 

 

 

「順平さん!どこいたんすか!」

 

トイレの個室で1戦こなして来た英雄が、他のメンバーに合流していた。人の数も多い試合会場で1度はぐれれば、再び合流するのは難しい。

 

「うっせ!今試合見てんだよ。お前も見とけ。」

 

人並みを掻き分けて合流した英雄の頭を引っぱたき、試合へ顔を強引に向ける。

既に大勢が決まっていた試合のスコア、そしてどんな顔してるのかと秀徳の顔に目を向けた。

 

「ねぇねぇ順平さん?」

 

「んだよ!だから試合を..。」

「余計なお世話していーい?」

 

英雄の一言は、日向の背筋を凍らせた。

その一言は事態を滅茶苦茶にしてきた、駄目な意味で実績がある。

どんな事が起きるのかが全く分からない。英雄が限度を過ぎれば、厳しい罰則になるかもしれない。

 

「...ほどほどにしとけよ。」

 

しかし、止めたところで英雄はそれを行うだろう。英雄はそういう奴だ。

出来れば全力でとめたいのだが、経験上こういう時は下手に止めず、程ほどに押さえる方が良い。

今までアップ中でも淡白だった英雄が初めて反応した。

その見えないものを見る目で何をみたのだろうか。



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いつもの

第4クォーター6分が過ぎ、10点という大きなビハインドを抱えた秀徳。

一時は勢いに乗れたかと思いきや、大きく立ちはだかる赤司により、精神的ダメージを負った。

決して諦めた訳ではない。誰もが顔を上げて、前を向いている。

しかし、ただ諦めないだけでどうにかなるほど、洛山は、赤司征十郎は甘くない。

人事は尽くした。これまでに2度の敗北を与えられ、反省するべきは反省し、今日に活かして来たつもりではある。

 

「(なのに何故...これほどまでに遠い...。)」

 

捨て身の攻撃も簡単に止められ、これを止められてしまえば打つ手が無い。

赤司の前では、3Pどころかボールをキープするだけでも困難だ。それは緑間ですら同様。つい1年前までは同じところに立っていたはずなのに。

すまし顔で赤司がこちらを見ている。

 

「全員、とにかく息を整えろ。」

 

監督中谷はここで1度TOを取っており、流れを切れればと期待するが、正直それは難しいだろう。

最悪でも、秀徳メンバーの気持ちの切り替えと体力回復に努めさせている。

それでも敗北色濃厚な今、どれほど意味をなすのか。

 

「(試合を投げている訳ではない...。が、具体的な策が無ければ打開など出来はしない。)」

 

メンバーは全員深呼吸を行い、回復に専念している。残り時間で何がどうできるのかは考えていない。

ただ、それが出来る精一杯なだけ。

 

「おぉぉぉいぃぃ!秀徳ぅぅぅ!!」

 

粛々とTOを消化されている中、大きな声がコート内を響き渡った。

辺りが騒然と化し、その声の元を探し回っている。緑間も声の主に目を向けた。

ちょうど緑間が顔を上げた時の視線上の最奥にいる。いやな思い出しかないジャージを来ている男がそこから声を張り上げていた。

 

「あんま!だっせぇとこ見せんなよ!!東京全体が舐められるだろぉが!!」

 

そのとなりにいた日向も突然の大声で耳を塞いでいる。

恐らく、また突飛な行動なのだろう。チームメイトが唖然としている。

 

「大坪さん!ポジション取れて無くても高さが勝ってるんだから、もっと強引に行かなきゃ!」

 

緑間に対する事だと思っていたが、大坪を名指しで叫ぶ。

 

「木村さん!体張ってスペース作って!洛山嫌がってるよ!!自信持って!!」

 

続いて木村。まさかの声援に木村も戸惑っている。

 

「宮路さん!スピード負けてるからって問題ないじゃん!他で充分勝ってるんだから!華麗に抜くだけがドリブルじゃない!!」

 

「...アイツ。まさか俺達全員の特徴を...?」

 

一人ひとりに対して具体的な言葉を送っている外部の人間。どれほど秀徳の研究をしたのだろうか。

 

「高尾!眉間に皺寄せ過ぎ!視野が狭まってる!良く見てみろ!!全然イケてるじゃんか!!選択肢を勝手に失くすなよ!!」

 

英雄1人の声に秀徳の応援団が黙り込んでいる。秀徳メンバーも困惑するどころか聞き入ってしまっている。

 

「緑間!お前ちゃんとチーム背負えてるよ!もっと胸張ってみろ!フォームが弱々しくなってる!!」

 

最後に緑間へのエール。

その行動で何を得するのか。緑間には理解出来ない。だが、本気で言ってくれているの事だけは分かる。

 

「腹を括れ!本当に人事を尽くしたのか!?まだあるじゃないか!!今は諦める時じゃない!だって勝てる事を諦めるっておかしいじゃないか!!」

 

それを最後に英雄の言葉は終わった。

誠凛メンバーが流石に止め、英雄を奥に引っ込めてしまった。

 

 

 

「(確か...彼はトラの....なるほど。どうやら、トラのバスケット精神を色濃く受け継いでいるようだね。)」

 

中谷は、遠目で見えたその姿で、少し前に景虎が夢を託した男と紹介されていた。

景虎とバスケのスタイルは違っているが、遥か昔に現役だった頃の景虎と良く似ている。突然意味不明な行動で周りを困らせる事や、その行動に不思議と感謝したくなる事など。

 

「(そして、ありがとう....お陰で、ウチの選手達の顔が生き返ったよ)」

 

自身の選手達に目を戻せば、瞳の中に光が宿っている。

 

「結局、アイツ何なのよ。」

 

「馬鹿め高尾。俺に聞かれても分からんのだよ。馬鹿なのは確実だが。」

 

高尾が緑間に英雄の事を訪ねるが、そんな事を理解できない。

 

「だが、アイツの言うように俺達が始めから洛山を頭の中で強くさせ過ぎていた。」

 

「いつの間にか呑まれていたって事だろ?分かりやすいのか分かりにくいのか、どっちなんだよ。」

 

大坪も木村も、恐怖していた訳でもないが、キセキの世代・無冠の五将で警戒していた。

警戒も度が過ぎれば毒となる。出来る事も躊躇い、本来のプレーもしにくくなっていく。

 

「確かに。それならそれで、やり様もあるよな。」

 

洛山高校は事実強い。そこに間違いなどない。

しかし、何処を見れば劣っていると、勝てないという理由になるのだろうか。

キセキの世代?無冠の五将?IH優勝?負ける理由にはならない。

 

「インサイド。俺達はこれでやってきた。緑間が使えないのであれば、ここで勝つ!木村、宮地!」

 

「なんだろうな。ちょっと前までの俺が馬鹿みてぇ。」

 

「木村。パイナップルある?1発俺をぶん殴ってくれ。」

 

及び腰になっていた自分達を叱咤し、今に目を向ける。

 

「よし。残り時間もまだ5分もある。まずはこちらのペースを取り戻すぞ。」

 

『もう』から『まだ』。

少しの心境の変化でも、言葉の意味は大きく変わる。

 

「...高尾。俺のシュートは弱々しかったか?」

 

「いんや。気が付かなかったぜ?」

 

特別な作戦が見出されてもいないが、蘇っている大坪達の中で緑間が、高尾に問う。

高尾も目の前の事で一杯一杯になっていて、緑間の些細な変化に目を当てる余裕はなかった。

 

「全く...適当な事を。」

 

緑間は言葉とは裏腹に英雄の真意を探っていた。

人事は尽くしていた、つもり。

主観的では、意味が無い。もっと客観的に自分を見つめなければ。

 

「(考えろ...ピンチになった事は初めてではない。奴等と戦ったときは何をしていた?)」

 

今まで培った事を思い出し、何か無いかを必死で模索。

まだ答えが出ていないがTO終了のブザーが鳴り、コートに戻らねばならない。

 

「いくぞ!」

 

大坪が最後になるであろう激を飛ばし、洛山達に目を向ける。

 

「あの子知り合い?マナーくらい守ってほしいわね。」

 

実渕から軽くクレームを受けた緑間。

 

「そんな事を言われても困るのだよ。ただの敵だ。」

 

コート内外に変な空気が流れ始めたのを察知し、秀徳の状態を探ろうとでもしたのだろう。

軽い口ぶりの割りに、冷静にこちらに目を向けている。

 

「ふ~ん。まぁいいわ。」

 

試合再開の為、実渕は話をそこそこに離れていく。

 

 

 

「英雄!ほどほどっつったろーが!」

 

試合が再開した最中、英雄は日向とリコにどやされていた。

一旦、コートから通路へ移動し、2人で囲んでいる。

 

「...ほどほどでしたよね?」

 

おずおずと答える英雄は本気で言っているからタチが悪い。むかつくのでもう1発いっといた日向。

コートで待機しなければならないのに、昨日辺りから肩身が狭くなってきたように思う。

 

「急に叫ぶから耳がキーンてなったわよ!」

 

一応程度の断りを入れられた日向はともかく、他のメンバーは何も聞いていない。

腹からひねり出した大声に、全員驚愕。

 

「ていうか、今日のアンタ変よ。昔の話をするなんて、今まで無かったじゃない。それに、洛山にすれ違った時も大人しかったし。」

 

何かスイッチが入ったり切れたりを繰り返す、挙動不審な態度に疑問を持つのも当然。

試合に集中する為に後回しにしていたが、これを機に問い詰める。

 

「何があったの?昨日パパと何かがあったんでしょ?」

 

「そうなのか?英雄、正直に答えろ。」

 

少し離れた場所で水戸部が心配そうに見ているのが見えた。

英雄は水戸部に手を振って応える。

 

「こっち見ろ!」

 

首からグキッと鈍い音が鳴り、英雄の腰がやや下がってプルプルしている。試合を目前に控えた選手にやることじゃない。

 

「率直に聞くわ。あの封筒でしょ?聞くよりも早そうだから見せなさい。」

 

「っちょっと!何でさ!?俺いつも通りでしょ。俺なりに試合に集中する為に...。」

 

「見せなさい。」

 

根拠は無いが、何と無く確信して手を広げて提示を求める。英雄は、急にあせり出して拒否した。分かり易過ぎて、逆に冗談なのでは無いかと思うほど。

嫌がる時点で、認めたのと変わらない。リコは更に力強くはっきりと命じる。

 

「...待って欲しい。」

 

「何でよ。今でいいじゃない。」

 

「海常との試合が終わったら説明でも何でも言うよ。だから、お願い。」

 

バッグを力強く抱えて、必死に懇願している英雄。その表情から一気に余裕が無くなり、とにかく一時で良いから見逃せと言い続ける。

その様子でリコは逆に聞くのが怖くなった。そこまでするものがそこにあるのだろうかと。それを聞いてしまえば後には引けなくなるのではないのかと。

 

「...分かったわ。でも1つだけ、それは良い事?」

 

「俺にとっては。」

 

自分を納得させる為に質問を行ったが、やはりピンとこない。

あまり意味の無い問答だったが、そこで中断とする。

 

「試合はどうなった?」

 

日向は先にコートの方に戻り、状況を伊月に確認する。

 

「秀徳がインサイドから盛り返してきてる。」

 

伊月の説明を聞きながらコートに目を向けると、今まさに大坪が根武屋のブロックを高い打点でかわしてのシュートを決めていた。

そのシュートまでの過程も中々で、宮地のマークの葉山に対して木村がスクリーンをかけて宮路をフリーにし、実渕のDFを強引にドリブルで突っかけて大坪にパス。

大坪は根武屋にパワー負けして良いポジションを取れなかったが、高さを生かして覆いかぶさるようにバンクショットを放つ。

木村のスクリーンは赤司には通用しなかったが、五将相手になら充分有効なプレーになっている。

宮地のドリブルもDFがスイッチする少しの間を攻めて、押しのけるようにして前進している。

高尾も厳しいチェックを受けながらも正確なパスで味方を後押しし、緑間も赤司を引き付けて余計な事をされないように走る。

 

たった1つの地味なワンプレーに全員が連動して行った。

しかし、これはWC東京予選では出来ていた事。その内これくらいは出来るようになるだろうと予想もつく為、今更驚く事も無い。そんな顔をしている英雄は、何に期待しているのだろうか。

 

「...違うじゃん。緑間、味方からのパスの重さにビビるな。」

 

「英雄君?」

 

コート上の緑間はチーム全体のバランスを見て、最上と思えるところへ走り、パスを上手く受けようと躍起になっている。

かつてのプレーと比べても実に好感を得る。

ワンマンを脱却した姿に黒子も内心応援していた。だからこそ、英雄の独り言が気になってしまう。

 

 

 

 

「さぁ!1本止めるぞ!!」

 

リズム良く得点でき、ここで洛山を止めて追加点を取れれば。

そんな期待が秀徳ベンチから溢れている。

赤司にマークしている緑間もそれを理解しており、必死でDFに足を動かす。

 

「...なるほど。僕が真太郎に付いている限り、君達は中にパスを入れやすくなっているんだね。」

 

これくらいで顔色を変える様なやわな精神をしていない。赤司は直ぐに状況を把握して、先を読んでいく。

洛山と言えども、赤司ほどのプレッシャーを出せる選手はそういない。

緑間・高尾が疲労したスーパーシュートを警戒してしまい、それ以外には注意が甘くなる。

赤司が緑間にマークしなければ、すぐさま緑間の3Pが放たれるだろう。状況としては緑間に釘付けになっている。

現状、高尾にダブルチームを敷いているが、緑間以外に木村を完全にノーマークでという訳にもいかない。

結果、ヘルプのタイミングで宮地のドリブルが止められず、根武屋のブロックも僅かに遅れて大坪のシュートが防げない。

190の根武屋、198の大坪、洛山のDFのウィークポイントがあるとすればここ。ポジションが多少悪くても強引に打ってくる。ブロックが1秒遅れれば間に合わない。

 

「だが、それだけだ。絶対に防げない訳ではないし、こちらのOFは止められない。何故なら僕がボールを持っているからだ。」

 

赤司のペネトレイトは、必ず決定機を作り出す。

アンクルブレイクに対する策は緑間には無い。他のマークが甘くなってしまえば、即時パスが渡り決められる。

10と8を点差が繰り返すだけ。

そして、緑間は赤司のドライブにより、尻餅をついた。

 

「っぐ....赤司ぃぃぃ!!」

 

緑間はすぐに起き上がり、背後から赤司のブロックを試みる。

 

「その消えぬ闘志は認めるが。」

 

赤司はパスを見せかけて、ダブルクラッチで緑間をかわしてシュートを放る。

 

「やはり、届かない。」

 

ドライブからのパスをこの試合で多用してきたが、ここに来て赤司が決めた。誰もがパスだと思い、ディナイに努めたところにこれだ。

キセキの世代と言う称号は、統べる者として付けられたものではない。単純にバスケットプレーヤーとしての実力から来ている。

 

「(俺がやらなくても点は取れてる。俺が止めなければ...やらなければならないのに!)」

 

歯を食いしばりながら、床を見つめる緑間。

緑間でなくても、シュートが入れば同じ点だ。そこに拘るつもりは無い。自分のやるべき事が一切出来ていない事を強く悔しく思う。

 

「(ここまで来て...何が何でも止めて見せる。それしかない。)」

 

緑間は今やらなければならない最優先事項を赤司に絞り、集中させる。

赤司の前では立っている事も儘ならないが、それでもやる、と。

 

「大丈夫か、真ちゃん。」

 

「ああ。やるべき事などとうに分かっているのだよ。」

 

「チャンスあったら、あのシュート狙うからな。そっちも頼むぜ。」

 

高尾が緑間に声をかけて、あのスーパーシュートを狙いたいと言う。

確かに、チャンスがあれば狙っていきたいところだが、それを赤司が許してくれるかどうか。

 

「馬鹿め。それで赤司を引き付けているからこそ。得点できているのだよ。」

 

「分かってるよ。でもDFを警戒させつづけなきゃ意味が無い。その内、木村さんにマークが付くのは時間の問題だろ。」

 

ダブルチームで高尾の動きを制限していなくても、赤司はパスをスティール出来る可能性が高い。

木村にまでマークが付けば、ヘルプのタイミングを狙う事も難しくなってしまう。

 

「それならそれで、高尾。お前がドリブルで仕掛けるのだよ。1人なら余裕も出てくるはずだ。」

 

「へぇへぇ、ホントこき使ってくれるぜ。」

 

五将が守るペイントエリアを突破しろという無茶な要望まで出てきた。

高尾は、ここにきていつも通りの物腰に戻っており、英雄の言っていた眉間の皺も見えない。高尾なりに切り替えが上手く行ったのだろうか。

 

「っふ...やはりそうでなくてはな。」

 

「あ?なんか言ったかよ。」

 

ボソリと呟き高尾に気づかれてしまったが、緑間は表情を変えず先にOFに向かう。

その途中でまたもや誠凛のジャージが視界に移る。試合に集中できていないと心の中で叱責する。

 

「(笑いたければ笑え。俺は人事を尽くす。...だが、その目は気にくわん。)」

 

黒子の心配そうな目、火神の残念そうな目、英雄の冷めた目。遠くからなのに何故か分かる。

頭を振り、試合に意識を戻し、OFに参加したいところであるが。

3Pラインでは赤司が待ち構えており、パスさえ受けられない。シューターという役割など果たせない。

 

「(得点は問題ない。先輩達ならば、やってくれるだろう。しかし、俺が赤司を止められなければ...。3Pでも打てれば...いや、無い物ねだりなどできるものか。)」

 

赤司のマークを振りほどこうと足を動かしても、赤司はピッタリと合わせてくる。パスが来た途端にスティールに襲われるだろう。

スクリーンもかわされ、空中でのボールミートも通用せず、他に何か無いかを考えるが、やはり赤司を止める事が1番だと再認識する。

 

「(だが、もし...。もし、赤司のチェックを受けずにボールを受けられれば....。赤司を止められなくても...)」

 

英雄の大声から導き出せる可能性。英雄はそれを思いついているのではないのか。

直接言わないのも、赤司に露見するのを防ぐ為なのかもしれない。

 

「(そんなものが....ある!)」

 

緑間がそれに気が付いた瞬間に、宮地がシュートを決めていて得点が加算している。

 

「よっし!いいぞ!宮地!!」

 

客席からも宮地コール。3年生へのチェックもかなり厳しくなっているが、持ち前のボディコンタクトの強さで、五将に対抗している。

 

「真ちゃんよぉ、ボヤボヤしてないで頼むぜ。」

 

「問題ない。無駄な心配はやめるのだよ。」

 

そこにはいつもの様な、ムカつくほどに飄々とした緑間の姿があった。

スーパーシュートを打つ前の様な覚悟を決めた顔ではなく、巻ける事など微塵も考えていなさそうな顔。

 

「...はは、いいじゃん。何を思いついたかはしんねーけど。」

 

内容を一切聞かずとも、高尾は乗った。

今はその信頼がなによりもありがたい。決して口にしない緑間は、結果で返そうも改めて決意する。

 

 

「...そろそろ、打てよ...。」

 

 

洛山のOFはこれまた何のミスもなく、鮮やかに決めた。

しかし、赤司は不審に思う。

 

「(先程までにあった険しさが消えている...。それが逆に良いDFにも繋がっている。)」

 

絶対に止める。そんな強い気持ちは同じ様に感じるが、それが形として現れていたついさっきまでと違う様子に警戒を強くした。

それでも、次の緑間の行動を完全に察知できなかった。

 

「パス!」

 

緑間はコーナーでボールを要求している。しかし、その場所は洛山側のコートではない。

 

「!?(そうだよ...それがあったよな!!)」

 

秀徳側のエンドラインから緑間へ直接パスが渡る。高尾は得点を予感どころか確信していた。そして、如何に己の視野が狭かったかも反省する。

 

 

 

「お前は、チームをしっかり見つめた。1人で尽くせる人事がどれだけ少ないかも知った。同じプレーでも意味が全く違うんだ!」

 

試合会場の隅でまたしても英雄が叫びだす。それが緑間に伝わっているのかは考えていない。

 

「だったら打てよ!お前、シューターなんだろ!!それがお前の1番の武器なんだろ!!打てよ!!緑間ぁ!!」

 

 

 

「(うるさいのだよ...)黙って見ていろ!!」

 

英雄の意図を何と無く分かってしまった緑間は、何を言われているのか分からないがそう言わずにはいられない。

エンドライン際で放ったシュートは、上空を高く舞い上がりリング中央を貫く。

 

「...やるじゃないか、真太郎。」

 

緑間真太郎の真骨頂は、どれだけ離れていても高精度で放てる超ロングシュートである。

状況としては、洛山のOFから攻守交替の隙を狙ったというもの。

赤司はPGなので、誰よりも自陣へ戻らなければならない。故に攻守交替直後だけは、緑間のマークが甘くなる。

試合終盤でのギリギリのプレーなのだが、そんなものはとっくに経験してきている。

残り時間をやり切る自信もあるのだ。そして、これを止めるには、オールコートでのDFをしなければならない。マークできるのは赤司だけ。

オールコートでの走りあいならば、赤司の視野も多少狭まる。木村等のスクリーンにかかる可能性も上がる。

何より、ここからは3点ずつ得点できる秀徳に対して、まばらにならざるを得ない洛山。

このシュートにより、戦況が一変した。

 

 

 

「英雄君には、これが見えていたんですか?」

 

「見える見えない以前に、何でやらないのかなとは思ってたよ。」

 

脇で観戦していた黒子は、英雄にそう聞いてみた。

英雄は別に応援したつもりはなく、出来る事を始めからやらない秀徳に罵倒しただけと言う。

全国大会準決勝、相手は高校最強洛山。キセキの世代と無冠の五将が集う、文句なしの強豪校。

ある程度緊張してしまう事は仕方ないが、必要以上に固くなっていた。

緑間の真面目すぎる性格故の問題だが、今までは高尾がそれを解す役割を担っていた。

今回、赤司のマッチアップの為か、高尾も自分の事だけで一杯になり、ムードメーカーがいなくなっていたのが事の発端。

緑間の雰囲気に回りも引っ張られ、この選択肢に誰もが気が付かない。

 

「緑間は秀徳のエースになろうとした。それは良い。良いけど、駄目だ。エースって役割をこなそうって、そんなん上手く行かないに決まってる。」

 

英雄の言葉遊びは少々小難しい。

元々説明下手なところもあり、ニュアンスで伝えようとするからだ。

 

「DFがやられて1番嫌なのは、訳分かんないシュートを決められる事。緑間はそれを持っているのに、冷静になった振りしてベターなものに逃げる。チームを背負ってみたら思いのほか重たくて、ビビったんだろうけど。」

 

帝光中ではどうだったかは知らないが、チームをまともに背負うのは今回が初めてだろう。

今まで、大坪が背負ってきたものの重さを思い知った。チームの1人として貢献しようと奮起するが、ミスを恐れて単調なプレーになりがちになっていった。

原因は、同じ誠凛という相手に連続で敗北した事だと思われる。

 

「ビビりってのは何と無く思ってたけど、駄目なところが駄目な場面で出ちゃってたね。」

 

「でも、これからだと思います。」

 

「うん。それは俺もそう思う。俺だって秀徳とやって楽に勝ったと思った事は1度も無いから。」

 

連敗したことで大胆さが薄れていたのは、さっきまで。

今この時より、緑間は3Pを狙い続けるだろう。今まで、何本も打ってきたシュートを。

どれだけ体力がなくなったとしても、精神力で補ってくる。その執念を誠凛は既に見せ付けられた事がある。

 

 

秀徳の逆襲。

いきなり点差がなくなる訳ではないが、じわじわと1点ずつ迫ってくる。これには、洛山でもプレッシャーを感じずにはいられないだろう。

実渕の3Pでも全てのシュートを決めさせるのにも難がある。赤司も一辺倒で3Pを打てない。なぜならば、秀徳が外へのチェックを最優先で強めており、アンクルブレイク後のシュートを狙っているからである。

2Pならば簡単に取れるが、決めた後の緑間の超ロング3Pは止めきれない。

秀徳のOFにさほど時間を必要とせず、何度も何度も高弾道のシュートが放たれている。

 

 

しかし緑間はそれが恐ろしく思えた。

 

「(何故赤司は何もしてこない。逃げ切れる自信があるのか?)」

 

追い込まれているはずの赤司が微動だもせず、淡々と試合を運んでいる。

赤司という人間は確実に勝利を手繰り寄せる手段をとってくる。であれば、何かを狙っているとしか思えない。

このままいけば、単純計算しても逆転に手が届く。緑間がする事はそれでもかわらない。

勝つ手段が3Pしかないのであれば、大坪たちがリバウンドを諦めて、緑間へ近寄らせないように体を寄せてくれている。

 

洛山ゴールが決まればすぐに3Pで返す。

時間が許す限り、緑間はシュートを決め続けた。

 

そして、残り30秒となった頃。

結局、洛山のOFを止められなかったが、ここまで漕ぎ着けた。

緑間は、残り僅かな力を振り絞って天高くボールを放る。

 

洛山高校 91-91 秀徳高校

 

同点。

もう1回くらいの力は残っており、次の洛山OFを最低でも2点で抑えれば、ブザービーターで劇的な1点差で逆転。

 

「途中で尽きるかと思ったが、改めて敬意を送ろう。」

 

それでも、赤司の表情に変化は無い。

秀徳の『大健闘』を高く評価し、褒め称えている。

 

「赤司、貴様に3Pは打たせない。」

 

「3P?確かに3Pを決めれば僕らの勝ちは決定するだろう。だが、僕らの勝利は始めから決まっているさ。」

 

赤司は言葉どおり、ドリブル突破から根武屋にパスを送り、2Pを確実に決めた。

そして秀徳は、逆転勝利に向けて動き出す。

 

 

「しかし、ここまでやるとは思っていなかったよ。ここでこの札を切る予定ではなかったのだがね。」

 

 

赤司は、緑間へパスを送る木村の様子を、高みの見物の様に見下ろしていた。

 

「(木村さん!?)何してるんすか!?5番が迫ってる!!」

 

秀徳メンバーの中で高尾だけがその状況を把握できていた。それは、緑間にも見えておらず、突然現れたかのように見えていた。

急にそこに現れた洛山5番・黛。緑間に渡る寸前のボールを弾き、赤司に渡した。

 

「言っただろう。相手に悟られずに打ってこその、布石だと。」

 

まるで、いまフリースローをしているかのように、誰もいないコート中央、フリースローラインからセットシュートを放った。

 

「なんだ...急に現れやがったぞ。こんなのまるで...。」

 

「ミスディレクション..!」

 

2度の誠凛との試合の中で、何度もやられた黒子のミスディレクション。

それと明らかに同種の物を感じた。

 

「歴戦の王者よ、胸を張るが良い。」



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序盤のゴアイサツ

WC準決勝・1回戦、洛山対秀徳。

セミファイナルに相応しい好ゲームであった。

洛山が圧倒的な底力を見せ、秀徳がスローガンの名の下に不屈の姿勢を貫いた。

結果はともかく、観客が喜ぶ派手な展開で、すぐに始まる2回戦に期待が集まっていく。

 

海常高校対誠凛高校。

 

全国大会常連にして、キセキの世代・黄瀬涼太を擁する海常と、他のキセキの世代を打ち倒してきた誠凛。

噂では、今年の春頃に練習試合で誠凛が勝ち、IHでの再戦を誓ったが誠凛が予選敗退し、やっと叶った再戦の機会であるらしいと。

まわりがざわついている中、洛山対秀徳から観戦していた紫原と氷室が立ち見していた。

 

「さて、どんなゲームになるかな。」

 

「立ちっぱなしは疲れるよ~。どっかテキトーに座らない?」

 

紫原がここにいる理由は、氷室にやや強引に誘われたからであり、本音ではつい昨日任された相手の試合を態々生で見るつもりはなかった。

既に1時間近く立ち続け、紫原のダルそうな意見に氷室が苦笑いしてしまう。

 

「無茶を言うなよ。今更どこに空席があるって?」

 

「大丈夫だよ。俺が頼めば大体譲ってくれるし。」

 

「...それは相手がビビって逃げ出してるんじゃないのかい?」

 

いきなり2mを超える大男が見下ろしながら迫ってきたら、さぞかし怖いだろう。

実際にどんな風に声を掛けるのかを想像すると、恐喝に近いのでは。

 

「でさぁ。どっちが勝つと思う?」

 

紫原の頭脳は基本的にあまり活動しない。考える事を面倒臭がり、氷室に放り投げる。

 

「俺は海常をあまり知らないからな。黄瀬君がどういう選手かも。だから、主観的な意見になるけど。...6・4で」

 

 

 

 

「誠凛有利だ。」

 

試合開始直前に海常ベンチでスタンバイしていた笠松が、チーム全体に言い切った。

 

「おい笠松。試合前にいう事じゃないだろ。」

 

森山が士気を低下させかねない発言に待ったを掛け、その真意を問う。

 

「勘違いしねぇ様に、今言っておくべきなんだよ。」

 

万が一、誠凛の評価を間違えようものなら、陽泉同様勝利をさらわれる恐れがある。

武内も笠松の発言を黙って聞いており、同じ意見なのだろう。

 

「センパイ、いくらなんでも弱気過ぎっスよ。俺がいるんスから。」

 

「...じゃあ聞くがな。お前、火神と補照を2人を同時に相手取るつもりか?」

 

「っ...!」

 

確かに、黄瀬の実力ならば火神を止める事は可能だろう。では英雄は誰がマッチアップするのか。

英雄がPG時のマークは通常笠松。ミスマッチとなり、いくらでもパスを通してくるだろう。

他のキセキの世代ができなかった事を黄瀬に出来るのかと問われ、黄瀬は断言できなかった。

 

「桐皇の今吉、陽泉の岡村、要所でもキセキの世代と渡り合ったアイツに意識が向かえば、火神のマークが甘くなる。逆も然りだ。」

 

以前やった時と比べて、成長した事を確信できるが、当時の黄瀬を『マーク出来た男』なのだ。

トライアングルOFや1-3-1DFなど、チームとしての完成度もかなり高い。五分だと思っている時点で、過小評価だと笠松は言う。

 

「だから、どんな状況でも死に物狂いでいく覚悟が必要なんだよ。6:4なら充分覆せるしな。」

 

だからこそ、開始前から己を追い込んでおく必要がある。いわば背水の陣である。

 

「さぁ、いくぜ!」

 

やはり、笠松のキャプテンシーは全国でも類を見ない。

都合の悪い予測を受け入れ、そこから勝つ為に為すべきを為す。

 

ジャンプボールの為、一同がコート中央に介す。

そして、誠凛がいきなり仕掛けてきた事を直ぐに理解した。

理解はしたが、驚きを隠せない。

 

海常スターター

 

C  小堀浩志 192cm

PF 早川充洋 185cm

SF 黄瀬涼太 189cm

SG 森山由孝 181cm

PG 笠松幸男 178cm

 

誠凛スターター

 

C  補照英雄 192cm

PF 火神大我 190cm

SF 土田聡史 176cm

SG 日向順平 178cm

PG 伊月俊  174cm

 

 

「(なんだそのメンバーは!?)」

 

海常のゲームプランがいきなり崩壊した。

森山は明らかにパワーダウンしているメンバーに舐められているのかと憤る。

確かに、笠松が言ったように誠凛有利であってもこれはやり過ぎだと。あくまでベストメンバーでの話であると。

 

「(黒子っちも7番もいない!?)」

 

やっと叶った試合に黒子が出てこない。困惑と共に苛立ちも生まれてくる。

 

「バカヤロー!一々動揺してんじゃねーよ!!」

 

試合前から浮き足立ってしまった海常メンバーを笠松が一喝。

まさか、こうも簡単に揺さぶられてしまうとは。

 

「こっちの油断誘ってんだよ!集中しろ!!」

 

笠松とて誠凛に良い気持ちを抱かないが、誠凛が何かしらの思惑に乗っ取っている事だけは分かる。

 

「(昨日の延長戦の後、何かあったか?これをチャンスと捕らえるしかねぇが...黒子を温存する理由は何だ?)」

 

頭をフル回転させて、誠凛の狙いを見定めていくが、そう簡単に分かれば苦労しない。

第1クォーターで様子を見るべきか、開き直って攻めるべきか、この躊躇いが狙いかもしれないと分かっていても考えるのを止められない。

試合前から誠凛が駆け引きをぶっ込んできている。

 

「(いや、引いてどうする!)初っ端から行くぞ!!」

 

笠松は強気な決断を全体に言い渡す。

それに納得したのか、海常メンバーが首を頷いて、賛成の意を示していく。

 

センターサークルには小堀と英雄が並び立っている。

 

「昨日の試合、見たよ。」

 

「ん?」

 

珍しく小堀が開始直前に相手メンバーに話しかけていた。

 

「陽泉のインサイドで競り合う君を見て、正直負けたくないと思ったよ。そちらの思惑が何なのかは分からないが、こうやって対決出来る事を喜ぶべきかな。」

 

「ゴール下ってキツイ場所なだけに、ありますよね?浪漫。」

 

「...良く分からないが、やる気マンマンみたいだな。」

 

ジャンプボールの為、膝を低く構えて待つ。

溜めた力を、審判がボールを真上に投げた瞬間に解放。

 

ブザーと鳴り響くと共にたった1つのボール目がけて、手を伸ばす。

 

「(ジャンプボールの経験は無いようだな。)黄瀬!」

 

ジャンプボールを制した小堀が、黄瀬に向けてボールを弾いた。

早々に先制をと前を向くが、既に火神がマークについている。

 

「黒子っちいなくて大丈夫っスか!」

 

「本気でそう思ってんなら、お前こそ大丈夫かよ!」

 

鋭いドリブル突破。

しかし、火神はそれに付いていく。

ここまで来るのに、青峰や紫原と戦ってきた。

つまり、青峰のスピード・紫原のパワー以上か、同等のものでなければ、火神のDFは振りぬけない。

 

「(あの試合でまた成長してる!)でも!!」

 

黄瀬は更に前進し、己もまた成長しているのだと誇示する。

キレあるジャンプショット。

火神のブロックをかわして先制。

 

「先制はいただきっス!」

 

「ヤロー...。」

 

黄瀬も今まで歩んだ道が平坦だった訳ではない。青峰に敗北し、灰崎に追い込まれ、それでも何とかしようともがいてきた。

敏捷性では青峰に敵わないかもしれない。パワーでは紫原に敵わないかもしれない。それでも黄瀬が天才であることは疑いようの無い事。

もう経験値の少ないモノマネ少年ではないのだ。

 

海常に先制を許したが、すぐに取り返そうと切り替える。

ボールを運ぶのは伊月。英雄は、先行してゴール下へ向かう。

海常はハーフコートのマンツーマンDF。伊月に笠松、日向に森山、土田に早川、英雄に小堀、火神に黄瀬がマッチアップ。

 

「センパイ!くれっ!」

 

やられたらやり返す。火神は自分のところからの失点をそのままにせず、黄瀬に1ON1を仕掛ける。

黄瀬も最初から全開。

この試合最初のプレーを決めて上手く乗って行きたい火神。

それを後押しするように、英雄が1度ゴール下に到達後にフリースローライン付近へと移動。

空いたスペースに土田がポストアップし、海常DFを揺さぶる。

マークを外す事は出来なかったが、火神の進行方向に大きなスペースが生まれる。

 

「へい!火神!!」

 

パスを貰いに来た英雄。ポジション的にはCだが、余裕でアウトサイドシュートを打ってくる。対応できるのは小堀だけ、マークを外さずに追いかける。

しかし、それでも黄瀬は一瞬英雄に意識を向けてしまい、火神に絶好のドライブチャンスが訪れた。

 

「っしま!?」

 

黄瀬の右を貫きかけて、黄瀬が追いついた直後に全速のロールターン。

火神と黄瀬が初めて出会った時の思い出の技。そのキレ具合は以前を遥かに超えている。

 

「っから!余計な事すんなっつってんだろ!!」

 

「素直にお礼言えよ。」

 

火神は文句を言いながらワンハンドダンクを決めた。

プレーがかみ合っているのに、いがみあう2人。DFに戻りながら、火神が再度釘をさしている。

 

「...この。」

 

「すまん黄瀬。アイツは俺に任せてくれ。」

 

黄瀬が英雄に反応してしまったのは、少なからずマッチアップの小堀に心配があるからだろう。

任せても大丈夫という考えがあれば、もう少し気を取られる事も少なくなるはず。

小堀はゴール下からいなくなる英雄の動きを捉えるまで時間が掛かりそうだが、黄瀬に火神へ専念するよう改めて言う。

 

「っス!お願いしますよ。」

 

選択肢が限られた中ではあるが、海常が勝つには小堀が英雄を抑える事が必須。

小堀に任せて己の仕事に専念する黄瀬。

 

「何やってんだ!行くぞ!!」

 

攻める気マンマンの笠松が、OFに遅れていた2人に叱咤。

前にはマッチアップの伊月が待ち構えており、笠松もPGとして試合の主導権を握ろうと隙を窺っている。

 

「(全国区の笠松。俺が止めないと!)

 

「(伊月か....良いDFだ。)だが。」

 

青峰のお株を奪うチェンジ・オブ・ペースからのドライブ。

伊月の読みをスピードで上回り、ペイントエリアへ突入する。

 

「(読めてたのに...こんなに速いのか!?)」

 

マンツーマンDFをしている誠凛はインサイドに人数を割いていない。ここを抜かれると大きなチャンスになる。

 

「テツ君!今!!」

 

「何!?」

 

ゴール下で小堀と競り合っていた英雄が、オーバーリアクションと共に大きく指示している。

序盤で、慎重に試合を進めようとした笠松を逆手に取った。

 

「(って、馬鹿か俺は!黒子はベンチじゃねぇか!!)っは!?」

 

見えない選手の黒子を一瞬警戒してしまい、スピードを緩めた瞬間に土田の手がボールを弾いた。

ターンオーバーで誠凛にボールが回る。

 

「っしゃぁ!速攻!!」

 

伊月を抜いた場面では、DFの戻りが遅れる。最前線にいるのは伊月。

土田からロングパスを貰って、駆け抜ける。

 

「っくそ!戻れ!!」

 

急いで戻るが、伊月の速攻を止められずレイアップで失点を許した。

 

「ナイッシュ!俊さん!!つっちーさんもナイスっすよ!」

 

「いや、助かったよ。英雄も土田も。」

 

「いいさ。チーム一丸、だろ?」

 

得点を決めた伊月に駆け寄る。

伊月が抜かれてピンチの場面が一転してチャンスに変わったこの攻防は、観客を沸かせる。

試合開始から良い集中が出来ている土田のスティールからの得点。ここまであまり出場機会に恵まれなかった土田を乗せるには充分なプレーだった。

 

 

 

「ここからでは良く分からなかったが、一瞬海常の4番がスピードを緩めた?」

 

客席から見ていた氷室が、今の攻防で何が行われたかが良く分からず、凝視していた。

 

「さぁね~。でも、多分アイツが何かやったんじゃない?」

 

紫原は、英雄を睨みつけている笠松を見て、何と無く察する。

昨日の試合でも、何度もムカつかされた記憶が蘇り、小さく舌打ちまで出てしまう。

 

 

 

「あの...ペテン師野郎が!」

 

まるで黒子がコート内にいる様な振る舞いで、強制的に笠松を警戒させて、シュートへの意識を外させた。

火神と黄瀬の1対1の時もそうだったが、あのトークがうっとうしくて仕方が無い。

こちらにとって嫌な事を軽く出来てしまうその様は、桐皇の今吉を髣髴させる。

陽泉の岡村のガッツだけではなく、今吉からも学び取っていたとは、と評価を改める。

 

「黒子っちのミスディレクションにあんな使い方があったとは...相変わらずこっちの予想斜め上を行ってくれるっスねぇ。」

 

黒子は試合に出ていても、その性質上目視しにくい選手である。

海常としては、黒子がスターターだと想定しているはずであり、黒子がいないという認識に至りきっていなかった。

序盤だからこそ使える手を直ぐに使って、揺さぶってくるそのやり方には、正直感心してしまう黄瀬だった。

 

「素直に感心してんじゃねぇよ!!」

 

直ぐに笠松から横腹に1発貰って表情を歪める羽目になる。

 

「ひでーっス...。」

 

「所詮は奇策...つーよりもただの思い付きだ。次はねぇ!」

 

いきなりかまされて黙っているほど、笠松はクールな選手ではない。すぐにやり返して、正面から打ち倒そうと闘志を燃やす。

 

 

点差が僅かでも先行されてしまった海常は、同様に笠松のペネトレイトからのチャンスメイクを行う。

先程は、英雄の立ち回りで未然に防げたものの、本来ならば伊月がどうにかしなければならない。

 

「(うわぁ、怒ってるよ...)」

 

伊月が何かをした訳じゃないが、矛先は伊月に向かっている。

確かに、あんな事をされた側としては黙っていられないだろうが、釈然としない。

 

「(でも、抜きに来るってのは間違いなさそうだ。タイミングは確認したし、今度こそ!)」

 

試合開始前のミーティングで、このマッチアップなら笠松中心のOFになるという事はリコから聞いている。

だからこそ、準備してきた事をここでやる。

 

「っし!」

 

再び笠松のドライブ。伊月にはとめられないと言う自信が見て取れる。

先程上手く行かなかったプレーをもう1度行うという事は、抜いて当然の様に思われているのだろう。

その自信どおり、笠松は伊月の裏のスペースに抜け出して、チャンスを狙った。

 

「(ここだ!)」

 

笠松がドライブ直後で無防備になっているのを狙った、背後からのバックチップ。

伊月は笠松に抜かれた後、1度も振り向かずにボールを捕らえていた。

振り向いて、という順序を省いて瞬間的に動けるので、肉体的に優れていない伊月でも、笠松からボールを奪う事が出来る。

とは言う物の、いくら『鷲の目』があって視野が広くても、早々出来る事ではないのだ。

実践で成功させた伊月にどれだけ膨大な練習量が裏打ちされていたのかは、チームメイトだけが知っている。

 

「今だ!速攻!!」

 

ルーズボールを英雄が拾って、日向にパスを出す。

序盤でも連続の失点は、士気に影響を及ぼす為、海常も必死で戻る。

 

「通すか!」

 

日向を森山が足止めし、味方の戻りを待つ。その間に黄瀬と笠松が戻り、速攻だけは阻止しようとマークに食らいつく。

 

「順平さん!」

 

そこに英雄が追いついて、セカンドブレイクに移行。

小堀を振り切っており、ミドルレンジで受けたジャンプシュートは、火神ほどでなくても高い。

 

「させねぇっス!!」

 

森山は日向のマークで動けなく、笠松では届かない。黄瀬が高いブロックでボールに手を伸ばしていく。

 

「よっと。」

 

英雄は、その裏にパスを出し、火神が絶好のチャンスとなった。

ゴール下に抜け出した火神のワンハンドダンクが決まり、ペースを奪える追加点を得た。

 

「(先行の火神と後詰めの補照か...)くそが!」

 

誠凛がこのスターターでの基本方針は、恐らくこれである。

陽泉との試合で見せた火神のワンマン速攻。これを止めるには難があり、対応できるのは黄瀬だけ。

そこにタイミングをずらした英雄がアウトナンバーでやってくるのだ。フリーなどいくらでも作り出せる。

 

「(そして、速攻の為のターンオーバーを作るのは、伊月って訳か。)」

 

これ程の隠し玉があったとは、思いもしなかった。

思いついても普通やらないだろう。普通でないプレーを実行する伊月の評価を上方修正させられ、舐めてた自分を正していく。

 

「悪い、認めるぜ。伊月。」

 

「ま、後輩にポジション奪われたままってのが悔しくてね。...っは!『ムキムキだぜ。後輩の後背筋』」

 

「背骨折るぞ、伊月。」

 

真剣勝負の途中に何を言っているのか、笠松には分からず、ポカンとしてしまう。

 

「俊さん成長しましたね。...前フリが付くようになってるし。」

 

「どこを褒めてんだ!どこを!」

 

伊月の代わりに、英雄のケツが蹴られている。

 

「何やってんだ...お前等。」

 

傍から見ていると、日向のツッコミがこれを助長させているようにしか見えない。

やや呆れ口調で、台無し感を訴える。

 

 

 

笠松は、改めて誠凛の強さを実感した。序盤から4点とリードを許し、誠凛が調子付き始めている。

1度大きく深呼吸を行って、熱くなった頭をクールダウン。

内心では、誠凛のスターターメンバーを笠松ですら舐めていた。分かっていながら、陽泉と同じ様にちょろまかされてしまった。

落ち着いて、まず1本取る事に全力を注ぐ。

 

「森山!」

 

「おう!」

 

「させっか!」

 

冷静に立ち戻った上で、強気に攻める。

外でチャンスを窺っていた森山にパス。狙いは3P。

日向も当然ブロックを試みるが、その独特なフォームから繰り出されるシュートは、タイミングも通常と違い、触れられない。

 

「(相変わらずきったねぇフォーム!でも、入るんだよ!)」

 

ボールは回転しておらず、ループも独特なのだが、それでも得点となる。

 

海常高校 5-6 誠凛高校

 

いきなり1点差まで縮め、あっという間に追いついてくる。

流石と言うべきか、海常とて練習試合から今までの間で何もしていない訳ではない。

寧ろ、IHで全国出場を果たし、誠凛よりも多くの強豪たちと戦い、激戦の果てに敗北も経験してきた。

この位のことをピンチなどと言わない。

 

「さぁ守っぞ!」

 

外せない場面で強気に攻め抜き、シューター森山もいきなり決めて流れを奪いに掛かる。

開始直後、少々もたついてしまったが、これが海常だと言わんばかりの力技。

 

「ここで3Pかよ。IHの桐皇の時もそうだったけど、ガンガンくるな。」

 

「でも、1点リードしてるのはウチっすよ。DFきっちりやってりゃ、問題ねぇんす。」

 

ベストメンバーではない誠凛にとって、この1点はかなり大きい。リコの作戦上、最低でも点差を抑えておきたいところだった。

それでも、いけるなら行って良いとも言われている。

 

「よし!頼むぞ火神!」

 

「任せろ!...です。」

 

今のところ、笠松のドライブからのOFは絶対ではなくなった。他にパスを散らせてくるだろう。

どちらにせよ、伊月と火神が前半のDFでメインとなるのは間違いない。

日向の激励に火神は強く答えた。

 

「つっちーさんもたのんますよ?彼女来てるんでしょ?」

 

「ああ!やってみるさ。」

 

そして、中でも土田の気合の入り様も中々であった。

土田の特技、それはもちろん

 

「リバウンドー!!」

 

火神のシュートに黄瀬が跳び付き精度を低下させて、ボールがリングに弾かれた。

中の小堀・早川、英雄・土田のリバウンド争いが開始され、一斉に手を伸ばす。

 

「ぬぅがー!」

 

奪ったのは、海常・早川。

土田の気合も空しく、ポジション取りの時点で負けていた。

 

「戻れ!」

 

日向・伊月・火神が戻って行き、笠松・森山・黄瀬が速攻に走る。

海常の速攻も速く、英雄らとの距離が開いてしまっている。

 

「森山!」

 

ここは黄瀬で来ると呼んでいた誠凛は裏をかかれて、森山のカットインへの反応が遅れる。

伊月が手を伸ばしながら、パスを塞ごうと必死で迫る。

 

「(これは...)パスじゃない!?」

 

「2度もやられて黙ってられるか!」

 

伊月が手を伸ばしたコースはフェイク。パスフェイクで伊月の体勢を崩し、笠松はここでも強気に3Pを放った。

守りたかったリードもあっさり無くなり、海常の逆転となる。

 

「俺がOFの起点になりますよ。鉄平さんとテツ君の役割だけど、何とかパス捌きますから」

 

海常DFは外への意識が高い。日向はもちろん、火神へのチェックも厳しいところ。

はっきり言って、インサイドでなんとか出来ないと前半海常に主導権を奪われっぱなしになる。

 

「(やっぱり...すごいな。海常の10番。)」

 

1度目の競り合いに負けた土田は、全国トップクラスのリバウンダー早川に対しての感想が止まらない。

 

「(スクリーンアウトもそうだけど、フィジカルや動き出しの速さもだ)」

 

同じ役割の選手として、尊敬すらしてしまう。

身長で既に負けており、ここでリバウンドを取るにはと頭を巡らせる。

 

「土田、堅いぞ。そんなんで大丈夫かよ。」

 

「やるさ。俺だって、誠凛だ。」

 

「...『だって』とか言うんじゃねぇ。」

 

土田の返答に不満な顔をしてしまう日向は後に言葉を続ける。

 

「お前だから、みんなが任せたんだ。分かったら、しっかりやって来い!」

 

一端のキャプテンから、全国のキャプテンに成長していく日向の叱咤は、不思議と悪い気がしなかった。

1年の問題児をまとめ、強豪相手にも食らいつき、勝ち上がってきた。実績は確かにあるのだ。

 

「(なるほど、最初の頃は良く分からなかったけど。みんなが日向をキャプテンにした理由も分かる気がするよ)」

 

誠凛高校にバスケット部が設立され、日向がキャプテンになった後から入部した土田。小金井からその辺りの事は聞いていた。

 

「順平さーん、かっこいい~。」

 

問題児に関してはまとめきれていないかもしれない。

英雄が「うるせぇダぁほ」と言われている。

そういえば、ひょっこり現れた英雄もいつの間にか馴染んでいたなぁと思い出す。

未だ誠凛に進学していない頃も、高校から始めた土田に対してリバウンドの教えを請うていた。

あれは不思議な気分だった。急に教える側に立たされて、根掘り葉掘り聞かれて、教えている内容が正しいか不安にもなった。

 

「(そうだ。あっちに凄い選手がいるなら、学べば良い。俺だって仮にもリバウンダーなんだ。カントクの言ってた事が本当かどうかはやっていみれば分かる!)」

 

土田は、その薄い瞼の中で早川を見定め始めた。



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アイ アム カントク

再開します。ご迷惑かけました。


誠凛OFは1度英雄にボールを入れてからの展開。

ハイポストでも隙あらばシュートを狙ってくる英雄をチェックする為、小堀もゴール下から離れる。

そうなれば、エンドライン際にスペースが生まれ、DFの小堀を背負ったままでスペースに飛び込んだ日向にパスを合わせる。

 

「っちぃ!バックドアだ!早川ヘルプ!!」

 

最も後ろを守っている早川より更に後ろのスペースを突くプレーをバックドアという。このプレーが上手くいくと得点の期待がかなり高い。

忌々しそうに笠松が素早く指示を出すのだが、カットインで抜け出した日向は土田へパスを行って、土田のシュートが決まる。

 

「ちぃ!(どんどんプレッシャーを掛けてきやがる!)」

 

笠松のドライブを序盤で止めた伊月はジリジリと歩み寄ってくる。

3Pを打たせないと言う物で、ドライブを止められる自信の表れだろう。

 

「(だがな...それくらいで大人しくなるかよ!)」

 

対して海常もインサイドで勝負する。

とは言っても小堀中心のOFではなく、リバウンドを高確率で奪取出来ると想定したジャンプシュートを打つもの。

小堀と英雄の高さが同等でも、早川と土田の差は大きい。

早川のOFリバウンド奪取の確立は全国でもトップクラスで、陽泉の様な極端な相手でなければもぎ取り続ける。

 

「(楽に打たせちゃ駄目だ!強気に行け!)」

 

目の前の笠松の目には、まだ力が残っている。

1度止めたくらいで、勝ったと思うほど伊月にも余裕が無い。

 

「(来た!)」

 

伊月からみて左方向の死角に笠松が飛び込んでくる。正面から止められないのは承知の上で、重要なのはここからである。

鷲の鉤爪のタイミングを計ろうと神経を集中させる。しかし、笠松がもう1度目の前に現れた。

 

「(ターンアラウンド...!?)しまった!」

 

笠松のプレースタイルの基本格子は、高確率の3Pと鋭いドライブである。

DFが浅く守れば3Pで穿ち、半端に詰めれば振り切られる。そして、もう1つ。

ターンアラウンドからの、フェイダウェイジャンパー。

IHの海常対桐皇で、桃井からのデータを事前に貰っていた今吉でも追いつけなかったプレー。

背後に意識がいってしまい、今吉ほどの高さを持っていない伊月では僅かに届かない。

 

「ちったぁ驚いたけどよ、まだまだだぜ。」

 

高校2年生時には、実力者が集う神奈川の覇者・海常高校のPGとしてスターターを勝ち取った名プレーヤ。それが、笠松幸男。

PGというポジションは、基本最上級生が選ばれる事の多い。

判断力と正確性を求められ、それを習得するのに時間を多く消費するからだ。

それでも、1年前は笠松を中心に海常は動いていた。個人の能力はともかく、PGとしてでは今吉も笠松には及ばない。

 

「(くっそ、やられた。)」

 

土田のスローインを受けながら、笠松の引き出しを再度確認。直ぐに修正して読み合いに勝るよう準備する。

少なくとも前半は同じ様な状況が続く、笠松に調子を上げられると苦しくなるのは明白だ。

 

「(絶対に止められない訳じゃない。もっと先まで読めば...!)」

 

伊月は前を向きながら、静かに闘志を燃やす。

 

 

 

「(伊月の奴...燃えてるな。俺もなんとかしないと。)」

 

伊月の後に続く土田も己の責務を果たそうと視線の先にいる早川へと集中する。

土田に任された役割とは、当然リバウンドである。

誠凛OFは、1-3-1ポジションを取っており、トップに伊月、右に日向、左に火神、中央に英雄、そしてゴール下付近に土田となっている。

英雄が、中央にいるという事はマークの小堀もゴール下から離れており、ゴールに最も近い場所で早川と土田が争う形になるのだ。

 

流れが未だどちらにも傾いていない現状、日向でも序盤はシュートの精度を欠く。

火神には黄瀬がマークしており、一辺倒にも出来ない。

序盤の作戦は、1度英雄にボールを集めて展開するという事になっていた。

言ってしまえば、木吉と黒子の役割をカバーすると言うもの。パスに釣られればシュートを打つ。

1テンポ小堀のブロックが遅れれば、英雄のミドルシュートが放たれる。

 

「(くそっ!分かっていたけど、Cの身のこなしじゃない!)」

 

少し前のバックドアプレーが頭に残っており、シュートへのケアが疎かになったことでの失点。

 

「気にするな、小堀。パスは無視してアイツに集中しろ。」

 

苦虫を噛み潰すような表情の小堀を笠松が諭す。

ペースの奪い合いの最中、笠松に落ち着きが戻ってきたようだ。それぞれの優先順位をこの場で確認していく。

 

「いいか、おめーら!お互い乗り切れていない状況でやる事は1つ。シュートを打たせて落とさせろ!」

「よっしゃあああああ!!!」

 

早川が食い気味に叫びだし、気合を入れる。察しが良いのは悪くないが。

 

「っるせぇ!!」

 

耳元で叫ぶのは頂けない。笠松に横っ腹を蹴り飛ばされた。

この辺りが誠凛との違い。

早い話、海常高校は誠凛よりも知っているのだ。辛い時間での戦い方を。

今年に入って最初の練習試合で敗北し、IHで桐皇に敗北した。それ故に、今まで誠凛が戦ってきたキセキの世代のいるチームの中でもその完成度は高い。

 

 

両チームが攻守を繰り返し主導権争いを続ける内、徐々に海常に向かって試合が傾き始めた。

原因は、早川がノリ始めたからだ。

 

「まずった!」

 

英雄のシュートに僅かに小堀の指が触れて、リングに弾かれた。

後出しの権利までは出来ない英雄のシュートは、読みでもヤマ勘でも当れば止められるものだ。

現在の英雄のプレイエリアはペイントエリアのみで、それは小堀のDFの範疇であった。

 

「あっぁあ!!」

 

土田に全く仕事をさせずに早川がリバウンドを抑える。

 

「よくやった早川!ナイスだ小堀!」

 

森山が2人の好DFを褒め称えながら、ターンオーバーへと走る。

 

「走れ速攻だ!」

 

早川からボールを受けて、前線に走る黄瀬にロングパス。

他の試合であれば間違いなく得点に繋がるプレーだが、火神のマークが外しきれていない。

 

「火神っち!」

 

「黄瀬!来い!!」

 

ここに来てエース対決。黄瀬が火神から直接得点できれば、チームは乗れる。

ターンオーバーからという事で黄瀬有利の体勢。それでも紫原を覗けば随一のブロックの高さを誇る火神であれば、止めかねない。

黄瀬のドライブからのロールターン。開始直後にやられたプレーをそのままやり返す。

 

「(けど、明らかに俺以上って訳じゃねぇ。同じって事は、タイミングも読める!)甘いぜ!」

 

ファーストコンタクトの時とは2人の技量差が違う。確実に同等と言い切れる。

以前の様に倍返しとは言えないのだ。つまり、黄瀬が火神のコピーをすれば全く同じタイミングになってしまう。

タイミングが分かれば、ブロックも容易い。

 

「黄瀬!寄越せ!!」

 

「なっ!?...パスだと?」

 

火神の予想を裏切り、黄瀬から森山に渡って、セカンドブレイクでレイアップを決められた。

今の展開なら黄瀬は勝負してくるはずと思い込んでおり、森山の存在を頭から消してしまう。

他のキセキの世代と比べて、チームプレーを取り入れているのは知っている。しかし、ここまで献身的のプレーをするようになったのかと火神は疑問を抱いた。

 

「ナイスパス、黄瀬。」

 

「うぃっス...。」

 

黄瀬の技ありパス。なのだが、その黄瀬本人が残念そうに火神を見つめていた。

不本意。そんな感情が表情に出ていた。

 

「黄瀬、顔に出てるぞ。」

 

「え?マジっスか??」

 

「馬鹿野郎!ばれたら意味ねぇんだぞ!!」

 

未練がましく横目で火神を見ていた黄瀬に森山が注意し、笠松が脇に肘をぶつけた。

誠凛が準々決勝での疲労に悩まされていると同様に、実は海常もまた問題を抱えている。

バスケはともかく、演技のセンスがない黄瀬を見ていた笠松はいち早く気が付き、確認の上で監督・武内に伝えた。

そして、その問題を外部に漏らさない様に徹底し、込みこみでの作戦を立てた。

海常も誠凛に負けず劣らず、ギリギリの綱渡りで博打を打っていたりする。

 

「色々状況が変わっちまってるが、予定通り行くぞ。」

 

予想外のメンバーで始まったのだが、それは海常からみて好都合と捉えるべきだ。

笠松の言葉で黄瀬の表情が分かりやすく変化した。

 

「っスよね!やっぱそうでないと!!」

 

既に決まった事ではあるのだが、実際にやってみるとストレスがどうにも溜まってしまう。

勝つ為に納得したつもりでも、あまり向いていないと思う黄瀬だった。

 

「だから表情に出すなっつの。」

 

 

 

メンバーの疲労を考えて、序盤のペースを抑える誠凛。

それ自体は上手く運べているが、考え過ぎて消極的な部分も見え始めていた。

今まで全力で挑む事しかしていない誠凛にとって、こういった試合運びは慣れていない。

伊月主導でのハーフコートバスケット。なるべく火神を酷使することなく、試合を消化できている。

しかし、安定感で上をいく海常にリードを許し続ける展開になってしまった。

 

「...(おかしい。どうして海常は黄瀬で点を取らないんだ?)」

 

火神にとって喜ぶべき事かは分からない。それでも妙な感じがした。

序盤での火神に任せれた事は黄瀬へのマーク。対して海常は黄瀬へのパスが少なすぎるのだ。

以前より火神の実力が増し、そうそう楽に黄瀬からの失点を許さない事への警戒などある訳が無い。

エースを使わない理由が確実にある。火神はそう考えた。

 

そして、第1クォーター残り3分を切った時、火神の予感は的中した。

 

「時間だ。」

 

海常OF。笠松が黄瀬にパスを行い。海常全体が動き始める。

 

「(アイソレーション...!)」

 

黄瀬が攻めやすいようにスペースを空けており、海常の目的は1つ。黄瀬で得点すると言う事。

そして、火神が腰を落とした瞬間、黄瀬がチェンジ・オブ・ペースで抜き去った。

 

「(速ぇぇ!?青峰ばりの...まさか!?)」

 

驚きを隠せない火神が抜かれて、ヘルプで英雄が向う。

 

「無駄っス」

 

黄瀬の切り替えし、しかしながら目で追えた。それでも、気が付くと座り込んでいた。

 

「ありゃ?」

 

残ったのは土田だが、黄瀬を止めるには無理がある。

背後からブロックに来た火神をダブルクラッチでかわしながらボールを放り込んだ。

 

「(今のは確かに赤司のアンクルブレイク...)」

 

火神が背中越しで見た黄瀬のプレーは赤司のものと瓜二つ。

第1クォーター序盤で大人しかった黄瀬が遂に動き出したのだと、火神は確信した。

 

「『完全無欠の模倣』か...!」

 

「攻めるぞ!ボーっとするな!!」

 

日向の声で思考から抜け出し、点を取り返すために前を向く。

しかし、黄瀬からにじみ出る威圧感。それが尋常でない大きさにまで膨れ上がり待ち構えている。

伊月がボールを運びながら何処から攻めるかを考えていたが、黄瀬の膨大な存在感にリスクの高い火神以外と判断した。

 

「英雄!」

 

「うぃー、す!」

 

小堀のマークを受けながらDFの裏を付くパスが出た。日向にパスが通り、再びバックドアでチャンスが生まれる。

マッチアップの森山は3Pを警戒していた為、日向のカットインにマークを振られていた。

 

「(しまった!)」

 

「(上手く意表を突けた...このまま...っておい、何でもうそんなところに...!)」

 

小堀は英雄に、早川は土田のマークをしておりシュートを阻むものはないはずだった。

しかし、逆サイドの火神のマークをしていたはずの黄瀬がヘルプに来て、既に最大跳躍位置に駆け上がっている。

日向のレイアップを弾いた豪快なブロック、瞬時にポジションを変える反応速度、まるで

 

「(まるで、紫原そのものじゃねーか!)」

 

「ルーズ!拾え!!」

 

「っく...!」

 

「おぃゃー!」

 

ルーズボールを早川が制し、ターンオーバーのチャンスが生まれる。

土田はフィジカル以前に反応に遅れ、直ぐに競り合いに望むも跳ね飛ばされた。

 

「戻れ!速攻を出させるな!!」

 

真っ先に戻る伊月は全体に呼びかけ、ボールを持つ笠松へ距離を詰める。日向も序盤に決められた3Pを警戒し、森山を追従。

 

「甘ぇよ!」

 

「(パス...?この位置、まさか!?)」

 

笠松から出たパスが向かう先、伊月の目には追えていた。だが、気が付くのが遅かった。

ボールは決してハーフラインを超さず、ゴールから遥か遠い位置で黄瀬が受ける。

 

「(これは...緑間の...!?)」

 

異常なまでの高弾道、緑間の超ロング3Pが遅れた火神のブロックを超えてリングに突き刺さった。

 

「今の俺は止められないっスよ...!」

 

「...っぐ(これが後2分も...マジかよ)」

 

緑間のシュートレンジを再現できる以上、もっと早めにチェックをしなければならない。だが、『完全無欠な模倣』はそれだけで済まない。

青峰のドライブ、紫原のゴール下等々、外も中も穴はない。正に完璧なのだ。

 

「黄瀬っ!」

 

「させねぇっス!」

 

誠凛も果敢にOFを仕掛けるが、DFにおいても黄瀬のパフォーマンスが上回る。突破口を開こうと火神のドライブを試みるが、赤司の『天帝の目』を再現した黄瀬がスティール。

火神の動き出しに片手を合わせてボールを弾く。

 

「速攻!続け!!」

 

笠松が拾って、連続のターンオーバー。伊月をスピードで突き放し、レイアップを決めた。

防戦一方の誠凛。火神以外のメンバーがそれぞれのマッチアップで一杯一杯になってしまい、黄瀬にまで手が行き届かない。

ベストメンバーならまだしも、流れは完全に傾いた。

 

「(もしかしたら出会い頭に来るかもとは考えていたけど、何故今なの?)」

 

『完全無欠の模倣』。威力はさることながら、言ってしまえばゾーンと大差なく高いリスク。5分という限界が存在している為、使いどころが難しいのだ。

だからこそリコに疑問が生まれる。このタイミングが意味するものとは一体。

ここで3分使ってしまえば、単純な引き算で残りは2分。この様な中途半端な使用をするあたり、先手必勝の逃げ切り作戦ではない。終盤の勝負所の為に取っておくにしても2分は少し心もとない。

 

「(そもそも、リードを奪ってたのは海常。リスクを背負う意味って何?)って、いけない」

 

つい海常の作戦にばかり気を取られ、今の状況から目を離してしまった。

 

「みんな落ち着いて!焦ったら駄目よ!まだ序盤なんだからとにかく1本!!」

 

当たり前の様だが、バスケの勝敗は積み重ねにのみ生まれる。逆転ホームランが無い以上、1回のOFを成功させ続けられればそう簡単に敗北をしない。

焦りという感情は確実にプレーへ悪影響を及ぼす。故にリコは呼びかける、落ち着けと。

 

だがそれでも、黄瀬の生み出した勢いは止まらない。

ボールを叩き、ボールを奪い、シュートを決める。他の海常メンバーは、確実に黄瀬へパスが行き届く様に、スクリーンを掛け走り回り、出来る限りの援護を続けた。

 

「速攻!」

 

誠凛のOFの芽を潰し続け、この約3分間での失点を許さない海常DF。

現状の構成メンバーでは効果的なOFを展開できない誠凛。リコの采配が完全に裏目に出ている。

繰り返される海常のターンオーバーに走り回るが、黄瀬にボールが渡ってしまうとマッチアップの火神にのみ託される。

 

「(マンツーやってる限り、俺が抜かれると黄瀬を止められねぇ。かといって)くそっ!」

 

ハーフライン付近でボールを受けた黄瀬と何度も1対1を行った。ボールを奪うどころか足止めすら満足に出来ないのが現状。

出鱈目な黄瀬のパフォーマンスに苦言を零すも強気に前へと詰める。

誠凛DFの形が悪い理由は、緑間の超ロング3Pである。マンツーマンDFを行っている為、火神と伊月が間延びしてしまいヘルプをするにも遅れが生じる。かといって、ゾーンDFにしようものなら容赦なく3Pを突き刺してくるだろう。

ボールを持った黄瀬がリングを見る事により、火神に揺さぶりをかけてくる。

 

「(強引に行っても、青峰のドライブで抜かれる...どうすれば)」

 

分かっていても誘いに乗ってしまう。黄瀬のシュートモーションに反応し、片手を伸ばす。しかし、止まった状態の0から一気に100へと急加速。

火神はマークを引き離されながらも全力で反転し追いかける。

 

「今の俺を止められるのは俺だけっスよ」

 

ゴールに真っ直ぐ向かったはずの黄瀬の声が、真横から聞こえてきた。

急加速に加えて急停止。火神の死角から死角に移動し、超ロング3Pをリング中央に突き刺した。

 

「第1クォーターはウチ等が貰ったっス」

 

海常高校 31-14 誠凛高校

 

黄瀬の爆発により、攻守共に誠凛を圧倒。怒涛の3分間で16得点、その内失点は0。文字通り何もさせず、いきなり誠凛をダブルスコアに追い込んだ。

徹底的に責められた誠凛は重苦しい表情でベンチへと戻る。海常もベンチへと戻っているが、大差に喜んでいる者が誰一人としていなかった。

 

『完全無欠の模倣』の凄まじさを改めて体感した誠凛の状況は深刻である。

リコの提案により、木吉・黒子がスターターから外れていた。仮に『完全無欠の模倣』が開始から来るとすれば、TOを使って流れを切ったり、木吉・黒子を投入して多少なり抗いようもあった。

しかし、残り3分という微妙なタイミングで、TOを取るべきかを悩まされた。序盤で点差が開いても取り返せるという自身からくるものだったのだが、結果は第1クォーターで30点オーバーという、全国大会の準決勝において稀中の稀が起きてしまった。

 

「(陽泉に通用して得たものは、自信ではなく慢心だったって訳?)」

 

陽泉高校との試合で、リコが考えに考え抜いた作戦・戦略が的中した。メンバー一人ひとりを効果的に起用し、見事と言える采配をした事は事実。

チーム一丸のスタイルに多少なり自信を持ち、海常との作戦も皆に伝えた。

しかし、状況が違う。海常はWCで戦った他のチームよりも誠凛に対するモチベーションが非常に高い。陽泉や桐皇の様に受けてたってくれれば隙を突きやすいのだが、以前戦った秀徳の様に死に物狂いで挑んでくる。

言い換えれば、挑戦される側の戦い方を誠凛は、リコは知らないのだ。

 

「...みんな、ごめん」

 

「っは?何言ってんだよ、カ」

「けーど安心して!これくらいのピンチ、慣れっこよ!」

 

1度頭を下げて謝罪したリコは、日向のフォローを食い気味に潰した。

 

「ぉ、ぉぉお...」

 

微妙に被害を受けている日向はリアクションに困り、握り拳を作ったリコを見上げている。

 

「大丈夫!17点差なら昨日もひっくり返せたし!中盤戦で盛り返すわよ!!」

 

リコのなんと勇ましい事か。頭の切り替えも完全に終わっており、既に第2クォーターからの方針とそこから繋がる勝機を見つめている。

体力回復に努めていた為に黙っていたメンバーよりも元気一杯だ。

 

「ははっ!リコ姉ってば強くなりすぎじゃないの?」

 

「俺の代わりに『鉄心』って使うか?」

 

英雄と木吉が釣られて笑っている。木吉に関しては、いっそ二つ名を差し出そうとしている。

 

「カントク、次から木吉を出すのか?誰が代わる?」

 

伊月が話を戻し、第2クォーターの具体的な詳細を求める。

 

「(大丈夫、大丈夫)ううん。このまま行きましょ」

 

リコは内心で自らに呼びかけ、メンバーの変更をしなかった。

 

 

 

 

「よし。予定と少々違うところがあったが、逆に都合がよかったな」

 

海常ベンチでも現状とこれからの事を確認しあっている。

 

「誠凛は、昨日の無理が祟ったのか満身創痍だ。この機を逃さず、勝利を掴むぞ」

 

監督の武内は、序盤にも拘らず全力で攻め抜いた為、疲労を抱えている5人に静かに指示を出す。

海常メンバーの本心ではベストコンディションで戦いたかったのだが、そうも言っていられない。何故なら、満身創痍なのはお互い様だからだ。

 

「(17点差...もっと取れたはず...)っそ...」

 

「聞こえてんぞ、顔に出すなって言ってんだろ」

 

『完全無欠の模倣』の使用は体力を浪費する。荒々しい呼吸の間に黄瀬の『くそ』という一言が、乾いた音と一緒に笠松の耳には届いていた。

海常に余裕はない。差が17点もあるのか、17点しかないのか。その表情が物語っている。

 

「けど、第一関門は通過した。後は任せろ、お前の出番は直ぐそこだ」

 

「...お願いします」

 

「だから顔に不安って出てんだよ!先輩舐めんな!」

 

目線を下に向けたまま、重苦しい表情のまま、黄瀬の想いが込められていた。笠松はセットされていた髪を上からクシャリと潰して活を入れた。

こんな事は以前にもあったなと思い出し、1度やりきったのだから今回もと、深い呼吸と共に腹を括った。

 

 

 

第2クォーターを開始する為に、コートへ向かう。

火神がちらりと黄瀬に目を向けた瞬間に、目を見開いた。

 

「おい...!どういうことだ...?」

 

黄瀬だと思って向けた視線の先に黄瀬はおらず、全くの別人が入場している。姿を探してベンチを見ると、その本人がジャージを着て座っているではないか。

 

IN 中村  OUT 黄瀬

 

海常高校は大体にして、万能型チームと評される。

聞く分には、特別特徴も無くどれもが無難に行われるのだろうと思う者もいるだろう。

だが、その凄さは実際に戦った者以外には分からない。

万能。つまり、中も外も、速攻も遅攻も、戦略も戦術も穴が無いのだ。

 

「(上等ねっ!ソッチが何企んでいるのかは知らないけど!)」

 

目標である日本一を実現する為に、主力をなるべく使わないという方針に出たリコ。

その上で勝つには、全体への指示やベンチワーク等、監督としての手腕が問われる一戦となった。

チーム一丸となって戦えば海常と言えど勝機はあると信じ、相手の作戦を読み、それを上回る策をひねり出さなければならないのだ。



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目標はたったひとつ

「黄瀬ちん引っ込めるの~?何で~?」

 

黄瀬の交代に疑問を持ったのは、誠凛だけではない。

モグモグと口を動かしながら試合を見ていた紫原もまた、この采配に疑問を抱いていた。

 

「さて、どうだろうか。生憎、監督のいろはを知っている訳ではないからね」

 

単純に考えれば、エースたる黄瀬をベンチに下げる理由はない。3回戦くらいであれば、温存も納得出来る。だが、誠凛には火神がいる。

キセキの世代と同格となった彼を止められるのは黄瀬だけだ。態々大切な5分を削ってまで得たリードを生かすのであれば、やはり黄瀬を起用し続ける必要がある。

そこには、何かしらの理由が無ければならないが、一選手の氷室には疑問の答えを持っていない。

 

「ところで、お菓子は控えるんじゃなかったのかい?」

 

「これはガムだよ。何か口に含んでないと、つい食べちゃいそうで」

 

「何か禁煙みたいだな」

 

誠凛に敗北したその夜。紫原は、お菓子等の摂取を控えると言い出していた。

とは言うものの習慣とは恐ろしいもので、無意識にスナック菓子の袋を開け、手を伸ばし口に運びそうになってしまう。その度に荒木の竹刀の音がなっていた。

我慢していると涎が溢れ、日常生活にまで障害となりそうなので、岡村からガムを手渡されていた。

 

「あと、ガムはそんな直ぐに吐き出すものじゃないよ」

 

「えぇ~、だって直ぐ味なくなるのに?」

 

「敦は飴を噛み砕く癖を持ってないかい?」

 

小学校低学年ばりにガムの消費が早い紫原。当然の様にミント系ではなく、甘いフルーツ系のガムを噛み、味がなくなると直ぐに取り替える。

岡村から貰ったガムはとっくになくなり、ポケットの中にはくしゃくしゃになった銀紙がぎっちり詰まっている。

 

 

 

 

第2クォーターは黄瀬のいないまま開始された。

代わって出てきたのは、2年生の中村慎也。181cmでポジションはSG。

 

「中村、OFで無理をしなくていい。お前の武器を見せ付けてやれ」

 

「はい!」

 

コート内の雰囲気は実際に立ってみないと分からない。途中交代後、直ぐに高いパフォーマンスを発揮する事は難しい。

3年生でもなく、まだ垢抜けなさがある2年生の中村に、笠松は一言かける。

 

「DFだ!絶対に楽なシュートを打たせるな!!」

 

そして全体へ。黄瀬のいない状態で、誠凛のOFを防ぎきれるとは思っていない。だが、それでも踏みとどまるくらいの奮闘をしなくてはならない。

火神へ中村と早川でダブルチームを仕掛け、失点を最小限にする。他からの失点をある程度覚悟しなければならないが、1番の得点源を抑える事で誠凛OFのリズムを狂わせる。

 

「1本だ!まずは1本集中!!」

 

主導権を完全に奪われ、ここから差を詰めていかなければならない誠凛。黄瀬が下がったとしても、相手は海常。揃って全国屈指の実力者なのだ。舐めてかかれば痛い目をみることになる。

リズムを立て直す為にも、最初が肝心。ここを潰されて20点差をつけられようものなら、今の誠凛に勝ち目は無い。

黒子や木吉がいない現状で、支えになろうと日向は声を張る。

 

「(出鼻をくじかれる訳にはいかない。ここは)」

 

インターバルを挟んだ事により、第1クォーターの様な海常の押せ押せムードは薄まっている。着実にゲームに入りたい伊月は選択肢を火神に絞った。

 

「火神だろ?簡単には通させねぇよ」

 

そのくらいの事は、笠松もよく分かっている。波にのった時のOF力は、陽泉ですら止められなかった。

だからこそ、波には乗らせない。チームとして若い誠凛のペースを狂わせれば、再び立ち戻るのに時間が掛かる。

 

「っぐ...!(なんてプレッシャーを)」

 

木吉や黒子がいなければ、OFの起点は伊月だけになってしまう。笠松は伊月にタイトなチェックを行い、前へとプレッシャーを掛ける。

 

「俊さん!」

 

前へ前へと意識が向かっていた笠松の背後に、英雄がスクリーンを試みた。

 

「助かる!」

 

「っちぃ!小堀頼む!」

 

マークから解き放たれた伊月がそのままペネトレイト。その動きに合わせて小堀がスイッチ。

 

「(いかせない...)パスっ!?」

 

伊月の前を塞ぎ、距離を詰める小堀。だが、伊月は1度受けたボールを再び背後へとパスを出した。

 

「(ピック・アンド・ロール!ざけやがって...くそっ届かねぇ)」

 

スクリーン後にパスを受けに行った英雄をマークしていた笠松は、ジャンプシュートに手を伸ばすがあまりの身長差に苦い表情。

小堀も反応できず、早川が咄嗟に駆けつけ手を伸ばす。

 

「このっ...!」

 

「(パスコースが空いた...)よっとぉ」

 

シュートリリースの動きでボールを打ち放たず、コートを叩きつけるバンドパスに移行。マークが1人減った火神の手に渡り、絶好の得点チャンス。

 

「ナイスパス!」

 

受け取った火神のドライブは中村1人で止められない。

ドリブルで突っかけ、ミドルジャンパーを決める。

 

「(なんだよ...ソレ。実際にマッチアップするとこんなに高いのか?これじゃ、何人付いても飛ばせたらノーマーク同然じゃないか)」

 

平面で食らいついても、あの高すぎる打点のジャンプシュートを止める術がない。

優れたDFとして海常のユニフォームを着ている中村をしても火神を抑えられない。

 

「中村!今のは俺のせいだ!気にするな!」

 

中村に火神との1対1の状況を許してしまった原因は、己の責任だと笠松は言い。切り替えを促す。

 

「寧ろ抜かれなかった事を褒めてやるよ。その調子で頼むぜ。火神は外を苦手にしてる、中に切り込ませなきゃこっちのもんだ」

 

恐らく、偶々火神がそういう選択をしただけで、実際抜こうと思えばぬけたはず。だが、笠松の言う事も事実、早川と2人で失点を減らせる事はできるはず。

 

「はい!」

 

中村のスローインを笠松が受け、この試合の中盤戦の展開を物語るOFを仕掛けていく。

 

 

 

「(黄瀬の交代は正直予想外だったが、今の内に取り返す)」

 

OFを成功させた伊月は、手ごたえを感じていた。火神を2人でマークする以上、他へのチェックが甘くなる。火神以外がスクリーンを掛けてDFにズレを作っていけば、高確率で得点できる。

最短で逆転を狙うには、ここからのDFに懸かっている。ターンオーバーの分だけ点差が埋まり、主導権も取れる。しかし、主力を欠いているのはこちらも同じ。

黄瀬がいない場合、ボールを持つ時間が増える笠松をいかに止めるかが重要である。

 

「...?(こない?異様に静かだな。いくらなんでも、ちょっと慎重すぎるんじゃ)」

 

第1クォーターとは対照的に、海常OFはペースを落とした。

ショットクロックの数字は18、15、12と減っていき、ドリブルの音だけが耳に届いていた。

 

「森山!」

 

そして10から一桁へと変わった瞬間、海常のテンポが急変する。

中村のスクリーンで抜け出した森山の名を叫びながら、その実全力のドライブ。森山に意識を釣られて、虚を突かれた伊月には『鷲の鉤爪』を使うタイミングを読みきれず、笠松の侵入を許した。

 

「しまっ..!?」

 

がら空きのペイントエリアに入り込んだ笠松に英雄がヘルプで詰め寄る。

 

「(このっ...嫌なタイミングで...だが)小堀っ決めろ!」

 

「っげ、股抜き」

 

周りに流されず、確実に笠松のシュートチャンスを潰した英雄。だが笠松は直ぐに切り替え、英雄の股を通して小堀へとパスを繋ぐ。

 

「させっか!」

 

フリーでのシュートに火神が強襲。小堀の放ったシュートに指を掠める。

 

「なっ!?(あの距離を一瞬で...)」

 

1m以上の距離を一瞬で詰め寄り、小堀の背後からブロックを届かせた。シュートは外れて、リングから零れ落ちる。

 

「リバウンドー!!」

 

「ぬっぅんがぁぁ!」

 

「(反応が..)速すぎるっ!」

 

誰よりも先んじて、スクリーンアウトを行った早川に土田はボールに触れる事すらできない。

奪ったボールを自ら決めて、海常の追加点。

 

「よーし!今度こそ止めるぞ!」

 

危うさはあったもののOFを成功させ、DFへの意気込みも増す。勝利までの過程にある難航な第2関門へと、笠松を先頭に駆けだした。

 

「おいおいおいおい...なんだよそりゃ。ペース配分無視かよ」

 

海常から放たれる気迫は、正に勝負所のもの。どう考えても完全なオーバーペースで、これが最後まで続くとは思えない。

形振り構わず必死になっている海常に日向は異様なプレッシャーを感じた。

 

「(っていうか、この場のディレイドOFって...やっぱり逃げ切り戦法?)」

 

海常の気迫よりも遅攻に及んだ理由が気になったリコ。

誠凛も陽泉との試合で使用したディレイドOF。1回のOFにおける24秒を目一杯に使用するものである。

意味合いとしては様々で、終盤の逃げ切り戦法でよく使われる場合がある。しかし、リコの考える通り、第2クォーターからあからさまに使用するという前例はない。

他にあるとすれば、走りあいからハーフコートバスケットに転換し、インサイドを重視するという意味もある。

 

「(いや、もっと重要な問題から目を離すな!一見デメリットばかりしか見えない、黄瀬君を下げる事によって発生するメリット...)それって、もしかして」

 

春先での海常はもっと強気に攻めてくるイメージがあり、どうしても今のプレーに違和感を感じてしまう。恐らく、この選択をした理由は黄瀬の交代にあるのだろう。しかし16点差といえど、こちらには火神がいて黄瀬がいない。逃げ切るといっても精々第4クォーターまでにはどうにか出来そうに思える。

そして、それを承知の上での海常。その狙いとは何か。

リコは第1クォーターで行われた事を思い返し、当りをつけた。

 

「そうか...前提が違ってたんだ...こうしちゃいられない!」

 

 

 

 

「伊月君!」

 

妙な感じはあるのだが、点差を少しでも減らしていかなければならない。

伊月がボールを運んでいるとベンチから誰かが呼んでいる。

 

「カントク?」

 

ベンチを方を見るとリコが両手を使ってTの文字を作っている。

 

「(TO?まだ始まったばかりだぞ?こんなところで使って...)」

 

伊月が怪訝な表情をするのも当然で、TOの回数はクォーター毎に定められている為、本当に重要でなければ早々使用しない。

だが、リコの目は真剣そのもの。ここで取らなければならない理由はまだ分からないが、断る理由はない。

リコの指示に従い、伊月はボールをラインの外に投げる。

 

「時間ないからとにかく聞いて。問題は、黄瀬君の『完全無欠の模倣』にあるの」

 

ベンチに戻った5人は、座ったままリコに目を向ける。

 

「多分海常は、その使用時間を増やす為の作戦を取ってるわ」

 

「ちょっと待ってくれ。5分以上にするって事か?その前に、そんなの可能なのか?」

 

黙ってきくつもりだったのだが、話の内容に反応してしまった伊月。

 

「可能よ。そもそも、5分ってのはフルに出た場合の話でしょ。序盤で半分使って、休憩を挟み、終盤で再び使う、これなら3分くらいは増やせるでしょ?」

 

リコの予測通り、黄瀬が第4クォーターに再び出てくるとすれば、その間2つ分のクォーターとインターバルを合わせて30分以上休めることになる。

体力が戻れば使用した3分はリセットされ、再び5分使用出来る。

ここまで分かれば、海常がディレイドOFを試みている理由もわかってくる。

 

「黄瀬君は3分で16得点し失点なし。第4クォーターラスト5分で投入するならば、10点差くらいなら逆転可能。だから中盤戦はとにかく時間稼ぎに全力を注げばいいってね。やってくれたわよ」

 

読みが合っていれば、誠凛は既に窮地に追いやられている事になる。

海常からすれば、逆転されてもある程度猶予があるのだ。それどころか、今のペースだと同点に追いつくまで時間がかかる。

 

「それってヤベーんじゃ!?」

 

直接やり合った火神は、再び5分使えるという事実だけで顔を強張らせた。

3分間で16得点。5分だと一体どうなってしまうのか。

 

「うん。だから、先にこっちから動くわ。メンバーチェンジするから準備して」

 

現状は把握した。次にその対策をリコの口から説明される。

 

「...え?」

 

 

 

 

「もう感づいたのか。早いな」

 

海常ベンチでは、武内が作戦を看破された事を察した。

早すぎるTO、もう少し時間が掛かるかと思っていたが、どうにも頭がキレる監督だったらしい。

 

「しかし、感づかれたところでやる事は変わらん」

 

もっとも第2クォーター中にはと予想をしていた武内。

 

「いいか。ここからは我慢の時間が続く。辛く厳しい道のりだが、お前たちになら出来る。特に笠松・森山・小堀ら3年生には築いてきたものの違いを見せ付けろ」

 

誠凛の次の動きも重要だが、それよりも必要なのは選手への激励。体力もそうだが、精神的にも辛い時間帯が長く続くのだ。気持ちを強く保つ為に気休めでも力強く言葉を掛ける。

選手達も理解しており、無駄話をする体力すら惜しんでいる。

 

「黄瀬、お前は気付かれないように足を冷やしていろ」

 

今回の作戦自体は、武内が急ピッチで作り上げたものである。

少なくとも昨日の晩までは、正攻法の戦いを考えていたのだが、アクシデントに見舞われた為にそうせざるを得なくなったのだ。

そのアクシデントとは、黄瀬の負傷の発覚。

以前、夏のIHで桐皇と戦った時の負傷が完治していなかった。時間的に考えればとっくに治っているべきものだったのだが、そこからのオーバーワークによって爆弾となって残っていた。

眠っていた爆弾が爆発したのは、昨日の福田総合との試合。笠松が気付き、武内に打ち明けに来た。

一晩でとりあえず出場できるまでには落ち着いたが、実際には第1クォーターでもかなり無理をしていた。

 

「決して俯くな。いつでもいけるという顔を保て。そうすればあちらに少しでも危機感を与えられる」

 

これはただのはったり。終盤での投入という事は看破されていても、中盤での投入の可能性を感じさせられれば焦ってくれるかもしれない。

効果の期待は低いが、何もしないよりかはマシ。

 

「...っス」

 

「そうだ、その顔だ。今はとにかく前を向いていろ」

 

近くでよく見れば、焦りと不安を1番に感じている事が分かってしまうが、誠凛ベンチくらいの遠くからなら一目で分からない。

黄瀬は海常のエースだ。故に、過ちにいつまでもへこたれていてはいけない。

 

「(くっそ...いつまで俺は弱いままなんスか)」

 

薄っぺらな勝気を出す事しか出来ない自分に腹を立てていると再開のブザーが鳴った。

 

「先輩。俺、いつでもいけますから」

 

「ばーか。直ぐに出てこられたら意味ねぇよ。とりあえず後半まではおとなしくしてな」

 

簡単なやりとりの直後、選手交代の知らせが耳に届いた。

 

 

IN 水戸部  OUT 火神

 

 

先にコートへ入った4人とは別に審判席の前で軽くお辞儀をした水戸部。他の4人の中には火神はいなかった。

 

「何だとっ!?」

 

火神がベンチに下がり、誠凛のメンバーは伊月・日向・水戸部・土田・英雄となっている。

木吉や黒子の投入を予想していた海常に大きな困惑を与えた。

 

「(ははは...困惑してるのはこっちもなんだが)ん?コンニャクに困惑...ちょっと厳しいか」

 

「もう3日くらいしゃべんな伊月」

 

「俺PGなのに!?」

 

リコの指示を聞くまで、誠凛メンバーも黒子と木吉の投入だと思っていた。それどころか、火神の交代とは考えもしない。

 

 

 

 

 

【おいリコ!俺を気遣っての事なら間違ってるぞ!黒子はともかく俺を出してくれ!!】

 

少し前、リコの話を聞いて木吉と火神がいきり立っていた。

水戸部を否定する訳ではないが、少しでも早く追いつく為には木吉のいう事ももっともだ。

 

【そっすよ!何で俺が下がんなきゃいけねーんっすか!】

 

そして、エースの火神を下げる理由も分からない。

 

【っるっさい!時間無いって言ってるでしょ!】

 

【うぅっ...】

 

リコの一喝で男共を黙らせる。

 

【私達の目標は何!海常に勝つ事じゃなくて日本一でしょ!?洛山の強さだってその目で見たでしょ!?】

 

誠凛の目標は始めから変わってなどいない。あくまでも日本一になる事。

つい先ほど行われた試合で、秀徳を倒した洛山が相手になることが決まった。接戦を演じてはいたが、どうにも未だ底を見せていない様にも思えるのだ。

底が見えない以上、現時点で効果的な采配を出来るとリコには言えない。出来る事と言えば、少しでもベストに近いコンディションで試合を迎えさせる事。

 

【鉄平が入っても、遅攻が続く限り、直ぐに点差は埋まらないわ。だったら前半はみんなに任せなさい。第2クォーターで6点縮めて、後半はアンタに任せるから!文句ある!?】

 

【ぐうの音も出ないよ...悪いなリコ】

 

感情に任せながらも、言葉の内容は誰よりも目標に真っ直ぐで、冷静に理論的な物だった。

 

【それから火神君。自分の役割分かってる?】

 

【俺はエースだ。エースの役割はチームを勝たせることだろ?】

 

【もっと具体的に言えば、黄瀬君を倒す事よ。疲労した体で果たせると思ってるの?】

 

体力を回復させた黄瀬の『完全無欠の模倣』による恐怖の5分を防ぐのは火神に懸かっている。

ここから追いつき追い越せたとしても、火神の体力は削られるのだ。元々、陽泉との試合の疲労を抱え体力に不安を持っている火神に無理は禁物である。

 

【分かったら黙って休んでて!水戸部君、お願い出来る?】

 

水戸部は静かに頷き、リコの指示を了承する。

 

【テツ君はやけに冷静だよね】

 

【そうですか?カントクの作戦には結構驚きましたけど...信じてますから】

 

ベンチの端に座って状況を見守っていた英雄と黒子は、こそこそと話し合っていた。

 

【そういえば、英雄君も随分と大人しいですね】

 

【そっかな?ゴール下で小堀さんとやりあってて余裕無いのかな?まっ、リコ姉ががっちり束縛してくるからかもね】

 

少なくとも雑談をする余裕はある様で、全く気負いを感じさせない風体の英雄。

 

【そこっ!しっかり聞きなさい!】

 

早々に見つかり、お叱りを受ける。

 

【このクォーターで出来る限り点差を詰めるわ。具体的な作戦を今から言うから、しっかり聞くように】

 

 

 

 

見ている全ての者の予想の外。

誠凛のメンバーを見て、ざわついている人も少なくない。

 

「にひひ。リコ姉といると飽きないねぇ」

 

「お前も!言ってる場合か」

 

伊月同様、英雄のツッコミをしなければならない日向の負担が微妙に増えている。

 

「言ってる場合でしょ?」

 

「ぁあ?木吉も黒子も、火神だっていねぇのに余裕なんかねぇよ」

 

「まぁまぁ、落ち着けよ日向。周りの顔を見てみろよ」

 

止まらない英雄の軽口に日向は更に困惑していると、察した伊月から促された。

 

「はぁ?分かってるよ。俺と伊月と英雄と水戸部と土田...か。そうだな、ある意味これが1番の面子かもな」

 

「コガは、爪の怪我で出られないから仕方ない」

 

集まった4人の顔を眺めて、1つだけ思い出した。ここに小金井を含めれば、練習を共にした長さが1番長いメンバーである。

それぞれがどれ程努力していたかを良く知っており、いいところも良く知っている。

 

「木吉には悪いが、この面子でどこまでいけるのか、なんて思ってこともある」

 

「ははっ。悪い伊月、正に今そう思ってるよ」

 

伊月の呟きに日向が半笑いで応えた。

去年、木吉がドクターストップで離脱し、英雄が加入した。

若干でもあった雰囲気はあっさりと消えてなくなり、再び日本一への目標を掲げたあの日から。同じボールを追いかけて、同じコートを走り、同じ時間を過ごしてきた。

基礎練習ばかりで練習試合もあまりなく、元々中学生だった英雄が参加できる訳も無かった。

しかし、想像するだけなら自由だ。そして、現実となっている。

 

 

海常ボールから試合は再開される。

OFは変わらず遅攻。徹底した時間稼ぎに、先日の陽泉の気持ちを理解させられた。

 

「こっちが楽になるから構わねぇけどよ。黄瀬が抜けたからって海常舐めてんのか?」

 

残り10秒になるまで淡々とドリブルを続ける笠松が、目の前の伊月に1つ質問をした。

誠凛DFはマンツーマン。水戸部が中村のマークを行い、残りはそのまま。

 

「いいや、こっちも必死さ。けど、これでフェアだ。あの時と少しメンバー違うけど、決着をつける」

 

「へぇ、言うな。それじゃ遠慮なく、行かせてもらうぜ!」

 

笠松は発言しながら、小堀にパスを送り、すぐさまカットイン。小堀から直接ボールを受け取って中村にパス。

 

「...!」

 

ヘルプの為、中村へのチェックは甘くなっていたところを狙われた。

 

「(15番!?ヘルプか!だったら小堀さんに...何!?)」

 

状況変化に伴い英雄が素早くヘルプに向かった。その場合、小堀のチェックが甘くなり、代わりのマークがあったとしてもミスマッチを狙える。

しかし、水戸部の滑らかなマークチェンジによって、最も無理の無いマッチアップを維持出来ている。

パスに移行できなかった為、中村は直接放つ。

 

「(やっべ、指掠めた止まり)」

 

「っぐ!」

 

英雄の中指に触れて軌道は狂いリングに弾かれた。

 

「ぃやぁー!」

 

誠凛DFは2度もいいところまで追い詰めてはいるのだが、全く同様の形でリバウンドを抑えられ、とめきれない。

早川が奪った後、森山にボールが渡り、3Pを決められる。

点差は詰めるどころか、さらに広がり19点差。

 

海常高校 35-16 誠凛高校

 

ゲームを1度切る為に仕方ないとはいえ、状況は深刻化していく。

 

「はっ...はぁ...(1本くらいならなんとかって考えてたけど)」

 

自身の甘い考えをあっさりと否定され、ペースダウンしたにも関わらず呼吸が粗くなる。

 

「(けど、今こそチームに貢献するんだ)」

 

リコがこのメンバーで逆転する方法を言った。

 

【第2クォーターは土田君の出来に懸かってる。朝も言ったけど、改めて言うわ】

 

その指示は、元々土田の役割でもあったが、再びリコは言う。

実際にやってみて、その難しさは充分に理解した。それでも、真っ直ぐに向かい合い言葉を掛ける。

 

【早川君を止めて】




『完全無欠の模倣』の制限時間に関して、この様な解釈を致しました。
疲れたなら休めばいいじゃない的な


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好調早川

「点差は気にするな!1つずついくぞ!」

 

日向は声を張ってチームを牽引しようとする。TOとメンバーチェンジの為にOFを1度放棄したのだから、点差が広がる事自体は仕方のない事。

海常の作戦や、今のメンバーを鑑みても一気に同点なんて、実質不可能である。

そうする為には、流れや勢いも必要であり、ゲームを作っていく事が最優先である。

 

「(森山の3Pは余計だったな。それじゃ、こっちも)」

 

伊月は、先ほど早川のリバウンドから3Pという得点の流れを思い出し、今のムードを変えうる景気づけが必要と判断した。

誠凛OFは、中に3人、外に2人となっている。英雄がハイポストに入り、水戸部と土田が更に中でポストアップ。トランジションゲームに持ち込みたいが、海常が乗ってくるとも思えず、セットOFに付き合うしかない。

対して、海常は通常のマンツーマンDF。水戸部に中村がマークし、他は変更なし。

 

「スクリーンだ!ヘルプ!!」

 

伊月の送ったアイコンタクトに反応し、水戸部が小堀にスクリーンを掛けた。マークにズレが発生し、隙を突いて1人がスルスルっと外へと抜け出す。

 

「(小堀にスクリーン?)まさかっ!」

 

日向の逆サイドに走りこんだ英雄が伊月のパスを受けて、シュートへ移行。

 

「3Pだと!?」

 

「俊さんナーイス」

 

中村がマークチェンジを行い詰め寄ったが、10cmのミスマッチにより届かない。シュートは決まり、森山の3Pを丸々返した。

 

「(くそ...忘れてた。あいつはセンターなんかじゃないんだ)」

 

高さにおいて英雄と同等なのは小堀だけである。プレッシャーを掛けて外させる手法であれば、早川でも対応可能だ。しかし、スクリーンを多用されると小堀以外のブロックでは脅威になり得ない。

正C木吉の役割を担っていて、ゴール下のポジションの経験もあるが、Cではない。

 

「よくやった!これで、この後のOFもやり易くなる」

 

「ああ。小堀はゴール下に戻られなくなるし、このパターンのケアで日向もマークを外しやすくなる」

 

「いやいや、テツ君と鉄平さんの穴埋めるのは大変だ」

 

DFに戻る英雄は日向と伊月から褒められていた。

それもそのはず、英雄のハイポストは前後左右のどこにでも行動可能なのだから。

パスを受けてターンでゴール下に入ったり、その流れでDFの裏にパスを出したり、その場でシュートを打ったり、スクリーンで抜け出しアウトサイドシュートに転じたり出来る。

英雄自身もスクリーンで伊月や日向を援護したりもするのだから、DF側からしてみれば最も面倒臭い存在と言えよう。

 

「っち。やっぱり、アイツが要注意か」

 

笠松は作戦通りにゆっくりとボールを運びながら、厄介さに舌打ちをしていた。

 

「15番が外に抜けても2人中に残るからな。意識しすぎるとインサイドを崩されるか」

 

小堀も今後の展開を予測し、DFのし辛さを痛感する。

今行われた様に、英雄のシュートをブロックできる人間は小堀と早川くらいのもの。だが、小堀にスクリーンを仕掛けてズレを起こされては更に難しくなっていく。

小堀がファイトオーバーで対応するしかないが、その後のゴール下が問題なのだ。

小堀が抜けた場合、残るのは早川・中村と土田・水戸部になる。早川のリバウンド能力が抜きん出ているとしても、中村と水戸部のミスマッチが不安要素として現れるのだ。

 

「任せてください!おぇがィバウンドとぃますかぁ!!」

 

「お..ぉお。つか近いぞ」

 

食い気味の早川が小堀に迫り、自身の決意を示す。

 

「まぁ、それしかねぇんだがな。リバウンドが取れなきゃ、3Pの回数も減らせるだろ。頼むぜ早川」

 

「おぉっす!」

 

小堀に英雄のマークを専念させる為にもDFの肝に早川をすえなければならない。

事実上、ゴール下を早川に任せて中村はそのサポート。負担は大きいが、早川は充分な気合を見せる。

 

「まずはOFだ。成功させ続ければ直ぐ追いつかれることはない」

 

逆に冷静な森山は、決して不安要素だけではないと勝機を認識していた。

 

 

 

「DF!」

 

意識をDFに切り替える為に日向の声が大きく響く。

誠凛は1-3-1ではなくマンツーマンを継続した。

 

「(1-3-1やトライアングル・ツーの可能性もあると思ってたけど、早々下手打ってはこねぇな。やるのは2回目、当然あっちも研究してきてるって事か)」

 

ボールを運んでも変わらずドリブルを続けて時間を多く使うディレイドOF。その合間に笠松は誠凛DFのウィークポイントを探しながら、的確な対応に思考を向けていた。

海常というチーム、その抑えるべきポイントを間違えず見定めている事に。

 

 

 

「ゾーンDFじゃなくてもいいんですか?」

 

「確かに。こういう時はいつも効果的だったじゃないですか」

 

誠凛ベンチ内でも、降旗と福田が疑問の声を上げており、リコに回答を求めた。

 

「とりあえず、その『いつも』ってところから違うからな。相手は海常だぞ」

 

木吉が変わりに答えた。

2人の言う様に、キセキの世代がいるチームはともかく、普通のチーム相手であれば主力メンバーでなくとも結果を出した。しかし、そう単純な話ではない。

 

「いや、でも。強いのは分かってるんですけど、何て言うか。そこまで驚異的じゃないって言うか」

 

降旗は続けて質問をする。攻守交替を数度繰り返し、感じた事をそのまま言葉にした。

例えば、とにかく1対1に強い桐皇、重厚なインサイドの陽泉、本戦で戦ったチームにはキセキの世代を抜きにしても相手チームを圧倒する武器をもっている。

では、海常はというと、はっきりとした武器が無いように思えるのだ。

 

「それは違うわ」

 

そこにリコが否定の一言。

 

「それが海常の武器なのよ。抜群な長所はないけど、短所も無い。これはこの上なく脅威よ。何故なら、オールマイティさってのは全てにおいて有効なんだから」

 

1対1やインサイドに重きを置かず、バスケットボールをそつなくこなしていく。相手に付け入る隙を与えずどんな状況にも対応してくる事こそ海常の武器。

桐皇や陽泉はそれが出来ないから、特化型になったとも言える。海常は正にバスケットの王道。

 

「マンツーを継続するしかない理由もそう。海常にアウトサイドゲームに持ち込まれれば、点差を詰めるどころか引き離される」

 

アウトサイドゲーム、つまり外を起点としたOFの展開。具体的に言えば、笠松と森山を主体にして点をとるパターン。

中村がスクリーンで援護し、小堀と早川がリバウンドを抑えるという役割でプレーすれば、今の誠凛から得点する事は難しくない。

 

「あっちも日向君にしてる様に、3Pだけはなんとしても阻止しなくちゃ。乗せたら本格的にマズくなる」

 

緑間を例外として、シューターという人種はツボにはまると手が付けられなくなる。笠松はともかく森山にも同じ事が言えるだろう。

 

「でもね。1-3-1が使えない1番の理由は、言うまでも無く早川君の存在よ」

 

黄瀬不在の海常の得点源は笠松となり、1対1ならともかくスクリーンなどを含まれれば、伊月の『鷲の鉤爪』でも止める事は難しい。本当はゾーンDFを組んで全体で対応したいのだが、早川の存在がそれをさせない。

1-3-1は満遍なくシュートチェックが出来る半面、リバウンドに欠ける側面を持っている。ゴール下で1人では、OFリバウンドに特別強い早川の独壇場になってしまう。

下手なゾーンDFよりもマンツーマンDFでヘルプやカバーリングを意識したほうが効果的というリコの判断の元である。

 

「英雄を1番後ろにすればある程度対応出来そうだけど、そうなったら小堀君のミスマッチを使われる。外と中、両方の動きを制限できるのはマンツーしかないの」

 

「な...なるほど」

 

「(だから頼むわよ。伊月君、土田君...)」

 

この先の展開を予測した上での的確な判断で降旗らを納得させ、再びコートに目を向ける。2回目の試合だけあって、他チームよりも予測が容易かったが、巻き返しが困難を極めている。

監督の役割で、これ以上の事は出来ない。後は信じて見守るだけ。

 

 

 

ショットクロックが一桁になり、海常が動き出した。

中村が日向にスクリーンを仕掛けて、誠凛DFを揺さぶる。マークを抜け出した森山が笠松からのパスを受けた。

 

「...!」

 

「(コイツ...!さっきも思ったけど、絶妙なタイミングで)笠松っ!」

 

マークのスイッチを滑らかに行った水戸部が前を塞ぎ、シュートチャンスを潰された森山は内心舌打ちをして笠松のカットインにパスを合わせる。

 

「ナイス!森山!!」

 

ゴール正面のスペース付近を上手く使い、絶好のチャンスが到来する。そのまま突っ込み、ヘルプが来ればパスでかわす。

そこに伊月が狙い打つ。

 

「(速っ!?ドライブと状況が違い過ぎる!けど!!)」

 

しかしドライブと違い、ボールを受けた時には既に加速が終わっており、タイミングが捕らえづらい。ただ失点するのではなく、闇雲でも咄嗟に手を伸ばす。

 

『ファウル!白5番!』

 

伊月の手は笠松の手を弾き、審判にファウルを宣告された。だが、失点シーンを潰せたのも事実。

 

「っくそ!運の良い奴だ」

 

どう考えても偶然による代物であり、実力とは関係の無い結果に中村が苦言を零していた。

 

「(運?いやどうかな。今叩いた手はボールを持っていた方の手だ。一応このパターンも頭に入ってたって可能性もある、か。後、結構いてーのな)」

 

どちらにしてもOFを継続できる為、海常としては問題ない。だが、焦った行動ではなく、冷静な判断の元の行動だとすれば、またどこかで『鷲の鉤爪』の餌食になる恐れがある。

赤くなった手を見ながら、笠松はそんな風に考えていた。

 

「スローインか...折角だ、ミスマッチでも狙うか」

 

海常のスローインで再開。

笠松が自ら行い、早川目がけてロングパスを出した。

 

「(しまった!)」

 

「よぁあ!」

 

笠松が狙った土田へのミスマッチ。ボールを持ったままポストアップした早川は、高さを活かしてショートレンジから確実にシュートを決める。

 

「OFも期待できそうだな」

 

ゲームが進むに連れて薄々感づいてはいた誠凛の決定的なウィークポイント。リバウンドでは圧勝出来ると読んでいた早川だが、これならば得点源としても期待できそうだ。

 

「本当にカントクの言う通りになってきたな。依然、流れがこっちに来ない」

 

「みんな、済まない」

 

伊月は冷静に現状を口にするが、土田を間接的に攻める形になってしまった。

 

「いや、そんなつもりじゃ」

 

「伊月、変に気を使うな。土田は全力でやってんだろ?だったらいいさ。プレッシャーかけ続けていればいつか落とすかもしれないしな。後半にきっちり繋がるようにしていけば、何とかなる」

 

DFは本来地味な作業で、分かりやすく結果に出難いものである。日向自身も森山の変則3Pに対してタイミングを読みきれておらず、ブロック出来る様になるまでもう少し時間が掛かるだろう。

そして実際に陽泉戦で、第3クォーター10分で点差を大きく詰め寄った実績もある。まだまだ焦る時間帯ではないのだ。

微弱でも、激戦の最中で手に入れつつある日向のキャプテンシーは、笠松に及ばなくとも確実に誠凛の力になっている。

 

「(全力か...それでも歯が立たない)」

 

日向らは直ぐに切り替え、OFに向かった。その背後では、土田が何をするべきかを考えていた。

今のままでは、ただの頭数になってしまう。自分の力量の低さを自覚してはいるが、それでもと考えてしまう。

 

「なぁ英雄」

 

同じくOFに向かっている英雄に声を掛ける。

 

「彼を止めるにはどうすればいいと思う?」

 

「へぇ?」

 

「え」

 

思考が完全にどこか違う方向に向かっていた英雄。変な声で返答し、今の質問を全く聞いていない事を全身でアピールしている。

 

「あぁ!あれっすよね!早川さんって悪戯したら、良いリアクションしそうって話ですよね!」

 

「うん。全然違う」

 

やはり聞いていなかったようだ。土田は諦め、OFへと向かった。

 

「(全くこっちは必死だって言うのに、とんだ後輩だな)」

 

ローにポストアップしながら、どこか迷走している英雄に対してしょうもない感想が止まらなかった。

 

「後、俺だったらリバウンドの前か後に仕掛けを打ちますかね。まともにやって駄目なら工夫が必要かと」

 

聞いていたのか聞いていなかったのか一体どっちか。具体的な答えでは無かったが、正に土田がぶつかっている壁についての助言である。

 

「工夫...」

 

当たり前のことであるが、リバウンドを生業とするプレーヤーにとって高さとパワーは必要不可欠である。どちらかが相手に負けている場合、工夫が必要となる。

早川もまた、背丈で負けてしまう事も少ない無いが、余りある要素で補っている。

 

「(多分、火神の『野性』に似た天性の勘があるんだろうな。確かに、まともにやっても勝てないか)」

 

パワーはともかくとして、高さ・プレースピード・経験値と大体にして上回れている。

誠凛OFでボールを早く回している中、土田は考えていた。プレーに集中出来ていないと言われればそれまでだが、早川を止めようと必死になっている。

 

「(今後、さっきみたいに俺を攻めてくる事も増えてくるんだろう...どうすれば)」

 

伊月から日向を中継し、水戸部のフックシュートで追加点を奪った。

 

「土田!集中しろ!」

 

「ああ、済まない」

 

ぼんやりとしていた土田に日向が叱咤したのだが、土田の表情は決して明るくなく、眉間の皺が多くなっている。

第2クォーターも半ば、後半を楽にする為に点差を少しでも縮めておかなくてはならない。

 

「考えている事も分かるけど、まずはDFだ。シュート決められたらリバウンドも糞もねぇ」

 

日向自身もマッチアップの森山に対して完璧なDFが出来ているとは言い難い。DFをマンツーマンDFにしている以上、まずは1対1に集中するべき。

 

「けど、スクリーン多様されたら止めるのは困難だぞ?起点の笠松を正直止めきれない」

 

「分かってる。ともかく楽にシュート打たせるな。カントクも言ってたがディレイドOFする以上、海常は常にリスクを冒してるんだ。しっかり対応しておけばミスも出る」

 

リコは少し前のTOで指示した対応方は、焦らず地道なDFと言うものであった。

ディレイドOFは使いようによって抜群の効果を発揮できるが、デメリットも存在する。ショットクロックが10になるまで時間を掛け、たった10秒でOFを完結しなければならない。

先日の誠凛の場合はOFを成功させなくてもよかった。しかし、海常は成功率を高く保たなくてはならないのだ。体力以上に精神力が大きく影響する。

 

「この点差だ。いっそ開き直って出来る事をやって行くしかないか」

 

二桁の点差を一気に詰め寄る手立ては無い。試合展開がこうも遅いと尚更である。伊月は今のところ冷静さを保てており、笠松のマークへと向かう。

 

 

 

 

「(とは言っても、そこまでみんなが頑張ってもリバウンドを奪われ続ければ意味が無い)」

 

海常のOF展開が始まり、それぞれがポジションを取っている。誠凛DFもマークに付き備えていた。しかし、ショットクロックが13の時点で笠松から早川にパスが通る。

 

「なっ...!?(ディレイドのはずじゃぁ)」

 

これまで淡々と続けられたパターンに慣れが出てしまい、虚を突かれた。3秒のギャップにDFの対応が遅れる。

ポストアップした早川に土田がマークするが、ローポストからのターンは土田のDFをものともしない。

 

「おぃやぁー!」

 

「っぐ...!」

 

咄嗟に出した右手が早川の右手を弾く。

 

『ファウル!DF白9番!バスケットカウントツースロー!!』

 

シュート自体は防げたものの、海常の見事なゲームメイクにまたしても後手に回ってしまう。

 

「まだまだだぜ、伊月」

 

土田のファウルを誘ったのは笠松のパス。間もなく10秒を切る直前、意識的にDFが緩む瞬間を狙われた。ディレイドOFを誠凛よりも効果的に使用し、流れを決して渡さない。

笠松に横目で流し目をされた伊月は、PGとして1歩先を行かれてしまった現状に険しくなる。

 

「やるなぁ」

 

海常に対して突破口を見出せず厳しい時間帯が続く中、英雄だけは素直な感想を言いながら流れに身を任せていた。

 

 

 

早川のフリースロー。両チーム共リバウンドポジションを取る。

 

「(くそ...やっぱり俺か。俺が流れを途切れさせてるのか)」

 

木吉や火神を温存させてまで出場しているのにも関わらず、何も貢献出来ていない。今のファウル自体に土田の責任は無いが、どうしても誠凛が勢いに乗れない理由として考えてしまう。

思案に耽っていると早川のシュートが放たれた。

1本目は成否に関わらずリバウンドの必要が無いが、集中しようとボールを目で追いかけた。

リングに弾かれ、1本目は失敗。

 

「っぐっぬ~!」

 

「気にすんな!こういう事もある!切り替えろ!」

 

ゴール正面にいきり立つ早川に笠松が切り替えを諭している。

 

「(もしかして...フリースローが苦手なのか?)」

 

もし土田の考えが正しいのであれば、ここに突破口がある。ファウルゲームに持ち込んで海常の得点を阻害できる。

だが、その考えを否定するように2本目のフリースローが決まった。

 

「ようし!良い切り替えだ!」

 

「おおっし!どんどんいきますよ!」

 

1本目のミスを引き摺らず、2本目を成功させた事に森山が褒める。点差は充分にあって、元々ある程度は点差を返されると想定していたのだから焦る理由が無い。

 

「OF!ここ決めて、1点縮めるぞ!」

 

しかし、誠凛にとっても点差を縮めるチャンス。一気に点差をなくす術はない以上、小さく積み上げていくしかない。日向が取りこぼさないように、自らを含めて全体へと言い聞かす。

 

「(流石に、都合良過ぎたかな。シュート上手くても火神みたいに外す事もあるか)」

 

あまりの力量差に都合の良い解釈をしてしまい、突破口でもなんでもなかった事に少しショックを感じていた。

 

「(ちょっと待て...いや、どうなんだろう。いやいや、もし今考えた事が合ってれば...)」

 

バスケットを高校から始めた試合経験も薄い土田に、己の考えが正しいかどうかの判断に戸惑う。だがしかし、不確かでも都合の良い考えかもしれなくとも、可能性が浮上した。

 

「(彼を止められるかもしれない...!)英雄!」

 

 

 

 

「カントク。流石にそろそろ時間的に限界じゃあ?海常の10番をどうにかしないと」

 

誠凛ベンチでは未だに良好に向かわない現状に憂い、コートに戻せと火神が発言していた。

 

「駄目よ。まだ土田君は何の手ごたえも掴んで無いもの」

 

しかし、リコは火神の申し出を却下した。

 

「今の中途半端な状態で代えたら今後のモチベーションにも影響する。だから代えないわ」

 

「はぁっ!?何言ってんすか!負けたらそれまでじゃ」

 

始めはチーム一丸となって勝つ為と言っていたが、今回は違う。勝敗とは別の問題で采配を決めている。

勝利の為と納得していた火神は、当然の様に食って掛かる。

 

「確かに火神君の言う通り、まともにやったら土田君が早川君に勝る可能性は限りなく低いわ。けどね、だからこそ意味がある」

 

リバウンダーとして、早川以上のプレーヤーはほとんどいない。ましてや、技術的に不足が目立つ土田が直接的に勝る訳が無い。

それでも意味はある。初心者でさほど器用でもなく、リバウンドを中心に磨いてきた土田にとって成長に繋がる機会がこれ以上にあるだろうか。

 

「でも!」

 

「まぁまぁ、落ち着け火神。リコは勝負の事もちゃんと考えてるさ。今朝のミーティングでも言ってたろ?別に土田が早川に勝てなくてもいいんだ」

 

「そんな悠長な!」

 

誠凛の状況は芳しくない。それでも焦っているのは火神だけであった。余裕の表情ではないが、木吉や小金井は落ち着いて試合を見続けていた。

 

「火神君、みんなを信じましょう。後、ミーティングの内容も自分の役割以外の事もちゃんと聞いておいた方がいいと思います」

 

最終的に黒子にまで諭され、仕方なく黙る火神。洞察眼が良いのか、嫌な場面を良く見てるなぁと皮肉を思いながら押し黙る。

黒子の言う様に、今朝のミーティングでは黄瀬との戦いに思いを寄せ過ぎた為、他のメンバーの役割の説明など聞いていなかった。

 

「早い話、負けなければいいんです」

 

 

 

 

「ナイッシュー日向!」

 

点差を縮める大事なシュートを日向が決めて、2点差を縮める事に成功。

リバウンドに不安がある為、一辺倒に出来ないが、日向自体は調子を上げ始めている。

 

「1本!こことめて一気にいくぞ!」

 

このDFを成功させて勢いに乗れればと、先ほどの様に隙を突かれない為に意識を修正させていく。

一桁に出来れば後半は楽になる。切っ掛けはどんな些細な事でも良いと、日向は逸る心を落ち着かせてマッチアップに望んだ。

 

「(っち、日向め。良い仕事しやがるぜ。んでDFも結構攻めづらくなってやがる)」

 

有利に試合を進めている様に見える海常だが、決して楽なプレーをしている訳ではなかった。

特にインサイド。早川の存在があっても危ない場面もあった。

見事なカバーリングをする水戸部、そして意外にも目立たないが効果的なプレーを続ける英雄。

 

「(ここまで、小堀にほとんど何もさせていない...!)」

 

早川の活躍が目立つという事は、言い換えればそうせざるを得ないという事。プレー自体が派手でない事を鑑みても、明らかに抑えられている。

 

「本来センターでもない君とのマッチアップがこれ程やり辛いとはな」

 

「そちらの早川さんが今日に限ってキレキレだったんで、小堀さんにまで調子を上げられると困るんすよ」

 

事前の想定を超える出来を見せた早川によって、誠凛は厳しい立場に追いやられている。よって英雄は小堀とのマッチアップに専念する必要があった。木吉・黒子の代役もあってか、いつもの様な目立つプレーが出来なかったのだ。

小堀自身、1対1など個人能力を使ったプレーをあまりせず、英雄共々試合展開から埋没している。

 

「(岡村に粘り勝ちした事はやはり事実。この体格は飾りなんかじゃない)」

 

体格が同じ以上まともにやれば、経験と技術の差で小堀が負けるはずがない。だからこそ、英雄は小堀に自分のプレーをさせないように努めていた。

OFではハイポストで小堀をゴール下から遠ざけ、DFでは水戸部との連携でシュートチャンスを徹底して潰した。水戸部を土田にマークさせない理由は恐らくそこにある。

そして、体格だけで言えば世界標準のPGである英雄。PGである以上高い敏捷性を持ち、加えて体格を活かしたポストプレーも高いレベルで出来、試合展開ではフォワードも可能。ある意味黄瀬並のオールラウンダー。

技巧派センターの小堀とほぼ同じ土俵に立っている事になるのだ。

 

「豪快なパワー型のオラオラ系センターもいいけど、小堀さんみたいな汚れ役も厭わない献身的なセンターも好きなんすよね」

 

「それはどうも。けど、臨時コンバートの君に負ける訳にいかないな」

 

ガツガツとお互いの肩肘をぶつけていても、気の抜ける言葉を送る英雄に小堀は小笑いした。

 

「ああ、後。早川さんのフォローとか考えといた方がいいっすよ。ちょっとズルイ事するかもしれないんで」

 

英雄の言葉の真意を探ろうかと思ったが、間もなくショットクロックが10を切る。

中村が日向にスクリーンを掛けて森山のチェックが緩む。タイミングよく笠松からのパスが通りシュートを狙った。しかし、上手くスイッチを行った水戸部のブロックが森山の視界を閉ざし距離間を僅かに狂わせた。

 

「リバウンド!」

 

「おっしゃあ!ィバウンドー!!」

 

OFリバウンドは早川の十八番。誰よりも早く反応し、落下点に走りこむ。しかし、左肩から強い衝撃が襲い掛かってきた。

 

「(ポジションは悪い。けど、こうして上から押さえつけていれば...!)」

 

土田は早川を飛ばせまいと体を寄せ、全力を込めている。

 

「この~!おぇがィバウンドで負けぅか!」

 

正直、土田に早川の言葉が具体的に分からなかったが、何と無く伝わってはきた。

 

「ああ、俺は君に勝てない。それは始めから分かってた」

 

「何?」

 

「(俺に出来る事。リバウンドそのものじゃない、スクリーンアウト。それが全てだ...)頼む!英雄ー!」

 

土田から横に力で押されている為、上に跳ぼうとしても高さもキレも出ない。背後から迫ってくる影が早川を覆い、リングから零れたボールを補給した。

 

「ここまでお膳立てされて!ミスなんか出来ないっすよ!!」




土田というよりも早川の回


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チーム一丸

「速攻!」

 

リバウンドを奪った英雄から水戸部を経由して伊月にボールが回った。海常DFの戻りが遅れており、ギリギリで間に合うのは笠松のみ。

 

「やらせるか!」

 

「(戻りが早い...!でも、これは絶対決めなきゃ)」

 

ディレイドOFを徹底し、それでも安定してゲームを運んできた海常が見せた僅かな隙。差を縮めるチャンスが後何度訪れるか分からない以上、確実に決めきる必要がある。

逆の笠松も分かってか、ファウル覚悟で肩肘を強くぶつけて伊月の足を止めにかかっている。

 

「(このままサイドへ押し切ってやる)」

 

1度接触し伊月を失速させた後、正面に回りこみながら体格を活かして押し込もうとした。

 

「寄越せ伊月!」

 

伊月や笠松に少し遅れて日向が走りこんできた。伊月はブラインド・ザ・バックパスで合わせて、チャンスを演出。笠松が粘るも日向がフリーでレイアップを決めた。

 

「よしっ!良いパスだぜ伊月」

 

「日向も!頼りになるぜ」

 

ファーストブレイクは笠松により防がれたが、しっかりセカンドブレイクに繋げた。未だ海常の背中は見えないまでも確実に1歩前進に至った。

 

「(体勢崩してもあんなパスを。『鷲の目』があったとしても...)っち」

 

味方の戻る時間を作ったが、森山も中村も動き出しが遅れ失点を防げなかった。そして戻り遅れた原因は、早川がリバウンドを取り損ねたことにある。誰よりも早くポジションを確保し、リバウンドに備えたにも関わらず海常ボールにならなかった事は、海常側の予想の外であった。

 

「すんません!おぇのせいです!」

 

当の本人は深く頭を下げ、他の4人に謝罪をしている。だが、早川自身にミスがあった訳ではなく、今日の試合に限っては動きにキレを見せていた。

 

「気にすんな、1度奇襲を受けただけだ。あっちの狙いが分かれば対処のしようもあんだろ」

 

「ああ、俺が補照に対してボックスアウトを徹底する」

 

笠松は早川に一声掛けながら、小堀に目を合わせる。小堀も英雄の背中を見つめながら同意を示した。

端的に言えば、誠凛は早川封じを試みている。完全に止める事が出来なくともペースを狂わせ、充分な仕切りなおしが狙えるのだ。だが、当然海常側にとって不都合な展開を許すはずも無く、英雄にリバウンドを取らせる作戦を理解し対策を打った。

 

「...」

 

それでも笠松の脳裏には、ある1つの不安要素がチラついていた。

 

 

 

 

連続でOFをしくじる訳にはいかない海常OF。笠松のキープだけで時間を待つのではなく、誠凛を揺さぶりながらじっくりパスを回していた。

 

「(早川んとこのチェックが甘いが...どうする)」

 

右サイドの森山がキープしている最中、得点の確率が高そうなのはやはりミスマッチの早川であった。ポジション取りはしっかりと行われており、実際に1対1で結果も出している。それとも未だアジャストされきっていない森山のマークをスクリーンで外すのか。

必要以上にキープしない為、ボールが笠松のところに回ってきた。

 

「(いや、両方だ!)」

 

半身で奪われないようにドリブルをしながら反対の手でサインを出す。間もなく10秒となる頃、海常の選択は完了した。

 

「伊月!スクリーン!!水戸部ヘルプ!!」

 

中村が伊月の背後にピックした事を日向が大声でコーチングする。伊月の背後のスペースもきっちり空けられており、MAXスピードで切り込まれれば失点は濃厚。

 

「(いや...違う!)日向!スクリーンっ!!」

 

「なっ...くそ!英雄スイッチ頼む!」

 

伊月に気を取られた隙を突かれて、小堀のスクリーンをモロに決められてしまった。マークの森山が抜け出して、絶好のシュートチャンスが訪れる。

折角の良い流れを切れさせたくない為、長身の英雄が飛び出した。

 

「あいあいさー(っつっても初回でブロックできるかどうかは微妙だけど)」

 

見事なナンバープレーを仕掛けてきた海常。長身且つフットワークの軽い英雄が向かっても4:6で分が悪い。一般的なシュートならばまだしも、森山の独特なフォームを捕らえるのは少々厄介なのだ。少なくとも夏・冬と全国大会においても全ての試合で結果を残してきたのだから。

 

「(...ん?ここまでやってヨンロク?)やっば!?」

 

英雄はブロックに跳びながら海常の狙いに気付いた。しかし既に遅い。1:9にするパスが笠松から森山を中継し、インサイドに張っていた早川に通った。

 

「(名誉挽回の機会は早い方が良いよな)さっさと決めちまえ!」

 

2箇所のスクリーンで誠凛DFがアウトサイドに寄ってしまい、誰も土田のフォローに間に合わない。普通高校のベンチ員と強豪高校でユニフォームを勝ち取った者、同じ学年なれどその実力差は火を見るよりも明らかであった。

笠松会心のチャンスメイクは見事に決まり、ゴール下で早川と土田の1対1を演出。

 

「おぉっっし!」

 

「っぐ...!(食らいつけ...もうこれしかないんだ)」

 

力づくで体を寄せ、パワードリブルで土田を押し込んでいく。1回、2回とドリブルでタイミングを図り、シュートに移る。

 

「(勝てなくたっていい...!こんな事して、みんなが喜ぶとも思ってない...!単なる自己満足って事も分かってる...!)」

 

負けず嫌いという訳ではなく、寧ろ間逆で遠慮がちな平穏を好むような性格だった。切っ掛けは、他の2年達が行った宣誓を見て楽しそうだと思ったからである。

初心者という事もあって、ベンチで見守る風景が当たり前になっていた。同じ初心者の小金井とコートの出入りが良くあり、それなりに充実感を感じていた。

 

しかし、夏の予選が終わった頃に周囲の環境が変化していく。

木吉の離脱、火神・黒子・英雄の加入。監督リコの作成する練習メニューの激化。そしてキセキの世代との激闘。

一般の高校とは思えない程の濃い日々を過ごしている内に、彼は自らの居場所を求めるようになっていた。

不意に『チーム一丸』という言葉が胸に突き刺さるのだ。チームメイトが必死になって戦っているところを見るとそう思ってしまう。

 

運動神経は並、背丈も並、そしてバスケット暦は2年弱。リバウンドも比較的得意ではあるが、全国に誇れる武器ではない。

実力不足は重々理解している。強豪チームとの試合でイヤでも理解させられる。

しかし、それでもと思うのだ。

 

 

 

「(それでも!出来る事があるなら)全力でやってみたいんだ!!」

 

早川の覆いかぶさる様なシュートに対して、ボールではなくその右腕を強く叩きリングを潜るのだけは阻止した。

 

『ブロッキング!白9番!!』

 

ファウル対する当然の宣告。土田は堂々と受け入れていた。

 

「土田...!まさか...ワザと、か?」

 

少し前と比べて違和感を感じた日向が土田に駆け寄った。おおっぴらにはいえない為、ヒソヒソ声で問いかける。

 

「...悔しいけど、どうやっても彼を止められないんだ。体格依然に、努力してきた量が違い過ぎる。でも、もしかしたらさっきみたいにフリースローを外してくれるかもしれないし...」

 

「ダアホっ!誰がそこまでやれって言ったんだ!早川にリバウンドを取らせなきゃ良いって話だったろ!!」

 

事前に行ったミーティングでは、早川のリバウンド率を少しでも低下させ海常のペースを乱す狙いがあった。それは誠凛全員に周知してあり、短時間で結果に結びつけるものではなかった。この手の手段は長期的なものであり、効果が早くても後半からである。

加えて、『止める』とはリバウンドの事であり、1対1の状況になった場合はある程度仕方ないと決めていた。本人に直接言うのは少々酷であったが、遠まわしに言っても意味が無い。土田自身も承知の上で決めたはずだった。

しかし、土田は直接的な結果を求め、独断でファウルゲームに持ち込んだ。

 

「さっきだって、早川の動きに慣れてきたからちゃんと対応出来てたじゃねーか」

 

「あんなの、何度も通用する相手じゃない。俺にだってそれくらいは分かる。それに...」

 

「それに、何だよ?」

 

「俺だって、誠凛なんだよ」

 

少し前にも漏らした言葉。しかし、その意味合いは大きく違った。小声にも関わらず、日向の耳に重く届く。

 

「...そーかよ、勝手にしろ」

 

その一言を聞いた日向は直ぐに背を向け、フリースロー時のポジションを取った。

 

 

 

 

「ぐっそ~!」

 

「落ち着けよ」

 

海常側というと、昂ぶる早川を抑えようと他の4人が集まっていた。鼻息の荒い早川を中村が言いくるめている。

 

「やっぱりワザとか...」

 

「多分な。人畜無害な顔して、結構エグイ事してくれるぜ全く」

 

笠松と森山は誠凛作戦、そしてこの後の展開に頭を巡らせていた。つい先程フリースローを外した事を考えると充分に今回も外す可能性もあるのだ。

決して苦手という事ではないが、特別フリースローが得意という事でもない。お互い我慢の時間であり、恐らく後半に火神・木吉・黒子が出てくると考えると悪くない手段である。

ただ、土田が直接実行するとは思っていなかった。

 

「汚いマネしやがって~!」

 

「だから落ち着けって。直接負かされた訳じゃないんだから」

 

OFリバウンドを奪われ、1度外したが為に再びフリースローを打たされ、早川にとって今一な時間帯が続いていた。そのせいか、頭の熱がなかなか冷めない。

イライラと中村の声が耳に届いていないようだ。

 

「笠松」

 

「ああ。ちょっと...不味いな」

 

その様子を見ていた小堀が笠松の名を呼び、笠松も状況を理解している事を告げた。

前半ももう僅か。両チーム共に後半へ繋ぐことを目的とした第2クォーター。

 

「早川!」

 

「大丈夫です!絶対に決めますから!!」

 

「いや、全然大丈夫に見えねぇから言ってんだよ」

 

笠松の声に反応できるくらいには落ち着いてきたが、このまま放っておくと自滅しかねない。笠松は意識を変えるために一言告げた。

 

「別に外しても構わねぇよ」

 

普段なら厳し目な激励だが、少しでも気を楽に出来ればと簡潔に伝えた。

 

 

 

 

それまでがどれだけの激闘であっても、この時間だけは静寂に包まれる。たった1人のフリースローに全ての視線が集中し、距離間を狂わす事もある。

早川は練習通りを意識して、軽くドリブルしながらボールの感触を確かめていた。

 

「(俺もらしくない事を言っちまったな。けど、今早川がベンチに下がる事にでもなったら...)」

 

早川の背後で、笠松は心配事に頭を悩ましていた。

黄瀬の負傷ほど大きな不安要素ではないが、予想できる悪い展開が実現でもされたらと思い言葉になったのだ。

 

「(ったく、誰の影響だ?土田からあんな言葉を聞くなんてな...)」

 

そして違うユニフォームながら同じく4番の日向もチームメイトに思いを耽っていた。何時からそんな事を考えていたのだろうかと、誰がそこまで思い詰めさせたのだろうかと。

 

「(『誰か』じゃなくて、『俺ら』か?チーム一丸なんて掲げてたけど、こんな側面もあったのか)」

 

バスケ部創立から当たり前の様に掲げていた『チーム一丸』という言葉。

元から個人技で勝負出来るチームではなく、何の疑問も抱かなかった。しかし、チームが前進する事で焦り・悩み・もがく者もいた事を初めて実感した。高校から始めたバスケ初心者の土田がベンチにいる事を当たり前に考えていた。

試合の真っ最中のこの時に何をやっているのかと思いつつも、少しだけ今までの事を思い返していた。

 

 

 

1本目が投げられ、難なくリングを通過した。そして2本目のボールが審判から早川に渡る。

 

「(1本目は正直どっちでもよかった。問題はこの2本目...)」

 

早川を見つめる笠松の脳裏から離れない1つの可能性。早川が2本目を決めてくれれば何とか回避できると、期待を込めて見守っている。

YESとNO、2つの期待が懸かった2本目のショット。

 

「よーっし!ここ取って一気に逆転と行きましょ!!」

 

海常としてはこのまま大事に行きたかったのだが、当然ながら誠凛側が騒ぎ立てる。

 

「リバウンドー!リバウンドー!早川さんいないから絶対取れますよ!」

 

「っぐ...この」

 

誠凛というよりも英雄が実に嫌な言い方で早川の集中を乱そうとした。都合悪く早川の耳に英雄の雑音が届いてしまい、ペースが乱される。

 

「(んの野郎...)早川気にすんな!別に外しても構わないんだ!」

 

このフリースローには点差以外に大きな意味がある。そしてその意味に英雄が気付いている。

焦った笠松が率先し、落ち着けと声を掛けた。だが、あまり時間を掛けられない。タイムヴァイオレーションにでもなれば、間違いなく海常のリズムが崩れ始める。

早川は自分なりに時間を使って、自分のタイミングでショットを放った。

放たれたボールはリングを跳ね、バックボードに辺り、リングの周りをクルクルと回った。その間には、リバウンドポジション争いが始まり肩肘をぶつけ合っている。

 

「(外れろ...!外れろ...!外)っれた!リバウンドっー!」

 

リングの外側からボールが落ちた瞬間、一気に複数の手が伸びた。奪ったのは英雄でも小堀でもなく土田。胸元に引き寄せ、力強くコートに着地。

 

「戻れ!速攻だけは絶対止めろ!!」

 

海常ベンチから武内の声が響く。選手と言葉を交わしていないが、今の状況は理解していた。この流れからの失点は点差以上に不味いのだ。

 

「土田ー!早く寄越せ!絶対決めてやる!!」

 

この試合で土田が始めて奪ったリバウンド。何度も何度も競り負けて、それでも食らいついて生まれた結果。

後半へと確実に繋がるであろうこのOFで、日向のスイッチが入らない訳が無い。

 

「頼む!」

 

「よしっ!伊月!!」

 

受けたボールを伊月に預けて日向は全力で走った。

 

「(冗談じゃねぇ!この場で3Pなんて最悪だ)森山!日向に打たせるな!」

 

「任せろ!!」

 

確実に調子を上げている日向を真っ先に警戒し、森山が後ろの事を他のメンバーに任せて日向のチェックに向かった。

黄瀬が作った点差を予想外のメンバー相手にジリジリと詰められ、このままでは一桁にまで追い上げられかねない。場合によってはファウルを駆使して止める必要がある。

初めて見せた海常の焦り。幸か不幸か、土田の体当たりな作戦が全国屈指のリバウンダー・早川の決定的な短所を突いていた。

 

「(相当日向を警戒してるな)だったら!」

 

伊月からビハインド・バックパスが英雄に通る。受けた位置は3Pラインの外側。日向を警戒するあまり、英雄のケアが疎かになってしまった。小堀は間に合わず、ヘルプで中村が手を伸ばす。

 

「(フェイク...!)」

 

安易なブロックをせず、英雄のポンプフェイクに堪え、ドライブに追従。その間、ゴール下に早川が立ちふさがり袋小路に誘導した。

 

「(ここで挽回!このままなんかでっ!)」

 

英雄に肉薄し他へのコース変更を防いでいる中村だが、高さのミスマッチがある為にシュート自体は止められない。中村が選択肢を限定させ直接的には早川に任される。

しかし、英雄にはヘリコプターシュートがある。止められなくても早めに潰して小堀の戻りを待てばよい。

早川はゴール下から飛び出し、両手を伸ばしてコースを遮った。

 

「(パスで逃げられても構わない。それでDFを整えられる。この状況で打てるシュートも限られてる。今出来る事を全てやってる...なのに、不安が拭えない...!)」

 

状況的に海常は速攻を止めたと言える。早川と対照的に冷静な対応を行った中村は、自信満々な英雄の表情に引っかかっていた。

英雄は中村に肉薄された状況で、レッグスルーで右斜め後方に軽く切り返した。

 

「(この位置ならヘリコプターじゃない!)早川潰すぞ!」

 

「おう!」

 

2人が一気に距離を詰めた瞬間、ドリブルを止めて反転し近距離でボールを水戸部と受け渡した。

 

「セカンドブレイク!?速攻崩れじゃないのか!」

 

速攻を止めるどころか、英雄に引き付けられた。無人のゴール下に水戸部が侵入し、ノーマークでレイアップを決めた。

 

「凛さんナイスです」

 

海常の時間稼ぎに付き合わざるを得なかったが、着実に追い上げてきた誠凛。

 

海常高校 39-28 誠凛高校

 

「(もう直ぐ一桁...凄いわ、想像以上の出来よ。にしても、何この感じ...)」

 

ベンチで見守っていたリコはチーム追い上げに喜びつつも、海常のムードの変化について考えていた。

確かに、土田のファウルは現状に変化を齎したのだが、海常が必要以上に焦っている。そして、必死に隠そうとしているのだ。

 

「(しかもこの空気...どっかで身に覚えが...)なる..ほど、ね」

 

 

 

 

「~~~!」

 

早川は俯きながら歯を食いしばっていた。始めが絶好調だっただけに、自らの不甲斐なさにフラストレーションを溜め続け、我慢も限界に来ている。

 

「(甘かった。外せと言うべきだった)」

 

笠松は、フリースロー直前に掛けた言葉が不十分だった事を思い知り、今必要な言葉を探す。

 

「ドンマイ。切り替えていこうぜ」

 

言葉に詰まった笠松の代わりに小堀が一言話す。

 

「ウジウジしてんじゃねぇ!取られたら取り返す!行くぞ!!」

 

強引にでも引っ張り前を向かせる。

 

 

 

再び海常のディレイドOF。

ついさっきは、もう直ぐと感じていた残り時間が異様に長く感じる。

それでも作戦を変更する訳にはいかない。どれだけ苦しくとも我慢以外の選択肢が無いのだ。

 

「DF!詰めて!!」

 

「おぉっ!」

 

海常側に生まれた妙な空気感を感じ取ったリコは5人に大声で指示を出す。指示を受けた5人は迷わずプレスを強め、勝負に出た。

 

「(この局面。止められなくても顔を出すかもしれない...海常の不安要素が)」

 

ここまで来れば、後半を一桁差で迎えたい。前半の勝負所と判断し指示を出したのだが、それとは別に海常というチーム全体に注目していた。

 

 

 

「(これだけタイトにされたら、スクリーンも楽じゃない!くっそ、このOFは失敗できないって言うのによ!)」

 

距離を空けずにへばりつき、スクリーンをセットする事も許さない。そんな誠凛DFから如何に得点するかを考えるも、限られた選択肢の中では難しい。

 

「(パスは出来ねぇ。だったらもう俺がやるしか)ねぇっ!」

 

タイトという事は伊月を抜けばヘルプが遅れ、確実に点に繋がる。『鷲の鉤爪』の事を忘れてはいないが、もはやそれしかなかった。

 

「ドライブ!(いや違う!)」

 

ドリブル突破と見せかけたステップバック。スピードの差で反応が遅れはしたが、伊月はしっかりと片手でコースを遮っていた。

 

「何っ!?(読んでただと)」

 

伊月の手の平がボールを掠めショットを乱す。

 

「落ちたー!リバウンド!!」

 

ボールとリングが強く当たり、大きく跳ね上がった。

 

「ふんぎぃー!(もうヘマは...!)」

 

3度目の正直。土田が押さえつけに来る前に跳び、今度こそと手を伸ばす。自分の武器を、だからコートに立っているのだと自覚し、強い気持ちと共に手を伸ばす。

しかし、早川の指先が軽く弾くだけで、ボールは腕の中に収まらなかった。

 

「そんな...!?」

 

「ぅおおぉぉぉ!」

 

早川から零れたボールを土田が補給。

 

「速攻ー!」

 

遂に誠凛は一桁差にまで追いついた。

 

 

 

 

「秋に秀徳とやったの覚えてる?」

 

「えっ?」

 

不意にリコが火神に問う。

 

「フリースロー外して乱調になったじゃない」

 

「そんなん今言わなくてもいいじゃないっすか!」

 

過去の失敗談を良い笑顔で穿り返すリコを火神が止めようとした。

 

「同じ様な事が早川君にも起きてるのよ。まぁ、土田君が狙ってやったのかは分からないけど」

 

恐らくこうなるという確証はなかった。だが、積極的な決断がこの結果を生んだのは待ちない。

夏以降に土田が悩んでいた事を知ってはいたが、より手がかかる1年が3人もいた為に、それ以上何もできなかった。

 

「土田君がこの流れを作ってくれてる。乗らなきゃ女が廃るってものよ!」

 

 

 

リコの読みは大体にして正解であった。

始めにケチがついたのもフリースローを1本外したところからである。その後、リバウンドを掠め取られ、失点の直接的な原因となった。

それまでが絶好調だったが為に意識のズレが生まれ、焦りから大きくなる。

だがそれ以上にここまでパフォーマンスが低下した理由にはもう1つあった。

 

「(他でどう見られているかは知らんが、早川は責任感の強い奴だ。上級生を差し置いてスターターに選ばれている事を大きく捉えている)」

 

武内は早川を見つめながらベンチを動かすかどうかを考えている。

チームが負けた時、必ずと言って良いほどに涙を流す。3年生に対して暑苦しく何を言っているのか分からなくなるが、誠実に努めてチームに誰よりも貢献しようとする。

だからこそチーム内では認められ、彼を本気で悪く言う者はいない。

 

しかし時としてその強い責任感・熱意が空回りする場合もある。

例えば今の様に。

 

「(メンバーチェンジか...?いや、今出て行って何をさせればいい...)」

 

残り時間も1分弱、途中交代ですぐに試合に馴染めなどと無茶を言っても仕方が無い。第4クォーターでもない限り、失点後にメンバーチェンジもTOも直ぐには取れない。

ゲームを切る為にボールデッドさせる必要がある。仮にそうした場合、勢いづいた誠凛OFを防げなければ苦しくなるだけ。判断が非常に難しい。

 

 

第2クォーターの残り時間は全て誠凛の時間となった。

リバウンド率の変化した分だけ誠凛が勢いづき、OFに拍車がかかる。

海常も作戦を徹底して遅攻を貫くが、早川の乱調が伝染しOFの決め手に欠けていた。

 

「森山!」

 

残り5秒となり、遅攻ではなくラストシュートを狙い笠松からのパスが出た。

距離は少し遠く体勢も不安定だったが、強引にシュートを放つ。

 

「このっ!」

 

「(くっそ、まだアジャスト出来てねぇ。けど、フォームはバラバラ)落ちろ!」

 

独特な軌道を描く森山のシュートは、日向が厳しくチェックしたにも関わらず、リングの内側に潜り込んだ。

インサイドでの攻防が目立ち、展開にあまり関われなかった森山がこの土壇場でしっかりと仕事をこなした。

 

「ふぅ...決まってよかった」

 

海常高校 44-35 誠凛高校




アニメに追い抜かれてしまった事を不甲斐ないと思っています。


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笠松の決意

前半が終了し、両チーム共にコートを後にした。

我慢我慢と息苦しい時間が10分丸まると経過した為、客席にいた者もその空気から一時的に解放された。

誠凛が点差を大きく詰めたといえ、リードしているのは海常。

 

「手が空いている者はマッサージだ。早くしろ!体が冷える前に!!」

 

その海常はバタバタと慌しかった。控え室に戻った早々に出場選手を寝かせて体を揉み解すように指示を出していた。

冬の寒さで体が固まると、筋を痛めるなどの怪我をしやすくなる。加えて、僅かでも体力回復をするべくベンチ員全員で作業を始めた。

 

「あっ俺も...!」

 

「バカモン!お前はこっちだ!!」

 

周りがセカセカと動いているのを見て、黄瀬が自分もと言い出したが、武内に止められる。

 

「バッシュと靴下を脱げ。気休めぐらいだがテーピングをしてやる」

 

「えっ?監督自ら?」

 

武内が黄瀬の足元に座り込みテーピングを巻き始めた。馴れた手つきで黄瀬の足のケアをし、他の部員よりも綺麗だった。

 

「(あれっ?思ったよりも違和感が無い)」

 

「...言っておくが、お前らよりも断然上手いぞ」

 

丁寧に仕上げられたテーピングは負傷した部分への負荷を軽減させ、後半直ぐにでも出られそうな気がした。

 

「それは気のせいだ。まだ出さん」

 

感づいた武内は一言で却下し、黄瀬から離れていく。

 

「ああ。個人的にはどっちでもいいが、怪我を知られたくないなら長めの靴下に履き替えておけ」

 

「え、あ...そうします。じゃなかった、ありがとうございます」

 

武内のプランでは、黄瀬投入のタイミングは多少前後するとしても第4クォーターになる。黄瀬のケアは全て行った為、そのタイミングで怪我が誠凛にバレたとしてもあまり関係ない。

後は黄瀬のプライドの問題である。

 

「っく...っく...」

 

うつ伏せになり簡易的なマッサージを受けていた早川は、歯を食いしばり拳を握り締めていた。

 

「...すいませんでした....すいませんでした...ずびばぜんでじだ」

 

憤りが体を小刻みに震わせ、気が付けばチームメイトへと謝罪を始めていた。

 

「落ち着けよ。少しでも体を休めるんだ」

 

近くでうつぶせていた中村が声を掛けるが、早川の激情は収まらない。感情に任せ上体を起こした。

 

「けど、おぇ!おぇが!」

 

「っち...うるせんだよ馬鹿野郎」

 

笠松が早川の背中を蹴った。そのままうつ伏せになるように踏み潰していた。

 

「何時までも引っ張ってんじゃねーよ。熱くなりすぎだ」

 

想定以上に差を詰められた原因は早川であり、そこに疑問の余地は無い。だが、これは長いゲームの一コマであり全てではない。

後半までに切り替えていれば、挽回の機会も充分にある。

メンタル部分が異様に不器用な早川に言っても直ぐに実行できなかった。

 

「しょうがねぇな。おら、立て」

 

「はぁ...ワシは何も見てないぞ」

 

この後の行動を察知した武内は、一応の予防線を張るのだった。

 

 

 

 

 

「お疲れつっちー!」

 

「ああ、ありがとな」

 

土田が小金井からタオルを受け取り、汗を拭いて一息ついた瞬間に膝から力が抜けた。

 

「...!(力が...)」

 

「おい!大丈夫か!?」

 

水戸部が咄嗟に受け止めたが力が入らない。小金井の力も借りてベンチに座り込む。

今の土田は、張り詰めていた糸が切れた状態。一度切れれば再び張りなおすのは難しい。

どれだけ贔屓目に見ても土田は並みの選手に毛が生えた様なものである。そんな土田は全国大会の準決勝という場面でプレーする為に全てをつぎ込んでいた。

 

「わ、悪い。おかしいな...今になって足が震えて...」

 

軽いパニックに陥った土田は両膝に手を置いて左右に揺らす。尊敬すらする早川とマッチアップが決まった時、本音では怖かった。本番で何一つ出来ないのではないかと良いイメージも出来なかった。

それでも実際にやれる全てを行ってきた。それなのに手が震え、足が震える。

 

「だ、大丈夫だ。まだやれるよ!これからなんだ...まだ半分も残ってる。この調子なら火神や木吉も、もう少し休めるだろ?」

 

第2クォーターは、誠凛が取った。少なくないビハインドが残っているとしても順調と言える結果だ。

この調子を継続できるのならば、来るであろう勝負所をベストな状態で迎えられる。

 

「動け...動いてくれ!今やらなきゃ、ここでやらなきゃ...俺は!」

 

しかし、体は応えてくれなかった。

 

「土田」

 

「日向!俺はやれてただろ!?まだ大丈夫だ、任せてくれよ!」

 

「どう見たって限界だろ。交代だ」

 

今まで見た事のない激昂を見せた土田に日向は厳しい判断を下した。

 

「......そっか。悪いな、見苦しいとこ見せて」

 

受けたショックが結果として頭に残っていた熱を放出させた。俯き両手を合わせてメンバーに謝る。

だが、俯いた顔には悔しさが残っていた。

 

「ありがとな。お陰でチームは大分楽になった」

 

「いや、いいよ」

 

木吉が本心で感謝を伝えるが、土田の顔は上がらない。

言葉が欲しかった訳じゃない。何か形を残したかったのだ。自己満足でチームに迷惑を掛けたくないと思いながら、自身の力で達成感が欲しかった。

 

「ちゃんと聞け!こっち見ろ!」

 

木吉が肩を掴み強引に顔を向けさせる。

 

「早川へのファウル...あれ、自分で考えたのか?」

 

「ああ...まともにやっても勝ち目がないと思って。そしたら秋頃にやった秀徳戦を思い出して。勝手な事した上に、見るに耐えないプレーして悪かった」

 

「何で謝るんだ!凄いじゃないか!」

 

「え?」

 

土田は秀徳戦を思い出すと同時に霧崎第一戦も思い出していた。汚いプレーでペースを乱された事は苦く、その後の英雄の暴走とチームの混乱も鮮明に残っていた。

躊躇いはあったが、それでも実行した。

責められる事はあっても褒められたものじゃない。そう思っていた土田にとって木吉の言葉は不意を付くものであった。

 

「あんな高度な駆け引きなんて、そう簡単に出来る事じゃない。ましてや海常を相手になんて、なぁ黒子?」

 

「僕もそう思います。少なくとも僕には出来そうにありません」

 

木吉に続き黒子が本心を伝える。

 

「確かに。ああいう手段がそもそも頭になかったな」

 

そして、伊月も一言。

 

「まぁ、これで負けたら火神のポカのせいになるけど」

 

「うるせぇ。つか何で俺がポカする前提になってるんだよ。お前こそ前半は大した事なかったじゃねーか」

 

「はぁ?俺の献身的プレーの数々見てなかったの?」

 

「このタイミングで揉めるな」

 

何故か英雄と火神が言い合いを始め、日向が諌める。

 

「細かい感想はあると思うけど、大事なところはみんな一緒だ」

 

英雄と火神を笑いながら見て、木吉がまとめる。

 

「土田がいてくれてよかった。この頑張りを嘘なんかにさせやしない」

 

 

 

 

互いのチームが反省と切り替えを終え、コートに戻ってきた。

前半のミスや問題点はこの先あまり関係ない。

 

「インターバル中のスポ根はよかったけど、ゲームに意識を戻して」

 

土田の件に関して発言を控え見守っていたリコは、後半のプランを伝える。

 

「ここから何時黄瀬君が投入されてもおかしくない。でもあまり意識しないようにね。コートの外は私の管轄よ」

 

黄瀬が負傷している事実を知らないリコは、状況次第で黄瀬の投入を予測していた。

しかし、前半での我慢に耐えきった事により、誠凛は攻めに比重を加える事が出来る。

 

「まずは、土田君は交代ね。あっ、日向君も」

 

「俺もかよ!つか、ついでみたいに言うんじゃねぇ!」

 

リコの考えを疑うわけではないが、残念な扱いに物申す日向。

 

「第3クォーターは早川君の交代、もしくは復調するとしても時間が掛かる。だからインサイドで勝負するわよ」

 

簡潔な目的とメンバーチェンジを伝え、意思統一を図った。

 

『誠凛。メンバーチェンジです』

 

IN 木吉  OUT 日向

IN 火神  OUT 土田

 

後半開始直前に行われた交代に海常側も静かに見つめる。

 

「やっぱり出てくるよな」

 

木吉と火神の登場は簡単に予想できた。同時に第2クォーター以上の辛い時間が始まるのだ。

早川でなくても表情は強張り肩にも力が入る。

 

「(日向を下げ伊月はそのまま)そうきたか、面倒なことを」

 

それとは別に誠凛の狙いに目を向ける武内。今までのデータを振り返ってもこの組み合わせはあまりない。

 

「笠松」

 

「はい!」

 

この交代が意味する事を読み取り、コートに向かっていた笠松を呼び止めた。

 

「お前の判断に任せる」

 

「え?」

 

「去年の失態からここまで這い上がったお前の判断なら俺が許す」

 

時間が無い為に決して具体的な事を言わず、ただ笠松に委ねた。

常に厳しく激を飛ばす武内から意外な言葉を受け、素の表情を出してしまった笠松。

その意味を考えながらコートに戻ると伊月と目が合った。

 

「...正直、後半は補照とのマッチアップだと思ってた」

 

「だと思ってましたよ」

 

伊月の継続は海常にとって予想外だった。言い方は悪いが、笠松個人にとって楽な展開になる。

それを含んだ様な表情で返す伊月は、昨日のインタビューが原因なんだろうなと考えていた。

 

「それより、黒子を温存するなんてな。どういうつもりだ?」

 

「それはお互い様でしょ」

 

伊月以上に問題なのは黒子の存在である。

予想していたメンバーは、日向・木吉・火神・黒子・英雄の最大戦力だった。少なくないビハインドを一気に取り返しに来ると考えていた海常にとって意味が分からない。

 

「黒子がなんて言われてるか知ってます?」

 

「はぁ?何を今更、『幻の』...そういう事か」

 

伊月は笠松に誠凛の真意を少しだけ告げた。

黒子の通り名は『幻の六人目』。そう、6人目なのだ。

ミスディレクションの効果は、同じ相手の2戦目以降で効果が薄くなってしまう。そこでリコは勝負所に限定する起用方法を提案したのだった。

 

「汎用短期決戦兵器クロンゲリオンってか」

 

「本当にやめてもらえますか。っていうか早くコートに入って下さい」

 

誠凛ベンチでウダウダしていた英雄が黒子に真顔で促されていた。最終的にお尻をリコに蹴られながら入場するはめに。

 

「以前やった時は黒子に頼り切って勝ちはしたけど、内容じゃ負けてた。だからみんなで決めたんです。今度は地力で勝負して勝つって」

 

「どうでも良いけど、そんなに話していいのか?」

 

「良くは無いけど悪くも無いんですよ」

 

後半も伊月とのマッチアップが分かり一瞬拍子抜けをしたが、直ぐに気合を入れ直した。

誠凛は出来る限りを尽くして勝ちに来ている。それも正面から。

 

「そういう事なら...受けて立つ」

 

 

 

 

第3クォーターが誠凛ボールで開始。

伊月がトップの位置までボールを運び、左右に火神と英雄、インサイドに木吉と水戸部。

 

「まずは1本!じっくりいくぞ!!」

 

前半の流れを呼び戻す為に丁寧なプレーを呼びかける。

攻め方を精査する伊月は、攻める前から手ごたえを感じていた。

 

「(第2クォーターがしんどかったからか?何か楽に感じる...)」

 

火神と英雄がウィングに、木吉がゴール下に張っているせいで、海常はダブルチームにいけないでいる。

それでも火神への警戒が強く、全員がヘルプポジションを取っていた。

 

「(これは...イケる!)」

 

伊月に対するチェックも甘く、得点へのルートが容易に見えた。

 

「笠松スクリーン!」

 

火神を警戒する笠松の背後を英雄が迫ってスクリーンをセット。すかさず伊月が英雄の背中側から回りこみ、ミドルシュートを放った。

 

「ちぃ!(強気に攻めてくれるじゃねぇか)」

 

ファイトオーバーで対応した笠松だが1歩届かない。

本来ならば、森山がスイッチするべき場面。だが、それが出来なかった。マッチアップの英雄との身長差故に、3Pを警戒し離れられなかった。

インサイドの2人も元気な木吉にパスを入れられるのを嫌がり足が出ず。

 

「英雄はやっぱり便利だな。中と外、1回で2度美味しい」

 

「何かキャンプとかで使う十徳ナイフみたいっすね」

 

交代したばかりの火神や木吉への警戒を利用し、自ら決めた伊月。1度目のプレーながら、英雄のSGポジションの有用性を感じていた。

インターバル中でも自ら言っていたが、今日の英雄は地味でも的確なポジショニングで献身的なプレーをしている。

 

「おいおい。気合入ってるのはいいけど、こっちにもパスくれよ」

 

DFへと走る木吉は、伊月にパスを求める。

 

「ああ、分かってるさ。けど偶にはいいだろ?俺が目立っても」

 

「当然だ」

 

土田のあの姿を見て伊月も木吉も何も感じなかった訳がない。むしろ似た立場の伊月には土田の気持ちが良く分かる。

チームの勝利と喜びながら、あまり出られない悔しさを胸に秘め続ける。出場の機会があれば必死でプレーをしてきた。

だからこそ木吉も試合に出るという意味を改めて考え、その責任を噛み締めた。

 

「さぁDFだ!1本集中!」

 

誠凛DFはマッチアップを変えてのマンツーマン。笠松に伊月、森山に英雄、中村に水戸部、早川に火神、小堀に木吉。

海常は変わらずディレイドOFを仕掛ける。

 

「(早川に火神、森山に補照。嫌なくらいポイントを抑えてくるな)」

 

10秒過ぎるまで笠松はDFの動きを観察する。

伊月以外、身長によるミスマッチが存在せず、むしろ平均身長で負けている。バスケットにおいてこの差はジワジワと現れるものだ。

そして、早川に火神を当ててリバウンド対策を継続し、森山に英雄を当ててアウトサイドゲームへの妨害を図ってきている。

 

「(だが、簡単に中へのパスは通らない。だったら)」

 

レッグスルー1回で体勢を変え、状態を少し前に構える。

 

「ドライブか!?」

 

伊月が合わせて片手を下げて半身に構えた。すると笠松はノーフェイクでの3Pを放った。

 

「3P!?」

 

咄嗟にブロックを試みたものの、出遅れが原因でコースをチェック出来ていない。

ショットはリングを潜り、再び2桁差へと押し返す。

 

海常高校 47-37 誠凛高校

 

「ナイッシュー!頼りなるぜ!」

 

森山が駆け寄り笠松を称える。第3クォーターの最初で3Pを決めたことは、まだまだこれからとチームの士気を高められた。

 

「ああ」

 

しかし笠松とっては逆だった。伊月の意識の隙を突いた好判断ではあるのだが、逆に言えばそれしかなかった。

パスターゲットがほとんどなく、パスをしても効果的なOFを実行するのは難しい。

 

「(どうする?このまま遅攻を続けても...)」

 

黄瀬投入と言う勝負所を迎える為の時間稼ぎ。それが今求められている事。多少の逆転も視野に入れており、とにかく繋ぐ事を必死で行っている。

しかし、その結果は芳しくない。主力を温存されたまま点差の半分を詰められて、主力を投入し勢いを増す誠凛との後半戦。

 

「(いや、戦略上決まった事だ。今出来る事を全力でやればいい!)」

 

今の作戦に不安を感じながら笠松は伊月のマークに向かった。

 

「火神!」

 

1つ前のプレーによって、火神へのチェックが僅かに弱まった。伊月からのパスを火神が受け、中村との1対1。

 

「(よし!)」

 

中村をかわしてヘルプに来た小堀の横にパスを出し、フリーの木吉がショット。

やはり火神を止められる人間は限られており、今のメンバー内に存在しない。このプレーでそれが明らかになった。

 

「気にするな!OF行くぞ!」

 

笠松が先陣を切り、メンバーを引っ張っていく。これから先、同じ展開が続く以上、一々気にしていては精神的に参ってしまう。

試合終盤の事を忘れて、この10分を全力で向かう必要がある。

 

「(こうなりゃ、スクリーン掛けまくって外から打ちまくるしかねぇか。森山の調子自体は上がってるんだ。勝負は出来る)」

 

第2クォーターで早川の乱調が目立っていたが、要所で森山が3Pを決めていた。英雄をマッチアップさせたのは、それを分かっての事だろう。

それでも森山の独特なフォームは初見殺しの効果を持ち、少しでもチェックを外させれば直ぐには止められない。そして、森山に意識が向かえば自ら打てば良い。

早川の復調は未だ見えないが、そんな事を言っている場合ではないのだ。

キープドリブルをしながら、全体にサインで指示を出した。

 

「英雄!スクリーン!」

 

10秒を経過し海常が動く。英雄に対して中村のスクリーン。森山がその隙にオープンスペースに走りこむ。

 

「(よし!)ってコイツまた」

 

「...」

 

オープンと思いきや水戸部が前を塞いでいた。

この試合で何度か見せたスムーズなマークの受け渡し。DFのズレをほとんど見せずに英雄は中村のマークについていた。

 

「ナイス水戸部!(もう時間が無い。シュートかラストパスしかない)」

 

笠松へのリターンパスを防ぐ為、コースをディナイ。伊月に倣って他の3人もタイトに手を伸ばしている。

 

「(水戸部を中村につけた理由はこれ。スクリーンを多用させないつもりか)森山打てっ!」

 

初めてのマッチアップであるが、水戸部の方が高くシュートに触れる可能性も充分にある。森山のフォームではなく、ボールの動きに片手を合わせて伸ばした。

しかし、森山はボールを1度下げ、10cm横にワンドリブルで移動。そして時間ギリギリでショットを放つ。

タイミングをずらされ、水戸部のブロックは掠めもしない。

 

「よーし!いい感じだ。ここからペース作るぞ!」

 

連続で3Pを決めて体制を立て直しつつある。

誠凛の火神・木吉投入で、インサイドでの勝負は分が悪い。その為、徹底したアウトサイドゲームを展開し、最低でもシュートまで繋げばいいと判断した。

森山への負担が増えるが、嫌とは言わないだろう。

 

「(水戸部に対してならスピードで勝ってる。3Pじゃなくても中に切り込めばチャンスが広がるんだ。森山に集めるのも悪く無いか)」

 

OFの突破口になるかと考えるが、これ1本で勝負するには少し弱い。だが問題はDF。火神に対して中村1人ではまず止められない。

 

「早川!」

 

名前を呼びながら火神を指差す。笠松はダブルチームを指示した。

インサイドにスペースが出来るというデメリットを理解しているが、エースの火神に調子を上げられるのは1番に避けたい。

 

「火神にダブルチーム!だったらっ」

 

伊月はノーマークの水戸部にパスを送った。

すぐさま小堀のヘルプが向かうが、木吉にパスが通って追加点。

 

「(これも悪くないが、連携スピードに追いつけてない。それにOFも何か変化をつけないと。何かないのか)」

 

「笠松!」

 

ベンチから立ち上がった武内が指差しながら呼んでいた。

何かしらの指示であるのは間違いない。ボールを運びながら考えていると武内の言葉を思い出した。

 

【お前の判断に任せる】

 

改めて言われたが、今までもキャプテンとして状況判断を行ってきた。あえて今言ったという事は、他に意味があるのだろう。

思い返していると、キャプテンを指名された時の事も思い出した。

 

【だからお前がやれ】

 

嘗て歴代最強とまで言われたチームを自らのミスで、初戦敗退にしてしまった記憶。

 

「(俺が...か。やれるのか?これで負けたら完全に俺の責任になるな)」

 

あの最悪のラストパスが脳裏を掠め判断に迷う。10秒まで時間を使いながらひたすら考える。

 

「(上等だ!黄瀬がいないから負けたなんて言われるよりよっぽどマシだ!)」

 

もう何度目かOFの切っ掛けとなる10秒が過ぎ、笠松の腹も決まった。

そして、1つサインを出した。

 

「(何だ?雰囲気が...)」

 

マッチアップの伊月も目の色が変わった事に気が付き、警戒心を露にする。

序盤から食らいついてきたが、実際に止められたのは始めの1度だけ。全開のドライブは慣れた目でも追いきれなかった。

 

「(速いっ!今までよりも桁違いに)」

 

タイトなマンツーマンDFをしている分、伊月の背後には広いスペースが生まれていた。

スピードのある笠松がスペースを得るという事は、正に水を得た魚。伊月から見て左のスペースに抜き去り、ボールを右手に持ち替える。

自らの体を防波堤代わりに使い、伊月がスティール出来ないようにひと工夫。

 

「(上手い!)くそっ」

 

そのままクイックネスを活かし、遅れてヘルプに来た英雄のブロックをギリギリのタイミングでミドルシュートを放つ。

 

『ファウル!白15番!バスケットカウントツースロー!』

 

ブロックが間に合ったものの、笠松の腕ごと弾いた為に審判に宣告された。

 

「こりゃ凄いね。フィールドゴールは防げたけど、これを多用されると厄介だ」

 

どうしても黄瀬の存在感で忘れがちになるが、笠松のドライブは海常の得点源の1つなのである。MAXスピードを初めて体感した英雄は、素直に感心を示していた。

 

「そーかよ。遠慮すんな満足するまで見せてやっから」

 

「ははは。あ、でも。間近で見るの俺じゃないんで」

 

森山の手を引かれて起きた笠松は英雄を睨みながら一言添えた。今のOFは自分の中でも良い出来だと思えたが、後1歩で邪魔をされた。

 

「大丈夫か?」

 

「ああ、問題ない。それより森山、お前はフォローとかしなくていいからオープンスペースに走ってくれ。俺が中に突っ込めばどっちかのサイドが空くはずだ」

 

英雄から目を離し、フリースローの合間に森山から全体へと指示を与える。

 

「基本は俺か森山で3Pを狙う。中村はガンガンスクリーンをかけて、他はリバウンドだ。必要なら俺もリバウンドを獲りに行く」

 

「それは...ディレイドをやめるって事か?」

 

笠松の話から小堀が意味合いを理解し、確認の為に質問をした。

 

「そうだ。シンプルで時間を稼ぐにはもってこいの手段だが、誠凛が慣れ始めてるし本来のプレーとは違う為に流れに乗り切れてない」

 

決心は固くはっきりとこの作戦は駄目だと発言した。監督・武内の指示が具体的に出てはいないが、任せると言ったのだ。だったらその言葉に甘えればいい。

 

「後、DF。ボックスワンで行くぞ。森山が補照にマンツーでついてくれ」

 

「分かった」

 

「早川。物怖じしてたら置いてくぜ」

 

「おぉっす」

 

「小堀。今まで通りフォロー頼む。今後ろを任せられるのはお前しかいない」

 

「任せろ」

 

「中村。何時も通り冷静にな」

 

「っはい!」

 

一人ひとりに声を掛けて自らの役割もはっきりと伝えた。

 

「先陣は俺が切る。俺について来い」

 

強力なキャプテンシーを放つその背中を見上げる事はないのに、とても大きく感じた4人。確実に2本のフリースローを決めて、我先にとDFに戻っていく。

 

「先ずはDF、絶対に中で打たせるな!」

 

海常はマンツーマンからボックスワンにDFを変更。森山が英雄にマンツーマンでつき、残り4人は4角形のゾーンを組んだ。

誠凛にも負けない硬い信頼関係で結んだゾーンを。



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4番とは

【いい?要点を纏めると、抑えるべきポイントは早川君と森山君の2名】

 

話はインターバル中に戻る。

リコは早川を交代させない前提で話を始めた。

 

【この機会に早川君を徹底的に叩く事。そして、これ以上森山君の調子を上げさせない事】

 

森山の隠れた活躍を見逃していなかったリコの考えは、試合終盤の展開を楽にする為のもの。調子付かせると黄瀬対策どころじゃなくなるのだ。

そして早川をコートから引っ込めさせられれば、結果的に海常のOF力を低下させられる。

 

【で、OFなんだけど。日向君の代わりに英雄を外に置くわ。逆のサイドに火神君、ガンガン切り込んで。インサイドは鉄平と水戸部君にお願いね】

 

チーム内の長身を4人使ったメンバー構成。木吉を中心にインサイドで勝負を挑む。それが第3クォーターにおけるリコからのオーダーであった。

故に、DFをボックスワンに切り替えた海常の判断は素晴らしいと言う他ない。

日向を下げインサイドに重点をおいた作戦の為、外からの展開が乏しくなる。一定以上の成功率を望めるのは英雄のみになり、伊月は勿論火神に対してもあまり警戒しなくても良いのだ。

仮にこの2名に決められたとしても、単発に過ぎない。

 

「よーし!いいぞ森山。その調子でパスを回させるなよ」

 

「分かってる!」

 

森山が英雄に対し、べったりと徹底的にマーク。英雄を抑え、残り4人をゾーンで迎え撃つ。木吉と水戸部がポストアップしているが、中への警戒が高くディナイを受けている。

 

「(けど、中に集中してる分、火神のチェックが甘い)」

 

伊月から火神へのパスが通る。特定のマークがいない為、パスを阻む者がいない。

パスを受けた火神がミドルレンジまで侵入し、ジャンプシュート。ゾーンの前列にいた笠松が反応し手を伸ばしてはいたのだが、打点の高さ故に届かない。

 

「(やっぱ、どうやってもコイツを抑えられない!)」

 

「ナイッシュー火神!」

 

通常のマンツーマン、ダブルチームを経て火神を止められないのは理解した。ボックスワンで火神がフリーを作りやすくなった今、ある程度やられるのは仕方が無い。

 

「(でも)悪くねぇ、機能はしてる。ブロック出来なくてもプレッシャーを与え続ければ可能性はある!」

 

失点したものの確かな手ごたえを感じた。先ず、重要なのは早川のフォローがしやすくなった。

火神を中に入れなければそれで良い。長い休みを取り調子も上がりきっていない火神なら、ほぼフリーで打たせても僅かでだが外す可能性があるのだ。そして2点ずつなら点差を有効に使って、黄瀬復帰まで耐え切れる。

 

「(徐々に攻めづらくなってきたな)」

 

海常は修正を繰り返し行い誠凛OFを捕らえつつある。伊月は海常の狙いに気付いており、やり難さは否めない。

今のOFも火神以外に選択肢が無かった。

 

「これは!?」

 

海常OFは、小堀・早川が両サイドのローポストにポストアップし、森山・中村が両コーナーに張っている。あからさまなアイソレーションが展開された。

 

「悪いな。形振り構ってられねぇんだ、行くぞ!」

 

誠凛も海常同様、3Pを徹底的に潰している。インサイドに安直にパスをしても自らの首を絞めるだけ。残った選択肢は笠松のドライブ。

伊月の新技『鷲の鉤爪』もつい先程見事にかわしており、確率で言えばこれ以上の選択肢は無い。

短く早いドリブルでジリジリと前進し、一瞬だけ間を取った。

 

「(また3P!)」

 

1秒にも満たない静止で、伊月の頭に3Pがチラついた。反応で片手を上げたと同時に笠松がクロスオーバーで抜き去る。

中村に向けてパスフェイクを挟み再びボールを胸元に戻した。シュートモーションに移って、小堀にワンバウンドパスを出す。

 

「(来た!前半、早川が頑張ってたんだ。ここからは俺がっ!)」

 

ワンドリブルで木吉に体を寄せ、タフショットを捻じ込む。

笠松の揺さぶりで木吉のチェックは甘くなっていた。

スピードに乗った笠松を止めるには早めにチェックする必要がある。しかしパスフェイクでヘルプの出足を遅らせ、シュートモーションで意識を引き付ける。ここまでされればブロックされない。

 

「いいぞ笠松、この調子で行こうぜ!」

 

コート内外から笠松へのエールが叫ばれる。

元々はOFをディレイドから本来の形に戻したことで、チーム内の空気を入れ替える事が狙いだった。

 

「(それで良い。海常のエースは黄瀬だ。だがお前がいなければ、海常は始まらない)」

 

海常が勝利する為ならば、今まで通りのディレイドOFで黄瀬に繋ぐ方が効率の良い方法だ。笠松のドライブから始まるOFは、それ以上効果的なのも認めるが、笠松が負う負担の大きさと言う不安要素があったからこそあえて指示を出さなかった。

決断を委ね見届ける事を選んだ武内は、真っ直ぐに笠松を見つめていた。

 

「頑張れ!頑張れみんなっ!」

 

「(いくら黄瀬でも、この4番の背中だけは真似できないだろうな。これだけは自らの力で築き上げなければならないのだから)」

 

ベンチから必死で声を出している黄瀬を横目に、そんな事を思っていた。

 

 

 

海常のプレーは決して悪くない。

だが、トランジションが上がるという事は、必然的に誠凛も活気付くという事。攻守を早く切り替えアーリーOFで攻め込み、落ち着いてDFを構築する時間を与えない。

その為、水戸部のスクリーンを森山が避けられず、英雄をノーマークにしてしまう。

 

「凛さんマジナイス!」

 

伊月からのパスを受け、そのまま3Pを放つ。

 

「中村!今みたいな状況になったら迷わずチェックに行け!3P打たれるくらいなら2Pをくれちまえ!!」

 

海常も直ぐにDFを修正し次に備える。恐らく誠凛OFをとめられる確率は10回に1回あれば良い方。

英雄は外担当の為、チェックさえきっちり行っておけば、いつか外す。だが、火神にボールを集められれば直接的に止める方法が無くなる。

 

 

 

「(そろそろ働いてくれよ)」

 

そして、第3クォーター3分が経過した時、誠凛は満を持して火神にボールを集め始めた。

 

「よっし!」

 

最初の1本を決めて距離間などの調整は完了し、いつものOFが出来る様になった。

途中交代の2名を試合に馴染むまで待つという、伊月の丁寧なゲームメイクを経た火神のミドルシュート。

黄瀬不在の状況ではブロック不可。ゾーンで守っている為、ディナイも不可。

 

「あぁっ!(くそ、火神が決めてるのを外から見るのがマジで腹立つ)」

 

ベンチから前のめりに見ていた黄瀬は既に我慢の限界が来ていた。火神が海常から得点する事も、そこに自分がいない事も、そのせいで海常が苦しんでいる事も、我慢がならなかった。

 

 

 

「っらぁ!」

 

「っな!?」

 

またしてもドライブからのOFで、伊月を抜いた後にそのままシュートに移行した笠松だったが、死角から火神のブロックが襲った。

火神投入によって齎される変化の1つ。得点寸前でやってくる強烈なブロックは、海常側に大きな脅威となる。

 

「速攻ー!」

 

弾き飛ばされたボールを英雄が拾ってカウンター。最前線でパスを受けた伊月はノーマークでレイアップを決めた。

英雄の3P、そして火神のブロックにより、再び点差を一桁に。

 

「っく...(俺としたことが、意識から火神から抜いちまった。集中しろ俺!まだ頭真っ白にする時間じゃねぇだろうが!)」

 

笠松もまた、最も警戒しなければならない火神に気を抜き、真っ直ぐにシュートへと向かってしまった。

攻撃力が先行している誠凛だが、守備力が決して低い訳ではない。ここぞと言う場面では必ず火神がブロックを決めてきたからだ。

これからは火神との位置関係を頭に入れる事が必須となる。

 

「わりぃな、安直なプレーして。もう同じミスはしねぇ、パス回していくから頼むぜ」

 

カウンターを受けた原因を洗い出し、直ぐに修正。

 

「笠松。やっぱりスクリーンくらいは...」

 

小堀が単独のドライブだけでなく、伊月にスクリーンを掛けることを提案した。

 

「駄目だ。掛けるなら森山の方にだ。それにリバウンドが微妙だからな」

 

「......!」

 

しかし、笠松が拒否。狙っていた森山の3Pも英雄の徹底マークによりパスすら出来ていなかった。

何よりも未だに早川復活の兆しすら見えていない状況で、リバウンド勝負など選べない。

首を捻りチラリと目を合わせ、軽く皮肉を言った。

 

「いい加減にしろよ馬鹿野郎。さっき言った事はあくまでもゆくゆくの話だ。少なくとも今の様なプレーしてるんじゃ到底任せられるかよ」

 

そして苦言。

笠松の言葉で早川はインターバルに起きた事を思い返した。頬に残った赤い紅葉を摩りながら。

 

 

 

指示通りに中村が英雄にスクリーンを仕掛けて森山の3Pを狙ったが、ファイトオーバーで対応されシュート精度を大きく下げた。

 

「リバンっ!」

 

小堀と木吉が同時に手を伸ばし、更に上へと弾き跳んだ。

 

「(ポジションは俺の方が有利だったのに)」

 

「(上手いな。ポジション取りでこうも負けるか)」

 

お互いに自分が取れると思って跳んでいたが、互角の競り合いでやり難さを感じていた。

2人から零れたボールがリングよりも上に舞い、再び地に向かう。C2人は着地し、その間から早川が飛び出し手を伸ばした。

 

「(落ちてくぅ場所!ここっ!!他の奴は!いないっ!!)でやぁぁっぁ!」

 

今まで以上に慎重に周囲の状況を確認し、丁寧にリバウンドを取りにいった。

 

「ぉっしゃあ!」

 

すると早川を追い越し、遥か上空でそのボールを奪い取る。

動き出し自体、早川の方が早かった。その上で確実にと意識した早川とほぼ同時に跳んだ火神が早川からリバウンドを奪い取ったのだ。

 

 

 

 

 

「やっぱり凄いな、みんなは」

 

後半3分経過し火神が笠松を止めた事に、より流れを掴んだ誠凛は海常を徐々に追い詰めていった。

スコアラーの役割を果たしながら、早川からリバウンドを正面から奪った事の凄さは、直接やり合った土田には良く分かる。

何が何でもと、ファウルまで冒して相手のミスでリバウンドを取った自分と比べて、どうしても切なくなる。味方の活躍を喜ぶべきところでという思いもあって、複雑な内心が表情に表れていた。

 

「やっぱりな...お前、何か勘違いしてるだろ」

 

すると、横から日向の声が耳に届いた。

 

「え?」

 

「普通、どんなに凄くても40分全力疾走できる奴なんていねぇ。英雄だって、ある程度ペース配分を考えてる」

 

高校生のレベルを遥かに凌駕する火神を含めたキセキの世代達。信じられない超絶プレーを繰り出し、恐怖に陥れてきた。だが同時に目にしてきたはずなのだ。ヘロヘロに疲弊した彼等の姿を。

スタミナに自信を持つ英雄もまた桐皇戦ではボロボロの姿を露呈した。

 

「俺が言うのも難があるが、お前の実力はまだまだだ。まずはそこを受け止めろ、ここは過大も過小もしちゃいけねぇ。それでもデカイ仕事をしたのも事実」

 

下手に言い繕わず、はっきりと土田への評価を口にする日向。

 

「後半を一桁差で迎えられるって事は、途中交代する奴からすれば試合に入りやすかっただろうよ。加えて火神も木吉も充分に休めた。つまり体力的にも精神的にもその負担を大きく変えたんだ。それが、お前の成果だ。それにな...」

 

評価を言い終えた日向は続けてこの先に付いて真剣な面持ちで話し始めた。

 

「アイツが、木吉がいるのは今だけだ。来年になれば嫌でも頑張ってもらわなきゃならなくなる」

 

「......!」

 

これは既に決定事項であり、部内でも周知の事。正に今戦っている状況でいう事ではないが、土田の為にあえて言う。

木吉の膝の怪我は選手生命を奪うほどの重傷であり、これまでの無茶が更に悪化させた。そして木吉に次は無い。

 

「空いたゴール下を誰が支えていくのか...火神や水戸部なんて言うんじゃねぇぞ。お前がやるんだ」

 

言うまでも無く木吉の穴は大きなものである。火神ならば何とかならなくもないが、スコアラーという役割がある以上、別の人間がやらなければならない。

夏の都大会では水戸部や英雄が行ってきた。しかし、多様性に富んだ英雄をインサイドに縛り付けるのは誠凛にとってデメリットになり、水戸部一人に押し付けるのも問題がある。

並みのチームならともかく、名だたる強豪のインサイドと戦うには土田のリバウンドが必要になる。

 

「俺が...」

 

「バスケは1人じゃ出来ないが、5人だけじゃ勝ち上がれない。俺達はチーム一丸でやってきた、そしてこれからも」

 

同じコートの上で必死で足掻く土田を通してこれまでの歩みを思い返した。スポットライトが当らなくても懸命にプレーを続ける仲間の姿。

だから1つ決めたことがある。WC4強にまで勝ち上がった今にして、日向は1つ宣言する。

 

「今後、高校から始めたからなんて言い訳はさせねぇ。駄目なものは駄目だとはっきり言わせて貰うからな、覚悟しとけよ」

 

誠凛のバスケットレベルが急激に向上した為か、無意識に土田が出来なくても仕方ないと思っていた節があった。

どうせ悩むのであればシンプルに分かりやすくした方がいい。それが日向の考えであった。

 

「ふふっ。さっきから聞いてたけど、しっかりキャプテンやってるわね」

 

話が切りよくなった頃、リコが会話に参加した。

 

「茶化さないでくれよ。流石に俺だって色々考えるさ」

 

始めは木吉に言われてなりゆきでなった役職だが、試合を重ね様々なキャプテンの姿を目にしてきた日向。

自分なりにチームをどう引っ張っていけば良いかを考えてきた。

 

「ま、そういう事よ土田君。誠凛が勝つ為には、誰かのじゃなくて全員の頑張りが必要なの。日向君の言葉通り、金輪際容赦しないからそのつもりで。あ小金井君、1日2・3回吐いても良いよね?」

 

「良くないけど!てか急に何!?」

 

一生懸命に応援していた小金井がオチに使われ、訳も分からず全力で突っ込みを入れる。

 

 

 

海常は徐々に崖っぷちへと追いやられていた。

火神のドライブからのミドルシュート、英雄の3P。それらを利用し、引き付けてからのインサイドへのパス。

前半で海常にやられた事をそのままやり返し、OFの好調を維持している。

その波がDFにも影響し、海常を追いかけて追いかけて最後に火神のブロックで捕まえるという作戦が見事に当たり、勢いが収まらない。

 

『またしても火神のブロック炸裂ー!』

『これで何回目だ?やっぱり黄瀬がいないと!』

 

今の海常に火神を止める手立てが無い。ただそれだけで、点差が縮まるのを止められないのだ。

 

再び海常OF。笠松のドライブとそこからのパスアウトを仕掛けるも、中々森山のシュートチャンスを作れない。闇雲にシュートを狙っても火神のブロックが待っている。

伊月を抜いて、一瞬フリーになっても木吉がヘルプに来る。森山のマークは外れていない。小堀に安易なパスをしても火神をかわせない。

 

「はぁ...はぁ...ぅおらぁっ!」

 

ならば、更に前へと突き進むしかない。

木吉の膝下目がけて沈み込む。足に疲労が蓄積し少し鈍く感じるが関係ない。片手で木吉との距離を維持して体を捻じ込み、とにかく前へ前へと。

自ら先陣を切ると言ったのだ。躊躇なんてしていられない。

 

「(ダックイン!)」

 

「(レイアップ...違う、これは)っぐ」

 

ビックマンがこれをやられると対処に困る。低く速くドリブルをされるとまずスティールは難しい。木吉は一瞬の戸惑いの内に抜かれ、伊月は広い視野から笠松の行く先を読むが密集地帯に足踏みし追いつけない。

ベースラインを平行に火神とは逆サイドのショートコーナーに駆け抜けた笠松のジャンプシュート。

小堀が木吉に体を入れて、リバウンドの備えと同時に木吉のヘルプを遮った。

 

「まだだ!まだ点差はあるんだ。自分達のバスケをやってりゃいい!」

 

OFの連続失敗をここで止め、誠凛の勢いに押し込まれるのを踏みとどまる。

笠松の果敢なアタックを繰り返し、誠凛DF全体から警戒が強まってきた。自身の体力と貴重なリードを多少使ってしまったが、準備は整った。

 

英雄と水戸部のピック・アンド・ロールから水戸部のフックがあっさりと決まり、再び海常OF。

笠松を左サイドに残し、後は右サイドに密集する。

 

「(またこのパターン。そりゃそうか、俺との1対1が一番確実だと思ってるんだからな)」

 

海常からウィークポイントだと認定され、何度もその通りに攻められた伊月。チームとしては好調でも、表情は厳しい。

新技を持ち込んできたものの実践投入は初めて。状況変化に追いつけず後手になり、使いこなせていなかった。

笠松の対応も上手く、序盤以外は失敗続き。だが、何度も繰り返されたドライブに目が慣れてきた。

 

「(右か左か、それだけじゃ駄目だ。そしてドライブ後、どちらの手にあるのか。そこまで先を読むしかない)」

 

今もこの後も来るであろうアイソレーション。笠松にとって『鷲の鉤爪』は充分に脅威であり、100%勝てる勝負だと思っていない。だからこそ、中々止められない。

同じ事の繰り返しが何時までも通じるなどと勘違いしていないからこそ、常に100%のプレーで臨んで来ていた。決して舐めてかかってくれない。

対面しているとその必死さが良く伝わるのだ。

 

「(...海常に勝つには、黄瀬以前にこの人を止めないと。この人がいる限り、海常は折れない)」

 

始めからここまで常に先陣を切り、チームの先導をしてきた。笠松が走り続ける限り、その4番を背負う背中がある限り、海常は何の疑いも無く前を向き走り続ける。

 

「(来る!)」

 

左から右へ。鋭くキレのある切り返し。追い縋る伊月をスピードで突き放す。

ゴールまでの直線状には木吉がヘルプで待ち構えている。一瞬だけフリーになるのを笠松は見逃さない。外に向けてパスを出す。

 

「(パスアウト!?小堀じゃないのか?それに森山は英雄が...)」

 

作戦上、森山に英雄をべったりマークさせてシュートチャンスを与えないと言う事になっていた。だが、笠松の果敢なアタックにより英雄の意識は笠松へと向いていた。そこに中村のスクリーンを受けて、森山のマークを外してしまっている。

水戸部もスイッチが間に合わず、待ちに待ったチャンスが訪れた。

 

「(絶対決める!アイツが体を張って作ったこのチャンス!)」

 

完全なフリーという訳でなく、英雄が直ぐそこまで迫っている。しかし森山は一切の躊躇い無く、ボールを放った。

森山のシュートチャンスは間違いなく、火神にブロックを受けても果敢に攻め続けた笠松が作ったもの。多少パスが乱れていたとしても、外せば森山の責任となる。

 

「はいっれー!」

 

良いシュート体勢とは言えず、いつもであれば成功率は低いシュート。リリース直前に英雄のブロックでプレッシャーを掛けられ、放物線は更にゆがんでリングを数度跳ねてその間を潜った。

その間、ゴール下でポジション争いが行われており、小堀と早川はもちろん笠松も懸命にスクリーンアウトを掛けていた。

 

 

攻守交替し、今度は伊月が水戸部のスクリーンで抜け出し、そのままレイアップを狙った。

 

「(させっかこの野郎!)」

 

最大スピードでブロックで迫り肉薄するが、勢い余ってファウルを宣告された。

ゲームが1度切れた事をチャンスと捉えた武内は、少しでも体力を持たせる為にTOを取った。

 

「おい笠松。いくらなんでも飛ばしすぎだ」

 

「うるせぇ!気休めでも何もしねぇよりマシだ」

 

これ以上の無茶を止める様告げた小堀だが、笠松に聞く気配がない。

 

「...中村。俺はいいから、笠松を助けてやってくれ」

 

すると、森山が中村に指示を出した。スクリーンを使ってもギリギリのタイミングだったにも関わらず、伊月に掛けて笠松を手助けしろと。

 

「はぁっ!?何言ってんだ、そんな余裕ねぇだろ!馬鹿言うな!!」

 

「それはこっちの台詞だ。黄瀬が戻った時、お前がいなきゃ意味がない」

 

「...分かりました」

 

「中村!」

 

反論する笠松をそっちのけで、作戦変更を決めた。

 

「後、早川。責任感が強いのは良い事だが、一々動じるな。そんなんじゃ来年から4番は背負えないぜ」

 

「あ...」

 

森山の言葉で思い出した早川は未だ少し赤くなっている頬を触る。

 

 

 

 

インターバルの最中、海常の控え室内に乾いた音がバチンと響いた。

 

【気が済んだか?】

 

激情に駆られた早川の頬を笠松が平手打ちで叩き、無理やりにでも落ち着かせた。部屋の隅では武内が深くため息をつきながらどこか遠い場所を見ている。

 

【つーかよ。こんなこと去年にもあったじゃねぇか。学習しろよ全く】

 

【スンマセン!】

 

多少は落ち着き始めていたが、まだ後悔の念が強い。何度も頭を下げる。

 

【ったく。もっとシャキッとしろよシャキッとよ。エースは怪我するし、てめぇはトンチンカンな事いうし、来年の海常は大丈夫か?】

 

話の流れで黄瀬にまで駄目出しが訪れ、2人して頭が上がらなかった。

 

【でも、ま。何とかやっていけるだろ。実際、あんまり心配してないぜ。試合に出るって責任をお前はちゃんと分かってるし、黄瀬も馬鹿な行為を控えるだろ】

 

駄目出しの後、今度は持ち上げられ、何が言いたいのかが分からず顔が上を向いた。

 

【お。やっと顔が上がったな】

 

【あ...いや】

 

【責任もって1つ1つのプレーを全力でやるところは評価してる。だけど、チーム全体のどうこうを考えるのはまだ早い。今のキャプテンは俺だ。負けたら俺のせいにしろ。その代わり】

 

今の話題が何かが分からなくなってきた早川は、素直に次の言葉を待った。

 

【その代わり、次はお前の番だからな】

 

 

 

 

 

「あれは俺達3年と監督で話し合って決めた事だ」

 

「黄瀬の場合、エースでもキャプテンにはちょっと早いからな」

 

森山が改めてこの話題を持ち出し、小堀が一言添える。

 

「たっりめーだ。自己管理も出来ない奴がキャプテンなんか出来るか」

 

「もうちょっと気遣って欲しいんスけど」

 

恐らく反対派の筆頭だろう笠松が正当な理由を言う。正当すぎて反論の余地がない黄瀬は、ダメージを弱めようと懇願しか出来なかった。

 

「そういう事。お前も、チーム云々よりまず自分の事を考えろ。それがひいてはチームの為になる」

 

何時ものチャラけた雰囲気ではなく、海常の最上級生としての意見を早川に届けた。森山のその言葉で早川の目の色が少しだけ変わった。

 

「そろそろいいか?この後の作戦だが、森山の意見を採用する」

 

「監督!」

 

話のキリが良くなった時、武内が最終判断を下した。

 

「とりあえず、森山は地力でシュートまで持ち込むからリバウンドを俺達で抑えるぞ」

 

「...あいっ!」

 

作戦変更については、笠松の意見を無視し強引に決定させた。小堀の問答に早川は何時も通り全力で返事をした。

 

「ったく。俺を無視するたぁ良い度胸だぜ」

 

「仕方が無い。勝つためだからな」

 

「はっ...小堀、お前何気に結構ズケズケ言うよな」



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崩れ始めた均衡

「強いな」

 

「ああ、俺が客席で見てたら海常側に回ってると思う」

 

「偶然だな。俺もだ」

 

海常ベンチが妙な盛り上がりを見せている中、誠凛ベンチは逆に静けさに包まれていた。

日向の独り言に伊月が反応し、そのまま返事を返す。

 

「今まで戦ってきたところとは何か雰囲気が違うんだよ。これがライバルって奴なんだろうな」

 

第3クォーターが半分も過ぎて焦りはある。そして同時に感じる充実感。この感覚は今まで感じた事がない。

試合中、冷静さを保とうとした伊月も不思議と熱が入る。

 

「何か今日のみんな、熱血ね。結構好きよ、そういうの」

 

「カントク...なんでちょくちょく茶化すんだよ」

 

本日のリコは、1度泳がしておいて水を差しに来る。その微笑ましい顔が少し腹立たしい。

 

「英雄。ドリンクちゃんとあるか?俺の飲んでもいいぞ。後で返してくれよな」

 

「お茶貸すな!って突っ込んでみたけど何すか?しかもどこかで見た事あるし」

 

「よーし!今日終わったら東京湾で水神祭だ」

 

「死んじゃう!真冬の海はシャレにならない!!」

 

会話の流れを無視した伊月のダジャレから英雄のリアクションまでがワンセット。どれだけ青春スポ根ぽくても、結局何時もの感じに。

ちなみに、水神祭とはモーターボートレース・競艇におけるタイトルを勝ち取った選手などを水面に投げ込む行事の事である。

 

「はーい、切り替え終了~」

 

しっかりオチもつき、話を元に戻す。両手を叩いて注目を集めた。

 

「分かってると思うけど、最低でも第3クォーター中に追いつかないといけないわ」

 

誠凛にとって最大の脅威である黄瀬が何時出てくるのか分からない為、無理をせずにやってきた。しかし残された時間も少なく、ここで先手を打つ必要がある。

 

「って事は、黒子の出番か?」

 

「...いつでも行けます」

 

海常は分の悪い展開を続けながらも地力で耐え忍んでいる。このまま均衡状態になるのは、誠凛にとって望ましくない。欲しいのは変化である。

つまりシックスマンの投入だと思った伊月と、同様に遂に出番が来たのだとリコを見つめる黒子。

 

「あ、ごめーん。黒子君はもうちょっとお留守番」

 

「...そうですか。わかりました」

 

黒子の投入かと、まことしやかにざわつくメンバーを尻目にリコはあっさりと否定。地味に黒子が残念そうに視線を下げる。シュンという効果音が脳内に響いた。

黒子には申し訳ないと思うが、誠凛にとって黒子が常にスタンバイしている事は大きな意味を持つ。リコとしてはそう簡単に切り札を切れない。

 

「交代は、水戸部君と日向君。外を2枚にして、ゴール下から1人引き摺り出すわ」

 

「トライアングルOFか」

 

「そうよ。鉄平の動きが重要になるからヨロシク!」

 

海常は諦めずに良く耐えている。

そして、誠凛も良く我慢した。海常相手にベストメンバーを温存すると言う賭けに出てまで、この機を待っていた。

前半の大量リードから始まり、海常に合わせてエース・火神を下げ、土田の奮闘を切っ掛けに点差を縮める。

 

「基本はラン・アンド・ガンのアーリーOF。それが難しかったら、トライアングルOF。積極的にシュート狙って、引いちゃ駄目」

 

誠凛の本来の形に戻すタイミングは今しかないと判断したリコ。海常のボックスワンは、日向を投入した時点で攻略したといえる。後は、何時黄瀬が投入されるのかと言う問題のみである。

リコが考えた作戦は、細かい部分の変化があったものの大筋成功した。

ただ、1つだけずっと引っかかっている事がある。それは、黄瀬の起用方法について。

何故、海常はこの作戦を選んだのか。中盤戦を見る限り、海常に余裕がない。それでも、海常側に動く気配もない。そろそろ疲労も抜けて、準備は出来ているはずなのに。

遠くからでは難しいが、リコは黄瀬の体調が気になり始めていた。近くで1度でも見られれば、分かるというのに。

 

 

 

『誠凛、メンバーチェンジです』

 

IN 日向  OUT 水戸部

 

 

 

水戸部に代わって日向が入った。再開は伊月のフリースローからで、木吉と火神がリバウンドポジションに立つ。

 

「(ついに来たか。誠凛最強のフロント陣)」

 

この後の展開を予想し、武内の組んでいる腕に力が入る。

これまででも辛く厳しい我慢を強いられてきた。そしてここからは、その厳しさも比べ物にならない程に苛烈さを増す。

木吉・火神・英雄の3人共190cm超えのフロント陣に伊月・日向のバックコート陣。3Pも2枚になりミスマッチも作りにくい為、攻守のバランスが最も取れているのだ。

加えて、局地戦を仕掛ける事で主力の温存に成功し、充実した心身。正にここからの誠凛が真骨頂。

 

「伊月!集中していこう!」

 

1度ゲームが切れてからのフリースローは、外す事も少なくない。これから逆転しようと意気込んだ直後であることと早川の例もある為、きっちりと決めていきたい。

木吉に声を掛けられ、伊月は集中を高めるべく何度もドリブルを続ける。

 

「(センターとかならともかく、ガードがフリースローを外せないよな)」

 

パワーよりもテクニック、そして確実性が求められるのがPG。CやPFなどが外してもドンマイで済むが、他が外すと顰蹙を多少買うこともままある。

誠凛内でそんな事は起こらないとしても、時間をじっくり使って自分のタイミングで放った。

 

「いいぞ伊月もう1本!」

 

1本目を成功させ、他の4人が声を出して盛り上げる。審判から再びボールを受けた伊月だけは、深呼吸してドリブルをしながら自らの指先の感覚を研ぎ澄ます。

 

「(決めるべきところで決める。シュート回数の少ない俺でも、練習はしてきたんだ)」

 

既に試合に入り込んでいる伊月は幾度と行った練習を思い出し、そのイメージをトレースする。

1本目よりも綺麗な弾道を描き、リングの内側に収まった。

 

「(っし、このイメージ。このイメージをキープだ)」

 

2本共に成功し、DFに戻っていく。

 

「...」

 

「どうした笠松」

 

「いや、ちょっとな」

 

試合序盤から今まで、安定したパフォーマンスを持続させ、今のフリースローに対しても高い集中で臨んでいた。

要所要所で光るプレイでチームの底上げを行っており、自身のシュート意識も高い。

他の試合で見た時と比べて、笠松は少し他と違った雰囲気を感じていた。

 

「まぁいい。攻めんぞ!」

 

誠凛DFは変わらずマンツーマンDF。森山に日向が、中村に英雄が当っている。

 

「(森山の身長差が無くなったか、あっちの変更が功を奏したな)」

 

笠松の意見を完全に無視した作戦の変更。

中村が伊月にスクリーンを掛け、森山が自力でマークを外し3Pを狙うと言うもの。笠松自体は多少楽になるが、そこから始まる展開自体は変わらない。

しかし、日向と森山ならば1対1になっても勝機がある。

 

「(アイソレーションじゃない?これは)」

 

予定通り中村が伊月の背後に回ってセットする。その中村の動きを『鷲の目』で把握していた伊月が前に詰める。

中村をかわして遠回りを選ぶと距離を取られ3Pを決められる恐れがある。笠松に距離を詰めてスクリーンをかわし、同時に3Pを潰す狙いがあった。

だが分かっていても悔しい。前に詰めてもスピードの差で笠松の侵入までは防げない。

 

「スイッチ行きまーす」

 

伊月を抜いた笠松の前に英雄が現れ前を塞ぐ。

足を止めた英雄と既にスピードに乗った笠松。笠松はクロスオーバーで切り返し、ダックインで足元を狙う。

 

「ちぃ!(これに付いて来るかよ。なんて柔軟な下半身してやがんだ)」

 

クロスステップを細かく刻み、笠松の速い揺さぶりに追従してくる。常人なら無茶苦茶で複雑なステップを行い、その長身もあって笠松を離さない。

ベースラインに挟まれてしまう前に、笠松はパスに切り替えた。直接森山へと行きたかったが、密集地帯をワンパスで抜けられるはずも無く、中村を中継してツーパスで森山の下へ。

 

「(マークを外しきれていないが、日向はまだアジャストしきれていないし高さもない)いける」

 

中村を中継した事で、森山がカットで1度マークを外しても充分な距離を作れなかった。それでも、英雄と比べて楽に感じた森山はそのままシュートを狙った。

 

「だぁあぁ!」

 

「(触られた!?)リバウンド!」

 

本の僅かだが日向の指先がボールに触れて、シュートの軌道が僅かに乱れた。瞬時に察した森山が大声で叫ぶ。

その声を切っ掛けにいたるところでスクリーンアウトが行われており、展開上英雄と笠松が競り合っている。ポジションも体格も英雄が勝っており、笠松が必死に競り合ってもこの優位性を覆せない。

 

「(分が悪いから、はいそうですかって諦めてたまるかよ)こんのっぉぉぉ!」

 

「(ははは、こりゃ凄いや。3年生ってみんなこうなのかね。直接やってみたいなぁ)」

 

横から回り込もうとしても英雄が腕を使って押さえ込んでいるため、身動きが取れない。抗う笠松の全力を背中に受けている英雄は、内心で笠松とのマッチアップを望んでいた。

 

「(やっぱこの人は凄い。けど、こんな事させて良い訳ないんだ)」

 

嘘偽り無く全力でリバウンドを狙っている笠松の姿は、早川の心に届いていた。自分の何倍もの汗をかき、どれだけ上手くいかない時間が続いても自らのプレイを貫いている。

そして本来の役割である自身はいつまでもマゴマゴと、これがあるべき状態ではないはずなのだ。

先輩たちは言った。自らの事をまず考えろと。

 

「(だけど!おぇは!チームの為に!戦いたいんだ!!)」

 

今も直、頬が赤くなっている気がする。ピリッと頭に響き、笠松に直接激を受けている様な気がする。

その刺激が後悔の念を遠くに押し飛ばし、早川の意識は平常に戻っていく。

 

「ぅんがぁぁ!」

 

もはや早川の目に映るものはただ1つ。宙に舞うボールのみ。

落下点を素早く正確に察知し、マッチアップの火神をスクリーンアウトで1度押し込んだ後にその落下点を踏む。火神はジャンプのタイミングを乱した為に出遅れた。

ゴール下という狭い範囲で行われた緻密な行動の数々は、全て誰よりも先んじてボールに辿り着く為のもの。そして、誰よりも早い1歩目を踏み込んで、空中のボールを掴み取る。

 

「っしゃあ!」

 

悪戦苦闘すること約10分、やっとの事で掴み取ったボール。そのボールから本来あるべき感覚を取り戻した。

そして早川復活の兆しはチームにとって大きなプラスになる。早川に対するフォローが必要なくなり、笠松や小堀の負担が減るからだ。だからこそ、たった1回でも大きな意味を持つ。

しかし、早川が両手で掴んだ直後、別の人間の手がその両手の間を下からスルリと通り、ボールだけを掠め取っていく。

 

「あっ!?」

 

「(久しぶりだったけど、上手くいった)よかったよかった」

 

奪ったはずのボールが手元から奪われた瞬間、前回戦った練習試合の時を思い出した。

パワーではなく、柔軟性で取るリバウンド。交錯するゴール下で接触しない様に曲線的な動きで落下点に迫り、相手が取った瞬間を狙ってくる。

今までは、ポジションの違いや木吉復活からリバウンドの機会自体が減った為、披露する機会も無かった。

半年以上ぶりに体感し、あの時の苦い味も蘇ってきた。

軟体リバウンドを決めた英雄が、内心ドキドキだった事は彼だけの秘密である。

 

「速攻!」

 

ロングパスが日向に渡り、伊月と共にゴールを目指す。しかし、笠松と森山の戻りも速い。他の6人がリバウンド争いをしていた為に、2対2の状況となった。

 

「まだだ!コースを切るんだ森山!」

 

「おう!」

 

カウンターという誠凛有利な状況ではあるが、個々の能力では海常の2人に分がある。マークを外す事なく体勢も悪くない。シュートチェックも問題なく出来る。

日向と伊月のインサイドでのシュート力を考えても味方の戻るまでの時間を作る事は可能だった。

 

「先輩!」

 

だが、後方から追いついてきた火神への対応だけはどうにもならなかった。

日向からパスを受け、ドライブからのミドルシュート。誰も火神に追いつけず、誰もあの高さに届かない。

 

海常高校 54-56 誠凛高校

 

第3クォーターも半ばを過ぎ、気が付けば逆転。にも関わらず海常側や誠凛側は勿論、観客達を含めて誰もが騒ぎ立てず息を呑んで静観していた。

何故ならば海常には最後の切り札、文字通り『エース』が残っている事を知っているからである。

加えて、この逆転に至ったタイミングがどちらにとって有利な事なのかを考えれば、勝負の行方は定まっていないのだ。

 

「(大分時間が掛かったけど、やっとここまで漕ぎ付けた。でも、問題はここから)」

 

第2クォーターでのディレイドOFの為に、減った攻撃回数の分だけ得点は伸びていない。

現状、海常の想定内の出来事なのだろう。リコとしても手放しで喜べない状況により眉間が狭まる。

チラリと横目で海常ベンチに目を移しても動く気配が無い。どうやら黄瀬投入のタイミングではないらしい。

 

「(今じゃないとしたら、第4クォーター?そんな悠長な判断をする人かしら、あちらの監督さんは)」

 

試合の終盤を不利な状況で迎える意味が分からなかった。黄瀬は既にインターバルを含めて20分以上の休息を取っている。名門・強豪と名の付くチームの監督が不合理な判断を下すとは思えない。

黄瀬の投入に備えて最適なベンチワークなど、出来る事はしてきた。しかし、黄瀬攻略の為に完璧な対策を用意出来ている訳ではない。実際、第1クォーターでは一方的な展開を見せ付けられ、何のヒントも得られなかった。

 

「(今私達がやらなきゃいけない事は、あちらのプランを狂わせる事。その為に日向君を早めに戻したんだから)頼むわよ」

 

 

 

 

「っち。やっと逆転かよ」

 

「まぁまぁ、そんなに逸るなよ」

 

DFに戻りながら眉を顰める火神を木吉が落ち着かせるように諭す。

誠凛の置かれた現状については、リコが詳しく言い聞かせていた。海常に切り札が残っている以上、この優位性が多少リードしたくらいで、海常から覆る事はない。

誠凛が勝利する為に、最も確率の高い手段は黄瀬が投入するまでに決定的な差を作る事。だが、そんな事はありえない。その状況になるまで、海常が何もしてこないはずが無いからである。

黄瀬を止める具体案も無いままに、時間がどんどんと減っていく。火神でなくとも焦りを感じてしまうのは仕方が無いだろう。

それでもマイペースな木吉は、朗らかに火神の頭をペシペシと叩いていた。

 

「長ぇよ!何時まで叩いてんだ!俺は馬か!?」

 

あまりにもしつこく頭を叩かれているので、興奮した馬の様な扱いに思え、その手を振り払った。

 

「ははは...何言ってるんだ。俺は馬に乗った事ないぞ」

 

「知らねぇし!つか、ソッチが何言ってんの!?」

 

良くも悪くもブレない木吉。会話のキャッチボールをライナー気味にピッチャー返し。

 

「ともかく、そう悲観的になる必要もないだろう?こっちにだって黒子っていう切り札が残ってるし、俺達だって体力的に余裕がある」

 

しかも急に真面目な事を言い始める辺り、本当にやり難い。

 

「まっ、今出来る事に集中しようぜ。伊月とか見てみろ。顔には出してないが、かなり気合入っている」

 

攻守交替の合間の会話を切りよく終えて、マッチアップに向かう。

言う事は正論なのだが、木吉に言われると何と無くモヤモヤする火神だった。

 

 

 

「(途中までは良かったのに)くそぉ...もっかい!もっかい!!」

 

頭に良いイメージが蘇りつつある早川は、誰よりも真っ先にOFへと走り出していた。

復調したとしても、木吉・火神・英雄のいる状況で簡単にリバウンドが取れると思っていない。しかし、それが逆に早川の切り替えを促していた。

土田とのマッチアップは明確な実力差があった事が、乱調の原因になっていた。リバウンダーとして全ての面で勝っていた為に、絶対に負けてはいけない勝負をして負けた事実が早川を狂わせていた。

しかし、相手がこの3人になると勝手も変わる。高さや技術においても引けを取らず、あの陽泉のインサイドとやりあってきた相手なのだ。

余計な事を考える暇が無くなった分、早川の意識は勝負へと真っ直ぐに向けられた。

 

「先輩!おぇ!おぇやぃますかぁ!」

 

いつもの調子が戻った結果、発言の内容が聞き取れなくなった。喜んでいいのやら、悲しめばいいのやら、笠松は少し複雑な心境になっていた。

 

「まぁ、頑張れ。何言ってんのか、さっぱり分からねぇが」

 

早川の復調自体は喜ばしい事。しかし誠凛の主力メンバーが勢揃いした事は、海常にとって厳しいの一言。

この展開を予想してはいた。海常にとって最も苦しい時間帯がやってきたのだと、疲労の溜まった体で立ち向かわなければならないのだと、海常メンバー全員が厳しい表情で息を呑んだ。

 

「やる事自体は変わらねぇ。問題は折られない様に、心を強く保てるかだ」

 

初めからこの展開を予期していたものの、実際に実行できるかは断言できない。

再戦を望んでいた海常も、凶悪になった誠凛OFを体験するのは初めてなのだ。桐皇OFに攻め勝ち、陽泉DFを打ち崩し、全国トップクラスと評価される全開の誠凛OFを相手に黄瀬抜きでどこまで耐えられるのか。

ペース配分を一切せず、前半とは打って変わって誠凛にペースを奪われた。1度でも集中力が切れた時点で、誠凛に飲み込まれるだろう。

武内の言葉通り、本当に厳しい道のりを突き進まなければ、海常に勝利は無い。

 

「DF!」

 

もはや誠凛が海常に合わせる必要も無くなり、DFも強気に距離を詰めて着ている。ハーフコートマンツーマンDFのまま、笠松のマッチアップは伊月のまま。

森山に日向をつけて、中村に英雄がマーク。森山の独特なシュートフォームに慣れ始めている日向が地味に厄介である。

 

「(んな事より!調子付いてるコイツを何とかしねぇと!)」

 

そんな日向を相手に森山が上手くプレー出来るかと言う心配があったのだが、笠松自身にそんな余裕は無かった。

徐々に躍動感が増し、前へと出てくる伊月が笠松の思考と視線を奪う。

 

「(背後に何の心配も無い。目を使わなくたって分かる。俺は凄いメンバーに混ざってプレイしてるんだ)」

 

決してただ勢いに任せただけのものではない。マンツーマンDFは機能し、海常を間違いなく追い詰めている。後は伊月の出来次第。

不用意に前へと出ても、笠松のスピードでかわされる恐れがある。

それでも躊躇いは無い。腰を引かず膝を落とし、胸を張ってあごを引く、手を伸ばして足を出す。DFにおいて基本的なスタンスを忠実に行いながら、笠松の動きを読みにいく。

 

「(こんな大舞台で、こんな大役を任されるなんて滅多にないぞ。思考を止めるな、土田を見習え、誠凛が勝つ為の道筋を手繰り寄せろ!)」

 

事前のミーティングで、伊月も役割を与えられていた。

その内容は、笠松のマッチアップである。土田の様なリバウンド限定での話ではなく、全面的な意味でのマッチアップ。そして、同時にゲームメイクを行いパフォーマンスを高め続ける事。

簡単な話、伊月のスタミナが許す限り、コートに立たせるという事である。

 

「(俺の後ろのスペースを使いたがってるのは分かってる。そしてドライブ自体を止められない事も)」

 

どれだけ目が慣れたと言っても、笠松との実力差は覆せない。スピードで劣っている分、少しの出遅れが命取りになり、駆け引きの面でも追い縋るのがやっとである。

しかし、全く歯が立たない訳ではない。ここまでのマッチアップで確かな手応えを感じていた。

 

「笠松!」

 

小堀がゴール下から離れ、伊月に対してスクリーンを仕掛けた。

リングまでの真っ直ぐに開いたスペースを作ると同時に、一時的に笠松がフリーになる。

 

「(くそ分かってたのに)木吉スイッチ!英雄ヘルプ!」

 

少なくとも伊月は小堀の動きに気付いていた。スクリーンをかわそうと少しでも間を空けてしまうとスピードで突き放される。

何よりフリーで3Pを打たせたくない。伊月の指示により木吉が笠松にチェックし、その背後のスペースのフォローに英雄が中村から距離を取ってヘルプポジションを取った。

 

「(スクリーン使ってんだ)引けるかよっ!」

 

レッグスルーで持ち替えて、そのままターンアラウンド。ダックインを警戒していた木吉の裏をかいた。

せめてチェックだけはと、咄嗟に手を伸ばしてプレッシャーを掛けに行く。だが、笠松からワンバウンドパスが小堀に向かっていた。

 

「パス!?」

 

「ナイス!」

 

スイッチした為に、小堀に高さの無い伊月がマークしていた。多少距離があるが、早々無い好機を逃すはずも無く、その場からショット。

 

「っほ」

 

伊月の代わりにヘルプポジションにいた英雄がブロックを試みた。

 

「させっか!」

 

そしてつられた火神の声が真横から聞こえた。

 

「(何でお前も来てんの?1人に対して3人掛りて)」

 

ブロックに入るタイミングが遅れていたものの、持ち前の脚力でボールに触れた火神。そこまでは良いのだが、その後の展開に英雄が内心で突っ込みを入れた。

 

「ぃっバーン!」

 

マークが外れ、展開に恵まれたとは言え、やっとの事で獲れたリバウンドの意味は大きい。奪ったボールを中村に送り、得点に繋げた。

 

「お前まで跳んだら、つっちーさんから引き継いだ意味無くね?」

 

「っせぇな。お前がトロい動きしてっからだろ」

 

「あんだと~」

 

今の失点は、どちらがヘルプに行くかの判断のミスが原因である。確かに、火神のブロックで小堀のシュートを落とさせられたのだが、英雄もしっかりコースをチェックしていた。伊月からヘルプの指示を受けていたのも英雄。結果論になるが、火神が跳ばなくてもよかった。

そんな訳で、2人が揉めるのも分かるのだが、今やるなと言いたい。

 

「だから揉めるな」

 

とりあえず近かった英雄のお尻を蹴り飛ばし、その場を収拾した日向だった。

 

「まぁ、何だ。元気一杯だな」

 

「状況的に厳しいのは変わってないのにな...状況的に間違った上京」

 

「何言ってるんだ?元々東京生まれだろ?」

 

先にOFへと向かった木吉と伊月。やや話が噛み合っていない。木吉のツッコミが明後日に向かっている。

 

「俺が言うのもなんだけど、そのツッコミは違うと思う」

 

 

 

得点後、素早くDFに戻った海常。しぶとく食らいついてアーリーOFを何とか阻止した。誠凛がセットOFに移行するまでにDFを建て直し、ボックスワンから日向と英雄をチェックする為のトライアングルツーに変更。

しかし、誠凛の強力なOF力は変わらない。ポストアップした木吉を軸に伊月と日向が外に開き、三角形を作る。

 

「(来た。これがトライアングルOF...!)」

 

木吉のマークである小堀は厳しく当った。このOFにおける木吉の存在感の大きさを考えると当然であろう。

チェックを受けていても構わず木吉へとボールが渡り、すぐに逆サイドへパスを送った。

 

「よっし!」

 

ギアが更に上がった火神がパスを受けて、高い打点のミドルシュートを決めた。



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もう少しもう少し

「もー!急いでよ」

 

「わーってるよ」

 

WC準決勝、誠凛対海常。注目の集まる一戦ながら、後半を過ぎた今頃になって観戦に来た2人がいた。東京都・桐皇学園の青峰大輝と桃井さつきである。

当初、青峰が観戦に行く事を拒否し、桃井も無理に行く事もないと思っていたが、やはり気になると青峰を半ば強引に連れてきたのだ。

青峰にとっても気にならないとは言えず、急ぐまではしないが、こうして足を運んできた。

 

「(けど、ま。むしろ丁度良い頃だろうな)」

 

どう考えてもすんなりと勝敗が決まる試合ではない。それぞれの武器が出揃い、互いがその対策を講じる。そんな長々と続く主導権争いよりも、見たいのは勝負の終盤。そして、勝ちあがるのはどちらか。

その為、桃井が背中から押せど青峰の移動速度は上がらなかった。

 

「もー!自分で歩いてよ!」

 

「ここまで来たら、少々急いだところで変わるかよ」

 

まったりゆったりを貫く青峰に苛立ちながら、桃井は一生懸命背中を押すのであった。

 

 

 

笠松の放ったシュートはリングに嫌われ弾かれた。すかさず早川が木吉と火神の間を掻い潜ってリバウンドを奪う。

 

「おっしゃあああ!」

 

「早川!」

 

奪ったボールを外で待っていた中村に預けてチャンスを作った。英雄のマークを僅かに外してミドルシュートを決める。

 

「いいぞ!この調子でDF止めんぞ!」

 

リバウンドへの対応でチェックが多少遅れたものの、きっちりハンズアップできていた英雄を前に普段控えの選手が気持ちで決めた形。海常全体がいかに良い集中状態であるかが良く分かる。

 

「うわぁ、盛り上がってるなぁ」

 

観客の声援にも熱が帯びており、これまでの展開を見ていなくても好ゲームだと言う事は理解できた。外の気温を忘れそうなくらいに盛り上がる室内に、桃井はマフラーを外した。

 

「...どういう事だ?」

 

「え?」

 

桃井とは別に青峰の目には、この試合における異変が移り込んでいた。

 

海常高校 63-73 誠凛高校

 

第3クォーター終盤にして10点差。たった今2点返した事を考えると、つい先程まで12点差ついている事になる。

確かに青峰自身も誠凛の有利と見ていたが、陽泉戦で延長戦までもつれ込んだ事実は大きく響く。少なくとも、ここまで誠凛ペースで試合が進むとは考えていなかった。

 

「黄瀬が出てねぇ」

 

「嘘っ!何で?」

 

恐らく原因は、黄瀬がベンチに座っている事だろう。何故そうなったかは、この際問題ではない。

黄瀬がいないという事は、火神の自由がある程度約束されてしまうという事。結果、調子に乗せてしまい手が付けられなくなる。

それだけでも厄介だと言うのに、日向・木吉・英雄らがきっちりと仕事をこなしてくる為、全てにおいて後手に回ってしまうのだ。

 

「あ、峰ちんだ」

 

聞き覚えのある声の先に目を向けると、そこには圧倒的な存在感を放つ紫原がいた。

 

「おい紫原。一体何があった?」

 

「さーね。俺には良く分からないけど、室ちんが言うには怪我でもしたんじゃないかって」

 

紫原の長身で隠れていたが、その隣には同チームの氷室が立っていた。

 

「やあ。初めまして」

 

「そんなんはいいから、説明しろ」

 

氷室の挨拶は耳を通らず、状況の説明を足早に求める青峰。

 

「...海常は第2クォーター以降、彼を引っ込めたまま動く気配すらなかった。10点差ついた今も、それは変わらない。どう考えても不自然でしかない」

 

氷室も、海常の取った作戦に疑問を持っていた。序盤で『完全無欠の模倣』を使用後に、ディレイドOFによる時間稼ぎ。そして、あまりにも鈍いベンチの動き。

ラスト5分で『完全無欠の模倣』を狙っているのだとすれば、あまりにも非効率で、あまりにも博打が過ぎる。

普段の海常からかけ離れた戦術を取る理由には、何か大きなトラブルがあるのではないか。そんな結論に至るのに、時間は掛からない。

 

「仮に怪我を抱えたとすれば、海常が動けない理由も理解できる」

 

「っち(何やってんだよ黄瀬ぇ。こんな終わりでいいのかよ)」

 

決して自身とは直接関係の無い試合。それでも考え得る最悪の結末に、青峰の舌打ちは止まらない。

既に敗戦してしまったが、納得のいく結果を得られた。だからこそ、嘗ての仲間にもきちんとした結果を手に入れて欲しかった。

恥しくて口には出来ないけれど、ままならない気持ちが表情を曇らせた。

 

 

 

「外!警戒緩めるな!」

 

少しでもチェックを怠ると遠慮なく打ってくる日向と英雄を最警戒。だが、火神への対応もしなければならない。

トライアングル・ツーも修正を強いられ、笠松が中に入り、森山を英雄に、中村を日向に任せていた。楽に3Pを打たせないだけ幾らかマシにはなった。

 

「火神!」

 

伊月が目配せしながら、名を叫ぶ。

 

「ちぃ!」

 

分かっていても反応せざるを得ない笠松。火神との距離を詰めパスに備えるが、伊月に侵入を許しフリーでのシュートを打たれた。

日向再投入からここまでの失点パターンのほとんどがこれである。他に気を取られ、致命的にまで伊月に手が回らない。

 

「絶好調じゃねーか」

 

「おかげさまでね!」

 

走りながらハイタッチを決める伊月の姿には自信が満ち溢れていた。

 

「(やけに強気に攻めてきやがる。1回くらい外せよ)くそ」

 

笠松が嫌味の1つも言いたくなる程の好調ぶり。正直なところこの展開は予想していなかった。

現在のDFの形は伊月をノーマークにしてしまうデメリットを抱えている。そして海常は承知の上で判断した。そこには、伊月自身のシュート精度や意識の低さを考えての事だったのだが、これではジリ貧。打つ手が無くなる。

 

「(何か心境の変化があったってのか?笑えねぇ)」

 

ボールを運ぶ笠松の前に伊月が道を塞ぐ。やはり強気で、抜かれる事を恐れていない様に見える。

 

「(迷うな!恐れるな!背後には皆がいる!必要なのは、徹底的に張り付いて楽なプレーをさせない事!)」

 

実際のところ、伊月の心の中に恐怖心はあった。マンツーマンDFを実施している以上、抜かれると直接失点に繋がる為である。しかし、伊月に迷いは無い。

背後に危険なスペースがあると同時に、頼もしい仲間達がそこにいるからだ。

 

『笠松君のマークは伊月君に任せるわ』

 

試合前のミーティングで、伊月のスターターが決まった時の事。

 

【おっけ】

【そこはいいとして、インサイドについてなんだけど】

 

顔が険しくなった伊月を除いた2年生達は、こうもあっさりとした相槌を打ち、話を前に進めていた。

流石に待ったを掛けたが、誰も耳を貸さない。

 

【1度やってるし、充分適任だと思うぜ俺は】

 

木吉にフォローされても、拭いきれない不安が増すばかり。すると木吉が続けて話す。

 

【悪いな伊月。俺の膝がポンコツなばっかりに】

 

軽く叩く膝に目をやり、少し冷静に誠凛の置かれた立場を考えた。

膝に爆弾を持つ木吉・先日延長戦で酸欠に陥り倒れた火神・現時点で最多出場の日向と英雄・海常戦であまり能力を多用できない黒子。

木吉は勿論、他のメンバーに負担を掛けすぎると何時か爆発する。誠凛にとってそれが1番の恐怖。

WCの4強に勝ち残った今、もう伊月しかいないのだ。

誠凛のローテーションを守る1人だが、相手にとって自身はオマケ程度にしか思われていないのも承知。与えられた役割をこなそうと必死にやってきた。

 

【...悪いな、見苦しいとこ見せて】

 

土田の言葉を受けて、完全に腹を括った。最早、出来る出来ないの話ではなく、伊月がやらなければならない。

 

 

 

「(ビビって腰を引いてしまうよりも、失点してしまった方がマシだ!)」

 

みんなが万全ならば、伊月の出番は無かったのかもしれない。それでも託してくれた事を嬉しく、そして誇りに思う。

だから、伊月は引かないのである。決勝への切符を勝ち取る為に、仲間と共に栄光の瞬間を迎える為に。

 

「(調子に乗りすぎだ。距離詰めてくるってんなら...!)」

 

伊月と笠松の周辺には充分なスペースがある。そこを突けばヘルプも間に合わない。選択肢は勝負1択以外にない。

 

「(来る...!)」

 

笠松の選択を読んで反応する伊月だったが、進路を防ぎきれなかった。

 

「(くっそぉぉぉ!)」

 

「当然だ!(このままシュートを)」

 

笠松は右肩にへばり付く伊月を一気に突き放しに掛かる。『鷹の鉤爪』を使うタイミングを与えず両手で構えた。

 

「火神!狙えっ!」

 

そのままシュートへと移行する笠松の耳から、またしてもノイズが届いた。そのノイズは意識的なブレーキを促進させ、笠松のシュートリズムを狂わせた。

 

「(やられた...!)リバウンドー!!」

 

2度も英雄の邪魔を受けた事は腹立たしいが、そんな暇は無くゴール下の2人に指示を出す。

スタミナに余裕のある木吉と競り合う小堀と、”本当”はインサイドでマークしている火神に早川。計4人の奪い合いが始まった。

 

「(ポジションは悪くない。いける)」

 

リバウンドのスペシャリスト・早川と超ジャンプ力を持つ火神が潰しあう中、ボールは木吉の方へと零れた。ポストDFでのポジションがそのままリバウンドポジションとなり、小堀よりも内側にいる。

更に木吉は、片手を伸ばしてダイレクトキャッチを狙った。

 

「(させない...!)」

 

木吉が掴む瞬間、木吉の脇から手を伸ばし小堀の指がボールを軽く弾いた。

 

「何っ!(読んでたのか)」

 

タイミングをずらされた木吉の腕はボールを上に弾いてしまい、ボールはバックボードに打ち付けられた。

 

「(後は任せたぞ)」

 

完全木吉有利の状況を阻止し、ボールの行方は定まらぬまま。そんな時、力を発揮するプレイヤーがいる。

 

「どっやぁぁぁ!」

 

「早川!」

 

素早く反応した早川がリバウンドを奪い、森山にパスアウト。受けた森山が日向が距離を詰める前にシュートを放つ。

疲労は溜まっているが、変わらないフォームで3点を奪う。

海常は気の休まらないギリギリのところで踏みとどまる。

 

「すまねぇ早川」

 

「ナイスパスだ早川」

 

「▲○■×!●▽△◆×○!×●○□▲△○!<※訳 問題ないっすよ!リバウンドは俺の仕事っすよ!こっからバンバンいきますよ!」

 

エンジン全開となった早川。テンションを上げ過ぎて、本気で何を言っているかが分からなくなってきた。

 

「お、おお。てゆーか、顔に唾が」

 

 

 

個々の能力をふんだんに発揮する海常だが、流れは依然誠凛。

誠凛に速攻を出させなかったものの、問題はそこから。伊月を好きにプレーさせている現状が何も変わっていない。

3Pだけは防げている事でよしとするべきか、2Pを楽に与えている事に対策を打つべきか、どちらにしろ後手に回っているのは海常。

 

「(いいんだ。黄瀬投入までの辛抱なんだ。勝ち急ぐ時じゃない)このまま1本止めるぞ!」

 

自らに言い聞かせ、笠松は声を張りチームを引っ張る。笠松が決めた以上、他の4人が迷わない。首を少し縦に振り、各々の役割に専念する。

現状維持となれば、伊月も遠慮なくドリブルで突っかけてくる。

 

「(取られたら取り返す!)」

 

笠松は現状維持と言う指示を出した。それも明確に声を張って。伊月に対しては、笠松自身がスピードを活かしてギリギリで距離を詰めて対応するつもりなのだろう。

しかし、基本的にフリーの伊月を意識せずにはいられない。

中村が伊月の方へと目視したタイミングで、英雄が動いてパスコースを作った。

 

「(しまっ...!)」

 

首を英雄へ戻した時、既にボールを受けていた。慌てて両手を挙げてシュートをチェックしつつ、体を張ってドライブのコースを塞ぐ。

プレッシャーを受けたままペイントエリアへ回り込もうとする英雄にスライドしながら追従。中には3人のゾーンがある為、ミドルシュートさえ抑えればと、タイミングを窺う。

 

「俊さん!」

 

「えっ?」

 

進行方向とは真逆にボールが飛んだ。英雄のビハインド・ザ・バックパスは空いたスペースを突き、伊月がリターンを受ける形になった。

強気だが、あくまでも冷静に流れを読んだ伊月の見事なゲームメイク。

 

「(これではっきりした。今日のコイツは...抜群に冴えてやがる)」

 

伊月が知らない内に力を付けたのか、今日に限ってなのかは分からない。少なくとも、今流れているのは伊月の時間であると言う事。

 

「っし!」

 

「い~い感じっすね」

 

「ああ!何だか分からないけど、何でも上手く行く様な気がするんだ」

 

英雄の上げた右手に伊月は左手を合わせて、調子の良さを表す。

 

「遠慮するなと言いたいトコだがよ。あんまりボールが回って来ないんじゃ、こっちの調子が悪くなるわ」

 

再度投入された日向は、厳しいマークと伊月の好調ぶりの為にあまりパスが回ってこなかった。それを皮肉に伊月を称える。

 

「悪いけど、もう少し我慢してくれよ。行ける所まで行きたいんだ」

 

 

 

 

「(くそぉ...くそぉ...こんな時に、俺は一体何を)」

 

流れが誠凛に傾いており、海常の作戦が裏目に向かってしまう。そんな時に仕事をしなければならない人間がベンチに腰掛けている。

出来る事なら今すぐにでも飛び出してしまいそうな気持ちを必死になって押し殺していた。合わせた両手に力が入り、更に額を擦り付ける。

火神や黒子との勝負など、既に頭に無い。とにかく試合に、出たくて出たくて出たくて堪らない。

 

「黄瀬。力を入れすぎだ、少し落ち着け。これではまるで意味が無い」

 

「そんなの無理っスよ!本当は俺がいるべきなのに!」

 

逸る気持ちが抑えきれない。八つ当たり同然で、武内にフラストレーションをぶつけた。そんな自分の姿が情けなくて悔しくて、このままではどうにかなってしまいそうだ。

 

「...すいません」

 

「構わん。だが焦るな、勝負所はまだ先だ」

 

余裕の欠片もないはずなのに、腰を据えた武内の態度。実際は冷や汗で脇が湿っているが、その様子を表情に出す事はない。

やれることは全てやり、それでもなお、己の役割を全うする監督の姿。それを見た黄瀬は、目を瞑りながら大きく息を吐き、体内の熱をほんの少しだけ吐いた。

 

「俺、いつでも行けますから!」

 

引きつった笑顔を向けながら黄瀬はそういった。

 

 

 

海常DFはトライアングルOFへの対応に比重を置く分、伊月に好き放題やられている。効率的で的確にDFの隙を突き、得点を加えた。こうなれば分かっていても伊月に意識が集中し、次はアシスト。

 

「このっ...!」

 

海常OFは失敗し、誠凛OFが襲い掛かる。海常は急いで戻り、速攻だけはとチェックに急いだ。しかし、やはりボールを離さない伊月に手が回らない。

三角形のゾーンのトップに位置していた笠松が、伊月のシュートチェックに飛び出し距離を詰める。

 

「っふ!」

 

この時を待っていた。そう言わんばかりに狙いすましたパスが一閃。本来、笠松がいたところで木吉が受けた。

 

「おおっ!」

 

小堀と早川、両手を伸ばす2人の間に体を捻じ込んで、その先に腕だけ伸ばしてリリース。

上手さと力強さに『後出しの権利』が加わって、伊月の作ったチャンスを確実に決めた。

 

「(正直、伊月君がここまでやるとは、私自身驚いてるわ)」

 

ベンチにて、リコは伊月を見ながら先の事について考えていた。

 

「(こんなに頑張ってくれると、代え難いのよね。予定を変更するべきか)」

 

期待以上の働きをした伊月をどこまで引っ張るかについてだ。結果を出したプレーヤーは相応の対応をするべきなのだが、元々の予定は別の物だった。

これまで的確なベンチワークでチームを支えてきたリコに、初めて躊躇いが生まれた。

だが、考える時間は多くない。たった今、海常の最後のOFが失敗したことで第3クォーター終了のブザーが鳴り響いたからである。

 

「お願いします!監督!」

 

笠松らが海常ベンチに戻った時、黄瀬が武内に深々と頭を下げていた。その内容は聞かずとも分かってしまうのが複雑だ。

 

「分かった」

 

「監督!」

 

武内の応えに、明るい表情で顔を上げた黄瀬。

 

「だからアップをしてこい。冷えた体では不味いだろう。足に負担が行かない様に、ストレッチ中心にだ。誰か付き合ってやれ」

 

「ウッス!」

 

「言っておくが、きっちりアップを済ませていない限り、試合にはださんからな。手を抜くんじゃないぞ」

 

黄瀬はそのままベンチの人間を1人引き連れて離れていった。

 

「...これで少しは静かになるだろう」

 

結果的に武内の作戦勝ち。後は適当な理由をつけて時間を引っ張ればよいだけ。じっくりストレッチで体を温めるとなると、少なくとも2~3分は経過する。

 

「お前達も座れ。少しでも息を整えるんだ」

 

普段の練習では、激を飛ばしたり叱ってばかりの印象だが、事試合では本当に頼りになる。

一方、誠凛ベンチでは。

 

「疲れちゃった」

 

「はぁ?」

 

英雄が交代を志願し、微妙な雰囲気に包まれていた。

 

「テツ君、後はよろしくー」

 

了承を得ぬままで、バッシュの紐を外して足を抜いた。

 

「待て待て!どういうつもりだ。予定じゃ」

 

「それがさー。大分疲労が溜まってたみたいでー。俊さん以上のパフォーマンスは出来そうにないんすよー」

 

日向の問いの答えが、若干嘘っぽいのが少し腹立つ。

 

「...伊月君。どう?いける?」

 

英雄の要望を跳ね返さず一考し、リコは伊月の意見を求めた。

 

「率直に言って、余裕があるわけじゃない。どこまで行けるか俺にも分からない。だけど、出来ないとは言えないな」

 

伊月の活躍は、黄瀬不在があってこその展開。そこが解消されれば、そう思えば不安はある。それでも、伊月の中にある不安よりも、プレイしたいという気持ちが勝っていた。

そして、その答えでリコの選択は終えた。

 

「よし、伊月君に任せるわ」

 

結果的に英雄の要望を受け入れ、伊月の継続起用を決めた。横目でチラつく、どこか満足気な英雄の顔はやっぱり腹立たしかったのは、口には出さない。

無茶しがちなこの面々を監督する上で、自己申告してくれる事についてはやりやすいのも事実だからだ。

 

「さぁ黒子君!待たせて悪かったわね!存分に暴れてらっしゃい!」

 

「はい!」

 

『幻の6人目』の力を最大限に発揮するタイミングでぶつける。海常に勝つ為には、これが必須条件であった。

活躍した伊月がいる状態で、黒子を投入すれば効果は更に期待出来る。英雄を休ませる事も出来、順調に事を運べている。

それでも、やはり黄瀬の同行が気にかかる。序盤と違って後先考えたプレーではなくなり、ただ勝つ為に牙をむいてくる。勝利に手が届きかけている今も不安が頭から離れなかった。

 

黒子 IN 英雄 OUT

 

「結局、マッチアップは1度もしなかったな」

 

バッシュを脱ぎ、深くベンチに腰掛ける英雄の姿を見た笠松は、先日のインタビューでの発言は何だったのかと愚痴を零した。

どのポジションでも守れる英雄が、チーム事情に左右されるのは仕方が無いのかもしれないが、結果的に昨晩行ったスカウティングが無駄になっていた。

 

「やはり黒子が出てくるか」

 

笠松に次いでベンチから出てきた森山が、ここまで温存されていた黒子の投入に目を向けた。

 

「(補照を下げたのは予想して無かったが)ああ、良くも悪くも予想通りだ」

 

「DFをボックス・ワンに戻す。日向のマークは引き続き頼むぞ、森山」

 

この段階で、黒子を抑えようという選択肢はない。中村がゾーンに加わり、その守備範囲を広げる方が遥かに期待出来る。

武内の指示に頷いた森山は日向の姿をじっと見ていた。

 

「もう少しの我慢だ!耐えろ!そしてラストスパートで大逆転、これ以外に勝機は無い!笠松!」

 

「はい!行くぞオメー等!!勝手にヘバるんじゃねーぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

既に体力の限界は直ぐそこまで訪れていた。そんな中でも目に力が残っているのは、最初からこの状況を予想し覚悟を決めていた事。

そして、自らの勝利を本気で信じているからである。

 

 

最後の10分の時計が、遂に動き出した。

第3クォーターで波に乗っていた伊月がボールを運ぶ。観客の誰もがそちらに注目し、黒子には気にも留めていない。

この時点で、黒子の投入タイミングは最良と言えよう。

 

「DFだ!DFでリズムを作るんだ!」

 

笠松の一声でスイッチが入り、森山が日向に厳しく当たり、4角形のゾーンを形成する。

これで、伊月も早々迂闊に飛び込めない。外は1枚に減り、中に集中できる。飽くまでも火神に対してマークをつけないと言う、リスキーな作戦を継続しているところを見ると、海常はまだ死んでいないという事だ。

 

「(それじゃあ、これなら)どうかな!」

 

左に向かって、ノールックのワンバウンドパス。その先に黒子がいて、ボールの軌道が直角に折れた。

 

「(『加速するパス』!)」

 

加速したパスは海常DFの隙間を切り裂くように、木吉の胸元に入り込んだ。

 

「(シュート!)早川!」

 

「ぃっやぁ!」

 

ボールの勢いを殺さず振り向く木吉に、2人がかりで挟み込む。楽にシュートを打たれては、ゾーンDFをしている意味が無い。最低限プレッシャーを掛けて、シュート精度を乱せなければならない。

すると、勢い良く飛び込んでくる早川の足元をボールが跳ねていった。

 

「パス!」

 

「火神だ!」

 

早川が振り向いた先には、ボールを受けた火神がいた。

既に助走は終わっており、体勢の悪くブロックに行けない早川の両手の上へと跳んでいく。

 

「ぅぉらぁっ!」

 

為す術なく叩き込まれたワンハンドダンクは、点差以上に精神的なダメージがある。

OFに黒子が混ざればリズムが変わり、タイミングをずらされたDFに致命的なズレを起こす。分かっていても対応しきれない。

黒子を何とかしたくても、誠凛に危険人物が多すぎる。

 

「最初はこんなもんだ!気にするな、点を取りに行くぞ!」

 

黒子を直接どうにかする気は端から無く、インサイドを固めてコースを限定できれば御の字と言うところ。運が良ければ、腕にボールが当たる事もあるかもしれない。

シュートチェック最優先で、ハンズアップで食らいつく。それで駄目なら、点を取る。

とにかく、これ以上点差が広がる事は防がなければならない。

 

「(アイツが来るまで!もう少し!)もう少しなんだ!」

 

 

 

 

「(あそこまで念入りにアップしてるとこ見ると、怪我ってのはマジみたいだな)」

 

観客席にいる青峰は、試合よりも脇でストレッチを行っている黄瀬を見ていた。試合展開に目が行かないように、コートに背を向けてじっくりと体を温めている。

 

「あ、あれ赤司君?」

 

横にいた桃井が向けた人差し指の方向に、赤司征十郎率いる洛山高校の面々が続々と席に着いていた。

 

「(やっぱり、赤司が勝ったのか)」

 

本日行われたもう1つの準決勝。その結果は青峰の予想と一致していた。勝者として威風堂々とした態度が何よりの証拠。

 

「んー、これはもう決まりかな」

 

「それは分からない。だけど、王手をかけたのは確かだ」

 

紫原と氷室の会話で、今度はコートに目を移す。黄瀬のいない海常が劣勢を強いられるのも、分かりきっている。具体的な内容に興味は沸かないと、直接得点板を見た。

 

 

 

海常高校 69-87 誠凛高校

 

第4クォーター2分経過し、間もなく20点差になる。

それでも消えぬ闘志に賞賛を送るものは多いだろう。しかし、主導権を奪われたまま10分以上プレーし、恐れていた限界点が遂に来てしまった。

 

「(1度タイムアウトを)」

 

「遅れました。まだイケるっスよね?」

 

TOを取ろうと立ち上がった武内の後ろから声が掛けられた。うっすらと汗をかき、悪くない仕上がりの黄瀬が長袖を抜いで、立っていた。

その後、メンバーチェンジが行われた。

 

黄瀬 IN 中村 OUT

 

「頼む」

 

「っス」

 

ハイタッチでコートに足を踏み入れていく黄瀬。1歩1歩と進んでいく中で、徐々に顔つきが変わっていく。

試合を目で見ていなくても、周りの反応で何と無く伝わっていた。歯を食いしばりながら、ストレッチをしたことは生まれて初めてだ。

練習試合で誠凛に負けた時よりも屈辱だった。

 

「(俺はエースだ。俺はチームを勝たせなければならない。なのにこの様)」

 

怪我をして、試合に出られず、気を使われる始末。お荷物同然な自分自身を何よりも許せない。

けれど、大事なのは今である。今チームの為に何ができるかである。

昔、中学時代に言われた黒子の言葉を、これ程痛感した日は無い。

 

「(仮に許されるとすれば、方法はただ1つ)」

 

「待ってたぜ」

 

すれ違い様に火神が声を掛けていた事は、全く耳に届いていなかった。

全てはチームが勝つ為に。集中を高め、やるべき事、出来る事を整理していく。

 

「(もう、どうなろうと構わない。明日がどうとか関係あるか。勝つんだ、今日を勝つんだ!)」



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悪い冗談だ

「...火神君」

 

「分かってる。今、黄瀬が入った瞬間、空気が変わった」

 

黄瀬に声を掛け無視された火神に、注意を呼びかけた黒子。だが、そんな事は火神も分かっている。

流れを変えるために交代選手を入れる事は良くあるが、本当に入っただけで変わる事など普通ありえない。

黄瀬は、己の存在感だけで試合の流れに変化を呼び寄せた。

ボールにも触れていないのに、黄瀬を中心に空気がピリつきだした。

 

「黄瀬」

 

「ボールを下さい...俺が何とかするっス」

 

黄瀬投入により、海常メンバーは少しの安堵感を感じていたが、黄瀬の雰囲気が直ぐに締め直させた。

笠松の声に反応するが、黄瀬の目は一点を見つめたまま。そんな背中を見せられては、笠松も無理をするなとは決して言えなかった。

よって、彼らもまた決意した。

 

「美味しいトコ取りで、可愛い子総取りか?いいぜ、今日は許す」

 

「ィバウンドは、任せぉよ!」

 

「今更俺がいう事もないさ」

 

森山、早川、小堀は何時も通りに接し、黄瀬に託した。だが全てを委ねたのではない。

 

「お前にボールを集めるが、俺らもオープンで待ってるからよ。偶にはパス回せよ」

 

彼等がいなければ黄瀬に出番が無かった様に、黄瀬がいなければ彼等の心が耐えられなかった様に。

海水よりもしょっぱい汗を共に流し、常に共に戦ってきた。時間と共に培ってきた信頼が今更失われるはずもない。

 

「DFから勝負を掛ける。プレッシャー掛けまくれ!行くぞ!!」

 

空気が変わっただけでは、この大差は覆せない。チームに勢いを付ける為、笠松は更に賭けへと乗り出した。

 

 

 

 

とは言うものの、先ずはOF。

大逆転への第1歩になるか、20点差で決定的になるかの瀬戸際。期待と不安が膨れ上がり、大きな分岐点の1つになるだろう。

 

「1本じっくり!」

 

このOFが失敗した場合のダメージは大きい。黄瀬に対する期待が、もう駄目かもしれないと言う不安が押しつぶし、5人の内誰かの集中が切れるかもしれない。

 

「出てきたトコ悪いが、ここで終わらせるぜ」

 

当然の如く、火神は黄瀬のマークに付いた。

残り時間8分で、差は18。ひっくり返すには、3Pも必要になってくる。特に緑間のロング3Pを決められると、逆転が現実味を帯びてくる。その為、火神はほとんどオールコートで厳しくマーク。

だが、黄瀬は見向きもし無かった。

 

「(コイツ...!なんて集中力を)」

 

ボールを運ぶ笠松の姿を確認し、何度も深呼吸を繰り返す。体内の空気を入れ替え、一瞬の勝負の為に力を溜める様に。

その行動が黄瀬の精神を研ぎ澄まし、更に深く意識が鋭くなっていく。

 

「火神!スクリーン!」

 

「はっ!」

 

集中の高まる黄瀬に意識を集中し過ぎた為か、ハーフコートを過ぎ超ロング3Pへの選択肢をなくしたと油断した為か、小堀からのスクリーンをモロに受けた。

すかさず笠松からのパスが黄瀬に渡り、絶好のシュートチャンス。

 

「やらせん!」

 

ドライブコースを遮る為に木吉がスイッチ。そのまま3Pへとモーションに入る黄瀬にハンズアップでプレッシャーを掛けた。

チェックを受けた黄瀬はシュートモーションを中断し、そのまま木吉の右をドリブルで抜きさる。ブロック困難な緑間の超ロング3Pで木吉を引き付け、青峰のチェンジ・オブ・ペースでドライブを仕掛ける。

 

「しまった!これは」

 

紛れも無く『完全無欠の模倣』であった。キセキの世代の技を再現するだけでなく、技を複合させることで更なる威力の上乗せも可能。

予想外でなくとも、この緩急は初見で止められない。外から見ていたが、体感すると反応しきれない。

 

「まだだ!黄瀬っ!」

 

木吉が抜かれれば、インサイドはがら空き同然。追い縋った火神が最後の砦。

ゴール下には入れさせないと、肩肘を張って黄瀬に横からプレッシャーを与える。

 

「(邪魔を...)するなぁっ!」

 

しかし黄瀬は構わず前進。フリースローラインから踏み切り、火神を完全に振り切った。

 

「(レーンアップ!?)ざけんな!」

 

アンクルブレイクを警戒した為に対応が追いつかない。横に力が向かっていてブロックも出来ない。出来るのは、黄瀬を見上げる事だけ。

それでも何とかしようと、右手を精一杯伸ばす。その負けん気は流石と言うところだが、些細な妨害で黄瀬は止まらない。

追い縋る火神の上から渾身のワンハンドダンクを叩き込む。

 

『ファウル!白10番!バスケットカウントワンスロー!!』

 

結果として、火神の対抗心が裏目に、そして流れを変える決定打となる。

チームを勢いづかせ、且つ誠凛に動揺を与えるレーンアップ。フリースローもゲットして、数字の上でも黄瀬投入の効果が表れている。

 

「負けねーっスよ。俺も、海常も!」

 

海常が勝つ為に、黄瀬が負けてはならない。以前より、火神や黒子との再戦を願っていたが、そんな悠長な事は言っていられない。1対1で必ず勝つ事が義務付けられた。

 

「(いきなり火神のコピーかよ。全く、自分が情けねーけど頼りになるぜ)」

 

つい先程まで感じていた重い雰囲気が吹き飛んだ。早川や森山が称えている中、笠松はエースの背中を見守っていた。

本人の態度が示す様に、大きな点差が残っている。まだまだ、大喜びする訳にはいかない。粛々とフリースローのポジションに着き、次の展開に備える。

 

一時的に時計が止まっても、黄瀬の雰囲気は緩むどころか鋭さを増す。審判からボールを受けて、笛がなり次第にショットを放った。

リング中央を射抜く完璧なショットが決まる。

 

海常高校 72-87 誠凛高校

 

「気にするな火神。取り返すぞ!」

 

序盤での黄瀬に散々やられた上に、十分な最策も用意できていない。このまま点差を維持できるはずがないのだから、気に病むだけ無駄である。

火神の精神的ダメージを心配して日向が一言。

 

「うっす大丈夫」

「いくぞ!当れ!!」

 

火神の返事を覆うような掛け声に他の海常メンバーも続く。海常決死のオールコートマンツーマンDF。

 

「なっ!」

 

スタミナの限界が訪れている海常が、残り時間6分以上もあるこのタイミングで勝負を掛けてくるとは思っていなかった。

気持ちの準備がまるで出来ていない。スローインの為にラインの外に出た木吉に小堀が詰めより、他のメンバーもマークに捕まる。

 

「(不味い!時間が...)」

 

「木吉!っぐ」

 

「(駄目だ)」

 

このままではヴァイオレーションになってしまう。日向がボールを貰いに行くが、森山が強引にその前に現れた。

虚を突かれて、冷静な判断が出来る状態ではない。

 

「こっちだ!」

 

「伊月!」

 

小堀の直ぐ後ろまで伊月が下がっていた。何とか5秒以内にスローインをしたい木吉には、伊月へのパス以外の選択肢が無かった。

 

「(甘いぜ伊月。幾らなんでも)隙だらけだぜ!」

 

伊月の脇の下から笠松の手が伸びる。『鷲の目』のお株を奪うようにボールを弾いた。ボールは勢い余ってコートの外へと向かう。

近くにいる小堀には反応できない。

 

「(ふざけんな!このチャンス逃がしてたまるか!)ぅぉおおおっ!」

 

空中でラインを割った瞬間、がむしゃらに笠松が飛びついた。ボールを得たが、伊月と木吉がいる為に、ゴール下にいる小堀にはパスできない。

 

「-----ぱい!」

 

自らの股越しに青い人影を目にした。

 

「(頼む)黄瀬ー!」

 

顔をはっきり確認した訳ではない。だが、パスを受けに来れるのは黄瀬しかいないと思った。

そしてその期待に応える後輩。床に衝突する直前にも、ほんの少し笑みが出た。

 

「(動き出しが早い!)待ちやがれ!」

 

黄瀬を追う火神だが、黄瀬の鋭すぎる反応に後手に回ってしまった。

 

「(俺がいかなきゃ!)」

 

ゴール前にいるのは木吉と伊月。笠松は転倒しており、小堀のチェックを木吉に任せるのが望ましい。

伊月はそう素早く判断し、止められなくとも足止めをすべく、黄瀬に向かう。

 

「(なんて気迫だ、笠松の比にならないぞ!)」

 

この試合で、笠松の凄さを存分過ぎる程に思い知らされた。勝利へと一貫した態度には尊敬に値する。

ボールを拾って猛スピードで突っ込んでくる黄瀬に対して、恐怖を感じた。

 

「シュッ!」

 

「はやっ過ぎる!」

 

このまま衝突寸前かと言う時にバックロールターン。伊月は微動だにできなかったが、切り返し1回分だけ火神が距離を詰めていた。

黄瀬の前に出ることは出来なかったが、ブロックを試みるには充分。恐らく黄瀬はそのままゴールへと突っ込むと読み、そのタイミングを見計らう。

すると、黄瀬は伊月を抜いて早々にシュートへの予備動作に入った。

 

「(またレーンアップ!?舐めやがって)」

 

黄瀬に合わせて火神もブロックに手を伸ばす。狙うタイミングはダンクを振り下ろす直後。

狙いを定め、黄瀬のボールを持つ手を確認すると、明らかに下手に持っていた。

 

「(ダンクじゃない!?これは、まさか!!)」

 

ゴールに真っ直ぐに向かう火神に対して、黄瀬の体はほぼ真上に浮き上がった。

火神は咄嗟に身を翻し、最悪の体勢ながらもう1度ブロックに飛ぶ。

 

「うーわー、すっげー」

 

外から見ていた英雄も自らの技を完璧に再現されて、大口を開けて驚いていた。

 

「(英雄のヘリコプターショット!)」

 

火神のレーンアップを布石にして、英雄のヘリコプターショットを放つと言う、最悪にして最高のコンボ。遥かに高度な空中戦を仕掛けてくる黄瀬に対して、これでは火神も的を絞れない。

回転しながら舞い上がるボールは、完璧にリング中央を抉る。

 

「(黄瀬君は頭脳派じゃない。その時その時の判断でプレーしてる筈なのに)なんてバスケセンス」

 

早い状況変化が伴うバスケットにおいて、常に数ある選択肢の中からより良い物を選ぶ判断力が必要とされる。

火神のレーンアップや、他のキセキの世代の技を使える状況で、難度が少し落ちるヘリコプターショットを組み合わせるというチョイス。あまりの事にリコも思わず脱帽した。

 

「(なんてこった。1分も立たない内に、流れが。流れが変わっちまった)」

 

ほんの少しの気の緩みにつけ込まれて、流れが完全に海常へと傾いた。厳しい時間帯はどこかで来ると思っていたが、あまりにも早すぎる。

たった2度のOFで5点差も詰めてきた黄瀬と海常に、未だ二桁差あるにも関わらず大きな危機感を与えられた。

 

「火神君っ!」

 

強烈な気迫に圧倒されかけた火神は、黒子の声で我に返った。自らのするべき事に立ち返り、ゴールを目指して走り出す。

誠凛メンバーが呑まれていた中、黒子だけは冷静さを保ち、リスタートを試みる。左足を軸に1回転し、遠心力を生かして遠く早くにロングパス。

黒子のサイクロンパスは海常の虚を突き、火神が走りこむ前線へと届けられた。

 

「火神に遅れるな!点取り返すぞ!」

 

切り替えが遅れたが、日向が走り出し伊月や木吉も続く。火神に追いつけるとかではなく、攻めるという姿勢の話。

事実、火神1人が抜け出しパスを受けた。

 

「くらえっ!」

 

燃える様な闘志をむき出しにし、黄瀬同様フリースローラインで踏み込んだ。真っ直ぐリングに向かって行くと、視界の左端に黄瀬の姿が映りこんだ。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

下から上へ、黄瀬の右手が火神の左手に合わせる様に振り上げられる。ボールは弾かれ、ラインを割った。

 

「(馬鹿な、ありえねぇ!いくら『完全無欠の模倣』っつっても)」

 

黒子のおかげで確実に黄瀬と距離を空けられ、対応できる者はおらず、決定的なチャンスのはずだった。それが、ブロックできるまでに追いついた。それが意味するところは、誠凛を更なる窮地に追いやる事となる。

 

 

 

 

「ははは、おいおい」

 

「これって、もしかして」

 

客席から見ていた青峰らには、この状況が良く見えていた。状況は明白、黄瀬が単純にスピードで追いついた。ただそれだけ。

 

「誠凛は海常を、黄瀬を追い詰めすぎた。嘗てない程にな」

 

黄瀬は今、全てを賭け、プレイの1つ1つの細部にまで精神を注ぎ込み、誠凛に勝つ事だけに没頭している。

 

「にしても、トリガーが火神と全く同じとはな。魅せてくれるぜ」

 

夏に戦った時とは違い、本物の”魂”を持つエースとなったその姿に、ついつい笑みを浮かべてしまうのであった。

 

 

 

「嘘っ!?」

 

嘘であってくれと願いつつ、リコは目を見開いていた。

コピーはあくまでコピー。紫原の体格を真似できないように、青峰の速度差を再現出来ても実際の最高速は変わらない。

しかし、黄瀬は追いついてしまった。つまり、黄瀬に何か途轍もない変化が起きている。

 

「さっすがキセキの世代。追い込んだら直ぐこれだ」

 

横に座っている英雄もあまりの事に皮肉を言っている。

 

「ZONE...!」

 

正面から向き合っている火神は、その顔を見て迷わずそう思った。

思えば、交代直後の独特な雰囲気は、今まで青峰や紫原から感じたZONE特有のもの。もはや疑いの余地は無い。

 

「黄瀬君...(やはり君は)」

 

それでも、黒子だけはそこまで驚いておらず、事実をありのままに受け入れていた。

IHで青峰と戦った時、先日に灰崎と戦った時、それらを見ていた黒子には、やはりそうなってしまうのだ、と納得してしまうのだった。

 

「(いけない、タイムアウトを)」

 

黄瀬のZONEは勿論、オールコートマンツーマンDFの対策を伝えなければならない。何より、流れを1度切らなければならない。

直ぐに立ち上がりTOを申請した。

 

「(なんて集中だ。俺らまでピリついてきやがる)」

 

ベンチに戻った黄瀬を見て、改めてZONEと言う物の凄まじさを感じた。黄瀬の発する気迫が針の様に肌へと突き刺さって来るような感覚に、勝利までの軌跡を見た。

他のメンバーも黄瀬の様子をチラリと見ているが、誰一人として話しかけられない。

 

「(この期待感。どう考えてもここで負けるチームの物ではないな)全員聞け」

 

現時点での点差は13。ほんの僅かなミス1つで試合は終わる。どの道、この勢いでの1点突破しか選択肢がないのだが、武内は今一度の状況把握を行った。

 

「分かっていると思うが、ラストシュートは黄瀬に任せることになる。が、そこまでのプロセスに手を抜くな」

 

試合の4割を回復に当てて、黄瀬の『完全無欠の模倣』はフルに使えるようになった。しかし、本来の使用限界は5分。第4クォーター残り時間約7分から勝負に向かった為、単純計算で2分足りない。

黄瀬の個人技頼みにしてしまうと、半ばで力尽きる恐れがあるのだ。だからといって、今の黄瀬にペース配分が出来る訳じゃない。逆転勝利はあくまで周りのフォローがあってこそ。

 

「疲れがあるのもDFで手一杯になっているのも分かった上で言う、シュート意識は捨てるな、体力が無いなら頭を使え、お前たちになら出来るはずだ」

 

今の黄瀬ならどんな状況でも点を取ってくれるだろう。しかし、黄瀬しかシュートを打たないのであれば話は別。マークは厳しくなり、警戒も集中する。そして、無理なシュートも増え、体力はどんどん減っていく。

そんな時、マークから抜け出してパスを受けに行けばよい。黄瀬に意識が集中しているなら、逆サイドにパスを捌いてチャンスを作ればよい。

何時、足が止まりだすか分からない4人に対して、武内なりの激励を送る。

 

 

 

「紫原に続いて黄瀬もかよ」

 

対して誠凛ベンチ内の雰囲気は少々荒れていた。大きな点差が目に入らない程に焦りを感じている。

マッチアップの火神は特に動揺していた。

 

「こう立て続けに見ると、有り難味が薄れるね。どこぞの戦闘民族の様な」

 

既にジャージを着衣後の英雄は、火神の頭にタオルを被せながら緊張感のない台詞をはいていた。

 

「どちらにしろ悪い冗談ね」

 

英雄の言う事も分からなくもないが、笑えないとリコは言う。

 

「とにかく。問題点は、黄瀬君とオールコートの2つね」

 

ぼやいていても何1つ解決しない。直ぐに切り替え、問題点を洗い出した。

 

「先ずは、海常DF。捕まらない様に足動かす事、後は難しかったら黒子君を中継する事」

 

オールコートマンツーマンDFの威力が凄かろうが、海常が疲労を抱えた上に黒子もいる。落ち着いてプレイすれば、ボールは運べる。

だがしかし、もう1つの問題に対する策が無い。

 

「英雄」

 

「...!」

 

せめて流れを変える切っ掛けをと、英雄の名を呼んだ。その声を聞いて、伊月は静かに目を瞑る。パスや場を回す事が出来ても、状況を打破する力がない。黒子や英雄にバトンを渡さなければならない理由も分かる。それでも、コートに未練を残してしまっている。

 

「聞いてるの英雄!」

 

「どーすか?」

 

「ん、いー感じだ」

 

当の本人は、リコの声に気が付かず、木吉の肩を揉んでいた。

 

「おい英雄。ってバッシュ履いてねーじゃん!」

 

「てか裸足!?どーりで違和感があると思った!」

 

横にいた降旗が肩掴んで呼びかけるが、何故か裸足の英雄に気付く。

さっきからペタペタ聞こえていたのはこれだったのかと、小金井が盛大につっこんだ。

 

「ちょっと!状況分かってるの!?直ぐ履いて準備して!」

 

「待って待って、今ここのコリをだな」

 

このままでは、TOが終わってしまうという時に、英雄は肘を使って木吉の肩をほぐしていた。

 

「いーから早く!」

 

「うわっ!投げつける事ないじゃん」

 

紐の解けたバッシュと中に収められていた靴下ごと投げつけられた英雄は、仕方なくその場で座り込んで準備を始めた。

 

「ぅおっ、くっさ!汗でグッショリ、たまんねー」

 

「いーから、シャンシャンせいやー!」

 

モタモタと急ぐ素振りを全くしない態度に、痺れを切らしたリコのエルボードロップ。英雄の顔が横に弾けた。

 

「アンタこんな時になにやってんの!」

 

「ごめんごめん。でもさ、俺が出たところであんまり変わらないよ?」

 

「え?」

 

当然の怒りに笑って誤魔化しつつ、急に真面目なコメントを言う英雄。表情も落ち着きリコは戸惑う。

 

「ここまでいい感じで来てるのに、ここで折れたら勿体無いっすよ俊さん。俺にやらせろ、くらい言えないと」

 

再び笑いながら伊月に目を向け、遠まわしに交代するつもりが無いと言う。

 

「後、火神」

 

「...何だよ」

 

「黄瀬君にボロカスにされても誠凛が勝つから安心しろ」

 

「てめぇ!どーいう意味だ!」

 

「間違えた。仮に、ね。仮に」

 

「仮に、付けたら許されると思ってないだろうな」

 

火神に対しては相変わらずというか、今日に限ってまともなエールは1つも無い。

何と言うか、英雄からはゆとりを感じられる。

 

「つまり、あれだ。俺が出まいと勝つのはウチって事」

 

何故出たらがらないのか。その理由は全く分からないが、英雄の中で勝利は決まっているらしい。

そんな事をしていると、再開のブザーが鳴った。

 

「...ごめん伊月君。このままお願いするわ」

 

「ああ、勿論」

 

良く分からないままうやむやにされ、結局伊月に任せることになった。

 

「鉄平さん」

 

「ん?」

 

微妙な空気のまま試合へ戻る中、木吉を呼び止めた。

 

「多分、鉄平さんがキーポイントになるかもです。皆のフォローばかりにならないで下さい」

 

「(分かったような、分からないような)」

 

頷いてみるものの、具体的なイメージも、何を以ってのアドバイスなのかが、全くピンとこなかった。

時に着いて行けない程の独特なゲームビジョンを持つ英雄は、火神でも黒子でもなく自身に何かを見たのだろうか。

 

「ったく、ひっさびさに炸裂だな。アイツのトンデモ」

 

今日はやたら大人しいなと思って油断したところにやってきた。それを許してしまう自分達も問題なのだが、厄介な事に実績があるのだ。

キャプテンの日向は、スーパー問題児に頭を悩ませていた。

 

「(少なくとも悪い雰囲気が消えてるんだよな)悪い冗談だ」

 

「-----てん、あのすいません」

 

「おぅっわ!って、いたのか黒子」

 

「はい、さっきから呼んでました」

 

どこか強張っていたメンバーの表情の変化から、英雄の事を内心愚痴っていると、意識の外から黒子が現れた。

 

「黄瀬君に関してなんですが」

 

他のメンバーを集め、黒子から黄瀬の対策について説明を受けた。最中に時計と点差を確認し、現状をもう1度把握していく。

 

「いいかもな。点差はあるんだ。試してみる価値はあるんじゃないか」

 

1番に伊月が賛成し、後も続く。

元々、万全の体制で臨んだ訳じゃない。英雄にも出れない理由があるのだろう。その上で、ムードメーカーとして役立つの言うのなら、納得も出来なくもない。

例え小さくても今出来る事を全て集めてぶつければ、勝てない勝負ではないのだと。そう信じて。

 

「よし、やる事は決まった。だが、気持ちで負けてたら駄目だ。最後まで走っぞ!」

 

敗因を考えるにはまだ早い。肩を組んで円陣を作り、日向の掛け声で団結を促す。

海常共々、誠凛側のゴールに集まり、戦う準備は整った。

 

「DFDF!一気に追いつくぞ!!」

 

海常も笠松の一声でギアを入れ替える。言葉と裏腹に、オールコートではなく通常のマンツーマンに変更した。

 

「(5点差詰めて流れも変わったから、型を戻したのか)マジで勝ちにきてるな」

 

引き続きオールコートで来てくれれば、穴もあってやりようもあった。耐え切れれば海常が失速し、勝利が決定付けられた。

だが、そうしなかった。勢い任せにせず、ほとんど無い余力を残す選択をした海常の冷静さに、伊月は改めてこの試合の難しさを感じた。

 

「それならそれで構わねぇ!パス回していくぞ!」

 

性格柄、不安要素に目がいく伊月に強気な日向が声で引っ張る。

 

「(ホント、頼りになるな。俺もこういうとこは見習わないと)」

 

 

 

「ねぇ英雄」

 

「分かってる。念の為、準備はしておくよ」

 

試合が再開されたと言うのに、リコは英雄に疑問を抱いていた。

先程とは違い、テキパキとバッシュの紐を結びながら返事をした英雄。

 

「そうじゃなくて、やっぱり今日のアンタ変よ。いや、まぁ、変なのは何時もなんだけど」

 

「なんか普段がまともに聞こえるね」

 

「自分で言うな!」

 

ペースを合わせていると本題がズレていく。正念場に突入した今、雑談できる余裕は無く、話す気が無いのであれば仕方ないと話を切るしかない。

 

「見ておきたかった。外から誠凛がどういうチームなのか知っておきたかったんだ」

 

それ以外、英雄は何も語らなかった。リコでさえ、何を考えての言動かは分からないまま。

海常との戦いは、今まで以上に気を抜けない展開を向かえ、直ぐに頭から離れた。ただ、心の中に疑念の種が徐々に大きくなっていくのだった。




捕捉:原作における「コピー」の定義が、この辺りに限って曖昧になっていた為、はっきりしておきます。
あくまで再現であって、身体能力は向上しない。作中の黄瀬もきっとゾーンに入ってた。そんな考察の上で進めます。
他意があれば是非


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限界と戦う者達

オールコートマンツーマンではなく、ハーフコートに変更した海常。範囲を変えてもプレスDFであることに変わりは無い。

スローインの日向に対して森山が腕を大きく動かして、パスコースを寸断していく。

 

「キャプテン!」

 

それでも黒子がパスを受ける事で、より安全に体勢を整えられる。日向からのパスを中継し、伊月に渡る。

 

「(よし!)1本じっくり!」

 

伊月がキープし時間を稼ぐ間に、他の4人がポジションを変えていく。木吉がローポストに入り、日向は同サイドのアウトサイド。逆サイドに火神が向かい、黒子はフリーランス。黒子が混じる事で完全にオリジナル化した誠凛のトライアングルOF。

危険度の高い黄瀬に対して、落ち着いて攻めるにはこのフォーメーション以外に無い。

 

「(けどやっぱ、プレスキツイな)」

 

勝負所の笠松のプレッシャーを受けながらでは、キープするのも一苦労。だが、伊月がここでミスをすれば、TO直後のターンオーバーと言うチームのリズムや雰囲気までも壊しかねない事態に陥る。

キープするのはある程度で構わない。ボールを持ち過ぎる方が晒される危険も多く、パスを回してリズムを作りたい。

 

「日向!」

 

作戦に従って、右ウィングの日向にパス。連動するように木吉がハイポストに上がって、伊月も日向との距離を少し詰める。

 

「木吉!」

 

リングを目視してみたが、森山のプレッシャーも厳しくそれも難しい。シュートまでの崩しを作る為に、上から木吉にパスを送る。

木吉がキープでタメを作り、平行して火神と黄瀬の位置を確認する。手を拱いていても仕方ないが、迂闊に突っ込めば黄瀬にやられる。

実際のところ、なるべく黄瀬と距離を取っておきたいが為に、火神をややボールから遠ざけていた。黄瀬がブロックなりヘルプに来れば、逆を突いて火神にパスを出す。

シュート意識を維持しつつ、質の高いパス回しと言うのは非常に難しい事なのだが、それをしなければ本当に逆転もあり得る話なのだ。

 

「(ならば)」

 

右と見せかけて左。ポストDFで食らい付いている小堀の裏を狙ってターンを仕掛けた。マンツーマンである限り、インサイドで1対1を制すればチャンスを作るのは難しくない。

体力的にも能力的にも木吉が有利となるこのマッチアップを態々避ける理由も無い。

 

「この(やらせるか)」

 

そんな事は小堀本人にも分かっている。ここで簡単に得点を許せば、今後集中的に狙われる事になる。海常の”イケる!”と言うムードを壊す事にも繋がる為、最悪ファウルをしてでも止める覚悟で臨む。

木吉の前へとステップを踏むと同時に、ビハインド・ザ・バックパス。パスターゲットは、早川のマークをすり抜けてきた黒子。ペイントエリアの真ん中で受け、独特なフォームで構えた。

 

「(不味い『幻影のシュート』!)完全に頭から離れてた!」

 

前回と違う点は木吉の存在と黒子のシュート。陽泉との試合で見せたプレーは、昨日にチェック済みだったはずなのに、ここに来て海常の警戒網から抜け落ちていた。

遅れて早川が走り出しているが、ブロックは間に合わない。仮に間に合ったとしても、見えないシュートの対処法が確立出来ていない以上、分が悪すぎる。

 

「!!(黄瀬君)」

 

海常の誰もが失点を覚悟した。

オールコートを止めたのも、試合終盤で投入された黒子が大きな原因となっていた。ヘルプやマークの受け渡しがややこしくなり、プレスDFのデメリットだけが残るからだ。

現状、黒子を抑える事は難しく、他からの失点を抑える事で精一杯。

だが、黄瀬だけは素早く反応し、黒子の前へと立ちふさがった。

 

「(今の黄瀬なら、マジで止めかねない。だけど、パスに切り替えれば)」

 

黄瀬がヘルプに行けば、当然火神が空き、シュートモーションに入った黒子が持つ選択肢は2つ生まれる。

そのままシュートか、火神へのアリウープパスか。他へのパスコースは、角度が無かったりマークが厳しかったりで難しい。

裏をかこうと火神は逆サイドから走り出し、黒子はボールを打ち上げた。

 

「(パスかシュートか。見えなくたって、その右手の延長線上を)叩く!」

 

「なっ」

 

どちらかを読むのではなく、黒子の動きに右手を合わせ、見えないままボールを強く弾いた。

正面から叩いたボールはバックコートへと向かい、ルーズボールを笠松が追う。

 

「くそっ、戻れ!」

 

日向と伊月が自陣へと駆け戻り、少し遅れて他の3人も走る。笠松のボール確保は免れず、カウンターを防ぐ為に真っ直ぐにゴール前を目指した。

 

「っへ!(こっちは何1つ取りこぼせないんだよ!)」

 

ボールを拾って顔を上げると、伊月と日向が直ぐそこまで追いついていた。

躊躇わない笠松は、正面切って勝負に持ち込み、得点を狙う。しかし、体力の消耗が激しく、切り返しのキレもベストとは程遠い。伊月に狙い撃ちされる危険性が高い。

故に正面から、カウンターの勢いで無理やり後退させる。崩せればそのままシュート。崩れなければ味方を待ってセカンドブレイクを狙った。

 

「(くっそ、まだこんな力が)」

 

元々、力技に対して相性の悪い伊月は、疲弊しているはずの笠松に押し込まれながらシュートへのチェックを行った。

 

「先輩!」

 

そして笠松の力技キープが実を結ぶ。声だけを頼りにパスを送り、3Pラインまで追いついてくれた黄瀬へとパスを送った。

取れる点は多ければ多いほど良い。黄瀬はパスを受けて深く沈みこむ。

 

「(緑間の3P!)やらせっか!」

 

高弾道で放つには、オリジナルよりもタメが必要になる。しかし、今の黄瀬はZONEに入っており、全く同じタメで打つことが出来る。

火神のブロックは僅かに合わず、猛追を防ぎきれない。

 

「よし!これで11点差!」

「背中が見えてきた!いけるぞ!」

 

誠凛OFを止め、生まれたチャンスを自ら決めた。先程までの大差が半分にまで迫り、海常側は最高の盛り上がりを見せる。

 

「よくやった!黄...瀬?」

 

この活躍に流石の笠松も褒め称えようと、DFに戻る黄瀬の顔を見た。

笠松が見た黄瀬の顔は、試合の流れを支配した者の顔ではなかった。止めどなく汗が吹き出て、呼吸も荒く表情は抜け落ちている。

 

「お前」

 

「交代は無しっスよ。俺はまだやれる」

 

その言葉に信憑性が全く無かった。第1クォーター同様、全開のプレーは3分弱にも関わらず、消耗の早さが比べ物にならない。

『完全無欠の模倣』とZ0NEの併用は、爆発的にパフォーマンスを高める半面、その負担は今までの数倍以上なのであった。

燃え尽きる前のロウソクは燃え上がる。黄瀬は正にその状態。どう考えても最後まで辿り着きない。

 

「追いつくまで、逆転するまで、俺はやる!ぶっ壊れても構わない!!」

 

全てはチームの勝利の為に。

笠松達は、黄瀬と心中するつもりで無茶をしてきた。黄瀬もまた、明日を投げ捨てチームと心中するつもりなのだ。

万が一、最後までプレーする事にでもなれば、間違いなく黄瀬はその輝かしい才能ごと潰れてしまう。

この覚悟がZONEに入れさせたと言うのなら、なんて皮肉なのだろうか。

誠凛でも他のライバルでもなく、自らの才能に黄瀬は潰されるのだ。

 

「(どうすれば。止めるべきか?いや、無理だ。俺には出来ない)」

 

帰還を待ち望み、勝利を齎してくれると期待し、その手に託した笠松が、今更止めろなどと言う権利は無い。

 

「(ならTO...と言いたいトコだが)」

 

ならばTOを取るべきか。黄瀬の状態に動揺している自分も含めて、今一度決心を固める必要がある。

しかし、それも難しい。今から申請するとして、ゲームを切るには失点するかボールを外に出さなければならない。戦略的だとしても失点をよしと出来るほど余裕は無く、今の黄瀬なら誠凛を高確率で止める。

誠凛がボールを出すか、TOを取ってくれれば良いが、その間に黄瀬の体力は継続的に消費していく。

 

「(もう俺に判断出来るレベルの話じゃない)」

 

口には出せないが、状況を伝えるべく武内の目と合わせる。目を細めて首を軽く左右に振って事の深刻さを表現した。

交代を直接進言するのではなく、黄瀬に非常事態が起きたと伝え、その判断を委ねた。

 

 

 

「(何なのこれ?こんな状態初めて見た)」

 

海常側は誰一人として知らないが、黄瀬の状態を正確な数値で把握出来る能力を持つ人物がいる。

その目には、超絶プレーを続けるその内側で、猛毒でも受けているかのように見る見る内に弱っていく黄瀬が映っていた。

足の怪我以上の事実に、リコはキセキの世代の才能の大きさを改めて感じ取った。

 

「ってそんな事考えてる場合でもない!」

 

このまま点差が一桁になろうものなら、海常の勢いに飲み込まれる恐れがある。その前に対策の1つも打っておきたい。

TOも1つの手段だが、後々の事を考えると取っておきたい心情に駆られる。

気になるのは、ZONE状態での『完全無欠の模倣』は諸刃の剣である以上、黄瀬のプレーが最後まで続くとは思えない事。

ZONE自体は、海常にとって予想外であり、黄瀬の激しい消耗に対処など出来る訳が無い。

 

「(耐え切れば、間違いなく勝てる。だったらここで使い切っても)」

 

海常が勝利するには、まず黄瀬がいる内に逆転しなければならない。仮に逆転されたとしても、黄瀬は下がらざるを得ず、再び勝ち越しを狙える余力を誠凛は残せる。

ここからの展開は8割方予想できる。誠凛にとっての最悪のシナリオは、ここからターンオーバーを5連続で決められる事。ストレートで逆転を許せば、勝負は分からなくなるだろう。

だとすれば、リコはTOを取って耐え忍ぶ作戦を伝え、メンバーには気合を入れなおして欲しい。

 

「よし!」

 

多少らしくない、消極的な作戦と言えなくも無いが、元々万全ではない上に決勝行きが懸かっているのだ。

手段を選ぶ余裕はない。と、立ち上がったリコ。そして、ペタンと再び座らされていた。

 

「まーまー」

 

「ちょっ!何すんのよ!」

 

英雄に腕を引っ張られ、その場から動けない。何やら諭すように『まーまー』と繰り返してくるのがうざったい。

 

「リコ姉の判断は間違ってないけど、もうちょっと見てみない?」

 

振りほどこうとしても、両手でガッチリと掴まれて、やっぱり動けない。

 

「その根拠は何?」

 

「コートにテツ君がいる。ZONEにも動揺してなかったし、落ち着いて集中できてる」

 

せめて納得出来るだけの根拠を求めるリコに、英雄は黒子を指差した。

 

 

 

 

「(TOは取らないのか?正直これは堪らないぞ)」

 

なにやらベンチがざわついていても、ゲームは止まらなかった。伊月もこの場は一旦切るべきだと考えていた。

”どうする”と迷いを持ったまま戦ってどうにかなる状況ではない。

 

「切り替えろ!まだ点差はある!落ち着いて点とんだよ!」

 

全員が聞こえるように、日向は声を出しながら伊月へとスローイン。自らにもある焦りを振り払おうと海常ゴールに向かう。

まだ黒子の提案を試す事さえしていないのに、自滅するなど間抜けもいいところ。

 

「黒子!止められたからって、腰引くんじゃないぞ」

 

「はい。まだまだこれからです」

 

秋に行われたWCの東京都予選・秀徳戦のように同じ相手の2戦目では、ミスディレクションの効果時間が減少してしまう。黒子自身どうにもならない欠点であり、そして今回も当然そうなるだろうと予想できた。

その為、海常戦において黒子のパフォーマンスの底上げを、誠凛はチーム全体で行った。

黒子の出番は端から第4クォーターと決めており、更に重要なのは投入までの過程である。

実際は違ったが、序盤から終盤にかけて火神と黄瀬を中心に、試合の流れが激しく動く事は想像に容易い。そして、この2人の1対1が試合の全てになるはずもなく、他のメンバーのぶつかり合いで更に熱も帯びていく。

だからこそ、基本的な能力で劣る黒子が勝負所で投入されても意識が向かう事もなく、それまでのゲームを作ってきた人物へ集中する。

土田や伊月の積み上げてきた頑張りに報いるべく、黒子は目に見えなくとも気合を心に秘めていた。

 

「火神も頼むぞ。黄瀬と1対1で立ち向かえるのは、お前しかいないんだ」

 

日向が黒子とコミュ二ケーションを取っている中、伊月は火神に声を掛けていた。

ZONEに入った黄瀬を相手に、1人でどうにかしろとは言わないが、火神が気持ちの時点で負けていれば勝負にすらならない。

 

「俺1人じゃ何も出来ないのは悔しいけど。とりあえず、出来る事からやってみる、っす」

 

陽泉との試合で培った経験が活き、取り乱すことなく地に足をつけている。

ボールを運ぶ僅かな時間で意識を確かめあった。連続でカウンターを食らい、点差を詰められたダメージが大きかったが、これなら充分に戦える。

苦しいのは海常も同じなのだ。今は流れを掴んでいるが、1度でも押し返せればその先に勝利がみえるはず。

 

「(とにかく出来る事をやる。でも、もしそれで止められなかったら)」

 

チーム一丸、ONE for ALL。今日の誠凛は、文字通りそれを貫いている。

しかし海常もまた、全体が同じ方向を向き、勝利の為に高い献身性を見せていた。

そして、黄瀬の最後の切っ掛けが、劣勢に置かれても変わらぬ海常の奮闘だとすると、自らの提案に不安が過ぎる。

黒子は、自らの見通しの甘さを既に感じ始めていた。

 

 

 

 

「いい感じだからって手を抜くなよ!もう1本!集中だ!」

 

OFからの勢いを維持しつつ、DFにも転換出来る様に再度気を引き締める。

難度も言うが、押せ押せムードであっても、海常が常にギリギリの淵に立たされているのだ。

黄瀬の負担を和らげる為にも、先ずDFから神経を張り詰めさせていく。

 

「パス回していくぞ。セレクション乱すなよ!」

 

対して誠凛OFは、慌てず時間をじっくり使ってチャンスを窺った。

本来のラン・アンド・ガンで行きたいが、黄瀬投入後の得点はゼロ。流れは悪くリズムも悪ければ、火神でさえもシュートは入らない。

加えて、時間をかけて海常のペースを乱したい。少しでも焦ってくれれば、DFにも穴が出てくる。

伊月や火神に任せるよりも、伊月主導で再びパスを回す。

 

「(けど、黄瀬の早いヘルプに俺達じゃ対応できないぞ。火神にパスするのも一苦労だ)」

 

日向から見える逆サイドの火神もパス回しに参加しているが、少し甘くなれば即ターンオーバーとなる為、ほぼ他の4人でのパス回しが中心になっている。

火神にパスした時点でリターンよりも勝負させる方が良い。単純に1対1では分が悪く、ラストパスに工夫が欲しい。

 

「(だったら、俺達だけやるしかねぇ!)伊月!俺に打たせろ!」

 

本人には申し訳無いが、今の流れで火神に勝負をさせるのは自滅行為。1番黄瀬から距離を取る日向を起点に確率の高い選択をする。

相手にも伝わってしまうが、ショットクロックに余裕が無く、手っ取り早い意思表示をした。

 

「(んなもん、こっちも想定してんだよ)森山!」

 

想定済みの上に、あちらから教えてくれた。分かっているOFを海常が許す訳がない。

笠松が森山に指示を出し、森山がパスすら入れまいと更に厳しくチェックに向かう。

 

「(日向!)」

 

「っく!このっ」

 

森山が前へと距離を詰めれば、背後への警戒が薄くなる。木吉の独断で森山にスクリーンを掛けた。

チェックの甘くなった日向がパスを受けるが、森山がファイトオーバーで対応。木吉と小堀がリバウンドに備えてリングに向かう。

 

「(時間がねぇ!このまま打つ!)」

 

森山の対応が上手く、思ったよりも距離を空けられなかった。パスに切り替えたいが、伊月に笠松がしっかり見ており、黄瀬を気にしてインサイドへ入れるにも気が進まない。

 

「(モーションに慣れてきたのがお前だけだと思うなよ!)」

 

日向が森山の変則シュートにアジャストしつつあるが、森山も同様にタイミングを掴んでいた。

時間に余裕が無い以上、『不可侵のシュート』は使えない。間違いなくそのまま打ってくる。後は、イメージに合わせて手を伸ばす。

 

「ここだ!」

 

多少の距離は、元々の身長差で充分カバー出来る。何よりも、このままでは終わらせないという強い気持ちが、内心にある黄瀬への申し訳なさが、森山の指先をボールに届かせる。

 

「(触った!?ホントにガス欠寸前なのかよ!)リバウンドー!」

 

ボールはリングに向かっているが、このシュートは入らない。そう感じた日向は、木吉に託して声を張った。

ピックアンドロールからゴール下に向かった木吉。小堀よりも先にボックスアウトを行ったが、厄介なのは小堀ではなく早川。

 

「(2対1...正直分が悪いが、陽泉に比べれば)」

 

リバウンダー早川を軽んじる訳ではないが、陽泉のゴール下はもっと苛烈だった。

2mオーバーが3人の高校屈指インサイドを思い出せば、充分にやれるとボールに手を伸ばす。

 

「(しめた!ボールがこっちに)ぉっおおお!」

 

チャンスと見るや、バイスクローで直接捕球。

 

「しまったぁー!」

 

得意なOFリバウンドではないが、誠凛に時間を使われるのは海常をじわじわと追い詰める事に繋がる。ここで競り負けてはいけなかった。

ショットクロックは24に戻り、DFも逸って少し乱れている。

 

「(このチャンス、生かせればデカイ!)」

 

2対1でもリバウンドを取った事は、日向にリラックスを与える事になる。この流れで打たせれば、入る可能性は高い。

黒子に中継させなくても、DFにズレが生まれて時間もある。直接パスしても『不可侵のシュート』で勝負できる。

そう思った木吉は、着地後にボールを振りかざした。

 

「なっ!」

 

バチィと、音がした。

背後から弾かれボールが転がる。

あろう事か、チャンスに目が眩み、黄瀬の存在を忘れて隙を生む。

 

「(『天帝の目』で動きを見据えて、超速ヘルプ!?)いかん!」

 

驚く暇も無く、ルーズを早川がキープしすかさずカウンターへと走る笠松にパス。

 

「(これも駄目か!)くそが、戻れ!」

 

つい先程と全く同じ形。笠松と森山が先行し、スピードで火神を突き放して黄瀬が追従してくる。

 

「(追いつけねぇ!これじゃあさっきと一緒だ!)」

 

必死に黄瀬を追う火神だが、徐々に離されていく背中を見るのは何度目だろうか。

違うとすれば、笠松の疲労具合が進行している事である。笠松の生命線であるスピードを生む足が鈍くなり、日向や伊月を突き放せない。

 

「(これなら!)俺が行く!」

 

「頼む!」

 

疲労を抱えてるのは伊月も同じ。休んでいた分だけ、先に日向が追いついた。臨機応変に対応すべく、伊月は森山へとマークを変更。

 

「(この結果は悔やむ事じゃない。そうしなきゃ、黄瀬に繋げなかった)」

 

当初から不本意な展開が続き、最早満足なプレーも望めない状況に立たされもした。それでも、その選択に誤りも後悔も感じていない。

怪我によるアクシデントなんて、長いトーナメントなら有り得る話。それが自らに降りかかっただけという事。伊達に全国区のキャプテンを背負っていないのだ。

 

「(今すべきは、言い訳じゃない!)」

 

スピードが低下し、日向に立ちふさがれた。こうなっては、速攻は失敗になるだろう。ならば、少しでも前に進んでアーリーOFで勝負する。

結局黄瀬頼みなのも、普段先輩ぶった分だけ情けないのも理解している。

だとしても、黄瀬が自らの未来すらこの勝負に賭けてくれると言うのなら、最後まで勝利に拘りたい。仮に、次の試合でどうなろうとも。

 

「(甘い!)そこだ!」

 

メンタル面で幾ら充実していようが、体がついてこなければパフォーマンスは向上しない。

目に見えて低下したドリブルを日向は見切り、ボールを弾く。

 

「ぐっ...ぁっ!」

 

ボールは笠松の胸板に当ったボールを強引にドリブルしようとするが、勢い余ってボールに足を引っ掛けて派手に転んだ。

 

『ファウル!プッシング白4番!』

 

ここにきて、まさかの判定。笠松が転んだ事は、日向によるものとしてファウルを宣告した。

試合のムードが審判に影響する事は、競技を問わず良くある事。ただ、止められたはずだった日向にとって、面白い状況ではない。

 

「くっそ!今のは俺じゃ...!」

 

「落ち着けよ。言っても仕方ないだろ」

 

流れもだが、審判も海常側に傾くと非常にやり難い。日向の気持ちも分かるが、冷静に勤めようと伊月は肩を掴んで諭し続ける。

 

「そうだぞ日向。速攻を止められただけ、良しとしようぜ」

 

ポンポンと何時もと変わらぬユルさで接する木吉。

 

「やめろ。子ども扱いすんな」

 

それはそれで腹が立つと、木吉の手を弾いて拒否する。

だが、木吉のいう事も尤もである。

体勢の悪いカウンターではなく、セットOFからならしっかりとした準備ができる。

 

「つー訳で、マジで頼むぜ黒子」

 

「はい」

 

今一つ上手く行かない現状に、フラストレーションを溜めつつも、劣勢を跳ね返す為に必要な事は理解している。

ここで黄瀬を食い止められれば、流れを引き込める。そして、流れを引き込められれば決定的だ。

後は後輩達に任せて、自分の役割を果たすだけ。

 

 

 

 

再開はハーフライン辺りで、笠松のスローインから。

運動量は落ち始めているが、止まった状態からなら精度の高いパスを出せる。

当然の様に、近くでパスを受けに来る黄瀬を火神がチェック。

 

「黄瀬!」

 

森山がスクリーンを掛けて、パスコースを作る。

 

「(スクリーン!っちぃ、また3Pか!)」

 

距離を空けられ、どんなところからでもシュートを打てる厄介さは、全てのDFを完全に後手に回させる。

よって、次のプレーは読みきれなかった。

 

笠松のパスは直接黄瀬ではなく、少し前方に向かった。

 

「(これは...!)」

 

ボールに向かって腕を突き放つ。急加速したボールは早川の両手に吸い込まれた。

それは、『加速するパス』と呼べる物であった。

黄瀬を警戒し、火神と黒子が人知れずダブルチームを試みていたが、それが仇となってしまった。

 

「っしゃー!黄瀬ー!おぇはやったぞー!」

 

ノーマークでゴール下のシュートが打てれば、先ず外さない。早川は、黄瀬の選択に得点で応えた。

大きくガッツポーズを振り下ろし、更にチームを盛り立てる。

点差が一桁へと到達し、正にムードは最高潮。両手を挙げて騒いでいるのは選手だけでなく、ベンチ含めて海常応援団も大きく揺れ動く。

 

この状況にリコは動いた。

邪魔する英雄を肘鉄で黙らせ、TOを申請。万全でなくとも用意した対策を伝えれば、まだ持ち直せるはず。

 

「皆、聞いて」

「あの。黄瀬君を止める作戦なんですが。すいません無理です」

 

戻ってきたメンバーに話を切り出すと、黒子が遮った。コート内での取り決めなので、リコには知る由もない。

分かった事は、何か対策を考え、それを断念したという事。

 

「以前の様に、僕がマークについて連携で止めるつもりだったんですが、先ずその状況に持ち込めないんです」

 

黒子が考えていた事。それは、練習試合の時と同様に黒子がマッチアップに向かい、そこから火神のヘルプと伊月の『鷲の鉤爪』でボールを奪うと言う物。

だが、緑間のロング3Pならまだしも、パスをも織り交ぜられ、その状況にすら持ち込めない。

 

「じゃあ、どーする」

 

「大丈夫。話の腰を折られたけど」

 

黒子の話が一旦終わり、再びリコが話し始める。

黄瀬の消耗と遅攻作戦の提案。そしてそのデメリットも含めた話。

デメリットと言うのは、受身の作戦の為の士気の低下。海常ムードのままで、海常OFを真っ向から立ち向かい、耐え切るというのは机上の空論でしかない。

陽泉戦の時は、その後に盛り返す狙いがあって、尚且つ耐える時間も今回ほど長くなかった。

今、既にギリギリのところで耐えているのに、何時終わるかも定かでない黄瀬の猛攻にどれだけ耐えられるのか。それは選手のメンタル次第で、リコにも断言できない。

 

「そうか。あの兼用は何時か終わるんだな。それならなんとか」

 

「ちょっと待ってくれ、です!」

 

終盤による勝ち逃げ狙いのディレイドOFは、今回で2度目。勝つ為と思えば、日向に抵抗は無かった。

しかし、そこで火神が待ったを掛ける。

 

「ここで引く訳には!今の黄瀬相手に攻め疲れを待っていたら、本当に逆転される!こっちも勝負掛けないと!」

 

理屈で理解した言葉ではなく、勘で感じた恐怖を叫ぶ。

黄瀬との決着が、個人的な願望が全く無い訳はないが、後ろから迫る敗北の足音を確かに感じていた。

キセキの世代のZONE状態を一番間近で見てきた火神ならではの警報は、異様に説得力がある。

 

「けど!じゃあどうすんだよ!黄瀬は止められない!こっちは点がとれないじゃ、手の打ち様が!」

 

状況を整理すればするほど、厳しさは増していく。火神の言い分も分かるが、このままでは敗北へまっしぐら。

やはり、黄瀬が失速してからの残り時間に賭ける以外の選択肢が無い様に思えた。流れも勢いも海常で、点差次第では困難を極める。ただ耐えるだけの戦い方。それ以外はないのだろうか。

 

「いいえ。火神君の言うとおりです」

 

火神の言葉でハッと目を見開いた黒子は、火神の目を見ながら言葉を続ける。

 

「点を取りにいきましょう」

 

「だから、それが難しいから」

 

今度は反論する伊月の目を合わせて、黒子が見出した活路を話す。

 

「大丈夫です。やっと見つけました。黄瀬君の、いえ『完全無欠の模倣』の死角を」



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青のエースは黄瀬涼太

「えっ?それだけ、か?」

 

黒子から簡略化された説明を受けた誠凛メンバー達。詳細まで話す時間は無い為、方法のみを聞いたのだが、その表情は少し曇りを見せていた。

 

「詳しく話したいのはやまやまですが」

 

黒子としても、納得した上での了承を受けたいが、一言で説明するのは難しい。

 

「どうする、カントク」

 

「そうね」

 

事実上、黄瀬から点を取る方法。黒子の提案は、ある意味メンバーの予想を超えており、今1歩踏み切れないでいた。

 

「根拠を教えて」

 

「根拠は黄瀬君の『模倣』。そのものです」

 

黒子が考えている事のさわり部分しか理解出来ていない。リコは黒子に問い掛け、目を見つめた。

その目には、自身たっぷりとまでも行かないが、真っ直ぐ迷いはなかった。

 

「おっけ。点が取れるならそれに越した事ないしね」

 

黒子の提案を受け入れた。

本音で言えば、リコの言うディレイドOFによる逃げ切り作戦を実行したい。2度目もあって、問題なく効果は発揮されるだろう。

 

「ありがとうございます」

 

「よっしゃ!」

 

「喜んでるトコ悪いけど、火神君のはやっぱり却下させてもらうわ」

 

どの方法であってもマッチアップするのは火神であり、なるべくならばモチベーション低下は防ぎたい。

元々追われる立場になれておらず、英雄が言った様に火神と黄瀬との勝負は試合の結果に対して、そこまで影響しない。逆境からの勝負強さを持つ火神もこの状況では、潜在能力が発揮できなかった。

リコは黒子の話を聞きながら、やはり勝負に拘りたいと判断を下した。

差が一桁になり、余裕が無い以上、黒子に許せるチャレンジは1回のみ。それで駄目なら、即英雄投入し、海常の焦りを煽って逃げ切る。

 

「火神君の気持ちも分かるけど、英雄も休めてるし、何が起きても対応してみせるから」

 

「...わかった、す」

 

火神の危機感が何を以ってしてのモノかが分からない以上、リコは却下せざるを得ない。

そして、火神もここでしつこく喚くほど馬鹿はない。証拠の無い疑念よりも仲間の腕を信じることにした。

 

「英雄。何時でもいける様に準備しといて」

 

「あーい」

 

後退してから少々時間が経っている。冷えた体では勝負所に対応できるはずもなく、今から再びアップを始めさせる。

今出すよりも、コート内の空気を換えたいタイミングに備えた。

 

「それじゃ、よろしく!」

 

 

 

 

「よし行ってこい!」

 

海常はTOの全てを回復に当てて、特別な指示を与えたりはしなかった。黄瀬の異変にも気付いてはいたが、本人の意思を尊重し、もう少し様子見をと判断した。

 

「(補照は、出てこないのか。出たところで黄瀬をなんとか出来るとも思えねぇが)」

 

誠凛と比べてゆっくりとコートに入る笠松は、英雄の存在がどうしても気になっていた。

流れは間違いなく海常にある。連続でカウンターを決めて、点差を一気に縮める事に成功した。対抗する為の英雄投入は予測しやすい展開であるが、誠凛はそうしなかった。

恐れていた逃げ切り戦術もしてくる気配はなく、誠凛が悪循環に陥っているのならば喜ばしい事。だが、ここまで勝ち上がってきた誠凛が自滅すると、どうしても思えない。

 

「(それよりも)黄瀬」

 

「後、9点。大丈夫。まだ」

 

振り向かず背を向けたままの黄瀬は、疲労の泥沼に片足を突っ込んでおり、会話も陰りを見せていた。

集中を維持出来ている事は良いが、TO中に拭いたハズの汗が再び滲み出している。

 

「さっきのパス」

 

「え」

 

黄瀬は頑張っている。そんな事は、事情の知らない観客ですら分かっている。今更、笠松が口にする訳にもいかず、それでも何か力になれないかと言葉を続ける。

 

「さっきの早川へのパスは良かったぞ。俺もオープンで待ってる」

 

今の笠松に足を使ってマークを振りほどいたりはできない。膝も落ちて、アウトサイドシュートの精度も苦笑いが出る程度で、黄瀬の選択肢が少し増えるだけ。

 

「......ありがたいっス。ちょっと楽になりました」

 

今まで無表情のままだった黄瀬に少しだけ笑みが生まれた。

誰が取っても同じ得点。なんとかしなければと、必死で自らを追い込み続けた黄瀬の心が和らいだ。

 

 

 

 

誠凛は先程と同じ様にトライアングルOFを仕掛けた。

パスを回しながらもチャンスを窺う。やはり警戒するあまり、火神と黄瀬と距離を取っていた。

 

「焦るな!パスばかりになるなよ!足使ってチャンスを作るんだ!」

 

「(なんだ。何を狙ってやがる)」

 

誠凛のタイミングを見計らう姿勢は、笠松らにも伝わっていた。

見た目ではさっきと同じ。黄瀬のヘルプを警戒し過ぎて、OFも狭苦しくスペースもイマイチ作れていない。

何か明確な狙いがあっての事だろうが、海常には全く分からなかった。

 

「木吉!」

 

「これは!」

 

やはり同じ展開。

木吉がパスを受けに前へと出る。そして、パスを出した伊月を含めた誠凛メンバーは、木吉から距離を取って、周辺にスペースを作った。

この特定の選手の為に前方含めたスペースを作る事をアイソレーションと言う。

 

「(木吉と小堀の1ON1!この展開は...)何だ!?何を狙っている!?」

 

散らばる他の誠凛メンバーは、警戒していた黄瀬との距離が近くなることも構わず、OFを木吉に丸投げした。

これが狙いなのかと、笠松の理解が追いつかない。黄瀬のヘルプDFは木吉だろうと関係なく迫る。

 

------正直、こんな無責任な提案はしたくないのですが、もう木吉さんにしか頼めません。本当に難しい事なんですが、出来ますか?

 

「(あんな聞き方されて、出来ないとは言えないな)」

 

「来い木吉!」

 

TO中、後輩に言われた事を思い出す木吉。少しずるい聞き方だと思うが、仲間に頼られて悪い気はしない。

待ち構える小堀の向こう側を目指して、トリプルスレッドからのドライブ。

 

「(早い!)」

 

これまで、全国のゴール下と張り合って来た木吉だが、平面でのプレーもレベルが高い。

小堀もフットワークの悪い訳ではないが、疲労と急展開で足が思うように動かなかった。Fと見間違う程のドリブルスキルで、小堀を抜き去る。

 

「(平面でもここまで出来るのか!)くそっ、早川ヘルプ!」

 

ゴール下でも分が悪かったが、平面では対応しきれない。今まで見た事の無いOFオプションに、海常DFが後手に回る。

シュートに行く木吉を早川では防ぎきれないと分かっていても、必死に指示を飛ばす。

 

「(ここからが)勝負!」

 

ヘルプの早川はコースから離れており、向こう側から一気に距離を詰めてくる黄瀬が最後の砦。

ダンクでは不安。バックボードを使って、ブロックしてもゴールテンディングが適応されるコースにレイアップを狙う。もしくは、フックシュートというところか。

 

「(させない!)」

 

黄瀬の超速ヘルプ。ブロックの為の助走をしながら『天帝の目』で仕草を読む。『後出しの権利』でのダブルクラッチも今なら反応しきれる。

 

「(いや、これは、パスっ!)」

 

「ここだ!」

 

黄瀬がブロックに跳んだ瞬間、木吉は下にボールを落とした。

 

「火神君!」

 

落下していくボールは鋭く弾かれ、黄瀬の足元を通って火神の手に渡った。ヘルプの裏を突く形で綺麗なパスを受けた火神は、流れを大きく変えるミドルシュートを放つ。

 

「決まった...入ったー!」

 

あまりにあっさりと得点できた為、喜びが遅れてやってきた。コートにいる者もベンチにいる者も同じ様に送れてガッツポーズ。

やっとの事で待ちに待った得点が、得点板に加算される。

 

「けど何で?」

 

嬉しい事には違いないが、少し釈然としない。今でも黒子の言う死角についてなにも理解していないのだ。

小金井を中心に、今までと何が違うのかを考えていた。

 

「.......」

 

「あー!あー!なるほど、そっかー!確かにそうだよ」

 

リコも一緒に理解に努めていると、横から謎に気づいてスッキリしたかの様な声が聞こえる。膝に肘を立てて首を置き、ニヤニヤと楽しそう。

 

「何よ。気付いたんなら教えなさいよ」

 

「えー。リコちゃんたらわからないのー?」

 

明らかな小バカにした態度に、頬がひくりと動いた。

 

 

 

「(一体、何がおきたってんだ)」

 

これ程簡単に決まった事を何かの間違いと思いたい。笠松を始め、海常側の面々、そして観客に至るまで、得心がいかなかった。

海常がOFへと切り替え、笠松がボールを運ぶ途中に、今のプレーを思い返していた。

誠凛OFは木吉のアイソレーションから始まり、小堀をかわしてゴール下まで迫る。ヘルプの黄瀬をギリギリまで引き付けて、黒子を中継して火神にパス。ほぼフリーになった火神は、余裕を持って火神がフィニッシュ。

 

「(まさか。そういう事、なのか?)」

 

得点までの流れを見ると、黄瀬を火神から引きずり出した上でパスを回すと言うもの。だが問題は、何故ここまで綺麗に嵌ったのかという事。

誠凛は明らかに何か目的を持って、このOFを選択したはずなのだ。失点の危機には必ず現れる黄瀬の対処法の根拠を持っていたはずなのだ。

 

「(多分、黒子っちだ。それ以外に考えられない)」

 

黄瀬自身、何が起きているのか把握できていない。それでも、この裏に黒子がいる事だけははっきりと分かった。

初心者だった中学時代からこれまで、高い洞察力を持って観察され続けた。自覚していない穴の1つも見つけられたのだろう。

 

「(結構自信あったんスけどね...けど、はいぞーですかって訳にもいかねーっス)」

 

このまま押し切れないと言う予想が当った事を、喜ぶべきか悲しむべきか。どの道、やる事も出来る事も変わらない。大きく深呼吸をして頭のスイッチを切り替えた。

 

 

 

「(何だか分からないが、点が取れた。これは、イケる!)よぉし!」

 

逆に誠凛は、今までの不安が吹き飛び、硬さも消えてDFも良好に向かう。

得点出来ると分かれば、本来のラン・アンド・ガンに戻せる為、リズムが安定する。

得点に直接関わらなかった日向も、黒子の真意を理解出来ていないが、それで勝てるなら問題ないと、プレーに集中。

 

「(けどなんでだ。俺はまだ、黄瀬に恐怖を感じている)」

 

これからのOF全てが成功しなくとも、一気に点差を詰められなくなった事は、海常にとって致命的。

火神の潜在的な不安は、それでも消えていなかった。

 

「火神君!」

 

「っ!やべぇ!」

 

漫然とDFに戻っていた火神は、黄瀬のチェックを怠った。その隙に超ロング3Pを容赦なく放つ黄瀬。

取られた点をその場で取り返し、まだやれるのだと、味方を含め見ている全ての者達に誇示をした。

 

「集中しろ!散漫だぞ!」

 

今のミスは、日向らの顰蹙を買う。勝てる試合だからと言って、エースがぼんやりしだしたら話が変わってくる。

つまり、日向の水平チョップを受けるのも仕方ない。

 

「いでっ」

 

「火神君」

 

流石の黒子も目つきが厳しい。真剣勝負の場で負抜けた態度を取る事は、幾らなんでも認められない。

 

「分かってるよ。海常が諦めない限り、結果は分からないっつーんだろ」

 

「なら、いいですが」

 

黒子がいかにも言いそうな事を先に言って、火神はOFに向かっていく。

別に舐めた訳でも、勝利を決め付けた訳でも、黄瀬の怪我に同情した訳ない。だからと言って、不安に押しつぶされる様な訳でもない。

火神は気を取り直して、海常ゴールを狙う。

 

海常は何も変わらず、ハーフコートのマンツーマンDF。

正確には変えないのではなく、変えられない。

 

「楽にパス回させるな!」

 

分かっている事は、木吉の1対1から始まっている事。分かっているなら、その形を使わせなければ良い。

2度目ともなれば、黄瀬以外でなんとかヘルプが出来ないかと画策する。

 

「(駄目だ、足が止まり始めてる)」

 

対抗策は幾つかあるが、実行できないのだ。

結局、じっくりとパスでリズムを作り、木吉のアイソレーションまで繋げられた。

 

「(くそっ!ほんの少しでも回復すれば)」

 

競り合いならば何とか出来なくもないが、ドリブルの切り返しに突いていけない。小堀は、悔しさのあまりタラレバが洩れてしまう。

シュートへと向かう木吉に、やはり黄瀬が飛び出した。

 

「(くぉこさえ、なんとかすぇば)」

 

全く同じ展開に持ち込まれてしまったが、早川はあえて黄瀬にチェックを任し、自身は黒子の影を追った。

同じ展開という事は、木吉の直近に必ずいなければならない。後は駄目もとで、体をつかって火神へのコースを遮る。上を黄瀬、下を早川で対応。

 

「(早川さん!これなら!)」

 

珍しく機転を利かせた早川の判断で、黄瀬はブロックに集中できる。黒子のケアを任せて、木吉の歩幅に合わせた助走を取った。

 

「おおぉおっ!」

 

途中まで本気でシュートを狙い、相手の出方次第で切り替えるのが『後出しの権利』。火神から離れてヘルプに向かうところもばっちり確認されていて、何よりパフォーマンスが徐々に落ちて来ている。

最後まではもたないだろう。しかし、意地がある。止められる内は止める。決められるうちは決める。動ける内に追い付いてみせると、黄瀬は真っ直ぐに跳んだ。

 

「(パス!)」

 

直接シュートであれば黄瀬がとめていた。やはり木吉は下方にパスを捌き、黄瀬をいなす。

 

「(逆サイドにはさせない)」

 

黒子の居場所は特定できなかったが、木吉の近くから火神までの間に早川が両手を広げて壁を作った。

そんな早川の読みとは裏腹に、ボールはリング目がけて跳ね上がった。

 

「(シュート!早すぎる)」

 

「(違う!これは)」

 

黒子がシュートを打つという選択は、想定していなかった。だがそれにしてもあまりにもクイックネスが過ぎる。黒子にそんなマネは出来ないはず。

つまり、これはパスなのだ。『完全無欠の模倣』の欠点を突く、アリウープパス。

 

「っしゃぉらぁあああ!」

 

ボールは黄瀬を追い越して、走りこんでいた火神の手に渡る。そして、リングに叩きつけたボールが、着地した黄瀬の頭にドンと当る。

 

「った、TO-!」

 

2度も続けばマグレで済まされない。武内は焦りを隠せず、審判席に駆け込んだ。

10点差まで辿り着いた海常に、大きく壁が立ちはだかっていた。

 

 

 

「なるほど。そういう事か」

 

「征ちゃん分かったの?」

 

客席に団体で観戦していた洛山のキャプテン・赤司は、誠凛の狙いを看破していた。

同じく観戦していた実斑は、その答えを問う。

 

「涼太の『完全無欠の模倣』は、あくまで再現というところがポイントだ」

 

大本のコピー自体も、黄瀬のキャパシティ内に収まるものであれば1度見れば習得できるが、超えてしまうとできない。

『完全無欠の模倣』も、足りない要素を別のもので補っているが、それは似ていても別のものなのだ。

黄瀬は何でも出来る様に見えて、端的には適性が存在している。

 

「でもさー、なんだかんだ言って全部できてたじゃん」

 

実斑のとなりから葉山が首をつっこんで、更に質問を加えた。

 

「スキルは、だ。どれだけ涼太が才能に溢れていても」

 

 

 

 

「技は真似できても体重は増やせないし、身長も伸ばせない。ってこと?」

 

誠凛ベンチでも黒子から説明を受けており、リコが要約して確認する。

 

「はい、間違いないかと」

 

キセキの世代のコピーの中で、紫原のコピーだけは、黄瀬であっても不十分なところがあった。

紫原は、元々の長身で飛ばなくてもブロックできる上に、何度も高いブロックに飛べる。黄瀬も連続ジャンプが出来ない訳ではなく、ブロックも高い。

問題は、跳んでから着地するまでにある。跳躍力自体は紫原よりもあり、体重も軽い為、宙に浮いている時間も長い。よって連続ブロックしようにもタイムラグが発生し、間に合わないのだ。

木吉が1対1で抜いて黄瀬を引き付け、『後出しの権利』によってギリギリで黒子に預ける。後は、火神のミドルシュートにしろ、アリウープにしろ、黄瀬が動けない僅かな時間で得点できる。

 

「いやー流石だね」

 

「え、英雄君は既に分かってたと思ってましたが」

 

意味深な言動をしておいて、理解したのはついさっき。そうなると余計に英雄の考えが分からない。

 

「そんな事ないよ。鉄平さんが頑張ってくれれば、順平さんのトコとか空くと思うし。黄瀬君もヘルプに迷うかなってくらいのもんだよ」

 

英雄ととしては、火神と黄瀬から距離を置いて、逆サイドを木吉と日向で攻めれば良い形が作れると思っただけ。黒子の考えなど持っての外だった。

 

「けど、まだ試合は終わってないしね」

 

だが、この先の展開について、英雄はある予期をしていた。それは先程から火神の勘に引っかかった事と同じ。

 

 

 

「(どうして、どうして今まで気付かなかった!)」

 

黄瀬の脳内はパニックに陥っていた。分かっていたからと言って何か出来た訳ではないが、自責の念が止まらない。

『完全無欠』と謡っておきながら、技ではなく黄瀬自身に欠落が見つかった。黒子を褒めるしかないが、そんな余裕は一切無い。

体力がなくなる前にせめて同点と考えていたが、それすらも難しい。

 

「黄瀬」

 

「すいません」

 

笠松の声に応えるための言葉が見つからない。

 

「いいから」

 

「すいませんすいません!」

 

声は届けど、言葉は届いていない。笠松や他のメンバーの顔を見ることも出来ない。

 

「いいから聞けよバカヤロー!」

 

汗で濡れたタオルを全力で振り下ろされた。バチン、と黄瀬の頭を叩き、意識をこちらに向けさせた。

 

「最後の頼みがある」

 

聞きたくなかった言葉を耳に入れてしまった。海常の勝利は絶望的で、そんなことはないと否定する事も出来ない。

怪我さえしなければ、もっと強ければ、そんな想いが噴出して、涙が今にも溢れてしまいそうだ。

 

「『完全無欠の模倣』をやめろ」

 

笠松の言葉は、黄瀬の予想を大きく外れていた。

今後の為と理由をつけた交代を受けると思っていた。

理解が追いつかない。最大の技を捨てて、一体何をするというのか。ダラダラと思い出作りをしろと言うのか。

 

「確かに大した技だよありゃあ。けどな、お前がいなくなった時点で元の木阿弥なんだ」

 

最後のブザーが鳴るまで、試合を捨てるつもりは笠松にも無い。単に出来ない無茶はやめろというだけ。

 

「そもそも、俺達はお前に『キセキの世代』の誰かになって欲しいと思った事はない。海常のエースは黄瀬涼太だ」

 

勝つ為に習得した『完全無欠の模倣』。尋常でない威力を誇り、あっという間にゲームを支配できる。

しかし、こうも思うのだ。

 

------黄瀬涼太の力は、決して劣らない

 

他のキセキの世代の技が出来る事よりも、そこまでの過程で培われたものを信じたい。

依然は出来なかった業が出来る様になった。つまり、黄瀬は確実に力を増している。

 

「あ...ぁぁ」

 

言葉が出なかった。つい先程と意味合いが違う。

無理に出そうとすると、先に涙が出てきそうなくらい黄瀬の心は温かくなっていた。

 

「他の誰かがどう言おうと、俺達はお前を信じてる。だからお前も信じてみろ」

 

笠松の言葉に他のメンバーも相槌を打ち、最後まで共に戦う決意をした。

 

「よし。先ず、空気を入れ替えるぞ。中村」

 

とにかく、何か変化を求め、武内は中村の名を呼んだ。

 

中村 IN  小堀 OUT

 

TOが終わって、再開される前にメンバーチェンジを行った。

海常は、動けなくなった小堀を下げて、パススピードを既に体感している中村を投入。少々賭け要素が大きくなるが、高さを捨て機動力を上げた。

 

「(スクリーン!)」

 

海常のOFはやはり黄瀬を中心とする。それ自体は想定済みであり、何の驚きも無かった。

しかし、黄瀬の単独によるものではなく、早川のスクリーンから抜け出す。

 

「黄瀬!」

 

アウトレンジまで抜け出した黄瀬が、笠松からのパスを受ける。

火神もファイトオーバーで対応し少し遅れて、3Pをチェック。

 

「っ!(パス!)」

 

火神の脇をパスが一閃。木吉が早川を追った為に、ゴール下のスペースが空いていた。

そのスペースを中村が突いて、フリーでレイアップを決める。

 

「よーし!いいぞ!その調子だ、中村!」

 

まだまだ走れる中村が、他のメンバーの分まで走る。

攻守を切り替え、マッチアップも変更。木吉に早川、黒子に中村で、他の変更は無し。

 

「(今まで以上に、木吉は効果的にプレーできる)」

 

小堀が下がった事で、高さのミスマッチが使える。だが、中村が黒子を捉えられないまでも効果的なポジショニングで、パスワークを削ってくる。

このままでは埒が明かないと、直接ローポストの木吉にボールを入れた。

 

「(ヘルプは来ない?)だったら!」

 

横目では黄瀬に動く気配がない為、背後の早川との勝負を選んだ。スピンムーブで反転し、シュートを狙う。

 

「おおっ!」

 

早川を力で押し込む為に1度ボールを胸元まで引き付けた時、中村がボールを弾いた。

黄瀬を意識するあまり、早川以外を見ていなかった事が原因である。

 

「しまった!」

 

「速攻!」

 

前線に向けたロングパス。中村のパスの方向に黄瀬は走り出しており、ワンバウンドしたボールを掴んで更に前へと走り出す。

 

「速い!」

 

追いかける火神を突き放し、レーンアップではなく、通常のワンハンドダンクを叩き込む。

 

「まさか...」

 

「どうした黒子」

 

1回ずつの攻守で黒子は変化に気がついた。

 

「もしかしたら、黄瀬君は『完全無欠の模倣』を使わなくなったのかもしれません」

 

この一言では、その意味するところは理解しにくい。

単純に黄瀬のパフォーマンスが落ちたと捉える事が出来る為、誠凛にとって都合の良い事に聞こえる。

だが、他のキセキの世代の技を使わないとしても、黄瀬にとっては微々たる事なのだ。

何故なら、黄瀬はZONEに入っているからである。




(『完全無欠の模倣』+ZONE)-『完全無欠の模倣』=ZONE
結局止められない。


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凄い奴ら

残り時間は間もなく2分を切る。

本来ならば、『完全無欠の模倣』の制限時間を満たし、黄瀬は失速するはずだった。

度々TOで試合が切れて消耗を軽減できたのか、少なくともまだ黄瀬はコート上にいて、変わらず猛威を振るっている。

 

海常高校 86-91 誠凛高校

 

誠凛OFからになるが、現時点で5点差。やはり黄瀬の凄まじさを実感する。

だが、人知れず黄瀬の限界は訪れていた。

 

「はぁ...はっ...はっ」

 

始めから、ZONEとの併用は無茶だと承知の上でここまでやってきた。そして、その反動が体を蝕む。

笠松らの声で気持ち回復したものの、何時終わるかも分からない。

 

「(あと少し、もう少しだけ言う事を聞いていくれ)」

 

海常が信じた黄瀬涼太を信じると決めたばかりなのに、あっさりギブアップなんて出来やしない。

今まで培ってきたものを頼りに、最後の勝負をかけるのだ。

 

「(黄瀬君)」

 

相手チームにいる者ながら、黄瀬の姿に感動を覚えてしまう。

徐々に力が剥がれていき、残ったのは積み上げてきた味方の信頼と努力の結晶。

黒子の目には、苦しそうな表情と共に流れる汗が美しく見えた。

 

「黒子」

 

「はい。こっちもギリギリです。火神君の力が必要になります」

 

先にOFに向かう火神と黒子。

木吉を起点にする戦法は効果的だが、繰り返して止められた以上、別の方向から攻めなければならない。

つまり、今必要なのは火神のOF参加である。

4人での展開では、限定されたスペースを更に切り分ける為、色々と限界があるのだ。

 

「わかってる。端から簡単に終わると思ってねぇ」

 

リコには悪いが、やはり悪い予感は当たってしまった。

黒子が言う様に、『完全無欠の模倣』を今後使ってこないとしても、ZONE状態の黄瀬が弱体化したと言えるものか。

青峰や紫原と同じ様な展開になったが、火神もそうならなければ対等にやり合う事も出来ない。

 

「っふふ」

 

「火神君?」

 

黄瀬に競り勝つイメージは皆無だと言うのに、火神の口元は緩んでいた。

 

「すまねぇ。この感じが妙に懐かしく感じてよ」

 

幾つもの強敵と戦い、幾つもの窮地を潜り抜け、あっという間にも感じる月日の流れ。

それでも海常との練習試合は昨日の事の様に思い出せる。

キセキの世代という存在を直接肌で感じたあの瞬間に、火神は歓喜に胸を膨らませていた。

 

「やっぱ強ぇな、黄瀬は」

 

これは素直な感想であり、黄瀬に対する敬意でもある。

日々の練習に熱い試合。あの頃よりも格段に力をつけてきたと自負はあるが、変わらない力関係に改めて思う。

 

「...はい!」

 

今の勢いは黄瀬1人の力ではない。そこまで繋ぎ、プレーによって黄瀬を奮い立たせた笠松らを含めた全てが今にに至らせている。

開き直った表情は晴れやかで、そんなエースの背中に黒子も続く。

 

 

 

いつも通り、火神を含めた5人全員でのパス回し。

ほぼ突っ立っているだけだった火神は、積極的に足を動かしてチャンスを狙う。対する黄瀬の集中力は依然高く、火神の動きにピッタリと付いていきながらスティールも狙っている。

 

「(出来て、あと1回くらいか)」

 

黄瀬には分かっていた。パフォーマンスを維持できる限界がもう来ているという事に。

パスカットのチャンスは何度かあったが、体と感覚のギャップが邪魔をして踏み込めなかった。

自らの能力を100%使えるZONE。だが、今の状態は限りなく近くとも、徐々に低下の兆しが黄瀬を襲う。

 

「(俺に出来る事。それは、コイツに勝つ事!)」

 

他へのヘルプも正直なところ、満足に出来ないかもしれない。最悪、タイミングを間違えてバスケットカウントも充分にあり得る。

しかし、誠凛が勝つ為には、必ずどこかで火神にボールが回してくる。そこを止めて得点を奪う。交代のタイミングとしては悪くない。

最後にエースを叩いて、更なる追い風を吹かせられれば皆が何とかしてくれるはずなのだ。

 

「(くそ。綺麗に時間使ってくれるぜ)」

 

5点差もある以上、誠凛は無理に攻めてこない。良いリズムでパスを繋ぎ、海常を精神的に揺さぶって着ているのだ。

頑張って足を動かす笠松も与えるプレッシャーが疲れで弱くなっている。

 

「(攻めるならここしかない)」

 

しばらくの間、伊月は笠松の様子を窺っていた。

へとへとながらもカウンター時に黄瀬を追う姿は尊敬するが、そのせいで体勢が悪い。猫背の様に頭の位置も低く、重心が前足に掛かっているのがよく分かる。

伊月はパス回しを止めてワンドリブル。ドライブを意識させて、笠松が姿勢を直す瞬間を狙った。パスを左に流して、黒子の中継でコーナーの日向にボールが渡る。

 

「(このっ!狙ってやがったな!)」

 

マークを外した日向のシュートチャンスが訪れる。木吉や黒子がインサイドで形を作り、木吉のマークが早川に変わった事により、森山のDFにズレが起きていた。

慌てて森山がチェックに行くと、日向はバウンドパスで中に入れた。

 

「(中にパス!木吉か!)」

 

「ナイスパス!」

 

崩しは完璧。早川が有効なポジションを取れておらず、木吉はほぼ自由にプレーが出来る。

 

「(不味い...!)ぅぉおおっ!」

 

パワードリブルで早川を押し込み、充分な距離でシュートに向かう木吉に、中村は正面から飛び込んだ。

高さもパワーも全く歯が立たないが、DFを立て直せと送り出されて黙っている訳にはいかない。

 

『ファウル!青9番!フリースローツーショット!』

 

ブロックではなく体当たり。巨体の木吉の軸をずらして無理やり失点を防いだ。

 

「大丈夫か木吉」

 

「ん、ああ。問題ない」

 

駆け寄る日向に手を引かれ、体を確かめながら起き上がる木吉。特別膝に影響しなかった様で、軽い屈伸運動しても違和感はない。

 

「(にしても、あの9番)」

 

恐らくどこかであった事があるだろう中村と一瞬目が合う。激しい接触プレーの割りに表情は冷静そのもの。

見ている限り、ヘルプDFに重点を置き、黒子のケアは最小限にしている。黒子の動きを把握できないと割り切った上で、危険なスペースを埋めて、失点シーンに顔を出してくる。

最初から木吉の対応を連携の取れている早川と2人でするつもりだったのだろう。

黄瀬ほどでなくとも、やり難さがある。

 

「気にすんな、なかむぁー!コンジョーだ、コンジョー!」

 

「お前もな」

 

熱血と冷静。考え無しに声を掛ける早川に、軽く頷く中村。

 

「ついさっきが嘘みたいなくらい、頼りになるな」

 

「あいつ等も海常背負ってんだ、当たり前だろ」

 

その様子を眺める笠松と森山の2人。

受け継がれていく伝統の青は、きっと数年経っても強くあるのだろう。使えない3年生を支える後輩達の背中にもしっかりとやどっている。

 

「けど、まだバトンは渡せないよな」

 

「このまま終わるかってんだ」

 

状況判断までも低下しつつあった笠松にとって、フリースローでの時間はありがたかった。

ヘルプに行かなかった黄瀬の体力は、底をつきかけているのだろう。

そして、誠凛OFによって減った時間と点差。1度、ベンチに目を向け、頷く武内を見る。

中村が作ってくれた機会を生かして、最後の賭けに出るタイミングは今しかないと決めた。

 

「黄瀬」

 

必死で火神のシュートチャンスだけは潰し続けた黄瀬を呼び、その内容を伝える。

 

「この試合、勝つぞ」

 

「りょーかいっス」

 

一矢報いるのではない。ただ全力で、空っぽになった底を掘り下げて力をかき集めて。

ただ勝つ為に。

 

 

 

「集中集中!落ち着いていけ!」

 

セットする木吉に誠凛は声をかける。黄瀬や早川もリバウンドに備えた。

点差を詰めたい海常にとって、外して欲しいところだが、第4クォーターで調子良くプレーしていた木吉には、あまり期待できない。

平均的にCのフリースロー成功率は低いものなのだが、『鉄心』と言われるだけあってメンタル面に不安はなく、淀みなくショットを放つ。

 

「ふーっ」

 

1投目を無事に決めた木吉は、深呼吸して次に備える。ショットに迷いはなく、リングに当てることなく決めた。

そして、2投目。

 

「よし!いいぞ!」

 

「ナイスです」

 

見事に2本とも決めて、点差を7に広げた。緊張感の高まるこの状況で、木吉はメンバーの心を和らげる。

 

「おう!」

 

この調子なら誠凛が崩れたり自滅する可能性も少ない。後は、海常の仕掛けにどこまで耐えられるか。

 

 

 

「(ここだ!ここで使い切る!)」

 

小細工は無し。海常は、いきなりボールを黄瀬に預けた。

他の4人は距離を取って、勝負を促す。

これより先、プレーの質は劇的に低下するだろう。それでも黄瀬は、覚悟の上で決意した。

海常が勝つには、ここで得点しなければならない。まともなフォローも期待できず、自身もベストからほど遠い。

 

「ケリ、つけようぜ」

 

火神もその様子から薄々感づいていた。

ヘルプに行かなかったのも、圧力が薄くなり始めていた事も。そして、最後の衝突が近づいている事も。

止めてしまえば決定的。万策尽きれば黄瀬の交代も致し方なく、海常の追撃もここで終わる。

 

「(火神っちの事は認めてる。今後、何度もやり合う好敵手。だけど!)今回だけは負けられない!」

 

同じ関東地区である為、他校よりも対戦する事も多いだろう。その結果、敗北する事もあるのだろう。

火神大我は同格以上。

怪我をした身で言える立場ではないが、この試合を負けで終わる訳にはいかなかった。海常が信じたエースがお荷物で終わる訳にはいかなかった。

 

「(勝負!)」

「(勝負!)」

 

火神の左脇に向かってドライブ。野性の勘が反応し、火神も遅れること無く追従。

更にバックロールターンで切り返し。ZONEから抜けつつあるが、鋭さは充分。だが、火神をふりぬくまでには至らない。

 

「(これが今の全力かよ。確かに速い、けど!)」

 

激しい左右の揺さぶりなのは確かだが、これまでのプレーと比べれば対応は可能だ。

厳しくチェックを行う火神は肉薄している。黄瀬がこのまま切り込んでも、ジャンプシュートを狙っても間違いなくブロックできる。パスコースも全てディナイ出来ており、DFは万全。

 

「(後ろ!)」

 

再び野生の勘が警報を鳴らす。前方、左右とどちらに来ても備えていたが、黄瀬の選択肢はパス以外にまだあった。

肉薄した火神に肩から体を押し付け、反動を使ってワンドリブルしながら距離を取る。

 

「(『不可侵のシュート』!?)だけじゃない!」

 

軽く突き飛ばされる形になった為、火神のブロックは1歩遅れる。

 

「フェイダウェイだと!?」

 

基本性能が向上している黄瀬の『不可侵のシュート』に加えて、フェイダウェイの3Pシュート。

 

「(2Pじゃ駄目なんだ!)入れっ!」

 

黄瀬が今出来る最高のプレー。今まで目にしてきて物を組み合わせ、状況に応じた最適なシュート。

 

「おいこれって」

 

「失礼ね。私のフォームはあんなに崩れてないわ」

 

同じスキルを持つ洛山の実斑が根武屋に問われるが、軽く否定した。

 

「そもそも前の試合で使ってないわ。センスだけで打つなんて、流石ね」

 

洛山対秀徳では使用しなかったが、どこか別の機会で目にした可能性はある。

しかし、咄嗟にそのイメージを引っ張って、得点に繋げた黄瀬。もう賞賛するしかない。

 

『うおおおおおっ!』

 

叫ぶ海常と観客。

高校の試合で、こんなビッグショットはそうそうお目にかかれない。

 

「マジ、かよ」

 

トリプルスレッドからドライブで始まり、左右の切り返しからドリブルしながらの『不可侵のシュート』でチャンスを作った。最後は、火神のブロックをかわす為のフェイダウェイでフィニッシュ。

キセキの世代の技は1つも使っていない。ドリブルしながら『不可侵のシュート』を組み込んできたり、やった事の無いフェイダウェイをうったりと、全てコピーの枠を超えた黄瀬自身が生み出したものである。

 

海常高校 89-93 誠凛高校

 

1分と数十秒。遂に、ここまで追い上げた。

 

「(マジですげぇ..だけど)」

 

ビッグショットを決めた黄瀬は、フェイダウェイの反動で横転し、起き上がろうとするもその足取りはおぼつかない。

全てを賭けた1ON1は黄瀬に軍配があがったが、これ以上のプレーは望めないだろう。

 

「(本当に凄いお前に、俺は勝ちたかったんだ)」

 

リコの読みどおりの展開。

運動量の落ち込む海常に加えて黄瀬の失速。ここから想像出来る事は、そう多くない。

 

「悪い黒子。大丈夫だ、俺は勝つぜ」

 

「安心しました。と、言いたいところですが、そうもいかない様です」

 

勝ちへの意欲が失われていない事に胸を撫で下ろしたい黒子であったが、不穏な空気がそうさせない。

悪い予感はとことん当たり、懸念は簡単に姿を表す。

 

『ファウル!青9番!』

 

ハーフコートに戻ると見せかけて、中村がボールを持った伊月に詰め寄りファウルを宣告された。

始めは、海常の焦りが表面化したものだと考えていたリコ。落ち着いて対応すれば、耐え切れると特別な動きは見せなかった。

それも直ぐに否定される。

 

『ファウル!青9番!』

 

再開直後のパーソナルファウル。

その直後も中村のファウルが続く。

3回連続で同じ人物のファウルとなれば、意図的に行われた事だろう。

 

「(やっぱり、そう来るのね)」

 

まさかとは、決して言わない。寧ろ勝つ為の常等手段であり、強豪・海常がそれをしてこない訳がない。

 

「英雄、出番が近いわ」

 

再開、ファウルによる中断、そして再開が繰り返され、遂にチームファウルが4を超え、5つになった。

1つのクォーター中にチーム全体のファウルの累計が5以上になると、相手チームにフリースロー2本が与えられる。

 

『ファウル!青9番!フリースローツーショット!』

 

これを機に海常は大きく動き始める。

 

小堀 IN  中村 OUT

 

ファウルが嵩む中村を下げ、短い間だが休息を取った小堀を投入。

機能していた平面でのDFを止める事になっても、小堀を戻した理由は明白。外れたフリースローを確実に抑える為である。

 

「早川、ここが頑張りどころだ」

 

「はぁいっ!やぃますよー!今こそっ!」

 

武内が早くから小堀を下げたのは、この状況を見越した英断だったという事だ。

小堀と早川は、直ぐにリバウンドポジションに移り、必ず奪うと誓い合った。

 

「伊月」

 

対して誠凛は、伊月を中心に集まっていた。

ファウルを受け、フリースローを与えられたのは伊月であり、ファウルゲームの対象に選ばれてしまったのだ。

 

「分かってる」

 

日向が問う前に応えるが、表情は硬く、余裕の色は無い。

ファウルゲームと言うのは、終盤で負けているチームが仕掛けてくるベターな作戦の1つである。

利点は、相手チームのOF時間をフリースローで即刻終わらせられる事。基本的にフリースローは2本である為、3Pの心配もない。

そして、フリースローを打たせる選手は、外しそうな人物が選らばれる。今回の場合は、それが伊月となった。

海常としては黒子に打たせたいが、捕まえられないので伊月を選んだだけである。

 

「(決めてやる。このまま舐められてたまるか)」

 

どれだけシュートが上手い選手でも、フリースローを100%決め続ける事は困難を極める。

特に試合終盤の勝負所であれば、高まった緊張感がプレッシャーとなり、双肩を襲う。

事実、伊月は大きな重圧を受けていた。黄瀬のビッグショットが後を引き、外してしまった後の事が頭を過ぎる。

ここからの海常OFは、ほぼ3P狙いになるだろう。黄瀬、笠松、森山と莫大な疲労で失速しているが、高精度で打てる人間が3人もいるのだ。シュートチャンス自体は防ぎきれない。

 

「リバウンドー!」

「奪ってぶちかますぞ!」

 

土田にかき回されたカリを返さんばかりに、ここぞと場を盛り上げる海常一同。

小堀と早川は、無言のまま伊月を睨みつけている。

 

「落ち着け!まず1本に集中だ!」

 

一体どちらが追い詰められているのか。

必死に声を掛ける日向に頷くだけの伊月。

 

「大丈夫だ。落としても俺達がいる!」

 

「そーっすよ!リバウンドは任せてください」

 

木吉や火神が、少しでも安心して打てる様に合わせて声を掛ける。1本目は外してもリバウンドは関係ないのだが、細かいところはどうでもよい。

 

「(大丈夫。今日だって2本決めてるし、あの感じで打てば入るんだ)」

 

決めた時の事を思い出して、細かくドリブルをつつきながら感触を確かめる。

1本決めれば落ち着けるはずだと、後の事は頭から放り出して、良いイメージのままに放つ。

放たれたボールはリングに弾かれ、バックボードから上に跳ねた。海常の期待の目が集まりつつも、リング中央に入り込んだ。

 

『ああっ!おっしー!』

 

結果的に入ったが、一瞬打った本人ですら外したと思った。

決めた時のイメージでも、緊張感で指に力が入っていた。ループの高さが乱れ、リングに当たった事は、伊月の距離間に不安を与える。

同じ様に打ってよいのか、もう少し何かを変えた方が良いのではないのか。そんな考えが頭を巡る。

 

「いいぞ伊月!その調子だ!」

 

「もう1本です!」

 

気持ちは分かるが、悩んでいる時間はない。直ぐに審判からボールを渡され、ショットを促された。

少し問題があっても決めたのだと、ポジティブに捉えて欲しいと木吉と黒子が訴えている。

動揺した姿は海常にも見られている。弱みを見せれば付け込まれ、チーム全体に伝染するかもしれないと、伊月個人だけの問題ではないのだ。

 

「お前ら!一気にいくぞ!」

 

笠松の声で再び、最悪のイメージが頭を過ぎる。

早川が嵌ったドツボの淵を伊月も足を踏み入れてしまった。

 

「土田を思い出せ!」

 

訳も分からないままショットを打ちそうになった時、日向の言葉が耳に届く。

心身共にボロボロになるまで戦った仲間の姿。自分もそうありたいと思い、チームの為に戦ってきた。

このまま負けることになったら、あの頑張りは報われない。ここでヘマをしたら絶対後悔する。

 

「っふー...」

 

時間ギリギリまで目を閉じて、余計な情報を遮断した。

目を開けリングを確認すると、いつものフォームを作って放つ。

 

「(落ちろ!)」

 

海常側から切に願われ、プレッシャーを受けたフォームに硬さは消えず、先程同様にリングに当った。

リング上をクルクルと回りながら、円の内側に収まった。

 

「っしゃ!」

 

海常高校 89-95 誠凛高校

 

崩れかかった精神状態を何とか持ち直し、結果的にミス無くピンチを乗り越えた。

当事者の伊月はよほど辛かったのだろう。決まった途端に、拳を振り上げ喜びを示す。

 

「(踏みとどまったか。今日の伊月はいつもと違うみたいだな)」

 

マッチアップしていた笠松は、試合の最中から伊月の変化について感じていた。

冷静でいようとする半面、ネガティブな思考に囚われる時が、今までの試合ではあった。

前半での早川の様に、ドツボに嵌る事を少し期待していたが、その思惑は外れたようだ。

 

「(けどな。とっくに背中は見えてんだよ)いくぞお前ら!」

 

「DF!3Pは絶対打たせるな!徹底的に張り付くんだ!」

 

両チーム共に作戦がはっきりしており、読みあいもほとんど必要が無い。

キャプテンが最終局面と力を振り絞るように声を上げて、チームを引き締めていく。

 

「(動きは見る限り鈍くなってる。だけど、この男だけは絶対にフリーに出来ない!)」

 

ZONEの時に感じる独特な雰囲気は既になく、足取りの重さと合わせて考えると、黄瀬に力は残っていない。この状況へ繋げる為に全てを捧げていた。

そんなコンディションで、中ならともかく外からのシュートを決められる訳が無い。

理屈では分かっていても、火神は黄瀬から目を離せなかった。

 

「1分切ってる!最後まで集中!」

 

「1分切った!時間がないぞ!」

 

電子時計の数字が秒数を示し始め、ベンチからも指示が飛び交う。

 

「パスなんか回してんじゃねぇ!よこせ!」

 

この期に及んでボールを回すメンバーに叱咤しながら、笠松がパスを要求。

 

「(そんな見え見えなシュート打たせる訳!)」

 

早川からパスを受けた笠松は強引にシュートを打とうと構えた。しっかりとした距離間でチェックしていた伊月が、片手を伸ばしてコースを遮る。

 

「(フェイク!この状況で、なんて集中力だ!)」

 

持ち上げたボールを下げ、3P上を右にドリブルで移動し、今度は本命の3Pシュートを狙う。

だが本来のスピードは失われている。伊月に疲れがあっても、追いつくには充分。シュートへと移行する笠松の正面に立ち、ブロックに跳んだ。

 

「(小堀と早川がリバウンドに備えてて、誠凛はほとんど木吉だよりだ。丁寧にチャンス作んなくてもいいんだよ!)」

 

陽泉と同じ手法。笠松、森山、黄瀬のマークで中が手薄になっている。休息を挟んだ小堀とOFリバウンドに特別強い早川を信じて、多少強引でもシュートを打った方が良い。

確率の悪い作戦を取っている以上、躊躇いは不要。

 

「(口には出せねぇが、負けて元々。覚悟の上だ!)」

 

重心が片足に乗った状態でジャンプシュートに行った為、上体はぐらつき、勢いの負けて横に流れていた。

それでもしっかりとボールに指が掛かっており、力強いスナップでリングを狙いすましていた。

 

「(バラバラだ。入る訳無い)外れろ!」

 

フォームが崩れていた事で、伊月のブロックタイミングも合わなかった。こんなヤケクソなシュートが入る可能性は低い。

ただ、黄瀬のビッグショットの時とダブって見える。DFに手応えを感じつつも、失敗を願う自分がいた。

 

技術ではない。言うなれば気持ちで捻じ込んだシュート。

この試合だけでなく、4番を背負ってから今まで、ブレない姿勢で取り組んできた笠松の経験が凝縮された1発。

 

『き、決まったー!笠松の3P!まだ、わからねぇぞこれ!!』

 

黄瀬に続いて笠松の土壇場3P。

1点ずつの追い上げであるが、逆に誠凛への強烈なプレッシャーとなる。

 

海常高校 92-95 誠凛高校

 

「結果論で言えば、誠凛は交代のタイミングを見失ってしまったな」

 

観客が大盛り上がりを見せる中、氷室は冷静に流れとその分岐点を見つめていた。

 

「補照君であれば、間違いなく止められた失点だ」

 

まさかその本人が嫌がっていたなど、氷室が事情を知っているはずも無く、厳しい評価をリコに向けていた。

 

「俺らん時と一緒だねー。立場は逆だけど」

 

自らが味わった立場に、誠凛が立たされている。負けた時の事を思い出して気分が悪くなり、複雑な心境になる紫原。

 

 

 

「今のはしょうがない!切り替え切り替え!」

 

周りからどんな風に思われているか、リコには察しがついていた。

とは言うものの、伊月に悪いところがあった訳でもなく、単純に笠松を褒めるしかない。

あくまでもリードしているのは誠凛であって、無理をしているのは海常なのだ。

 

「(けど、伊月君の反応も鈍くなってる)英雄。次に切れたらいくわよ」

 

笠松に同じ事をさせて、次も入るとは限らない。

しかし、今のプレーで精神的に伊月が風下にたっている。次もあるかもと考えて、DFは後手に回る。

空気を換える目的もあって、伊月を下げる最後のチャンスだと判断した。

 

「はーいよ(出来れば最後まで見てたかった。なんて言えないよなぁ)」

 

リコから指名を受けた英雄は、アップも澄まして準備は万端。

役割は単純明快。笠松を徹底マークし、3Pを防ぐ事。周りはとやかく言うが、リコの判断はこの試合を通して見てもミスは無かった。

理解はしているが、頭では全く別の事を考えていた。




・桐皇や陽泉の時はファウルゲームしなかった理由について
ZONEに入ってたので下手な時間を使いたくなかった。
陽泉は加えて3Pがいなかった。

・ファウルゲームについて
基本的にはフリースローが下手な人が狙われます。
ゲーム終盤でなくとも戦術として使われたりもして、ハック・ア・シャックはその代名詞。
ターゲットが決まってても、ボール持ってない時にファウルしたら、罰則が重くなります。終了間際に、いかにその人にボールを回させるかという駆け引きも見てて面白い。
大体、エースが打ってるんですけどね


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大激突!ここが終着点

流れは海常にある。

 

海常のコンディションの悪さは、この際関係がない。

体力的な問題も度々ゲームが止まる為、息を整えるくらいの時間は確保できる。

形式上、オールコートマンツーマンの形を取ってはいるが、ファウルすれば良いので走らなくても良い。

 

「っく(どうする)」

 

スローインを任された木吉は、誰にボールを預けるべきかを決めかねていた。

マンツーマンDFからフリーになりやすい黒子から崩せそうにも思えるが、あくまで黒子は中継点であるのだ。バックコートからボール運びをさせてもメリットが無い。

そこからパスを捌こうが、黒子自身でシュートを狙おうが、フリースローの経験が極端なまでに乏しい黒子がボールを持とうものなら、嬉々として襲い掛かってくるだろう。

 

「(分かってるよ。この面子なら俺しかいないって事だろ)」

 

誠凛に出来る事は奇襲の類ではない。海常の猛攻を正面から受けて立つしかないのだ。

具体的には、フリースローを成功させ続け、同時に海常OFを止める。

海常を止めるのは、1度だけでも良い。と、言うよりも最初の1回が全てである。

勢いだけで保っていると言っても過言ではない海常から、勢いを奪うには1度止めるだけで充分。その後のフリースローをしっかり決めれば、点差に重い2を加える事が出来る。

 

そして問題は、誰が打つかという事。

黒子は除外。木吉もリバウンドに備えて欲しい。伊月も疲れが顔やプレーに出始めており、これ以上の負荷はよろしくない。

残るは、火神と日向。どちらも高いシュート精度を誇るが、火神には黄瀬に専念して欲しいのと、木吉同様にリバウンドを任せたい。

 

「寄越せ木吉!」

 

シューターとして、これ以上の役割はないだろう。1対1ではなく、ノーマークのシュートを決めるだけ。後は、精神的な強さを求められるが、キャプテンとして偉そうな言葉を吐いた手前、ビビった顔を見せる訳にはいかなかった。

 

『ファウル!青5番!フリースローツーショット!』

 

バイオレーション間近に、日向がボールを受けたと同時に、森山がファウルでゲームを止める。

ファウルゲームをする為には、審判に悪質なファウルと受け取られない様にしなければならない。ここまで続けば、意図的なファウルだと審判も分かっている。そこを超えると重い罰則を受け、戦略も全て徒労に終わる。

 

『誠凛、メンバーチェンジです』

 

ブザーが鳴り、ラインの直ぐ外でリコと英雄が立っていた。

 

「伊月君!」

 

リコに呼ばれ、ベンチに戻る伊月。

最後までコートにいられない事は悔しいが、やりきった感は充分にある。リコの守備固めの意図も汲み取り、ここでの交代に納得を示していた。

 

「今日の俊さん、凄く良かったですよ。これが継続できたらもっと良くなると思います」

 

すれ違いざまにハイタッチを合わせて、伊月の頑張りに一言添える。

 

「美味しいところは任せる」

 

「すんません、いただきます」

 

残り数十秒で、未だ両チームに勝ち目がある。それどころか、このまま海常が勝ってしまうのではないかと言う雰囲気。

この中に交代で放り込まれるのは、それなりの精神力が必要だ。ここまで英雄の投入を我慢してきたリコの判断は正しいと言える。

求められるのは、精神力とDF力。任せられるのは、現時点で英雄しかいない。

 

「リコ姉から。フリースローは順平さんをメインで、難しいなら火神か俺って」

 

5人全員で集まって、リコからの伝言を確かめ合う。

日向の判断とほぼ同じ考えで、プラス英雄の多様性を上手く作用させる。

このフリースローを日向が順調に決めたとすれば、日向へのパスの警戒が増す。ファウルからスティールに切り替えを注意する為に、火神と英雄の選択肢も頭にいれて置かなければならない。どちらかがファウルを受けても、残ったほうがリバウンドに向かえば良い。

 

「おし、分かった。後はDFだな」

 

OFに関しては整理できた。

残るはDF。

海常の3人が3Pを狙ってくる。誠凛はこれをどうにか防がなければならない。伊月も充分な対応を見せてはいたが、笠松に捻じ込まれてしまった。

 

「笠松さんはこのまま俺が引き継ぎますよ」

 

「ですが、恐らくもう1度、黄瀬君が仕掛けてくるはずです」

 

英雄が笠松のマークを引き継ぐ事はすぐに分かった。普段ならともかく、今の笠松にスピード負けするとは思えない。高さを生かしてきっちり抑えてくれるだろう。

そこに黒子が問題提起した。

キセキの世代の恐ろしさを1番理解している黒子ならではの言葉。

 

「やっぱりそう思うか?」

 

「はい。立て続けにフリースローになって、息を整えるくらいは出来るはずです」

 

恐ろしさとは、期待値の高さである。

ZONEは途切れ息も絶え絶えな黄瀬だが、目だけは死んでおらず、ギラギラと前だけを見据えていた。

先程の3P以降、ゲームから消えていて、火神のマークを外す事も出来ていない。それでも、黄瀬ならそれくらいの事をやってのけるのではないかと、強烈な恐怖を感じた黒子。

同じ意見を持つ火神の問いに力強く頷いた。

 

「黄瀬に関して俺らは何も出来ない。黄瀬との最後の一騎打ち、楽しんでこいよ」

 

「うす!」

 

そしてこれは木吉ならではの言葉。

緊張感の最も高まる場面での1対1は、火神自身が望んでいた。春の練習試合から今日まで、待ち望んでいた瞬間。

そんな火神にとって笑顔で送り出す木吉の存在は有難かった。

 

「もっともここでミスれば、それどころじゃなくなるんだが」

 

「うるせーな。んな事分かってるっつーの」

 

続いて日向にも一声を掛ける。

計算高いのか天然なのかは分かり難いのだが、木吉の言葉は不思議と和む。

 

 

 

「(補照か。念入りに俺を潰すつもりだな)」

 

フリースローの各ポジションがセットされていき、1本目のボールを受けた日向の背中を見ながら笠松は思う。

日向にボールを回した辺り、誠凛にそれほど動揺は見られず、落ち着いていると言える。

着実に追い上げ勢いにも乗った。しかし実際のところは1点ずつでしかなく、誠凛のミスを期待せずにはいられない。

 

「(だからと言って、勝負を捨てられっかよ)」

 

誠凛がどの様な対応をしようが、海常として出来る事やるべき事は決まっている。負けてたまるかと、真横に突っ立っている英雄を睨みつけていた。

 

「(おー、すっげぇ睨まれてるよ。今更俺気にしても、あんま意味無いのに)」

 

頬に視線が突き刺さっている事を感じた英雄は、特別なリアクションは取らず、置かれた状況を静観していた。

 

 

 

「ナイス!」

 

決して楽をした訳ではないが、日向は着実に1本目のフリースローを決め、海常にプレッシャーを掛け返した。

海常がどれだけスーパーシュートを連発しても結果的に届かない。その事実は、海常の焦りを増幅させる。

英雄の投入と合わせて、3Pの精度に影響する要因である事は間違いない。

日向のショットが決まると、誠凛全員が声を出して盛り上げていた。

 

海常高校 92-96 誠凛高校

 

次も決めれば5点差。

残り時間が数十秒の今、その差は大きくのしかかる。

黄瀬の最大風速は耐えた。海常が仕掛けてきたファウルゲームにも崩れず、踏みとどまれている。

強豪相手にガムシャラに挑んでいた今までと違って、今回の戦い方は地道に見えても知性があった。

このまま勝ちきる事が出来れば、誠凛というチームはもう1段上のレベルに到達できるだろう。

 

「(決める。これを決めて、勝つ)」

 

フリースローと3Pの打ち合いとなれば、確率的に後者が不利。立て続けに海常が決めているが、そう長くは続かない。

元々誠凛がリードしており、仮にこの1本を落としても体勢は整えられる。

日向のコンディションに不安は無く、1本目を無事に決めて寧ろ安心感があった。

だが、その安心感が緩みとなり、リラックスと意識を強めすぎた為、ショットが乱れた。

 

「なっ」

 

「リバーンっ!」

 

2本目のショットが失敗に終わるが、プレーは続行される。

待ちに待ったチャンスが到来し、集中を切らさず待ち続けた早川の反応の速さが光る。

 

「(来た!このチャンス決めれば崩せるかもしれねぇ!)速攻!」

 

日向が外した原因があるとすれば、1つは気の緩み。そしてもう1つは、交代してからあまり日向がシュートを打てていなかった事も挙げられる。

アウトサイドにポジションを取って、DFを広げる役割だったのだから仕方が無い。とは言うものの、先にミスをしたのは誠凛。海常のカウンターが決まればどうなってしまうのか。

 

「(やべぇ!)戻れ!」

 

ここまできてつまらないミスで勝利をみすみす逃したら、一生後悔する。直ぐに振り返り、DFへと掛け戻る。

このままアーリーOFを仕掛けられるとDFにズレが生じ、3Pのチャンスは生まれやすい。

 

「おーらい!」

 

ただ、今回は英雄がいる。しっかりと休息をとった英雄は、あっという間に笠松の前に立ちふさがった。

体力的に幾らかマシだった状態でも、笠松はドリブルで振りぬけなかった。今の状態では、分が悪すぎる。

 

「(よし!)マーク確認!急げ!」

 

笠松が足を止めたのならば、その隙にDFを整えられる。日向や黒子が自陣に戻り、火神や木吉も後に続く。

 

「先輩!」

 

この勢いを無駄にしてはいけないと、黒子の読み通り、黄瀬がパスを求めた。

今のパフォーマンスでまともに誠凛から点は奪えない。笠松に習い、右のスペースにカットイン。

 

「黄瀬っ!頼む!」

 

ペイントエリアを斜めに切り裂くように走りこむ黄瀬に笠松はパスを合わせた。

ファウルゲーム中に回復した僅かな力を使って、真っ直ぐにレイアップを狙う。

 

「(させっか!)黄瀬ぇぇぇ!」

 

リバウンドの役割で早川と競り合っていたが、1度たりとも黄瀬から意識を離さなかった。

何時もの高さも早さも無い、無防備なレイアップに力強く右手を合わせる。

背後からのブロックはバチィと激しく音を立てながら、バックボードに打ち付けられる。ボールは勢いの余り、外へと飛び跳ねていく。

 

「でかした!」

 

見事に黄瀬を止め、日向のミスショットからの失点で2点差と言う、シナリオを阻止できた。

海常ボールは続くが、落ち着いてDFに入れる事は大きい。ゲームが切れた少しの間に頭の切り替えもできる。

 

「順平さん!ゲーム切れてない!!」

 

「っ!?」

 

しかし、ボールの行方を最後まで追わなかったのは頂けない。

英雄の声が届くも、海常が1歩早い。ラインを割る寸前、小堀が手を伸ばしボールを無理やりラインの内側に戻した。

 

「ナイス小堀!(黄瀬、笠松ときて、俺が決めない訳にいくかよ!)」

 

小堀が落としたボールを森山が拾って、そのままシュートを放つ。

英雄が笠松のマークになった時点で、森山の働きが求められる展開になっていた。日向が最後まで見ておかなければならなかったが、自らのミスから始まった展開に目を回し、森山のシュートにチェックが行き届かない。

黄瀬や笠松の時と違い、完全にフリーでのシュート。ゆっくりとタメを作って放ったシュートは、疲れがあろうと関係ない。

ゆらゆらと独特な放物線を描きながら、リングネットを揺らした。

 

海常高校 95-96 誠凛高校

 

海常怒涛の3連発。

残り時間が約20秒である事を考えても、充分に射程圏内である。

そして、精神的ダメージを受けた日向にフリースローを再び打たせれば、外す可能性は高い。

 

海常は博打に勝ったのだ。

この大逆転劇に試合会場全体は、ボルテージを最大にまで高め、海常一色となっていた。

 

「(やっちまった...最悪だ...俺は、なんて事を)」

 

苦しみながら土田や伊月が繋げ、最後の最後でキャプテンである自らがヘマをかます。

こんな受け入れがたく、嘘みたいな展開を突きつけられて、日向は呆然としている。

 

「まっ、こんなんもウチらしくていいんじゃないすか?」

 

これまでどれだけ成長してきても、それは全てここ1年以内の話。成熟しきっていない為に、波があっても不思議じゃない。

表情が固まった日向の前にいつも通りの英雄が現れた。

 

「ウチらしいって、それフォローなんですか?」

 

「ほら、ウチって追い込まれてからが強いじゃん。強豪みたいな慣れないやり方じゃあ、こんなもんでしょ」

 

黒子に突っ込まれても変わらずのほほんと態度を崩さない。それどころか、リコの立てた作戦に余計な一言を告げる。

 

「確かにな。正直、分からなくもない」

 

試合前にはみんなで賛成しておいて、こんな時に本音を漏らす。木吉も乗っかって、追い込まれているチームの雰囲気ではなくなっていった。

 

「お前ら...そんな事言ってる場合じゃ」

 

「じゃあ、順平さん。今は何をするべき?」

 

動揺が目に見える日向に英雄は一言問いかけた。

その言葉は日向だけでなく、周りの黒子や火神の耳にも届き、誠凛の置かされている現状を受け入れさせた。

 

「点取って、守る!」

 

「正解。もっと具体的なのが欲しかったけど、時間ないしね」

 

いの一番で火神が答え、審判に促される前に問答を終えた。

未熟である事は否定しようのない。だが、今ここで何をしなければならないかを彼等は知っている。

幾度と無く苦境に立たされ、その度に体を張って頭を凝らして乗り越えてきた。

 

「日向、逆に考えろ。残り時間は名誉挽回のチャンスなんだ」

 

「うるせー。1から10まで言うな」

 

丁寧なフォローが逆に気に障り、チームメイトに気を使われる方が嫌だと言う、日向の複雑な立場。

 

「フリースロー、俺がやりましょか?」

 

「お前も黙れ!俺がやるに決まってんだろーが!」

 

英雄の気遣いも跳ね飛ばし、空元気だと言われようが意地になって押し通す。

肩に力が入ってしまい、不安も相次ぐ状況だが、そんな日向を見てケラケラと笑う英雄のせいで、良くも悪くも雰囲気が掴みづらい。

 

「笑ってんじゃ...っ!」

 

「(またファウルするって思ってただろ。隙だらけだ)」

 

ボールを受ける日向に対して、海常はファウルをせず、通常のマンツーマンDFを行った。

自らボールの行方を声高らかに宣言していれば世話は無い。海常にまたしても裏をかかれたのだ。

日向のドリブルスキルは全国で使えない。『不可侵のシュート』があっても1対1の強さに関係ない。

つまり、最初からファウルを受けるつもりだった日向に、疲労を抱えた森山を抜く事はできないのだ。

 

「キャプテン!」

 

火神もまたファウルゲームが継続されると思っていて日向の近くにいた。

海常がファウルをしないのであれば、8秒以内にフロントコートにボールを運ばなければならない。

急ぎパスを貰おうと、日向に駆け寄る。

 

「(やらせない!ここまできたんだ!)」

 

マークの黄瀬は重い足取りで火神の進路を塞ぎ、誠凛に与えられた数秒を削る。

海常にとって3P以外ならば何でも良いのだ。ボールを奪うか、8秒耐えるか、駄目ならファウルに切り替えられる。

ファウルゲームも良いが、ゲームが落ち着いてしまう事が何よりも防ぎたい事だった。

 

「(駄目だ。パスしたくても前を向けない)」

 

声から火神の位置は何と無く分かっていても、森山が背後から肉薄している為、ボールをキープするのに必死だった。

これ以上ミスは出来ないと、判断も鈍っていく。

 

「黒子っ!?」

 

それは、日向にも予期しない事だった。

黒子が独自に動き、日向が持っていたボールを英雄目がけて弾く。

 

「頼みます!」

 

コート上で1番元気な男にボールを回し、さり気なくよい仕事をした。

 

「(補照!駄目だ、ファウルを!)」

 

マークの笠松には、元気な英雄を抑える力は残っていない。直ちにファウルで止めようと前に出る。

対して英雄は、ボールを受けるとすぐさまドリブルで反転。笠松が近寄った分だけ後退し距離を取った。

 

「(くそぉ、うめぇ!)」

 

ファウルすらさせる気がないのだろう。前を向いた英雄が、レッグスルーで揺さぶりを掛ける。

 

「(やべぇ抜かれる!抜かれたら...負けちまうだろ!)」

 

どれだけ小さくても、たった1つの失点が海常の勢いから何まで、全てを瓦解させる。

ファウルゲームにも欠点が存在する。大きなもので言えば、累積のファウルアウト。特に笠松は、これまでの展開でファウルが嵩み、次は4つ目になる。

今更4つになろうが気持ちの上で関係ないが、これ以上の無茶は笠松の退場に繋がり、海常の士気も低下する。

時間の事も考えると、海常には1つのミスも許されていない。

 

「(届けっ...頼む!体よっ、いう事を聞いてくれ!)」

 

誠凛に立て直されると、海常に再び追いやる力は残っていないのだ。

棒の様になった膝が動かず、向かってくる英雄に腕だけを動かし向ける。

 

「届けっ....ぐっ!」

 

笠松の腕が届く寸前にロールターン。鮮やかにかわされ視界の外に逃げられた。

それでも追いかけようと、悪い体勢のまま足を動かしたが、バランスを崩して転倒。

 

『ファウル!』

 

「あれっ?当った?」

 

このまま無人のゴールに向かおうとしたが、審判によって止められた。

綺麗に避けたつもりの英雄は、不思議な表情をむける。接触はしていなかったが、審判からはそう見えたのだろうか。

 

『チャージング!白15番!』

 

「は?」

 

この場が海常一色に染まっている事を忘れていた。

完全な予想外の展開に、英雄も表情が歪む。

実際は、笠松のスレスレをロールでかわしていたが、笠松が転んだタイミングと重なり、海常寄りの心象を持つ審判にファウルと判断された。

 

「ちょっ、待てよ!それはねぇだろ!」

 

誤審とまでは言わないが、不満の残るジャッジはこれで2回目。

火神が抗議の態度を示し、審判に詰め寄った。

 

「火神君!」

「うるさい。火神、うるさい」

 

黒子が後ろからユニフォームを引っ張り、英雄が眉間に水平チョップ。同時に受けた火神は後方にすっ転ぶ。

 

「いってーな!何すんだ!」

 

「黙れバカ」

 

「すんません。ちゃんといっときますんで」

 

火神と英雄が揉めている合間に、木吉が審判に謝罪をしておく。

日向や木吉も良い気持ちではないが、1度決まった事は引っ繰り返らない。事実、火神が行かなければ日向は抗議に向かっていた。

残り15秒、1点差で海常ボール。リコは迷わず最後のTOを使った。

 

「だからー、前にもみじしたからチャラだっての!」

 

「だったら全員にやれよ!俺だけなんてずりぃぞ!」

 

ベンチに戻っても子供の言い合いを止めない2人。

火神の怒りが審判から英雄に向けさせた事は良いが、一緒にムキになっている。

 

「えーい喧しい!」

 

リコの振るったハリセンは真横に一閃。火神の後頭部と英雄の顔面を見事に捕らえた。

 

「いっ、痛てぇ」

 

「が、顔面が」

 

いつも通りに強制終了。話を本題に戻し、しゃがみ込む2人は無視とする。

 

「いい?海常は時間一杯使って2点を取りにくるわ」

 

リコがメンバーの注目を集めてこの後の展開を整理する。

場合によって3Pも在り得るが、無理に狙う必要もないのだ。残された15秒を使い切って逆転をねらってくるだろう。

 

「相手が疲れてるなんて思っちゃ駄目。全力で対応して」

 

最悪なのが、精神的な自滅。

審判までもが海常に傾き、やり難さがあっても言い訳をしてはいけない。

 

「特にインサイド。小堀君は回復しているし、黒子君に1対1をさせないようにしなきゃ」

 

逆に海常の選択肢を消去法でなくしていく。

笠松と森山のドライブは無い。この2人はフリーにしなければ充分。

不安要素は回復した小堀の動きと、早川と黒子の1対1。そして最後にして最大の脅威がもう1つ。

 

「そして、黄瀬君。やはり彼を無視する事は出来ないわ」

 

火神がブロックしたものの、不意を突いて黄瀬が仕掛けてきたワンシーンを思い出す。

このTOで蓄えた力がどれ程かは分からない。分からないからこそ、恐怖なのだ。

 

「火神君、覚悟して。私の予測が正しければ、ラストシュートを打つのは」

 

リコでなくとも、最後のシュートを黄瀬で勝負してくると考えるだろう。

 

「大丈夫っす...っと」

 

「何ニヤニヤしてんだよ。気持ち悪いな」

 

「おまっ!」

 

発言の後に頬が緩んでいる事に気が付いた火神。こっそり直してみると、英雄がしっかり見ていた。

お前にだけは絶対言われたくない。怒りよりも驚きでその言葉が出なかった。

 

「もう!茶化さないの!」

 

会話の着地点が先程と同じ。リコはやれやれと2人を止めに入った。

 

「気負いが無い事は良い事だと思います」

 

黄瀬との最終決戦を前に笑った火神に、フォローではなく本心で言葉を送る黒子。

 

「俺らも見習って、楽しんでいこうぜ」

 

この場を締めくくるのにこれ以上の言葉はない。

海常一色の事態に多少のプレッシャーを感じているが、しっかりと前を見据えている。

数十秒後、勝利に酔いしれているのかもしれない。敗北に肩を落としているのかもしれない。チャンスは平等にあり、目の前にぶらさがっている。

後は、楽しんだ者勝ち。プレーを硬くしてしまうよりも、リラックスしいつも通りを心掛けよう、と。

 

 

 

「最後は黄瀬で勝負する」

 

武内の言葉に疑問の余地はなかった。

誰もがそう思い、武内でなくともそうするだろう。

 

「っス」

 

「頼むぜ。お前で負けるなら納得出来る」

 

余裕のなく頷くだけの黄瀬に森山が一言かけた。

どれだけ海常有利の状況が続こうとも、本人達は分かっている。

勝つ可能性の高いのは誠凛で、この事実を覆す事はできないのだ。

 

「森山先輩。俺は勝つつもりっスよ」

 

「...そうだな。俺が悪かった」

 

しかし、それでも。

そうやってここまで漕ぎ付けた。それもまた事実。

最後まで勝つ努力を尽くそうとする黄瀬に森山が頭を下げる。

 

「勝とう」

 

「ああ、勝とうぜ」

 

ポツポツと灯る勝利への意欲。これがある限り、まだ望みはあるのだ。

ブザーが鳴り、最後の大勝負を迎えて、円陣で萎えない気持ちに火をつける。

 

「これが最後の最後だ!気合入れろ!」

 

「全力出し切れ!何も残すな!」

 

両チームのキャプテンが気持ちを声に乗せて叫ぶ。

余裕が無くても出し惜しんではならない。限りを尽くした方に勝利は訪れる。

 

「DF!直接入れてくるぞ!気を抜くな!」

 

ハーフライン付近からのスローイン。

直接ゴール下に放り込む事も考えられ、一切気の抜けないワンプレーが始まる。

 

「火神!俺はテツ君のフォローに行くから、そっちは任せる!」

 

「黙って任せろよ!」

 

黄瀬に対して、火神とヘルプの英雄で対応するのがベストだが、笠松と早川のケアをする英雄では手が回らない。

黒子と水戸部を交代させる考えもあったが、ミスディレクションの効果が発揮している為に、その選択肢は選べなかった。

 

「笠松!時間が無い!先ずは入れろ!」

 

火神のディナイで直接的に黄瀬へのパスが防がれている。

笠松は一旦諦めて、森山にパスを送った。

 

「よーし!悪くない!このまま集中!」

 

直接ラストパスを送られる事を防ぎ、自らのDFに悪くない感触を覚えた日向。このペースを最後まで保たせようと再び声を張る。

海常は動かない足を無理やり動かし、ボールを回し、チャンスを窺う。

ターンオーバーからの失点と言う、最悪のケースを防ぐ為に時間をしっかりと使いきる。

 

「(やっぱり、今の俺達じゃ崩せない)」

 

分かっていはいた。

体力が底を尽き、搾り出した力も残っていない。

ミスの無いパス回しがやっとで、チャンスを作る動きが全くできないのだ。

インサイドの小堀や早川に良い形でパスを回せば、充分な期待感がある。

だが、見えない黒子の動向や、気持ち程度しか回復していない小堀の不安要素が躊躇いを作ってしまう。

 

「(すまねぇ、本当にすまねぇ。俺達に出来る事はこれだけだ。だから...)頼むっ、黄瀬ー!」

 

情けない先輩達で本当に申し訳ないと思う。最後まで頼りに頼って、威厳もないと思う。

出来る事は、スペースを作ってアイソレーションに持ち込むくらいで、後はただ見守っているだけ。

最後のお願いが許されるのならば、恥を忍んでただ1つ。

 

---俺達を勝たせてくれ

 

ボールに篭った無念と信頼は黄瀬の手に届き、最後の1対1の幕が開ける。

 

「(先輩、ありがとうございます。こんな俺を最後まで信じてくれて。だから...)勝つ!これが最後だ!」

 

火神との1対1の状況を作るのに、どれだけの苦労があったのか。黄瀬はちゃんと理解していた。

入部当初はエースという肩書きを当然と思っていた。他の部員のプレーを見なくても自分が1番と思っていた。

だけど、そんな薄っぺらい自分を認めてくれた。誇りを持って戦える場所を与えてくれた。大事な試合の前に怪我をした自分を信じてくれた。

そんな彼等に、恩義に返せるものは、残念ながら持ち合わせていない。

返せるとすれば結果だけ。

 

---ここで勝てれば、先輩達の努力は、少しは報われるのだろうか

 

向き合う火神に映る黄瀬は決してガス欠に見えなかった。

体力以上に充実した精神がそうさせるのか。黄瀬の目にはこれまで以上に力があった。

 

「(そうだ。コイツはあんなものじゃない。この姿こそが、俺が勝ちたかった黄瀬そのもの!)」

 

チームを勝たせるのがエースなら、こんな考えは問題なのだろう。

勝てないかも知れない相手との勝負を望む事は、結果としてチームに劣勢を強いてしまう。

メンバーに悪いと思っていても、この考えこそが火神の原点。

 

高まる緊張感に観客も押し黙る。誰しもが最後の一瞬を見届けようと目を張り、口が動かない。

火神や黄瀬の意思とは別に、観客はこのシーンを望んでいた。

 

「これが最後」

 

桃井以外の3人も目に集中し、黙って見守る。

 

「くるぞ」

 

沈黙を破った青峰の言葉で、まるで1分の間、硬直していたかの様な2人が動き出す。

 

「っ!」

 

文字通り死力を尽くしての攻撃か、黄瀬のキレが通常にまで戻っていた。

だが、通常でも互角な火神を相手に、そのドライブでは突破できない。

 

「(縦の切り返し!見えてる!)」

 

前に決めたステップバックからの3Pをフェイクに使ってくるが、火神は落ち着いて対応できた。

僅か数秒で、必ずシュートに持ち込んでくる。その瞬間を捉えられれば、誠凛の勝利。

 

「(クロスオーバー、この後に打つ気か!)なっ!?」

 

これ以上、技を挟む時間が無い。打つと分かっていれば、問題なくブロックできると踏んだ火神。

しかし、気が付けば体のバランスが崩れ、尻餅をついていた。

 

「この期に及んで、『完全無欠の模倣』!?」

 

「(これがあるんだよ!コイツにはな!)」

 

度肝を抜かれた日向に対し、したり顔の笠松。

正直なところ、笠松にもこのプレーは想像もしていなかった。だが、黄瀬はいつも期待に応えてくれた。根拠の無い信頼をプレーで応えてれた。

火神をアンクルブレイクで転倒させ、ゴール下へと真っ直ぐに突っ込む黄瀬。

 

「(不味い!)ヘルプ!頼むっ木吉!」

 

火神のブロックは間に合わない。ファウルでも何でも、止めなければ敗北が決定する。

急ぎ向かう木吉でも、予想だにしない展開に対応が追いつかない。

 

「(駄目だ!決められる!)間に合え!」

 

最早、駄目もと。

黄瀬のレイアップシュートにタイミングも何も無く、ガムシャラに突撃をかける。

 

「(これは、決まる!勝った)いけー!」

 

ベンチ含めて、海常は勝利を確信した。

アイソレーションをしている以上、木吉に黄瀬は止められない。確実にレイアップを選んだ黄瀬を今すぐにでも褒めに行きたいくらいだ。

 

木吉と黄瀬。

2人が交錯し、ボールはリングに向けて放り込まれた。勢い余って、黄瀬の体はその奥へと投げ出されていた。

海常ベンチに座る者、客席に座っていた者、全てが逆転劇に興奮し立ち上がる。

 

『ぅうぉぉぉおおおっ!!』

 

---ピーーーー!!

 

そんな空気を割って入る様に、審判の笛が鳴っていた。

 

『ファウル!』

 

「(ファウルか。だがそんなものは関係ない)」

 

木吉が当っていたのだろうか。フリースローを決めれば逃げ切りが確定するが、残された2秒なら耐え切れる。

 

『チャージング!青7番!』

 

「えっ?」

 

「なんだとっー!」

 

審判は、黄瀬が受けたファウルではなく、黄瀬が起こしたファウルと判断した。

試合会場の空気はピタリと止まり、武内の怒声が辺りを包んだ。

 

「はっ...はっ...黒子っち...」

 

「すみません。僕も、勝ちたいんです」

 

むくりと起き上がった黄瀬の下に黒子が現れた。

 

『OFチャージング!?何時の間に!!』

『誰だアイツ!』

『わかんねー!でもこれって』

 

これまで海常一色だったのが嘘の様に、黒子への賞賛の嵐。

 

「(黒子っちは、俺のプレーを読んでたのか...多分、違うな)」

 

あの場でのアンクルブレイクは、全ての予想を振り切ったはず。

黒子がゴール下に待ち構えていた理由は、それしか無かった。ただそれだけなのである。

 

「(僕には、黄瀬君に向き合う事も、インサイドで競り合う事も出来なかった)」

 

ビッグショットの後、黄瀬は1度だけレイアップを打った。

その1回で、ダンクやロングシュートを打つ力が無いと言う可能性を見ていた。同時に、火神を抜くかもしれないと言う可能性から目を離さなかった。

黒子は、独力で状況を打破する力を持ち合わせていない。自身に出来る最大限の事をひたむきに行っただけなのだ。

 

「黒子ー!」

 

「ホント、神様仏様黒子様ー!」

 

時間は2秒残っている。だが、勝負は決した。

勝利を掴む最大のチャンスを逃した海常に、立て直す力は残っていない。

 

「(ずるいっスよ、黒子っち。最後だけ持っていくなんて)」

 

気持ちの切れた海常が再びファウルする事もなく、最後のブザーが鳴り響く中、誰も見ていないところでボールが転々と転がっていた。




一体誰が主人公なのか


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未来に続くキセキ
決戦前夜の喜怒哀楽


「勝ったー!」

「よしよし!よーし!!」

 

周りが状況の理解に追いついていない中、誠凛メンバーだけは喜びに浸っていた。

今すぐにでも5人のところに駆け寄って、この気持ちを分かち合いたいところだが、マナーを守ってラインの前で声援を送る。

 

「いや、ホント流石だよ。あそこでテイクチャージングは読めなかった」

 

「僕はただ必死で」

 

「謙遜すんな!マジ黒子がいなかったら負けてた」

 

チームの救世主こと、黒子を4人がかりで褒めちぎっていた。

ふと後ろを見ると、黄瀬が静かに歩み寄っている。

 

「...黄瀬君」

 

「悔しいけど、今回も負けっスね」

 

1度は勝利を手にした為に、未だ未練はある。

しかし、ここで格好をつけるのが、黄瀬に残された最後の意地であった。

 

「黄瀬。やっぱお前は凄え。結局、1度もまともに止められなかった」

 

「何度もブロック決めといて、まだ足りないって。どんだけハングリーなんスか。流石にそこまで付き合いきれないっス」

 

火神の言うまともとは、『完全無欠の模倣』を指すのだろう。

逆にそれを除けば、散々シュートやドライブを止められているのだ。それすら打ち破られたら、立つ瀬がなさ過ぎる。

 

「...次は、お互い万全でやりましょう」

 

結果がどうであれ、試合は終わった。互いの健闘を称え合い、再戦を望む黒子が片手を差し出した。

 

「っちぇ。本当に良く見てるっスね。見られたくない事ばかり」

 

今回、万全ではなかった。黒子がはっきりと言ってしまった為に、眺めの靴下に履き替えてまで誤魔化そうとした苦労が、逆に格好悪くなる。

 

「すみません」

 

「冗談っス。こればっかりは自己責任っスから」

 

1度ふて腐れる素振りをし、笑い流しながら黒子と握手を交わした。

 

「次は関東大会辺りっスか?今度こそ海常が勝つっスから、覚悟しといて!」

 

「はいっ」

 

黒子の手を離し、今度は火神に向ける。

 

「だから、それまで負けちゃ駄目っスよ」

 

「ああ。なってやるよ、日本一に」

 

今の黄瀬に出来る最大のエールを送り、日本一と言う言葉で少しだけ力が入った。

 

 

 

「結局、東ナンバーワンとやらはよかったのか?」

 

「何か迷惑かけたみたいですんません」

 

日向と笠松が握手をしていた。

話題は、東日本で1番のPGになると言う宣言で少々賑わせた英雄。だが、終わってみれば、PGをした時間が20秒弱だった。

その本人はベンチに駆け寄って談笑をしている。

 

「ま、構わないさ。熱い試合をさせてくれて、ありがとうよ」

 

「こちらこそ。今までで1番辛い試合でした」

 

「...負けるなよ、決勝」

 

「はい、ありがとうございます」

 

男気があると言うか。負けたのが誠凛だったら、日向はこんな態度でいられたであろうか。

トーナメントを勝ち上がり、何度も握手を交わしてきた。その度に、この手に重みが生まれてきた気がする。

来年の自分もこうでありたい。笠松を見て、日向はそう思っていた。

 

「大ちゃんの言うとおりだったね」

 

「結果はな」

 

海常と誠凛の面々が称えあっている中、桃井と青峰はその様子を遠くから見ていた。

紫原と氷室の姿は既に無く、試合終了した時点でこの場を立ち去っていた。

 

「最後の1対1でアンクルブレイクが来るとは思わなかった」

 

「うん。けどそのせいで、力を完全に使い果たしちゃってたね」

 

勝負が決したシーンを思い浮かべ、紙一重だった事を改めて実感する。

ファウルゲームの最中に回復した力を使って火神を抜いた。力を使い果たした為に、その場でのジャンプシュートを狙う事も出来ず、レイアップを試みたが黒子に阻まれた。

そのランニングシュート自体もキレがなく、黒子の身体能力でも間に合った。

これが、最後のシナリオに至った要因である。

 

「でも、もし」

 

「やめろ。全部含めた結果なんだ。当事者以外が言って良い言葉じゃねぇ」

 

もし、怪我がなければ。もし、審判にジャッジされなければ。もし、1つでも早くに当っていれば。

どれだけ不本意であっても、気休めでしかなく、外野の人間が言っても不毛なだけ。

 

「(そして、それらを含めても、特に終盤の海常は強かった。その海常を跳ね除けるかよ、テツ)」

 

本人に聞いてもただ必死だったとしか返ってこないだろうが、確実に彼は進化をしている。

今日はあまり無かったが、シュート力もつけた。そして、あの勝負所で炸裂するテイクチャージング。

全て帝光時代には無かったもの。

 

「(にしても、火神はともかく。アイツ、妙にパッとしなかったな)」

 

チームあっての黒子という本質は何も変わっていない。

誠凛がチームとして黒子を活かせる様になったのだろう。それも帝光中学よりも。

黄瀬や笠松の様に、1試合通して光るほどではないが、小粒でピリリと光るといったところか。

そんな中で、大粒の奴等が今1つな印象だった事が気にかかる。

 

「...さつき、帰るぞ」

 

実際、活躍し難い展開であった。

黄瀬が瞬間瞬間で、パフォーマンスを高めてくるのでマッチアップの火神にとってやり辛かった事だろう。

しかし、気に障る天然パーマは分からない。

途中から来た青峰には、判断材料が無い。考えても無駄と、さつきに呼びかけこの場を後にした。

 

「(やべ。今にも、涙が)」

 

試合後の挨拶も程ほどに終えて、ベンチへと戻る黄瀬。時間が経過するほど、敗北の実感が沸き始めていた。

同時に、プレー中に感じなかった足への痛みが蘇ってくる。

目頭が熱くなって、涙腺の崩壊が止められない。

 

「(せめて、ここを出るまでは)」

 

時間の問題だと思いつつも、大観衆の前で涙を晒す事だけは防ぎたかった。

最後にしくじった名ばかりのエースが、先輩達より先んじて悲しみに浸って良いはずがない。ここから早く去ってから、人目につかない場所で処理しようと考えた。

 

「黄瀬。よくやった。お前のお陰でここまで戦えた」

 

だから、そんな顔でそんな言葉をかけないで欲しい。でないと、我慢が出来そうにないから。

 

「先輩...俺...」

 

「さあ、帰るぞ」

 

タオルを頭に被せ、黄瀬の最後の意地を守る。結果的にその気遣いが最後の一押しとなった。

他の先輩達の悔し涙よりも早くタオルを濡らし、それでも堪えようと肩が小刻みに震える。

 

「この経験、生かせよ」

 

「絶対、必ず、海常を...!」

 

海常は敗北した。

どれだけ悔しくとも、どれだけ辛くとも、過去を変える事は誰にも出来ない。

だからせめて、この先の海常に勝利を齎す為に、今日と言う日を忘れない。

何時か海常が頂点に立つその日を迎える為に、今日だけは泣いておこう。

 

 

 

「みんなお疲れー!」

 

「いぇーい!」

 

コートから戻ったメンバーをリコは笑顔で迎え入れた。

元気一杯の英雄が全身で喜びを表し、飛びぬけてテンションが高かった。

 

「ふー。いや、本当に疲れた」

 

「体力的には昨日よりマシなんだけどな。こういう試合は精神的にくる」

 

気を張り詰めていた試合から解き放たれ、一気に緩む。

あわや戦犯になりかけた日向が苦笑いで一息ついて、ほぼフル出場を果たした伊月がタオルを渡しながら同意した。

 

「なによー。今くらい素直に喜びなさいよ」

 

「何つーか。まだ実感が」

 

終盤は冷や冷やした時間が長く続き、敗北寸前で黒子の機転で窮地を脱した事が夢のようだった。

そんな訳で、日向含め勝利に実感が遅れていた。

 

「実感が沸かなくても、次は決勝よ。むしろ今しか喜んでいられないわ」

 

言ってしまえば、この激戦も通過点。ここで達成感を感じている様では、先が思いやられる。

リコの言うとおり、勝利の余韻を楽しめるのは今だけなのだ。

 

「ま、そーだな。それじゃ、お言葉に甘えて...」

 

「「「俺達は勝ったー!」」」

 

長かったWCも次が最後。

どんな結末が誠凛を待っているのかも分からない。期待以上の不安が直ぐにでもやってくるだろう。

けれど、今は。今だけは、胸いっぱいの喜びを以って、最高の瞬間を過ごしていたい。

 

「(次でラスト、か)」

 

拳を高らかに振り上げているメンバーの中に紛れて、英雄は1歩引いたところで変哲の無い天井を見上げていた。

 

 

 

「どう?あった?」

 

「まあ、リングはあったんすけど」

 

コートから1度出た誠凛は、火神の紛失したリングを探し回ることになっていた。

無事にリングは見つかり、火神が報告にきたのだが、晴れやかな表情とはいえなかった。

 

「ん?何かあった?」

 

「すみません。この後、少し時間を頂いてもよろしいですか」

 

勝利の余韻はどこえやら。現れた黒子の表情は更に重く暗い。

続くリコの質問に対しても1度躊躇い、再び口を開ける。

 

「大事な話があります。僕と帝光中の過去、そして赤司君の事で」

 

性格的に自ら過去を話すタイプではないが、それでも話す事にこれ程躊躇いがあるとは、一体どんな過去があるのだろうか。

そして、今話さなければならない理由とは。

 

 

 

 

場所を火神宅に移し、黒子の長い物語が綴られた。

バスケットを始めた切っ掛けから、帝光バスケ部に入部してからの挫折。キセキの世代達との出会いと見出した希望。短すぎる栄光に、早すぎる失望と決別。

そして、親しい友人を傷つけてしまった罪。

 

「僕の主観も混じっていますが、これが全てです」

 

外を見ると宵も深くなってしまった様だ。黙って座っていた分、体が硬くなっている。

あまりに長い話で、色々な感想が沸いた。

キセキの世代の実情に、黒子が誠凛を選んだ遠因。そして、赤司にもう1つの人格がある事。

何から言って良いのやら、整理がつかず押し黙ってしまった。

 

「もーいーわっ!」

 

「何でキレてんだよ」

 

「最後まで聞いてんじゃん」

 

そんな中、火神は少し怒り気味に声を張った。

他のメンバーと別の感情を抱いており、言動が矛盾した為に、伊月と小金井につっこまれる。

 

「黙って聞いてりゃ、ネガティブな事をグダグダと。少しは気の利くジョークでも言いやがれっ!」

 

「元々そういう話じゃないので」

 

火神は感情と勢いで話しているので、多少無茶苦茶になっている。黒子の冷静な返しも跳ね返す。

 

「友達を裏切ったって?別にお前何もしてねーじゃん。形見もらったからって、何でそう受け取るかね」

 

「死んでません」

 

話を聞いて、少なくとも火神はそう思った。

問題の全中決勝に黒子が出場していれば事態は変わったのか。そもそもチームの方針に背いてまで黒子が出場できたのか。罪の意識は一体どこから来ているのか。

火神には全く分からなかった。

 

「そんなんじゃ、プランターの裏で泣いてるぜ」

 

「だから死んでません。後、泣くのは『草場の影』です」

 

念の為に繰り返すが、火神はテンションで会話をしている。つっこみどころが多いのはご愛嬌。

 

「それで?話聞いた俺等はどーすりゃいいんだよ」

 

「え?」

 

とにかく知って欲しかった黒子としては、この後の事は予定に無かった。問われてみれば、メンバーの反応次第で特別こうしたいと言う事もない。

 

「言いたい事はそれだけか?」

 

火神の改めた問いに黒子の本当の望みが現れる。

誠凛の仲間達に、”黒子は悪くない”と言われても、罪の意識は直ぐに消えてくれないだろう。

では、何故過去を打ち明けたのか。それは黒子自身だけが知っている。

 

「こんな僕ですが、こ」

「言うと思ったよバカヤロー!今更その程度の事で拒絶する訳ねーだろ!」

 

聞いといて最後まで言わせない。あまりに粗暴で、ありがたいほどに乱暴な言葉。

 

「先輩達も何とか言ってやって下さいよ!」

 

「テメーが大体言ったわ、だぁほ!」

 

強引な行動で火神が全てを持っていった。これ以上何を言えと、日向は学の足りない頭にチョップを落とした。

 

「テツ君的には否定したい過去かもしれない。だけど、それで今に繋がった。誠凛と言う出会いにね」

 

「何、良い感じにまとめてんだよ。これ以上台詞を取るな!」

 

火神と揉めている隙を突いて、悪ふざけの英雄がキメ顔で勝手にまとめに入った。

 

「閃いた。罪の意識に人生詰み」

 

「暗いわ!もっとポップな奴持って来い!」

 

更に隙を突いて、伊月が駄洒落を挟んでくる。正にこの場は混沌へと向かっていた。

 

「ところでリコ。この奇妙な色合いの物体は?」

 

「夜も遅くなったしね。お手製のおにぎり作っといたから」

 

「「「ひぃぇ~!!」」」

 

木吉は、気付いてはならない物を目にしてしまった。

おにぎりと言えば普通は白。何かを混ぜれば別の色になる事もあるが、真っ赤に見えてしまう不思議。

想像するに、寒さ故の激辛おにぎりか。だが、リコはこちらの想像を超えてくる。

絶対的な恐怖に、メンバーは騒ぎを止めて怯え始めた。

 

「...ははは」

 

どうやら誠凛のみんなにとって、そのくらいの事らしい。悩んでいた事が馬鹿馬鹿しくなる。

過去が現在に繋がって、日本一に繋がっているとしたら。

冗談交じりの言葉が、残念ながら胸に響いてしまった。

 

「これからもよろしくお願いします」

 

いつも賑やかで愛すべき仲間たちの前で、黒子は静かに頭を下げていた。

 

「縁も酣ではございますが!」

 

しばしの談笑も終えて、明日の為に帰宅をしようとした時、英雄が口火を開いた。

上げようとした腰を再び下ろし、英雄に注目を集める。

 

「何だか分からないけど、時間考えろよ。明日じゃ駄目か?」

 

「駄目でーす。今日、今ここで発表しまーす」

 

夜分につき、なるべく早めに切り上げたいが、英雄は有無を言わせず話を始める。

誰も内容について何もしらず、リコと日向だけがある事について頭を過ぎらせた。

 

「もしかして」

「私、補照英雄は、今大会を最後に、高校バスケを引退し、スペインの下部組織に挑戦します!」

 

恐らく、あの書類が関わっているのだろうと思ったリコだが、英雄の言葉は止められなかった。

 

「は?」

 

その言葉は耳に届いて頭に入り、思考を止めさせた。

理解が追いつかない。高校バスケを引退、スペインへの挑戦。訳の分からない単語だけが頭を巡る。

 

「実は、特別開催されるトライアウトに秋頃送った書類が通ってまして。ウィンター開催は珍しいけど、キャンプに」

「待ってくれ!何言ってんだ、意味分かんねーよ」

 

周りに構わず話を続ける英雄を日向が呼び止める。混乱のあまり感情的になり、声も荒れている。

 

「悪いが、最初から詳しく説明してくれないか。何でそうしたのか。何でこのタイミングなのか」

 

同様に理解出来ていない木吉が、何とか冷静に努め詳細を求めた。

 

「...切っ掛けは、火神の留学だったと思います。俺も外を知りたかった」

 

木吉に求められ、英雄は動機から簡潔に話し始めた。つい先程とは違い、表情もいつも以上に硬く、台詞も重い。

 

「人伝に、トライアウトの事を聞いて試しに送ってみたんです。駄目でも良かった。何かアドバイスの1つも貰えたら御の字くらいの考えでした」

 

火神のアメリカ留学を羨ましがっていたが、人知れず突飛な行動をしていたとは、話の規模の大きさに言葉を挟む余地が無い。

 

「そして、これ」

 

自前のバッグから、1通の書類を差し出した。それは今朝から視界の隅に入り込んでいた代物で、無い様については皆無だった。

発送先は日本バスケット協会と書かれた封筒を、逸る日向が中身を取り出す。

 

「何だこれ?日本代表とかじゃなかったのか」

 

封筒の中には2枚の紙が入っていた。1つは英語以外の外国語。もう1つは恐らく文面を見る限り、日本語約されたもの。

リコも日向も、英雄が熱望していた世代別の代表選考関係の内容だと思っていた。しかしよく考えると、大会の結果が関わるのなら、決勝が終わるまで選考は終わらない。

 

「プロの卵育ててる人が、俺を直接見てみたいって、そう言ってくれたんだ」

 

俯く英雄の顔はどこか満足そうで、にじみ出る感情が妙に生々しかった。

この顔を見れば、流石に理解してしまう。目の前にいる馬鹿は、本当に馬鹿みたいな事を本気でやろうとしていると。

 

「このチャンスを逃すわけにはいかない。だから、俺は行く」

 

再び笑みを消し、改めて宣言した。目線は遥か遠く、見た事も無い場所に届いている。

 

「...ふざけんじゃねぇ」

 

自分勝手な告白を聞いて、日向の表情は最高潮に強張っていた。

英雄の話を大まかに把握したが、納得出来るはずがない。

 

「来年はどーすんだよ」

 

言葉が無くともその態度で、否定的なのは察する事が出来る。それでも言わずにはいられない。

 

「だから、来年はスペインに」

 

「違うっ!分かってんのか!?来年、木吉が抜けて、今まで以上にお前が必要になるんだぞ!!」

 

強張る日向に対し、全く動じない英雄を尻目に、木吉は少し俯いていた。

 

「そっちこそ、今日の試合で何も感じなかったんですか?勝因は俺じゃない、俺じゃ鉄平さんの穴は埋められない」

 

英雄は、誠凛にとって己の存在が必ずしも必須ではないと言う。そして、その理由として今日の海常戦を持ち出してきた。

 

「決定的な場面に、俺はいなかった。序盤のつっちーさん、中盤の俊さん、終盤のテツ君。俺がいなくたって誠凛の強さは変わらない」

 

「...もしかして、それを証明する為に?」

 

英雄の言葉を聞いて、伊月は1つの疑念の答えを浮かべた。

今日の試合での英雄の態度は、チームメイトから見ても違和感があった。何故か消極的で、寧ろベンチウォーマーを望んでいるかの様にも思えた。

コートに立っても変わることなく、いつも以上にチームプレーを優先し、ほぼ空気として終わっていた。

 

「最後、俊さんと交代したけど、しなくたって誠凛は勝ってた。これははっきりと断言できる」

 

いつもの事だと、あまり考えなかったが、英雄の行動は全て意図的であり、誠凛の強さを測る為のもの。

 

「高さはネックになるだろうけど、凛さんやつっちーさんもいる。大会の結果を見て、来年力のある1年生が入ってくるかもしれない。ほら、俺いなくても関係ないじゃん」

 

「んなもん、結果論だろーが!お前はチームを、俺達を裏切るのか!」

 

話が前後したが、日向の気に入らないところは、英雄はチームを裏切るという事。

その結果どうなるかは、今はどうでもよい。

 

「この場でぶん殴られようが、徹底的に非難されようが、覚悟はしてる」

 

「上等だコノヤロー!歯ぁ食いしばれ!」

 

裏切りを認めた瞬間、日向は飛び出し英雄へと向かう。感情任せに振るった拳は顔面を捉え、英雄の体は後方に飛ぶ。

咄嗟に、小金井や伊月が止めに入った。

 

「離せっ!コイツはマジ殴んねーと分かりゃしねーんだ!」

 

「落ち着けよっ!それで何か変わるってのか!」

 

英雄の肩を持つつもりは無く、伊月は冷静に話をしたかった。

伊月も小金井も良い想いを持っていない無い。それでも、殴ってすむ事でもないと思うのだ。

 

「構わないっす。それで気が済むのなら。でも、もう決めた事だから」

 

むくりと立ち上がり、熱を持った頬を摩りながら、変わる事のない気持ちを表に晒した。

だが、その態度こそが日向の怒りをかきたてる。

 

「ってんめーっ!」

 

「やめろ日向!英雄もそれ以上煽るんじゃない!」

 

木吉が間に入って、両者の感情のぶつかり合いを止めた。

何でこうなってしまったのか。原因が英雄だという事は分かっている。それでも、解決策を見出せない事に苛立ちを覚える。

 

「...すいません。けど、俺もずっと考えて出した答えなんです」

 

木吉の言う様に、言い方に問題があった。そこは素直に改めるが、決意は変わらない。

そんな英雄の前にリコが現れた。

 

「っ!」

 

これまで動きを見せず傍観に近いリコだったが、我慢も限界を達し、気が付けば頬をひっぱ叩いていた。

 

「リコ姉」

 

その瞳は涙で滲み、悲痛な表情が向けられている。英雄の頬は、日向の1発と重なって、赤くはれ上がっていた。

 

「...なっんで、アンタはそうなのっ。まだ1年しか経ってないじゃない」

 

バスケットに復帰した事も、その場所に誠凛を選んでくれた事も、1番喜んでいたのはリコだった。

だからこそ余計に受けた落胆も大きい。

 

「幾らなんでも早すぎる。もう少しここで頑張ればいいじゃない。私が責任以って見てあげるから」

 

「違うんだ。今じゃなきゃ、駄目なんだ。多分、今が俺の成長ピークだから、終わってしまう前じゃなきゃ駄目なんだ。完成されてからじゃ遅すぎる!」

 

以前、リコの父・景虎より、英雄の焦りについて話を受けた。桐皇戦で明るみに出て1時は解決を見せていたが、根っこの部分はまるで変わっていなかった。

 

「みんなには、本当に申し訳ないと思ってる。だけど!バスケだけには妥協したくない!やるからにはとことん上を目指していたいんだ!!」

 

海常との試合の前に、英雄は書類を見せる事を1度拒否した。その時、リコは言いようの無い不安を覚えたが、まさかこんな事になろうとは。

聞かなければよかったと思いつつも、タイミングが誓うだけで、結果は同じ。

 

「何よ。何なのよ!私を日本一の監督にしてくれるって言ったじゃない!」

 

「嘘じゃない。明日実現して、日本一を手土産に俺は上に行く」

 

英雄のなりの筋を通してくる事が、やはり腹立たしい。

そういう答えが聞きたい訳じゃない。求めてる答えは、お互いに分かっている。しかし、英雄は決して口にしない。

 

「アンタの頑張るってそういう事なの!?自分が良ければそれでいいの!?」

 

「ここで諦めたら、それこそ妥協だ。きっと俺は落ち目になる。結局みんなの信頼を裏切っていると思う」

 

本当に心底考えた上での結論なのだろう。どんな反論にも言葉を用意していて、躊躇いが全く見えない。

そしてやはり、期待した言葉は聞こえない。

 

「馬鹿っ!」

 

逆に言葉に詰まったリコは、感情を乗せて右手を振りぬき、バチンと大きな音を立てた。

しかし、正面から受け止めた英雄の顔はリコに向いたまま。決して揺らがない。

 

「...っ。こんな事になるなら、アンタを呼び戻すんじゃなかった!」

 

耐え切れなくなったリコは、火神宅から飛び出した。

走り去る姿の後に、水滴が飛んでいたのが目に入り、英雄は少し天井を見上げていた。

 

「長々とすいませんでした。俺も、帰ります」

 

リコが置いていった鞄を手に取り、英雄も後に続いてメンバーに背を向ける。

 

「待てよ!俺は認めてねーぞ!」

 

リコとの対立に見ているだけだった日向が、再び反論を叫ぶが振り向く事はない。

雑に靴を履いた英雄は見向きもせず、最後の扉を開けて立ち去るのだった。

 

「ふざけんな!英雄ー!」




英雄暴走中
色んな意見があると思いますが、見守っていただければ幸いです


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砕けた希望と確かな想い

「なんなんだよ!ふざけんじゃねぇぞ!」

 

英雄が去った後も、日向は荒れていた。あんな話をされて冷静でいられる者も少ないが。

 

「みんな、そろそろ帰って休もう」

 

このまま火神宅にいても状況は変化しない。日向の気持ちも分かるが、木吉は立ち上がって帰宅を促す。

 

「何いってんだ!こんな状況で寝れる訳」

「休むんだ!!」

 

諭そうとしても聞き耳を向けない日向に対し、声を張って言い聞かせる。

 

「何があっても明日は決勝だ。眠れなくてもいいから、目を瞑って横になるんだ」

 

例え眠れなくても、休む事に意味がある。もちろん木吉も簡単にはねむれないだろう。

それでも、出来る限りの備えをしたい。木吉だからこそ、その言葉に重みがある。

 

「明日が最後なんだ。こうなっては、ベストコンディションは望めない。それでも、このまま簡単に負けるのだけは嫌なんだ」

 

英雄以前に、木吉にとって最後で最大のチャンス。日本一とかは関係なく、このまま終わる訳にはいかない。

 

「くっそ!くっそぉぉぉ!」

 

木吉の言葉は正しく正論。それだけに、日向のストレスは声になって掻き消えるだけ。

 

「(一体、俺達はどうなってしまうんだろう)」

 

悶える日向を見つめ、伊月の頭には明日の不安が圧し掛かっていた。

 

 

 

 

「よう。リコなら部屋から出てこないぞ」

 

「鞄。忘れてたから」

 

リコの忘れた鞄を届けに行った英雄は、景虎と出くわしていた。

 

「話したのか?」

 

「うん、まあ」

 

今回の問題について事前に知っており、それどころか協力者である景虎は、泣いて帰ったリコを見て英雄の行動を察していた。

英雄のか弱い返答が良い証拠。

 

「だから、終わってからにしろって言ったんだ。明日に影響が出るぞ」

 

WC決勝戦を明日に控え、コンディションを万全に整えるべきタイミングでの告白は、愚行といわざるを得ない。

昨晩にも考え直せと確認を取ったが、結局今に至る。

 

「まぁ成り行きって言うか。自己満足って言うか。多分、早く言って楽になりたかったんだろうなぁ」

 

自分の事なのに、どこかはっきりしない。リコの部屋の窓を見つめ、気の抜けた顔を晒している。

 

「はっきり言って、お前のやってる事は最悪だ。俺が当事者だったらぶん殴ってる」

 

「ははは、しっかり殴られてるよ」

 

薄暗くて良く見えないが、英雄は殴られた頬を摩っている。

 

「まっ、俺がどうこう言う事でもないけどな」

 

肝心なところをしくじる旧知の馬鹿から目を外し、英雄に倣ってその窓を見た。

 

「うーん、どうすっかね」

 

「分からない。欠席は無いと思うけど」

 

泣くほどのショックを受けたリコが、明日の決勝を欠席する可能性もある。

恐らく、景虎もトラブルの渦中に巻き込まれるのだろう。その時のリアクションを考えていた。

 

「お前が言うな。自己中野郎」

 

「自己中か、やっぱそうなのかな」

 

「当ったり前だ」

 

今回の件を否定できる程、英雄は察しが悪くない。幼馴染を泣かし、仲間に不安と動揺を与えた。最早、仲間と認めてもらえないかも知れないが。

 

「チームは精神的にボロボロだ。疲労のピークもあるのに、そんなんで勝つ気か」

 

「分かってるよ...あぁ、本当に何やってるんだよ俺」

 

「...やっぱりお前、馬鹿だな。デカいチャンスを前にしてテンパったのは分かるが」

 

今更自己嫌悪に陥る英雄を見て、景虎は改めて情けないなと言葉を送る。

タイミングを間違え、後に引けなくなり、本人含めて誰も得しない展開を迎えた。時折見せる英雄の駄目なところが、これでもかというくらいに現れている。

 

 

 

 

「火神君」

 

「何だ。お前まだ帰らないのか」

 

黒子を除く他のメンバーが火神宅を後にしていた。

 

「多分、帰っても眠れそうに無いので、もう少し話に付き合って頂いてもよろしいですか」

 

「まぁ、俺もそうだしな」

 

胸にはモヤモヤしたものがこびり付いて、明日の事を考える余裕が無い。

残された時間はあと僅か。その中の少しを使って、心の整理をする。

 

「僕が、こんな機会を設けなければ、こんな事には」

 

「んな事言ってもしょうがないだろ」

 

確かに、黒子の言うとおり、過去の告白が今回の切っ掛けとなったのだろう。

しかし、こんな結末を予想出来るはずもない。罪悪感を感じる必要は無いのだ。

 

「どうして...こんな事に。僕はただ、今まで通りに...」

 

罪悪感はともかく、この失望感は防ぎようが無い。ほんの少し前は明るくワイワイとやっていたのに、あっという間に大逆転。

整理のつもりが悲しみにくれ、黒子の顔は下を見続ける。

 

「とにかく、お前も帰って休んだ方がいい。俺も直ぐに寝るからよ」

 

掛ける言葉が見つからない。居た堪れなくなった火神は帰宅を促し、希望なき明日に備えるのであった。

 

 

 

「あー。憂鬱だー」

 

伊月や水戸部、土田らと帰路に着く小金井は、道中のほとんどでぼやき続けていた。それ以外の者は、水戸部動揺に沈黙を守り、小金井のぼやきにリアクションも残さない。

 

「あまり口に出すなよ。こっちも鬱になるだろ」

 

あんな事があって、ぼやいてしまうのは仕方が無い。それでもしつこ過ぎると伊月が釘を刺した。

 

「だってよー。こんなんで明日大丈夫なのかよ」

 

「正直、なんとも言えないな」

 

表向きは、コメントを控えている。しかし実際は、言いたくないが正しい。

相手は高校最強、こちらは精神的に最悪。日本一どころか、まともな試合になるのだろうか。

 

「ん...えっ?そう思うのか?」

 

「水戸部が何だって」

 

黙ってしまえば、空気が重い。そんな時に水戸部が小金井にリアクションを起こした。

水戸部のコメントは普段から珍しく、話の繋ぎに土田が興味を示す。

 

「あ、いや。水戸部が、それでも日本一になりたいって」

 

今や日本一に手が届くところまで来ている。英雄の件でそれどころではないが、水戸部は改めて確かな想いを胸にした。

 

「俺だってそうだ。でも、蟠りの強さは霧崎第一の時と比べ物にならないぞ」

 

以前、霧崎第一との試合で同じ様な状況に陥った。チーム内の雰囲気は悪く、プレーもちぐはぐで、特に日向のパフォーマンスは過去最悪。

そして今回。日向やリコは決して英雄を許さないだろう。伊月達も同様だ。

誠凛の1番の武器であるチームプレーに陰りが生まれてしまう。これ以上にない最悪の要因が揃いつくしている。

 

「だ、『だけど、やっぱり英雄を憎めない。このメンバーで出来る最後の試合に勝利を飾りたい』って」

 

それは水戸部の偽りなき言葉。その言葉を以って問う。

日本一を改めて目指す事はできないのかと。

 

「それは...」

 

水戸部の気持ちを否定するつもりはないが、素直に受け取るだけの余裕は伊月にも無かった。

 

「...やってやろう」

 

「つっちー」

 

そして土田にも大きすぎる問題を飲み込めない。けれども、このままで良いとも思わない。

水戸部が踏み出した勇気ある1歩に便乗し、決意を新たに志す。

 

「こんな形で負けたら、それこそ頑張ってきた意味がなくなる。勝つにしろ負けるにしろ、後悔だけはしたくない」

 

「...ああ。水戸部や土田の言う通りかもな」

 

今までの努力は無意味だったのか。

それは違う。そんな事はない。チームの事情は変わってしまっても、今まで目指してきた目標を捨てたくはない。

 

「恐らく俺達にも出番がくる」

 

「へへっ。そーだよな。まだ諦めるには早すぎるよな!」

 

英雄の件のショックが大きく、チームは大きく揺らいでいる。ここにいる4人だけでは、どうにもならないかもしれない。

けれど、それでも、ここまで来て夢を捨てたくないと思う。

今は、水戸部と土田の言葉に頼らせてもらおうと、伊月と小金井は強く頷いた。

 

 

 

 

「...」

 

皆が帰宅し独り残された火神は、ベッドの上で仰向けになっていた。

黒子にいったからには、自らも実践しない訳にはいかないと、目を瞑って休む努力をしているのだが。

 

「あー!眠れるかっ!」

 

無理なものは無理。

視界を閉ざすと、今日の事を思い返し、考えないようにしても明日の事で頭が一杯になる。

体を起こし水を含み不安の原因に苛立っていた。

 

「くそ、こうなったら」

 

自分の中で上手く消化しきれない火神は気分転換を求め、厚着を施し外に向かった。

扉から出た瞬間に、冷たい風が顔を叩き、真冬の深夜が体を冷やす。

 

「さむっ」

 

考えなしで行動した事を既に後悔し始め、やはり中止しようかと迷いながら、なんだかんだで夜道を歩いた。

頭の切り替えの為に外へと出たのだが、結局考える事は変わらない。適当に歩を進め、気が付くと公園に辿り着いていた。

 

「あっくしょいっ!」

 

家を出てからどのくらい経過したのだろうか。体は冷え切り、くしゃみや鼻水が出てきた。

 

「(なんも意味無かったな)もう帰るか」

 

一体何の為にここまできたのか。最早、本人にも分からなくなり、さっさと帰ろうと踵を返した。

 

「ん?」

 

どこからか聞こえる音に反応し、再び公園に顔を向け耳を澄ました。

普段から耳にしているような、ダムダムと何かが跳ねる音。1部の通路以外の街灯は消えて暗闇に包まれている。

不審に思った火神は、正体を確かめようと音の鳴る方に進む。

 

「(誰だか知らないけど、ご苦労なこった。こんな時間にくそ寒い中、間接照明もないのに)」

 

公園の中央にあるバスケットコートには、暗闇の中で一心不乱にドリブルからのジャンプシュートを繰り返す人影があった。

寒さで動きは硬く、暗闇の中で距離間も悪く、何度もリングに弾かれる。何かの練習にしても悪い環境下では意味が無い。

頭の悪い奴もいるものだなぁと、自分の事は棚に上げてしばらくの間眺めていた。

 

「くそっ!くそっ!俺は何をやってるんだ。分かってた事じゃないか」

 

どうやら一心不乱と言うのは間違いで、寧ろ雑念だらけで独り言も洩れている。

入る事の無いシュートを打ち続け、挙句の果てに足元から大きく転倒した。

 

「(まさか...コイツ、英雄かっ!)」

 

どこかで聞き覚えのある声だと思ったが、悩みの原因の馬鹿がそこにいた。

そうと分かれば一言言ってやりたいと、火神はコートに足を踏み入れ、倒れたまま仰向きになっている英雄の頭の上まで歩み寄った。

 

「よう。こんな時間に何やってんだ」

 

「独り反省会かな...少し長めの」

 

火神の声に、英雄は右腕で両目を覆ったまま返事をした。返事をしてからも、動くことなく仰向けのまま時間が過ぎる。

 

「そっちこそ。真夜中にお散歩かい?」

 

「うるせぇ。誰のせいで眠れねぇと思ってんだ」

 

一言言ってやろうと思い話しかけたのだが、具体的な言葉を用意していなかった。今一顔が確認できないが、英雄である事は間違いない。

 

「別に俺が何もしなくても眠れないじゃん」

 

「だから、うるせっつの」

 

胸にあるモヤモヤしたものを言葉に出来るまで、英雄の軽口に付き合うことにした。

ここだけならば、いつも通りに見えなくも無い。

 

「何か言いたい事あったんじゃないの?無いなら帰るよ」

 

「待てよ。今それを考えてんだ」

 

「何それ」

 

むくりと体を起こし、火神に背をむける英雄をこのまま帰す訳にはいかなかった。

火神宅での時は、日向やリコばかりが話し、火神は発言していない。何か言いたかった事があったはずなのだ。

 

「タイミングの悪さは反省してるけど、内容に関しては後悔してないから」

 

背を向けたまま英雄は先んじて火神に告げた。

普通に考えれば、決勝前夜に言ってよい話ではない。少しずるいが全てが終わった後に言うべきだった。

それは重々理解し反省している。景虎からも何度も言われていたが、結果的に無下にしてしまった。

それでも、日本一になった後は、誠凛のユニフォームを脱ぐ。これは英雄の中で決定事項なのだ。

 

「何、考えてんだよお前」

 

逆に火神は不思議でならなかった。

告白のタイミングの悪さもそう。

 

「あんな事言ったらどうなるかくらい分かるだろ」

 

元来、軽薄で気分屋なイメージの英雄だが、実際は真逆。傍から見ると意味不明でも、言動の根幹には確たる狙いや目的があり、コートの上では寧ろ誠実だ。

コートの外でもムードメーカーを自ら買って出て、誠凛の雰囲気作りに貢献してきた。

そんな英雄が、今回の行動でどんな結果になるかを予想できないはずがない。

もし予想出来ない事態があるとすれば、何時か垣間見た焦りと言う感情の発露。

 

「それに急いで先に行こうとしなくても、充分やれてるだろ」

 

火神の言葉に耳を貸さず、フェンス際に置かれたバッグを手に取った。

 

「って、待てよ!俺が今話してんだろ!」

 

肩に掛けたバッグに手を伸ばし、立ち去ろうとする英雄を強引に引き止めた。

目が慣れてきたとはいえ、灯りのない場所では目測も誤りやすい。火神が引っ張った事で、バッグが宙に舞い、中身が散乱した。

 

「...コンプレックスって感じた事ある?」

 

「あ?」

 

横たわるバッグの近くにしゃがみ込み、散乱したノートやタオル等荷物を拾ってバッグに戻す英雄。その中で火神の問いに質問を1つ返した。

 

「俺はいつも感じてるよ。誠凛に初めて来た時から、ずっと」

 

質問の意図が分からなかった火神の答えを待たず、英雄は話を続ける。

 

「試合の最中やコートにいる間は、そんな事考えないで済むんだけど。1歩外に出れば、それがこみ上げてくるんだ」

 

チームで1番の練習量を誇る英雄。単純にバスケが好きで熱心なだけだと思っていたが、本当はこみ上げる不安を打ち消す為の作業。

 

「目には見えているのに、超えられない壁。今まで誤魔化してきたけど、もう限界なんだ。今やらなきゃ何も変わらない」

 

普段は決して見せない様子を暗闇に紛らせる。火神から見える人影はひどく辛そうに見えた。

何が辛いのか、何に悲しんでいるのか、全くもって知る由も無い事だが、壁という言葉が耳に届く。

 

「お前には悪いけど、充分にやれてるとか、そんな言葉が欲しいんじゃない。知りたいんだ。今俺が何処にいるのかを。そして、どこまで行けるのかを」

 

冷たい地面に散らばった荷物をバッグに詰めて、口のジッパーを閉じる。再びバッグを肩に掛け、火神に背中を向けたまま、真意を語る。

 

「バスケ、これだけは、中途半端に終わるのは嫌なんだ...どんな結果でもいいっ、駄目で終わってもいいっ、その先に栄光が無くたって構わない...!」

 

1度あふれ出した心の奥底に閉じ込められていた感情が表に出ると最後。もう歯止めが利かない。俯き背を向けたまま、感情が言葉に変わり、済んだ空気の中で伝って火神に届く。

 

「誠凛のみんなには本当に感謝してる。もう少しここで続けるのも、何度も考えた。だけどっ、危機感を感じなくなってしまうんじゃないかって、何時かこの想いを忘れてしまうんじゃないかって、そう思うと怖くて堪らないんだ」

 

右手で顔を押さえて前髪をクシャリと握り潰す。表情は確認出来ないが、火神には英雄の心境が手に取るように分かった。

英雄が焦っていると耳から聞いた情報で知っていたが、実際に体感したのは始めて。

 

全てを賭ける。

偶に雑誌の見出しなどで見かける言葉だが、本当に人生をフルベットしている人物なんか見た事がない。

しかもその人物は、去年復帰したばかりの高校1年生。

 

「ありがとな。少し話したお陰で腹を括れた」

 

「いや、俺は」

 

感情を吐き出し頭の中で切り替えることが出来たと、火神に感謝を述べた。

その火神は一方的に話をされて、頭が追いついていない。

 

「だけど、今大会のMVPは絶対譲らないからな」

 

そして、今大会の最優秀選手賞を狙うと宣言。

英雄は腹を括った。それでも優勝を狙うと。

これまでの中で、チーム内の状況は最悪。仲間からの信頼を失い、いつもの様なパスワークにすら不安がある。

対して相手は磐石の洛山。下手をすれば試合の序盤で勝負が決する可能性もある。

全ては自業自得。それならこれ以下は無いと、開き直って勝利に拘ろうと決意した。

 

「は?」

 

「じゃあな。明日寝坊するなよ」

 

英雄が話を始めてから、火神はまともに言葉を発せられなかった。

今度は、立ち去る英雄を止める事も出来ず、真っ暗な夜に消えていく背中に、ただ見ているだけだった。

 

「待てよ、おい」

 

独り残され、届く事のない言葉は闇に消える。

言いたい事ははっきりしないまま、何1つ伝えられないまま、偶然近くを通った車のライトに照らされて、白い吐く息につられ、空を眺めていた。

 

「ん?これは」

 

このまま立ち尽くしていても仕方が無いと、自宅に帰ろうとした時。

つま先に何かが当った。

手探りに拾い上げた物は、恐らく英雄の拾い損ねたノート。

 

「あーあ...はぁ、帰ろ」

 

明日にでも渡そうと、丸めてポケットに入れた。

英雄の言葉を思い返す帰り道では、不思議と1つの言葉だけが何度も頭を巡っている。

 

「コンプレックス、か」

 

英雄は、一体何にコンプレックスを感じていたのだろうか。

キセキの世代が持つ絶対的な才能に対してか。それとも、全く別の何かに対してか。

 

 

 

 

---日向、明日絶対に来いよ

 

木吉は別れ際にそう言った。

振り向く事もない日向の背中は怒りと悲しみに満ちていて、返事は無かった。

 

「(返事は無かったが、日向は必ず来る。リコもきっと)」

 

日向の激怒のお陰か、木吉は逆に冷静でいられた。

冷静な頭で考える事は、当然ながら明日の決勝戦。

特に、ゲームの入り方に気を配っている。

 

「(入り方を間違えると、取り返しのつかない事になりかねない。とにかく、序盤を乗り切る事を考えなきゃ)」

 

明日が誠凛のユニフォームを着る最後の機会。この日の為に頑張ってきた。

今、誠凛は大きく揺れている。原因は分かっているが、解決の目処は立っていない。日向やリコと英雄の亀裂は、最早修復不可能とも思える。

それでも、自らの心に未だ勝利への意欲がある事は確認した。誠凛がまともに戦える状況でなくとも、始まる前から勝負を捨てたくはないと。

英雄の事は木吉にとってもショックだったが、英雄をどうこう言う権利は自分に無いとも思った。

 

「(だからこそ、みんなを支えてやらないと。今まで助けるどころか、助けて貰いっぱなしだ。今こそ、俺が)」

 

1年前に木吉は怪我でリタイアし、今年の秋に復帰した。その時に、心に決めていた事がある。

その意思はチーム一丸に適さない為、必要ないと放棄した。

チームは死に体。今こそ、その想いを再び心に宿す。

 

「(こんな時にこそ、みんなを守ってやるんだ)やるぞ。相手は洛山。申し分はない」

 

完全に砕け散った希望は絶望の闇に溶け込んだ。だが、それでも、砕けた希望は弱々しくも確かに希望の光を放っていた。

 

 

 

「(やっぱり眠れない)」

 

帰宅した火神はベッドに潜り込み、冷えた体を温めながら目を瞑っていた。

悶々とした気分を変える事は出来ず、真っ暗な天井を見つめていた。

 

「水」

 

そういえば喉が渇いたなと、リビングに明かりを着けた。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し喉を潤す。

1度上を向き、目線を下に戻すと、テーブルに置かれた1冊のノートが目に入る。

 

「...」

 

特別目的があった訳ではない。興味本位ですらなかったが、何と無くページを開く。

開いてから、以前に聞いた事があるバスケットノートに何が書かれてあるのだろうか、と気になり文字を読み始める。

あんな独白を聞いてからだと、普段どんな事を考えていたのかが気になったのだ。

 

「なんだこれ?日付がバラバラだ」

 

ページの頭には日付が書かれてあるのだが、ページを進めると1週間飛んでいたり、日付が無かったりと、書き方すらも統一性が無かった。

再び思い出す。バスケットノートには2種類あって、日々の反省を書いたものと、単なる思い付きなどが書かれたもの。確か本人は雑記帳と言っていた。

 

「黒子のテイクチャージング。やっぱり、考えたのアイツだったのか」

 

夏の予選では影も形もなかった、今や黒子の必殺技とも言えるテイクチャージング。

ノートにはしっかりと記されていて、頭の日付も夏場の合宿の後になっている。

読み進めると、英雄の様々なアイデアが書かれており、それは英雄自身の事よりも他のメンバーの事で溢れていた。

 

『アイツは本物だ。ポストかアウトサイドシュートを磨けば、アイツ等を何時か超える。でも、そんな火神を見ているだけは嫌だな』

 

火神の事も掛かれており、一部を除いて普段でも良く言われる内容だった。

『アイツ等』が示すのは、恐らくキセキの世代。自分が超えると、身近な実力者に言われて悪い気はしなかった。

パラパラと見て、内容の9割がチームメイトの事。これを見れば、どれだけ一人ひとりを見ていたかが分かってしまう。

 

「見るんじゃ、なかった」

 

一通り見た火神の素直な感想。見た結果、余計に火神の心が揺れてしまう。

単純に勝つだけの為に考えていた事なら、結局自己中だったんだなと納得出来る。けれど、火神はそんな風に思わなかった。

 

「だったら残れっつーんだよ。あの馬鹿」

 

全てはプレーで語られている。

ただのし上がりたいだけの人間に、あんなプレーが出来るのだろうか。あんな楽しそうにプレー出来るのだろうか。

 

「明日。いや、もう今日か」

 

数字の上では、日付は変わっている。

決戦まで残り数時間にまで迫っており、余裕のなさを改めて感じた。

 

「とりあえず、寝よ。起きても、同じ想いだったら」

 

今思った事は、感情に流された結果なのかもしれない。

もし、寝て起きてそれでも同じ考えに行き着いたなら、その時は開き直ってみようと思う。

不思議と今ならすんなりと眠れる気がする。もしかしたら、これが火神にとっての答えなのかもしれない。

 

 

考え、悩み、そして疲れた誠凛のメンバーは、その夜は眠りについた。

海常との試合に疲れ果て、不安を抱えながら深く眠る。

何時か夢見た光景に近づいているのか、離れているのか。それは彼等にも分からない。

彼等にとって、忘れられない日になる事だけは間違いない。

 

街灯は消え、朝日が昇り。街角には、人通りや車が増え始める。

もう少し時間が経てば、多くの人々が東京体育館に集まる。テレビにも中継され、興味の無い人の目にも留まるだろう。

決勝と言うだけで激しい好ゲームを期待し、朝早くから出かける人もいる。誠凛の応援をする為に遠くから来る人達もいる。

だけど、もう少しだけ彼等は眠る。片手に不安を、もう片方の手に小さな希望の欠片を握って。




ヒーロー:ネガティブ
HERO:ポジティブ

英雄の心境に、かなりの違いがあったりします。
そろそろ、ホントに外伝やんないと、怒られそうでちょっと怖いです。


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定まらぬ決意の朝に

洛山高校 115-55 誠凛高校

 

最後のブザーが鳴り、観客は洛山の勝利を称える。

 

【それじゃ、みんな。さよなら】

 

絶望の闇に呑まれ、英雄の背中が遠のいていく。

そして、それを機に1人、また1人と目の前からいなくなっていく。

 

【待って!待ってください!】

 

どれほど声を荒げようとも振り向く者はいない。何時かの決別の時の様な、悲しい背中を見た。

 

【僕はっ!繰り返したくないっ!火神君っ!英雄君っ!みんなっ!!】

 

周りには誰もいない。たった独りになった自身を今度は闇が覆い始めた。

 

「---はっ!」

 

酷い夢を見た。中学時代の経験のせいか、現実味があり過ぎる。

真冬の早朝から嫌な汗をかいて黒子は目覚めた。

 

「はっ..はっ..はっ」

 

あれから少しでも休めた事が幸いだと思う。

考えたくはないが、近い未来を示唆しているのではないか。妙なデジャヴを感じている。

出来る事なら否定したい。こんな未来を蹴り飛ばしてやりたい。

 

「......怖い」

 

数時間後に試合を控え、こんな思いをしたのは初めてだった。

負ける事は問題じゃない。全てを終えた誠凛の行き着く先を考えると怖くて堪らない。

2度目の決別を迎えるかも知れないという恐怖が、黒子を襲っていた。

 

「(けど、このままじゃ駄目なんだ)」

 

しかし、黒子は1度目を知っているからこそ、待っているだけでは何も解決しないと知っている。

自分から動けば改善に向かうとは限らない。それでも、何もしなければ、後悔が待っているだけ。

最高の結末でなくとも、最良へと向かう努力だけは止めたくない。

 

「英雄君」

 

もう1度だけ、話してみよう。

それが黒子の答えだった。

 

 

 

「...酷い顔」

 

自室で鏡を見たリコはとりあえずショックを受けていた。

瞼は軽く腫れ、若干の充血が目立ち、変な寝癖が更に引き立てる。

17年生きてきて、こんな顔を見るのは初めてだった。

 

「(正直、行きたくない)」

 

酷い顔を全国中継される事も嫌だが、アイツの顔を合わせせるのも嫌。

そして、なによりもどこかに勝てなくてもいいやと思っている自分がいるのが嫌だった。

勝とうとしない人間がチームを率いる監督など務まるはずが無い。今日の午前に予定していたミーティングも自然消滅し、全員を呼びかける様なやる気も無かった。

 

「(でも、みんなは来るのよね。多分、日向君も)」

 

恐らく、同じ様な事を考えている人物はリコ以外にもいる。そして、その人物も試合会場に必ず現れる。

これが都大会とかならば、欠席の可能性もあったかもしれない。それが全国大会の決勝戦ともなれば、今まで戦ったチームの無念もあって、戦う前から捨てる事など絶対に許されない。

最後の2チームに残った者としての義務感と責任感はリコにもある。行きたくないと言うのは紛れもない本音だが、それでも行かざるを得ないのだ。

 

「(まさか、こんな最低な気分で迎えるとは思わなかった)」

 

海常に勝った時までは、もっと情熱的に燃え上がっていると思っていた。本当に人生とは、分からないものだ。

まさか、裏切りのカミングアウトを受ける羽目になるとは。

 

「あ~もうっ!腹立つ!!」

 

昨晩の出来事を明確に思い出してしまい、鏡に映った自分に不満を叫んだ。

どれだけ苛立とうが、自然に準備をしている自分がいる。気を落ち着かせる為、風呂場へと足を運んだ。

目の腫れを治すには、温めて冷やすという事を繰り返す必要がある。先ずは、シャワーで寝癖ごと気分を洗い流し、体を温める。その後にタオルを使って瞼の腫れを直していく。

 

「(ホント、最低)」

 

寝癖は簡単に直せたが、気分まで爽快にはならなかった。

手ごろなタオルが気の利く場所にあった事も気分の一因に繋がっていた。

恐らく、景虎が用意しておいたのだろう。リコが風呂場から出た直後に洗面台においてあった。

 

「おはよう」

 

「...おはよう」

 

リビングに向かうと、これ見よがしに新聞を読んでいる景虎がいた。

キッチンから香ばしい匂いがして、朝御飯の準備が出来ているようだった。

あからさまなご機嫌伺いに、正直少し腹が立つ。

 

「......ねぇ」

 

無言で朝御飯を食べ、コーヒーを一口啜ったリコは、本題を切り出した。

 

「ああ、前々から相談を受けてた」

 

「やっぱり」

 

具体的な質問をする前に、景虎はリコの求める答えを話す。

英雄の持っていた封筒は、バスケット協会と書かれており、英雄と渡りをつけた人物は景虎以外ありえない。

 

「元々協会は、国内バスケの発展の為に、そういう事をやりたがってた。今回、偶々スペインのチームのトライアウトがあったから、協会を通して書類を送り込んだ」

 

日本国内において、バスケットと言うスポーツの位置づけは、野球やサッカーと比べてマイナー寄り。キセキの世代の出現で活気付く今、更に追い風を求めていたと言う。

協会と渡りをつけて、トライアウトの情報を手に入れ、書類とプレー映像を送っていた。

 

「お陰で誠凛はボロボロよ。責任とってくれるの?」

 

今回の件で景虎が演じた役割は理解した。だからと言って納得できた訳じゃない。

タイミングは英雄の独断だろうが、景虎に恨み言の1つも言いたくなる。

 

「予定じゃ、今日の夜に言うはずだったんだよなぁ」

 

頭をガシガシと掻きながら、言い訳を漏らす景虎。

 

「言い訳しないでっ!大体なんで止めないのよ!まだ1年よ!??幾らなんでも早過ぎるに決まってんでしょ!!」

 

告白のタイミング自体は景虎に責任はない。だが、英雄の肩を持っている事自体が気に入らない。

今でも誠凛に残って欲しいと思っている。1度言い出した英雄が意見を変えないと分かっていても、リコは変わらず思っている。

 

「挑戦する事に早過ぎるはない」

 

「---っ!」

 

普段の親バカな雰囲気から一転。リコの父親ではなく、元バスケット選手からの意見は、問答無用でリコの言葉をとめた。

 

「僅かだとしても、望みがあるのにやる前から諦めるなんて事、アイツに出来る訳ねぇ。だから俺はアイツに預けたんだ」

 

景虎が現役時代の時、様々な事情により海外挑戦を諦め、現在の生活に至っている。

リコと言う子宝に恵まれ幸せだと思うが、未練がないと言えば嘘になる。

 

「確かに俺は部外者で、アイツのやった事は道理に反してる。だけどな、アイツがそうなっちまった原因の一因である以上、否定もできないんだよ」

 

日本は海外と比べ、義理人情を重んじる傾向がある。自身をより評価してくれるところに移るのが当たり前という考えも薄い。

それは景虎もそうであり、言い方が悪いが、自分に都合の良い選択を好む訳ではない。

だが、景虎は背中を押した。積極的な選択をする様に、幼少時から言い聞かせてきた。その結果、野心が宿っていた。

 

「...野心」

 

「ああ。隠し切れなくなった劣等感と重なって、今回の件に繋がったんだろう」

 

劣等感と野心。これが心の内で育んできたもの。

逆に言えば、これがあったからここまで成長できた。2年のブランクを解消し、全国クラスまで辿り着くなんて事、生半可な努力で出来るはずがない。

必要なのは具体的で高い目標。明確なビジョンこそが自らを押し上げるのだ。

 

「でもっ!」

 

「まぁトレーナーの1人として、作品とも言える選手を手放したくはないよな」

 

納得が全く出来ないだけで、理解はしているのだ。

続けて景虎は、リコの意見も分かると言う。

原石同然だった英雄をここまで磨いてきたのはリコである。スタミナが群を抜いていた為、特別メニューを何度も作り直したこともある。

1年と数ヶ月後が経ち、もっと環境が優れたところに行くと言われて、笑顔で見送れるだろうか。

トレーナーとして、チームメイトとして、絶対に許せない。

 

「アイツを許せって言ってる訳じゃない。ただ、うやむやにだけはするなよ」

 

これ以上話す事はないと、景虎は立ち上がった。残った食器をキッチンを持っていく。

そしてリコも、これ以上質問がなく、ボーっと窓の外を見ていた。

 

「最後のアドバイスだ。今日の試合は、本気で勝ちに行け。アイツが気に入らなくてもだ」

 

食器洗いをしながら言う。それでも前を向けと。

今のリコにとって、それがどれだけ難しい事かは理解している。

英雄の肩を持っているからではない。この一言はリコを思っての事である。

 

「無理よ...そんなの」

 

今日、決勝戦を控えていると、頭では分かっている。

分かっていても、本気で勝ちたいと思えず、負けても仕方ないと思っている。

こんな状況で勝つ方法があるのなら、是非とも教えて欲しいくらいだ。

 

「悔いは残さない様にな」

 

それから景虎は口を閉じた。皿洗いが終わるとジムへと仕事に向かい、リコだけが残された。

 

「劣等感、か」

 

英雄が相当な野心家であると言う事は、今更な話である。

文字通り分不相応な夢を本気で打ち立てる。分不相応と思っているのはあくまで周囲の人間であって、本人は本気で手が届くと考えているのだから、実に面倒この上ない。

しかし、劣等感の正体はリコでも分からなかった。

 

「あれ?どこにやったっけ」

 

じっとしていても落ち着かない。気晴らしに昨日撮った洛山の映像でも見ようかと思ったが、カメラが鞄に入っていない。

海常戦の前、どこかに忘れたかと思い返していた。

 

 

 

「おう、少し待たせたか?」

 

「いえ、問題ないっす」

 

場所は都内のホテルのロビー。

大きな体を揺らしながら、岡村がやって来た。

待っていた英雄はハンディーカムを鞄にしまい、頭を下げて挨拶をした。

 

「聞きたいことって何だ?」

 

「あの、これなんですがね」

 

鞄から1冊取り出して、岡村に開いて向ける。

1つのページを指差して、少しばかり質問をした。英雄の思惑は分からないまま、岡村は快く応じ、求められるまま返答をした。

 

「なるほど。参考になりました。ありがとうございます」

 

「それはええんじゃが。何かあったか?」

 

古い顔なじみとは言え、それほど長い付き合いと言う訳ではない。

にも関わらず、気が付いてしまう岡村に脱帽する。

 

「いーえ、問題なしっす。今日は勝ちますよ」

 

いきなり核心を突かれても、飲み込んで外には出さない。

家を出る前に決めた、やらかした者の最後の意地であった。

 

「...そーか。わしらも見に行くから、まっ頑張れ」

 

内心勘付いているのだろうが、聞き流してくれる気遣いはありがたい。

立ち去る岡村を見て、来年の陽泉は苦労するだろうなと思った。

 

「ん」

 

ホテルの外に出ると、英雄の携帯電話が鳴った。

このタイミングで、連絡を取ろうとする人間に心当たりがなく、ポケットから取り出して表示された名前を読む。

 

「テツ君...」

 

 

 

 

場所を更に移して、公園内のバスケットコート。

日が昇ってから、火神は再びこの場所でたたずんでいた。

 

「そうか...そんな事が」

 

目的の1つは、氷室辰也との和解。

陽泉との試合後にじっくり話す切っ掛けがなく、ここまで宙ぶらりんだった。

起床してから悶々としていた火神は1つずつ問題を解決しようと行動していた。

 

和解を求めていたのは氷室も同様。

火神の想いを快く受け入れ、和解に応じたが、火神の心のしこりが残っている。

相談してどうにかなる問題でもなくとも、誰かに話を聞いて欲しかったのだ。

 

「まだ俺ん中で決めかねてる。俺はどうすればいいのか」

 

チームメイトには気を使って話し掛け難い。寧ろ、部外者である氷室の方が話しやすかった。

 

「そうだね。いっそ何も考えずに真っ直ぐぶつかってみたらどうかな」

 

「何も考えず」

 

火神の性格から言って、考え過ぎるのは良くない。

上手く立ち回ろうとせず、火神の思うままに行動すればと、問いかけた。

 

「そうすれば、少なくとも悔いは残らない。タイガが正しいと思った事を真っ直ぐに」

 

何が正しいか、それすらはっきりしない状況だが、少しだけ楽になった。

要はその時その時に感じた事を、そのまま行動に移す。

何が起きるかなんて事、今は分からない。その代わり、その為の心構えは今からでも出来る。

 

「サンキュ、今の言葉マジで助かった」

 

「いいさ。しかし、彼がスペインにか」

 

どうせなら、自らを破った誠凛に勝って欲しい。我ながら小さいプライドだなと微笑しつつも、英雄の件について考える。

 

「ああ。何時からそんな事考えてやがるのか」

 

「彼の考えは理解できないか?」

 

火神の疑問に対し、氷室は改めて質問をした。

英雄の選択を知った氷室には、少しだけ理解できる。

 

「どういう意味だよ」

 

「タイガは、この先自分がどうなっていくのかなんて、考えた事はあるかい?」

 

火神の質問返しに、更に質問を返す氷室。

 

「例えば、俺はアメリカの大学に進学しようと思っている。まだ先の話だけどね」

 

大きく言えば進路の話。

高校1年生の火神がピンとくる話ではないが、英雄の考えに近づく為にあえて話す。

 

「無名の俺が、強豪に行ける訳はない。ペーパーテストで行ける範囲で、精一杯背伸びするつもりさ」

 

今の目標は、あくまで日本一。

来年3年生になる氷室は、その後のビジョンもしっかりと持っている。

今の目標も未来に繋がる通過点でなくてはならない。決して人生の最終目標であってはならない。

火神に分かるように、出来る限り噛み砕いて説明を続ける。

 

「補照君ほど極端でなくとも、そういうビジョンは持っておいた方がいい。誠凛が決勝に辿り着いた以上、今後の目標は常に日本一になるんだからな」

 

この先、誠凛が掲げる目標は、日本一以外になくなる。

今大会でそれが可能であると証明されたが為に、目標を下降修正できなくなる。

日本一を目指す事が当たり前になってくると、逆に士気低下に結びつく事がある。所謂、燃え尽き症候群がこれにあたる。

これ以上目指すところがなくなり、どこかでマンネリ化が起きる。英雄が恐れている事の1つはこれだろうと、氷室は言う。

 

「...なぁ、劣等感って感じた事あるか?」

 

「急になんだい?」

 

「昨日、英雄が言ってた」

 

英雄の急ぐ理由はなんとなく分かった。

火神は話し次いでに、もう1つの疑問を氷室に聞いてみる。

 

「...あるよ。最初は、タイガが切っ掛けだった」

 

面と向かって言うなんて、恥しい事この上ない。

正直なところ、本人と向かい合って言いたくはないが、困り果てている弟分が聞いてくる以上、応えない訳にはいかない。

 

「と言うか、タイガに劣等感を感じない人間は少数派だと思うよ」

 

面と向かって言われ、困るのは火神も同じ。

聞くんじゃなかったと後悔し、言葉の続きを待つ。

 

「けど、補照君の場合、少し違うと思う」

 

「え?」

 

全国レベルに達している選手が、劣等感を感じる対象は限られてくる。

火神含め、キセキの世代がその対象になり得るのだが、不思議としっくりとこない。

 

「実際アツシに対して、劣等感どころかあまり気を払っていない印象をもったからね」

 

準々決勝で紫原は、『俺を見ていない』と言っていた。

つまり、英雄はキセキの世代に劣等感を抱いておらず、準決勝での黄瀬に対しても同様。

他の3人に関しては断言できないが、英雄が抱いた劣等感は別のものに向いている様に思えた。

 

「じゃあ、一体」

 

「本当に知りたいなら、それこそ本人に聞いてみればいい。下手に気を使わず真っ直ぐに」

 

氷室は繰り返し言った。

ここでの気遣いは悪循環。理解したいなら、勇気を持って踏み込むべきだと。

 

 

 

 

その頃、黒子は電話で英雄を呼び出していた。

場所は久しぶりのバーガーショップ。

 

「やっ」

 

「...どうも」

 

やはりいつも通りとはいかない。顔を合わせるだけで、表情が強張る。

 

「とりあえず、これ渡しとくよ」

 

黒子の目の前にハンディーカムを置いた。

何を話してよいかなんて事は、英雄にも分からない。重苦しい沈黙を防ぐ為に、口を動かした。

 

「出来れば、順平さんかリコ姉に渡しといて欲しい。テツ君も見ておいた方がいいよ」

 

とりあえず、決勝戦に関わる話。

黒子の出方を待ちながら、話を続ける。

 

「相手の事を知っておかないと、ミスディレクションも活きないでしょ?」

 

黒子のミスディレクションは、出たとこ勝負では発揮できない。

試合までの準備があってこそ、試合で輝くのだ。

 

「英雄君。僕の話を聞いてください」

 

ビデオカメラから英雄へと目を移し、黒子は話を切り出した。

 

「僕が誠凛を選んだ切っ掛けは、中学の時に試合を見たからです。そしてその後、遠くから眺めていた練習風景の中に君がいました」

 

帝光中学バスケット部を辞めてから、再びコートに戻ると決心した時、黒子は人知れず見学に来ていた。

見学と言っても、校内には入らず、フェンス越しに体育館内を眺めていた。

そこにいたのは、黒子同様にバスケに復帰した英雄であった。

 

「その時に思ったんです。ここなら、真剣に勝つ事と楽しむ事の両方を目指せると。きっと、君となら」

 

当時は、キセキの世代の対抗心があって、自身のバスケを認めさせようと考えていた。

そういう意味で、木吉と英雄がいる誠凛を選んだのかもしれない。

だが一方で、誠凛に混ざってみたいと本心で思った。帝光にない物がここにあると信じていた。

 

「もう駄目なんですか?僕は、もっと君と、みんなでプレーしていたい。本当にもう駄目なんですかっ...!」

 

共に歩んだ日々を思い出すと涙が溢れてくる。

楽しい事も、辛い事もあった。試合の勝敗以上に、この日々はかけがえの無いものだった。

英雄の向上心の高さを知っても、何時か終わりが来ると分かっていても、黒子は一心に望む。

 

「ごめん」

 

黒子の気持ちは分かった。上っ面ではなく、受け止めた上で頭を下げた。

 

「俺って馬鹿だからさ。全国大会でMVP、国際大会で金メダル、プロになって新人王、可能性がある限り、全てに手を伸ばしたいんだよ」

 

秋頃だったか、部室の掃除をした際に目にした雑記帳には、英雄の掲げた目標が箇条書きになっていた。

あの時は恥しそうに隠していたが、今では本腰を入れて目指そうとしている。

 

「最後の最後まで馬鹿でいようって決めたんだ。そうすればいつかきっと、胸を張れる時がくるような気がするから」

 

「そう、ですか」

 

行動に結果は付いてこなかった。黒子に出来る精一杯の気持ちを伝えても、英雄の決心は揺らがない。

謝られてからの言葉が耳を通り抜けていく。

 

「だから俺は誠凛を日本一にする。MVPも取る」

 

こんな馬鹿な宣言なんて、ちっとも届いていない。意味を失った言葉は店内に空しく響くだけ。

俯く黒子に一声賭けて、英雄はその場を後にした。

 

 

 

 

昼が過ぎ、夕方を向かえ、時計の秒針は正確に時を刻む。

徐々に近づくに連れて、決戦の場である東京体育館に人々が集まっていく。

今までに誠凛と戦った事のある者が観客に混じっており、結末を見届けようと足を運ぶ。

 

「......」

 

誠凛の控え室の雰囲気は、屋外と同じくらいに冷え切っていた。

黙々と着替えを済ませ、会話なく目を合わせる事も少ない。

英雄は部屋の隅で目を閉じ、日向は距離を取ってそっぽを向いている。

 

「カントク」

 

同じ様にどこか違う方向を見ていたリコに、伊月を中心とした小金井・水戸部・土田の4人が話しかけた。

 

「スターターに、英雄を入れるべきだ」

 

チームのトップの2人がダンマリを決めて、時間だけが過ぎている。そんな状況を打破する為に、彼等は踏み切った。

その様子に驚く日向や1年とは対照的に、木吉は同じ事を考えていた4人に対して嬉しく思っていた。

 

「おい!待てよっ!」

 

「日向」

 

興奮し始める日向に、落ち着かせようと名前を呼ぶが、簡単には収まらない。

 

「こんな奴を信用しろっつーのかっ!出来る訳ねーだろっ!!」

 

押し黙るリコと徹底的に反対する日向。伊月等も当事者であり、その気持ちは充分過ぎるほど理解できる。

特に気持ちで戦う日向が、英雄と良いプレーが出来るとは思えない。

だがそれよりも、優先したい事があるのだ。

 

「日向っ!」

 

「うっ...!」

 

「お前だって分かってるだろ。赤司のマークを誰がやるべきなのかを」

 

他のチームならまだしも、洛山が相手となると状況が大きく違ってくる。

大きな問題は、誰が赤司とマッチアップするのか。

 

「か、火神がいんだろ。こんな奴の力を頼らなくたって...」

 

英雄を指差し拒絶しながら、今まで通りキセキの世代の相手は火神に任せればよいと力説する。

 

「火神にゲームメイクまでやらせるのか?幾らなんでも、タスクが多すぎだ」

 

しかし、伊月の正論は崩せない。

伊月自身悔しく思うが、赤司のマークの前にどれ程の仕事ができるだろうか。

日向の言うとおり火神ならと思う半面、負担の多さに疑問を抱く。

 

「っ...けどなっ!」

 

「俺達4人で話し合って決めたんだ。今日だけは勝利に拘るって。やっぱり、日本一になりたんだよ」

 

今度は立ち上がる日向の肩を掴んで、小金井が説得を試みる。

 

「日向の言いたい事は分かるけどさ。俺達の為に割り切ってくれない?」

 

小金井の言葉に水戸部も頷き、日向に訴えかける。

許せないと言う気持ちは最もだが、このままで良いはずが無い。

 

「...っかったよ」

 

「悪いな日向」

 

渋々ながら同意する日向の肩を土田もポンと叩く。

とりあえずでも、目先を変えて戦う理由となる事を選んだ彼等は、隅っこに座る英雄に目を向けた。

 

「英雄、そういう事だ。負けたら承知しないぞ」

 

「死ぬ気で戦う覚悟は出来てます」

 

伊月の問いに目を見開いて答えた。

勝ちたいから英雄を出す。信頼は失い、求められているのは結果だけ。

言葉は必要ない。全てはコート内で決まる。

 

「(意外と、緊張はしてないんだよな)」

 

色々とあり過ぎたせいか、木吉は決勝戦に対し、過度な緊張感はなかった。

日本一を目の前にして、硬くなる事なく、気合は充実していた。

 

「みんな、聞いてくれ」

 

伊月等に便乗し、木吉も想いをぶつける事にした。

 

「これが俺にとって、最後の高校バスケだ。だから無理は承知で言う、楽しんでいこーぜ」

 

出来る出来ないは関係なく、あえて木吉はチーム全体に投げかけた。

暢気な言葉ではない。これは木吉の願いであり、宣言である。

 

「...時間よ。行きましょう」

 

届かなくたっていい。ここを最後と決めたからには、今出来る全てをコートに吐き出す。

脆くなった誠凛には支えが必要だ。それこそが、木吉鉄平に残された最後の役割として相応しいと思う。

 

「(大丈夫だ、俺は独りじゃない)」

 

言おうと思っていた事を、伊月達が言ってくれた。

同じ想いを持った仲間がいると分かれば、恐れる物はない。

 

「おい」

 

ウォーミングアップの為に、コートに移動を始めると、火神が英雄を呼び止めた。

 

「お前の言う壁って何だよ。何に劣等感を感じてるんだ?」

 

無言で振り向く英雄に思ったまま、感じるままに質問をぶつけた。

 

「...情けない話。『たられば』にかな」




野心の意味を調べると、
①ひそかに抱く、大きな望み。また、身分不相応のよくない望み。野望
②新しいことに取り組もうとする気持ち
③野生の動物が人に馴れずに歯向かうように、人に馴れ服さず害を及ぼそうとする心

悪い意味で大体当ってる。五将的な通り名をつけるとしたら、これなのかなぁ


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負け難い戦い

決勝戦の前の3位決定戦は、秀徳と海常で行われていた。

怪我で黄瀬を欠く海常に、緑間を対応する手段がなく、DFが簡単に崩されていた。

序盤から秀徳のワンサイドゲームが展開され、洛山に一蹴された秀徳が決して弱くなかった事の証明となっていた。

 

『駄目だ~!黄瀬は出ないのかよ~!』

『ばっか!昨日の試合見てないのかよっ!』

 

黄瀬不在だけでなく、誠凛との戦いで使い果たし、海常本来の力は半分も発揮できていない。

 

「相当盛り上がっとったようやな」

 

「あん?気になるなら来ればよかったろ」

 

桐皇学園のメンバーが1箇所に集まっており、中心には今吉や青峰もいた。

勝敗も大半が決まって、今吉が軽く話しかける。

 

「言われんでも、勉強の合間に中継見たし」

 

「なんだそりゃ。そんな調子で受験大丈夫なのかよ」

 

「ほっとけ」

 

WCの各試合はテレビ中継をされている。時間さえ把握しておけば、計画的に中継を見ることができる。

受験勉強の休憩がてらに試合を見ているだけで、さぼっている訳ではない。

 

「いよいよ、ですね」

 

3位決定戦の終了のブザーが鳴り、秀徳を祝福している。

敗北した海常は悔しがっているが、泣くほどの感情は表に出ていなかった。

その様子を見た桜井は、次の試合に意識を向ける。

 

「ついに決勝か。一体どうなるんだ」

 

若松も高まる緊張感に感化し、試合の展望を考えていた。

 

「......」

 

「(インターバル中のアップ。妙な感じがしたが、もしそうなら)3決と同じ展開もあり得るで」

 

青峰は表情を全く動かさず見つめるだけ。今吉は、どこかで感じたような違和感に開始早々のワンサイドゲームも視野に入れいていた。

 

「あー。出てきた」

 

桐皇とは別の場所で、陽泉メンバーは試合を見ていた。

紫原が入場した洛山と誠凛に反応し、その目を向ける。

紫原・岡村・劉の3人が並ぶと、後ろの人間はさぞかし見難いことだろう。

 

「顔が硬いな。決勝独特の雰囲気に呑まれたか?」

 

一緒に並んで座っていた荒木は、誠凛メンバーの表情を含めた全体の雰囲気に着目した。

前評判を覆し続けた勢いあるチームとは思えない。入場する間も、足取りは重く、一人ひとりの距離が少し開いている様な気がする。

 

「(やはり、何かあったようじゃの)」

 

旧知の英雄がいる為、誠凛側での観戦をするつもりだった岡村は、今吉と同じくこの試合に不安を感じていた。

 

「(この試合、序盤の出来が左右するな)頑張れよ。タイガ」

 

誠凛に起きているトラブルの事情を知る唯一の人物、氷室は厳しい状況下に立たされた火神を影ながら応援するのだった。

 

 

 

「スターターは、日向君、鉄平、火神君、黒子君、そして英雄」

 

リコから決勝戦のオーダーが告げられた。色々と思うことはあるけれど、伊月等の想いに応じ、本来のベストメンバーで臨む事になった。

 

「おう」

「はい!」

 

呼ばれた5人の内、木吉と火神だけが返事を返し、微妙な沈黙が会話に挟まれる。

 

「ああ」

「分かりました」

 

少し遅れて、日向と黒子が返事をする。

試合に対するモチベーションが全く無い訳ではない。どこかで勝ちたいと言う気持ちが残っている。にも関わらず、暖まった体と対照的に心は冷えていた。

 

「今回、洛山のスカウティングが出来てない。序盤は無理をせず、じっくりリズムを作っていきましょ」

 

1度たりとも目を合わさず、話を進めていく。

原因はともかく、洛山相手にノープランで突っ込むのは危険行為に他ならない。相手の出方を待つやり方は、誠凛の型ではないが、無闇に行って返り討ちと言うのは避けたい。

 

「いや、こっちから仕掛けよう。考えがある」

 

更衣室を出てからダンマリを続けていた英雄が、提案を切り出した。

 

 

 

『決勝戦に先立ちまして、両チームの紹介を行います』

 

試合開始前に、マイクを通してアナウンスが響く。

 

『始めに、黒のユニフォーム、誠凛高校。監督、相田リコ』

 

大人ではなく、学生のリコが監督として呼ばれ、観客の物珍しそうな視線が集まる。

 

『続きまして、スターティングメンバー。15番、補照英雄』

 

この名が呼ばれ、沸く観客。

プレーもだが、先日のインタビューを見た者も多く、コートの中外問わず、とにかく目立つ英雄に対する期待感は火神と同等。

 

『11番黒子テツヤ』

 

『アイツだよな。黄瀬を止めてた奴』

『いやでも、そんなに凄かったっけ?そーでもないような』

『うーん。時偶いい感じのプレーすんだよな』

 

先ずは、黒子の名前が呼ばれた。物珍しさではなく、正体不明なプレーヤーとして観客の興味を引いていた。

 

『10番、火神大我』

 

そして、火神の登場により、黒子の印象が掻き消えた。

青峰、紫原、黄瀬とキセキの世代を相手取り、互角に渡り合ったスーパーエース。持ち前のジャンプ力を生かした派手なダンカーとして、人気を高めつつあった。

 

「黒子。気持ちの整理はついているのか」

 

「...どうなんでしょう」

 

注目の的となった火神は、そんな歓声に目もくれず、真っ先に黒子の下へと近寄った。

質問をされた黒子は、表情に憂いを滲ませながら質問で返した。

 

「先程の先輩たちの言葉で、ある程度踏ん切りをつけたつもりですが」

 

『7番、木吉鉄平』

 

伊月らの言葉を聞くまで、スターターを辞退しようとしていた黒子。今のところ最低限のモチベーションを保てているが、英雄とまともに目を合わせる事も出来ていない。

 

「困ったら俺に回せ」

 

「え?」

 

「俺が何とかする。俺が日本一にしてやる」

 

話の本題から外れているが、火神の言葉は頼もしかった。

 

「気合が入ってるのは良いが、1人で突っ走るなよ。俺にも背負わせてくれ」

 

コートの真ん中に木吉が混ざり、2人の肩に手を乗せた。

 

 

「俺はこの試合に全てを賭ける」

 

静かにたたずむ英雄を眺めながら、木吉は決意を口にした。

今の状態の誠凛が勝つには、木吉の出来が大きく関わると考え、その原因である英雄を複雑そうに見つめている。

 

『4番、日向順平』

 

最後に日向が呼ばれ、粛々とコートに足を踏み入れる。

 

「頼むぞ日向!」

 

日向の心情を察しながらも、懸命に声援を送る伊月達2年生。その姿は、未だ試合が開始されていないにも関わらず必死そのものであった。

 

「3P、期待してるからな」

 

「...ああ」

 

願い続けた舞台でも、日向の顔は淡白。冷めた表情のまま、木吉の声に返事をした。

 

『続きまして、白のユニフォーム洛山高校。監督、白金永治』

 

木吉や火神が、弱々しくとも勝ちたいと言う気持ちがある事を確認していると、洛山メンバーの名前が呼ばれ始めた。

 

『8番、根武谷永吉』

 

「よっしゃぁぁぁぁ!」

 

始めに色黒で筋肉質の大男、根武谷が怒声を上げながらコートに入る。

190cmと、Cとして大きな方ではないが、高校生離れした岩の様な肉体から放たれる威圧感は、陽泉のゴール下を髣髴させる。

 

『7番、葉山小太郎』

 

次に出てきたのは、八重歯が目立つ葉山。

徐々に上がる会場のボルテージは、誠凛の時を既に越えている。何故ならば、嘗ては無冠の五将と称されたビッグネームがこうして同じユニフォームを着て並んでいるのだから、超絶プレーを期待せずにはいられない。

 

『6番、実渕玲央』

 

そして現れた無冠の五将3人目、実渕。

このビッグ3だけでも優位な試合が作れ、名前だけでも相手にプレッシャーを与えることが出来る。

 

『5番、黛千尋』

 

唯一の3年生黛が入場しているが、前の3人の影になってしまい、誰も気を払っていない。

だが、準決勝のあのシーンを目撃した誠凛の目は、真っ直ぐに向けられていた。

 

「(あの時は、準決勝を控えていたからあえて触れなかったけど。彼は本当に)」

 

赤司がウイニングショットを決めた時、黛は木村のパスをカットした。しかも、見ていた者を含めた全員の意識の外から現れて、赤司にパスを送った。

あの普通ではない光景。リコにも馴染みがある。

 

『4番、赤司征十郎』

 

最後はキャプテンマークとも言える4番を背負った赤司。背丈の数倍の存在感を示しながら現れた。

 

「テツヤ。あの時の答えを見せてもらおう」

 

「赤司君」

 

整列した状態から黒子に声を掛ける。

だが、伝えたい想いが山ほどあったはずなのに、黒子の口は動かない。

 

「...無駄口を叩くタイプではなかったね」

 

黒子のリアクションや、周りの態度を一頻り見た赤司は、会話を止めて合図を待つ。

 

「横いいか?」

 

「ええ、どうそ...トラ」

 

「ふぃー。間に合った」

 

開始のブザーが鳴る寸前に景虎が桐皇の監督・原澤の横に腰掛けた。

 

「トラが態々観に来るなんて、誠凛か?」

 

「ああ。気付いていると思うが、愛娘が監督なんだ」

 

「道理で。あのステップバックを4番が使える訳だ」

 

1回戦で行われた桐皇と誠凛の試合で、日向が披露した高速のステップバック。選手達は初見で虚を疲れていたが、原澤にとっては懐かしい記憶の1つ。

試合には負け、嫌な思い出に塗り替えられた後、何と無く気にかかっていた。

 

「誰ですかね?あの人」

 

「ファッションセンスが、若松みたいやな」

 

「でもチンピラとヤクザくらい差があるぜ」

 

「なんか飛び火してんすけど」

 

桜井の疑問から、何故か若松へのイジりに変わる。今吉と諏佐に言われて文句もあるが、上級生な為に強く言えない若松。

 

「うるせーな。始まるっつーんだよ」

 

他の観客とは別の意味で周りがざわつき、青峰が不満を漏らした。

 

洛山高校スターター

 

C   8番 根武谷 永吉 190cm 2年

PF  5番 黛 千尋   182cm 3年

SF  7番 葉山 小太郎 180cm 2年

SG  6番 実渕 玲央  188cm 2年

PG  4番 赤司 征十郎 173cm 1年

 

誠凛高校スターター

 

C   7番 木吉 鉄平  193cm 2年

PF 10番 火神 大我  190cm 1年

   11番 黒子 テツヤ 168cm 1年

SG  4番 日向 順平  178cm 2年

PG 15番 補照 英雄  192cm 1年

 

中央のサークルに集まり、開始のジャンプボールを待っていた。センターサークルに立つのは木吉と根武谷。

今年最後の公式戦。最後の栄誉を勝ち取るのはどちらか。その答えは、この40分で出る。

開始のブザーが鳴り、審判がボールを放り投げる。

 

---ティップオフ

 

「おらぁっあ!」

 

ジャンプボールを制したのは根武谷。ボールを赤司目がけて弾く。

 

「っくそ。DFだ!簡単に先制許すな!」

 

最初のOFは洛山から。

日向の声と共に誠凛の5人は自陣に戻る。

ここだけ見ればいつも通りなのだが、木吉がジャンプボールで負けたのは気持ちによるもの。あまり態度に出しすぎると洛山に勘付かれてしまう。

日向もそこまで愚かではない。しこりはあっても、ゲームに集中するように努めていく。

 

「4番!」

 

誠凛のDFはマンツーマン。日向が実渕、木吉が根武谷、火神が葉山、黒子が黛、英雄が赤司とマッチアップ。

特に試合展開を左右するであろうマッチアップは注目を集める。気合充分にマークの番号を口にする英雄は、マークの赤司に詰め寄った。

 

先制点は欲しいが、責め急ぐ事をしない赤司。英雄を前にしてもパスに逃げる事をせず、ボールをドリブルでキープしながら全体を観察していた。

 

「(このくらいじゃ動じないってか)」

 

赤司とのマッチアップで警戒するのは、『天帝の目』によるアンクルブレイクである。黄瀬を相手に何度か体感したが、まともに食らえば耐えられない。

こちらの予備動作から動きを見切る赤司から、スティールするのは非常に困難なのだ。現在の涼しい顔の理由も、奪われない絶対的な自信からきているのだろう。

つまり、赤司に対してブロックやスティールを決める事は現状困難であり、出来る事と言えばハンズアップやコースを塞ぐ事など、基本的で地道なプレーが求められる。

リズムや流れを掴めれば、どこかでチャンスが巡ってくるかもしれないが、直接的に赤司を止める事は英雄にできない。

 

「っへ」

 

けれど、この展開は事前に予測できる。

たった1試合分の映像資料を見ただけでも、赤司の上手さや強さは確認できた。

今までの誰もが出来なかった事。それに挑戦する事は、英雄のモチベーションを更に高めた。

 

「っむ!」

 

いきなり距離を潰し赤司に迫る。

アンクルブレイクを使わずとも赤司のドリブルスキルはすべからく高い。安易に踏み込めば、簡単に抜かれてしまう。

それでも中途半端な受身に回っては、チャンスはやってこない。狭いようで深い赤司の懐目がけて1歩を踏み込んだ。

 

「んー無理じゃね?」

 

その様子を見ていた紫原は、思ったままに感想を言う。

 

「そうか?あの運動量は洛山にとっても脅威だろうし、1試合続けられたらいくら赤司でも」

 

福井は同じPGからの目線で考え、英雄の積極的な判断に好感をもっていた。

ファウルやドリブルでかわされるリスクも承知で、最初から勝負を掛けに行くなんて事は、よほどの度胸がなければできない。

 

「確かに悪い選択とは思わないけど~。やっぱり赤ちんが負ける姿なんて、イメージ出来ないなぁ」

 

膨大な運動量に引っ掻き回された1人として、英雄の選択自体に文句を付けようとは思わない。相手が赤司でなければ、必ず効果を発揮するだろう。

 

開始早々に密着マークを試みた英雄。腰を屈め、ステイローに努めながら赤司に詰め寄っていた。

PGとして長身を誇る英雄が前を塞ぐ事で、パス及びシュートコースを削る事が出来る。だが、小回りで言えば赤司の方が上。

 

「...」

 

細かいドリブルで体勢を整え、縦の緩急で後方を警戒させ左に切れ込む。

 

「ぅおっ!」

 

『ファウル!プッシング!』

 

距離間を読み違え咄嗟に追うが、赤司の体と強めに当ってしまった為にファウルを取られた。

体が小さければドリブルも低く、予備動作も小さくなる。

映像で事前に確認していたが、手の内を全て出していた訳ではないのだ。初めてのマッチアップもあって、非常に読み難い。

 

「へぇ」

 

赤司もまた、自身の中にあった英雄のイメージを修正していた。

思ったよりも判断が速く、その判断に体も付いてきていたからだ。

そして、この前掛りなDFこそ、英雄なりのアンクルブレイク対策であった。

 

「(あの大口も単なる出任せって訳でもなさそうね)」

 

洛山はチームの方針として、序盤はほぼ観察に当てる。

近くで見ていた実渕も英雄の計算を察し、昨日聞いた言葉を思い出す。

 

 

 

赤司とマッチアップする上で、英雄はこう考えた。

アンクルブレイクを受けて抜かれるよりも、普通にドリブルで抜かれる方がマシである。

アンクルブレイクを受けると転び、カバーリングやリカバリーも遅れて間に合わない。

逆に後者の場合は、火神や木吉がゴール下に陣取っていて、挽回のチャンスが巡ってくる。

 

そして中途半端に距離を空けてしまうと、アンクルブレイクからは逃れられない。

英雄がプレスを掛ける事により、普通に抜いた方が早いという状況が生まれやすくなる。

 

「面白いな。あれ程開き直ってきた選手は初めて見る」

 

監督の白金は、勝てない前提で向かってくる英雄の発想を評価しつつも、その半面で残念に思っていた。

さっきの場面。あのまま赤司をどうにかしなければ、先制点を確実に得ていた。

取られたファウルも際どいジャッジであって、別の審判ならば流していたかもしれない。

フィジカル、スキル、判断能力、間違いなく日本一のPGになっていただろう、赤司さえいなければ。

 

 

 

「たったワンプレーでも、君への評価を上方修正したよ」

 

「それはどーも」

 

実渕がコートの外に出て、審判からボールを受け取っていた。

再開に備えている最中に、赤司が横目で見ながら一声掛けた。

 

「赤司!」

 

実渕のスローインを受けた葉山は、赤司へと繋ぐ。同時に、問答無用で英雄が前に出た。

 

「(だが)頭が高いっ」

 

英雄の考えには、決定的な欠点があった。

勢い良く飛び出し、距離を詰める瞬間、英雄の重心は傾く。赤司へと踏み出すと同時に、横への揺さぶりを加えれば良いだけなのだ。

赤司の『天帝の目』は、その一瞬を見逃さない。

英雄のプレスに臆することなく向かい、今度は左に切り込む。

 

「(手の内は、先に見せてもらおうかっ)」

 

英雄が追い、左足に重心が乗った瞬間、赤司は右に切り替えした。

下半身から急に力が抜けて、重力が全身を襲う。

プレスの為の力がなだれ込んだ英雄の体は、尻餅どころかコートの上を滑り、赤司から大きく離れていった。

 

「...」

 

赤司がノーマークになり、アウトナンバーが成立。英雄に目もくれず、インサイドへと侵入した。

 

「赤司!」

 

赤司のペネトレイトに、火神がヘルプで対応する。英雄が駄目ならば、火神が最後の砦となる。

しかし、状況は人数で負けており、ヘルプに動けばDFに別の穴が生まれてしまう。

 

「ナイスパス!」

 

火神の右脇をバウンドパスが通り、完璧なタイミングで葉山のカットインに合わせた。

 

「(葉山っ)」

 

「ちょろいねっ!」

 

ショートコーナーでバックドアパスを受けた葉山は、ヘルプの木吉をかわしながらレイアップを決める。

英雄をいなされた時点で、不利な状況だった。1度スピードに乗った葉山に、スピード負けしてしまう木吉では分が悪い。

 

『先制は洛山だ!』

 

抜かれた英雄はすっ転び、抜いた赤司が決定的なパスで先制点を演出。

シンプルで分かりやすい展開に、観客も沸いた。

 

「流石は征ちゃんね。あれだけプレッシャーを掛けられて、顔色1つ変えないなんて」

 

キセキの世代でなければ、赤司でなければ、もっと効果を発揮したはず。

自身が赤司の立場なら、苦戦は必死だったが、あっさりと対応した赤司に、味方ながら末恐ろしさを感じた。

 

「作戦の変更をオススメするわ」

 

目先を日向に移し、挑発まがいの一言を告げる。

 

「余計なお世話だよ」

 

「あらあら」

 

そっぽを向いたまま辛らつな言葉を返す日向に、余裕の表情を見せてDFに戻る実渕。

 

「まぁ、頑張って」

 

「っち(何してんだよ)」

 

そして、英雄にもすれ違い様に一言。

実渕につられて英雄と目が合った日向は、再びそっぽを向いた。

伊月の言葉でモチベーションを取り戻したが、既にフラストレーションが溜まり、胸のモヤモヤ感は消えずに残っていた。

 

「やっぱり無茶じゃないか?本当にこのまま行くつもりなのか?」

 

代わりに木吉が英雄のフォローを行った。

試合前に聞いた説明を簡単に聞いたのだが、内容がハイリスク・ローリターン過ぎて、どうしても不安が募る。

 

「そうですね。このままじゃ無理っぽいんで、作戦Bで行きます」

 

「ん?聞いてないんだが」

 

初めて聞いたフレーズに戸惑う木吉。内容を確認するにも時間がない。

 

「...」

 

日向のスローインを英雄が受けた。

 

「とにかく1本決めましょう。ここ外すと結構不味いんで」

 

キリが悪くとも、話はここまで。

先にOFへと向かった火神と黒子の後を追う。

 

「分かった。とりあえず任せる」

 

これからやろうとしている事を出来れば頭に入れておきたいところ。

それでも英雄の言う事も正論であり、第1クォーターで躓くと取り返しの付かない事態に繋がりかねないのだ。

マンツーマンDFで、赤司のマークを任せている英雄に判断を委ねた。

 

洛山のDFもマンツーマンDF。

マッチアップはOF時と変わらなく、英雄の前に赤司が立ち塞がる。

 

「英雄!」

 

「頼むよっ」

 

赤司との1対1を避け、火神の要求に応えてシンプルにパスを捌いた。

優勝候補筆頭の洛山でも何とかなるかもと印象付ける為に、最初の1本は大きな意味を持つ。

葉山とのマッチアップである限り、計算が立つ火神に頼る他なかった。

 

「よしっ、こい!」

 

顔を輝かせながら、葉山は火神を待ち構える。

火神が機を窺っている間に、日向や英雄は距離を取ってアイソレーションを計った。

 

「(俺に言葉で鼓舞するなんて出来ない。プレーでチームを引っ張るんだ)」

 

氷室からアドバイスを受けたが、特別な手ごたえはなかった。やはり口で上手く立ち回る事は下手らしい。

 

「(元五将だろうが、負けられねぇ!)」

 

火神のドライブ。右に切れ込み、ショートコーナーでミドルシュートを放つ。

幾ら葉山にスピードがあっても、火神を跳ばせたらフリー同然。シュートコースに手が届かず、リングネットを揺らされた。

 

「っげ」

 

ブロックしようと手を伸ばしても、視界を塞いでコースを切る事も出来ない。

完全に抜かれなくても、火神のジャンプ力は常識ごと超えていく。

 

「ちょっとー」

 

「あっさりやられ過ぎんだろ。もっと集中しろってんだ」

 

簡単に失点した葉山に、実渕と根武谷が不満の声を挙げた。

 

「ゴメンゴメン。なんとか挽回すっからさ!」

 

失点したが、完全に抜かれた訳ではない。あのミドルシュートは厄介だが、目を慣らしていけばその内対応できるだろうと、全くめげない葉山。

キセキの世代と同等の火神とやり合って、端からタダで済むとは思っていない。

取られても取り返せれば、決して負けることはないのだ。

 

「(よしっ、後は赤司を)」

 

「火神。後、頼む」

 

「え?」

 

DFに戻る火神に一言告げて、英雄は飛び出した。

事前の説明はなく、誠凛も洛山も観客も、全ての者が目を疑った。

 

『オールコートプレスっ!?こんな序盤で!!?』

 

スローインをする直前、根武谷とのパスコースの間に立つ。

何も聞いていない誠凛の4人は自陣で守り、英雄はたった独りでフェイスガードを仕掛けた。

 

「これは...!」

 

見ている全員がその行動の狙いを理解した訳ではない。

だが理解出来た者は、英雄の着眼点に唸らされ、赤司の顔色を変えた。

 

「そうかっ!その手があったか!」

 

普段は冷静な今吉も思わず声を挙げた。

 

「アイツは赤司に勝つつもりなんて、最初からなかったんや」

 

「どういう意味だ?」

 

珍しく、少々興奮気味な今吉に諏佐が詳しく問う。

 

「ウチん時と同じ、止められないならボールを持たせんかったらええ」

 

『天帝の目』によるアンクルブレイクを防ぐ方法がないのであれば、ボールを持たせない。それが無理でもボールを持つ時間、回数を減らし1対1の状況を作らせない。

これまでと考え方は同じであり、シンプルなもの。

 

「それだけじゃねぇ。ガードの赤司にボール運びをさせないって事は、洛山OF全体に大きな影響を与える事が出来る」

 

加えて青峰が、フェイスガードによる副次効果を説明する。

速攻を除く洛山のOFは、赤司のボール運び”ありき”な物が多い。

ボール運び自体は、葉山や実渕が代行出来るのだが、正確無比なパスまでは持ち合わせておらず、選択肢は狭まってしまう。

 

「そうなれば、洛山のリズムは狂う。いつもと違うんだからな」

 

同じ話をしていた陽泉メンバーの氷室も、感嘆の声が止まらない。

 

「誰にでも出来る事じゃない。技術は勿論、抜群の運動量があって初めて成立する作戦じゃ」

 

「赤ちんに勝てないけど、勝負しないから負けないって事?」

 

「実も蓋もないアルな」

 

絶賛していた岡村の横で紫原が厳しい一言を言い、劉が苦笑いを漏らした。

 

「...貴様、あまり調子に乗るなよ」

 

「いいや、調子に乗るのはこれからさ。今日を無事に終えられるなんて思わないで」

 

向かい合う赤司と英雄。

2人のマッチアップは、ボールを持たずとも注目を集めた。

 

PGはミスを許されないポジションである。

OFもDFも、機転はPG。そしてPGの差は、チームの差。

勝負するなら負けてはならない。勝てないなら勝負をしてはならない。

 

「(やっぱりね。そんな事だろうと思ったわよ)」

 

この会場の中で唯一驚かなかった少女は、表情のない顔を向けていた。

 

「......ばか」




アグレッシブのA
ブービーのB


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立ちはだかる現実

遂に始まった決勝戦。

先制点を洛山に奪われたが、直ぐに誠凛が取り返した。そして、英雄がオールコートでフェイスガードを仕掛け、洛山のリズムを崩そうと試みる。

 

「ちぃ!初っ端からかよ!」

 

「永吉時間!」

 

「おらよ!」

 

英雄が全身で赤司を覆い、パスコースを潰している。これでは赤司にパスは出来ないと、根武谷は実渕に従いパスを出した。

早速、英雄の仕掛けの効果が発揮された。

 

赤司に代わってボールを運ぶのは実渕。

ドリブルなので、寧ろ葉山の方が良い様に思えるのだが、マークが火神と言うのがネック。

崩しもなく、危険な1対1をしなければならなくなる。

それを避ける為に実渕が代行しているのだが、これにも問題がある。

 

「3Pっチェック!」

 

ハーフコートを過ぎると日向が待ち構えており、実渕の3Pを警戒していた。

 

「(普通に狙っても良いけど、ここでの無理は不要ね)」

 

普段はトリプルスレッドから始まるが、今は違う。シュートを打つ為にはドリブルストップの過程を踏まなければならない。始まったばかりでファーストシュートも打てていない実渕は、セーフティファーストを優先しパスを選択した。

パスを受けた葉山の前に火神がプレッシャーを掛けている。抜けばチャンスだが、止められるとピンチが訪れる。

 

「(うーん、勝負にいきたい)けどっ」

 

本音では勝負したいと思っていても、チャンスを窺う為にパスを選択。ポストアップした根武谷にボールを入れた。

 

「来いっ!」

 

「おおっ?(気合入ってんな)」

 

ゴール下でボールを受けたら、先ずはゴールを見てシュートに行けるかを確認する。シュート意識が低いとパスを読まれる危険性もあるからだ。

根武谷にはゴールが僅かに遠く見えた。木吉が厳しいチェックを行った為に、ゴールから1歩遠い場所でボールを受けざるを得なかった。

英雄同様に、木吉の気合の充実振りを感じた。

 

「(さぁて、どうするよ。このまま行くか?)」

 

「永吉!」

 

折角、インサイドでパスを貰って木吉との勝負の形が来たのだ、このまま得点する自信はある。

しかし、少し現在のポジショニングが気にかかり、実渕にパスを出した。

 

「補照のフェイスガード、結構効いてるな」

 

「ま、序盤も序盤やし、赤司取り上げられたら慎重にもなるわな」

 

外から見ていると、洛山が慎重になって攻めあぐねているのが良く分かる。

諏佐と今吉は、ゲームの中心にいない赤司と英雄を眺めていた。

 

「けど、日向と実渕だったら勝負してもいいんじゃ」

 

その横から若松が必要以上に慎重になっているのではないのかと尋ねた。

日向と実渕。この試合におけるミスマッチの1つだと、若松は思う。シュート精度ならともかく、それ以外のスキルでは実渕に軍配が上がり、身長差すらある。

赤司抜きで攻めるなら、狙い目に見えるのだ。

 

「そうならん様に、補照が赤司のタスクを実渕に押し付けたんや」

 

「え?ボール運びだけでしょ?」

 

「...お前がPGをバカにしとる事はよう分かった」

 

若松としては悪気なく率直で素直な意見だが、今吉の反感を買ってしまった。

有効なOFを仕掛ける為に、ボール運び1つにすら具体的な意図がある。

DFをコントロールし、いかにチャンスを作るか。PGは常に頭を巡らしているのだ。

それを、『簡単でしょ?』のように言われれば、流石に今吉でも怒る。

 

「お前、来年苦労するぞ?」

 

諏佐に来年度を心配される始末。若松の肩身が一気に狭まった。

 

「実渕さんは調子を掴むどころか、シュートもまだ打てていません。慎重になっても仕方ないかと」

 

桜井が助け舟を出した。

同じ立場なら、桜井もパスを選択しただろう。高校最強、歴代最強と謡われる洛山には、他チームと比べ物にならない程のプレッーシャーがある。

優勝以外は全て一緒。無茶をして試合を壊すなど、絶対に出来ない。

 

「それを誠凛は逆手に取ったのか。赤司をフェイスガードで消して、本来のOFを使えない状況に持ち込むのも、序盤だからこそ」

 

調子付かせてしまった後では、あまり効果は期待できない。少しのチャンスでも躊躇わす攻めてくるからだ。

この第1クォーターを乗り切る事が出来なければ何も始まらない。

 

「ここでバイオレーション取れれば、ペース掴めるかも知れんけど、そう簡単にはいかんやろうなぁ」

 

ここまでは良い。そういわんばかりの今吉。

とことん理詰めに計算された戦略だが、こんな簡単に事を運べる相手ではない。

今吉の予想を裏付ける様に、赤司が動き始める。

 

「(5番、スクリーン!)」

 

黛が英雄にスクリーンを仕掛け、赤司のフリーを作る。

赤司に合わせて実渕がパスを送り、ゴール正面で絶好のチャンス。

 

「シュートチェック!」

 

嫌な位置でパスを受けられ、ヘルプが間に合わない。英雄はファイトオーバーで対応し、再び赤司の前に立つ。

このままDFからリズムを作ってOFに繋ぎたい為、赤司にシュートを打たれたくない。分が悪いと分かっていても前に詰めるしかなかった。

 

「遅い」

 

「ぐぬっ」

 

ヘジテーションで緩急を作り、英雄の追い足に合わせて逆の左側から抜き去る。

 

「させっか!」

 

誠凛も簡単には譲らない。英雄が作った時間を使って、ヘルプポジションに移った火神が赤司のコースに蓋をする。

しかし、火神が動けば、マークに穴が開く。スペースを得た葉山が切り込み、絶妙のタイミングで赤司からパスが出た。

 

「(くそっ、葉山の形だ)」

 

その穴を埋める為に、今度は木吉のヘルプで対応。

高さでは勝っていても、充分に加速した葉山を捕らえるのは難しい。しかも、根武谷をフリーにしてしまう事もあって、タイミングを計りきれない。

 

「うぉおおお!」

 

レイアップを狙う葉山の正面を体を張ってブロックに行く。

先制点と同じ展開になってしまった事が布石になった。1度持ち替える事で木吉のブロックをかわし、ダブルクラッチ・リバースで放つ。

 

「もらっ---」

「このっ!」

 

ヘルプ&カバー。ゴールテンディングの直前に英雄の右手がボールを、バックボードまで弾く。

英雄のヘルプに火神が動き、火神のヘルプに木吉が動き、木吉のヘルプに英雄が動いた。

 

「リバンっ!」

 

ブロックで失点を防いだが、リバウンドまで手が届かない。

スクリーンアウトの必要もない根武谷が悠々とリバウンドを奪った。

 

「(シュート!)やらせん!」

 

着地した根武谷に木吉が迫り、シュートに備える。

 

「永吉!黛がフリーだ!」

 

赤司の指示に反応し、根武谷はスペースに走る黛に向かってパスを出した。

 

「っく!」

 

黒子の判断が遅く、エアポケットとなったミドルレンジで黛がパスを受ける。

フリーのシュートに対応が届かず、またもや失点を許した。

 

「くそ~。思いっきりブロック受けちまった」

 

「アンタ気を抜きすぎ」

 

黛のミドルシュートで得点できたが、その前のチャンスで決められなかった葉山は不満気な顔をしていた。

実渕の言う様に、先制点と全く同じ状況のチャンスにより、少し油断して英雄の接近に気付かなかった。

 

「(とは言え、思った以上にしつこいDFするわね)」

 

様々なOFを受けてきた誠凛のDF力は、格段に向上していた。

1人抜かれた後の判断が早く、ヘルプのタイミングも的確。

 

「DFだぞ!切り替えろ!」

 

イメージ修正を図る必要があるが、OFの事ばかり気にして、DFを疎かにしてはならない。

赤司の指示で、頭を切り替え、誠凛OFに備える。

 

「初っ端に、ここまでできれば上出来だ。さぁ、攻めるぞ!」

 

誠凛は同じく4番の日向ではなく、木吉が声を張ってチームを盛り立てていた。

洛山に対して充分なスカウティングが出来ていない状態で、ここまで出来れば悪くはない。時間と共に目が慣れれば、洛山OFを止めるのも遠くない。

 

「はいっ」

 

木吉からスローインを受けた英雄は大きく返事を返し、ボールを前に運ぶ。

洛山DFは既に戻りきって、アーリーOFは難しい。英雄はボールを持ったまま一定以上踏み込まず、誠凛の4人全員がポジションに付くのを待った。

そして、準備が整うと否や、シンプルにパスを出す。

 

「そう簡単に打たせないわよ」

 

「うるせーんだよ、ごちゃごちゃと」

 

パスを受けたのは日向。調子に乗せると厄介なシューターとして認知されており、マークの実渕は厳しくシュートチェックを行う。

 

「順平さん、中っ!」

 

当然ながら英雄も承知しており、シュートを打たせる為のパスではない。木吉がポストアップしている事を確認し、日向に指示を出した。

 

「...っ(くそっ)」

 

素直に従う事に釈然としない何かが残りながら、これまでの経験の染み付い体が勝手に動いた。

根武谷を背負った木吉にパスを入れてチャンスを窺う。

 

「無理しないで、じっくりじっくり!」

 

今度は木吉に向かって声を掛ける英雄。赤司に邪魔されない様に、外にポジションを置いて丁寧なゲームメイクを心掛けていた。

1秒と少しの間だけキープして、次は火神にパスを出す。

 

「きっちりシュートで終わろう!」

 

焦らない様に、力まない様に、いつもは聞こえる声の代わりに、声を張って意図を伝える。

赤司との勝負を避けて、ボールを持ちすぎないよう慎重にパスを繋ぐ。

そして、再び木吉にボールを入れたと同時に、一気にギアを上げた。

 

「お、勝負してくんのか?」

 

ショットクロックから仕掛けてくると予想した根武谷は、木吉のシュートに備えて体勢を整えた。

 

「っふ!」

 

呼吸を1つ挟んでからのスピンムーブ。体はゴールに向いていて、シュートチャンスが訪れた。

 

「まだだっつーの!」

 

しかし、元々フォワードであった根武谷のフットワークも悪くない。背後からブロックに迫る。

対して木吉は左後方の根武谷の行動を目視し、右にパスを流す。

 

「(ここで黒子かっ!)」

 

木吉の手から離れたボールは、緩やかな軌道から角度を変えて一直線に外へと向かう。

黒子の中継でマークの死角を突いて、日向へと渡った。

 

「このっ」

 

咄嗟に身を翻し、実渕はブロックに跳ぶ。直接ボールに触れる事は出来ず、プレッシャーを掛けるだけに留まった。

シュートは放たれ、全員が競り合いスクリーンアウトに移る。

 

「落ちたー!リバンっ!」

 

完璧なシュートチャンスを作ったが、日向のシュートタッチは精彩を欠きリングに弾かれた。

リバウンドを狙う木吉だが、根武谷に内側に入られてポジションが悪い。黒子にパスを送る為にゴールから離れる様な動きをしていた事が、裏目に繋がった。

 

「貰った!」

 

ポジションの悪さから、バイスクローすら出来なかった。根武谷にリバウンドを奪われて、攻守が入れ替わる。

OF失敗につき、誠凛は自陣へ戻る。

 

「レオ!」

 

洛山は速攻を出さず、根武谷から実渕にパスが送られた。そこに人影が迫る。

 

「なっ!補照っ!?」

 

狙い済ましていたかの様に、実渕の前に英雄が現れボールを奪う。

奪った後は仕掛ける事もなく、後退しながら赤司との距離を取り、火神らを待った。

 

「もう1本!ここは決めよう!」

 

火神にパスを回し、全体へ改めて落ち着こうと声を出す。言葉とは裏腹に背を向けて、火神の為にスペースを作った。

ここでしくじりリードを許す事は後々響いてくる。確実に得点しておきたい誠凛はアイソレーションを選択した。

 

「あっ」

 

そう洛山に思わせておいて、黒子とのパス交換で葉山を置き去りにした。

 

「おりゃあっ!」

 

ノーマークになりスペースもある。根武谷がヘルプで対応するが、スピードに乗った火神はあっという間に遥か頭上に跳び上がる。

真上からワンハンドダンクを叩き込まれた。

 

『ファウル、白8番。バスケットカウントワンスロー!』

 

多少強めに接触して、審判はファウルを取った。エースはしっかり仕事をして、チームを盛り上げる。

その直後、TOのブザーが鳴った。洛山が早めに動き、修正を図る為のもの。

 

「ナイス火神!」

 

先制点と追加点、4点全てを見事に決めた火神の戻りを、ベンチは笑顔で迎え入れた。

 

「火神、もう少し中でボールを受けてくれ」

 

英雄も火神に近寄り、ここからの修正と擦り合わせを行う。

 

「鉄平さんも聞いてください。序盤は2人中心でインサイドを攻めます。この2度のOFで火神の警戒が増して、マークも外し易いはずです」

 

勝手に作戦板を持ち出して、フォーメーションのイメージを伝える。

2度のOFで洛山DFを確認し、平面よりも高さで勝負すべきと考えていた。

大事なのは、赤司を関わらせない事。赤司が英雄のマークから代わらない限り、火神の高さに対応出来ない。

 

「俺から直接パスはあまり入れられません。テツ君や順平さんからパスを繋ぎます。一応、実渕さんにスクリーン掛けて、DFのズレを狙ってみますので、出来れば合わせてください」

 

「分かった。だがそれは、赤司が英雄にマークする前提じゃないのか?」

 

英雄の考えは、あくまで赤司がこのまま英雄のマークをする前提で構成されていた。赤司が火神のマークに動けば状況は変わる。

木吉は、その際の作戦を尋ねた。

 

「多分それはないと思います」

 

 

 

 

「誠凛は色々と考えてきている様だな。何か問題はあるか?」

 

試合開始早々にTOを取った洛山だが、誰の顔にも焦りは無い。

流石の洛山といえど、ここまで大胆な作戦で挑まれた経験は無く、単に意識の修正をすべきと考えた。

 

「やっぱ火神はヤバイね~」

 

「おう。木吉も気合充分だったぜ」

 

既にゴリゴリと競り合った葉山と根武谷からは、素直な感想が飛び交う。黛は何も言わず、淡々と汗を拭っていた。

 

「ま、序盤のシューターなんてあんなもんでしょ。征ちゃんはどう?」

 

「良いプレイヤーだ。思った以上に賢く、実力も確か。が、それだけだ」

 

誰もが緑間の様にはいかない。ファーストシュートから調子を掴むのは稀なのだ。今のところ取り立てて活躍していない日向に実渕がいう事もない。

興味本位で赤司にも問いかける。

赤司の回答は概ね予想通りで、TO明けの展開も予想は容易であった。

 

「態々対策を講じるまでもない。しばらく付き合ってやろう。観察し情報を集めろ」

 

初めて決勝戦を迎える誠凛と比べ、洛山の経験値の高さが窺える。

情報の少ない相手に、序盤から力で押さえつける様なやり方を選ばない。

 

 

 

「経験者に聞いて裏づけも出来てましたし、第1クォーターでは動いてきません」

 

英雄なりに早朝から動いていた。

準決勝の映像を何度も見直し、幾つかの疑問や洛山の傾向を岡村に聞いていた。

バスケットに一発逆転はない。常に40分とそれまでの積み上げによって勝敗は決まる。

自業自得な分だけ、負ける訳にはいかない。

 

「シュート外しても構いません。今の内に距離間を掴んで下さい」

 

物事を円滑に進める為には、順序が必要だ。

洛山が様子見をしてくれるなら、逆手に取ってこの10分を有効に使う。

多少リードを許す事になろうとも、問題はない。残り30分で挽回出来る。

 

「チャンスがあったら迷わずシュート。次に繋がるプレーを徹底。順平さんもテツ君も」

 

故に、必要なら抱えた問題を放り投げて踏み込む。

英雄の説明を少し離れて聞いていた日向と黒子に目を向けて話しかけた。

 

「...ああ」

 

「はい、分かりました」

 

我ながら、酷い事をしたものだ。

肌で感じるこの距離間と温度差に自身の愚かさを再び思う。

昨日言わなければ気合も乗って、第1クォーターを取る事も充分可能だったはず。理想と現実を比べて、目先を下ろした。

 

「......カントク」

 

「別に。問題ないわ」

 

ほぼ一方的に英雄から作戦を伝えられ、納得出来る内容だったがリコに意見を聞いた伊月。

しかし昨日の今日で、リコの様子も変わらない。言い方に棘が見られ、胸中を物語っている。

TO終了のブザーが鳴るまでの数秒で、気まずい沈黙に包まれた。

 

「よ、よし!集中集中!」

 

土田が率先して声を出し、5人を送り出した。

 

「火神。なるべく近くにいるからな。あまり無理をするなよ」

 

「うす」

 

木吉は親指を立て土田に応え、火神に話しかけた。

日向や黒子、そしてリコの態度に思うところはあるが、3人の感情も理解できる。

英雄に対する想いと、それでも勝ちたいという想いが葛藤し続けている。

英雄自身に不満があっても、英雄の立てた作戦に従う姿勢をとっているのがその証拠。

とにかく第1クォーターに集中しようと、試合に入れている火神とコミュニケーションを図る。

 

「みんなには、時間が必要だ。俺達でなんとかしよう」

 

「うす!」

 

日向達の力がなければ、洛山には勝てないが、迷いを抱いたままでは、本来の実力は発揮できない。

それでも、きっと、必ず。木吉はそう信じた。

 

『ワンショット』

 

フリースローラインに立った火神は、主審からボールを受け取った。

リバウンドポジションを取る木吉と英雄が視界の端に映っている。

 

「(そうだよな、このままな訳ねぇ)」

 

目先をゴールに移して、ショットを放つ。

無事にシュートを決めた火神は、DFに戻る英雄に近寄った。

 

「この際、一旦忘れてやる。このまま赤司を抑えていろ。点は、俺が取る」

 

少し遅れたかもしれないが、火神の気持ちが固まった。

今はコートの中。外での出来事は、試合が終わってから改めて考える。それが、火神の出した結論であった。

 

「うん...頼んだよ」

 

心なしか嬉しそうな横顔に触れず、火神は葉山のマークに走った。

 

「(得点だ。俺が点を取り続ければ、誠凛は負けない)」

 

DFを軽んじている訳ではない。止められるならば必ず止める。

止められなくても問題ない。取られた分、取り返せば点差は開かない。

英雄が赤司を抑え、木吉が自らのフォローをしてくれる。

 

「おらよ!」

 

根武谷からのスローインを実渕が受け取り、洛山のOFが始まる。

無難にボールを運び、日向が詰めればパスを回した。

 

「(本当に征ちゃんの言った通りみたいね)」

 

第1クォーターは観察に徹する。

赤司はそれと別に、実渕に一言加えていた。

それがなくても、1対1で勝つ自信がある。だが、確実に勝つ為に、今は様子見で機を待つのだ。

 

「黛さん!」

 

火神がマークの葉山もあまりボールを持ちすぎない様に気をつけ、手早くパスを送った。

 

「......」

 

パスを受けてゴールに向かう黛の正面に、黒子が回りこみコースを塞ぐ。

黛もまた、黒子の様子を窺うだけで、決して抜きに行かない。

数秒のキープの後、ドリブルをしながら外へと開く。

 

「っ!スクリーン!」

 

黛が外に開くと、連動して他のメンバーも動いて陣形を変更。

その最中に実渕が英雄にスクリーンを掛け、DFにズレを作る。

 

「(くそっ!やらせるか!)スイッチ!」

 

英雄との距離を作って中に切り込む赤司に反応し、日向はマークのスイッチを選択した。

 

「違う!4番じゃない、6番!」

 

しかし、英雄はファイトオーバーを選択しており、実渕をフリーにしてしまう。

すかさず黛から実渕にパスが渡り、絶好のシュートチャンスが生まれた。

 

「っふふ(完璧、ね)」

 

実渕がパスを受けた瞬間、誠凛の足が止まった。

ゆっくりと沈み込み、浮き上がる上体。完全なフリーになり、実渕の悠々としたモーションを見るだけの時間が心に突き刺さる。

シューターを乗せる為の、ファーストシュートをお膳立て。英雄がやりたかった事を、完璧且つ先んじてやられた。

 

「この程度で、僕を封じたつもりか?」

 

「まさかそんな。けど、結局アンタじゃん」

 

簡単に赤司を抑えられるとは思っていない。寧ろ、なんだかんだ言いながら赤司がOF参加して来た事を考えると、この作戦に意味はある。

 

「火神とお前だけ勝てるほど、甘くはない」

 

「...くそ(せめて、第2クォーターまでは決められたくなかったのに)」

 

2Pならともかく、実渕の3Pをこうも早く決められると、今後の展開に大きく影響する。

実渕にボール運びをする事で、シュート意識を下げる作戦だったが、赤司はあっさりと看破してきた。

ボール回しと言う過程を挟む手間が増えるが、シュートチャンスを作るのは難しくない。

何よりも、誠凛の事情に勘付き始めている。

明らかにいつもと雰囲気が違う日向を、いつまでも誤魔化しきれないのだが、思った以上に早い。

 

「順平さん。赤司は俺に」

「あーそうかい。好きにしろ」

 

立ち去る赤司を横目に、英雄は日向と修正をしようと試みる。

分かっていても、中々に堪えるものだった。徐々にダメージが心に残る。

目を瞑って深呼吸をし、頭を切り替えた。

 

「折れるなよ。お前が望んだ展開だ」

 

「分かってますよ、鉄平さん」

 

意識をOFに切り替えた英雄に、木吉はパスと言葉を送った。

 

「だが、誠凛が勝つ為に力を惜しまないと言うのなら、俺はお前を独りにしない」

 

気持ちでプレーする日向が昨日の様な出来事を受ければ、こうなってしまうのも仕方がない。

日向の揺らぎは当然で、責める事は出来ず、英雄に優しくする事も出来ない。

 

だから木吉は背中を押す。

ここまでの数分でのプレーで、英雄の勝利の意思は伝わってきた。

擁護はしない。責める事もしない。

誠凛が誠凛である限り、共に戦い、勝利を目指す。

 

「だから、頑張れよ。英雄」

 

事情はあるけれど、やはりこのチームが好きなのだ。



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動かざる事 山の如し

両チーム共にOFで堅実性を高め、無難な立ち上がりを見せていた。

DFに関しては、英雄のフェイスガードにより洛山OFの選択肢を狭めているのだが、明確な成果は出ていない。

ボール運びを代行する実渕と日向の1対1になる事が多く、おしいところまで迫っても結果として失点を抑えられない。

 

「っ!」

 

黒子からパスを受け、日向がシュートを打った。

どれだけ厳しくマークをしても、黒子を中継させればシュートチャンスは作り出せる。

反応の遅れた実渕は直ぐに反転し、手を伸ばして迫る。

 

「「リバウンド!」」

 

未だ距離間を掴んでいない日向のシュートはリングに嫌われた。同時にゴール下の木吉と根武谷が体に力を入れる。

単純な力が物を言うボックスアウトでは、ジリジリと根武谷が有利なポジションを奪っていく。

 

「っぐ(寄り切られる)」

 

根武谷が内側に、木吉が外側にと、力比べの結果が出始めた。

 

「おらぁっ!」

 

ボックスアウトで勝利した根武谷は、力で木吉を押さえつけながら、ボール目がけて先に飛び上がる。

木吉は体勢を崩しジャンプ出来ない。咄嗟に伸ばした片腕も空しく、根武谷にリバウンドを奪われた。

 

「よっしゃぁあ(速攻、イケるか)」

「駄目よ、永吉。無理しないで」

 

ボールを抱えて速攻のチャンスを窺った根武谷を、実渕が冷静に嗜めた。

つい先程受けた英雄のスティールを警戒した為の判断である。

誠凛がDFに戻る時間を与える事になったとしても、今は堅実にゲームを作るべきなのだ。

その通りに、戻る木吉を見送った後に、根武谷は実渕にパスを出す。

 

「っち。なんか調子出ねぇな」

 

「口にするんじゃないわよ。みんな同じなんだから。多分、向こうもね」

 

両チームのPGが攻撃参加出来ない為、互いのOFは停滞気味になっている。

全ては英雄のフェイスガードから始まっており、割と荒っぽい根武谷にとってもややこしい展開だと言える。

第1クォーターは、特別な手立ての無いまま様子見と決まったばかりなのだが、速攻も出せなくなるとストレスも溜まってしまう。

そんな愚痴を聞いた実渕はやはり冷静に嗜めた。

 

「何か、つまんないね」

 

客席から試合を眺めていた紫原は、思った感想をそのまま言葉にした。

キセキの世代の1人として、結末を見届けようと柄にも無い理由で来ていたのだが、表情も内心も冷めていた。

 

「決勝の序盤なんてこんなもんだろ」

 

展開はスローペースで、ハーフコートバスケットがほぼ全て。

動きは硬く、どちらのチームも『らしさ』が無い。

福井の意見が分からなくもないのだが、面白くないと言うのも的を射ている。

 

「(第1クォーターは、このままじゃろうの)」

 

「(誠凛はタイガ。洛山は実渕を起点に得点を重ねている。一見、互角に見えても有利なのは洛山。動かないのではなく、動く必要が無い)」

 

岡村と氷室は、洛山の対応の意味合いを考えていた。

丁度、行われている洛山のOFは、実渕・葉山・根武谷を中心になっている。

パスを回して、再び実渕がボールを持ったところから始まり、持ち前の高い個人技を生かしてチャンスを作る。

客観的な実力差から、日向と実渕ではミスマッチを言わざるを得ない。

既に3Pを決めている事もあって、精神的にも実渕が優勢となっている。

対して誠凛は、バランス良くバスを配給しているのだが、フィニッシュの部分で上手く行かず、最終的に火神が無理やり決めているのだった。

ペース配分と今後の展望を考えると、分が悪いのは誠凛。

 

「黛さんナイス!」

 

葉山のパスで抜け出した黛が、レイアップを決めて追加点を挙げる。

そして、続く誠凛OF。

 

「火神っ、もう少し中だ!大丈夫っお前ならやれる!」

 

赤司のマークでOF参加が難しい英雄は、少しでも変化をつけようと声を出す。

火神をいつもより内側の位置に入らせて、木吉と2人でインサイドを攻める。

 

「おおっ!」

 

不慣れでも、迷わず指示に従いポストアップ。

10cmの差とパワーで押し切れば、多少の雑さは問題ない。

 

「(やはりインサイドか)」

 

これだけベターな作戦に、赤司は当然の様に気付く。

英雄が余計な事をしない様に、厳しく距離を詰めた。

 

「(テツ君の乱用もよくないけど、順平さんも狙われてる)くそっ何とかしなきゃ」

 

黒子を中継点にすれば、パスを回すのは楽だろう。

けれど、火神の体力同様に、ミスディレクションの浪費もなるべく控えておきたい。

消去法で日向からパスをいれて欲しいところだが、これも実渕に勘付かれており、中へのパスは簡単に通せない。

 

「行かせる訳がないだろう」

 

フォローに行こうとした英雄の進路を防ぐ赤司。

英雄のフェイスガード分を丸々やり返し、英雄のやりたい事をやらせない。

 

「理解しろ。これが僕と、お前の差だ」

 

赤司と英雄。

行っている事は変わらない。同じだからこそ、差が如実に現れていた。

両者ともDFに比重を置き、ボールを持つ時間が少なくなっている。

しかし、赤司は完全に押さえられている訳でもなく、実渕へのアシストも決めた。

対して英雄は、ボールを持っても直ぐにパスを出しており、まともにプレーが出来ていない。加えて、そのパスも奪われない為の逃げであり、OFに関しては他のメンバーに丸投げしているだけ。

 

「キャプテン!」

 

結局黒子に頼り、インサイドへとパスを送った。

インサイドに入ってきた火神ではなく、根武谷からのチェックが甘くなっていた木吉にパス。

 

「なろっ(火神は囮かよっ)」

 

パスを受けた木吉が、そのまま根武谷の内側に入り込んでショットを打つ。

根武谷が直ぐに肉薄しプレッシャーを掛けてくるが、シュートコースに届かない。

 

「(いいパスだ。黒子は集中できているのか?)」

 

火神と葉山の身長差を逆手に取った黒子の判断。

ここだけ見ればいつも通りに見えなくも無いが、黒子は表情に出ないタイプであり、実際のところは分からない。

プレー自体に問題は出ていないものの、あくまで今のところの話である。

 

「ナイスです」

 

「おうっ。良いポジショニングだったぞ」

 

根武谷の意識を引いた事により、チャンスは生まれた。

ポストスキルに不安があっても、誠凛の得点源を担っているか火神がポストアップすれば、木吉が楽になる。

そして、不安の部分は英雄の指示でカバーできている。

 

「(落ち着け。今はこれしかないんだ)」

 

しかし、英雄の顔色は優れなかった。

ある程度、予想していた事なのだが、赤司にフェイスガードをしていても追い縋るのがやっと。

 

「(これは、不味いんじゃないか?)」

 

外から見ていた伊月にも、状況の悪さが良く分かった。

赤司のマークにより、英雄が思うようにプレー出来ていない。OFの起点が潰されて、黒子以外にインサイドへパスを送れない。

そして、日向について。

日向の復調は、誠凛が勝つ上で必須である。しかし、その兆しは未だに見えない。

このまま待つべきなのか。それとも、1度ベンチに戻すべきなのか。判断は非常に難しい。

 

「(カントクは動かないのか。黒子に頼りきりだと後が苦しくなるだけなのに)」

 

英雄のフェイスガードに、洛山は早くも順応し始めている。

このまま主導権を渡してしまう訳にはいかないが、リコに動く気配はない。

あえてそうしているのか、試合が見えていないのか、不安だけが募る。

 

「......英雄」

 

誠凛がマンツーマンDFをする限り、洛山は実渕を起点としてOFを展開した。

じっくりパスを回したかと思えば、今度は日向との1対1を仕掛ける。

 

「っぐ」

 

「(甘い。隙だらけね)」

 

中学時代、チームのエースとして張ってきた実渕は、3Pだけでなくドリブルスキルも兼ね備えている。

葉山程でなくとも、日向にしてみれば変わらない。堅実なパス回しからリズムを変えたドライブは止められないのだ。

火神のブロックを警戒し、木吉がヘルプで出てくる前に、ドリブルストップからのジャンプシュート。背後から日向が手を伸ばしても、高い打点に手が届かない。

 

「いいなー。俺ももっと攻めたいのにぃ」

 

「はいはい。文句言わないの」

 

3Pを決めてから、徐々に調子を上げてきた実渕を羨ましそうにする葉山。赤司のOKが出れば直ぐにでも1対1を仕掛けるだろう。

尤も、現状では有り得ないので、実渕は適当に相槌を打つ。

 

「(くそっ。何やってんだ俺は!もっと集中しろっ!)」

 

DFの穴と定められ、徹底的に責められている。

これを屈辱と言うのは傲慢かもしれないが、全く付いていけていない自分に対して苛立ちが抑えられない。

 

「カントクっ、日向を1度下げるべきだ!このままじゃ」

 

伊月には、日向が空回りしている様に見えた。

勝つ気がない訳ではなく、寧ろ必死になってプレーをしている。

しかし、シュートは入らず、DFも反応が遅い。

実渕が上手だとしても、簡単に振られすぎている。悪循環に陥る前に手を打つべきなのだ。

明らかに何時もより判断が遅いリコに向かって、伊月は意見をぶつけた。

 

「っえ...あっ、そうね」

 

判断が遅いどころではなかった。

周りの観客と同様に眺めているだけで、リコの頭は試合展開を追えていない。

 

「(駄目だっ、俺が何とかしないと...!)水戸部。悪い、準備してくれ」

 

事情は察するが、今のリコにこれまでの様な采配は期待できない。

必要なのは変化。空気を入れ替え、組み立て直し、傾き始めた流れを押し戻さなければならないのだ。

予想以上に早い出番がやってきて、伊月自身も不安を抱いている。

 

「大丈夫。気持ちだけは準備出来てる、だって」

 

水戸部に代わって、小金井が返事。

名前を呼ばれた水戸部はスクリと立ち上がり、ジャージを脱ぎ伊月から作戦を受けた。

 

「...それよりさ。全力で英雄に乗っかった方がいいんじゃないか?素人考えなんだけど」

 

「......いや、悪くないな。だったら......カントクっ」

 

序盤の主導権争いに駆り出され、これからしんどい目に合うと言うのに、水戸部の態度から不安は見て取れない。

小金井もチームの1人として、ゲームを見つめており、自分なりの意見を言った。

この落ち着き様に少し驚きながらも、伊月はすぐさま行動に移す。

 

「このっ(マジで見えねぇ!)」

 

フリーでパスを受けた黒子のファントムシュート。根武谷のブロックに止められなかったが、リングに弾かれた。

 

「リバウンド!」

 

黒子のシュートは入らなかったが、木吉がリバウンドを奪った。

木吉の着地に合わせて根武谷が迫り、木吉のシュートに手を伸ばす。

 

「(ここで『後出しの権利』かよっ)」

 

ギリギリのタイミングでパスに切り替え、根武谷のブロックを再びかわした。

 

「ぅわっ(やっべー)」

 

空いたスペースで火神がパスを受けて、一瞬でゴールまで迫る。マークの葉山は慌てて追うのだが、内心でもう無理だと思った。

そして、思った通りに火神が切り込み、レイアップを決めた。

 

「小太郎」

 

「ホントっごめん!」

 

試合が始まってから、葉山の見せ場は無く、寧ろミスを連発していた。

流石に赤司が注意に向かう。

 

「満足に攻められないとは言え、DFが問題ありだぞ」

 

「挽回するからさー。交代は勘弁!」

 

懲罰後退を恐れ、必死に懇願する葉山。

葉山の得意分野はOFにあるのだが、マッチアップを任せているのだから、それなりに対応してもらわなければ困る。

一定の事が出来ると思って任せているが、出来ないなら交代も止む無し。

 

「ゴール下ならともかく、平面で簡単に負けるな。第1クォーターは見逃してやるが」

 

「大丈夫だ、って!!」

 

2人の会話が終わる前に、英雄が割って入る。パスを受けられない様に、距離を潰しへばり付いた。

 

「行けっ小太郎。こっちに構うな」

 

「お、おお!(近くで見たけど、気合すごっいな)」

 

赤司に従いOFに向かう葉山は、間近で英雄の顔を見た。

事前のスカウティングで抱いたイメージとは違い、気合が顔に出ていて、必死な様子が伝わってくる。

 

「さぁ、精々付いてくるがいい」

 

「言われなくても...!」

 

OFも何とかしなければならないが、先ずはDF。どんな戦略を立てようが、赤司に好き勝手させれば効果はなさない。

ボールを持っての仕事が出来なくても、差が明確化しようとも、ここだけは譲れない。

 

「DF!先ず1本!」

 

木吉の声でスイッチを入れ、それぞれのマッチアップに向かい合う。

Cを中に残し、残り4人は外にポジションを取るところから始まる。インサイドに広がっているスペースを使おうと、葉山や実渕が狙っていた。

 

「(レオ姉の突破で、意識が向くと思ったんだけどな)」

 

「(くそっ。チョロチョロと...気が抜けねぇ!)」

 

火神との勝負を止められている葉山は、隙を突こうと常に窺っている。それによりヘルプに入るタイミングが遅れ、何時もの様なブロックにいけないのだ。

 

「小太郎!」

 

根武谷が火神にスクリーンを仕掛け、火神に肉薄した。

 

「気が利くじゃん!」

 

「マズっ!」

 

エンドライン際に抜け出した葉山に追い縋ろうとするが、根武谷に押さえつけられて動けない。葉山のバックドアに実渕がパスを合わせて、絶好の得点チャンスが訪れた。

 

「火神、スイッチだ!」

 

スペースを得た葉山を止めるのは難しいが、こうなれば木吉が対応するしかない。

ゴールまでの最短距離に体を張って壁を作り、葉山の次のプレーを予測する。

 

「(右か左か...いや、下っ)」

 

木吉が予測した切り返しではなく、葉山は懐に飛び込んできた。低いダックインからステップイン。シュートへの予備動作が小さく読みづらい。

 

「(際どい...!だが、まだ届く!)」

 

この体勢からはリバースショットしかないと考え、身長差を生かして左手を大きく伸ばす。

しかし、葉山のシュートはやってこず、逆サイドにいた実渕にパスが通った。

 

「実渕!?」

 

根武谷のスクリーンで抜け出した葉山がドリブルで突っかけて時間を作り、コーナーにポジションを移した実渕にリターンパス。

個人技だけじゃない。根武谷・葉山・実渕の織り成すトライアングルは強力無比。

京都府予選を含めて、ほとんどの試合をこの3人で勝ってきた。

 

「(こんな簡単に振られて...マズイ!)」

 

葉山のバックドアに気を取られて、実渕へのチェックを怠った。

実渕に何度も狙われて、これ以上ヘマは出来ないと、駄目もとで手を伸ばした。

 

「(フェイク...これは!?)」

 

沈めた状態から浮かび上がる実渕にブロックを狙ったが、再び沈み込む実渕の笑みが視界に映った。

そして誘いだった事に気付くが、焦ってほとんど体を投げ出した為に、身動きが取れない。

無防備になった日向にわざとぶつかり、少し前のめりの体勢でショットを放つ。

 

『ファウル!黒4番!バスケットカウント、ワンスロー!』

 

全国屈指の3Pシューター・実渕が持つレパートリーの1つ。ポンプフェイクで引き付けて、ファウルを貰いながら決める3P、『地』

 

「(しまった...!)」

 

「集中が足りてないわよ。事情は知らないけど、甘いんじゃないの?」

 

準決勝で確認していたはずなのにも関わらず、冷静さを欠いて4点プレイを許してしまった。

そして、洛山は日向の不調に気付いている。徹底して実渕にボールを集めたのも、これが根拠となっていた。

 

「ドンマイっす!ファウル1回くらい」

 

多少の点差がついてしまうのは良いが、気持ちが切れる可能性がある。

今のプレーは仕方ないと、切り替えを促す英雄の言葉を遮る様に、ブザーが鳴った。

 

「えっ...!」

 

IN 伊月  OUT 黒子

IN 水戸部 OUT 日向

 

直後に、審判席からメンバーチェンジが言い渡される。

 

「日向!黒子!交代だ!」

 

「どうっ...何で、何で俺が!?」

 

サイドラインに立つ2人の呼びかけに反発する日向の脳裏は、真っ白に染まる。

 

「頭冷やせよ。霧崎第一の時と同じ事をしたいのか?」

 

実渕への対抗心。英雄に対する摩擦。チームの劣勢。

感情がぐちゃぐちゃになり、判断能力は低下の一途を辿る。

 

「だけどっ。待てよ、俺はなぁ!」

「下がってくれ!1度、頭を冷やそう」

 

伊月は肩を掴み、しっかりと目を合わせた。

やる気に水を差したくて言っている訳ではない。日向の力が必要でも、この状況を放置できないのだ。

変える為の1つとして、日向の交代は免れない。

 

「少し偏重になってるからやり方を変える。黒子も従ってくれ」

 

「...はい」

 

黒子が素直な態度を取った。

未だ底が見えない洛山を相手に、必ず来る勝負所では黒子にいて欲しい。

結局、早いか遅いか。どこかでやらなければならないのならば、出来る内にやっておきたい。

 

「頼む。ここは我慢してくれ。頼むっ」

 

「......分かったよ」

 

このタイミングで黒子を下げる理由は無いが、日向を下げる空気を作る為に一時温存と言う形を取ったのだ。

 

「(つまり、俺は気を使われたって事か)」

 

そして、日向は気付いていた。伊月の気配りも、プレーの質が悪い事も。

 

「(切り替えろっ、切り替えるんだ)」

 

 

 

 

「(そうか。誠凛が先に動いたか)」

 

誠凛ベンチで揉めていた時、赤司は冷静に流れを見ていた。

交代から意図を読み取り、先の展開が頭を巡る。

 

「全員聞け。少し早いが、こちらも動くぞ」

 

過去の勝ち方が、必ずしも適切なものとは限らないのだ。

コート上では、厳密に同じ状況が存在しない。臨機応変こそが慣用である。

 

「えっ?いいの?」

 

「顔に出すぎよ」

 

今にも万歳をしそうなほど、大喜びで赤司の言葉を受け止める葉山に、実渕はそれとなく釘を刺した。

 

「そろそろ木吉ぶっ潰したいと思ってたトコだしな」

 

「ねー、永ちゃん」

 

葉山は構わず、根武谷と意気投合。八重歯を晒して笑みを作った。

 

「...赤司」

 

「黛はまだ先だ。既に準決勝で見せているからな。時期が来れば、力を振るってもらおう」

 

簡略化された言葉でも赤司の意図は確実に伝わっており、全員が頭のスイッチを切り替えていた。

 

「(愚かな。安易な選択は、己の首を絞めるだけだと言うのに)」

 

 

 

 

「流石に日向を変えるか」

 

「フリーで外しまくってたから当然アル」

 

試合が始まってからの日向のプレーを見ていれば、納得出来る交代である。

福井や劉も疑問を抱かず、この後の展開を予想していた。

 

「(いや、早すぎる。我慢できなかったか)」

 

しかし、陽泉の監督・荒木は、この交代における問題点を見逃さなかった。

 

「(これでは、序盤でやりたかった事がブレてしまう。まさか、気付いていない?)」

 

それは、桐皇の原澤も同じ。

調子の悪い日向を一旦下げて、切り替える時間を与える。インサイド中心に攻める為に、水戸部と伊月をいれる。

狙いは分かるが、勝負を急いでいる印象を受けるのだ。

 

『ワンショット!』

 

主審からボールを受けた実渕は、時間をじっくり使って自分のリズムでショットを放つ。

リングから1番近い位置にいるのは木吉と火神。落とせば高確率でリバウンドを奪取出来る。

根武谷や黛の侵入を体を使って阻止し、期待を込めて見上げていた。

 

『決まったー!一気に4点っ!』

 

その期待も空しくリング中央を射抜き、4Pプレイが成功となる。これこそが、実渕のレパートリーの1つである『地』。

 

 

誠凛高校 7-13 洛山高校

 

 

『地』の威力も、決めたタイミングも流石の一言。

主導権を手にした洛山が、完全に勢いに乗ってしまう前に対策を講じる。

 

「1本っ、仕切りなおそう!」

 

伊月の役割は明白。

自由にプレーできない英雄に代わって、ボール運びとゲームメイクを担う事である。英雄の負担を減らして、攻守の役割をはっきりと分ければ、展開にも変化が訪れる。

そして、水戸部を加えたフロント陣で点を取る。今はとにかくインサイドで何とかするしかないのだ。

 

「さぁ、いらっしゃい」

 

洛山DFは変わらずマンツーマンDFで、伊月のマークマンは実渕、水戸部には黛が付いている。他の3名のマークは変更無し。

 

「(実渕...やっぱり隙が無い。それに)」

 

伊月と実渕。1対1を仕掛けるのは厳しい。

あわよくば、赤司がマークに来るかもと思っていたが、当然の様に英雄をタイトにマークしていた。

赤司がこちらに来てくれれば、英雄にアウトサイドの起点に出来る。

 

「今まで通りにとは、思わない事だ」

 

「...別にいいけど。火神に付かなくていいの?」

 

赤司は、伊月は勿論の事、火神のマークに行く事も無く、英雄のマークを継続した。

誠凛の得点源はほぼ火神。着実に得点を挙げ、調子は上向き。

現状、葉山とのマッチアップは効果を発揮しておらず、赤司がマークを変わると言う選択肢もあった。

しかし、赤司は英雄の前にいる。

 

「構わない。お前を先に潰しておく方が、確実に誠凛を追い詰められるのだから」

 

これまで誠凛と対峙したチームは、火神を抑える事を最優先にしてきた。それは、キセキの世代と同格である火神が、決定的場面で活躍し続けてきた為である。

だが、火神1人の力だけで勝ちあがった訳ではない。昨日の試合で黄瀬を見事に止めて見せた黒子や、要所で光る2年生達の活躍があった。

そして、どんな状況でも対応してきた英雄の存在が大きかった。本来は代えの利かない木吉や火神の温存策など、苦しい時間帯で必ず存在感を示してきたのだ。

事実、英雄に好き勝手やらせた他の強豪は、引っ掻き回されペースを乱した。

だからこそ、赤司は英雄を逃がさない。

 

「お前の狙いは分かっている。僕のスタミナを削りたいんだろう?」

 

英雄の狙いを全て看破した上で、受けて立つ姿勢を取った。

誰が相手でも完封出来ると言う自信が、やれるものならやってみろと言う意志が感じられる。

 

「そっちは俺の疲労待ちなのか...仕方ないな」

 

態々英雄に自らの狙いを教える辺り、本当に負ける可能性を微塵も感じていないらしい。

舐めている訳でも、過剰な自己評価をしている訳でもない。赤司の目には、洛山の勝ち筋が見えている。

数字で見ても点差が生まれ、洛山の優勢を証明していた。

 

「やっぱ」

 

英雄はコーナーまで走りポジションを取る。

ポジションを取った後は特に動く事も無く、チャンスを待つだけ。

 

「やっぱり、アンタを道連れにするよ」




戦術ブルース・ボウエン
効果出てないけど


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