メタルギアソリッドV -THE NAKED- (すらららん)
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序章
GROUND ZEROES


個人的にはヴェノムの存在は肯定的です。
ただまぁ、こうだったらどうなんだろう? って言うのが二次創作の醍醐味だと思うので書いてみました。
10話ぐらいの構成は既に出来上がっているのですが生憎と時間が無いので更新ペースはゆったりです。





 1964年。

 ソ連に所属する1人の軍人が居た。

 特殊な生い立ちと複雑な立場に身を置き続けていた男は、如才なく己に課された使命を遂行していく。

 しかし、優れた才覚を持ち合わせながらも歳相応の危うさが垣間見える程度には未熟でもあった。

 そんな青年期の半ばだ。

 とある任務中『偉大な男』に出会い、その生き様に魅了されたのは。

 

 それから早20年。

 壮年期となった男は落ち着きと熟達した能力を手にし、生まれ持った才覚に驕ること無く不断の努力を重ねた。今では敵味方、誰もが認める超一流の戦士へと成長していた。

 そんな風に男を変えた『偉大な男』が姿を消してから……いや、深い眠りに就いて(暫しの別れ)から随分と時が経ってしまった。

 

 凡そ10年。

 

 長い年月だ、記憶の中で“彼”と言葉を交わした思い出が風化してしまい兼ねない程に。

 無論、今でも男の中に“彼”の言葉や意思は鮮烈に存在している。例え死ぬ直前になろうとも“彼”からの言葉や教えを忘れる事は無いと確信すらする程に。

 それでも“彼”の居ない今を生きる事に、例え様も無い言い知れぬ不安を覚える時があった。

 

「本当か!? 確かなんだな、おい!」

 

 男……最近ではシャラシャーシカとも呼ばれる事もある男は秘匿回線越しからの一報に柄にも無く狼狽してしまう。

 さもありなん、この瞬間をどれだけ待ち侘びた事か。

 電話口の“医者”から興奮混じりで伝わってくる報せは昨日まで……いや、つい先程まで僅かながらに抱いていた不安や恐れを吹き飛ばすには十分な内容で、知らず手に汗を握ってしまう。

 

『はい、つい先程! 残念ながら直ぐに意識を失われたので重要な検査は後回しですが、意識レベルは正常値にあります、加えてーーーー』

 

 それからの事はあまり記憶に残っていない。

 よくよく思い返せば医者の話を聞き流し色々と手回しをしてから“彼”の元へと向かった……そこまでは何となく思い出せるのだが、それが自分自身の経験と繋がらない。

 思い出せるのは最速でアフガニスタンからキプロス島へと渡り、とある病院の敷地に辿り着いてからだ。

 

 待ち構えていた看護士……に扮した“協力者”を見付け人目を忍びながら裏口へと回り込む。

 此処は“こちらの領域”だが、それでも用心に越した事はなく真実を識る関係者は少ない方が良い。

 

「こちらです、どうぞ」

「ああ」

 

 逸る気持ちを抑える事が出来ず早足気味に移動する。

 心臓は今にも飛び出さんばかりに存在を訴えており、まるで憧れのヒーローと会える事を楽しみにしている少年の様な……或いは恋焦がれている相手に会う前の少女の様な心持ちだ。

 その拍動は高鳴るばかり。

 

 階段を一足飛びに省略しながら掛け登り目的地の存在する階へと辿り着いた。

 普段は物寂しい程に静かな病室がにわかに騒がしい、そこから出て来た医者と視線が合いーーー病室の中へと視線を移した。

 その間も止まる事なく動き続けていた身体、耳が、目が。その病室のベッドで横たわり続けていた男が僅かながらに動いている事を“感覚で理解”した。

 

「ボス!」

 

 その感覚を脳が理解するよりも早く、自然に声が漏れた。

 

「…………?」

 

 未だ各種ケーブルを身体に繋げたままの男は、胡乱気な視線を闖入者へと向けた。

 青い瞳がぼぅ……っと焦点の定まり切らない様子で二度三度瞬きをしながら、漸く合点がいったのか少しだけ驚いた様に表情を変えた。

 

 ヨロヨロと頼りない手付きで口元のマスクを引き剥がそうともがく仕草で、腕に付いている機器が外れ機械が警告音を発し病室中に鳴り響く。

 慌ただしく動き出いていた医者や看護士は、いったい何があったかと悲鳴を上げるも当の本人は何処吹く風。

 感慨深げに、一言発してから入口で棒立ちを続ける滑稽な姿を眺めながらニヤリと口元を歪ませ9年ぶりとなる言葉を発した。

 

「久しぶりだな……オセロット…………おまえ、老けたなぁ……」

「……ッ」

 

 その声はとても小さく、か細い、弱弱しさすら感じさせた。かつての張りや威厳を感じさせる雄々しい声とはあまりにも掛け離れており年月の残酷さをひしひしと感じさせる。

 それでも男には、オセロットには違った。

 

「……ええ、お久しぶりです。BIG BOSS」

 

 あの“忌まわしき日”から。

 

 実に9年もの時を経て。

 

 彼が目覚めた(V Has Come To)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 序章

 GROUND ZEROES

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1:MSF壊滅

 

 

 

 とある国。とある収容施設。

 そこではあらゆる国の法律が適用されず、捕虜の扱いは非人道的なものが横行。キューバの中のアメリカという特殊な環境の収容施設、通称『キャンプ・オメガ』に囚われた“チコ”と“パス”の両名を救出する。

 この任務をスネークーーBIG BOSSと呼ばれた英雄ーーは、たった1人で遂行する事と相成った。

 

 サイファーと呼ばれる非政府諜報機関、その長とされる“ゼロ”と接触し、潜伏している場所を唯一知っているパスと呼ばれる少女。

 死んだと思われていた彼女が生きている事を知った少年チコは単身キャンプ・オメガへと潜入し、囚われてしまった。

 只でさえ核査察を直前に控えていたMSFはいっそう慌ただしさを増していた。

 

「ボス、準備が整った。現地到着時刻はおよそ2300、天候が荒れ始めているので多少は遅れるだろう」

「フゥ……そうか」

 

 特殊加工の施された漆黒のスーツに身を包み葉巻を燻らせ微睡んでいたスネークは立ち上がり、ヘリポートへと歩き始めた。

 並んで歩く男からの簡単な説明を受けながら、見送りの為に集まった普段より“少ない”警備員達の列を抜ける。

 

「久し振りの単独潜入となる訳だが、不安は?」

「誰に言ってる」

「はは、すまない。だが安心してくれ、対象の2名がどれだけの重傷でも対応出来るよう医療班から腕利きを同行させる」

「あいつか……それは頼もしい」

 

 MSFは総勢300人を誇る大所帯だ、その中でも今回の任務に同行する人物はスネークをして“一番高い能力”を誇る。

 増援こそ叶わないが、彼が控えているのならば後顧の憂い無く任務に集中する事が可能となる。

 心強いバックアップだ。

 

「分かった。それじゃあ行くとしよう……カズ、留守を頼む」

 

 小規模とはいえアメリカ軍が駐留している基地内への潜入など、本来は自殺行為だ。そう、本来なら……いや“普通”の兵士ならば。

 しかしその任務を託されたのはBIG BOSSという『伝説の傭兵』だ。その手腕を誰も疑わない。

 

 飛び立って行ったヘリが水平線の彼方に消えるまで一同で見送り、カズーーカズヒラ・ミラー副指令ーーは隣にいる車椅子の男へと向き直った。

 苛立たしげな態度を隠しもせずに接するミラーに比べると随分とあっけらかんとした態度の男。

 

「ヒューイ、俺はボスへの無線支援を行う。査察団の対応はお前が中心となってやれ、いいな? 絶対にボロを出すんじゃあないぞ」

「分かっている、任せてくれ」

 

 IAEAからの唐突な核査察の受け入れ。

 元はと言えば、このヒューイと呼ばれた男が勝手に査察団からの要請を受諾したのが原因だ。

 本来ならばスネークもミラーも査察を受け容れる気は毛頭なかった、MSFの本拠地であるマザーベースは洋上プラント施設を母体としている組織だ。

 通常は“国家”に対して行われる査察を受けなくてはならない理由は存在しない。

 これはサイファーからの教唆を受けた故の行動であろうとカズは読んでいた。

 

 既に武装は解除し重要な兵器や不必要な人員はマザーベースから遠ざけてある、査察団への対応は無性に張り切っているヒューイに任せ危険地へと単身潜入しているスネークのサポートを優先したミラーの選択に間違いは無かった。

 そう間違った判断はしていなかった。

 しかし後に、この時の選択を生涯悔やむ事となるとは想像だにしていなかった……。

 

 

 

 爆炎。

 チコとパスを見事に救出し、パスの腹部に仕掛けられていた爆弾をも排除して帰途に就いていたスネーク達の目に映ったのはーー沈み始めているマザーベースの姿だった。

 

 何故?

 

 どうして?

 

 どうやって?

 

 そんな風に絶えず湧いてくる疑問に答えを導き出す前に先ず行動しなくてはならない。

 事態は一刻の猶予すら存在しない。

 旋回し着地点を探していたヘリのパイロットがいち早く敵部隊からの猛攻を凌ぎつつ、ミラーを逃がそうとしている集団に気付く。

 

「下がっていろチコ。パイロット、このまま寄せろ! 緊急着陸だ!!」

『了解!』

 

 援護射撃を開始したスネークは直ぐ近くに居た敵ヘリのローター部分へと弾丸を集中させ破壊、撃沈する。

 一時的に制空権を確保する事に成功し、この隙に無事緊急着陸を果たしたヘリから既に傾き始めた甲板へと飛び降り、スネークもまた激しい銃撃戦に加わった。

 

「ボス!」

「動ける奴は負傷者を回収しろ! ヘリに急げ、ムーブ!」

「ボスが戻って来たぞ、ふんばれっ!」

「うぉおおお!」

 

 精神的主柱であるスネークの帰還に士気を取り戻したMSF隊員、しかし状況は既に多勢に無勢。

 豊富な銃火器と人員で攻め立てる敵部隊と違い、MSFは“査察対策の為に”ほぼ全ての武装や人員を解除してしまっていた。

 それでも尚MSFの兵士は十二分に対抗し、副指令であるミラーの身を護る事が出来ていた。

 もし万全な装備、或いは満足な人員。

 そのどちらかが満たされていれば結果は変わっていただろう。

 それだけMSFは高い練度を誇る部隊だった。

 

 

 ーーーだからこそ、敵は“このタイミング”での襲撃を行った。

 

 

「ぐぁあ!」

「おいっ! ……くっ、急げぇ!」

「俺が盾になります、お早く!」

 

 一際大きな音を立て甲板が揺らぐ。

 爆発物で破壊されながらも何とか支えていた脚部が戦闘の衝撃に耐え切れず、遂に崩壊してしまった。

 

 1人、また1人と仲間が死んでいく。

 何とかヘリに辿り着いたミラーだったが、護衛として着いて来ていた半数以上が死に、今もまた目の前で頭部を撃ち抜かれ即死した仲間の姿に激しい怒りと憎悪を滾らせーーーそれ以上の危機感に駆られ殿として敵兵に銃撃を続けるスネークへと大声をあげた。

 

「っ! スネーーク!!」

 

 このままでは彼が死ぬ、それは……それだけは例えMSF全員の命と引換にしたとしても避けなければならない最悪の事態。

 必死の声に弾倉を撃ち尽くし進退窮まったスネークが気付き振り向く。ほんの僅か逡巡し、伸ばされた手に腕を伸ばした。

 最後の生存者である彼を載せたヘリは緊急浮上を開始する。出力は最大、沈み行くマザーベースの上層部構造に巻き込まれない様に巧みな操縦で難を逃れた。

 

 逃げ遅れた敵が海に沈んでいく様が少しだけ痛快だった。

 

「……あ……」

 

 それは誰の声だったか。

 マザーベースは一部だけを残しーーそれもまた時間の問題だが、海へと沈んで行く。

 夜の闇に染まることなく赤々と燃え続ける“我が家”と“家族達”の最後を瞼に焼き付け、MSFは『敗走』を開始した。

 

 

 

 

 

 2:ブランク

 

 

 

 1984年3月某日

 キプロス島 病室

 

 

 沈み行くマザーベースから飛び立った。

 そこまでを話し終えたスネークは口の渇きを癒す為にコップを口元に運ぶ。

 様々な薬効植物やプロテインなどが絶妙に混ぜられたドス黒い液体は、その見た目からは想像も付かない程の爽やかな飲み心地を実現している。

 隠し味のハチミツが効いているのだろうか? そんな事で飲みやすくなるぐらいならこの世にレーションなんてものは存在しないだろう。

 

「ご記憶は確かな様で、安心しました」

「人を病人扱いするんじゃない」

「クッ……いや、失礼。確かに貴方には何て事はないのでしょう」

 

 不満げな顔で呟いた言葉に思わず噴き出してしまう。

 まるで『体調を少し崩しただけだ』とでも言いたげなその一言を、病人どころか少し前まで重病人だった人物が言っているのだ。

 強がりなどではないだろう。

 嘗ては心身共に疲労困憊の状況でありながら『スネークイーター作戦』を完遂させた程の男なのだから。

 

「……おい」

 

 そんなオセロットの態度が気に触ったのか。

 ほんの少し怒気を孕んだ呟きに冷や汗が浮かぶ。慌てて謝罪を述べようと顔色を窺い、その真意に気付き破顔する。

 

「もう一週間だぞ……いや、9年か? とにかく医者共はまるで言う事を聞かん。やれ健康に触るだの、体調に良くないだのと入れ代わり立ち代わり説教してくる。

ヤブ医者どもめ」

 

 人差し指と中指の間を僅かに空けて突き立て親指を添え、クイッと口元へと近付ける。

 短くない付き合いだ、彼が何を要求しているのかなど考える迄もない。未だ満足に身体を動かせない身でありながら、その一連の動作だけは妙に洗練されている。

 

「しかしですね」

「医者の言う事を聞いていたら死んでしまう。それじゃあ、9年ぶりに目覚めた甲斐が無い」

 

 それを言われると弱い。

 マッサージや微弱電流など、肉体を健康に保つ為にあらゆる治療を行って来た。とはいえ9年という歳月はーーーどうしようも無い程に長かった。

 歴戦の戦士とも言えたスネークの身体能力は往事の半分程度にまで落ち込んでいる。

 無論、その程度で済んでいる事自体が奇跡的だ。

 

 年齢的な問題もある。

 9年の間にピークを過ぎ衰えた肉体と、それを知覚すること無く眠り続けていた精神との間に生じる差異ーーーブランクは計り知れない。

 失った“左腕”も問題だ。

 これからのリハビリ生活を支えるのは、何よりも本人の強い意思に他ならない。その意思を挫かす要因など有ってはならない事だ。

 

「ーー次に会う時までに用意しておきます。今は御容赦下さい」

「そうか! いやぁ、ようやく生きている実感が湧いてきた。さて、何処まで話したか……ああ、そうだ。カズと数人を拾い上げて逃走を開始した俺達だったが、仕掛けられていた“もう一つの爆弾”に気付いていなかった」

 

 あのタイミングでパスがヘリから身を投げなければ爆発の直撃でヘリごと吹き飛んでいた……再び語り出したスネークは淡々と当時の状況を話した。

 

 パスに仕掛けられていた“2つ目”の爆弾。

 

 ヘリから身を投げ出したパスと、その間に割り込んだ男の身体。

 

 爆風に巻き込まれ制御を失い墜落するヘリ。

 

 そして9年の昏睡と、目覚め。

 

「……俺がこうして生きているのは、あいつが“盾”になってくれたからだ」

「当時、救出されたのは僅かな人数でした。半数はあなた方を護る為に囮となり……半数は病院へと運ばれた。

誰もが重症だった」

「ああ、俺も……ヘリが墜落した辺りから記憶が無い」

 

 病院へと搬送されたのは3名。

 比較的軽傷であり意識も混濁する事の無かったミラー。

 彼が横たわるベッドの隣、意識不明、脈拍低下、遂には心停止にまで陥ったスネーク。

 そしてもう1人……。

 

「あいつは……どうなった」

「……爆弾によってパスという女の身体は内部から爆散、無数の肉片や骨片に機械部品が“彼”の肉体を散弾の様に襲いました。

医者が言うには、その……人間かどうかも分からない有り様だったと」

「………」

「搬送直後は奇跡的に生きていましたが、頭部に刺さった破片が脳を圧迫し意識は混濁。心停止しかけたあなたの拍動が回復するのと同時刻に容体が急変……死亡しました」

「……そうか」

 

 敵の策略は完璧だった。

 査察団を装っての急襲、最大戦力でありMSFの要であるスネークの陽動、二段構えの爆弾という魔手。

 待機部隊の招集は間に合わず、執拗に行われた残党狩りで嘗ての仲間は散り散りとなった。

 

 本来ならばあの日、スネークは死んでいてもおかしくは無かった。

 

 それでも今、こうしてスネークは生きている。

 9年という歳月と多くの死んで逝った者達の想いが彼を生かしたのだ。

 誰もが彼の無事を願い行動し、彼の為に身を呈した。

 忠を捧げたのだ。

 

「…………俺達を襲撃した奴らの居所。目星は付いているんだろう」

 

 手を眼前に掲げる。

 痩せ細り頼りない右腕と、肘から先が存在しない“左腕”を交互に見やり……掌を“重ね合わせ”た。

 

 『奇跡的に生き残った』

 

 誰もがそう語ったが、それは違う。

 あの日、確かにスネークは死んだ。

 そして地獄へと墜ちた。

 だが。

 それを由しとしない者達の“手”でスネークは地獄から引き揚げられた。

 これは、その対価。

 身体に刻まれた幾つもの()の1つだ。

 

「ええ。しかし……危険です。あなたの再起が整う迄は表に出るべきではありません」

「そうかもな」

「ならば、なぜ?」

 

 はっきりと言えばサイファーへの対抗手段、それらを得る為に9年前の襲撃者達に関わっている“暇は”無い。

 オセロットからの情報により、襲撃者とサイファーの間に直接的な繋がりは存在しない事が判明している。

 それでも尚。

 スネークが戦場へと舞い戻る理由ーーーそれは彼にしか理解しえない事柄だ。

 

「お前にも何時か分かるさ、ジュニア」

 

 

 

 

 

 3:伝説の帰還

 

 

 

 1984年3月21日

 アフガニスタン カブール北方

 

 

 荒涼とした大地に吹き荒れる砂嵐。

 力強い歩みで大地を踏み締める2頭の馬が、その真っ只中を進み続けていた。

 その背に2人の男を乗せて。

 

「この先から、ソ連の実効制圧圏になります。ミラーが捕まってから既に10日以上……残り時間は僅かです。っと、どうやら砂嵐が去ります」

 

 小型の端末を操作し天候の変化を知ったオセロットは防塵マスクを外して腰に備え付けていた水筒を取り出し一口だけ飲むと、隣の“男”へと手渡した。

 男は器用に“機械の左腕”でそれを受け取ると勢い良く美味そうに飲み干した。

 

「っはぁ……生き返るな」

「ええ。それに、随分と“慣れ”ましたね」

「2週間も時間があれば誰でも慣れる、それに……悪くない」

 

 ニヤリと口元を歪ませ新しくなった左腕を太陽へと翳し、チキチキと駆動音を立てながら握り締める。

 まだ以前の感覚が抜け切らないが、その内どうにかなるだろう。

 整備性や拡張性に欠けるのはどうかと思うが、開発者が相当に変わり者で“こだわりの”一点もの故に当人がいない現状では解決する余地が無い。

 致し方無い。

 

9年(GZ)ぶりの現場となりますね。ソ連軍主力地上部隊への単独潜入……まあ、肩慣らし(Open World体験)には丁度いいでしょう」

 

 ソ連内でも有数の実力者であるオセロットの発言とは言え、随分と軽く見られたモノだ。

 が、それも仕方が無い。

 ニヤニヤと義手を眺めながら「ライターを仕込んでみるか」と敵地の目前でありながら飄々とした態度を崩さないこの男に比べれば、あらゆる軍人が三流以下に成り下がるのだから。

 

「ミラーの体力も限界に近い、保ってもあと3日……」

「いや、十分だ。それだけあれば昼寝も出来るな」

「それは何より。しかし下調べも無しにワンデイ集落(監禁場所)に入るのは流石に危険です、まずは“偵察”をするべきでしょう。その双眼鏡はどうです?」

「いい感度だ。だが9年も眠っていた割には大して性能に違いがないな」

 

 スネークが所属していたMSF謹製の双眼鏡は、9年経った現在の技術力をしても同格以上の性能を誇っていた。

 オーバーテクノロジーの宝庫とも言われたMSF開発班の装備、その殆どは海底に沈んだ。しかし僅かに残された装備や技術と話術だけでミラーはこの9年間を生き延びてこれたのだ。

 そのミラーが、スネークとの合流前に捕縛された。

 

 MSF副官であったミラーは9年間、世界中からマークされ続けていた。

 まことしやかに囁かれる『伝説の男の死』を真に受けた大多数の者達と、その生存を疑う極一部の者達。

 監視は世界規模に及んでいたが、遂ぞ……その真実には辿りつけなかった。

 しかしスネークが目覚めてから2週間。

 一体どのような手段に寄るものか、その覚醒が洩れてしまった。だが一足先にキプロス島から脱出したスネーク達は、海路と空路を使いその消息を断つ事に成功した。

 

 合流地であるアフガニスタンーーーそこへ到着の数日前だ、情報を遮断していたスネーク達の下に『ミラーが捕縛された』という報せが入って来たのは。

 

「ここから先は、あなた1人。戦場の連中にとって、あなたは『伝説の傭兵』です……だからこれは、あなた1人でやり抜かねばなりません」

「俺の復活を、全世界に標榜する」

「そう……『BIG BOSS』の復活。

当初の予定は狂いましたが、これはこれで悪くはない。9年という時を越えて、あなたが還って来た事を……奴らにも見せ付けられる」

 

 オセロットから端末とミラーのサングラスを受け取り表示された地図を頭に叩き込む。

 それから徐に懐から取り出した葉巻を銜えながら一度だけ深く息を吐き、瞑想する。

 

「……」

 

 ゆっくりと開かれた瞳、その青い眼の奥深くに……まるで地獄の業火の如き“憎しみ”を僅かに覗かせ傍らに控えているオセロットへと振り向いた。

 

「1日で片を付ける。ヘリの用意をしておけ!」

 

 馬の手綱を強く握り締め走り出す。

 直ぐに見えなくなったスネークの後ろ姿を眺めていたオセロットの瞳からは、一筋の涙が零れ落ちている。

 その事に気付くことなく、離脱用の専用フルトン装置を身に纏いながら感慨深く呟く。

 

「仰せのままに……ジョン」

 

 上昇を始めた気球に吊られながらオセロットは『伝説の帰還』を目の当たりにした高揚感を噛み締め、宙への旅路を楽しんだ。

 

 何れ世界中が知る事となるだろう。

 

 BIGBOSSの帰還を。

 

 

 




会話部分を楽しんで書いていきたいと思ってます。


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第一章 報復
帰還


少しずつ原作と変わっています。
その差異は後書きで載せておきますので、よければ御確認下さい。

また、次回更新は今回より長めに開きます。
ご了承下さい。






 1:幻肢

 

 

 

 アフガニスタン:カブール北方

 ウィアロ村落(ダ・ウィアロ・カレイ)

 

 

 数日前にミラーは、ウィアロ村落を通ってからワンデイ集落へと移送された。その際に、何らかの“情報”がウィアロ村落内に残されている可能性が高い。

 凡そ10名のソ連兵による警戒網を掻い潜り、あるかどうかも分からない情報の存在する場所に辿り着ければーーーの話だが。

 

「おい」

 

 ピタリ。

 その声が聴こえた瞬間、僅かな動きや呼吸音・存在感を極限まで押さえ込んで『何者か』は壁へと張り付いた。

 

 その声の主であるソ連兵は眼光鋭く、慎重な足取りで何者かが潜んでいる壁の真裏まで近付いて来る。

 それでも何者かは動かず、ただじっと気配を殺して聞き耳を立てる。その間もソ連兵は近付いており、遂には壁の直ぐ近くまで来ると……壁を背にして眠りこけていた同僚に声を掛けた。

 

「あ? あ、あぁいや。寝てないぞ?」

「いや、違うってーーータバコ持ってないか?」

「なんだよ……驚かすな」

 

 ハハハ、と互いに苦笑する。

 その声に混じって『何者か』は既に別の壁へと張り付いて安全を確保し、素早く廃屋の中に紛れ込んだ。 

 

「またか。お前吸いすぎだぞ」

「仕方ないだろ。前線と違って此処は優雅なもんさ、休める内に休んどかないと身体が保たない」

「そりゃそうだ。ほら、貸しだからな」

「すまんな」

 

 戦火を免れる為に村人は既に離村しており、今はソ連第40軍の兵士が駐留しているのみ。あとは野生化した羊などの野生動物。

 それにしても戦場の只中であるというのに見張り達は草臥れた様に休みがちで、こうして煙草を吸ったり居眠りしたりと、だらけている者が目立つ。

 何故か?

 

 元々ソ連によるアフガン進行は呆気なく片が付くと思われていたーーーソ連側の勝利で。

 その前評判は覆った。

 ムジャヒディンと呼ばれる現地勢力との戦闘は、今や終わりの見えない泥沼の戦場と化していた。

 何処からともなく現れる敵への監視・敵地への斥候、度重なる派兵に強行軍、全土で行われる執拗なまでのゲリラ戦への対応。

 報復の連鎖は止まない。

 

 そんな極限状態に於いては、例え訓練された軍人と言えども正気を保ち続けられはしない。

 幸いこの地域はソ連軍が勢力圏を確保している。突然の急襲を警戒して眠れぬ夜を過ごす事も無い。

 此処は、そう言った精神に問題を抱え始めた者達へ『暫しの休息』を提供し癒す場所となっている。無論、ある程度の哨戒はこなさねばならないが……多少の“息抜き”は黙認されている。

 

 だからこそ気付けない。

 彼らの杜撰な警戒をすり抜け、或いは堂々と後ろを通り過ぎ、地面へと這い蹲り視界から逃れ、廃墟から廃墟へと身を隠し移動していく『何者か』の存在を。

 9年ぶりとはいえ、感覚的には一月前に潜入任務をこなしたばかり。肉体はともかく、その感覚(センス)には些かの衰えも無い。

 何者かーーースネークは容易にウィアロ村落、中央部への潜入を果たした。

 

「罠かとも思ったが、どうやら想像以上にソ連軍は疲弊しているらしいな」

『そのようで。私の部下なら1ヶ月は再訓練ものだが、この状況では有り難い。

遠慮なく情報(インテリジェンス・ファイル)を頂くとしましょう』

「そうしよう、解読までどのぐらいだ?」

『5分もあれば。一服するには丁度いいでしょう』

 

 村中央の建造物、指揮所への潜入を果たし捕虜の移送計画書ーー恐らくはミラーの居所ーーを発見。

 その情報解析が終わるほんの僅かな時間を潰す為、通信所として使用する為に増築されたパラボラアンテナのある屋上へと向かった。

 そこに詰まれた土嚢の傍らに腰掛けたスネークは、周囲にソ連兵が居る状況でありながら落ち着き払った態度で葉巻に火を点ける。

 周囲の警戒は全て指揮所から外へ向いており、隠れるには絶好の居場所。

 

「フゥー…………」

 

 明らかに人員が居ない場所から煙が立ち上っていると言うのに誰も気付かない。と言うよりも、上空への監視が緩い。誰も彼もが項垂れ下ばかりを見ている。

 ソ連軍の実情を端的に現しているかのようだ。

 

(この超大国も、永くは無いのだろうな)

 

 それにしても。

 葉巻が旨い。

 いや、違う……これはそんな言葉で片付けられる事ではない。

 そう、この葉巻の味はーーー

 

(う ま す ぎ る !)

 

 当人の主観からすれば1ヶ月程の禁煙生活。

 だが実際は9年もの歳月を禁煙していたのだ、この『模範的ヘビースモーカー』が。

 肉体からはとっくに健康に害を与える物質は消え去り、点滴のみとはいえ十分な栄養素を与えられていた肉体は、多少の運動不足を考慮しなければ『非常に健康的』な肉体に変わったと言える。

 そう、今のスネークの肉体は同年代の水準から見て『理想的な肉体』となったのだ。

 

 勿論そんな理屈などクソくらえである。

 

 スネークにとって喫煙とは、人間が息をする様に『生きていく上で必要不可欠』なものなのだ。

 それを、9年! 9年も欠いてしまった!!

 どれだけ重要な任務でも、自らの師からの忠告すら耳を貸さずに吸い続けた程の偏執的なまでの執着。

 つい先日、9年ぶりとなる感動の再会を果たして以来、暇さえあればこうして『命の補給』を繰り返している。

 

 が……此処にきてスネークは、葉巻の持つ新たな可能性に直面してしまった。

 

(吸えば吸う程に旨さを増していくようだ。

俺の身体に足りなかった何かが満たされていく様な、えも言えぬ感覚……あぁ、天国の外側(アウターヘブン)に堕ちた筈の俺が、まるで天国に居るかの様な幸福感を…………)

 

 九死に一生を得た事による人生観の変化だろうか?

 禁煙生活からの脱却による精神的高揚か?

 理由こそ定かではないが、暫しスネークは敵地のど真ん中である事すら忘れて至福の一服を堪能するのだった。

 

『ーーーお待たせしました、ミラーの居場所が判明。端末に反映します』

 

 オセロットからの報告に一瞬で臨戦態勢へと肉体と思考を戻す。

 葉巻の火を消して灰を回収し、一切の痕跡を遺さない……どれだけ気が緩んでいても成すべき事を成すべき時に確実に成せる。

 これがスネーク。

 これこそが伝説の傭兵。

 9年の時を経て還って来たヘビースモーカー。

 

「ああ、わかっ……アレはーーー」

 

 村の入り口、南東の方角から現れた一台のトラックが指揮所を少しだけ通り過ぎた所に停車する。

 降りて来た運転手は近くに居た歩哨の元に向かい、共に煙草を吸いながら何やら話始めた。内容はスネークの位置からは聴き取れないが、雰囲気から察するに世間話。

 

 どうやら各拠点間を巡回する配送係の様だが、荷台から補給物資を下ろす気配は感じられない。

 途中で見掛けた食糧庫の中身を思い起こす、2・3日は十分に賄える量が貯蓄されていた。

 となれば……。

 

「ふぅむ」

 

 天幕から顔を覗かせ見張りの位置を再確認する、3、4……5人。

 指揮所周辺に居る誰もがおざなりな警戒しかしておらず、ほんの数m圏内に侵入者が隠れ潜んでいる事に気付く様子は無い。トラックに注視している人物はドライバーを含めても0だ。

 これなら例え、荷台に見知らぬ“荷物”が紛れ込んでいたとしても気付きはしないだろう。

 

『どうされました?』

「おい、あの輸送トラックの経路は分かるか」

『ん? ええ、少しお待ちを……』

 

 よく意味の分からない質問であったが、そこは忠義の男オセロット。

 直ぐに“不正”入手した補給経路と担当地区を照らし合わせ、その意図を察して口元を歪めた。

 

『……ああ、成程。あなたの予想通りです、どうしますか?』

「そうだな、俺も歳だ。若い連中に送って(エスコートして)貰うとしよう」

『ご冗談を』

 

 オセロットとの通信を終え、スネークはなんと二階ほどの段差から勢い良く身を投げ出した。空中で身体を捻り回転する事で衝撃を受け流し、音を立てる事なく華麗に着地を決める。

 とても50歳前後の人間の動きでは無かった。

 

 悠々とトラックの荷台へと潜り込むと、その場にあったシートを被り身を潜める。

 そのまま静かに時が過ぎるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 2:再会

 

 

 

 アフガニスタン:カブール北方

 ワンデイ集落(ダ・ワンデイ・ハー)

 

 

 ウィアロ村落を出発した輸送トラックは道中ワク・シンド分屯地で休憩を挟み、ワンデイ集落へと到着した。見知らぬ“荷物”を運んで。

 端末ーーiDROIDーーで地図と現在地を照らし合わせながら荷台の上に潜んでいたスネークは、ワンデイ集落手前で走行中の荷台から顔を覗かせると周囲を確認し、草むらへと飛び降りた。

 そのまま集落の周辺にある小高い丘の上まで回り道しながら駆け登り、岩場の陰に身を隠す。

 双眼鏡を取り出し偵察を開始、目的地は近い。

 

「こちら“イシュメール”、目的地に到着した」

『了解。その中にミラーが囚われている場所がある筈です、そうーーーそこです。その建物に、ミラーが囚われている』

 

 双眼鏡と連動して端末越しに送られてくる映像を確認しながらオセロットは、ミラーの居所をスネークへと伝える。

 敵兵の数は先程の分屯地よりも少な目だが、ウィアロ村落よりも多く……その動きは活発だ。捕虜であるミラーが存在しているからだろうか、その警戒に明確な隙間は見当たらない。

 これは先程までと同じだと思っていると痛い目を見るーーーそう直感する。

 

「さっきと違って警備が厚いな。ようやく“肩慣らし”が出来そうだ」

『もうじき陽が落ちます。絶好のタイミングかと』

 

 交代要員がチラホラと顔を見せては所定の位置へと向かって行く様を備に観察する。直に訪れる“好機”を逃さない為に。

 今は、焦らずじっくりと“待つ”時間だ。

 

 

 

(どうやら今日も、生き残れたらしいな……)

 

 ソ連兵との“楽しいお喋り”の時間が過ぎてから気を失っていたミラーは、肌に刺す陽射しが弱まり肌寒さを覚え意識を取り戻した。

 頭部には布が被せてあり息をするのも苦しい、途切れそうになる意識を舌を噛む事で何とか繋げているが……もう捕まってから何日経ったのかすら定かではない。

 だが、限界が近い。

 

(……ザマぁないな……ボスが目覚めて……これからって時に…………くく)

 

 スネークが目覚めた。

 その報せはミラーの下にも即座に伝わった。だが、だからこそ彼はスネークの居場所……キプロスから遠ざかる事を決めた。

 いずれ世界中がBIGBOSSの帰還を知る事になるだろうがーーーその為には、時間が必要となる。

 

 その為に派手に動いた。

 世界中の監視網に引っ掛かる様に露骨に、注目を集める様に。今まで隠れ潜んでいたミラーの唐突なアクション、諜報員達は面白いように釣られ思惑通り“本命”のキプロスから目を反らせた。

 しかし、やり過ぎた。

 引き際を誤った結果、こうしてヘマをしてしまった。

 

(……俺はもうダメか……だが、あんたは…………あんただけは……骸骨……逃げろ……ボス…………ボス……ッ!)

 

 今頃は合流地点に自分が居ない事に気付いたオセロットが“本拠地”に連絡を取り、スネークを招いている頃だろう。

 それでいい。

 重要なのは彼が生きている事、その点に関してだけは“ゼロ”と同じ意見だ。ただ、心残りがある。

 あの日、喪った全てを返す事が……自分の手で彼の手助けとなれない事が、復讐を果たせなかった事が。

 

(スネーク………………俺は…………)

 

 ギィ……。

 ここ数日で聴き慣れた扉の軋む音に、闇の中に沈み掛けていたミラーの意識は浮かび上がる。

 近づいて来る足音。

 察する、とうとう“終わり”の時が来たのだ。

 

(そうか…………やっと、か……)

 

 ミラーは屈しなかった。

 ありとあらゆる手段を以て情報を吐かせようとしたソ連兵達が、逆に根を上げる程に頑なに口を噤んだ。

 その行為の全ては午前中、陽の高い頃に行われていた。それが今、夜に現れた。

 

 とうとう痺れを切らしたのだろう。

 とっくに腹を括っていたミラーからすれば……無駄な時間を過ごしたソ連兵共が滑稽で仕方が無い。

 さあ、最後の仕上げだ。

 せいぜい口が動く限り神経を逆なでしてやり、苦々しい記憶として彼らのプライドに傷を付けてやろう。話術で相手を言いくるめるのは、昔から“得意分野”だ。

 

 頭部の布を剥がされる。

 普段よりもその動作が丁寧な事には気付かなかった。

 

「そろそろ、用済みか?」

 

 皮肉げに尋ねた言葉。

 一体どんな風に『ロシア語』で捲し立てられるのか。いっそ楽しみにすらしていたミラーの耳に届いた言葉は、ソ連に捕獲されてから行われた全ての出来事が吹き飛ぶ程の衝撃を伴って、正しく伝わった。

 

「その様だ。どいつもこいつも日頃の無理が祟ったんだろう、ぐっすり“眠って”いるよ」

 

 一瞬、思考が止まった。

 それは普段ソ連兵達が喋るロシア語でも、同時通訳された拙い英語でも無かった。

 その声は随分と聴き慣れた……それでいて狂おしいまでの懐かしさを感じさせる、流暢な『英語』だったのだ。

 まさか。

 心中に浮かんだ疑問符に促される様に、口が“彼の名”を呼んだ。

 

「スネーク……?」

「ああ。俺だ、カズ。助けに来た」

「……夢、なのか」

 

 信じられなかった。

 目の前にスネークが居る……生憎と目を傷めてしまい、ぼんやりとしか見えないが確かに存在している。

 夢だとしたら、なんて残酷な内容か。

 こんな夢を見させられてしまえば、生きたくなってしまうではないか。

 

「夢か……生憎と9年眠っていたからな、もう夢は十分だ。何より夢じゃ葉巻を吸えないしな」

 

 左腕に繋がれていた手錠が外され何かを手渡される。

 愛用する“ソレ”の感触は、これが夢でないという事を実感させる一品。自身のトレンドマークであるサングラス。

 呆然としながら、無線で会話を続けるスネークの声に耳を傾けた。

 

「オセロット、ヘリを寄越せ。対象を確保した」

『了解です、イシュメール。近くの合流地点(LZ)を端末で御確認下さい』

「分かった……ほら、カズ。掴まっていろ」

「あ、ああ」

 

 ゆっくりと担ぎ上げられ監禁場所から外へと運ばれる。

 道中、道端に転がっているソ連兵達が視界に映る。何と言う手際か、意識がハッキリしていなかったとはいえ何の物音も聴こえはしなかった。

 腕は衰えていないらしい。

 何よりだ。

 

「……すまない、スネーク…………」

「気にするな。舌を噛むぞ、黙ってろ」

「そうじゃない……俺は…………俺は」

「サイファーとの事だろう? 気にするな、俺は気にしていない。それでも何か言いたいのならそうだな、酒の席で訊いてやる。今は寝てろ」

 

 核心を突いたその言葉。

 不思議と、驚きはしなかった。

 薄々は気付いていたのだろう、それでも敢えて触れて来なかったサイファーとの繋がりに関してスネークはカズを問い質す事はしなかった。

 言外に、許すとすら宣言して。

 

 その気遣いが、無くした腕や脚よりも……ずっと痛かった。

 

 

 

 

 

 3:髑髏

 

 

 

『イシュメール、聞こえるか? こちらピークォド。

ガスが急速に増大中、降下できません! 一旦退避します!』

「……ガス?」

 

 合流地点に辿り着いたスネーク達だったが、何時の間にか周囲を霧状のガスが覆っている。

 その無線内容を聞いたミラーは、微睡み掛けていた意識に浮かんだ凄惨な光景を思い起こしスネークへと忠告する。

 

「奴らだ、ボス気を付けろ。髑髏が来る……! 奴らに見つかるな!」

「髑髏……?」

 

 訝しむスネークの、歴戦の戦士の“勘”が激しく警鐘を鳴らした。

 素早くかがみ込んで岩場に身を潜め暗視ゴーグルを起動させ、ワンデイ集落の方向へと双眼鏡を向けた。

 そこから人影が近寄って来ている。

 

『イシュメール、あなた達の周りにだけ妙な霧が立ち込めています。霧が濃く此方からは何も見えない、合流地点を霧の外へと変更します。そこへ向かって下さい、ヘリを待機させておきます』

「分かった。少し“遅れる”と伝えておけ」

『っ! 了解しました。イシュメール……いえ、ボス。お気を付けて』

 

 切断された無線機の前で、オセロットは少しばかり焦りを覚える。遅れる、確かにそう言った。

 現在時刻は2330。

 もう直ぐ日付が変わる時間帯だが、合流地点までの移動距離から考えても十分“今日中”に片が付く時間。

 それなのにスネークは遅れる、と。

 

 それは『1日で片を付ける』と宣言していた彼をして、不可能と思わせる難事が起きたという証明に他ならない。

 そもそもオセロットは、ミラーの護衛が全滅した事を不可解に思っていたのだ。全員が腕利きだ、同人数のソ連軍と戦闘したとしても、贔屓目なしに負ける筈など有り得なかった。

 それが一方的に全滅した。

 ミラーだけを残し……そして、そのミラーの救出のタイミングを見計らったかの様に現れた髑髏達。

 

 ここまで情報が揃っていれば、敵の狙いは自ずとわかる。

 

「……そうか狙いは最初からボスか。くそっ! 俺も残るべきだった。なんて迂闊な」

 

 後悔、時既に遅し。

 今はスネーク達の生存を、遠く離れた海上で祈るしかなかった。

 

 

 

「さて、カズ。困った事になったな」

「……随分と、余裕そうに見えるぞ……?」

 

 ミラーをなだらかな岩壁に横たわらせたスネークは、双眼鏡で髑髏達を監視しながら脱出経路を脳内で幾つもシミュレートしていた。

 器用に機械の左腕だけで火を点けた葉巻を銜えながら。随分と手馴れている、まるで十年来の愛用品かの如く。

 

「お前も吸うか?」

「遠慮しておく……それより、何か…………対策を」

「心配するな。敵は4、伏兵は……速度が…………反応は素早いな、なら…………装備なし? バカな…………」

 

 スネークは兵士として生きて長い。

 昏睡していた9年を含めなければ、優に人生の8割以上を戦場の中で過ごしてきた計算だ。

 それだけあれば、一風“変わった”敵と戦った経験も自然と多くなるものだ。

 

 そんなスネークの経験値から見て、この髑髏はきな臭い。怪し過ぎる、マトモではないと初見で看破するには十分な程に。

 しかし自分1人ならまだ、対処は可能だろうという予感もする。9年の衰えを考慮に入れても、撤退戦ならば問題無い。

 総合的に判断すればまぁ『それなり』に厄介な敵……といった所か。

 

「オセロット、霧の範囲は?」

『およそ1キロ四方といったところです』

「広いな。だが、それだけあれば撒く事も不可能ではない……か。よし、カズ行くぞ」

 

 返事を待つ事なく抱え上げて指笛で馬を呼び寄せる、その背中に乗せると静かに髑髏達から背を向くと歩き始める。

 アフガンは広い……見付かる危険を犯してまで中央突破するよりも、回り道しながら合流地点へと着けば良いのだ。

 移動出来る区画が制限されているなど現実には有り得ないのだから。

 

 幸いにも敵の索敵能力は低い。

 慎重に馬を操作するスネークは暗視ゴーグルで視界を確保しつつ、ゆっくりと合流地点へと向かう。

 たっぷり1時間以上は使って慎重に霧の中を脱出する、その頃には体力の限界によりミラーは眠っており危機を脱した事に気付きはしなかった。

 

『ボス、霧が晴れました。敵影ありません、今の内です』

「……」

『ボス?』

「さっきの奴ら、サイファーの部隊か?」

『……恐らくは。しかし、あんな奴らの情報は聴いた事もありません』

 

 オセロットは、その特殊な立場上“ゼロ”とも深い繋がりがあった。サイファーの内部事情、特にお抱えの部隊であり9年前の“襲撃者”である『XOF』に関しても。

 だからこそ妙だ。

 あんな髑髏の部隊は知らない。

 だが、髑髏を象徴する様な“奴”の事は知り過ぎている。この9年、スネークの安全を保守していなければーー.ー世界中を捜してでも殺していたであろう相手を。

 

「では、やはり?」

『ええ。やはりこのアフガンの何処かに存在している、9年前あなた方を襲撃したサイファーの部隊……サイファーの配下でありながら、その支配を掻い潜り蠢く者。

スカルフェイスが、居る』 

 

 

 

 

 

 4:ホーム

 

 

 

 セーシェル近海:マザーベース

 司令部プラットフォーム。

 

 

「ここ、は……」

「ミラー副指令! お目覚めになりましたか、良かった」

「俺は……そうか、スネークに……」

 

 全身を心地良い倦怠感が支配している。

 何時の間に眠っていたのか覚えていないが、自覚する事すら億劫だった痛みをハッキリと感じている。どうやら随分と“治って”きているようだ。

 

 起き上がろうとするも、流石に医療スタッフに止められる。まだまだ絶対安静が必要な身。

 確かに、スネークに救出される直前は……今考えるとだいぶ思考がヤケ気味になっていた気がする。

 

「起きたか」

 

 暫くそうしてぼんやりと過ごしていると病室の扉が開き、この“新しいマザーベース”の主が顔を見せる。

 スネークだ。

 

「……ふ、少し前まであんたがベッドで寝ていたってのにな。今じゃ、俺の方がこのザマだ」

「人生とはそんなものだ」

「ああ。あんたが言うんなら、その通りなんだろうな」

 

 他愛ない会話。

 それが、そんな事が出来ている事が嬉しくて堪らない。9年前、搬送された病院で目を覚ました時の絶望と、それからの長かった雌伏の時ーーーその全てが報われる。

 

 同時に、9年間溜め込んだやり場のない“怒り”と“憎しみ”が疼く。無くした身体の、死んでいった仲間達の。

 “傷”が疼く。

 

「ボス、その……ここは病室でして」

「分かってるよ。今消すところだ、ほら……ったく。マザーベースも小煩くなったもんだ。大体だな、禁止なのはタバコであってコレは葉巻なんだがーーー」

「ーーーー」

「ーーーー」

 

 それはきっと、目の前の男も一緒な筈だ。

 朗らかに医療スタッフとタバコと葉巻の違いに付いて蘊蓄を語り続けるスネークの、その心中に隠されている激情たるや。

 どれ程のものか。

 想像がつかない。

 

「大方はオセロットから訊いた。今は身体を休めてろ」

「…………ボス」

「部隊名、いい名前じゃないか。ダイアモンド・ドッグズ、お前が付けたんだろう?」

「ああ。俺は、俺達は世界中のありとあらゆる仕事を受けた。掃き溜めで餌を探す犬に成り下がったんだ……それももう終わりだ。

あんたが還ってきたんだからな」

 

 あの日から9年。

 この日が来ると信じて待ち続けた。

 

「それだけ口が利けるんなら心配ないな、俺は出るぞ」

「何処に?」

「ワク・シンド分屯地……そこに、この義手を開発した科学者が居るらしい。最重要任務だ、1秒でも早く救出する必要がある」

「……そうか」

 

 それ程までに緊急性のある依頼が来ていた覚えはないが、恐らく捕縛されている間に舞い込んだのだろう。確かに科学者を救出するのは理に適っている。

 ダイアモンド・ドッグズを大きくする為に優秀な人材はどれだけ居ても足りないし、義手の能力を向上させて装着者への負担を軽減する事にも繋がる。

 一石二鳥だ。

 

「分かった、なら俺はあんたが現地に入る迄に情報を揃えておこう。こんな身体だがな、無線支援なら行える……」

「ああ。期待しておこう」

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:オセロット教室

 

 

 遥か上空へと浮かんでいく気球を見送りながら、スネークはふと疑問に思った事を口にした。

 

「なぁ、オセロット」

「何でしょう?」

「わざわざマザーベース内でフルトン回収の練習をする意味が有ったのか?」

「ボス…………細かい事を気にしてはいけません。それより、今ので研究開発班に必要な人材が揃いました、端末を開けてみてください」

 

 言われた通りに端末を開き、特別製のダンボール箱の開発を指示する。1秒もかからずに開発が終わった。

 そのまま補給を指示し、凡そ30秒ほど待つと上空から『ダンボール箱』に入れられた『ダンボール箱』が届いた。

 

「……! これはっ……!!」

 

 届いたダンボール箱をしげしげと眺め、触り、嗅ぐ。

 素晴らしい一品だ。

 9年の歳月が過ぎた事に驚く事は数あれど、これ程までに驚愕した事は無かった。その驚愕の度合いは、葉巻の火を消して放り投げダンボール箱に夢中……と言えば伝わるだろう。

 

「ミラーは、ボスなら分かると言っていましたがーーーどうやらお気に召されたようで」

「ああ! こいつは凄い、まさかあのラブダンボールを上回る一品が存在したとはな……流石はカズ、いいセンスだ」

 

 ニコニコと被っては歩き、バッと飛び出して銃を構えたり、下り坂で滑ったりするスネークを満足げに見つめるオセロット。

 その周りで敬礼をしながら伝説の傭兵への畏怖を更に強くし、忠誠心を増すスタッフ達。

 

 散々使い潰してしまい、型紙が破れてしまったダンボール箱を丁寧に抱えてスネークは立ち上がり呟いた。

 

「いい時代になったもんだ」

 

  




原作との差異

・カズの捕まった経緯、および怪我の具合
 (片腕・片脚の欠損はそのまま)

・燃える男との接触は未だ無し。
 64年組の同窓会は後のお楽しみ

・マップの移動制限なし。
 これこそが“自由”潜入。

・自主的に任務を選んでいくスタイル。
 何故これを真っ先に選んだか、その答えは……(ヒント:ザドルノフ)

・ファントムシガー?
 そんなものは葉巻ではない。




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回収

予定していたよりは早く更新。
今回の話はメインミッション3つ分を纏めて書き上げました。

また、今回のルートはMGSVで実際にミッションをこなして行く流れで書き上げました。
ヘリに乗らずに任務を続けるなら、この順番が移動距離が少なくて済むと思います。





 5:恐るべき獣

 

 

 アフガニスタン:カブール北方

 空中

 

 

 ワク・シンド分屯地へ向かう道中のヘリ内。

 手持ち無沙汰で暇を持て余したスネークは、忙しなく操縦中の青年へ話し掛ける。

 何とも迷惑な行為だが、当の本人は喜んでいるのだから問題は無いのだろう。

 

「お前、ウチに来てどのぐらいだ?」

「は、はい! もう3年ほどになります、ボス。貴方と同じ部隊に居られるなんて……光栄です!」

 

 それは忘れもしない、3年前の冬の日。

 かの『伝説の男』の部隊、MSFで副指令を務めていた男・ミラーと戦場で出会い勧誘を受けた。

 しかし青年は若さを持て余し、増長していた。

 

 ーー自分に勝てるなら入ってやるーー

 

 そう言って一対一の格闘戦を持ち掛けた。

 伝説の男ならともかく、所詮は腰巾着。自分が負ける筈が無い……と侮っていたミラーに何をされたのかも分からない内に無力化され敗北、己の未熟さを知った。

 それからは真摯に己の未熟さと向き合い、ひたすらに任務をこなした。入れ替わりの多い業界である、青年が古参とも言える立場になった頃だ。

 思わぬ吉報が齎される。

 

 伝説の男・BIGBOSSの帰還。

 

「カズが言っていた。お前はウチの中でも優秀で、特にヘリの操縦に関しては右に出るものはいないーーーと。頼りにさせてもらおう」

「ハッ! 光栄です、ボス!」

 

 何を隠そう、兵士を志したのは彼に憧れたからだ。

 そんな相手に自分の実力が何処まで通じるか、どんな事を学べるのだろうか。帰還を祝って行われた催しで、ほんの少し手解きを受ける事となった時は天にも昇る気持ちになった。

 かつてミラーに成す術もなく無力化された頃の自分とは違うのだと、驕りではなく確かな努力に裏打ちされた自信を持って挑みーーー結局は、訳もわからない内に無力化された。

 

 伝説の男は今も尚、健在だった。

 そして自分はその男の下で戦える。

 そればかりか、彼の足替わりとなって他の隊員たちより身近で役に立てる。

 

「どんな場所へも安全に送り届けてみせます、ボス!」

 

 それが何より嬉しく、誇らしかった。

 

 

 

 目的地から南西のエリア。

 警戒網に掛からず無事に着いた事を確認し、離れて行くヘリに別れの言葉を告げる。

 

「暫くこっち(アフガン)で動く。お前は帰投しろ」

『了解。ボス、お気をつけて!』

 

 バラララ……と甲高い音を立てながら遠ざかるヘリを見送り、端末を開きながら無線を起動する。

 事前情報によれば件の開発者は捕虜として拘束されているようだが、裏切り者に対してどんな行いがされるかーーー想像するに難くない。

 

「カズ、起きてるか?」

『もちろんだ。追加の情報が幾つかある、端末で確認してくれ』

「分かった」

 

 ワク・シンド分屯地は山を利用した天然の城塞だ。

 山肌には鉄板の防護柵、各処に設けられた見張り小屋、常駐している兵も見回りも多く正面からの突破はまず不可能と思っていいだろう。

 如何に見張りを欺くかが肝心となる、今までの肩慣らしと同じ様にはいかない。

 

 だが、今回のスネークには強力な“装備”が支給されている。

 

『俺達ダイアモンド・ドッグズ(以下D・D)を大きくしていく為に人材は幾らあっても足りん、そっち(アフガン)で気に入った奴を見つけたら回収してくれ。

潜入の手助けにもなる』

偵察(スカウト)ならぬ回収(スカウト)という訳だ。任せろ、得意分野だ」

 

 D・D謹製のフルトン回収装置。

 最大の特徴は一般品とは大きく異なり可及的速やかに対象を空の旅へと招待する事が可能な点だ。戦場で心身を疲労した兵士達には、きっと心地良いレクリエーションとなる事だろう。

 マザーベース(以下MB)に所属した後、この時に漏らしたかどうかを揶揄うまでがワンセットとなる。

 心温まるおもてなしというやつだ。

 

『今回のターゲットの技術者、その技術力の高さ、才能はあんたも実感してる通りだ。殺されるには惜しい男だ、助け出そう』

「もちろんだ。何としてでも助け出し、ライターを仕込んでもらう」

『……そんな理由だったのか?』

 

 呆れ声のミラーを尻目に火を点ける。

 今日も元気だ葉巻が旨い、この一服の為に生きている。戦場で実感する特別な感情……今のスネークをかつてのコブラ部隊風のコードネームで表すならば【ザ・スモーク】と言ったところか。

 

「そう言うなカズ。義手にライターを仕込めば、持ち歩かなくて済むだろう? 余計な重量(デッドウェイト)を無くせる、銃を構えながら素早く葉巻に着火できる! どうだ、素晴らしいじゃないか」

『…………』

 

 ライターを持ち運ぼうが仕込もうが、重量はさほど変わらないのではないか? そもそも、銃を構えながら葉巻を吸うとはどんな状況だ?

 そんな風に思ったミラーであったが……それを指摘するのは止めた。

 

 昔からこの男は喫煙に関する事ならば、ありとあらゆる手段を用いて正当化してくるのだ。

 一々真に受けていてもしょうがない。

 

『……分かった、スネーク。そうそう忘れる所だった、環境NGOから依頼があってな? 野生動物を保護して欲しいそうだ』

「保護? 知らなかったな、俺達は何時から飼育係(キーパー)になったんだ?」

『茶化すなよ、大事なクライアントだ。数に限らず一律に支払いをしてくれるそうだ。

こいつは太いぞ、回収すればする程に我がD・Dの財政が潤う計算だ……まぁ、任務の合間にでも気に掛けておいてくれ』

 

(保護ねぇ……)

 

 ふと昔を思い出す。

 そう言えば、あの時絶対に持ち帰れと嘗ての仲間達(変人ども)に言われた珍しい動物の名は……何と言っただろうか?

 結局は持ち帰る事が出来ず、あからさまに落胆され舌打ちや陰口を叩かれた事は今でもハッキリと思い出せると言うのに。

 月日が経つのは、かくも残酷な事か。

 

 最近は加齢を実感する事が多い。

 身体はまだ動くが、どうにも昔ほどの力強さは感じない。こうして前線で動けるのもあと10年かそこら程度だろう。

 あの珍しい動物の事も……もうウマかった事しか覚えていない。

 

(ん……?)

 

 のっそり。

 

 弛緩しながらも警戒を怠ってはいなかったスネークの視界に、岩場の陰から現れた“存在”が映る。

 葉巻を仕舞い双眼鏡で確認する。

 その瞬間、背筋をゾクゾクと“確信”が走った。

 どうやら見間違いでは無いようだが、この出会いは果たして凶となるか吉となるか……。

 

「おいカズ、さっきの依頼……種類に制限はあるのか?」

『いや、先方は特に指定はしていない。どんな動物でも引き取るそうだぞ。どうしたスネーク、珍しいのでも見付けたのか?』

「いいや、珍しくはないな……アレは」

 

 そう言ってスネークが双眼鏡越しに送って来た映像に映っていたのは、黒い巨躯。

 最初は何だか理解出来なかったミラーだったが、鮮明に加工された映像からその正体を悟る。

 

『クマ……?』

『あれはヒグマだ』

 

 すかさずオセロットからフォローが入った。

 振り向くと、何時の間にか用意していた現地の動植物に関する資料集を片手に呑気にコーヒーを飲んでいる。微かに酒の匂いもした。

 異様に厚い書類の中から素早く目的のモノを見つけ出す手腕には感心する。が、そんな細かい違いまで指摘する必要があるとは思えなかった。

 相手はクマなのだから。

 

『……種類などどうでもいいだろう、危険だ。無視していい』

「ああ、分かった」

 

 ミラーからの指摘を聞きつつ、コキコキと首を捻って凝りを解す。未だ此方に気付いていないヒグマを視界から外さない様に捉えつつ、ゆったりと肩を回して関節を和らげる。

 何度か屈伸をして柔軟を終え弾倉を確認、近くにあった岩場に向けて発砲。

 微調整を終えたスネークは馬を遠ざけるとーーーあろう事かヒグマに向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 6:歴戦の戦士

 

 

『おい、まさかとは思うが……』

「なに、いい加減“勘”を取り戻しておかないとな。そら、こっちだ!」

 

 静止しようとするミラーの声を無視し、ヒグマへと全力疾走を開始する。

 その足音に気付いたヒグマが振り返った瞬間に素早くヘッドショット! 人間ならばこれ一発でグッスリと寝てしまうのだが……ヒグマには不十分。

 不快感を顕にしたヒグマは、その獰猛な牙と爪をスネークへと向ける。

 

「そうだこっちだ、来い!」

 

 唐突に始まった人間対ヒグマの異種戦、いや蛇対ヒグマと言った方が正しいだろうか?

 どちらにしろヒグマ側が圧倒的に有利だ。

 

 その巨躯から生み出されるパワーは冗談抜きに人間の身体を宙へと吹き飛ばし、その牙は易々と肌を貫き骨をも砕く。

 銃を持っていても人間が正面から相対するには力不足だろう。

 

 加えてスネークが所持しているのは麻酔銃。

 その麻酔量は大型動物用に調整されてはいない。効果を発揮するには何発か撃ち込む必要がある。

 もはやこの状況は不利なんて生優しいレベルではない、積極的な自殺に等しい。

 

『スネーク! 応答しろ、スネーク! スネーーク!!』

 

 ミラーは無線に向かって幾度も叫んだ、しかし返事は無い。こんな事態になるとは思ってなかった。

 確かに動物保護を頼んだのは自分だ。

 しかし、それは羊とかヤギとかの小動物を意識しての事。何れは大物を捕獲するのも考慮はしていたが、まだまだ先の事と考えていた。

 

 それはそうだろう。

 まさか初っ端からヒグマという大型……それも肉食動物を捕獲しようとする者が居るなど普通は考えない。

 流石に、予想しろと言うのが無茶だ。

 

「ーーーーズーー」

『っ! スネーク、どうした? 大丈夫なのか!』

 

 雑音が酷いが、声が届く。

 

「ーーーああーーーー腕ー」

『腕? 腕がどうした、やられたのか!?』

 

 どうにも無線機の調子が安定しない。

 ハードな動作でも耐えうる様に無線機の構造は強化してあるのに関わらずだ、それだけスネークが激しい挙動をしたという事の証左だろう。

 さもありなん、クマと争って生きているだけで儲けものなのだ。

 

「ーーきこーーえーなら、こーーでーーー……よし、聴こえるかカズ。オセロットでも良い、急いで確認してもらいたい事がある」

『何だ?!』

『どうしました?』

 

 機器の調子に気付いたスネークは接触不良を直して無線機を手早く復旧させた。こういった技術も潜入諜報員の必須スキルと言えよう。

 眠りこけているヒグマ、その無防備な姿を真剣な表情で眺めながら重々しく口を開いた。

 

「いやな……ヒグマは、ウマいのか?」

『…………っはぁ?』

 

 ミラーの心配を他所に、スネークは割とあっさりヒグマを無力化していた。

 確かにパワーやスピードは大したものだ。

 だが、言ってみれば驚異となるのはそれ“だけ”だ。

 今まで散々(惨々)大型兵器と一対一を繰り広げて来たスネークからすれば、ヒグマ如き問題にすらならない。

 

『ボス、どうやらヒグマの肉は柔らかくて甘く濃い味をしているようです。食用に適しているでしょう』

「そうかっ! いやな、一目見た時から感じてたんだ……コイツは他の動物とは違う(ウマい)ってな。まだまだ勘は衰えていないらしい」

『そのようで。焼くだけでも十分に旨いらしいですが、折角なら香草をーーー』

 

『…………』

 

 呆れてモノも言えないミラー。

 そんな彼と違い、特に疑問を挟むことなく淡々とヒグマの味を報告し終えたオセロットは、続いて現地の料理法について語り出していた。

 

(こいつ……こんな奴だったのか?)

 

 ミラーがオセロットと知り合ったのは、スネークが昏睡状態に陥ってから暫くしての事だ。

 特に親しい付き合いはしていない、あくまでもビジネスパートナーとしての薄い繋がりだが……互いに同じ男に惚れた者同士、ある程度の人となりは把握していた。

 筈だった。

 

 筈なんだけどなぁ。

 

『……ゴホン、あー……スネークにオセロット。盛り上がってるところすまないが、肉体の一部でも失ってしまってはヒグマとはいえフルトン回収の衝撃に耐えられるとは思えん。今回は諦めてくれ』

「それもそうか……はぁ。仕方ないな、回収する」

『そうしてくれ……』

 

 渋々と言った感じのスネークの声は酷く沈んでいる、諦めきれないのだろう。上昇していく気球に吊られているヒグマを名残惜しそうに見つめ続けるその瞳は寂しげだった。

 まるで少年が自分の小遣いでは手の届かない商品をケース越しに眺めている様ないたいけさで。

 

 スネークが時折見せる、こういった変な部分(こだわり)にミラーはどうも慣れない。

 

(緊張しているよりは良いが……あんたはしなさ過ぎだ、ボス)

 

 

 

「さて、それじゃ任務に……ん?」

 

 不意に、足元に衝撃を感じた。

 視線を下ろすと小さくモコモコな“何か”が存在していた。短い手足は先程のヒグマとは違い何ら脅威にはならないだろう、殺意を滲ませていた瞳ではなく円で可愛らしい瞳をしていた。

 

 その存在が何であるか確認し終え、ミラーへと無線を繋ぐ。

 

「なぁカズ」

『今度は何だ? ツキノワグマでも出たか? それともホッキョクグマか? ん? 何でも構わんがな、食べるのはやめておけ』

「そうじゃない、カズ。子犬がじゃれついてきてるんだが、こいつは『回収しろスネーク! 今直ぐにだ!! 絶対に食うんじゃないぞ!!』……おう」

 

 くぅーん。

 フワリと気球に回収されていった子犬を見送る、暫くすると無線越しに『いやっほぉおおおおう!』とか何とかミラーのはしゃぐ声がアフガンに木霊した。

 さっきのヒグマの時とは別人の様にはしゃいでいる。

 

『いいぞボス、この調子だ。どんどん回収してくれ!』

「…………ああ」

 

 変な奴め。

 内心そう思ったスネーク。

 だが、彼は知らなかった。

 

 本物の変人は。

 

 自分が変人であると。

 

 気が付かないのだと。

 

 

 

 

 

 7:バイオニクスの権威

 

 

 アフガニスタン:カブール北方

 ワク・シンド分屯地

 

 

 山を利用して作られた天然の城塞は、それ故に構造的な欠陥をも抱えていた。正門から両側の岸壁からの侵入に弱いという欠陥を。

 と言ってもこんな垂直の崖を武装して登り切るなど“普通”は無理だ、よって崖の近くに一応の見張りこそ居たが……今まで侵入者は皆無だった。

 

「退屈だねぇ……ったく」

 

 脱走を企てた技術者が移送されてから補充された男は、久々の休養日を潰され不機嫌を顕にしていた。

 アフガンに来るのも何度目か分からないが、いつ来ても此処は心休まらない。終わりの見えない戦いに駆り出される生活にほとほと嫌気が差している。

 

 だから今、檻で仲間達に“手厚く歓迎”されている技術者にも同情気味だった。

 

(はぁ……)

 

 亡命者は年々、増加の一途だ。

 中には成功して新しい人生をモノにする奴も居るだろう……大抵は、こうして捕縛され収容所送りにされてしまうのだが。

 そんなリスクを負ってでも亡命するだけの価値がある、いや……そんなリスクを負ってでも“この国から逃げ出したい”者が多い。

 

「俺も西側に行ってみてぇなぁ……」

 

 男には命を掛けてまで亡命を試みる度胸は無い。

 だからこうして大人しく従っている。

 

 正直に言えば、別に西側に大して憧れてはいない。

 ただ漠然と、イヤイヤ命令に従って過ごすより……自分自身で選んだ生き方をしたいと願っていた。

 

「本当か?」

「ああ、行けるもんな……っ! 誰どぅ、わぶはっ?!」

 

 虚を突かれ、しかし反応は俊敏だった。

 すかさず振り返り一撃を与えようとしてーーーだが、襲撃者は勢い良く振りかぶった“左腕”で既に狙いを定めていた。

 抵抗する事も叶わず、男は意識を刈り取られる。

 

 倒れた男に歩み寄った何者かは“とある装置”を背部へと取り付た。フワリ……気球に吊るされ上空へ誘われていく男。

 彼の望みは期せずして果たされる事となった。

 尤も、生憎と行き先は希望通り西側ではなくーーー天国の外側だ。

 それでもきっと男は感謝する事だろう。

 

「反応はなかなか悪くない、仲間になれば心強いだろう」

『その様だな。任せろ』

 

 見張りを回収したスネークは崖登り……クライムを始める、亀裂があれば登るのも容易いが、無くとも問題は無い。ほぼ直角の壁を器用に登るその姿を捉える者はもう誰も居なかった。

 悠々と登りきり、ワク・シンド分屯地西部からの侵入を果たす。

 

 スネークの目に先ず映ったのは作り掛けの建物。

 この地方では先ず基礎を建てて後から建て増ししていく作り方がよく見られる、特に不審な点は見当たらないが出入りしている兵士の頻度を見るに頻繁に“使われ”ているらしい。

 対象が居る可能性は高い。

 

 次に東側、警備兵の詰所。

 ちょうど昼時だからか炊き出しが行われている、随分と人手が多いようだ。

 こちらに対象が居る可能性は低いだろう、人間の心理的に捕虜などの“身分の低い”者と同じ場所で過ごすという事は考え辛い。

 

 それにしても旨そうな匂いが鼻をくすぐる。

 どうやら腕のいい“兵士”が居るらしい、誰かは知らないが未だにソ連が崩壊しない要因の一つをこの兵士が担っているのは確かだろう。

 寝る場所と旨い食事さえあれば、人間はどんな悪環境でも割と耐えられるのだ。

 

「ふっ!」

 

 カラカラ……と空マガジンが派手な音を立て建物の近くに転がる。

 不審な物音の正体を確認する為に地下から兵士が現れるも、空マガジンの存在には気付けなかった。何度か周囲を見渡し、特に異常がない事を確認し終えると下で待っている“仲間”へと告げた。

 

「なんでもなかった」

「わかった」

 

 (2人……いや、3? 声が聴こえた場所以外に足音が1つ、2つ……)

 

 人が動けば必ずそこに“何らかの痕跡”が残されるものだ、それをスネークは残らず見定める。ある程度の人数や配置は絞り込めたが、確実さを重視するならばもう1つほど確たる情報が欲しいところだ。

 そう、例えば内部情報を知っている“誰か”から情報を得られるならば心強いだろう。

 

「やっぱ外はいいな、空気が違うぜ……っと、どこ仕舞ってたっけか…………」

 

 外に出てきた兵士は室内での見張りに嫌気が差していたのだろう、これ幸いと持ち場を離れ懐を探りタバコを取り出そうとしていた。

 これはいけない。

 あまりにも無用心だ。

 物騒な世の中だ、一歩外に出れば何があるのか分からない。ヒグマに襲われるかも知れないし、仲間の車に轢かれてしまうかも知れない。

 

 或いは……“蛇”に捕食されるかも知れないと言うのに。

 

「動くな。そうだ、そのまま……知っている事を全て吐くか、此処で死ぬか。お前が選べ」

「ヒッ!」

 

 何時の間にか近付いていた何者かから後ろ手に拘束され、身動き一つ出来なくなる。何とか拘束を崩そうともがくも、喉元にナイフをチラつかされーーー口を割った。

 

 

 

『居たな、その男がターゲットだ。回収してくれ』

 

 如何に鉄壁の守備を誇る要塞であろうとも、内部を詳らかにされればその限りではない。ましてや、たった数人しか居ない廃屋など語るまでもない。

 死角から急襲し連続CQCで纏めて無力化し目的の人物を見つけ出した。

 グッタリとしているが、息はある。

 

「待ってろ、騒ぐなよ。今出してやる」

 

 グッタリとしている技術者は騒ぐ気力ももはや無いのだろう、只じっと自分を救助に来た男の顔を見て……嬉しそうに笑った。

 自分で依頼したものの、本当に来てくれるとは思っていなかった。あまりにも分の悪い、賭けの様な依頼だった。

 だが、どうやら此処一番で当たりを引いたらしい。

 

「随分と酷い面だ、よほどの“歓迎”を受けたらしいな?」

「そうでもない。手荒な真似は控える様、厳命されていて……まるで子供のイジメのようだった、ぐふっ、げほ、げほ……ッ!」

 

 激しく咳き込む彼の髪は水浸しで顔色は酷く赤い、周囲には吐瀉物が散らばっていた。

 いや、よく見れば身動きできない背中部分までべったり残飯が付着している。この吐瀉物に見える水や残飯は、誰かが“振舞って”くれたのだろう。

 

「なるほど、食事と水分には困らなかったらしい。待ってろ、雑巾を持ってくる」

 

 そう言ってスネークは先ほど意識を奪い無力化していた兵士から服を剥ぎ取ると汚れを丁寧に拭った。

 直接的な暴力・殴る蹴る等はされていなかったらしく痣は見当たらないが、顔や身体には火傷が幾つも見られた。

 

「その熱じゃ、おちおち寝てもいられなかっただろう。麻酔を打つ。起きたら養生しろ」

「すまんな。そして……ありがとう」

「ようこそD・Dへ」

 

 頭部に麻酔銃を充てがい、撃つ。

 意識を失った男を抱えて地下から外へと向かう、まだ誰も異常に気付いていない。

 目的は既に果たした、もう此処に用はない。

 

 

 

 

 

 8:スペツナズの英雄

 

 

 アフガニスタン:カブール北方

 シャゴ村落(ダ・シャゴ・カレイ) 北西部

 

 

 ワク・シンド分屯地を西に脱出したスネーク。

 技術者をフルトン回収し、無事に収容された事を確認し次の依頼を片付ける為そのまま西へと馬を走らせる。 

 道中にある監視所を馬に隠れ素通りし、砂丘へと向かう。目的地は此処から更に南。

 

「アレは何て種類()だ?」

『極一般的な狼でしょう、強力な肉食獣です。ご注意を。因みに、味は悪くないようです』

「ほぅ」

 

 動物愛護に目覚めたスネークは、オセロットから逐一情報を聴きつつ見掛けた動植物(食糧)を回収しながら広大な砂丘を進む。

 目指すはスペツナズの支隊長が居るとされる、シャゴ村落。

 

 ムジャヒディンの中でも特に精強で知られるハミド隊。その彼らを一夜で全滅させたと噂されるその手腕は、敵味方問わず広く知られている。

 優れた兵士だ。

 元来、戦意高揚の為に戦果を過剰に言い触らす事は珍しくはないが、今回は信頼度が高い。

 何せこのハミド隊壊滅を重く見たムジャヒディンのスポンサーであるCIA直々の抹殺依頼なのだ。

 

「そろそろ村が見える」

『随分と射線が通り易い、狙撃に適している……それは敵側も同じだ。注意してくれ』

 

 村の中央部に一際頑丈そうな造りの建物が見える、周辺に通信機とレーダーが設置されていた。

 他に目ぼしい建物は見当たらない以上、此処に目標が立て篭っている可能性が高い。

 見張りもこの建物を中心に巡回している。

 

 村を囲う様に葡萄畑の“畝”が並んでおり身を隠すには十分な高さと数がある、これを利用すれば建物への接近は容易く思える。

 しかし近くに農作物を干す為の高い“室”が存在する。ここからなら周囲がよく見渡せ、それは畝も例外ではないだろう。

 

 潜入はかなりの難度だ。

 

「出来ればウチに回収したいところだが……骨が折れそうだ。警備の動きを見ても分かる、高い統率力。山猫部隊を思い出すな」

『私としても、彼らと正面から戦うのはお勧めしません。が……山猫部隊より優れているかどうかは疑わしい』

「気に障ったか?」

『いえ。事実を言った迄です』 

 

 分かり易い反応に苦笑しつつ端末から補給を要請する、困った時にはコレだ。

 思い返せば昔から随分と助けられて来た。

 長年連れ添った“相棒”と言っても過言ではない存在、潜入工作員にとってもはや標準とすら言えるマストアイテム!

 コレ無しにBIGBOSSは存在しなかっただろう。

 

「何度見ても惚れ惚れする……んん、頼んだぞ相棒!」

 

 新たに市街地迷彩が施されたダンボール箱を受領、さっそく頭から被ったスネークはシャゴ村落への潜入を開始する。

 頼もしい相棒と共に。

 

 

 

 スネークがダンボール箱と運命の出会いを果たしてから凡そ20年。

 当時はソ連領内で限定的に用いられていた最新鋭の品であったが、今や世界中に拡散し一般にも広く流通している。何処にあっても不思議ではなく、不思議で無いが故に警戒を欺けるのだ。

 

 現に、その前を兵士達は気付かず素通りしている。 

 

「隊長も、真面目っていうかさ……融通が利かないよな」

「ああ、確かに。軍人としてはどうかと思うが……俺はあの人の下で良かったと思ってるよ」

「それは俺もさ」

 

(随分と慕われているらしい……)

 

 夜の帳が降り始めた。

 やって来た交代要員と交わされる何気ない会話から支隊長の人物像が浮かび上がって来る。

 かなり高潔な人物の様だ。

 もともとCIAの依頼通りに事を成す気のなかったスネークだが、此処に来てその気持ちを一層深めた。

 是非とも仲間に加えたい。

 

 ムクリ。

 

 唐突にダンボール箱が変形し、縦型に変わる。

 そのままノソノソと動き出すと、交代の際ほんの少しだけ生じた隙を突き中央部の庭へと配達(潜入)を果たした。

 これこそが全自動配達機能を搭載した次世代型特殊ダンボール箱! ……という訳では、ない。

 単にスネークが潜んでいるのだ。

 

 ダンボール箱の隙間から双眼鏡を使用し庭の隅から観察を続ける、辛抱強く待った甲斐もあり窓際を通り過ぎた“目標”を視認する事が出来た。

 

「目標を確認。やはり建物の中に居る、が……人目につかず近付くのは難しいな。警備が厚い」

 

 緻密に組まれた配置により侵入する隙が見当たらない、どうしても誰か1人に姿を晒さなければならないだろう。

 

『なに、焦る事は無い。それに、悪い事に天候の変化を確認した、暫くは動かないほうが良いだろう』

「いや、待て。それは砂嵐か? 何時だ?」

 

 無線機越しにミラーが部下へ指示を出す声が響く。まだD・Dの練度はそれ程高くは無い。

 詳しく調べるには時間が掛かった。

 

『ーーーすまない、待たせた。砂嵐の兆候を確認、一時間以内とは思うが……』

「それだけ分かれば十分だ。自然を味方に付けるとしよう」

 

 端末を取り出し気象の変化を見定める。

 かなり広範囲に渡って発生するようだが、始まるのも終わるのも唐突な砂嵐の合間に事を成すには素早さが求められる。

 僅かな機会を確実に掴む……腕の見せ所だ。

 

 慌てず、ただ静かにその時を待つ。

 

 

 

 ヒュゴォ……!

 

 

 

 待ちに待った瞬間が訪れた。

 

 吹き荒れる風と巻き上がる砂粒が視界を著しく遮り、数m先の人物の顔すらも判別するのが難しい。

 巡回していた1人の兵士が目元を腕で抑え死角が出来た瞬間、ダンボール箱を放り投げ音もなく接近。

 その勢いのまま地面へと叩き付ける。

 

『マズいぞ、スネーク。予想よりも砂嵐が過ぎるのが早い!』

 

 ミラーからの忠告を聞きつつも足は止めない。

 窓から侵入し此方の気配に気付かれない内に支隊長を拘束。そのまま首を締め気管と血流を遮り昏倒させると、手早く担ぎ上げた。

 砂嵐は依然として強く吹き荒れているが、勢力圏から抜け出すまで続く保障は無い。恐らくその前に気絶させた兵士が目覚め異変に気付き、幾ばくもしない内に支隊長の不在が知れ渡るだろう。

 

 大胆に入口から外へ出る。

 近くに待機させていた馬を呼び寄せ支隊長を乗せ南東部に向かって全力疾走させた。

 

「ん……?」

 

 この時、ある見張りが砂嵐の中を突き進む馬を見掛けた。だが、その背に誰が乗っているかを瞬間的に判別する事が叶わず……結果的に逃亡者を見逃してしまう。

 それから5分もしない内に侵入者の痕跡が発覚、同時に支隊長の不在が明らかとなる。

 見張りの証言により馬の逃げた方向へと捜索隊が送られたが……発見する事は叶わなかった。

 

 支隊長の突然の失踪。

 

 敵勢力による仕業と噂が広がり、彼を慕っていた部下達は失意に暮れ……何故か半月も経たない内に彼らの消息も途絶えた。

 誰かが言った、彼らは亡霊に誘われたのだと。

 

 

 

 

 

 9:通信網破壊指令

 

 

 アフガニスタン:カブール北方

 スプグマイ離宮 崖上

 

 

『朝になった、どうだスネーク? 疲れは取れたか』

 

 スプグマイ離宮近くの崖上で一夜を明かしたスネークは残り僅かとなった水筒の中身を口に含み、ガラガラとすすぎ一気に吐き出す。

 寝ている間に砂嵐が来たのだろう、スカーフがズレて口の中が砂利まみれだ。念の為にゴーグルを付けていたのは正解だった。

 

「……テントの開発を指示しておけ、おちおち眠ってもいられん」

『分かった。俺もアフガンで何度か野営した事はある、あれはキツかったな。因みに今はベッドで熟睡だ』

「そうか……んんっ! …………はぁ」

 

 馬の腹部を枕代わりにしていたので思ったより寝心地は悪くなかった。それでも身体は強ばっている。

 無理の効く歳では無いのだ、今後はサバイバリティな行為は控えるべきかも知れない。

 

 そう反省しながら火を起こし、岩で囲って台を作り近くの監視所から借りて(盗んで)きた鉄板を敷く。

 寝ている間に粗方の血抜きを終えた羊肉を更に解体し、オセロットのアドバイスを元に厳選した香草を載せ鉄板の上に置いた。

 いい匂いだ……ゴクリと喉が鳴る。

 昔は生で何でも食べていたが、今では最低限の調理を行う事にしている。

 

 本人としては随分と文化的になったと思っているが、これは十分にサバイバルの領域である。

 

『あんたが寝てる間に丁度いい依頼が来た、内容について話しておく。そろそろ補給物資も届く頃だ、水と携帯食糧……それから酒も入れてある。飲み食いしながらでも聞いてくれ』

「有難い。心遣い感謝しよう」

 

 空から飛来してきたダンボール箱を開き、中身をより分ける。水を水筒に入れ替え、詰め物は処分する。携帯食糧は……捨てるかどうか迷ったが、一応パックに詰めた。

 そしてお待ちかね、酒瓶を片手に羊肉をナイフで刺して裏返す。

 

(いい色合いだ)

 

『この依頼は西側も支援しているアラビア系ゲリラ支援組織からのものだが、ソ連側の通信網が途切れる事は俺達の利益にも繋がるーーー』

 

 油を引かなかったが、羊の脂だけで表面はカリっとした歯応えに仕上がりレアに近い中身からは羊の持つ特有の風味が口いっぱいに広がる。

 牛よりもクセがあるが、それがまたいい。

 香草で臭みを中和された事で食べ続けても味に嫌味がない。

 

 流石はシャラシャーシカ流調理法。

 畏ろしい男に成長しものだと舌を巻く、いいセンスだ。

 

『ーーーサイファーを持ち出すまでもないが、情報を制する者はミッションを制する。東部通信所に向かい通信設備を特定、排除してーーー』

 

 酒に特別な思い入れは無いが、羊肉との組み合わせは中々どうして……悪くなかった。

 強いアルコールが肉の熱でほんのり煽られ豊かな薫りが口から鼻に抜け……充足感を与えてくれる。

 

 夢中で食べ進める。

 何かさっきから耳元でゴチャゴチャうるさいが、何時しかそれも気にならなくなった。

 仕方がない、これが目覚めてから初めてとなるウマい食事だったのだから。

 

『ーーーと、以上になるが。何か質問はあるか?』

「……ん、何か言ったかカズ?」

『いや、今までの話に質問は無いのか? という意味だが…………まさかとは思うが。あんた、聞いていなかったのか?』

「あ……い、いや…………」

 

 その通りだ。

 などと正直に言う訳にもいかないだろう。

 まして、食事に夢中で聞いていませんでした、など笑い話にもならない。

 

「……いや大丈夫だ。任せろ。問題ない、ああ問題ないとも! 本当だ!」

『? まあいい、頼んだぞ』

 

 不審げに無線を切ったミラー。

 何とか誤魔化すことに成功したが、さてこれからどうしたものか。

 

 朧げに耳に届いていた言葉を思い出そうと必死に思考を巡らせたが、結局思い出す事は叶わない。

 ミラーから呆れ声と共に再度説明を受ける事となった。

 

 

 

 東部通信所、南部。

 その名の通り東部に存在する通信の要、その規模に反し見張りが多く伺える。それが輸送トラックの荷台でダンボール箱に隠れながら零距離偵察を終えた率直な感想だ。

 しかし位置が悪く偵察し切れない部分もある、やはり当初の“予定”通りに事を運んだ方が良いだろう。

 

「おい、こいつも乗っけてくれ!」

 

 兵士の1人が乱暴に荷物を放り投げ、その荷物がダンボール箱に当たり角が僅かに凹んだ。

 その事に激しい苛立ちを感じつつも手が出せないジレンマを抱えながら発車するのを待つ。

 配達先の点検を終えた運転手が乗り込み出発するまでの間、けして長くは無かったが……心配で気が気でなかった。

 

 角を曲がり東部通信所を僅かに過ぎた辺りで荷台から飛び降り、崖の上へ急いで駆け登る。

 ダンボール箱の調子を確かめ、大事無いことを確認し安堵の溜め息をつく。

 

(ふぅ、良かった。これならまだ使えるな……)

 

 愛おしく撫でて大切に仕舞う。

 不意打ち気味に襲って来た狼を八つ当たり気味の鋭い一撃で気絶させフルトン回収しつつ、道中の監視所で尋問し聞き出しておいた東部通信所の“裏口”へと辿り着いた。

 

『スネーク、何度言ったか忘れたがソ連軍各拠点間の通信網に穴を開けるのが今回の任務だ。

通信設備を見付けて、排除してくれ。

分 か っ た か ?』

「ああ、任せろ」

 

 腹はすっかり満たされ食後の運動もバッチリ、体内のアルコールも殆ど分解されている。

 コンディションは万全だ。

 

 通信所を上方から見渡せるこの場所は偵察にはもってこいだ、アドバンテージは計り知れない。僅かに顔だけを覗かせ様子を伺う。

 トラックからは見えなかった兵士の位置、及び3基の通信用アンテナを特定する事に成功。後は如何なる手段を以て破壊するかを決めるだけ。

 

『ボス、アンテナではなく通信機器そのものを破壊するのも手です。手間が1つで済む……どうするかはあなた次第です』

 

 3ヶ所のアンテナを狙うならば、移動しなくてはならない以上どうしても発見される可能性が高まる。

 その代わり場所の特定が済んでいる。

 通信機器を狙うならば発見される可能性は低くなる。しかし場所が不明だ、探している時間や手間が余計に掛かる目算が高い。

 

 どちらを狙うにしても、まず動かなければ話にならない。手早く警戒の薄い崖から滑り降り身を隠すため近場の建造物に忍び込んだ。

 其処で思わぬ物を見付ける。

 

『それが通信機器に間違いない、探す手間が省けたな? スネーク』

「その様だ。後は脱出するだけか……」

 

 

 

 運良く通信機器の設置されている場所への潜入を果たしたスネーク。

 C4を底部へ仕込み、入り口からほど近い所で数多くの見張りが屯している方向へ空マガジンを放り投げた。その音に釣られた兵士が確認に向かったのを見計らい、無防備な後頭部へと麻酔弾を撃ち込む。

 

「っ! おい、どうしたっ!?」

 

 突然ばったりと倒れ込んだ兵士を心配して駆け寄る仲間達。

 目論見通りに彼らの視線を逸らすことに成功し、その警戒網の隙間を掻い潜る様に通信所北側へと抜け出る。周囲に人影が存在しない事を確認すると、路肩に停車してあった車輌を強奪し悠々と走り出した。

 

「おい、起きろ……っ痛!

何だこれ、針……侵入者か! 侵入者の痕跡を発見した、誰かCPに連絡しろ!」

 

 倒れた兵士に駆け寄った男が頭部から麻酔針を発見し、周囲へ警戒を促した。

 その指示に従い無線機を取り出した兵士と同じタイミングで、スネークも端末を取り出す。

 そして見張りがCPへと連絡を入れるよりも僅かに早く起爆させたスネークの背後、通信所の一角で爆発が起こった。

 

「うわぁあああっっ!!!!」

 

 哀れな事に、警戒状態に移行して持ち場を離れていた兵士が1人その爆発に巻き込まれた。

 その兵士の装備にも容赦なく爆発の余波が及び、手榴弾が誤作動し起爆状態となってーーーそのまま武器庫の方角へと吹き飛ばされていった。

 

『ミッション完了だなスネーク。緊急の依頼が来ているがどうする? CIAからだ』

「分かった、ちょっと待て…………フゥ、よし。いいぞ、どんな依頼だ?」

『ああ、ハミド隊が全滅した件は話したな? 実は、彼らへと極秘理に供与していた新型兵器がーーー』

 

 片手で運転をしながら葉巻に火を点け、依頼内容に耳を傾けつつ、ふと……サイドミラー越しに東部通信所の方角を見る。

 どうやら運悪く武器庫にでも誘爆したのだろう。

 爆発音と悲鳴が木霊し、空に向かって立ち昇る巨大な黒煙がその被害の規模を如実に現していた。

 

 通信網どころか、これでは通信所そのものが機能しなくなる事だろう。

 

 

 

 余談だが。

 

 最初に爆発に巻き込まれ、東部通信所壊滅の一因を担った兵士はーーースネークの隠れていたダンボール箱に乱暴に荷物を投げ入れた男だった。

 ならばこの惨事は偶然では無いのかもしれない。

 ダンボール箱への粗略な扱いをした者へ起きた、必然の出来事だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:復讐の為に

 

 

 これは東部通信所へ向かう前日、その夜での出来事である。

 

(いかんな、腹が減った)

 

 アフガンでしなければならない事は、これから山程ある。

 ここいらで休息を入れ心身をリフレッシュする事も任務を円滑にこなす為には必要だろう。

 そう判断したスネークは、スプグマイ離宮で野営の準備を始めていた。

 

「……カズ、ラーメンを送ってくれ。マテ茶もな。急いでたんでレーション(ゴミ)しか食ってない」

 

 思い返せば、どうにも目覚めてからロクな食べ物を口にしていない。

 

 キプロス島での食事はプロテインジュース以外、何故か異様にマズかった。

 イギリス主権領域とはいえ、なにも飯のクオリティまでイギリスに合わせなくとも良かったというのに。聞く所によれば、どうやら病院の出資者が生粋のイギリス人らしい。

 見た事もない人物だが、どうせロクな奴ではないなと思った。イギリス人は料理に口を出さず黙って紅茶とスコーンでも食ってれば良いのだ。

 

 その点、D・Dならば安心である。

 D・Dの前進たるMSF、その圧倒的美食のノウハウは9年経った今では一体どれほどにまで成長しているだろうか。

 しかしミラーからの返答は、その予想を大きく裏切るものであった。

 

『すまない……無理なんだ』

「な……何故だ?!」

 

 想定外の言葉。

 らしくなく取り乱すスネークを落ち着かせる為ミラーは努めて冷静に、しかし爆発しそうな感情を抑えながらありのままを語った。

 あの日から続く不幸の連鎖、その一端を。

 

『糧食関連の技術は9年前に散逸してしまったんだ。

スタッフ達も殆どが死んだ、噂では惨劇の生存者として今も恐怖に駆られ逃亡し続けている者も居るらしいがーーー確たる証拠もない。

俺も何とかしようと考えてはいたんだが、昔に比べると……すまない、スネーク。すまない……っ!』

 

 ミラーの声は徐々に怒りを滲ませ、最後には嗚咽混じりでスネークへと謝罪を述べた。

 

「くっ! ……何て事だ」

 

 ギシ……ッ!

 奥歯が砕けてしまいそうな程に強く噛みしめる。そうでもしなければ、あまりの怒りにどうにかなってしまいそうだった。

 右手を、左手を握り込む。

 まるで今もそこに“ある”かのように……しかし握った手が感じるのは“痛み”だけだった。

 

 亡くした痛み……幻肢痛がスネークとミラーの感情を強く揺さぶった。

 

 

 ドリ〇ス……

 

 

 マウン〇ンデュー……

 

 

 ペプ〇NEX!

 

 

 さぞ無念だった事だろう。

 今は海の底へと消えてしまった仲間達(糧食)を想い、哀悼の意を捧げる。だが決して、彼らの無念を海の藻屑にはしない。

 

「ーーーカズ。必ずだ、必ず俺達はサイファーをこの世界から消す!」

『ああ、もちろんだ。やろう……スネーク!』

 

 今ここに。

 2人の“鬼”が生まれた。

 

 

 

 




話の要点

・モブとの会話は多めに
 そうする事で、例えば極限環境微生物などで話が深まります

・で、味は?
 これを描くのは大事でしょう

・回収した動物達
 DDようこそ、本編と違い彼には非常食の役割もあります

・ダンボール箱
 粗略な扱いは許さんぞ(ブチ切れ)




次回は約1ヶ月後。
真心を込めてお待ち下されば幸いです。


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接敵

※諸注意
全てのSIDE OPSは本編とは関係の無い、或いは薄い、若しくはメタ視点です。ご注意ください。




 10:蜜蜂はどこで眠る

 

 

 アフガニスタン:カブール北方

 

 

 D・Dは組織として未成熟だ。

 最低限の資源や人材を揃え新たに本拠地を手に入れたものの、嘗てのMSFの規模にすら遠く及ばない。それでもひっきりなしに依頼が来るのはいくつかの理由があった。

 傭兵集団ーーP(プライベ-ト)F(フォ-ス)ーーが必要とされる時代である事、ミラーが9年間掛けて培ったコネクション、そして何よりも重大な要素……BIGBOSSのネームバリュー。

 サイファーは元より世界各国の諜報機関は既に彼の復活を嗅ぎ付けている。末端の兵士達にこそ伝わっていないが、それも時間の問題でしかない。彼の復活が周知されれば、彼の下で戦いたいと思う者は数知れないだろう……しかしそれは“何れ”の話であり、今では無い。

 

 CIAからの依頼を受けたものの、慢性的な人員不足により諜報活動は困難を極めた。

 これは何もD・Dメンバーの能力が不足しているからでは無い、そもそもソ連の勢力圏内でありながら気軽に彷徨けるスネークが異常なのだ。それでも懸命に働き、情報を収集したが……一向に“目的”の所在を掴む事は叶わなかった。

 アフガンは今や不気味な程の沈黙に包まれており、嵐の前の静けさを思わせる。

 

 それから数日後。

 目立った動きを見せなかったソ連兵が、目に見えて慌ただしさを増した。暗号化された通信がひっきりなしに行われ、その中の1つにとある男が注目する。

 つい先日までソ連軍に所属し、ロシア語と英語の同時通訳を担当していた男だ。言語特技兵として長期に渡ってその任に就いていたからこそ分かる一種の言葉遊びの様な暗号。

 一見すれば只の食糧配達ルート指示の中に巧妙に隠されていた情報を紐解く事に成功し、ミラーの下へと走った。

 

「失礼します、ミラー副司令! これを…」

 

 休憩室で仮眠を取ろうとしていたミラーだったが、手渡された資料を読み瞳を光らせる。この内容が真実なら寝ている暇などない。

 

「……ふむ……良し、早速ボスへ報告しよう。残りの解析も頼んだ」

「ハッ!」

 

 休憩室から男が退室すると、ベッド側に掛けてあった杖を手に司令室へと向かう。何とか復調したミラーの足取りは、義足である事を差し引けば健康そのものなしっかりしたものだ。

 もう二度と戦場で戦う事は叶わない身体だが、元より戦闘者としては2流止まり。スネークが帰還した今、彼の留守を預かりD・Dの組織力を拡充し裏方として支えていく事こそが本分である。

 

 出迎えた兵士へ軽く一礼し無線機の前に座る。

 一秒でも早くスネークへと報せたい所ではあるが、物事には順序というものがある。スネークと同じくアフガンで諜報任務に当たっているオセロットへと無線を繋いだ。

 

「聞こえるかオセロット。こっちで有力な情報を掴んだ、現地での諜報は十分だろう、撤収してくれていい」

『分かった……ボスに伝えてくれ、どうやらソ連軍以外の“何者か”がアフガンで動いている。恐らくはXOF。

俺もヘリと合流し次第ボスの支援に向かう』

 

 表向きにはスペツナズの精鋭中の精鋭。

 裏では各国と密接な繋がりを持つ多重スパイ。

 然してその実態は、BIGBOSS個人の為だけに動く忠義の戦士。

 

「っ! 了解した、必ず伝える」

 

 そんな彼が独自の諜報網を駆使して“不穏”な動きを掴んだ、その信頼性は郡を抜く。

 そうそう感情を表には見せない彼だが、XOFに対してミラーを含めた旧MSFメンバーの持つ怒りや憎しみと同等以上のモノを胸に秘めていた。もし仮に、スネークが9年前に死んでいれば今頃XOFは壊滅していた筈だ……他ならぬオセロットの手によって。

 

 切断された無線機から手を離し、今はもう存在しない右拳を力強く握り締める。

 

「そうか、奴らが…」

 

 爪が掌に食い込み血が流れる感覚が、ジワジワと腕を這い上がり消える事なく疼き続ける。これは単なる幻肢痛などではない、ミラーを通して無念の内に死んでいった仲間達の怒りや憎しみが“奴ら”への報復心として現われたもの。

 少なくともミラーはそう思っている。

 

「待っていてくれ、お前達。絶対に奴らを地獄に叩き込んでやる……」

 

 ミラーの脳裏に9年前の出来事が過る。

 誰もが気のいい奴らだった、バカな事も沢山した、短い付き合いになってしまったものも居たがーーー今でも忘れない。

 忘れられるものか。

 あの日、あの時に奪われた全てを取り戻す事は叶わない。だから、せめて。先に地獄で待っている仲間達の元へ“奴ら”を叩き堕としてみせる。

 それだけが、復讐鬼と成ったミラーに残された最後の“人間らしい”感情だった。

 

 

 

『スネーク、待たせたな。情報収集が終了した。

どうやら連中、近くに“蜂の巣(生き残り)”を見付けたらしい』

「通りで慌ただしいワケだ」

 

 身を隠しながら近隣の監視所を伺っていたスネークもまた、この蜂の巣を突っついた様なソ連兵達の騒ぎを気に掛けていた。

 何人か捕まえて情報を吐かせようとしたが、誰もが強情で口を割ることはしない。思えばその気勢の強さは“蜜蜂”の被害に逢った者達との深い繋がりを感じさせた。

 

『ああ、奴らは“蜜蜂(Honey Bee)”による被害に悩まされていたからな。蜂の巣を駆除すれば蜜蜂からの被害を失くすだけでなく、その中身……“ハチミツ(西側の最新技術)”を味わえる。

その高い栄養価(戦闘力)でソ連兵の士気は高まる事になるが、蜜蜂が乱獲されれば生態系(戦力差)は狂い自然への(戦争は)被害が増える(泥沼化する)事にも繋がる』

人間(ソ連)が蜜蜂に手を出せば、それを餌に(供給)している(CIA)からの恨みを買う事だろう。凄絶な殺し合いにまで発展するやもしれん」

『その前に俺達が蜂の巣と蜜蜂を処理してやろうじゃないか。無論、多少は“ハチミツ”の味も確かめてな。

……スネーク、場所はスマセ砦から南西の方角にある山岳中継基地だ。用心してくれ、オセロットから報告が来ている……“奴ら”が近くで動いているらしい』

 

 途切れた無線から意識を外し、葉巻の火を消すと立ち上がる。岩陰に隠していた車のエンジンを噴かしソ連軍の専有道路近くの道なき道をひた走る。

 この数日間の探索で馬の脚を使い過ぎた事が悔やまれる、岩場や段差の多いアフガンでは幾ら軍仕様の頑強な車体と言えども快適なドライブには程遠い。ガタガタと揺られながらも悪路を走破し順調に目的地へと近付く、監視所を交わした頃ヘリから緊急通信が届いた。

 

「どうしたピークォド、急用か?」

『いえ、彼ではありません。私ですボス』

「オセロットか……なんだ」

『既にミラーから伝わっているでしょうが、奴らの動きを察知しました。私も支援を行います、狙撃銃は得意ではないがーーーそうも言っていられない』

 

 遥か上空でスネークを追随しているヘリ内部で長々距離用の重狙撃銃を展開・固定し、狙撃体勢を維持しているオセロット。

 彼の最も得意とするリボルバーの速撃ちとはあまりに勝手が違うが、その技量はD・D兵士達の練度を容易く上回る。一流と呼ばれる狙撃手達と比べても、簡単に遅れは取らない程に。

 

「いいのか? お前の立場が危うくなるぞ」

『幾らでも替えの利く立場(役割)に未練などありません。ボス、敵は強大です……用心に越したことはない』

 

 長らくサイファーの元で動いてきたオセロットだからこそ、サイファーの長であるゼロ直属の配下であったスカルフェイス率いるXOFの強大さを知っている。

 ゼロが姿と意思を見せなくなった今、どれだけサイファー内部の“力”を侵食している事か。嘗てカリブ海で襲撃して来た頃以上の戦力を抱え込んでいるだろうことは想像に難くない。

 

『それに、周囲を哨戒しているヘリも見えます。幾ら貴方とてヘリを正面から相手取るのは厳しい筈だ、邪魔になるようでしたら此方で排除しましょう』

「そりゃいい。いざとなったら頼む」

『了解。それにしても、新型誘導兵器のコードネームが蜜蜂……か、ザ・ペインを思い出す。意識して名付けた訳ではないでしょうが、これは正に彼の得意とした戦術そのものだ』

 

 コブラ部隊。

 第二次世界大戦期に特殊部隊の母と呼ばれた英雄ザ・ボスによって設立された部隊。戦場で多大な戦果を挙げ名声を欲しいままにした彼らを支えた物こそが、文字通りその特殊能力。

 中でもザ・ペインの蜂を利用した戦術は多様性に富んだ、身に纏えば無敵の盾となり銃弾の嵐を防ぎ、見た目を完全にコピーした偽者を作り出し撹乱しーーー爆発物を正確に敵の懐へと叩き込む。

 現代の最先端技術の結晶である誘導兵器と同等の能力と戦果を20年以上前に個人が奮っていたのだ。

 

 スネークがザ・ペインらと対峙した時、彼らは己の能力が最大限に発揮できる場所を敢えて選ばずその身を曝け出し戦った。もし少しでも状況が違っていればスネークは勝利する事が叶わなかったかも知れないーーー今となっては確かめようの無い“もしも”の話だが。

 

「懐かしい名だ……」

『伝説のコブラ部隊の絶技も、今は誰でも携行可能な誘導兵器にとって代わられた。もはや一兵士が戦局を左右する時代では無くなった……いや、もしかすれば兵士すら不必要な時代になるのでしょうか』

「…………」

 

 近代における科学技術の進歩は異常だ。

 その過渡期を戦場で過ごしたスネークだからこそ誰よりも肌で感じている。銃器一つを取っても小型化や高性能化が進んだ、大型兵器も多機能化を極め、人工知能などは概要を理解するのも億劫なほど劇的に進化を遂げた。

 ーーー人間の人格を再現してしまう程に。

 

 これから先も科学技術は止まること無く成長を続けていくだろう、その成長に何時か人間が追い付かなくなる日が来る。或いは既に、人間は科学技術という存在に取り憑かれているのかも知れない。

 戦争も形を変えていくだろう。

 機械的に戦い、何時までも続いていく終わりの見えない戦いの世界。

 

「……そんな未来に、俺達の居場所は存在しない」

 

 それはスネークが目指す戦士達の未来の形とは決定的に違う。

 

 

 

 

 

 

 11:腸を蠢く

 

 

 路肩に停車し、C4を仕掛け崖を降りる。

 中腹で双眼鏡を構え偵察を行ったスネークは直ぐにその騒ぎに気付いた、多数の兵士が代わる代わる地べたに座らされている男へと拳や銃床を叩き付けている。

 最大望遠でも男の顔は朧げにしか見えず、内蔵されている集音装置も射程外。だが、男に対し何をして何と言っているかは容易に想像できた。

 

『どうやらあれがハミド隊の生き残りのようだ』

「尋問の最中か……流石に距離があり過ぎる、見張りも多い」

『奴らも、そう簡単に殺しはしない筈だ。

是が非でも蜜蜂が欲しいだろうからな……その分、尋問は過激さを増す』

「見ていて気持ちいいものではないな」

 

 蜜蜂によって同胞の命を奪われ続けた彼らの元に、その元凶が存在しているのだ。

 誰かが先走って撃ち殺してもおかしく無い程の憎しみが、離れて観察しているスネークの身体にすら突き刺さる。渦中の男が感じている恐怖は如何程のものか。

 

 集音装置を男達の方角へ固定し慎重に岩場の影から影へと移動して接近する。普段ならば見つかる可能性が高い移動法であったが、周囲を哨戒している者達も隠し切れない怒りや憎しみを抱えており意識が尋問中の男へと向いてしまっており何とか見付からず近付けた。

 無線機からノイズ混じりで聴こえていた殴打音がハッキリとしてきた位置で停止し、兵士達の尋問の声から情報を得る為に全神経を耳へと傾けた。

 

「チッ! あくまで吐く気は無いってか」

「……どうやら本当に喋れないみたいだな、クソ!」

 

 元から喋れないのか、尋問による怪我の影響か、はたまた自分で舌を切ったか。理由は定かではないが情報を吐かせる事は不可能と感じた兵士はCPへと指示を仰ぎ、直接“隠し場所”へと案内させる為スマセ砦へと向かう事が決まった。

 直ぐに車が用意され、その後部に男が乱雑に積み込まれる。取り囲む様に兵士達も乗り込みスマセ砦内部に隠されている“蜜蜂”を見つけ出す為に発進した。

 それを見送る兵士達の声は怒りに満ちている。必ず見つけ出してくれ、仲間の仇を、ぶっ殺してやれ! それに応えるかの様に手を振り上げた兵士へ、耳を劈くような歓声が響いた。

 

 一連のやり取りを聞き終えスネークは端末を開き、男が連行されるスマセ砦の位置を確認し舌打ちする。

 

「スマセ砦までかなりの距離がある。監視所も多い……」

『蜜蜂が隠されている場所は未だ発見されてはいない、それだけ巧妙なのだろう。見付けるまで死なせるワケにはいかない、案内させるにしても慎重になる筈だ。

しかし発見すれば、始末される。スネーク、ハミド隊壊滅の原因は不透明で怪しい、何があったか知りたい。出来れば死なせず回収してくれ』

「ムチャを言う」

 

 慎重に進んでいては間に合わない可能性が高い、ある程度大胆に動かなくてはならない。未だ鳴り止まない歓声に顔を顰めつつ崖下から這い上がり山岳中継基地東部へと辿り着くと、端末から起爆指示を送った。

 起爆したC4は車に搭載されたガソリンに反応し大爆発を起こす。その爆音に反射的に振り向いた兵士達の意識の裏を突いて物陰から飛び出したスネークは、単身アフガンの大地を疾走する。

 スタミナにはまだ自信は無いが、移動手段を潰してしまった以上は仕方ないだろう。不安定な地面に脚を取られながらも、けして速度は落とさない。直ぐに息遣いが荒くなり、己の体力の低下を思い知らされる。

 

 目覚めてから解決の目処が立たない“2つ”の事柄の内、スタミナの低下は長期的な運動によってしか解決し得ない事だ。薬物によるドーピングを使えば一時しのぎにはなるだろうが、そんなモノに頼るほど落ちぶれてはいない。

 この苦行を体力作りの一環と思い我慢するしかない。そう割り切って一切の休憩を挟まず100m約12秒のペースを保って走り続けた。

 

 

 

 捕虜となったハミド隊最後の生き残りである男の心中は、当初の決意は欠片もなく負け犬のそれであった。

 日常的に厳しい訓練を積んできた、戦士として1人前になりベテランと言っていいだけの年月を息抜き戦果を挙げた。こうして捕虜にされる事も想定してきた、耐えられる筈だった。

 その筈だったのだ。

 

 ある日、仲間が奇妙な死に方をした。1人、また1人と苦しみ悶え息絶えていく仲間達……その数は加速度的に増え、やがて男だけを除き全滅した。

 誰もが無事な男へと訴え掛けた、死にたくないと、助けてくれと、何でお前だけ無事なんだと。ああ! ああ! それなのに男はただ、仲間達の死を見届ける事しか出来なかったのだ。

 原因不明の死を迎えた仲間達を諸共に埋葬してスマセ砦から逃げ出した、自分も何時か彼等の様に酷たらしく死んでいくのでは無いかという恐怖だけが身体を突き動かしていた。

 

 どうやって、何処へと逃げたのか、混乱の極みに陥っていた男の頭を冷静に戻したのは……皮肉にも男を捕らえ尋問を行ったソ連兵達であった。

 肉体の痛みよりも、仲間を失った心が痛む。何度となく殴られ、蹴られ、ありとあらゆる手段で拷問されながらも……思う事は死んで逝った仲間達の事だけだった。あんな死に方をするぐらいなら、こうやって嬲り殺される方がマシだった。

 そんな風に生きる事を諦めていた男の態度に業を煮やしたのだろう、何やら周りの者達が話し始めた。それを他人事のように聴いていた男だったが、スマセ砦と言う名前が出た時には激しく動揺した。

 彼処は呪われた地だ。

 仲間達が原因不明の死を遂げた、忌まわしき場所。

 必死に逃げて、結局は彼処へと連れ戻されるというのか。

 

(仲間達よ……俺も、共に逝こう)

 

 恐らくは隠してある武器を渡せば自分は殺されるだろう。そう確信しながらも、男には隠し立てや抵抗する気力は最初から無かった。欲しければくれてやる。

 だから早く、殺してくれ。

 

 

 

 スマセ砦近くの崖まで辿り着いたスネークだったが、その呼吸は荒く肩を激しく上下に揺らしていた。流石にこの状態では葉巻を吸って落ち着く事も出来ないだろう、絶対にむせてしまう。

 常に余裕を持って振る舞うスネークが見せた事も無い姿に、ミラーも気が気でない。これは全て自分達の責任なのだ。

 

『……大丈夫なのか?』

 

 幾らスタミナに難があったとしてもスネークの身体能力は並ではない。たかだか数km程度の全力疾走でこれ程までに消耗したのは、この数日間アフガン中を駆け回って独自に情報を収集していたからに他ならない。

 D・Dの至らぬ所をボス自らがカバーしてくれた、その事に申し訳なさが募る。諜報班の設立を急がなくては。

 

「ああ……いい運動になった……はぁ……。知ってたか、カズ? 運動した後はな、葉巻が、うまいんだ」

 

 息を切らしながらも葉巻への情熱を忘れていないのは流石と言っていいだろう。軽口が叩ける程には回復したらしく、普段よりも震える手で双眼鏡を覗きスマセ砦内を偵察する。

 捕虜を運んだらしい車両こそ発見出来たが、到着に5分も差があれば当然それに乗っていた者達は影も形も見当たらない。砦内にはソ連兵の見廻りが多く見える、簡単に見つかる場所ならばとっくに彼らが見つけている事だろう。

 となれば隠し場所の候補は一つに絞られる。洞窟だ。

 

『捕虜が見当たらないか、恐らくはその洞窟の奥だろう。行けるか?』

 

 不運な事に洞窟近くで屯している兵士が多い。恐らくは蜜蜂の回収を待ち侘びているのだろう、仕切りに洞窟内へと視線が向いている。

 この状況では潜入したとしても、蜜蜂と捕虜を抱えての脱出は困難を極めるだろう。

 

「……行くしかないだろう」

 

 その場でしゃがみ、呼吸を落ち着ける。

 洞窟内へと潜入しハミド隊の生き残りと蜜蜂を回収する、残された時間は僅かだ。最悪でも蜜蜂だけは確保しなければならない。

 

 

 

 洞窟内は寒々としており、僅かに差し込む陽の光りもどこか頼りなく思える。縦横無尽に広がる道は方向感覚を奪い自分が進んでいるのか戻っているのか判らなくしてしまうだろう。

 本来ならばそう言った効果を狙って作られただろう洞窟だったが、ソ連兵によるマッピングと要所に配置された見張りの存在により台無しだ。だがスネークにとっては好都合。

 壁際を這う様に進みながらふと、こぼれ落ちた破片を拾い上げ観察する。サラサラと手の中で分解されて、大した力を込めていないにも関わらず砂となってしまった。

 

「随分と脆い、衝撃で簡単に崩落しそうだ」

『蜜蜂を見付けたとしても、奴らに気付かれれば生き埋めにされかねんな。慎重に頼む』

「ああ、化石になって未来人達に笑われたくはない」

 

 奥へ奥へ、下へ下へと進んで行く。

 時折遭遇する見張りを慎重に無力化し、何処までも続いていく細長い道を……巨大な生物の腹の中へと転がり落ちて行く様な錯覚に囚われながら進んだ。やがて天井が抜け落ち光が差し込む広間へと出た所で、捕虜を連れた集団の後ろ姿を捉える。

 ようやく追い付いつく事が出来た。

 

「さあ言え、隠し場所はどこだ!」

 

 広間から更に進んだ先の小部屋で兵士が捕虜へと指示を出す。捕虜はフラフラと覚束無い足取りで歩き出し、その後ろを兵士が追従する。

 とある一室の手前まで歩くと捕虜は壁近くにある箱の辺りに視線を向け顎でしゃくった、その意図を汲み箱の近くまで歩き周囲を見渡す。

 

(……何処だ……いや、そうか……!)

 

 それらしきものは見当たらなかったが、直感に従って箱を破壊した。バラバラになった箱が置いてあった壁際に横穴が空いている事に気付き、屈んで穴の中を覗き込み遂に、見つけた。

 

「あったぞ!」

 

 喜びの声を上げ穴から引きずり出し意気揚々と兵士は外で待つ仲間の元へ向かった、これで死んでいった同胞達の死も報われる。そんな風に考えながら。

 ピシュッ。首元でそんな音がしたような気がしたと同時に心地よい眠気に襲われる、視界がボヤけ身体から力が抜けていくのを感じながら倒れ込んでいった。

 

 兵士が倒れた拍子に転がった蜜蜂を抱えて広間へと戻ってきたスネークは、一足先に救出した捕虜の隣まで移動して座り込み無線機を起動する。

 

「蜜蜂を確保した、捕虜もな。幸い天井が空いている、彼処から……」

『流石だ。後は回収するだけだが……蜜蜂のフルトン回収はやめてくれ、万が一失敗した場合を考えるとリスクが高過ぎる』

「……そう言うと思ってたよ」

 

 捕虜を天井の穴からフルトン回収し蜜蜂を背負う。後は外で蜜蜂の発見は今か今かと待ち侘びているソ連兵達の警戒網をどうやって潜るかだ。

 その時、今まで微風すら吹いていなかった洞窟内に突風が巻き起こり頬を撫でて通り過ぎていった。イヤに生暖かかった。

 

 それはまるで、これから起こる“何か”の前触れの様に思えた。

 

 

 

 おかしい。

 

 つい先程下ってきた道を戻りながら、妙な違和感を覚えた。具体的に何と表現していいか分からない感覚だが、少なくとも身体はこの違和感の正体に覚えが有るらしい。ピリピリとした感覚が肌にまとわりついて離れない。

 自然と強ばる身体を意識的に解しながら、慎重に進んでーーー霧が出ている事に気付く。

 

「……おいカズ、これは」

『ああ、こちらも確認した。どうやらスマセ砦周辺に局地的に霧が発生している、だが自然現象とは思えん……つまりーーー今の銃声は?!』

 

 唐突に発生した霧と時を同じくして、スマセ砦内に銃声が轟く。反射的に身を隠したスネークだが、どうやら発見されたワケでは無いらしく一発の銃弾も襲っては来なかった。

 断続的に続く銃声に混じり悲鳴が木霊し……やがて、静寂が訪れた。

 

「…………」

 

 周囲を更に警戒しながら進むものの、人の気配が全くしない。先ほど確かに洞窟内で無効化した筈の見張りすら誰1人としていない、数分前まであった人の営みが一切感じられず、まるで一瞬で長年放置され廃墟と化した様な不気味な雰囲気に変わっている。

 

 洞窟から外に出ても、やはり人の気配は無い。

 立ち込める霧により数歩先すらロクに見えず、五里霧中の状態。端末による方位測定により大まかな方角だけを頼りに進み……足元に転がっていた銃器を見付けた。

 拾い上げ銃身を確かめる、僅かに熱が篭っており先の銃声が空耳で無かった事を証明してくれた。

 

「……」

 

 それは同時に何らかの非常事態が起こった事も証明していた。

 慎重に慎重を重ね、1歩ずつすり足で出口へと向かう。暫くして、前方に思いも寄らぬ大きな“影”が現れ道を塞いだ。ルートを外れた事に気付かず壁に突き当たったのだろうと端末を開き、進行方向を確認しようと手元に視線を落としーーー此処が四方に壁が“存在しない”拓けた場所だという事に気付く。

 

「っ…………!」

 

 反射的に勢い良く首を上げたスネークの目は“影”が急速に大きさを増し自分へと迫っている光景を捉えた。後方へ跳躍出来たのは幸運だった、無意識に身体が動いていた、考えて間に合うタイミングでは無かった。

 間一髪逃れることに成功したが、着地を考えず跳んだ事で尻もちを付いてしまった。慌てて態勢を整え銃を構えてーーそれが“巨大な人影”であった事に気付く。

 

「巨人……?」

 

 霧に紛れ輪郭は歪みその姿はハッキリとしないが、全長は優に20mを超えている。これだけ巨大で、且つ二足歩行が可能な動物は確認されていない。となれば、これが現実とすれば歴史的な大発見となる事だろう……幻覚でなければ。

 その懸念は、人影が動き出し地面を踏み締めた際に発生する衝撃により否定された。紛れもなく現実だ。ガリバーを見付けた小人はこんな気持ちだったのだろうか、そんな考えが頭を過ぎる。

 

『なんだアレは……』

 

 端末越しにミラーの元へと送られる不鮮明な画像の中でも巨人は確かな存在感を見せ付けていた、その異様さに暫し呼吸する事すら忘れる程に。やがて、見上げなければ視界に収まらない程に接近した巨人の足下から1人の男が歩み出る。

 全身を黒色の服で纏め上げた男はゆったりとした動作で近付き、霧の中でも互いの姿が正確に視認できる距離まで近付くと止まった。

 

「よく眠った様だな……ボス」

 

 親近感と嫌悪感を同時に覚える様な声色で男は語り掛けた。その胸元に見覚えの無い“よく知っている”マークの刻まれたエンブレムが飾られている、狐をモチーフにしたシルエットに三文字の言葉。

 

 XにO。

 それにF。

 

「自己紹介は必要かね?」

 

 そう言って男は目深に被っていた帽子を脱ぎ、素顔を顕にした。

 知っている。

 会った事は無い、顔に覚えもない、いやそもそもーーーこの男には“顔”が存在していない。

 

 だからこそ知っている。

 

「スカル……フェイス!」

 

 あまりにも堂々と。

 全ての元凶たる男がその姿を現した。

 

 

 

 

 

 12:因縁の出会い

 

 

『ッ、スネェーク!』

「ッ!!」

 

 ミラーの怒りを滲ませた叫びが無線越しに響く。

 同時に無言で突撃銃を目の前の男の急所へと掃射する。狙い違わずスカルフェイスへと着弾する手前、甲高い“金属音”を奏でながら“何も無い空中”で弾丸が停止した。

 そのまま何も無い空間からおどろおどろしい液体が溢れ出し、カラカラと弾丸が落ちる。

 

「御挨拶だな。

いやはや危ない所だった、彼らが居なければ私の人生は此処で……終わっていた。お互い頼り甲斐のある仲間に恵まれたようだ。大事にしろよ、2度と()くさない様にな?」

 

 くつくつと笑みを浮かべ語る。

 その周辺、何も無い筈の空間から“髑髏”が浮かび上がり、スカルフェイスを護るように4つの人影が姿を現した。一体どういう理屈かは分からないが、姿を消していたこの者達によって銃弾は防がれたらしい。

 更に不思議なことに、彼らには既に傷跡が“存在していない”のだ。

 

『霧の部隊……スカルズかっ!』

 

 一斉に銃口を向けたスカルズ達からの発砲を避けながら手早くリロードし、壁際へと身を隠す。

 拙い動きを見せていた以前の時とは違い俊敏な動きでスカルズは霧の立ち込めるスマセ砦内に散らばった。その身体能力は異常という他ない。

 

「いったい奴らは……!」

 

 強烈な悪寒に突き動かされ緊急回避を行う。

 数瞬遅れて弾丸の嵐が吹き荒れた、あと僅かでも回避が遅ければ蜂の巣にされていた所だ。蜜蜂を取りに来て自分が蜂の巣になるなどとは、笑い話にもならない。

 

『スネーク! 無事か!?』

「ああ。カズ、そっちで何か分かるか」

『ダメだ、解像度が低く奴らの動きが速過ぎる……こちらでは姿すら捉えられない。何なんだ奴らは……ッ!』

 

 頼りにならない言葉だが、文句を言うつもりは無い。目の前で戦っている自分ですら敵の動きを把握できないのだ、遠く離れた海上に居るミラーに何が出来る筈もない。

 ならば頼りになりそうなのは、この男を於いて他には居ないだろう。今は共に同じアフガンの地に居るこの男しか。

 

『ボス、こちらで援護します。貴方の現在地から半径5m以上外へ牽制を行う……この霧ではそれが限界だ』

 

 尤も、正確には空に居るのだが……それは些細な問題だ。何処に潜んでいるか分からないスカルズだが、その実体は幽霊ではなく確かに存在している。四方八方へと上空から撃ち込まれる弾丸は彼らの動きを確実に牽制し、スネークへの集中砲火を防いでくれた。 

 

「充分だ、助かる」

『いえ』

 

 それでも尚、霧に紛れスカルズは跋扈する。

 人間を軽く超越した身体能力での跳躍で何処からともなく降り注ぐ銃弾を回避、ないしは致命傷を回避しながら次第にスネークの下へ射撃を行う。

 恐ろしい程の対応能力だ。何度か避けた隙を突き命中させるも、直ぐに掻き消え居所を絞らせない。姿を捉えても瞬きをする間に消え、先程まで確かに居たのに気付けば何処にもいない。

 

 正に霧そのものとも言える存在に対し、スネークも突破口を掴めずにいた。

 

『霧が更に濃く……それに、あれは?』

「ここらのソ連兵か」

 

 意思を感じさせない不気味な相貌と覚束無い足取りでソ連兵達がスネークの下へと近付いて行く、スカルズによる何らかの手段によって行動を支配されているのだろう。まるで傀儡だ。

 試しに数発ほど手足に銃撃するも、全く意に返さず撃ち返してくる。スカルズ同様、この深い霧の中でありながらスネークの位置を正確に認識し近付いて来る。

 

 気付けばスカルズからの銃撃は止み、スネークを取り囲む様に近付いて行く傀儡兵達が迫る。恐らくはその中に紛れて仕掛ける腹積もりだろう、ひしひしと肌に突き刺さる殺気がその予想を肯定していた。

 

(……このままじゃ埒があかん、か。仕掛けるしかない)

 

 1人ずつならどうとでもなる相手ばかりだが数が厄介だ、CQCならば問題なく対応可能だが……その隙をスカルズは見逃さないだろう。これ以上後手に回っていては“死ぬ”と経験則が導き出す。

 覚悟を決め、背負っていた蜜蜂を降ろして身軽になると、暗視ゴーグルを起動させ敵位置を確かめる。フラフラとした覚束無い足取りで近付くソ連兵達、その中で僅かに規則めいた足取りで動いている人影へと歩み寄る。

 

 手榴弾を空中へと放り投げて暗視ゴーグルを外し、拳銃とナイフを同時に構えながら心中で起爆までの秒読みを行う。

 

(3…2…1…ッ!)

 

 上空の爆発で霧が僅かに晴れ人影の正体を顕にした、やはりスカルズだ。素早く頭部と心臓部へ連射するも、スネークの接近に逸早く気付いていたスカルズは悠々と弾丸を避けた。

 そのままの勢いで彼我の距離凡そ10mを跳躍すると、一気に接近し短剣を振り下ろした。

 

 

 

 姿を晦まし唐突に目の前に現れ斬撃を加える。

 スカルズの基本的な攻撃手段であり、最も確実な暗殺法だ。今まで何度となく成功してきた手段。今日もまた刃が正確に無防備な対象を切断した感覚が、人間をその刃で手に掛けた時に感じる肉を裂き骨を絶った感触がーーーしない。

 

「っ?!」

 

 己の失敗に気づいた瞬間、顔面へと鋼鉄の“義手”が叩き付けられる。同時に喉笛を掻き斬られ噴出した血液越しに……目が合った。

 青く、蒼い、その吸い込まれそうな程に透き通った空を思い起こさせる碧い瞳の奥深くにーーー地獄の亡者すら恐れを抱く様な“怒り”を滲ませた瞳と。

 

「ふっ……っ!」

 

 銃身を斬り裂かれ、切断面から“腐蝕”していく拳銃を捨て突撃銃に持ち替え至近距離で乱射する。

 何処までも冷徹に、自らの死が目前に迫っても尚、最大限の能力を発揮する様に鍛え上げられたスネークの身体はスカルズによる不意打ちに意識が反応する前に動き出し、一瞬の攻防を征した。

 それは同時に、スネークの抱えていた“ある問題”を解決する結果へと繋がる。

 

 肉体と精神との間に存在していた埋め難い(ブランク)。この溝が、ヒグマと対峙した時にすら覚えなかった死の予感に直面し綺麗に塞がった。パズルの最後のピースがハマった時の様に、しっくりとくる。

 最盛期の状態に限りなく戻りつつあるスネークにとって、もはやスカルズは“何の驚異”にも値しない相手へと成り下がった。

 

『スカルズを無力化したのか!』

「退路は塞がれているからな、さっさと全滅させて奴の元へ向かう。あの巨人が何なのか分からんがーーーふっ! なぁに、奴に聞くとしよう、っ!」

 

 会話をしながらも鋭敏さを増していく感覚に従い新たなスカルズからの不意打ちの刺突を、今度は“ハッキリ”と知覚して躱し、伸び切ったスカルズの肘を固定して関節を破壊。

 抵抗が弱まった瞬間に腰を支点に大きく横回転させ、勢いそのまま頭部を地面に叩き付ける。ほぼ同時に逆方向から追撃の蹴りを頸部へと打ち込んだ。

 ゴキリ、と確かに首を圧し折った感触。念の為に手榴弾を仕掛け、身を翻し洞窟内へと駆け込む。

 

 ゴォオン!!

 

 洞窟内に反響する爆発音。

 その音に紛れて接近してきたスカルズへと振り向き様に突撃銃を捨てナイフだけを構える。洞窟内ならば敵の動きはかなり限定される、ナイフの方が有利だ。銃を手放し逃げ場も無くなってしまったが……何一つ問題はない無い。

 要は倒せば済む話だ。

 

「どうした、掛かって来い。それともこっちから行こうか?」

「………………!」

 

 挑発に乗ったワケではないだろうが、先手を取る事に決めたスカルズは壁の端から端へと高速で動き出す。次第に不規則な動きとなり風に揺れる木の葉の様な軽やかさを見せ付ける、襲撃のタイミングを計らせないよう撹乱しているのだ。

 

 スネークは敵の姿を目で追うのを止め、全身を脱力させて来たるべき時を待つ。

 やがて何の前触れもなく飛び出したスカルズの攻撃を……スネークは完全に捉えた。互いの武器が交錯する一瞬、ナイフの表面で刃をいなし払い除けると、返す刀で喉元へと突き立てる。

 

 しかしナイフは途中で“崩れ落ち”てしまい、十分な殺傷効果を挙げる事が出来なかった。どうやら先ほど短剣に触れた部分から腐食し始めているらしく、その侵食は徐々に刃全体へと達するだろう。

 

(どういう手段かまでは分からんが、武器は破壊される。だが……!)

 

 半ばから崩れながらも、ナイフによる打撃はスカルズの体勢を崩す事に成功していた。

 反動でスカルズが取りこぼした短剣を体勢を立て直すよりも僅かに速く拾い上げ、ナイフによって出来た小さな傷口へと数ミリの誤差も無く刺し込む。殆ど抵抗なく後部へと貫通し、そのまま刃だけを手前へと引くと同時に腹部を思い切り蹴り飛ばす。

 

 グチュン。

 刃に沿って首の半分が切断されたスカルズを引き寄せ、そのまま銃撃の盾とする。絶妙なタイミングの援護射撃であったが、スネークの不意をつくには至らなかった。

 

『3体目……! スネーク……ッ!』

「よく訓練されてはいるが狙いが素直過ぎる、動きに慣れればこんなものだ」

 

 不意打ちの失敗を悟った最後のスカルズは、スネークの視線が遮られている今の内に“仲間の身体ごと”短剣で串刺しにする為、一直線に迫る。その速さはこれまでの次元ではなく、霞んで見える程の神速の動きだったが……。

 

「言った筈だ、もう慣れたと」

 

 一流のボクサーが極限の集中の果てに稀に相手のパンチが止まったように見える事があるという。

 伝説の傭兵とまで称されたスネークは、その“絶技”を極自然に行った。ゆっくりとした体感時間の中、僅かな動きだけで軸をずらし短剣を奪い取ると、擦れ違いざま義手を頭部へと打ち込み地面へと叩き付ける。

 

 間髪入れず奪った短剣を背部から刺し地面へと縫いつけると、無造作にC4を放って洞窟から出た。興奮冷めやらぬミラーは、憎きスカルズの死とそれを成し得たスネークの能力へ惜しみない賛辞を送る。

 

『スカルズの無力化を確認……凄い、凄すぎる。あんた一体何なんだ!』

 

 ピッ。

 端末を操作し起爆したC4が崩落を誘発する。身動きの取れないスカルズは爆破の直撃を受けた上で、岩盤に押し潰される事だろう。仮に息があったとしても助かる見込みは無い。

 

「手品の種は尽きた様だな」

 

 最初の時のように姿を消し隠れている伏兵の存在を警戒していたものの、糸が切れた操り人形の様に地面に倒れ伏してい動かないソ連兵達を見て考えを改める。先ず持って伏兵は居ない、居たとしても問題なく反撃出来ると判断しスカルフェイスの下へと近付く。

 

 その予想は正しく、もはやこの場で動いている“人間”はスカルフェイスとスネークの2人だけとなっていた。だが、スカルズ達が無力化され無防備になったというのにスカルフェイスに焦りの色は見えない。

 寧ろスネークの戦いを讃えるようにゆったりとした速さで拍手を打ち始めた。

 

「流石……」

 

 ソ連兵が落とした銃を拾い上げて手早く調子を確かめると間髪入れずスカルフェイスの足元へと撃ち込む。ほんの僅かに狙いとズレた場所に着弾し、命中した岩が弾け飛んでスカルフェイスの頬を切り割き傷を与えた。

 流れ出る血を指で拭って舐め取る、その表情は最初に出会った時から変わらず薄ら笑いを浮かべている。

 

「ふ……お前達っ! もういい、お膳立ては十分だ」

 

 その言葉を意に介さず銃弾を撃ち込もうとしたその時、スカルフェイスの側へと複数の人影が現れた事に気付き距離を取った。

 油断なく銃を構え、その影の正体を確かめーーーそれが無力化した筈のスカルズ達である事に驚愕する。

 

『バカな! どうして奴らは生きている!?』

「分からん、だが確かに手応えはあった。少なくとも、幽霊ではないらしいが……人間とも思えん」

 

 首に大きな切り傷がある者、全身が焼き焦げていながらも動き、千切れた手を宛てがい……繋がる。その現実離れした光景は、まるで3流ホラームービーがそのまま現実になったかの様だ。流れ続ける血が別のおぞましい“何か”に思えてしまう。

 

 パチパチ……と、続けていた拍手を止めてスカルフェイスは大袈裟に手を左右に開いた。その動作に従う様に盾となるよう立ち塞がっていたスカルズ達が離れ、側に控えた。

 

「ああ……寝惚けてはいないらしい。心配していたが、余計なお世話だったようだ」

「お陰さんでな、いい夢を見させてもらった。今度はお前が眠るか、それとも迷い出た亡霊か?」

「いいや、こう見えても人間だとも。

だが、あながち間違ってはいない……実は、今日こうしてお前に会いに来たのはーーーー私では“ない”んだ」

 

 霧が晴れていく。

 スカルフェイスの背後に居た“巨人”が何時の間にか消え失せており、スカルズ達も蜘蛛の子を散らす様にスカルフェイスの下から離れていく。

 今スカルフェイスは完全に無防備だ。にも関わらずスネークは引鉄を引かない……いや、引けなかった。全身に感じる濃密な殺気が不用意な行動を取らせるのを許さなかった。

 そしてそれは、正しかった。

 

「! こいつは……」

「来たぞ……いや、本当にお前の体調が万全な様で安心した。そうでなければ“彼”も、お前と会う甲斐がないというものだからな」

 

 ニタリと笑みを深め、スカルフェイスは芝居掛かった動作で空のとある方角へ向かい手を指し示す。その先には太陽がーーー“2つ”昇っていた。

 いや、違う。太陽が2つある筈が無い、では一体アレは……何だというのだ。その答えを知っているただ1人の男は、訝しむスネークに向けて告げた。

 

「その無線機越しにシャラシャーシカも聴いているのだろう……? 20年ぶりの再会だ、積もる話も有るだろう。私はここでお暇させて貰う、後は君達“3”人で……ごゆっくり」

 

 身を翻したスカルフェイスの姿が残されていた僅かな霧の奥に掻き消えると同時に、太陽の1つがその輝きを増しつつ地面へと高速で迫る。

 燃え盛る火の玉が大きく揺らぎ、何時しか羽の生えた“燃える馬”へと変わりその羽ばたきによって火の粉が舞う。燃える馬はそのまま滑空を続けスネークの下に近付き、急制動をかけ空で立ち止まった。

 

「……」

 

 スネークの視線は先程から、ただ1点に集中していた。燃える馬の背で、その手綱を操り強烈な殺気を放ち続けている“燃える男”へと。

 脳裏に幾つもの言葉が過ぎる、20年、再会、任務、スネークイーター作戦、核、賢者の遺産、愛国者、作戦、偽装亡命、CIA、狂人、蛇。

 

『燃える男……やはり生きていたか!』

 

 オセロットの声。

 それを切っ掛けにより深く記憶の底へと埋没する……雷を身に纏い、幾度と無く立ち塞がってきた“ある男”を思い浮かべる。その姿が燃える男の顔と重なり……完全に一致した。

 

「ヴォルギン……か」 

 

 名を呼ばれ、燃える男ーーーヴォルギンは声にならない“怒りの声”を上げ全身から勢い良く炎を噴き出した。チリチリと、その熱気に煽られ空気が熱を孕む。

 スネークの左眼、その碧い瞳の中に己の姿が映っていることを理解して燃える男の炎は天上知らずに噴き上がる。炎そのものが意識を持つかのようにスネークの側を取り囲んでいた。

 けして逃がしはしない、と。

 

 嘗ての任務。

 大恩ある師……ザ・ボスを自らの手で抹殺せねばならない事態へと運命を捻じ曲げた因縁の相手が、全身から炎を噴き出す異様と成り果て現れた。

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:でりばりー

 

 

「段ボール配送……?」

 

 蜜蜂の情報収集に明け暮れていたスネークはふと、特定の監視所にだけ設置されていた段ボールの配送所の存在に気付いた、

 どうやら特定の場所への伝票を貼っていればそこへ届けてくれるらしい、9年前にはあまり見なかった文化がこうしてアフガンに根付いている事は素晴らしい事だ。

 

『おいおい、スネーク。まさかとは思うが配達してもらう気か?』

 

 配送所にて段ボールを被ったスネークへ揶揄いの無線が入る。大真面目にそのつもりなスネークからすれば何を当たり前の事を言うんだ? としか感じない。

 しかし配達は何時になるのやらと端末で時刻を確認しようとしたその時ーーー端末に新たなアイコンが表示されているのに気付いた。

 

「……?」

 

 よく分からないものは取り敢えず押す。

 今までもそうやってきたスネークは躊躇せずそのアイコンを押すと、端末にアフガンの地図が表示された。それは普段使っている地図機能とは少し異なり、配送所だけを指定して決定する事ができるように構成されていた。

 

「…………おお!」

 

 試しに近くの配送所指定すると、フワリとした浮遊感と共に何時の間にかその場所に移動している事に気付いた。

 先程ミラーが言っていたのはこういう事だったのかと納得する。

 

「なるほどな、カズ。こういう機能があるなら先に言っておいてくれ」

『あ? ああ、すまな……い?』

 

 何処か釈然としない物を感じながら、ミラーはスネークが本当に敵のトラックで配達された事に感心していいやら呆れればいいやら判断が付かなかった。

 と言うか何があったというのだろうか、急に端末を弄ったかと思えばこちらからの通信に一切応えなくなったのは。

 

 なにか気付いてはいけないもの(システム上の仕様)に気付きかけたような感覚を覚えつつ、スネークへの無線支援を続ける。

 この世界はまだまだ未知で出来ているのだ。

 

 

 




 話の要点

・時系列は前話から数日後
 これからもミッションによっては日にちが飛びます


・バディ:オセロット
 信頼度最初から最大。武装により近中遠距離でボスを強力にサポートするぞ!


・対スカルズ
 ヴェノムの出来る事は基本的にボスも出来る設定(但し体力で劣る)
 今回のスカルズ戦は、メタ視点で見るとボス戦でのCQC返しのレクチャー


・燃える男
 キプロスで出会うことの無かったこの男がアフガンの地にやってきた! 水が存在しない有利な場という絶好のコンディション、今回の真のボス戦


・次回更新
 わかんねーです


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因縁

お待たせしました。
今回はシリアスばかりで構成してますので読後感が重くなるかも知れません、また今年の更新はこれにて終了です。来年度からも重い話が続きますが変わらぬ御愛好を願っております。






 13:S N A K E E A T E R

 

 

 スマセ砦周辺は炎によって封鎖された。

 3つある出入口のうち2つは炎の柱によって塞がれている、此処から絶対に逃がさないという燃える男の強い意思が伺えた。ならば残された道は1つ……しかし、スネークには選ぶ事が出来ない道だ。

 人は飛ぶ事が出来ない。つまりは、唯一の逃げ道である空へと逃げる事は叶わない。

 

「ボス、援護します!」

 

 オセロットの狙撃は燃える男の胸部へと命中、しかし体勢を少し崩しただけに終わる。着弾した弾丸は体内へと吸い込まれるように消え、外見的に一切のダメージは見受けられない。

 燃える男の顔がスネークから逸れ、空中へと向けられる。燃える男の肉体は全てがその名の通り燃えており、それは頭部も同じだ。眼球もまた燃え盛っており視線が何処へ向いているか傍目には判らない。

 

「っ! 避けろ、早く!!」

 

 オセロットの指示に反射的に操縦桿を倒したパイロットは、先程まで滞空していた場所を炎の塊が通過していく光景を見た。僅かでも逡巡するか、もう少し距離が近ければ墜とされていただろう。

 燃える男が放った一撃を躱す事が出来たのは、さしものオセロットをして偶然と呼べた。

 スコープ越しに観察していた燃える男の瞳、その燃え盛る瞳に一瞬だけ浮かんだ殺意に今日まで生きてきた戦士としての本能がオセロットを動かし間一髪で救った。

 

「ますます怒りを増した様だ。ボス、このまま戦うのは危険だ! どうにかして撤退を!!」

『出来るならそうしたいがな……逃がすつもりは無い様だ』

 

 1964年当時。

 ソ連最新兵器シャゴホッドを駆り、どれだけ痛め付けられようとも執念深くスネークを追い立てた男ヴォルギン。最後は己が武器とする雷に打たれ全身に巻き付けていた銃弾が暴発、一命こそ取り留めたが……意識は戻ることなく“生きている”とは言えない状態であった。その肉体の特殊性に注目したソ連軍上層部はヴォルギンを引き取り、とある施設で実験を行っていた。

 

 だが、謎の事故により施設は壊滅し職員らの遺体が収容されるもののーーーヴォルギンの遺体だけは見付からなかった。

 この情報を聞いたオセロットも、当初は特に何とも思ってはいなかった。その事故が起きた日付を聞くまでは。その日、奇しくも同時刻に“3つ”の出来事が起きていたのだ。1つはヴォルギンを収容していた施設の全焼事故、1つはとある“特殊能力を持った人物”を乗せた航空機の事故。この一見なんの関係性もない事故で共通している出来事があった……どちらの事故も“存在する筈の遺体”が一つずつ見付かっていない。

 そして最後の1つ、ビッグボスの覚醒。

 

 これらの情報を仕入れたオセロットの中にある“仮説”が生まれていた。だが、それは余りにも突拍子の無い考え。故に誰にも語ること無く胸の内に秘めていたが、まさか最悪の形で的中するとは。

 

「敵機です!」

「っ、何処だ!?」

 

 悪いことは重なるものらしい。

 燃える男が上空に放った炎に気付いたソ連軍の戦闘ヘリがスマセ砦へと向かって来ていた。戦闘ヘリの1機や2機程度オセロットならば何とでもなる、しかしヘリが墜とされたとなれば流石に異常を察知した周辺の部隊が此処に集まって来るだろう。

 そうなれば流石にオセロットも、勿論スマセ砦で燃える男と相対しているスネークの命も危うくなる。

 

『っ!』

 

 スネークの声にならない声が無線機から届く。

 慌てて下を確認すると、燃える男が全身から炎の礫を周囲へとばら蒔いていた。その中身は恐らくスネークが放った“弾丸”であろう、岸壁へと着弾する度に硬質な音と共に岩肌が削られる。

 昔から弾丸を飛ばす事は得意技であったが、燃える男と化した今ではその身に受けた弾丸をも武器として取り込めるらしい。

 

「何というデタラメな……」

 

 やはりヘリを撃墜する訳にはいかない。

 単身で応戦し続けている今ですら攻めあぐねているのだ。ソ連軍との三つ巴となっては、いかなスネークと言えども無事では済まないだろう。

 例えソ連軍と一時共闘が出来たとしても、全く攻撃が効かない燃える男への銃撃は下手をしなくとも利敵行為にしかならない。仮に数100発の弾丸を炎の礫てとして放出すれば、只でさえ遮蔽物の少ないスマセ砦内では命取りだ。

 

(奴への対策が見付からない今、切れる手札が無い。なら、どうする……!)

 

 直接当てる事をやめ動きを妨げる様に援護射撃を続けるものの、弾丸が当たったとして燃える男には効果が見られない。既にスネークの全身は煤だらけとなり服の端が焦げ付いている、狙いが正確になって来た証左だ。

 際限なく上昇し続ける温度によってじりじりと体力を奪われている、脚が止まった時が……即ち、最期の時となるだろう。

 

「ーーー自分に考えがあります、任せてください!」

 

 それまで沈黙していたパイロットが口を挟む、その内容は至ってシンプル。

 だが余りにもリスキーだった。

 

「……何を言っているか分かっているのか?」

「やれます! 自分は“出来ない事”は絶対に言いません、やり遂げてみせますっ!!」

 

 高速でスネークの下へと接近、回収して離脱。

 

 確かにそれしか方法は無い、オセロットも口にこそしなかったが考え付いていた…...およそ不可能に近いという事実を考慮しなければ。

 

 燃える男の火力は異常だ、スマセ砦は瞬く間に更地へと近付いており攻撃は止む事が無い。爆炎により気流が乱れ通常通りに接近する事も難しい、よしんばそれが出来たとしてもスネークがヘリに乗り込むまでの時間を燃える男が黙って静観する事など考えられない。

 出来ると仮定してすらこれだけの不安要素がある、現実に何が起こるかなど枚挙に暇がない。

 

『ピークォド! 余計な事は考えるな、今ボスをサポート出来るのはお前達だけなんだぞ!

そんな無茶は許可できん!』

「しかし副司令!」

『黙っていろ!』

 

 事態を静観していたミラーであったが、あまりにも実現性に乏しい提案をする事に我慢ならず意見を取り下げる。

 それでも尚食い下がろうとするパイロットへ激した声を上げた。

 

『ふざけた提案をする暇があるなら、もっと考えて喋れ!』

「おいミラー、そういうお前こそ何か考えたらどうだ? そっちから支援は出来ないのか!?」

『出来たらとっくにしている! くそっ!』

 

 ミラーもまた内心ではそれしかないという事実に気付いていた、こうして悩んでいる間もスネークは危機に瀕している。ただ海上で吠えるだけで何も出来ない自分がもどかしく語気は荒くなる、例え近くに居たとしても……五体満足だとしても助けになれないだろう自分が、堪らなく惨めだった。

 実を言えば手がない訳では無い、だがそれはスネークの命をも危険に晒す手段だ。せめて“スマセ砦から”距離を取れるならば話は違うのだが……それが出来ないからこそ今こうして悩んでいる。

 

『っ…...!』

 

 何も出来ないでいる事に無力感を覚えているのは3人とも同じ、スネークを救いたい、その一心だからこそ彼らの意見はすれ違い続けた。そんな彼らの意思を1つにする事が出来る存在が居るとすればーーー『……やるしかないだろう』ーーーこの男以外に存在しない。

 

『しかし、スネーク!』

『カズ、お前が言ってたろう。操縦に於いて右に出る者はいない…...と、やれるんだなピークォド!?』

「はい! やれます、自分なら出来ます!」

 

 即座の返答、その力強さを感じ取りスネークの心は完全に定まった。

 

『よし分かった、タイミングはそっちに合わせる。任せた』

 

 任せた。

 その言葉を聞いた瞬間、パイロットは全身に電流が走った様に感じた。操縦桿を握る腕はブルブルと震えだし口元は引き攣る、しかしそれは緊張やプレッシャーからくる負の要素では無かった。

 いわゆる武者震いと呼ばれる現象、昂る感情が抑えきれず口元に笑みを作らせていた。今までにない程に増していく集中力は、まるでヘリコプター全体を己の肉体の様に感じる程の全能感を齎した。

 

『……分かった、俺も信じよう。ピークォド! こちらもお前に合わせ切り札を使う、タイミングは一度きりだ、やり直し(Continue)は出来んぞ!』

「了解!」

 

 不和を起こし始めていた2人が今や同調し、1つの目的の為に動き出している。

 その光景を眺め、改めてビッグボスという存在が自分達にとってなくてはならないものである事を再認識したオセロットの口元も自然と緩んでいた。あくまでもビッグボスにのみ忠を尽くしている身だが、こうして同じ男に魅了され肩を並べて戦うという存在もーーー悪くない。

 

「フッ……そういうワケだ。退場してもらおうか」

 

 ソ連の戦闘ヘリがこちらをロックオンしようとした刹那、その操縦席へと吸い込まれる様に一筋の光が放たれ……パイロットの眉間を正確に貫いた。

 制御を失った戦闘ヘリは緩やかに降下を始め、スマセ砦外縁部へと落下していく。

 

「流石……!」

 

 一連の動作を卒なくこなしたオセロットの手腕にパイロットから溜息が漏れる。シャラシャーシカの名で知れ渡る歴戦の男、本来の得物では無いと言うのにこれ程の力量を持つとは驚愕する他ない。

 

「世辞はいい、これぐらい誰でも出来る。だがボスを救えるのは今やお前しか居ない、しくじるなよ」

「はい、シャラシャーシカ!」

「ふん。その名はやめろ、俺の名はーーー」

 

 不要になった狙撃銃から身を離し、ホルダーから二丁の銃を取り出し手元でクルクルと回転させつつ銃口を燃える男へと構えた。

 

「ーーーオセロットだ」

 

 

 

 

 

 14:ファステスト・ピックアップ

 

 

 脚で踏み締めた銃が白熱し、溶解した弾倉の中で銃弾が暴発する。その熱量を文字通り“全身”で吸い込んだ燃える男は、掌から爆炎を作り出し撃ち放った。

 射線上に存在する全てを炎が呑み込みながら“うねり”目標へと迫る。間一髪で躱す事に成功した男は勢いそのままゴロゴロと転がり岩陰へと身を隠した。既に10分近くこうして燃える男と対峙してきた男ーーースネークは残り少なくなった水筒の中身を頭からぶちまけ空となった水筒を燃える男へと投げ付ける。

 ぐにゃりと変形しつつ燃え出した水筒は瞬く間に炭へと姿を変え、風に吹かれアフガンの地へと散った。それがお前の未来だと暗に見せられた様で、ますます辟易した。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 20年前と変わらず執拗な攻撃に晒され、体力は尽き掛けていた。今や殆ど気力だけで身体を動かしているが、このペースではあと10分も保たないだろう。

 連日の徹夜、全力疾走、スカルズとの連戦。

 これだけの激務をこなした上でどれだけ銃撃しても一切ダメージを負う気配すらない燃える男に対し、こちらは一撃でも当たれば終わりの戦闘だ。ここまで持ち堪えているだけ奇跡と言っても過言では無い。

 

『ボス、カウントを開始します。こちらに合わせて下さい、30、29、28……』

 

 使用出来る武装は全て使った。

 スカルズに破壊された銃やナイフの残りも、弾薬も、C4も手榴弾もフルトンさえも、何もかも使い果たした。巻き添えを喰ったソ連兵達の焼き焦げる臭いが鼻につく、悪いとは思うものの助けてやる余裕すら無かったのだ。

 だが、それらの犠牲は無駄ではなく燃える男を倒す方法こそ未だ思い付かないものの、動きを封じる方法の検討は付いていた。それから逃げ切れるかどうかは……運を天に任せるしかない。

 

「カズ、蜜蜂を使う」

『いいのか、奴ら(CIA)は砲弾を含めた完品で……』

「ああ構まわん……奴らに“貸し”はあっても“借り”は無い、黙らせておけ」

『……ああ、分かった。奴らは俺が言い含めておく、遠慮なく吹き飛ばせ!!』

 

 燃える男は幻ではない。

 確かにそこに存在しており、見た目通り炎の怪物ではないのだ。そして銃弾や爆風すら力に変えるものの、その衝撃に関しては完全に吸収しきれていない。 

 ヘリが最速で接地し離陸するとしても最低5秒程の猶予は欲しい所だ、目算が正しければ凡そ10秒程度は確保出来るだろう。

 

『19、18、17……』

 

 どちらにしろ既に賽は投げられた。

 蜜蜂を起動させ燃える男をターゲティングする、これで後は撃つだけで自動追尾して命中するだろう。出し惜しみはない……全弾発射だ。

 岩場から身を乗り出しセイフティを解除、砲身を燃える男の方角へと固定する。

 

「ーーーー!」

 

 だが携行ミサイルを構えるよりも掌をかざす方が遥かに早いのは自明の理。燃える男はスネークが潜んでいた岩場へと既に狙いを定めており、先んじて攻撃態勢へと移っていた。

 放たれた炎は一直線に迫る、それに構うことなくスネークはトリガーへと指を掛けた。だがもう遅い。声にならない絶叫をあげる燃える男、それは歓喜の叫びであったのかも知れない。

 己の勝利を誇るかのように。

 

「ーーーそういうところが戦士として二流なんだ、大佐」

 

 この男がいなければ確かにそうなっていた。

 燃える男が放った炎を遮る様に近くの櫓が崩れ落ち両者の間に壁を生んだ。上空のヘリ内部から発射された弾丸はスマセ砦内部の岩肌を跳弾し、2人の争いで崩れかけていた櫓の支点を正確に貫いていた。

 優れた才能の上に弛まぬ努力を重ね続けたオセロットにとって、この程度の曲撃ちなど朝飯前。炎は爆散し燃える男の視線からスネークの姿を隠した。

 

「いけぇえ!!」

 

 この機を逃す事なくスネークは手早く砲身を僅かに上方へと傾けつつ弾頭を撃ち込む。その僅かな反動ですら今の身体には堪えた。

 放たれた弾頭は蜜蜂のコードネームが表すように赤外線と紫外線による二重追尾でターゲットである燃える男へと放物線を描きながら正確に弾着した。スネークの思惑は的中する、複数発の強烈な衝撃を浴びた燃える男はその勢いを殺し切る事が叶わず勢い良く吹き飛びそのまま壁へと叩き付けられた。

 この戦いが始まってから燃える男の見せた初めての明確な隙、この絶好のタイミングにD・D切っての操縦の名手は間に合わせた。

 

『1、0! ボス、お早く!』

 

 予定していたLZから流されながらもヘリはスマセ砦領内へと舞い降りた、しかし制動すること無く徐々にだが高度を上げつつエンジンを高回転で保っている。素早く離脱する為にだ。

 ヘリまでほんの30m程度の距離、だが今の疲労困憊なスネークが数十kgの蜜蜂を抱えて走りきるには些かこの距離は無謀と言えた。

 

「くっ!」

 

 歯を食いしばり走り出す。

 乗降口でスネークを待ち構えるオセロットは、しかし燃える男が吹き飛ばされた場所を視界の端に捉え決して視線を外さなかった。誰もが確信していた、この程度では終わらないという事を。

 もうもうと砂埃が舞いその姿は見えないものの、感じられる熱量ーーー何より殺気に衰えは無い。15……10……残り5mを切った瞬間、岩場から炎の柱が噴き上がった。先程の爆風を肉体に溜め込んでいたのだろうか、その熱量はこれまでの比ではない程に高まり荒れ狂っていた。

 

「ボス!」

「上がれぇえ!!!!」

 

 手を差し伸べる。

 しっかりと掴んで放り投げる様に引き込み、倒れ込んだスネークが室内に転がりつつ指示を出した。急上昇を始めたヘリが空へと飛び立つ、燃える男が体勢を立て直す前に出来る限り距離を取らねばならない。

 

「ーーーーッ!!!!!!!」

 

 この世のものとは思えない叫び声。

 感情を武器として放ったかの様な声はスネーク達の耳は元より肉体にも突き刺さる。背筋が凍りそうな程の殺気。言葉を成していなくても解る、まだ終わっていない、そう燃える男は叫んだのだ。

 

「来るぞっ!!」

 

 噴き上がっていた炎柱が1点へと収束していき、段々と色合いを変え遂には白色の輝きを身に纏った。

 これにはスネークも、そしてオセロットも絶句する。

 

 一般的に広く知られている火の色は赤やオレンジ掛かった暖色である、実はこれは温度としては低い状態であり見た目よりもずっと熱量は低い。あくまでも火としてはだ、人を焼き殺すには十分な熱量を持つ。

 そして火はその温度を高めていくにつれ寒々とした色合いへと移り変わる、白色の火炎……その熱量たるや掠っただけでもアウトだ。まるで殺意が形を成したかの如き白炎は掌へと収束し、ヘリコプターを完全に捉えた。

 

「避けろぉおお!」

 

 オセロットが叫ぶ。

 だが心中では既に悟っていた、この距離では既に躱し様がない事を。慌てて操縦桿を倒すパイロットも、スネークもまた最悪の未来を垣間見ーーー爆音と閃光に包まれた。

 

 

 

「っ……!? なんだ、どうなった」

 

 爆風の衝撃で大きく姿勢を崩したヘリ内で暫し意識を失っていたオセロットは自らの無事を、ひいてはスネークの生存を確認し安堵する。だが妙だ、アレだけの一撃を受けてしまえばそのまま融解するかエンジン部に誘爆し吹き飛んでいなければおかしいと言うのに。

 

『……どうやら間に合った様だな』

 

 その言葉に答える為ではないだろうが、安堵の溜息と共に遥か遠く洋上からこの戦いを見守り続け絶対絶命の状況を“覆した”男の声が届いた。

 

「ミラー? どういう状況だコレは」

『言ったろう、切り札を使うと』

 

 燃える男が致死の一撃を放たんとする直前、スマセ砦周辺へと無数の“砲弾”が降り注いだ。無作為にばら撒かれる大量の砲弾は目標である燃える男“ではなく”周囲の岸壁へと着弾し砕いていった。

 

 その正体は長距離支援砲撃。

 MSF時代から単身敵地へと潜入するスネークを補助する為に存在していたこれらの武装は、D・Dに於いても何ら変わること無く存在していた。但し“不”完全な状態で。端的に述べると範囲精度が甘く、とても支援としては成り立たない。特にスマセ砦の様な周囲を岩に囲まれ逃げ場がない地形など論外である、走って逃げる事など到底不可能だったろうーーーそれこそヘリコプターにでも乗っていない限りは。

 

「随分と派手にやったなカズ……!」

 

 強かに頭を打ち付けながらもスネークは賞賛の声をあげる。何度か至近距離で砲撃支援を受けた事はあったが、これだけ近くで砲弾の雨に晒された経験は従軍時代でもなかった。

 

『ありったけをブチ込んでやった。もう一度やれと言われても無理だぞ、今度はあんた達を巻き込みかねない』

 

 さしもの燃える男と言えども、あれだけの岩石を身に浴びればひとたまりも無いに違いない。よしんば動けたとしても、高速飛行で離脱しているヘリを追い掛けるのは不可能と言っていい。

 

「何にしても助かった。ミラー、礼を言おう」

『こちらこそだ、オセロット』

「……っくく!」

『……っはは!』

 

 2人の笑い声を切っ掛けとして、室内に弛緩した空気が流れ始める。大量の汗を掻き足が痙攣し始めたスネークなどは上着を脱ぐと備え付けてあった水筒から水を文字通り浴びる様に飲み出した。

 双眼鏡で後方を警戒しているオセロットも片手でリボルバーを弄んでいる、だが今回の離脱劇の立役者とも呼べるパイロットは流石に緊張状態を保っていた。これからMBまで無事に帰還して初めて彼の任務は果たされるのだ、敵からは無事に逃げられた事に安堵して墜落しましたーーーなど、笑い話にもならない。

 

「おい、若いの」

 

 そんな風に気負っていたパイロットの肩にもたれ掛かるようにスネークが腕を組んだ。流石に操縦の邪魔になるほど強くはなかったが、その唐突さに面食らい思わず操縦桿がズレてヘリが揺らいだ。

 

「ボス!?」

「っと。悪い悪い......良くやった、お前のお陰で助かったよ」

 

 それだけを告げ離れていく。

 手を置かれていた場所から強ばっていた身体が解れていくように感じる、先程までの全能感が既に失われていた事に今やっと気付く。確かに自信はあった、だか不安も同じ量だけあった。それでも尚ボスの為に働き、成し遂げる事が出来た。

 信頼してもらった上に労いの言葉まで貰えるなど感無量という他ない、1人きりなら喜びのあまり叫んでいたかも知れなかった。

 

「ありがとうございます、ボス!」

「おーう」

 

 万感の思いを載せたパイロットとは違い随分と素っ気ない返答だったが、それも仕方ない。身体はもとより口を動かすことすら億劫な程に消耗しいる、それだけの激戦を潜り抜けてきたのだ。

 優れた戦士といえども時には休息が必要となる。

 それからMBへ帰還するまでの間、眠りに落ちたスネークの発する僅かな呼吸音と機械音だけが室内に響く。その間パイロットは元よりオセロットも一切の休憩を取ること無く警戒を続けた。

 

 ついぞ燃える男からの追撃は無かった。

 だがこれで終わりの筈がない、何時かまた近い内に強大な敵として立ちはだかるだろう。それまでに何らかの対策を練らねばならない、加えてスカルフェイスと共に居た謎の巨人の事もある。悩みの種は尽きない。

 今日の邂逅は、これからの戦いが一筋縄ではいかないモノになるだろう事を感じさせた。

 

 

 

 

 

 15:ダイアモンド・ドッグズ

 

 

 蜜蜂回収任務から凡そ2週間が過ぎた。

 MBは順調に拡大しその力を伸ばしている、もうじきMSFの規模を上回る事だろう。既に世界中の兵士達の話題はBIGBOSSの復活で持ち切りだ。

 そんな話題の当人たるスネークは今、以前救出した技術者の下へと赴いていた。

 

「どうですボス、新たな義手の能力は?」

 

 自らの作品を手渡した技術者は、新調した義手を接続し微調整を行うスネークへと語り掛ける。その表情は自信に満ちている。

 スネークたっての希望で優先的に開発された義手、名付けるならばFLAME ARMと言った所か。

 

「……ああ、最高だ」

 

 そう呟き指先に着火機能を搭載した義手を撫でる。

 これがあれば理想に描きつつも実現出来なかった新次元のCQCが行える様になる事だろう、例えば相手の体勢を崩しつつ着火……尋問しながらさり気なく着火……気絶した敵兵を起す為に顔の前で着火……等など、その活用法は枚挙に暇がない。

 技術者本人からはソナー機能などの拡張プランも上がっていたが後回しにした、あまりにも“戦術的価値が低すぎる”からだ。その生来のユーモアさに隠れ勝ちだがスネークは実用主義者なのである。

 

「残りの機能は随時追加していきましょう、申し訳ないが時間を頂きたい」

「構わんさ、急いで作って爆発でもされたら堪らん。また9年も眠りたくはない」

「ハハハ。流石はボス、その発想頂きましょう。そういう機能も悪くない」

「おい、勘弁してくれ」

 

「「ははははは!」」

 

 旧知の友の如く和やかに技術者と議論を交わし終え、研究開発プラットフォームを後にする。早速義手を使って火を点けた葉巻の味を堪能しながらノンビリと海を眺めつつ連絡橋を渡る。

 各プラットフォーム間に架けられたこの橋を渡り切るのはそれなりに時間が掛かるものだが、偶にはこうして時間を贅沢に使うのも悪くない。何より目的の“モノ”が始まるまで少しだけ時間が空いていた。

 

「ボスー、お疲れさまです!」

 

 直下の海面から声が届く。

 手すりから身を乗り出して確認すれば、D・Dの隊員達が釣り上げたばかりの魚を掲げていた。なかなかのサイズだ、是非とも味見してみたいところだが……お楽しみは夕飯まで我慢するとしよう。

 

「今日は天候が荒れる、早い内に戻っておけよ」

「はいっ!」

 

 魚を抱えつつ一糸乱れぬ敬礼をする隊員達、その滑稽さに苦笑しながら軽く手を振り別れる。一見すると遊んでいる様にも見えたが彼らは立派に訓練中である、そのついでに食料も自給できるのだから一石二鳥。

 尤も、魚が釣れなければ食事抜きの彼らからすればたまったものではなく遊んでいる余裕などない。

 

 こうした訓練は日常的に行われている。

 洋上を活かした特殊訓練から通常通りの訓練までみっちりと、特にD・Dでは他部隊では学ぶ事の出来ないCQC(近接格闘術)の訓練がある。最強の兵士と称されるるBIGBOSSの戦技、その根幹をなす格闘術の修得具合は、そのまま兵士間である程度の格付けとなる。

 無論それ以外の訓練もある、特に射撃の名手で知られるオセロットの教導はかなり人気だ。何を隠そう今日も行われるその訓練をこの眼で見る為にスネークはアフガンへの出立を1日遅らせていた。

 

「やっているな……どれ」

 

 オセロットはその血筋ゆえか、天才肌なきらいがある。そんな彼がどういう風に教導しているのか、長い付き合いであるスネークもあまり深く知らなかった。それと同時に隊員達の今現在の練度が如何程のものかを抜き打ちで確認する為、完全に気配を消し近づいて行った。

 

 隠れんぼでこの男に勝てる者などこの世にはいない、あのサイファーですら本気で姿を隠していた頃のスネークを見失った程に。

 無論これは、完全に能力の無駄遣いである。

 

 

 

 司令部プラットフォームの一角。

 此処で3人の男達が射撃訓練を行っていた。傍らには戦技教導を行うオセロットが居り、彼らの挙動を眺めていた。付きっ切りで行われる彼の訓練は人気があり普段はもっと多数で行われているのだが……今日は少し事情が違った。

 

「撃て!」

 

 横一列に並んだ3人がオセロットの指示に従いそれぞれのスタイルで拳銃を撃つ。お世辞にも上等とは言えない腕だが、それなりの訓練を積んだだけはあり誰もが的を外しはしない。

 しかし最後に撃った男を、オセロットはギロりと睨み付ける。

 

「もう1度!」

 

 ガンマンとして遥か格上の存在であるオセロットはビッグボスとはまた違った意味で尊敬と畏怖を集めている。そんな彼に睨まれ内心で焦りながら腰だめから抜き放った拳銃は……無様にも弾詰まり(ジャムって)を起こしてしまった。

 それを目敏く見つけたオセロットは、そら見たことかと男から銃を取り上げる。

 

映画(ウェスタン)でも観たか? こいつはオートマティックだ、反動(リコイル)を逃がす撃ち方には向いてない。リボルバー向きだ」

「も、申し訳ありません」

 

 呆れた表情で顔を振る。

 その対象は男に対してというよりは、何処か自嘲に近いモノを感じさせた。ひと息ほど間を空け、全員に向き直り殊更に厳しい口調で言葉を続ける。

 

「D・Dは、もはやかなりの規模になった。世界も注目している……愚連隊まがいの振る舞いは他所でやってくれ」

 

 その言葉に思う所があったのか、3人ともが己を恥じ入るように俯く。

 端的に言えば彼らは伝説の男の下で戦える事に些か浮かれていた。だから必要以上に己を強く見せようと意気込み、それが目に余った事からミラーの計らいでこうしてオセロットから教導を受けていた。

 

「いいか、正しい戦技を身につけろ。映画(スクリ-ン)で観たあらゆることを忘れるんだ。以後おかしなことをしたら……見逃さん」

 

 話はそれだけでは終わらない。

 詰まっていた弾丸を除いて側部がよく見える様に持ち替え男へと歩み寄る、普段から丁寧に手入れされているだろう銃本体にはオセロットから見ても何の落ち度もない。だが、その手入れの仕方も素人と玄人では求められる物ーー質と言ってもいいーーが変わってくるのは当然。

 

「こんな彫刻(エングレ-ブ)には……」

 

 そこで一度区切り、銃に見事に施された彫刻をなぞり最後に指で軽く弾いた。その彫刻はまるでギリシャの博物館にでも飾られている絵画のように美しい。

 だがーーー

 

「……何の戦術的優位性(タクティカル・アドバンテージ)もない」

 

 ーーー戦場に於いては何ら価値が無い。

 こんなものを彫る暇があるのなら迷彩塗装をすべきだ、本体を補強する為のパーツやグリップ部分を持ちやすく加工する必要もある。

 そもそも、こういった高貴な銃は人を撃つ為に使うものでは無い。

 

「……すみません」

 

 良かれと思ってしていた事が否定された。

 還された銃が途端に子どものオモチャに見えた、そんな風に項垂れる男の肩を叩きオセロットはしっかりと眼を見つめながら呟いた。

 

「だが早撃ちは見事だった、いいセンスだ」

 

 それを最後に去っていく、その背中が男達には妙に大きく見えた。

 残された3人は銃と的を片付けると足早に室内射撃訓練場へと駆けていった、心を入れ替えた彼らは今日だけで一皮も二皮も剥けたに違いない。近い将来D・Dの良き戦力となる事だろう。

 それを見越し敢えて厳しく叱責したオセロットの心中は硬い表情と違い穏やかなものだった。

 

(これでいい、若さというものは虚栄心を増長させる。今の内に叩き直しておけば奴らも立派な戦士となることだろう)

 

 深い充足感を味わいながらオセロットは昼休憩を取るために食堂へと向かった。こうして“小僧”共を躾けるのも手馴れたものだ、何せ若かりし頃に自身も経験した愚かな間違いを教訓として指摘するだけなのだから。

 とはいえ自分の若い頃の方があらゆる意味で上だという思いはある、実力も……驕りも。今では自他ともに認める一流の戦士と自負している彼にとって拭い難い失敗の思い出であると同時に特別な思い出でもあった。

 

「……ふう」

 

 懐から取り出した酒をあおる。

 しかしだ、何回言っても名言とは色褪せない物だ、それが尊崇する相手から直接賜った言葉となれば格別と言ってもいい。気分は若かりし頃、20年前の1964年当時に戻っている。

 未だ確固たる信念も持たず生きていた情けない時代と掛け替えのない出逢いに思いを馳せつつ再び酒をあおりーーー

 

「よう、オセロット教官」

「っ!! っ、ぐばっ! げほ、ゲホォッ!!?!」

 

 ーーー強烈にむせた。

 何の予兆もなく死角から現れたスネークはニヤニヤと笑みを浮かべながら語り掛けている。ちょうど出会った頃に成す術もなく張り倒された時のことを反芻していたオセロットにとってその表情は、クリティカルもいい所だ。

 

「見ておられたので……お恥ずかしい」

 

 顔に赤みが差してきたのは、アルコールだけが原因でないのは明白であった。

 ケラケラと笑いながらスネークが手渡してきた包みを開く、取れたての海鮮を利用した揚げ物のサンドイッチだ。黄金色のソースが掛かっており、食欲中枢を刺激する良い香りが漂ってくる……無性に腹が鳴った。

 

「飯はまだだろう? 遠慮するな、食え。面白いものを見せてもらった礼だ」

「……では遠慮なく」

 

 スネークがMBに帰還してから最も精力的に動いたのは糧食班の設立である。個別プラットフォームとしてではなく各プラットフォームに併設する形で設立された糧食班は、各班の人員に過不足なく食事を届ける事を念頭に存在していた。

 まあ、糧食班を各プラットフォームに作った理由は何処に居ても美味いものを食いたいという完全な私心からだったが……当然といえば当然だが、誰1人として文句を挟むことは無かった。

 

 食べながら建設途中である医療プラットフォームを視察する2人、今日明日にでも完成するだろうこれを以てMBの第一次拡張が完了となる。かなり急ピッチでの建設となったものの機能自体に問題は無い、人員の拡大に応じて増設は必要となるだろうが現時点でも支援態勢は完璧である。

 

「ボス、避けて!」

 

 その声が聴こえた直後、上空から落下してくる段ボール箱が目の前を通り過ぎた。衝撃で分解された箱はバラバラになって散乱する、中に荷物が無かった事や誰も巻き込まれなかったのは不幸中の幸いと言える。

 落とした相手がボスであるという最大の不祥事を勘定に入れなければの話だが。

 

「誰だ今のは!?」

 

 オセロットの激した声が響く。

 顔色を青くしながら現れた隊員は恐縮しきりで震える声で敬礼を取り、微動だにしない。そんな彼の前に無言で近寄ったスネークの顔からは表情が抜け落ちており、それを見た隊員は死を覚悟した。

 

「…………」

「……っ! も、もも申し訳ありませんで、したっ!」

「…………」

 

 黙して何も語らないスネークを前にし、隊員の顔は更に青くなり今にも気絶するかそのまま死んでしまいそうな程に酷い顔色となった。暫く沈黙を続けていたスネークはふと動き出し、バラバラになった段ボール箱の残骸の下へと歩み寄る。

 1つ1つのパーツを丁寧に吟味し、どうしても使い物にならない数枚ほどを除き抱えて立ち上がる。その間も震え続けていた隊員の下へ戻ると優しく手渡した。

 

「持っていろ」

「あっ、あの……わっ!」

 

 反射的に持ち抱えた隊員の身体が宙を舞った。

 クルクルと急回転し何時の間にか仰向けとなって甲板へと叩き付けられる、それでも両手に抱えていた段ボール箱の破片は離さなかった。それを見届けたスネークはようやく口元を緩め笑みを見せた。

 

「そうだ、それでいい。段ボール箱を安易に手放すな、以前そう教えた筈だな?」

「はっ、はい! 申し訳ありませんでした!」

「よし。お前達、丁度いい機会だ。各自、段ボール箱を持って集合しろ!」

 

 少し離れて事の成り行きを見守っていた隊員達は、その言葉を聞くやいなや一目散に段ボール箱が仕舞われている倉庫へと向かって走り出した。

 この時間に此処に居た者は幸運だ、何故なら他ならぬボス直々に“戦技”の手解きを受ける事が出来るのだから。

 

 

 

 それはある種、異様な光景であった。

 甲板の上に段ボール箱がある、とはいえ今どき段ボール箱など何処にでもあるだろう。特に医療プラットフォームは工事中だ、段ボール箱の1つや2つなどあって然るべきだ。

 しかしだ、無数の段ボール箱が所狭しと存在し規則正しく並べられ尚且その中に人間、それも大人が潜んでいる光景となれば……そうそう見られるモノでは無いだろう。

 

「立て!」

 

 段ボール箱群から僅かに離れた場所に存在する一際質の良い段ボール箱の中から雄々しい声が響く。ムクっ、とそれぞれが縦型に変形させながら立ち上がるもののその動きにはムダや戸惑いが見て取れた。

 非日常的な動作を瞬間的に行うには何よりも反復練習が肝心となる、その点で言えば多くの者が落第点だった。

 

「座れ! 構えっ!」

 

 素早く段ボール箱を横置きに戻した後、上部構造から上半身を出し拳銃を構える。一連の動作に付いてこれた者はオセロットだけ、ある者はもたつき、ある者は段ボール箱を破損し、ある者は銃を構え損ねた。 

 それから直ぐに箱の中へ戻ったスネークを真似て段ボール箱を被ろうとするものの、上手く開くことの出来なかった者達は広がった箱が戻り切らず不格好な姿を晒していた。

 もし上手く段ボール箱に偽装していたとしてもコレでは中に何かがいると報せている様なものだ。

 

「早さに拘るな、段ボール箱の調子を確認しながら1つ1つの動作に注意を傾けろ……そうすれば自ずと結果は付いて来る。分かったか!」

「「はい! ボス!!」」

「もう一度だ、立て! 構え、座れ。脱げっ!」

 

 今度は先程とは違う動作を行う。

 やはり今度もスネークに追随出来たのはオセロットだけであり、段ボール箱の扱いに関して不得手な者が多い。段ボール箱を利用した隠遁術・及び変則CQCは旧MSFから所属し続けている者達であっても簡単には体得する事が出来ない分野であるので致し方ない、天才でもない限り技術は一朝一夕で身に付くものでは無いのである。

 

「もっと段ボール箱を丁寧に扱え! 真心を込めて使うんだ、お前達の命を段ボール箱に預けろ、そうすれば段ボール箱もお前達を信頼し応えてくれるだろう」

「「はい、ボス!!」」

 

 それからは各々が独自に段ボール箱を用いて訓練を行った。立ったり座ったり構えたり放り投げたりの単純作業を繰り返す、こうやって正しい戦技を身体に覚えさせておかなければ命取りになる。

 そう言った事を身を以て経験しているスネークは容赦なく隊員たちを叱咤した。それは空が曇り始め雨が降りだす直前まで延々と行われた、一足早く段ボール箱を畳んだスネークは箱の中で脚を屈め待機している隊員達に向かい最後の訓示を行う。

 

「銃も、ナイフも、日頃の手入れが行き届いていなければ使い物にならん。それは段ボール箱も同じだ。ましてや段ボール箱の素材は紙だ……粗略な扱いをすればすぐに傷み使い物にならなくなるだろう。

今日学んだ事をよく覚えておけ!」

「「はい、ボス!!」」

 

 甲板上の段ボール箱の全てから勢い良く立ち上がった隊員達が一斉に敬礼を行う。鮮やかに行われた一連の動作は全く同じタイミングで行われ、キッチリした折り目を保った段ボール箱に歪みは見当たらない。

 これならば誰も中に人間が潜んでいるとは気付かないだろう、ようやく“見習い”レベルを卒業したと言えた。

 

「雨が降る前に片付けておけ、解散!」

「「ありがとうございました、ボス!!!!」」

 

 隊員達は段ボール箱の横から同時に脱出すると、手際よく畳んで施設内部へと走って行った。中には被ったまま器用に歩く中級者も居り、羨望の眼差しで見つめられている。

 そんな中、誰よりも早く段ボール箱を片付けたオセロットが甲板へと戻って来る。空を見上げればポツポツと散発的に雨が降り始めており海上で訓練している隊員達は最寄りのプラットフォームへと舟を移動し始めていた。

 

「コレをどうぞ」

「ああ」

 

 段ボール箱の代わりに持ち出してきた雨具の片方をスネークへと渡し、自身も手早く着込む。上から被るだけの簡易的な雨合羽だが、雨脚の強くない今ならば充分な効果を発揮する。

 これから朝方に掛けて降り続くと予報されているこの雨は次第に風を孕んで暴風雨へと成長するだろう。そうなれば流石に耐えられはしまいが。

 

「吸うか?」

「いえ」

「そうか......」

 

 雨の中でもお構い無しに葉巻へと火を点け壁へともたれ掛かる、耐水性に問題は無いらしい。もとより高かった義手の評価を更に一段階上げる。

 思わぬ形で始めた特訓の所為で時間を潰してしまったが、その間も抜かりなく工事の進展状況を確認していたスネークの目から見て、何も問題も見当たらなかった。

 

「フゥー……此処も随分とサマになったもんだ」

「ええ、あなたの足を引っ張る様な事はもう起こしません。例え、またあの男が現れようとも」

「……スカルフェイスも厄介な奴と手を組んでくれた」

「あの男に残っているのは恐らくあなたへの恨み……報復心のみでしょう」

 

 スネークからすれば恨みたいのは寧ろ自分の方だとの思いがあるが、燃える男と成り果ててまで現れたヴォルギンにそんな理屈は通じはしまい。

 この2週間、片時も奴との戦いの記憶が頭から離れる事は無かった、幾つか試してみたい手段があるものの……果たして弱点など存在するのだろうか?

 そもそもあの力はーーー

 

「……大佐の帯電能力は特殊なモノでしたが、相応の理屈があって存在していました。しかし今の、燃える男と化した奴の能力はーーー異常だ。そう、アレは一種の“超能力”と呼ぶものでしょう」

「……だろうな」

 

 この科学全盛の時代に於いて何を非科学的な事をと思う者も居るかもしれない、だがことスネークは超能力の存在に肯定的であった。この世界には確かに科学では証明し切れない“何らかの力”が存在しているのだ。

 得体の知れない能力を持つ不死身の怪物を相手取らねばならない事に辟易する、アレに比べればまだ打たれ強く時折姿が見えなくなる“だけ”のスカルズと戦う方が気楽だ。

 

 他にも問題は山積みである、こうしてノンビリと過ごせる時間は今だけなのかも知れない。まだ本命である“サイファー打倒”の足掛りすら見えないのだから。

 雨雲に隠された空を見ながら暫し物思いに耽るスネークの無線機が震えた、数コール後に強制接続されミラーの声が届く。

 

『ボス、少しいいか。例の件だ』

「なんだ?」

 

 聞き返しておいてなんだが、要件にアタリはついている。もしや振るわぬ結果に終わったのかとも思うも、それは杞憂だった。

 

『アマンダとの連絡がついた、半年以内に先行して向かわせる事になった。革命が成就してから燻ってた奴らが居たらしい、あんたからの誘いとあって向こうも乗り気だった』

 

 アマンダ・バレンシアノ・リブレ。

 かつてMSFと共に行動していたFSLNの指導者であり、現在も後継となる組織の中軸で祖国ニカラグアを生まれ変わらせようと尽力している。持って生まれた才覚ではなく、泥に塗れながら磨かれていった輝きを以て組織を率いた女傑である。

 9年間のビッグボスの不在に伴い彼女の下に向かった旧MSFメンバーも数多くおり、復活を機に復隊しようと考える者達を思い留まらせ別命を与えた。

 今頃は放々に手を回している頃だろう、それで良い。スネークの真の目的からすればスカルフェイス打倒などは通過点でしかない。常に“先”を見据えいなければ9年の遅れは取り戻せない。

 

『それから、アフガンで進行中だった任務だが……無事に成功した。あんたが選出しただけはあるな。捕虜の移送は明日には完了する、そこから先はオセロットに任せるとしよう』

「引き受けよう」

『なんだ居たのか。そういう訳だ、歓迎してやってくれ』

「……それで、カズ。それだけじゃないんだろう」

 

 ミラーの口調は努めて普段通りに振舞おうとしていたが、端々に堪えようのない“何か”を含んでいた。それは悪い報せではないのだろう。だが、軽々しく口にするのを憚る内容である事に疑いはない。

 長い付き合いだ、その程度の事は理解できる。

 

『......はぁ。ああ、そうだ』

 

 重々しい溜息を吐く。

 そうして“ガス抜き”をしなければ、暴発してしまい兼ねない感情を抑えて朗々と語り始めた。

 

『……ある科学者が西側への亡命を希望してきた、名前は“エメリッヒ”。そう……俺達が“ヒューイ”と呼んでいた男だ』

「……あいつが」

 

 9年前“マザーベース襲撃”に関与した疑いがあるヒューイ、長らく消息を断ち続けていた彼がアフガニスタン近辺に居る事まではミラーも掴んでいた。どうやって接触しようか悩んでいた折、先方から亡命の依頼が来るとはーーーまさに千載一遇の好機。

 

『……あれからずっと奴との再会を待っていた。ボス、エメリッヒの望み通り奴の亡命を手伝ってやろう……“まだ”怪我だけはさせるなよ。久しぶりに会うんだ、思い出話は尽きないだろう』

 

 無線機越しに語る声色は淡々としており感情の起伏を感じさせないものだった。だがスネークにはミラーの浮かべている表情がありありと想像出来た。

 何せ今、己の浮かべているだろう表情と同じモノに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:惨劇の生存者 

 

 

 もう何年こうしているか分からない。

 時間という概念を忘却する程にこの生活を続けて来た、慢性的な寝不足が続き遂には幻覚や幻聴を判別する事も出来なくなり......まるで“悪夢の中”に迷い込んだみたいだ。

 

 誰が自分を狙っているか分からない、だから流れの傭兵として短期の仕事を渡り歩き常に一つ所に留まることはしなかった。

 このアフガンの地は最適だった、常に何処かしらで戦闘が起こっており食いっぱぐれる事だけは無い。極限の状況下にありながら、嘗て所属していた部隊ーーMSFーーで学んだ全てが今でも兵士を生かし続けていた。

 

「…...っ! ? あ、あれは…...」

 

 ソ連の一部隊を襲撃し水と食料に弾薬を補給した兵士は戦利品を抱えキャンプ地に帰還した折、有り得ないものを目にした。 

 

「あ、まさか......いや、そんな」

 

 兵士が拠点としている場所に、大きな“段ボール箱”が鎮座していた。普段ならこんな風に自らの陣地に知らない内に物が増えていれば即座に離脱しているが、事それが段ボール箱となると話は変わる。

 

 予想、期待、願望、妄想と言ってもいいそれらの感情を段ボール箱は連想させてしまう。しかしそれは有り得ない、あの時の襲撃で彼は…...兵士が心酔した“最強の兵士”は死んでしまったのだから。

 でも、まさか…...!?

 

「!」

 

 そんな兵士の前で、段ボール箱から脚が生えてちょこちょこと歩き出した。

 それを見て確信する。この段ボール箱の中に居るのは、間違いなくボスであると! こんな事を大真面目にやる人間などこの世で1人しかいない。

 

「ボス、やはり生きていたんですね! 嬉しいです……ボス!」

 

 直立不動の構えで敬礼の姿勢を取る兵士。

 シュッ、シュパン! と素早く段ボール箱を脱いだスネークは懐から2本ほど葉巻を取り出し、左腕の義手で火を点ける。

 

「おう。まあ吸え」

 

 感動に咽び泣く兵士の口に無理やり葉巻をねじ込んだ。慣れない葉巻の味にむせながら、それでも兵士は吸い続けた。

 やがて互いに岩場へと腰を落としスネークもまた葉巻の味の余韻に浸りながら、この9年の間にあった様々な出来事を語り合った。

 

「そうか。フリーの傭兵として世界中を」

「はい。MSFの襲撃のあと、残された俺達にも連中の手が及んだんです。俺は逃げるのに必死で……仲間を……み、見捨てて……ッ!」

 

 震え出した兵士の肩にそっと掌を置く。

 

「そう自分を責めるな。お前が今日まで懸命に生きて来た事は、その格好を見れば分かる。随分と苦労しただろう……」

「っ……ボス……うぅ……ッ!」

 

 9年間も怯え逃げ続け何時しか凍えていた身体と心が、肩に置かれた掌から伝わる熱で溶け、涙となって流れ出していく。

 もう2度と会えないと思っていた。何度も心が折れかけた。それでも僅かな可能性を頼りに今日まで生きてきたからこそ、偉大なる男と再会できた。

 

「カズ、ヘリを寄越せ。新しいMBまで送ってやれ」

『ああ、了解だ……よく生きていてくれた』

 

 涙を流し続ける兵士の隣、黙してヘリの到着を待つ。

 その間なんの言葉も交わさなかったが……不思議と沈黙は苦にならなかった。互いが互いの無事を肌で感じるこの時間は、忘れ得ぬ思い出となるだろう。

 

 やがてヘリがLZに到着した事を確認し、兵士を立たせようと手を差し伸べる。その手をしっかりと握り立ち上がった兵士は……もはや恐れや怯えなど存在しない、歴戦の戦士の顔へと戻っていた。

 

「ボス、また貴方と共に戦える」

「ああ……おかえり」

 

 遠ざかるヘリに向かって敬礼し、兵士もまた敬礼を以て答える。夕焼けの彼方へと消えるまで見送り、満足気に微笑んで踵を返す。

 新たにD・Dへ頼もしい仲間が増えた。

 いや……“帰って”来た。

 

 

 

 




 いやぁシリアスばかりでしたね(笑顔)
 年末にこんなに重い話を読んで疲れたでしょう、お疲れ様でした。


 話の要点


・燃える男
 倒せるわけがない!
 アフガンで戦わせなかった原作、有能。


・ピークォド大活躍
 彼との絆は深い方がよい、後の展開のために。
 他の隊員達とももちろん絆は深めていく、いずれ来る“別れ”のときの為に。


・オセロットのドヤ
 ふふん


・メインミッションをさり気なく飛ばす
 ゲームでいう薫風のトロフィー(実績)


・エメリッヒ
 次回の更新までにボートを用意しろ、水と食糧はいい。



 次回の更新は約一ヶ月後です。
 良いお年を。



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再会

今回のサブタイトルは『ボートを用意しろ』にしようかとも思いましたが、あまりにネタくさいので止めました。再会とは複数の意味を持たせています、誰と誰が再会しているか考えてみてもいいかも知れません。

それはともかくとして。
お待たせしました、月一投稿はギリ守れてます。
今回の話も重めです、全てシリアスです。シリアスですよ。シリアスですね。





「これは……確かなのか?」

「確かです。私も、俄には信じられず……」

 

 医療スタッフから手渡された極秘ファイルの中身、D・D総司令たるビッグボスの検査結果を一通り読み終えたミラーはその結果に慄きながら問うた。二度に及ぶ計測と、三度に渡っての徹底解析の結果ーーーこの結果は疑う余地のない、確かな物であると証明された。

 

「この事を誰かに話したか?」

「いえ。誰にも」

「賢明だ。分かった、ボスには俺から伝えておく」

「ハッ! 失礼します」

 

 退出したスタッフを見送り、現在アフガンで戦車部隊を単身相手取っているスネークへと思いを馳せるーーーいや、正確には1人と“1匹”か。前回の測定時データはおかしく無かった、9年間の昏睡状態にあった事を鑑みれば優秀すぎる程の結果ですらあった。

 それから僅か1ヶ月でこうも変化するものなのか。スネークの検査項目、その殆どに“異常”を示す印が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 16:ヒューイ接触

 

 

 

「ようしワン公(DD)、目標はアイツだ」

 

 そう言ってスネークは四角い箱をDDの口に挟ませ走らせた。素直に言うことを訊きしっかりと“目標”の下で箱を置くと、トテトテと主人であるスネークの下へと帰還する。

 その手腕を讃えぐりぐりと頭を撫でると、気持ち良さ気な声を出しながらブンブンと尻尾を振るった。最初は警戒心を窺わせていたというのに随分と慣れたものである。

 

「そら、ココだ。押してみろ」

「ワンっ!」

 

 お手の要領で端末の画面を肉球でプニっと押させる、やや間があって先ほど仕掛けた箱が大爆発を起こし“不幸にも”その上に存在していた戦車が誘爆し大破した。

 巻き込まれた人間は生きていないだろう、痛ましい事だ。

 

「やるなワン公、これで戦果は4だ。勲章ものだぞ? まあウチじゃ薫製しかやれんがな…...ほれ」

 

 山羊の薫製肉をホルダーから取り出しDDの口元へ運ぶ、しかし大きな口を開けて咥えたものの一向に食べようとはせずじっと見つめ返してくるだけ。少し理由を考え、良し、と許可を出すと途端にむしゃぶりついた。

 よく躾けてある、オセロットはトレーナーとしても一流らしい。多芸な男だ。

 

 破壊された戦車から漏れ出した燃料が草木を巻き込んで引火し轟々と燃え広がっている、そこへと近付き胸元から取り出した葉巻を火元へと近付けライター代わりに着火する。

 北から南、西へ東と忙しなく動き回って一服する暇もなかった、口内に含んだ煙の官能的な味わいが全身に広がり疲れが取れていくのが手に取る様に分かる。やはり疲れた時はコレに限る。貧相で下劣なタバコでは到底味わう事の出来ない神秘的な味わい、この旨さを知らないで生きている人間が哀れで仕方がなかった。

 

「フゥー………カズ、今ので確認された戦車部隊は全滅の筈だな?」

 

 相棒(バディ)が食事する横で愛用の葉巻を吸いながらMBで戦況把握に務めていたミラーへと確認を取る。今回スネークが破壊したのは戦車だけではなく予定外の戦闘ヘリも含まれた、派手にやり過ぎてソ連軍に目を付けられた結果の派遣であったものの、その役目を果たすこと無くアフガンの大地に消えていった。

 緊急性の高い依頼と状況でありながら当初の作戦目標よりも多くの目標を破壊した手腕は脱帽だ、ミラーも途中から唸るしかする事が無かった。

 しかもその内の幾つかは犬を使っての破壊工作だ。

 

『ああ、さすがだボス。ゲリラ達から賞賛の嵐だ、追加報酬に期待出来るぞ』

「そりゃ良かった、コイツ(DD)の餌代に困る事は無さそうだな」

『そうだな、食べ盛りを飢えさせはせんよ』

 

 一頻り肉を食べたDDがマーキングを行うのを横目に手早く銃の手入れを行う。D・D謹製の拳銃とはいえ汎用性を重視した造りのソレは特注品に比べれば性能は遥かに劣る。

 こうした地道な手入れを欠かさなければ弾詰り(ジャム)を防ぐ事が出来るし、目隠しをしていても解体・組立が出来る程に銃を己のモノとする事が可能となる。尤もスネークの場合、そもそも銃を使うよりも肉弾戦の方が強い上に敵に気付かれる事なく接近できるため発砲すること自体が稀だが。

 

『スネーク、さっき“(ヒューイ)”から催促が来た。どうやら相当に切羽詰まっているらしい……』

「放っておけ。どうせ殺されはしまい、それより検査の結果は出たのか?」

 

 この任務に起つ前に行われた身体検査。

 何故か2日も続けて同じ検査が行われたのが不可解ではあったものの、前回の検査では満足のいく結果を出せなかった事もあり今回は徹底的に身体を鍛えて臨んだのだ。

 実を言えばかなり自信がある。

 スカルズとの戦闘以降、右肩上がりに調子が良くなっているのを強く実感している。先程まで相手取っていた戦車部隊や戦闘ヘリを破壊する時もそれは同じだ、息切れする事が減った。

 何より、葉巻も少し旨くなった気がする。

 

『ああ、出ている。全ての検査で異常が診られた』

「ぶふっ、はぁ?!」

 

 自分としては悪くない手応えを感じていたスネークは、ミラーからの予想もしていなかった返しに葉巻を零してしまうほど勢い良く噴き出してしまった。

 まさか、という思いの裏で、そうか、とも思う。

 

(バカな……いや………そうなのかもしれん)

 

 考えてみれば若い頃から無茶ばかりしてきた。

 怪我や骨折したりは日常茶飯事、遂には左腕を失くし9年もの昏睡状態に陥ったーーーこれで正常な状態であると考える事がおかしかったのやもしれない。

 D・D医療班スタッフの能力に疑いは無い、思えば2度も同じ検査を受けた時に気付くべきであった。なんという事だ、よもや自分の身体の異常にも気付けない程に衰えていたとは。

 

『落ち着いて聴いてくれよ』

 

 ミラーの神妙な声が何処か遠い。

 意識してしまうと何だか身体中が怠く、重く感じてしまう。落ちた葉巻を拾って吸い直そうとする気力すら湧いてこない、隣で心配そうに自分を見つめるDDの頭を撫で幾らか気持ちを落ち着けられた。

 不甲斐ない姿を見られてしまった、主人として申し訳ない気分になる。

 

「ああ、分かった」

 

 覚悟を決めミラーからの説明を待つ。

 嘆いた所で現実が変わるワケではない、ならばありのままの結果を受け入れるまでだ。その堂々とした姿は正に伝説の兵士BIGBOSSの名に相応しいものであった。

 

『ボス、今のあんたの身体は、同年代の平均値から見て……とても50代とは思えない程に鍛えられている』

「そうか、俺の身体はそんなにも鍛えられていたのかーーー何だって?」

 

 が。最悪残り1年の命だと告げられる事すら想定していたスネークの想像は、いい意味で裏切られる事となった。

 

『言葉通りの意味だ。特に運動能力に関する項目では20代の若者すら超越していると太鼓判を貰った、昔のあんたの記録とも遜色ないぞ』

「だがお前、異常が見付かったと……」

『ああ、確かに言った。だが、それが別に悪い事だと言った覚えはないぞ? だってそうだろう、こんな結果を見せられては異常と言う言葉しか出てこん』

 

 どうやら、あの思わせ振りな態度はブラフだったらしい。見事に担がれたようだ、そうと分かった途端に身体中の怠さは抜け落ち、活力が漲ってくるのだから……我ながら現金なものだと自嘲する。

 もし気力ゲージなんてものが存在するのなら、4段階のうち3目盛り落ちて直ぐに3目盛り上がった様な気分である。

 

「カズ……お前なぁ」

『すまない、真に受けるとは思っていなかった。俺としては、データなんぞアテにならん、とでも返されると思っていた』

「ったく、何にしろ引退は先延ばしだな」

 

 担がれた事に思うことがなくもないが、それ以上に身体に問題が無かったことに内心安堵していた。それでもまだ“9年前の自分”と同程度でしかないのは業腹だ、まだまだ鍛える必要がある。

 そうと決まれば先ずは一服、落としていた葉巻を拾い上げ咥え直す。よく考えてみれば葉巻を吸ってるのだから不健康な訳が無かった。葉巻を吸えば健康になる、これはもう常識だろう。

 

 そのまま顔をDDへと近付けると、先程まで心配そうに潤んでいた瞳が険しくなり距離を取られてしまった。

 お気に召さなかったらしい。まあ犬にはこの味の良さは分からんか、と無理強いさせる事はしなかった。

 

『だがボス。たとえ本当に身体に異常があったとしても…………引退する気はなかっただろう?』

「当然だ、俺のーーー俺達の居場所は戦場(此処)だけだ」

 

 プカァ……と煙を輪にして放つ、それに興味深そうに手を出し強烈な匂いを嗅ぎ取りジタバタと暴れ出したDDに笑みを零しながら立ち上がる。

 そう言えば、と。義手を一瞥しカチリと指先を外し点火する。これで良し、身体の何処にも問題は無い。

 

「よし、では現地に向かうとしよう。行くぞDD」

「ワン!」

 

 周辺のソ連軍部隊から“借りた”車輌、その助手席にちゃっかりと乗り込んだDDを伴ってアフガンを走る。目的地はセラク発電所ーーーその奥。

 そこに懐かしい男がいる。

 

 

 

 各地に点在する監視所と哨戒の目を掻い潜り長い登り坂を登りきると車輌をその辺に放置して端末を起動、地図と現在地を照らし合わせる。

 かなり奥まった場所にあるセラク発電所、その全貌が見渡せる距離で一旦立ち止まり、切り立った崖の上へ登ると双眼鏡を構え偵察を始めた。

 

「随分と立派な施設だ、不必要な程にな。

それに常駐している兵士も多く、これみよがしに存在する怪しい扉……これでは“何かあります”と大声で言い触らしてる様なものだ」

『奴の利用価値は1つしかない、兵器(メタルギア)だ。となるとあの扉の奥には……』

「ZEKEに相当する何らかの兵器が造られているんだろう。これで何もなければ大した欺瞞だ」

 

 発電所の奥に存在する大きな扉、そこから僅かにだが覗く“人工物”は此処が極一般的な発電施設ではない可能性を匂わせる。

 恐らくは岸壁をくり貫いて造られたその空間は、衛星や偵察機等への対策の一貫だ、スネークの言う通りこれ程までにあからさまでは何も知らない一般人ですら騙せない。とはいえ一般人がこんな所まで来れる筈が無い、いや訓練された兵士であろうとも不可能に近い。

 この場所に来るまでの警戒は、この周辺がソ連軍の制圧圏である事を鑑みても異常な程に厚かった。通常の警備状態では無いという事だ、それはつまり近くに大物(ゲスト)がいる事の証左である。

 ヘタをすれば鉢合わせてしまう可能性だって考えられる。

 

「さて、こういう時にニッポンの諺では……オニが出るかジャガーが出るか、と言うんだったか?」

『誰から習ったボス? 正確には鬼が出るか“(じゃ)”が出るか、だ。(じゃ)と言うのは即ちヘビ、スネークーーーあんたの事だ』

「そうなのか。よし開いた」

 

 カチャカチャとピッキングしながら何の気なしに思い付いた話題をふる、微妙に間違った知識を窘められてしまった。周囲を警戒しながら扉を閉めるとほぼ同時に、ブザーが鳴る。

 まさか見付かったのかと焦り直ぐ近くに体を隠す、閉ざされていた扉が開きトラックがスネークに気付いた素振りは無くただ通り過ぎた。この至近距離まで接近していた事に気付かないとは、容易にここまで潜入出来た事で些か緊張感が欠如していたらしい。

 

「ふぅ。心臓に悪い」

『すまない、偵察班からこっちに報告が来ていた。あんたなら気付いているとばかり……伝えるべきだった』

「いや、いい。少しばかり気が緩んでいた、いい薬だ」

 

 トラックの接近に気付かなかった事はともかく、人の行き来がある事が確定した以上この先に何も無い空振りの可能性は消えた。トラックが走り抜けた先へと進む、そこは巨大な洞窟が……より的確に表現すらなら倉庫があった。広々とした空間の奥に“巨大な何か”が存在するのが微かに分かる。

 だが最低限の灯りしか存在しない内部を偵察するには些か遠い、かと言って近付き過ぎれば警戒網に掛かる可能性が高まる。慎重に進む事を余儀なくされたスネークが匍匐の体勢を取ったその時、声が響いた。

 

「待ってくれ、話が違う!」

「変更は決定事項だ」

 

 洞窟内で反響する声、どうやら2人の男が言い争いをしているらしい。その両者に聞き覚えがあるものの、肝心の話している内容は残念ながら聴き取れなかった。

 先程のトラックが中央付近で停車している、中からゾロゾロと降りて来た兵士達から見付からない様に慎重に近付いていく、不意に“左腕”が疼いたが無視した。

 

(あの服装、ここからでは良く見えんが……ソ連兵のものではない。だが俺は“知って”いる? 何処の部隊だ、あれはーーーっ!?)

 

「こいつはまだ動かせない、遠隔操縦やAI制御は実用段階になっていない」

「AIは誰も欲しがらん10年前のコールドマンの件があるからな」

「ああ、ただ有人機にするには姿勢制御の改良が必要なんだ……僕も急ぎたいよ」

 

 2人の声が耳に届かない、いや正確に言えば聞き取る余裕がスネークになくなっていた。匍匐から腰を落とした体勢へと変え、不調を訴え始めた左腕を掴み心中で苛立ちの声をあげる。

 

(なんだ……故障か? いや、違う……これは)

 

 止まらない疼きに顔を顰めながら、尚も言い争いを続ける2人の男達へ右手だけを使い双眼鏡を向ける。科学処理され鮮明になった画像は、薄暗くて見え辛くなっていた両者の顔を映し出していた。

 1人はスカルフェイス、間違いない。あんな顔をした人間が何人も居るとは考えたくない。そしてもう1人、知っている。あの頃(9年前)よりも年を重ねて窶れているものの、ボサボサの髪に無精髭を生やした姿は“懐かしさ”を感じさせる。

 ヒューイ、今回の救出任務の依頼主であるエメリッヒ博士が其処には居た。

 

 スカルフェイス、それからヒューイは尚も話を続けーーー兵士から何事かを耳打ちされたスカルフェイスが階段からヒューイを突き落とす。

 そこまでを見届けたスネークに、耐え難くなった疼き……“幻肢痛”が激しく“痛み”を訴え始めた。気を抜けば声が漏れそうな程の激痛、この痛みは今まで受けたありとあらゆる拷問をも超えているのではと感じる程に酷いものだった。

 だが、今この場で叫ぼうものなら武器すらマトモに握る自信のない今見付かってしまえば……結末は1つしかない。

 

「カズ……すまん、奴らの会話を聞き逃すな。くっ」

『スネーク?』

 

 声を抑える為に気配を殺し完全に潜伏する、必要な情報は周音機越しにミラー達が入手する事を祈るしか無かった。脂汗を滲ませ奥歯を噛み砕かん程に力を込める、酷い酩酊状態の様な感覚に吐き気も催した。

 時間の流れが酷くゆっくりしたものに思える。

 

「ーーーサヘラントロプスはーーー」

 

「ーーーー!」

 

「お前とーーーー裏切りーーー」

 

 倒れ込んだヒューイを小型の二足歩行機械がつまみ上げて洞窟から立ち去った。スカルフェイスの指示に従い洞窟内に居た殆どの者達がトラックに乗り込むと順次セラク発電所を後にしていく。

 それに気付いたスネークは、激しい痛みを堪えながら洞窟内部を大胆にも全身を晒け出しつつ奥へと進んだ。その甲斐はあった、洞窟の更に奥……奥深くへと格納されて行く“巨大な兵器”の姿を見届ける事が出来たのだから。

 

『今のは……いや、それよりもスネーク! どうしたんだ!』

 

 だが、さしものスネークをして出来たのはそこまでだった。崩れ落ちる様にその場に座り込むと、そのまま何も出来ず左腕を押さえ込み痛みが治まるのを待つしか無かった。

 

 

 

「っーーーはぁ、はあ。カズ、奴らは何処へ行った?」

『もう大丈夫なのか!?』

「ああ、心配を掛けた。突然、腕が痛んでな……」

 

 痛みが治まり、ようやく人心地つく事の出来たスネークはこの突然の幻肢痛の原因を探るべく意識を傾けた。目覚めてから今の今まで、これ程に唐突で強烈な幻肢痛を感じた事は無い。

 何か切っ掛けがある筈なのだ、失くした腕が疼き始めた切っ掛けが。振り返るとどうも、最初に痛みを覚えたのはトラックから降りて来た者達の服装を見た時である事に思い至る。感じたのは指先の僅かな痛み。恐らくだがこれが原因に違いないだろう、またも疼き始めた左腕が何よりの証拠だった。

 

(原因は分かった、だが理由はなんだ? 俺の左腕が何かを訴えたがっているとでも……?)

 

 奴らを見た時に感じた僅かな引っ掛かり、これを放置していてはならないと半ば強迫観念に近い確信を覚えながら記憶の残滓を手繰りーーー沈み行くMBと倒れていった仲間達の姿を“幻視”した。

 誕生会でふざけ合った笑い声が、共に戦場を駆け抜けた仲間達の勇姿が、腕の中で息絶えていく兵士達の無念の声が、爆弾を遠ざけるため飛び降りた少女の決意の表情が、自らの身体を盾にして爆風に呑まれ死んでいった男の後ろ姿が。

 次々と浮かんでは消えていき、最後に……“髑髏”が残った。

 

(……そうか)

 

 全てが繋がった。

 あの兵士達の装備は、9年前にMSFを襲撃した者達と同じだった。XOF、当時は知る由も無かったサイファー直下の戦闘集団。嘗てゼロが創設し、あの髑髏顔の男(スカルフェイス)が率いている部隊。

 何時しか左腕の疼きは止まっていた。

 

『奴を回収したいのは山々だが、あんたの無事に比べられる事では無い。任務を中止するか?』

「いやいい」

『しかし……!』

「もう収まった。大丈夫だ、ああ。問題はない、行くぞDDーーーDD?」

 

 体調不良を心配するミラーの問い掛けに適当に返事をして傍らのDDへと視線を送る。

 何処か不安げな表情で見つめていたDDだったが、振り向いたスネークの顔を見た途端その態度が急変する、身を竦ませ唸り声を上げながら後ずさった。その様子を訝しむスネークだったが、付いて来いと指示を出し一足早く発電所入り口へと向かって走り出した。

 その後ろ姿が見えなくなった頃、DDはようやく動き始め後を追う。壁に隠れているスネークに追い付くとおずおずと身を寄せ擦り付け、左腕をペロペロと舐め始めた。

 

「何だ、どうした?」

 

 その問い掛けに答えずDDはひたすらに、何処か慈しむ様な、慰める様な仕草で舐め続けた。疑問に思うものの、なかなか離れようとはしない上に見張りの配置が悪い。暫くは動けそうにないので好きにさせる事にした。

 この時は誰も気付く事は無かった、いや……傍にいた“1匹”だけが気付いていた。スネークの顔に僅かに浮かんでいた感情を、怒りと憎しみの発露を。

 DDは言葉を解さない、だが。もしDDがその時に見たスネークの表情を言葉で現す事が出来たとしたらとーーーきっと“鬼のような”顔と言っただろう。

 

 

 

 

 

 17:仲間を売った男

 

 

 

 セラク発電所から北西に位置するソ連軍ベースキャンプ。そこへ移送されたヒューイを追い掛ける、発電所内に残されていた情報から大凡の居場所は判明済みだ。恐らくは監禁状態、接触は困難かも知れない。

 厳重に封印された扉の奥、そこに消えていった謎の兵器も気になる所ではあったが……開閉装置らしきものも見当たらず諦めるしかなかった。有ったとしても動かせるかどうか疑問だが。

 

 言い争いの途中で漏れ聞こえたヒューイの言葉を信じるならば今はまだ未完成の謎の兵器、だがXOFを……スカルフェイスを追うならば近い将来交戦は避けられまい。その時までに片が付けばいいのだが。

 今はそんな心配よりもヒューイを回収することが先決だ、この男の科学知識は役に立つ。兵器の詳細も聞き出せる。だがベースキャンプ周辺の警備は厳重極まりない、小回りの利く戦闘ヘリが常に哨戒し地上からだけではなく上空から見張っている。

 

「よし、いいだろう。行け」

 

 補給物資を積載したトラックの運転手は、通行許可を受け橋を渡る。その上空を大きく旋回しベースキャンプ中央部へと移動していくヘリを眺め大きく溜息を吐き助手席の男へと話し掛けた。

 

「規則とはいえ、いちいち味方のヘリに狙われるってのは良い感じしないな」

「しょうがないさ。お偉い方ご執心の研究施設に行こうってんだからな」

「あの門の先に何があるってのかねぇ?」

「おい、あんまり詮索すんなよ。あの中を見た奴は人知れず始末される……って噂、お前も聞いたことあるだろ?」

「ああ、すまん。っと、忘れる所だった。えっと、ここの荷物はーーー」

 

 ガサゴソと、大量の荷物が所狭しと押し込まれている荷台から目的の物を引き出す。かなり重い荷物だ、この大きさといい配送書の注意書きといいかなり高級な機械部品か何かだろう。

 万が一にも壊してしまうと弁償しなくてはならなくなる可能性が高い、おっかなびっくり抱えて無事に降ろして運転席へと戻った。

 

「待たせた、行くか」

「ああ。早く終わらせて寝ようぜ」

 

 ゴオォォォとエンジンを噴かしてベースキャンプを抜けたトラックは北東にある“施設”前の検問所に向かって走り出した。

 もう直ぐ陽が暮れる、走り慣れた道とはいえ夜道を走るのは独特の緊張感があって好きではない。荷物はトラックごと回収されるので今日は近くに設置してあるテント内で朝まで過ごし、朝には返却されるトラックでまた長距離を走らなくてはならない。

 何を造ってるか知らないが、さっさと終わってくれ。そう願いながらハンドルを切る運転手の頭に、先程降ろした“荷物”の事は既に忘却の彼方だった。

 

 

 

『周囲に敵影なし……いいぞボス』

「了解」

 

 1つだけポツンと置かれている段ボール箱、その下部から太く鍛え上げられた脚が伸びた。僅かに覗く隙間から周囲を警戒しつつ近場の建物の裏へと回り込む。

 それからいそいそと段ボール箱を脱ぎ、近くの見張り台へと上がり双眼鏡を構え何時ものように偵察を始めた。この数ヶ月ですっかりトラックの荷台に紛れ込む事に味を占めていたスネークは、今日も今日とてヒッソリと荷物の中に紛れ込んで厳重な警戒をすり抜けベースキャンプ東部へと潜入を果たしていた。

 

「ワンっ!」

 

 山肌を駆け抜けて来たDDと合流し、備えは万全である。

 

『いけそうか?』

「戦闘ヘリに見付かれば厄介だな、それだけだ。変わった機械(オモチャ)があるが……問題ない。要は見つからなければいい」

『任せた』

 

 外からの侵入に対して偏重している警戒網は、内部からの潜入に対しあまりにも無力だった。壁沿いに進むだけで殆どの敵兵と相対することもなく目的地付近へと辿りつけた、上手く行き過ぎて誘いを疑った程だ。

 その道中で見付けた美女のポスターを丁寧に剥ぎ取りバックパックに大事に仕舞い込んだスネーク。これはソ連軍秘密兵器の設計図が一見すると関係の無い物に紛れて隠されているかも知れないから行った諜報活動の一環である事は語るまでも無いだ。

 

「目的地に到着した。接触を図る」

 

 手に入れた情報から算出した場所にあった蒲鉾形の建物、この中にヒューイが居る筈だ。なだらかな坂になっている外壁を登る、天井付近に開いている通風口から慎重に中を覗き込んだ。そこには捕縛されているだろうという予想に反し元気そうな姿で施設内を“歩いて”いる目標の姿があった。 

 

『エメリッヒ……いたな。ボス、接触してくれ』

 

 今回の任務においてミラーは極力感情を抑えて事にあたっている、それでも長い付き合いのスネークからすれば隠し切れない昂揚めいたものを感じさせる声であった。内部での待ち伏せを警戒し、そのまま偵察を続けていたスネークの目が“ある物”を見つけた。瞬間、ドクンと心臓が跳ねる。

 双眼鏡越しにその正体に感づいたミラーもまた、不思議そうな声で呟いた。

 

『ピースウォーカーに搭載していた電子頭脳(AI)か?』

「ーーーいや、分からん。あの時にピースウォーカーは……“彼女”は沈んだ、だが」

『ああ。だがボス、今はエメリッヒの回収を優先してくれ、奴に聞く方が手っ取り早い』

「……そうしよう」

 

 偵察を切り上げ、入り口に居た2人の見張りを同時に昏倒させ、更に万全を期す為に周囲の見張りを一人残らず無力化する。その中でいい動きを見せた何人かをフルトン回収し、他の者には夢の中へと旅立って貰った。明日の朝までグッスリと眠る事だろう。

 暗視ゴーグルを起動させ罠を警戒しつつ扉を潜る。陽が落ちて来た事とは無関係に薄暗い場所だ、先程ざっと確認したものの何処に伏兵が潜んでいてもおかしくはない。慎重にクリアリングしつつ1歩ずつ慎重に踏み出していたスネーク、その歩みは思いがない“声”により妨げられた。

 

『誰?』

 

 1秒。

 戦場において完全に集中を切らせるなど有ってはならない、そんな事をした瞬間に何処かから撃たれ死んでもおかしくないからだ。休むにしても神経は鋭敏にしておくのが戦士の常……伝説の兵士とまで謳われるスネークもまた、当り前に持ち合わせている技能だ。

 にも関わらずだ。1秒、ぴったり1秒ほど忘我する程の衝撃を覚えスネークは立ち止まっていた。その危険性に気付き直ぐに銃を“声”のした方向へと構えるものの、その銃口は定まらず新兵の様に震えていた。

 

『スネーク…?』

 

 構えていた銃を下ろす。その声の主の全形を視界に捉えた、固く冷たい金属製の円筒状の機械越しにーーー白いスニーキングスーツを着込んだ“彼女”の幻覚が見えた気がした。

 何度か瞬きをすると幻覚は消えていた、当然だ、彼女はもうこの世の何処にも存在していない。この機械が造られた9年前のピースウォーカー事件、それよりも更に10年以上前に彼女は死んでいる。

 殺したのだ、自らの手で。 

 

『元気そうね、ジャック』

 

 これは彼女の思考を再現したAI。

 既に種が割れた手品だ、それは何処までいっても所詮は再現された“偽物”に過ぎない。そうだ、理解している。目の前の機械は只のーーーザ・ボスを“完全”に再現しただけの機械なのだ。

 だからその声に答える必要は無い、その意志を受け継いだ最愛の師とは既に袂は別たれている。だと言うのに、そんなスネークの意思に反して唇が動き。

 

「……ボス」

 

 気付けば、そう呼んでいた。

 声がする、あの一面の花畑で交わした言葉が脳裏に蘇えっていった。

 

 

 

   綺麗でしょ?

 

 

   生命の終わりは

 

 

   切ない程に

 

 

 

「やあ……それは、ただの機械(AI)だ」

 

 その声に正気を取り戻す。

 咄嗟に振り向きながら銃を構える、もう先程の様に震えてはいなかった。声の主は折り畳まれた腰部の機械を伸長し、恐らくは外を彷徨いている二足歩行兵器と同様の技術で造られたソレを使って歩いている。その機械は正しく脚代わりとして機能しているのだ。

 ヒューイ、嘗てMSFに所属していた男。しかし現在の彼はーーー裏切りの容疑者。だが当の本人はそんな風に思われているとは露ほども思っていないのだろう、久し振りに見るスネークの顔に破顔しながら二コやかに声を掛けてきたのだから。

 

「遅かったじゃないかスネーク……わっ! な、何をするんだ?!」

 

 そんな彼の態度が鼻に付いたのは確かだ。

 だが、それだけでは無かった。本人は決して認めようとはしないだろうが、ザ・ボスとの邂逅に無遠慮な言葉を投げ掛けられた事に対して自覚する事の無い苛立ちを感じていた。

 だからこそ、ヒューイの話を取り合うことなく素早く機械の脚の“自由”を奪う行為へと自然に身体が動いた。

 

「放してくれ!」

 

 頭部を袋で覆い背部の配線をナイフで斬り落とす、沈黙した機械部分を軸に抱き抱えて上手くバランスを取った。想像していたよりもずっと義足は軽かった、確かな技術力を感じさせる仕上がりに技術者としてのヒューイの能力は確かな物である事を改めて認める。

 だから信用していた。それはあの日もそうだ、だと言うのに……。

 

「降ろしてくれ! 僕の脚を返せ!」

 

 此処で語り合うつもりは更々ない、話し合い(拷問)について“それなり”の知識は持っているがオセロット(専門家)には流石に遅れを取る。そもそも、事の真偽はどうあれこの男に煩っている暇はない。

 加えて今は速やかにこの場から距離を置きたかった、だが。

 

『ジャック』

 

 それを押し留めたのは、その要因たる彼女(ザ・ボス)だった。

 

 

 

 反射的に振り返ったスネークの眼にはもう、在りし日の彼女の姿は見えなかった。赤く明滅するランプと共に合成音声が言葉を発する、然してその内容はあまりにも判然としないものであった

 

『来なさい。あなたになら“彼女”を託せる』

「彼……女?」

 

 何を言っているのか訝しむスネークに対し、その言葉の意味を咄嗟に理解した者の反応は劇的だった。それまでは抵抗の言葉を発しながらも抵抗らしい抵抗を見せなかったヒューイが暴れだす。

 

「っ! や、やめろ! はな、放せっ!」

 

 抱えられた姿勢のままでジタバタと抵抗を始めたヒューイ。しかし幾ら暴れようとも所詮は科学者、鍛え上げられた肉体を持つスネークをどうこうする事は出来ない。それでも勝手に動かれてはバランスを取り辛い、あくまでも優しく……しかし強く締め付けてその動きを止めた。

 かなりの痛みを感じているのだろう、抵抗は弱まった。それでも尚、震える声で静止を求めるヒューイの問い掛けを無視して、重い足取りでポッドへと近づく。

 

『ハッチを開き、中を確かめなさい』

 

 その言葉に、より一層の抵抗を始めたヒューイを冷たく見下ろす。よほどこの“中”を見られたくないのだろうが、その抵抗は逆効果だった。

 本来は確認する気の無かったスネークの考えが変わる、ふつふつと湧いてきた興味に突き動かされヒューイをその場に降ろした。一連の騒ぎを聴いていたミラーもまた、その“中身”への強い興味を感じている。

 

『ボス、奴がこれ程までに動揺するものだ。確かめておいて損はないだろう』

「……」

 

 ミラーからの無線の声、それが最後の後押しとなりポッドの鎮座する階段へとスネークの脚を動かせた。近くでよく見ると様々な写真が張り付けられていたのに気付く、そのどれもが酷く懐かしさを感じさせーーーズキリとほんの少し左腕が痛んだ。

 僅かな取っ掛かりを頼りによじ登り固く閉ざされていたポッドのハッチを解放する、密封されていた空気が放出され……その匂いに顔を顰めた。

 毒ガスか? そう警戒して口や鼻を押さえながら中を覗いた。

 

「……」

『なんだ、何があるんだボス?』

「……遺体だ」

 

 ミラーの問い掛けにそれだけ答え中を検分する、毒ガスでは無かったが……その方がマシだったやも知れない。ポッドの中、そこには1つのーーーとても“誰であるか”判別する事さえ難しい程に変わり果てた遺体があった。

 だがスネークは直感する。

 この遺体が誰であるかを、他ならぬザ・ボスの言葉があったからこそ遺体の正体に気付いた。気付いてしまった。

 

 ハッチを丁寧に封鎖し、ポッドから跳び降りたスネークはヒューイが先程まで使用していたパソコン付近を探り目的の物を見付けだしてコードを打ち込み始める。

 端末と接続してから無線を起動し指示を出した。

 

「カズ、今からコイツをそっちへ送る。受け入れの準備と……それから花を用意しておいてくれ」

『花?』

「ああ、(オオアマナ)を……な」

 

 ポッドの中身、その正体をスネークは語る事はなかった。未だ得心いかないながらもミラーは命令通りに部下へと指示を始めた。D・D総司令と副司令の間で合意は為された、ポッドの飛翔能力を使用してMBへと移送する事は決定事項となる。

 だが、それに異を唱えようとして事更に大声でヒューイは叫ぶ。その言葉が途切れ途切れになっているのは、頭部の袋によって息がしにくい事だけが原因ではなかった。

 

「まっ、待ってくれ、スネーク! それを……“彼女”を、どうする気なんだっ!?」

「……回収する、それだけだ」

「やめろ、彼女を! くそっ、これ以上やるっていうなら、僕にも考え 『ちょっと! 開けなさい!』 が……っ、ぁ……ぁぁぁ」

 

『これは…………そうか、そういう事か。だが、これは……!』

 

 スネークへと食い下がり続けるヒューイの声を遮る様に、唐突に“とある”音声が再生された。聞き覚えのある声にミラーはほんの少しだけ記憶を辿り、直ぐにその正体に気付いた。そう、その声こそ遺体の正体ーーー9年前に姿を消し、1度だけアマンダの前に現れてから行方を晦ましていたストレンジラブ博士の声だった。

 ならばこそ、他ならぬ彼女の言葉だからこそ。

 

『ヒューイ! 開けて! ヒューイ! ……開けろ!』

 

 何よりも正しく、これこそが真実であると物語っていた。思わぬ方向からの追い討ちに酷く動揺を見せるヒューイ、その表情こそ窺えないものの……もはや第三者が客観的に状況を判断してすら完全な“黒”だ。

 このポッドの“遺体”は、ヒューイにより“閉じ込められ”死んでしまった“ストレンジラブ博士”なのだ。

 

 流れ続けるストレンジラブ博士の独白を、ワナワナと震え首を左右に振り続け否定しようとする。そんな醜態を晒すヒューイを一瞥する事すらせず黙々とキー入力は行われた、どういう意図があったか知らないがポッドは定期的に手入れされており何の異状も見当たらない。

 それが却って、このポッドの中身といい……ヒューイの精神的な異常さを感じさせた。

 

「違う………そう、そうさ」

 

 ブツブツと呻き声をあげていたヒューイの動きが不意に止まる。

 僅かな沈黙の後、まるでスイッチを切り替えた機械の如く気勢を高め自らの無実を証明せんと声を張り上げた。

 

「違うんだ、僕は何もしていない! 勘違いなんだ!」

「……」

「あいつがやったんだ、そう、スカルフェイス! あいつが僕と彼女に研究を強いて、それで逆らった彼女は閉じ込められたんだ!」

「……」

「彼女は僕に助けを求めたけど、僕が動く事は許されなかった。助けたかった、そうさ、そうなんだ! ああ、僕はなんて無力なんだ……!」

「……いい」

「チクショウ! 仇は僕が取るぞ、必ず。だからスネーク、僕をここから連れ出して 「もういい」 す、スネーク……?」

 

 MBへの座標を入力し終えたスネークは、起動装置を左腕で叩き付ける様に押し込むと共にヒューイの言葉を遮った。

 流石にこの場でポッドを飛ばしてしまうと周囲の兵士達に異変を悟られる、なので凡そ30分後に自動で飛び立つ様に手を加えてあるーーー入力した座標は破棄される、誰にも知られる事は無い。

 

「す、すね……ぅ…」

 

 気圧され、ヒューイは二の句が継げずにいた。

 沈黙した両者の間に不穏な空気が流れる。作業を終えたスネークが近付いてくる足音が妙に恐ろしく感じた。カツン、カツンと自分へと近寄ってくる足音と共に何かを取り出した音を確かに聞く。

 その正体に思い至り背筋にゾッとする様な寒気が走った。

 

「もう、いい。ヒューイ……お前の“言葉”には、なんの意味(価値)もない」

「あ、ああぁあ、うああっ?!」

 

 殺される。

 そう感じたヒューイはこの場から逃れようと足掻くものの、文字通りその“脚を引っ張っている”のが彼自らが歩く為に造り出した義足だというのだから皮肉な話だ。

 慌てふためきながら、しきりに言い訳を口にし続ける。その言葉に心動かされるものはいないにも関わらず。

 

「や、やめてくれ! 殺さないでくれ、ぼ、僕達は仲間じゃないか!? 話せば分かる、誤解なんだ! 信じてくれスネーク!」

「……勘違いするな」

 

 首元に銃身を押し付けられる。

 その金属特有の冷たさを感じ凍り付いた様に身体が硬直する、唯一動く股間からは熱い液体が滴り落ちた。

 

「お前には、そんな(殺される)価値すらない」

 

 

 

 

 

 18:サヘラントロプス

 

 

 

 既に陽は落ちていた。

 闇夜に紛れる様に建物から出て来たスネークは、その名の通り蛇の如く音も立てず滑らかな足取りでコンテナの裏側へと隠れ周囲を窺った。

 増員された警備兵達が持ち場に就く為に駆け足で移動している、この分ではあと幾ばくもしない内に異常に気づかれて騒ぎになってしまうだろう。中で余計な時間を取られ過ぎた、ここからは素早く事を済ませる必要がある。 

 

『エメリッヒだが、眠らせたのか?』

「煩くてかなわん、暫くコイツの声は聞きたくもない。それよりヘリだ。近くに降ろせるか」

『可能だが、戦闘ヘリに見付かるとマズイな。先に片付けてくれ』

「分かった」

 

 端末を開き現在地と戦闘ヘリの所在を確認する、ベースキャンプ内を哨戒するその予測進路は優秀な諜報班のお陰で分単位で詳らかにされていた。背負った男からイヤに生暖かい感触と独特の匂いがする、なるべく早くヘリと合流したい所だ。

 

 草むらの陰に邪魔な荷物(ヒューイ)を横たわせ、ダンボール配送でロケット砲一式を受領したスネークは闇夜に乗じ周囲の兵士達を手早く無力化させ終えると何も無い場所へ向けてロケット砲を構え座り込んだ。

 バババババと爆音を立てながら移動するヘリの音に耳を傾ける、周囲の異常に気づいた様子はない。ヘリの巡回ルート、その死角とも言える位置で待機していたスネークは時間ピッタリに現れたヘリへと容赦なく砲弾を叩き込んだ。

 敵パイロットが気付いた時にはもう遅い、強い衝撃で浮力と制御を失ったヘリは近くの岩壁に叩き付けられ大破した。邪魔者を片付けたスネークは、呑気に寝息を立て始めた荷物(ヒューイ)を抱え直しLZへと急ぐ。相棒と共に。

 

「DD!」

「ワンっ!」

 

 横を走るDDだが、何処となく距離を開けている様に思えた。犬の嗅覚は人の数千から数万倍とも言う、特に酸っぱい臭いに関してならば1億倍にすら至ると言う。ならばこそ彼らにとって小便は縄張りを示すマーキングとなっているのだ、例え人の小便とはいえ近くに居たくは無いのだろう。

 或いは単純に臭いかだが、それを確かめる術は無い。

 

『こちらピークォード、LZに到着。着陸します』

 

 直上でホバリングしているヘリが降着しようと姿勢を正す、その上には綺麗な夜空と星々の瞬きが広がっている。雲一つない美しい空だ。澄んだ空気といい、自然の美しさといい、ただ観光に来たのならば堪らない絶景だったろうと感じ入る。

 

(ん?)

 

 キラリ、と一際強い輝きを放つ星が目に付いた。

 何とはなしにその星のあった辺りを眺めているとパッ…パッ…と断続的に光が瞬く。それに違和感を覚えると同時、風を切る様な甲高い音を奏でながら黒鉄の物体が近くへと落下してきた。

 

『うわっ!』

 

 ヘリの真横に落下した物体の衝撃で陥没した粉塵が舞う、とてもではないがこの場に留まる事は出来ないと判断したピークォードが慌てて距離を取った。結果的にそれは正解だった。

 暗闇に目が慣れていたスネークだからこそ一早く気づけた、粉塵の向こう側に“何か”が居る事に。手早く拳銃を構えたスネークの前に……機械仕掛けの“巨人”が姿を現した。

 

『あれは? エメリッヒの開発したメタルギアなのか?!』

 

 オセロットの独白に、しかし答えを返す事の出来る男はスネークの肩で夢の世界に居る。激しく吠え威嚇を始めたDDだったが、全身は震え尻尾は力なく垂れ下がっていた。野生の本能が目の前の存在の強大さを悟っているのだろう、逃げ出さないだけ勇敢なものだ。

 巨人はゆっくりとした動作で立ち上がる。

 その動きの滑らかさは機械特有の硬さが何処にもなく“人間”の様な印象を受けた、まるで“人が中から”動かしているかの様に。包み込まれていた右手が開かれ、そこから現れた男ーーースカルフェイスの視線がスネークと交わり、ぐにゃりと表情が歪む。

 初めて邂逅した時と同じく、大仰な動作を持ってスカルフェイスは朗々と……熱に浮かされたように語り出した。

 

「紹介しよう、これこそがサヘラントロプス! その男(エメリッヒ)の作り出した兵器だ、ビッグボス。

お前達はここで死ぬ。この日! 兵器が直立歩行をした記念すべき日にな!」

 

 興奮した面持ちで語り上げたスカルフェイスは満足気にスネークを眺めた。念願の玩具が手に入った少年の様な純粋で、しかしドス黒い怨念で彩られた殺意と共に。

 

『何処が未完成だ、あいつ(ヒューイ)め……!』

「……スカルフェイス」

 

 その殺意を真っ向から受け止め、サヘラントロプスと呼称された巨人を見上げる。敵性戦闘ヘリがサヘラントロプスの周囲を旋回し、やがて静止する。そのタイミングに合わせて右掌に居たスカルフェイスを回収しようと扉が開かれた。

 そこに見た、奴らの姿を。

 9年前にMSFを襲撃し壊滅させた兵士達と同じ戦闘服に身を包んだ者達を、彼らに指示を出しこの場から離脱しようとしているスカルフェイスの姿をーーースネークの瞳は捉え続けていた。

 

 左腕が疼き出す。

 しかし痛みは感じない、それどころか不思議なことに全身から熱が込み上げ左腕へと集っていき失った筈の左腕の感覚が蘇った。それはまるで機械の左腕に血肉が通っていくかの如く劇的な変化だった。

 不思議な“高揚感”を覚え、しかしスネークはそれに頓着すること無く只ひたすらにスカルフェイスを見続けていた。

 その瞳の奥にーーー

 

「…………」

 

 ーーー激情を宿しながら。

 

 

 

「ようし、離脱しろ……いや待て! まさか、そんな……!?」

 

 それに最初に気付いたのはスカルフェイスだった。

 先程まで確かに全身に満ち溢れていた“高揚感”が失われた、慌ててサヘラントロプスへと視線を向けるとそこには案の定ーーー直立歩行を維持する事が出来ずガクガクと震えている巨人の姿があった。

 そこには先程まで確かに窺えた人間らしさは見受けられない。

 

「どうした、何故動かんサヘラントロプス!」

 

 唐突にぎこち無い動きを見せ、遂には片膝を着いた姿勢で機能停止したサヘラントロプス。その原因は“分かる”ものの“理由”の分からないスカルフェイスは酷く狼狽した。

 油断なく銃を構え動きを観察していたスネークも、何らかのマシントラブルが起きた事に気付く。放心気味だったミラーが慌てて声を張り上げた、戦おうなどとは全く考えもしなかった。

 

『何だか知らんが今がチャンスだ。ボス! ヘリに乗って離脱してくれ!』

 

 動きの止まったサヘラントロプスの肩に降り立ったスカルフェイスは怒声を浴びせ続ける、そんな事で機械が直るワケが無いというのに……そんな事も理解出来ないほど狼狽しているのか。それとも、そうやれば“動くと”でも言うのだろうかーーー。

 そんな取り留めのない考えに浸っている場合ではない、肩の荷物(ヒューイ)を抱え直して足元のDDへと声を掛ける。

 

「……こっちだDD、そうだ。撤退する、ピークォード! カバーを頼む!」

 

 グルルルルと威嚇を続けるDDを窘めヘリの下へと送り出し、斥候の役目を与える。未だ沈黙を保っているとはいえ何時あの巨人(サヘラントロプス)が動き出すか分からない、常に視界に捉え充分に警戒しながら後退を続けた。

 無防備な姿を晒すスカルフェイスへと銃撃したい所だが、隣でホバリングし続けるヘリ内部から兵士がロケット砲を構え牽制している今それは出来ない。彼らが撃たないのは偏にピークォードが同じ様に砲塔を向け牽制しているからだ、その膠着状態を破ってまで戦う事が最善だとはとても思えない。

 今は戦うべき時では無い、口惜しいが此処は逃げるのが正解だ。

 

「よし、離脱しろ! 全速力だ、飛ばせぇっ!」

 

 ヘリの傍らまで後退したスネークは邪魔な荷物(ヒューイ)をぞんざいに機内へと放り投げてからDDを乗り込ませると、慎重に警戒を続けながら自身も乗り込んだ。拳銃を仕舞い、備え付けてある機銃の1つを掴み巨人の肩部に居るであろうスカルフェイスへと視線を合わせる。

 その視線が奇しくも重なり合った。

 スカルフェイスもまた、去りゆくスネークをじっと見つめていたのだ。

 

「ーーーーーー」

 

 先程まで狼狽していた姿は鳴りを潜め、落ち着きを取り戻している。芝居掛かった仕草で帽子を脱ぐと、別れを惜しむかのように振り上げつつ何事かを呟いた。

 彼我の距離は100m以上離れている、これだけ離れていてはどれだけ大声でもそれ以上の轟音を放つローター音でかき消され声が届く事など有り得ない。

 にも関わらずだ、確かにスネークには聴こえた。

 

  また会おう ボス

 

 確かに、そう聴こえた。

 気の所為ではない、あれは確かにスカルフェイスの声だったと確信できる……それよりも、それ以上に不可解だったのはその声のした“距離”なのだ。

 

『警戒エリアを抜けた。目標は達成した、そのまま帰投してくれ』

「……ああ」

 

 確かに聴こえたのだ、奴の声が。

 そう、まるで……“隣”に居るかの様に。その事に疑問を持っていたからスネークは暫く気付く事がなかった、左腕の感覚と高揚感がいつの間にか“消えて”いる事に。

 

 

 

「そうか……なるほどな」

 

 この場にいなかったミラーはおろか、操縦に意識が集中していたピークォードも、XOF隊員も、DDも、すぐ“真隣”に居たビッグボスすらも気付く事はなかった。フワフワと、幽鬼の如く空を浮かぶ少年の姿を……。

 その事に気付けば“理由”も自ずと説明が付く、スカルフェイスは去りゆくスネークの乗ったヘリを眺めながら忌々しげに口元を歪めた。

 

 それから暫くして、何事も無かったかの様に滑らかな動作でサヘラントロプスが立ち上がる。だが既に敵は遥か彼方へと逃げ去った後、折角のお披露目は無駄になってしまった。待機していたヘリを先に帰投させると、じっ……と己の横に浮かぶ少年の姿を眺める。

 空虚な少年、いや空虚にならなければ生きていられない少年の途方も無い力を“目覚めさせた”のが誰だったかを考えれば、今回の結末など初めから明らかだった。

 とんだ茶番を演じてしまったと、スカルフェイスは込み上げてくる笑いを押さえることが出来ないでいた。

 

「……くっ……くくっ……ハーハッハ!」

 

 こうまで“見せ付けられ”ては笑うしかない。

 所詮は裏方(パックアップ)に過ぎないお前が、本物(英雄)に敵う筈が無いのだと突き付けられたのだ。考えれば考えるほど納得するしかない、唯一最大の好機である9年前にビッグボスを殺せなかった時点で……いや、スネークイーター作戦をビッグボスが完遂した時点から互いの優劣は決まっていたのだ。

 

「くく、く」

 

 第三の子どもと呼ばれる少年。

 特殊な力場を生み出す事の出来るこの少年が手に入った事でサヘラントロプスは“完成”した。スカルフェイスの意思に応え手足の如く……いや、それ以上にサヘラントロプスは自由自在に動かせる様になった。

 これで鬱陶しいビッグボスと、邪魔になった科学者を同時に葬ることが出来ると思っていた。確信すらしていた。

 

 ところがだ。いざ目的であるビッグボスの前に立った時、ある“誤算”が起こった。彼がスカルフェイスを、XOF兵を、仲間の仇を目にしたその時に放った“感情”に共鳴した少年はスカルフェイスとサヘラントロプスの間を繋げていた“糸”を綻ばせた。

 操り糸を失ったサヘラントロプス(人形)が動く道理は無い、少年が居なければ所詮は未完成のガラクタに過ぎないのだから。もしサヘラントロプスの動作原理をビッグボスが知っていたら、あの場でスカルフェイスは殺されていただろう。

 

「私の意思(報復心)よりもお前の意思(報復心)が上回るか。流石だボス……あの男(ゼロ)が執着するワケだ」

 

 万難を廃して仕掛けたMSF壊滅作戦(海賊討伐)ですらその命に届く事はなく、9年という歳月を対価に今こうして目の前に立ちはだかっている。その兵力こそ未だ小さいが、世界中のPFは程度の差こそあれ潜在的にビッグボスのシンパだ。

 時が経つにつれ新しい組織(ダイアンモンド・ドッグズ)へと集い、その力は天井知らずに増していく事だろう。いずれはXOFのーーースカルフェイスの“真の目的”にまで辿り着くに違いない、蛇は秘かに忍びより獲物を仕留めるもの。

 狩人ではないスカルフェイスでは、殺しきれないのは道理だ。

 

「やはり君しかいない様だ……燃える男(復讐者)よ」

 

 サヘラントロプス近くの木の葉が揺れ、唐突に燃え上がり灰となった。大破して炎上していたヘリ表面の炎が意思を持ったかの様に一点へと集まり人型へと変貌する。噴き上がる熱量こそ、この燃える男の意思(憎しみ)の強さの証である。

 生者よりも死に近い者の意思の方が暗く、重い。その中間に位置する燃える男の意思が生者であるビッグボスを上回る事は“前回の戦い”で証明されている。

 

「奴への対処は全て君に任せよう。私はこれでも忙しい身でね……」

 

 サヘラントロプスの右腕が上がり、掌の上へとスカルフェイスを誘なう。そのまま一気に跳躍し、ベースキャンプから姿を消した。

 ただ1人、残された燃える男はビッグボスの消えて行った方角を睨み付けていた。

 

「ーーーーーーーー」

 

 そんな燃える男の見つめる先へと、1台のポッドが勢い良く飛翔して行く。事前に定められた時間となり誰も居ない建物から飛び出したポッドは、このままMBへと辿り着く事だろう。

 燃える男は手をゆっくりと掲げ、ポッドへと狙いを定め……やめた。

 

「ーーーーーー」

 

 アレはザ・ボス(報復の対象)では無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:同じ人を愛して

 

 

 

「こんな所にいたのか、探したぞ」

「……カズか、何の用だ」

 

 司令部プラットフォームの脚部、海にほど近い場所で釣り糸を垂らし葉巻を燻らせていたスネークの隣りにミラーもまた座り込んだ。

 肩に掲げていた袋からハンバーガーを取り出し、手渡す。

 

「実は、あんたが眠っていた間に飲食店を経営していてな。うちのイチオシ商品だ、是非味見してくれ」

「ほぅ」

 

 ムシャリムシャリと頬張る、そのまま一気に全て食べ尽くす。その頃合いを待って手渡されたドリンクで口の中のものを胃へと押し込んだ。

 

「……レーションよりはマシだな」

「手厳しいな」

 

 そんなに悪くないと思うんだがな……そう呟きながらモリモリと咀嚼し、付け合せのしなびたポテトと一緒にコークで飲み干す。

 暫く無言で食べ進めるミラー、スネークは新しい葉巻に火を点けボンヤリと反応の無い竿を眺めていた。

 

 食べ終えたミラーは片腕で器用にゴミを纏めて肩に掛け立ち上がり、背を向ける。そして今回の“本当の”要件を語った。

 

「……ストレンジラブ博士の葬儀の準備が整ったが、本当にいいのか?」

「ああ」

「見送らないのか?」

「俺が? まさか。彼女も拒否する筈だ、俺達はそれ程親しい関係では無かった」

「ならば、何故?」

「…………」

 

 押し黙ったスネーク、その態度と雰囲気で語る気は無いと判断したミラーはハンバーガーの改善点を考えてくれとだけ言い残し去って行った。

 ヒューイと共謀しMSF壊滅に関与した疑いのある彼女だが、死人に口なし。死者を冒涜しようとまで考える者は居なかった。

 

 彼女ーーーストレンジラブ博士の遺体を収納した棺桶は丁寧に防腐処理を施し、研究開発班にあるポッドの近くへと安置される事となる。

 今はまだ、そうしておくしか無い。

 余裕が出来てから“彼の地”へと、ポッドごと運び埋葬する。それまでは“彼女”の近くで、剥き出しの遺体ではなく人として尊厳のある姿で眠らせておきたかった。

 

 何故そんな事をするのか。

 言えるものか、同じ人を愛した仲だから……などと。

 

「……ふぅ。さて、そろそろヒューイの尋問も終わった頃だろう」

 

 僅かに釣り上げた魚の入ったクーラーボックスを抱えて上層部への道を登る。足を運ぶと思っていなかったミラーには悪いことをしたなと、急勾配の階段を登りながら心中で謝罪する。気を遣わせてしまったらしい。

 戻ったら直ぐに作戦の検討、それから……ハンバーガーは素材から選び直せと告げる事に決めた。

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:ビッグボスのミーム

 

 

 

「いいだろう、これ?」

「おい、マジかよ。ニューモデルじゃねえか、何処で手に入れた!?」

「へへっ、前の遠征任務の勲章代わりにな」

 

 ビッグボスの伝説に惹かれ集まった者達は、本物を目の当たりにし自然と彼の生き様に倣う。それは戦場に対する心構えであったり、戦技であったり、人となりであったり様々な部分をだ。

 そんな彼らだからこそ、こうして自分の持つ特別な品を自慢する事が“ステイタス”となっていた。

 

「くっ、ボスの使っている段ボール箱のレプリカが貰えるなんて! 羨ましい」

「へへっ。やっぱさ、良いモノを使ってると潜入の歯応えが違うぜ」

 

 きっちりと折り目正しく成形された段ボール箱は、そこらのモノと比べるべくもない程に逸脱していた。加えて扱う兵士の技量も高レベルだ、伊達に1日3時間の自主練習を行っているのではない。

 そうして勝ち誇る男の前に、新しい男が颯爽と現れる。無論、段ボール箱を持参して。

 

「ふん……確かに良いモノ使ってる様だが、俺の段ボール箱に比べたらちいっとばかし劣るかな」

「んなっ?! そ、それはウワサの……!!」

「すげぇ、マジで存在してたんだな!」 

 

 ニヤリと男が見せ付けた段ボール箱こそ、かのスネークイーター作戦に於いて初めてスネークに使用された由緒正しい段ボール箱のレプリカ品である。

 旧MSF時代から熱狂的なビッグボス信者であったこの男は、実に9年以上もこの段ボール箱を扱って来た。

 

「確かにボスの使用された最新段ボール箱は銘品だ、その機能性の高さは元より洗練された佇まいには溜息を零すしかねぇ。かくいう俺も受領した日にゃ一日中眺めたもんさ。

だがな、こうして愛着を持って使い続けることも大切なんだぜ……お前さんにゃまだ“真心”がたりてねぇや」

 

 瞬間、まるで雷に打たれたようにくずおれた兵士。段ボール箱は傷付けないように丁寧に退かしてからくずおれている、安心して欲しい。

 

「くっ! お、おれは自分が恥ずかしい!」

 

 そんな彼の肩をポン、と叩いて顔を上げさせる。

 

「いいのさ、分かれば。新しい段ボール箱があればつい被りたくなるもの、そう……使命感に似たものがあるもんなぁ」

 

 立ち上がった彼らは各々の段ボール箱を被り完全に風景に溶け込むと、ニョキっと脚だけを出して立ち上がった。

 

「んじゃそろそろ交代の時間だ、俺は先に行くぜぇ」

「頑張れよ」

「終わったら一緒に段ボール箱磨こうぜ!」

 

 トットット、膝を曲げなければ構造的に段ボール箱を被れない為必然的に移動スピードは落ちる事となる。最新モデルでなく初期モデルを使用しているなら尚更だ、にも関わらず彼の動きは素早く見事な物だった。

 

「俺達も負けてらんねぇな、今から一緒に訓練しないか?」

「いいね、段ボール箱魂に火が点いてたところだ!」

 

 タッタッタ、テッテッテ、スネークフォーメーションで移動を始めた2つの段ボール箱。そんな彼らの勇姿を見送り、今まで完璧に風景へと溶け込んでいた段ボール箱からオセロットが姿を見せた。

 

「フン、情けない姿を見せるなら指導してやる所だったがーーーなかなかどうして、気持ちのいい奴らだった」

 

 だが自分に気付けない様ではまだまだだなと、口元を緩ませながら悪態を吐きその場を後にする。

 その姿を見送り、更に完璧に風景へと溶け込んでいたスネークが段ボール箱から立ち上がった。

 

 

 

 




 今回の文字数は2万文字強です。
 ちょっと長めですね、でも個人的には月一ならこのぐらいの量は読みたいと思うのですが如何です?
 まあ今回は詰め込みすぎただけなので要反省ですが、久々に更新されたと喜んで読みに行った時にスクロールバーの太さに泣くよりはいいかな、って。



 話の要点


・スネークの体調
 特に引っ掛けもなく問題はありません、深読みされませんように。とても50代の動きではありませんからね。


・幻肢痛
 決してスネークが表に出そうとしない“感情”の高まりに反応して現れました。
 今後も、何かしら感情が強く揺さぶられたりした時に現れます。


・ヒューイ
 感想欄で色々と説があると指摘されました、全部知ってます。その上で今作ではガチクズ野郎として描写します、まともなのは僕だけか? ボートを用意しろ。


・ポッド(ザ・ボス)
 本物のビッグボスによる違い、此処で中身をバラした事で只でさえ少なかったヒューイの信用がゼロに。まだ下り坂の一番上。


・サヘラントロプスと第三の子ども
 スネークの目覚めに呼応して覚醒したのだから、そりゃスネークの意思に反応するでしょうよという話。これによりスカルフェイスは単身でスネークに手を出せなくなりました、その分原作より燃える男の能力値が上昇しています。


・左腕の感覚の一時的復活
 これはサヘラントロプスを動かす原理と同じ、超能力ブーストによって義手の感覚が本物を超えたという証。露骨な伏線。
 尚、燃える男の前でこの状態にはならない(なれない)模様。


・燃える男
 虎視眈々と強化フラグを積み重ねています。そりゃね、本物が相手だものね。


・ストレンジラブ博士
 キチンと葬ってあげました。



 今回は結局、この3日ぐらいで誤字脱字の修正と合わせ倍ほど書き足してしまいました。毎日こまめに書くことの大切さを実感しましたが、恐らく次も月末で限界ギリギリでしょう。
では、またの更新をお待ちください。




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第二章 抑止
予兆


思ったより時間かかってやんの、本当は3日ぐらいで書き上がると思ってたのに。
というワケで今回からアフリカ編、第二章のスタートでもあります。





 高度飛行中のヘリ内部。

 長らく降り続けていた雨足もようやく弱まりだした、幾ばくもしない内に晴れる事だろう。尤も、ミラーから手渡されたカセットテープを再生しながら現地への到着を待つスネークには天候など大した興味はない。

 その脳裏には数日前、MBでの一幕が鮮明に蘇っていた。

 

 

 

「調子はどうだ」

 

 ヒューイの回収は極秘裏に行われた。

 その事実を知る者は当時を知らない極一部の者達に限られ箝口令も敷いてある。とはいえ人の口に戸は立てられない、その相手が“仲間の仇”となれば尚更だ。

 何時まで隠し通せるかは分からないが、近い将来彼の存在と共に“真実”が詳らかにされるのは間違いない。それからどういう“処罰”が科されるかは……鋭意“事情聴取中”のオセロットの結果次第である。

 

「いや、難航している。自白剤が効かない……代謝酵素を増やす様な手術をしているのか、それとも……特殊な遺伝子治療(ジーンセラピー)を受けているのか」

 

 待機室でオセロットとヒューイの“語らい”を眺めていたミラーはそう答えた。

 葉巻を燻らせながら同じ様に2人の姿を眺める、耳元で何事かを呟く度にヒューイの身体が跳ねた。手を縛られ義足の電源は切られ身動きの取れない彼に抵抗する術はない、恐々とこれから行われる“拷問”について想像しているのだろう。

 

「あいつは何と」

「6時間前から変わらない、9年前 核査察が偽物とは知らなかった。そのあとはサイファーに研究を強いられていた……ストレンジラブ博士と共に」

「なぜ研究仲間である博士を殺害した?」

「いや、それについては未だ否認している。あれだけ確かな証拠を突きつけられての上でだーーー呆れて物も言えん」

 

 ポッドからサルベージされた様々な記録、ストレンジラブ博士の件以外にも多種多様な記録。それらとヒューイの証言を照らし合わせるものの数え切れない程の矛盾が生まれていた。返答に詰まる度にコロコロと証言を変え、それを指摘する度にあっさりと話を翻す。一貫性がまるで無い。

 さしものオセロットをして難物と評す他なかった。

 

 そしてヒューイの発言に一貫性が無いという事は、彼の証言を肯定する事も……否定する事も出来ないという事である。物的証拠は海の下だ、確かめ様がない。

 巨大なZEKEのサルベージすら不可能なのだ、無理もない。

 

「9年前の襲撃に関しての真偽は不明だ、証拠はない。クロだとは思うが……あとで聞いてくれ」

「証拠なしで裁判は出来ない、博士の件を考慮してもだ……しばらく様子を見よう」

 

 全ての供述を纏めたカセットテープを手渡し、外へ出ていこうとするミラーの背中に問い掛ける。その背中はどこか煤けて見える。

 本音を言えば今すぐにでも公開処刑を行いたい、その思いをギリギリで押さえていた。それは偏に失った者達の無念を心中に抱え込んでいるからだ。

 半端な真似は出来ない、全てを明らかにしてーーーそれから殺す。

 

「……部屋から出さず研究を続けさせる、奴の為だ。古いスタッフは奴を許さない、外に出せば命の保証はない。俺はそれでも構わんがな」

「今はよせ。今は、な」

 

 その対処がヒューイの為でない事は明白だったが、スネークも敢えて触れはしない。

 

「ボス」

 

 待機室にスネークの姿を見つけたオセロットは彼の下へ早足気味に近付く。無言で葉巻を手渡してくるスネークに軽く手を振り拒否し、入手したばかりの“情報”を語り始めた。

 

「奴は気になる事を話しました、アフガンでの研究が中止になった理由……資金が中部アフリカへと流れたからだ、と」

 

 セラク発電所内での諍い、その要因の1つ。

 研究に対し強い執着心を持っていたヒューイはその勧告に対し強く憤り、その裏側まで調べ尽くしていた。新しい研究をアフリカで行っている、と。相変わらず妙な所だけ強いバイタリティを発揮する男だ。

 

「アフリカ? 何の研究だ」

「エメリッヒも詳細までは知らされていないようで。だが、まともな事も言っていました。サヘラントロプスだけでは軍事における革命(R M A)にならない、アフリカで作られてるのはそれを完全にする……“メタルギアを超える兵器”だと」

 

 弾かれた様に振り向いたミラーの顔も、スネークの顔もまた驚愕に染まっていた。メタルギアの兵器としての有用性は高い、それは実際に相対し採用した事もある彼らにとっては周知の事実だ。その最新鋭であるサヘラントロプスで不十分とは、俄には信じ難い。

 

「つまり、既存の核兵器じゃないってことか」

 

 新機軸の核兵器か、はたまた別種の兵器か。

 今は何の手掛かりもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1:漆黒の空

 

 

 

 中部アフリカ アンゴラ・ザイール国境地帯

 上空7000m

 

 

 

『もうすぐ現地上空に到達します。ボス、準備はよろしいですか?』

 

 限界高度ギリギリまで上昇し水平飛行を保っているヘリ内部。振り返ったパイロットが見たのはダラリと横になりながら呑気に葉巻を吸っているスネークの姿だった。声自体は聴こえてはいるのだろう、手をゆっくりと振り上げるが起き上がる様子は欠片も見られない。

 同じく緊張も。

 

『スネーク、聴いたか? 準備してくれ』

「……フゥ」

 

 改めてミラーから指示が入る。

 モソモソと起き上がり葉巻の火を消してポケットに仕舞いこみ酸素マスクを装着する。漆黒に彩られたスーツを身に纏うその姿は完全に夜の闇に紛れていた。

 扉を開き入り込んできた風を全身に浴びる、雨上がりの空は一面澄み渡っており雲一つ存在しない。眼下に広がるアフリカの大地を眺めながら暗視装置を起動し、iDROIDをマスクの眼鏡部へ直結させ“空の道”を描き出す。

 目的地への最適な進路を投影する事により、夜間でも昼間と同じ様な感覚で降下することが可能となった。

 

『今回の任務はスカルフェイスへの手掛かりを掴む第1歩となる筈だ、頼むぞボス。鳥になってこい』

 

 自然に、身を任せる様に倒れ込む。

 

 ヘリから投げ出された身体は重力に引かれその速度を急激に増しながら落下を始めた。眼鏡部に次々と浮かんでは消えていく情報と光源増幅された視界を頼りに巧みにバランスを取りながら目的地へと微調整を行う。

 人の営みが消えて久しいアフリカの大地は夜にもなると黒々としており疎らにしか灯りが見えない、その中で一際煌々と輝いている地点を発見する。これが目的地であるンフィンダ油田、しかしバカ正直にそこへ降りてしまっては意味がない。

 

 高度300mを切りパラシュートを起動させ着地への最終シーケンスへと移る。

 ンフィンダ油田から南へ凡そ200m、小高い丘へと続く林へと接近し更に細かい微調整を行う。少しだけ拓かれた場所へと辿り着きパラシュートを脱着する、3m程の高さから舞い降りたスネークは両手を前に構えつつ片膝を曲げ上手く衝撃を逃がしながら着地した。

 役目を終えたパラシュートは機密保持の為に即座に燃ええ上がり一瞬で灰となる。ダンボール箱配送を応用した技術だ。

 

「…………」

 

 かなり前屈みの姿勢になりながら見事に着地を決めたスネークが頭を上げる、ゆっくりと立ち上がりマスクを脱ぎ捨てその素顔を晒した。

 

『上手くいったな、流石だボス』

「高々7000mからの降下だぞ、大袈裟だ」

『確かに通常のHALO降下よりは低いが、それでも肉体にかなりの影響は出る。その服はどうだ? 設計段階では問題なかったが』

 

 漆黒のスーツーー最新鋭のスニーキングスーツーーの実用試験の側面もあった今回の降下は、何一つ問題を起こすこと無く恙無く完了した。

 降下中にバックパックを紛失するなどのミスも犯していない。ポケットに入れていた葉巻もだ、もちろん降り立って直ぐに火を点けている。 

 

「完璧だ、全く風の影響を受けなかった。いつ配備する?」

『早くて1ヶ月先といった所か、それ以降はこのスニーキングスーツが俺達D・D戦闘服のスタンダードとなる。作戦目的に応じてカスタムする事もあるだろうがな、あんたも要望があれば遠慮なく言ってくれ』

「そうだな……葉巻入れを標準装備にしておけ。後は……予備の葉巻入れだ」

 

 軽口を交わしながらンフィンダ油田が見渡せる地形へと移動する。

 小高い丘を抜け崖の側でしゃがみ双眼鏡を取り出す、川に面した工場から流れる汚水の音と虫の鳴き声だけが響いている。警備をしているCFA達の使用する言語アフリカーンスはあまり得意ではなく、会話は上手く聞き取れないでいた。

 

『着いたな。そこがンフィンダ油田だ。今も続く原油の流出……下流に住む者達は飲み水の確保すらままならないでいる』

「ああ上空からも見えていた、随分と忙しなくやっている。不完全燃焼を起こした黒煙が夜でも判るほど立ち込めている、施設の処理能力を大きく超えて稼働させ続けている証拠だ」

『刹那的だな。これでは粗悪な石油にしかならんだろう、商売のイロハというものを知らん』

 

 煙突から黒煙を吐き出し続けながら稼働し続けているンフィンダ油田は、オーナーであるSANRがその操業を停止しする以前から度々原油流出の疑いで取り沙汰されていた。今回の不法占拠によりその疑いは全てCFAの与するUNITAに向けられる事だろう。

 ミラーは“きな臭い”と感じていたSANRという企業に対して更なる不信感を強めていた。

 

「目標を確認した。正面からは……無理だな、仕方ない裏から回ろう」

 

 今回の依頼であるンフィンダ油田の機能停止。その為にやる事は2つ、送油ポンプを停止し油水分離タンクを破壊しなければならない。

 葉巻の火を念入りに消し左腕の着火機能を停止させる、純度が低いとはいえ油だ。用心するに越したことはない。

 

 

 

『C4か、無難だな。起爆する時は離れてからした方がいい。巻き込まれれば終わりだ』

 

 外周をエルードで移動して監視の目を潜り抜けタンクにC4を仕掛けたスネークは、そのまま裏口から下部へ降りて潜行を続ける。元々、施設への潜入を得意としているスネークにとってパイプや柱など様々な死角に遮蔽物があるこの施設内を動くのは遮蔽物の少ないアフガンよりも簡単な物だった。

 幾らCFAが米軍から横流しされた最新鋭の武装をしていようとも、敵を見つけられないのでは宝の持ち腐れでしかない。

 

 人が入れる程の大きさのパイプの中を通り施設北東部へ辿り着く、梯子を上り手早く物陰に隠れ警備の隙を窺う。送油ポンプの制御室付近は定期的に巡回されている、重要施設の警護を厚くするのは理に適っている。だが彼らはもう少しだけ慎重に・或いは職務に勤勉になるべきだった。

 同じルートを同じ時間かけて移動する、そこに一切の揺らぎがない。揺らぎがないということはタイミングを計りやすいことと同義であり、進入者を利する事に他ならなかったのだから。

 

 巡回を行うのは2組。

 3人1組からなる巡回は、1人ずつ後ろから羽交い締めにして意識を奪う事で簡単に始末できた。音もなく忍び寄り行われる犯行に気付く者は居らず、そのままもう1組も同様に始末する。たったこれだけで制御室へと近付く者達は居なくなった。

 制御室に入ったスネークは先ず逃走経路を確認する、都合よく大きな窓がありそこから階下へと降りる事が出来る。そこから出口まで兵士がいない事は確認済み、各自の持ち場を決して離れようとはしない。

 秩序が保たれている事はいい事だが、この場においては裏目に出ている。サボる兵士が居た方がまだマシだったろう、もしかすれば進入者に気付けたかもしれない。

 

「停止した。少し様子を見る、セキュリティに細工が施されているかも知れん」

『ああ、だが見る限り問題は……あれは?』

 

 ポンプを停止した事により水の流れが止まる、それを確かめていた2人の目に“何か”が留まった。今まで水の底に押し込められていた“物体”が浮かび上がったのだ。廃油に塗れ黒ずんでいるものの、それが何であるかは一目瞭然だった。

 一面に浮かんだ物の正体……それは大量の死体。それも尋常の死体ではない、死体は皆一様に胸部が“異様に膨れて”いた。

 

「カズ、これは一体」

『分からん。何かの流行り病か……それとも。いや、今はそれよりもタンクの破壊を優先してくれ』

 

 確かに此処で悩んでいたところで何が解決する訳でもない、最後の仕上げに制御盤の配線を切断し基盤を破壊して窓から脱出する。そのまま出口へと大胆に走り抜けながらC4の起爆スイッチを押した、爆発音と共に衝撃波が空気を揺らしスネークの身体を突き抜ける。

 そのままヘリとの合流地点へと向かおうとしていたスネークだったが、前方から接近する人影に気付き間一髪草むらの中へと身を隠す事に成功。ガシンガシンとけたたましい音を立てながら“二足歩行兵器”に乗り込んだCFAの兵士達がンフィンダ油田へと走っていく姿を見送り立ち上がる。

 

『危なかったなボス、もう少し遅ければ封鎖されていた』

『だが、何故ウォーカーギアがこんな所に?』

 

 危険地帯を越えた先で双眼鏡越しにウォーカーギアを観察する、それはアフガンのソ連軍ベースキャンプで確認した機体と同じだった。

 だがオセロットが疑問符を浮かべた通り、何故ウォーカーギアが此処にあると言うのだろうか。あれはソ連の、東側の兵器の筈だ。それが西側が支援をするCFAの下にある、開発者であるヒューイは『ソ連軍の為に作った兵器』だと明言しているのにだ。

 それが嘘でないと仮定するならば、この状況から推察するに……このンフィンダ油田にサイファーのーーースカルフェイスの関与を疑っていたミラーの考察に確かな一押しを与える事になる。

 

「……ふむ」

 

 しげしげとウォーカーギアを眺めていたスネークは、少し考え込んでから深く頷きミラーへと語り掛けた。

 

「……カズ、アレを回収してみるか」

『どういう意味だ?』

「なぁに、あいつも俺達の関心を引きたい頃合だ、アレをベースに何か作らせよう」

『奴の作ったものなぞ信用出来ん!』

 

 にべも無く否定するミラー、想定通りの反応だ。

 ならば想定通りの応えを返すまで、どれだけ感情的になりながらも“明確な利”があれば不満を押し殺せる男だという信頼があった。

 

「どうにかして自分の立場を良くしたいらしい。この前も恐るべき子供たち(聴いてもいないこと)についてベラベラと語ってくれた」

『見当違いも甚だしい話でした。だが先生にとっては災難な事に、私はアレで奴が“重要な真実”を隠していると確信した』

 

 MBに移送されてからヒューイは只ひたすらに己の無実を主張し続けた。ストレンジラブ博士の一件についても頑なに、些細な誤解だと、自分は仲間だと、つらつらと耳障りの良い言葉で同情を買おうと腐心しながら。

 そしてヒューイはスネークに、D・D総司令である彼を味方に抱き込めばいいのだと画策したのだ。或いは何の意図もない本能的な逃避行動かも知れない。

 前者よりも後者の方が始末に負えない。もしそうだとするならば、ヒューイはその時々に応じて強者に媚び諂い生きる正真正銘のクズと言う事になるからだ。

 

 さて、彼の心中の真実は彼の罪過と同じく不明として。スネークに阿り、慈悲を請う為に彼の頭脳は活発化し記憶の中から見つけだした“スネークが興味を持つであろう事柄”について熱心に語った。

 その内容は此処に特筆することでは無い。

 ただヒューイにとって誤算が2つあった。

 

 1つは、確かにサイファーに関する事実ではあっが、残念なことにスネークにとってそれは“既知の事実”でしかないという事。

 もう1つ、これが最悪だった。何故ならその話題こそがサイファー……ゼロとの“決別の理由”だったのだから。

 知らず知らずの内に虎の尾を踏みつけたに等しいヒューイは、その後オセロットと楽しくて眠れない一夜を過ごす事となった。

 

「あいつの人格はともかく能力の高さは否定出来んぞ、まあ誰かの受け売りだがな。奴に作らせた物をウチの開発班に解析させてノウハウを奪え」

『確かに、鞭ばかりでは態度も口も硬くなるばかり。飴を与えて出方を窺う、俺は賛成だミラー』

『……分かった。俺達の為に、せいぜい働いてもらうとしよう』

 

 既に侵入者であるスネークは居ない。

 にも関わらず、何処にも存在しない侵入者を逃さない様に警戒し背中を晒しているCFA兵に近づきながらスタングレネードのピンを抜く。

 コロコロと転がってきた何かが手榴弾である事に青ざめ叫び声を上げ、彼らの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 2:影を追う

 

 

 

 ンフィンダ油田での任務から約10日。

 その間、警備を担当していたCFAの内ゲバから端を発した任務においてイギリス人の“子爵”と呼ばれる男と現地の共通語であるアフリカーンスの同時通訳者を回収する事に成功。子爵の情報から現地PF間でウォーカーギアの購入が盛んに行われだした事を聞き出し、その裏で動くサイファーの“影”を確かに感じ取ることが出来た。

 だがその“目的”はまるで見当が付かない。

 

 ウォーカーギアは将来的に核兵器を使用する為のモジュールとしての側面を持つ、即ち核抑止力。小さな最終兵器。PFはMSFの……ビッグボスの組織の模倣として誕生した。だが、誰も彼もが核兵器を用いる世界になれば血気に逸った“誰か”が間違いなく核を撃つ、そうなれば報復の連鎖により世界は終焉を迎えるだろう。

 そんなものがサイファーの計画……いやスカルフェイスの目的とは思えない。

 未だ核心には程遠い場所にいるという事だ。

 ならば迫る必要がある、こちらから。

 

 

 

『これはアンゴラ解放人民運動(M P L A)からの依頼だ。ディタディ村落跡のウォーカーギアを排除する事で奴らは供給元へ接触を図るだろう。供給元……サイファーに迫るチャンスだ』

「そりゃいいが、何だコイツは」

「グルルル……バウバウッ! バウ!」

 

 作戦地域へと到着したスネークとDDの前に1台の二足歩行兵器(ウォーカーギア)らしきものが鎮座していた。形にこそ見覚えあるものの、何処かマヌケさを思わせる妙な頭部パーツには全く心当たりがない。

 DDが露骨に敵意を見せ唸る、機体に付着している“匂い”に反応しているのだろう。万が一(エメリッヒ)が脱走した時の為に匂いを覚えさせていたのだ。

 

『そいつはエメリッヒの製作した兵器だ。奴は確か……D-Walkerとか名付けていた。ふん、随分と媚びた名だ』

『だが性能は申し分ない。ボス、私が試乗しましたがウォーカーギアの弱点である足廻りが改善されており操縦性も向上しています。どうやら自分の作品を別の科学者に弄られたのがプライドに障ったらしい、寝る間も惜しんで仕上げていました』

 

 端末に転送されたカタログを読む、ものの1分もしない内に粗方の操作法を覚えたスネークが乗り込み起動させる。暫くその場で動かし身体に慣らしていく、確かにオセロットの評価に間違いはなかった。

 馬よりもパワフルに、軍事車輌よりも頑強に、人の脚よりも軽快に悪路を走破する。静音性も高く潜入に極めて向いている、これで自動迎撃システムでも付いていたら百点満点といったところだ。

 

 武器オタクの気があるスネークにとってこのD-Walkerは非常に興味深い物へと仕上がっていた。時間があればじっくりと自分好みにカスタマイズしたいと思う程には。

 

「グルル……ワン! クゥン…」

「なんだ、おいDD。よせ」

 

 新しい玩具に夢中なスネークの背中に飛び乗りDDがぺろぺろと舐め始める。止めようとしても離れようとしないDDにスネークもその理由に感づき、D-Walkerから降りて頭を撫で回した。

 構って貰えたDDは勢い良く尻尾を振り、気持ちよさそうに声を潤ませる。

 

「安心しろDD、俺の相棒はお前だ。こいつは道具に過ぎん、故あれば使い捨てる程度の、な。お前さんとは違うよ」

「ワンッ!! ヘッヘ……」

 

 暫くスネークの近くをグルグルと周り、離れるとD-Walkerに向かって歩き脚元に小便をかけマーキングする。どうやらスネークの言葉の意味を正しく理解しているようだ、オセロットの調教能力に戦慄すら覚え始めたスネークだった。

 

 

 

 この地域はかなり雨が降る。

 濡れてぬかるんだ土の上を歩くのは意外と体力を消耗し脚も取られる、それは鍛え上げられた肉体を持つ軍人と言えども変わらない。その点このD-Walkerは素晴らしい、中腰の態勢を取らなければ操縦出来ない欠点があるもののそれを差し引いて余りある程に快適な移動を使用者へと提供していた。

 ディタディ村落跡の中央、天に向かって突出した岩山の裏側へと大きく回り込み停止させる。村周辺に視線を遮るものは無かったので既に敵兵の配置は確認済みだ、迷う事なく岩山をかけ登り頂上で無線を起動させる。

 

「ウォーカーギアを発見した、数は4。間違いないか?」

『ええボス。それがそこのPFの所持数です』

 

 オセロットからの報告を聞きながら見張りの兵士の後ろへと飛び降りる、その音に気付き振り向いた兵士に左腕を叩き付け昏倒させる。せめて乗り込んで哨戒していればいいものの、恐らくは燃料代の節約の為に普段は使用していないのだろう。

 こういう所に金を使わないから結果的にこんな災難に遭うのだ、まあスネークに目を付けられた以上は完全警戒態勢であろうとも不充分なのだが。 

 

『その岩は現地の者には精霊のゆりかごと呼ばれています、自然の作り出した独特な地形。そこから生まれた精霊が大地に広がる……と信じられています』

「精霊信仰の一種か。そういったモノの多くは眉唾物だが、そうは言っても自然の力(ジ・エンド)とは侮れないと痛い程知っている。俺も祈っておこう」

『ゆりかごの上でウォーカーギアを爆破させる男のセリフとは思えませんね。子に被害が及べば母の怒りを買う、嵐が来るやも知れません』

「そうならないよう祈っておこう」

 

 捕縛されてた捕虜達もついでに回収し、D-Walkerに乗り込んでディタディ村落跡から充分に距離を置く。同じ距離を必死に走って付いて来たDDを労ってからお手をさせ起爆させる。

 岩の中腹辺りが光り煙が上がる、遅れてやってきた小さな爆発音にDDが耳をピクピクと反応していた。

 

「……よし、破壊した。カズ、後は任せた」

 

 返答を聞かずその場を走り去る。

 その鮮やかな仕事ぶりを近くで眺めていた諜報班の人間がヒュー! と口笛を吹き興奮しながら隣の人物へと話し掛けた。

 

「やはりボスは凄いな。あれが伝説の傭兵……本物は噂とはまるで違う」

「ああ。噂以上だ、ボスの潜入を知っている俺達が時折見失う程だからな」

 

 興奮したやり取りを交わしながらも、手元の機材を操作する手は止まらない。各帯域の無線を傍受出来る様に計器を弄る、暗号解読表の載った書類の束に囲まれながら彼らは用心深く事に当たった。

 破壊工作から暫く、放たれた無線の内容を聴きーーー笑みを浮かべ互いの手を取り合った。

 

 

 

『ボス、思った通りだ。あんたがウォーカーギアを排除したことでディタディ村落跡からCFA本部へ補充依頼が飛んだ。そのCFAが接触したのはSANR……そう、ンフィンダ油田のオーナーのな』

「やはりSANRはサイファーの隠れ蓑だった」

『そうなる。補充自体は後回しになったが、ノヴァ・ブラガ空港跡から輸送されることもわかった』

 

 ウォーカーギアの一件からサイファーへの手掛かりを見出したミラーは、各国の諜報班から腕利きの者をアフリカへと集結させPFの物流網を追う事とした。

 それほど間を置かずその流れの一部が浮かび上がる。定期的にサバンナ(草原)を往復している輸送隊(キャラバン)だ、表向きの事業内容からすれば異常とも言えるレベルの護衛(装甲車)が付くほどの“荷物”の中身とは何か。

 

 採掘した資源の上納にしては警備の度が過ぎている、その中身を確かめる為スネークは輸送隊を待ち伏せし襲撃、回収する事を選んだ。ノヴァ・ブラガ空港跡より西方の崖上でキャンプを続け張り込み続ける中でふと、空気が変わり始めた気配を確かに感じた。

 空気とは言っても、天候の事ではない。肌に纏わりつく風や匂いに、言い表し様のない不気味さを感じたのだ。

 

「……来たぞ」

 

 やがてノヴァ・ブラガ空港跡へ何台ものトラックが姿を見せた。その荷台は硬く閉ざされ外部から中を窺えないが、諜報班から殆どのトラックがダミー()であると伝えられているスネークに焦りは無かった。

 大量のダミーを用いてまで運んだ大事な荷物は、此処から先装甲車での厳重な護衛にエスコートさせるという訳だ。数多くの戦車や戦闘ヘリを相手取ってきたスネークとてトラックを確保しながら装甲車と正面切って戦おう等とはとても思わない。

 やるなら今しかない、まだ装甲車が到着していない今しか。

 

『ボス、雨だ』

「こんな時にか、精霊の恨みを買ってしまったかな」

 

 何時しか空はどんよりと曇り嵐の兆候すら窺わせていた。雲の形が揺らぎ、雨となり地上へと降り注ぐ。打ち付ける雨粒が弾ける度に、不吉な予感をヒシヒシと肌に感じる。まるでこれから先に何か“得体の知れない”モノが現れると、そう空に告げられている様で。

 

 そんな不安を感じながらもスネークは輸送隊の待機している倉庫へと向かって1歩を踏み出した。それと同時に雷が鳴り、周囲を眩く照らす。

 雷の光によって生まれた影がノヴァ・ブラガ空港跡の建造物に阻まれ歪みスネークの全身を覆い尽くす様な形へと変わった。

 その影の形は、何の偶然か……まるで“髑髏”の様に歪んでいた。

 

 

 

 

 

 3:売国の車列

 

 

 ダイアモンド・ドックズ(D・D)は瞬く間にその名を広め勢力を拡大していた、その速さはPFの常識から大きく逸脱したものだった。PFとは砕けて言えば傭兵集団。金を貰い、それを対価に働く。だがどれだけ破格の報酬を提示されたとしても、命を懸けてまで請け負う者は僅かだろう。

 当然だ、誰だって自分の命が一番大事なのだから。戦闘は金を稼ぎ生きる為の手段でしかない。死を覚悟して戦う事、戦いの果てに死ぬ事を由とはしない。出来ない。

 

 それが所詮はMSFの真似事でしかないPFの限界だった。

 

 (……何かがマズイ)

 

 通信室で作戦地域に展開中の諜報班から報告を受取りつつ、片手間でハンバーガーを貪りながらミラーは心中でそう呟く。ボスの尽力により食糧事情が改善されてからというもの、自作ハンバーガーの味に如何ともし難い不満を覚えるようになった。

 だが今は、そんな事に気を払っている場合ではない。

 

 諜報班から上がってくる情報は数日前から変わらない、彼らの情報により積荷を輸送するトラックの大凡の位置が割り出されている。護衛部隊の動きも筒抜けだ、上手く事を運べばまんまと出し抜いて積荷ごとトラックを回収できるだろう。

 諜報班の練度は優秀、そこに疑いはない。

 ただ今回は、そんな彼らの能力を以てしても“あまりにも上手く”行き過ぎているように思えなくもない。酷く胸騒ぎがした。何か小さな事を見落としている様な……いや、逆に大き過ぎて気付けない様な、例えようのない違和感。

 失った腕と脚がじくじくと痛む。その痛みは常日頃感じている喪失感から来るものではなく何らかの警告の様だとミラーには思えてならなかった。

 

「……戦闘班、各自状況を報告しろ」

 

 今回のミッションを開始するにあたってミラーは輸送ルート全域に戦闘班を展開させた、これはCFAに対する牽制と同時に注意を逸らす意味合いを持つ。CFAとは既に一度ンフィンダ油田の件で小競り合いを起こしている、サイファーの影を探る為に不可欠な介入だったとはいえ外部から突如参入してきた新興のPFに恥をかかされたCFA側としてはたまらない。

 躍起になってD・Dを目の敵にしているCFAの前で露骨に動きを見せるだけで、彼らの強い報復心が冷静な判断を損なわせ輸送隊へと傾ける筈の戦力さえも削り投入していた。

 

 各部隊長からの報告に目立った異常は見られない。目標は既にノヴァ・ブラガ空港跡へと到着し、護衛部隊の到着を待つばかり。既に作戦は進行中、潜入を開始したスネークのサポートをこなす為にも余計な事に気を回している余裕は無い。

 この機会を逃せば恐らく次はない、惜しむこと無く出せるだけの手札は出し尽くした。後は任せるしかない、伝説の男の手腕に。

 忠を捧げた男に。

 

 

 

 ノヴァ・ブラガ空港跡。

 跡と名が付く通り戦火に巻き込まれる事を恐れた現地民の手により打ち捨てられた場所だ、今ではCFAの縄張りを明確に示す象徴の一つとなっている。

 この地域で活動しているPFは主に3社、彼らはそれぞれ固有の縄張りを持ちその商圏は絶妙に重なっていない。互いに商売敵であるが絶対敵ではない、上手く住み分け出来ている以上そこに“商売”が絡まなければ争う必要は無いのだ。

 ある種の紳士協定とも呼ぶべきその関係性はつまり、故あらば“協力”する可能性も示唆している。

 

 CFAの勢力下である筈のノヴァ・ブラガ空港跡には今ZRSまでもが駐留していた。

 零細PFならまだしも、CFAやZRSなどの大手PFを二社雇うのは普通では考えられない。端的に言って“割に合わない”からだ。PFを雇うには金が掛かる、その度合いは目的によってマチマチだが少なくとも個人が簡単に払えるほど安くはない。

 特にこの周辺ではPFを雇い入れる為に鉱山などの利権すら売り払わなければならない程金策に喘いでいる、一社雇うだけでもかなりの負担だ。それでも“割に合う”のならば二社を雇い入れる事も考えられなくはないが、こと今回に限ればーーーそれは当て嵌らない。

 

「ーーーた、助けてくれ。本当だ、もう知らない……っ! ぐ、はぉ……」

 

 最後の抵抗とばかりに手足をバタバタと動かすものの、やがてグッタリと倒れ込んだ男。手早く後ろ手に紐を使って縛り上げ猿轡を咬ませてから部屋の片隅へと放り投げる。3人ほど同じ様に尋問して吐かせた情報と諜報班が掴んでいた内容に差は無く、かなり信頼性は高まったと言える。

 今回の様な輸送は何度となく繰り返されているらしい。その時々に応じて台数の違いはあるものの、共通しているのはトラックの荷台に積載された“何か”を運ぶという事。

 あくまでも輸送の中継を担う彼らはその中身を知りはしなかったが、国内からの輸送である事と“採掘”されたものだという程度は見当が付いていた。

 そして、その“依頼者”の正体を誰も知らない。

 

『この周辺で採掘が出来、荷台ほどの大きさで採算がとれるものとなればーーーダイアモンドしかない。だが、その利権関係は政府側の管理下にあり移送ルートも各PF間で分散されている……二社に“依頼”してまで運ぶ必要性はない』

「密輸か?」

『その可能性も低い。これだけの利権が関わるとなると一PFの裁量では収まらん……それは酷く悪目立ちするし、PFの理念から離れ過ぎている。俺達と違い多くのPFは一定規模以上の戦力を保有しようとはしない』

「過ぎたチカラ(戦力)を持てばそれだけ身動が取り辛くなり、世界からの注目に晒される。嘗ての俺達(MSF)のように……」

『ああ、そうだ。その身を賭してサイファーの危険性を説いたビッグボス……あんたからの教えだとさ』

「何度聞いても阿呆らしいな」

 

 話しながらも手足は動く、雨で足音が消されている今スネークの存在を気取れる者などなく管制塔の直下まで危なげなく潜入を果たした。

 倉庫前に停車している輸送トラックと周辺の警備を確認する、事前情報通りCFAとZRSによる多重警護。滑走路側の警備は僅かだ、捨て置いて問題はないだろう、雨宿りの為に室内に避難している兵士が何人か見受けられ愚痴を零していた。

 

 この輸送任務に対する愚痴は僅かで、多くがンフィンダ油田に関しての話だった。復活した伝説の英雄、その組織の行く末について。

 

『どうやら連中あんたの事を捜しているらしいな。人気者じゃないかボス、何時もの様にサインでも渡してやったらどうだ?』

「何だそりゃ? 俺が最後(同意書)にサインしたのは20年前の事(スネークイーター作戦)だぞ」

『あんたにはあるじゃないか、取っておきのサイン(CQC)が。アレは強烈だ、あまりの感動(衝撃)に意識を無くすからな』

「ふはっ」

 

 双眼鏡で監視しながら軽口を続けていたスネークは、輸送トラックの後ろから姿を見せたDDを捉えて口元を綻ばせた。

 ピィーー! 口笛を吹き合図を出す、次の瞬間には改造ナイフを咥えたDDがトラックの荷台付近に佇んでいた兵士へと電撃を送り込んだ。

 声を出す暇もなく倒れた兵士の体から煙が立ち上るが命に別状はない、続け様に近くの兵士へと飛び掛ったDDが同じく電撃を叩き込んだ。3度、4度と繰り返し遂にはトラック周囲の警護が全滅する。

 

『流石はDD、いいセンスだ』

 

 オセロットが何処か得意気に呟く、残っているのは周囲を巡回している兵士だけであり接近するのは容易だ。フルトン回収してもいいし、そのまま乗り込んで危険域を離脱してもいい。

 周囲を警戒しながら迂回ルートを通って輸送トラックへと近付く、役目を果たし終えたDDが尻尾を振り回しじゃれ付いてくるのを宥めながら進んだ。

 作戦室の空気は何時しか弛緩していた、特にミラーなど作戦前に感じていた懸念が外れた事にホッとした様子でコークの最後の一滴を飲み干していた。ガリガリと氷を噛み砕きつつ、作戦の最終段階の確認を取るために無線を繋ぐ。

 

『よし。ボス、そのトラックごと荷台を回収してくれ。回収を確認した後、戦闘班に指示を出す。派手に目を引いて周囲の目を欺き、あんたの離脱を助ける手筈だ』

「ああ、了解。戻ったらDDにいい餌をやってくれ、今回の殊勲ーーーいや、待て」

 

 あと10m程度の場所まで辿り着いたスネークは其処ではた、と止まった。無人の筈の輸送トラック、その荷台がガタガタと動き“何か”が飛び出す。

 反射的に身を隠したスネークの眼前、特殊な兵装に身を包んだ霧の部隊(スカルズ)がその姿を現していた。

 

「スカルズか……」

『確定だな。やはりこの積荷は、サイファーと何らかの関わりがある。ボス、どうする? 奴らはまだあんたを見つけてはいない、今回の目的はあくまで輸送トラックの回収だ』

「……気付いたかカズ、今回なぜか奴らが現れるのに“霧”が出て来なかった。お前を襲った時、救出した時、スマセ砦。今まで一つも例外なく霧が出ていたのに、だ」

 

 そう言えば、と。

 作戦地域に霧が発生していない事に今更ながら気付いたミラーは、唸りながら疑問を浮かべる。

 

『確かに……あの霧は自然の物では無かった、奴らに何の意味や目的があるのか分からんが霧を作り出せる事は確かだ。なら何故、今回に限って霧を作らない?』

「さあな、検討も付かん。だが1つ、確かめる方法がある」

『それは……?』

「奴らを捕獲する、そうすれば何か分かる筈だ」

 

 本気か!?

 そう叫ぶミラーの声に応える事なくスネークはその姿を晒した。トラックの四方を固める様に警戒していたスカルズ達はスネークの姿を捉えると共に大きく跳躍し距離を開け何処からともなく取り出した銃を構え、その動きを止めた。

 

 基本的な身体能力の差を考慮し迎撃を選択したスネークもまた同じく動きを止める。

 臨戦態勢に入ったDDは唸り声をあげ、改造ナイフを牙でガッチリと挟んだ。対峙する両者、だがスネークの想定に反しスカルズは動かなかった。不気味な程の沈黙、その姿も相まり実体のない亡霊を幻視しているのかと下らない考えが脳裏に過ぎる。

 

「……どうした? 来ないのか」

 

 スネークを取り囲む様に散らばっているスカルズ達は、その手の銃を放つでもなく身動き一つ取らず只じっと狙いを定めるだけで微動だにしない。突撃銃を下ろし拳銃に持ち替える明からさまな隙を見せてもそれは変わらなかった。

 長期戦を覚悟したスネークは全身の力を適度に抜き自然体で出方を窺う。

 

『連中、どういうつもりだ。ボス、用心してくれ』

 

 無線機越しにしか状況を伺えないミラーもまた、現場に流れている空気を敏感に感じ取るものの、こと戦闘に関してスネークにアドバイスする事が出来る筈もなく、当たり障りのない注意を促すしか出来なかった。

 

 何故スカルズは動きを見せないのか?

 

 一分の隙も見当らない目標に対し攻めあぐねている?

 

 いや、そうではなかった。

 彼らは待っていたのだ、この戦いの始まりを告げる“合図”を。その為にサイファーはワザと“情報を漏らし”D・Dを、引いてはスネークをこの場に誘き出したのだから。

 

 

 

 それはいっそ呆気ない程簡単に決定した。

 

『したければ好きにしたまえ』

 

 それだけを告げ意識から自分の事を消した髑髏顔の男(スカルフェイス)を見送る、その姿が完全に見えなくなるまでじっと。期待されていないのだろう。キプロス島での一件からケチが付き始めたのを実感するばかりだ、キツく噛み締めた唇からは血が垂れていた。

 

「…………」

 

 ノヴァ・ブラガ空港跡から優に2キロは離れた崖の上、そこに1つの影が潜んでいた。

 大型の狙撃銃を構え備え付けてあるスコープにはツヤ消しされ反射を極限まで抑えられたレンズ、そのレンズ越しに状況を観察し続ける影はスカルズが姿を見せるよりも前から只1つの目標へと狙いを定め続けていた。

 その影の正体……“女”は黒い艶やかな髪を無造作に束ねているのが特徴的で、迷彩服に包まれた身体は長時間の雨に晒され冷え切っているのだろう、下半身が震えており顔色は青ざめている。

 だが、狙撃銃を構えている両腕に震えはなく、何よりその瞳には強い意思の火が灯っていた。

 

「…………」

 

 女の持つ狙撃銃は、また一段と特徴的だ。

 超長距離狙撃の為だけに加工された狙撃銃は取り回しや携帯性を完全に度外視した大振りな造りとなっており、女の身長や体格から見れば不釣り合いな得物に思えるがーーーその狙撃銃を構える姿は実に堂に入ったものだ。

 

「…………」

 

 “特殊”な措置を施されていないにも関わらず、こと狙撃に関してならばスカルズをも凌駕する能力を女は有していた。

 実際ノヴァ・ブラガ空港跡へと潜入してきた男を逸早く見付け、今の今まで死角に入られた時以外スコープから目標を逃したりはしなかった。急激な動作の変調にも対応し、何度となく必中の予感を覚えながら隙あらば作戦を変更してでも撃とうと狙い続けーーーしかし放つ事は叶わなかった。

 

 撃とうとしたのだ。

 その度に得体の知れない感覚に襲われて指が止まった。身体が、指が、経験が、必中と、必殺であると肯定しながら……狙撃手としての本能とでも言うべき“何か”が止めろと警鐘を鳴らし女を押し留めた。

 何の事は無い、その何かとは即ちーーー畏怖。

 呑まれてしまっていたのだ、その男が放つ気迫に。

 

 流石は伝説の男(ビッグボス)だと感心した。

 故に、だからこそ、必ず己の手で葬るとあの日(取り逃して)から誓っていた。

 男の意識は今までになく張り詰めていたが、その全てはスカルズへと向けられている。スカルズを前にして生き残り、ましてや返り討ちにするという図抜けた戦闘力を持つ男とはいえ、流石に片手間で行える程に容易では無い。

 それこそが狙いだった。

 その予想は正しく、あれだけ狂おしいまでに警鐘を鳴らし続けていた内なる感覚が今は凪いでいる。それどころか意識は澄み渡っていき、外れるという概念が存在しないのではと思う程に冴えていた。

 

「……さようなら、ボス」

 

 絶対の確信を以てスコープから、この日、初めて自主的に対象を外し虚空へと狙いを定めた。弾丸は重力・風力・推力……様々な要素が絡み合い曲射弾道を描く、その弾道を瞬時に計算した上での最適な解こそがこの角度。

 知覚外から放たれるこの弾丸は風雨の影響を受けた後、僅かに弾道を変えてーーービッグボスの頭部を貫く“コース”へと誘われる事だろう。

 

 着弾まで2秒にも満たない僅かな時間。

 亜音速に至る弾丸を躱すことなど“普通なら”出来よう筈もない。引鉄へと指を添え、今度こそ間髪入れず押し込んだ。

 

 

 

 結果を先にいえばスネークは避けた。

 

「…!」

 

 しかしそれは意識しての行動ではない、何せスネーク自身ですら弾丸が目の前を通過していった事に気付いてから初めて自分が避けていた事に気付いたのだ。

 普通なら無理だ。

 神がかり、奇跡としか言えない回避。

 その理由を理屈付けて語る事は出来ないだろう。それでも敢えて一つだけ理由を挙げるとするならばそれはーーー世界最高の狙撃手(ジ・エンド)との戦闘経験に他ならない。

 

 だから、そう。

 これを奇跡と呼ぶのならば、これこそが奇跡だと言うならば。これから起こる結末は、女の執念が生み出した必然だった。

 

「ーーーー!」

 

 大きく体勢を崩しながらも注意を向けていたスネークの眼は、スカルズ達の身体の表面にボコボコと生まれ始めた“岩のような何か”を捉えた。未知の能力を発揮したその瞬間、それが戦闘の合図だと確信しーー首筋を寒気が襲う。

 

 回避した筈の弾丸。

 必殺の弾丸。

 だがそれが“合図”にしか過ぎなかったとしたらどうだろうか? 十中八九は当たる筈だ、だが1つでも当たらない可能性が有るのなら対策を講じるのが当然だろう。当たればそれで良し、しかし躱されたとしても……寧ろ躱すことすら“想定されて”いた狙撃だったとしたら?

 その弾丸は“何”に対して放たれたのか。

 

 バッ!

 身体中に岩を纏ったスカルズ達が一斉に両腕を頭の前で組んで大きく腰を落とす。隙を晒す事を覚悟して振り返ったスネークの瞳に“ある物が”映り込み、反射的に駆け出した。

 

 ダメだーーー逃げきれん!

 

 逃走が不可能である事を悟ったスネークはやおら地面へと飛び込み身体を丸めながら義手である左腕を頭部へと被せる、対衝撃態勢を取ったもののそれがあまりに頼りない事に誰よりも彼自身が気付きながら。

 バチチッ! 雨音にかき消されそうな程に小さな“火花”の音が異様に大きく耳に届いた。そう、狙撃手の放った弾丸は初めから其処へと至る為に撃ち込まれていた。ノヴァ・ブラガ空港跡へ運び込まれる“通常”の荷物に紛れて何度となく、決して感づかれる事が無いように、念入りに、周到に。

 警備を担当しているCFAやZRSにすら報せず配置されていた“爆薬”へと、その弾丸は撃ち込まれていた。

 

 ゴッ!

 

『ボス、逃げーーーー!!』

『伏せーーーー!!』

 

 無線機越しに伝わる声が途絶え、眼前を炎が埋め尽くす。今や火薬庫と化したノヴァ・ブラガ空港跡は、CFAとZRS、スカルズとスネーク等を巻き込み爆心地と化す。

 

 

 

 爆発に巻き込まれる直前

 

 

 

 目の前に黒い影(DD)が跳躍した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:偽りを生きる

 

 

 

 一言で表すならば、充実。

 “彼”が目覚めてから今日まで、オセロットの心と肉体はそれまでの9年間とは較べるべくもなく充実したモノとなっていた。 

 あまりの機嫌の良さに鼻歌を口ずさみ、それにすら怯える目の前の“男の表情”を見るだけで更に上機嫌となる。事の真偽はどうあれ、この男がMSF崩壊ーーーついてはビッグボスの命の危機を生んだ一因である事に違いはない。そんなこの男に対して行う拷問は“そういう役割”をしていないにも関わらず心地よい。

 

「さて先生。昨日の続きと行こうか」

 

 配合を変えた自白剤を投与し、その効果が出て欲しいと願う気持ちとーーー効かなければ良いのにと願う気持ち、矛盾した感情を両立させながら様子を窺う。

 薬による反応は確かに見られた、だがどうにも……期待したほどの効能は見られない。

 

 この男が拷問に対する訓練を受けていないのは明白だ、拷問の名手として知られるオセロットは自分の能力に対し客観的に見て“超一級”の評価を付けている。

 そんな自分が見逃す程に高度な訓練を積んだ? 有り得ない、それだけの結果を生むにはこの男の精神はーーー未熟だ。

 

「あ、ああ……あ…………」

「今回は嗜好を変えてみた。どうだ先生、心地いいだろう? ああ、聴こえていないか。今頃は天国にいるだろうからな」

 

 自白剤の中に麻薬を混ぜたものを動脈に流した。

 何の面白みもなく顔を綻ばせ、あへあへと笑みを浮かべる男から離れパイプ椅子に腰掛ける。

 これでハッキリとした、この男は薬物に対する何らかの処置を行っている……だがその効力は小さく、寧ろ不十分。それなのにこの男から一向に真実を聞き出せない理由。

 

「……自分を偽る者から言葉を聞き出すのは難しい。都合の悪い真実よりも、都合のいい嘘の方が心地いいからな。

ふんっ、先生。あんたはそういう人間だーーー」

 

 真実を偽る。

 そう口にし、自嘲の笑みを浮かべる。目の前にいるどうしようもない男と“似たような”存在である自分自身の人生が重なり、同族嫌悪に近くて遠い複雑な感情が内心に渦巻いていた。

 

「……あと10分と言った所か、先生。さっさとそこからこっち(天国の外側)に戻って来い、現実にな」

 

 嘘偽りに塗れた人生。

 それを否定しない、目の前の男と何も変わらないと指摘されても否定の言葉が浮かばない程に。

 

 それでも、ただ一点。

 

 一点だけ決定的に違うという部分がオセロットと、ヒューイの立場をこうして隔てているのだ。

 

 それは己の保身に執心するヒューイには絶対に持ちえない事柄。

 

 忠を尽くす。

 

 それだけが2人の運命を分けていた。

 

 

 

 

 SIDE OPS:第二の

 

 

 

「よく来た。座れ」

 

 旧MSFの頃から在籍し、9年間をミラーと共に生き抜いた者達。その中でも選りすぐりのメンバーが極秘理に集められ、こうしてミラーの前に座っていた。

 

 メンバーの顔を見渡し、満足気に頷き1人1人に書類を手渡す。無言で読み進める内に明らかに顔色と表情が変わった、それは奇しくも……いや必然的に全員が同じものであった。

 

「アマンダの配下にいた者達が既に資材の確保の為に動いている、お前達は彼らと合流し“そこに書かれている通り”に命令を遂行してもらう。

その書類はこの場で廃棄する、全て頭に叩き込んでおけ。コチラの“カタが付く”まで完全に接触を断つ、質問は今のうちにしておけ」

 

 ミラーの指示に従い、決して薄くはない書類の内容を記憶する。記憶し終えた者から立ち上がりミラーの下へ書類と共に“部隊章”を返却し、敬礼したのち静かに退室する。パラパラと人が減っていき、僅かに30分ほどで0になった。

 その優秀さに感心しながら返却された“預かった”部隊章を懐に入れ、不要となった書類に火をつけ全てが灰となるまでその場で見届けた。

 

 完全に火が消え、書類の復元が限りなく不可能である事を確認した上で部屋を出ると海に向かって投げ捨てる。風に吹かれ散り散りとなって海に散った灰を回収する事など不可能だ。

 そこまで気を張り詰めていたミラーは、へリポートから飛び立っていく1台のヘリを見つけ敬礼をした。

 

「頼むぞ、お前達の働き次第で世界が変わる」

 

 長年苦楽を共にした戦友だからこそ信じて送り出す。

 彼らの行動が結果を見せるまで長い年月が必要となるだろう、それでも必ず彼らは遣り遂げる。その果てにこそ誕生するのだ、全ての戦士の理想郷(アウターヘブン)となる場所が。

 

「俺達の居場所は、其処だ」

 

 

 

 

 




 話の要点


・HALO降下
 MGS3冒頭のオマージュ、作者がMGSVで実装されるだろうと妄想していた出撃オプションの1つ。まさかヘリしか無いとは思わなんだ。


・建造物の潜入が得意
 MGS1・2の事、3の冒頭ザ・ボスのセリフより。
 実際のンフィンダ油田は初見だとかなり歯応えがあります、作者は5回ぐらい死んだ。


・D-Walker開発経緯の違い
 ガチク……ヒューイ懐柔作の1つ。
 これに気を良くさせバトルギアへと繋げる。


・ボスの噂
 語り継がれる内に脚色されていった伝説
 しかし本人を前にするとそんな三文小説で得たあらゆる事柄は無価値になり、忠を尽くす様になる


・髑髏の影
 露骨な次回への伏線
 果たしてスネークの前に立ちはだかるモノとはいったい?!


・第二の
 サイドオプスには珍しく本編とがっつり関係のある話、露骨な伏線その2



・D・Dと他PFの違い

 同じ様な組織でありながら、その本質はかけ離れている。


・謎の女

 抜群の狙撃センスを持つ謎の存在
 今のところ普通に喋る
 全身に火傷を負っていない
 身体能力は普通
 下着でうろつきはしない


・爆心地と化したノヴァ・ブラガ空港跡

 イメージとしては、本編より最初は綺麗だったがこの爆発によって本編以上のボロさになる


・黒い影

 演出としては以下の通り
 スネークに迫り来る爆発
 GZでパスが爆発する瞬間と重なる
 飛び出した影がヘリで自分を庇った男と重なる
 よせぇええええ!
 と叫びながら暗転

 ローディング...




次回はいつでしょうね、下手したら三月の終わりでしょうか。なるべくなら2月中にもう1回更新したいところ。
ではでは。




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今回から本気でシリアス偏重になっていきます。
また過激な描写が増えるのでお気をつけ下さい。





 4:楽園へと分かたれた

 

 

『……ここは』

 

 気が付けば海上を飛行するヘリ内。

 眼下には黒煙を上げ、倒壊していく洋上プラント。水底へと沈み行くその姿を見ていた。

 

 全てが消え茫洋とした海だけになってもただ見続けていた。

 

『ボス』

 

 声のした方へと振り向く。

 そこには顔の見えない男が立っていた。その隣には血だらけの犬が寄り添っており、こちらを見上げている。

 気付けば風景も様変わりし川を挟んだ両岸にそれぞれ立ち尽くしていた。

 

 男の全身も血だらけでマトモな箇所は何一つない。それは控えめに言っても“人間かどうかも分からないような状態”だった。

 

『お前は……お前“達”は…………』

 

 顔の分からない男と犬の正体を、しかし直ぐに気付いた。それだけではない、何時の間にか現れていた他の者達の名、顔、その全てを余すことなく知っていた。

 当然だ。

 誰1人として忘れたことはない。

 彼らはあの時ーーー

 

『ボス お気を付けて』

 

 顔の見えない男が敬礼をする。

 それに合わせ一斉に、全ての者達がスネークへと敬礼を捧げる。その姿が幻影の如く揺らいで酷く不安定になった。

 別れなのだと。

 そう思った。

 

『何処へ()くんだ?』

 

 男は頭を振った。

 

『いいえ 何処にも()きません』

 

 それは違うと。

 

『我々は常に 貴方と共に()ます』

 

 川から炎が噴き上がる。

 煌々と燃え盛る炎が巨大な螺旋となり世界を包み始めた。それは儚くも美しい生命の炎。

 

 そう此処は終焉の地。

 

 痛みも

 

 恐怖も

 

 憤怒も

 

 悲哀も

 

 そして、歓喜も。

 

 全てが等しく燃え尽きて灰となり、残るモノは何も無い。ただ1人()を除いて。ただ一つの炎を遺して。

 

 

 

 唐突に意識を取り戻す。

 目にしたのはスカルズが刃を振り下ろそうとする姿だった。

 

「っ! ぐぅう……!?」

 

 跳ね起きようとして体を捻り……バランスを崩し転がってしまう、それが却って幸運な事にスカルズの斬撃を躱すことへと繋がった。頭部から垂れてきた血が視界を塞いだので拭おうとして異常に気付く。

 右腕の感覚が酷く曖昧だ、それに風が妙に顔へ纏わりつく。熱を孕んだ左腕(義手)で顔を撫でると普段とは違う感触に気付く、どうやら留め紐が切れ右眼を覆っていた眼帯が落ちたのだろう。

 

 久方振りに感じる風の感触は堪らなくーーー不快だった。

 

『ボス! 大丈夫か、ボス!! 返事をしてくれっ!』

 

 無線越しにミラーからの声が脳を揺さぶる。

 心配はあり難いが今だけは煩わしい、何せスカルズの攻撃は始まったばかり……いや始まってすらいない。立ち上がろうと改めて力を入れようとするも右腕に力が入らない、折れてはいないが動かせない。

 脱臼しているのだろう、なのに痛みがない。不味い兆候だ。

 

「カズ、何があった! っく!!」

 

 右腕が使えないなら(それならそれで)起き上がる手段はある。その姿を与し易しと考えたのだろう、右側(死角)から放たれた銃撃に勘頼りで応射しながら建物内へと身投げする様に飛び込む。

 ある程度は正常な姿(カタチ)を残していたノヴァ・ブラガ空港跡の施設は、今や見るも無残な程に破壊されていた。立ち昇る煙や僅かに残る火種、火薬特有の焦げた匂い、それら点と点が繋がって線となり鮮烈に記憶を揺さぶった。

 

(そうか爆発。やられた、誘い込まれていたか!)

 

 拳銃を口に咥え脱臼していた右腕を無理やり元に戻す、脳内は興奮物質で溢れており痛みを感じる事は無い。だがこれは応急処置に過ぎない。

 ポロり…と口から零れ落とした銃を空中で拾い上げ牽制のため何発か撃ち込む、その際に反動を殺さずワザと受け流し右腕全体に浸透させ活を入れた。ビリビリとした“痛み”がじわりと戻り感覚を蘇らせる。

 

(これでいい、暫くは持つ)

 

『あ、ああ。仕掛けられていた爆弾が爆発、あんたと連中(スカルズ)を巻き込んでだ。狙撃手が潜んでいた、すまない俺達のミスだ。大凡の発射地点は特定してある、戦闘班を向かわせた』

「そうか、分かった。で? トラックはどうなった」

『ああ、トラックは無事だ。奴らの身体が盾となったんだろう……やられたよ。クソッ!』

 

 無線機越しでも分かる程に苛立ちを含んだミラーの声、だがその怒り具合に妙な違和感を覚える。違和感と言えばもう1つあった、スカルズの銃撃を避けながら周囲を観察していたスネークは直ぐに違和感の正体に思い至った。

 釣り合っていない。

 これだけの規模の爆発に巻き込まれたというのに、それも爆心地の近くに居たというのに、負傷が右腕の脱臼だけというのはどうにも“軽すぎ”る。そもそも確かあの時……。

 

『ボス、応援を送ってある。あと5分だけ保たせてくれ、航空支援なら奴らも対処できない筈だ』

「……おいカズ」

『作戦は中止だ、あんたに“まで”死なれるワケにはいかない。無理はしないでく 「カズ!」 れ、っ!』

 

 撃ち尽くした弾倉を交換しながら声を荒らげる。

 捲し立てるように、まるで何かを“誤魔化すように”喋り続けていたミラーは沈黙した。スネークもまた物陰へと移動する為に声を潜める。

 ザッ、ザッ。

 高い跳躍力で一部崩落した空港の壁から壁へと移動するスカルズ達の目から何とか逃れる事に成功、だが狭い空港内部で隠れていたとしても直ぐに見付かってしまうだろう。

 その前に“決断”しなくてはならない。

 

 本来なら端末(iDROID)に表示されている筈の識別信号(マーク)を探しながら、小さく、しかしハッキリと問い質した。

 その答えを半ば予測しながら。

 

「カズーーーDDはどうした」

 

 僅かに間が空く。

 絞り出す様な声でミラーは伝えた。

 

『……MIA、だ』

 

 

 

 MIA。

 作戦中行方不明を表す言葉だが、この言葉を使わざるを得ない状況を端的に言ってしまえばそれは……死亡宣告と同義である。爆発の瞬間、DDはスネークの前へと飛び出していた。

 その行動が訓練の賜物か、偶然だったか、それとも意図して行ったのか。それは確かではない。

 確かなのはそう……その身を以てDDはスネークを護り通したのだ。

 

『信号は途絶している。緊急離脱装置(専用フルトン)も作動しない、恐らくは……』

 

 覚えていた。

 意識を失う前に飛び出した何かを、この世の何処とも判然としない世界での出来事を。

 

「そうか……」

 

 血塗れの髪をなで上げる。

 掌に付着した血をじっと見つめた、既に温かさはなく冷え切っており雨に混じって薄くなっていく。その血が、それ以上消えない様に強く握り締める。

 頭部に怪我は負ってはいない。強く打ち付けたかも知れないがそれだけだ、裂傷は何処にもない、スカルズの物でもない、自身のものでもない。

 ならばこの血が誰のものかーーー。

 

「……」

 

 手を開いて血を舐め取る。

 今はこれだけで良い、感傷に浸っている暇はない、やらねばならない事がある。成さねばならない事が。

 

「……D-Wallkerを寄越せ、カズ」

『ボス?』

「作戦を続行する」

 

 双眼鏡を取り出し空港内部の滑走路方面を覗く。

 スカルズがキョロキョロと忙しなく頭を動かし探索している姿、その近く、塀と塀の間に設置してある金網を注視する。

 あそこがいい。他の出入口へは遠い。

 

『ボス、おい! 何をする気なんだ!?』

 

 此処で争っていては見付かるモノも見付からなくなるだろう、爆薬の他に何が仕掛けてあるかも分からない。奴らと“戦う”のならば場所を移すべきだ。

 賭けになるが、分は悪くない。

 あれだけの規模を爆破したのだ、優先度が高いのは積荷(あちら)の守護ではなく自分(こちら)の命の筈だ。

 

「アレはお前達で回収しろ、いいな!」

 

 滑走路を突っ切りながら叫ぶ。

 遠隔起動されたD-Walkerはスネークの端末に備え付けてある発信機の下へと移動を開始した。一般機と違い特殊改良された高速移動モードによって颯爽と現れ、スネークの隣で並走する。

 操縦桿を右手で掴みながら飛び乗り、自動走行させつつ後ろ手に突撃銃を乱射し注目を集め……そのまま金網を突き抜ける。

 

 機体を大きく左回転させ体勢を逆方向に、より制圧力の高いガトリング砲をばら撒きながら湿地帯へと躍り出る。狙い通りスカルズは積荷ではなくスネークの“抹殺”に注力している、これならば直に到着するだろう戦闘班が誰に邪魔される事なくトラックを回収する事が可能だ。

 

「カズっ、3! それから例のヤツを5、適当にばら撒け。合図はこちらで出す」

『っ、分かった! だが、ああっ、クソッ! ムチャだけはするなよ』

「分かってるさ」

 

 ギャギギギギギィッ!

 激しく軋むローラー音に紛れ込ませ指示を出す。止めようと考え、無駄だと思い直したミラーはその指示に従うべく支援班へ激を飛ばす。この時。スカルズと1人相対するスネークの事を、ムチャだとは露ほども思わなかった。

 

 

 

 ノヴァ・ブラガ空港跡から幾らか離れた場所までスカルズを誘い出し、急制動したD-Wallkerから横っ飛びで降りる。その直後、無防備な背中へ剣を突き立てようと跳躍していたスカルズが大きく目標を外し地面へと剣を突き立てた。

 直ぐに剣を引き抜き追撃しようとしたスカルズの眼前へ、先ほど乗り捨てられ慣性のままに蛇行していたD-Wallkerが迫り……大爆発を起こす。

 

「!?」

 

 不意打ちへの、更に不意打ち。

 吹き飛ばされたスカルズはもんどり打ちながら地面に叩き付けられた、あまりの衝撃に手にしていた剣を取り落としながら。だが、この程度で止まるように彼らは“調整”されていない。

 体内に潜む“モノ”が急速に蠢き出しダメージを回復しようと「ふっ!」する直前、片腕を斬り裂かれ、腹部を剣が貫く。そのまま地面へと叩き付けられ身体を縫い留められたスカルズの首元、頚椎をへし折る。

 

「そこで大人しくしていろ、お前には“用”がある」

 

 ビクン!

 ビクンッ!!

 スカルズの身体が痙攣する、脊椎を損傷した故の生体反射。完全な無力化状態になったそれから目を離し、残りへと顔を向ける。

 

「さて、言葉が通じるとも思えんが……1度だけだ、1度だけ忠告しよう。スカルフェイスの情報を吐け、そうすればお前達は見逃してやる」

 

 返答は言葉ではなく銃弾の嵐だった。

 想定していた通りの反応にため息も出ない。先ほどの場所(ノヴァ・ブラガ空港跡)に比べれば身を隠せる様な遮蔽物は僅かしかなく、1人減らしたとはいえ3対1。圧倒的に不利な状況だが全く焦りはない。

 足下に転がっているD-Wallker(鉄くず)の中から比較的原型を留めていた装甲片を拾い上げ簡易的な盾として構える。

 

「…………」

「…………」

 

 雷鳴が轟く中、稲光に紛れスカルズが動き出した。

 即座に極限の集中状態へと至る、降りしきる雨の1粒すら認識できる程に鈍化した世界の中ただ1人スネークだけが自在に動き出していた。

 

 驚異的なスピードで動き回り銃撃するスカルズの攻撃を盾で完全にいなし、姿を消そうとも的確に捉え、時には射線に巻き込み、不用意に近付くのを逃さず無手による制圧を試みる。

 スカルズの真骨頂である卓越した速度とステルス能力は、しかし既に見切られていた。だが彼らとて何の“対策”も持たず現れた訳では無い。

 

「ッ!!」

 

 全身が岩で覆われる。

 その見た目に反することなく彼らは頑強な防御能力を得た。更に、その状態のままで通常通りの速度で跳躍する事も可能なスカルズの戦闘能力は単純に考えたとしても倍以上に上昇したと言っても過言ではない。

 バララララ! カンカカン!!

 手持ちの兵装では少しずつ表面を削り取るだけしか効果がなく、僅かにでも間を開けてしまえば直ぐに再生を始める始末。フルオートで弾丸を吐き出す事で何とか進行を抑えているものの、直ぐに残弾が尽きてしまう事は明らか。

 

 それに加え、必要以上の接近戦を行おうとしてこないのがネックとなる。

 前回の戦闘で接近戦の優劣に気付いたのだろうか、若しくはそう“調整”されたか。中距離の包囲陣を維持しており、それを活かす為に弾丸を弾く装甲を以て強引に接近しスネークの逃げ道を塞ぎ続ける。

 決して射撃能力は高くない、だが動かない獲物に当てるだけならば簡単だ。僅かずつだが服や装備へと被弾し始め、じりじりと追い詰められていく。

 だがこれは、遮蔽物のない外へ出ると決めていた時から予想していた事。状況は何一つとしてスネークの想定を超えてはいなかった。

 

『ボス! 順次投下する、派手にやれ!』

 

 ニヤリ。

 薄く笑い上空を一瞥し粗方の位置確認を終えると、1番近くの“落下ポイント”へと向かってスカルズから背を向け走り出す。その際に後方へと放り投げた手榴弾から閃光が溢れ、ほんの少しの時間だけ追撃を遮る。

 部隊章が刻まれている輸送用段ボール箱に括られていたパラシュートが燃え上がり虚空へと消え、放り出された荷物が重厚な音を立てて着地した。

 普段なら中に入ってじっくり取り出す処だが今は生憎と状況が赦さない。勢い良く箱の中へと手を伸ばし、目的の物を取り上げ……すかさずスカルズの一体へと撃ち込んだ。

 

 ガシュッ!

 

 胸部に穴を開けながら後方へと吹き飛ぶ。

 それまで幾度となく銃弾を防いでいた筈の体面の岩は、穴から放射状にヒビ割れておりボロボロと崩れている。その様が、衝撃の大きさと威力をありありと物語っていた。

 だがこれでも戦闘不能とまではいかない。

 暫くの間身動きを取れなくする程度の効果しかないだろう。しかし唯一の強みである防御力を無効化された今、どちらが優勢かは火を見るよりも明らかだった。

 

「アンチマテリアル……流石のお前達でも防げはしなかったな。さあもう1発だ、今度はどっちが喰らいたい?」

 

 残されたスカルズ達は互いを見合い、弾ける様に大きく距離を開きながら左右へと散った。一箇所に留まらない事で狙いを絞らせず、またどちらかへと攻撃が向いた瞬間にもう一方が襲う腹積もりなのだろう。

 その意図を読みながら、構わず右のスカルズを狙い、撃ち込んだ。

 

「!」

 

 反動で大きく仰け反るスネーク、その隙を突く為に動き出したスカルズの銃口が火を吹こうとしたその瞬間ーー「やれ」ーースカルズの上空まで接近していた段ボール箱が内部から膨張、四散した。

 手榴弾、C4、指向性地雷、対戦車地雷を敷き詰め隙間にありったけの火薬を充填した簡易爆雷が。

 

 以前(スマセ砦)の反省を込めて製作されたこれら、大量の爆発物だけを詰められた段ボール箱は耳を劈く程の音量と共に夜空を赤く染め上げた。

 直下に居たスカルズはその膨大な破壊力を一身に受け全身の岩は勿論のこと、その肉体の大部分を大きく損なうこととなった。

 

 比べてスネークはと言えば。

 アンチマテリアルライフルの反動そのままに仰向けとなり長大な銃身に身を隠しつつ姿勢を低く保っていたこと、そもそもスカルズが常に距離を開いていた事が幸いし殆どダメージを負う事は無かった。

 キーン、と酷い耳鳴りが収まった頃を見計らい状況をモニターしていたミラーも安堵の声を洩らす。

 

『1回で済んだか。流石だボス』

「運が良かった、次はこうは行かんだろう。尤も次の機会は与えんが……」

 

 ゴトン、ゴト、ゴトゴトッ。

 計4つの段ボール箱が周囲へと散らばった、その中身は等しく同じーーーつまりは爆薬の塊。スカルズや謎の狙撃手に先手を取られる形になったが、ミラーが考案した対スカルズ用の策はこうして成果を挙げた。

 使用しなければ中身を回収し、通常の支給品と同じ様に使える二段構え。

 

 バシャ、バシャ。

 後方から水溜りが跳ねる音が聞こえ振り向くとそこにスカルズが覚束無い足取りで向かって来ていた。

 

「……っと、流石にタフだな」

 

 最初にアンチマテリアルライフルで胸部を貫かれたスカルズが起き上がり、接近していたのだ。拳銃で威嚇射撃を行うも、今までの様に距離を開けようとはせず身体の岩すらも再生せず手にした剣を持って遮二無二に突進するばかり。

 無闇に接近戦を挑んでこなかったスカルズの見せるこの行動、その意味。間違いなく時間稼ぎ。それを理解し、しかし見過ごす事に決めた。

 

飼い主(スカルフェイス)に伝えておけ、次はお前の番だとな」

 

 何度目かの衝突の後、何かが跳躍し離れていく音が2つ。それに合わせ目の前のスカルズの姿が宵闇に溶け込んでいく。

 油断なく周囲を伺うこと凡そ1分、だらりと腕の力を抜き銃を仕舞う。先程まで確かに存在していたスカルズ達の姿はない、これ以上の戦闘は不利と考え帰投したのだ。それを追う気も、防ぐ気も更々なかった。

 

『逃げたか』

「その様だ。ちょうど良い、これ以上は流石に身体が保たん。それに、目的はもう果たしている」

 

 胸元から葉巻を取り出し口に咥える、まだ火は点けない。

 今も身体を剣で貫かれたまま全身を震わせ無駄に足掻き続けているスカルズの下へ歩み寄る。へし折った筈の首は既に再生していたが、流石に斬り落とした腕は生えていなかった。

 

『戦闘班から連絡があった、ノヴァ・ブラガ空港跡へ到着。輸送トラックを確保した、と。それから……捜索を開始すると』

「ああ。そっちは任せる」

 

 キリキリ、と左手の調子を確かめながら背中へ脚を置き勢い良く剣を引き抜く。

 自由の身となった事に気付いたスカルズは、他の3体と同じくこの場から離脱しようと脚に力を入れーーー片脚を切断され転げ落ちる。

 

「お前には用があると、そう言った筈だ。だが、そうだな。お前には訊いていなかったか、スカルフェイスの事を話せば“楽にして”やる、どうだ?」

「ーーーーーー」

 

 返答は無かった。

 喋れないのか、喋らないのか、それとも何らかの理由で声を出せないのか。真偽は定かでなかったが、このまま放置していても何も喋らないというのだろう。

 うつ伏せ状態だったスカルズを引っ繰り返し仰向けの態勢へと変える、残された腕で反撃しようと伸ばしてきた機先を制し掌を踏み付ける、そのまま腰溜めの構えを取りつつ大きく左腕を後方へと引き絞った。

 

「それがお前の決断だな。フ……ッ!」

 

 捻転によるタメから生まれた力を解き放つ、その瞬間的な威力は凄まじく片腕と片脚を失い無防備な姿を晒していたスカルズの“頭部”へと……正確には眼球部へと一直線に四指が突き刺さる。

 鋼鉄の義手に貫かれた眼からは内液が漏れ出し、指先はその奥にある骨と肉を容易く越え脳にまで達していた。

 埒外の衝撃を受けたスカルズの身体は一層激しく痙攣し口腔部分から血の混ざった泡を噴き出しながら……それでも絶命する事なく生きている。

 

「どうした……動けないか?」

 

 他の3体は逃がしてしまったが、1体だけでも確保出来るなら問題はない。差し込んでいる指で頭蓋骨を固定し、親指でバランスを取りながら無理やり立たせる。

 それでも尚、まだ反抗の意思を見せ身体を動かそうとしたスカルズであったがーーー最早それは赤子の抵抗よりも無意味なものだった。

 

 抵抗の意思を見せたその瞬間、冷徹に左腕の“仕込み”を起動させる。通常兵装ではなく特殊兵装として起動されたFLAME ARMは掌全体から指向性の炎を噴出しスカルズの頭部を包み込んだ。

 瞬間的に沸騰した眼球“だったもの”や、皮膚組織が延焼し肉を焦がす、反動で身体ごと吹き飛ばされても尚消えることなく纏わり着く炎にのたうち回るスカルズを注意深く観察しながら義手の接続部を取り外した。

 

 冷却装置は問題なく起動していたが、流石に超至近距離での使用には耐えられなかった様で機能不全に陥っている。後で博士からドヤされるなと考えながら剣を持ち上げ最後の仕上げへと掛かる。

 残った脚と腕を切断し達磨状態に、出血は驚くほど早く治まり肉が内側にめり込みながら傷を塞いでいく。他の傷も同様だ、顔の周囲は見るも無残に焼け爛れていたがやはりーーースカルズは“生きて”いた。

 

(……)

 

 幾ら“死んでも死ななくともどちらでも良い”と考えての処理だとしても、実際に死なない姿を間近で見るとおぞましさを感じずにはいられない。

 もはや抵抗する事すら出来ず痙攣し続けるスカルズ、その頭部で燃え続ける火に咥えていた葉巻を近付け着火し、ようやく腰を据えながら煙を吐き出しミラーへと指示を伝えた。

 

「カズ、ヘリを寄越せ。スカルズを回収し、身体を調べ尽くせ」

 

 

 

 暫くして現れたピークォード。

 その中から3人の兵士が降り立つ。1人はスカルズの回収に、2人は慌てた様子で全身が血や泥に煤だらけのスネークの下へと駆け寄った。

 

「ボス、お怪我は!?」

 

 衛生兵(メディック)の女兵士がそう訊ねた。

 身体中だと伝えると悲鳴を上げながら消毒薬を全身にぶっかける暴挙へと打って出る、既に緊張状態を脱し弛緩していた身体に想定外のこの一撃は今日一番のダメージをスネークの精神に与えた。

 感染症を防ぐ為だとか何とか早口で捲し立てながら鼻息を荒くしスーツを脱がして診察しようとしてくる姿に、さしものスネークも堪らず引く。

 因みに割といい胸の形をしている。

 

「失礼します、ボス」

 

 代わりの義手を運んできた兵士が厳重に封印されているトランクから仰々しく新しい腕を取り出した。

 お気に入りのFLAME ARMではなくROCKET ARMという新開発した試作型を慣熟訓練もなしに喜々として取り付けようとする姿から察するに、間違いなく開発班の者だろう。

 それもある博士に重篤なレベルで精神汚染された輩だ。

 

『ボス、少し話をしたい。そのままで聞いてくれ』

「ああ」

 

 肩を担がれながらヘリに乗り込んだスネークは、厳重に拘束され積み込まれたスカルズの近くへと腰掛ける。この後はMBに帰還して念入りに検査を行わなければならない、飛び立ったピークォードの窓から垣間見えた空はようやく雲が晴れ渡り星空が瞬いていた。

 

『回収したトラックの積荷をざっとだが調べた。中身は大別して二種、一つはドラム缶詰めの銅鉱石(マラカイト)だ、こいつが積荷の殆どを占めていそうだ』

「そんなものを護衛(スカルズ)を使ってまで運ぶとは思えん……それに」

 

 それに、未だ狙撃手に関して一切の報告が上がってきていない事に気付く。何処から狙い撃たれたか分からない経験は久々だった、アレだけの能力を誇る敵が複数現れたとしたらーーー考えたくはないが、有り得ないとも言い切れない懸念だった。

 

『ああ、同意見だ。本命は恐らくもう一つの方……遮蔽容器だろう中身はウラン鉱石(イエローケーキ)

「……核」

『そう、核だ。核兵器の原料……エメリッヒが言っていた『メタルギアを超える兵器』も、或いは……だが核兵器を製造するには量があまりに少ないんだ。分析の時間をくれ、なぜ連中がこんなものを厳重に運んでいたのか調べてーー『おいミラー!』』

 

「? 何だ、どうした」

 

 唐突に割り込んできたオセロットの声がしてから応答がなくなる、何やら話し込む2人の雰囲気から察するに余り良い内容ではないのだろう。暫くしてミラーは、焦りを滲ませた声で緊急事態を告げた。

 

 

 

 

 

 5:囚われの諜報員

 

 

『すまない、ボス』

「いいさ。それよりも情報をくれ、時間が無い」

 

 CFAを内偵していた諜報班が2名、そのCFAに捕らわれてしまった。ンフィンダ油田に端を発した水面下での争いが遂に表面化し始めたのだ。

 現在までD・D側からCFAへの積極的な関与は控えてきた、だがもし、諜報班から死者が出てしまっては報復心は簡単に燃え上がり全面抗争へと繋がるだろう。そうなればどれだけの規模で被害が出るか、XOFとの対決前に余計な戦力の消耗は避けねばならない。

 

 捕らえられた2名の内、1名は自力で脱出し救助を求めてきた。先ずは彼を救出し情報を入手、キジバ野営地の何処かにいるもう1名も救出する。時間はあまり無い。D・Dへ商売仇以上の報復心を燃やしているCFAの兵士達が、1人に逃げられてしまった彼らが、残りを何時までも生かし続けるとは考えられない。

 

 極短時間で迅速かつ隠密に救出する。

 

 各種分野に精通した精鋭揃い(エキスパート)のD・Dの中でも、それが可能な能力を持つ者はただ1人ーー総司令BIGBOSSーーのみ。

 

『こんな時にアイツが生きていれば……いや、スマン。今のは失言だった』

 

 ミラーの脳裏にある男の姿が浮かび、消えた。

 共に病院へと運ばれ、しかし助からなかった男。ビッグボスすら認める程の能力を持っていた男。今も共にあり続ける男。

 

「……そうだな。死者は還らない、どれだけ祈ろうとも。願おうとも。だが、生きているならーーー」

 

 スネークもまた同じ男の姿を思い浮かべていた、その姿にDDが重なる。共に同じく己の身を盾として爆炎の中へと消えていった者達。

 その姿を幻視しーーー古傷が疼いた。

 

 必ず救い出す。

 生きているならば。

 

「おい、持ってるか?」

「ハッ!」

 

 クイッと指を動かし、その意図を察した兵士が支援物資の中から葉巻を幾つか取り出して手渡す。1本だけ残して仕舞い意識的に普段よりも早く吸った、今の内に身体中の疲労を取り除いておかなければ作戦に支障をきたす。どんな薬剤や食糧よりも、こと疲労回復ならばコレに限る。

 芳醇な香りが傷ついた身体を優しく包み込み癒していく、失われた体力を補填し健康な肉体造りには欠かせない。オロシャヒカリダケを食べればバッテリーが回復する様に、どれだけ毒性が高くても吐けば治る様に。

 葉巻の煙を吸えば健康になるのは必然で、こうして改めて語るまでもないことだ。

 

「……ふぅ。お前も吸うか?」

「いえ、自分はこれがありますから」

 

 懐から少しだけ取り出した箱を見せる男。

 それを見て露骨に顔を顰め、煙を吐くタイミングに合わせ大きな溜め息を零した。無知とはここまで愚かしい事なのかと嘆かずにはいられない、まだまだ輝かしい未来への希望に満ちている筈の若人が道を踏み外そうとしている様を老齢に差し掛かるスネークとしては見過ごせなかった。

 

「タバコか。いいか若いの、タバコの煙には発ガン性物質が多量に含まれており、それは学会でも証明された事実だ。そんな体に悪いもんは吸うもんじゃないぞ……ぷはぁ、だいたいだなタバコなんてのは百害あって一利なしと昔からーーー」

「は、はぁ……」

 

 センチな気分になったからだろうか、普段はあまり好まない説教をする気分になってしまったのは。

 そのまま目的地に着くまでの短い時間、誰かの受け売り(ヤブ医者の小言)をそっくりそのまま、葉巻をふかしつつ現地に到着するまでタバコの危険性について説き続けた。

 

 

 

 監視の目が緩んだ。

 だが2人で逃げ出すには目立ち過ぎて発見されかねない、1人ならば或いは無事に…………呑気に悩んでいる時間はない、見張りが戻る僅かな時間の今しかチャンスはないのだ。

 ならば自分が囮になる。女はそう答えた。

 

「何故だ。俺の方が拷問への耐性は高い」

「ええ、そう。そして貴方の方が脚も早い、体力もある」

「だがそれじゃ」

「それに、貴方じゃ奴らの怒りを買えば直ぐにでも殺されてしまう。けど私なら、この身体を差し出せば時間稼ぎくらい出来る筈。何でもする、どんな事でもね」

 

 文字通りその身を呈して時間稼ぎをすると女は言っているのだ。確かに直ぐに殺される可能性は低くなるだろう、だがそれはつまり女の尊厳を冒涜され心身ともに蹂躙される事を示していた。

 如何に兵士として生きる事を決めたとは言っても、最大の屈辱である事に変わりはない。

 それでも尚、女は覚悟を決めていた。諜報班として活動するに当たって何よりも重要なのは自分の命(誇り)では無いのだと。情報を入手し、届ける。

 それを成す事が彼女の“忠”だった。

 

 脱走は直ぐに知れ渡った。

 捜索隊がキジバ野営地から離れた事を確認し、監視の減ったテント内に潜り込み没収されていた通信機と紙とペンを手にする。上手く裏をかけた。此処を離れたとしても周囲は殆どCFAの勢力圏、闇雲に脱走したところで逃げ果せる筈も無い。

 無線機があれば電波を傍受される危険を省みても、身一つでの逃走よりは遥かに成功確率が上がる。だが想定よりも服へ仕舞うのに時間が掛かり、見回りの兵士が物音に気付いてしまった。

 

「誰だ!」

 

 やはり早々上手く事は運ばない。

 両腕を拘束された状態を活かした低姿勢で兵士の腹へ頭から突撃し、倒れた所に顔面へ全体重を乗せて踏み込む。完璧な感触がなかった、長時間の気絶は望めない。

 この兵士が起きて捜索隊が呼び戻されるよりも前に出来る限り距離を稼がなくては、確か近くに林があった筈。先ずはそこまで逃げて連絡を取る。脇目も振らず、但し一定の歩幅だけは維持しひたすら真っ直ぐに突き進んだ。

 

「ハッ、ハッハッ、ハッ……ッ!」

 

 何度も転けながら無事に林へと辿り着いた、道中で至近距離を擦れ違う時は流石にヒヤヒヤとしたものだが明確な追手は来ない。未だに捜索隊は検討外れの場所にいるのだろう。

 此処でもう一度連絡して落ち合う場所を決めようとし……無線機の感触がない事に気付く。落としたのだ、何処で? そう離れてはいない筈だ。

 だが……。

 

「……くっ」

 

 このまま林に留まる事に決めた。

 後方から声がする、どうやら遂に追い付かれたらしい。この林に来てから痕跡を消して逃げるつもりでの全力疾走だったが、その選択が裏目に出た。

 最後に無線を使ったのは林に入り込む前、ならば最後に連絡のあったこの付近へ来てくれる可能性が一番高い。服の間に挟んでいた紙を取り出し乱雑に内偵で得た情報を書きなぐり、クシャクシャに丸めて飲み込む。

 ペンは土の中に埋めた。

 

 救助が間に合えばいいが、間に合わないとしても“死体”が回収されてくればそれでいい。それで務めは果たせる。不思議と死への恐怖は薄かった。もっと恐ろしいものだと思っていた、少なくとも二ヵ月前の自分なら恐怖に取り乱し、或いはとっくの昔に情報を漏らし、もしかすれば寝返っていたのかも知れない。

 

 きっとあの時、この部隊(D・D)への参入を拒んでいたら別の戦場でとっくに死んでいた。或いは故郷にに還って家業でも継いでいたか。恋人が出来て、新しい仕事に就いて、子供が産まれて、孫に囲まれて死んでいく人生もあったのかも知れない。きっとそれなりに幸せなのだろう。

 そんなモノは願い下げだ。

 

 もう既に出会ってしまった。

 人生観が一変する出会い。

 命を捧げるに足る存在を知った。

 あの人の為に死ねるのならば、この命の……なんと上等な事か。

 

 

 

「降下準備に入る、衝撃に備えよ!」

 

 キジバ野営地から北へ凡そ500m。

 ノヴァ・ブラガ空港跡から西へ大きく回り込む形でレーダーから逃れつつ低空飛行を続けていたピークォード、その接近限界地点が迫ろうとしていた。閉ざされていた扉が開かれ老年の男が顔を覗かせる、新調された眼帯を右目に装着し、双眼鏡で周囲を警戒しながら紫煙を吐き出す男の表情は険しい。

 本調子とまではいかないがまずまずの体調まで戻す事が出来た、これで葉巻が万能医療役である事が証明されたと言っても過言ではない。

 だが時間が無い。あまりにも。

 

『幾許もしない内にノヴァ・ブラガ空港跡での一件もCFA全体に周知されるだろう。全域に戦闘班を展開していたのが仇となった、警護の全滅を俺達の仕業と受け取られ兼ねない。そうなれば命の保障は無いに等しい』

「回収作業はまだ終わらないのか?」

『急がせている』

 

 最後に連絡が確認された地点へ視線を合わせ暗視装置を起動させる、熱源によって浮かび上がった複数の人影が林へ続々と集まっているのが確認出来た。

 何とか間に合ったという所だろうか。

 

 双眼鏡を外し、緩やかに制動をかけつつあったピークォードから飛び降りる。何度か回転しながら無事に降り立つと、勢いそのままに走り出した。

 あまりの事に悲鳴を上げる事すら忘れ呆然と眺めるだけしか出来ないでいた兵士とパイロット、慌てて操縦桿を倒し離脱を開始した。

  

『ボス! 何を考えている、自殺する気か!?』

「心配するな無事だ。どうせヘリはこれ以上は近付けられん、ああするのが早い」

『あんたは怪我を押して出撃してるんだぞ?』

「身体なんてのは多少雑に扱った方がいい、大事にし過ぎれば腐っていく」

 

 迅速な潜入の為ナイフと拳銃のみ携帯しているスネークの足取りは早く、迷いが無い。とても先程まで命懸けでスカルズと交戦していたとは思えない程に。

 搜索部隊より遅れること僅か、林へと辿り着いたスネークは息を整える間も惜しみ出会い頭に次々とCQC直投げで意識を奪った。麻酔弾を撃ち込み排除を続ける。敵愾心が燃えている相手に生半可な武装解除や拘束などは意味を為さない、手っ取り早く完全に無力化するにはこの方法が一番だった。

 

『ボス、無線を傍受した! くっ、どうやら見つかってしまった』

「っ! 何処だ、カズ!!」

 

 その返答よりも先に銃声が林に轟く。

 最悪の事態を想像しながら音のした方向が見渡せる場所に陣取り暗視装置を起動する、3人の兵士達に囲まれた地面に、逃げ出した諜報班の男が転がっていた。

 死んではいない、それに安堵するもどうやら脚を撃たれたらしくもがいており兵士がその部分を踏み付けていた。

 

「どうだ疫病神め! 少しは死んでいった仲間達の苦しみを理解したか!?」

「おいおい、まだ殺害許可は出てねぇ、だ、ろっ! ふぅ~……いい感触だぜ」

「こちら捜索隊、逃げ出した捕虜を見付けた。対応を求む……何時までも抑えられないぞ」

 

 どうせ殺害許可が降りるだろうと確信しているのか、2人は獲物をいたぶっていた。残り1人は事務的な手続きを踏んでいたが、その顔は喜色に満ちている。

 周囲の男達はそんな彼らに一声かけてから帰投し始めていた、スネークが知る由もない事だが捕虜を囲んでいる3人はそれぞれに“D・Dが原因”で家族や友人を失ったと信じているのだ。

 

『奴らめ……随分と好き勝手に…ッ!』

「カズ」

『ああ、分かっている。しかし弱ったな、遮蔽物のない平地に居る、どうやって救い出す?』

 

 見付からず接近するには距離があり過ぎた。

 拳銃で無力化するにはそれぞれの位置取りが悪く確実性がない。失敗は全面抗争へと繋がる、それ以前に仲間の死を目の前で見るのは御免だ。

 だがどうするか、手を拱いているよりも一か八かの可能性に賭けるべきか……周囲を観察していたスネークの目が、ふと左腕の義手へと留まった。正直に言えばコレを使うのに不安はある、何せ空飛ぶパンチなど(ザドルノフの件で)イメージが悪い。

 

「ううむ」

 

 しかし選り好みをしている場合ではない。

 義手の接続部、その上方の装甲をずらし操作盤を露出。iDROIDの投影機能(ホログラム)と連動し義手前腕部に内蔵されているカメラで状況をリアルタイムに映し出す機構だ。

 ロックを解除し射出準備を始めた左腕を構え右腕で狙いを定めた。不謹慎ながら、少しワクワクしてしまった。

 

(ロケットパーンチ!!)

 

 バシュッ!

 心中で決め台詞を吐きながら、内蔵燃料を噴き出しながらROCKET ARMが放出される。直ぐに上空へと軌道を変えカメラ越しに敵との相対位置を測り3人連続で直撃するコースに入った事を確認し速度を最大まで上昇させ操作盤から意識を切りあげた。

 シュシュシュ……と風を切りながら迫る音は、しかし激している3人の耳には届かなかった。ゴッ、ゴゴッ! 小気味よく2人の頭部に連続で命中した義手だが、最後の1人から僅かにコースを逸れ顔のすぐ近くを通り過ぎ後方の岩へと激突した。

 

「うおっ! な、なんだ今グ、フッ?」

 

 頭部に撃ち込まれた麻酔弾で意識が混濁した兵士が崩れ落ちる。何とか無力化に成功し、推進力を失い転がっている腕を再接続し捕虜の元へと急いだ。

 暴行を加えられながらも何とか意識を保ち続けていた男が救援者の姿を見上げ、その正体に気付き謝罪の言葉を述べる。まさかボス直々に救助して頂くとは、畏れ多く不甲斐なかった。

 

「ボス、お許しを」

「よく無事だった。此処でのフルトン回収は目に付く、少し移動するぞ」

「ボス……もう1人は、ここに……俺は喋りませんでした……奴らの情報も腹の中に……」

 

 スネークに担がれながら、借り受けたiDROIDを操作し地図と記憶を参照する。常に頭の片隅で歩幅や方角などを正確に割り出しながら逃走を続けていたオトコは、かなり正確にキジバ野営地での監禁場所を逆算、特定していた。

 林から抜け出し、包帯で傷口を縛り付けフルトン回収装置を丁寧に取り付け胸をトン…と軽く叩く。

 

「もう充分だ。あとは休んでいろ」

「は……はい……っ!」

 

 上昇していく気球を見送ることなく端末を操作し目的地を確認する。キジバ野営地はそれなりに広い、何の情報もなく捜索していては手遅れになるところだ。

 再び全力疾走し、救出を急いだ。

 

 

 

 回収したスタッフから得られた情報。

 どうやら最近、CFAの兵士の間で流行っている奇病があるらしい。特にマサ村落にいた現地採用の兵士が次々倒れているという。その原因としてスネークを……引いてはD・Dを疑っている。

 偶然と言うには時期が悪かった。アフリカに来たばかりの頃に行われた油田でのミッション、CFAと対立する切っ掛けになったその直後に奇病が蔓延しだしたのだ。何らかのBC兵器の使用を疑っているのだろう。

 

 だがそれにしてもCFAの怒りは凄まじい。

 これには恐らく周到な情報操作があったのだ、CFAの“本当”の雇い主ーーーサイファーからの。

 

『奴らがこの地で何かをし、その結果この奇病が発生した。そしてそのツケを俺達の仕業だとすり込む。上手く押し付けられたもんだ』

「……」

 

 監禁場所にそっと近付く。

 そこに居た兵士達は、先ほどの捜索隊の面々の様な露骨な怒りや蔑みの表情を浮かべることなく、いっそだらしない程にニヤけていた。訝しむスネークの耳に、場違いな嬌声が届く。ただひたすらに、男を悦ばせる為だけにあげる女の声が。

 

(そういう事か)

 

「女を抱くなんざ久し振りだったぜ、いい締まりしてた」

「ああ、ありゃ好き者だぜ。何人にも姦されてるってのにかなり腰振ってきてよ、へへっまるで犬みてぇにな」

「きっと普段から仕込まれてんだよ。伝説の傭兵はかなり女好きらしいからな、案外そういう意味なのかもなぁD・Dってのは」

「「違いねえ! ハーッハッハ!!」」

 

 ゲラゲラと笑い出した兵士達の1人が突如として消える、それに気付くことなくその場にいた兵士達は次々と地面へと叩き付けられ意識を失った。

 穴の外で見張り(順番待ち)していた兵士も同じく昏倒させ念入りに義手で頭部を打ち付ける。そのままワザと足音を立てながら穴の奥へと進む。

 

「んぁ? おい、まだ終わってねーぞ。今しゃぶらせてんだ、コレで終わるからもう少し待ってろよ」

 

 女の髪を掴み、下半身の逸物を舐めさせている兵士が上機嫌な声でそう発した。ピチャ、クチュ、狭い空間に反響する水音と立ち篭める濃密な香りに胸焼けしそうな気分になりながらスネークは静かに拳銃を頭部へと押し当てた。

 その感触に男の火照っていた思考が冷える。

 

「ヒッ、だ、誰だお前……」

「誰とはご挨拶だな。俺の事を探していたんだろう?」

「お、お前は……ビッグ、ボぎぃあぁあああああ!?!?」

 

 言葉の途中で唐突に雄叫びをあげた兵士は股間を抑えてその場に蹲る、赤黒い染みが大地に流れ出しその勢いは留まる所を知らない。それまで兵士の影で隠れて見えなかった女の顔が明らかになり、その口元が大量の血や白濁色の液体に塗れている事に気付く。

 ペッ、ともんどりうつ男に向かって小さく細い“ナニか”を吐き出した女はアザだらけの顔でぎこちなく笑い、謝罪の言葉を述べた。

 

「ボス……御足労をおかけして、謝罪の言葉もありません」

「……すまん、遅くなった」

「謝らないでください、ボス……私は生きています」

 

 こうしてまた会えただけで、報われたのだ。

 身体を好きなだけ蹂躙され尽くされてなお、女の心はビッグボスへの崇拝(敬愛)で満たされていた。水筒を手渡し、口をゆすぐ女の身体を抱き締め囁く。

 

「ーーー待たせたな」

 

 衰弱しきってなお気丈に振る舞う女を抱き上げ、そのまま肩に担ぐとヘリに着陸指示を出す。キジバ野営地から東に位置する無人地帯へ向け身体を揺らさないようゆっくり歩き始めたスネークに、女は自らの仕入れた情報を語り続けた。

 その内容は先ほど救出した男の話していた内容と殆ど差はなく既知のものであったが、喋り疲れた女が気絶するまで黙って聞き続けた。

 

 合流地点に辿り着いたスネークはピークォードに乗り込むと女の身体を優しく横たわらせた、衛生兵の女はかなり憤りながらも冷静にかつ迅速に邪魔な衣服を切り取ると徐に清潔な水と消毒液をブチ撒けた。

 どうにも大雑把な手法に思えて仕方がないが、これでもスネークと同じヘリに同乗する事を認められており医療班随一の腕を持つというのだから、世の中は不思議だ。

 

 一息ついたスネークへ、ミラーが安堵のため息を洩らしながら謝辞を述べる。

 

『ボス、ダイアモンド・ドックズ全スタッフを代表して感謝する』

 

 今後ともCFAとの小競り合いは続くだろう、だが少なくとも全面抗争の危機は去った。

 

 

 

 

 

 

 6:交わらぬ世界

 

 

 長期間の任務を無事に終え久方振りにマザーベースへと帰還してくるスネークを出迎える為に、甲板には大勢の隊員が整列していた。しかし彼らの間に広まっている空気には、動揺や不安が多く含まれていた。

 そんな空気に気付く筈もなく、降下中のヘリからその光景を見下ろしていた彼は増加した隊員の為にどのプラットフォームを増設するかで頭が一杯だった。

 

「お疲れさまでした、ボス…」

「おう。そういや気になってたんだが風邪か? さっきから鼻を押さえてるが」

「え、ええ。はい、まぁ……」

 

 モゴモゴと言い淀むパイロットの態度を訝しみながらも、栄養を摂って安静にしていろと告げ扉を開ける。そこには多くの隊員たちが並んで……珍しい事にオセロットまで待機していた。

 何故か小脇にバケツを抱えて。

 ちょうど頼みたい事が幾つかあった事を思い出し歩み寄る。整列している隊員達の間を通り過ぎる際、何故か皆一様に目線を逸らし或いは口元を押さえながら挨拶をしてくるのが気になった。だがその理由にとんと検討が付かない。

 

「?」

 

 パイロットといい彼らといい、タチの悪い風邪でも流行っているのだろうか。

 

「スネーク……」

 

 出迎えてくれたオセロットもまた、顰めっ面をしていた。何に対するどんな反応なのかまるで理解出来ず首を傾げるばかりだ。

 そんな振る舞いは既に想定していたのだろう、大きく深呼吸し……堪らず噎せてから、改めて居住まいを正しスネークの目を見つめた。

 

「今から言う事を、どうか真剣に考えて貰いたい」

「あ、ああ……?」

 

 昔、離水直前のWIGに乗り込んで来た時のような有無を言わせぬ強い口調。そう言えばあの飛行機械(空飛ぶ玩具)は流行らなかったな、なんて呑気な事を考えていのが伝わったのかより一層強く睨まれた。

 誤魔化すように葉巻に火を点け、素知らぬ顔で続きを待つと重々しく口を開いた。呆れていると言うよりは、言葉を吟味している風な印象を受ける。

 

「……あなたは長期間の潜伏をされていた、凡そ10日も。加えてキジバ野営地への強行潜入も行われた」

「そうだな」

 

 何度も葉巻を補給した覚えがある。

 DDと仲良く同じ食料を口にした事もよく覚えていた、あの特製フードはウマかった。もう同じ釜の飯を食えないのだと思うと、尚更にあのフードは格別の味だった。

 何より食べた後の葉巻がウマいのだ。

 

「更にその後、こちらに戻らずそのまま幾つかミッションをこなした」

「ふむ」

 

 暫くアフリカを離れるつもりで確かに幾らかミッションを行った、CFAの兵士達は混乱の最中にあり注意が疎かで簡単に潜入出来て随分と楽が出来た。

 それに一仕事終えた後の葉巻となれば、これがウマくない筈がない。優美な自然を観察しながらの一服は最高の贅沢と言えた。

 

「こう……一仕事終えたならば、しなければならない事があるでしょう」

「俺がか?」

「ええ」

 

 正直に言えば心当たりが無かった。

 酷く曖昧な物言いだったがお得意の言葉遊び(情報操作)とは思えず、あくまでも主体をこちらに任せようとする意思を感じた。

 

「あー……その、今ご自分がどんな状態かをお考え頂きたい」

「どんな、ってーーーああ。なるほどな」

 

 やっと得心が言った。

 確かにこれだけ長期間任務をこなしていれば匂って(そうなって)しまうのも仕方が無いこと。自分は全くといっていい程気にしなかったが、とはいえ周りは迷惑だろう。合わない者は合わない。

 そのぐらいの分別はスネークにもあった。

 

(ふぅ、ボスにも困ったものだ)

 

 身体中を嗅ぎ始めた姿にオセロットは内心で安堵する。ビッグボスの信奉者を自負している彼からしても、こういった事に無頓着でいられる精神性は流石に理解し難かった。

 理解されなかった時の為に医療班から考案された最終手段が用意されていたが、無駄になって良かったと思う。本当に。

 あと自分に出来るのはこのバケツを引き渡すだけだ。

 

「ああ、お分かりいただけたようで何よりです。どうぞコレをーーー」

「わざわざスマンな」

 

 オセロットから受け取ったバケツをひっくり返し……ポケットに仕舞ってあった携帯灰皿へと振り掛けた。

 流石といった所か、長期間の任務で灰皿の中は酷く汚れて隅に蓄積した灰がこびり付いておりかなり匂うのだ。個人的には嫌いではない、寧ろ好きなのだが集団生活を送る以上最低限気を遣うべきだ。

 キュッ、キュッと丁寧に磨き終わった携帯灰皿を太陽に掲げる。

 

(うむ、まるで新品じゃないか)

 

「さて捕獲したスカルズの件だが、何か分かったか? いや、まだ無理か。なら先に見舞いに行ってやるか、病室は何処だ? ん? どうしたオセロット、腹でも下したか。拾い食いはやめとけよ」

 

 何故かバケツを差し出した姿勢で硬直していたオセロット、その全身をプルプルと震わせ……不意に止まった。諦めた様に首を振り、遂に最終手段を行う決意を固めたのだ。

 

「スネーク、良くわかった。ハッキリと言いましょう」

「あん?」

「身体がかなり臭う。ああ、そのままで大丈夫ですーーー綺麗に洗い流しましょう」

 

 バッと片腕を振り上げる。

 それを合図に潜んでいた者達が姿を現し、狙いを定めるやいなや躊躇なく大口径の砲身から水を噴き出した。山猫の様な瞬発力で咄嗟に射線から逃れたオセロットはともかく、集中放水をモロに浴びたスネークは濡鼠の如くずぶ濡れとなっていく。

 

「すいませんボス! お許しください」

「替えの服は用意してあります!」

「ですので大人しく水を浴びてください!」

「これで99%の除菌が可能です!」

 

 自分達の為に汗水垂らして働いていたスネークに対し「臭いですよボス」と面と向かって言えなかった一同は、謝罪の言葉を述べながらも容赦なく水を掛け続けた。喋ろうにも水圧で口を開けなかったスネークはされるがまま。

 そのまま1分ほど経ち、水を掛け終えた者達が隊列に混ざり全員で敬礼をしたのち散開。所定の警備へと戻って行った彼らの姿を見送り、1人その場に残ったオセロットは替えの服とタオルを持ちながら水溜りの中央で寝そべっている男へと近付いた。

 

「……こりゃないだろ」

 

 ようやく起き上がったスネークは、この身に覚えがあり過ぎる手法を発案したであろう衛生兵(バカ女)への処分を真剣に検討していた。

 

「自業自得です。次からはシャワーを使ってください」

「俺がシャワーを浴びるのは女を抱く時だけ 「い い で す ね ?」 おう、勿論だ」

 

 身体が臭うならそう言えよなと愚痴を零しつつ、これぞ水も滴るイイ男って奴だな、と気分よさげにわっしゃわっしゃ髪の毛を弄ぶ。

 服を脱ぎ捨て全身を丁寧にタオルで拭き終えると、下着とズボンだけを履き上着を肩に抱えて研究開発班プラットフォームへと続く連絡橋へと歩き始めた。

 その後を同じくオセロットも歩き出す。

 

「で、どうなんだ結局」

「積荷の調査は全て終了しました。捕獲したスカルズの検査は難航しています、立ち会ったミラー曰く『奴らは真正の化物』らしい」

「化物、ね。もしやUMAかも知れんぞ」

「確かに。ゼロ(あの男)ならやりかねない」

 

 嘗てCIA上層部に寄生していたUMA探求クラブという非公認組織。何を隠そうそれこそがサイファーという組織の前身である。

 であれば、UMAの存在を頑なに信じ探していた彼らが未知の生物(UMA)を発見したのならば、それを兵器利用しようと考えるのは当然の帰結とも言える。

 無論、これはただの冗談だ。

 だが後に、この時の予測が真実の一側面足りうる物であるなどとはさしものスネークとはいえ全く想像出来なかった。

 

「ヒューイはどうしてる」

「先生でしたら、今も変わらず。D-Wallker開発の件であなたへのアピールが出来たと喜んでいた」

「俺の不興を買ったと焦っていたからな、今や奴にとって俺だけが救い主だ。カズも、お前も、他の奴らでもない」

 

 端末を弄りD-Wallkerの修理報告を表示する。

 少なくないGMPが消費されたものの、所詮は鹵獲機のレストア品。費用対効果や作戦への貢献度を考えれば安い物だ、既に技術の吸出しは終わっている以上ヒューイが感知する必要も無い。

 言ってしまえば感知して欲しくすら無いのだが。

 

「先生は口が軽い、軽すぎて中身がフワフワと宙に浮かび本質は捉えようがない。しかし貴方には……」

「ああ。あいつも分かっている筈だ」

 

 何らかの隠し事をしている、それに疑いはない。

 その内容を吐かせるには精神的及び肉体的な追い込みでは今一つだった、だが何も拷問の手段とは直接的なモノとは限らない。懐柔策もある。

 

 究極的にここ(D・D)はビッグボスによるワンマン組織、彼が右といえば右になるし、白と言えば白なのだ。有罪を無罪にも出来る。

 既に1つの罪を暴かれその立場は酷く危うい。崖の上に突き出した細長い棒の上に立たされているに等しく、次に何か起これば容赦なく谷底()へ落とされるのみだ。もしそんな所へロープを差し出されたら1も2もなく掴み取ろうとするだろう。

 そのロープの先が、どこにも繋がっていないと気付く事もなく。

 

「さて、では行ってくる」

 

 

 

 ガシャン。

 入口が開かれ何者かが入室した、とは言っても候補は3人だけだ。誰が入ってきたかで打つ手も変わる、どうか願い通りの人物である事を祈り恐る恐る確かめた。

 最も恐ろしいのはオセロットだ、中立的な立場から責め立てるこの男からの尋問は一度受けただけで容易く心をへし折る。話をする気力すら湧かない。

 次に恐ろしいのがミラーだ、失ったモノの大きさに比例する憎悪で隙あらば殺そうと願っている男。話もできやしない。

 

「ヒューイ」

 

 誰かを確認する前に声がした。

 それだけで内心ホッとする。この傭兵集団(D・D)で最も思慮深く知性的で冷徹な判断を下せるただ1人の人物、毒のように身体を蝕むスカルフェイスとは対極にある男、カリスマの権化。

 1度は袂を別たれてしまったとはいえ、充分に挽回は可能だと彼は思っていた。願っていた。それが既に一方的な勘違いだとしても、彼には他に縋る者が居なかったのだ。

 

「スネーク! やあ、久し振りだ。元気だったかい」

「見ての通りだ」

 

 上半身裸の状態をどう判断すればいいのか迷ったが、とにかく自分の能力をアピールするべく口を開いた。そうすればきっと誤解に気付いて貰える、今の状況はちょっとした誤解なのだと。

 心からそう信じて。

 

「あ、ああ元気そうで何よりだよ。それはそうと君の力になりたいんだ、D-Wallkerはどうだったかい? 自信作なんだ」

「ああ、ありゃ良かった。かなり役に立った」

「そうだろう! 一般用と違ってかなりピーキーに設計したからね、普通の兵士には扱えない。君のような特別な兵士にしか扱えないのさ!」

「はは」

 

 無意識に露骨な媚びを売り、しかし半笑いで流される。それでも必死にチャンスをモノにしようと意気込むが、予想外の言葉に出鼻をくじかれる。

 

「あれな……壊れた」

「えっ」

「スカルズ。お前も話ぐらいは聞いているだろう? 奴らの放火に晒されてな、俺も危うく死ぬ所だった」

 

 真実はスネーク自ら爆弾代わりに吹き飛ばしたのだが、外界からの情報の一切を遮断されているヒューイが気付ける筈もない。

 

「そんな……まさか、いや、しかし……」

「お前の貢献には応えてやりたかったがな、残念だ。縁がなかったらしい」

「ま、待ってくれ! 頼む、スネーク……待っ、待って!」

 

 じゃあな、そう告げて振り返る。

 拒絶を感じさせる後ろ姿を見てヒューイの脳裏に浮かんだのはーー自分が死ぬ姿だったーーそれだけはイヤだった。死ぬのは御免だ。

 焦燥感に駆られ何とか引き留めようとしどろもどろになりながら静止の声を掛ける。その間も全く歩みを止めなかったスネークが無情にも開閉スイッチに手を翳した瞬間ーーー思考が白熱した。

 

「アレはまだ初期段階なんだ! そう、そうさ。まだD-Wallkerには改良の余地がある。スカルフェイス(アイツ)の子飼いの部隊なんて蹴散らせるように! アイツらの能力値(スペック)は知ってる、僕なら造れる!」

 

 何を喋ったか覚えていなかった。

 気が付けば僅かに振り向いている姿に希望を見出し、関心を失う訳にはいかないと口から淀みなく言葉を紡いだ。熱に浮かされた様に。

 その一挙手一投足に至るまで備に観察されている事や、隠し持った録音機で記録されている事に気付かず。

 

「D-Wallkerだけじゃない、まだ設計段階なんだけど凄い兵器の開発案もある。名付けてバトルギア!」

「だがサヘラントロプスには勝てまい。それに既存の兵器じゃあスカルズには……」

「違う、僕の研究ははあいつらの(寄生虫)とはワケが違う! サヘラントロプスだって、弱点が無い訳じゃない。設計段階で組んだ脆弱性(可愛げ)だってある、ワザとそうしたし、そもそも僕なしで運用していこうなんてスカルフェイスはイカレてる! アレは、アレは……僕のモノなんだ!!」

 

 感情的になり言葉尻は荒くなるばかり。

 ギラギラとした瞳でここにはいない幻の相手(スカルフェイス)を殺意を滲ませ睨み付ける。そこには嘗て、平和利用の為に作り出した兵器が悪用されようとしたことに憤った科学者の姿は無く、ただひたすら自分の保身や兵器に執着する惨めな科学者の姿があった。

 

 そんな姿を、以前の彼を知っているからこそ観察し続けるスネークの瞳には何の感情の色も浮かんでいなかった。それに気付ける余裕は、もちろん無い。

 

「なあ、頼む! 僕に造らせてくれ、君が満足するモノを必ず造ってみせるよ! 僕達は仲間だろう!?」

「ああ、良いだろう。カズには伝えておく、お前に研究を任せると……その結果次第だ」

「ありがとう!」

 

 何に対する感謝かも分からない言葉を嬉々として発し、取り憑かれたかの如くパソコンへ向かい設計を始める。間違いなく正気を失っていた。

 何時そうなったのか。9年前の時からか、或いはそれ以前からか。それはもう、彼自身にすら分からない事柄であった。

 

 

 

 数日後。

 スネークの身は再びアフリカの地にあった。

 バンぺべ農園、並びにクンゲンガ採掘場に捕らわれた反政府側民族(ムベレ)の小隊に居た6人の兵士、その抹殺任務を帯びて。

 

『依頼主は他ならぬ、この兵士達を配下に置いていた将軍(GENERAL)。口封じの為にかつての部下を殺せということだ』

「あまり気は進まんな」

『俺もだ。元上官による自軍部隊の抹殺……逃亡者(裏切り者)ならともかく“味方殺し”なんぞマトモな組織のやることじゃない』

 

 6人の内小隊長であった男は他の5人を捨て現地PFであるローグ・コヨーテに“転職”し、バンぺべ農園で警備兵の一員として働いている。残りはクンゲンガ採掘場で労働を強いられながら尋問を受けていると思われるがそれだけだ、それ以外の情報は無い。

 

 登り調子に勢力を増しているD・Dであったが、まだまだ依頼を選り好みしている余裕があるワケでもなく。また、何処にXOFへと繋がる手掛かりがあるかも分からない以上断る理由はなかった。

 しかし戦力の増強という側面で見れば、今回の任務はそう悪くないものである。バンぺべ農園に辿り着く手前で既に計2台の装甲車(即戦力を担える逸材)を見掛けたのだから。

 

「どうやら金が唸るほど余っているらしい、羨ましいことだ」

『クンゲンガ採掘場では輸出用のダイアモンドを採掘している、その恩恵を関係各社(現地PF間)でプールさせる。前にも言ったが完全な流通網が敷かれており、需要は高まるばかり』

「その幾らからを提供(回収)して貰ってる身としては言うことは無い。あんな石ころに興味もないしな」

 

 松明の淡い光りに照らされるバンぺべ農園内を進む、シュルシュルと蛇のように。今回は夜間の潜入と相成ったが昼間でも問題なく潜入出来ただろう、デコボコと波打つ斜面に加え建造物や植物などが程よく身を隠してくれる。食えそうな物が無かったのだけが残念だ。

 北部に敷設してあるいくつかのテント、その中で呑気に眠りこけていた目標を見つけその幸せそうな顔に麻酔薬を撃ち外へ連れ出してフルトン回収。ついでに装甲車も回収したかったが、流石に敵陣の真っ只中でする気は起こらない。

 

 無論、機会があれば回収しない手はない。

 

「残りの5人について吐かせろ、顔や名前、背丈に性別……とにかく何でもいい。情報が足りん」

『了解した。ああ、それからボス。この任務が終わったら、あんたに話しておきたい事がある、気にかけておいてくれ』

「分かった」

 

 バンぺべ農園を抜け、クンゲンガ採掘場への道を駆ける。その先に居る5人の兵士の正体に思いを馳せながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:調査報告書

 

 

 ターゲットを回収

 中身の確認及び選別を終了 別途資料に添付

 

 CFA及びZRS 残敵なし

 爆破に巻き込まれ死亡した模様

 武装を鹵獲 研究開発班へ

 

 特別保護対象を回収

 意識なし 重症

 緊急手術 医療班へ

 

 

 

 

 




 話の要点


・冒頭の世界
 ザ・ソローの時と同じ様な世界です
 生者と死者の交わる場所


・スカルズ鹵獲
 FLAME ARM、能力は火炎放射機
 扱い方を間違えれば自分が燃えます
 

・囚われた諜報員の性別変更
 夫婦として潜入していたらしい


・水バシャー!
 バケツ? ノンノン、違いのわかる男は黙って放水!


・クズ(ヒューイ)
 話した内容の真偽は不明 だが今までより信憑性は高い
 利用するだけ利用して使い捨てる
 とってもエコロジー




次回更新も遅れるでしょう。
完結させる気はあるので気長にお付き合いください。





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因縁

エアコンがあると心が安らぎ、穏やかな気持ちになり、一万文字も苦もなく書けるのです(悟り
まあ正確には一万三千字ですけども

本来はもう終わってる予定の八月で半ばまでしか進んでいないというね、ううむ情けなや。
ではお読みください


※誤字報告を確かに頂いた筈なのですが、何故か消えてしまって確認できませんでした。
 申し訳ない。





 互いに身を寄せ合う少年達の懇願する視線に晒されるスネークは、しかし淡々と安全装置を解除し銃口を向けた。クッと僅かに引鉄に力を込め自動小銃から幾発もの弾丸が発たれ……弾倉が尽きる。

 弾薬を失った銃はその動作を終え静止する、再装填して油断なく見つめる先にはーーー息絶えた少年がいた。

 

 

 

 

 

 

 7:ダイアモンドの価値は

 

 

「なるほどタフだな。いいぞ……」

 

 椅子に座らされ手足を固定された男は、必死な形相で身を捩りつつ情けなくも涙や鼻水を垂らしながら何かを喋らんと“口元”を動かしていた。

 しかしその必死さが言葉へと変じる事はなく、篭った呻き声が洩れるばかり。それも当然か。なにせ喋ろうにも猿轡をされていては…喋りようがない。

 

 そんな男の周囲をゆっくりと歩みつつ手元の器材を弄りながらオセロットは優しく肩へと手を置く。

 途端に股間が湿り気を帯び臭気が増した。それを見て傍に控えている兵士が堪らず視線を逸らす、拷問に対する訓練はD・D所属前にも受けていたが……彼の拷問は何というか次元(ステージ)が違う。

 この男が味方で良かった……心底からそう思い震える手を強く握った。

 

「んんんん! んんん~んんん!!」

 

 首筋に鈍い痛みと共に“何か”を注入される。

 それは男の予想に反して只の栄養剤なのだが……それを認識することも、指摘してくれよう筈もなく、ひたすら身を捩る。何をされるのか、されていくのか。分からない事が恐ろしい。

 空き椅子を引き寄せ男の前に座り、視線を合わせオセロットは優しく(空恐ろしく)語り掛ける。

 

「人はどうしても痛みに弱い、どれだけのタフガイでも耐え難い痛みを覚えるとその状態から脱しようと反射的に逃避(メリルを見殺しに)してしまう。例え心に無くともな。

ああ、その点お前は違う。いっそ明瞭な程に降伏の意を示しながらーーー裏腹に機を伺っている」

「んんん! んんーんんんっ!?」

 

 敢えてこの男の心情を書き表そう。

 男は何度も『全てを話す、だからもう止めてくれ』と叫んでいた。それは本当に本心からの感情であり、嘘偽りなど考えもしなかった。

 無論、拷問のプロであるオセロットがそんな事に気付かない筈がなく……しかしプロだからこそ、男の歪な部分が目に付いていた。

 

「いいや分かるさ……俺も、嘘吐きだからな。尤も、お前にそんな意思がないのは“確か”だが……お前の雇い主は違う」

「んん? んんんん!?」

 

 意味深な言葉を残し立ち上がる。

 目配せした兵士の1人がグルグルと手回し発電機を回し始める、間もなく放電現象を起こし帯電した2つの鉄棒が手渡され互いを近付けると空気が割れる音が室内に轟く。その威力を文字通り“身をもって”知っている男の身体は恐怖で小刻みに揺れ続けていた。

 そんな男の様子を憐れに思ってか。

 腰を落として再び視線を合わせ、最初から変わらない優しい表情を浮かべ語り掛けた。

 

「なあ、落ち着け。俺はお前を拷問したいわけじゃないんだ……本当はしたいがな。待て待て、暴れるな……これは治療なんだ、それも緊急の。だから少し……荒っぽくなる」

「んんんんんんんーーー!!」

「早く治って(壊れて)くれ。ではいこうか……これは効くぞ」

 

 

 

「っ! ……確かなのか」

 

 とても“協力的な”捕虜からオセロットが得た情報を部下から受けたったミラーは、そのあんまりな内容に思わずスネークとの通信を閉じて暫し考え込んだ。

 元々気の進まない依頼内容であったが、とんだ落とし穴が潜んでいたものだ。

 

(まさか、少年兵とは……!)

 

 その生い立ち故か、はたまた……自身ですら定かではないのだがミラーは“少年”という存在に対して潔癖な部分があった。

 何も子どもはみな純真で無垢な存在だと思っている訳ではない、寧ろ接するのは苦手であり好きか嫌いかで言えばハッキリと嫌いである。しかし彼らが兵士として戦場に存在していること……大人の都合で選択の余地なく子どもが銃を手に取る事、そういうモノに強い忌避感を覚えるのだ。

 

 ふとチコの事が頭に浮かんだ。

 あの件以来チコの姉であるアマンダとは面と向かって話せていない、今後の予定を加味すれば何れは通信機越しではなく相対する日が来るのだろう。

 そんな苦い思いをグッと堪え頭の隅に押し込んだ、今は作戦中であり他の事に気を取られている場合ではないのだ。

 

(そうだ、作戦中だ……)

 

 慌てて考え込む。

 意外と早く結論が出た。

 

(……論外だな。こんな任務など続けていられるものかっ)

 

 苛立たし気に髪を掻き毟る。

 依頼の選り好みはしていないが裏取りは徹底させていたというのにこの始末、不甲斐ない諜報班への八つ当たり気味な感情を抑えつつ通信機を立ち上げる。

 

「ボス、聴こえるか? 不味い事になった」

『ああ……だろうな』

 

 その、声色に酷く悪い予感がした。

 虫の報せというものには縁が無かった身だが、そういった勘働きという厄介な代物は得てしてこういうロクでもない時にばかり当たってしまうのだ。

 

「まさか……もう?」

『ああ……少年兵とはな、やってくれる』

 

 通信を遮断する直前はまだ採掘場の手前だったというのに、この短時間で既に場所を特定し目標を見付けていた。普段は頼もしいとしか思わない優秀さを、この時ばかりは恨んだ。

 

 

 

 二重の檻を抜けた先にはまたも檻があった。

 そこには放り込まれていた捕虜……少年兵達が足を抱えて座り込んでいた。安全装置に指を掛けスネークは彼らの下へと歩み寄る、その僅かな砂利を踏む音を聴き頭を上げた1人の少年が恐々としつつ顔を確かめ目を見開く。

 慌てて服の中からダイアモンドの原石を取り出し柵越しに手渡そうと腕を伸ばす、それを念の為に義手で受け取り備に観察する。

 

(この輝きと重量、本物か……)

 

 少年の掌に返すと、それに倣ってか他の少年達からも大小様々なダイアモンドの原石が差し出される。一縷の希望を託していた、自分達の命を買おうとしているのだ。敵か味方かも分からない男に自分達の運命を託して。

 ほんの僅かな量のダイアモンドが彼らの生命線だったーーーこんな端金が。

 

『ボス、聴こえるか? 不味い事になった』

「ああ……だろうな」

『まさか……もう?』

「ああ……少年兵とはな、やってくれる」

 

 自身を見つめる少年達の瞳は皆一様に怯えきっており、しかし僅かな希望を感じさせた。それにほんの少し、違和感を覚えた。左手にピリッとした感覚が走り、直ぐに断ち消える。

 1度だけ視線を切り、素早く戻す。

 

(なるほど……そういうことか)

 

『ボス、テープは回ってる』

 

 ガチン。

 互いに身を寄せ合う少年達の懇願する視線に晒されるスネークは、しかし淡々と安全装置を解除し銃口を向けた。クッと僅かに引鉄に力を込め自動小銃から幾発もの弾丸が発たれ……弾倉が尽きる。

 弾薬を失った銃はその動作を終え静止する、再装填して油断なく見つめる先にはーーー息絶えた少年がいた。

 

 

 

 5人いた少年の数は4人に減じていた。

 死体となった少年の遺体から、そして“隠していた”ダイアモンドの山から慌てて離れる残された少年達。荒々しく扉を蹴破って足を踏み入れたスネークは、そんな彼らの挙動を観察しながら耳元で響くミラーの激昂を聴いていた。

 

『確かに録音はしていた、それで充分だ。あんたには分かった筈だ、そういう“こと”だと。だが何故だ? 何故1人だけ殺したんだボス! 答えてくれッ!!』

 

 真摯な質問に、しかし答える間も惜しく遺体の側を警戒しながらうつ伏せの身体を仰向けに起こしーーー握られていた“拳銃”を奪い取ると銃口を再び少年達に向けた。

 その銃に、いや持ち主の放つ言い知れぬプレッシャーを浴びた少年達は歳相応に取り乱し命乞いの言葉を叫んでいた。

 

「黙れ! 質問する、正直に答えろ。お前達の目的はなんだ、何故コイツは銃を隠し持っていた? 言えっ! 沈黙は許さない……」

 

 曲がりなりにも少年兵として訓練され、今日まで生き延びてきた彼らは不運にも“知らなかった”のだ。本当の戦士を、その中でも一部の戦士だけが持つある種の常軌を逸した“何か”を。

 グッと心を掴んで離さないような、そんな強制力に促され彼らは言葉を紡いだ。

 

「し、知らない……そいつは何日か前に、来て、それで……殺して、言う通りにしろって……」

「眼帯の男が来るからって! 俺達は開放するって、それで」

「殺さないで! 僕たち脅されてたんだ、だから……うう……っ」

「あ、ああああ! あぁあああっ!!」

 

 恐慌状態に陥りながらも、生存本能を刺激されてか必死に喋る子ども達。その内容を纏め上げたスネークは大きく舌打ちをしつつ銃を下げた。

 子ども達の瞳には先程までの妙な違和感はなく、それを以て彼らもまた“利用された”だけだと断定するのは、尚早ではないだろう。粟立ってきた肌、それを右手で握り抑えながら立ち上がる。

 

『なんだ、どういう事なんだボス?!』

「嵌められたっ!」

 

 短く切り上げ泣き叫ぶ子ども達に「此処で死にたくなければ付いて来い!」と言い含め洞窟の外、採掘場とは逆方向へと向かったスネークの頬がじわりと熱を帯び額に汗が流れた。

 端末で短くヘリに指示を出す、呑気に合流地点へと赴いている暇などなくなった。手狭だがアイツなら何とか着陸出来るだろうと信じて。

 

 唐突な事態の推移に困惑を隠しきれないミラー、そこへ更にオセロットからの緊急通信が『ミラー! この一件やはりサイファーが絡んでいる、ボスに伝えろ! 早く!』入り、やっと得心がいった。

 

「くっ……」

 

 吹き付ける熱波から身を護るように両腕を組みながら洞窟の外に出たスネークは目にした、直径30mもの巨大な炎柱が漆黒の空を赤々と照らしている姿を。その中心で揺らめく人影を。

 空の果てまで届かんとばかりに噴き上がっていた炎が集束し始める、ある一点を目指して生き物の様に蠢く炎が通り過ぎた痕には見覚えのない“死体”が散乱していたーーーXOFの隊服を着た死体が。

 

 その意味、違えることなく受け取る。

 この一連の“仕込み”こそ彼らが行ったもの、しかし主賓たる存在はこう考えたのだーー邪魔はいらないーーと。

 

「カズ、ヘリを急がせろっ!」

 

 呆気に取られる子ども達。

 彼ら自身には預かり知らぬ処で進行してきた事態、だが呑気に惚ける事は許されない。スネーク1人を此処へ誘い込む為に行われてきた裏工作は成ったのだ、つまりは餌である少年達の命の保障は……無い!

 そして炎の中から、災厄の化身と化した男がその姿を顕した。

 

 

 

 

 

 

 8:2つの炎

 

 

 ローグ・コヨーテはこの地方では異色なPFである。

 企業として一つの意思の下に統制された組織ではなく、雑多な傭兵の寄り合い所帯に近い。大まかな指揮系統こそ存在するものの、基本的に任務毎に初顔合わせになる事などザラだ。

 互いへの関心が薄く、あくまでもビジネスライクな関係性。つまりそれはーーー異分子(サイファー)の思惑が入り込んでいたとしても“分からない”という事なのだ。

 

 

 

 燃える男ーーー全身を炎に包まれたヴォルギンはその口に当たる部分を歪ませ、スネークを見ていた。以前アフガンで出会った頃とは違い人間らしい一面を垣間見せるその姿に、首筋がチリチリと熱を持つ。

 小声で子ども達に逃走を促す。

 こんな場所に居ればここから先どうなるか、想像に難くない。

 

『燃える男……奴がいるという事はやはり、サイファーはこの地に!』

「ああ。そして、どうやら判断を誤ったようだ……あの時に逃げず、倒すべきだった」

 

 口が大きく裂けて火の粉が舞う。

 言葉を発さずともそれは容易にスネークを嘲笑っているのだと感じ取れた。以前の、感情を見せない炎の化け物とは違い明瞭な意思を感じさせるその行い。

 どうやら自分との接触が引鉄となって更なる力を付けた、らしい。それが何となくだが分かる。ギシギシと左腕が軋み出していた。

 

「ヴォルギン、スカルフェイスは何処だ? あのデカブツと一緒に近くに隠れてるのか」

 

 炎の男の表情がそれまでになく歪んだ。

 ワザとらしく首を捻り、悩んでいる風な態度で両腕を持ち上げる。そしてこれが答えだ、とばかりに右手を前方に掲げ炎の弾丸を打ち出した。

 その弾道を見切り上半身を倒して回避したスネーク、向き直ったその口には何と葉巻が咥えられており余裕の表情で燻らせていた。

 

「ふぅ……つい最近お気に入り(ライター)を壊してな、丁度よかった。随分と気が利くようになった、バカは死んでも治らないとは云うがーーーおたくは違ったワケだ」

 

 互いに挑発しながら身体の調子を確かめる。

 バッ、バッ、と全身から火の粉を打ち出してからゆっくり両腕を握り締めて構えるヴォルギン。その体勢はかつての地で生身で対峙した日を強烈に思い起こさせた。

 

『ボス、もう直ぐヘリで到着します! 自分が援護にーーー』 

「いや邪魔だ、さっさと子ども達を連れていけオセロット! 奴の狙いはあくまで俺だ、俺から離れろ!」

 

 CQCの基本姿勢を構えながら叫ぶ。

 その雄大な姿には一切の油断がなく、しかし余裕もなかった。この状況で単身ヴォルギンを相手取るなど無茶を通り越して無謀、退路の存在しなかったスマセ砦よりも手狭な盆地であるこの場所はなお一層不利でしかない。

 傍目から……オセロットから見てスネークに勝ち目は見えなかった。

 

 小汚いガキ4人とスネーク。

 どちらの命の方に価値があるかといえばD・Dの誰もが口を揃えスネークと断言するだろう。オセロットも無論そうだ、しかしだからこそ彼は躊躇なく子ども達をヘリへと乗せ渋るパイロットに激を飛ばして早々にこの場から去る事を決断した。

 

『ボス、御無事で……っ!』

 

 離れていくヘリのローター音が木霊する中、しかし2人の姿は動かない……やがて音が聴こえなくなった頃、どちらともなく動いた。

 奇しくも全く同時に。

 鏡合わせの如く。

 

「ーーーっ!」

 

 一も二もなくスネークは前傾姿勢のままヴォルギンの懐へと向かって走り出し、素早く腰を捻転し左腕を振り抜いた。対するヴォルギンもまた、同じ様に右腕を振り抜く。

 ゴォッ!!

 両者の拳と拳がぶつかり合い金属片と火花が散る。その衝撃で大きくふらついたのは、体格で勝る筈のヴォルギンであった。

 

「ーーーー?!」

 

 体勢を崩しながらも放った火炎弾は目標を外れ、弾倉を外し逆手に持った銃の銃床部分を強かに頭部へと打ち込まれ転倒する。

 すぐ様起き上がろうとした背中へともう一度強い衝撃を受けたヴォルギンは、纏っていた炎を周囲に放出しその反動で立ち上がり怨敵を睨みつけた。

 

 シュルシュルと空を舞って戻ってきたROCKET ARMを接続し身構えるスネーク。

 先ほど出会い頭の拳の衝突時も実はブースターを点火する事で推力を生み押し込んでいたのだ。自壊した前回のFLAME ARMの反省を加え更なる熱処理と対衝撃機構を改良されたROCKET ARMは頑強そのもので、こうした想定外の使用にも問題なく性能を発揮していた。

 

「思ったより硬いな。死後硬直か? それにしちゃあ随分とよく動く」

 

 咥えていた葉巻を手に取り余裕綽々といった風体で煙を吹きかけながら問う、見え透いた挑発にしかし思考が熱に浮かされたままヴォルギンは近付き拳を叩きつけようとするが……当たらない。

 火炎弾を出そうとするものの、ここぞとばかりに反撃され放てず。既にある程度の行動をスネークは見切っていた。

 

 火炎弾の威力にこそ制限はないが、それ相応の溜め時間を必要とする……その仕組みを前回の戦闘で銃器の無意味さと共に嫌という程身に染みて理解していたスネークの選んだ手段は、ことの他うまく噛み合っていた。

 近距離を主軸にし絶えず先手を取り続ける事でヴォルギンの手と“火力”を押さえ込む、想像を絶する難事を以て両者は“拮抗”していた。

 

「ーーーーーッ!!!!」

「何故、こうも手玉に取られるか分からないか? 相変わらず察しは悪いみたいだな」

 

 そう、あくまでも拮抗でしかない。

 軽口を叩きながらも実を言えば切迫していた。

 大量の汗を掻きそれが瞬時に蒸発する程の熱量、殴れば殴る程に蓄熱していく義手が火傷のように酷く痛む。喉は乾き熱された大気は気管支を苛む。

 そも、長時間の戦闘は元より想定していない。

 出来ようがないのだ、あくまでも人間の枠の中で最高に近いスネークの肉体といえど文字通りの“化け物”には及ぶべくもない。秒単位で急速に削られていく体力を気合で補っていられるのも、僅かな間。故の拮抗。

 このままでは先に熱中症で倒れかねない。

 

(やはり……見間違いではない。いけるか?)

 

 だが突破口は“見え”た。

 こればかりはこうして相対しなければ気付けなかった事だ。何度目かの大振りの拳を躱しそれまでよりも大きく距離を開けたスネークはここにきて初めて銃を構えた、それは悪手だとばかりに大技を喰らわせようとしたヴォルギンのーーーその身体から炎が消失した。

 

「ーーーー!?!?」

 

 身動きの取れなくなったヴォルギンは、僅かに視界に覗くスネークの姿へあらんばかりの憎しみを込める。それが彼が動く為の“燃料”だから。だがどれ程に動こうとしても満足に身体が動かせないでいる。

 賭けに勝った。

 やっと一心地つけたスネークは片膝を着け、銃を降ろしニヤリと微笑みながら虚空を指差す。

 

「なあ坊や、そろそろ自己紹介してくれてもいいんじゃあないか?」

 

 ヴォルギンの後方を指し示すものの、その先には何もない。その筈だ。通信機越しにしか状況を知りえないオセロットとパイロットも、フルトン回収機の高精度レーダーで戦場を俯瞰しているミラー達も、現地でカバーに入っている工作員の双眼鏡にもーーーそこに何も見出す事は出来なかった。

 しかしスネークは確信を持って指先を、熱と血が通い始めた義手の指先で虚空に浮かんでいる“少年”を正確に指し示していた。

 ガスマスクで顔を覆い、宙に浮かんでいる赤毛の少年を。

 

 以前は見えていなかったこの少年の存在にスネークが気付けたのは、偏にこの世の何処とも知れぬ場所で交流した者達の加護によるもの。

 死して尚も共にあると誓った者達の、スネークを生かさんとする強い願いーーーその結晶だった。

 

「………………」

 

 しかし少年は答えない。

 答えようがない、普段から意思の乏しい少年の“中身”は、今や相反する2つの(報復心)が互いを呑み込まんと争う焦熱地獄と化していたのだから。

 

 憎しみや怒り、屈辱に虚栄心を糧とし周囲の全てを巻き込み……遂には自身すら巻き込んで激しく燃え盛る炎。

 喪失、絶望、悲哀、大切な何もかもを取り零して尚もひたむきに小さく……しかし一際力強く輝き目の離せなくなる炎。

 

 2つの炎のせめぎ合いの中、不意に撃ち込まれた弾丸を止める為に“能力”を割り振った少年には……幾ら燃料をヴォルギンが与えても動き出す為の“動力”を分け与える余剰がなかった。

 

『第3の子……そういう事か!』

『何だそれは、俺にも分かる様に話してくれ……いったいボスは“誰の事”を言っているんだ!?』

『ああ、つまりはだーーー』

 

 その存在をスカルフェイスやスネークの他に唯一知っていたオセロットが得心を抱く。

 状況にまるで着いてこれていないミラーの疑問に、状況を噛み砕いて話し出した彼の心中にもはや先程までの焦燥は存在しなかった。

 

「答えないか。まあいい。だがなヴォルギン、手品の種が割れた奇術師は……早々に舞台から降りるしかないぞ」

 

 弾倉が空になるまで少年に撃ち尽くし、そのまま放り捨てて身軽になったスネークは最寄りの合流地点へ向かってなけなしの体力を振り絞り駆け始めた。

 その後ろ姿を、隙だらけの敵へ、何もする事が出来ない惨めさで激しく燃え上がった感情が再び立ち上がる力を得た頃にはーーー既にスネークの姿は無かった。

 

「ーーーーーーー!!!!」

 

 言葉にならぬ叫び。

 段々と白熱していく身体から閃光が瞬き、弾け、光が収まった後にはバターの様に溶かし尽くされ流れている岩だったモノだけが存在していた。 

 

 

 

 

 

 

 9:声の工場

 

 

「覚えているかスネーク、先日あんたに捕まえて貰った少佐(マイヨール)という男を」

「ああ、それが?」

「気になる事を話していてな、実は……」

 

 子ども達をMBへと収容した後、再びアフリカの地へと赴いたスネークは核兵器ビジネスの噂を流す男とその部下を捕らえていた。しかし当の本人はその噂を流すよう頼まれていたに過ぎず、依頼人の正体を知らなかった。

 だがそこには隠し様のないサイファーの影がチラついていた。

 

 そして興味深い話も聞けた。

 ZRSが、ある老人を殺そうとしている話を。

 

「老人……」

「気になるだろう? こちらでも調べておくが、あんたも気に掛けておいてくれ」

「分かった。で、まさか話しておきたかった内容とはそれだけじゃないだろうな?」

 

 久方ぶりに休養を取ろうと、施設内に新設された温泉に浸かろうとしていた矢先に呼び出され少しばかり気分がささくれ立っていた。本当なら今頃はサッパリと汗を掻いてコーヒー牛乳に舌鼓を打っていたというのに。

 ミラーとしても葉巻を吸う以外では滅多に休もうとしないこの男が珍しく取った休養日だ、急ぐことでもないのでわざわざ呼び付けたくはなかったのだが……事情が変わった。

 

「2つある、緊急と業務連絡。そうだな、先にこっちから片付けるか。ヒューイの企画した多脚駆動兵器ーーーバトルギアの設計図が上がってきた。コイツに関してだが、どう思う?」

 

 差し出された設計図を、ひったくる様に受け取って上から下へと流し読みする。

 所狭しと書きなぐられている専門用語と執筆者の機体に対する過剰なまでの賛美が機体概略図のあちこちに散見され、それだけで目が滑る。

 直接会わずに正解だった。

 

「…………」

 

 凡そ1分もの無駄な時間を消費し読み切る。

 机に放り捨てたスネークは苛立たし気に葉巻を取り出し二度三度ほど吸い気分を落ち着けてから「クソだな」端的に切って捨てた。

 ミラーもまた同意見だろうと思い見遣る、しかし信じられない言葉が聞こえた。

 

「だが必要だ」

 

 耳を疑う言葉に思わず葉巻を落とす。

 

「正気か、本当に作らせる気なのか? アレを?」

「ああ、既にあれの同類が各PFに出回り始めている、今は大手ばかりだが……直に中小PF間でも流通し始めるだろう」

「……アレがか!?」

 

 どう好意的に考えても錯乱しているとしか思えないミラーの身体を揺さぶり頬を叩き正気に戻そうと四苦八苦するものの、どうやら本当の事だと知り肩を落とした。更にその証拠となるデータを見せられたスネークはこの世の終わりとばかりに天を仰いだ。

 全くといっていい程にバトルギアに価値を見い出せなかったスネークだが、それは彼の能力が卓抜し過ぎている事に由来する。一般的な兵士にはミラーの言う通り充分に危険な存在なのだ。

 

 全く納得いかないものの、最終的にミラーの判断を信じる事にして無駄金を遣う(浪費する)事に渋々と同意したスネークは落としていた葉巻を拾い上げダラリと椅子へともたれ込んだ。

 

「はぁ……どっと疲れた。で? もう1つは何だ?」

 

 真面目に話を聞く気が失せたスネークは鏡を持ってナイフで髭を整え始める。ジョリジョリ……。

 あまりにも明け透けにやる気のない姿に、話すタイミングを間違えたかと反省しながらミラーは本題を切り出した。

 

 

 

 

 翌日。

 スネークの身はアンゴラの地にあった、シャバニを助けて欲しいという切なる願い(任務)を受けて。

 

 鉱山で働かされていた少年達、そこに居たのは何も売り渡された少年兵だけではなかった。体のいい労働力としてそこら中から集められた少年達の中に、リーダー格と言える立場の少年が居た。

 彼の名こそシャバニ。

 頼れる者のいない子ども達の心の支えとなっていた存在。そして、悪魔に捕らわれた少年。

 

 鉱山で働いている者たちから定期的に悪魔の住処(ンゾ・ヤ・バディアブル)と呼ばれるングンバ工業団地へと人びとが移され、そして二度と還って来ない。

 この悪魔の住処にはSANR社がーーーひいてはサイファーが絡んでいる。口では何と言っても子どもには非常に甘いミラーだが、だからと言って益の無いことに無駄な労力を使ったりはしない。

 

 これは子ども達からの依頼だが、スカルフェイスへと繋がる列記とした任務なのだ。

 

蛇の口(ムノコ・ヤ・ニョカ)駐屯地に着いた、ローグ・コヨーテの連中が居るな」

『いけそうか』

「ああーーー何だアレは、死体?」

 

 大量の死体が纏めて燃やされ、その煙がもうもうと上がっている。何らかの隠蔽工作を疑うミラー、だがスネークはその光景に既視感があった。

 

(確かに見た、アレと同じモノを……そうヴォルギンから逃げる時だ。XOFと同じく奴に燃やされたと思っていたが、違うのか?)

 

 不気味な焼死体に疑いを持ったスネークは手近に居た兵士を尋問し、ますます疑いを濃くする。序とばかりに周辺の兵士を無力化し資材と共に回収した。

 

(突然現れ、殺し、燃やして去っていった謎の部隊……か。もしやあの時ヴォルギンと居たのはそういう理由もあって? 分からん、情報が少なすぎるーーーあん?)

 

 駐屯地を抜けた少し先、停車してあったトラックの荷台で考え事に耽っていたスネークは突如として動き出した事に面食らい身体を起こした。

 気付かれたか、と思うものの運転手に走りからは動揺や焦りの色は感じられない。どうやら互いの“存在に”気付かなかったらしい。

 

 ある程度進んだ先、監視所の一角で停車したトラックから姿を見られないように降りたスネークは、静かに扉を開け運転席に乗り込み移動計画書を見つけ端末を開き行き先と目的地を照らし合わせた。

 幸運にも移動先は目的地近くでああると知れ、これ幸いと荷台へと戻り愛用の段ボール箱を被り時を待った。雨天の多いアフリカの地でも問題なく使用可能な、対水加工の施された最新版を。

 

 

 

 荷台を検められる事もなく、地図に乗っていない検問所をも越え一年中霧が立ち込める地である目的地、ングンバ工業団地へと辿り着いた。道中、橋が壊れていて通れないなどのハプニングもあったが。

 脆く今にも崩れそうなトンネル()を通った先に存在したのはコンクリート製の壁と骨組み以外が軒並み崩壊した幾つかの建物跡と、場当たり的な補修がされ窓が塗り固められ何故か今もなお健在な建物が1棟。

 周囲を検めると、随所に人の出入りしている痕跡が見受けられる。

 

「発電機に、これは……貯水タンク」

『怪しいな』

 

 周囲の観察を終え中へと入って直ぐ、地面が血だらけである事に気付く。風化して黒ずんだモノや今も鮮明に赤く光るモノ、つまりは極最近まで誰かしらがここを利用していた事の証明。

 さしものスネークも流石に匍匐前進する気が起きず中腰のまま警戒しつつ奥へと進む、その道中で何故か付けっぱなしにされ吊るしてあるラジカセや、人1人がスッポリと入る袋を目にしながら。

 

「っ……!」

 

 手足を拘束され虚ろな瞳で宙を眺める男を発見し近寄るものの反応が薄い、喉は声帯の辺りまで切り開かれ何かを挿入されている。その何かを義手で取り出した先にあったのは、何故かイヤホン。

 耳を近づけその内容を聴く、複数の言語に精通しているスネークには分かった……なんてことはないニュース番組。

 イヤホンの元を辿れば、そこには道中で見た様にラジカセが吊るしてある。

 

 咳き込んだ男の胸部、シートで覆い隠されている部分を開きーーーそれがンフィンダ油田で見付けた死体と同じ状態である事に気付く。クチャリ。

 粘液に触れ生理的な嫌悪感を感じ振り払いライターで触れた部分を念入りに炙った。

 

『警備兵の姿すらないとはな。静か過ぎるのが却って不気味だ、用心してくれ』

 

 ミラーの注意を聞きつつ、別の部屋へと進もうとカーテンを開いたスネークの目に……何人もの人間が先程の男と同じ状態で並べられている様に瞠目する。

 言い知れぬ不安感、姿の見えないシャバニ……その最悪の結末が脳裏にチラつきながら奥へと進む。

 

 そして遂に見付けた。

 小柄な体格で同じ様に手足を拘束されている少年を、その胸部は他の者達とは違うものの……似たような症状が見られる。恐らくは……発症の初期段階か。

 意識が朦朧としている少年へと声を掛ける、シャバニと。それに対して僅かだが反応が返る。

 この少年で間違いないだろう。

 

「お前の仲間に頼まれた。さあ、ここから出るぞ」

 

 返答はないが、声には確実に反応している。

 掌に大事に持っている首飾りを仕舞い、拘束しているベルトをナイフで切り落とし持ち上げようとする。その時奥から、恐らくは裏口から何者かが入り込んだ音が聴こえ手を止める。

 

 カーテンの隙間越しにその正体を伺おうとし、その姿が見えーーー反射的に飛び出し咄嗟に取り出そうとした銃を奪い取り帽子を被った頭部へと突きつける。

 それでも反抗しようとした先手を取り関節を捻りながら拘束。その鮮やかな手並みを受けた男は、顔を見るまでもなく自分を拘束した者の正体を悟った。

 

「お前か……」

 

 男……スカルフェイスは驚きの声を挙げた。

 この邂逅は完全に偶然なのだろう、でなければ執拗な迄に用心深いこの男が生身での戦闘能力が遥かに勝るスネークの前にノコノコと姿を見せる筈もない。

 

「動くな、少しでも動けば撃つ……!」

 

 思いもよらぬタイミングで対峙することとなった両者だったが、しかしその表情は正反対だった。

 銃を突き付け拘束し絶対的に優位な立場にいる筈のスネークは焦りの表情を浮かべ、その逆の立場のスカルフェイスは……恍惚とした表情を浮かべていた。

 二イィ……。

 

「っ!!」

 

 ゾクリと背筋を這う危機感に従いスカルフェイスから離れ警戒態勢を取ろうとしたスネークだったが、「ぐぅ!」1手遅かった。大きな衝撃を受けスカルフェイスの下から離されたスネーク、瞬間……室内が炎で埋め尽くされる。

 

 伸し掛ってきた何かが首を絞め圧迫感とヒリヒリとした痛みを感じた。覚えている、つい先日コレと全く同じモノを間近で浴びていたのだから。

 

「……ック! ヴォル、ギン……!!」

 

 もう二度と離しはしないと、ありったけの怒りと憎しみの篭った腕で首を絞めてくるヴォルギンに対し咄嗟の反撃手段が思い付かない。というよりもこれはもはや、どうしようもない。

 マズイ、死ぬ。そう覚悟するしかない状況でその腕が不意に、止まった。何故?

 

『逃げろ、ボス!』

 

 通信機越しのミラーの言葉、それが切っ掛けとなりスネークの足が自然と出口へと向かった。振り返る事など考える暇もなく、ただーー炎に包まれ悶えていたシャバニと傍らに浮かぶ謎の少年ーーの姿が強く脳裏に焼き付き離れないでいた。

 突如として静止したヴォルギン、シャバニのうめき声、少年の存在。恐らくはそういう事なのだ。スネークは少年の能力と、その条件をこの時完全に理解した。

 

(……シャバニ、すまない……っ!)

 

 意図してでは無いだろう、スネークでさえ今やっと全ての条件を知ったのだ。シャバニが知る由も、ましてや自分を助ける義理もない。

 だが結果的に、救いに来た少年に命を救われた。

 そのやるせなさや憤りを胸に抱えながら、この古くから続く因縁に決着を付けるため外へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:訪問者

 

 

 当時の心境を今、正確に思い出せはしない。

 それでも確かな事はある。彼を……BIGBOSSを恨んだ事など一度もない。

 

「ああ、いやな夢……」

 

 つい先日、ミラーと言葉を交わしてからあの頃の夢をよく見るようになった。弟が惚れた女の為に先走り、挙句はMSF壊滅の一助をになってしまった日の事を。

 チコが死んだと報せがきた日の夢を。

 

「アマンダ、起きているか」

 

 トントンと、扉を叩く音が聞こえる。

 時計を見上げると既に昼過ぎの時間帯、完全に寝過ごしてしまった。まだまだ頭を締め付けてくる先日の深酒の名残りに眉間を顰めつつ、扉を開いた。

 

「ごめん、寝てたわ。何か用?」

「ああ、お客さんだ。彼女がアマンダだ、あとは好きにしな」

 

 男の後に控えていた人影が促されてアマンダの前に姿を見せる。妙齢の女性だった、黄金のブロンドヘアーを肩で切り揃え、ピッチりとしたライダースーツを着こなす身体付きに、妙にハリがあって豊満なバストが存在感を主張している。

 目元はサングラスで隠されているものの、所謂美人である事に間違いはない。見る者が見れば目を丸くした事だろう、歳を経ても尚その美しさは微塵も損なわれていない事に。

 

「えっと、初めましてよね?」

 

 寝起きと二日酔いで頭がボーッとしているが、こんなに特徴的な相手の顔を忘れるとは思えずそう話し掛けた。

 

「ええ、初対面」

 

 妙に色気のある声だと感じた。

 おもむろにサングラスを取り外した女性は、にっこりと笑いながらアマンダへその名を告げる。

 

「初めまして、私は……タチアナ」

 

 

 




 話の要点


・燃える男の大攻勢
 ハッキリ言って原作よりも強いヴォルギン氏
 何故なら相手が本人だから、ネイキッドにはいい迷惑


・左腕
 スネークの報復心に呼応した少年が力を与えた時に感覚が蘇る

 それで何となくスネークはヴォルギンの出現を察知している、スカルフェイスを拘束するのに夢中で気付くのが遅れた


・タチアナさん
 まだまだ張りのある肉体をお持ちの熟女
 見た目は妙齢の女性だが、近くでよく見るとシワが目立つ
 でも胸は何故か張りとツヤがある



次回更新?
書き上がったらね。


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対立

今回で第2章の終了。
次話から3章としてスタートします。




 10:Standing on the edge

 

 

 扉からスネークが脱出したと同時、壁を撃ち抜き巨大な火炎弾が飛び出した。ミラーの必死な指示に従いングンバ工業団地から脱出しようとしていた矢先、それを見越していたかのように火炎弾が辿りついた先は風化が進み脆くなっていた洞窟。

 直撃・崩落。

 前方は塞がれた、ならばと振り返れば……既に炎柱があちこちから噴き上がり飛び火した草花が炭化し黒煙が立ち昇る地獄の如き光景が広がっていた。

 

 退路は既になし。

 

 腹を括ったスネークは携帯していた水筒の中身をあらかた飲み干し、残りを頭から振りかけ投げ捨てる。手早く酸素吸入器を取り付け手榴弾や突撃銃など、拳銃とナイフ以外の邪魔な装備を放り捨てた。

 耐火装備でない事が悔やまれる。

 

「ではな……ボス」

 

 何時の間にか上空でホバリングしていたヘリ内からスカルフェイスが別れの挨拶をし、遠ざかる。

 直前までヘリが居た直下の地面から一際激しい炎が瞬き、炎馬へと騎乗した燃える男ーーーヴォルギンが姿を顕した。

 

 ノイズが混じり出した無線機からミラーの苦悶の声が漏れる、怨敵を前にしながら何も出来ないでいる自分自身への苛立ちに強く噛み締めた口から血が溢れていた。

 

『ボス、近くにピークォードを降ろさせて「いや、それは止めておけ」だがっ…!?』

 

 スマセ砦内部で神がかり的なテクニックを見せスネークを回収したピークォードであったが、それは充分な空間とオセロットという強力なバックアップあっての奇跡。2度は有り得ない。

 それに、今度という今度は逃がさないという強い意思がヴォルギンの全身から炎となって噴き出している。第三者の乱入はこの場合、不都合しか生まないだろう。

 

「奴らを追わせろ、行け。だが深追いさせるな」

『っぐ、分かった…………死ぬなよ』

「死なないさ、まだやるべき事が残っている」

 

 作戦領域外で待機していたピークォードがスカルフェイスを乗せたヘリを追うため両者の上空を通り過ぎる。

 その際に投下された幾らかの荷物がスネークの側へと転がる、せめてもの支援だ。生憎と目の前の相手には活かせそうにないが、その心遣いが有難かった。

 

 融解した鉄骨が曲がり、自重に耐えられなくなった建物が金切り声をあげながら崩落していく。中にいた人間の生存は絶望的だ、尤も……連れ出せていたとして無残な有様だった彼らが生きられたのかは怪しい。

 だが誰も、望んでこんな場所に来たのではない。

 実験体にされて命を弄ばれる為に、スカルフェイスに利用される為に生まれてきたのではないのだ。断じて。

 

 それはヴォルギンとて同じ。

 スネークを倒す、それだけの為に現世にしがみついている男の現状はスカルフェイスにとって都合のいい駒の一つに過ぎない。その様な体たらく、屈辱を飲み込んで尚この場に居る。

 その心中は察するに余りあり。

 だが考慮するには身勝手が過ぎた。

 

「ーーー!!!!」

 

 言葉はなくとも伝わる思いはある。

 宣戦布告の咆哮。

 

「そうだな、終わらせよう。俺とお前の因縁を……」

 

 猛々しく嘶き、炎の翼をはためかせ飛翔した炎馬。

 その上に跨り両腕を高く翳したヴォルギンが掌で挟み込む様に巨大な火炎球を創り出し、天へと解き放ちーーー2つ目の太陽が顕現した。

 

 

 

 意外と言っていい。

 見誤っていた、ヴォルギンという男ーーーその報復心を。

 

 戦況は動かない。

 一も二もなく突進してくると思われていたヴォルギンは姿を見せることなく、ただ執拗な迄に炎を生み出す事に専心していた。黒煙と炎に囲まれヴォルギンの気配は全く読めず攻勢に回る機会すら見い出せない。

 携帯型の酸素吸入器では長くてあと10分、激しく動けば5分と保たないだろう。そう、ヴォルギンは持久戦を選択していた。

 

(見誤っていた……奴の目的、それは俺を“ただ殺す”ことだと。そう勘違いしていた)

 

 思い返せば確かにそんな節はあった。

 生前、肉体を用いての戦闘を好んでいたのは加虐趣味である事もさることながら、電撃を操る異能に加え何よりも“自分の優位性”を確信していたからに他ならない。

 自分が不利になった途端オセロットに援護を頼んだり、自分より強者であるザ・ボスには逆らわないなど、戦闘者として情けない処が多々あった。

 だが違う…違うのだ。

 ヴォルギンの真骨頂は正面切っての戦いではなく、賢者の遺産を用いたとはいえ確固たる地位を築き上げたその政治的な手腕、戦略にこそある。戦闘者としては炎の異能を得た今でもスネークに劣る、だが彼はもとより戦闘者にあらず。

 

 勝てばいい。

 どんな手段を使おうとも。

 しかし拘りはある。

 どう殺されても構わない、しかしそれはヴォルギンが“望んだ”方法でなくてはならない。

 生前も今も、何一つ変わらない嗜虐性。

 故に彼はスネークをクンゲンガ採掘場に炙りだしたXOF隊員を焼き殺した、その上前だけを撥ねる形で。

 だが失敗し、そして学んだのだ。

 それがつまりこの状況。

 

「ゴホッ…………」

 

 呼吸が辛くなってきた。

 だがじっとして動かなければ火炎弾を飛ばしてくる、居所を悟られないよう多角かつ散発的に行われるそれは殺傷能力などまるでなく獲物を弄ぶソレだ。動いていれば自然と体力は削られる。何処から攻撃が来るのか、何処に潜んでいるのか、何も分からないスネークの精神は着実に磨り減って落ち着く暇を与えてはくれない。

 じっくりと炎と煙で体力を奪っていき、そして最後に……自らの手でトドメを刺す。ヴォルギンの報復心、その策略は此処に至ってーーー完全にスネークの戦術を封じ切っていた。

 

(下手に動くワケにはいかん、崖から落ちればまず助からないだろう……)

 

 頭痛がし始めた。

 既に呼吸器の酸素はなく防塵フィルターとしての役目しか果たしていない、だが確実に煙は……一酸化炭素が身体に溜まっていき自由を奪う。

 

 脳が上手く働かなくなって来た。

 思わず膝を着き、その姿をヴォルギンは遥か上空から眺めていた。獲物の状態、その表情や仕草からじっくりと見定める……狩り時を“逃がさない”為に。

 

『ボス! きこえ…………っか……………!!』

 

 ミラーの声が遠い。

 荒くなる呼吸を抑えていられない、それで状況が良くなるはずもなく益々持って呼吸が辛くなり肉体から力を奪い去る。悪循環。肉体を支える強大な精神力もまた、霞んでいく意識を繋ぎ留めておくだけで精一杯。

 コオォ……

 浅く息を吸い、吐く。もはや目の前は煤だらけで何も見えない。ならば見る必要もない、瞳を閉ざし脱力する、残された力の全てを体の奥深くへと溜め込む為に。

 

 確信があった。

 信頼と言い換えてもいい。

 もはや勝利は時間の問題と悟ったヴォルギンは攻撃を止め周囲を旋回する、折角のトドメをチャチな火炎弾で刺すなど考えていない。その思惑を悟り最後の瞬間、目の前に現れるヴォルギンへ渾身の一撃を叩き込む事に賭けるスネーク。

 2人の思惑は完全に一致していた。

 後はどちらの(報復心)が先に相手を呑み込む(殺す)か。

 

 決着の瞬間は確実に迫っていた。

 

 

 

「……っ」

 

 段々と感覚が鈍る、もう暑さも感じない。

 何も感じなくなっている。

 自分が何をすべきなのか、それすら忘れそうになる。ぽたりと、最後の汗が地へ落ち……乾いた。

 

 勝負の趨勢は必然、生身であるスネークの不利へと傾き続ける。緩やかな傾斜を転がり出した玉に勢いが着けば、もはや止まることなど有りはしないように。

 なまじ強すぎる意思を持つが故に極限状態に追い込まれても尚身体から滲み出る覇気が、第三の少年の能力を通じて動いているヴォルギンへと伝わり警鐘を鳴らし慎重にさせていた。

 

 天秤は完全に傾いた。

 もはやヴォルギンの勝利は揺るぎなく、スネークの敗北で決着する。これはもう覆り様がない残酷なまでの真実。薄々それに気付きながらもはや対処する方法は無く、遂に一線を越えてしまっていた。

 

(…………このまま、で、は……)

 

 コォ…………

 

 ………

 

 ………

 

 コォ…

 

 ………

 

 ………

 

 ………

 

 ………

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 …‥

 

 …‥

 

 …‥

 

 …

 

 …

 

 ...

 

 …

 

 ‥

 

 ‥

 

 ‥

 

 ‥

 

 .

 

 .

 

 .

 

 

     ボス 

 

 

 自然と腕が持ち上がる

 

 だが抜き放った拳銃を持つ手が重い

 

 震える手から落としそうになり

 

 

   あちらです

 

 

 重なるように幾つもの暖かな手が身体を支えた

 

 促されるままに照準を定め

 

 ーーー赤髪の少年のマスクへと弾丸が突き刺さった

 

 

 ゴオォオオオオオゥゥゥゥンッ!!

 

 

 スネークを取り囲むように燃え盛っていた炎が大きく鳴き(そら)へと散った、それはまるで断末魔の悲鳴のように木霊した。

 勢いよく流入した大気が風となり頬をゆるやかに叩く、溢れんばかりに肺へと注がれる瑞々しい酸素が血へと運ばれ徐々に全身へと力を与えていく。

 閉ざされていた瞳を開き顔を上げた。

 そこにはヴォルギンが、大きく右手を振り翳し今にも解き放たんとする姿勢で静止していた。

 

「     」

 

 その瞳だけが変わらず爛々と燃えている。

 間近で獲物が憔悴する様を見届け、絶望に染まる様を鑑賞し、そしてトドメを自らの手で刺す絶好の機会を全うせんと姿を見せ……しかし最大の隙を晒していた。

 その身を異形と化してまで成そうとした報復心、だがもう二度とそんな機会は訪れる事はない。

 そう、永遠にありはしない。

 

「…………ふうぅ……っ!」

 

 ゆらり。

 キプロス島で目覚めたばかりの頃のように、息を整えふらつきながらも立ち上がる。左腕を握り締めて引き絞り、弓形にしならせーーーヴォルギンの肉体へと鋼鉄の四指が突き刺さる。

 抵抗は驚くほど無かった。

 

「………………」

 

 視線が交わる。

 2つの炎が互いを呑み込まんとした戦いの果てーーーやがて1つの炎が消えた。

 

「………………」

 

 ヴォルギンの口、目、身体……ありとあらゆる場所から炎が噴き上がる。それは今までの様な攻撃性・報復心が形を得た様な禍々しい炎ではなく、どこか暖かくも切ない光を放っていた。

 それは生命(いのち)が最後に放つ輝き(残り香)

 

 淡く瞬きながら蛍火のように舞い、ふっ…と消えいく。熱を失い始めたヴォルギンの肉体とは裏腹にスネークの義手に血が通い始め、それに触発されてか加速度的に体調が回復していく。

 全ての(生命力)を失いヴォルギンの身体はゆっくりと仰向けに崩れ落ちた、その顔に人としての原型は既になくまるで出来の悪い人形のようだ。

 

 もう二度と動き出しはしない……そんな予感を覚えたスネークはしっかりとフルトン回収装置を付け終え葉巻を取り出した。風にたなびく煙の先、空へと飛翔していく気球を見送り……ようやく腰を据えて横たわった。

 

『回収するのか? 分かった。ボス、よく生きていてくれた…』

「…………スカルフェイスは…」

『逃がした。すまない、霧が出て来たと報告があってなーーー大事をとって帰還させた』

「ああ……いいさ」

『直ぐに迎えに来させる、それまでゆっくりしていてくれ』

 

 通信が切られる。

 離れていた野鳥や虫が戻ってきたのか、さざめく合唱を子守唄替わりに暫し夢の底へと落ちた。

 

 耳を劈く轟音と共に風に煽られ木の葉が舞い顔に掛かる、目を見開くと姿勢制御しながら高度を下げてくるヘリが見えた。付近に降着したヘリから隊員が降りてこようとするのを静止し、放り投げていた装備を回収しながら歩いていると真横から視線を感じ首だけを向ける。

 そこには赤髪の少年が浮かんでいた。

 

「…………」

 

 生身と遜色ない感覚を取り戻した左腕で素早く拳銃を抜き先程と同じ場所(眉間)へと撃ち放つ。

 ぶわりと空間が歪み、ひしゃげた弾丸が落下し少年の姿は掻き消えていた。

 

 スカルフェイスとヴォルギン。

 2人が持つある種共通の報復心に感応していた少年は、その片割れを下し今もなお燃え続けるスネークの報復心へと引き寄せられていた。少年の能力、その目覚めを誘った根幹たるスネークの報復心はスカルフェイスらのそれよりも遥かに身に馴染むのだ。

 だがそれをスネークは拒絶した。

 世界(サイファー)との闘争、その果てを最終目的と看做すスネークにとって共に戦う者達の存在は重要で不可欠なものだ、だが自分の意思(感情)で戦う事を選ばない者を連れていく(巻き込む)つもりは更々なかった。

 自分だけの特別な感情(忠義)を持たない、覚悟のない者が生きられるほど戦場は甘くはない。

 

「出せ」

 

 鋼鉄の左腕で拳銃を仕舞う。

 周囲には騒ぎを聴きつけたものの、ングンバ工業団地へ続く道が崩落し崖から回り込もうと苦心していたローグ・コヨーテの傭兵達が散見された。飛び立とうとするヘリへ向かっての必死な銃撃を軽やかに躱しながら次第に高度を上げていく。

 ある程度上昇し離れた所で扉を締め、水分補給をしていたスネークは視線を感じ不意にあらぬ方向を向いた。その遥か彼方には赤髪の少年を従えた“髑髏顔の男(スカルフェイス)”がこちらを見て笑っている。

 姿は見えない、だが“分かる”のだ。  

 

「お前に俺は殺せない」

 

 それは宣戦布告。

 コソコソと裏で蠢くしか能のない男に自分は殺せないと、そう強く宣言(断言)した。それは両者が共に認める事実だった。

 聞こえる筈も、見える筈もない距離からのメッセージを霧に紛れ移動するヘリ内部でスカルフェイスは確かに受け取った。

 そして嘲り笑う。

 

「それは違う、ビッグボス。お前は時代に殺されるのだ……私の作り出す新しい時代、その礎としてな」

 

 調整を終え遂に完成した“切り札”を愛おしく撫でながらスカルフェイスは、これから先に起こる歴史的瞬間への恍惚を夢想しビッグボスの存在を“些事”であると切り捨てた。

 ああ、確かに自分にはボスは殺せないのだろう……それがなんだというのだろうか? 後手に回るしかない時代遅れの英雄は、新次代を担う自分にとってもはや道端に転がる邪魔な石ころ程の価値もない。

 

 意思なく漂い続ける少年は髑髏顔の男が放つ歪んだ報復心の海に漂いながら、ただ一点を見つめていた。空虚な(羨望の)眼差しで。

 今もスネークの傍に寄り添い、死して尚共に戦い続ける男達の姿を。

 

 

 

 

 

 11:プラットフォーム奪還

 

 

 シャバニの帰りを寝ずに甲板で待っていた少年達の想い、純粋な願いはーーー叶わなかった。

 遺された首飾りを受け取り……少年達はその死を悼んだ。ミラーは彼らを少年兵とは扱わず、戦場外へ戻れる様に取り計らう方針をビッグボスへと提議し彼もまた了承する。

 

 持ち帰られたヴォルギンの遺体は隔離プラットフォームへと運ばれ厳重な監視の下に検査が行われる。それに先立って回収されたスカルズの調査が終了、その報告書を受け取ったスネークは新たな任務へ赴く道中の暇潰しがてらに読み耽る。

 ピークォードが甲板から飛び立つ、間もなくしてその内容のトンデモなさに呆れつつ隣で銃を磨くオセロットへと語り掛けた。空は青く晴れ海は穏やか、しかし強烈に吹き付ける風でガタガタと扉の接続部が軋んでいた。

 

「肉体を強化する類の寄生型生物ねぇ……嘘から出た真というやつか?」

「UMAと言うよりは、もはやBC兵器ですがね」

 

 気流で不規則に揺れる中で小さな部品一つ落とすことなく解体洗浄を行っていたオセロットは皮肉げに口元を歪め同意した。

 かつては医学を人々の幸福の為に発展させることに尽力していた筈のパラメディック博士は、今や生物兵器を産み出す程に常軌を逸しているらしい。さもありなん。何せ組織の頭目たるゼロ自身が、目の前で幸せそうに葉巻を吸っている男のクローン体を作り出す程にイカれているのだ。

 他のメンバーも……同じ目的地へ肩を並べて歩んでいた筈の彼らと、いったい何処で道を違えてしまったのか。或いはそもそも……。

 

「フ……」

 

 らしくもない感傷に耽ってしまった。

 センチな気分を誤魔化し、雰囲気を一新するため出来るだけ有り得ない未来図を予想し口に出すことに。

 

「このままだと……ふむ、そのうち大統領がレーザーを吐く魚の化物と闘う時代が来るやも知れません」

「大統領がか? ふはっ!」

 

 思わず噴き出したスネークは、ゲホゲホと煙混じりの咳を出しつつそう答えた。中々に面白い発想だと褒めてやりたいところだが少しばかりウィットが足りていない。

 

「ありえんな、ハハ。それならまだ……上院議員辺りの方が闘えそうだ、アメフト上がりのな」

「それはいい、夢がある」

「「ハッハッハ!!」」

 

 散々っぱら適当な事を言い合ってから、件の寄生虫に関する事を語る。スカルズの肉体のほぼ全域がその苗床となっていことが医療スタッフの尽力から判明している。その種、生態、感染性、殆どが不明なままではあるが……だがこれで一つ判明したこともある。

 過日、焦燥から思わずと言った形で口を漏らしたヒューイの証言の一つが今回の件で立証された。今はバトルギアの開発に没頭している男、裏切りの容疑者。

 裁きの時は近い、そう実感する。

 

「やれやれ、虫だのなんだの勘弁してくれ……戦うのは人間相手だけで沢山だ」

 

 その時、甲高い警報音混じりでコックピットへ通信が入る。二言、三言、短く言葉を交わしたパイロットは「ボス!」慌てた様子で拡声器を起動、通信相手……ミラーの声が室内へと反響する。 

 

『ボス、緊急事態だ! マザーベースが襲撃を受けた!』

「あ……?」

 

 その言葉の意味するところを咀嚼し、目をしばたたかせる。同じく目をしばたたかせたオセロットと目が合い、非難するような仕草で首を振られた。

 聞き間違いである事を願いながら、どこか惚けたような声で応える。

 

「待て待て……俺のせいか?」

 

 噂をすれば何とやら……とこじつけるには、このタイミングはあまりにも性急だろう。敵性PFに侵攻を受けたこの日から、著しい勢いで世界が動き出した。

 

 

 

 セーシェル沖。

 ダイアモンド・ドッグズの本拠地である海上プラント群がそこにあった。司令部プラットフォームを中心に六角形上に建立された各プラットフォームの1つ、開発班プラットフォームが謎の武装勢力(PF)によって占拠された。

 副司令であるミラーはこれに迅速に対応、部隊を制圧へと向かわせた。だが人質を盾に強行策を封じた敵勢力はその悉くを正面切っての猛攻で撃退。もう一度同じような事をすれば人質を殺害すると予告し、それ以外の何も要求することなく立て篭った。

 

 事態を重く見たミラーは任務へと赴いていたスネークを呼び戻す事を決意。オセロットと別れ単身マザーベースへと帰還する彼の身を待ちながら、簡易的なブリーフィングを始めていた。

 

「しかし信じられん……アイツらの練度はよく知ってる、そこらの連中では相手にならん筈だ」

『俺もだボス。まるで九年前の悪夢の再来、いやそれ以上か……奴らの隊章から身元を調べた、最近組織を一新して大きく名を挙げてる新進気鋭のPF。

俺達の真似をしている後追いの連中は多い、その一つとして諜報班も目を付けていた。だが……どうやらその実力は本物だったらしい』

 

 精鋭揃いのD・D部隊員の能力は大国の特殊部隊と比べても遜色ないものに仕上がっていた、それと同等……ないしは上回る。当面の敵をサイファー子飼いのXOF部隊のみと想定していたミラーや部隊員の面々は鼻っ柱を強かに叩かれた格好となった。 

 何よりも彼らが憤慨したのは、強襲されたからといってまんまと敵に出し抜かれた事実にである。それも本拠地たるマザーベース内でだ。

 これ即ち、BIGBOSSの名を汚したという事である。

 あまつさえその尻拭いを我らがボス自らにさせてしまう、この緊急事態に何の力にもなれない己が身の未熟さを彼らは強く呪った。

 

「奴らはどうやって?」

『闇夜に紛れてプラットフォーム下部へと潜伏していたようだ、警備の交代時間に合わせて強襲し占拠。敵ながら鮮やかな手並みだ、それに……厄介な事態になりかねん』

「ん?」

『ボス、屋上に居る奴らのリーダーの肩章をよく見てくれ』

 

 次第に見えてくる占拠されたプラットフォーム、第一甲板の屋上。巡回する兵士へと細かく指示を伝える中心人物、敵リーダーの肩に刻まれていたマークを見やり……唸った。

 

「あれは…」

『そう、敵PFのリーダーは……俺達の嘗ての仲間なのかもしれん』

 

 

 

 占拠された研究開発プラットフォーム。

 その一角に押し込まれていた男の元に1人の兵士が訪れていた。一種の隔離状態に近い扱いとはいえ今が尋常の時でない事ぐらいは彼も理解していたし、踏み込んで来た見覚えのない男の姿や武装を見れば怯えて然るべきだ。

 

「やあ……待ちくたびれたよ」

 

 にも関わらず、男……ヒューイの表情に浮かんでいたのは安堵の笑みであった。にへら、とスネークに見せる様な謙った態度で兵士から幾つもの“資材”と“指示”を受け取り頷く。

 

「………………」

「ああ、任せてくれ……連中は僕を信用してる、勿論さ! やれる、だから……!」

「………………」

「ああ、ああ! 分かってるさ」

 

 全てを伝え出て行った男を見送ることなく、大慌てで受け取った品を秘密の隠し場所へと仕舞ったヒューイは小さく笑い声を上げる。 

 それは9年前にビッグボスがチコ救出へと旅立った時に浮かべていた笑みと、全く同じ質のモノだった。

 

 

 

 昔から建造物への潜入は得意だ。

 それが勝手知ったる我が家ならばもう語るまでもない、敵がどれだけ巧妙に警備をしていても問題にすらならない。そう思っていた。だがヘリから降りて直ぐの出来事で気合を入れ直したスネークは手早く警備兵達を締め上げ早期の解決の為に数段ギアを上げた。

 

「オセロットの方はどうだ?」

『既に潜入を開始している、目標の到着待ちだ』

 

 スネークと別れたオセロットの身は遠きアフリカの地にあった。二者択一の状況で、ノヴァ・ブラガ空港跡へと向かう事を決めた彼は上手く警備をすり抜け朽ちた倉庫の一角に身を隠していた。

 

『オセロット、ボスが出撃した。そっちの状況はどうだ?』

「ああ、良いタイミングだ。来たぞ、ヘリだ」

 

 武装ヘリを伴って現れた身形のいい高級なスーツを着た西側の大きな武器業者の社長と目されている男。

 だが妙にチグハグな印象を覚える、服越しにも分かる程よく鍛えられた肉体や余りにも手馴れた銃器の扱い方はとてもデスクワーカーには見えない、それに幾ら警備兵が巡回しているとはいえ視察をするのに随伴兵を一人も付けず基地内を平然と歩く姿はどうだ。

 匂う、あまりにも匂うのだ……。

 

「ふぅん……?」

 

 その予感は正しかった。

 武器業者を出迎えた男は、確かに“SANR”のお陰ですと語ったのだ。既に調査でSANRが実態の無いサイファーが名を利用しているだけのペーパーカンパニーである事は割れている、となればこの社長と名乗る男を確保すれば何らかの情報を得られる目算が高い。

 

「ミラー、回収機のパイロットに伝えろ……忙しくなるぞ、とな」

 

 

 

 巡回中の兵士からの連絡が滞っている、それを聞いた瞬間すでに手遅れである事を悟りながらも全員へ一方的に警戒態勢を強めるよう促し無線機を切ると床へと叩き付けた。

 

「来たか……ボス……ッ!」

 

 連絡を密に。

 それだけを徹底させておいて正解だった、部下はたまたま連絡が取れないだけでは? 等と暢気なことを言っているが、それはBIGBOSSという存在を話だけ聞いて知ったつもりになっている馬鹿の戯言に過ぎない。

 本当に危機感が足りていない、なまじボスのいない時に奇襲を掛け防衛戦に勝利“してしまった”事で気が緩んでいる。使えない奴らだ、こうして部下を率いる身となって初めて痛感するーーーだからこそ自分もボスに“見捨てられた”のだと。

 

「クソッ!」

 

 壁を殴り付ける。

 あれから鍛えに鍛え抜いた肉体は鋼鉄製の壁をまるでものともせず、容易に凹ませた。これならボスの力になれると考え、噴き出した激情に駆られ幾度も壁を殴り付けた。

 

 尊敬していた……いや、今でも尊敬している。尊崇している。だからこそ許せない。あの日、あの時、自分達を“見捨てて”9年も姿を隠し続けたことが許せない。

 自分達を捨てて新しい部下と新しい組織を立ち上げたボスがどうしても許せない。愛憎入り混じった感情がこの男を地獄から蘇らせたのだ……復讐鬼として。

 

「……何年ぶりだろうな」

 

 背後から懐かしい声が聞こえる。

 こうなるだろうとは思っていた、ヘリが接近してから連絡網に穴が出来た事に気付く迄の時間から逆算すればものの10分も掛からず全員が無力化、ないし行動不能に陥った。

 

「9年ですよ、ボス」

 

 感嘆する。

 心からそう思う。

 だからこそ……許せない。

 ふつふつと湧き上がる敬愛の感情が肉体のコンディションを高め、狂おしい殺意が思考を冷徹に保つ。

 

「そうだな。9年だ」

 

 武器を放りCQCの構えを取った。

 無言で同じ構えを取ったビッグボスへと左拳を放つ、鏡合わせのように放たれた拳に弾かれ体勢を崩し腕を絡め取られ捻られる。

 捻りの逆方向へと回転しながら体当たり気味にぶつかって強引に振り解き、足払いをし掛けるが極僅かな跳躍で後方に躱されたと同時、そのまま足の甲を押さえ付けられた。

 

(く……っ!)

 

 あと一手が及ばない。

 常に一手だけ、まるで思考を読まれているかの如く先手を打たれて有効打を放てない。こんな筈では無かった、流石だと感嘆する、何故勝てない、凄い、どうして、もっとこうして闘いたい。グチャグチャに塗り潰されていく思考とは裏腹に、肉体は限界だと思っていた動きを越え洗練されていく。

 

「っお!!」

 

 ぐらり、と視界が揺らぎ背中から勢い良く叩き付けられる。起き上がろうとした機先を制され手足を拘束され喉を圧迫された。白んでいく意識の底で、こんな所で負けたくないという純粋な思いだけが敗北を拒んだ。

 もがき、抗いながら、無我夢中でナイフを奪い取って叩き付ける様に振り翳しーーー鋼鉄の義手で刃を止められる。

 ハッとした。

 

「ッ! そ、それ…………」

 

 唐突に全ての敵意が削げ落ちる。

 9年前と殆ど姿顔立ちや強さの変わらない男の、しかしどうしようもない程に変わり果ててしまった左腕の義手を認識し……己の認識に疑いを持った。

 裏切り者……そう思い込むには、ビッグボスの瞳はあまりにも穏やかで、先程までの闘いは健全すぎた。

 

「あんたも地獄を……?」

 

 抵抗を無くした男から身体を離し、立ち上がったスネークは無防備な背中を晒しながら遠ざかる……その背に刃を突き付ける気力も動機も、もう彼の中には存在しなかった。

 ボロボロと涙を流し、打ちひしがれる男はミラーが繰り返す降伏勧告の声を何処か遠くに感じながらゆっくりと意識を失っていく。

 

 

 

 

 

 12:ホワイトマンバ

 

 

 CFA幹部と偽りのSANR社長。

 この2名を回収し得られた事実はあまり多くもなく目新しさもなかったがスカルフェイスがこの地で暗躍している証拠としては充分なものだった。

 核兵器の販売、これビジネス化しようとしている。ウォーカーギアがその一角を担っており、しかし比較的入手の簡単なそれとは違い核兵器を製造・販売しようなどすれば相応の施設が必要となる筈だ。

 だがその前提が覆るとすれば?

 

 現地で製造し安易に手に入る核兵器……この絵に書いたような餅を現実にする手段をサイファーは既に開発しているのだろう。そしてその手段を彼ら以外で知っている可能性がある男がただ1人だけ居る。

 エメリッヒだ。

 

 バトルギア開発の進展具合を確かめる為にヒューイの下へ立ち寄ったスネークは率直にその話題を語り反応を見定める様に観察した。

 

「まさか! 僕が推し進めていたのはあくまでもサヘラントロプスそのものであり、専門は駆動系だ。確かにウォーカーギアはアレの技術のスピンオフだけど、でも搭載する兵器に関しては僕はタッチしていない。それよりどうだい! まだボディしか完成してないけど、既に粗方の技術検証はサヘラントロプス開発時に終わってるから後はパーツを順次組み上げていくだけさ! 君達の役に立てると思う、更にーーーー!」

「…………」

 

 薬物か洗脳による強固な自白対策。

 ほぼ間違いなくその施術を受けているとその道のプロであるオセロットが断言したエメリッヒだが、それは完璧ではなく追い込めばボロを出してしまう程には不安定だとされた。

 今回の尋問に対し、彼の所作からはそういった隠し事をしている“不自然”さは感じ取れなかった。

 だが“何かおかしい”のだ。

 

 過日の占拠事件の前後から、エメリッヒは良くも悪くも“変わった”。卑屈な態度を崩さず、今も喜色満面に媚び諂うようバトルギアに関する薀蓄を語っているが……どうにも奇妙な違和感が拭えない。

 しかしヒューイだけにかかずらっていられる程暇ではない、後の事はオセロットへ任せスネークは忙しなく任務地へと赴いて行った。

 退室したスネークを見送り、普段通りの作業に戻ったヒューイは顎を掻きつつ首を一回転する。機械の脚を畳みリラックスした姿勢のままアイ・ラブ・ダイアモンド・ドックズとプリントされた特製のマグカップで旨そうにコーヒーを啜っていた。

 

 

 

 新たな任務の依頼。それはマサ村落のCFAが謎の全滅を遂げたのが発端だった。

 

 少年兵たちを統率していた大人“だけ”が何故か居なくなり、戦う事しか教えられていなかった彼らは暴走し今ではマサ村落を占拠、周囲の村から略奪や暴行などを行う匪賊となり果てた。

 困り果てた現地の住民が政府へと要請し“少年兵の排除”を依頼。受理された。

 

『彼らがこうも攻撃的になったのには理由がある、実は俺達へ依頼が回ってくる前に政府は別のPFへ討伐依頼を出した。だが彼らはそれを難なく撃退、一人残らず殺害した。

それを成したのがホワイト・マンバと呼ばれる隊長、何処からか唐突に現れたこの少年によって彼らは強く統率されている』

「ホワイト・マンバ……白い蛇、ね」

 

 小規模ながらこれもまた戦争。

 報復の連鎖の中へと放り込まれた少年達は、その幼さを理由に赦されることはない。奪う者、奪われる者。前者であり続けられるほどに少年達の組織は強くもなければ大きくもなかったということだ。

 

 だかそこに否を唱える男がいた。

 

『要はこの子供たちによる被害が止まればいいんだ、そこで今回の目的は子供達全員のDDR、つまり“武装(Disarmament,)動員解除(Demobilization)社会への復員(Reintegration)”としたい』

「……ふむ」

『……気に入らないか?』

 

 スネークのあまり歯切れのよくない返答にミラーは焦りを覚えた。

 血で血を洗う復讐鬼と化してすらミラーは子供達を戦争に巻き込む事を忌避している、これはもうどうしようもない彼自身の善性であり戦後の混乱の中で無力な幼少期に培われた思考と感性。

 そんなミラーからすれば、幾ら自分を殺害する為に遣わされた刺客だといっても子供を容赦なく殺したスネークへ思う所が全くない訳では無い。鍛えているといっても“所詮は子供”の力だ。

 抵抗出来ないように関節を外すなり、やり方はあった筈だと。

 

「いや、お前の考えは良く分かった。DDRを方針とするのも文句はない。だがな、お前は何か勘違いしている」

『それは……?』

「例えどれだけ幼く、分別が理解出来ていなく、善悪の区別すらなくともーーーそれが戦士なら俺は戦う。……場合によっては殺す事もあるだろう」

『……それは!』

「確かに! 彼らは戦う事しか知らないのだろう、だがな? だからと言って、お前が一方的に彼らから“戦いを取り上げる”権利はない」

『……っ!』

「それだけだ、覚えておけ」

 

 幼い頃から戦場に身を置き、今も戦場こそが己の生きていく居場所だと定めているスネーク。

 何も出来ず無力な幼少期を過ごし、肉体を失って二度と戦場に立つ事の出来ないミラー。

 考え方や育ち方が違う2人。嘗て戦場で出会い、意気投合し組織を作りあげ、今も同じ敵へと轡を並べ歩んでいる両者。しかし9年という歳月が彼らの間に齎した隔たりは見えない所で徐々に広がり続けていた。

 

 だが、もしかすれば或いは。

 それは出逢った日から宿命付けられていた“運命”なのかも知れない。

 

 

 

 現地へと降り立ったスネークは付近で哨戒をしている子供達の装備や配置を確認しつつ目標を探した。

 彼らの年齢からすれば卓越した、本職の軍人からすれば杜撰でスネークからすればザルに等しい警備の隙を突きつつ隙を突いては回収する。

 なるほど銃を持ち、それを使う事が出来るからこそ彼らは大人達を退けられた。だが正確には“子供だからと”舐められ、それで運良く生を拾ったに過ぎない。

 彼らは一方的な被害者でもなければ加害者でもない、彼ら“子供”に殺された“大人”は、その曖昧さから目を逸らしてはならなかった。

 

「ほう、子供のくせにいい趣味をしている」

 

 恐らくは死んだ大人達が持っていた葉巻を見様見真似で吸っていたのだろう。乱雑にポケットの中に仕舞われていたそれを取り上げ火を点ける、だがどうにも味が悪い。管理が悪く湿気っているのだ。

 残念そうに放り投げ、それに気を取られた子供の首を締めて優しく落とす。

 ぐったりとした少年が所持していた汚い文字で書かれた命令書を読み解き、彼らの“大将”が居るであろう場所へ双眼鏡を傾けた。 

 

 

 

 そこは打ち捨てられた船の残骸。

 その最上層は少年にとっての“城”であった。窮屈で不自由な、それでいて何不自由なく“与えられる”生活や“人生”ではなく己の手で掴み取った初めての居場所を気に入っていた。不満はある、同じだけ満足感もあり、堪えられない苛立ちが常に付き纏って離れず……故に面白くはない。

 特に、今日は朝から胸騒ぎがしてどうにも落ち着かない。

 

 自分を慕ってくる者達の存在は決して不快ではなかったが、これもまた充分とは言えない。足りない、ひたすらに足りないものばかり……だが今は我慢するしかない。

 非常に業腹だが学んできた技術は確かに自分を強くしており、後は成長し肉体が出来上がるのを待つだけ。そうなればもう大人達相手に策を練り立ち回る必要すらなくなる。ある程度の将来性だけは確実に“保証”されているのだから。

 何せ自分は“あの男”のーーー

 

「チッ!」

 

 脳裏に過ぎった男の姿、名前、そして己の“性能”に吐き気を催すような激情に駆られ近くの箱を2つ蹴り倒した。同じ様に朽ち掛けていた箱の一方は呆気なく壊れたにも関わらずもう一方は少し欠けたばかり、その違いが自分の事を暗示している様に思え……益々もって苛立ちを助長させた。

 この一種の癇癪とも言える自分達の隊長の欠点をよく知っている見張りの少年はその怒りの捌け口とされる事を恐れほんの少し船から距離を取った。

 大事に隠しておいた飴玉を舐めようとしーーー意識を失う。

 

 ミシ……ミシ……。

 湿気を帯びて撓む船板を踏み締めながら1つの影が少年の下へと向かう。その気配に、音に、気付けるだけの素養と実力を兼ね備えている筈の少年はしかし気付くことなく接近を許した。

 尤も気付いたところで既に、少年の部下達はもはやこの地には居ない。砂上の楼閣、裸の王様、そういった風に自分が既にどうしようもない“詰み”の状態だと少年が気付ける筈もない。

 

「…………」

 

 そのまま無抵抗の少年を気絶し回収しても良かったのだが、何故かそれは躊躇われた。明らかに他の少年達とは人種が違う彼はなるほどホワイトマンバと呼称され隊長と呼ばれるだけに相応しい“気概”を感じさせる。

 その少年隊長に、ほんの気紛れを起こしたスネークは妙な“既視感”を覚えながら声を掛けた。

 

「お前がホワイトマンバか?」

「っ! くそっ!」

 

 何者かにむざむざと背後を取られていた事に気付いた少年は慌てて身を翻し、振り向きざまにナイフを構え侵入者を睨み付け……互いの顔を認識した両者は“同じ”不快感を覚える。

 一方はそれに“困惑”し、一方は“怒り”に燃え。

 互いの素性を知らぬままに出会った両者は、しかし必然的に気付いた。目の前の“男”が何者であるのかを。

 

「お前……?! まさかーーー」

「くそがァっ!」

 

 反射的に、本能に突き動かされた少年がなりふり構わず突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SIDE OPS:受け継がれる意思

 

 

「やっぱ来るんじゃなかったなぁ...」

 

 第4甲板脚部で哨戒に当たっていた兵士の男は、巡回コースを外れ物陰で蹲りながら腹の痛みを耐え忍んでいた。持ってきた胃薬がロクに効きやしない、ハズレを掴まされてしまったらしい。

 急に召集されたものだから行き付けの薬屋が開いていなかったのが悔やまれる。

 

(死んだ叔父さんも言ってたもんな、腹の調子が悪い時に無理はするもんじゃないって)

 

 冷戦真っ只中の1964年当時。

 エリート街道とまではいかなくとも順調にキャリアを重ねていた彼の叔父は、とある基地に潜入してきた1人のアメリカ人捕虜を監視する役目を与えられた。だがいつしか同情し絆されてしまった彼は、牢の中では退屈だろうと没収した持ち物の中にあったタバコケースを渡し……偽装されていた睡眠薬によるガスで眠らされ脱獄を許してしまった。

 

 処罰が下される前に基地が脱獄したアメリカ人による破壊工作で崩壊し、直属の上司が戦死。その後は権力者たちの思惑の元による人事異動に巻き込まれ、その罪は何時しか有耶無耶となった。

 しかし責任を感じた男は兵士稼業から足を洗い家族と一緒に農業を始めた。代々長男に“とある”名前を付ける一族の末代まで忘れられない屈辱の記憶である。

 

 (うっ! ……くう、腹が痛てぇ)

 

 流石に野外で糞を出すほどではないが、滴り落ちる脂汗の量は尋常ではない。ギュルルル、と存在を主張してくる腹痛が恨めしい。耐えるだけで精一杯で、生憎と彼は聴き逃してしまった。

 だって仕方が無い、こんな身近に最大最強の敵がいながら別の敵まで警戒してなどいられるものか。

 

『上空のヘリを攻撃しろ! こちらに近付けるな!!』

 

 異常接近してきたヘリが大きくランディングゾーンから外れた航路でプラットフォーム外縁部、脚部である“荷物”を配達しそのまま通過していく。

 バラララとヘリを落とす為に散発される射撃音に紛れギュルルン! と一際その存在を主張していた腹痛を何とかやり過ごした男は「フゥ……何故人は争いをやめられないのだろうか」妙に晴れ晴れとした表情で物陰から出て。

 右目に眼帯をした厳つい男と出会した。

 というかどう見てもBIGBOSSだった。

 

「なっ!?」

「くっ!!」

 

 慌てつつも悟りを開いたかの如く研ぎ澄まされた精神状態の男は先んじて銃を構え発砲しようとするも、しかしうっかり解除し忘れていた安全装置の事を思い出し少しまごついた。だが、その隙こそが命取りだった。

 流れる様な体捌きで銃を取り上げられ空中で分解、強かに地面へと叩き付けられる。

 

(そういや、叔父さんが見張っていた捕虜も右眼が無かったって言ってたっけ……まさかな)

 

 薄れ行く意識の中、目の前の男...…BIGBOSSこそが叔父の見張っていた男ではないかーーーなどと取り留めもない事を考えつつ意識を手放した。

 

『まさか待ち構えられていたとはな』

 

 無線機越しにミラーが驚愕を顕にする。

 囮となって周囲を旋回してから逃走したヘリに惑わされる事なく侵入者の存在を的確に察知し、誰よりも先んじて現れた男の手腕に戦慄を覚える。

 

「ああ、かなりの凄腕だ。もし最初から安全装置を解除されていたら危うかった」

『まさか、気付いていなかったとか?』

 

 そんなミスをするのは新兵ぐらいのものだ。

 だが勿論、そんな詰まらないミスを犯すような男ではないと直接相対したスネークは悟っている。

 

「いやぁ、それはない。俺は奴の動きを直接見たから分かる、特に目が凄い。気圧された、あれは新兵特有の怯え切った目ではなく……何か大きな目標を成し遂げた者が持つ様な、何処までも澄んでいて限りない雄大さを感じさせるーーーそんな眼差しだった」

 

 恐らくは同士討ちを嫌い安全装置を掛けていたのだろうと当たりを付ける、通常ならこのままフルトン回収装置を付けるのだが武装を解除して近くの柱へと縛り付けた。ちょっとやそっとじゃ解けないよう強く、腹部を重点的に。

 これだけの兵士を説得し仲間に加えられれば最良だが、こういうタイプは自分の命を天秤に掛けられても頑として首を振らない。経験則で分かる。

 故に、先に敵PFの指揮官を無力化してから話を付けなければならない。

 

「俺が降り立ってから現れる迄に少し間があった、俺の潜入は既に気取られ周知されているかも知れん。急ぐ」

『了解だ、支援は出来んが敵の巡回ルートぐらいはマップに表示できる。役立ててくれ』

 

 気を引き締め直したスネークが慎重に階段を登り出した頃、気を失い柱に括り付けられた男の腹部から水気を多く含んだ破裂音が周囲へと響いた。

 暫くして立ち込め始めた悪臭に気付き目を覚ました男が、動く事も喋る事も出来ず涙目になりながら救助を待つまであと数十分……。

 頭部に大きく刺繍された“J”のマークがキラリと太陽光を反射し、輝いていた。

 




後日に追記します。



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第三章 復讐
悪意


お久しぶりです、年内に更新はないと思いましたか?
誰よりも私がそうだと思っていました(挨拶)

今回から第三部としてナンバリングを一新します、次回の更新は流石に来年になりますがどうぞ皆様お身体を労り年末年始を健やかに過ごして下さい。
恒例の補足は今回はしません、期待されてる方は後日に追記する予定なので気長にお待ち下さいませね?

因みに。
サヴァイブは買いません。
ゲームとしては正直面白いと思いますが、自分は“小島監督のメタルギア”が好きなのでKONAMIのメタルギアを買う理由が無いからです。





「……………っ…」

 

 鈍い痛みと酩酊に浮遊感、微睡みの中で意識を浮かび上がらせつつある少年は無意識下に於いて己の状態を理解した。

 

「お、起きたか」

 

 横たわっていたベッドの隣でそう見知らぬ男が語り掛ける。見張り……というより“お守り”といった風体の男は、簡単な検査を行うといい笑みを向けた。

 自分が“あの男”に、負け、いや不意打ちを食らって意識を失ってこの場所へと連れてこられたのは理解している。誰かに施しを受けるのはゴメンだが、せいぜいこの男を利用して空きすぎた腹を満たしたり情報を仕入れてやる。

 

「……オレの事を何か言ってたか?」

「いいや。けど此処にはお前みたいに戦場で拾ってきた子どもが何人か居る、仲良くなれるさ。安心しな」

「…………」

 

 男から向けられる感情は温かみを持っていた。

 それがとてつもなく、頭にくる。

 

「アイツは……何処に行った」

「ボスのことか? ボスならもう此処にはいない、任務中だからな」

 

 この男は自分の事を危険な存在などと、いや、そもそも記憶する程の存在であるとすら露ほども思ってはいないのだろう。よく居る少年兵で、今は自分の所属する組織が保護している者達の中の“1人”でしかないのだ。

 

 それに比べて“あの男”の話をする時に見せた男の表情はどうだ? 言葉遣いは? 熱い信頼や尊敬の念は? どれもが比するまでもない。

 

 ほんの少し前まで、特別視される事は嫌いではなかった。今に思えば年齢不相応な扱いも、異常な期待のされ方も、こなして当然と言わんばかりの周囲からの視線も。そう……本当に嫌いではなかったのだ。

 生まれついての性格だったのだろう。

 幼い子供が文字や簡単な計算式を覚える事に悦びを見出す様に、兵士としての“性能”が上がっていく事に充実感を覚えていた。

 その全てが偽りであると知る日までは。

 

 己に向けられていた全ての評価が、他者の存在ありきで与えられていたものであると知った……いや、この表現は正確では無い。

 カメラで撮った写真の様に。精密な彫刻の様に。光に照らされ出来た影の様に。所詮は出来のいい“複製品”でしかないのだ。

 そんなものに何の価値があるのだろうか? いや、ある意味では“マシ”なのだろう。

 

 何せ“自分”は。

 

 そんな複製品の“紛い物”を造り出す為に。

 

 産まれた時から“劣等種”として決定付けられたゴミだったのだから。

 

「………ッ!」

 

 それ以来、誰かに特別視されるのは嫌いだった。

 己に期待されている役割をこなすのなんてもうゴメンだった。だから自分1人の力で生きる為に、自分の為だけに生きる為に戦場へと渡り少年兵達を束ねて己の“居場所”を作り上げたのだ。

 そこでも相変わらず特別視はされたが、それは今まで感じていたものと違いそれほど悪くはなかった。やはり自分は特別なのだと、僅かながらに自尊心が高まっていた折、こうして無様を晒した。

 

「おい、顔色悪いぞ。大丈夫か? 外の空気を吸って気分転換でもしてきな、ああ、あんまり端っこには近付くなよ。落ちたら助けられないからな」

 

 ギシ、淡い音を立て奥歯が砕ける。

 自分は“特別ではないのだ”と。

 これ以上なく面前に突きつけられたようで。

 昂る激情を向けるべき相手すら眼の前にいない今、彼の放つ暴力は己が身を傷付ける事しか出来なかった。

 

 少年は、イーライは。誰も自分を特別視しない初めての場所で。特別視されない事に対して。

 生まれて初めて憤りを覚えていた。

 

 

 

 

 

 1:忍び寄り、潜む悪意

 

 

 ングンバ工業団地近くで救助した2名から、興味深い事実が判明する。工場内で人の喉に埋め込まれていたラジオの内容、世界の東西を問わず垂れ流しにされていたその中に“英語”だけが存在しなかったという確かな事実が。

 それが今後にどのような影響があるのか、現時点では誰にも分かりはしない。

 

 さて、それは兎も角として。

 ホワイトマンバの一件が切っ掛けとなったか、はたまた偶然か、それとも必然か。反政府民族を離反した少年兵グループ隊長と、彼らに拉致された武装組織の副官を回収して欲しいとの依頼が来た。

 これを快諾したのはミラーであった。

 

『彼らはとある廃村を占拠しているらしい。ボス…敵対しているとはいえ相手は子供だ、だから……』

「…………」

 

 だから“あまり”怪我はさせないでくれよ。

 苦々しさを噛み殺してそう発言するのが限界だと、ありありと態度で分かるミラーからの無線を黙殺しスネークはヘリから降下する。

 状況によって取るべき手段は変わる、相手が子供とはいえそれは変わらない。大人よりも子供の方が、より感情的に動くからだ。

 だから分かったと、守れもしない約束をする気にはなれなかった。

 

『ボス、観測点を幾つかマークしておきました。気に留めておいてください』

「……ああ、分かった」

 

 オセロットからの助言に従い、高台へと陣取ったスネークは双眼鏡を覗き目的の発見や配置の確認を行う。1人は直ぐに解った、一際目立つサイズの合わない赤い帽子を被った少年兵の隊長は、一端の兵隊を気取った風に見える。滑稽極まりないが、彼らからすれば大真面目なのだろう。

 そんな隊長から数十mほど離れた所に手足を拘束され野晒しにされて居る救出対象である副官の姿も見られた。上等な扱いとはいえないが、手酷い仕打ちもされてはいない。

 

 見張りは殆どいない、隊長を含めても4人だけだ。

 報告された数と合致しない以上、他の少年兵は周辺の見回りにでも出ているのだろう。となると何時の間にかヘリで監視網を突破していたらしい。

 高度からの接近に気付く程の練度がなかったか、それとも“教わっていなかった”のか。それは分からない。どちらにしても今が好機である、手早くスナイパーライフルの麻酔弾で見張りを無力化したスネークは足早に崖を降って行った。

 

 

 

 村内にあった車両を“借りて”2名を回収した際、運悪く戻って来た少年兵達の横を素通りし銃弾の雨に晒されたのは流石に肝が冷えた。

 カズの計らいにより回収した両者共に死亡したと依頼者へ告げ預かることとなった、残った少年兵達は指揮官を失くし統率が取れなくなったため、後詰めの戦闘班が大した問題なく回収している。

 

「ヘリが帰投した、燃料弾薬の補充急ぐぞ」

「はい、チーフ」

 

 なんて事はない筈の日だった。

 空は一面雲もなく晴れ渡り、今も尚入隊希望者はあとを絶たず、世界にD・Dの名が知れ渡っていく。サイファーへと繋がる最大にして因縁の怨敵、髑髏の男へと着実に迫っている充実感を誰もが感じていた。

 

「ゴホッ、ゴホ!」

「あん、どうしたお前」

「あ、ああいや何でもないです。ただちょっと昨日から、喉の調子が悪いみたいで」

 

 どうやら風邪を引いたみたいだ。

 そんな風に楽天的なものだから、誰かに感染る前にさっさと治しとけよとだけ告げて別れた。まさかこの日この時の会話が……彼と話した最後の会話になるとは思いもしないのだから。

 

 

 

 

「ところでボス、イーライに関してだが」

「何もするな」

 

 司令室で共に食事を取りながら行われていたスネークとミラーの会話はそうやって打ち切られた。

 口に入れようとしていた新作バーガーの試作品を寸でで戻し、皿の上に置いたミラーはコークで喉と唐突に淀んだ空気を胃の中に押し込んでから再度問い掛けた。

 

「いや、しかし一応は遺伝子検査ぐらい……」

「コレばかりはカズ、お前には……いやお前達には分からないだろう。確信している。だからこそ、何もするな……」

「ん、むぅ……」

 

 そう云われてしまえば、もう何も言えない。

 今は破棄された“恐るべき子供たち計画”の生きた成果が、何の因果かこうして手元に舞い込んで来た。内心で今後の扱い方をボスの“後継者”も含めて如何様にも出来るように考慮していたのだが。

 

「俺に息子はいない」

 

 俺は不能者だからな。

 そう軽い口調で語ったスネークの浮かべていた表情、最近特に衰えてきた視力では自信を以て断言する事は出来ないが。恐らく“何の感情も浮かんではいない”様だった。

 取り繕ったものではなく、ただ純粋に。

 一切の興味がそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 2:ハント・ダウン

 

 緊急事態が起こった。

 マザーベース内で爆発的に謎の“感染症”が広がり始めたのだ。風邪に似た症状を訴えていた兵士の胸に突然として水泡の様なモノが広がり、同様の症状を訴える者が後を絶たない。水泡から見つかったのは何らかの寄生虫の幼生、だが成虫が見つからないのだ。

 発症条件が分からず、感染経路も分からない。

 しかしこの謎の症状に関して見覚えがないわけではなかった。油田施設で浮かんでいた死体、燃える男に襲われる前に見ていた沢山の“病人達”。

 サイファーを、髑髏の男を追い求める度に出会していた奇妙な“何か”が遂に身近な場所へと現れたのだ。

 

 この寄生虫が例の大量破壊兵器なのか?

 その真偽を問う前にスネーク達にはやらねばならないことが積み重なっていた。即ち、感染者を“隔離”して病原体を封じ込めること。

 それがどれほどに無謀な挑戦か、誰もが理解していた。

 

「問題はどうやって感染者を“特定”するかだ」

 

 感染から発症まで、つまり潜伏期間には“非感染者”と見分ける方法がない。感染者を発症前に推測して隔離していくしかない。

 何を媒介しての感染か、感染経路が解れば推測できるのだが。

 

 事が事だけに、オセロットや医療班の判断だけでは兵士達の間に要らぬ争いが起こりかねない。だからこそビッグボスの言葉が居るのだ。

 例え死ねという命令でさえも、スネークの言葉なら従う。それ程に彼の存在は偉大なのだ。

 目前の死すら恐れない程に。

 

「感染者に何か特徴はないのか?」

 

 そう訊ねるスネークに、オセロットもミラーも答えを告げる事は出来ない。人種が違う、生まれた国も違う、育ってきた環境も、所属していた部隊も。何もかもが違う中で彼ら全員に繋がる特徴は“BIG BOSS”への敬意だけだ。

 

「取り敢えず発症者に近かった者や、行動範囲に居る者を手当り次第にリストアップしておいた。些細な情報まで徹底的にこのリストの中にある」

 

 ミラーから渡されたリストを検閲する。

 しかし見れば見る程に共通性が見付からない、簡単に分かればこうしてスネークを中心とした主要メンバーが顔を突き合わせる必要も無いのだから無理からぬ事だが。

 

 事態が収束するまでの一時的な措置で済めばいいが、或いは……。このまま座して放っておけば犠牲者は増えるばかり。

 やるしかない。見付けるしかないのだ。

 

「ん……? こんな時に依頼か、わかった。すまない、俺は席を外す。内容にもよるが、基本的には断っておく」

 

 雑多な依頼であれば部下達の判断だけで弾く事も出来るが、政府高官や軍上層部が関わってくる依頼はそうもいかない。残された2人はじっとリストを端から端まで眺めながら捲っては、返し読みを繰り返していた。

 時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 本来なら断るべき依頼であったが、今回はそうもいかない事情ができた。

 ローグコヨーテのとある兵士、兵站管理を行っていた表の顔の裏に人身売買の顔を持つ男。仲買人としてシャバニ達を例の場所へと売り飛ばした張本人である。

 ムベレ系の反政府勢力による暗殺の依頼、謎の感染症に直面しているD・Dにおいてこの依頼は正に渡りに船であった。国外へと逃亡しようとしているこの男を捕まえる必要がある。故国に戻ればただの一般人となり、軍事法廷で裁かれることもない。血塗られた金でセカンドライフを愉しむつもりだ。

 だが、そうはさせない。

 

 今は護衛と共に草原を逃亡中であろうこの男。

 だがディタディ村落跡で暗号無線を打ってしまったのが運の尽き、僅かな情報さえあればスネークには追跡出来る自信があった。

 呆気ない、と言ってしまえば警備の彼らには悪いだろう。大した義理もなく、また事情も知らない金でしか繋がりのない相手の事など己の命を秤に掛けるまでもなく。容易く情報を仕入れることが出来た。

 

「見付けた」

 

 目標の目的地はキジバ野営地。

 そこに囚われていた捕虜から目標が人権NGOと接触を計ろうとしているらしい事を知れた、顧客リストを渡す代わりに身柄を保護してもらおうとしている様だと。

 だが、男の選択にミラーは渋い顔で難色を示した。

 

『なぜそんな事をした? わざわざ奴らに泣きつく意味は』

「さてな。直接本人に訊くしかないだろう」

『了解だボス。此方は、新たに感染者が見付かった。そして犠牲者も』

 

 最終的な目的地は判明している。その逃走経路もだ。

 ならば後を追いかけるまでもない、先回りして獲物を待てばいい。生い茂る草むらの中を這う蛇の存在に気付ける人間はいない。

 ましてやその蛇が……。

 

 

 

「居たぞ、奴らだな」

 

 自然の窪みから顔だけを出し見張りを続けていたスネークの持つ双眼鏡に目標の姿が映し出された。

 前哨に2名、随伴に2名、計5名からなるその一団の動きは確かな連携を保ち姿を隠しつつ行進していた。だが気付いてもいないだろう……自分達が既に釈迦の掌で転がされていた孫悟空の如く、大口を開けた蛇の口の中で蛇を探しているという滑稽な現実を。

 

 まだ一塊になって動いていた方がマシだった。

 なまじ距離を置き各自が索敵していたものだから、気付いた時には既に遅く。目標の男が周囲に居たはずの部下達の消失に気づく前に、背後から拘束される。

 頭部に突き付けられた銃の質感と、僅かな身動ぎすら許さないであろう首元のナイフが男から抵抗の意思を奪った。

 

 このまま回収してから吐かせてみるのもいい。

 だが幸いにもこちらの顔は見られていない、そこで少しだけカマをかけてみることにした。

 

「おいおい、何処に行く気だったんだ? 今までお互い仲良くやってきたじゃないか。まだあんたに頼みたい事があったってのに、今更自分だけ止めようなんて虫が良すぎるとは思わないか?」

「頼む……見逃してくれ!」

「お前にそう頼んで来た連中になんて言ってやったんだ? それが答えだ」

「家族が、待ってる……」

「そうか、そりゃあ可哀想に。お前もまた、数多い行方不明者の1人になるワケだ。それとも。お前も……」

「“苗床”はいやだ……あんな、あんな目にはあいたくない! 助けてくれ……! お願いだ、俺は、俺はあんな死に方だけはゴメンだァ!!」

 

 狂乱しつつ命乞いをする男に演技臭さは見受けられない。これが演技ならアカデミー賞を総嘗め出来るだろう。押し付けていた銃口から麻酔弾を発射し、睡魔と恐怖に男の心は押し潰されていった。

 

 

 

 フルトン回収し、オセロットと“建設的”な話に興じた末に彼は快く全てを語った。正確には最初から語っていたが、オセロットによる真偽の検証に少し時間を費やしたのだが。

 この仲買人は“苗床”を納入する時に、工場の中を見てしまっていたらしい。髑髏の男も。本能的に不味いモノに手を出してしまった事を悟ったこの男は堪らず逃げ出そうとした。

 

 ただ逃げるだけなら人権NGOに泣きつく必要はなかった、もし自分があそこに運ばれ苗床にされたら……その恐怖。故に名前も顔も塗りつぶし顧客リストと引き換えに第三国で別人で生きようとしたのだ。

 “相手”を察し、万全を期した。

 人間としては犬以下だが、プロとしての嗅覚はあった。それが端的なオセロットの所見。

 

 苗は森の奥からくる。

 この“苗”が何を指すのかは分からなかったが、この男の語った情報がマザーベースに蔓延する奇病の症状に合致した。

 その“森の奥”へと、スネークは辿り着かなくてはならない。何としても。

 

 

 

 

 

 3:最後の希望

 

 少しだけ感染が収まり、しかし根本的な解決に至らず手を拱いていた折。数日前から途絶えていた諜報班スタッフの1人から連絡が入った。どうやらマザーベースで発生した伝染病について確度の高い手掛かりを掴んだらしい。

 だがその情報を持ち帰る前に現地PFに捕まり、それ以来連絡が途絶えている。共に行動していた者達の多くは連絡が途絶えMIA状態、感染症は被害者を多くだし徐々に拡大を続けている。

 この期に及んで最大の情報を失うわけにはいかない、何としても救出しなくてはならず、その役目を成すのはビッグボス以外に有り得なかった。

 

 

 

 車両で目的地へと向かうスネーク、クンゲンガ採掘場から西の監視所で捕らわれているスタッフの生死はようとして知れないが向かうしかない。

 最悪でもその身に何か情報を遺して死ぬだろう、そういう連中なのだD・Dに所属する兵士というのは。

 

「しかし随分と広い場所だ、駐屯している兵も多い。崖も近い、登れなくはないが酷く注目を集めるだろうな。さて、どうしたものか」

 

 大凡の場所は掴めてはいるものの、それも数時間前の情報となれば今も同じかは分からない。せめて何か手掛かりになればいいと思い拘束した兵士へ尋問をしようとした丁度その時だ。

 1台のトラックが急発進しあらぬ方向へと走り出したのは。

 

「……おい、アレは何の目的地に向かうやつだ?」 

「し、知らない! こんな時間にトラックを使う用はない!」

「そうか、なら思い出せる様に頭を冷やしてやろうか? ん?」

 

 ガチャ。米神に押し付けられた金属の感触に背筋を凍らせた男は必死に自らの潔白を訴えた。その間に無線から入った連絡で、どうやらそのトラックに乗っているのは捕らわれていたハズの男らしい事が判明。

 手早く腰にフルトン装置を付け、崖から突き落とす。死を覚悟した兵士は恐怖のあまり失神し、その身体は瞬間的に膨らんだ風船により徐々に浮かび上がり、やがて空の彼方へと飛んでいった。

 

 慌てて車へと乗り込んだスネークは、此方もアクセルを噴かせ往来のド真ん中を突っ切る。そのあまりに堂々とした姿に見張りの兵士達が敵性存在である事に気付いたのは、もはや正確に銃を放てる射程外へと辿り着いていた時だった。

 

『おいおい! 気は確かかスネーク!?』

「時間が惜しい、それに俺の予感が確かならそろそろ……ッ! そら、やはりな!」

 

 スネークの前方で派手な爆発音と共に煙が昇る。

 とても正常な運転とはいえないフラフラとした走り、監禁され拷問に掛けられていたであろう人間が、果たしてマトモに運転など出来る筈もなく。

 状況は最悪。下手をすれば健常者でも即死しかねない程の大事故、一縷の望みに掛け今は現場へと急ぐしかなかった。

 

「死ぬなよ……!」

 

 

 

 果たして、奇跡は起こった。

 いやそうではない、自らの運転が危険なものである事を誰よりも自覚していたのは他ならぬこの捕虜の男だったのだから。初めから彼はトラックでの脱出を考えておらず、何とか自分の脚で逃げ遂せる所までの移動手段として考えていたのだ。

 上手くいった。見張りの隙を突き、もう動けないと思わせる振りをして蓄えていたなけなしの体力を振り絞って脱出に成功しこうして移動手段の一つを奪い・破壊する事も出来た。

 ただ、誤算だったのは。

 

(クソっ、こんな時に足をくじくバカがいるかよ……ッ!)

 

 トラックを大破させる為に乗り捨てる瞬間、タイヤの僅かなイレギュラーバウンドが思いもがけない方向へと身体を転がせ岩場へと身体を酷く打ち付けた。

 これまで感じていたジクジクとした痛みがスッ…と遠ざかり、冷や汗とも脂汗とも分からない汗がだくだくと全身から流れ、麻痺していた足の痛みが急速に取れ生命の危機を声高に告げている。

 

「ぐっ……く、っそ………!」

 

 ズリ、ズリ…と身体全体を連動させて地べたを這いずる。まるで芋虫の如き動きで、されど亀よりも遅い動き、手足が動かない以上もはや自由に動かせるのは頭部のみの状況。それでも彼は動き続けた。

 大きく口を開き、歯を地面にあて支えとし、痙攣するように身体を揺らし前へ前へと進んでいく。だが遅々として進まない。いつしか涙が溢れていた。ただ、その涙は自分に対する不甲斐なさや情けなさではなく、自分を生かす為に“敵”の囮になった仲間たちへの感謝であった。

 

(安心してくれ、大丈夫……俺はこのままマザーベースに戻ってボスに情報を伝える。それまで待っていてくれ、絶対だ、約束する……ッ!)

 

 そう交わして、それっきりの彼らへ感謝と激励を送り身体を動かし続ける。

 ……分かっている。本当はもう彼らがどうなったかなどとっくに理解している。理解しているからこそ、最後の自分が情報を届けなくてはならないと身体を動かしているのだ。

 ボロボロと止めどなく溢れる涙が続く間はいい。まだそれだけ無駄な力がある証拠だ、だから動き続ける。捕えられても現在地に関する情報収集は怠らなかった、何も出来ない相手だと舐めて掛かり情報を秘匿する事を怠っていた見張りの兵士達に心で中指を立てながら。

 

(バカめ! 間抜けなお前らのお陰で俺はこうして逃げ出せたぞ、ざまぁみろ!!)

 

 前触れも無く閉じようとする脆弱な意識を保つ為に思考は止めない。

 顔を地面を擦るように移動し、幾つもの傷から流れだす血の味で味覚の正常さを認識する。聴力もある、視力もある、味覚もある、嗅覚も、触覚も。まだまだ自分は正常なのだと、そうして鼓舞して芋虫の行軍は続く。

 

 ゴォオオオオ……!

 

 だからこそ気付いた。

 己に接近する車両が、もう追っ手が来たのだと気付くことが出来た。なぁに追っ手が来る事ぐらいは想定の内だ、何人来ようが関係ない。迎え撃って返り討ちにしてやる、あわよくばそのまま武器や食料を奪ってやればいい。通信機があれば万々歳だ!

 もしかすれば気付くことなく通り過ぎるかも知れない、何にしろこのまま動き続けるのは悪手であると判断した男はその場で身動きを止めた。

 そのまま接近してきた車両は、男の場所を遠ざかる瞬間急ブレーキを掛け止まった。

 どうやら見咎められたらしい。上等だ。うつ伏せで倒れた男の姿は客観的に見れば死体同然だろう、だが生死を確かめる為に近付いて来る筈だ。その瞬間に渾身の力を込めて噛み付き腕のか足の1本でも奪えれば上々だ。

 

(そこから……そうだ…………俺は………………情報を……)

 

 白みだした思考は明朗な対策をこれ以上立てることが出来なかった。それはそうだ。限界点をとうに過ぎ、精神力だけで意識を繋いでいた男は、本当はもうとっくにその場から身動き出来ないでいたのだから。

 彼がトラックから投げ出され動けた距離はたったの10m。

 彼が持っていた最後の力で稼げた距離がコレだ。短い、余りにも短過ぎる。しかし誰も彼を笑う事など出来はしない。

 

「……か! もう…丈夫…、た…………!」

 

 何と言っているのか、それすら分からない。

 だが身体を仰向けにされ、担がれようとしている事を朧気ながらに自覚した男は。最後の最後、本当にどこにも存在しなかった力で自分を担ぎ上げようとしている“男”の腕を噛んだ。

 万力にも勝る力で、綿菓子を千切るような、そんな思いでの“敵”への最後の抵抗はーーーしかし幼子の甘噛みほどの力も込められてはいなかった。

 

「……………………」

 

 振り払おうと思えば何時でも振り払われる。

 いや、担ごうとし支えている“男”がいなければとっくに腕から口は離れていただろう。全身から血を垂れ流し、汗に混じり失禁すらしているのかも知れないほどに臭う身体、あまりにも無様に過ぎる。

 さあ、当然の結末として“男”がその口を引き剥がし……胸元へ抱え込み、熱く、熱くーーーー感謝の言葉を告げた。

 

「よく生きていた……!」

 

 その声、男の正体を悟り、遂に彼の意識は途絶えた。脈拍は正常値より遥かに弱く、血圧はひどく低下し、様々な傷痕から病原菌が入りこんでいるだろう。もう先は長くない、それでも今彼は“生きて”いる。

 生きて情報を伝える役目をこなせるのだ。

 

『やったなボス! フルトン回収は無理そうだな、ヘリを寄越す。気を付けて向かってくれ』

 

 嬉し気な声でそう告げるミラー。

 あともう一度だけ、託された思いを繋げるために起き上がる力を蓄えんと最期の眠りに落ちた男を背負いながらヘリに辿り着きアフガンの地を離れる。

 

 こうして疫病の蔓延するマザーベースへと、最後にして最大の希望が生還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 side ops:まだ何者にもなれない者よ

 

 略式的な隊葬を行う。

 持ち帰った情報を喋り事切れた男を初めとする諜報班のスタッフと、疫病に罹り死んでいったスタッフを含めた百人余りの死者を弔い。ヘリポートに集まり見送りに来たミラー達を背にスネークは1人ヘリに足を掛けた。

 そんなスネークに待ったを掛けた者がいる。

 イーライだ。

 

「……何の様だ、小僧」

 

 だが一向に喋る気配はない。

 ただじっと、その瞳をギラつかせこちらを見ていた。手にしたナイフを弄び重心を低く保って正に臨戦態勢と言ったところか。

 

 マザーベースへと運ばれてから、より正確には病室で目覚めて外に出てからこの少年は誰の言うことも聞かず好き勝手に振舞っていた。

 誰に従う気もない、従わせたいなら力付くでやれ。そういった感情が目に見えるようであり、そんな少年に力の差という現実を教えてやろう……そんな風に取り合う者も居らず。高まり続けたフラストレーションが、偶然にもスネークを見かけた事で爆発したのだろう。

 

「はぁ……いいだろう、こい」

 

 ちょいちょい、と。

 傍から見ても全くやる気のない素振りで義手の人差し指を使っての挑発は、しかし少年には効果覿面でがむしゃらに走り出した。

 チョロチョロとした動きで周囲を移動し、出方を伺おうとしているのだろうが……当のスネークは微動だにせず視線で追うことすらしていなかった。

 

 それが癪に障る。

 故に真後ろから振りかぶってナイフをたたきつけようとして、しかし直前で動きを変え右脇腹へと真一文字に……肺から空気が押し出され、眩い太陽の輝きをいつの間に眺めていた。

 勝負はついた。誰の目から見ても明らかだ。

 ただ1人だけを除いて。

 

「カズ、直ぐにコードトーカーの下へ向かう。現地の諜報班へ連絡は?」

「任せろ、今周辺のスタッフを掻き集めて情報収集に当たらせている。大丈夫だ、無理はさせていない」

 

 待て。

 その言葉が出せない、強かに叩き付けられた衝撃からまだ回復していないのだ。そうしている間にスネークは空高く、彼方へと舞い上がり……それをこうして眺めているしかない自分。

 同じ様にその姿を見送ったミラーは、未だ倒れているイーライを見やり無意識に呟いた

 

「所詮は出来損ないか……」

 

 しかしその言葉は少年の、イーライの耳に届いた瞬間に激情となり弾け肉体に力として駆け巡る。

 

「……なんて言った、オイ」

「オセロット、俺は隔離施設の連中の激励に向かう。ボスから連絡があればそちらに回してくれ」

「ああ分かった。さあ、お前達! これから大勝負に取り掛かる! いつボスから連絡があるか分からん、出撃の準備は念入りにしておけ! 分かったか!!」

「俺を無視してんじゃ「「了解!!」」 ねぇ! オイ!」

 

 誰も自分を気にも留めない。

 そんな現実への怒りでダメージの残る身体を突き動かし、取り落としたナイフを拾い上げたイーライはミラーへ向けて勢いよく迫り力任せに振り下ろした。

 だがその腕の支点を片手で抑えられ、杖で鳩尾へ一突きされてから足元を掬われる。不格好な体勢で転げたイーライのナイフだけを杖で器用に弾き、心底から哀れんだ表情で倒れ伏す姿を嘲った。

 

「フン、ボスでなければ勝てるとでも思ったか? 技も駆け引きもない力任せで、舐めるなよ。ウチの隊にお前に負ける様な者は誰一人として居はしない、こうして……俺にすら負けるんだからな。

お前の行動を諌めるだけで無理やり止めはしない理由が分かったか? 俺たちはな、お前の癇癪に付き合ってるほど暇じゃないんだよ」

 

 カツン、カツン。

 戦闘者としては既に三流以下の状態のミラーにすらいいようにあしらわれた。ギリ。深く拳を握り締める、それは悔しさ故の行動ではなく、そうしなければこの怒りがどこかへ飛んでいってしまうのではないかと思ったから故だ。

 強く強く、魂に刻み込んでいく。

 ミラーという男の姿を。

 

 

 




今回の話は半日で書き上げました。
200字→11111文字の爆速仕上げです、ワープ進化。

基本的に速筆なんです。
速筆なんです。


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