FAIRY TAIL 竜騎兵と竜の子 (MATTE!)
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昔と今

 人の悲鳴と燃え盛る村、青髪の兄妹は手をつなぎながら森へと逃げる。とにかく今は逃げることしか兄妹に選択肢は残されていなかった。

 しかし、逃げても逃げても追ってくる人の気配に、逃げきれないと悟った兄は一つの決断をした。

 

 

「おにいちゃん?」

 

 

 急に立ち止まった兄に少女は不安そうに兄を伺う。ここで立ち止まっていたら怖い人たちがやってくる、立ち止まっている時間はどこにも存在しなかった。

 

 

「シエル、ここから先はお前ひとりで走れ」

「嫌だ!おにいちゃんは!おにいちゃんは一緒じゃないの!?」

 

 

 少女は兄の手を握りしめ、首を横に振りながら嫌々と泣きさけぶ、幼いながらも少女は理解してしまっていた。ここでこの手を放したら兄とはもう二度と会えなくなってしまうと。だから少女は必死に兄を引き留めた。兄と引き離されるくらいなら捕まったって。いや、殺されたってかまわない。

 駄々をこねる妹に、しゃがんで視線を合わせる。

 

 

「大丈夫だ、必ず迎えに行く」

 

 

 兄は妹を抱きしめ、妹の目を見て笑う。

 

 

「俺がシエルとの約束を破ったことあるか?」

「……ない」

 

 

 少女は今まで兄と約束したことを思い返す、確かに兄は約束を破った事なんて一度もなかった。少女は涙をぬぐい名残惜しそうに兄の手を放した。

 

 

「いい子だシエル。いいか、まっすぐ、まっすぐ走るんだ」

 

 

 兄は立ち上がると妹の進むべき道を指さす。

 少女は恐る恐る一歩を踏み出すと兄の様子を伺うため後ろを振り向こうとする。

 

 

「振り返るな」

「!」

 

 

 しかしその行動は兄の言葉によって阻まれた。

 

 

「振り返らずに、まっすぐ、まっすぐ走れ“シエルアーク”!」

「……っ!」

 

 

 少女は兄の言葉に従い、振り返らずに走り出す。その瞳から涙がこぼれ、視界が歪んでしまっても少女は兄の言葉に従ってまっすぐ走る。

 

 

「きゃ!うう……」

 

 

 視界が歪んでも構わずに走り続けたツケが来た。足元の根っこに気付かずに躓いて転んでしまった。

涙がポタポタと地面に落ちシミを作る。少女は服の袖で涙を拭うと立ち上がる。立ち上がった時に右足に感じる激痛に顔を顰めた。

 

 

「いっ……まっすぐ……まっすぐ……」

 

 

 視線を右足に移すと転んだ時に擦れたのか皮膚が剥けて血が出てしまっていた。少女はケガに構わずまっすぐ歩き出す。

 兄がまっすぐ走れと、そう言っていたから。今の状態じゃ走ることは難しい、けど逃げなきゃいけない、だから少女は歩いてまっすぐ進んだ。

 

 

 

 

 

 まっすぐ、まっすぐ進み続けた。

 

 

 

 

 

「………………………!」

 

 

 進んでいくうちに再び瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちる、少女はそれに気づくと慌てて涙を拭う。また転ぶわけにはいかないと必死に涙を拭う。泣いたら兄に飽きられると必死に涙を拭う。

 涙を──涙を──涙を──

 

 

「う、うぅ……うわああああああああん!!!!」

 

 

 涙を何度も拭っても、心はついに決壊した。少女は暗い森の中悲しい声で泣き叫ぶ。

 

 

──その日、少女は独りになった。

──その日、私は孤独になった。

 

 

 


 

 

 

「ふべぶ!!?」

 

 

 突然腹部に凄まじい衝撃を受け、私は夢から現実へと引き戻される。思い出すのも嫌な夢だったがこんな引き戻され方ノーセンキュー、朝から胃にあるものが全部逆流しそうな衝撃なんていらない。

 

 

「りゅ!りゅー!!」

 

 

 朝からグロッキーになる原因を作った元凶はそんな私の気分を知ってか知らずか、カーテンを口で引っ張って、日の光を浴びさせようとする。この子なりに起こそうとしているのはわかるがそれだけに最初の攻撃が惜しまれる。

 

 

 普通攻撃は最終手段、順序が違う順序が。というかこの起こされ方は何度目だろう。

 

 

 ジトーっと元凶を見つめると彼女は嬉しそうにはしゃいでおなかに乗る。能天気なこの子の様子に怒る気力が完全に失せた。相変わらず私はこの子に弱い。

 

 

「……おはよう」

「りゅー!」

 

 

 起き上がり、白銀の小さな“竜”を抱きしめた。私の行動に竜は嬉しそうに頬にすり寄る。

 

 

「でも、次はもう少し優しく起こしてほしいかも」

「りゅ?」

 

 

 竜は首を傾げ頭にクエスチョンマークを浮かべる。ああ駄目だ、絶対またやるなこの子。気を取り直してカーテンを引き、窓を開け朝の日差しを浴びる。

 

 

「さあ、今日も一日元気でいこう!“リュウ”!」

 

 

 そばにいるリュウに笑いかけると、リュウは光を放ち、その姿は竜からゴスロリの服を着て頭に青いバラのコサージュを付けた白髪の女の子へと変化する。

 

 

「うん!リュウは今日も一日元気でいくの!」

 

 

 リュウの元気な返事を聞くと、私は掛けておいた白いコートを羽織り、短く切りそろえた青髪を魔法で白髪へと変化させる。

 その後、鏡を見て最終チェック。うん全部見事なまでの白髪。これであの人を連想させるものは跡形もなくなった。

 

 

「リュウ。ギルドに行こう!」

「あいあいさー!」

 

 

──これが私、“シエル・フェンデス”の日常だった。

 



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妖精の尻尾

 フィオーレ王国東方『マグノリアの町』

 人口6万人古くから魔法も盛んな商業都市、その街の中にある魔導士ギルド『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)

 

 問題だらけで評議会にもよく怒られるハチャメチャなギルド、私たちはそんなギルドに所属している魔導士だ。

 

 

「シエルー!こっちに酒追加―!」

「はーい!」

 

 

 ……魔導士だ、決してウェイトレスなんかではない。

 いつも通りの騒がしい喧噪、その中で私は料理や酒をみんなに運びまわっていた。

 

 

 

 もう一度言う、決してウェイトレスなんかじゃない。

 

 

「モグモグバクバクゴクゴクゴッキュン!お姉ちゃん!ごはん!追加!もっと!!」

 

 

 私が酒場を手伝っている間、リュウはカウンターに座りひたすら料理を処理していく。体積をはるかに上回る量を食べ続けてはいるがリュウの様子は特に変わらない。それどころかもっとくれと強請るばかりだ。

 

 

「はい、おまちどう!」

「いっただっきまーす!……りゅ?りゅー!」

「あ、こらリュウ!お行儀が悪いよ!」

 

 

 料理を机に置くとリュウは再び勢いよく齧り付こうとするが、何かを察したリュウは料理を放り出して、酒場の出入口に駆け出す。

 

 

「ただいまー!!」

「おかーりーナツ!」

「うぉ!リュウか!」

 

 

 勢いよく酒場の扉を開けて帰ってきたナツに、勢いよくリュウはタックルして出迎えた。ナツは倒れずにリュウを受け止める。

 

 

「ただいまーリュウ!」

「ハッピーもお帰り!」

「ナツ!また派手にやらかしたな!ハルジオンの港の件新聞に載……」

「てめぇ!火竜の話、ウソじゃねぇか!!」

 

 

 ナツは帰って来て早々、デマをつかまされた相手らしい人物に蹴りかかる。余波で机やイスなどが壊れているが問題ない、いつものことだし。むしろよく今日は今まで壊れなかったと思う。

 それがきっかけかどうかは分からないが、小さな騒ぎはすぐに大きな騒ぎへと変化する。

 魔法を使わないだけマシなレベルだけど、そんなバカやってる奴らなんて気にせず……

 

 

「リュウ、怪我をするから下がってなさい」

「はーい!」

 

 

 リュウの安全をまず確保する。リュウはカウンターに戻り食事を始めた。

 よし、これでリュウの安全は確保した、バカどもは知らない。

 

 

「で、そこの人はもしかして新入りさん?」

 

 

 この騒ぎにオロオロしている金髪の女の人に話しかける。

 

 

「は、はい!……えっ子供!?」

 

 

 “救世主来たり!”そんな様子でこっちに振り向いた女の人だったけど、私の姿を見て叫ぶ。

 

 

「うん、ピッチピチの12歳!育ち盛りの子供だよ!ちょっと待ってね、ミラー!」

 

 

 ギルドの新入りならミラに任せよう。私にできることはないし。

 

 

「あら、どうしたのシエル」

「新入りさん、だからミラに任せた!」

「なるほど……ええ、任されたわ」

「……あ、あれ止めなくていいんですか」

 

 

 普通に会話する私たちに女の人は恐る恐るといったふうに騒ぎを指さしながら伺う。私たちは騒ぎを見てにっこりと笑う。

 

 

「いつものことだからぁ」

「気にしないほうがいいよ!」

「あらら……」

「それに……」

 

 

 言葉を続けようとしたミラにどこからか飛んできた空き瓶が頭にぶつかりミラがバタリと倒れる。慌てる女の人だがすぐにミラはむくりと起き上がり言葉を続けた。

 

 

「楽しいでしょ?」

 

 

 ミラは額から血を流しながら満面の笑みで言い切った。うん、楽しいのは同意したいけどミラの笑顔がとてつもなく怖いや私。

 ……そろそろ誰かしら魔法を使い始めるころ合いか。

 

 

「あんたらいい加減に……しなさいよ」

「アッタマきた!!」

「ぬおおおおおおっ!」

「困った奴らだ……」

「かかって来いっ!!」

 

 

 予想通り、みんな魔法を使いだす。

 

 

「魔法!?」

「あらあら~」

「あーほんっと抑えが聞かない人たちだよ、リュウ!!」

 

 

 そんな騒ぎもなんのそのと、料理を食べ続けている妹を呼ぶ。

 

 

「ん~?」

「“デザート”。残さず食べてね」

「りゅ!はーい!」

 

 

 私の言葉に頷き、リュウは大きく口を開けた。

 

 

「そこまでじゃ、やめんかバカタレ!!!」

 

 

 ギルドにいる皆を巨人が一喝した。その声にギルドは一気に静まりかえった。──否、静まりかえったギルドの中で一人だけ騒いでいた勇者がいた。

 

 

「だーっはっはっは!!みんなしてビビりやがって!!この勝負はオレの勝っべ!?」

 

 

 しかし勇者(ナツ)は巨人にあっけなく潰された。勇者ではなく愚者だったか。いや、“マスター”に止められたのに騒ぎ立てるのは愚者以外の何者でもないか。

 

 

「む、新入りかね?」

「は、はい……」

 

 

 巨人は足元にいた女の人に気がつき声をかけるが、女の人はあまりの大きさに涙目で答えた。巨人は力を籠めると一気に縮み、小さな老人へ姿を戻す。

 彼は『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)のマスター、マカロフ。私たちにとって親ともいえる存在だ。

 

 

「よろしくネ」

 

 

 女の人にそう挨拶すると、マスターは二階に飛び上がる、途中目測を見誤ったのか手すりに衝突したのは見なかったことにし、マスターの話を黙って聞く。

 

 

「ま~たやってくれたのう貴様等、見よ、この評議会から送られてきた文章の量を」

 

 

 マスターは書類を手に持ち読み上げる。

 

 

「グレイ!密輸組織を検挙したまではいいが……その後街を素っ裸でふらつき挙句の果てに干してある下着を盗んで逃走」

「いやだって裸じゃマズイだろ」

「まずは裸になるなよ」

 

 

 グレイにエルフマンが至極真っ当なツッコミをいれる。うん、なんで裸じゃマズイと分かっていて裸になるんだろう。

 

 

「人のことを言えるかエルフマン!貴様は要人護衛の任務中に要人に暴行」

「“男は学歴よ”なんて言うからつい……」

 

 

 それで本来護衛するべき人を暴行したら意味はないと思う。

 

 

「次にカナ!経費と偽って某酒場で飲むこと大樽15個しかも請求先が評議会」

「バレたか……」

 

 

 カナ、流石に請求先を評議会にしたらバレるよ。いくら私でもそんなことはしないというのに。

 

 

「そしてロキ!評議員レイジ老師の孫娘に手を出す、某タレント事務所からも損害賠償の請求もきておる」

 

 

 ロキ、いつか後ろから刺されると思う。

 

 

「シエル!リュウ!安心してるが貴様等もじゃ!!」

「え、私たちも?」

「お姉ちゃん、何かやったの?」

「いや、リュウもだからな」

 

 

 全く身に覚えのないことに私たちは首を傾げる。別に何かを壊した覚えは特にないんだけど……

 

 

「フリド遺跡の調査、遺跡に安置されていた魔法アイテムが二人の調査後“消失”」

 

 

 フリド遺跡──魔法アイテム──

 マスターの言葉に私に電流が走る、それは身に覚えがありすぎる。アレだ、気が付いたらリュウが手に持ってて、気が付いたらリュウの手元から消えてたアレだ。

 

 

「ああアレ!美味しかったよ!」

「やっぱりリュウが食べたのか!!」

「拾い食いはしちゃだめっていつも言ってるのに……」

「毎度思うがリュウのは拾い食いってレベルか?」

 

 

 リュウが言いつけを破って拾い食いをしたことに頭を抱える。

 

 

「そしてナツ……デボン一家壊滅するも民家7軒も壊滅、チューリィ村の歴史ある時計台倒壊、フリージアの教会全焼、ルピナス城一部損壊、ナズナ渓谷観測所崩壊により機能停止、ハルジオンの港半壊」

 

 

 おお、相変わらずナツはいつも通り壊しまくっているようで。もうここまでくるとマスターも疲れたのか淡々と言葉を続けていく、最終的に他のメンバーの名前も言われた。

 

 

「貴様等ァ……ワシは評議員に怒られてばっかじゃぞぉ……

 

 

 

だが、評議員などクソくらえじゃ」

 

 

 マスターは手に持った書類を燃やし投げ捨てる。ナツはすかさず燃えた書類を食べた。

 

 

「よいか、理を超える力は全て理の中より生まれる。魔法は奇跡の力なんかではない。我々の内にある気の流れと自然界に流れる気の波長があわさり始めて具現化されるのじゃ。それは精神力と集中力を使う……いや、己が魂全てをつぎ込むことが魔法なのじゃ」

 

 

 

 マスターはニヤリと笑い、手を掲げる。

 

 

「上から覗いてる目ン玉気にしてたら魔道は進めん、評議員の馬鹿共を怖れるな!自分の信じた道を進めぇい!!!それが『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の魔導士じゃ!!!」

 

「「「「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」」」」

 

 

 ギルドに皆の雄叫びが響く。

 そう、これが問題だらけで物もよく壊し、評議会にもよく怒られるハチャメチャなギルド『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)。私たちが所属するギルドだ。

 

 

 


 

 

 

「がぼぼぼぼぼぼぼ!」

 

 

 “ファイアパスタ”、“ファイアチキン”、“ファイアドリンク”、“火”と称してもおかしくない料理を見事な食べっぷりで食べているのは先ほど帰ってきた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)ナツ。

 【滅竜魔法】自らの体を竜の体質へと変化させる竜迎撃用の太古の魔法(エンシェントスペル)。それを扱える滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は自分の属性の物質を食べることで体力の回復や強化ができる。ちなみにナツの属性は“火”、だから火を食べることができるというわけ。

 まあ、それ以上に“悪食”な子がこのギルドに一人いるんだけど。

 

 

「もっと残骸持ってこーい!」

 

 

 リュウは先ほどの騒ぎで“壊れたイスの脚”を噛み砕きながら残骸を要求する。その姿は残飯処理ならず残骸処理と言ってもいい。

 うん、ギルド一の悪食は私の妹です。火、氷、木、鉄、etc……ずいぶん前に毒すら食べてなんともなかったのは驚いた。好物は魔力が込められたもの、だから魔法でも魔水晶(ラクリマ)でも関係なしに食べる、例えそれが歴史的重要文化財でも食べる。

 

 

「ナツに負けてたまるかー!」

 

 

 そんなリュウはナツの隣に座りひたすら残骸を処理していった。

 片や滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)片や(ドラゴン)、立場的には天敵な筈なのに、なぜかリュウはナツと仲がいい。リュウの正体を知らないナツはともかく、リュウはナツが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だと分かっててナツを慕っているしさっき料理をほったらかして出迎えたことからしてそれがうかがえる。

 まあ、ナツの経歴を考えると例え正体がバレたとしても悪いようにはならないと思うけど……リュウが竜だと知っているのはマスターのマカロフ含め一部の人間だけ。それ以外は皆、リュウの“正体”を知らない。

 

 

「ナツが火竜(サラマンダー)って呼ばれていたのか!?他の町では」

「確かにおめーの魔法はそんな言葉がぴったりだな」

「ナツが火竜(サラマンダー)ならオイラはネコマンダーでいいかなぁ」

「じゃあリュウはリュウマンダー!!これからリュウはリュウマンダー!!」

「いや、リュウは別にマンダ―いらないよ?」

 

 

 パッピーに張り合ってリュウは自分がリュウマンダーだと言ったけど、竜にそれはないと思う。

 

 

 

「ナツ―!見て!『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)のマーク入れてもらっちゃった!」

「良かったなルイージ」

「ルーシィよ!!」

 

 

 先ほどおたおたしていた女の人──ルイージ……ではなくルーシィが右手の甲のマークを見せに来た。それを見たリュウが嬉しそうに右手の甲のマーク見せびらかした。

 

 

「お揃い!リュウは黒だけど」

「ええ、えーとあなたたちは……」

「そういえば自己紹介がまだだった」

 

 

 ポンと手をたたく、私としたことが自己紹介を忘れるなんて。

 

 

「私はシエル、シエル・フェンデス。それでこの子が──」

「お姉ちゃんの妹のリュウ!今後ともどーぞおねがいします!」

 

 

 自分の自己紹介をして、リュウの紹介をしようとしたらそれを遮ってリュウは自分から自己紹介をした。リュウは自己紹介を終えるとペコリと頭を下げる。

 

 

「ど、どうもご丁寧にありがとうございます」

「ねえねえ!リュウ、ちゃんと自己紹介できた!偉い?」

 

 

 リュウはくるりと私に振り返り自分で自己紹介ができたと自慢してきて、自分が偉いかどうか聞いてきた。リュウはニコニコと笑い、褒めてもらえると思って体を揺らす、私はそんな姿が──

 

 

「もー!!リュウは可愛すぎる!!!」

「りゅ!?」

 

 

 あまりにも可愛すぎてガバッとリュウを抱きしめた。

 もう体裁なんか気にせずリュウを抱きしめる。というかこのギルドではそんなもの無いに等しいし。

 え、シスコン?ハッ!!!シスコンの何が悪い!!!!私の正義はリュウだ!!

 

 

「宣言しよう!!!リュウは天使だと!!」

「リュウはリュウだよー!!」

「シエルちゃん!?」

「ルーシィ。シエルはリュウが絡むといつもこうだよ、ほっといても大丈夫」

 

 

 急に豹変したシエルにルーシィは驚く、どうしたものかと周りを見るといつもの事かとギルドの仲間は我関せず、ハッピーにほっといても大丈夫と言われ、とりあえずルーシィは見なかったことにした。

 

 

「ナツ、どこに行くんだ」

「仕事だよ、金ねーし」

 

 

 ナツもいつものことで慣れているのか隣の騒ぎを気にせず依頼版(リクエストボード)に向かい、報酬が良い依頼を依頼版(リクエストボード)から剥がす。

 

 

「父ちゃんまだ帰ってこないの?」

「くどいぞロメオ、貴様も魔導士の息子なら親父を信じておとなしく家で待っておれ」

 

 

 ナツが声のするほうを見ると一人の少年がマスターと話していた。

 

 

「だって三日で戻るって言ったのに……もう一週間も帰ってこないんだよ……」

「マカオの奴は確かハコベ山の仕事じゃったな」

「そんなに遠くないじゃないか!探しに行っておくれよ!心配なんだ!!!」

「冗談じゃない!貴様の親父は魔導士じゃろ!自分のケツもふけねぇ魔導士なんぞこのギルドにはおらんのじゃあ!!」

 

 

 ロメオはマカロフにそう強く怒鳴られるそれに対しロメオは体を震わせ──

 

 

「バカーー!!!」

「おふ」

 

 

 マカロフに将来有望性のある拳を繰り出し、泣きながらギルドを出て行った

 

 

「厳しいのね」

「ああは言っても本当はマスターも心配してるのよ」

 

 

 ズドンと何かが壊れる音がした。周りの人間が音のなったほうを見るとナツは持っていた依頼を依頼版(リクエストボード)にめり込ませる形で戻していた。

 

 

「おいナツ!依頼版(リクエストボード)壊すなよ!!」

 

 

 いつもは騒がしいナツは何も言葉を発さずギルドを出ていく

 

 

「マスター、ナツの奴ちょっとやべぇんじゃねえの?」

「アイツ……マカオを助けに行く気だぜ」

「これだからガキはよぉ」

「んな事したってマカオの自尊心が傷つくだけなのに」

 

 

 ナツが出て行き、少しの静寂の後ギルドの皆は口々にマカオの話をする。彼らはただマカオを見捨てているわけではない。彼らにはギルドの魔導士としてのプライドがあるからこそ、マカオのためにも手を出すことはしない。そんな空気の中、シエルは立ち上がる。

 

 

「………………」

 

 

──必ず迎えに行く

──三日で戻るって言ったのに

 

 

「お姉ちゃん?」

「リュウ、おなか一杯かき氷食べたくない?」

 

 

 心配そうに私を見つめるリュウに一つ問いかけをする。答えは分かりきってるけどそれでも一応。

 

 

「りゅ!かき氷!?食べたーい!」

「よーし分かった、それじゃ今から行こう」

「あいあいさー!」

 

 

 リュウを連れて私たちはギルドから出て行った。

 

 

 


 

 

 

 シエルとリュウが出ていきギルドに再び静寂が訪れる。今まで妹に夢中だったシエルが唐突に立ち上がり、理由付けてギルドを出て行った。ナツ同様、二人もマカオを助けに行ったのは一目瞭然で、ナツはともかくシエルとリュウは連れ戻したほうがいいのではないかと何人かが口にする。

 しかし──

 

 

「進むべき道は誰が決めることでもねえ、放っておけ」

 

 

 ギルドマスター、マカロフの一言により皆、口をつむぐ。

 

 

「ど、どうしちゃったの……あの二人は」

「ナツもシエルもロメオくんと同じだからね、自分とだぶっちゃったのかな」

 

 

 明らかにおかしかった二人の様子にルーシィが疑問を抱いていると、ミラは皿を拭きながら意味深なことを口にする。

 

 

「ナツのお父さんも出て行ったきりまだ帰ってこないのよ。お父さんって言っても育ての親なんだけどね、しかもドラゴン」

 

 

 ミラから発せられてた衝撃の言葉にルーシィはイスから崩れ落ちた。

 

 

「ドラゴン!?ナツってドラゴンに育てられたの!?そんなの信じられるわけ……」

「ね。小さい時ドラゴンに森で拾われて言葉や、文化や、魔法なんかを教えてもらったんだって。でもある日ナツの前からそのドラゴンは姿を消した」

「そっか……それがイグニール」

 

 

 ルーシイはハルジオンの出来事を思い出す、ナツはイグニールを探して火竜(サラマンダー)がいると情報があったハルジオンまで来たのだ。

 

 

「ナツはねいつかイグニールと会える日を楽しみにしているの、そーゆーところがかわいいのよねえ」

「アハハ……そ、そうだシエルちゃんは?」

「シエルも同じ。昔……まだリュウが生まれる前の事、森で怪物に襲われたらしいの。シエルのお兄さんはシエルを助けるために一人囮になってシエルを逃がして、結局……お兄さんは帰ってこなかった」

「そんなことが……」

「私たちは……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちは……皆、皆何かを抱えている。傷や、痛みや、苦しみや……私も」

「え?」

「ううん、何でもない」

 

 

 


 

 

 

「リュウ、マカオの魔力は覚えてる?」

「りゅ!覚えてるよ!ハコベ山のナビゲートは任せて、マカオ助ける!」

「違うよリュウ」

「りゅ?」

 

 

 マカオを助けようと意気込むリュウにそれは間違っていることを告げる。

 

 

「私たちはかき氷を食べる、つ・い・で・に!約束破ったマカオを一発ぶっ飛ばしに行くだけ!」

 

 

 私は力強く語って拳を握る。物騒だって?何とでもいえばいい。私は、約束を破られるのだけは許せない。

 どんな事情があろうとも、絶対一発ぶっ飛ばす。

 

 

 私たちはナツたちと共にハコベ山へ向かった。

 

 

 

 

 



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ハコベ山

「でね!あたし今度ミラさんの家に遊びに行くことになったの!」

「下着とか盗んじゃだめだよ」

「盗むかー!」

「家具とか食べちゃダメだよ!」

「食べるかー!」

 

 

 ハコベ山に向かう馬車の中、ルーシィがミラの家に遊びに行くことになったと聞いたハッピーとリュウはとんちんかんな注意をする。

 特にリュウ、家具とか食べるのはリュウくらいだよ。

 

 

「「てかなんでルーシィがいるんだ?」」

 

 

 ナツとハッピーは口を揃えて疑問を言った。

 ハッピーはともかくナツは馬車に揺られて乗り物酔いでダウン中だというのにまだしゃべれる気力があるようだ。

 

 

「何よ、なんか文句あるの?」

「そりゃもう色々と……」

「あい」

「だって折角だから『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の役に立つことしたいなぁって!」

「(株を上げたいんだ!絶対そうだ!!)」

 

 

 ハッピーはルーシィの様子からルーシィが株を上げるために着いてきたと予想したがそれを口に出さなかった。

 

 

「それにしてもあんた本当に乗り物駄目なのね」

「うん、ナツは本当に乗り物が駄目なんだ」

 

 

 馬車だろうが列車だろうが船だろうが“乗り物”に乗ればナツはすぐさま乗り物酔いになる。例外は“乗り物”でなく“仲間”のハッピーくらいなものだ。正直揺れはハッピーのほうが酷いと思うんだけど。

 

 

「マカオさん探すの終わったら住むところ見つけないとなぁ」

「オイラとナツん家住んでもいいよ」

「本気で言ってたらヒゲ抜くわよ猫ちゃん」

 

 

 中々にテンポのいいコントのようなものに私は若干感心する。

 

 

「リュウたちみたいに女子寮に住むのもありだよ、月10万Jだけど!あと寮母さん怖い!」

「それはリュウが何でもかんでも食べるからだと思う」

 

 

 リュウが何でもかんでも食べなければ怖くないよアイナさん。

 

 

「寮母さんはともかく……10万Jはちょっと高いかな……」

「まあ帰ったらミラに相談したほうが早いよ」

「うん、そうする。ありがとうシエルちゃん」

「シエルでいいよ私たちだって呼び捨てにしてるし。ね、リュウ」

「うん!呼び捨てでモーマンタイ!」

「うん!ありがとうシエル、リュウ!」

 

 

 ルーシィと話していると馬車が突然止まる。ナツは止まった瞬間にがばっと起き上がる。

 

 

「止まった!」

「着いたの?」

「す、すんませんこれ以上は馬車じゃ進めませんわ」

 

 

──馬車の外は、一面の銀世界だった。

 

 


 

 

──猛吹雪の中私たちは歩く。

 

 

「ささ寒い!!いくら山の方とはいえ今は夏季でしょ!?こんな吹雪おかしいわよ!!?」

「そんな薄着してっからだよ」

「あんたも似たようなものじゃない!!シエルとリュウは寒くないの?」

「私はコート着てるし」

「リュウの衣は暖かいの!!」

 

 

 私のコートは魔法の力を込めた特注品、リュウの衣はリュウ自身の魔力で作られている特別なもの。このくらいの寒さはどうってこともない、耐火性も優れているしね。

 

 

「その毛布貸して」

「ぬお」

 

 

 ルーシィはナツの持ち物から毛布を抜き取り羽織ると鍵を取り出す。

 

 

「ひ、ひひ……開け時計座の扉【ホホロギウム】」

「星霊!ルーシィは星霊魔導士なんだ!」

「セーレーだ!」

 

 

 どこからともなく古時計の姿をした星霊が現れる。そして、ルーシィは呼び出した星霊の中に入った。

 

 

「え」

「『私、ここにいる』と申しております」

「何しに来たんだよ」

 

 

 あまりに早いルーシィのリタイア宣言のようなものにナツは至極真っ当なツッコミをいれる。

 

 

「『何しに来たと言えばマカオさんはこんな場所に何の仕事をしに来たのよ』と申しております」

「知らねぇでついてきたのか?凶悪モンスター“バルカン”の討伐だ」

 

 

 その言葉にルーシィは強張る。

 

 

「『あたし帰りたい』と申しております」

「はいどうぞと申しております」

「あい」

「凍死だけはしないでね」

「りゅー」

 

 

 ルーシィには悪いけど、こんな所で足を止めていられないので、私たちはすたすたと歩く。

 

 

「マカオー!いるかー!!」

「返事しないとぶっ飛ばすよー!返事しても見つけたらぶっ飛ばすけど!!」

 

 

 私たちは何度もマカオに呼びかけながら雪山を歩く。こうも吹雪かれると視界も悪いし動きづらい。どうにか遭難者になる前に見つけたいところだけど……

 その時、私たちは吹雪の音に紛れながらも頭上からかすかに聞こえる音に気が付く。

 

 

「「!!」」

 

 

 リュウを抱えて飛び上がる。ナツも私と同時にその場から飛びのいた。わずかな差で私たちのいた場所に巨大な何かが落下する。私たちは何かが落下した場所に目を向けるとそこにいたのは。

 

 

「バルカン!」

 

 

 猿のような、ゴリラのようなモンスターにすぐさま攻撃態勢にはいる私たち。

 しかし、バルカンは目の前の私たちに目もくれず後方のホロロギウムへと向かう。

 

 

「え!?」

「人間の女だ!うほほーー!」

 

 

 正確にはホロロギウムの中にいるルーシィに一目散に向かい、ホロロギウムを担いですたこらさっさと逃げて行った。な、なんという逃げ足の速さ……というより。

 

 

「あれ、私も女……」

 

 

 なんで目の前の私やリュウを無視して後ろにいるルーシィを狙ったんだろう。いや、別に良かったけど。リュウに手を出したら八つ裂きにしていた自信があるけど。

 

 

「子供には興味はないんだよ、きっと!」

「む、どうせ私は子供ですよーだ」

 

 

 子供というのは認める、実際に子供だし。けど、子供をなめてもらっちゃ困るね。

 

 

「てかバルカンって喋れんのか」

「喋ったんだから喋れるんじゃないの、それよりナツどこに行ったか分かるよね?」

「たりめぇだ!滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の鼻をなめるなよ!こっちだ!」

「ねえねえ二人とも、あのバルカンの魔力「リュウ、置いてくよ!」

「りゅ!?待ってよー!」

 

 

 私たちはナツを先頭にバルカンを追った。

 しばらく走っていると洞窟のようなものにたどり着く。先頭にいたナツはただひたすら走り出す。

 

 

「うおおおおお!!やっと追いついたー!マカオはどこだー!!あが!ぐお!ブベ!?」

 

 

 ブレーキなんか知った事じゃないとスピードを出して走っていた為かナツは洞窟の氷に足を滑らせ、見事な回転を私たちに見せて壁に激突した。

 

 

「普通に登場とかできないのかしら……」

「ルーシィ、ナツにそれは無理!!」

「でしょうね……」

 

 

 普通に登場なんて『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)には……特にナツにはできっこない!

 

 

「おいサル!!マカオはどこだ!!」

「ウホ?」

「ねえねえ皆!だからマカオは……」

「マカオをどこに隠した!」

「隠したって決めつけてる!?」

「というよりそんな簡単に教えてくれるわけ……」

 

 

 マカオの依頼がバルカンの討伐だったからには、マカオの行方はバルカンが握っている。そう直感したナツはバルカンを問い詰める。

 バルカンはナツの言葉に少し考えると手招きをし、穴を指さす。

 

 

「通じた!」

「そんな簡単に教えた!?」

 

 

 な、ナツの野生のオーラがバルカンに通じたのかな……ま、まさかこんな簡単にバルカンがマカオの居場所を教えてくれるなんて……

 私は予想もしなかったことに茫然とする。その為、次の行動が遅れてしまった。

 

 

「どこだマカオ!」

 

 

 ナツは穴をのぞき込む。その背中をバルカンが押し、ナツを突き落とした。

 

 

「あああああああああ!?」

「ナツー!?」

「だ、騙したの!」

「男いらん、オデ……女好き」

「死んでないわよね!!あいつ、あー見えてすごい魔導士だもんねきっと……」

「……大丈夫、ナツはきっと殺しても死なない」

 

 

 保証はしないけど、ルーシィを安心させるためそう告げた。こんなとこで死んでたらとっくの昔に死んでる。ナツが今までしてきたことはこんなことの比じゃないし。落ちた人のことを気にしてても仕方がない、そんなことより今は目の前の敵をどうにかしよう。

 

 

「女~!女~!子供はいらん!」

「そう、奇遇だね。私もマカオを探すのにエロゴリラはいらないよ」

 

 

 そう、まずはこの失礼なエロゴリラをどうにかすることを考えよう。

 私は手を宙へ差し出し、槍を呼び出す。翡翠の宝玉がはめられた槍を手に取ると、私の髪とコートが風で舞い上がった。

 

 

「【疾風のごとく】」

「何もないところから槍が!?」

 

 

 シエルの手に突然現れた槍にルーシィは驚く。ルーシィの横でリュウはひょっこりと顔をだし解説する。

 

 

「【換装】っていうんだ!別空間にストックされている武器を呼びだすの!今の槍だけじゃなくて、違う槍に持ち替えたりすることもできるんだよ!それがお姉ちゃんの【槍士】(ザ・ランサー)!!」

「ご丁寧に説明ありがとうリュウ。とにかくエロゴリラ、ひたすらぶっ飛ばして洗いざらいはいてもらう!」

「ウホ!?」

 

 

 シエルは目にも止まらぬ速さでバルカンの懐に潜りこみ、バルカンを槍で弾き飛ばす。

 

 

「速い……」

「お姉ちゃんの槍にはね、様々な“属性”が付いてるの。その“属性”によって様々な効果が得られるんだ。今の【疾風のごとく】の属性は【風】!あの槍を手にしたお姉ちゃんは風を操り、風のように速く、風のように空を舞う!」

 

 

 ルーシィの目には風を身にまとい、自分の身の丈以上の大きなバルカンを時に後ろに回り込み、時に空を飛び小さな体で翻弄しているシエルの姿があった。バルカンは中々捕まらないシエルにしびれを切らしたのか地面を何度も叩く。

 

 

「ウホ!ウホホ!」

「きゃ!」

「りゅ!?」

「地ならし?空を飛んでる私には意味が……!」

 

 

 バルカンの意図に気付き、上を見上げる。地ならしの衝撃で洞窟にできた氷柱が落ちてきた。

 

 

「ちぃ!!」

 

 

 これくらいなら槍と風で弾けるけど、ルーシィ達の氷柱まではカバーできない。

 というか私はともかく目的?だったルーシィまで巻き込む攻撃をするとは思わなかった。だからリュウをルーシィのそばに置いてったのに、喋ったりナツを騙したから知能高いと思ったけどなんだかんだバカだったのかバルカン。

 

 

「リュウ!」

「りゅ!りょーかい!」

 

 

 大声でリュウの名前を呼ぶ。

 私の考えを読み取ったリュウはルーシィの前に立ち、頭上を見上げ大きく口を開ける。そして空気ごと落ちてきた氷柱を吸い込んで食べた。

 

 

「バリバリ……ごっくん!ご馳走様でした!」

「全部、食べちゃった……もしかしてリュウも滅竜魔(ドラゴンスレ)「違うよ」……え」

 

 

 ルーシィはギルドで様々なものを食べた姿、そして今全ての氷柱を食べきった姿からリュウを滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)と認識した。しかしリュウは遮って否定する。

 

 

「リュウは、“滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)”じゃない。リュウは、“リュウ”だよ」

 

 

 ニコリとリュウはルーシィに向けて笑顔を見せる。

 

 

「ウホ!邪魔するな!」

「りゅ、人の用事の邪魔してるのそっちだもん!そっちがその気ならこっちだって考えがっう!?」

 

 

 バルカンに向け、大きく口を開けて何かを吐き出そうとしたリュウだが突然頭を抱えて蹲る。

 

 

「「リュウ!?」」

「あ、頭……頭キーンてした……」

「そりゃあんだけ氷食べればそうなるわよね……」

「よく噛んで食べないからだよ!!」

「それは関係ないと思う」

 

 

 蹲るリュウを心配するシエル達だが、原因が分かり少し呆れた様子を見せる。

 

 

「ウホホー!」

「ってそんな場合じゃなかったー!開け!金牛宮の扉……【タウロス】!」

「MOーー!!」

 

 

 ルーシィは迫るバルカンに金の鍵を向け、星霊界の扉を開ける。

 現れたのは巨大な斧を持った牛人間だった。

 

 

「牛!?」

「何その牛人間!?」

「牛肉!」

「あたしが契約している星霊の中で一番パワーのあるタウロスよ!エロザル!コイツが相手になるわ!!後、食べちゃダメだからね!!」

 

 

 ルーシィは前半をバルカンに後半をリュウに向けて言う。正直いくらリュウでもそんなことをしないとは思いたいが念のため釘を刺すことにした。というかタウロスを見た第一声が明らかに不穏な言葉だった。

 

 

「ルーシィさん相変わらずいい乳していますなぁMOーステキです!」

「そうだ……コイツもエロかった……」

 

 

 バルカンと似たような性質のタウロスにガックシと肩を落とす。

 

 

「ウホッ!オデの女とるなっ!」

「オレの女?それはMO聞き捨てなりませんなぁ」

「そうよ!タウロス!!あいつをやっちゃって!!」

「“オレの女”ではなく、“オレの乳”と言ってもらいたい」

「もらいたくないわよ!!」

 

 

 登場時の第一声でアレだなと思っていたが思っていた以上にアレだった。ちょっと星霊性を疑うんだけど。私の中でタウロスが苦手な部類に入った瞬間だった。

 

 

「タウロス!」

「MO準備OK!!!」

 

 

 ルーシィの指示でバルカンに突進するタウロスとそれを迎え撃つバルカン。しかしその時、穴から這い上がる者がいた。

 

 

「よ~く~も~落としてくれたなぁ……」

「ナツ!!よかった!」

 

 

 這い上がってきたものはナツの姿にルーシィは無事を喜ぶ。

 

 

「なんか怪物増えてるじゃねーか!!」

「きゃあああああああ!?」

 

 

 タウロスは這い上がったナツに殴り飛ばされた。何という出落ち。

 

 

「ダメっぽいですな……」

「なんでよりにもよって新しく増えたほうを攻撃した……」

 

 

 ナツに一発KOされ意識を失うタウロス。そこは最初から敵だと分かってるバルカンを攻撃しなよ……

 

 

「人がせっかく心配してあげたのに何すんのよー!てゆーかどうやって助かったの!?」

「ハッピーのおかげさ、ありがとな」

「どーいたしまして」

「そっか……ハッピー羽があったわね、そーいえば」

「あい、能力系魔法の一つ【翼】(エーラ)です」

 

 

 私たちの頭上には羽を生やし飛ぶハッピーの姿があった。それもあってさっきは大丈夫と言ったつもりだったけどルーシィはそこをすっかり忘れていたようだった。

 

 

「あんた、乗り物ダメなのにハッピー平気なのね」

「ハッピーは乗り物じゃねえよ“仲間”だろ。ひくわー」

「そ……そうね、ごめんなさい」

 

 

 なんか腑に落ちない気持ちを抱えながらルーシイは謝る。

 ナツ、ルーシィはそういう意味で言ったんじゃない。ハッピーのほうが揺れが酷いと思うのになんで大丈夫なのか聞きたかったんだよ。まあ、その問いは“仲間だから”なんだけども。

 

 

「いいか、『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)のメンバーは全員仲間だ」

 

 

 この状況で説教を始めるナツ。

 しかしバルカンはこっちの事情もお構いなしと突進してきた。まあその行動は間違ってないんだけど。

 

 

「そう簡単には行かせないよ」

 

 

 ナツたちとバルカンの間に入って槍を構える。

 

 

「ウホッ邪魔!!」

「邪魔してるんだよ!」

 

 

 バルカンの右の拳を風で弾く、私個人のお気に入りは【疾風のごとく】……でもせっかくナツが這い上がってきたんだ、ちょっとばかりかっこつけてみようかな。

 

 

「じっちゃんもミラも……うぜえ奴だがグレイやエルフマンも……」

「分かったわよ、分かったから!シエルのほうを!!」

「ハッピーもシエルもリュウもルーシィも仲間だ」

「りゅ!仲間です!」

 

 

 ナツの言葉に私とリュウに笑みがこぼれる。

 

 

「……だから、マカオは必ず連れて帰る!!」

 

 

 ナツは私が相手をしていたバルカンを殴り飛ばした。バルカンが離れたことにより、これ幸いと私は【換装】で槍を持ち替える。

 

 

「【紅蓮の炎】!」

 

 

 紅玉の宝石がはめられた槍、【紅蓮の炎】この槍は火の属性を持ち、強靭な肉体と力を私に与えてくれる。これはナツと最も相性がいい槍、まあ……ナツと一緒に戦う時は“肉体”の部分があまり関係なくなるんだけど、私がただの補給係と化すからね。

 

 

「お!うめえ奴だ!」

「というわけであげるよナツ!」

 

 

 魔力を籠め、炎の斬撃をナツに向けて何度も放つ。

 

 

「おう!むしゃむしゃ!ごっくん!よっしゃー食ったら力が湧いてきた!!」

 

 

 ナツはその炎を食べて体力を回復そして強化した。うん、リュウほどじゃないにしてもナツだって中々の悪食だ。

 

 

「【火竜の鉄拳】!!」

「【真紅の炎華】!!」

 

 

 私は炎の斬撃を、ナツは炎の拳をバルカンに向けて放つ。私たちの攻撃をまともに食らったバルカンは吹き飛び、ナツが落ちた穴に挟まった。

 

 

「この猿にマカオさんの居場所を聞くんじゃなかったの?」

「あ!?そうだった!!」

「完全に気絶しちゃってるわよ」

「おーけー殴って起こそう」

「行動が物騒よシエル」

 

 

 気絶したというなら話は簡単。起きるまで殴り続ければいいだけだよ。

 

 

「りゅ!」

「リュウ?」

 

 

 腕をぐるぐると回し、殴る準備をしてたら私の横をすり抜けてリュウがバルカンに走り出す。

 

 

「マカオ!」

「え!?」

「何!どこだマカオ!」

「え゙」

 

 

 ようやく私は気づいた。今のリュウの言葉と行動、ここに来る前に何度もリュウは私たちに何かを伝えようとした。

それから察するにまさか……

 私の予想を裏付けるようにバルカンが光を放ちその姿を変える。

 

 

「何だ何だ!?」

 

 

 光が収まり、バルカンが消えるとマカオが代わりにそこにいた。

 

 

「サルがマカオになったー!?」

「バルカンに【接収】(テイクオーバー)されてたんだ!」

【接収】(テイクオーバー)!?」

「体を乗っ取る魔法!『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)にも何人かその使い手がいるんだけど……」

 

 

 バルカンが喋ったのはマカオを【接収】(テイクオーバー)していたからだったのか。そんなことを考えていたらマカオがバルカンから元のサイズに戻ったことによりバルカン時には丁度挟まった穴から落ちそうになる。

 

 

「あーー!?」

「りゅ!」

 

 

 一番早く動いたリュウはマカオの左足を掴むが重さに負け一緒に落ちてしまう。それを追ったナツはマカオの右足を掴み、私は【疾風のごとく】に持ち替えリュウを抱える。ナツの足をハッピーが掴み、私とハッピーの力で皆を引き上げようとした。

 

 

「重い……」

「これじゃ無理だよ!羽も消えそう!」

 

 

 しかし思っていた以上に重く、私とハッピーの力じゃ全員を抱えて飛ぶことは不可能だった。

 

 

「ん!」

「ルーシィ!」

 

 

 力尽き落下しそうになる私たちをルーシイが掴む。しかし女性の力では引き上げることは不可能でルーシィも一緒に落ちそうになる。

 そんな私たちを救ったのが──

 

 

「MO大丈夫ですぞ」

 

 

 気絶から復活したタウロスだった。

 

 

「タウロス!」

「牛ーー!いい奴だったのか!」

「うん。正直、ナツは後でタウロスに謝ったほうがいいと思う」

 

 

 そんなことをこの状況下でふと思ってしまった。

 

 

 


 

 

 

 タウロスに引き上げてもらい、私たちはマカオの手当てを始める。【接収】(テイクオーバー)の前に激しく戦ったのかどこもかしこも酷い傷で特に脇腹の傷が深かった。

 

 

「持っていた応急セットじゃどうにもならないわ……」

「……………」

 

 

 ナツは手に炎を宿し脇腹の傷に押し当てる。

 

 

「ぐあああああああ!?」

「ちょ!何してんのよ!」

「今はこれしかしてやられねえ!我慢しろよマカオ!!」

 

 

 ナツは傷口を焼き止血をする。確かに、今の状況はこれしか手がない、これ以上血を流すことはないけど。

それでもこの荒療治にマカオの体力が持つかどうか……こうなったら!

 

 

「リュウ!」

「りゅ!あいあいさー!」

「何を……」

 

 

 リュウは私がしてもらおうとしたことが分かったのかマカオの手を取り、自分の魔力をマカオに分け与える。

 

 

「……リュウは食べたものを魔力に変換し、溜め込んだ魔力を他者に分け与えることができる」

 

 

 リュウの能力は何でも食べて魔力にする【吸収】と魔力を吐き出す【放出】、ある事情で食べてできた巨大な魔力はその日のうちにすぐになくなってしまうが。リュウは食べるものさえあれば魔力を生産することができる。

 

 

「魔導士にとって魔力は生命の源に等しい。それでマカオの体力を少しでも回復させる!」

「死ぬんじゃねぇぞ!!ロメオが待ってるんだ!」

「ふがっ!?……ぐっ……情けねぇ…19匹は…倒したんだ」

 

 

 止血の痛みからか、マカオが意識を取り戻し、途切れ途切れに何があったのかを伝える。

 

 

「20匹目に【接収】(テイクオーバー)…され……これじゃ、ロメオに合わす顔が……ねぇ」

 

 

 そう言ったマカオの目から、痛みからではない涙が流れていた。

 

 

「リュウはそうは思わない」

 

 

 マカオの手を握りしめていたリュウがマカオの言葉を否定する。

 

 

「ロメオから聞いた。ロメオは周りの子にマカオをバカにされて、悔しくてマカオにお願いをしたって。子供のために頑張ったお父さんを、リュウは情けないとは思わない」

 

 

 リュウはまっすぐマカオの目を見て言った、それは嘘偽りのない本心で心の底からリュウが思ったことだった。

 

 

「リュウ……」

「リュウの言う通り、ここで一番情けないのは、帰ってくるって約束したのに約束破って帰ってこないこと!そんな情けない行動を取ったら地獄まで追いかけてでもぶっ飛ばすよ!」

「へっ……そりゃこえぇな……」

 

 

 


 

 

「心配かけたなすまねぇ……」

「いいんだオレは魔導士の息子なんだから……」

「今度クソガキ共に絡まれたら言ってやれ、テメェの親父は怪物19匹倒せんのか!!ってよ」

 

 

 ロメオは帰ってきたマカオに抱き着く、それを見た私たちはこっそりとその場を離れる。

 

 

「ナツ兄――!ハッピーー!シエル姉――!リュウー!ありがとうーー!それとルーシィ姉もありがとうーー!!!」

 

 

 何も言わずに立ち去る私たちに気づいたロメオはお礼を叫ぶ。ナツとハッピーは気の抜けた返事を返す。私とリュウは何も言わず黙って手を振る。ルーシィは照れくさそうに手を振った。

 “マカオがロメオの約束を守った”ことにより、これにてこの件は一件落着したのだった。




主人公紹介
名前
シエル・フェンデス
年齢
12歳
魔法
【槍士】(ザ・ランサー)
様々な属性の魔法槍を換装して戦う。
現在判明している魔法槍
【疾風のごとく】
風属性 付与される効果は【速さ】 風を纏って空を飛ぶことも可能。
【紅蓮の炎】
火属性 付与される効果は【肉体強化】 NOUKIN一歩手前。
好きなもの
リュウ、ギルドの皆
嫌いなもの
約束を破る奴
備考
本名はシエルアーク・???。
シエル自身はその名前を嫌っていて妖精の尻尾(フェアリーテイル)ではリュウと例外の一人を除いて知る者はいない。
ギルドに入ったのは4年前。
1話で髪を魔法で染め上げているが本来の髪色は青色。
左手に白い妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマーク。

名前
リュウ
年齢
7歳
魔法
【吸収】
無機物、有機物、魔力のあるなしにかかわらず食べて、魔力に変換する
【放出】
溜めた魔力を吐き出す。他者に分け与えることもできるが本来は攻撃の手段。
属性を変換して吐き出すことも可能。
【変化】
いつもこれで竜の姿を人の姿に変えている。
魔力が消費される理由その1。
【竜の衣】(ドラゴンローブ)
リュウの魔力で作られた衣。生半可な魔法じゃ破くことも裂くこともできない。
寒さにも熱さにも強くリュウがいつも着ている服はこれ。
魔力が消費される理由その2。
好きなもの
食べられるもの、お姉ちゃん、妖精の尻尾(フェアリーテイル)
嫌いなもの
食べられないもの、お姉ちゃんを泣かす人
備考
口癖は竜状態の鳴き声でもある“りゅ”、驚いた時や考える時、返事を返す時に活用する。
8年前にシエルに卵を拾われその1年後の7月7日に孵った。
リュウ本来の姿は白銀のまだ小さい竜。
ギルドに入ったのは4年前だが依頼を受けるようになったのは2年前。
右手に黒い妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマーク。


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エルザ

「も~~本当にひどかったんだから!!」

「大変だったね~」

 

 

 リュウから分けられたショートケーキを口にしながらルーシィは叫ぶ。(ちなみにリュウの目の前にはまだホールで3個分残っている)

 私とリュウはケーキを食べながら、ルーシィがナツに巻き込まれて受けた依頼の愚痴を聞いていた。

 

 

「しかもそこではブスって言われるしー!!」

「りゅ!?女の子にそれはひどい!!ルーシィ今度言われたらリュウに言ってね!そんな奴頭から丸かじりして食べるんだから!!」

「食べるの!?」

「リュウ、おなか壊すから止めなさい」

「止める理由がおかしい!!」

 

 

 ルーシィから見れば明らかにおかしい会話にルーシィはつっこむ。しかし、私たちからしてみれば全くおかしくない。だってリュウはなんでも食べる雑食の竜だもん。

 

 

「そういえばシエル達はいつもなんの依頼を受けてるの?」

「んー?盗賊退治や遺跡の調査とか薬草の採取とか結構広く依頼を受けてるかな……」

 

 

 ルーシィに聞かれ私は今まで受けてきた依頼を思い返す。盗賊も倒したり遺跡も調査したり薬草の採取をしたりした。考えてみると結構統一性がなかったんだね。あ、そうだ。忘れちゃいけない依頼があった。

 

 

「それとリュウが手伝うようになってから探し物の依頼を受けるようになったかな」

「探し物?」

「そ、リュウは食べた魔力を記憶して辿ることができるの。持ち主の魔力を少し食べさせてもらって、その魔力の残り香を辿って探し物をするんだ」

「ものを探すのはリュウ大得意なの!」

 

 

 何でも探せるから巷では私たちは“もの探シスターズ”と呼ばれてるとか呼ばれてないとか。正直なんてダサい名前だと心の底からそう思う。

 

 

「依頼って色々あるのねー」

「色々あるのです!ルーシィもいっぱい依頼受けて得意な依頼を見つけようよ!」

「う~んどうしようかしら……」

「あら、ルーシィ。受けたい依頼があったら私に言ってね、今はマスターいないから」

「あれ?本当だ」

 

 

 ルーシィはミラの言葉でたった今マスターがいないことに気づく。……小さいから今まで気がつかなかったのかな。

 

 

「定例会があるからしばらくいないのよ」

「定例会?」

「地方のギルドマスターたちが集って定期報告をする会よ、評議会とは違うんだけど……う~ん言葉で説明するのはちょっと難しいかも……リーダス、光筆貸してくれる?」

「ウィ」

 

 

 ミラはリーダスから空中に文字が書ける光筆を借り、魔法界の組織図を説明していく。魔法界で一番偉い、犯罪を犯した魔導士を裁く評議会。その下の各地方ギルド同士の意思伝達と私たちを纏めるギルドマスター。

 ミラはルーシィと“リュウ”に分かりやすく説明して……ん?ちょっと待って。

 

 

「知らなかったなぁー」

「リュウもー」

「リュウー?私、2年前にこれを教えた気がするんだけど……」

 

 

 ミラの説明に感心しているリュウに、おかしいと思い問いかける。私、リュウが依頼を手伝う前に丁寧に説明したはず。

 

 

「りゅ?忘れちゃった……ごめんなさい」

 

 

 眉を下げ、申し訳なさそうにリュウは謝る。

 

 

「も~じゃあ、今度はちゃんと覚えるんだよー」

「りゅ!頑張る!」

 

 

 そんなに素直に謝られちゃったら怒るにに怒れないじゃないか。私はしんみりするリュウの頭を撫でる。

 

 

「甘い!!甘すぎるよシエル!!」

「え、何言ってるのルーシィ!姉が妹に甘くて何が悪い!!」

「ダメだこのシスコン!」

 

 

 ルーシィはあまりにも簡単に許したシエルにそれはおかしいと言ったが。シエル(シスコン)には何を言っても無駄だった。

 

 

「もういいやシエル(シスコン)は放っておこう……それにしてもギルド同士にも繋がりがあったのね」

「ギルド同士の連携は大切なのよ」

 

 

 ミラもルーシィも二人のことは気にしないことにした。慣れているミラはともかく、新人のルーシィもそんな行動をとるとは中々の適応力である。

 そんなルーシィの背後から忍び寄る影が一つ。

 

 

「これをおそまつにしてると……ね」

「黒い奴らが来るぞおおおおお!!」

「ひいいいいいいい!?」

 

 

 その影はナツだった。ルーシィはナツの大声に驚き、椅子から崩れ落ちかけるが何とか持ち直す。

 

 

「うひゃひゃひゃひゃっ!!何ビビってんだよ!!

「もぉ!驚かさないでよ!」

「ビビリルーシィ略してビリィーだね」

「なんかすぐ破れそうな名前だね」

「それか電撃ビリビリしそうな名前だ」

「変な略称つけんな!」

 

 

 ハッピーが付けたあだ名の感想をリュウと私が言うが、ルーシィは気に入らなかったようだ。

 

 

「でも黒い奴らは本当にいるのよ。連盟に属さないギルドを闇ギルドって呼んでるの」

「あいつ等法律無視だからおっかねーんだ」

「じゃあ、いつかアンタにもスカウト来そうね」

 

 

 ルーシィはナツに闇ギルドからスカウトが来そうだと言う、まあ毎度のごとく器物、建物破損させてるからそれは最もな言葉だ。

 正直『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の皆にもスカウト……いや『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)自体闇ギルドになるんじゃないかとひやひやする問題を起こしているわけですが。

 

 

「てめぇかこのヤロォ!!」

「文句あっかおぉ!?」

 

 

 皆が起こした問題で物思いにふけっていたらいつの間にかグレイとナツが喧嘩をしていた、何があったし。

 そしてグレイは相変わらずパンツ一丁、正直リュウの教育に支障が出るからやめてほしんだけど。

 

 

「君って本当にキレイだよね」

 

 

 そこのロキ(チャラ男)、アンタもね。何か知らないけどロキがルーシィを口説いていた。うん、月並みな言葉だけど、本当にいつか彼は刺されると思います。

 そんなこんないつも通りの日常を過ごしていたら、今の『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の空気をぶち壊す言葉がリュウの口から告げられた。

 

 

「りゅ?おねーちゃん“エルザが帰ってくる”!」

「「「「「何!!!?」」」」」

 

 

 リュウの言葉にギルドの皆は騒然となる。……正直そこまで怖がらなくてもいいと思うのに、いや怖いのは認めるけど。

 恐怖に慄く皆とは違い、私はエルザが帰ってくることがうれしかった。うふふ……今度はどんな稽古をしてもらおうかなー!

 

 

「リュウ!あとどれくらいだ!あとどれくらいでエルザが帰ってくる!?」

「りゅー?後1分!!」

「「「「「もっと早く言えーーーーー!!!?」」」」」

 

 

 グレイはエルザが帰ってくるまでのタイムリミットを聞く。私同様、エルザを怖いと認識してないリュウはにっこりとエルザが帰ってくる1分後に帰ってることを告げた。あまりの時間のなさに皆が叫ぶ。

 わーわーとみんなが騒いでいるとズドンと大きな音がした。

 皆して音の鳴るほうへ振り向く、そこには巨大な何かを背負った人間のシルエット、ズシンズシンと音をたてながらギルドへ入る者がいた。

 

 

「今、戻った。マスターはおられるか?」

「お帰り、マスターは定例会よ」

「そうか」

 

 

 綺麗なスカーレット色の長髪、そして鎧を纏った女性。『妖精女王』(ティターニア)エルザ・スカーレットが帰ってきた。エルザは抱えていた巨大な角を下す。

 

 

「え、エルザさんそのバカでかいのは何ですかい?」

「りゅ!私が食べてもいい!?」

「ダメだ、これは討伐した魔物の角に地元の者が飾りを施してくれたのだ。綺麗だったのでここへの土産にしようと思ったのだ……食べ物じゃないぞ、リュウ」

「りゅーー」

「膨れてもだめだ」

 

 

 リュウはエルザが持って帰ってきた角が食べたかったようだがエルザに止められる。ああもう、そのふくれっ面も可愛いよリュウ!!

 

 

「それよりお前たちまた問題ばかり起こしているようだな。マスターが許しても私が許さんぞ」

 

 

 そんな風に思っていたらものすっごい嫌な気配が私を襲う。あ、これなんかダメな奴だ。

 

 

「シエル!リュウを甘やかし過ぎだ!」

「で、でも妹を甘やかすのは姉の役目だよ!!?」

 

 

 エルザの言葉を私は否定する。周りの人間から“なんと命知らずなこと”を、と視線を感じるが、妹を甘やかすのだけは私は譲れない。

 

 

「妹がダメなことをしたら叱るのも姉の役目だろう!!シスコン(妹想い)も度が過ぎればそれは害悪だ!!」

「それはまったくもってその通りです!!」

「(シスコンが負けた!?)」

 

 

 エルザの言葉が急所に当たった。効果は抜群だった。崩れ落ちる私だがエルザの注意は私だけでは終わらない。

 

 

「カナ、なんという格好で飲んでいる。ビジター、踊りなら外でやれ。ワカバ、吸い殻が落ちているぞ。ナブ、相変わらず依頼版(リクエストボード)の前をウロウロしているのか?仕事をしろ──」

 

 

 エルザのマシンガン説教は止まらない。ようやく止まったころには私を含め何人ものギルドのメンバーが崩れ落ちていた。

 

 

「──全く、世話が焼けるな……今日のところは何も言わずにおいてやろう」

「ふ、風紀委員か何かで?」

「エルザだよ」

 

 

 エルザの様子に風紀委員の印象を抱いたルーシィは正直に口にする。

 

 

「ところでナツとグレイはいるか?」

「あい」

 

 

 エルザの問いかけにハッピーはすぐさまナツたちを差し出した。

 

 

「や、やあ……エルザ、お、オレたち今日も……なか、仲良くやってるぜ……」

「あい」

「ナツがハッピーみたいになったー!?」

 

 

 そこにはがっしりと肩を組み脂汗をだらだらと流すグレイとナツがいた。(+ナツはハッピー化)

 

 

「そうか……親友なら時には喧嘩することもあるだろう……しかし私はそうやって仲良くしているところを見るのが好きだぞ」

「あ、いや……いつも言ってるけど親友ってわけじゃ……」

「あい」

「こ、こんなナツ見たことがないわ!!?」

「ナツもグレイもエルザが怖いのよ」

 

 

 ミラはルーシィにナツとグレイがコテンパンに怒られた過去を話す。

 そう、彼らにはエルザに逆らえない一種のトラウマがある。具体的に言うとナツは喧嘩を挑んで、グレイは半裸で歩いてるところを見つかって、ついでにロキは口説いて半殺しにされた。

 

 

「二人とも仲がよさそうでよかった、実は二人に頼みたいことがある。本来ならマスターの指示を仰ぐところなんだが……早期解決が望ましいと私が判断した。二人の力を貸してほしい、ついてきてくれるな」

「え!?」

「はい!?」

 

 

 エルザの言葉にギルドの皆は騒然とする。何でも一人でこなしてしまうエルザが人の助けを借りることなどそうない。

 ギルド内があわただしくなるがエルザは踵を返し、ギルドから出て行った。

 

 

 


 

 

 

──マグノリア駅

 

 

「何でエルザみてーな化け物がオレたちの力を借りてえんだよ」

「知らねえよ、つーか助けならオレ一人で十分なんだよ」

 

 

 駅内で睨みあう、ナツとグレイ。どうして二人はこうも喧嘩腰何だろうか。

 性格的には似たような感じだから息が合うときは合うと思うんだけど……あ、そう考えてたら喧嘩始めた。

 

 

「迷惑だから止めなさい!もおっ!! アンタたち何でそんなに仲が悪いのよ」

「何しに来たんだよ」

「頼まれたのよミラさんに!!私たちが仲を取り持ってあげてって!!ねえ!シエル!リュウ!二人もミラさんに言われたんだから手伝っ……」

 

 

 ルーシィは後ろにいる二人に振り返る。

 

 

「お姉ちゃん!リュウ、駅弁食べたい!!」

「いいよーお財布あげるから好きなの買っておいでー」

「遠足気分かそこの姉妹!!」

 

 

 ダメだ、常識人私しかいない。ルーシィはこの日ようやく悟った。

 自分一人で彼らを止めなければならない、必死に考えを巡らせると妙案を一つ思いついた。

 

 

「あ、エルザさん!」

「今日も仲良く行ってみよー」

「あいー!」

「ち、違うよエルザ!!これは甘やかしているわけじゃ!!」

 

 

 ルーシィの言葉に慌てて三人は取り繕ったり否定したりする。しかし勢いよく振り向いた先にエルザはいなかった。

 

 

「「「え」」」

「アハハ!これ面白いかも!」

「「騙したなテメェ!」」

「ひどいよルーシィ!!」

 

 

 そ、そんな……『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)唯一の常識人だと思っていたルーシィすらこんなことをしてしまうなんて。朱に交われば赤くなる……『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)に交わったことでルーシィの常識人オーラが薄れていったとでもいうの!?(自分たちのせいだとは露ほどにも思っていない)

 

 

「すまない……待たせたか」

「荷物、多!?」

 

 

 ルーシィの行動に地味にショックを受けていると大きな台車に大量の荷物を載せたエルザが現れる。

 

 

「お姉ちゃん!駅弁買ってきたー!」

「駅弁も多!!一つじゃないの!?」

 

 

 それに少し遅れて大量の駅弁を抱えたリュウも現れた。

 

 

「シエル、リュウどうしてここに……それに君は昨日『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)にいたな」

「ちょっとミラに頼まれて同行することになったの、よろしくね!」

「よろしくね!」

 

 

 とにかくどうしてここにいるか理由をエルザに説明する。そして頭を下げると私の真似をしてリュウも頭を下げた。

 

 

「新人のルーシィといいます。私もミラさんに頼まれて同行することになりました、よろしくお願いします」

「私はエルザだよろしくな。そうか……今回は少々危険な橋を渡るかもしれないがシエルとリュウ、そして君の傭兵ゴリラを倒した活躍ぶりなら平気そうだな」

「危険!!?」

 

 

 エルザの言葉に、ルーシィはミラから頼まれたことを簡単に受けた自分に後悔する。

 

 

「ふん、何の用事か知らねぇが今回はついて行ってやる、条件付きでな」

「条件?言ってみろ」

 

 

 ナツの真剣な面構えにエルザは先を促す。

 

 

「帰ってきたらオレと勝負しろ。あの時とは違うんだ」

「お、オイ!早まるな!死にてえのか!?」

 

 

 ナツはエルザから視線をそらさずに真剣な面構えのまま言い放つ。そしてグレイは横でびくびくしていた。一応名誉のために言っておくと彼はナツを止めようとしたので、それだけは分かってほしい。

 

 

「確かにお前は成長した、私はいささか自信がないが……いいだろう受けて立つ」

 

 

 エルザはフッと笑みを零し、ナツとの勝負を受けた。

 

 

「おしっ!燃えてきたぁ!!やってやろうじゃねーか!!」

「……なーむー」

「リュウ早い。それはまだ早い」

 

 

 気合を入れるナツに向けてリュウは手を合わせ合掌するが、それはちょっと早いので止める。せめてナツがエルザに吹き飛ばされるまで取っておきなさい。

 

 

「りゅ?でも──」

 

 

 


 

 

「……っ…………っ……」

「なっさけねぇなぁナツよ……」

「毎度のことだけど辛そうよね……」

 

 

 ナツは彼にとって最大の敵、【乗り物】によってダウンしていた。さっきまでの気合はどこに行ってしまったんだろう。そしてリュウの合掌の意味が分かった、そういうことか。この地獄の事をさして合掌したのか。

 

 

「全く……しょうがないな、私の隣に来い」

 

 

 エルザは乗り物酔いで苦しそうなナツに自分の隣に座らせる。

 そして──

 

 

「ふが!!!?」

「これで少しは楽になるだろう」

 

 

──腹パンを食らわせ気絶させた。

 

 

「……なーむー?」

「うん、そうだね。なーむーだね」

 

 

 今回は聞いてきたリュウに頷いておく。そうだね、ナツのご冥福を祈ろう。(※ 死んでません)

 

 

「「なーむー」」

「いや死んでないから!!?」

 



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鉄の森

「そういやあたし……『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)でナツやシエルやリュウ以外の魔法見たことないかも」

 

 

 ルーシイが、エルザやグレイの得意とする魔法を聞く。あーギルドの喧嘩は見たことにならないよね。何せ状況が目まぐるしく変わるもん。誰がどの魔法を使ったなんてわかるはずがない。

 

 

「エルザさんはどんな魔法を使うんですか?」

「エルザでいい」

「エルザの魔法はキレイだよ。血がいっぱい出るんだ、相手の」

「キレイなのそれ?」

 

 

 ハッピー、誤解を招くような説明は止めよう。相手の血が舞うのはエルザの腕前の結果であって、エルザの魔法が直接の原因ではないエルザの魔法がそんな風に認識されてしまったら私にちょっとした飛び火が来てしまう。

 

 

「たいしたことはない……私はグレイの魔法のほうが綺麗だと思うぞ」

「そうか?……ふん!」

 

 

 グレイは右手をグーに左手をパーにして合わせる。すると氷の紋章がグレイの手のひらに現れた。

 

 

「わあ!『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の紋章ね!」

「氷の魔法さ」

 

 

 グレイは氷の紋章をムシャムシャと最後のお弁当を食べていたリュウに放り投げる。リュウはすかさずそれを口でキャッチしてバリバリ食べた。その後ラストスパートをかけて一気にお弁当を“箱”ごとおなかの中に放り込んだ。

 

 

「ごちそーさまでした!」

「おかしい……おかしいって……」

「ルーシィ、気持ちは分からないでもないがこれがリュウだ。深く考えるのは諦めろ」

 

 

 グレイはポンとルーシィを労わって肩を叩く。4年前自分たちが受けた衝撃を彼女はまとめて今味わっているのでルーシィの気持ちは痛いほどよく分かった。その為もう初期から諦めるほうが得策だとルーシィを諭す。

 

 

「えー……」

「つーかそろそろ本題に入ろうぜエルザ。一体何事なんだ、お前ほどの奴が人の力を借りたいなんてよほどだぜ」

「そうだな……話しておこう。先の仕事の帰りだ。オニバスで魔導士が集まる酒場に寄った時、少々気になる連中がいてな」

 

 

 エルザが言うにはその変な連中は封印された【ララバイ】という魔法の解除に手間取って愚痴をこぼしていたらしい。それだけならエルザも普通の依頼だと思い、その時は見逃した。しかし『エリゴール』という名前を思い出したことで状況は変わった。

 

 

「魔導士ギルド『鉄の森』(アイゼンヴァルド)のエース、『死神』エリゴール」

「し、死神!?」

「暗殺系の依頼ばかり遂行し続け、ついた字だ」

 

 

 本来暗殺依頼は評議会の意向で禁止されている。しかし『鉄の森』(アイゼンヴァルド)は金を選び、暗殺依頼を遂行し続けた。そのせいで6年前に魔導士ギルドを追放されたというのに、認可されてない闇ギルドとして今もなお活動を続けている。

 

 

「不覚だった……あの時エリゴールの名に気付いていれば……全員血祭りにしてやったものを……」

「過去をくよくよしても仕方がないよエルザ!今は目の前のことをやろう!!」

 

 

 拳をつくりにかっと笑う、過去なんてどうあがいても変えられないんだし、そんなことより今!『鉄の森』(アイゼンヴァルド)をどうするか考えないと!……ん?なんだろ、何か足りない気が……あれ?まさか……まさか……まさか!!!?

 

 

『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の場所は知っているのか?」

「それを今からこの町で調べるんだ」

「あれ?うそでしょ!」

 

 街に降り、『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の情報を調べようとするエルザたちしかし、ルーシィがあたりを見渡し衝撃の事実を話した。

 

 

「ナツと「リュウウウウウウウウウウウウ!!!!」……がいないんだけど」

 

 

 ルーシィの言葉を遮り、シエルが凄まじい形相そしてスピードで駅へ引き返す。残された三人は開いた口がふさがらず一瞬茫然となったがすぐに意識を戻し、シエルの後を追った。

 

 

 


 

 

 

「りゅー……ナツー?起きないのー!置いてかれたよー!」

「うっぷ……」

 

 

 何とかしてナツを起こそうとリュウはナツを揺さぶる。乗り物酔いにプラスされリュウの行動は逆効果となっているが起きないナツもナツなのでそこに関してはイーブンというところだろう。

 

 

「ここ空いてるかい?」

 

 

 リュウが乗り物酔いでダウンしているナツに悪戦苦闘していると、ちょんまげの男がリュウたちの目の前の席に座る。

 

 

「りゅ?空いてるけど……」

「じゃあ座らせてもらおうかな。……お兄さん気分悪そうだけど大丈夫?」

「それはいつもの事だから大丈夫!」

 

 

 ちょんまげの男はリュウの右手の甲とナツの右肩のマークに目ざとく目をつける。

 

 

『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)、正規ギルドかぁ……うらやましいな」

「知ってるの?」

「有名だからね君たちのギルドは、ミラジェーンとかたまに雑誌に載ってるし綺麗だよね。なんで現役を止めちゃったのかな」

「なんでだろうねー」

「名前知らないんだけど新しく入った女の子が可愛いんだっけ?」

「りゅ?……“傭兵ゴリラ倒したって武勇伝は聞いたけど可愛いかなぁ?”」

 

 

 リュウは首を傾げ、考えるそぶりをする。しかし、目の前のちょんまげの男から目を離さない。

 

 

「うちのギルドは女っ気がなくってさぁ、少し分けてよ……なーんつって」

「!!」

 

 

 ちょんまげの男は足を大きく上げる。リュウはナツの体を引っ張り横に転がった。ナツの顔を目がけて蹴られた足はイスの背もたれに当たる。

 

 

「人を蹴っちゃいけないんだよー!」

「ごめんごめん君のお兄さんがシカトするからさーシカトはやだな、闇ギルド差別だよ」

「ああ!?」

 

 

 意識が戻ってきたナツがちょんまげの男を睨み付ける。

 

 

『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)って言えばずいぶん目立っているらしいじゃない。ムカつくんだよね正規ギルドだからってハバをきかせてる奴って。うちら『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)のことなんて呼ぶか知ってる?ハエだよハエ!!」

 

 

 『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)であるリュウとナツを目の前の男は嘲笑う。それどころか『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)も嘲笑した。リュウは身の内から湧き上がる怒りを抑え、男の目をまっすぐ見た。

 

 

「そっちだって目立ちたかったら真面目に警告聞いてお仕事すればよかっただけだよ。リュウ、知ってる。人間って楽なほう楽なほうに逃げるとろくな奴にならないんだって!」

「このガキィ!!」

 

 

 男は影を伸ばし、影はリュウに目がけて襲い掛かる。リュウは避けようともせず真正面から迎え撃とうと口を大きく開けた。そして迫りくる影を吸い寄せ、影を食べた。

 

 

「なっ!?食べた!?」

「ごっくん……まっじゅい!!」

 

 

 リュウはべーっと舌を出し、咳き込んだ。

 

 

「例え魔法が食べられるとしても、この数は対処できないはずだ!」

 

 

 男は影を増やし、その数は一つから四つに増える。リュウは先ほどと同じように食べようとするが、思い直しそのまま突撃する。

 

 

「血迷ったか!!っ!?」

 

 

 影はリュウの貫こうするがそれはリュウの着る衣に弾かれ、ねじ曲がった。

 

 

「な、なんでっ……」

「この程度で、リュウの衣を貫けると思わないで。お姉ちゃんの教え!!家族をバカにされたら…… “とりあえず一発ぶっ飛ばす!!”」

 

 

 リュウは男の懐に潜りこみ、口を大きく開けて今出せる最大の一撃を放とうとした。しかし、突然の急停止でリュウはバランスを崩し、列車内を転がった。

 

 

「急停止か!?」

「りゅーー!?りゅ!?」

 

 

 そしてイスの手すりに頭をぶつけ頭を抱える。

 

 

「ガキィ……ずいぶん調子にのってるじゃないかぁ……」

「……っ!」

「さっきはよくも『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)を侮辱したな……!」

「え!?」

「お返しだ!!」

「がぁ!!?」

「ナツ!」

 

 

 リュウに迫る男をナツは殴り飛ばした。男は列車の壁を突き破り何度かバウンドする。バウンドした男の荷物から三つ目の髑髏の笛が転がり落ちた。

 

 

「りゅ!」

「笛?」

「み、見たな!!」

「おう、見たぞ」

〔お客様にお知らせします、先ほどの急停止は誤報によるものと確認できました。まもなく発射します〕

「やば!!逃げるぞリュウ!!」

「りゅ!あいあいさー!」

 

 

 列車が動き出したら明らかに不利になるのはこちらの方。それが分かっていた二人は今のうちに逃げ出すことにした。

 

 

「逃げるなぁ!『鉄の森』(アイゼンヴァルド)に手を出したんだ!ただで済むと思うなよハエがぁ!」

「こっちも覚えたぞ!さんざん『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)を侮辱しやがって!」

 

 

 売り言葉に買い言葉、そこに紛れた重要な言葉に気が付いたのはリュウだけだった。

 

 

「今度は外で勝負してや……うっぷ!」

「りゅ!?待ってナツ!あいつが『鉄の(アイゼン……)「とう!」

 

 

 リュウが止まるのも聞かず、ナツはリュウを脇に抱え、列車の窓から飛び降りた。

 

 

「ナツ!?」

「リュウ!!」

 

 

 丁度、魔道四輪車で追いかけていたエルザたちの姿が見えた。その後、ナツは屋根に乗っていたグレイと顔面衝突し、その影響で吹き飛ばされたリュウを【疾風のごとく】で飛んでいたシエルが保護した。

 

 

「お姉ちゃん!あり「リュウ!大丈夫!?ケガしてない!?」だ、大丈夫!」

「良かった!」

 

 

 リュウが無事なことにホッとしてシエルは力の限りリュウを抱きしめる。そのあまりの締め付けにリュウは息ができなくなり、ポンポンと肩を叩く。

 

 

「りゅ~~!?おねちゃ、息が……」

「あ、ごめん!」

 

 

 リュウは息を整える。そして今すぐにでも伝えなければいけないことを伝える。

 

 

「お姉ちゃん!列車を追って!!『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の人が乗ってたの!!」

 

 

 リュウの言葉に皆顔色を変えた。

 

 

『鉄の森』(アイゼンヴァルド)!?」

「何だと!?」

「そうだ!そいつに絡まれて逃げ「バカモノォ!!!」

 

 

 ナツがエルザに平手打ちで飛ばされた。なんという威力……ナツが吹っ飛ばされたのを見たリュウが、震えて私の後から離れないので頭を撫でて落ち着かせる。大丈夫だよリュウ、流石のエルザも7歳の子供は殴らな……いと思うし。本当のところ確証は持てないですけど。

 

 

『鉄の森』(アイゼンヴァルド)は私たちの追っているものだ!!なぜ逃げてきた!!」

「そんな話、初めて聞いたぞ……」

「なぜ私の話をちゃんと聞いていない!」

 

 

 A.エルザが気絶させたからです。

 

 

 皆そう思ったが、口にするのは憚った。

 

 

「さっきの列車に乗っているのだな今すぐ追うぞ!!どんな特徴をしていた」

「あんまり特徴なかったなぁ」

「ちょんまげに糸目だった!」

 

 

 よく人の顔を覚えてないナツと違い、リュウはきちんと人の特徴を告げる。

 

 

「あとなんか、髑髏っぽい笛持ってた三つ目がある髑髏だ」

「その笛ね、口にしたくもない魔力だった!」

「リュウが口にしたくもない魔力?」

 

 

 笛の魔力を思い出したのかウベーっとリュウは顔をしかめた。

 並大抵のものは食べることができるリュウだけど、そんなリュウにも嫌いなものはある。その笛の魔力が嫌いということは……

 

 

「三つ目の髑髏の笛……」

「どうしたのルーシィ」

「ううん、まさかね……あんなの作り話よ、でも、もし本当だとしたら。それが……その笛がララバイだ!!【呪歌】(ララバイ)……死の魔法!」

「何!?」

「呪歌?」

 

 

 【呪歌】(ララバイ)、三つ目の髑髏の笛、エルザとリュウたちからその話を聞き、ルーシィは昔本で見た【呪歌】(ララバイ)についての情報を思い出した。

 

 

「禁止されている魔法の一つに呪殺ってあるでしょ?」

「ああ、その名の通り対象者を呪い、“死”を与える黒魔法だ」

【呪歌】(ララバイ)はもっと恐ろしいの。……黒魔導士ゼレフが進化させた魔笛、その笛の音を聴いた者、全てを呪殺する……“集団呪殺魔法” 【呪歌】(ララバイ)

「んな!」

「待てよそれが本当かどうかは分からないんだろ!?」

「いや、ルーシィの言ってることは間違いない」

 

 

 ルーシィの言葉を信じきれないグレイだったが、私はルーシィの言葉に同意した。

 

 

「その理由は?」

「……リュウ、あなたその笛は食べたくなかったんだよね?」

「りゅ。口にしたくなかった。なんか持ち主よりまっじゅい感じした!」

「大抵なものはなんでも食べるリュウが嫌いなものは、“性根が腐った奴の魔力”と“死を与える黒魔法”」

 

 

 前者はともかく後者に至っては絶対に食べれない。笛に性根は関係ない。

 だからリュウが食べたくなかった理由は──

 

 

「あの笛には【黒魔法】が宿っている。だから、それは本当の話だ」




投稿して少し経った後に見直して修正前の奴を載せていた時の衝撃。
あまり変わってませんが修正しました。


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オシバナ駅

 ドギャギャギャギャギャと魔動四輪車がドンドンとスピードを上げ、暴走しているかのように突き進む。

急いで『鉄の森』(アイゼンヴァルド)を追いかけたのはいいが、クヌギ駅にはすでに居なかった。列車を強盗してその先のオシバナ駅まで向かったということで、私たちはオシバナ駅に向かっているのだ。

 しかし肝心なことを忘れちゃいけない、この魔動四輪車は運転手の魔力を消費してスピードを上げる。ということはこんなキチガイじみた速度を出すためキチガイじみた魔力を供給する子とそのキチガイじみた速度でキチガイじみた運転技術を披露する運転手がいるということを。

 

 

「りゅーーーーー!!!」

「よしいいぞリュウ!!」

 

 

 腕に着けたSEプラグからリュウは大量の魔力を魔動四輪車につぎ込む。燃料-リュウ。ハンドル-エルザ。この最強タッグの組み合わせで今ここに暴走魔動四輪車が完成した。

 

 

「ナツ!落ちるわよ!」

「落としてくれ~……」

 

 

 そしてこの暴走四輪車の被害者(ナツ)は窓に引っかかっていた。ナツ……本日二回目のなーむーだね。リュウがいないから合掌はしないけど。

 

 

「リュウ!SEプラグが膨張してるしいくらなんでもやり過ぎだ!いくらお前でもこのままじゃ魔力切れを起こすぞ!」

 

 

 暴走四輪車の屋根にへばりついているグレイがリュウを心配して、魔力を抑えるように言う。しかしそんな心配はご無用だ。

 

 

「りゅーー!まだまだ大丈夫!!」

「甘いよグレイ、私の財布を生贄に得た魔力がこんなことで尽きるわけがない」

 

 

 私はグレイに空になった財布をアピールする。流石リュウ!財布の中にあったお金を丁度全部使いきるなんて買い物上手!駅弁マスターだね!

 

 

「おいまさか、それ所持金全部だったんじゃ……」

「大丈夫大丈夫、そこは安心していいよ」

 

 

 私の財布を見て、最悪の考えが過ったのか恐る恐るとグレイは私の金銭状況を聞く。しかしそんな心配はいらないと私はグレイに笑った。

 

 

「“家に帰れば”非常時のためにとっておいたヘソクリがまだ残っている」

「それ大丈夫じゃねーよ!!今無一文じゃねーか!!」

「そうともいう、まあ、それは置いといて……冗談抜きで急いだほうがいいでしょ!!ここでノロノロしていて沢山の人の命が失われたらどうするって話!!リュウ!後で美味しいものいっっっぱい!!!食べさせてあげるから!ありったけを吐き出しちゃえ!!」

「りゅーーーーー!!!」

 

 

 


 

 

 

 リュウとエルザの暴走四輪車で着いたオシバナ駅、そこは人がごった返していた。エルザは魔動四輪車を人がいない所に停め、みんなは駅へ走り出す。

 

 

「リュウ、頑張った!」

「お疲れさまリュウ!」

 

 

 お仕事が終了したリュウが飛びついてきたのでそれを受け止めて抱きしめる。本当ならもう少し褒めてあげたいところだけど。まだまだ事件は終わっていないのですぐにリュウをおんぶし、私もみんなの後を追った。

 

 

「皆さんお下がりください、ここは危険です!ただ今列車の脱線事故により駅へは入れません!!」

 

 

 拡声器を手に持つ駅員が集まった野次馬たちに呼びかける。それに構わず私たちは人の波をかき分けて突き進む。

 

 

「駅内の様子は?」

「何だね君!!……うほっ!?」

 

 

 問いかけに即答しなかった駅員をエルザは頭突きで物理的に黙らせた。なぜ黙らせる必要があるのかものすごく疑問に思うが、多分エルザ的には即答できる人しか必要ないということだと思う。

 そんな犠牲者が増える横で私たちは各々駅内に入る。駅に入り、真っ先に目にしたのは倒れ伏す軍の小隊だった。

 

 

「ひいいっ!!」

「全滅!」

「相手は一つのギルド、すなわち全員魔導士。軍の小隊ではやはり話にならんか……」

「急げ!ホームはこっちだ!!」

 

 

 私たちはホームへと向かう。そこでは『鉄の森』(アイゼンヴァルド)が私たちを待ち構えていた。

 

 

「やはり来たか『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)、待ってたぜぇ」

 

 

 その中でひときわ異彩を放つのが大鎌を持った男だった。

 

 

「貴様がエリゴールだな」

「あれ……あの時の鎧の姉ちゃん」

「なるほど……計画バレたのオマエのせいじゃん」

「貴様らの目的は何だ?返答次第ではただでは済まんぞ」

「まだわかんねぇのか?駅には何がある?」

 

 

 エリゴールは私がいつもしてるように風を纏って飛び上がる。

 

 

「列車!」

 

 

 私のおぶられていたリュウがエリゴールの問いに答える。そうだね、駅にあるのは列車だね。さっすがリュウ!これ以上ないほどの正解だよ!!

 

 

「ぶー」

 

 

 リュウの答えに不正解を出すとスピーカーを叩く。

 

 

「そこは列車でいいじゃん、風使いなのに空気読めないねあの風使い。スピーカーなんて駅以外どこにでもあるし。その代わり列車は駅にしかない!!ということでリュウのほうが正解だから!!というかなんでスピーカー!」

【呪歌】(ララバイ)を放送する気か!!」

 

 

 エリゴールの意図に気が付いたエルザが叫んだ。

 

 

「これは粛清なのだ権利を奪われた者の存在を知らず、権利を掲げ生活を保全している愚か者どもへのな。この不公平な世界を知らずに生きるのは罪だ、よって死神が罰を与えに来た。死という名の罰をな!!」

「そんなことしたって権利は戻ってこないのよ!?」

「……くっだらない!!」

「なんだと?」

 

 

「不公平というのは認めてあげる。この世界が公平なんてきれいごとを言うつもりもない」

 

 

 世界は不公平。それは私の持論でもある。だからエリゴールの言葉のその部分を否定することはない、だけど──

 

 

「だけど──“前を向いてる者を羨むな” 自分の非を認めず、欲しい欲しいとほざくだけのダメ人間が!」

 

 

 そんな不公平でも前を向いて進む者はいる。そんな不公平でも希望を持つ者がいる。そもそも、こいつらの言う権利が取られた原因は全て自分たちの行動の結果、自分の責任から目を背けて欲しい欲しいとほざくダメ人間が、前を向いてる者の邪魔することは許さない。

 

 

「ふん……後は任せたぞ、オレは笛を吹きに行く。『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の闇の力を思い知らせてやれ!」

 

 

 エリゴールは窓ガラスを突き破り向こうのブロックへ逃げた。

 

 

「ナツ!グレイ!二人で奴を追うんだ!」

「「む」」

「お前たち二人が力を合わせればエリゴールにだって負けるはずはない」

「「むむ」」

「ここは私たちで何とかする」

「何とかってあの数を女子四人で?」

「ハッピーもいるよ!」

 

 

 リュウはルーシィが忘れかけてたハッピーを指さすが、正直【翼】(エーラ)の魔法で乱闘を生き残れるかは微妙なところなんだけど。

 

 

「エリゴールは【呪歌】(ララバイ)をこの駅で使うつもりだそれだけは何としても阻止しなければならない」

 

 

 エルザはそんなことを言っているがナツとグレイは睨み合う。二人ともーそろそろ向かわないとエルザの雷を食らうと思うな。

 

 

「聞いているのか!!」

「「も……もちろん!」」

 

 

 あ、肩組んで二人ともハッピー化した。

 

 

「行け!」

「「あいさー」」

 

 

 予想どうり、エルザの迫力に押され二人は肩を組みながらこの場を去っていった。……やっぱりなんだかんだ息ピッタリだね。というか走りづらくないのかあれは。

 

 

「二人逃げた!」

「エリゴールさんを追う気か!」

「任せろ、オレが仕留めてくる!」

「こっちも!あっちのガキも許せねえが何よりもあの桜頭は許せねえ!!!」

 

 

 ナツたちを追って『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の二名もこの場から離れる。まあ、あの二人なら何の心配もいらないや。寧ろ追いかけた『鉄の森』(アイゼンヴァルド)のほうがご苦労様です。

 

 

「こいつ等を片付けたら私たちもすぐに追うぞ」

「了解!」

「あいあいさー」

「うん」

「女子供に何ができるやら……しかし女の方はいい女だな」

「いや子供の方もそっち方面には上玉だ、とっ捕まえて売っちまおうぜ」

「下劣な、それ以上『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)を侮辱してみろ。貴様らの明日は約束せんぞ」

「いや、もう明日は約束しなくていいよエルザ。こいつらに約束するのは……“地獄”だ」

 

 

 エルザは魔法剣を、シエルは【紅蓮の炎】を取り出して構える。『鉄の森』(アイゼンヴァルド)のメンバーが言った一言が許せなかったのかシエルの目は完全に据わっていた。

 

 潰す、絶対にリュウを変な目で見た奴を潰す。

 

 

「めずらしくもねぇ!」

「こっちにも魔法剣士はぞろぞろいるぜぃ!」

 

 

 襲い掛かる『鉄の森』(アイゼンヴァルド)に対し、エルザはまっすぐ突き進み、様々な武器を【換装】しながら。時に敵の武器をいなし、時に敵の武器を壊し、敵を切り倒していった。

 

 

「シエルと同じ【換装】!?」

「うんエルザもシエルも同じ【換装】の魔法を扱う、だけどエルザの凄いところはここからだよ」

「まだこんなにいるのか……面倒だ、一掃する」

 

 

 エルザの纏っていた鎧が剥がれ落ち、光り輝く。

 

 

「通常、【換装】はシエルのように“武器”を呼び出す魔法。だけどエルザは自分の能力を高める“魔力の鎧”にも【換装】しながら戦うことができるんだ。それがエルザの魔法【騎士】(ザ・ナイト)!!」

 

 

 光が収まった時、エルザは天使の鎧──『天輪の鎧』を身にまとっていた。

 

 

「……それって、エルザはシエルの上位互換ってこと?」

「ぐっは!?」

 

 

 ハッピーの説明でふとそう思ってしまったのか、ルーシィの何気のない一言が私の心に深々と突き刺さる。というかハッピーの時点で私の心は少々傷ついていた。た、確かに【換装】の速度も負けるし、“槍”しか【換装】できないけどそんな真正面からいうことはないんじゃないかな!!?い、一応エルザほどじゃないにしても私の槍も属性によって付与されるものがあるもん……

 

 

「あールーシィがシエルをいじめたー」

「りゅー!!ルーシィ、お姉ちゃんをいじめないで!」

「ええ!?あ!!ご、ごめんねシエル!!」

「……い、いいもん!私は私ができることを最大限生かすんだし!!」

 

 

 心の涙を拭い。私は地面を蹴ってエルザの攻撃が届かない『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の後方まで跳ぶ。

 

 

「空を飛んだ!?」

「正確には跳んだ、だよ!」

 

 

 そのまま槍で宙に魔法陣を描く。私は魔法槍の属性によって様々な恩恵を得られる。【疾風のごとく】は【速さ】を私に与えてくれて、今扱っている【紅蓮の炎】は【肉体強化】し私に力を与えてくれる。与えてくれる恩恵は魔法槍によって違う、だけどただ一つだけ共通することがある。その魔法槍の属性……今回の場合【火】の魔法を、私は扱うことができる!……まあ、その属性のエキスパートの方には負けるんだけどね!!(血涙)

 

 

「“地獄の中でも燃える光!”【地獄を照らす太陽】(アンフェール・ル・ソレイユ)!!」

 

 

 『鉄の森』(アイゼンヴァルド)に向けて私は黒い火球を放つ、その魔法は『鉄の森』(アイゼンヴァルド)を飲み込み、大勢のメンバーが倒る。エルザの猛攻と相まってほとんどの『鉄の森』(アイゼンヴァルド)が地面に倒れ伏した。

 

 

「ま、間違いねぇ!こいつは『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)最強の女!!……『妖精女王』(ティターニア)のエルザだ!!」

「あっちの子供は『もの探シスターズ』の片割れだ!!」

「おいこらぁ!何その異名!!闇ギルドでも有名なの!!?」

 

 

 まさかの闇ギルドが『もの探シスターズ』なんて異名を知っているとは思わず、声を荒げる。せっかく有名なのに、喜べばいいのか悲しめばいいのか分からないんだけど。というかそれはリュウの功績で着いた異名だよね!妹の功績で着いた異名で姉の私も呼ばれるってなんかちょっと複雑なんですが!!

 

 

「ひ、ひいぃ!!」

 

 

 残った数人の『鉄の森』(アイゼンヴァルド)が逃げ出す。

 

 

「あ、逃げた!!」

「エリゴールの所に向かうかもしれん、シエル、リュウ、ルーシィ追うんだ!」

「わかった!!」

「りゅ、あいあいさー!」

 

 

 エルザの指示に私とリュウはスパッと敬礼する。

 

 

「えー!あたしも!?」

「頼む!私は外に集まっているものを避難させる!!」

「は、はい!!」

「リュウ!」

「りゅ!!」

 

 

 エルザの気迫に押され、ルーシィはハッピーを連れて駆け出す。私もリュウをおぶって奴らを追った。

 

 

 


 

 

 

「リュウ、奴らの魔力は?」

「食べてない!」

 

 

 リュウがもし『鉄の森』(アイゼンヴァルド)のメンバーの魔力を食べていたら探すのも楽だったが残念ながらリュウは食べてなかった。それはしょうがないか、リュウは性根が腐った奴の魔力が大嫌いだし。自分の身が危ない時や、誰かに頼まれなきゃ食べることはない。

 正直に言えばエリゴールの魔力を食べてほしかったけど……本当にダメな時は吐くから無茶はさせられない、食べる機会がなかったのもあるしね。でも──

 

 

「よね、奴らの気配は?」

「何となくならちょっとわかる!」

 

 

 幼くてもこの子は“竜”(ドラゴン)!私よりも魔力を察知する能力は長けている。たとえ食べてなくてもこの子の索敵能力は高い!

 

 

「よーし。それじゃ探すよ!!」

「りゅ!探すの!!」

 

 

 私たちは駅内を走り回り、『鉄の森』(アイゼンヴァルド)を探し回るのだった。

 



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判明する目的

 リュウが見つけ、私が倒す。それを繰り返してできた『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の山にドカリと座る。

 

 

「納得がいかない」

「にゃ~に~が~?あ~ぐ、バリバリモグモグ」

 

 

 そんな私の呟きを、倒した奴らの武器を食べていたリュウが拾った。

 

 

「……いくら自分たちの不満をぶつけたいからって、その対象が一般市民になるのかな」

 

 

 『鉄の森』(アイゼンヴァルド)が追放された経緯からして、どちらかといえば評議会や正規ギルドへの恨みのほうが強いはず。私たちを見下していたし【呪歌】(ララバイ)の対象が私たちになることもあの時は考えられた。なのに、あの時エリゴールは笛を吹きに行くと言ってあの場から逃げた。

何か……大事なことを見逃している気がしてならない。

 

 

「まあ、大量殺人なんてさせるわけにもいかないから倒すことは変わりないんだけどさ」

 

 

 どんな目的でも【呪歌】(ララバイ)を吹かせるわけにはいかない。私たちの目的は変わることはない。けど……何かが納得がいかない。

 

 

「……お姉ちゃんお姉ちゃん!」

 

 

 何かを思いついたらしいリュウが私の服の裾を引っ張る。

 

 

「どうしたのリュウ?」

「リュウ、難しいことは分からないけど。【呪歌】(ララバイ)をどうにかする方法は思いついたよ。駅中のスピーカーを全部壊しちゃえば【呪歌】(ララバイ)を吹いても放送されることはないんだよ!!」

「そうか、そうだった!それに気づくなんてリュウはやっぱ天才だね!!」

 

 

 リュウが思いついた方法に、私は盲点だったとハッとなり気付いたリュウの頭を撫でて褒めてあげる。確かにスピーカーさえ壊せば音が拡散されることはない。

 流石私の妹。よし!そうとなれば私たちのすることはただ一つ!!私は速さを上げるため【疾風のごとく】を取り出す。

 

 

「よーしリュウ!駅中のスピーカーを全部壊すよ!!」

「りゅ!あいあいさー!」

 

 

 私たちはスピーカーを壊すために駅中を駆けずりまわることにした。

 

 

 


 

 

 

「りゅ~~!ごめんなさいお姉ちゃん~~!!リュウが~!リュウが至らないばっかりに~!」

「いーや、リュウは悪くない。気が付かなかった私が悪い」

 

 

 順調にスピーカーを壊していた私たち。しかし五つ目のスピーカーを壊した時点で私たちはある答えにたどり着いてしまった。

 

 

 

 “わざわざ駅中のスピーカーを壊しまわらなくても(そんな事しなくても)、放送室を襲撃すれば万事解決じゃない?”

 

 

 

 そんな答えにたどり着いてしまった私たちはスピーカー破壊を中断して、放送室に向かっているのだった

 

 

「あーもう!廊下走るのもめんどくさい!!リュウ!しっかり捕まっててね!!」

「りゅ!!」

 

 

 私に背居られているリュウがしっかりと抱き着くのを確認して私は槍を構えた。

 

 

「私だって『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)、器物損壊は得意技!!【蜂のように刺す】!!」

 

 

 風をまとい、そのまま針を刺すように壁に突貫して破壊する。私たちが通った後は太い針が通ったように丸く穴が開いていていく。これでショートカットして放送室まで直行する!!

 

 

「悪い奴はいないかぁああぁぁぁ……あ?」

「?」

 

 

 壁を何度も破壊してやっと着いた放送室はすでに何者かに破壊されていた。え、無駄に無駄を重ねてまさかのここも無駄足?というか放送室破壊されてるんじゃ『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の目的はほぼ阻止したと言っていいんじゃ……

 

 

「…………りゅ!」

 

 

 リュウが私から降りて破壊された機材へ向かい、壊れた機材を口にした。

 

 

「リュウ、何か気になることがあるの?」

 

 

 リュウが私に何も言わないで物を食べるのは三パターンある。

 

 その1 命の危険があるとき。

 その2 それをそのままにしておけないとき。

 その3 何か気になることがあるとき。

 

 その三つに該当しない限り、リュウが私に許可を取らず黙って物を食べることはない。

 ……ちなみに、前にマスターに叱られた“フリド遺跡の魔法アイテム”は後で話を聞いたところその2に該当した。どうやらあれは“三人以上の人間がそのアイテムに触ると中身が入れ替わってしまう”昔の人が遺した悪質な魔法アイテムだったらしい。悪質と言えど込められた魔法は黒魔法ではなくただの魔法、すぐにリュウに食べられてリュウの糧となったけど。

 モグモグと機材を食べていたリュウは口の中のものを食べきるとべーっと舌を出す。

 

 

「……これ、ちょっとまじゅい。ナツやグレイが壊したんじゃないよ」

「ナツやグレイじゃない?それにまずいって……まさか『鉄の森』(アイゼンヴァルド)が破壊したの!?」

「だと思う、まじゅいもん」

 

 

 【呪歌】(ララバイ)を放送するはずの『鉄の森』(アイゼンヴァルド)が自分から計画を潰した?目の前の出来事に訳が分からなくなり私は頭を抱える。分からない、行動があべこべだ。評議会やギルドの恨みを一般市民にぶつけて、その手段を自ら潰す。その中で一番の謎は──

 

 

「なんでこの街を選んだんだろう」

 

 

 ただ単に無差別に選んだという可能性も否定できない、けど何かが引っかかる。

 

 

「……ちょっと情報を整理しよう。まず、『鉄の森』(アイゼンヴァルド)が闇ギルドになる」

「闇ギルドになった『鉄の森』(アイゼンヴァルド)は逆恨みして表の人間に“しゅうせい”を考える!」

“粛清”(しゅくせい)だよリュウ。その手段のために選んだのが笛の音を聴いた者、全てを呪殺するという【呪歌】(ララバイ)

「封印されてた【呪歌】(ララバイ)を糸目の人が解呪してちゃって」

「それを運んでいた時にリュウとナツに遭遇、リュウたちが逃げた後に『鉄の森』(アイゼンヴァルド)はクヌギ駅で列車をジャックしてオシバナ駅に向かう」

【呪歌】(ララバイ)を放送するために駅をせんりょー!」

「で、放送するはずだったのに自分たちからその機材を壊した……と」

 

 

 状況を並べてはみたけどまったく意味が分からない。だけど一つ考えられる可能性がある。

 

 

「元々、オシバナ駅で【呪歌】(ララバイ)を放送するつもりがなかった?」

「りゅ!?放送するって言ってたのに!?」

「いや、思い出してリュウ。エリゴールはスピーカーを叩いただけ、そこから【呪歌】(ララバイ)を放送すると言ったのは私たちだ。エリゴールが逃げる時も笛を吹きに行くとしか言ってなかった」

 

 

 自分たちから放送室の機材を壊した事実から、オシバナ駅で吹く予定はないと断言できる。

 

 

「じゃあ、オシバナ駅をせんりょーしたのは?」

「……駅で吹くつもりはないけど、駅は抑える必要があった?」

「りゅー?でもこの駅を抑えても次の駅はあと一つだよ?リュウ知ってるよ、こういう場所を中途半端って言うんだよね!」

 

 

 そういいながらリュウはポケットから一枚の紙を取り出した。

 

 

「リュウ、なにそれ」

「路線図!!駅弁のおばちゃんがくれたの!いろんな駅の名前が書いてあるから駅名を覚えるベンキョーになるって!」

「へーじゃあ、オシバナ駅の次の駅は?」

「えっとね!く……ろぅ……ばぁ?」

 

 

 リュウは紙に書かれてある最後の駅名をたどたどしく読み上げる。本来の姿が“竜”だから仕方ないと言えるけど、リュウは文章を読んだり書くのが苦手だ。とはいえ最初はまともに話すこともできなかったのでそれを考えると結構な進歩。頑張ったねリュウ!

 

 

「クローバー!クローバーだよお姉ちゃん!」

「よく読めたねリュウ!」

 

 

 だから簡単な言葉でも読むことができたリュウを私はぎゅーっと抱きしめて褒める。

 

 

「なるほどクローバーか……クローバー、クローバー……クローバー!?」

 

 

 その名に私は一つ重要なことを思い出した。そうか、だから奴らはこの駅を占領したんだ。大渓谷の向こうにあるあの町に向かうにはこの駅からの列車しかない。

 

 

「……何かあるの?」

 

 

 腕の中にいたリュウが私を見上げる。

 

 

「……“あるんじゃない”……“いるんだよ”。あべこべなんかじゃなかったんだ!あいつらの目的は変わってない!!」

 

 

──定例会があるからしばらくいないのよ

 

 

 ミラの言葉が頭に過る。

 

 

「クローバーはマスターたちが定例会をしている場所!エリゴールの狙いはマスターたちだ!!」

「りゅ!それじゃオシバナ駅は!?」

「クローバー駅に向かう交通手段を抑えた今となっては、私たちを足止めさせるための場所でしかない!!」

 

 

 そしてその目的は達成されてしまっている。

 

 

「リュウ!ナツでもグレイでもエルザでもルーシィでもこの際ハッピーでもいい!!誰かを探そう!今すぐ他の皆に伝えないと!!……っ!」

 

 

 ドゴオオオオンと、突如轟音が鳴り響く。ナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ……その中でこんな轟音出して敵を倒す奴と言えば……

 

 

「ナツだ、あっちに向かおう!」

「あいあいさー!」

 

 

 


 

 

 

 向かった先にはナツと倒れている糸目の男がいた。

 

 

「かっかっかっ!オレの勝ちだな!!約束通りエリゴールの場所を言えよ!」

「くくく……バカめ、エリゴールさんはこの駅にはいない……」

「ナツ!そいつの言う通りだよ、エリゴールはもうこの駅にはいない!」

「は?」

 

 

 私は事情を説明しようとナツに駆け寄る。

 

 

「こいつらの狙いはオシバナの人たちじゃなくて、その先のクローバーにいるマスターたちだよ!」

「はっ今頃気が付いてももう遅い……」

「んだと!!」

「お前たちそれ以上はいい!」

 

 

 殴り掛かろうとするナツをエルザの声が制止させた。その声がした方向を見るとエルザとグレイが走ってきた。

 

 

「エルザ!?」

「彼が必要なんだ!」

 

 

 エルザは剣を取り出し、糸目の男を壁に叩き付ける。

 

 

「四の五の言わず魔風壁を解いてもらおう、一回NOと言う度に切創が一つ増えるぞ」

「わ、わかった……ガハッ」

「カゲ!?」

 

 

 エルザの気迫に押され頷く糸目の男、しかし突然うめき声をあげ崩れ落ちる。その背中にはナイフが突き刺さっていて、その後ろの壁にナイフを刺したであろう『鉄の森』(アイゼンヴァルド)のメンバーがいた。

 私は慌てて、糸目の男の手当てをしようと駆け寄った。

 

 

「仲間じゃ……ねえのかよ」

「ひっ」

 

 

 ナツに怯え、仲間を刺した男は壁の中に逃げ込む。

 

 

「同じギルドの仲間じゃねえのかよ!!それがお前たちのギルドなのかっ!!!」

 

 

 しかしナツは逃げ込んだ壁ごと男を殴り飛ばした。

 それを横目に見て私は糸目の男改めカゲの手当てをしていく、まさか敵を手当てするとは思ってはなかったけど、応急セットは持ってきてよかった。

 

 

「シエル!死なすわけにはいかん!!何としても解除してもらわなければいけないのだ!」

「怪我の手当はできる。けどその後に意識を取り戻せるかは別の問題だよ!」

「やってもらうったってこんな状態じゃ魔法は使えねえぞ!!」

「やってもらわねばならないんだ!!」

「そもそも魔風壁ってなに!」

「エリゴールがオレたちを追わせないために残していった魔法だ、それをどうにかしない限りオレたちはエリゴールを追えない」

「そんな……」

 

 

 グレイの言葉に目の前の男が仲間に刺された理由が分かった。この場から脱出する手段である解呪魔導士(ディスペラー)を消すため。その為にこいつは仲間に殺されかけた。そして殺されはしなくても気を失ってこの大けが、目覚めたとしても解呪ができるかどうかも分からない。私たちには魔法を解呪する手段がない……“魔法”を?

 

 

「……リュウ、解呪はできないけど魔法なら食べられるよ?」

 

 

 リュウの言葉に全員がリュウの方を振り向く。

 

 

「そうか、リュウ!!頼む、魔風壁を食べてくれ!」

「りゅ!あいあいさー!」

「待ったリュウ!あなた、性根が腐った奴の魔力は大っ嫌いでしょ!!下手したら吐くくせに!」

 

 

 リュウに魔風壁を食べさせようとするエルザに待ったをかける。これ以外に手段がないのは分かっている。けど魔力が魔力だ。うかつに食べさせるわけにはいかない。

 

 

「それ以外方法がない!」

「てか緊急事態だ、吐くぐらいいいだろ」

「リュウの“吐く”は普通の吐くと違うの!今まで食べた魔力を全部吐き出しちゃうんだ!下手したら街が一つ軽く壊滅するくらいの!」

「めっちゃはた迷惑だなそれ!!」

 

 

 いくら『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)と言えど街一つ壊滅させる……のはダメだと思うんだ!!一瞬頭にナツが過ったけどその考えは頭の中のゴミ箱に投げ捨てる。

 

 

「しかし!」

「待て二人とも!」

「「!」」

 

 

 二人の口論がエスカレートする前にグレイは二人を止める。

 

 

「リュウ、その魔力が吐くか吐かないかの区別はつくか?」

「りゅー……大体は?」

「とにかく状況が状況だ、一度実物を見てからでも問題ないだろう。リュウでもダメだった場合、また他の手を考えるぞ」

「それしかないか……」

「……分かった」

 

 

 グレイの言葉に渋々ながら私たちは納得する。遅れてきたルーシィとハッピーに合流し、事情説明しながら私たちは外へ向かった。

 



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魔風壁

 リュウは魔風壁の前に立ち、目の前の風の壁をジーっと見つめた。

 

 

「どう、リュウ?」

「りゅー……思ってたよりはまじゅくなさそう……かな?」

「思ってたよりってどういう意味だ?」

「そっちで寝っ転がってる奴のほうがもうちょっとまじゅい魔力だったと思うんだけど……りゅー?」

 

 

 リュウは目の前の魔風壁の魔力をより、カゲの魔力が不味かったことに首を傾げる。

 確か、リュウは性根が腐ってる奴ほど魔力が不味いと言っていた。リュウの言うことをそのまま受け取ればエリゴールよりカゲのほうが性根が腐っているってことになる。うー、それは納得いかない。明らかにエリゴールのほうが性根腐ってるでしょ、顔つきからしてなんか悪そうな感じしたし!!

 

 

「それで、食べれるか?」

「りゅ!食べられる!!」

 

 

 単刀直入にエルザが聞き、リュウも元気よく答えた。

 

 

「すーはー……りゅーーーーー!」

 

 

 リュウは深呼吸をすると、口を大きく開けて風を吸い込んでいく。

 

 

「よし!いいぞリュウ!!このまま魔風壁を全部食べるんだ!」

「りゅーーーーーー!!」

 

 

 魔風壁の風はみるみるリュウの口に吸い寄せられ、リュウのお腹に収まる。よし、これで魔風壁もなくなるは……ず?私は目の前の魔風壁をよーく見る、その後に目をごしごしと擦りもう一回よーく見る。うん、おかしい。

 

 

「……なんか、気のせいかな?さっきと全く変わってないような……」

「……気のせいじゃねぇな、リュウが食べる前と全く同じだ」

 

 

 私の言葉にグレイが同意してくれた。おかしいな、今もなおリュウが風を食べているのに魔風壁の様子が変わることがない。横にいるリュウを見るが、リュウは凄まじい勢いで食べている。手を抜いてる様子はないから本気で食べている。今、リュウは全力で風──空気を食べている

 

 

 

 

 

 

 ……空気?

 

 

 ……いや、まさかそんなわけはないよね。うん、そんなわけない。私は必死に頭に思い浮かんだ答えを否定する。

 

 

「なんか……息苦しくない?」

「そうか?」

 

 

 しかし、ルーシィとナツの会話が決定打となり現実に引き戻された。

 

 

「リュウ!ストップ!ストップ!!このままじゃ私たちとついでに『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の連中が危ない!!」

「んー!なにするのー!」

 

 

 別に『鉄の森』(アイゼンヴァルド)はどうでもいいと言えばいいけど、それでもちょっと見捨てるのは後味悪いしついでに私たちも危ない。慌ててリュウの口を塞ぎ、食べるのを阻止する。

 

 

「シエル!なぜ止める!!」

「いや、このままじゃ命が危ない!!」

 

 

 エルザが凄まじい勢いで睨み付けてきたが、私は負けじとリュウの“食べる”について話す。

 

 

「えーっとなんて言うか……リュウは魔法を食べることはできるけど、物体に魔法が付与されていた場合、魔法“だけ”を食べることはできないの!その場合は物ごと食べるしか手段がない!」

「それが今リュウを止める理由になるのか?」

「なるよ、この魔風壁はエリゴールの魔力だけで作られているわけじゃない。エリゴールの魔力を核にして周りを風で覆い作られている。リュウは周りの風を食べることはできるけど、魔風壁は足りなくなった空気()を補充している。ルーシィ、さっき息苦しいって言ったよね?」

「え?う、うん」

「その原因はこれ、核のエリゴールの魔力がある限り、魔風壁は周りの空気を吸収して回復する。そのせいで周りの空気が極端に薄くなっているの。このままじゃ外側はともかく、内側の空気がなくなる」

 

 

 これが、私が慌ててリュウを止めた理由だ。気付くのが遅れたら酸欠で危なかった……

 

 

「核のエリゴールの魔力を食べることは?」

「無理だよ、そのためには周りの風をどうにかしなくちゃいけない。今は核に届かなくて上辺だけ食べてる状況」

 

 

 周りの風をどうにかするにはエリゴールの魔力をどうにかしなくちゃいけなくて、エリゴールの魔力をどうにかするには周りの風をどうにかするしかない。

 

 

「リュウの食べるじゃ魔風壁をどうにかするのは無理だ」

「ならシエル、【疾風のごとく】で魔風壁の制御を奪えるか?」

「それができたらリュウが食べる前にやる!私が槍を手にして使える魔法はその属性を主にした魔導士には到底かなわない!」

 

 

 今、魔風壁を目の前にした状況で【疾風のごとく】で風を集めようとしても集まらず魔風壁の方へ風は流れてしまう。私に言えることは一つだけだ。

 

 

「“この魔風壁は解呪するしかない”」

「んなこと言ったってその解呪魔導士(ディスペラー)がこんな状況じゃ解呪なんて出来ねぇだろうが!」

「くっそ!こんなもん突き破ってやらぁ!!!」

 

 

 ナツが魔風壁にぶつかり弾き飛ばされる、諦めず立ち上がり再びぶつかろうとするが当たる前にルーシィに止められた。

 

 

「やめなさいって!!」

「……っそうだ星霊!!」

「え?」

 

 

 ルーシィを見て何かを思いついたらしいナツがガバッと振り返りルーシィの肩をがっしりと掴む。

 

 

「エバルーの屋敷では星霊界を通って場所移動できただろ!」

「いや……普通は人間が入ると死んじゃうんだけどね……息ができなくて。というか(ゲート)は星霊魔導士がいる場所でしか開けないのよ、つまり星霊界を通ってここを出たいと思ったら最低でも駅の外に星霊魔導士が一人いなきゃ不可能なのよ!」

「ややこしいな!いいから早くやれよ!!」

「だからできないって言ってるでしょ!!もう一つ言えば人間が星霊界に入ること自体が重大な契約違反!!あの時はエバルーの鍵だからよかったけどね」

「エバルー……鍵?」

「どうしたのハッピー?」

「あーーーーーーーー!!!!」

 

 

 ナツたちの会話に何かが引っかかったのかハッピーが突然叫ぶ。

 

 

「ルーシィ!思い出したよ!!」

「な、何が……?」

「来るときに言ってたことだよ!!」

 

 

 ハッピーはゴソゴソと金色の鍵を取り出す。

 

 

「これ!」

「それは……バルゴの鍵!?ダメじゃない勝手に持って来ちゃ!」

「違うよバルゴ本人がルーシィへって。エバルーが逮捕されたから契約が解除になったんだって、それで今度はルーシィと契約したいってオイラん家訪ねてきたんだ」

「あれが……来たのね」

 

 

 ルーシィはエバルーの家で見たバルゴの姿を思い出し体を摩る。アレが家に現れるとは中々に恐ろしいが、そんなことを思っている場合じゃないとその思考を隅に追いやる。

 

 

「嬉しい申し出だけど今はそれどころじゃないでしょ!?脱出方法を考えないと!」

「でも「うるさい!猫はにゃーにゃー言ってなさい!!」

 

 

 ルーシイはハッピーの両頬をつねる。

 

 

「……バルゴは地面を潜れるし、魔風壁の下を通って出られるかなって思ったんだ」

 

 

 ハッピーはポツリと呟き、私たちは全員ハッとなってハッピーを見た。

 

 

「そっか!やるじゃないハッピー!!もう!なんでそれを早く言わないのよぉ!」

「ルーシィがつねったから」

 

 

 ハッピーは抓られたことをちょっと根に持って呟くが、ルーシィは気にせずにハッピーから鍵を受け取った。そして鍵を掲げる。

 

 

「我……星霊界との道を繋ぐ者。汝……その呼びかけに答え(ゲート)をくぐれ、開け!!処女宮の扉!!バルゴ!!!」

「お呼びでしょうか?ご主人様」

「え!?」

 

 

 ルーシィの呼びかけに答えて、メイド服を着た華奢な女性が現れる。その“姿”にルーシィは目を見開いた。

 

 

「痩せたな」

「あの時はご迷惑をおかけしました」

「痩せたっていうか別人!!」

 

 

 ルーシィがエバルーの館で見た“バルゴ”はごつくゴリラのようなメイドだった。しかし今、目の前にいる“バルゴ”はどっからどう見ても線が細く、か弱いメイドだ。

 

 

「あ、あんた……その姿……」

「私はご主人様の忠実なる星霊、ご主人様の望む姿にて仕事をさせていただきます」

 

 

 バルゴは姿が変わった理由を簡潔に説明する。つまり──

 

 

「……その姿はルーシィの好みってこと?」

「ルーシィは華奢な女の人が好きなの?」

「なんかそれものすごく誤解を招く言い方だから止めて!!」

 

 

 バルゴの説明から思ったことを二人で言ったがルーシィにすごい剣幕で否定された。そこまで否定されるとなんか気にかかるんだけど……

 

 

「前のほうが迫力あって強そうだったぞ」

「では……」

「余計なことは言わないの!!」

 

 

 ナツの言葉にバルゴは最初に出会った姿へと変化させようとするがルーシィは止める。やっぱり、アレがルーシィの好みの姿なんじゃ……何ですごい剣幕で否定されなきゃならないんだ?

 

 

「時間がないの!契約後回しでいい!?」

「かしこまりましたご主人様」

「てかご主人様は止めてよ!」

 

 

 “ご主人様”呼びは止めてほしいとルーシィが言い、その言葉にバルゴはチラリとルーシィが持っていた鞭に目を向ける。

 

 

「では女王様と」

「却下!!」

「では姫と」

「そんなところかしらね」

 

 

 “女王様”は却下したルーシィだが“姫”呼びは許した。それでいいのかなルーシィ……どっちも似たようなものだと思うんだけど。というかなんでバルゴは鞭を見て“女王様”なんて呼び方にしようと思ったんだ。

 

 

「そんなとこなんだ!!?」

「お姉ちゃん、“じょおーさま”と“ひめ”ってどう違うの?」

 

 

 リュウが“女王様”と“姫”の違いを聞いてくる。

 

 

「んー?あれでしょ、“年寄り”“若いか”だよ!!」

「じゃあ“ひめ”も、年取ったら“じょおーさま”なの?」

「そ!どんなに若いころに姫と言われようが……年取ったら誰だって女王様だ!!」

 

 

 ババーンとリュウに自信をもって答えた。

 

 

「“女王様”年寄り……“姫”……うん!リュウ、覚えた!!」

「(違う……そんな意味の“女王様”じゃない!)」

 

 

 バルゴが言った“女王様”は年齢で決められるものじゃない。

 とんちんかんなことを言う姉妹たちにグレイは内心ツッコミをいれる。口に出したい衝動にも駆られるが何とか押しとどめた。純粋無垢なリュウとなんだかんだ純粋なシエルのため、頑張って押しとどめた。

 

 

「では行きます!!」

 

 

 バルゴは泳ぐように地面に穴を掘り、魔風壁の外への道を作った。

 

 

「おお潜った!」

「いいぞルーシィ!!」

「痛!」

 

 

 エルザが胸にルーシィを押し付けるが鎧に頭を叩きつけられる形となってルーシィは痛がった。エルザはそんなことは気付かなかったが。

 

 

「おし!あの穴を通っていくぞ!」

「よっと」

 

 

 穴を通って魔風壁の外に出ようとするがその前にナツはカゲを抱える。

 

 

「何やってんだナツ!」

「オレと戦った後に死なれちゃ後味悪ぃんだよ」

 

 

 このまま中に置いて行っても下手をしたら仲間に殺されるかもしれない。ナツの言葉にそれもそうだと私たちは糸目の男を連れだした。

 

 

 


 

 

 

 外は凄まじい強風だった。どうやら魔風壁は今もなお外の空気を取り込んでいるようだ。外がこんな状況になっているならやっぱりリュウの食べるを止めさせて良かった。あのまま食べ続けてもリュウは食べきることができなかったね。

 

 

「りゅ~~!!!」

「リュウ!」

 

 

 槍を地面に突き立て、風で吹き飛ばされそうになるリュウをしっかりと抱きとめる。内より外のほうが酷いとは……【疾風のごとく】もこの場ではただの槍同然だ。せめてもの抵抗で風を纏おうとするがそよ風程度の力しか引き出せない。

 

 

「姫!下着が見えそうです」

「自分の隠せば?」

 

 

 従者らしくバルゴはルーシィのスカートを抑える。しかし自分のスカートは全く無視した行動だったためバルゴのスカートは大きく翻る。パンツが見えてしまったグレイは赤面したがそれは気にしないでおこう。

 

 

「無理だ……今からじゃ追い付けるはずがねぇ……オレたちの勝ちだな」

「気絶から復活したかと思ったらすぐさま減らず口とは中々にいい根性してるね」

 

 

 地面に置いてけぼりにされたカゲをぎろりと睨み付ける。

 

 

「事実を言って……なにが、悪い」

 

 

 殺されかけてもなぜそんなことが言えるのか私には分からないし分かりたくもない。踏みつけてやろうかとも思ったけど怪我人にそれをするとなんか負けた気もするのでそれは止めとく。だから、一言だけ言い切ってやろう。

 

 

 


 

 

 

「リュウ!魔力ちょうだい!!」

「りゅ?いいよ!」

 

 

 魔力を欲しがるハッピーにリュウは快く魔力を差し出す。

 

 

「おし!外出たらすぐに追うぞハッピー!シエル、こいつは任せた」

「えー……いいよ、気に食わないけど」

 

 

 断ろうかとも思ったがナツがまっすぐこちらを見てくるので仕方がないとばかりに引き受ける。まあ、さっきナツが言ったけど、手当てしたのに死なれたら確かに後味が悪い。気乗りはしないけどしょうがないか。

 

 

「うっしゃ外だー!!行くぞハッピー!」

「あい!」

「行ってらっしゃーい」

「らっしゃーい!」

 

 

 


 

 

 

「一言だけ言ってやる。妖精の尻尾(フェアリーテイル)をなめるなよ」

 




メリークリスマス。
あけましておめでとうございました。(遅い)

気が付いたらクリスマスと正月が終わっていた。
時間たつのって早いんだね……

年明けまでには鉄の森編は終わると思っていたのにオカシイナ。


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クローバーへ

「もきゅもきゅもきゅもきゅ」

 

 

 エルザが運転する魔動四輪車で私たちはナツ達を追いかける。

今回は運転も魔力の供給もエルザで、リュウは私が持ってきた干し肉を頬張って食べたものを魔力に変換している。

 ハッピーにだいぶ魔力を渡し過ぎた、このまま魔力が空になれば【変身】の魔法が解けてしまう。

まだ言葉を喋れるからいくらか余裕はあると思うけど、途中で竜に戻っちゃうとちょっと大変だからね。今は休ませよう。

 

 

「これ……あたしたちがレンタルした魔動四輪車じゃないじゃん!?」

『鉄の森』(アイゼンヴァルド)の周到さには頭が下がるご丁寧に破壊されてやがった」

「見事に粉砕されてたもんね……」

「あっこまでこにゃごにゃにゃら、リュウがたべてもりょかったじゃん」

「いや、それはいくら何でも流石にやばい気がする……」

「……弁償するのに形もないのは流石に……ね」

 

 

 魔力をハッピーに渡してお腹がすいたリュウは残骸となった魔動四輪車を見て真っ先に食べようとした。流石にそれはまずいと皆で止めた。いくら私がリュウ()に甘いと言ってもそこはちゃんと止めた。壊したのは『鉄の森』(アイゼンヴァルド)……というよりはエリゴールだけど、姿形が欠片もないのはちょっと困る。そこで私はいつも常備している干し肉を渡してそれをリュウはもきゅもきゅと食べているわけである。

 

 

「ケッ……それで他の車を盗んでちゃせわないよね」

「借りただけよ!!……エルザが言うには」

「事の原因がとやかく言わない。レンタル代と弁償の領収書を『鉄の森』(あんたら)に押し付けるぞ!!」

「どんな脅しだそれ」

 

 

 押し付けても意味ねぇだろ。とグレイは呟くがシエルには聞こえていなかった。

 

 

「何故……僕を連れていく?」

「しょうがないじゃない、町に誰も人がいないんだから」

「エルザが皆を逃がしちゃったもんね。誰もいない町に一人で置いてかれるのは寂しいでしょ?」

「クローバーのお医者さんに連れてってあげるって言ってんのよ、感謝しなさいよ」

 

 

 何故と問いかけるカゲにルーシィとリュウは一緒に連れていく説明をする。私は別にそこら辺にほっぽりだしても気にしない……ことはないけどさ。折角手当てしてのたれ死なれても困るし。

 

 

「違う!何で助ける!?敵だぞ!!?」

 

 

 カゲは敵のはずの自分を助ける私たちに声を荒げる。

 

 

「そうか、分かったぞ。僕を人質にエリゴールさんと交渉しようと……無駄だよあの人は冷血そのものさ、僕なんかの……」

「うわー暗ーい」

「後ろ向きだなー」

 

 

 変な勘違いをしているのかカゲはぶつぶつと呟く。こっちはそんなつもりないのに、なんというか後ろ向き過ぎでしょ。

 

 

「死にてぇなら殺してやろうか?」

「ちょっとグレイ!!」

 

 

 物騒なことを言い出すグレイだがそのまま言葉を続けた。

 

 

「生き死にだけが決着の全てじゃねぇだろ?もう少し、前を向いて生きろよ。お前ら全員さ」

「…………………」

 

 

 カゲがグレイの言葉を受け止めたかは分からない。だけど……思うことがなかったとも思わない。すぐに受け止めることはできなくても、心のどこかに言葉が残ってくれさえすればいい。殺されかけたというのに、こいつは……まだギルドを……

 ……やろうとすることはまったくもって賛成できないし認めないけどね!!

 

 

「あの火の玉小僧、死んだな」

「まだブツブツ言うんだ……大した後ろ向き精神だよ」

「なーんでそういうこと言うかなー」

 

 

 カゲはグレイのあの言葉を聞いてでも後ろ向き精神は変わらないのか、今度はナツが死ぬとか言い出す。

 

 

「火の魔法じゃエリゴールさんの【暴風衣】(ストームメイル)は破れない、絶対に!!」

 

 

 エリゴールを信じているのだろうとも思うけど、何というかドヤ顔が何となくうざった……うっとおしかったのでちょっと意趣返しでもしてみようかと私はクスクスと笑う。

 

 

「何がおかしい」

「そりゃ“風の衣”は()()()()だろうね」

「“風の衣”だと?エリゴールさんのはそんな生易しいものじゃない」

「どんなに荒々しかろうが、元を正せばただの“風”」

 

 

 変則的だけど私も“風使い”の端くれ、風の特性は重々承知している。そしてそんな風使いの弱点も私は一つ知っている。

 高温で熱せられた空気は上昇気流となって低気圧を発生させる。風は気圧の低いほうへ流れるから風使いは風を纏うのが難しくなる。一度ナツと戦って、それをやられて(ナツはそんな事意識してないだろうけど)空中から落っこちたことがある。

 地上にいる時はともかく、空中で身ぐるみを剥がされて落っこちるのはちょっと遠慮したいから、それから実力差がありすぎる炎属性の魔導士には【疾風のごとく】を使わなくなったんだけど……それはまた別の話か。

 

 

「ナツを怒らせないことだよ、出ないと身ぐるみ全部引っぺがされるんだから」

 

 

 ニッコリと私は知識と実体験が積もり積もった一言を言った。

 

 

「お姉ちゃん、怒らせてないのに身ぐるみひっぺ剥がされちゃったもんね」

「リュウ、そういうのは思っても口に出さない」

 

 

 リュウの一言で意味深に決めたセリフがちょっとカッコ悪くなったのはご愛敬です。

 

 

 


 

 

 

「ナツーー!!」

 

 

 線路沿いを魔動四輪車で辿っていくとナツとハッピーそして倒れたエリゴールの姿が見えた。それを見つけてルーシィは大きくナツを呼ぶ。

 

 

「お!遅かったじゃねぇか、もう終わったぞ」

「あい」

「流石だな」

「ケッ」

「素直に喜べばいいのに」

「リュウ、知ってるよ。そーいうのってツンりゅ!?」

「絶対にそれは違う。いいかリュウ、違うからな」

 

 

 グレイはとんちんかんで不名誉なことを言いそうになったリュウのほっぺを両手で強く挟む。

 

 

「りゅーー!?」

「リュウに何してくれとんじゃコラー!!!」

「ガッ!!?っ~~~!?」

 

 

 もちろんそれを(シスコン)のシエルが許すはずもなくグレイに飛びかかる。というか脛を蹴り飛ばした。グレイは痛みで悶絶する。

 

 

「シエルにやられてやんの!!ざまあねぇな!!」

「ああ!?てめえだってこんなの相手に苦戦しやがって!『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の格が下がるぜ!!」

「苦戦?どこが!楽勝だよ!!なあ、ハッピー!」

「微妙なとこです」

「何はともあれ見事だ、ナツ。これでマスターたちは守られた」

 

 

 いつも通り、ナツとグレイは言い合いを始めだすがそんな言い合いを止めたのはエルザだった。

 

 

「ついでだ……定例会の会場へ行き、事件の報告と笛の処分についてマスターに指示を仰ごう」

「クローバーはすぐそこだもんね」

 

 

 エルザの言葉に私たちは頷き、魔動四輪車に乗り込もうとした。しかし魔動四輪車は突然動き出しそのままこちらを轢こうとするので私たちは慌てて避けた。

 

 

「りゅ!?」

「カゲ!!」

「危ねーなぁ動かすならそう言えよ!!」

「油断したなハエども!!笛は、【呪歌】(ララバイ)はここだーー!ざまあみろ!!」

 

 

 走り出した魔動四輪車を運転していたのはカゲだった。そしてそのカゲの手元には【呪歌】(ララバイ)の笛が握られていた。

 って──

 

 

「恩を仇で返されたーー!!」

「あんのやろおおおお!!」

「何なのよ助けてあげたのにーー!!」

「追うぞ!!」

 

 

 目の前で起こった出来事に一瞬思考が停止するが、すぐにハッとなって文句を言いながら私たちはカゲを追いかけた。

 

 

 


 

 

 

「ハア……ハア……」

 

 

 カゲヤマは息を荒げさせながらもクローバーへ辿りつき、『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の奴らに追い付かれることなく、マスターたちが定例会をしている建物の前へと着いた。建物の様子を見るとまだたくさんの人影が見える。

 定例会はまだ終わっていないことにホッとし、この場所でも十分【呪歌】(ララバイ)の音色が届くと確信して笛を吹く準備をしようとする。ゼレフの遺産であるこの笛に秘められた黒魔法なら、いくらギルドのマスターと言えどひとたまりもない。

 

 

「!!」

 

 

 しかしその時誰かが自分の肩を叩いた。驚き、後ろを振り向くとそこにいたのは『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)のマスター、マカロフだった。

 

 

「なんじゃお主、その怪我で散歩とはよっぽどの命知らずか向こう見ずじゃな。傷に響くぞ早く病院に帰っとれ」

 

 

 マカロフはカゲヤマの怪我を見ると病院に帰るよう促す。

 

 

「いかん!そんなことしてる場合じゃなかった、急いであの五人の行き先を調べねば……」

「あ、あの……一曲聞いていきませんか?病院は楽器が禁止されているもので……」

 

 

 “今日はハエに縁がある”カゲヤマはそう思いながらもこのチャンスを逃すものかと曲を聞いてもらおうとする。

 

 

「気持ち悪い笛じゃのう」

「見た目はともかくいい音が出るんですよ」

「急いどるんじゃ一曲だけじゃぞ」

 

 

 “勝った”

 カゲはマカロフの言葉に勝利を確信し笛を口に近づける。

 

──正規のギルドはどこも下らねぇな!!能力が低いくせに粋がるんじゃねぇっての!!

 

──これはオレたちを暗い闇へと閉じ込め、生活を奪いやがった魔法界への復讐なのだ!!手始めにこの辺りのギルドマスターどもを皆殺しにする!!

 

 仲間たちの声を思い返す。

 そう、この笛を吹けば、魔法界に復讐ができる。

 

 

──リュウ、知ってる。人間って楽なほう楽なほうに逃げるとろくな奴にならないんだって!

 ……とてもムカつく子供の言葉が頭に過った。

 それが引き金となったのか、止めどなく奴らの言葉が自分の中を駆け巡る。

 

──そんなことしたって権利は戻ってこないのよ!?

 こちらに怯えながらも自分たちにそう言い切った金髪の女がいた。

 

──前を向いてる者を羨むな。

 ムカつく子供の姉は自分たちの行動を否定した。

 

──もう少し、前を向いて生きろよ。お前ら全員さ。

 後ろ向きな自分を諭す男がいた。

 

──彼が必要なんだ!死なすわけにはいかん!

 自分の力が必要だと言った、女騎士がいた。

 

──同じギルドの仲間じゃねえのかよ!!

 敵であったはずの自分を助けた火竜がいた。

 

 

「どうした?早くせんか」

 

 

 気付くと笛を持つ手が震えていた。そう、吹けば……吹けばいい。吹けば、きっと何かが……すべてが変わるはず!

 

 

「何も変わらんよ」

 

 

 目の前の老人はこちらの心を見透かすように言ってきた。

 

 

「弱い人間はいつまでたっても弱いまま。しかし弱さの全てが悪ではない。元々人間なんて弱い生き物じゃ。一人じゃ不安だからギルドがある。仲間がいる。強く生きる為に寄り添いあって歩いていく。不器用なものは人より多くの壁にぶつかるし遠回りをするかもしれん。しかし明日を信じて踏み出せばおのずと力は湧いてくる強く生きようと笑っていける。そんな笛に頼らなくても……な」

 

 

 その言葉でカゲは全てを察した。目の前の人物は全てを見通していた。分かっていて、自分に言葉を続けたのだと。

 

 

「……参りました」

 

 

 笛を手放し、カゲは地に崩れ落ちる。

 

 

 “適わない”

 

 

 そう、思い知ってしまった。正規ギルドの者に負けた。しかし、その心は……不思議と晴れやかな気分だった。

 

 

 


 

 

 

「りゅーーーーーー!!」

「ぐほばぉ!?」

 

 

 

 クローバーに着いて、なんとかカゲを見つけた私たちを止めたのはギルドマスターたちだった。すぐに笛を吹きそうなカゲだったけどマスターの嬉しい言葉に憑き物が落ちたように崩れ落ちた。

 ちなみにさっきのマスターの悲鳴は全てが終わったと判断したリュウがマスターに突撃した結果だ。多分マスターの言葉が嬉しかったんだね。うん。

 

 

「かっこよかったよマスター!!」

「リュ、リュウ!?と言うことは……」

「マスター!!」

「じっちゃん!!」

「じーさん!!」

「ぬおおぉぉっ!?なぜお主等がここに!?」

 

 

 マスターは私たちがここにいるとは思っていなかったのか顔をぐもぉっ!と変形させて驚いた。

 

 

「流石です!今の言葉、目頭が熱くなりました!!」

「痛っ!?」

「じっちゃん、スゲェな!!」

「そう思うならペシペシせんでくれい!」

 

 

 マスターの驚きもなんのその、エルザは自らの鎧にマスターの頭を打ち付けた。ナツは怖いもの知らずかペシペシと頭を叩いた。

 

 

「一件落着だな」

「ちゃくちゃく!!」

「いや、カゲを病院に連れてくのと、弁償とレンタル代を『鉄の森』(アイゼンヴァルド)に押し付けるのがまだだよ」

「押し付けるのは決定事項なんだ……ほら、アンタ医者行くわよー」

 

 

 後始末を終えるまでが本当の意味の一件落着ってね。

 

 

「カカカ……どいつもこいつも根性のねぇ魔導士どもだ」

「!!」

 

 

 この場にいる全員がその声を聴いた。地の底から這いずるように低く寒気がする恐ろしい声。全員あたりを見渡してその声の主を探す、それはすぐに見つかった。

 

 

「もう我慢できん、ワシ自らが喰ってやろう」

「笛が!?」

 

 

 声の発信源は【呪歌】(ララバイ)だった。笛からところどころ禍々しい瘴気が漏れ出る。そして笛から漏れ出る瘴気はだんだん巨大な何かへと変化していく。

 

 

「貴様等の魂をな……」

 

 

 瘴気が収まるとそこにいたのは──ゼレフの悪魔だった。



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【呪歌】

「ゼレフの悪魔……」

 

 

 エリゴールを倒し(ナツが)、カゲを改心させ(マスターが)、後はカゲを病院に連れていくのと『鉄の森』(アイゼンヴァルド)に弁償とレンタル代を請求すれば一件落着かと思ったら最後の最後にとんでもないのが現れた。

 

 

「腹が減ってたまらん、貴様等の魂を喰わせてもらうぞ」

「何!!魂って食えるのか!?」

「知るか!!」

「りゅ、美味しいよ!!」

「「食えるのか!?」」

 

 

 ナツの言葉は流したグレイだがリュウの言葉は流せなかったらしい。すかさず二人はツッコミをいれる。

 

 

「てか食えるのか……」

「リュウに食べられないものはあんまりないんだよ!」

 

 

 えっへんと胸を張ってリュウは宣言する。

 ああもう、その姿が可愛いんだからリュウは。後その言葉は若干問いになってないような、なっているような……分かる人には分かりそうだけど。

 

 

「食ったことがあるんだな……魂を」

 

 

 良かったねリュウ、グレイは分かる人だった。“食えるのか”の問いに“食べられないものはあまりない”用はそういうことである。魂なんか食べて大丈夫なのだろうかの心配があった時もあったけど、リュウだし、別に心配は必要ないのかもしれないとも思い至り……

 

 

「りゅ、美味しかった!」

 

 

 当の本人がニコニコしているし、もう気にしない方向でいいかもしれないと私の中では結論が付いている。というかリュウの雑食に一々ツッコミをいれたら気が持たないもんね!!

 

 

「まじか……うめえのか」

「いやリュウが特殊なだけだよー私無理だし」

 

 

 一応やらないとは思うけどナツには釘を刺しておこう。うん、念のため念のため。

 

 

「さあて……どいつの魂からいただこうかな……決めたぞ、全員まとめてだ」

 

 

 ゼレフの悪魔はこちらの品定めをし、【呪歌】(ララバイ)を発動するため息を吸い込んだ。そうはさせないと“私たち”は走り出し、私とエルザはそれぞれ片足を攻撃して悪魔のバランスを崩す。

 

 

「!?」

「うおおおおおお!!」

 

 

 悪魔がバランスを崩したスキにナツが悪魔の体をよじ登り、その顔面に一発くらわした。その魔術師とは思えないフットワークに周りのマスターたちがどよめいていた。悪魔は魔弾を放つがナツはそれを器用に避ける。避けられた魔弾はそのまま地上にいるマスターたちに向かうが、グレイが前に立つ。

 

 

「アイスメイク……【盾】(シールド)!」

 

 

 氷の盾を創り出し、悪魔の攻撃からマスターたちを守った。そのままグレイは氷の形を変え、攻撃に移ろうとする。おっと、ボーっとしてちゃだめだ。私たちは私たちなりにやれることしないと。実のところ、あの三人がいれば私たちはいてもいなくても変わらない。しかーし、必要ないとは思っても……黙ってみてるかどうかはまた別の問題でして。

 

 

「出てきたからにはやれるだけやるのが私のモットー。リュウ、魔力ちょうだい」

「りゅー!」

 

 

 おぶっているリュウに魔力をねだるとリュウは景気よく魔力を送ってくれた。送られてくる魔力を体に馴染ませ、【疾風のごとく】を持ち構える。時間がないから簡略版で!!

 

 

「“七光の槍よ!” 【天と地を繋ぐ橋】(アルク・アン・シエル)!!」

「アイスメイク【槍騎兵】(ランス)!」

 

 

 私は七光の槍を、グレイは氷の槍を、それぞれ悪魔に向けて放つ。光と氷の槍は悪魔の体を抉り削り取った。グラリと悪魔はよろめく。

 

 

「今だ!!」

 

 

 グレイの言葉にナツとエルザは大技をそれぞれ放とうとする。そんな中私はニヤリと笑った。

 

 

「リュウ、美味しいところは譲ってあげる!」

「りゅー!りゅうううう……」

 

 

 皆だけ活躍してたらちょっと不公平だと思うし、美味しいところはリュウに譲ろう。リュウは頷くとがばっと口を開けた、そして魔力を収束させる。

 

 

「【リュウの咆哮】!」

 

 

 そしてそのまま【放出】で魔力の塊を吐き出した。ナツとは違って属性などない本当に単なる魔力の塊だったが、ナツたちの攻撃に劣らない威力でそれは放たれた。

 

 

「ばか……な……」

 

 

 ナツたちの総攻撃をまともに受けて悪魔はボロボロに崩れ落ち、倒れていく。その光景を『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)以外の人たちが茫然と見つめた。

 

 

「すごい……」

「ゼレフの悪魔がこうもあっさり……」

「どうじゃーーー!すごいじゃろ!!」

 

 

 マスターが周りの人間に私たちの自慢をする。その様子に……悪い気はしないけどちょっと調子に乗り過ぎではないかとも思う。

 

 

「りゅー……」

 

 

 マスターの様子に苦笑していると、おぶられていたリュウが腕の力を強めて強く抱き着いてきた。

 

 

「リュウ?」

「りゅー、りゅうぅ……」

 

 

 何事かとリュウの様子を伺ってみるとリュウは“りゅー”と鳴いて私に訴えかける。その様子に私はあー……となって先ほどとは違う理由で苦笑する。

 

 

「……おなかすいた?」

「りゅ!」

 

 

 私が問うとリュウは大きく頷く。……やっぱりちょっと無理させしすぎた。リュウはお腹がすいて、喋れなくなっていた。正確には魔力がなくて、自分の言葉を人の言葉に変換できなくなっているわけだけど。

そんな状態でもこっちの言葉は分かっているから、意思表示は一応できる。こつんこつんと私の頭に頭突きしているのも意思表示の一つだ。

 

 

「りゅー……」

「ちょっと待ってーはい、魔水晶(ラクリマ)

「りゅー!」

 

 

 秘蔵のおやつ(リュウ専用)、魔水晶(ラクリマ)をリュウに渡す。

 リュウは手に持った魔水晶(ラクリマ)をバリバリとかみ砕いた。これはどっかのディスコミュニケーションの不審者から貰ったものだけど今使っちゃえ。一個じゃあまりお腹は膨れないと思うけど多分喋れるくらいには魔力は回復したかな

 

 

「美味しい?」

「おーしー!おーかわりー」

 

 

 うん、たどたどしいけど一応喋れてる。それなりに質のいい魔水晶(ラクリマ)だったみたい。気に食わない気持ちもあるにはあるけど、まあ……アイツには一応感謝はしておこう、一応。リュウはたどたどしく魔水晶(ラクリマ)のおかわりを要求する。だけどごめんね。

 

 

「ごめんね魔水晶(ラクリマ)の手持ちはあれ一個なんだ。家に帰ったらご馳走作るからもうちょっと我慢してくれる?」

 

 

 まさかここまで魔力を消費するとは思っていなかったから、魔水晶(ラクリマ)は一個しか持ってこなかった。干し肉も魔導四輪車で食べきっちゃったし……リュウには帰るまで我慢してもらうしかない。

 

 

「ごちそー……がまん」

「ありがとねリュウ」

 

 

 リュウは少し考えるそぶりを見せ、そして頷いてくれた。本当にごめんねリュウ、帰ったらご馳走用意するからちょっとだけ耐えてください。そんな意味を込めてリュウの頭をなでるとリュウは嬉しそうに目を細めた。

 

 

「皆ー」

「ああああああ!?」

 

 

 リュウのため早くギルドに帰らせてもらおうとしたら突然マスターが叫んだ。いきなりどうしたんだろう。まじまじとマスターの様子を伺ってみるとどうやらある方向を見て叫んだようだった。何が原因かと私たちはその方向に顔を向ける。そして瞬時に理解してしまった。

 

 

「定例会の会場があああ!!?」

「粉々じゃ!!?」

 

 

 そこにあったのは定例会の会場が見るも無残に崩れ落ちた、悲惨な光景だった。おそらく多分……いや間違いなく原因はゼレフの悪魔だ。瓦礫を見るに上から何かがのしかかったような崩れ方、間違いなく悪魔の下敷きとなってああなった。

 

 

「こ、この場合悪いのはゼレフの悪魔かな」

「いや、ゼレフの悪魔を倒した結果、下敷きとなって粉々になったんだから間違いなく事の発端は俺たちともいえる」

「だよねー」

 

 

 グレイの言葉だけど……うん、分かってた。分かってたんだから現実逃避させてほしかった。目の前の惨状に私は乾いた笑いを漏らす。ナツなんかは盛大に笑いこけてるがそこは気にしないでおこう、私、ナツほど非常識じゃないもん。

 まあ、目の前の惨状を見れば私たちがすることは決まっている。それは周りが茫然としている今しかできないこと。

 

 

「逃げろーー!」

「イエッサー!!」

「さー!」

 

 

 誰がそれを叫んだのかは分からない。しかし、それを合図に私たちは一目散に逃げだした。

 

 

「待てー!」

「とっ捕まえろー!」

「待てと言われて待つやつはいない!ばいばーい!」

「ばいばー!」

「マスター申し訳ありません……」

「い、いーのいーのどうせもう呼ばれないでしょ?」

 

 

 こちらを捕まえようとするマスターたちから、『妖精の尻尾』(私たち)はすたこらさっさと逃げ出したのだった。……え、最期の最後にしまらないって?それはしょうがない、だってそれが『妖精の尻尾』(私たち)だもん。

 

 

「あ、『鉄の森』(アイゼンヴァルド)に弁償とレンタル代を請求するの忘れた!」

「いやもうそれは諦めろよ……」

 

 

 こんな感じにね。

 



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イノシシ>ナツ

 机に向かい、ノートに記された数字を睨み付ける。しかし、穴が開くほど見つめていてもその数字が変わることはない。透かそうが裏返そうが逆さにしようが記された内容は変わらない。

 

 

「うーん……このままいくとちょっとやばい……いや大丈夫?」

 

 

 今日の金額をお小遣い帳に記入して呟く。最近、収入より支出のほうが多い。金欠ってわけでもないけど……いや、リュウの食費と燃費を考えたらやっぱりちょっと危ないかも。

 

 

「んー……」

 

 

 明日はそれなりに報酬がいい仕事を受けたほうがいいかな。出来れば食費が浮く仕事、しいていうなら魔獣退治とか。

 

 

「りゅー眠いー」

 

 

 私の足元でずっとゴロゴロしていたリュウがズボンの裾を引っ張って眠いと訴えてきた。

 

 

「っとごめんねリュウ。よし、お小遣い帳も書き終えたし寝よっか」

「ねるー」

「あ、ちょっと待って寝る前には歯を磨かなきゃ」

「……磨いたよ?」

「……へーいつ?」

「さっき!」

 

 

 にっこり笑ってリュウは言った。そっか、“さっき”かー……うん、よし。

 

 

「そっか、ならいいんだけど……あ、リュウこれ食べる?」

「りゅ、食べるー!」

 

 

 私はリュウに先ほどまで使っていた羽ペンと差し出す。リュウはそれを受け取ってポリポリと食べた。

 

 

「ポリポリポリポリ」

「美味しい?」

「りゅ、おいしー!」

「そっかーそれは良かった。じゃ歯磨こうね!」

「りゅ!?」

 

 

 がっしりとリュウの肩を掴む。そしてそのまま逃がさないようにズリズリと引きずっていく。

 

 

「さっき磨いたー!?」

「さっきはさっき、今は今、たった今食べたでしょ“おやつ”(羽ペン)。食べたなら磨かないと」

「りゅー!はめられたー!」

「嵌めてないよ、食べるか食べないかは聞いたもん私」

 

 

 差し出したら間違いなく食べるなと思ったけどさ。それを世間一般は嵌めたというと思うけど……最初に嘘をついたのはリュウの方、今回はリュウが悪い。

 “磨いた”なんて嘘、いくら歯磨きが嫌いでも嘘をつくほうが悪い。

 

 

「りゅー!シャカシャカ嫌だー!」

 

 

 ジタバタとリュウは暴れる。一応私とリュウではそれなりに体格差はあるけれど、人と竜の力の差か手をふりほどきそうになる。

 

 

「わっと暴れないのリュウ!」

「いーやーだー!」

「大丈夫、歯ブラシが嫌いなリュウでもちゃんと磨けるの用意したから」

「りゅ?」

「じゃーん!“液体歯ブラシ”!これを口に含んでグチュグチュしてペッするだけで歯を磨ける優れもの!」

 

 

 私は棚からこの前買った魔法道具を取り出した。これは歯ブラシが嫌いなリュウのために買ってきた優れもの。うがいして吐き出すだけで歯を磨くことができる魔法道具だ。

 

 

「液体……ブラシ?」

「液体の時点でブラシじゃないってのは、無駄なツッコミだよリュウ」

 

 

 きっと私たち以外も思っていることだろうし。二つのコップに液体を注ぐ。そして一つをリュウに手渡した。

 

 

「これなら歯ブラシが嫌いなリュウでも……」

「グチュグチュゴックン!おかわり!」

「……それは歯を磨くためのもので飲み物ではないんだけどなー」

 

 

 リュウは液体歯ブラシでうがいしてすぐに飲み込んだ。そしておかわりを要求した。まさか飲み込むとは思わなかった。

 いや待って、よくよく考えたらこれは“魔法道具”(リュウの大好物)、飲み込まない選択肢なんてなかったね。……ま、まあ一応磨けたし……いっか。

 

 

「グチュグチュ……ペッ!!よーし歯を磨いたことだし……寝るぞー!」

「りゅー!」

 

 

 いつの間にか竜に戻っていたリュウがベッドの横に吊るしてあるチェアハンモックに飛び込んだ。そして体を丸め、寝る体制に入る。

 私は小さいタオルケットをリュウにかけてあげた。

 

 

「りゅーうー」

「おやすみ。あ、リュウ」

「りゅ?」

「明日依頼受けるから “もし、私より早く起きたら起こしてね”」

「りゅー……」

 

 

 依頼は早い者勝ち、報酬がいいものはそれこそすぐになくなってしまう。受ける依頼が一つもないって状況はご免だしできるだけ早めに受けるためできるだけ早く起きよう。その協力をリュウにお願いすると気の抜けた鳴き声と尻尾をパタパタと振ることで返事を返してくれた。

 念のためにボーダーラインの目覚ましをセットしてそのまま寝に入る。一番肝心なことを言い忘れてたのも気付かないまま、私は夢の世界に旅立った。

 

 

 


 

 

 

 この耳はどんな些細な音も拾う。ちゅんちゅんと鳥たちが鳴いている。寮の皆も何人かは目が覚めて活動している人もいる。うん、朝だ!

 ガバっと起き上がるとお姉ちゃんがかけてくれたタオルがひらりと落ちていきそうになったからパクっと噛んでハンモックに戻す。

 

 

「りゅ~う~りゅ~(お姉ちゃん~朝だよ~)」

 

 

 お姉ちゃんの方を伺うとお姉ちゃんはまだ夢の中だった。ハンモックから降りてペチペチと顔を叩く。でもお姉ちゃんは起きそうにない。

 

 

「うーー……あぐ!(噛むよー?えい!)」

「い……」

「りゅーう!!(これならどうだ!)」

「ぐっ……」

 

 

 噛みついてみたけどそれでもお姉ちゃんは起きなかった。頭突きしても起きなかった。先に起きたら起こしてって言われたのにー。

 どうしようかな。このまま起こさなかったらお仕事取られちゃうよね。なーにーかーいい考えは……

 

 

「りゅ!(そうだ!)」

 

 

 お姉ちゃんの顔を見てたらピコーンといいこと思いついた。さっそく試そうとハンモックに戻る。

 

 

「りゅ~う、りゅ~う(ゆ~ら~ゆ~ら~)」

 

 

 ゆらゆらと全体重を駆使してハンモックを揺らす。まだだ、まだ揺らすんだ。

 

 

「りゅ~う、りゅ~う……りゅーーー!(ゆ~ら~ゆ~ら~……ドラゴーンダイーブ!)」

 

 

 そしていきおいをつけてハンモックからお姉ちゃんのお腹へとダイブした。

 

 

「……ふべぶ!!?」

 

 

 ぐっすり寝てて起きそうにないと判断した私はいつも通りドラゴンダイブ(ただのダイブ)でお姉ちゃんを叩き起こすことにした。だってお姉ちゃんちょっとやそっと揺すっても起きないんだもん。

 お姉ちゃんがうめき声をあげながらゆっくりと起き上がる。そして目をうっすらと開けた。

 

 

「りゅー!(はよー!)」

「……おはようリュウ」

 

 

 こっちを見てくれたので挨拶をする。お姉ちゃんの教えの一つ、“一日の始まりは挨拶から”を実践だよ。お姉ちゃんは挨拶を返してくれた。

 

 

「リュウ、言わなかった私のほうが悪いかもしれないけど。一つだけ言わせて、ダイブは止めよう、ダイブは」

「りゅ!?(え!?)」

 

 

 起きたお姉ちゃんにダイブは止めようと言われた。起きなかったのはお姉ちゃんの方なのにーちょっとというか結構納得いかないよ!

 

 

 


 

 

 

「どーれーにーしーよーうーかーなー」

 

 

 依頼版の前に立ち、依頼の品定めをする。お金がそれなりにもらえて食費が浮くような依頼はないものか……

 

 

「よう、シエルお前がウェイトレスしてないでそこの前に突っ立ってるなんて珍しいな」

「当たりまえ、私はウェイトレスじゃなくて魔導士だもん」

 

 

 給仕しないで依頼を品定めしている私が珍しかったのかグレイが話しかけてきた。

 

 

「というかウェイトレスだけじゃ今月厳しくて……」

「帰ってきても金欠じゃねぇか。で、それはどうした……」

「あー」

 

 

 グレイは視線を私の頭……正確には“私に背負われたまま噛みついているリュウ”を見た。

 

 

「う~~~~~!うう!うぅ~~~~~!!う!」

「リュウ、まずシエルの頭を解放……いや、離してから話せ……いいんじゃないかコレ」

「うん、寒いねソレ」

 

 

 リュウは私の頭に噛みついたままグレイに訴えかける。が、勿論意味は伝わらない。

 グレイはリュウに噛みつくの止めさせようと呼びかけるが、下らないことを思いついたのか言葉を言い直した。実際かなり下らなかった。

 

 

「りゅ、お姉ちゃんね!酷いんだよ!リュウが早く起きたら起こしてって言ったのにリュウが起こしたら文句言うの!起きなかったのはお姉ちゃんの方なのに!!う!」

「ということです」

 

 

 リュウは噛みつくのを止めるとグレイに朝起こったことを伝える。そして最後にまた噛みつかれた。

 完全にひねくれモードになってしまった。これはしばらく私の頭から離れないな。別に慣れてるからいいんだけどね、痛いけど……“竜”状態で噛まれるよりはましだし。

 

 

「ようはいつもの事だな」

「いつもの事ではないよ、三日に一回のことだよ」

「それ結構な頻度だからな、というかお前大丈夫なのか」

「モーマンタイだよ!むしろばっちこい!」

「本当にいつもの事だな」

 

 

 グレイはシエルのシスコンぶりに愚問だったかとため息つく。グレイの言葉を受け流しながら私は依頼を品定めし、ちょうどいい依頼を見つける。

 

 

「あ、イノシシ退治もらいっと!報酬もいいし、イノシシを狩った証拠を見せれば後はこっちの自由……なんてステキな依頼!」

「イノシシー!」

 

 

 これで一食分の食費が浮く!!これ幸いと依頼版から依頼書を取り、マスターの元へ行く。

 

 

「これ受けるね!」

「む?シエル、依頼を受けに行くのか?」

「そうだよ?リュウも一緒!」

「りゅー」

「何だよエルザとナツの“決闘”を見ねえのか?」

「決闘?」

 

 

 マスターに依頼書を見せるとちょっと不思議な反応をされた、そのことに首を傾げるとウォーレンがエルザとナツの決闘について話す。

 

 

「あー今日だったっけ、すっかり忘れてた」

 

 

 そういえばエルザとナツはそんな約束してたっけ。その後列車でダウンしたナツがエルザにノックアウトされてたけど。気付くとカナが賭けの元締めになっていた。

 

 

「シエル、アンタはどっちに賭ける?」

「私?うーん……」

 

 

 どちらに賭けるかカナが聞いてきたので私はどちらに賭けようか頭を悩ませる。個人的には師匠であるエルザの方に賭けたいけど、リュウはナツに賭けたいだろうし……

 

 

「……ナーツー」

「お、何だリュウ!」

 

 

 私がどちらに賭けるか悩ませていると、リュウは私に噛みつくのを止めてナツを呼び止めた。

 

 

「なーむー!!」

 

 

 そして勢いよく合掌してニッコリと言い放った。

 

 

「……えーリュウはナツが負けると予想しているようだからエルザにかけるね」

「あいよ」

 

 

 リュウがそう予想したことだし、私はカナに賭け金を渡すことにした。

 

 

「おいこらリュウ!どーゆーつもりだ!!」

「この勝負エルザが勝つよ!」

「んだとぉ!見てろ!俺が勝ってやるからな!!」

「りゅ、分かった!!」

 

 

 自分が負けると予想されたことにナツは気に食わないのか決闘を見てろと言ってきたけど……うん、気が引けるけど言うしかない。

 

 

「ごめん二人とも。今から依頼受けに行くから見れないや。後で結果聞く」

「なにぃ!?」

「りゅ!」

 

 

 依頼書の場所、遠いしから今から行かないと。ナツたちの決闘見てからだと結構遅くなりそうだし。

 

 

「りゅうううう!!!うう~~!」

「リュウ、多分噛みつくぞーって言ってるのはある程度予想できるけど、それはまず噛みつく前に言うことだったと思うなー」

 

 

 ナツ達の決闘を見たかったのかリュウはこちらに噛みついてきた。まあ、噛みつかれても行くのは止めないけど。

 

 

「う~~~~~!」

「リュウ、イノシシとナツどっちがいい?」

「りゅ?」

 

 

 イノシシを食べるか、ナツの決闘を見るか。その問いにリュウは考える。ゆらゆらとイノシシとナツが拮抗する。うーと唸り、考えに考え抜いてリュウは答えを出した。

 

 

「なべー!ぼたなべー!」

 

 

 ナツの決闘より牡丹鍋食べたい。ナツがイノシシに負けた瞬間だった。

 ある程度慕っていて優先されるナツでも、めったに食べられないイノシシに勝つことはできなかったみたいだ。

 

 

「イノシシに負けた!?」

「ナツとエルザのけっとーも見たいけど、リュウはおなかすいた!リュウのモットー“花より団子”!!」

「おお、大体予想が付くモットーだな」

 

 

 リュウの宣言にギルドの皆は深く頷く。いや、食べるだけがリュウじゃないよ!?いつの間にか何かを食べていることは多いと言えば多いけど!!

 

 

「ぼーたーなーべーはーやーくー!」

 

 

 早く牡丹鍋を食べたいのか、リュウは再び私の頭に噛みついてくる。

 

 

「というわけで行ってきまーす!」

「いってらっしゃ~い」

 

 

 私はリュウに噛みつかれたままギルドを出ていった。街に出ると皆、私たちの姿を見てぎょっとする。しかし私を認識すると納得したように頷きそのまま去っていく。

 何だ、皆いつもの事と思っているのか、三日に一回ぐらいしかないよこの光景!若干腑に落ちない気分を味わいながらも駅へと向かう。

 そんな中、私は特徴的な人物たちとすれ違う。その人物達に私は思わず、足を止めて振りかえる。

 

 

「今のは……」

「りゅ?どうしたのお姉ちゃん」

 

 

 急に立ち止まった私を疑問に思ったのかリュウが顎を頭の上に乗っけながら聞いてきた。

 

 

「いや、あのカエル」

「カエルいるの?食べたい!」

「いや、カエルはカエルだけどカエル人間だったから食べちゃダメ」

 

 

 通り過ぎた人物についてリュウに伝えようとするがリュウはまず“カエル”という言葉に反応した。(食の方向に)とはいえそのカエルはカエル人間だったから食べるのは止めておく。

 

 

「うー」

「ふてくされてもダメなものはダーメ。で、そのカエルなんだけど……」

 

 

 今のは……まさか……

 

 

「キレイな服を着ていたんだけど、その服が評議会の服に似ていた気がするんだよね」

「カエル、ひょーぎかいの人?」

「いやーまさか、わざわざ評議会の人がこの街に来る理由なんてないでしょ」

 

 

 

 その時、私は失念していた。

 

 

 

「っと列車に乗り遅れちゃう、リュウ少し揺れるよ」

「だーじょぶ!ちゃんと捕まってる!」

 

 

 『鉄の森』(アイゼンヴァルド)テロ事件について全部終わったつもりになっていたせいでもある。

 

 

 そのカエル人間が評議会の人で、『鉄の森』(アイゼンヴァルド)テロ事件でエルザを捕まえに来たのだと知ったのは依頼から帰って全てが終わった後。

 

 

 

 

 

──こうして私は、過去と再会することなく今を過ごしていたのだった。

 



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お残しは許しません

まだだ、まだエタらんよ!!
あまり話しは進んでないけど!


「――――――――――っ!!!」

「ちょーこーまーかーとー!すばしっこいなイノシシ!」

 

 

 枝から枝へと飛び乗り、彼女は自分よりはるかに大きいイノシシ(標的)を追いかける。イノシシはでかい図体のわりにすばしっこく、シエルは中々決定打を与えられずにいた。このままではらちが明かないと判断したシエルは【疾風のごとく】に風を纏わせ、イノシシの進路方向に投げつけた。

 

 

「【蜂のように刺す】!!」

「――――――――――っ!!」

「!!」

 

 

 槍は風を纏い、一直線に突き進む。そのままイノシシを貫くかと思えた槍は、危険を察知したイノシシが進行方向を変えることで、左の牙を切断するだけとなった。

 

 

「うげ……野生のくせに勘が……いや、野生だから勘がいいのか。で・も・ね?……“残念、計算通りだ”」

 

 

 うまくいったと、シエルはニヤリと笑う。そう、あれは当たればもうけと投げた槍、別に避けられてもよかった。“誘導する”ことが、シエルの目的だった。

 なにせ逃げた先(そこ)にいるのは──

 

 

「りゅーーー!」

「――――――――っ!?」

 

 

 リュウ()なのだから。気配を消し草陰から飛び出たリュウ(竜状態)は一瞬のうちにイノシシの喉元を食いちぎった。イノシシは声なき悲鳴を上げ、絶命する。

 この世はまさに弱肉強食、(絶対強者)が君臨するなんとも世知辛い世の中なのだ。シエルが獲物を追い込み、最後にリュウが止めを刺す。これが、シエル達の“狩り”だった。

 

 

「ふぅ……中々に手こずった。ま!私とリュウにかかればこんなのちょちょいのちょいだけどね!リュウ!村長さんにイノシシをみせ……」

 

 

 シエルは投げた槍を回収し、リュウとイノシシに目を向ける。そこで彼女は目を見開いた。

 

 

「アグ!ウ~~……りゅ!ア~」

「リュ、リュウ!?まだ食べないで!それ証拠だから!!めっ!だよ、めっ!」

 

 

 リュウは仕留めたイノシシの体を食いちぎり、モグモグと食べていた。証拠を食べているリュウを、シエルは慌てて止めた。

 

 

 


 

 

 

 あの後、私たちは仕留めたイノシシを村人に見せ、(リュウが食いちぎった個所は分からないように抉り取ってから)お金を受け取った。お金と一緒にもらったイノシシは、思っていたより大きくて、全部をギルドまで持って帰るのは流石に無理だと判断した。ということで、持って帰る分を切り取ってから、ちょうどいいところにキャンプを作って、イノシシの丸焼きを作成している。【紅蓮の炎】のおかげでいつでもどこでも炎が出せるからよかったよ。

 

 

「いやー楽しかったねー」

「りゅ!りゅ!」

 

 

 私の言葉に、膝の上にいる小さな竜はコクンコクンと頷いてくれた。今、リュウは魔力の消費を少しでも抑えるため、本来の姿でいてもらっている。普通なら竜状態でいるのは危険だけど……ここは森の奥深く、普通に考えて人は寄り付かない。それに人避けの魔法をかけたから、もし人がいても、ここに寄ってくることはない。竜状態でも問題なっしんぐなのです。

 

 

「りゅ~う~」

「ま~だだよ。リュウは生でも食べれるだろうけど、私は生じゃ食べれないもん」

 

 

 今までさんざんトカゲやらカエルやら食べてはきたけど、流石に生肉を食べるのは無理です。もし食べれたとしても、お腹を壊します。

 

 

「う~……」

「リュウ、そっちのお肉を食べたら、夕飯の牡丹鍋はありません」

「りゅ!?」

 

 

 リュウが持ち帰る予定のお肉をじーっと見つめていたから、釘を刺す。うん、やっぱり食べるつもりだったか。

 

 

「…………………」

 

 

 つぶらな瞳でこちらを見つめるリュウにチクチクと心が痛い。で、でもここは心を鬼にしなきゃ。夕飯がなくなる!!

 

 

「そ、そんな目で見てもダメなものはダメ」

「りゅー」

 

 

 イノシシが食べれないと判断したリュウはふてくされて体を丸める。そしてペチペチと尻尾で抗議した。その姿に苦笑して、そっとリュウの頭をなでると、リュウはぐりぐりと頭をこすりつけてきた。

 

 

「りゅー……う!」

「うん、お腹すいたね。もう少し待っててねーこうしてシュパッと!」

 

 

 【疾風のごとく】を持ち、風を起こしてイノシシを持ちあげる。そのまま空中で切り刻んで私とリュウが食べる分を切り分けた。切り分けた分はお皿に乗っけた。

 

 

「はい、イノシシの丸焼き(三分の二)できあがり~リュウできたよ。どうぞ!」

「りゅ~~!りゅりゅりゅ~!」

 

 

 ぴょーんとリュウは私の膝の上からイノシシの肉に飛び乗る。そして齧り付いた。

 

 

「アグアグアグアグ」

「そんなに急いで食べて……喉をつまらせないでね」

「りゅー!」

 

 

 私はリュウがお肉に噛り付く姿をちょっとだけ観察して……そしてリュウの喰いっぷりに……ちょっとだけ呆れた。あんな小さい体で、自分の体積をはるかに上回るお肉を食べるんだもん、いつものことといえばいつものことだけど……一体どこに入ってるんだろう。リュウの食生活を思い返すが、どう思い返しても答えは見つからなかった。……私も食べよう、考えても答えは出ないし、リュウの喰いっぷりを見てたらお腹すいちゃった。

 

 

「いただきます」

 

 

 お皿に盛ったお肉をフォークで突き刺す。そしてそれを持ち上げて口に運ぼうとした──その時だった。

 

 

「あ……れ?」

 

 

 突然視界が歪む。私は持っていたフォークを落とし、頭を抱える。

 思考が定まらない。体がとてつもなく重い。意識が遠く、深く──沈んで──

 

 

「りゅーー!」

「――っ!?」

 

 

 痛み(リュウ)が私を夢から現実に引き戻した。リュウの行動に感謝し、私は“頭に噛みつかれたまま”【疾風のごとく】を取り出す。

 

 

「……ありがと、リュウ」

「りゅ!」

「なめた真似してくれるね……ぶっ飛ばす」

「!」

 

 

 感情のままに、“見えぬ敵”目がけて“風”を薙ぎ払う。風の刃は木々を切り倒しつづけたが、刃は何かに溶かされたように突如解けて消えた。

 

 

「……リュウ、噛みつ「やめるんだ……私が悪かった」……チッ」

 

 

 “敵”が素直にぶっ飛ばされるつもりはないと判断し、リュウに指示を出そうとしたときに両手を上げて奴は姿を現した。予想通りの人物に私は舌打ちをする。いきなり人を眠らせようとした行動に思うところがないわけではなかったけど……戦う意思のない人間をいたぶる趣味はなかったので、とりあえず槍を収める。しかし、不機嫌な態度を隠さずに、私はその人物を睨み付けた。

 

 

「……のっけからふざけたことするね “ミストガン”」

「りゅー」

 

 

 そこにいたのはマントそして覆面をつけた男。どこからどう見ても……いや言い直す、どう贔屓しようが万人が不審者と断言できる格好をしたその人物は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男と言われている人物の一人……ミストガンだ。

 ……どうしてこのディスコミュニケーションが最強の男とか言われてるんだか……世の中訳が分からないよ。

 

 

「……エルザやナツと一緒ではないのか?」

「それは大丈夫、今回は私とリュウの二人で依頼を受けたの、そうじゃなきゃリュウはこっちの姿になれないよ」

「りゅー!」

 

 

 あたりを気にするミストガンにここには私とリュウしかいないことを教えた。

 

 

「エルザ達がいないとしても迂闊に戻らないほうがいい、いつどこで誰が見てるかわからない」

「人避けの魔法はかけてたでしょ」

「まだ未熟だったが……な、この程度、腕の立つ魔道士なら容易く解ける」

「この程度って言い方……めちゃくちゃ癪に障るなー」

「事実だ」

「事実だけども!」

 

 

 ミストガンのめちゃくちゃ癪に障る言い方に、私は腹を立てる。そりゃまあ……まだミストガンの域に達してないのは、自分でも理解しているけど……言い方ってものがあると思いまーす。

 ……エルザが槍を使った“戦闘技術”の師匠だとすれば、こいつは決して認めたくはないけど“魔法”の師匠。

まだまだ魔力が少ない私に、槍に込められた“魔力”と“属性”で戦う術を教えてくれた。けど!それで!注意を受け入れるかどうかは!全く!別の!問題!でして!というか!肝心なことをこの馬鹿は話してないんだけど!

 

 

「ああもう!じれったい!!言いたいことがあるならさっさと言って!まさか、未熟なことをわざわざ伝えに来たわけではないでしょ」

 

 

 人の未熟さを伝えるなら、わざわざ人を眠らすことはない。それ以外、何らかの理由で私たちを眠らせに来たと判断できる。というか私たちは、ご飯の時間を邪魔されて怒ってるんだ!ダメだしするために私たちのご飯タイムを邪魔することは許さないよ!

 

 

「……………」

「聞こえません!」

 

 

 ポツリと小さな声でミストガンは呟くが、マスクで声は籠って私まで届かなかった。もう一度聞き返す。

 

 

「……肉…………」

「なに?」

「……肉しかなかったから、野菜を置いて立ち去ろうと……」

「………………」

 

 

 ミストガンの言葉に、固まった私は悪くないと思います。用はあれか、私たちのお昼ご飯が肉だけだったから、野菜も食べろ!って伝えたくて現れたのか。驚いたとかそんなふうではなく……なんというか……その……えーっとほら、あれだよあれ……どうしてこのディスコミュニケーションが最強の男とか言われてるんだ……世の中訳が分からないよ。

 

 

「その行動に、私を眠らす必要性あった!?いつの間にか眠ってて目が覚めたら目の前に買った覚えのない野菜ってすっごく不気味だからね!?ディスコミュニケーション野郎とは常々思っていたけれど!シャイ?シャイなの!?シャイボーイかアンタは!!」

「……すまん」

「はぁ……あーもう、色々と馬鹿らしくなってきたーリュウー私もう疲れたよ。もうこんな奴ほっといてご飯食べよう」

「りゅー」

 

 

 色々と馬鹿らしくなった私はミストガンをほっといて中断していた食事を再開することにする。というかお腹減ったよ私。さっきから一口も食べてないもん。フォークは……さっき落としちゃったな、新しいの出すか。

 

 

「待つんだシエル、肉だけじゃ栄養が偏る。野菜も食べるんだ」

 

 

 ミストガンはこちらに野菜が大量に入った紙袋を差し出してくる。積み重なる野菜達の一番上にあったのは、私が大嫌いなピーマンだった。

 ……嫌がらせ?嫌がらせかなこれ。

 

 

「この期に及んでまだいうかこのディスコミュニケーション野郎、素直に受け取ると思ってるの?というかそれ以前に、これ見よがしに私の大嫌いなピーマンを見せつけてくる神経どうかしてないですかね」

「好き嫌いはダメだ、リュウのようになれ……とは言わないが、その野菜嫌いは直すべきだ」

「別に野菜なんか食べなくても人は成長できますートカゲとかカエルとか食べて生きてけますー」

「りゅーうー」

 

 

 ミストガンの押しつけがましいその善意に私たちは二人してふてくされる。……いや、正確にはふてくされているのは私だけ、リュウは私の真似をしているだけだ。ご飯が増えることにこの子が喜ばないはずはな……いや、持ってきたのがミストガンなら逆に突っぱねるか?

 

 

「というかあなたに言われる筋合いはないしー」

「……そうか」

「…………うっ」

 

 

 こちらの言葉にミストガンはすごく落ち込んで、悲しそうな目で野菜を見つめる。その姿にどこからともなく罪悪感が湧いてきた。

 え、これ悪いの私?私かな?そろーっと頭の上に乗りっぱなしのリュウに視線を向ける。私の視線に気づいたリュウはくあーっと欠伸をするとぷいっと我関せずの態度をとる。そうだった……リュウはミストガンに関わるととたんに塩対応になるんだった。私がどうにかしないとダメかコレ。

 

 

「………………」

「………………」

「……あーもう!わかったよ!」

「!」

 

 

 沈黙に耐え切れず、口火を切ったのは私だった。

 

 

「その袋ちょうだい、野菜炒め作るから」

「ああ、ちゃんと残さず食べろよ「ただし!」!!」

 

 

 私はミストガンにズイッと詰め寄る。

 

 

「一緒に食べて」

「何……」

「一緒に!食べて!私たちだけじゃこの量は食べきれないです」

「……そうか?」

 

 

 ミストガンは私の言葉に疑問に思ったのか、リュウに視線を向ける。……いやまあ、リュウがいれば食べきれないってことはないと思うけど。きっとイノシシも野菜も全部食べると思うけど。

 

 

「いいから食・べ・ろ!ちょっきゅっぱで作るからそっちに腰かけといて!!」

 

 

 返事を聞かずに、リュウを下してさっさと料理に取り掛かる。料理と言っても持ってきたプライパンと残っていた炎で野菜と少々のイノシシ肉を炒める簡単な作業だけどさ。……あ、火力調整間違えた……肉と野菜焦げた……これくらいならいけるいける。

 

 

「だが……リュウは私がいないほうがいいんじゃないか?」

「……そんなことないよねーリュウ」

「りゅー?……りゅ」

 

 

 ミストガンはリュウを引き合いにしてこの場から去ろうとするが、そんな理由で私が立ち去るのを認めると思うか、馬鹿め。私の問いかけにリュウはふてくされて頷く、ミストガンをジトーっと見つめているが、何かをしようとすることはない。多分この機嫌の悪さはご飯を邪魔されたからだね。

 すぐに噛みついたりしないからまだ大丈夫。ご飯食べておなか一杯になれば機嫌も直るでしょう。

 

 

「いいって!」

「なら……お相伴に預かろうか」

 

 

 ミストガンはしょうがないとばかりに近くの岩に腰かけた。

 

 

「急ぎ過ぎて火力の調整を見誤るなよ」

「よ、余計な心配ですーちょっとの焦げはスパイスだから大丈夫ですー」

「……焦がしたのか」

「………………」

 

 

 ミストガンは完全に私が焦がしたと断言していた。いや、私が焦がしたんだけども。簡単な作業と高をくくって、焦がしたのがばれた。……どうしてそういうのは察しが聞くかなこのディスコミュニケーション野郎。

 

 

「……シエル、代わるか?」

「いらないし!大人しく安心して座ってて!!野菜炒めの一つや二つくらい私にもできるし!いざとなればポーリュシカの胃薬飲めば焦げなんかへっちゃらだし!」

「安心できる要素が一つもない気がするんだが……」

「くあ~~……」

 

 

 ミストガンの呟きなど気にせず、私は料理に取り掛かるのだった。

 

 

「わ!?フライパンが火吹いた!?」

「本当に大丈夫か!?」

 

 

・・・今日の昼ごはん(シエル)・・・

イノシシの丸焼き(部位足のみ)

スパイスをきかせてワインでフランベした野菜炒め~ポーリュシカ印の胃薬を添えて~

 

 

 

※お残しはリュウが美味しくいただきました。

 



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それとこれとは別問題

 今、この状況で、私はものすごく、大声叫びたいことがある。……叫びたいんだけども、状況がそれを許してくれなくてなんとか自分の内に閉じ込めているところだ。

 

 

 

 

 

 けど、そう、叫べなくてもいいから言わせてほしい。

 

 

 

 

 

 

「……ディスコミュニケーション野郎」

「昨日のことは謝るから本当にそれはやめてくれないか」

「……分かった、ディスコミュニケーション不審シャイお節介マスク変態ロリコン非常識野郎」

「色々増えたぞ!?」

 

 

 私はリュウと……途中でお節介を焼いてきたミストガンと一緒にギルドに帰っている途中だった。唐突にミストガンを罵倒する状況になった理由を簡潔に説明しよう。完全にミストガンの自業自得です。

 

 

「いくら顔を見られたくないからって、幻影で姿を隠して町を歩くのでも非常識なのに、しまいには眠りの魔法でギルドのみんなを眠らそうとする人には妥当な扱いだと思いまーす」

「まーしゅ、シャクシャク」

 

 

 ミストガンの手には幻影の杖と眠りの杖がある。その二本の杖を見れば私にだってミストガンが何をするつもりなのかわかる。ちょっとぐらい言い過ぎたっていいじゃないか。そんな私の言葉にリュウはリンゴを齧り、リスのように頬を膨らませながら同意してくれた。

 

 

「そ、それは確かにそうだが……」

「そりゃ……貴方には貴方なりの理由があることは一応分かってるし、私もリュウも貴方には感謝はしている。けど、それとこれとは別問題、どんな理由があろうとも人を眠らそうとするなら罵倒されても文句は言えないよ。むしろ言葉だけで済む私に感謝してほしいところでもある」

「……昨日は言葉の前に、風の刃を放った後、リュウに噛み付かせようとしてなかったか?」

 

 

 昨日は言葉だけではなかった。その前に手が先に出ていた。アレは牽制なんて甘っちょろいものではなく、完全にこちらに危害を加えるつもりで放たれた一撃だった。そう感じていたミストガンはそのまま疑問を口にする。

 

 

「あれは別勘定だよ。眠らすならまだしも、私とリュウの至福のご飯タイムを邪魔するのが悪い。リュウ程じゃないにしても、私にだって食い意地は存在するんだから」

 

 

 私だって美味しいものはいっぱい食べたいよ。昨日はせっかくのイノシシ肉を地面に落として一枚食べ損ねたんだ(現在はリュウのお腹の中)、そんなことをやられたらちょっとぐらいやり過ぎたっていいと思うな私。

 

 

「とにかく、そんなこんなで罵倒は止めないよ」

「罵倒は止めてくれないのか」

「もし、どうしても止めて欲しかったら……ナシ一年分用意するんだね!!」

 

 

 リュウはリンゴもナシも好きだけど……私はナシが大好物といっても過言ではない。ナシを一年分くれるなら罵倒を止めるのを考えないこともない。

 

 

「……リンゴじゃダメか?」

「私はナシ派!そこは譲れないね!!」

 

 

 


 

 

 

「ミストガン。シエルとリュウも帰ったか」

「…………………」

「ただいま!」

「ただまー!」

 

 

 ギルドから帰ると既にみんなはぐっすりと眠っていた、出迎えてくれたマスターに私たちは返事を返すが、ミストガンは気にせず依頼版(リクエストボード)へ向かう。私たちはカウンターに向かい、私はカウンター内にあるエプロンを手に取った。気づけば既にリュウはいつものカウンター席に座ってパタパタと足を揺らしていた。

 

 

「行ってくる…………」

「…………?わ!?」

「りゅ!」

 

 

 マスターに依頼を受理してもらったミストガンだけど、なぜかこちらに来た、不思議に思ってたらいきなり私達の頭をくしゃりと撫でる。文句を言おうとしたが、ミストガンはすぐに身を翻して外に向かう。

 

 

「これっ!眠りの魔法を解かんか!!!」

 

 

 マスターが叫ぶが、ミストガンは無視してそのまま足を進める。

 

 

「……伍……四」

「……3……2」

 

 

 カウントダウンを囁きながら、ミストガンはコツコツと歩いて、ギルドから姿を消す。そんなミストガンに若干呆れを感じながらも、私たちはカウントダウンの続きを勝手に請け負った。

 

 

「……いち!……ぜろ!」

 

 

 リュウの“ぜろ”と全く同じタイミングでみんなが目を覚ました。……ムカつくぐらい腕はいいんだよね。不審者といえど流石妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男ってところか。

 

 

「……今の魔法は」

「おはよう」

「はよー!」

「あ、おう。おはようってまたかお前ら!!」

「ぶー残念不正解。私たちじゃなくてミストガンでーす」

「ぶー!」

 

 

 起き出したみんなに挨拶をすると、私たちのせいにされそうだったのですぐさまミストガンを売った。っといってもいつものことなんだから言わなくてもみんな分かってると思うけどね。

 

 

「ミストガン?」

 

 

 ルーシィは今まで聞いたことのない人物に首をかしげる。

 

 

「……一応、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男候補の一人だよ」

 

 

 ルーシィの疑問に取り敢えず周知されている事実を伝えることにする、色々と問題はあるけど間違ってはいないし。

 

 

「どういう訳か誰にも姿を見られたくないらしくて仕事を取るときはいつもこうやって全員を眠らせちまうのさ」

「何それ!?」

「だからマスターとシエルとリュウ以外しか知らねぇんだ」

「へーって、なんでシエル達がそんな人を知ってるの?」

 

 マスター以外にミストガンの顔を知っているのがシエル達だけだということが気にかかったのか、ルーシィはそのまま疑問を口にする。

 

 

「森でサバイバル生活してた私たちをミストガンが拾ったんだよ」

「あの日は驚いたってレベルじゃねえぜ?今日みたいに睡魔に襲われて、気がついたらお前らがミストガンの紹介で『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)に入るって話だったんだからな。“あのミストガン”の紹介で」

 

 

 四年前、私達は今日のようにミストガンに連れられて妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来た。マスターに手紙を渡したと思ったらすぐに置き去りにされたけど。ギルドに入るなんて寝耳に水だったけど。

 

 

「まあ、とりあえずあの馬鹿のことは、“ディスコミュニケーション不審シャイお節介マスク変態ロリコン非常識野郎”とでも思っておけばいいよ」

「ディ、ディス?不審?え!?」

「……なあ、シエル。さっきも言ったようにお前らをマスターに紹介したのは──」

「ミストガンだね」

「そんでもって、お前を鍛えたのは──」

「ミストガンだね。エルザの方がよくお世話になったけど」

「……………………」

「……………………」

 

 

 グレイは何分かりきってることを聞いてるんだろう。私はグレイの意図が読み込めず首をかしげる。

 

 

「……それってもしかしなくても恩人よね?恩人をそんな呼び方しなくても……」

「それとこれとはちょっと違うから。あいつなんかディスコミュニケーション不審シャイお節介マスク変態ロリコン非常識野郎で十分だから」

 

 

 ルーシィが恐る恐るそこまで言わなくてもと言ってくるが、私はプイッと拗ねた。それとこれとは別問題なんです。私まで眠らせようとするあの馬鹿には妥当な扱いなんです。

 

 

「いや、そりゃ確かにミストガンは変人だと思う。けどな、弟子のお前がそれ以上言ってやるなよ……俺、初めてミストガンが哀れに思えて来たんだが」

「哀れになんて思わなくていいよ。顔を見られたくないからってギルドのみんなを眠らせるんだから、ミストガンの自業自得」

 

 

 本人だって分かっててやってるんだから、文句は言えないよ。みんなを眠らせる馬鹿野郎には良い薬だよ。どうせ言われても直さないだろうけど。

 

 

「ど、どうしてそんなことを……」

「さあ?私は分からないね。まあ、そんなこんなでマスターや私達を除いてあの馬鹿の顔を知らないんだよ」

「いんや、俺もアイツの顔を知ってっぞ」

 

 

 どっかの傍迷惑なディスコミュニケーション不審シャイお節介マスク変態ロリコン非常識野郎の話をしていたら、誰かが割って入った。

 

 

「ラクサス!!」

「いたのか!?」

 

 

 二階からこちらを見下ろす金髪の男に皆驚く。ミストガンとは違った意味で威圧感を感じる男、彼──ラクサスはミストガンと同じ、『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の最強の男候補。こいつが珍しくギルドにいたことに私も驚いた。

 

 

「そこのチビ助が言うようにミストガンはシャイなんだ、あまり詮索してやるな」

「チ!?だ、だれがチビだぁ!!」

 

 

 そして出会い頭にチビ助呼ばわりされたことに、イラッときた私はウガーと言い返す。

 

 

「“リュウ”とセットでようやく一人前のガキにはちょうど良い呼び名だぜ?」

「っ!?」

 

 

 ラクサスはこちらを揶揄するが、私は何も言い返せずに、ただ言葉に詰まった。

 

 

「ラクサスー!!俺と勝負しろー!!」

「さっきエルザにやられたばっかじゃねえか」

 

 

 段々とピリピリしてきた周りの雰囲気を気にせず、ナツはラクサスに勝負を挑む。

 

 

「やめとけよ、エルザごときに勝てねえお前じゃ、俺には勝てねえよ」

「それはどう言う意味だ?」

「おい……落ち着けよエルザ」

「俺が最強って事さ」

 

 

 ラクサスの挑発にエルザの機嫌がわかりやすく急降下し、ギルドに緊迫した空気が漂う。皆がヒヤヒヤとしながら、二人の様子を伺うがラクサスは気にせずギルドの皆に聞こえるように宣言した。

 

 

「降りてこいこの野郎!!」

「お前が上がってこい」

「上等だ!!」

 

 

 降りてこいと言うナツに、二階に上がってこいとラクサスは言う。頭に血が上っていたナツは駆け出し、カウンターを踏み台にして飛び上がったが。巨大な手によって潰された。

 

 

「二階に上がってはならん……まだな」

「ははっ!怒られてやんの!」

「ふぬぅ……っ!」

 

 

 ナツを止めたマスターは冷静かつ豪胆に言った。その言葉は戒めのように私達の心の中に残る。基本、まさに“自由”を体現しているギルドではあるが、それでも定められたルールは存在しており、それを破れば相応の罰を受けなければならない。

 ラクサスが今いる二階には通常より遥かに危険度が高い依頼──“S級クエスト”が貼ってある。その為エルザやラクサス……ミストガンのような“S級”の資格を持つものしか二階に上がることは許されない。これには流石のナツも押し黙る。

 しかし、ラクサスにまた揶揄われ再び頭に血が上り拘束から抜け出そうとする。マスターは凄まじい力でナツを押さえつけているのかそれは叶わなかった。

 

 

「ラクサスもよさんか」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の座は誰にも渡さねえよ。エルザにも、ミストガンにも、あの親父にもな」

 

 

 マスターがラクサスを諭すが、ラクサスは聞く耳を持たず、笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

 

「俺が……最強だ!!」

 

 

 皆が見てる中、ラクサスはそう宣言したのだった。

 

 

 


 

 

 

「もきゅもきゅ」

「もきゅもきゅもきゅもきゅ」

 

 

──“リュウ”とセットでようやく一人前のガキにはちょうど良い呼び名だぜ?

 

 

「あーもう!ムカつくなあの不良孫!!」

「!?」

 

 

 今まであった色々をどうにかして落ち着かせようとして干し芋をやけ食いしていたが、あの馬鹿の言葉が頭によぎり、耐えきれずバーン!!と手を机に叩きつける。私の突然のブチ切れに隣にいたリュウがビクッと肩を震わせた。……あ。

 

 

「お、驚かせてごめんねリュウ!?大丈夫!?」

「だ、だいじょぶ……お姉ちゃんもだいじょーぶ?」

 

 

 どぎまぎと、こちらを伺いながら逆に心配をされた。驚かせてしまったのにこちらを心配してくれるその優しさに心が癒されながら、ゆっくりとリュウの頭を撫でる。

 

 

「うん、リュウのおかげでちょっと落ち着いたよ」

「りゅ〜……リュウのおかげ?」

「うん!リュウのおかげ!!」

 

 

 私がそう言い切ると、リュウは顔をパァーッっと明るくさせて抱きついてくる。

 

 

「リュウのおかげー!」

「そう、リュウのおかげー!」

「リュウのおかげー!!」

「なんと言うか……お前らが楽しそうで何よりだよ」

 

 

 抱きつきながら私の言葉をオウム返ししてくるリュウが、あまりにも可愛らしくて私も抱きつく。その後、二人で言い合ってたら、マカオが生易しい目で私達を見守っていた。

 

 

「へへーん!混ぜてあげないよーだ!」

「へーん!よーだ!」

「分かってる分かってる」

「分かってるならいいよ」

 

 

 これ以上はやぶ蛇になると察したマカオは、早々に退散する。マカオが退散したし、もうちょっとリュウを甘やかしたいところではあるけれど、私は最後にリュウの頭をガシガシと少々乱暴に撫で、体を離す。

 さってと、リュウ成分も補充したところだし、そろそろ行くか。席から立ち上がり、依頼板(リクエストボード)まで歩くと、リュウも私の後ろをヒヨコのように着いてくる。

 

 

「さて、何を……みっけ、これにしよう」

 

 依頼板(リクエストボード)に貼ってある依頼をパッと見て、即決断して紙を一枚取った。

 

 

「シエル、また依頼か?」

「うん、と言うことでエルザ。暫くリュウを預かって欲しいんだけど」

「りゅ!?」

 

 

 次の依頼にはリュウを連れてけない。そう判断した私はエルザにリュウを預かってもらうようお願いする。リュウはまさか預けられるとは夢にも思っていなかったのか、驚いた表情を見せた。

 

 

「……ラクサスが言ったことを気にしてるのか?」

「そう言うわけじゃないよ、たた次の依頼にリュウを連れてけないだけ」

「りゅ〜……」

「だから、そんな捨てられた子犬のような目をしても連れてけないよリュウ」

 

 

 リュウは捨てられた子犬のような目をして訴えかけるが、今回ばかりは本当に連れてけない。そりゃ……まあ、ラクサスの言葉を気にしてないか気にしてるかと聞かれたら気にしてるけど。それとは関係なしに連れてけない。そんな気持ちを分かってもらいたくて、今度は諭すようにリュウの頭を撫でる。

 

 

「だから、待ってて。私が帰ったらおかえりって出迎えて欲しいな」

「りゅ、うぅ」

「と言うわけでエルザ、リュウのことをお願いするね」

「ああ、任せろ」

「マスター!これ受けるね!行ってきまーす!!」

 

 

 私は元気よく、ギルドを飛び出た。

 

 

 


 

 

 

「……暇!」

 

 

 駅につき、切符を買ったシエルは、手持ち無沙汰になったこの状況をどう打開するか考えていた。今彼女は一人だった。

 

 

「駅弁は……どうしようかな、買おうかな……買うかー」

 

 

 取り敢えず暇だし、買うだけは買おうと、シエルは貴重品を持って、荷物から離れた。少しするとシエルが荷物から離れるのを待ち構えていたかのように一匹の“白猫”がそろりと現れる。猫はキョロキョロと辺りを見渡し、周りの人々が荷物を見ていない事を確認して、荷物に近寄った。

 

 

「にゃ!」

 

 

 猫はバックの蓋を開け、中に入った後、尻尾でバックの蓋を器用に戻す。それからバックがもぞもぞと動くが、中の猫が丁度いい体勢を見つけられたのかピタリと動きが止まる。

 

 

「ただいまー……って誰もいないけどさ」

 

 

 シエルが戻る頃にはバックは元どおりになっていた。彼女はバックの中身が増えているなど考えもせず、バックを手に取り列車に乗る。

 

 

「……にゃにゃー」

 

 

 バックの中にいた猫がコッソリと返事を返したが、シエルはそれを聞き取れなかった。聞き取れさえすれば、その後の話は違ったかもしれないが、それはもう後の祭り。

 こうして彼女はいつも通り、一人と“一匹”で依頼先に向かったのだった。

 



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水質調査(水採取)

 列車に乗り、駅弁をモグモグと食べながら、車内で夜を明かして、翌日に目的地──ハルジオンに着いた。

 

 

「つ〜い〜たーーー!!」

 

 

 列車から降りるとまず私はグーっと背伸びした。長時間列車の中にいた為か、私の体はパキパキと骨がなる。

 

 

「さってと、帰るときのリュウへのお土産はどうしようかなー」

 

 

 街に着いて、私がまずしなくちゃいけないことは、お留守番をしているリュウへのお土産を決めることだった。

 駅内を物色をするのに邪魔な重いバックをベンチに放置するためベンチを探す。エルザが見たら不用心だと怒られそうだけど、ずっと持ってると重くて肩がこるし、貴重品はコートに突っ込んでるからバックにはロクなものは入れてない。だから例え盗まれても問題はない。

 ベンチを見つけて、私はバックを放り投げた。

 

 

「にゃ゛!?」

「…………“にゃ゛”?」

 

 

 バックがベンチに衝突すると、バックから鳴き声が聞こえた。思わずベンチにあるバックを凝視する。

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 私とバックの中にいるものとの間で奇妙な沈黙が起こる。

 まさか、いや、まさか……!私は恐る恐るバックの蓋を開ける。

 

 

「………………」

「にゃ……にゃー!」

 

 

 バックを開けるとそこには白猫が入っていた。白猫は此方を見るとビクッと体を震わせたが、すぐに開き直り尻尾をピーンと立てて元気よく鳴く。

 

 

「………………」

 

 

 何も言わず私はバックの蓋を閉めて、バックを肩に背負った。私は何も見てません。イナイイナイ、ナカニネコナンテイナカッタ。

 

 

「にゃ゛!にゃー!?にゃんにゃー!!」

 

 

 もぞもぞと肩にかけているバックが動いている気がしないでもないけど。きっと気のせいだね、うん。私は蓋を抑え続ける。そして荷物配達をしてくれるところを探す。

 

 

「すみませーん。この荷物をマグノリアの『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)ってギルドに送ってもらえませんか?」

「に〜や〜あ〜!!」

「嬢ちゃん、うちは生き物の配達は請け負ってねーぞ」

 

 

 もぞもぞと動き、にゃーにゃーと鳴き声がするバックを見て、配達のおじさんは受け取りを拒否した。

 

 

「生き物なんていません。いるのは約束破ってバックの中に入り込んだ密航者です」

「それは生き物だろ嬢ちゃん」

「んにゃんのー!!!」

 

 

 バタバタと暴れるバックを抱え込んで抑えつける。今、中にいるものと私とでちょっとした攻防が起こっていた。

 

 

「往生際が悪いよ“リュウ”!!大人しく強制送還さ・れ・な・さ・い!」

「にゃあああああ!!」

「いや、だから送らないって」

 

 

 バックの中にいたのは白猫に【変化】したリュウだった。一生の不覚だ、バックの中に入り込んでたのに気づかなかった。なんか重いなとは思ったのに!!

 

 

「ぬおー!お願いおじさん、私がこの子を押さえつけている間になんか密閉性のある箱を!!今のうちにこの子を入れるんだ!!」

「だーかーらーうちは生き物の配達はやってないって!それにそんな箱に入れたらすぐ空気がなくなっちまってその子死んじまうぞ」

「はぁ!?リュウを死なせないでよ!」

「無茶言うな!?」

「にーにゃ!!」

「ぐ!?」

 

 

 バックを体全体で抱え込んでたら、みぞうちに一発食らった。その痛みで遂に私はバックを手放した。

 

 

「にゃにゃー!」

「おおー」

 

 

 宙を舞うバックからリュウは飛び出る。そしてくるりと宙を回転し、私の頭(定位置)に着地した。おじさんはリュウの身軽さに拍手を送った。

 

 

「にゃ〜!」

「……はーなーれーなーさーいー!!」

「にゃ!?う〜〜〜〜!!!!」

「痛たたたたたたたたた!?リュウ!爪立てるのと噛み付くのは卑怯だと私は思うな!!」

 

 

 私はリュウの首根っこを掴み、自分の頭から引き剥がそうとする。しかし、リュウは爪を立て、頭に噛みつき、意地でも私の頭から離れようとしなかった。

 帰ってもらいたい私と連れてってもらいたいリュウ。お互いが必死になりながら数分の格闘が続いたのだった。

 

 

「いい加減連れてってやれよ嬢ちゃん、その子はそこまでしてでも着いてきたかったんだろ?あとそろそろ店の前から退いてくれないか」

 

 

 私たちの悪戦苦闘を見ていたおじさんは呆れながら言った。

 

 

「……そうだね、リュウが着いてきたいのはよーく理解した。だ・け・ど!!それとこれとは別問題!例えリュウでも!許せないことがある!!」

 

 

 そうだ。例えリュウでも許すわけにはいかない。私はリュウを信じてお願いしたんだ。

 

 

「お留守番しててってお願いしたでしょ!約束破る悪い子を連ーれーてーけーまーせーん!!」

「にゃーにゃにゃーにゃーにゃーにゃー!!」

 

 

 リュウを引き剥がそうとするが、リュウは私の頭にしがみつきながら必死に首を振る。

 

 

「まさかこの期に及んで“うん”とは言ってないって言うつもり!?」

「にゃ!」

「そりゃ“猫”は“うん”とはいえねぇな」

「おじさんは黙ってて!嘘ついてもダメだよ!ちゃんと約束──」

 

 

 

──だから、待ってて。私が帰ったらおかえりって出迎えて欲しいな。

──りゅ、うぅ。

 

 

 

「…………いや、してなかったね」

「してなかったのか!?」

 

 

 そう言えば、リュウは唸るだけで頷いてなかった。約束したのはエルザだった。それでか、それでついてきたのか。

 勝手についてきたことには怒りたいけど、約束破った判定はしないでおこう。

 

 

「よーしわかった。強制送還は考えよう」

「にゃー!」

「それで考え直すって結構甘いな嬢ちゃん」

 

 

 私の言葉にリュウは上機嫌に鳴いた。正直な話、とっても可愛くて抱きしめたくはなるんだけど、そこは心を鬼にする。

 

 

「ただし!!」

 

 

 


 

 

 

「リュウ、ちゃんとそこにいてね。勝手に出ちゃダメだよ」

「りゅー!」

「……猫のフリ」

「りっ!……にゃー!」

「大丈夫かな……」

 

 

 不安になりながらリュックキャリーの蓋を閉めて、背負った。

 私がリュウに連れてくための条件として出したのは二つ。

 “猫のフリを続ける事”と“キャリーの中から出ない事”……この二つを守ればリュウを連れて行く。

 リュウは二つ返事で了承した。上機嫌にいつも通り鳴いたから今度こそ大丈夫なはず。

 私は早速リュックキャリーを買って、中に白猫状態のリュウを入れた。さっき猫のフリを忘れてたけど、そこは聞かなかったことしよう。私はお姉ちゃんだしね、一度くらいの失敗には目を瞑り、耳を塞ごう。

 

 

「さてと、それじゃ今回のお仕事を説明しまーす。どうせ、さっきの依頼人さんのお話、リュウは聞いてないでしょ」

「にゃー!」

「そこ、元気よく返さない。全くしょうがないなー今回の依頼は“水質調査”だよ」

 

 

 依頼人さんから話を聞いたときはリュウは私の頭の上に乗っていたけど、やっぱり話を聞いてなかったようだ。しょうがないので私が受けた依頼を説明することにする、

 

 

「にゃにゃ?」

「最近魚が漁れる量が少なくなってるんだって、だから原因を調べるためにここら辺の水を調査してほしいって依頼。まあ、調査といっても私たちが調べるんじゃなくて、私たちはここからガルナ島までの水を取ってきて渡せばいいの」

「にゃー……にゃ?」

 

 

 依頼を説明していたら後ろに背負っているリュウの気配がだんだんと変わっていく。どうやら、ようやく“気がついたようだ“。

 

 

「というわけで……海に出るよ!」

「に゛っ!!?にゃあああ!?」

 

 

 用意された船に乗り、私はそう宣言した。私の宣言にリュウは叫び声をあげ、キャリーの中で暴れ出した。

 おーこうなると予想して高いリュックキャリーを買ってよかった。全然揺れない。

 突然リュウがこうなったのは訳がある。リュウはなんの理由もなしに暴れる子じゃないもん。そう、リュウは──

 

 

「ちなみに、私がリュウにお留守番を頼んだのはこれが理由です。“カナヅチの子”を海に連れてくなんて酷いことしたくなかったんだけど。まあ、本人が行きたいって言ったならしょうがないよね!!」

 

 

──カナヅチなのだ。正確には泳げない……と言うより水に触れるのが嫌なのだ。だから、もしかしたら泳げるかも知れないけれど。リュウと過ごした七年間、私はリュウが自分から水の中に入ったことを見たことない。ちなみにお風呂もシャワーもダメだ、頑張れば入るけど、それまでは逃げ回る。

 

 

「にゃー!!にー!やー!」

「リュ〜ウ〜?約束したよね?キャリーから出ないって、帰りたいって言うなら止めないけど……」

「っ!……にゃー!」

 

 

 キャリーから出ようとするリュウに先ほど約束した内容を言う。ピタリとリュウは暴れるのをやめて行儀よくキャリーに収まった。

 

 

「よろしい。けど安心していいよリュウ、そのキャリーは耐水も撥水も抜群だから、自分から開けようとしない限り中に水は入らないよ」

「りゅにゃー!!」

「ちょっと鳴き声が怪しかったけど……まあいいや。じゃ、行こっか!」

「にゃー!」

 

 

 


 

 

 

──ハルジオンとガルナ島の中間地点

 

 

 

「採取採取っと!」

「ににゃー」

 

 

 海の水を掬い、用意してくれた入れ物に入れる。まずは一つ目。

 

 

「リュウ、そこでちょっと待っててね。深海の水も取らないと」

「なー」

「ついでに美味しそうなのとってくるね」

 

 

 荷物とリュウが入ったキャリーを船に置き、水の属性を持つ槍──【人魚の冠】を取り出して私は海に飛び込んだ。水を纏い、魚のようにスイスイと泳いで海の底へ進んで行く。

 海中の煌びやかな景色を綺麗だとは思うけど、そんなことは気にせず沈んてく。

 指定された地点の水を採取して私は浮上する、そのついでに高級な美味しい貝を見つけたのでついでにとる。ウニもいたからついでにとる。

 

 

「ぷはぁ!ただいま!」

「にゃにゃー」

「貝とウニ見つけたー!ガルナ島で食べよう!今回は間違いなくどっかの誰かさんの邪魔は入らないと思うし!」

「にゃー」

 

 

 船に上がった私をリュウが出迎えてくれた。とった貝とウニを船の上に広げる。今度はミストガンの妨害は入らないと思うし、ガルナ島に着いたら食べよう。

 

 

 


 

 

 

「これで六つ目と……うーん、もう大分日が沈んできたし、ガルナ島に行こうか」

 

 

 六つ目となる水を採取して私は日の傾き具合を見る。もうかなり日は沈んでいた。

 この装備で夜の海を航海するのはやめといた方がいいと思うし、そろそろ、ガルナ島で一泊した方が良さそうだ。

 ガルナ島にいって、島の水を採取して、一泊して帰りにまた途中の海水を採取をしよう。

 

 

「にゃー!!」

「……島に行くってわかったら、途端に元気でたね」

「に゛っ!!?にゃー!!」

「えー人聞きの悪いこと言うなって?見て聞いたままの印象だしなー」

 

 

 声を荒げるリュウに、私はただ見て聞いたままの印象だったことを伝えた。だって、尻尾をピーンと立てて、物凄い上機嫌に返事返したし。

 さっきまでのリュウは、返事は返すけどテンションはだだ下がりの状態だったし。

 なんだって私はリュウのお姉ちゃん、どんなにリュウが隠そうとしても私には丸わかりです。

 

 

 


 

 

 

「着いたーー!」

「にゃーーー!」

「キャンプだー!」

「にゃにあーー!」

 

 

 ガルナ島に着くと、もうあたりは暗かった。

 私は早速森でテントを張ってキャンプの準備をする。島の水は朝起きたら取ろう。

 

 

「リュウ、出ていいよ」

「にゃ?に〜ゃ?」

 

 

 キャリーの蓋を開けると、リュウは首を傾げて外に出ていいのかと聞いた。

 

 

「島にいるときなら、キャリーから出て外を散歩してもいいよ。ずーっとその中にいると息がつまるでしょ?」

「にゃ……りゅー!!」

 

 

 私の言葉に喜んだリュウはキャリーから飛び出て、私の頭に飛び乗る。

 

 

「ただし、猫のフリは続行。人の姿になったり、竜に戻るのもなしだから」

「りゅにぁー!?……にゃー!」

「ダーメーそこだけは譲れないなー……そもそもその抗議は筋違いだと思うし」

 

 

 猫のフリを続けなきゃいけないことにリュウは抗議してきたが、そもそも自分から猫の姿になって着いてきたんだ。なら最後まで猫のフリは続けないと。

 

 

「に、にゃー……」

「分かってくれたようで良かったよ」

 

 

 ふてぶてしく頷いたリュウの頭を撫でる。竜や人の時とは違って今のリュウはとってもフワフワとした毛並みしていて手触りが心地よい。もう少しこの毛並みを堪能したいところではあるけど、それよりもまずはやらなきゃいけないことがある。

 

 

「にゃ〜」

「さてと……ご飯にしようか!」

「にゃー!!」

 

 

 私とリュウは早速とった貝とウニを調理(丸焼き)して、ご飯にするのだった。

 

 

 


 

 

 

「子供……と猫か」

 

 

 森の中で、彼女たちを見つけたのはただの偶然だった。ただ気晴らしに散策に出かけて、彼女たちがキャンプをしている姿を見つけただけだ。

 別に奴らの手助けをするつもりはない。だがあの人の為にも、“あの悪魔”の復活を邪魔される訳にはいかなかった。何が目的でこの島に来たのかは知らないが、不確定要素をそのままにしておく訳にはいかない。

 軽く脅かせばもうここには近寄らないだろう。少なくともここから出てってくれれば巻き込まれて邪魔になることはない。

 幻影魔法で姿と気配を隠しながら、俺は彼女たちに近づく。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、彼女は屈託のない笑顔で猫に笑いかけているのを見て。途端に体は固まった。

 

 

──大丈夫だ、皆で外に出よう。

──うん!

 

 

 彼女の笑顔に忘れていた記憶が蘇る。彼女の笑顔と“あの二人の笑顔”が被る。

 

 

「兄さん……姉さん……」

 

 

 ……見たところ、あの悪魔の復活がここで行われているとは夢にも思ってない、というか知っていたらそんな呑気にキャンプをしているはずはないか。

 下手に手を出して痛い目見るより、無視した方がいいはずだと。今すぐ邪魔される心配はないと判断した俺はその場から離れる。

 あの笑顔を“もう一度崩す訳にはいかない”。

 何もせずに、俺はその場を立ち去った(何もできずに、俺はその場から逃げ去った)



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ある日、島の中を

 今思えば私の一人旅は、最初っから躓いていた。正確にはリュウがバックの中に入り込んでた時から。

 多分、リュウも私もギルドに帰ったら、マスターやエルザに怒られるだろうけど……今はそんなことどうだっていい。

 そんなことよりも……今、私が言いたいことはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

「遭難しました……」

 

 

 

 島を歩いてたら遭難して数日経ちました。浜辺にも戻れません。助けてみんな。

 

 

「そうなんだー!」

「……リュウ、そのダジャレはグレイから?」

「だよ?」

「不謹慎だから今後一切それ禁止ね。後、猫のふりを忘れないの」

「に、にゃー」

 

 

 よし、リュウの寒いダジャレについては、後でグレイを小一時間問い詰めて蹴り飛ばすとして……それより今は目の前のことだ。とにかく、この現状をどうにかしないと。

 ギルドに帰らないと怒られることもできないんだから。

 ──とはいっても。

 

 

「おかしい、おかしいよ。いくら見知らぬ土地とはいえど、ここは森の中。小さい時からずっと森でサバイバルをしていた私が、森の中で遭難だと?街中はともかく森の中だよ?どこもかしこも木ばっかりで目印になりそうなものは何処にもないし、月も紫で色々とおかしいけれど、遭難するほど私の方向感覚は狂ってないと思ってたのに……街暮らしで鈍ったか」

「……にゃー」

「……大丈夫、道は繋がってるんだし歩いていけばいつか浜辺に出るよ」

 

 

 背負っているキャリーから、こちらを心配する鳴き声が聞こえたので安心させるためにリュウに声をかけた。

 うん、大丈夫だ。流石にここで一生過ごすことはないだろうし。

 最悪の場合“リュウを探しに”めちゃくちゃに怒ったエルザが迎えに来るよ、多分。

 

 

「てなわけで……行くぞー!」

「にゃー!」

 

 

 私の号令にリュウが元気よく返してくれた。私はそれが嬉しくなってズンズンと森の中を突き進んでいった。

 

 

 ──30分経過

 

 

「あれ、この道さっき通った?」

「にゃー……」

「だ、大丈夫だって!」

 

 

 見覚えがある道に首をかしげると、再びリュウがこちらを心配して鳴いた。若干焦りながら私は大丈夫だと伝える。

 あ、そうだ。目印つけよう。来た道に目印つければきっとどうにかなるはず……最初にやればよかったね。

 

 

「リュウ、丸・三角・四角・バツどれがいい?」

「にゃんかくー!」

「オッケー、三角っと」

 

 

 手頃な木に△のマークをつける。これで良しっと。

 

 

「じゃ、もう一度……行くぞー!」

「に、にゃー!」

 

 お互いに元気を出して、△のマークをつけた木から右に突き進んだ。

 

 

 ──2時間経過

 

 

「あれーおかしいなー」

 

 

 歩けど歩けど、見える景色はただの森。その事実に私は疲れ果てて地面に崩れ落ちる。

 同じ景色が続くぐらいなら耐えれたんだ。それだけならまだ良かった。いや、決して良くはないけど。

 私が地面に崩れ落ちた原因は他にある。景色が続く以上に疲れることが起こっている。そのせいで私の疲労は倍増している。

 目の前にあるものに私は首をかしげた。

 

 

「これ、最初の木だよね」

 

 

 私の目の前にあるのは最初に三角のマークをつけた木だ。この木を見るのはこれで5度目。最初にマークをつけた時は右に真っ直ぐ。2回目は左に真っ直ぐ。3回目は前に真っ直ぐ。4回目は後ろに真っ直ぐ。四方八方いろんな方向へ向かったはずなのに、どんな方向に進んでも最後はここにたどり着く。

 ……流石におかしすぎる。

 

 

「……にゃー」

降り出し(浜辺)にも戻れないってどういうことだー?私はそこまで方向音痴じゃ無いぞー」

 

 

 街の人混みはともかく、森で私が迷うはずがない……はず。

 だんだん私も不安になってきた……いや、耐えろ私!リュウだって頑張ってるんだから私も頑張る!!

 

 

「私は絶対浜辺に戻ってみせる!」

 

 

 ただし、水も忘れずに採取してから!

 

 

「行くぞー!」

「みゃにゃー!!」

「……まさか今日まで迷っているとは……夢にも思っていなかったぞ」

「誰!?」

 

 

 木の上から人の声がしたので、見上げるとそこには仮面をつけた緑髪の少年がこちらを見下げていた。

 この島に人がいたのか?……遭難していた数日間、今まで会わなかったってことはどんだけ運が悪いんだろう私。

 

 

「ど、どうもこんにちは」

「どうもこんにちは」

「にゃー」

「猫ちゃんもご丁寧にありがとう」

 

 

 とりあえず第一村人?を発見したので私たちは挨拶はした、挨拶は大事だもん。

 

 

「まあ、挨拶もそこそこに本題に入ろうか」

「本題?」

「そう、本題。……即刻この島から立ち去れ」

「……無理」

「にゃ」

 

 

 まさか、会って早々第一村人に帰れって言われると思わなかった。

 かなり失礼な少年にリュウの機嫌も悪くなっていく。

 

 

「こっちにはこっちの都合がある。人の指図なんて受けないよ。そもそも帰るにも現在進行形で森からでれないんだよ!」

「ああ、確かに君の都合は知らない。だが、君がここ数日この森で迷子になっていたことは知っている」

「迷子じゃない遭難だ!というか気づいてたならもっと早く声をかけて欲しかった!こちとら大変だったんだよ!同じ場所をぐるぐるぐるぐる!!」

「迷子も遭難も似たようなものだろ。そもそも君たちが今日までここを彷徨っているのが計算外だ」

 

 

 出会った少年は人が遭難してるのを数日放置する悪趣味な性質を持っていた。放っておかれた事実に私は怒る。

 いや、それだけならまだ許せたんだ。遭難を放置されたけどぱっと見の印象と話した時の印象は悪くなかったから。ただの仮面をつけた薄情な少年だった。

 だけど、その次に少年が言った台詞で私の中の少年の印象は下落する。

 

 

「確かに“遺跡に近寄らせないよう人避けの魔法をこの近辺にかけたのは俺だ”。“その魔法と君の方向音痴が噛み合って君たちが迷子になったわけだけど”」

「お前の仕業かーーーーー!!!!」

「うわ!?」

 

 

 仮面をつけた薄情な少年はこの瞬間、諸悪の根源()へとクラスチェンジした。

 目の前の敵をぶちのめすため、【疾風のごとく】を取り出して、飛びかかった。少年はすぐさま別の木に飛び移る。最初に少年が足場にしていた木の枝を切り落とした私はそのまま【疾風のごとく】を空中で構える。

 

 

「それと私は方向音痴じゃないよ!私だって努力したんだよ!!遭難してからこれはまずいと目印つけるとかで対策したよ!!」

「そうだな、方向音痴という言葉は正しくなかったかもしれない。方向音痴というよりは慌てるとドツボにハマるタイプだな君。正直な話、遭難してから目印つけても、あまり意味はないというか。……そもそも最初っから今のように空を飛んどけば、何日も森の中を迷うことはなかったんじゃないか?俺がかけた人避けは森の中だけだ、空の上は何も無い。空を飛べば少なくとも浜辺には戻れたと思うんだが……」

「………………」

「………………」

 

 

 少年の言葉になんとも言えない気まずい沈黙が場を支配する。三人とも身じろぎもせずその場で固まっていた。

 誰も動かず数分が経過したが、均衡を破ったのはシエルだった。

 

 

「……別に空飛ばなくても道は全部繋がってるから歩けば着くと思ったんだよこの馬鹿!もーいつもは歩いた道に置く目印を忘れたのも!ぐるぐる島を遭難することになったもの!リュウが付いて来ちゃったのも!全部お前が悪い!!」

「それを全部俺のせいにするのは無理ないか!?最後は俺全く意味わからないぞ!?」

 

 

 そりゃ魔法でややこしくしたのは俺だけど!と少年が叫けぶ。

 魔法でややこしくした自覚があるならいい。思う存分ぶっ飛ばせる。大丈夫、こっちも八つ当たりの自覚はある!!

 

 

「遭難の恨みーー!!」

「ちょっと待て人の話を──っ!?」

 

 

 上から下へ叩き渡すように【疾風のごとく】を振るって風の刃を放ち、風を起こす。

 少年は風の刃は避けることができたが、風圧は避けることができずまともに風を受ける。少年は地面に叩きつけられた。

 私は地面に伏した少年の側に降りて、少年を伺う。

 

 

「これに懲りたら人を遭難させるのは止めてね」

「にゃー!!」

「リュウ?危ないからキャリーに入っで!?」

 

 

 突然リュウがキャリーから飛び出して、私の頭に噛み付いたって痛い痛い!?いつもより強く噛みつかれてるんだけど!!えっ!?何で!?反抗期!?

 リュウの反抗期に慌てていると、横にいた少年の姿が揺らいだ。

 ──ってまさか!?

 

 

「っ!?リュウ!!」

「みゃ!!」

「そこかっ!“七光の槍よ!” 【天を繋ぐ橋】(アルク・アン・シエル)!!」

 

 

 リュウは尻尾で誰もいない場所を指し示す。私は頷きその場所に七光の槍を放った。

 誰もいなかったはずの空間が歪み、少年が姿を現わす。少年は飛び上がって光の槍を避けた。

 

 

「っとと、まさか気づかれるとは思わなかった。君の猫ちゃん、中々賢いね」

「ふしゃーー!」

 

 

 リュウが毛を立てて目の前の少年に威嚇する。私も目の前の少年を睨みつけた。

 

 

「幻影魔法……」

「そ、アレで満足して帰ってくれればよかったんだけどね。動物には効き目がなかったか」

「残念でした。リュウがいる限り私に幻影魔法は通じないよ観念して私にぶっ飛ばされろ」

「そうだね残念だ。“今回俺があんまり目立つわけにはいかなくてね”」

「は?」

 

 

 少年がそう言うと少年の姿が揺らいで消えていく。

 

 

「ちょっと!?」

「俺の本体はこの島にいない。君が目にしているのは俺の分身だ」

「分身?」

「今回の俺はサポートでね、君と村人とギルドの奴ら相手に充分時間稼ぎをしたからそろそろ俺は退散させてもらうよ。“ゼレフの悪魔が復活しようが俺には何も関係ない”」

 

 

 少年の言葉に目を見開く、こいつは今何って言った?ゼレフの……悪魔!?

 

 

「待って!それはどういうこと!?」

「さあ、どういうことだろうな。人避けの魔法は解いておくから、後は頑張れ。生き残りたかったらこの島から逃げることだよ」

 

 

 そう言って少年の姿は完全に消えた。頭の上に乗っているリュウに視線を向けるとリュウは首を横に振った。

 すでに……いや、最初からここにはいなかったと言うことか。いない人をこれ以上考えても無意味だ。それより今はあいつが去り際に言った言葉。

 

 

「ゼレフの悪魔が復活する?」

 

 

 今まで遭難していた事実が軽くすっ飛ぶくらいには、少年の言葉は衝撃すぎた。

 ゼレフの悪魔……『鉄の森(アイゼンヴァルド)』の事件を思い出す。あの時の……【呪歌(ララバイ)】はエルザたちにコテンパンに叩き潰されたけど、恐らく一度でも間違えれば私たちもマスターたちも無事ではなかった。

 復活するのはあの【呪歌(ララバイ)】かそれとも違うゼレフの悪魔かは分からない。一つだけ確信を持って言えるのは……

 

 

「“アレ”と同等……下手するとそれ以上の悪魔を復活させようとしているってことか」

 

 

 もしかしたらアレより弱い奴を復活させる可能性もあるけどそれは希望的観測だ。“ゼレフの悪魔”である以上、そんな楽観視はできない。

 

 

「今から戻って……皆に報告、いや、あいつは時間稼ぎが終わったから消えた。もう、時間がない。今、悪魔を倒さないと……」

「……………にゃ!」

 

 

 シエルの様子を見ていたリュウは、突然何かに気づきシエルの頭の上から飛び降りて、地面に着地する。そしてどこかへ走り出した。

 

 

「リュウ?一人で行動しないで危ないよ!」

 

 

 私は慌ててリュウの後を追いかけた。

 

 

 


 

 

 

「にゃつーー!!」

「ぶっ?」

 

 

 シエルの元から離れて走り出したリュウはある少年の姿を見つける。そしてそのままそれなりに上位の優先順位(シエルには遠く及ばないが)にいる少年の顔に飛びついた。彼女がいきなり(シエル)の元を離れたのは彼の匂いと魔力を感じ取ったからだった。

 そして必ず助けてくれると確信していたからだ。

 

 

「なんだぁ!?」

「みゃ!」

 

 

少年は顔に引っ付いた猫の首根っこを掴み引き剥がした。

 

 

「いきなりなんだ!!……ってこの匂いは……お前リュウか!?」

「にゃんみゃー!」

 

 

 少年はいきなり飛びかかってきた猫に怒るが、覚えのある匂いに首をかしげ、匂いから猫の正体を言い当てた。

 リュウは当ててもらえたことが嬉しくて上機嫌に鳴く。

 

 

「お前、まさか呪われて猫になったのか!?」

「みゃ〜?」

 

 

 そして変なことを言い出した少年にリュウは首をかしげる。“え、呪いってなに?”っと思ったリュウは言葉にして告げようかと考えたがシエルからお願いされた“猫のふり”を止めるわけには行かないと言葉にするのを抑えた。

 いつもは自由人のリュウは、流石にそこは考えて行動をした。さっきから猫のふりが抜けていたので巻き返そうと頑張った。

 

 

「……リュウ、待って……って」

「あ、シエル」

 

 リュウより少し遅れてシエルがこの場にたどり着いた。

 少年がシエルに気がつき、シエルは少年がこの島にいたことに驚く。

 リュウが飛びついた少年は──炎の滅竜魔導士(ナツ)だった。



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専売特許

「思っていた以上に厄介な事態だった……」

 

 

 何故か島にいたナツに、なんでガルナ島にいるのか移動しながら話を聞く。

 その内容はなかなかに衝撃的だった。

 どうやらナツは私たちがクエストに向かった夜、勝手に二階に上がり、勝手にS級クエストの依頼を持ち出して、ハッピーだけではなく、ルーシィや連れ戻しにきたグレイすら巻き込んで勝手にS級クエストを受けたそうで……何やってるんだ皆。

 それが“悪魔に変化する呪いを解くため紫の月を破壊してほしい”って依頼だったそうだ。

 もちろん月なんて破壊できるわけもなく(ナツは破壊するつもりだったようだけど)、呪いの原因を探っていたら彼らはグレイの師匠が氷漬けにして封印した悪魔──デリオラを発見した。

 そしてそのデリオラを【月の雫(ムーンドリップ)】で復活させようとしている奴らがいる。そんな奴らと今現在進行形でナツたちが戦ってるようでして。

 やっぱり思っていた以上に厄介だった……

 

 

「シエルとリュウはどうしたんだ?」

「別の依頼で島に入ったらそーなんして島をぐるぐるしてたの!」

「なんだ迷子かよ」

「迷子じゃなくて遭難だし!あとリュウは猫のふ……りはもういいや、普通に喋っていいよ」

「りゅ!りょーかい!」

 

 

 リュウがまた喋ったけど、ナツたちもいることだしこのまま普通に喋ってもらおう。

 お互いの事情説明が終わった頃には遺跡の前までたどり着いた。

 

 

「よし!じゃあ始めっぞ!」

「食べるぞー!」

「食べ!?いや食べていいか……私も頑張るぞー!」

 

 

 そして移動中にナツから聞かされた作戦に私たちも手伝うことにし、武器を構えた。

 

 

 


 

 

 

「情けない……残ったのはおまえだけか」

「おおーん」

 

 

 遺跡の内部には霊帝と呼ばれている男──リオンと猫耳の男──トビーがいた。

 リオンは遺跡の中にあった王座のような椅子に座り、トビーを見下ろした。その冷たい視線にトビーは思わず身震いをする。

 リオンは村を滅ぼせと命令し、帰ってきたのがトビーだけでという事実に落胆の色を見せる。

 

 

「『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』め、中々やるな」

「俺が自爆ったのは内緒の方向で頼みます」

「これではデリオラの復活も危ういかもしれませんな」

 

 

 自分が出るしかないか、リオンがそう思っていると、ある人物が現れた。

 一週間前、どこからか話を嗅ぎつけ、協力者となった得体の知れない者。

 

 

「いたのかザルティ」

「今宵……月の魔力は全て注がれデリオラが復活する。しかし、【月の雫(ムーンドリップ)】の儀式を邪魔されてしまえばデリオラは氷の中です」

「くだらん……最初から俺が手を下せばよかっただけの事」

「おおーん面目無い……」

「相手はあの“火竜(サラマンダー)”と“妖精女王(ティターニア)”ですぞ」

 

 どこかで見ていたのか、それとも聞いていたのかザルティは“火竜(サラマンダー)”の他にも“妖精女王(ティターニア)”が島にいることを告げる。

 

 

「相変わらず情報が早いな。だが、俺には勝てん、ウルをも超える氷の刃にはな」

「それはそれは、頼もしい限りですな。では私めも久しぶりに参戦しますかな」

「お前も戦えたのかよ!?」

 

 

 ザルティが戦っている姿を見たことがないトビーはザルティの言葉に驚く。

 

 

「はい、“失われた魔法(ロスト・マジック)”を少々」

「“失われた魔法(ロスト・マジック)”!?……おお?」

「フン、不気味な奴だ……!」

 

 

 事の始まりは小さな揺れだった。それが呼び水となったのか小さな揺れは大きな揺れへとすぐに変化する。

 ズゴオオオオオン!!!ゴゴゴゴゴォォ!!と轟音を立てながら遺跡はその形を崩していく。

 

 

「遺跡が崩れ……」

 

 

 トビーは遺跡に押しつぶされると思い、目を積むる。

 しかし、遺跡は崩れなかった。揺れが収まり、トビーは恐々と目を開けるそこでトビーが見た遺跡の形は──

 

 

「いや……傾いたぁ!?」

 

 

──遺跡は傾いていた。

 

 

「早速やってくれましたな。ほれ……下にいますぞ」

 

 

 地震にも動じず終始無言だったザルティは先ほどの騒ぎで崩れた床から見えた犯人達を指差した。

 

 

「普段知らねぇ内に壊れていることはよくあっけど、壊そうと思ってやると結構大変なんだな」

「結構大変といいながら殆どの柱を倒したのはすごいけどね……」

 

 

 私は数本だよ、倒せた柱。私はナツの規格外のパワーに呆れた。

 

 

「リュウも頑張ったー!柱一本丸々食べたー!」

「うん、リュウも頑張ったねー」

 

 

 猫のまんまのリュウが飛び跳ねながら、私に褒めてもらえるのを待っていたので私は腕を広げてリュウを迎え入れる。

 リュウは自分の担当した柱を責任持って丸ごと食べ尽くした。うん、自分のお仕事をちゃんとできた偉い子は褒めてあげないとねー。

 

 

「貴様ら……なんの真似だ……」

「建物曲がったろ?これで月の光は地下の悪魔に当たんねーぞ」

「御用だ!御用だー!」

「素直に復活を諦めて、成敗されろ!!」

 

 

 私たちは頭上にいる男達を見上げ、睨みつけた。

 

 

「『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』め……」

「駄目だ!何がどうなったのか全然わかんね!!」

「この遺跡を傾かせたようですな。遺跡を支える支柱を半分ほど破壊し傾かせたことで月の光をデリオラまで届かせない作戦でしょう」

 

 

 猫耳の男は私たちのしたことを理解できていないようだったが、仮面の男は違った。

 仮面の男はナツが立てた作戦を理解し、説明する。

 

 

「見かけによらずキレ者でございますな」

「ごちゃごちゃうるせえよ!シエル、そっちは任せた!」

「任された!」

「りゅ!りょーかい!」

 

 

 仮面の男は見かけによらず頭を使ったナツに感心する。私はその様子に若干失礼だなーと感じたがナツは気にせず足に炎を纏わせた。

 そしてナツは、足から炎を噴出させて先ほどの崩れた天井の穴から悪い奴らがいる場所へと飛び上がる。

 私は飛び上がったナツを敬礼して見送った。

 さてと、あっちはナツに任せて私は私の仕事をやらないと。私はナツから言われた場所へ向かった。

 

 

 


 

 

 

「あった!あれがナツの言ってた穴!!」

 

 

 遺跡の中を走り回って漸くナツが言ってたデリオラがいる地下に繋がる大穴を見つけ出した。なかなか見つけられずぐるぐる遺跡を巡り巡って完全に遠回りをしてしまった。……入り口に近かったんだ。

 ナツの馬鹿ーもうちょっと分かりやすい言い方はなかったの。石像がいっぱいある場所ってどこだ!石像なんてそこらかしこにあったよ!!

 

 

「ゼェ……ハァ……」

「お姉ちゃん大丈夫?」

「だ、だいじょぶ」

 

 

 今の今まで走り回ってたので、立ち止まるとその疲れが一気にどっときた。頭の上に乗っていたリュウがこちらを心配してくれたので安心させるようにリュウの頭を撫でる。

 大穴の前で私はゼェハァ言いながら呼吸を整える。どうでもいいけど……お腹すいたな、そう言えば今日のお昼食べてないや。これが終わったら皆と美味しいもの食べに行こう。

 【疾風のごとく】を手に持ち、私は覚悟を決める。

 

 

「ポップ、ステップ、ジャンピングー!!」

 

 

 

 私はナツ達が遺跡を探索した時に開けた大穴に飛び込んだ──

 

 

「──っ!?が!!?」

「りゅ!?」

 

 

──はずだった。

 私がジャンプして飛び込んだ瞬間、床が復活して大穴が塞がった。

 それは突然でなんの反応もできず私はまず膝を思いっきり床にぶつけた。その反動で顔面も床にぶつける。膝と顔面の痛みに私はゴロンゴロンとその場をのたうち回った。

 リュウがそんな私を見てパニックになったのかオタオタする。

 

 

「いだあああああぁぁぁ!!!?」

「おねちゃ!?し、死なないでおねーちゃーん!!」

 

 

 その場をのたうち回り、何とか痛みを逃す。いだい……思いっきりぶつけた。泣きたい。でもお姉ちゃんだから泣くのは我慢する。

 こちらを心配そうに見つめるリュウを見て私は泣きそうになるのを頑張って堪えた。そして頑張って立ち上がった。

 

 

「だ、大丈夫死なない、私頑張る」

「りゅー……」

「というか今何が起こったの?」

 

 

 痛みで頭が追いつかない。何が起こった。私は大穴が塞がったことしか把握できてないよ。痛みに顔をしかめながらも何が起こったのかを把握するため私は辺りを見渡す。そして気がついた。

 

 

「遺跡が真っ直ぐになってる?」

 

 

 傾いていたはずの遺跡が元のように真っ直ぐになっていた。まさかと思い柱に目を向けると私達が壊したはずの柱が一本を除き元どおりに戻っていた。

 

 

「え、なにこの無駄にハイテクな自己再生能力持ちの遺跡!」

 

 

 それは反則じゃないの!と足踏みをしなから私は遺跡に怒る。

 アレか?『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』にいつも遺跡が壊されるから遺跡も本腰入れて対策してきたのか!?ふざけないでよ!!それならまず壊れないように丈夫に遺跡を作ればいいじゃん昔の人!!壊れても元どおりになるから大丈夫ってのはおかしいよ!

 いや、今はそんなことはどうでもいい、それよりもまずいことがある。遺跡が元どおりになったということは──

 

 

「【月の雫(ムーンドリップ)】がデリオラに届いちゃう!」

 

 

 何がキーで遺跡が元に戻ったのかは分からないけど、このままでは【月の雫(ムーンドリップ)】でデリオラが復活してしまう。

 もう一度柱を壊す……のは無理だ。ナツがいるからあの短時間で柱が壊せたのであって、私たちじゃ時間がかかりすぎる。

 今から柱を壊すよりは私たちは当初の予定通りに。遺跡が戻るまでにそれなりに時間があった。今壊してもすぐには元に戻らないはず。

 

 

「リュウ、頭に乗って!!」

「りゅー!」

 

 

 そうと決まれば私は【疾風のごとく】の他に琥珀の装飾がついた槍──【母なる大地】を手に持つ。リュウが私の頭の上に乗ったのを確認して私は構えた。

 

 

「“怖れ、敬え、そして抗え、これは母の慈悲である”【母が母である為に(エッセ・ドゥ・ラ・テーラ)】」

 

 

 私は先ほど大穴があった付近に槍を突き刺し床を揺らした……とはいっても、私の力では遺跡全体を揺らすことはできない。私が揺らせるのは精々突き刺した槍の周囲3メートル弱だ。でもそれでいい。

 

 

「あ、抜け落ちた!」

「今度こそ行くよ!」

 

 

 これくらいの地震で床が抜け落ちるほどこの遺跡は古い。今度はさっきと違い穴が塞がる気配はない。これ幸いと私は穴へ飛び降り、風を纏って地下へ急降下する。

 地下へとたどり着くとさっき床ごと落ちていった【母なる大地】を見つけたので回収した。

 

 

「ここがナツが言ってた氷漬けのデリオラがいる地下か」

「早くデリオラを移動させちゃお!」

「そうだね、思わぬところで時間をかけちゃったし」

 

 

 ナツが考えた作戦はこうだ。

 1.遺跡を傾けて【月の雫(ムーンドリップ)】が届かないようにする。

 2.ナツが悪い奴らを倒す。

 3.私たちはデリオラの氷を移動させて悪者の手に行かないようにする。

 4.ナツがデリオラを壊す。

 何とも単純で分かりやすい計画である。そんな簡単な作戦だったのだがさっきのドタバタで大分時間を使ってしまったので私たちは急いデリオラの元に向かった。

 

 

「これが……デリオラ」

 

 

 【呪歌(ララバイ)】の同じくらい大きい悪魔の氷像を見上げ、私はありきたりの言葉しか言えなかった。

 こいつが最初の仮面の少年が言ってたゼレフの悪魔……よくもまあこんなものを復活させようとしたよ。

 

 

「リュウこれを移動させるから魔力を頂戴」

「りゅ!分かった!!」

 

 

 難しいことは後で考えよう。今はデリオラを動かすことが大事だ。

 リュウから魔力を貰い、私はデリオラを動かそうとした。

 

 

「おやおや、それは困りますねぇ」

 

 

 その時、背後から見知らぬ声が聞こえた。

 

 

「!誰っが!!?」

「ぎゃう!?」

 

 

 急いで背後に振り向くが、その相手を確認する暇もなく、私の体はものすごい勢いで吹き飛ばされた。リュウは弾き飛ばされ、私は背中から思い切り 壁に叩きつけられ、息が止まった。

 

 

「っ!!!?ゲホッ!ゲホッ!」

「もうすぐ【月の雫(ムーンドリップ)】がデリオラに降り注ぎますので、移動されるわけにはいきません」

「っ誰だ!!」

 

 

 何とか息を整え、私は自分を吹き飛ばした人物に睨みつける。

 

 

「私としたことが自己紹介がまだでしたな。私はザルティと申します。以後お見知りおきを……いや、知っていただく必要はありませんな、残念ですがここでさよならです」

 

 

 ザルティが手をかざすと水晶玉が浮かび上がり、凄まじい勢いで水晶玉を飛ばした。

 回避──は無理、防御を──

 私は【母なる大地】で自分とザルティの間に地面をせり上げて土の壁を作った。

 

 

「無駄です」

「!?」

 

 

 壁は突如崩れて消えた。やばっまともに食らう!衝撃に身を強張らせて、目を瞑る。

 

 

「……?」

 

 

 衝撃はいつまでたっても来なかった。不思議に思い恐る恐る目を開けると目の前には水晶玉を口で受け止めた白豹がいた。

 白豹は私を庇うように覆いかぶさる。

 

 

「リュウ!?」

「お姉ちゃんに怪我させたな……」

 

 

 リュウは口で受け止めた水晶玉を噛み砕き、ザルティを睨みつける。グルルルルと唸り声が聞こえる。完全に頭に血が上ってる、このままだとやばい。

 

 

「リュウ、私は大丈夫。リュウが守ってくれたおかげだよ」

 

 

 リュウを落ち着かせるため、リュウの体を撫でながら私は立ち上がろうとする。私が立ち上がりたいのを察したリュウは体の上から退いてくれた。

 立ち上がりリュウの頭を撫でる。リュウは私に撫でられ今度は機嫌よくグルルルルと喉を鳴らす。

 

 

「賢い飼い猫に救われましたな」

「飼い猫じゃない、この子は妹だ。……リュウに救われたっていうのは認めるけど。一体何をやった?私は確かに壁を作った」

 

 

 私は確かに地面をせり上げて土の壁を作った。それが突然そこに何も無かったかのように消えた。作り損ねはしていない、最初は確かにあったんだ。

 

 

「私、“失われた魔法(ロスト・マジック)”を少々齧っておりまして、私は物体の“時”を操れます。すなわち壁ができる前の時間に戻したのです」

「時間を戻す?っまさか遺跡が元に戻ったのは」

 

 

 時間を戻すという言葉が引っかかった。まさか遺跡が急に元に戻った原因は……

 

 

「月が出ますので私が元に戻させてもらいました」

「お前の仕業か……」

 

 

 犯人はお前か。お前が私が床に衝突する原因を作ったのか。思い出したら思いっきりぶつけた膝と顔面が痛くなってきた。

 

 

「私はねぇ……どうしてもデリオラを復活させねばなりませんのですよ」

「そんなの知らないね。そんなこと言うならこっちだってお前らの邪魔が仕事だし……!」

「とりあえず燃えとけぇ!!」

「ナツ!!」

 

 

 ザルティと睨み合いをしていたら横からナツがザルティに突撃してきた。ザルティは軽く飛び上がって避ける。

 

 

「なぜここがお分かりに?」

「俺は鼻がいいんだよ。ちなみにお前は女の香水の匂いだ」

「え、まさかこいつオネエ系?」

 

 

 ナツの口から飛び出た衝撃の真実に私はある一つの答えにたどり着く。

 

 

「男性でも女性物の香水をつけることはありますぞ、オネエとか関係なしで」

「……すごい早口で否定したね」

 

 

 私の答えにザルティはものすごい早口で否定したのだった。



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デリオラ

 シエルにオネエ疑惑をかけられているザルティが、何かに気づき不敵に笑いだす。

 

 

「何だぁ?変なやつだな」

「……“火竜(サラマンダー)”くん、私を追ってきたのはミスでしたね」

「何だと?」

「上をご覧なさい」

「上?……!?」

 

 

 ザルティに促され、上を見ると天井から、細い紫の光が氷漬けのデリオラに降り注いでいた。

 

 

「何で光が……」

「誰かが上で儀式やってんのか!!?」

「たった一人では【月の雫(ムーンドリップ)】の効果は弱いのですが、三年間コツコツと月の光を浴びせ続けましたからねぇ、すでに氷には充分な量の月の光が集まっております。後はキッカケさえ与えてあげれば……ほら」

 

 

 月の光が当たった場所からデリオラの氷が溶け始める。どんどん氷が溶けてデリオラの姿が現れてくる。

 

 

「デリオラの氷が!!」

「くそ!しくじった!!頂上にいる奴なんとかしねーと!!……いで!?」

「ナツ!」

 

 

 慌てて頂上に向かおうとしたナツだが、突然地面がせり上がり壁となってナツを打ち上げた。私はその“壁”に見覚えがあった。

 

 

「さっき私が作った壁っ!」

「先ほど戻した時間を進めさせていただきました。儀式の邪魔はさせませんぞ」

 

 

 急がないと、こうしている間にもデリオラの氷がみるみる溶けていく。このままだとデリオラが復活してしまう。すぐにでもザルティをぶっ倒さないと。

 

 

「【蜂のように刺す】!!」

 

 

 風を身に纏い、ザルティに向けて突きを放ったが、ザルティは飛び上がって避けた。

 

 

「ちっ!」

「ほっほっほーーっ!」

「何笑ってんだぁーーー!」

「ナツ!」

 

 

 私の横をナツが凄まじい勢いで通り過ぎ、炎の拳でザルティに殴りかかる。

 

 

「良いのですかな?デリオラがあんな状態で“火”の魔法など、解氷を促進させますぞ」

 

 

 ザルティの言葉を無視しナツはザルティを殴りつける。ザルティは避けたが地面が抉れた。

 じゃない、そうだった。下手するとナツの炎で氷が溶けるんじゃ。

 

 

「火の魔法で氷が溶けたらお前らも苦労しねーだろ」

「ほっほぉーう、戦場での頭の回転の速さと柔軟さには驚かれますなぁ」

 

 

 私がそんな心配をした瞬間にそんな心配は必要なくなった。まあ、よく考えればそうか……普通の手段で溶けないから【月の雫(ムーンドリップ)】で氷を溶かそうとしてるんだから。

 

 

「シエル!リュウ!先に頂上に行け!!」

「えっ……」

「こいつは俺が相手する!!」

 

 

 ザルティから目を離さずにナツは言った。ナツ一人を残すことに躊躇をするが、他に手段はないし、そもそも私はナツを心配できるほど強くもない、ここはナツを信じよう。

 

 

「分かった!」

「そう簡単に逃がすとお思いですか?」

 

 

 身を翻し、この場から儀式している頂上に向かう。しかしザルティは水晶玉を飛ばし私の行く手を阻もうとする。飛んできた水晶玉を切ったが水晶玉は瞬く間に切れる前に元どおりになる。その水晶玉をリュウがバリバリ噛み砕き、ザルティを睨みつけた。

 

 

「行って、お姉ちゃん」

「リュウ!?」

 

 

 噛み砕いた水晶玉を飲み込んでリュウはナツの隣につく。

 

 

「物体の“時”を操る。さっきお前はそう言った。だけど、リュウが食べた柱と噛み砕いた水晶玉を戻すことはできなかった。お前の魔法は生物と生物が取り込んだ物体の“時”を戻すことができない。なら、リュウが全部食べてやる」

「おや、本当に賢い子猫さんだ。子猫さんの言う通り生物には効きません。だからこそウルであるこの氷の時間も元に戻せなかった」

 

 

 ザルティの様子を見る限り、嘘は言ってなさそうだ。私とナツは壊すだけ、この場でザルティに一番相性がいいのはリュウか、なら。

 

 

「分かった。二人ともここは任せたよ!!けどリュウ!水晶玉とかは食べていいけど“人”は食べちゃ駄目だからね!!」

 

 

 ここは二人に任せよう。だけど、頭に血が上りかけているリュウには釘を刺しておく。このままだとザルティを頭からパクリと食べそうで怖い。

 

 

「…………」

「返事!」

「りゅー……分かったよ!」

 

 

 私の言葉にリュウは不満げに頷く。頷いた以上どんなに怒っても“人”を食べることはないはず。不安がないかといえば嘘にはなるけど、そこはリュウを信じよう。とにかくここは二人に任せる!私は急いで頂上にへと向かった。

 

 

 


 

「じゃーまーだぁーー!!」

 

 

 天井を突き破り、上へ、上へと上がっていく。遺跡が元に戻ったのがザルティの仕業なら、もう気にせず壊す。遺跡自体に修復機能がないなら粉々に壊す。

 

 

「何階建てだこの遺跡!無駄に階数多いんだけど!」

 

 

 思っていた以上に階数があった遺跡に文句を言いながら私は天井を破壊していく。こうしている間にもデリオラの氷は溶けていってるのに。

 

 

「オオオオオオオオォォォ!!!!」

 

 

 七個目の天井を壊すと地下から凄まじい叫び声が聞こえた。私は驚いて槍を落としそうになる。今の声……まさかデリオラが復活した?そんな、間に合わなかった。リュウとナツは大丈夫なの?急いで戻らなきゃ!

 私は急いで来た道を戻ろうとする。

 

 

「早く戻らな……【月の雫(ムーンドリップ)】の光?」

 

 

 細いけれども【月の雫(ムーンドリップ)】の光は地下に降り注いでいる。なら、儀式はまだ続いている!!

 

 

「まだ間に合う。いや、間に合わせる!!邪魔だぁーーー!!」

 

 

 私は天井を再び壊した。壊した先でまず見えたのは紫の月だった。それを見て私は漸く外──頂上に出たことを理解する。

 

 

「なんだぁ!?」

 

 

 頂上では猫耳の男が儀式をしていた。こいつが一人で儀式をしていたのか。

 

 

「とりあえず……寝てろぉ!!」

「くぼぉ!?」

 

 

 猫耳の男が驚いている内に渾身の力を振り絞って槍を猫耳の男に振り下ろす。槍の平たい部分で殴られた猫耳の男は地面に叩きつけられてピクリとも動かなくなった。

 

 

「終わり!……間に合った?」

 

 

 月の光はもう降りていない。空の様子を見て私はその場に座り込んだ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

「シエル!!」

「へ?誰……ルーシィとハッピー!と……エルザ!?」

 

 

 誰かから名前を呼ばれたので、座り込んだまま声がした方に振り向く。そこにはルーシィとハッピーとエルザがいた。

 あれ、ナツからハッピーとルーシィとグレイでS級クエストで受けた話は聞いたけどエルザも来てたの?いや、連れ戻しに来たのかナツたちかリュウのどちらかを。

 こちらに近寄ってくる二人と一匹を見て私はふらつきながらも立ち上がる。

 

 

「どうしてお前もこの島にいる?」

「依頼だよ。S級じゃなくて普通の。エルザは……ナツたちの迎え?」

「ああ、もちろんそうだ。【月の雫(ムーンドリップ)】は……」

「今止めた。こいつが一人でやってたみたい」

 

 

 気絶している猫耳の男を指差す。これでデリオラの封印は守られた……よね。疲れたけどすぐに地下に戻らなきゃ。ナツたちがまだザルティと戦っているかもしれない。

 

 

「エルザ、実はまだ地下にナツ……が?」

「誰だ!」

 

 

 ナツたちか地下にいることを教えようとするとどこからか拍手の音が聞こえた。

 

 

「……お前は」

「やあ、さっきぶり」

 

 

 拍手の主は仮面と緑色の髪を見てすぐに分かった。ナツと合流する前に出会い、そして逃げた幻影の少年だった。

 

 

「知り合いか?」

 

 

 エルザの問いに私はコクリと頷く。

 

 

「私かこの島をグルグルする原因を作った奴」

「一応言わせてもらうが、何日も島を迷子になったのは君の不注意も原因だからな」

「そんなの私は知りませんーそもそも迷子じゃなくて遭難ですー」

 

 

 私は悪くない。全部お前が悪い。そんな思いで私は少年を睨みつける。

 

 

「それ、どっちも似たようなものじゃ……むしろ遭難の方が酷いような」

「ルーシィちょっと黙ってね。そもそも何でお前が今現れるんだ。退散したんじゃなかったの?」

 

 

 あの時こいつは時間稼ぎが終わったって言って幻影の自分を消して逃げた。そんなこいつがまたこの場に現れるなんて絶対碌なこと考えてない。

 

 

「そのつもりだったんだけど状況が変わってね」

「状況?」

「正直俺としては悪魔が復活しようがしまいが関係ないんだけど、復活させるのが“俺たち”の目的でね」

「なるほど敵か」

 

 

 敵か味方か判断するのはその言葉だけで十分だった。エルザと私は武器を構える。

 

 

「そうそう敵だよ。もう役目は終わった……ね」

 

 

 突然頂上に描かれている魔法陣から強い光が放たれる。

 

 

 

 

 

「残念だけど、儀式は“二人”で行なっていてね。君が来た時点ですでに儀式は終わっていた。そこのトビーも含め、幻影で儀式がまだ終わっていないように見せてただけだ」

「そんなっ!」

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

 

 地下から悪魔の叫び声が響く。それは頂上に向かうときに聞こえた声よりも大きく恐ろしい声だった。

 その声に背筋が凍りつく感覚がする。

 

 

「これでデリオラは復活した。今度こそ俺はお役御免だよ」

「待て!!」

 

 

 少年を止めるため、エルザは少年を斬りつける。しかし少年の体はエルザの剣をすり抜けた。

 

 

「何!?」

「何度も言うけど“俺”はこの島にはいない。この先は安全地帯から高みの見物でいかしてもらう」

 

 

 そこまで言って再び少年の姿は霞に消えた。

 私には少年に構う余裕はなかった。頭の中はデリオラが復活した事実でいっぱいだった。恐怖に支配された頭で考えられたのは一つだけ。

 

 

「リュウ……」

 

 

 それは地下に置いてきた妹だった。

 

 

 


 

 

 

──数分前、地下

 

 

「ガァウ!!」

 

 

 リュウは水晶玉を噛み砕き、飲み込んだ。もう幾つ食べたかは覚えていない。そんなの覚えるつもりもない。リュウはザルティの武器全てを食べることしか考えていなかった。自分とナツを狙う物をリュウは全て食べた。

 ザルティは自分の水晶玉がリュウに殆ど食べられるのを見て、辺りの天井や地面から石飛礫を作り出しそれを武器にしてナツとリュウに飛ばすがリュウはそれを全て吸い込んで食べた。

 

 

「りゅ〜う!!」

「その子がいる限りこのままでは私に勝ち目がありませんな」

 

 

 ザルティはそう言うが、ザルティからは焦りを感じ取れず余裕がにじみ出ていた。その姿を見てリュウは警戒する。

 

 

「ハッキリ言ってお前らよく分かんねーよ。こいつを復活させてリオンがそれを倒す。リオンってのはそれでいいのかもしれねぇが、他の仲間には何の得があるんだ?」

「さあ、私めはつい最近仲間になったばかりなのでね。彼らの目的は知りません」

「んじゃお前でいいよ。本当の目的は何だよ」

「いやはや、本当に驚かされますなぁ。零帝様……いいえ、あんな“小僧”ごときにはデリオラはまず倒せませぬ」

 

 

 零帝──リオンを嘲笑いながらザルティは言った。その様はリオンに対する敬意が微塵も感じられない。ザルティは最初からデリオラを復活させるためだけにリオンに協力していただけだった。

 

 

「それじゃ大変じゃねーか!!お前が倒すのか!?」

「とんでもございません──ただ我が物にしたい」

「んだと!」

「例え不死身の怪物であろうと、操る術は存在するのです。あれほどの力、我が物にできたら、さぞ楽しそうではございませぬか」

 

 

 ザルティはデリオラの力の魅力をナツとリュウに話す。

 

 

「何だ、下らねえな」

「りゅ、そんなのより私は美味しいご飯を食べてる時が楽しい」

 

 

 ザルティの言葉に反してナツとリュウの反応は薄かった。それどころか冷たかった。

 

 

「……あなたたちはまだ分かりますまい。“力”が必要な時は必ず来るという事が」

「そん時は自分と仲間の力を信じる。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士の力をな」

「自惚れは身を滅ぼしますぞ。天井よ時を加速し朽ちよ」

 

 

 ザルティは天井の時を進め、大量の石飛礫を作り出した。

 

 

「どいつもこいつもくだらねぇ理由で島を荒らしやがって……」

 

 

 ナツは怒っていた。身勝手な理由で村人たちを悪魔の呪いで苦しめた彼らに、村を破壊した彼らに怒っていた。墓を破壊された村長の息子の為にも、呪いを解いて欲しいと願った彼の為にも、許すことはできなかった。彼の墓の前でナツは誓った。

 

 

「もうガマンならねえんだよ!!」

 

 

 ザルティをぶっ飛ばす為に足から炎を噴出させたナツは飛び出した。その拳には 荒ぶる炎が纏われていた。

 

 

「その荒ぶる炎は我が“時のアーク”を捉えられますかな?」

「アークだかポークだか知らねぇが、この島から出ていけ!!」

 

 

 ナツの拳から繰り出された炎は石飛礫を全部焼き尽くし、目くらましとなってザルティの視界を遮った。

 

 

「ぬぅ!」

 

 

 ナツを見失い、ザルティは煙の動きからナツがどこにいるのかを探す。そして一箇所だけ煙の動きが違う場所があった。ザルティはそこに向けて石飛礫を飛ばす。

 

 

「そこか!!」

「りゅ、外れ!!」

「なっ!!」

 

 

 煙の中で動いていた誰かはリュウだった。リュウは飛ばされた石飛礫を食べ、一瞬でザルティに詰め寄った。

 

 

「しまった!!」

「りゅ、いただきまーす!」

 

 

 リュウは大きな口を開け、鋭い牙をザルティに見せつける。その様子を見たザルティは恐怖で一瞬身を強張らせた。しかし、リュウはザルティには指一本も触れず周りに浮かんでいた石飛礫と水晶玉だけを食べた。

 

 

「ごちそーさま。それなりの味だったよ」

 

 

 そしてリュウはその場を離脱する。最後の美味しい部分を譲る為に。

 

 

「そういや、俺にも時が操れるんだ」

「は!!?」

「一秒後にお前をぶっ倒す!!」

 

 

 ザルティの頭上にはすでにナツがいた。ザルティは回避に移ろうとするがもう遅い。

 

 

「【火竜の鉄拳】!!」

「きゃあああああああああああ!!!」

 

 

 ナツは渾身の力でザルティを殴り、吹き飛ばした。まともに食らったザルティは回転しながら何処かへ吹っ飛んでいく。

 吹っ飛ばされたザルティを見て、リュウはどうせなら“あの女”食べておけばよかったか、とも考えたが、シエルから人は食べちゃ駄目だと言われたので我慢をした。味もそこまで不味くはなかったが、酷くエグ味があったので我慢した。

 

 

「よし、シエルを助太刀に行くぞ!」

「りゅー!行くー!」

 

 

 吹き飛ばしたザルティを見て、ナツとリュウは先に頂上に行ったシエルの助太刀をしようと頂上に向かおうとした。

 その時だった──

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

 

──遂にデリオラの封印が解け、悪魔が叫びをあげる。

 十年の時を経て、“厄災”は再び動き出そうとしていた。



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ウルの言葉

 ──彼女は、ずっと生きていた。

 その身を氷に変えても、グレイの闇を封じるために。

 ずっと、ずーっと“生きていた”。

 だから、彼女は知っている。

 リオンが自分を超えるために、悪魔を解き放とうとしているのも、

 彼女がリオンを利用して、悪魔を解き放とうとしているのも、

 グレイがまだ……過去に囚われているのも、

 彼女は知っている。

 だけど氷となって生きている彼女には、グレイ達を叱り飛ばすことはできない。

 ずっとずっと見てるだけだった。

 それは、とても辛かったと思う。悲しかったと思う。悔しかったと思う。

 ──だから、決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 封印()から解放された悪魔は叫ぶ。その咆哮は、洞窟内に反響し、身体の底から恐怖を呼び起こす。

 その光景をグレイは呆然と見つめた。

 

 

「(ウル……)」

 

 

 足下に溜まる(ウル)を掬い上げ、グレイは自分がなすべき事の決意を固める。

 

 

「グレイいたのか!こうなったらやるしかねえ!あいつぶっ飛ばすぞ!」

「ナツ!」

 

 

 グレイに気づいたナツが、デリオラをこの場で自分たちが倒すと決めた。

 

 

「お前ら……には、無理だ……デリオラは……俺が倒す」

「リオン!?」

「オメーの方が無理だよ引っ込んでろ!」

 

 

 リオンがボロボロの身体を引きずり地面を這いながら現れた。その姿を見たナツはリオンの身を案じて引っ込んでるように言う。

 しかし、今のリオンには目の前のデリオラしか見えていない。ナツの言葉は届かなかった。

 

 

「あの……ウルが唯一勝てなかった怪物……今、俺がこの手で……」

 

 

 師を超える。師が唯一倒せなかった怪物(デリオラ)を倒す事でしかそれは果たせない。その為に十年の月日を使った。この為だけに十年間全てを費やして来た。

 

 

「俺は今……アンタを!」

「もういいよリオン」

 

 

 グレイがリオンの肩を軽く押す。それだけでリオンは倒れ込んだ。

 

 

「後は俺に任せろ。デリオラは俺が封じる!!」

 

 

 グレイはデリオラの前に立ち、両手を交差させて前に突き出す。その姿を見てリオンは叫ぶ。

 

 

絶対氷壁(アイスドシェル)!!!無駄だ!そんな事をしても同じ事の繰り返しだぞ!いずれ氷は溶け、再び俺は挑む!!」

「これしかねえんだ、いま奴を止められっいでぇ!?」

「だーめー!!」

 

 

 魔法を放つのに集中して無防備なグレイのアタマにかぶりつく。

 ブッソーなジコギセーセーシンを出してたのでとりあえず頭がぶっとした。そしてそのまま地面に押さえつけた。

 ジコギセーダメゼッタイ!!お姉ちゃんも言ってたよ!

 

 

「リュウ、良くやった。そのまま噛みついて倒しとけ」

「うー」

「な、リュウだと!?どけ!!邪魔だお前ら!」

 

 

 倒されたグレイの横を通り過ぎ、今度はナツがデリオラの前に出た。

 グレイは自分に覆いかぶさる白豹が“リュウ”である事に驚くが、それよりもデリオラを封印する為二人を退かそうとする。

 

 

「断る。俺もリュウも、死んで欲しくねえから止めるのに。俺たちの言葉は届かないのか?」

「ナツ……リュウ……」

 

 

 デリオラが腕を張り上げ、ナツに向けて振り下ろそうとする。

 

 

「俺は最後まで諦めねえぞ!!」

「避けろおお!!」

 

 

 ナツはデリオラに向けて攻撃を繰り出そうと拳に炎を纏う。グレイはナツに避けろと叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、ピタリとデリオラの動きが止まった。

 

 

「え?」

 

 

 デリオラの腕が折れて取れた。

 

 

「な!」

 

 

 デリオラの身体中にピキピキとヒビが入る。

 

 

「なんだぁ!?」

 

 

 ボロボロとヒビが入った箇所からデリオラの身体は割れて、崩れていく。

 その光景を彼らは呆然と見ていた

 

 

「まさか……デリオラは、すでに死んで……」

 

 

 すでにデリオラという形は無くなった。そこにあるのはデリオラだった欠片と(ウル)だけだった。

 

 

「十年間、ウルの氷の中で命を徐々に奪われ……俺達はその最期の瞬間を見ているというのか……」

 

 

 リオンは拳を地面に叩きつける。その目には涙が流れていた。

 

 

「敵わない……俺にはウルを超えられない」

『確かに、片手での造形を続ける限りはいつまでたっても超えられないな』

「えっ……」

 

 

 リオンは顔を上げる。そして自分を叱咤した“声の主”に驚きの表情を見せた。それはグレイも同じだった。

 

 

「「ウル!?」」

「グレイの師匠!?」

 

 

 そこにいたのは自分達の師匠だった。

 

 

 

 

 

 ──彼女は十年間ずっと一人で生きて悪魔と戦っていた。

 だから、最期くらい自分の言葉を伝えたってバチは当たらないと思う。

 自分の生きた証を遺したっていいと思う。

 

 

「なんで……氷は全部溶けて……」

『言っておくが生き返ったわけじゃない。私がお前達に見えているのは、この子のお陰だ』

「りゅー!」

 

 

 ウルが私の頭を撫でる。その手は冷たいけど暖かい。うん、一肌脱いだ甲斐があった!けど疲れたから帰ったらご飯食べたい!

 魔力を食べないで外に集まるのいっぱい集中しないといけないからやっぱ苦手。

 

 

「リュウのお陰?」

『ああ、この子が流れる水の中から私の魔力を掻き集めて私の形にしてくれた。水の私が海に流れるまで数分しか時間はないが……それだけあれば伝えられる』

「ウル……」

『リオン、私を超えるならもっと世界を見て知ることだ。……後、片手の造形を止めること』

「…………ああ」

『グレイ、お前の闇は私が滅した。

 

 

 

 

……もう、前に進めるな?』

 

 

 

「…………はい。ありがとうございます……師匠」

 

 

 グレイは涙を流しながら、でもしっかりと目の前のウルから目を逸らさずに言った。

 それを見たウルは安心したのか笑みをこぼす。

 

 

『私はこれから海へと流れていく、だが、私は生きてずっと見守っている』

 

 

 ウルの姿が薄れていく、ウルの(身体)が海へと流れていく。それは止まらない、止められない。

 

 

『だから二人とも……もう、喧嘩をするなよ』

 

 

 その言葉を最後にウルの姿は消えた。

 これが、ウルが弟子達に遺した最期の言葉だった。

 

 

 



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悪魔たちの楽園

「リュウ、ありがとう……」

「りゅー!どういたしまして!」

「……ところでなんでお前がここにいるんだ?」

「りゅー!お姉ちゃんのバックに入って着いてきた!」

 

 

 全てが終わり、グレイは当然の疑問を口にした。目の前の白豹がリュウであるならこの島にいるのはおかしい。リュウは絶賛家出中だったはずだ。

 

 

「シエルもこの島にいるのか……というかシエルに着いてきたってお前……それならエルザに黙っていくことなかっただろ。怒髪天だったぞ、エルザ」

「えー書き置き残したよ?」

 

 

 グレイはリュウが居なくなり、怒髪天となったエルザを思い出し身震いする。しかしリュウは書き置きをしっかり残したのに怒ったエルザに首を傾げた。

 

 

「確かに“行ってきます、大丈夫だから探さないで下さい”って書いた書き置きがあったな……あれで怒られないと思ったのか」

「思った!!」

「ならその認識は改めろ。あの書き置きは俺でも怒る」

「りゅ!?」

 

 

 グレイにきっぱりと書き置きの内容を否定されて、リュウはガーンとショックを受けた。

 そしてしょんぼりと耳を垂れ下げ、顔をうつむかせた。

 

 

「しょぼーん……」

「それが通用するのはお前にはチョロいシエルだけだからな。というか、その姿はどうしたんだ?」

「りゅー?それはねー」

「リュウウウウウウウ!!!」

「ぐっ!?」

「シエルか!?」

 

 

 リュウがグレイになんで自分が白豹の姿をしているか説明しようとすると、横からシエルが凄まじいスピードで現れてリュウの首に抱きついた。首が締まりリュウはグエッとカエルが潰れたような声を出す。

 

 

「大丈夫リュウ!?大丈夫だったリュウ!?大丈夫だよねリュウ!!?」

「〜〜〜〜〜っ!」

「落ち着けシエル!!首!リュウの首が絞まってる!!」

 

 

 シエルは半狂乱になりながらリュウの首に抱きつく、リュウの首がキリキリと締まりリュウは苦しそうな声を漏らす。それを見たグレイ達は慌ててシエルを止めに入った。

 

 

 


 

 

 

「よかった……リュウが無事で……」

「りゅーそんな心配いらないよお姉ちゃん。リュウだって『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の一人だもん!ちょっとやそっとの危険はモーマンタイ!!さっきは危なかったけど!!」

「さっきはごめんね、本当にごめんね」

 

 

 プンプン!と頰を風船のように膨らませリュウは言う。完全に臍を曲げられてしまった。ほぼ私のせいだからしょうがないけれど。でも臍を曲げているリュウも可愛い。

 

 

「ふーんだ!リュウはお姉ちゃんと違ってチョロくないもーん!そんなんで許さないもんねー!」

「……リュウ、私がチョロいって誰が言った?」

「グレイ」

 

 

 リュウは尻尾で器用にグレイを指す。指されたグレイはビクッと肩を震わせた。

 そっかーグレイかー。

 

 

「そう。グレイ、今後『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)での食事に気をつけてね」

 

 

 どっかのウェイトレス兼魔術士がお前の料理にタバスコぶっかけても私は全く関係ない。

 ニッコリとそして晴れやかに私はそう言い切った。

 

 

「リュウ、ここにミストガンの馬鹿から掠め盗った魔力いっぱいの魔水晶(ラクリマ)が一つあります。いるー?」

「いるー!!」

「許してくれる?」

「許すー!」

「「チョロ!?」」

 

 

 私から魔水晶(ラクリマ)を受け取り、リュウはバリボリと魔水晶(ラクリマ)を食べる。

 私の誠心誠意の謝罪によりリュウは許してくれた。そこ、チョロいって言うな純粋って言え。

 

 

「おーしー!」

「それはよかった」

「ナツー!シエルー!グレイー!」

「ルーシィ!ハッピー!エルザ!」

「げぇ!?エルザ!!?」

「り゛ゅ!?」

 

 

 ルーシィとハッピーが手を振りながらこちらに駆け寄って来たので、私も手を振り返した。

 そして、エルザの存在に恐れ慄く者が二人いた。エルザを見た一人はこの場から逃げようとし、一人は子猫となって私の頭の上に乗った。

 

 

「逃げるな」

 

 

 しかし、エルザから逃げようとした一人(ナツ)はエルザに捕まった。そして、全力で白猫のフリをしている一人(リュウ)にも容赦ない現実が忍び寄る。

 

 

「ごめん、ほんっとうにごめんリュウ」

「にゃー?」

「全力で猫のフリをしてると思うんだけど、私、エルザに一から十まで全部話しました」

「にゃ、にゃんと?」

「だからそのー……今私の頭にいる白猫が【変化】したリュウだってことが、エルザには分かっています」

 

 

 本当にごめんリュウ。皆の目を掻い潜って私についてきたのも含め、黙っておくことはできなかった。

 私の言葉を正しく理解したリュウはすぐさま私の頭から離れようとする。

 

 

「逃すなシエル」

「ア、ハイ」

「りゅー!!!」

 

 

 エルザに睨まれて、私は逃げようとしたリュウの身体を掴む。ごめんリュウ。いつものエルザならともかく、今のエルザには逆らえない。ナツ達がマスターの言いつけ破ってS級クエスト受けたからいつも以上に怒ってる。

 私に掴まれて、リュウはジタバタと身体をバタつかせる。

 

 

「安心しろ二人とも、仕置きは後だ。まだS級クエストは終わっていないだろう」

 

 

 掴まれながら逃げようとする二人にエルザはS級クエストが終わっていないことを告げる。って。

 

 

「デリオラを倒すのがS級クエストじゃなかったの?」

「違う。悪魔にされた村人を救うことが本当の目的だったはずだ」

「……そう言えば確かにそんなことナツが言っていたような……」

 

 

 ゼルフの悪魔とかグレイの兄弟子とかで一番重要なことがすっ飛んでいた。

 

 

「で、てもデリオラは倒したし……村の呪いだってこれで」

「いや、あの呪いはデリオラの影響ではない。月の雫(ムーンドリップ)の膨大な魔力が人々に害を及ぼしたのだ。デリオラが滅んだからといって呪いが解けるわけではない」

「そんな……」

「んじゃ、とっとと治してやっか!」

「どうやってだよ……あ」

 

 

 グレイは月の雫(ムーンドリップ)の儀式をしていた張本人(リオン)に視線を向ける。

 

 

「俺は知らんぞ」

 

 

 しかし、私たちが期待した答えは返ってこなかった。

 

 

「何だと!?」

「この後に及んで言い逃れはかっこ悪いぞ!ダメな大人だぞ!街中で真っ裸になるグレイよりかっこ悪いぞ!」

「おい、最後」

「多分リュウ的には、今のお前は“弟弟子よりかっこ悪いぞ”って言いたかったんだと思う」

 

 

 言ってることはわからないでもないけどね!というかリュウの方が正しいし!

 

 

「三年前、この島に来た時村が存在するのは知っていた。しかし俺達は村の人々に干渉しなかった。奴等から会いに来ることもなかったしな」

「何だよ、今更俺たちのせいじゃないって言うのかよ」

「三年間俺達も同じ光を浴びてたんだぞ」

 

 

 リオンの言葉に私たちはハッとなった。見れば言われてみればそうだ。浴びた量的には儀式の近くにいたリオン達の方が多い。

 

 

「気をつけな。奴らは何かを隠してる。……ここからはギルドの仕事だろう」

 

 


 

 

「村が元に戻ってる!?」

 

 

 村について、見えた光景にルーシィ達は驚いた。

 ルーシィ達の話によると、村はリオンの仲間にボロボロにされたはずだった。それがまるで時が戻ったかのように元どおりになった。

 時が戻る……それに私たち三人はある人物を頭に思い浮かべた。

 

 

「ねぇな」

「ないでしょ」

「りゅー」

 

 

 しかし満場一致で、その人物を候補から外した。

 

 

「まあいっか!戻ったんだし!」

「うんうん。何が起こったかわからないけどそれが一番だよね」

「いいんだ……」

「魔導師どの!村を元に戻して下さったんですね!」

「きゃ!?」

 

 

 悪魔がこちらに近寄って来て、私は慌ててエルザの後ろに隠れる。び、ビックリした……村人が悪魔になってるのは話を聞いてたけど思ってた以上に悪魔だった。

 

 

「村長さん!」

「それについては感謝しています。しかし!一体いつになったら月を破壊してくれるんですかな!!」

 

 

 村長さんも呪いを解きたくて必死なんだと思う。けどその呪いのせいでめっちゃ怖い。本人にはそのつもりなくてもすっごく怖い。村長さんの剣幕に私はビクビクだった。

 

 

「月を破壊することは容易い」

「とんでもないことしれっと言ってるぞ」

「あい」

「りゅー」

「しかし、その前に確認したいことがある。皆を集めてくれないか」

 

 

 月を破壊するのが簡単とか恐ろしいことをエルザは言った。流石エルザって言った方がいいのかなこれ。

 でも、エルザは破壊する前に確認したいことがあると村人を集めた。

 

 

「整理しておこう。君達は月が出てからそのような姿になってしまった。間違いないか」

「正確にはあの月が出ている間だけ、このような姿に……」

「話を纏めるとそれは三年間からということになる」

「確かにそれくらい経つかも……」

 

 

 エルザの言葉に村人は同意した。

 

 

「しかしこの島では三年間毎日月の雫(ムーンドリップ)が行われていた。遺跡には一筋の光が見えていたはず……きゃあ!?」

 

 

 淡々と村の人たちに今までの状況を整理して話すエルザだったけど、突然落とし穴に落ちた。

 

 

「え、エルザーー!?いったい誰がこんな性悪な落とし穴を!!」

「ルーシムグ」

「私のせいじゃない、私のせいじゃないからね!」

 

 

 すぐに落とし穴に駆け寄ってエルザの様子を伺う。

 誰が村の入り口を塞ぐような落とし穴を作ったんだ……危ないよ!

 

 

「だいじょーぶー?」

「つまりこの島で一番怪しい場所ではないか」

 

 

 私たちの心配を他所にエルザは平然と穴から這い出て話を続けた。ちょっとエルザ、多分恥ずかしいんだと思うけどリュウの心配を無視しないでほしい。

 

 

「何事もなかったかのように話を続けたぞ」

「逞しいな……」

「なぜ調査しなかったのだ」

 

 

 ざわざわと村人達がざわめく、言うべきか言わざるべきか言葉を選んでいる雰囲気を感じた。

 その中で村長さんが、口火を切った。

 

 

「それが……ワシらにもよくわからんのです。……正直あの遺跡は何度も調査しようといたしました。皆は慣れない武器を持ち、ワシはもみあげを整え……」

「もみあげ?」

「リュウ、シー……」

 

 

 話が脱線しそうだったので唇に人差し指を当てて、リュウには今は静かにしてもらうことにした。今大事なところだからね。

 

 

「……何度も、遺跡に向かいました。しかし、近づけないのです」

「!!」

「遺跡に向かって歩いても気がつけば村の門。我々は遺跡に近づけないのです」

「どーいうこと?」

「私たちの時みたいに仮面の馬鹿がなんか魔法かけてたとか?」

 

 

 遺跡に近づけない原因として思い当たるのは私たちが森で何日も遭難することになった諸悪の根源だった。あいつめ私たちだけじゃなくて村人まで魔法かけてたのか。

 

 

「森の中を迷子になるのと、入り口に戻されるのは違うだろ」

「迷子じゃないし!遭難だし!」

「でも俺たちは中まで入れたぞ、フツーに」

「ネズミには襲われたけどね……」

 

 

 村人たちが遺跡に近づけない事に私たちは当然の疑問を浮かべる。そんなことありえるかと。

 

 

「こんな話信じていただけないでしょうから黙っていましたが」

「本当なんだ!!遺跡には何度も行こうとした!」

「だが、たどり着いた村人は一人もいねえんだ!」

 

 

 私たちが半信半疑なのを見て、村人たちは口々に言う。その姿は嘘を言っているようにはとてもではないけど見えなかった。

 

 

「やはり……か」

 

 

 しかし、エルザは村人たちの反応を見て確信を得たようだった。そして身に纏う鎧を【巨人の鎧】に変えた。

 

 

「ナツ、ついて来い。これから月を破壊する」

「おお!」

「「「「ええーーー!!!?」」」」

 

 

 


 

 

「今からあの月を破壊する。そして皆を元に戻そう」

 

 

そう言ってエルザはナツを連れて村の櫓に登った。

 

 

「月を壊すって……流石のエルザでも無理……だよな?」

「何をするつもりだろ……」

「ドキドキするね」

「そうだね。間違いなくこのドキドキはワクワク的なドキドキじゃないけどね」

「ビクビク的なドキドキだね!」

 

 

 本当に月を破壊するのかな。と言うか破壊されたら今後どうやって月見をするんだろう。

 

 

「この鎧は【巨人の鎧】投擲力を上げる効果を持つ。そしてこの槍は闇を退けし【破邪の槍】」

「それをぶん投げて月を壊すのか!!すっげえ!!」

 

 

 いや無理だから。私たちの思考は一致する。それで月が壊せた色々と問題だと思うな、私。

 でもエルザは本気だし、ナツは楽しそうだし止められる雰囲気ではない。

 

 

「しかし、それだけではあそこまで届かんだろう。だからお前の火力でブーストさせたい」

「?」

「石突きを思いっきり殴るんだ。【巨人の鎧】の投擲力とお前の火力を合わせて月を壊す」

「おし!わかった!」

「なんであの二人はあんなにノリノリなんだよ」

「まさか本当に月が壊れたりしないよね……」

「月が壊れたら今後月見団子食べれなくなっちゃう?」

「うーん……月見ず団子なら食べれるんじゃないかな」

「もう月を壊れること前提の会話してる!?」

 

 

 いやーうん。諦めって大事だよね。月が壊れるのが決定事項なら。もうその後の会話をした方が有意義だと私は思うんだ。

 

 

「ナツ!!!」

「おう!!そらあ!!」

「届けええええええ!!」

 

 

 エルザはナツの力を借りて、月に目掛けて槍を放つ。紫の月にヒビが入る。その事実に村人たちは喜び私たちは驚いた。

 しかし、その後の光景に皆目を疑った。

 

 

「月!?」

「これは」

 

 

 紫の月が割れると、そこに現れたのは私たちがよく知る普通の月だった。

 割れたのは月ではなかった。空が割れてキラキラと欠片が落ちてくる。

 

 

「割れたのは……空?」

「この島は邪気の膜で覆われていたんだ」

「膜」

月の雫(ムーンドリップ)によって発生した排気ガスだと思えばいい。それが結晶化して空に膜を張っていたんだ。その為月は紫に見えていたと言う訳だ」

 

 

 月は本来の姿を取り戻し。村人たちの身体がキラキラと光り輝く。

 

 

「邪気の膜は破れ……この島は本来の輝きを取り戻す」

 

 

 光が収まる。そこにいたのは人間の村び……

 

 

「あれ?」

「元に……戻れないの?」

 

 

 光が収まっても、そこにいたのは悪魔の姿の村人たちだった。

 

 

「いや、これで元どおりなんだ。邪気の膜は彼らの姿ではなく彼らの記憶を冒していた“夜になると悪魔になってしまう”という間違った記憶だ」

「それって……」

「ま、まさか……」

 

 

 私たちはエルザが言おうとしていることに気づく、まさか、いやまさか。前提から間違っていたなんて……

 

 

「彼らは元々悪魔だったのだ」

「ま、まじ?」

「う、うむ……まだ頭は混乱しておりますが」

 

 

 恐る恐るグレイは村長さんに確認を取る。村長さんも混乱しながらエルザの言ってる事が正しいと認めた。

 

 

「彼らは人間に変身する力を持っていた。その人間に変身している自分を本来の姿だと思い込んでしまったのだ。それが月の雫(ムーンドリップ)による記憶障害」

「それじゃどうしてリオンたちは無事だったの?」

 

 

 三年間月の雫(ムーンドリップ)を浴び続けて記憶障害となった村人たちと違い、同じく三年間も月の雫(ムーンドリップ)を浴び続けたリオンたちに記憶障害が起こらなかった疑問をルーシィはエルザにぶつけた。

 

 

「彼らは人間だからな。どうやらこの記憶障害は悪魔にだけ効果があるらしい。あの遺跡に村人たちが近づけないのも彼らが悪魔だからだ。聖なる光を蓄えたあの遺跡に闇の者は近づけない」

「流石だ、君たちに任せてよかった……魔導士さん」

「ボ……ボボ!!」

 

 

 突然現れた悪魔を見て村長さんは驚く。ルーシィやグレイも顔を強張らせた。

 

 

「ゆ、幽霊!?」

「船乗りのオッサンか!?」

「え、だ、だって!」

 

 

 村人は現れた悪魔と墓を交互に見る。それを見て悪魔は大笑いをした。

 

 

「胸を刺されたくらいじゃ悪魔(俺ら)は死なねぇだろうがよ!!」

「……ルーシィ、ルーシィ、彼はどなた様?」

「村長の息子さん。私たちを島に連れてってくれたんだけど……」

「あんた……船の上から消えただろ」

「こんな風にか?」

「あ!」

 

 

 悪魔……ボボさんは翼を広げ瞬く間に頭上へ飛び上がった。

 

 

「あの時は本当のことが言えなくてすまなかった。俺は一人だけ記憶が戻っちまってこの島から離れてたんだ。自分のことを人間だと思い込んでいる村の皆が怖くて怖くて……はは」

 

 

 ボボさんを見て、村長さんの目から涙が零れ落ちる。そして村長さんも翼を広げてボボさんの元へ向かう。

 

 

「ボボーーー!」

「やっと正気に戻ったな親父!」

 

 

 悪魔の親子が抱きしめ合う。

 それを見た村人たちも我先にと飛び上がって彼らの元へ向かった。

 

 

「悪魔の島……か」

「でもさ、皆の顔見てっと悪魔ってより天使みてーだな!」

「りゅ!」

 

 

 村長さんが今宵は宴じゃーーー!悪魔の宴じゃーーー!と叫ぶ。その響きに私たちはちょっと顔を強張らせるけど、皆笑みを浮かべて宴に参加した。

 

 

 

 この島は悪魔たちの楽園。

 

 

 私たちは悪魔の島で目一杯楽しんだ。

 

 

 

 紫の月はもう上がらない。

 

 

 

 



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帰宅!

「帰ってきたぞー!」

「来たぞー!」

「たっだいまー!」

 

 

 依頼を終え、私たちはマグノリアに帰って来た。

 マグノリアに着くとナツたちは早速はしゃいで飛び跳ねる。その様子は私たちも自然と笑みがこぼれるけど、一人注意しないといけない子がいるな。

 

 

「リュ〜ウ〜?ギルドに帰るまでがお仕事だよ?私の約束覚えてる?」

「りゅ、……にゃー」

 

 

 私に注意されてリュウはナツの肩から私の頭に戻る。そしてさっきまでの様子とは一転して静かになった。

 

 

「よろしい。ギルドに帰るまでは猫のフリは続けてね」

「にゃー」

 

 

 それが私の依頼にリュウが着いてくる条件だった。デリオラやらリオンやらでそんな状況じゃなくなったからあの時は喋ることを許したけど、安全となった今は猫のフリを続けてもらう。

 

 

「マグノリアに着いたんだからもういいじゃねぇかよ。ケチだなシエル」

「ケチじゃないもーん」

 

 

 ナツが人のことをケチとか失礼なこと言ってきたのでそれは違うと言った。

 約束は守らないといけないんだもん。私は約束を破られるのも、破るのも大っ嫌いだもん。

 

 

「しかし、あんだけ苦労して報酬は鍵一個か」

「せっかくのS級クエストなのにね」

「正式な依頼ではなかったんだ。これくらいが丁度いい」

 

 

 村の人達は村を救ってくれたお礼としてお金を渡そうとした。

 しかし、ナツたちは勝手に依頼書を抜き取って勝手に依頼を受けていた。その為エルザはお金を受け取るのを断った。

 結果感謝の気持ちとして貰えた“金色の鍵”が今回の報酬となった。

 

 

 「そうそう。文句は言わないの!」

 

 

 不満いっぱいの男性陣と違い。ただ一人得をしたルーシィは上機嫌だった。

 

 

「得をしたのルーシィだけじゃないか〜〜売ろうよそれ」

「にゃ、にゃーにゃー!にゃいうー!」

「リュウは売るより食べた方が美味しいよって」

 

 

 猫語わからないから勘で通訳したけど、多分そんな風に言ってると思う。

 リュウが言いそうなことは大体わかるからね私。

 

 

「ダメだから!!なんてこと言う猫たちかしら!?前にも言ったけど金色の鍵【黄道十二門の鍵】は世界中にたった12個しかないの、めちゃくちゃ貴重なんだから」

「ってことは売ったらめちゃくちゃ高いってことだよね?」

 

 

 十二個しかないめちゃくちゃ貴重な鍵なら、売れば結構なお値段するのではないか。

 

 

「やっぱ売ろうよ、ソレ」

「ぜっっっったいに駄目!!!」

 

 

 私の結論を聞いたハッピーは、鍵を売ることをルーシィに提案したが断固拒否されたのだった。

 

 

 


 

 

 

「なんで……」

「俺たちのギルドが」

 

 

 クエストから帰ってきた私たちを出迎えたのはみんなからの温かい出迎えじゃなくて、鉄柱が突き刺さり、見るも無残に変わり果てたギルドの姿だった。

 

 

「皆、帰ってきたのね……」

「ミラ!」

 

 

 ギルドの目の前で私たちが呆然としていると、暗い顔をしたミラが現れた。

 私は慌ててミラに駆け寄る。

 

 

「怪我は!?みんな無事!?」

「りゅー!誰がこんな悲劇的びふぉーあふたーしたの!?こんなの芸術じゃないよ!!」

「落ち着け、二人とも。ミラ、何があった」

 

 

 ミラに事情を聞くため、私たちは二人でミラに詰め寄るが、エルザが私たちの間に割って入る。

 

 

「悔しいけれどやられちゃったの……ファントムに──」

 

 

 


 

 

「よっおかえり!」

 

 

 マグノリアに帰って、ギルドの姿に驚き、慌ててギルドの地下に降りた私たちを出迎えたのは呑気にお酒を飲んでいつも通りグータラしているマスターだった。

 ──いや、なんでやねん。

 上のあれは“ファントム”にやられてたんだよね!?お酒飲んでる状況じゃないよ!?

 

 

「じっちゃん!!呑気に酒飲んでる場合じゃねえだろ!?」

「そーだよ!グータラしてる場合じゃないよ!というか突き刺さった鉄柱をそのままにして地下で呑んだくれてるのも危ないよ!」

「りゅー!そうだよー!あんなの返品だよ返品!!!」

 

 

 あまりにも呑気な姿にナツと私と人の姿になったリュウは皆口々にマスターに詰め寄る。

 

 

「喧しい!それよりも覚悟せい!今からお前たちに罰を与える!……ナツ!ハッピー!グレイ!ルーシィ!リュウ!ついでにシエル!」

「ついで!?」

 

 

 マスターは私たちの言葉を左から右へ受け流し、私たちの頭を軽くチョップした。

 まさかのついで。怒られるとは薄々思っていたけど……まさかのついで(二回目)。

 ちょっと筋違いだと思わなくもないけど、そこは文句言うよ!?リュウの件で怒られるとは思ってたけどついでにされるのはちょっと癪に触る!怒るなら、ちゃんとした理由で怒ってよ!

 

 

「騒ぐほどでもなかろうに、誰もいないギルドを襲うバカタレ共なんぞに目くじらを立てる必要はねぇ」

「誰もいない?」

「襲われたのは夜中らしいの」

 

 

 ミラの言葉に私たちはちょっと安心した、誰も怪我してないなら良かった。

 だけど!それとこれとは全くもって別問題!!

 

 

「納得いかねぇよ!!オレはアイツらを潰さなきゃ気がすまねえ!!」

「いかんと言うとるじゃろう!とにかくこの話はこれで終わりじゃ!う〜トイレトイレ」

 

 

 マスターは強制的にナツとの話を打ち切り、トイレに駆け込んだ。

 ……逃げられた。

 

 

「悔しいのはマスターも一緒なのよ。だけどギルド間の武力抗争は評議会で禁止されてるの」

「あっちが先に喧嘩売ったのに!?そんなのふこーへーだよ!」

「そういう問題じゃないのよ」

「……マスターの考えがそうであるなら……仕方…ないな」

 

 

 


 

 

 

「全然仕方なくないし!」

 

 

 バックに荷物を詰め込みながら、私は苛立ちを吐き出した。えっとハンカチ入れた、ティッシュ入れた、財布入れた、歯ブラシ入れた、トランプ入れた、寝袋入れた、──魔水晶(ラクリマ)入れた。

 よしそっちがその気なら、私だってやってやるもん。

 

 

「りゅー!お姉ちゃん、“爆弾魔水晶(ばくだんラクリマ)”はオヤツに入りますか!」

「リュウが食べれるならオヤツに入ります。もうちょっと入れようかオヤツだもんね、もう20個ぐらい持ってこうか」

 

 

 バックにギッチギチに詰め込む。爆弾魔水晶(ばくだんラクリマ)は危ないから厳重に保護する。バッグを肩にかけて、リュウを背中に背負った。

 よーし、準備万端!私はそーっと部屋のドアを開ける。そしてキョロキョロと辺りを見渡し誰もいないことを確認した。安全確認よーし!

 

 

「いっくぞー」(小声)

「ぞー」(小声)

 

 

 抜き足差し足忍び足。音を立てず、こっそりと廊下を通る。みんなに見つかったら絶対面倒なことになるから気をつけないと。

 『幽鬼の支配者』(ファントムロード)のギルドにカチコミするってバレたらやばいもん。

 マスターはああいったけど、私は絶対納得しない。やられたことはやり返す!私だって、誰もいない深夜にギルドぶっ壊してやるもん!!

 私子供だし!弱いし!卑怯者だし!腑抜けだし!なんと言われようが気にしないもん!!

 評議会に言いふらすなら言いふらせばいいさ!子供にギルドをぶっ壊された情けない事実が残るだけだけどね!!

 

 

「マスターがその気なら私だって考えがあるもん!!」

「ほう、どういう考えがあるんだ?」

「うみゃ!?」

 

 

 私だってやってやるぞ!と気合を入れていたら、突然後ろから声がした。

 ギギギ……とぎごちない動きで後ろを振り向くと、そこには不機嫌そうなエルザがいた。

 い、いつのまに!?

 

 

「あ、キグーだねエルザ、今からお出かけ?私もちょっとリュウと一緒に今から星空ピクニックをするつもりなんだー」

 

 

 バレたらダメだ。全力で誤魔化せ私。頭をフル回転させて言いくるめろ私。何のためにトランプと寝袋を持ってきた私!こういう時に荷物検査されても言い訳できるようにだろう!

 実際は人がいなくなるまで張り込むための暇つぶしと寝床確保だけど!

 

 

「この緊急時にか?誤魔化すな質問に答えろ、どういう考えだったのか正直に白状しろシエル」

 

 

 しかしすぐに誤魔化そうとしたことがバレた。私はしどろもどろになりながらもエルザが納得できる回答を探す。いや駄目だ、流石に今のエルザは誤魔化せない。こうなったら一か八かのやけっぱちだ!

 

 

「てい!」

「っく!煙玉か!!」

「ちょっとファントムにお礼参りするだけだよ!マスターがああ言っても私今反抗期だからマスターの言うこと聞かないもん!子供だからって何もできないと思ったら大間違いだぞ!」

「ふん!!」

「きゃふん!?」

 

 

 煙玉を投げてエルザに言いたいことを言い切ってこの場から逃げるため寮の扉に手をかける。しかしその瞬間モーレツなパワーそしてスピードでエルザの拳が私の頭にクリーンヒットした。私の意識は薄れていく。

 残念ながら私の冒険(反抗期)はここで終わってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「と、言うことがあって私は不本意ながら渋々ここにいます」

 

 

 リュウを膝に乗せ、不貞腐れながらルーシィに今までの出来事を説明する。

 

 

「ああ、うん。とりあえず事情は分かったんだけど……シエルも結構寛いでるよね!ババ抜きやりながら言っても説得力ないわよ!」

「私の今の状況と私の気分は別問題だから良いんですー」

 

 

 そりゃまあ勝手に人が借りてる部屋で寛いでるのは認めるけど。不貞腐れてるのは嘘じゃないのに。リュウの頭に顎を乗せてプクーと膨れる。

 リュウは私がべったりひっついても嫌がらなかった。

 

 

「りゅー!ジョーカーもらいー」

「そっかージョーカーもらったかー……リュウ、それはババだからそんな大声出して言っちゃいけない」

 

 

 リュウの発言でババ抜きをやってる意味が一気に無くなった。次のグレイがマジマジとリュウが持ってるカードを見つめてる。やっぱりジジ抜きにするべきだったかな?でも私が一枚抜き取ると高確率でジョーカー抜き取るしなー。

 

 

「てか、ずりいぞシエル!お前らだけでカチコミに行くなんて!俺も連れてけ!」

「やだよ、ナツが一緒だと絶対大事になるもん。こっそり行って、こっそりギルド壊して、こっそり帰ってくるのが私の計画だったんですー」

 

 

 そんな私の計画も泡となって消えたけど!

 

 

「ギルドを壊す時点で全然こっそりじゃねぇぞ」

「うっ……良いんだよ!向こうだって夜中にコソコソとギルド壊したもん!」

「逆ギレするなよ……っげ」

「ふーんだ」

 

 

 ジョーカーを取ったグレイの顔が僅かに歪む。へーんだ!私たちに騙されていい気味だし!!

 

 

「……ねえ、どうしてファントムは急に襲ってきたのかな?」

 

 

 ルーシィはそう言いながらグレイからカードを一枚取り、自分が持ってたカードと合わせてテーブルに捨てる。ジョーカーが手元に残ったグレイは若干がっかりした表情を見せた。

 

 

「さあな、今までも何度か小競り合いはあったが、こんな直接的な攻撃は初めてのことだ」

「じっちゃんもビビってないでガツンとやっちゃえば良いんだ」

「じーさんはビビってるわけじゃねえだろ。アレでも一応聖十大魔道の一人だぞ。マスターも二つのギルドが争えばどうなるか分かってるから争いを避けてるんだ。魔法界全体の秩序の為にな」

魔法界(全体)じゃなくてギルド(団体)のことを考えて欲しいし!」

 

 

 なんで、他所の為に我慢する羽目になってるんだよ。向こうがこっちにつかかってきてるのに!

 

 

「私達のことも考えての行動だ。争えば潰し合いは必至……戦力は拮抗している。そもそもの話、お前だってまともに戦えないと分かっていたから闇討ちをしようとしたんだろう」

「うう……」

 

 

 エルザに痛いところを突かれた私は押し黙る。そりゃ確かに私じゃマスターと同じ聖十大魔道のマスター・ジョゼには絶対敵わないし、S級魔導士のエレメント4にも間違いなく敵わないし、向こうの滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)にも敵わないと思うけど。

 

 

「むーーー」

「悔しいのは皆一緒だ、それでもマスターは皆を想って拳を引いた。なら、私達がするべきことは一つだろう」

 

 

 不貞腐れる私を諭すようにエルザは私の頭を撫でる。

 

 

「……うん」

 

 

 分かってた。怒ってるのは私だけじゃない。リュウも、エルザ達も……そしてマスターも。

 だけどマスターは皆を想って拳を引いた。なら私達もそれに倣おう。

 皆、色々思うところはあるけれど、その思いを押し込めて、いつも通り笑ってすごそう。

 うん、やることは決めた。なら、私が今やることは一つ。

 

 

「ババ抜き終わったら麻雀しよ!実はお泊まりセットに携帯雀卓積んできたんた!」

 

 

 この夜を遊び尽くす!

 

 

「なあ、お前本当にカチコミに行くつもりだったんだよな?トランプはともかくそれまで持ってきてるのはおかしいぞ」

 

 

 


 

 

 

「ごめんなさい!通してください!」

「りゅうぅ、とーおーしーてー!」

 

 

 逸れないようリュウの手をしっかりと掴みながら、私達は人の群れを必死に搔きわける。

 ウォーレンの【念話】を受けて、私達はその場へ駆けつけた。

 

 

「っわ!とと……っ!?」

 

 

 何とか人ごみを抜けて、私は目の前の光景に息を飲んだ。

 

 

 公園にある大木、そこにレビィ、ジェット、ドロイの三人が、ボロボロになって貼り付けられていた。

 三人の体にはファントムのマークが刻み付けられていた。誰にやられたかなんて一目瞭然だった。

 

 

「マスター!」

 

 

 目の前の惨状を見て、マスターは持っていた杖を握りつぶした。

 

 

「ボロ酒場までなら我慢できたんじゃがな……ガキの血を見て黙ってる親はいねぇんだよ」

 

 

 マスターは(子供)を守る為に拳を引いた。その(子供)に危害が加わったなら──

 

 

 

「戦争じゃ!!!」

 

 

 

 ──我慢する通りは、どこにもない。



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正直に言っていいこと

 『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)『幽鬼の支配者』(ファントムロード)にお礼参りをしている頃……

 

 

「というわけで、今のギルドは関係者以外立ち入り禁止!!何人たりとも(ギルドメンバーを除く)ギルドには入れさせないよ!」

 

 

 シエルはギルドの前で仁王立ちして来訪者達を追い返していた。

 

 

「いや何がというわけなんだよ」

 

 

 今、シエルが追い返そうとしているのは事情を知らずにギルドに遊びに来たロメオだった。

 マカオめ……そりゃ起きてすぐにあんなことになってみんな一斉に飛び出していったから、説明とかそういうのできなかったんだろうけど。自分の息子には説明しないとだめだよ。危ないでしょう!

 

 

「そう、私はエルザから重大な使命を受け取った!エルザの信頼と期待に応えるためにも!ギルドには何人たりとも入れさせない!例外はいない!」

「なんだよ、シエルのケチー!!」

「ケチじゃないですー!」

 

 

 うん、私はケチじゃない。約束はちゃんと守らないと。

 私は約束を破られるのも破るのも大っ嫌いなんだから。ギルドの皆以外誰も中に入れるなって言われたんだ。ロメオはマカオの息子だけど、『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)のメンバーじゃない。だからロメオは絶対に中に入れてあげない。

 

 

「モゴゴゴゴンゥリョメロウグググ」

「リュウ、その口に含んだペロペロキャンディを食べきるか、取り出してから喋りなよ。私はなんとな~くわかるけど、多分他の人には意味不明だからね」

 

 

 私は隣にいるリュウに呆れ半分で注意する。多分、“残念だったね、ロメオ”って言ってるんだろうけど。ペロペロキャンディを口にくわえた状態では意味不明な言葉をモゴモゴと口にするだけだった。

 

 

「うぅー?」

 

 

 リュウは私の言葉に頸を傾げる。口にくわえたままじゃいつもの口癖も言えてないよ……そういうところもかわいいけど。

 

 

「とにかく、マカオもナツもギルドにはいないし。危ないから家に帰りなさい」

「なんだよ……どうせ置いてかれたくせに」

「うぐ!?」

 

 

 さあ、帰った帰ったと私は追い返そうとする、ロメオが悔し紛れに放った言葉は私の心をグリグリと抉った。やるじゃないロメオ。さすがマスターの顔面に渾身の一撃をクリティカルヒットさせた勇者だよ。

 

 

「むぐ!バリバリゴックン……ロメオ!正直に言っていいことと悪いことがあるよ!お姉ちゃん、エルザに言いくるめられて置いてかれたこと気にしてるんだから、それは言っちゃだめ!」

「そだねーリュウ……本当にそれは正直に言ってほしくなかった」

 

 

 完全にリュウにトドメさされた。意外な伏兵だった。正直ロメオより、私の心にグサッと刺さった。別にいいもん……事実だから別に言われても気にしないもん。

 

 

「…………ッグス」

「りゅ!?どうしたのお姉ちゃん、なんか悲しいことあったの!?」

「いや今のはリュウが悪いだろ」

 

 

 涙ぐむ私を見てリュウはアワアワと慌てふためく。その姿を見てロメオが突っ込みをいれた。

 

 

「……とにかく!!どんな形であろうと私はエルザと約束したの!約束は絶対に守るのが私のモットー!!私は、約束を破られるのも破るのも大っ嫌い!私がいる限りギルドの敷居は部外者は足一本いれさせない!」

 

 

 涙を拭い、私はロメオに再び宣言した。うん、エルザに言いくるめられたのは事実だけども……確かに私は約束した。それを破るのは絶対に嫌だ。

 けど、言いくるめられたことは気にしてるから、あまり言わないでほしい。私にめっちゃきく。

 

 

「まあ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。皆……エルザやナツ達それにマスターもカチコミに行ったんだから。ファントムなんかちょちょいのちょーいってボッコボッコにされるよ」

「だよな。ナツ兄ちゃんも強いし!」

 

 

 そんなことをロメオと話していたら慌ただしくこちらへ走ってくる皆の姿を遠くに見た。ほら、やっぱりすぐに帰ってきた。

 

 

「ほら、噂をすれば皆元気に……」

「マスターがやられた!!ポーリュシカの所に早く!!」

「……え?」

 

 

 帰ってきた皆の言葉に私は耳を疑った。

 

 

 


 

 

 

 マグノリアの東の森にある治癒魔導士ポーリュシカの家、マカロフはそこに運び込まれた。そこでリュウは横たわるマカロフの手を握り、自分の持つ魔力を分け与えていた。

 

 

「りゅー……」

「フン、年甲斐もなく無茶をするからこんなことになるんだ」

 

 

 横たわるマカロフと魔力を一心不乱に渡すリュウを尻目に呆れたようにポーリュシカは言う。そしてマカロフを連れてきたアルザックとビスカを睨みつける。

 

 

「あんたらもいつまでいるんだい!とっとと帰りな!」

「し、しかしマスターの容態が……」

「看病させてください」

「帰りな……辛気くさい顔は病人にとって一番の毒だよ」

 

 

 食い下がるアルザック達をポーリュシカは突き放す。そしてマカロフをここまで苦しめている原因をつぶやいた。

 

 

「これは風の系譜の魔法だね 【枯渇】(ドレイン)……対象者の魔力を流出させてしまう恐ろしい魔法だ。流出した魔力は空中を漂いやがて消える」

 

 

 この系統の魔法は対象の魔力が強大であるほど苦痛がともなう。聖十魔導士であるマカロフにはこれ以上相性の悪い魔法はない。

 

 

「……漂っているマカロフ本人の魔力を集められたら回復も早かったんだがね……もう遅いね、こいつは長引くよリュウの魔力じゃ軽い応急処置にしかならない」

「そ、そうですか……」

「皆に伝えておきます」

 

 

 返事を返されてたことでポーリュシカはまだ家に残っていた二人に気がついた。

 

 

「あんた達まだいたのかい!!さっさと帰りな!人間くさくてたまらん!!」

「し、失礼します!!!」

 

 

 ポーリュシカに追い回されてアルザックとビスカは家を後にする。二人を追い返したポーリュシカはただ一人残ったリュウに視線を向けた。リュウは決してマスターの手を離さず、自分の魔力をただひたすら受け渡していた。

 

 

「りゅー……うぅ!?」

 

 

 しかし急にポーリュシカがリュウの頭を叩く。いきなり頭を叩かれたリュウは涙目でポーリュシカを睨みつけた。

 

 

「あんたも少しは休みな。魔力が空になって困るのはあんただろう?」

「でも……」

「いいから外でて何か食べて回復してきな!」

「りゅ、りゅー!暴力反対!ラジャ了解!!」

 

 

 休むことを渋るリュウだったが、ホーリュシカが箒を振りかぶったのを見て、リュウは慌てて外に出た。

 

 

「全く……昔から世話のかかる男ね。……本当に馬鹿なんだから」

 

 

 


 

 

 

 皆が帰ってきて一気にギルドは慌ただしくなった。怪我が酷いメンバーは手当てをしたりされたりしてて、比較的怪我が少なくて頭脳派のメンバーはもう一度ファントムに殴り込む作戦を立てていて、それ以外のメンバーは武器をかき集めたりしてた。

 そんな慌ただしいギルドの中で少しだけ静かな場所があった。

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 私は俯いているルーシィの顔を恐る恐る伺う。ギルドに帰ってきてからのルーシィはとても浮かない顔をしていた。

 

 

「……うん、大丈夫だよ。ごめんね」

 

 

 そう言ったルーシィの手は震えてた。私たちがギルドの門番をしてた頃、レビィ達の所にいたルーシィはファントムに攫われちゃってた。ナツが助けだしてくれたから大事は免れたけど、ファントムはルーシィを確固たる目的があって狙ったらしい。

 なんと、どうやらルーシィはハートフィリア財閥の令嬢だったらしい。

 で、ファントムはその財閥のトップ……ようはルーシィのお父さんから依頼されてこっちにちょっかいを出してルーシィを攫った。でも……

 

 

「ルーシィが謝る必要はないよ。ルーシィは悪いこと全然してない」

「そうだぜ、悪いのはパバァ!?」

 

 

 ものすごい馬鹿な発言をしようとしたエルフマンの足を思いっきり踏みつける。そういうところだよエルフマン!漢を磨くだけじゃなくて乙女心もちょっとは勉強しないとだめだよ!

 

 

「でも……私の身勝手な行動で皆にこんなに迷惑が……ごめんね。私が、家に帰ればすむ話、なんだよね」

「………………」

 

 

 何かに耐えるように俯いているルーシィを見て、私の堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「てーい!!」

「いた!?」

「いきなり何してんだ!?」

 

 

 私はルーシィの頭にチョップを放った。私の突然の行動にグレイは驚いた。だってしょうがないじゃん、こうでもしなきゃわかってもらえないと思ったんだもん。

 

 

「謝らなくていいって言ったんだから謝らない!!そもそもルーシィ一人の問題じゃないし!!」

「そ、そんなこと……」

「そんなことある!家族(仲間)の問題は家族(仲間)で解決する!それが私たち『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)!」

 

 

 胸を張って私はルーシィに宣言した。

 

 

「というかルーシィがお嬢様ってのも似合わねえよな。この汚ねー酒場で笑ってさ、騒ぎながら冒険している方がルーシィって感じだ」

 

 

 ナツの言葉に私たちも頷く。うん正直に言ったら怒られると思うけどお淑やかなルーシィはちょっと想像できないね。

 

 

「ここにいたいって言ったよな。ならそれでいいじゃねえか。お前は『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)のルーシィだろ?ここがお前の帰る場所だ」

「…………うん」

「泣くなよ、らしくねぇ」

「そうだ!漢は涙に弱い!!」

 

 

 ナツの言葉にルーシィは泣き出した。その姿を見て男性陣はたじろぐ。情けないな男性陣(というかグレイとエルフマン)みんなこれじゃ彼女はなかなかできないね。

 

 

「とにかくもう一回!今度はどっかへほっついてる男どもも呼び戻して総力戦だよ総力せんん!!?」

 

 

 今度はラクサスとギルダーツあとついでのついでにディスコミュニケーション馬鹿野郎も呼んでカチコミしなくちゃ、やられっぱなしではいられないもんね。

 そんなことを考えていたら突然ズシーン!と地面が揺れて様々な物が落ちる。え!?何!?地震!?

 

 

「つ、机の下に隠れなきゃ!!あと頭にクッション!」

「いや、この揺れは地震じゃねぇ!」

「皆!外だ!!」

 

 

 突然の揺れに慌てふためいていると、外で見張りをしていたアルザックの声に私たちは何事かと外へでた。そこで大きな建物が手足を生やして湖からこちらへ一直線に向かってきてるのが見えた。

 

 

「な、何あれ!?」

「まさかファントム!」

「あれが!?」

 

 

 湖をアメンボのように渡ってきた“ギルド”に驚いているとギルドは立ち止まり、砲台を突出させる。

 砲台はこちらに狙いを定めると膨大な魔力を集束させる。“あれはやばい”リュウも似たようなことができるけど、あれ以上にやばい。

 

 

「全員伏せろおおおお!!」

 

 

 皆が呆然とする中、真っ先に動いたのはエルザだった。誰よりも前に出て【金剛の鎧】を身に纏う。

 

 

「まさか、受け止める気か!?」

「よせエルザ!いくらその鎧でも……」

「「エルザ!!」」

「止まれお前ら!ここはエルザに任せるしかねぇんだ!!」

 

 

 私とナツはエルザの元に向かおうとしたがそばにいたグレイに引き留められた。ジタバタと拘束を解こうとするが、そうこうしている間にその魔力砲は放たれた。

 

 

「エルザアアアアアアア!」

「ギルドはやらせん!!!」

 

 

 魔力砲とエルザは拮抗する。二つがぶつかった余波で様々な破片が飛び散り私たちを襲った。それでも一人でギルドを守ろうとするエルザから目を逸らさなかった。

 魔力砲が消えるのとエルザが私たちの後方へはじき飛ばされるのは同時だった。私たちはすぐにエルザに駆け寄った。

 

 

「エルザ!」

「しっかりしろ!!」

 

 

 エルザが持つ鎧の中でも抜群の防御力を誇る【金剛の鎧】はボロボロに砕け散ってエルザ自身も魔力切れを起こしていた。

 

 

〔マカロフ……そしてエルザも戦闘不能。もう貴様らに凱歌はあがらねぇ。ルーシィ・ハートフィリアを渡せ、今すぐにだ〕

「ふざけんな!」

「仲間を敵に差し出すギルドがどこにある!」

 

 

 向こうの要求を私たちは突っぱねた。そもそもこんな手段をとるようなやつに私たちが屈する訳がない。こんな奴らに仲間は渡さない。

 

 

「仲間を売るくらいなら死んだ方がましだ!!」

「俺たちの答えは何があっても変わらねぇ!!お前らをぶっ潰してやる」

〔ならばさらに特大のジュピターを食らわせてやる!装填までの15分恐怖の中であがけ!!〕

 

 

 ジョゼはそう言って、【幽兵】(シェイド)を大量に放ってきた。仲間ごと撃つのかと思ったけど、カナが言うには【幽兵】は造り出した兵士、巻き込まれても問題がないらしい。ナツは15分までにジュピターを破壊することを宣言してハッピーと一緒に飛び出していった。

 

 

「私も行く!」

 

 

 【疾風の如く】を取り出す。ハッピーの他に空を飛ぶことができるのはこの場で私だけ、地上の“幽兵”なんて気にしない、空の上から急襲する!

 

 

「行ってきま――」

「待てシエル!」

「わっとと……急に掴まないでよ!」

 

 

 ナツ達を追いかけようとしたら。足首をグレイに捕まれた。

 

 

「連れて行け!」

「俺もだ!」

 

 

 ……え、大人二人を子供に運ばせるの。リュウがそばにいないからいつもみたいに魔力のごり押しできないのに。まあ、文句を言ってもしょうがない。そもそも私一人で突っ走ってもどうにかなる問題じゃない。ごめんねリュウ、“魔水晶(おやつ)”使わせてもらう。

 ディスコミュニケーション野郎から渡されてた風の魔法が込められた魔水晶を使ってグレイとエルフマンを浮かび上がらせる。

 

 

「行こう!」

 

 

 私たちは、ファントムのギルドへ向かった。



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最弱

 【疾風のごとく】を背負い右手にグレイ、左手にエルフマンを掴んで私たちはファントムのギルドへ向かう。

 何度かこちらに気づいた【幽兵】が落とそうと攻撃を仕掛けてくることがあったがその度にカナ達が援護してくれたから比較的楽に侵入できた。

 大人二人は結構重いけど。正直ちょっと痩せてほしいな二人とも。それか自分で飛んでほしいな二人とも。

 

 

 


 

 

 

「情けねぇなナツさんよ」

「漢なら乗り物なんぞ逆に酔わせてやれ!」

「今度ポーリュシカに酔い止めの薬作ってもらう?多分無駄になると思うけど」

 

 

 そもそも気軽に作ってくれるかもわからないけどね。ポーリュシカ、けが人にはまだいつもより比較的甘いけど。ナツみたいな健康体には厳しいし。

 

 

「お前らも来てたのか!」

 

 

 ギルドについたとたん壁が動くわ傾くわでえらい目に遭った。なんとかナツを見つけたと思ったら、乗り物酔いでダウンしてピンチになってるし、世話がやけるんだから全く。まあ、ジュピターを壊せたのはいいけど。

 さて、ナツと合流できたのはいいけど、そうなると外がどうなっているかが気になる。さっきまでガタンゴトンすごかったし。

 

 

「オイラ、外の様子見てくる!」

「待って私も行く!」

 

 

 ナツが開けた大穴から外に出て、見えた光景に私とハッピーは目を見開いた。

 

 

「きょ、巨人!?さっきまでアメンボだったよね!」

 

 

 外に出ると今までアメンボだったギルドが巨人に変形していた。なにこれかっこい……げふんげふん、えと、えーと……なんかずるいぞ!

 

 

「見てシエル、あの巨人、魔法陣書いてる!」

「何このハイスペックギルド!?書いてるのは……っ!」

 

 

 ハッピーが巨人が書いている魔法陣を指さす、その事実に驚きながらも私は魔法陣を見て、一瞬言葉を失う。

 巨人が書こうとしている魔法陣に見覚えがあった。

 

 

【煉獄破砕】(アビスブレイク)!」

 

 

 こっそりギルドの書庫に忍び込んで読んだ。絶対に見るなと言われた本に書いてあった禁忌魔法。でも──

 

 

「このサイズはやばい!ギルドだけじゃなくてカルディア大聖堂まで消し飛ばされる!!」

「ええ!?早くナツ達に知らせないと!!」

 

 

 巨人が放とうとしている魔法に気づいた私達は大慌てでナツ達の元へ戻った。

 

 

「大変だよ!ギルドが巨人になって魔法陣を書いているんだ!」

「嘘つけ!」

「こんな状況で嘘なんかつかないよ!そこまで私空気読めなくないもん!書いてる魔法は禁忌魔法の【煉獄破砕】(アビスブレイク)!大きさからしてカルディア大聖堂まで消し飛ばされる!」

「カルディア大聖堂までって……町の半分じゃねぇか!!」

「そんな魔法ありえねえだろ!」

 

 

 ナツ達の元に戻り、外の状況を伝える。しかしナツ達は半信半疑でこちらの言うことがうまく伝わっていないようだった。

 まあ、急に向こうのギルドが立ち上がって魔法陣書き始めましたなんて話、私もその光景を直接見てなかったら、この状況で何冗談言ってるんだろこの人、とか思ってた自信はあるけど。

 けど、【煉獄破砕】(アビスブレイク)の危険性が伝わってないのはまずい。あーもうもどかしい!

 

 

「それがありえるの!ギルドの書庫の禁忌魔法ばっか書かれてる閲覧禁止の本に書いてあったもん!」

「おい待て。その魔法を知ってるって事はお前……マスターの許可なしにその閲覧禁止の本を見たのか?」

「あ……」

「………………」

 

 

 しまった。慌てすぎて言っちゃいけないことまで話しちゃった。周りの男どもは信じられない馬鹿を見る目で私を見る。

 やばいやばいやばい!!色々とやばい!と、とにかく今は追求されるのはまずい!!

 

 

「と、とにかくその件は今はおいといて!今は魔法を止めないと本当にやばいんだって!」

 

 

 怒られている時間はない。そんなことをしてたら魔法陣が完成してしまう。

 

 

「ああそうだな。馬鹿(シエル)の言うことが本当なら、その魔法は本当にやばい代物だ。今は手分けしてこの動くギルドの動力源を探すんだ!!だがシエル!その件は後でマスターに言うからな!!」

「だよね!ごめんなさい!」

 

 

 でも、そのおかげでどんな魔法を放とうとしてるのか分かったからちょっとぐらいは大目に見てもらいたいなー(全然反省してない)

 グレイの言葉に私たちは手分けして動力源を探しに行った。

 

 

 


 

 

 

「やっぱり、リュウも連れてくるべきだった」

 

 

 動力源探しは難航した。どこを見ても動力源みたいな物がない。何ならジュピターの魔水晶(ラクリマ)が一番それっぽかった。リュウがいれば一発で分かっただけに連れてこれなかった事が結構痛い。

 あと、これだけ動き回っても人に会わないのはちょっと不思議。というかここまで会わないとちょっと狡い考えが頭をよぎってしまう。

 

 

 “もう、巨人(ギルド)壊した方が早いんじゃないかな?”……と。

 

 

 「いや、落ち着こう。落ち着け私。いくら何でもそう簡単にいくわけないって」

 

 

 そんな簡単にいかないだろうと。自分で自分に言い聞かせる。ギルド自体が巨大な魔道士になっているんだもん、それなりの対策はしているはず。

 でも、あの時エルザにバレて処分された(食べられた)爆弾魔水晶(ばくだんラクリマ)が惜しい……あれさえあれば至る所に設置してこのギルドぶっ壊してやるのに、リュウも正直に全部食べないで少しくらいは残してほしかったな。もう本当に素直なんだからリュウはそういうところが可愛いんだけども。

 

 

「いやでも……ここまで人がいないならいっそのこともう素手で壊すのもあり?」

「悲しい……」

「っ!!」

 

 

 もういっそのこと一人でギルドぶっ壊してやろうかと悶々と考えてたら、突然背後から聞き覚えのない声がした。

 

 

「誰だ!!」

 

 

 振り向きながら飛び退き【疾風のごとく】を構える。さっきまでなんの気配もなかったのに……

 

 

「小さき妖精の羽は朽ちて折れる……小さな希望は絶望の贄へと変わりゆく、我が名はアリア……エレメント4の頂点なり、妖精(小虫)駆除に推参しました」

「エレメント4……っ【悪戯妖精】(フェー・エスピエーグル)!」

 

 

 敵の正体が分かるやいなや私は魔法で自分の姿を隠す。動力源を探さなきゃいけないのに、エレメント4の頂点に立つ男とまともに戦う気はない。

 正直な話、自分の強さ(弱さ)は自分が一番分かってる。気はあまり進まないけど、三人の内、誰かを探して……

 

 

「私は悲しい……」

「きゃあ!?」

 

 

 姿を隠してナツ達を探しにこの場から逃げようとしたら、見えない何かに吹き飛ばされる。

 

 

「くっ!」

「悲しい……そのような拙い魔法で逃げ切れるとお思いですか」

「しまっ!」

「空域……【滅】」

 

 

 居場所がばれ、すぐに体制を立て直そうとする。しかし背後に立ったアリアの方が数倍早かった。

 

 

「がっ!?ああああああああああ!!?」

 

 

 アリアの魔法を受け、身体から魔力が抜けていくのを感じる。そして魔力をすべて抜き取られた私は地面に倒れ込んだ。

 

 

「まずは一人……」

 

 

 倒れた私を無視し、アリアは次の獲物を求めてその場から立ち去ろうとする。

 ……見向きもしないとはなめてくれる。いや包帯してるから見てるかどうかは知らないけど。マスターと違って私の魔力量はそんなに多くない。まだ体は動く。まだ、まだ!

 

 

──お姉ちゃん!

 

 

──ああ、リュウ。やっぱりあなたは優しい子だね。

 

 

「待て」

「……なに?」

 

 

 この場から立ち去ろうとしたアリアを魔力を吸い尽くされ倒れたはずのシエルが呼び止めた。倒したシエルに呼び止められたアリアは振り返る。

 

 

「マスターが受けた魔法はこれかー……そんな魔力が多いと言えない私でこのダメージ……うん、マスターならひとたまりもないや」

「……私は悲しい……まだ立ち上がるか」

「うん、立ち上がる、だって……このままじゃお姉ちゃんの面目丸つぶれだもん」

 

 

 魔力をすべて吸い尽くされたはずの“シエル”はその身に大量の魔力を宿しながらアリアを睨みつけた。

 

 

「空域……【絶】」

 

 

 アリアは立ち上がったシエルに再び魔法を放つ。シエルはその魔法をよけることもせず大きく口をあけた。

 

 

「イタダキマス」

「!!」

 

 

 放たれた魔法をシエルは吸い込み、すべてを食べた。

 

 

 ……まっず。アリアの魔法を食べて思った感想はその一言だった。

 いや、食べれないことはないけれど、進んで食べるのは本当に遠慮したい不味さ。これを食べるくらいならピーマンの方がまだマシなレベルの不味さ。吸い取られた魔力の代わりにはなるけどそれでも不味いものは不味い。正直吐きそう。

 

 

「私の魔法を……“食べた?”」

「お前の魔法は見えないだけ、そこにあるなら食べれるよ、不味いけど、今の私に食べれないものはない……」

 

 

 包帯で目を隠しているアリアには分からないだろうけど、今、私の身体には白銀の紋様が身体中に現れている。

 【竜の絆】(ル・リアン)、私とリュウの絆の証。この魔法が発動している今なら、リュウの力を借りている今なら、私は、いや、“私達は”こいつに負けない。

 

 

「今の私なら“分かる”。このギルドの動力源……いや、【煉獄破砕】(アビスブレイク)の要はエレメント4の貴方たちだね」

 

 

 目の前のこいつと外の魔法陣は繋がっている。普段の私にはさっぱり分からないけど、今なら、こいつと建物が繋がっていることが感覚で分かる。

 

 

「ええ、あなたの言うとおり、我らエレメント4はこのギルドと繋がっております。そして既に三人が倒されました。私を倒せばギルドは停止する」

「へーそこまで教えて大丈夫なの?」

 

 

 残るエレメントが目の前のこいつだけ。それはとってもいいことを聞いた。ナツ達はうまくやっているみたいだ。

 なら、やっぱり私も頑張らないと。

 

 

「私の魔法を受けて立てたことはたいしたものです。しかし奇跡は二度は起こらない、もう一度これを受けて立ち上がれますか、空域……【滅】」

 

 

 アリアは再び、私の魔力を吸い取ろうとする。……さっき私が言ったこと聞いてなかったのかな?それとも分かってなかったのかな?

 やること一緒だからさっさと学習してほしいんだけど。

 

 

「だーかーらーそこにあるなら“何だって食べれる”ってさっき私言ったよね?」

「なっ!?」

「見えなかろうが、そこにあるのは事実だもん。あるなら食べれる。それがリアルってやつだよね」

 

 

 再びアリアの魔法を食い破る。……やっぱ不味い。食べれないことはないけれど。まあ、今回ばかりはリュウを見習って好き嫌い言うのはなしにしよう。

 ……いや、ああ見えて実はリュウも結構好き嫌いはあるや。嫌いな物でも食べることができるだけだあの子。

 

 

「“ただの魔導士が私達にかなうわけがない”」

 

 

 エルザやナツみたいに近接戦闘(肉体言語)でこられちゃひとたまりもないけど、ただすごい魔法を放つ魔導士には“私達”は負けない。

 

 

「今までさんざんやられたから。今度は私の番」

 

 

 火を司る【紅蓮の炎】、風を司る【疾風のごとく】、水を司る【人魚の冠】、土を司る【母なる大地】、それぞれ四大元素の力を込めた槍を取り出した。

 いつもは一度に二つしか取り出せない槍も今の状態ならこの通り、簡単に四つ取り出せる。

 

 

「四大元素魔法の禁忌【煉獄破砕】(アビスブレイク)か……考えることは皆同じだね」

 

 

 四つの槍を天に掲げる。そしてそのまま四つの槍すべてに魔力を流し、槍に刻んでいた術式を起動させる。

 術式を起動させたことで魔法陣が空に浮かび上がる。きっとアリアには覚えがある魔法だと思う。

 

 

「この魔法陣は!?」

「私のモットー、やられる前でもやり返す!!【煉獄破砕】(アビスブレイク)!!」

 

 

 火・風・水・土……四大元素が交わった魔力を眼前の敵(アリア)に向けて放った。すべての色が混ざった黒はアリアを飲み込み吹き飛ばした。

 

 

「はあ……はあ……おなかすいた」

 

 

 襲いかかる倦怠感と空腹感に私は必死に抗う。この状態になるとめっちゃくちゃお腹空くのが難点だなぁ……ああ、お腹すいた。

 吹き飛ばされたアリアを見る。ボロボロで見るからに無事じゃないけど、跡形は残ってた。というか死んでない。普通に気絶しているだけだ。

 本来は対象を跡形もなく抹消させる魔法らしいけど、今の“私達”じゃ吹き飛ばすだけが限界か……なんというか頭にプチかミニってつけたほうがいいかもね。

 このままじゃ名前に偽りがありすぎる。

 

 

「エレメント4の頂点?笑わせるね……今のお前は目の前の子供(小虫)をなめきって、いたぶっていたぶって、本気を出す前に情けなく12歳と7歳の女の子達にぼろ負けした」

 

 

 お前みたいな男がマスターを倒した、なんてくだらなすぎて笑えるよ。

 そんな馬鹿でくだらない男にピッタリ合う称号なんて一つだけ。

 

 

「最弱の男に改名しろ」

 

 

 

 

 




 【竜の絆】(ル・リアン)
シエルとリュウの絆の魔法。
リュウの能力、魔力をシエルの身体に付加させる付加術(エンチャント)
この状態のシエルは身体能力の強化はもちろん、膨大な魔力に任せて通常時では使えなかった魔法を放てるようになる。
そして全ての魔法を食べて魔力に変換することができる。
ただし魔法を食べるだけなので、元々近接戦闘が得意なものには歯が立たない。
使用後にはシエルはとてつもない空腹感に襲われ、リュウは竜の姿に戻ってしまう。


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譲れないもの

 アリアを倒し、動力源(エレメント4)を失ったことによりギルドは大きく傾いた。

 とてつもない空腹感が私を襲う。でも、まだだ……まだここで倒れるわけにはいかない。倒れそうになった身体に鞭を打ち、無理にでも立ち上がる。

 さっきアリアが言ってた事が本当なら外の【煉獄破砕】(アビスブレイク)は阻止できてるはず。けど、まだ鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)とジョゼが残っている。

 

 

「まだ……私にもできることがある」

 

 

 私じゃ到底かなわないけど、この残っている魔力をナツ達の誰かに受け渡すことができれば…… 

 この魔法は長くは続かない。早く誰かを見つけないと。

 

 

「まだ……マダ、クイタリナイ」

「いや、腹八分(それくらい)に止めておけ」

 

 

 シエルは身体をふらつかせながらナツ達を探そうとする。数歩歩いたところで、黒衣を身に纏った男がシエルの前に立ちふさがった。

 

 

「これ以上、虎の威を借りるのも、人を顎で使うのも止めておけ。戻れなくなるぞ」

 

 

 目の前の男はこの魔法がどういったものか分かっているかのように言う。

 違う、私はリュウの威を借りてるんじゃない。リュウは私を使ってるんじゃない。この魔法は、この絆は、【竜の絆(ル・リアン)】は、そういう物じゃない。

 

 

「うるさい。私たちのこと……何も知らないくせに、勝手なことを言わないで」

「……ああ、そうだ。確かに俺は君たちを知らない……その魔法を止める資格もないな。だが、知った以上は親切心で言ってやろう。その魔法、使い続ければ君は死ぬぞ」

 

 

 【竜の絆(ル・リアン)】を使い続ければ私が死ぬ?だから使うのをやめろ?

 うるさい、こいつに何が分かる。ひてい、するな。上から物を言って。この()を否定するな。

 

 

「ずべこべ、うる……さい。邪魔をするなら、お前は敵だ……」

 

 

 私は落ちていた【疾風のごとく】を引き寄せて手に持つ。

 こいつにそれ言われる筋合いはない。邪魔する敵は、さっさと倒さないと(食べないと)

 

 

「はぁ……目の前に立っただけで敵認定とは、存外短気な奴だな。だが……そうだな。確かに今、この時点では俺は君達の邪魔をする者。敵と認識してくれてかまわない」

 

 

 男は槍を構える私を見て、手のかかる子供の相手をしてるかのようにため息をつく。むかつく、なめるのは、いいかげんにして。

 私だってやればできる。アリアを倒せたんだ。私だって──食べることは出来る。

 

 

「“七光の槍よ!”【天と地を繋ぐ(アルク・アン)──」

「……それで俺を殺せる(食べれる)と思ったか?」

「ぐ、があ!?」

 

 

 頭を鷲づかみされたかと思ったら、次の瞬間地面にたたきつけられていた。気を失いそうになったけど、強化された身体はなんとか持ちこたえてくれた。

 速いっ……さっきのアリアと全然違う。この状態でも、反応できなかった。

 

 

「ふむ、これで終わると思ったが……案外丈夫だな」

「おり……ろっ!!」

「断る」

 

 

 地面に押さえつけられた。ジタバタと暴れて上に乗っている男をどかそうとするが、元々限界に近かった身体を無理にでも動かしてた私に、そんな力は残されていなかった。

 

 

「ぜぇ……はあ……うっ!」

「そんな身体で何ができる。もう諦めてその魔法を解け、死ぬぞ」

「断る……あなたに、私たちのこと、とやかく言われる筋合いはない……私と、あの子の絆を否定されたまま、終わってたまるもんか」

 

 

 身体が限界とか、使い続ければ死ぬとか、そんなの関係ない。これは私の意地の問題。ここで私は終われない。この絆を否定されたまま終われない。終わりたくない。

 私、お姉ちゃんだもん。(リュウ)の期待を裏切ったまま終わりたくない。

 

 

「ちっ……じゃあ、ここで終わっておけ」

 

 

 私の言葉を聞き、男は無慈悲にも足を私の頭に振り落とした。

 

 

 


 

 

 

「手間をかけさせてくれる……」

 

 

 少女の気絶とともに体中に浮かび上がっていた紋様がすべて消えたのを確認する。竜の魔力が少女の意思に従っていた以上、力業だがこうするしかなかった。無論それで死なないことは確信しての行動だった。あの魔法は少女の身体を蝕んでいるが、それでも少女を守っていた。多少の無茶では少女は死なない。

 一仕事が終えた俺は殺気を感じ、すぐにその場から飛び退く。飛び退いた瞬間、その場所を女性が斬った。

 

 

「……いきなり人を攻撃するとは、最近の若い者は礼儀がなっていないんじゃないか?」

「仲間を傷つけた者に払う礼儀はない」

 

 

 何も言わず、攻撃してきたことをつつくが、赤髪の女性はこちらの言葉を聞く様子はなかった。それどころか親の敵かのようにこちらを睨みつけてくる始末。

 危惧していたことが本当に起こった。できれば少女の仲間が来る前に退散したかったのだが。

 

 

「マスターを倒したのはお前か……」

「違う。君たちのマスターをだまし討ちにした男……そこで伸びてるエレメント4元最強の男──現在最弱の男は、その子がその身を削って倒してる。そもそも俺はただの通りすがりだ、このギルドとは一切の関係を持たん」

「そうか」

 

 

 とんだ濡れ衣を着せられそうになったので、彼女らのマスターを倒した件については否定する。目を見て答えたのが功を奏したのかその件については彼女は何も追求してこなかった。

 

 

「……だが、シエルを傷つけたのはお前だな?」

「ああ、そうだ。元々そこの伸びてる男のせいでボロボロだったが。トドメを指したのは俺と思ってくれてかまわない」

 

 

 少女を傷つけた件については実際その通りなので否定しない。

 二割俺、三割伸びてる男、五割が自業自得だと思うが。トドメを指した……最終的に気絶させたのは俺だ。例え半分自滅だとしてもそれは認めなくてはならない。

 

 

「っ!!」

「おっと……その目で睨みつけるな。めんどくさいの思い出す」

 

 

 再び斬りかかってきた女性を軽くいなし、転移の魔水晶(ラクリマ)を取り出す。

 目的は達成した。これ以上、無駄な戦闘をする気はない。これ以上は魔導士達の問題。邪魔者はさっさと逃げるに限る。

 

 

「待て!!」

「いや、断る」

 

 

 俺は魔水晶(ラクリマ)を起動し、この場から逃げた。

 

 

 


 

 

 

 ゆっさゆっさと身体が揺れる振動で目を覚ます。これは……誰かに運ばれている?まさか敵に!?

 

 

「……っう!」

「お、シエル!目を覚ましたか!」

 

 

 あの上から目線の馬鹿男に頭を踏みつけられた痛みに顔をしかめながら目を覚ますと私はエルフマンに背負われていた。周りを見渡すとそばにグレイとエルザとミラがいた。

 グレイはともかく、エルザとミラはなんでここに、エルザはジュピターの傷治ってないし、ミラもボロボロだし……いや、人が増えたことより今は!!

 

 

「っファントムはどうなった!?」

 

 

 あと人を気絶させたあの上から目線馬鹿男も!!あんにゃろ私の頭を地面に叩きつけるわ、頭を踏みつけるわ…私の頭に何の恨みがあるんだよ、まだ頭痛い……

 とにかく今は状況を把握するため、エルフマンの背中から降りようと身体を浮かす。

 

 

「わあっと!落ちる!暴れるなシエル!」

「大丈夫だ」

「え?」

 

 

 エルザは慌てる私を落ち着かせるように笑いかける。

 

 

「マスターが来てくれた」

 

 

 


 

 

 

 マスターは目が覚めてすぐに、ギルドへ向かった。

 

 

「りゅーーーーー!!(だせーーーーー!!)」

 

 

 だがしかし、リュウは檻に閉じ込められた。

 檻の中でへたり込みながらありったけの声を出す。なんで?リュウも戦えたよ?頑張れたよ?

 ひどいと思うよ、マスターもポーリュシカも。

 

 

「りゅ~う~うぅ~(だ~し~て~)」

 

 

 いつもならこんな檻バクバク食べちゃえるけど、マスターだけじゃなくて、お姉ちゃんにもありったけ魔力を渡したから、実はお腹がすいて力が出ない。それどころかお腹がすいて動けない。本当は声を出すのも疲れてしたくない。けど戦わなければ(訴えなければ)前に進めない(ご飯は出ない)

 お腹がすいたから何かを食べたいのに、お腹がすいてるから動けなくて食べれない。これが……ムジュン!

 リュウ、また一つ学習したよ!!

 

 

「マカロフだけじゃなくて離れたところにいるシエルにまで魔力を渡せばそうなるのはあたりまえじゃないか、しばらくそこで反省しているんだね」

「りゅー!りゅーりゅーりゅい!りゅりゅう!(おなかすいた!そのリンゴでもいいから!檻に入れて!)」

 

 

 ポーリュシカの言うことは間違ってない。しかも止められたのにそれを振り切ってやったから、ポーリュシカはすっごく怒ってた。

 キュピーン!とお姉ちゃんの危機を感じ取ったから、【竜の絆(ル・リアン)】と一緒にもうありったけの魔力をお姉ちゃんに渡したけど、大丈夫かなお姉ちゃん。

 【竜の絆(ル・リアン)】はリュウの力をお姉ちゃんに付加(エンチャント)する魔法。いつもなら近くにいるからある程度の力の調整ができる。けど、今回は離れててそんな調整出来っこなかった。だからリュウは“とにかくお姉ちゃんの指示に従ってお姉ちゃん守る!!”って感じで魔力送った。……大丈夫かなお姉ちゃん。

 この檻、魔力を遮断してるから魔力を通しての外の様子を確認できない。この檻から出るためさっさと魔力を回復させたい。何でもいいから食べたかった。

 

 

「文句をいうんじゃないよ!おとなしく待ってな!」

「りゅ、りゅりゅい!(あ、言葉通じてない!)」

 

 

 とりあえず、お腹すいてるから持ってるリンゴを檻に入れてとお願いするが、ポーリュシカには伝わっていなかった。

 伝われこの思い!(言葉)おーなーかーすーいーたー!!なんか食べたーい!

 

 

「りゅーーーうーーー!(おーなーかーすーいーたー!)」

「リュウに、リンゴを渡してもらえるだろうか。推測だが。今の彼女は、檻から出してもらえないことではなく。ただ、“お腹がすいた”と訴えている」

「……ミストガン」

「いただいても?」

 

 

 ミストガンがどこからともなく現れた。いつの間に帰ってきたんだろう。というかここじゃなくてギルド行きなよ。探してたよ皆。

 ミストガンは箱にあったリンゴを手に取り、ポーリュシカに確認する。奴の姿を見て、ポーリュシカはあることに納得がいった。

 

 

「そうか、リュウが魔力が渡したとしても、こんなに早く回復するのはおかしいと思ったんだ。マカロフの魔力をかき集めてきたのはあんただね」

「巨人は動いた。戦争はまもなく終結する」

 

 

 風が吹き、たくさんのファントムの旗が舞う。あ、ゴミを散らかしてる、後でお姉ちゃんに言いつけちゃお。

 ミストガンは、一人でファントムの他の支部にカチコミ行ってましたって。何も言わず一人でカチコミ行ってましたって。

 

 

「ファントムの支部を、すべて一人で潰して回ったってのかい……」

「リュウにリンゴを渡してもいいだろうか?」

「かってにしな、だが檻は開くんじゃないよ。あれだけ言ったのにマカロフとシエルに魔力を渡しすぎて重度の魔力欠乏症だ。少しでも魔力の消費を抑えないと死んでしまう」

「りゅ……」

 

 

 檻に手を掛けたミストガンをポーリュシカは止める。

 じとっとした目でポーリュシカに見られて、少し居心地が悪い。確かに言われたけど、お姉ちゃんのきんきゅーじたいだったから大目に見てほしかった。

 今の今までポーリュシカに怒られていたリュウは実は特注の檻の中で治療中なのです。

 

 

「なるほど……食べられるか?」

「………………」

 

 

 ミストガンは半分に割ったリンゴを檻ごしにリュウに差し出した。むかつく奴なのに、いつも外れたことをやってお姉ちゃんに怒られてるのに……

 

 

 

 

 

 どうしてそれがお姉ちゃんの相手をするときにできないんだろうこいつ。そこが本当に残念だとリュウは思う。

 そんなんだからえーっと“でぃすこみゅにけーしょんヤロー”ってお姉ちゃんに罵られるんだよ!もっとお姉ちゃんと接するときはそれくらい頑張ればいいのに。

 

 

「りゅ~……あう!」

「っ!!?」

 

 

 気を利かせてくれたのは分かるけど。それはそれとしてリュウはこいつ嫌いだから、噛む。噛みつく。いっそのこと噛み砕きたい。

 こいつ食べてもお腹の足しには全然ならないけど。でもリュウはすかっとするからいいよね!

 ミストガンはリュウに噛まれた痛みで顔をしかめた。マスクからチラ見えしている部分でそれが分かった。

 

 

「……っ!!」

「……あいかわらずだね。あんた達は」

 

 

 リュウとミストガンのやりとりを見て、ポーリュシカは呆れたようにため息をついた。

 リュウがミストガン嫌いなのは確定事項だからしょうがないと思うな。



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後始末

 「よっこらしょっと!!」

 

 

 力一杯振りかぶり、看板を勢いよく地面に突き刺す。看板がきっちり地面に刺さっていることを確認して、私たちは黄色いヘルメットを被りチャキーンとポーズをとった。

 

 

「シエルとー?」

「リュウのー!」

「「バクバク残骸処理屋さん、はっじめっるよー!!」」

「なんか始まった!?」

 

 

 マスターの【妖精の法律(フェアリーロウ)】によって、ファントムのマスターであったジョゼは倒された。

 重体だったマスターがあの土壇場で復活したのは、どうやらミストガンが頑張ったおかげらしい。

 マスターの魔力をかき集めて、そのついでにファントムの支部も全部潰してと知らないところで大活躍だったらしいけど……かっこつけもほどほどにしてほしい。あのディスコミュニケーション不審シャイお節介マスク変態ロリコン非常識かっこつけ野郎が……今時一匹狼ははやらないよ。

 こっちも向こうもボロボロになってすべてが終わったと思ったら評議院の人たちが私たちを取り囲んだ、すぐにみんな連れてかれて事情聴取で一週間拘束してきた。

 それにしても評議院の人たちひどいんだよ。解放したと思ったら後始末は自分たちでやれとかいいだすし、どう考えてもひどい。これだから頭の硬い連中は……

 しょうがないから今自分たちで壊されたギルドを建築し直しているところだ。

 主に私たちは前のギルドの残骸および向こうのギルドの残骸処理を担当している。

 

 

「というわけで使えない木材とか家具とか向こうのギルドの残骸とか全部持ってきて!リュウが全部食べちゃうから!」

「食べるよー!」

「おおー任せたぞ二人とも。でも考えたら残骸を処理する(食べる)のはリュウだけだろ。シエルはあんまり必要なくないか?」

「なんだとー!経営者を馬鹿にするなー!私だって残骸から使える部分を切りとったり、リュウに残骸をもってきたりする仕事があるよ!」

 

 

 私をちゃかしてきたマカオにうがーっと怒った。

 失礼しちゃうねまったく……私にはご飯(残骸)を作りそしてリュウの元に届けるという重大なお仕事があるんだから。アイムノット無職!ノット役立たず!

 私は【疾風のごとく】を手に持ち、残骸を浮かび上がらせた。シュパッと使える部分を切り出す。できあがった木材と石材は置き場に積み上げ、残りはリュウの元へ運ぶ。

 

 

「というわけで~じゃんじゃん持ってちゃって!」

「シエルー半分俺に積んでくれ!!一気に運ぶんだ!」

「えーいいけど……それ以上積んで運べるの?」

「なめるな!」

 

 

 既に大量に大きな木材を背負っているナツだけど、ナツは木材の追加を要求してきた。なんだか既に歩きづらそうだ一気に運べてもノロノロしてたら意味ないと思うんだけど。

 これ以上木材を積むのなんだかものすごく不安。でも本人はやる気みたいだし……まあ、もしかしたら運べるかもしれないしやるだけやらしてみよう。

 ナツの要望通りナツが背負っていた木材の上にさらに木材を積み上げた。

 

 

「お~も~て~え~!」

「リタイア宣言早いよ」

 

 

 木材置き場から数歩歩いてナツが根を上げた。早いよ。

 

 

「一度にそんなに持つからだよ。馬鹿じゃねえのか」

「ははっ!おめえは軟弱だから、それが限界なんだろうなぁ!!」

 

 

 ナツの姿を見てグレイは呆れた。

 グレイの言うとおり今回はナツが考えなしすぎた。だからグレイを煽るのはちょっと馬鹿じゃないかなと思う。

 

 

「ああ!?俺がその気になればてめえの倍はいけるっての!シエル!!」

 

 

 一本一本確実に木材を運んでいたグレイはナツの煽りを受けて私に木材を要求した。

 別にのらなくてもいいんじゃないかな。

 後、別にいいんだけどさー、二人は私をなんだと思っているんだろう。クレーン車か何かと思っているのかな

 

 

「変に意地張らないで一本一本確実に運びなよー」

「いいから渡せ!こいつの鼻を明かしてやる!」

 

 

 一応宥めてはみたけれどこれは無理そうだ、しょうがないグレイの要望を叶えるとするか。私はグレイから言われた本数の木材をグレイに背負わせた。

 

 

「ど……どうだ……」

「おおーー」

 

 

 グレイが立った。そしてグレイが歩いたよ。正直木材背負ってすぐに倒れると思ったからその状態から数歩歩いたことに素直に拍手する。

 ナツはちょっとつまらなそうな顔をしていた。

 

 

「ん?……うわ!?」

「あ、崩れた」

「見たかハッピー!シエル!なっさけねーなー!!」

 

 

 何かに気をとられグレイはバランスを崩してそのまま木材の下敷きとなる。それを見たナツは大笑いした。全く事の発端が何笑ってるんだか。これは少しお仕置きが必要なようだね。

 

 

「リュウー!」

「りゅー?」

 

 

 私が呼ぶとリュウは食べていたものをその場に置き、トテトテと私の元までやってきた。食べカスが口の周りについていたのでハンカチを取り出して口の周りを拭いてあげる。リュウは嬉しそうに喉を鳴らす。

 

 

「どーしたの?」

「リュウ。ナツ(アレ)味見していいよ」

 

 

 リュウの頭を片手で撫でながら、私は未だ大笑いしているナツを指さす。

 

 

「りゅ!いいの?」

「うん、好きなだけガブッと味見しなさい」

「りゅー!」

 

 

 私の言葉にリュウは顔をパァっと明るくさせる。そしてそのままルンルン気分でナツ達の元に駆け寄った。

 

 

「ナツー!」

「どうした?リュウ」

「いっただっきまーーーす!」

「いっでえええええええ!!!!?」

 

 

 ガブリとリュウはナツの頭に思いっきりかぶりついた。ナツの悲鳴がこの場に木霊した。言っといてなんだけどやっぱり痛そうだなーうん。

 

 

「痛そー」

「いやお前……けしかけといてそれはない」

「お前達!遊んでないで働かんか!」

 

 

 そんなこんなふざけていたらエルザに怒られてしまったのだった。

 

 

 


 

 

 

「ぐえー腹減った……」

「リュウもー」

 

 

 お腹がすいたナツとリュウの二人はぐてーと地に伏す。

 

 

「おい、ナツはともかくリュウはさっきから食べっぱなしだろ」

「あんなのリュウにとっては腹一分目だよ!わんこ残骸もう一丁!」

「いつか食べ過ぎで腹壊すぞお前」

 

 

 自分たちのギルドの残骸とファントムのギルドをすべて食べてもなお、まだ食べ足りないともの申すリュウにグレイは呆れた様子で突っ込みをいれる。

 食べ盛りだからね、しょうがないね。

 

 

「皆……」

「ああ、ロキ……ってどうしたの!顔色悪いよ!?」

 

 

 声を掛けられて振り向くとそこには顔色が悪いロキがいてギョッとした。慌ててロキに駆け寄る。

 一体どんな重労働をすれば死人みたいな顔色になるんだ……

 

 

「いやちょっとね……ルーシィに渡しておいてもらえるかな」

「これって星霊門の鍵!」

 

 

 ロキから渡されたものはルーシィが持っていた星霊門の鍵だった。

 確かファントムに攫われたときになくしたって言ってた物だ。

 

 

「お前まさか、今まで見ねえと思ったがそれをずっと探してたのか!?」

「えぇ!?」

「はは、フェミニストはつらいね……」

「りゅー。もの探シスターズに任せてくれれば一発だったよー!」

「ものさが……うん。言ってくれれば手伝ったのに水くさい」

 

 

 もの探シスターズ……うん、本当にその名前はちょっとばかし不満あるんだけどまあいいや。

 それよりも問題はロキが一人で今まで鍵を探してた事だ。本当に水くさい。あのディスコミュニケーション野郎と同じかっこつけかな?

 

 

「そ、それより……ルーシィはどこにいるかな?」

「家じゃないか?」

「多分家だ」

「りゅー、ギルド周辺にルーシィの気配がないから買い物とかしてなければ多分家!」

 

 

 ナツとグレイとリュウはルーシィが多分まだ家にいると答えた。

 

 

「せっかくだから鍵返すついでに遊びに行こうぜ!」

「それ本当についで?」

 

 

 ナツの場合、鍵を返すのがついでで遊びに行くのが本命だと思う。

 

 

「まあ、ちょっと心配だしな、いい案じゃねえか?」

「ロキも一緒に行こうよ」

「僕は行かないよ……知ってるだろ?星霊魔導士には嫌な思い出が……」

「そっか、ルーシィはルーシィなのにな」

 

 

 私たちはロキも一緒に行こうと誘うが、ロキは星霊魔導士には嫌な思い出があるからと断った。

 ロキがここまで女の子に近づくのをいやがるなんて珍しい。そりゃ星霊魔導士と何かがあったって事は聞いたけど……それにしてもこれは異常だ。仲間(ルーシィ)を“ルーシィ”として見ずに、“星霊魔導士”として見てる。そんなことをする人じゃないのに。

 

 

「貴様らどこに行くつもりだ!!働けぇ!!!」

「やべっ!」

 

 

 各々の持ち場から離れようとしていたのがエルザにバレた。

 怒るエルザを見て日頃怒られているナツの行動は素早かった。

 

 

「逃げるぞハッピー!」

「あい!」

「てめ!空飛ぶのはずりぃぞ!!」

「またんかーーーー!!!!」

 

 

 ナツはハッピーの手を借り、空へと逃げる。一歩遅れてグレイが追いかける。そして逃げていった彼らをエルザは追いかけた。

 というか──

 

 

「皆!待ってって!!星霊門の鍵は私が持ってるんだよ!?」

 

 

 とっさの判断が出来なくて皆について行けなかった。

 このまま後は皆に任せたいところだけど。ルーシィに返さなきゃいけない星霊門の鍵は私が持っている。

 ……追いかけるか、一応この前ルーシィの家にお邪魔したから大体の場所は分かるし。私だってルーシィが心配だもん。

 

 

「………………」

「リュウ?行くよー!」

「りゅー!ちょっと待って!」

 

 

 これ以上置いていかれないよう、すぐにナツ達を追いかけようとしたが、リュウはロキを見つめたまま動こうとしなかった。そしてリュウはロキに近づき、その手に触れようとする。

 

 

「大丈夫だ」

「りゅー……」

 

 

 しかしロキはその手を拒絶した。

 

 

「ロキ?」

「魔力が空になったわけじゃないさ魔力はいらないよ。そんなに心配しないでも大丈夫だ。それよりも……早く行かないと本当に置いてかれるんじゃないか?」

「そうだった!リュウ行こう!」

 

 

 少しだけ後ろ髪を引かれる気持ちもあるけど、本人が必要ないと言っているならこちらが出来ることはない。

 子供じゃないんだし、そこら辺の体調管理は大丈夫だと信じよう。皆もいるから無理に働かせようとしないはず。

 私はナツ達を追いかけた。

 

 

「………………」

 

 

 シエルがナツ達を追いかけた後も、珍しくリュウはシエルを追いかけなかった。彼女は何かを言いたそうな様子でロキを見つめる。

 

 

「僕のことは気にするな。お互い様だろう」

「……りゅー」

 

 

 


 

 

 

「ルーシィ元気かー!」

「おじゃましまーす!」

「しまーす!」

 

 

 勝手知ったる仲間の家、私たちはルーシィの家に、勝手にお邪魔した。でも、そこに目当ての人物はいなかった。私たちは頸を傾げる。

 

 

「出かけているようだな」

「買いものかな?」

 

 

 一体どこに出かけているのかと考えを張り巡らせるが答えはいっこうに思いつかなかった。そんな中、ハッピーとリュウは部屋の中を探し回る。

 

 

「ルーシィどこ~?」

「ハッピー、戸棚にはいないと思うよ?りゅ!?」

「うわぁ!」

「あー」

 

 

 ハッピーが戸棚を開けると中に入っていた大量の手紙が雪崩れ込んだ。ハッピーは手紙に埋もれ、リュウは手紙を頭から被る形となった。

 

 

「お前達、人の部屋を散らかすんじゃない」

「りゅーごめんなさい……」

「誰宛の手紙だこれ……」

 

 

 ナツは床に落ちた一通の手紙を開け中を確認する。

 

 

「“ママ……、あたしついに憧れの”」

「いや勝手に読むのは止めようよ」

 

 

 手紙を読み上げるナツにストップをいれる。

 人の家に勝手に入っている時点で若干今更感はあるけれど、流石に人のプライベートの手紙を読むのは止めよう。しかも音読。

 

 

「これ全部ママへの手紙か?」

 

 

 一通一通拾い上げ差出人を確認していたグレイは、この場にある手紙の全てがルーシィのお母さんへの手紙だと気づく。

 

 

「何で送ってねーんだ?」

「そりゃ家出中だからだろ」

「じゃあ何のために書いてるんだ?」

 

 

 ナツとグレイが手紙が差し出されなかった理由を考えている中、エルザがルーシィの机の前で固まっていることに気づいた。気になって私はエルザに近寄る。

 

 

「どうしたの?」

「これだ」

「これって……メモ?何々……え」

 

 

 エルザに見せられたメモの内容に私は目を疑った。

 

 

「どうした、それ?」

「ルーシィの書き置きだ……“家に帰る”だそうだ」

「「何ぃ!!?」」

 

 

 メモの内容を聞いたナツ達はそれぞれ驚きの声を上げる。

 

 

「帰るって何でだよ!!何考えてるんだあいつは!」

「そうだよ!相談もなしにひどいよ!」

 

 

 まさかあの時アレだけ言ったのにまだ一人で抱え込んでたなんて。やっぱもう二・三発チョップかましておけばよかった。あそこまで大事になったのはルーシィのせいじゃないっていうのに。

 

 

「まさかまだ責任を感じているのか?」

「わからん……とにかく急いで追うぞ!ルーシィの実家へ!」

 

 

 私たちはルーシィを連れ戻すため急いでルーシィの実家へ向かった。

 

 

 


 

 

 

 ──結論から言うとルーシィは『妖精の尻尾』(フィアリーテイル)から出ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 というかルーシィのメモの書き方が悪かった。

 

 

 

 

「母ちゃんの墓参り!?」

「そ」

 

 

 別にルーシィは責任とってギルドを辞めるとかではなくただお母さんのお墓参りで家に帰るといった意味であの書き置きを残したらしい。……紛らわしいよ。

 

 

「皆、心配掛けてごめんね」

「気にするな、早合点した私たちが悪い」

「でもあの書き方もわるいよー」

 

 

 あんなことがあった後“家に帰る”だけのメモがあったらそれはもう盛大に勘違いされてもおかしくないと思う。

 勝手に想像して早合点したのは私たちだけど!辞めるわけないって信じられなかったのも私たちだけど!

 うう……自分で自分に腹が立つ、数時間前の自分に腹が立つ。

 

 

「……ごめんねルーシィ」

「いいよ、あたしも紛らわしいことしたから、これ以上いいっこなし!ね!」

「……うん!」

「それにしてもでけー街だな」

「ねー自然も一杯あって見晴らしがいいし」

「ここは庭だよ。あの山の向こうまでがあたしん家」

 

 

 ルーシィは遠くに見える山を指さしその向こうまでが自分の家の敷地だと言った。

 ……いやいや、なにを宣いましたかこのお嬢様は。ルーシィの言葉に私たちは固まった。

 

 

「あれ?どうしたの皆?」

 

 

 私たちの様子を見てルーシィはどうしたのかと疑問符を浮かべる。その様子で分かる。ルーシィは嘘を言っていない。

 

 

「は?いや……は?」

 

 

 ルーシィの実家はものすごく広かった。そしてめっちゃ金持ちだった。それが今日一番の驚きだった。

 



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夏だ!海だ!リゾートだ!

 あてはない。

 

 

 

 あてはなかった。

 

 

 

 

 

 言われたとおりに逃げても、どうしようもないことは分かっていた。

 村は焼かれた。戻っても何もない。

 ちっぽけな私じゃ、何も出来ない。

 ただあてもなく、前へ進む。

 

 

「…………………」

 

 

 進むことに、意味はない。逃げることに、意味はない。

 どんなに逃げても“ソレ”はすぐそこまで迫っていた。

 

 

「………………」

 

 

 お兄ちゃんと別れて3日たった。約束したのに、お兄ちゃんは追ってこなかった。

 分かっていた。分かっていたけれど、認める訳にはいかなかった。

 

 

「お兄ちゃんの……ばかやろう」

 

 

 もう、限界だった。私はその場にうずくまる。

 

 

「ヒック……うぅ……ヒック……」

 

 

 進むことを──逃げることを止めたとたん、止めていた涙があふれてきた。

 もう嫌だ。

 逃げることを止めれば、お兄ちゃんに会えるだろうか

 

 

 

 “死ねば”そこにいけるだろうか。

 

 

 “死”から逃げるのはもう疲れた。独りで逃げるのはもう嫌だ。だけど──

 

 

 

「独りぼっちは……さみしいよぉ……」

 

 

 深い深い森の中、私は独り、たった独りでうずくまる。

 そこには何もなくて、私はただ独りで泣いていた。

 

 

 


 

 

「せー」

「いー」

「れー」

「い!」

「「「星霊!?」」」

 

 

 ロキの爆弾発言に私とナツとグレイは口をそろえて驚いた。

 いきなり、ギルドを止めるって姿をくらましたとおもったら、ルーシィ連れて戻ってきてとんだ爆弾発言をされたんだけど。

 いきなり「僕は星霊なんだ」って言ってきたんだけどこの色男。

 何の前置きもなく、いきなり衝撃の真実明かされたんだけど。

 

 

「ロキは獅子宮の星霊よ」

「獅子ってアレだよね?大人になった猫!!」

「違うよハッピー!獅子はライオンさんだよ!ガオーって鳴くんだから!猫じゃないんだよ!」

 

 

 ロキが獅子と知り、大きくなった猫が目の前にいると、ハッピーは目を輝かせる、そんなハッピーにライオンは猫とは違うことを説明する。

 リュウ、別にライオンはガオーと鳴くからライオンってわけではないよ。ネコの仲間といえば仲間だろうけど、後で一緒に動物図鑑見ようねリュウ。

 

 

「でも、ロキはオイラと同じように普通に喋るよ」

「りゅ?あ、そっか。じゃあ、ロキはハッピーの親戚なの!?」

「そうだね」

「違うから!」

「そこの人騒がせな色星霊、人の妹に変なこと吹き込むの止めろ」

 

 

 無責任に肯定するのは止めていただきたい。リュウは純粋なんだから。

 あとリュウ、魔法は使っているけど自分だって人言を喋っていることを忘れないでね。本当は竜でしょあなた。

 

 

「ごめんごめん。ちょっと待ってくれないか?」

 

 

 ロキはコートから人数分のチケットを取り出し、私たちに渡した。

 

 

「何これ?」

「もう人間界に長居することもないからね。ガールフレンド達を誘って行こうと思っていたリゾートホテルのチケットさ。君達には色々と世話になったし、迷惑もかけちゃったしね。あげるから行っておいでよ」

 

 

 ロキから渡されたチケットに私たちは目の色を変える。

 

 

「リゾート!!」

「まじか!?」

「こんな高えホテル泊まったことねえ!!」

「わーい!」

「りゅー!リゾートホテルなら美味しい物出るかな?」

「そうだね一杯出るよ、しかも高級ホテルなら至れり尽くせりだよ!」

 

 

 ロキのふとっぱらな行動に皆喜んだ。ああ、早く帰って旅行の支度をしないと!

 

 

「先にエルザにも渡しておいた。楽しんでおいで」

 

 

 そう言い残して、ロキは星霊界に帰って行った。

 

 

「リゾートホテルだってよ!」

「早くいこーよ!美味しい物食べるの!!」

「あいー!」

「お前ら少しは落ち着けよ。こういうのはな、ちゃんと落ち着いて準備しねえと……」

「パンツ一丁のグレイが一番気が早いと思うよ。海パンのつもり?」

 

 

 さっきまで服を着ていたはずのグレイは気がつけば、パンツ一丁となっていた。全くもって人のこと言えないね。

 どれだけ泳ぐの楽しみにしているんだろう。

 

 

「うお!?いつの間に!?」

「というか皆、私たちだけじゃなくてエルザと相談して準備をしないと……」

「貴様等何モタモタしている置いて行かれたいのか?」

 

 

 エルザを除いてはしゃいでいる私達にルーシィがまったをかけた。しかし当のエルザが準備万端で現れた!いや、用意早いよエルザ。

 

 

「用意はや!?」

「気がはええよ!!」

 

 

 


 

 

 

 ──そんなことがありまして。

 

 

「「うっみだーーーー!!」」

「お前達、ちゃんと準備運動をしないか!!」

 

 

 皆と一緒にやってきました、アカネビーチ。私とナツは早速海に飛び込んだ。

 エルザに怒られたけど、目の前に海があるのに飛び込まないなんて失礼にあたるね!

 

 

「リュウ!海だよ海!透明だよ!きれいだよ!しょっぱいよ!!」

「……りゅーん。お姉ちゃんリュウをおいて海で遊ぶんだー……りゅーん」

 

 

 バシャバシャと波打ち際で跳ねてリュウを呼ぶが、リュウはふてくされてパラソルの影に座り込んでいた。

 いや、ふてくされを通り越してめっちゃ恨めしい目つきで私を見ていた。

 

 

「くっ……やっぱり駄目か……」

「いや、当たり前だろ。カナヅチにいきなり海は色々と飛ばしすぎだぜ」

「りゅ!?違うもん!リュウはカナヅチじゃないもん!リュウはリュウだもん!ただ水に入ったら沈むだけだもん!」

「ぐっ……それをカナヅチっていうんだぞリュウ」

 

 

 呼んだのは駄目元だったから来なかったことにダメージはない。けど恨めしい目で見られたことに、私のガラスのハートに傷がついた。かなしい。

 グレイがカナヅチに無理をさせるなと言ってきたが、カナヅチ呼ばわりされたリュウはうがーっとグレイにのしかかった。どうやらカナヅチはリュウにとっても不名誉な称号らしかった。

 この機会にリュウのカナヅチを克服でいればと思ったけれど、お風呂も駄目なのにいきなり海はハードルが高かったね、やっぱり洗面台から慣らすしかないか。

 

 

「りゅーん……もういいもん。リュウは砂で遊ぶ。海なんかには近寄らないもん。というわけで行ってらっしゃい!」

「遊ぶというか食べるの間違いじゃ……」

「砂って美味しいの?リュウ」

「りゅ、しょっぱくてジャリジャリして美味しいよ!」

「美味しいのかなそれ!?」

 

 

 グレイから降りて。バケツに入れた砂をシャベルで口に掻き込みながら、リュウは皆を見送る。

 どっからどう見ても遊ぶんじゃなくて砂を食べてるリュウにルーシィはツッコミをいれるがリュウは気にせずシャベルを噛み砕きながら砂を食べる。

 砂を食べるリュウにハッピーが美味しいかと聞いてきた。リュウは素直に食レポするが残念ながらその食レポではルーシィの食欲をそそらなかったようだ……

 

 

「荷物番はリュウに任せろー!ジャリジャリ!!」

「いや、リュウだけをここに残すわけには行かない。子供が一人では危ないだろう」

「リュウ、もう子供じゃない。荷物番くらい一人で出来る」

 

 

 エルザに子供扱いされたリュウは拗ねながら、一人でも大丈夫だと言ったが、それでもエルザは動かない。

 これは駄目だと。私はすかさずサポートに入る。

 

 

「私も残るから大丈夫。私達がちゃんと責任もって荷物番するから皆は海で遊んで来なよ」

「しかし……」

「大丈夫。妹のことはお姉ちゃんに任せてほしいな!」

 

 

 渋るエルザの背を押して、無理矢理遊びに向かわせる。いつも皆の面倒を見ているんだから、今日ぐらいエルザには息抜きして貰わないと。

 いつまでもエルザにおんぶにだっこじゃ弟子として面目が立たないからね。(リュウ)の面倒くらい()がちゃんと見ないと!

 

 

「……りゅーん。お姉ちゃんはナツ達と遊んでればいーんじゃないの」

 

 

 拗ねたままのリュウはプイッと横を向く。その愛らしい姿に苦笑しながら両手を合わす。

 

 

「りゅー」

「ごめん、ごめんってリュウ。謝るからそんなにふくれないで。砂のギルド作るんでしょ?砂を固める海水汲んできただけで置いてったりはしてないって。だから私も砂遊びにいれてほしいな」

「……りゅ……ギルド作るんだよ」

 

 

 ジーッと私がリュウを見つめていると、リュウはそっと持ってきたもう一組のバケツとシャベルを私に渡してくれた。私はそれを受け取り、リュウの隣に座る。

 

 

「うん。大きさは今までと同じ?」

「ううんもっと大きいの、夢の三階建てだよ」

「それはすごい。ご飯食べるところは今まで通り一階?」

「うん!でもお外でもご飯食べたい!庭作ろ!」

「いいね、どうせなら売店を外に作ってオープンカフェにしよう」

「後ね、後ね──」

 

 

 各々アイデアを出しながら、思い思いのギルドを作っていく。

 

 

「う~ん……」

「りゅー……」

 

 

 そして思いつくネタがつきた。

 

 

 

「ファントムみたいに二足歩行にしようよー」

「いやアレはなー二番煎じになるからなー、あと流石に今から後付けで足を作るのは物理的に難しいよ」

 

 

 アレはネタとしては先にやった者勝ちの一発ネタだ。一度やれば印象は固定される。後から違う者が同じ事をやってもただの物真似だ。

 これが向こうのギルドを知る前ならともかく知った後じゃどう考えても影響を受けてしまう。

 何か『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)らしい突拍子もないアイデアはないかなー。

 うーんと腕を組んで悩んでいるとふと目の前の海を見て、一つアイデアが浮かんできた。

 

 

「よし、プールも付けよう。プールがあるギルドなんてどこにもないよ!」

「プールはいらない。そんなギルドどこにもないもん」

「えー」

 

 

 私の提案に、リュウは即座に首を横に振った。いい案だと思ったのに。

 まあ、しょうがない。カナヅチのリュウに聞いた私が悪かった。

 

 

 


 

 

 

 

「……何で。何で皆私を置いていくんだっ!私だって私だってやれるのに!」

 

 

 シエルにとてつもなく巨大な壁が立ちはだかった。シエル一人の力ではどうにも出来ない壁に、シエルは打ちひしがれる。

 その壁は──

 

 

「何でカジノで子供は遊んじゃいけないの!!!」

 

 

 

 ──単なる年齢制限だった。

 

 

「大人狡い。大人のくせに何遊びほうけてるの。遊ぶのは子供の特権だよ」

 

 

 ビーチを十二分に堪能し、美味しいご飯も食べて、地下にあるカジノで遊ぶぞーってなったのはいい。

 でも子供は駄目って私とリュウだけ門前払いされた。皆私達をキッズルームに置きざりにして、カジノに遊びに行っちゃうし。

 ナツに着いていこうとしたハッピーも七歳だから子供だよって言ったら、猫には年齢制限ないって言っていうし。何この差別!何で人だけ年齢制限あるの!

 

 

「おねーちゃん!ここのフルーツジュース美味しい!

「そっかあ、うん。リュウが幸せそうなら別に良いんだけども」

「りゅ?」

 

 

 門前払いされて怒り心頭の私と違い、リュウはキッズコーナーを満喫していた。……うん。リュウが幸せなら良いんだ。良いんだけども、さっき子供扱いされて拗ねてたよね。気づいて、遊び道具とか飲み物、食べ物無料とかわりと至れり尽くせりだけど、砂浜でのエルザ以上に子供扱いされてるよ私達。

 まあ、そう言うところがかわいいけど!私の妹まじ天使!だれかカメラ持ってきて!この天使永久保存したい!

 だけど!それとこれとは別問題!正確にはこれは私の意地の問題!

 

 

「やってやる、私だって大人の階段上るんだ!」

 

 

 私だって、ポーカーやったり、ルーレットやったり、スロットやったりしたいもん。大人の階段上るんだもん。大人みたいに遊び尽くすんだもん。

 そうと決まれば私のやることはただ一つ。このキッズルーム(監獄)から脱走する!

 

 

「リュウ。猫ちゃん」

「りゅ!……にゃーん!」

 

 

 リュウはふわっふわの白猫に【変化】して、私の頭の上(定位置)に座る。

 猫の年齢を確認されないのはハッピーで実証済み。これでリュウの年齢制限はなくなった。後は私だけ。

 槍を出さず、指をくるくると回転させる。

 

 

【悪戯妖精】(フェー・エスピエーグル)

 

 

 この魔法は便利だから何度も練習して槍なしで出来るようにした。姿を消したり、見た目を変えて人を騙くらかすくらいならちょちょいのちょいだ。……どっかの最弱の男には聞かなかったけど。

 まあ、今回は騙くらかすのは一般人だし大丈夫、バレないバレない。

 

 

「じゃーん!これでどうかしら?」

「りゅー!!ミラそっくりだよ!」

 

 

 ミラの姿でクルクルと回り、自分の姿におかしなところはないか確認する。うん、大丈夫。リュウのお墨付きも貰えたしいま、私の外見は完全にミラになってると断言できる。

 カジノに入るだけなら姿を消せば良い。けど今回はカジノで遊びたい。

 だから私は自分の見た目をミラに変えた。子供の私は止められたけど大人のミラなら門前払いを受けることはないはず。

 よし、これで条件は全て揃った。やる事はたった一つ!

 

 

「よーし!大人の階段を上るぞこらー!」

「りゅー上るー」

 

 

 カジノを遊び尽くす!

 



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そして幕は開かれた

 ポカポカ、ぬくぬく、お日様のにおい……とてもとても暖かい。

 その温もりに包まれて、私は寝る。とにかく寝る。今は眠いから寝る。寝たいときには寝るのが一番。

 今日は、何も用は無かったし、丸一日寝ても問題ない。

 

 

「──っろ!」

 

 

 何かうるさいけど、気にしない。気にしない。

 

 

 

「シエル!シーエールー!?」

 

 

 うるさいなぁ、眠いんだから寝させてよ。今日の水くみの当番は私じゃないもん。まだ寝れる。寝れるはずだ。

 お兄ちゃんが帰ってくるまでは──

 

 

「起きろ寝ぼすけ!!」

「うわ!?みゃ!!?」

 

 

 突然包まっていた布団をはぎ取られ、ころんとベットから転がり落ち地面に激突した。

 ……いたい、鼻ぶつけた。皆して何で人を起こすのに乱暴なの。世の中物騒すぎない?

 

 

「いたい……もうちょっと優しく起こしてお兄ちゃん」

 

 

 ぶつけた鼻をさすりながらむくりと起き上がって、布団をはぎ取った犯人を見る。私と同じ青色の髪を持つ少年を。

 

 

「一応最初は優しく起こした。でも起きなかったのはシエルだ。起きなかった方が悪い」

「だからって女の子の布団はぎ取る事は無いと思う!デリカシーがなさ過ぎる!」

 

 

 まったく手荒なんだからお兄ちゃんは、女の子の布団をはぎ取るなんて絶対モテないよお兄ちゃん。例えモテたとしても絶対女の子を泣かすよお兄ちゃん。……恨まれて後ろから刺されでもしたらどうしよう。

 今後のお兄ちゃんの行く末に不安を抱きながらデリカシーがないことをした文句を言った。

 

 

「だってそうでもしなきゃ起きないだろ?お前寝起き悪いんだから」

「むー!私、そこまで寝起き悪くないよ!ちゃんと起きるときは起きるもん!私が起きる前に手を出すお兄ちゃんとリュウが悪いよ!」

 

 

 お兄ちゃんの言葉を私は否定する。

 違うもん、お兄ちゃんの認識は間違っている。私は寝起き悪くない。

 私が起きる前にお兄ちゃんやリュウが“無理矢理”私を起こすんだ。

 リュウもお兄ちゃんも私が何度言っても手荒な起こし方を止めてくれないんだから困ったものだよ。

 

 

「リュウ?……誰の話をしているんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 お兄ちゃんの言葉に私は耳を疑った。驚いてお兄ちゃんを見る。でもお兄ちゃんも驚いた様子だった。

 

 

「……村に、そんな子はいないだろ」

「な、何言っているのお兄ちゃん!?リュウは、リュウは私の妹でしょ!?」

 

 

 リュウは、私の妹だ。あの日から、私の側にいてくれる。

 

 

「お兄ちゃんがいなくなったあの日から──あれ?」

 

 

 自分の言葉に首を傾げる。私はいま何を言った?

 そうだ、お兄ちゃんはあの日からいなくなった。目の前のこいつは何だ?

 

 

「シエルこそ何を言っているんだ?俺たちはたった二人の“兄妹”だろ」

 

 

 目の前の、あいつと同じ姿をした人物から逃げるように後ずさる。

 

 

「ずっと二人で生きてきた」

「違う」

 

 

 違う、あの日からずっと二人で生きてきたのはこいつじゃない。

 

 

「ちゃんと迎えにきただろう?」

「違う!」

 

 

 違う、こいつは迎えに来なかった。

 

 

 もう、こいつと私は関係が無い。あの日から何もかも変わった。違う、違うんだ。

 だから、だから──

 

 

「“シエル”」

 

 

 その姿で、その声で、私の名前を呼ぶな。

 お前は──

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う!!!……ハァ、ハァ。ゆ、夢?何で、いきなり」

 

 

 ……頭が痛い、ここは、カジノ?何で……何で私は寝ていた?

 確か、ミラの姿でカジノに入って、確か、確か──

 

 

 


 

 

 

「フッフフーン、エールザ!ルーシィ!遊びに来ちゃった!」

「ミラさん!?」

 

 

 ミラの姿でカジノに入ると早速私を置いて楽しんでいる二人を見つけた。私はウッキウキで声を掛ける。

 私の完璧な変装にルーシィはまんまと騙されてくれた。フッフッフ、私の変装技術も板についてきたんじゃないかな!

 ルーシィを騙せたという事実に私の鼻は高くなる。

 

 

「……“シエル”、ちゃんと通してもらえたのか?」

「う……やっぱエルザにはバレたか」

 

 

 しかし、エルザにはバレてしまった。

 そりゃすんなり騙せるとは思っていなかったけど、こんなにすぐにバレるとも思っていなかったので、ルーシィを騙せたことで伸びていた鼻はばっきばきに折れた。

 

 

「何でミラさんの姿に……」

「だって(子供)を入れてくれないんだもん。そっちがその気ならこっちだって考えがあっただけだよ」

 

 

 子供が駄目なら。大人になるだけだ。フッ……ガードマンはものの見事に騙されてくれた。

 どっからどう見ても今の私はナイスなバディ!なんたってミラの身体だもん!

 

 

「カジノの人は私を立派なレディと認めてくれたもんね。私は無事大人の階段上った!」

「りゅーリュウも一緒に上った!」

「いや……それは上っているのかな?」

 

 

 大人の階段を上ったと豪語するシエルに対し、ルーシィは悪知恵働かせて、決まり事を破っているシエル達が現在進行形で子供に見えた。

 というか、どっからどう見ても子供。正直ムキになって大人の階段を上ろうとしている今より、通常時の方が大人であるとルーシィは思ったが、上機嫌の二人に水を差すのは止めておこうと心に秘めることにした。

 

 

「………………」

「帰れなんて野暮なことは止めてね。二人ぼっちは嫌だもん。賭けるお金だって、私達が働いて稼いだお金。皆に迷惑はかけないから」

 

 

 未だ睨みをきかせているエルザに、しっかりと自分の意思を伝える。迷惑をかける気は私もリュウもない。

 けど、皆は遊んでいるのに、私達だけ仲間はずれなのは嫌だ。だから、私達もカジノで遊びたい。

 

 

「分かった、たまにはこんな日もいいだろう」

「よーし!エルザの許可ゲットー!じゃ、私達これから大人の遊びするから。アディオス!」

「羽目は外しすぎるなよ!」

「分かってるー!!」

 

 

 さーってエルザの許可を貰ったことだし、カジノを遊び尽くすぞ!一体どれから始めようかな!

 

 

「リュウは何して遊びたい?」

「りゅーうー……カジノって何が出来るの?」

「うーん、大まかに分けるとカードとスロットとルーレットかな」

「カード、すろっと、るーれっと?」

 

 

 きょろきょろと周りを見てカジノで何が出来るかリュウに教える。

 リュウはクエスチョンマークを浮かべながら聞いていた。

 

 

「カードはポーカーとかブラックジャックで遊んでるみたい」

「ぽーかー?ぶらっくじゃっく?リュウ、カードはババ抜きしかできない。ババ抜きはないの?」

「うーん、残念ながらババ抜きはないみたいだね。私もルール分からないしカードで遊ぶのは止めようか」

 

 

 ルールの知らない私達に、ポーカーとブラックジャックは出来そうになかった。

 でもリュウ、私、リュウがババ抜きを一人で出来ると思えないよ、すぐにババを引いたと宣言するし。

 

 

「それじゃあ次はスロット。レバー引いてボタン押して、決まったマークを三つ揃える」

「ソレ楽しい?揃えるだけだよね」

「……さあ?」

 

 

 三つマークを揃えるだけ……確かに言われてみれば楽しくなさそうだ。

 うん、スロットで遊ぶのも止めておこうか。

 カードも駄目、スロットも駄目。となると残ったのは一つだけか。

 

 

「あとはルーレットだね。ぐるぐる回っているロイールにディーラーさんが球をなげてどこに落ちるか当てるゲーム」

「ぐるぐるほいーる?落ちる?」

 

 

 私が知る限りのルーレットの遊び方をリュウに教えたが、どうもリュウには想像がつかなかったみたいだ。

 私の説明がダメダメだったか。でも詳しく説明しようとすると逆に分からなくなりそうだし。

 

 

「うーん……実物を見た方が早いかな、ちょうどあのテーブルがルーレットのテーブルだし」

「いーや絶対17に入ってたぞ!!」

「……ナツとハッピーもいるみたいだし」

 

 

 ナツは何をやってるんだろう。端から見たらディーラーさんに絡んでるたちの悪いお客だよ。

 

 

「ナツーどうしたの?」

「シエル聞いてくれよ!!17に入ってたのにカタンってずれたんだよ!なんだこれ!!」

「あい!!」

「なんだこれと言われても、ルーレットじゃないのとしか言いようがないんだけど……」

 

 

 ミラの姿のままナツに声をかけたが、ものすんごくすんなり名前呼ばれた。ナツの事だし臭いでバレたんだと思うけど。もうちょっと騙されても良いんじゃないかな。頑張って変装したんだよ私。

 ナツもハッピーも薄情じゃないかな。仲間の姿よりルーレットって。

 あと、熱くなっている二人には悪いと思うけど、私はその場面を見てないから。なんとも言えないや。そもそもルーレットの球の動きなんて分からないし。

 

 

「とにかく見たんだって!俺のこの目はごまかせねーぞ!!」

「うーんそうなのかー」

「ボーイ」

 

 

 熱くなったナツをどう宥めようと考えていたら。隣のテーブルに座っていたお客さんから声をかけられた。

 

 

「大人の遊び場はダンディに楽しむものだぜ」

「かっ」

「かっくかく!?」

 

 

 その人はものすごいかっくかくだった。まさにかくかく人間。

 

 

「ボーイ一つ良いことを教えてやるぜ。男には二つの道しかねえのサ。ダンディに生きるか……止まって死ぬかだぜ」

 

 

 かくかく人間は一瞬の内にナツを床に押さえつけ、銃口を口に突きつけた。

 その様子を見た、従業員や他のお客さん達は怯えて逃げ出した。

 

 

「ナツ!?いきなり何を……っ!?」

「シエル、リュウ!?」

 

 

 身体が、動かない!?

 目の前のかくかく人間を敵と判断して、槍を取り出そうとし、リュウはかくかく人間に飛びかかろうとした。

 しかし、その思考に反して、身体は一ミリも動かなかった。

 

 

「女性に手荒なことはしたくないんだ、少しだけ大人しくしてくれるかな」

 

 

 突然何もないところから声がする。空間が揺らぎ一人の少年が現れる。

 その少年に見覚えがあった。正確には緑髪と声に覚えがあった。奴は私の中に深く刻まれていた。

 

 

「(……諸悪の根源!!)」

 

 

 悪魔の島事件で私を遭難させたあの馬鹿野郎だった。

 

 

「さて、本題に入ろう」

「お前らに聞くことは一つだけ」

「「エルザはどこにいる?」」

 

 

 かくかく人間と諸悪の根源はそろって同じ事を口にした。

 狙いはエルザか、ここまで明確に敵対してるなら。ちょっとした誤解とかすれ違いはなさそうだ。

 ならどうにかしてこの現状を脱しないと。

 

 

「ん、何だ。無事見つかったみたい」

「じゃあ、手はず通りだ」

「!?」

 

 

 急にあたりが真っ黒になった。ナツ達、それどころかすぐ側にいるリュウの姿すらも見えなくなった。

 いや、違う周りが暗くなっただけじゃない。

 

 

「(意識が……)」

 

 

 まぶたが重い。強烈な眠気が襲いかかってくる。寝るな、寝てる場合じゃない。

 

 

「Good nigth……良い夢を」

 

 

 少年の言葉を最後に、私の意識は途切れた。

 

 

 


 

 

 

「眠らされていたのか……私は、っリュウ!!」

 

 

 あんにゃろう今度会ったらぶん殴る。

 売られた喧嘩は倍返しにすることを心に誓い、リュウを呼ぶ。しかし、返事は返ってこなかった。

 

 

「……リュウ?リュウ!どこにいるの返事をしなさい!!」

 

 

 まさか、眠ったままでどっかに転がっているんじゃないかと、辺りを探す。しかしリュウの姿はどこにもなかった。

 ここまで探してもいないって事はまさか──

 

 

「連れ去られた……早くあいつら追いかけないとっ!」

 

 

 どこに行ったかは分からない。けどまだそんな遠くには行っていないはず。

 それならまだ間に合う。

 

 

「シエル!」

「ルーシィ!グレイ!」

 

 

 ルーシィとグレイがこちらに駆け寄ってきた。それにプラスしてエレメント4の水担当だった人も。

 なんでエレメント4の人と一緒にいるのか分からないけど、今ソレを気にしている場合じゃない。

 

 

「他の皆は?」

「リュウは連れ去られた。ナツは……」

「痛えーーー!!?」

 

 

 口から炎を吹き出して、ナツはその場をジタバタと暴れ回る。

 

 

「普通口の中に鉛玉ぶち込むかよ!痛えだろ下手すりゃ大けがだぞ!?」

「下手しなくても普通は一発アウトだと思う……」

「逃がすかこらああああーー!!!」

 

 

 ナツの文句にルーシィは呆れながら答えるが、頭に血が上っているナツには聞こえなかったようだ。

 そしてそのままナツは一目散に外に出て行った。

 ナツの鼻は獣以上。その鼻を信じて私達はナツを追いかけた。

 

 

 


 

「にゃう!」

「ねこねこ待ってー!」

 

 

 白猫をミリアーナが追いかけていた。白猫はキョロキョロと辺りを見渡しながら何かを探す。

 ミリアーナから逃げながらようやく目的のものを見つけた彼女は早速上に乗り──

 

 

「いだああああ!?」

 

 

 シモンに盛大に噛みついた。

 

 

「ねこねこーこっちで遊ぼうよー」

「うーにゃ!」

 

 

 ミリアーナは持っている猫じゃらしをふりふりと白猫の目の前で降ってみる。

 しかし白猫はミリアーナが持っている猫じゃらしに見向きもせず、シモンに噛みつくのに夢中だった。

 

 

「狡いシモン!私もねこねこと遊びたい!」

「いや、現在進行形で襲われているの間違いだと思うが!?」

 

 

 遊んでいるのではなく、襲われているんだと主張するが、ミリアーナには猫と遊んでいるようにしか見えないようだった。

 

 

「待ってて!ねこねこが好きなもの持ってくる!」

「出来るだけ早く頼む」

 

 

 白猫の気を引くには今の手持ちでは足りないと思ったミリアーナは装備を調えるため自室に引き返す。

 シモンは今も続いている苦痛から逃れるため、早くミリアーナが戻ってきてくれることを願って見送った。

 

 

「ふーようやく邪魔者がいなくなった」

「……ミリアーナから逃げたかったのか」

「うん、でも貴方にも用があったんだよ」

 

 

 ミリアーナが自室に引き返したのを見て、リュウはシモンに噛み付くのを止めた。

 無事逃れられたことでリュウはほっと一息をついた。

 

 

「……問いに答えろ」

「っ!?」

 

 

 リュウの雰囲気がガラッと変わった。今の今まで、彼女は確かに小動物だった。

 頭をしっかりと押さえつけられその姿を見ることは出来ない。

 猫ではないことは知っていた。“リュウ”と呼ばれる存在が、あの少女の“妹”であることは知っていた。

 しかし、この威圧感は何だ?

 

 

「“お前は、エルザの敵か?”」

 

 

 

 

 今、自分の頭の上に乗っているものは何だ?

 

 

 

 



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降ってくるもの

 私とあの子の始まりはとても衝撃的な出会いからだった。

 

 

 私が諦めたあの日。

 森の中で私はあの子と出会った。……いや、出会ったというのは正しくない。

 何もない森の中、蹲っていた私の“頭上”にあの子は突然現れた。

 

 

「いいっだあああ!?」

 

 

 ……訂正、現れたって言葉も正しくなかった。

 あれを“現れた”なんて優しい言葉で済ませちゃいけない。

 一寸の狂いもなく、私の頭の上に、すさまじい重さのものが、落ちてきた。

 あれはとてつもなく、痛かった。うん、痛かった。

 

 

「~~~~~~~~っ!?」

 

 

 ナニカが、私の頭に激突した。それはとても重くて硬くて、あまりの痛みに頭を押さえて蹲る。

 さっきまで寂しくて泣いていた筈なのに、今は痛くて泣いている。

 涙目になりながら、人を泣かせてくれた正体を見た。

 

 

「……タマゴ?」

 

 

 私の元に降ってきたものは、私が両手で抱えられるくらい大きさの黒く煤けたタマゴだった。

 

 

 


 

 

 

「キリキリ働けナツ」

 

「ちょ、ちょっとタンマ、うっぷ」

 

 

 右手に【疾風のごとく】、左手に【人魚の冠】、風と水、二つの属性の槍を持ち、その力で小舟を操作する。

 出せる力をフルに使い、奴らを追う。

 しかし、肝心の道案内役のナツがダウンしてしまい、時間を大幅にロスしてしまった。

 

 

「くそっ俺たちが伸されてる間にエルザ達が連れてかれたなんてよ。全くなさけねぇ話だ」

「本当ですね。エルザさんほどの魔導士がやられてしまうなんて……」

「やられてねえよ。エルザの事知りもしねえくせに……」

「ご、ごめんなさい」

「グレイ、落ちついて!」

 

 

 不用意な一言を言ったジュビアにグレイは睨みつける。慌ててルーシィは仲裁に入り落ちつくように言った。

 

 

「……あいつら、エルザの昔の仲間って言ってた。あたし達だってエルザの事、全然分かってないよ」

「…………」

 

 

 ルーシィの言う通りだった。

 “弟子”であった私も、何も分かって無かった。ただ無意識に思い込んでしまっていた。“エルザなら大丈夫だって”。

 重苦しい沈黙が続く。

 

 

「あっ……」

 

 

 ルーシィが何かに気づき指を指す。皆、ルーシィが指を指す方向を見た。

 そこにあったのは天高くそびえ立つ塔だった。

 

 

 


 

 

 

 地上にいた見張りを避け、ジュビアが見つけた水路を通る。

 その道は十分ぐらい水中を進む必要があったけど。ジュビアが作り出した酸素を閉じ込めた水球を被る事でカバーできた。

 ……なるほど、こういう使い方もあるのね。流石水のエキスパートと感心しておこう。

 

 

「ここが塔の地下か?」

 

「ハッむぐっ!」

「リュむー!?」

 

「二人とも落ちついて!ここは敵の本拠地なんだから静かに!!」

 

 

 ナツと二人で叫ぼうとしたらルーシィに口をふさがれた。

 でもさ……

 

 

 「何だ貴様等!!」

 

 

 ルーシィも中々大きい声だと思うんだ私。

 私達の声か、ルーシィの声か、どっちが原因かは分からない。まあ、どっちも原因ではないのかもしれない。

 武装した奴らがこちらに気づいた。

 普通に考えればバレないように行動するのが最善だったんだろうけど、バレた今、話は早い。

 どうせ私達には無理な話だと思ったから最初っからそのつもりだった。

 

 

「何だ貴様等はだと?上等くれた相手も知らねえのかよ!!『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)だ!!バカヤロウ!!!」

 

 

 ナツの攻撃を皮切りに戦闘が始まる。

 火──ナツがいる(専門家がいる)、水──ジュビアがいる(以下同文)、土──加減がきかない(生き埋め勘弁)、ここはやっぱりいつもので!!だがしかーし!使う技は新技だ!!くるりくるりと【疾風のごとく】を回転させる。

 

 

「“巻いて巻いて更に巻け!”【風の回旋曲】(ラ・トルナード)!」

 

 

 私が起こした風は竜巻となり、竜巻は目の前の敵を巻き上げた。

 人、瓦礫巻き込めるもの全てを巻き込み、全てを吹き飛ばし、目の前の敵を一掃した。

 

 

「私の前に立つな」

 

 

 こっちは色々とイラついてるんだ。

 仲間に八つ当たりするわけにはいかないからみんなには普通に接してるけど。

 たかが敵に、気遣う優しさを私は持ち合わせていない。

 気づけばそこら辺にいた有象無象は一掃されていた。ギギギと上への扉が開く。

 

 

「何か扉が開いたぞ!」

「上へ来いってか?」

 

 

 有象無象が一掃された途端に開いた扉、どう考えても怪しすぎる。

 けど、軽く辺りを見渡してもそれ以外に進む道はない。

 私達は開かれた扉の先へ進むことになった。

 

 

 

 

「何処だ四角ー!」

「何処だ元仮面ー!」

「だから二人とも静かに!」

 

 

 扉の先には誰もいなかった。

 二人を拐ったであろう奴らを誘き出すため、大声で奴らを呼ぶ。しかしルーシィに叱られた。

 

 

「下であんだけ暴れたんだ今更こそこそしてもおせぇよ」

「ええ、この扉誰かがこの場所で開けたのではありません。魔法での遠隔操作。完全にジュビア達のことがバレてます」

 

 

 状況からジュビアは自分達の存在が向こう側に完全にバレていることを告げる。

 下での状況から自分達が全く気づかれてないとは皆思ってなかった、けど招かれた状況にはなんとも言えない違和感を感じる。

 

 

「いたぞ!侵入者だ!!」

「こりねえ奴らだな」

「同感」

 

 

 奇妙な違和感を解き明かす時間はなく、有象無象達が現れる。若干イラつきながら槍を構える。

 けど、私達が奴らを吹き飛ばす前に、剣閃が奴らを吹き飛ばす。

 風のように現れた赤に皆目を瞬いた。

 

 

「エルザ!」

「お前達、なぜここに……」

「なぜもクソもねえんだよ!舐められたまま引っ込んでたら『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)の名折れだ!」

「エルザを助けにきたのもそうだし、リュウとハッピーも拐われたんだ!!妹と仲間を拐われて泣き寝入りするほど私達は薄情じゃない!」

「何……まさかミリアーナか」

 

 

 ハッピーとリュウが拐われたことを告げると思い当たる節があったのか、人の名前を零す。

 それを聞き逃さなかったナツはグイッとエルザに詰め寄った。

 

 

「そいつはどこにいる!」

「……分からない」

「よし分かった!」

「いや何をだ!?」

 

 

 リュウとハッピーを拐ったであろう最有力候補であるミリアーナの場所をエルザは知らなかった。

 けど、ナツは何かが分かったようだった。

 

 

「ハッピーが待ってるってことだ!!」

 

 

 そう言ってナツは走り出す。

 ハッピーが待ってる……うん、ナツの言う通りだリュウだってきっと私を待ってる!

 

 

「私もっぐえ!?」

「お前まで単独行動するんじゃねぇ!」

 

 

 ナツを真似して突っ走ろうとしたら首根っこを引っ張られて首が閉まった。

 ちょ、なんで私だけ……

 ジタバタと先に進もうとするが、思いの外グレイの手が外れない。

 

 

「グレイサマニヒッパラレテル……ウラヤマシイウラメシイ……はっ、彼女も恋敵!?」

 

 

 何故かは分からないけどジュビアは私の状況が羨ましいみたいだった。

 ジュビア、代わりたいなら今すぐ代わるよ?

 結構苦しいよこの体勢。

 

 

「ナツを追いかけよう!」

「ならん!!お前達は帰れ!」

「エルザ!」

「ミリアーナは無類の愛猫家だ。ハッピーとリュウに危害を加えるとは思えん。彼らは私が責任を持って連れ帰る。お前達はここをすぐに離れろ」

「却下、却下、ぜっったいに却下!!この状況で私達だけ逃げ帰るなんて出来るわけないし!」

「皆一緒じゃなきゃ嫌だよ!」

「これは私の問題だ!」

 

 

 エルザは頑なに私達を返そうとする。

 理由は分からないけど、こんな場所にリュウもエルザもナツもハッピーも置いてけない。

 

 

「お前達を……巻き込みたくはない」

「もう十分巻き込まれてるんだよ。ナツと現在進行形で突っ走ろうとしているシエルを見ろ。俺ら全員無関係だとは思ってねえ」

 

 

 グレイと攻防を続けながら、奴の言葉にうんうんと頷く。

 分かってるなら離してくれないかなグレイ。

 リュウが待ってるんだから私はさっさと先に進みたいんだけど。

 

 

「アイツらが、エルザの昔の仲間だって話は、ルーシィから聞いた。けど!それとこれは別の問題!私達が関係ない理由にはならないよ!」

 

 

 エルザの昔の仲間が悪さをしたからってエルザだけが責任取る必要はない。

 そもそも向こうが巻き込んだんだし、そこまでエルザが気に病むことじゃないと思う。

 話はとっても単純。仲間が困ってるなら、助ける。ただそれだけだ。

 ……まあ、正直私の力でエルザを助けられるのかは分からないけど。

 

 

「だ・か・ら!さっさと離せグレイごらぁ!!」

 

 

 リュウが待ってるんだ。こんなところで時間を無駄にするわけにはいかない。

 

 

「この状況で誰が離すか馬鹿!」

「私馬鹿じゃない。ちゃんと考えてる!そっちがその気ならこっちだって考えがあるぞごらぁ!」

「ちょ!【紅蓮の炎】は卑怯だろ!」

「氷で人と自分の足を固定している奴に言われたくないですー!」

「グレイ様と仲がいい……ヤッパリ彼女は恋敵!!」

 

 

 私だって考えて行動してたのに、グレイの言葉に堪忍袋の尾が切れた。

 【肉体強化】をフルに使い、奴の腕を引きちぎるつもりで前に進む。

 しかし元が元の為か強化しても、多少引きずるだけで、奴の腕を引きちぎる事は出来なかった……いや、本当に引きちぎろうとは思ってなかったけども!

 そしてジュビア!!恨めしそうな顔で見るのやめてくれない!?代わりたいなら今すぐ代わるよ!!

 

 

「……あたし達は今の仲間、どんな時でもエルザの味方なんたから」

 

 

 私達の喧嘩を後目にルーシィはエルザに語りかける。

 

 

「たく、らしくねーなエルザさんよぉ」

 

 

 これだけ言ってもこちらを見ようとしないエルザに、見るに見かねたグレイがふざけた様子で声をかける。

 全く、素直じゃないなグレイさんは。そしてよそ見とは割と余裕あるなこの野郎。これでも全力で進もうとしてるんだけど!

 

 

「いつもみたいに四の五の言わず着いて来いって言えば良い。……お前にだってたまには怖えと思う時があってもいいじゃねえか」

「……そうか」

 

 

 エルザがこちらに振り向いてくれた。そして気づく彼女の左目から涙が溢れていたのを。

 それは私がずっと気づかなかったエルザの涙だった。

 とんだ不意打ちに私達は繰り広げていた喧嘩をピタリと止める。

 

 

「この戦い。勝とうが負けようが私は表の世界から姿を消すことになる。これは抗う事が出来ない未来。だから私が存在しているうちに全てを話しておこう」

 

 

 エルザは語る。自分の覚悟を。

 

 

「この塔の名は楽園の塔、別名“Rシステム”。十年以上前に黒魔術を信仰する魔法教団が“死者を蘇らす魔法”の塔の建設をしようとし、労働力として各地から人が拐われた。……幼かった私もここで働かされていた一人だった」

 

 

 エルザは語る。自らの過去を。

 

 

「ジェラールとはその時出会った」

 

「………………」

 

 

 エルザは語る。楽園と呼ばれた塔の中に存在した地獄を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──私がずっと目を背けていた真実を。

 

 

 

 


 

 

 

「さっさと答えろ。お前はエルザの敵か?」

 

 

 ペシペシと尻尾で固まってしまった男の頭を叩きながら、答えを促す。

 話を真面目に聞いてもらいたいから、多少威圧をしたけど、怯えられるのは心外だ。でかい図体してるのに思ったより図太くなかった。

 さっき食べた魔力の味から、コイツは他の四人と違って捻くれてない。

 答えに関しては確信を持って聞いているのに固まられるのは予想外。

 何度も叩いてると気を取り戻したのか口を開いた。

 

 

「“……敵じゃない”。俺は、エルザを信じてる」

 

 

 ああ、そうだろう。コイツはエルザの敵ではない。

 だから、コイツに話しかけた。

 

 

「……だろうね。貴方の魔力はリュウの“嫌いな味”だけど、“不味くはない”もん」

 

 

 猫の姿から、人の姿に【変化】する。

 そしてシモンと呼ばれた男の頭を蹴り付けてから、床へ着地する。

 

 

「貴方に伝えることは二つ」

「いや、伝える前に俺を蹴り付ける必要はあったのか」

「ない」

 

 

 蹴られたことに文句を言われたが、一刀両断でぶった斬る。

 リュウはお姉ちゃんと違って、嫌いな人種に優しくするほど優しくないもん。

 というかリュウを拐ったのはそっちの仲間なんだから、連帯責任で蹴られても文句は言えないと思います。

 

 

「一つ目はエルザが逃げた」

 

 

 さっきまでエルザの魔力を全く感じなかったのに今はビンビンに感じる。

 ものすごく怒ってる。そしてものすごく悲しんでる。

 

 

「二つ目はお姉ちゃん達も楽園の塔にたどり着いた」

 

 

 まだ遠いけど、結構下の方でお姉ちゃん達の魔力を感じる。

 なんか食べ覚えのない水っぽそうな魔力が一人いるけど、それ以外の人たちは覚えのある魔力だから絶対皆下にいる。

 

 

 

「貴方がやるべきことは何?」

 

 

 エルザは逃げた。ナツ達は間に合った。

 

 

 

 

 

 やる事は決まってる。



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楽園という名の地獄

「タマゴ……」

 

 

 私の頭上に落ちてきたものは私が両手で抱えられるくらい大きさの黒く煤けたタマゴだった。

 ジーと落ちてきたタマゴを見つめたけど、何も動きはなかった。

 

 

「……タマゴ」

 

 

 ぐぎゅるると腹の音がする。目の前には大きなタマゴ。私の取る行動は一つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これでOK」

 

 

 ツタでタマゴを私の体に巻きつける。割れないように落っこちないように……まあ人の頭に落っこちても割れなかったんだ。ちょっとやそっとでは割れないと思うけど、念には念を入れて縛ろう。

 どうせ私には何もする事ないんだ。だからこのタマゴの為に動くことにした。タマゴを落とした誰かを探すことにした。タマゴを落とした誰かさんだってきっと探してると思うし。

 人の頭上に落としたことは文句言いたいけど、もしかしたらうっかりかもしれないから理由を聞いて下らなかったら文句を言おう。不可抗力なら……文句を言おう。痛かった事は確かだし。

 木の上には何もなかった。なら空を飛んでる何かがタマゴを落としたのかもしれない。

 

 

「よし!いくぞ!」

 

 

 

 正直、馬鹿な事をしていると自分でも思った。けど、私のこの子の家族を探す長い旅はこうして始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 あてはない。

 

 

 けど、目標ができた。

 

 

 野垂れ死ぬ可能性は変わってない。

 

 

 それでもその時だけは嫌な事を考えないでいられたんだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 エルザは全てを語ってくれた。

 平和だった村から黒魔術を信仰する魔法教団に攫われて、奴隷として塔の建設をさせられた。

 地獄の日々だった。意味も無く殴られ、蹴られ、鞭を打たれ、心が安まる日など一度も無かった。

 未来への希望など一つも持てない、皆が今を過ごすだけで精一杯だった。

 それでもジェラールはただ一人諦めることはしなかったらしい。ただ一人、自由を求めた。未来と理想()を諦めなかった。

 

 

「あの頃のジェラールは、皆のリーダーで正義感が強くて、私の憧れだった……」

 

 

 希望は伝播した……だけど、それでも地獄は終わらない。

 脱獄が失敗して、エルザが計画の立案者として拷問の対象に選ばれた。

 ジェラールがエルザを助けに来たときにはエルザの片目は潰されて、光を見ることも、助けに来たジェラールを映し出すことも出来なかった。

 絶望の淵にいたエルザにジェラールから戦うしかないと告げられた。でもエルザがジェラールの言葉に答える前に、今度はジェラールが狂信者に捕まった。

 仲間が殺されたことに腹を立てた狂信者は簡単には殺さず拷問をかけて見せしめにすることを決めた。その代わりにエルザは解放され、牢に戻された。

 牢に戻ってきたエルザの姿と戻ってこなかったジェラールに“もういやだ”と仲間の一人が泣き叫ぶ。

 怯える仲間達、恫喝する狂信者。エルザも仲間達と同じく恐怖で震えていた。けどジェラールの言葉は希望となって残っていた。

 自由は従っても、逃げても、手に入らない。戦わなければ自由は手に入らない。

 だからエルザは立ち上がった。武器を奪い、正面から狂信者を斬り伏せ、仲間達を鼓舞し反乱を起こした。

 犠牲もあった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属していたロブという老人がエルザを庇いその命を落とした。

 運命の悪戯か、それとも願いが運命を呼び寄せたのか、エルザは魔法の力を手に入れた。その力で敵を圧倒した。

 そしてジェラールの元へようやくたどり着いた。

 

 

「もし、人を悪と呼べるなら。私はジェラールをそう呼ぶだろう」

 

 

 そうして会えたジェラールは変わってしまっていた。

 

 

 この世界には自由など無いと。

 本当の自由は“ゼレフの世界”だと。

 ゼレフを復活させる為に楽園の塔を貰うと。

 そう言いながら得体の知れない魔法で、まだ息の根があった狂信者達を殺していく、止めようとしたエルザにもその手は伸びる。

 お前はいらないとエルザはたった一人外へと放り出されてしまう。

 もし楽園の塔の存在がバレた際は全員を殺すと脅されて。

 

 

「私は……ジェラールと戦うんだ……」

 

 

 肩をふるわせ、絞り出すような声でエルザは言った。

 

 

「………………」

「話に出てきたゼレフって……」

「魔法界の歴史上最凶最悪と言われた伝説の黒魔導士、呪歌(ララバイ)やデリオラを造り出したものだ」

 

 

 その言葉に皆、眉を顰める。呪歌(ララバイ)はその力を出す前に私達に倒されたけど、本来は音を聞けばマスター達ですら簡単に殺すことができる代物だ。デリオラだって、グレイの師匠がその身を掛けて、それも数年単位で倒せた悪魔だ。

 そんなものを簡単に造り出せる黒魔導士をあいつは復活させようとしている。

 

 

「詳しい事情は私にはわからない。ショウ……かつての仲間はゼレフ復活の暁には“楽園”で支配者になれるとかどうとか……」

「ちょっと待って、あいつらエルザを裏切り者って言っていたけど、話を聞く限り裏切ったのはジェラールの方でしょ」

「私がいなくなった後、ジェラールに吹き込まれたんだろう。私は八年も皆を放置した、裏切った事にはかわりない」

 

 

 かつての仲間に裏切り者扱いされていることに、冷静にそれでいて諦めたような笑みを浮かべながらエルザは答える。

 その姿に耐えきれず私は口を出す。

 

 

「そんなのジェラールの馬鹿野郎が、馬鹿なことやらかしたのが原因でしょ!エルザが裏切り者扱いされる筋合い無い!むしろ良いように扱われてるあいつらの方が──」

「もういい、シエル。私がジェラールを倒せば全てが終わる」

 

 

 先の言葉をエルザに止められる。良くないよ、ちっとも……良くないよ。

 

 

「その話、どういうことだよ……」

「……ショウ」

 

 

 現れた色黒の男に皆警戒し、先手必勝とばかりに魔法を放とうとする、しかしエルザが片手で制す。

 

 

「そんな与太話で仲間の同情をひくつもりなのか!!ふざけるな!八年前、俺たちの船に爆弾を仕掛けて、一人で逃げたのは姉さんの方じゃないか!ジェラールが姉さんの裏切りに気づかなかったら皆死んでいた!!」

 

 

 息を荒げて何かを振り払うようにショウは叫ぶ。彼は見て分かるほどに動揺していた。

 

 

「ジェラールは言った!姉さんは魔法の力に酔ってしまって俺たちのような過去を全て捨て去ろうとしてるんだと!」

「ジェラールが、()()()?」

「っ!」

 

 

 ショウがグレイの言葉に息をのむ。そうだ、エルザの裏切りは全てジェラールから告げられた。

 分かるのは船に爆弾が仕掛けられていたという事実だけ。エルザが仕掛けたかどうか、本当は分かってなかった。

 ただ、ジェラールの言葉を鵜呑みにしていただけだ。

 

 

「貴方の知ってるエルザはそんなことする人だったの?」

「お前達に何が分かる!俺たちのこと何も知らないくせに!」

「っ!!!」

「シエル!?」

 

 

 衝動を抑えきれなかった。気づいた時には私は馬鹿野郎(ジェラール)にまんまと騙された馬鹿野郎(ショウ)を渾身の力でぶん殴っていた。

 ああ、やっちゃった。ある程度は我慢したんだけどめちゃくちゃムカッときたからやっちゃった。

 驚く皆を無視して、そのまま倒れたショウの胸ぐらを掴む。

 “何も知らない”……ああ、確かに私は“何も知らなかった”し“知ろうとも”しなかった。正直“私”が怒る資格は無いのかもしれない、けど……それでも、私は『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)のシエルとしてこいつに言わないといけないことがある。エルザの弟子として、そして仲間としてこの馬鹿に言わないといけないことがある。

 

 

「……確かに私は“楽園の塔”にいたエルザもジェラールも知らないよ。けど、お前は二人を知ってたんでしょ!どうしてジェラール“だけ”を信じたんだ!!」

 

 

 ジェラールは“ジェラール……”エルザは“姉さん”……そこまで慕っていてどうして……エルザを信じてくれなかった。

 その裏切りはおかしいと疑問に思ってくれなかった。どうしてジェラールが変わったことに気づかなかった。

 

 

「俺にはジェラールの言葉だけが救いだったんだ!八年もかけてこの塔も完成させた!それが、その全てが……っ今更!正しいのは姉さんで間違ってるのはジェラールだと言うのか!!?」

 

 

 ジェラールの言葉を救いとして、生きてきた八年間。それを否定されショウは声を荒げた。

 もう、こいつの中でも答えは出ている。分かっていてもそれを認められない。

 外野の私じゃこれ以上は無理だろう、身内だったエルザでもこいつを認めさせることは出来ない。

 

 

「そうだ」

「シモン!?……とリュウ!?」

「え、リュウ!?」

 

 

 突如現れたシモンと呼ばれる大男は頭の上に猫状態のリュウを乗っけていた。

 いや何で、猫好きの人にハッピーと一緒に捕まってるんじゃなかったの。いや本当に何で。

 

 

「りゅー!おねーちゃーん!」

「へ?いや、ちょっと!うわとと!!?」

 

 

 リュウは人に【変化】しながらシモンの頭の上から飛び出した。慌ててショウの胸ぐらから手を離し、リュウを受け止める。

 

 

「りゅー!ナイスキャッチ!ただいま!」

「お、おかえり……いや、なんでリュウがこいつと一緒に……」

 

 

 上機嫌に擦り寄ってくるが聞きたいことがいっぱいある。なんで敵の上に乗って登場したとか、一緒に拐われてたハッピーはどうしたとか。

 とりあえず敵と一緒に現れた理由を聞いた。

 

 

「一番まじゅくないから頭の上にひっついた!そして案内してもらった!」

「ひっついたんじゃなくて噛み付いたの間違いじゃないか?」

 

 

 リュウの説明が相変わらず大雑把だった。

 とりあえず魔力が不味くないって事は人間として性根が腐ってなくて、この場に案内してくれるぐらいにはそれなりに優しいってことは察せられるけど。

 ……あと、ボソッと訂正が入ったけど噛み付いたんだねリュウ。まあ、敵だし、誘拐犯の仲間だし、もうちょっとくらいは痛い目見させても問題ないけど。

 

 

「てめえ、何の真似だ」

 

 

 グレイはリュウを素直にこちらへ返した事に疑問を抱き、裏を探ろうとシモンに睨みをきかせる。

 

 

「待ってくださいグレイ様、あの方は身代わりと知って攻撃したんですよ」

「!?」

 

 

 前に出ようとするグレイをジュビアが止める。そしてシモンがグレイの氷人形を身代わりと知ってわざと攻撃した事を告げた。

 

 

「暗闇の術者が辺りを見ていないわけが無いんです。ジュビアがここに来たのはその真意を確かめる為でもあったんです」

「流石噂に名高いファントムのエレメント4……ああ、俺は誰も殺す気は無かった」

「なっ……」

 

 

 シモンから告げられた言葉にショウは目を見開いた。

 というか私達だって驚いた。誰も殺す気は無かったって……それじゃまさかこいつ。

 

 

「ショウ達を欺くために気絶させるつもりだったが、氷ならもっと派手に死体を演出できると思ったんだ」

「お、俺たちの目を欺くだと……」

「お前も、ウォーリーも、ミリアーナも、フィルも、皆ジェラールに騙されているんだ。樹が熟すまで俺も騙されているふりをしていた……」

「シモン……お前……」

 

 

 エルザは驚いていた。無理もない。ずっと一人だと思っていた。ずっと自分は裏切り者だと思っていた。

 

 

「俺は初めからエルザを信じてる。八年間ずっとな」

 

 

 ちょっと照れ臭そうに、それでも精一杯の笑みを浮かべて、八年間エルザを信じ続けた不器用な大男は言った。

 

 

「会えて嬉しいよエルザ。心から」

「ああ、シモン。……私もだ」

 

 

 再会の喜びを分かち合うように、二人は抱き締め合う。

 その姿を皆暖かく見守っていた。

 

 

「……何で、何で皆そこまで姉さんを信じられるんだ」

 

 

 目の前の光景に、自分が今まで信じていたものが崩れ去った事実に、ショウは膝から崩れ落ちる。そして拳を地面に叩きつけた。

 

 

「何で、俺は!姉さんを……信じられなかったんだ!!くそおおぉぉ!!うぅ……うああああああ!!!」

 

 

 エルザを信じきれなかった事に、自分自身を責めるように、ショウは泣き叫んだ。

 

 

「……今すぐに全てを受け入れるのは難しいだろう。だかこれだけは言わせてくれ。私は八年間お前達の事を忘れたことはない」

 

 

 八年の歳月はとても深い溝を生んでしまった。今更エルザをすぐに信じるのは難しい。

 エルザはそれでも良いと言って、泣きじゃくるショウ優しく抱きしめた。

 

 

「八年前、私は弱くて……ジェラールを止めることができなかった」

「だが今は違う。そうだろ?」

 

 

 シモンの言葉にエルザは頷いた。

 

 

「俺はずっとこの時を待っていた。強大な魔導士達がここに集うこの時を」

 

 

 強大な魔導士達がここに集うのを待っていたとシモンは言う。

 

 

「まず火竜とウォーリー達の衝突を防がねば。ジェラールを倒すにはあの男(ナツ)の力が必要なのだ」



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関係ない

 あの子を拾い、どれほどの時が経っただろう。

 

 

 当てもなく、ただ一つの目標を胸に、何度一人の夜を過ごしただろう。

 

 

 あの日、私は星を見た。

 

 

 きらきらと流れる五つの星。

 

 

「──────────────────」

 

 

 ──あの日、私は流星に何を“願った”?

 

 


 

 

「りゅーん……あっち!」

「OKそっちか、邪魔だコラァ!!」

 

 

 私がリュウを背負い、リュウがナツの魔力を辿り、指さす方向へ私達はまっすぐ進む。

 馬鹿野郎のアジトなんて木っ端微塵に粉砕する心構えで障害物(壁や天井)をぶちこわし、まっすぐ(最短距離を)進む。

 私を含め器物損壊は妖精の尻尾の得意技だ。

 

 

「これが……妖精の尻尾」

「いや、私までこうだと思わないでほしいんだけど……」

 

 

 途中ルーシィは自分は違うとぼそっと呟いたけど納得いかないよ。割と最近ルーシィも妖精の尻尾に染まっていると思うよ。

 

 

「リュウ!次は!」

「あっち!りゅー……ん!戦闘の気配!多分カクカクと猫の人と戦ってる!」

「戦ってるって……」

 

 

 カクカクはカジノでナツの口に鈍玉をぶち込んだ奴だと思うけど、猫の人は覚えがない。

 あの時、カクカクと一緒にいたもう一人は私を島で遭難させまくった諸悪の根源だし……というか猫の人は猫なの?人なの?

 

 

「ウォーリーとミリアーナか!」

「くそ間に合わなかったか!」

 

 

 どうやらリュウの説明でエルザはカクカクと猫の人が分かったようだった。

 シモンは間に合わず三人が衝突してしまったことを嘆く。

 

 

「止められねえのか!」

「無理だ!あいつら二人とも通信を遮断してやがる。直接止めるしか方法は──」

「みなさんようこそ。楽園の塔へ」

 

 

 突然、聞き覚えのある声が至るところから発せられた。

 

 

「何だこの口は!?」

「気持ち悪!!」

「……ジェラールだ。塔全体に聞こえるように話している」

「……っち」

「お姉ちゃん?」

 

 

 塔の至る所から口が現れ、一斉にしゃべり出す。

 床の口の一つを思いっきり踏みつけるとすぐに口は消えた、しかしすぐ隣に新しい口が現れる。……わざわざ隣に生やすとは良い度胸してる。

 

 

「俺はジェラール、この塔の支配者だ。互いの駒はそろった。そろそろ始めようじゃないか──楽園ゲームを」

 

 

 皆が困惑する中、ジェラールがゲームの説明を始める。

 ジェラールはエルザを生け贄にして、ゼレフを復活させたい。

 私達は、ジェラールを止めたい。

 つまり、ゼレフが復活し楽園への扉が開けばジェラールの勝ち。それを阻止できればこちらの勝ち。

 勝手に人の仲間を生贄にするこっちの神経を逆なでする狂ったルール説明で、それだけでも苛つくのにジェラールはそれだけじゃ面白くないと宣った。

 

 

「こちらは“四人”の戦士を配置する」

「四人の戦士?」

「そこを突破できなければ俺にはたどり着けん。つまりは四対九のバトルロワイアル」

 

 

 シモンはジェラールが発した四人の戦士に思い当たる者がいなかったのか疑問符を浮かべていた。

 ジェラールは四人を倒さなければ自分まではたどり着けないと腹が立つくらい自信満々に言ってくる。ものすごく腹が立つゲームだけど勝利条件は分かった。ものすごく長ったらしいルール説明だったけど。とにかく四人の戦士とジェラールをぶっ倒せば万事解決だ。そう馬鹿野郎(ジェラール)さえぶん殴れば。

 

 

「最後に一つ、特別ルールを説明しておこう。評議院が衛星魔法陣(サテライトスクエア)でここを攻撃してくる可能性がある。全てを消滅させる究極の破壊魔法【エーテリオン】だ」

「!!?」

 

 

 ジェラールの特別ルールに皆、目を見開いた。

 爆心地のあらゆる全てを消失させる究極の破壊魔法【エーテリオン】。私もその存在は知っている。こんな小さな島、簡単に消滅させることが出来る魔法。

 そんなものが落とされたらこの塔にいる奴は全員──

 

 

「残り時間は不明。しかし【エーテリオン】の落ちる時、それは全員の死。勝者なきゲームオーバーを意味する」

「全員の死って……」

「何考えてるのよ……自分が死ぬかもしれない状況でゲームなんて……」

「……狂ってる」

 

 

 狂ってる。自分が死ぬかもしれないのに、ジェラールはそれすらもゲームのルールとして組み込んだ。

 まともな精神をしているのなら、そんな馬鹿なこと出来るわけがない。

 

 

「【エーテリオン】だと?ありえん!だって──」

 

 

 何かをエルザは言おうとした。でもその言葉は不自然に途切れた。

 何事かと皆がエルザの方へ振り向くと、ショウがエルザをカードの中に閉じ込めていた。

 

 

「ショウ!お前何を!」

「姉さんには指一本触れさせない。ジェラールは俺が倒す!!」

「よせ!一人じゃ無理だ!」

 

 

 ショウはそのままシモンの静止を振り切り、何処か──いや、ジェラールの元へ走り出す。

 ああ、走り出したい気持ちは十分に“理解”できる。アイツの表情は様々な感情でごちゃ混ぜになっていた。ジェラールへの憎しみで衝動に駆られるのも無理はない。

 だけど──

 

 

「エルザのカードをわざわざ馬鹿野郎(ジェラール)の元に持ってくな馬鹿!」

 

 

 百歩譲ればエルザをカードに封じるのは許せるよ。何だかんだエルザも先走っちゃいそうだし!

 けど、そのカードを持ったまま敵に突貫する普通!?まだそれをこっちに渡してくれたら見直したのに!

 馬鹿?馬鹿なの!?いや、アイツ馬鹿だった!

 頭に血が登ってたとしても援護できないよあの馬鹿!

 馬鹿が起こした事件に、頭の中でモヤモヤしてたものが一気に吹っ飛んだ。

 うだうだ考えてる時間は無い。切り替えろ。とにかく、今はあっちの暴走馬鹿を止めないと。

 

 

「リュウ!!」

「りゅー!わかった!!」

「待てお前ら!」

 

 

 私が声をかけるとすぐにリュウは理解して、ぐっと抱きつく力を強め、さらに魔力を渡してくれた。借りた魔力で速さを底上げしてくれる【疾風のごとく】を持ち、風を身に纏う。

 馬鹿を追いかけようとする私を、グレイが止めようとしたけども、リュウの魔力を貰った今の私には遅すぎる。

 私を捕まえようとしたグレイの手は空をかき、私は一足お先に馬鹿を追いかけた。

 

 


 

 

 塔の最上部、そこにいるのはジェラールとジェラールが用意した四人の戦士

 

 

「おいおい【エーテリオン】だって!聞いてねえぞジェラール!」

 

 

 ロック風の男は今初めて知ったルールに声を荒げた。

 

 

「ヴィダルダスはんは臆したのどすか?」

 

 

 花魁風の女がクスリと問いかける。

 

 

「まさか!逆さ逆!!リバーーース!最高にハイってやつだ!!こんな危ねー仕事を俺は待ってたんだぜーー!!」

 

 

 不満はないとヴィダルダスは狂ったように笑いただす。

 

 

「ホーホホウ」

 

 

 梟頭の男はわれ関せずと不動でその場に立っていた。

 

 

「坊主も大変だな!こんな奴が“兄貴”だなんて!」

「うるさい、さっさと行ってこい。雇われたお前らとは違って、俺は全部知ったうえでここにいる」

 

 

 ヴィダルダスは三人組とは少し離れた場所にいた少年に話しかける。

 話しかけられた少年は不快そうに顔をゆがめた。

 

 

 

「シモンとショウは裏切った。ウォーリーとミリアーナは“火竜”に撃退された。お前は奴らよりも役に立ってくれるな?」

「……はい、分かっています。俺は彼らとは違う」

 

 

 

 


 

 

「あの馬鹿どこ行った!!」

 

 

 すぐに追いつくと思ったけど、思いの外あの暴走馬鹿は早かった。ここまで一本道だったのに進んでも進んでも奴の姿は見えない。

 速さを強化している私が追い付かないなんてどんだけ速いんだあの馬鹿。

 

 

「りゅーん?……お姉ちゃん、ストップ」

「どうしたのリュウ?」

 

 

 背負っていたリュウが肩をタップしてきたので、立ち止まる。

 何があったのかとリュウの方を向くと、リュウはスンスンと鼻を利かせながら首をかしげていた。

 

 

「りゅ~う~う?」

「何か気になることがあるの?」

 

 

 背中から落ちるんじゃないかと思えるほど首を傾げるリュウに何が気になっているかを聞く。

 

 

「……上手く説明はできないけど、ここら一体にあの馬鹿の匂いはするの。でもね、なんというかね、違和感がある気がして」

「違和感?」

「りゅー……絵に、描いた餅?……を嗅いでるみたいというか、匂いはするのに……気持ち的にがっかりするというか」

「絵に描いた餅は嗅げないと思うけど……言いたいことは何となく伝わった」

 

 

 自分でも情報を整理しきれないのか、ところどころつっかえながらリュウは自分が思ったことを口にする。

 匂いはするのにがっかりする。ようは匂いだけで実態はない。なら手段は一つだ。

 

 

「……リュウ」

「う?」

「“ここら一体の匂いを吹き飛ばせ”」

「りゅ、了解です!耳は塞いでてね。

すぅ~~リュウの……雄叫び!!!(くおおおぉぉん!!!)

 

 

 リュウは空気を吸い込むと思いっきり雄叫びをあげた。

 おおー凄まじい大音響。言われたとおりに耳を塞ぎ、魔法で音を遮断しているのにガードを突き破ってリュウの声が聞こえてくる。

 でも耳がキーンとしたかいがあった。どうやらちゃんと“魔法”を吹き飛ばしてくれたようだ。

 

 

「……やっぱりお前か、諸悪の根源」

「はた迷惑な大声だね。人がせっせと仕込んだ魔法を無慈悲に全部吹き飛ばすなんて」

 

 

 目の前の風景が歪み、緑髪の少年(諸悪の根源)が現れた。

 やっぱり幻術で認識をゆがめられていた。一度ならず二度までも人を迷わせたなこいつ。

 

 

「君とは何度か会ったけど、改めて自己紹介をしよう。俺はフィル。ジェラール兄さんが用意した四人の戦士の一人」

「フィル?」

 

 

 その名に聞き覚えがあった。エルザとシモンが言っていた。あの馬鹿に騙されている一人。

 あの放送を聞いてるはずなのにどうしてここにいるのかは理解できないけど、騙されているというなら私に争う気はない。

 一度ならず二度までも人を迷わせたことについては事が終わったら熨斗つけて返してもらうけど。

 

 

「……あの馬鹿の放送、聞いてなかったの?あの馬鹿は楽園に連れてく気はなんてない。お前は騙されてたんだよ!」

「部外者が兄さんを愚弄するな!」

「っ!」

 

 

 騙されていたことを告げようとするが、目の前の奴は怒りをあらわにした。

 

 

 

「言っとくけど、あの三人と違って俺は騙されてない。俺は全てを知ったうえでここにいる。そう、すべてを知ったうえで俺はエルザ姉さんを生贄に捧げる」

「なっ……ふざけるな!全部知ってるならどっちが悪いかなんて分かってるでしょ!」

「俺には俺の事情がある。部外者が口を出すな」

「……ああそう。そうだね。確かに部外者が口を出すものじゃなかった」

 

 

 フィルの言うことは一理ある。何の関係もない、関係があるとしてもマイナスの方向しか持っていない私がこいつに口出す資格はなかった。

 

 

「だから手を出させてもらう!」

 

 

 口が出せないなら手しかない。その心意気で【疾風のごとく】を振り下ろす。

 先手必勝、一撃必殺。 流石にエルザの仲間を斬るのは気が引けたから、槍の平な面で奴の頂点をかち割るつもりで振り下ろした。

 

 

「いやー君が猪突猛進の猪で助かった」

「つ!?」

 

 

 フィルに振り下ろそうとした槍は途中で止まった。

 いや、槍だけじゃない。腕、足、胴体、全ての動きが取れなくなった。背負っていたリュウもその動きを止めていた。

 

 

「りゅー!うー!」

「お前、何をした!」

「俺の糸は特別製でね。流した魔力によってその硬度と粘度を変える」

 

 

 フィルは手を広げてシエルに見えるように細い糸を作り出す。

 

 

「君の妹が吹き飛ばすまで、この場には微力な魔力を流した糸が隅々まで張り巡らされていた、硬度なし粘度ありの体に纏わりつかせるのだけを考えた、一本一本はとてもとても弱い糸。だけど追加で魔力を流せば──」

 

 

 そう言って足元に落ちていた糸を一本拾い、魔力を流した。

 魔力を流された糸は、針のようになったり、ガムのようになったりと変幻自在に硬度と粘度を変える。

 

 

「──このとおり。硬度も粘度も俺の思うがまま」

 

 

 一通り説明して満足したのか、シエル達を拘束したフィルは立ち去ろうとする。

 

 

「待て!」

「待たないよ、そんな状態で邪魔はもうできないでしょ。俺の目的はエルザ姉さんただ一人。何も知らない、そしてなんの関係もない外野が入ってくるのはやめてくれないかな」

「──うるさい……」

 

 

 かろうじて動かせる左手で【紅蓮の炎】を取り出し、握りしめる。

 

 

「関係なくて悪かったなぁ!!!」

「あっつ!?……こいつ自分ごと!?」

 

 

 体にまとわりついた糸を自分たちごと燃やし、拘束を外す。私の白のコートに銀の衣が纏われる。

 火が自分にも燃え移りそうになったフィルは慌てて自分に繋がっていた糸を切る。

 

 

「りゅー!」

「ありがとうリュウ、“衣”貸してくれて助かった」

 

 

 リュウごと纏めて燃やしたけどリュウの火傷の心配はしていない。こんなチャチな魔法でリュウは火傷なんかにならない。

 私は多少火傷しても良いやの精神でいたけど、私が自分を燃やす前にリュウが【竜の衣(ドラゴンローブ)】を貸してくれたお陰で無傷だった。

 

 

「まだやるの?関係ないんだからさっさと帰って欲しいんだけど」

「言っとくけど、こっちはエルザ(仲間)を狙われてるの、仲間を狙われてすごすごと逃げ帰る人間なんて、妖精の尻尾にはいない」

 

 

 


 

 

 

 ああ、そうだ。

 

 ──(シエル)は“知らない”

 

 私が知ったのはたった今。それまで知ろうともしなかった。知る機会なんていつでもあったのに。

 

 ──(シエル)は“関係ない”

 

 彼らと私に関係は全くない。地獄を共有し、形はどうあれ繋がれた絆は彼らだけのもの。そこに私はいなかった。

 

 ──(シエル)に“資格はない”

 

 過去から、事実から、真実から、全てから逃げ続けた私に資格はない。

 

 どこまでもないないずくし、分かっていた。分かっていたんだよ。

 

 

 だけど、それでも、それでも私は──



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VSフィル

 自分自身に、何度も何度も言い聞かす。

 私は、知らなかったし、知ろうともしなかった。

 それがいまさら関係者だ、なんて都合が良すぎる。

 そんなことを言える立場じゃないのは分かっている。

 

 

 ──そうだ、資格はない。それは、逃げ続けた私が一番分かっている。

 

 

 炎を身体に纏わせ、目の前の敵を見据える。

 余計なことを考えるのは後にする。今、目の前のコイツを倒さなきゃ仲間(エルザ)を助けにいけない。

 

 

「正直答えは分かり切ってるけど、一応聞くよ。そこを退く気は?」

「分かってて聞くのはどうかと思うが、一応言うよ。退く気はない」

 

 

 フィルの答えと同時にシエルは距離を詰め、【紅蓮の炎】を横に振るう。

 

 

「ああ……そうだね!【真紅の炎華】!」

 

 

 放った炎の斬撃をフィルは天井に繋げていた糸を手繰り寄せて避けた、そのまま天井に張り付かれた。

 蜘蛛かあいつ。魔法からして蜘蛛っぽかったけど。めっちゃ蜘蛛だよその姿は。

 

 

「降りてきなよ蜘蛛人間」

「その呼び名、ものすごく虫唾が走るから止めてくれないか、俺は虫が嫌いなんだ」

 

 

 めっちゃ蜘蛛人間と言っても過言ではないことやってるのに、当の本人は虫嫌いだから蜘蛛人間の呼び名を嫌がった。贅沢だな。

 

 

「なら、一人の女の子として助言してあげる。天井張り付くのやめればいいんじゃないの?」

「りゅー」

 

 

 その行為だけでどことなく蜘蛛を思い出す。一人の女の子として一応助言してあげた。

 リュウもうんうんと頷いてくれた。

 

 

「君が女の子として感想言うことに割と疑問感じるけど。素直に助言は受け取っておくよ」

 「あ゛?」

 

 

 失礼だなコイツ。

 私のどこに疑問を抱くところがあるっていうの。

 私だって女の子っぽいところの一つや二つぐらいはあるよ。

 

 

「お礼にこれあげるよ」

「そんなゴミいらないよ!」

 

 

 そう言ってフィルは天井から離れると同時にぐるぐるにまとめた糸くずを投げつけてきた。

 普通、お礼でゴミを投げるな。私でもそれはしないよ。ゴミを切り捨ててそのまま呪文を唱える。

 

 

「じゃあそのお礼のお返し!“地獄の中でも燃える光!”【地獄を照らす太陽】(アンフェール・ル・ソレイユ)!」

 

 

 避ける隙など与えない。通路を埋め尽くすほどの特大の火球を放つ。

 多少どころかかなり手荒だけど邪魔をするなら容赦はしない。

 私が作り出した太陽は目の前の通路を燃やし尽くす。

 

 

「やった?」

「残念だが、やられてない。俺は無傷だ」

「!」

 

 

 真っ黒焦げになった通路に、焦げ一つもない無傷のフィルがそこに立っていた。

 全くの無傷は傷つくな。……いや、“違う”──

 

 

「りゅ、うぅ!」

「そっちか!」

 

 

 すぐにリュウが示す方向に振り向き、目の前を薙ぎ払う。すると、何もない場所で【紅蓮の炎】が見えない何かにぶつかり停止する。

 止められた、いや違う。捉えたのはこっちの方!!今の私なら、やれる、いける、振り切れる!!

 槍だけじゃない、リュウが力を貸してくれる!

 

 

「いっっっけぇえええええ!!」

「──────────────っ!?」

 

 

 力任せに【紅蓮の炎】を振り切った。空の彼方にかっ飛ばすつもりで下から上に振り切った。それはもう、姿がぶれるの程の勢いでフィルは私にかっ飛ばされた。

 しかしかっ飛ばせホームランチャレンジは天井に阻まれる。

 天井に激突したフィルはそのまま床に落ちてきた。残念、窓から外へ突き落せばよかったかな。 

 

 

「っが!?……ケホッケホッ。なんて馬鹿力……ボールじゃないんだぞ俺は!糸で体を補強してなかったら間違いなく骨折れたぞ!!」

 

 

 せき込みながら、ホームランチャレンジの弾にされたフィルが文句を言ってきた。

 いや、文句言われる筋合いないと思うけど。私、敵だよ。

 

 

「そんなこといわれても。窓から突き落されないだけましだと思うけど」

「見た目に寄らずゴリラだな君。初対面から直情型だと思っていたけど。思った以上にゴリラだな君」

 「あ゛?」

 

 

 失礼だなコイツ。(二回目)

 女の子に向けてゴリラはないと思うけど。しかもなんで二回も言った。

 あと二、三回かっ飛ばしてあげようかコイツ。いや、かっ飛ばす(断言)

 【紅蓮の炎】を握りしめ、じわじわと距離を詰める。

 

 

「そんな女の子をゴリラ呼ばわりする馬鹿野郎の要望に応えて、今度は場外ホームランにしてあげるよ」

「いや、そんなリクエストは出してない。それより、それ、持ったままで良いの?」

「はぁ?何を言って……きゃ!?」

「りゅ!?」

 

 

 バチィと私と【紅蓮の炎】の間に火花が走る。鋭い痛みに思わず【紅蓮の炎】を手放した。

 な、なにが起きた?私が持っていたのは炎を宿した槍、雷なんて使ってない。

 カランと床に落ちた【紅蓮の炎】を見ると刃先にまとわりついた糸にバチバチと電気が走っていた。

 

 

 

「触れるな危険【電気網】(エレキ・ネット)……なんてね?」

「へー……幻術だけが取り柄じゃないんだ」

 

 

 電気を纏った糸をこれ見よがしに見せつけられる。……さっきの接触で【紅蓮の炎】につけられたのか。

 手をグーパーして動かしてみるけど感覚が鈍い。槍を持つことはできるけど握りしめるのは……ちょっと厳しいかな。

 それにあそこまでバチバチ電気流れてる【紅蓮の炎】は持てない。絶対無理に持ったら手黒焦げになる。

 

 

「そしてこれでチェックメイト。【有刺鉄線】(アイアン・ソーン)

「!?」

「りゅー!!」

 

 

 自分が立っていた場所が光ったと思ったら次の瞬間、私たちはまた糸でぐるぐる巻きに拘束されてた。

 またこれか!動きとめられるの何回目だ!これしかないのかコイツ!

 

 

「焼き増しもいい加減にして!こんな糸!」

「あまり動かない方が身のためだよ。この糸は今までのとは違う。動けば動くほど、この鉄の茨は成長する。強い力を加えれば、ほらこの通り。一瞬にして棘だるまの出来上がり」

 

 

 フェルは糸で拘束されてる私たちに見えるところで糸の塊を床にたたきつける。たたきつけられた塊はその衝撃でいくつもの棘を生み出し床に突き刺さった。

 

 

「それに君たちの糸は繋がっている。無理に引きちぎるなら……もう片方は無事じゃないかもね」

「…………………」

 

 

 その言葉を聞いてさすがに私も動きを止める。【紅蓮の炎】が手元にない以上、自分ごと燃やす荒業も使えない。

 一か八かの賭けに、リュウを巻き込むわけにもいかない。

 

 

「じゃ、俺。君の仲間の所に行ってくるから。君らはそこでじっとしてて」

「逃げるの?ヘタレ男」

「は、誰が?」

 

 

 立ち去ろうとするフィルを陳腐な言葉で罵ると、フィルは簡単に足を止めた。

 

 

 

「私から見て、お前が根性なしのヘタレに見えたから、正直に言っただけだけど?敵をとどめを刺さずに放っておくなんてとんだ根性なしだね」

「……勘違いするなよ。俺は、弱い者いじめが趣味じゃないだけだ。」

 

 

 イライラした様子でフィルは私を見た。

 弱い者扱いされていることに、真に遺憾だけどそこは置いておこう。

 それは“事実”だ。目の前のこいつは私より強い。リュウがいなかったら、きっと前に立つことすらできなかった。

 だからこそ、思うことがある。

 

 

「なんで私にこの糸の説明をしたの?黙ってれば勝手に傷ついた……それどころか死んだかもしれないのに」

「…………………」

 

 

 私とこいつは敵同士、親切に技の説明をする必要はない。黙るどころかこいつは止めた。

 止められなかったら間違いなく私は無理にでもこの糸を引きちぎるところだった。

 まだ騙されてたウォーリーとショウとミリアーナって三人の方が人を殺そうとする気はあった。

 ナツの口に弾丸ぶち込んだり、一般人をカードに閉じ込めたり、ルーシィ縛り付けたり。どれもこれも一つ間違えれば死んでいた。

 こいつがしたことは、せいぜい人を島で遭難させて、人を眠らせて、人を糸で縛り付けて……なんか、思い出せば思い出すほど私が被害被ってる気がする。それはそれでなんか嫌だけれども。

 ……一つ言えるのは確実に殺せる場面でも、こいつは殺さなかった、ただ眠らせただけ。

 

 

「私から見て、あなたは極力人を傷つけないようにしてると……思う」

 

 

 何だかんだこいつは、最初に会った時から人をなるべく傷つけずにしてる。もちろんそのまま放置してればそれなりに危険だろうけど。

 それでも何かしら手を出して、なるべく人を傷つけないようにしている。遭難の時だってこいつが目の前に現れなかったらずっと私は森の中を彷徨っていた。

 

 

「自慢じゃないけど、これならまだ年がら年中、器物損壊してる私たち妖精の尻尾(フェアリーテイル)の方が人を怪我させてるよ」

「本当に自慢じゃないなそれ!それはおかしいだろ!君のところ正規のギルドだよね、実は闇ギルドとかそんなんじゃないよね」

「失敬な、ちゃんと正規のギルドだよ。そりゃ評議院にちょっと、いやたまに……と、時々……よく怒られるけど」

「いや、よくの分だけ小声で言っても前半の言葉の濁し方で全く信用できないからな!?なんだその自信がない言葉の濁し方は!そこは自信持てよ。こっちが心配になるだろ!」

 

 

 私がいるギルドが正規ギルドか闇ギルドかそんなことはどうでも……よくはないけど。今の気にする問題じゃない。

 今、この場で気にすべき問題は一つだけ。

 

 

「あなたは本当に、エルザを犠牲にしたいの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ?そんなの、君に言う筋合いはない」

 

 

 

 

 

 

 バッサリと、至極まっとうに、私の問いは切り捨てられた。

 ああ、それはそうだ。赤の他人の部外者に、素直に話す話でもない。

 

 

 

 

「──ああ、そうだね。私には関係がない話だった。リュウ!」

「りゅにゃーん!」

 

 

 リュウは姿を猫へと【変化】へと変化させた。

 そして猫になったことでできたスペースで拘束を抜け出し、そのままの勢いで私を拘束していた糸を無残に食いちぎった。

 

 

「ガジガジ、ポリポリ……ん~~~りゅん!!ふぉし!みっりゅ!」

 

 

 ガジポリと細い飴細工を食べるかのようにリュウはカチコチの糸を食べる。

 星三つの評価を下しているので、そうやらこの糸をリュウはお気に召したようだ。

 

 

「美味しい、リュウ?」

「りゅ~ん!」

「そっか……なら、私も食べさせてもらおうかな」

「りゅ?」

 

 

 私の言葉にリュウは、何かを考えてるのか首を傾げる、そして白い瞳で私を見つめる。

 

 

 

 

 

 “今、使うの?”

 

 

 

 

 そう聞いているように見えた。

 

 

「うん、今じゃなきゃ駄目なんだと思う」

 

 

 だから私は正直に答えた。

 そう、今じゃなきゃ駄目だ。正直に言って私にこれ以上手はない。

 これ以上、足を止められるわけにはいかない。私にはまだ、やらなきゃいけないことがある。

 

 

「……りゅ」

「ありがとう、リュウ」

 

 

 リュウは私の頭の上に飛び乗った。ありがとうリュウ。できる限り早く済ませる。

 魔力が全身に行き渡る感覚がする。

 

 

「ねえ、あなたはまだ……ジェラールを信じてるの?」

「だから君にこっちの事情教える筋合いは……っ!?」

 

 

 目の前のシエルの変化にフィルは目を見開いた。

 彼女から発せられる魔力は強くなり、魔力が白銀の紋様となって体中に刻み付けられた。

 でも、それ以上に目を引いたのがあった。白から空へと変化した髪。

 その姿はまるで──

 

 

「その姿は……」

「……下がっててリュウ」

「りゅ」

 

 

 省エネモードで猫の姿のままのリュウに下がるよう言う。

 この切り札(【竜の絆】)を切った以上、これ以上リュウに無茶はさせられない。

 今は猫の姿だけど、いつ竜に戻るかはわからない。

 リュウは竜であることを知ってるのは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)でもマスターを含む一部の人間だけ、人ではないことは察してる人間もいくらかはいそうだけど、今ここにいるナツ達は全員知らない。

 いずれ話さなきゃいけないとは思うけど、それは今じゃない。

 

 

りゅ(やだ)りゅーりゅ(お姉ちゃん)りゅーりゅりゅ!(ぜーったい無茶する!)りゅうーう!(無理もする!)りゅう(だから)りゅん!りゅ!(ここ!いる!)

「大丈夫、無理も無茶もしない。まだ、やることがある」

 

 

 知らなくとも、知ろうともしなくても。そんなことを、言える立場じゃなくても。

 逃げて、逃げて、ひたすら逃げて。過去から逃げた私は、結局過去にたどり着いてしまった。

 資格はない。でも……それでも、私にはやらなくちゃいけないことがある。

 

 

 

 

 私が、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のシエルであるために。

 

 

 

 

「だからリュウ。“お願い”」

「りゅ、う~!うぅ~~!あう!!」

「いた!」

「ばーうー!」

 

 

 唸ったリュウは私に噛みつく、それだけではなく、尻尾でべしべしと背中を叩かれた。

 そして何かしらの捨て台詞を吐いて私の頭の上から飛び降り、少し離れた位置まで離れた。

 ごめんね。リュウ。この埋め合わせは絶対にするから。

 

 

「ありがとうリュウ。さてと、あなた、確かフィルっていうんだっけ?」

 

 

 気を取り直して、目の前の敵を見据える。

 私を姿を見たフィルは私を通して別の誰かを見ているのか、心ここにあらずといった様子だった。

 

 

「確かに、私にあなたたちの絆をどうこう言う筋合いは、無い」

 

 

 

 

 

 

 必ず追いつくと約束してくれた。

 

 私はずっと待っていた。

 

 あの人が囚われている間、ずっと、私はただ待っていた。

 

 何もせず、ただ待っていた。

 

 そしてあの日──

 

 

 

 

 

 

「私は、信じられなかったから」

 

 

 

 

 

 先に、約束を破ったのはどっち?

 

 

 

 

 



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迷走

 

 

 

 

 初めて見た時からどこか懐かしい感じがした。だから、出来ることなら傷つけたくは無かった。

 なんで懐かしいと感じるのかその時はわからなかったけど、エルザ姉さんの弟子って聞いて納得した。ああ、師匠(エルザ姉さん)に似ただけか……って。

 奴との契約があるから、流石に表立って味方はできなかったけど、俺は見逃した。出来ることならエルザ姉さんと平穏無事に過ごして欲しかったから。

 

 

 でも……いま、ようやく分かった。懐かしいと感じた原因はそれだけじゃない。

 

 

 目の前に立つ青髪の少女の姿を見て思い浮かんだのは、あの日、バレないように聞いた、兄さん達の内緒話。

 

 

 

 兄さん達の後悔の話。

 

 

 


 

 

 三羽鴉(トリニティレイブン)の梟のミサイルに振り回されてダウンしたナツを背負いながらシモンは塔を登る。

 梟をグレイが倒し、ヴィダルダスをルーシィとジュビアが倒し、そして、斑鳩をエルザが倒した。

 ジェラールが用意したであろう三羽鴉(トリニティレイブン)は全て撃破した。

 しかし、ジェラールが言っていた戦士は“四人”……最後の一人が未だに現れず、フィルとは相変わらず連絡が取れない。

 ショウを追っていたはずのシエル達が見つからない事も気がかりだった。

 

 

「うえ……アレ?」

「目が覚めたかナツ」

「……確か俺、変な乗り物に乗せられおぶぅ!!」

「やめろ!思い出して酔うんじゃねえ!」

 

 

 目が覚めたナツは今までの経緯を思い返し、卑劣な罠で変な乗り物に振り回されたことを思い返し戻しかける。

 吐かれたらたまらんと慌ててナツを下ろした。

 

 

「あの後お前は梟に喰われてグレイに助けられたんだ」

「だーー!!?俺が負けてグレイが勝っただと!!?こうしちゃいられねぇ!リベンジだ!あの梟ともう一回戦ってくる!!

「そんな事をしてる場合じゃねーんだ!」

 

 

 梟にリベンジしようと走り出そうとしたナツの首根っこを引っ掴む。

 

 

「いいかよく聞けナツ。三羽鴉は全滅した」

「俺、何もしてねえ!!」

「すでにルーシィ達はウォーリーとミリアが塔の外に連れ出して貰った。シエルとリュウは見つからないが彼女達は俺が探す。だから頼むナツ、お前はエルザを助けてくれ」

 

 

 ジェラールが用意した最後の一人が気にかかるところではあるが、今、シモンにとって優先すべきことはエルザとジェラールの衝突を止めることだ。

 エルザが……彼女が強いことは知っている。だが、間違いなくエルザは、ジェラールを殺せない。

 

 

「ぐぼぉ!?」

「ナツ!?……フィル!?」

 

 

 ナツが答えを出す前に、天井と一緒に何かが落ちてきた。多少離れていた自分は無事だったが、真下にいたナツが天井の瓦礫で生き埋めになった。

 そして、何よりも衝撃的だったのは上から落ちてきたのが傷だらけの弟分(フィル)だったことだった。

 

 

「フィル……一体誰にやられたんだ!」

「うぐ……シモン兄か、コレは……「私だよ」

「シエル!?」

「リュウもいるよー!」

 

 

 誰にやられたのかフィルに聞く、答えはフィルからではなく頭上から降ってきた。

 空いた穴から上見ると、探していたシエルとリュウが穴からこちらを覗き込んでいた。

 

 

「てめ、こらぁ!!痛ぇじゃねえか!!」

「それは素直にごめん。まさか真下にナツがいるとは思ってなかった。今度ご飯奢るから許して」

 

 

 バコーンと瓦礫を吹き飛ばし、ナツは上にいるシエルに文句を言う。シエル自身もこんなことになると思って無かったのか、ナツを瓦礫で生き埋めにしたことは素直に謝った。

 

 

「な、何故、フィルを!」

「いや、まあ……特に悪いことしたわけじゃないんだけど、ちょっと方向性の違いが現れて、ムカついたからどついたと言うか、割と盛大に八つ当たりしたと言うか……」

「はぁ?どうしたんだシエル」

「……ホント、何やってるんだろね……私、はぁ……」

 

 

 何故フィルを傷つけたのか、その問いにシエルは言葉を濁す。自分自身もどうしてこんな行動をしたのか理解していないようだった。

 

 

「リュウ、”コレ”はあとどれくらい持つ?」

 

 

 真下を覗き込むリュウにシエルは何かを問いかけた。

 

 

「りゅ?りゅーん……アイツの糸食べて、リュウは猫だし、前ほど遠くはないし、塔の中くらいなら……あと半日?」

「……そっか、リュウ。おいで」

「りゅう!」

 

 

 シエルが腕を広げると、リュウは喜んで飛びついた。そしてシエルは強く抱きしめた。

 

 

「お願い、もし───────なら──────」

「りゅ?お姉ちゃん?」

 

 

 シエルはボソボソと抱きしめたリュウに何かを伝える。その内容にリュウは首を傾げた。

 

 

「──ごめんね」

「りゅ!?りゅ~~~~~~~~~~!!」

「リュウ!?わっと、っとぉ!」

 

 

 そしてそのまま空いた穴から真下に落とした。突然のことに対処ができなかったリュウはジタバタ、クルクルと悲鳴を上げながら落ちていく。

 落ちてきたリュウを慌ててナツは受け止めた。

 

 

「ナイスキャッチ」

「おいこら!いきなり落とすなんて酷いぞお前!」

「りゅー!!」

「ナツ、リュウ、先に外で出てて」

 

 

 文句を言うナツとリュウを無視し、ナツ達に先に塔から出るように言った。

 

 

「別にいいけど、お前はどうすんだよ」

「私?私は……この塔の上で踏ん反り返ってる王様に、話がある」

「話?」

「とにかく、二人は先に……なんだったらシモンとそこのやつも連れて塔を出て!絶対だからね!」

 

 

 シエルはそう言い放つとこちらの返答を待たずに、この場を離れていった。

 

 

「急にどうしたあいつ」

「りゅ……」

 

 

 話があると、まるで逃げるように離れていったシエルに一体気になるところではあるが、上にはエルザがいるし、そもそもジェラールはエルザの敵だ。自分が口を挟む問題じゃない。

 まあ、シエルに頼まれたし、リュウとついでにシモンとシエルにやられた奴を連れて塔から出てってやるかとまず何故か猫になってるリュウの首根っこを掴んだ。

 

 

「待て、……行かせるか!……ぐ!!」

「フィル、大丈夫……じゃないと思うが、一体どうしたんだ」

 

 

 去って行ったシエルを追いかけようとしたのか、フィルは立ち上がるが。傷が痛むのかふらつきシモンに支えられる。

 

 

「俺の怪我は気にしないで、ただの自業自得だよ。ただ俺が、ジェラール兄さんの味方をして、無様に負けただけ」

「ジェラールの味方って……あの放送を聞いてなかったのか!」

 

 

 この状況下でジェラールの味方だったフィルにシモンは声を荒げた。

 フィルはシモンの責めを甘んじて受け止める。分かっていたことだった

 

 

「まさか、四人目の戦士は……」

「俺だよ。俺は、分かった上で兄さんの味方をした。分かった上でエルザ姉さんをあえてジェラール兄さんの元に向かわせた」

「なんでそんなことを」

「それは……シモン兄さんには関係ない」

 

 

 そう言ってフィルはシモンを突き放す。

 

 

「邪魔をするならアンタも敵だ。シモン兄さん」

 

 

 それは、明確な拒絶だった。シモンはこの状況でもジェラールの味方をするフィルに戸惑いを隠せなかった。

 

 

「うお、どうしたリュウ急にでっかくなって」

 

 

 シモンとフィルのやりとりを尻目に、ナツは急に豹サイズになったリュウに驚き首根っこから手を離す。

 解放されたリュウはブルブルと体を震わせ、ナツを無視してフィルの元へトテトテと歩く。

 

 

「……りゅ、うううう!!!」

「いっだぁ!!!!?」

 

 

 そしてリュウがフィルの腕に齧りついた。それはもう容赦なく、シエルにされた仕打ちの八つ当たりするかの如く。

 当然腕を噛まれたフィルは悲鳴をあげてジタバタともがく。

 

 

「ま、待て、待ってくれリュウ!!お前達に何があったか分からないが、フィルを食べるのはやめてくれ!!」

 

 

 突然フィルの右腕に噛み付いたリュウに一瞬呆気にとられたシモンだが、慌てて止めに入る。

 拒絶はされたがフィルはずっと面倒を見ていた弟分だ。見殺しには出来なかった。

 騒ぐ対象者と外野を無視し、リュウはやることをやってフィルの腕を解放する。

 

 

「え……」

 

 

 そこに腕はあった。……多少、腕に噛み跡は残っていたが。

 

 

「りゅーこれで喋れるでしょ」

 

 

 リュウは皆に腕輪を見せつけるとバリンと噛み砕いた。

 無理に外したり、何だったらちゃんと解呪しても厄介な代物だったが。こんなものはリュウにとってはお茶の子さいさいの朝飯前。

 フィルにそれなりの傷を残して、リュウはフィルを縛っていた腕輪を処理した(食べた)

 

 

「あ……」

 

 

 フィルはリュウに噛まれた腕を呆然と見る。

 自分を縛っていたものが無くなったことを認識する。

 そしてすぐにナツにしがみついた。

 

 

「ぬお!何だてめえ!やんのか!」

「頼む、ジェラール兄さんを助けてくれ!操られてたんだ!ジェラール兄さんは!!」

 

 

 解放されたフィルは自分が知った全ての事実をナツ達に伝える。

 

 

「……最初は俺も騙されてた」

 

 

 最初から知っていたわけじゃない。最初はフィルも皆と同じでエルザが自分達を裏切ったと思っていた。

 自分達を裏切ったエルザが許せなかった。そしてエルザを見逃したジェラールにも不満があった。

 だから、フィルは一人でエルザに会いに行こうとした。

 

 

「外を一番知ってるのは、ジェラール兄さんだ。なら、知っていると思った。外の世界に出たエルザ姉さんの事を」

 

 

 知っていて、エルザを庇っているんだと思ったのだ。小さいなりに、二人の関係が特別なものだと知っていたから。

 真正面から聞いても答えてくれないと思った。だから知ってる事をこっそり探ろうとした。

 記憶糸】《メモリー・スレッド》を皆に内緒で、この糸をこの塔の至る所に張り巡らせ、何だったら服や持ち物にも仕込んだ。

 この糸はは触れたものの記憶をランダムに探って記録してくれる。

 糸に込めた魔力分しか記録できないし、糸を自分に取り込まなければ記憶を知ることが出来ないが、記憶を抜かれていることが相手にバレにくいのがこの糸の利点だ。

 糸を回収して記憶の仕分けをする。気の長い作業が必要になるが、時間はいくらでもあった。

 

 

「それで、俺はまずあの日、ジェラール兄さんがエルザ姉さんを追い出した真実を知った。そして──」

 

 

 早い段階でそれを知れたのは運が良かったのかも知れない。でなければフィルはショウ達と同じようにエルザを誤解していた。

 そしてそれとは別に見つけた誰かの記憶。

 

 

「八年前、捕まったジェラール兄さんに”ゼレフの亡霊”を見せる誰かの記憶。俺は、ソイツを探そうとして、情けなくソイツの手下に成り下がった」

 

 

 真実を知った衝動のまま行動して、その結果ジェラール兄さんを戻すこともできず、操っている誰かを見つけることも出来なかった。

 それどころか、あんな腕輪を付けられて、意志を制限された。フィルは何も出来なかった。

 真実を知った時点で誰かに声をかければよかったのだ。そうすれば良いように使われることもなかった。

 

 

「エーテリオンが発射されるまでもう、八分もない。いくら強いエルザ姉さんでも、いや、エルザ姉さんだからジェラール兄さんを倒せない」

 

 

 二人にとって、お互いが大事だったのは、幼かったフィルでも分かったことだ。

 エルザはジェラールの今の状態を”知らない”。最悪、自分諸共ジェラールを始末する可能性すら出てきた。

 

 

「今更虫のいい話なのは重々承知している。頼む。二人を救ってくれ」

 

 

 フィルはナツに懇願する。

 虫がいい話だ。今まで敵だったくせに解放された途端に助けを求めて。

 泣くわけにはいかない。だって、一番泣きたい人は俺じゃない。そう思ってフィルは唇を噛み締める。

 

 

「…………」

「うわ、な、なにを……」

 

 

 ナツは乱暴に、でも、どこか優しく、フィルの髪をわしゃわしゃとかき乱す。

 

 

「話は簡単じゃねえか、とにかくジェラールって奴をぶん殴って正気に戻せばいいんだろ」

「いや、正気に戻すのはそうだけど、ぶん殴るのは……」

「こっちは仲間攫われてんだぞ、百発くらいぶん殴っても良いじゃねえか」

「百発は多いだろ!?」

 

 

 かなり手荒な方法でジェラールを正気に戻そうとするナツに、フィルは助けを求める人選ミスったかなと不安になった。

 そういえばシエルも「器物損壊は得意技」とか割と不穏な発言するやつだったなと思い返す。

 さすが悪名高い(主に評議会から)『妖精の尻尾』(フェアリーテイル)、中々癖がある人物が揃っていた。

 

 

「先に突っ走ってたシエルも回収しなくちゃいけねえし。燃えてきっぶべら!?」

「ナツ!?」

 

 

 突如、吠えようとしたナツを横から何者かが蹴り飛ばした。

 ナツは勢いよく先ほど下敷きになった瓦礫に突っ込み、彼らはナツを蹴り飛ばした人物を見て目を見開く。

 

 

「いって~~~!!急に何なにすんだ!痛えだろ!」

 

 

 瓦礫から這い出たナツは吹き飛ばした人物に文句を言った。

 エルザとシエルを追いかけようとするナツを蹴り飛ばした犯人はナツの文句を全く無視して言葉を紡ぐ。

 

 

「“お願い”された」

「“お願い”?」

 

 

 

「お願い。もし追いかけてくるなら、全員、塔から叩き出せ。ごめんね」

 

 

 

 

 

 

 

「全員、塔から叩き出せ、お姉ちゃんからの“お願い”だ」

 

 

 

 

 

 

 

 人の姿になったリュウが彼らの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 






大変長らくお待たせしました。
リアルで色々あったのですが纏まった時間が取れるようになったのでボチボチ更新を進めていきたいです。


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リュウの邪魔

 

 

 

「全員、塔から叩き出せ、お姉ちゃんからの“お願い”だ」

 

 

 ナツを蹴り飛ばし、リュウが言った。

 

 

「な、何言っているんだ!今そんなことをしてる場合じゃっ!」

「……そうだね、ない。でも“私”はお願いされたから──」

 

 

 あと数分でエーテリオンが落ちる。それまでにジェラール達を止めて、この塔から脱出しなければならない。

 そんな状況を理解していながらリュウはナツ達の前に立ち塞がった。

 シエルにお願いされた。ただそれだけの理由で。

 

 

「──皆、外に出す」

 

 

 彼女にとって、それが全てだ。

 外野(周り)の言葉に意味はないと、感情の無い無機質な目で彼らを見た。

 

 

「…………っ」

 

 

 この子はただ、魔法を食べる小さな子供のはずだった。いつも少女(シエル)と一緒にいる、元気いっぱいの女の子。

 多少の機転はきくが、ただそれだけ。ジェラールは取るに足らない存在だと断定した。自分自身、ただの女の子と思っていた。

 だが今──

 

 

 

 “目の前にいるものは何だ?”

 

 

 

 

 頬を汗が伝う、今すぐにもこの場を離れたいと思う。だが、目の前の何かから目を逸らすわけにはいかなかった。

 背中に庇うフィルが息を飲み、後退りする音がする。

 何もしない彼らを見て、リュウはこつこつと歩みを進める。

 

 

「お返しだあぁ!!!」

「りゅっ」

 

 

 瓦礫から飛び出たナツは炎を纏った拳をリュウに振り下ろす。

 盛大に蹴り飛ばされたのでその借りを返すつもりで思いっきり振り下ろした。

 

 

「……熱い」

「あっ!コンニャロ、掴むな!」

 

 

 手加減などしていない、ナツは本気で、何なら気絶させる勢いで振り下ろした筈だった。

 だが、その燃える拳をリュウは物ともせず受け止めた。

 

 

「【リュウの咆哮】!」

「あっぶね!」

 

 

 リュウは口を大きく開け、魔力の塊を放ったが、それに気付いたナツが手を振り解き、その場を飛んで避けた。

 

 

「【火竜の咆哮】!!」

「無駄」

 

 

 離れた勢いのまま、ナツがリュウに向けて火を吹いた。

 その火をリュウはスルッと吸い込み、そのままモグモグと自分の糧にする。

 

 

「食べるなよ!」

「食べるよ、食らっても火傷はしないけど熱いのやだもん、リュウ」

 

 

 面倒だなとリュウは思った。そこらへんの魔導士であれば簡単だったが、相手がナツだと割と手間がかかる。

 できることならあまり手荒なことはしたくない。だが半端な攻撃でどうにかできる相手じゃないのは理解している。

 時間がない。さっさと言われたことをやって、やりたいことをやりたいのだ、リュウは。

 

 

「ちょっと待てお前ら!そもそも俺たち全員に時間がないんだ!!あと数分でエーテリオンが降って俺たち全員お陀仏だぞ!!」

 

 

 仲間同士で戦いを始めようとする二人をフィルは叫んで止めようとする。

 リュウに何だか分からない事情があることは分かった。しかしそれは今の状況ではただの自殺行為だ。

 エーテリオンが降るまで時間がない。間に合わなければ自分たちは間違いなく──

 

 

「死なないよ」

「はあ?」

 

 

 しかしリュウはフィルの問いに何のこともなしに返す。

 

 

「エーテリオンここに落ちても、この塔にいる人は誰も死なないよ。この塔、あなた達が造ったのに何も知らないの?」

「なんのことを……言っているんだ?」

「リュウ、この塔がどんなものかは知らないけど、何で出来てるかは知ってるよ」

 

 

 エーテリオンが落ちてくることを危険視している彼らにリュウは首を傾げた。

 そもそも彼女はなぜエーテリオンが降ってくることに皆が慌てていたのか分かっていなかった。

 自分達で造ってたのにこの塔の中身を彼らはわかってなかったらしい。

 

 

「これ、魔水晶(ラクリマ)だよ。空っぽの」

 

 

 外見は石などで造られた普通の塔に見える、けど全然違う。

 中身(魔力)が何も入ってない空っぽの魔水晶(ラクリマ)、無味無臭の透明な味。

 

 

魔水晶(ラクリマ)……?」

「魔力を溜め込むために造ったんじゃないの?リュウでも食べるのに一苦労するぐらいいっぱいあるよ。エーテリオンの一発くらいなら吸収できるんじゃないかな」

 

 

 食べれないことはないけども……味がついたのならともかく、この量の味なしを食べるのは流石に飽きる。別に食べるものに困っているわけじゃないリュウは特にこの塔に興味を持たなかった。

 だから、リュウは楽園の塔が魔水晶(ラクリマ)で造られていたことを誰にも伝えていなかった。

 

 

「魔力を、溜め込む?……まさか!?だったら尚更やばい、ジェラール兄さんの求めていた条件が揃う!」

 

 

 リュウの言葉にフィルはジェラールの狙いに気づく。

 

 

「なんだと!?」

「この楽園の塔……ジェラール兄さんが発動しようとする【Rシステム】は27億イデアもの莫大な魔力が必要なんだ」

「27億イデア!?そんなもの集まるわけがない!!」

「そう……集まるわけはなかった。最初からゼレフを生き返らせるのは無理だって……俺は思っていた」

 

 

 27億イデア……この塔にいる全員の魔力を集めても到底足りない。あまりにも現実的ではない量。

 【Rシステム】起動する魔力がないのなら、エルザを生贄にすることも出来ないはず。

 だから、エルザを行かせても最悪な事態にはならないと、限られた思考の中でフィルは判断した。

 

 

「だけど、この塔が魔力を……エーテリオンの魔力を受け止めてしまうなら話は別だ!魔力の問題さえ解決すれば、【Rシステム】は発動できる!!」

「評議院が今、楽園の塔(ここ)をエーテリオンで狙ってくる所まで……あいつはそこまで計画していたのか!?」

 

 

 自殺まがいの行為だと思っていた。

 だが、それは違った。ジェラールはそれすらも己の目的を果たす手段にした。

 

 

「なるほど、だからこの塔まだ空っぽなのか。こんな大量の魔水晶(ラクリマ)を使ってどれだけ無駄使いするのかと思った」

 

 

 フィルの話を聞いて、リュウはこの塔の役割を理解した。

 造るだけ造っといて中身は空っぽ、人の短い一生じゃ絶対満たせられない、どれだけ人の命を無駄使いするのかと思ったけど、エーテリオンを当てにしていたのなら納得だ。

 むしろあるところから貰うんだから、よく考えたほうだ。

 

 

「ってことは……どういうことだ?」

「難しく考えることじゃないと思うよ。あの人、そこの二人には色々嘘ついただろうけど、リュウ達につかれた嘘は一つ。“エーテリオンが落ちたら全員死亡”だけだよ」

 

 

 ナツが混乱しているようだったのでリュウは簡潔に状況を伝える。

 いろんな人が、いろんなことを考えて黙って行動したから事態がややこしくなる。

 

 

「【Rシステム】を発動してエルザを生贄にゼレフを蘇らせる。それが彼の目的。だからエーテリオンが落ちてきたらゲームオーバーはある意味間違いじゃないよ。魔力さえあれば【Rシステム】を使えるところまで準備できてるみたいだから。使われたらこっちの負けだね」

 

 

 “ジェラール”のやりたいことは最初から決まっている。

 

 

「……そこまで分かっていて……邪魔をするのか」

「今までの流れにリュウが退かなきゃいけない理由あった? “私”はお姉ちゃんにお願いされて皆の邪魔をしてるんだよ?」

 

 

 リュウが説明したのはジェラール側の状況。

 今、リュウが彼らを邪魔しているの理由はただ一つ“お姉ちゃんからお願いされた”からだ。

リュウの目的にジェラール側の状況は関係ない。

 

 

「どうして!エルザは君の仲間だろ!」

「う~ん……確かにエルザはリュウの仲間だけど……リュウの大事なものはねー」

「ああ!?急になんだよ!」

 

 

 フェルの問いかけを無視して突拍子もないことを言い出したリュウにナツは突っ込んだ。

 

 

「一番大事なのはお姉ちゃんです。二番目はお姉ちゃんが大事なもの、三番目は食べれるもので、四番目くらいにフェアリーテイルのみんな、五番目は……今、関係ないからノーコメント」

「地味に低いな俺たち!?」

 

 

 指を折りながらリュウは自分の好きなものを順序つけていく。

 まさかの一括りで四番目だったナツはリュウのつけた順位に物申した。

 

 

「まあ……低いといえば低いともいえるけど、“リュウにとって”フェアリーテイルのみんなが四番目なだけで、お姉ちゃんはみんなが大好きだから結局みんなは二番目くらいだよ」

「そうか、じゃあいいか」

「(結局順位変わってないが)」

「(いいのかそれで)」

 

 

 最終的に自分たちの順位が二番目になることを知ったナツはそれならいいかと矛を収めた。

 だが、シエルにとって大事だから繰り上げされているだけであって、そもそもリュウにとっての大事なもの順位は変わってない。

 その事実に他二人は気づいたが深く突っ込むのはやめた。

 

 

「逆に嫌いなものは……今、塔の上でふんぞり返ってる王様がぶっちぎりの一番だね」

「王様?」

「……ジェラールの事か?」

「そう!ここじゃそんな名前らしいね」

 

 

 リュウが一番嫌いな“王様”に対して、シモンがジェラールの事かと聞き返すとリュウはまるでジェラールを知っているかのような言い方で肯定した。

 

 

「……お前、ジェラール兄さんを知ってたのか?」

「りゅ~ん……知ってるかと聞かれるとちょっと微妙かな……」

 

 

 フィルの問いにリュウは微妙な顔をしながら返答に困った。

 “ジェラール”という人物を知っているかと聞かれれば“同じ名前の違う人”を知っているのだが、フィルの問いを正しく答えるのであればノーだ。

 

 

「リュウは上にいる人は聞いたことしかないよ、よく知ってるのはお姉ちゃんの方」

「やっぱりアイツは!」

 

 

 リュウの言い方に、フィルは自分が感じたことに確信を持った。

 それなら戦った際に見せた“あの顔”にも納得がいった。

 

 

「じゃあお前も……」

「あ、それはない。リュウとあいつは全くの赤の他人だよ」

 

 

 シエルがそうであるなら、その妹のリュウも同じはず。

 そう思ったが、ないないと手を振ってリュウに否定された。

 

 

「リュウは拾われっ子、八年前にお姉ちゃんが拾ってくれた」

「八年前?お前は今七歳だろ」

 

 

 誕生日のたびにシエルが大騒ぎするので、ナツはリュウの年齢を分かっていた。

 八年前に拾われたのであれば明らかに一年多い。

 

 

「そうだよ七年前……“777年7月7日”にリュウは生まれた」

「七が多いな」

 

 

 生まれた日に七の数字が多く、フィルは軽くつっこんだ。生まれる日は選べないとは言うが、それはそれとして中々珍しい日に彼女は生まれていた。

 そしてリュウが口に出した日に、心当たりがあるものが一人。

 忘れるわけがない、その日は、ナツにとって大切な存在がいなくなった日。

 

 

「お前まさか「違う」

 

 

 ナツの言葉をリュウは遮る。

 頭を横に振り、ナツの言葉を否定する。

 

 

「リュウ、何度もみんなに言った。リュウは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)じゃない」

 

 

 確かに、リュウは様々な滅竜魔法を使える、しかしリュウは決してそれを使おうとしなかった。

 例え使った方がいい状況だとしても、使わなかった。

 それを使うことを“シエル”が望んでいなかったから。

 

 

リュウ()は“リュウ”だよ」

 

 

 それは変わらない。シエルがそう願い続ける限り。

 “流星”は“リュウ”であり続ける。

 

 

「“私”は“願い星”、願いを叶える事が“私”の存在意義。だから──」

 

 

 リュウは魔力を練り上げる。火、水、風、土、雷、氷、光、闇、持ってる全ての魔力をごちゃ混ぜに集める。

 全ての光は混ぜこぜになって、リュウの両手は白く光り輝き、大きな翼になる。

 上に大きな魔力がある。地鳴りもしてる。エーテリオンが降ってくるまでもう、数分もない。

 

 

「──とりあえず、一度吹き飛ばされてね」

 

 

 リュウは両手を振り上げ、光の翼を彼らに振り降ろした。

 

 

「【至竜の羽ばたき】」

「!?」

 

 

 光は、ナツ達を巻き込み、光は全てを包み込んだ。

 

 

 

 


 

 

 

 魔水晶(ラクリマ)へと変質した塔の最上階で彼女たちは対峙した。

 

 

「“ジークレイン”……“シエルアーク”」

 

 

 記憶から何もかもかけ離れた青年に向かって、少女は二つの名前を挙げる。

 

 

「この名前に覚えがないなら、私から話すことは一つもない」

 

 

 師を背に庇い、少女は槍を構える。

 

 

「──もし、覚えがあるのなら、とりあえず一回ぶっ飛ばす。話は全部それからだ!!!この……馬鹿兄さん!!!」

 

 

 彼女──シエルアーク(シエル)は兄に言い放った。

 

 

 



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