比企谷小町のわだかまり。 (★ドリーム)
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少し違う朝をその二人は過ごす。

よろしくお願いします。5ドリームです。八幡目線で書いていきます。
頑張って行きたいと思います。


いつもの朝である。

 

時計はいつもの朝起きる時刻を指している。

俺はいつものように腐った目をこすりながらリビングへと向かう。

 

つーか目が腐ってるの認めちゃうのかよ!

まあ、認めざるをえないんですけどね。

そんな死ぬほどどうでもいいことを考えながら歩いているとリビングについた。

すると、そこには戸塚が...!

いたら良いなぁと思うが、朝から家に戸塚がいたら多分もう学校行かない。

朝の家で戸塚を見ることは残念ながら出来ないので代わりに戸塚に劣らないパワーを持った小町に挨拶でもしよう。

...挨拶って字が難しいよね。俺とかこんなの全然覚えられない。

由比ヶ浜だったら見ただけで即倒するレベル。

奉仕部行ったら由比ヶ浜に学力チェックしよう。

そんなことを考えていたら小町が先に挨拶をしてきた!...我ながらいい妹である。お兄ちゃん感動。

 

「おはよ~、お兄ちゃん」

 

「おはよう、小町。お前、挨拶って字書けるか?」

 

思っていた疑問が口に出てしまった。

 

「...お兄ちゃん、何かあった?」

 

小町の反応が斜めでお兄ちゃん悲しいよ!

お兄ちゃんそんなにいつも悩んでないよ!

 

「...またそれか?」

 

「小町はお兄ちゃんが心配なのです」

 

「また喧嘩したくないだろ?だったらやめろ。やりすぎだ」

 

「え~、小町が心配してるのに」

 

ここでキレてはいけない。小町のお節介はやりすぎだとは思っているが、まだ怒るほどじゃない。

 

「お兄ちゃん怒るぞ?」

 

「ほら、そんなに怒らないでよ。人間万事、馬耳東風っていうでしょ?」

 

「...」

 

妹の口から聞いたことのない馬耳東風の使い方が出てきたので一瞬、馬耳東風してしまおうかと思った。

別名、既読無視、それは最強である。

俺はもちろんそんなことしないよ?

する友達が居ないからな!

まさに外道!

要はそんな下らないこと考えて現実逃避してしまいたくなるほど小町はアホだった。

 

小町が「えっ!?言わない?」みたいな顔をしているがもう面倒だから怒っていいよね?兄として妹に社会を教えてやるのである。

 

「しつこいな、やめろよ」

 

やっちゃった。

ここが小学校なら周りに人が集まってみんなで「い~けないんだ、いけないんだ。せ~んせいに言っちゃ~お♪」を始めるだろう。

小学校の時に俺は「比企谷って存在がいけないよな」とか言われてクラス総出でこの歌を歌われたことは絶対に忘れない。あの歌はそんなトラウマの歌である。

ちなみに小町にもその情報が回っていて家で小町にやられた時には泣いた。

 

要は小町は兄がネタにされても動じない強い妹であるということである。

 

だから小町にこれくらい言っても小町は馬耳東風するであろう。

 

「迷惑だったかな、ごめんね...お兄ちゃん」

 

なんということだ...

小町がまるで俺の様に腐った目をしながらそんなことを言っていた。

 




いかがでしたでしょうか。
励みになるのでコメント、評価よろしくお願いします。


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そして彼らの一日は始まる。

第二話完成しました!
短いですが読んで頂けたら嬉しいです。


小町って目が腐るとそのまんま俺みたいだなーと思いながら冷静にその状況を理解する。その時間、実に1秒。それでも遅いくらいだ。よし、理解した。

やばい、こんな調子で学校に行かれた日には小町の友人関係を壊しかねない。

だって目の腐った奴は友達が出来にくいんだもん。ソースは俺。

とりあえず、小町をなだめなければ!

 

「だ、大丈夫だぞ?小町。お前のお節介は迷惑なんかじゃないからな?」

 

何故か疑問形を多用した上にどもっていた。これで小町がウルウルしながら「お、お兄ちゃん...!」と言ってくれれば完了である。...上手くいくかな...?

 

「...お節介だもんね。迷惑だったね、ごめん」

 

わお。思わずそんな言葉が出て来てしまいそうだった。何てマイナス思考なんだ。だが、小町の方が正論である。迷惑じゃないお節介って何だよ。お節介って言葉自体が「お前迷惑だ」って意味を含んでるっていうのに。つまり俺の言ったことは「お前は迷惑だが、迷惑じゃない」ということである。何それ意味不明。そんな下らなすぎることを考えていると思わずニヤッとしてしまった。

 

「何で笑ってるの...?」

 

小町ちゃん怖い。そう、自己嫌悪をしている時は周りで誰か笑っていれば例えそれが知らない人でも自分を笑っている、と思ってしまうのである。そして、嘲笑はすると楽しいが、されて楽しいものではない。...すると楽しいんだよ!

 

「い、いや。思い出し笑いって奴だ」

 

「...もう学校行く」

 

「い、いや。待ってくれ。送るから」

 

「別にいいよ。お兄ちゃんに迷惑かけてるし、前に俺をいいように使うなって言ってたから、悪いし。今までごめんね」

 

バタンとドアの閉まる音がすると小町の声は聞こえなくなった。

 

 

...最後の言葉何だよ。自殺するんじゃないか?なだめるどころかむしろ悪化させてしまった。人から言われた悪口とか文句とかはずっと覚えてるもんだしな。俺なんか小町が小学2年の時に言った「お兄ちゃん、格好悪い」をまだはっきり覚えてる。でも、問題は今だ。

...どうしよう。

 

 

 

奉仕部...

 

「なあ、由比ヶ浜。お前、挨拶って字書けるか?」

 

「は?それぐらい書けるし!」

 

そう言うと由比ヶ浜はひらがなで「あいさつ」と書き出した。

 

雪ノ下が呆れた顔でこちらを見ている。仲間にしますか?いや、出来ないだろ、呆れられてるんだから。人助けに定評のある雪ノ下も呆れる由比ヶ浜の学力はすごい。

 

「比企谷君、由比ヶ浜さんにそんなことをして楽しいのかしら。最低ね。」

 

...呆れられてるのは俺でした。

 

「由比ヶ浜さんに聞くまでもないと分かるでしょう。由比ヶ浜さんがあんな字を書ける訳がないわ」

 

正論だった。由比ヶ浜に書ける訳がない。書けたらそいつは偽者だ。

 

「ゆきのん酷い!?でも、今日、ヒッキーってクラスでもいつもに増して存在感なかったよね。さいちゃんとも話してなかったし」

 

戸塚と今日は体育でしか話していないのである。悲しいよう。

 

「ヒッキー、何かあった?」

 

「お前は小町かよ。...小町?」

 

小町は大丈夫だろうか。あんなに明るかった小町がああなったのは意外と深刻かも知れない。

 

「図星ね」

 

深刻そうな顔に一瞬なったことが原因で気付かれてしまった。

 

「聞いてあげてもいいよ?」

 

由比ヶ浜は勝ち誇った様にそう言うとケータイをしまう。

 

...むかつくな。だが聞かれたら、答えてあげるが世の情けである。

 




今回はいかがでしたでしょうか。
楽しんで頂けたら何よりです。
コメント、評価よろしくお願いします!


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そして彼らは推理する。

少しずつ話が暗くなるかも知れません。
まだ明るいですが。
それでは、第三話です。


「...っていうことがあったんだが、どうすればいいんだろうな」

 

「小町ちゃんの目が腐るなんて...」

 

「あなたが比企谷菌に感染させたんじゃない。あなたを除菌すれば...」

 

どうも、目の腐りに定評のある比企谷菌です。もうお前ら全員感染しちまえよ。

 

「小町だって名字は比企谷だからな?今回くらいは真面目に頼む」

 

「小町さんのこととなると心配ね。あなただったらどうでもいいのだけれど」

 

「ねえ。俺が話してたの聞いてた?」

 

「あら、比企谷君。居たのね、こんにちは」

 

「だめだ。話が通じない...」

 

「ゆきのんもいいかげんにしなよ~。でも、小町ちゃんってちょっとやりすぎかなってたまに思うよね」

 

「比企谷君、小町さんの今朝の行動に心当たりはあるかしら?」

 

「...無い。今日いきなりだ」

 

「嘘ね」

 

特に俺以上に知っているはずのない雪ノ下が「嘘だッ!!!」みたいなことを言い出したので思わず動揺してしまう。

 

「お、おう」

 

「どういうこと?」

 

「小町さんにこの間、電話したらとてもナーバスな感じだったの」

 

「家だとそんなことなかったと思うんだが」

 

「あなた、実の妹の変化にも気付けないの?シスコンの名が聞いて呆れるわ」

 

「シスコンこそはすべてだっ!と言いたいが...やめろ、警察呼ぶな。お前だ由比ヶ浜」

 

何で由比ヶ浜が警察呼ぶのかハチマンわかんない。由比ヶ浜はアホの子だから間違えて本当にかけそうで怖い。雪ノ下も本気でかけそうで怖い。結論、みんな怖い。よって戸塚は天使。Q.E.D.証明終了。名前は...戸塚の最終定理でいいか。なにそれ超天使。

 

「ケータイねえ...」

 

由比ヶ浜が感慨深げにそう言う。

 

そういえばケータイってどんどん進化していくなー。俺のスマホひとつとっても後継機出てるし。ちょっと前までみんなガラケーだったのに。

...小町が一週間くらい前に何故か家にいるのにメールで勧めてきた音楽にすごい暗いのがたくさんあったような。何か関係あるかな。思い出したハチマン頭良い!

 

「そういえば...」

 

「頭に何かわいたのかしら。ウジとか」

 

誉められるどころかけなされた...だと!?

 

「小町の最近の音楽の聞く傾向が変わってきてな、最近は洋楽聞いてるんだ」

 

「ワンなんとかって奴とか?最近流行ってるよね。でも、何も変じゃないよ」

 

この野郎、「こいつ何言ってんの?大岡?」って目で言ってやがる。

 

「いや、60年代から80年代を中心に聞いてるっぽい」

 

「古っ!」

 

由比ヶ浜がそう叫ぶ

 

「由比ヶ浜さん、西暦60年ではないわ。西暦1960年のことよ」

 

「それくらい分かるし!」

 

また叫ぶ。いくらなんでもうっせえよ。

 

「まあ、ただそういう時期なだけじゃねえの?」

 

「私のカンからするとね...結構、小町ちゃん追い詰められてるよ」

 

「全くあてにならないな」

 

「いや、理由あるし!」

 

「理由あったらカンじゃねえよ。」

 

「その男は無視してその『理由』を教えてもらえないかしら」

 

「ゆきのん...」

 

ウルウルしてんじゃねえよ。と言いたいが雪ノ下の目が怖かったのでやめた。雪ノ下は世紀末救世主かよ。「わが生涯に一片の悔いなし!!」とか言っちゃうの?本当に言いそうで怖い。

 

「けっこうああいうタイプの元気に振る舞う子って辛くても周りに気付かれないようにするんだよね。だからそれも辞めちゃうと...相当に末期かなって...思う」

 

由比ヶ浜が消え入る様に言い終えると、それと同時に部活のいつもの活動時間が終わる。

 

...小町と話すの何か嫌だなぁ。確かに比企谷菌は伝染するかも知れない。それも、鳥インフルエンザみたいにコマチ比企谷菌って形になって強力化した状態で。逆輸入しないといいな...。逆輸入とは少し違うか。

小町と話すの辛いなぁ...。

 




大変励みになるので、ご意見やコメントお願いします。頑張って書いて行きたいと思います。
次は小町と八幡の問答になる予定です。


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既に比企谷小町は何も求めない。

今回は暗いです。
第四話どうぞ。


着いてしまった。もう玄関前である。

俺は恐怖で震えそうになる口を動かして言った。

「ただいま...」

 

返事がない。ただのしかばねのようだ。

 

「おーかーえりー」

 

オー!ダーリンみたいな感じで返事がかえってきた。八幡様のおなーりー、みたいなのも近いかも知れない。呼び方的に俺マジ大名。

 

ともかく小町はリビングにいるらしい。家に帰った瞬間直ぐにラスボス戦ということである。そして、俺のゴーストがこう囁いている「男には、負けると分かっていても戦わなければいけない時がある」と。何か色々混じってんな。

 

リビングのドアを開けると、そこはリビングであった。

...当たり前だろ。雪国だったら怖えよ。多分、野生の雪ノ下とか出る。別名、氷の女王。ライオンとか出てくるんじゃねえの?今度タンスの中入ってみよう。そこで楽しい夢を見てそしてそのまま永遠に眠ってしまいたい。

 

...いや、それは嫌だな。永遠に眠りそうなところを周りの服をかき分け、俺的ラブリープリンセス小町が俺に愛のキスをしてハッピーエンドである。どっかで聞いたことある?...いや、断じて違う。トレースとか一切してないし、何なら号泣会見まで開いちゃう。「話なんて、みんなおんなじやおんなじやおもって~!!」とか言っちゃうぞ。多分、実際の小町もそこまではしてくれない。せいぜいアンパンチ!までだろう。そんなのいらねえよ。

 

「...どうしたの」

 

ドアを開けたままつっ立ってたらけっこう暗い感じで言われてしまった。しかも語尾の音を上げないから通常の三倍暗い。

ごまかす様に冷蔵庫に直行してマッ缶を手にとると小町の隣に最大限チョコンと座る。

 

「最近音楽は何聞いてるんだ?」

 

ここはなるべく遠回しに攻める。体育でぼっちがぼっちに話しかける様に「ペア組みますか?」「あ、はい」くらいの感じで。

小町は特に何を見るでもなく、ただ点いていないテレビの下の台の辺りを見ている。

 

「古くて暗い感じのやつ」

 

「勉強は?」

 

「やってはいるけどね...」

 

駄目だ。会話が続かない。仕方ないが本題に入るか。

 

「お前、最近、暗くないか?」

 

「そうだねぇ...」

 

「何かあったか?」

 

「なんか、疲れちゃっててね。小町、今まで何してたんだろうなって思って」

 

「小町は色々してくれてるだろ。俺はすごく助かってる」

 

「はっきりとは分からないけどね、何か話したいけど、話したくない。みたいな感じ」

 

どうしよう。なんて言えばいいんだろうか。恐らく俺は今朝の時点で詰んでいる。今朝、小町を否定した瞬間から詰んでいるのだ。自分を否定する様なヤツにその後、いくら誉められたところで、助かったと言われたところで、そんなヤツの言うことを信頼は出来ないだろう。きっと言葉の綾をとらえて自分で自分を否定するのだ。「ほら、嫌われてる」と。

 

「部屋で音楽聞いてくるね」

 

そう言うと小町はリビングから逃げる様に部屋に向かった。

現実に居る場所が無いのだとしたら生きていけるのなんて夢の中ぐらいなのかも知れない。そこなら誰にも自分を否定されないし、自分が傷つくことは無いだろう。

 

人と話すだけでも傷つけられるのなら、話さなければいい。

でも、一人ぼっちは怖いから、みんなと群れて過ごしていく。みんなと合わせて過ごしていく。そして、それも辞めた時にあんな感じになるのだろう。合わせていた人にも傷つけられてしまったのだから。

 




今回は書いていて自分の気分も少し暗くなりました。評価やコメント、意見等ありましたらお願いします。
次の話は比企谷家の朝と奉仕部での会話になると思います。


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だが、彼女の視点は低すぎた。

話を小説風にしました。
すごく暗い話にしてしまいました。
第五話です。


朝である。

 

結局、小町とは一度もあれから合わなかった。久しぶりの兄妹の対面という感動的な朝だが、外では俺の登校を拒む様に雨が土砂降りだし、何ならいつもよりさらに寒い気がする。気のせいかも知れないが。

俺の這ってでもリビングの炬燵に入るという信念の下、なんとか到着したが、もちろんそこには小町が居る。

 

小町はいつもだったら俺が来たら「おっはよー」と元気に挨拶しそうなものだが、今はそもそも俺が来たことすら気付いていない。小町はヘッドホンをして、だるそうに文庫本のページをめくりながら自分の世界に入っている。

俺が食卓の椅子を引くと、小町はその音にびくっとしてこっちを見る。ここで話しかけなければもう話さなくなってしまうのではないかという追い詰められる気持ちになりながら俺は挨拶をする。

 

「お、おはよう」

 

小町はもう俺以上に腐ってんじゃねえかという目をしながらヘッドホンを外してそれに答える。

 

「...おはよう」

 

それだけ言うと小町は食卓について黙々と食べていく。

...が、ふと動きが止まったかと思うと俺の目を見ながら言う。

 

「今日、学校休みたい」

 

「え?」

 

驚くしか無い言葉が小町の口からでた。今まで学校を進んで休むことなんてなかった小町がそう言うのである。

ここで否定したらいよいよ俺はどうしようもなくなってしまうので俺には肯定しか選択肢がない。

 

「ああ、分かった。後で電話しとく」

 

小町は食べ終えて食器を水に付けると自分の部屋に戻るのかと思ったが、ドアの前まで行くと少しだけこっちをむいて言った。

 

「お兄ちゃん、話、聞いてくれない?」

 

ここも拒否する選択肢はないが、そもそも拒否する理由がない。

 

「分かった。なら、座れよ」

 

小町は俺と向きあって面接でもする様に座ると話し始めた。

 

「最近小町が元気ないのは知ってると思うんだけどさ。小町って居て迷惑?」

 

「そんなことないぞ。小町は...」

 

そう言ったところで小町が被せて言う。

 

「でも、小町が居るとウザいし、しつこくて嫌だって言ったよね。お兄ちゃん」

 

俺が小町に返す言葉はない。そして、小町の言うことは間違っているが、同時に合っている。

 

「小町が小さかった時は何も悩んでなかったし、知ってる人は誰も悪いことになってなかった」

 

「色々見てきて、色々分かってきたはずなのに、お兄ちゃんに合わせて、同級生との空気を読んで、周りと同じ反応して...」

 

小町はもう泣きそうな様子で話している。多分、昨夜ずっとこれを考えて泣いていたのかもしれない。よく見ると目がすごく赤くなっている。

 

「もう、言わなくていいぞ」

 

俺はそう言うと小町の頭をなるべく優しく撫でた。

こいつは確かに結構病んでいる。由比ヶ浜の言っていたことは正しかったらしい。小町がここまで病んだのは多分、俺のせいだろう。俺があまり間を置かずに、少しいらついていたから、ただそれだけで小町に八つ当たりをしてしまったからだ。

そして今、小町が怖がっているのは彼女の底の浅さだろう。底の浅いことは悪いことではない。だが底が浅く、その場所から見ると周辺がとても高く見えて自分が何だか分からなくなるのである。先が無いのなら諦めもつくかもしれないが、小町にはまだ先が長くあるのだ。彼女の前にはまだ長く、とても長く道がある。

 




いかがでしたでしょうか。
暗い話になりましたが、次回も暗いかもしれません。
なにをすれば小町は救われるのでしょうか。
コメント、意見等お待ちしています。


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正直に彼は考えようとする。

この世に生まれてしまった以上「自分なんか生まれなければよかった」といくら叫んでもそうさせてくれる存在はほぼない。いつも頭をお花畑で夢の中に保ってくれる存在もあるが、それだって永遠ではない。いつかは強制的に引き離されるものである。小町に関していえば、浅いことは悪いことではないと俺は思う。問題は、本人の視点から、周りよりも低く思えてしまう点である。雪ノ下の様になんでも出来ると思い、実際に出来るのなら何も問題はないかもしれない。だが、小町にはそれが出来なかったのだ。ほとんどの小町の同級生は自分が浅いとは思っていないだろうし、自分が浅いと思った時点でそいつはある程度深いのだと俺は思うのだが。

 

小町についてここまで真剣に考えたのは初めてだろう。俺の中の小町は、いつだって明るく、とても愛らしかった。こんなことは少なくとも今の小町には言えないだろう。それにしても、自分に正直に生きるとはよく言えたものである。友達だっていない俺でさえこうなのだから。恐らく自分に本当に正直な人間なんていない。

 

 

...奉仕部前

 

俺はいつもの様に部室に入るが、まだ雪ノ下しか中には居らず、少しだけ頭を下げてから座る。昔と変わらないという安心感からか、自然と息をはいてしまう。

 

「...はあ」

 

正直に考えると人の不安定な様子を見ていると、自分も不安定なのではないかと不安に思うし、その分類の話をされると疲れるのである。こんなことだって小町には言えないだろう。恐らく俺がどんなに試行錯誤したかを小町が理解することはないだろう。そして、小町にどんなに苦しんできたかを俺が理解することもないだろう。

俺の頭の中でそんなマイナスな理論が交差する中、雪ノ下は少し探る様にして俺に質問をする。

 

「小町さんは...どうなのかしら?」

 

「今日は学校休みたいって言って休んでる」

 

「そう...」

 

状況だけを見れば俺達の様子は前とほとんど変わらないだろう。だが、そんな日々は長くは続かない。どんな日々も長くは続かないのである。小町の不安定な状態はこのままにしておけば何があるか分からない。奉仕部の不安定な状態はこのままにしておけばそのまま疎遠になっていくだろう。結局のところ、自分に出来ることは少ししか無いのだろう。どっちにしろ誰も救われずに終わってしまうこともあるかもしれない。俺が小町の苦しみを代わりに受けて小町が俺として生きていくことなど出来ないし、それが雪ノ下だったり由比ヶ浜だったりしても、出来ないだろう。

始まってしまったことは本人が自分から絶つか、そのまま諦めるしかないのかもしれない。もう二度と完全に昔の様にはいかないのだ。だが、もし、ある人物にとって本当に幸いなことが俺に出来るのなら、俺はそれを望もう。

 

 

 




続きは書くつもりですが、なにしろ初投稿なものでなれていないので感想、ご意見等が心配になってきました。何かコメントだったり、評価をして頂ければ幸いです。


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少なくとも、その日々はまだ続いている。

シリアスになればなるほど台詞が減りますね、今回は前回よりは台詞が多いです。



「やっはろー!」

 

能天気そうなその声に加えてそのアホ丸出しの挨拶をされると、どんな崇高な考えも吹き飛ぶのではないかと思わせられる。現にさっきまでの俺のネガティブな考えが吹き飛んだ。

しかも、ハローの和訳が「やあ!」であることを考えると由比ヶ浜が言っているのは「やっやあ!!」となるのだ。

どもってんじゃねえかよ、友達作ろうとした時の俺かよ。まあ、言いたいことはひとつだ。由比ヶ浜結衣はやはり天性のアホである。

 

「こんにちは、由比ヶ浜さん」

 

雪ノ下はいつも通り完璧で、由比ヶ浜はいつも通りアホだが良くも悪くも優しい奴だ。...この時間は続くとしても長くて一年ほどだと考えると、不思議な気持ちになってしまう。

 

そんなセンチメンタルなことを考えて自分の世界にトリップしていると、由比ヶ浜もまた探るように聞く。

 

「小町ちゃん、どう?」

 

何も雪ノ下に教えたのだから由比ヶ浜に教えるくらいどうってこと無いはずなのに、俺は答えられなかった。一瞬、考えてしまったのだ。「この心地良い時間がいつまでも続けば」と。「彼女達に暗い話をすることでその空気が伝染してしまうのではないか」と。

 

「ヒッキー、聞いてる?」

 

「ああ、聞いてる。小町は今日学校休むってさ」

 

「あちゃー、まずいね。小町ちゃん、何か言ってた?」

 

「一応、それらしきことは、言ってたが」

 

今、ここで嘘をついてしまったら小町は失望するだろう。既に望みはないかもしれないが。彼女達もそれに気付いた時には失望するだろう。両方失う可能性もあるのだ。

その感情が勝ったおかげでなんとか本当のことが言えた。

 

「...小町の今の状況は、俺のせいだ。小町の行動を否定して、拒否した俺のせいだ」

 

結論を言えばそうなるのだ。この場合、責任者を探せば小町の行動を否定した俺か、その行動をしてきた小町自身しか選択肢はない。

 

今回の目的は小町を助けることなのだから後者は無くなる。消去法で俺が責任者である。そうすれば、誰の心にも傷を残さない。

 

「あなたは小町さんの行動に対して自分に嘘をついて今まで通りに振る舞って。嘘をついて、それでもいいの?」

 

雪ノ下は知っているのだ。分かっているのだ。

 

「あたし達も、小町ちゃんとしっかり話した方がいいんじゃない?」

 

由比ヶ浜はそう言うが、小町はそもそも話すだけの気力がないだろう。遅すぎたのである。

小町は今までの自分の計算が無意味であると否定され、同時にその意見を否定する程の自信も持ち合わせていなかったのだ。

計算とは言っても、要は気ままに生きてきて、その結果に一喜一憂してきただけなのかもしれない。

始まったからにはいつか終わるのだ。小町と仲直りしたあのぽかぽかした夜も終わり、無意味なものとなってしまったのかと思うとそれだけで涙が込み上げてくる気がする。

まだあの日々は続くのだろうか。俺にはきっと続くと思うくらいしか今は出来ない。

 




是非皆様のご意見、感想が聞きたいと思っています。評価だけでも、つける価値があると思えばつけて頂ければ嬉しく思います。


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比企谷八幡にはまだ余裕がある。

今回は少し現実逃避的ではありますが、明るいですよ。


古人曰く三人寄れば文殊の知恵である。...だが、俺達は三人寄ったがほとんど変わらないのだ。

いや、でもその言葉も合ってるとは思うよ?

ただし、おめでたいバカ限定である。そいつらはきっと何も考えてないので私情を挟まない。言い方を変えればそもそも挟む私情がない。

 

はい、今日もやって参りました、お馴染みの難所の「病んでる小町がいる家の玄関」でございます。

 

.....要するに家のドアの前にいるということですね、はい。

そういえば「病んでる」と「ヨーデル」って似てるよな。

試しに「ヨーデルッ!!!」とか言いながら家に入ってみるか。最近流行ってるらしいし。小町も心配してくれるかも知れない。「自分よりヤバイ奴がいる」みたいな感じで。

 

俺だったらついに家の中にメリーさんがやってきたと考えて布団の中でぶるぶると震えながらおとなしく最期を待つだろう。

 

必殺、俺のトラウマが発動した瞬間である。

 

遠い昔の話だが、クラスメイトに住所を聞かれて「俺にも家に来てくれる友達がいる!」とワクワクしていたら電話がかかってきて、知らない電話番号だったが取ったら「私、メリーさん。今学校にいるの」から始まり、最後は「私、メリーさん。今あなたの家の前にいるの」ときた。

 

半泣きの俺は前述の通りに布団にくるまっておとなしく最期を待っていると、そいつはカギを開けて入ってきた。何でカギ持ってんだよ。

 

もちろんその正体は愛すべき妹の小町だったが、当時十歳の俺はそいつが小町に変装をしたメリーさんであると信じて疑わなかったのだ。

 

その結果、小町が逆ギレして俺をぶん殴った。会心の一撃、こうかはばつぐんだ。八幡は目の前がまっくらになった。

 

ちなみに、住所を聞いてきた奴(多分メリーさんを装った奴)には俺から「これは俺の分だぁ!」そして「これは小町の分だぁ!」と会心の一撃を浴びせておいた。

 

結論をいえば小町がメリーさんだったのだ。違ったとしたらいつか地球を一周して帰ってくるらしいのでいまだに怖い。

 

そして何故か俺にはメリーさんは「ヨーデルッ!!!ヨーデルッ!!!」といいながら家に入ってくるイメージがある。

なにそれ、元気百倍メリーさんかよ。元気百倍アンパンマンみたいだな。

無駄に元気があっても怖いものは怖いのだ。怖さ百倍メリーさんはきっと親戚か何かである。

そういえばメリーさんの羊はどうだろう、メリーゴーランドは?

怖え、そこら中にメリーさんいるじゃねえか。

 

脱線したが、きっと小町は俺の話を聞かずに家を追い出した後、お近くの精神科までの地図を渡して自分は忍者の如く家の中に入るだろう。

小町は大人だなぁ、問題があったらすぐにプロに任せるのは賢明だ。そんなこと考えてる時点で俺マジ妹思いの兄。

 

ドアを開けるが心無しかドアがいつもより重い。小説でよくそんな表現あるような気がする、そしてその後は大抵いいことがない。

 

種明かしをすると、心無しとかそういうのじゃなかった。小町がドアに寄りかかって座っていたのだ。俺はなんとかドアを開けるとその場にいる妹に話かける。

 

「何があったんだ?」

 




いかがでしたでしょうか?
評価、コメント等ありがとうございます。それが自分の元気の源です。読んで頂きありがとうございました。


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恐らく、あの頃はもう戻らない。

気分が明るい時に読んではいけません。おすすめしないどころか全力で引き止めたいです。覚悟しましょう。


立ち上がった小町にそう声をかけると小町は目をそらして俺の足下の横を見ながら反応した。

 

「え、いや。え?」

 

こっちが聞きたい。何でそんなに驚くの?

 

メリーさんでも一緒に入ってきたの?それとも俺がメリーさんなのか。

 

「え、びっくりしただけ」

 

「そうか」

 

「うん」

 

会話が続かない。

小町と喋っていて初めてもどかしく思った。とりあえずリビングに行って理由を聞こう。

 

リビング...

 

小町はまるで何か悪いことをしたかの様に話す。

「お昼頃に出かけようかと思って、着替えたんだけど疲れたからやめて、それからずっとねっころがってた。そんで、今の...六時?くらいまでそうやってて、決心して出かけようとしたら玄関まで走ったとこで立ち眩みがしてああなっちゃった」

 

ほう。小町はまだ出かける余裕があるのか。そこで俺が粋な提案をする。

 

「じゃあ、今度の土曜日出かけるか?」

 

「うん。じゃあそれでいいや...」

 

病んだ小町と俺との目が腐ったペアである。多分、他人が見たらこいつら心中するんじゃないかってレベル。なにそれマジ名案。そうだ、天国行こう。行かねえよ。

 

「お兄ちゃん、ちょっと小町一人でここに居させてもらっていいかな?」

 

「ここ」とはどこだろう。リビング?それともこの家だろうか。もしかして地球のこと?

何それ、いつから雪ノ下みたいなのになっちゃったの?ハチマン、カナシイ。

 

まあ、リビングだろう。でも俺はどかないぞ。俺を倒してから行け、という感じでジェスチャーで主張すると小町の目の色が変わった。攻撃色の赤である。

 

...小町ちゃんやめてよ、やだ。そんな目でお兄ちゃんを見ないで。

中学生でもヒステリーになるのかな。若干楽しみだけど少し怖い様な修学旅行の前日の気持ちで小町を見つめていた。

 

「お兄ちゃん、部屋に行って」

 

「話、聞くぞ?」

 

「...出て行ってよ!」

 

「何でお兄ちゃん部屋に行ってくれないの!?」

 

「え、ごめんなさい」

 

「なら部屋に早く行ってよ!」

 

まだここでは退けない。

 

「いや、何か話さないか?」

 

「小町は誰とも話したくないの!」

 

そう言う小町の目にはうっすら涙が浮かんでいた。

こういう時は抱きしめたりすると良いと昔、インターネットで見たが、こんな奴にそうやったらそのまま俺の体が吹っ飛びそうなのでできない。とりあえず肩だけでも少し触ってやるか、と手を伸ばした。

 

「やめてよ!気持ち悪い!」

 

いつもの俺なら怒らない。

いつもの小町ならこうならない。

俺は小町のために時間をたくさん割いた。

俺は小町のために考えた。

それなのに、これは何だ。

語気を少し荒くするくらいでやめようとしたが、残念ながら止まらなかった。

 

「お前、ふざけんなよ。お前なんかどうでもいいのに俺が...!」

 

それ以上は言えなかった。怒鳴ってしまったのに気がついた時は既に遅すぎた。小町は愕然としながら俺を恐怖と涙に満たされた目で見る。

 

小町は何も言わずにリビングを出て行く。

その後部屋に戻ったのか、外に出たのかは俺には分からなかった。

 




次回の更新は明日の19:00です。
皆様の評価やコメントにはとても励まされています。
まだ話は続いて行きますよ。


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比企谷八幡は今を思う。

前回以上に暗いかもしれないので、更なる覚悟が必要です。
そして今回は会話がありませんので、読み辛いかもしれません。
では10話です。


俺はしばらく動けないまま、昔のことを思い出していた。

あの頃は戻ってくるのだろうか、それとも俺はこの重荷を抱えていかなければいけないのだろうか。

俺だってこんなことになるなんて考えもしていなかった訳ではない。

ただ、その気持ちを俺なら抑えられるだろうと過信していただけだった。

鼓動が段々と速くなっていくのを感じながら、それに連れて自分のしてしまったことを理解していく。

はたから見ればただの兄妹喧嘩かも知れない。実際に前回の喧嘩はそこまで重大ではなかっただろう。

だが、俺は今の小町に一番言ってはいけないことを言ってしまったのだ。

 

俺はそのままふらふらと小町の部屋の前まで歩いていった。

 

「小町、さっきは悪かった。許してくれとは言わないが、その...俺が言ったことは本心じゃないんだ。そこだけでいいから、分かってくれないか?」

 

部屋にいるのかも分からない小町に向かって話すが、返事はない。

 

「入るぞ?」

 

ゆっくりとドアを開けるが、中に小町はいない。

 

外に行ったのだろうか。そうなるとかなり大変だ。

誰か頼りになる人物はいないだろうか。そう思い、携帯を眺める。

由比ヶ浜結衣なら助けてくれるだろう。

だがその場合、小町へのダメージが心配だ。

恐らく、小町は由比ヶ浜と雪ノ下に合わせる顔がないと思っている。

となると、結局最後は自分しかいないということだ。

だが、俺でさえ小町は拒絶するかも知れない。

恐らく、俺は不安を感じている。小町だってそうだろう。

他人に嫌われることを怖く思って震えている人間なんて沢山いる。

でも、支えてくれる人がいるから、助けてくれる人がいるから、心配してくれる人がいるから、それが怖くなくなっていくのだ。

今、俺は誰にも頼れない。

今、小町は誰にも頼れない。

少し前まで小町は俺を頼ってくれていた。俺だってそれに応えていたつもりだった。

家族が唯一の、無条件に頼れる人達だと俺は分かっていたじゃないか。なのに俺は小町とのそれを全て壊してしまった。

最終的にこの関係を拒絶したのは俺なのだろうか。その気持ちも自分を慰めているだけなのかも知れない、と心のどこかで思ってしまう。

俺にも結局分からないのだ。

俺が考えても、考えなくても結果は出てしまう。行動しなくても何かしら最後には一つの答えが出てしまう。

過去には戻れない以上、その「答え」を出来うる限り最善なものにするのが俺の今出来ることの全てである。

 

そう思うと、俺は自転車で家を飛び出した。

 




最近暗い話が多いですね。
感想や評価など、付けて頂けたら嬉しいです。
読んで頂いてありがとうございます。


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いつか比企谷小町は。

これからはペースを二日に一回にしますが、よろしくお願いします。


小町が行く場所となると、どこだろうか。

こういう時はもし自分だった場合を考えることが一番可能性が高いだろう。

 

...俺だったら、もし、俺だったのならどうするだろう。

俺なら、人が誰も通らなくて暗い場所でずっと泣いていたい。俺は出来るのなら、そんな場所にずっと居て、過去の自分をずっと後悔しているだけでいい。これからなんていらないし、今だっていらない。もう十分だ。

 

最近、家から歩いて数分の場所にマンションができるらしい。そして、人がまだいないので静かなのに子どもが増えることを見越して公園がある。

俺だったらきっとそこに居るだろう。

 

そう思い、俺はその公園に向かった。

 

小さな公園にしても夜になると電灯一個では足りないらしく、暗くてよく見えないが、自分の妹ぐらいならどんなに暗くても見える。泣いていればなおさらだ。

 

「小町?」

 

小町は滑り台の階段に座ったまま、それに腕を押し当ててその上に顔を伏せて泣いていた。俺を認識しても伏せたまま泣いて答える。

 

「お兄ちゃん?...ごめんね、怒らないで、ごめん。お兄ちゃん」

 

小町は俺を怖がっている。俺は小町を怖がらせてしまった。そしてその事実はもう変えようがない。ならどうすればいいというのだ。

俺ができるのは小町にそれを忘れられるようにすることだけ。それしかないが、逆にいえばそれが全てである。失敗したらそれで終わる。

 

それなら俺は、いつもの小町にたまたま帰り際会ったようにこう言おう。

 

「どうする、何か食べて帰るか?」

 

恐らく、最善ではないし、格好良い言葉でもない。だがそれも含めていつもの俺だ。

小町は泣き声を抑えずに泣き続けていたが、なんとか涙をこらえて言う。

 

「.....うん」

 

その後も三分ほど小町は泣いたもののゆっくりと歩いていき、近くのサイゼに着く頃にはもう収まっていた。

 

「お前、決まった?」

 

俺はサイゼにかけてはプロなのでメニューなんて暗記している。まさに、見るまでもないぜ。

もし、サイゼオリンピックとかあったら俺が生きてる間は全て優勝するまである。全然誇れねえな、それ。

 

小町はうーんと悩んでから少し明るく答えた。

 

「お兄ちゃん、これにしたら?」

 

小町の顔が俺にお願いをする時の顔になった。あれ、こいつちょっと前まで泣いてませんでしたか?

こいつ怪人二十面相かよ。顔が全部仮面なんじゃないの?かわいいから許すけどな。

 

「ああ、それにするよ」

 

俺がそう言ったのに何故か小町はうつむいた。

 

「...うん、そうだねぇ」

 

ここは小町を持ち上げておこう。

 

「いや、むしろ俺もそれにしようとしてた」

 

小町は興味無さげにへぇーと言ったかと思ったらすぐに察して欲しげにむー、とうなる。お前はオカルト雑誌かよ。

 

「なんか、気を遣わない関係ってあったらいいよね」

 

小町にムーの由来を話そうとしたらそんなことを言われた。

 




平日は18:35に、休日は7:00に投稿します。今回も読んで頂いてありがとうございました。話はまだまだ続きます。


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そして、比企谷八幡は戻ろうとする。

前書きって要りますかね?
小説の世界に浸れない、とかあったらやめるかも知れません。


「...そうだな」

 

そんな関係があったら理想だ。その関係は『本物』だろう。

 

小町があー、とやる気なく言うとちょうど料理が来る。

香ばしい匂いが俺の周りをただよいながら流れているが、俺よりもそれに引き寄せられている奴がいた。

 

「お兄ちゃん?」

 

「...わかったよ、好きなだけ持ってけ」

 

「なんかもってけぼりみたいだねぇ」

 

「おいてけぼりみたい、だろ。何だよそれ、むしろ親切だな」

 

そんなよく分からないことを言いながらも小町はすぐに俺の食べ物を取り、もぐもぐとやっている。その小町の顔はとても幸せそうで、俺まで少し頬が緩んでしまった。

 

これで本当にリセット出来たのだろうか。そういうことを考えてしまうと俺の目は光の速さで腐っていくので、こんな時にはやめないといけないと思っているのだが、なかなか出来ないのだ。

 

「お兄ちゃん、あーん」

 

小町が俺の様子に気付いてか、そうやってフォークを口の少し前まで持って来た。

 

「わかったよ」

 

俺はそれを口で受け取る。

 

「おにーちゃん、美味しい?」

 

「美味しいぞ、でも俺の小町の料理の方が美味しいな」

 

いつか小町が言っていた文句を思い出しながら言うと、小町は曖昧に笑いながら答える。

 

「うーん、何て言えばいいの?」

 

「笑えばいいと思うぞ」

 

俺がそう言ってニヤニヤしているのに、小町は唖然としていた。あれ、ポイント高くないの?

 

「お兄ちゃん、それないよ。軽くどころか結構引いちゃったよ」

 

「そ、そうか」

 

そして、小町は少しはにかみながらも言う。

 

「でも、そんな風に言われたら嬉しいと思うよ?『お兄ちゃんの小町』も嬉しかったかもね!」

 

「やめろよ。冷静になればなるほど恥ずかしくなってくる」

 

一方、小町は「俺の小町、俺の小町!」と連呼している。

 

...よし。開き直るぞ。

 

決心した俺は、小町ポイントを上げにいった。そういえば今日、小町はポイント高いって言わないな。あえて触れないでおこう。

 

「俺の愛してる大切なかわいい小町は勉強は進んでるかなー?」

 

そんな修飾語ばっかの言葉を言う。

すると、小町はまるで鳩が豆鉄砲くらった様な感じだった。珍しく顔も真っ赤にさせていて、小町らしくなかった。

その行動を見て、「お、小町フラグ立っちゃったの!?妹ルート入っちゃうの!?」と心の中でキャーキャーしていたら小町は顔を伏せて小声で言う。

 

「お兄ちゃん、斜め後ろの席を見て...」

 

そんな怖い人なんて誰が居るの!?雪ノ下とか雪ノ下とか?なんで居るんだよ、怖えよ。

 

振り向いたその先には、今にも俺を殺しに来そうな顔をした親父と、くっくっくと笑う母親が座っていた。

 

 

 

 




後書きは要りますか?
それとも気分を壊してしまいますかね。
今回も読んで頂きありがとうございました。
次回の最新話の追加は明日の朝の7:00です!2日連続で投稿させていただきます。


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比企谷八幡は静かに願う。

今回は書きあげてしまったので連続での投稿です!


なんで居るの...?

 

「謀ったな、コマチィ!」

 

「いや、知らないよ」

 

...素で返されました。

 

「そこは『坊やだからさ』とか言おうな?」

 

「やだよ、痛々しい。そんなことばっか言ってると平塚先生みたいになっちゃうよ?」

 

確かになっちゃうな。そんなイタい人になるのは勘弁なので古いネタを引っ張るのは止めた。

...小町にも平塚先生がイタい人認定されているのを知って、全面的に平塚先生に同情したくなった。

このままでは先生が人でなくなってしまう!

つくも神とかになっちゃうかな。もう逆に神々しいレベルに突入してる。

 

話が逸れたが、ここはもう逃げるしか選択肢が無い。だって、親父に捕まったら絶対に磔以上のことされるぞ。あ、でも磔とか俺、キリスト教的にマジ聖人。

コマチ教を信仰し過ぎた為に同じコマチ教徒に捕まって殉教するとか、偉大過ぎて歴史に残るんじゃねえの。

 

とにかく逃げると決めた俺は、小町も食べ終わっているのを確認してから素早くレジへ向かう。会計が終わってから店の外に出るまでの時間、実に五秒。

多分、サイゼで会計終わってから店を出た秒数があの距離だと世界最速。ギネス取れるんじゃねえの?あんまり嬉しくないけどな。

 

俺が世界最速でサイゼを出ると外の透き通る様な風が俺を出迎える。

外の冷たい空気をすっと吸って感傷的な気分になっていると、小町が話しかけてきた。

 

「お兄ちゃん、この前一人っ子の友達と話してたらさぁ」

 

急な話だが最近、俺にとっての家族はとても大きい存在だと知ったので、自然と「一人っ子の友達」の話が気になる。

 

「やっぱり、羨ましいって言われてね、『何で?』って聞いたんだよ」

 

「一人っ子でそういうヤツ多いよな」

 

「そんで、友達が言うにはさ『一人だと寂しいんだよ、多分、年が近いからお互い出来る話ってあるでしょ。それを全部一人で背負い込まないといけないんだからさ』って言ってたっていう話」

 

とても考えさせられるお話でした。うん、そうだな。

 

「小町はどう思うんだ?」

 

「...いや、多分寂しいしすごい悲しいと思う」

 

小町は下を向きながらそう言ったが、俺は小町にとって十分な兄として存在しているのだろうか。

 

「お兄ちゃんは?」

 

小町の居ない比企谷家。小町を知らない俺。

例えば、それで今日を仮定しよう。

 

朝、俺は誰も使っていない部屋を通り過ぎてからリビングに向かうが、誰も何も作っていないので、朝食を無言で軽く済ましてから学校に行き、そして帰って来る。

 

学校であった色々なこと、思った色々なこと。それを自分だけで背負い込んで、家の鍵を開けても誰の返事も返って来ないし、いくら待っても誰も帰って来ない。

家はいつも静かなので、お腹も空いたから外に何か食べに行く。

ただ冷たい風が吹いていて、何か話したいと思っても誰の耳にも届かないまま一人で歩いて行くだけ。

 

その場所では俺は誰にも頼れないでいて、一人で抱え込む。

 

どんなに待っても誰にも悩みを話せない上に、その気持ちが親に届くこともない。

 

そこまで考えて俺は止めた。

 

悲し過ぎる、寂し過ぎる。考えただけで涙が出て来たぜ、本当に。

 

もし他にも色々な世界があり、色々な俺がいるとして、その中にそんなシチュエーションの俺がいたら多分生きていけない。

毎日泣いているかも知れない。

 

「まあ、分かるでしょ。お兄ちゃん」

 

しばらく無言になってしまった俺を察してか、小町は話を終わらせてくれた。

 

だが、それを聞いてあげただけだとその友達がかわいそう過ぎる。

 

「その友達の話は聞いてあげたのか?」

 

「うん、たっぷり下校時間まで話してたよ。帰りにサイゼも寄って話したし」

 

小町はいい友達をもっている。友達としての小町はどんな存在なんだろうか。

 

「良いヤツだな、お前。」

 

小町はしんみりした感じで答える。

 

「.....だといいね。そう思ってくれたかなぁ。小町も色々考えちゃったよ。明日はちゃんと学校に行って、もっと話そうっと」

 

「色々」とはどんなことなのだろう。小町は俺を頼っているのだから、俺はそれにきちんと応えてあげられているのだろうか。それが気がかりである。

小町には、ちゃんと人に必要なものを分かってあげられる人になって欲しい。

 

そんなことを思いながら俺と小町は二人きりの静かな夜道を歩いていく。

 

こんな日々がずっと続きますように、と願いながら。

 




読んで頂きありがとうございました。
次の話の追加は10/12(月)の06:40です。
コメントや評価などを頂いていると、努力しよう、という気持ちにさせられます。
どうもありがとうございます。


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そして、比企谷八幡は行動に出る。

俺は四人というのが一番とは言わないが、色々と適した人数だと思う。

 

例えば、家族でレストランとか行くだろ?

そうすると、四人席ってのはあるけど、三人席ってあんまり見ないんだよな。

 

だから、さっき小町が言っていた様な「小町の居ない比企谷家」は中途半端な訳だ。従って、俺の精神状態が中途半端になるかも知れないし、少なくとも俺が安心して寄りかかっていた存在はひとつ無くなってしまう。

 

ひとつ暗い話を思い出すと、いもづる式で他の暗い話が出て来たりするものである。今がその典型。ひとつ思い出してしまった。

 

親しかったおばあちゃんが亡くなってあまりしない時に、前におばあちゃんが座ってた椅子とか、毎年おばあちゃんと旅行に行っていて、それなのに今年から「四人です」とか旅行先で言う時はすごい悲しい。

何で居ないんだろうな、とか思うがもうどうしようもない。

なんなら、俺がずっと旅行先のレストランで五人目の椅子をじーっと見てたら、それを見て小町が泣き出したまである。

 

.....悲しいよう。涙出て来たぞ、もうそれから何年か経っているのに未だに信じられない。だってその数日前には会っていて、その一ヶ月前には旅行も行ったのに。

まだ信じられない時は、それを悲しんでいる人を見るのが一番辛い。

 

俺がマッ缶を飲みながら涙を拭っていると、小町がやって来た。あ、待ってよ。妹に泣いてる兄とか見せたくない。

 

もちろん待ってくれる筈もなく、小町は近くに来て俺の顔を覗き込む。幸い、涙を拭き終えていたので目が赤いだけだろう。

 

小町は不思議そうな顔をした後に、まさかね、という口調で小町は俺に話しかける。

 

「それ、そんなに美味しいの?」

 

いや、確かに美味しいけどいくら何でもそれは無いから。マッ缶を飲んだだけで泣くとかその俺、幸せ噛み締め過ぎだろ。

さすがにお兄ちゃんもそこまで頭がおめでたくないよ。

 

「いや、何でもないぞ」

 

「へー、そうなんだ」

 

口ではそう言うものの、小町はそんなの信じないよ、と目で言っていた。

どうしたのか、と聞かれたらまともに話す自信がないが、どうしたらいいものか。

 

「.....部屋行くわ」

 

このままだと、また小町と険悪な関係になりそうだったので俺は部屋に行った。

 

......ここ最近の小町の不安定さは何から来るものだろう。

受験のストレスか、人間関係が順調でないのか、自分の浅さに滅入ってしまったのか。

 

少しだけ小町との関係が順調になった今、雪ノ下や由比ヶ浜と小町に話をさせるのも比較的簡単かも知れない。

 

なんなら、今でも。

 

そう思った俺は、携帯を取りだして由比ヶ浜に電話をかけた。

 




読んで頂きありがとうございます。
ご意見、ご感想等ありましたら、ぜひお願い致します。
次回更新は火曜日の18:40です。


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比企谷八幡はただ訊ねる。

何回かコールをした後、由比ヶ浜が電話に出る。

 

「もしもし、ヒッキー?」

 

「ああ、ちょっと小町に電話してくれないか?話題は何でもいいんだ、明るければ」

 

俺は思ったことをすればいいのだ。ただ、人に嫌な思いをさせなければ。

 

「あ、うん。分かったよ...」

 

由比ヶ浜の口調が暗くなるが、今を逃してしまえば、もうどうしてもこの関係を修復出来ない様な気持ちがしていて、その気持ちが俺を急かす。

 

「じゃあ、三十分くらいしたらかけてくれ、ごめんな」

 

「うん、大丈夫だよ...頑張る」

 

俺は電話を切ると、由比ヶ浜からの電話の前に小町との関係を最大限良くする為にリビングへ向かった。

タイムリミットは三十分である。それで全てが決まるかも知れないのだ。

 

リビングへ入ると小町がヘッドホンをしながらスマホをしている。ここまでは最近お馴染みの風景。

違うのはひとつだけ。なんか怖いくらい機嫌が良さそうなこと。一人でニヤニヤ笑ってるのを見ると、まるでラノベ読んでる俺みたいだなと思いました、まる。

 

「小町、どうした?」

 

小町がビクッと動いて恥ずかしそうな顔をする。そりゃあ、一人で笑ってたんだもんな。自覚はあるらしい。だが、小町はあまり気にせずに嬉しそうに言う。

 

「去年、ドームに来た、あのアーティストが来日するんだよ!」

 

小町が言いたいことは分かるが、なんかCMが入る直前の番組みたいになってるので正確にはわからない。興奮しすぎだろ、お前。

 

「ああ、知ってる。B席でいいよな?」

 

小町は「黙れ小僧!」って感じでこっちを見てる。お兄ちゃん、怖いよう。

 

「いや、最低でもSS席でしょ」

 

その席、前回10万円してました。最低でもそれってどこの富豪だよ。最高とか聞いたらゲスト出演とか言うんじゃねぇの?

 

「小町ちゃん、お金には限度ってのがあるんだよ?」

 

お兄ちゃん、そんなにお金無いんだぁ。

今年も東京公演全部に行くとか言われたらお兄ちゃんが借金する羽目になる。

 

小町に先に話をされたが、これからは俺の番だ。

さっきの一人っ子の話を持ちだそう。

そして「人との繋がりの大切さが分かったよ!」みたいないい感じになったところで、由比ヶ浜からの電話が入って俺と小町の兄妹うるうる仲直りの感動エンディングである。少なくともその予定。

大体の予定を考えてから、俺は行動に移る。

 

「さっきの一人っ子の話を聞いて少し聞きたいんだけどな」

 

言ってから思い出したけど、小町とうるうるエンディングって死亡フラグじゃん。既に一回失敗したしな。

 

俺がそう言うと、小町は姿勢を少し直したが、相変わらずソファーに座りながらスマホをいじっている。

 

「あ、うん...」

 

小町は俺を急かす訳でも拒否する訳でもなく、ただ返事をするが、小町の指の動きは既に止まっていた。

どちらにしろ、俺は話を続けなければいけない。

 

「お前、俺が居て良かったか?」

 

 




読んで頂きありがとうございます。
お時間があればでいいので、評価や感想等を頂けたら、と思います。
そして、土曜日の06:45に新シリーズとして小町視点の話を投稿しますので、それについてもご質問やご意見、希望等ありましたらメッセージにて受け付けます。
なので、申し訳ありませんが、次回の新しい話は金曜日の18:45です。
どうぞよろしくお願いします。


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比企谷八幡は、深く息をする。

今回は後書きにお知らせがあります。



俺の声だけが家の中で静かに流れると、小町はふぅー、と静かに息をはいてから答える。心なしか、その時間はとても長かった。今度は小町は目を開けて、しっかりと目を合わせて答える。

 

「良かったよ」

 

その声は、はっきりと自信に満ちている様な気が俺にはした。

 

「...そうか」

 

「お兄ちゃんは、小町がいて良かった?」

 

そんなことは言うまでも無いだろう。

俺が今、奉仕部を続けられているのは小町の力添えもあったからなのだ。

 

「そりゃあ、もちろんだな。むしろお前がいなかったらもう死んでるまであるな」

 

小町は「へへーん」と偉そうに言うと、いきなり姿勢を良くして言う。

 

「あ、でも。お兄ちゃんがただの同級生だったら小町、きっとこんなんだよ?」

 

そう言って小町はすっと立って演技を始める。

 

「あっ、ごめんね。比企谷君?私はもう帰るけど、後の掃除頑張ってね。じゃあね!」

 

「...って感じだよ?二人で掃除始めて三秒でこれやるよ?」

 

...まだまだだな、小町よ。

と言いたいが実際の感想を正直に言うと、例え妹だとしても危ない方向に走るところだったのでなんも言えねぇ。

恐らく、そんな俺にとどめを刺すためだけに小町は補足する。

 

「ちなみに、比企谷君?って語尾を上げたのは『名前、これで合ってるよね?』って意味がこもってます!」

 

「最低だ、お前って。だが、そこも含めて愛してるぞ、小町」

 

「キャーッ!お兄ちゃん、気持ち悪い!」

 

...最後のは聞かなかったことにしよう。そうしないと俺の精神が崩壊してしまう。

そんなことを言った後に、小町はうーん、としてから言う。

 

「...いやぁ。実際は小町もお兄ちゃんが好きだよ?」

 

「...こ...小町!」

 

ヤバイ、俺がうるうるしてんじゃんか。

そこで由比ヶ浜が間違えて俺に電話をかけて、俺が目覚めて妹エンディングでいいじゃん。それで行こうぜ。

 

「小町、お兄ちゃんの遺産とか特にポイント高いよ!早く小町のポイント上げてね!」

 

「うわぁ、こいつさりげなく『遺産残して早く死ね』って言った。お兄ちゃん、もう死にたいよう」

 

ポイント高いって久しぶりに聞いたな、と思ったが、内容が酷かった。というか、酷すぎた。

 

「だめだよ、お兄ちゃん。しっかり生きて。それから死になさい!」

 

ホントに精神攻撃はきつい。俺は小町を愛してるのにな。それはもうやめて!とっくにお兄ちゃんのライフはゼロよ!と声を大にして言いたいです。

 

やり過ぎたかなー、みたいな感じで俺を見ながら小町は言う。

 

「いやぁ、本当に実際はね?小町はお兄ちゃんが大好きだよ?」

 

ここで俺の特殊能力発動!

その名も「ぼっち特有の、相手の言葉の裏をかく!」...なんだそれ、全然格好良くねぇよ。そのまんまじゃねぇか。

 

「そのお兄ちゃん呼びも、俺の名前がわからないからじゃないのか?」

 

「覚えてるよ、それぐらい!えっと...やわた君だっけ?」

 

「俺は駅かよ、お前浅間神社ではちまんって言ってただろ」

 

そう言われると、小町はソファーにぐでっと座ってから返す。なにお前、卵だったの?

 

「あ~。もう疲れたからやめよう。はい、終戦」

 

小町がすごい短い第二次比企谷家大戦の降伏文書を言い終えた。ちなみに第一次は無い。第二次の敗者はたぶん俺。

 

その後に小町がマッ缶くらい甘ったるい声で言う。

 

「でも、小町も~、お兄ちゃんのこと愛してるよ!」

 

そんなことを小町が言うと、ちょうど着信が小町の携帯に来る。

 

「はっ、電話!誰だろ~?」

 

.....どっちにしろ、あと少しで決着は強制的に着くということだ。もう戻ることは出来ない。

 

小町が携帯を取るまでの間、俺は静かに深呼吸をした。

 




読んで頂きありがとうございます。
新しい作品は月曜日の18:45の投稿で、小町視点の話です。
希望等ありましたらメッセージにて受け付けます。
また、読んで頂いた方からのご意見で、他の作品の様に文字数を増やすべきだという意見がありましたので、アンケートを採ります。
詳しくは活動報告にあるので、そちらをご覧頂けたら、と思います。
また活動報告にも書いてありますが、その場合は一話が5000字程度を予定しています。
参加をして頂けたら、大変感謝致します。

これからも、感想や評価を頂けたら大変嬉しいです。

この作品の次回の投稿は土曜日の07:00予定です。

ありがとうございました。


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比企谷小町は訊ねる。

「結衣さんか.....」

 

小町は携帯の呼び出し名の表示を見ると、少しだけいぶかしむ様な顔で俺を見たのだろうが、俺はわざと顔を逸らしていたのでよくわからなかった。

 

「結衣さんですか?はい、小町です!」

 

「ええ、ええ。そうなんですか!」

 

由比ヶ浜が何を話しているのかわからないが、小町はいつもの調子で返している様に聞こえる。声だけ聞いている分にはだが。

一方、俺は小町を見ることも出来ずに、ただうつむいていた。

 

その時間の申し訳の無さったら酷いもんで、もう、よだかが星になろうとした時くらいの申し訳の無さ。

なんか「八幡は、実にみにくい人です」って自分で言いたいぜ。

 

なので、俺は『よだかの星』のよだかを見習ってここから居なくなることにした。

ほら、小町の好きな曲にも「ここに居ても僕には何にもないから、僕は消えるよ」ってあるしな。

そんな先人達の素晴らしい行いを見習って部屋にひきこもろうと俺は立った。

 

無事に数歩だけ歩くと、後ろから「ウィ・ウィル・ロック・ユー」ばりにドンッと床を鳴らす音がする。

.....お兄ちゃん怖いよ、小町がそのうち暴力振るってきそうで。

 

.....逃げちゃダメなんですか、小町さん。

逃げても青鬼の様に追いかけてきそうなので、とりあえず元通りにソファーに座るしかないな。

 

.....こうなったら、することは言い訳を考えるのみである。

よし、一つ思いついたぞ。「俺は小町のためにやったんだ」はどうだ?

...よし、ダメッぽいが保留。

そう思った時、小町の電話の返事の調子が少し変わった。

 

「あ、はい。わかりました!いえいえ、こちらこそ。はい、ありがとうございました~!」

 

やばい、電話が終わってしまう。そう感じた俺は、今後予想される、小町からの質問に備えて顔をうつむけた。

小町のしてくる質問と、対応を考えてる時間がないので、俺は考えることを放棄した。

.....ほら、「考えるな、感じろ」っていうしな?

 

「.....お兄ちゃん?」

 

恐らく、その声には感情がほぼなかった。

 

「.....どうした?」

 

「別に今じゃなくてもよかったのに」

 

やっぱりそれなんだろうな。ここは話を逸らそう。小町がここで留めているんだから。

 

「それで、由比ヶ浜、なんだって?」

 

「...ドンキで店員さんに間違えられたって言ってたけど」

 

何それ、超どうでもいい。

ちなみに正しくは「ドン・キホーテ」なので、そこ注意な。

従って呼び方は「ドン」が正しい。

なんか、マフィアみたいだな。

周りの奴が「この前ドン行ったらさ~」みたいな感じで話してたら、どこのゴッドファーザーかと思っちゃうぜ。

 

俺は何も答えないが、すぐに小町は話を続ける。

 

「それはどうでもいいから。お兄ちゃんが勝手に結衣さんに頼んだの?」

 

小町のその口調は、俺を非難するようで、あの朝を思い出させた。

 

 




読んで頂きありがとうございます。
出来れば、感想や評価、意見などを頂きたいです。
また、活動報告でのアンケートにも参加して頂けたら嬉しく思います。
ありがとうございました。


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そうして、彼らはあるべき姿を認識する。

.....どうして、人の感情というものはこうも浮き沈みが激しいのだろうか。

俺だって、小町だって、何も好きでこんなことをしている訳ではないだろうに。

 

「そうだ、俺が頼んだ」

 

小町は、そっか、と小さく言うと、また話し始める。外はもう暗い。小町だって、この時間に出て行きはしないだろう。

 

「.....もういいや、別に。お兄ちゃんだって、多分、良かれと思ってやったわけでしょ?」

 

賢い妹を持ったなぁ、と感心していると、玄関の方で足音がした。

 

......やべ、サイゼの一件を忘れてた。このままだと、親父に亡きものにされてしまう。

 

「賢いなお前は。やっぱり、愛してるぞ」

 

俺のラブリー小町が、へへーん、と偉そうに言うのを見届けてから、俺はすぐに部屋に向かおうと立った。

いきなり立つ兄を不思議に思ってか、小町は俺を引き止める。

 

「えっ、もっと話そうよ?」

 

「シンデレラだって時間には戻っただろ?俺にも時間が来たんだ。じゃあな」

 

「お願いだよ、遊ぼうよ。愛してるんじゃないの?」

 

今度は、小町はほとんど間髪を入れずに返答しながら、ファイト一発ばりに俺の手をつかんできた。

 

「かの有名な、ドン・キホーテだって想い姫を長くは見なかったんだぞ。俺の姫の戸塚に免じて離してくれ」

 

「うわ、気持ち悪いな~。お父さんがくるまでは寝かさないよ?」

 

こいつ、確信犯だ。

というか、最後の言葉なんてどこで覚えたんだよ。小町はいつまでも清らかにあるべきだろ。親父が泣くぞ。

 

「お父さん、この人です。こいつが俺を.....」

 

小町は一瞬だけ動きを止めると、叫んだ。ちょうど玄関に聞こえるくらいの声で。

まぁ、俺が親父を召喚したところで、捕まるのは俺だけどな。

 

「やめて、お兄ちゃん!痛いよ~」

 

その瞬間、玄関の最終安全装置が解除された。要は二個目の鍵。

親父にセントラルドグマを通過されてしまった!我が家のヘヴンズドアが開いていく。

全然かっこ良くねぇな。

とにかく、カヲル君の様に潔く親父につぶされるべきか、青鬼のタケシよろしく部屋に籠ってガクガクとタンスの中で隠れて震えるか、それが問題だ。

シェイクスピア風に考えている間に、小町の手を振り払う。

気が付いたら、俺は部屋へと走っていた。

 

俺が部屋に籠ってガクガクとやっていると、かっこよくいえば、スネークの様に身を潜めていると、下から小町の声が聞こえてきた。

 

「お兄ちゃんが小町のこといじめたよぉ~!」

 

こんなの聞いたら「謀ったな、小町!」とか「小町、お前もか」とか、超ぴったりで、すげぇ言いたい。

俺が絶望している時に、もう一度、小町の声が聞こえてくる。

 

「でも~、小町も悪かったかもしれないから、いいや。お父さん、ありがとうね!」

 

だが、我が妹は、俺の微かな期待を裏切らなかったのである。

やっぱり、俺はいい妹を持ったんだな、うむ。

 

だが次の瞬間、俺は戦慄した。

謎の足音が近づいてくるなんて、こんなの無いぜ。

居場所を逐一知らせてくるヤツといえば、もうメリーさんぐらいしか思いつかないよな。

よって、親父がメリーさんってオチ。

なんだよ、その宇宙の戦争みたいなオチは。

親父がメリーさんだなんて、どんな衝撃の過去があったのだろうか。

これ、映画化したら全米泣くぞ。

 

足音が部屋の前まで来ると、ドアが開かれる。

 

「お兄ちゃん、この借りは返さなくていいよ?きゃー、今の小町的にポイント高い~!」

 

.....ただの小町だった。

その後、小町は、少し小さな声で言う。

 

「.....お兄ちゃん、今度、結衣さんと雪乃さんと会わせてくれる?」

 

なんだかんだで、小町はやはり家族なのだ。まだまだ時間はある。

これからゆっくりと「本当に」馴染んでいけばいい。見守っていけばいい。

由比ヶ浜にしろ雪ノ下にしろ、誰とだって、時間を重ねていけばいい。

そうすれば、いつかは「本物」が得られるだろう。

それに向かって進んでいけば、あるべき姿になるだろう。

少なくとも、そう信じて。

 



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そんなものに、比企谷八幡はなりたい。

ある作家曰く、命ある間は希望があるらしい。

つまり、俺と戸塚が結ばれてハッピーな人生を送ることもあるかも知れないわけだが、希望と同時に絶望も命ある間はあるわけで、いきなり俺や誰かが人生からログアウトする可能性もあるのだ。げに人生とは美しくも、怖いものである。

 

「どうしたの八幡、何か考えてるの?」

 

戸塚のボイスによって現実に引き戻されたが、それなら大歓迎。むしろ毎日やって欲しいまである。従って、俺の趣味はやはり戸塚。

 

「いや、何でもない」

 

自分自身で、「『何でもない』とかいうヤツが実際に何でもなかったのを見たことがない」とか思っていながらも、こんな言葉を使ってしまった俺は、きっと何か察して欲しいかまってちゃんである。

 

「お兄ちゃん。小町、ちょっとだけ席を外してもいいかな?」

 

「あ、ああ。いいぞ。この辺りで待ってるからな」

 

「う~ん。ごめんね」

 

小町には、戸塚が男だという目を背けてしまいたくなる様な事実を知らせた筈だが、俺を養ってくれるのなら誰でもいいのだろうか。

それとも、むしろ戸塚と俺のラブコメ展開を望んでいるのだろうか。なにそれ小町ちゃん話の分かる妹すぎる。偉大すぎて、兄の意思を優先した妹として歴史に残したいレベル。無理だろうけどな。

 

ささっと近くの手頃な店に入ると、小町の向かったトイレ方面から死角の位置まで移動して待機する。

.....いや、戸塚と二人っきりがいいとか、戸塚とラブコメがしたいとかそういうのでは断じてないし、小町が俺達を探しに遠くへ行って、はぐれたりとか望んで無いからな?

だが、戸塚は心配そうな目をしながら隠れる俺を見て言った。

 

「小町ちゃんと、はぐれちゃわないかな.....?」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

堂々と死亡フラグを立ててしまったが、これは恐らく、死亡フラグの死亡フラグなので大丈夫だ。要は、死亡フラグが死亡するということなので大丈夫だ、ということである。なにそれ新ジャンル。俺マジ開拓者だな。カッコよくいえばパイオニア。

 

いつも通りのしょうもないことしか考えていないが、今日は小町のリハビリ兼ねて戸塚とお出掛けである。言うまでもなく戸塚がメイン。

.....小町?あれはきっと一個買ったらもう一個みたいな感じのおまけだな。例えるなら、マックスコーヒーのペットボトルを買ったら、マックスコーヒーの缶も出て来ましたみたいな。なにそれ最高。

 

ちなみにマックスコーヒーのペットボトルの名前は、少し細かくいえば「マックスコーヒーX」である。何かすげぇ材木座が食い付きそうな名前だな、ただでさえマックスなのにX付いちゃうとかもう最強だろ。以上、千葉県横断ウルトラクイズでした。そして、この問題は頻出なので覚えておくように。

 

「八幡、このストラップかわいいと思わない.....?」

 

戸塚が、彩加的なうさぎさんのストラップを持ちながらそう言った。だから今日は第二戸塚記念日。あまりにも偉大なので世界の祝日である。

 

「ああ、いいんじゃないか。ずっと持っておきたい感じだぞ」

 

.....戸塚をな。

 

「そっか.....じゃあ、一緒に買おう!」

 

「そうだな、そうしよう。いや、そうするべきだ」

 

ラブコメな会話をしていると、小町が店にやって来たと思ったら、俺の目の前を早歩きで通り過ぎ、前を通るついでにこれでもかというほど俺の足を強く踏むと、店をささっと出て行った。

 

.....すげぇ痛ぇ。まあ、これも小町らしくていいのだが。

結局のところ、小町が自分らしくいられるのなら俺は我慢だってするし、いくらでも待っているのだろう。家族というものはやはり重要なのである。支えて支えられて、必要とされるような、そういうものに俺はなりたい。

 




最近、更新が滞っていて申し訳ありません。感想や評価は、いつも自分の執筆意欲の源です。
どうぞこれからもよろしくお願いします。


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やはり比企谷小町も、そういう時がある。

逃げた、小町が逃げた!

そんな「クララが立った!」みたいに思っていたが、考えてみると、結構まずいんじゃね、と思い戸塚を急かす。

 

「戸塚、早く買おう。な?」

 

「そうだね!」

 

幸い、戸塚はその急かしを好意的に受け入れてくれたようなので、早速二人で買いに行く。レジには誰も並んで居らず、ただ店員が暇そうにしているだけだったので、直ぐに買えたものの、小町が消えたのである。

 

「小町とはぐれたみたいなんだが、どうする?」

 

戸塚はうーん、と、うさぎさんばりにかわいくうなってから答える。

うさぎといえば有名どころでピーターなラビットがいたが、その父親はパイなんだとか。いや、どこぞのベイダー的なヤツの様に敵が実は父親だったとかではなく、ただパイにされたんだけどな。

 

「電話をかけて、どこかで合流したらどうかな......?」

 

「そうだな、そうしよう」

 

俺は基本的に戸塚の言うことなら何でも賛成である。

そう思って小町に電話すると、思いの他直ぐに繋がった。

 

「......何?」

 

うわ、すげぇ機嫌悪そう。だが、そもそも俺が何かしたのかが謎である。やはり存在がいけないのだろうか。

それにしても、存在してはいけないのに、存在してるとか超俺の中二心をくすぐる。やはり俺は選ばれし人間だったのか......

 

「いや、お前、今どこにいるんだ?」

 

「こっからお兄ちゃん達見えるんだけどねぇ......まぁいいや、お二人でラブコメでも楽しんでたら?小町はぼっちでだらだらやってるからさぁ」

 

どうもすねちゃったらしい。というか、それだと小町のリハビリの意味ないじゃねぇか。

 

「待ち合わせしよう......な?」

 

必死になだめる俺とかマジ妹思いである。妹思いのキャラクターって何かいたかな......ドラえもんとかがそうだったかも知れない。なので、俺マジドラえもん。全然カッコよくない上に強そうでもないけど、そんなの誰も気にしない。俺の頭の中なんて誰にも見えないからな。

 

そんな思考をしている間に、俺的ドラミちゃんの小町が返事をした。

 

「お願い、一人にさせてくれないかな?人が多いところに一人でいると、何か不思議な感じがするでしょ。あ、でもここって大きさのわりに人があんまりいないよね」

 

そう言うのなら無理に強いることは無いだろうと思い、軽く別れの挨拶をしてから電話を切った。

ちなみにここはイオンモール幕張新都心である。コストコの三倍以上あるくせして、お客の入りが割合としては少ない気がするのは気のせいだと願いたい。

小町もそんな風に思う時があるんだなぁ、としみじみと共感していると、マイハニーの戸塚が遠慮気味に話しかけてくる。それとも、うさぎだからマイバニーだろうか。

 

「......なんだって?」

 

「ちょっと一人にさせてくれってさ」

 

「何か、悪いことしちゃったかな」

 

「あり得ないな。まぁ、あんまり気にすんなよ」

 

実際、俺だって誰かといても一人でいたいこともあるのだから普通だろう。それにしても、周りの人がみんな誰かと一緒なのに、何故一人でいたくなるのだろうか。

でも、そういう時間は「不思議」だから少し気分が軽くなるのも事実なのである。

 

 




評価や感想を待っています。
もし時間があったら、お願いしたいです。
読んで頂いてありがとうございました。


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比企谷小町はきっと。

小町がぼっちになった後、俺達は前の様にゲームセンターに行ったりしたが、その間、小町はいま何をしているのだろうとぼーっと頭のどこかで考えていた。それにしても、もう午後一時である。小町はお昼をどうするのだろうか。

自分ではなく小町のお昼の心配をしていると、戸塚が少し控え目に訊ねる。

 

「ねぇ、八幡。お腹空かない?」

 

「ああ、そうだな。そろそろ食べに行くか?」

 

そんなこんなで名前だけは一人前な「ごちそうパーク」へと向かった。要はただのフードコート。

 

到着すると、某赤いピエロの敵であるケンタさんや、モスバーガーやおひつごはんだのが並んでいた。

......そういえば、ここ来たこと無いな。くっ、千葉県民として一生の不覚!

 

何を食べよーかなーと考えながらも適当に席を探して戸塚と座ると、隣に居た中学生くらいの女の子の動きが止まった。というか、小町でした。

気まずい、気まずいがここがぼっちの腕のみせどころである。今日は教室で一回も誰にも話しかけなかったぜ、とかしょっちゅうだから無言への慣れには普通の人間に比べたら勝っている。

 

「左の子って......小町ちゃんじゃないかな?」

 

そう戸塚が小声で訊いてきた。

戸塚の言葉が「かな?」となっているのは、恐らく小町が見知らぬ帽子をかぶっているからだろう。俺達と離れてぼっちしている間に気に入って買ったのかも知れない。

 

「恐らく......そうだな」

 

もっとよく周り見てればよかったって思う時あるよな、例えば電車で座ったら隣に先生が居たりとかな。パーティーでカラオケに行ったら、合コンから追い出された先生が居たりとかな。なにそれ後者が悲しすぎる。

 

小町から話しかけてくることはまず無いだろうが、戸塚が耐えられないという顔をしているものだから思わず少し小町の近くに寄ってしまった。......どうしよう。

さすがに妹に対して「今日は晴れてますね」とか出来ないしな、小町がいつか言っていた「ファッション」に注目でもするか。

 

「なぁ、小町」

 

「ん?」

 

小町はこっちを向くと、普通に聞き返す。予想と反し、意外と悪い反応ではなかった。

 

「その赤い帽子、さっき買ったのか?」

 

そう言われ、帽子のひさしを後ろへ回してからいつも通りの雰囲気と口調でしゃべる。

 

「あ、これ?うん、そうだよ。いいでしょ。そっちは楽しかった?」

 

「ああ、楽しめたな。あと、帽子も似合ってるぞ」

 

そういえば、少し前に読んだ本で赤い帽子が出てくるのがあったような......何だっただろうか。今度、雪ノ下にでも訊いてみよう。そして、本題だ。

 

「......怒ってないのか?」

 

「へ?ああ、怒ってないよ。ホントに全然。」

 

小町はいい妹すぎるな。もし、こいつが妹じゃなくて戸塚が男だったら絶対に小町ルートをつき進む覚悟ができる。

それに、真面目に考えてもいい妹である。居るだけでこんなに心にしみてくるレベルの人間なんてそうそういないだろう。こんな時間がずっと続いたら、とはきっとこのことだろう。

そんな風に考えていても、ずっと続きはしないことは知っているし、意味の無いことかもしれないとも思うが、俺は少なくとも続いている今を楽しんでいたい。




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比企谷小町はもう一度、手をとりあって。

フードコートはそろそろ人が少なくなってきた。少し前までならば遊びに来た中学生とかが居たが、今となってはフードコートに似合わないまでの静けさである。

 

「そろそろ帰るか?」

 

俺がそう声をかけると、小町と戸塚がこっちを向く。ちなみに、小町に至ってはもう半分寝ていた。まあ、ここは結構な大きさだから疲れるもんな。

 

「ふぇ?」

 

寝ぼけた小町がなんだかよくわからない言葉をむにゃった。また同じことを言うのは疲れるのである。そして飽きる。

 

「もう帰るかってきいてんだよ」

 

やや不機嫌気味にきき直すと、状況をすぐに理解したらしい。戸塚は何か言いたげな顔をしていた。それを追求する間もなく、小町は控え目に主張する。

 

「え、うーん。もうちょっと居ようよ」

 

それに追従する様に戸塚も主張する。

 

「そうだよ、八幡。もうちょっと居よう?」

 

ああ、そういうことだったのか。ぼっちは進化の関係上、空気を読むというスキルが退化している場合があるので、そこは注意をしないといけない。仮に一人っ子で、完全なるぼっちならば、深海魚の目のごとく失われてしまうスキルなので、更に一般復帰の希望は失われる。

そして、同時に、パーフェクトボッチの誕生でもある。名前がカッコよくない上に中身もカッコよくなくて、もう救いようもないのはご愛嬌。そんなことないか。

 

「じゃあ、どこに行くんだ?」

 

小町はさっとマップを取り出すと、映画館を指さしながら、まるで十歳くらいの子どもの様にはしゃいで答える。その姿は、どこか懐かしい、もっと小さかった頃の小町を思い出させた。

 

「小町ね、ここ行きたい!」

 

「......そうだな、行こうな」

 

なんだか、なんと言えばいいんだ。まあ、要はすごく幸せな気持ちになったということは確かである。よく分からないが、そういうこともあるのだろう。

 

戸塚にも確認を取ると、俺達は映画館へ向かって歩いた。

 

「何か見たいのがあるのか?」

 

「そうだよ、面白いかなって思って」

 

「面白いだろ、きっと」

 

「そーだね」

 

そう話しながら、俺達は歩いていく。

 

「ねぇ、おにーちゃん?」

 

そう言って、小町は俺の左手を握った。

 

小町の暖かい手は、少しだけ俺の冷たくなっていた体を暖めてくれた気がした。

 

「ん、どうした?」

 

「小町さ、もっと頑張るよ。いろいろ」

 

「そうだな、応援してるからな。頑張れよ」

 

「うん」

 

あとは、エスカレーターを上がれば映画館はすぐのところにある。俺達はそのまま手をつないでエスカレーターを上がった。

とても懐かしい気分がするが、それを口にしたら、何かを壊してしまう気がして、俺は何も言わなかった。

 

 




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そうして、比企谷八幡の心は動く。

現在時刻は朝の九時ぴったりである。

外では小鳥がチュンチュンしているし、太陽だってまぶしく輝いている。一方、俺の部屋がどうかといえば、光はカーテンの隙間から入るわずかな日光だけなわけで、部屋の持ち主はこうしてベッドにくるまっている。

その差を意識していながらも動けないでいると、ノックも無しにドアが開き、廊下の光と一緒に明るく小町が入って来る。あまりのまぶしさに一瞬、天からお迎えが来たのかと思った。

俺的天使の一人である小町はベッドの俺の膝がある辺りにちょこんと座り、俺と目を合わせて言う。

 

「お兄ちゃん、今日って出かけられる?」

 

小町の声の雰囲気と行動から察するに、何も今すぐ俺を部屋から連行したいとかそういうのではなく、ただ単純に少し話がしたいだけらしい。

 

「まぁ、出かけられるぞ。あとカーテン開けてくれないか?」

 

小町は嫌がりもせずにカーテンを開けると、ついでに電気もつけた。

俺の休日なんてどうせ暇だと知っていながらもそれを訊くのは、俺が疲れていないか気遣うといった要素も含まれているのだろう。それを読み取った俺のコミュ力はきっと高いに違いない。

 

俺が起き上がってベッドに座ると、小町は俺の肩を枕にして寄りかかる。そういえば、こんなことをすることも随分と少なくなった。

 

「お兄ちゃんってあったかいねぇ」

 

「そりゃあ、ずっと寝てたからな」

 

寄りかかった時に少しだけ触れた小町の手は冷たくなっていて、思わず心配してしまう。

 

「お前の手、冷たいけど大丈夫か?」

 

「小町の手、そんなに冷たいかな」

 

静かにそう言いながら、小町は俺の手の上に手を重ねる。俺が再び答える前に、その手を戻しながら言った。

 

「確かに冷たいね」

 

そう言われた時、俺はとても悪いことをしてしまった様な気がした。このところ、どうも感傷的になり過ぎるのはどうしてなのだろうか。

 

「何か、ごめんな」

 

小町はさらに俺に近づいて、腕を絡ませるというよりも、ほとんど腕を抱きしめる様な状態になっていた。

 

ずっと変わらないであるべき時間がもしあるのなら、それは今だろうか。恐らく、それを思っていても、願っていても、叶うことは無いのかもしれないが、俺は時々そう考えてしまう。

仮定なんて、意味は無かっただろうに。

 

俺の中で、様々な感情が渦巻いていくが、囁く様にして小町は俺に言う。

 

「お兄ちゃん、ありがとうね」

 

人は、いつでも感情が出てしまう可能性はあるわけで、俺はあやうく泣いてしまいそうにさせられる。

 

だが、小町は一層強く俺の腕を抱きしめたものだから、その感情が俺に抑えられるはずもなかった。

 

 




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そして、彼らはもう一度あの頃へと。

俺は小町に何も返せないでいる。小町も何も言わないでいてくれる。

 

もうずっとこのままだったらいいのにな。本当に。

 

きっと、心地がいいというのはこういうことなのだろう。そして恐らくそれは、あの頃みたいだな、と思えることである。

あの頃とは何ぞや、と問えば、恐らくそれは幼少期であり、それはまだ悲しみを知らない時代である。

 

その上、俺のスマホは言っている、ここでやめるべきではないと。そんな気がして、このかた一時間ほど小町と寄り添っているのだ。

こうしていると、本当に幸せな世界に言葉は必要ないかも知れないと思えてきた。ただ寄り添うことが本当の愛かも知れない。そうしたら今、俺達はリアル・ラヴを楽しんでいるプラトニックな存在である。今の哲学的にポイント高い。

小町がずっとこっちを見て微笑んでるものだから、俺は全世界に小町以上の人間はいねぇと宣言したくなってしまう。懐かしいというのは、きっと心地のいい感情であり、不安を感じない条件のひとつでもある。

そして、今を一言で表せば「懐かしい」だと思う。だが、こんな時間は言葉にならない。

 

だが、そんな素晴らしいバック・トゥ・ザ・パストな時間もあまりにも長いので幾分か辛くなってきた。そして今、小町さんがログアウトしました。

更に詳しくいえば、小町が俺に身を寄せたまま寝てしまったのである。そして俺の肩が少しきつい。

 

小町と二人でふれあうというのは、それこそ本当に小さかった頃からしていることなのだが、年々その頻度が減ってきていることは認めたくないが事実である。要は最近、兄妹間でのふれあいが少なかったということ。

昔はそれこそ、いつでも二人でびたびたしていたが、最近は世間体的にそういうことができないのだ。

あえて、二人とも本当はしたいんだということを強調したのは俺の願望も少なからず含まれているが、それは内緒。

 

人間というのは失敗をし、時にはそれを繰り返す生き物である。俺なんて、きっとその典型。

奉仕部で雪ノ下と由比ヶ浜の前で泣いたと思ったら、今度は家で妹の前で泣くだなんて、おお八幡よ、泣いてしまうとはなさけない。人生がゲームか何かだったらそう言われるに違いない。

まぁ、泣くのは別に悪いことじゃないしな。

 

元々一人で起きられなかった身であるだけに、俺もまぶたが重たくなってきた。

小町、ちょっと頭借りるな、そう自分の頭の中で許可を取り、小町の頭に軽く頭をのせると、小町の声がした。

 

「お兄ちゃん......」

 

どうやら寝言らしい。このまま俺も寝よう。そうだ、それがいいに違いない。そう思った俺は、再びそのまま眠りについた。




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ようやく比企谷小町は理解する。

外では小鳥がチュンチュンしているし、なんなら太陽だってこの時期にしてはその暖かさを存分に発揮している。

 

まさか小町と朝チュンをすることになるとは......いや、正しくは昼チュンであろう。

少しばかり色々と考えた後に、まだ俺の肩に頭をのせている小町に声をかけて起こす。

 

「起きろ、小町」

 

小町は何も言わずにゆっくり目を開けると、俺の肩に頭をのせたまま静かに言った。

 

「......起きてるよ」

「そうか......」

 

それ以外に返す言葉が見つからないのだから仕方がない。......あっれー、おかしいなー。何で小町ちゃんは頭をどけないんだろう。とりあえず、こういう時は会話である。

 

「いつから起きてたんだ?」

「ちょっと前からだと、思うけど」

「お腹とか空いてないのか?」

「うん......特に空いてないよ」

「そうか......」

 

どうやらここから出る気はないらしい。そう理解していると、小町が自分達の影を見ながら言った。

 

「......お兄ちゃん、小町のこと嫌い?」

 

こいつは何をいっているんだろうか。でも、小町がこんなことを確かめないといけなくなった責任は俺にあるのだろう。

 

「......何でそんなこと言うんだよ」

「いや、なんか色々と思い出してたらそう思っちゃって」

 

そう言う小町の顔はとても悲しそうで、見ていたら泣きだしそうになったが、今さら泣くことを我慢しても意味は無いので俺は顔をそらさずにいる。

 

「なんだろうな、こういうこと言うのあんまり得意じゃないんだが......」

 

本当に、こういうことを言うのは苦手なのだ。それはやはり俺がひねくれぼっちだからだろうか。だが、ぼっちでなくともひねくれていたら自然とこうなるのだから仕方ないよな。

そんな調子で、ずっと羊たちよろしく沈黙していても小町がかわいそうなだけなので、俺は意を決して続けた。

 

「なんだ......その、俺は小町のことが好きだぞ。今までだって、傷つけるつもりはなかったんだ。まあ、今さら信じられないかも知れないけどな。」

 

俺の特殊能力ひねくれぼっちが発動してしまったために、なんか最後に余計な一言がついてしまったが、もう今となっては昔のことなので気にしない。そういうとこ八幡的にポイント高い。

 

「うぅ、お兄ちゃん......」

 

小町は潤んだ瞳を隠すようにうっと手で顔を覆い隠す。ついでにくすんと感動の嗚咽まで付いてきた。

 

......あれ、待って。これどっかで見たことあるぞ。確か仲直りをしたいつかの夜のことである。俺の記憶に依ればこの後すぐにサービスタイムは終了し、もしお兄ちゃんが他人だったら眼中にないみたいなことを言われて全俺が泣いた。

ちなみに、あの感動をもう一度とかそんな月刊の組み立てキットのようなことをする気はないし、俺は前回特に感動してもいなかった。ただし、心には響いた。素直にいえば感動した。

 

「うっ、うぅ......」

 

なんか今回はサービス長いなー小町ポイント高かったのかなーとか思いながら小町を見ていたら、まるで枕のように抱きしめられた。

どうしたものかと俺の胸の辺りに顔を当ている小町を見ていると、ちょうどその辺りが所々濡れていた。

......どうやらサービスではないらしい。

俺は少し遠慮気味に小町の背中に両手をまわすと、小町はさらに近づいて言った。

 

「うぅっ、お兄ちゃん、ありがと......」

 

今の俺が少なくとも、全く偽りなく「本物」と呼べる存在は結局、小町くらいなのだろう。俺達の関係が全く無くなることなどは、ありえないのだから。

 




読んで頂きありがとうございました。
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比企谷小町の願い。

「小町、入るぞ?」

 

そう声をかけながら小町の部屋のドアをノックをする。

俺の部屋で散々泣いた後、自分の部屋に行ってからそれっきりなので、心配になったから来てしまったのである。

ちなみにお見舞いの品はマックスコーヒー。きっと気に入ってもらえるに違いない。

 

「う~ん」

 

そう小町から返事が返って来たのを確認すると、ゆっくりとドアを開けた。

 

「もう大丈夫か?」

 

「そだねー、なんとか元気だと思うよ?」

 

「そうか……なら良かった」

 

「あれ、お兄ちゃんがひねくれてない!?」

 

「何だよ、ひねくれてた方が良いのかよ……。何なら今日は見舞いの品まであるぞ」

 

そう言ってから、手に持ったマックスコーヒーを渡す。とりあえず受け取り拒否はされなかった。

 

そういえば、小学生の時に英会話のクリスマスの授業でクリスマスカードを作り、プレゼント交換の様に円形に座って隣の人に回していくというぼっちのことをまるで考えていない授業があったが、その時に俺が最初にクリスマスカードを渡した隣の奴が「爆弾だー!」みたいなことを叫び出したので、結果的にクラス全員で爆弾ゲームをしているみたいになったことを覚えている。

当時の俺はそれだけで超悲しかったのだが、真心を込めて作ったそのカードが最終的にクラスメイトによって紙飛行機にトランスフォームして校庭に向かってフライトをし始めた辺りからは、あまりのショックで覚えていない。

 

小町は今の俺がひねくれていないと言うが、そんなに簡単に変わりはしないので、「受け取り拒否」という単語が浮かんだだけで嫌な思い出を思い出してしまうくらいにはやはりひねくれていた。

 

それも問題だが、小町がひねくれた人間が好きだというのならそれも問題である。

 

「おぉ、ありがとね」

 

小町はそう言ってマックスコーヒーを開けると、一口だけ飲んでから近くにある勉強机に置くと話し始める。

 

「うーん、小町ね、また昔みたいに結衣さんと雪乃さんとお兄ちゃんの三人と遊びに行きたいなぁって思うんだよ。でも、お兄ちゃんだって結衣さんに電話してくれたりとかいろんなことしてくれたでしょ? だから、申し訳無いなっていうのと、小町の受験もあるから時間が無いなっていうのもあってさ、どうしたらいいかな……」

 

小町が意外とまともなことを考えていたので少し驚いてしまった。

 

「まぁ、あいつらは何も言わないだろうけどな……お前、また途中でいなくなったりしないよな? 場所によっては本当に心配なんだからな。あ、今の八幡的にポイント高い」

 

小町は、へへっと乾いた感じに笑うと、さっきよりも少し元気なく言う。

 

「でもね、お兄ちゃん。後ろからお兄ちゃん達見てると、『私って要るかな?』って思っちゃたりもして……何か悲しくなっちゃうんだよね。でも、今度は頑張ってみるよ」

 

こいつ本当に今までそういう意図でいなくなってたのだろうか……いくらハイブリッドぼっちとはいえ、何か心にくるものがあったらしい。

 

「別に無理しなくてもいいんだからな?」

 

「んーん。やっぱり、このまま疎遠になる気がしちゃってさ。でも、やっぱり途中でいなくなってもいい? その時はちゃんと言うから」

 

「そうだな……」

 

俺でさえ疎遠になるかもしれないのだから、小町はなおさらだろう。

これからもこのままの関係が維持出来れば、と思わないことはないが、きっとそれは俺が忌み嫌ったものだ。始まった以上、それもいつか終わってしまう。

……なら、俺は誰も傷つけずに終わりたい。

 

 




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それでも比企谷八幡はただ座って。

「お兄ちゃん?」

 

……ん、小町の声がする。

ゆっくりと目を開けると、小町が心配そうに覗き込むようにしてこちらを見ていた。

……なんでこいつ、俺の部屋にいんの? 起こしにきたのだろうか。もしそうだったらお兄ちゃん感動。

感動のあまり二度寝しそうになったので目を閉じた。いや、ほら、眠いし。大丈夫。寝ない寝ない、目を閉じるだけ。

無視するのも悪いので一応返事はしておこう。

 

「は?」

 

俺が思ったことを省略してそう言うと、今度は小町は機嫌悪そうに、ふぅーとため息をつく。

どうやら省略の仕方がまずかったらしい。頭文字を取って、「な?」とかの方が良かったのかも知れない。なにそれ意味不明。寝起きの奴にいきなり同意とか求められても困る。

 

俺のそんな考えも気にせずに、小町は薄目で呆れきった口調で言う。

 

「お兄ちゃん、まず周りを見ようね? ここがどこか分かる?」

 

「いや、俺の部屋だろ。基本休日部屋から出ないし」

 

そう言いながらも手近なところにあった掛け布団を顔に近づけながら再度目を開く。

 

そうそう、これだよこれ。このピンクがかったやつ。……えっ?

 

「ふぁっ!?」

 

俺がファービーさながらに気持ちの悪い声をあげると、丁度よそ見をしていた小町がビクッとした。

 

「へっ!? やめてよ、お兄ちゃん。ファービーじゃないんだからさぁ……で、ここはどこでしょう?」

 

他人から聞いてもファービーに聞こえるとかもう俺の就職先ファービーで良いんじゃないだろうか。専業主夫より酷い気がするのはきっと気のせい。

 

「なんで俺ここにいるんだよ……」

 

俺がそう言うと小町は机の上にある既に開けられたマッ缶を飲み、今度はそれを高く掲げながら言う。

 

「見覚えないの~?、これ」

 

確かにある。あるが、さすがにマッ缶を一つひとつ見分けるほどの能力は無い。こう考えてみると俺もまだまだなようで、これを見分けてこそ本当のマッカニストになれる。何だそれ、聞いたことねぇよ。

 

「ねぇよ。あれか、おまえ見分けちゃうの? マッカニストなの?」

 

小町は何言ってんだこいつ、みたいな顔をしながら答える。

 

「マッカニスト……なにそれ? ロックの人?」

 

「誰だよそれ。マッカートニーだろ、つぅか何でそれ知ってんだよ。古いな」

 

「あ……そっか。まぁいいや」

 

そう言った後、小町は少し嬉しそうに言う。何が嬉しいんだよ。

 

「それじゃ、種明かしするよ!」

 

「おう、早くしてくれ」

 

「お兄ちゃんは、小町にマックスコーヒーをくれたあと、なんと、寝てしまいました!」

 

……正直、驚く要素が何一つなかった。むしろそれに驚くまである。

 

「あ~と、良い知らせと悪い知らせがあるよ。どっちから聞く?」

 

「お前はスパイかなんかかよ……悪いので」

 

「えっと、それは……お兄ちゃんがもう結衣さん達とディスティニーに行っちゃったことです! なので小町は結衣さん達とお正月ディスティニーには行けません!」

 

最後の一文に含みがあった気がする。ここで確認せねば俺の休日が崩壊する可能性大。

 

「由比ヶ浜たち以外となら行けるのか? 俺の休日は貴重なんだからな。そこ考えろよ?」

 

「え、お兄ちゃん小町と一緒に遊んでくれないの? やっぱりお兄ちゃんは小町のこと嫌いなんだ……ぐすっ」

 

「分かった、分かったから泣くな。俺にとって小町こそは全てだからな?」

 

そう言うと、小町は向き直った。本当に目が少し潤んでいるのは気のせいだと思いたい。……悪いことをしてしまった。

 

「じゃあ……良い知らせ。ららぽーとに行けます。以上。」

 

「はぁ、まあ無難だよな」

 

ららぽに行くらしい。四人で行くのは初めてだろうか、雪ノ下とは行ったけどな。もうあれも何ヵ月前の話だろうか。

 

というかこいつの受験は大丈夫なのだろうか……

 

「受験は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だと思うけど、お母さんが許すかなぁって」

 

俺が小町の歳だった頃、俺はこの時期何をしていただろうか。

話せる友達もいない、遊べる友達もいない。そんな俺はどこにいったのだろう。

あの頃よりは、今は楽しい時間なのだろうと思うが。

あの頃は、こうなってるなんて思わなかっただろう。

 

小町の声を聞きながら、ふとそんなことを思った。

 




久しぶりの投稿です。忙しかったもので遅くなってしまいました。申し訳ありません。
この話もだんだんと終わりが近づいています。残すところあと数話の予定です。
評価、感想等頂けたら嬉しいです。
ありがとうございました。


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そうして、比企谷八幡は繋いでいた手を。

今回は暗いです。
ご注意下さい。


「……じゃん!」

 

……ん、なにやら下から小町の激しい声が聞こえる。やだ小町ちゃん、平和にいこうぜ。

 

「……なのにさぁ!」

 

……げ、この声は今度はお母さんですね。そんな怒鳴らんといてや、小町ちゃん泣いてしまうで? と、ふざけたツッコミをしたのはいいがどうにも話の内容が気になる。まぁ、大体想像はつくのだが。

何にしても戸塚を投入した方がいい。きっと怒りという感情が消滅する。

 

俺はほとんど怒鳴ったりしないのでわからないが、二人ともそんなことして何が楽しいんだろうな。ハチマン、平和主義者ダカラ理解デキナイ。

といっても、イラついたり、怒ったりすることはあるわけで、クリスマスの日とか超むかつく。リア充さんたち(笑)お願いだから俺の前でイチャつかないで。うっかり橋から飛び降りたくなっちゃうだろ。でもあいつら、そうなっても微塵も気にしなそうだよな。

 

リア充(笑)という動物について考えを巡らせていると何者かが階段を上ってくる音がした。ちなみに「リア充(笑)」で一語だからな。

 

その後に、「リア充さん(笑)をどうやって爆発させようかなデュフフフフそれかっけぇ」とニヤついていたら部屋のドアが開いた。

 

一瞬、リア充さん(笑)を討伐するためのお供がやって来たのかと思ったが、入って来たのは俺の小町ちゃんだった。

小町は、幸せだよっ! という感じの声で言う。

 

「お兄ちゃーん、一緒にリビングでゲームでもしない?」

 

その声のおかげか、小町がとつかわいいレベルに達していたので一発OKした。

 

「そうだな、そうしよう」

 

いやぁ、暇をもてあましている兄をゲームに誘うなんて素晴らしい妹である。ハチマン、シアワセ。やはり俺の教育が良かったのだろうか。

 

短い階段を通り、リビングに着くと修羅場であった。

 

……あっれー、ゲームはドコカナ? こんなの聞いてない。いや、正確には聞いてたけど忘れてた。

そのピリピリした空気を壊そうとする様に、小町は口を開く。

 

「お兄ちゃん連れてきたよ」

 

それは、怒りでも失望でもない声だった。どちらかと言うと、嘲笑うような口調だった。

あれな、参考ボイスとしては某有名人の「見ろ、人がゴミのようだ!」を静かにした感じ。うん、ちょっと違うかも知れないが誤差の範囲内ってことで。

 

今度は、ソファーに座っているお母様が口を開いた。俺に向かって。

 

「あんた、こいつと遊びに行くんだって?」

 

きゃあ、ぶたないで。それにしても今、小町をこいつ呼ばわりしたぞ。言葉使いが悪い奴なんて大っ嫌いダ、ヴァーカ!

心の中ではどっかの総統閣下みたいなことを叫びながらも、実際には無難に答える。

 

「まぁ……恐らく」

 

「あんたさぁ、こいつはあと一週間で受験なんだから、遊びに行けた身分だとでも思ってんの?」

 

「い、いや。そういうんじゃなくってただ……」

 

かぶせる様に怒れる母がいう。

 

「ただ!?」

 

ちなみに「ただ」は英語で「じゃじゃーん」という意味なのできっとここに外国人いたら爆笑。

 

話が逸れた。しばらく黙っていると、小町が俺を急かす様に軽く足を踏んできた。なんだこいつ……うぜぇ。やられたらやり返す、倍返しだ!

 

「いや、俺がそう言ったら文句言ってきて面倒だったから適当に返事しただけでこいつが勝手に……」

 

「……よし」

 

やった、俺は無罪だ! 今日も俺に平和が訪れたのだった。まぁ、犠牲者も時には必要だよな。

 

その犠牲者がこっちを見ていた。何も言わず、何も訴えず、何も語らずに。

 

一方、勝者は敗者にとどめを刺そうと続ける。

 

「で、そう言ってるけど?」

 

小町は立ったまま目線を誰に向けるわけでもなく、少し間を置いて答えた。

 

「……もういいよ、どうでも」

 

小町はほとんど音をたてずに部屋に戻る。俺がそれに続こうとすると、後ろから声がした。

 

「あんた、しばらく部屋に戻んない方がいいと思うよ」

 

事は思った以上に重大だったらしい。後で小町に謝ろう。それにしても、かなりこじれてしまった。

 

……昔はもっと単純だったはずなのだが。

 

それを確かめるように、いつか小町と繋いでいた手を見つめた。

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。
この話も来年の二月頃には終わるのではないでしょうか。
よろしければ評価や感想お願いします。
ありがとうございました。


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やはり彼らの心情は。

結局、小町に申し訳ないと思いながらも何も言えずに一日が過ぎた。と言っても、まだ十二時十分ほどなので感覚的には同じ日だが。

部屋に戻って勉強という気分でもないのでリビングのソファで寝ながらゲームをしていると廊下の方から足音が聞こえてきた。長年の経験から察するに恐らく小町である。

寝たフリでもしようか、前の様に声でもかけるか迷っていると既にドアに手がかかっているようだったので、とりあえずゲームを続ける。

 

ドアのきしむ音と共に入って来たのはやはり小町だった。今回はこちらを見向きもせずに冷蔵庫に直行するが、相変わらずお気に召さない様で、パタンと直ぐに閉じた。

 

……声、かけるか。

 

「おい、小町」

 

怒る様な声でもなく、甘い声でもなく、なるべくいつも通りに呼ぶ。

小町はそれに気付くと、眠たそうにあくびをしながらこちらを向いて反応した。

 

「ん?」

 

その声には攻撃的な感情は含まれていないように思われたが、企業での『肩たたき』が思い起こされたので、あまり甘えずに無難に前回と大体同じルートをたどる。

そしてやはり俺に会社員は無理だと思う。何故なら、肩たたきとかされたらあまりの恐怖で上司とか叩いてしまいそうで何ならそれを原因に退社させられるまである。

ちなみに専業主夫志望なので、ちゃぶだい返しはプロ級である。頑張ればロッキーに勝てるかもしれない。ちなみにゲームセンターでちゃぶだい返しのゲームをプレイしたら小町に負けたのは内緒。

初代ヘビー級ちゃぶだい返しのチャンピオン、比企谷八幡さんですとか紹介されてもおかしくないレベル。オリンピックで金メダルとれるかもしれない、種目登録を目指して活動せねば。

 

だいぶ関係のないことを考えていたものの、丁度ドアの前にいる時に声がかけられた。

 

「MAXコーヒー、飲むか?」

 

その瞬間、小町の目が一気に汚い物を見る目に変わった。……え、俺なにか悪いことしたの? 

 

小町は俺を見たまま、はぁ~っとわざとらしくため息をつくと、『飽きれきって何も言えません』という顔で言う。

いや、やめて! お兄ちゃんの体力はもうゼロよ! むしろ傷つくから言わないであげて。うっかりソファから飛び降りてしまうかもしれない。

 

「ごみいちゃん……」

 

怒ってるんだか、怒ってないんだかよく分からん回答が返ってきた。小町はそのまま続ける。

 

「お兄ちゃん、小町が冷蔵庫みてたの知ってるでしょ?」

 

「ああ、何も取らなかったから声かけたんだがな……」

 

「うん、それはありがとうね。でもさぁ、何で冷蔵庫に入ってるMAXコーヒーを勧めるの?」

 

ああ、そういうことか。確かにごみいちゃんだった。いや、でもそんなの認めたくないですし。

 

「いや、缶を開けるのがめんどくさいのかな、と」

 

俺がそう言うと、俺の座っているソファに向かってゆっくりと歩きながら小町が返した。

 

「いや、絶対それ今考えたでしょ」

 

「いーや、全然」

 

やたらと、いや、とか言う会話が続いたから一瞬クトゥルフかなとか思っちゃっただろ。いあ、いあ、小町。怒りを鎮めるために一応、小町様にお祈りをしておいた。それが功を奏したのか、小町は俺の隣にちょこんと座って言った。

 

「まあ、別にいいけどね、じゃあMAXコーヒーちょうだい」

 

「セルフサービスでどうぞ」

 

「お兄ちゃんの方が近いじゃん。小町が何のためにソファに座ったと思ってんの?」

 

うわぁ、ないわぁ。ひどい奴だ。俺が何のために専業主夫志望してると思ってんだよ。働きたくないからだよ。……別に小町のために取りに行くんじゃないんだからねっ!

 

のそのそと歩いて面倒ながら取って来てやったので少しばかり意地悪したくなっちゃったゾ!

 

まずは普通に小町の手の届く範囲でマッ缶を手渡すフリをする。

 

「ありがとうね~」

 

何も知らない小町はお礼をしながら手を伸ばすが、あと少しのところで俺がマッ缶を持った手を引っ込める。

 

「あれっ?」

 

小町はからぶった衝撃からか『小町にこんなことをするなんて……わけがわからないよ』といった顔をするが、まだ序の口である。

 

「ああ、ごめんな。多分こっちの方が冷えてるわ」

 

そう言って、俺はもう一方のマッ缶を渡す。

 

「そっか。ありがと~」

 

小町は、また手を伸ばすが今度は俺が手を上げたので同じようにからぶる。やべぇこれ超楽しい。

 

小町はそれを自分に対する挑戦と受けとったらしく、俺の手にあるマッ缶を取ろうと素早く手を伸ばすが、俺の方が三倍動きが早いぜふはははははというのを合計五回ほど繰り返すと、小町がソファから立ったのでマッ缶を背中の後ろに隠す。

そして俺は言った。

 

「ほーれ小町。『待て』だぞ。出来るかな~」

 

「うぅぅ……」

 

小町は何事か唸ると、俺の腕につかみかかるが、主夫たる者一家を守らなければならないので、小町を振り払うくらいの力はある。

 

「主人の言うことが聞けないとかサブレ以下じゃねぇかよ。おしおきしちゃうぞ?」

 

小町は諦めたのか、ムッとした表情のまま立っている。

このままいくと妹を奴隷的なものにしてしまいそうだったので、そこまでにしておいて今度こそマッ缶を手渡した。

 

「ごめんね、お兄ちゃん」

 

手渡すと同時に小町がそう言った。何故だろうか。全くもって見当がつかない言葉に、少し動きを止められた。

 

「今日とか迷惑かけちゃって」

 

……何だ、そんなことか。それなら謝るのは俺だろうに。

 

「俺も、ごめんな」

 

その言葉が具体的に何に対して向けられていたのかは分からなかったが、どこかで、今までのことが清算されたような気がした。

 

 




お読み頂きありがとうございます。
今回が今年最後の更新になると思われます。これからもどうぞよろしくお願いします。
ご意見、ご感想等ありましたらお気軽にどうぞ。
ありがとうございました。


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それでも雪ノ下陽乃はやはり。

思えばもうすぐ三年生。本当に早いものである。

……そして、この頃起こっていることの全ての起因は昨年四月のあの事故だろう。由比ヶ浜がかつて言った様に、それが起こらなかったとしても出会っていたかもしれないが。

もし、仮にそうだったとしたら。今の俺達はどの様なものだったのだろうか。

 

奉仕部で本を読みながらそんなことをずっと考えていたが、答えなど出るはずもなく、気がつけば下校時刻になっていた

。いつもであれば雪ノ下が文庫本を閉じ、それが終わりの合図なのだが、何故か今日は五分ほど経っても本を閉める様子はない。

俺が時計をちらちらと見ていると由比ヶ浜がそれに気付いたらしく俺の方を向いたが、何を言うでもなく、また携帯をいじりはじめる。

 

明日は総武高校の受験日であり、今朝、小町からの『HELUP! 勉強教えて!』とのメモがあった。小町に勉強を教えるために早く帰らなければならないので、仕方なく雪ノ下に時間を伝える。それにしてもHELPのスペルを間違えるとか相当妹の頭がヤバイ。もう落ちるんじゃないのこれ? その時は生暖かく見守ろう。

 

「なぁ、雪ノ下。時間じゃないか?」

 

雪ノ下は黙ったまま文庫本を閉じると、腕時計に目を向けてから言う。

 

「そうね。……遅れてしまってごめんなさい」

 

「いや、別にいいんだけどな」

 

「そう、明日は小町さんの受験日だったと思うのだけれど……」

 

「大丈夫だろ、少しくらい」

 

そう言い終えるとカバンを持ってドアへと向かうが、今度は由比ヶ浜が話しかけてくる。いつもよりも落ち着いた声だった。

 

「ヒッキー、小町ちゃんによろしくね」

 

けっきょく母親を説得出来ずに、小町の遊びに行く計画は流れてしまっていた。

 

「ああ、分かった。じゃあ、また今度な」

 

「……うん、またね」

 

返ってきたその声は落ち着いたというよりは、元気のない、何か思い残すことがあるような印象を与えられた。

 

そのまま学校を出て家に向かう。今日はバレンタインという日であるだけに以前との違いをより強く意識させられる。

少し急ぎながら自転車をこいでいると、後ろから聞いたことのある声がした。聞こえて嬉しい声ではなかったが。

 

「比企谷くーん?」

 

自転車から降りて振り向くと、陽乃さんが立っている。……俺の人生で最もめんどくさい人かもしれない。いっそ無視すればよかったか。

 

「はい?」

 

俺がそう答えると相変わらずの強化外骨格をつけたままこちらに歩いてくる。

 

「いやだなぁ~。そんなに固まらないでよ~、元気にしてる?」

 

「まぁ、一応は」

 

「そっか~、いいことだねぇ。じゃあ、ひとつ質問してもいいかな?」

 

「それ、俺に拒否権ないと思うんで」

 

「お、理解が速いね。そういうとこ好きだよ?」

 

「……」

 

黙った俺を見ると急に顔色を変える。その瞳からは光というものが既に消えているように思えた。

 

「……ま、いっか」

 

嘲るような声に変わり、さっきまでの笑みもない。

 

「部活の方はどう? 雪乃ちゃんはどうしてる?」

 

その問いに最低限の言葉で答える。もっとも、いくら答えたところで俺にも答えがでるか分からないが。

 

「特に何もありませんよ」

 

「ふぅん、それじゃ本題だね」

 

まだ続くのかと思い、理由を述べて遮ろうかと思うが、既に遅い。

 

「君の妹さんはどうしてるのかな?」

 

驚きで一瞬、言葉が詰まる。

 

「……何で知ってるんですか」

 

「ん、何のことかな? 受験で忙しいんじゃないかなと思っただけだよ?」

 

そんなはずはないだろうが、入手経路を聞いても仕方がない。無難に理由をつけて帰るのが一番だろう。

 

「大丈夫ですよ。妹の勉強があるんで、帰ってもいいですか?」

 

「う~ん、帰したくないなぁ。ちょっとそこら辺でお茶でもしない?」

 

「……俺に拒否権は?」

 

「訊かなくても分かるでしょうに」

 

「……分かりました」

 

頭の中で小町に謝りつつ、そう答える。その答えを聞いて再び笑みが陽乃さんに戻っていたが、それはとても不気味に見える。

 

「うん、君らしいね。それでこそだよ」

 

そう答える陽乃さんは笑っていたものの、楽しそうには見えなかった。




お読み頂きありがとうございます。
全三十数話で終わる予定です。
評価、感想等お願いします。
ありがとうございました。


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ただ、雪ノ下陽乃は掻き乱す。

 陽乃さんに半分拉致され、連れられるままお互いに無言で手頃な場所にある喫茶店に入ってそれぞれ適当に注文を済ませる。

 ドリンクの受け取り口に近い場所に立っていたのは陽乃さんだったこともあり、陽乃さんは俺の分も同時に受け取ると、近くにあった窓際の二人席の方を向いて久しぶりに口を開いた。

「ん、じゃあそこに座ろうか」

 特に問題点は無いので軽くうなずいてから座ると、陽乃さんが俺の注文したドリンクを俺の前に置いて言う。

「お姉さんに何か言うことはない?」

 え、何言ってんのこの人。しかもなんか笑顔で超怖い。別におごってもらったわけでもないしな。拉致してくれとか頼んでもいない。

「いや、特にないですけど」

 そう返事をするが満足していないらしく、一向に笑顔のままである。超怖い、平塚先生に年齢の話をした時ぐらい怖い。要は怖い。登校途中に、たまたますれちがったクラスの女子達が俺がすぐ目の前にいるのに俺の悪口を言い始めた時くらい怖い。このままでも仕方ないし、何か言うか。

「えー、で、用件は何ですか?」

 適当過ぎたのがばれたのかわからないが諦めてくれたらしく、俺の質問に答える。

「それはこっちのセリフかなぁ、この優しいお姉さんが優しく君の問題を解消してあげるというか?」

 そりゃいいや。

 なわけあるかです。いや、ホントに。それにこの人の場合、問題の解消はしても解決はしない気がする。

「いや特に問題ないんで」

「雪乃ちゃんと由比ヶ浜ちゃんは? 君の妹さんは? 君自身は?」

「……」

「あれ、問題ないんじゃなかったの?」

「……」

 的確に痛い所を突いてくる陽乃さんに何も言えずに話を続けられてしまう。

「まあ、いいよ。大丈夫ならね、気にしないでいいよ?」

 明らかな嫌味を含みつつ、更に続ける。

「部活のこともあるだろうけどさ~妹さん受験な上に情緒不安定なんでしょ? 大変だねぇ」

 それ以上触れられるとかなり厳しい話になってしまうので、ここで話を打ち切る。

「えぇ、大変なんすよ。でも、悪くなってはいないんで」

 陽乃さんはくすっと笑うと、へぇー、と言ってから早口に小声で、漏らす様に言う。

 

「……私なら雪乃ちゃんの相手なんかしないけど」

 

 それだけ言うと、陽乃さんはカップを持って立ち上がり、笑顔で手を振りながら挨拶をする。

「じゃあね、比企谷君。面白かったよ、今度近い内にまた会おうね。あと、あんまり君らしくしないことはしない方がいいんだよ?」

 脳内で丁寧に断りつつも、頭だけ下げて返すと陽乃さんは、うん、と言って店を出た。俺だけが残された店内には、苦いコーヒーの匂いが漂っていた。

 ……俺らしさとは、何だっただろうか。

 




お読み頂きありがとうございました。
ご意見、ご感想、ご評価等、頂けたら幸いです。
ありがとうございました。


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比企谷小町は最後まで。

 複雑な気持ちで家に帰ると、何やらリビングの明かりがついていた。中には小町がいるのだろう。また、何やら歌っているらしく、優しいが、悲しい感じの歌声が聞こえる。

 結局、こいつは最後までこんなにのん気なんだな。……まぁ、いいか。

 

 リビングのドアを開けると、小町が素早く気付き、少し責めるような口調で言う。

 

 「あ、お兄ちゃん、遅いよ。勉強教えてって書いたの見たでしょ?」

 「……ああ、悪かった。ごめんな」

 

 素直に謝ると、小町は少し言い過ぎたと思ったのか、何やら申し訳なさそうな顔をしてうつむいた。情緒不安定というか、そこまでではないだろう。普通の範囲内だと思いたい。よく分からないが。……よく分かりたくもないが。

 少しのあいだ色々と考えていたが、考えるべき事が多すぎて、自然とため息が出てしまう。

 

 まだうつむいている小町を残して、俺は着替えるためにリビングを出た。

 

***

 

 制服から着替え終えると、再びリビングへ向かう。今度は特に歌声は聞こえない。ドアを開けると、小町は全く同じようにうつむいていたが、顔をゆっくり上げてこっちを向いた。……どうやらやる気はあるらしい。意思確認が出来たので、ゆっくりと小町の左隣に座る。

 

 「その、なんだ……勉強、するか?」

 「うん……ごめんね」

 「いや、俺は大丈夫だ。どうせやることなんて何も無いしな」

 

 そう言ったはいいが、返事が返ってこない。何ヶ月か前だったら、小町が気を効かせて笑えるような状況にしたのかもしれないが、考えてみれば、今日、俺はまだ一度も小町と目を合わせてすらいなかった。……そんな状況で、笑いあえるはずなんてないだろうに。

 

 そんなことを考えていると、急に右から声がした。

 

 「まぁ、お兄ちゃんなら……そうだろうと思ったよ?」

 

 いつもの調子……よりは少し暗いが、いつも通りを装って小町は話し続ける。その間も、小町はしっかりと俺の目を見ている。

 

 「だって……どうせ小町がいなかったら、今日みたいな日だってずっと部屋にこもってるんでしょ? わかるよ、小町には」

 

 あまりにも的確な侮辱なので、思わず口を挟む。

 

 「お前なぁ……まぁ、反論出来ないんだけどな」

 

 小町は少しさっきよりも調子にのったのか、少し微笑みながらさらに続ける。

 

 「やっぱそうだよね〜。お兄ちゃんだもんねぇ」

 

 一秒ほど開けて、今度は何も映っていないテレビを見ながら、小町は恥ずかしそうに付け加える。

 

 「でもね、小町もね、お兄ちゃんがいなかったら、こんな日にはきっと一人で部屋にこもってるよ」

 

 何か感動的なことを言われたが、きっとこの後にはいつものお決まりのセリフが飛び出すのだ。予想通り、小町は、くるっと素早くこっちを見てしゃべり出した。

 

 「まぁ、言いたいのはそれだけだよ。ヒール・ザ・ワールドみたいな? うん、多分そんな感じ」

 

 ……かなり誤魔化しが下手だったが、それでもポイントうんぬんよりはだいぶ気分が良い。これで、ようやく気兼ねなく本題に入れるのかもしれない。

 

 「じゃあ、最後に頑張るか」

 

 小町は、それに大きめにうなずいてこたえた。

 



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