篠ノ之家の猫はIS搭乗者(全話修正中) (たいお)
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猫の学園生活ー1学期ー
第1話 その主人公、猫である。


※この小説における注意点

・箒の性格、人間関係などに多少変更を加えています。
・箒と束の関係に多少修正を加えています。

原作崩壊並みの変更は行っていませんが、これらに不満がある方は無理に視聴なさらず、こんな稚拙な小説に構わず自身の好みに合った小説をお読みください。先駆者様の小説はこんなのより面白いものが沢山ありますゆえ。
また、現在はそれくらいですが以後増加する可能性もあります。その際は都度注意点として挙げさせていただきます。

長々と失礼いたしました。それでは、本編をどうぞ。m( _ _)m




 【IS】、正式名称はインフィニット・ストラトス。

 女性にしか乗れないという致命的な欠陥の為に、女尊男卑の現在を生み出すことになってしまった原因である、現時点において世界最強の兵器。

 元々は宇宙空間での活動を可能とするためのパワードスーツとして開発されていたものであったのだが、10年前に起きた日本に向けてのミサイル一斉掃射とそれを完全に防いで見せたISによる一連の出来事【白騎士事件】によって兵器としての機能が従来品より凌駕している事が証明され、各国政府はこれを採用し、開発を推し進めるようになった。表向きはスポーツとして、裏では軍事用兵器として。

 

 『女性にしか扱えない』という事実が、昨今の社会情勢に大きな影響を及ぼした。

 以前から活動を行っていた、女性が持つべき本来の権利の所有を主な主張としている【女性権利団体】。彼女たちが主となって政界に進出している女性や世間の女性に対して諭していったことによって、女性の発言権はみるみる上昇。いつしかISという超兵器を使える立場であることを利用して、これまで強気でいた男性を大人しくさせていった。

 10年という短期間の内に、男と女の立場は逆転してしまったのだ。

 

 先ほども言った通り、ISというのは女性にしか扱う事が出来ない代物である。理由は開発者も不明と宣言しており、ISの発表から10年が経った今でも、誰もその原因を突き止められずにいる。

 

 しかし現在、世界に衝撃的な事実が報道された。

 女性にしか扱えないISを、とある一人の男性が動かした……と。

 

 それが世界中に知れ渡った瞬間、世は大きな動きを見せ始めた。

 各国では新たなる男性操縦者を見つけ出すべく、男性を対象としたIS搭乗の一斉検査が行われた。世の女尊男卑を覆すことが出来る可能性として捉え、秘密裏に活動を行う機関が現れたという噂も発生した。

 そうして世界が慌ただしく動き出そうとしていく中、唯一ISを動かせた男性は日本に設立されている【IS学園】へ緊急入学をすることになった。

 

 

 

 しかし。その熱報に追い打ちを掛けるかの如く、世界に新たな一報が届けられた。

 それは、現在世界中から追われている一人の天才科学者から全世界へ送られた驚愕の真実。

 

 『男性でも女性でもない、新たなIS搭乗者がIS学園に現れる』……と。

 

 

 

◇  ◇

 

「ということで、テオたんにはIS学園に行ってもらうことになったから、そこんとこヨロシコ!」

≪ほう、ついに私も高校デビューというわけか≫

 

 私は目の前にいる女性――篠ノ之 束ちゃんに対して、苦笑気味にそう言い放った。

 

 束ちゃんは現在話題沸騰中のISの第一開発者、いわゆる生みの親である。ものすごく頭が良い子で、一般人よりも遥かに回るその頭脳は誰と比較しても圧倒的の一言で済まされてしまうほどの高スペック。彼女を真似てISの開発に力を注いでいる者も存在しているが、誰も彼女の思考についていくことが出来ないでいる。

 

 ちなみに話は変わるが、私達が今いるここは彼女のラボであり、この場所を知る者は私を含めて3人しか存在しない。そもそもこのラボは移動式だから、例え場所を知ることが出来たとしても、翌朝起きたらラボが無くなってた!というオチが用意されるだけだ。世界中から指名手配されている束ちゃんに腰を据えて研究出来るような土地は無いから、このような移動式の施設で各地を転々とせざるを得ないのだ。

 

 で、入学の件についてだが。

 私がIS学園に入学するという話は、既に前から決まっていたことだ。

 

「予定通りいっくんがISを動かせることは世間に知れ渡ったし、合わせて箒ちゃんもIS学園に入学するからねー。そこにテオたんがいなきゃ始まらないっしょ?」

≪おやおや、私に恋路の邪魔をするつもりは無いのだがね≫

 

 人の恋路を邪魔するやつはなんとやら。

 とはいえ、あの子達の恋模様は少々難航してしまうかもしれない。なにせ箒ちゃんが随分と大人びた感性を持ち始めてしまったからね。まぁこの話はあの子に会ってからにするとしよう。

 一夏少年とは箒ちゃんが引っ越すことになってから会っていない。束ちゃん経由で聞いた情報だと、その後も女の子を無意識に惚れさせては鈍感スキルで玉砕させているらしい。なんという罪作り。

 

≪それで、入学の準備はどうなのかな?日取りは4月1日と聞いていたから、実質あと半月を切っているけれど≫

「なんくるないさー。私とクーちゃんで大体の準備は済ませておいたからバッチリチリ足!」

「お呼びでしょうか、束様」

 

 そんな風に喋っていると、噂のクロエ・クロニクルお嬢ちゃん――私達が呼ぶ愛称でクーちゃんがいつの間にか傍に控えていた。

 彼女はちょっとした諸事情があって保護者がおらず、偶々彼女を発見した私達が保護し、これまで一緒に生活してきた。もうすぐ1年くらいになるけれど、今ではすっかりクーちゃんがいて当然の暮らしになっている。

 

「やぁクーちゃん!頼んでた物は用意出来たかな?」

「はい、テオ様のIS学園入学に必要な物は揃え終えました。後は学園で支給される制服を事前に受け取るのみですが、それは当日に向こうで行われるそうです」

「テオたんの制服姿……おっと涎が」

 

 ジュルリと口元から液を零している束ちゃんにツッコまないで置くとして。

 

 私がIS学園に向かう大きな理由は2つ。

 1つは、私や箒ちゃんと関わりの強い人の護衛に務めること。この場合は一夏少年、箒ちゃん、千冬嬢がそれに該当する。あれ、千冬嬢は守る必要なくない?

 もう1つは、一夏少年と箒ちゃんにISの指導を行うこと。束ちゃんとしては2人にIS技術を習熟してもらうことを願っているから、私を派遣してその促進に充てるつもりらしい。

 

≪折角だからクーちゃんもIS学園に来ればいいのに≫

「いえ、私は束様のサポートを優先させていただきたいので辞退します。テオ様と共に勉学に励むというのも望ましくはありますが」

「というか、クーちゃんまで学校に行っちゃったら束さん独りぼっちで孤独死しちゃうよ!兎は寂しいと殺意の波動に目覚めちゃうんだよ!」

≪うん、それは非常に拙い≫

 

 束ちゃんが殺意の波動に目覚めようものなら、全てのISをハッキングして暴れさせることも厭わないだろうね。それに混ざって束ちゃん直々に参戦……人類は滅亡する!

 

「ご安心ください束様。テオ様は事情故に離れざるを得ませんが、このクロエ・クロニクルはずっと束様のお傍におりますので」

「クーちゃん……もう私、何も怖くない。私……独りぼっちじゃないもの!」

 

 その台詞は首から上をロストしてしまうので止めようか。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 そして日にちは過ぎ、私はIS学園に辿り着いた。

 

 ここまで来る為にクーちゃんの操縦する小型ロケットに乗せてもらい、人気のない浜辺へ着陸。近場の市街地へ入った後、そこらを走っていたタクシーをひっかけてIS学園へと向かってもらったのだ。

 

 ちなみにクーちゃんは到着後に別のタクシーを見つけさせて帰ってもらっている。学園に着いてからは千冬嬢が出迎えてくれるそうなので、クーちゃんの役目はここまでというわけだ。

 

 さて、先ずは千冬嬢を探すところから始めなくては……と思ったが、労を費やす真似をせずに済みそうである。既に彼女は私を待っててくれていた。

 

「こっちだ、テオ」

 

 彼女――織斑 千冬嬢は正門の付近で腕を組みながら佇んでおり、こちらの姿を確認するとすぐに声を掛けてきた。

 

 私も彼女の傍へ駆け寄った。

 

≪お久しぶりだね、千冬嬢。しばらく見ない間に立派になって、スーツ姿も凛々しくて綺麗だ≫

「ふっ。再会の言葉でホイホイ口説き文句を口流すとは、お前は少し軽くなったか?」

≪単に若い子の成長を喜んでいるだけさ。歳を取ると保護者目線になってしまっていけないね、どうも。それよりもありがとう千冬嬢、ここへの入学の為に色々と手筈を整えてくれたのであろう?≫

「気にするな……と言いたいところだが、面倒な仕事を増やした分はお前にも苦労を掛けさせてもらうぞ?私の不出来な弟の面倒を見てもらうという大仕事をな」

 

 千冬嬢は微笑を浮かべながら私を見下ろしてきた。

 彼女は世間よりもずっと早く、私がISに乗れるということを知っている。実際、私が初めてISを動かしたのは今から10年前……そう、白騎士事件が起きた日である。といっても、表舞台に立ったわけでもないのだけれど。

 

 まぁ昔の話はいずれ語るとしよう。

 

「さて、HRまでまだ時間はあるが説明の時間も確保しておきたいのでな。積もる話もあるだろうが、まずは職員室までついて来てくれ。そこで諸々の説明と制服の支給を行うぞ」

≪制服か……この歳で若い子達と同じ服を着るというのも中々面白い話じゃないか≫

「お前も学園の生徒となるのだから当然だ。それとこの門をくぐった瞬間からお前もIS学園の一員だ、私の事も織斑先生と呼ぶように」

≪公私混同お断り、ね。了解したよ、織斑先生≫

「敬語も使うようにしろ」

≪ふむ……解りました織斑先生、これから3年間よろしくお願いします≫

「……お前の敬語は気持ちが悪いな」

≪えー≫

 

 この後職員室で説明を受けたり制服を着せてもらったり、おっぱいの大きな眼鏡の先生に『可愛い』と賛辞を受けながら抱き着かれたりと、入学前から慌ただしかった。

 束ちゃんに負けないボリュームを誇る胸に身を包まれながら、私は今後の学園生活に内心胸を躍らせていた。

 

 

 

――――――――――

 

「いてぇっ!」

「お前は自己紹介も碌に出来んのか、馬鹿者」

 

 千冬嬢に連れられて、私は先程のおっぱいの大きな眼鏡の女性――山田 真耶ちゃんが副担任を務める1年1組クラスの教室前までやってきた。千冬嬢はそのクラスの担任を務めているのだとか。

 

 千冬嬢は先に中に居る人たちの自己紹介を済ませると言って、私を教室の前に待機させて中へと入っていった。私の紹介はその後に行うらしい。

 

 そして彼女が入室してから間も無く聞こえてきたのが、先程の男子の声である。変声期を迎えて男性特有の低めの声になっているが、数年ぶりに一夏少年の声を直接耳にした途端、胸に来るものを感じてしまった。

 昔のようにからかいたくなる嗜虐心がね……そわそわ。

 

≪やれやれ、相変わらず一夏少年はお姉さんに頭が上がらないみたいだね≫

 

 上げたところであの出席簿で下げられちゃうんだろうけどね、出る杭のように。

 それから間も無く、少年の第2の悲鳴と出席簿による打撃音が聞こえてくる。おぉ、怖い怖い。私の身体でアレは食らいたくはないよ、いやホント。

 

「キャァァァァ!!千冬様ァァァ!」

「私、貴女に憧れてこの学園に入学を決めてくたんです!」

「厳しく躾けて!そして絶妙なさじ加減で甘やかしてっ!」

「ホアッ!ホアアァァァァ!!」

「うっ……ふぅ」

 

 不意打ち気味に奔って来たのは、中にいる少女たちの甲高い歓声。扉越しでもこの声量とは、防音設備が整っているにも関わらず大した盛り上がりっぷりだ。

 

 それにしても、千冬嬢も随分と人気者になってくれたようだね。昔は切れたナイフばりに人を寄せ付けない風格を漂わせていたのに、私は嬉しいよ。……ん?切れたナイフだと出川になる?それはヤバいよヤバいよ。

 

 そんな少女たちの声を千冬嬢は一喝で黙らせると、そのまま話を始めた。

 流石はドイツで教官を務めた実績があるようで、語られる言葉の節々に軍国染みた匂いが感じられた。少女たちには彼女のしごきに頑張っていってほしいものだね。あ、私もその一員になるんだった。

 

「ではHRを終了する前に、お前たちに紹介しておきたい者がいる。今回諸事情によって、急遽この学園に入学、そしてこのクラスに編入することになった」

 

 おっと、どうやら私もそろそろお披露目となるようだ。

 

 中にいる子達が千冬嬢のその言葉でざわめき始める。もっとも、すぐに千冬嬢によって静粛にさせられる事となるが。

 

「静かにしろ!なお今回の件については内容が内容なので学園の方で秘匿してきた。非常にイレギュラーな話ではあるが、一々混乱せずすぐに慣れろ。報道も近日中に行われる。……では入ってこい」

 

 千冬嬢から呼び出しが掛かったので私はそれに従って扉の前に進む。自動扉は横にスライドして開かれ、私はそのまま教室の中へと入っていく。

 教壇の方へと進んでいく私の横から、押し殺すような声量でひそひそと会話が聞こえてきた。

 

「え?あれって……」

「編入生の紹介じゃなかったの?」

「どこかから迷い込んできたのかな?」

 

 少女達の反応は予想通り。皆困惑した様子を見せてくれている。

 こうして若い子達を驚かせるのは、最早年寄りの生き甲斐の1つなのでボルガ博士諸共お許しください!

 

 そんな彼女達の反応を受けながら、私はヒョイと教壇に飛び乗ると真耶ちゃんに目配せをして、紹介をお願いする。

 

「あっはいっ。えっと、信じられないかもしれませんけど……この子が織斑先生の話でもあったように、事情によってこの学園に緊急入学することになりました。それじゃあテオちゃん、自己紹介を」

 

 紹介ありがとう、真耶ちゃん。

 では騒がしくなる前に自己紹介をするとしましょうか。

 

≪初めましてお嬢さん方。私の名前はテオ、趣味は散歩と日向ぼっこ。これから宜しくお願いするよ。あぁそれと、見て通り……私は『猫』だよ≫

 

 数秒の沈黙。そしてそこからの……。

 

「「「「「えええぇぇぇぇぇっ!!?」」」」」

 

 ははは、素晴らしいリアクションだね。

 これから楽しくなりそうじゃないか。

 

 

 

―――続く―――

 




【名前】テオ
【種族】猫
【性別】オス
【年齢】11歳(外見年齢は6歳強)
【模様】黒
【外見の特徴】首輪が付けられている。また、腹部に小さな丸い傷跡が残っている。
 幼い頃に篠ノ之 箒によって拾われた猫で、篠ノ之家だけでなく飼い主の縁で織斑家のお世話になりながら平和に暮らしてきた。一夏、千冬、箒、束と仲が良く、特に箒と束からは家族として慕われている。
 束のIS発明によって篠ノ之家が重要保護プログラム対象者として一家が離散することになった際、当時小学4年生の箒を案じて彼女に同行。政府はペットの付き添いを渋ったが、箒自身の強い要望と束からの脅迫まがいのアプローチを受け、これを了承。数年間は箒と共に暮らす事となった。
 しかし箒が中学1年生の際、とある事件が発生。これによって箒と離れる事を余儀なくされ、以降は現在まで束の元で暮らしている。ちなみに箒とは年に数回だが人の目を盗んで会っており、再開がてらに束との姉妹仲を修復するべく手を打っている。
 とある理由により、ISを使うことが出来る。また、外見年齢もとある理由でIS使用開始時期(6才)とほぼ同じとなっている。
 今作では、学園の騒動を楽しみつつ、箒の恋路を応援するポジションとして立ち回る。


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第2話 箒ちゃんは愛すべき家族

 

 最初のHRは終了して、一限目前の休憩時間。

 

 教師の2人は教材の準備などで一旦教室から退室しており、この場には生徒しか残っていない。

 当然、教師が居ないこの場においては……。

 

「ねぇねぇテオくん?テオちゃん?どっちで呼べばいいか分かんないけど、ホントにIS使えるの!?」

「その前に、どうして喋れるの!?何かの手品っ?」

「というか、ISって猫でも使えたの!?女の子だけが使えるんじゃなかったの!?いや、織斑君は男の子だけど」

「肉球ぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 当然、質問の嵐が私に襲い掛かってくる。興奮を抑えきれないお嬢ちゃん達は私の皺っている教壇へグイグイと身を乗り出して来ている。

 私がHRで自己紹介をし終えた途端から彼女達は私に疑問を飛ばしてきていたのだが、千冬嬢の一喝によってその場は鎮圧。そのまま1限目が開始されるのだが、彼女達の視線は私や一夏少年にチラチラと降り注がれていた。あまりにもガン見していた子は出席簿の一撃で撃沈してたけど。

 

 で、漸く質問を許される時間が訪れ、私はクラスメイトの子達に言い寄られているのだ。千冬嬢も言ったようにこの場において私は相当なイレギュラーだろうから、解明したくなるのも無理はない。

 

≪君たち、落ち着きたまえ≫

「落ち着いた」

「凄く落ち着いた」

 

 やはりエースの言葉は偉大であった。キャーリューサーン。

 

≪これから3年間、共に勉学に励む間柄なんだ。そんなにせっつかなくても私はちゃんと対応してあげるとも≫

「やっぱり喋った!」

「しかもすっごい大人な対応!」

「こいつぁ精神的にも紳士だッ!」

「肉球ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 一度は落ち着いた場が再び熱を帯びだして周りの子達のテンションがアップ、燃え尽きるほどヒート。元気な子は嫌いじゃない、寧ろ好ましい部類だ。

 

≪質問にはキチンと答えてあげよう。だけどその前に身内に挨拶だけさせてもらえないかな≫

「あぁもうなんかヤバすぎて頭のキャパがオーバ……え、身内?」

≪そうそう。確か席は窓側に……おや≫

 

 そこへ行くべく窓側へ顔を向けようとした時、私の近くまでその少女は来ていた。

 その子は私の大切な家族であり、娘のような存在。小さい頃に家族と離れ離れになって、片想いの幼馴染と別れることになって、お偉いさんの監視や聴取を受けて。沢山辛い目にあったけれど、私の事を大切に想い続けてくれた、優しい女の子。

 

 私の死を望まず懸命に助けようとしてくれた……恩人であり、愛すべき子。

 

≪やぁ。正月以来だけど元気そうだね、箒ちゃん≫

 

 篠ノ之 箒ちゃん。

 

「あぁ、お陰様でな」

 

 凛とした振る舞いと顔立ちから発せられる芯の通った声。

 子供の頃から同い年の子達より大人びた雰囲気を出していた子であったが、高校生になってからますます磨きが掛かっている。先程も言ったように彼女と前回会ったのは正月だが、やはり中学生と高校生という変化だけでも違ってくるものだね。

 

「えっと……テオちゃんと篠ノ之さんって、知り合いなの?」

 

 おっと、周りの子達が戸惑っている。

 

≪あぁ、私は幼い頃に箒ちゃんに拾われてね。今日まで篠ノ之家や織斑姉弟で私の面倒を見てくれたのだよ≫

「へぇ~。篠ノ之さんってお堅そうなイメージがあったけど、猫を拾ってあげるってことは優しいんだね!」

「……あれ?というか織斑姉弟って……」

≪そう、そこにいる一夏少年と千冬嬢のことだよ。箒ちゃんと一夏少年は幼馴染みなんだ≫

「「「「「ダニィ!?」」」」」

 

 クラスメイトの視線は一斉に一夏少年に注がれる。クラス内だけでなく、私達の話を聞いていた教室の外の子達も驚いている。天井や床に潜んでいた子もビックリして姿を現した。えっ。

 

「ちょ、声掛けるタイミング探してたのに、なんか凄い注目されてんだけど!」

 

 少年も私に話がしたかったらしく、私が声を掛けて間もなく女子たちの群がりに加わってこちらに顔を見せてくれた。

 

≪あぁ、君とは本当に久しぶりだね一夏少年。しばらく見ない間に随分と男前になったじゃないか≫

「か、からかうなって」

≪からかいならまかせろー、バリバリ≫

「ヤメテ!」

 

 一夏少年とも、こうして喋るのは6年ぶりとなる。最後に彼と出会ったのは、箒ちゃんが束ちゃんの突然の失踪によって引っ越しをすることとなった、彼らが小学4年生の頃。

 織斑姉弟には私も世話になっていたけれど、私の飼い主はあくまでも篠ノ之家。私は箒ちゃんと同じく、一夏少年と別れる道を選んだ。

 

 一夏少年は私の褒め言葉をからかいと受け取ったようだが、私は本心であの言葉を贈った。

 かつては子供らしく幼さで可愛げがあったのだが、やはり男の子の成長というのは見違えて見える。この子も無事立派に育ってくれたみたいだね。

 

≪それよりも一夏少年、箒ちゃんとお話でもしていったらどうかな。あの子とも6年ぶりになるだろうから、色々と話したいこともあるんじゃないかい?≫

「箒と?どうせだったらテオも一緒に話さないか?」

 

 前言撤回。どうやら少年もこういう事に関してはまだまだ鈍いみたいだ。折角箒ちゃんと二人きりになれるチャンスを作ってあげるというのに、まったく。

 

≪いや、私はここのお嬢ちゃん方からの質問に答える約束だからね。時間は少ないだろうから、廊下で軽く話でもしてきてみるといい≫

「そうか、それじゃあ3人で話すのはまた後だな。なら箒、一緒に行こうぜ」

「あ、あぁ。分かった」

 

 一夏少年がテキパキと行動を起こし始め、箒ちゃんもそれに着いて行く形で二人は教室から出て行った。他にも何人かの生徒たちが忍んで二人の後を追いかけていくみたいだが、まぁ流石に割り込むような真似はしないだろう。

 

「ねぇテオちゃん、あの二人ってどういう関係なの?もしかして恋人?」

≪そうだったらどれだけ望ましかったことか……二人は幼馴染みという奴だよ。箒ちゃんの実家が神社で剣術道場を営んでいてね、その縁で二人は子供の頃から知り合いというわけさ≫

「そうなんだ……いいなぁ羨ましい」

「だよねぇ。織斑君と会話できるきっかけがあるなんて私たちには無いし」

≪クラスメイトなのだし、別にそこまで気負う必要はないと思うけどね≫

 

 一夏少年も動物園の見世物みたいな扱いをされるよりも、ちゃんとクラスの一員として接してもらった方が気が楽で嬉しいだろうし。

 

 動物園と言えば、昔動物園から脱走してた、パンダのロンロンくんは元気にしているだろうか。以前『暇つぶしに脱走してみた』といって動物園から逃げ出していて、偶然散歩をしていた私と出会って友達になったのだが。また逃げ出して飼育員を困らせているのだろうか。

 

「はいはーい私もしつもーん!テオくんって何で人の言葉を喋れるのー?」

≪ふむ、それは皆が気になっていた事だろうね。なにを隠そう、私は人間の言語の発声練習を毎日行っていてね、血の滲む努力を経てようやく言葉を喋れるように……≫

「何それすごい!」

「ニャー○だ!ニャ○スがここにいるぞ!」

≪……というのは冗談なんだがね≫

「「「「「ズコーッ!」」」」」

 

 私がジョークだと口にすると、お嬢ちゃん達はまるでコントのように一斉にズッコケた。打ち合わせもしていないのにこの連携、やはり素晴らしいノリを持っているねこの子たちは。

 

≪本当のことを言うと、私の首に掛かっているこの首輪のお陰だよ≫

「首輪?あっ、それの事ね」

≪これが翻訳の機能を果たしてくれていてね、しかも私が話す言葉だけでなく、相手の言葉も翻訳して所持者の私に聞こえるようにしてくれているんだ。日本語以外にも英語フランス語イタリア語ドイツ語中国語ロシア語etc.……他にも猫以外の動物の言葉も翻訳してくれる優れものさ≫

「何その便利道具」

「ニ○ースかと思いきやドラ○もんだったでござるの巻」

≪まぁ束ちゃんの発明品だからね。彼女もただの翻訳機を作るだけじゃ物足りなかったんだろうさ≫

 

 だってあの束ちゃんだよ?あの子が何の取り留めもない普通の発明品を作ったとなれば、明日は窓を開けた瞬間に世紀末の街並みが広がっているに違いないさ。いかれた時代へようこそ。

それぐらい有り得ない話なんだよ。

 

 そして私が束ちゃんの名を出した途端、案の定大半の生徒たちが何かを察したような表情になった。まぁ、私が篠ノ之家でお世話になっているって言ったし、気付くのも当然だろうね。

 

≪君達のお察し通りだよ。この首輪の開発者は篠ノ之 束、そしてさっきの箒ちゃんは束ちゃんの妹だ≫

「あの篠ノ之博士の妹さん……」

≪だけど箒ちゃんも家族のことで色々あってね……私が仲介をしたから恐らく大丈夫だとは思うけど、本人の口から話してくれるまであまりその辺りには触れないであげてくれないかな≫

「そっか、妹さんなら色々事情がありそうだもんね……うん、分かった。皆もそれでいいよね!Are everyone okay!?」

「「「「「Oh,year!!」」」」」

「Here we go!Let’s paaartyyyyyyy!!」

「「「「「yeaaaaaaar!!」」」」」

 

 うん、想像以上にノリが良いみたいだねこのクラス。独眼竜の筆頭にも余裕でついていけそうである。

 

 

 

――続く――

 



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第3話 英国淑女はおかんむり

 

「うぅ……さっきの一撃が猛烈に響く」

「自業自得だ。流石に私でもあれは擁護出来ないぞ」

≪必読の参考書を電話帳と間違えて捨ててしまっては、ねぇ≫

 

 一限目の授業が終わった後、私と箒ちゃんは自席で項垂れている一夏少年に対して冷ややかに言葉を浴びせた。

 

 一夏少年がこのような状態になっているのも、先程の授業が原因である。

 どうやら少年は入学前に読む必要があった、ISに関する参考書を古い電話帳と間違えて捨ててしまったらしく、千冬嬢からきつーい制裁を受ける羽目になったのだ。おかげで授業にはこれっぽっちもついていけず、先ほども言ったが千冬嬢からは出席簿による一撃を食らい、さらには再発行されることとなった参考書を一週間以内に全て暗記しろと申し渡されてしまったのだ。

 まぁ箒ちゃんの言う通り、今回の件は一夏少年の自業自得なのだけれどね。是非も無し。

 

「まったく、捨ててしまったことにすら気付いていなかったとは……」

「いや、まさかあんな分厚い本が必読だなんて思わなかったし……」

≪だとしても、だよ。それに千冬嬢は言ってなかったけど、ISに関する参考書を何の処理もせずに捨ててしまったのだから、反省文の1枚や2枚は覚悟しておいた方が良いかもしれないね。今頃学園の方でも捨てられた参考書の処置を検討しているだろう、万が一に誰かの手に渡ったら面倒だからね≫

「……誠に申し訳ございませんでした」

 

 すっかり一夏少年は反省しているらしく、更にガックリと俯いて机とキスを果たしていた。随分な落ち込みようではあるが、自分の所業と今後の事を想えば妥当な反応だと言える。

 まぁともあれ、これで少年も軽はずみにIS資料を捨てるような真似はしないでくれるだろう。反省文と千冬嬢の追加説教は避けられない運命だろうけどね。ウンメイノー。

 

≪そう落ち込むことは無いさ、少年。分からないことがあれば私も喜んで協力させてもらうから≫

「テオ……本当にありが――」

≪もちろん、可能な限りは自力で覚えてもらうがね。いきなり甘えるようだったら遠慮なくはっ倒すよ≫

「ハハッ、この人手厳しいや」

 

 何を言う、協力するだけでも十分に優しいじゃないか。あと私は人ではなくて猫だ。

 

 そんな風に3人で会話をしている、そんな時であった。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

 私たちの団欒に混じってくる少女が1人。

 金髪の長い髪に蒼い瞳。制服はアレンジを加えているようで、ベースがミニスカートである制服はドレスのような長さに仕立て上げられている。袖元も手が加わっているようだが、特に見栄えた特徴はやはりドレス部分か。

 パッと見、お人形のような印象を受ける子である。

 

「んあ?」

「まぁ、何ですのそのお返事は?折角このわたくし自らが声を掛けて差し上げたというのに、声を掛けられただけで幸運だということをもっと理解してほしい所ですわね!」

 

 金髪のお嬢さんは一夏少年の反応が気に食わなかったようで、顔を顰めながら彼に苦言を向けている。

 

 しかし少年は、特に悪びれる様子も無いまま口を開き……。

 

「悪い。俺、君が誰だか知らないからさ」

「私を知らない!?セシリア・オルコットを、イギリスの代表候補生にして入試主席のこのわたくしを!?」

 

 更に反感を買うようなことになってしまっている。金髪のお嬢さん――セシリア姫は有り得ない物を見るかのように一夏少年と対峙している。

 

 その光景を見ていた箒は、私に顔を近づけて小さく声を掛けてきた。

 

「なぁテオ、あのセシリアという者は一体……」

≪ふむ。オルコットの名前は聞いたことがある、確かイギリスの名門貴族だった筈だよ。名門貴族ともなればISの搭乗優先度は一般人よりも幾分か高い筈だから、代表候補生として名乗りを上げるのも納得だね≫

 

 もっともIS学園関係者でもない一般人ではたとえ女性でもISに乗れる機会は訪れないだろうし、彼女は与えられた機会を見逃さずに勝ち取ったということになるだろうね。例え貴族だからといって乗ることが出来ても、生半可な操縦レベルでは代表候補生として名を馳せることは出来ないだろう。その辺りについては、彼女がどれだけ努力を重ねたのかが窺える。

 ちなみに箒ちゃんは束ちゃんの妹という立場だけど、入学までISに乗る機会が何度かあったけどどれも切って捨てていたらしい。その代わり、知識は十分頭に叩き込んで来たそうだ。

 

 すると、一夏が私に対して声を掛けてきた。

 

「なぁテオ」

≪なんだい?≫

「代表候補生って…………なんだ?」

 

 その瞬間、箒ちゃんやセシリア姫だけでなく周囲にいたクラスメイトたちまでもがズッコケてしまった。やっぱり周りも気になっていたのね。

 

 どれ、今回は少年の助けになってあげようではないか。

 

≪やれやれ。ちょうどいい、少年よ。先ほどの授業で使ったデータから検索を掛けて見なさい、代表候補生とね≫

「おう、分かった」

 

 そう言って一夏は机のモニターに触れると、何度か画面を指で触って動かしていく。

 ある程度動かしていると、一夏は私が指示した物を見つけたらしく『おっ』と軽く声を漏らした。

 

「見つけたぜ。これでどうするんだ?」

≪代表候補生というワードが資料の中に入っていただろう、その単語を長押しするとその言葉の詳細が閲覧できるようになるんだよ≫

「へぇ、どれどれ……」

 

【代表候補生】

 代表候補生とは、IS所持国家各自において自国の判断によって取り上げられるIS操縦者の代表者【国家代表】の候補員として席を設けられた者のことを指す。

 国家代表、代表候補生。双方ともIS操縦者に対して十分なIS知識とIS技術を要求しており、名を得るには生半可な鍛錬及び勉学では決して叶うことは出来ない。IS操縦者としておおむね満足のとれるレベルに達して、初めてそれらの名を得る機会が与えられる。

 また、代表候補生に対しては基本的に【専用機】の所持が容認されている。

 

 ……といった内容が、一夏の机の画面に表示されるようになった。

 

「へぇ~、ISの設備ってかなり充実してるとは思ってたけど、こんなことまでできるんだな」

≪私も入学の際に千冬嬢に教わってね、教員の数も限られているし個人で自主学習できるための配慮なのだろうね。まぁそこに載っている通り、代表候補生とは国家代表の卵、いわゆる優等生というやつだよ≫

「そう、その通りですわ!優等生、つまりは数多くの者達から選ばれたわたくしはエリートと呼べる存在!そんな超エリートなベジータ様、ではなくわたくしと同じクラスになるというだけでも、奇跡と呼ぶに相応しいのですわ!その辺りをもう少し自覚していただけませんこと?」

 

 そう言ってセシリア姫はジト目でズイッと一夏の元に顔を近づけた。あれほどの美少女が迫っているというのだが、対する一夏少年の反応はいつも通り。

 

「そっか、それはラッキーだ」

「……馬鹿にしていますの?」

 

 セシリア姫の眼光が刺々しくなる。一夏少年の返答が気に食わなかったという事がよく分かる反応だ。

 

 まぁ、一夏少年はビッグネームを背負った千冬嬢の弟とは言え、生まれ育ちの境遇にはセシリア姫のような貴族は関わってこなかっただろう。だから貴族階級の感覚はまったく理解できていないとみていいかもしれない。

 

 さて、もう少し二人のコントを見ていたかったがそろそろ時間か。

 

≪横から失礼させてもらうよ、ご両人≫

「テオ?」

「あなたは……お猫さん?」

 

 私が言葉を挟むと、飄々としていた一夏少年と彼をきつく睨みつけていたセシリア姫は揃ってこちらに顔を向けてきた。

 

 私はそのまま言葉を続ける。言葉を向けた先は、セシリア姫だ。

 

≪先ずは私の知人が君の反感を買うような真似をしてしまって申し訳なかった、セシリア・オルコット嬢。ここの彼はどうにも育ちの関係で英国の文化には疎くてね、加えて慣れない環境で少々緊張しているのだ。次の対話では出来る限り君の居心地を悪くするような言葉を選ばぬよう、私の方で英国のマナーを教授させておく故、この場は君の寛容さを以て仕舞いとさせてもらえないだろうか?予鈴もそろそろ鳴るだろうしね≫

 

 と、私が言葉を締めくくった瞬間にチャイムが鳴った。次の授業の開始合図だ。

 

「え、えぇ……わかりましたわ。色々と思う所はありますが、この場はこの紳士的なお猫さんの対応に免じて引いて差し上げます」

≪寛大なる処置に感謝するよ、オルコット嬢≫

「……そこいらの男性より遥かに出来ていますわよ、このお猫さん」

 

 長生きして経験を積んでいるのは伊達ではないからね。

 

 セシリア姫はフイッと顔を背けると、踵を返して自分の席へと戻っていった。予鈴に逆らって席から離れたままでは、千冬嬢の制裁が下るから仕方がないね。

 

「テオ、私たちも席に着こう。では一夏、また後でな」

「あぁ。テオもさっきはありがとな」

≪なに、気にしなくてもいいさ。君は次の授業に一生懸命ついていくことを考えていなさい≫

「うっ……」

 

 苦笑いを浮かべる一夏少年を背に、私と箒ちゃんは自分の席へと戻っていった。

 ちなみに私の席は箒ちゃんの前にあって、こじんまりとした机椅子を用意されている。本来であれば生徒には先ほどの一夏少年と同様に立体モニター付きの机椅子が用意されており、わずかではあるが予備で同じものが後方に設備されている、これは万が一転入生が現れた際に数に困らない様にするための対策だ。

 だが私は猫だ。物書きが出来ないから彼等のような無駄に大きな机を貰っても昼寝をする以外に利用価値が見つからないので、最新素材仕様を使っている皆とは違ってごく普通の机椅子を使用させてもらっている。

 そもそもこの学園で学ぶ内容は殆ど束ちゃんの傍にいた時に学んでいるから、要らないという。私は一夏少年と箒ちゃんの指導と交流を束ちゃんから依頼されて来ているんだし、学業に関してはそれなりの余裕を持っていなければならないからね。

 ……それなり?

 

「ところでテオ」

≪なんだい?≫

「先程のセシリアへの対応は、どこで学んだのだ?」

≪束ちゃん達と一緒に見たアニメ≫

 

 案外、アニメというのも馬鹿には出来ない。人によっては知識を吸収しやすい手法になるし、情報誤差を見極めれば娯楽を感じながら沢山の知識を得ることが出来るからね。

 余談で束ちゃんは好き嫌いが激しいけど好きなアニメはとことん好きだったし、クロエお嬢ちゃんは執事やメイドが活躍するアニメが好きだったかな。それを見て自分の作法に取り入れようと頑張っている姿は可愛いの一言に尽きる。

 

 

 

――――――――――

 

 その後の授業に於いて、真耶ちゃんからクラス代表を決めるという話が上がってきた。

 クラス代表というのは名前の通りで、クラスに関係する雑用やらなんやらを請け負ったり、クラスから選出された者として特定のイベントに出場したり等、幅広く行動をする立場にあるのだ。

 まぁ所謂責任者と言うか、面倒な役だ。

 

 真耶ちゃんは意見を生徒たちから聞く前に、私がクラス代表になることは出来ないという旨をクラスの子たちに伝えてくれた。何せ私は猫なので、人間だからこそ出来る業務等が発生すれば私はてんで役に立たなくなってしまう、筆記とか運搬とか。

 そのことを真耶ちゃんから説明されたクラスのお嬢ちゃん達は、一部残念そうな表情をしながらも納得はしてくれた。やっぱり、私を代表にする気だった子がいたのね。

 まぁ、その代わりに補佐として立ち回ることになってしまったが。発案者の千冬嬢も、私のIS歴を承知しているからそういうことにしたのであろう。年寄りは若者の道標になれ、と。

 

 そしてクラスの皆が推薦したのは、一夏少年だった。

 

 しかし、それに対して大いに不満を漏らす子が一人だけいた。先程のセシリア姫である。

 姫は一夏少年がクラス代表になることを強く反対し、そこから少年がクラス代表に相応しくない、自分がクラス代表になるべきだと力強く主張し始めた。言葉の中には日本のことを侮辱するような発言もあって危なっかしかったが、彼女の弁は一人の言葉によって打ち止められた。

 

 千冬嬢だと思った?残念、一夏少年でした!

 

 そこから二人は何度か怒りを帯びた言葉をぶつけ合うと、一触即発の空気を漂わせながら睨み合いを行った。日本を侮辱したセシリア姫と、それに対抗してイギリスを侮辱した一夏の間には、火花が弾け飛ぶ光景すら見えそうだった。

 

 二人の雰囲気に気圧されてあわあわと狼狽える真耶ちゃんを横に、千冬嬢はそんな二人に対して提案を行った。

 

「ならば二人で決闘をやれ。日にちは一週間後、場所は第3アリーナ、勝った方がこのクラスと代表となる。それで異存は無いな?」

 

 千冬嬢の提案に対する二人の反応は、悪くは無かった。

 寧ろどちらも戦うことに関しては賛成のようで、お互いにいやらしい笑みを浮かべている。

 

「構いませんわ。もしも手を抜くようなことをすれば貴方を小間使い、いえ奴隷にしてさしあげますわ!」

「あぁいいぜ。真剣勝負に手抜きなんてしないし、絶対に勝ってやるけどな!」

 

 若い者同士が競い合う姿はいつ見ても青くて見守り甲斐がある。一夏少年は元から熱い性があったけど、セシリア姫もああ見えてなかなか情熱的とみた。

 

 おっと、そう言えば千冬嬢に聞いておきたいことがあるんだった。

 

≪織斑先生、少しよろしいですかな≫

「なんだ、テオ」

≪一夏少年のISについてですが、恐らく専用機が支給されるのではありませんかね?あくまで小耳に挟んだ話ですが≫

「(……束か。一体どこから嗅ぎつけて来たんだか)」

 

 ほんの僅かだけど、千冬嬢が顔を瞬間的に顰めたのが見えた。彼女の頭に浮かび上がった人物は……まぁ言わずもがなあの子だろうね。流石束ちゃん、略してさすたば。

 

「あぁ、そうだ。支給されるのは今日からちょうど一週間後、お前たちの決闘の日に倉持技研から送られてくることになる」

≪そこで1つ提案なのですが……2人の決闘の前に、前座として私に彼等とそれぞれ試合をさせてもらえないでしょうか≫

「ほぅ……一応理由を聞いておくとしようか」

 

 千冬嬢は面白そうに口元を綻ばせて、私の言葉に耳を傾けようとしている。

 彼女ももう私の思惑を理解しているだろうが、ここにいるみんなに説明しろということだろうね、この笑みは。

 

≪少年に専用機が送られるという事は、恐らく最初は最適化処理(フィッティング)初期化(フォーマット)から始めることになってしまうでしょう。万が一専用機の配送が遅れてしまえば、一夏少年は一次移行(ファースト・シフト)に移る前に戦う羽目になるやもしれません。そうなってしまうといかに少年の専用機のスペックといえども、代表候補生であるセシリア姫に勝つ可能性は極端に減ってしまうでしょう≫

「最適化処理?初期化?一次移行?……地球の言葉か?」

「お前は黙って聞いていろ。テオ、続きを話せ」

≪了解。そこで一夏少年とセシリア姫が戦う前に、私が一夏少年の一次移行を終了させるまでの試合を行います。もしも運送遅延が発生した場合と、少年の戦術が私の試合でセシリア姫に知られることを踏まえて、姫も同様に私と試合を行い、互いに相手の戦術を知ることが出来るようにする。これでフェアとなるでしょう≫

「なるほどな。私はアリーナの使用時間を調整するだけだから構わんが、お前達はどうする?」

「わたくしはお猫さんの提案でも構いませんわ。何の準備も出来ていない者から勝利したところで、何の自慢にもなりませんもの」

「俺はよく分かんないけど……テオがそうした方が良いっていうことなら、それでいいぜ」

 

 こうして、一夏少年VSセシリア姫の前哨戦として私が二人と試合を行うこととなった。

 今の若人がどれだけ頑張れるか、不肖ながらこの老猫が見極めさせてもらうとしよう。

 

 

 

―――続く―――

 



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第4話 作戦名:一夏少年を鍛えよう大作戦

 昼休み。

 この時間になると学園の皆は食事を取り始めるようになり、各々の手段で昼食にありついている。とある子は持参した弁当やパンを教室で、とある子は食堂で、とある子は購買で、といった具合である。

 

 ちなみに私は現在、食堂へと向かっている。

 どうやら私の食事は学園の方で猫向けの餌を各種用意してくれるらしいので、それらが備えられているという食堂に足を運ぶことにしたのだ。

 一夏少年と箒ちゃんも私と同様に食堂で食事をとるらしく、共に同じ場所に訪れていた。

 

「ねぇ、あれが噂の男子のIS操縦者?」

「ホントにこの学園に入学してたんだ……声掛けてみようかな」

「あれ?あの猫は?」

「あんたまだ聞いてないの?なんかあの猫もIS操縦者らしいわよ」

「嘘だっ!!」

「いや嘘じゃないって、気持ちは分かるけど。あれ、なんでこんな時期にひぐらしが……」

 

 周囲の女子生徒達がヒソヒソと話をしているのが聞こえてくる。視線は合わせまいとしているようだが、チラチラと見てきているのが分かりやすいことこの上ない。

 

 それにしても、やはり一夏少年と私は注目を集めてしまっているね。これでは一夏少年もお忍びで食事を取るなど叶いそうにないだろう。私が言えた義理ではないけどね。

 一夏少年は周囲の視線と話し声が気になってしまっているようだが、まぁその辺りは慣れだよ。慣れ。早く周囲に溶け込むに越したことは無いさ。

 

 そして私は売り子を行っている割烹着の女性がいるカウンターまでたどり着くと、ひょいと飛び乗って女性に声を掛けた。

 

≪ご婦人、ここで私の食事が管理されていると聞いているのだが≫

「おやおや、ホントに喋るネコちゃんみたいだねぇ。先生さんから聞いた時は耳を疑ったけど、目の前で喋られちゃあ信じるしかないだろうさね」

≪ここには長くお世話になるだろうから、今後ともよろしくお願いするよ≫

「あぁ、よろしくねネコちゃん」

 

 割烹着の女性は人当たりの良さそうな笑みを浮かべながら、私の頭を撫でてきた。

 婦人は生徒たちとは二回りくらいは歳が離れているようだが、その笑顔は明るかった。やはり女性の笑顔というのはいつまでたっても衰えないものだ。古事記にもそう書いてある。

 

 というわけで、私は見せられた猫用のメニューの中からドライタイプのキャットフードを注文した。今日はそういう気分だったので。

 

 割烹着の女性は後ろで調理を行っていた作業員に声で指示を与えると、その内の一人が後方の倉庫らしき場所からキャットフードの袋を持ってきた。そしてそれを定番の猫用の皿に盛りつけると、お盆に乗せた状態で私の前に置いた。

 よく見ると、キャットフード以外にもお盆に皿が乗せてあり、中身は蒸かしたサツマイモを切り崩したものであった。

 

 私がそこに視線を向けていると、割烹着の女性がニカッと笑いながら答えてくれた。

 

「あぁ、それはあたしたちからのささやかな入学祝いだよ。これからも遠慮なくこの食堂を使っておくれよ?」

≪おやおや、これは何とも嬉しいサプライズだね。ありがとうご婦人、他の人たちにもよろしく伝えておいていただけるかな≫

「お安い御用さね。ところでどこに座るんだい?必要なら誰かに運ばせてあげるけど」

≪いや、心配はいらないよ。これくらいなら私でも持てるからね……ほい≫

 

 そう言うと私はお盆を頭の上に乗せて、バランスを見極めて安定させる。

 

 その瞬間『おぉー』という感嘆の声が周囲から現れ、中には『可愛いー!』と評価してくれる声も聞こえた。

 篠ノ之家でお世話になっていた頃からこういった一芸を身につけてきており、今回はその一端を披露してみせた。しかしこうして大勢の前で披露するのは初めてだったから、こういう反応をされると少々照れてしまう。

 

 一夏少年と箒ちゃんに先に席を確保しておくと断っておき、私は比較的空いている席を見つけるとそこにジャンプする。そして身体を上手く動かして、頭の上の御お盆をテーブルの上に乗せた。中身を零すことなく、正確に。

 そうすると、再び先ほどのような歓声が食堂内に拡がる。ふふふ。

 

 盆を置いてから少し待っていると一夏少年と箒ちゃんもそれぞれ食事を持ってきて、私の傍の席に座ってくれた。

 

≪さて、食事を取りながら今後の方針を定めて行くとしようじゃないか≫

「方針?何のだ?」

「一夏……まさかお前は何の対策もせずセシリア・オルコットに挑むわけではないだろうな」

「…………そ、そんなことないぜ?」

 

 語尾がうわずっているよ、少年。

 

 そう。私の言う今後の方針とは、一週間後に控えているセシリア姫との勝負に備えて一夏少年を鍛え上げることである。

 

 まず言っておくと、少年がこのまま何もせずにセシリア姫と戦うような真似をすれば、十中八九負けてしまう。

 一夏少年は受験会場を間違えた際にISに触れて以降、ISを起動させたことは一度も無いという。謂わば素人、ぺーぺーというやつである。実力未知数と言えば聞こえはいいが、駆け出しでは期待するべきじゃない。

 それに対して、これから彼が戦うセシリア姫はイギリスの代表候補生と言う肩書きを背負っている。当然ISの稼働時間は一夏少年より上どころか、並の生徒ですら上回っているに違いない。そして稼働時間に比例して実力も有すると踏まえれば……あとは言わずもがなというやつだ。

 

 だからこそ、一夏少年にはこれから懸命に頑張ってもらう必要がある。

 付け焼刃と言われようとも、可能な限り技術と知識を叩き込んで少しでもセシリア姫の実力に近づかなければならないのだ。

 

≪先に言っておくと、この一週間はISの訓練機を使った練習は期待出来ないと思ってくれたまえ≫

「……はぁっ!?それってつまり、ホントにぶっつけ本番でISを動かす事になるってことかよ!っていうかなんで!?」

≪どうやら入学前に訓練機の練習を予約していた子がごまんといたらしくてね。流石に前もって予約した子を跳ね除けて練習するのはその子達に可哀想だろう?決闘が終わった後も暫くは使えないかもしれないね≫

 

 まぁ、一夏少年を売れば快く譲ってくれる子がいると思うが……この場では言わないでおくとしよう。

 

「マジかよ……ちなみに箒は入学する前に予約はしたのか?」

「あぁ、正月に会った際にテオがあらかじめ忠告してくれてな。私もなるべく早くISに慣れておきたかったから、予約しておいたんだ」

 

 それを聞いた瞬間、一夏は狙いを定めたハンターのように目を煌めかせながら箒に詰め寄り出した。

 

「じゃ、じゃあ!もし良かったら、決闘の日まで俺にも訓練機を使わせてもらえないかな~って……」

「……残念だが、私に回ってくるのは来週末、つまりお前達の試合が終わってからになる」

「oh……」

「仕方がないだろう、ISに乗れるというのはここに通っている女子生徒達の憧れであり、目標でもある。正月に頼んだ私の番が来週末で済んだのも、正直運が良かったのだ」

 

 箒ちゃんも言ったようにISに乗れるというのは女性にとっては憧れだ。女の子は大体小学校の時にISの学習を始めるらしいけど、ISを専攻してなおかつ学校で使えるのもここだけだし。

 随分と早く予約をしてまでISに乗りたかった子もいるとなると、なかなか熱心で微笑ましく思える。

 

 箒ちゃんに可能性を求めていた一夏少年はその希望を打ち砕かれるや否や、ガクッと肩を落としてしまった。リアクションが忙しないのは子供の頃から変わらない、と。

 

「はぁ、ISに乗って練習出来ないとなるとどうすればいいんだか」

≪そうだねぇ……まぁISには乗れないけど、練習の一環となる方法は一つ知っているよ≫

「え?そんな方法あるのか?」

≪あるさ。ただしそれには箒ちゃんの協力が必要なんだが、どうする?≫

 

 そう、何もISに乗るだけが操縦者の鍛錬になるとは限らないのだよ。

 

 そもそもISというのは飛行機や自動車などのようなものではなく、あくまで装着者の身を助ける為の強化スーツと考えた方が割かし当て嵌まっている。授業でISの調整に疑念を抱いた生徒に対して、真耶ちゃんも『ISは乗り物ではなく、あくまで自分のパートナーとして見ると良いかもしれません』と答えてあげていた辺り、熟練者はその辺りを確りと出来ているのである。

 確かにISは現代最強の兵器と謳われている通り、強力なスペックを誇っている。しかしそれを生かすも殺すも、結局のところは使用者の腕次第となる。

 ISが自身を強化する為のアーマー。それはつまり、自分の肉体を鍛えていけばIS自体の能力とはまた別に強くなれるという理論も生まれるのだ。武士の世界に置いて業物の切れ味を最大限に引き出せるのは達人の域に達する者という例を考えてみると、ISも使用者のスペックによって左右されることが考えられるだろう?

 ISに乗る事が出来ないなら、その分勉強をして知識を深める。それも大いに結構だ。しかし少しでも強くなれる道筋があるのであれば、それを辿ってみるのも成長期の若者の特権だと私は思っている。

 

「箒、迷惑にならなかったら頼む」

「ふむ……心得た。幼馴染みのよしみとして、ここは協力してやろう。……決闘までの経緯は少々不純というか浅慮というか、まぁ今は棚に上げておこう」

「あぁ、ありがとな箒!」

 

 少年の笑顔に応えるように、フッと柔らかな笑みを浮かべる箒ちゃん。

 そんな彼女の返しに頼もしさを覚えたのか、ますます笑顔を強める一夏少年。

 

 青春してるねぇ。

 

 ちなみにその後、3年生のお嬢さんが一夏少年にISの指導を自分が務めようかという提案をしてきたが、二人にあっさり断られてしまって気の毒に感じてしまった。すまない。

 

 

 

――――――――――

 

 放課後、私と一夏少年と箒ちゃんは昼休みに私が提案したISの特訓を行うべく、剣道場に訪れた。

 剣道場の使用は学園教師と剣道部員の許可が同時に必要になるのだが、箒ちゃんが入学の際に剣道部に入部したことが幸いし、スムーズな流れで剣道場を使用することが出来るようになった。

 

 私はそこで箒ちゃん達に剣道の試合を行うように指示を出した。

 単なる余興とかではなく、これこそがISの特訓に繋がる行為なのだ。

 

 この学園で用意されているIS訓練機は2種類存在し、1つは量産機の世界シェアが第2位で日本製のIS【打鉄】。もう一つは打鉄に次いで世界3位のシェアを誇るフランス製の【ラファール・リヴァイブ】である。

 この内の打鉄には装備の一つに近接戦闘用ブレード【葵】が搭載されており、この装備の訓練は剣道の要領で行われることが多いと千冬嬢から事前に聞いている。つまり、あらかじめ剣道に通じている箒ちゃんなどは、他の人よりも遥かにこの装備を使いこなすことが出来ると言えるのだ。

 まぁ、私は白式の仕様を知っているからむしろ理由はこちらの方にあるんだけど。白式に遠距離武装は無いし、刀1本だからね。

 

 で、二人に試合を行ってもらったのは良いんだけれど。

 

「……これは、想像以上に酷いな」

 

 箒ちゃんの呆れたような眼差しが、床に尻餅を付けている一夏少年に向けて降り注がれている。

 

 先程まで行われた試合の様子はというと、開始から突撃を仕掛けたのは一夏少年。スピード感のある身のこなしから一気に箒ちゃんとの距離を詰め、竹刀を大きく振るった。

 が、彼の竹刀が箒ちゃんに届くことは無かった。何故ならば間合いの取り方も竹刀を振るキレも、昔最後に見た時と比べて悪くなっていて、大会2連覇を果たした箒ちゃんからすればいなすのは容易いからであった。

 

 箒ちゃんは一夏少年の攻撃を防ぐと、その隙をついて迅速に反撃を行い、少年に面打ちを決めてみせた。

 言ってしまえば、箒ちゃんの圧勝であったのだ。ニャンということだ。

 

「一応聞いておくが、中学の頃は部活はどうしていた?」

「いやぁ、俺中学の頃は帰宅部だったからさ」

「帰宅部、か」

「おう、3年間皆勤だったぜ!」

 

 そう言って爽やかな顔でVサインを見せつける一夏少年。

 

「……そうだな。お前の家庭事情を考えれば、その方が良かったんだろうな」

 

 その反面、箒ちゃんの表情には陰りが生まれる。

 

 一夏少年には両親がいない。彼に物心がつく前から両親は行方を眩ませており、以降は姉の千冬嬢と2人で暮らしてきた。よく篠ノ之家が彼等を招いて一緒に食事をする機会もあったが、千冬嬢が真面目なのでそれに甘え切りにならず、篠ノ之家の一家離散が起こるまではある程度の線引きを続けていた。

 一夏少年はよく『千冬姉の助けになりたい』と語っていた。だから中学生になった少年は家庭の事情故にアルバイトの許可が下りて、家計を支える為に3年間労働に励み続けたのだろう。この少年は考えていることは割と顔に出ているので、バイトをしてたというのは彼の性分も踏まえてなんとなく察しが付く。

 

 そして、箒ちゃんも一夏少年の事情を察したからこそ怒れなかったのだろう。

 例え自分と彼の繫がりである剣道が片路の想いで切れていたとしても、しょうがないことだと。

 

「……とにかく、お前が3年間でどれだけ剣の腕を鈍らせたのか理解できた。これからは殺すつもりで容赦なくビシバシ鍛えていくぞ」

「いや、その、優しく無理のないように教えてくれると嬉しいかな~って」

≪諦めも肝心だよ、少年≫

「救いは、救いは無いんですか!?」

 

 無いね。

 

 まぁ箒ちゃんも物騒なことをいっていたけれど冗談の類いだから、取り敢えず殺される心配だけはしなくても大丈夫だろう。厳しい指導は不可避だが。

 

「受けてみよ一夏、中学時代の先輩から教わった、その先輩の居候が会得しているという飛天御剣流の技を!」

「そこは篠ノ之流の技を使うんじゃないの!?しかもどこかで聞いたことのある流派なんだけど!?」

「問答無用!奥義、龍槌閃!」

「ちょお、ホントに死ぬぅ!?」

 

 死ななければ安い。しなやすしなやす。

 

 

 

―――続く―――

 



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第5話 【銀雲】

 一夏少年の特訓の日々はあっという間に過ぎて行き、ついに一夏少年VSセシリア姫の決闘当日を迎えた。

 

 現在、アリーナの観客席は生徒達で賑わっている。

 二人の決闘は授業が終わった後、つまり放課後に割り当てられており、今回は私が二人の相手をそれぞれ行うという頃で、千冬嬢が多少余裕のある時間で場所の使用許可をもらったらしい。感謝。

 放課後なので授業では無いため、見学は個人の自由である。が、世界で唯一ISを動かせる男性とオスが試合をするということに皆は興味津々のようで、学年を問わず様々なお嬢ちゃん達がやってきている。

 

 いやぁ、客寄せは中々大変そうだね。

 

『言っておくが、お前の姿を見ようと湧き上がっている生徒も大勢いるからな。これが織斑一人だけの騒ぎとは思うなよ』

≪ですよねー≫

 

 まぁ、知ってた。

 

 アリーナが生徒で埋まっている一方、私たち出場者はピットにて決闘の準備を行っている。

 私と一夏少年と箒ちゃんの3名はアリーナ観客席ではなく控室で待機をしており、セシリア姫は一夏少年相手側の控室で待機している事であろう。

 

 これから始まるステージを目前にして、一夏少年は顔を強張らせている。肩にも力が入ってしまっており、少しだけいつもより持ち上がっている。これほど大勢の人の前に出ることが無かっただろうから、さすがに緊張しているんだろう。

 だが、まだ公衆の面前に出ていないのにその様子では、アリーナの歓声を受けた瞬間に倒れてしまうかもしれないよ?

 

「うぅ、結局ISに乗って練習出来なかった……本当にこれで戦うのかよ」

「シャンと構えていろ一夏。ISに乗れなかった分、やれるだけの事はやってきただろうに」

≪箒ちゃんの言う通りだよ、少年。箒ちゃんが剣道を通して身体のキレを取り戻させて、私が特別授業である程度知識を与えてあげたんだ。専用機のことといい、こんなに尽くしてくれるなんて君は間違いなく恵まれているのではないかな?≫

「……あぁ、その事に関しては二人には感謝してるよ。本当にありがとな」

 

 先程まで緊張した顔つきの一夏少年であったが、私達に向けて爽やかな笑顔でお礼を言ってきた。こういう無意識なイケメンっぷりが、世の女性のハートを掴んでいるんだなぁと再確認させられる。私もメスだったら案外トキメいていたかもしれないし。なんてね。

 

「礼ならば勝った後にでも受け取ろう。今は勝利することに専念していろ」

 

 イケメン顔負けのクールな笑みを浮かべながら、箒ちゃんはそう言ってのけた。以前までの箒ちゃんだったら一夏少年のスマイルを向けられただけで赤面していただろうに……成長したね。ただ赤くなった可愛らしいテレ顔が見れなくなったのは寂しくもあるテオでしたとさ。

 

≪まぁセシリア姫と戦う前に私がほぐしてあげるんだから、無理に気負う必要も無いよ。私もちゃんと手加減をしてあげるから、多分≫

「多分!?全力で仕留めに来る可能性が潜んでんの!?」

≪私も歳を取ったとはいえやんちゃは好きだからね。うっかりガチになってしまうかもしれないね≫

「俺、そうならないように祈ってるわ」

≪叶うといいね≫

「他人事みたいに言っておくけど、テオ次第だからなそれ!?」

 

 などと少年の緊張ほぐし4割、私の愉悦6割によるトークが繰り広げられていた、その時であった。

 

『き、来ました!織斑くん、聞こえていますか!?織斑くんのISが来ました!』

 

 管制室にいる真耶ちゃんが、焦りの含んだ声色で一夏少年に伝えてきた。彼のISの到来を。

 

 真耶ちゃんの言葉の直後に、搬出口から彼のISである【白式】が姿を現していく。私も束ちゃんから話でしか聞いたことが無かったけど、随分かっこいいデザインになっているじゃないか。羨ましい。

 

『織斑、直ぐに準備を始めろ。テオも先にアリーナに行って準備を整えているように。織斑がアリーナに入ったら直ぐに試合を始めるぞ、アリーナを使用する時間も限られているからな』

≪了解です。では一夏少年、一足先にステージで待っているよ≫

「あぁ、俺もすぐに行くぜ」

 

 彼が自らのISに向かっていくのを見送ってから、私もステージへと向かうべく足を進め始める。

 

「テオ」

 

 その直後、箒ちゃんに声を掛けられたので、立ち止まって彼女の方に顔を向ける。

 

「……頑張ってくれ」

≪うん、ありがとうね≫

 

 勝ってくれ、ではなく頑張れ……ね。

 箒ちゃんにとってはどちらも見知った間柄だから、やはりどちらかの勝利を願うのは難しいかな?それとも一夏少年には勝て、とちゃんと言ってあげるんだろうか。

 もしそうなら幸せ者だぞ少年、はっはっは。

 

 アリーナへ入った瞬間、甲高い歓声が盛大に響き渡る。

 

「キャアアアァァァ!!ホントに猫が出て来たわぁぁ!!」

「可愛いぃぃぃ!!」

「抱かせて!!いえ、寧ろ抱いて!!」

「離せ!私はモフモフしに行くんだ!この手を離せ!」

「テオくーん!がんばれ~!」

 

 中々にカオスな発言も飛んできている。1組の子は私と面識があるからか、単なる歓声よりも名指しでの応援が聞こえてくる感じだ。普通に嬉しい。

 

 歓声飛び交うアリーナの中、私は悠々と中央に向けて歩いて行き、アリーナ中央付近に辿り着くと一夏少年の到来を待つ。

 

 そして間もなく、一夏少年が白式をその身に纏いながらアリーナに姿を見せた。ISに搭載されている飛行ユニット【カスタム・ウイング】で空中移動を可能としている今の彼は、それを使って入り口から勢いよく飛び出してきた。颯爽、と言うには少々覚束なく見えたのは不慣れだから仕方がない。

 しかしそれとは関係なく、私が入って来た時に負けない程の歓声が飛び交う。やはり彼もこの学園では珍しい部類として扱われている事に変わりはない。

 

 勢いよく飛び出してから暫く飛び回っていた一夏少年であったが、飛んでいる最中に制御のコツを掴んだようで、その機体を止めることに成功した。

 

「よう、待たせたな」

≪なに、殆ど待っていなかったよ。……さて、始めるとしようか≫

 

 【銀雲(しろぐも)

 私は首輪の形で待機状態になっている相棒を呼び起こす。首輪が光り輝くと共に私の身体を一瞬だけ包み込み、光が晴れたその時、私のISの姿が衆目に晒される。

 

 その色は、太陽で輝きを増す銀。

 機械的な素材で私の身を顔以外覆い隠す、西洋騎士を思わせる全身装甲型(フルスキン)の機体。

 背にはしな垂れた小さな翼が一組。

 後ろには滑らかな曲線を描いた機械の尻尾が一本。

 

 これが私のIS、銀雲だ。

 

「それがテオの……ガッチリ着込んでてカッコイイな」

≪おや、ありがとう。そういう少年のISこそとても似合っているよ、私みたいに顔を隠していると勿体無かったから、やはりそっちの方が丁度いいね≫

「何が勿体無いんだ?」

≪少年に理解してもらう期待はしてないから、気にする必要は無いよ≫

「なんか、サラッと酷いこと言われたような気がするんだけど!?」

 

 気のせい気のせい。

 

 さて。

 こういう場で世間話というのも悪くは無いが、そろそろ試合を始めた方が良さそうだ。千冬嬢が先程言っていたように、アリーナを使える時間は限られているのだから。

 アリーナの使用終了時間までに彼の一次移行完了とセシリア姫との試合、そしてメインである二人の試合をこなさなければならないのだ。駄弁ったせいで時間が押してしまい間に合わなかったとなれば、間違いなく千冬嬢の鉄拳がお見舞いされるに違いないだろうからね。一夏少年に。

 

「それじゃあ早速始めようぜ、テオ。やるからには勝つつもりで行かせてもらうからな」

≪ははは、随分と頼もしい言葉だね。だけどそう簡単に勝たせてあげるわけにはいかないのでね、私もそれなりに負けず嫌いだし≫

「男同士での勝負なんて、ここじゃテオとしか出来ないからなぁ。それじゃ早速…………え゛っ」

 

 おや?何故少年は急に変な声を出したんだ?

 

≪どうかしたのかね、何か不具合でも?≫

「いや、その、不具合っちゃ不具合みたいなもんだけど……マジかよ武器これしかないのかよ」

 

 ……あぁ、なるほど。

 白式の装備がアレしかなかったから、驚いてあんな声を上げてしまったのか。まぁ確かに武装が一個だけなんて欠陥呼ばわりされかねない仕様だ、私もあの子の立場だったら似たような反応してたかもしれない。

 

 一夏少年は渋々と言った様子で自らの手に刀――【雪片弐型】を出現させると、剣道の時のような構えをとった。

 

≪では、いつでも来なさい≫

「よし……それじゃ行くぜっ、テオ!」

 

 私の言葉に促されて、一夏少年は勢い良く大地を蹴り込むと共にスラスターを噴かせて私に向かってきた。彼のISは現在進行形で調整を行っているところであり、いわば肩慣らしの段階に過ぎないのだが、それでもなお十分に速い。サラマンダーより(ry。

 これがまだ本気でないとは、束ちゃんが手掛けたあのISはやはり驚くべきステータスを持っているみたいだね。移行する度にどれだけ化けるのか、今からでも恐ろしい。

 

「うおぉっ!」

 

 少年の持つ刀が、私に向けて振り下ろされる。

 

 私はそれに対して、当然回避を行った。

 

「えっ?」

 

 間の抜けたような声を発したのは、少年の方であった。信じられないと言った様子で、私の姿をその眼に映らせていた。

 何が起きたのか?その答えは単純なものだ。

 

 先程も言ったように、彼の刃を躱しただけである。ただちょっと、躱す際の挙動が彼の目では捉えられなかったのだ。

 私の動きが『速すぎて』……ね。

 

「ま、まだまだ!」

 

 果敢にも一夏少年は振り切った剣を横に構え直して、地面に対して平行の軌道で私に斬りかかってきた。

 

 しかし私も派手に動くことをせず、身を低めて刃を上に通り過ぎさせた。今度は逆方向から刃が襲い掛かって来るが、その一撃もヒョイと軽く後ろに跳躍することで避けてみせる。

 

 それからも一夏少年は諦めることなく、私に向けて刀を振るい続けた。斬り、突き、薙ぎ、割り……あらゆる種類の刀撃を披露してみせた。

 

 しかし、私はどの技も紙一重のところで躱してみせた。身を伏せ、首を傾け、身体を反らし、彼の技を全て避け続けている。

 初めは少年も正確かつ冷静に刀を振るっていたのだが、今は悉く躱されてしまって剣閃に焦りが募っているというのも、私が容易に避け続けていられる要因となってくれているのだが。

 

 

 

◇   ◇

 

 教諭、織斑 千冬は副担任の山田 真耶と共に管制室のモニターから一夏とテオの戦闘を観戦していた。

 試合の状況は、まさにテオの思うがままといった様子だった。がむしゃらに刀を振るっては躱されている一夏と、ギリギリの所で避けつつもそれらの所作に切迫した様子は無い、余裕を感じられた。

 

「す、すごいですね……テオちゃんの動き。同じ一年生であんな動きが出来る子なんて、殆ど、いえ、きっといませんよ」

 

 ほえー、と感嘆の息を零しながら真耶は試合風景を眺めている。

 

 千冬は千冬で、真剣な面持ちで試合の流れを見つめている。

 

「大丈夫ですかね、織斑くん。まだISが調整途中とはいえ、この戦況は……」

「ここで何もせずに終わってしまうのであれば、あいつがその程度の才覚だっただけの話だ。多少なりとも死ぬ気で挑んで展開に刺激を与えるくらいの事はしてもらわなければな」

「て、手厳しいですね」

 

 甘やかすのは性に合わない模様。もし彼の弟が異常に優しい姉の姿を見てしまったら、明日は槍が振ると覚悟するだろう。

 

「それにしても、テオちゃんのISはどれ程の機動力なのでしょうか?地上戦で、しかも必要最低限の動きしかしていませんが、ところどころとんでもない速度で織斑くんの攻撃を躱してますよね」

「最速だ」

「えっ?」

 

 真耶が呆けたように口を開かせながら千冬に注目する。彼女が見つめた先にいる女性の表情に変化は無い。

 

「私は既に奴の機体の特徴を把握している。奴の専用機である銀雲は攻撃力、防御力共に全ISの中でも最下位クラスの性能だ……だが」

 

 そこで一拍置いた後、千冬は言葉を続ける。

 

「スピード、機動面においてあれの右に出る者はいない。他の貧弱な性能を全て素早さで補っている、どこかの天災があいつに傷を負わせない為に導き出した末の力があれだ」

 

 昨今のIS開発事情は、『後付武装による多様化』を目標にした第2世代から『操縦者のイメージ・インターフェイスを利用した特殊兵装の実装』の第3世代へと切り替わりつつある。ISの本体性能を盤石なものにしてから武装面に力を入れ、ビット兵器、衝撃砲、AIC等の特殊な装備で他国と差を付ける動きが主となっていった。

 そんな中で束がテオの専用機である銀雲に施したのは圧倒的なスピード。いかに優れた武装を生み出そうとも、命中さえしなければそれはオブジェとなんら変わりない。

 果てに束は、全てのIS兵装を封殺出来る程のスピードを銀雲に与えてみせたのだ。時代の流れに拘らない、束の着想が新たな次元を作り出したと言えよう。

 

 その結果が、現在アリーナで一夏の斬撃を悠々と躱してみせているテオの姿であった。

 

 

 

◇   ◇

 

 さて、少年を存分にからか……じゃなくて準備運動をさせてあげたことだし、そろそろ少しだけ本腰を入れるとしようか。

 私の姿は、剣を振り切った直後の一夏少年の眼前にまで迫っていた。

 

「――え?」

 

 先ずは一撃。

 

「ぐあっ!?」

 

 私の武装の一つである、機体後部に尻尾のように取り付けられた鞭型の近接戦闘用打撃武器【ウィップ=ネコジャラシ】。

 ISと同素材の金属でありながら本物の尻尾のようにしなやかな形をしており、非常に高い柔軟性を持ち合わせている。私が身体を鋭く動かすことによって、その武器は人間が使う鞭のような攻撃を発揮するのだ。

 それから放たれた鋭敏な打撃が、一夏少年のシールドに直撃。彼のエネルギー残量を多少ながら消耗させた。

 

 攻撃を喰らって後ずさる一夏少年に向けて、私は瞬時に肉薄する。そして再びネコジャラシを振るい、少年の機体にぶつけて行く。

 更に後方へ下げられていく一夏少年へ、私は3度目の接近を行った。

 

「っ!」

 

 私が迫ることを2度目の攻撃を受けた後に察知した一夏少年は、私の攻撃の軌道を感覚で掴んだのか刀を盾にするように構えた。

 

 流石は少年、確かにこのまま私が攻撃すればネコジャラシは君の刀に防がれてしまうだろう。私の武器はどれも攻撃力が低いから、君の防御を押し切れるとは考えられないからね。

 

 もっとも……瞬時に別の方向から攻めかかれば、防御も意味は無くなってしまうがね。

 

「え?ぐあっ!?」

 

 私は脚部のブーストを使い瞬時に場所を移動すると、横から一夏少年に向けてネコジャラシをぶつけた。

 私はそのまま着地を行い、後ずさる一夏少年の先へと降り立った。

 

 一夏少年は攻撃を受けてたものの、その威力の低さが目立って難なく体勢を立て直すことに成功していた。

 

「い、一体何がどうなってんだよっ?急に目の前にいたり、そこに居たのに居なかった、って顔にされたり。テレポートでも使えるのかよっ」

≪そこは寧ろどこでもドアでしょう。私、猫だし≫

「猫型ロボットは別に関係なくない!?っていうかドアなんてどこにもないし!」

 

 そういえば暫く彼とは会っていないけど、元気にやっているだろうか。まぁ今も眼鏡の少年の世話を焼いているんだろうから心配はしていないけど。

 

≪別にISに乗っていたら速く動けるなんて普通じゃないかい?あれくらいの動きをするなんて大体の人が出来る筈さ≫

「いや、絶対それは無いだろ。そもそも俺のISが警告を鳴らしたの、お前が攻撃してる最中だったんだぜ?ISの感知を上回って動けるなんて、警告の意味が無い以前にどんだけバカげた速度なんだよ」

 

 バカとは失礼な。

 

≪なに、最も速く動けるISに乗っているなら、それくらいしてのけないと駄目だと思わないかい?≫

「いや、それでも何のための警告に…………おい、いやちょっと待て。今なんて言った?」

≪ん?だから最も速く動けるISに――≫

「そう、そこそれ!どういう意味だよそれは!?」

 

 どう言う意味って……普通に言葉通りの意味なんだから説明し直す方が難しいと思うんだけど。

 まぁなんだか少年も混乱しているみたいだし、頑張って説明させてもらうとするかな。

 

≪そう言えば私のISの事は言っていなかったね。私の相棒であるこの銀雲は現存するISの中でも最も速い速度を出せて、最も高い機動力を備えているIS、いわゆる『最速のIS』とも呼ばれる存在なのだよ。尤も、これまでずっと秘匿されてきたからそう言われるのはこれからになるだろうけどね≫

「……最速の、IS?」

≪うん、そう≫

 

 ちなみに銀雲を世界最速だと評価してくれたのは束ちゃんである。設計者のお墨付きとなると、冗談でもなんでもないだろうね。やった。

 それにしても若者ではなく私が最速の称号を得ることになるとはね、年寄りがここまで出しゃばってしまっていいのだろうか?いや、寧ろ先達として先を進んでいるというのも手か。

 

「………かっ」

≪か?≫

「勝てるかそんなチートにぃぃぃぃ!!」

 

 チートだなんてまさかそんなまさか。そのようなことがあろう筈がございません。他のISよりも力の劣る銀雲が、チートだなどと……さぁ、ベジータ王、宮殿へお戻りを。

 

 という1人コントはさて置き、ここから更に頑張ってくれたまえよ?一夏少年。

 

 

 

――続く――

 




【名前】銀雲(しろぐも)
【世代】第1世代(唯一世代)
【色】銀
【装甲】全身装甲型(フルスキンタイプ)
【武装】
・近接戦闘用鞭型打撃武器『ウィップ=ネコジャラシ』(常時開放装備)
・???『???』
・???『???』
・???『???』
【単一仕様能力】『???』
【詳細】
 テオが使用する第1世代相当のIS。
 過去に束がテオ専用に作った特別なISをそのまま機体のメインとして使用しており、第1世代扱いという事もあって第2世代のような基礎的な重火器、第3世代のような目新しい特殊機能はほとんど搭載されていない。
 しかしテオが本格的にISを着けるようになった【とある事件】以降から、束がちょくちょくグレードアップを行ってきたため、一部のスペックは極めて高い数値を誇っている。一部だけは第4世代である白式、紅椿ですら上回る数値である。開発者の束は自身の手で強化を繰り返したこの機体を、家族の一員であるテオのためのISであることから『唯一世代機』と呼んで気に入っている。ちなみに全身装甲型である理由は『銀雲特有の神速に身体が耐えられるように全身を装備で補助する必要があるから』と『もふもふで可愛い(通常時)と凛々しくてカッコいい(IS時)で2粒の味を楽しめるから』の二つ。
 特筆すべきその性能は、機体スピード。現在世界に存在するISの中でも最も早く移動することが出来、本気を出せば撃ち出された銃弾を追い越せるほどの速度も発揮することが出来る。なおISすべてに取り付けられている【カスタム・ウィング】はこの機体には搭載されておらず、足の裏など身体の数か所に装着されている高機動ブースターを代わりに使って飛行を行っている。ホバー機能も取り付けられているため、空中でも安定した状態で浮き続けることが出来る。
 しかしその一方で攻撃力自体は高くは無く、高速移動によって撃ち出される近接攻撃も、銀雲に搭載されている身体安全装置によるセーブが掛かってしまい従来のパワーを発揮できなくなっている。また防御力は現存ISの中でもとりわけ低く、2、3回攻撃を受けただけでもシールドエネルギーを使い果たしてしまうほどに脆弱になっている(シールドエネルギー量自体は平均だが、シールドに割り当てる量が高いのが理由)。まさに『当たらなければどうということはない』理論を踏まえた仕様。

『攻撃力:D 防御力:E 速度:S 精密動作性:A 攻撃範囲:D 装備数:C エネルギー維持率(燃費):A』



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第6話 猫と人、銀と白

 白式をその身に纏った一夏少年が、背中のカスタム・ウイングからエネルギーを放出することによって、脚を地面から離し空中へと飛び上がった。

 

「取り敢えず、一旦距離をとって体勢を立て直さないと……」

 

 ISの機能によって、少年の声が私の耳へと届く。なるほど、私との立ち回り方を考える時間が欲しいのか。

 

 だからと言って大人しくそうさせてあげるほど、今の私は心を広くしていないんだけども。紳士たる者、時には非情に徹せよ。

 

≪ふっ≫

 

 私は地面を蹴って宙へと躍り出す。脚部の高速ブースターを起動させ、私の身体は爆発的なスピードで急上昇を行う。

 空へと昇った少年の姿が、地上で見た時よりも圧倒的に近くなる。彼と私の距離は、あっという間に縮まろうとしているのだ。

 

「やっぱり速い……ならっ!」

 

 そう言って一夏少年は、ウィングを再度展開させて一気に加速を行い、私の接近から逃れようとし始める。

 しかし、それではまだまだ甘い。

 

 さっき言った通り、私の相棒は『最速のIS』。先程攻撃を入れた時もそうだったが私達は未だ本気の力を出していないのだよ、少年。

 

 私は脚部の方向を変更させてからブースターを使用し、進行方向を少年の方へと向け直す。そこから更に、身体後部に取り付けられている別のブースターを同時起動。後部のブースターからもエネルギーが噴射され、私のスピードは更なる上昇を為した。

 

 私の新たなる加速に苦心の思いを浮かべているであろう少年は、そのまま弧を描きながら複雑に私の追撃を逃れようとするが、私にその手は通用しない。

 

 私は彼の空中での軌道に合わせて、各種ブースターの噴出口の向きを調整。調整はコンマの間隔で済ませ、調整終了次第すかさずブースターを起動させ、空を駆け抜けて行く。

 少年の動きを表現するのであれば、自由に空を舞う鳥のよう。

 それに対して私は、どの生物の動きにも該当されない直角的な身のこなしよう。ギザギザとした軌道で空を飛ぶ、もとい跳んでいる。生き物が動いているのに生き物の動きで例えるのが出来ないというのは、何ともおかしな話だ。

 

「いやいやいや!それ最早ISの動きじゃないだろ!怖いわ!」

≪何を言うんだね、これも立派なISだとも。従来のISの常識に囚われてはいけないのさ≫

「俺の知ってる『ちょっと』はもっと謙虚な意味なんだけど」

≪奇遇だね、私もだよ。そらっ≫

「うおっ!?」

 

 武器が届く範囲にまで肉薄した私は、尻尾に装着しているウィップ=ネコジャラシを一夏少年目掛けて振るう。ビュン、と空気を切り裂く音が耳に入ってくる。

 

 少年は咄嗟のことながらも、身体を反射的に反応させて私の攻撃を刀で見事防いで見せた。武器によって防御しているため、彼のシールドエネルギーは減少してない。

 それにしても、前振りがあったとはいえもう私の攻撃を防ぐようになってきたとは。ISが身体に馴染んできた証拠だろうね、彼は元々才能があると束ちゃんからも聞いているし。

 

「(あれ、思ったよりも攻撃が軽い?そう言えば、機体というかシールドに直接攻撃を食らった時もあんまりシールドエネルギーが減っていなかったような)」

 

 お、一夏少年の顔つきに疑念が浮かんできているね。

 私の攻撃を受けた直後にそんな顔を浮かべたという事は……この銀雲の欠点に気が付き始めたみたいだ。

 

 では試しに、もう一撃入れてみるとしようか。そぉい!

 

「ふっ」

 

 少年は私の攻撃を再度刀で防ぎ切る。

 その瞬間、少年の顔つきに確信が宿る。疑問を晴らしたその表情からは眉尻が吊り上り、ニヤリと不敵な笑みすら浮かび始めている。

 

「やっぱりそうか……テオのIS、あんなスピードが出せるんだから攻撃もその分鋭くて重いんだと思ってたけど、そうじゃないみたいだな!理由は分からないけど、そのISの攻撃力は相当低く設定されてるんだ!ゲームとかでスピードタイプのキャラがパワー低いのはおかしいっていう話は聞いたことあるしな!」

≪ほぅ≫

 

 ゲームの話はともかく、少年の言葉は実に的を得ている。

 

 私のこの【銀雲】は、確かにスピードは誰にも負けない自信がある。

 だけどその反動として、本来ならば機体の速度に伴って高い数値を打ち出せるはずの攻撃力が犠牲となってしまっているのだ。こうなったのも開発者の束ちゃんが理由で、その理由は以下の通りだ。

 

『このまま機体に掛かる圧力のまま攻撃するのが理想なんだけど、それだと反動でテオたんの身体がどんどんボドボドになっちゃうからね~。テオたんの愛する家族である束ちゃんは、テオたんに傷つくようなことはしたくないのら☆って言う事で、攻撃の時に機体抑制を稼動させて攻撃の時の負担を激減させちゃうからね!……え?普段速く動くときに身体に負担が掛からないのかって?だってISの根本は宇宙空間での活動だからそれくらい雑作もないことだし、なにより束さんはテオたんの安全確保を怠るような事はしないしない♪』

 

 とのことである。

 つまりは攻撃の際にかかる反動を、機体にセーブを掛けることによって激減させて、搭乗者である私の身に負担が掛からない程度に設定してくれているのだ。

 私自身、攻撃するたびに自分の身体を傷つけるのは嫌だし攻撃力に欲があるわけでもないから、束ちゃんの好意に甘えてこのようにさせてもらっている。私なんて人間みたいに力技が得意じゃないんだから、それに代わって速く動くことさえ出来ればそれでいいんだよ。

 

≪確かに、この銀雲の攻撃力はかなり低めだね。だけどそれを知ってどうなるというのかな?まさか、それならばいくら喰らっても大丈夫だとか言うんじゃないだろうね?≫

「どうかな。もう一回攻撃してみりゃ分かるかもしれないぜ?」

 

 ふむ。少年が何を企んでいるのかはある程度察しがつくが……もう既にそれを行えるほどISに馴染んできていると見ていいのだろうか。なんだか先ほどから左手を握ったり開いたりしてるし。

 まぁ良いか。ここは素直に攻撃を入れてみるとしよう。さぁ、どう来る?

 

「今だっ!」

 

 やはり、そう来たか。

 

 一夏少年はネコジャラシによる私の攻撃を防いだ瞬間、それを押し返すとすかさず私に向けて刀を振るって来たのだ。

 パワー不足が否めない私の攻撃ならば、こうして押し返すのは彼にとっては非常に簡単な事。ならばそこから一気に反撃に移る、カウンターの要領を取ることもまた容易であろう。

 

 迫り来る刃の上を足場にしてトンッと跳び躱した私は、そう考えつつ少年の上を飛び越し、ついでに尻尾による一撃を頭部目掛けて放った。

 

「ぐっ!?」

≪狙いはいいけど、それで終わるほど弱く鍛えてはいないつもりだよ≫

「ちぇ、上手くいけばいいなぁとは思ったけど……やっぱそう簡単にはいかないかっ!」

 

 残念そうにするのも控えめに、一夏少年はすぐに攻撃行動を再開する。

 

 そこから私と少年は、互いに攻撃と回避を交互に行っていく展開を披露していくことになる。

 

 少年の攻撃を回避しながら、私は彼の逐一の動作を観察する。腕の振りの速さ、反応速度、細かな動作などもその対象として。

 やはり彼のISは最適化が完了間近に迫っているみたいだ。本来最適化には30分程度の時間が必要となるけど、それはあくまで規定の動作を行った際に掛かる時間。急繕いである今回のようなケースだとISも戦闘を通じてデータを一気に取ることが出来て、時間を短縮することが出来ると束ちゃんが教えてくれた。

 

 それを確信した直後。

 少年が振るってきた刃をネコジャラシをぶつけることで軌道をずらしながら、私は後ろに跳んで少年と距離を取った。

 

「ん?」

≪どうかしたのかね?≫

「いや、初めてテオの方から距離を取ったなって思ってな」

≪まぁ、確かに『ガンガンいこうぜ』は銀雲の行動方針みたいなものだからね、攻撃力が弱々しいと必死に食らいついて攻撃しなければ割に合わないのさ。私も若かりし頃を思い出せるから、その辺りは共感できるけどね。だからといって私もずっとベッタリ引っ付くスタイルってわけじゃないのさ。だから……≫

「だから?」

≪最後の追い上げ、行ってみようか≫

 

 各種ブースター、制限を50%解除。

 ハイパーセンサー感知精度、35%上昇。

 機体重力耐久率、56%上昇。

 

 さぁ一夏少年。ここから私は君よりも一足上の次元から戦わせてもらう。

 君はどこまでついてこられるかな?

 

「ぐあっ!……えっ?」

 

 悪いけど、驚いているヒマは無いよ。

 

「あぐっ!?一体何が起こって、いやそれよりも……テオはどこに消えた!?」

 

 あたしゃここにいるよ……。

 そら、もう一撃。

 

「っ!……まさか、さっきから俺が喰らっているコレってテオが!?」

 

 ご名答だよ少年。

 

 私は今、『一夏少年に見えない速度で』彼の周囲を動き回りながら、攻撃を加えているのだ。正確には、彼が私の姿を捉えようと周りを見渡している時、私は彼の死角に一瞬で移動しているのだがね。

 相手に手を出す隙を与えないまま、ジワリジワリと削り続けていく。中々にいやらしい戦法だが、これがこの銀雲の本領とも言える力なのだ。

 

 私の今の速度は、銃弾をも超える。

 

「ぐぅ、やばいっ……シールドがどんどん減っていくっ!」

 

 電光石火の速度で駆け回り、一夏少年のISに次々と攻撃を加えて行く。

 

 少年は苦悶の表情を浮かべながら、白式に表示してもらっている自身のシールド残量に意識を向けている。私の姿が捉えられなかった以上、刀による攻撃しかパターンが存在しない彼にはそれしか現状の手段が思いつかなかったという事だろう。

 

「くそっ!」

 

 その中で一夏少年は、刃を振るった。

 それは最早やぶれかぶれといった印象だったが、彼の振るった斬撃は移動を行っている私の機体にドンピシャでヒットする軌道を描いていた。

 

 私は素直に感心した。少年の無意識に発揮される勘と、この土壇場に置いてそれを実行することが出来る彼の火事場力に。

 流石は千冬嬢の弟。ISに乗ってわずか数十分だというのに、無意識とは言え『最速のISの動きを捉えることが出来る』とは、ね。

 

 しかし、私は身体を捻ってそれを回避すると、彼の腕部分にネコジャラシによる一撃で衝撃を与え、彼の手から刀を離れさせた。

 そして間隙を入れず、彼の真上にポジションを置くと再びネコジャラシを振るう。

 

≪くっ!?≫

 

 私はすかさずネコジャラシで追撃を仕掛ける。振るわれた尻尾は再び一夏少年の胴体を守るシールドにヒットする。

 

 素早く更にもう一撃振るう。更にもう一撃。もう一撃。

 更に、更に、更に、更に、更に。

 どこまで振るうか、どれだけ速く振るうか。

 数えるのが面倒になるくらいに、数えるのが追いつかなくなるくらいに。

 

 ステージ中央の空中にて、神速の勢いで尻尾の武器を振るい続ける私。

 その攻撃を防ぐ手段を未だ持たず、衝撃に呷られて反撃する暇すら与えられない一夏少年。

 

 数秒前からそのように出来上がっていた光景に、終止符を打つ。

 

≪さぁ、フィナーレだ≫

 

 私は今までよりも遥かに力を込めて、ネコジャラシを振るい、一夏に向けてぶつけた。

 今まで行っていた攻撃よりもずっと強い力となったその一撃は、激しく音を立てながらシールドと衝突を果たす。

 

 そして、一夏少年を勢いよく地面に向けて叩き付けた。少年が地面に到達した瞬間、その衝撃で激しい土埃がその場に見舞われ始める。

 

 その瞬間、観客席からは少年を心配するような声も混ざった歓声が広がっていく。

 

 その声々を身体全体で受け止めながら、私は地面に着地した。

 そして土煙が起きている方向に視線を向けて、その中の状態をISの機能で探り始める。

 

 ……ふむ。

 

≪よしよし、当面の目的は達成と≫

 

 そう時間もかからない内に、土煙は晴れていく。

 そこから現れた人物は、当然今まで戦っていた一夏少年の姿である。しかし、その姿は先程とは異なっていた。

 装甲等にも変化が生じており、カスタム・ウイングが広がっているなど目に見えて明らかな変化が生じている部分も所々ある。そしてその手には、先程離したはずの刀が握られている。

 

「一体どうなってるの……!?」

「織斑君のISが、さっきと形が違ってる!」

「まさかのここにきて覚醒!?どこのハイスピードバトル学園ラブコメラノベ主人公よ!」

 

 観客席にいた子達の方でも、動揺の色を含んだざわめきが生じている。

 そういえば、あの子達も初期状態から【一次移行】するところは見たことなかったんだろうね。

 

「フォーマット、フィッティング終了……?」

≪おめでとう、一夏少年。どうやら無事に一次移行できたみたいだね≫

「一次移行……そうか、これがそうなんだな」

 

 一夏少年も私の講座で教えた内容を覚えてくれていたようで、納得した様子で自分の姿を見回している。

 

【一次移行】。

【初期化】と【最適化】の過程を終えた先にある、『IS搭乗者の専用機』となるための形態移行の事を指している。これは謂わば卵から雛へと変わる孵化のような工程であり、これを果たしてこそISは本当の姿になると言っても過言ではないだろう。

 

 現に一夏少年の今の白式は、先程私が戦った時よりも数値的に大きくグレードアップしている。ISが搭乗者と身体を馴染ませれば、そうなるのは当然のこととも言えるのだ。

 専用機を所持している者は最低限この移行が済まされており、セシリア姫も最低でも一次移行までは完了させている。少年も晴れて専用機持ちの仲間入りとなったのだ。

 

「なんか、今ならさっきよりもずっとイケる気がする……よぉしテオ、こっからが本当の――」

『馬鹿者。時間は限られていると始まる前に伝えただろうが。一次移行が完了したのならさっさとセシリアと交代して来い、どうせ今のシールドエネルギー残量では勝てる見込みすらないぞ』

「うっ……」

 

 管制室にいる千冬嬢からのアナウンスが入り、先ほどまで意気込んでいた一夏少年は

がっくりと肩を落として消沈してしまった。 千冬嬢の言葉となれば、流石に一夏少年も逆らうことは出来ないらしく戦意を失せてしまう。

 

 もともと私の試合は彼の一次移行への協力と、公平さを示すための見世物に過ぎないからね。一夏少年とセシリア姫のクラス代表を賭けた勝負のように重要性がないから、最後まで戦ったところで誰も得しないし。

 

 私はもともと試合終了のタイミングは知っていたから、甘んじて試合の終わりを受け入れた。

 

『えっとぉ、それでは今回の勝負はシールドエネルギーの残量が多かった方が勝ちにしますね。というわけで、この試合はテオちゃんの勝利です』

「「「キャアァァァァァァァ!!」」」

 

 真耶ちゃんから勝利判定が下され、観客席は拍手と歓声の嵐を呼び出した。互いの健闘を称えた彼女たちの労う心も交じりつつ、それらは私と一夏少年を包み込んでいった。

 

 一方で、敗北を突きつけられた一夏少年は悔しそうに顔を顰めている。

 試合の判定そのものに不服があるわけではないだろうが、やはり彼も男子。勝負事で負けるのにはやはり悔しさがあったんだろう。

 

「……テオ」

≪何かな?≫

「今度戦う時は、テオが本気を出してくれるように俺も強くなってみせる。だから、それまで待っててくれ!」

≪……ふっ、楽しみに待っていよう。少年≫

 

 戦っている最中でも思っていたが、私は彼の才能と将来を高く評価している。私にダメージこそ与えられなかったものの、戦う節々に彼の今後の急成長が窺える様子が確認できた。尤も、私の機体はモロに攻撃を食らいでもしたら下手すると終わりかねない。

 そして、そんな輝かしい可能性を秘めている若人は本気の私と戦うことを目指してくれている。こんな年寄りを目標として見てくれているのだ。

 こんなことを言われては、喜ばずにはいられない。酒ッ、飲まずには(ry。

 

≪……私も、強くなった君と戦いたいものだ≫

「ん?何か言ったか?」

≪いや、何も。今後の特訓メニューをどれくらい過酷にしてあげようかなってさ≫

「あ、やっぱり聞かなきゃ良かった」

 

 ふっ、私もうかうかしていたら少年に追い越されてしまうかもしれない。

 私も私で、久しぶりにトレーニングを再開してみようかな?

 

 

 

――続く――

 



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第7話 キャット・ダンス・ワルツ

 

 一夏少年との試合が終わった私は次のセシリア姫との試合の準備に取り掛かる。

 セシリア姫の専用機【ブルー・ティアーズ】のステータスが私のISの元に送り届けられる。ブルー・ティアーズはイギリスが開発を進めた第3世代型の機体で、機体に装備されている重火器と、特殊兵装である【Bluetears innovation trial】、通称BT兵器による遠距離攻撃を得意としたISである。

 

 それらの情報を受け取りつつ、私はセシリア姫の登場をアリーナにて待ち受ける。

 ちなみに私は一夏少年のように控え室に戻るようなことはせず、そのまま待機しているような形でいる。

 

『あの、テオちゃん?ホントにそのまま続けてしまって大丈夫なんですか?テオちゃんの実力は今の試合で十分にわかりましたけど、オルコットさんは代表候補生でもありますし、念のために万全の状態で挑んでからでも……』

≪心配には及ばないよ、真耶ちゃん。今の試合で大して消耗もしていないから、このまま戦うにも十分なほどエネルギーは残っているのでね≫

『わかりました、そこまで言うのであれば私ももう何も言いません。今回の試合は織斑君の時とは趣旨が違うので制限時間が先ほどより短いですが、それでも調子が悪くなったら直ぐに申し出て下さいね?……ところで、どうして私はテオちゃんの先生なのにちゃん付けなんですか?』

≪いやぁ、私って保護欲が湧いてしまうような子にはちゃん付けで呼んでしまうみたいでね。真耶ちゃんって傍から見ていて結構抜けている所があるものだから、ついつい見守ってあげたくなるのさ≫

『……織斑先生、私って先生でしたよね?実は生徒だったってオチじゃありませんよね?』

『そこで疑問を抱くんじゃない。テオも不必要に山田君をからかうのはやめろ』

≪かしこまり≫

 

 千冬ちゃんのストップが掛かってしまったため、真耶ちゃんの反応を見て面白がるのはここで終了。残念、けどシカタナイネ。

 

「あら、わたくしとの試合の前だというのに随分とのんびりしていますのね。歳を重ねて余裕を感じているのは結構ですけれど、わたくしを嘗めていると今に酷い事になりますわよ?」

 

 私が管制室の二人と戯れていると、準備を済ませたセシリア姫がブルー・ティアーズをその身に纏ってアリーナへと舞い込んできた。飛ぶ姿は素人の一夏少年とは違って優雅で余裕があり、やはり代表候補生は格が違ったと感じさせられる。

 

≪いやいや、これでも色々と緊張しているとも。なにせ代表候補生と戦う機会なんて今回が初めてだからね≫

「そう……ならばその眼にしかと焼き付けておくといいですわ。イギリス国家代表候補生にしてエリートである、このわたくしの実力を」

 

 そう言うとセシリア姫は両腕に携える程の長いライフル銃を粒子召喚し、銃口を私に向けた。

 

「わたくしの愛銃、【スターライトmkⅢ】の一撃を食らいなさい!」

 

 セシリア姫は構えた銃から青色のレーザーを撃ち放った。

 

 レーザーというだけあってその速度は実弾銃よりも速いが、ISを身につけていれば対策不可能というわけではない。

 親切に撃つ前に宣言してくれたのもあり、私は迫り来る光線を回避した。

 

 私の回避に構わず、セシリア姫は次々とスターライトmkⅢによるレーザーの攻撃を行い始める。

 

「さぁ、踊りなさい!わたくしセシリア・オルコットと、ブルー・ティアーズの奏でるワルツで!」

≪ダンスは……苦手だな≫

 

 知り合いに踊れる2足歩行の猫がいるが、私は立てないので必然的にダンスは出来ない。

 戯言はさておき、セシリア姫は回避を繰り返す私に対して次々とレーザーを撃ち放ってくる。流石は第3世代に装備されている近代武器と言うだけあって、速度は申し分ない速さを見せてくれている。威力を測るには私の身体では割に合わないので、そこは遠慮しておくけれども。

 

「くっ、こうも素早くては捉えきれませんわ……!」

 

 彼女が照準に合わせているのは、アリーナ中を走り回っている私の肉体ではなくそのさらに先、つまり先読みして私の移動ルートに合わせて射撃を行っている。

 予測撃ちはISの戦いにおいてセオリーとなるが、彼女は先程の私と一夏少年の試合を観戦している。故に私の機体速度を計算した上で撃っているのだ。

 

 しかし、私に攻撃を当てるのであればそれだけでは足りない。

 予測されて撃たれた弾丸など、その予測を上回るスピードで着弾点から通り過ぎてしまえばそれでいいのだから。

 

「ならば!」

 

 レーザーライフルでは私に攻撃が届かないと判断したセシリア姫は、背中のカスタム・ウイングに相当する箇所から4つの部品を機体から外して空中に展開する。

 彼女から離れた4つのパーツは、一斉に私の方に向かってきた。

 

「ブルー・ティアーズ!」

 

 ここで出番の特殊兵装。彼女の声と共に、4つのパーツからそれぞれ細いレーザーが撃ち出された。

 レーザーライフルの時よりも弾幕が濃くなり、私の回避を忙しくさせる。

 

≪ふっ、激しいテンポで踊るワルツというのも悪くはないね≫

「お気に召したようで何よりですわ。アプローチを受けて下さっても構いませんことよ?」

≪面白いお誘いだが、丁重にお断りさせてもらうよ≫

 

 セシリア姫と軽口を交えながら、私はレーザーによる包囲攻撃を避ける中で新たな武器を展開。

 展開する場所は前足の部分。瞬時に呼び出された武器は、従来の手よりも大きめのサイズとなった機械の手であり、その先端には数個の鋭利な刃物が取り付けられている。パッと見た限りでは生物の爪のようである。

 

 手部装着型近接攻撃用武装【クロー・ヒッカキ】

 私が披露する、2つ目の武器である。

 

 私は自分に迫ってきているレーザーを感知すると、それに向かってクロー・ヒッカキが装着された前足を振るう。

 

≪そいっ≫

「なっ……!?ティアーズのレーザーを切った!?」

 

 私を射抜こうとしていたレーザーは真っ二つに切り裂かれると勢いを完全に失し、空中で自然に消えていった。

 その光景を目の当たりにし、目を見開いて驚くセシリア姫。

 

 これがヒッカキの持つ能力で、これの爪部は通常通り相手に物理的ダメージを与えるだけでなく、レーザーなどの物質に干渉を行い先ほどのように切断する事が出来るのだ。

 物凄く専門的な説明をすると、基底状態の原子と励起状態の原子がどうとかレーザー媒質がどうとか非常にややこしい解説をしなければならないで省略させてもらうけれど、『レーザーが切れる能力を持っている』と覚えてくれればそれで大丈夫。うん、そのまんまだ。

 

 という解説をしつつ、私は迫り来るレーザーを余すことなくヒッカキで断ち斬り、攻撃を無に帰す。

 

 セシリア姫も何とか私に攻撃を入れようと、4基のビットをフルに使って私にレーザー射撃を繰り返すが、どのレーザーも同じ末路を辿るだけであった。ビットそのものが破壊されていないため攻撃の勢いが衰えることは無いが、未だ私に攻撃を当てるという実績を残せずにいる。

 ビットを壊しても良いのだけれど、下手に壊すと次の一夏少年との戦いに支障をきたしかねないから今回は控えさせてもらうとしよう。

 

≪では、私もそろそろ一撃くらい入れさせてもらおうかな≫

 

 一部のスラスターからエネルギーを射出させ、私は一気に加速を行い上空にいるセシリア姫に向かって宙を駆けた。

 先程まで斬り伏せていたレーザーは全て歯牙に掛けることなく抜き去って、不規則に飛び回りながら彼女の元へと向かっていく。

 

 そしてかなりの距離をとっていた筈のセシリア姫の眼前に迫るまで、2秒と掛からなかった。

 

 しかし、セシリア姫は驚く表情を浮かべるのも束の間。

 その顔に不敵な笑みを浮かべていた。

 

「かかりましたわねっ!」

 

 その瞬間、彼女の後部下側の辺りの機体一部が作動し、私に先端を向けた。そしてその先からミサイルらしきものの頭角が姿を見せたのだ。

 なるほど。ブルー・ティアーズはレーザーを発射する4機とミサイルを発射する2機の合計6機で形成されているのか。私の接近までそれを使ってこなかったのは、まさかこのタイミングを狙って……。

 今まで4基しかつかってこなかったものだから、私としたことが不意を突かれてしまった。

 

「さぁ、沈みなさい!」

 

 そして2つのミサイルが彼女によって撃ち出された。

 

 私は急速後退を行ってミサイルと距離を離し、その射線上から外れるべく機体を上昇させたが、ミサイルもその軌道を変え、上方に逃げた私に向かって再びその切っ先を向けて来たのだ。

 誘導式ミサイルとは、中々面白い趣向じゃないか。

 

≪ふむ、ミサイルと鬼ごっことは中々面白い≫

 

 そこから、私とミサイルによる逃走劇が始まった……が、その勝敗は呆気なかった。

 各部ブースターの稼働率を上げた私は、通常のISスピードならば追いつける弾速を持つミサイル以上の速度でそれとの勝負に挑んだ。結果、普通のISよりも遥かに速い銀雲のスピードにミサイルが追いつける筈もなく、私とミサイルの距離は着々と離れていく。

 憐みの入った瞳を追撃中のミサイルに向けながら、私はセシリア姫に気付かれないように彼女の背後へ一瞬で回り込んだ。

 

「わ、わたくしの撃ったミサイルが完全に遊ばれていますわ……って、どうしてミサイルがこっちの方に!?」

≪おや、大変だね。どうしようか≫

「どうするって、撃ち落とすしかありませんわ。お猫さんに当てられないまま撃ち落とすのは少々勿体ないですが……って、いつの間に私の後ろに!?」

 

 この状況で2連続ノリツッコミを披露してくれるとは、彼女にはツッコミの才能があるに違いない。一夏少年といい勝負をしてくれそう。

 あ、そんなことを考えている間にミサイルがライフルで撃ち落とされた。

 

「あ、危なかったですわ……」

≪そうだね。あんなのに当たったらお互いひとたまりもなさそうだよ≫

「いや、誰のせいだと――」

 

 セシリア姫のツッコミの途中、管制室からの声が入ってきた。

 それは、私とセシリア姫の試合を終わらせる言葉であった。

 

『じ、時間になりましたっ。今回も先程と同様にシールドエネルギーの残量で判定します。エネルギー消耗はオルコットさんの方が多かったので、残量の多いテオちゃんの勝利です!』

「……」

 

 ふむ、どうやら試合は終わったようだ。

 さてさて、年寄りが出張る時間はこれで終わり。後は若い者たちが華々しく戦ってくれるだろうから私はのんびり観戦させてもらおうか。どうせならミルクでも片手に……千冬嬢の眼があるから無理か。

 

 地上に降り立った私は銀雲を解除し、再度歓声で湧き上がるアリーナに背を向けてその場を立ち去ろうとした。

 が、その時であった。

 

「お待ちになって!」

 

 私と同様に地上に降り、ISを解いてISスーツのみの姿となったセシリア姫が、私を呼び止めた。

 

「納得がいきませんわっ!今の戦い方はまるで私をおちょくっているかのようだった!最後のわたくしはミサイルに気を取られて、攻撃をするにはうってつけの隙をあなたに与えていた、だけどあなたは攻撃をするそぶりすら見せなかった!それは消耗の多いわたくしが時間切れで負けることを見越していたから!貴方、わたくしを嘗めていますのっ!?」

≪……≫

 

 確かに。

 私は彼女に一切攻撃をしなかった、戦う途中で何度も攻撃を入れるチャンスはあったし、そもそも彼女の懐に潜り込んで攻撃なんていつでも出来るようなことだった。彼女のISであるブルー・ティアーズは私の銀雲とは最悪の相性で、エネルギー弾と実弾双方の速度を上回って動ける銀雲は、ブルー・ティアーズを完封できる可能性が非常に高い。

 いかに代表候補生という肩書きを持っていようとも、この相性差を覆すのは至難極まりない業とも言えるくらいだ。この試合で彼女も互いのISの相性を感じ取れただろうし、そんな中で消耗負けという結果を突きつけられてしまえば、不満の抱くのは当然だ。

 

≪そうだね。君はあのビットを操作している最中は集中が必要なようで、あれを動かしている最中は他の攻撃が出来ないようだったし、攻撃を与えるチャンスはいくらでもあったね。態々消耗負けという結果に持ち込む必要は無かった≫

「っ……それにすら気付いていたのならば、尚更ですわ!私に楽に勝てるからといってこういった結果に持ち込んだというのであれば、屈辱ですわ!あなたも男であるならば――」

≪いや、オスだよ≫

「あ、失礼しましたわ……ってそうではなくて!」

 

 ははは、相変わらずノリツッコミが上手いお姫様だ。話していて実に心地良い。主に私の愉悦的に。

 

≪まぁ冗談はさておき。私が攻撃をせずに消耗負けに持ち込んでしまったのは、確かに君にとって快く思わない結果だっただろう。その点に関しては、申し訳無かった≫

「謝罪など結構ですわ。言い訳染みたことを聞く耳は、今は持ち合わせておりませんもの」

≪言い訳させてもらうと、君には次の一夏少年との戦いに専念してもらいたかったからなんだよね≫

「たった今、言い訳は聞かないって言いましたわよね!?思いっきり無視されましたわよ!?」

 

 反応が一々面白いので、ついからかいたくなってしまう。折角のシリアスな雰囲気が台無しである。

 

≪まぁ何はともあれ、次の一夏少年との試合は期待しておくといい。もしかしたら、君の知らなかった世界が見えるかもしれないよ≫

「世界?貴方、一体何を――」

≪さて、私は疲れたから退場するとするよ。試合頑張ってー≫

「ちょ、ちょっと!」

 

 セシリア姫が呼び止めようとしているが、私は聞こえぬふりをしてその場を悠々と立ち去った。

 

 さてさて少年よ。彼女の心を打つくらいに魅せる試合が出来るかな?

 

 

 

―-―続く―-―

 









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第8話 年寄りはのんびり観戦にかぎる

「お疲れ、テオ」

≪やぁ箒ちゃん≫

 

 試合を終えてアリーナの観客席にやってきた私に最初に声を掛けてくれたのは箒ちゃんであった。箒ちゃんは慎みのある笑みを浮かべながら、私に顔を向けてきている。

 

 私は彼女の隣まで歩くと、そこに腰を下ろした。

 ちなみにアリーナの方では、ちょうど一夏少年とセシリア姫が戦い始めているところである。

 

≪私の試合の時から此処にいたみたいだけど、少年の元にいなくて良かったのかい?≫

「私だっていつまでも一夏にベッタリとくっついているわけではないのだがな。あいつもセシリアの戦いを集中して分析したかったようだし、邪魔をするのも悪いと思って席を外したんだ」

 

 そのように答える箒ちゃん。一夏少年に恋する身としては非常に謙虚な姿勢だが、それを少々不安にも思ってしまう私。

 だってあの鈍感な少年に対してこの一歩引いた感じ、多分彼は一生好意に気付いてくれないと思うんだ。ストレートに『付き合ってください』と告白しても、それを買い物の誘いと解釈する彼だし。

 

 あまり他人の恋路に首を突っ込むのは私の主義ではないけれど、確認くらいはしておくべきか。

 

≪あーっと、箒ちゃん。折角一夏少年の傍にいられるチャンスなんだし、もう少し積極的に攻めてみてもバチは当たらないと思うのだけれど≫

「……?同じ学園にいる以上、あいつの近くにいることなど珍しくもないだろう?私に至っては同室だしな」

「アッハイ」

 

 箒ちゃんが大人過ぎて生きるのが辛い。いや辛くもないし寧ろ嬉しいところなんだろうけど、私としては、こう、年頃の女の子らしく恥じらいの姿も見せてくれると嬉しかったり。

 

 ……やはり箒ちゃん、『あの出来事』のことが相当ショックだったらしい。良くも悪くも、あの日が彼女を大人に変えてしまったのだ。

 

 私と箒ちゃんのやり取りに気付いた一組のクラスメイト達が、こちらに近づいてきた。

 

「あっ、テオちゃん戻ってきてる!」

「ホントだ、声掛けてくれれば良かったのに~」

≪ははは、すまないね。箒ちゃんがすぐに気付いてくれてそのまま話し込んじゃったから、皆に声を掛けるのが遅くなってしまったよ≫

「さすが飼い主、というか家族だね」

「いや、私が出入り口に近かっただけだと思うが」

 

 女の子が3人寄ると姦しいと言われているが、それ以上集まると随分と賑やかになるものだ。いつの間には私と箒ちゃんの周りにはクラスメイト達が集まっており、私たち2人はその中心となっている。

 

「ねーねー、テオにゃんってどうしてあんなに強いの~?」

 

 制服のサイズが合わないのか、腕の袖部分がダボダボに有り余ったお嬢ちゃんがのんびりとした口調で私に質問をしてきた。

 確かこの子は布仏 本音ちゃんだったかな。一夏少年が『のほほんさん』とあだ名をひっそりつけていたが、成程確かに雰囲気がその通りだね。

 

≪私もちょっとした事情があってね。君たちよりも数年くらい前から既にISを使うよう生活を送っているんだ。……ところで、今のは私の愛称かな?≫

「そうだよ~。テオにゃんはネコさんだから、にゃんにゃんって感じの呼び方がピッタリだと思って~」

≪そっかぁ。ありがと~≫

「どういたしまして~」

「テオ、別に合わせて語尾を伸ばさなくても良いんだぞ」

≪いやぁ、つい≫

 

 のほほんちゃんの空気がほんわかしているからね、こっちまでほんわかしてしまいそうだ。なんという感染力。

 

「えへへ~、ほうちゃんも一緒にやろ~?」

「ほ、ほうちゃん?」

「うんっ、名前が箒だから、ほうちゃんって呼ぶことにしたんだ~」

≪良かったじゃないか箒ちゃん。あだ名で呼んでくれる友達が出来て≫

「う、うむ……」

 

 箒ちゃんは初めて付けられたあだ名に照れてしまってか、赤らむ頬を隠すように顔を逸らす。これこれ、こういう反応を待っていました、私。

 なんだかんだで、私も束ちゃんも普通に名前で呼んでいるから、この子にとってはこういうのも新鮮に感じるだろう。もちろん私も嬉しいことだし、他の子たちと同様に暖かい視線になっている。

 

 周りの眼に気付いた箒ちゃんは、その場の話題を変える為にわざとらしく咳をつく。

 

「ご、ごほん。ところでテオ、一夏は無事に一次移行に達した上にセシリアの戦術も観察出来た。2人の勝負の行方をどう見る?」

≪そうだねぇ……多分、今回の試合も勝てない可能性が高いよ≫

「えっ、どうして!?オルコットさんはテオちゃんとの戦いで戦い方を知られてるけど、織斑くんは一次移行した後の戦術はまだ分からないから有利になるんじゃ?」

 

 ところがどっこい、そう上手く物事は運ばれないのが世の常なのだよお嬢ちゃん方。

 そもそも、一次移行が行われたからといって大きく戦法が変わるようなISは現時点では殆ど確認されていないのだ。折角調整が終わったというのにそれまでの戦法が移行後と大きく違っているなど大きな手間になってしまうし、それ以前にそんなことになる暇があるなら元から仕様を統一させた方が装着者も理解しやすいうえ、混乱を招く心配もなくなる。

 だから一夏の専用機である白式も、それと同様である。

 もともと彼の装備は雪片……今は雪片弐型だったね、それしか持っていないしゴリ押しな内部仕様の影響で武装の追加の際に必要となる拡張領域(パススロット)は0、後付装備(イコライザ)は不可能と言う有様。一応他のIS装着者から武器を借りることは出来るが、今の一夏少年は一人で戦っているうえに白式には射撃用センサーリンクがないとも聞いているから、どちらにせよあまり当てにはならない。

 束ちゃん……もう少し幅を利かせてあげても良かったんじゃ?

 

 そういう訳だから、上記も含めて少年のバトルスタイルは完全にアレで固定だから有利な条件にはならないという事をみんなに伝えてあげた。上記の内容をまんま話すと長ったらしいから、色々と端折らせてもらったけどね。

 

≪それ以前に、ISに触れたばかりの少年じゃあのセシリア姫に勝つのはかなり厳しいよ≫

「なんで?陰口のつもりはないけど、オルコットさんってテオくんに手も足も出なかったんじゃ……」

≪あれは完全にISの相性が悪かったんだよ。射撃中心のブルー・ティアーズで最速のISの銀雲に攻撃を当てるのは、飛んでる蠅を箸で摘まむくらいの難易度だよ≫

「何そのムリゲー」

「でも織斑先生なら、織斑先生ならなんとかしてくれる……!」

 

 あの子なら普通に出来ると思う。

 

 とまぁかなり無茶苦茶なことを言っているが、互いのスペックを比較するとそう言わざるを得ない。

 セシリア姫の実力が高いというのは本当だ。代表候補生と言うのはなりたいと思えばなれる称号ではなく、それこそ他人とは比べ物にならない努力とそれを結果に結びつけるための才能が必要になってくる。

 あの子がどれだけ訓練に励んだのかは分からないけど、パッと乗っただけの一夏少年が楽に勝てる相手でないということは間違いない事実だ。

 

≪ほら、試合を見てごらん≫

「あぁ~……織斑くん、オルコットさんの攻撃を避けてはいるけど全然攻撃できそうにないね」

「やっぱりオルコットさんのあのBT兵器って凄いなぁ……あれってどうやって動かしてるんだろう?」

≪いずれ授業で説明があるだろうけど、全部セシリア姫が管理して指示や移動、射撃を行っているよ。それを4つもやってるんだから、感心するしかないよね≫

 

 一応私も2つ持ってはいるけど、あれは完全自立型だから逐一命令する必要は無い。年寄りに戦いながら子規を操るような余裕はありませんので。

 

「あっ、見て!織斑君の刀が割れて、青白いビームみたいなのが出て来た!」

「なんだろ?あの武器の能力か何かかな?」

≪ほう、【零落白夜】か。少年も白式のスペックを確認する時間があったし、ちゃんと能力も把握しているだろうね≫

「零落白夜?もしかして、千冬さんの現役時代の【単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)】か?」

 

 箒ちゃん、ご明察。

 ちなみに【単一仕様能力】というのはISと操縦者の相性が最高状態に至った時に使うことが出来る特殊能力で、ISコアや機体との同調率が高まった時に起こる動作【二次移行(セカンド・シフト)】を経た形態【第2形態(セカンド・フォーム)】で初めて発現するケースが確認されている。第2形態になったからといって、必ず発現出来るわけでもないので悪しからず。

 

「しかし、普通あれは二次移行まで行わなければ発現出来ない筈ではないのか?それに同じ単一仕様能力が別のISも使えるなど、聞いたこともないぞ」

≪少年の白式は大分特殊な仕様らしいからね。どうして白式が千冬嬢のISの技である零落白夜を使えるのかも、私には分からない≫

 

 零落白夜の能力は、自身のシールドエネルギーを犠牲に絶大な攻撃力を齎す必殺の一刀である。これを相手に当てさえすれば、勝利はほぼ確定と言える程のチート性能。千冬嬢が第1回のモンド・グロッソで優勝したのは、本人の技量もそうだがこれも要素の1つだと言えるだろう。

 ただし、自分のシールドエネルギーを大量に消費してしまうというデメリットもあるので良いこと尽くめとはいかないのが難儀な話だ。その辺りをどうコントロールしてくかが、あの能力を使う上での課題となってくる。

 

 ……あっ、少年が外してしまった。

 

「あぁ、おっしぃ~!もうちょっとで当てれたのにー!」

 

 周囲の子たちの方からも、残念がる声が聞こえてくる。

 

 シールドエネルギーを大量に消耗するあの技は、1試合でポンポン使えるような仕上がりになっていない。使えてもせいぜいあと一回が限界。もしかすると、その1回すらも……。

 

 隣の箒ちゃんに視線を移してみる。

 彼女も戦っている一夏少年のことが気になるようで、真剣に彼の戦う姿を目で追っている。

 

「テオ……やはり一夏の勝利は厳しいか?」

≪そうだねぇ……ま、こればかりは信じてあげるしかないかな≫

 

 私達が彼にしてあげられることは既に終わっている。今日という日までに彼を鍛え、例え付け焼刃でも彼の力とさせること。

 後は少年次第である。

 

「っ見て皆!織斑くんがっ……!!」

 

 一人の女子の声によって、皆の視線がアリーナの1点へ注がれる。

 その光景は、セシリア姫の操るビットを次々と破壊していきながら彼女の元へ一気に掛けて行く一夏少年の姿と、切羽詰まった表情を見せるセシリア姫の姿であった。

 

「イケる!」

「決まる……!」

「織斑くん!」

「一夏……!」

 

 そして――。

 

 

 

――――――――――――――――

 

≪そして負けるというね≫

 

 試合の結果。

 一夏少年はセシリア姫に攻撃を入れる前に、シールドエネルギーを切らしてしまって動作を停止。シールドエネルギーが0になってしまったら活動することが出来ないため、戦闘不可能となり、そのままセシリア姫の勝利となったのだ。

 

 そして今はアリーナの控え室。

 この場に居るのは私と箒ちゃんと一夏、そして教員組の二人だ。他の生徒達はそれぞれ帰路についている。

 

≪忘れないよ、皆のあの希望に満ちた目と君の勇姿染みた突進。あと一歩の所で刃を止めちゃうなんて、一夏少年は優しいなぁ。私よりも紳士だなぁ≫

「あの、死体蹴りは止めて……心にくるから」

 

 私の言葉を聞いて、四つん這いの状態となって更に落ち込んでしまう一夏少年。

 

≪しかしそれでも、代表候補生相手に良くあそこまで戦えたものだよ。1時間も動かしていないというのにそんな相手を戦闘不能寸前まで追い込めたというのは、私も正直驚いている≫

「えっ?」

≪やはり君には伸びゆく才能がある。私もかなり期待しているから、これからも頑張るんだよ少年。今日はお疲れ様≫

「テオ…………褒めたいのか貶したいのか分からないよ」

 

 両方だよ。

 

「……まっ、テオって前から俺にそんな感じだったし仕方ないか。っていうか身内だと俺ばっかりおちょくってないか?」

≪だって君、一番反応が面白いし≫

「あぁそう、ありがたい話だよコンチクショウ」

 

 確かに、私がいちばんからかっているのって少年のような気がする。箒ちゃんと束ちゃんはどうにも保護者感覚が強くなってしまうし、千冬嬢はからかいすぎると怒っちゃうし。

 少年はなんやかんやでやり過ぎなければこういうことには寛容だから、私もどんどん悪戯してしまうんだろう。というわけで、今後も少年メインでからかっていくとしよう。

 

≪いいよね?≫

「何に対してのいいよねかは分からないけど、認めちゃいけないことだけは何となくわかった」

≪チッ≫

「舌打ちした!?ねぇ、今舌打ちしたよね!?」

 

 ハハハ、まさかそんなまさか。

 

「ともあれ、今日の授業はこれで終了だ。お前たちも速やかに寮に戻れ」

≪わかりました。それじゃあ二人とも、帰ろうか≫

「おう」

「わかった」

 

 一夏少年と箒ちゃんを連れて、私は寮へと戻っていった。

 

 

 

――続く――

 

 



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第9話 Communication

 

「あ゛ー、疲れた~」

 

 寮の自室に戻った途端、親父臭いノリでそう言ったのは一夏少年。少年は自分のベッドまで歩くと、うつ伏せに倒れ込んでしまった。

 まぁ今日の試合で一番大変だったのは彼だろう。ISに慣れていない状態で2戦も戦い、どちらも忙しなく動き回っていたんだから疲れてしまうのも無理は無い。

 

 そんな彼の姿を見て、私だけでなく箒ちゃんも苦笑を浮かべる。

 

「ほら一夏、そんな恰好で寝ると制服に皺が出来るぞ。疲れているとは思うが、今日はもう風呂に入って寝てしまえ」

「あぁ……でもいつも箒が先に入る決まりだろ?」

「今日は汗を掻いていないから、お前を差し置いて先に入るつもりは無い。私のことは気にせずゆっくり湯船に浸かっていくといい」

「うぅ、すげぇ魅惑的な響き……風呂でうたた寝しちまいそう」

「気を抜いて溺れるんじゃないぞ?まったく……」

 

 おっ、二人で良い感じの雰囲気を出してるね。6年ぶりの再会から一週間経ったとはいえ、互いの距離感に戸惑うんじゃないかと心配してたけど、この様子じゃ大丈夫そうだ。

 ところでカップルと言うよりは、夫婦染みた会話になっているのはツッコむべきだろうか?けど夫婦の方が進展してるし、寧ろそっちの方がいいんじゃ……。

 

「んじゃあ、お言葉に甘えて先に使わせてもらうわ……あ、テオも試合してたし、一緒に使うか?」

≪いや、私は最後に使わせてもらうよ。ちょっと知り合いに連絡を入れてくるから、少し出掛けてくるよ≫

「そっか。気を付けてな」

≪ふっ、そんな遠くまで行かないさ≫

 

 そう言って、私は部屋から出て行った。

 

「……」

「箒?どうかしたのか?」

「……いや、なんでもない」

「?」

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 さて、フリースペース用のロビーまで来たようだ。この辺りでいいか。

 

 私は適当なソファに飛び乗ると、首輪として待機している銀雲の通信機能を稼働させる。

 コールが行われてから一回目の途中で、プツンとコール音が途切れた。

 

『ハロハロ~!一週間ぶりだねテオた~ん♪テオたんのモフモフ感が味わえなくて最近束ちゃんの寂しさゲージがマッハでゴーだよ大変っ!たまにはこっちに戻ってきてモフらせて、孕みそうなボイスを生で聴かせてよー!』

 

 通信機越しにハイなテンションで声を聴かせてくれているのは、言わずもがな束ちゃんである。

 というか、女の子が軽々しく孕むとか言っちゃいけません。

 

≪やぁ束ちゃん。私がいないからって不規則な生活習慣を送っていないだろうね?≫

『…………うん勿論!』

 

 不自然な間があったね?

 

≪束ちゃん?嘘をついてないよね?≫

『…………タバネチャン、イイコ。ウソ、ツカナイ。ショッギョ・ムッジョ』

≪まぁ、嘘をついているかどうかは今度クーちゃんから確かめてあげるとして――≫

『いや、クーちゃんに聞かなくても全然まったく大丈夫だから――あ、ちょっと、クーちゃん!?』

『お久しぶりです、テオ様』

 

 あ、クロエお嬢ちゃんに代わったみたいだね。クロエちゃんの声も聴きたかったからちょうど良かった。

 

≪やぁクロエちゃん。風邪とかひいてないかい?≫

『お陰様で、私はこの通り息災です。しかし束様の生活にまた乱れが生じまして……』

『とうさぁーん!嘘です!すべて嘘なんです!』

 

 いや、君のお父さんは柳韻殿でしょうが。

 

『申し訳ございませんテオ様。私がいながら……』

『あれ?クーちゃん私のこと無視!?おぉぉーい!!』

≪気にしなくていいよ。私も敢えて釘を刺すように言わなかったし、これから宜しくお願いね≫

『かしこまりました。テオ様のご命令とあらば、私も尽力いたします』

『ハァっ☆』

 

 ……さて、そろそろ可哀想だから束ちゃんも構ってあげるか。

 

≪というわけで束ちゃん。嘘をつくのはよくないよ≫

「放置プレイの後にお説教なんて……嬉しいっ、そして感じちゃうっ……!ビクンビクン」

 

 いかん、ちょっとからかいすぎたかな。危ない道に束ちゃんが足を突っ込みかけている。

 

『束様、落ち着いてください』

『あだっ!?……精神分析(物理)を習得するとは、クーちゃんも成長したんだね。束さん感激!』

『これも束様の賜物です。それよりも束様、本題の方を』

『おっとっと、そうだったね♪ほいじゃらテオたん、いっくんの様子を教えて教えて~♪』

≪はいはい≫

 

 そう、私が今回束ちゃんに連絡を入れたのは、一夏少年の事についてだ。

 実は入学前に束ちゃんから頼まれごとをされており、その内容が一夏少年たちの学園での様子、ISの乗りこなし具合などを観察し、報告を入れるというものである。

 本当はそんなことしなくても、白式には束ちゃんのデータベースに情報が送られるように細工が施されてあるから、私の報告する内容は大体既に束ちゃんのベースに入ってるんだけどね。

 

――だってテオたんが報告してくれた話ならそれが重要になるって分かるし、それにテオたんの声を聴く良い口実になるもん☆

 

 ということらしいので、とりあえず私も報告は行うように努めている。

 私も、こうして束ちゃんとクーちゃんの声を聴けるから不満は無いんだけどね。

 

 そうして一通りの内容を話し終えると、束ちゃんは『うんうん』と通信機の向こうで満足げに頷いている。

 

『そっか~、いっくんも順調に白式に馴染みつつあるみたいだね』

≪まぁまだ動かして間も無いから言い切るべきではないかもしれないけど、少なくとも見ていて支障があるようには見えなかったよ≫

『それはモチのロンっ!そんなヘマをするような束ちゃんじゃないからねっ♪』

 

 それは私も良く知っている。そもそも君がヘマしたら、それこそ世界が揚げ足取りで賑わうくらいだ。

 

 何はともあれ、今後も一夏少年に問題が起きないように観察は続けていくつもりだ。

 

≪まぁ、何かあったらまた連絡させてもらうよ≫

『オッケィオッケィ、何も無くたって連絡くれてもいいんじゃよ?』

≪……だそうだよ、箒ちゃん?≫

『そうだよ箒ちゃーん、束さんはいつだってワンコールでお出迎…………うぇっ?』

 

 通信機越しに驚いている束ちゃんを余所に、私は後方に顔を向けた。

 その先には、壁の陰からこちらの様子を窺っていた箒ちゃんの姿があった。まだお風呂に入っていないようで、制服姿のままでいる。

 

 箒ちゃんは私に見つかってしまうと、観念するかのように物陰から姿を現してくれた。

 

「……いつから私がいることに気付いてたんだ?」

≪クーちゃんと一緒になって束ちゃんをからかってたところで、かな≫

「最初から気付いていたのではないか」

 

 呆れた様子で台詞を零し、苦笑を浮かべる箒ちゃん。

 

「……テオ、姉さんと話をさせてもらっても良いか?」

≪どうぞどうぞ。通信は切らないから、お話ししたいのならこちらにおいで≫

「……ありがとう」

 

 そう言うと、箒はゆっくりとこちらが座っているソファに近づき、腰を下ろした。そして私の首輪の方を……というよりも此処にはいない束ちゃんをじっと見つめ始める。

 

『ま、まさかこの束さんが箒ちゃんの気配に気づけなかったなんて……おのれディケ○ド!』

「破壊者への熱い風評被害はやめてあげてください、姉さん」

 

 そうそう、彼もいろいろ言われちゃって大変なんだから。

 そんな束ちゃんのジョークがありながらも、箒ちゃんの眼は真剣だ。

 

「そう言えば、こうしてまともに話をするのは久しぶりですね」

『……そだね~。箒ちゃんってば全然電話してくれないんだもん、近況とかテオたん越しにしか聞けなかったから、お姉さんはいっつも寂しいゾ☆』

「そう言う姉さんこそ、今まで私に電話しようとしてきませんでしたよね。話がしたいのなら、そちらから掛ければいいでしょうに」

『いやいや、束さんは基本受けだから。箒ちゃんとかちーちゃんとかいっくんとか攻めに回れる人がたくさんいるし』

「なんの話ですか」

 

 束ちゃんののらりくらりとした答え方に、すっかり呆れてしまっている箒ちゃん。

 それよりも受けとか攻めとか、やっぱり束ちゃんの方向が危うい方へ向かいかけてるみたいだ。クロエお嬢ちゃんにしっかり矯正するように言っておこう。

 

 まぁ、束ちゃんが箒ちゃんに電話を掛けなかったのは当然別の理由なんだが。

 

「姉さんが正直に言わないのであれば、私が先に言わせていただきます」

『……うん』

「私が姉さんに連絡しようとしなかったのは……姉さん、貴女と言葉を交わすのが怖かったからです」

『怖かった?』

「えぇ。3年前に起きた『あの事件』……私の所為でテオが死にかけた時、姉さんはテオを助ける為に私の前に現れ、それ以降世界の目を欺いて姿を眩ませました」

 

 そう、私と箒ちゃんは1度離れ離れになってしまったことがある。

 私達を引き裂く引き金となったのは、3年前に起きた忌まわしき出来事。あの事件があって私は生死を彷徨う程の重傷を負ってしまい、当時の私もあのまま死んでしまうんだと思っていた。

 

 しかし、束ちゃんが私を救う為に動いてくれた。政府の目がある中では私を助けられないということで、国の監視から逃れたのだ。

 そうして私は救われた。

 

 ……一家離散の拍車掛けと、箒ちゃんへの監視と聴取の増強という、大きな犠牲を払って。

 

『…………』

 

 先程まで冗談を言っていた束ちゃんの口も、ここにきて閉ざされる。

 

「姉さんが行方を眩ませたあの日から、定期的に会えていた父や母とも会えなくなりました。家族が離れる頃から一緒にいてくれたテオすらも、あの日に……」

≪…………≫

「だからこそ、私は怖かった。テオの命を繋いでくれたのは貴女のお陰だというのに、そんな貴女に酷い言葉を言ってしまうような気がして……現に私は、中学2年の時にあった剣道の全国大会で、八つ当たり同様の心持ちで不甲斐ない勝利を得てしまった……」

『箒ちゃん……』

「その後にテオが時々だが戻って来てくれて、それからの私は暴力を振るうような真似は殆どしなくなっていった……だけどそれでも、姉さんに酷い事を言っちゃうんじゃないかって、私は……!」

 

 膝の上に置かれていた、箒ちゃんの手がギュッと強く握られていくのが見える。

 

 そんな彼女に、束ちゃんがかける言葉は。

 

『箒ちゃん……束さんは箒ちゃんの言葉なら罵詈雑言だろうがロマンティックな言葉だろうが大歓迎だよ?』

「……姉さん、私は今真面目な話を――」

『大好きな妹の愚痴1つ受け止められないんじゃあ、姉を語る資格なんて無いよ』

 

 束ちゃんのその言葉を聞いた箒ちゃんは、紡いでいた言葉を喉元で押し留めて黙った。

 

『箒ちゃん。箒ちゃんが束さんに言いたいこと、全部聞かせて欲しいなぁ』

「けど……」

『遠慮する必要なんて全然ナッシン。言ったよね、どんなこと言われたって束さんはドーンと受け止めるからさ』

 

 そう言って、束ちゃんは笑み声を零す。

 通信越しで顔は分からないが、きっとその顔は笑っているのだろう。

 

「……」

 

 なんとも言えない複雑な表情をしていた箒だったが、少し間を置いた後、その口を重々しく開いた。

 

「では、遠慮なく言わせていただきます」

『うぃ、バッチコーイ』

「貴女がISを開発しなければ、私は……私たちは、今日まで平穏に暮らせてたかもしれないんですよ」

『ぐはっ、いきなりドギツイ台詞をぶっこんで来たねぇ』

 

 束ちゃんのそれは茶化す様な言葉遣いではあった、しかし今の言葉はそんなリアクション以上に彼女の心に堪えただろう。

 

 しかし……。

 

「だけど――――テオはこうして生きてくれているのも、間違い無く貴女のお陰だ」

『っ……!』

「確かに、私は貴女に色んなものを奪われ続けて来ました。父や母とも殆ど会えず、一夏とは別れる羽目になるし、ここ数年はテオと一緒に暮らしたかったけど年に数回程度しか会えませんでした。正直、愚痴を言おうと思えばまだまだ出てきますよ」

『……ごめんね』

「……それでも、家族の命を救ってくれたあなたを無碍に思うなど、私には出来ません」

≪箒ちゃん……≫

 

 久しく口を閉ざしていた私も、思わず口を差してしまった。

 

「その、今まで言いそびれてしまったけど……」

『……?』

 

 少しばかり口をモゴモゴと動かしていた箒ちゃんであったが、それは少しすると直ぐに収まった。

 そして……。

 

「ありがとう、姉さん」

 

 その一言が、淀みない清らかな思いと共に箒ちゃんの口から紡がれた。

 

 実を言うと、私は以前から箒ちゃんにとある頼まれごとをされていた。『姉さんに、私が感謝していることを伝えておいてほしい』と。これまで箒ちゃんも束ちゃんとの接し方に悩んできていたのは知っているし、私も本人から会う度に相談されていた。

 しかし、私は先の頼まれごとだけは断固として拒否した。

 確かに私はこの子達に甘いと自覚している。お願い事を受ければ大抵は引き受けてしまうし、彼女達の為に尽くしてあげたいという気持ちは十分にある。

 しかし今回のようなケースの場合は別だ、私は心を徹さなければならない。感謝の言葉なんて、他人から伝えられては意味を持たないからね。

 

 私は箒ちゃんの勇気を信じ、そして現に叶った。

 とても喜ばしいことだ。

 

『箒ちゃん……えへへ、箒ちゃんにお礼言われるのって久しぶりカモっ!具体的に言うと箒ちゃんが小学3年生の時に落とした鉛筆を拾ってあげた時以来♪』

「そ、そんなに言って無かったんですか私は……」

『だよだよ~、お姉ちゃん寂しすぎてキャベツを家庭栽培しようかと思ってたくらいなんだゾイ♪』

「な、何故キャベツ……?」

≪ちなみに今はラボでサツマイモを育てているよ≫

「何故サツマイモ!?」

 

 私のおやつです。しかも高土質で無農薬、肥料も最新でとってもデリシャス。

 

『いやぁ、とにもかくにもこれでハッピーエンドって感じだね!じゃあこの回も締めに入って――』

「何言ってるんですか?まだ私の愚痴フェイズは終了していませんよ」

『ひょ?』

 

 おっと、ここで速攻魔法発動か。バーサーカーソウルかな?

 

「さっき言ったでしょう、まだまだ愚痴は沢山あるって。散々人を引っ掻き回してくれたんですから、今日は思う存分付き合ってもらいますよ」

『突き合う……!?私と箒ちゃんで、突き合――』

「ほぅ?」

『タバネサン、イイコ!グチ、イイコデ、キク!』

 

 あらま、これは完全に尻に敷かれちゃってるね束ちゃん。

 少し長くなりそうだし、私はプライベートチャネルで一夏少年に連絡をしたら、終わるまでひと眠りさせてもらおうかな。

 

 それじゃあ、姉妹水入らずでごゆっくり。

 

 

 

――続く――

 



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第10話 祝!クラス代表

「……というわけで、1組のクラス代表は織斑くんに決定しました。あ、『一』繫がりでなんだか縁起が良さそうですね!」

 

 一夏少年とセシリア姫によるクラス代表を掛けた決闘から翌日。

 現在教室では朝のHRが開かれており、真耶ちゃんが一夏少年のクラス代表就任をクラスの皆に伝えた。

 真耶ちゃんの言葉でクラスの皆がおぉ、という感嘆の声と共に拍手を行う。瞬く間に教室は彼女たちの喝采で染め上げられた。

 

 それがひとしきりのところで収まると、一番前の席にいる一夏少年が挙手を行った。

 

「山田先生。俺、負けちゃってるんですけど……」

「それは、わたくしが辞退したからですわ」

 

 真耶ちゃんが問いに答える前に、セシリア姫が席から立ち上がり答えてくれた。質問をした一夏少年だけでなく、クラス皆の視線が彼女に向けられる。

 

「確かに今回はわたくしが勝利を収めました。しかし私はイギリスの代表候補生という身、ISに触れて間もない人に負けるなんて有り得ない話だというのに、そのうえで勝負に持ち込んだわたくしにも落ち度がありますわ」

「は、はぁ……」

 

 悠々と語られるセシリア姫の言葉に、イマイチ要領を得ていない一夏少年。

 

「加えてこの度の日本国に対する侮辱の言葉の数々、クラスの皆様にも不快な思いを抱かせてしまったこと、イギリスの代表候補生として恥ずべき不作法をとってしまい大変申し訳ありませんでした。この場を以てお詫びの言葉を此処に示させていただきます」

 

 セシリア姫は綺麗な姿勢でクラスのみんなに深くお辞儀をし、謝罪してみせた。謝罪する姿にも品性が窺え、こういった社会的な作法はバッチリマスターしているのだと改めて思わされる。

 それにしても、セシリア姫の物腰が昨日と比べて随分と変わったような気がする。やっぱりこれも一夏少年の影響かな?というかそれしか思いつかない。

 

「そういうわけで、一夏さんにクラス代表を譲る形を取らせていただきましたわ。やはりIS操縦者にとって実戦こそ最高の糧、一夏さんには是非とも戦いを通して成長していただきたいですもの」

「うんうん、セシリアってば話が分かる子!」

「嫌いじゃないわ!」

「折角唯一の男性IS操縦者がクラスに居るんだから、ヨイショしておかないとね!」

「私たちは貴重な経験が積める、他のクラスの子に情報を売れる、お得だね!」

「本人の前で商売染みた発言は止めてくれ」

 

 何を今更。

 まぁでも、一夏少年の経験として良いだろうし私もどちらかというと大賛成だ。クラス代表は戦闘の機会が増えるうえ、少年は専用機持ちだから更にイベント参加がプラスされる。彼の成長を願うのであれば、この上ないポジションに違いない。セシリア姫も素晴らしい判断をしてくれた。

 

「そ、それでですわね一夏さん。わたくしのようなパーフェクトでエレガントなIS操縦者のもとで指導を受ければ、飛躍的にISの腕前が……」

 

 熱弁しているセシリア姫を余所に、私と箒ちゃんはこっそりと内緒話を行っていた。

 

「さてテオ、彼女の訓練参加をどうみる?」

≪少年の都合を考えるならば、彼女の参加は非常に好ましい。私達では遠距離戦の訓練は務まらないからね≫

「ふむ……確かに先日の試合を見る限り、彼女ならばそれが務まるだろうな」

 

 一夏少年のことをよく考えているようだ。代わりに自分が一夏少年のことを独占する気持ちが失せてしまっているのは年頃の乙女として痛手となるか……いや、私がいる以上独占とは言えないか。

 兎に角、セシリア姫を訓練に加えるのは私と箒ちゃんによる同意で決定事項となる。一夏少年もなんやかんやで彼女の申し出を受け入れるに違いない。

 

 ……が、このままトントン拍子に事が運んでしまうのもどこか味気ないので、ここらで1つ年寄りのお茶目なイタズラを行うとしよう。

 

「う~ん……でももう箒に指導役を頼んでるからなぁ」

「篠ノ之さんだって部活動がありますし、いつでも頼めるわけでもありませんわ。その点わたくしはクラス代表となる一夏さんの力となれるなら、その、に、24時間いつでも承りますわよ……?」

「そんなコンビニ感覚で応じられても……けどそうだな、そういう事なら――」

 

 よし、私の出番だ。

 

≪あぁ、少年よ。君はなんて罪深いんだろうか≫

「えっ?」

≪クラス代表を決める試合まで、箒ちゃんが懸命に君に指導をしてあげたというのに……こんな健気な子を捨てて他の娘に移り変わるなんて、恥を知りなさい≫

「いや、ちょっと待て!?」

 

 いいや、待たない。というか周りが待てないみたいだね。

 

「織斑くん……それはちょっと無いわ……」

「箒ちゃんが可哀想……」

「ポニテの子かわいそう」

「顔が良いからってなんでも許されると思わないことね!」

「ゆ゛る゛ざん゛!!」

「おいぃぃぃぃ!!?何か一瞬で四方八方から殺意が向けられてんだけど!?」

 

 そりゃあ、同じ女の子を捨てようとすれば黙っていられないだろうね。

 

「箒ちゃんとは遊びだったのね!?信じられない!」

「遊びって何が!?っていうか別に箒にはもう頼まないっていう訳じゃ――」

「織斑くん……それは先生もちょっと失望です……」

「山田先生まで!?だから違うんだって!」

≪この泥棒猫!≫

「いや、俺はそんなポジションじゃないし!っていうか猫はお前だろ!」

 

 知ってる。

 

≪まぁ冗談はさておき、少年は別に箒ちゃんからの指導を受けないわけじゃないんだよね?あくまで、これからはセシリア姫も一緒に自分の指導をして欲しいって感じで≫

「えっ、そうなの!?」

「いや、だから最初からそう言おうとしてたのに……っていうかテオ、お前知っててあんなこと言い出しただろ!?」

≪私の可愛い娘を悲しませようとした罰だよ≫

「あれ、娘も何もテオって奥さんの猫いたっけ?そんな話全然聞かないけど」

 

 ははは、こやつめ。

 というかそこで箒ちゃんのことだといの一番で思わない辺り、まったくもって末恐ろしいよ。

 

「そういうわけだからセシリア。箒と一緒にこれからよろしく頼むぜ」

「あ、えっと…………わかりましたわ」

 

 流石にセシリアちゃんも、あの騒ぎの後に反論を申し立てるようなことは出来なくなっていた。

 

 ちなみに箒ちゃんはというと……。

 

「な、何故私はいきなり矢面に立たされたのだ……?」

 

 クラス一同が味方になってくれるとは思っていなかったらしく、恥ずかしそうに俯いてしまっていた。可愛い。

 

 

 

――――――――――

 

「改めて織斑くん、クラス代表決定おめでとう~!」

「「「「「おめでとー!」」」」」

 

 パンパンと、小気味よいクラッカーの音が賛辞の言葉の後に次々と現れていく。

 クラッカーから放たれた紙ふぶきや紙テープが宙へと舞い踊り、センターに座っている一夏君の頭にも乗っかっている。

 

 因みに今いる場所は寮の食堂で、『織斑一夏 クラス代表就任記念パーティー』と言う名目でちょっとしたパーティーを開いているのだ。夕食後の自由時間に開催されており、テーブルには市販のおやつや軽食系がメインでラインナップを飾っている。ジュースも結構な種類が用意されているみたいだ。

 

 こういう場はやはり女の子達も心躍るようで、皆活き活きとした雰囲気で飲み食いやお喋りを行い始めている。

 ちなみに本日の主賓である一夏少年、その表情は重々しかった。

 

「……はは。就任パーティー、ね」

 

 笑いが乾いているよ、少年。

 

≪どうかしたのかい少年、こういうイベントは楽しまなければ損だよ≫

「いや、俺が担ぎ上げられてる時点で楽しめないんだよ……」

≪それは大変だね。ちなみに私は楽しいです≫

「だろうなチクショウめ」

 

 恨めしそうにこちらを睨みつける少年を流して、自分が食べられる食べ物を口に運ぶ私。クリスピーキッスうまうま。

 

 ちなみに箒ちゃんは、少年の右隣に座りつつ他の子たちとお喋りを楽しんでいる模様。残念だけど少年、今の箒ちゃんにこの状況を助けてもらおうとしても、手を貸してくれるか微妙だと思うよ?

 

「いやー、織斑くんがクラス代表になれてよかったねー。やっぱり唯一の男子生徒なんだから目立ってなんぼでしょ!」

「「「「「そーですね」」」」」

「千冬様の弟でしかも専用機持ち!他のクラスには専用機持ちはいないそうだから、これで次のクラス代表対抗戦はもらったわ!」

「「「「そーですね」」」」」

「なんなんだ、俺の心に酷くのしかかってくるこの森○一義アワーは……」

 

 というか相槌を打っているの、2組の子もいるようだ。道理で人数が多いなと思ったら。

 

 

「はいはーいちょっと失礼するねー」

 

 すると、テーブルの前で立食をしているクラスの子たちの集まりを掻き分けて、一夏少年の前にやってくる一人の少女が現れた。

 

「新聞部の者なんだけど、今回は話題の転入生の織斑 一夏くんに特別インタビューを行いたいと思いまーす!あ、ちなみに私は副部長の黛 薫子、これ名刺ね」

 

 テキパキした手取りで此処に来た目的と挨拶を済ませ、茫然としている一夏に名刺を渡す、薫子という名の新聞屋のお嬢さん。

 この時期に部活動の副部長という事は、多分この子は私たちより一つ上の2年生かもしれないね。どことなく雰囲気が他の子たちよりも大人っぽいし。

 

 特別インタビューという急イベントに、周りのお嬢ちゃん達のテンションも程よく上がっていく。

 ただし、それらの板挟みとなっている一夏少年の顔は酷く疲れているように見えた。南無。

 

「それじゃあ早速、晴れて1年1組のクラス代表となった感想とか今後の意気込みとか、そんな感じのコメントをどうぞ!」

「え、いやぁそのぉ…………頑張ります?」

「え~、もうちょっとアクセントの効いたコメントちょうだいよー。この学園は今から俺の物だ!とか」

「俺は魔王か何かかっ!?」

 

 一夏少年が魔王……イマイチパッとしないのは私だけかな。女の子を無差別にホの字にさせる辺りは魔王級の威力だけれど。

 

「ほらほら、なんか他にコメントない?」

「自分、不器用ですから」

「前時代的な台詞……まぁ適当に『不器用なりに魔王やって世界征服目指すぜ』とかにねつ造しとくね」

「俺をやたらと魔王扱いしたがるのはなんなんですかね!?」

「まぁそれはともかくとして、今回は織斑くん以外のピックアップ人物がいるから、そっちの方にもインタビューしようと思いまーす」

「っ!!」

 

 その瞬間、ガタッと席から立ちあがるセシリア姫。その表情は誇りに満ち溢れている。

 

「なんと猫なのにISを動かせちゃったっていう、織斑くんに負けない衝撃のビッグニュースを出してくれたテオくんへのインタビューでーす!」

「……」

 

 その瞬間、スッと席に腰を下ろすセシリア姫。その表情は何ともいえないものであった。

 

 というか、私にもインタビューをするのか。

 しかし私もかなりイレギュラーな存在だし、新聞を作る身としては是非とも情報が欲しい所なんだろうね。動物界には新聞の文化なんて当然無いから、マスコミの精神は良く分からないけど。

 

「それじゃあインタビュー開始ということで、えっと……その前にテオくんは喋れるっていう話を聞いてるだけど、ホント?」

 

 そう言えば、この子が来てから一言も喋っていなかったね。

 ……ふむ。ちょっとからかってみるか。今日の私はからかうことが多いな。

 

「にゃー」

「えっ?」

「あぁ、やっぱりデマだったか~……まぁ普通に考えて猫が喋るなんて有り得ない話だよね~」

「にゃっ」

 

 気にするな、という意味を込めて私の前に屈んでいる新聞屋のお嬢ちゃんの肩をポンと叩く。

 

「あはは、なんだかこっちの言葉が分かってるみたいなリアクションだね。喋れはしないけど、かなり賢いって感じかな?」

「にゃ~」

「それほどでもない、って?いやぁ中々謙虚な猫ちゃんだね」

 

 そう言って新聞屋のお嬢ちゃんは私の喉を優しく撫でまわし始める。ほう、これは中々良いお手前で……。

 

「おい、テオ。なんでお前急に翻訳使わなくなったんだよ」

≪いや、折角だから遊んでみようかなと思って≫

「え、今の声って……うそ、やっぱり喋れたの!?」

 

 私が喋れることを知ったお嬢ちゃんは、私の喉から手を離してひどく驚いた表情を浮かべる。完全に彼女の意表を突くことが出来たようである。

 

 はっはっは、やはりいくつになってもこういう遊び心はやめられない止まらない。

 

≪いや失敬。試しに翻訳を使わずに喋ってみたけれど、上手く気付かせないようにすることが出来たみたいだね≫

「くぅ……新聞部が偽の情報に踊らされるなんて、副部長として一生の不覚!」

≪ははは、御免よ。お詫びといってはなんだけど、一夏少年の小学生時代の恥ずかしいエピソードを1つ公開してあげるから、それで手を打たないかい?≫

「乗ったわ!録音の準備もするからちょっと待ってて!」

「なんで俺何もしてないのに、一番ダメージ受ける仕打ちを受ける羽目になってんの!?」

≪私のジョークの種明かしをしたから、とかでいいんじゃないかな≫

 

 一夏少年は犠牲になったのだ……クラスのお嬢ちゃんの好奇心を満たす器となる、その犠牲にな……。

 

「く……頼むセシリア!テオを止めてくれ!」

「テオおじ様!是非詳しく話をお聞かせくださいませ!」

「ほ、箒!箒なら……」

≪さっき他の子と一緒にお手洗いに行ったよ≫

「ちくせう」

 

 この跡、一夏少年の少年時の赤面エピソードでパーティーは大盛り上がりした。

 

 

 

――続く――

 



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第11話 2組の転校生 from China

 一夏少年がクラス代表となってから数日。

 今の時刻は朝。

 HRが開始される前のこの時間、とある話題がこの教室にいる子たちの間で持ちきりになっていた。

 

「転校生?こんな半端な時期に?」

 

 一夏少年の疑問の声がその場に発せられる。

 只今一夏少年を中心に箒ちゃん、セシリア姫、鷹月 静寐お嬢ちゃんがその周りにいる。もちろん私も。

 

「そうそう。なんでも中国からの代表候補生みたいで、しかもたった1年の期間で代表候補生の座に上りつめた天才って言われてるみたいだよ」

 

 そう、クラス……いや恐らく学年中で話題となっているのがその中国からやってくる転校生のことなのだ。

 実はただの転校生というだけでもかなり注目すべくところがある。何せIS学園は入学試験だけでも世界屈指の難易度を誇るのだけれど、そこへ転校するとなるとそれ以上にレベルが難しくなるという。

 転入を最も難しくさせるポイントとなるのが、自分の国からの推薦を受けなければならないという点である。転入生として得られる注目度は普通入学の生徒たちよりも大きく、下手に成績不振や性格上に問題があれば出身国の顔に酷い泥がこびり付く可能性が高い。なのでどの国も、推薦に関しては簡単に首を縦に振る真似は出来ない。

 今回噂になっている転校生というのは、推薦元の中国としても充分に誇る事の出来るほどの人物であり、しかも短期間で代表候補生となった天才児だという。確かにこれは、気になるビッグニュースと言えるだろう。

 

「へぇ……やっぱり代表候補生ってことは凄いやつなんだろうな」

≪中国は人口に反してISの所持数は平均的だからね、そのぶん競争率も高くなって一生懸命努力する人もかなり多いみたいだよ≫

「そして今回来る転校生は、その中から選りすぐられた屈指の実力者……クラス代表になれたからといってウカウカできんぞ、一夏」

「まぁ、どんなエリートであろうとイギリスの代表候補生であるこのわたくしには敵う筈はありませんが」

 

 そう言って腰に手をあててポーズをとるセシリア姫。改めてみるとこういう誇らしげにしている動作は背伸びしているみたいで見ていて微笑ましいものがある。

 

「まぁ転入生のことも気になるだろうが、お前は自分の事をもっと気にした方がいいぞ」

「なんで?」

「織斑くん……クラス代表は来月の対抗戦(リーグマッチ)に出場しなきゃいけないんだよ?」

「……あっ」

 

 少年、そのリアクションは完全に忘れていたんだろう。

 そもそもクラス代表を決める話の時も対抗戦について触れていたんだけどね……きっとセシリア姫とのゴタゴタがあって頭の中から記憶が飛んでいってしまったかな。

 『忘れていたな、コイツ』という視線を3人から集中的に送られると、わざとらしく咳をはらって平静を取り繕うとする一夏少年。

 

「だ、大丈夫だろ。ISの訓練も本格的に出来るようになるんだし、箒とテオとセシリアの3人に教えてもらえるんだから」

「かと言って油断していると痛い目をみますわよ」

「無様な結果を残す羽目になりたくなければ、慢心は捨てることだな」

「oh……」

 

 皆から指摘を浴びせられ、少年はついに両手で顔を覆い隠してしまう。周りに君の味方はいないらしい。

 

「あれ?2組は専用機持ちじゃないのか?」

「うん、2組の子たちもそのことで愚痴ってたよ」

「2組のクラス代表を貶すつもりはないが、条件だけ鑑みれば今の一夏にとって唯一の有利な点だな」

「そうですわね。訓練機と専用機の差は大きいですから、それなら一夏さんも来月まで特訓を重ねれば勝利する可能性は――」

 

 と、その時であった。

 

「その情報、古いよ!」

 

 快活な声が私たちの会話を突然遮る。

 そこにいたのはツインテールの女の子だった。扉のふちに背中を預け、両腕を組み片膝を曲げるというナイスなポージングをしながら、その瞳は私達を捉えていた。

 

「このあたしが2組に入り、クラス代表を譲ってもらったからにはそう簡単に勝てると思わないことね」

 

 そう言ってニッと不敵に笑う少女。その口元からは、尖った白い八重歯が見える。

 

「何あの子?あんな子いたっけ?」

「もしかして、噂になってる転校生じゃない?」

「いや迷子よアレは。高校生にしては見た目が幼すぎるわ」

「そこのあんた、あとで屋上」

 

 彼女の登場と共に、クラスの皆の動揺が広がっていく。

 

「あなたがもしや、中国から来た転校生……!」

凰 鈴音(ファン リンイン)、2組のクラス代表としてここに宣戦布告させてもらうわ」

 

 ドン!という強調音が浮かび上がって来そうな雰囲気を放つお嬢ちゃん――凰 鈴音ちゃん。

 ふむ、そうだね……鈴ちゃんと呼ぶことにしようそうしよう。

 

「鈴……なのか?」

「ふふん、久しぶりじゃない一夏」

「久しぶりと言えば久しぶりだけど……なんだそれ、全然似合ってないぞ」

「んなっ!?」

 

 一夏少年の言葉に反応した鈴ちゃんは、先程まで浮かべていた自信ありありの表情を崩し、意表を突かれた様子となる。

 成程、こっちが彼女の『素』というわけか。

 

「あんたねぇ、人が折角いい感じの登場で決められたっていうのに――」

「おい」

 

 あっ。

 

「なによ、邪魔しな――てゃっ!?」

「ほう、教師に対して随分と嘗めた言葉遣いじゃないか。転校早々そんなに目を付けられたいか?凰」

 

 鈴ちゃんの背後から、いつもより割増で目つきが鋭くなっている千冬嬢がやってきた。まぁあの子のいる場所は皆が入るための入り口だし、もうすぐでSHRの時間だからこうなるか。

 

「SHRの時間だ、貴様もさっさと自分の教室に戻れ。そしてそこで突っ立っていると邪魔だ」

「ち、千冬さ――」

 

 バシーン!

 出席簿が鈴ちゃんの頭へと容赦なく叩きつけられた。

 

「織斑先生と呼べ、馬鹿者」

「は、はいぃ……」

 

 千冬嬢の威に押され、鈴ちゃんは涙目で頭を押さえながら自分の教室へそそくさと去ってしまった。

 

 なんとも言えなくなった空気の中、一夏少年がポツリと一言。

 

「……あいつ、IS操縦者だったんだ。初めて知った」

 

 その言葉に反応したクラスの子達はセシリア姫を筆頭に、その発言の意味を追究すべ彼に詰め寄っていった。

 

 当然SHRの前だというのにそれを見逃すような千冬嬢ではなく、一夏少年に駆け寄っているお嬢ちゃん達の頭に次々と出席簿の一撃を浴びせて、僅か数秒で鎮圧してしまった。

 

 

 

――――――――――

 

 それから鈴ちゃんと落ち着いて話が出来るようになったのは、昼休みになってから。それまでは休憩時間が10分と短かったり、教室の移動も行われたりでゆっくりと話せる時間が無かったのだ。

 

 私、一夏少年、箒ちゃん、セシリア姫が食堂に行くと鈴ちゃんが券売機の前でスタンバっていたので、それぞれ注文を取ると広く空いたスペースを見つけ、そこで食事を取ることになった。

 どうにも鈴ちゃんと一夏少年の話しぶりを聞いていると、昔から交友があるような印象を受けた。しかし私も箒ちゃんも鈴ちゃんのことは知らなかったので、一夏少年にそのことを尋ねてみた。

 どうやら一夏少年曰く、鈴ちゃんは私達が一夏少年と別れてから彼の学校に転校してきたらしく、なんやかんやあって少年と友達になったという。そしてそのまま同じ中学校に通い、彼女が中学2年生の終わり頃に中国に帰国することとなり、連絡が無いまま現在まで至る、と。

 

 このことから一夏少年は箒ちゃんの事を『ファースト幼馴染み』、鈴ちゃんを『セカンド幼馴染み』として捉えているとのこと。

 小学5年生から知り合ったって、それは幼馴染みと言えるのだろうか……?まぁいいか。

 

「それにしても、ホントに猫がIS使えるなんてね……一体どういう原理でそうなってんの?」

≪さぁ、私にもさっぱり。そんなこと言ったら少年の方こそどうなんだい?≫

「言われれば確かにね。なんであんたはIS動かしちゃってんのよ」

「さぁ、俺にもさっぱり」

 

 ちなみに私のことについては今しがた自己紹介をしたので、鈴ちゃんは既に理解済みである。私が喋った姿を見た時はかなり驚いていた様子だったが、翻訳機が正体だと知ると直ぐに納得して順応してくれている。理解が早いのは話を進めやすくて助かるが、個人的には愉悦を満たす為に面白いリアクションを……ゲフンゲフン。

 

「まっ、別に理由なんてどうでもいいわ。それより一夏、あんたクラス代表になったんですって?もうISには慣れたって言うの?」

「お生憎、まだまだ付き合いが浅いもんで慣れてないよ。ホントに何で代表になったんだか……」

「あたしが知るわけないでしょうが。ま、まぁISに慣れてないっていうのなら私としては好都合ね」

 

 その言葉を聞いた一夏少年は、ムッと機嫌を損なった表情になる。確かに今の発言は少年にとってはあまりいい気分になるものではなかっただろうね。

 

 まぁしかし、鈴ちゃんの言葉も仕方ないと言えば仕方ない。

 彼女は2組のクラス代表、そして少年は1組のクラス代表。今度のクラス対抗戦において戦う可能性のある相手となるのだから、クラスの勝利を狙うためには相手の実力が劣ってくれていた方が勝率が高ま――。

 

「だ、だからその……もしよかったら、あたしがあんたの訓練に協力してあげても……い、いいわよ?」

 

 察しました。

 この子も既に一夏少年に惚れた子(ハーレム要員)となってしまっていた。もう彼を見ている目が幼馴染みを懐かしむだとかそういうのではなく、完全に乙女のそれになってるんだもの、頬が赤らんでるんだもの。これは確定ですわ。

 

「おぉ、本当か!?それはありがた――」

「なりませんわ!」

 

 一夏少年の嬉しそうな声を遮ったのは、セシリア姫であった。バンッと力強くテーブルを叩きながら鈴ちゃんを睨みつける。

 

「もう一夏さんにはわたくしが指導を行うという方針で決まっているのです!2組の貴女から施しを受けるような真似は致しませんわ!」

「いや、私も指導に当たるんだが……」

 

 立ち上がって力説するセシリア姫を、傍らの箒ちゃんが呆れた様子で見つめている。

 

 だが一方の鈴ちゃんは、セシリア姫の力強い言葉を聞いても素知らぬ表情のまま。

 

「ふぅん、っていうかあんた誰?」

「ふっ……わたくしを知らないとは同じ代表候補生として恥ずかしいのではなくて?まぁいいでしょう、わたくしはイギリスの代表こ――」

「あ、やっぱり別に興味なかったからいいわ」

「――うほ……んなっ!?」

 

 もう少しで名前まで名乗れそうだったところを鈴ちゃんの容赦ない一言で妨げられたセシリア姫。しかもその内容が聞き捨てならなかったようで、自己紹介を忘れてより一層の敵意を鈴ちゃんに向ける。

 

 しかし鈴ちゃん選手、これも華麗にスルー。どうやらこの子の目には今、一夏少年しか映っていないらしい。猫のIS使いである私やファースト幼馴染と呼ばれた箒ちゃんはセシリア姫よりは興味を向けられているようではあるが、一夏少年に比べたら微小でしかないだろう。恋敵とマスコットキャラクターじゃあ恋人への視線を奪うなんて無駄か。

 

「ねぇ一夏、今日の放課後ってヒマでしょ?ヒマよね、ならどこかで話でもしない?積もる話も結構あると思うし」

「おっ、そうだな。じゃあ弾のとこの店にするか?あいつとも会っておきたいだろ?」

「えっ、いや……弾とはまた今度で、その、いいんじゃない?」

「なんで?」

「べ、別に良いでしょ!一々聞くんじゃないわよ、馬鹿!」

「なんで怒られてんだ、俺」

 

 解せないでしょうねぇ。解せたら今頃君には彼女が出来てるだろうね。

 

「……というわけで、悪いけど今日の訓練は休ませてもらっていいか?」

≪あぁ良いよ。ゆっくりお話ししてらっしゃい≫

「ちょっと、おじ様!?」

「サンキュ、テオ。それじゃあ鈴、後でメールで場所伝えとくから、メアド教えてくれ」

「しょ、しょうがないわね。そんなに言うなら教えてやってもいいわよ」

「別に言うほど頼み込んでないけど……」

 

 ちょうど食事を終えた二人は、そのまま食器を片づけに席を離れていった。

 

 二人が食器置き場のスペースにいる辺りで、セシリア姫がこちらに向かって切羽詰まった顔を近づけてきた。

 

「おじ様、一体どう言うつもりですの!?あのままではあの中国の子に一夏さんを取られてしまいますわ!」

≪落ち着きたまえ、姫。まさか今日1日で少年が鈴ちゃんと結ばれると思うのかい?≫

「だって幼馴染みですわよ!?互いによく知り合った仲が久々に出会いを果たして、何も起きないとでもお思いで……あっ」

「察してくれて何よりだが、私に対するその憐れんだ視線は止めてくれ」

 

 箒ちゃん、全然進展なかったもんね。

 いや、この場合は少年だけじゃなくて箒ちゃんがやたらと恋愛アピールに消極的だったのも原因の一環なんだけど。

 

≪そういうわけだよ。それに付き合いに関しては箒ちゃんの方が長いんだし、もし付き合いの長さ云々で付き合えるんなら、とっくに箒ちゃんが付き合ってるよ。ついでにあの子は、普段はハツラツとしているけれど恋事に関してはドが付くほどの素人で素直になれない、典型的なウブな元気っ子キャラだ。ストレートに告白とかは期待しなくていいだろうね≫

「したくもありませんわ。けれど、万が一一夏さんの方から言い寄ってしまったら……」

≪久しぶりに会えた女の子との話の場に、別の友人を加えようとしてるあの性格で?≫

「あぁうん、絶対にありえませんわね」

 

 納得してくれたみたいで何より。

 

≪男に限らず、生き物って言うのは自分の好きにしたい自由な時間というのが欲しいものだ。姫が少年と一緒に過ごしたい想いは重々理解しているけれど、それを汲んで程良い距離感を測るのも淑女として必須のスキルだと思うよ?下手にくっつこうとしたり、制限をかけるのは場合によっては逆効果となるのを覚えておいて損は無い筈さ≫

「っ!おじ様……流石は紳士の鑑、アドバイスは確かに受け取りましたわ!ありがとうございます!」

 

 セシリア姫は先程までの不安な表情から一変して晴れやかな表情で私にお礼を述べてきた。可愛い。

 個人的には箒ちゃんと一夏少年が結ばれることを望んでいるけど、そのために他の子たちを蹴落とすような真似はしたくないからね。恋する乙女に協力を求められたなら喜んで力を貸す姿勢でいるよ、平等に。

 

「ところで、箒さんが何も仰らなかったのはそういうことですの?」

「ん?いや、久しぶりに幼馴染みと会って色々と話したいことがあるというのは私も共感出来るからな、彼女の希望を踏み躙るわけにはいかないだろう?」

「……おじ様、箒さんは本当に一夏さんのことが好きなんですの?」

≪その筈なんだけどね≫

 

 

 

 

 

 その日の夜、微妙な表情をして部屋に帰ってきた一夏少年と、翌日には機嫌を思いっきり悪くしている鈴ちゃんの姿を見ることになったのは、流石の私も予想外過ぎた。

 

 

 

――続く――

 




原作では一夏の部屋で行われた酢豚プロポーズの件は、近場のファミレスで行われることになりました。
公衆の面前でいきなり怒鳴り出す鈴、そのまま置いてかれる一夏、気まずい雰囲気になった店内……みんなお気の毒ことに。






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第12話 喧嘩するほど……?

 

 鈴ちゃんがIS学園に転校して一週間が経過した。

 あれから彼女はずっと機嫌が悪く、廊下で会う度に目つきが千冬嬢のように鋭くなっていた。彼女の『現在イライラしています』と言わんばかりの雰囲気には、誰にも声を掛けることが出来ず、知人である一夏少年が声を掛けようとしてもそっぽを向いて無視をする有様。折角の転校生としてのスタートだというのに、非常に心配になる滑り出しだ。

 

 こうなった原因は不明だが、恐らくは……。

 

≪で、今回は何をやらかしたの?≫

「いや、俺がやらかしたの前提かよ」

「違うのか?」

「……多分、俺の所為」

 

 私と箒ちゃんに詰め寄られ、観念した一夏少年は項垂れながら肯定した。

 

 鈴ちゃんの不機嫌の理由は、どう考えても一週間前の放課後で一夏少年と何かあったとしか思えない。あの日少年が帰ってきた時、この子もなんだか気分が沈み気味だったし。

 そしてこうして自分の所為だと自白しているのだから、後は何があったのかを聞き出すだけだ。

 

 ばつが悪そうにしている一夏少年を箒ちゃんと共に催促し、その詳細を話させた。そして彼が語ったのは、次の通りであった。

 

「正直、俺にも良く分からないんだ。昔の約束を覚えてるか確認されてさ、俺はちゃんと覚えてたって言うのに向こうがなんか急に怒りだしてさ」

≪ほう、なんていう約束だい?≫

「えっと……『あたしの料理の腕が上がったら、アンタに毎日酢豚を食べさせてあげる』っていうのだけど」

「なっ……」

≪ありゃま≫

 

 おやおやおやおや。

 それってもしかして、人間がドラマとかで使っている『私が毎朝味噌汁を作ってあげる』っていうあれじゃないか。酢豚にアレンジされていてかなり胃がもたれそうだけど、あの子の少年に対する感情を照らし合わせると、多分そういう意味だったのだろう。

 しかし鈴ちゃんも恋事にはヘタレ気味かと思っていたけど、中々思い切ったことをするじゃないか。だいぶ遠回し気味になってるのがアレだけど。

 

 私たちの反応を余所に、一夏少年は言葉を続けた。

 

「で、俺はそれを『毎日酢豚を奢ってくれる』ってちゃんと覚えてたんだぜ?なのにあいつそれを聞いた途端ガチでキレてさ」

≪うわぁ……≫

「うわぁ……」

「え、何そのリアクション?何がどうしてそんな反応なんだ?」

 

 いや、だって君、いや、ねぇ?

 まさかプロポーズの言葉をそんな風に覚えちゃうなんて、どうなのよ?よりにもよって自分を好いてくれている子の告白を、そんな形で受け取っちゃうなんて……。

 

 ほら、箒ちゃんも少年を見る目が完全に冷たくなってるよ。怖い。

 

「一夏、とりあえずお前は腹を切る覚悟をしておけ」

「切腹!?そんなに俺が悪いの!?」

≪7割くらいかな≫

「7割なら切腹までしなくてもいいんじゃないか!?」

「言いだしっぺが言うのも何だが、10割なら切腹してもいいのか……」

 

 しかし、たった今言った通りだけど今回の件は全部一夏少年が悪いというわけではない。

 確かに自分に好意を向けてくれている女の子の告白を変化球で打ち砕いた少年の読解は許されない所業だが、その告白をした鈴ちゃんにも非はある。

 だってこれもさっき言ったけれど、元ネタの『毎朝味噌汁を(ry』から歪曲したあのセリフで、この朴念仁の一夏少年に通用するとは私は到底思えない。『異性としてあなたを愛しています』くらいのど真ん中ストレート級でいかないと伝わらないくらい、彼のジャッジは厳しいんだ。……これでもいけるのかな?アレ。

 

 まぁそれはともかく、今回の件を解決するのはかなり簡単なことだ。

 

≪取り敢えず少年は、あの子に会ったらちゃんと謝っておきなさい。それまでなんであの子が怒ったのか理由をしっかり考えて、それでも分からなかったら素直に訊き出すように≫

「わかった……ところで、二人は鈴がどういう意味でああ言ったのか分かるのか?」

「当然だ」

≪だけどこれは君達の中で解決しないといけないからね。それも含めてちゃんと考えるべきだ≫

「……ハイ」

 

 しれっと答えを聞こうとしたな、少年。けどダメ。

 

 兎にも角にも、後はちゃんと一夏少年が謝って鈴ちゃんがそれを許してくれれば万事OKである。

 

 

 

――――――――――

 

 それがどうしてこうなった。

 

「アンタ、ほんっといい加減にしなさいよ!!」

「はぁっ!?だからさっき謝ったんだろ!」

「えぇえぇ謝ったわね『約束を間違って覚えてたみたいでゴメン』って!『みたい』って何よ『みたい』って!謝るんならちゃんと意味を分かってから謝りなさいよ!」

 

 それから鈴ちゃんと私たちが腰を落ち着けて話す機会ができたのは、一週間後にクラス対抗戦を控えた、放課後の特訓の前だった。

 

 いつものように少年の訓練に来ていた私たちであったが、鈴ちゃんは私たちよりも前に第3アリーナのピットで待機していたのだ。ピットのドアが開かれた瞬間に腕を組み、不敵な笑みを浮かべた彼女の姿がそこにあったのだ。

 どうして朝はあんなしかめっ面をしていたというのに、今は笑っているのか気になったが、その後の会話ですぐに知ることが出来た。

 

 どうやら鈴ちゃんは一夏少年がそろそろちゃんと反省をしてくれているだろうと思っていて、自分に謝罪の言葉を掛けてくれると信じていたらしいのだ。それで今日、その謝罪を聞くために先にアリーナのピットで待っていたという。

 その日の昼休みに一夏少年が『なんだか鈴に避けられてる』とグチっていたため、今日まで少年は鈴ちゃんに謝れていなかった。なので少年は、ちゃんとこの場で謝罪をした。

 

 ……と、ここまでは良いのだが。

 言葉を交わすたびに、いつの間にか二人とも険悪な雰囲気を醸し出してしまっていて、結果的には今のような口論が繰り広げられている始末となっているのだ。確か鈴ちゃんが一夏少年の謝罪に言葉の一片に反応してからだったかな。覚えてないけど。

 

「俺なりに考えたけど分かんないって言っただろっ!だから先ずは謝っておこうって思ったしテオもそうしとけって言ってたんだ!そもそも、あの約束は本当はどういう意味で言ったのか教えろよ!」

「いや、その、教えるのはちょっと……」

「はぁ?」

「せ、説明したくないからそう言ってるんでしょうが!それくらい察しなさいよ!」

「そんなの分かるか!」

 

 はぁ……鈴ちゃん、そこで勇気を出して言ってしまえばいいだろうに……やっぱりこの子、恋愛事にはヘタレちゃうタイプか。

 

 というかこの口論、いつまで続くんだろ。箒ちゃんもセシリア姫もかなり居心地が悪そうだ。

 

「だったらこうしましょう!今度のクラス対抗戦で勝負して、負けた方は勝った方の言うことをなんでも一つ聞くこと!」

「あぁ良いぜ。俺が勝ったらあの約束の意味を教えてもらうからな」

「せ、説明は……その……」

「なんだ?嫌なら止めてやってもいいんだぜ?」

「や、やるわよ!アンタこそ土下座なり焼き土下座なり、謝る練習しときなさいよ!」

 

 焼き土下座は、マズイ。

 というか鈴ちゃん、勝って一夏少年に何を要求するつもりなんだろうね。謝罪なら少年も言ったけどもうやってるし、約束の意味を自分で解れって言うのなら無茶な要求だと思うけど。

 

「だから、もう謝っただろ馬鹿」

「馬鹿って何よ!それならアンタはアホよ!マヌケ!朴念仁!」

「うるさい、貧乳」

 

 その瞬間、鈴ちゃんの動きがピタリと止まった。

 

 一夏少年も、『やばい』と言いながら口を手で隠し失言のリアクションをとる。

 だが、もう遅かったようだ。

 

 鈴ちゃんは今まで見たどの表情よりも怒りに燃えた顔つきで、一夏少年をギロリと睨みつけた。一夏少年でなくても、この睨みを受けてしまっては同様せざるを得ないだろう。

 

「アンタ……言ってはならない事を言ったわねぇ……!」

「い、いやすまん。今のは俺が悪かった」

「今の『は』!?今の『も』よ!?いつだってそう、いつだってアンタが悪いんじゃないのっ!!」

 

 鈴ちゃんはISを腕部のみ展開させると、一夏少年の横すれすれに狙いを定めて、拳を振るった。

 鈴ちゃんと一夏少年の距離は腕一本分よりも離れており、ISを装備したところで、拳は少年の身体にも届かない距離で止まりきっていた。

 

 しかし、一夏少年の後方の壁が鈴ちゃんの拳が振るわれた直後にベゴン、と大きな音を立てた。

 鈴ちゃん以外の皆が音のした方に視線を向けると、壁には直径30センチ程度の丸い窪みが出来上がっていた。

 

≪(ほう、なるほど。あれが……)≫

 

 私と鈴ちゃん以外の皆が突然出来上がった壁の窪みに驚いている中、鈴ちゃんがISを解除する。

 

「絶っっっ対に許さない!!今度の対抗戦で容赦なくぶっ潰してやるわっ!アンタなんか馬と鹿に食まれて死ねっ!!」

 

 凄まじい啖呵と共に、鈴ちゃんはズンズンと音を立てそうな勢いでピットから出て行ってしまった。その剣幕に、自動ドアでさえも動きや音が萎縮してしまっているような気がするほどである。

 

「え、え~っと……それじゃあ一夏さん。訓練の準備をいたしましょう?」

「あ、あぁ……」

「そ、それじゃあ私たちは先に更衣室で着替えを済ませておくぞ」

 

 気まずいことこの上ない雰囲気だったが、セシリア姫が思い切って声を掛けてくれたお陰で、一夏少年たちもようやく動き出すことが出来た。

 そんなこんなで、奇しくもクラス代表を決める決闘のような約束事が降りかかる一夏少年であった。

 

 私もちゃんとしたアドバイスが出来ていなかったみたいだから、少年にお詫びを考えておかないといけないね。まさかアレで失敗することになるとは……最近の若い子たちの思想は凄いと思いました。まる。

 

 

 

――続く――

 



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第13話 剣VS.龍

 クラス対抗戦、当日。

 結局、一夏少年と鈴ちゃんの関係が修復される事がないまま、この日を迎えることとなった。

 

 場所は前回の時と同様で第3アリーナ。

 授業の一環なので一般生徒は観戦する必要があり、アリーナの観客席は満席状態。専用機持ち同士の戦いとあってその熱気は一段と高まっている。

 

「一夏、今ここでちゃんと謝ってくれるなら少しくらいは痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」

「いらねぇよそんなの。全力で来いよ」

 

 開放回線(オープン・チャネル)でアリーナ内の二人が言葉を交わしている中、管制室にいる箒ちゃん達は鈴ちゃんの身に纏っているISを注意深く観察していた。

 

「あれが中国の第3世代機【甲龍(シェンロン)】か……一夏の白式と同じ近接格闘型のようだな」

「えぇ。しかも先の件を考えるとパワータイプである可能性が濃厚ですわね。一夏さんの今の操縦レベルでは、どの攻撃も気を抜くことは出来ませんわ」

 

 一夏少年は、クラス代表決定戦の時よりも確かに腕は上達している。

 しかし、一夏少年の前にいるのは中国でも特に実力の高い子だ。たった一月特訓したくらいでは、あの子の領域に届くのは到底不可能な話である。今回も恐らく、苦戦は免れない戦いとなるだろう。

 

『それでは、試合を開始してください』

 

 試合開始を告げるアナウンスが、二人のIS操縦者を突き動かした。

 

 一夏少年が開始と同時に召還した武器は、言わずもがな雪片弐型。日本刀型のブレードが少年の手に納められる。

 

 対する鈴ちゃんは、曲線の刃が特徴的な平型の剣を召還すると巧みな手つきでそれを回しながら、一気に肉薄して一夏少年に斬りかかった。

 

 少年も素直に喰らうわけが無く、刀で防御を行った。雪片弐型とサーベルが激しい金属音を散らかしながらぶつかり合う。

 

「お生憎、一本だけと思ったら大間違いよ!」

 

 互いの得物で鍔迫り合う中、獰猛な笑みを浮かべた鈴ちゃんのもう片方の手には、先程出現させたブレードと全く同じ形状の物が握られていた。そして、一閃が振るわれる。

 

 『なっ!』と慌てた声を漏らした一夏少年であったが、間一髪のところで第2撃の刃を回避し、後方へと飛び下がった。

 

 鈴ちゃんは少年をすぐに追いかけることはせず、2つの得物の後端を接続させ、チアバトンのように軽やかに振り回してみせた。

 どうやらあの武器はああして連結することができるらしい。攻撃のバリエーションを考えると、アイデアとしては非常に面白い仕組みだ。

 私もISで彼女の武器を確認してみるが……成程、あれは【双天牙月】という武器なのか。中々カッコイイ。

 

「さぁ、まだまだ行くわよ!」

「くそ……来い!」

 

 両者は再び剣劇へと場面を移し替えて行く。

 鈴ちゃんの武器の扱いは非常に器用なもので、薙刀のように斬りかかったかと思えば、すかさず連結を外して二刀流のように剣を振る舞って見せる。加えて武器の変化に合わせて瞬時に間合いを調整している辺り、意識の有無は判断出来ないが彼女の才能の高さが窺える。

 

 一方の一夏少年は、そんな鈴ちゃんの変則的な攻撃スタイルにかなり押されている様子。攻撃を防いでさぁ反撃!と思いきや鈴ちゃんの対応が素早くすぐにガードに移らないと逆に攻撃を喰らってしまうというシチュエーションが度々発生し、攻撃の機会を見失ってしまっている。これも白式の攻撃種類の少なさが災いしている。

 千冬嬢は『一夏はゴチャゴチャと物を持たせるよりも、1つの事に集中させてやった方が性に合っている』と言っていたし、そこはどうしようもない問題なんだけど。

 

「ほらほら一夏、遠慮せず攻撃してくれてもいいのよっ?」

「く……調子に乗るなよ!」

「アンタがね。貰ったわ!」

 

 一夏少年の刀が横に逸らされた瞬間、甲龍の肩部の球型のアーマーが作動して光を放った。

 そして一夏少年は、その場から吹き飛ばされた。

 

「なにっ!?」

 

 突然の出来事に目を見開いている少年。しかし状況は彼に理解する時間を与えることを許してはくれなかった。

 甲龍のアーマーの同じ部分が、先程よりも強い光を放ったのだ。

 そして一夏少年は、更に勢いよく吹き飛ばされてアリーナの壁に衝突した。

 

「……」

「一夏さんっ!」

 

 箒ちゃんとセシリア姫。反応は異なるが少年の身を案じているのはどちらも同じであった。

 

≪うーん、衝撃砲を初見で見破るのはやっぱり難しいか。厳密には初見という訳じゃないけど≫

 

 私の独り言を聞き取った箒ちゃんとセシリア姫が、苦戦する一夏少年の姿で揺らいだ心を落ち着かせ、その頭の中で情報を整理し始める。

 

「衝撃砲……聞いたことがある。空間に圧力をかけて砲身を作り出し、それによる衝撃自体を砲弾として撃つ兵器だと」

「えぇ、その通りですわ。砲身・砲弾共に見えないのが大きな特徴で、目視するのはほぼ不可能。ハイパーセンサーによる早期感知が無難な対策と言われていますが、間に合わないケースが殆どだと聞いていますわ」

「わぁ、篠ノ之さんもオルコットさんもすごいですね!まだ授業で教えていない項目なのに、ちゃんと知っているなんて」

「い、いえ。偶々知っただけですから……」

「わ、わたくしも代表候補生として他国のIS情報の知識を持つのは常識ですわ」

 

 謙遜している箒ちゃん達だが、真耶ちゃんに褒められて嬉しそうにしている。

 

 画面ではアリーナ隅から復帰した一夏少年が、衝撃砲に翻弄されている姿が移っている。やはり見えない攻撃というのは非常に厄介な代物らしく、上手く避けられずにポツポツと砲弾を受けて、着実にダメージを蓄積させられているようだね。

 射的距離はあまり長くないらしいから遠距離からの攻撃が有効打になるんだけど、少年は遠距離武器を一つも持ってないからねぇ……。千冬嬢から教えられた【瞬時加速(イグニッション・ブースト)】で一気に距離を詰めるしか今のあの子には手段が無いかもしれない。幸いにも鈴ちゃんは少年がそれを使えることは知らないだろうし、不意を突くつもりで一気に行けば、勝利の道筋になるだろう。

 

 何はともあれ、ここが正念場だよ少年。

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

「っ!?アリーナ上空に高エネルギー反応を感知!」

「「「っ!?」」」

 

 私のISにも、瞬時に情報が掲示される。

 高熱反応感知、2.6秒後に着弾。発射源検索完了、一致無しのため所属不明のISと認識。

 

≪……っ!≫

 

 そして、ステージに大きな衝撃が巻き起こった。

 

 

 

◇   ◇

 

 アリーナの障壁が謎のエネルギーによって破られるまでは、2人は出し惜しみをするつもりなく戦っていた。一夏は零落白夜を発動するチャンスを見出しかけており、鈴音は一夏の纏う空気が研ぎ澄まされたことを勘で察知し、それに警戒を強めていた。試合はその時、フィナーレを告げようとしていたのかもしれなかった。

 

 だが、謎のエネルギーが障壁を破壊し、破壊された個所から謎の物体がアリーナへと侵入してきた。

 轟っ!と凄まじい音を立てながら落下してきたそれは激しい砂塵を巻き起こし、アリーナで戦っていた2人の視線を集めたのだ。

 

『所属不明のISを確認、ロックされています』

 

 2人のISが、そのような警告を表示した。その時点で2人には2つだけ理解出来たことがあった。

 1つは、突然ここに侵入してきて、今は砂塵の中にある物の正体はISなのだと。

 そしてもう1つは、そのISに自分達は狙われているのだと。

 

「一夏」

 

 鈴音の声が、緊張の色を纏っている。

 ISのハイパーセンサーでそのことが容易に分かった一夏は『分かってる』とだけ返事をした。本当のことを言うと、分からないことの方が沢山ある。何せ今まで自分達は試合をしていたのに、急にこのような事態になったからだ。

 しかし、自分たちが今危険な場所に立っているということは、漂う空気が教えてくれていた。

 

「一夏、アンタはピットから逃げなさい」

「逃げろって、お前はどうするんだよ?」

「ここで食い止めるしかないでしょ。アンタを逃がすための時間を稼がなくちゃいけないんだし」

 

 砂塵に目を離さずそう伝える鈴音。

 

 しかし一夏は、それに強い反感を示した。

 

「馬鹿、お前を残して逃げるなんて出来るか!」

「アンタは弱いんだから、あたしがなんとかしないといけないでしょ!あたしだって最後までやりあうつもりはないし、先生たちも事態を収めるために動いてくれて――」

 

 反論をする一夏に対し、砂塵から視界を離して彼に視線を向けながらそう言い返す鈴音。

 視界から外した砂塵の中からレーザーが撃ち出されたことに気付き、刹那の時間でそれをいなす術を、その時の彼女は持ち合わせていなかった。

 

「鈴、危ないっ!」

 

 砂塵を視界に捉えていた一夏はレーザーの発射にいち早く気付くことが出来、彼女を即座に抱き抱えると間一髪のところでレーザーを回避することを成功させた。

 もしあのレーザーに当たっていればひとたまりもなかっただろうな、と嫌な汗を流しながらそんなことを想う一夏であった。

 

 なお、抱き抱えたということは、つまり一夏は鈴をお姫様抱っこしている状態なのだ。

 

「ちょ、馬鹿!早く離しなさいよ!」

「おわっ、分かった、分かったから暴れるなって!」

「ひゃんっ!?ちょっとアンタっ、ど……どこ触ってんのよ!」

「いや、っていうかこんなことしてる場合じゃ……!」

 

 そんな感じで空中でじゃれ合っている二人であったが、彼らの元に通信が入ってくる。

 通信元を見て見ると、それは山田先生からであった。

 

『織斑くん、凰さん!すぐにアリーナから脱出してください!先生達がすぐに侵入者の制圧に向かっていますので、攻撃が本格的になる前に早く!』

「……いや、先生達が来るまで俺たちが食い止めます」

「そうね。アリーナの障壁を破るような装備したあいつをこのまま放っておいたら、被害がもっと増えるかもしれないし」

『何を言ってるんですか!?危険ですから直ぐに退避を――』

 

 山田先生の声は、半ばでぶつ切りになってしまった。一夏も鈴音も通信を切ってしまったからだ。

 2人は既に、侵入者のISと戦う覚悟を固めているのだ。

 

「っていうかあんたはいつまで抱き抱えてんの……よっ!」

「ぶへっ!?」

 

 一夏の顔面を的確に捉えた、甲龍の腕部が彼の頭部に衝撃を与える。

 

 ここで説明するのはいささか場が違うかもしれないが、ISの絶対防御というのは完璧なものではなく、シールドエネルギーを突破する程の攻撃力があればIS本体にダメージを貫通させられてしまうようになっている。

 すなわち、今の顔面への一撃はシールドエネルギーを突破する程の鋭いものだったという事になる。そのキレは侵入者のISに向けて欲しいと思う所だが、この場で冷静にそれを思う者はいなかった。

 

「まったく……で、結局あんたは逃げないのね?」

「いつつ……当たり前だろ。さっきも言ったけど、お前を残して逃げるなんて絶対に嫌だ」

「あっそ。なら、いっちょ共同戦線といくわよ!」

 

 その言葉を皮切りに一夏と鈴は互いに武器を構え直す。

 そして砂塵の中から現れた、一際大きい不気味なISに向けて、2人は果敢に向かっていったのであった。

 

 

 

◇   ◇

 

 私は今、アリーナの外へ出ていた。

 

 ふむ、アリーナの方が再び騒がしくなっているようだ。耳を澄まして聞いてみるけど、女の子達の悲鳴とかではなく者が壊れる音や爆発音などばかりが聞こえてくる。妥当な線として、侵入してきたISが暴れ始めていると考えるべきかな。

 

 それにしても、一夏少年と鈴ちゃんは無事に脱出しているだろうか。いや、あの子達の事だから十中八九戦うつもりでいくだろうし、脱出の線は考えるだけ無駄かもしれないなぁ。

 あまり無茶はして欲しくないんだけど、そればかりは現場の子たちに任せるしかない。

 本当ならば、彼らの傍にいてあげたいんだけどね。あのISがどれほどの危険性を秘めているか、私も把握しきれていないし。あのISからは左程嫌な予感は感じられなかったから、大事にはならないとは思うけれど。

 

 しかし、私も用事が出来てしまった。

 実はあの侵入者が障壁を破った直後のことなのだが、学園の郊外に微弱なIS反応をキャッチしたのだ。アリーナの侵入者の方にセンサーが強い反応を示してしまったことによって真耶ちゃんも多分気付くことができなかったのだろうが、恐らくそれは狙ってやったことの筈だ。

 つまりアリーナ以外にも、別の侵入者が現れている。

 

 これを終わらせないとあの子達のもとには戻れそうにないな。

 

≪そこまでだ≫

 

 私の視線の先にいる二つの存在に対して、声を掛けた。

 私の前で佇んでいるその二つは、この学園の生徒などではなかった。

 

 姿こそ人型に近くはあるが、腕と肩が一体化しているかのような形状をしており、この時点で人間が搭乗しているか怪しく思える様なフォルムをしている。加えて腰は不自然な細さと曲線を描いていて、足は人が乗るには窮屈そうな形をしている。

 形容してみれば、まるで土器人形を機械的にしたかのような物だ。

 

 私は奇妙なその2つに対して、続けて言葉を掛ける。

 

≪ここは関係者以外立ち入り禁止の施設だよ。騒ぎを大きくする前に、速やかに許可証もしくは身元を証明できる物を提示したまえ≫

『…………』

 

 反応なし、ね。

 普通なら私が喋れることに何らかのリアクションがあると思うんだけど、微動だにしないか。

 ……まぁ、どうせ無人機だろうから期待していなかったけどね。

 

『殺害ターゲット、篠ノ之 箒の阻害となる対象を確認』

『任務遂行の障害排除に移行、戦闘形態に突入』

 

 ……ほぅ?

 今、箒ちゃんを殺害……と言ったかな?機械のくせに随分と物騒な事を言うじゃないか―――

 

 

 

 

 

―――このガラクタどもは。

 

≪【銀雲】≫

 

 名を呼んだ刹那、私の専用ISである銀雲は、日の光を受けて銀色の輝きを放ちながらこの身を纏い終えていた。

 

 私のIS装着の直後、眼前のガラクタ2つは武装を各部に出現させて戦闘形態とやらに移り始めた。

 肩の部分には砲口が形成されており、腕部がそれぞれ大砲のような形状と機銃のような形状とに別れだし、いかにもといった武装具合になっていった。

 

≪私の家族に手を出そうとしたらどうなるか……頭のてっぺんからつま先まで教えてやろうか≫

 

 私が地面を踏み仕切るのと、敵方2体が一斉に銃口を向ける動作が重なる。

 そして、戦闘が始まった。

 

 

 

――続く――

 




視点が変更される際は、◇◇で区切るようにしています。基本的に一人称はテオのみで、それ以外は3人称による構成で行います。


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第14話 守る為に、その刃を振るう

 

◇   ◇

 

 アリーナ管制室。

 

「もしもし織斑君、凰さん聞いてますか!?通信切らないでくださーい!?」

 

 一夏たちから一方的に通信を切られてしまった山田先生は、懸命にマイクに声を入れて応答を期待した。しかし一切返事は帰ってこず、彼女の困惑した声がその場に繰り返されるだけであった。

 

「まぁ落ち着け山田先生。あいつらも自分でやると言っているのだから、やらせてやればいい」

「いや、そんな悠長な事言ってる場合でもありませんよ!」

「焦っていても事態が進むわけではない。コーヒーでも飲んで落ち着け、糖分が足りないとイライラするばかりだぞ」

「……あの、織斑先生。それ砂糖じゃなくて片栗粉……」

「…………」

 

 何故片栗粉がこんな所に?という疑問を浮かべている織斑先生を余所に。

 セシリアと箒は、謎のISと戦い始めている一夏をモニター越しで不安な面持ちで見つめていた。

 

「セシリア、アリーナにいる一夏達に加勢することは出来そうか?」

「可能であるならすぐにでも行きたいところですが……見てください、遮断シールドがレベル4にまで引き上げられてる上に、全ての扉にロックが掛けられていますわ」

「……あのISの仕業、ということか?」

「恐らく」

 

 原因がなんであれ、この状況は芳しくない。

 アリーナにシールドが張り巡らされ、その中の扉がすべてロックされているとなると脱出も一夏達への救援も出来ないということにある。現にアリーナの観戦席にいた生徒たちは、ロックされた扉の前で立ち往生を余儀なくされており、侵入者の攻撃が飛んでこないことを祈りながら扉の開放を待つしかなくなっている。

 この事態に対して教員や3年生達は、ロックを解除次第避難誘導とアリーナにいる一夏達の救援とを迅速に行えるように準備を行っているだろう。しかし、それらもセキュリティを解かないことには何も始まらない。

 

「……わたくしは一夏さんの助太刀に向かいますわ。ブルー・ティアーズは1対多数の相手との戦闘が良い相性ですけれど、戦い方を見極めさえすればきっとお役に立てることがあるはずですわ」

「分かった。私も専用機を持っていれば、一夏を助けに行けたのだがな……」

「無いものは仕方がありませんわ。わたくしが貴女の分まで戦って差し上げますから、心配には及びませんわ」

「いい顔で言ってくれる……一夏のこと、よろしく頼むぞ」

「頼まれなくても、ですわ」

 

 同じ男性を想う2人ではあるが、危機を前にしてもいがみ合うような精神はこの2人は持ち合わせていなかった。ただ純粋に、己の好いた人物の無事を願うのである。

 

 ちなみに、2人の教師はというと……。

 

「いやあの、織斑先生……からかったのは謝りますから、これを飲むのだけはさすがにちょっと」

「遠慮することは無い。熱いから一気に飲み干すといい」

「いえいえ、片栗粉の所為で凄いことになってますから!飲んじゃいけないやつですからコレ!」

「そうだな。熱いから一気に飲み干すといい」

「…………」

 

 非常時であるにも関わらず行われている教員同士のコントは、生徒たちへの信頼を意味しているのだと信じたい。

 

 そこで箒は、周りを見渡して気付いた。

 

「……テオはどこに行ったのだ?」

 

 

 

――――――――――

 

 一方、アリーナのステージ。

 

「うおおおぉぉ!!」

 

 雪片弐型を携えた一夏が、中央部に佇む敵ISに向かって突き進んでいく。

 刀の届く間合いまで近づいたところで、敵の肩に目掛けて思いっきり得物を振るった。

 

 しかし敵ISは、全身に備えたスタスターから高出力でエネルギーを放出し、尋常では無い機動力でいとも容易く一夏の斬撃を躱してみせた。

 

「このっ、めんどくさいヤツねっ!」

 

 一夏の攻撃が避けられたのを見て、すかさず鈴は衝撃砲による攻撃を行った。

 

 だがこれも、敵ISはまるで衝撃砲の砲弾を把握しているかのタイミングで腕を振るい、見えない砲弾を叩き落とした。

 そこから更に機体が回転運動を行い始め、まるでコマのような動きをしながら太い腕を振り回してきたのだ。

 ちなみにこの行動はこれで4回目となる。

 

「また来たわよ、一夏っ!」

「分かってる!」

 

 流石に3回も同じ行動が行われると、自然に対応が身についてしまうというもの。

 敵ISの近くにいたために敵の攻撃が今まさに近付いている一夏は、ブースターを噴出させてすぐさま相手との距離を離そうと試みる。

 ISは回転しながら一夏に迫るとしているが、彼の後退に援護を行うために鈴が控えている。鈴は衝撃砲の出力を上げて発射することによって、高威力となった砲撃で敵ISの攻撃を中断させようと仕掛けるのだ。

 

 敵ISは回転をすぐに止め、迫り来る衝撃砲を先程と同じ要領で弾き飛ばした。

 だがその直後、身体のあちこちに取り付けられた砲門から数多のレーザーを2人に向けて撃ちこんできた。

 

 2人は口を挟む暇も無く、再加速を行って敵との距離を一気に突き放す。敵方が放ってきたレーザーは遠くに行けばいくほど拡散して密度が薄くなっていったので、2人は薄まったレーザーの雨を強引に掻い潜り始めた。

 流石に全てを躱しきるという真似は出来なかったが、直撃よりも遥かにマシなダメージで済んだのは2人の土壇場での意地が評価されても良いと思う。

 

 敵との距離を慎重に取りながら、2人は空中で合流する。

 

「鈴、大丈夫か?」

「当たり前でしょ、あたしを誰だと思ってんのよ。あんたこそ平気なわけ」

「おう……と言いたいとこだけど、正直シールドエネルギーがヤバイ」

 

 残15%。

 その数値こそ、今の白式に残されたシールドエネルギー量だ。彼の切り札である【零落白夜】を使用出来るのも、この分ではたった一回限りである。

 また、零落白夜を使用するにも一つ大きな問題点があるのだが……。

 

「なぁ鈴。あれってホントに人が乗ってんのかな?」

「はぁ?あんた何言ってんの。ISは人が乗らないと動かないもんでしょうが」

「でもさ、さっきからあいつの動き方って機械的っていうか事務的っていうか……とにかく、人間らしく感じないんだよな。全然喋ってくる様子も無いし」

 

 鈴は一夏の言葉に耳を傾けながら、前方の敵ISを観察する。

 言われてみれば、ここまでの敵の動作はどれも人間が行うには的確さがあっても人間らしさが無かった気がする。あまりにも淡々としすぎていて、気味が悪いと感じる程に。

 現にこちらの様子を無言で見てきている敵の様子は、まるで待機中であるようだ。

 一夏の言った通り、アレに人が乗っている可能性は低いのではないかと鈴は思うようになった。

 自分の好意には全く気付かないくらい鈍いくせに、こういう時に限って妙に鋭いことも不服に思いつつ。

 

「で、アレに人が乗ってないっていうならどうなるっての?」

「人がいたら、ヤバい怪我をさせないように気を付けなきゃいけないだろ。けど無人だったら……【零落白夜】でぶった斬れる。全力でな」

 

 雪片弐型を力強く握りながら、そう言い放つ一夏。

 

 【零落白夜】は相手のISが纏うシールドバリアーを切り裂いて、相手のシールドエネルギーを直接攻撃する超攻撃型の技。本来ならばシールドバリアーを発動させることによってシールドエネルギーを消耗させるというのが常套な過程なのだが、零落白夜はバリアーを無効化して、シールドエネルギーを直接攻める。これによってISに備え付けられている【絶対防御】が発動し、装着者を守る為にISはシールドエネルギーを急激に消耗することとなる。それも蒸発するように、ガッツリと。

 しかしこの攻撃は下手をすればオーバーキルじみた出力を以て攻撃しかねないのだ。なので使用する際は細心の注意を払う必要がある。

 

 しかしアレが無人機だったならば、手加減をする心配も必要も無くなる。

 鈴も、一夏もシールドエネルギー残量はもう少ない。ジリジリと戦い続けるよりも、ドデカい一撃で一発逆転を狙った方が生き残る望みが高い筈である。

 

「簡単に言ってくれるわね……斬るのは良いけど、一回でも攻撃を当ててから言いなさいよ」

「こ、これから当てるからいいんだよ」

「だといいけど。で、策はあるの?」

「あるにはある」

「ふぅん……信じていいのね?」

「あぁ」

 

 説明の少ない、短い会話のやり取りが繰り返される。しかしこの2人には、無駄な言葉を入れるよりもこれくらいのボリュームで話をした方がちょうどよいのかもしれない。

 セカンド幼馴染みは伊達ではないということだ。

 

「まぁここまで戦ったんだもの。大人に任せて勝ちを譲るのも癪だし、あんたの策ってやつに乗ってやるわ」

「あぁ。やってやろうぜ、俺達2人で」

 

 

 

 

 

『いいえ3人ですわ!』

 

 開放回線による、第3者からの声。

しかし一夏にとってその声はつい最近になって馴染みのある人物によるものであった。

 

「セシリア!?」

「えぇ、わたくしです!」

 

 戦場に飛び交う4機のBT兵器。

 それらは瞬く間に無人機を包囲し、レーザーによる一斉牽制を行い始めた。

 

 一夏達が視線をピット方面に映すと、そこには今しがたのBT兵器の所有者であり、大型レーザーライフルを構えた状態のセシリアがいた。

 アリーナ内の扉の解除が進み、アリーナに入る為の道が一筋開放されたことによってセシリアが先行して救援に駆け付けたのだ。専用機持ちの彼女ならば教員部隊のようにISを纏った状態で現場に向かう必要もないので、最速でこの場に辿り着いてみせたのである。

 

「話は聞いております、どうやら一夏さんにはこの場を打開する策がおありなのでしょう。時間稼ぎはわたくしが務めさせていただきますわ」

「ちょ、危険よ!2人掛かりでなんとか戦ってた相手にあんた1人で挑むっていうの!?」

「お2人の消耗が激しい以上、この場はわたくしが繋げるのが必定ではありませんこと?それにわたくしとて代表候補生の端くれ、こういった事態は覚悟しておりますわ!」

 

 そう言うとセシリアは無人機の標的を自身に向けるべく、その場を駆けて無人機へと向かっていく。近付きすぎては駄目、遠すぎても囮は務まらないので間合いの把握は慎重に務めている。

 

 セシリアの覚悟を受け止め、一夏はいち早く備えに入る。

 

「鈴は俺を間に挟みつつ、奴に最大出力の衝撃砲を撃ちこんでくれ!そこから瞬時加速を応用させて、一気にあいつに零落白夜を叩き込む!」

「とんでもない無茶するわね……やるからにはちゃんと決めなさいよ!」

 

 彼の言葉に従い、鈴は一夏の後方へ。

 

「鈴、始めてくれ!」

「もうやってるわよ!ていうか一夏、ホントにこれで行くのっ?」

「あぁ、俺たちが動けるうちに決着を付けるにはこれしかない!」

「思いつかなかっただけのような気もするけどねっ……準備完了!」

「よしっ、やってくれ鈴!!」

 

 その言葉の直後、一夏は押し潰されるような衝撃を背中で感じた。この重みこそが、鈴が自分に向けて衝撃砲を使った証拠なのだ。

 急激な圧迫感をその身に受けながら、一夏は機体を操作して瞬時加速を行った。衝撃砲のエネルギーを取り込み、超常的な加速を今ここに発揮してみせたのだ。

 

 今までにないスピードで駆け抜けて行く一夏を視界に入れ、セシリアは後退。一夏の攻撃を確実なものにする為に、ビットによる再度の一斉掃射でゴーレムの足を止める。

 

 そして、最大の攻撃のチャンスが到来する。

 

「(俺は守ってみせる。千冬姉も、箒も、テオも、セシリアも、鈴も……関わる人達、全てをっ!!)」

 

 力強い想いを込めて振るわれた必殺の一撃は、敵ISの右腕を真っ二つに斬り落としてみせた。断たれた右腕はゴトン、と重い音を立てて地面へ落ちる。

 

 腕を一本切り落とされたにも関わらず、目前に立つ一夏を残された左腕で殴りかかろうと拳を振り上げる敵IS。

 しかし、その腕が払われることは無かった。

 

 側面から撃ち込まれた青いレーザーによって、唯一の腕も破壊されてしまったのだから。

 

「最高のタイミングだよ、セシリア」

「お褒めに預かり、光栄ですわ」

 

 セシリアの声の後、敵ISの上空から雨のようにブルー・ティアーズによるレーザーが降り注ぐ。

 一夏の零落白夜によってシールドを消滅させられた敵ISには、それを防ぐ為の手段も動力も残っていない。ただひたすら、レーザー(雨)に打たれるしかなかった。

 

 そして雨が止んだ頃、敵ISは完全に動かなくなっていた。

 

「敵ISの沈黙を確認、戦闘継続は不可能と判断。……終わりましたわね」

「ふぅ……あたしのゲージもギリギリだったわ」

 

 セシリア、鈴。2人の差し支えない声が一夏の回線に入ってくる。

 なんとかなって良かったと、一夏は彼女たちの言葉を聞きながら胸を撫で下ろすのであった。

 

 

 

――続く――

 



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第15話 猫達の手球遊び

 

◇   ◇ 

 

 ≪ふっ≫

 

 相棒である私のIS【銀雲】をその身に纏った私は、瞬時に加速を行って無人機の1体に肉薄。すかさず尻尾の部分に常時開放されている鞭型の武器【ウィップ=ネコジャラシ】の一撃を無人機に見舞ってやった。

 振るわれた尻尾は正確に無人機の一体の頭部を捉え、シールドエネルギーを張られてしまっているものの、多少仰け反るくらいの衝撃を与えることに成功する。敵も同じようなのが2体いることだし、ここからはこちらを無人機Aと称していこう。正式名称があったとしても面倒な名前だったら一々呼称が困るし、この方が呼びやすい筈だ。どうでもいいけど。

 

 それにしても、随分と相手の反応速度が悪い。もう片方の無人機が漸くこちらに反応してくれているよ。これで箒ちゃんを暗殺しにきたとか、いくらなんでもIS学園を嘗めすぎじゃないだろうか。

 あ、無人機Aときたからそっちは無人機Bだね。激しくどうでもいいけど。

 

『シールドエネルギー現象を確認。防衛レベル、Aに移行。敵の殲滅を開始』

『同じく、防衛レベルをAに移行。殲滅を開始』

 

 敵の警戒レベルが上昇したことによって、敵の武装にも変化が生じ始める。

 手始めに肩の部分からはレーザーの射出部が露出していき、左右の計2門がいつでも撃てるように私の方を向いている。腕部はアサルトライフルのような武器を外付けで装着してみせて、脚部・背部の数か所からはスラスターが内側から出されていく。

 そうして、武装完了した姿を2体機揃って私に見せつけてきた。

 

 なお宣言から完了までにかかった時間は、約1秒。ISとしてはまだまだ遅い領域だけど、残念な見た目にしては十分に速いので、そこだけは評価しておくことにしよう。

 

≪さて……お手並み拝見といこうか≫

 

 向こうのスペックを知っておきたかった私は、一旦敵との距離を離すことにする。

 私から距離をとれば、向こうが積極的にアクションを起こしてくれるだろうからね。

 

『敵の後退確認。適宜距離を計測次第、対応開始』

 

 私の後退に反応した無人機Aはコンマ僅かな硬直を果たした後に、腕部を突きだしつつ私に向かって突進を仕掛けてきた。

 Aの動作に続き、Bもワンテンポ遅らせて私への追撃を始めてきた。そして両者は、腕部のライフルから黒いビームを射出した。

 予測の範囲内の動作だから面白みは特に無いが、読み通りというのは気分が良いものである。

 

 後ろから迫り来る一発目ずつのビームを避けてから数分間、私は敵のISのステータスを分析した。

 まず彼らの武装だが、AB共に共通した物を備えている。先ほど披露してみせた肩部のレーザー砲と腕部のライフルが外見から分かる攻撃兵器であり、腕部の銃は実弾とエネルギー弾を切り替えて発射することが出来るようだね。

 装甲の防御力に関しては、先程のネコジャラシによる一撃である程度掴めている。実に標準的な数値のようで、打鉄よりも下回っている。量産型ラファール・リヴァイヴと同程度だとみていいだろう。

 最速のISに乗っている私が速度について言っても説得力が無いかもしれないが、スピードは全然遅い。各種起動装置の性能も並程度と判断できよう。

 

≪(うーん……これは)≫

 

 これらの分析を経て、この無人機たちの総合評価を立てるとするならば……一言でいうと器用貧乏。

 攻撃性能に優れているわけでもなく、耐久性が磨かれているわけでもない。挙句の果てに機動力は並と、決して平均以下なステータスではないのだが、逆に取り立てて優秀な個所も見られなかった。

 恐らくあらゆる状況に置かれても支障を来たさない様に、各種性能を揃えた仕様にしていると思われる。ISに限らず、何か一つの要因で本来の力を発揮出来なくなるものはこの世にごまんとあるからね。

 では、最後に感想を述べるとしよう。

 

 まず1つ目に、安堵。

 もしこの機体たちがIS学園の手に負えない様な代物だったならば、箒ちゃんの命は本当に危なかっただろう。暗殺を企むその計画を実行しうる力を持っているとなれば、私もやられてしまう可能性は、どこまでかはしらないが存在していただろうし。

 被害が出ないということは、喜ばしい事だからね。

 

 2つ目に、落胆。

 仮にも暗殺を目論んでやって来たというのであれば、それ相応の実力が無ければ意味が無い。ここには各国の代表候補生や国家代表、果てにはブリュンヒルデの名誉を持っている千冬嬢が鎮座しているんだ。少なくともこの包囲網を突破しない限りは、生徒一人を殺めるなんて所業は出来っこないだろう。私も、流石に自身が無いよ。

 

 3つ目、無関心。

 あちらの装備・能力は粗方把握したため実力は測り終えた。その目的も聞き終えている。このガラクタたちに箒ちゃんを暗殺できるほどの実力が無い以上、コレらがこの学園で出来ることは、スクラップになる事以外何一つとしてない。

 と、言うわけだから……。

 

≪行きなさい、【ビット=コネコ】≫

 

 私は今まで飾りとなっていた翼部のところから、2つのユニットを発射した。

 

 2つのユニットは発射の直後にその勢いを殺し、私の周辺へ浮かんで滞留を行う。

 その2つの形状は、言ってしまうと子猫のロボット。大きさが約30センチ程度のそれは黒色の機体フォルムで構成されており、首に掛かっているスカーフが赤と青以外の相違点が見当たらない。

 

 【ビット=コネコ】

 イギリスにおいて第3世代兵器であるBT兵器の開発が着目されていたが、それよりも前に束ちゃんが手を出して、開発した一品がこの子たちだ。BT兵器の隠された先輩と言った感じだろうか。

 2基それぞれに一戦闘で必要となるエネルギーが既に充填されており、それらは目から発射するレーザーと高速機動の動力として使用される。実弾は装填できないので、この2基はレーザー基ということになるね。

 この兵器の最も特徴的な点はというと、これらは私の意思とは関係なく全自動で行動することが出来るというものである。私の行動を中心としつつ、そのうえで最適な動作を自分で導き出し、実行に移すデータがあの頭部に組み込まれているらしい。これもひとえに、束ちゃんクオリティ。

 ちなみに事前登録を必要とせずに音声を発する事も出来る。これもまた束ちゃんクオリティ。

 

『ヒャッハー!汚物は消毒だー!』

『愚物が……恥劣なその姿を疾く失せよ』

 

 ただし、性格というか口調はこの通りである。

 どうコメントすればいいんだろうねコレ、口調はアレだけど、見た目は機械とはいえ子猫をデザインにしてるから可愛いんだよ?束ちゃんも難儀な趣味で作り上げちゃったものだよ。

 因みに血気盛んな方が赤いスカーフを巻いており、冷めきった口調の方が青いスカーフを身に付けている。識別は大事。

 

 2機は今も私を追撃してくる2体の無人機に向けて加速していく。

 相手の照準が変更されて次々と弾丸がコネコたちに向かって放たれるが、2機は小さな身体を利用して弾幕を掻い潜り、何事も無く接近を果たした。

 そして2機は、敵のシールドが張られないように慎重かつ迅速な動作で敵の機体に張り付いた。

 

『ヘーイ!喰らいやがれぇっ!』

『堕ちろ、蠅』

 

 それぞれの双眸が捉えていたのは、敵ISのスラスター部であった。今もなお続けている飛行機動の要となっているその部分に向けて、コネコたちの瞳からレーザーが放たれた。

 レーザーは照準を誤ることなくそれぞれのスラスターに直撃。バリアーが張られる様子もないままスラスターに爆発を起こし、破壊した。

 無人機だからといって絶対防御システムを搭載しなかったのが、運の尽きだ。

 

 無人機はAB共々、重要な機動が破壊されたことによって緊急エラーを発令。飛行続行が危険だと機械の頭脳が判断し、煙を焚きながら開けた場所へ傾き堕ちていった。

 授業にてISの実技訓練を行うグラウンドへと不時着する、無人機2機。

 

 しかし、コネコたちは容赦が無かった。

 

『ヒャッハー!オーバーキルは基本だぜー!』

『失せろと言ったはずだろう。余計な形を残すな』

 

 地面に落下した無人機2機に対して、上から無慈悲なレーザー射撃の雨あられ。途中まではシールドエネルギーに守られていた無人機であったが、ほんの少しの抵抗程度にしかならず、レーザーは直接敵の機体を傷つけていくようになる。

 コネコたちによる、とにかくがむしゃらに撃ちまくるパターンと多量に撃ちつつ弱点は見逃さずに撃ち抜くという2パターンの砲撃が、無人機2機を完膚なきまでに叩き潰していく。

 

 泣きっ面に蜂という言葉が似合いなこの光景には、敵への同情はしないものの、過激なコネコたちにちょっと引いてしまう私であった。

 

 そうして暫くすると、エネルギーを使い切った2機がレーザー射撃をパッと止めて私のいる方へと向かって来た。

 ちなみに私はこの子達がオーバーキルをしている間に、地上に降り立っている。

 もう少し敵が持ち堪えていれば私も介入出来たのだけれど『私が手を下すまでも無い』的な展開になっちゃった。私は悪の親玉か何かで?

 まぁ私の分もこの子達がやってくれたことだし、いいか。

 

≪ご苦労だったね。後は私がやっておく……までもないくらいやっちゃってるみたいだけど、君達は戻って休んでいなさい≫

『はい、ご主人様!』

『御用とあらば、御気兼ねなく何時でもお呼び下さいませ!』

 

 そしてこのギャップである。

 どちらも敵に対しては物凄く辛辣なのだけれど、私への態度はこんな風に非常に礼儀正しい。さらに敵には声色が冷たかったのに対して私へは甘えるような柔らかさで声を掛けてくるのだから、いつ見ても驚かされる。これも恐らく、束ちゃんの配慮なんだろうね。

 2機は戦闘時とは別のベクトルで活き活きした返事をして、元の部位に収まっていった。なお、消費したエネルギーは数時間あれば自動で全回復してくれるようになっている。

 

 ……さて。

 

≪【亡国機業(ファントム・タスク)】……今回は随分とおざなりな襲撃だったね。一体なんのつもりだか≫

 

 ボロボロになった2体の無人機の傍まで近づき、そう私は呟いた。

 

 【亡国機業】

 世間の目から隠れて、秘密裏に活動を続けている集団。私や一夏少年達が生まれる何十年も前から設立された組織らしく、その活動目的・規模・存在理由が未だに分かっていない。

 私もここ数年はその動向を観察していて、組織の人間とも交戦をしたことがあるが、どの相手も口を割ることなく撤退や自害をするため思うように情報が集まらない。難儀な話だ。

 

 そして……束ちゃんや箒ちゃん、織斑姉弟たちを目の敵にしている奴らだ。

 いや、この言葉では少し誤解が生じるかもしれないな。

 正確には、組織の中にあの子達を狙っている一派が居座っていると言うべきか。組織そのものが本腰を上げてあの子達を狙うとなれば、恐らくあの子たちは今日まで平和に暮らすことが出来なかった筈。

 しかし【3年前の事件】、【織斑一夏誘拐事件】、そして今回の【クラス対抗戦襲撃事件】。少しずつ、あの子達にも奴らの魔の手が迫ってきているんだ。

 私も、今以上に気を引き締めてあの子達を守らなければならない。そして、あの子達自身も――。

 

≪……?≫

 

 ふと、私の視界に収まっていた光景に変化が生じた。

 それは、大きく破壊されてしまった2つの無人機。既に活動を停止している筈の2機が、突然プルプルと微動し始めたのだ。

 

 どういうことだ?と思いながら、私はいつでもネコジャラシを振るえるように構える。

 確かにこの2機はシールドエネルギーを使い果たし、もう戦うどころか動くことも出来ないくらいに痛めつけられた筈。予備のエネルギーを隠し持っていたところで、逃げ帰ることすら困難なのが今の2機の状態だ。

 

 次第に震える動きが強くなっていく、2機の無人機は―――。

 

 

 

 

 

 ―――溶け始めた。

 

≪……!≫

 

 それはまるで、夏場の暑地に氷を置いてその溶け様を観察したような光景だった。

 無人機の機体は一般のISに使用される装甲素材の筈なのだが、破壊されてヒビが生じていた個所から紫色の毒々しい泡のような物が吹き上がると、ジュゥと音を立てて溶解を始めていったのだ。

 全身を破壊されてたため身体中にヒビが出来ていた2機の身体はあっという間に紫の泡のような物に包まれ、ものすごいスピードで溶けていった。

 そして、2機の無人機は消えてしまった。身を包んでいた謎の紫泡と、機体の溶解で生じた残滓のみをその場に残して。

 

 私は手を出すことはせず、ただその光景を目に焼き付けた。

 視界に捉え終えた後に、私は通信を入れた。

 相手は勿論、束ちゃんだ。

 

『ハロハロー!人類の宝物、束ちゃんだよ~!テオたんはちょくちょく連絡入れてくれるから束ちゃんは嬉しさで100%!ちーちゃんもテオたんくらい連絡くれてもいいのにね~そう思わない?』

≪ははは、あの子も束ちゃんに電話するのが照れ臭いんだよ。タブンネ≫

『だよねだよね、親友なら羞恥心を忘れてもっと語って曝け出すのが愛ってものだって束ちゃんは思うの!そうそう、最近箒ちゃんがちょくちょく電話くれるようになったんだよテオたん!』

 

 あの子の開幕マシンガントークは基本。

 おしゃべりもいいけれど、今はゆっくりしてる場合でもないからね。話を進めるとしよう。

 

≪そうか、それは良かったね。その辺りについてはまた今度ゆっくり話すとして……≫

『むぅ、もっとこの感動を伝えたかったのに……オッケィ、さっきまでテオたんが戦ってたブサイクのことだよね?私の方でもセンサーで掴んでたから、大体は把握してるよー』

 

 流石は束ちゃん、話が早くて楽でいい。

 

≪そうだね。後で詳細をデータ化して送るから、また報告をお願いするよ≫

『ほいほーい、ガッテン承知の助!戦闘の録画はしてる?』

≪もちろん。データと一緒に送っておくよ≫

『うんうん、なら問題ございやせんってね♪それじゃあ今度電話のついでに銀雲にデータを送っておくからね~。あ、クーちゃんと代わろっか?』

≪いや、この後学園に連絡しないといけないから今度にしておくよ。今日は束ちゃんの方からよろしく言っておいて≫

『オッケー。それじゃあまたねー!』

≪あぁ、それじゃあね≫

 

 私は束ちゃんとの通信を切った。

 さて、今度は学園……というか千冬嬢に連絡を入れるとしようか。恐らく向こうも終わってるだろうし、ちゃんと出てくれるよね。

 

 さて、なんと説明したものか……。

 

 

 

――続く――

 




新装備、BT兵器【ビット=コネコ】の詳細です。

【ビット=コネコ】
 イギリスでBT兵器開発が進められている最中、束が先んじて作り上げた自律式遠隔機動射撃兵器。通常は銀雲の背部に取り付けられているカスタム・ウイングもどきの装飾の中で粒子化待機をしており、テオの呼び出しに応じて瞬時に内部で組み立てられつつ出現する。テオは2基所持している。
 テオの意思に関係なく全自動で動くことができ、事前のプログラミングによってテオの行動を阻害するような行動は起こさないようになっている。
 見た目は幼い子猫と可愛らしいが、その口調は非常に刺々しく敵を汚物のような扱いで見ており、攻撃にも基本容赦は無い。しかし主であるテオには礼儀正しく従順。赤いスカーフと青いスカーフの方で各自対応が異なっている。
 攻撃方法はレーザー射撃で、攻撃・移動に必要なエネルギーは事前にチャージされたものをやり繰りする仕組みになっている。これが切れるか敵が戦闘不能になると、テオの元に戻って回復のために自動的に収納されていく。充填には数時間必要となる。

 というわけで、テオの3つ目の武器になります。火力は並程度ですが、今後の戦略性を変わった方向で広げていく武装となっています。
 なお、IS素人相手ならこれだけで倒す事も可能です。テオの性格からして滅多にやりませんが。




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第16話 戦い終えて

 ここは一般の生徒は立ち入りを禁止されている、地下のIS研究室。

 今回の襲撃における機密事項の伝達ということで通信による報告を止め、千冬嬢と真耶ちゃんによってここへ連れてこられたのだ。

 

≪……ということで、恐らくそちらの管制室でもアリーナの外から私を含めて3つのIS反応をキャッチしたと思いますが、それはアリーナのとは別の侵入者のものです≫

「まったく……篠ノ之から急にお前の姿が見えなくなった聞いた時は何事かと思ったら、何をしているんだ……」

 

 私の報告を聞き、千冬嬢は軽く頭を抱えて唸ってしまった。何も言わずに出て行ってしまったうえに別の侵入者と戦っていたとなれば、流石に呆れもするだろう。

 ちなみに私だけでなく一夏少年たちも随分と無理をしたらしいけど、どちらも入学して3ヶ月も経たない一生徒がやるような行動じゃあなかっただろう。もっとも、私を普通と認識するのは結構な器量を求められそうだけど。自分で言うのもアレだが。

 

「山田先生がお前の反応を見つけ次第通信を入れたのだが、繋がらなかったぞ?」

≪だって、戦う最中に通信が入ったら集中力途切れちゃいますし≫

「馬鹿者」

≪あいたっ≫

 

 祝、初の出席簿アタック!学園に入ってひと月半程度となって、漸く千冬嬢の出席簿攻撃を喰らったぞ。おめでとう、これで私も一夏少年たちとお揃いだ!

 ちなみに一夏少年たちのような鋭い一撃ではなく、かなり手加減された具合となっている。彼らに見舞うほどの威力では私の頭が潰れかねないから、伝わる衝撃もツンと痛む程度に過ぎない。

 内心でちょっぴり嬉しがっていると、千冬嬢がテーブルの上に腰を据えている私を先程よりも呆れた様子で見下ろしてきた。

 

「確かにお前はガキと呼ぶような精神年齢ではないし、束の元にいたからISの技術も抜きんでているだろう。だからと言って生徒として此処に居るお前が1人で気ままに動いていいわけではない」

≪まぁ確かに、私は一応生徒ですけども≫

「一応は要らん。お前も此処の生徒ならばそれに倣い、勝手な行動はしないように心掛けろ。今後また私たちに黙って身勝手に独断行動を取るようであれば、お前に監視を付けることも厭わないぞ」

≪えぇー?≫

 

 私はいかにも不満げな声色で反対の声を上げる。

 猫から自由を奪うなんて、小学校で飼われている鶏並に窮屈じゃないか。余計な監視が付くなんて、私がストレスで死んじゃいそうだよ。

 

≪今日のことは許されないんですか?≫

「私が許すと思うか?早速監視を付けられなかっただけ有難いと思え」

「ですよねー」

 

 だって絶対許さないぞって顔してるもん。これはどう足掻いても許しは訪れないね、次は無いぞって顔に書いてあるもの。

 しかし、私は十年近く生きてなお童心を忘れない自由気ままな猫だ。このままハイそうですかと行動制限にリーチを掛けるわけにはいかないし、監視を付けられるわけにもいかない。監視なんか付けられたら、のらりくらりと気楽に散歩も出来ないじゃないかヤダー。

 

≪じゃあ真耶ちゃんに許可を貰います≫

「ええっ!?ここで私に振りますか!?」

≪将を射んとすればなんとやら、ってね≫

 

 そう言いながら私は、真耶ちゃんの太もも辺りに跳び移る。飛び乗った拍子に『ひゃんっ』と可愛らしい声を上げる真耶ちゃんを余所に、私はこの子の顔をジッと見上げてみる。

 

 私の視線に気づいた真耶ちゃんは、ジッと見られるという事に落ち着かなくなり頬を染めてモジモジと身体を動かし始める。

 これぞ必殺『上目遣いでおねだりの術(猫バージョン)』だ。

 愛くるしい動物上位に位置する猫だからこそ行える技に、年齢なんて関係無い。

 

≪真耶ちゃん、真耶ちゃんは良い子だから私のお願いを聞いてくれるよね?≫

「あぅ、その、えっと……」

 

 真耶ちゃんは顔を赤くしながらオロオロと目を泳がし、そして……。

 

「山田先生」

「ごめんなさい、やっぱり無理です」

 

 千冬嬢には勝てなかったよ……まぁ、知ってたけど。

 まぁ十分コントは楽しんだし、これ以上余計な抵抗をするのは止めておこうか。業を煮やした千冬嬢が今すぐ監視を付けると決定してしまうかもしれないし。本日の愉悦分は補充出来た。

 

≪まぁ今後は気を付けるということで≫

「初めから潔く受け入れろ」

≪失礼。……ところで、千冬嬢は【あの現象】に心当たりはあります?≫

 

 【あの現象】とは。

 私が無人機を撃破した後、破損状態となった機体に突然生じた謎の紫色の泡もどきのことだ。紫色の泡はISの装甲を溶かした後、溶解された装甲のみを残してどこへともなく消えていってしまった。正体がまるで掴めていない、未知に溢れた存在である。

 

「いや、あんな現象は今まで見たことも無い。映像データは既に日本政府を介してIS委員会に提出してはいるが……ハッキリした答えが返って来るとは思えないな」

 

 千冬嬢は難色の表情を浮かべながら、そのように口零した。彼女は束ちゃんとは違って現役時代はバリバリISを乗りこなしていたから、あの子とは違う目線で何か知っていると思ったけれど、そう上手くはいかないようだ。

 ちなみに映像データは私の戦闘ではなく、一夏少年達が戦った無人ISの方を送ったらしい。どうやら私が戦った無人機だけでなくそちらの方でも同じ現象が発生したようで、私と同様であの子たちもあの紫泡には手を出せずにいたんだとか。

 

 まぁ束ちゃんは私の戦闘データを手にしているし、もしかしたら一夏少年たちの方の映像もハッキングとかで入手するかもしれないから、後の事はあの子に任せておくとしよう。

 

≪では、私はそろそろ戻るとします。いい加減箒ちゃん達が心配するでしょうからね≫

「あぁ、報告ご苦労だった。あいつらには教室で今回の件に関する誓約書を書かせているから、恐らくそこにいるだろう」

≪成程、分かりました。……ところで織斑先生、敬語疲れるからもう少し砕いても良いです?≫

「十分砕いて話しているだろうが。お前の敬語は聞いていて少々気持ちが悪いが、私も耐えているんだから慣れろ」

≪き、気持ち悪い……≫

 

 千冬嬢、今まで私の敬語を真顔で聞いてたのに内心ではそんな感想抱いてたんだね……割とショックかも。というか、今後敬語で喋ってたら内心で気持ち悪がられてると思うと……泣けるね、うん。

 

 うぅ、この悲しみは箒ちゃんに慰めてもらうとしよう。そうしよう。

 

 

 

 

 

「……それにしても織斑先生も素直じゃありませんね」

「なんの事だ?」

「またまたぁ、テオちゃんのことが心配だからあんな風に誰かと一緒に居させるようにいたんですよね?織斑君の事といいテオちゃんの事といい、なんだかんだで優しい――」

「山田先生、塩コーヒーは好きだろう?」

「片栗粉ーヒーよりは多分マシですけど、いや結構ですいらないですヤメテ準備しないでください!」

 

 

 

――――――――――

 

 む?私は今、何か面白そうなシーンを見逃してしまったような気がする……気のせいかな?まぁいいか。

 

 歩くこと数分。私は目的の場所に辿り着いた。

 耳を澄まして中の様子を探ってみると、男の子の声や数人の女の子の声が聞こえてきた。男の子の声となると間違いなく一夏少年だろうね、ということはここで間違いなかったようだ。

 

 では、お邪魔しまーす。

 ブゥン、と開く自動ドアを通り過ぎ、私は教室の中へと入っていった。

 

「あれ?こんな時間に誰だ……ってテオ!」

≪やぁ、少年≫

「お前どこに行ってたんだよ!皆テオが居ないって心配してたんだぜっ?」

 

 私の姿を最初に確認したのは、一夏少年であった。

 少年は驚いた表情を浮かべて私を見てきていたが、すぐにちょっとだけ眉間にしわを寄せて怒った表情に挿げ替えてきた。そして座っていた座席から立ち上がり、私の方へと歩み寄ってきたのである。

 

 あぁ、私が千冬嬢に通信で報告を入れた時、箒ちゃん達に私のことを伝える際は別の場所で無人機と戦ってたことは秘密にするよう頼んでたから、詳しい事情を知らないのか。

 もし私が戦ってたことを知ってるなら『どこに行ってた』っていう質問から入らないで『無事か』『何があったんだ』みたいな事を聞くだろうし、この様子なら千冬嬢はちゃんと黙ってくれたとみていいだろうね。

 

「テオ!」

「まぁおじ様!急に居なくなったからビックリしましたわよ」

「なによ、戻って来たのなら連絡くれればいいのに」

 

 一夏少年に続き、箒ちゃん達も彼と同様に私の方へ駆け寄ってくれた。

 

≪いやぁすまない。ちょっと用事を思い出してしまってね。ところで、皆はここで何をしていたんだい?授業はもう無い筈だよ?≫

「あぁ、実はな――」

「ちょ、ちょっと一夏!」

 

 一夏少年が何かを言おうとしたのだが、肝心な部分を言う前に鈴ちゃんが慌てて止めに入った。彼の口を手で塞ぎ、それ以上言葉を発せない様に動いたのだ。

 やはりこの子はこういうことに関して動きが早い。

 

「馬鹿じゃ――!――の件は――ようにって――でしょ!」

「――っ」

 

 私には聞こえない様にした声量で、怒る鈴ちゃんと申し訳なさそうにする一夏少年による内緒話が目の前で行われる。昂ぶっている所為でところどころ声が漏れ出てしまっているのは、若さゆえか。

 

 まぁ、私は既に事情を知ったうえで聞いてみたので追及する必要がないから僅かに聞こえたところで何も意味は無いんだけどね。

 

≪おや。どうかしたのかな2人とも≫

「べ、別になんでもないぞ!なぁ鈴っ?」

「え、えぇ。大したことじゃないから気にしないで」

 

 慌てて取り繕う子を見るのは、いつ見ても面白い。

 

「で、結局テオはどこに行ってたのだ?」

≪ん?あぁ、ちょいとご不浄に行こうとしてね≫

「ご不浄?」

≪お手洗い、お花摘みと一緒の意味だよ。行ったのは良かったんだけど戻って来てみればいつのまにかアリーナの扉が閉まってるから、扉の前で立ち往生する羽目になったよ。そしたらトラブルがあったとかで対抗戦が中止になっちゃったみたいだし、何がどうなっているやら。千冬嬢に尋ねてもはぐらかされちゃったし≫

「あ、あはは……」

 

 おどけ気味に演じてみた私の言葉に、乾いた笑みを発する一夏を筆頭に皆が私から目線を逸らす。

 一夏少年たちに隠し事をするような真似をするのは中々気が引けてしまうが、こればかりは仕方がない。亡国企業は今後もこの学園に襲撃を仕掛けてくるに違いない、そしてその被害に遭ってしまうのは間違いなくこの子達だ。代表候補生、専用機持ち、世界最強の人の弟、天才科学者の妹等々……稀有な境遇にあるこの子達は尚更、戦いの渦中に巻き込まれる可能性が高い。お粗末だったとはいえ、今回のような暗殺も考えられるのだ。

 私たち大人がしなければならないのは、子供達をなるべく戦いに巻き込まないことと、危険な目に遭わせないこと。今回のような事例も、私たち大人が解決しなければならないのだ。この子たちが命の危機に瀕される必要なんてどこにもない。

 

 と、長く語っちゃったけど……要はつまり、私もこれからはもっと頑張っていかなければいけないってことだね。

 

「テオ?ボーっとしてどうかしたのか?」

≪いや、なんでもないよ。それより一夏少年、鈴ちゃんとの約束の件はどうするつもりだい?無効試合になったとはいえ、何も無いというのも味気無い気がするけどね≫

「あぁ。そのことだけどさ、なんだか俺が色々勘違いしてたみたいなんだ」

「というと?」

 

 どうやら、話しぶりからするとなんでも言うことを聞く云々のくだりは無くなったようだ。その代わり少年の方で認識の進展があった模様。

 

「あの時の約束、奢ってもらうんじゃなくてなんなのかなーって考えたんだけどさ、もしかしたら日本でよくある『毎日味噌汁を―』って意味なんじゃないかなって思ったんだよ」

≪ほうほう≫

「……?箒さん、どういう意味ですの?」

「それはだな……」

 

 まさか一夏少年が自分でその答えに辿り着くとは……おじさん感激。

 視界の隅で箒ちゃんから意味を聞いたセシリア姫の表情がもの凄いことになっているが、今は置いておこう。

 

 さてさて、言葉の意味がプロポーズと分かったのなら一夏少年が出した答えは……。

 

「けどそうでもなかったみたいで、単に料理の腕を上げる為の味見役になってほしかったんだってさ」

≪えっ≫

「えっ」

 

 私だけでなく、セシリアちゃんも同様のリアクションを起こす。『何言ってんだコイツ』と言わんばかりの顔である。

 彼女の隣にいる箒ちゃんも、心底呆れた様子で一夏少年を見やっている。

 

 そして肝心の鈴ちゃんはというと、微妙な顔を浮かべつつも周りから目を逸らしていた。

 

「いやぁ、味見くらいだったら全然協力するってことでさ、この件は片がついて仲直りしたんだよ」

「そ、そうなんですの……よ、よろしいんですか?鈴音さん」

「もうグッダグダだし、今更言い繕ったところでねぇ……今回はあたしも熱くなりすぎたし、一から出直すことにするわ」

 

 プロポーズをしていたという圧倒的有利を捨てて、サバサバとした様子でそう言い切ってみせる鈴ちゃん。彼女なりに思うところがあったのだろう。

 

 しかし、一夏少年の罪が重すぎる……プロポーズを勘違いで切り捨ててしまうとは。これいつか後ろから刺されるんじゃないかな。

 

「そういえば、こっちに戻って来たってことはまた店始めるのか?親父さんの料理すっげぇ美味かったし、また食いに行きたいな」

「あっ……その、もう店はやらないんだ」

「なんで?」

「父さん、病気で倒れちゃったのよ」

 

 鈴ちゃんの台詞で部屋の空気が一変する。

 皆が言葉を失い、彼女やその父親と面識のある少年は特にショックを受けたようで絶句している。

 

「最初は2人で大ゲンカしててさ、離婚までし出すって流れになってたんだけどその途中で急に父さんが胸を抑えて倒れ込んだの。かなり重い病気で、ずっと無理してたんだってさ」

「そ、それ大丈夫なのかよ。親父さんは」

「今のところは落ち着いてる。けど症状が良くなってるわけでもないし、この先どうなるかも分かんない。1年以上大事無くいられてるのも、父さんの精神力が強いからじゃないかって医者の人も言ってたし」

「……鈴音さん、横から差し出がましいかもしれませんが、お父上の傍にいた方が良いのではないでしょうか?ここからですと、いざという時に……」

 

 想い人が同じだから邪険にしようというのではなく、セシリア姫の心からの気遣い。

 彼女はイギリスの列車事故で両親を失くしてしまっている。そんな彼女だからこそ言えるのだろう。

 

 しかし鈴ちゃんはフルフルと首を横に振る。

 

「あたしの性に合わないから。ただジッと回復を待ってるよりも、あたしはあたしで出来ることをやりたかったのよ。代表候補生を目指したのもそれが理由」

「……もしかして、手術費か?」

「そ。察しがいいわねあんた」

「手術費?どういうことだ、箒」

「軍や企業に所属している代表候補生には相応の給料が与えられると聞いている。彼女の年齢で父君の医療費ないしは手術費を稼ぐにはIS適正次第ではあるがそれが妥当だろう」

 

 確か鈴ちゃんは1年の猛勉強で代表候補生に上り詰めたと聞いている。成程、その努力の裏ではそういう事情があったのか。

 箒ちゃんの言うように、代表候補生の給与はかなり破格だ。各国としても優秀なIS搭乗者は優遇して手元に保持しておきたいのだろう。

 

「あぁ、それに父さんも入院はこっち、日本だからね。こっちの方が医療技術は進んでるし」

「そうでしたの……でしたら母国にいるよりもこちらの方が良いですわね」

 

 それを聞いて、セシリア姫も安堵の息を漏らす。いい子だ。

 

「手術費の方も順調に稼げてるし、このままなら目標の額も遠くは無いわ」

≪ほぅ、それはいいことだ≫

「でしょ?……勿論、あんた達とはこっちの勝負で譲る気は無いからそのつもりでね」

 

 鈴ちゃんはクイッと一夏少年を横から指差しながらそう言ってみせる。

 彼女が言いたいのは、同じ相手を好きになった者同士による恋の競争。今回の過去におけるプロポーズの件は無効となったが、だからといってそのまま彼女達に彼を託すつもりは無い模様。

 父親の件もあるだろうが、それで今後の雰囲気を暗くさせない為の宣戦布告でもあるのかもしれない。だとすると気丈な振る舞いである。

 

「こちらこそ、そちらの事情を知っているとはいえ手加減は致しませんわよ?」

 

 彼女の不敵な笑みを受けて、セシリア姫も負けじと対峙する。

 

「やれやれ……」

 

 仕方なさそうに肩を竦める箒ちゃん。君はもうちょっと意欲を見せてくれてもいいのよ?

 

「なんの話をしてるんだ?」

 

 君はさっさと鈍感を直しなよ。

 

 

 

――続く――

 




 宣言通り、修正後の鈴の設定は今回のようになりました。最新巻の設定を軽く導入しております。
 今作品での鈴が原作より大人しめなことや、IS搭乗者を目指した理由や1年間猛勉強した理由の裏付けが出来て個人的には納得の出来る処置にはなったかなぁと思っています。
 姓(父親が『劉』で鈴が『凰』)の事情は、まぁ婿入りとかでなんとかなりますかね……(汗)それでも色々穴だらけの設定だと思いますが、取り敢えずこんな感じで宜しくお願いします!


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第17話 幼馴染み

◇   ◇

 

「よし……では始めるぞ、一夏」

「あぁ、いつでも来いよ」

 

 とある日の放課後。

 まだ空が夕色に染まらない頃、第3アリーナにおいて2つの機体が互いの得物をぶつけ合い、激しい金属音を打ち鳴らした。

 

 機体の1つは、日本で一般的な量産機として普及されている第2世代型のIS【打鉄】。搭乗者の体躯と逸脱していないアーマーが影響しての高い適応性、全体的にバランスの整った機体能力値と癖の無い装備が学園訓練機の選考で高い評価を得て、フランスのデュノア社製IS『ラファール・リヴァイヴ』と並んで学園に訓練用として何機か配備された。防御力も高く、回避や防御に不慣れな初心者にとっても安心出来る機体となっている。

 そんなISの標準装備の1つである近接ブレード【葵】をその手に携え戦うは、篠ノ之 箒。

 

 もう1つの機体は打鉄とは違い、世間で専用機と呼ばれている特別なISの1つ『白式』。

 第3世代を凌ぐスペックに加えて、本来であれば二次移行でないと発現出来ない【単一仕様能力】を一次移行である現在の機体で使用可能という前代未聞の仕様が施されている。

その単一仕様能力が、相手のバリアを無視してシールドエネルギーそのものを瞬時に削り取る一撃必殺の奥義、零落白夜。

 ただし、機体の都合で武装の追加をする事が出来ず初期装備の【雪片弐型】しか扱うことが出来ない。ちょっとした工夫をすれば銃を使うことが出来るが、協力者がいないと不可能なので1人の際は剣1本で戦うしかない。

 白いフォルムが特徴的なこのISに乗っているのは、織斑 一夏。

 

 幼馴染みである2人は、決まった曜日の放課後にはこうしてISに乗って訓練を行う習慣をつけている。

 ちなみに一夏の訓練に付き合う者は今の箒意外にも数人いるのだが、今は此処にはいない。本日いるのはISを身に包んだこの2人だけである。

 

「ぜああぁっ!」

 

 裂帛した咆りを発したのは、一夏ではなく箒であった。

 互いに刀をぶつけ合う拮抗を変えるべく、瞬発的に身体の力を込めて一夏の肉体ともども刀を押し込み、弾いた。

 刀を弾かれ腹を無防備にした一夏のそこに目掛けて、箒は居合に似た構えを瞬時にとると、一歩踏み込んで横一線に斬り込んだ。

 

 しかし、一夏もおめおめとやられるわけにはいかなかった。

 反射的に半歩下がり、箒の斬撃を浅める程度の結果に留めてみせたのだ。絶対防御のシステムによって腹部にはチッと痛みが奔るだけで済んだが、シールドエネルギーは確実に減少している。

 シールドエネルギーを0にされれば、その時点で試合は負けとなる。しかし逆に言えば、シールドエネルギーが残っている限り勝敗は分からないのだ。

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 有名なことわざに倣って、一夏は行動を起こした。自分に向かって来た箒の脳天に目掛けて、雪片弐型を兜割りの型で振り下ろしたのだ。事前に弾かれた時に型が幾分か出来上がっていたため、そのまま持ち方などを調整し、振り上げる動作を無視して行われたその一連の動作は素速く行えていたのである。

 

 チッと舌打ちを立てながらも、箒は右サイドに跳躍を行いながら、右手に持ったブレードを振り下ろされている雪片弐型目掛けて刹那に振るった。

 跳躍による回避と得物同士をぶつける防御法を同時に行うという、傍から見たらがむしゃらっぽく見えるその動作には、箒の得意とする剣道の型は微塵も感じられなかった。今しがたの箒には、咄嗟に思いついた方法がそれだったのだ。

 尤も、位置の変化と一夏の斬撃を反らすことが達されて際どい一撃を逃れることが出来たので、そこにケチをつける者は居ないだろう。

 

「ははっ、今すごい動きしたな、箒!」

「素直に食らってやるわけにはいかんのでは」

 

 いかに防御力の高い機体に乗っているとはいえ、それに過信していては身を滅ぼす結果になる。

 それを心得ている箒が、型の維持に囚われて手痛い一撃を受けることを良しとはしない。柔軟な対応というのは大事だ。

 

「よし、どんどん行くぜ!」

 

 攻勢を掴んだ一夏は、右手の刀を握る力を強めながらISの機動力を以て箒に肉薄を仕掛ける。白式のスペックはやはり伊達ではなく、あっという間に箒の元へと近づいてみせた。

 

「うおおっ!」

「甘いぞっ!」

 

 互いの機体が、宙へと飛翔していく。蒼く広がっている空の中を二人は進んでいく。

 

 一夏が振るえば、箒はその軌道を読んで防ぐ。

 箒が振るえば、同じく一夏も攻撃を喰らわない様に剣閃を捉えて確実に防御する。

 そうして二人は、互角と言える力のぶつかり合いを暫く続ける。

 

 その間、二十合を優に超える激しい剣撃がアリーナに絶え間なく広がっていった。

 

 そして、それがようやく果てようとしている。

 長く続いた剣劇に終止符を打ったのは、箒の方であった。

 

「……っ!そこだっ!」

 

 箒は、一夏の左肩に目掛けて刀を斬り払った。

 

 ISは現代社会において確かに優れた兵器だが、搭乗者はあくまでも人間。いかに何十何百と切り結ぶことが出来たとしても、長く打ち続けていれば最中に動きに綻びが生じるのは確定的。

 一夏は専用機を持っており、過日に発生した襲撃戦を通じて戦闘経験を積み重ねてはいる。箒は一夏ほどIS搭乗の経験は無いが、入学前の1年間にてISの勉強にも精を出し、入学後も訓練機の貸し出し日でない時は経験者から助言を貰ったりイメージトレーニングを重ねたりして実力をつけようとしてはいる。しかしそれでも、2人はまだまだこの学園の中ではひよっこと言われても言い返せないほどの実力しかない。

 だからこそ、動きの鈍りが生まれても仕方がないのだ。世界最強のブリュンヒルデであれば何百回切り結んでも息切れしなさそうな気もするが、2人はそれほどの領域に至れていないため。

 

 箒は一夏の動きに疲労が伴っていることを見抜くと、防御の薄い個所に狙いを付けて、斬りかかったのだ。

 

 確実に捉えた一撃であると確信した箒。だがしかし……。

「あぶ……ねぇっ!」

 

 鋭い一撃だったにも関わらず、一夏は上体を一気に逸らしてそれを躱してみせた。余裕が無いのがバレバレでイマイチ恰好がついていないのが何とも言い難いが、そこは彼らしいというかなんというか……それに攻撃を受けずに済んだという事実には変わりないだろう。

 

「っ……躱された、か」

 

 イケると思っていた一撃を回避された箒は、冷や汗を浮かべて急いで距離をとっていく一夏を見ながら、寂しそうに独り言ちる。

 

「まったく……やっぱり剣道を離れてしまったのが惜しまれるな、その才能は……」

「ん?何か言ったか、箒」

「単なる独り言だ、気にするな。それより続きといくぞ……準備はいいか?」

「おう、いつでも来いよ!」

 

 そして2人は、互いのシールドエネルギーが尽きかけるまで続けるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 一夏と箒の2人は、アリーナの使用時間終了まであと30分になったところでISのエネルギーが尽きかけているのに気づき、試合を終了させた。

 結果的に言うと、シールドエネルギーが多く残ったのは箒の方であった。白式はそのスペックと性質上燃費が悪く、長期戦に向いてない持久力となっているのが難点だ。それに引き替え量産型である打鉄は防御力に長けており派手な能力を所持していない分、シールドエネルギーを無暗に使うような仕様になっていない。長期戦に持ち込むのであれば、こちらの方がよっぽど有利なのだ。

 というわけで、今回の勝者は箒ということになる。

 

「くっそ~……やっぱ負けると悔しいなぁ」

「悔しいも何も、まだお前は単体戦で勝ったことがないだろう。セシリアとの勝負では負けているし、あの襲撃についても鈴たちと協力して勝利したに過ぎない」

「うん知ってる、知ってるけど口にされるとやっぱ更に悔しいなぁコンチクショウめハハハ」

 

 若干ヤケクソ気味になってしまった幼馴染みの姿を見て、箒は少し言い過ぎたかと自らの発言を省みる。彼女としては一夏を責めるつもりなどなかったのだが、自分の発言は彼の心に多からずもショックを与えてしまったのだと意識してしまう。

 

「あぁ、待て待て一夏。私は別にお前のことを馬鹿にしてはいないぞ?むしろ最初の頃よりも随分と動きが良くなってるから、そう悲観的になるほどでもない筈だ」

「いや、いいんだ箒。最初に箒と剣道した時も周りからアレコレ言われてたような気がしたしテオやセシリアや鈴たちにも勝ててないしなぁうんやっぱ弱いわ俺ハハハ」

 

 私の幼馴染みって、こんなに面倒臭かったか?自身のフォローを流してくる一夏を見て、箒はそんな風に思った。

 謎のネガティブ状態に陥りつつある彼を落ち着かせるべく、とりあえず箒は彼の頭に軽めの手刀を振り下ろす。

 

「落ち着け」

「おうっ?……あれ?俺は一体何を……」

 

 ツッコまんぞ、と内心で箒は思った。

 

「気にするな。特訓が長くなってボーっとしていたんだろう」

「そうなのか?まぁ確かに今日はいい勝負が出来たって感じがしたな。そういえば、箒と2人きりで特訓したのって、今日が初めてじゃないか?いつもならテオがいるし」

「ふむ……確かにそうだな」

 

 箒は一夏の言葉に頷き、今の状況を確認する。

 最近はセシリア、鈴が一夏の周りに加わって賑やかになってきている。普段一緒にいるテオも今日は珍しく席を外しており、こうして2人だけの空間というのは中々に貴重だ。もしこの状況をセシリア達が味わうことになれば、彼女達は想い人の一夏を独占している気持ちが強まって想いを高ぶらせるに違いない。

 

「けどやっぱり、セシリアたちとも一緒にやった方が賑やかで楽しいだろうな。今日はセシリアも鈴も用事が重なって来れなかったらしいし、テオも用事が出来たって言ってたから、今度は全員で集まってやろうぜ!」

 

 こんな反応をされるのは目に見えているから、箒も高望みをする気は失せてしまっている。

 誤解されるかもしれないので捕捉させてもらうが、だからといって箒が一夏に愛想を尽かしたというわけではない。あくまでこういったシチュエーションの際に目の前にいる鈍感が気を利かせてくれるのを期待するのは無駄だということを悟ったのである。上げて落とされるのは小学生時代に何度か味わっているので、今更おかわりは必要ないのだ。

 

 ……尤も、それだけが理由ではないのだが。

 

「そうだな、とはいえ、今日自体が珍しかったのだ。意識せずとも自然と人は集まるだろう。お前のことだから尚更な」

「……ん?どういう意味だ?」

「気にするな」

 

 期待するだけ以下略。

 

「それにしても、箒って随分ISに乗り慣れてるって感じがするな。入学してから初めて乗ったんだろ?なんであんなに乗りこなせてるんだ?」

「ああ。お前と訓練の日が合わない時や、お前がセシリア達と訓練をしている間はテオと練習しているのだがな、いつも効率良く教えてくれるから短時間でも充実した訓練が出来るんだ」

「……テオといえば、あいつ俺とは勝負してくれないよな。なんでだ?」

「他の子に気を遣ってる、と言っていたぞ」

 

 要は『一夏少年の練習相手は恋する女の子で十分。おじさんがあの子たちの時間を割いてまでやるわけにはいかないでしょ』ということだ。事実、テオが一夏とISで勝負したのはクラス代表決定戦の前哨戦のみで今日のような訓練の時間に戦うことは未だしていない。

 セシリア達はそんなテオの気配りに感謝をしつつ、一夏との訓練の時間を嬉し楽しく行っている。

 

「えっ、他の子って誰だ?そもそも何で気を遣ってるんだよ、鍛えてもらう立場から言うのもなんだけど遠慮せずに付き合ってくれたらいいのに」

「……はぁ」

「ん?どうかしたのか」

「なんでもない」

 

 箒は説明を諦めた。追加の説明をしたところで、この男には伝わらないだろうと事前に感じたがために。

 

「それより、喉が渇いたのではないか?飲み物でも持ってくるから、希望があれば言ってくれ」

「いや、俺が買ってくるよ。こういうことは男の役回りだろ」

「別にこういうところで男だからと主張する必要は無いと思うが……それに、私が他人に使い走りを強いるのを嫌っていることはお前も知っているだろう?」

「まぁそれは昔から変わらないだろうなぁとは思ってるけどさ。あっ、なら一緒に買いに行こうぜ。態々戻って来るのも面倒だし、どうせなら行く前に制服に着替えてしまってさ」

「それでは帰ることになるではないか……まぁいい、では帰る準備をするとしよう」

 

 箒は気付いていないだろうが、一夏が最も信頼を置いている同年代の女子は彼女である。

 ISの知識に関してはセシリアに軍配が上がり、友人としての付き合い易さなら鈴が一番適している。しかし彼女達は恋愛に敏感で感情の浮き沈みが激しく、時折一夏の理解の範疇を超える反応の仕方をすることがあって、戸惑いを覚えることがよくある。

 箒も小学生の頃は似たような感じだったが、高校生になって再会してからは随分と大人になり、落ち着いた雰囲気を纏っている。周りが個性的な分、彼女の冷静さは一夏にとって清涼剤のような有難みが感じられた。

 

 そんな2人の距離は、未だ幼馴染みのまま……。

 

――続く――

 




一夏⇒箒:幼馴染み。落ち着いているので一緒にいて一番安心出来る女子。
箒⇒一夏:異性として好き。しかし相手の朴念仁っぷりと過去の事件の影響で自分からアピールするのを控えている。好きだけど、彼の意志を尊重したいタイプ。


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第18話 転校二名 仏独ヨリ

 

◇  ◇

 

「やっぱりハヅキ社製だわ、それしか受け入れられない」

「えー、でもあそこって性能そっちのけでデザインだけに拘ってる感じがしない?」

「外面さえ整ってれば文句ないのよ!」

「……あぁ、あんた絶対恋愛で失敗するタイプだわ」

「私はミューレイかなぁ」

「確かに良いよね~、モノはいいけど高いのがちょっとね」

「アーテンス・メーカーは?」

「あー、アレね。デザインの好みが分かれやすいよねあそこも」

 

 月曜日の朝。

 クラスのお嬢ちゃんたちは各々が持参してきたISスーツのカタログを広げて、楽しそうに談笑を繰り広げている。

 何故ISスーツの話題が出ているのかというと、今日が一般生徒のISスーツ申込み開始日だからである。今日から本格的にISの実戦訓練を開始すると先週に通達があり、放課後の貸し出し以外でもISに搭乗する機会が与えられるようになるのだ。

 ちなみに学校指定のスーツも用意されており、申請したスーツが届くまでの子もそうでない子も暫くはそれを着用することになる。外見はタンクトップとスパッツを合わせたシンプルなデザインとなっている。学園支給というだけあって平均的な性能となってはいるが、学校共通のデザインということでファッション性が無いことに抵抗を感じる女の子も少なからずいる。

 なのでオシャレを追求したり、学園支給品の性能では物足りなさを感じたりする子たちは、自分の好みに合ったスーツを申し込むのだ。

 女の子はオシャレが大好き。これ常識なり。

 

「そういえば、織斑君のISスーツってどこのブランドなの?」

「あー、特注品だって。あんまり詳しいことは知らないけどどっかのラボが作ったって聞いてる。確か、イングリット社のストレートアームモデルがもとになってるってさ」

 

 おぉ、あの一夏少年がIS関連の知識を語れている。先々月まで授業を聞いていてもチンプンカンプンな様子だったというのに、これも勉強の甲斐があったというものだね。涙が出そうだ。

 

「へぇ~、それじゃあテオくんは?」

≪私も特注品だよ。人が着用する物では参考にし辛いから、完全オリジナルといういうことになるね≫

「あれ、でもテオくんって先月の試合で制服のままアリーナに出て来てたよね?しかも全身装甲型のISだったし、どうなってたの?」

 

 この子の言う通り。

 私はクラス代表決定試合において一夏少年と戦う以前、IS学園の制服を着たままアリーナに登場した。そして少年がステージに現れた後に、私は銀雲を展開させてその身に纏った。傍から見ていて子にとっては、私が制服のままISを装着したと思うのもいた筈だ。

 しかし、ISスーツというのはただの飾りではない。

 スーツにはバイタルデータを検出するセンサーと端末が組み込まれていて、身体を動かす際に生じる電気信号を微差含めて精密に分析。読み取った情報をISの各部位に瞬時に伝達することによって、あらゆる動作に正確性を付与させることが出来る仕組みとなっているのだ。IS操縦に絶対必要と謳われているわけではないが、本来の実力を発揮するためには必要不可欠といった代物なのだ。ISスーツとは。

 なので私も全身装甲型を使っているとはいえ、その中身にはちゃんとISスーツを着ている。そしてそのトリックの種についても、これから説明を行う。

 

≪これは専用機だけの特権なのだけれどね、最適化処理されたISは装着者のスーツを量子変換させてデータ領域に格納することが出来るのだよ。そうするとISとスーツがセットになったような状態になるから、IS装着時にそれを取り出せば同時にスーツを着ることが出来るのさ≫

「あっ、授業でサラッと説明があったの覚えてる!けどそれってエネルギーを余計に減らすから、緊急時以外は普通にスーツを着るのがベターじゃないっけ?」

≪そこで裏技をチョチョイとね。こうして待機状態になってる時は通常通りデータ領域に仕舞われているんだけど、IS展開の最中にデータ領域と拡張領域(バススロット)間で情報操作を行って後者の方にデータを瞬間的に移送。その瞬間に換装装備扱いとなったISスーツを展開と同時に召還して装着することで、エネルギー消費を必要とせずにスーツもろとも着ることが出来るんだ≫

 

 と説明したはいいが、何人かが説明の途中で置いていかれてしまったらしく首を傾げている。

 『ISスーツも武器と同様装備扱いにすれば、エネルギー消費は無いということ』と後付で説明すると、皆納得してくれた。

 

 この方法はスーツを一々切る必要が無くなるというメリットがあるのだが、武装に必要となる拡張領域を一部埋めてまで行う処置ではないという点から、一般的には推奨されない方法となっている。利便よりも戦力、というやつだ。物々しい考えで悲しいけれどね。

 

「ちなみにテオちゃんは身体の都合でスーツの着脱が非常に難しいので、とある方からの依頼で制服にも特注の素材が施されているんですよ。ISスーツが小口径拳銃の銃弾程度なら完全に受け止められる丈夫さになっているので、それに合わせてテオちゃんの制服の耐久性も向上されています」

「山ぴー!」

 

 隠された私の制服の機能を説明しながら、真耶ちゃんがその姿を教室に見せた。

 当人はクラスの子が付けてくれた可愛らしい愛称が気になったのか、口元が引くついている。

 

「や、山ぴー……?」

「あれ、山っちどうかしたの?」

「い、いえ山ぴーって渾名は……や、山っち?」

「渾名が気に入らなかったの?マヤぽん」

「いえ、そもそも私は先生ですから渾名はちょっと……」

 

 威厳の問題なんだろうね。

 けどこう言っちゃなんだけど、真耶ちゃんってもとから威厳が無いんだよね……。

 

「えー、でも可愛いじゃんマヤヤ」

「そうそう、みんなに好かれてる証拠だよマーやん」

「可愛いよプリンちゃん」

「まだまだ用意してるよ、佐藤さん!」

「お願いですからちゃんと山田先生って……最後は完全に別人ですよね!?」

 

 この真耶ちゃんの渾名お披露目大会は、千冬嬢が教室に入って来るまで続くのであった。ちなみにそれまで合計で15個の渾名が出て来たのは、確かに彼女が生徒たちに愛されてる証拠といっても良いかもしれない。

 

「で、では改めてSHRを始めます……」

 

 自身の渾名のお披露目ですっかり疲れてしまっている真耶ちゃんは、気を持ちなおそうとしながらSHRの開始を宣言する。

 

 山田先生のそんな様子を見かねた千冬嬢は、呆れた視線をクラスの全員に向ける。

 が、千冬嬢の視線を浴びたクラスの子たちは『千冬様のあの視線、ヤバい!』『お仕置きならいつでもおK』『濡れそう』などと小声でヤバめなことを口走っていた。

 

 しかし、そんな興奮気味のお嬢ちゃん達を鎮めるのは真耶ちゃんの次の台詞であった。

 いや、鎮めるというよりも、興味の行き先を変えたといった方が正しいだろう。

 

「えっと、今日は皆さんに転校生を紹介します!それも2人ですよ!」

 

 新しい転校生。

 その言葉を聞いたクラスの子たち全員が動揺を示し始める。

 このクラスに限らず、IS学園のお嬢ちゃん達は噂話というものに敏感だ。先月転校してきた鈴ちゃんのことが広く知れ渡られていたのがその証拠であり、なかなかに耳聡い子達である。

 そんな子達の耳を上手く掻い潜り今日のこの瞬間まで知られずに済ませたという点に関しても、話の内容を含めて実に興味深い。

 

 だが、本当に驚くべき事実はすぐ傍まで近付いていたのだ。

 

「それでは、2人とも教室に入ってきてください」

 

 真耶ちゃんの掛ける言葉が向かう先は、教室の扉の外。彼女の言葉の後に、自動式の扉が横にスライドして開かれる。

 1人目の転校生が入って来た瞬間、多少のざわめきを起こしていたクラスが沈黙した。

 

 何せその転校生の制服が、男子生徒用の制服だったからだ。

 つまり、その生徒は女子ではなく男子なのだ。

 

「シャルル・デュノアです。フランスからこちらに転校してきました。日本文化は事前勉強してきましたが、まだまだ不慣れなことが多いと思うので、これから宜しくお願いします」

 

 転校生男子は爽やかな笑みを浮かべながら、私達に自己紹介をしてきた。

 濃い金色の髪は長く伸びているため後ろで尾のように留められている。中性的な顔立ちから発せられる笑顔は、同性の一夏少年のそれとはまた違った格好良さを放っていた。また、礼儀正しい振る舞いがそれに拍車を掛けて貴公子と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出している。

 

 短時間静まり返っていた教室であったが、そんな中で誰かの呟きが聞こえてきた。

 

「お、男……?」

「はい、こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を――」

 

 しかし、転校生の少年が最後まで語れることは無かった。

 

 クラスの女の子たちが盛大に湧き上がったからだ、今までの沈黙した分を発散しようとしているのかと思う位の大声量で。

 

「キャアアアァァァ!!二人目の男子よォォォォ!!」

「男子来た!メイン草食系男子来た!」

「これで勝つる!」

「はよ!一×シャルのウス=異本はよ!」

「もう書いてる!」

「ヒャッハァー!我が世の春が来たァァァァァァ!!……うっ……ふぅ」

 

 これは酷い。まさに混沌、カオスだ。しかしこれがこのクラスの平常運転にして日常である

 

「静かにしろ馬鹿者どもっ!さっさと次に進めるぞ!」

 

 しかし先程の荒ぶりも千冬嬢の鋭い一喝によって一瞬で静まった。さすがにあのカオスを止められるほどの静粛の術を真耶ちゃんは持っていないだろうからね。

 さすが千冬嬢。

 

 それにしても……顔立ちといい袖元から見える手といい随分と綺麗な身体だね。まるで箱の中で育てられたお姫様みたいだよ。

 そう言えば、まだ呼び名を決めていなかったかな。ふむ……ではシャル・ボーイとでも呼ばせてもらおうかな。

 

 転校生の少年――シャル・ボーイの隣に立っているのは、2人目の転校生のようだね。男子の転校生という破壊力抜群なインパクトの後で自己紹介するのは何とも酷な話だと思ったけれど、彼女も彼女で中々特徴的なビジュアルをしている。

 まず一番に注目するのは、長く蓄えた銀の髪。銀の髪をした人というのは非常に珍しく、私もクロエお嬢ちゃんくらいしか思い当たらないくらいのレア度だ。そういえば束ちゃんも滅多に見ない濃桃色の髪だったね。

 そして片目には眼帯が施されており、露わとなっている赤い目は鋭く冷たいとさえ感じた。私も以前あのような目は見たことがある。……そう、まるで軍人のような目だ。

 制服にもかなりのアレンジが施されており、標準がスカートなのに対し少女の穿いているものはズボンであった。鈴ちゃんは大胆な改造をしていたけれど、これも随分と手を付けられているようだ。

 背丈は隣にいるシャル・ボーイよりも一回り小さく、非常に可愛らしい。尤も、先程から放っている威圧がそれを台無しにしてしまっているが。

 

 少女は腕を組みながら、くだらないものを見るかのような目でクラスの女の子達を見渡している。先程の喧騒の中でも、彼女は眉一つ動かさずに沈黙を保ち続けていた。

 

「…………」

「ラウラ、自己紹介をしろ」

「はい、教官」

 

 教官、というのは間違いなく千冬嬢に向けられた言葉であろう。

 しかし当の本人は、面倒くさそうに顔を顰めながらラウラと呼ばれた少女に視線を向ける。

 

「織斑先生と呼べ。ここは軍部ではなく学校だ、その名で呼ばないように気を付けろ」

「分かりました」

 

 教官?そう言えば、千冬嬢は一年間だけドイツの軍で教官を務めていたって話を束ちゃんから聞いたことがある。

 そうなると、この子はドイツから来た子でしかも現役の軍人ということになるのだろうか。

 

 などと考え事をしていると、少女の自己紹介が始まった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

「…………」

「…………」

「……あ、あの、以上ですか」

「以上だ」

 

 酷く簡潔な自己紹介を見た。聞いた話だと、一夏少年も最初の自己紹介ではこのような自己紹介をしてしまったらしい。一夏少年2号の誕生かな?

 そして呼び方は……よし、ラウラちゃんにしよう。雰囲気はともかく、見た目から保護欲を感じてしまうから。

 

 そんな時だった。

 

「っ!貴様が……」

 

 ラウラちゃんの目が、より一層の鋭みを帯び始めた。

 先ほどまでは冷たく鋭利なものと思わせるそれであったが、さっきとは異なる意思を感じる。今の彼女の目には、憎意のような静かに滾る熱が灯されているように見えたのだ。

 まるで親の仇を見るかの如き、そんな目だ。

 

 そんな目が向いている先は……一夏少年であった。

 しかし少年はその憎悪に一切気付いている様子も無く、呆けた様子で彼女の接近を許していた。

 

 あんな空気を纏いながら近づいていくとなると、恐らくは……。

 仕方ない、ここは手助けをするとしようか。

 

 私は個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)を開いて、一夏少年の白式に繋いだ。

 

『一夏少年、後ろから筋肉モリモリマッチョマンの変態がラリアットを!伏せろ!』

「えっ!?」

 

 私の虚偽の警告に酷く驚いた一夏少年は、振り返る余裕はないと判断して私の指示通り勢いよく身を伏せた。

 その瞬間、彼の頭上ではラウラちゃんの鋭いビンタが空振りとなっていた。

 

「くっ、外したか……どうやら只の愚図ではないようだな」

 

 ごめんラウラちゃん。愚図とまでは言わないけど、そこの少年はそんなに鋭い感性じゃないから。

 おっと、そろそろ一夏少年の誤解を解いてあげないとね。

 

『あ、済まない少年。私の見間違いだったよ』

『な、なんだよ……驚かさないでくれよ』

『元グリーンベレーの方だったよ』

『いやそもそも嘘だよな!?』

 

 騙して悪いが、ってね。

 

「私は認めないぞ……貴様のような奴が教官の弟などと」

「ってあれ?なんで目の前に?」

「今回は見抜かれたようだが、次はこうはいかないぞ!」

 

 ごめんラウラちゃん。その子見抜けてなかったから。

 

 それにしても、また随分と賑やかな事になりそうだね。

 楽しめるようなイベントなら万々歳だけど、ギクシャクしたような催し事なら御免被るよ?

 

 

 

――続く――

 



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第19話 「ん?」

 

「では、これでHRを終了する。次は2組と合同で実戦訓練を行う。各自授業に備えて先週配られたISスーツに着替え、第2グラウンドに集合するように。忘れた者は……下着でいいだろう。では解散」

 

 よくねぇよ、というツッコミが千冬嬢相手に出来るわけも無く、彼女の言葉によってHRが終了される。

 その途端にクラスの女の子達は着替えの準備をするべく動き始める。随分と性急なように思えるかもしれないが、ここから第2グラウンドまでの距離を考えると、のんびりお喋りをしながら悠長に着替えようものなら遅刻しかねない計算となってしまうのだ。誰も進んで千冬嬢の出席簿を喰らうようなことはしない。

 

「下着で授業……何それ素敵なプレイ」

「千冬様に下着姿を見てもらえる、ハァハァ」

 

 前言撤回。一部出席簿以上の一撃を喰らいたい子たちがいるみたいだ。あまり深くは気にしないでおこう。

 

 さて、女の子達の着替えの場となる教室だが、男の子である一夏少年は着替えが始まる前に退室する準備を速やかに進める。流石に異性と同じ場所で着替えをするのは拙いからね、せかせかと逃げようとする少年の姿も数回程度とはいえ見慣れたものだ。

 ただし今回からは、その光景にもう一人追加される模様。

 

「よし、それじゃあ行こうぜ」

「えっ、どこに?」

「いや、ここじゃ俺たち着替えられないだろ?だから男子はアリーナの更衣室で着替えるしかないんだよ、面倒だけど早めに慣れてくれ」

「う、うん。分かったよ」

 

 あまり状況を理解しきれていないシャル・ボーイの手を取り、急いで教室から出て行った一夏少年。

 ふーむ。

 

≪箒ちゃん。今日は一夏少年たちに着いて行くことにするよ≫

「む?そうか。しかし一夏と一緒に行くなんて最初の頃以来じゃないか、どうしてまた急に?」

≪なに、今日は新人君も加わってるからね。私も案内のお手伝いをしようかと思ってね≫

 

 ちなみにISスーツへの着替えを必要としない私は、箒ちゃんの着替えを教室の外で待ってから一緒に行くようにしている。ぶっちゃけ人間の女の子の裸を見たところで私が欲情する筈も無いんだけれど、私が喋れるということでそういう意識をしてしまう子もいるようで、大人しく教室から去るようにしている。

 ちなみに箒ちゃんは私の同席など慣れっこで、寮の部屋でもお構いなしに着替えている。

 

「ではまた後でな」

≪うん、また後で≫

 

 箒ちゃんに別れを告げてから、私は教室から出る。

 さて、一夏少年達は……おっと、まだ近くにいるみたいだね。

 

 私は一夏少年たちの後姿を確認すると、少年の肩へと飛び乗った。

 

≪一夏少年、私もついていくよ≫

「テオ?別にいいけど、どうしたんだ?」

≪いやね、新しいクラスメイトのサポートに協力しようかと思って≫

「そっか、テオが手伝ってくれるんなら有難いよ……そ、そろそろ重いから降りてくれないか?」

≪む、若い頃は遠慮なく乗せてくれてたのに≫

 

 渋々私は一夏少年の肩から降りる。ちなみに私の体重は5キロに届かない程度の重さだ。男の子といえど、ISに乗らないと少々キツイのかね。

 

≪と言うわけだけど、迷惑じゃなかったかい?≫

「ううん、すごく嬉しいよ。ありがとう……えっと」

≪テオだよ。呼び方は好きにして構わないよ≫

「それじゃあそのまま呼ばせてもらおうかな。これからよろしくね、テオ」

≪うん、よろしく≫

 

 一夏少年に手を引かれながらも、床に降り立った私に微笑みを向けてくるシャル・ボーイ。なんといういい子――。

 

 ……ん?

 

≪(これは……)≫

 

 この感じ、出処はシャル・ボーイからか。

 しかしこれは……。

 

「いたわ、噂の転校生よ!」

「織斑くんも一緒、しかも手ぇ繋いでるわ!」

 

 ……いや、先ずは現状の解説を済ませてしまおうか。

 

 アリーナの更衣室に向かう道すがら、廊下の先では学園のお嬢ちゃん達が学年を問わず集結し始めていた。その口ぶりから察するに、早速噂となったシャル・ボーイを見る為にみんなで押しかけて来たといったところか。今は大分落ち着いた方だけど、一夏少年の時もこれぐらい賑わっていたと記憶している。

 しかし今は次の授業に向けて着替えに向かう最中。彼女達にかまけてしまっていては確実に授業開始に遅れてしまい、千冬嬢の手厳しい出席簿が頭部に降り注ぐことになるに違いない。いかに叩かれ慣れている一夏少年といえども、悶絶する程の一撃は避けたい筈だ。

 

「くそっ、もう追手が……シャルル、テオ、こっちだ!」

「うわわっ!?」

≪ほいほい≫

 

 一夏少年はシャル・ボーイの手を取りつつ、先導して廊下の角を曲がり始める。流石は逃走に手慣れた一夏少年、目的地へ行くためのルートも逃走時込みでバッチリ把握済みというわけだ。

 

「いたわ、こっちよ!」

「一×シャルのためにも捕まえさせてもらうわ!」

「シャル×一の需要も忘れずにね!」

「あたし、思うの。今こそテオ×一を流行らせるべきだって」

「ねーよ」

「ここは王道で乱こ――」

『言わせねーよっ!』

 

 息ピッタリだね君達。

 

「なんだかよく分からんが……とうっ!」

「うぇっ!?ふわわわわぁ!?」

≪ほいさ≫

 

 前と後ろから包囲を掛けられ、逃げる場所を失った我々。

 やむなく近くにあった窓を飛び降り、逃走させていただきました……とさ。

 

 一夏少年はシャル・ボーイをお姫様抱っこの要領で抱き抱えて飛び降り、着地の際に足の部分のみISを展開させて、何事も無く着地を成功させた。さすがに生身で降りるのは危ないから、緊急時である今なら仕方がないだろうね、ちゃんとすぐに仕舞ったし。

 

 ちなみに私はISを展開させずに、まずは足場となるような場所を見出してそこへ目掛けて跳躍、跳び移ることに成功したら次の足場へ……といった具合に、ピョンピョンと足場への跳び移りを繰り返していった。地面に足を付けても問題ない高さにまで達したところで、私は地面へと着地。

 

「ふぅ。シャルル、怪我とかしてないか?」

「う、うん。大丈夫、ありがとう。……いつもこんな感じなの?」

≪いつもはあそこまで大勢で来たりはしないはずだよ。今日は君が新しく加わったからだろうけど≫

「僕が?」

 

 キョトン、とした様子で首を傾げるシャル・ボーイ。ちなみにその身体は未だ一夏少年に抱き抱えられている。

 

 事情がイマイチ呑み込めていない彼に対する呆れの念を込めた溜め息を吐きつつ、少年は言葉を発し始める。

 

「あのな、俺たちは女性にしか扱えないISを扱えることが出来る男子なんだぜ?そんな奴が転校してきて興味を持たない方がおかしいと思わないか?」

「……あっ。あぁうん。そ、そうだよね」

 

 …………。

 

「シャルルって見た目がしっかり者のイメージなんだけど、こんな調子じゃこの先心配だぞ」

「あ、あはは……。そ、それよりも着替えの場所に行かないといけないんじゃなかったっけ?」

「……あ、そうだった!」

 

 ……人の心配をしてる余裕は今の君には無いんじゃないかな?一夏少年。

 

 

 

 

 

「ああっ!折角のチャンスが!」

「写真は!?……取り損なったの!?くぅぅ、レア物で取り扱ってぼろ儲けしようと思ったのに……!」

「一×シャルが、私の夢が……」

「けれど分かったことが一つだけ。やっぱり時代は乱こ――」

『言わせねーよっ!?』

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 窓からの脱出が成功した後は、追っ手が来ることもなく平和的に更衣室に到着出来た。さすがにあのルートを通ってまで追いかける子はいなかったようだし、素直に別のルートから行こうものならば確実に見失ってしまう距離だったと思うから、妥当な判断だと言えるね。というか皆、授業の準備をしよう。

 しかし、喜べる結果だけとも言えない。廊下での追跡を巻くことには成功したものの、最も近い道とは外れたルートを進むことになってしまったため、あまり時間に余裕が無いのだ。急いで着替えねば出席簿コース、といったところだろうか。

 

「うわ、時間がマズイな。早く着替えちまおうぜ」

「うわわっ!?」

 

 一夏少年が上半身裸になった瞬間、慌てた声が近くから聞こえてきた。

 近くとは言っても、この場には一夏少年と私とシャル・ボーイしかいない。脱いだ本人が驚くようなことは何も無かったし、私も別に驚いてなどいない。

 

 そうなると、声の主は必然的に導き出されるわけで……。

 

「シャルル?背中なんか向けてどうしたんだ?早く着替えないと千ふ……織斑先生に怒られちまうぞ?」

「あ、えっと、その、着替えるよっ?着替えるんだけど……その、向こうを向いててくれないかな?テ、テオも」

 

 一夏少年とは真反対の方向を向きながらそう言ってくるシャル・ボーイ。

 しかし私のいる場所からは、両手で隠そうとしても隙間から見えている赤らんだ顔がバレバレである。

 

「……?別に着替えをジロジロ見る趣味は無いけど、そんなに恥ずかしいか?」

「ま、まぁちょっと、その……ね?」

≪まぁ良いじゃないか少年。それよりも早く着替えてしまわないと、千冬嬢に怒られるよ?≫

「おっと、そうだったな。……っていうか、普通に千冬姉のこと名前で呼んでるのな」

≪君もね≫

「あ、やべっ」

 

 そこでようやく、一夏少年とシャル・ボーイの背中合わせの着替えが始まった。

 少年は上着を完全に脱ぎ終わっているので、残りのズボンと下着を脱ぎだす。それらも脱いで完全に全裸となった彼は、ISスーツの下半身部をその手に取り、足を通し穿こうとする。一部分が引っ掛かって苦戦しているようだが、何も言うまい。ジュニア。

 

 そして一方のシャル・ボーイだが。

 見ることが出来ない以上、この子がどこまで着替えを進めているかは見なければ判断が出来ない。彼が私と一夏少年に、着替えを見ないで欲しいと頼んで来たので、そこに関してはどうしようもない。

 そう、着替えを『見る』ことはしない。シャル・ボーイが私たちにそう頼んで来たんだから、覗くような真似はしないと誓って約束しよう。私は約束を無碍に破るような猫ではないからね。

 

 だけどね、シャル・ボーイ。

 

≪(……思った通りか)≫

「シャルル?」

「な。なにかな!?」

 

 一夏少年に声を掛けられて慌てて返事を行うシャル・ボーイ。

 丁度彼は着替えを終えたようで、既にISスーツを着た姿になっている。

 

「おぉ、着替えるの早いな。なんかコツとかあるのか?」

「えっと、ちょっとね。……一夏はまだ着替え終わってないの?」

「あぁ、下の方を着る時に引っ掛かるんだよなぁコレ」

「ひ、ひっかか……!?」

 

 2人がそんな風に会話をしている中、私はシャル・ボーイに対する1つの確信を抱いていた。

 廊下で彼に近づいた時に感じた『匂い』を嗅いだ時から、シャル・ボーイに対する疑念は感じていた。いや、別に変態チックな意味合いは一切無いので、今はシリアスな場面なので。

 

 改めてシャル・ボーイ。

 どうやら君はとある事情で、手や顔などの肌が露出する部分には男性向けの防臭芳香品を使用しているみたいだけど……猫の嗅覚は、そんなものでは誤魔化されないよ?

 

≪少年、私は先に行くよ。遅れる可能性も考慮して千冬嬢に一言伝えてはおくけど、それでも遅刻しないようにね≫

「ん、あぁ分かった。もしかすると滑り込みになるかもしれないしな……千冬姉はそれも許さないだろうけど」

≪穏便に、とは言っておくよ。それでもゆっくりしないようにね≫

 

 シャル・ボーイ。

 防臭処置をした制服を脱いだ今の君から漂う匂いは、男の子のそれじゃあなくて――。

 

 

 

 

 

――女の子の匂いだ。

 

 

 

――続く――

 



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第20話 ランチ・タイム

 

 午前の授業が終了し、昼休みの時間となった現在。

 私は箒ちゃん、一夏少年、セシリア姫、鈴ちゃんといういつものメンバーの中に新しくシャル・ボーイを交えて、以上6名で昼ご飯をとっている。

 ここ屋上には綺麗な花が咲いている花壇が一定の間隔で備えられており、傍の何か所かには丸テーブルとそれをコの字で囲っている木製のベンチがある。手入れの整った公園のような景観を持つこの空間は学園の女の子たちからの人気も高く、昼休みになるとここを活用する子も少なくはない。

 ただし、今回は私たち以外に屋上を利用している子は1人もいなかった。恐らく転校生であるシャル・ボーイは学食を利用するだろうと予想し、食堂の方に人が行ってしまっているのだろう。一夏少年もよく学食を食べに行くから、余計にその可能性を高めさせたのかもしれない。

 

 しかし、現実はこれである。箒ちゃんが昨日の訓練の際に『明日は晴れらしいから、偶には屋上で食事などどうだ?』と一夏少年に提案したからこうなったのだが、それが無ければ今頃は食堂で水族館の魚のような見られ方をしていただろうね、この二人は。

 ちなみに箒ちゃんはその際に、一夏少年の分の弁当も作ってあげると宣言していたよ。ヒュー!コブラ……じゃなくて愛妻弁当作戦だね、恋愛でも恋人の胃袋を掴むのは常套手段だと聞いたことがあるから実に興味深い。

 

「ほら一夏、お前に作った弁当だ」

「おお、サンキューっ。ホントに作って来てくれたんだな!」

「ふっ、武士に二言はないぞ」

 

 自慢げにうんうんと頷いてみせる箒ちゃん。

 可愛いからいいんだけど……武士がお弁当の約束事に二言目を加える姿が想像できない、いやそういう意味で言ったんじゃないのは分かるけどね。娘が自分を武士と言うのがちょっとシュールに思っただけで。

 

「ちょーっと待ったぁ!私もアンタの分を作っておいたのよ、ほらっ」

「ちょ、タッパー投げるなって!……おっ、酢豚かこの中身」

「前に食べたいって言ってたでしょ?」

 

 鈴ちゃんも今日の事を聞いて準備をしてきたようである。屋上のことも少年への弁当の事も箒ちゃんが2人に聞こえるように言っていたし、この子も乗りかかってきたというわけだね。

 

「あー、ごほんごほん。うぇっほごほっゲホゲホ」

 

 最初はワザとっぽい咳だったけれど、途中で本当に咳き込み始めてしまったセシリア姫。注目を集めるつもりでそれらしいアクションを起こしたのだろうけど、逆に後半の咳で注目を集めちゃったよこの子。

 

「ちょ、セシリア大丈夫か?風邪でも引いたのか?」

「げほ、だ、大丈夫ですわ……ちょっとむせただけですので。それよりも一夏さん、わ、わたくしも今朝は時間が空いていたのでこのような物を作ってみたのですが」

 

 そう言ってセシリア姫は近くに置いていたバスケットを少年に向けて差出し、被せていた布を取り外した。中から姿を現したのは、トマトやレタス等で彩りよく整えられたサンドイッチであった。

 

「前回と同じものなので不服な所もあるかもしれませんが、わたくしなりにアレンジを加えてみましたので……」

 

 しかし、一夏少年の顔色は優れなかった。

 

「あ、あぁ……また後で食べさせてもらうよ」

 

 一夏少年がこのような表情をする理由については、無人機襲来事件から数日後の昼食の話を語らなければならない。

 その日の昼ごはんはセシリア姫が一夏少年へのアピールを目的として、手作りのサンドイッチを持参してきた。外面だけなら今回造られたサンドイッチに劣らず出来が良く、一夏少年も一目見て美味しそうだと語っていた。

 

 しかし、一口目で一夏少年は卒倒した。

 原因は不明。食中毒かと思われたが保健室での検査ではそれらしい要因が掴めず、毒物の反応も無かったと保険医のお嬢が証言している。あまりの不味さに気絶した……と言うには確証が足りず、実は一夏少年はサンドイッチを口の中で噛もうとした瞬間に意識を失ってしまったらしい。味の認識をするまえに気絶したため料理の味が美味しかったのか不味かったのかすら分からなかったのだ。後遺症が残っていないのが幸いである。

 

 なお、セシリア姫は一夏少年が気絶する姿を見て『もしや英国料理の真の美味しさに気付いて、感動のあまり意識を!』と自己完結していた。食材の劣化が無ければ毒物反応も無い、美味下味の判別が出来ないということもあって私も他の子も姫の言葉を否定することは出来ても、別の理由をとり上げることが出来なかった。『感動でなければ、何が原因ですの?』と問われてしまうと、原因が不明なので誰も何も言えないんだ。

 

 故に、今目の前にあるこれは料理と言う次元を超えた『未知的物体(ミステリー・マター)』。セシリア姫という人類が生み出した、ある意味ISよりも驚異的な人口兵器である。

 

「そうですか……いえ、メインディッシュは後からというのはディナーの基本ですので寧ろ光栄ですわっ。最後のお楽しみということで期待していてくださいまし!」

 

 少年に逃げ道は無かった模様。

 これも色男の宿命、諦めて全てを受け入れるしかない。

 

「……シャルル、俺の希望はお前に託すぜ」

「いきなりどうしたの……?それよりも、僕が同席しても大丈夫だったの?」

 

 そうして誰にともなく問いかけてくるシャル・ボーイ。その表情は少し遠慮がちに見える。

 確かに傍から見ればこのメンバーは、開始早々コントを繰り広げるくらいの仲良しさんに見えるのだろう。そんな輪の中にいきなり入れられて困惑してしまうのも無理はない。

 

「気にすんなよ。この学校には俺とシャルルしか男子がいないんだから、男同士仲良く出来たら良いなって思ってるし。テオもオスだから同じ男っちゃ男だけど、やっぱり人間同士の男友達も欲しいしさ」

≪まぁ同姓の友達は気心が知れやすいものだから、私も気持ちは分かるよ≫

「だろ?俺もIS学園に入って結構日が経ったけど、やっぱり不便な所とかも多いし、もし困ったことがあったら気兼ねなく俺に相談してくれよ」

「うわ、生意気にも先輩風吹かせてるわよコイツ」

「もう少し普段から頼もしくしてくださっていれば、多少は様になっていたのですが……」

「ならばテオ、代わりに言ってみてくれないか?」

 

 ふむ、箒ちゃんからリクエストが来たね。

 ならばここはいつものシャル・ボーイでは無く真面目な呼び方を使って……。

 

≪シャルル君、困ったことがあったら遠慮せず私に相談してくれたまえ。出来る限り君の力になると約束するよ≫

「うん、納得の安心感」

「さすがおじ様ですわ」

「やはりテオは頼りになるな」

「お前ら俺をいじめて楽しいか!?」

 

 これも愛されているが故だ、少年。

 もちろん私も君の事大好きだよ。こうして面白い反応してくれてるし。

 

 すると……。

 

「ふふ……あははっ」

 

 突然、私たちのそんな様子を見ていたシャル・ボーイが声を上げて笑い出した。

 シャル・ボーイの笑いはさほど長かったわけではなく、少しの間笑ってみせたらスッと落ち着き始めていった。

 

「ははは……本当にみんな仲が良いんだね。なんだか見ていて羨ましいよ」

「だろ?だからシャルルも遠慮なんかしないで、俺たちと仲良くしていこうぜ」

「仲良く、か……うん、僕なんかで良ければ喜んで」

 

 いつの間にか一夏少年が差し伸べていた手を、シャル・ボーイは掴み返して握手を交わした。2人はまるで友情マンガにおける絆が結ばれるシーンのように、互いに見つめ合い、微笑みあっている

 

 あっ、シャル・ボーイが恥ずかしくなって目を反らした。流石少年、安定のニコポである。いや、まだポまでは至っていないか。

 

「って、喋ってる間に昼休みが半分くらいになってるじゃない。さっさと食べ始めましょ」

「うお、ホントだ」

 

 鈴ちゃんが時計を見るのに倣い、少年もそれを真似するように時計の針を確認しだす。彼女の言うとおり、雑談に華が咲きすぎて昼休みが半分くらいは消費されていた。このまま喋りつづけるのもそれはそれで楽しいが、食事なしで午後の授業を受けるのは体力的に持たないと思われるので大人しく食事を始めるとしよう。

 

「ほら、テオの分も用意してあるぞ。今入れ物に移し替えるからな」

≪おぉ、ありがとうね箒ちゃん≫

 

 箒ちゃんは傍に置いてあったタッパーの蓋を開けると、その中身が零れないよう丁寧に私が愛用している皿に盛り付けてくれた。

 今日の私の食事は、箒ちゃんが今日の為に作ってくれた特製肉じゃが。豚バラ肉、にんじん、えのきなどが入っており非常に美味しそうに出来上がっている。

 

 箒ちゃんは重要人物保護プログラムの影響で私と2人きりの生活――警護の人間が周囲にいたけれど――をするようになってから、私用のご飯を作ってくれていたのだ。流石に学業をこなしながら毎日作るのは骨が折れるし悪いと思って私が断ったんだけれど、健気にも箒ちゃんは時間に余裕がある時は積極的に料理をしてくれた。ここ数年は分かれて生活することになり箒ちゃんの手料理を頂ける頻度が少なくなっていたけれど、最近は頻繁にこうして振る舞ってくれている。本来猫に調味料はいらないから好みの味付けなどはないんだけど、ちょっとした香りづけをしたり食感に変化を加えたりなどの工夫をしてくれていて、学食に負けない美味しさで私の胃袋を喜ばせてくれている。

 親思いの良い娘に育ってくれて感激です、私。

 

 ちなみに猫のご飯はネットで調べると色々と出てくるから、興味のある子は是非見てくれたまえ。中々面白い料理が揃っているし、箒ちゃんもそういうところから取り入れて作っていたしね。

 

「さぁ一夏、まずはあたしの料理から食べなさいよ!」

「別に誰からでもい……いや、なんでもなかった」

 

 おっと、先ずは鈴ちゃんからスタートみたいだね。

 少年が既に判明させていたけれど、彼女が作って来たのはお得意の酢豚だ。

 

 少年は事前に渡されているタッパーのふたを開け、中身の酢豚を一口。数度の咀嚼を行った後に、うんうんと満足げに頷いて見せた。

 

「うん、美味いな。……だけど鈴、ひとつだけいいか?」

「なによ」

「なんでお前の分の酢豚は湯気が出てるくらい温かそうなんだ?」

「此処に来る前にご飯と一緒にレンジにかけといたからに決まってるじゃない。この容器の保温機能なめんじゃないわよ」

「俺のもついでに温めておいてくれよ……美味いから別にいいけど」

 

 あ、いいんだ。

 

「さて、最後に箒の分を――」

「一夏さん?最後はわたくしが控えていることをお忘れでして?」

「ははは、そんなわけないジャマイカ」

 

 しれっとセシリア姫の料理を逃げようとしたみたいだけど、残念だが逃げ道は塞がれていた。観念するしかない。

 

「はぁ……それじゃあ箒の弁当を貰うぜ」

 

 先に箒ちゃんから渡されていた弁当の蓋を開けた一夏少年。

 その中身を覗き込んだ瞬間、彼は思わず感嘆の息を漏らした。

 

 卵焼き、鶏のから揚げ、鮭の塩焼き、きんぴらごぼうにほうれん草のおひたし等々……弁当の定番をおさえたレパートリーがその中に詰め込まれている。見栄えを損なうような隙間が出来ないよう丁寧におかずが揃えられ、レタスやトマトなどの彩りがある野菜で見た目に華を注いでいるそれは、手の抜いた雰囲気が感じられないほどの出来栄えであった。

 

 市販の弁当とこの弁当を1つ選べと言われたならば、私が間違いなくこちらをとっているに違いない。それくらい美味しそうな完成度を誇っているのだ。いや、言っておくけど娘補正をかけて見てはいないからね本当に。

 

「おぉっ、すっげぇ豪華だな!」

「作ると約束した以上、手は抜かずに作らせてもらった。おかずについてもお前が嫌いだったものは入れてない筈だぞ」

「入ってても文句言えないってこれは。作るの大変だったんじゃないか?」

「なに、私の弁当も似たようなものだからな。作る種類が多くなった訳でもないし、これくらいは容易いさ」

 

 そう言って自身の弁当の蓋を開ける箒ちゃんだが、言う通り弁当の中身は少年のために作ったものと酷似していた。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 少年はどれから手を付けようかと弁当の中身を泳ぎ見ていたが、そう時間が掛からない内に決定して、それを箸で掴み口の中へと入れていった。

 少年が一口目に選んだものは、鶏のから揚げであった。

 

 咀嚼をした直後に突然目を見開く一夏少年。

 そこから噛むスピードを速めて、ゴクリと飲み込み終えると箒ちゃんの方へ無邪気な笑顔を振りまいた。

 

「……おぉ、美味いっ!美味いぞ箒!」

「ふっ、そうか。味は変じゃなかったか?」

「全然っ。えっと、これの下味になってるのは醤油と生姜と……にんにくかな?おろし状にしたら出来そうだけど」

「ほぅ、よく分かったな。コショウも少し使って味を整えてみたんだが。ちなみに他のから揚げも味を変えてみたから、遠慮せずに食べてみると良いぞ。蜂蜜を隠し味に使ったものと、梅肉ソースで下味をつけて青じそを包みながら揚げたものがある」

「あっ、確かに青じそは分かりやすいな。じゃあもう片方が蜂蜜入りだな……うん、これも美味いっ!」

「そうか……ふふ、私も頑張った甲斐があったという事だな」

 

 喜んでから揚げを味わう一夏少年を眺めるその顔はまさしく、恋する者を遠くから暖かく見守るかのごとき淑女のそれであった。

 

「箒も食ってみなって、ホントに美味く出来てるんだぜコレ」

 

 満足げに弁当のおかずを食す一夏少年であったが、ふとその箸先を箒ちゃんへと向け始めた。残ったから揚げを箸で摘まむと、ズイッと箒ちゃんの方へそれを運んでいったのだ。

 

「ちょ、一夏!」

「何をやっていますの!」

「え?何をって……あっ。箸に口つけちまってたから、逆の方で掴んだ方が良かったか」

 

 鈴ちゃんとセシリア姫の反応から、自分の口がついた箸で料理に触れたら相手が嫌がるだろうと察した一夏少年。しまった、と言わんばかりにその表情を窄ませている。

 

「ちが……くもないけど!」

「そ、その所作はアレですわよ……そう、あのアレ!」

 

 どのアレ?

 

 そんな外野たちの喧騒を余所に、箒ちゃんと一夏少年のやり取りが再開される。

 

「あー、大丈夫だ一夏。私は気にしないから」

「そうか?悪い、気が回らなくて」

「気にしないと言った筈だぞ?そもそも私がお前の為に作ったというのに、私に食べさせようとしてどうする……」

「だって箒の弁当にから揚げ入ってなかったから、この美味さを伝えるには俺の分をあげるしかないだろ。それにこの弁当が俺の分だって言うなら、それをどうするかも俺の勝手でいいんだろ?」

 

 一夏少年の言うとおり、箒ちゃんの弁当には一夏少年の弁当に入っていたから揚げの姿が見当たらない。恐らくあれがもっとも気合を入れた作品であり、少年に食べて欲しかった料理なのだろう。

 それにしても……その事をあっさり見抜いてみせる辺り、この子が時々発揮する観察眼は目を見張るものがあるね。恋愛に関しては終始ポンコツ並なのが実に悔やまれるけれど。

 

「というわけで……はい、あーん」

「ん、あーん」

 

 ノルマ達成。

 こうして一夏少年と箒ちゃんは、仲睦まじいカップルの定番行事を果たすことに成功した。

 というか箒ちゃん、本当に全然動じていない。最早不落の要塞になっているのではないだろうか。

 

「な、美味いだろ?」

「うむ。この出来ならば次も大丈夫そうだな」

 

 自身が手掛けたから揚げの出来栄えに満足げな様子を浮かべながら、ウンウンと頷くお箒ちゃん。

 

 しかし、その光景を見た他の子達がそのまま黙っていられる筈もなく……。

 

「一夏、今度はあたしの酢豚を食べなさい。いや、あたしに食べさせなさい!」

「一夏さん、わたくしのターンはまだ始まってすらいませんわ!」

「ひょ?……じゃなくて2人とも急にどうしたんだ!?」

 

 自分の分の酢豚を持った鈴ちゃんと、サンドイッチの入ったバスケットを持ったセシリア姫が少年の方へ必死に詰め寄っていく。

 少年は訳が分からないといった様子で、2人の相手をし始める。

 

 そんな彼らの様子を、シャル・ボーイと私で平和的に見守っていた。

 ちなみに私は箒ちゃんが一夏少年といい感じになっていた隙に移動しており、今はボーイの隣に座らせてもらっている。ボーイは快く私の相席を許可してくれたので、私も遠慮なく座らせてもらっている。

 

「ふふ、やっぱり仲が良いね」

≪そうだろう?みんな愉快な良い子だよ≫

「さぁ一夏さん!わたくしのバーサーカーソウル……ではなくサンドイッチをいただだいてくださいませ!先ず一口目、ドロー!」

「ヤメロー!シニタクナーイ!シニタクナーイ!」

 

 うん、いつも通りの光景だ。

 

 ちなみにこの後、一夏少年はまた意識を失った。

 

 

 

――続く――

 



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第21話 adults―好々爺たちの談義―

 

 昼休みが終了し、午後のIS実戦訓練が真耶ちゃんの号令によって開始される。午前の時は千冬嬢が務めていたけど、今回は最初から真耶ちゃんがいるので普段の授業と同様である。

 余談だけど、号令の際の真耶ちゃんの物腰がいつもと比べて少しハキハキしていた。恐らく午前のセシリア姫たちと実演でカッコイイところを魅せることが出来ていたので、自信がついたのだろう。褒められて嬉しそうにしている子供みたいで可愛らしい、だがちゃん付けになる。

 

 既に授業は開始され、各人が動き始めている。

 専用機持ちである各グループリーダーは再び並べられている打鉄とリヴァイヴを取りに行き始めているし、それ以外の子達も雑談をしながら午前同様のグループで集まっていく。

 

 さて、私もそろそろ動き始めるとしようかな。

 

 ……お生憎、授業を受けるためじゃないけど。

 

 私は一夏少年たちが打鉄をとりに行っている最中、真耶ちゃんと共にいる千冬嬢の元へと近づいていった。

 

「どうしたテオ。お前も自分の班の所に訓練機を持って行け」

≪その前に、ちょっと確認しなければならないことがありましてね≫

「確認だと?」

≪ええ…………シャルル・デュノアの件について≫

 

 その言葉を聞いた瞬間、千冬嬢の顔が強張った。元々鋭い目つきに更なる力が加わり、研いだような鋭利さで私のことを射抜くように見捉える。

 

「……なんのことだ」

≪織斑先生、余計な腹の探り合いをするつもりは私にはありません。誤魔化そうというのであれば、今度は直球で訊きましょうか?周りがあるこの場では出来るだけ差し支えたいんですけどね≫

「……お前が聞きたいことは分かっている、その必要は無い。念のため訊いておくが知らぬがままとしておくつもりは?」

≪無いですね。私も私で思う所があるものでして≫

 

 私の言葉を耳に収めた千冬嬢は、そこで一先ず押し黙る。

 

 隣にいた真耶ちゃんも私と千冬嬢のやり取りを横目で聞いていたが、千冬嬢の表情の変化を見て僅かに声を漏らしてからは、口を噤んで私たちの様子を窺っていた。

 

 そして若干の時間を要した後、千冬嬢の口が重たく開かれた。

 

「……仕方がない。お前には説明をしておこう」

≪おや、意外でしたね。問答無用で私を関わらせない様にするかとも思いましたが≫

「……学園長からの希望があったのだ。お前がデュノアの事に気が付いて問い詰めて来たら、説明をして裏事情を知ってもらおうとな」

≪ほぅ。轡木ど……ではなく、学園長からのご要望と来ましたか≫

 

 IS学園の学園長。

 今や世界中で注目されているIS、その搭乗者を培うこの学園における最大責任者。話によればIS委員会から選ばれた代表がその役に就いているらしく、委員会は当然のこと各国及びそのIS機関とも繫がりを持っているとのこと。世界に対する影響力を強く担っている一角と言っても過言ではない程の立場は、並大抵の者では重圧に押し潰されてしまいかねない要である。

 1年生のお嬢ちゃん達が学園長の姿を目にしたのは、入学から数か月経った今でも恐らく1回か2回程度だろう。各国とISに関する会議を行うために学園を離れる機会が多く、学園内にいても執務などで学園長室に籠りきり。入学式等の大きなイベントで簡単なスピーチを行うために姿を見せる以外、学園内では見かけない程なのだ。

 

 ちなみに私は学園長と何度も会っている。歳が近いため気が合うし、会うたびに世間話もする程に心を許している程度の関係にはなっている。

 うっかりあの人の名前を挙げてしまって、それを聞き逃さなかった千冬嬢の目をより鋭くさせてしまったみたいだ。

 

「……そこまで既に知っているとはな。相変わらず油断ならない奴だ」

≪良い褒め言葉ですよ≫

「ふん、ならばこれから学園長室に案内するからついてこい。……山田先生」

「あ、はいっ」

「私とテオは暫し授業から外れる。戻ってくるまで午前中にテオが担当した生徒たちへの指導と、他グループの補助をよろしく頼む。何かあれば私の方に連絡を入れてくれ、場合によっては別の教員を手伝いに来させる」

「わ、分かりました!」

 

 指示をもらった真耶ちゃんは、慌ただしくしながら生徒たちがいる方へと向かっていった。途中で転びそうになっていたが、何とか踏み止まって転倒は免れていた。

 

「では行くぞ」

≪分かりました≫

 

 真耶ちゃんが皆の元に着いたことを確認すると、私と千冬嬢は学園長室に向けて歩き始めた。

 

 

 

――――――――――

 

 そして場面は、目的の学園長室へと移り変わる。

 

「おやおや、やはり今日の内に来てくれましたかテオくん」

≪本当なら昼休みにでも行こうと思っていたのだけれどね。万が一の事もあるから今のうちにお邪魔させてもらったよ。都合が悪かったかな?≫

「いえいえ、こちらもある程度予想はついていましたので大丈夫ですよ」

≪流石は轡木殿。その慧眼には敬意を表せざるを得ないよ≫

 

 奥の中央部にドンと添えられた執務机に両肘を突き、ゆったりと指を組んでいる壮年の男性が私と他愛無い話を始める。

 男性は齢70程度の容貌をしており、髪は白に染まって顔には多く皺が刻まれている。今まさに浮かべている柔和な笑みは穏やかで落ち着いた雰囲気を漂わせて、対面する者を安心させてくれる感じすらある。

 

 さて、無駄にはぐらかす必要もないので単刀直入に言ってしまおう。

 この男性――轡木殿こそが、この学園の真の運営者なのだ。

 

 この学園の殆どの子たちは生徒教員含めて、IS学園の学園長は女性であると誤認している。入学式の際のスピーチの場、各イベントの際に物見として見学に現れる姿、各国から出てくるIS学園学園長の人物情報……それらが要因となって、学園長の女性説を上辺上は確固たるものとした。特に実際に姿を見せたというのが、頻度が少ないとはいえ信憑性を遥かに高めたのだろうね。

 しかし公の場に姿を現してIS学園の学園長を名乗っている彼女は、目の前にいる轡木殿の妻だ。彼女は夫である轡木殿とは異なる姓を名乗って表向きに活動を行っており、実質的運営や裏方の時事などは轡木殿に任せ彼女自身は外交などに務めている。教員間との応対についても彼女が行っているため、学園教師でその真相を知っているのはほんの一握りに過ぎない。余談だが彼女の容姿は轡木殿よりも一回り年若く、端整である。

 

 では、私が何故そのことを知っているかという件について。

 そもそも私は一夏少年という世界初の男性IS操縦者に比肩しうるほどの前代未聞の事実を持っており、そのイレギュラー性に関して言えばある意味彼よりも上に位置している。そんな私が人間の通う学園に生徒として入学するという異常な事態を、彼程の重要な存在に話が通らないのは可笑しな話だと思わないだろうか。

 そこで束ちゃんが、千冬嬢には秘密で轡木殿とコンタクトをとったのだ。私の入学が何事も無く進み、千冬嬢が円滑に手筈を整えられるために下準備を整えておくようにと。真の学園長は轡木殿であるという事は、その後に束ちゃんから教えられたのだ。

 この時点で私は、学園長が轡木 十蔵という男性であることを知っていた。

 

 そして私が彼と邂逅したのが、入学して間もない頃の放課後。

 この学園の地理を知ろうとフラフラ散歩をしていた私が、用務員の格好をした轡木殿の姿を見つけたのだ。そこで私は轡木殿と互いに自己紹介をした後に、彼の名前からその正体を見破ったのだ。あぁ、言っていなかったけど、普段の轡木殿は用務員として仕事をしている。

 

 ちなみに轡木殿は私に正体を言われた際『おやおや、折角なのでもう少し黙っておこうかと思っていたのですが名前を知られていましたか。残念』と言って笑ってみせた。この寛容さは紳士的だと思った。

 

≪というか轡木殿。織斑先生に私と面識があること伝えていなかったのだね?既に知らせていたかと思っていたのだけれど≫

「おや、そうでしたかな?歳を取るとどうにも済と未済の区別があやふやになってしまいましてね……まぁ余計な情報漏洩の危険性を控除出来たということで許して下さい、織斑斑先生」

「いえ、お気になさらず」

 

 千冬嬢、声色がほんの僅かに機嫌悪そうだよ。轡木殿も轡木殿で、わざとやってたみたいだね。まったくお人が悪い。

 

「まぁ私の正体など、これからする話に比べれば些事に過ぎませんがね」

≪暗殺の防止を些事で済ますのは些かどうかと思うけれど……取りあえず、話を聞かせ願いたいところだね。なぜシャルル・デュノアの男装入学を許容したのかをね≫

「君の鼻は誤魔化せるわけがなかったでしょうね。それでは私も説明をさせていただきましょう」

 

 ならば私も、拝聴させていただくとしようかな。

 

「シャルル君の男装はこちらでも既に把握済みの事実です。知っているのは私と妻と織斑先生、あとは生徒会長くらいでしょうね。一部の教員も勘付いている人がいるらしいですが、そこへの随時説明は生徒会長に頼んであります」

≪生徒会長というと……あの水色の髪の子かな≫

「あの子は中々面白い子ですからね、君とは気が合うと思いますし機会があったら世間話でもしてみてはいかがですかな。っと、脱線しそうなので話を戻しておきましょうか。今回のシャルル君の入学における目的についてはこちらもある程度は見当がついています。彼女を広告塔として仕立て上げることと……」

≪一夏少年の専用機、白式のデータに加えて本人のフィジカルデータの入手……かな≫

 

 ご明察、と言って轡木殿は軽く微笑んだ。

 

 フランスのIS開発事情については、私も把握している。

 シャル・ボーイの実家であるデュノア社はフランス国における主力IS企業の1つで、御社が開発した第2世代型のラファール・リヴァイヴは量産型ISのシェアが世界第3位という実績を持つ。しかしその反面第3世代機の着手が遅れており、第3世代型のデータも他国に比べて大幅に不足していて開発状況は難色続きだと聞いている。

 主力企業である御社が現に難航しているため、フランス全体の第3世代機開発速度も遅れてしまっているのが実態だ。フランスは、周辺国よりも一歩以上に出遅れている。

 

「【欧州連合統合防衛計画(イグニッション・プラン)】の第3次も主力機の選定中ですからねぇ。イギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型は既に参加していますが、フランスにはそれらに並ぶほどの機体が既に無いですからね。計画に参加しようと懸命になっているんですよ」

≪だから男装した子を一夏少年に近づけて、データ収集を目論んだと……こう言っちゃなんだけど、あれは少々杜撰じゃないかな?匂いといい異性への耐性といい、徹底ぶりが足りなさすぎるよ≫

「匂いに関しては君が鋭すぎるとしか言いようがありませんが。実を言っておきますと、この件に関しては一部の国は既に承認済みの事実なんですよ」

≪ほう?≫

 

 轡木殿の言葉を聞いて、私は少々驚いた。

 今フランスがやっている事は性別詐称による簒奪という重大な犯罪行為だ。犯罪と言うだけでも白い目が突き刺さるというのに、フランスが行っているのは各国が喉から手が出るほど欲しがっている一夏少年のデータ及び白式のデータを抜け駆けで盗ろうとしていることだ。そんなフランスの行動が許せない国は大量に存在するに違いないだろう。

 

「ここ数年のデュノア社の内部を探らせてもらっていたのですが、どうにも怪しげな動きが見つかりましてね。それも企業の主軸である社長とその夫人の周辺からね」

≪怪しい、というと?≫

「どうにも情報がハッキリしていないので、具体的にはなんとも。ただ言えるとしたら、第3者の介入が社長と夫人の周辺で行われている……といったところですかね。社員には内密で何かを行おうとしている節が感じられます」

≪……亡国機業かな?≫

「その可能性は十分に高いですね」

 

 そう言って、私の言葉を肯定する轡木殿。

 

「その可能性を考慮して、亡国企業に対する警戒を強めている一部の国に対して秘匿の情報共有を行っています。今回の男装入学の件についてはデュノア社とフランスに対して大小なりとも処罰が下される可能性がありますからね、その予防線を立てておこうという訳ですよ。処罰が軽めになればフランス国民がデュノア社と自国に抱く反感も軽減されて暴動などの発生も回避できますし、承認した国もフランスに恩を売っておく算段を立てているのでしょう」

 

 詰まる話、『フランスは悪の組織の暗躍に巻き込まれた』という理由付けを準備しておいて、フランスが自らの意志でシャル・ボーイの件を画策したわけではなかった際に、明るみになった時の罰を軽くしておこうという話である。

 今回の件が罰として現されたならば刑罰の種類は高確率でIS関係になるであろう。妥当な線としてはIS開発における限定付与、開発予算の全体削減、イグニッションプランの強制不参加などだろうか。しかしISが世の情勢を担っていると言っても過言ではないこの時代にそのような罰が下れば、国防能力は劣るわ他国からも軽んじられかねないわ等、堪ったものではない。

 

 で、今回の件を秘匿で認識している一部の国は『許してくださいってか?許してやるよぉ!ただし俺も擁護してやるから、今回の件はデッカイ貸しにさせてもらうぜ!』という事で、容易にフランスから優位なポジションを確保しようと考えているというわけである。フランスも随分と可哀想なことになりそうだ。

 

 それにしても……。

 

≪亡国機業も随分と面倒な事をしてくれるものだね≫

「まだ彼らの仕業と決まったわけでもありませんがね」

≪囁くんだよ、私の中のゴースト……じゃなくて勘がね。これも全て亡国企業ってやつの仕業なんだ≫

「ははは、彼らも手強い人を敵に回したみたいですね」

≪なんだって!それは本当かい!?……っていう返事が欲しかったかな、そこは≫

 

 あと轡木殿、私は人じゃなくて猫だからそこをお忘れなく。

 

 兎にも角にも、これで私もシャル・ボーイの真実を知った者の仲間入りと言うわけだ。

 

 ここで轡木殿は、シャル・ボーイの監視役を務めて欲しいと私に頼みごとを入れてきた。

 デュノア社の件については生徒会長が情報収集をしてくれているお陰で人手が足りているらしいが、シャル・ボーイについては知らない相手が不用意に近づくと不信に思われてしまう可能性が高いため、事情を知らない一夏少年に代わって私が監視をした方が都合が良いらしい。

 

 まぁ、頼まれるまでもなくその役を担おうと思っていたので、快く引き受けさせてもらった。何か新しい情報が手に入ったら都度連絡を入れるということで。

 

「引き受けてくれてありがとうございます、それでは今後ともよろしくお願いしますね」

≪まぁ期待にはそれなりに応えるつもりだよ……ではそろそろお暇させてもらうとしようかな。もう少し世間話をするのも悪くはないけど、授業の合間を抜けて来たからゆっくりするわけにもいかなくてね≫

「学生の本分をかまけるわけにはいきませんからね、非常に良い心がけです。今度は落ち着いた時にでもゆっくりお喋りするとしましょうか。織斑先生もわざわざありがとうございました」

「いえ、問題ありません。私もデュノアの件については引き続き調査を続けていきます」

 

 そう言って千冬嬢は、轡木殿に向かって一礼を行う。

 そして私に視線を向けてついて来るように指示を出して、退室するべくその場で踵を返し歩き始めた。

 

 私も轡木殿に向けてペコリとお辞儀をした後に、千冬嬢についていった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

「テオ」

≪なんでしょうか?≫

「敬語はいい、今だけはいつも通りで構わん。取り敢えずデュノアの今後の措置について説明しておこうと思ってな」

 

 ほぅ、珍しい。まさか千冬嬢がこんななんでもない場所で形式を崩すことを許可するとはね。おっと、驚くことだけどまずは千冬嬢の言葉をしっかり聞いておくとしよう。

 

「取り敢えず、デュノアの寮室については一人部屋を用意しているところだ。いつまでも一夏と同室にすることを避けていたらデュノア社にこちらの意図が読まれかねないので、長くても恐らく一週間程度が限度だろう」

≪一人部屋に?それだと自由が利いてデュノア社と連絡が取りやすくなるんじゃない?≫

「連絡の機会ならいつだってくれてやる。やろうと思えば深夜にやればいいだろうし、目的である一夏と白式のデータを入手しない限りは別に放っておいてもいい」

 

 成程、確かに。

 いかに連絡を取りやすい環境と言っても、肝心の情報がシャル・ボーイの手に入ってなければ大きな痛手とはならないというわけである。誰か別の子と相部屋にして牽制をするとしても、場合によっては余計な情報漏洩を招く危険性がある。そもそも相部屋の子がデータ収集の対象である一夏少年一択になる可能性が高い時点で、本末転倒になってしまうし。

 急な転校だっただろうし、寮の部屋の割り振りが手間取るという名目が付けられるのは幸いな話だ。フランスも強く言える立場じゃないし、千冬嬢の概算した日数程度なら問題なく時間を稼げそうだ。その間に、デュノア社と亡国企業の決定的な繫がりを確保出来たならば……。

 

 そんな風に考えていると、突如千冬嬢が呆れた様子で溜め息をついた。

 

「はぁ、まったく……お前はここではただの生徒なんだから、こういった面倒事は教師に任せれば良いものを」

≪性分なものでね。それに一夏少年も、私にとっては大事な息子のような子だからね。これくらいはしておきたいのさ≫

「……そうか」

 

 あぁ、そうだった。一夏少年と千冬嬢は……。

 箒ちゃん達の親を気取る時はたまにあるけど、2人の親を気取るのは流石に気に障ってしまったよね……ううむ、なんて言おうか。

 

「――とう」

≪ん?何か言ったかい?≫

「いや、なんでもない。それより予定よりも時間が掛かってしまったから、急ぎ足で行くぞ」

≪了解≫

 

 本気で聞き逃してしまった……なんて言ったのか気になる。聞き直そうにも何となく言ってくれそうにない雰囲気だし。

 けど声色も表情も怒っているような感じではなかったから、私に対する怒りではないと信じても大丈夫かな?

 

 とにかく、シャル・ボーイのことを注意していかないと行けなくなったから、気を引き締めていかないとね。

 

 

 

―――続く―――

 




 原作とは違って、デュノア社の一件に亡国企業が絡んでいる設定にしてみました。


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第22話 Mit mir zu Kämpfen

 

「へぇ、シャルルのISって色んな武器が装備されてるんだな。白式って雪片弐型しか武器が無いから羨ましいよ」

「そうかな?剣一筋で戦うっていうのもなんだかカッコイイと思うけどね。サムライ魂みたいなものなのかな?」

「そういうのは箒の分野なんだけどな」

 

 シャル・ボーイとラウラちゃんがIS学園に転校してから5日が経過した。

 

 土曜日は授業が午前中のみで午後からは完全自由時間となっており、アリーナが全館使用可能ということもあって毎週自主訓練に励む生徒が多い。訓練機の貸し出しには限りがあるため実際にISを動かす人数は限られているが、仲良しのグループで交代して練習する等、やり様は幾らでもある。

 私達いつものメンバーも、現にこうしてそれぞれのISを所持して練習に努めさせてもらっているところである。

 

 あれからシャル・ボーイの行動を可能な限り観察させてもらっているが、依然として不審な動向は見られない。正体も今のところは衆目の下に晒されておらず、ボーイは貴公子らしい振る舞いを以て健全な男子生徒を演じ続けている。

 ただしそれは学園のお嬢ちゃん達の前のみである。一夏少年と一緒の時は、結構バレそうになっているのだ。

 授業が終わった後の更衣室で一夏少年と二人っきりになる機会があるのだが―――念のため私もついていってるから厳密には二人っきりではないけど―――、一方の一夏少年がシャル・ボーイが男の子であると思い込んでいるため、恥じらうこともなく素肌を晒したり肩を組む等のスキンシップを取ろうとしたりしてくる。

 男性の裸に耐性が備わっていないシャル・ボーイは一夏少年の若い肉体を見た瞬間アタフタと慌てだし、少年のスキンシップについてもドギマギしている姿が見ていて分かりやすい。朴念仁の一夏少年は緊張しているだけだと思っているので、ある意味隙は無かった。

 

 ちなみにここ最近の一夏少年は何度かシャル・ボーイの部屋に遊びに行っているということも追記しておこう。警戒されないようにする為に私も同行は一度きりで、それ以外は扉の外で耳頼りの監視をさせてもらっているが、いずれも他愛無い世間話やISの話が中心となっているため怪しい言動は今のところ無い。一夏少年も情報管理についてはちゃんと理解してくれているようで、白式に関する話になると自発的に詳細を控えるようにしている。

 というか、本人が大して把握していないから答え様がないと言った方が的確だろうか。彼自身、白式についてあまり知識がないので、彼自分が知っている限りの情報しかその口からは発されていない。既に明るみになっていることを秘匿する必要もないので、私もそこは見逃してあげている。

 

 いや、そもそも……。

 

「それじゃあ銃器の把握のために、射撃の練習でもしてみようか。僕が使ってる【ヴェント】を貸してあげる」

「おぉ、アサルトライフルか!……あれ、でも他の人の武器って普通は使えないんじゃなかったっけ?」

「普通はね、だけど所有者がアンロックをすれば……」

 

 シャル・ボーイは本当に一夏少年のデータを取る気があるのだろうか?こうして転校から5日が経過しているんだけど、一切怪しい動きが無いというのはおかしい……と思うのは私の警戒しすぎだろうか。

 生物というのは獲物を目前にすると、往々にして独特の雰囲気を醸すものだ。目の前の標的が欲しいという欲望、目的の達成を望む願望、そういったものが本人の意識しない内に気と化して現れてしまう傾向が強い。狩りにおける殺気なども、それと同類の種だ。

 だが、シャル・ボーイが一夏少年と一緒にいる時は、澱みや棘のある気配が全く感じられない。むしろ彼と一緒にいることを楽しんでいるような印象さえ感じるのだ。男装の徹底が成されていなかったにも関わらず、これを隠し通せることは出来ないと思われるが。

 

 ……もしかして、シャル・ボーイは――。

 

「ねぇ、テオってば」

≪……む?≫

 

 おっと、いけないいけない。思考に傾けすぎたせいで反応が遅くなってしまったね。

 私に声を掛けてきたのは、どうやら鈴ちゃんのようだ。

 

≪どうかしたのかな?≫

「テオはあの2人、どう思う?」

≪あの2人……少年たちのことかな≫

「そう、一夏ってば最近あの転校生に構いっぱなしじゃない?ISの訓練だっていつもあたし達が指導してあげてるっていうのに、今日に至っては転校生に頼んじゃうのよあいつ」

 

 そう言いながら頬を膨らませる鈴ちゃん。その表情は語られる内容の通り不満げである。

 鈴ちゃんの隣にいるセシリア姫も、うんうんと可愛らしく何度も頷いて鈴ちゃんの意見に同意を示している。

 箒ちゃんは……そうでもなさそうだ。

 

≪まぁ一夏少年にとっては、女の子だけの環境に唯一別の男の子が現れたんだ。友達になろうと思うのも無理は無いんじゃないかな。鈴ちゃんだってもしも男子校に放り込まれて同じ境遇になったらと考えれば、一夏少年の気持ちも分かるんじゃない?≫

「む、それはまぁそうだけど……それを差し引いてもあたしたちの指導役を断ったのは解せないわね」

 

 一夏少年も相変わらず罪深いねぇ。こんなに熱心になってくれる女の子を放っておいて男同士の友情を育もうとしているのだから。実際は性別違うけど。

 

≪ちなみに、少年達が今やっている状況を指導するとしたらどうなるの?≫

 

 現在一夏少年はシャル・ボーイに構え方を直接整えてもらいつつ、アサルトライフルをその両手に携行している所である。

 

「撃てればいいのよあんなモン」

「右肘の角度を5度微調整、腰の位置を今より3cmほど落としてライフルと頭部の距離を2,6cm離せば理想的なフォームになるかと」

「ビシッと構えてバキュンバキュン!だな」

 

 うん、知ってた。もう何か月もこの子たちの指導は目にして来たんだから当然だね。

 修正させようにもこればかりは個人の感性が付きまわって来るから、私も何も言わずにいる。第一直してあげるのがメンド――げふんげふん、一夏少年には色んな視点から学ぶことも必要だと思うんだ、うん。

 

 と、そんな時であった。

 

≪おや?≫

 

 私のISである銀雲のハイパーセンサーに、この場にいるのとは別に新たなIS反応が感知された。待機中の銀雲に位置詳細を特定させて場所を掴み、そこに視線を向ける。

 

 シャル・ボーイと共に転校してきたドイツの少女、ラウラちゃんが自らの専用機を纏って立っていた。

 ラウラちゃんは冷たい表情をその顔に浮かべながら、真っ直ぐ一夏少年を睨み下している。転校してから誰とも交流をしていない一匹狼のような彼女だが、その瞳は他の女の子達に向ける眼差しよりもずっと攻撃的だった。

 まぁ、出会って早々に平手打ちという過激な挨拶をしようとしていたのだから今更な話か。

 

「うそ、あれって……」

「ドイツの第3世代機……!?まだトライアル段階だって話じゃ……」

「残念だったな、トリックだよ」

 

 アリーナ内で訓練をしていた女の子たちもラウラちゃんの存在に気付き、ザワ…ザワ…とどよめき始める。カイジィ!

 訓練に熱中していた一夏少年達も、アリーナの様子に気が付きラウラちゃんの方へと顔を向けていた。

 

「織斑 一夏。私と戦え」

 

 オープン・チャネルによるラウラちゃんの声が、皆の耳に届く。しかしあくまでその対象は一夏少年のみだということは、台詞を聞いて明らかだ。

 

「いや、戦う理由が無いし」

「貴様に無くとも、私にはある。私の尊敬する織斑教官の栄光を奪った貴様を倒すという、明確な理由がな」

「…………」

 

 成程、それで一夏少年に対してあれほどの敵意を向けているのか。

 

 彼女が指し示しているのは、第2回IS世界大会『モンド・グロッソ』におけるとある事件。その日は千冬嬢が大会決勝戦を迎えていた。千冬嬢は前年度の優勝者とあって、今回の2連覇がかかった試合は世界中を注目させた。2度目の覇者の誕生を望む声も非常に多かったと聞いている。

 だがその日になって、ドイツ国に同伴していた一夏少年が亡国機業に誘拐されてしまったのだ。連れ去られた本人には亡国機業のことを教えていないので謎の組織と認識しているが、当時の事件に機業が関わっていることは私も確認済みである。

 一夏少年はその後、決勝戦を放棄してきた千冬嬢によって救出されたため事無きを得た。身体にも傷は負っていない状態だったため、私もそのことについては安堵している。

 

 しかし決勝戦を放棄した千冬嬢はその結果不戦敗という扱いになり、2連覇を達成することなく現役から身を引いてしまった。そして彼女は一夏少年を発見したドイツ国への恩義を果たす為に、軍部でISの教官を1年間務めるということになったのだ。

 

 ……といった経緯である。

 ラウラちゃんと千冬嬢が知り合うようになったのは、間違いなくドイツ軍の中だろう。ラウラちゃんが千冬嬢の事を教官呼ばわりしていたし、彼女自身が軍人のような雰囲気を纏っていたからね。

 

 今の一夏少年は、苦々しい表情を浮かべている。その原因は間違いなく、ラウラちゃんの発言から来ているようだ。この学園に入ってから本人に直接聞いたんだけど、あの子もその件については少なからず責任を感じていたみたいだった。ラウラちゃんと千冬嬢の関係はどれ程のものかはまだ分からないけど、他人にそのことを言われるのはきついだろう。

 

「私は断じて許さない……教官の名誉を損失させ、のうのうとこの学園に居座っている貴様を。教官の栄誉を奪っておきながら、あの方のご指導を何食わぬ様子で受ける貴様を……!」

「……お前の言いたいことは分かった。だけど戦うのは別の機会にしないか?このまま戦えば他の生徒に迷惑が掛かる」

「他の奴など知ったことか。言ったはずだ織斑 一夏……私は貴様を倒す為に此処にいるのだと!」

 

 その瞬間、ラウラちゃんがIS左肩部から大型のカノン砲を召喚し、一夏少年に向けて大型実弾を撃ちこんだ。轟ッ!と激しい音を立てながら射出された砲弾は鋭く、そして真っ直ぐ一夏少年に向かっていった。

 

 やれやれ、これは流石に大人しく見ている訳にもいかないかな。

 

≪来い、【銀雲】≫

 

 私は瞬間的に銀雲を体にフィッティングさせ、戦闘形態を発動する。

 飛びゆく銃弾に照準を定めて、私は一気に肉薄すると【ウィップ=ネコジャラシ】を銃弾に叩き付けて軌道を大きく変動させた。

 

 銃弾は急速な弾道変化を伴い、誰もいない地面に向かい鎮静させられた。

 

「なにっ?」

「テオ!」

 

 恐らく私の機体速度に対して驚きを示しているラウラちゃんと、私の登場に声を若干弾ませている一夏少年。

 

「話に聞いているのと違って、ドイツ人は随分と沸点が低いんだね。ドイツの気候は比較的低めらしいけど、こんな沸きやすさなら実際はもっと暖かそうだね」

 

 一夏少年の傍らにいたシャル・ボーイもラウラちゃんの先制攻撃に反応し、少年を庇うように立ち位置を整えている。既にその右手には61口径アサルトカノン【ガルム】が握られており、敵意を込めた視線をラウラちゃんに向け放っている。

 

「ケモノだけでなく、フランスの第2世代機(アンティーク)も邪魔をする気か」

「量産化の目処も立てずに独断専行で進むロシアの第3世代機(ルーキー)に言われたくはないね」

「そーいうこと。それにあんたの邪魔をするのはテオとシャルルだけとは限らないわよ」

「左様、一夏さんが粗暴に振るわれているのを私達が黙っているとお思いで?」

 

 騒ぎに駆けつけてくれた鈴ちゃんとセシリア姫が、少年を庇っている私とシャル・ボーイの近くに。彼女たちもISを戦闘形態に移し、何時でも交戦が出来る状態にしている。

 

「悪いが、もう1人加えさせてもらうぞ」

 

 専用機組のメンバーから一歩遅れて、箒ちゃんが私達の陣に加わってくる。どうやら周りで訓練機を使っていた子に急遽機体を貸してもらったようである。

 

 箒ちゃんが加わったことによって、一夏少年を守る人数は合計で4人と一匹。攻防速にそれぞれ長けた近接型が計3体と遠距離型が1体と万能型が1体という、隙のない構成となったこのメンバーに真正面から挑もうという者は中々いないだろう。

 うん、流石に私も戦いたくないよ。

 

 ラウラちゃんもどうやらそのようで、迂闊に手を出すことが出来ずに少女たちと睨み合いを続ける形となった。

 

 さて、そろそろ切り出してしまおうかな。

 

≪ラウラちゃん、ここはお互いに引いておかないかな?もうすぐどこかの先生が止めに来るだろうし、これ以上暴れたら織斑先生にしわ寄せが届くだろうからね≫

「……ふん、いいだろう。ここは引き下がっておくとしよう」

 

 千冬嬢の名前が出た途端にピクリと眉を動かしたラウラちゃんは、少しの思案を巡らせた後にそう発言した。そしてISを解除すると、踵を返してアリーナゲートの方へ去って行ってしまった。

 

 ラウラちゃんが去ったことによって場の緊張は解かれ、皆もそれぞれISを解除していった。唯一の訓練機である箒ちゃんもISから降りて、ふぅと一息ついている。

 

「一夏、大丈夫だったか?」

「あ、あぁ。テオ、それに皆もありがとうな」

≪なに、気にすることは無い≫

「僕は大した事してないから、お礼を言われるほどじゃないよ」

「あたしらなんて、来ただけになっちゃったもんね」

「ふふふ、それは言わないお約束でしてよ鈴さん」

 

 緊迫した雰囲気は既に去り、いつもどおりの和やかな雰囲気を灯しながら私達は雑談をし始めるようになった。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ……どうやらシャルル君の件だけでなく、あの子のことも視野に入れておかないといけなくなったみたいだ。

 まぁ、出来る限り頑張らせてもらおうかな。無理のないようにね。

 

 

 

『アリーナ内でドイツの転校生が騒ぎを起こしたと聞いた!今すぐに大人しく……あるぇー?』

 

 遅いよティーチャー。

 

 

 

―――続く―――

 



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第23話 あーあ、バレちゃった

『待ってイスター!行かないで!』

『マリアン……来てしまったんだね』

 

 映画鑑賞なう。

 

 現在私は一夏少年とシャル・ボーイと一緒に、少年の友人から借りたというDVDを仲良く見ている所である。

 映画のタイトルは『インフィニット・ストラトス~銀河大戦争~』といい、名前の通り作品内で架空のISが登場する映画である。あらすじは地球で生まれた少年が自国の防衛隊の一員となって地球を、そして幼馴染みの女の子を守るために、IS操縦士として仲間達と共に宇宙からやってきた侵略者と戦っていく……といった王道ストーリーである。

 

 一夏少年という男性操縦者の出現がアイデアとなって生み出されたこの作品は、女尊男卑の昨今では珍しい男主人公とあって多数の女性からの批評が多く色々と否定的な意見もあったらしい。しかし主人公がイケメンなためそこに惹かれて好評を表す女性も少なからずおり、また男性層からも安定した人気を獲得することができたらしい。ISに関わりが無い男性にとっては専門用語が多くてチンプンカンプンだったそうだけど、雰囲気で楽しめた人も多かったんだとか。

 

 

『今度の侵略者は今まで地球に攻撃してきた種族よりもずっと強力で、凶悪だって聞いたの。今度の戦いはもっと死傷者が出るだろうって……』

『それでも、僕は行かなくちゃいけないんだ。僕は防衛隊の一員だから』

『イスター……!』

 

 ちなみに今のシーンは、最後の戦いに出ようとしている主人公(イスター)の身を案じたヒロイン(マリアン)が、住民の避難区域から抜け出して彼の元にやってきて戦いを止めてほしいと説得するシーンだ。

 この主人公、戦う度に瀕死の重傷を負ってるからヒロインが心配するのも無理ないよね。1つ前の戦闘では仲間が電気ショックで蘇生させなかったら確実に死んでたし。

 

≪そう言えばこの主人公の声、少年と似てないかい?≫

「あぁ~……言われてみれば、確かにちょっと似てるかも。言っとくけど、声当てなんてやってないぞ」

≪まぁ、そんな暇無かっただろうしね≫

 

 まぁ普通に考えて偶然だろう。声が似てるっていうケースは案外あるものだし、別段珍しがることでもないかな。

 それにしても意識すればするほど似ているなぁ。一夏少年はアフレコしてないっていうけど、疑っちゃうくらい似てるね。

 

 と、ここで鑑賞を続けていたシャル・ボーイが一夏少年にとある提案を。

 

「ねぇ一夏。折角だから劇中の台詞を言ってみてよ」

≪ほぅ、それはいいね≫

「俺がっ!?俺、声優なんてやったことないぜっ?」

「まぁまぁ、ちょっとしたノリみたいなものだよ。ほら、この後のシーンなんてどう?」

 

 シャルルが映像の流れているテレビに指を指す。そこでは既に、主人公とヒロインが先程までの暗めな雰囲気を吹っ飛ばして甘ったるい恋愛の空気を纏わせていた。

 

 そして……。

 

『マリアン……この戦いが終わったら、僕と付き合ってほしい』

『イスター……!うん。私、待ってるから!』

 

 そのシーンが流れ終わると同時に、シャルロットが活き活きとした顔つきで勢いよく一夏の方を向き直した。

 

「これこれ!これなんてどうっ?」

≪良いチョイスだね、シャル・ボーイ。というわけで一夏少年、Say(言ってごらん)≫

「Say say~」

「ちょ、やるにしてももうちょっとカッコイイシーンの方が良いんだけど」

「何言ってるのさ、こういう台詞も充分カッコイイんだよ!ほらほら!」

 

 既にシャル・ボーイの中ではこれ以外を言うことは許されないらしい。渋る一夏少年の意見を強引に押し込み、あくまで先程の台詞を言わせようとしている。

 そしてこのニコニコっぷりである。どれだけ言わせたいんだい、いや私も勿論言わせたいけどさ。

 

「はぁ、分かったよ。たった今知ったけどシャルルって意外に強情なとこあるんだな」

「そうかな?あっ、それじゃあ強情ついでにお願いということで、台詞を一夏の境遇に置き換えてみない?」

「お、俺の?」

「うんうん」

 

 それにしてもこのシャル・ボーイ、物凄くノリノリである。

 気持ちは凄く分かるけどね。箒ちゃん相手にああいう台詞言ってもらいたい。箒ちゃん泣いて喜び……最近のあの子だとどうなのだろうか。

 

 しかし一夏少年は、シャル・ボーイのその提案に対してウンウンと唸り始める。

 

「そうは言ってもなぁ……いきなりそんなこと言われてもパッと思いつかないって」

「あんまり深く考えなくてもいいんだよ、最近のイベントからワードを引っ張り出してもいいしさ」

「最近、最近かぁ……あっ、それじゃあさ」

 

 悩む表情から一変して、晴れた顔を浮かべながら一夏が口にしたのは今月に行われるイベントの名前だった。

 

 学年別個人トーナメント。

 その名の通り、IS学園の1~3年生がそれぞれの学年でトーナメント形式で試合を行うイベントである。

 全生徒強制参加のこのイベントは開催期間が1週間ほど続き、1年生だけでも約120名という人数なのでそれだけでもその規模は非常に大きなものだと分かってもらえるだろう。加えてこのトーナメントにおいて、1年生はISの潜在的才能評価、2年生は1年間の勉錬の成果、3年生はこれまでの集大成に近い状態の能力審査と各学年で目的が異なっており、特に3年生に至っては早期段階でのIS企業からのスカウトすら掛かっているのだから、ただのお祭り騒ぎ的なイベントでは決して無い。

 しかもトーナメントの日には有名なIS企業の重役や各国の首相クラスのお偉いさんたちが試合を見に来るのだから、下手な言動・真似をすればあっという間に自国のトップにマークを付けられてしまうかもしれないから、代表候補生は細心の注意を払わなければ大変なことになってしまう。

 トーナメントの開催まであと10日程度の日数があるが、教師達は現在もその準備に追われているであろう。千冬嬢、真耶ちゃんを初めとする教師一同には激励の言葉をそっと送らせてもらうとしよう。ガンバっ。

 

 というわけで、学年別トーナメントの説明はこれでおしまい。場面を戻させてもらおう。

 

「トーナメントで優勝したら、ってシチュエーションにしてみるか。相手は……マリアンでいいや」

「あっ、面倒臭がった」

「見逃してくれってことで1つ頼む。……んんっ」

 

 喉の調子を軽く整える一夏少年。私もシャル・ボーイも横槍を入れることを止めて、一夏少年が集中できるように口を紡ぐ。もちろん、彼に向ける期待の視線を忘れずに。

 そして一夏少年は、その台詞を口にする。

 

 

 

―――マリアン……今月の学年別トーナメントで優勝したら、俺と付き合ってくれ。

 

 

 

「……おぉ~」

≪おぉ~≫

 

 正直に言おう。かなり似ていた。

 

「ふぅ、緊張したぁ」

「一夏、すごく似てたよっ。声優になっても全然大丈夫なくらいだった!」

≪一夏少年の意外な才能が掘り起こされたみたいだね。職に困るようなことがあったら、そっちの道を頼ってみても良いんじゃないかな≫

「そ、そんなに褒められると照れ臭いな」

 

 私たちの賛辞を受けた一夏少年は、むず痒そうに頬を掻きつつ笑ってみせた。

 

「それにしても……この主人公も結構大げさだよな。大事な戦いの前だっていうのに、買い物の約束するなんてさ」

 

 …………。

 

 一夏少年……その思考は流石にどうなんだい?今のはストレートな物言いではなかったにしろ、完全に恋愛の雰囲気だったでしょうに。

 ほら、シャル・ボーイも完全に呆れちゃってる。少年に向けてる視線も冷ややかだよ。

 

「あれ、テオもシャルルもどうかしたのか?」

「ううん、一夏はいっぺん馬に蹴られて頭を打った方が良いんじゃないかなって」

≪それだから君はいつまで経っても一夏なんだよ≫

「どういうこと!?」

 

 こんな鈍すぎる子を振り向かせようと頑張っているんだから、箒ちゃん達に頭を下げる思いが改めていっぱいになってしまう。やれやれだね。

 

「あ、悪い。ちょっとトイレ借りてもいいか?」

「うん、いいよ。それじゃあ一夏が戻って来たら映画鑑賞を再開しようか」

 

 一夏少年が用を足すために、席を立ちこの場から離れて行った。

 

「一夏のアレは流石に無いよね」

≪だよね。まぁラストで恋人らしいシーンが出るはずだから、流石の少年もそこで気付くでしょ≫

「そうだね」

 

 流石にキスシーンを見れば一夏少年もさっきの言葉の意味を再認識してくれるだろう。これで分からなかったら本格的に彼の感性を疑ってしまうよ。いや、既に十分疑わしいけれど。

 

 さて、それはそれとして。

 一夏少年が席を外している今のうちに、そろそろ私の方からシャル・ボーイの男装の件についてアプローチをかけさせてもらうとしようかな。

 ここまでシャル・ボーイの行動に野心のようなものが一切感じられなかったのは確認出来た。彼女が一夏少年に害を及ぼす存在かどうか……この数日間で確かめるべくある程度自由にさせてあげたのだが、視線・雰囲気含めて彼女の行動に悪意は生じられなかった。

 もし一夏少年に危害を与えるような意志が存在していたのであれば、私はこの子を始末することも辞さなかったけれど、どうやらその必要も無いと見ていいようだ。

 

「……?どうかしたのテオ」

 

 私の視線に気が付いたシャル・ボーイはキョトンと小首を傾げて尋ねてきた。

 

≪そうだね。どうかしたのかと言われたら、どうかしたと返すしかないだろうね。もっとも、それは君に当て嵌まることなんだけどね≫

「えっ?」

「シャル・ボーイ……いや、ボーイではなく君は――」

 

 と、その時であった。

 

「うおわっ!?」

「っ!?」

≪?≫

 

 ドタンッ!という激しい音と一夏少年の驚いた声が離れた場所から聞こえてきた。正確な場所を察してみるが、距離や声の響き方を鑑みるにトイレではなく洗面所から声が聞こえてきたような気がした。

 

 私とシャル・ボーイは同時に席を立ち、声を上げた一夏少年の元へと駆けつけた。

 

「一夏っ!?大丈――」

≪少年、一体どうし――≫

 

 私とシャル・ボーイは言葉を続けることが出来なかった。眼に映し出されたその光景を見た瞬間、私達はそれぞれ衝撃を受けたのだろう。

 そう、何せ――。

 

 

 

 

 

 ――女の子の下着を頭に被りながら床に倒れている一夏少年が、そこにいたのだから。

 

「いっつぅ……何か踏んづけたけど、一体なんなんだ?」

 

 女の子のパンツを頭に被りながら、身を起こして怪訝そうにその場を見渡す一夏少年。

 彼の発言からして、先程の大きな音は何かを踏んづけた一夏少年が盛大に転んでしまった音なのだろう。そして肝心の踏んづけた物は、私も見渡す限りではそれらしいものは一切見当たらない。

 となると……彼の頭に被さっているそれが犯人と考えた方が妥当だろうね。

 で、転んだ際にパンツが宙へ舞い上がって、少年が転んだ拍子にその頭の上に見事着地。駆けつけた私達がその光景を目撃、と。なんというラッキースケベ。

 

「あ、あわ、あわわわわ」

 

 この部屋に置かれていた事を考えると、あのパンツは十中八九シャル・ボーイ……もといシャル・ガールの私物だと見て間違いないだろうね。ガールのこの慌てようが、それを真実だと証明してくれているよ。

 ちなみに下着の色は淡いピンク色で、軽くレースが掛かっている大人チックな仕様になっている。おませさーん!

 

「ん?あぁ悪いシャル、トイレの前にちょっと洗面台借りようとしたんだけど何か踏んづけちまって転んじまったんだよ。テオも悪かったな、大きな音立てちまって」

「い、い、いち、か……」

「どうかしたのか?そんなに顔真っ赤にして……そういえばさっきから頭に何か乗ってるな。何だこれ?」

 

 そう言って一夏少年は頭に載っているピンクのパンツを手に取り、己の前にそれを持っていって……。

 

「きゃあああぁぁぁっ!!」

「えっ、これ、ってかシャル――るヴぉっ!?」

 

 一夏少年がパンツの存在を認識しかけた瞬間、シャル・ガールの鋭い蹴りが一夏少年の顔面に叩き込まれた。流石は代表候補生、素晴らしい身のこなしだ。ワザマエ!

 彼女の蹴りを顔に受けた一夏少年は、まるで漫画の演出のように顔面に窪みを残しながら、敢え無く気絶。サヨナラ!

 

「…………」

 

 シャル・ガールが取り戻した下着を胸元に隠しながら、羞恥で染まった朱い顔のまま私のことを不安げに見つめ下ろしてきている。

 彼女の言いたいことは分かっている。一夏少年を気絶させたところで、私という目撃者がバッチリ現場を押さえてしまっているのだから。仮に私を今気絶させたところで、覚えているかあやふやな一夏少年とは違って意味の無い行動になってしまうのだ。殺しでもしない限りは情報を秘匿出来ないけれど、この場で行うのは完全に悪手であるしこの子にそんな派手な真似が出来るとは到底思えない。

 

≪まぁ話の後は、そこでのびてる少年が目を覚ましてからにしようか≫

「……うん」

 

 あれ、でもこれって一夏少年の蹴り&気絶させられ損?まぁいっか。

 

 

 

――続く――

 




前回の感想で『一夏がシャルを女と気付くのはまだ先か』というご意見がありましたが、早速ばれました。そしてバレた理由がこの有様だよ!原作よりひどいよ!


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第24話 子の心、親知らず

 私、一夏少年、シャル・ガール。2つ並んだベッドを使って、囲う様に私達は座っている。

 私達3人が落ち着いて話のできる環境を作れたのは、一夏少年が気絶から目覚めてからであった。少年の気絶時間は20分程度のもので、その頃にはめり込んでいた顔もギャグ補正ですっかり元通りになっていた。ギャグ補正って凄い。

 

 一夏に正体がバレてしまったことで、シャル・ガールは男装を解いて本来の姿を現すことになった。

 服装は先ほどと同様のジャージで変わっていないが、変化が現れているのは彼女の胸。男装時にはサラシか何かを巻いていたため全く膨らみがなかったその部分が、今は女の子らしくフワリと膨らんでいる。ザッと見でクラスの女の子よりも少し大きめなサイズが、余計にガールを女性だと主張させている。

 それ以外の違いとしては後ろに束ねていた髪を解き、ハイネックのシャツで隠していた首元が露わになっている等か。今はベッドに腰を掛けている状態だけど、居心地の悪さからちょっと内股気味になっていて所作の方も女の子らしくなっている。

 先程まで自分のパンツを少年に被られて顔を真っ赤にしていたシャル・ガールだけれど、ある程度はその頬から赤らみが抜けてきている。多少の名残は、まだ少し思い出してしまっているからか。

 

 対する一夏少年は気絶する前の事をちゃんと覚えているようで、女の子の姿に戻ったシャル・ガールを見ては顔を赤くしつつ背けている。事故だったとはいえ自分が女の子のパンツを被っていたり、それを思いっきり手で掴んでいたのだから、それを思い出して恥ずかしいと感じている……と見ていいだろう。こういうのが当然の反応だけどね。

 

 未だ気まずそうにしている2人には悪いけれど、だんまりしていても話は進まないし私から話を切り出させてもらおうかね。

 

≪さて、それじゃあ話を聞かせてもらってもいいかな?シャル・ボーイ……もとい、シャル・ガール。流石にあんな下着を男の子の私物と呼ぶには無理があるし、私物だったとしたらとんでもないからね≫

「あはは、確かにそうだね」

 

 シャル・ガールは私の言葉に笑って見せた……が、その動作は明らかにぎこちなかった。つられるように引き出された笑い声は、完全に無理をしている類いのそれだ。

 まぁ、この学園に男装をして潜り込むなんて犯罪がバレてしまっているんだから、子の落ち込み様も仕方がないだろう。これが露見してしまえば彼女は恐らく牢獄行き……いずれにせよ、普通なら明るい未来は確実に閉ざされている状況だからね。元気を出せと言う方が無理な話だ。

 

「シャルル……なんで男のフリなんかしたんだ?お前ISについてもかなり詳しかったし、こんな真似しなくても入学出来た筈だろ?」

「それは……僕の目的がこの学園への入学じゃないからだよ」

「シャルルの、目的?」

 

 先程まで酷い姿を晒していた一夏少年も、今のこの空気を感じて真面目な表情となっている。真剣な面立ちをシャル・ボーイに向けて、彼女から話を聞きだしにかかっている。

 

 シャル・ガールも少年の問いに重々しく頷くと、ポツリと口を開いた。

 

「一夏のフィジカルデータと白式のデータの入手……実家からその命令を受けたんだ」

「俺と白式のデータ?それよりも、シャルルの実家っていうと……」

 

 そう、デュノア社だ。

 そしてそこからの命令という事は、即ちその発生源は……。

 

「うん、僕の父親からの直接の命令」

「命令って……親なんだろう?なんでそんな……」

「一夏……僕はね、愛人の子なんだ」

「っ……!?」

≪…………≫

 

 ……辛そうにしながらも、シャル・ガールの口が止まる様子は無かった。

 

「僕のお母さんが2年前に亡くなって、ちょうどその時期に実家の方に引き取られたんだ。で、検査をしていく内に僕に高ランクのIS適性がある事が分かって、非公式だけど会社のテストパイロットとして働くことになったんだ」

 

 ポツリポツリと、語ってくれる。あまり言いたくない内容だということは彼女の浮かない顔を見れば一目瞭然だった。

 それでも、彼女は一生懸命話そうとしてくれている。

 

 だから私も一夏少年も、口を挟まず彼女の言葉を聴くことに専念している。

 

「父親と会ったのは2回くらいで、会話したのも数えるくらいしかなかったかな。普段は別邸で暮らしてるんだけど、一度だけ本邸に呼び出された時は酷かったなぁ。本妻の人から『泥棒猫がっ!』って言われながら殴られちゃったの。ビックリして何も言えなかったくらいに突然な事だったよ、お母さんも少しくらい教えてくれても良かったのに」

≪…………≫

 

 ……シャル・ガールが其処から話してくれた内容の大半は、私が轡木殿から聞いた話とほぼ同様であった。

 

 デュノア社の経営不振の件。

 フランス国の第3次イグニッション・プラン参加が危ぶまれている件。

 第3世代機の開発の為に、一夏少年のデータを狙っている件。

 学園側の調査と関係者の証言が一致したということで、私の中でこれらの情報は間違いない事実であると裏付けを取ることが出来た。轡木殿への報告については、先の情報が確固たるものだと伝えれば大方大丈夫だろう。

 ここに亡国企業がどのように関わっているのかが気になるが、シャル・ガールの口ぶりだと血縁者にも内密に動いていると見ていいだろう。それに私の目的はあくまでガール行動の監視だから、詳細は学園の方に求めるとしよう。

 

 まぁ、それについては今はいい。

 

「あぁ、話したらなんだかスッキリしたよ。2人とも聞いてくれてありがとう。いきなりな最後になっちゃったけど、十分楽しい学園生活が送れたよ」

「最後?シャル、お前何を言って……」

「だってそうでしょ?僕は学園を、クラスのみんなを、一夏を騙してここに入学してきたんだ。こうしてバレたからには僕は犯罪者として干されて、良くて牢屋行きになるだろうからね。……どうせ最後なんだから、楽しい思い出を求めてもバチは当たらないでしょ?」

 

 ……やはり、ね。

 シャル・ガールが一夏少年のデータを狙おうとしなかった理由。今の彼女の目が、全て教えてくれている。

 何もなにもかも投げ出してしまったかのような、諦観の籠る目が。

 

 それは――『最初から目的を果たそうとも思っていなかった』から。

 この子の様子から野心のようなものを感じられなかったわけも、道理で合点がいった。最初から一夏少年のことを狙う気がなかったのだから、いくら心根を察そうとしても黒い面を見つけられなかったわけだ。

 

 お母さんが居なくなってから会社のいいように扱われて、今回に至ってはこんな命令まで下されて……会社の言いなりとして使われ続ける現在に疲れてしまったからなんだろう、このようなことに身を捧げてしまっているのは。

 この子もどこかで終わりにさせたかったんだ、今の自分の境遇に。唯一の肉親に道具のように扱われ、異母からは暴力さえ振るわれて。周りには今の状況にされても助けてくれる人がいなくて。

 この子はこれほどにまで追い詰められている、こんなにも諦めた眼をしている。

 

 ……嗚呼、本当に久しぶりだよ。

 親が子を無碍に扱う……ここまで私を腹立たせてくれる出来事は。

 

「……それでいいのかよ」

「一夏?」

「シャルルはそれでいいのかよ?」

 

 少年は隠しきれていない怒りを表情に滲ませながら、シャルルへと詰め寄った。彼女の肩を掴み、真正面に対峙しだす。

 

「確かに、俺達子どもは親がいないと生まれて来れなかった。俺達がこうして生きていられるのも、親が俺達を産んでくれたからだ。……だけどっ、だからってこんなメチャクチャに振り回すようなことしていいわけないだろっ!親ってのはそういうものじゃないだろうがっ!!」

「いっ、一夏……?」

「あっ……悪い、怒鳴ったりして。……俺も、千冬姉と一緒に両親に捨てられたから」

「っ……!」

 

 …………。

 

「だけど、俺はそんなこと全然気にしてない。千冬姉がずっと傍に居てくれたから、捨てた親に会いたいとも思ってないしな。それに……」

 

 そう言う一夏少年の視線が、私の方へと向かれた。

 

「テオだっていてくれたしな」

≪私が?≫

「ああ。最初の頃は俺や箒がテオの親を気取ってたけど、いつのまにかテオが親みたいに振る舞うようになっててな。箒が引っ越しすることになった時なんて、『ちゃんと1日3食とって規則正しい生活をするように』とか『こたつで丸くなるのは猫だけ、夜はちゃんと布団で寝るように』とか母親みたいに口を酸っぱくして言ってきただろ?」

 

 それはまた、随分と懐かしい話だ。少年も良く台詞を覚えているものだよ。

 確かにあの頃にもなると精神的に大人になっていたから、特に箒ちゃんや一夏少年に対して子供と一緒にいるような感覚があったんだよね。生きている年数なら彼らの方が上だけど、どうにも猫というのは10数年の生涯に詰め込みをしてしまっているからね。

 

「けど、こうしてまたテオと一緒にいると時々思うんだ。『父親と一緒にいるって、こういう感じなのかな』……ってさ。なんだかんだ親身になって気に掛けてくれるし」

≪一夏少年……≫

「だからさ。俺……テオの事は、『友達』でもあり『父さん』でもあるような存在だって思ってるんだ。どう言ったら上手く伝えられるか分かんないけど……とにかく、それがすっげー嬉しいんだ」

≪っ……≫

 

 ……ははは、全く。サラッと嬉しい事を言ってくれるじゃないか、この若者は。

 私は今まで、箒ちゃんや一夏少年達の親・保護者代わりを気取っていた。だけど所詮、それは片道の思いでしかないと思っていた。わざわざ本人に聞くなんて、とてもじゃないけど出来たことではないからね。

 だから、この子の事を自分の息子だと思っているのは私の独り善がりに過ぎないんだと……ずっとそう思っていたのだけれど。

 

 それだというのに、この子は私のことをそんな風に評してくれている。

 先程までシャル・ガールの父親の所業に苛立っていたというのに、すっかり毒気を抜かされてしまった。彼が私の分までちゃんと怒って、想ってくれたからだろう。

 

 やっぱり、なんだかんだで君はいい男に育ったよ、少年。

 ありがとう。

 

≪ふっ、親孝行の息子を持って私は幸せ者だよ≫

「だろ?見直した?」

≪……そうだね。見直したよ≫

「あれ?もっと厳しい言葉が返ってくると思ったんだけどな……」

≪言って欲しかったの?≫

「滅相もございません」

 

 なんてね。

 本音はちょっと照れくさいから、此処では言わないでおかせてもらおう。

 

≪それはそうと、シャル・ガールの件について対策を立てないといけないんじゃないのかい?……とは言っても、ある程度盤石は整っているんだけどね≫

 

 私の言葉を聞いた一夏少年とシャル・ボーイは『えっ』と素っ頓狂な声を揃えて上げた。まぁ、それらしい様子は見せなかったし仕方がないか。

 

「え、いつの間に?」

≪割と前からかな。そもそもシャル・ガールの男装の件については学園でも既に把握済みだよ≫

「ウソ!?」

≪ホント。で、学園の方ではデュノア社の近年の内部動向を今も調査しているところなんだよね。私もガールの正体は知ってたし、学園の依頼もあって近くで様子を見させてもらっていたし≫

「……え?さっき知ったんじゃないのか?」

≪初日から気付いてたよ。猫の嗅覚は人間の数万倍なのに、それから女の子の匂いを隠しきれると思う?≫

「「…………」」

 

 おやおや、呆気にとられてる。どうやら2人は猫がどんな生き物なのか勉強しておく必要があるみたいだね、ふっふっふ。

 

≪取り敢えずデュノア社の目論見とシャル・ガールの心情は聞かせてもらっているから、その辺りについては私と学園に任せてもらえないかな?シャル・ガールの処遇については私が口添えをして穏便に済ませようと思っているから≫

「え、でも……」

≪嫌だったかい?≫

「……僕は皆を騙してここに来たのに、守ってもらってもいいの?」

 

 救いとなる筈の私の言葉に躊躇いを示すシャル・ガール。

 罪悪感。自ら受け入れた罪を負っているがゆえに、私達の助けが入る事を躊躇ってしまっているのだろう。心の内の善意というのは、こういう時に枷となってしまうことがあるんだから一概に良いとは言い難いね。

 

 だけど、私は認めよう。それどころか、ますます君を助けたくなったよ。

 

≪もちろんさ。そもそも助けようとしなかったら、こうして対策を立てていないよ≫

「シャル、この学園に残ろう!俺もお前が学園に残れるように、なんだってするから!」

「一夏……」

 

 少年もすっかり乗り気みたいだね。これは中々心強い味方だ。

 

≪『シャルル君、困ったことがあったら遠慮せず私に相談してくれたまえ。出来る限り君の力になると約束するよ』≫

「えっ?」

≪初日のお昼ごはんで約束したじゃないか。君が男の子であろうと女の子であろうと、その言葉に偽りは無いよ≫

「あっ……!」

 

 シャル・ガールの目が見開かれる。

 

 さぁ、今こそ自分の意志で選択する時だ。

 自らの罪を受け入れて未来を手放すか、差し伸べられた手を取って未来を掴み取るか。

 この選択に『デュノア』は必要ない。『シャルロット』という1人の女の子の意志だけが、この道を選ぶ権利を持っているのだ。

 

 

 

 ―――君は、どっちの未来を進む?

 

 

 

「……お願い、2人とも。……僕を、助けて……!!」

 

 ……ああ。その言葉、しかと受け取ったよ。

 

≪もう少しの辛抱だ。それまで私達に任せなさい≫

「やったなシャルル!俺も精一杯協力するから、待っててくれよ!」

「うん……うん……!」

 

 涙を流して何度も頷くシャル・ガール。

 そんな彼女を優しく慰めてあげてる一夏少年。

 

 若き2人の姿を瞳に収めながら、私は改めた決意を胸に秘め直した。

 

 

 

――続く――

 




 前回でバッチリ醜態を晒した一夏が挽回しました。回収はやーい。サラマンダーよりずっとはやい!

 そしてテオが途中で苛立ったのは、彼が【子供を大切にしない親(保護者)】【子供の心を苦しめるような行為】が嫌いだからです。説明するまでも無かったと思いますが、そのまま文章にしての説明はあまりしていなかったので、一応ここに記述させていただきました。


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第25話 噂・尊(そん・そん)

 シャル・ガールを守ると約束した土曜日の夜から2日後となる、月曜日の今日。

 

「あっ、箒ちゃんにテオくん。おはよう」

「あぁ。おはよう静寐」

≪やぁおはよう、静寐お嬢ちゃん≫

 

 扉の近くで他の女の子達と談笑をしていた、いつもヘアピンを付けている女の子――鷹月 静寐お嬢ちゃんが私達の入室に気付いて、笑顔で挨拶をしてくれた。

 静寐お嬢ちゃんはクラス委員長的な雰囲気を醸すその見た目に相まって真面目な子で、クラス代表の勝手が解らない一夏少年に時々サポートをしてくれる優しい子だ。クラスの誰とでも等しく接するその態度からは親しみやすさが感じられる。

 

 箒ちゃんも彼女とは色々仲良くしていると聞いている。一夏少年やセシリア姫は既に箒ちゃんのことを名前で呼んでいるけれど、彼女も比較的早い段階で姓呼びから離れていたから、箒ちゃんと仲の良いクラスメイトをとり上げるとすれば少年達に次いで静寐お嬢ちゃんの名が挙がるだろう。

 ちなみに昨日の日曜日では、2人で近くのデパートに買い物に行ったらしい。お土産のクッションを私にプレゼントしながら嬉々と語ってくれた箒ちゃんは、見ていてとても微笑ましかった。

 

「篠ノ之さんおはよ~」

「テオくんもおはよう!」

「あれ、篠ノ之さんの今日のリボンってもしかして新しいの?」

「う、うむ。昨日静寐に勧められて買ったのを使ってみたのだが……変だったか?」

「ううん、似合ってるし可愛いよ!」

「そ、そんなに褒められるとむず痒いな。……けど、ありがとう」

 

 私と箒ちゃんが静寐お嬢ちゃんに挨拶を返すと、他の子たちも気軽に挨拶をし始める。

 こうして箒ちゃんがクラスの子達と馴染んでいるのを見ていると、とても安心してしまうね。中学生の頃は色々と大変だったから心配してたんだけど……どうやら私の杞憂で終わったみたいだ。良きかな。

 

「そうそう箒ちゃん、昨日私達が学校から離れている間に凄いビッグニュースが入ってきたらしいよ」

「ビッグニュース?」

 

 気になる単語に小首を傾げる箒ちゃん。

 

 昨日ということは、日曜日にそのビッグニュースとやらが広まったんだろう。昨日は私も近所の子達と遊ぶ約束をしていたから、夕方まで学校にはいなかったっけ。その後はまたシャル・ガールの部屋に行って、噂話は特に耳にしていなかったかな。

 となると私も知らない話となるのだね。一体どんな話が出て来たのか、気になるところだ。

 

「今月末の学年別トーナメントなんだけどね、なんとそこで優勝したら……織斑くんと交際できるんだって!」

 

 ……えっ、何それ。

 何がどうしてそんな話が出て来たの?わけがわからないよ。人間は魂の在り処に(ry

 

「一夏と交際……?それは本人がそう言ったのか?偽物の発言ではないのか?」

「偽物がうろついてるの!?」

「それ程までに信じがたい出来事なのだ。それで、結局どうなのだ?」

「うーん……噂が流れたような感じだからそこんところは解んないかな。訊いた話によると、一昨日の夕食で織斑くんとデュノアくんを誘おうとした子が部屋を訪ねようとした時に、外から偶然聞こえたんだって」

「聞こえた?」

「織斑くんが真剣な声で『学年別トーナメントで優勝したら付き合う』……みたいなことを言ってたらしいよ。扉越しで聞き取り辛かったけど、その辺りの言葉がなんとか聞き取れたんだって」

「あの一夏がそんなことを……明日は天変地異か」

「彼、ボロクソに言われてるんだけど!?」

 

 ……あれ?

 

 一昨日の晩ってことはひょっとして……。

 もしかしなくてもアレのことだよね?一夏少年に映画主人公の台詞を自己流で真似させた、アレだよね?

 

『マリアン……月末の学年別トーナメントで優勝したら、俺と付き合ってくれ』

『お~、似てるね一夏!』

『うんうん、声優目指してもいいんじゃないかな』

『そ、そんなに褒められると照れるな……』

 

 うん、どう考えてもこのやり取りだよね。まさか知らない間に誰かに聞かれていたとは……私もリラックスし過ぎて気付けなかったのかな?それとも忍者の仕業?アイエェ……ニンジャコワイ!そもそもアレって、あくまでもノリで言っただけの事で本当に交際をするという意味で言ったわけじゃないのだけれど……。

 ひょっとして、変な形で広まっちゃってる?というか、ひょっとしなくても確定的に広まっちゃってる。

 

「なんだっていい、織斑くんと交際できるチャンスだ!……って学校中が躍起になっちゃってるみたいだよ。箒ちゃんもこれに乗りかからないと、織斑くんを取られちゃうよ?」

「いや、そもそもこういうのは本人の確認をとってから……む?テオ、先程から黙っているがどうかしたのか?」

≪いや、なんでもないよ≫

「そうか?」

 

 持ち前のポーカーフェイスで、箒ちゃんにこの動揺を悟られることはなくなった。

 だけど年甲斐も無く慌ててしまっては大人としての貫録に響いてしまうからね、よしっ、ここで一先ずクールにならなければ。KOOLではなく、COOLの方でね。

 ……うん、取り敢えずなるようになれ、ということにしようか。学校中に広まった噂を回収するのは骨が折れるし、一生懸命になろうとしている子達の意気を無粋に削ぐのもなんだしね、ここは素直に諦めておこうか!

 

 ……あれ、落ち着いたら達観した感じになった気がする。これでいいのか?私。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 休憩時間を利用して気晴らしの散歩の最中。と言っても、廊下をフラフラと気まぐれに歩いてるだけだけど。

 

 一夏少年とトーナメント優勝の件はさて置き、シャル・ガールの件を詰めていかなければね。……え、少年への扱いがドライじゃないかって?元々こんなもんだよ私は。前回は感動させてもらったけどソレはソレ、コレはコレ。

 

 で、シャル・ガールの件だけど。

 一応今日の放課後にでも、轡木殿に掛け合ってシャル・ガールの身の保証を交渉しておこうかと思っている。まだシャル・ガールの監視を引き受けるとして告げていなかった筈なので、なるべく早い内に私の要望を聞いておいてほしいからね。

 轡木殿も中々食えない性格をお持ちのようだけど、こういうのは案外裏を見せずストレートに挑んだ方が印象が良いだろうしね。それでも何かしらの条件みたいなのは付けられると思うけど。

 

 既に連絡先は彼から受け取っているし、銀雲のデータに登録済みだからいつでもどこでもお電話可能。人間のISにはそういう機能は備わっていないので、特権というやつだ。私はこんな身体だから携帯電話の類が使えないので、束ちゃんが追加機能として付けてくれたのだ。束ちゃん万歳。

 取り敢えず、アポを取っておいた方が良いだろうし休憩時間の今のうちに……。

 

「何故なのですか教官!」

 

 ん?

 

 あまり聞き慣れない声が先にある曲がり角の奥から聞こえてきたので、私はヒョコッと頭を出してその場所を覗き込む。

 そこに居たのはラウラちゃんと千冬嬢だった。千冬嬢がこちらに背を向けている立ち位置だったので、ラウラちゃんの表情がいつもの仏頂面ではないことが確りと見えた。千冬嬢の前だとあれくらい感情的な表情をするのか、クラスメイトの前では1度も見せたことなかったけど。

 先程の声はどうやらラウラちゃんのものだったらしい。あの子、あんまり喋ってくれないし。

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある、それだけだ」

「このような場所での役目など……!」

 

 ふむ。盗み聞きは良い趣味とは言えないけど、興味が無いと言ったら嘘になるからね。念のために耳に入れておくとしようか。

 私はそう決めると、気配を殺して壁際に寄り添う。向こうに私がいることがバレない様に身体は隠し、顔出しも最小限に留めて。

 

「私如きの立場から、過分な物言いを承知でお願い申し上げます。どうか今一度ドイツにお戻りいただき、再びご指導の程を!」

「ほう、私にこの学園の教師を辞めろと?」

「このような微温湯(ぬるまゆ)じみた環境では、貴女の類い稀なる能力は半分も活かされません!」

 

 そう言い切ってみせるラウラちゃんの表情は、いつにもなく必死な様子である。あれ程まで言わせてみせるとは、千冬嬢のことをそれ程までに信頼しているみたいだ。

 尤も、神格化にも等しいくらいの慕いっぷり……もとい崇めっぷりに見えるのは気のせいではないだろう。

 

「そもそもこの学園の女達は、教官の教鞭を受けるような資格は片ほどもありません」

「何故だ」

「程度が低く、危機感も無ければISをファッションの類いか何かと勘違いしています。教官があれら如きに時間を割くなど以ての外、正直に申し上げさせていただきますと、あんな連中はISに乗る資格すら――」

「そろそろ黙れよ、小娘」

 

 ラウラちゃんの滑らかな言葉を問答無用で遮ったのは、千冬嬢によるたった一言の言葉。ただしその温度は氷点下並に低く、鋭く突き刺さるような威圧感が込められていた。

 千冬嬢が今どのような表情をしているのかは見えないけれど、ラウラちゃんのあの怖がった顔を見る限り、相当キツイ目を向けているだろう。

 

「たかだか15の小娘が、選ばれし存在を気取るか?暫く見ない間に随分と図太くなったものだな」

「きょ、教官……」

 

 あのラウラちゃんがあそこまで恐れるとは、どれだけ規格外なのだろうか千冬嬢。今更か

 ぶっちゃけ今の千冬嬢と真正面から向かい合いたくはない。私も流石に怖いわー。

 

 ……おや、威圧が消えた。

 

「そろそろ授業が始まる時間か。さっさと教室に戻れよ、ラウラ」

「……はい」

 

 威圧が消えた次の千冬嬢は、今まで通りの声色に戻っていた。

 

 さすがにラウラちゃんもこれ以上口出しをする余裕は無いらしい。

 口を固く紡ぎつつ、悔しそうに目を俯かせると足早にその場を立ち去って行った。

 

「……さて、そこの男子は盗聴か?異常性癖は看過すべき内容ではないのだがな」

「ちょ、なんでそうなるんだよ千冬ね……じゃなくて織斑先生」

「8割以上アウトだが……まぁ今回は見逃してやろう」

 

 あっ、やっぱり一夏少年も隠れて見ていたんだ。

 気配とかでなんとなくいるかなとは思っていたけど、どうやら別の所で先程の光景を見ていたらしいね。

 

「お前もさっさと教室に戻れ。今月末のトーナメントで無様な姿を晒さないように、勤勉に務めろよ」

「わ、分かってるよ」

「ならいい。ほら、良いから戻れ。廊下は走ってはいけないが……まぁバレないようにな」

「っ……おう!」

 

 元気よく返事をした一夏少年も、教室に向けてダッシュで走っていった。なるべく音を立てないことを忘れないように。

 

 なんだかんだで弟には甘い千冬嬢、いいと思います。

 

「……お前もだぞ、テオ」

≪おや、バレてた≫

「半分はカマかけだ。途中で気配が完全に消えたようだが、大人しく立ち去ったとも思えなかったからな」

 

 相変わらずぶっ飛んだ性能だこと……。まぁ言うことはちゃんと聞いておくものだし、私も教室に戻らせてもらおうかな。

 

 それにしても、ラウラちゃんねぇ……。

 

≪シャル・ガールの件もこなさなきゃいけないところだけど……今のを見て放っておくのもバツが悪いよね≫

 

 取り敢えず、この件も轡木殿にちょいとお尋ねしてみようかな。千冬嬢からでもいいけど、案外彼も事情を知っているかもしれないし。

 

 

 

――続く――

 




○おまけ○

 ~土曜日の夜~

 テオ達が映画の鑑賞会を行っていた頃……。

女子B「ねぇねぇ、ホントに今日の夕食に織斑くんとデュノアくんを誘っちゃうの?」
女子A「だってデュノアくんがここに転入してからもうすぐ1週間なんだよ?初日から誘ってた子も沢山いたけど、今ぐらいの時期がベストなんだって!」
女子C「どういう計算……?まぁ代案があるわけでもないし従うけど」
女子A「同じ部屋の篠ノ之さんから聞いたけど、今日はデュノアくんの部屋に遊びに行ってるんだってさ。そこで一気に2人を誘うよ!」
女子B「なんという策士……やはり天才か」
女子C「成績は中の下だけどね」
女子A「やめろよーぅ」

 そして……。

女子B「ここがデュノアくんの部屋だよね。それじゃあ早速――」
女子A「待ったっ」
女子B・C「?」
女子A「2人とも、織斑くん達が普段どんな会話してるのか気にならない?」
女子B「会話?」
女子A「そうそう、私たちクラスも違うから中々話す機会が見つけられてないじゃん?ここはこの後の夕食での会話のバリエーションを広げるためにも、2人がどういう会話をしているのか聞いておく必要があるんじゃない?」
女子B「どうせあんたの興味本位でしょ?……まぁ、私もちょっと気になるかも」
女子C「猥談してたら反応に困るんだけど」
女子B「私は今まさにその台詞への反応に困ってる」
女子A「決まりね。それじゃあ聞き耳をして拝聴をば――」

一夏「マリアン――年別トーナメン――優勝―――俺と付き合って―――」

女子A「ファッ!?」
女子B「ちょ、なにそのリアクション?」
女子C「何が聞こえたの?マジで猥談?」
女子A「その猥談への執着心は何!?……2人とも、今日の作戦は後日に先延ばしよ」
女子B・C「えっ?」
女子A「あの耳応えは絶対に聞き間違いじゃなかった。私の耳はリハクの目にも匹敵する高性能なイヤーだからね」
女子B「それポンコツだからね?節穴だからね?」
女子A「兎にも角にも、とんでもないビッグニュースが舞い降りて来たわよ。さっそく皆に報せないとっ」

 そしてその翌日、学園では例の噂がバッチリと広まっていたのであった。





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第26話 Chaildish Battle

 

◇   ◇

 

「あっ」

「あら」

 

 中国の代表候補生、凰 鈴音。

 イギリスの代表候補生、セシリア・オルコット。

 呆気にとられたような2人の声が、ここ第3アリーナで揃いを示してみせた。

 

 2人が此処に足を運んでいる理由もまたお揃いだ。月末に開催される学年別個人トーナメント、そこで優勝する為に今日も放課後の時間を利用して訓練に励もうという魂胆である。

 何せ今回のトーナメントで優勝すれば、自分の好いているあの男と付き合うことが出来る……そう噂で耳にしたのだ。本当にあの唐変朴がそんなことを言ったのかが唯一引っ掛かる点だったが、今の2人にとっては些事たる疑問に過ぎなかった。

 噂を聞いた2人の訓練への意気込みはいつになく高まっている。馬の眼前にニンジンをぶら下げて走らせる、そんなイメージさえ浮かんでくる程に。

 

「……まぁ、そうなるわよね」

「えぇ仰らないで。わたくしも重々承知していますから」

 

 2人は相手の姿を見た途端に、互いの目論見を理解した。『嗚呼、あっちも私と同じなんだなぁ……』といった具合に。

 

「まぁでも、訓練相手がいた方が身に付くのは確かだし、丁度良かったかもね」

「奇遇ですわね。わたくしも動かない的よりも動く標的と対した方が良い訓練になると思っていますの」

 

 そう言って2人は互いに得意とする武器を瞬時に手に収める。

 鈴音は大型の片刃刀【双天牙月】を両の手にそれぞれ1本ずつ、セシリアは大型のレーザーライフル【スターライトmkⅢ】を型に見合った携え方で手にする。

 

 2人は既に戦闘形態をとり、いつでも戦いを始められるように構えを取る。数メートル離れた両者の間には、見る人によっては火花のようなものが見えてくるに違いない。2人の戦意は、それ程までに高まっているのだ。

 

「意気込んでるとこ悪いけど、優勝するための踏み台になってもらうわよ」

「それはこちらの台詞ですわ。前哨戦としてここで白色黒色をハッキリつけるのも面白そうではありませんこと?」

「ふっ、言ってくれるじゃないの。なら…………っ!?」

「っ!?」

 

 2人の戦いが始まろうとした直前だった。

 両者のハイパーセンサーが、こちらに向かってくる音速の実弾銃の存在を即座にキャッチしたのだ。その照準は、鈴音に向けられていた。

 

 鈴音は直ぐにその場から飛び退いて、距離を取る。その直後、鈴音のいた場所に実弾銃が着弾して小爆発を引き起こす。

 

 跳躍の後にバク転でこちら側に避難してきた鈴音の無事を確認したセシリアは、不意打ち射撃の弾道を探りその場所を突き止める。そしてその方へと、視線を向けた。

 

 その場所には、右肩に備えた大型レールカノンの銃口から煙を吹かせているIS装備の少女――ラウラ・ボーデヴィッヒがいた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……随分なご挨拶を習慣としていますのね。ドイツ国がここまで野蛮で過激な国だとは思いませんでしたわ」

 

 入学当時と比べてすっかり角が丸くなったセシリアであるが、ラウラの姿を見た途端に嫌そうに目を細める。

 転入の挨拶早々に自分が好意を抱く男性を引っぱたこうとした行為、それ以降も彼に対して敵意を剥き出しにした態度をとる……セシリアがラウラを疎ましく思う理由としては十分な内容であった。

 

 セシリアの隣に避難してきた鈴音も、彼女に負けないくらいの嫌悪の感情を剥き出してラウラを睨みつける。

 

 だがラウラは、彼女たちの視線を意に介さないまま2人の機体をISの機能で分析し、詳細を閲覧する。

 そして彼女は口元を綻ばせると……鼻で笑った。

 

「ふっ、【甲龍】に【ブルー・ティアーズ】……実物が噂に劣ることは珍しくもない話だが、よもやここまでとはな」

「はっ?」

「……今、聞き捨てならない言葉が聞こえてきましたわね」

「事実だろう。織斑 一夏に色目を使っているような雌犬風情が搭乗者では、いかに高性能なISも玩具と呼ぶに相応しい姿となる。2人掛かりで女教師の乗る量産機に惨敗し、無様な姿を晒していた貴様らがいい例だ」

 

 視界の先で嘲笑を浮かべている少女に向けている怒気が増し、眉間に出来た皺がますます深く刻まれていく鈴音とセシリアの両名。

 

「上等よあんた……そのすまし顔をタンコブだらけに出来ると思うと、今から笑いが込み上げてきそうだわ」

「あらあら鈴さん、いくら極まった不躾さとはいえあれも女性の端くれ、わたくし達の寛大な心で顔面以外をタコ殴りにして差し上げるのも一手でしてよ?」

「それもアリね。全身タンコブだらけなんてブドウみたいだし、ドイツから来たアイツにはピッタリなんじゃない?」

「でしたら新種のブドウとしてワインの材料にでも……いえ、飲んだら口の悪さが移ってしまいそうなので遠慮願いたいですわね、ほほほ」

 

 挑発じみた台詞に拍車が掛かり、怒りを誘う言葉が次々と流れていく。息の合った罵声攻撃自体は素直に感心出来るものではないが、連携が出来ているという件に関しては褒めておくべきだろうか。

 

 もっとも、相手は相当な強敵だったようだ。

 セシリアたちによる挑発を長いこと浴びせられても、眉一つ動かしていなかったのだ。

 

「ふん、くだらん。ボロ雑巾の真似事をすることになるのは貴様らの方だと理解出来ていないようだな。あの愚図にだらしなく尻尾を振る雌風情の頭では無理もないが」

「オーケー、今すぐその五月蠅い口を塞いでやる」

「とことんまで叩き潰させていただきますわ…………だけどその前に」

 

 双天牙月の切っ先が、スターライトmkⅢの砲口が。

 離れた地に居るラウラに向けられる。

 

 そして2人は、ラウラの口から放たれた聞き捨てならない一言によって激昂した心を、思うままに口から吐き出す。

 

「この場に居ないあの方を、一夏さんの事を……」

「馬鹿にしてんじゃないわよっ!!」

 

 アリーナが、激震に揺れようとしている。

 

 

 

――――――――――

 

 第3アリーナから距離のある廊下で、一夏とシャルルと箒の3人は並んで歩いていた。

 彼らが向かう場所は、現在3人の代表候補生が戦っている第3アリーナ。今日は皆で特訓をする約束をしていたので、3人もそこに向かおうとしていたのである。

 

 いつもならば足元を一緒に歩いているテオは、今はこの場にいない。

 彼は抱えている別件を進めるべく、千冬嬢による引率の元、学園長室へ向かったのだ。

 

「テオは千冬さんに呼ばれてどこかに行ってしまったみたいだが……あのテオが何か問題を起こしたのか?」

「さ、さぁ?別に千冬姉に連れ出されたからって問題を起こしたことになるわけじゃないだろ?」

「まぁ、それはそうなのだが……2人とも真剣な顔をしていたから只事ではないと思ってしまってな」

「そ、そうなんだ」

 

 一夏とシャルルは、ぎこちなさげに箒の言葉に返事を行う。言葉の頭が躓いている時点でアウトな気がするのは、きっと気のせいではないだろう。

 

 彼女の様子を見て察しが付くと思うが、シャルルが実は女性だという件は彼女に通していない。

 いや、箒だけではない。セシリアや鈴音……つまりあの夜に一夏がシャルルの正体を知って以降、未だに彼女の正体に気付いた者は生徒教師共に存在しないのだ。テオや一夏が、誰にもこの話を喋っていないからである。

 

 実を言うと一夏は、あの夜の際に協力者を募るべきではないかと考えて、箒の名をいの一番に挙げたのだ。

 箒は一夏の同居人であり、彼が向けている信頼も他の生徒たちに比べて人一倍以上に高い。加えて彼女もシャルルの正体を怪しんでいた様子だったので、ここはいっそ味方に引き込んでしまった方が良いのではと考えたのだろう。

 

 しかしテオは、これに頷くことはしなかった。

 

≪私たちのやろうとしていることは、周りから見たら犯罪の隠蔽みたいなものだからね。必ずシャル・ガールのことを助けるつもりではあるけど、万が一も考慮しておきたいから箒ちゃんは今回の件に巻き込みたくないんだよね≫

 

 それにガールの正体はどっかの誰かさんみたいに確信を得られる行動さえ起こさなければ大丈夫でしょ、と口添えをしながら彼はそのように言ったのだ。

 

 一夏は自分の考えていたことが図らずとも共犯者の生産だということに恥じ、テオの意見に同意した。

 シャルルも文句を言うことなくこれに承諾。只でさえ2人に厚意で助けてもらっているというのに、万が一の事態を想像するとテオの憂いは尤もであると納得したからだ。

 

 なので一夏もシャルルも、問題が解決するまではシャルルの正体がばれないように徹することを決めたのだ。

 2人の決意は、とても固く定まっていると言い切れる。

 

「……2人とも、何か隠していないか?」

「いいやっ!?」

「何も隠してにゃいよっ!?」

 

 ただし、どちらも強い決意が裏返って不自然に見えてしまうという致命的な失態をし続けている。

 隠し事を意識すると違和感を醸し出してしまう典型が今ここに。やる必要は全くないのだが。

 

「…………」

「あ、あはは……」

「ははは……」

 

 2人の妙な言動に怪訝な目を向けざるを得ない箒であったが、少しの時間でそれを止めた。寧ろ、止めてあげたと言うべきか。

 

「……まぁいい。それじゃあ話を変えるが、今日はアリーナの使用人数が少ないと聞いている。そのままスペースが確保できれば模擬戦も行えると思うぞ」

「お、おおっ。それは助かるな、シャルル」

「うんっ、そうだね」

「既にセシリアと鈴が向かっている筈だから、合流次第段取りを決めるぞ。いつもはテオが決めてくれているが、今日は私たちでやらねばならない…………む?」

 

 と、ここで箒があることに気が付いた。

 3人は現在セシリアたちのいる第3アリーナに向かっているのだが、アリーナの方角から音が聞こえてくるのだ。アリーナと今いる場所ではかなりの距離があるというのに、既に僅かながらも音が聞こえてくる、というのが問題なのだ。

 普段やっている訓練の内容ではここまで音が届くような激しい内容は無い筈なのに、衝撃音や銃声等の種類が箒の耳に入り込んでくる。音だけで判断するならば、まるで実戦を行っているかのようなペースで音が聞こえてくるのだ。

 

「箒?」

「どうかしたの……これは?」

 

 ここで一夏とシャルルも、アリーナから聞こえてくる音の存在を認識する。

 

「もしかして、セシリアたちが先に模擬戦始めたのか?」

「……ううん、それにしては音の種類がおかしいよ。セシリアも鈴も火薬式の銃火器は持ってないはずなのに、その音が聞こえてきた」

「となると、別の誰かと戦ってる……?」

 

 しかし、いくら推測を重ねたところで真実は見えてこない。

 アリーナから聞こえてくる音は、未だ絶え間なく発生し続けている。

 

「……2人とも、行ってみよう。なんだか嫌な予感がする」

「ああ」

「うん」

 

 一夏の言葉に賛同した2人は、先に突き進む一夏の後ろを追従して走りだすのであった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 それから間もなくアリーナの観客席に辿り着いた一夏達3人。

 

 彼ら以外にも複数人の女子生徒がおり、皆が固唾を飲んでアリーナ内の光景に目を奪われている。

 その光景とは……。

 

「あれは……ラウラ・ボーデヴィッヒっ!?」

「見て!セシリアと鈴が戦ってる!」

 

 砂塵が立ち込めているアリーナの中には、それぞれの専用機を装着している鈴とセシリア、そしてラウラの姿があった。それぞれの立ち位置からして、ラウラに対してセシリア達がタッグを組み1対2で戦っている……と見て取れる構図であった。

 しかし戦況は、数で劣るという厳しい条件がついているにも関わらずラウラの方に傾いている。

 

 鈴音とセシリアはISのボディに視認が容易なほどの損傷が出来ており、そこまで酷くは無いが確実にダメージが通っている状態となっている。

 だが一方のラウラは2人よりも遥かに軽微な損傷で済んでおり、まだまだ余裕といった表情も浮かべているほどである。不利な立場である筈なのに、だ。

 

 何がどうしてこうなったのか思案する一夏を置き、アリーナ内ではまだ戦闘が続こうとしている。

 

「セシリア、援護は頼んだわよ!」

「任されましたわ!」

 

 鈴音は一気に大地を踏み込んで、ブースターの出力を踏まえたダッシュでラウラへと肉薄を仕掛ける。距離が30メートル程度まで縮まったところで、鈴音は一瞬で停止して横転行動をとった。

 

 その直後、先程まで鈴音がいた場所の射線上から青い光線が突き進んでいった。

 セシリアの装備、スターライトmkⅢのレーザー弾だ。鈴音の横転のタイミングと合わせて、後方に控えていたセシリアが射出を行ったのだ。

 

「ふん、小細工か」

 

 しかしその手を読んでいたラウラはつまらなさそうに一瞥すると、間合いを見切り無駄の無い動作でそれを躱してみせた。

 

「だったら、こいつで!」

 

 横に跳んでいた鈴音が、肩部装備の龍砲から衝撃砲を発射した。

 見えない砲丸が一直線にラウラに向かっていく。

 

「無駄だ」

 

 自身に迫り来る衝撃砲による攻撃に対し、ラウラは回避をしようともせずにただ右手を前に突きだした。

 その瞬間、ラウラの身体まであと数メートルの距離でレーザーがピタリと動きを止め、そのまま敢え無く消失してしまった。

 

 衝撃砲が止められた理由を知らない人から見たら摩訶不思議な光景に見えるだろうが、その正体を知っている鈴音は忌々しそうにラウラを睨みつけながら舌打ちをうつ。

 

「【AIC】……めんどくさいもの使ってくるわね……!」

 

 【AIC】。通称、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。

 慣性停止能力として機能するその詳細は、文字通り対象の慣性を止める力。生物の動きや銃弾の動き等、慣性が働いているものであればこの能力でなんでも動きを止めてしまうことが出来る。衝撃波の類いである衝撃砲も、この能力に止められる対象に含まれてしまっているのだ。

 ちなみにこの能力はISの基本システムであるPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)の応用で生み出されたのであるが、此処で語るには長くなるので割愛。

 AICの存在は、各国でも既に認知されていた。しかしどの国も開発が進んでいるという情報が無く、現にラウラが今見せつけているそれは非常に高い完成度を誇っている。

 

 だから鈴音もセシリアも、自分達が相対している能力に驚かざるを得なかった。話にしか聞かなかった存在の実物を目の当たりにし、その脅威を思い知らされた。

 特に鈴音は、甲龍の主力の一角である衝撃砲が無効化されてしまっているのだから余計に不味く感じていた。正攻法で相手を潰す戦闘スタイルがウリの彼女にとっては、衝撃砲による攻撃が封じられたことがかなり致命的な条件となってしまっているのである。

 

「鈴さん、離れて下さいまし!」

 

 セシリアも、鈴音がラウラとの相性が悪いことには気付いていた。双天牙月を主力とせざるを得ない彼女の取るべき道は限られ、それによる接近戦。相手の近くで戦うとなれば、AICの網に掛かる確率は格段に跳ね上がり、動きを止められてしまえば非常に危険である

 だからセシリアは、自身がメインで戦う道を考慮した。

 自身の扱うレーザー兵器であれば、AICの拘束には引っ掛かることはない。そうなると武装はブルー・ティアーズのミサイルビット2基以外が彼女に通用するということになるのだ。

 

 セシリアはレーザービット4基を稼働させ、レーザーライフルのスコープ越しにラウラの姿を捉えて射撃体勢に移ったのだ。不規則に乱れ飛ぶビットたちが、敵と認証しているラウラに四方八方より銃撃の嵐を見舞わせる。

 

 だがその激しい攻撃すらも、ラウラは涼しい顔で避け続けてみせたのだ。

 

「BT兵器か……生憎だがその程度、私の脅威とも成り得はしない」

 

 間合いを捉え、紙一重の距離でビットのレーザーを躱していくラウラ。死角からの攻撃に加えてフェイント目的の射撃も入り混じっているのだが、ラウラはそれすらも的確に見切ってしまう。

 

 こういった事態に手慣れている、というのが回避を為しているラウラに向けたセシリアの抱く感想であった。ハイパーセンサーによる加護も大きいだろうが、それ以前に搭乗者であるラウラ本人のスペックが非常に高いのだ。

 その理由も、セシリアは何となく見当がついていた。ラウラ・ボーデヴィッヒという名前を聞いた転入の挨拶の時、セシリアは己の記憶を探り出し、その詳細を見つけ出していたからだ。

 

 ドイツの代表候補生にして、ドイツ軍の構成の一角を示しているIS配備特殊部隊【シュヴァルツェ・ハーゼ】の現隊長。ドイツ国が所有しているISの約3割が管理されている、世界屈指の部隊のトップ。現在戦っている彼女が、その人物なのだ。

 軍の人間ともなれば、戦闘の基礎知識や技術はプロ級の代物を身に付けている者が多数である。彼女もまた例外ではない筈だ。あの身のこなしも、恐らく戦時中に一対多の戦闘を想定された時の動きを参考にしているだろう。

 

「児戯だな。飽き飽きする」

 

 吐き捨てるようにラウラがそう言うと、彼女は両肩部装甲から2本のワイヤーブレードを射出させ、死角の中で飛ぶビット2基を串刺しにして破壊。ビットは小爆発を立てて砕かれてしまった。

 

 そして彼女はスッと身を低めると、突如爆発的な加速力を発揮。ロケットエンジンでも積んでいたのかというスピードを現してみせた彼女は、1秒も経たない内にセシリアとの距離を10m程度にまで縮めてみせたのだ。

 

 観客席で試合の様子を見ていた一夏は、その高速機動を見て真っ先に答えを見出しだ。

 何せ自分の良く知っている動きであり、自分の姉から直々に教わった技術だったのだから。

 

「あれは……瞬時加速!?」

 

 何故ラウラがあの技を使えるのか、という疑問が抱かれたが以前盗み聞きしていた日の会話を思い返す事で合点がいった。

 ラウラはドイツで織斑先生の指導を受けていた身。ならば一夏が織斑先生から学んだ技術を彼女が学び会得していても何ら可笑しな事ではない、と。

 

 そしてラウラは手首の手部アーマーの穴からプラズマ刃を展開。

 60cmほどの長さの桃色に光り輝くブレードが、セシリアの身に迫ろうとしている。

 

 だが、その間に割り込む影が1つあった。

 鈴音である。

 

「読めてたっての!」

 

 ラウラが接近戦を不得手とするセシリアに近づこうとしている事は、タッグを組んでいる鈴音でも容易に理解が出来ていた。自身も先ほどセシリアと戦おうとしていたのならば、確実に肉弾戦に持ち込もうとも考えていたのだ。

 だから鈴音は2人の間に割って入り、ラウラのプラズマ刃を両の手の青龍刀で防御した。ガキィン、と甲高い音が響く。

 

 間一髪の所で鈴音に助けられたセシリアは、レーザーライフルを構え直しながら彼女に声を掛けた。

 

「鈴さん、頭を!」

「オッケィ!」

 

 鈴音が身を屈めた瞬間に、セシリアの愛銃による青太いレーザーが彼女の頭上を越えて発射される。

 尤も、そのレーザーもラウラのプラズマ刃の接触で僅かに軌道をずらされ、惜しくもいなされてしまったが。

 

「ちっ、無様な姿を晒していた組み合わせで梃子摺らせてくれる……」

「あら、今頃になって独りぼっちが怖くなったのですか?」

「泣いて謝るんだったら、あたしらの寛大な心で許してやってもいいわよ?」

「……黙れ、その無駄な脂が乗った口は今すぐ切り刻んでやる」

 

 そうして更に苛烈な攻勢を始めだす三者。

 

 その光景を見続けていた一夏は、苦々しく表情を歪めながら口を開く。

 

「あいつら、もう模擬戦ってレベルでやってないだろ。特にラウラが俺でも分かるくらいに殺気立ってやがるっ……」

「一夏、3人を止めよう。このまま見ていてもきっといい方向には進まない気がする」

 

 シャルルの意見に一夏も同意した。

 このまま辿り着く結末は、現時点で考えられるものでも3つ。

 1つ目は、この騒ぎを聞きつけた教員が3人を止めてくれるという締まり方。場合によっては3人とも何かしらのお叱りが与えられる可能性があるが、最も平和的な解決はコレだ。

 2つ目は、鈴音とセシリアのコンビがラウラを撃退すること。2人とも戦意は高まっているものの幾分か冷静ではあるため、ラウラを過剰に痛めつけるような真似はしないと思っていいだろう。

 そして最後の3つ目。これがシャルルたちの危惧している事だが、ラウラが2人を倒してしまうという結末だ。今の彼女は2人を殺す気で挑みかかっており、このまま形勢が彼女の方に傾けば、相手の生命など関係無く攻撃を加えるとしか思えない。そんな雰囲気を漂わせているのだ。

 

 3つ目のような事態を引き起させない為にも、この戦いを一刻も早く止める必要がある。

 故に一夏とシャルは、アリーナ内で繰り広げられている戦いを止める決意を固めた。

 

「よし、それじゃあここから一番近いゲートから中に入ろう。危険だから箒はここで……あれ?」

「一夏、急いで!」

「え、あ、あぁっ」

 

 シャルの声に急かされて、一夏は駆け足でその場から走り去っていく。

 その最中、一夏はもう一度背後を振り返る。しかし、彼の探していた姿を見つけることが出来なかった。

 

 先程まで一緒にいた筈の、幼馴染みの姿を。

 

 

 

――続く――

 








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第27話 Dead Heat

 

 篠ノ之 箒は走っていた。長く続いている、アリーナ内の回廊を。

 

 アリーナの騒ぎは、壁越しからも聞こえてきている。未だに3人の代表候補生による戦いは終わっておらず、絶え間無く戦闘音が彼女の耳に響く。

 その音が、急く足を更に早める促進剤となる。廊下を踏み抜く足の力が更に強くなった。

 

「くそ……まだ着かないか」

 

 悪態を吐きながらも、その速度を緩める真似はしない箒。

 彼女が目指している場所は、アリーナ内に設置されているIS管理倉庫。そこではアリーナで使用可能な訓練機が格納されており、それぞれの機体には訓練の許可証と同時に借りる鍵を使わなければ勝手に使用出来ないロックが施されている。

 そして箒の手には、その鍵が強く握り締められている。

 

「(あいつのあの目……)」

 

 箒が胸中に思い浮かべるのは、先程アリーナで戦っていたラウラの姿。

 そして、彼女の目。

 あの目を見た箒は、かつての自分を思い起こさせたのだ。

 

 【3年前の事件】。

 重要人保護プログラム対象者として、家族とも離れて各地を転々とさせられることを余儀なくされた箒の傍にずっと居てくれたテオを引き剥がした、あの忌まわしき事件。

 

 あの日が過ぎた翌日から、箒は独りぼっちになってしまった。彼女につく警護の人間が増えたが、その警戒網が余計に彼女の孤独感を引き立たせた。まるで、自分だけ世界の別側に隔離されているかのような感覚を受けた。

 

 

 

―――なぜ、私がこのような目に遭わなければならないんだ。

 

 

 

 国から聞き飽きた内容の聴取を受けながら、胸の内で嘆いた。

 

 

 

―――なぜ、あんなに優しいテオまで奪っていくんだ。

 

 

 

 用意されているホテルの個室に帰っても『おかえり』を言ってくれる家族は誰もいなくて、必死に声を押し殺しながら泣いた。

 泣き止んだ箒が抱いた感情は、何処へ向けていいか分からない憎しみ。恨むべき対象が散りばめられていて、定まらない憎悪の心。

 その感情が行き着いた先は剣道。幼い頃から続け、初恋の幼馴染みとの繫がりとなり、行動を規制してくる国が特別に許した時間。心に救う憎しみを己の剣に込めるしか、当時の箒には道が無かったのだ。

 

 そして中学2年生の頃に出場した全国大会。

 そこの決勝戦で箒は、自分が縋りついてきた剣道まで穢してしまったことに気付いた。八つ当たりにも近い自分の技を受けた相手の選手が、涙を流す姿を目にしたことによって。

 

 自分にはもう、こんな悲しいものしか残っていない。

 箒は竹刀が手から零れ落ちる事にも気づかず、目の前が真っ暗になっていったのを感じた。

 

「(……だけど、そんな時にテオが帰ってきてくれた)」

 

 あの日ほど号泣した日は、箒の記憶の限りでは存在しない。

 暗がりに落とされた彼女の心が救われた瞬間は、今でもその胸に強く残っていた。

 帰ってきたテオは、箒に明るい道を進めるよう正してくれた。暴力という名の力を振るった彼女の手を、優しく強く導いてくれた。

 

 だからあの少女の……ラウラの目を見た瞬間、箒の胸には一つの思いが宿ったのだ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……お前は、私の――」

 

 

 

――――――――――

 

 舞台は再び、戦闘が行われているアリーナの方へと移る。

 

 先ほどまでセシリア、鈴音、ラウラの3名による戦いが繰り広げられていたが、その数が更に2つ増えていた。

 彼女達を止めるべく、ピットからIS姿で登場してきた一夏とシャルルの2名だ。

 

 しかし、戦いを止めるために来た人物が来たというのに漂う戦意が収まる気配が全く無かった。

 それどころか……セシリアと鈴のコンビに一夏たちが加入することによって、4対1の構図が出来上がろうとしていたところである。

 

「アンタ、バッカじゃないの?さっきまであたしとセシリアとどっこいで戦ってたっていうのに、一夏たちも入れてやれっての?」

「何度も同じ台詞を吐かせるな、魯鈍が。私の言葉など1度で理解出来るように頭を動かす努力をしたらどうだ?」

「貴女こそ、もう少し脳を働かせてはいかがかしら?4対1で、しかもこちらは全員専用機。この状況では貴女には万に一つも勝ちが見当たりませんわよ」

「あーもう!お前等もうやめろって!っていうかなんでそんなやる気満々なんだよ!?」

「一夏……もう皆聞く耳持ってないよ」

 

 このような状態になっている数分前の出来事を示す。

 先程数分前に、戦闘中のセシリア達の元へ一夏達がやってきた。一夏達はISの通信を使って、3人にしっかり聞こえるよう声を届かせた。

 その結果、3人は攻撃の手を止めて停止。そのまま戦いが止まるかと思ったのだが、ここでラウラが一夏とシャルルの姿を一瞥して、一言。

 

『ようやく姿を見せたか。貴様等もとっとと掛かってこい、この私が4人まとめて叩き潰してやろう』

 

 セシリア・鈴の両名は、カチンと。

 一夏・シャルルの両名は、えっ?と。

 

 結果、先程のようなやり取りになっていったのだ。

 

 ここでついに、堪忍袋の緒が切れた人物が1人。

 

「人を嘗め腐るのも……大概にしろってのっ!!」

 

 繋ぎ合わせた青龍刀を手に携えながら、突進を仕掛けたのは鈴。

 4対1という嘗めプレイを迫られ、魯鈍と罵られた彼女の感情は既に溶岩のように湧き上がっていた。戦闘前で自身の実力と一夏を馬鹿にされて怒りを胸に込めつつ戦っていた彼女であったが、ついに容量を超えてしまったようである。

 

 今までにないスピードでラウラに向けて迫り行く鈴であったが、対するラウラの表情は先程よりも落ち着いていた。

 

「ふんっ」

「しまっ――!?」

 

 疾風のような速さで迫る鈴音が繰り出す斬撃を紙一重で避けてみせると、すかさずAICを発動。停止結界の中に彼女を捉えて、動きを封じてみせた。

 

「鈴っ!!」

 

 動きを止められた鈴音の身を案じ、一夏が一気に加速して接近を仕掛ける。

 

 だが、ラウラは一夏の姿を侮蔑の念を込めながら見やると、動きを止めた鈴音の首を掴んで自分の元へと引き寄せた。

 一夏との間に引き寄せることによって、鈴音の身体を盾として利用したのだ。

 

「なっ!?」

「はっ、やはり動きを止めた……なぁっ!」

「きゃあっ!?」

「ぐあっ!」

 

 仲間を斬り捨ててまで攻撃することなど、一夏には決して出来ない行為。

 そこに目を付けたラウラは、動きを止めた一夏に目掛けて思いっきり鈴を投げつけたのだ。

 衝突し、短い悲鳴を上げながら吹き飛ばされることとなった2人に向けて、ラウラは更にリボルバーカノンの砲口を向けた。体勢を崩した一夏達には、その砲撃を防ぐことは叶わないだろう。

 

「一夏っ!鈴っ!」

「くっ……!」

 

 ラウラの追撃を阻止すべく、吹き飛ばされた2人の元へシャルルが飛び行く。セシリアは砲を持つラウラにレーザーライフルの照準を定めた。

 

 しかしラウラは、一夏達に向けていたカノンを突如両者の中間地点となる地面へと定め直し、砲弾を放射。発射された弾が地面へと衝突し、激しい爆発音と土煙を生じさせた。

 

 2人はラウラの突然の行動変更に、意表を突かされて動きを硬直させた。

 

「えっ……」

「……っ!セシリア、急いで防御を――」

 

 シャルルの勘が嫌な予感を察知したが、それは一足遅かった。

 

 相互の間で立ち込めていた土煙であったが、その流れが一変。異変を起こした場所から、シャルルたちに向かって超高速で突き進むラウラの姿が現れた。瞬時加速だ。

 神速の如き身のこなしでシャルルの傍へと肉薄したラウラは、両の手から放出したプラズマ刃でシャルルの装甲を鋭く深く斬りつけた。

 

「ぐ、ああっ!?」

 

 シールドエネルギーを超えた威力の斬撃が、シャルルのISに絶対防御を発動させる。絶対防御の影響で切り傷を作るまでには至らないが、それ相応の痛みがシャルルの身を駆け巡り、痛々しい声を上げさせた。

 

 シャルルに一撃を見舞ったラウラは、その身に回し蹴りを叩き込んだ。

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを身に纏ったシャルルの身体が、地表で銃を構えていたセシリアへと吹き飛ばされていった。

 

「あぐっ!?」

「きゃあっ!?」

「セシリア!?シャルル!?……てめぇぇぇぇっ!!」

 

 シャルル達が傷つけられた姿を目にした一夏の怒りのボルテージが最高値を叩き出した。

 激昂する心は彼の身を一心不乱に突き動かし、傷つけた張本人であるラウラに目掛けて躊躇なく突撃を行う。雪片弐型の柄を握る力が、溢れんばかりに込められている。

 

 仲間の為に憤る彼の姿さえも、ラウラは鼻で笑ってみせた。

 

「ふん、馬鹿の一つ覚えのように突出するだけ……貴様のような猪が――」

 

 一夏による鋭い斬撃が、ラウラの頭頂部目がけて振るわれる。

 しかしラウラはそれを難なく避けてみせ、懐に入ってきた一夏の腹部目掛けて重い膝蹴りを叩き込んだ。

 

「教官の弟を、名乗るなぁっ!!」

「がっ……!」

 

 鈍器が使われたような重厚な衝撃が、一夏の腹部を大震させる。IS越しだというにも関わらず強烈に伝わってくるその一撃は、彼の思考が刹那の間真っ白になる程の重みであった。

 

「一夏さんに――」

「手ぇ出してんじゃないわよっ!」

 

 少女2人の怒りを灯した声が重なる。

 一夏に続いて復帰していた鈴音と、シャルルに巻き込まれつつもいち早く態勢を立て直したセシリアによるものだ。好意を向けている男性が腹に一撃を入れられているのを見て、彼女達も心静かでいられるわけがなかった。

 

 その姿を見やったラウラは隠すことなく嘲笑うと、肩部のパーツからワイヤーブレードを射出して一夏の腹部へと素早く巻きつける。そしてラウラ自身が後方に下がると同時に一夏を捉えているワイヤーを強く手繰り寄せ、大きく振り回すモーションをとり行う。

 

 一夏の身体がワイヤーの力によって、彼の意志とは関係なく動かされる。ISの装備越しでも十分に応えた打撃で朦朧としていたところを、更にこのような形で振り回され、今の彼の頭にはこの拘束を振り払う手段を算段することが出来ずにいた。

 

 そして、鈴音がいる場所へと振り払われた。

 

「うおぉっ!?」

「きゃんっ!?」

「一夏さ……きゃぁっ!?」

 

 衝突した一夏と鈴音はそのまま弧を描くようにワイヤーの力で振り回されて、対面にいたセシリアへとぶつけられてしまう。狙撃態勢に移っていたセシリアも一夏達の悲鳴に反応してスコープから目を離して注意を欠いて、彼らと激突する隙を晒してしまった。

 

 3人は纏まった状態で放られて地面へと不時着。着地の際の衝撃でバラバラに散らばっていった。全員等しくダメージを負ってしまいIS装甲には多少の傷跡が出来上がっており、シールドエネルギーの残量も大きく減少してしまっている。

 

 もう一度立ち上がるべく一夏が起き上がろうとしたその時、後方から火薬を使用した銃声が迸る。

 一夏がすかさず振り向いた先には、ラウラの武器であるリボルバーカノンの砲撃がこちらに迫り来る光景が。

 

「やべ――」

 

 迫り来る砲弾。一夏は自分達の肉体が爆発に包みこまれる未来を冷たく想像した。

 

 しかし、その予想は良い意味で裏切られた。

 

 一夏達の前で爆発が生じる。

 既に復帰したシャルルが持つライフルガンの射撃によって、ラウラの砲撃は一夏達に届く前に無効化されたのだ。一夏が視線を向けた先では、真剣な表情でライフルを構えているシャルルの姿があった。

 

「みんな……大丈夫?」

「ありがとなシャルル。助かった」

 

 迫り来る危機が去ったことに、一先ずの安堵を浮かべる一夏。

 

 しかし事態はまだ一向に収まっていないということを、ラウラの一声が気付かせてくる。

 

「……くだらない。専用機持ち4人がかりでこのザマか?私が抱いていた期待よりも大きく下回る結果だぞ、これは」

「くそっ、一体どうなってんのよ?さっきまであたしとセシリアは五分五分で戦えてたっていうのに……」

「まだ気付かないか。よもやあの程度の実力で、私の本気を引き出したつもりだったとでも言うのか?」

「まさか、本気でなかったと仰るの……?」

 

 驚愕する4人の反応も、ラウラは当然だと言わんばかりの様子で切り捨てた。

 

「織斑 一夏に加担する雌犬の顔は大方把握している。前回はイレギュラーな存在もいたため不用意に攻撃をすることを回避したが、今回は程度の知れた奴しか出張っていないようだったからな。貴様らと戦えば織斑 一夏も介入してくるのは予測がついていたうえ、寧ろそこを纏めて叩いてしまえば要らぬ手間が省けるというものだ」

「……あたしらをダシに使ったってワケ?」

「4人がかりだというのに、そうして地べたに這い蹲っている貴様らの弱さが罪だ」

 

 一夏、鈴音、セシリア、シャルルの4人は戦慄した。ラウラの圧倒的な戦闘力に。

 数的有利をとってはいたが、誰の心にも慢心は無かった。戦いを止める為に来た一夏も、友である少女達が傷つく姿を見て戦意を露わにさせられた。同様の理由で現れたシャルルも、先に感じていた嫌な予感を信じて事に構えていた。セシリア達は元より、ラウラの高い鼻頭をへし折ってやろうと躍起になっていた。

 誰も、ラウラの力を侮るような真似はしなかった。

 

 しかし彼女の実力は、そんな一夏達の想像を遥かに上回る高さだった。4人相手でもいいと啖呵を切った戦闘途中の姿勢は、虚勢などまるで無い、彼女の実力が裏付ける自信が故の言動。

 

 間違いなく、この場において最も強いのはラウラ・ボーデヴィッヒである。

 皆の意見がそう一致する。普段勝ち気な鈴音でさえもその事実を素直に認めざるを得なかった。

 

「さて、これで私の実力は理解出来た筈だ。雌犬どもとフランス人、今一度だけ機会を与えてやる。今から私がこの男を徹底的に叩き潰す。それを阻まずただ黙って眺めておくならば、貴様らは特別に見逃してやろう」

 

 膝をつく鈴音達と銃を構えているシャルルに向けて、ラウラはそのように言い放った。

 

 それはつまり、この場で一夏を見捨てろということである。

 ラウラが憎むべき対象は本来であれば織斑 一夏という存在只一人。鈴音達にも危害を加えるのは、それは彼女たちが一夏に強く与しているのが理由である。一夏を好意的に見るクラスメイトたちには嫌悪の感情を抱いているが、特に強く彼と絡んでいる目の前の彼女たちに関してはそれ以上に毛嫌いを覚えているのだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、といったところであろう。

 

 しかし鈴音達は、ラウラのその提案に頷くような精神と恋心は持ち合わせていなかった。

 

「ざっけんじゃないわよ!あんたなんかに一夏をやらせはしないし、その前にあたしがあんたをぶっ潰してやるっ!」

「わたくしがそのような下卑た提案に従うとでも?百歩、いえ万歩譲っても有り得はしませんわっ。一夏さんを見捨てるような真似は、わたくしの誇りに掛けて決していたしませんっ!」

「僕も2人に同感だよ。一夏は君にやられはしないし……僕がやらせはしないよ」

 

 三者、その表情を強く強張らせながらそのように言い張ってみせた。

 自身の好いた人を裏切るようなことは絶対にしない。3人が抱える共通の認識はラウラの垂らした釣り餌、保身の約束に釣られるような脆さではなかったことが証明されたのだ。

 

「みんな……」

 

 なお、当の本人は彼女達が抱く恋心など全く感じていない模様。恋云々に結び付ける雰囲気ではないから仕方がないかもしれないが、微塵も無いというのも少々考えものである気がする。

 

 そして、彼らの答えを聞いたラウラは……憎々しげに、視界に移る全ての人間を見捉えていた。

 

「ならば、貴様らもこの男の後を追わせてやろう。……先駆けとして散れっ!織斑 一夏ぁっ!!」

「くっ……!」

 

 リボルバーカノンの砲口を向けてくるラウラ。

 危機に直面し、苦々しい表情を浮かべる一夏。

 そんな彼を助けるべく、真っ先に動き出すシャルル。

 シャルルに続いてすぐさま身を起こしだす鈴とセシリア。

 

 5人が一斉に動き出す、緊張が駆ける瞬間。

 

 

 

 

 

 一筋の剣閃が、戦場に加わった。

 

「せあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 裂帛に満ちた掛け声と共に振り下ろされる、片刃の刀。それの切っ先は、ラウラに向けられている。

 

「なにっ?」

 

 ラウラは多からずも動揺を示した。

 敵の接近など、眼前に居る4人以外にはハイパーセンサーで感知していなかった。センサーに不備があるかとも思ったがそういうわけでもなく、何故か接近を許している今頃になってセンサーが別口からの攻撃を捉えはじめたのだ。

 疑問を解決したところではあったが、そんな悠長なことを考えたままでは迫り来る一撃を許すこととなる。

 ラウラは両手のプラズマ刃を交差して、迫る刃を防いでみせた。

 

 そして、皆の視線が新たに加わった人物へと集中する。

 その正体は――。

 

「箒っ!?」

 

 篠ノ之 箒。

 学園支給の訓練機である打鉄をその身に纏った少女が、ラウラに向けて近接ブレード【葵】を振り下ろしていた。その表情はいつになく真剣で、瞳は一直線にラウラを見据えている。

 

 真っ先に彼女の名を口にした一夏も、それ以外の仲間達も彼女の登場に驚愕した。そしてそれと同時に、彼女に向けての不安が一斉に胸中に宿り出したのだ。

 

「バカっ、箒!そいつメチャクチャ強いんだから逃げなさいよ!」

「箒さん!訓練機の貴方では危険すぎます!」

「箒!」

 

 皆が箒の身を案じる。ラウラがどれ程の強大さであるのかは、戦った4人は理解出来ている。4対1で彼女に敵わなかったというのに、専用機よりもスペックに劣る訓練機で戦う箒に勝てる道理は無いと踏み切られている。

 だが、その思案は正しい。今の箒では、ラウラに勝てる可能性は非常に低い。

 

「……貴様、その瞳は何だ」

「……」

 

 刀を防いでいる中でラウラは気付いた。眼前にいる箒がこちらを見つめてくる瞳に、違和感があるということに。

 箒も一夏の仲間であるということは、ラウラにとっては既知の事実。以前の土曜日で一夏に勝負をけしかけた際にも、この少女は他の者達より一歩遅れてやってきていた。今回と同じ打鉄をその身に纏って。

 

 だからこそラウラは、今になって箒が現れたのは一夏と同類の理由だと思っていた。この娘も『仲間を、織斑 一夏を傷つけられて怒る類いの雌犬である』と。

 そして自身に怒烈の感情を向けてくるに違いないと。笑ってやろうと思っていた。

 

 だが、違う。

 箒のその眼は、まるで……。

 

 

 

―――まるで、私を憐れんでいるようではないかっ……!

 

 

 

 強烈な不快感がラウラの胸の内へ押し寄せてくる。

 止めろ。そんな眼を向けるな。弱者風情が。何故だ。

 胸中でどれだけ願おうとも、憐憫の籠った箒の視線が止むことはなかった。

 

 そして、ラウラは耐えきれなくなった。

 この女を……消すと。

 

「目障りだ……去ね」

 

 ラウラの肩部に装っているレールカノンが、ゼロ距離で箒に向けられる。

 

 皆が悲痛な声で箒の名を叫ぶ。

 既に全員立ち上がってラウラを止めるべく駆け出すが、既にカノン砲のリボルバー部分は高速回転と機動音を轟かせており発射まであと僅かだと知らしめてきている。

 シャルルやセシリアも各自の銃器を用いて発射を止めようと画策したが、それも出来なかった。ラウラが箒の身を盾にするような位置取りに調整しているということを、遠く離れた不敵な笑みが語っていた事に気付いたために。

 

「箒ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 一夏は誰よりも早く駆けながら、死に物狂いで手を差し伸べた。

 彼は瞬時加速を間隙挟まずに行えるほどに、その技術を習熟していない。使用の際には機体の状態とある程度の心の準備をしておかないと十分に行う事が出来ないのだ。

 幼馴染みの危機を目の当たりにして、一夏にそれらが出来る筈も無かった。

 

 だから一夏は思考を捨てて、とにかく箒を助けようとその手を伸ばす。

 ただひたすらに、間に合ってくれと切に願いながら。

 

 しかし彼の思いを嘲笑うかのように、リボリバーカノンの機動は進み続けていく。

 そして、その砲口から銃火が放たれる――。

 

 

 

 

 

 ――否、放たれなかった。

 

 その原因は、たった一つ。

 真上の空より、レーザーがリボルバーカノンに向けて数発直撃したから。

 

「なにっ!?」

 

 直撃した部分は、カノン中枢のリボルバー部。先ほどまで激しい機動音を鳴らして動いていた部分だ。

 射撃準備を備えていた部位は突如の衝撃に晒されて、ISがエラーを警鐘。『緊急事態発生。射撃武装部に異常発生、直ちに射撃行動を停止します』という通告が、砲の持ち主であるラウラに伝えられる。

 

 そしてその直後、この場にいる全員の耳に届いた声が2つ。

 

『ヒャッハァーッ!ドイツ女は蜂の巣だぁ!!』

『愚暴な輩めが……その尖れた蛮脳を滅却してやろう』

 

 機械的な女性音声。しかしどちらも語られる言葉の内容は、対照的な心情を示していながら酷く暴力的な罵言であった。

 皆が確認しようと空を見やる直前に、レーザーがラウラ目掛けて再度降り注いできた。ただしその数は先程の非ではなかった。ザッと見30近くの光線が地上に向けて降り注いできている。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちしながらもラウラは箒から身を離してその場を離脱する。後方へ飛んだ彼女が先程まで立っていた場所には10数発分の光線が着弾していた。なお、どれも身近に立っていた箒には当たっていない模様。

 一部のレーザーが離脱中のラウラに目掛けて降ってきたが、彼女はそれを手元のプラズマ刃で弾くことによって被害を免れていた。

 

 そしてここで漸く、皆がレーザーを射出した張本人の姿を確認すべく空を見上げる。

 そこに浮かんでいたのは、2匹の猫であった。

 

「あれは……」

「……猫、だよね?」

 

 2匹の子猫が、空を飛んでいた。

 本物の猫が飛んでいたら確実に奇天烈扱いされるだろうが、ISのハイパーセンサーを備えている彼女達は、宙に浮いているアレが動物の猫とは明らかに質感が異なっていることに気付く。

 どちらも全身が機械仕様で、猫なのはあくまで外見のフォルム。2匹とも黒色だが、首元のスカーフの色が赤と青というのがせめてもの相違点である。

 

 2匹の子猫は空から一気に降りてくると、箒の元へと侍った。

 

『箒お嬢様、お怪我はございませんでしたか』

「あ、あぁ、大丈夫だ」

『やったー!ご主人様の命令、ちゃんと守れた!』

 

 眼前より語りかける小動物を模したマシン。箒のことをお嬢様と呼び、先程の刺々しい雰囲気を一切感じさせない物腰で対面してくる。

 

 突然すぎる展開に、箒の頭は処理が追いつけずにいた。だが混乱気味のそんな中でも、箒は理解できたことがあった。

 

「やはり、さっき私を助けてくれたのは……」

『はい。ご主人様の命でお嬢様の身を守るよう仰せ仕りました故に、その使命を果たせていただきました』

「そうか……ありがとう。お前たちのお陰で無事でいられた」

『ははぁっ!』

『有難きお言葉、身に余りし光栄に御座います』

 

 そう言って2匹の子猫は空中で器用に姿勢を整え、箒に向かって頭を下げた。

 

「箒っ!」

 

 一夏達も突然の事態で呆気にとられていたが、落ち着ける時間を貰った各人は、一夏を筆頭に箒の元へと駆け寄った。あっという間に箒の周りは、仲間達によって囲まれていた。

 

「箒、無事だよなっ?怪我なんてしてないよなっ?」

「大丈夫だ一夏。この通り傷一つ無い。……だから、その、そんなに身体をジロジロ見られると私も対応に困るのだが」

「えっ……あっ。す、すまん」

 

 幼少時からの幼馴染が、切羽詰まった様子で問い詰めてきた。怪我した個所が無いか箒の身体を隈なく見回してきたのだが、そこにいやらしい気持ちは微塵も無い。これは本当。

 

 邪な気持ちが無いとはいえ、流石に身体中を見られ続けることに抵抗を感じた箒は、顔を僅かに赤らめながら胸元を腕で隠す。ISスーツは身体のラインをハッキリさせてしまう造りになっているので、露わになった肩や太もも、そして胸の形などがどうしても目立ってしまうのだ。男の子は特に。

 

「一夏……こんな時に女の子の身体を嘗め回すとか……」

「一夏さん、流石にそれはちょっと……」

「うわぁ……」

「怪我の心配をしただけだからな!?そしてシャルルの反応が一番傷つくパターンだからやめて本気で涙が出そう」

 

 そしてこの結束力である。3人の視線がまさに性犯罪者を見るものと同様であったことに全一夏が泣き、全米が笑い泣きした。助平。

 

≪やれやれ……また少年は罪作りをしていたのかい?2つの意味で≫

「いや、罪も何も誤解だから……って」

 

 言い切ろうとした一夏であったが、その言葉を途中で止めた。そしてISのハイパーセンサーで新たに感知されているIS反応の地点を知ると、そこに視線を向けた。

 他の者達も、それぞれIS反応のあるアリーナのゲート口に注目をする。

 

 その場所にいたのは、クラスで唯一の『猫』である彼であった。

 

≪済まないね、どうやら遅刻してしまったみたいだ≫

『テオ!』

 

 黒猫、テオ。

 満を持してアリーナに現れた彼の表情は、いつも通り落ち着いた様子であった。

 

 

 

―――続く―――

 



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第28話 一難去って……

◇   ◇

 

「きた!テオきた!」

「メイン猫きた!」

「これで勝つる!」

 

 アリーナのゲート口に訪れた私は、早速少年達からいい笑顔で出迎えられた。

 既に銀雲を開放させている私は、瞬きをする間に間に箒ちゃん達の元へと到着した。少し離れた場所にいるラウラちゃんが驚いているが、他の皆は私の速力に慣れてしまったのか驚く様子は無い。

 

 皆の身体と機体の様子を、ISのステータスチェックで確認する。

 ふむ……一夏少年とシャル・ガールは機体ダメージがA-くらいまで蓄積しているみたいだね。そしてセシリア姫と鈴ちゃんはB+、表示されている稼働時間が先程の2人よりも長い分、機体消耗が多かったと見るべきだろうね。シールドエネルギーもやはり後者の二人の減りが目立っている。で、箒ちゃんには機体損傷無しと。

 どうやら重傷者が現れる前に来れたみたいだね。その点は良かったと言っておくべきか。

 

 さて、私の代わりにラウラちゃんを止めてくれたコネコ達を労ってあげなくてはね。

 

≪よくやってくれたね君達。箒ちゃんをしっかり守ってくれたみたいで私も嬉しく思うよ≫

『いえ、とんでもないです!』

『これも我が敬愛するご主人様の望みを叶えたいが為で御座います!』

≪後は私がこの場を務めよう。君達はゆっくり休んでおきなさい、ありがとうね≫

『はいっ!』

『御用の際は何時でも御呼びを!』

 

 そう言うと2匹の【ビット=コネコ】は光に包まれ、私の翼部パーツに戻っていった。

 

「もしかして、今の猫みたいなのってテオの装備なのか?」

≪あれ?言ってなかったっけ?≫

 

 あぁ、そう言えば皆の前で披露したのは今回が初めてだったか。

 前回使ったのはクラス代表対抗戦以来だったし、メンテナンスは誰の邪魔にも成らないようにひっそりやってたし、知らないのも仕方がない。ちなみに私の機体メンテナンスはこの身体では流石に無理なので、月に一度、日曜日にクロエお嬢ちゃんがラボから出てきて人目に触れない場所でやってくれる。

 

≪そうだよ。今のは私の武装の1つ【ビット=コネコ】、セシリア姫のブルー・ティアーズと同じビット兵器さ≫

「わたくしのティアーズと……!?けれど先程はおじ様や箒さんと意思疎通をしていたみたいですが……」

≪私自身は姫ほどビット適正値が高くないからね。その代わりにビット自体にAIを組み込んで、全自動で敵を攻撃してくれるようにインプットされているのさ≫

「全自動遠隔狙撃兵器……今更な話ですけど、おじ様の規格外には驚かされるばかりですわ」

 

 正確には、束ちゃんの発明の賜物なんだけどね。私がそれを使っているに過ぎない話だから、規格外なのは束ちゃんなのです。

 さて……。

 

≪そろそろその戦意を抑えてもらえないかな?ラウラちゃん≫

「ケモノか。貴様もそいつらの加勢に来たとみていいのだな」

 

 相変わらずラウラちゃんの目つきはギラギラと鋭い。私が戦う意思を見せたならば、すぐに食いついてきそうなくらいの勢いである。ケモノ呼ばわりされちゃったけど、今のラウラちゃんの獰猛さの方がよっぽど獣……ゲフンゲフン。

 

 しかし、彼女のやる気に答えるわけにはいかない。

 そもそも私は戦闘マニアというわけじゃないから、戦う理由が無い限りはそういうのはご遠慮願いたいんだよね。ここ数年は色々飛び回って頑張ってたんだから、この学園にいる時くらいは落ち着かせてほしいからね。私も歳だし。

 

≪お生憎だけど、ラウラちゃんにはここで戦闘を引いてもらうよ。もちろん少年達もね、所謂引き分けという奴だ≫

「ケモノ風情が私に指図をするつもりか?思い上がりも甚だしいぞ」

≪いやいや、私にはそんなつもりはないよ。これはあくまで、織斑先生より預かった命令だからね≫

 

 千冬嬢の名前が出た途端、ラウラちゃんの眉がピクリと動く。

 

≪『今より月末の学年別トーナメントまで、一切の私闘を禁ずるものとする』……これが織斑先生からの命令だよ≫

 

 そう、先ほどまで私は千冬嬢と共に学園長室にいた。理由はシャル・ガールの件に関してで、その話に一区切りがついた辺りでアリーナでの戦闘の件を聞かされたのだ。

 アリーナでこの子達が戦っていることを知ったのは、千冬嬢の業務用携帯に入ってきた着信。どうやらアリーナの騒ぎを聞きつけた生徒の一人が職員室にいた教員に報告し、各教員へと伝達。千冬嬢も教員の一人として連絡が入ったというわけである。

 

 そんな時、轡木殿が『では、テオ君にお願いしましょうか』と一言。

 私の専用機【銀雲】が全IS最速だということを知っている彼は、いち早く現場に駆けつけられることと私が精神的に大人側であることとを踏まえて、私が騒動を収められるのに適任だと考えたのである。しかもこの場でのIS展開を緊急時という事で許可するというのだから、学園長室からアリーナまで5秒と掛からないのだ。

 

 轡木殿の一言に一瞬呆気にとられた表情をした千冬嬢であったが、彼に穏やかな表情で目配せされたことによって、それを直ぐに消す。そして次に呆れたような顔を浮かべつつため息を吐くと、私に対して指示を出してきた。

 それが先程ラウラちゃんに言ってみせた命令である。

 

 そして私は、こうして現場に急行。

 ちょうどその頃に箒ちゃんがラウラちゃんに斬りかかっていく光景と出くわしたため、私は先んじて【ビット=コネコ】を展開。箒ちゃんの身が危うくなりそうだったら射撃を許可すると言い渡して、上空で待機してもらっていたのだ。

 

 ん?なんで自分で行かなかったのかって?

 箒ちゃんの真剣な表情が気になったし、様子見がてらにちょっとね。万が一になっても私の速度なら十分に割り込めるし。

 

「……貴様が教官からの指示を預かっただと?その場凌ぎとも捉えられるような言葉を、私が信用するとでも?」

≪信じる信じないは受け取る側の自由だよ。だけど本当に織斑先生が指示していたのならば、それを裏切るのは非常に不味いとだけ言わせてもらおうか。確認なら後からでも出来ることだしね≫

「…………ふん」

 

 一瞬だけ眉間の皺をより深く刻んだラウラちゃんだったが、その後すぐにISを解除。

 どうやらここは大人しく引いてくれるようである。

 

「いいだろう。織斑教官の命令を背くのは私の忠義に反する、この場は貴様の言を信用してやろう。……ただし、これが虚言であったならば貴様は今度のトーナメントで徹底的に叩き伏せる」

≪嘘は言ってないから心配は無いけど、了解した≫

「貴様もだ、織斑 一夏。貴様は元より潰すつもりでいる、せいぜい負けた時の言い訳でも考えているがいい」

「負けるつもりは更々無えよ」

「好きに言ってろ。……そして」

 

 そこでラウラちゃんは、腕を前に突き出して、ピッと指を差し向ける。彼女の指が向かう先には、箒ちゃんがいた。

 

 箒ちゃんは突然の指名に動揺することなく、堂々と彼女と対面している。

 

「貴様、名前を言え」

「……篠ノ之 箒」

「篠ノ之 箒……その顔は覚えたぞ。私に苛つく目を向けた貴様がとにかく気に入らない、貴様も私が叩き潰してやるからそれまで覚悟していろ」

 

 そう言い放ったラウラちゃんは、クルリと踵を返してゲートの方へと歩いていった。

 

 アリーナに漸く静寂が訪れる。

 彼女がゲートの奥に消えていったのと同時に、皆はISの装着を解除した。

 

≪みんな、大丈夫だったかい?≫

「これくらい平気だって……いてて」

「一夏さん、無理してはいけませんわ。あのドイツの人から重そうな蹴りを受けていたではありませんか」

「あんたこそ人の心配してる場合じゃないでしょ。装甲の傷も浅くなかったし、腕にちょっと痣が出来てるわよ」

「そういう鈴もダメージ少ない筈でしょ?まぁ、僕も他人のこと言えないんだけどね。手痛いの喰らっちゃったし」

 

 ふむ、みんな身体に若干の怪我がついているようだけど重傷と呼べる程の外傷は見当たらないようだ。この様子なら、今度のトーナメントには差し支えない状態で出られるだろう。こんなところで出場禁止にされちゃったら堪ったものじゃないだろうしね。

 

 そうして皆が互いの身体を心配してる中、箒ちゃんだけはラウラちゃんが出て行ったゲートの方向をジッと見つめていた。先ほどから崩れていない、真剣な表情のままで。

 

「…………」

≪あの子が気になるのかい?箒ちゃん≫

「……あぁ」

 

 彼女はそう答えながら頷いた。

 

「あいつの……ラウラの眼は、『あの時の私』と同じだった。私から大切なものを奪っていく周りが嫌で、それを黙らせられるための力を欲していた『あの時の私』に」

≪けど、箒ちゃんはもうあの時のような眼をしていない。その過ちに気付けて、道を正すことが出来たんだ≫

「テオのお陰だ。そして……道を踏み直せた今だからこそ、あの眼をしたあいつが気になってしまうんだ」

 

 箒ちゃん……。

 

「テオ」

≪なんだい?≫

「私に、あいつを変えてやることは出来るだろうか」

 

 成程。箒ちゃん、君はそれを望んでいるのか。

 あの子を、ラウラちゃんを救ってあげることを。

 

 それが箒ちゃんのやりたいことなら、私が否定する理由なんてどこにも無い。

 

≪出来るさ。私も出来る限り力になるよ≫

「あぁ……ありがとう」

 

 任されましたよ、と。

 それにしても、箒ちゃんが一夏少年以外の子にこれ程までに親身になってくれようとしているとは……お父さん感激!あ、お父さんは柳韻殿だった。

 

 

 

――――――――――

 

 場所は変わって、学園の保健室。

 保健室では一夏少年達が、互いに包帯を巻いたり傷薬を塗ったりして、傷の手当てを行っている。

 保健室の先生はどうやら緊急の職員会議とやらが行われているらしく、それに出席しているようである。なので不在時にすぐ使えるよう備えてある薬箱を使って、現にこうして各々で処方用の道具を取っていってるのである。ちなみに薬箱は自由に使える代わりに、傍らに置いているメモ用の紙に使用した道具をサッと書いておく必要があるらしい。

 

 ちなみに、手当の様子はどんな感じかというと……。

 

「ほら一夏、湿布だ。少し冷えるかもしれんが我慢しろよ」

「あぁ良いぜ。どんとこい……ひぎぃっ!」

「キモい」

「うぷ、エチケット袋をくださいませ」

「うわぁ……」

「いや、ビックリして変な声が出ただけだからな?そして今度は皆の反応が傷つくからやめて死にたくなる」

「ほら、アホなことしてないで背中を向け。地面に落ちた時に背中も打ったのだろう?こっちにも貼るぞ」

「よし、今度は変な声を出さないぞ……んんっ!」

「箒、そこの消毒液ちょうだい」

「では、わたくしは包帯を。シャルルさん、先に包帯を巻いて差し上げますわ」

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな。お願いねセシリア」

「なんだろう、このスルーされた感」

 

 うん、少年の扱いは相変わらずみたいだ。

 

 それにしても、シャル・ガールは他の子に肌に触れさせて大丈夫なのだろうか。女の子と男の子の肌って結構違いがあるだろうし、いくらシャル・ガールの違和感に気付かなかったセシリア姫と言えどもそれは流石に感づくんじゃ……。

 

「シャルルさんの肌は綺麗ですわね。身なりに気を遣った殿方は素晴らしいと思いますわよ」

「あはは、ありがとう」

 

 そんなことはなかった。セシリア姫も相変わらずみたいだ。

 

 各自の手当てもひと段落したところで、鈴ちゃんが誰ともなく喋り出した。

 

「それにしても、職員の緊急会議ってなんなのかしら?やっぱりあのドイツの件だったり?」

「そうかもしれないね。けどさっきの放送では職員全員って言ってたし、保健室の先生まで出席する必要がある程なのかな?」

 

 いや、多分ラウラちゃんの件とは別だろうね。出て来たとしても副件程度の問題として取り上げられるだろう。

 恐らく先ほど轡木殿が教えてくれた、学年別トーナメントの方法について……あっ。

 

≪そういえば言うのを忘れてたけど、今度の学年別トーナメントだけど少し内容が変更されるらしいよ≫

「えっ、そうなのか?っていうかなんでテオがそんなこと知ってるんだ?」

≪アリーナに来るまで千冬嬢と一緒に学園長室にいたからね。その時についでに教えてもらったんだよ。多分緊急会議っていうのもその件に関係あるんじゃないかな≫

「知ってんじゃないのよ……で、内容の変更って?」

≪あぁ、それは……む?≫

 

 説明しようとした時であった。保健室の扉の向こうから、夥しい量の足音が遠目に聞こえてきた。音はどんどんこちらに近づいてきているようで、音は大きくなっていく。

 他の子たちも音の存在に気付いて、私と同じように扉の方へ視線を向ける。

 

 そして音が最高潮にまで大きくなった時、女の子の歓声と共に扉が吹き飛んだ。

 

「織斑くん!」

「デュノアくん!」

「テオさん!」

 

 吹き飛んだ扉の向こう側には、女の子の群れや群れ。廊下を埋め尽くすほどの密集っぷりで押しかけて来た女の子たちは、ザッと見ただけでも40人はいるだろう。1クラス分以上の人数である。

 女の子たちは私や一夏少年達の名前を呼びながらゾロゾロと保健室の中へと入ってきて、瞬く間に保健室が女の子で溢れ返る状況となった。

 

 突然の事で、一夏少年たちは茫然としてしまっている。

 

≪どうかしたのかな?お嬢ちゃん達≫

「これ!」

「これ!」

「なぁにこれぇ」

 

 一部謎の応酬が混じりながらも、お嬢ちゃんたちは私達に1枚のプリントを差し出してきた。計40枚のプリントが一斉に差し出される光景というのも中々シュールだ。

 

 ぶっちゃけ私は既に知らされているので中身を確認するまでもないが、差し出されたプリントの1枚をサラッと流し読みする。

 内容は以下の通りである。

 『今月末に開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うために2人1組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選で選ばれた者同士で組むものとする』

 といった具合である。後は締切と細かな注意点と書き込み欄が掛かれている程度である。

 実践的な模擬戦闘の経験を積むためと書かれているけど、おそらくこれは建前だろうね。恐らく先月の無人機襲来の件を考慮して、万が一の場合に対応が出来るよう現場の人数を確保しておこうという算段、といったところかな。

 そうするくらいなら審判役で教員を配備するなり、ゲート付近に待機させた方が良いんじゃないかとも思えるけど……まぁあちらの決めたことに一々口出しするのもアレだし、止めておくとしよう。

 

「私と組もう、織斑くん!」

「僕と契約して、タッグパートナーになってよ!」

「お願いデュノア君!」

「大丈夫、痛くしないから!」

「テオくん、私と一緒に頑張らない!?」

「エンダぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 すごい熱気だ。

 そういえば今回のトーナメントで優勝したら、一夏少年と交際出来るって話が出てたんだっけ。本来なら一夏少年は専用機持ちとはいえ初心者だから、優勝する為の戦力としては一般生徒よりも頭一つ出ているくらいの期待値なんだけどね。

 で、タッグになったら優勝の景品がパートナーの娘同士で奪い合う形になるだろうから本人やシャル・ガール、私と組んで自分だけ賞品の恩恵を預かろうとしてる……恐らくそんなところかな。勢いで来ているような感じだけど、しっかり考えている辺りが流石は女の子。

 

「――悪い、皆!俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」

 

 と、ここで一夏少年が一際大きな声でそのように言い渡した。

 シャル・ガールの男装の件は時が来るまで内密にしている必要がある。もしここでシャル・ガールが女の子と組むことになれば一緒にいる時間が増えて、ガールの正体に気付いてしまう可能性があるかもしれない。

 そうならないためにも、一夏少年はシャル・ガールと組むと言い出したのだろう。2人をチラッと見てみると、シャル・ガールが少年にお礼を言っているようなそぶりをしていた。

 

「まぁ、それなら仕方ないか」

「男子同士というのもそれはそれで絵になると思います。うっほ」

 

 女の子達は、どうやら納得してくれたみたいだ。

 

 で、一夏少年は申し訳なさそうな表情でこちらをチラリ。どうやら私を置いて保身に入ったからそのような顔をしているのだろう。なに、心配することは無い。

 

≪申し訳ないけど、私は抽選で選ばれた子と組むようにさせてもらうよ。君たちの好意はとても嬉しいけれど、私から1人選んでしまったら不公平になってしまうからね≫

 

 まぁ、こうするしかないだろうね。

 私と組みたいと思ってくれている子には申し訳ないけれど、穏便に済ませるためには私は抽選相手と組むようにしなければならないからね。

 

「そっかぁ、そう言う事ならしょうがないよね」

「流石テオさん!紳士的な対応を平然とやってのけるッ。そこにシビれる!あこがれるゥ!」

「焦らしプレイ!そういうのもあるのか!」

「変態は今日の夕飯抜きにするわよ」

「いやん」

 

 そうしてお嬢ちゃんたちは、再びゾロゾロと部屋を出て行った。嵐が過ぎ去っていった保健室は、より一層の静けさが目立った。

 

「さぁ一夏、あたしと組む以上は無様な真似は許さないわよ」

「一夏さん、早速わたくしとトーナメントに向けての打ち合わせをいたしましょう」

「なにナチュラルに俺と組んだことにしてんの!?俺はシャルと組むって言っただろ!」

「「問答無用!」」

「少しは問答しろよ!したところでシャルルと組むけど!」

 

 おやおや、鈴ちゃんもセシリア姫も中々強かのようで見ていて微笑ましい。まぁ、きっとそのまま一夏少年とシャル・ガールのペアのままでいくだろうから、そのまま2人で組むことになるだろう。

 

 さて、箒ちゃんにも勝手にそう決めたことを謝っておくとしようかな。……尤も、その必要はないかもしれないけどね。

 

≪箒ちゃんもごめんね。折角だから箒ちゃんとも組んでみたかったけど、出来そうにないや≫

「いや、大丈夫だ。私は私でちょうど組みたい相手がいたのでな」

≪ほほう、それはもしや……≫

「ああ――」

 

 その次の一言は、騒がしくなり始めた保健室を再び静かにさせるのに十分な内容だった。

 

 

 

 

 

「――私は、ラウラと組む」

 

 

 

―――続く―――

 




箒さんの主人公オーラハンパねっす!


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第29話 関わる1人と1匹

「貴様と私が組む、だと?」

 

 月末に催される学年別トーナメントがタッグ制に変更することが生徒たちに通達された翌日の昼休み。

 箒ちゃんは前日に宣言していた通り、ラウラちゃんにタッグトーナメントのパートナーになって貰うように頼みに来ている。昼休みに入った直後に教室を出て行くラウラちゃんの後を追いかけて、廊下で彼女を引き留めることに成功したため、早速提案を持ちかけているのだ。

 

 2人は廊下の真ん中で、向かい合う形で立ち合っている。

 

「ああ。私とペアを組んでほしい」

 

 ちなみに私はというと物陰からその様子を見守って。近くを通りかかる女の子達が私に気付いているけれど、察して声を掛けずにいてくれている。

 私が隠れている理由は、万が一ラウラちゃんが箒ちゃんの言葉に反感を買って暴力に走った時のストッパー役となること。非公式でスタンバイさせてもらっているので、詰まる話、箒ちゃんも私が見ていることを知らない。まぁ私のことはどうでもいいとして。

 

「貴様、一体なんの心算だ?」

「なんのつもりとはどういう意味だ?」

「言葉通りだ。先日私は貴様を叩き潰すと宣言し、それ以前に貴様の仲間を痛めつけたやったのだ。本来ならば腕の立つ奴を見繕って私に報復を考える方が妥当だろうに、貴様は私と共闘することを提案してきている。これを疑わずしてなんとする」

 

 箒ちゃんからペアの話を持ちかけられたラウラちゃんであったが、その表情はいつもより割増で厳しいものであった。

 それもその筈である。昨日の騒動の時点で箒ちゃんとラウラちゃんは完全に敵対する関係となっていた。箒ちゃんは一夏少年達に襲い掛かっていたラウラちゃんに刃を振り下ろしていたし、ラウラちゃんも彼女のことを敵意ある目で睨みつけていた。それどころか宣言もしていた。

 そんなことがあっておきながら今2人の間で交わされている話題は、共闘。

 

 ラウラちゃんの表情に変化を齎すには十分な展開だと言えるだろうね。普段から鉄面皮なので、その変化も微々たるものだけども。

 

「何が目的だ?私に近づく機会を増やして毒盛りを謀るか、織斑 一夏共と連携して裏切りを起こすか……大方そんなことではないか?」

「有り得ないな。そのような下卑た真似は決してしないと、武士の誇りに誓って断言しよう」

「…………」

 

 真摯な態度を崩さない箒ちゃんを、依然として睨み続けるラウラちゃん。箒ちゃん、君は武士じゃなくて巫女でしょ!というツッコミをしたら負けなんだろうか。

 ともあれラウラちゃんは箒ちゃんを随分と敵視しているみたいだし、やはり了承を得るのは難しいか。敵として見ている子が味方になるなんて、あの子の性格云々を抜きにしても中々出来ることじゃないだろう。

 

 と思っていたけれど、どうやら事態は私の想像していたものよりも随分と円滑に進んでくれるようであった。

 

「……いいだろう、貴様の提案を受けてやる」

「受けてくれるのは頼んだ側として有難いが……もっと突っ撥ねてくるものかと思っていたぞ」

「無論、ただで貴様の言うことに従う気は毛頭無い。私からも条件を付けさせてもらう」

 

 そう言うとラウラちゃんは、ピシッと人差し指を立てる。

 

「1つ目。織斑 一夏は私の得物だ。他の女共はどうでもいいが、奴と私の戦いに水を差すことは許さない。あの男に手出しをしないと約束しろ」

「ああ、わかった」

「そして2つ目だ」

 

 次にラウラちゃんは、人差し指に続いて中指を立てた。

 

「敗北などするな。私と共闘するというのであれば、半端な実力で挑まれていては不愉快極まりない話だ。誰が相手であろうと貴様が敗北するなど許可しない、敗北したその瞬間に問答無用で貴様をトーナメントから除外させるから、そのつもりで臨め」

「わかった」

「せいぜい露払いとして役に立て。……最後に3つ目」

 

 

 

「織斑 一夏とその片割れを倒した後は、残った貴様を叩き潰す。奴との勝負が終わった後、貴様と勝負をさせろ」

「なるほど、それで私の提案を呑んだのか……」

 

 成程。つまり自分が目を付けた相手と確実に戦える道筋を立てる為に箒ちゃんの話に頷いてくれたというわけか。

 一夏少年、セシリア姫、鈴ちゃん、シャル・ガール、ラウラちゃん、そして私。

 学園の一年生で専用機を所持している生徒は、私が認識している限りでは6人。あくまで私の現時点での認識なので確定の人数ではないが、専用機持ちとしての実力を持つ子達がこれ程までに控えている。既にペアが決まっている一夏少年とシャル・ガールのコンビやラウラちゃんと戦闘をしていたセシリア姫と鈴ちゃんのコンビ等、専用機持ち同士のペアになれば、その戦闘力は訓練機の比ではない。そんなペアとあたる一般生徒ペアは高確率の敗北を突きつけられてしまうだろう。っていうか大会規定で制約をしなくて良いのだろうか。

 そして箒ちゃんも、今は『まだ』専用機を持っていない子だ。1年間の猛勉強や頻繁に放課後の訓練を行っているので他の一般生徒よりも抜きんでて実力は高いが、ペアの実力と対戦相手によっては、敗退の線も考えなければならない。専用機と訓練機というのは、それ程差が大きいものなのだ。真耶ちゃんが以前の授業でセシリア姫達に圧勝していたが、相手がバラバラだったとはいえ非常に素晴らしいことを為しているのだ。さすが真耶ちゃん、強いぞ真耶ちゃん。

 

 とどのつまり、箒ちゃんといつでも戦えるように自分の手元に置いておこうというのがラウラちゃんの思惑である。ラウラちゃんは箒ちゃんのことを気に入らない風でいるようだが、ペアを組むのはまだ許容範囲であってくれているらしい。

 

「お前の提案は分かった。全部呑ませてもらう」

「ふん、決まりだな。貴様から提案してきたのだから、ペアの申請はそちらで済ませておけ。用件はそれで仕舞いか?」

「ああ」

「ならば私はもう行く。精々足を引っ張らないように気を付けておくがいい」

 

 そう言ってラウラちゃんはクルリと踵を返すと、スタスタと廊下を歩き去っていった。

 

 ……さて、私もそろそろお話をするとしようかな。

 

 

 

――――――――――

 

 屋上。

 屋外に設置されている貯水タンクの上のスペースに居たラウラちゃんに向けて、私は言葉を掛けた。

 

≪やぁ、こんにちは≫

「……今度は貴様か」

 

 反応してくれたラウラちゃんだが、その表情はやはり厳しめである。やはり私も一夏少年達の仲間と認識されていることが原因なんだろう。

 けどこの位の敵視ならば、野暮用で赴いたサバンナで数年前に出くわした野生の猛獣達と比べたら小さなものだ。子供の癇癪程度のものだから、寧ろ可愛いくらいだ。

 

 私は飛び乗っていた梯子から降りるとトコトコ歩き出し、座しているラウラちゃんの隣に腰を下ろした。

 

≪さっき廊下で聞かせてもらっていたけれど、箒ちゃんとペアを組んでくれるんだってね≫

「盗み聞きしていたか」

≪あの子が真剣に君と向き合おうとしているからね、親心やら老婆心やらが動いてしまったのだよ。ともあれ、盗み聞きしてしまって済まなかった≫

「あの程度の内容なら聞き盗られていても価値は無い。が、ちょうど貴様から聞き出しておきたいことがある」

≪というと?≫

「篠ノ之 箒についてだ」

 

 ほうほう、まさかラウラちゃんから質問してくるとはね。

 

「貴様は先程、奴が私と向き合おうとしていると言っていたな」

≪言っていたね≫

「何故だ?私の記憶では奴と出会った覚えどころか名前を識別した覚えすら無い、そんな奴から急に向き合われたところでまるで理解が出来ない。そして……奴が私を見る時の目は、なんだというのだ?」

 

 彼女が現在最も気にしているであろうことが、吐露された。

 ラウラちゃんのことを見る箒ちゃんの目が変わっているということは、昨日の喧嘩止めの際にハイパーセンサーで確認済みである。箒ちゃんのあの目が抱いていた感情は、十中八九で憐み。

 ラウラちゃんもいきなり自身を憐れむような目で見られたため、あのような対応を取ったのだろう。現に今も、その感情の真意を理解出来ずにいる。

 いや、理解出来なかったのはラウラちゃんだけではない。私に次いで付き合いの長い一夏少年でさえも、あの時の箒ちゃんの目は何故なのか分からないでいるに違いない。

 

 その理由を知っているのは、本人である箒ちゃんと事情を知っている束ちゃん……そして私だ。

 

≪そうだねぇ……≫

 

 私は少々喉を唸らせて考えるそぶりを行い、何を話すべきかを考慮する。

 箒ちゃんがあのような目をこの子に向ける理由。間違いなく箒ちゃんは……

 

≪昔の自分を見ているように感じてるんだろうね≫

「昔の奴、だと?」

≪そう。ちなみに聞いておきたいんだけど、君にとって力とはどういうものなのかな?≫

「決まっている。他を捻じ伏せ、黙らせ、自らの存在を其処に示す為の手段だ。力無き者から真っ先に虐げられて排せられる、それが世の常であろう」

 

 周りを屈服させる、自分の居場所を得る。

 ああそうだ。

 やはりこの子は、あの時の箒ちゃんに良く似ている。

 

≪なるほどね……確かに嘗ての箒ちゃんもそんな風になってしまった時期があった。束ちゃんの妹として保護という名目で聴取をし続けてきた政府を疎み、そんな環境に辟易していたあの子にもやがて限界が訪れた。その時にあの子は力を求めた、自分を追い詰める世界への怒り、恨み、辛み……それを正当にぶつけられるための強い力を、無意識にね≫

「それが奴の境遇か。私に似ていると言った割には然したる共通点は見当たらないな」

≪言ったでしょ?君達が似ているのは、目。周りを誰も敵とみなしているような、一匹狼のように鋭く、それでいて寂しい目だ≫

「…………」

 

 私を見てくるラウラちゃんの目が少々険しくなった。

 だが私は構わずに言葉を続ける。

 

≪尤も、箒ちゃんをそうさせてしまった原因は私にもあるんだけどね。自惚れかもしれないけれど、ケジメを付ける為に彼女の道を正させてもらったのも私だけれど≫

「原因が貴様にある?誑かしでもしたというのか?」

≪いやいや、そんなことしないさ。ただ――≫

 

 

 

 

 

―――殺されかけただけ、さ。

 

 

 殺される。日常で聞くには物騒なワードが出て来るとは思っていなかったのか、ラウラちゃんは僅かに目を見開いている。

 

「殺されかけた、だと?」

≪そうだよ。どこからともなく銃弾がやって来てね、心臓の一端を削るような場所に当たったものだから凄く痛むわ血も出るわで、あの時ばかりは死を覚悟したね私≫

「そんな怪我を負って、何故今も生きている?そもそも貴様が殺される理由が」

≪あぁ、それは私が狙いだったわけじゃ――≫

 

 そこから先を話そうとした時。

 昼休みの終わりを知らせる学園のチャイムが鳴り始め、学園の生徒たち全員に午後の授業の準備を促す。私たちのいる屋上にもそのチャイムの音はバッチリ聞こえてきた。

 

≪おっと、もうお昼休みもお終いのようだね。ラウラちゃんもご飯を食べちゃって、早く教室に戻りなさい≫

 

 話しは変わるけど、この学園の女の子は食が細すぎておじさん心配です。束ちゃんなんてクーちゃんが最初の頃に作っていたゲル状料理や暗黒物質もなんともなく食べていたというのに……ちなみに私は市販のフードで当時は免れてたよ。私も拾ったばかりの命が惜しかった。

 

「待て、まだ貴様の話を聞き終えていない」

≪今から話すには時間が足りないから仕方がないね。次の授業も織斑先生が担当だから、遅刻するのは流石にマズイのではないかな?≫

「……」

 

 ラウラちゃんはそこで口を閉ざすと、僅かに苦々しい面持ちへと表情を変えた。どうやらドイツのほうでも千冬嬢は大活躍だったみたいだね。色んな意味で。

 

 先程の話はちょっとした裏事情なので、大々的に知られるというのは少々宜しくない。けどラウラちゃんは他のお嬢ちゃん達よりずっと口が堅そうだから、こっそり話しても良さそうだと個人的に判断させてもらっている。といっても、今回はタイムアップになってしまったけどね。おのれチャイム。

 

 さて、私もそろそろ戻るとしよう。他の子達より控えめにしてくれるとはいえ、千冬嬢の愛の出席簿を甘んじて受ける趣味は私には無い。

 

≪まぁ、機会があったら続きを聞かせてあげるよ。それじゃあ私は先に行くよ、ラウラちゃん≫

「……ふん」

 

 ラウラちゃんは鼻を鳴らすと、そっぽを向いてしまった。やれやれ、まだまだ彼女の心を開くには至らないか。まぁちょっと話した程度だから仕方ないのだけど。

 そうして私は、屋上から去ることにした。

 

 『HARTKEKS』という字の入った小包装を開け、中に入っていたビスケットを一口食すラウラちゃんを残して――。

 

 

 

 

 

≪――って、残していけるわけないでしょ。食事の時間を奪った私が言えた義理じゃないけどもっとちゃんとしたものを食べなさい≫

「むぐっ、きふぁま……んく。食事中に声を掛けるな。そもそも貴様には関係無いだろう」

≪もっと栄養のあるものを食べなさいって言ってるのだよ。あぁもう、なんでこの学校の子は食に細い子が多いんだろう。いや、この場合は無頓着なのか≫

「ええい、小言をグチグチとっ。目障りだからさっさと失せろっ」

≪だからもう少し、いやもっと食事にも気を気張ってだね≫

 

 やはりこの子も、なんだかんだ言って放っておけない子のようだ。やれやれ。

 

 

 

―――続く―――

 




作中ラストで出たHARTKEKSはドイツの戦闘糧食の1種で、固焼クッキーのようなものです。これ1枚を昼食にしようとするラウラェ……。


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第30話 蠢く影――①

◇   ◇

 

 朝方、午前7時頃。

 

「学園長、更識です。件の報告に来ました」

 

 数回のノックの後に発せられる、少女の言葉。

 

 明るい水色という派手な髪色を持ち合わせており、所々の毛先が外側にはねているがアンバランスな印象を感じさせないように整えられている。ルビー色の瞳は一切のブレもなく然と収まっており、明朗な雰囲気の微笑を浮かべている少女の持つ自信と余裕の表れを彷彿とさせる。

 首元のネクタイの色は黄色。これは今期IS学園生徒の2年生であるということを意味するカラーとなっており、織斑 一夏たち1年生は青色、3年生は赤色と区別されている。ちなみに前期は紫色、来期は緑色と言った具合に数年後のカラーリングもある程度定められているのだ。

 制服は大幅な改良こそ施されていないが、大半の生徒が着用している制服の上着を着ずに学園指定のシャツと薄緑色のベストで済ませている。また、下半身は赤黒色のストッキングを穿いている。

 

 彼女が叩いた扉のプレートには、学園長室と表記されていた。

 

「あぁ、更識くんですか。入ってきてくれていいですよ」

「はい。失礼します」

 

 中から男性の声で許可が下されると、少女はドアを開けて中へ足を踏み入れていく。

 彼女の名前は更識 楯無。現IS学園生徒会長にして、『IS学園最強』の肩書を背負う者である。

 

 彼女が室内へ入ると、中で出迎えてくれていた人物が1人。

 IS学園の真の学園長である轡木 十蔵であった。彼は奥の椅子にゆったりと腰を下ろしながら、両肘を机にたてている。その顔には柔和な笑みが浮かべられており、入室してきた楯無を快く受け入れている旨を感じさせる。

 

 更識も同様に微笑みを返すと、そのまま進んでいく。

 そして轡木と対面できる位置にまで近づくと、そこで足を止めた。

 

「1週間ぶりですね十蔵さん。私がいない間にアリーナに無人機ISの侵入とかはありませんでしたか?」

「はっはっは、幸い同じ轍を踏むような事態には至っていないので安心してください。更識くんの方こそ、5泊6日のフランス生活はいかがでしたか?」

「そうですねぇ……やはり本場のフレンチは格別でしたよ、期待以上の美味しさで凄く満足しましたし。ただ向こうのお水が硬水仕様らしいので、お風呂に気を配らないといけないのがちょっと難でしたね」

 

 楯無の口から語られるは、フランスでの生活についての感想。

 IS学園の生徒である彼女が、未だ夏休みにも入っていない今の時期にそのような話題を取り上げるのは、事情を知らない人が聞いたら訝しく思うであろう。いくら世界で話題になっているIS関係の教育施設における生徒会長とはいえ、この中途半端な時期に海外出張を思わせるその台詞は。

 だがその理由も、間もなく明かされることとなる。

 

「それじゃあ、私が経費をギリギリまで使ってエンジョイしたフランス旅行物語と依頼の報告、どっちをお聞きになりますか?」

「そうですねぇ、土産話も話の種として聞きたいところですが先ずは報告から聞かせてもらいましょうか」

「ですよねー。はぁ、裏仕事さえなければ思い出話一択になって私も楽しくお喋り出来るのに……」

「これも対暗部用暗部組織である更識家の宿命ですので、割り切ってください」

「救いは、救いは無いんですか!?」

「経費をギリギリまで使って空き時間で楽しんだようなので、救いも何もないでしょう」

 

 そんなおちゃらけたやり取りの後に、楯無は漸く本題に移っていった。

 

 彼女の実家である更識家は、裏工作を行う暗部を処理するために江戸の時代から在り続ける対暗部用暗部組織。国の政治の裏側に澱む不穏な動きや不審人物などを主な処理対象として秘密裏に活動し続けた、裏の組織。幕府設立直後の徳川征夷大将軍の暗殺計画、歴代首相からの政権奪取を目論む派閥の調査と牽制、国家間で不正に行われる裏取引の実質的な妨害工作など、その活動範囲は多岐に渡る。多くのの活動は政府が処理したと表向きに報せられているが、キナ臭い政治事情の件については、更識家がほぼ確実に関与している程である。

 そして此処にいる彼女は、その暗部組織の現17代目当主なのである。ちなみに『楯無』という名は初代から受け継がれ続けた襲名であり、彼女の本名は別に存在している。尤も、彼女の真の名前を知っている者はこの学園内では指で数える程度しかいないのだが。

 

 さて、そんな彼女が先ほどフランス国の感想を述べていたのは、彼女がIS学園から依頼された任務を遂行するために仏国へ赴いていたからである。

 

 昨今のデュノア社の内部事情調査。それが、楯無に課せられた任務であった。

 

「ではまずシャルル・デュノアに関する件から……といっても、もうこれは確定してたようなものでしたから言う必要はありませんよね?」

「ええ。やはり彼女は男装をして潜り込んできた女の子でしたか」

「はい。デュノア社の現社長の家系図や愛人関係を調査させてもらいましたけど、デュノア社長に兄弟はいないので甥を使うようなことも無理でしょうね。まぁ使ったところでISを動かせなければ本末転倒ですけれど」

「男性でISを稼働できるのは、織斑 一夏くんただ1人……テオくんもオスなので、正確には1人と1匹ですかね」

 

 そう言って朗らかに笑ってみせる轡木。

 

 その様子に微笑を返しながら、楯無は続きの言葉を語り出す。

 

「ではここで十蔵さんにご一報。シャルルくん……もといシャルロット・デュノアちゃんは確かにデュノア社長の娘で間違いありません、が」

 

 そこまでで区切ると、楯無は再び息を吸ってから言葉を発した。その様子は、まさに次の言葉を強調させるかのような用法であった。

 

「現デュノア夫人とは血が繋がっていないようですね」

「ほぅ、それはそれは」

「国内の産婦人科をザッと調べさせてもらいましたが、現デュノア夫人がシャルロットちゃんを出産した記録どころか夫人の通院記録すら残っていませんでした。他にもシャルロットちゃんの血液型が社長と夫人の血液型では不可能な結果になっていたりと、裏付けはかなり簡単に出来ましたよ」

「成程、ではシャルロットさんは……」

「デュノア社長の愛人の子、ですね」

 

 そう言って楯無は、懐から1枚の写真を取り出して轡木の前に差し出した。

 その写真には、シャルロットの面影を感じさせる幼い少女と寄り添っている美麗な女性の姿が収められていた。2人とも楽しそうに微笑んでおり、とても幸せそうにしている。

 

「母親は病気で2年前に逝去、その後すぐにデュノア社長がシャルロットちゃんを引き取ったらしいです。IS適正の高さを買って、非公式のテストパイロットとして誰の目にも触れさせずデュノア社で勤務させていたと」

「直近に置くことで愛人関係の漏洩を阻止するためか、それとも純粋に娘を守るためか……」

「本人に直接聞かないと、その辺りはなんとも言えませんね」

 

 ただし、どのような待遇を受けたか話に聞いた限りでは、後者の可能性は大分低いだろうということを楯無は口にしなかった。それはあくまで自身の憶測であり、報告するに値しないものと判断したためである。

 引き続き楯無は、自身が調べ上げたデュノア社の近年の状況を報告していく。

 

 デュノア社のIS開発について。

 ヨーロッパで現在話題となっているイグニッション・プランにおいて、フランスはトライアルに参加する可能性が低く見積もられている。国内のIS企業は他より遅れている第3世代機の開発に勤しんでおり、デュノア社もフランス国内IS企業の一角として、削減された予算を遣り繰りしてISの開発に尽力している。

 実を言うと、デュノア社は第3世代機の開発を政府から期待されていない。先程デュノア社の予算がカットされたと言っていたが、カットされた分の予算は別のIS企業の中でも有力な企業へ移されている。かつてデュノア社が後期第2世代型の【ラファール・リヴァイヴ】の開発に力を注いでいる最中、それを見越していた一部の企業が先んじて第3世代型の開発に手を出し始めていたのだ。それでも他国よりやや遅れが見られてしまうが、圧倒的データ不足のデュノア社よりは可能性があると政府に目を掛けられたのが、デュノア社の予算を一部手に入れた企業と言うわけである。

 だが、そんな事情が潜んでいるとはいえ、何故かデュノア社の開発ペースが殆ど速まっていないのだ。政府からは期待の外とされ、貴重な予算を削減されてと不遇な扱いを受けているのも事実だが、それでもデュノア社には何百人という社員が勤務している。ここでトライアルの参加を得られなければ、デュノア社は最悪潰れるか、良くても規模縮小を経て他企業に吸収される。どちらにせよ、ここで挽回せねば多くの人間を路頭に迷わせることとなるのだ。

 

 焦るべき状況。だというにも拘わらず、デュノア社は不気味なくらいにペースを保持している。

 デュノア社は、デュノア社長は一体何を考えているのか?

 

「……という感じなんですけど、ここで怪しーい人物の接触が社長と夫人の近辺でありました」

「怪しい人物というと……件の第3の介入者ですね。何か詳細は得られましたか?」

「すみません……密会が終わって跡を付けようとしたのですが、撒かれてしまいました」

 

 そこで楯無は、申し訳なさそうに苦々しい表情を浮かべて頭を下げる。

 

「逃げられた……貴女がですか?」

「はい。途中までは何事もなく追っていたのですが、いつの間にか私の追跡を察知して都内の路地に逃げ込み、姿を晦ませてしまいました。深夜で視界も悪くて、フランスに来たばかりの私には難しい道ばかりを選んで……いえ、どれだけ言い繕っても言い訳にしかなりませんね」

「ふむ……」

 

 視界の悪い場所における、圧倒的な土地鑑の差。

 恐らくこれが楯無と不審人物の追走劇に終止符を打った要因となったのであろうと、轡木は内心で思った。どちらにせよ敵側は油断ならない人物だと、警戒を緩めることをせずに。

 

「その人物の特徴は分かりますか?」

「髪の色はピンク、ウェーブが掛かったロングヘア。メイド服の様な黒のゴシックドレスを着た女性でした」

「……随分と特徴的ですね」

 

 轡木は楯無から言われた特徴を脳内で組み上げて想像してみるが、中々に個性的な人物像が完成してしまったようである。

 取り敢えず、市井に出れば間違いなく注目を浴びる姿であることは間違いないだろう。

 

「取り敢えず後ほどその人物の人相書きを提出するつもりですけど、顔つきまではハッキリわからなかったので、全体像が主になってしまいますがご勘弁ください」

「構いませんよ。出来上がったら私に提出してください。フランスへの情報提供は頃合いを見て私が行いますので」

「宜しくお願いします。それじゃあ次の報告ですけど……」

 

 そうして楯無は、別件の報告に移っていった。

 

 

 

――――――――――

 

 場所は大きく変わって、フランスへ。

 とある州内の郊外寄りに建てられた、大型ホテルの一室。

 

 室内に備えられている高価なベッドの上に仰向けで寝転がって、手持ちのスマートフォンを弄っている1人の女性の姿がそこにはあった。

 ウェーブの掛かったピンク色のロングヘアに、黒いゴシックドレス。今頃日本で更識 楯無がIS学園の学園長に報告している不審人物の特徴と、合致している。

 否、そも、その不審人物がまさしくこの女性なのだ。

 通常の女子高生よりも若干年上な印象を感じさせる顔立ちで、身長やスタイルも程良く整っている。美少女という言葉を与えるに十分な美貌を持っており、モデルとして立つ道もあり得る程である。

 

「…………」

 

 何も喋らずスマートフォンを弄っていた女性であったが、その手に突如振動が奔った。

 彼女の持っていたその端末が、電話が来ている事を報せるべくバイブレーションを始めたのである。

 

 女性は液晶画面に浮かび上がった通話ボタンをすぐにタップし、耳元にあてがった。

 その液晶に浮かんでいた連絡先は、『スコール・ミューゼル』だった。

 

「はい、こちらロゼです」

『はぁいロゼ。暫くフランスに滞在してるけれど、ご機嫌いかがかしら?』

「そうですね……」

 

 女性―――ロゼはそこまで言いかけると、耳に端末をあてながらスクッと身を起こした。

 そして僅かに眉間に皺を寄せながら、再度口を開いた。

 

「反吐が出そう、とでも言っておきましょうか」

『あらあら、相変わらずね貴女も』

「ええ。今回の任務に私を推薦させやがったクソッタレヤローの帰る場所を燃やしてしまいたいくらいにフラストレーションが溜まっています」

『……言っておくけど、私じゃないわよ』

「知っています」

 

 じゃあさっきからミシミシ聞こえてるからやめてちょうだいよ……という通話先の独り言が聞こえた気がしたので、ロゼは仕方なく端末に込めていた力を弱める。

 取り敢えず、ストレスのはけ口として犠牲になるスマートフォンの未来は回避できたようである。

 

「正直、私は美味しい所だけ貰っていければよかったんですけどね。こ ん な と こ ろ で下準備なんかせずに、どっかのヤローが用意されたものを利用させてもらう感じで」

『面倒事、厄介事を避けたいのはみんな一緒よ。だけどねロゼ、大人っていうのはそういうのもちゃんと逃げずに受け止めていかないといけないことだってあるのよ』

「……」

 

 電話口の相手―――スコールの窘めるような語りかけに、ロゼは口を閉ざす。

 

 今回ロゼが【亡国機業】より与えられた任務は1つ。

 『デュノア社に発破を掛け、フランスのIS情勢に打撃を与える』こと。

 

 デュノア社が数年前にラファール・リヴァイヴを完成させ、それが量産型ISのシェアの第3位を獲得していることは亡国機業も当然知っている。そして開発に成功したは良いものの、その後に訪れた第3世代機開発の波に大きく遅れを取ることになってしまい、他国のIS企業はおろか国内の有力企業にすら開発が追いついていない現状となっているのも知っている。

 そこに目を付けた亡国機業は、一計を画策したのだ。遅れ気味とはいえフランス国のIS開発の一角を担っているデュノア社に犯罪事を行わせることによって確実に潰し、IS学園への男装入学を見過ごしたフランスに対して負荷を背負わせる策略を。

 

 そしてその適任者として選ばれたのが、このロゼなのである。

 

「そうですね……失礼しました。私は責任感の無いゴミクズに成り下がるつもりは無いので、今後は意識を改めるとします」

『物わかりのいい子は好きよ。……もうオータムってば、こんなことでヤキモチ妬いてしてどうするのよ、ほらいいから……。あぁ、ごめんなさいね電話の途中に』

「いえ、そっちも相変わらずのようで」

『あら、あなたも妬いてくれるのかしら?』

「別に」

『そう、残念ね』

 

 電話口から聞こえてくるトーンは全く残念がっていない様子であったが、同性愛に興味の無いロゼは特に追求する気も起こさなかった。

 

 その代わり、ロゼは別のことに興味を向けていた。

 

「それはそうとスコール、ドイツの件はどうなっていますか?」

『上々ね。貴女が良い塩梅で素性をチラつかせながら動いてくれているお陰で、こちらも何事も無く進められそうよ』

「そうですか。それは何よりです」

 

 それを聞いた時には既に、ロゼの眉間に寄っていた皺は無くなっていた。

 分かる人には分かるかもしれないが、声も僅かに紅葉している様子が感じ取れる。かなりの微差なので、彼女の事をよく理解していないと解りそうにないほどの変化である。

 

 なお、電話口の相手はその変化に気付けた模様である。

 

『あら、貴女が毛嫌いしているのはフランスだけじゃなかったかしら?』

「私が嫌いなのは女尊男卑でいい気になっている雌豚共と、そんな連中の言いなりになってるフニャ○ンヤロー共とフランスです。特にフランスは生理的に受け付けたくないくらいに嫌なので、飛び抜けて嫌です。言っていませんでしたか?」

『貴女、自分のことをあんまり話さないじゃない』

「言えと言われていませんし、言うほどの価値もありませんから」

『私も人の素性を根掘り葉掘り聞くような趣味も無いから特に言わないけど……まぁいいわ。特にそちらで困ってることは無い?』

 

 どうやら、スコールの話したいことは大方済んだようである。結局、何を目的に電話をしてきたのかロゼには分からなかったが。

 

「いいえ、何事も無く。不備があればこちらから連絡を入れます」

『そう、ならいいわ。それじゃああんまり夜更かしさせるといけないからそろそろ切るわね。バァイ』

「ええ、お疲れ様です」

 

 そこでロゼは耳元からスマートフォンを離し、画面をタップして通話を終了させた。

 スコールに言われたからではないが、そろそろ眠気がやってきたのでロゼは素直に眠ることにした。スマートフォンに充電器を繋げてデスクに置き、自らはベッドの中へと身を埋める。

 

 首元に掛けられたロケットペンダントを、強く握りしめながら。

 

 

 

―――続く―――

 





というわけで、今回登場したオリキャラ『ロゼ』について簡単なプロフィールを。

【名前】ロゼ
【姓】女
【年齢】19歳
【一人称】私
【二人称】・あなた、そちら(親しい間柄、知り合い)・テメー(嫌いな相手)
【髪の色】ピンク
【髪型】全体的にウェーブの掛かったロングヘア
【服装】黒色のゴシックドレス(丈は足元まで)
【体格】身長164cm 体重44kg
【キャラクターモデル】『八犬伝』より『浜路』
【特徴】
 亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』に所属している。
 変装術に長けており、裏工作を主に活動内容としている。変装のバリエーションは本人も把握しきれていないほどに豊富だとか。
 表情はあまり動かず、変化に乏しい。口元の僅かな笑みや眉間の皺などが基本的な判断基準となっている(スコール談)。対人に於いては敬語を中心に会話を行うが、所々に『ヤロー』や『クソ』などの乱暴な言語が使われており、自身の嫌っている条件を満たす者や相当気に食わない事をした人間に対しては辛辣な態度を示す。
 とある事情でフランスと女尊男卑の世界を毛嫌いしている。特にフランスに対する憎悪は一際大きい。

敵側にはオリジナルの敵が3人用意されていますが、その内の1人を登場させることが出来ました。今後もエムやオータムと同様に悪役として活躍してくれる事でしょう。

ちなみに私はフランス嫌いじゃありません。今話を書くうえで調べものをさせてもらいましたが、普通に観光してみたいとも思いました。フランス語喋れないけど。
とはいえフランスを毛嫌いしているキャラが登場したので、今回から念のためアンチ・ヘイトタグを追加させていただきます、念のため。



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第31話 開幕!学年別タッグトーナメント

 

◇   ◇

 

 ようやく訪れた、学年別トーナメントの開催日。

 空は雲一つ無い晴天模様、絶好の日和と言える天候だ。

 

 以前言っていた通り、今回のイベントは各学年の今後に大小なりとも影響を及ぼすものであると言えよう。既に各国から政府の人間、IS企業の重鎮、IS委員会の者etc……来賓としてこのIS学園に訪れている。

 生徒たちは各自事前に定められている役割分担に従って来賓の案内や会場の整備、雑務に勤しんでいる。その様は非常に慌ただしく、代表候補生であるセシリア姫たちはもちろん、唯一の男手である一夏少年も力仕事を請け負っている。それぞれ作業が終了次第アリーナの更衣室で着替えを行わなければならないのだから、聞いてる限りでも大変そうである。

 

 ちなみに吾輩は猫である……もとい私は猫なので、一夏少年のように運搬作業を行うことは出来ない。頭に物を乗せて運ぶのにも重量の限界があるため、運搬物にも限りが生じてしまう。

 と、いうわけで。

 

≪御来賓の方々、この度は遠路遥々からようこそおいで下さいました≫

「ほぉ……これが今世界で話題の1つになっている、猫のIS操縦者か」

「人語を話すとは……一体どのような仕組みになっているのだ?」

 

 受付で案内役兼マスコット役を買わせてもらっているのである。チョコンと受付口の机に座って、来賓の人たちに労いの挨拶を掛ける役である。

 猫である私がISを動かせるというのは、束ちゃんの電波ジャックによって既に世界中で知らされている事実だ。しかし来賓の人たちはIS学園から遠く離れた異国の地に住む者達が殆どを占めており、一部の者達は学園に通わせている自国の子たちから話を聞かされているかもしれないが、こうして実物を見るのは誰もが初めてだと思われる。

 私の姿と喋れることを目の当たりにした皆の反応は、驚くか興味を露わにするかで共通している。やはり私のイレギュラーさは疑う余地が無いのであろう。

 

 ちなみに受付は基本的に学園の3年生が行っているのだけど、此処にいる子たちとも既に顔見知りの間柄になっている。

 

「すっかり注目の的ですね、テオさん」

≪そうだね。けど本当に注目されるのは君たちの方だから、気を抜いてちゃダメだよ?≫

「はーい」

 

 余談だけど、3年生の子たちは大半が私の事をさん付けで呼んでいるらしい。一部の勝気な女の子は呼び捨てとも聞いているけれど。

 

「そういえばテオさんって、結局誰ともペアを組まなかったんですよね?」

「それじゃあ、今日は1年の子たちもドキドキして待ってるんだろうねー」

≪ふっ、こんなおじさんを選んでくれるのは猫冥利に尽きると言えるね≫

「いいなぁ。私ももう2年生まれるのが遅かったらチャンスあったのに」

 

 暫く続いていた案内が落ち着き始め、余裕が出て来た女の子たちは私を交えて雑談を行う。姦しいという文字の通り、やはり女の子は集まれば集まる程になるようで、あっという間に会話で賑やかになっていく。こういうのもまたいいものだ。

 

 と、そんな時であった。

 

「ちょっと、ここが受付かしら?」

「あ、はい。こちらが本日の出席者の名簿になりますので、お手数ですがお名前の横の欄にサインをお願いいたします」

 

 目尻の吊り上った気の強そうな女性が、受付口の前に立って声を掛けてくる。

 薄い金髪を後ろで束ねており、ピッチリとしたスーツを着たその女性は3年生の子の案内に従って、名簿の欄にサインを記入していく。

 

 そこで私は、彼女の名前に注目する。

 マリーヌ・デュノア。間違いなく、シャル・ガールの義母だ。

 

「はい、書いたわよ」

「ありがとうございます。こちらが本日の日程等が掛かれたパンフレットになります、アリーナまでの道は向こうにいる者たちが順にご案内いたしますので」

 

 そう言って3年生の女の子は、離れた場所で案内用のプラカードを持って立っている別の子を手で示した。

 

 パンフレットを受け取った女性――マリーヌ・デュノアは鋭い目つきのまま表紙を一瞥すると、直ぐにそれから目を離した。次に向けていたのは、私の姿であった。

 

≪いかがいたしましたかな?≫

「喋るケモノ……ふん、話に聞いていた以上に珍妙な光景ね」

≪よく言われますよ≫

「でしょうね。それにしても、かの天才と謳われた篠ノ之博士も堕ちたものね。女性の為だけに創り上げたIS開発にうつつを抜かせて、こんなケモノ風情の乗り物を作っていただなんて」

 

 どうやらこの女性は、私がISを動かせることを良く思っていないらしい。

 だが現在のフランスのIS開発事情を鑑みると、その憤りにもある程度納得はいく。3年前までは政府の目下でIS開発に携わっていた束ちゃんが姿を晦ませて、長らく日の目を浴びていなかった末に発表されたのが、私の存在だ。

 こんな奴のISを作るくらいなら、フランスに技術提供の1つでもしたらどうだ……大方そんな感想を抱いている表情をしている。この女性も女尊男卑の風潮に強く同意している風だしね。

 

 そんなミス・マリーヌの発言に対して、3年生の女の子たちは顔を顰める。先ほどまで接客スマイルを浮かべていたのだが、それが崩れ出してしまい、中には嫌悪を露わにする子まで出始める。

 束ちゃんを侮辱した発言に対してか、知己である私の事も悪く言われたのに反感を覚えたのかは定かではないが……どちらにせよ、この子たちの反応は嬉しく思う。けど、この場は耐えてもらわないとね。

 

≪では、ここで立ち話もなんですのであちらの者の案内に従って御移動をお願いいたします≫

「言われなくてもそうするわよ。こんなところに居座ってたらケモノの臭いが移っちゃいそうだし」

 

 そう吐き捨てて、ミス・マリーヌは去っていった。

 その姿が遠くなったところまで見送ったと同時に、その場にいた3年生の子たちが揃ってため息を吐いた。

 

「なにあれ、感じ悪っ」

「っていうかマリーヌ・デュノアって、女性権利団体の幹部じゃなかったっけ?」

「じゃああれ?紳士のテオさんがIS使えることが気に食わないからあんなことを言ったの?うわっ、ないわー」

 

 わぁ、言われ放題。

 

≪さぁさぁ皆、こぞって他人の陰口を叩くのはあまり感心しないよ?≫

「はーい……」

「テオさん、自分のこと悪く言われたのに気にならないの?それに篠ノ之博士ってテオさんの家族なんでしょ?」

≪君たちが代わりに怒ってくれてるから大丈夫さ。ありがとうね、皆≫

「テオさんは私たちの、いや、学園のアイドルなんだから怒るのは当然ですよ!」

 

 じじいがアイドル……新しい。

 

≪そうだね……私も皆みたいな良い子は、大好きだよ≫

 

 私がそう言った瞬間、女の子たちは一斉に悶え始めた。

 いけないいけない、少しストレートに表現しすぎてしまったようだ。これでは一夏少年のことを言えないじゃないか、プレイボーイ属性はとっくの昔に卒業しているんだから。

 

「くっ、落ち着け私……!テオさんは猫ちゃん、恋は決して許されないの……!」

「テオさんが人間だったら……!いや、むしろ私も猫だったなら……!」

「もう我慢できない、抱かせて!っていうか抱いて!」

 

 この後めちゃくちゃナデナデされた。

 

 

 

――――――――――

 

「おっ、テオ。そっちの仕事も終わったのか?」

≪今さっきね。2人はもう着替え終えてるようだね≫

「僕たちは少し前から来てたからね。準備もしっかり出来てるよ」

 

 受付での作業を終えた私は、男子用のロッカールームへと足を運んで一夏少年たちと合流を果たす。2人は既にISスーツをその身に纏って備えを整えているようだ。

 

≪対戦表はもう公開されたかい?≫

「あぁ、今ちょうどやってるところだぜ。ほら、あそこ」

 

 そう言って一夏少年は、更衣室に設けられているモニターを指差す。

 モニターの画面にはトーナメントの対戦表が表示されており、1年生のお嬢ちゃん達の名前がずらりと並んでいた。

 一夏少年とシャル・ガールのペアはAブロックの一回戦1組目に名前があった。つまり、トーナメントのスタートを切ることになる。名目上世界で唯二の男性操縦者である2人が開幕を飾るというのだから、ある意味では華のある話である。ホントは男の子、1人だけなんだけどね。

 

 そして、私たちが注目しているペアは……。

 

「箒……やっぱりラウラと組むことになったんだな」

 

 箒ちゃんとラウラちゃんのペア。2人の名前はAブロックの9試合目、18組目にあった。一夏少年たちとは3、4試合ほど勝ち進んだ後に当たるポジションとなっている。

 

 やはり少年は、ラウラちゃんの話題になると顔に難色を示していた。無理も無い。

 

≪箒ちゃんも、ちゃんと自分の考えでラウラちゃんとペアを組むことにしたんだ。少年も少年なりの理由でラウラちゃんと戦う気持ちがあるだろう?≫

「……あぁ。理由はなんであれ、あいつが俺の仲間を傷つけたのは確かなんだ。前回はやられちまったけど、今回は敵討ちをさせてもらうぜ」

 

 そう口にする少年の表情は力強く、確りとした意志の元で作られたものだということが見て取れた。

 少年の意志は決して間違っていない。前回の騒動はラウラちゃんから吹っかけたことがきっかけであり、皆彼女の力に圧倒されてしまっていた。友達を傷つけられたこと、そして守りきれなかった自分の力に悔しさを覚えたが故に、そう感じたのだ。

 あれ以降から、一夏少年は特訓に精を出すようにしていた。今日という日の為に、己の力を磨く努力をしてきたのだ。そして今日、その努力に実を結ばせようとしている。

 

「あっ、セシリアと鈴はBブロックみたいだな」

「それじゃあ決勝トーナメントに入るまで戦うことは無いみたいだね。テオはどこかな?」

≪私は……私もBブロックのようだね≫

 

 どうやら鈴ちゃんたちと同じブロックに入っているらしい。彼女らが第2試合に対し、私はBブロック最後の組なので、彼女たちと戦うには決勝戦まで勝ち進める必要があるようだ。

 そしてついに、私のペアが誰なのかが明らかとなる。私のペアとなる女の子の名前は……。

 

 布仏 本音。

 私のペアであろう箇所に、その名前が表示されていた。どうやらのほほんちゃんが私のペアとなるみたいだ。

 

 

「布仏 本音……誰だろう」

「えっ」≪えっ≫

「……えっ!?」

 

 一夏少年……今のそれ本気で言ったの?

 

「一夏……同じクラスメイトの子だよ?」

「え、嘘!?」

≪のほほんちゃんのことだよ、一夏少年≫

「……のほほんさんってそういう名前だったんだ」

 

 少年ェ……。

 

「取り敢えず一夏はトーナメントが終わったら布仏さんにお詫びをしないといけないね」

≪しっかりTSUGUNAIなさい。PS2を準備してね≫

「俺、そのソフト持ってないんだけど」

「ゲームで済ませちゃダメだからね!?」

 

 ちなみにどんなゲームかは、それぞれ調べてみてね。

 

 さてさて、どんなトーナメントになるのかな?

 

 

 

―――続く―――

 







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第32話 のほほんと

 

 私のペアがのほほんちゃんであると判明した後、私は一夏少年たちと別れて彼女の元へと向かった。少年たちは早速試合の準備を行うため邪魔をするわけにもいかなかったし、私ものほほんちゃんと合流して今後の打ち合わせをしておく必要があったからだ。

 

 それにしても、のほほんちゃんか。

 現在も実技授業の際には専用機持ちの子たちがグループリーダーとなって指導を行っているが、あの子が私のグループになったことは無い。本人はその事を不満がっていたらしいけれど、そもそも出席番号順で固定されているからメンバーが変わることが無いんだよね。全部出席番号が悪いんや……。

 だから私は、彼女の実力がどれほどのものなのかを把握していない。リーダーの子から指導を受けるのほほんちゃんをピンポイントで見るような気は無かったし、あんまり他のグループの子によそ見していると千冬嬢が怒ってしまうからね。真面目に授業を受けるって大事。

 

 取り敢えず、考え事をしている内に目的地までたどり着くことが出来た。更衣室の中から1組の聞き慣れた子たちの声が聞こえてくる。この中にのほほんちゃんがいてくれれば御の字だけれど、はてさて。

 私は翻訳機の声量を調整すると、扉の向こうにいる子たちに向けて声を発した。

 

≪みんな、着替えは終わっているかな?≫

「あれ、この声って……テオくん?」

「うそ、影が差しちゃったっぽい!?」

「ほらほら本音ちゃん、王子様がお出迎えに来たよ!」

「えへへ~、わたしがお姫様役だね」

 

 私が声を掛けた途端、中の子たちのテンションが2段階くらい上がった。先程まで聞こえなかった黄色い歓声がその証拠である。

 そして声量が増した話し声の中で、私が探していた相手とその声を聞き取る事が出来た。どうやらちゃんとここにいてくれたみたいだ。

 

 間もなく、更衣室の扉が勢いよく開かれた。

 その扉を開けたのは、のほほんちゃんであった。いつもの袖長な制服ではなく、ぴっちりしたISスーツを身に纏っている彼女の姿はなんとなく新鮮に感じた。尤も、その格好も実技授業で何度か目にしてるけれど……まぁ、ゆったりした服を着た方がこの子には似合っているという私なりの感想である。

 

「わぁい!テオにゃんがわたしのペアなんだよね~!」

≪あぁそうだよ。これから一緒に頑張ろうね≫

「うんうん、がんばろ~!」

 

 そう言うとのほほんちゃんは私をスッと持ち上げて自身の胸元へと抱き寄せてきた。束ちゃんもよくやってくるので、慣れた私は突然持ち上げられたことに対して驚くようなことはしない。

 そして、背中から伝わるこの感触……うん、束ちゃんや箒ちゃんほどではないけれど、やっぱり大きいね。最初にこの子からこうされた時は、そのギャップに少し驚かされたものだ。この子、しょっちゅう胸元にあのだぼだぼの制服の袖を寄せているからこれほど豊満だとは思わないんだよね。

 

「えへへ~、抱っこ~!」

 

 何この可愛い生き物。まるで小動物を見ているかのようだ……。

 

「あー!本音ちゃんずるい!私もテオくん抱っこするー!」

「いいんだも~ん、だってわたし、テオにゃんのペアだから」

「いや、いつも誰かしら抱っこさせてもらってたから関係無いよね?ペア組む以前からの共有財産だよね?」

「腕が素肌だから、いつもよりモフモフに感じるよ~」

「くふぅん↑!もう辛抱ならん、私にもモフモフさせ――あふん!?」

「落ち着け」

 

 一際興奮していた女の子が、奥から現れた箒ちゃんの手刀によって沈黙した。そして流石の箒ちゃん、見事なお手前である。

 

「まったく、テオと共に入学してから幾月か経っている筈なのだからもう少し落ち着いても良いのではないか?」

「暮らした年数が圧倒的に多い箒ちゃんには分からんとです。私の両親は猫アレルギーでねぇ、猫飼いたいって言ってもカブト虫しか飼うのを許してくれなかったんだよ!?百歩譲って犬を飼いたいって言っても、吠えるとうるさいから嫌だって!お陰で私の中学のあだ名はaikoだよ!ファンだったから嬉しかったけど!」

「どこからツッコめばいいのだ……ひとまずアレだ、カブト虫も悪くないだろう」

「モフれないペットに未来はにぃ。私のペット生活は早くも終了でしたね」

「潔く諦めろ」

「ふっ」

 

 そう言ってaiko(渾名)ちゃんは身を翻して奥に引っ込んでしまった。

 

「……それで、テオは本音に会うために来たということで良いんだな?」

≪そうだね。ペアになったからには早い内に合流しておきたかったし≫

「ね~」

≪ね~≫

 

 私とのほほんちゃんは、互いに微笑みながら顔を見合わせる。あぁ、なんだか癒される。

 

 

「ねぇねぇ、おりむーとデュッチーは一緒じゃないの?」

 

 デュッチーとは、シャル・ガールのことである。のほほんちゃんは男の子に対しては名字で、女の子に対しては名前であだ名を作り、呼ぶ法則性があるらしい。故にデュッチー。

 

≪2人はこの後すぐ試合だから、その準備に行ってるんじゃないかな≫

「そう言えば、あいつは一回戦からだったな……あいつのことだから、待ち時間に色々考えなくて済むな、とでも思っているのではないか?」

≪ははは、あの少年の性格なら有り得そうな考え方だね≫

「出たとこ勝負、勢いが肝心、と言ったところだろうな」

「わ~、ほうちゃんがおりむーの幼馴染みみた~い」

「いや、紛う事無く幼馴染みなんだが……」

「あ、そっかぁ」

≪箒ちゃんが少年と幼馴染みだってこと、随分前に言ったきりだもんね≫

「ね~」

≪ね~≫

 

 再度、私とのほほんちゃんは笑んだ顔を互いに見合わせる。

 

 ともあれ、これで私の用は済んだ。あとは自分たちの出番になるまでのんびり観戦していくとしよう。のほほんちゃんは細かい計画を立てるのは好きじゃなさそうだし、作戦会議も無しにして簡単な打ち合わせ程度で準備も終わらせてしまうか。

 

≪さぁ、それじゃあ出番がまだな子は皆で試合観戦に行くとしようじゃないか。試合に出てる子たちを応援してあげないとね≫

『はーい!』

「あ、でも優勝景品が掛かってるからなぁ……」

≪それはそれ、これはこれ、だよ≫

「ちぇー」

 

 ドッと笑いを引き起こしつつ、私たちは一夏少年たちの応援に向かうべく観客席へと向かうのであった。

 ちなみに私はのほほんちゃんに抱っこされたままの移動なので、楽ちんだった。

 

 

 

――――――――――

 

「織斑くんとデュノアくん、いいコンビネーションだね」

 

 クラスの子の1人が、誰ともなくそう言葉を発した。

 

 現在私たちは、一夏少年とシャル・ガールペア対4組の生徒ペアによる試合を観戦している。野球観戦などとは違って軽食やおやつを持ちこんで飲食することは原則として禁止されているので、更衣室にスマホの類も置いてきている子たちは必然的に試合を集中して観るようになっている。

 

 4組の子たちと戦いを繰り広げている一夏少年たちだが、その戦況は優勢であった。

 先程の子の発言は確かだ。一夏少年とシャル・ガールの動きは事前に入念な打ち合わせが行われていることが窺え、練習もしっかり重ねているのだと感じさせてくれる。4組の子たちよりも圧倒的に動けており、おそらく諸事情で即席ペアが多くなった1年生の中でもトップクラスのコンビネーションを発揮してくれるだろう。

 尤も、セシリア姫との決闘から専用機を手に入れた一夏少年やそれ以前からデュノア社のテストパイロットとして活動してきたシャル・ガールとでは、稼働時間に差が生じてしまうので動きの優劣がどうしてもハッキリしてしまうのだが。

 

「やっぱり、男の子同士だと相性が良いのかな」

「相性が良い……うほっ」

「見た感じ、織斑くんの動きにデュノア君が合わせてる感じだよね」

「やっぱね、受けは攻めの動きに身を委ねるのが正義だと思うのよ」

「無茶してツッコむ織斑くんを、的確にフォローしてあげるデュノアくん……うんうん、まさしく友情だね」

「浮かぶ、浮かぶぞ2人のシーンが……『ガンガン突くぞ、シャルル!』『あんっ、そんなにしたら僕の身体が――』」

「「「言わせねーよっ!」」」

「なっ、なにをする、きさまらー!」

 

 凄まじい腐のエネルギーを持った子が、数人の子に取り押さえられて外へと連れ出されて行った。

 のほほんちゃんは不思議そうに首を傾げながらその光景を眺めていたが、興味を失くすとすぐに一夏少年たちの試合へと視線を戻し、明るく声援を掛け始めた。そう、君はそれでいいんだよ。

 

「ふむ……この調子なら一夏たちも余程のトラブルが無い限りは進んでいけそうだな」

≪そうだねぇ。まぁ体調も万端だったみたいだし、大丈夫だとは思うよ≫

「ねぇねぇテオにゃん、わたしたちもあれくらい頑張ろうよ~」

≪ははは、それじゃあのほほんちゃんのために私も頑張っちゃおうかな≫

「ね~」

≪ね~≫

「……それは2人の間で流行ってるのか?」

「なんとなく?」≪なんとなく?≫

「……そうか」

 

 箒ちゃんもそれ以上は何も言わなかった。

 

 なんだかのほほんちゃんとお話してると、つい、こう……のんびりした雰囲気になる。この子の伸びやかな感じが私にも伝播する感じで。そう思うと、この子の他への影響力というのは侮れないと評価できるのではないだろうか。こういう子は中々居ないから、一種の魅力と言っても良いくらいだ。

 

≪のほほんちゃんは凄いね~≫

「えへへ~、テオにゃんに褒められちゃった~」

「(……何を褒めたんだ?)」

 

 訝しげな視線を横から送ってくる箒ちゃんと、それに構わずのほほんと観戦を続ける私たちであった。

 それと近いうちに箒ちゃんの試合もあるから、そっちも応援してあげないとね。

 

 

 

―――続く―――

 



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第33話 試合観戦ー真っ直ぐな2人ー

 

 学年別タッグトーナメント1年生の部、第1試合の勝利を手にしたのは一夏少年とシャル・ガールのペアとなった。

 試合開始早々、一夏少年は相手の子に突撃を仕掛けて雪片弐型による斬撃を執行。白式のワンオフ・アビリティーである零落白夜の異常とも言える攻撃力は目を見張るものがあるが、雪片弐型そのものの攻撃力も他の近接戦闘装備より充分に高い。専用機持ちと比べて圧倒的に経験が不足している一般生徒にとっては十分に脅威と言えるだろう。

 

 一夏少年の勢いに気圧されつつも、相手の女の子は懸命に対抗しようと努めた。彼の初撃を辛くも避けてみせ、やや覚束ない足取りながらも反撃の隙を窺い、果敢に挑む姿を見せてくれた。

 

 しかし、シャル・ガールがそこに加わってしまったら慈悲は無い。彼女のIS稼働時間は一般生徒よりもずっと長く、武装の変換を高速で行う動作【高速切替(ラピッド・スイッチ)】を得意技とする程にISの操縦も手慣れている。彼女の実力を以てすれば、自身は1対1で戦いつつも、一方で戦闘をしている一夏少年のサポートを所々入れてあげることも可能なのだ。可能どころか、実際ちゃんとサポートしてくれていたし。

 

 そんな背景を通して、男子同士ということで今大会最も注目されているペアが第1試合勝利という華を彩ってみせたのであった。

 試合を済ませた2人は、1年1組の子たちがまとまっている観客席の1スペースにやってきていた。

 

「織斑くん、デュノアくん、初戦突破おめでとう!」

「2人とも息ピッタリで凄かったよ!」

「おう、ありがとな。って言っても、実際はシャルが上手く合わせてくれたからなんだけどな」

「そんなこと無いよ。一夏だって僕の攻撃もちゃんと考えてくれながら動いてくれたから、お互い様だよ」

 

 試合を終えた2人に向かってクラスメイトの子達が駆け寄り、労いの言葉を掛け合いながらワイワイと賑わいを起こし始める。

 そんな光景を見ていると、隣にいた箒ちゃんが私に声を掛けてきた。

 

「テオ、私はそろそろ準備に行ってくる」

≪うん。無理の無いように気を付けてね≫

「ふっ……心配無用だとも」

 

 箒ちゃんはそう微笑みながら立ち上がると、出口の方へ歩いて行った。かっこいい。

 

「おっ、テオ。箒見なかったか?」

≪箒ちゃんなら、ついさっき試合の準備で出て行ったよ≫

「そっか……折角だから応援の言葉でも掛けておきたかったんだけどな」

≪ま、帰ってきた時に労ってあげるといい。というか界隈では君より箒ちゃんの方が主人公してるって話題になってるんだからね、君ももっと頑張らないとダメだよ≫

「え……なんの話?」

≪こっちの話≫

 

 

 

――――――――――

 

 その後何組か試合が行われていき、箒ちゃんとラウラちゃんの試合が回ってきた。

 

 既にアリーナには試合を行う4人の姿がある。

 箒ちゃんとラウラちゃんは微妙な距離を開けながら試合相手と対峙をしており、ラウラちゃんは箒ちゃんの方を見ようとしていないため、傍目から見ても気まずい印象を感じてしまう。

 一方、対戦相手の子たちは逆に親密そうに互いの顔を見合わせており、その表情も朗らかである。モニターの情報を見る限り相手は3組と4組のクラス違いペアであるようだが、もしかすると抽選ではなく気心の知れた者同士であらかじめ組んだのかもしれない。今大会に於いて信頼関係は大切な要素となるから、抽選頼みよりずっと良い傾向である。

 

 兎にも角にも、チームワークの優劣が試合開始前に分かってしまうというのはなんとも珍しい話だ。

 そんな光景を見ていたシャル・ガールが、苦笑を浮かべながら一言。

 

「これは……対称的な組み合わせだね」

 

 片や仲良しコンビ、片や隣相手にも警戒を怠らない(ただしラウラちゃんに限る)緊張感アリアリのコンビ。対戦相手が即席ペアでない分、余計に箒ちゃんとラウラちゃんペアの違和感が目立ってしまっている。とは言っても、相手も即席ペアだったらきっとあそこの空気が一段と冷えてしまいそうだからなんとも言えないけれど。

 

「なぁテオ、どうして箒がラウラと組むことに反対しなかったんだ?凄い今更な質問だけど」

≪別に絶対駄目だと反対する理由も無いしね。そういう少年こそ、最初の辺りでちょっと問い詰めただけで、随分とあっさり引いていたじゃないか≫

「俺は……」

 

 そう言って少年は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 箒ちゃんがラウラちゃんと組むと言った直後、その言葉に最も強く反応したのは一夏少年だった。一夏少年は訳がわからないといった様子で箒に詰め寄り、止めておけと進言もしていた。

 少年の気持ちも分からなくはない。箒ちゃんが宣言した数十分前にはラウラちゃんと激しい戦闘を繰り広げている真っ最中だったのだから、その際に仲間を傷つけられた一夏少年の激情は収まり切っていなかった。だからこそ、仲間である箒ちゃんが自分の倒すべき相手と手を組むことを良しとせず、そんな形であの子と戦うことに納得がいかなかったのだ。

 

「……あいつのあんな顔を見たら、あれ以上何も言えないって」

 

 しかし少年は、昂ぶった感情を僅かな間に示した程度で引き下がった。

 享楽などで決めたことでは無いという意志の籠った、幼馴染みの真剣な表情を目の当たりにして言い返す気力を得られなかったのだ。

 結果、箒ちゃんがラウラちゃんと組むことを一夏少年は止めなかった。100%納得しているかと言うとそうでもないようだが。

 

≪さぁさぁ少年、そんな湿った顔をしてたら折角の応援まで暗くなってしまうよ。笑顔であの子を応援してあげねば≫

「……あぁ、そうだな。よしっ」

 

 私の言葉に頷いた一夏少年は、先程までの複雑な表情を掻き消していつも通りの面立ちに戻した。そしてその視線をアリーナに居る箒ちゃん達に集中させ始め、本格的に試合の観戦を行う。

 

 一夏少年の視線の先にあるアリーナ内の光景。

 

 既に試合は開始されており、場内にいる4人がそれぞれ行動を開始している。

 ラウラちゃんは手近に立っていた相手の女の子をターゲットに指定し、その子に目掛けて吶喊。セシリア姫たちと戦った時と同様に、容赦の無い勢いで攻撃し、相手を圧倒していく。

 相手の子は一生懸命抵抗を試みているが、今回は相手が悪すぎる。何せラウラちゃんは現在の1年生の中でもトップクラスの実力者であり、1対1で勝負を挑むのは無謀な話だと言える。

 

「わぁ……やっぱりというかなんと言うか、容赦無いね」

≪まぁ、ラウラちゃんは真っ直ぐな性格だからね。下手に手加減して試合を長引かせようと思わないだろうし、一気にケリを付けたいんだと思うよ≫

「この間も、箒やテオが来るまで俺たちが4人掛かりで戦っても倒せなかったからな……あの子1人じゃ勝てないだろうな」

 

 そう言って私たちはチラリと視線をずらし、もう一方の戦いを見やる。つまり箒ちゃんの試合だ。

 

 箒ちゃんは近接ブレード【(あおい)】を手に握りしめ、勇ましく相手に斬りかかっている。あの子は専用機を未だ持っていないので、その身に纏っているのは学園指定の訓練機。相手の子も同様の機体なので機体自体のスペックの差は皆無である。

 だが、IS性能が同じという条件であるにも関わらず試合の流れは箒ちゃんに向いている事が目に見えて明らかであった。相手の子は箒ちゃんの勢いに完全に気圧され、防戦一方といった様子を見せている。

 

 箒ちゃんの優勢を見ていたシャル・ガールは感嘆した様子で箒ちゃんの姿を注目している。

 

「すごい……入学してそんなに経ってない筈なのに、動きのキレが一般の子たちよりも飛び抜けてる」

≪元々あの子は剣道で身体を鍛えてるからね。戦いにおける動き方も掴みやすいだろうし、剣道の全国大会にも出場してたからこういう場での戦いや雰囲気にも慣れている。私も力の限りあの子に指導してあげてるしね≫

「確かに……俺がセシリアたちから訓練受けてる最中に、箒がテオに教えを受けてるのは何度も見たしな」

 

 箒ちゃんはわしが育てた。

 

「けどテオ、俺にはあんまり指導してくれないよな」

≪悪いなのび太、この指導枠は3人までなんだ≫

「のび太って誰!?っていうかまだ2人分枠が空いてるだろ!?」

≪冗談だよ。だって一夏少年にはセシリア姫や鈴子ちゃん、最近ではシャル・ボーイが指導役に回ってくれてるじゃないか。十分指導役に恵まれているし、むしろ私が君の指導役に回る枠が無いんだよ≫

「いや、その内の2人の説明が訳分からないんだよ……」

≪…………うん、頑張れ≫

「その間は何!?絶対フォローがめんどくさくなったから投げやりにしただろ!」

 

 さぁ、どうだろうね。

 

 そんなこんなで談笑をしていると、試合終了のブザーが鳴り響いた。

 試合の勝者は箒ちゃんとラウラちゃんのペア。ラウラちゃんはISを解くとピット口の方へスタスタ歩いて行き、箒ちゃんは試合相手の子の元へと歩み寄っていく。

 箒ちゃんは先程まで戦っていた子に手を差し伸べ、その手を取った子を起き上がらせてあげた。

 

「ありがとう、お陰でいい試合が出来た」

「全然手も足も出なかったぁ……あなたって強いんだね」

「いや、私1人の強さではないさ。心から信頼できる者が、私をここまで強く導いてくれたんだ」

「強く導く……そっかぁ。私も……いや、私たちも、あなたみたいに強くなれるかな?」

「あぁ。2人がそれを望み、共に切磋琢磨していけば、必ず」

「うん!なら次に戦う時は、もっと強くなってみせるから楽しみにしててね!」

「ふふ、私もそう簡単に後れを取るつもりはないぞ?」

 

 そう言って2人は、固い握手を結んだ。互いに晴れ晴れとした笑みを浮かべて。

 その光景を見ていた観客席の子たちは、盛大な拍手喝采を送って2人の勇姿を称えてくれたのであった。

 

「……あれ、これ決勝戦だったっけ?」

「完全にトーナメントの締め括りみたいな流れだったな……」

≪一夏少年、本気で頑張らないと原作主人公の面子が立たないよ≫

「原作って何!?だからそもそもこれってなんの話!?」

 

 未だ鳴り止まぬ拍手の中で、一夏少年のツッコミに答えてくれる者はいない。

 トーナメントはまだ、始まったばかりである。

 

 

 

―――続く―――

 




 箒がどんどんイケメン主人公ポジションに。
 なおこの作品の主人公であるテオは『むしろ愛娘が主人公とは嬉しい話だ』とまるで気にしていない模様、むしろ推している。

一夏「俺も舞台じゃ気にしてないじゃん……」

 視聴者が気にしてるんDA。


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第34話 BOMB!

 

≪いやぁ……一回戦の相手は強敵でしたねぇ≫

「でしたね~」

 

 試合を終えた私とのほほんちゃんは、観客席に戻って席に座るとそれぞれ感想を口にした。

 

≪ビックリしたよねぇ、何せ試合の途中で巨大怪獣が出現してアリーナの方に向かって来たんだから≫

「火を噴いたり光線を出したり、すごかったね~」

≪千冬嬢が会場に向かってくる攻撃を弾いてくれなかったら、犠牲者が出ていた所だったよ。さすがは千冬嬢≫

「織斑先生すご~い」

≪けれどもっと驚いたのが、急に現れてきた巨大な人だったよね。光に包まれながら出現したかと思いきや、怪獣と戦い始めてね≫

≪すっごく強かったよね~!最後で腕から光線がビビィ~って出てカッコ良かった~!≫

≪そうそう。あれはきっと伝説のウルトラ――≫

「いい加減に嘘回想をやめんか」

 

 私が台詞を言い切ろうとしたところで、私の頭部に軽めの手刀が振り下ろされる。軽い衝撃が伝わった後に振り返ってみると、箒ちゃんが呆れた様子で私たちの後ろに佇んでいた。

 ふと隣を見ると、のほほんちゃんが頭を押さえながら唸っていた。どうやら彼女にも手刀が入れられたらしい。

 

「あうぅ……ほうちゃん、不意打ちは武士がすることじゃないよ~」

「す、すまない……じゃなくて、なんだ今の根も葉もないフィクションは。一片たりとも合ってなかっただろう」

≪いやぁ……そうなったら面白いかと思って≫

「ただの願望!?」

 

 だって先月のクラス代表対抗戦は中止になっちゃったし……どうせ中止になるならイベント並に面白いハプニングを用意してくれなきゃ刺激にならないじゃないか。何事も無いのが平和的で一番いいんだろうけど。

 

「まったく……思い出として語るにも、もっと正確にしなければ駄目ではないか。……確かに先ほどの試合は衝撃的なものがあったが」

「えへへ」

「褒めてはいないからな……」

「あ、でも始めの時はごめんねテオにゃん?」

≪試合の時に謝ってくれてたし、私は何も気にしてないよ。それになんだかんだで4人で楽しい試合が出来たから良いんじゃないかな≫

「……まぁ、本人たちが納得してるなら別に私は何も言わないが」

 

 では、改めて話をしよう。アレは今から……。

 

 

 

――――――――――

 

 遡ること20分前。

 

 【銀雲】を身に纏った私と、【ラファール・リヴァイヴ】を着けたのほほんちゃんが、アリーナの舞台へと姿を現す。ビット口から一気に飛び出した私たちは、それぞれ宙を旋回してから地面へと着地を果たす。

 

 そんな私たちの登場に、観客席からは甲高い声援が大量に出現。熱気と共に会場全体をあっという間の勢いで包み込んでいった。

 

「テオにゃん、大人気~」

≪ふっ……これほどの歓声を浴びせられては私も身体を縮こまらせて緊張してしまうね≫

「へ~。でも、なんだか全然平気そうだよ?」

≪だってホントは平気だもの。さっきのは冗談だからね≫

「そっかぁ」

≪そうだよ~≫

「えっと……2人とも、準備は良いですか……?」

 

 のほほんちゃんとのんびり会話をしていると、相手の子たちから声が掛かってきた。

 いけないいけない、この子とお喋りをしているとどうしてもほんわかしてしまう。

 

≪あぁ失礼。今回は宜しくお願いするよ、お嬢ちゃんたち≫

「よ、よろしくお願いします!」

「わ、私たちどっちも初心者で、その……きっと噂のテオさんにとっては相手にならないかもしれないけど」

 

 2人は随分と緊張した様子で挨拶をし、そのように語ってきた。

 ちなみに噂というのは、私が『生徒会長を上回るIS学園最強の生徒なのではないか』というものである。

 以前唯一の男子生徒である一夏少年やイギリス代表候補生のセシリア姫と戦って勝利し、この間は専用機持ちである少年たち4人を圧倒していたラウラちゃんを止めてみせたことが、その噂の材料として使用されている。ただし、それらが誇張気味に広まってしまったらしく、特に後者の噂には『テオは専用機持ちを5人相手にしても勝てる』などの尾ひれがついてしまい、その結果先程の様な噂が立ってしまったのだ。

 5人相手はともかく、私の銀雲はラウラちゃんの専用機【シュヴァルツェア・レーゲン】と相性が悪いからねぇ……。しかも彼女自身のIS操縦技術も高いから、余計に勝てるか不安になるところである。

 

 まぁそんなこんなで、私は同学年の子からは強者として認識されているみたいだ。これでまた私のレッテルが増えたか。

 

≪ははは、お嬢ちゃんたち、名前はなんていうのかな?≫

「え?えっと、舞香です」

「し、静玖っていいます……」

≪舞香ちゃん、静玖ちゃん。その噂ではどうやら私は周りから強いだなんだ謂われてるみたいだけれど、そんなことは全然ないさ≫

「え~?ほんとにござるか~?」

≪こーら、茶々入れちゃダメだよ≫

「は~い」

 

 気を取り直して……。

 

≪確かに私はお嬢ちゃん達よりもISの起動時間が長いから、多少の実力差が生じてしまっているかもしれないし、そこを否定するつもりはない。だけどこれはイベント試合に過ぎないんだから、肩肘を張る必要なんてどこにも無いんだよ≫

「そ、そうなの?でも担任の先生は、来賓として来てる業界の重鎮さんたちのアピールに繋がるから、しっかり成果を残した方が良いって……」

≪それもまた1つのやり方だろうね。だけど1年生のお嬢ちゃん達の殆どはISを稼働させてまだ間もない初心者なんだ。無理に気を張り詰めて動きを鈍らせてしまっては元も子もなくなってしまうよ≫

 

 1年生に比べて2、3年生の方がずっと強くこのイベントを重要視されている理由がそれである。

 ISの操縦技術を真に評価できるのは、やはり基盤が充実できている状態の時。初心者である1年生の頃から才能を見抜くことも出来るが、やはり努力も人の能力の1つ。それらを同時に審査するには、やはり1年程度の年月を掛けた方が都合が良いのである。

 この子の担任の言葉にも正しい一面はある。だけど私は、私なりに抱いてる考えの方が好きだ。

 

≪それに何より、そんなお堅い目標を持ってたら楽しめないだろう?≫

「楽しむ?」

≪そう。こういうイベントは心から楽しんでこそのものだと私は思ってる。こういう類の事は若い内ならではの特権とも言えるし、私のような年寄りにとっても若きを思い起こさせてくれる良い時間だよ。だからこそ、のびのびと楽しむべきだと私は考えているよ≫

「のびのびと、楽しむ……」

≪まぁ、年寄りの他愛無いお節介だと思って聞き流してくれても大丈夫だよ。結局の所、最後に決めるのは自分自身だからね≫

「ううん……私も、テオさんの言う通り頑張って楽しんでみます」

 

 そう言って静玖お嬢ちゃんは、はにかんだ笑顔を作ってみせた。両の手をグッと握ってみせて、自身のやる気があるという事を表現する。

 

「私も、テオくんが言ってたみたいに楽しんで試合してみます!」

 

 静玖お嬢ちゃんの隣にいた舞香ちゃんも、強い意気を雰囲気に出しながらそう宣言してみせる。

 いやぁ、やはり若い子たちのこういうところは見ていて微笑ましい。

 

 そして、試合開始を報せるカウントダウンは既に5秒を切っていた。

 

≪それじゃあ皆、準備はいいかい?≫

「はい!」

「大丈夫です!」

「おっけ~」

≪よしよし、ではいざ尋常に……≫

 

 タイマーの数字は0を迎え、試合開始のブザーが鳴り響く。

 

「勝負!」「勝負!」「しょうぶ~」≪勝負≫

 

 そのブザー音を皮切りに、私たちは行動を開始した。

 

 ……といった矢先、のほほんちゃんがバランスを崩し始めた。

 

「あれれ~!?」

 

 のほほんちゃんは倒れまいと、手をバタバタとバタつかせながら抵抗を試みていたようだが、身体は重力に逆らって素直に倒れゆく。

 地面に激突する直前、のほほんちゃんの手元に何かが出現する。どうやら誤って何か武装を召喚させてしまったらしい。

 そしてのほほんちゃんは地面へとうつ伏せに倒れて、手元に呼び出した武器もその手から離れて両者の間に転がっていく。どうやら一個だけではなく、3つくらいあるようだ。

 それらの正体は……。

 

「しゅ……!?」

「手榴弾っ!?」

 

 なんということでしょう。

 どさくさにまぎれて呼び出してしまったのが、3つとも手榴弾だった模様。

 

 だけど手榴弾はレバーとピン、もしくはコックを外さないと起爆しないものが大抵であり、ISの武装の1つである同種も誤爆防止の為にそれらが備えられている。ただ転がしただけじゃ起爆はしない。

 

 ……あれ、ピンもレバーも……無い。

 

「うぅ~……痛かったぁ……あれ?この輪っか、何?」

 

 涙目で起き上がったのほほんちゃんの手元には、細い棒が付いた小さな輪っかがあった。

 というか、それが手榴弾のピンである。しかもご丁寧に、3つとも抜けてしまっている。

 そんな彼女の足元には、レバーらしきものが3つ転がっていた。

 

 そしてそれに気づいた時、複数の手榴弾が爆発した。

 

「うっそぉ!?」

「ふえぇぇぇぇぇ!?」

「はわわ~!?」

≪あれまぁ……≫

 

 強烈な音を伴った爆発と爆風が、我々4人に襲い掛かる。手榴弾の爆発によって散り散りに吹き飛ばされることとなった。

 

 私は即座に空中で態勢を整えると、スラスターを起動させて軌道を修正しつつ勢いを殺し、空中で態勢を整えて着地する。

 

≪やれやれ……皆、無事かい?≫

「な、なんとか」

「ビックリしました……」

「ご、ごめんね~……」

 

 どうやら皆、態勢を整えきれないままアリーナの壁にぶつかってしまっているようだ。

 手榴弾3つともあって、下手な爆発の受け方をすればそのままISのシールドエネルギーを削り切ってしまう可能性もあったけれど、どうやら全員戦闘再開出来そうだ。

 

 ……というか、私が一番削れてしまってるんだよね。

 

「……あ、あれ?テオさんのシールドエネルギー、物凄い減ってません?」

「108?さっきまで皆1000位あったのに、テオくんだけ思いっきり削れてる……エラーかな?」

≪エラーじゃないよ≫

「ええっ!?でも私たち、まだ半分以上残ってるよ!?」

≪私の専用機、銀雲は防御力がとてつもなく低いからねぇ……機動力に力を注ぎこんだのはいいものの、なけなしの余枠に入れた防御面が搭乗者の生体安全確保系の機能ばかり付けられてるから、尚更にね≫

 

 今の爆発も、当たり所によっては既に試合終了にさせられていた可能性がある。

 ちなみに生体安全確保機能とは、寒冷地や温暖地における体温管理や水中圧・空気圧への耐性、その他諸々の物理的防御力以外の肉体保護を目的とした機能のことである。これはどのISにも設備が義務付けられており、備わっていない機体は危険仕様として搭乗を禁じられているのだ。稀に、武装のみに徹底して搭乗者の安全を一切考えずに製作されたISが出てくるのだが、ISの生みの親である束ちゃんがそれを拒絶したのである。

 

 そんなこんなで、私のISの耐久力の低さが証明された瞬間であった。

 

「うぅ~……テオにゃん、ごめんね……」

≪なに、気にする必要はない。トラブルは誰にだって起きるものだし、のほほんちゃんだってやろうとしたことじゃないんだろう?≫

「うん……」

≪なら私は何も言わないさ。それに、こうしてちゃんと謝ってくれたのほほんちゃんはいい子なんだから、そんな子を責め立てるようなことは私もしたくない≫

「テオにゃん……うん、ありがとう」

 

 そう言ってのほほんちゃんは、いつも通りほどではないが笑みを浮かべる。彼女の心の罪悪感が少しでも無くなってくれたのならば幸いである。

 

≪さぁさぁ皆、試合を再開するよ。準備は良いかい?≫

「私たちは大丈夫だけど……テオさんはいいの?」

≪なに、シールドエネルギーが0にならない限り終わった事にはならないさ。それに私も易々と敗退するつもりもないからね≫

 

 こう見えて私もIS経験者の端くれ。エネルギー残量は少なくなってしまったけれど、容易く落ちるような真似をするつもりは一切無い。寧ろここで多少の腕前を示しておかなければ年長者としての立場も無いだろう。

 

 そうして私たちは、試合を続行していくのであった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

「まさか開幕早々を爆発で飾るとは思わなかったぞ……」

≪派手だったでしょ?≫

「まぁ、派手ではあったが」

 

 試合の結果であったが、最終的には私たちが勝利を収めた。

 

 試合終了した後、対戦相手の舞香ちゃんと静玖ちゃんは満足そうにしてくれていた。去り際に聞いたみたら『気楽に試合が出来て楽しかった』とのこと。試合開始前に楽しむことを推奨していたから、彼女たちの口からその言葉を聞けたのは素直に嬉しかった。

 

 

「次の試合も頑張ろうね、テオにゃん!」

≪そうだね。あ、折角だから次の試合も手榴弾で開始してみる?≫

「やめてやれ」

 

 それぞれ次の試合が来るまでの間、私たちは目の前で繰り広げられている他の子たちの試合を背景に、他愛無い話に華を咲かせるのであった。

 

 

 

―――続く―――

 




意外な場所でピンチのラインを入ったテオさん。

【銀雲】の被ダメージは通常のISの3~4倍だと計算しております。大口径の砲弾を一撃喰らっただけでも瀕死レベルですし、零落白夜に至っては掠っただけでもアウトです。それくらい紙防御仕様です。
そしてまさか作中内でテオを初めて追い詰めたのがのほほんさんだとは夢にも思うまい。

???「ええーっ!?」

聞いたなこいつ!


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第35話 歯車は未だ噛み合わず

◇   ◇

 

 学年別タッグトーナメント。各アリーナで最初の試合が開始されてから約2時間が経過した、午前10時過ぎの現在。

 ここ第3アリーナで試合を行っているのは篠ノ之 箒とラウラ・ボーデヴィッヒのペア、1組生徒――鷹月 静寐と2組生徒――ティナ・ハミルトンのペアである。

 

「ふんっ!」

 

 ラウラのプラズマ刃が打鉄を装着している鷹月の身に降りかかる。その容赦の無い振りは、第1試合で示した時となんら変わりの無いものであった。

 

 対する鷹月は襲い掛かってくる光刃に危機感から身の気を立たせながらも、果敢にそれを近接ブレードで受け止めた。グンっとその身に注がれる衝撃は、ラウラが向けてくる軍人らしい厳格な表情と相まって余計に重圧が掛かっていた。

 対峙している少女の体躯は自身よりも幼いにも関わらず、握っている刀から伝わる力強さ。戦闘力の違いを既に見せつけられたような印象を抱いた鷹月の表情は、言わずもがな。

 

 しかし、ラウラが追い打ちを掛ける前にその状況に変化が訪れる。

 

「っ!」

 

 一発の銃声と共に、銃弾がラウラの頭部に目掛けて突き進んでいく。

 銃弾の接近に気付いたラウラは僅かに目を見開きながらも、鷹月に向けていたプラズマ刃の矛先を変え、実弾である銃弾を真っ二つに切り裂いてみせた。

 

 その隙を見出した鷹月が選んだ選択は、攻撃ではなく撤退。ラウラが自身から目を離している間に、打鉄のスラスターを起動させて後方へ退避する。ある程度まで距離を取ったところで、先程の銃弾が来た方角へと移動を行った。

 鷹月の移動した場所にいたのは、試合開始の場所から外れた場所でアサルトライフルをラウラに向けて構えている、リヴァイヴ装備のティナ・ハミルトンであった。

 

「まったく……また開始早々に突っこむとはな」

 

 打鉄を装着した箒が、呆れた様子でラウラの隣に身を移す。開始のブザーが鳴って間もなく攻勢を仕掛けたラウラについていけなかった箒は、事の光景を後方から見納めさせてもらい、機を見てラウラと合流を行ったのだ。

 

 隣に来た箒の姿を一瞥することも無く、ラウラは口元を僅かに歪めながら相対する2人の姿を視界に捉える。

 

「ほぅ……先程の試合の奴は口ほどにも無かったが、今回の相手はほんの僅かだが刃向う程度の実力がありそうだな」

「言ってくれるじゃないの……絶対にその鼻っ柱折ってみせるから、精々調子に乗ってなさい」

「悪いけど、あなたの実力はこの間のアリーナでの騒ぎで十分知ってるわ。卑怯だとは思うけど、貴女に対しては2人同時で攻めさせてもらうから。……もっとも、箒がそれを許すとは思わないけど」

 

 箒は内心で鷹月の発言に肯定し、一歩前に進み出るとラウラの顔を見ながら彼女に声を掛けた。

 

「聞いただろう、ラウラ。向こうは完全にお前のことを警戒している。ここは万全に挑むために私たちも協力を――」

「そんなものは必要ない。この程度の連中、貴様の手を借りずとも容易に倒せる」

「ラウラ!?……あぁ、まったくもう」

 

 箒の制止を一切聞かず、ラウラは敵に目掛けて一直線に突っこんでいった。

 今の彼女の心中は、絶対的な自信で満ちている。彼女はIS学年へ転校してきてから、以前から憎く思っている織斑 一夏への睥睨を控えてまで他生徒の観察を行い続けてきた。自身の敬愛する教官が務めているこの施設で育成された戦士は、どれ程の実力を有しているのかという興味もあったからだ。

 しかし、3日も経たない内にその期待は淡くも打ち砕かれた。1年生生徒の大多数がISをファッション感覚で捉えている様子で、会話の中でもISの兵器としての有用性を見ていない、酷く軽んじていることが窺えたからだ。ラウラの変わらない表情の裏側で激情が燃えるのには、非常に効果的な材料だった。

 その時点でラウラは確信を得た。ドイツで厳しく鍛えれらた自身がその程度の連中に劣るなど有り得ない、有ってはならないのだと。織斑 千冬教官の期待に応えられるのは自分しかいない、とも思ったのだ。

 

 そしてラウラは、この大会に一つの希望を掛けている。

 この大会で全ての敵を打ち倒し、自身の実力を証明する。各国で代表候補生と持て囃されている者も、唯一の男性操縦者も、それ以外の者も全て倒してみせる。

 そうすればきっと教官は私の力を認めてくださり、このような温湯などよりも厳粛なるドイツにて再び教鞭をとってくれる意志を―――。

 

 

 

 

 

『そろそろ黙れよ、小娘』

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 先日の千冬の言葉が、ラウラの頭の中で鮮明な形で蘇る。

 一瞬の内に身体を強張らせる程の衝撃に、ラウラの動きが鈍くなった。プラズマ刃を振るうその斬撃も、従来の鋭みが幾分か衰えてしまっていた。

 

 

 

 

 

『たかだか15の小娘が、選ばれし存在を気取るか?』

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 続けざまに千冬の言葉が脳内で再生されていく。

 声だけではない、あの時向けてきた射殺さんばかりの鋭い視線が、表情が、姿がラウラの頭の中でクッキリと想起されていく。あの時感じた威圧を思い出した途端、身体中に奔っていた緊張の糸が更に強く張られていくのをラウラは感じる。

 

 しかしラウラは、頭を左右に激しく振って念を掻き消そうと努める。自身の敬愛する教官の教えは常に正しいものであると解っている。しかし、今だけはあの時の言葉を思い返すわけにはいかない。

 思い返して納得してしまえば、折角固めた思いが緩んでしまうと理解しているがゆえに。

 

 そう、今だけは―――。

 

「今よ、静寐っ!」

 

 ラウラは、耳に届いてきたその言葉によって意識を現実に呼び起こす事となる。彼女が気付いた時には、両手のプラズマ刃はティナ・ハミルトンの携えている近接用ナイフによって完全に防ぎきられていた。しかもそれだけではなく、自身の両腕がティナの拘束を受けてしまっており、自由に動かすことが出来なくなっていたのだ。

 彼女は己の失態を心中で強く恥じた。考え事に耽ったあまり、ここまで相手の行動を許していたとは軍人として完全に失格だ。これがISを使用しない本物の戦場であったならば、自分は腕を拘束される前に殺されていたに違いないだろう、と。

 顔を上げてみれば、そこには『してやったり』という言わんばかりの表情を浮かべたティナの顔が在った。

 

「あんまり素人嘗めるんじゃないわよ、ドイツの代表候補生さん?」

「貴様……!」

 

 ラウラは腕に力を込めて、拘束を振り払う行動に移行する。

 しかし思っていたよりも厄介な組み方をされてしまっていたらしく、無理矢理強引に解こうとすれば腕もしくはISの腕部を損傷させかねない結果となる可能性が高かった。

 相手が何故その手の知識を知っているのかを考えている余裕は、近接ブレードを此方に向けて斬りつけようとして来る静寐の姿を見る限り皆無であった。

 

「くっ……!」

 

 脚で蹴り飛ばそうとも考えたが、脚の方も動き辛くなるよう制限を駆けられている。

 AICは危機となった今では発動に至るまで集中出来ず、大型カノンもワイヤーブレードも、召喚と射出が間に合わない。

 こうなったら素人特有の無駄な動きを見切り、可能な限りの動作で最低限のダメージに済ませるよう努めつつ、反撃のタイミングを待つしかない。

 

 ラウラはそのように心に決めて、迫り来る斬撃に覚悟を決める―――。

 

 

 

 

 

「そうはさせんっ!」

 

 覚悟を決めたその身に、衝撃が振りかかることは無かった。勇ましき少女の声が、ラウラの耳に届くと共に。

 

――――――――――

 

 その後、試合は箒とラウラのペアの勝利という形で終了した。

 途中で起きたラウラの危機的状況を救ってみせたのは、彼女のペアである箒であった。彼女はラウラに斬りかかろうとしていた静寐の前に立ち塞がり、彼女の斬撃を同じブレードで防御したのだ。ラウラを庇うような立ち位置を取ったため、彼女の思惑通りラウラにダメージが通ることは無くなったのである。

 ラウラを守った後は、静寐がティナと合流するのを極力防ぐために1対1に持ち込みながら戦闘を継続。剣の扱いに圧倒的に手慣れた箒が、打鉄対打鉄の戦いの勝利を手にする結果に収まった。

 

 箒に守られて一瞬呆けていたラウラであったが、直ぐに持ち直してティナの拘束を振り払い攻勢に転じた。やはりドイツ国代表候補生としての実力は非常に高いラウラは、圧倒的な実力差を以てティナを完封。カノンによる狙撃で彼女を戦闘不能にまで陥れてみせたのであった。

 

「あちゃあ……やっぱり駄目だったね、途中まではイケそうだったんだけど」

「やっぱり代表候補生は実力がぶっ飛んでるわ。けど鈴(あの子)の思いつきも案外捨てたものじゃなかったかな」

 

 ティナの発言の旨は、ルームメイトである鈴音から試合の前日に貰ったアドバイスのことである。

 鈴音曰く『いい?あのドイツのISはAICっていう技術で動きを止めてくるから、1対1で戦うのは止めときなさい。あと、組み技なんかで逆にあいつの動きを止めてみたら案外いけるかもしれないわよ……タブンネ』とのこと。

 ティナもラウラの実力は又聞きで把握していたため、万が一試合で当たることになった場合を想定して準備していたのである。尚、組み技はいずれ訪れる試合に急繕いで覚えた即席物だということは、誰にも知られていない。そんな彼女が偶然綺麗に決めた試合中の組み技が、とある来賓のお眼鏡に叶ったこともまた、誰も知らない。

 

「何はともあれ、おめでとう箒。色々大変そうな相方みたいだけど……まぁここから先も頑張ってね。応援してるから」

「ああ」

「頑張ってねー。さぁて試合も終わったし、適当におやつでも食べながらのんびり試合観戦を……」

「アリーナ内は飲食禁止だよ?」

「……oh」

 

 好物にありつけないと知って意気消沈するティナと、そんな彼女を宥める静寐は揃ってアリーナのピット口から退場していった。

 

「おい」

 

 箒は背後からペアであるラウラの声を聞き取った。しかし、その声色はどこか機嫌が悪い。背中越しなので表情こそ見えないものの、発せられた声がいつもより低めで圧が掛かっていた。

 心当たりを何となく察しながらも、振り返ってラウラの顔を窺ってみた。案の定、声と相まって機嫌を損ねているようである。

 

「貴様、先程のは一体なんだ」

「なんだ……と言うと?」

「とぼけるな。私が拘束を受けている際に庇ったことだ」

 

 ラウラはそう言うと箒の方へ歩み寄り、互いの肌が密着しそうになるくらいにまで顔と身体を近づける。

 そしていつもよりも鋭い目つきで、箒の眼を睨みつける。

 

「あの程度の攻撃、貴様が庇わずともどうというものではなかった。織斑 一夏との戦いを邪魔するなとペアを組む際に釘刺ししたが、だからといって馴れ合う戦いをするとは言っていないぞ」

「お前と私はペアであり、これはタッグ戦なんだ。馴れ合い云々は置いておくとして、相手によってはああいう助け合いも必要なのではないか?」

「そんなもの必要無い」

 

 箒の諭す様な言葉を、ラウラは厳しく切り捨ててみせた。その態度には一切の迷いが無い。箒の行ったことを快く思っていない様子が容易に見て取れる。

 

「私の戦いに介入する等の余計な真似はせず、貴様はただ足を引っ張らない程度の戦闘を行っていればいい。次に不要なことをすれば、貴様を敵として認識することも頭に入れておくから覚えておくんだな」

「…………」

「ふん」

 

 ラウラはそれだけ言うと、箒から身体を離して足早にアリーナの舞台から去っていった。

 

 去り行く彼女の背中を見つめながら、箒はポツリと呟いた。

 

「難儀な奴だな」

 

 ドが付きそうなくらいの不器用な生き方。自分が心から認めたもの以外を眼中に入れることなく、何も寄せ付けずに突き進んでいくその姿勢。

 行き辛そうな彼女の生き方をまじまじと目の当たりにし、箒は肩を竦めつつ過去の己の姿を思い出し、それに馳せる。

 

 

 

―――かつての私も、あんな風に刺々しかったか。

 

 

 

 そんな風に思いながら、箒はラウラを追うような形でアリーナを出て行くのであった。

 

 

 

――続く――

 




 途中ラウラに箒の胸ぐらを掴ませようとしましたが、ISスーツってアレ掴めるのかな……ポロリしそう(小並感)
 暫くこの2人で話を進めていくような感じになります。次話、次々話は確定ですが……





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第36話 教官と教え子

 

 第2試合を終えたラウラは、学園内に設けられているフリースペースに足を運んでいた。

 彼女がここに来たのは自販機から飲料水を購入する為であり、他人の試合の様子を観戦することに興味の無い彼女は惜しむ様子も無くここにやってきた。有象無象に移る存在の戦う姿を見るよりも、己の身体コンディションを整えた方がよっぽど有意義であると、彼女はそう思っているに違いない。

 ラウラは自販機に硬貨を投入し、ボタンを押す。ガタン、と音を立てながら出て来たコーヒー缶を確認した彼女は、屈んでそれを取り出す。

 

「次の試合に勝利すれば、織斑 一夏との対戦か」

 

 脳内に記憶しているトーナメント表の進行具合を思い返しながら、ラウラはコーヒーを片手にそう呟いた。

 

 今回のイベントでラウラが目標としていることは2つ。

 1つ目は、彼女が敬愛している織斑 千冬の名誉に泥を塗った一夏と、それに強く味方している仲間を諸共撃破すること。

 2つ目は、この戦いで優勝することによって自身の実力を証明し、千冬の関心をこちらに向けさせ、ドイツでの指導に再び熱を持ってもらうようにすること。

 

 この2つの目標が、着実に進行していると感じている。一夏との対戦は既に近くまで迫っており、試合についても相手と圧倒的な実力差を公衆に見せつけつつ確実に勝利を収めている。

 この調子でいけば、必ずどちらの目標も達成出来るだろうという自信を彼女は胸に抱いていた。

 

「待っていろ……貴様は必ずこの私が倒してみせる」

「ほう、教師に対して随分な態度じゃないか」

 

 それも当然である。

 織斑 一夏の実力が如何ほどのものかというのは、既に以前の乱闘戦で把握済み。直線的で動きになんの捻りも無い、高スペックを誇る機体が泣いているだろうという評価が彼女の中で付けられている。

 ラウラのペアである篠ノ之 箒がもう一方のペアを押さえるという約束をしている以上、向こうが頼みの綱としているだろう連携術が充分に発揮される確率は低い。尤も、相手がどのような連携をしようが勝ってみせるという気概と自信が、ラウラの中にはあるのだが。

 

「当然だ。奴の実力など、既に底が知れている。前回は邪魔をされてしまったが……今度は確実に倒してみせる」

「そうかそうか……私も随分と嘗められたものだな」

 

 ……………………。

 

「……え?」

 

 ここでラウラは、先程から何かがおかしいということに気付く。そして、自身の独り言に続いてくる声に強烈な聞き覚えがあるということにも。

 錆びた鉄のようにぎこちない動作で恐る恐る振り返った先には……ラウラの唯一尊敬する恩師、織斑 千冬の姿があった。

 

「もぉっ!?ももも、申しゅわきあるません!!きょっ、きょうきゃんがいらっしゃることに気付かじゅ……!!」

「まぁ、そんなことだろうとは思ったがな」

 

 何事も無くラウラの横を通り過ぎる千冬は、彼女と同じように自販機から飲み物を購入する。ちなみにラウラの買ったものと同じものでもある。

 

 一方でラウラは完全に動揺・混乱してしまっていた。

 何せ千冬はこの学園の教師であり、現在行っているトーナメントの進行を進める一員として本日も努めている。それがまさかこのタイミングでこの場所にいるとは思いもしなかったのである。

 千冬を怒らせることがどれほど恐ろしいか、ラウラはドイツで受けた指導で身に染みて理解している。一見すると怒っているようには見えないが、内心でどのように思っているかが解らない以上、ラウラは冷や冷やしながら千冬の顔色を窺うしかなかった。

 

「……そんなに見てきたところで私の機嫌が変わるわけではないぞ?」

「うぅ……」

「言っただろう、別に気にしていないと。私に向けた言葉でないのに怒ってどうするというのだ」

「そ、そうですね…………その、もしも、もしもですよ?万が一、今の私の発言が教官に向けた者だとしたら……」

「脳細胞を10万個ぐらい殺そうか」

 

 『あと……教官ではなく先生だ』とだけ言葉を添えてから千冬は不敵に笑ってみせた。

 ちなみに、とある出席簿クラッシュ犠牲率№1の男子生徒曰く頭を叩くと5000個の脳細胞が死滅するらしい。10万個と言うことはつまり……。

 

 心底、目の前に居る人を怒らせてはならないと胸中に深く抱いたラウラであった。

 

「まぁ、それはさておき……私がドイツから去った間に腕を上げたみたいだな、ラウラ」

「は、はいっ!」

 

 先程までの不安一杯の表情から一変し、嬉しそうに顔を綻ばせるラウラ。

 自身が『唯一』敬意を表している人物から掛けられる称賛というのは、そこらの嬉しさよりも遥かに勝る感覚がある。軍人時代の際に厳しく指導を受けていた1人であるラウラにとって、千冬からの賛辞は珠玉の価値を意味するものとなる。

 

 そしてその逆もまたしかり。

 認められていないのであれば、そのショックはそれに相対する程の強さとなってしまうのだ。

 

「だが……今のような戦い方をしているお前では、いつまで経っても認めることは出来んな」

「っ!な、何故ですか教官!?」

「……何故だと?ラウラ、私にドイツへの帰還を乞いているのは、まさかかつて教えた『力の在り方』を忘れたからではあるまいな?」

 

 ラウラを見つめる千冬の瞳は鋭い。

 

 千冬がドイツで軍事教官として1年間の活動をしていた頃の話である。

 とある日、千冬はラウラを含めた新人兵士たちに対して『戦いにおける基本』について語っていたことがあった。基本と言っても、技術や知識などの直接的なものではなく、戦うことに関しての『心構え』といったものが対象となっていた。

 

 かつて千冬は、このように教えを行っていた。

 

 

 

―――いいか貴様ら。『力』というのは、持つ人間によって存在意義が大きく異なるものだ。己の感情、欲望、私利私欲の念だけで力を振るうような奴はケモノ以下の醜い愚か者でしかない。そんな奴に戦い方を教える程、私は暇人ではない。

 

 

 

―――しかし自分以外の為、誰かのためにも『力』を振るう事が出来るのならば話は別だ。それが出来る奴だけ私についてこい。戦い方というものをしっかりと叩き込んでやろう。

 

 

 

 と、いうものであった。

 

 先に言ってしまうと、その時点でのラウラは千冬の指導についていくための心は持ち合わせていなかった。

 ラウラの所属している部隊の全隊員は【超界の瞳(ヴォーダン・オージェ)】と呼ばれる疑似ハイパーセンサーを瞳に移植されている。これは視覚情報の処理と伝達の高速化、高機動時における動体視力の強化などを目的としたIS適合性強化処置で、IS操縦者として更なる高みへ至る為にドイツが開発した物である。シュヴァルツェ・ハーゼが全世界で活動しているIS部隊の中でもトップクラスの実力だと称されているのは、このヴォーダン・オージェがその一角を担っている。

 しかし、ラウラはヴォーダン・オージェの適合に失敗してしまった。理論上は不適合になることはあり得ないと言われていたのだが、何故か彼女一人だけがこの瞳に適合出来なかったのだ。適合出来ていない状態での瞳は制御不能となってしまい、その後のあらゆる訓練においてラウラは自分の身体をいつものように動かせなくなってしまい、基準点を下回る評価ばかりを出す羽目になる。

 やがてラウラは『出来損ない』の烙印を押され、軍の物達から嘲笑われ続ける日々を送ることとなってしまった。

 

 嘲笑、侮蔑を受け続けて心身ともに摩耗していたラウラにとって、千冬の来訪は非常に『どうでも良かった』。

 軍の同僚たちは千冬の来訪に歓喜を示していたが、傍から聞いていたラウラは全く興味を示さなかった。自分の身体の精一杯だというのに、今更新しい教官が来たからなんだというのだ……といった具合に。

 

 そしてラウラは、千冬の着任の挨拶の際に…………殴られた。

 正確には、頭のてっぺんに手刀を振り落されたのだ。どのみちどこを殴られようが悶絶する程の痛みであることに変わりは無かったのだが。

 不意打ち同然にやってきた痛みに声を殺して悶えていたラウラであったが、その時千冬から声を掛けられた。

 

 

 

―――全く……交尾が出来る年齢にもなっていない生娘が、そんな死んだような眼をしていてどうする。

 

 

 

―――どうやら『力』の振るう目的をまだ見つけていないようだが……貴様は特別だ、私の訓練に参加させてやろう。なに、この私が教えるのだから、残念な結果にするつもりはないぞ?

 

 

 

 千冬の指導は、どん底に突き落とされたラウラに力を取り戻させた。

 ラウラ個人に対して特別に訓練を付けてくれるようなことは無かったものの、千冬の指示する訓練をこなしていく内にメキメキと力を付けていく己を、ラウラは感じることが出来ていた。そして千冬が教官を務めている時期の内に、ラウラはシュヴァルツェ・ハーゼ隊の頂点へと立った。

 

 ラウラにとって、千冬は救いの神のような存在となったのだ。

 だからこそラウラは千冬に認められていたい、認められていなければならない。そうでなければ、彼女は……。

 

「……勿論覚えています。己の欲の為だけに力を翳すは愚者、他の為に奮う力こそ真がある、と」

「そうだ。ラウラ、お前は今何のために戦っている?」

「決まっています」

 

 ラウラは毅然とした態度で敬礼を取り、真っ直ぐな瞳を千冬に向ける。

 

「教官に鍛えていただいた私こそがこの学園の最強であることを示し、教官の教えこそ絶対であることをこの学園の者達に知らしめる為です」

「……自分の強さを証明する為、そして私の名誉の為に……ということか?」

「はい」

 

 一切の躊躇いも見せぬそぶりで頷くラウラ。

 

 しかし千冬はそんな献身的な思いを抱くラウラとは対称的に、面倒臭そうにため息を吐いた。

 

「くだらんな」

「っ!?」

「私は名誉などどうでもいい。そんなものを守る位ならもっと有意義なことに時間を費やすぞ」

 

 尚、彼女の言う有意義な時間とは飲酒の模様。酒、飲まずには(ry。

 ……という余談はともかくとして。

 

「別にお前の強さを示す意気込みについては特に言うことは無い。軍人の立場であればアホと一蹴してやるところだが、ここは戦場ではないし貴様も只の学生だ。№1を狙う位の意気があれば勉学にも身が入るというものだからな」

「しかし、私は教官の――」

「2度も言わせるなよ。私は私の名誉などどうでもいい、必要とあらば犬にでも食わせてやるつもりでいるさ。3年前のようにな」

 

 3年前。

 過去の出来事を示すその時間を耳にしたラウラは、千冬の示す言葉がなんなのかを直ぐに理解出来た。何故なら彼女も、根強く印象に残している出来事があったのだ。

 

 第2回モンド・グロッソ決勝戦。

 そして世間では公表されていなかった、織斑 一夏の誘拐事件。

 

「教官は何故、あの男に対してそこまで……」

「お前も近いうちに分かるさ」

 

 そこで千冬はチラリと自身の腕に付けている腕時計を一瞥し、時刻を確かめる。

 

「そろそろ私も次の作業に行かなければな。お前もダラダラと休まず、他の奴等の試合でも見に行くことだな」

「……ご命令とあらば、従いますが」

「ただの注意だ。教師として当然の指摘に決まっているだろう。……そうだな、注意ついでにもう1つ言わせてもらうとしよう」

 

 缶コーヒーを片手に立ち去ろうとしていた千冬であったが、ふとその足を止めて背を向けたままラウラに声を掛けた。ほんの僅かに見えるその横顔には、先程同様の不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「お前のペア……篠ノ之は出来る奴だ。私の言葉の真実を知りたいのなら……あいつに少しでも心を許してやってみたらどうだ?」

 

 

 

―――続く―――

 







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第37話 怪しげな動き アリ

 

◇   ◇

 

 現在、私と一夏少年は2人きり、もとい1人と1匹っきりでアリーナの一角を歩いている。一夏少年がトイレに行きたくなったということだったので、私は道中の彼の話し相手となるべく同行することになったのだ。

 

S学園内の男子トイレは3か所しか設けられていないが、各アリーナに関してはそれぞれの更衣室に隣接させて1か所ずつ設置している。なのでわざわざ学園に戻ってトイレに向かう……ということを一夏少年はしなくても良いのだ。流石に此処から学園のトイレまで尿意に耐えながら行けというのは酷な話だろうね。

 とは言っても更衣室まで多少の距離があるのは紛れもない事実であり、今日は普段と違って授業の合間の休憩時間に急ぎ足で行くような、余裕の無さは一切ない。今回の大会は一般的なトーナメント形式で進められているため、試合の消化ごとに次の自分の出番までの間隔が短くなるが、それでも十分に時間は与えられる。

 要は、道中が寂しいから話し相手が欲しかったという一夏少年の要望を私が叶えただけの話である。ちなみに今は用を済ませて会場に帰ろうとしているところだ。

 

≪少年の次の試合は……箒ちゃんとラウラちゃんのペアだったね≫

「……ああ」

 

 やたらシリアスな会話が展開中。

 いや、ちゃんとこの前には楽しく雑談してたんだよ?どの試合が見応えあっただとか、箒ちゃんの活躍が眩しくて感激したとか色々と。ただ単に今この話題に触れてしまっただけで。

 

 少年は箒ちゃんがラウラちゃんを気に掛けるようになった理由を、未だハッキリと理解していない。少年も何度か箒ちゃんに直接訪ねようとしたのだが、醜い過去の自分を意中の相手に軽々と話したくはない……という理由で箒ちゃんも答えるのをはぐらかしているのだ。勿論、本人が躊躇っているのに私から教えるような道理は無いので、少年から尋ねられても『私からは答えられない』の一点張りで通させてもらっている。

 少年には申し訳ないけど、箒ちゃんが自分から言えるようになるまで待っててあげて欲しい。おそらく、そう遠い話ではないだろうけれど。

 

 そして少年は、箒ちゃんが気に掛けているラウラちゃんに対して複雑な思いを抱いている。転校初日から妙な威圧を掛けられたり、シャル・ガールとの練習中に襲い掛かって来られたり、仲間の鈴ちゃんたちに襲撃を掛けてきた際、それを止めるために鈴ちゃんたちの加勢をしたが圧倒されたりなど、敵対的な行動が非常に目立っている。

 仲間に手を出したことは許せない。しかし自身の幼馴染みの1人から敵意とは違った目で見られ、自身の姉を崇敬とも言える程に慕っている。それらの要素が絡み合って、彼女のことをどう見たらいいのか、少年はそこに迷っているのである。

 

 しかし、未だ抱える迷いの中でも、確かに宿らせている思いが少年の中にはある。

 

「箒のこと、ラウラのこと……まだ色々分からないことがあるけど、まずはあの2人に勝たないとな」

 

 戦う以上は、勝利するのみ。

 大和男子の如き思念を持ちながら、一夏少年はそう意気込んでみせた。

 

「もちろん、その後はテオにも勝たせてもらうからな。ちゃんと待っててくれよ?」

≪ほほう、随分と自身満々だね≫

「今回はタッグバトルだからな。俺自身はまだまだ強いと言い切れないけど、シャルルと一緒に頑張れば、テオに勝てる可能性だって少しは出て来るだろ?」

≪ふっ……なら、のほほんちゃんと一緒に重々気を払っておかないといけないね≫

 

 いつもは飄々とした感じなのに、こういう勝負事になると途端に熱血が入るんだよね、昔からこの子は。若き青春って感じで好ましきかな。まぁ、試合が来るまで期待させてもらうとしようか。

 

 ……と、私たちが談笑をしながら通路を歩いていた時だった。

 通路の先から、聞き覚えのある声が私の耳に届いてきた。この先には多目的ロビーが設けられており、エアコンやソファなどが設備されていることから休憩室としても利用されている。

 聞こえてくる声は非常に小さいが、私は何とかその特徴を聞き出してみせる。若干年齢を重ねた女性の印象で、どこか棘があるような感覚を与えられるものであった。そしてその声は、馴染みこそないものの『警戒するべき相手』の類いだと認識していたので、私は間も無くその声の人物を特定するに至った。

 

 私はピタリと足を止める。私に釣られて、少年もふと歩みを止めて私の方に向き直ってきた。

 

「テオ、急に止まってどうかしたのか?」

≪……少年。ここから先は一言も喋らずに、足音も極力控えて進んでほしい≫

「……?」

 

 要領を得ない、と言いたげな顔で首を傾げる一夏少年。しかし私の声が冗談の類いではないという事を察し、直ぐに無言で頷いてくれた。

 私と一夏少年は、音を立てないように多目的ロビーへと進む。私に至っては念を入れて気配も殺している。流石に一夏少年に気配を消すよう頼むのは無理があるが、言われた通り音を立てずに進んでくれているので何も問題無い。

 

 そして私たちは多目的ロビーがある場所まで辿り着き、広い空間には出ずに角壁の陰に身を潜めて、ロビー内の様子を窺う。

 

 ロビーには1人の女性がこちらに背を向けながら立っており、手に持っている携帯で細々と声で会話を行っていた。

 

「……」

 

 一夏少年が『あの人は誰だ?』と目線で訴えかけてくる。

 

 私は女性の正体を知っていたため、正直に答えることにした。

 今の一夏少年が特に悪い印象を抱いているであろう人物の内の1人で、来賓受付にて私に辛辣な態度を向けてきた『あの女性』の名前を。

 

≪マリーヌ・デュノア。シャル・ガールの父親の本妻だよ≫

「っ!……あれがシャルルの……!」

 

 マリーヌ・デュノア。

 私が女性の素性がシャル・ガールの義母だと明かした途端、一夏少年の目つきが変わった。鋭く尖らせて、敵意を含めた眼である。少年は鬼気の籠った雰囲気を醸しながら、ズンズンと彼女の方へ歩みを進め出した。

 

 流石にこれを見逃すわけにはいかず、事前に予測できていた私はすかさず一夏少年の肩へと跳び乗った。彼の肩に乗った際にその表情を覗いてみたが案の定、完全に激情に駆られてしまっている。

 

≪待った。何をするつもりだい少年≫

「決まってる、あの人に言っておかなきゃならないことがあるんだ」

≪落ち着きたまえ。ここでどうこう言ったところであの子の状況が良くなるわけではないよ≫

「そうじゃないっ、俺は――」

 

 聞く耳持たずか。仕方がないけど……。

 

≪必殺……ネコぱんち≫

「おうふ」

 

 少年の眉間に一発、拳をかましてみせた。

 必殺ネコぱんち、相手は死ぬ……じゃなくて、流石に少年も眉間に拳を喰らって平然のままではいられなかったようで、よろめく形をとることとなる。

 

≪少年の怒りは私にもよく解る。血が繋がっていないとはいえ、夫の不始末を子供に八つ当たりして蔑ろにするような人間だ。私とて最初にシャル・ガールから話を聞いた時は怒りを覚えていたさ≫

「だったら――」

≪だけど、感情のまま動いたからって良い結果を産み出せるとは限らない。ここで騒ぎを起こすようなことになれば……卑怯な言い方になるかもしれないけど、君の保護者でもある千冬嬢に責任が掛かることも考えられるよ≫

「……!」

 

 千冬嬢の名前が出た途端、一夏少年の表情が渋くなる。

 やはりお世話になり続けてきている家族に迷惑を掛ける事が想定されると、躊躇いが生じてしまうのだろう。姉想いな少年なら、それは尚更だ。

 

≪シャル・ガールの件については学園の方で既に対策をしてくれているし、フランスやデュノア社へも裏でアプローチを掛けている≫

「……」

≪小難しい事は私たち大人に任せてしまいなさい。今のシャル・ガールには事情を知ってくれている同年代の子……つまり君だけが彼女の心の支えになってあげられる。だからあの子の傍にいて、守ってあげて欲しいんだ……頼めるね、少年≫

「…………」

 

 私の言葉に耳を傾け、深く沈黙を行う一夏少年。

 やがてその身は、スッと構えを解く。マリーヌ・デュノアの元へ行こうとする気配を失せながら。

 

「……分かった。俺が勝手に動いたらマズイっていうのなら、ここは大人しくする」

≪ああ。我慢させるような真似をさせて申し訳ないけど≫

「いや、俺の方こそ迷惑かけてゴメン。それと、シャルルの事は俺に任せてくれ。ちゃんと守ってみせるから」

≪ふっ、それじゃあお姫様のボディーガードは騎士殿にお任せするとしようかな≫

「おう」

 

 そう言って一夏少年は、爽やかな笑顔を浮かべる。世の女性を虜にさせる魅力を備えたスマイルパワーは伊達ではない、というか一夏少年ってやっぱりイケメンだよね。男もといオスである私もそう思う。

 

 さて、一夏少年の方はこれで解決できた。

 私は少年を引きつれて、マリーヌ・デュノアの死角に入るように柱の陰に身を潜めて彼女の様子を窺う。先程から誰かと携帯で電話をしているようだが、未だ継続中であるようだ。私たちの方を全く見ていないことから、先程のやり取りがあったにも関わらずバレていないらしい。結構騒いだと思ったんだけどね、まさに奇跡。

 

 それはさておき、私は耳に神経を集中させて彼女の会話を聞き盗ることに専念し始める。

 

「――ええ、手筈は概ね整って―――、――ドイツの代表候補生には――――」

 

 …………。

 流石に全てを聞き取るのは難しいか。銀雲のハイパーセンサーを起動させた方がいいかな。

 

「なぁテオ、流石に距離が離れすぎて全然聞き取れないんだけど。向こうも声を控えめにしてるし」

≪猫は耳も優れてるのさ。……ちょっと集中してるから、また後でね≫

「あ、あぁ……というかなんで急に盗み聞きすることになったんだ……?」

 

 一夏少年にそう告げ、私は銀雲のハイパーセンサーをONにして、その中の音声情報処理機能を起動させる。

 これを起動させることによって遠く離れた場所の音を聞き分けることが可能となり、マリーヌ・デュノアだけでなく電話相手の会話もバッチリ聞き取る事が出来るようになる。

 

 しかし……。

 

≪(これは……?)≫

 

 機能を起動させた途端、私の耳には砂嵐の様なノイズしか入ってこなかった。ザァザァといった音が聴覚情報の支配を奪い、電話相手どころかマリーヌ・デュノアの声さえも聞き取ることが出来ないようにしてきたのだ。

 

 突然のことに訝しみながらも、ISのコンディションをチェックする。機体の不調を考えてみたのだが、予想とは違って銀雲にもハイパーセンサーにもおかしな点は見当たらない。至って正常な状態だ。

 機体の不備でないとなれば、残る可能性は……。

 

≪(電話に何か細工を施した、か……ISのハイパーセンサーによる盗聴を妨害する為の何かを)≫

 

 このことは束ちゃんに報告した方が良さそうだ……と心の内に留め、私はハイパーセンサーを切る。

 ハイパーセンサーが使えない以上、最初の時と同様に自前の聴覚を以て盗聴するしかない。否、それ以上に聴覚を鋭くさせて、マリーヌ・デュノアの会話を少しでも多く聞き取れるように努める。

 

「――問題ないわ。それで、デュノア社を―――」

 

 ……。

 

「――別にいいわ、あんな低迷した―――」

 

 …………。

 

「ちゃんと用意―――――じゃあ、また後で」

 

 …………。

 

 どうやら通話の方は終了したようで、マリーヌ・デュノアはそのまま周囲を警戒しながら、足早に多目的ロビーを去っていった。

 

 マリーヌ・デュノアの足音が聞こえなくなったのを確認すると、私と一夏少年は柱の陰から姿を現す。

 

「結局全然聞こえなかった……テオは聞こえたのか?」

≪んー……まぁ、ある程度はね≫

「猫の聴覚ってすげぇ。それで、あの女の人はコソコソなんの話をしてたんだ?」

 

 なんの話を、ねぇ……。

 

≪いや、つまらない話だったみたいだよ≫

「そうなのか?」

 

 あぁ、その通り。

 

 

 

 

 

 デュノア社を捨てて悪の組織に寝返る、1人の人間。

 目の前に釣り下げられた餌に食いついた、欲望に靡く醜い姿。

 

 本当に、つまらない。

 

 

 

――続く――

 




マリーヌ「あれだけあの二人が騒いでたなら、普通私も気づけたでしょ」

テオ有能、マリーヌとドルべ無能。

一夏「バリアンの(面)白き盾さんは関係ないだろ!いい加減にしろ!」


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第38話 激突する4つの想い

 

◇   ◇

 

 

 タッグトーナメントAブロック準決勝。

 

 男子生徒2名出場の影響で観客席の歓声が鳴り止まない現在、アリーナには4人の選手が立っている。

 

 【白式】を装着した織斑 一夏。

 【打鉄】を装着した篠ノ之 箒。

 【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】を装着したシャルル・デュノア。

 【シュヴァルツェア・レーゲン】を装着したラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 4人の間から発せられる雰囲気は、これまでのどの試合よりもずっと重々しく感じるほどである。周囲の熱気とは一線を画した空間が、アリーナの舞台内を占めていた。

 

 織斑 一夏は、この戦いに決意を抱いている。隣にいるシャルルと共にラウラを、そして箒との勝負に打ち勝ってみせると。

 自分の幼馴染みが、ラウラのことを気に掛けている理由はまだ聞かされていない。だが少なくとも、自分の目の前にいる箒の表情に憂いは感じられなかった。その瞳は心身を反映したかのように真っ直ぐで、この試合に対して、そして一夏たちに対しても真摯に向き合おうとしている。

 そう。どんな理由を抱えていようとも……。

 

「(お前がそう在るなら、俺も半端な気持ちじゃダメだよな)」

 

 一夏は穏やかな笑みを浮かべながら、意気込みを改めて臨み出す。手に握る雪片弐型を、今一度強く力を込めて。

 

 篠ノ之 箒は、試合前にラウラから言われたことを思い返していた。

 

 

 

―――織斑 一夏との戦いのことだが、以前に手出しをするなと言っていたあの発言は取り消しておく。戦闘中は必要に迫られた場合のみ、好きに動くことを私が許可する。

 

 

 

 上から目線気味なのは払拭しきれていなかったが、それでも箒は彼女の言葉を聞いた瞬間、その内容をもう一度確認したくなる程に耳を疑った。

 あれだけ一夏打倒に固執し、箒自身とも馴れ合うそぶりを見せなかった彼女が、それほどまでに譲歩するとは思ってもいなかった。それも、ラウラの方から言ってきたのだから余計にそう感じる。

 

 原因はどうあれ、箒は彼女からの話に手放しで喜んだ。

 彼女の心が良い方向に変わる兆候が芽生えそうな今こそが絶好の機会。今回の試合の相手はラウラから憎く思われている一夏と、最近の学園生活でラウラと多少の因縁が出来たシャルルであるが、今のラウラと戦うのに最も適した人物たちでもある。自分ではない『誰か』のために力を振るうことが出来る、彼らならば。

 

 箒は刀を構えながら、剣道の試合の時と同様の精神を作り出す。

 試合を行う相手には全身全霊誠心誠意で相対する。箒が自身の剣の師である父、柳韻から教わった剣道の心得だ。

 

「(一夏、シャルル……私はお前たちと全力で戦い、向き合おう。だからお前たちも私と……ラウラと、真っ直ぐ全力で向き合ってくれ)」

 

 シャルル・デュノアは、アリーナの来賓席にほんの僅かな視線を向ける。

 視線の先では30~40代前後の人物たちが、期待を込めた目でアリーナにいる自分たちを見てきているのがハイパーセンサー越しで視認出来た。IS業界の重鎮というのはその役職柄、女性が重役を担うことが多数であり、今回の大会に訪れてきた者たちも8割以上が女性で占められていた。

 

 山田先生が入学翌日の授業で話していたが、ISは操縦時間に比例して搭乗者との同調率を高め、相互理解を強めて更なる性能を引き出すという特性がある。その特性上、ISは単なる道具ではなく、自身のパートナーの一種として捉えるというのがIS操縦者間における認識として置かれている。

 

 IS企業というのは、ISを乗りこなせるテストパイロットが全体の開発品を試運転してくれなければ信用を得ることが出来ない。誰も試したことが無い物を薦めて信憑性がついて回るなど、そんな虫のいい話は滅多に無い。そのため企業を経営する身である者は、女性の感性になるべく合わせた装備やシステムを開発部の者と談議し、当然女性となるテストパイロットの心身ケアを衛生管理部の者と話し合う等、全体の方針を把握していくことが有利に運営を行っていくことが出来る。

 詰まる話、女性同士で話を進めた方が円滑になりやすいので、IS関係の仕事は女性の割合が多いというわけである。

 一方、男性がIS関係の仕事に携わるケースもあるにはあるのだが、大抵の職場が女性多数の為か利便の差があったり、開発部への就職の場合はIS委員会から貸出される、取扱いが非常に重要視される資料を猛勉強して資格を獲得する必要がある等、かなりの困難が想定されるため積極的に就こうとする者は多くはない。高い給料が魅力的で将来への備えを考えるならば、一考するのも悪くはないかもしれないが。

 

 話が長くなってしまったので、IS界の一般知識はこの辺りで区切る。

 

 シャルルはサッと来賓席を見渡してみたが、その面子を確認して安堵の息を吐く。

 それは、彼女が姿を確かめようと思っていた女性――マリーヌ・デュノア、自身の義母が居なかったことによる安心感故に発せられたものだった。

 

 つい先程、シャルルは自身の義母がこの会場に来ていることを知った。

 それまで一夏やテオ、クラスの皆と試合の観戦を行っていたのだが、テオと一夏がトイレに行くと言って席を離れたことによって周囲はターゲットをシャルル1人に限定。好きな食べ物は何か、好きな女性のタイプは何か、お風呂の際はどこから先に洗うか等、試合観戦そっちのけで質問攻めのタイムが開始され、シャルルは根気が続くまでその質問を上手い具合に捌き続けた。一部の女子が暴走して『女性の下着ってどんなのが好きですかね』『胸の大きさってやっぱ気にする?私の触る?むしろ触っテ!』と発言して他生徒から粛清を受けている最中に、シャルルはこっそりその場を離脱した。ある意味ノリの良いクラスで助かったと、心の隅で思いながら。

 

 脱出したとはいえ、特に行く当ても無かったシャルルはその足で一夏たちを迎えに行くことにした。男性用トイレから観客席までのルートは多数あるが、それはあくまで他クラスが現在使っている観客席に通じる通路も含めての話であり、1年1組の観客席に通じる通路であれば1つに限定することが出来るため、行き違いになる可能性はまず無い。次の試合までに余裕があるとはいえ、そうホイホイと寄り道をするような2人でもない筈なので、シャルルは2人を信じて素直に道を進んでいった。

 

 そして、その道中。

 自身の義母、マリーヌ・デュノアが通路を歩いている姿を目撃してしまったのだ。幸いにもそこが一本通路ではなくT字であったため、向こうがシャルルの姿を見たような様子はなかった。特に足を止めるそぶりも無く、ツカツカとヒールの音を立てながら行ってしまったのをシャルルは見納めた。

 シャルルはマリーヌを見た瞬間、身を反射的に縮こまらせた。出会って早々殴られたことが影響してか、顔を見るたびにそのことを思い出してしまい、心に多少の恐怖が駆け巡ってしまうのだ。

 

 ここにいたのは、十中八九デュノア社関連であろう。

 それならばデュノア社のトップであるシャルルの父が来てもなんらおかしくない、寧ろそちらの方が自然な気もするが、その姿もマリーヌ同様見当たらなかった。マリーヌがここに来ているということは、恐らくデュノア社長はこの会場に来ていない可能性が非常に高くなる。マリーヌとデュノア社長はシャルルの存在が影響してギクシャクし始めたため、ここ数年は一緒にいるという話をシャルルは聞かなかった。

 

「(父さ……社長じゃなくて、どうしてあの人が此処に来たのかは分からないけど……)」

 

 来賓席に向けていた視線を、今度は隣にいる一夏に向ける。

 いつもの生活ではあまり見せない、真剣な表情が彼の顔には現れていた。シャルルがこ一夏のそんな顔を見るのは、あの夜……自分の正体をバラして、自分のことのようにシャルルの境遇を怒ってみせた時以来であった。

 誰にも言えない秘密を隠し、孤独を感じていたシャルルにとって、彼の親身な態度は心が温かくなるものがあった。

 

 だからこそ、今は一夏のために頑張ろう。今度は自分が彼の助けになる。

 そんな決心を胸に秘めさせるシャルルの心は、既に晴やかなものとなっていた。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは、箒に対して言った言葉を思い出し思案する。

 

「(手出しを認める、か……私も随分と甘く出たものだな)」

 

 だが、悔いはない。そもそも口約束程度なのだから、やろうと思えばいつでも訂言する事は出来るが、今のラウラはそれをするつもりもなかった。

 

 ラウラは未だ織斑 一夏を許すつもりはない。過程はどうあれ自身の敬愛する教官の名誉を剥奪した罪はラウラにとって許されざる所業であり、転校初日に見た軽薄そうな面構えが、犯した罪を全く意識していない事を示唆しているとしか思えず、抱いていた怒気に拍車を掛けさせられたのだ。その後の日常生活を見ても、それらしい様子を感じることが出来なかったため、一夏に対する憎悪が衰えることは無かった。

 そしてそんな彼の周りに集まる少女たちも、ラウラにとっては不愉快でしかなかった。学園唯一の男に顔を赤らめ、媚び諂い、尻尾を振る雌犬。一夏の周りで彼を持ち上げる女子たちやあからさまな好意を向けているセシリアたちを、ラウラはそのように捉えていた。

 

 そんな中で、ラウラは箒と邂逅した。

 彼女のことを本格的に認識したのは、セシリアと鈴の練習に乱入した時。その後加わって来た一夏とシャルル共々圧倒し、彼らに続いて箒が打鉄を纏って参戦して来たのだが、そこでラウラは箒の『目』を真正面から見た。

 その時に見た際は、憐みの感情しか感じ取ることが出来なかった。だからラウラは激昂し、彼女も敵として認識するようになった。

 

 その後、ラウラは箒の保護者と称しているテオから情報を聞き出すことにした。こちらに対して敵意が無いのを察し、何かしらの情報を得ようと考えたのだ。結果的には箒から向けられた感情が憐憫だけではないということが判明した為、客観的に見ると良い展開であると言える。

 そして試合の合間の休憩中、織斑 千冬が箒に頼ってみろと推してきたことが更なる一手となった。多少の問答を心の中でとった結果、直後の試合については手出し無用ということで試合を進めていき、勝利を収めた。

 そして試合の後、つまり今回の試合の前にラウラは箒に許可をした。『必要に応じて』という前提付きではあるが、一夏と自分の戦いに干渉することを。

 

 一夏を叩き潰すという野望は潰えていない。しかしそれと同等、もしくはそれ以上に確かめたいことがラウラの中で定まっていた。

 憧れである教官の強さの源が、箒と力を合わせた先に見出すことが出来るかもしれないと。そして隣にいる少女、箒が一体自分に何を求めているのかを。

 

 ラウラはそれらの答えを得るべく、その思いの表れとして拳を握りしめる。

 

「……漸く俺たちの試合だな」

「ああ。私はこの時を待ち侘びていた……貴様を叩きのめすことが出来るこの機会を」

 

 試合開始の合図となるカウントダウンが、5を表記する。

 

 その瞬間、一夏とラウラはまったく同じタイミングで歩を進める。ガシャリ、と音を立てながら彼らは一歩をとる。

 

「悪いが俺は、俺たちは負けるつもりはねえよ。この勝負、勝たせてもらう」

「ふっ……こちらもそうそう負ける気概は持ち合わせていないのでな。そうだろう?ラウラ」

「……ふん」

 

 4、3とカウントの数字が変化していく。

 

「箒、一夏は君がどうしてボーデヴィッヒさんとペアを組もうとしたのかずっと気にしてた。一体どうして――」

「いいんだ、シャルル」

「――っ、一夏……」

 

 2、1。刻々と開幕の時が迫る。

 既に四者の距離は、一度近接武器を召喚して振るえば届くほどの距離にまで近づいていた。

 

「……済まない一夏。これは私の過去へのケジメでもあり、望んで決めたことなのだ。あの時の私を、滔々と語る気には未だなれないのだ」

「気にするなよ。お前がやりたいって決めたことなら、俺は止めたりしないぜ。……だけど、いつか俺にも話してくれたら嬉しいけどな」

「……あぁ、いつか必ず。……あの頃の弱く醜い私を受け入れてほしい」

 

 0。

 試合開始のブザーが、アリーナに響き渡る。

 

 その瞬間、4人はそれぞれ既に手に持っている近接武器を構え、対面する者達に向けて振りかざした。

 刃のぶつかり合う音が、激しく生じる。

 

 いざ、尋常に――。

 

『勝負っ!!』

 

 

 

―――続く―――

 








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第39話 蠢く影ーー②

 

 Aブロック準決勝、織斑 一夏&シャルル・デュノアVS.篠ノ之 箒&ラウラ・ボーデヴィッヒによる試合は、これまでのどの試合よりも観衆を強く白熱させ、関心を抱かせていた。

 

 理由としては先ず、出場者の顔ぶれが非常に豪華であることが1つ。

 1人は世界最強のIS操縦者である織斑 千冬の弟にして、世界で最初に男性でISを動かしたことによって世界的に名前を知られることになった少年、織斑 一夏。そのペアは、一夏とはやや遅れて発表された、世界で2番目の男性IS操縦者にしてフランス代表候補生兼デュノア社の御曹司、シャルル・デュノア。

 もう一方のペアについても、ISの産みの親である篠ノ之 束の妹である篠ノ之 箒と、ドイツに所属しているトップレベルのIS部隊の現隊長にしてドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 彼らの名前はIS企業の重鎮だけに留まらず、各国の政府関係者の記憶にも刻まれている程の著名ぶり。故に今回直々に訪れた来賓の面々は、この試合がどれ程見応えがあるかを試合前から各々期待していた。

 

 来賓が出場者の『名前』で興味を抱いたのに対し、学園の生徒たちは出場者の『実力』を理由に、観戦する試合に対して純粋な思いで盛り上がっていた。

 4者の実力がどれほどのものかというのは、これまでの試合で皆が把握できている。代表候補生であるシャルルたちは当然のこと、入学一週間で代表候補生をあと一歩の所まで追い詰め、クラス対抗戦のアクシデントの解決に大きく貢献した一夏や、一般の1年生の中では一際抜きんでた実力を発揮している箒。

 彼女たちが現に繰り広げているハイレベルで互角な戦いは、ISを操縦することを夢見る少女たちにとって見応えのある光景となり、夢中にさせる程にその目を奪っていた。

 

 一夏がラウラに向けて剣を振るえば、ラウラは苦する様子も無く防いでみせて。

 シャルルがその隙を突いてアサルトライフルによる銃撃を行えば、箒が間に割って入って銃弾を刀で弾き飛ばす。

 その隙にラウラが一夏を蹴り飛ばし、レールカノンによる追撃を放つ。

 2人が砲撃を捌くことを想定した箒が先んじて動き、案の定連携して防いだ両者に向かって刀を振り下ろす。

 

 一夏とシャルルは最初の試合から出来上がった連携なのに対し、協力する気を合致させたばかりの箒とラウラのタイミングは一歩劣って見える。しかしラウラの持ち前の戦闘能力と空間把握能力、ラウラと息を合わせる事を予め願っていた箒の思いが、ほんの少しずつではあるが改善の様子を見せている。

 勿論、そんな光景を見た一夏とシャルルもただ驚くだけでは終わらせない。自分たちも負けていられないと意識を重ね、互いのパートナーを想い動きに更なるキレを生み起こす。

 

 4人が試合の中で成長していく、切磋琢磨と評すべき姿。4人の意図とは関係無く、この試合は間違いなくそれぞれを高みに上らせる意味を持ち始めた。

 

 アリーナの興奮は、更に上昇していく。

 

 

 

「…………」

 

 盛り上がっているアリーナの熱気とは裏腹に、淡翠色の瞳による冷めた視線が何処からかあった。

 視線の持ち主は20歳程度の容姿をした美少女で、IS学園の制服ではなく、スカートタイプのシンプルな黒いスーツを着用している。彼女の若々しい容貌でスーツを着ているというのは珍しく、ある程度の年齢となっている各来賓と比べると非常に目立つ。

 更に拍車を掛ける要素として、髪の色は明るい桃色。学園内には童顔で緑色の髪をした教師や水色の髪の生徒会長がいるが、彼女たちに匹敵するほどの貴重な髪色だ。ウェーブの掛かったその長い髪は、現在下ろしている様子。

 

 桃髪のスーツの女性――ロゼ。

 【亡国機業】のとある実働部隊にて工作員として就いている存在だ。

 

 ロゼは会場に向けていた視線を一旦落とすと、手持ちのスマートフォンが着信を告げていることに気付く。彼女はそれをスーツのポケットから取り出すと、耳に近づけて相手の声を迎える。

 

『マリーヌ・デュノアよ。こちらは準備完了したわ』

「お疲れ様です。私の方も手筈は整えてありますので、開始は貴女にお任せします」

『もう一度掛け直すのも面倒だし、この電話が繋がっている内にやるわ』

 

 電話の主、マリーヌ・デュノアの声が届く。

 

『それにしても、貴女まで学園に来ていたなんて初耳だったわ。いきなり電話が来たから驚いたわよ』

「それに関しては申し訳ありませんでした。貴女の脱出の手引きをするようにと、上から指示が下りましたので。今は別の場所で待機させてもらっていますが」

『別になんでもいいわ。どうせデュノア社の将来なんてもう期待出来たものじゃないし、ボタン一つ押すだけで裏世界の幹部職を得られるなんて……創作物みたいな美味しい話じゃない』

 

 電話越しの声色が一層昂ぶっているのをロゼは感じ取った。

 

 マリーヌは既に自身の将来にだけ興味を向けているため、外見の目立つロゼが何故このIS学園に侵入出来ているのかを、訊かれてはいないがこの場で説明することにする。

 

 先程述べたように、ロゼは裏世界の工作員として活動している。たった1つの失敗も危険な世界に於いて半端な技術は己を滅ぼすことになるが、ロゼは間違い無くプロの域に達している。そんな彼女がIS学園に侵入した手段は、非常にメジャーなものである。

 変装術。己の姿を偽り、従来とはかけ離れた存在となって対象に干渉し欺く、工作スキルの一種。ロゼは変装に関しては十二分の整えを施す傾向があり、大半の事に関して細工を行うようにしている。

 目立つ桃色の髪は特注品のウィッグで隠し、ズレが生じない様に固定も行っている。特殊メイクで顔や手の張りを演出し、皺やシミなども完璧に演出してみせる。カラーコンタクトも各色常備しているなど、抜かりはない。

 無論、髪や顔だけでなく身体の方にも手を加えるようにしている。素の状態はスラッとしていてモデルのようだが、身体にサラシを巻いて調節を行い、靴の厚で身長もある程度誤魔化す事が出来るようにしている。体臭等も自前で揃えている香水品や消臭品、入浴のタイミングなどを計算して変化を伴わせる。

 更に声帯を変化させる術も心得ており、通常の会話も変えた声を崩すことなく行えるように訓練している。

 

 以上の通り、今回のIS学園の侵入に於いても文字通り万全の状態で変装を行ったロゼは、『誰にも怪しまれずに』受付から堂々と入ってみせたのだ。

 現在のロゼはメイクを手洗い場で洗い流し、変装に使用した道具は全てビジネスバッグに収納して普段の姿に戻っている。

 

『それじゃあ、そろそろ始めるとするわ』

「ええ。お願いします」

『……いくわよ』

 

 彼女がそう告げた直後、アリーナで試合を行っていた選手たちの内の1人に異変が生じ始めた。

 その者は突然金縛りにでも遭ったかのようにピタリと動きを止めてしまい、眼だけが左右に動いている状態となってしまっている。現在の彼女はISを装着しているので、眼前に表示された情報を呼んでいるのだということが窺える。その様子は完全に面食らったもので、試合中に浮かべていた平然な態度は徐々に薄れていっている。

 

 そして、異常が起きた。

 突如、そのISから見慣れない黒い流動体が湧き上がったのだ。関節部から突然湧いて出たそれは、アリーナにいる誰の知識にも当て嵌まらない存在であった。

 泥のように蠢くソレは、まるで意志を持った生物の様な動きを行い、ISもろとも搭乗者を覆い尽くしてしまったのだ。

 

 対象――ラウラ・ボーデヴィッヒが謎の黒い物体に取り込まれてしまう一連の出来事は、彼女が動きを止めてから僅か11秒の時間で完遂されてしまったのだ。

 

 その様子を見たロゼは、ほぅ、と若干の関心を込めた息を零した。

 

「……これはまた、珍妙な光景ですね」

『ヴァルキリー・トレース・システム……VTシステム、だったかしらね。ドイツも中々趣味の悪いもの作るのね』

「過去のモンド・グロッソの部門受賞者、ヴァルキリーの動きを搭乗者に模倣させる機能……文字通りの内容という訳ですか」

 

 VTシステムなるものの詳細を頭に浮かべながら、ロゼはアリーナで起きている事態を観察する。

 ラウラを覆い隠していた黒い物体は、徐々にその輪郭を露わにさせていく。形状の変化が収まった頃には、ラウラのボディラインを模った粘土人形のような姿が其処にあった。全身を頭部の目の箇所から漏れ出しているラインアイ・センサーの赤い光が、更なる不気味さを演出している。

 

『それにしても、このボタンを1つ押しただけであんなことになるなんてね……一体どういう原理で起こったのかしら』

「本来であれば、VTシステムは予めISに設定した内容をクリアしなければ発動されません。内密に仕込んだ者によると、どうやら搭乗者の精神状態と機体ダメージが追い込まれた状態で、搭乗者に強い願望や意思が生まれると引き起こされるように設定したとか。しかし万が一の事態への備えとして、VTシステムを強制的に引き起こすリモートコントロールを用意したそうです」

『それがこのボタンという訳ね。……けどこれ位なら私が態々やらなくても、あなたやこの学園に潜んでるスパイとやらがやれば良かったんじゃないの?』

「スパイの方々には今後も活動を行ってもらう必要があるので、不自然な行動は避けてもらっています。私は私で別件がありましたので、今回は貴女がこちらの世界に入れるかどうか、試験的なものとして行わせていただきました」

『どういうこと?』

「私たちの世界に入れば、これ以上に過激なものも珍しいことではありません。言ってしまうと、この程度で躊躇っている様ではお話にならないという話です」

『……ふん』

 

 篩(ふるい)にかけるロゼの姿勢が面白くなかったのだろう。電話越しに聞こえる鼻を鳴らす音は、どこか機嫌を損ねた印象であった。

 

 しかし、対するロゼの表情は眉一つ動く気配が無い。相手の気分などまるでお構いなしという風に。

 

「ともあれ、これで貴女も私たちの組織の仲間入りを果たすことが出来ます。おめでとうございます」

『はいはいどうも。それならさっさとここから離れて……なっ!?』

 

 それまで何事も無く進められていた会話であったが、突如マリーヌの驚声が走る。それ以外に聞こえてくるのは、複数人による構成と思われる足音が次第に大きくなっていく様子。

 

『嘘でしょ……!なんでこんなに早くバレたのよ……!?』

「おや、随分早く知られてしまいましたね。向こうにも手回しの速い方がいらっしゃったようで」

『何を呑気なこと言ってんのよ!?こういう時の為にあんたが来てるんでしょ、さっさとこっちに来て私を助けなさいよ!』

「あぁ、そうでしたね。それではマリーヌさん―――」

 

 

 

 

 

「―――短い間柄でしたが、さようなら」

 

 ロゼが機械のように淡々とそう言い放った瞬間、電話の向こう側で世界が止まったかのような静寂が発生した。

 

 10秒未満の静けさが経った後に、マリーヌが再び声を発す。但し、その声は先程までの威勢とはまるで異なり、絞り出したかのように覚束ない。

 

『……は?いや、ちょっと、何言ってんの……あんた』

「何言ってんの、と言われましても。言葉通りの意味ですが」

『ふ、ふざけるんじゃないわよ!ここに来て私を捨て駒にする気っ!?私をあんたたちの組織の幹部に入れるって話だったでしょうがぁ!!』

 

 スピーカーからは、喚き散らすという言葉が当てはまる程の怒号が聞こえてくる。

 耳を直接当てていたら鼓膜が破れかねないので、ロゼは鬱陶しそうに眉を顰めながらスマートフォンを耳から少し離し、その状態で会話を続ける。

 

「はて……何を言っているのやら。確かにこれまで私は貴女と交渉を行ってきましたが、『組織に貴方を入れる』などという旨は語ったことがありません。『組織に入る資格を得る』とは伝えたつもりですが」

『意味が分からないわよっ!どっちも同じ意味でしょうがっ!』

「とんでもない。組織が貴女を『入れたい』のか、貴方が組織に『入りたい』のか、という大きな違いがあります。確かに貴女は他者のISに潜ませたVTシステムを強制的に起動させるという犯罪を起こして組織に入る資格こそ手に入れましたが、肝心の組織がそもそも貴女を求めていないので、貴女は組織に入ることが出来ません。あぁ、大変お気の毒な話ですが」

 

 ついでに付け加えた感が否めない最後の言葉は、その思惑通りまるで感情が込められていなかった。

 ロゼがここまで語った内容は重箱の隅を突くかのように細かな指摘であったが、彼女は『嘘』はついていなかった。今日までにロゼとマリーヌの間で何度か交渉が行われてきたが、ロゼは一度たりとも『マリーヌを亡国機業に迎えたい』という旨の発言をしてこなかった。貴女の経済力が私たちの組織で大いに発揮できるでしょう、貴女ならばすぐに幹部として務められる、等々。あくまで彼女が無事に組織に入れることを前提として話を進めてきたのだ。

 

 マリーヌはこの裏を読み取れずに、表面上の意味だけを受け取って話に乗っかってしまったのだ。自分の才能が裏の世界に認められた、自分の幹部入りデビューは確定事項なのだ、と。

 そして最後の最後でマリーヌはロゼに、亡国機業に見放された。否。残酷な話ではあるが……彼女は最初から相手にされていなかったので、見放すも何も無いのである。

 

 ちなみに、マリーヌがVTシステムを起動させる前の会話に於いて、ロゼは彼女をIS学園から脱出させるための手引きをするようにと指示を受けたと語っていたが、後にロゼは以下の様に言ってみせる。

 

 

 

―――あぁ、私としたことが『うっかり』していました。その時だけ『つい』別の仕事の件を考えていたため、『不覚にも』混同して発言を間違ってしまっていたようですね。つまり私の言い間違いです。

 

 

 

 ……と。

 

「では、私も用事があるのでこの辺りで失礼します。フランス人相手にベラベラ喋るは聞きたくもない皺枯れ声を長々と聞かされるは、これでも精神的に疲れましたので、ええ」

『許さない……絶対に許さないっ!!あんたのこと警察に全部喋って、あんたも道連れにしてやるっ!!』

「参考までに、どうやってです?」

『あんたバカっ?あんたの番号、私の携帯にバッチリ記録されてるわよ!そこから身元を調べれば―――』

「そうですか。普段から私が使っている番号だといいですね」

『……は?』

「ちなみに、もし調べる場合は銃弾の4~5発は食らう覚悟をした方が良いかもしれませんね。私の携帯の管理先、けっこうその手のヤンチャがお好きなようですし」

『…………』

 

 電話相手のマリーヌの声が途絶える。

 

 マリーヌの勢いが完全に衰えたことを確信したロゼは、そろそろ会話も終わりだろうと目処をつけると、最後とばかりに言葉を続けた。

 

「ちなみに質問ですけど、私の名前はご存じですか?」

『……自己紹介の時に喋ったでしょうが、ジェーン・アト…………!』

 

 マリーヌは最後まで言うことが出来なかった。

 理解してしまったからだ。自分が電話越しの相手の名前を……いや、そもそも彼女の真実の情報をどれ程知っているのか、どれだけ役に立たない情報を伝えられてしまったのかを。現に彼女は、ロゼの本名どころか機業で使用されているコードネームすら知ることが出来ていないのだ。

 

「それは本当に私の本名でしょうか?貴女が実際に会った私の姿は本当の姿だったでしょうか?この声も変声機を使ったものではないでしょうか?さっき携帯の番号から身元を調べさせてもらうと言いましたが、その先にあるのは正しい情報でしょうか?……少なくとも、現に逃げ遅れているウスノロでは永遠に私を知ることは出来ませんよ。それでは、薄汚いオンボロブタ箱の中でもお元気で。……あ、やっぱり病気を患って床に臥せてて下さい、永久に」

 

 そう言ってロゼは、無情にも通話を終了させる。更に今まで手に持っていたスマートフォンの両端を掴むと、思いっきり力を込めて半分にへし折ってみせる。

 無残にも真っ二つに折れたスマートフォンは欠片も含めてロゼの所持しているカバンの中へボロボロと落ちていく。裏ルートで手に入れた代物とはいえ、流石に機種や指紋が揃って知られてしまうような痕跡は易々と残したくない、というロゼの意思の表れである。

 

 尚、ここまでマリーヌとの会話を数分間繰り広げていたロゼであったが、その足は終始出口に向かって歩を進めていた。スマートフォンを片手に、足を止めることなくアリーナの通路内を歩き続けていたのだ。

 IS学園に潜んでいるスパイからの情報と自身の探索から集めた情報で監視カメラの場所を完璧に把握した彼女は、内部から出口前までの道の中から監視カメラに見つからないルートを潜入中に編み出し、周囲を警戒しながらその道のりを進んでいた。仮にカメラに捉えられたところで今後も変装を重ねれば支障は無いのだが、情報を隠せる隙があるのならばその行動を選ぶのが彼女のやり方なのである。

 

「さて……」

 

 ロゼは自分の現在地を確認する。

 現在彼女がいる場所は既に出口に近い所であり、数分もしない内にアリーナの外へと出ることが出来る。彼女の計算通り、ここまで監視カメラに自身の姿を映させた記憶は無く、残るは出口に設置されている物のみとなる。尤も、彼女はそれに関しても対策を練っているので問題としていないのだが。

 

 何にせよ、このアリーナを出て外に出てしまえば後はIS学園側の追っ手に追いつかれないようスタコラサッサと逃げるのみ。

 万が一マリーヌがヘタれてVTシステムの起動を行わなかった時に備えての予防線、更に別の理由を抱えて態々この学園に侵入してきたロゼの任務は、これにて終わ―――。

 

 

 

 

 

≪おやおや、お嬢さん。こんな所でどうかしたのかな?≫

 

 脱出する気でいたロゼが、その場を去ろうとした時であった。歳の重なった男性の声を聞き、彼女は足を止めて後方を振り返った。

 彼女が視線を向けた先には、この学園のデザインの制服を着ている黒い一匹の『猫』が彼女を見つめながら佇んでいたのだ。

 

 そう。

 世界で唯一ISを動かせる動物として注目を浴びている、テオが出口の前で待ち構えていたのだ。

 

 

 

―――続く―――

 




 そういえば現在(2019年4月26日)も続いている修正ですが、シャルロットの義母は原作のロゼンダではなく当作オリジナルのマリーヌで継続させていただいております。
 特に大きな理由も無いのですが、まぁ原作でもロゼンダとシャルロット間の関係は後回しみたいな処置になってましたし、ぶっちゃけ原作準拠にしたところで元々重要な設定でもないから大した影響は無いんじゃねと思(ry


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第40話 薔薇棘の罠

 

◇   ◇

 

 マリーヌ・デュノアが今回のトーナメントで何かアクションを起こすだろうということを、私は知っていた。一夏少年と共にトイレから戻ろうとした時の道中、彼女が電話の相手と怪しげなやり取りを行っていた時にその会話内容を傍聴させてもらった際にその確信を得ていた。

 私は試合に出なければならない一夏少年と別れた後、管制室でアリーナの様子を監督している千冬嬢にこのことを連絡した。

 

 千冬嬢は私の話を聞くと、学園内に警戒網を敷くと共に主犯者の可能性があるマリーヌ・デュノアの監視を行うようにと、学園の教師陣に伝達を行った。

 マリーヌ・デュノアが怪しい動きを見せたら、直ぐに身柄を拘束して子細を明らかにするという行動方針を立てて、教師たちは行動を開始していった。

 

 非常に残念だが、マリーヌ・デュノアたちが具体的にどのような方法を取るかまでは詳細を掴めなかった。故に証拠を押収する手段が無かった私たちは即座に取り押さえることも出来ず、彼女が犯行に及ぶ決定打となる物もしくはことを晒してくれるまで機を窺うしかなかった。万が一強引に逮捕しようとしても、彼女が巧妙に隠し事をして決め手となる証拠を得られなかったら、立場を悪くしてしまうのはこちら側になってしまうからだ。私としては自分の風評などどうでもいいが、人間社会の一部であるIS学園はそう簡単にはいかず、どうしても慎重に事を運ばなければならないのである。

 

 しかし、そうして後手に回ってしまった結果、私たちはタイミングを誤ってしまった。

 

 マリーヌ・デュノアは私たちが想定していたよりも早く行動を起こしたようで、教師陣たちの警戒網が為される前に犯行を行った。彼女が私たちの警戒に気付いていたのか、はたまた単なる偶然なのかは分からないが、彼女の思惑が成就してしまったのは紛れもない事実。

 つい先程伝手で聞いたところによると、どうやらマリーヌ・デュノアはラウラちゃんのISに潜ませていたVTシステムを何かしらの方法によって起動させたらしい。

 私もここ数年は束ちゃんの元で暮らしていたため、VTシステムの知識は頭に入っており、どういうものであるかも理解していた。VTシステムはISの絶対防御の作用で死亡に至るケースこそ無いものの、元となるデータが世界レベルの搭乗者であるため、彼女たちの身体の造りに追いつけていない子が使用すれば肉体への負荷が尋常ではないという可能性も。ラウラちゃんはドイツの軍人として肉体を鍛えているだろうが、それでも危険な代物であることになんら変わりは無い。

 

 私たち大人が子供1人守ることが出来ないとは、我ながらなんとも情けない話だ。

 ……いや、嘆いたところで話が好転するわけでもない。事態が悪いのであれば、それを良くするには自ら動くしかない。ならば私は、今やるべきことをやらなければならない。

 

 そして私は目の前に立っている少女に向けて再び声を掛ける。

 

≪もう一度聞かせてもらうけど……こんな所で何をしているのかな?≫

 

 今、私の目の前には1人の女の子がいる。

 桃色の派手な髪色をしたスーツ姿の彼女は、抑揚のない平坦な表情で私をジッと見ている。人間の女性は笑った顔が特に魅力的だと言われているが、先程からずっと顔の筋肉を動かさない彼女の顔はまた別の魅力を漂わせている。さながらそれは、フランス人形のような気品と優美さを私に印象付けさせる。

 歳はパッと見、箒ちゃんと束ちゃんの中間といったところだろうか。箒ちゃんと同年代にしては大人びているし、束ちゃんと同年と言うには多少の違和感があるという個人的な見解。

 

「何をしていると言われましても……お手洗いをしに来賓の席を離れていたのですが、アリーナの内部が広いため恥ずかしながら少々迷子になっていましてね。偶然にも出口を見つけたため、一旦外に出て道を確認しようかと思いまして」

≪それは大変だったね……おっと失礼、貴女はお客人なのだからこのような話し方は礼儀が悪かったですね≫

「いいえ、先程のような話し方で構いませんよ。お猫殿は私よりも精神的な年齢が上のようですし、失礼ながら敬語を使われたところで違和感を覚えます」

≪あ、そう≫

 

 お嬢さんからそう言われたため、私は素直にいつも通りの話し方で彼女と接していくことにする。……千冬嬢にも気味が悪いって言われたし、会ったばっかりの子にもこう言われるとなると、やっぱり私には敬語が似合わないのかなぁ……気楽と言えばそうなんだけど、割とショックである。

 

≪まぁそれはそれとして……嘘をついてもロクなことが無いのが定番だし、お嬢さんもそろそろ本当のことを話してくれないかな?≫

「と、言われましてもね。貴方が一体何を言っているのか分かりませんね」

≪あくまでシラを切るか……仕方がない、あまり喧嘩っ早い手段は好きじゃないんだけどね≫

 

 そう言って私は【銀雲】を展開し、身体に纏わせる。それから手に腕部武装【クロー=ヒッカキ】を1秒にも満たない速度で召喚すると、身を屈め、一気に踏み込んだ。

 

≪……その荷物の中身、ばら撒いてもらうとするよ≫

 

 狙うは、彼女が手に持っているビジネスバッグ。それに目掛けて私は爪撃を掛ける。

 

 本来であれば、一般人に対してISを使用するというのは重大な犯罪に類する行為である。もし彼女が本当に一般人であるならば私の人生、もとい猫生は薄暗い牢屋で終わりを迎えることとなってしまうだろう。

 しかし、生憎私は1人寂しく牢屋で過ごすつもりは無い。箒ちゃんや束ちゃんの子供を拝むその日まで。

 

 そら……彼女はついに尻尾を見せてくれたよ。

 

「やれやれ……流石に仕事の道具をバラバラにされるわけにはいきませんからね」

 

 私の爪からビジネスバッグを庇うように現れた、赤色の機械。

 全体に細長い形をしたそれは全体的に刺々しいデザインとなっており、先端で5本に分かれている先も鋭く尖っている。その5本はまるで……いや、人間の指を表している。指が分かれる前の部分は掌と甲、更にその先には関節や肘を示したような形。

 そう、この機械は腕だ。それも只の機械ではなく、ISの腕。

 

 つまり、私の目の前にいるこの子もIS操縦者なのだ。私は今まで、彼女がISを所持しているのを確認出来なかった。実際に対峙して見たものの、彼女の方からIS反応が感知されなかったのだ。

 そしてこの事実が、彼女の素性を明らかなものとする貴重な材料となるのだ。

 

≪さて、君は現にこうしてISを出している。私はここまで君がISを持っていると感知出来なかったけれど……私が何を言いたいのか、もう分かるんじゃないかい?≫

「……全てのISは【コア・ネットワーク】という特殊な情報網によって繫がり、管理されています。宇宙空間での活動を想定して互いの位置の特定が出来るような特徴がISにはあります。昨今ではIS操縦者の行動管理や、失踪・誘拐の対策として捉えられていますが」

≪詳細な位置を知るには互いの許可登録が必要になるけど、そもそもそれが無くても大体の位置は分かるように機能されている。潜伏(ステルス)モードもあるにはあるけれど、あれも正確な場所をぼかすだけで、完全に位置を探られないようにする仕様にはなっていない≫

「完全に位置情報を消す方法はたった一つ……自分のISをコア・ネットワークから強制的に切断すること。コア・ネットワークで全てのISが繋がっているから位置が知られてしまうのであれば、その枠から外れてしまえばいい」

≪そう。しかしこれはIS協定に於いてS級レベルの犯罪行為に該当する程の大事。そんなことを平然とやってのけるのは、既に犯罪者として活動している者たちくらいだ。……そうだろう?≫

 

 

 

―――【亡国機業】のお嬢さん。

 

 

 

 私がそう言い切ってみせると彼女は、ふむ、と喉を鳴らして私の方を改めて見据えてきた。

 

「成程……先程の先制攻撃はこれを明らかにする為のものでしたか。てっきり荷物の中から私の素性の証拠となるものを探すのかと思っていましたが」

≪そもそも、今回のトーナメントのために100人近く来賓の人たちが来たけれど君みたいな子は絶対に記憶に無かったからね。態々変装までして来たようだし、この場で会った時点で大体の確信は得ていたよ≫

「……やれやれ、スコールさんが手を焼く相手とは聞きましたが、どうやら話に違わないお猫殿のようですね」

 

 ほぅ。

 まさかここでスコールという名前を聞くことになるとはね。

 

≪ミス・スコールとは知り合いなのかな?≫

「知り合いも何も、彼女は私の直属の上司ですから。彼女に限らず、我々亡国機業の邪魔をしてくる貴方は我々の間でかなりの有名人ですよ?」

≪人気者は辛いね。最近は学業に忙しくて君たちの悪巧みを阻めないのが悩みだけども≫

「よく言いますね。自分が出られない代わりに別の者を差し向けて来たというのに」

≪……はて、なんのことかな?≫

 

 別にしらばっくれたところで意味は無いけど、意趣返しとばかりに返答を曖昧にしてみた。

 ちなみに私は亡国企業の幹部の1人であるスコール・ミューゼルと知り合いであり、会った回数こそ2回しかないが互いに自己紹介を済ませて顔を見知っている間柄となっている。最初に出会った時は問答無用で戦闘をした後に私が退散し、2度目の邂逅の時に初めて名乗り合い、互いを正確に認識し始めたのだ。

 そしてお嬢さんが言っている『別の者』というのは、クロエ・クロニクルもといクーちゃんのことである。クーちゃんは私がIS学園に通っている代わりに亡国企業の暗躍を邪魔すると事前に言い出して、束ちゃんの面倒を見る片手間に自身のISを用いて活躍をしているのだ。言い出した当時は私も危険だと言って諦めさせようとしたが、お嬢ちゃんは私の言葉を頑なに断り、最終的に強引ながらも話を通してみせたのだ。最初の頃は心配だったけど、ちゃんと無事に帰って来てくれているのは判明しているので、私も無茶だけはしないようにと釘を刺して、後はあの子の好きにさせている。

 

 何はともあれ、目の前にいる子が亡国企業の手の者だと確定出来た。あちらさんが相手ということであれば、私も遠慮をする必要は無くなるわけで。

 私はお嬢さんが解放しているISの右腕部分から武器を離して後方に跳んで、彼女と距離を取る。

 

「それにしても、IS学園というのは人手不足なのですかね?幾ら貴方が相手とはいえ、1人で対応させるというのは些か考え物ですね」

≪だって私の独断行動だし。マリーヌ・デュノアはクロだと分かってたけど、協力者の可能性は否めなかったんだから敵にも味方にも気取られないように動くのがベストだと思ってね。案の定、来賓の案内から外れてこっそり逃げようとしていた君がいてくれたわけで≫

「やれやれ、やはり貴方はどこか食えませんね。……尤も、今回はその判断は誤りですが」

 

 桃髪のお嬢さんはそう言うと、スーツ下の白シャツの胸元辺りのボタンを1つ外す。はだけた胸元に手を突っ込んだと思ったら、すぐに手を元に戻した。こらこら、年頃の子がそんな簡単に肌を晒すものじゃないよ、胸元から黒い下着がチラリと見えちゃってるし。

 と、胸元から戻した彼女の手には鶏卵程度の大きさの球型の機械が収められており、彼女はそれを私の頭上に目掛けて放り投げた。

 

 機械がちょうど私の真上に辿り着いた瞬間、それは突如白く発光をし始め、眩い光を放出する。その直後、球型の機械は空中でプロペラのように展開して滞空し、中に入っていた光球が露わとなり、私を覆うように光を壁を展開させた。

 

 その結果、私は光のドームの中に閉じ込められるような形となってしまった。

 私を円形の光の壁で覆い尽くすその光景は、さながらRPGでよくあるドーム状のバリアのようであった。本来であればバリアの中にいる私は守られている側だというのに、全く守ってくれている気がしないこの感じ。

 

≪これは……?≫

隔離結界(イゾレーション・エリア)という物で、まぁ簡潔に言うと対象を一時的に閉じ込めたい時等に使用する道具です。完成品ではないため外部干渉に脆い上に効果時間が10分と短いですが、内部からの衝撃では一切破壊出来ないように設計された物だそうです。無駄だと思いますが、試してみても構いませんよ」

≪ならば、お言葉に甘えて≫

 

 私は妙な結界の壁際まで瞬時に迫ると、常時開放型武装である鞭型武器【ウィップ=ネコジャラシ】を叩き込む。ネコジャラシは狙い通りの場所に命中し、バキィッ!と激しい音を立てる。

 ……が、光の壁は大きな波紋を起こすだけで壊れる様子を一切見せない。攻撃を行った私自身も、壊れる手応えが全く感じられなかった。

 

「無駄でしたでしょう?何せ内部からの衝撃の耐久度は第2回モンド・グロッソでのブリュンヒルデの試合データを盗んで、そこに表記されていた攻撃力に耐えられるように精度を上げているそうですからね。この学園にはブリュンヒルデにロシアの国家代表、更には貴方がいるのですからこの程度の対策は用意していますとも。費用がメチャクチャ掛かるので量産出来ないのが難点ですが」

≪……これはしてやられたね≫

「まぁ、私は自分で碌な対策も立てずに捕まったフランスのどこぞの無能バカとは違いますので」

 

 あ、この子毒舌家だわ。普段は丁寧口調なだけにそのギャップが目立つ目立つ。

 

 ……しかし、これはマズイね。

 先程のバリアへの攻撃だが、手ごたえが全くと言っていいほど感じられなかった。どうやら火力の低い私のISでは、私を覆うこの光のドームを突破出来ないらしい。流石に千冬嬢のパワーと比べたら私のスピード特化のISが出せるパワーなんてたかが知れてるので、千冬嬢並のパワーで漸く突破出来る程のバリアを破るなど到底無理な話だ。

 いや、一応1個だけ手段があるにはある。あるんだけど……これを使えば私は脱出して1分も経たない内にISが解除される程に力を浪費してしまうことになる。そうなってしまったら彼女を捕まえられないどころか、ISのエネルギー切れを起こした私をタコ殴りしてくるかもしれないので本末転倒だ。

 まぁ、私が此処から出ようが出まいが……。

 

「では改めて……さようなら、お猫殿」

 

 目の前にいるお嬢さんの圧倒的優位な状況は揺るがない、ということか。

 

 そして彼女は、閉じ込められた私を―――。

 

 

 

―――続く―――

 







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第41話 「俺たちが戦う」

◇   ◇

 

 テオがアリーナの裏側で侵入者のロゼと対峙している最中。

 

 1年生がトーナメントを行っている第3アリーナの観客席は、騒然とした状況になっていた。先程まで試合の白熱ぶりに熱気を帯びていた彼女たちであったが、今はそんな興奮も消し飛んでしまっている。突如管制室から発令した緊急避難に従って、皆が客席の出口へと駆けだしており、然程広くない出口周辺では大規模な人の波が出来上がっていた。黄色い歓声も、今は悲鳴へと変貌している。

 そのようになっている原因は言わずもがな、ラウラ・ボーデヴィッヒの身に起きたVTシステムの発動である。突然試合中のラウラが苦しみ始め、彼女のISから黒い泥のような謎の物体が湧き上がり、彼女を覆い尽くした……と、VTシステムを知らない彼女たちにはその一連の出来事への理解が追いつけず、全く以て訳が分からないとしか言いようがないだろう。

 

 恐怖しながら避難を行っているIS学園1年生の群衆がある中で、セシリア・オルコットと凰 鈴音が、出口の両サイドにポジションを取りながら凛とした声を張って避難誘導を行っている。その表情には現場の責任者としての真剣な顔つきが宿っており、本気で作業に取り組んでいることが窺えた。

 彼女たちがその場で避難誘導をしているのは、管制室にいる山田 真耶先生からの指示が理由である。彼女たちも本当はアリーナにいる想い人たちの救援に向かいたかったのだが、いつもはフワフワした山田先生が重い雰囲気を纏っているのを通信越しに察し、更には教員組が事態の収拾に駆けつけるとのことだったので、彼女たちは私情を抑えて指示に従う道を選んだ。

 

 彼女たちの背負う『代表候補生』という肩書きは、単なる飾りなどではない。

 意味合いは国家代表の候補として取り上げられている人物であるが、状況に応じて臨機応変な対応を迫られることもある。全てのIS搭乗者は、万が一ISがその場で『兵器』として取り上げていられたのであれば、彼女たちはその兵器に対抗する為の『兵士』とならければならない場合もある。

 鈴もセシリアも、この緊急事態にてIS学園の生徒たちよりも一足早く『兵士』として行動を徹さなければならなかった。確かに専用機持ちは量産機や訓練機と違って即戦力として加われるが、セシリアたちがその場を離れれば個人のISを持たない一般生徒の子たちは、アリーナにいる異形から自らの身を守る拠り所を失い、危険度を大いに高めてしまうのだ。

 皆がそれぞれの役割に従っている。そう、代表候補生として……否、ISに乗る覚悟を抱いた者として、己の私情に囚われて任を放るなど在ってはならないのだ。

 

 想い人と友人たちの安否を気がかりにしながらも、セシリアと鈴は懸命に避難誘導を行うのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 だが、戦いに加われなかった少女たちの思いとは裏腹に、アリーナの状況は悪い方向へ傾いている。

 

 現在、黒いISがアリーナの中央に佇んでいる。そしてその傍らには……武装しているISが大部分している状態で倒れている、教員部隊数名の姿があった。

 管制室にいる織斑 千冬の指示を受け、IS学園の教職員たちが量産機の打鉄を装備してアリーナに現れた。ブレードやアサルトライフルを既に手に携えながらゲートからやってきた彼女たちは、即座に黒いISを包囲してみせた。各員が配置について即、彼女たちは黒いISに攻撃を仕掛けた。

 数に勝りし包囲戦、誰もが彼女たちの方が優勢に見えた。

 

 しかし、黒いISの実力は圧倒的であった。

 過去のモンド・グロッソにおけるヴァルキリーのデータがインプットされているだけあり、その動作は並大抵の操縦者を超える程の精密性と熟練性があった。これまで行われてきた試合の生徒たちの今の実力では決して届かない領域で発揮される戦闘能力は、迫り来る教員部隊を次々と撃墜してしまったのだ。武装は手に握っているたった一振りの刀だけ、しかしそれがどうしたとばかりの高速機動による肉薄で教員たちとの距離をそれぞれ詰め、一刀の下に斬り捨てていったのだ。

 

 彼女たちの名誉の為に言っておくが、IS学園で教師を務めている面々はIS関係の知識や実技で上位の評価を得た者が殆どであり、その実力は決して低くない。今回のようなトラブルの鎮圧の任を担っていることからも、それ相応の実力が備わっているのだ。

 ただ、黒いISが教員たちの実力を凌駕していた。それだけの話であり、そして今広がっているこの光景が彼らの差の証明となっているのだ。

 

「な、なんだあの異形は……あれが、ラウラだというのか……?」

「IS学園の先生たちを、あんなにアッサリ倒しちゃうなんて……」

 

 その光景に言葉を失う、箒とシャルル。突如現れた脅威の力を目の当たりにして、茫然とするしかなかった。

 

 だが、彼女たちの傍にいた1人の男は彼女たちとは異なる反応を示していた。

 

「……」

 

 明らかな憤怒。

 異形を睨みつけるその眼はかつてない程に獰猛で鋭く尖っている。口元から見せる歯には力が込められており、纏う雰囲気はいつ襲い掛かってもおかしくない位に敵意が籠っている。雪片弐型を握るその手には、太い血管が浮かび上がっていた。

 そして、間もなく少年の袋の緒がプツリと途切れる。

 

「千冬姉の、千冬姉の剣で……何ふざけたことしてんだぁぁっ!!てめえぇぇっ!!」

 

 火の山の噴火の如き怒りが、一夏の魂を荒び湧き上がらせる。

 一夏はその場を一気に蹴りつけ、弾丸のような勢いで黒いISへと駆ける。冷静さを欠いて瞬時加速を使用する余裕は無かったが、それに匹敵する程の速度で相手との距離を一気に詰め、黒いISの脳天目掛けて全力で刀を振るった。

 

 だが、黒いISはそれを涼しい様子で手持ちの刀で受け止めた。ギィンっ!と激しい衝突音が発生し、赤い火花が双方の武器から散る。

 

 難なく自身の攻撃を受け止められてしまった一夏だが、その熱は未だに滾ったままであった。

 

「それがぁ……どうしたぁぁぁっ!!」

 

 なんと一夏は、黒いISが次の行動を起こす前にその腹部に蹴りを叩き込んでみせた。かつて鈴とセシリア対ラウラによる乱闘戦に介入した際に味わったラウラの戦い方を、この場で本能的に参考にしたのだ。

 蹴りを喰らって数歩後ろに下がる黒いISに追撃を仕掛けるべく、一夏は大きく一歩踏み込んで更に斬りかかろうとする。

 

 しかし、黒いISの実力がこの程度の訳がなく。

 一夏の繰り出す斬撃を紙一重の間隔で避けながら、彼に向けて剣を振るってきた。黒いISの持つ攻撃力の高さは、先程まで目の当たりにした一夏も理解出来ている。万全の状態で出動してきたIS学園の教員部隊を一撃で斬り伏せてみせたその威力は、今まさに振るっている雪片もどきとその所有者である織斑 千冬を彷彿とさせる値を示していた。

 箒たちとの試合でエネルギー残量が半分となっている今の白式では、その斬撃に耐えられる保証はどこにもない。そしてその先では一夏が教員たちと同じ末路を辿る未来が待っているだろう。

 

 絶体絶命の瞬間が到来している中、一夏と黒いISの間に割り込む影。

 影は斬撃の射線上に身を投じ、一夏を庇うような形を取った。

 

「くぅっ!」

「シャルル!?」

 

 影の正体―――シャルルが、黒いISの斬撃を大盾で防御する。その身を確りと踏ん張ったので衝撃で吹き飛ばされるようなことにはならなかったものの、攻撃の重みが盾越しに濃く伝わり、腕に奔る。重厚な一撃が腕に伝わり、彼女の顔が顰められる。

 

「シャルル、一夏を連れて下がれ!」

 

 シャルルに続いて参入してきた箒が、一夏の横から刀による突きを黒いIS目掛けて放つ。攻撃こそ防がれるものの、シャルルが一夏を離脱させる時間を稼ぐ為の陽動としては十分に意味を持つ一撃であった。

 

 シャルルは箒の援護に感謝しながら、一夏の手を取って後方に下がろうとする。

 だが肝心の一夏がそんなシャルルの誘引を強引に振り払うと、再度黒いISに向けて斬りかかろうとし始めた。

 

「一夏っ!?」

「てめぇ……絶対に許さねぇっ!!」

「くっ……!」

 

 蛮勇にも等しい一夏の行為を危うく感じた箒は、打鉄に武装されていたグレネードを即座に2つ手元に呼び出した。取り出したグレネードの1つのピンを外して黒いISに向けて投擲し、もう片方はピンを外さずに敵の足元に向けて放り転がした。2つのグレネードが手元から離れたところで、彼女は次にアサルトライフルを召喚する。

 黒いISが眼前に迫るグレネードを剣の峰で弾いている間に、箒は地面に転がしておいたグレネードに照準を定め、ライフルを撃つ。数発のミスがありはしたものの、ライフル弾の何発かが命中する。

 

 実弾の衝撃を受けたグレネードは、黒いISの傍で派手な爆発を起こした。

 

「一夏!」

「うおっ!?」

 

 黒いISに集中していて突然の爆発に気を取られた一夏が身体を硬直させたのを狙い、箒は彼の腹部に手を回して加速。一気に黒いISとの距離を離した。

 一夏の抵抗が起こる前にある程度敵から離れた場所まで下がり、一先ずの身の安全を確保する。ちなみにシャルルは一夏を連れて退いた際に追従してきたため、既に箒たちの元に来ている。

 

「いきなり何するんだよ箒っ!」

「それはこちらの台詞だ!激情のままに突っ込むなど、今のお前の行動は無謀としか言い様がなかったぞ!」

「無謀だろうが関係ないっ!あいつのふざけた力は俺が絶対にぶっ倒してやるっ!邪魔をするなら――」

「……馬鹿者がぁっ!!」

 

 一夏の言葉を遮り、箒は怒号を放ちながら彼の胸ぐらを掴む。一夏のISである白式には胸部アーマーがついているため、そこから上部で剥き出しになっているISスーツを破かない様に掴んでいるのである。そこから彼の身体を自分の方に寄せ、互いの顔を至近に近づける。

 先ほどまで怒りを露わにしていた一夏も、傍で彼女たちの様子を恐る恐る様子見ていたシャルルも、箒の行動に驚かされて目を見開いている。

 箒はそんな彼らの様子に構わず、その口を開く。

 

「倒すだと?碌に周りが見えていない今のお前に、学園の教師たちに圧勝した奴を倒せるとでも言うのか?……出来ないだろう、シャルルが先程お前を庇っていなければ、お前は倒されていた筈だ!」

「うっ……」

 

 箒の言い分に、一夏は反論出来なかった。

 彼女の言うように、あの時の一夏には黒いISの攻撃を防ぐ手段が無かった。攻撃に気を回しすぎて、敵の反撃を捌くための考慮が働いていなかったのだ。事実、もしあの時シャルルが攻撃を防いでくれていなければ、黒いISに斬られて戦闘不能にされる未来があった。

 

 だが。

 一夏がそこでやられてしまうことよりも、何よりも……箒はその事が気がかりであった。

 

「そして怒り狂っていたお前のことだ……例えISが解除されてしまっても、あいつを倒そうと生身で挑むつもりだったのではないのか?」

「…………」

 

 一夏の返答は無い。

 しかし、『目は口ほどに物を言う』。今の彼の目は、彼女の言葉の是非を誤魔化すように逸らし、箒の真っ直ぐな目から逃れようとしている。間違いなく、一夏はIS無しでも黒いISに立ち向かおうとする覚悟を抱いていたのだ。

 

 幼馴染みとしてそんな一夏の行動を容易に出来たからこそ、箒は先程怒鳴ったのだ。

 生身の人間がISに立ち向かうなど、歩兵が戦車に立ち向かう以上に無謀だ。今のISには現存兵器を上回る機動力、武装、防御力、破壊力などが備わっており、様々なタイプが開発されているそれらの物の全てが、勝るという事実に該当している。今でこそ世間的にはスポーツの一種として取り上げられているISだが、いざ戦いに投入されるとなれば、そのカテゴリーはもはやこれまでの兵器とは比べ物にならない程となっている。

 そんな存在に、もし一夏が生身で立ち向かおうとすればどうなるか?その答えは単純にして明快。

 

 死、である。

 手に持っている刀で真っ二つに斬り裂かれるか、はたまたその剛腕で殴り潰されるか。

 いずれにしろ、一夏が辿り着く未来は生命の喪失しかなかっただろう。

 

 だから箒は先程一夏を怒鳴った。

 彼を喪う事を怖れたがために、彼の死を心の底から望んでいないがために。

 

「お前が憤っている理由は私にも分かる。雪片を模した武器を使っているあいつが、千冬さんの力を使っているようにしか見えなかったんだろう。私とて、あいつが力で教師たちを捻じ伏せた姿を改めて見ると、忌むべき出来事を思い起こさせられる気分にもなった。……それでもっ!」

「っ!?」

 

 箒は一夏の胸ぐらから手を離すと、両の手を彼の両肩に掛ける。真正面で向き合うような形となり、箒は彼の顔を真っ直ぐに捉える。

 

 対する一夏もその行動に目を逸らすことが出来なくなり、正面の箒の目を見た。

 彼女の目には、涙による潤いが生じていた。

 

「お願いだから、命を投げ捨てるような真似をしないでくれっ……お前まで死んでしまうようなことがあれば、私は……私はっ……!」

「箒……」

 

 ここで一夏は、先程とった己の行動の愚かさに気付いて深く悔いた。

 あの時の彼は、例え死ぬようなことになっても黒いISを倒そうとしていた。大切な姉だけが持つべき力を我が物顔で教師陣相手に振るうその姿が、一夏はとにかく気に入らなかった。絶対にそのふざけた姿をぶっ飛ばしてやる、彼はそのように決めていた。

 だが、目の前で一筋の涙を流す幼馴染みの姿を見て、心の中で煮え滾っていた憤激が冷めていく感覚を一夏は覚える。

 自分の死を嘆いてくれる者が傍にいたというのに、自分はそれを考えることなく、ただ敵を倒すことだけに囚われてしまっていたのだ。死んでもやらなければならないことがある、ということが漫画の演出でよく見かけるが、それは単なる一方通行な自己満足でしかない。

 

 目の前で自分の命を本気で案じてくれる少女を見て、一夏は思いを改める。この先、命を粗末にするような行動は起こさないと。

 

「……ごめん箒。もう無茶な真似はしないって、約束する」

「……分かれば、いい。約束したのだから、ちゃんと守ってもらうぞ?」

 

 そう言って箒は、目元の涙を拭いながら笑みを浮かべる。泣いたばかりで少々拙い形ではあったが、心の底から安堵したことによって生まれた偽りの無い笑みでもあった。

 目の前にいる男は恋愛に関してはまるでダメな男の子、つまりマダオだが、人と交わした約束は確かに守る信念がある。彼が約束を反故にしようとする可能性はまず考えられないため、箒も彼の返事で安心出来たのだ。余談だが、今回のタッグトーナメントの優勝景品である『優勝者は織斑 一夏と付き合うことが出来る』という話も、彼は律儀に守ってくれるだろう。男女交際の意味で付き合うか、買い物同伴の意味で付き合うかどうかは、言わずとも分かる結末ではあるが。

 

 ちなみに、箒が安堵している際、一夏は彼女が小首を傾げながら笑みを浮かべる姿を見てほんの少しドキリとしていた。最近の箒は凛々しい雰囲気が漂っていたので、こういった表情はギャップがあって可愛いと感じた故の高鳴りだが、それでもまだ恋慕に届かないのはご愛嬌。

 

 ……ちなみにちなみに、この場にはもう1人いるということを忘れてはならない。

 

「あーごほんごほん……2人とも、今は気持ちを切り替えた方が良いと思うんだけど」

「「あっ」」

 

 シャルルがわざとらしい咳をしながら、2人の注意を引き戻す。彼女もここで声を掛けるのは勇気がいるだろうと感じてはいたが、非常事態の最中にいつまでも2人だけの世界を作られていても困るので『仕方なく』声を掛けることにした。

 そも、実際困る話なのでシャルルには何の非もない。身の危険性的にも、恋敵の危険性的にも。私的な理由が混ざっていることは言ってあげないお約束である。

 

 シャルルの言葉で我に返る2人。

 箒は一夏の両肩から手を離すと一緒に近づけていた身体も離し、一夏も箒が離れた後に気まずそうに頬を掻いて雰囲気を濁し出す。

 

「う、うむ。そうであったな。今は緊急事態であった」

「そ、そうそう!何とかしないといけないよな!」

「むー……」

 

 ジト目で2人を睨みつけるシャルル。しかし、いつまでも和んだ雰囲気でいられるわけにもいかないため、この場での言葉の追及は控えることにした。

 

 そして、3人の纏う空気が真剣なものへと戻る。

 

「で、実際問題どうしようか?流石にグレネード一発で倒せているとはとても思えないし、現に煙の中のIS反応はまだ残ってるよ」

「そんなの決まってるだろ?俺たちであの黒いのをぶっ飛ばして……」

「中にいるラウラを助ける。それだけだ」

 

 ハッキリとそう言ってみせる、一夏と箒。その様子には一切の迷いも感じられない。

 

 それを何となく予想出来ていたシャルルは、彼らの返答を聞いて小さく溜め息をつく。

 

「一夏はそう言うと思ったよ。箒まで乗り気になってるのはちょっと意外だったけど」

「ラウラは私のペア相手だからな、助けるのは当然だ。……いや、例えペアであろうとなかろうとも、私はあいつを助けたい」

「そっか……けど僕らがあのISと戦うなんて、山田先生とかが黙っては……うわ」

 

 突然シャルルが妙な声を上げたため、一夏たちは不思議そうな顔をしながらシャルルの方に顔を向ける。

 

「ん、どうかしたか?」

「いや、その……さっきのバタバタで気付かなかったけど、山田先生からの通信が何件も入ってたみたい」

「あ、俺もだ」

「……私も」

 

 3人の通信要請履歴には、管制室という文字が2桁に届きそうなくらいにズラリと並んでいた。管制室で機器の取り扱いをしているのは山田先生のため、つまり彼女からの通信である。

 教員部隊がアリーナにやってきた直後に山田先生から現場からの避難指示を通信で受け取っていたのだが、状況が状況だったためその後の通信を受け取る暇が無く、加えて忘れてしまっていたためこのようなことになってしまっているのだ。

 

 山田先生が涙目になりながら此方の通信受け取りを待っている姿が、3人の脳裏に容易に想像できた。

 流石に事実に気付いた上で無視するわけにも行かず、代表として一夏が管制室に通信を行うことにした。

 

『織斑くぅん……せんせぇ、ずっと待ってたんでずよぉ~……』

「……えっと、すいませんでした」

 

 開始早々に一夏の耳に届いたのは、涙声になってしまっている山田先生の声だった。

 向こうが通信を受け取ってくれるまでの数秒間に嫌な生々しさを感じたのを、3人は心の内で思うのであった。

 

『ぐす……いえ、いいんです。こうして通信を返してくれただけでも有難いですから……それはともかく織斑くん、早く避難の方をお願いします。第2の制圧部隊を編成するのにまだ時間が掛かるので、織斑君たちがアリーナから脱出次第ピット・ゲートを封鎖して部隊到着まで時間を稼ぎますので』

「……いえ、俺たちがアレを倒します」

『織斑くん!?何を言って……あれ、前にもこんなやり取りがあったような』

「すいません、通信を切ります」

『え、ちょっと待って織斑く―――』

 

 山田先生の必死な声が、プツリと途切れる。

 

 それから間もなく、箒の打鉄に通信が届く。

 通信相手が誰なのか、名前を見ずに予想するのが容易いと思いながら彼女は通信を取る。

 

『し、篠ノ之さん!織斑くんを止めて下さい!』

「いえ、私も一夏と共にアレと戦うので」

『篠ノ之さん!?あなたまで何を言ってるんですか!?』

「アレがこのまま私たちを大人しく逃げさせてくれるとは思えませんし、ゲートを閉じ込めたところであの武装の破壊力では突破されるのも時間の問題です。そうなればゲートから外に出て、一般生徒たちに危険を齎す可能性があります」

『そ、それはそうかもしれませんけど……』

「すみませんが、私も通信を切ります」

『え、ちょ―――』

 

 再度、山田先生の声が途切れる。

 

 それから少しして、シャルルのリヴァイヴに通信が入る。箒の通信後に生じた数秒間がまた生々しかった。

 シャルルは通信越しの相手の表情すら容易に予想できると思いながら、通信を取る。

 

 案の定、最初に通信に入ってきたのは啜り泣きであった。

 

『えぐ、ぐす……デュノアくぅん……』

「えっと、元気出してください先生。先生は何も悪くありませんから」

『ですよね……?先生、何も悪くないですよね……?』

「取り敢えず、2人があんな感じで僕1人が逃げても状況を悪くするだけの筈なので、僕も逃げずに補佐に回ります」

『いや、あの、補佐とかじゃなくて2人に逃げるよう説得して―――』

「ごめんなさい、僕も通信を切ります」

『え―――』

 

 2度あることは3度ある。

 その後は3人とも受信機能をオフにしたため、山田先生からの通信が届くことは無い。尤も、当の本人は意気消沈してしまっているので実は大して意味が無かったりするのだが。

 

 山田先生との通信を終えた3人は改めて黒いISのいる方向へと向き直す。

 グレネードの爆発で生じた砂塵は既に晴れ、その中心では破損した様子もなく立っている敵の姿があった。彼らの予想通り、グレネードの一撃で倒れてはくれないようである。

 頭部の赤いラインアイ・センサーが真っ直ぐ此方の方を捉えている。黒いISもまた、本格的に一夏たちを標的と認識したのだろう。

 

「さて……2人とも、準備は良いか?」

「無論だ」

「大丈夫だよ」

 

 一夏の問いに、箒とシャルルは揃って頷く。

 

 全員の覚悟が整った事を把握した一夏も彼らに続くように頷くと、雪片弐型を確りと構える。隣に並び立つ2人も、それぞれの得意な得物を呼び出して臨戦態勢を万全にする。

 

「……行くぞっ!!」

 

 

 

―――続く―――

 



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第42話 「私たちが助ける」

 

「さて、どう攻略したもんだろうな」

 

 視線の先にいる異形を視界に捉えながら、一夏は独り言とも隣にいる2人への問いかけとも言える声量で言葉を放つ。

 

「いや一夏、前回『行くぞ!』と啖呵を切ったではないか。何をまた変に冷静になっているのだお前は」

「ほらそこ、前回とか言わない。そして冷静になれって言ったのもお前だからね?」

 

 冷静になった今になって彼は分析を行ったのだが、改めて敵の戦闘力は相当なものであることを理解し直す。非情に気に食わない話ではあるが、雪片を複写した刀と太刀筋はIS界の覇者である織斑 千冬を彷彿とされるものがある。その時点でも脅威だというのに、反応速度や体捌きは一流のIS操縦士にも引けをとらない。こと戦闘能力に関して言えば、間違いなく一夏たちを上回っているだろう。

 

 まるで全国のIS搭乗者の強豪が1つになったみたいだな、と一夏は1人思う。実際VTシステムの内容を振り返ると、彼の考えはあながち間違いではないどころか殆ど正解に近い思考である。

 

「倒すのはいいけど……先ずは先生たちを救助しないといけないよね」

「そうだな。1人ずつピット・ゲートから離脱させるのは時間が掛かりすぎるだろうから、せめてアリーナの壁際に一か所に纏めておかねば私たちの戦いに巻き込まれる可能性がある」

「なら、俺があいつの注意を引きつけるぜ」

 

 そう言って一歩踏み出す一夏。

 

 しかし箒が彼に続いて一歩を進め、彼の肩を掴んで止めた。

 

「待て、一夏。お前1人では流石に危険すぎる。冷静さを取り戻したとはいえ、それだけで1人で相手を務めるのは無理だろう」

「とは言っても、あいつの注意を引きつけなきゃならないのは確かだろ?あいつだって俺たちが先生たちの救助を『ハイどうぞ』って許してくれる訳無いだろうし」

「それなら、僕が先生たちの救助を引き受けるよ。一夏と箒は大変かもしれないけど、僕が救助を終えるまであのISの足止めをしていてくれないかな」

 

 2人のやり取りに割って入り、シャルルが自分の胸元に手を当てながらそう言い出した。

 

 シャルルは表面上では2人目の男性IS操縦士として知られているが、実際はデュノア社の非公式テストパイロットとして数年務めてきた少女であり、ISの経験値や勉学の時間は一夏たちを上回っている。救助活動のシミュレーションについても母国で手を付けており、この中では彼女こそ最も適任であると言えるだろう。

 シャルルもそれを理解しており、こうして自ら名乗り出たのだ。

 

 確かな自信を持ったシャルルの姿勢に安心感を抱いた一夏と箒は、その提案に快く頷いて諒承の意を示した。

 

「分かった。シャルル、先生たちは任せたぜ」

「了解。箒、一夏が無茶をしないようにちゃんと見張っててあげてね」

「ふっ、任された」

「……2人のやり取りがどうも納得いかないんだが」

 

 ついさっき無謀な行動を取ったばかりなので、仕方がない。

 

「まぁいっか……それじゃあいくぜ!」

 

 各々の役割が定まり、3人は行動を開始する。

 先ずは一夏と箒が黒いISへと接近し、注意を引きつける為に牽制を仕掛ける。

 一夏は雪片弐型による鋭い斬撃を、箒は彼が射線上に入らないように位置をずらしつつアサルトライフルで銃撃を。どちらの攻撃も黒いISによって防がれてしまうが、所詮は注意を向けさせるための牽制でしかないので、一夏も箒も動揺することは無い。

 

 その間にシャルルは、黒いISとの距離が縮まらないようアリーナの壁を沿うようにして回り込み、倒れている教員たちを担いで救助活動を始めていく。

 そんなシャルルの健闘が裏で生じている中、一夏たちの戦闘が本格的に激しくなっていく。

 

 黒いISの剣閃が、一夏と箒を諸共斬り伏せんと放たれる。千冬の太刀筋を模倣したその剣技に、教員たちは一刀のもと撃沈されてしまっている。ラファール・リヴァイヴだけでなく防御力の高さがウリの打鉄ですら完封されてしまう攻撃力だ、受ければその時点で敗北は免れない。

 

 冷静さを取り戻した今だからこそ、一夏は焦らず敵の刀を捌きに臨む。相手の剣技の出処こそ世界最強の名を冠する者から来ているが、一夏は幼い頃に彼女の技と向き合い、傍らで見て、教えを受けてきた。言うなれば、敵の剣筋は一夏が知り得ているものであるのだ。

 決して真正直に受け止めるような事をせず、極力回避か受け流しで直撃を免れる。敵の攻撃は鋭いが、彼が知っている千冬の太刀筋を真似ているのであればその捌き方も見出しやすい。ここ一番に真価を発揮出来る、一夏ならではの技量とも言えよう。

 

 そんな一夏の健闘を傍らで見て、箒も負けじと心に熱を滾らせる。

 黒いISが一夏へ攻撃を行う時を見計らい、横から隙をついて斬撃を放っていく。黒いISが片側に攻撃していたら、もう片方が攻撃中の敵を横から攻めていくという戦闘方針が暗黙の了解で定まりつつあり、実際箒が黒いISの標的となった時には一夏が黒いISに攻勢を試みている。敵の攻撃が一方に集中せず分散される事によって、2人の負担も軽くなる。

 

「一夏っ!」

「おう!」

 

 箒の掛け声と一夏の快活な返事が入る。

 2人は息を揃えて同時に動き、黒いISに向けて同時に斬りかかった。

 

 黒いISは2人分の斬撃を手持ちの刀で受けて機体への直撃を避けるものの、やはりその衝撃が強かったのか足裏を地面に擦らせながら後方へと下げられる。数メートル程度の距離が、一夏たちとの間に生まれることとなる。

 

 その隙を見計らい、箒と一夏は呼吸を整える。幸いにも最中に攻められることなく、無事に完了させることに成功した。

 

「ふぅ……一撃も喰らっちゃいけないってのは緊張するな」

「そうだな。しかし、直撃を避けていようとも防御の衝撃だけでシールドエネルギーが徐々に削られてしまうのも事実だ。モロに斬られていないからといって余裕は出来ないぞ」

「分かってるって。シャルルが先生たちの避難を済ませてくれたら、気兼ねなく攻撃を始められるんだが……」

 

 シャルルの様子を一瞥して確認すると、どうやら向こうの進捗具合は良好のようで7、8割方が完了している。6人ほどいた救助対象者も残るは2人で、シャルルがその内の1人の方へ向かっている姿があった。

 それを見て一夏は満足げに笑む。

 

「……もうちょいの辛抱ってことだな」

「……来るぞ!」

 

 途端、黒いISが攻撃を再開する。

 重火器の類を持ち合わせておらず、刀1本が現状装備の敵が最初に取るべき手段は、刀の間合いに入るべくこちらに向かってくる事。スラスターからの出力で加速した敵は、間もなく一夏たちとの距離を詰める。

 間合いを捉えてから行う攻撃手段は先程までと同様、刀による斬撃。しかし問題は、その太刀筋が素人のソレとはまるで次元が異なる速さと鋭さである事だ。

 

 一夏と箒は、刃が及ばないように手持ちの刀で軽く受け流しながら双方に横跳びする。

 前述の理由から太刀筋のクセを見抜いている一夏と、剣道の全国大会2連覇を成し遂げ且つ現行で最速のIS搭乗者から師事を仰いでいる箒だからこそ、余裕とまではいかないものの敵の疾き一刀を捌くことが出来ているのだ。

 

 黒いISはすかさず追撃を仕掛ける。

 標的としたのは、白式とはISの機動面で劣っていたため僅かに遅れていた箒である。

 

「そう、易々とは!」

 

 襲い掛かる袈裟斬りに自身の刀をぶつけ、その剣閃をずらすことによって被害を免れる箒。口では簡単にやられはしないと言うものの、切迫した状況に対して冷や汗が止まない事は自分で理解できている。

 

 そんな箒に容赦無く次の攻撃を行おうと動き出す黒いISであるが、突如踵を180度返しながら後方に向けて水平斬りを放った。

 

「ぐっ!」

「一夏!」

 

 黒いISの斬撃の先には、雪片弐型を縦に構えて攻撃を防ぐ一夏の姿があった。箒が黒いISに続けて狙われている事を見過ごすわけにはいかなかった彼が、黒いISの背後から攻撃を仕掛けようと目掛けて来たのだ。彼の性格上、背中から敵を斬るのは卑劣な印象があるため避ける傾向があるのだが、今の状況でそのような好き嫌いを選べるとは彼も思っていないため、行動に移した。

 真正面から敵の攻撃を防いだことにより、直撃こそ防いだものの弾かれる程の強い衝撃を受けて一夏の身体が硬直する。

 

 そんな彼に目掛けて黒いISは刀を振り上げ、そのまま脳天目掛けて振り下ろそうとする。

 

 だが、そこに一発の銃弾が舞い込んだ。

 

「それ以上はやらせないよ!」

 

 マグナムガン【ラディウス】を備えているシャルルが、一夏たちの戦線に加わってくる。彼女の後方には、大型の盾を前に置き、ISが解除された状態でアリーナの壁に背を掛けている教員たちの姿がある。彼女たちのその様な姿があるという事は、つまりシャルルの救助活動が完了したという事だ。

 

 シャルルの放ったマグナム弾は黒いISの手元に真っ直ぐ向かっていったが、すんでの所で黒いISの刀によって弾かれてしまう。迫り来る攻撃を防ぐことに一瞬意識が向く敵だが、すぐに一夏を標的にし直すのは明らか。

 

 尤も、シャルルにとってその程度の展開は想定の範囲内に過ぎない。

 シャルルは即座にマグナムガンを左手に投げ渡し、瞬時に召還したアサルトライフル【ヴェント】を右手だけで携え、連射を行う。更にその中にマグナムガンの射撃を織り交ぜて、嵐の上な銃火を黒いISに目掛けて見舞わせる。

 

「一夏、今の内に離れて!今度こそね!」

「こ、今度は大丈夫だって!」

 

 冷静さを欠いていた時はシャルルの言葉を無視してしまったことを突かれ、一夏は大人しくその場を離れて箒と合流を果たしに行く。

 

 弾丸の雨に見舞われては流石に一夏の追撃を行えず、黒いISはその場から下がって銃撃から逃れるようにする。単発の弾丸ならまだしも、自動小銃による銃撃を捌き切るのは流石に無理があると判断した故の後退なのだろう。

 

 黒いISを退けつつ、シャルルは一夏と箒の居る方へと移動を行っていく。こうして3人は無事に合流することが出来た。

 

「2人とも、無事?」

「なんとかな。シャルルの方もバッチリみたいだな」

「うん。後は先生たちを巻き込まないように僕らで上手く立ち回らないとね」

「うむ……だが、いずれにせよ長期戦に持ち込んではこちらが不利になる一方ではあるな」

 

 箒の言葉に対し、一夏とシャルルが揃って頷く。

 確かに教員たちの避難を完了させ、3人とも戦闘継続できる状態で今を迎えているのは非常に順調な展開だと言えよう。しかし、いつまでもこの調子で行く可能性は限りなく低い。

 こちらのISのシールドエネルギーは全員が半分を下回っており、強敵との油断ならない戦闘によって集中力が時間の経過で鈍っていく危険性があるからだ。

 対する向こうはシールドエネルギーの存在が不明瞭で、あるにしても途中まで試合を行っていた3人よりは間違いなく残量が勝っている。加えてラウラの精神とは関係無く機械的な行動を執っており、それが長時間の経過で集中力を切らすとはとても思えない。

 長期戦になれば、間違いなく不利なのは一夏たちの方である。

 

 だからこそ、3人の現在の思考は一致する。どうすれば目の前の敵を倒せるのかを。

 

「短期決着、だね」

「ああ、そしてその決め手となるのが……」

「俺の【零落白夜】だな」

 

 そう言いながら一夏は自分の手に握られている雪片弐型を軽く持ち上げ、それを見やる。

 零落白夜。白式のシールドエネルギーを引き替えにして絶大な攻撃力を発揮する、諸刃の剣とも呼ぶべき技。相手のエネルギー残量が不明な以上、確実に削り切るには現状でこの手段しかない。白式の現在のシールドエネルギー残量では2回使えるかどうか怪しい所ではあるが、1回も使えないよりかは遥かにマシだと言える。

 

「取り敢えず、一回は確実に撃てそうだぜ」

「良かった。それなら後はあの黒いISが問題になるね」

「だな。これまでみたいに速く動かれたら当て辛いだろうから、動きを止めるなりしないと難しそうだな」

「……いや、奴を見てみろ」

 

 3人の視線の先には、刀を上段に構える姿勢を取ってこちらに滲み寄ってくる黒いISの姿があった。先程までのように一気に距離を詰めず徐々に迫り来る姿も不気味だが、3人が集まったことによって戦術を変更する気になったのか、それとも3人の理想とする動きが偶然一致しただけなのか。その真意は誰にも分からないが、次に放つ一刀を構えるその姿は『次の一撃でお前たちを仕留める』という意気が込められているような気がすると、3人の緊張感が自然と高まる。

 

「……決闘、のつもりなのかな?」

「あれに人の意思があるとは思えないが……不思議とそんな風に思えてしまうな」

 

 いずれにせよ、黒いISが静の動きを取り出して来たのは一夏たちにとって幸いであった。今迄のように俊敏な動きをされていては、折角の貴重な一撃が外れやすくなってしまうからだ。

 

 黒いISが構えている姿を見て、一夏は不敵な笑みを浮かべる。

 

「いいぜ……その千冬姉の真似事、正面からぶっ潰してやる」

 

 そう言いながら一夏は、零落白夜を発動。

 刀の刀身が開き、その中から輝かしいエネルギー刃がブゥン、と音を立てながら発出される。光の刃は元来の刀身以上の長さまで伸びたかと思うと、そのままゆっくりと縮まり最終的には一夏が丁度良いと思えるほどの長さに縮小されていった。

 

「箒、シャルル……行って来るぜ」

 

 そう言いながら一夏は2人の方を見やる。

 2人が一夏への信頼を込めた力強い頷きで見送ってくれたことを見届けると、一夏は背中を後押しされたような感覚を抱きながら一歩前に進み出る。

 

 アリーナの中央に向かって進みゆく、一夏と黒いIS。一際強い緊張感が周囲に張り巡らされ、両者の醸す雰囲気は並々ならない重さが込められている。

 互いの距離が詰められていく中で、一夏は己の腰に刀を添えて居合の構えを模る。自身の姉から教わり、箒との稽古で会得した技を放てるように。

 

 互いの刃が届く距離に至るまで、5歩。

 4歩……3歩……2歩……1歩……。

 

 そして、0。

 

 その刹那、黒いISが先に動いた。

 構えていた刀を一夏目掛けて一気に振り下ろしてくる。これまでの斬撃よりも更に速い太刀筋は、瞬きの1つすら惜しまれる程に鋭い。頭の頂から脚の爪先まで真っ二つにしかねない斬閃が、一直線に一夏の元へと向かっていく。

 

 しかし、命を刈り取る刃が迫り来る中でも、一夏の心は宵闇の如く静まっていた。その瞳を閉じ、口を閉ざし、無駄な身の動きを抑え、静寂をその身体で体現していた。呼吸は整えられ、身体に圧し掛かる余計な重みが取り除かれる。刀の柄を持つその手は、自然な力加減でそれを握れていた。

 

 そしてついに、一夏は動き出す。

 

 襲い来る刃の鋭速は千冬の太刀筋と非常に似ている。しかし、かつての千冬の剣を思い出した一夏にとっては、最早それを脅威と感じる事は無かった。

 『誰かの為に振るう力』。かつて自身の姉から教わった真の強さとは遠くかけ離れている眼前の刃は、どんなに鋭くても、どんなに速くても中身が空っぽでしかない。意志を宿さない形骸が、強き意志を心に抱く今の彼に想いの力で勝る事など、未来永劫に在り得ない。

 

 振り下ろされた一刀を、一夏は居合の型で放った刀で横に弾く。

 そして間を置かずに刀を両手で真上に掲げ、一気に振り下ろした。振り下ろされた刃は黒いISの脳天から股まで一直線に斬り裂いてみせた。

 

 【一閃二断の構え】。

 一太刀目で相手の得物を払い、続く第二の斬撃で斬り伏せる。 2人の剣の使い手から学び得た、必殺の剣技である。

 

 黒いISが斬られた個所から紫電を漏らしながら、ぎこちない動作でよろめきだす。

 その姿を見て一夏は確信した。勝った、と。

 

 ……だが。

 一夏の思いを裏切って、黒いISがふたたび動き出した。命の瀬戸際に瀕して我武者羅になったような動きで刀を持つ腕を振るい、一夏の雪片弐型を彼の後方に弾き飛ばしたのだ。

 

「なっ……!?」

 

 黒いISがまだ動けて、更に自身の武器が弾き飛ばされたことで驚愕の声を上げる一夏。そんな彼の眼前では、既に次の斬撃を放つべく構え出している敵の姿があった。

 白式の装備は、先程手元から離れていった雪片弐型1つのみ。それが手元から無くなった今の一夏はなんの武器も持たない丸腰状態。

 

「(……ははは、こりゃもう駄目かもな)」

 

 瞬時加速で後方に逃げようにも、今の一夏の技量では発動に若干の時間が必要となるため間に合わない。1、2回分の瞬時加速を使えるシールドエネルギーが残っていても、肝心のそれが使えないのであれば意味は無い。

 そしてその程度のエネルギー残量では、これから降りかかる一撃を耐え凌ぐのは100%不可能。それどころかエネルギー不足で十分なバリアが張れず、急所に当たれば死ぬ可能性すら生まれてくる。

 

「(悪い、箒。死ぬなって言われたばっかりなのに)」

 

 迫る刃を覚悟しながら、一夏は自分の命を案じて涙してくれた少女の顔を思い出し、詫びる。この後にまた彼女を悲しませてしまうと予感させ、一夏は心の底から申し訳なく思う。

 

 

 

 

 

 しかし、彼が諦めるのはまだ早かった。彼は死期を悟ったために、肝心な事実を見落としていた。

 一夏は、1人で戦っていたのではない。彼の傍には『彼女』がいた。

 

「一夏っ!!」

 

 一夏の眼前に、鋼色の機体を纏った少女が舞い込んで来る。彼の視界に入ってきた速度は通常のIS速度では出せないスピードで、瞬時加速でも行わなければ厳しい程であった。

 

 否。少女―――篠ノ之 箒は、まさしく瞬時加速を発動して一夏の元へ駆けつけたのだ。

 これまでの試合で箒はそれを使用していなかったのだが、実を言うと彼女はトーナメントより以前からその技術を習得済みであり、それを教えてくれた師からは『こういう技は意表を突く時が一番効果を発揮するものだから、切り札感覚で使っていった方が良いよ』と言われていたため、今まで一夏たちにも黒いISにも隠し続けてきたのだ。

 

 そんな彼女の手元には、打鉄の初期装備である近接ブレード【葵】が1振りと……。

 

「雪片弐型っ!?」

 

 白式の装備であり、先程黒いISの斬撃で一夏の手から弾き飛ばされた雪片弐型が握られていた。両の手に刀を備えた、俗に言う二刀流の型で一夏の元に現れたのだ。

 本来、他のISの武器を使用する事は基本的に不可能であり、使用できるようにするにはISの機能に備わっている【使用許諾(アンロック)】を行って搭乗者やISに使用の許可を出す必要がある。前例として、かつての練習の際に一夏はシャルルからアサルトライフルの使用許諾を受けて射撃訓練の為にそれを貸してもらっており、初めて銃器を扱っている。

 

 しかし、以前の練習の時に一夏は使用許諾の存在を知る事が出来たのだが、その後、具体的にどのように行うのかまでは習っていない。そもそも一夏が雪片弐型の使用許諾を行って誰かに渡してしまえば、今の様な丸腰状態になってしまうため彼が使うには殆ど意味が無い機能なのだ。

 

 故に一夏はこの時、疑問に思った。

 『俺、箒に雪片弐型を使用許諾した覚えなんて無いぞ……?』と。

 

 そんな彼の疑念は露も知らず、箒は2振りの刀を携えて黒いISの前に躍り出る。尚、箒が一夏の剣を取りながら赴いたのは、実を言うと殆ど無意識の行動である。

 箒が現れた頃には既に、黒いISの斬撃が振られようとしているところであった。しかし箒はそれを目前にしても先程の一夏と同様に冷静な心持ちで臨めていた。

 

 彼を絶対に死なせないと心に誓ったが為に。そして、黒いISに囚われているラウラを必ず救い出す為に。

 

 黒いISの振るう刀に対し、箒は上半身を捻ってから右手の刀で払う。振るった刀は黒いISの斬撃を真っ向から受け止めるのではなく、これまで通り受け流すような形で軌道を横に逸らさせる。

 傍らで黒いISが刀を振り切っている瞬間、箒は残る左手の刀である雪片弐型で黒いISの胴を捉え、一閃。敵が斬り返しを行う前に、一夏が先に付けた縦の刀傷に続く斬り跡を黒い身体に刻みつけてみせた。

 

 篠ノ之流双刀術【番之龍風(つがいのたつかぜ)

 2振りの刀によって行われる2連撃は、まるで2頭の龍が風の如き流動な動きで空を切り進む姿の様。1頭目の龍が迫り来る脅威を振り払い、後ろに続く龍が脅威の根本に食らいつく。

 遥か昔に在った戦国の時代。剣の達人であった箒の先祖が編み出し、倉の中に収められている巻物に記された、篠ノ之流の奥義の1つである。二刀流のため剣道で使われることは一切無いが、箒は幼き頃に宿した憧れを抱き続け、完成に至るまで実家の道場で密かに練習し続けていたのだ。

 

『―――』

 

 箒の流麗な剣技を受け、ついに黒いISは動きを止める。

 瓦解していく外殻の中から、銀髪の少女―――ラウラが姿を現す。その姿に外傷こそ無いものの、意識が朦朧としているのか、目は今にも閉じてしまいそうなほどに薄らとしか開かれていない。

 

「ラウラっ!」

 

 地面に向かって力無く倒れゆくラウラを、箒は両手の刀を放り捨てて受け止めようとする。ラウラの小柄な身体が箒に抱きかかえられ、事なきを得た。

 

 黒いISが消え、ラウラの姿が現れたことによって一夏とシャルルが心配そうな表情を浮かべながら箒の傍に駆け寄る。

 

「箒、そいつは大丈夫なのか!?」

「……一先ず、命に別状は無さそうだ。しかし、あの黒いISに取り込まれながらあれだけ激しく動いたのだ……外傷は無くとも身体の内部が痛んでいるかもしれない」

「そうだね。とにかく今は医務室に連れて行こうよ。僕が先に行って準備を整えてもらうように頼んでおくから」

「済まない、よろしく頼む」

 

 任せて、と言いながら去り行くシャルルを見送る箒。

 その視線を、自身の胸の中で眠っている少女へと向き直す。誰も寄せ付けようとしない棘ついた雰囲気を今日まで出していたとは思えない穏やかな寝顔が、そこにはあった。

 

「ふふっ……お前の可愛らしい顔なんて初めて見るかもな」

 

 ほんの僅かに聞こえる寝息を耳にしながら、箒は小さく笑ってみせた。

 

 

 

―――続く―――

 







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第43話 その瞳に映る者

 1人の少女は、朧な夢を見た。

 

 そこは少女にとって見覚えの無い光景であった。

 自分が住んでいた軍部内の施設とも、任務以外では滅多に足を運ばないドイツ首都の市街地でも無い場所。賑やかな都市部から離れ、徐々にビルの数が少なくなっている郊外の一道。まったく記憶に覚えの無い、未知の場所。

 

 その中で彼女は、1つの光景を見る。

 

 胸部から血を流している黒い猫。

 それを抱き抱えて、必死にその猫の名を呼ぶ1人の少女。

 周りに人は誰も居ない。張り裂けんばかりに発す彼女の声は、曇天より振る大粒の雨の中に掻き消えていく。そんな彼女の手から、猫のものと思わしき真っ赤な血が無情にも流れ落ちていって。

 

 夢を見ている少女は、その2つの存在に見覚えがあった。

 彼女たちは―――。

 

 

 

 

 

 瞬く間の白光が収まった時、少女の眼には新たな夢の姿が映し出される。

 

 木造の広い武道場の中に在る、2つの人姿。

 顔面部が格子型に組まれた頭巾状の防具に胸部から腹部・腋下にかけての保護具等を身体に施したその姿。少女の知識が、それは日本武道の1つである剣道で用いられる物であるということを引き出す。

 

 1人は竹刀を持ったままその場に佇んでおり、もう1人はその前で竹刀を手放して倒れている。まるで勝者と敗者の光景のようであると少女は思った。

 少女は倒れている者の防具の隙間から、涙が見えた気がした。

 

 そして勝者だと思われるもう1人の方を見てみると……まったく同じ物が、防具の奥で流れ落ちていた。

 

 

 

 

 

◇   ◇

 

「……ここ、は……?」

 

 おや、目が覚めたようだね。

 ベッドで横たわっている銀髪の女の子―――ラウラちゃんの意識が戻った事が分かった私は、彼女に声を掛ける。

 

≪ここは学園の医務室だよ≫

 

 彼女のベッドの傍に置かれてた椅子に乗っている私の声に反応し、ラウラちゃんは私の方を向く。

 いつもはつんけんした態度で目つきも鋭い子だが、今は激動の後の寝起きだからか眼力はいつもより弱弱しい。睨んでいるというよりは、寝覚めでぼんやりとした目を凝らそうとしているように私は感じた。

 

「……貴様は、テオとやら……だったか」

≪そうだよ。取り敢えず、眠る前に何があったのかは覚えているかい?≫

「…………」

 

 ラウラちゃんは私の言葉を聞き、思い返すそぶりを示し始める。

 十数秒の沈黙の後、彼女はポツリとその口を重々しく開いた。

 

「私は……タッグトーナメントで、織斑 一夏たちと戦っていた……しかし、その最中に見たことの無い表示が、突然目の前に現れて…………」

 

 そこで彼女は口を噤む。どうやらそこまでが彼女の記憶が存在している場所らしい。

 

 私は今回の事件の子細をラウラちゃんに話し始める。

 

 先ず今回の騒動の中心となった存在は、各国で開発・研究・使用が禁止とされている【VTシステム】である。これの内容についてはラウラちゃんも理解してくれていたようなので、私はすぐに話を進める。このシステムがどうやらラウラちゃんのIS【シュヴァルツェア・レーゲン】の機能部に隠すようにインストールされていたらしく、試合中にそれが発現してしまったのだ。本来であればVTシステムはある程度の条件を事前に設定してから、それらを満たして発動されるものなのだが、今回は予兆も無く起こってしまっている。その原因についても、既に詳細を把握済みである。

 

 デュノア社の名代として今トーナメントに来席した、シャル・ガールの義母―――マリーヌ・デュノアがVTシステムを強制的に発動させる機械を忍び持っていたようで、それを使って起動させたのだ。彼女はその後すぐにIS学園から逃亡しようとしていたが、私が千冬嬢に頼んでおいた、彼女への警戒網を担当する先生たちがそこで到着し、逃亡前に彼女を取り押さえることに成功したらしい。取り押さえる、と言ってもその時は彼女も逃げる気力を失っていたらしいけれど。

 

 そして、彼女の逃亡の手引きという名目でこの学園に侵入していた、【亡国機業】に所属する桃髪の美少女―――名は不明。

 彼女の関係者であるマリーヌ・デュノアが現在警察署に連行されている最中のため、彼女に関する詳しい内容はマリーヌ・デュノアからの証言を聞き取り終えた後になる。ただ、現場に来た先生たちが彼女たちの電話の内容を傍目で聞いた様子では、どうやら桃髪のお嬢さんは最初からマリーヌ・デュノアを切り捨てるつもりだったようである。

 で、私は脱出を目論むお嬢さんと対峙して、彼女の身柄を取り押さえることを目論んだのだけれど……恥ずかしながら、逃げられてしまった。

 お嬢さんは『隔離結界(イゾレーション・エリア)』という見たことも無いアイテムで私をバリアの中に封じ込めた後、そのまま私を置いて逃亡してしまったのだ。その際、彼女は監視カメラに自分の姿を映さない方法を取りつつ逃げていったのだが……この辺りの話は一先ず置いておくことにしようか。ちなみに私を閉じ込めていたバリアは10分程度で解除された。

 

 肝心のVTシステムについても、箒ちゃんと一夏少年とシャル・ガールの3人が頑張って解決してくれたらしい。鎮圧部隊として駆り出された先生たちが倒された後、彼女たちを救助しながら3人で協力してVTシステムに立ち向かい、見事討ち果たしてみせたそうだ。ラウラちゃんもこうして助けられ、1人も死者が出ない結果となった。

 今回の事件は重要機密事項として取り扱われることとなり、VTシステムに関しては機体の故障として生徒のお嬢ちゃんたちに伝えられる手筈となっている。

 

 事態を収拾してくれた3人をとても誇らしく思う反面、私はなんの役にも立てなかったことが悔やまれる。対応は遅い、犯人は取り逃がす、桃髪のお嬢さんが【亡国機業】の者である事と所持しているISの情報の一部しか得られていない。

 ……まったく、私がこんな体たらくでは若い子たちに示しがつかないね、ホント。

 

 と、最後は私の愚痴になってしまったけれど……この中から彼女に伝えても問題ない点だけ説明してあげた。正確に示すとVTシステムの件、マリーヌ・デュノアの件、箒ちゃん達の活躍の件である。

 

 私からの説明を聞き終えたラウラちゃんは、私に向けていた顔を逸らして天上へと仰向いた。天井を見つめるその表情は、まるでずっと先を見据えているかのような遠いものに感じられた。

 

「……私は、いいように支配されていたということか」

≪……≫

「情けない話だ……強者と張っていた私は呆気なくVTシステムに呑み込まれ、今まで格下に見ていた織斑 一夏や篠ノ之 箒は私を覆いしあの力を打ち破ってみせた……」

 

 ギュッ、と。シーツの端が一部内側に引き寄せられる。恐らくラウラちゃんがベッドの中でシーツを強く握ったからだろう。

 

「私が誇っていた力は、所詮は虚飾に過ぎなかったのか……?教官の為に心血を注いだこれまでの日々は、無意味だったのか……?」

 

 言葉が後になるにつれて震えを帯びていく。いつも淡々と発言を行っていた彼女が聞かせてくる、感情の籠った声が私の耳に届いてくる。

 そしてラウラちゃんは、一筋の涙を零した。

 

「私は……こんな無様な私は……どこに在れば良いというのだ……?」

 

 私は以前、千冬嬢からラウラちゃんの過去がどのようなものだったのか聞いたことがある。詳しくはまだ教えてもらっていないが、ラウラちゃんが嘗てドイツにて【超界の瞳(ヴォーダン・オージェ)】の手術の影響で地位を転落し、その後に来た千冬嬢の指導によって再び返り咲いたらしい。

 私はラウラちゃんのことをよく知らない。ただ、この場にて1つだけ分かることと言えば……ラウラちゃんにとって力とは、自分の居場所を得るために必要な物でもあったということ。軍人という身であるならば、それはまさしく必要に迫られた考えなのだろうね。

 

 だからこそ自分の持っている力が敢え無く屈された今回の事件は、彼女にとって堪える内容となったのだろう。先程の彼女の吐露は、そんな自分が弱く見えてしまったがために過去の落失を思い出し……といった所だろうか。

 

 だけど、嘆く必要など在りはしない。

 私はラウラちゃんに言葉を掛ける。

 

≪ラウラちゃん、身体は動かせそうかな?≫

「……身体?多少は痛むが……動けないという程でも、無い」

 

 私は彼女の言葉を聞いて、ニヤリと笑んでみせる。

 

≪それならちょっと、私に付き合ってみないかな?≫

 

 

 

――――――――――

 

「……どこまで連れて行くつもりだ?」

≪もうすぐで着くよ……ほら、ここだ≫

 

 身体に掛かる痛みの所為でいつもより遅い歩みとなっているラウラちゃんのペースに合わせて、私は学園内を進んでいった。

 保健室を出て廊下を歩き、部活動棟に入って中を行く。

 私がラウラちゃんを連れて到着した場所は、剣道部が練習で使用している剣道場である。

 

 私の後ろをついていたラウラちゃんも入り口前の表示板と内装をそれぞれ一瞥して、ここがどういう場所なのかを理解したようである。

 

「剣道場……ここに何かあるのか?」

≪うん、あの2人が此処で手合わせをするって言っててね……おっ、いたいた≫

 

 剣道場の中を覗き込んでみると、私が探していた子たちの姿があった。

 

「うおっ!?」

 

 女の子の声とは程遠い驚声を発しながら、相手の剣技によって後ろに引き飛ばされる1人の人物。この学園に於いて女の子の声じゃない人物となると、私と轡木殿以外ではただ1人。

 飛ばされた方の子は、尻餅をついてからそのまま床に座り込んだ状態で、着込んでいる剣道着の面のみを取り外す。面を外したその中には端正な顔立ちをした男の子の顔が。

 つまり、たった今やられていたのは一夏少年だ。

 

「ふぅ……前に試合した時よりも腕を上げたんじゃないか?箒」

「入学してからも鍛錬を怠っていないからな。そういうお前も……うん、まぁ、アレだ。入学当初よりは多少腕前が戻っていると思うぞ」

 

 一夏少年を倒してみせた子は、そう言いながら少年と同様に面を外す。一夏少年が既に名前を言ってしまったけれど、彼の相手をしていたのは箒ちゃんであった。

 

「おいおい、そこはせめて俺と同じで『お前も腕を上げたな』っていうとこだろ」

「いや、剣道の腕前に関してはどう考えても昔の方が出来上がっているからな……」

「何それ、今の俺は小学4年生の頃の俺より弱いって感じの流れ?まさかそんな……」

「……う、うむ」

「その微妙なリアクションは何!?」

 

 久しぶりに少年のツッコミを聞いた気がするけれど、やっぱりあの子は弄られ役が様になってるね。箒ちゃんもボケを言ったつもりではない筈なのに律儀にツッコミをしてくれる辺り、少年の芸人気質が垣間見えるよ。

 

「っていうか箒って二刀流なんて出来たのかよ。あの時の技見て初めて知ったぞ、俺」

「剣道では二刀流などしないから披露目の機会が無かったのもあるが、もし一夏が真似をして……型を崩してしまったら千冬さんに申し訳が無かったからな。我が家に伝わる篠ノ之流に二刀流の剣術もある以上、会得するのが引き継ぐ者の役目だろう?」

 

 そう言って箒ちゃんは、頭に巻いた白無地の手拭いを直し始める。

 ちなみに箒ちゃんの言葉を訂正しておくと、子供の頃の箒ちゃんが2刀流の事を一夏少年に隠していた本当の理由は別にあり、一時期一夏少年をライバル視していたあの子が自分だけの剣技を身に付けていたいから……というものである。微笑ましい。

 

「さて、どうする一夏。あんな事件の後だから長々と続けるつもりは無いのだろう?」

「そうだな。けど……折角だからもうちょっとだけ頼む」

「ふっ……お前の気が済むまで付き合ってやるとも」

 

 そうして一夏少年は立ち上がり、箒ちゃんも手拭いを巻き直すと、2人は面を被り直して剣道を再開し始めた。

 

「…………」

 

 その光景をジッと見ていたラウラちゃんが、ふと私に対して声を掛けてくる。

 

「あれはどういうことなんだ?」

≪ん?≫

「織斑 一夏の腕前だ。VTシステムに打ち勝ったと聞いていたのに、先程から押されっぱなしではないか」

≪あぁ、成程ね≫

 

 ラウラちゃんの疑問も尤もである。

 一夏少年がVTシステムの剣技に優ったという輝かしい活躍を聞いた後にこの劣勢を見せられては、本当に一夏少年が強いかどうか分からなくなってしまうだろう。

 

≪ぶっちゃけちゃうと、基本的な戦闘能力に関して言えば一夏少年はラウラちゃんよりも下だよ。武術の心得も君の方が実用的な物を習得しているだろうし、ISの知識についても君の方が圧倒的に理解出来ている≫

「ならば何故、奴はVTシステムを破ることが出来た?あれはモンド・グロッソでヴァルキリーの称号を獲得した者のデータを元にして作られた物だ、今の私ですら勝機は非常に薄いというのに……」

 

 私の視界の先では、箒ちゃんから胴を喰らって悶絶している一夏少年の姿がある。

 

 私は悶えている少年を見ながら、ラウラちゃんの言葉に答え出す。

 

≪あの子はね、ここ一番という時に滅法強くなれるんだよ≫

「ここ一番……?」

≪そう。自身にとって大切なものを守ろうと決めた時、あの子は私も驚かされる程の力を発揮するんだよ。まぁ……≫

 

 いつもの彼はまだまだあんな感じだけどね、と箒ちゃんに介抱されながら横腹を痛々しそうに擦る一夏少年を指しながら、私は口を添える。

 例を上げるとするならば、最初にセシリア姫と戦った時の一夏少年はもう一歩の所まで彼女を追い詰めてみせて、無人機襲来の折には敵機の片腕を綺麗に叩き斬ってみせている。どちらも詰めが甘いと言われれば否定出来ないのだが、ISの知識も操縦時間も素人並の彼があれ程の成果を挙げてみせたのは褒めていいと私は思っている。本人に言うと調子に乗るだろうから、私は言わないつもりだけど。パパは甘やかすだけじゃありませんよ?

 

 ラウラちゃんは私の言葉に小さく喉を鳴らしながら、首を僅かに横に動かす。その瞳に移している人物を一夏少年から箒ちゃんに変更した動作なのだろう。

 

「篠ノ之 箒も、奴と同じ特性を持っているのか?だから奴と同様にVTシステムの力を超えたということなのか?」

≪箒ちゃんはね……≫

 

 ほんの少し間を開けつつ、私は箒ちゃんの姿を視界に捉える。一夏少年を完全に防戦一方に持ち込ませ、優位に立ってみせている姿が其処にある。

 

 私はそんな箒ちゃんの姿が、伸び伸びと出来ているように感じられた。嘗ての光景と似通っていて、それでいて大きく違っているその姿を見ていると、私の心も穏やかな感情でいられた。

 

≪自分にとっての『力の在り方』を見つけられたから……かな≫

「……!」

 

 ラウラちゃんの表情が僅かに変化する。

 僅かに目が見開かれたその表情は、まるで探し物の手掛かりを見つけ出したかのような……いや、まさしくその通りの表情、と言うべきだろうね。

 

≪前にも屋上で似たような話をしたけれど、箒ちゃんは昔、私が傍から居なくなったことで家族も友人も近くに居ない1人ぼっちになってしまった時期があったんだ。その境遇に嘆き苦しんだ箒ちゃんは唯一残された剣道に執心し、いつしか日本国内の大会で優勝するする程に強くなってみせた。だけど……≫

「だが……なんだ?」

≪……決勝戦の相手が泣いている姿を見て、箒ちゃんは気付いてしまったんだ。自分が身に付けた剣道による力は、八つ当たりとも言える暴力となってしまっていたことに。それに気づいた箒ちゃんもまた、ショックで涙を流したんだ≫

「……っ、それは……!」

 

 私の話を聞いた直後、ラウラちゃんが突然動揺し始める。

 この子がここまで驚く様子は珍しい

 

「あの夢の光景、なのか?」

≪夢?≫

「……武道場と思われる場所で、お前が言ったような光景が見えた。その前には、お前と思われる黒猫が血を流しながら篠ノ之 箒らしき女に抱かれている雨中の光景が見えたのだ。以前、屋上でお前が言っていた話に通ずるものだったのだが」

 

 ラウラちゃんの発言を聞いた私も、流石にその内容には驚かざるを得なかった。

 彼女が見た夢の内容は、十中八九私たちの身に起こった過去の出来事の光景だ。他人の過去が夢という形で見えることは無いだろうと束ちゃんも言っていたため、ラウラちゃんが私の過去の出来事に関する夢を見たというのはとても稀有な現象であろう。

 ……これもISが何か干渉を起こしたのだろうか?

 

 奇妙な縁が気になる所ではあるけれど、取り敢えず話を進めることにしよう。

 

≪……話を進めようか。自分の力の正体を知ってしまった箒ちゃんは酷く悲しんでいたけれど、その直後に復帰した私があの子と再会して、2人で確りと話し合ったのさ。自分と、自分の持つ力がこの先どう在りたいのかってね≫

「話し合い……?そんなもので安易に決まる事柄なのか?」

≪自分の力が過ちだったことに気付けたのなら、歩みを変えることは簡単さ。後はその道を頑張って進んでいく、それこそが本当の始まりでもあるんだよ≫

「新たな、道……」

 

 ラウラちゃんは私の言葉を聞き、少し顔を俯ける。下を向くその顔の手前に、彼女は己の掌を翳してみせた。

 

「……それは、私にも見つけることが出来るのか?」

≪勿論出来るとも。それと、これは私の予想に過ぎないのだけれど……事件が起こる直前の試合で箒ちゃんと力を合わせようとしていた君の動きを見た感じだと、もう既に新しい道へ足を踏み出しているんじゃないかな?≫

「あっ……!」

 

 事件のショックで記憶から外れていたのかもしれない。ラウラちゃんは当時を思い出して僅かな声を上げた。

 やはりラウラちゃんはあの試合で何かを見つけ出そうとしていたのか。その前の試合で予兆のような言動を見せ、その後の一夏少年たちとの試合での動きが箒ちゃんに協力するそぶりが強かったのはそういうことか。

 

 ともあれ、それを聞いて安心したよ。この様子なら、ラウラちゃんもすぐに歩き直していける筈だ。

 

「……1つ聞きたい。あいつの……篠ノ之 箒にとって、力とは何だ?」

≪ふむ、そうだね……本人から直接聞いてもいいと思うけど、まぁ私の口から言わせてもらうとしようか≫

 

 私はその場で踵を返し、未だに試合を行っている箒ちゃんたちに背を向けながら口を開く。

 

≪『己の信念を果たす為の術』。誰かを守りたい時、役に立ちたい時、一緒に並んで戦いたい時……自分が心に決めたことを貫き通す為に、あの子はこれからも強くなっていくよ。一夏少年たちと一緒に……ね≫

 

 私はそう言い告げると、その場をテクテクと去り出す。その道すがら、私は後ろを振り返ってみる。

 本当はラウラちゃんに戻るかどうかを問おうかと思っていたんだけどね。……あんなに食い入るように箒ちゃんたちの試合を見始めてしまったのなら、聞く意味は無いよね。

 

『何はともあれ、これからは私も存分に手を貸してあげるよ……ラウラちゃん』

 

 私は彼女に聞こえるかどうか分からない声量でそう呟き、その場を再び歩き出す。

 

 

 

―――続く―――

 




 そんな事より、初期に意気込んでたギャグパートが最近全く書けていないのが危惧すべき事態。

ラウラ「くたばれ」


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第44話 少女は導かれて

◇   ◇

 

 保健室でテオから事の顛末を聞き終えた後に、不意にラウラは怖れを抱いた。

 その恐怖の対象は、自信を危険な目に遭わせたVTシステムではない。軍に所属している以上はあらゆるトラブルに出くわしても冷静に対処するようにという教えを受けてきたため、今回はその一環であるという風に彼女は既に割り切っているのだ。

 

 彼女が本当に恐れたのは、自身が崇敬する織斑 千冬に見放されてしまうのではないかということ。

 ヴォーダン・オージェの適合に失敗したラウラは当時出来損ないの烙印を軍部から押され、周囲の者からは侮蔑や嘲笑を向けられ続けていた。そんな彼女を救ってくれたのが、ドイツ軍に指導役としてやってきた千冬であった。

 ラウラが千冬から特別扱いされることは無かったものの、彼女が指示した訓練をこなしていく内にラウラはメキメキと才華を開かせた。今迄がまるで嘘のような向上を示しながら、見事IS部隊のトップに立つことが叶ったのだ。

 

 今回の事件に於いて、ラウラはVTシステムに呑み込まれてしまい、好き勝手に肉体を使用されてしまった。これまで千冬に鍛えてもらったというのに、為す術も無くVTシステムの力に負けてしまったという事実が彼女にとってはショックな出来事であり、同時に1つの不安を抱いたのだ。

 

 『私の無様な姿を見た教官が、私に失望してしまったらどうするのか』と。

 

 それが頭に過った瞬間、ラウラは前述した通り恐怖した。

 酷く冷めた目で見つめてくる千冬が、自身を見放して何処かへ去ってしまう……という光景を思い描き、ラウラは軋む身体に構わず病床のシーツを握りしめた。

 そして、その恐怖をテオの前で吐露した。らしくない行動だとラウラ自身も思っていたが、千冬に既に見放されているという懸念が脳裏にこびり付いているその時は、傍にいた彼にしか縋れる存在が居なかったのだ。

 

 そんなテオの導きを受けて、ラウラは箒と一夏が剣道を行っている剣道場にまで足を運んだ。いつも通りの速さで歩けない程に身体の節々が痛んでいたが、今の彼女にとってはその程度は些末事に過ぎなかった。先を歩くテオが自分に何を見せたいのか、ただそれが気になっていた。

 そしてラウラは、自分の力を覆った存在を超えてみせた2人の姿をその眼に移した。

 

 だが、そこに在ったのは話に聞いていた武勇伝とは遠くかけ離れた光景だった。

 今回の事件を解決させた主軸という謂れを受けていた一夏が、箒によって呆気なく吹き飛ばされている姿。面を脱ぎ、緩んだ笑みを浮かべながら目の前の少女と談笑を行う姿。

 

 ラウラは肩透かしを食らった。

 あれが本当にVTシステムを、モンド・グロッソの猛者の力を持つ存在を倒してみせたのだろうか、と。これまで見せていた姿は、実は世界最強の弟という名に似つかわしくない、軟弱なIS操縦者という偽りの皮を敢えて被っていたのではないかとも一瞬考えていたが、敢え無く霧散していった。

 しかし足元に添っているテオ曰く、今は無様の姿を晒してはいるが、いざという時には周囲の想像を超える力を発揮してみせるのだとか。今回の事件のように。

 如何なる時も万全の戦闘力を出せないというのは戦争に於いて致命的な欠点だとラウラは渋く思ったが、今はそれで納得しておくことにした。『一夏は本番に強いタイプだから』などと彼女に言えば、ますます難色を示すに違いない。

 

 そんな一夏は一旦置いて、ラウラは箒の方へと意識を向けた。

 充分な状態で健在していたVTシステムを後一歩まで追い詰めた一夏とは違い、彼女はギリギリで耐えた状態の敵に止めを差したとラウラは聞いている。一夏の戦歴より薄い響きに感じられるが、手負いであってもデータ上は強者である相手を制してみせた。彼女の実力を真に理解するには、聞き事だけでは駄目だとラウラは思った。

 

 そう思いを抱いた瞬間、ラウラは微かに自嘲した。

 

「(可笑しな話だ……今回のトーナメントであいつとペアを組み、幾度か試合を共にして来たにも関わらず、あいつの力を何も理解していなかったとはな)」

 

 これまでの試合で、ラウラはずっとスタンドプレイで戦い続けてきた。途中でペアの箒から共闘を持ち掛けられた時もあったが、それを一蹴して試合を継続していった。自分1人でも事足りる、そう判断したからだ。

 そして最後に行った一夏&シャルルとの試合。ここでラウラは、ついに箒と力を合わせて戦う手段を取った。相手方ほどに積極的ではなかったが、要所で互いの判断に任せて連携を試みるシーンが何度かあった。

 即席故に中々息が揃わない2人であったが、徐々に動きが噛み合っていくのを実感し始めた時、ラウラは期待を抱いた。試合前に願っていたこと、千冬の力の根源と、箒が自分に何を求めているのかを知れるのではないか、と。

 だが、その想いは突然の事態によって打ち切られた。VTシステムによる事件が勃発したことによって。

 

 ラウラは改めて箒の目を見る。そこに在るのは曇りのない晴れやかさ、真っ直ぐに前を見つめる瞳。

 彼女が浮かべている真っ直ぐなその目が『羨ましい』。ラウラは此処に来てついに、そんな感情を抱くようになった。羨望が湧いたその理由も、テオの言葉によって気付かされた。箒は自分よりもずっと先に『力の在り方』を見つけ出し、力と向き合っていたのだと。

 

 『己の信念を果たすための術』

 

 それが、篠ノ之 箒が見出した『力の在り方』であるとラウラは知った。

 ラウラはこれまでの人生の中で、本当の信念を抱いたことは無かった。特殊な生い立ちである彼女はドイツ国の為に尽力するという心はあった。しかしそれは出来損ないの烙印を貼られる以前の話であり、自分の力が戻ったことによって急に掌を返して態度を改める上層部や同僚が居る国の為に身命を賭す心は、もう持ち合わせていなかった。軍人としての務めをある程度果たす、という線引きが既に彼女の中で出来上がっているのだ。

 

 では以前から抱いていた、恩人である千冬の名誉の為という意気はどうなるのか?

 ラウラはここで、自分の今までの行動と併せて鑑み始める。確かにラウラにとって千冬の名誉は大切な物であり、守りたいと思う心はある。しかし当人である千冬が、下らない名誉など犬にでも食わせてしまえと言い切ってしまう程に、それに関して全く関心を示していなかったのを思い出した。それが建前などではなく、千冬の心底であるとその時に感じた。

 

 当人が要らないと言っている物を、自分が頑なに守る。それはその人の為の行動と言えるのだろうか?

 少なくとも、あの人にとっては違うだろう。ラウラはそう答えを出した。自分のこれまでの行動は独り善がりに過ぎなかったということも含め、彼女は自分のこれまでの行動を顧みた。事実を知って受けたショックも少なくはなかったが、漸く気付けたことによる一種の安堵がそれ以上に心情を占めていた。

 

 憧憬。

 視界の先で活気良く剣を振るう少女に抱いたその感情が、彼女の心を支える1つの柱となっているのだ。

 

「(……私も、あのような目を此処に宿したい)」

 

 左目を隠す眼帯の上をなぞる様に手を添える。

 願うならば、歪み無い実直なる瞳を持てるように。その瞳を以て、これから先の道を歩んで行くために。

 

「(私も、彼女のような心をこの胸に留めたい)」

 

 眼帯に触れていた手をスッと下ろし、心の臓に近い左胸へと移す。

 願うならば、真の信念を抱いた心を持てるように。その心を以て、自身の為すべきこと、為したいことを果たせるように。

 

 ふと、触れていた左胸に違和感を覚えたラウラは顔を胸元の方に向けながらその付近を探っていく。感じた違和感というのは、布とは異なった紙質染みた感触が制服越しに指で得た物である。

 最終的に制服の裏ポケットに手を入れた事でその正体を掴み取る。彼女が手を引き戻した際に手元に収まっていたのは、4つに折りたたまれた1枚の紙であった。

 

 折りを広げ、その中身に目を通しだすラウラ。紙の中には丁寧な手書き文字で纏められた文が書かれていた。

 

 

 

 ―――お節介な保護者役が私の言いたいことを言ってくれているだろうから、長々とこの紙に認めるつもりはない。ただ私から言うことは2つ……お前が無事で安心したこと、そして、これから先で悩み事が出来たならば遠慮無く私に相談してくれて構わないことだ。生徒が教師に頼るのは当然なんだから、変な遠慮はするなよ?周りの奴等と共に真面目に勉学に励み、下らん話で盛り上がり、時々馬鹿をやって、15の小娘らしい青臭い青春を今の内に堪能しておけよ―――。

 

 

 

 宛名は書かれていなかったが、誰が宛てた物なのかはすぐに理解出来た。

 ラウラは喜んだ。失態を見せた自分の身を案じてくれて、これからの自分を受け入れてくれようとしていることを。自分は決して見放されてなどいなかったのだと知って、抱えていた不安が塵と消えていった。

 顔を綻ばせながら紙を胸に押し留め、瞳を閉じる。手紙を書いてくれた者の姿を脳裏に浮かべながら、思いを馳せる。

 

 

 

 ―――ありがとうございます、教官。

 

 

 

 再び現れた暗闇から連れ出してくれた人、もとい猫がいる。

 進む道へと背中を押し、支えてくれる人がいる。

 その道の先を走り、示してくれる人がいる。

 

 なんと満ち足りた瞬間だろうか。

 ラウラは『今』を確りと噛み締める。心強い人たちが傍にいてくれる、恵まれた『今』を。

 

 

 

―――続く―――

 



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第45話 食堂と風呂と男装少女の行く末

 

◇   ◇

 

 事件翌日の昼休み。

 後日連絡が来るまで通常授業を行うという形でいつもの時間を過ごしてきた生徒諸君であったが、ついにその連絡の時が来る。学園各地に設けられている放送用スピーカーや、現在私がいる食堂に設備されているテレビによって、今回のタッグトーナメントは『突然の事故』により中止にするという旨が全校生徒のお嬢ちゃん達に伝えられる。

 流石にあのような事件があった後に平然と続きを始めるのは先生たちでも難しいと判断したのだろう。そも、今回のトーナメント自体は半分程度まで進行しており、各学年のデータは十分に取れている筈なので、再開する必要性も左程無い。そう判断したが故の中止指示なのだろう。

 

 そしてこの流れ、私やシャル・ガールの予想通りの展開であった。

 誰かがテレビの電源を切った事を皮切りに、私たちは互いに口を開いた。

 

「ふぅん……シャルルとテオの言ってた通りになったな」

「そうだねぇ。あっ、一夏、そこの七味取って」

「あいよ、ほら」

≪少年、そこの醤油取って≫

「あいよ……ってあれ、テオって醤油大丈夫だったっけ?」

≪いや、言ってみたかっただけ≫

「只の便乗!?」

 

 うん、少年のツッコミスキルは慌ただしい事件の後でもキレがあっていい。

 そんな冗談を捨て置いて、私は目前のキャットフードを一口。いつもはドライタイプだけど、今日は気分を変えてウェットを嗜んでいる。あくまで気分の問題なので特に深い理由は無いから、悪しからず。

 

「そう言えば一夏、箒は一緒じゃないの?」

「今日は剣道の昼練だってさ。朝自分で弁当作って剣道場に行ったよ」

≪少年も付き添えば良かったのに、昨日は箒ちゃんと2人きりの稽古をしてて疲れたからパスしちゃったんだよね。全く……≫

「いや、寧ろとことんまでやったんだから褒めてくれても良いと思うんだけど……シャルル、どうかしたか?」

「……別に」

 

 未だ男装をした状態のシャル・ガールは、ちょっぴり機嫌を傾けた様子でそう返すと追究は受け付けないとばかりに味噌汁を啜る。何時ぞやは箸が不慣れだった姿を見せていたこの子も、先程から随分と上手に箸を使えている。

 そういえばここ最近、一夏少年が他の女の子と楽しそうに話をしている姿を目にするとこういうリアクションをし始めるようになっている。ムッと面白くなさそうな表情を浮かべる辺り、まるで少年に惚れちゃったかのような反応だ。

 ……ようなも何も、完全に惚れてると見ていいよね。現在進行形で不機嫌なのも、少年と箒ちゃんが昨日は沢山2人きりで居たと知ったからに違いない。

 

 私はシャル・ガールの耳元に顔を近づけて、隣にいる一夏少年に聞かれない様に声量を下げてから言葉を発した。

 

≪……シャル・ガール、不貞腐れるのは可愛いけど、少年と愛で結ばれたいならこれ位は笑って流す器量がオススメだよ≫

「っ!?な、なっ!?」

「ん?シャルル、どうかしたか?」

「な、なんでもないよっ!一夏は知らなくていいからっ!」

「お、おう」

 

 やはりというかなんというか、一夏少年には私の台詞を聞かれていない。恋事に関すると突如難聴になる彼の特性は一体どういうことなのだろうか、それなりの付き合いである私にも訳が分からないよ。特殊なフィルターでも掛けてるんだろうか。

 

「……もうっ、いきなり何を言い出すの?」

≪いやいや、恋する乙女に単なるアドバイスだよ。老婆心ってやつさ≫

「こ、恋……」

 

 そのワードを聞いたシャル・ガールは口元を手で隠しながら頬を赤らめる。男装をしてはいるが、その素性を知っている私からしたらその姿は何とも愛いものである。

 

≪まぁ少年を好いている子は箒ちゃんを始め沢山いるけれど、そんなライバルたちに負けない為には焦らないことが……おや?≫

「ん?」

 

 ふと視線を変えてみると、酷く落胆したオーラを纏うお嬢ちゃんたちが集まっている姿が見えた。その様はまるでソウルジェムが酷く濁った某魔法少女のような落ち込みっぷりで、今すぐにでも膝をついてしまう位に脆く感じる程であった。

 

「優勝……交際……チャンス……消え……」

「酷いよ……こんなの、あんまりだよ……」

「まどかぁ……」

「うおォン 私はまるで決壊したダムだ」

 

 絶望の言葉をそれぞれ口々にしながらお嬢ちゃんたちは走り去っていった。その規模数十人。多い。

 完全に忘れていたけど、今回のトーナメントの優勝者は賞品として一夏少年と交際出来るって話があったのを思い出した。肝心のトーナメントが中止となる以上、優勝も何も無いので景品も当然ながらお流れ。よって今のは一夏少年との交際を割と本気で狙っていた子たちの嘆きだったというわけだ。

 そんな裏事情を知らないシャル・ガールも一夏少年も、その光景を見てキョトンとしてしまっている。

 

「……なんだったんだ?今の」

「さぁ……?テオは何か知ってる?」

≪さぁ?≫

 

 私の口から彼女たちの敗北を語るのは可哀想だから、私からは言わないでおくとしよう。知らなくてもいいことって世の中に沢山あるしね。

 

「あぁ良かった。皆ここに居たんですね」

「あれ、山田先生?」

「手記業務があったんじゃ……」

 

 皆の癒し系、山田先生こと真耶ちゃんがファイルを片手に食堂に現れて私たちのいるテーブルへと歩み寄ってきた。昼休み前の授業、つまり4限目の授業の終了間際に『これからトーナメントに関する書類の処理をしないと……とほほ』と言いながら教室を出て行った彼女だったため、今日は昼休みをフルに使って作業を行うのかとクラスの子たちから思われていたのだ。

 

「ふふふ~。実は私、ああいう地味な作業が得意で、今日は調子が良かったのか予定より早く済んだんですよ。これでもこの学園の先生ですしね!」

 

 そう言って真耶ちゃんは誇らしげに胸を張る動作をする。その際にたゆん、と大きく揺れたのが良く分かった。何がとは言わないけど。

 

「……一夏のスケベ」

「ちょっ」

 

 どうやらお年頃な男の子の所作はバレバレな様子。まぁそんなあからさまに視線を逸らしてたら、ね。

 

≪それで真耶ちゃん、私たちに何か用事があったのかな?≫

「はい、実はですねぇ……」

 

 

 

――――――――――

 

「男子の大浴場使用解禁、万歳!」

 

 万歳、万歳……と少年のエコーがその場に生じる。

 昼休みに真耶ちゃんが持ってきた話は、今私たちがいる大浴場を男子である彼とオスである私が使用出来るようになった、という内容であった。本来は日程の調整等があって来月から使用可能になる予定だったみたいだけれど、どうやら本日はボイラー点検があって元々女の子たちは利用出来ない日で、作業が終わったものの折角だし男子に使わせてあげよう!という学園側からの計らいがあったそうな。粋だね。

 それを聞いた一夏少年は目を輝かせ、山田先生の手を握りしめて感動混じりの感謝をしていた。隣にいたシャル・ガールの視線がキツくなっていることに全く気付かず。

 そしてその後に相談した結果、少年と私が先にお風呂に入らせてもらい、シャル・ガールはその後で使うという段取りになった。男女で一緒に入るのは拙いだろうって、2人が慌てていたね。

 

 私は学園が用意してくれたミニサイズの湯船に浸かって、身に染みる暖かみを堪能する。猫は風呂嫌いってよく言われるけど、私は昔から習慣で行っていたので全く問題は無い。

 尚、私の浴槽は一夏少年が使っている湯船とは若干隔てられている。猫アレルギーの生徒に対しての処置とのこと。

 

「やっぱ風呂は湯船にどっぷり浸かるのが一番だよなぁ~。シャワーだけじゃ物足りないっていうかさ」

≪気持ちは分かるよ。私もシャワーよりはこういうのが好みだからね≫

「だろ!?いやー、テオはやっぱり分かってくれると思ってたぜ!」

 

 ザバァ、と湯船のお湯を溢れ出させながら此方へ身を乗り出してくる一夏少年。幼少時代は此処までお風呂を愛する子ではなかったような気がするんだけど、まぁ人の嗜好は時が経てば移ろい易いそうだしね。

 

「贅沢を言うなら、昨日の剣道の稽古終わりに入りたかったなぁ……ああいう時に入るコレが最高なんだよ。シャワーじゃ抜け切らない疲れが溶かされる感じがしてさ」

≪ちなみに猫なら桶さえあれば直ぐに湯船が出来るよ≫

「……確かにそうだな。え、じゃあ今入ってる風呂ってテオにとっては別に珍しくもなかったか?」

≪感覚的にはね。まぁ場の雰囲気っていうのもあるし、やっぱり今の湯の方が断然いいよ≫

「なるほど。……それにしても簡単に湯船に浸かれるって、テオみたいな猫や犬はいいよなぁ」

≪なら後で束ちゃんに頼んでおこうか?束ちゃん特製の薬とかナノレベル分解とかを超えた先に、猫になった一夏少年の姿が―――≫

「あ、やっぱいいや」

 

 即答か、残念だ。……という冗談はさて置き。

 

≪風呂と言うと、やはりあの時を思い出すね≫

「あの時?」

≪覚えていないかい?子供の頃、一夏少年が千冬嬢の都合で私たちの家に泊まりに来た時があったけど、箒ちゃんがお風呂に入ってるのに気付かないでバッタリ出くわしちゃったこと≫

「ぶほっ!?」

 

 私が過去の出来事を掘り返すと、一夏少年は思いっきり吹き出しながらお湯の中に沈んでいった。直ぐに身体を起き上がらせるものの、突然湯の中に身を投じたことで咳き込んでしまっている。

 

「ゲホッゴホッ……い、今思い出す話じゃないだろ、それ……」

≪いやぁ、ついね。その時は私も箒ちゃんと一緒に入ってたんだけど、中々面白い光景を見させてもらったよ≫

「他人事みたいに……その日から一週間は箒から余所余所しい態度を取られるわ、おじさんたちからは怒られるどころか何故か生暖かい視線を向けられるわで大変だったんだぞ」

≪束ちゃんなんて式場の準備を裏で進めようとしてたよ≫

「それは初耳なんだけど!?」

 

 『年端もいかない箒ちゃんの生裸を見たんだから、いっくんにはドンと責任を取ってもらわないとね!オゥ、これが所謂ヤマト・ダマシー!』って言いながら計画を進めようとしていたんだよね。今の私なら嬉々として協力してただろうけど、昔の私は流石に早熟すぎると判断して束ちゃんを説得し、計画を中断させたんだっけ。ちなみに、あくまで『中断』だからね、結婚式の用意自体はいつでも出来ているというのは私と束ちゃんだけの内緒。

 

 動揺していた一夏少年もやがて落ち着きを取り戻すものの、その顔にはお湯の暖かみ以外による赤らみが入っていた。彼は気まずそうに視線を私から逸らしながら口元まで湯船に浸かると、ブクブクと泡を立て始める。

 

 あの顔は、もしや…………。

 

≪……箒ちゃんの裸≫

「お、思い出してないぞ!?」

 

 どう見ても思い出しちゃってます、本当にありがとうございました。女心には鈍いのに、こういうことに関してはちゃんとお年頃な男の子らしい反応をするのだから中々に困った子だよ、この少年は。

 兎にも角にも、箒ちゃんたちには今後もアピールを頑張っていってもらいたいものだ。

 

≪それじゃあ、私はそろそろ上がるとするよ≫

「お、おう。それじゃあ俺はもうちょっと入ってるぜ」

≪了解。ちなみに私がつい口を滑らせて、風呂から上がった少年が女の子たちからスケベ扱いされていても、それは只の事故だよね?≫

「それ事故じゃねえから!っていうか絶対に喋らないでくれよ!?」

≪…………解ってる解ってる≫

「その長い間は何!?」

 

 まぁ、言うつもりはないけどね。

 後ろでやんややんや騒いでる一夏少年を放って、私はプルプルと身体を震わせて毛の水気を飛ばすとテクテクと風呂場を去っていくのであった。

 

 

 

――――――――――

 

≪さて……やっぱり来たみたいだね、シャル・ガール≫

 

 大浴場の脱衣所で、いつもの格好に戻った私はシャル・ガールと対面した。

 

 普段は留めている後ろ髪を今は解放させており、胸部は男装時とは違って女性特有の膨らみが生じている。手に持っている物は男装時に使用する小道具と、入浴に必要なタオルや着替え等で、単にこの場に来ただけというわけではないことが窺える。

 恥じらいと決意が入り混じった表情で私を見つめ返してくるシャル・ガール。今の彼女はシャル・ボーイではなく、本来の姿であるシャル・ガールとして此処に居るのである。

 

「一夏は、まだお風呂に入ってる?」

≪ああ。久々の湯船を堪能するぞーって嬉しそうにしていたからね、今から入っても充分間に合うはずだよ≫

「と、止めないの?男の子の一夏と女の子の僕が一緒に入るのに」

≪生憎、そういうのを邪魔するような性分は持ち合わせていないものでね。無論、これからの2人の合間に居座るような野暮もね≫

「そ、そうなんだ」

 

 顔を赤くしながら息を吐くシャル・ガール。

 しかしそれも束の間の表情。直ぐに顔を引き締めると、重々しく口を開き出す。

 

「此処に来る前に、生徒会長の更識さんって人に声を掛けられて生徒会室に呼ばれたんだ。僕の……デュノア社のことについての話があるって」

≪ふむ≫

 

 デュノア社の件がどうなったかについては、私も既に耳にしている。侵入者である桃髪のお嬢さんの事について轡木殿に報告した際、彼からその場で教えてもらっているのだ。

 

「テオ……本当にありがとう。テオが手を回してくれたお陰で、一夏が居るこの学園に残れる様になったよ」

 

 シャル・ガールも、私が轡木殿から既に話を聞いているということを生徒会長から伝えられていたのだろう。彼女の口から真っ先に出て来たのは感謝の言葉だ。

 

 デュノア社のこと、そしてシャル・ガールのことについて私の方から説明させてもらうとしよう。

 まずデュノア社についてだけど、シャル・ガールを男装させてIS学園に入学させた件とVTシステムを強制的に作動させてトラブルを発生させた実行犯がデュノア社社長の本妻であるマリーヌ・デュノア夫人だったことがIS委員会に知られ、社長辞任と他企業による吸収併合が言い渡された。

 デュノア社を吸収したのは、フランス国内で最も第3世代機の開発が進んでいる【エトワール技術開発局】、通称【エトワール技局】というIS企業で、そこの社長が今回の話を事前に耳通ししていて、社長を失った後のデュノア社員を会社毎引き取ると持ちかけて来たそうだ。規模縮小も対して行われていないというのに丸ごと引き取るその豪胆さ、嫌いじゃない。

 そして解任されたデュノア社長についてだが、シャル・ガールへの男装強要によってIS委員会に組織している警察機関の管理下での10年の懲役が下された。本来であれば現代兵器を凌駕するISに関連した罪科のため、倍以上の懲役期間が言い渡されてフランスの牢に入れられてもおかしくは無いのだが、【亡国企業】の息が掛かっていたことを踏まえられ、IS委員会が性別詐称の罪科における最大懲役期間に収めてみせたらしい。また、フランスではなくIS委員会の警察機関が社長の身柄を預かることになったのも、今回の一件でフランスが社長に対して物騒なアクションを内密に仕掛ける可能性を危惧したため、保護の意味も含めての管理だそうだ。

 そんなフランスは当初の予定通り『亡国企業の暗躍に巻き込まれた被害者』という看板を立てられ、大事には至らなかった。とはいえ、亡国企業やデュノア社の動向を見逃していた責任までは無視出来ず、一先ずはイグニッション・プランの参加条件をフランス限定で更に厳しくすることによって手打ちとなった。実質参加不可能を言い渡しているようなものである、フランスもこれには遺憾の意を表明せざるを得ないだろう。

 

 次は、シャル・ガールについて。

 デュノア社によって男装を強いられ、一夏少年及びISのデータの入手を命じられていた彼女であったが、転入から私と一夏少年に真実を自ら明かした日の間で、デュノア社にコンタクトを取った形跡が一切無かったことが確認出来ている。以降は学園がシャル・ガールの名義で虚偽の報告を代理していたため、彼女が今日までデュノア社の命令に従わなかったことを無事に証明。曰く『周囲の視聴が危ぶまれる為、報告は緊急時と作戦成功時のみとして極力控えるように』というデュノア社からの指示があったらしいが、それが円滑に事を進めてくれた一因となってくれたようだ。

 IS委員会の議会の末、シャル・ガールは今迄通りIS学園での生活を許されることとなった。また、代表候補生の座に関しても会議の内容の1つとして含まれていたが、最終的に現行維持を提示されたためガールは晴れて代表候補生を続けられるとのこと。尚、今まではデュノア社の非公式テストパイロットを務めていた彼女だが、エトワール技局における立場は今後の社長との相談で決定するそうだ。

 

 以上が、デュノア社とシャル・ガールの処置についてである。

 

「エトワール技局の社長さんにはもう電話で挨拶を済ませてるんだけど、優しそうな感じが電話越しでも伝わったよ。きっと今迄みたいな扱われ方よりはいいと思う」

≪そっか。まぁもしも何かあったら、また私に相談するといい。幾らでもシャル・ガールの力になってあげるよ≫

「…………」

≪ん?≫

 

 シャル・ガールの表情に少しだけ陰りが生じる。何か都合の悪いことを言ってしまったのかと思いながら彼女の顔を覗き込んでいると、彼女はスッと唇を持ち上げる。

 

「……テオみたいなお父さんが居てくれたら良かったなぁ……」

 

 か細い一言であったが、私はハッキリと聞き取れた。

 

 社長である父親とは実母が亡くなった後も分厚い鉄の壁のような隔たりを続けられ、デュノア社のIS開発に貢献するためだけに扱われてきたというシャル・ガール。その関係には普通の家族の様な温情が無く、両者の間で繋がれているのは冷え切った細い糸が一本だけ。

 今しがたの吐露は、取り繕う必要の無いシャル・ガールの本心なのだろう。大切な母を亡くし、唯一の血縁である父親から愛情を注がれることが無かったが故の真なる思い。柵から解き放たれた今も尚、彼女の笑みは儚げであった。

 

 だから私は、目の前に佇む少女に告げることを決めた。母を喪い独りきりで生き続けてきた彼女の心を、ほんの僅かでも救えるようにと願いながら。

 

 それは―――。

 

 

 

 

 

≪なら……私の娘にならないかい?≫

 

 

 

―――続く―――

 




 いつから娘候補がラウラだけだと錯覚していた?

???「なん……だと……」




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【朗報】新しい家族が2人も出来ました。

 翌日の朝、私たちはいつも通りに登校してきて教室へと入っていく。

 既に教室には多くのお嬢ちゃんたちが揃っており、それぞれ仲の良い子たち同士で談笑を楽しんでいる。朝から学園生活をエンジョイしているこの光景を見渡す事は最早私の日課と言っても間違いではないだろう。

 

「あっ、テオくんおはよう!」

「おっはー!」

「スラマッパギー」

 

 入室してきた私の小さな小柄に気付いた傍らの女の子が挨拶をして来ると、それに続いて他の子たちも私に笑顔で挨拶をして来る。

 

≪ああ、おはよう≫

 

 私は挨拶をしてくれた子たちにそう返しながら、テクテクと歩を進めていく。

 

 私の後ろからは、箒ちゃんと一夏少年が肩を並べて教室に入ってきている。ここ最近は男装したシャル・ガールと一緒に教室に入ってくる機会が多かったため、箒ちゃんと2人きりで入って来るというのは少しだけ久しぶりのように感じる。

 そう言えば、朝は食堂にも教室にもシャル・ガールの姿が見えなかった。クラスの子の中にはシャル・ガールの姿を探している様子も見受けられるが……どうやら昨日の別れ際に言っていた事は本当だったようだ。

 

「おはよう2人とも……あれ、織斑君、目の下に隈が出来てるよ?」

「え?あぁ、まぁ……あれだよ、ちょっと寝付きが悪くてさ」

 

 そう言いながら平静を装おうとする一夏少年の目元には、確かに目視可能な程度の隈が浮かび上がっている。

 彼の隣にいる箒ちゃんは、そんな少年の様子を呆れた様子で横目から見ている。

 

「気にしなくても大丈夫だぞ、無自覚に色を振りまいたツケが回って来ただけなのだからな」

「無自覚……色……あぁ、そう言う事」

「え、何が?今ので何が分かったの?」

「織斑君……篠ノ之さんという子がいながら節操の無い」

「えっ?箒が何なの?全く話についていけてないんだけど!?」

「そ、そこで私の名前を出されても反応に困るのだが……」

 

 やれやれといった具合に呆れる女の子の前で狼狽える一夏少年と、顔を少し赤らめる箒ちゃん。

 ちなみに先ほどの言葉の意味は『天然タラシがまた何処かで女の子を惚れさせてトラブルを引き起こした』というものである。他クラスや別学年からは好奇や一目惚れの対象として見られている一夏少年であるが、既にクラス内では彼の評価がある程度凝り固まっている。また、セシリア姫や鈴子ちゃんの乙女姿を見ている一部の子たちが鈍感すぎる少年との恋は至難過ぎると判断し、彼女たちの恋路を温かく見守りつつ茶々を入れるポジションに甘んじていたりする。

 そのため、このクラスで一夏少年に恋心を抱いている人物は意外と少数。箒ちゃんとセシリア姫、そして……。

 

「お、おはようございます……」

 

 そんな事を考えていると、真耶ちゃんがフラフラの状態で教室に入ってきた。

 その表情には明らかな疲労感が漂っており、覚束ないその動作と非常にマッチしている。まるで徹夜で何かの作業をし続けていていたかのようである。

 

「山ぴーおはよー。……うわ、先生も隈が出来てる!」

「ペアルックじゃ!織斑君とペアルックじゃ!」

「山ぴーでもないですし、ペアルックでもありません……うぅ、怒る気力も湧きません」

 

 この時、クラスの全員が真耶ちゃんの発言を聞いてこのように思っただろう。山田先生、怒っても別に怖くないんだよなぁ……と。

 周りの子たちが真耶ちゃんを見る視線が、どこか生暖かかった。

 

「それはそうと……そろそろSHRの時間ですから、皆さん席に着いてくださいね」

「せんせー、デュノア君がまだ来てません。というか朝から誰も見かけてません」

「それについてはSHRの時にお話ししますので……徹夜コースの作業が入ったのもそれが理由ですけどね……」

 

 後半の独り言のような言葉は誰にも聞き取られていなかったようで、クラスの皆は『ハーイ』と元気よく返事をしながら各々の席へと座り始めていく。千冬嬢がこの場に居ないためか、その足取りはいつもより緩い。

 私や箒ちゃんたちも、それに混ざって自分たちの席に着き終える。最終的に席が空いているのはシャル・ガールとラウラちゃんの席のみであった。

 

 全員が座った事を確認すると、真耶ちゃんは先程よりか若干背筋を伸ばした状態で教団の前まで歩いて行き、クラスの子たちの方へ体を向け直す。やはり疲労の色が隠しきれていないのは、そっとしておくべき事だろうか。

 コホン、と1つ咳払いを行った後に彼女はSHRを開始する。

 

「えっと、それじゃあ今日はですね……皆さんに転校生を紹介します。と言っても、皆さんはもう既に知っているというか何というか……」

 

 転校生というワードに反応して、クラスの子たちがザワ……ザワ……と騒ぎ始める。そのような反応をするのも無理はない。何せ今月は既に2人の転校生を1組で迎えているというのに、微妙に空いたこの時期に更に増やそうというのだから。

 

 そんな中で、いつも通りの様子で真耶ちゃんの言葉を聞いているのは私以外にもう1人。

 箒ちゃんだ。彼女は他の子たちと違って、然としたまま席に着いている。

 だがそれも当然の話である、何せ箒ちゃんには私が前日の夜に『種明かし』をしてしまっているので、これから後に起こる出来事もあの子は既に知ってしまっているのだ。マジックの種やオチをネタバレするのは些か無粋な事だが、箒ちゃんには先に耳に入れておいて欲しかった内容だったので、昨晩私の方から話をさせてもらった。

 

「じゃあ、入ってください」

「失礼します」

 

 扉が開かれ、教室の中に1人の少女が入ってくる。

 だが、その少女の容姿はクラスの全員に見覚えのある恰好であった。背中まで伸ばしている濃い金髪を後ろで丁寧に束ねており、中性的な整った顔には朗らかな笑みが浮かんでいる。服装はセシリア姫たちと違って大きな改造が施されていないデフォルトなものとなっているが、ローソックスを履いているため他の子たちよりも足元が露わとなっており、スラリとした健康的な生脚が映えて見える。

 その姿は、今月転入してきたシャルル・デュノアと似ている……どころか、スカートと胸の膨らみ以外が完全に一致している。

 

 まぁ……本人なのだから当たり前だよね。

 

「シャルロット・デュノアです。今日から改めて宜しくお願いします」

 

 少女―――シャル・ガールはペコリと頭を下げながらそう挨拶をした。

 

 殆どの子たちが未だに状況を把握し切れていない事を見据えると、真耶ちゃんが彼女の挨拶に続いて言葉を発し始める。

 

「えっとですね……デュノア君、というか実はデュノアさんだったんですけれど、今後想定される虚偽入学に備えるために学園の方でシミュレーションを行う事になったんです。その実行役を買って出たのがデュノアさんで、今月一杯まで皆さんには内緒で男の子のフリをして入学してもらっていたんです」

 

 要はつまり、『犯罪をしていたかと思った?残念、学園公式の予行演習でした!』という事である。

 こういった形にしたのもIS学園によるものであり、学園と同じく被害者となる筈であった一夏少年は元からシャル・ガールを助ける気だったのでそちらは問題なし。シャル・ガールの男装を事前に見抜いていた一部の国も、これを了承して目を瞑る様になっている。無論、無償で黙認する事を憚る国は、フランスに対してちょっとした『お願い』を裏で行っているのだが……そこまでは私の知る由ではない。

 

 真耶ちゃんの話を聞いたクラスの子たちの反応は……。

 

「そうだったんだー。改めてよろしくね!」

「デュノアさん……だとちょっと堅苦しいかな?ねぇねぇ、シャルロットって呼んでも良いー?」

「う、うん。寧ろ名前の方で呼んでほしいかな」

「やっぱりそうだよね!だってもう私たち、仲間だもんげ!」

「もう許してやれよ……」

 

 どうやらシャル・ガールを受け入れる気満々のようだ。そもそも今回用意した建前は学園公式の行いという事で彼女たちに認識させているため、騙されたと感じた子は殆どいなかったのだろう。

 いや。もし真実を告げたとしても、この子たちはお構いなくシャル・ガールを受け入れてくれたと、個人的に私は思っている。何せ、こんなに良い子たちなのだからね。

 

「なんだぁ……やっぱりISを動かせる男の子が2人いるなんて虫が良すぎる話って事ね」

「それならそれで織斑君のプレミアが一層上がる訳ね。商売が捗るわ……サンキューシャッル」

「裏で販売してる織斑君の写真の値段上げとくわ」

 

 中には商売魂の逞しい子がチラホラと。あの子たちは将来、大物になるような気がする。

 

「良かったな、シャルロット」

「うん……ありがとう、一夏」

 

 いつの間にか自席から立ち上がっている一夏少年とシャル・ガールが、クラスの光景を見て微笑み合う。

 こうしてシャル・ガールはクラスの子たちに温かく迎えられ、無事に1組の仲間として改めて加わるのであった。

 

 めでたしめでた―――。

 

「待った!!」

 

 ……と、思いきや。

 どうやらもう一波乱巻き起こるようだ。

 

「昨日、男子が大浴場を使用したという報告があります!」

『なにぃ?』

「更に、目撃情報をベースにそれぞれの出入り具合を分析した結果……織斑君とシャルロットが混浴を果たしている確率が非常に高いです!」

『なにぃ!?』

≪申し上げます!一夏少年がシャル・ガールの裸を見てしまいましタァ!≫

『ダニィ!?』

「おいぃぃぃ!?テオォォォォ!?」

 

 私の言葉を聞いた途端にクラスの子たちや一夏少年、真耶ちゃんが酷く驚いた様子を示す。それ以外の反応としては、シャル・ガールが一瞬で顔を真っ赤に染め上げており、箒ちゃんも呆れた様子で溜め息を吐いている。

 起きるなら、起こしてしまえ、不如帰。遅かれ早かれバレてしまう展開だったため、折角だから2人と行動を共にしていた私による信憑性の高い一言を決定打としてみせたのだ。

 

「不埒ですわ一夏さんっ!どうせなら私の裸を見……げふんげふんっ、と、とにかくっ!学生の身としてそのような行いは不健全すぎますわ!」

「ち、違う!ちゃんとシャルロットはタオルで隠してたし、互いに背中合わせで入ってたから裸は見てないって!」

「……一緒にお風呂に入った事は否定しませんのね」

「…………あ゛っ」

 

 最後まで事実を隠して否定し続ければ言い逃れ出来る可能性は多からずもあったのだが、あっという間にボロを出してしまった一夏少年。シャル・ガールの裸を見たという誇張はやり過ごせたものの、肝心の部分は隠し通す事が出来なかったようだ。

 ちなみに私の先程の発言、出任せである。私はシャル・ガールがお風呂に入る前に脱衣所からも出ているからね。

 

「はぁい、一夏」

「……鈴、なんでお前がここに居るの?」

 

 2組である筈の鈴子ちゃんが、いつの間にか一夏少年の机の正面に立っていた。忍者かな?

 にこやかな笑みを浮かべているにも関わらず、纏っている雰囲気は穏やかさとは真逆のベクトルを走っている。

 

「聞こえたわよ。アンタ女の子と混浴したんですってね」

「いや、あれは俺の意思では無くてだな……」

「ちなみに聞くけど、その子の胸の感触はどうだった?」

「鈴じゃ永久に手に入れられない柔らかさが…………はっ!?」

 

 時すでに遅し。

 一夏少年の失言によって鈴子ちゃんの威圧感が倍増し、更には背後に般若の貌が浮かび上がっていた。スタンドかな?

 

「撲滅」

「待て待て待て!今のは違うぞ、っていうか何でピンポイントな質問して来たんだよ!?」

「勘」

「怖い!さっきから単語で会話してるお前が怖い!」

「遺言」

「まさかの殺す気満々!?ヤメロー!シニタクナーイ!」

 

 鈴子ちゃんを貧乳扱いするのがタブーだという事は、何時ぞやの騒ぎで明らかとなっている。一夏少年の発言が彼女の逆鱗に触れたことによって、完全に我を忘れてしまっている。

 『あまり暴力を振るうと嫌われてしまう』という注意を私の方からしていたため、最近の鈴子ちゃんは一夏少年に対する対応がマイルドになっていた。しかしそれによって彼女の内にフラストレーションが蓄積され、現在降臨している魔王が模られたのかもしれないね。

 

 っと、呑気に観察するのもそろそろ終わりにしよう。一夏少年を助けないと鈴子ちゃんの鉄拳によってミンチにされてしまいそうだ。折角のシャル・ガール歓迎ムードを血生臭いオチで締めるわけにはいかないからね。

 私は【銀雲】を展開させる準備を済ませ、装着次第未だ披露していない『4つ目の装備』で鈴ちゃんの拳を無効化するように身構える。無許可のIS展開は校則で禁止されているけど、一生徒の危機を助けるためだから仕方がないよね。

 

 だが、私がISを装着する必要は無かった。

 ISを着ける直前に1つの人影が教室の中へと入り込み、一夏少年に向けて拳を振るおうとしている鈴子ちゃんの前へと鋭く躍り出た。

 その人物はすかさず掌で鈴子ちゃんの拳を受け、パァンと甲高い音を立てながらそれを止めてみせた。空いた手の方で衝撃を抑えるような型を取っており、強烈な一撃であったにも関わらず姿勢が崩される様子は無い。

 

「良い一撃だ。短気は些か問題だが、そこを直して実力向上に励めばドイツ軍でも活躍を見込めると思うぞ」

 

 影―――ラウラ・ボーデヴィッヒちゃんが平然とした様子で鈴子ちゃんにそう告げる。

 

「ラウラ……!?お前、怪我とかはもう大丈夫なのか?」

「問題ない、怪我などは人一倍の早さで治る体質なのでな。それに件の怪我も2日も床に着けば完治する程度のダメージに過ぎなかった」

 

 確かに、先程教室に入ってきたスピードを考えれば完全に傷が癒えたと見て良いだろう。怪我を残しておきながら今以上の動きを発揮できるのは、精々千冬嬢か束ちゃんくらいだろうし。

 

「それはさて置き……織斑 一夏よ、今の一撃を捌けないのは少々情けないのではないか?教官を守ると豪語したのであれば、この程度はしてのけてみせよ」

「うっ、そこを突かれると何とも言えん……ってあれ、俺お前にそれを言った事あったっけ?」

「昨日教官が聞かせて下さった。セシリア・オルコットとの試合の最中、自信満々な表情でそう宣言しておきながら武器の特性を把握せず自滅した、とな」

 

 それを聞いた一夏少年は、手を机に付けながらガックリと項垂れてしまう。

 

「身内の無様で教官が恥を掻かれてしまう事は私としても本意ではない。互いに教官を超える志を抱く者(・・・・・・・・・・・・・・)として、今後は私もお前の鍛錬に手を貸そう」

「お、おう。お前の実力は知ってるから有難い話だけど……」

「ちょ、ちょっと!あたしを除け者にして話を進めるんじゃないわよ!」

 

 今まで拳を受け止められたままであった鈴子ちゃんが、2人の会話に入り込む。

 私としては今しがたのラウラちゃんの言葉で気になる部分があったので、そこに触れたいのだが……今はお取込み中みたいだから後回しにしておこうか。

 

「む、済まない。お前とセシリア・オルコットには諸々の件で謝罪をせねばと思っていたのだが、もう少しだけ猶予を貰えないだろうか?その前にお姉ちゃん(・・・・・)パパ(・・)に挨拶を済ませておきたいのだ」

「はぁ?ま、まぁ別に謝ってくれるならあたしは何でも良いけど……っていうかアンタ、学校にお姉さんと父親がいるの?」

「うむ、最近出来たのだ」

「えっ」

 

 茫然と口を開いて固まる鈴子ちゃんを余所に、ラウラちゃんはスタスタとその場を離れていく。そして彼女は席に座っている箒ちゃんの元でその足を止めた。

 

 箒ちゃんはパチパチと目を瞬かせながら、目の前に立つ少女を見つめる。箒ちゃん自身も彼女の行動を予測できていなかった様である。

 

「……ラウラ?そのお姉ちゃんと言うのは、まさか……」

「勿論、箒お姉ちゃんの事だ」

『……ええぇぇぇぇぇぇっ!?』

 

 クラスの皆が、一斉に驚愕の声を上げる。

 先ほどは加わっていなかったシャル・ガールと鈴子ちゃん、更に箒ちゃんまでもがビックリしてしまっている。

 

「私の部隊に所属している副官が提供してきた情報なのだが、面識が薄いにも関わらず甲斐甲斐しく世話を焼く女性は一部の日本文化で『お姉ちゃん』もしくは『オカン』と呼ばれる傾向があるらしい。更にお姉ちゃんはパパの娘のような存在だと聞いているので、同じ娘同士ならば姉妹と同義。故に前者の呼び方の方が的確だと私の方で判断し、そう呼ばせてもらう事にしたのだ」

「ちなみに、パパというのは……」

「無論、テオパパの事だ」

 

 テオパパ……なんだか新鮮な呼び名だ。そういえば、これまで保護者役を買って出てはいたんだけど誰も今まで『お父さん』みたいに父親を彷彿させる呼び方はしてこなかったね。私の名前は幼い頃に箒ちゃんが付けてくれたから気に入っているし、別段気にしていなかったけれど。

 

「先程同様、世話焼きな年上の男性は親しみを込めて『パパ』もしくは『オトン』と呼ばれる風習が日本文化にあるという事も聞いてな。どちらも父性に対して用いる言語らしいのだが、私の部下が前者を激しく推してきた事もあり、そう呼ばせてもらう事にした」

 

 うん、まぁラウラちゃんからオトンって呼ばれるのも斬新と言えば斬新なんだけどさ。けれどこれから日常で呼ばれるのなら、オトンよりもパパの方が馴染みや愛嬌があって良いよね。ドイツに居るラウラちゃんの部下さん、グッジョブ。

 

「そう言う訳で、パパもこれから宜しく頼む」

≪うん。こちらこそよろしく、ラウラちゃん≫

「うむ……以前と同じ呼ばれ方なのに、こう、胸心にグッと来る感覚があるな」

 

 私に名前を呼ばれて、満更でもなさそうに顔を綻ばせるラウラちゃん。以前の刺々しい雰囲気を纏っていた時期では考えられない程の、穏やかな表情であった。

 

「ず、ずるいよっ!」

 

 そんな私たちの間に割り込んで来たのは、箒ちゃんでも鈴子ちゃんでも一夏少年でも無かった。

 ラウラちゃんの発言に最も驚いていた様子のシャル・ガールが、不満げな顔をしながら此方の方へ詰め寄って来たのだ。

 

「僕だってお父さん(・・・・)の娘になったのに、置いてけぼりにして先に挨拶しちゃうなんて!」

「……えっ」

『えええぇぇぇぇぇっ!?』

 

 本日何度目になるか分からない、クラス一丸の叫びが教室内に木霊する。

 

「ボーデヴィッヒさんがテオくんの娘になったと思ったら、シャルロットもまさかの娘宣言!?」

「2人も娘を作るとかどういう事!?Do you caught on!?」

「コルレオ……」

「み、みなさーん!他のクラスの迷惑のなるので静かにして……あうぅ、誰も聞いてくれてないですよぉ……」

 

 再び喧騒に包まれていく1年1組の教室。真耶ちゃんが涙目で静粛を唱えているものの、インパクトのあるイベントによって一向に騒ぎが収まる気配は無し。頑張れ真耶ちゃん負けるな真耶ちゃん。

 

「まさかシャルロット・デュノアもパパの娘になっていたとは……むぅ、これは別の呼び方を考慮せねばならないか?」

「ねぇお父さん、僕もちゃんとお父さんの娘になったんだからねっ?忘れてないよねっ?」

「シャルロットが娘になるという話は事前に聞いていたが、まさかラウラまで……取り敢えずラウラには別の呼び方を考えてもらおう……どうにもむず痒く感じる」

「なんかもう色々起きて頭がゴチャゴチャ……今の内に2組に帰ろ」

「それはさて置き一夏さん、シャルロットさんと混浴した件についてもっと詳しく聞かせていただけませんこと?というか白状なさい」

「ここでその話をぶり返すのかよ!?」

 

 こっちも随分と賑やかになっているね。

 兎にも角にも……これからの学園生活、更に楽しくなりそうだ。年甲斐も無くワクワクしてしまっているよ。

 

 シャル・ガール……いや、シャル。そしてラウラちゃん。

 これからよろしくね。

 

 

―――続く―――

 




『祝!シャルロットとラウラがテオの娘になりました』
 本来はシリアスな演出が入る予定でしたが、テンポの都合でこの回ではやらない事にしました。別の機会に演出する事にします。
 そしてラウラはヒロインルートから抜けるような結果になりました。今後は一夏とは指導役として関わる傾向が強くなる予定です。

 次回は一旦シリアスに戻って、学園や亡国機業の動きを書いていきます。その時点で原作2巻(オーバーラップ版)までのシナリオ完了で、その次の話で3巻からのスタートとなります。そろそろ章区切りとタグ整理をしておく必要がありそうです。


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蠢く影ーー③

 

 

◇   ◇

 

 朝の刻、学園長室にて。

 シャルロットとラウラの発言によって大騒動となっている1年1組を余所に、山田 真耶に朝のSHRを一任していた織斑 千冬は、とある資料を提出する為に、学園長室に足を運んでいた。彼女が携えて来た資料と言うのは、今回のアクシデント―――VTシステム事件におけるドイツ軍が提供してきた内部情報である。

 

「学園長、これが件との関連性を孕んだ情報を纏めた物になります」

「ふむ、少し拝見させてもらいますよ」

 

 千冬は早速学園長―――轡木 十蔵へ資料を手渡す。渡された当人は直ぐに表紙を捲り上げ、中に記載されている内容に目を通し始める。

 本来であれば、VTシステムがラウラ・ボーデヴィッヒの専用機に秘密裏に内蔵されているという事は、彼女の転校以前よりISの管理・整備を担当していたドイツ軍のIS整備部が目を付けられる。もし整備部だけでなくドイツ軍上層部、或いは考えたくない話だがドイツという国そのものが今回の事件を認可していたのであれば、現在轡木が目にしている情報は虚偽を含めている可能性が極めて高くなる。IS委員会の方でもドイツに対して今回の事件に関する情報の提示を要求しているが、それやこの場の資料が偽物であった場合、ドイツが何かしらの隠匿行為を行っているという懸念が浮かばれる。

 

 しかし案ずることなかれ。実は千冬が今回用意した資料は『とある伝手』を頼って用意させた物であり、その信用性は隠蔽の可能性が宿っているドイツによって渡される情報より遥かに高い。

 何せ千冬が情報収集を依頼した相手は、かつて彼女がドイツ軍で教鞭を振るっていた際に交誼を結び、互いを友と呼ぶほどに親しくなった者。大佐の官位を背負った女性軍人だ。

 

「それにしても、今回の被害者……ボーデヴィッヒさんの部隊に情報収集を頼むのも手ではありませんでしたか?その人たちならば隊長である彼女の為に尽力してくれると思うのですが」

「あいつらも今や世界最強の部隊と持て囃されるとは言え、私からしたら未熟も同然です。それにあいつらはラウラの直接の関係者であり、今回の事件に最も噛み付く顔ぶれだとドイツ軍の上層部も認識しているでしょう。ドイツが白か黒かハッキリするまでは迂闊に行動を起こさせるべきでは無いと判断しましたので」

「ふむ、それもそうでしょうね。……さて、一通り目は通させていただきました」

 

 そう言って轡木は、目の前の机に資料を置く。

 

「学園長も先程ご覧になった通り、ドイツは今回の事件については白。身中の虫による被害者側だと言えるでしょう」

「整備者の1人による独断行動、そしてその張本人は行方を晦ませて逃亡……ですか」

 

 ふむ、と喉を鳴らしながら情報を噛み締める轡木。

 

 手渡された資料の中には、以下のような記載があった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒがIS学園へ転校した数日後、ドイツ軍のIS整備部に所属していた1人が長期休暇の申請を行っていたらしい。その人物はラウラが転校する直前、誰よりも長く整備室に残って機体の調整を承っていたらしく、時には寝泊りをしていた時もあったという。その技術者の動向を怪しく感じなかった他の技術者も職務に忠実な姿勢を取っていた彼に感心し、長期休暇の件に関して上司同僚後輩問わずとやかく言う事は無かった。

 しかし後に行われた軍部内の洗い出しによる結果、その整備者が密かにVTシステムをレーゲンに組み込んだ事が明らかとなった。軍上層部はその者を捕縛するよう速令を発したが、連絡先には繋がらず住居も既に(もぬけ)の空、近隣住民への聞き込みや各交通機関への通達を実施して捜索網を広げている最中だが、未だに有力な手掛かりは得られていない。

 

「犯人も随分と大胆な事をしますね。まるで自社の雲行きを危ぶんで悪の組織に寝返ろうとしていた、デュノア社の社長夫人のようだ」

「……学園長、まさかVTシステムを組み込んだその整備者も……」

 

 今回の犯人の雲隠れは、針山の上に張られた綱を目隠しで渡るかのような極濃の危うさがある。役職に不備がある訳でも無ければ将来性が見えない訳でも無い、そもそも今回の犯行を行った時点で、ドイツ軍だけでなくドイツ国そのものを敵に回す程の罪状が積まれてしまうのだ。陽の目を浴びたまま生活する事など不可能となってしまう程に。

 ならば、陽の届かない場所に逃げ込んだというのだろうか?だとすれば、その場所は一体どこなのか?

 

 デュノア社の陰謀に加わり、マリーヌ・デュノア社長夫人を唆して彼女にVTシステムを強制起動させた、裏の組織が既に明かされている。その組織の名前が千冬の脳裏に過る。

 

 彼女の言いたい事を察した轡木は、ゆっくりと頷いてみせる。

 

「恐らくはその者も【亡国機業】に吹き込まれた者、もしくは直属の関係者なのでしょう。デュノア夫人がVTシステムを強制起動させる装置を持っていた事を考えると、何かしらの繋がりがあると考えるべきですね」

「今回は随分と活動的ですね、奴らは」

「しかし、尻尾切りが上手い所為で中々本体が姿を現さない……賢しい蜥蜴(とかげ)というのは厄介なものです」

 

 轡木のその言葉に、千冬も同意を示す。

 千冬も数年前にたった1人の家族を亡国機業によって誘拐された事があり、彼らに対して少なくない敵意を向けている。機業に与している者に出会った時には当時のお礼参りをしてやろうと考えているほどに。

 

「まぁ、今は彼らの今後の動向を警戒していくとしましょう。尻尾を追いかけても成果が得られないのであれば、次に姿を現す方に期待を向けた方が望みはありますからね。IS委員会の方にも私が掛け合っておきましょう、此方の資料をお借りしても?」

「構いません。私個人のために用意した物ではないので、用途はご自由に」

「ありがとうございます。……それにしても……」

 

 轡木は突然、千冬の顔を凝視する。

 

 彼が自身の顔を見ている事に気付いた千冬は、訝しげに彼に尋ねる。

 

「……私の顔に何か?」

「いいえ。何も可笑しなことはありませんし、変な物も付いていませんよ。ただ敢えて言うならば……そうですね、嬉しい事があったような綻びが表情に見え隠れしている、と言った所でしょうか」

「嬉しい事……」

 

 轡木にそう指摘され、千冬はほんの僅かに緩めていた口元を手で覆う。

 

「まぁ、無いと言えば嘘になりますが」

「ほぅ、それは内容が気になりますねぇ。気分の下がる話の口直しも兼ねてお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「仕事の話はよろしいので?」

「大方済んでいますからね。そちらの方はお構いなく」

 

 どう見ても聞く気満々の様子である眼前の御老人に対して内心溜め息を吐く千冬。この場ではぐらかした所で、耳聡いこの人物ならばそう遠くない内に知る事になるだろうと高を括ると、大人しく喋る事を決めた。

 

「私の後ろを着いて行くことで満足していた小娘が、漸くまともな目をするようになりましてね」

「小娘……ボーデヴィッヒさんの事でしょうか」

「ええ」

 

 轡木に肯定の言葉を掛けながら、千冬は自身の教え子の新たな顔つきを脳裏に思い起こす。怪我が癒えた身体で職員室に足を運んできた、1人の少女の一皮剥けた姿を。

 ラウラは職員室で事務仕事を行っていた千冬に近づいて断りを入れると、どこか吹っ切れた表情を浮かべながら彼女にこう告げたのだ。

 

 

 

 ―――私は……ラウラ・ボーデヴィッヒは只今の宣言を以て、いつか貴女を越える(・・・)べく、日々の修練に励んで参ります。

 

 

 

 ―――これまでの様に貴女の名誉を守るためではなく、私を導いて下さった人たちや、嘗ての私のように挫けてしまった者の支えとなるべく力を付けます。これが私の見出した『力の在り方』であり、願いです。この道が、私を這い上がらせて下さった貴女に対する恩返しになると信じて。

 

 

 

 ―――今までご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした、教官。そしてどうか、暫しその座にてお待ちください……私が貴女を超えてみせる、その時まで。

 

 

 

 織斑 千冬を超える。

 その言葉がどういう意味であるかというのは、千冬自身も自覚していた。ISの総術技術・知識を競い合う世界大会、モンド・グロッソにおける優勝者は『ブリュンヒルデ』という称号を栄光の証として与えられ、2回目の大会の連覇を逃している彼女だが諸事情により引き続き世間からそう称されている。現存兵器を凌駕するスペックを誇るISの操縦者に於いて頂点に立つという事は即ち、『世界最強』であるという事を意味する。千冬自身は自分を世界最強だと自負する事も周りから呼ばれる事も嫌がっているが、世界は既にその様に認識している。

 織斑 千冬を超えるという事はつまり、ラウラが『新たな世界最強』になるという事。それがどれ程至難な道であるかという事は、世界最強に上り詰めるまで10年近く鍛錬を続け、強豪相手に勝ちを得続けてきた千冬だからこそ理解できる。モンド・グロッソ出場者、国家代表、他の代表候補生……今のラウラよりも実力が上なIS操縦者はまだまだ沢山おり、それら全てを制さない限りは千冬に勝つという事は夢物語である。

 

 しかし、ラウラの宿す瞳はそれを確りと見据えているのを千冬は感じ取った。千冬のみを見ているのではなく、まるでその周りや先すらも見ているかのように落ち着き且つ揺らぎない眼であった。忠告するまでも無く、彼女は道を見る事が出来つつあるのだ。

 

「今まで私から教えを受けた者達は、嘗てのあいつと同様でした。私が少し教習しただけで、精進の台詞を口にしつつも現状に甘んじようとする表情をした者ばかり。心血を注いで教える気も失くしてしまう様な姿で面白みも何も無い」

「まぁ、世界最強という名はあまりにも大きな肩書きですからね。教えを受けただけで満足してしまう気も分からなくは無いですが」

「……だからでしょうかね。私に連なるのでもなく、並ぶでもなく、私よりも更に先を目指すと言い切ったあいつの姿が眩しく見えたんですよ」

 

 ラウラの宣言を受けた千冬は、心の内で高揚を抱いた。モンド・グロッソにて競い合う者達ではなく、自分を尊敬してくれている教え子からそのような言葉を掛けられた事に。もしかしたら、ずっとその言葉が来るのを待っていたのかもしれない。

 

 何れにせよラウラは、初めて自分を超える意志を本気で示してくれた教え子であったのだ。

 

「そうですか……何はともあれ、これからが楽しみですね」

「ええ、そうですね」

 

 千冬のこれからの楽しみが1つ増えた。教え子が自分を打ち負かしてみせて、最強の名を背負いながら誰かを導いていく未来を。

 その時が訪れる事を期待しながら、千冬はもう暫くこの座を守り続ける事にした。自身に挑む程に成長した教え子が頂きに来るその時まで。

 

 呼ばれる事も好きではなかった『世界最強』という肩書きを、千冬は少しだけ誇らしく思えた気がした。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 一方、此方は都内のビジネスホテルの一室。

 

 何の変哲も無い一般的な個室の中で、1人の女性がスマートフォンを片手に中型キャリーバッグの中に収められている荷物を確認している。荷物の中身はファイルやノートパソコン等の事務的な道具のみならず、多種に(わた)る化粧道具に複数の衣装、ウィッグ等の特殊な物まである。

 女性はそれらを1つ1つ手に取って有無のチェックを行いながら、電話相手との話に勤しんでいる。

 

「……以上が、今回の仕事の始終となります。子細は作成した資料に記載しておきますので、戻った際に改めてそちらからご覧ください」

『ご苦労様、ロゼ。次の仕事まで多少の猶予があるから、戻って来たらゆっくり身体を休めるようにね』

「分かっています」

 

 電話先から伝わる艶の籠った声に、女性―――ロゼは素っ気無くそう返答した。

 彼女の格好はいつものウェーブが掛かった桃髪と白黒のゴシックドレスではなく、IS学園に侵入した時とはまた異なる姿。深い茶色のミドルヘアーと、白いワイシャツにジーパンというラフな出で立ちとなっている。これがこのホテルに出入りする際に装っている姿でもある。

 

『それにしても、やっぱりお猫ちゃんが食い付いて来たみたいね。ロゼの元に辿り着くか、篠ノ之博士の妹を守るかのどちらかだとは思っていたけど』

「安直に囮の方へ向かわず、本命である私の潜伏を予測して待ち構えていた洞察眼と判断力……貴女が目を付けているだけの事はありますね」

『ええ、何せ彼は篠ノ之博士が持つ懐刀の1つでもある。本人の力量も然る事ながらバックアップも非常に強力、油断していると手玉に取られてしまうわよ』

 

 窘めるように語られるも、ロゼは元々油断しているつもりでは無い為話半分にそれを聞き流す。既に対峙しているからこそ、彼女はテオの能力を察し、ある程度の警戒を抱いているのだ。

 

『実を言うと、あの件に関しても少し不安があるのよね』

「あの件……もしや、『避難をしていた来賓の中に、亡国機業の息が掛かった者が1人いた』事ですか?」

 

 今回のタッグトーナメントで亡国機業の企みに加担していた人物は、実は3人いた。VTシステムの強制起動実行犯となって切り捨てられたマリーヌ・デュノア。マリーヌの逃亡の手引きという建前の下、万が一彼女が計画と異なる行動を起こした場合の備え役として来たロゼ。

 そして件の、それらの騒動を隠れ蓑にしてデータ収集を確実に行う為に用意された、亡国機業の3人目の手先。正確に記すのであれば、報酬で得られる金銭目的の為に今回の事件の協力を裏で取引された、とある国の重鎮の1人である。

 更に亡国機業に加担した者は、避難時にわざと置き去りにした鞄に仕込んでいたカメラを使ってVTシステムの戦闘映像を録画し、後に合流したロゼにそのデータを渡しているのだ。それが指示された仕事の内容であり、口止め料も含まれた多額の報酬金もその時に受け渡しが行われた。

 

『えぇ。支障も無く事を運べたのは喜ばしい事だけれど、幾らなんでもアプローチが弱すぎる気がするの。本来なら貴女以外の侵入者の線も考慮して、来賓の身辺や荷物のチェックを帰り際に行うと思わないかしら?』

「……確かに、その通りですね」

『泳がされている可能性も否定できないわね……私はちょっと探りを入れてみるから、貴女も何か情報を掴んだら教えて頂戴』

「分かりました」

 

 そう返事をした所で、ロゼは荷物の整理を完了し終える。不備は無く、後はその荷物を持ってホテルから出てしまえば良いだけだ。

 

『それにしても、フランスもドイツも気の毒よね。国自体は何も悪い事をしていないのに身内が遣らかした所為でとばっちりを喰らっているんだもの。フランスに至っては必死に狙ってたイグニッション・プランの席を遥か彼方に遠ざけられてしまってるし』

「私たちの陰謀がそれを招いたのも事実ですが、それ以前に人間が抱いた下らない欲望が根本的な原因の筈ではないでしょうか?デュノア夫人は機業の幹部入りという私の甘言で出世欲を湧かせては簡単に引っ掛かって無様に捕まり、ドイツも他国より優位になりたいが為に禁断とされるのが目に見えるようなシステムを開発し、今になって悪用されてしまっている」

 

 VTシステムの開発に関しては関係国が不明瞭とされているが、亡国機業の調べではドイツは関係国の1つであると裏付けが取られている。それは第2回のモンド・グロッソの開催国がドイツになった理由と繫がりがあり、更に機業は開発の主となった研究所と政府の重鎮すらも明らかにしているのだ。

 そしてその情報が天才で天災な科学者の耳に入り、VTシステムが完全撲滅される日が訪れるのは間もなく後の話になる。

 

 何はともあれ。

 人が下卑た欲を生めば、罪も合わせて連ね生み、終いの折には罰を齎す。

 ロゼが言いたい事は即ち、浅ましい欲は己の身を滅ぼすという因果応報の理への同調である。その声色には、いつもよりも僅かに力が込められていた。

 

『まぁ、そんな人たちがいるからこそ私たちも動きに目処を立てやすいんだけどね』

「その通りです。次に利用するのは……確かアメリカとイスラエルでしたね。その2国もすぐに泣きを見る事になりますね」

『布石は私たちの方で打ってあるけれど、恐らく現場でアクションが必要になると思うから、準備を欠かさないようにね。まぁ詳しい話は休暇の後にしましょう』

「解りました」

 

 ふと腕時計に目をやると、飛行機のフライト時刻が近付いていた。今からホテルをチェックアウトし、タクシーやバス等を使って空港に行けば多少の余裕を持ちながら搭乗に備える事が出来るだろう。

 

「では、そろそろ出立するので切ります」

『ええ。アジトに戻ったら一緒にワインでも飲まないかしら?この間良いのが手に入ったのよ』

「クソッタレフランス産でなければ付き合いましょう」

『スペイン産よ。それじゃあ待ってるわね』

 

 そこで電話は終了した。

 ロゼはスマートフォンをポケットに仕舞うと、荷物を携えて部屋を後にする。

 

 残されたホテルルームは、ベッドシーツの若干の乱れと道具類の使用痕跡による演出が施された、違和感の無い空間となっていた。

 ホテルのスタッフが何の疑念も抱かずに清掃を行って形跡が消える、その時まで。

 

 

―――続く―――

 




 事後処理を書いた回でした。コメディでもないからスマートに終わらせてしまおうと思っていたらいつも通りのボリュームに。
 そして何かあったら大体亡国機業のせいにされてしまうこの頃。

???「これも全部亡国機業って奴の仕業なんだ」
???「何だって?それは本当かい!?」
???「亡国機業絶対許さねぇ!」
亡国機業「はいはい私のせい私のせい」


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新しい繋がり

◇   ◇

 

 今日も朝が訪れる。一日の到来を報せる眩しい日の光がカーテンの隙間から差し込み、私の視界に入り込んで来る。快晴の朝というのは、いつ見ても清々しくて気持ちが良いものだ。

 

 朝日でバッチリ眼が覚めた私は、寝床から出るべく身体を動かそうとする。……が、まるで拘束具でも付けられているかのように身動きが取り辛い事に気付いた。更に私はいつの間にかキャットハウスの外へと出ており、視線を傍らに向けてみれば私の身体を捕えている正体が其処に在った。

 

 一糸纏わぬ姿で私の身体を抱えて眠っている、ラウラちゃんの姿が。

 私の居住スペースは一夏少年と箒ちゃんのルームの角に別のカーペットを敷く事によって設けられており、その長さは箒ちゃんが横に寝ても収まらない程度だ。そこにキャットハウスを置いている事によって、流石のラウラちゃんの身長でもカーペット内に身体を収める事は出来ない仕様となっている。

 故に彼女は胎児の様に身体を丸めながら私を抱える事によって、若干窮屈そうにしながらもカーペットの枠からはみ出さない様に務めている。

 

「すぅ……すぅ……」

≪おやおや≫

 

 穏やかな寝顔を浮かべている愛娘の姿に、思わず頬を緩める私。

 

 ここ最近のラウラちゃんの行動は、以前と比べて大きく変化した。

 私の娘であると表明した初日から、彼女は学園の生徒や千冬嬢以外の先生たちを見下すような態度を撤廃し、その立ち位置を改めるようにし始めた。同級生に対しては同じ視線で物を語り、上級生や先生たちに対しては敬意を込めた姿勢を取る様に務めている。彼女の一変には皆が戸惑い接し方に困るケースも少なくは無かったが、

 これまで目の敵にしていた一夏少年への態度も軟化している。最初こそ隙あらば倒すと言わんばかりの視線を向けていたが、今となっては他の生徒たちと遜色無い態度で接してくれている。ただし彼のIS技術に関してだけは辛口の評価を付けており、指導の仕方も他の子たちとは違ってシンプルなスパルタ具合となっている。ラウラちゃんは1年生の中では間違いなく最強クラスなので、彼にはトコトン絞られてもらうとしよう。

 

 そして彼女の接し方が最も大きく変化したのが、シャルと箒ちゃん、そして私である。

 箒ちゃんに対しては表明当時からお姉ちゃんと呼ぶと言っていただけはあり、一緒にご飯に誘っては隣に座りたがったり、授業が終わって寮に帰った後には部屋に遊びに訪れたり、お風呂に入る時は『家族ならば裸の付き合いはお決まりだ』と言って一緒に入りたがったりと、その姿はまるで姉を強く慕っている妹の様である。ちなみに私への絡みも殆ど一緒である。

 シャルについては、最初の頃は同時期に私の娘になると宣言した事もあって互いの関係について色々と言い合っていたが、最終的には『双子の姉妹』という形で収束した。姉、妹ではなく互いに名前で呼び合ってはいるが、2人の繫がりは他の子たちとは違って一段強くなっていると、傍目から見た私はそう感じている。それにしても全然見た目が似ていない双子だこと……って言ったら父親と娘も全く似ていなかったね。

 

「……んむ」

 

 ラウラちゃんの目が僅かに開く。

 眠りから覚めた彼女は、未だにぼんやりとした様子で私の姿を見やると、目元を擦りながら声を掛けてくる。

 

「む、おはようパパ」

≪おはようラウラちゃん。よく眠れたかい?≫

「あぁ。パパの抱き心地は快眠を促すのに十二分の破壊力があるからな」

 

 そう言ってラウラちゃんはシーツを除けると、腕の中に包んでいた私の身体を解放する。

 というかラウラちゃん、昨日は自分の部屋で寝ていたんじゃなかったっけ。

 

「最初は部屋で寝ていたのだが、またパパの温もりが恋しくなってしまってな。皆が眠っている間にピッキングで部屋に入って来た」

 

 ラウラちゃん曰く、施錠された扉を解く程度は軍の訓練で学んでいるのだとか。一般的な戸締り程度ではラウラちゃんを妨げる事は無理という事だろうね。

 

 それにしても、やはり人の裸というのは見ていて寒そうである。

 夏季に差しかかり、朝でもある程度暖かくなってきたとはいえ、油断をしているとすぐに体調を崩してしまうのが人の道理だ。

 

≪ラウラちゃん、やっぱり寝る時も服を着た方が良いと思うよ≫

「む……しかし、パパだって裸で寝ているではないか。父娘でお揃いというのは今の時世では珍しいだろうが、私はパパと一緒の格好で寝たい」

 

 あら、嬉しい事を言っちゃってまぁ。

 

≪だけど、猫には体毛があるからね。お揃いにするならラウラちゃんも体毛を纏わないと正確とは言えないんじゃないかな、或いは私が毛を丸刈りにするか≫

「むぅ、流石にそれは憚りがある」

≪でしょ?ドイツも日本も気候の変化が大きいから、ちゃんと服を着て寝ないと風邪を引くよ≫

「……しかし、寝る時に着る物が無い」

 

 無かったんだ。

 というかラウラちゃん、転入してから夜はずっと裸で寝ていたのか。ホントに丈夫な体だね。

 

≪それじゃあ今度の休みに皆で服を買いに行こうか。ラウラちゃんの好きな物を買ってあげよう≫

「服か……あまり興味が無いのだが、パパの厚意を無碍にするのは娘として失格だな。その言葉に甘えよう」

 

 お固い口調でそう言いながらも、その頬は緩んでいる。買ってあげる、と言った辺りからピクリと動き出していたので多少は喜んでくれていると見て良いだろう。

 

「ふあぁ……テオ、もう起きて……うおわぁっ!?またその格好で来たのかよっ、ラウラ!?」

 

 ここで一夏少年が遅れて参加。

 目が覚めていきなり視界に全裸のラウラちゃんが飛び込んできた少年のリアクションは仰々しく、酷く慌てた様子で顔を横に逸らし出す。

 

≪おっと、私の娘の裸を見たからには責任を取る覚悟があるんだよね?少年。というかこの流れもこれで3回目なんだけど≫

「どう考えても不可抗力じゃね!?前にも言ったけど寝覚めの不意打ちはノーカンだろ!」

「何れにせよ、お前が私を娶るには何よりも強さが足りない」

≪速さは足りてるかい?≫

「それも足りないな、パパなら釣りが出る程に足りているが」

「どうでもいいから、早く服を着てくれよ!?」

 

 そんなこんなで、騒がしい朝が過ぎていく。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

「と言う訳で、懲りずに女の子の裸を何度も見た一夏を殺す会議を始めたいと思います」

「あの、鈴、会議名が殺意に満ち溢れてるんだけど」

「議長兼処刑執行人はあたし、凰 鈴音が担当します。書記兼処刑執行人はセシリア・オルコットに、タイムキーパー兼処刑執行人はシャルロット・デュノアにそれぞれ担当してもらいます」

「名前どころかラインナップも殺す気満々!?要らない役職がやけに充実してるんだけど!?」

「書記兼処刑執行人のセシリア・オルコットですわ。一夏さんの息の根を止めるように頑張ります」

「書記を頑張れよ!会議名的にはそれで間違ってないけど、大いに間違ってるから!」

「処刑執行人のシャルロット・デュノアです。さよなら一夏」

「せめてタイムキーパーは名乗って!そして台詞が無慈悲すぎる!?」

 

 鈴子ちゃんを中心としたコントが始まり、一夏少年のツッコミスキルが冴え渡る。

 休み時間という事で鈴子ちゃんも1組に遊びに来ており、他のクラスメイトの子たちも各々で親しい子たち同士で会話を楽しんでいる。一部の子は此方の会話に耳を傾けているようだけど。

 

「まぁ冗談はここまでにして……ラウラの私服が無いっていうのはやっぱり問題ね」

「軍服があるではないか」

「辞書で私服って言葉、引いてきなさいよ」

 

 真面目な顔で答えるラウラちゃんに鋭くツッコミを入れる鈴子ちゃん。いつぞやは険悪な雰囲気を漂わせていた2人であったが、ラウラちゃんの誠意の籠った謝罪とさばさばした鈴子ちゃんの性格のお陰で、こうして普通に会話できる程に関係が修復されている。

 

「ラウラさん、レディとして身嗜みを整えるのは当然の事なのですから、もう少し関心を抱いてみてはいかがですか?」

「そうは言ってもな……パパにも言ったのだが、今まで軍人として生きてきたから如何せん興味が湧かんのだ」

「顔立ちは整っていらっしゃるのに、勿体無い……」

 

 セシリア姫も鈴子ちゃんと同様でラウラちゃんを敵視していたが、後の謝罪を受けて態度を改めるようになった。曰く『余計な禍根を引き摺るのは淑女として相応しくありませんし、同じ学び舎に通う者同士として交誼を紡ぐ方が望ましいですわ』だそうだ。

 

「取り敢えず、今度の休みに物資調達に行くという事でパパと話を進めているのだが」

「……買い物を物資調達と表現する奴、初めて見たわよ」

≪なるべく皆の予定の会う日にしようかと思ってるんだけどね、皆の都合はどうかな?≫

 

 代表候補生である子たちは、学生生活に加えて専用機のデータ収集という目的がある為一般生徒たちよりも忙しい立場にある。お国の方で新しいIS装備が完成された、もしくは完成の目処が立ったとなれば早期試験を望ましきとされ、スケジュールがその分埋まる事になるのだ。

 この場の代表候補生は一夏少年と箒ちゃんと私以外の4人。しかし一夏少年については専用機持ちという事で倉持技研とのやり取りも必要となっている。

 

 私の言葉に最も早く返答をしてきたのは、シャルであった。

 

「それなら、今度の臨海学校の前に休みがあるから準備も兼ねてその日にしない?どうせ臨海学校で装備テストがあるだろうから、前後の日に予定が入るとは思わないし」

≪そう言えばそうだったね。3日間もあるんだから女の子は色々と準備しておきたいだろうからね≫

「え、準備って言ったって別段必要な物は無いだろ?着替えも寮で使ってる奴持って行けば良いだろうし」

「はいはい、アンタの感性には誰も期待してないわよ」

「……何だろう、この小馬鹿にされた感」

 

 そう言って複雑な表情を浮かべる一夏少年であったが、誰もフォローする気は無い模様。取り敢えず少年は、女の子には色々あるという事だけでも理解していれば良いと思う。向けられている好意に気付くよりはよっぽど簡単な事の筈だしね。

 

 シャルの提案に皆が賛成し、臨海学校前日の休日を利用して全員で買い物に行くことが決定した。シャルは相変わらずこういう幹事役に長けているから、流石と言えよう。

 

「で、では一夏さん。その際にはわたくしの……み、水着を選んでいただけないでしょうか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、鈴子ちゃんとシャルの耳が一際大きくピクリと動いた。いや、彼女たちだけではない。教室内にいるクラスメイトの子たち全員がセシリア姫の放った言葉を聞き取って見せたのだ。

 前者はセシリアと同じく、少年の恋する者として。後者は殆どが野次馬根性を湧き立たせて。

 

「おっとセシリア、いきなりの抜け駆けはちょいとナンセンスよ。というわけで一夏、あたしの水着も……その、選定しなさいよ?」

「ぼ、僕も……一夏の好みで選んでほしいかな、って」

「それじゃあ織斑君、私の水着も!」

「私も!」

「私はいっそ下着を―――」

「そいつを確保しろ!ぶっ飛んでやがる!」

 

 一部暴走する子が発生しつつ、一夏少年を中心に騒がしくなっていく。やはり1組のクラスは特にノリの良い子たちで構成されているよね。

 

 ちなみに、喧騒に参加していない私と娘の2人はというと……。

 

≪さて、箒ちゃんにラウラちゃん。今の内に席に戻るとしようか≫

「うむ。もうすぐ織斑先生が来る頃だからな」

「教官の出席簿は私も自ら進んで喰らいたくないな。巧みな処世術は心得ていかねば」

≪シャルは……今回はちょっと遅かったかな≫

 

 この後、メチャクチャ出席簿で叩かれた。私たち以外の皆が。

 

 

 

――――――――――――――――

 

「むぅ……」

≪ほらほら、そろそろ機嫌を直してよシャル≫

 

 本日の授業が終了し、シャルの部屋に遊びに来た私と箒ちゃん。

 シャルが女の子として転入してきた後、彼女の同居人としてラウラちゃんが選ばれている。元々2人は1人1部屋で過ごしていたのだが、同性だと知るや否や先生たちの判断で部屋割りの変更が行われた。

 そのため、現在この部屋に居るのは遊びに来た私たちと部屋主であるシャル、ラウラちゃんの4名。こういう場に必ず居そうな一夏少年は、今頃大浴場でまったりしているだろう。そもそも一夏少年が放課後に大浴場に行くと宣言していて、唯一連れとなれる私はシャワーで済ませるつもりでいたため、今日は彼1人で浴場に行く事になり、私と箒ちゃんは折角だからと此処に遊びに行く事になったのだ。

 

 で、部屋主のシャルは現在進行形で不機嫌中。今日の騒ぎの時にシャルを置いて私たちだけで難を逃れた事が原因で機嫌を傾けてしまっているのだ。

 

「恋に盲目とはよく言ったものだが、だからといって教官の来室を見落としても良いと言うわけでは無いぞ」

「確かに、千冬さんの一撃は心の臓にまで響く程の衝撃があるからな……」

「……まだ頭のてっぺんがじわじわ痛むよ」

 

 そう言いながら頭の上を自ら擦るシャル。騒いでいた子たちの数が数十人であったにも関わらず一瞬で1人残さず出席簿で鎮圧してみせた千冬嬢の腕前は、日々磨かれているようだ。流石である。

 

「頭が痛むのか、シャルロットよ。どれ、私が撫でてやろう」

「い、良いよそんなっ。別にそうしてもらいたくて言ったわけじゃ……」

「遠慮するな。我らは同じパパを持つ義姉妹、こういう時は素直に甘えておけば良い」

 

 そう言うや否や、ラウラちゃんはスッとシャルの傍に寄りそうと、シャルが先程擦っていた個所を優しく撫で始める。

 テキパキと展開を進めるラウラちゃんのペースに追い付けていない様子だったシャルも、素直に身を委ねて気持ちよさそうな表情を浮かべる。

 

「ふぁ……ラウラ、頭を撫でるの上手なんだね」

「パパの手腕を参考にしてみたからな。義妹を可愛がる術を会得するのも義姉の務めだ」

「……えっ、僕が義妹なの?」

 

 蕩けそうになっていた顔が一変して、動揺に溢れたそれとなる。

 対するラウラちゃんは、さも当然と言った様子で彼女の揺らぎを受け流し、小首を傾げる。

 

「違うのか?」

「ち、違う……って言い切れないかも。で、でも雰囲気なら僕の方がお姉ちゃんっぽいんじゃないかなっ?」

「上面を指摘されると私も言い返し難いが、娘になるという宣言は私の方が早かった筈だぞ」

「うぐっ。で、でも娘になるって決めたタイミングは僕の方が早いって可能性も……」

 

 おやおや。以前は2人で双子の義姉妹だと解決したのに、今度はその中で上下を決めようとしているね。てっきりこの話はあの時点でお終いだと思っていたのだけれど。

 2人はそこから、ああだこうだと口論を始めだした。私としてはどっちが姉でも妹でも問題無いと思うんだけど、まぁそこは若い子たちの好きにさせてあげるとしよう。

 

 ふと。

 箒ちゃんの方を見やると、介入する訳でも無く彼女たちの姿をジッと見つめている。

 

≪どうかしたのかい?箒ちゃん≫

「……いや、不思議なものだと思ってな」

≪何が?≫

「私の姉妹は今まで姉さんだけだったから、妹が居るというのは、こう、何と言うべきなのだろうな」

 

 そこまで言うと、口元に手を添えて言葉を噤む箒ちゃん。

 しかしその顔つきに嫌悪の感情は全く籠っていない。寧ろその逆であると言えよう。陰ではなく、陽の感情が乗った顔だ。

 

「そうだな……唐突ではあったが、こういう繫がりも良いものだな」

≪それは何よりだよ≫

 

 そう言って私たちは微笑み合う。

 そして、娘たちの話し合いも新たな局面に移ろうとしていた。

 

「ならばパパとお姉ちゃんの意見も聞こうではないか。今回の件に関しては、第3者から見た見解も重要な判断材料だと言えるだろう」

「それには賛成だね。ということで箒、お父さん、2人もこっちに来て!」

≪おやおや、お呼びが掛かったみたいだ≫

「ふっ。ならば付き合ってやるとするか」

 

 娘2人のご要望に応えるべく、私と箒ちゃんは彼女たちの輪に加わっていく。何だかんだで姉妹仲良く過ごせていけそうだからお父さんも安心だ。

 

「……私ももう少し、姉さんに踏み込んでみても良いかもしれないな」

 

 シャルたちに話し合い混ざる直前、そんな箒ちゃんの独り言を私は確かに耳にした。

 束ちゃんが嬉しさのあまり大はしゃぎする未来が容易に思い浮かぶよ。

 

 

 

 

 

『ちーちゃんちーちゃんビッグボイン、じゃねーやビッグニュース!箒ちゃんが最近連絡をくれ始めたのは周知の事実だと思うんだけど、さっき箒ちゃんが電話してきて『今度一緒にご飯でも食べに行きませんか?』って初々しげにお誘いして来たんだよちーちゃん!中学の最初辺りはずっと私と話したがらなかったあの箒ちゃんが自分からそんなお誘いをしてくるなんてここ最近では好感度アップイベントを経過した記憶が無いけどそんな事はどうだっていいんだ、重要な事じゃない。束さんのハートは現在進行形でドキがムネムネでマジパナいんだよちーちゃんちゃん!あぁご飯ってことは箒ちゃんの手作りの可能性が極高であって今なら私は人間を辞めれる気がするよちーちーちゃんちゃんWRYYYYYYYYY!!』

「うるさい」

 

 勤務明けでシャワーを浴びたら即寝ようと思っていた矢先に掛かってきた電話を、千冬は問答無用で切ったのであった。

 

 

 

―――続く―――

 

 

 




 日常回。ストーリーに進展があるわけでも無く。
 単にラウラが『パパ』『お姉ちゃん』と言っているシーンが書きたかっただけです、はい。別に今後のストーリーでも言い続けるので焦る必要は微塵も無いのですが。


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猫と淑女とのんびり屋

「はいどうぞ、おじ様。ミルクですわ」

 

 セシリア姫はそう言いながら、猫用ミルクが入った容器を丁寧に私の前に置いた。ゆらゆらと揺れるミルクの表面が、ライトの光に当てられて魅力的な輝きを放っている。

 

 私は現在、セシリア姫に誘われてティータイムに興じさせてもらっている所なのである。以前、姫が私と一緒にティータイムをしたいという事を話題に出し、折角だからという事で姫が互いの物を準備してくれたのだ。姫には英国の有名なブランドの紅茶を、私にはオルコット家の方で準備してくれたミルクがそれぞれ用意されている。

 

≪あぁ。ありがとうね、姫≫

「うふふ。おじ様と知己の間柄になってから、オルコット家に頼んで手配してもらった特注品のミルクですの。お家の方で専門家をお呼びして、味や栄養価についても監修していただいていますから、きっとお気に召すと思いますわ」

 

 セシリアは自室の棚から紅茶葉の入った缶を取り出すと、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めていく。缶のお洒落なパッケージの中央にはWedgwoodと書かれている。

 

「~♪」

 

 軽やかに鼻歌を披露しながら紅茶を淹れていくセシリア姫は、随分と機嫌が良さそうに見える。足取りも鼻歌と同様に軽々とした様子である。

 ニコニコしている女の子というのは可愛らしく微笑ましいので何も悪くは無いのだが、彼女が片想いを抱いている男子がこの場に居ないので、私にはその光景が少々不思議に思えた。

 

≪随分とご機嫌だね、セシリア姫。一夏少年が居るのなら、その喜び様も納得出来るんだけど≫

「むっ……おじ様、それはちょっと聞き捨てなりませんわ。わたくしは別に一夏さんの前だけ機嫌が良い訳ではないんですのよ?今日のティータイムだって、ちゃんとテオおじ様がお相手だから楽しみにしていたんですわ」

 

 私の言葉をよく思わなかったセシリア姫が、ジト目で此方を見ながら頬をプクリと膨らませてしまう。

 どうやら私は、私が思っている以上にこの子に慕わせてもらっているらしい。そもそも、目の前にあるミルクこそがその証拠と言える筈だというのに。これはどう考えても私の方に非があるね。

 

≪いやぁ、ごめんごめん。姫から確り信頼されている私は幸せ者だよ。うん、改めて思い知った≫

「……ホントに反省してますの?」

≪私は一夏少年じゃないから、その場凌ぎの返答はしない主義だよ?≫

「それは確かに……何はともあれ、わたくしはおじ様の事もちゃんと好ましい殿方であると思っていますので、自信を持ってください。あ……こ、好ましいと言っても、恋慕の感情は一夏さんにだけ向けていますから、そこは深読みしないでくださいまし!」

≪ははは、勿論分かっているとも≫

 

 不満そうに渋めていた顔が、恋する乙女らしく頬を染めてアワアワとした姿に早変わり。セシリア姫は他の子たちよりも表情がコロコロ変わるから、見ていて楽しい子である。鈴子ちゃんとシャル・ガールもこの子に負けないくらい表情にメリハリがある子たちだよね。

 

「はぁ……一夏さんもおじ様くらいの機微を持って下さっていたら、わたくしもやきもきした日々を送らずに済みますのに」

≪だって一夏少年だし≫

「非常に説得力のある言葉、ありがとうございます。一夏さんって昔からあんな調子なんですの?」

≪唐変朴な所は寧ろ成長してしまっているという事態かな。……あぁ、けど昔はもっと口調が乱暴だったね≫

 

 その言葉を聞いたセシリア姫は、まぁ、と驚いた様子で声を漏らす。

 

「そうなんですの?……そういえば、一夏さんの昔の話を聞いたことがありませんわね。箒さんや鈴さんから伺った事もありませんでしたし」

 

 一夏少年に恋する乙女同士の絆は、通常のクラスメイトや同級生よりも固く紡がれている。少年の傍にいる機会がお互いに多くなれば、必然的に彼女たちが出会い時間を共有する機会も比例して増える。そしてそれはお互いの事を理解し、仲を深め合うきっかけとなるのだ。恋のライバルである前に友人でもある、つまりはそういう事である。

 かく言う私も、時々一夏少年の失敗談をバラしてはいるが、彼の人物像まで話した覚えは無い。その手の話題になると大体彼の失態が笑われるオチになるので、そこまで掘り下げられる事も無かったのだ。

 

≪そうかそうか。それじゃあ今日は一夏少年の若かりし頃の姿でも語っちゃおうかな≫

「一夏さんの子供の頃のお話……とても興味がありますわ」

 

 良い笑顔で身を乗り出すセシリア姫を目の当たりにして、私も思わず笑みを浮かべる。相変わらずの好かれっぷりだね、少年。

 

 話の種も決まり、姫の分の紅茶も既に準備し終えている。いつでもティータイムを行う事が出来る様、場は整えられた。

 セシリア姫も淹れたての紅茶を備え、ソファに腰を下ろす。

 

「それでは、さっそく―――」

 

 コンコン、と音が鳴る。音の鳴った場所は入り口のドア、外側から内側に掛けて発せられる音の籠り方。

 来訪を報せるノックの音である。

 

 その音を耳にしたセシリア姫は、少々失礼しますわ、と私に一言断りを入れてから来客を迎えるべく扉の方へと向かっていく。

 

「おや、貴女は……」

 

 私も来客が気になったので、彼女の向かっていった方に視線をやり、その様子を眺めやる事にする。

 セシリア姫が扉を開けた先に居た人物は、私たちの面子に対して少々意外な子であった。

 

「えへへ~。さっきの教室ぶりだね、セッシ~」

 

 来客の正体は、のほほんちゃんだった。

 通常営業とも言えるのんびり口調とほんわかした雰囲気が、対面するセシリア姫に向けられる。

 

「布仏さん?貴女がわたくしのルームに訪れるなんて珍しいですわね。どうかしましたの?」

「んっとね~、セッシーとテオにゃんが一緒にお菓子食べるって聞いて~、わたしも2人と一緒に食べたいな~って思ってぇ」

 

 そう言えば、今日のティタームの約束は休み時間の時に行ってたっけ。けれど、ティーの約束は会話の一端程度でしか話題に出ていなかったし、周りの子たちも各々賑やかに喋っていたからその部分を正確に聞き取っていたとは思わなかった。ティータイム≒お菓子という認識であるという事は、気にしないでおこう。

 それにしても、タッグトーナメントでの読めない動きといい耳聡さといい、この子は雰囲気に反して実力の高い子なんじゃないかと思い知らされる。

 

「わたくしは一向に構いませんが……テオさんは如何ですか?」

≪勿論、歓迎するよ≫

「やっほー、テオにゃん」

≪やぁ、のほほんちゃん≫

 

 という訳で、急遽お茶会のメンバーにのほほんちゃんが加わる事になった。

 セシリア姫、私、のほほんちゃんという並びでソファに着き、改めてティータイムが開始される。

 

 それぞれが飲み物を一口飲んだところで、セシリア姫がカップをテーブルに置かれたソーサーの上に戻して口を開く。

 

「……意外でしたわ。まさか布仏さんがティーの作法をご存知だとは」

 

 紅茶を飲む際のマナーというのは一通り存在している。一例を挙げるならば、カップのハンドルは右側に向けて、指は入れずに摘まむ様に持つ事。今回の様なローテーブル式ではソーサーは左手に持って胸元辺りまで運んでから、カップを口に運ぶ事。他にも両手でカップを持ってはいけない事や、ティーフードを一緒に嗜む際にも色々なマナーがあるから、興味がある人は各自で調べてみるといい。こういう作法は覚えていると、いざという時に役に立つものだ。

 以上、そんな作法とは無縁の猫がお伝えしました。

 

 と、話が脱線してしまったね。

 確かにセシリア姫の言は一理ある。普段はポワポワしているのほほんちゃんが、キチンとした姿勢でマナーを守って紅茶を飲んでいる姿というのは中々に不思議な光景だ。俗に言う、ギャップという奴だろう。

 

「んふふー、お姉ちゃんがよく紅茶を淹れてくれるから、その時に色々と礼儀を叩き込まれたんだよ~。……辛かったなぁ、あの頃は」

「何故そんなに愁いていますの?」

 

 その目は優しかった。

 

「だってだってぇ、お姉ちゃんってそーいうのにすっっっごく厳しいんだよー!?ちょっとでも間違ったらすぐに怒るしぃー」

「布仏さんのお姉さんとなると……3年生の整備科主席の虚先輩ですわよね?礼節に厳正だという話は聴きませんが……」

「他の人には言わないんだよ~!わたしにばっかり厳しいんだよ~!最初の頃なんて、お風呂上りの牛乳みたいに紅茶を一気飲みしたら怒鳴られたんだよー!?」

「いや、それはフォロー出来ませんわ」

 

 バッサリと切り捨てるセシリア姫の目には、先程の様な憐みが感じられない。完全に突き放したそれである。

 

「けれど、虚先輩が紅茶に詳しいとは初耳ですわ。機会が巡れば、是非お話を伺いたいものですわね」

「あっ、それじゃあ今度お姉ちゃんにセッシーの事伝えてあげよっか?セッシーならお姉ちゃんとも仲良しさんになれると思うよ~」

「あら、良いんですの?……それじゃあ、先輩に宜しく伝えてくださいます?」

「おっけ~、ジョセフ・ジョースターのいる乗り物に乗ったつもりでお任せあれー」

 

 そう言って、自信満々な様子で胸を張るのほほんちゃん。けどその乗り物、絶対沈められるよね?

 

 そんな雑談を交わしながら、私たちは優雅で穏やかなティータイムを堪能していく。会話のネタの1つに若い頃の一夏少年について話してあげたら、2人とも興味深々な様子で聞き入ってくれた。彼が同級生の男子たちに苛められていた箒ちゃんを救ってあげたエピソードを語ったら、2人とも彼の正義感に感心を表してくれた。尚、女子が体操服に着替えている教室に誤って入ってしまった失態をその後に話したら、2人の少年への評価がマイナス方向に走った模様。

 もののついでに私の若かりし頃を語ってみたら、どちらも私の予想以上に驚いてみせた。けっこうヤンチャしてた時期だったから、落ち着いている今とのギャップを感じてしまうのも当然か。

 

 一通りの時間が経過した頃、話題は再び一夏少年に関する事へと戻っていく。

 

「ところで、一夏さんは今何をしていらっしゃるのでしょう?」

≪多分、部屋に居るんじゃないかな。今日は放課後にラウラちゃんとの訓練が入ってたから、部屋で訓練での注意点を復習してると思うよ≫

「おりむー、頑張り屋さんだね~」

≪まぁ、その後は一瞬で眠っちゃうんだけどね≫

 

 ラウラちゃんによる訓練が始まった頃、一夏少年がその日の訓練を見直さずにさっさと寝てしまった事を知ったラウラちゃんは『己の弱所を復習しないとは何事か!そんな惰弱な姿勢で教官を守るという豪語を果たせると思っているのか!』と叱咤。長時間の末に解放された一夏少年は、以降の訓練の後では必ず当日の訓練の成果・課題を纏めて見直すようになったのだ。脳も身体もバリバリに酷使するので、あの子が訓練を担当する日の寝つきの良さはベリーグッドだ。

 

 そんな彼の境遇を知ったセシリア姫は、一夏少年に対して同情の籠った表情を浮かべる。

 

「まぁ、それは大変ですわね……ならばこのセシリア・オルコットが、一夏さんの為に特別な差し入れを拵えて差し上げる事にしましょう。わたくし手作りの料理で」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら、セシリア姫はそう宣言した。

 

 …………えっ。

 

「そうなると、一夏さんには何を食べていただきましょう。ただ単に英気を養うだけでなく、我が英国の誇る料理を振る舞う事によって、我が国の魅力をより深く知っていただくべきでしょうか」

「お~、イギリス料理~!でもわたしはやっぱり日本のご飯が好きかなー」

「……ふむ、言われてみると、この国の料理で一夏さんの舌を満足させるという事も将来性を考えると必要になりますわね。日本の料理といえば……お寿司、天ぷら、肉じゃが等でしょうか」

「わたし、肉じゃが大好きー!」

「当然な話ですが、どれもわたくしは調理した経験がありませんわね……いいえ、そこで挫けてはオルコット家の名折れ。貴族たる者、その程度の試練は優雅に乗り越えなければなりませんわ。そう、わたくしの料理センスによって!」

 

 なんだろう、会話の雲行きが怪しくなってきている。

 

「布仏さん、肉じゃがの味のベースは分かりますか?」

「んっとね、砂糖と醤油だよー」

「砂糖だけにしましょう。ラウラさんのスパルタ指導で一夏さんもお疲れでしょうし、ストレートに甘みを取っていただかなくては」

「甘々だね!」

「それならば具材の方も考慮した方が良さそうですわね。確か肉じゃがのお肉は豚肉だと聞いていますが……」

「熊さんのお肉なんてどおー?インパクトもあるし、食べ応えもありそうだよー」

「インパクト……素晴らしいですわ布仏さん、確かに単なる肉じゃがでは一夏さんもきっと新鮮味を感じない筈」

「それじゃあ、ジャガイモも別のにした方がいいね~」

「キャビア、フォアグラ、トリュフの3珍味を集結させましょう。熊肉のインパクトをフォローするには十分なラインナップの筈ですわ」

「ゴージャスだね!」

「更にここにイギリスの名菓を加えましょう。甘さを増やす為のファッジ・キャンディと、バリエーション豊かな食感を産む為のMcvitie’sのビスケットと……」

「後はー、隠し味に抹茶とー、コーヒー牛乳とー、練乳とー……」

 

 

 

 

 

 その数日後、口から泡を吹きながら医療室に運ばれる一夏少年の姿があった。

 

 あの子たちの暴走を止めてあげられなくて、ゴメン。

 

 

 

―――続く―――

 




 やめて!セシリア・オルコットの調理スキルと布仏 本音の奇天烈アイデアで一夏の胃袋にダイレクトアタックをしたら、一夏の臓器がパーになっちゃう!
 お願い、死なないで一夏!あんたが今ここで倒れたら、この作品の弄られ役担当はどうなっちゃうの?ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、その場のギャグシーンは確保できるんだから!(編集者並感)

 次回「一夏死す」。デュエル(料理)スタンバイ!


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モールでショッピング!

 週末の日曜日。

 雲一つない快晴が空に示されており、早朝の天気予報でも終日晴れだと予報士が告げていた。空のずっと向こうにすら雲が浮かんでいない事を見る限り、今日の予報は当たりの様である。

 ともあれ、晴れてくれるのは非常に嬉しい。何せ今日は以前ラウラちゃんと約束していた買い物の日なのだ。

 

 駅前のスペースにて、今日のメンバーが集まっている。

 私、箒ちゃん、シャル・ガール、ラウラちゃんの計4名だ。

 

「うーん、いい天気だね」

「絶好の外出日和、という奴だな」

「……随分と周囲から注目されているな」

「まぁ、IS学園の制服を着てたら仕方ないと思うけどね」

 

 苦笑気味にそう言うシャル・ガールの言う通り、此処にいるメンバーは全員IS学園の制服を着用している。

 箒ちゃんやシャル・ガールは当然私服を持っているのだが、生憎ラウラちゃんだけがその手の服を持っていない。そんな彼女を差し置いて、自分たちだけ私服を着てラウラちゃんにだけ制服の格好をさせるのは流石に心許ないという事で、制服でお揃いにする事になったのだ。

 IS学園は今や各地の有名校をも上回るほどの知名度とブランド性を得ている。一度制服で街に赴けば、モデルにも引けを取らない位に視線を集めてしまうほどである。……尤も、この子たちが注目を浴びているのは制服以外の理由もあると思うけれどね。

 

「ねぇあの子たち……すっごく可愛くない?」

「可愛い。銀髪の子ペロペロしたい」

「っべーわ。マジっべーわ」

「ところであの子たちを見てくれ、あの子たちをどう思う?」

「すごく……美少女です……」

 

 道往く人たちが箒ちゃん達の方を見ながら小声で呟きを漏らしていく。殆どの人たちがこの子たちの容貌に見惚れたような印象を感じる。

 

 今回街に買い物に来た目的は2つ。

 来週から始まる臨海学校に向けての準備と、ラウラちゃんの私服の調達である。

 前者については、以前話したと思うが宿泊に必要となる物や1日目の自由時間で着用する水着の購入が主な目的である。特に箒ちゃんやシャル・ガールは一夏少年を見惚れさせるための勝負水着を選定しなくてはならないので、中々に重要な場面だ。

 シャル・ガールは一夏少年に水着を選んで欲しいと発言していたが、ルームメイトのラウラちゃんの服選びも捨てがたいという事で、水着は当日にお披露目しようという話で落ち着いた。

 

「ラウラの私服かぁ……どんなのが似合うかな?」

 

 というかこの子、このメンバーの中で一番ラウラちゃんの服選びにノリノリである。

 

 私たち一行は会話を織り交ぜながら移動し、本日の目的地であるショッピングモール『レゾナンス』へと赴く。

 駅と併合して建てられているこの場所は電車、バスなどの交通機関の中心として各市からアクセス可能で、衣料品に食料品にレジャー、嗜好品等々ほぼ全てのジャンルの店舗が存在している、言わば万能施設だ。その日の買い物がこの場所で終了してしまうラインナップで、市民曰く『ここに欲しいもの無ければ諦めなヨ』とかなんとか。

 また、基本的にお店というのはペットの連れ込みは禁止されている事が多いのだが、ここは一部のエリア以外は飼い主同伴を条件としながらも私のような猫でも入ってオーケーなのだそうだ。私だけ買い物に仲間外れにされるなんて、泣けるものね。

 

 私たちがまず最初に訪れたのは、2階にあるレディース専門店。カジュアル系やガーリー系のファッションブランドを中心に置いた衣料店で、若い女性層から大きな支持を得ているチェーン店らしい。値段も学生のお小遣いで届くレベルの服が充実しているため、この系列の店で私服を買っているIS学園の子も多いのだとか。

 ちなみにこの情報はシャル・ガールがクラスメイトの子から教えてもらったものである。私は今までこの子たちくらいの年頃の女の子と交流する機会が無かったし、ラウラちゃんは言わずもがな。箒ちゃんも常に流行に乗っかれているとは言い難い和人で、シャル・ガールは日本に来て日が浅い為に土地勘がまだ身に着いていない。今思うと、この辺りに詳しい子を誘うべきだったんじゃ……。

 

 一同は店の中に足を入れると、早速とばかりに行動を開始する。

 

「では、ラウラの服を選んでいくとしようか」

「ねぇラウラ、ラウラはどんな服が好み?気になる物とかある?」

「好み、と言われてもな……」

 

 シャル・ガールから話を振られ、口元に手を当てながら悩むラウラちゃん。これまでずっと軍人として過ごしてきたこの子にとっては中々に難しい質問なのかもしれないが、やはり本人の意見というのも大事だからね。

 

「ふむ……下はこういったのが好ましいな」

 

 そう言ってラウラちゃんは近くにあった黒のデニムジーンズを手に取る。

 

「上は……あれがまだマシだな」

 

 指を指すその先には、春物の売れ残りセールとして出されている厚めの上着が多数置かれていた。ザッと見る限りでは大人の女性が着るようなスマートなジャケット類が主となっている。

 ヒラヒラ系の服を選ぼうとしなかった辺り、ラウラちゃんらしいというか何と言うか……。

 

「異議あり!!」

 

 突然、シャル・ガールが挙手をしながら名乗り上げてきた。裁判かな?

 

「ラウラのチョイスが明らかに保守に回っています、なので此処は普段では着ないであろうスカートを穿くべきだと思います!むしろ穿こうラウラ!」

「あ、あんなヒラヒラした物をか!?わ、私はそういった物よりも軍服と着心地が似通っている装束の方が――」

「異議あり!!」

「うぇっ!?」

 

 ラウラちゃんの反論を問答無用で押しのけるシャル・ガール。凄い強引術を見た。

 

「ラウラは小っちゃくて可愛いんだから、大人の女性が着るような服よりもこんな感じの可愛い服を着た方が良いよ、絶対!」

「わ、私は可愛くなど……お姉ちゃんからも何か言ってやってくれ!」

「ん、私か?」

 

 いきなり話題を振られ、箒ちゃんは小首を傾げながら返答する。

 

「いいのではないか?私もラウラには可愛い服が似合うと思うが」

「お、お姉ちゃんまで……ならばパパっ、パパなら私を助けて――」

≪あぁ、私もラウラちゃんの可愛い姿を見て見たいから≫

「うぅ……八方塞がりではないか」

 

 味方してくれる人がおらず、ガックリと大きく項垂れるラウラちゃん。最近は私たち以外にも色んな子たちと交流し始めている影響か、軍人とはかけ離れた柔らかいリアクションが少しずつ現れるようになっている。言葉遣いは相変わらずお堅い雰囲気が残っているが。

 

「まぁ折角の機会だ、自分に合った服を色々と試着されてみるといい。案外スカートの方が好みになるかもしれんぞ?」

「お姉ちゃん、せめて試着『してみる』と言ってくれ。それでは私が着せ替えされるようではないか」

「「えっ?」」

「……えっ?」

 

 3人の間でほんの僅かな静寂が訪れる。私も空気を呼んで一緒に静かになる。

 

「だってラウラ、放っておいたらさっきみたいな大人向けの服ばっかり選ぶでしょ?そうなるくらいなら僕たちでラウラに似合う服を選んであげようかなって」

「ひ、否定し切れない……」

≪まぁラウラちゃんの好みもちゃんと聞いたし、それも視野に入れて服を選んでいくよ。可愛い系の服がメインになるのはどの道避けられないけど≫

「好みを答えた意味が無いではないか!?」

「どうせなら店員の意見も取り入れた方が良いだろう。本業の者のセンスは信用できるからな」

「お姉ちゃんは行動が早いのでは!?」

「店員さん、この子に似合う服を何着か見繕って下さい!」

「オッケェイ、わが命に代えても」

「……なんか鬱陶しいんだが」

 

 この後メチャクチャ着せ替えされた。ラウラちゃんが。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

「これで、寮の中で着る物と外出の時に着る物で何着か調達できたね」

≪これで一夏少年もラウラちゃんの裸を見て驚かずに済むだろうね≫

「まったく、あの程度で騒ぐとは情けない。裸体を見た、見られたで死ぬ訳では無いだろうに」

「可愛いと言われたら照れるのに、裸を見られても何とも思わないのは致命的なのでは……」

 

 そういう意味でも特殊なんだろうね、この子は。

 

 という訳で、ラウラちゃんの着せ替えタイムという名の服選びは終了。洗濯の都合も考慮して纏めて複数着購入したのと、箒ちゃんやシャル・ガールが個人的に買った服によって買い物袋は厚めに膨らんでいる。やはり女の子はオシャレに抜かりないね。

 

≪さて、それじゃあ次は皆の水着を買いに……おや?≫

 

 次の売り場へ向かうために視線を前に向け直そうとした私であったが、その時見覚えのある姿を目撃する。

 

「テオ、どうかしたのか?」

≪あの子たち……もしかしなくてもセシリア嬢と鈴子ちゃんじゃないかな≫

 

 金髪ロングヘアーの女の子と茶髪ツインテールの女の子、そしてそれぞれカスタマイズが施されているIS学園の制服を着用。その姿はどう見ても知り合いの子たちのものである。

 何故彼女たちが学園外で制服を着て歩いているのか気になる所ではあるが、それ以外にも怪訝に思う個所がある。現在どちらもまるで何かから隠れているかのような位置取りで柱の陰に立っており、傍目から見たらストーキングをしているみたいで中々に怪しい光景となっている。

 

「む、確かにあの2人のようだが……あれは何をやっているのだ?」

「何かを観察してるようにも見えるけど……」

「追跡任務でも行っているのか?それにしては随分と稚拙な隠密性だが」

≪手厳しい≫

 

 あのままでは警備員から職務質問される未来がスタンバイしているので、私たちは彼女たちに声を掛ける事にした。

 

≪やあ2人とも。こんな所で何をしてるんだい?≫

「「キャッ!?」」

 

 途端、2人は肩をビクンと激しく震え上がらせて此方へ振り返って来た。

 

「テ、テオおじさま!?急に驚かさないでくださいまし!」

≪はっはっは、済まないね。見るからに怪しい風体になっている2人を見て放置するのはアレかと思って≫

「べ、別に怪しい事なんてないわよ!……っていうか箒たちまで揃って一緒に来てるのね。何で全員制服なのよ?」

「お前たちが言えた格好ではないだろう……」

「僕たちはラウラが私服を持ってなかったから合わせてるんだよ。そういう2人はどうして制服?」

「まさか、お前たちも私服が無いのか?」

「あるわよ!ボストンバック1つに収まる程度には!」

「鈴さん、それはそれで少ないと思うのですが……とにかく皆さん、あれを見てくださいな」

 

 セシリア姫が指を指す方へと、私たち4名は同時に顔を向ける。

 彼女が示したのは私たちが向かおうとしていた女性用水着コーナーで、店内にはこれまた見知った人物の姿があった。

 

≪一夏少年と千冬嬢じゃないか≫

 

 IS学園名物、織斑姉弟である。

 一夏少年の方は白いTシャツに薄手の黒いベスト、ジーパンと夏らしい爽やかイケメンな恰好で、その姿を見たシャル・ガールはほんのり頬を赤らめながら感嘆の息を漏らし、箒ちゃんは『あいつの私服姿は小学生の頃ばかりが印象に残っていたからな……あいつも成長したな』としみじみした様子で思い出に耽っている。ラウラちゃんとシャル・ガールが私の娘宣言をしてからというもの、箒ちゃんに姉御肌と精神的余裕が増加しつつあるのは私の気のせいではない筈。

 一方の千冬嬢は、夏場のプライベートだというのにいつも通りのスーツ姿。店内は冷房がかかっているから暑くないとは言え、もう少し着崩した格好でもバチは当たらないと思う。というか嬢も私服を着よう。

 

「一夏が千冬さんと山田先生の2人と一緒に学園を出ていったのを見ちゃって、気になって付けて来たのよ」

「鈴さんとわたくしは代表候補生としての用事が入っていたから……というのは皆さんご存知でしたわよね」

「うん。2人も今日の買い物に誘おうとしたんだけど、それで断ってたもんね」

「はい。それでわたくし達は学園に入るために朝から制服を着ていましたの。休日とは言え普段着で学校に入るのは禁止されていますから」

「で、学校に向かう途中で一夏たちの姿が見えたから、このままの格好で追いかけたってワケ。一々着替えてたら見失っちゃうでしょ」

 

 なるほど、そういう理由だったのか。

 確かにあの一夏少年が休日に教師2人と外出するというのは気になっても仕方がない事態だ。少年が制服でないという事は、IS学園とは無関係な私事である可能性が高い事を暗に示しているわけだからね。

 まぁ、唐変朴が具現化したような存在である一夏少年の事だから色の付いた話であるとは到底思えない。寧ろそっち方面だったら大問題だよ、千冬嬢にしろ真耶ちゃんにしろ。

 

≪ところで、代表候補生の用事は放っておいて大丈夫なのかい?≫

「……だ、大丈夫よ、多分」

「本国には別件で少々遅れると連絡を入れてありますので、時間稼ぎ位にはなっているかと」

「それでいいのか代表候補生」

 

 この中で唯一代表候補生じゃない箒ちゃんが、2人をジト目で見つめる。意中の相手が気になるから用事を後回しにするなんて聞いたら、向こうは何と思うやら。

 

≪……おや、真耶ちゃんの姿が見当たらないようだけど≫

「さっきまで一夏たちと一緒にいたんだけどね、急に慌てた様子でどっか行っちゃったのよ」

「多分、あの2人に気を遣ったんだよ思うよ。織斑先生が外出するなんて滅多に無いらしいし、家族水入らずの時間を作ってあげたんじゃないかな」

「会話は上手く聞き取れませんでしたが、雰囲気から察するにシャルロットさんの推測が濃厚だと思いますわ」

「それで、肝心の山田教諭はどこに行ったというのだ?」

「……もしかして、あれではないか?」

 

 箒ちゃんが指で示した光景は、小学生くらいの男の子数人に囲まれた涙目の真耶ちゃんの姿であった。

 

「おねーちゃん、おっぱいでけー!」

「うちの姉ちゃんよりおっぱいでけー!」

「あ、あんまりおっぱいって言わないでくださいぃ……!」

「オオッ、ほんとにでけえな!オオッ、ほんとにでけえな!」

「なんで2回も言ったんですか!?」

 

 …………。

 

≪後で助けてあげるとしようか≫

「助けてあげてもよろしいのでは……」

≪大人の女性ならあれくらいは上手く捌いてみせる筈だからね。ここは真耶ちゃんの手腕に期待しようじゃないか≫

「というよりもお父さん、ちょっと面白がってるよね?」

 

 ……はて、何の事やら。

 

 真耶ちゃんの事は一先ず置いておくことにして、私たち一行は織斑姉弟の方へと向かうことにした。

 一夏少年は私たちが一斉に現れた事に驚いた様子だったが、一方の千冬嬢は全くビックリした様子が無かった。曰く、最初から尾行していたセシリア姫と鈴子ちゃんはもとより途中から合流して覗き見ていた私たちの気配がダダ漏れだったらしい。まぁ気配を殺す場面でも無かったから、あの千冬嬢なら感知して当然だろうね。

 

≪それで千冬嬢、良い水着は見つかったのかい?≫

「あぁ。それで丁度今こいつにどちらが良いか選んでもらおうかと思ってな」

 

 そう言う千冬嬢の手にあるのは、機能性重視が感じられる白い水着と、胸元がメッシュ状にクロスされたセクシー系の黒い水着。どちらも肌の露出度が高くなることが予想されるくらいに水着の布面積が少なめだ。

 

「で、一夏。お前はどっちの水着が良いと思う?」

 

 尋ねられた一夏少年は、それぞれの水着を見比べ始める。最初の辺りはじっくりと黒い水着を見て、それがある程度済むと今度は白い水着の方へと視線を変える。途中から危険視するかのように見ていた黒水着と違い、白い水着には逆に安心したような顔を浮かべている。

 この時点で一夏少年の好みが理解できた。間違いなく少年が良いと思ったのは黒い水着だ。確かに千冬嬢は白よりも黒の方が似合っている印象があるしね。

 

「……白の方で」

「嘘だな」

「嘘ですわね」

「嘘ね」

「嘘だね」

「嘘だ」

「やはり黒い方が良いか」

「なんで皆で否定するんだよ!?」

 

 女性陣が呆れた様子で少年の選択を呆れながらも見抜いてみせた。

 

「どうせ黒の水着だと千冬さんが見知らぬ男に言い寄られるんじゃないかって心配したんでしょ」

「俺の心が100%読めてるとか、お前何時からエスパーに転職したんだよ」

「鈴さんだけではありませんわ。此処にいる人たち皆が一夏さんの考えていたことが分かったと思いますわよ」

「えっ、まさか皆エスパーに!?」

「取り敢えずエスパーからは離れようよ……。僕も最近になって知らされたんだけど、IS学園の放課後では今年になってから男心について学ぶ簡単な講義が不定期で行われてるんだって」

「何だそれ……。っていうか誰が教えてるんだよ」

≪私だよ≫

「テオだったのか……って何やってるんだよ!?」

 

 良いノリツッコミをありがとう少年。暇を持て余していないし神でもないけれど、とても良い流れだった。

 

≪別に不思議な事じゃないだろう?IS学園は従来の学校と違って特殊とは言え、そこに通っているのは年頃の思春期の女の子+αなんだ≫

「+αって……あぁ俺たちの事か」

≪そう。だからそういう子たちのために、私が出来る限りの範囲でちょっとしたレクチャーをしてあげてるんだよ。少年、最初の頃に女の子たちが寮で着てるルームウェアが無防備で困ってるって愚痴を零してただろう?あの辺りも講義で教えてあげたのさ、異性には刺激が強すぎるってね≫

「言われてみれば、最近は暑くなってるけど皆安心して見ていられる格好だな。あれってテオのお陰だったのか!」

 

 余程困っていたのだろう、一夏少年から感謝に満ちた視線が送られてくる。

 私は少しだけドヤァ……と顔を自慢げに綻ばせてみせる。

 

≪まぁ、その代わりに一夏少年をモデルにしたレクチャーを時々行わせてもらってるけどね≫

「おい!?」

 

 これも必要な犠牲ってやつだよ、少年。まぁ先程話した件も含めて彼が学園で暮らしやすいように色々と裏で手回しをしてあげているので、強く反対する事も出来ないだろう。束ちゃんのお願いには少年の事も含まれているし、私自身も少年が過ごしやすい環境を臨んでいるしね。

 

「で、テオの教えで一夏の考えはお見通しと……これからは余計な事を考えられんな?一夏」

「……千冬姉、完全に楽しんでるだろ」

「さぁ、どうだかな」

 

 千冬嬢ははぐらかすようにそう言うが、そこには意地の悪い笑みが浮かんでいる。思いっきり楽しんでます、本当にありがとうございました。

 

「さて、私の主用も済んだ事だしお前はそいつらと一緒に買い物を続けていけ」

「あれ?でも千冬姉、今日は臨海学校で必要な物を買って学校に運ぶために俺を呼んだんじゃ……」

「予定変更だ。業者に運送依頼と手続きが生じて面倒だったのだが、面白いものが見れたのでな」

「それって、もしかしなくても俺が遊ばれてた所だろ?」

「ふっ。……さて、山田君と合流しなければな」

「あ、山田先生なら向こうに……」

 

 千冬嬢に伝えるべく、シャル・ガールが先程から真耶ちゃんがいる場所を指で指示した先には……。

 

「おっぱいねーちゃん、学校の先生なの!?」

「これでも学校の先生で……って、その呼び方はやめてください!まるで私の一番の特徴がそれみたいじゃないですかぁ!」

「おっぱいちゃん、ほんとはウチのねーちゃんと同じ大学生なんじゃないの?」

「違いますよ!?というか呼び方がどんどん悪化してますよ!?」

 

 さっきよりも人数が増えた男の子たちに未だ言い負かされている真耶ちゃんの姿があった。

 その後、真耶ちゃんは千冬嬢によって無事に救出されて涙目になりながら感謝の言葉を述べ、彼女に対するリスペクトを更に上げるのであった。

 

 

 

―――続く―――

 




☆おまけ☆

「そういえば俺、テオ達が今日買い物に行く事聞かされてなかったんだけど」
≪ごめん、忘れてた≫
「ひでぇ!?」
≪というのは半分冗談で、昨日は箒ちゃんと一緒にシャル・ガールたちの部屋でお泊りしたから訊きそびれちゃってね。で、今日の朝に聞こうとしてたんだけど、千冬嬢の所に行ったって聞いたから予定があるんだと思って声を掛けなかったんだよ。そういう少年だって、千冬嬢と真耶ちゃんと買い物に来たのなら私たちも誘うものだと思ってたよ≫
「いや、荷物持ち役だって聞かされてたから、下手したら皆の荷物全部持たされるんじゃ?と思ったら寒気がして……。弾も蘭の買った荷物全部持ってやった事があって大変だったって聞いたし」

☆   ☆



・読者様へのお詫びの言葉

この度は何の連絡も無く、一年半近く投稿を怠ってしまい申し訳ございませんでした。
最近になって新しい仕事を始めて、以前の仕事よりも生活リズムが整えやすくなったため、執筆の時間も取りやすくなりました。
筆の遅さも相まって相変わらずの不定期ではあるものの、改めて執筆活動をしていきたいと思います。半年近くも放置しておいて何を今更、と思う方もいらっしゃるかと思いますが、もしよろしければまたこの場末の作品にお付き合いいただければ幸いです。
今後とも『篠ノ之家の猫はIS操縦者』をどうかよろしくお願いいたします。



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合流後の買い物タイム

※冒頭から視点変更が行われています。


 

◇   ◇

 

 

 千冬が真耶を連れて別れた後、テオ一行は一夏と鈴とセシリアの3名を加えた計7名で買い物を続行する事にした。

 

 ちょうどその場所が水着売り場だった事もあって、一行は最初に水着を購入する事から始めた。

 一夏に好意を抱いている面々の内、セシリア、鈴、シャルロットは自身に見合った水着を彼に選んでもらうべく連行。一夏は『別に良いけど、何で俺だけ指名?』『テオに選んだもらった方が良いと思うんだけど』と思う所があったが、周囲に言い包められて大人しく彼女たちに従う事にした。

 一夏の意見を踏まえて鈴が最終的に選んだ水着は、白のラインを加えたオレンジカラーでタンキニタイプの水着。活発的な彼女に似合うスポーティな印象のデザインとなっている。

 次にシャルロット。セパレートとビキニの中間の様なタイプの水着で、上下を後ろ側でクロスして繋げた構造になっている。色は鈴の水着よりもやや明るめなサンフラワーカラー、和名は山吹色。

 セシリアの水着は鮮やかなブルーのビキニで、腰に巻かれたパレオが彼女の優雅さを上手く引き立てている。以前からモデル活動にも顔を出していたため、その魅惑の体型は同性の従業員をも唸らせた。

 ちなみに余談だが、セシリアは店内に置かれていた非常に際どいマイクロビキニが視界に入った瞬間、それを着て挑むのもアリなのではないかと彼女の脳内で超スピード審議が行われたのだが、『セシリアはエロいなぁ』という謎の声が聞こえた気がしたので止める事にした。

 

「エ、エロくありませんわっ!」

「うお!?急にどうしたセシリア?」

「え、あ、いえ……何故か未来の出来事が聞こえたような……やっぱり何でもありませんわ」

「おう……?」

 

 こうして、3人の水着は無事に選び終えられた。

 

 彼女たちが一夏に水着を選んでもらっている間、箒とラウラはテオと一緒に水着を見て回っていた。ラウラは他のメンバーのように一夏に好意を抱いている訳では無く、彼に水着を選んでもらう必要が無かったので、テオと共に居るのは当然である。しかし箒は彼女とは違い一夏に想いを寄せているので、セシリアたちと共に水着を見てもらう選択肢もあった。

 しかしそうしなかったのは、直前にテオにとある相談をしていたのだ。

 

「テオ、ちょっと訊いておきたいがあるのだが……」

≪何かな?箒ちゃん≫

「シャルロットたちは一夏に水着を選んでもらうみたいだが……私の水着はなるべく自分で選んでみても良いだろうか?」

≪おや、少年に選んでもらわなくていいのかい?彼の好みとかが分かるチャンスなのに≫

「確かにそれは知っておきたいが……その、折角のお披露目は当日まで取っておくべきかと思ってみたのでな。それに学校のプール以外では初めて水着姿を見せる事になるのだから、頑張って選んでみたいのだ」

≪ふむふむ。確かに、こういうお店の中よりも現地の海で水着を見た方がグッと来るのが男心……いや、この場合男女は関係ないか。兎に角そっちの方が良さそうだね、箒ちゃんが私のレクチャーをバッチリ活かしてくれて私も嬉しいよ≫

「それで、どうだ?」

≪勿論良いと思うよ。それじゃあ一夏少年をコロッと落とせる水着を選ぶとしようじゃないか≫

「……水着1つであいつが惚れてくれるなら苦労はしないのだがな」

≪確かにね≫

 

 というやり取りがあった。

 

≪……思い切って『異性として愛してる』って少年に告白すれば、尚苦労せずに済むんだけどね≫

「う、うむ……人の居ない場所で練習した事もあったのだが、いつも恥ずかしくなってまともに喋れないのだ……」

≪やっぱりその辺りはまだ初々しいんだね≫

「うぅ、肝心なところで踏み込めない自分が情けない……。まるで何者かの意思が私の告白を妨げているかのようだ」

≪ははは、そんなまさか≫

 

 こうして、箒の水着も無事に選び終わった。

 最終的に女性陣はラウラのみが買っていない状況となり、鈴、セシリア、シャルロットの3人が率先して彼女の水着を選び出した。ラウラ本人が水着を必要としないという発言をした途端に周囲、特にシャルロットがその意見をバッサリと却下し、彼女に見合う水着を見繕う事になったからである。

 ラウラとて軍人という肩書きを背負ってはいるが、実際の所は設定上15歳の女の子。彼女の出自までは流石に知らないだろうが、どの道シャルロットたちとしては、新しく出来た友人には軍人という枠から離れて普通の女の子らしく可愛げのあるオシャレな服を着てもらいたいという優しい気遣いがあるのだろう。

 

「ラウラさん、このような水着は如何です?やはりラウラさんの様なタイプの女性はこういった可愛らしいが似合うと思いますの」

「む、無理だ!そんなヒラヒラした水着、私に合う訳が無い!」

「えー、じゃあいっそこんなの着てみる?選んだあたしも引くくらいの超マイクロ」

「布の面積が殆ど無いではないか!そんな物を着たら変態痴女呼ばわりされるだろう!」

「へ、変態痴女……いえ、踏みとどまったからわたくしはセーフですわ……エロくありません……エロくありませんわ」

「ねえねえラウラ、こっちの水着も可愛いと思うよ?」

「どう見ても着ぐるみなのだが……!?どのようにすれば水着にカテゴライズされるのだ……!?」

 

 ……優しい気遣いが、ある事を願おう。

 

 さて。

 あのやり取りに絡む勇気を持ち合わせていない一夏はすっかり手持ち無沙汰となってしまい、どうしたものかと小さく唸る。今回、彼はあくまで荷物持ちのために外出したのであって、別段買いたい物が思い浮かばなかった。日用品などは学園の購買コーナーでバッチリ売られており、販売層が学生という事もあって市販と比べるとロープライス。ブランドに拘りでも無い限り、外に出てまで買う必要が無いのだ。

 7月を迎えて気温も高くなったが、既に過日に家に帰って夏用に諸々の整理を済ませており――。

 

「……あっ」

 

 7月というワードが頭に過った瞬間、一夏はもうすぐ大事な日が控えている事を思い出した

 

 7月7日。彼の幼馴染である箒の誕生日だ。

 小学4年生の頃に彼女が一夏の通う学校から別の学校へと転校して以来、一夏は彼女の引っ越し先の電話番号もその後の携帯のアドレスも知らなかったため、久しくお祝いの言葉を彼女に掛けてあげられずにいた。

 7日はちょうど臨海学校と日にちが被っている、誕生日プレゼントを用意するのであれば買うチャンスは今しかないだろう。一夏は幼馴染みの誕生日をちゃんと思い出せた自分に花丸を送ってあげたいくらいであった。

 

「一夏、どうかしたのか?」

 

 急に声を上げた一夏を、不思議そうに見つめてくる箒。彼女の足元では同じような雰囲気で一夏を見上げているテオの姿が。

 

「あ、えーっとだな……」

 

 ここで『今度箒の誕生日だろ?何が欲しい?』と聞いてしまう可能性があるのが一夏クオリティだが、彼にもちゃんとサプライズ心は備わっている。今年は臨海学校と被ってしまってはいるものの、ちゃんと直接お祝いの言葉を掛けてあげられるし、プレゼントも渡す事が出来る。箒は子供の頃から自身の誕生日に疎かったと記憶しているので、今も恐らく自分の誕生日が近い事に気付いていないだろう、多分。

 ともあれ、今は彼女に悟られる事無くプレゼントを買いに行く事が一夏に課せられた新たなるミッション。ここで知られてしまっては折角のサプライズ計画が数分も満たずにオジャンだ。それだけは避けなくてはならない。

 

「ちょ、ちょっとトイレに行ってこようかなぁ~と思ってさ」

「それは別に構わないが……態々声を上げたのは何だったのだ?」

「えっ。あっと、それは……い、今なら鈴たちもラウラの水着選びに夢中みたいだし、今行っておけばこの後でもし俺だけトイレに行って皆を待たせるような事にならないよなって思ったんだよ」

「……一夏、何か慌てているように見えるのだが」

 

 訝しむように見つめてくる箒の視線に、一夏は内心でギクッとなる。流石に核心にまでは至っていないものの、この調子ではバレてしまうのも時間の問題。いかに異性にモテども、綿密に隠し事をする才能は備わっていないらしい。

 

 そんな彼に救いの手を差し伸べたのは、箒の足元にいるテオであった。

 

≪まぁまぁ箒ちゃん。別に悪い事をするつもりじゃない筈だし、ここは深く詮索しなくても大丈夫なんじゃないかな?少年にも事情があるだろうしね≫

「ふむ……確かにそうだな」

≪というわけで少年、今の内に行ってくると良いよ。ラウラちゃん達の方もまだ時間が掛かりそうだから急ぐ必要も無いさ≫

「お、おう、サンキューテオ。じゃあ箒、ちょっと行ってくるから」

「うむ。引き留めてしまってすまなかったな」

 

 気にすんなよ、と彼女に言い残して一夏はその場を後にする。そして彼女たちからある程度離れた所まで歩いたところで、ふぅと安堵の息を吐き出した。

 実に危なかった。あのまま追及されていれば、観念して白状するか強引に立ち去って話を切り終えるかの2択を選ばざるを得なかっただろう。前者は勿論、後者も余計な疑心を強めてしまうだけになるので、どちらも望まない結果となっていたに違いない。

 

 兎にも角にも、最初の関門は危うい所がありながらもクリアー。問題は寧ろここからと言えよう。

 

「何をプレゼントしよう……」

 

 折角のプレゼントなのだから、やっぱり箒が貰って喜んでくれる物を選びたい。心が籠っていれば大丈夫という言葉も存在するが、それを信用しすぎて安易な答えを出すのは好ましくない。どうせ送るならば、相手の好みに添った物にした方が良いだろう。

 そう思い至った一夏は、早速箒の日常会話や普段の彼女の行動を振り返って探り始める。

 

 好きな食べ物。

 

「和食系をよく食べてるよな。そうか、手料理って手もあるよな……あっ、でも臨海学校中じゃ無理か」

 

 趣味。

 

「剣道、テオの世話、料理とかだって言ってたな。なら新しい木刀とか……いや、無いな。しかも木刀どころか真剣まで持ってるし」

 

 特技。

 

「剣術に料理……あと家事も勉強して上手になってるってテオが話してたっけ。……便利グッズって誕生日のプレゼントで渡すようなものじゃなさそうな気も……」

 

 ファッション。

 

「箒って意外とスカート穿いてる事が多いよな。制服のスカートも普通の女子たちよりも短い感じだし……いや、でもスカートをプレゼントは流石に無いな。そもそも寸法が分からん」

 

 アクセサリー。

 

「高校生にそういうのは早いかな?でもセシリアは結構高そうなネックレス着けてる時があったっけ。後は、鈴が偶にブレスレットみたいなのを……ん?」

 

 そこまで考えた時、一夏は何かが引っ掛かる感覚がして独り言を一旦ストップさせる。

 確かに箒がネックレスやイヤリング等の類を身に付けている姿を見た事は無いが、貴金属を用いた物だけがアクセサリーと呼ばれるわけでは無い。一夏自身もそういった物を着ける事に縁が無かったため曖昧だったが、時計などもそちらのカテゴリーに入る事が多い。ちなみに彼はスマホの時計で十分だと考えているタイプだ。オシャレしろ。

 改めて一夏は、箒の普段の姿を思い浮かべる。普段はあまり着飾らない彼女の制服姿や私服姿、その中で彼女が身に付けている物といえば……。

 

「……よし、決めた」

 

 それにしてもこの男、独り言が多い男である。

 

「……何か知らないけど唐突にバカにされたような気がする」

 

 

 

―― 続く ――

 




 中途半端ですが一旦ここで区切らせていただきました、次の話も加えると1万文字以上になりかねないので……。
 次回はちょっと真面目なシーンに加え、一夏と箒が2人で絡む(意味深ではなく)回です。2人きりのシーンは暫く各イベントの終わりに一話用意するような間隔になっているので、次は福音戦の後の予定です。


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幼馴染みの二人

「ありがとうございましたー」

 

 店員のお決まりの挨拶を背に受けながら、一夏は買い物袋を片手に目的の売り場を去っていった。

 購入した物が入ったその袋は、箒たちに知られない様にするため今の内にバッグの中に閉まっておく。トイレに行くという建前で離れたのに手に買い物袋を提げたまま戻ってしまっては、誰かしらに言及されてしまうのがオチだからだ。

 一夏個人としては、中々に良いチョイスが出来たと思っている。ジョークのセンスはイマイチな評価を周囲から下されているが、こういったサプライズに関しては打って変わって評判が良い。特に女子からは大好評で、その後に片思いの相手から友達感覚でプレゼントされた事を知って複雑な気持ちにさせている事が9割以上。その様子を見て悔し涙を流しながらハンカチを噛み締める男子も9割以上。

 

 一夏はスマホの画面を点けて、現在の時刻を確認する。プレゼントの内容で悩む時間もあったため、箒たちと別れてから若干長めに時間が経っている。あまり離れる時間が長引けば箒だけでなく鈴たちにも怪しまれてしまうだろう。

 そろそろ戻った方が良いと判断した一夏は、歩く足を速める事にした。如何に広い場所であろうとも、流石に店の中で走るのはマナーが悪いからだ。

 

「ちょっと、そこのあんた」

 

 直後、女性の声が一夏の耳に入り込む。

 周りを見渡してみるものの、近くには自分と声を掛けて来たであろう女性しかいない。後の人は先程の声量で呼ばれたとは思えない程度に離れた距離にそれぞれ居る。

 

「男のあんたに言ってんのよ。そこの服、片付けておきなさい」

 

 どこかピリピリした雰囲気を纏った女性は、ディスプレイ用テーブルに無造作に置かれた服をピシッと指差して示した。

 女尊男卑が世界に浸透してから、こういった行動に出る女性が徐々に発生するようになった。ISを扱える女性と世の男性が戦えば3日も経たずに女性側が勝利するとまで言われる始末で、その形勢を楯にして女性優遇制度を設け始めた国も存在する程である。ただし、ここまで顕著に男性を扱き使う横暴な女性はごく一部であり、全ての女性が男性を下に見ている訳では無い。現にISと近くで関わっているIS学園の生徒や教師の中で、一夏やテオに横柄な態度をする者は現状存在しない。

 噂によると、将来的にISを利用して女尊男卑社会に拍車を掛けるような思想を抱いた女子は、入学前のアンケートと面接試験によって摘発されて不合格の通達が渡されるのだとか。『女性の物であるISを学ぶ学園だから、必ず自分を入学させてくれる』と勘違いしている女尊男卑思考の少女の殆どは、ありのままの思いを堂々と記述口述するため、採用の時点で弾かれているのだ。

 

 そして、一夏の目の前にこの女性も紛う事無く女尊男卑の派閥に乗っかっている口だ。

 

「やなこった。それくらい自分でやれよ」

 

 故に一夏は、久しぶりに味わう悪意に嫌悪感を覚えながら、顔を顰めてキッパリとそう言い放った。IS学園でも頼まれごとをされる事はあるが、見ず知らずの、しかも不遜な態度で言い放ってくる女性に従う気も義理も彼は持ち合わせていない。

 

「へぇ、そんな生意気な態度を取っていいのかしら?今の世間の風潮、知らない筈ないでしょ。男のあんたなんて私が適当にこじつけて警備員に突き出せば、あっという間に有罪なのよ」

「ならやってみろよ。そんな馬鹿らしい生き方してても、絶対この先碌な人生送れないぞ」

 

 あくまで従わない一夏の言葉を聞いて、女性の顔が一気に不機嫌に変わっていく。

 

「ほんっと生意気なガキね。じゃあ良いわ、お望み通りあんたを警備員に突き出して――」

「失礼。もうその辺りで良いのではないですか?」

 

 女性がいよいよ警備員を呼び出そうとした時、両者の横から凛とした声が入って来た。ポニーテールを靡かせながら現れた少女は、堂々とした足取りで此方の方に近づいてきている。

 

 その姿を見た途端、一夏は目を少し見開きながらその少女の名前を呼ぶ。

 

「箒!」

「言い合いになりかけているのが遠目に見えてな。心配になったので来たぞ」

 

 そう言って微かに一夏へ笑みを浮かべた箒は、すぐさま真剣な面持ちに切り替えて女性の方へと振り向く。

 

「事情は深く把握していませんが、一夏……彼は見知らぬ女性に対して失礼な事をする男ではありません。この辺りで見逃してあげてくれませんか?」

「あなた、そいつの女?ちゃんと躾けておいてくれないと周りが迷惑するからしっかりして欲しいんだけど?」

「彼は私の友人です。躾け云々についてはともかく、私の方で言い聞かせておきますので。この場はお引き取り下さい」

「ふん……まぁ、今回はあなたに免じて特別に見逃してあげる。制服からしてIS学園の生徒みたいだし、上の意向は一応尊重しておかないとね」

「…………」

 

 女性は踵を返す直前に一夏に向けて不快の感情を込めた視線を送り、サッサと立ち去って行った。

 視線を向けられた一夏は嫌な気持ちになりながらも、その感情を内に留めて箒の元へと歩み寄る。

 

「助かったよ、箒。庇ってくれてサンキューな」

「なに、気にするな。だが一夏、ああいう類の者は適当に言う事を聞いておけば大人しいものだから、無理に反抗する必要はないのだぞ?」

「別に無理なんてしてねえよ。俺があんな考えの奴が嫌いだから、正直に言ってやってるだけだ」

「そっちの問題ではない。お前が相手を逆撫でして危ない目に遭ってしまうかもしれないから、無茶は控えた方が良いという意味で言ったのだ」

 

 そう言われてしまい、一夏は咄嗟の反論が出来ずに言葉を詰まらせる。と言うのも箒の言葉には心当たりが過去に何度かあり、相手を激昂させて喧嘩にまで発展してしまう機会も少なくなかったからだ。かつては剣道場以外で関わらなかった彼女との距離が縮まるきっかけが起きた時も、箒の事をからかっていた男子を殴り飛ばしていたのである。

 月日が経って精神的にも成熟してきた一夏ではあるが、子供の頃の危なっかしい一夏を強く印象に残している箒にとっては先程の光景も内心冷や汗モノであった。流石に今の年齢で暴力沙汰を起こすのは、幾らなんでもマズイ。

 

「もう私たちの年頃では『まだ若いから』『ついやってしまった』などという言い訳は通用しない。女尊男卑の思想が沁み付いた女性の言う事に従うのは癪かもしれんが、時には己の感情を強く律する事を覚えなければ、お前自身だけでなく千冬さんや周りの者達にまで被害が及ぶ可能性もあるのだぞ?」

「っ……」

 

 箒の言葉、特に姉の名前を出した辺りからますますバツが悪い表情を強める一夏。幼い頃から両親の代わりに育ててくれた唯一の家族に迷惑が掛かる事と言われては、言い返す事など彼には出来なかった。それほどまでに姉の事を大切に思っているのである。

 その為、箒の言は一夏の心に強く響いたのである。

 

「そう、だな……箒の言うとおりだよ。いつまでも意地張ってガキみたいな振る舞いしてたって、結局千冬姉の負担になるだけだもんな」

「あぁ。ましてや今のご時世、男性よりも女性の発言力が強くなっている。迂闊に相手と険悪な関係になれば、先程の様に嘘偽りの被害を訴えて裁判に持ちかけられる可能性だってあるんだ。警察や司法組織も男性だけではないから、いつ女尊男卑の協力者が絡んでくるか分からないしな」

「……」

 

 一夏は表情を晴らさないまま俯いてしまう。色々と思う所があったのだろうが、箒の話を素直に受け止めている事は反抗の無い様子から見て確かな事であった。

 実際問題、女尊男卑社会が確立してからというもの、男性が冤罪に掛けられてしまうという事態は高からずも上昇傾向にある。無実だと証明されないままのケースもあり、そういった背景には必ず女性権利団体が関わっていると専らの噂なのだが、真相は未だ世に明かされていない。

 

 しかし、いや、だからこそ一夏は納得できない。今はそういう世の中なのだと理解できているのだが、

 

「……けど、やっぱり納得いかねえよ。男がああいう女の言いなりになるなんて」

「気持ちは、まあ分からなくも無い。同性である私もあのような思想の者は好かんからな」

「だろ?」

「だからと言って、闇雲に噛み付いた所で根本的な解決には至らない事は理解しておくのだぞ」

 

 そこまで箒の言葉を聞いていた一夏は、その言葉に何か引っ掛かる感覚を覚え、『うん?』と疑念の声を僅かに漏らす。数秒時間を置いたところで、それが何なのかを理解できた。

 

「何か箒、女に口出しするのはやめろって風には言ってないよな?」

「実際、やめさせる心算はないからな。知り合いの中ではお前は特級の頑固者だからな、どうせいった所で自制出来ないだろう。……加えて唐変朴に難聴持ちときたものだ」

「いや、そこまで俺頑固者じゃないって。というか後半の言葉、何て言ってたんだ?」

「気にするな」

 

 わざと聞き取れない声量にしていたうえ、聞き取れたところで今の一夏に理解できるとは思っていなかった箒は、淡々とした口調で一夏の言及を切り捨て、話の続きを行う。

 

「自分を頑固者じゃないと言うがな一夏、もし私が『女には口出しするな』と言ったとしてお前は素直にそれに従うか?いや、従わないだろう」

「滑らかな反語で俺の次の台詞潰すなよ!?」

「なら従うのか?」

「絶対無理だな」

「やっぱり頑固じゃないか」

「……いや、それとこれとは別だって」

「絶対、と断言しておきながらまだ言い張るか。諦めろ」

「むむむ」

 

 小さな舌戦は箒に軍配が挙がって終了となる。激しくどうでもいい議題ではあったが。

 

 そんなこんなで。

 この場で立ち話をしていても仕方がないという事で、2人はテオ達の所へと戻る事になった。向こうではラウラが他のメンバーによって着せ替え人形役を強いられているのだが、いつ頃に終わるのかまではハッキリしていない。一夏が離れた時には着せ替えが始まったばかりだったので大丈夫だっただろうが、箒へのプレゼントの購入だけのつもりが見ず知らずの女性に絡まれるというハプニングで余計な時間を取られてしまったため、あまりのんびりしていては彼女たちに余計な心配を掛けてしまうだろう。

 尤も、その為にテオが残っているのだが。加えて彼女たちの心配のベクトルはお察しである。年若い男女で、片方は隣の人物に好意を抱いているシチュエーションという事は、つまりはそういう事だ。

 

「……それにしてもさ」

 

 歩き始めて間もなく、一夏の方から口が開く。

 

「箒って、千冬姉に似てきたよな」

「……それは褒めてると受け取って良いのだな?」

 

 別に箒は千冬の事を嫌ってなどいないし、寧ろ剣術の腕前や普段の立ち振る舞いから尊敬の念を抱いている。そんな彼女に似ていると言われれば嬉しいと思える。

 それなのに微妙なリアクションになってしまったのは、好意を向けている相手からの、しかも尊敬の対象の弟であるから。好きな男子が別の女性を引き合いに出して褒めた(と思われる)と考えると、箒も何とも言えない気持ちになってしまったのである。これがクラスメイトの女子から言われたのであれば、素直に喜べたのだろうが。

 

「何言ってんだ、当たり前だろ?」

「……色々物申してやりたい所だが、まぁいい。それで、どうして急にそう思ったんだ?」

 

 この鈍感が、と心の中で毒吐きつつ箒は理由を促す。

 

「うーん……自分で言っておいて何だけどどう言えば良いもんか……雰囲気というか何と言うか、こう、鋭い?ハキハキ?そんな感じ」

「ふむ。確かに千冬さんはいつも威厳に満ちているし、真っ直ぐな精神は私も尊敬している」

「ああっ、それだよそれ!雰囲気とかもそうなんだけど、真っ直ぐな所が特に似てるんだよ、千冬姉と箒って」

「……私が真っ直ぐ、か」

 

 一夏にそう言われる箒であったが、表情が僅かに曇り出す。

 箒の表情の変化に気付いた一夏はそのような反応をするとは思っていなかったため、どうかしたのかと問おうとしたが、その前に彼女の口が先に動いた。

 

「かつての私は醜く歪んだ時期があったからな。そうなりたくないから、真っ直ぐでありたいが為に必至になっているだけだよ」

「別に昔の箒に変な所なんて無かっただろ。クラスでもしっかり者だって評判だったし……」

「お前と居た頃ではない。お前と引っ越した後の事だ」

 

 箒が一夏と別れ、家族とも離れ離れになってしまった原因は、政府が提案した重要人物保護プログラムというシステム。突如行方を晦ませた篠ノ之 束を誘き出す為に家族や関係者を利用しようとする者などから身体的・精神的安全を保障するといった内容で、束の妹である箒も当然このプログラムの対象となる。

 一夏と別れてからの生活を、箒は誰にも語った事は無い。

 彼女と居なかった時期のことが気になっていた一夏も時折尋ねていた頃があったのだが、どう頼んでも口を閉ざすばかり。唯一知っているだろう人物はテオくらいなのだが、彼も口が堅く一夏が頼んでも『箒ちゃんに黙っていて欲しいって言われてるから、言わない』の一点張りで聞く事が出来なかった。

 その疑問は今日まで残り続けていたのだが、各イベントやラウラとシャルロットの転入が続いて多忙が続いたために訊く機会を失くしていた。

 

 今なら、答えてくれるだろうか?

 そんな一抹の希望を抱いた一夏であったが、箒の顔を見るなり問う事を止めた。

 

 彼女の表情は以前見せた表情と何ら変わりは無かったからだ。忌々しいものを見ているかのような、何かを憐れんでいるかのような、複雑な表情であった。

 『醜く歪んだ時期』。

 彼女が過去の事を話したがらないのは、十中八九この内容が原因なのだという事は既に一夏も理解している。以前尋ねた時も、それらしい言葉が浮かび上がっていたのを覚えている。その名称が示しているように、話してくれるには相応の勇気が彼女に在る事が必要なのだろう。

 

「む、皆が此方に来ているな。どうやら向こうの買い物も終わったようだ」

「え?あ、ホントだ。……何か鈴とセシリアの雰囲気が刺々しい気がするんだけど」

「自分の胸に手を当てて考えろ。……いや、今回は私にも飛び火するかもしれんな」

 

 ちゃんと知っておきたかった。大切な幼馴染みに何があったのか、あのような表情になってしまうほどの出来事とは何なのか。知ったからと言って、彼女の辛さを消すどころか和らげる確信も持ち合わせていない。聞くだけで何も出来ないのかもしれない。

 

 だが、それでも。

 隣にいる少女の事を知りたいと、一夏は望む。

 

「行こう、一夏」

「……ああ」

 

 せめて、待とう。

 彼女の方から話してくれるまで。彼女が自分に心を許してくれる時まで。

 

 想いを心に秘め、一夏は先に歩く少女の背を追いかけるのであった。

 

 

 

―― 続く ――

 




 割とシリアス多めな回でした。ふぇぇ、ギャグの方が書きやすいよぉ。
 途中の女性が何の仕打ちも受けずに終わってしまってもどかしいと感じた方もいらっしゃるかと思いますが、あの手で派手に騒ぐと警察やら事情聴取やらで別の面倒が生じるので今回は流す事にしました。監視カメラの件を突きつける?思いつかなか……知らない子ですね。

 次回から臨海学校です。エロ担当のセシリア以外にもポロリを誰かにさせるべきか絶賛検討中です。

シャルロット「僕にやったらスイスチーズみたく穴だらけにするけどね」


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自由時間は羽目を外すもの

◇  ◇

 

「海が見えたよー!」

「ウェミダー!」

 

 内部灯が並ぶ薄暗いトンネルを抜けた矢先、クラスメイトの子が明るい声色でその様に叫んだ。視界に拡がる広大な海は晴天の中に昇る太陽の光を受けてキラキラと輝いて見え、バスの中にいる女の子たちは一層の賑わいを現し出す。

 

 今日は皆が待ち望んでいた臨海学校の初日。

 私たちは学園の方で手配したバスに乗って花月荘という海辺の旅館に向かっている。どうやらそこはIS学園の臨海学校で毎年お世話になっている所であり、今年も例に漏れずその旅館に泊まるという事らしい。今年はIS学園初の男子生徒や私のような猫が居るのだが、上手く調整してくれたと千冬嬢から事前に知らされている。

 いやぁ本当に有難い。当旅館はペットの持ち込みを禁止させていただいております、なんて言われた暁には野宿を強いられるかと思うと涙が溢れてしまうだろうからね。泊まれなくても束ちゃんのラボに帰れば別に問題は無いんだけど、私だけ行事にハブられるのはやっぱり寂しい。

 

「いやぁ、晴れて良かったな」

「うん。これで雨が降ってたら絶対に気が滅入っちゃってたよ」

 

 向かいの席では一夏少年とシャル・ガールが今日の日和に安堵しながら和やかに会話をしている。ガールが少年の方に気持ち半分ほど身を寄せているのは見ていて微笑ましい。ほんのり頬を赤らめちゃって、実に愛い義娘である。

 なお、あの席を手に入れるために恋する乙女たちの間で密かなる戦いが前日繰り広げられていたのは、少年の知らぬところである。

 

「同感ですわね。海があるのに雨が降ってしまっていては折角の自由時間が台無しになっていたでしょうし」

「何故だ?雨が降っているならば室内で鍛錬をすればいい話ではないか」

「……ラウラさん、まさか自由時間の海でトレーニングをするつもりでしたの?」

「当然だ。学園に通っていては海に赴く機会などそうそう無いからな。この日の為に訓練メニューも確りと作成して来たぞ」

「ヴァガッテンノガヨ!」

 

 この機会を活かして教官に一歩でも近づかなければな!と言葉を添えつつ得意げな笑みをセシリア姫に向けているラウラちゃん。年頃の女の子が海で遊ぼうとしていない姿勢を目の当たりにし、姫もこれには苦笑気味。

 まぁ、ある程度こなさせたら強引に遊びに連れ出してしまうとしよう。頑張ってメニューを考えて来たのだろうけど、羽目を外す時間はちゃんと設けておかないとね。後でセシリア姫に話を通して協力してもらうとしよう。

 

「やれやれ……ラウラめ、変な方向に張り切ってしまっているな」

≪後でセシリア姫と何とかしておくから大丈夫だよ。そういう箒ちゃんも遠泳なんてしないようにね≫

「私はそこまで修行馬鹿ではないぞ。というか分かって言っているだろう」

≪おや、バレた?≫

「ねえねえ箒、次は私にも抱かせてー」

 

 おっと、どうやら次のご指名が入ったようだ。

 私の身体が箒ちゃんの膝上から離れていき、前の席に座っている相川 清香お嬢ちゃんへと手渡される。出席番号1番、ハンドボール部の活力に満ち溢れた女の子だ。

 清香お嬢ちゃんは私を自身の膝上に乗せると、徐に私の背中を撫で始める。元気いっぱいな印象とは裏腹に、優しく丁寧な触り方がとても心地よい。

 

「ん~、艶やかな毛並が織り成す極上の手触りと暖かみ……夏場でもこの感触への衝動を抑えられない!」

「テオくん、撫でずにはいられないっ!」

「ムセテンナヨ」

 

 私は中毒性のある何かかな?勿論、悪い気は全くしないけどね。

 こんなに頬を緩ませてくれるなら、幾らでも身体を貸してあげようじゃないか。

 

「ん?今幾らでも身体を貸すって思ったよね?」

≪申し訳ないけど、ゲス顔で言われるのはNG≫

「あのさぁ……これから海に行くんだけど、焼いてかない?」

「いや、海に行くとか今更過ぎる台詞でしょ……」

 

 おっといけない、皆の発言が色々マズイ事になっているので、この辺りにしておかないと。

 

 さて。改めて言う事になるが、私たちは今回臨海学校に赴いている。

 IS学園の臨海学校は言わずもがなISに関する実習が内容に組み込まれており、各種装備試験運用とデータ収集が2日目に丸々予定されている。ISの持参数とそれを使いまわしていく生徒の数もあって、午前中から夜まで行らなければ時間が足りないので、2日目は忙しく動き回る羽目となるだろう。セシリアちゃん達専用機持ちは各自国から送られてきた専用装備やパッケージをテストしていく必要があるので、これもまた然り。

 ちなみに私は束ちゃんから新装備でも送られてこない限り装備テストする必要がないから、専用機持ち以外の子たちのサポートに回る手筈となっているよ。要するに真耶ちゃんのお手伝いというわけである。

 まぁ、その為に初日は丸一日自由時間にしてあげてる所は随分と優しい配慮だと思う。余所の学校がどうなのかは分からないけど、自由時間がもっと短いところだってあるかもしれないしね。

 2日目は色々大変だろうけど、せめて初日くらいは海で存分に青春して欲しい所だ。

 

 空を再び見上げてみれば、碧天の中に眩しく輝く太陽が、今の季節が夏であることを物語っている。

 

≪雨が振らなくて良かったねぇ。本当に≫

 

 

 

 

 

「ところで、さっきからはしゃいでるあの人は誰?」

「オイヨイヨ!」

「なんか飛び降りてったんだけど!?」

 

 

 

―――――――――――

 

 特に何事もなく旅館に着いた私たちは、旅館の入り口で代表者の女将さんに挨拶を済ませ、各自部屋に荷物を置いてくることになった。殆どの女の子たちは海に行くという話なので、荷物を置いたらそれぞれ水着に着替えにいくのだろう。

 で、ここで疑問が浮かぶと思うのだが、学園唯一の男子である一夏少年と学年唯一のオスである私の泊まる部屋はどのようになるのか?

 その答えは、千冬嬢の案内によって導かれた部屋の前で明らかとなる。扉に貼られたプレート代わりらしき紙には『教員室』と書かれてあった。

 

「……教員室?」

「最初はお前たち2人をまとめて個室にするつもりだったのだがな、懸念事項が発生したため急遽変更になった」

≪一夏少年目当てのお嬢ちゃん達が就寝時間を無視して遊びに来るかもしれないからね≫

「他人事の様に言っているが、お前も織斑の事を言えた立場じゃないぞ。お前目当ての女子も絶対に現れるだろうからな」

 

 ちなみに、私は泊まる部屋を事前に聞いていたのでこの結果に対して驚くような事は無い。一応は生徒という立場だけど、ISの知識に関しては先に修めているので、余裕を利用して教員的な立場を取らせてもらう事もある。今回の2日目のサポートのようにね。

 というか千冬嬢、私も懸念事項に含まれていたというのは初耳なんだけど。

 

「まぁ、そういうわけでお前たちは私と同室という事になった。これなら女子たちもおいそれと来ることは出来ないだろう」

「まぁ、確かに……」

≪学校行事とはいえ、旅先で説教なんてお互いに御免被りたいところだろうしね≫

 

 加えて、今回は学園外という事もあって他所様へのご迷惑という点も発生してしまう。場合によっては学校でのお叱り以上にキツイものが待っているに違いないだろうね。

 

「細かい注意点については、事前に配布したしおりにお前用の注意事項欄の記載ページがあっただろうから、改めて確認しておくように。特に入浴時間は細かく指定されているから、女子生徒と脱衣所でバッタリ出くわすような事は起こすなよ」

「だ、大丈夫です」

「あと言っておくが、ここでも私とお前は教員と生徒であると――」

≪まぁまぁ千冬嬢、そこまで堅苦しくする必要はないんじゃないかな?流石に日中はIS学園の授業の一環だから仕方ないと思うけど、せめて宿泊部屋の中くらいは姉弟として振る舞ってもバチは当たらないと思うよ?≫

 

 こういった場でも職務に対して真面目な千冬嬢に対して、私はそのように提案をしてみた。

 IS学園では一夏少年は学生寮、千冬嬢は寮内の宿直室で寝泊りしていることもあってここ最近は2人一緒に過ごす機会が殆ど無いと把握している。千冬嬢も他の生徒の手前で身内として振る舞う気は無く、中々にお姉ちゃんっ子な一夏少年もその事情を察しており、それに合わせている。たまに千冬姉と呼んで注意されてるけど。

 折角同じ部屋で泊まれるというのだから、先生と生徒の関係を維持していてもお互いに肩が凝るだろうし、ゆっくりする事もできないだろう。

 

「…………」

 

 私の言葉を聞いた千冬嬢は、私の方を一瞥しつつ少しの間黙りこむ。

 やがて彼女は、ふぅと小さく溜め息を吐きながら肩を落として口を開く。

 

「……まぁ、羽目を外さなければ別に構わないか」

「っ!じゃあ……」

「ただし、夕食後の部屋の中に限るぞ。それ以外ではあくまで教員と生徒として接するように心掛けろ」

 

 一夏少年、ここぞとばかりに嬉しそうな表情を零している。

 やっぱりシスコ……姉思いの弟である。

 

「あぁ!」

「返事は『はい』だ馬鹿者が」

 

 喜びのあまり早速やらかしてるんだもの。

 

 

 

――――――――――――――

 

 あの後、仕事があると言って部屋に残った千冬嬢と別れて私と一夏少年は海へとやって来た。折角近場に海があるというのだから、行かないのはやはり損だろう。

 既に私たち以外にも海へ来ている子たちがチラホラとおり、多くは海に入って遊んでいる。

 

 ちなみに私の格好は先程までの制服姿ではなく、翻訳機を兼ねた首輪型待機状態の銀雲と、砂場の熱を回避するための束ちゃん特製猫用靴以外は何も着ていない。9割全裸と言ってしまうとえっちぃ感じがしなくもないが、猫だから何も問題は無い。

 

「さて、先ずは準備運動を……テオは海に入るのか?」

≪流石にそのまま入るのは止めておくよ。一先ず、適当なビーチパラソルの下でのんびりした後に束ちゃん特製の浮き輪で更にのんびりさせてもらうとするよ≫

「束さん、何でも作れるよな……」

≪あの子に掛かれば軍手のイボイボからミサイルまでお手の物だよ≫

「あの束さんだから、本当の事のように聞こえて怖い」

 

 ちなみにその浮き輪は旅行中の私の荷物も持ってくれている箒ちゃんが持って来てくれる手筈になっている。

 

「い、ち、かー!」

 

 おいっちに、おいっちにと丁寧に準備運動を行う一夏少年の背後に迫る、素早い1体の影。

 それは少年の名を呼びながら、彼の背中に目掛けて思いっきり抱き着いてきた。

 

「どわっ!?って、鈴かよ」

「かよって何よ、かよって。あ、そのままじっとしてなさいよ」

「俺を踏み台にし、ぬぐっ」

 

 一夏少年の身体をするすると手慣れた手つきでよじ登っていくタンキニ姿の鈴子ちゃん。その姿はジャングルの中を軽快に進むお猿の如く。

 

「ん~、中々にいい景色じゃない。一夏、もう2メートルくらい伸びなさいよ」

「ゴム人間か俺は。いいから降りろよ、このままバックブリーカーするぞ」

「体勢的に成立しないからアウトね。そしてすかさず三角締めを決めるあたしに隙は無かった」

「があああああ!」

≪それ以上いけない≫

 

 アームロックじゃなくても成立されるのね、それ。

 

「り、り、鈴さん!一体何をやっていますの!?」

 

 セシリア姫が顔を赤らめながらの登場。パレオが腰に巻かれているビキニを身に付けており、カラーはISと同じく青色。制服の時点でもスタイルの良さが分かるが、水着になってみるとその良さがよりよく強調されている。流石はモデル経験者。

 

「キリト&アスナごっこ。今ならもれなく一夏があたしを抱えたまま全力ダッシュしてくれるわよ」

「そ、そういうのはあの2人のような関係になってからやってくださいまし!鈴さんのその位置は破廉恥すぎますわ!」

「ちょっ、そういう事言うんじゃないわよ!何か今更恥ずかしくなってきたじゃない!」

「そーだそーだ!エロ担当はセシリアのものなんだぞー!セシリアはエロいなあ」

「その破廉恥なポジションをセシリアに譲れー!セシリアはエロいなあ」

「鈴じゃエロティックが伝わりにくい!起伏が貧しい!じゃあ鈴もエロ……いや、うん、起伏が圧倒的に足りなかったね、何かごめん」

「わ、わたくしはエロくありませんわ!」

「ていうかオイコラ3番目、あたしに全面的に喧嘩売ってるでしょ」

 

 いつの間にやら他の女の子たちも集まって、わいわいと賑やかな雰囲気になってきた。こうして自然に人が集まっていくのが、IS学園一年生クオリティ。

 

「そ、それはさておき一夏さん?以前約束していた事をお願いしたいのですが……」

「ああ、確かサンオイル塗るんだったよな。早速始めるか」

「はぁっ!?」

『ダニィ!?』

 

 鈴子ちゃんと他のお嬢ちゃん達が盛大に驚いているのを余所に、セシリア姫はビーチパラソルを立てて一夏少年はシートを敷いてと準備を進めている。

 私も把握してなかったけど、話しぶりから察するにどうやら前日からそういう約束をしていたらしい。

 

「い、一夏!あんたいつの間にセシリアとそんな約束を……っていうか、何で普通にOK出してるのよ!」

「え、だって別に断るような事でも無かったし」

「サンオイルがあれば織斑君に塗ってもらえる……ちょっとサンオイル買ってくる」

「じゃあ私はサンオイル作ってくる!」

「早速サンオイルの製造工場を征伐しに出かける、後に続けリアーデ!」

「闇雲に出掛けるのは危険です!もっと情報を集めてからでも……!」

「臆病者はついてこなくとも良い!」

 

 周りの子たちが一斉にサンオイルを求めて散開していった。一部、中々に物々しい雰囲気を醸し出していた子たちがいたけど、まあ大丈夫だよね。いつもの事だし。

 

≪それなら、鈴子ちゃんもやってもらったら良いんじゃないかな?少年も、別にそれで構わないよね≫

「ん、ああ。セシリアにだけやって鈴にやらないなんて不公平だしな、鈴にもちゃんとオイル塗るぜ?」

「そ、そう?それじゃあ……やってもらおうかしら」

「むぅ、些か不服ではありますが……ここで意固地になっては淑女の恥となりますわね」

 

 そういった流れになり、先ずは先に約束していたセシリア姫からやる事に。

 好きな異性に塗ってもらうと改めて意識したのは、動きはややぎこちなくて顔も恥じらいで赤く染まっている。パレオを外してシートにうつ伏せの状態で寝転がった彼女は、背中のブラ紐を解いて背中を無防備にさせて準備を済ませる。

 

「そ、それでは一夏さん……お手柔らかにお願いします」

「……」

≪少年、鼻の下が伸びてるよ≫

「……はっ!?い、いや伸ばしてないぞっ?」

「ほんとコイツ、何でこういう事安請け合いすんのよ」

 

 本当にね。

 

≪おっと少年。サンオイルは塗る前に自分の手である程度温めておかないと、塗る時に冷たがらせちゃうよ≫

「え?あ、なるほど」

「おじさま、サンオイルの知識もあるんですの?」

≪紳士の嗜みだからね≫

「いや、猫はサンオイル使わないでしょうが」

 

 まぁ適当に知識を蓄えてるだけなんだけどね。束ちゃんが厚意でISにネット検索機能付けてくれたから、暇な時はそれを構ってるんだよ。

 

「よし、それじゃあいくぞ……」

「んっ……あ、ん……んんっ!い、一夏さんの……大きくて、逞しさが感じられますわ」(手が)

「そ、そっか。具合はどうだ?こういうのは初めてだから、加減が分からなくて」

「凄く、気持ちいいですわ……それに、一夏さんの……は、初めてを頂けるなんて、んっ、光栄ですわ……ああんっ!」

「わ、悪いっ!痛くさせたか!?」

「い、いいえ……止めないで、続けて下さいまし……んんっ、一夏さんをこのまま直接、あ、ん、感じていたいから……んああっ!♡」

「ちょっとストップストップ!そこのエロいのマジでいい加減にしなさいよオイ」

 

 ここで鈴子ちゃんのストップが掛かった。流石にこれ以上は色々とまずかっただろうから、英断だね。

 

「なっ、わ、わたくしはエロくありませんわ!はぁ、はぁ……♡」

「官能的な息切れしてんなこの破廉恥娘!止めるまで字面が完全にアウトだったっつの!R-15からR-18指定にでもする気かこのアホ共!!」

「いや、俺何も悪い事してないんだけど……」

「やかましい元凶!今からアンタらに『健全』について説教してやるから、そこに正座ぁ!」

「あの、鈴さん、わたくしこのまま起きたら胸が全部見えてしまい……いや無理矢理起き上がらせようとしないでくだ、ちょっ、やめっ、キャアァァァッ!?」

 

 そうして一夏少年を余所にじゃれ合いを始める2人。

 というか鈴子ちゃん、その状態のセシリア姫を起こしたら、それこそR-18な展開になるんじゃ……まぁ、加減はしてるみたいだからそんな事態にはならなさそうだね。

 

≪それじゃあ少年、私は他の子たちの様子を見て来るから後はよろしく≫

「えっ、この惨状を丸投げ?ちょ、テオー!?」

 

 後ろから少年の悲愴感漂う叫びが聞こえるが、聞き流し聞き流し。

 さて、他の子たちはどんな様子かな?先ずは姿を見つける所から始めないとね。

 

 私はテクテクと浜辺を歩き出し、人探しを行うのであった。

 

 

 

 

―――続く―――

 




ネタ大目な回となりました。
いまさらですが、他の方々の様に作中のネタ解説をした方が良いだろうか……冒頭なんてヴァンの事知ってないとワケワカメ状態でしょうし。でも他作品ネタはどうしてもそうなってしまうし……むむむ。


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ビバ!浜辺の美少女達

 

「あっ、お父さん!」

 

 一夏少年たちを置いて浜辺を歩いていると、旅館の方向から水着姿のシャル・ガールが私に向けて声を掛けてきた。笑顔を浮かべて健気にこちらへ手を振る姿は、義父として見ていてとても可愛くて微笑ましい。

 

 それ以上に彼女の背後に佇んでいる、ミイラの様に全身にタオルを巻き付けた存在が非常に気になった。

 

≪やあシャル。色々と気になる点があるんだけど……まず先に、その水着似合っていて可愛いよ≫

「え、えへへ……そうかな?そう言ってもらえると嬉しいなぁ」

 

 私の言葉で恥ずかしそうに頬を緩ませながら、シャルはその場で私に確りと見せてくれるようにクルリとターンして見せた。オレンジをメインカラーとしたスタンダードなビキニモデルで、腰にはブラウンのラインが縞状に入っている短いスカートが巻かれている。ボーイッシュな雰囲気の中に女の子らしさを演出した、シャルに良く似合った格好だ。

 

「そ、その声は……もしやパパが其処に居るのかっ?」

≪かくいうその声は、ラウラちゃんか≫

 

 どうやらミイラの正体はラウラちゃんだった模様。よく見たらあの子の銀髪がタオルの間から少しはみ出しているね。

 

「ねぇ聞いてよお父さん、ラウラってば旅館で水着に着替えて鏡を見た途端、急に海に行こうとしなくなったんだよ?」

≪おや、それは本当かい?ラウラちゃん≫

「だ、だって……改めて確認したが、私にはこのような恰好は不似合だと……」

「似合ってるって何度も言ってるのに、もう。何とか外に連れ出すのは成功したんだけど、こうやって完全に身体を隠しちゃって……」

≪なるほど、それでそんな姿に≫

 

 経緯は分かったが、やはりこのミイラ状態のままでは駄目だろう。折角ラウラちゃんにも楽しんでもらうための海なのだから、その布の中の姿を披露してもらわないと。

 私はシャルに目配せを送ると、彼女も即座に気付いて快く頷いて見せた。どうやら思いは既に一つのようだね。

 

「仕方ないなぁ……それじゃあラウラはここに置いて、お父さんと二人で遊びに行こっかなー」

「な、なに!?」

≪流石にそんな恰好のまま連れ回しても、仕方がないからねー≫

「だよねー」

「ま、待て!こんな状態で1人になってしまっては、流石に私も……!」

「だってタオル巻いてた方が良いんでしょ?それじゃあ行こうかお父さーん」

≪そうだねシャルー≫

「ぐ、ぐぬぬ……ああ分かった、ならば取れば良いのだろう取れば!」

 

 私とシャルのやり取りを聞いていたラウラちゃんがついに限界に達し、タオルを取ると宣言してみせた。

 

「キャストオフ!」

 

 彼女がそう叫んだ瞬間、身体を覆っていたタオルがバラバラに千切れて四方八方に飛び散った。そのタオル、旅館の備品じゃないよね?プットオンしても元に戻せないけど……。

 

 タオルはさて置き、漸くラウラちゃんの水着姿が明らかとなる。

 水色よりも薄い、恐らく白縹くらいのカラーで、上下共に可愛らしいフリルがあしらってある水着だ。布の面積が少ない所為もあってか、どこかセクシーさを演出してくるような印象を漂わせる。今迄のお堅い格好から新しいジャンルへと踏み出した、見た目通り大胆なチョイスと言えよう。だがそれが良い。

 

「や、やはり似合わないだろう……べ、別に笑いたければ笑うが良い……」

 

 目の前で身体をモジモジさせながら恥じらっている可愛い生き物が何か言ったような気がするけど、それはきっと気のせいだろう。

 

「そんなことないよ!すっごく似合ってるし、可愛いよ!」

≪そうそう。可愛い娘がますます可愛らしくなっているよ≫

「そ、そんなに可愛いと連呼するな……!む、胸の鼓動が自重してくれん……!」

「これまでの凛々しさというか厳かさが嘘みたいな事になってるね、今のラウラ」

≪そうだねぇ。義親としては非常に微笑ましい事なんだけど≫

「う、うぅ……」

 

 私とシャルの褒め言葉が追撃でかけられた事によって、ラウラちゃんの顔が林檎のように真っ赤に染まっていき、モジモジも更に強くなっていく。何この可愛い生き物。

 

「お~、テオにゃんたちだ~」

 

 こののんびりとした口調、紛れも無くあの子だね。

 

≪やぁのほほんちゃん。中々個性的な水着を着ているね≫

 

 のほほんちゃんである。そのすぐ後ろには実家がお寿司屋さんを経営している鏡 ナギお嬢ちゃんとバレー部の櫛灘 夏希お嬢ちゃんがそれぞれ水着姿で彼女についてきている。

 

「えへへ~そうでしょ~、可愛い水着でしょ~?」

「よく似合ってるよ、のほほんさん」

「やはりあの着ぐるみも水着の一種なのか……日本の文化は中々に複雑怪奇だ」

 

 そう言えば、この前水着を選んでた時に同じ種類の着ぐるみみたいな水着があったっけ。ラウラちゃんは選ばなかったけど。

 

 のほほんちゃんの後ろに控えていたナギお嬢ちゃんが、此方に声を掛けてくる。

 

「ところで、3人は何してるところなの?」

≪何してたと言うよりは、これから何かしようかってところだったかな≫

「じゃあ、こっちでビーチバレーでもやらない?人数が多くなってもビーチフラッグとか出来るように用意してあるから」

「海で泳ごうかと思ってけど、折角だしいい汗掻いてから泳いでいこうかな」

「フフフ……7月のサマーデビルと謳われたこの私の実力、存分に見せてあげるわ!」

「ほぅ、サマーデビル……Der Teufel Des sommer(夏の悪魔)とは中々大層な名だな。これは我がドイツ流の排球術を以て相対せねばなるまい」

 

 櫛灘お嬢ちゃんの二つ名を聞いたラウラちゃんが、好戦的な笑みを浮かべながら対抗心を燃やしている。ちなみにバレーが強い国はブラジル、イタリア、アメリカ辺りだそうな。日本は女子バレーが中々良い成績を残してるそうだよ。頑張れ日本!

 

 そんなこんなで、一同は移動を開始する事にした。

 

「ところで、何で7月のサマーデビル?」

「7月31日は私の誕生日で、その日が待ち遠しくてコンディションが絶好調になるの。そして誕生日当日は最高にハイってやつになってはしゃぎまくるのよ!」

「え、それじゃあ8月は?」

「8月のバブル崩壊」

「えぇ……」

 

 この後、皆は海のスポーツを存分に楽しんでいった。ちなみに私は審判やジャッジを担当した。

 

 

 

――――――――――

 

 シャルたちが一頻り落ち着いてそれぞれが休憩や泳ぎに向かった所で、私は彼女たちと別れて別の人物を探す事にした。

 その人物とは、箒ちゃんの事である。私が海に来てから姿を見てないので、少し姿を見ておこうと思い至ったのだ。他の子たちの話によると、海に出る前に誰かから電話があったとの事なので、必然的に来るのが遅くなったのだろうが……シャルたちとも大分遊んで来たし、もう来ていても可笑しくない時間だろう。

 

≪こういう時、束ちゃんの箒ちゃん探知機みたいなのがあれば直ぐに見つけられるんだろうけど……≫

 

 ここはいっそ、束ちゃんに連絡をとって箒ちゃんの居場所を知らせてもらおうかな。十中八九、電話相手となると……。

 

≪おや、発見≫

 

 どうやら、束ちゃんの手を借りる必要は無くなったようだ。

 皆が遊んでいる浜辺から小さな岩礁を挟んだ少し離れの、人気のない静かな海岸の端に箒ちゃんは佇んでいた。

 私が其方に近づいていくと、彼女も此方の存在に気付いたようだ。

 

 派手な露出を好まない箒ちゃんにしては珍しく、スタンダードな白いビキニ。出る所は出て、締める所はキュッと締まっている彼女のプロポーションが良く強調されているデザインだ。その上から薄桃色のパーカーを羽織っており、その手には彼女の携帯が収められていた。

 

「テオか」

≪やぁ箒ちゃん。中々来ないと思って探しに回ってたよ≫

「そうか……心配を掛けてしまったな」

 

 そう言って箒ちゃんは、傍に来た私の近くで腰を下ろし、砂の上に座る。そして私の方に向けて、スッと携帯電話を見せてきた。

 

「此処に来る前、姉さんから電話が来たんだ」

≪あぁ、やっぱりね≫

「ふっ……その口ぶりだと、話の内容も分かっているのだろう?」

 

 そう尋ねてくる箒ちゃんは、どこか自信気だった。私が既に知っている事を、彼女もまた分かっているという事なのだろう。

 彼女の問いへの答えは……勿論、イエスだ。

 

≪【紅椿】……第四世代型IS(・・・・・・・)にして、束ちゃんの最新作≫

 

 私がIS学園に入学する前から製作のプランが建てられており、束ちゃんが箒ちゃんの為だけに開発したIS。それが、紅椿だ。

 私もさわりしか聞いていないが、展開装甲と呼ばれる従来のISには無い搭載を施しており、束ちゃん曰く『いずれ最強のISになる』との事。

 本来の予定では完成は2学期の始まり辺りだと踏んでいたが、クラス代表対抗戦時の無人機襲来やタッグトーナメントマッチ時のVTシステム騒動があって、その製作が早められたのだ。

 

 電話の内容は、その紅椿を箒ちゃんに渡したいといったものだろう。

 

≪箒ちゃんは、紅椿を受け取るのかい?≫

「…………」

 

 先ほどまで束ちゃんと繋がっていた携帯の方に目を向けつつ、黙り込む箒ちゃん。

 その表情は、ISを貰えるという事実に反して非常に複雑な色に満ちている。一般的な女子生徒であれば、手放しで喜ぶような話であるにも関わらずである。

 

「……学園で起きた2度の騒動。いずれの時も、私は自分の力で出来る事を為してきたつもりだ」

 

 実際、箒ちゃんは最初の事件では避難活動に尽力し、2回目の事件ではラウラちゃんを直接助ける事が出来ていた。一般の生徒よりも率先して活動していたそれらは、保護者の枠を抜きにしても高評価に値する。

 

「私はあの人の妹だ。自惚れのように聞こえるかもしれないが、何時かは姉さんが直々に造ったISを私に渡してくるのではないかと、予測はしていたさ」

 

 何せ、束ちゃんにとって箒ちゃんは『特別』な存在だ。私や千冬嬢、一夏少年、クロエちゃんもまた『特別』でもあるが、唯一血を分けた存在であるこの子は、またどこか違ったものを感じる。

 

「だが……予測もして、鍛錬も重ねて、勉学に励んで、来たる時に備えてきたつもりだったにも関わらず、私は直ぐに受け取る事が出来なかった。差し出された大きな力を実感して戸惑い、いざという時に覚悟を固められなかったのだ。姉さんにも電話越しで見抜かれてしまったよ。焦らなくても良い、答えはまた後から聞かせてもらうから……とな」

 

 そこまで言うと箒ちゃんは深々とため息を吐き、携帯から目を逸らして空を仰ぎ見る。

 

「力を求めているのに怖気づくとは……全く、滑稽な話だ」

 

 自嘲気味に箒ちゃんは乾いた笑いを発した。

 

 だが私は、そんな箒ちゃんを笑う気にはならなかった。

 

≪どこも可笑しくは無いと、私は思うけどね≫

「テオ?」

 

 そうだ。箒ちゃんはどこも可笑しくなどない。寧ろ自分や周りの事をちゃんと見据えて物事を考える事が出来ている、とても聡い子だ。

 

≪現状、ISは各国が保有するコアに準じてアーマーや武装、各種プログラムを開発、研究している方針だ。そんな中で現在指名手配中の束ちゃんが造ったISが現れたとなると、どの国も無視するつもりはないだろう≫

「……情報開示要求に所属国の主張、情報収集のための人員派遣、等だな」

≪そうだね。加えて専用機の獲得というのは、IS学園の生徒にとって誰もが羨むような美味しい話だ。他の子たちを差し置いて、代表候補生でもない自分が専用機を手にする……箒ちゃんはそこも心配しているんだね?≫

「……ああ」

 

 真面目なこの子の事だ。やはりそういう理由が紅椿の受け取りを躊躇った強い理由となってしまったのだろう。

 勿論、周りの羨望や嫉妬が度を越えて箒ちゃんに直接当たりに掛かる……そんな可能性もあり得なくはない。人間社会では頻繁に問題となっている、所謂イジメという奴だ。もし箒ちゃんをいじめるような輩が居たら、例え女子生徒であっても……紳士的な対応は出来ないとだけ、この場では言っておこう。

 ちなみにIS学園では、恐らくそのような事態は起きないと思うよ。私が学年問わずに行っているお悩み相談と一緒にその辺りの手回しは済ませてあるからね。もし胸の内に潜ませていた子が居たとしても……。

 

≪取り敢えず、周りの目については心配しなくても良いと思うよ。私が何とかしておいてるから≫

「……そうなのか?相変わらず準備が良いな、お前は」

≪それほどでもない。後はさっき言った罪悪感みたいな奴だけど……まぁ、割り切るしかないかな≫

 

 ガクッと項垂れるリアクションで反応する箒ちゃん。

 

「それは、あまりにも適当過ぎないか?」

≪とは言っても、その辺りはどうしようもないからねぇ。束ちゃんも前に言っていたけど、『私がISを造る前から、人類は平等を実現できた試しが無い』ってね。同じ性別でも貧富の差に容姿の差に能力の差、中には努力を積み重ねてもどうしようもない、所謂才能の差だって幾らかある。世間に平等を訴える者の中には、自分に都合の良い平等を主張する輩すらいる始末だからね≫

「……だから、割り切るのか?」

≪私はそう思うかな。どういう答えを出すのかは、箒ちゃん次第だけどね≫

「まぁ、詰まる話はそういう事だものな。分かってはいるさ」

 

 すると箒ちゃんは、携帯をパーカーのポケットに仕舞ったかと思うと、私の身体を持ち上げて自身の胸元に運んできた。絵的には、三角座りしている箒ちゃんの太ももと胸の間に私の身体がすっぽり入っている感じである。

 

≪おやおや、甘えたくなったのかな?≫

「……うん」

 

 コクリ、と小さく頷く箒ちゃん。可愛い。

 

≪折角の自分で選んだ水着、一夏少年に見せなくていいの?≫

「……今回は、そんな気分ではなくなった」

≪そっか。こうしてくっついてゆっくりするのも、久しぶりな気がするね≫

「……ああ、そうだな」

≪君の気が済むまで傍にいてあげるから、安心しなさい≫

「……ありがとう、テオ」

≪どういたしまして≫

 

 それから暫くは、お互い何も喋らずに海の景色と波の音を聞いて過ごし合った。気まずさなど欠片も感じさせない、穏やかで落ち着いた時間だった。

 

 君がどんな答えを出そうとも、私は君の味方だよ。

 君自身が導き出した答えこそが、君の本当の『意志』なのだから。

 

 

 

――――続く―――

 




 後半からちょっとシリアスな雰囲気でしたが、まだ書きやすい方でした。
 箒は紅椿を受け取るのか、それとも受け取らずに福音戦は参戦しないのか……という言い方をするとネタバレしてるような言い方ですが、もうじき明らかとなるでしょう。

 というか最新話を今更購入したのですが、シャルロットの件、というかアルベール・デュノアどないしよ……テオをお父さん呼びさせてるんでここから美しい父娘愛復活は超厳しい。元から予定無かったからいいけど。


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Dinner and rest time

 時間は過ぎて、現在の時刻は午後7時30分。

 複数の大広間を利用して出来た大宴会場にて、生徒一同が旅館の夕食を取っている。

 

 私は生徒たちの意見によって彼女たちと食べるか千冬嬢たち先生組と別室(隣室)で食べるかで夕食の場が決まるようになっていたが、生徒のお嬢ちゃん皆が私の同席を許してくれたので、私も一緒に大宴会場でご飯を食べている所だ。

 

≪なんという美味しさだ……≫

 

 他の子たちと違って、私の食事は旅館への挨拶に応じてくれた女性――清州 景子――という女性が手作りしてくれた一品だ。

 ハッキリ言おう、メチャクチャ美味しいんだよコレ。メインとして真鯛が使われているようだが、この食べ応えだとかなり良い質の魚を使ったと推測できる。白身魚は基本的にヘルシーなので、私くらいの歳の猫やブクブクと身体が太る事を防止したい場合等には重宝される代物。魚以外の食材であるおろした大根、茹でて潰した人参、細かく刻んだしめじ、油分調整の亜麻仁油。どれも良質で、食べやすく調理されているのが一口で理解できた。

 箒ちゃんがいつも作ってくれるご飯が家庭の優しい味なら、こちらはお高い料亭の味と言ったところだろう。うん、そのまんまだね。

 かの伝説の傭兵の言葉を借りるならば……美味すぎる!

 

「ふふ、お父さん美味しそうに食べてるね」

≪うまうま≫

「聞こえてないみたいだな」

「いつもは大人らしくて頼りになるのに、今は子供っぽくて可愛いかも」

 

 お前の方が可愛いよ!と言って差し上げますわ。

 まぁ私はこうして料理に舌鼓を打たせてもらっているが、周りの様子だけはちゃんと観察させてもらうとしよう。ちなみに私は一夏少年の隣に座っているシャルの更に隣の席で食事を取っている。

 

「ところで……セシリアは大丈夫か?正座、辛そうだけど」

「だ、大丈夫ですわ……こういうチャンスは多少貪欲にでも狙っておかねば、いつまで経っても進展は見込めませんもの……」

 

 私、シャル、一夏少年と続いてその隣にはセシリア姫が座っている。姫は明らかに正座に慣れていない様子で、プルプルと脚が震えて辛そうにしている。テーブルや椅子を使った座食が本来のスタイルだそうなので、当然だろう。

 それでも隣のテーブル席に着かず、意地で座敷での食事に拘る理由が少年の隣の席だからというのだから、涙ぐましい。

 

 ちなみに、テーブル席の方ではラウラちゃんが食事を取っている。隣の子が日本人のようで、その子の料理解説を興味深そうに聞き入っては楽しそうに談議しながら食事を取っている姿が目に映った。あの子も今や入学当時のような孤立感は無いようで、お父さんは安心したよ。

 

「セ、セシリア……少しくらいは崩してもバチは当たらないと思うぞ?」

「い、いいえ……崩れた格好で食事などしては、イギリスでお世話になっているとある貴族の皆様に顔向け出来ませんわ……」

「なんという執念、けど顔がもう女の子がしちゃいけないような歪み方になってるよ……」

 

 逆にこっちの方が心配になってきたけど。

 ふむ、仕方ない。

 

≪じゃあ、気を紛らわせるために一夏少年に食べさせてもらうっていうのはどうかな?≫

「っ!!」

「うわ!?セシリアが急に立ち上がり出した!?」

「間違いなく足が痺れてる筈なのに、それを感じさせない佇まいッ……!」

「コイツァそんじょそこらのなまっちょろい鍛え方なんざしてねぇ!『淑女』の魂ってやつを体現させてやがるッそんな熱い心を私はこの肌で感じたッ!!」

「なんでそこの2人はちょっと奇妙な冒険しそうな喋り方になったんだ?」

「さぁ?」

 

 コメントを入れているギャラリーの子の顔が濃くなったような錯覚を感じたけど、多分気のせいだろう。謎のポージングを決めてるセシリア姫の周りに擬音が見えるような気がするのもきっと気のせい。

 

「というかお父さん、アドバイスは普通にしてるけど自分から促すのは珍しいよね」

≪折角こんな美味しい料理が用意されてるのに、正座に耐えるばかりじゃ満足に味わえないだろうからね。少しだけ口を挟ませてもらったよ≫

「むぅ。セシリアばっかり……ずるいよ」

≪ははは、じゃあ次の機会にはちょっとだけシャルの手助けをしてあげようかな?≫

「っ、うん、約束だよ!」

 

 そう言うとシャルは嬉しそうにしながら料理を再び食べ始める。ま、偶にはこういうのも良いよね。勿論、シャル以外の子たちにもちゃんとチャンスを用意してあげないと。

 

「で、では一夏さん……お願いしてもよろしいでしょうか?」

「おう、いいぜ。こうして誰かに食べさせるのってシャルの時以来だなー」

「……気になる話ですが、今は食べさせてもらう事に専念させていただきますわ」

 

 一夏少年の言葉を聞いた瞬間、ムッとした表情になるセシリア姫だが、どうやらこの場では堪えた模様。

 

「あーん……んむ……あら、美味しい」

「だろ?学校の食堂の料理も美味いけど、やっぱりこういう料理は本場の味ってやつがあるよな」

「日本の料理は奥の深い味わいがあってとても美味ですわね。しかし、我が国イギリスも非常に素晴らしい料理が沢山ありますのよ!スターゲイジーパイとか!」

「あのパイは……アカン」

 

 その料理名を聞いた一夏少年は、青ざめた顔になりながら首を何度も横に振る。セシリア姫に気付かれない程度の大きさで。

 ちなみにスターゲイジーパイとは、かなり有名なイギリス料理の1つで、パイの生地から魚の頭がニョキニョキと飛び出ている奇抜な見た目をした料理である。調べる時は色々と覚悟しておくように。尚、味には当たり外れがあるのでご注意。

 

「で、では今度はわたくしが、お礼として一夏さんにお返しをしてさしあげますわ!く、口をお開けになってください!」

「う、いざ人にされるとなると何か気恥ずかしいな……」

「あ、折角ですので目を瞑っていただけますか?どの食事を選んだか是非当てて下さいまし」

「おっ、それなら何だか面白そうだな。よしっ」

 

 その後、すりおろし前のわさびを食べさせられた一夏少年はその場で悶絶する事となった。周りの子たちは良いものが見れたと言わんばかりに記念撮影を始めたり、シャルからわさびの事を聞いたセシリア姫があたふたしながら一夏に謝ったりと、中々に賑やかな夕食となった。

 

 

 

――――――――――

 

「いやぁ、あの時はヤバかったな」

≪あの時の少年、陸から上がったばかりの魚みたいに悶えてたものね≫

「まったく、学園外でも馬鹿をされては教師の仕事が増えるだけなんだぞ……」

 

 現在、私と一夏少年と千冬嬢の3人は指定された部屋にてまったりしているところである。今は教師と生徒の関係ではないという事で、身体を楽にしつつ雑談に華を咲かせているのだが、ちょうど先ほどの夕食の件が話題になったのである。

 

≪まぁ、セシリア姫がわさびの元々の状態を知らなかったのも無理は無いよね。学食でもセシリア姫、洋食選ぶ方が多いし≫

「確かに拘る人はおろしたてのわさびの方を選びやすいから、置いてても不思議じゃないけどさ……というかセシリアはなんで数ある料理の中からアレをチョイスしたんだよ、ホント」

「ふっ、生のわさびはいい刺激になっただろう?」

「千冬姉、完全に他人事な口ぶりだし……」

 

 もし千冬嬢に食べさせようものなら、仕掛け人は簀巻きにされて海に流されるだろうからね。

 

 と、そんな風に話をしていると扉をノックする音が。

 

「あれ、誰か来たのか?千冬姉がいるのに度胸あるなぁ、態々鬼が島に乗り込むなんて……はっ!?」

「一夏、明日の授業は楽しみにしておけよ」

「ヤバい!つい口が滑って……頼むテオ、助けてくれ!俺はまだ死にたくない!」

≪頑張りたまえ。あ、入ってきて良いよー≫

「7文字の言葉を掛けられただけで切り捨てられた!?」

 

 少年は考えてる事を口や顔に出すのを控えた方が良いと思うんだ。

 それはさて置き、千冬嬢が居るにも関わらずやって来るとなると、考えられるのは只一人。

 

「失礼します」

 

 やはり、ラウラちゃんであった。いつもは後ろ髪をストレートで下している彼女だが、今は着物に似合う様に後ろで束ねている。同室の子には箒ちゃんも居た筈だから、あの子にでもやってもらったのだろう。

 

「ラウラか。その髪型、似合ってるじゃないか」

「あ、有難う御座います!」

≪うんうん。バッチリ決まってるよ、ラウラちゃん≫

「パパも褒めてくれるのかっ。先程部屋でお姉ちゃんが束ねてくれたのだが、皆が似合ってくれると称賛してくれたのだ!」

 

 そう言ってラウラちゃんは誇らしげに束ねられた髪を私たちに見えるように身体を捻らせた。小学校の入学時に自慢げにランドセルを見せてくる子供のような感じがして、とても微笑ましい光景だ。箒ちゃんはやらなかったけど。

 

「俺もその髪型、似合ってると思うぜ」

「そうか、感謝する」

「あれー?俺への反応だけ素っ気なくね?」

 

 好意を抱かれてる訳でも無いし、実力的にもラウラちゃんの方が上だから仕方ないね。

 

≪ところで、ラウラちゃんは何か用事があって来たのかい?≫

「いや、特に用事があるというわけでは無いが……教官やパパと話が出来ればと思って訪問したのだが、ダメか……?」

≪私は大歓迎だよ。千冬嬢は?≫

「やれやれ……まぁ、あまり遅くならない程度なら付き合ってやろう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 そう言ってビシッと敬礼を行うラウラちゃんを見て、私と千冬嬢は揃って微笑を零すのであった。

 

 と、ここで名前が出てこなかった一夏少年が恐る恐る手を上げながら誰かにという訳でも無く尋ねてきた。

 

「あー……俺、部屋から出た方が良いかな?」

「何を言っている?参加したいならお前も混ざれば良いではないか。遠慮する必要があるのか?」

「いや、だってなぁ」

「……そうだ一夏。お前、ラウラにマッサージしてやれ」

「えっ?」

 

 千冬嬢による突然の提案により、一夏少年の顔が鳩が豆鉄砲を食らったような状態になる。

 私も千冬嬢経由で聞いていたのだが、少年はマッサージが上手に出来るらしい。実際に行っている姿は、この学校では見た事無かったけど。

 

「ほう、お前は整体施術の心得があるのか」

「そんな心得ってほど大袈裟なもんじゃないけど」

「ふむ……教官孝行の精神が根付いているのは良い事だ。私もパパやお姉ちゃんやシャルロットに御礼奉公をせねばな」

「いや姉孝行だからな?別に俺は千冬姉=教官じゃないからな?」

 

 そんなかんなで、マッサージが始まる事に。

 備え付けの敷き布団が一枚広げられ、そこにラウラちゃんはうつ伏せで寝転がると、その傍らに一夏少年が寄って位置を決める。

 

「じゃあ、始めるぞ」

「うむ。よろしく頼む」

 

 どこか僅かにそわそわした様子のラウラちゃん相手に、一夏少年はマッサージを開始する。

 背中全体を流す様な感じで軽く押し揉んだ彼は、その次に肩の辺りを重点的に揉んでいく。確かに千冬嬢が言っていた通り、その手際は中々に慣れている印象を受ける。

 

「ほぅ……他人にこういった身体の預け方をするのは初めてだが、コレは中々に良い物だな」

「ラウラ、こういう事されたことが無いのか?」

「ああ。お前が初めての相手だな」

 

 なるほど、さっきのそわそわは初めての事での緊張が理由だったんだね。

 ちなみに2人の先程のやり取りがあった直後、扉の方で何やら物音……というよりは人の声が聞こえた。かなり小さな音量だったから、この子たちには聞こえなかったみたいだけど。

 まぁ音以前に、扉の先に気配があるんだけどね。

 

「どこかして欲しい場所のリクエストはあるか?あればそこを重点的にやるけど」

「いや、お前の自由に動いてくれて構わない。その方がお前も行い易いだろう」

「分かった。じゃあそうだな……この辺はどうだ?」

「おお、そこも揉んで来るとは知らなかった……中々に奥が深い物なのだな」

 

 ちなみにそことは、腕の事である。

 ラウラちゃんの言葉を聞いた瞬間、扉の奥で『揉む……!?奥……!?深い……!?』という驚愕していると言わんばかりなトーンの声が発せられたのを聞いた。またもや2人に聞こえない程度の極小ボイスで。

 

 だが、世界最強に名高い彼女は扉の向こうにいる彼女たちを見逃す様な真似はしていなかった。

 やれやれ、と浅い溜め息をついた千冬嬢はサッと扉の前まで移動すると、そこを開いた。

 

「えっ!?」

「あっ!」

「へっ?」

 

 セシリア姫、鈴子ちゃん、シャルの3人が素っ頓狂な顔で一斉に部屋に雪崩れ込んできた。食い入る様に扉に近寄っていたばかりに、突然の出来事に対応できずにバランスを崩したのだろう。

 

「こんな所で何をしているんだ、馬鹿者3人衆」

「え、えっとぉ……こ、こんにちは」

「あ、ありがとう」

「さ、さよなら!また逢いましょう!」

「誰がキンモクセイの名曲を歌えと言った」

 

 逃げたところで千冬嬢の手から逃げ切れるわけもなく、3人はあっという間に確保。シャルだけは箒ちゃんを呼びに走り行かされた。

 

 さて、シャルが箒ちゃんを連れて来るまでまだ少し時間が掛かるだろうから……。

 

≪少年。マッサージの方も一区切りついたみたいだし、私と温泉にでも行かないかい?≫

「おっ、温泉良いな。マッサージしたらちょっと汗が出て来たし……ラウラはもうマッサージは大丈夫か?」

「ああ、お陰で身体が幾分か楽になったような感覚を得られたぞ。感謝する、織斑 一夏」

≪というわけで千冬嬢、男2名はこの辺りで失礼させてもらうよ。良い頃合いになったら帰って来るから≫

「言われずとも、か……ふっ。やはりこういう事には気が利くなお前は」

≪それほどでもないさ。じゃあ少年、行こうか≫

 

 そこで皆とは一旦別れ、私と少年は部屋から出て温泉へと向かい出した。

 

 さてさて、私たちがいない間にどんなガールズトークが繰り広げられるのかな?

 

 

―――続く―――

 




 次回はそれぞれの恋バナ開始です。現状それぞれが相手にどの程度の感情を抱いているのかの確認も含まれていますが。

 そういえば最近ABをスマホアプリの方で始めてみたのですが、あの戦闘画面はおでれえたぞ(悟空並感)。もっとデフォルメ仕様にして他の部分に力注いでも良かったのよ?チラチラ。
 あとガチャとかで一度カード集めたら、箒とラウラとシャルが同率一位で枚数ゲットできました。見事にこの作品の義姉妹たちが揃っちゃったよオイ。


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ボーイズトーク&ガールズトーク

 

 老舗の旅館というのは、料理も美味しければお風呂も絶品のようだ。

 私と一夏少年は女子組を部屋に残して2人、もとい1人と1匹で露天風呂に入りに来たのだが、これまた学園の大浴場を上回りかねない程の湯心地。天然の温泉を引いているだけあってその違いが肌で直接感じられる程であり、温度も上手く調整されている。

 

 一夏少年はそのまま湯船に、私はいつも通り桶にお湯を溜めてその中に身体を浸けている。学園での大浴場と同じスタイルだね。

 

「あ~……やっぱり温泉は最高だぁ……」

≪それには同感だけど、ちょっと発言が爺臭いんじゃない?歳的に私が言う台詞だよソレ≫

「いやいや、風呂好きなら誰でも絶対こう言うって……俺はこういう時日本人に生まれてきて良かったと心から思えるね、ほんと」

 

 そう言って一夏少年は更に湯船に身体を沈める。その表情は蕩けるという言葉が良く似合うほどに緩んでしまっている。最近は代表候補生の子たちとの差を縮める為に勉強も訓練も一生懸命頑張っている彼にとって、この温泉は大変良い薬となってくれるだろう。疲れた体にはお風呂は効果的だからね。

 

≪それで少年、最近の頑張りの成果はどんな感じだい?自分自身から見て≫

「成果……ああ、勉強とかの事だろ?皆の助けのお陰で何とか、って感じだよ。勉強で分からない事があったら教えてくれるし、訓練にも皆付き合ってくれるしで助けられっぱなしさ」

 

 勉学はセシリア姫を中心に行い、難しい個所はシャルが分かりやすくレクチャー。予習も勿論欠かさず行う。

 訓練は近接戦メインとなる箒ちゃんと鈴子ちゃんが相手として代わりばんこに試合を行い、とにかく実戦を重ねていく方針。

 ラウラちゃんが総監督として成長具合を把握し、一夏少年のレベルに見合った訓練メニューを構成……というのがここ最近で出来た一夏少年強化計画の基本的な流れだ。

 

 かなり内容が詰まった訓練内容だが、これも一夏少年が望んで進んだ道だ。

 VTシステムの一件以降、一夏少年は今まで以上に学業や鍛錬に取り組む様になった。学年別トーナメントでシャルと組んでいた時はシャルが自身に合わせて連携を取っていてくれていた事を彼は自覚していた。次、一緒に戦う時はちゃんとお互いの背中を預けられるような立ち位置でありたいと以前私に語っていた。

 そしてそれ以上に、千冬嬢の姿を模ったあの存在の事がある。あのような物が造られている事を知り、次に現れても必ず倒せるように強くなりたいという顕れなのだろう。

 強さに固執するケースは大抵間違った方向に進みがちだけど……今の所は大丈夫そうだから、私から釘を刺す必要はなさそうだ。

 

≪ははは、若いというのは良いものだねえ。目指すべき場所に向かって頑張って進む姿は年寄りには眩しい光景だよ≫

「出た、テオの年寄り発言」

≪実際年寄りだもの。私も若い頃はブイブイ言わせてたんだけどねえ≫

 

 あー、と一夏少年は昔の出来事を思い出し始める。

 

「そう言えば、テオってよく他の猫を付れて歩いてたっけか。学校の帰り道とか剣道場の帰り道とかで見たな」

≪あれ、全部メスだったよ≫

「マジで!?」

 

 一夏少年の驚きに合わせて、ザバァと湯船の中のお湯が波打つ。

 

≪こう見えて若い頃はモテていてね……よく他のメス猫たちから人間社会でいう交際を求められていたんだよ。箒ちゃんや君の世話があったから、丁重にお断りしたけど。近くの動物団体では『兄貴と慕いたいオス№1』『将来大物になりそうなオス№1』等を連冠した事もあるからね≫

「マジで!?っていうか動物団体って何!?しかもそんなグランプリみたいな事やってんの!?」

≪まぁ町内会みたいなものだよ。猫に犬に狸に狐、馬に猪に熊にとバラエティ豊富な顔ぶれだよ≫

「ちょっと待って、後半のラインナップがおかしい」

 

 え?どこかおかしかった?

 ちなみに、さっきは言わなかったけど鳥、魚、虫系の子たちも一部参加している。私の翻訳機は、53万語収録です。

 

「馬はどこからやって来た?」

≪近くの乗馬クラブ場から≫

「猪はっ?」

≪近くの森から≫

「熊は!?」

≪近くの家から≫

「クマァァァァ!!」

 

 突然騒ぎ出して、一体どうしたのだろうか一夏少年は。

 

「いや最後のは絶対嘘だろ!?」

≪いやいや少年、この世にはハチミツ大好きな黄色い熊やテレビの世界に住んでるクマやイメージキャラクターとして九州で働いてる熊もいるっていう話だから、普通に民家で暮らしてる熊が居てもおかしくないと思わないかい?≫

「いや、ねーよ!?この世のどこを探してもねーよ!」

≪ちなみに今の話は団体に参加してる熊の話で、会長も務めてるよ≫

「クマァァァァ!!」

 

 とは言え、箒ちゃんと一緒に引っ越ししてからは生存報告がてらに一回しか顔見せてないからねぇ……今度の夏休みに久々に行ってみるとしようかな。

 

≪今度の夏休みには一夏少年も集会に参加させてあげるよ。昔は少年の話題も出したことあるし、男性操縦者のニュースもあったから誰かしら知ってくれてると思うよ≫

「いや、めちゃくちゃ気になる会だけど……俺が参加しても大丈夫なの?特に熊とか」

≪大丈夫だよ。…………タブンネ≫

「クマァァァァ!!」

 

 いやぁ、夏休みの楽しみがまた一つ増えたね。

 

 

 

◇    ◇

 

 場所は変わって、千冬たちの宿部屋。

 

 箒と、彼女を連れてきたシャルが戻ってきて部屋の中には合計6人。

 何故連れてこられたのか分からず困惑気味の箒。覗き見がバレてこれから絞られる事を怖れているセシリア、鈴、シャルの3人。これからなにか始まるのかと、興味深そうにしているラウラ。

 そして彼女らの前で悠然と座している、千冬。

 

「部屋で寛いでる所を悪いな、篠ノ之」

「いえ、それは構いませんが……この3人は何故顔色が青くなっているんですか?」

「もうだめだぁ……おしまいだぁ……!」

「殺される……みんな、殺される……!」

「勝てっこない……織斑先生は伝説のスーパー地球人なんだ……」

「誰がスーパー地球人だ」

「いえ、寧ろ教官にこそ相応しい称号かと!」

「そんな称号要らん。お前等、別に今日の所はしばくつもりはないから安心しろ」

 

 千冬の言葉を聞いて、取り敢えず安堵の息を吐くセシリアたち。しかし彼女の言葉に一部不穏な部分があったような気がして、3人一斉に『ん?』と首を傾げる。

 それに気づく前に、千冬が次の言葉を掛けて場の流れを切ってみせる。

 

「取り敢えず、折角部屋に来たのにもてなしが無いのは無粋だな。鈴音、何か希望はあるか?」

「え?えっと……」

「ま、適当に持って来よう」

 

 そう言って千冬は席を立つと、備え付けの冷蔵庫を開けて中を探り始める。どうやら事前に彼女の方で用意して来たらしい。

 そして千冬は、持ってきた飲み物を彼女たちの前に次々と置いていく。

 

「せんぶり茶、ドクターペッパー、生茶・スパークリング、エスプレッソソーダ、メッコール。さぁ好きなのを選べ」

『選べるかぁ!!』

 

 ラウラ以外の4人の少女のツッコミが1つに重なった瞬間である。

 

「何ですかこの悪意100%に満ちたラインナップ!?絶対嫌がらせでしょう!」

「やっぱり盗み聞きの件怒ってるんじゃないですかやだー!」

「近場の販売店で叩き売りされているのを買っただけだ。どれも10円で買えてお得だろう?」

「10円なら安いですねやったー……なんて言えませんよこの惨状!」

「唯一マシなのが好みを分けるドクぺって、これ絶対イカンやつでしょ」

 

 口々に眼前の飲料水への苦情を零していく面々の中、世間の常識に疎い為それらの飲料水の味を知らないラウラだけは、不思議そうにそれらの飲み物を手に取りつつ眺めている。

 

「外見は特に問題なさそうだが、そんなに言う程不味いのか?」

「あたしの知り合いが興味本位で飲んだヤツもあるけど、あまりの不味さにガチ泣きしたわよ。捨てられない性分だから、全部飲み切ってた」

「うわぁ……まぁネットでも酷評ばかりだもんね、どれも」

「ふむ……私は軍で用意された飲料水しか知らなかったが、世の中にはこのような飲み物が……」

「あの、ラウラさん?顔が『飲んでみよう』と物語っていますが、止めた方が賢明ですわよ」

「いかんのか?」

『いかんでしょ』

 

 結局、それらは冷蔵庫に再び収められ別の飲み物が用意されることに。今度はお茶やジュース類等なので、味の心配はしなくても良いだろう。

 

「まったく、もてなしの品を突き返すとは贅沢者共め」

「では先ほどの飲み物は千冬さんに全て譲りますので、遠慮無く飲んでください。元々先生の物ですが」

「……さて、お前たちも気にせず飲め飲め」

 

 箒の冷静な切込み発言を、千冬は聞かなかったことにしてスルー。

 彼女に勧められて5人はそれぞれが選んだ飲み物を順次口にしていく。

 

「……本当に飲んでしまったのか?」

「えっ!?」

「なに!?これも実は毒物!?」

「えっ?何?何が起こるの!?」

「成程。教官、これは毒物耐性を付与する為の訓練だったのですね!」

「アンタはブレないなおい」

 

 口々に不安などを発する中、ラウラと同様普段通りの冷静さを保っていた箒は、呆れた様子で千冬をジト目する。

 

「千冬さん……悪ノリが過ぎるのでその辺りにしてあげて下さい」

「おや篠ノ之、お前も飲んだクチだろう?慌てないのか?」

「慌てるも何も、貴女の後ろの物の為の口封じか何かじゃないですか?勿論、私たちの飲み物には何も入っていないでしょうし」

「やれやれ……テオが絡んでる所為か、からかい辛くなったなお前も。私への呼び方からして、公私の分け方も見抜いているようだしな」

 

 観念したように千冬は肩を竦めると、皆に飲み物を渡し直す際に後ろに隠していた物を手に持った。それは、500mlの缶ビールであった。

 千冬はそれのプルタブをプシュッと音を立てながら開けると、景気良くそれを飲み始める。

 

「んく……ぷはぁ。やはりコイツの味は格別だな、一夏につまみを作らせておくべきだったか」

「お、織斑先生?何だか普通にビール飲んでますけど、時間的にまだ勤務中扱いなんじゃ……?」

「固い事を言うなオルコット。それに先ほど篠ノ之……まぁ箒で良いか。箒が言ったように、口止め料はちゃんと払っておいた筈だぞ?」

「あっ」

 

 その言葉で事の真意に気付いたセシリアが、手に持っていた飲み物の方に視線を向ける。鈴やシャルロットも、同様に気付いて同じくそれぞれの飲み物を見やった。

 

「っていうか箒、アンタ気付いてたなら教えなさいよ。変に慌てたじゃないの」

「いや、誰かしら気付いていると思って一応黙ってたのだが……それについてはすまなかった」

「教官の真意に気付いていたとは、流石はお姉ちゃんだ!」

「ラウラが純粋過ぎて同じ義姉妹の僕は嬉しいよ……」

「ま、そういう訳でお前たちも気にせず飲め。ここから先は男入らずのガールズトークと行こうじゃないか」

 

 そう言いながら千冬は、一本目のビール缶を空にすると、2本目を開けて口にする。

 

「お前等、あいつのどの辺に惚れた?」

 

 あいつ、の示す人物はこの学園においてたった1人。

 それぞれの乙女たちの想い人、織斑一夏の事だ。

 

 問われた彼女たちは、各々顔を赤らめたり恥ずかしそうにしながらも

 

「あたしはまぁ、腐れ縁が続いたというか……昔の恩があったからというか」

 

 鈴は視線を泳がせながら、言葉を尻すぼみにさせてそう告白する。手に持っている飲み物のボトルを世話無く弄りつつ。

 

「わたくしはそう……あの、あれですわ。男性は強くある事が理想だと思いますし……クラス代表として、しっかりして欲しい旨もありますので!」

 

 セシリアは発言が探り探り不安定な状態から一転、それらしい言葉が見つかってズバッとハッキリ言って見せた。そっちは建前でしかないのだが。

 

「僕は……男装していた時に傍で助けてもらって、その優しさに……ですね。あの時、凄く安心できましたから」

 

 勿論お父さんにも助けてもらって感謝してます、と言葉を足して、シャルロットは発言を終了させる。顔は赤いが、その笑顔は素直な気持ちを告げる事が出来て満足気である。

 

 ここまでの少女たちの返答を聞いた千冬は、面白げに3人の顔を眺めやる。

 

「ふーん、ほーう、なるほどなぁ……」

「あの、織斑先生。あいつには言わないで下さいよ」

「あぁ分かってる。前向きな姿勢で善処出来るよう検討しておく」

「それ絶対にバラすやつですわよね!?本当に止めて下さい!」

「はっはっは」

「笑って誤魔化しても駄目ですよ!?」

「分かってる分かってる。流石にその辺りに首を突っ込むほど、私も野暮じゃないさ」

 

 楽しげにそう言って、千冬は残りのビールをグッと呷る。2本目がその時点で飲み干される。

 

「確かラウラは、あいつに惚れてるわけでは無かったな」

「はい。確かに救出された恩義はありますが、恋沙汰になる程の事では無かったかと。そも、私には恋沙汰自体が縁の無い話と言えましょうが」

「っかぁ……お前はホント、あぁもうホント勿体ない考え方だな。っかぁ……」

「も、勿体無い……ですか?」

「お前はまだ15だぞ?身長も乳も発展途上のガキなんだぞ?そんな奴が自分から青春を捨てるような事言ったらそう思いたくもなるだろう。もっとこう、自分から男を狙う様にしてみたらどうだ。大抵の男はお前レベルの女ならコロッといってしまうぞ?」

「男を、ですか……」

 

 ラウラは千冬の言葉を自分なりに整理する。

 男を狙う、というのは紛れも無くそのままの意味と捉えて良いだろう。自身は軍人の為、一般男性程度なら彼女の言う様に一瞬で撃破する事も可能だろうから、つまりはそういう事なのだろう……と。

 

 そこでラウラは答えを導き出した。

 青春とは、異性を次々に叩きのめす事なのだと。

 

「解りました教官。此度の林間学校の終了次第、近街の一般男性を可能な限り叩き伏せて参ります!」

「違う、そうじゃない」

 

 ラウラが恋心を覚えるのは、まだまだ先の話らしい。

 

 そして残る人物は、箒1人となった。

 

「さて、最後はお前だが箒……一応確認なんだが、お前はホントにあいつに惚れてるのか?」

「と、言いますと?」

「他の連中に比べて、随分と控えめな印象があるからな……他の連中もベタベタし過ぎない距離感を取ってはいるものの、やはりそれらと比べてもそう感じてしまうぞ」

 

 千冬の推察に同感を得たのか、箒以外の少女たちもウンウンと頷き出す。

 

「確かに、箒さんはどこか一線置いたような立ち振る舞いですわね……」

「僕たちで何かする時も、お父さんやラウラや僕と組む機会が多いよね」

「ひょっとして、強者の余裕ってやつ?この間の買い物も自分だけ一夏と2人っきりになってたし……あんた、何か秘策でも隠してるの!?」

「い、いや決してそのような物は……というか前日の買い物は特に疚しい事はないと説明しただろうに」

 

 ふぅ、と息を吐いた箒は先程の千冬の問いに答えるべく、その口を開いた。

 

「結論から言いますと、私は一夏の事はちゃんと好いています。それは小学校で一緒だった頃から変わっていません」

「ならば、もっとあいつにアピールすれば良いだろうに。何を遠慮する必要がある?」

「遠慮……確かに、その通りかもしれませんね」

 

 箒は自分の分の緑茶を一口呷り、喉を水分で潤し直す。

 

「ハッキリ言ってしまうと、今の時点で一夏に無理に強気なアピールをしても、あまり意味が無いのではと思っています」

「何故だ?」

「セシリアについては、クラス代表を決める際には敵視しその後は一転して親身に接しているのに、察しが付いていない。鈴には中学の頃には既にプロポーズされ、対抗戦以降にその意味を勘づけた筈なのに、本人の否定があったとはいえ追求無し。シャルロットに関しては、混浴をしたというのにあいつはその後も強く意識するような傾向がありません。普通ならば顔を合わせる度に気まずくなる筈だというのに、です」

 

 箒の言葉を聞いていた3人の少女、1人は過去の自分の黒歴史を思い出して遠い目になり、1人は何故自分はあの時誤魔化したのかと嘆き、1人は当時の出来事を思い出して赤くなった頬を両手で隠すように覆う。

 

「だからこそ、ですかね。私は……怖れているんです」

「怖れる?何にだ?」

「もし私があいつに好きだと伝えて、あいつがその気持ちに応えなかった時がです」

 

 箒の言葉に思う所があったのか、現在進行形で恋している他の3名はその言葉を聞いてピクリと肩を震わせる。

 

 千冬も先程までハイペースで飲んでいた酒を止めて、箒の話に耳を傾けている。

 

「……確かにあの馬鹿は極めつけの鈍感だが、告白すれば良い返事をしてくれると思うぞ」

「そうかもしれません。あいつは昔から優しい奴ですから、幼馴染みと言う間柄であっても受け入れてくれるかもしれません。ですが、そんな大事な事を優しさで受け入れられてしまっては、お互いに意味が無いとも最近になって思い至ったんです。私にとっても、一夏にとっても」

 

 一夏も箒たちも、まだ15年しか人生を生きていない。高校生活もまだ3分の1すら経っていないし、社会人として世間に進出するのも数年先の話である。結婚も現実的に見てもお互いに18歳以上でなければならない。

 だからこそ、箒は思った。

 自身はこの15年の間で好きな人が出来た。だがしかし、想い人で一夏はどうなのだろう、と。

 彼は恋愛に関しては鈍感という言葉でも生温いレベルの鈍さだ。その理由の1つは間違いなく、現在に至るまで異性として好きな女性に出会った事が無いからだろう。自身が恋をした事があるのなら、経験を基に周囲の恋心にも少しは察しが付くはずだから。

 ならばこの先、彼が異性として好きになる女性と出会う機会があるかもしれない。

 

 その可能性を潰してまで、一夏と恋人同士になる必要はあるのか?

 それは果たして、彼の為になるのか?

 

 いつしか箒は、そのように考え付いたのだ。

 真に誰かを好きになるという事、それは……。

 

「だから一夏本人が好きだと思える女性が現れたのであれば、私はそれを応援してやりたいと思います。そしてその相手が現れるまでは、私も過度なアピールはせずにありのままの自分であいつと関わっていくつもりです。あいつの恋路に土足で踏み入るのは、私があいつの想い人と同じ立場に立てば嫌に感じるでしょうから。……結局の所、私が本当に尊重すべきなのは一夏の幸せだと思っています」

 

 相手の意思を尊重し、相手の幸せを願う。

 それが、箒が現時点で導き出した答えなのだ。

 

「……なんて、告白を断られるのを怖がっている者が言えた台詞ではないですね。今のは忘れてくださ……皆で何をやっているんですか?」

 

 箒が気付いた時には、話す相手の対象になっていた千冬はその場におらず、箒以外の少女たちと円を組む様に部屋の隅に移動していた。今回はその輪の中にラウラも加わっている。

 

「おい、あいつの精神年齢は何歳だ?恋愛の価値観が完全に私くらいの年代になってるぞ。とても15歳の台詞とは思えん」

「わ、分かりませんわ……わたくしも以前テオおじ様から恋愛のレクチャーを受けましたが、箒さんがここまで達観しているとは……振る舞いが淑女過ぎて眩しいですわ」

「というか、あんな考え持たれたらあたしの恋が凄い子供っぽくなっちゃうじゃない!否定し辛いのが、また!」

「あ、あれはあくまで個人の考え方の1つだから、そんなに自棄にならなくても大丈夫だと思うよ?……僕も見習わなきゃとは思ったけど」

「私は知っているぞ、あれが日本で言われている大和撫子というものなのだろう?『やはり大和撫子はギャルゲーでも安定した人気キャラみたいですね』とクラリッサが話していたのを記憶している」

 

 わいのわいの、と千冬たちは忙しなく密談に夢中の様である。

 

 1人だけ不参加状態の箒は、取り敢えず緑茶を飲み干して、ポツリと独り言をつぶやいた。

 

「……どうしたものか」

 

 こうして、1日目の夜は更けていったのであった。

 

 

 

―――続く―――

 




 前中半はギャグ路線からの、後編は恋愛ガチトーク。
 もはや箒が『誰だお前は!?スパイダーマッ! テーテッテー』レベルで成長しきってますね。これも過去の積み重ねが理由なのですが……過去編までもう少し……もう少し……。


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彼女、まさにタイフーンの如し

◇  ◇

 

 楽しかった自由時間は1日目の時点で終了。2日目である今日からは、本格的に臨海学校のメインであるISの各種装備試験運用及びデータ収集が行われる。専用機持ちの子たちは各国から装備が大量に送られてくるので、一般生徒のお嬢ちゃん達よりも作業量が圧倒的に多い。大変そうだ。

 

 装備試験が始まる30分前。私は旅館で最終準備を行っている学園の子たちとは別行動を取って、1匹でとある離れの場所に来ていた。

 そこには……。

 

「テオたぁぁぁぁぁん!!会いたかったよぉぉぉぉぉ!!」

 

 やって来た私に熱い抱擁で出迎えてくれた束ちゃんがいた。女性特有の2つの膨らみを私に押し付けながら、束ちゃんは嬉しそうにその場で私の身体をあちこち触り始める。

 

「はぁぁぁ……この重み、ふさふさ、香り、ぷにぷに肉球、モノホンのテオたんだぁ~!」

≪やぁ束ちゃん。暫くは通信でしかやり取りしてなかったけど、こうして直接会うとやはり安心するね≫

「おぉ、束さんも同じ事を考えてたんだよ!はっ、これが俗に言う相思相愛!?」

≪おやおや、それは嬉しいねえ≫

「ふふふふふ!」

≪はっはっは≫

 

 そう言いながら私と束ちゃんは手を取り合いながらその場でグルグルと回り出す。さながらそれは漫画で偶に見かける周りに華でも咲きそうなロマンスシーンであった。

 

 満足し終えた所で止まり、私が束ちゃんの肩に飛び乗ったところで話は再開される。

 

≪そう言えば、今日はクロエちゃんはお留守番かい?≫

Exactly(その通りでございます)、クーちゃんには別の所の観測を頼んでるからね」

≪観測?≫

「そーそー。それはね……おっと、噂をすれば影縫いの術ってね。あれ、影分身だっけ?まぁいいや」

 

 束ちゃんの持っている端末が受信の影響でバイブレーションしている。着信音が『あんたが誠司さんを誑かしたのね!?この泥棒猫!』『私の方があの人と結ばれたんだから、泥棒はアンタよ!』『なんですって!?』『なによ!』という昼ドラ展開中な仕様となっているのは、今の束ちゃんのマイブームなのだろうか。多分気まぐれだろう。

 

「もすもすー、あとぁすぁ束っつーもんだどもー」

『束様。ハワイの方で動きがありました。直に銀の福音は連中の手が加えられるかと』

「オーライ、あの子への仕込みは済ませてあるから、後はこっちの舞台を整えておくよー。クーちゃんは次の指示があるまでパインサラダを作って待っていたまえ。なぁに、すぐに戻ってくるさ」

『分かりました。腕によりを掛けて作らせていただきます。どうか無事に帰って来てください』

「俺、この戦いが終わったらずっと好きだったあの子に告白して田んぼに入った後に幼馴染みと結婚してくるからよ、まあ見てな」

≪随分カオスな死亡フラグになったね≫

 

 死亡フラグの乱立は逆に生存フラグになるらしいけれど。というかクーちゃんもそのノリについて来れてる辺り、成長したんだね。ギャグの方向に向かって。

 

 さて、何の話なのか私はまだ知らないから説明をしてもらわないとね。

 

≪それで束ちゃん、ハワイで何があったのかな?≫

「えっとねー、アメリカとイスラエルで共同開発していた軍用ISがそこで試験稼働してたらしいんだけどねー、そこを『あいつら』がついさっき強襲したんだよ」

 

 あいつら、となると私たちの間で共通される認識は1つだけ。

 テロリスト組織、亡国機業だ。

 

≪それにしても、軍用ISねぇ……運用協定は相変わらず仕事してくれないね≫

「本当にね。軍用だなんて笑っちゃうよね」

 

 そう言いつつも、束ちゃんの笑顔は貼り付けたかのように感情が無かった。

 

≪亡国機業の目的は判明してるかい?≫

「検討はついてるよん。テオたん、前に不細工な無人機2つと戦ったの覚えてる?」

≪ああ。私が倒した途端、紫の泡を出してドロドロに溶けたあのガラクタかい≫

 

 クラス代表対抗戦の日、アリーナのシールドを破壊して侵入してきた謎の無人機一体の裏側から来て、箒ちゃん暗殺を目論んでた2つの無人機。

 あの戦闘の動画は束ちゃんに送って、解説をお願いしていたのだがどうやら今回はそれに関連する事らしい。

 

「先ず言っておくとあの無人機、ISの構造を似せてるみたい。機体の中枢に核となるコアを配置して、無人機だからボディ部分も全部アーマーになってる。忠実な人型になり切れてないのは、試作段階だからじゃないかな?」

≪けれど、ISのコアは個々に意志が宿っている。それの代わりになるような核が亡国機業にはあるのかい?≫

「んにゃ、似せたと言っても所詮は模造品止まり。連中が管理してるISコアの人格をコピーさせたAIを搭載させたエネルギータンクがコアもどきの正体。テオたんも全く歯応えを感じなかったでしょ?」

≪確かにね。それじゃあ、あの溶解現象は?≫

 

 その件を尋ねると、束ちゃんはコクリと頷きながら目の前に立体スクリーンを羅列させる。彼女が持ち歩いてるデータベースで、ISの収納機能を参考に自作したらしい。

 束ちゃんは複数のスクリーンの中の1つを選択すると、それを拡大して私にも見やすいように配慮してくれた。

 画面には禍々しい紫色の球体と、以前の溶解の光景がワイプで表示されている。話の中心となるのは、前者の方だ。

 

「これがあのドロドロの原因。ケースがまだ殆ど無いから断定は出来ないけど、恐らくコアに搭載させることによってスペック的にプラスの作用を働かせる代物って所かな。プラスにしておいてあのザマだけど……まぁそれはいいや。ともかくこれで機体の性能向上を目論めるみたいだけど、稼働が停止したら……」

≪反動で機体全体に害を及ぼし、溶かす……という事か≫

 

 何とも趣味の悪い代物だ。

 

「名前は知らないけど、このウイルス的な奴は前回試験的に使われた。多少の期間が空いた今になって、改修したこれを銀の福音で試す……十中八九、これが亡国機業の企みだよ」

 

 そう言って束ちゃんは再びスクリーンを操作し、銀の福音のスペックが記載されたページを映し出す。攻撃面は広域殲滅を目的にした特殊射撃型。機動面は銀雲にこそ及ばないものの、それでもかなり高め。いかにも戦闘得意ですと言わんばかりの内容だ。

 これがもし亡国機業の用意した代物によって強化されれば……中々に面倒な事になりそうだね。

 

「亡国機業の手が加われば、福音は間違いなく暴走して監視空域を離脱する。きっと方角もこっちに誘導してくるだろうね。何せIS学園にはすぐに対応できる専用機が沢山揃ってるから、亡国機業にとっては都合が良いだろうからね」

≪なるほどね……で、元凶のアメリカとイスラエルはテロリストの対応に追われててこっちに丸投げする、と≫

「そゆこと。と、いうわけでテオたんにお願いが一件ほど」

 

 私に福音を迎撃して欲しいのだと、私は束ちゃんの言葉を予測していた。

 

 しかし、彼女の放った一言は私の予測を大きく外れたものだった。

 

 

 

 

 

「福音の相手、いっくんたちにやらせてあげて欲しいんだよね」

 

 

 

――――――――――

 

「全員集まったようだな。これよりISの装備試験を開始する。……と、その前に」

 

 千冬嬢は整列している子たちの顔を一瞥すると、その中から1人を選びその子の名を呼ぶ。

 

「シャルロット。一日目の自由時間の緩んだ空気が抜け切れているか軽く小テストしよう。ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」

「はいっ。ISのコアはそれぞれが相互情報交換の為のデータ通信ネットワークを所持しています。ISは元々宇宙空間での活動を想定して造られているため、位置情報特定を理由に設けられています。現在はオープン・チャネルとプライベート・チャネルによる操縦者同士の通信手段として使われています。それ以外にも『非限定情報共有(シェアリング)』をコア同士が各自に行う事で、様々な情報を自己進化の糧として吸収している事が最近の研究で判明されています。これらの製作者である篠ノ之博士が自己発達の一環として無制限展開を許可したため、現在も進化を続けていますが、未だに全容は明らかになっていないと聞き及んでいます」

「よし、十分だ。優等生のシャルロットよりも織斑に説明させるべきだったかもしれんな」

「え゛っ……」

 

 意表を突かれて出て来た一夏少年の動揺の声に、周りの子たちが笑い始める。今の一夏少年にはシャルのような説明はまだ難しかっただろうからその辺りに安堵しつつも、結局は笑いの対象になっているので肩身を狭くするといった様子であった。

 

「では改めて装備試験を行うぞ。事前に決めた班に分かれてそれぞれ作業に取り掛かるように。専用機持ちは各自配布された専用パーツをテストしろ。では、始め!」

 

 その言葉を皮切りに、少女たちはキビキビと動き始めていく。訓練機である打鉄やリヴァイヴ本体の運搬、各種装備の運搬、データ収集用の備品など、皆で協力して取り掛からないと日が暮れてしまうからね。

 視線を動かすと、箒ちゃんも頑張って運搬に携わっている。

 

「では、専用機持ちのお前たちも作業に――」

 

 直後、海の方から凄まじい水しぶきが徐々にこちら側に近づいているのがこの場に居る全員が目視出来た。

 

「んんんんんんん!!」

 

 近づいているのは水しぶきというよりも、水しぶきを上げている存在と言った所だろうか。なんとそれは人の身でありながら、海上を猛スピードで走っているのだ。

 ……まぁ私はもう正体が分かってるんだけどね。格好とかついさっき見たばかりだし。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 しかし、あの子の事を知らない子たちは人が海上を走っている事を肉眼で把握した途端にパニックに陥った。当然の反応である。

 

「な、なにあれ!?」

「鳥か!?飛行機か!?」

「いや、超人だ!」

「……すごい女だ」

 

 冷静な事で定評のあるラウラちゃんも、これには驚かざるを得ないようだ。

 

 なお、海上を彼女の正体が誰なのか分かった千冬嬢は非常に顰めた表情になり、同じく正体が分かった箒ちゃんは、頭を抱えて呆れている。

 

「トゥ!ヘアー!」

 

 まるで地上で行う様に海上で踏込みとジャンプを行った彼女は、そのまま千冬嬢に目掛けて勢い良く飛び込んできた。

 もう分かり切っていた事だけど、その正体は束ちゃんである。こんな芸当が出来る人間は世界でも指を数える程度しかいないだろう。

 

「ふーじこちゃ~~~ん!!」

「誰が不二子だっ!!」

「るぱんっ!?」

 

 しかし千冬嬢は飛び込んできた束ちゃんの頭目掛けて、タイミングを合わせて拳骨をお見舞いした。束ちゃんの機動が彼女の拳骨によって垂直に落とし変えられ、地面へと叩き付けてみせた。

 いやぁ、相変わらず容赦がないね千冬嬢。普通の人間だったら病院送りだったよ。

 

「ふぅ、久々に良いパンチもらったぜぇ……束さん、満足☆」

 

 なお、束ちゃんはケロリとしている模様。流石である。

 

「何をしに来た束。何故貴様がここに居る」

「いやいや、私はちーちゃんのいる所なら例え火の中水の中あの子のスカートの中だよ。あ、でもちーちゃんのスカートなら見てみたいかも」

「やかましい」

 

 神速の腹パンを束ちゃんにお見舞いする千冬嬢。

 

「うごぉ……このお腹の痛み、これこそお腹の中のちーちゃんの子が元気な証拠……!」

「今度余計な事言うと口を縫い合わせるぞ」

「イエッサー!アイアイサー!あ、ちょっとまってちーちゃん眼球に指を入れながらのアイアンクローは流石の束さんも天に召しちゃうからヒエー!」

 

 まるでコントの様に絡み続ける2人。

 2人がこうして一緒に居る姿は私も久しぶりに見たから、非常に感慨深い物がある。会話の内容についてはノータッチの方向で。

 

 そんな2人のやり取りに、真耶ちゃんが勇気を出して介入してきた。

 

「あ、あのぉ……ここは関係者以外立ち入り禁止ですので……」

「関係者以外立ち入り禁止?おうおういぇいいぇい、wow wow yeah yeah、この私こそが天下の大泥棒、じゃねーやISの生みの親、あっ篠ノ之 束だぜぇい!決まったゼ」

 

 そう言って歌舞伎の見え切りを適当な感じで行った束ちゃん。

 

 真耶ちゃんや周りの子たちにとっては、束ちゃんの突然の行動よりも彼女の名前、というか存在の方が驚きのようだが。

 

「え、今篠ノ之 束って……」

「し、篠ノ之 束ってあの篠ノ之博士!?」

「知っているのか雷電!」

「あんたは何しにこの学校に来てんの」

 

 そんな彼女たちの反応を尻目に、束ちゃんは次に箒ちゃんの元へと歩み寄っていた。

 

「ハロー箒ちゃん!マイネームイズマイケル!」

「何故自己紹介?というか完全に偽名じゃないですか。それに姉さん、今日此処に来るという話は聞いていないのですが……」

「ほらアレだよ、アレ。サンライズってやつ?」

「サプライズです。まったく、久しぶりに直接会ったというのに何故ボケ一辺倒なんですか……」

「いやぁだって箒ちゃんの素晴らしい成長を目の前で見たら、こう込み上げてくるものがあってさ……ちょっとした照れ隠しナリ☆」

「取り敢えず、胸を凝視しながら言うのは止めてくれませんか」

 

 久しぶりの再会だけど、以前に電話で和解が出来た事もあってか気まずい雰囲気は全く感じられない。紅椿の件があるだろうが、束ちゃんのボケ連発はその辺りを意図に含めているのかもしれないね。

 

「束、お前が来たという事は、まさか篠ノ之の……?」

「んにゃ。箒ちゃんはまだ受け取ってないよ。けど折角作ったのに勿体ぶり続けるのもアレだから、今日は自動操縦でデモンストレーションでもやらせて頂こうかなと思いまして!」

 

 そう言って束ちゃんは、自身の胸の谷間をまさぐるとその中からスイッチの付いた端末を取り出した。

 

「さあさあ皆の衆、澄み渡ったあの青空にご注目!」

 

 端末を空の向こうへと掲げながらポチッとスイッチを押した束ちゃん。

 

 この場に居る全員が彼女の示した方角を向いた。だが、空には何も無い。

 

「かかったなアホが!稲妻十字空裂刃(サンダークロススプリットアタック)!」

 

 ドグァァァッという擬音が浮かび上がらんばかりの勢いで、腕を前に交差させながら千冬嬢に向かって突撃する束ちゃん。足による固定は完全省略なので、普通のクロスチョップになってるけど。

 なお、ラリアットで呆気無く返り討ちにされた模様。

 

「おい、ふざけるだけなら海岸に沈めて大人しくさせるぞ」

「ジョ、ジョークジョーク……では改めまして、上をどうぞ」

 

 束ちゃんがそう言った途端、上空から此処に向けて何かが降って来た。その何かは六面体の箱のような物体で、地表すれすれの所で急停止するとパカッと外箱のように開かれた。

 その中にあった物は、真紅のISだった。

 

「これこそ束さんの最新作、第4世代型IS【紅椿】!総合スペックは全ISでトップ!最新鋭にして最高性能機ってやつだね!」

 

 束ちゃんの言葉を聞いた子たちは、驚くばかりであった。何せ各国がやっとこさ第3世代機の開発に到達したところなのに、あの子は既に一歩も二歩も先を進んでいるのだからね。驚かない方が無理というものだろう。

「まぁ実際に動いてる所を見た方が早いよね。というわけで紅椿ちゃん、テイクオフ!」

 

 束ちゃんはいつの間にか先程とは別の端末を持っており、それを弄って紅椿を無人のまま浮上させた。これまたしれっととんでもない事してるね、この娘。

 

 浮上しながら紅椿はその形を変えていき、人が搭乗している時のフォームに変形するとスイスイと宙を舞うように飛行していく。

 不自由なく空を飛ぶ紅椿の姿を見て満足げに頷く束ちゃんは、次の行動に移る。

 

「ではではお次に演習用ミサイルを紅椿ちゃんに捌いてもらいましょー!数は……今日のラッキーナンバーだから16機!」

 

 そう言って束ちゃんは片手で立体パーソナルを展開させ、片手でタイピングを行うとISの武装展開のように彼女の傍に出現させた。そしてミサイルが16機、宙を飛ぶ紅椿に向けて向かっていく。

 

「ちょちょいのちょいっと」

 

 束ちゃんは何事も無い様子で端末を操作すると、紅椿がそれに呼応して迎撃を開始。右の刀『雨月』と左の刀『空裂』を巧みに用いて、あっという間に全て撃ち落としてみせた。

 

「……すげえ」

 

 一夏少年が無意識に呟いた言葉こそ、ここに居る子たち全員の大まかな感想だろう。今回は無人で動かしているが、これに人が乗って本格的なフィッティングとパーソナライズを行えば、紅椿は本来の仕様で動く事が出来る。

 

 その動かし手となる子は、紅椿から視線を離さずにジッと見つめ続けている。

 

「ふむふむ。機体、武装共に不具合無しっと。まぁ束さんが直接手掛けたんだから当然と言えば当然だけど」

 

 ふふん、とその大きな胸を自慢げに張る束ちゃんは、まるで幼い子供の姿みたいでとても可愛らしい。

 束ちゃんは再び端末を操作すると、紅椿を地表に下ろして実演を終わらせた、

 

「さっき直接見せたけど、右の刀が対単一戦向け刀剣型武装『雨月』ねー。打突に合わせて刃から針みたいにエネルギー刃を射出させて、敵を攻撃する仕様になっていて、調整次第では弾幕も貼れる様になってる優れもの!続きましてご紹介するのは左の対集団戦向け刀剣型武装『空裂』、こちらは突きの雨月とは逆で、薙ぐ事によって帯状の攻性エネルギーが放出される代物!斬撃の範囲に合わせて展開を調節してくれる補助機能付きで大変便利!テレビの前の奥様、面倒な訪問販売はこれ一本で一掃出来ちゃいますよぉ!」

 

 途中から普通の説明に飽きたのか、通販みたいに解説をし始めた束ちゃん。営業に来ただけなのに空裂を振るわれる人は堪ったものじゃないだろうね。

 

「さてこの紅椿、最も特筆すべき超機能が備わっているのですが、何とそれは……お~っと残念!時間が押してしまっている様なので本日はこれにて終了!ではでは皆さん、また来週この時間にお会いしましょー!あばよ、いい夢見ろよ!」

 

 そう言って束ちゃんはサッとその場を走り去っていった。

 

 ……と思いきや、途中でUターンしてきて一夏少年の元まで駆け寄ってきた。

 

「という訳でいっくん、白式見せて!」

 

 ズコー、と周りの子たちがコントのようにズッコケてリアクションしてみせた。下は岩礁なので実際にこけたら痛いのだが、皆怪我の無いように受け身を取りながら転んでみせている。何という精練されたお家芸。

 

 どうやら、まだまだ束ちゃんのステージは続くようだ。

 

 

 

―――続く―――

 




 中途半端になりましたが、この辺りで一旦切らせていただきました。
 ホントは真耶ちゃんが銀の福音暴走を知らせてくるシーンまで書く予定でしたが、思いのほか束さんが暴走して尺が伸びたので延長です。ボケる時が異常に書き易い。


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イベント中に緊急事態はお約束

「ふんふんふ~ん、なるほどーこんな感じになってんのかー」

 

 束ちゃんは不思議そうに白式のデータが載っているディスプレイを眺めながら、そのように独り事っぽく呟く。束ちゃん曰く、一夏少年の扱う白式は自己進化の道筋であるフラグメントマップが他のISとは大きく異なる構築となっているらしい。性別の違いによるものなのだろうか?

 

「結局のところ束さん、俺がISを動かせる理由って判明したんですか?」

「何の成果も、得られませんでしたぁぁぁ!!」

「何だろう、言葉は凄く悔しがってそうなのにこの満面の笑顔」

 

 今の束ちゃん、物凄くにこやかに笑っている。

 

「まぁ私も詳しく解ってないんだけどねー、ちーちゃんの血筋だからとかじゃね?あっ、解剖させてくれたら何か分かるかも!今なら終わった時には改造人間になって変身もできるようになるよ!」

「いや元のままでいさせてくださいよ!?いや、でも変身ヒーローとかは憧れますけれど」

「じゃあねー、スペードの剣士、メダルの戦士、フルーツ武者、好きなのを選んでね☆」

「全部最強形態がリスキーなヤツじゃないですか!?」

 

 でも一夏少年、割とどの変身も似合ってる気がするよ。私だけかな?

 そんな事を話しているうちに、束ちゃんはディスプレイを閉じた。どうやら見たい内容は見終えたみたいだ。

 

「まぁ、何か分かったら教えてあげるから気長に待っててちょんまげ。ところでいっくん、白式とはちゃんと上手くやっていけてるかな?」

「え?まぁ、それなりには」

「それは何より。私も作った甲斐があったってもんだねえ」

「えっ、白式って倉持技研が開発したんじゃないんですか?」

 

 研究者と政府の偉い人しか知り得ない情報をさも当然の情報のように喋る束ちゃんに、一夏少年は目を丸くしながらその話題に食いついた。

 

「ぶっぶー。あ、今のは車のモノマネじゃないよ?まぁ正確に言うと、あそこがポイしてたのを私が拾って完成に近づけたっていう今明かされる衝撃の真実ゥだったり。第一形態の時点でワンオフ・アビリティーを使えるようにする為に開発したみたいだけど、哀れにもその辺りの技術力は無かったみたいだねー、美味しい所は束さんが頂いたのでした、ナハナハ」

「機密事項をベラベラと喋るな馬鹿者」

 

 千冬嬢の拳骨が再び束ちゃんに炸裂する。

 

 先ほどの話は倉持技研、ひいては日本のIS技術力を低く見られかねない事と束ちゃんの手が加わったISという事の都合で、『倉持技研が白式を手掛けた』という情報のみを世間に公開する形となったのだ。束ちゃんの手が入っていると他の国が知れば、情報開示をしつこく要求されるだろうからね。

 

 もっとも、束ちゃんにとっては知った事じゃ無いようだけど。

 

「な……なんという速く重い攻撃だ……!!!カ、カカロットはこんな奴と戦っていたのか……」

「誰が魔人ブウだ。というかお前は何時になったら帰るんだ」

「え?久々に皆と会えたんだし、もうちょっと皆と居てから帰ろうかなって」

「……見学するのは構わんが、生徒たちの邪魔だけはするなよ。それと、騒ぎは起こすな」

 

 そう言って千冬嬢は仕方なさそうに束ちゃんの在席を許した。

 友人のよしみと言うよりは、束ちゃん相手では追い返す事は出来ないから放置しておいた方が良い、という判断故の結果なのだろう。幾ら帰れと催促した所で帰らないだろうし、あの子ほどゴーイングマイウェイを体現した子は世界中を探しても見つからないだろうからね。

 

 既に周りの一般生徒の子たちは真耶ちゃんと他のクラスの先生たちの指示によって作業を始めている。それでも世界的に有名な束ちゃんの事が気になる子も多く、先生たちも含めてチラ見している事が多いようだ。

 

 すると、専用機組の子たちの集まりから抜けてきたセシリア姫が私の方に近づき、屈んで身体を寄せて来た。

 

「お、おじ様」

≪おやセシリア姫。どうかしたのかい?≫

「いえ、あの篠ノ之博士が目の前にいらっしゃるので、折角なのでわたくしのISを見ていただけないかと思いまして……ですがやはり、突然ではご迷惑に思われますわよね?」

≪ふーむ……私や箒ちゃんや一夏少年ならあの子も二つ返事で了承してくれるだろうけど……あの子は少し人との関わりに疎くてね、自分の好きな人間以外に対してはあまり良い対応は出来ないんだよ≫

「そ、そうなのですか!?」

 

 そうなのである。そこが束ちゃんの難しい所であり、興味のある子に対しては無邪気に接してくるのだが、それ以外はそれの反動が入ったかのように冷たくあしらう傾向にある。

 昔は存在すら認識しないという事もあったらしいけど、千冬嬢のお陰である程度はマシになったのだとか。私も以前に直そうと試みたんだけど、やはり根本的な解決には至らなかったよ。残念だ、あの子の晴れ姿や子供が見れそうにないじゃないか。いや、義娘のクーちゃんがいるけど。

 

≪私の方で口添えすれば応じてくれない事も無いかもしれないけど……一応頼んでみるかい?≫

「は、はい!ありがとうございます!ではおじ様、わたくしの肩へどうぞ」

≪ありがとうね≫

 

 私はセシリア姫の身体を伝い、彼女の肩へと身体を預ける。

 ちなみに私は人に乗る時は大体肩を定位置にしている事が多い。座っている時は膝の上だけど。なお、ラウラちゃんだけ頭の上に居座らせてもらっている。本人曰く『何故か馴染み』のだとか。

 

≪やぁ束ちゃん。ちょっと良いかな?≫

「おぉテオたん!居たのに声を掛けてくれなかったから、束さんは寂しかったゾ☆」

≪ははは、それは済まなかったね。実はこの子が君にお願いしたい事があるらしくてね≫

「ん、そういえば誰?」

「セ、セシリア・オルコットと申します!かのご高名な篠ノ之博士にお会いできた事を光栄に思うと共に、誠に突然で勝手なお願いではございますが、もしよろしければわたくしのISを見て頂けないかと思いまして……!」

 

 セシリア姫の言葉を聞いた途端、束ちゃんの表情に少し変化が起きた。正確に言うと、姫の言葉の冒頭の時点で顔つきが変わったので、お願いの内容が原因ではなさそうに私は思えた。

 

「セシリア……オルコット?」

「は、はい!英国貴族の家系です!」

「へぇー、なるほどねー……」

 

 そう納得した様子で束ちゃんはジロジロとセシリア姫の姿を観察し始める。彼女が初対面の相手にこういった反応をするのは、非常に珍しい事である。

 やがて彼女は、ニコリと笑みを浮かべた後に口を開いた。

 

「良いよ。やったげるー」

「ほ、本当ですか!?」

≪っ!ほう……≫

 

 束ちゃんのこの対応には、長い付き合いである私は驚かされた。身内以外に厳しいあの束ちゃんが、こうも快く受け入れるとは思わなかったからだ。一度渋ると思って口添えに備えていたのだが、その必要が無くなってしまった。

 私以外にも、千冬嬢と一夏少年と箒ちゃんが同じくビックリした様子で束ちゃんの方を見ている。その気持ちは非常によく解るよ。

 

「でも今装備試験の最中じゃん?あんま他のことやってるとちーちゃんに怒られちゃうんじゃない?」

「あ……い、言われてみれば確かに……」

「ほんじゃあ今日はデータだけ頂戴な。色々解析し終えたらテオたんを通して伝えたげるから」

「あ、ありがとうございます、博士!」

「気にするな!(ジュラルの魔王様風)……という訳でササッとデータ貰うから機体を出しておくれぃ」

「はい!」

 

 トントン拍子で話が進んでいく中で、私は作業中の束ちゃんに声を掛けてみた。先ほどの話の流れの中に、気になる個所があったので。

 

≪一体どういう心境の変化だい、束ちゃん?君にしては珍しい対応じゃないか≫

「まぁちょっと理由があってね~。今度テオたんにはゆっくり話してあげるから楽しみにしててね!テオたんも間接的に関係してるから」

 

 私が関わってる?私はセシリア姫の実家と関わった事は無いと記憶しているけれど……間接的と言っていたから、私の知らぬ内、知らぬ所でという事なのかな?

 まぁ、今度話してくれると言っているし、その時が来るまで大人しく待つとしようか。

 

 

 

 

 

 そして、時はやって来た。

 

「お、織斑先生!!」

 

 真耶ちゃんがタブレットを片手に、慌てた様子で千冬嬢の元へ駆け寄ってきた。その瞳にはかなり動揺の色が混じっている。

 

「どうした、山田先生」

「こ、これを……」

 

 そう言って真耶ちゃんから差し出されたタブレットの画面を覗き込む。

 視線を動かして眺め読んでいく中で、千冬嬢の表情がみるみる曇り出していく。

 

「……一体どう言う事だ、これは」

「わ、分かりません。けれど確かにそのように載ってますし、電話の際も同様の事を……」

「ちっ……」

 

 内容に気に食わない事があったのか、千冬嬢は無間に皺を寄せながら舌打ちを吐く。見るからに嫌そうな表情である。

 

「専用機持ちは?」

「さ、3組のファーネスさんは日英親善大使の仕事で公欠、4組の更識さんは体調不良で欠席。それ以外は出席しています」

「分かった……全員、注目!!」

 

 ……さて、慌ただしくなってきたね。

 

 

 

――――――――――

 

「では、現状を説明する」

 

 旅館の一室にて、千冬嬢が立体スクリーンの横に立って説明を始める。一夏少年、セシリア姫、鈴子ちゃん、シャル、ラウラちゃんが最前列に座して並び、私も彼女たちの横に控えている。先生たちは私たちの後方にいる。

 

「一時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ、イスラエル共同開発の第3世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が現場の事故によって制御下を離れて暴走、空域を離脱した。また、現在対象はこの近辺に向かって高速飛行中との情報が、衛星の追跡によって齎された。残時間は55分、我々の方でこの事態に対処せよと学園上層部から指令が下されている」

 

 学園上層部ねぇ。あの轡木殿が軍用IS相手に代表候補生とは言え修学中の生徒を向かわせるとは到底思えないんだけどね。

 彼ならもっと別の方法を取ると思うんだけど、もしこれが彼の思惑でないのであれば……いや、今はまだ深く考えないでおくとしよう。

 

「指令の内容によると、教員は学園の訓練機に搭乗して作戦完了まで空海域の封鎖を実行。福音の撃破は……専用機持ちの諸君らに任せるとの事だ」

 

 その言葉を聞いて、この場に居るほぼ全員が驚く事となる。目を見開く、口が僅かに開く程度の変化ではあるが、それでも十分伝わってくる。それほどまでに上層部の指示内容は異常なのだ。

 特にこの中で最も専用機持ちとしての経験が浅い一夏少年は、今にも吃声を上げかねない程にビックリしている模様。確かに彼は軍事訓練の経験も無いし、この中では最も一般ピープル寄りな人間だからね。

 

「それでは今から作戦会議を開始する。意見がある者は挙手を行う様に」

 

 最初にセシリア姫が福音のスペックデータを要求し、それの開示から相談が進められていく。皆は某機体の攻撃力、殲滅力、機動力に目を見張っており情報が明かされていない未知数の点にも注意を払っている。この辺りの思考の手際の良さは、流石代表候補生と言えるだろう。

 私は既に束ちゃんから知らされているので、確認気分でデータに目を通させてもらっている。

 

「偵察は行えないのですか?」

「無理だな。福音は現在も超音速飛行を続けている。現存するISではアプローチは一回が限度――」

≪おっと、ちょっと待ってもらおうかな≫

 

 そこに来て、私は今回の作戦会議で初めて口を開いた。

 私が千冬嬢の言葉を遮った事により、全員の視線が此方に集まっている。

 

≪私と【銀雲】なら、超音速中の機体程度は余裕で接触する事が出来る。≫

「あ、そっか!確かにお父さんの銀雲は全IS最速の機体だから、福音にも追いつける!」

「あー、ここ最近はテオがISで速く動いてる所見てないから、忘れてたわ」

「パパ、銀雲の最高速度は?」

≪そうだね、今の銀雲なら……高速機動モードで時速6,000kmは手堅いかな≫

「6,000km!?福音の倍以上の速度じゃない!」

 

 普段のIS学園では最高速度を出す機会など無いので、その数値に皆が驚く。通常モードで動いてもISの3倍程度のスピードは出しているので、速いというイメージは既に定着してはいるけども。

 ちなみに福音の最高速度は時速2,450kmで、マッハ2以上の飛行が可能らしい。鈴子ちゃんの言う通り、マッハ5.0レベルを出せる私とは倍以上の差が広がっているのだ。

 

 しかし、銀雲の速度を聞いても千冬嬢の表情は優れないままだ。何を懸念しているのかも、私は既に分かっている。

 

「しかし、速すぎても他の者と統率が取れないのでは問題だな……先鋒として情報収集に努め、後続が来てからは支援に回すべきか……」

≪いやいや、そんな小難しい作戦も必要ないでしょう≫

「何、どういう意味だ?」

 

 非常に簡単な話だよ。

 

≪私一人で福音を撃破すれば良いだけの話だろう?≫

 

 その言葉を聞いた瞬間、専用機持ちの子たちが一斉に私に向かって反論を向け始めてくる。

 

「テオ、お前何言ってるんだよ!?」

「そうよ!相手は軍用ISなのよ!?さっきのデータ見たなら、1人で戦うのがどんだけヤバいか分かるでしょ!」

≪君たちこそ、既に気付いているんじゃないのかい?この作戦、余所の国の大人たちの不始末を君らのような無関係の子供たちに押し付けている事に≫

 

 やはり、皆どこか思う所があったのだろう。

 私の言葉を聞いた子たちは先程までの勢いが押され気味になってしまった。

 

「し、しかしそれはわたくしたち代表候補生及び専用機持ちとして力を持つ者の責任であって……」

≪無責任な大人に代わって責任を負う必要なんてどこにもないよ。それに私は、このような時の為にも生徒としてこの学園に入ったんだからね≫

「そ、それでもお父さん1人で戦うなんて危険すぎるよ!」

「シャルロットの言う通りだパパ!我々も協力して戦えば、勝率はもっと高く安定したものになる筈だ!そして何より、私もパパの力になりたいのだ!」

 

 私の力になりたい。

 発言したラウラちゃんだけではない。皆が彼女と同じ目をそこに宿して私を見つめてきている。皆がそう思ってくれていると解釈して良いのだろう。上層部からの指示とはいえ、この子たちが戦う必要性などどこにもないというのに。私に任せさえすれば、危険な戦いを避ける事が出来るというのに。

 本当に、良く出来た子たちだよ。

 

 だからこそ、心が痛む。

 これから起こる事を考えると、ますますね。

 

≪ふぅ、仕方ない子たちだ。なら先ほど千冬嬢が言いかけた内容で進めるとしようか≫

「っ!それじゃあ!」

≪そう。私がまず先鋒として福音を叩き、後続の君たちも合流し次第全員で連携して福音を撃破する……千冬嬢、それで良いかい?≫

「……良いだろう。専用機持ちの中で高速機動パッケージを準備出来る者は、高速戦闘下での戦闘訓練時間と合わせて申し出ろ」

 

 高速機動パッケージを用意出来る子はどうやらセシリア姫だけのようで、作戦開始には間に合うとの事。結果、出撃の順は以下のようになる。

 先ずは私と一夏少年とラウラちゃんが出発。ラウラちゃんは現役の軍人である為、現場での指揮を担当する為に少年と並行するのだとか。その次にセシリア姫が10分後に出撃、一夏少年たちが福音に辿り着く時間にタイミング調整する為だ。最後に鈴子ちゃんとシャルが更に10分後に進発。後詰として向かわせ、戦況に応じて臨機応変に動く様にするとの事だ。

 一斉に一同を向かわせない理由は、福音が多対一に対応するための武装を使用した際、なるべく最小限の被害とする為に人数を予め減らして初見を迎える必要があるからだ。もし私たちの予想を超えるデータで迎え撃って来て、全員がいきなり大ダメージを追うような事になれば作戦成功率は大きく低くなってしまう。後に鈴子ちゃんとシャルが控えているのは、その為だ。

 そして攻略のカギを握るのは、一夏少年の白式のワンオフ・アビリティー【零落白夜】だ。それ以外の私達で少年が必殺技を決められる様にサポートに回っていくのだ。全員一斉に強力な武装をバンバン撃ち込むより、こちらの方が他の子の攻撃に巻き込まれる心配も低い。

 

「よし。ではこれより各員、作戦準備を始めろ!」

 

 作戦内容が固まったところで、各自千冬嬢の号令によって散開し準備を開始していく。

 私も私で、備えを万全にしておかなければね。

 

≪では、私は銀雲の最終調整を頼みに行ってくるよ。束ちゃんなら呼んだら直ぐに来てくれるだろうからね≫

「ああ。ただし周りに騒がれるような場所でやるなよ」

≪分かっているよ。では皆、また後でね≫

 

 私は皆に一言告げてから、部屋を出ていく。

 

 それから廊下を少し歩いて、周りに誰の気配も無い場所まで来た所で、私はポツリと口を開いた。

 

≪……こんな感じで良いのかな?束ちゃん≫

「グレイトだぜぃテオたん!」

 

 天井の板をグルンと忍者の様に裏返して、その穴からニョキッと身体を出してきた束ちゃんが私の前に降り立ってきた。天井の板はそのままクルリと一回転した後、元の形に戻っていた。何時の間にこの旅館は忍者屋敷になっていたのか。

 

「この段取りならいっくんたちも福音と戦わざるを得なくなるだろうね!計 画 通 り」

≪こちらは取り敢えず大丈夫そうだけど……肝心の箒ちゃんは本当に紅椿を受け取ってくれそうかい?≫

「そこも無問題!この後の展開と箒ちゃんの心境から推測すれば、束さんがちょっと後押しすれば、自分から乗る決意を固める筈だよん!」

 

 束ちゃんが自信満々にそう言うのなら、本当に問題は無いだろう。束ちゃんが『こうなる』と言った後、それが外れた事など過去に一度しか無い程だ。実際の数値で表すと、9割は超える的中率である。

 

 そして束ちゃんは日中、私と会っていた時にこのような予測を立てていた。

 『やつらが待ち構えているから、テオたんはそいつらの妨害で福音に辿り着けなくなる』と。

 

 その予測も当たっているのであれば、福音との戦闘に私は参加できず、一夏少年たちのみで戦わなければならなくなる。

 『福音との戦いはいっくんたちに任せてあげて欲しい』束ちゃんがお願いしていた内容にピッタリ叶うステージが既にこの先で整えられているというわけである。

 

≪獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす、か……いざ自分がその獅子の場に立つと、やり切れないよ≫

 

 何にせよ、私は私のやるべき事を為さなければならない。

 

 これから先……福音を退けた更なる先に待ち構えている脅威に対するためにも。

 

 

 

―――続く―――

 




 途中のセシリアと束のやり取り、完全に原作最新巻のエクスカリバー編の伏線ですね。回収するまでまだまだ先なので、時が来たらまた振り返りがてら読み直してみても良いかもしれませんね!(露骨な再読促進)
 あ、でも私の下手くそな文がまた読み返される……(絶望)

 ちなみに、チラッと出て来た高速機動モードについて、解説をば少々。

【高速機動モード】
 ……宇宙空間での活動を目的としていたISの本来の機動力を持ったモードです。しかし現在では地上での活動が専らとなっているため、篠ノ之 束がISの機動能力に制限を掛けた【通常機動モード(通常モード)】を開発。それがIS学園や国家のISでデフォルトとして設定されています。モードの切り替えは搭乗者本人で行えますが、ISによっては開発者(整備者)によってロックが掛けられており、通信で承認を得なければなりません。
 高速機動モードはどのISでも音速を超えるスピードを出す事が可能となりますが、高速機動用のパッケージが別添えで必要な場合もあります。超高感度ハイパーセンサーは要必須で、中には機体に既に備えているISもあります(一夏の白式は搭載済み)。
 前述の通り、高速機動モードはその名の通り音速を超える超スピードが特徴ですが、出力をシールドエネルギーから捻出しないといけない為、動くだけでも通常モードより大きくエネルギーを消耗します。宇宙活動を視野に入れずに国家が開発指示しているケースが多いため、通信範囲の一部規制、短距離内での小回り等も通常モードに比べて劣っているなど、発展途上な点が幾つか見受けられます。それ故に、現在では各問題点を補う為の高機動専用パッケージが基本的に必要となってきます。

 以上です。
 原作にモードの切り替えとかは無かった(と思う)ので、独自設定として今作品では取り扱わせていただきます。
 


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立ち塞がる茨の道

 時刻、11時30分。

 現時刻を以て、銀の福音撃墜作戦が開始される。

 砂浜には、今作戦に参加する専用機持ちの子たちがそれぞれISを装備して並んでいた。勿論、私もその中に加わっている。

 

 旅館の一室に設けられた作戦室にいる千冬嬢から、全員に対して通信が入る。

 

『ではこれより、作戦を開始する。第一陣のテオ、織斑 一夏、ラウラ・ボーディッヒは出撃態勢に入れ』

≪了解≫

『はい!』

 

 私たちは他の子たちより数歩前に出て、出撃の用意を始める。

 ラウラちゃんは軍人として手慣れているから表情に緊張の色が見当たらないが、一夏少年はこういった事に慣れていないため、緊張した面持ちである。つい最近まで一般人だったんだから、仕方ないね。

 

 ここは年長者として何か緊張を解す言葉でも掛けてあげようか。そう思った時、背後で控えている子たちから声が掛かってきた。

 

「あんたたちが梃子摺ってもあたしが切り札として控えてるんだから、ドンと構えて行ってきなさい!」

「皆さま、どうかお気を付けて。わたくしも直ぐに馳せ参じますわ」

「一夏、ラウラ、お父さん……僕たちもいるんだから、絶対に無茶はしないでね」

 

 鈴子ちゃん、セシリア姫、シャルからそれぞれ激励の言葉を掛けられる。それぞれの性格がよく分かる、どれもとても安心できる言葉だ。

 

 一夏少年は彼女たちの言葉に一瞬呆けるが、直ぐにそれは消え、時々女の子に見せている凛々しい表情を浮かべ、口を開く。既に先程までの緊張は無くなっていた。

 

「……ああ、ありがとな!」

 

 ふっ、どうやら年寄りの言葉は必要ないみたいだね。

 

 私とラウラちゃんも彼女たちの激励にニコリと微笑みで返すと、揃って真剣な表情に切り替え、少年と共に海原の方へと視線を戻す。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、【シュヴァルツェア・レーゲン】!」

「織斑 一夏、【白式】!」

≪テオ、【銀雲】≫

 

『出撃!』

 

 一斉に私たち3人は、空に向かって駆け上がった。

 その後、すぐに目標高度に到達した私たちは、軌道を微修正し、真っ直ぐに目標地点に向かって進み始めていく。私が2人よりも少し前を飛行しているような陣形となっている。

 

 私は2人にオープン・チャネルを飛ばす。

 

≪では2人とも、私はこれから高速機動モードに移行し、先に福音に接触させてもらうよ≫

「テオ、俺たちが着くまで無理するなよ!」

「パパ、武運を祈る」

≪ふっ……銀雲、高速機動モード移行開始≫

 

 私はISの機能を設定し、モード移行を開始する。

 私の翼部に控えている『ビット=コネコ』が射出されると、直ぐに私の翼部のパーツに接続及び形状変化が起き、通常時よりも大きな翼が生えた様な形となる。更にビットの接続に呼応して機体各部の外装が高速機動用に調整され、機体変化を完了させる。

 

 では、行くとしようか。後ろの子たちに本当のスピードという物を見せてあげるとしよう。

 私は各部加速装置を起動させると、高速飛行を開始した。

 

「うわっ!?」

「なっ……!?」

 

 加速した直後、後ろの2人の呆気にとられた声が聞こえてきた。ふふふ、驚いてる驚いてる。どうせなら驚く顔も見てみたかったけど、もう肉眼では確認できない程の距離を開けてしまったため、それは叶わないね。

 さて、おふざけは此処までにするとしよう。

 私は通常のハイパーセンサーよりも優れた、高速機動用の超高感度ハイパーセンサーを起動させる。最初の頃は世界全体がゆっくりになったかのような感覚があって戸惑ったが、今ではすっかり慣れたものだ。

 予定通り、福音との距離がみるみる縮まっていく。計算によると、後30秒もしない内に福音の姿を直接確認できるとの事だ。

 

 ……そしてここで、作戦予想外の事態が発生した。

 突如、前方から複数の銃弾が私の方に向かって飛んで来たのだ。弾丸の軌道からして、福音の仕業では無い。

 

≪っ!≫

 

 私はそれらを全て躱すと、速度を落として進行を止める。

 そして先ほどの銃撃の犯人である、目の前の存在を視線に留める。

 

 私の視線の先には、ISを展開した若き少女の姿があった。

 現在のISでは珍しくフェイスアーマー(頭部装甲)が入っており、少女の素顔が口元しか見えないが、体格などを考えると箒ちゃん達より一回り上くらいの年代だろう。着ているISスーツの色はライトグリーン。

 そしてISの外見は、赤いボディカラーと全身に生えた鋭利な棘のようなボディシルエットが特徴的である。ウイングもまるで花弁のような形状となっており、全体の姿を見たイメージは『薔薇』のようだと思えた。

 彼女の腕には、先程の弾丸を放った銃が握られている。ハンドガンの周りに植物の蔦が絡まっているデザインとなっている。

 

≪まったく、いきなり銃を撃つなんて危ない事をするねぇ。道路の飛び出しは危険だってよく聞くだろう?≫

「ご心配には及びません。交通事故の責任は大体運転手側が強く負うケースなので」

 

 私は1つも安心できないんですが、それは。

 というかこの声、つい最近聞いたばかりじゃないか。まさかこんな早く再会する事になるとはね。

 

≪まさか変声もせずに私と接触してくるとは……正体隠す気ないじゃないか。桃色の髪のお嬢さん≫

 

 そう。この子はVTシステム事件の際に裏で暗躍していた、亡国機業所属のあの桃髪のお嬢さんだ。シャルの異母、マリーヌ・デュノアを唆して彼女にVTシステム起動装置を渡し、自身も変装してIS学園に潜入した中々のやり手だ。

 私も彼女と対峙したのは良いものの、まんまと逃がしてしまったからね。その時の辛酸の苦さは今でも記憶に新しいよ。

 

「ええ。こちらも少々事情がありますので。今更正体を隠した所で意味が無いという事で、変声はしませんでした」

≪なら、折角だから名前も教えてもらって良いかな?≫

「ええ、構いませんよ」

 

 あ、良いんだ。そこまで明かす義理は無いって断られるものとばかり思ってたんだけど、あっさりOKされちゃったよ。

 まぁいつまでも桃髪のお嬢さんじゃ呼び辛かったから、私としても助かるんだけどね。

 

「『ロゼ』。それが私のコードネームとなりますので、どうぞお見知り置きを」

 

 そう言って桃髪のお嬢さん――ロゼお嬢さんは慇懃な素ぶりで私に礼を向けて来た。紳士が腕を手前に掛けて振りながら礼をする、あの仕草である。

 

「……さて、あまり長話をするつもりはないので、貴方にはここで私と戦っていただきます」

≪私は今大切な仕事の最中だから、後にしてもらえるととても助かるんだけど≫

「それは困ります。もし貴方が私を無視して進もうとするなら、私は遊び相手を求めて貴方のご学友が沢山いる旅館へ向かうでしょうね」

 

 やはり、束ちゃんの予測は当たっていたようだ。

 

 もし私がこの子を素通りして福音と戦う事になれば、この子はそのまま旅館へと向かい攻撃を仕掛けてくる手筈なのだ。旅館には生徒の子たちや旅館の従業員が大勢おり、彼女たちを危険に晒す事となる。

 旅館にはまだセシリア姫、鈴、シャルが残っているが、彼女たち全員で対峙しなければこの子を相手取るのは難しいだろう。亡国機業の手練れ相手に1対1となると、熟練の代 表候補生や国家代表でなければ厳しいからだ。そうなれば、私と一夏少年とラウラちゃんで福音を相手にする事となるが、そこは然したる問題ではない。

 問題は……。

 

≪君が来てると言う事は、レディ・スコールも近くに居るという解釈をして良いのかい?≫

「さぁ、それはどうでしょう。試しに私を通り過ぎて福音の元に行ってみれば分かると思いますよ。もっとも、彼女が居た際の諸々の保障は致しかねますが」

≪やれやれ……そこは素直に教えて欲しい所だったのだがね≫

 

 これである。

 何も現場に来ている亡国機業のメンバーがロゼお嬢さんだけとは限らないのだ。もし彼女以外にもISを使える者が現れたとなれば、間違いなく旅館の人たちは彼女たちの手に掛かる。真耶ちゃんと千冬ちゃんが居るにしても、IS相手では生身の人間は太刀打ちする事など出来ないのだ。

 彼女の言葉がブラフだとしても、私に旅館の子たちを危険に晒す事は出来ない。もしそうなれば福音との戦いを切り上げさせて、それを放置して旅館に救援に向かうだろうね、私は。

 

 仕方なく、私は通信を千冬嬢に繋げる。

 

≪もしもし千冬嬢。こちらテオ、只今……おっと!≫

 

 通信中の私に向けて、ロゼお嬢さんが発砲。通信の間にも撃って来るとはお構い無しだね。というか高速機動モードじゃ色々とやり辛いっ、通常モードに移さなくては!

 私は続いて襲ってくる銃弾を移動して避けながら、通信に意識を向け始める。

 

『どうしたテオ、何があった』

≪現在、国家未所属のISと接触中。対象は私を福音の元に行かせないようにしているらしい≫

『何だと……!?』

 

 通信越しでも、千冬嬢の驚く様子が伝わってくる。何せ脅威が福音以外に発生したというのだからね。

 

≪このままでは私は福音と戦闘する事は出来ない。一夏少年とラウラちゃんは福音との合流ポイントを再計算し、私に構わず福音に向かうように指示してくれ≫

『……お前1人で所属不明の相手と戦うつもりか』

≪私が素通りすれば、旅館に危険を及ぼす発言もしているからね。相手が単独とも限らない以上、私が此処で対処する必要があると思わないかい?≫

『ふざけた事言ってんじゃねえよ、テオ!!』

 

 突如、いつの間にか私たちの会話を聞いていた一夏少年の怒号が入ってくる。

 彼と通信を入れた記憶は無かったんだけど……そう言えば、予定では既に福音と合流している頃合いだったから、私の連絡が無くて誰かが千冬嬢に通信を入れてたのかもね。よく見ると一夏少年以外の他の子たちとも通信が繋がっている状態になっている。

 

『話がまだよく分かんねえけど、テオ1人で危ない敵と戦ってるんだろ!?俺もそこに行って一緒に戦う!』

『馬鹿者!!お前は今福音の撃墜に向かう最中だろう!標的を放置して良い訳があるか!!』

『けど千冬姉っ!このままじゃテオが――』

≪少年、千冬嬢の言う通りだ≫

 

 私は無理矢理一夏少年の言葉を遮って、彼の勢い付いた剣幕を絶った。

 

≪少年、この任務にはいろんな国の人たちの危機に関わっている事態なんだ。福音の軌道から見ても、先ず真っ先に福音の攻撃範囲に入る国は日本……君の友や知り合いが大勢いる場所だ≫

『っ!!』

 

 少年も、大事な事に気付けたようだ。

 

≪対処が遅れれば遅れる程、被害を受ける国は増えていく。君がこの学園で出来た友達……セシリア姫やシャル、鈴子ちゃん、ラウラちゃんたちの国の人も巻き込まれる可能性が高い≫

『っ……それは……』

 

 良くも悪くも、一夏少年の『守る』対象は非常に大きい。自分と直接関わりのある者は勿論、その者の知り合い、時には無関係な人も守ろうとする。どちらか命の危機、という天秤に掛けられたのであれば少年は迷わずにどちらも助けるという選択肢を選ぼうとする。

 現に今、私の危機と世界の危機が天秤に掛けられ、少年は即断できずに躊躇っている。酷な話だが、必ず決断をしなければならない。選択とは、何時だってそういうものだよ。

 

≪行きなさい、少年。君は既に背中に皆の期待を背負っている。それを放り捨てて私の元に来たとしても……皆は勿論、私も喜びはしないよ≫

『テオ……』

≪それに少年、1つ忘れてる事があるよ≫

 

 そこまで言うと、私は進行上に予測撃ちされてきた銃弾を鞭型武装【ウィップ=ネコジャラシ】で弾いてみせた。

 

≪皆でやってる模擬戦の戦績、私が1番なのをね≫

『あっ……』

 

 やれやれ、そこを忘れられては困るよ。ちなみに順位は上から私、ラウラちゃん、シャル、鈴子ちゃん、セシリア、箒ちゃん、一夏少年となっている。

 

『まったく、助けに行くんならもうちょっと模擬戦で勝ってから言いなさいよね』

『訓練機を使用している箒さんにも負けてますものね……まだまだ精進が必要かと』

『せめてラウラが一夏の台詞を言ってくれたら、僕としては安心感があったんだけどね』

『日本ではああ言うのを大言壮語と言うのだったな。そういう発言は私を倒してから言え』

『やめて!もう俺の心はズタボロだよ!』

 

 ああ、一夏少年のヒステリーが聞こえる。悪く言うつもりはなかったんだけど、つい話がそういう方向に拡がっちゃったね。

 

≪ごほん。まぁそう言う事だから、此処は私に任せて少年は皆と一緒に福音に当たりなさい。私も無茶しないように戦うから、心配ご無用だよ≫

『……分かった。ならこっちは俺たちに任せて、テオは気兼ねなく戦ってくれよ!』

『だから、あんたが言うには戦績が……』

『その話まだ引き摺るのかよ!?』

 

 ははは、重要な任務の最中な子たちの会話とはとても思えないね。

 けれど、変に緊張して思うように戦えませんってなるよりはずっと良いかもしれない。

 

≪と、言う訳で千冬嬢。此方の事は気にしなくていいから、そっちも福音の戦闘にしていてくれたまえ……まぁ私から言う必要も無かったかな≫

『ふっ……総員通達!テオは現時刻を以て福音撃墜の任務を一時離脱し、所属不明ISの対処に専念!残る者達で、福音の暴走を止めろ!』

『了解!』

 

 通信を其処で切り、私は身を翻してロゼお嬢さんと対峙し直す。結局あのお嬢さん通信の間ずっと撃って来たから、回避とお喋りの両立は中々に大変だったよ。

 

 ロゼお嬢ちゃんは銃撃を止め、マガジンを交換しながら小さく溜め息を吐く。

 

「私の攻撃を気にも留めずに通信を続けられていると、私も少々傷つくのですが」

≪いやいや、予測を付けて正確に撃ってくるから冷や冷やしたよ。本当に気にも留めずにいたら、恐らく撃ち落とされてたね≫

「そうですか……なら、適した環境に整えねばなりませんね」

 

 そう言うとロゼお嬢さんは、腰の横辺りに備え並べている7種類のカートリッジの中から紫色の物を取出し、それを腕部の挿入口らしき箇所に挿し込んだ。

 

『Change. Purple rose』

 

 すると、彼女のISが機体音声を発し、そのボディに変化が起きる。

 何と彼女の機体が一瞬光ったかと思うと、先程まで『赤色』だった機体カラーが『紫色』にすり替わっていたのだ。

 そして、変化はそれだけではない。先程まで彼女が持っていた銃……銀雲の分析によると、先程までの銃は【アイビーラッシュ】という名称らしく、フランスの既存品と詳細が一致しているのだとか。そのアイビーラッシュが手元に無く、別の銃が握られていた。分析の結果、新たな銃はライフル【ローズシューター】と言い、これもフランスに同じ武器があるそうだ。

 

 ロゼお嬢さんは腰から白色のカートリッジを抜いて、機体と同じく備えられた挿入口に挿し込んだ。銃も先ほどの機体の様に一瞬の光を発すると、全体細長く走る蛍光ライトが白く点灯し始める。

 そして彼女はすかさず私に狙いを定め、射撃。

 

≪なっ……!?≫

 

 データに比べて、弾速が明らかに速い。

 咄嗟に私は身体を動かして直撃は避けるが、ギリギリ掠ってシールドバリアーが発生し僅かにシールドエネルギーが消耗してしまった。

 

「漸くカス当たりですか……ならば次は、直撃コースで」

 

 私の動揺などいざ知らず、ロゼお嬢さんは続けざまに銃撃を行っていく。

 

 しかし、私もそう何度も当たってあげるわけにはいかない。先程の弾速は既に銀雲に計測・記録済みにしており、冷静に回避を成功させていく。相変わらず正確な射撃スキルだけど、銀雲は圧倒的な速度だから、しっかり避けてみせないとね。

 それにしても、どうやらあのカートリッジがトリックのタネのようだね。明らかにこれで強化しましたと言わんばかりな感じだったし。

 

 さて、やられっぱなしというのも良く思わないので、私からも攻めさせて頂こう。

 私は腕部武装【クロー=ヒッカキ】を召喚すると、それを纏って銃弾を掻い潜りながらロゼお嬢さんに接近していく。

 

 対するロゼお嬢さんは冷静な様子で緑色のカートリッジを機体に挿し込む。

 

『Change. Green rose』

 

 今度は機体の色が緑色に変化した。

 

 何か仕掛けるつもりなのだろうがその前にこちらから行かせてもらおう。

 私は彼女が動く前に近くにまで詰め寄り、鋭い爪撃を放った。

 

 しかし、彼女はISのシールドバリアーが発生したにも関わらず、ピクリとも仰け反る気配が無かった。加えて、彼女のシールドエネルギーの減少値がヒッカキの攻撃力と比較して明らかに小さかった。

 

「お分かりいただけましたか?」

 

 ロゼお嬢さんが近接した私に向けて新たに武装した棘のグローブで殴り掛かってきたため、私はそれを際どい所で回避。

 そしてすかさず彼女と距離を取って範囲から逃れた。

 

「これが私のIS【セブンス・ローズ】の力です。この機体の装甲は特殊な金属によって造られており、これらのカートリッジに予め組み込まれた電気信号による衝撃を機体に加える事によって、装甲の性質を大きく変化させる事が出来るのです」

 

 そう言ってロゼお嬢さんは、3つのカートリッジを手に取り、私に見せつけるようにそれらを翳す。

 

「現在の緑色の装甲は、装甲硬度を急増させる事によって防御力と攻撃力を特化させる、近接特化型、グリーンカラー。先程の紫色は、センサーレベルの強化と遠距離武装の適正値を上昇させる遠距離強化型、パープルカラー。銃に使用した白色は推進力、加速力、瞬発力などの速度に関する性能を上げるスピード特化型、ホワイトカラー。そして赤色は……」

 

『Change.Red rose』

 

 機体は最初の赤い色へと変化する。

 

「スピード、パワー共にバランスの取れた万能型、レッドカラー。機体の名前の通り、この4色以外にも後3色あります」

≪なるほど……セブンス・ローズ、7色の薔薇という事ね≫

「ええ。この能力は【七色変化(カラー・バリエーション)】と言いますので、どうぞ知っていてください」

≪よく分かったよ。次の期末テストために覚えておかないとね≫

 

 軽口を叩いたのは良いんだけど、これは中々に厄介な相手だ。

 あのカートリッジ、機体だけじゃなくて武装にも使えるというのはズルい仕様だ。まだ分からない色が3つもあるとなると、どんな風に仕掛けて来るかも予測しにくい。速度強化、硬化&パワーアップ、遠距離性能アップと最早何でもアリじゃないか。

 

 取り敢えず、私も手数を増やしておかないとね。

 

≪久しぶりの出番だよ、【ビット=コネコ】≫

 

 私のちいさなカスタム・ウイングに待機している2機を起動させ、私の近くに浮かび上がらせる。

 

『ご主人様……わたしたちは暴れたくて暴れたくてたまらないですよ……!』

『あの雑草、ご主人様の御体に銃弾を掠めるとは……万死に値する!』

 

 なんか、凄いご立腹の様である。

 

≪元気なのは良い事だけど、ちゃんと私の指示は聞いておくれよ?≫

『はい!勿論です!』

 

 分かっているなら宜しい。

 私はこの子たちを近くに侍らせながら、【ウィップ=ネコジャラシ】と【クロー=ヒッカキ】を構え直す。

 

 ロゼお嬢さんは針のように鋭い刀身と絡みつく蔦の飾りが特徴的なレイピア型刀剣【フレグランス】に緑のカートリッジを挿し込み、刀身が緑色に淡く輝くそれを構える。

 

 そして私たちは共に駆け、互いの武器をぶつけ合う。

 戦いは、まだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

―――続く―――

 




 久しぶりに原作とは大きく違った展開になりましたね。箒がいなかったり妨害が現れたりラウラが先発として一夏に同行したり。

 では今作品のオリキャラ、ロゼと彼女の機体【セブンス・ローズ】の情報を一部公開です。

○ロゼ
【性別】女
【年齢】20歳
【外見】髪:ピンクのロングウェーブヘア 体格:身長154cm体重41kg
肌:白 服装:ゴスロリ(黒)
【ビジュアルモデル】『八犬伝』より『浜路』
【出身国】フランス
【専用機】セブンス・ローズ(待機形態は手鏡)
 ・亡国企業の実働部隊『モノクローム・アバター』に所属。
 ・変装術に長けており工作員として活動する機会が多く、彼女の本当の顔を知っている者は亡国企業でも指の数で足りる程度しか存在しない。世界そのものを嫌う傾向が見られ、その中でも特にフランスに対する憎悪が強い。
 ・???
 ・敬語口調が基本だが言葉の節々に乱暴な表現がなされており、『クソヤロー』『ビッチ』なども平気で口にする。感情の起伏も平坦で、激昂する機会もあまり見られない。ISの操縦能力は高く、フランスから盗んだ第3世代機『セブンス・ローズ』を愛機として備えている。
 ・???
 ・???

【セブンス・ローズ】
 フランスの1企業が秘密裏に開発を進めてきた全身装甲型第3世代機。本来の機体カラーは灰色。
 ニューヨーク州の州花であるバラをモチーフにしたISで、翼のカスタム・ウイングを展開すると花弁の形状をとる。全体的に刺々しいデザインとなっており、手足などが通常のISよりやや長めになっている。ちなみに『セブンス・ローズ』はフランス国を嫌うロゼが独自に決めた名称であり、機体名・武装名ともに全て米国の言語に置き換えられている。
 その最大の特徴は【カラー・バリエーション(七色変化)】という形態変化能力。変異ナノ粒子配合スリムメタル装甲に組み込まれた粒子へ別添えされたカートリッジによる電気信号による衝撃を加えることで、機体の性質・色を変化させることが出来るという異色の能力。
 また、この能力は各種武装にも搭載されており、カートリッジの色に応じた能力付与が可能となっている

・「パワー・スピードのバランスが取れた万能近中対応型」のレッドカラー
・「推進力、加速力、機動精密性向上の回避特化型」のホワイトカラー
・「精密センサーレベル上昇、遠距離装備威力上方補正の遠距離戦型」のパープルカラー
・「装甲硬度急増による、攻撃と防御の性能に優れた近接格闘型」のグリーンカラー
・???
・???
・???

【フレグランス】
 近接用刺突装備。レイピアに植物のつたが絡まっているような装飾が特徴的で、斬るには向かないが突きでは十分な威力を発揮する。刀身を十メートルまで伸ばす事が出来る。デザインはそのまんま、モンハンのリオレイアの片手剣。
【アイビーラッシュ】
 ハンドガンタイプ。フレグランスと同様に、銃全体につたが絡まっているデザインとなっている。
【ローズシューター】
 中・遠距離射撃用スナイパーライフル。カートリッジが挿入されると、銃全体に細長く走らせた蛍光ライトが色に応じて光る。
【???】
 ???
【ナックルスパイク】
 近接格闘用グローブ。全体に棘が付けられており、棘鉄球の様な仕上がりになっている。
【???】
 ???

 以上です。
 ???の部分は今後の登場で明らかになっていくので、気長にお待ちください。
 個人的に主人公にしたいくらいの本人&機体設定なんですよね……もしこの作品が完結したら彼女のスピンオフ作品書いてみたいくらいです。
 後は主人公であるオリキャラの精神が事故でヒロインの身体に移ってしまい、1つの身体に2つの魂が宿ってしまった!みたいな憑依物的な作品が構成段階ですがあるんですよね。多分次に書くならこっちでしょう。
 え、その前にこれを完結させろって?ですよねー。


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VS.銀の福音 Part1

◇  ◇

 

テオと亡国機業のロゼが激しい戦いを始めようとしている頃、此方の方でも動きがあった。

 

「織斑 一夏!福音を確認した!」

「ああ、こっちからも見える!」

 

 ラウラ、一夏の両名は初期コースを修正した後、予定より先の地点にて高速飛行を続けている福音の姿をついに捉える事が出来た。銀色の機体が太陽光に晒されて、光り輝いている。銀の福音、その名の通りと言ったところか。

 

「お前は無理に攻撃を仕掛けようとするな!奴の確実な隙を見切り、其処を零落白夜で突いて決着を着けろ!私が補佐に回る!」

「分かった!」

「敵機との接触までのカウントを開始!5、4、3、2、1……」

 

 0。

 先ずはラウラが牽制として、大型レールカノンを発射。弾丸は福音の軌道線上に沿って一直線に向かっていく。嘗ては一夏たちに猛威を振るったその威力は、軍用ISとて直撃すれば只では済まないだろう。

 

 しかし福音は弾丸が来る前に高速機動を続行しながら方向を転換、ラウラ達のいる方を向きながら回避してきたのだ。

 

「避けられた!?」

「驚いている暇は無い、反撃が来るぞ!」

『2つの敵機反応を確認、迎撃モードに移行。レベルC設定』

 

 2人がオープン・チャネルを通して聞き取ったのは、抑揚の無い機械音声。銀の福音が発した物だ。しかしこちらを排除しようとする敵意がひしひしと感じられ、2人の身体に緊張感が迸る。

 ラウラは左目の眼帯を外し、赤色と金色のオッドアイをその場に晒す。ヴォーダン・オージェが移植された左目が、強く輝いて見えた。

 

 銀音は翼のような形状をした、大型スラスターと広域射撃武器の融合システム『銀の鐘』を展開。その砲口を一夏達の方へと向ける。多数ある砲口の一部が光り、そこからエネルギー光弾が発射された。

 

 一夏とラウラはすぐさま左右に散開し、迫り来る光弾から逃れる。しかし相手は更に追加で砲数を増やすと、散らばった2人にそれぞれ光弾による追撃を行い始めた。途中、一部の光弾が海に着弾した瞬間に大きな爆発を起こした事から、只のエネルギー弾では無く、高密度による爆発性の高い物であるという事が新たに情報として取得出来た。

 つまり、一発でも喰らえば一気に危機に瀕してしまう程の高火力という事である。

 

「くそ……こうも弾幕を張られちゃ、近づく事すら出来ねえ……!」

 

 威力に加えて連射性能も高いと来たものだ。隙を見ながらのラウラの射撃をスイスイと回避しながら、一夏たちを翻弄するように次々と弾を撃ちこんできている。広域殲滅の性能に偽りは無いというわけである。

 

 近接オンリーの為、接近しなければ攻撃できない一夏は近づけない事で徐々に焦りを感じる。ジワジワと減少するシールドエネルギーの数値を見る度に、早く決着を着けなければならないという焦燥感に駆られてしまうのだ。

 

 だが、ラウラはそんな一夏の心境を見抜いていた。そして逸る彼に、冷静な様子で言葉を掛ける。

 

「落ち着け、織斑 一夏」

「落ち着けったって、このままじゃ……」

「パパの言葉を思い出せ。我々は『皆』で福音を撃破するのだとな」

 

 その直後、光弾を潜り抜けて福音へと駆ける、一迅の青いレーザーが現れた。

 レーザーは直撃には至らないものの、福音の機体を掠めて初めてこちらからダメージを与える事に成功させた。

 

 その青いレーザーの正体は、大型BTレーザーライフル【スターダスト・シューター】から放たれた光線弾。

 そしてその装備をしているのは……。

 

「お二人とも、ここからはわたくしも参戦致しますわ!」

「セシリア!」

 

 2人より遅れてやって来たセシリアが、今到着したのだ。

 強襲用高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】を装備した彼女は、高速機動中の詳細な情報取得を行うためのバイザー型超高感度ハイパーセンサー【ブリリアント・クリアランス】を頭部に装着している。また、普段使用しているビットは6機ともスカートの様に腰部に接続されており、スラスターとしての機能に努めている。

 

 セシリアは続けてライフルによる攻撃を敢行。福音には回避されるものの、敵の攻撃を緩める結果を生み出していた。

 

 機を見たラウラは、2人に向けて指示を出す。

 

「よし、セシリアは私と共に織斑 一夏の福音接近の援護に回れ。織斑 一夏は我々に構わずターゲットに斬り込め。此方の誤射の心配はしなくても良い」

「分かった!2人共、信じてるぜ!」

「ええ、わたくしたちにお任せくださ……えっ、こ、これは……!?」

 

 突如、セシリアが狼狽し始める。

 彼女の動揺に気付いた他の2人の視線が彼女の方へと向けられる。

 

「セシリア、どうした!?」

「何かトラブルが起きたのか?」

「こ、此方に向かって高速接近してくる機体反応が1体!このスピード……時速2,400kmオーバー!?」

 

 その速度は、福音の最高速度に匹敵する程のスピードである。通常モードのISではまず出せない数値だ。

 福音の光弾を躱しながらその情報に目を見張る3人。

 

「鈴かシャルがセシリアみたいに高機動パッケージ付けて来たのか!?」

「いえ、それにしては時間が速すぎますわ!」

「対象の機体情報は!」

「まだデータの算出が……っ!出ました……けど、この機体は……!」

「セシリアっ?」

「対象機体名は―――」

 

 

 

 

 ―――【紅椿】

 

 紅椿、それは3人の記憶にも新しい存在だった。

 何せ今日の内に最初の第4世代ISと発表された、篠ノ之 束が自ら開発したISの名前なのだから。デモンストレーションは自動操縦によるものだったが、それでも十分に高い性能を披露していたのを3人は覚えている。

 

 そしてそのISが自分たちの元に急速接近している。驚かざるを得ない内容だ。

 

 同時に、分からない事もある。

 何故こちらに来ているのか、そして機体に乗っているのは一体誰なのか。

 

 それらの答えは、徐々に明かされる事となる。

 紅椿からの通信が3人の元に届く時、聞こえて来たのは彼女たちが良く知る者の声であった。

 

『皆、どうやら無事のようだな』

「その声……!まさか……箒、なのか?」

 

 紅椿の搭乗者。

 それは、篠ノ之 箒であった。

 

 

 

――――――――――――

 

 時は少々遡り、テオ達が福音に向けて出発し始める所まで戻る。

 

 専用機のメンバーが福音撃破の任に就いている間、一般生徒は各自指定されている部屋で待機するように言い渡されている。緊急事態だと伝えられているが、その仔細までは明らかにされていない。事情を知ろうと外に出れば、教員に発見され次第確保されてしまうため、彼女たちが真相を知る術は無い。

 外に出たところで無駄なのを理解している彼女たちは、大人しく部屋で好きに時間を潰している。同じ部屋の者と雑談、持って来たカードゲームで遊ぶなど、潰し方は人それぞれだ。

 

 専用機持ちのメンバーと特に親しい間柄である箒も、同室の少女たちと雑談を交わしていた。

 

「ねえねえ、箒は何か専用機持ちの子たちから聞かされてないの?実は非常事態に備えての予行練習だったりとか、避難訓練みたいに」

「いや、流石にあの状況で話す暇は無かったからな……少なくとも、本当に緊急事態が発生している事は間違いないだろう。皆、その様な反応をしていた」

「そっか……最近、こういうの多いよね……」

 

 雑談に参加していた内の1人の少女が、暗い顔で俯いてしまう。

 彼女の言うとおり、今年度のIS学園はイベントになると必ず何かしらの事態が発生している。日常では怖がるそぶりを見せない彼女たちだが、3度目の事態となるとまた今後も何かが起こるのではないかと不安になる者も少なくは無いだろう。

 

 一度、直接それらの危機に関わっている箒は、その危険性を一般生徒たちよりもずっと理解出来ていた。あれらは一歩間違えば、死者が出ていても可笑しくは無いレベルだったと。

 箒は不安になっている彼女の肩に手を置き、優しい笑みを浮かべながら彼女の目線に合わせ、口を開く。

 

「心配するな。今は私たちを守る為に、代表候補生の皆や一夏が先生たちと一緒に戦ってくれている。ならば私たちは、彼らを信じようじゃないか。それが私たちの様な待つ者に出来る事だ」

「箒……うん、ありがとう」

 

 少女は箒の励ましで心を軽く出来たのだろう。自然な笑顔で彼女に対してお礼を述べた。

 彼女だけではなく、周りの少女たちの表情にも変化があった。特に遊んでいる子などの笑顔が、幾分か和らいで見えるようになったのだ。彼女たちもまた、募る不安を紛らわせる為に遊んでいたのだが、箒の言葉に影響されて自然な笑顔が出来る程に気が楽になったのだ。

 

「よーし!そんじゃあこの部屋にいる全員でトランプ大会しよー!負けた人は一発ギャグ披露の罰ゲームね!」

「えーマジー!?私30個くらいしかネタ持ってないのにー!」

「多いわ!」

 

 そこからは部屋のメンバー全員でトランプ大会が開催され始める事に。その意図はきっと、この場に居る皆が共通している事であろう。

 

 彼女たちの姿を見て一安心した箒は、立ち上がって外に出ようとする。

 

「あれ篠ノ之さん、どこ行くの?」

「ああ、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」

「そっかー。じゃあこっちはこっちで先に始めよっか!」

「さあ、闇のゲームの始まりだぜ!」

 

 1人気合の入れ方が尋常じゃない者が居たのだが、箒は深く気にせずそのまま手洗い場に向かうのであった。ちなみにトイレまでは流石に規制されていないので行きたくなった者から行くように、ただし真っ直ぐ行って真っ直ぐ帰れ、との事だったので、気兼ねなく向かう事が出来る。

 とは言っても、彼女は本当にトイレに用があるわけでは無かった。ただ外の空気を吸いに出たかっただけなのだ。

 

 生徒たちが控えている客室の通りを抜けて、箒は中庭に通じる開けた通路まで足を運ぶ。そこで彼女は足を止め、空を眺める。

 白い雲の混じった青空。恐らく今頃は専用機持ちの彼女たちが何かを為そうとこの空のどこかを駆けているのだと、箒は予測していた。加えて千冬の放っていた雰囲気、あれは相当に重大な事態だと思われる。以前学園で発生したトラブルの時の様な……。

 

「また、あの時の様な事が起きているのだろうか……」

 

 先ほど箒は、部屋で話をしていた少女には大丈夫だと言った。箒も先の言葉に偽りは無く、一夏達の事を信じている。

 しかしそれでも、彼女は完全に不安を拭い切れていなかった。

 

「一夏、テオ、皆……」

 

 どうか。無事に帰ってきますように。

 箒は心の底から、そう願った。

 

 そして、その瞬間であった。

 

「その願い、叶えてしんぜようぜぃ!」

「こ、この声は……」

 

 箒にとっては聴き馴染みのある声。昔から左程変わっていない、どこか緊張感に欠ける声。

 その声がした方を向くと、そこにはその声の主の姿があった。

 

 何故か中庭の池で泳いでいる鯉を相手に金魚掬いを行っている、篠ノ之 束の姿がそこにはあった。

 

「……何やってるんですか姉さん」

「鯉掬い。いやぁ、束さん有名人だから祭りとかに出ると周りがフィーバーしちゃうからさ!せめて今の内に祭り気分を堪能しておこうかと思って始めてみましたとさ」

「そう言いながら鯉を掬わないで下さい。というかそんな小さなポイで平然と掬うのは異常です」

「いやぁ、さっき耐水、耐重仕様の特大ポイ作ってやってたんだけど超ヌルゲーになっちゃったから、大人しく普通のポイで挑戦してるんだよ!キャッチ&リリースでかれこれ20分くらい!」

「鯉が可哀想なので解放してあげて下さい。後、その保存用の袋も没収します」

「ああん、イケずぅ!」

 

 心なしか、解放された鯉が心底安心しているような気がした箒である。

 

「それで、何故姉さんは帰らずにこんな所で態々遊んでたんですか?祭り云々はまた姉さんの戯言でしょうけど」

「そこをボケようとしたら先を越されちゃったよ残念無念鳩胸。じゃあ時間もアレだしチャッチャと本題に移ろうか」

 

 時間に余裕が無いのにさっきのコントみたいな事していたのか、と箒は突っ込みたかったが、また話が脱線してしまいそうなので心の内に留めるだけにしておく。

 

 そして、やっと束が真剣な内容の話を始める。

 

「さて、ここには【紅椿】があります」

「っ!」

「箒ちゃん、まだこの子を受け取れないかい?」

 

 束が掌に乗せて見せて来たのは、金と銀の鈴が一対として付いている赤の紐の装飾品。それが紅椿の待機形態だという事は、束の台詞からして明らかであった。

 

 箒はその紐を見て、軽く目を見開く。

 

 そして束も束で、彼女の心中を察していた。

 

「まだ怖いの?」

「…………」

 

 箒は束の問いに沈黙し、自らの掌を見つめる。

 やがて彼女は重々しく口を開いた。

 

「……私は嘗て、過ちを犯しました。只管に自分の怒りを発散させるために、積み上げてきた剣の道を汚す行為を……自らの憂さを晴らす為に、剣で暴力を振るってしまいました」

 

 それは、箒が人生の内で最も忌み嫌う過去の出来事。

 姉が失踪し、両親と別れ、唯一傍に居続けてくれた家族とも離れる事になってからの彼女の胸中は、酷く荒れた。

 交友を絶って孤独となり、剣を振るう事に執着するその姿は、痛ましいという表現が相応しかった。彼女が中学2年生の頃に行われた剣道の全国大会では、相手を圧倒するその姿は2通りの見方があった。剣を知らぬ者は凄まじい勢いの達人。剣を知る者は、只の暴力を振るう者。

 

「ですが私が過ちに気付いた時に、テオが居てくれて、道を示唆してくれたからこそ私はそれ以降、剣に暴の心を乗せずにいる事が出来ました。人を傷つける為ではなく、誰かを守る為、その信念を貫く為の力を持っていこうと」

 

 箒は自身の掌をグッと握りしめると、束の掌に置かれた紅椿に視線を移す。

 

「紅椿は、私にとって非常に誘惑的な力です。それは間違いなく、私の理想である力となってくれる筈でしょう。更に学園の訓練機は貸出制の為、いざという時に機能できません。確実に備えが出来る専用機が欲しいとは思わない……と言えば嘘になる程度には、専用機への欲はありました」

 

 他の人たちを差し置いて、自分だけが手に入れて良いのか?

 手にした時、自分の周囲はどう反応するのだろうか?

 

 そして……。

 

「強すぎる力(これ)を手にしたら、私はその力に浮かれ、溺れてしまうのではないかと考えると……そのような不安を抱いている時点で、紅椿を受け取る資格など――」

 

 

 

 

 

「あぁーもぉー!!箒ちゃんってばウジウジし過ぎっ!!」

 

 突如、束が箒の言葉を遮って力の限り大きな声を発する。その勢いは箒の台詞を掻き消すには十分な程で、それどころか茫然とさせている。

 

「ね、姉さん……?」

「さっきからお口チャックして聞いてれば、箒ちゃんネガティブ過ぎぃ!何なんだいその生真面目さは何時の間に哲学者になったんだと思っちゃったじゃあないかっ!」

「ええー……?」

「箒ちゃんはあれだよ、色々と深く考えすぎなんだよ!頭空っぽの方が夢詰め込めるんだから、もうちょっとシンプルに考えた方が絶対にスッキリした答えが出るって!」

「そ、そんな事言われましても……」

 

 一々緊張感に欠ける台詞の所為か、相手方の勢いが強すぎる所為か、完全に気勢を削がれた箒。

 

 そんな彼女に構わず、束はどんどん台詞を放ち始める。

 

「心配事その一!周りの反応が気になる件について!学園の方はテオたんが手回ししてくれてる!ちーちゃんにも協力してもらえば安心感が倍率で更にドン!ハイ解決!」

「え、えっ」

「心配事その二!政府や余所の国から色々言われるんじゃないかという件について!これは束さんがちゃんと手回ししたげる!またまたちーちゃんに協力してもらえば安心感が以下略!ハイ解決!!」

「ちょ、姉さ――」

「心配事その三!紅椿の力に溺れちゃうんじゃないかの件について!そんな心配が出来てる時点で可能性はほぼ0%、そもそもそんな状態の箒ちゃんに渡す程束さんおバカじゃありません!またまたまたちーちゃんに……あ、今回はいいや。ハイ解決ゥ!!」

「姉さん、少し落ち着いて――」

「たはーっマシンガントークで喉が一気に乾いた!水でも飲まなきゃやってられないね!ちょうど良い所に水があるじゃんいーじゃんすげーじゃん!飲ませていただくゼ!」

「いや、姉さん池の水を飲むのは本気で止めて下さい!ちょっと!?姉さん!?」

 

 箒の必死の羽交い絞めにより、束の池飲み事件は未遂に終わった。

 息を切らしながら、2人は池の傍で座り込んでいる。

 

「ふぅ……嫌な、事件だったね」

「首謀者が言って良い台詞ではないですよ……というか、先程から何を言ってるんですか」

「まぁまぁこれで最後だから聞いてちょ。心配事その四……あれ、四つ目あったっけ?」

「まるで締まらない……」

「うーんとねー……あー……まぁ束さんが言いたい事はつまりー」

 

 ピョン、とその場で起き上がった束は見下ろす形で箒に告げる。

 先程喋りっぱなしだった時は目尻を尖らせてどこか怒っているような表情だったが、今はいつも通りのにこやかな笑みを浮かべている。

 

「箒ちゃんには皆がついてるんだから、何も心配要らないって事」

 

 その言葉を聞いた箒は、面食らったような面持ちで束の方を見上げる。

 

「確かに昔は間違った方向に進んじゃったし、嫌な思いだって沢山したと思う。それは箒ちゃんが独りぼっちになっちゃってたから……それもこれも、原因は束さんにあるんだけどね」

「姉さん……」

 

 後半は背中を向いてしまったので、束がどんな表情をしていたのか箒は分からなかった。

 しかしどこか、悲しそうで、申し訳なさそうな、そんな感情が背中から伝わってきた気がした。

 

 束は背を向けたまま、ゆっくりと歩いて行く。

 

「けど、今はちゃんとテオたんがいるし、いっくんもいる。ちーちゃんもいるし、学校の友達だっている。箒ちゃんが間違った方向に進んじゃったとしても、それを止めてくれる人が今の箒ちゃんには沢山いる」

 

 束の言う通り、箒はIS学園に来てから新たな絆を紡いできた。

 

 同級生で、友人でもあり恋のライバルでもあるセシリアと鈴。色々とあって、義姉妹の間柄になったシャルロットとラウラ。本音や静寐などを始めとするノリの良い愉快な一組のクラスメイト達や、IS学園の剣道部メンバー。

 

 気付けば箒の周りには、沢山の仲間がいた。

 その中には勿論、子供の頃からの付き合いである一夏とテオの姿もある。

 

「そして箒ちゃんは、その人たちを守る為に力を使うと心に決めてるんでしょ?だったら……」

 

 束は振り向くと、箒の目の前にまで歩を進め、彼女の胸元にそっと手を添えた。

 

「そんな箒ちゃんを、箒ちゃん自身が信じれば良いんだよ。あと一歩を踏み出す勇気は、自分を信じるだけで良いんだ」

「自分を……信じる……」

 

 束の言葉を反芻する箒。彼女の心にスッと落ちる様な、そんな感覚を箒は受けた。

 今の箒に必要だったのは、紅椿を完璧に使いこなす為の技術でも、専用機を得る為の資格でも、力に溺れない精神力でも無い。

 誰かの為に在れる、そんな自分を信じる事。そこから生まれる、あと一歩の勇気。

 それさえあれば、箒は紅椿と共に進むことが出来る。

 

「姉さんは……姉さんはそんな私を、信じてくれますか?」

「当然だよ」

 

 一分の間髪も入れずに、束は箒の問いに答えた。

 

「これはテオたんの受け売りなんだけどね……『大切な家族を信じ通すのに、理由なんていらないよ』」

「っ……!」

「私はもう、自分の『意志』のままに突き進んでるよ。だってテオたんが、家族が私を信じてくれてるんだもの」

 

 束は箒の胸から手を離すと、初めの時の様に互いを向き合う形で立つ。

 

「さぁ、行っておいで箒ちゃん。自分の『意志』を貫き通す為に」

 

 再び、目の前に差し出された紅椿。

 

 先ほどまでそれを受け取る事を躊躇っていた箒。

 だが、心の迷いを晴らした今の彼女に躊躇う理由は無い。束の送った言葉が、彼女の心の靄を払ってくれたのだ。

 進むべき道は、既に示されている。

 

「……はいっ!」

 

 力強い返事と共に、箒は紅椿をその手に掴んだ。

 

 

 

 そして舞台は、再び現在へと戻っていく……。

 

 

―――続く―――




 ついに箒、紅椿を手に入れました。無断出撃?い、いやそれはですね……(無計画)
 というか、それまでのくだりが個人的にグッダグダ……。中身もグッダグダですが。
 要は、
■周りが支えてくれるから大丈夫!
■その人たちの為に頑張る自分を信じて!
■自信を持って行け!
 と言う事なのですがまとめる文章力が無いのでこんな長々と……。今年のクリスマスはサンタさんに文才をお願いしなきゃ。(使命感)




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VS.銀の福音 Part2

「皆、無事か!」

「箒!?何で此処に!?それにその機体は……!」

 

 福音との戦場に現れた箒の姿を見た一夏は、驚かずにはいられなかった。何せ今まで専用機を持っていなかった自身の幼馴染が、突然最新のISをその身に装って駆けつけて来たのだ。

 しかし、戦場でいつまでも立ったままでは命取りとなる。彼の背後の先には、福音の射撃した光弾が目掛けて来ていた。

 

「一夏、危ない!」

「うお!?」

 

 一夏の背中に向けて放たれた光弾は、一瞬で彼の背中に回り込んだ箒の斬撃によって相殺された。正確に言うならば、剣から発せられた波状エネルギーが、迫り来る光弾を無効化させた。

 

 何よりも一夏は、箒もとい紅椿のスピードに驚かされた。無人機でのお披露目を優に超えた速度で、一瞬で距離を詰めて来たのだ。

 

「詳しい話は後だ。それより今は、福音の撃破に専念しなければならない」

「事情も既に把握済みか……ならば話は早い。この場はお姉ちゃんにも力を貸してもらおう」

「ラウラさん、本気ですの!?箒さんは新しい機体に乗ってまた30分すら経っていない筈ですわよ!?」

「今の動き、少なくとも機体性能に手を余らせている様子は見当たらなかった。鈴とシャルロットが間もなく到着するが、それまでに少しでも福音を消耗させ戦局を有利にしておく必要がある。その為にも、連携訓練を共に重ねているお姉ちゃんの力が必要だ」

「確かに、今はおじ様がいないので戦力が多い方が良いですが……」

 

 セシリアも箒の実力は模擬戦や普段の授業を通して把握している。戦績こそ自身に軍配が上がるが、一般生徒よりも鍛錬や勉学に励み、努力を積み重ねている彼女は専用機持ちの一夏よりもずっと良い動きを訓練機で行っている。他の専用機持ちの者達も、箒の実力の高さには一目置いている。

 しかし今は生死を分けた実戦であり、身に纏うISも普段の訓練機とは天と地程の性能差がある最新型。勝手の違う環境に戸惑うのではないかと心配しているのだ。無論、1人の友人としても。

 

 心配するセシリアの方へ、当人である箒から声が掛かってくる。

 

「済まない、セシリア。何の報せも無く来ては迷惑だと、理解しているつもりだ。だがそれでも、私はセシリアの、皆の力になりたいんだ」

「箒さん……」

「邪魔になるような事は決してしない。だから、共に戦わせてくれる事を許してくれないか?」

 

 箒は真っ直ぐにセシリアの目を見ながら、そう頼み込んで来る。いつも以上に真剣な雰囲気が漂った、強い瞳が其処には宿っている。

 

 そんな眼を向けられては、セシリアも許可しない訳にはいかなかった。セシリアもそういった思いには共感できるクチだからだ。

 

「ふぅ……解りましたわ。援護はわたくしが務めますので、貴女は安心して自由に動いて下さいまし」

「セシリア……あぁ、ありがとう」

「私は最初からお姉ちゃんの参戦は大歓迎だぞ、私のお姉ちゃんは頼りになるのだからな!」

 

 ふふん、と自分の事の様に誇らしく胸を張るラウラ。

 

 そんな姿を見た箒とセシリアは、互いに顔を見合わせると一緒になって小さく笑った。

 

「と、言う訳だ。一夏、準備は良いか?」

「……おうっ!やってやろうぜ、箒!」

 

 彼ならば容易に受け入れてくれるだろうと予知していた箒は、セシリアの時の様に許可を貰おうとせず、そのまま彼に臨戦態勢を促す。

 

 案の定、一夏は彼女の言葉に従って雪片弐型を再び握り直した。既に彼は、箒と共に戦うつもりでいるのだ。

 

「ああ。ラウラ、戦闘指揮を継続して頼んだぞ」

「分かった。お姉ちゃん以外の者達は先程同様の行動指針を取る様にしろ。勿論、お姉ちゃんが加わる事を視野に含めてな。お姉ちゃんは近~中距離の範囲を維持して織斑 一夏の福音接近を援護。現時点で取得した情報を紅椿に送るので、隙を見て情報整理をしてくれ。では各員、行動を開始せよ!」

『了解!』

 

 ラウラの言葉と同時に4人がそれぞれの配置に飛んでいった。一夏と箒が敵に突っ込み、ラウラは距離を保ちながら周辺を旋回、セシリアは後方に下がってストライク・ガンナーのスコープに敵機を捉える。

 

『データに無いISの反応を確認。敵対反応と認識し、警戒レベルを維持し迎撃を続行』

「また来たぞ!警戒しろ!」

 

 再び一斉に発射される、銀の鐘と呼ばれる武装による光弾雨。

 

 一発一発が強力な事は把握済みな4人は、当たらないようにそれぞれ大きく旋回行動を取って回避に努める。躱した後も続いて連射された弾が迫って来るので、無事に避けても安心しきれないのが厄介な所だ。

 

 しかし、誰も防衛に回りきりになるつもりは毛頭なかった。そして最初のチャンスが生まれようとしている。

 先ずは最後方に控えているセシリアが、光弾の隙間を縫うようにレーザーライフルによる狙撃を行う。セシリアの攻撃に対して回避行動を取り、光弾の発射を一瞬止めた福音を、続けてラウラがレールカノンによる砲撃で突く。

 セシリアの攻撃は最低限の動作で躱していた福音だが、ラウラの大口径砲弾は事前の回避と相まって、避け切るにはその場から大きく動かざるを得なかった。また、その場に留まれば狙撃されやすいと踏んだのか、2度目の回避に合わせてその場から離脱するように位置を変え始めた。

 

 そしてそこに躍り出たのが、箒であった。

 高速機動を続けている福音以上の速度で箒は肉薄し、敵機体に目掛けて空裂による横薙ぎを見舞った。

 

 福音は彼女の斬撃を紙一重の所で回避する。その動きは何とかギリギリ避けたのではなく、紙一重を狙って避けたのだと感じさせるほどに流麗で余力を残している風であった。

 

 だが、箒の攻撃がそこで途切れる事は無かった。寧ろここからが、彼女の本領発揮の時であった。

 

「いざ、参る!」

 

 続けて雨月による鋭利な刺突攻撃をしつつ、箒は更に間合いを詰めていく。突きは躱されるものの、箒は間合いを詰めながら身体を捻らせ、そのまま回転するような形で空裂による斬撃を放った。

 

 福音はアーム部の近接用ブレードを展開し、箒の剣を防ぐ。ブレード同士の激しい衝突で、両者の間に火花が飛び散る。

 

 そこで箒はすかさず、雨月による突きに加えて雨月の武装エネルギーの開放を行う。それにより、刀の突きと同時に鋭利な形状のエネルギー波が発生するようになり、実体剣とエネルギー波による同時攻撃が福音目掛けて放たれたのだ。

 

『……!』

 

 瞬間、福音は身体を硬直させ、一歩遅れる形で箒の突きをもう片方のアームブレードで防御。しかしエネルギー波の方は防ぎ切る事が出来ないと判断し、直撃を免れるために彼女との鍔迫り合いを止めて射線上から離れるように急遽退避。結果、避け切る事は出来ず、攻撃が僅かに命中してシールドバリアーの発生とシールドエネルギーの減少を齎した。

 

「セシリア、行くぞ!」

「ええ!」

 

 追い打ちに、セシリアとラウラによる射撃が行われる。福音よりも更に上の高度に位置取りをしていた両者は、海面に近い位置で飛行する福音にそれぞれ遠距離武器による攻撃を仕掛けたのだ。

 

 福音はそれらをすかさず避けると、高度を取るべく空に向けて浮上を始める。しかしその行動及び軌道こそ、2人の狙い通りであった。

 

 態勢を整えるべく備えを施そうとする福音に対し、上空から飛来する一体の影。

 それは太陽を背に、白光する刃を携えた一夏が福音目掛けて勢いよく斬りかかっていく姿だった。【瞬時加速(イグニッション・ブースト)】による超スピードと、白式のワンオフ・アビリティー【零落白夜】による一撃必殺の技で、福音を確実に仕留めようとここで仕掛けたのだ。

 

 これで決まった。そう確信した一夏。

 だが、現実はそう上手く事を運んでくれなかった。

 

 福音は先程箒の斬撃を避けた時よりも更に精密な、それこそ数ミリレベルの精度で一夏の刀を避けてみせたのだ。掠っただけでも致命傷がウリの零落白夜だが、カス当たりさえしなければダメージは0だ。

 

「この……ぐぁっ!?」

 

 追撃を仕掛けようと反転する一夏だが、その瞬間を見計らった福音による蹴りを腹に受け、海に向かって飛ばされる。絶対防御とシールドバリアーが搭乗者の身を守ってくれるとはいえ、その衝撃はかなりのものである。

 一夏は海面に叩き付けられる前に体勢を持ち直し、海面に沿うように飛行転換、その後に浮上を行った。

 

 復帰を果たした一夏の元に、他の3人によるオープン・チャネルが飛んでくる。

 

「大丈夫か、一夏!」

「ああ、何とかな。……悪い、折角のチャンスだったのに決められなかった」

「……悔やんだ所で、状況は変わらん。次の機会では決められる様に……気を一層引き締めておけ」

「ラウラさんの言う通りですわ、一夏さん。わたくしたちも精一杯フォローしますので、次こそは成功させましょう!」

「気合を入れろよ、一夏。ところで皆、エネルギーの残量はどうだ?」

 

 箒の言葉により、各員がステータスチェックで自身のISのシールドエネルギーの残量を確認していく。

 箒は残り48%、ラウラは残り70%、セシリアは残り72%、そして一夏は残り24%であった。高機動戦闘という事もあって、全員被弾無しでもエネルギーの消耗が激しかった。特に紅椿の機体特性である展開装甲による燃費の悪さで、箒は最後に戦闘に加わったのにも関わらずラウラたちよりも残量が少なく、一夏に至っては零落白夜と瞬時加速の併用によって最も多く消耗している。それらを使えるのも、それぞれあと1回が限界だろう。

 それぞれのシールドエネルギーを把握した4人は、苦い表情を浮かべ合う。

 

「くっ……皆予想以上に消耗しているな」

「ですが、敵機体の情報を詳しく得られました。これならば、鈴さんとシャルロットさんは万全の状態で臨む事が出来るでしょう」

「あぁ。一夏、我々は2人が来るまで無理に攻勢に出ず、回避に徹して――」

「いや、まだだ」

 

 箒の提案を、一夏は遮った。

 そして彼は胸に抱く一つの案を皆に投げ掛けた。

 

「2人が来るまでに、俺たちであいつを倒そう」

「一夏さんっ、それは――」

「かなり無茶なのは分かってる。だけど俺の白式の燃費じゃ、回避にだけ専念しても鈴たちが到着してからじゃ零落白夜も瞬時加速も使えない状態になってる筈だ。福音はあんだけ動いて消耗が少ないみたいだし、このままじゃ2人が加わってもジリ貧になっちまって、勝つ見込みがどんどん薄くなる」

「……故に、お前が切り札を使える今の内に、敵機を撃破するべきだと……?」

「ああ。さっきはかなり惜しい所まで追い詰めたんだ。今度こそいける筈だ」

 

 一夏の提案は、博打にも等しい選択であった。

 ラウラもセシリアも堅実を好む傾向にある為、その案には渋るものがあった。確かにこのまま長期戦に入っても離脱者が増えて此方の不利が続いてしまう。確率の低い形勢逆転の策を取るか、確率の低い戦闘維持の方針を取るか。

 

「それにラウラ。お前、息がかなり上がってきてるぞ。やっぱキツいんだろ、それ」

「……!」

 

 ラウラは一夏に指摘された個所、自身の左目に手を覆う様に添えた。

 彼女の瞳、ヴォーダン・オージェは疑似ハイパーセンサーの役割を担っており、以前は身体が拒否反応を起こしてその役割を発揮できなかった彼女だが、今は完全にコントロール出来ている。しかし、高速機動パッケージの代用とするにはかなり負担が大きく、ラウラの体力は脳への負荷で大幅に消耗している状況にある。シールドエネルギーはあっても、本人には余裕が無くなってきているのだ。

 

 ここで箒が、そんなラウラに対して声を掛けてきた。

 

「ラウラ。一夏の作戦に乗ってみないか?」

「お姉ちゃん……」

「私が一夏の傍に回り、援護をする。必ずあいつにチャンスを作ってみせる。私とあいつを信じてくれ。……お前にこれ以上、無茶はさせられないからな」

「…………」

 

 この場の指揮官であるラウラは箒の言葉も耳に入れ、そして決断を下した。

 

「……了解した。セシリア、思う所もあるとは思うが……」

「いいえ、構いませんわ。貴女が身を削ってでも尽くしている様に、わたくしもこの瞬間に全てを注ぎます」

「よし……各員、行くぞっ!」

 

 

 

―――La……♪

 

 

 

 そしてついに、その時が訪れた。

 福音が銀の鐘に備えた36の砲口を全て開き、これまでとは比べ物にならない量の光弾を周囲に向けてばら撒いた。傍から見たそれは、まるで空に浮かぶ花火の様であった。

 

 全員を纏めて始末しに掛かってきているその攻勢を、箒は果敢に攻め込んだ。光の驟雨に自ら突っ込み、紙一重で躱し続けて福音との距離を詰めていったのだ。先程、彼女の斬撃を巧みに躱した事に対する意趣返しの様な形へと意図せずになっていた。

 そして箒は、再び福音の懐へと潜り込んだ。

 

「決めさせてもらうぞ、銀の福音っ!」

 

 両者の刃がぶつかり合う。更にお互いに高機動を行いながら剣劇を繰り広げていく。獲物同士の衝突音が絶え間無く発生した。

 再び福音が光弾を一斉掃射。だが箒が瞬時に光弾の死角へ位置を取った事によって、すかさず斬撃が放たれる。確実なダメージと共に、斬撃で仰け反る福音。

 

 待ち望んでいた、絶好の機会。

 一夏は怯む福音の近くに位置しており、瞬時加速で距離を詰めれば、間違いなく雪片弐型の刃が届く。

 

「っ!」

 

 一夏は最大出力で一気に加速し、刀を構えながら福音との距離を瞬時に詰めた。

 そして、彼は―――。

 

 

 

 

 

 福音の真横を、通り過ぎた。

 

 その瞬間を目の当たりにした3人は、驚愕の表情を浮かべる。

 

「うおおおっ!!」

 

 福音を通り越した一夏は、一発の光弾に追いついてそれに斬りかかった。零落白夜のエネルギー無効化により、光弾が掻き消される。

 掻き消した光弾の射線上には、一隻の船が航行していた。

 

「何故だ、織斑 一夏!!何故折角の機会を捨てたんだっ!!」

「船があるんだ!先生たちが海上を封鎖した筈なのに、なんで……くそっ!」

「密漁船か……!こんな時に……!」

 

 全員の視線が、船の方に集中する。この場に居てはならない存在が最大のチャンスを失わせたこともあり、その瞳に籠る感情は快くない。

 過日、この場にはいないがテオが一夏の性分を以下の様に分析していた。『良くも悪くも、彼は守る対象が非常に多い』と。例え犯罪者であっても、見殺しにする事を一夏は許す事が出来なかった。

 そして今、その心は間違いなく悪い方へと状況を傾けていた。

 

「っ!エネルギー切れ……!」

 

 白式のシールドエネルギーが、今ので殆ど無くなってしまった。絶対防御分のエネルギーは確保されているだろうが、残りはISの展開と浮上、最低限の動作しか出来ない程度の絞り粕レベルしか無い。

 

 そして福音は、無情にも無防備の一夏に照準を定め、追い打ちとばかりに大量の砲口から光弾を発射した。シールドバリアーを展開できないISに残された防御手段は、絶対防御システムとボディアーマーのみ。

 

(最後の最後でやっちまったな……皆、ごめん)

 

 あらゆる角度から迫り来る砲撃に観念した一夏は、目を瞑る。満足な動作も行えない現状では何も出来ないと判断し、抵抗を諦めたのだ。

 作戦をふいにしてしまった事を詫び、彼はこれから起こる衝撃に備えた。

 

 だが、彼女は諦めていなかった。彼の幼馴染である篠ノ之 箒が最後に動きを見せた。

 

「一夏ぁぁぁぁぁ!!」

 

 紅椿を高速機動させ、箒は光弾の群れを追い越し、一夏の元へと辿り着いた。空裂によるエネルギー波で光弾を一層させる術を実行するためのエネルギーも残されていなかった彼女は、最後のエネルギーを振り絞って彼の元に来たのだ。

 

「お前は絶対に、死なせないっ!!」

 

 箒は一夏と光弾の間に割って入ると、守る様に彼の身体を抱き締める。

 

 その瞬間、箒の背中に一発目の光弾が着弾した。激しい爆発と衝撃が箒に襲い掛かる。ポニーテールをしている彼女のリボンが焼け千切れ、彼女の長い黒髪がバサリと靡いた。

 

「が……あ……!」

「箒―――」

 

 一夏が彼女の名を呼ぶと同時に、残りの光弾が箒の身体に直撃し、続けて連鎖爆発。

 ISの機能で相殺しきれない衝撃が何十発と続き、箒の身体に被害を与えていく。肉は悲鳴を上げ、骨は軋み、髪は焼け、肌が熱波に晒される。アーマーは既に破壊されており、精神を破壊される程の激痛が箒の身体に奔り渡る。たった数秒の出来事が、箒には無間地獄のように長大に感じた。

 光弾の衝撃が止んだ直後、箒は力を失い一夏を抱いたまま海へと墜落し始める。意識が殆ど無いにも関わらず、彼女は海面との衝突から一夏を守るかの様に、その腕に力を込めていた。

 

「箒っ!箒っ!!」

 

 箒の腕の中に納まったまま、一夏が懸命に彼女の名を叫ぶ。突然の事態で頭の中が混乱している彼は涙声になりかけていた。

 

 箒は虚ろな目になりながらも、自身の名を呼ぶ一夏の姿を認識する。今にも泣きそうな表情になっている彼の顔を見た彼女は、辛うじて頬を緩ませながら、ポツリポツリと口を動かした。

 

 

 

―――良かった。

 

 

 

 声も出ていなかったが、彼女の唇はその様に動いていた。

 その言葉を告げた瞬間、箒は精一杯の笑顔を一夏に向け、そして意識を失った。

 

「箒ぃっ!!!」

 

 2人はそのまま海面に叩き付けられ、激しい水しぶきをその場に噴き上げた。

 

 一方、福音の攻撃の回避で動作が遅れてしまったセシリアとラウラ。

 ラウラは箒が海に落ちる姿をその瞳に捉えると、血相を変えて彼女たちの元へと飛んでいった。

 

「お姉ちゃんっ!」

「お待ちくださいラウラさん!福音の動きに注意しなければ……えっ?」

 

 セシリアが見たものは、福音がこの場から離れていく後姿であった。まだラウラとセシリアが継続戦闘可能な状態であるにも関わらず、まるで敵は倒したといった印象をセシリアはその姿から感じ取った。

 もしそうだとするのならば……。

 

最大の敵(箒さん)を倒して制圧完了気分になった……であれば、屈辱的ですわね」

 

 クッ、とセシリアは苦々しく唇を噛み締める。

 箒が今作戦でかなりの健闘をしていたのは事実だが、だからと言って自分を眼中に入れないとは腹立たしい。片想いの相手と友人を手に掛けた事も踏まえて、彼女には福音の後姿が余計に憎たらしく思えた。

 

「セシリア!」

「福音は、他の皆はどうしたの!?」

 

 と、ここで後発組の鈴とシャルロットがセシリアの元に駆けつける。2人とも周囲を見渡すが、戦闘も何も起きていないこの状況に驚いている様子。高速機動中はキャパシティオーバー防止の為に通信範囲規制が発生してしまうのがネックで、鈴とシャルロットも旅館から此方に向かう間、高速機動状態にある前線のメンバーと通信が出来ず、近くに来るまで現場の状況を聞く事が出来なかった。

 

「っていうか、箒はどこ行ったの?あいつ専用機に乗ってると思ったらものすごいスピードであたしたちを追い越しちゃったのよ!」

「……箒さんは……」

 

 セシリアは気まずそうに、海上の1点に視線を向ける。他の2人も彼女の向いている方へと顔を向けた。

 彼女たちが向けた先には、身体中がボロボロの箒と彼女を抱きかかえて必死に名を呼んでいる一夏、箒に緊急処置を施しているラウラの姿があった。

 

「箒……?何で、あんな酷い姿に……?」

「福音の攻撃から、一夏さんを庇って……紅椿のエネルギーも底を着いていたらしく、シールドバリアーも発生せず……」

「箒……!!」

 

 鈴以上に動揺したシャルロットが飛び出す様にその場から離れ、彼女たちの元へと向かっていった。彼女も友人として、そして家族として彼女と絆を繋げていた為、そのショックは先に向かったラウラ並に大きかっただろう。

 

「鈴さんも、先に皆さんの所へ行ってあげてくださいまし。ラウラさんもシャルロットさんも箒さんの重傷で混乱しているでしょうから、織斑先生への連絡もお願いしますわ」

「確かに、今はあたしがしっかりしてなきゃ駄目みたいね……アンタはどうすんの?」

「私は少々別件がありますので、そちらを……」

 

 そう言ってセシリアは周囲を見渡す。

 だが、周りには彼女が探していたものは影も形も無かった。

 

「どういう事ですの……?あの時、確かに船はあった筈なのに。姿が見えなくなるまで遠くに行った?いや、この短時間でそんな速力を出せる船など……」

「ちょっとセシリア、何1人でブツブツ言ってんのよ?」

「あ、い、いえ。何でもありませんわ。やはりわたくしも一緒に向かいますわ」

「?まぁ良いけど……取り敢えず千冬さんに連絡、お願いね」

 

 謎の残る点があったが、今は怪我人の救護が先だと結論付けたセシリアは、鈴と共にシャルロットを追いかけるのであった。

 

 

 

 以上が、第一次銀の福音撃墜作戦のあらまし。

 標的は多少のダメージを与えたもののロスト。今作戦の参加者の1人が、瀕死の重傷。

 

 作戦は、失敗した。

 

 

 

―――続く―――

 




 というわけで、今作品で私が書きたかったシーンの1つ(箒が一夏を庇う場面)が書けました。読者の皆様も、今の箒ならこうなるだろうと予測していたのではないでしょうか?その通りでございました。

◇1.通信規制が掛かるなら、出撃順をずらした意味あった?
 ……現場で直ぐに情報を渡す⇒少し離れるor回避しながら渡された情報を閲覧、把握⇒ずらした意味は……あったかな?

◇2.というか、全員で一斉に一時離脱して後続組と合流してから当たれば良かったんじゃ?
 ……ふ、福音がそこで逃げたらこのメンバーではもうアプローチ出来ませんし……(震え声)

◇3.ラウラやセシリアなら後続組といち早く合流できるように福音を誘導する案くらい出したんじゃない?
 ……(俯いて何も答えず)

 以上、今作戦の穴探しでした。色んな意味でボッコボコだよ!
 シールドエネルギーの残量の確認のシーンを書いてる途中で『この作戦の出撃の仕方駄目だったんじゃね?前線消耗しすぎたし鈴とシャルが来てもこれじゃ完全にジリ貧じゃん』と思ったのですが、今まで一夏が白式の高速機動モードを使用した経験が無くてペース配分ミスしたり、敵の攻勢が激しかったりで予定以上の消耗だった+テオ不在で作戦自体が崩れたのが原因と言う事で、頭空っぽにして読んで頂ければ私も救われるかと(逃げの一手)

 福音編が終了したら、一区切りとして設定集を作った方が良いでしょうかね?原作との相違点やオリキャラも何件かありますし、章同士の繋ぎ辺りに。箒のここからの復活の仕方とかも、完全に独自設定が入りますし、



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決意を新たに

 

 旅館の一室に用意されたベッドの中に、1人の少女が眠りについている。

 少女――箒の身体には至る所に白い包帯が巻かれている。銀の福音の攻撃がISの絶対防御を貫通し、箒の身体を直接傷つけた。地肌よりも包帯の割合が多い事が、その凄惨さを物語っていた。

 福音との戦闘から3時間が経過した現在、彼女は今もベッドで眠り続けている。彼女はISの絶対防御に守られたお陰で死んでいない。だが、今後どういった状態になるか予測がつかないと近隣の医療所の医師が語っていた。

 

「…………」

 

 そんな少女の傍らで控えている一夏は、ずっと項垂れたままだった。他の者達が休めと言っても、彼は頑なにその場を離れようとしなかった。彼の姉である千冬は何も言わず、一夏の好きにさせていた。

 

(俺の所為で、箒は……)

 

 一夏の胸中は、自責の念で溢れ返っていた。箒が重体になったのは自分の所為だと、呪う様に自身を責め続けていた。

 あの時、密漁船とはいえ見逃せなかった一夏は、船を助けた事を悔いてはいなかった。そう、助けた直前『まで』はそう思っていた。

 

(あの時、船を見捨てて福音を倒してれば……)

 

 だが、箒の今の姿を見ていると、本当にそれは正しい事だったのかという疑念が心の中で渦を巻き始めていく。船を助けず、そのまま福音に斬りかかっていればその時点で勝利は確定した、箒も怪我をする事は無かった。

 だが、あの時船を見捨てていたら、船に乗っていた人たちは間違いなく光弾の爆発で全員死んでいただろう。一夏には、その死の事実から目を背ける事が出来なかった。

 

 箒は昔からの幼なじみで、一夏にとって大切な存在だ。もし彼女が危機に陥ったとなれば、一夏は迷わず助けに向かうだろう。一夏にとって箒はそれ程大切だという事だ。一方で密漁船の人たちと一夏は全く面識が無い。顔も声も名前も何も知らない、謂わば赤の他人だ。互いの命を天秤に掛けるならば、重い方に傾くのは箒の命の筈だ。

 

 だが一夏には、異なる命を天秤に掛ける事自体が出来なかった。彼特有の強すぎる正義感が、その行為を素直に良しと出来ずにいる。命の選択という重すぎる取捨を、一夏は受け止めきれずにいたのだ。

 

「どうすりゃよかったんだよ……何が正しくて、何が間違ってるんだよ……」

 

 一夏は頭を抱えて、苦悩を続けていく。その悩みは彼の頭にこびり付いて、答えが見えるまで離れる事は無い。

 ふと、一夏は自身の腕に装着されている、待機形態の白式に目を留める。

 

 

 

―――こいつに乗らなきゃ、もうこんな事考えなくても……。

 

 

 

 彼の中で1つの答えが導き出されようとしていた。

 そんな時、部屋の扉がバンッ、と勢いよく開かれた。一夏はビクリと肩を震わせると、その扉の方を見やる。

 そこに居たのは、一夏にとって2人目の幼馴染である、鈴だった。

 

「ったく。いつまでそうやってウジウジしてんのよ、あんたは」

「鈴……」

 

 入室早々鈴が口にしたのは、一夏に対してキツく当たるような言葉だった。

 彼女はそのまま一夏の隣までやってくると、箒の方を見ながら一夏に対して言葉を続けてきた。

 

「セシリアから大体聞いたわ。あんた、密漁船を助けて折角のチャンスをふいにしたんだって?」

「…………」

 

 彼女の言葉は聞こえているのだろうが、一夏は反応しない。

 

「その辺にも色々言いたい事あるんだけど、まぁ今は置いとくわ。ねぇ、あたしが今一番イラついてる事が何か分かる?」

「…………」

「分かんない?……答えは、これよ」

 

 鈴は言葉が終わると同時に、一夏の方へ素早く向き直すと彼の胸ぐらを思いきり掴んで自身の方に寄せた。

 

 一夏は突然の事で僅かに目を見開いて驚くが、鈴は彼に構わず続ける。

 

「もう一度聞くわよ。あんた、いつまでそこで腐ってるわけ?」

「お、俺は……」

「ラウラも、シャルロットも、セシリアも、皆戦う準備を進めてる。千冬さんからは待機命令を言い渡されてるけど、アタシらは友達がやられたっていうのに呑気に待ってなんていられない。あんたは、どうすんの?」

「俺は……もう、ISには――」

 

 乗らない。

 そう言おうとした一夏であったが、その身体は部屋の床へと吹き飛ばされた。鈴が、一夏の頬を殴り飛ばしたのだ。

 彼女の表情は、今までに無い程の怒りに満ちていた。

 

「あんた……自分が何を言おうとしたか、分かってんの?……ざっけんじゃないわよ!!」

 

 倒れ込む一夏の胸ぐらを再び乱暴に掴むと、強引に彼の上半身を起き上がらせる。一夏の頬は真っ赤に腫れあがっており、口の中を切ったのか、口元から僅かな血が滴っている。

 

「あんた、こいつを受け取ったんでしょ!?確かに望んで手に入れたわけじゃないかもしれない、受け取らざるを得なかったかもしれない。それでもっ!やっぱり怖いから捨てるなんて、そんなガキみたいなワガママが許されると思ってんじゃないわよっ!」

 

 鈴の言う通り、一夏は自ら望んで専用機を得た訳では無い。国と学園で勝手に決められて勝手に話が進められた結果、専用機を手に入れる事となった。

 だが、セシリアとの試合を通して一夏は白式を自分の力とする覚悟を見出した。自分の大切な人たちを、この力で守ってみせると決心した。

 

 その時の事を思い出した一夏は、鈴の言葉も相まって自身の心がグチャグチャに掻き乱されていく感覚に襲われ、一気に感情を昂ぶらせた。

 

「じゃあ……じゃあ俺はどうしたら良いんだよっ!!」

 

 とうとう叫ばずにはいられなくなる程に、秘めていた感情が溢れだす。

 自身の胸ぐらを掴んでいる鈴に真っ向から対するように、一夏も彼女との距離を詰めて思いのたけをぶちまける。

 

「分かってんだよっ!俺の所為で箒が大怪我しちまったのも、俺がやった事は周りから見たら只の馬鹿な事なんだっていうのも!!けど、それでも……だからってあっさり見殺しにする真似なんて、俺には……っ!!」

「ええそうね、あんたはそういう奴よ。けどね、どんな時でも両方の命を無事に救えるとは限らない。いつか残酷な答えを選ばなきゃいけない時が来るかもしれない」

「鈴は……お前は、それを正しく選べるのかよ」

「正しい正しくないなんて、選択肢には存在しないわよ。強いて言うなら、自分が納得出来る方が正しいってとこかしらね。あんたとその密漁船の犯罪者たちの命を選べってなるなら、あたしは躊躇わずにあんたを選ぶわよ」

 

 クイズは予め定められた答えがあるからこそ正解不正解がある。だが命の選択にそれは無い、何故なら選択の果てに得た命と失った命への関心が見る人によって異なるからだ。大事な人が救われれば正しい選択だと思えるし、逆に大事な人を失ったとなれば正しくない選択として選んだ者を恨み続ける。そして、悲しみを抱えていく。

 

 一夏にとって、自身の悩みに囚われずにアッサリ答えてみせる目の前の幼馴染の考え方が分からなかった。『命は皆平等である』と考えている、一夏にとっては。

 

「何で……何でお前はそんな簡単に決められるんだよ」

「そんなもん、説明するようなものでもないでしょ。こういうのは自分で決めなきゃいけないんだから。それでも分からなかったらその時は誰かに聞いてみなさい。っと、時間も無いし、この話は次に聞くまでの宿題にしとくわよ」

 

 そう言って、一夏の胸ぐらから手を離した鈴はこの話題を打ち切った。元々この話を広げる為に来たわけでは無く、時間も限られているのでサッサと本題に移りたかったのが鈴のホンネである。

 鈴が此処に着た理由は、一夏がこれからどうするのかを訊く為だ。

 

「で、もう一度聞くけどあんたはこれからどうすんの?まだここでジッとしてるつもり?居た所で看病も出来ないんじゃ置物並に邪魔なだけよ」

「っ!俺は、俺の所為で箒がこんなに怪我しちまったんだから――」

「だから傍に居てあげたいって?女々しいし何の役にも立たないわね」

「なんだとっ!」

 

 一夏も鈴が胸ぐらを離した時点で手を離していたが、彼女の言葉に激昂して再び掴み掛からんばかりの勢いで彼女に詰め寄る。

 しかし鈴は居たって平然とした様子で、一夏と対峙する。

 

「ホントにこの子の為に何かしたいって言うなら、敵討ちくらいの気持ちは持ちなさいよ。何の為にそいつが、専用機があると思ってんの?」

「っ……けど俺は、作戦を台無しにして――」

「だから逃げるのっ?この子を守れなかったからって、それでISを捨てるってのっ?敵討ちする意気込みも無いの!?それがあんたの今の意志なのっ!?そんな腑抜けた心で、あんたは満足なのかって聞いてんのよっ!!!」

 

 焚き付けるかの様な鈴の言葉に、一夏の表情に少しずつ力と意思が取り戻されていく。彼女の掛ける言葉一つ一つが、火の燃料の様に一夏を刺激しているのだ。

 

「そんなわけ、あるかよ……!」

「だったらその口でハッキリ言いなさい!あんたが何をしたいのか、何をするのかをっ!」

「俺は……俺はっ!」

 

 一夏はついに自らの意志で立ち上がる。その瞳には先程までの暗さは無く、完全な闘志がそこに燃え上がっていた。

 

「福音を倒したい!いや、倒してみせる!!箒が命懸けで守ってくれた事を無駄にしない為にも、今度こそ福音と決着を着けるっ!!」

 

 一夏は、鈴がこの場に来るまで己が諦めの道を選ぼうとしていた事を恥じる。

 確かに戦わない道を選んで逃げてしまえば、今回の様な選択を強いられる事も無く平和的に過ごせるかもしれない。自分の所為で誰かが目の前で傷つく姿を見なくて済む、それは魅惑的な響きの逃げ道だ。

 だが、鈴の言葉によって彼の心はそれが許せないと気付いた。甘えが許されないのではなく、甘える道を選ぶことが許せないのだ。

 命の選択に関しては、まだ答えを見いだせていない。彼なりの答えに辿り着けるのは、まだまだ先の話だろう。それでも彼は今の自分に出来る事、自分が為したい意志を再認識する事が出来た。

 

 漸く戦う意思を示してくれた一夏を目の当たりにした鈴は、ふぅ、と肩を動かす位に深く息を吐いた。

 

「やぁっとその気になったわね。これ以上ぐずってたら本気で置いてくとこだったわよ」

「……悪い、鈴。手間掛けさせちまって」

「ホントよ。この埋め合わせはちゃーんとしてもらうから、覚えておきなさいよ」

「お、おう。覚悟しとく」

 

 ビシッと指を突きつけられ、一夏はたじろぎながらもその様に返事をする。

 それがきっかけで、2人は一緒になって小さく吹き出す。先程までの雰囲気が一気に払拭され、柔らかな空気が生まれて来た。

 

「けど戦うにしても、福音の場所が分かんないんじゃどうしようもないだろ」

「あぁ、それなら大丈夫よ。今ラウラが――」

 

 その直後、部屋の扉が開かれて噂の人物であるラウラが部屋に入って来た。その手にはブック端末が収められている。

 彼女は部屋を歩いて2人の元に訪れながら、呆れた顔で溜め息を吐く。

 

「お前たち、廊下にまで声が漏れていたぞ。病人の部屋で騒ぐのは少々常識的に問題があるのではないか」

「うっ……し、仕方ないじゃない。一夏ってばさっきまでフニャフニャに腑抜けきってたんだから、喝を入れなきゃって」

「べ、別にフニャフニャって程酷くなかっただろ……多分」

「そういうのは後にしろ。それで福音の居場所だが、衛星の情報を辿って確認が取れた。此処から40km離れた沖合上空でステルスモードの状態で待機しているようだ。恐らく、お姉ちゃんが決めたあの一撃のダメージを回復する為だろう」

 

 流石は私のお姉ちゃんだ、と心なしか胸を張るラウラ。

 

 しかし一夏はそんな彼女に、どうしても一言言わなければならない事があった。

 一夏は真剣な面持ちでラウラの方に身体を向き直すと、彼女に向かって身体を90度折り曲げて謝罪の姿勢を取った。

 

「ラウラ……本当にごめん」

「それは、何に関しての謝罪だ?」

「俺の所為で作戦を台無しにした事と……姉と慕ってる箒に怪我させちまった事に」

 

 鈴はあの場におらず、セシリアから話を聞いただけなのでその2点に関しては大きく話題になる事は無かった。

 しかし、ラウラは違う。彼女はあの場の指揮官として最初から戦闘に参加していたし、箒の事を姉と慕っており鈴とは違った形で箒と絆を結んでいる。作戦をふいにした事も勿論だが、家族が傷ついたとなれば彼女とて何も思わない事は無い筈だ。

 10発は顔面にキツいのが来るだろうと一夏は覚悟しながら、彼女の次の反応を待った。だが、彼の予想に反して何も起こらなかった。

 

「謝罪、受け取っておこう」

 

 ラウラは特に起こる様子も無く、只それだけ告げた。

 

「えっと……怒らないのか?」

「怒るとは、お前に対してか?」

「あ、ああ」

「確かにあの時お前が密漁船を庇護した事によって、福音を討つ機会を失してしまった。だが船の存在に気付けなかった私にも非は十分にある上、お前に最後の一撃を託すと決めたのは指揮官である私だ。作戦上の責任は全て私にある。本来は作戦に無断参加しているお姉ちゃんを戦わせ、重傷を負わせた件についてもな」

「そんな、ラウラは何も悪くは――」

「私は軍人だ。こういった責任も、それによる処罰にもある程度慣れている」

 

 一夏が物申そうとしていたが、ラウラは無理矢理彼の言葉を遮って黙らせる。彼はこういう事にも色々と思う所が出てしまうので、いざという時はゴリ押しで通しておけ……という姉の助言から得た行動である。

 

「ちなみに、これから我々が行う討伐は教官非公認の独断専行だ。前回の責任は私が追うが……この後の無断出撃は連帯責任だから、強烈なのを覚悟しておけよ?」

 

 ニヤリ、とラウラは不敵に一夏に笑みを掛ける。何が強烈なのかは、言わずもがな。学園で最も出席簿と触れ合っている一夏にはとてもよく分かる話だ。

 

 その言葉と同時に、2人の人物が新しく入室してきた。

 

「もう、決戦前に戦意を削ぐような事言わないでくださいまし……帰った後の事を考えると怖くなりますわ」

「軍用ISよりも織斑先生の方を怖がってる僕らも、大概だよね」

 

 憂鬱そうに頭を抱えるセシリアと、そんな彼女の肩に手を添えつつ苦笑を浮かべるシャルロット。

 これにより、旅館内での現在戦える専用機持ちメンバーが集結した。

 

「ほら。赤信号、皆で渡れば怖くないっていうだろ?」

「渡った先に怒った織斑先生がいると考えると……」

「それもう車が怖いんじゃなくて千冬さんが怖いだけでしょうが」

「寧ろ青信号になった時が恐ろしいですわ」

「教官の罰は脅威の一言に尽きるぞ。私もドイツで経験した事があるが、強烈なのは心が砕けそうになる」

 

 ラウラが遠い目をし始め、他の4人はこの先の恐ろしいイベントを考えて葬式状態な雰囲気になる。これから決戦だというのにモチベーションダダ下がりである。

 そんな空気を何とかしようと、一夏は何でもいいから話題を変える事にした。

 

「そ、そういえばテオから何か連絡来てないか?確か旅館に戻って来てないんだろ?」

「……うん。作戦室にも通信が来てないみたい。敵のISの反応が消えた後にお父さんの反応もキャッチ出来なくなったらしいから、やられたわけではなさそうだけど……」

「今度こそパパも共に戦ってくれるのならば心強かったのだが……一体何処に行ってしまったのか……」

「そ、そうなのか……」

 

 話題を逸らして空気を変えるつもりが、テオを父として慕っている二人の娘の表情がますます優れない方向に向かってしまった。やっちまった、と一夏は2人の姿を見て激しく後悔した。

 

 シャルたちの雰囲気がますます暗くなった事により、鈴とセシリアが一夏の傍に寄って小声で訴えかけてくる。

 

「ちょっとあんた、何でますます空気重くしてんのよ。もう完全にお通夜状態よコレ」

「何とかしてくださいまし、このままではわたくしの胃袋が居心地の悪さで悲鳴を上げてしまいますわ。もう悲鳴を上げかけてますけど……」

「何とかしようとした結果がコレだよ!俺が撒いた種なんだよコレ!寧ろ誰かに何とかして欲しいくらいだよ!」

「あ、えっと、皆ごめんね、余計に気まずくさせちゃって」

「済まない。だが我々は大丈夫だから気に病むな」

 

 内緒話で進めていたつもりが、2人には気付かれてしまっていたようだ。2人は互いに申し訳なさそうにしながら一夏たちに謝罪の言葉を掛ける、のだが空元気に見えてしまうのでますます他3人は居た堪れない気持ちになった。

 

「あ~……もう、折角これからカッコよく戦いに出るっていうのに完全に台無しじゃない。どうすんのよ一夏」

「え、俺の所為なのコレ?というか最初に千冬姉の説教を話題にしたのって――」

「さて、時間も有限なのだからそろそろ行くぞ。福音がいつまで所定のポイントに位置しているかも分からんのだからな」

 

 一夏が喋っている最中だが、それを聞き終える前にそそくさとラウラは部屋を出て行った。あまりにもスムーズな退出だったので、一夏も喋るのを止めてポカンと出口を眺めてしまっている。シャル以外の女性陣も、少々不意を突かれた模様。

 

「それじゃあ、僕たちも武装のインストールは終わってるし、出発しようか」

「え?あ、えぇ……そうですわね」

 

 ラウラの行動が予測できていたシャルロットが真っ先に言葉を掛け、一夏同様に少々呆気取られていたセシリアが復帰。2人もラウラに続いて部屋から出た。

 

「んじゃ、あたしたちも行くわよ」

「あ、ああ。分かった」

 

 鈴もシャルロットたちの後を追って退出し、部屋に残っているのは一夏と意識の無い箒のみとなった。一夏も出撃するべく、彼女たちの後を追いかける。

 だが、最後に部屋を出ようとした一夏だけは直前に足を止め、再び箒の元に戻っていく。先程まで使っていた備え付けの椅子には座らず、ベッドの脇で腰を落とし、ポケットを探り始める。

 ポケットの中から出て来たのは、ラッピングされた袋。一夏はそれを解いて袋の中の物を取り出した。それは本日7月7日の為に用意された、特別な物だ。

 

「悪い、箒……誕生日プレゼント、ホントは目が覚めてる時に渡したかったんだけどな」

 

 真っ白いリボン。それも傷一つない新品の代物。臨海学校前にレゾナンスで購入した、箒への誕生日プレゼントだ。

 一夏はベッドの中に入っている箒の腕を一度出すと、リボンを彼女の掌に納めさせた。そして未だ眠っている彼女に向かって、優しい笑みを送りながら立ち上がる。

 

「誕生日おめでとう、箒。……帰って来たら、今度は目が覚めてる時にもう一度言わせてくれよ」

 

 再び腕をベッドの中に戻し、一夏は先に向かった鈴たちを追いかけるべく、部屋を出て行った。意識の無い箒しかいなくなった事で、部屋は最初の頃の様にシンと静まり返る。

 

 待機状態の紅椿の鈴が淡く光ったが、誰もその光景を見る事は無かった。

 

 

 

―――続く―――

 




 連続で書きたかったシーン(一夏の葛藤&鈴の喝&プレゼントを渡すシーン)が書けました。一夏の青臭さ、未熟さを表してみようとしてみたのが、いかがでしたでしょうかね……?大体のオリ主は『大切な人の為ならば他の命を切り捨てられる』選択を確り選んでくれますが、ここの一夏はまだその答えを保留。今後の彼の成長の為に控えて頂きます。


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VS.銀の福音 Part3

 

 海上200m。

 激しい戦闘を終え、離脱した銀の福音はそこで胎児の様に身体を丸めて先の戦闘で発生したダメージの回復に努めていた。シールドエネルギーも殆ど満タンに戻っている。100%回復し終えたら、再び福音は移動を開始するだろう。

 

『……』

 

 不意に福音が顔を上げる。

 その瞬間、超音速で飛来した砲弾がボディに直撃し大爆発を起こさせた。

 

 砲弾がやって来た方角の数キロ先では、砲口から硝煙を吹かせている80口径レールカノン【ブリッツ】の武装者、ラウラの姿があった。

 巨大な2門の砲以外にも、彼女の左右と正面には敵の遠距離攻撃に備える為の物理シールド4枚が装備されている。その姿、はまさに固定砲台、これがシュヴァルツェア・レーゲンの砲戦パッケージ【パンツァー・カノニーア】だ。

 

「初撃命中、次弾照準完了……発射!」

 

 福音の反撃の用意を待たず、ラウラは次の砲撃を開始。先の戦闘で良いように弄ばれた分、此方からも仕掛けないと彼女の気が済まないのだ。

 しかし福音は初撃の爆発で発生した黒煙からその姿を現すと、ラウラに目掛けて超音速で突っ込んで来た。ラウラも近づいて来る福音に砲撃を続けるが、福音はそれらを銀の鐘によるエネルギー弾で撃ち落としながら、彼女との距離を確実に詰めていく。

 

「ちぃっ!やはり速いな!」

 

 既に両者の距離は1㎞を切っている。前回の戦闘でも披露してみせたそのスピードは、やはり脅威と言う他無い。

 福音は腕部のアームブレードを展開し、ラウラに斬りかかろうと態勢を直す。更に翼の砲口も備えを始めており、仕留める気を一層高めている。

 

「だが、その速度で来るからこそ、タイミングも合致する!」

 

 攻撃態勢に入った銀の福音が迫り来る中でも、ラウラは冷静さを保ち続けていた。それは前回の戦闘で直接目の当たりにし、手に入れた敵の情報があるから。そして、嘗ての様に自分一人で戦っているわけでは無いからだ。

 

 両者の距離が50mを切った瞬間、福音の翼に上空から垂直方向に衝撃が走る。それはまるで、何かが翼にぶつかったかのような衝突感覚だ。

 

「これで2度目の邂逅ですわね……銀の福音!」

 

 衝撃の正体は、ブルー・ティアーズをステルスモードにした状態で体当たりを繰り出したセシリアであった。前回の戦闘と同様、強襲用高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】の装備をしている。

 体当たりをしたセシリアは、そのまま即座に反転してレーザーライフルの照準を福音に合わせ、射撃。その一連の動きは実に流麗で、前回の戦闘で得た経験が影響してか機動面に増々磨きが掛かっている。

 

『新たな敵機を1機確認。排除行動に移行』

「その敵機って、僕が入ってないんじゃない?」

 

 レーザーライフルの一撃をブレードで受けた福音の背後から掛かる声と、その背中に浴びせられる銃弾。突然の衝撃に福音はバランスを崩し、即座にその場から離れた。

 福音が先程まで居た場所には、ショットガンをそれぞれの手に持ったシャルロットの姿があった。彼女は先程セシリアが福音に体当たりをした際、同様にステルスモードになって彼女の背中に乗っていたのだ。そして衝突の瞬間にセシリアの背から離れ、福音の背後へと回ったのだ。

 

 福音はすぐさま体勢を立て直し、最も近くにいるシャルロットに対して砲撃による反撃を行った。

 

「っと、君の戦闘力は聞いてるから、対策は用意させてもらってるよ」

 

 福音の高い攻撃力に対抗すべく、シャルロットがリヴァイヴに施した防御パッケージ【ガーデン・カーテン】。その内容は、実体シールドとエネルギーシールドをそれぞれ2枚前方に展開する事によって強固な盾としてその力を発揮するといったものだ。名の通りカーテンの様に広がる複数のシールドは、福音の繰り出す光弾を防いでみせた。

 更にシャルロットは、自身の十八番であるラピッド・スイッチでアサルトカノン【ガルム】を召喚し、砲撃の合間を縫って攻撃を挟んでいく。

 彼女に続き、セシリアも高速機動を行いながらの射撃、ラウラは適正距離に調整しつつ砲撃を再開。三者三様による銃撃が、確実に福音を追い詰めていた。

 

『警戒レベルの上昇を認可。【銀の鐘】、最大火力を解放』

 

 翼を大きく広げた福音は、備え付けられた全ての砲口から光を発する。その直後、全ての砲口から光弾が周囲を埋め尽くす様に放たれる。斉射、連射による弾幕が福音にとっての敵を全て狙うように襲い掛かっていく。

 

「各員、敵と距離を取りつつ防御に努めろ!弾幕が薄まるまで距離を離せ!」

 

 最も遠くに位置をとっていたラウラが、自身に迫る弾に警戒しながら前線の2名に対してそのように指示を出した。指示を受けた2人はその言葉に従い、光弾の嵐を何とか凌いでいく。

 

 そして福音は、3人が防御に回った隙を見計らってその場から離脱。不利な位置から脱する為の判断だろう。

 福音が動いてから間もなく、進行上の海面が激しい水しぶきを吹き上げた。

 

「狙い通りね!行くわよ一夏っ!」

「おうっ!」

 

 白式を纏った一夏と、甲龍を装着した鈴がその水しぶきの中から姿を現す。戦闘が開始されてから、ずっと水中で機を窺っていたのだ。両者はイグニッション・ブーストによる爆発的な加速で一気に福音へと向かっていく。

 まず先に福音に斬りかかったのは一夏。零落白夜は発動させず、通常の状態での斬撃を行う。零落白夜はシールドエネルギーを大量に消耗するので、確実に狙える時のみは発動せずにエネルギー温存に努めているのだ。

 

 福音はこの場では回避は行わず、アームブレードによる防御で一夏の斬撃を防ぐ。

 しかし、一夏の狙いはこの一撃ではない。本命は別に用意してある。

 

「一夏っ!」

「ああ!」

 

 鈴の掛け声に応じた一夏は、敵のブレードとの競り合いを継続させながらその脇をすり抜け、去り際に斬撃を背後から一太刀。それもブレードによってギリギリ防御されるが、一夏の役割は十分に果たされた。

 福音をその場に留まらせる事。それにより福音は、それまで控えていた鈴の砲撃の的となる。

 

「疾っ!」

 

 両肩のユニットから放たれる、鈴お得意の衝撃砲。しかしその内容はこれまでのとは一風違っていた。今までの龍砲は砲口が2門だが、現在展開されているのはその倍の数である4門。更に放たれる弾丸は、不可視ではなく赤い炎が纏っている。

 赤い炎を纏った弾丸は福音の傍で爆発、更に拡散を繰り返して周囲に赤い炎と衝撃を広げた。

 これが甲龍の機能増幅パッケージ【崩山】、放たれる弾丸は熱核拡散の性質を持ち、通常の衝撃砲よりも威力の高い性能が発揮される。

 

「やったか!?」

「フラグ立てんな!……ほら、まだよ!」

 

 拡散衝撃砲による炎が消えた場所に立つ福音は、まだ機能停止に至るまでのダメージを負っていなかった。

 

『警戒レベルを更に上昇。多勢迎撃パターンを更新し、敵機殲滅を開始』

 

 福音は頭部から生えた翼を再び大きく広げる。そして、なんと福音は驚くべき行動に移る。

 今まで腕に展開していたアームブレードを収納させると、次にそこにあったのは鳥の翼の様に広がったベルスリーブ型のカスタムアーム。羽の様に一つずつ並んでいるのは、銀の鐘同様に砲口だった。目視で確認する限り、それぞれ10基ずつ備え付けられている。

 翼の36基、左右の腕に20基。合計56の砲口が、この場にいる全員に対して牙を向いた。

 

 嘗てない砲弾の雨霰が、戦場に広がっていった。

 

「くそっ、こんなのアリかよ!?」

「一夏っ、僕の後ろに!」

 

 シャルロットが一夏の前に立ち、迫り来る砲弾をシールドで受け止めていく。白式の燃費は零落白夜の要素を除いても悪く、前回の様に高速機動による回避を続けていては攻撃しなくてもエネルギーを多量に消耗してしまう。その為、回避が強く要求される場面が訪れたら、防御パッケージを備えたシャルロットが一夏の防御に回るようにすると予め決めてある。

 しかし、敵の苛烈な攻撃は防御特化のパッケージを使用していても強力であった。

 

「くっ……!」

「シャル、大丈夫か!?」

「うん、何とかね……けど何度も受け切れるような攻撃じゃないね、これは」

 

 シャルロットは苦い顔をしながら一夏に対して物理シールドの一枚を見せる。それは先程の防御で完全に破壊されてしまっていた。シャルロットは壊れたシールドを放ると、残りのシールドを構え直して続けてやって来た光弾を防ぐ。

 彼女が防御をする直前、福音の左右に向かっていく2人の姿を目に映した。

 

「ラウラ、セシリア、お願い!」

「ああ!」

「お任せくださいませ!」

 

 砲戦仕様を一時的に解除して通常のシュヴァルツェア・レーゲンに戻したラウラと、セシリアが左右から切り込みに掛かる。セシリアが先手に射撃で福音の足を止め、ラウラがワイヤーブレードを展開しながら肉薄し、プラズマ手刀で応戦。

 

 片腕のみをアームブレードに戻した福音は、ラウラと剣戟を繰り広げながらセシリアの援護射撃にも対応をしていく。暴走状態にある福音は、搭乗者の意思ではなく福音自身の意思によって行動されている。搭乗者のセンスが影響したのか、それとも福音の元々の戦闘技術なのかは不明だが、どちらにせよかなり高いレベルである事は確かだ。

 

「もらったぁ!!」

 

 直下、双天牙月を携えた鈴がラウラと拮抗する福音へと躍り出る。衝撃砲の発射準備をしながら斬撃を放ち、ラウラと距離を取った瞬間、再び熱核拡散を披露した。

 それを防ぎ、炎の中から脱する福音目掛けて鈴が全力で斬りかかる。その狙いは、スラスターの機能を果たす箇所、翼だ。

 

『!!』

 

 福音が過敏に反応するが、時既に遅し。刃がそのまま翼へと食い込み、片翼を奪われた。突如スタスターの一角が喪失した事により、バランスを大きく崩す福音。

 だがそれを利用し、ぐらついた身体を預けて脚部のスラスターを同時に噴出。一気に加速した脚による強靭な蹴りが、鈴の装甲を破壊する。

 

「くぅっ!?」

「鈴っ!!……よくも、鈴をっ!」

 

 吹き飛び海へと落とされた鈴、彼女の姿を目の当たりにした一夏は仲間がやられた怒りを瞳に込め、福音に向かって突っ込んでいく。彼は体勢を立て直している最中の福音に迫ると、斬撃を放った。雪片弐型は立て直しが完了していない福音の肩を捉える。

 

 だが福音は、刃が機体に触れているにも関わらず、その刀身を手で握り締めてきた。そして密着状態にある一夏の腹部に腕部の砲を突きつけ、更に片翼の砲口を一夏に向ける。全ての砲身が一夏に向けられて、それぞれが発射目前の状態となっている。

 

 絶体絶命の状況だが、一夏はここで起死回生の一手を打つ。

 なんと一夏は、両手に構えていた雪片弐型を手放したのだ。雪片弐型しか武器を所持していない白式、つまり今の一夏は完全に武装フリーとなっている。普通に考えれば非常に危険だ。

 そして武器を一切持っていない状態となった一夏は……。

 

「おらぁっ!」

 

 福音を、殴った。鋭いストレートパンチが福音のボディに目掛けて放たれ、シールドエネルギーと衝撃を相手に与えた。パンチの衝撃で再び体勢が崩れた福音の手から刀が零れ落ちる。

 一夏は雪片弐型を取り戻すと、射撃のタイミングが遅れた福音が撃って来る前に、刀で翼に斬りかかる。

 

「これで……終わりだぁっ!」

 

 斬撃は福音の残された翼を捉え、切断した。

 

 スラスターの役割を担っていた翼を全て失った福音は、崩れるように海面へと落下。海の中へと沈んでいった。

 

「一夏!」

「一夏さん、大丈夫ですか!?」

 

 シャルロットとセシリアが、慌てた様子で一夏に声を掛けてくる。非常にギリギリの事態だったため、2人も気が気でなかっただろう。

 一夏も切迫した瞬間を味わったため、大きく肩で息をしている。大きな賭けに出た行動だったが、その見返りは十分にあったようだ。

 

「ふぅ……あぁ、何とか無事だぜ。それよりも、鈴と福音の操縦者を――」

 

 助けに行こう。

 そう提案しようとした一夏だったが、彼の言葉を遮る様に大きな変化が海で生じた。福音の落下した地点から、数十メートルにも及ぶ水柱が吹き上がったのだ。

 

『っ!?』

 

 全員の視線が、その水柱に集まる。

 彼女たちがその目にしたのは、先程墜落した筈の福音が、青い雷を纏いながら水を割って現れた姿だった。徐々にその機体が激しい光を灯し出す。

 

「なんだ!?何が起こってるんだよ!?」

 

 予想外の事態に戸惑う一夏。言葉を発さずとも、セシリアとシャルロットにも彼と同じく強い動揺が起こっている。

 唯一、ラウラだけは眼前の現象に心当たりがあった。彼女の表情は、これまでの戦いで最も焦った様子となっていた。

 

「【二次移行(セカンド・シフト)】……だと……!!」

 

 ISは特定の条件を満たす事によって、段階的に形態が変化する仕様となっており、各形態に変化する瞬間を【移行(シフト)】と呼んでいる。製作して間もない状態である【初期形態(スタートフォーム)】、初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を経て、搭乗者のコンディションに合わせた【第一形態(ファーストフォーム)】。

 そして第一形態から二次移行をする事により【第二形態(セカンドフォーム)】となる。現在福音は、ラウラたちよりも一段上のステージに上がってみせたのだ。

 

 

 

―――aaaaaa!!

 

 

 

 これまでの機械的な音声とは打って変わって、まるで獣の雄叫びのような声を発する福音。手足のスラスターだけで、ラウラへと飛び掛かっていった。

 しかしその速度は、今までの比ではなかった。一瞬でラウラの懐にまで接近すると、その腕を掴んだ。

 

「しまっ……!」

 

 掴まれた腕を振り払う最中、ラウラは目の当たりにした。

 鈴と一夏によって斬り落とされた筈の翼部から、エネルギー体の翼が生える様に展開していく光景を。間もなく翼は以前よりも大きく雄大に広げられ、見る者を委縮させてしまう程の錯覚を与えてくる。

 

「ラウ――」

 

 シャルロットが助けに向かおうとするが、一足遅かった。

 福音の翼がラウラを包んだ瞬間、大爆発。まさしくそれまで放っていた光弾の爆発と同質のものであった。

 爆発によって生じる黒煙の中からISアーマー、肉体共にボロボロの状態のラウラが飛び出してきた。既に意識を失っており、彼女はそのまま海へと落ちていった。

 

 その光景を見たシャルロットの中で、何かが外れる様な感覚があった。それは、短い間ではあるが義姉妹として仲良くしてきたラウラとの間に芽生えた、友としての絆でもあり、家族としての絆が齎した一線。

 彼女が久しく感じる事のなかった『家族が傷つけられる事』への怒りが、彼女の理性を緩めたのだ。

 

「よくも……よくもぉっ!!」

 

 怒りの形相を浮かべたシャルロットの、激しい攻勢が始まる。

 今まで以上の展開速度で二丁拳銃とショットガンを片腕ずつに召還。装填済みのそれらを福音に向けて射撃した。それらは福音が先程生み出したエネルギー翼によって全て阻まれるが、彼女はすかさず残りの実体シールドを投げつけた。

 

 福音はブレードで迫り来る盾を弾き、横に受け流す。だが、盾が無くなった先に、シャルロットの姿は無かった。

 そしてその直後、福音の背中を強烈な衝撃が襲った。

 

「これは、ラウラが受けた痛み……!」

 

 69口径のパイルバンカー【灰色の鱗殻(グレー・スケール)】が、既に突き出た状態で彼女の腕に納められていた。本来はシールド裏に装備されているのだが、カスタムによって盾と分離した状態となっている。先程の衝撃は、第2世代最高威力と言われているこの武器によるものだったのだ。

 シャルロットは盾を囮にして敵の視界を遮り、パイルバンカーを召喚しながら背後に回り込んで福音の隙を突いてきたのだ。この一瞬でこういった芸当が出来るのも、多数の武装を換装させるラピッド・スイッチのスキルがあってこそだ。

 

「もういち――」

 

 追撃を仕掛けようと動き出すシャルロット。

 そんな彼女の目の前に、ひらりと舞い込む光り輝く羽根。その煌めきは幻想的で、存在感を放つそれはシャルロットの視界に飛び込んできた。

 そして同時にシャルロットは、その羽に嫌な予感を抱いた。何故ならば、羽根の先いる福音のエネルギー翼は6枚にまで展開されており、そのエネルギー翼と羽根の輝きが酷似しているのだ。

 

 そして、彼女の予感は的中した。

 避けようとしたが間に合わず、羽根は彼女の機体の肩部に触れた瞬間、大爆発を起こした。その爆発の仕方は、これまでの光弾が起こした爆発や、先程のラウラが受けたものと同じであった。

 追撃叶わず、シャルロットもラウラに続いて海へと落下していった。

 

「シャルっ!」

「何ですのあの規格……これが、軍用ISの第二形態……!」

 

 別々の箇所で機動している一夏とセシリア。共に目の前で起きている出来事に戦慄している。次々と仲間が落とされていく姿、そしてそれをたった一機で為している規格外な相手の力。最初は5人もいたというのに、既に半数以上が脱落してしまっている。

 そして福音が次に狙いを付けたのは、セシリアであった。

 

「くっ……!」

 

 猛スピードで迫り来る福音を撃ち落とすべく、セシリアはレーザーライフルで照準を定め射撃。しかし福音の圧倒的機動力がそれらを全て回避していく。互いの距離がみるみるうちに縮まっていくのみである。

 

「セシリアっ!」

「っ!駄目ですわ、一夏さんっ!」

 

 セシリアを助けに向かおうと駆けつける一夏。

 しかし彼女はそんな一夏の接近を拒んだ。既に福音は攻撃の準備を整えており、このまま一夏が来たら彼も巻き添えを喰らってしまうと踏んだからだ。その為セシリアは一夏とは逆方向に動き、一夏との距離を離した。

 

 そんなセシリアの行動に、一夏は驚きを隠せなかった。まさか助けに行こうとした筈が、それを拒絶されてしまったのだ。だが、その動揺と疑惑は福音の攻撃態勢を見た瞬間に晴れる事となる。

 彼の目の前では、既に近接武器が届く間合いとなった福音とセシリアの姿があった。

 

「このっ……!」

 

 眼前の福音に対するべく、インターセプターを召喚するセシリア。以前は名前を言わなければ呼び出せなかったが、仲間たちとの訓練を経て直接呼び出す段階まで進んでいる。

 ライフルの間合いを潰され、機動部として機能させているビットが攻撃に使えない今、彼女が施せる対策はショートブレードのみ。セシリアはラウラから教わった短剣術で福音に抵抗する。

 

 しかし幾ら友人たちから教授を賜ったとはいえ、中~遠距離戦を得意とするセシリアは近接戦闘をまだまだモノに出来ていなかった。付け焼刃、と表現するには厳しいがやはり接近戦を行える者達からすれば、その技術は数歩劣ってしまう。

 そんな彼女の攻撃を捌く事は、ここまで接近戦を仕掛けてきた箒たちの技量を受け止めて来た福音にとって容易い事だった。

 抵抗虚しく、攻撃を防がれたセシリアはラウラたちと同じく光翼が起こす爆発に身を包まれ堕ちていく。

 

 そして、空に残っているのは一夏と福音のみになった。

 

「て……」

 

 一夏の心は今までに無く震え上がっていた。

 それは福音の脅威に対する、恐怖の感情によるものではない。仲間を倒された事による、憤怒の感情によるもの。仲間たちが堕ち行く姿は、数時間前に身を挺して自身を守ってくれた幼馴染みの傷だらけの姿を彷彿とさせた。

 雪片弐型を握りしめるその手が、ギュッと締める音を発する程に力が籠る。

 

「てめぇぇぇぇぇっ!!」

 

 ついに、一夏の怒りは限界に達した。

 鈴を、ラウラを、シャルロットを、セシリアを。そして、箒を。彼女たちを深く傷つけた福音に向ける敵意の目は、刃物の様に鋭く尖る。

 一夏は迷う事無く福音に目掛けて全速力で突撃する。その速度は高速機動モードの最高速でも達せないスピード、すなわち瞬時加速だ。

 

「零落、白夜ぁっ!」

 

 そして、自身の一撃必殺奥義の発動。刀身が紅椿の展開装甲と同様のギミックで展開し、光り輝くエネルギーブレードを出現させる。触れるだけで致命傷となるその刃の輝きは、威力を知る者を震え上がらせる威光が宿っている。

 瞬時加速と零落白夜、神速撃破を目的とした2つの合わせ技だ。エネルギーの消耗量が激しい事と、軌道がどうしても直線的になってしまう事で頻繁に使用できない事から、奥の手として扱われている。

 だが、一夏は躊躇わずにそれを使用した。全ては、大切な人たちを傷つけた存在を倒す為に。怒りの一撃は、一直線に福音に向かって振るわれる。

 

 しかし、怒りに任せた攻撃というものは2面性を含んでいる。1つは怒りがパワーに相乗され、より強大な攻撃と化す時。

 そしてもう一つのケースは……攻撃が単調となり、敵に避けるチャンスを与えてしまう事。

 現実は無情にも、一夏に後者の結果を与えた。

 

「ぁ……がぁっ!?」

 

 最大の攻撃が躱され、僅かな動揺を晒した一夏に福音によるボディブローが炸裂する。シールドエネルギーが展開され、絶対防御の効果もあるのだが、腕部スラスターを吹かせながらのブローの鋭みはそれらを貫通して一夏に苦痛を齎した。

 更に福音は悶絶する一夏の首を鷲掴みにし、彼の機動を封じた。

 

 一夏は脱却を試みるが、既に白式のエネルギーはそこを着いていて満足に動かす事が出来なかった。瞬時加速、零落白夜、そして最後のダメージ緩和。この一瞬でシールドエネルギーを大量に消費しすぎたのだ。

 

 そんな彼の抵抗に終止符を撃つかのように、福音は6枚のエネルギー翼を展開。全ての翼を広げ、今にも一夏を包み込まんと動き出す。

 

「(……あぁ、俺もここまでみたいだな)」

 

 目の前で自身を覆わんとしている光景を見て、一夏は抵抗する力を弱めた。既にシールドエネルギーが枯渇している現状、暴れる余裕すら残っていないのではどう足掻いても抜け出せないと悟ってしまったからだ。

 

 首を掴まれて息苦しさを感じながら、一夏は旅館に残してきた1人の少女の姿を思い浮かべる。

 普段は真面目でお堅い所も多く、冗談の類はあまり得意ではない性格。しかし、クラスメイトや友人たちのバカげた言動を少し離れた所から様子見ている彼女の笑みは、まるで母が子を見守るかの様に穏やかで、優しい。

 剣の腕も立ち、竹刀を一心に振る様は凛々しく壮健。一夏も思わず見入ってしまう魅力が其処にはあった。

 強くて思い遣りのある、大切な幼馴染み……箒の笑った顔が、一夏の脳裏に映し出された。

 

「(悪い、箒……約束、守れそうにないや)」

 

 必ず帰ってくる。

 約束を果たせない事を彼女に対して謝りながら、一夏は静かに待ち受ける。福音が自身に止めを差す、その時を。

 

 そして光の翼は、一夏をゆっくりと包み込み――。

 

 

 

 

 

 福音の身体が、横から飛んできたエネルギー波によって吹き飛んだ。

 

『っ!?』

「ぐ、げほっ……げほっ」

 

 福音が吹き飛ばされた衝撃により、一夏の首を掴んでいたその腕も解き放たれる。首元が自由になった一夏は、未だ痛みを感じる喉の違和感を拭うために、咳き込み出す。

 一夏は福音の方を見る。エネルギー波が直撃した福音は一夏が今いる場所からある程度離れた場所で止まり、体勢を整え始めている。

 そして次に一夏はそちらとは逆方向、つまりエネルギー波が飛んできた方に振り向き直す。明らかに自然発生では無いそれは、誰かの手によって放たれた物。それが誰なのかが、その視線の先を見れば判明できる。

 

「なっ……」

 

 一夏は思わず言葉を詰まらせた。

 目の奥が熱くなる感覚が起こった。

 そして、目頭から一筋の涙が零れ落ちた。

 

「ほ、うき……」

 

 一夏の目と、彼の先に佇む少女の視線が重なり合う。

 控えめで小さな笑みではあるが、見る者を安心させてしまう程の、包む様な柔らかさを籠めた笑み。少女は一夏に対してそれを向ける。

 その笑みは、一夏がつい先程思い描いたものと全く同じだった。

 

「待たせたな、一夏」

 

 紅椿の搭乗者、篠ノ之 箒。

 傷一つ無い綺麗な状態の肉体、両手に携えられた2振りの刀、彼女の特徴であるポニーテールを結う為の、一夏が誕生日プレゼントとして送った白いリボン。

 

 全てを万全に整えた彼女は、凛とした空気を纏いながら戦場へと姿を現した。

 この戦いに、決着を着ける為に。

 

 

 

―――続く―――

 



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VS.銀の福音 Part4

珍しく2連続投稿です。結局前話と合わせると2万文字オーバーになっていますので、どうぞゆくりとお読みください。


 いつの間にか箒は、自分が新緑の草原の中にいる事に気が付いた。

 そこは福音と激しい戦闘を行っていた海洋上でもなければ、旅館付近の浜辺でも無い。若草色の低い背の草々が一面に生い茂った、緑溢れる光景が周囲に広がっていた。果てに目を凝らしてみても、草が途切れている様子は見当たらない。唯一の共通点は、青い空と其処に浮かぶ雲と太陽だけ。

 箒は辺りを見渡しながら、色々な疑問を湧き起こす。

 

 何故目を覚ましたらこのような場所にいたのか。

 見覚えの無いこの場所は、一体何処なのか。

 いつの間に自分は制服を着ているのか。

 そもそも自分は、福音の攻撃を喰らって瀕死の重傷を負ったのではなかったのか。

 その筈なのに、今の自分の身体には痛みどころか傷一つすら無いのは何故なのか。

 これは、死の世界なのだろうか。

 

 様々な疑問を抱きながらも、箒は先ずは歩いてみる事にした。その場に立ち尽くしていても、何かが分かる訳でも無い。箒は歩きながら、自分の感覚を意識的に使って周りの自然を確かめる。

 春半ばのような心地よい暖かさを、肌で感じる。風の音と草たちの靡く音を、耳で感じる。自然の中の澄んだ空気を、肺で感じる。若々しい草々と土の感触を、足で感じる。

 

「……本当に、私は死んだのだろうか」

 

 気を失う直前の記憶を思い返すが、福音から受けた痛みは尋常ではなかった。ISが保護してくれていたとはいえ、嘗て味わった事の無い肉体的な痛みを箒はその身に体験した。正直な話、死んでいてもおかしくは無いと思える程に。

 もし、本当に死んだというのであれば。

 この世界は、非常に心地が良い。

 

 

 

―――チリン。

 

 

 

 鈴の音が、聞こえた。

 箒は突然現れた音に驚きつつ、音がした方に身体を向ける。

 

 其処にいたのは、青い空をジッと眺める1人の女性。

 艶やかな黒い髪を腰辺りまで長く真っ直ぐ伸ばしており、毛の先は綺麗に切り揃えられていて上品な印象を感じさせる。袖と裾に金色の和柄をあしらえた赤い着物と、白基調の帯が彼女の格好。足には現代人では滅多に見ない足袋と草鞋を履いている。先程の鈴の音の正体は、帯の装飾品の一部として付けられている2つの鈴だと思われる。

 端正な顔立ちとそれらの容貌が相まって、まるでその女性だけ切り離された世界にいる様な感覚を箒は感じ取った。

 

 箒は少し悩んだ末に、彼女に近づく事にした。

 赤い着物の女性の近くにまできた箒だが、彼女は相変わらず空を見続けている。

 

「綺麗な空……」

 

 ポツリと呟かれた言葉。発したのは箒ではなく、女性の方であった。

 そんな彼女の言葉につられて、箒も彼女と同じ方向に空を見やる。真っ白な雲が浮かぶ青い空が何処までも広がっていた。

 

「私はこの空が好きです。果てしなく広がる天の海……そこに優しく浮かぶ雲も、その純白な白色も」

「……私も、好きですよ」

 

 箒は女性が言葉にした物に自分なりの心当たりがあった。

 天の海が示すのは、最近になってちゃんと交流できるようになった姉や、今は離れた場所で暮らしている両親、IS学園で紡いだ友人たちや新しい義姉妹たちのいるこの世界。

 そんな世界の中で、箒にとって特に存在が大きい1人と1匹。

 白色を示すのは、幼い頃から好意を寄せていた幼馴染みである一夏。

 雲を示すのは、一夏に出会う前から一緒だった大切な家族、テオ。

 

 赤い女性とは異なった考え方だろうが、箒はそんな事を感じさせるこの空が確かに好きだった。

 

「ふふふ……ならば、大切に守らねばなりませんね」

 

 そこで初めて女性は笑ってみせた。箒に向けられたその笑みは、異性を容易く惚れさせてしまう程の美貌と魅力がある。

 

 赤い着物の女性がチラッと自身の右手に視線を向けたのに気付いた箒は、いつの間にか自分が刀を持っている事に気付いた。竹刀でも木刀でも無く、自身のISの武装の1つである、雨月がその手に収められていた。サイズは今の箒に合わせられているが。

 箒は刀を自身の顔の前に近づける。刀の腹を手前にすると、自分の顔が映り込んだ。

 

「ええ……私を信じてくれる皆の為に、私はこの意志を貫き通します」

 

 刀を持ったまま、覚悟を決めた表情でそう言い切る箒。

 その光景は、さながら誓いの儀式の様であった。

 

 女性は満足げに微笑みを浮かべると、両手で刀を持っている箒の手を下ろさせると、そのまま彼女の手を包む様に優しく握った。

 互いの瞳が、互いの姿を映していく。

 

「私も、貴女と共に歩きます……共に、貴方の進む道を歩かせてください」

 

 嗚呼、と箒は心の中で合点がいった。

 赤い着物の女性の格好を見た時から、彼女の正体について薄々見当がついていた。そして自身の手を握り包む彼女の手の感覚で、予測は確信へと成り代わる。

 この包まれる感覚を、箒は既に体感していた。

 

「はい、貴女の……いや、お前の力を貸してくれ――」

 

 

 

―――紅椿。

 

 

 

―――――――――――

 

 そして舞台は、福音との戦場へ戻る。

 

 駆けつけた箒の姿を見た一夏は、真っ先に彼女の元へと近寄った。

 

「箒!ホントに箒なんだよな!?あんなに怪我してたはずなのに……あてっ」

 

 酷く慌てた様子で箒の顔を覗き込んだかと思うと、今度は彼女が肌を露出させている個所を隈なく見回す一夏。

 そんな一夏の忙しなさに呆れた様子で溜め息を吐いた箒は、彼の頭に目掛けてチョップを入れる事で正気に戻させた。

 

「まったく、男子たる者が女子の肌をジロジロ見るのは感心せんぞ……見られるこっちの身にもなれ」

「わ、悪い……けど、ホントにどうやってあの怪我を……」

 

 軽く暴走気味だったことを詫びながらも、一夏にはそれが不思議でたまらなかった。何せ箒が負った傷は、完治するまで通常なら数か月以上は掛かるほどのレベルだった。医者も今後の様子が分からないと言う程に。

 だが今の彼女の身体には、見る限り傷らしきものは1つも見当たらない。まるで怪我などしていなかったかのように、綺麗な柔肌がそこにはあった。

 

「それについてはまた後で話す。今はそれよりも、この事態を収める事に専念しなければならない」

「え、あ、あぁ。そうだな」

「私はこのまま福音と戦闘を続ける。一夏は負傷した皆を海から引き揚げて、近辺の小島に集めて守ってやってくれ」

「なっ……馬鹿言うなよ箒!あいつはメチャクチャ強いんだぞ!俺たちだって、一瞬であいつに……」

 

 福音の力を、一夏は既にその身で味わっている。あれと1対1で戦うと聞いた瞬間、一夏は真っ先に反対した。正面切って福音と戦うのは無謀だと思ったうえ、傷が無さそうとはいえ箒はつい先程まで大怪我をしていたのだ。そんな彼女に戦闘を任せて、自分だけ救助に専念するわけにはいかない。

 

 反論を立てようとした一夏であったが、それよりも先に箒の手が彼の肩に置かれた。

 

「ならばこのまま逃げるか?そうすれば奴は今度こそ陸上まで到達し、確実に世界に被害を出すぞ。……私は、私に出来る事を為すだけだ」

「箒……」

「ならばお前も、お前が今出来る事を為せ。……信じているぞ、一夏」

 

 そう言って箒は一夏の肩から手を離し、既に体勢を整え終えた福音目掛けて飛んでいった。

 一夏は去り行く箒を止めなかった……と言うよりは、止めようと思えなくなった。確かに福音の力は第二形態に移行してから更に跳ね上がっている。一次形態の時点では押している場面を何度か見せていた箒であったが、今度はどうなるか想像がつかない。

 しかし、一夏は箒に言われたのだ。『信じている』と。

 

「……分かったよ、箒。俺も今自分に出来る事をやる。だから……絶対に無事でいろよ」

 

 箒が自分を信じてくれているのに、自分が彼女を信じられなくてどうする。

 そう自分に言い聞かせた一夏は、彼女の頼みを聞くために海に落ちた仲間たちの救助に向かう。未だ誰も浮かんで来ていないとなると、全員が気を失っている可能性もある。ISの保護機能があるので水中でも死ぬ事は無いが、助けに行かなければならない事に変わりは無い。

 一夏は残されたエネルギーを頼みに、全員の救出を始めるのであった。

 

 一方此方は、一夏と別れて福音との勝負に臨むところの箒。

 

「第二幕の開始だ……銀の福音!」

 

 右手に雨月、左手に空裂を携えた箒は、高速機動のスピードで福音へと迫る。

 

 そんな彼女の接近を許さず、福音はエネルギー翼から光弾を放って迎撃を行う。砲身では無く、翼の羽ばたきのモーションで射出されたそれらは、砲身による射出に劣らない速度で箒に向かっていく。

 

 箒は光弾の隙間を掻い潜り、刀の間合いに入ると雨月を振るう。雨月と福音のブレードが前回同様激しくぶつかり合う。

 福音の翼が動いたのを見た箒は、その翼が自分に襲い掛かる前に距離を取り、すかさず空裂を横一文字に振るい、刀身からエネルギーの波刃を撃ち出す。

 

 福音は身体を逸らす事によってそれを回避。その間を縫って箒目掛けて再度光弾を発射した。両者、それから互いにエネルギー攻撃による応酬を繰り広げる。どちらも相手の既に把握している力、未だ隠している力を警戒して不用意に仕掛けず牽制を続けているのだ。

 

 そして先に別の動きを入れたのは、箒の方だった。

 箒はまた空裂で斬撃波を放つ。先ほど同様、福音はそれを躱すと同時に光弾の発射に備えようとする。

 

「そこだっ!」

 

 光弾が発射される直前、箒は雨月による刺突を行い、細長いエネルギー弾幕を展開する。それと福音の発射した光弾が衝突した個所は、福音の目と鼻の先であった。2つのエネルギーの衝突が激しい爆発を巻き起こすと共に、そこにいた福音がそれに巻き込まれる形となった。

 福音が背中に展開しているエネルギー翼は、確かに高い威力を誇る武装だ。しかし、欠点が無いわけではない。

 そのエネルギー性質には爆発属性があり、着弾や衝撃によって大爆発が生じるようになっている。その爆発は敵に齎せば強力だが、当然福音自身がその爆発範囲にいれば被害を被ってしまう。自らの武装とはいえそこまで耐性が加わっているわけでは無い、福音の高機動性能はこの爆風の被害に巻き込まれない為にもある。

 そして箒は光弾が福音から射出させて間もない瞬間を見計らい、攻撃のタイミングを合わせたのだ。誘爆は味方がいる時では細心の注意を払わなければならないが、現在は1対1。箒は周りへの配慮を気にせずに実行する事が出来る。

 

 爆煙の中から、福音が飛び出す。動きが鈍っている様子は無いが、確実に先ほどの爆発でダメージを受けている。

 

 箒は現れた福音を視界に捉えると、追撃を仕掛けるために加速していった。

 

「……すげぇ」

 

 全員を救出し終え、戦いの様子を離れの小島から見ていた一夏は、ポツリとそう呟いた。

 箒が現在相手にしているのは軍用IS。最初の戦いでは箒を瀕死に追い込み、今回の第2回戦では専用機持ちの代表候補生4人と一夏を戦闘不能レベルにまで追い込んだ。圧倒的な力を見せつけた過去最大級の強さを示したISだ。

 だが箒は、第二形態になって遥かにパワーアップした福音相手に、1人で互角以上に立ち回っている。下手をすれば代表候補生レベル……否、国家代表レベルの戦いを空中で繰り広げている。

 その様相を見せつけられた一夏は、息を忘れそうになる程にその戦いに釘付けとなる。

 

「う、くぅ……」

「鈴!?」

 

 そんな彼の意識を逸らせたのは、先程まで気を失っていた鈴の苦しげな呻き声。

 一夏が慌てて彼女の方を振り返ると、その双眸が僅かに開き始めていた。気を失っていた状態から無事に復帰したのだ。

 

「く……ここは……?」

「ラウラ!……シャルロットとセシリアも目が覚めたんだな!」

 

 鈴に続いて、ラウラたちも意識を取り戻していく。

 彼女たちの目が覚めた事に、一夏は深く安堵する。

 

「一夏さん、福音は……?」

「福音は……今、箒が戦ってる」

「箒が……!?」

 

 全員の視線が、上空の激戦に集まる。そこでは福音と箒が高速機動で切迫した戦いを繰り広げている所であった。

 

「ちょ、ちょっと。福音のあの光の翼は何なのよ、あんな武装まで隠してたっての?」

「いや……福音はお前が撃墜された後に二次移行を果たした。今の福音は2次形態で、あの翼はその形態特有の武装だろう」

「戦闘中に形態移行って、どこの漫画的な展開よ……っていうか、そんな奴相手に箒1人は流石にヤバいでしょ!加勢に行かないと!」

「……それが出来る状態なら良かったのだがな」

 

 ラウラの悔しげな言葉に心当たりを見つけた鈴は、自身のシールドエネルギーと損害状況を確認した。データに記載されていたのは、装甲部に多数の損傷が発生している事とシールドエネルギーが約10%しか残されていないという内容だった。そんな状態であの高速機動戦闘に加わろうものなら、一分も経たずにISのエネルギーは空になってしまうだろう。

 鈴は他の皆の表情を覗き込む。全員の表情を見て、彼女は察した。この場にいる誰もが、既に継続戦闘不可能な状態にまで追い込まれている事に。

 彼女は込み上げる悔しさを抑えきれずに、八つ当たり気味に地面を殴りつける。ISで殴られた地面には、くっきりと甲龍の拳の跡が残っていた。

 

「何が代表候補生よ……一般生徒の箒が戦ってるってのに、肝心な時にもう戦えないだなんて、とんだお笑い草よ」

 

 その言葉は鈴だけでなく、この場にいる代表候補生の少女たちの心にも突き刺さる言葉であった。

 確かに福音を形態移行させるまで追い詰めたのは、間違いなく彼女たちの功績だ。しかし、今こそ共に戦わなければならない時だというのに戦えないというもどかしさは、彼女たちに重く圧し掛かる冷めた現実だった。

 

「信じよう、箒を」

 

 そんな中、一夏は重くなり始めた空気の中でハッキリと言葉を発した。

 全員の視線が、一夏の方へと集まっていく。一夏は真っ直ぐに、箒の戦う姿を見守っていた。

 

「俺は何があっても、あいつを信じる」

 

 一夏は自身の肩にそっと手を添える。そこは先程、箒が手を乗せた場所であった。

 

 そしてその時、不思議な事が起こった。

 なんと、この場に居る全員の身体とISが黄金色に淡く光り出し、黄金の粒子がポツポツと溢れて来たのだ。加えて身体の奥が熱くなる感覚と、全身に微弱な電気が奔る感覚が同時に発生し、全員が驚きながら自身や互いの体を見比べている。

 

「な、何が起こっていますの……!?」

「身体が熱い……それにこの感覚は一体……!?」

「だが、不思議と不快感は無い……寧ろ何処か、温かいような……」

「っ!皆、ちょっとISのシールドエネルギーを見てみなさい!」

「ISの……?」

 

 鈴の言葉に従って、一夏たちは再度ISの状態を確認する。そこには、驚くべき変化が起こっていた。

 なんと、先程までシールドエネルギーが空寸前だった筈が、急速に回復し始めているのだ。その上昇速度は目を見張る物があり、通常の補給よりも忙しなく数値が変動していた。

 

「エネルギーが……」

「……満タンになった!」

 

 間もなく、全員のシールドエネルギーが満たされる。身体から放たれていた光も、そこでフッと消え去る。

 その瞬間が訪れた時、全員は互いの顔を見合わせると同時に頷き、そして浜辺に並び立った。全員の心は、既に一致している。

 

「装甲はちょっと痛んでるけど……シールドエネルギーが戻ったならこっちモンよっ!」

「ああ……皆、行くぜっ!!」

『応っ!!』

 

 少年と少女たちは、再び空へと駆け出した。

 先程の自分たちと同じ光を放っている、少女の元へと。

 

 

 

――――――――――

 

 一夏達の身に不思議な現象が起こる、ほんの少し前。

 

 箒は再び福音との接近戦に挑み、互いに剣技をぶつけ合っていた。福音のエネルギー翼の所為で一撃離脱の戦法を主とさせられている為、この衝突も既に数えるのに苦労する回数となっている。

 戦いの最中、隙を見計らって箒は自身の機体の状態をザッと見で確認する。

 

「(残りのシールドエネルギーは……25%か)」

 

 出力の調整は一度目の出撃前に束が行っており、その時から殆ど弄っていない。束がベストなコンディションに仕上げると宣言してみせたので、彼女の言を信じている箒は自分から出力を弄るつもりがない。だが高速機動による戦闘となると、やはりその消耗は激しい。1対1となって自身が攻勢に出る機会も増えたため、尚更に。

 しかし、箒に不安の色は無かった。

 シールドエネルギーの残量を見た彼女は、まるで『減っているという事実だけを受け取っているかのような反応』であった。

 

「強いな……福音よ」

 

 箒は自身と対峙している、福音に向けて素直な賛辞の言葉を掛ける。

 そして直ぐに、憐れんだ瞳を向けた。

 

「だが、今のお前は独りで戦っているに過ぎない。お前の搭乗者の意思を無視して暴走しているお前は、独りぼっちなんだ」

『……aaaaa!!』

 

 その言葉に反応したのかは分からないが、福音は雄叫びを上げながら箒へと斬りかかっていく。

 箒は焦る事無く、落ち着いた様子でその斬撃を刀で防いだ。

 

「私も、以前は独りになっていた時があった……だが、今はもう違う」

『っ!!』

 

 箒は福音のアームブレードを腕ごと上に逸らし、がら空きになったボディに目掛けて一発のミドルキックを放った。脛のアーマー部を展開させてそこからエネルギー波も同時に飛ばしたその一撃は、福音の身体を大きく吹き飛ばした。

 

「私には、共に居てくれる仲間がいる。この先の進むべき道を共に歩んでくれると誓ってくれた、相棒がいる」

 

 刀先を真っ直ぐ前に突き出しながら、箒は紅椿の腹部ボディに手を添える。

 

「彼らとの繋がりこそ、私の力だ。軍用として誰かを傷つける力ではない……皆を守る為の、絆の力だっ!」

 

 その瞬間、紅椿の装甲が赤色の光を纏い、その輝きに混じって黄金色の粒子が溢れ出す。

 機体が輝いた途端、紅椿のシールドエネルギーが急速に回復していく。

 展開装甲とのエネルギーバイパスを構築させ、機体内でエネルギーを増幅する事によって回復。これこそ、紅椿のワンオフ・アビリティー【絢爛舞踏】の力だ。

 

 だが箒は、まるで最初から知っていたかのようにその事実を受け止めていた。落ち着いた様子で片方の刀を召喚し直し、改めて両手に刀を携える。身に纏っている機体は今も尚黄金色に輝いている。

 

「行こう、紅椿」

 

 その言葉に反応する様に、機体の輝きが少し強くなる。

 

 そして、決着を着けるべく動き出そうとした箒の元に彼らが駆けつける。

 

「箒!」

「一夏っ、それに皆も……まさか絢爛舞踏は、味方にもエネルギーを分け与える事が……?」

 

 絢爛舞踏がエネルギー増幅の効果だという事は理解していたようだが、どうやら味方にも影響を与える事までは知らなかったらしい。箒は既に離脱推奨状態の仲間たちが現に駆け付けた事に少なからず驚いている模様。

 

「箒、どうかしたの?」

「ん……あぁいや、何でもない。それより皆、もう大丈夫なのか?」

「ええ。どうやら箒さんのお陰で、まだ戦う事が出来そうですわ」

「お姉ちゃんには助けられっぱなしだからな……今度は私が、お姉ちゃんを助ける番だ」

「やられたまんま終わるなんて、あたしの性に合わないのよ。あたしにもあいつをブッ飛ばすのに、一枚噛ませなさい」

「ははは……まぁ皆こんな感じだよ。僕も、ラウラを見習ってお姉ちゃん孝行しないとね」

 

 セシリアが、ラウラが、鈴が、シャルロットが。皆が戦う意気込みを示している。全員に機体の損傷が見受けられるが、誰も止まるつもりはないようだ。

 そして箒は、一夏にも顔を向ける。

 箒の視線を受けた一夏は、ニコリと口元を緩ませて、力強く頷く。

 

「やろうぜ、箒。俺たち『皆』でな」

「……ああ!」

 

 そして、6人は空に並び立つ。

 その先に待ち構える相手、福音を倒すべく6人は一斉に空を駆けた。

 

「ラウラさん!」

「ああ!」

 

 砲戦仕様パッケージに切り替えたラウラとセシリアが、遠距離支援の役を取って射撃を開始。2人の精密な射撃術が福音の機動を妨げ、自由に飛ばせない環境を生み出す。

 

「っ……福音の翼が動いた!」

「来ますわよ皆さん、ここで落ちたら恰好が付きませんわよ!」

 

 やられっぱなしでは終わらず、福音はエネルギー翼から光弾を一斉射出。前衛の4人に向かって雨の様に光弾が襲い掛かる。

 

「鈴!」

「あんがと!」

 

 鈴の傍を飛行していたシャルロットがガーデン・カーテンのエネルギーシールドを1枚鈴に投げ渡し、自身は残りのシールドを1枚展開する。

 盾を受け取りながらシャルロットに礼を述べた鈴は、シールドを所持したまま光の弾幕を掻い潜り、薄くなってきた所でシールドを前方に立て、守る姿勢に入る。そして最後尾の光弾が鈴の持つシールドとぶつかり、爆発が起こる。

 生じた黒煙の中から飛び出した鈴は、衝撃砲の準備を完了させていた。

 

「とびっきり熱いの、かましてやるわっ!」

 

 拡散衝撃砲が、福音目掛けて炸裂する。巻き起こる赤い炎の渦から抜け出した福音。

 その直後、背後からいつぞやに受けたのと同じ衝撃が襲ってきた。

 

「一度ならず二度までも……なんてね」

 

 衝撃砲の余波から抜け出した福音の上部にて待ち構えていたシャルロットが、2つの銃口を向けて連続射撃を行ったのだ。先程の光弾の雨の意趣返しとばかりに、実弾の雨をお見舞いしてみせた。

 

 シャルロットに光弾をばら撒きながら、その場を離脱する福音。シャルロットは光弾を捌くために追撃を行う事はしなかった。

 そして、その役目は最後の2人へと託された。

 

「一夏!」

「おうっ!」

 

 赤と白の機体が、福音を目指す。

 周りに舞う羽根に当たらず、迫り光弾を次々と躱していきながら、2人は目標に向かってひたすら駆けて行く。

 

「零落白夜!」

 

 白式のエネルギーはほぼ満タンなので、残量を気にせず最大出力で実行される必殺技。通常よりも強く、大きく刃が光る。

 一夏はそれを両手で確りと握りしめ、福音へ一直線に向かっていく。相手も翼とアームブレードを構え、一夏の攻撃に備えている。

 

 そして、一夏は福音に向かって、零落白夜の斬撃を振り下ろす。

 

「……なんてな」

 

 と、思いきや。

 一夏は途中で振り下ろすのを止めたかと思うと、軌道をずらして福音の横を通り過ぎて行った。攻撃を仕損じたわけでは無い、明らかにわざとそのような行動を取っていた。

 

 突然の攻撃キャンセルに、動揺した様子を示す福音。すぐに通り過ぎた一夏に向けて砲口を向けようとする。

 だが、福音は1つだけ失念していた。自分に向かって来ていたのは、一夏一人ではないという事に。

 直後、福音に鋭い斬撃が迸る。

 

「篠ノ之流双刀術……【一会風(いちえのかぜ)】」

 

 2本の刀を居合の要領で構え、相手の胴部に目掛けて一気に両の刀を振り抜いて斬る斬術。極限の所ですれ違う刀は、2つの手数を1つに集束させた威力を秘めている。

 篠ノ之流双刀術・居合の段【一会風(いちえのかぜ)】。箒はISに乗った状態で、その技を見事に放ってみせたのだ。

 

 そして、最後の一手が打たれた。

 

「これで……終わりだ!」

 

 一夏による、零落白夜が銀の福音の機体を斬り裂く。福音のエネルギーシールドを超え、絶対防御を発動させられたことにより、福音のエネルギーは蒸発する様に消滅していく。

 

 そしてついに、福音は機能を停止。装甲は消え、スーツ姿の搭乗者がISの消失によってその場から落下し始める。

 

「あ、しまっ……」

「案ずるな」

 

 既に箒が駆けつけ終えており、搭乗者をお姫様抱っこで抱えて救出する。

 

「やぁっと終わったわね……っていうか一夏、最後の最後で締まらないわね」

「い、良いだろ別に。勝てば良かろうなのだってよく言うだろ?」

「それ、悪役の台詞ですわよね」

「む、その話ならば私も知っているぞ。ドイツの方で紫外線照射装置を準備すれば良いのだろう?」

「しなくていいから……色んな意味で」

 

 

 戦いが終わったことにより、全員が2人の元に集まってくる。会話の内容こそ他愛の無いものだが、皆その表情にはかなり披露が蓄積している。連戦だった上に、途中紅椿の絢爛舞踏で回復したのはシールドエネルギーのみ。搭乗者の体力までは回復の対象外だったため、仕方ないだろう。

 

「箒、福音の操縦者さんはどこか怪我してないか?」

「ふむ……見た所目立つ傷は負っていないようだが、あの高速機動を長時間続けていたのでは見えない部分が痛んでいる可能性も高いな」

「ホント、すばしっこいわ攻撃力高いわ攻撃範囲広いわタフだわ……つくづく軍用ISってバケモノみたいなスペックよね」

「本当に、一部性能解除したとはいえ競技用メインのISでよく戦い抜けましたわ……」

 

 願わくば、2度とあのようなISとは戦いたくない。

 この場にいる全員に共通して湧き上がった願望がそれであった。

 

 そんな中、ラウラはかなり注意深く福音の搭乗者の身体を観察していた。

 

「ラウラ、どうかしたのか?」

「ん?あぁいや、少し疑問があるのだが……」

「疑問?」

「……福音の待機形態はどこにある?」

 

 作戦会議時におけるスペック開示の際、福音の待機形態に関する情報も備考として載っていた。こうして戦闘終了した際、搭乗者の手元にちゃんと戻っている事を確認する為でもある。

 福音の待機形態は両耳のシルバーイヤリングらしいが、全員が見てもそれらしき物は無かった。

 

「もしかして……」

「待機形態の時に外れて、そのまま海に……?」

 

 誰かがそう呟いた途端、この場にいる全員の顔色が真っ青に塗り替わる。

 ISの紛失、運が良くても広辞苑並の厚さで反省文と始末書のタバが出来上がってしまう程の問題だ。運が悪ければ……。

 

「い、一刻も早く探しましょう!見つかりませんでしたなんて笑い話にもなりませんわ!」

「わ、私は一旦この人を島に置いてから捜索に加わる!」

「まずいよまずいよ!無断出撃に加えてISを失くすなんて!」

「落下地点が絞れても、海流で場所が移動していたら……いや、よそう私の勝手な推測で皆を混乱させたくない」

「あーもう何でこんな事になったのよ!?普通、待機形態を身に付けたまま装着したなら外れるなんてありえないのに――」

 

 その瞬間、事態は更に変化が起きた。

 突如海面で強烈な水しぶきが発生。空に浮く一夏たちに届かんばかりの勢いで吹き上がる。その様は、つい先程一夏たちが目にした光景とデジャヴを感じる程に似通っていた。

 福音が2次移行を行う時と、同じような光景が。

 

 そしてその水しぶきの中から、無人の状態で展開している福音の姿があった。本来ならば人の身体が納まっている場所には、黒い靄が塊となって各パーツを繋ぎ止めているように見える。更に時折、機体の周りに電気がバチバチと走っているのが確認できた。

 

 2度目の復活を見せる福音の姿に、全員は非常に複雑な表情を浮かべる。驚愕、困惑、辟易……少なくとも、福音の再復活は誰にとっても嬉しくない事態である事だけは確かだ。

 

『aaaaaaaa!!』

 

 先程以上に狂った獣の如き咆哮をあげる福音。つんざく様な雄叫びに一同は耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる程の衝撃を受けた。

 

「どうなってますの……!?」

「有り得ない……織斑 一夏の零落白夜でエネルギーは尽きた筈!」

「まさか、また形態移行か!?」

「それこそ有り得ないわよ、人が乗ってない状態で形態移行なんて、前代未聞どころじゃないわ!」

 

 皆が動揺する中、2人だけどこか引っ掛かるものを感じていた。眼前の光景を冷静に観察していたシャルロットと箒……否、何か思う所があったからこそ、2人は冷静になれていた。

 

「ねえ箒……あの福音の姿、何か感じない?」

「……あぁ、感じる。まるでタッグトーナメントの時のラウラの異変の様な……」

 

 搭乗者や機体の仕様では無い『何者かによる介入』がそこにあるかのような、そんな感覚。勿論、これといった確信を2人は持ち合わせていない。

 だが、先程から発されている福音の悲鳴は……。

 

『aaaaaaaaa!!』

 

 まるで、何かに苦しんでいるようだ。

 

 そして全員のISに警告表示が現れる。福音がこの場にいる全員を認識し、敵と定めたのだ。

 

「くそっ、またやるしかないのか!!」

「箒、あのシールドエネルギーが回復するヤツもう一回使える!?」

「それは大丈夫だが……エネルギーが回復した所で、我々の体力が保たないぞ!」

「こうなりゃ根性論よ!あたしは体力が空になるまでやってやるわっ!」

 

 その言葉を聞いたセシリアは、美しくないが悠長は言えないとぼやきながら鈴の言葉に賛同する様に銃を構える。他の者達も、目の前の危機に受けて立つべくそれぞれの武装を展開する。

 

 そして、今にも戦いの火蓋が再度切られようとした時――。

 

 

 

 

 

≪そこまでだよ、銀の福音≫

 

 彼が、この戦場に現れた。瞬時に出現するかのようなスピードで、両者の間に立つように降り立つ。

 その姿を見た一夏たちは驚き、そして歓喜した。

 

 人間よりも2回りは小柄な体格で、4足歩行で宙に浮くそれは人間とは異なる分類に当て嵌まる。その小柄な身体に不釣り合いな銀色の全身武装が、太陽光に当てられて光り輝いている。

 IS学園唯一の、人外――猫のIS搭乗者が、この窮地に駆けつけて来たのだ。

 

「テオ!」

≪やぁ皆、どうやら私がいない間に随分と頑張ったみたいじゃないか。流石は将来を担う若者たちだ、元気があって感心感心≫

 

 福音が復活して今にも襲い掛かってきそうだというのに、6人は大分毒気を抜かれてしまった。緊張状態の中でも日常の様な接し方をして来る上に、つい最近まで音信不通だった者が何事も無く姿を現したのも、理由に含まれている。

 

「テオ、今まで連絡も無しでどこに居たのだ?」

≪いやぁ、ちょっと野暮用でね。あぁ箒ちゃん、その新しいリボン似合ってるよ≫

「あぁ、ありがとう……いや、そうではなくてだな」

「パパ、野暮用とは?」

≪ん?あぁ、妨害した子をちょっとね……詳しい事は後で話すから、皆はここから離れていなさい。ここからは私が福音の相手をしよう≫

「お、おじ様だけであの福音と戦いますの!?危険すぎますわ!せめてわたくしが遠距離支援を……」

≪いや、それは駄目だ≫

 

 テオはセシリアの提案をバッサリと断ってみせた。普段はやんわりと断る傾向にある彼だったので、ストレートに否定された事にセシリアは思わず面を喰らってしまう。

 

≪福音のあの状態は、もう数で解決出来る問題では無くなっている。寧ろ私1匹で戦った方がずっとやりやすいんだ……優しいセシリア姫のお誘いを断るのは、とても心苦しいけどね≫

 

 最後の最後で、少しおどけた様子でセシリアの気持ちを汲んだ台詞を吐いたのは、彼なりのフォローの仕方。

 支援不要と言われて落ち込み気味のセシリアだったが、その言葉で沈んだ気持ちが幾分か楽になった。

 

≪他の皆も、分かったね?もう福音が待ってくれているのも時間の問題だ。さぁ早く避難を≫

「……皆、行こう」

「箒……」

 

 真っ先に撤退の準備を始める箒。

 途中で彼女はテオに視線を向けると、互いの視線が重なり、2人同時に頷く。最早この2人の間に、余計な言葉は不要だ。

 

 他の者達も、名残惜しそうにしながらも一番に飛び出した箒に続いて撤退を始めていく。

 

≪あ、そうだ。シャル≫

「えっ?」

 

 最後に出発しようとしたシャルロットに対して、テオは【ビット=コネコ】の片割れを飛ばして彼女に持たせる。

 

≪それがもう片方のコネコの戦闘画面を映し出してくれるから、どうしても気になるようなら使ってご覧≫

「……うん、分かった。お父さんが苦戦してたら、迷わず助けに行くからね」

≪ははは、それじゃあ苦戦する事無く決着をつけないといけないね≫

「……気を付けてね、お父さん」

≪ああ。心配は十分掛けてしまったから、安心して見ていると良い≫

 

 力強く頷いたシャルは、そこで飛び去っていった。

 現場に残っているのは、テオと福音の2名のみとなる。

 

≪さて、銀の福音……呼び名はどうしようか、無難に福音お嬢ちゃんかな?≫

『…………』

≪ありがとう……抑え込む(・・・・)のも辛いだろうに、私たちの為に良く頑張ってくれたね≫

『……ぁ……』

 

 先程までテオ達が会話をしている間、福音は攻撃を仕掛けてこなかった。新たな敵であるテオが突然現れた事によって、警戒して迂闊に手を出さなかったのだと他の皆は考えていた。

 だが、その認識は誤りである。現在暴走状態にある福音に、警戒するという思考は存在しない。福音が手を出さなかったのは、IS解除によって一時的に暴走が収まった福音が、新たに塗りつぶそうとする暴走の力に必死に抵抗していたのだ。

 今もなお懸命に抗い続けている福音は、テオに向かって弱弱しく手を伸ばす。

 

『お……ねが……い……』

≪…………≫

『……わ…………たし、を……』

 

 これまで無機質な音声と獣の雄叫びの様な悲鳴の2種類のみを発し続けていた福音。

 だが、今の彼女が放つのは普通の女の子の声だった。掠れる様に途切れ途切れだが、テオにはハッキリとその意思が伝わっていた。

 

『……とめて……』

 

 そして、ダランと腕を下ろす福音。

 

『ぁ……a……aaaaaaaaa!!』

 

 意思の籠った声は消え、再び本能のままの雄叫びが福音から発せられる。

 暴走を抑え込んでいた福音の限界の瞬間であった。

 

 その姿を目の当たりにしたテオは息を吐き、頭部装甲の奥に隠された瞳を強く閃かせる。

 

≪君の願い、確かに受け取ったよ…………銀雲、【第二形態移行(セカンドフォーム・シフト)】≫

 

 

 

――チェック。機体機動率クリア。第二形態への移行を開始。第二形態【天臨(てんりん)】、機動。

 

 

 

 機械音声が通った後、テオの機体が大きく光り出し、光はそのままボディ全体を包み込んでいく。輝きは一秒にも満たない時間で収まるが、それが消えた時、そこにあった銀雲のボディは変化を遂げていた。

 以前の第一形態を堅実な鎧と表現するのならば、こちらは鋭く尖った装甲と言えよう。各部のパーツはまさに押し寄せる風を切り裂く鋭利な刃を彷彿とさせる形状となっていた。更にカスタム・ウイング部には鋭角なV字型の機動補助装備が追加されており、ウイングの名の通り翼が新しく彼に宿っている。

 

 これが【銀雲】の第二形態【天臨】の姿だ。

 

≪やれやれ……理由があるとはいえ、こういう非常時でも自分の歩幅が決まってるんだから、世話の焼ける子だね≫

 

 実の所、銀雲はとっくに第二形態に成る為の経験値を取得していた。しかし、今の今まで第一形態の姿を保ち続けていたのは、銀雲のある意味致命的な欠点が原因となっていた。

 マイペース。自分の決めたペースというのを確立させ、周りの干渉を気にせずにそれを実行させていくスタイル。銀雲はその性分故に、機体を一定時間稼働させないと調子が出ないとして、始めは第一形態を保持するという面倒な機体性質を確立させていた。

 つまり銀雲は、『世界でも数少ない第2形態移行済みISの中で唯一、自分の意思で形態を変える事が出来る』『一定時間身体を動かして漸く正式なギアを上げる』という特殊な内容となっているのだ。

 テオもISと対話して、非常時くらいは最初から全力を出してくれないかと提案したのだが、諸事情もあって不可能なのだとか。

 

≪よし……では行こうか、天臨≫

 

 目の前で苦しんでいる子を解放する為に、

 今、正真正銘最後の決戦が始まろうとしていた。

 

 

 

―――続く―――

 




 次回、テオがその実力を発揮する!
 いや、テオが戦闘で活躍するのホントに久々なんですよね……記憶が正しければ、クラス代表対抗戦の裏で無人機2体と戦った16話以来です。一応、ラウラ対一夏&ヒロインズのバトルを止めたりのほほんさんと一緒にタッグトーナメントで戦ったけど、活躍というほどではありませんでしたし。
 というわけで、次回は蛇足感溢れる戦闘を使ってオリ主TUEEEE!!的な感じです。福音ちゃん、何度も戦わせてゴメンよ……。


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VS.銀の福音 EX

 テオと福音の決戦が行われていた頃。

 

 彼の指示で旅館に向けて帰還を行っていた一夏たちは、テオがシャルに手渡した【ビット=コネコ】による中継で、福音と対峙する彼の姿を見ていた。そしてその中で、第二形態へと変貌した姿も。

 その光景は見ていた者達を例外無く驚かせた。何せISの形態はそのまま移行後の姿で留まるのだから、これまで銀雲は第一形態だった為に形態移行はしていないのだと思っていたからだ。ISが移行前の形態に戻るなど、代表候補生の者達も初耳となる情報だ。

 

「箒たちも、この事は知らなかったのか?」

「あ、あぁ」

「だって、形態移行したらそれからはその姿なのが普通なんだよ?それがまた第一形態の姿になるなんて……こんなの普通じゃ考えられない」

「いや、そもそもパパは人間ですらないのにISを動かす事が出来ている。パパを普通という名の定規で差し測るなど、最初から不可能だったのだろうな」

 

 ラウラのその発言で、一同は改めて認識した。

 男性で唯一ISを動かせる一夏も大概だが、テオは彼以上に予想外な事をしていたな、と。普段の日常がその感覚を大きく麻痺させていたようだ。もっとも、彼らにとっては些末な事であるが。

 

「形態移行とは言いますが、やはりおじ様のISも大きく機能向上しているのでしょうか……」

「スピードがあれ以上になるとか?もしそうなら絶対目で追えないレベルになると思うわよ」

「確かにそうかも……あれ?」

「どうかしたのか?」

「いや、いつの間にかこのコネコの大きさが変わってて……というか成長してる!?」

 

 シャルの手に収まっていたコネコの機体は、もはや子猫ではなく成熟した猫のような成長を遂げていた。大きさもそうだが、顔つきなども明らかに以前までの様な幼さが抜け切っている、一人前と呼ぶに相応しい凛々しさとなっていた。

 

「もしかすると、テオの形態移行に影響して武装も変化したのかもしれないな」

「テオ……あいつなら、絶対に無事に勝ってくれるよな」

 

 一夏の言葉に、全員が自信を持って頷く。

 色々と予想外の事が起きて頭の中がこんがらがりそうになる一同だが、少なくとも1つ分かっている事がある。

 

 テオは必ず、勝利してみせると。

 

 

 

 ◇   ◇

 

 さて、戦闘開始といこうか。

 

『aaaaaa!!』

 

 福音お嬢ちゃんが通常のISでは出せないスピードで私に目掛けて突っ込んでくる。高速機動状態の彼女は常に瞬時加速以上のスピードを出す事が出来るが、それを更に超えた速度が展開されている。と言うよりは、暴走で無理矢理速度の限界を超えていると言うべきか。

 だが、どんなに尋常じゃないスピードを出したとしても、私が身に纏っている銀雲改め第二形態の天臨の速度は、そう易々と追い越されるレベルじゃない。

 私は猛然と襲い掛かる福音お嬢ちゃんの攻撃を一瞬で回避し、目にも留まらぬ速さで彼女の背後に回り込んだ。

 

≪展開、【双鞭―猫戯―(そうべん びょうぎ)】≫

 

 ISが形態進化したことにより、武装もそれに合わせてバージョンアップされている。これまで主力武器として使用していた鞭型の近接武装【ウィップ=ネコジャラシ】が強化された武装、それがこの【双鞭―猫戯―】だ。鞭の役割を担う尻尾の部分が2本に増えており、威力は純粋に一本の時の2倍。更に特殊な柔軟素材を配合させたことによって伸縮機能が追加、振るう際に外見以上のリーチが発揮されるのだ。

 

 私は身体を捻ってそれを振るい、福音お嬢ちゃんの背中に鞭を叩き付ける。字面がちょっと危ない感じだけど、これはISでの戦闘だからね、疚しい要素は一切無いから。

 更に私は、追加で武装を召喚。今度は腕部の武器だ。

 

≪お次はこれだよ。【裂爪―千切―(れっそう ちぎり)】≫

 

 こちらは爪型腕部武装【クロー=ヒッカキ】が進化した姿。光学物質を切り裂く性能は健在で、爪の長さも伸びている。更に爪には細かい鋭利な棘が付加されており、攻撃時に摩擦現象による電撃を発生させ、相手に追加ダメージを与える事が出来る。

 それを福音お嬢ちゃんに目掛けて振るい、爪撃と電撃のダブルアタックをお見舞いする。シールドエネルギーは回復している為バリアーが保護しているが、火力もアップした天臨なら絶対防御発動ラインまで到達出来ている。

 

 電撃の影響で怯む福音お嬢ちゃんだが、直ぐに復帰すると肉薄している私に対して腕を伸ばしてきた。暴走で頭が回っていない所為だろう、背中のエネルギー翼も腕部のブレードも使うべき時に使えてない、飾り同然な状態になっている。行動が獣のそれと大差ない。

 分かってはいたけど、やはり碌でも無い開発だね。【コア・バイラス】は。

 

≪【柔拳―肉球―(じゅうけん にくきゅう)】≫

 

 福音お嬢ちゃんの出した腕は、バイン、と勢い良く彼女の元へと弾かれる。私のもう片方の腕部武装【柔拳―肉球―】によって。【ナックル=ニクキウ】のパワーアップ版がこの武装で、掌のクッションは更に性能上昇、メリケンサックのような突起物が拳の部分に追加されて打撃力もアップしている。これはおまけだが、装甲に毛皮の装飾が施されてやや生物的な仕上がりになっている。メカニックなボディにこれは中々シュールだけど。

 さて、これで私がまだ披露していない装甲は【ビット=コネコ】の進化装備【忠臣―若猫―(ちゅうしん わかねこ)】だけなんだけど……箒ちゃん達の戦闘観戦に使用しているから、今回はお披露目無しだ。

 

≪それにしても、シールドエネルギーまで回復しているのは謎だね……≫

 

 どうやってエネルギー0の状態から復活出来るのかは、当事者の1人も教えてくれなかったし……今度会った時はもっと詳しく聞いておかないとね。

 

『aaa……aaaaaa!!』

「おっと」

 

 急に吠えたかと思うと、翼のエネルギー翼の全展開に加えて腕部の砲口からそれぞれエネルギー光弾を一斉掃射。彼女の周りを埋め尽くす様に光弾が放たれた。ザッと見、光弾数は108発か。板野サーカスが出来てしまう弾幕じゃないか。

 では、挑戦させてもらうとしようか。

 

 私は迫り来る光弾の嵐に向かい、突っ込んでいく。それら一つ一つに爆発性があるとなると、下手に1つでも破壊すれば誘爆の恐れがある。連鎖爆風程度なら逃げ切れる自信があるけど、どうせなら全て躱してみせようじゃないか。

 初弾着が予想される光弾を最初に躱し、そこから回避先に迫る光弾も難なく回避。ジグザグに機動して次々と光弾を避け続けていく。天臨の機動力は通常状態でも光弾の速度を上回る数値の為、それらを躱す事は造作も無いのだ。

 半数以上の光弾を躱した私は、薄まった弾幕の中から特に穴の大きい個所を特定。そこに向けて一気に加速を行った。弾幕の中にいた私は一瞬でその中から脱し、福音お嬢ちゃんの近くまで駆けつけた。先程の弾幕を出力全開で放った影響か、背中の翼は可愛らしく縮小していた。

 私は彼女に肉球のクッション部を押し付け、その身体を大きく後方へと押し出した。結局、サーカス染みた動きはしてなかったけどね。

 

 さて、あまり悠長にしてられないので一気に決めさせてもらおう。大技の反動が効いている今は特に好機と言えるだろう。

 

≪見せてあげよう、天臨の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)を≫

 

 その宣言と共に、天臨のボディがワンオフ・アビリティー使用の為にそのフォルムを変形させる。それぞれの脚装甲にブレードが展開され、頭部の装甲も鋭角化。元々鋭いシルエットだった機体が、更に刺々しい姿に変わっていく。

 

『気流制御機能、設定変更。熱防護機能内コンテンツ、熱エネルギー放出システム機能解除。機体冷却ファン、出力変更。重力負荷耐久値、最大レベル上昇……』

 

 そして、変わるのは外見だけではない。天臨の内部もこれから行う行動に備えて万全のコンディションに整えられようとしている。これから私と天臨が行おうとしているのは、最速のISの名に恥じない一撃必殺の神速奥義。

 その技の名は……【零閃(ぜろせん)】。

 

『オールクリア。【零閃】発動可能になりました』

 

 その言葉が耳に届いた瞬間、私は行動を開始した。

 

≪零閃―Level. 1―≫

 

 福音お嬢ちゃんに向けて、一直線に飛ぶ。

 彼女の真横を、一気に駆け抜ける。

 そして、そこから離れた場所で止まる。

 

 これで、零閃は決まった。駆け始めてから止まるまでの時間は、まさに刹那の瞬間。もしこの光景を見ているならば、瞬きをしている間にこれらの動作は完了している。

 福音が此方に向き直ろうとした瞬間、その周辺に変化が起こった。

 

『!!』

 

 天臨の描いた軌道の中で起こる、突然の空間歪曲。一定の物量を持つ機体が極超音速(ハイパーソニック)レベルのスピードで刹那を駆け、意図的に空間を歪ませる現象。

 更に、音速活動により空気が急速に圧縮し、周辺空気と天臨の機体を一瞬で加熱。発生した機体熱はその空間周辺に即放出させる。

 空間歪曲と超高温の熱波。空間が歪みを正そうとした瞬間、凄まじい衝撃が周辺に拡がる。近辺の空気中の塵が一連の影響によって福音お嬢ちゃんを巻き込んでの大爆発。それに合わせて爆風と熱波が波紋の様に空を駆け廻り、周囲を覆い尽くしていく。

 

 ・・・…うん。相変わらずエグいね、この威力。

 

≪しかもこれでLevel. 1だからね……≫

 

 最大までLevel. 3まであるんだけど、それだけはシミュレーション上でしか私は威力を知らない。束ちゃん曰く『これ、ISがあっても付けてる人間は無事じゃ済まないと思う、ガクブル』だとか。天臨ェ……。

 

 すると、爆煙の中から福音の待機状態と思われる物が現れた。

 私はハイパーセンサーでそれを確認すると、あっという間に回収。待機状態が無事という事は、コアはちゃんと無事だという事なので私の任務はこれで完了だ。勿論、ちゃんと加減は細心の注意を払ったつもりだから。束ちゃんにも事前に確認してあったし。

 

≪何はともあれ……良く頑張ったね、福音嬢ちゃん。暫く空を飛べないのは辛いと思うけど……とにかく、今はゆっくり休みなさい≫

 

 私は、千切の爪に引っ掛けた待機形態の福音お嬢ちゃんに向けて、そう言い放った。

 

 さぁ、帰るとしようか。皆の所へ。

 

 

 

――――――――――

 

「戻ったか、テオ」

 

 出発地点である旅館付近の浜辺まで帰ってきた私を迎えてくれたのは、先頭で仁王立ちしている千冬嬢。その表情はいつも通りのキリッとした面持ちだ。その後ろに控えているのが真耶ちゃんで、更にその後ろでは先に戻った一夏少年達が整列していた。殆どの子が随分と緊張した表情になっている、まぁ千冬嬢に怒られると予想しているのだから無理も無いかな。

 

「お前もあいつらと共に並べ。少し話をする」

≪了解≫

 

 私は千冬嬢の言葉に従い、少年たちに挨拶がてら軽く目配せをしつつ彼らの横に並ぶ。ラウラちゃんが端だったため、彼女の横に移動する。

 私が並び終えたところで、千冬嬢が一歩前に出て私たちに言葉を掛け始める。

 

「さて……諸君らには色々と言わなければならない事があるが、それぞれ分けて話すとしよう」

 

 ふぅ、と息を吐く千冬嬢。

 

「まず初めに、任務完了ご苦労だった。諸君らが尽力してくれたお陰で、銀の福音は周辺国に被害を及ぼす前に鎮圧し、死傷者を出す結果には至らなかった。本当に、ご苦労だった」

 

 最後の言葉は、作戦総指揮官としての立場では無く千冬嬢本人としての言葉の様に私は感じた。その言葉には、特に感情が籠っている印象を受けたからだ。

 

「そして2つ目……今更だが、学生の身である諸君に危険な任を与えた事を謝罪させてほしい。……本当に、済まなかった」

 

 千冬嬢が深く頭を下げる姿に、一同は唖然としていた。

 これまで起こった2つの大きな事件。どちらも一夏少年たちが解決に導いたが、それはその場ですぐに対処出来るのが彼らだったからだ。

 最初の事件では千冬嬢は指令室でハッキング解除とアリーナ設備の被害拡散防止に努め、金剛お嬢ちゃんを援軍に送りつつ、心配しながらも一夏少年達に戦いを託す形となった。2回目の事件も、現場に駆け付けた教員部隊がVTシステムに全滅させられて、覚悟を決めた箒ちゃん達が決着を着ける形となった。どちらの事件も、千冬嬢は自分から『戦え』と指示してはいなかった。

 だが、今回は違う。今回は千冬嬢本人の口から一夏少年達を戦場に向かうように発言した。途中で私が自分だけで福音を倒すと発言した時、彼女は非常に複雑そうな表情を浮かべていた。きっと、千冬嬢には何か事情があったのだろう……一夏少年たちを戦いに向かわせなければいけなくなった、何かが。少なくとも、私はそう考えている。

 

「ち、千冬姉!?どうして急に謝るんだよ!?」

「教官が謝罪する必要など在りません!我々は自らの意思で任務に参加すると決めた以上、貴女を責める道理も在りません!」

「理由はどうあれ、諸君らを戦場に駆り出した切っ掛けは私だ。謝罪1つでどうにかなる問題だと分かってはいるが……それと、どちらも私の事は織斑先生と呼べ、と言っているだろうに」

 

 頻繁に言っている言葉もいつもより弱々しく、少年とラウラちゃんはそんな様子の千冬嬢に困惑したままだ。

 しかしその言葉が次への切り替えに繋がったのか、千冬嬢は軽く咳をついて次に進むジェスチャーとした。

 

「んんっ……さて、感謝と謝罪は述べさせてもらったが、次は諸君が最も思い至っている内容だと思われる」

 

 その言葉を聞いた途端、少年たちの肩がビクッ!と跳ね上がる。どれだけ怖がってるのだろうか。

 ちなみに唯一、箒ちゃんだけは逆に顔を引き締めている模様。完全に覚悟を決めている顔だね。

 

「織斑 一夏、凰 鈴音、 セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラボーデヴィッヒ。諸君らは途中で待機命令を下していたにも関わらず、作戦本部に無断で出撃を行った。この件について、何か申し開きがある者は遠慮なく申し出ろ」

 

 名前の挙がった5人は気まずい表情で沈黙を続ける。

 が、それを破ったのはこの中で最も行動力が高い鈴子ちゃんであった。

 

「は、はいっ!」

「凰か。言ってみろ」

「ほ、箒が……仲間が重傷負わされたのにジッと待つなんて出来ませんでした!一番の言いだしっぺはあたしです!他の皆も、あたしが連れ出しました!」

「鈴!?お前、何言って――」

「あんたは黙ってて!他の皆も、ややこしくなるから何も言うんじゃないわよ……!」

 

 鈴子ちゃんの放つ剣幕は非常に険しかった。喋ったら只じゃおかない、と目で強く語りかけている程に。

 それに押されて、他の子たちは何も言い出せなくなった。

 

 その一部始終を目の前で見ていた千冬は、鈴子ちゃんが発言を終えた事を確認すると、ゆっくりと口を開く。

 

「凰、無断出撃が咎められる理由は分かるな?」

「……組織内での勝手な行動で、体制等に支障が起こるからです」

「そうだ。確かに私と山田くんは指令室で作戦立案と現場の把握を務めていた。高速機動中は通信規制が掛かる為、我々の役目は福音を撃破する為の作戦、下準備を行う事だ」

 

 故に、常に高速機動で戦う福音戦の最中は離れた旅館から直接指示を出す事が出来ない。一般のISでは高速機動と通常モードの切り替えは一手間あるので、戦闘中にそんな暇も無い。

 

「確かに私に出撃を申請しても許可が通るとは限らなかった……だがそうだとしても、一度で良いから頼みに来い。お前たちが私たちの知らぬ内に出撃して、そちらの動きを把握できていなければ、万が一の救助も遅れる可能性がある。最悪の場合は……」

「……すみませんでした、無断で出て行ってしまって」

「私が言えた立場では無いと思うが、次は気を付ける様に」

 

 どうやら、此方は波風立たずに事が済みそうだ。良かった良かった。

 一夏少年たちも、鈴子ちゃんが特に大きく咎められない事を察して安堵の息を零している。

 

 と、ここまではまだ平穏な空気で済んだ。

 

「だが……篠ノ之 箒、テオ。お前たちには言わなければならない事が色々とある」

 

 ですよねー。

 

「篠ノ之。お前は一般生徒の身でありながら隠密に束と専用機の受け渡しを行い、2度にも渡る無断出撃を行った」

「はい」

「テオ。お前には妨害者との戦闘が終了した後に帰還命令を下したが、それを無視し妨害者の追跡を行うと言って通信を無理矢理切った。そして暫く連絡をしてこなかったと思いきや、福音との戦闘に介入。独断行動が過ぎる」

≪仰る通り≫

 

 これに関しては、私は反論出来る余地無しだ。その殆どが束ちゃんのシナリオ通りなんだけど、流石にこの場で言うつもりはない。

 

「今作戦は私にも非が多いが、お前たちのその点は流石に看過する事は出来ない。よってこの2名以外の者は反省文の提出と今回の問題行動に対する矯正指導、篠ノ之とテオは反省文を追加分と合わせて提出する事と矯正指導に加え、臨海学校終了後に懲罰室にて別途指導を行うからそのつもりでいるように」

「そんなっ!?箒たちは福音を倒すのに一番活躍してくれたのにっ!」

「活躍どうこうの話では無い、問題行動自体を起こした事が問題なのだ。では、以上を以て作戦終了とする。各自、ISを整備担当の教員に渡し、修理を依頼しておくように」

 

 そう言うと千冬嬢は、踵を並んでいる私たちを横切って旅館の方へと歩いて行く。

 

「あぁそうだ、山田先生」

「あ、はい」

「生徒たちに、先程決定した件を伝えておいてあげてください」

「わ、わかりました!」

 

 真耶ちゃんにそう言い残し、千冬嬢は再び歩き出していった。

 

 何の事か分からない私たちは、真耶ちゃんに視線を向ける。その視線を感じた真耶ちゃんは、話を始めてくれた。

 

「えっとですね。今回の臨海学校は予定では2泊3日の予定だったのですが、学園の方で手配してくれていたようで、もう1日だけ延長になったんです」

「延長?」

「はい。今日行う予定だった装備テストを明日の朝から行い、その翌日に学園に帰るというスケジュールになったんです。なので皆さん、旅館の美味しいご飯とお風呂がまた一日分味わえますよ!」

 

 真耶ちゃんはウキウキとした様子で私たちにそう告げて来た。

 なるほど、戦いで疲れている少年たちにとってその待遇は中々に嬉しい話だろう。お風呂と聞いた瞬間、一夏少年の目が輝いてたし。かく言う私も旅館の美味を味わえると思うと……ジュルリ。

 

「なので皆さん、この後はゆっくり休んで明日の装備テストに備える様にしてくださいね。今回の任務で皆さんの装備テスト予定の武装も使われたので、もし全体がスムーズに終わるようなら、終わり次第自由時間にして良いそうですよ!」

「ホントですか!じゃあ、海で遊んでも?」

「勿論です!あ、でも旅館に帰る時間はちゃんと守らないとダメですよ?守らなければランニングさせるって、織斑先生も言ってましたし」

「千冬ね……織斑先生が?」

「はい。臨海学校延長は学園からの提案でしたが、自由時間の件に関しては織斑先生が直談判してましたよ。何の償いにもならないけど、少しでも臨海学校に良い思い出を塗り直せるようにって。……あ、これは喋っちゃダメですよ?先生にバレたら私が睨まれちゃうので……」

 

 口元に指を立てて、内緒にして欲しいというジェスチャーをする真耶ちゃん。

 千冬嬢にバラしたら真耶ちゃんが大変な事になりそうなので、皆は快くそれに了承した。

 

「では、私もそろそろ戻りますね。旅館の方で水分補給用の飲み物等も用意してますから、ISを修理に出し終えたら皆さん遠慮無く受け取ってくださいね。……あ、そうだ」

 

 千冬ちゃんと同じように、旅館に向けた足を止めて此方に向き直る真耶ちゃんは、凄く良い笑顔で言葉を放った。

 

「これも内緒ですよ?織斑先生、皆が無事に帰ってくると分かった途端、嬉しそうな顔してたんです。勿論、私も嬉しかったんですから。……皆さん、今回は本当にお疲れ様でした!」

 

 そして、真耶ちゃんは今度こそ歩き去っていった。その場に残ったのは、専用機持ちのメンバーである私たちのみだ。

 

「……何というか、思ってたのと違ってたな」

「熱い砂浜の上に正座させられて延々と説教喰らう覚悟はしてたんだけど……」

「どんな鬼ですの。……いや、わたくしも多少はそういった事も覚悟はしていましたが」

 

 どうやら皆、中々ハードな展開を予想していたらしい。それなら最初辺りの緊張っぷりも納得だ。

 

「とにかく、これで終わったんだね……」

「……しかし、我々が最低限の罰なのに対し、お姉ちゃんとパパは加えて懲罰室行きなど……嫌だ、2人とも私とシャルロットを残して逝かないでくれ!」

「何故死亡扱いなのだ……安心しろラウラ。千冬さんはああ言ってたが、恐らくそこまでの内容ではないと思うぞ」

『えっ?』

 

 私と箒ちゃん以外のメンバーが、その言葉に反応を示す。

 どうやら皆、私たちが地獄の様な指導を受けるのではないかと思っていたらしい。

 

≪そうだね。確かに諸注意は多少あると思うけど……恐らく紅椿を手に入れた事によって、今後の身の振り方について相談する機会だと思うよ。懲罰室を選んだのは、それらがかなりデリケートな問題だから≫

「身の振り方って?」

「紅椿は姉さんが作ったISだ。姉さんは現在も国際指名手配中で、特定の国に所属しているわけでは無い。つまり、ISの方も何処の国に所属するか全く決められていない以上、その辺りもこれから詰めていかなければならないんだ。私自身が日本所属だから、恐らくそうなるだろうが」

「成程……箒さん、やけに冷静でありませんこと?」

「事前に姉さんから話は聞かされていたからな。覚悟はもう決めていたさ」

≪それと箒ちゃん、2学期の内には代表候補生になるんじゃないかってさ≫

『代表候補生!?』

 

 今度は先程のメンバーに加えてラウラちゃんも一緒に反応する。

 

≪世界最新鋭の第4世代機に加えて、束ちゃんの妹とくれば所属先の国家はスポットを当てない訳にはいかないだろうからね。多分所属国家が決定したら、そんな打診が来ると思われると思うよ、高確率でね≫

「何かそれ、それだと箒本人を見てないっていう風でヤな感じね。あんたはそれで良いの?」

「いい気分ではないのは確かだが、姉さんの妹である時点でそういう評価は承知していたさ。だが、それを理解した上で私は私の為すべき事を為す。只それだけだ」

「箒……考え方がすごく大人だね。大人というか、真人間というか」

「私達の自慢のお姉ちゃんなのだぞ?当然だろう」

「……ぶれませんわね、ラウラさん」

 

 ともあれ、その辺りも学園に戻ってからの話となるだろう。

 今は緊急事態を収めた事を喜び、残りの臨海学校を過ごしていかなければならない。

 

「さてと……それじゃあ一夏、締めに一発ビシッと号令的なのを決めてやんなさい!」

「お、俺がか!?」

「男性が声を掛けて下さる方が、様になりますわよ?という訳で一夏さん、お願いしますわ」

「一夏、よろしくね」

「……まぁ、そういう事なら」

 

 渋々な様子で、一夏少年は皆を集めて円形に集める。

 私と他の子たちは少年がどういう締め方をするのか気になる為、敢えて何も聞かずに彼の言葉に従うようにしている。さて、どうなるか。

 

「じゃあ皆、手を出してくれ」

「こう?」

「そうそう」

 

 皆の手が、中央に向かって次々と重ねられていく。

 ちなみに私はどう足掻いても手が届かないので、箒ちゃんの肩に掴まって輪に加わっている雰囲気を出すだけにしている。

 

 少年も私以外の子たちが全員手を出した事を確認すると、よし、と意気込んでから大きく息を吸い込む。

 

「俺たちは、成し遂げたぜー!!」

『おー!!』

 

 少年の掛け声に続き、私と少女たちの重なり合った声が響く。

 何か形で表現する事により、生き物は本当の達成感というものを得られる。我々の掛け声によって、福音撃破の任務が終了した事が実感させられる。

 

 任務は、成功したのだ。

 

 

 

 

 

「……なぁ、一夏」

「この円陣と掛け声って……」

「終わりの時にやるものではありませんわね…」

「どっちかというと、これって……」

「任務開始前にやるべき事だな」

「…………」

 

 砂浜に凄く微妙な雰囲気が漂った。

 少年……ドンマイ!

 

 

 

―――続く―――

 




 ついに、福音戦が終わったぞぉぉぉぉぉ!!
 私の低語彙力と低想像力故に単調&穴だらけな戦闘シーンばかりで退屈させてしまった読者様もいらっしゃるかと思いますが、無事に福音戦は終了しました!臨海学校はもうちょっとだけ続くんじゃ(亀仙人風)
 そして今回、若干タイトル詐欺っぽいですが……気にしたら負けですよね!(福音との戦闘は1/3にも満たないけど)

 それでは前回から引き続き登場した、テオの専用機である【銀雲】の第二形態【天臨】の紹介です。

◆銀雲第二形態【天臨】
 銀雲の活動時間が一定時間を超えた際に発動する事が出来る、銀雲の第二形態。従来の第二形態は二次移行を経てからは常時形態が変化後のままなのだが、468機存在するISの中で銀雲のみ第一形態に戻る仕様となっている。テオ曰く『銀雲はマイペースだから少し運動させないと本気になってくれない、だから第一形態に戻っているのも準備運動を兼ねている』とのこと。形状は、機体に掛かる空気抵抗を減少させるため(正確には内部システムへの負担を減少させるため)に全体的に鋭利さが目立つビジュアルになっており、パッと見刺々しい印象となっている。
 その性能は第一形態よりも更に上昇しており、スピードに関しては常時超音速機動(マッハ1,3~5)が可能となっている。天臨に搭載されている各機能によって音速活動時に発生する周囲への影響(ソニックムーブなど)を意図的に抑え込んでいるため、周辺に比較的問題を起こす事なく高速機動を行う事が出来る。高速機動時の際に搭乗者の身体を守る為に、従来の防護システム系もISコアの自己進化の影響で性能が上昇している。

●ステータス●()は銀雲時のステータス
 『攻撃力:C(D) 防御力:E(E) 速度:S+(S) 精密動作性:S(A) 攻撃範囲:D(D) 装備数:C(C) エネルギー維持率(燃費):A(A)』

●武装●
【双鞭―猫戯―】
 【ウィップ=ネコジャラシ】が形態変化の影響で進化した装備。尾の数が2本に増加しており、その威力も単純計算で2倍となっている。また、伸縮機能が加わったことによってリーチも見た目以上に長くなっている。

【裂爪―千切―】
 【クロー=ヒッカキ】が形態変化の影響で進化した武装。爪の長さと棘の数が外見上で変化し、攻撃時に摩擦現象を利用した電撃を発生させて追加ダメージを与えるようになった。

【忠臣―若猫―】
 【ビット=コネコ】が形態変化の影響で進化した武装。子猫のような外見から一変して立派な成熟猫型へと変貌し、性能も充分にパワーアップが果たされている。

【柔拳―肉球―】
 形態変化の影響で進化した【ナックル=ニクキウ】の強化型武装。各種性能が向上し、外装も武骨さが加わりサイズアップされている。

●単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)●
【零閃】
 機体内部に搭載されている各システム・機能を大幅に設定変更させ、超音速機動時に発生するソニックブームと機体熱の外部放出を体現。その状態で相手の傍を極超音速(ハイパーソニック)レベルのスピードで駆け、その際に生じる空間歪曲現象と熱波により超大ダメージを与える。連続の使用は搭乗者の生命に危機を及ぼす為、一戦闘毎に一回しか使用できない。また、機体速度によって三段階の威力レベル(Level.1~3)が存在し、奥の手なる裏技も存在するらしい。

 以上です。
 既に第二形態に移行できる、みたいな伏線を事前に張ってみたかったのですが、私の文才では無理な話でした。(絶望)
 ちなみに態々こういう仕様にしたのは、テオが最初から全力だと色々と都合が悪い事が一点。そして戦闘時にパワーアップとかフォームチェンジとかの手口が、私大好きだからです。寧ろこっちの方が本命です!


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激戦終わりの平穏な時間

 福音お嬢ちゃんとの戦いも無事に終わり、私たちは自室待機を言い渡されていた一般生徒たちのお嬢ちゃん達と共に旅館の夕食に舌鼓を打っていた。

 

≪なんという美味しさだ……≫

 

 他の子たちと違って、私の食事は旅館の女将の1人である清州 景子婦人が作ってくれたんだけど、これがメチャクチャ美味し……あれ、こういう台詞は前にも言ったような気がするんだけど、デジャヴかな?

 まぁいいや。美味しいと再認識する心は寧ろ誇らしい事だ。

 

≪うまうま≫

「いや、だからってそこまで再現しなくても良いと思うよお父さん」

 

 呆れた様子でシャルが私の頭を優しく撫でてくる。食事に差し支えない力加減、うん、見事な撫で方だ。

 

≪そういえば、今日は箒ちゃんとラウラちゃんも近くで食事なんだね≫

「ああ、昨日は色々と考え事があったから、皆とは少し離れていたが……もう大丈夫だ」

「私も、折角の食事なのに家族と一緒に食べる事が出来ないのは嫌だからな。クラスの者に頼んで、お姉ちゃんの分も合わせて席を譲ってもらったのだ」

 

 ラウラちゃんが視線を向けた先には、元々その席に座る予定だった女の子たちがいた。2人は私たちの視線に気付いて、片や手をひらひらと振り、片やサムズアップで素敵な笑顔を送ってくれた。2000の技を扱えそう。

 ラウラちゃんたちも彼女たちに合わせて、それぞれ感謝を込めたサインを送る。

 

≪そういう事なら、皆で仲良く食べるとしようか≫

「うむ、学園でもいつも一緒に食事を摂っているが、こういう場でも揃っていたいからな!」

 

 とても嬉しい事を言ってくれる。

 いつもは軍人らしく振る舞っているラウラちゃんだが、家族が絡むとこんな風に無邪気な面も見せてくれるのだから、義親としては非常に嬉しい限りだ。

 

「ふふ、なら僕たちも一緒に仲良く食べよっか」

「そうだな。2人とも、箸の使い方はもう慣れたか?」

「勿論」

「造作も無い」

 

 シャルとラウラちゃんが全く同じタイミングでカチカチと箸を動かしてみせる。日本食の食事もバッチリというわけである。

 

「ねえねえ皆、結局緊急事態って何だったの?」

 

 すると、私たちの近くにいたお嬢ちゃんが私たちに訪ねてきた。周りの子たちも興味深そうにしている所を見ると、彼女が代表として訪ねて来たのだろう。

 

≪済まないけど、それは教えてあげられないんだよね≫

「機密だからね、何も教えられないよ」

「えー……そこを何とか!先っちょだけでいいから!」

 

 表現の仕方がおかしい気がするけど、触れずにおこう。

 

「仕方ない、ならば私が教えてやるとしよう」

「おお、ホントに!?」

「あぁ本当だ。聞き終わった頃には査問委員会の裁判と最低2年の監視が待っているから、それも楽しみにしていると良い」

「え゛っ」

「では、話をしよう。あれは今から――」

「わー!わー!やっぱり言わなくていいから!」

 

 ラウラちゃんが話を始めようとしたところで、恐ろしさのあまりお嬢ちゃんは必死に彼女の言葉を引き留めた。まぁ、あんな事を言われたら流石にもう聞く気にはなれないよね。

 

「全く……世の中には知らない方が良い事もあるのだから、無闇矢鱈に追求していくといつか身を滅ぼすぞ?」

「はぁい……結局分からず仕舞いかぁ」

「けど2年以上も視姦されるとか、寧ろ興奮しない?」

「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」

 

 上級者はいつだって理解されないもんだって、誰かが言ってた気がする。

 ともかく、この子たちが口を割る事はまず間違い無く有り得ないだろう。箒ちゃんは真面目な子なので口は堅いし、ラウラちゃんも職業柄で黙秘には強い。この3人の中でもとりわけ取っつきやすいシャルも、責任感が強いので絶対に口を割らない。私ものらりくらりと躱すので、喋る事は無い。

 余程の搦め手でも使わない限り、この堅牢な城を破る事は出来ないだろう。

 

「そういえば……さっきからずっと一夏が静かだけど、どうかしたの?」

「……えっ?」

 

 話題に上がった一夏少年は、シャルの言葉に反応して食事から此方へ意識を向ける。昨日と席は殆ど変わっていないので、少年も近くの席で食事を取っていたのだ。セシリア姫は少し席を外しているみたいだから、この場の専用機持ちは鈴子ちゃんとセシリア姫以外が揃っている事になる。

 

「具合が悪いのなら無理をしない方が良いぞ。先生たちに申し出れば、その辺りの手配をしてくれるだろう」

「いや、まぁ、俺は平気なんだけどさ……」

 

 箒ちゃんがそう勧めるものの、一夏少年の反応はどこかぎこちない。

 

 だが、その少年の様子に刺激を与えたのはラウラちゃんであった。

 

「織斑 一夏、お前は先程からお姉ちゃんの事を何度もチラ見していたが、何かあるんじゃないのか?」

「うっ……」

「そうなのか?一夏」

 

 一夏少年に気付いていなかった箒が、不思議そうに少年の顔を除きこむ。ちなみに私も気付かなかった、食事に夢中で。

 

「な、何でもないって!顔を上げたら箒が前にいるんだから、たまたまそういう風に見えただけだって!」

「そうなの?」

「そうそう!ほら、俺の事は良いから料理食べようぜ!折角の本場の味なんだからさ!」

 

 誤魔化す様に会話を無理やり打ち切った一夏少年は、掻き込むように料理を次々と口に放り込んでいく。美味い美味いと言ってはいるが、棒読み気味で実にわざとらしい。

 一夏少年が何か隠している事を他の子たちも察したが、特に追求する事はせずに食事を再開するのであった。

 

 

 

―――――――――――

 

 そして翌日。

 

 前日はトラブルで行えなかった装備テストを、3日目である今日行う予定だ。前日同様、一般生徒と専用機持ちに分かれて作業を行う手筈となっている。

 前日と違う点は、箒ちゃんが新たに専用機持ちのメンバーに加わっている事だ。

 

「よし、ではこれより装備テストを開始する……が、その前に篠ノ之、少し前に出ろ」

「はい」

 

 千冬嬢は箒ちゃんを呼び寄せると、一般生徒たちの前に立たせる。その理由は言わずもがな、あの子が専用機持ちになった事に関してだろう。

 

「篠ノ之が専用機組に加わっている事に皆も気が付いていただろうが、軽く説明をしておく。篠ノ之は先日より篠ノ之 束の開発した第4世代機【紅椿】の搭乗者となった、よって以降は彼女も専用機組として授業などに組み込んでいく」

 

 千冬嬢の言葉に、一般生徒たちが一斉にざわめく。

 

「この話は以前から持ち掛けられていた話だったが、諸々の都合で篠ノ之は先日にて紅椿を受け取った。篠ノ之の班は彼女を外したメンバーで順番にテストしていくように。……話は以上だ、では各自行動せよ!」

 

 パン、と手鳴らしをして生徒たちを動かしていく千冬嬢。皆、彼女の指示に従って班毎に分かれて装備テストを開始していく。

 

 さて、私も先生たちに倣って皆の補助に回るとしようかな。

 

「篠ノ之、お前の紅椿の装備は少ない上、追加パッケージも無いから恐らく個人の分は直ぐに済むだろう。終了次第、他の生徒の補助に回ってやれ。お前は訓練の際は打鉄を常用していたらしいな、サポートしやすいそっちに回ると良い」

「解りました」

 

 確かに、紅椿の現装備は雨月と空裂の2種類のみ。展開装甲の仕様で今後は装備が追加されていくと束ちゃんが言っていたけれど、追加武装はもう少し先になりそうだね。

 

「ねーねーテオくーん、私たちの所に来て手伝ってー!」

「あ、ズルい!私たちの所に来てもらおうと思ってたのに!」

「いや、ここはわたしたちに!」

「いやいや、私たちが!」

「アタシたちのトコに来ておせーて!おせーてくれよォ!」

「あんたはだーっとれぃ!」

 

 ふっ、どうやらご指名がたくさん来ているようだ。

 皆に求められるのであれば、私もその要望には応えなければね。

 

 と、いう事で先ずは近場のグループから。

 特に見知った顔は1組の四十院 神楽お嬢ちゃんと夜竹 さゆかお嬢ちゃんがいるようだ。

 

「今日は御助力の程宜しくお願い致します、テオ殿」

「……よろしく」

≪ああ、こちらこそよろしくね≫

 

 神楽お嬢ちゃんは旧華族の血族で、言葉遣いも和風的で礼儀正しい大和撫子少女だ。後頭部の髪をお団子状に纏めており、箒ちゃんと同じ剣道部に所属していて彼女とも親交がある。

 さゆかお嬢ちゃんは黒いヘアピンを前髪に着けており、黒髪の長さはミディアム。背丈はラウラちゃんと近いくらいで、口数が少ないのが特徴だ。華美な装飾を嫌う傾向にあるが、地味や普通という扱いも嫌だそうで、日々キャラ付けの研究をしているらしい。

 

≪さて、昨日の時点で多少は進んだと思うけどどこまで進んだんだい?≫

「先日は打鉄の装備の1つ、葵の稼働テストが全員分済みました」

「……だから、次はアサルトライフルの焔備」

≪成程ね。それじゃあ最初の子から始めていこうか≫

「……一番目は、私」

 

 名乗り出たさゆかお嬢ちゃんは、打鉄に搭乗していく。専用機と違い、訓練機は機体をよじ登ってから装着しなければならないのが難儀な部分だ。

 特に危なげなく登った彼女は、順調に打鉄をその身に装着し終える。

 

≪それじゃあ、焔備を展開しようか。前回でやったと思うけど、訓練モードを起動させてから呼び出すようにね≫

「……うん、分かった」

 

 私の言葉に従い、練習モードの焔備を展開するさゆかお嬢ちゃん。

 訓練モードとは、IS学園の訓練機にのみ搭載されている名前の通りな練習用の仕様状態だ。ISの武装は兵器同然で、生身の人間がその武装の攻撃に巻き込まれれば死は避けられない事態となる。訓練機に搭載されている武器も例外では無い。

 こういった授業時のIS展開では生身の子が周りにいるケースは当然の事なので、彼女たちが万が一の事故に巻き込まれてない様、殺傷性をほぼ0にした訓練モードが採用されている。

 アサルトライフルの焔備を練習モードで展開した際は武器その物は出てくるが、引き金を押しても弾が出る事は無い。反動は訓練の一環として再現してあるけど。

 

≪じゃあ次は、射撃シミュレーションの展開を≫

「……うん」

 

 更に搭乗者の前にヴァーチャルディスプレイが展開され、画面内に向かって銃を撃つと銃の性能や射角を元に計算され、射撃結果が画面に反映されるようになっている。訓練機の機能が充実しているのは良い事だ。

 

≪よーく狙って~、姿勢は崩さず、自分の呼吸を把握して、ぶれない様に努めてー≫

「……難しい……」

 

 と言いつつも、中々良い射撃精度を叩き出しているさゆかお嬢ちゃん。

 ちなみに射撃装備を持ってない私が射撃を教えているのはスルーで。知識として知っているからそういう教え方位なら出来るしね。

 

≪それじゃあ、次の人と交代ね。あ、ちゃんと機体を下げてから降りてね≫

「……テオ君が抱えて下ろしてくれるサービスは?」

≪残念、そのサービスをやってくれるのは一夏少年だけなんだ。というか私の身体じゃ無理だしね≫

「……それでも、それでもテオ君ならワンチャン……」

≪あ、私はネコチャンだから≫

「……渾身のボケが丁寧に返された」

≪ジョークキャラは止めた方が良いね≫

 

 

 

――――――――――

 

 神楽ちゃんたちの班を一通り見終えた私は、次の班の補助に向かう事に。

 

「む、テオ」

≪おや箒ちゃん≫

 

 どうやら箒ちゃんは自分の装備テストは済ませたらしく、一般生徒のお嬢ちゃん達の手伝いに来ていた。まぁ元々の装備数も少ないし、福音との戦いで粗方把握出来たから納得かな。

 

「ねえねえ箒、私たちの所を手伝ってもらっても良い?」

 

 箒ちゃんに声を掛けて来たのは、1組の委員長的存在な鷹月 静寐お嬢ちゃんだったようだ。

 

「私か?テオに手伝ってもらった方が良いのではないか?」

「いやいや、私たちも箒なら歓迎だし、折角だから話も聞けたらなーと思って」

『そうそう』

「というか最新鋭のISの話をもっと聞きたいです!」

『そうそう』

 

 いつぞやのクラス代表就任パーティみたいなやり取りが行われている。あれからもう2か月以上経っているのか、時が経つのは早いものだ。

 

「やれやれ……話のついで程度なら良いが、今はテスト中なのを忘れるんじゃないぞ?」

≪じゃあ、私はお隣の班にお邪魔させてもらおうかな≫

「テオさんキタぁぁぁぁぁ!!」

「っしゃあ!」

「さあ、ショータイムだ」

 

 どこぞのヒーローたちの決め台詞を連発されながら、私は盛大に歓迎された。特に見知った顔は……鈴子ちゃんと同じクラスのティナ・ハミルトンお嬢ちゃんくらいかな?

 私は自分の班の手伝いをしながら、隣の箒ちゃんの様子も観察する事にした。どういう会話をするのか気になるのでね。

 

 箒ちゃんが手伝いに向かった班の訓練機は打鉄。千冬嬢のアドバイス通り、箒ちゃんは自分にとって慣れ親しんでいた機体の担当をするようだ。

 

「あの第4世代機、やっぱり篠ノ之さんが受け取ったんだねー。えーっとなんだっけ、紅桜?」

「私は人斬り似蔵か……紅椿だぞ」

「そうそう、それそれ!篠ノ之博士が操作してた時も見るからに凄い性能だったけど、やっぱり乗ってみても凄い性能なの?」

「そうだな。確かに、性能を見ればどの数値も他のISに比べて優れている……最新鋭機は伊達では無いようだぞ」

「いいなー、私もそれくらい強いISを専用機として持てたら嬉しいんだろうなぁ」

 

 1人のお嬢ちゃんの言葉は、箒ちゃんが気にしている話題であった。

 案の定、箒ちゃんの表情が申し訳無さそうに暗くなる。覚悟していたとはいえ、やはり実際に話題にされると思う所があるのだろう。

 

 私は何も口出しせず、引き続き手伝いをしながらその様子を見守っていく事に。

 

「その……皆を差し置いて、私だけ専用機を手に入れてしまった事は、本当に済まない」

「え、急にどうしたの?」

「あんた、考えてもみなさいって。篠ノ之さんからしたら、今まで私たちと同じ一般生徒だったのに、皆が欲しがる専用機をお姉さんの血筋でアッサリ手に入れたんだから、本人も周りの事とか気にしちゃうんでしょ」

「箒……」

 

 静寐お嬢ちゃんや同班の1組の子が、心配そうに箒ちゃんを見つめている。彼女たちも、箒ちゃんの今の心境を察しているんだろうね。

 その中で静寐お嬢ちゃんが、意を決した様な表情を見せた。そして、その口を開く。

 

「私はっ、箒なら専用機を持っても良いと思う」

 

 彼女の放った一言は、箒ちゃんを支持する内容だった。

 

「私、箒が学校で凄く頑張ってるっていうの知ってる。訓練機を借りれる日は積極的に訓練に励んでるのを他の専用機持ちの子から聞いてるし、剣道で身体を鍛えてるのも神楽たちが話してたし、私も見た事ある」

「静寐……」

「確かに箒は篠ノ之博士の妹で、そういうレッテルは剥がれ辛いと思う……だけどそういうのを抜きにしても、普段の箒を見てたら専用機を持っていても良いんじゃないかなって、私は思うよ」

 

 学園唯一の男性IS操縦者である一夏少年や各国代表候補生のシャルたちは、学園内で学年問わずの有名人だ。箒ちゃんも、束ちゃんの妹という事で名前はよく知られている。

 本来ならば見ず知らずの人たちからは束ちゃんの妹としてだけ見られる所を、箒ちゃんは気に留めずに修練に励み、これまで突き進んできた。

 

 そして既に同学年の中には箒ちゃんを『篠ノ之 束の妹』としてではなく『篠ノ之 箒』として見てくれている子がいる。特に1組は全員そうだと断言しても良いだろう。

 

「私も、静寐ちゃんの意見に賛成かなー」

「私も私もー、寧ろ今までずっと訓練機だったのが不思議なくらいだし」

「あぁ分かる、私なら絶対小学生くらいの時にはおねだりしてたと思う!」

「私だったら生まれて最初の言葉が『ISほちぃ』になってたでしょうね」

「ISの登場は10年前だっつの」

 

 どうやら、否定的な意見を持っている子はこの場には1人もいないようだ。

 

「……という訳で、箒も私達に負い目なんて持たなくて良いから、もっと堂々としてて良いと思うよ」

「その代わり、こういう機会の時は優しく教えてね!」

「あぁ……任せてくれ」

 

 箒ちゃんは皆から向けられる信頼に応える様に、力強く頷いてみせる。

 紅椿を受け取る前は、特に他の子たちへ引け目を感じてしまって躊躇っていた箒ちゃん。しかしその子たちが現に認めてくれた今、箒ちゃんが気に掛ける事は無くなった。これで箒ちゃんは、迷わずに前へ進んで行けるだろう。

 

「皆、ありがとう」

 

 人の繫がりを守ると決めた箒ちゃんが、その繫がりに背中を後押しされる。

 うんうん、青春らしくて素晴らしい話の纏め方じゃないか。

 

 あ、でも箒ちゃんって確か……。

 

 

 

 

 

「こういう時はだな、グーッと腰を引いた後にシュッとガッと刀の握り手と脇を締めて、ドュンッ、ビシュッと足を踏み抜く。そうするとシュウィーンとなって、ギュオウィィーン!という感覚がティンと心に伝わるんだ……どうだ、何となく掴めたか?」

『ゴメン、殆ど分かんない』

「あれ?」 

 

 これでも、少しはマシになったんだよね……。

 

 

 

―――続く―――

 




―――続く―――

 ラストを書く際『あ、そういえば箒って説明下手直す描写してないや』と思い、丁度良かったのでオチとして最後のシーンを用意しました。ちゃんとした説明が出来るようになるのはもう少し先の話……。

 そして途中、原作のクラスメイトキャラを掘り下げ。今回は『四十院 神楽』と『夜竹 さゆか』の両名を少しピックアップ。それぞれ今作品で特徴を加えており、神楽は古風な喋り方が特徴の大和撫子系少女、さゆかは脱・無個性志望な無口キャラ、といった感じになっていますね。まだ大小問わず出番が無いのはリコリンこと『岸本 理子』ですかね、また濃いキャラを残して……。
 今回も良いシーンで出張ってくれた『鷹月 静寐』は良いのですが、『鏡 ナギ』『相川 清香』『谷本 癒子』辺りはこれまでちょいキャラとしてしか出てない感じなので、生徒との会話の代表として今後も使いたいので彼女たちもどこかでピックアップしてみたいですね。学園祭の出し物を千冬に報告する時に名前が出て来た『田島』『リアーデ』もはしゃぎ枠としてオリジナル設定を導入して採用しようかな……。

 次回は一夏×箒(見る人によっては箒×一夏)の回!
 これまで大きな進展の無い2人ですが……果たして?


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夜の海で、2人は

 大雪で勤め先が一日臨時休業に……という事で予定外の連日投稿です。


 

 ◇   ◇

 

 臨海学校3日目の夜。学園と先生たちの計らいで一日分延長された学校行事も、明日の午前には学園に帰って終了となる。旅館の料理や温泉を名残惜しむ者も多いが、どんな事にも終わりは訪れる、そういうものだ。

 

 そんな中一夏は、月明かりに照らされた浜辺への道を1人で歩いていた。本来、この時間帯に外出する事は禁じられている為、お忍びで彼は外に出ていた。

 特に大それた理由は無い。ただ1人で泳いでみたくなったから。服装も泳ぐ為の水着姿で、夏の初めにしては夜でも少々気温が高い為、上に羽織る物は着ていない。

 

「ふぅ……」

 

 学園でも外でも誰かしらが一緒にいる一夏にとって、こうして1人で思いを馳せる時間は中々に貴重であった。一夏自身、人が居て賑やかな雰囲気が好きなので誰かが傍にいるのは歓迎だが、自ら1人になる事は珍しい。

 海に向けて足を進める一夏が脳裏に思い浮かべているのは、昨日の出来事の一部始終。

 

「昨日は命懸けの戦いをしてた、か……いざ終わってみると、あっという間だったな」

 

 事の始まりを告げた、副担任の真耶から報告を受けた千冬による号令。

 銀の福音の暴走を告げられ、それに対するべく旅館の一室を作戦室として皆で作戦を考える。

 そして第一陣。作戦の要であるテオが突然正体不明の機体から妨害行動を受け、残された一夏達のみで福音と対峙。

 戦闘が激しくなる中、紅椿に搭乗した箒が加勢するという予想外の展開。

 そして一夏を守るべく身を楯にした箒が、福音の手に掛かって……。

 

「……!」

 

 その時の光景を思い出し、一夏は表情を歪ませる。

 光弾の雨に晒されて、全身がボロボロになった箒の姿は一夏にとってあまりにもショックが大きかった。自身の身を抱く箒の名前を、彼は只管に呼んでいた。駆けつけたラウラとシャルによる適切な応急処置と迅速な対応のお陰で、箒は旅館へと運ばれて治療が行われた。

 それまでの間、一夏は何も出来なかった。白式のエネルギーも空で、彼女を運ぶ事すら出来なかった彼は、鈴の手を借りて共に帰還したのだ。箒の身体を運んだのも、シャルロットだった。

 一夏にとって、あの時程自分の無力さを情けなく思い、嘆いた瞬間は過去に無いだろう。

 

 しかし、瀕死の重傷を負っていた筈の箒は2回目の福音戦でピンチに陥った一夏の前に颯爽と現れたのだ。傷だらけだった筈なのに、近くで見た時も彼女の身体には傷らしきものは全く見当たらなかった。

 戦いが終わって、旅館に帰った後にも一夏は傷が治った理由を彼女に聞こうとした。だが、一日経っても未だ聞けていなかった。

 聞こうと思うと彼女の傷だらけの光景を思い出してしまい、そしてその原因を作ったのが自分である事を思うと、一夏は彼女の前でどう接したら良いか分からなくなっていた。戦いの最中は気にしていなかったが、落ち着いてから余計にそれを考えてしまう様になったのだ。食事中の時も、まだ傷が残っていて体調を崩すんじゃないかと危惧して彼女を意識していた。ラウラが指摘していた通り、一夏は箒の事を何度も見ていたのである。

 

 現に海に行こうとしているのも、もしかすると旅館にいる箒と顔を合わせない様にする為の逃避なのかもしれない。無意識かどうかは彼のみぞ知る話だが。

 

「箒……」

 

 一夏は彼女の姿を思い浮かべながら、その名前を呟いた。

 そしてそれは偶然にも、彼らの縁を繋げる事となる。

 

「……ん?」

 

 浜辺に辿り着いた一夏は、波の音が乱れているのを聞いた。どうやら誰か先客が居たらしく、海を泳いでいる様だ。

 誰なのかを知るべく海辺まで走り寄ってその姿を確かめる一夏。泳いでいる者が海から身体を出した瞬間、一夏は驚いた。

 

「箒……!?」

 

 何故ならば、先程まで自分が思い描いていた少女がそこにいたのだから。

 

「……一夏?お前も来ていたのか」

 

 一夏が驚いているを余所に、彼の姿を視界に映した箒は何事も無く彼に話し掛け、そちらに近づいていく。

 

「あ……お、おう。ちょっと泳ごうかと思ってな」

「この時間は外出を禁止されているのにか?ふふ、お前も中々に不良だな」

 

 浜に上がった箒は、意地悪な笑みを浮かべながら一夏の顔を覗き込む様に彼に近づいていく。

 彼女の格好は、海を泳いでいたので当然水着だ。2日前にテオが浜辺で見つけた時と同様の、ビキニタイプの白い水着。肌の露出が多いそれは、彼女の持つ大きな胸も目立たせる。一夏が視線を下ろせば、そこには彼女の顔と、大きな胸とそれによって出来る深い谷間が……。

 それに気づいた一夏は、気恥ずかしさから顔を赤らめると箒から勢い良く顔を逸らした。

 

「ほ、箒だって俺より先に抜け出して泳ぎに来てるだろ!?人の事言えないだろっ」

「おっと、気付かれてしまったか。残念だ」

 

 その事を指摘されても尚、箒は余裕の笑みを浮かべながら一夏をからかう。どうやらこの場では彼女の方が何枚も上手のようだ。

 

「それで、一夏も泳ぎに来たのか?」

「あー……うん、まぁな。箒はいつから来てたんだ?」

「夕食が終わって間もなくだな。テオ達にはこっそり伝えておいて見逃してもらっているが、一夏はどうだ?」

「……完全にお忍びです」

 

 尤も、伝えた所でその場でついて来ると言い出すだろうが。特にセシリアと鈴辺りは。

 

「私は少し休ませてもらうよ。一夏は私に構わず泳いでくるといい、この気温の海は冷たくて気持ちが良いぞ」

 

 そう一夏に言うと、箒は砂浜に座り込む。

 

 だが当の一夏は、海へ行かなかった。ほんの少し時間を置いた後、そのまま箒の隣に腰を下ろしたのだ。

 箒も彼のその行動を見て、キョトンとしている。

 

「あーいや、その、な……もし箒が嫌じゃなかったら、少し話でもしないかな、って」

「……ふっ、お前と話す事が嫌な筈ないだろう。そういう事なら、話をしようじゃないか」

 

 居心地悪そうにしながらぎこちなく語る一夏を可笑しそうに見やりつつ、箒は快く彼を受け入れた。

 

 夜の浜辺で、海を前にして座っている2人の男女。しかし片や平然と、片や落ち着かない様子で互いに沈黙を続けていた。話をする、と言いつつもその場には波の音しか漂っていない。

 言わずもがな、平然としているのは箒で、落ち着かない様子なのは一夏の方だ。

 

「で、話をするんじゃないのか?」

 

 表情を特に変えずに、箒は隣の一夏に視線を向ける。彼女自身はこの沈黙を気にしていないのだが、話をしようといった手前に黙ったままの一夏の事は流石に気になっていた。

 

 当の一夏も、話の場をかこつけたは良いものの、何から喋ったら良いのか迷っていたのだが。

 観念した彼は、とにかく自分の疑問を虱潰しに解消すべく、思い浮かんだ事から口にしていくことにした。

 

「あーっと……じゃあ、ホントに怪我は全部治ってるのか?どこか痛む所が残ってたりしてないか?」

「…………」

 

 その言葉を聞いた箒は、呆然とした様子で彼の顔を見つめていた。

 そして僅かな間隔が空いた後、箒は堪えきれずに笑いを噴き出した。

 

「ぷ……く、ふはははっ」

「え、え?」

「ま、まさかお前……くくっ、それで昨日からずっと様子がおかしかったのか?ははは……」

「わ、笑い事じゃねえよ!あんな酷い怪我したってのに!」

 

 自分の抱いていた心配まで笑われたような気になって、一夏はまだ笑っている箒に対して怒りを示す。散々心配していたというのに、アッサリとされすぎてて彼の気に障ったのだろう。

 

「あぁいや、済まなかったな。散々大丈夫だと言っているのにまだ疑われていたので、ついな……ほら、どこにも傷は無いだろう?」

 

 そう言って箒は、自分の身体を一夏に良く見える様に見せつける。

 福音戦の時に箒の身体を食い入る様に見ていた一夏だったが、ISスーツよりも布面積の少ない水着の為、その時以上に肌が露出している。やはり傷らしきものは一切見当たらない。

 先ほど胸の谷間で箒の女性部分を意識してしまった為、一夏は確認を済ませるとすぐに視線を彼女の身体から背けた。

 

「た、確かに治ってるみたいだけど……一体どうやって治したんだよ?俺、ずっとそれが気になってたのに」

「あぁ、それはな……紅椿のお陰だ」

「紅椿が?」

 

 箒の手首に巻かれた、金と銀の鈴が付けられた赤い紐。紅椿の待機形態時の姿だ。

 

「もしかして、紅椿って搭乗者の身体を治す機能まであるのか?流石最新鋭機、何でもありだな……」

「違うぞ」

「えっ」

「本来、紅椿に生体再生機能は存在しない」

 

 生体再生機能。難しい表記の言葉が出て来たが、一夏にはそれが自分が言っていた搭乗者の身体を治す機能の事であるとすぐに察する。

 しかし箒の解答は、一夏が納得するものではなかった。

 

「そもそも、生体再生機能が元々備わっているISは……お前の白式1機だけだ」

「え……?」

 

 ならば尚の事理解できないと、一夏は思った。自分の白式にその機能があって箒の紅椿に無いのであれば、箒はその機能の恩恵を受けないだろうと。

 更に箒は、一夏の求めていた真実を口にしていく。

 

「私の紅椿が生体再生機能を行使したのは、全てのISに備わっているとある機能が原因なのだ。一夏、福音が暴走した日……最初の装備テストの前にシャルロットがISのコアネットワーク以外にもう1つ説明していたのを覚えているか?」

「えっ?えぇっと…………あ、あれだ!【非限定情報共有(シェアリング)】、ISのコア同士で情報を共有して自己進化の糧にしてるっていう、あれ!」

「そうだ」

 

 そこまで答えが出かかった時、一夏もとうとう感づく事が出来た。

 つまり、箒の紅椿は……。

 

「他のISの情報や経験を取り込み、進化や模倣といった形で完全に自身の力とする……紅椿は、シェアリングの究極型なんだ」

 

 箒が語ったその真実に、一夏は言葉が出てこなかった。

 

 本来、シェアリングが適用されるのは稼働データから齎される『情報』のみであり、今後の進化にどう影響するのかはあくまでIS自身に左右される。第一形態から第二形態に移行した際、搭乗者の戦闘経験や他のISの情報を統合し、武装や性能などに反映させる。内部機能など、再現不可能な事も多く存在している。

 だが、紅椿はその不可能を可能にしたISだった。情報を得た所で再現に至る事は出来ない、白式の生体再生機能を自分の物として完全に習得してみせたのだ。圧倒的な情報処理能力によりシェアリングで得た『情報の細部』まで吸収、更に自身の経験値に組み込む事によって、ありとあらゆる機能、性能、武装などを再現、若しくは進化の糧とする。加えて紅椿の性質である【無段階移行(ネームレス・シフト)】が相まって際限ない成長を繰り返していくという、とんでもない設計だ。

 シェアリングの判明は近年と言われている。しかしその発見は世間によるもの。篠ノ之 束博士が発表した物ではない。

 何故なら彼女は『とっくに昔から』その存在に気付いており、今日まで追求し続けていたのだ。そしてその集大成が、紅椿なのである。

 

 一通り説明を聞いた一夏は、確りと納得出来た。

 箒の傷が治ったのも、紅椿が白式の生体再生機能を習得し、それが彼女の身体に反映されたからなのだと。

 

「そういう事だったんだな……」

「あぁ……まったく、姉さんもとんでもない奴を私に渡したものだな」

 

 これまでの情報を頭の中で整頓している一夏の隣で、箒は手首に巻かれた紅椿を見やる。その瞳は言葉とは似合わず、明るい感情に染まっていた。

 

「だが、私は必ずこいつに相応しいパートナーとなってみせるさ。それが、彼女との約束なのだからな……」

「箒……」

 

 一夏はそんな箒がとても輝いて見えた。堂々と前を向いて進んでいくその姿勢は非常に眩しくある。

 そして同時に彼女の光に当てられた一夏の心には、影が掛かっていた。

 

「凄いよな、箒は……専用機を貰って、元々強かったのにもっと強くなって、それでも前に進もうとしてる。それに比べて、俺は……」

「……一夏?」

「大事なとこで馬鹿やらかして、箒を死に掛けさせて、何度も箒に助けられて……情けないよな、俺」

 

 一夏は自分自身の弱さを嫌悪し、顔を伏せてしまう。

 

 今の箒の在り方は、一夏にとって理想の姿だった。仲間を大切に想い、その為の力もあり、更に前に向かって突き進むその姿勢。セシリアとクラス代表の座を掛けて戦った時に誓った『大切な人達を守る』意志に適った生き方である。

 だが、今の自分にはそれが無いと自覚する。密漁船の件、箒を瀕死にさせてしまった件、仲間が次々と福音にやられた件。それらは自身が心身ともに力不足である事を痛感させるのに十分な内容だった。

 一夏は、自分に無い物を持っている箒が羨ましいのだ。

 

「一夏……」

 

 そんな一夏を見た箒は、彼の傍に身体を寄せると、彼の頭の両側に手を添え……。

 

「ふんっ」

 

 強引に顔を上げさせ、自分の方に向かせた。一夏と箒の顔の距離は、互いの息が掛かりそうな程に近くなる。

 突然の箒の行動に加えて、彼女の顔が近くなった事で一夏は先程の鬱が嘘のように慌てふためく。普段は幼馴染みの1人として接しているが、いざ間近で見てみると、成長した顔立ちは女性として魅力的な端正さがある事を意識させられてしまう。

 一夏の心臓の鼓動は、否応に速くなっていた。

 

「え、ちょ、箒!?何を!?」

「…………」

 

 一夏の動揺を余所に、箒は一夏の顔を真剣な顔つきでジッと見つめ続ける。

 やがて彼女は、軽く溜め息を吐いた。

 

「ふぅ……もっと剣道をやらせて心身を鍛えさせるべきだったかもしれんな」

「は?いや、一体何の……」

「向こう見ずだった昔の方が、お前らしいという事だ。小学生の頃、私達が仲良くなったきっかけを覚えているか?」

「小学校の頃の……?」

 

 そう言われて一夏は、昔の記憶を掘り起こし始める。

 

 昔の2人は仲が悪かった。千冬が篠ノ之道場に一夏を入門させた事によって2人は本格的に知り合ったのだが、実力者の箒に対して一夏は対抗心を燃やすが何度も敗北。基礎を疎かにし剣筋も荒っぽい一夏が気に入らない箒と、自分の事を歯牙にもかけずに圧勝してみせる箒が気に食わない一夏。道場で2人が会話を交わす事は全くと言っていい程無かった

 そんな2人に転機が訪れたのは、とある日の教室。他の人が掃除当番をさぼった為に1人で教室の掃除をしていた一夏を横に、箒が男子生徒3名に絡まれていた。女の子にしては男らしいお堅い口調に加え、剣道を学んでいる為に竹刀を携えている姿から、一部の男子のからかいの対象にされていたのだ。

 最初は箒を含めて邪魔に思っていた一夏も彼らに口出しをし、口論が更に激しくなり出そうとした時、事態は1人の男子生徒の一言で大きく急変した。

 

『そういえばこの男女、帰る時にいつも黒い猫が一緒にいるんだけど、俺知ってるぜ。黒猫って不幸とか持ってくるヤツなんだろ?疫病神(・・・)と一緒にいるこいつも同類なんじゃ――』

 

 そこまで言い掛けた所で、男子生徒は言葉を止めた。

 箒が胸ぐらを強引に掴んで、無理矢理彼を黙らせたのだ。その表情は一夏が今まで見た事も無い程に、激しい憎悪に満ちていた。

 

『私の家族をもう一度馬鹿にしてみろ……その時は、本気で叩き潰すぞ』

 

 家族、という言葉を聞いた一夏は納得した。同時に彼女に共感した。家族を馬鹿にされたのならば、あのように怒るのも当然だと思ったのだ。

 そこから掴まれた男子生徒が箒のリボン姿を馬鹿にした所で、一夏も本格的に参戦。結果、一夏が3人の男子生徒を殴り伏せた事によって、その場は一旦鎮静された。その後も色々と面倒事があったが、この場では割愛。

 落ち着いた数日後、2人は初めてまともに会話を交わした後に互いに自己紹介をし直し、新しく関係を結んでいくことに。

 

「そうしたら、お前はこう言ったな。『最初に試合をした時から、ずっとお前に勝ちたいって思ってた。だからいつか絶対に勝ってやる』……とな」

「……そんな事も言ってたな」

「私の方が何年も前に剣道を積み重ねてきたというのに、今思えば大した啖呵を切ったものだな」

「馬鹿だって思ってる?」

「確かに馬鹿かもしれん。だが、そんな馬鹿みたいに真っ直ぐな奴だからこそ、私はあの時お前に救われたんだ」

「……!」

 

 一夏の目が見開く。

 

「密漁船を救った件も、あの時船を庇った奴だからこそ、気に食わないと思われていた昔の私に味方してくれた。白式は一撃必殺を信条にした機体なのだから、極めれば私を完封出来る程の高みに至れる筈だ。そして……」

 

 箒は一夏の頭から手を離さないまま、ニコリと柔らかな笑みを浮かべた。

 

「それ位に強ければ、必ず私を守ってくれるのだろう?どれだけ躓いても、成し遂げようと挑み続けるお前なら、それが出来ると……私は信じている」

「っ!……ははっ、そうだったな」

 

 広がった2人の実力差、過去の失態。それらによって、一夏は自分の目が曇っていた事に気付けた。そして同時に、思い出した。

 自分はやると決めたらとにかく只管突き進む、幼馴染みお墨付きの頑固者だったと。

 大切な人達を守る。そしてその中には、目の前にいる箒も入っている。

 その為に強くなる。どんなに差が広まっても、いつか必ず追い越してみせると。

 

 一夏の心は、改めて定まった。

 

「ふっ、漸くいつものお前らしくなったな」

「悪い……箒のお陰でもう大丈夫だ」

「そうか……よしっ!」

 

 満足げに頷いた箒は、一夏の頭から手を離すと、次は彼の手を取ってそのまま立ち上がった。一夏も彼女につられて慌てて立ち上がる。

 

「ならば泳ぐぞ!折角海に来たのに泳がないのは勿体ないだろう?」

「ちょ、ちょっと待った!せめて準備運動をだな――」

「時間は有限なんだ、千冬さんに気付かれる前に目一杯泳ぐぞ!」

 

 珍しくはしゃいだ様子を見せる箒は、一夏の手を離さずにそのまま彼を海へと連れていく。準備運動をしようと言うも、その勢いに押されて彼もただ引っ張られるままに海に赴く事に。

 

 ふと、一夏は箒が着けているリボンとそれで束ねたポニーテールを揺らす後姿を意識する。自分が誕生日に贈った白いリボンは、彼女の艶やかな黒髪を引き立たせるのに十分な役割を発揮していた。

 

「なぁ、箒」

「ん?どうかしたのか?」

 

 だから一夏は、伝えたい一言があった。

 子供の頃から彼女が身に着けている、女の子らしい一面。

 

「リボン、凄く似合ってるよ」

 

 その言葉の後に浮かび上がる彼女の表情は、一夏にとって忘れられない光景になった。

 子供の頃よりもずっと自然になった笑顔が、そこにあった。

 

 夜の海で、1人の少年の心が揺さぶられた瞬間でもあった。

 

 

 

―――続く―――

 





●おまけ●

 一夏と箒が海で遊んでいる頃……。

鈴「くっ……やるわねセシリア、まさかあんたがここまで卓球が上手いとは……」
セシリア「卓球の別名はピンポン、そしてテーブルテニス……テニス部のわたくしにとっては親戚同然ですわ!」
鈴「くぅっ……あんたがテニスなら、あたしはテニヌで対抗するまでよ!」
セシリア「ボールが鈴さんに引き寄せられて……あれが伝説の貧乳ゾーン……!?」
鈴「ぶっ飛ばすわよ」

ラウラ「知っているかシャルロット。日本では温泉から上がったらコーヒー牛乳を一気飲みする文化があるらしい。腰に手を当てるのが細かい作法だとか」
シャルロット「また変な知識を教わってる、もう。それはあくまでイメージに過ぎないから、ラウラはそんな事しなくても……」
クラスメイト達『んぐ……んぐ……ぶはぁ』(低音)
ラウラ「他の者はやっているぞ」
シャルロット「教育に悪いから止めてくれないかなぁ!?」

●  ●

 久しぶりの箒×一夏回。事件の終わり事に一回のペースでしたから、殆どタグ詐欺してますよね(今更)。しかし、今回を機に2人の距離はこれから少しずつ縮まっていきます!予定ではなくね。
 最後のシーンも今まで箒の『強さ』を褒めていた一夏が、箒のリボン、つまり『女の子としての面』を褒めたという描写なのですが、上手く書けているのやら……。

 そして紅椿が原作以上のチート設定に……態々装備テスト前に【非限定情報共有(シェアリング)】が説明されたのはこの為でもありました。これも今作品の独自設定です。
 要約すると、『最初から高性能なのに成長速度と成長幅がえげつない』という事です。もう箒さん覚醒してるんですがそれは……。

 次回は原作通り束と千冬の密会。その中には、我らがもう1匹の主人公の姿が……?



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天才と最強と猫

 ◇   ◇

 

 さて、箒ちゃんは一夏少年とよろしくやっているだろうか。

 本当はどんな会話をするのか気になる所だけど、2人きりの世界に水を差すのは紳士に反する行為だから帰ってきた箒ちゃんの思い出話で満足するしかないね。最近進展が無さそうだったから、その辺りがどうなったのか実に楽しみだ。

 

≪束ちゃん、紅椿の稼働率はどうだい?≫

「えっとねぇ、絢爛舞踏含めて62%だって!50%前後を予定してたけど、予想以上に高くて束さんマンモスうれピー!」

≪束ちゃん、それほぼ死語だから≫

 

 知ってる人いるのだろうかと思う程のジェネレーションギャップを感じさせる言葉を使う束ちゃんに、私はツッコミを入れる。

 私たちが現在いる場所は、旅館とは別の場所にある岬。転落防止用の柵に乗っかりながら束ちゃんは立体ディスプレイを弄っており、紅椿の戦闘映像も流れている。下は30メートル以上の崖で、束ちゃんと言えど普通に落ちたら只では済まないだろう。当の本人は全く気にしている様子が無いけど。

 

 そして私は、そんな束ちゃんの近くの地面に座っている。

 

「理想としてはいっくんの白式が福音との戦いで二次移行してくれたら良かったんだけど……ま、今回は見送るしかないね」

≪もう少し経験値が溜まっていれば可能性はあったと思うけどね。まぁ少年の様子を見る限り、学園に帰ったらいつも以上に特訓に励んでくれるはずだよ≫

「なら無問題!第二形態になった時のデータも頂戴ね~!」

≪あぁ、分かっているよ≫

 

 今回の事件で、一夏少年は力を伸ばす為に特訓に精を出すと思われる。そうなれば白式の二次移行もそう遠い話ではなくなるだろう。

 

≪それにしても≫

「うん?」

≪束ちゃんが確言してくれたから信じていたけど、紅椿が白式の生体再生機能を習得したと聞いた時は驚かされたよ≫

「んふふ~、テオたんビックリしてたもんね!束さん、嘘つかない!なんてね☆」

≪白式が生体再生機能を搭載してる、か……まるで――≫

「コア№001、【白騎士】の様だな。お前が最初に造り上げた、始まりの機体。なぁ束」

 

 私の言葉を乗っ取ったのは、森の中から姿を現した千冬嬢であった。この時間帯に足音が聞こえたから、予想通り彼女だった。

 

「ちーちゃんやっほ^^」

「おう……今のどうやった?」

「そこはほら、束さんだから」

「そうか……ところで外出禁止を破ってる割には堂々としているなぁ?テオ」

≪そこはほら、お互い様だから≫

「そうか……で済むと思うか馬鹿者め」

 

 駄目だった模様。

 千冬嬢は木に背中から寄りかかり、腕を組んでその場から動かなくなる。私も束ちゃんも、その場から動く様子は無い。

 

 数分の静寂の後、最初に口を開いたのは千冬嬢だった。

 

「で、どこまでがお前の……お前達のシナリオ通りだ?」

「と言うと?」

「福音の暴走、政府による専用機持ち達の指名、妨害者の出現、紅椿を得た箒の登場と重傷、そして復活。……報告に在った、撃墜後の福音に起きた謎の現象」

「ふんふんふーん……大体90%、と言った所かな?」

 

 千冬嬢の表情が、少しだけ険しくなる。

 

「……自分の妹を瀕死に追い込んだのも、シナリオ通りだというのか?」

「そうだねぇ……とりま順番に説明した方が吉、かにゃ?」

 

 束ちゃんはそう言うと身を翻し、海側から地上の方に身体を向け直す。不安定な足場に関わらず、危なげなく軽やかな身のこなしで。

 束ちゃんと千冬嬢が向かい合い、その傍に私がいる。そんな構図が出来上がった。

 

「まず福音が暴走した原因だけど、これに関しては束さん無関係。手に掛かるタイミングは把握してたけどね」

「……やはり、亡国機業か」

「ピンポーン。やっぱりちーちゃんも勘付いてたね、暴走を引き起こしたのは奴らだよ」

 

 お互いが情報を引きだし、会話のやり取り全体が答え合わせとなる。

 まだまだ始まったばかりである。

 

「次だ次。いっくんたちを福音との戦いに引き合わせた件。これも私が直接関わった訳じゃないよん。日本が威信獲得に目が眩んだ結果であって、私はその結果を利用したに過ぎない」

≪確か……『銀の福音の撃墜には臨海学校に参加している専用機所持者と代表候補生を戦闘員として派遣せよ。また、今任務では日本国籍の者を任務貢献者として宛がう作戦を立てるように』政府が言い渡したのは、そんな感じだったかな?≫

「……テオ、何故お前が指令内容を知っている」

≪束ちゃんが教えてくれたからね≫

 

 先程私が言った指令は、日本政府とIS委員会日本支部の緊急会議によって発されたもの。欲が漏れ出ている後半の言葉はそのままの意味で『日本のIS搭乗者を活躍させて、今回の事件を把握している国に対して優位に立てるようにしろ』という薄汚い思惑だ。

 日本国籍の専用機持ちor代表候補生は1年生の中で該当するのは4人。

 日本国籍かつ専用機持ちの一夏少年。

 国籍は無いが、日本在住で専用機持ちの私。

 代表候補生ではないが、専用機持ちで日本とイギリスのハーフであるファーネス・金剛お嬢ちゃん。

 日本国籍で代表候補生だが、専用機を持っていないらしい4組クラス代表の更識 簪お嬢ちゃん。

 比率だけ見れば全体の約半分が日本関係の者なので、日本の戦力を過信してのそんな指令だったのだろう。実際、その内の2人は臨海学校を欠席してたのでその時点で思惑が半分破綻してるんだけどね。

 

「今回の事件では新しく専用機持ちになった箒ちゃんと、フィニッシュを飾ったいっくんにスポットが当てられる筈……結果的に政府に居座る無能達の思惑通りになった事だけは気に食わないけど、私は予定通りあの2人に良い戦闘経験が与えられたから、イーブンって所かな、by木の葉の黄色い閃光、なんちて」

「……作戦途中、所属不明のISが現れて先行していたテオを妨害した。お前の言う、予定通りの意味を推察するならば……」

≪私が単独で福音撃退を提案したのも、彼らの作戦同行を許したのも、私と束ちゃんの予定通りだったのさ≫

 

 そもそも、本気で彼らを戦わせないつもりなら私は有無を言わさずにあの子達を押し黙らせ、千冬嬢に監視させる等徹底させていただろう。そうせずにアッサリと彼らの参加を許容したのも、全ては束ちゃんの計画した方針に誘導させる為だったのだ。

 福音お嬢ちゃん撃退に意気揚揚と臨む私が、妨害者への応戦という自然な形で作戦を離脱。残された一夏少年達が戦う為のステージを用意する。それが、束ちゃんが私に依頼した一連の流れだ。

 

「……箒が瀕死の重傷を負った時、解せない点が幾つかあったがその中でも特に気になっていた事がある」

「何かな?」

「家族である箒の事を愛しているお前達が、その場に現れる事も無ければ安否の確認すらしてこなかった事だ。普段のお前達ならば血相を変えて飛び込んで来る程の重傷だったにも関わらずな」

 

 やはり、千冬嬢はそこを見抜いていた。

 確かに私達を良く知っている者にとっては、私たちの反応は異常だ。少年はそれどころでは無かっただろうし、他の子も福音と戦う為に一杯一杯だったのだろう。箒ちゃんは何も言ってこないが、もしかするとどこか気付いているか紅椿から教えられているか。

 

「……正気か?どんな理由があろうとも、家族が死に掛ける事を心配せず、それどころか予定として組み込んでいるなど有り得ないぞ……!」

 

 千冬嬢が静かに心の炎を燃やすのも当然だろう。彼女が目的の為に弟の一夏少年を犠牲に出すなど、私にはとても考えられない。それだけ千冬嬢は一夏少年の事を大切に想っている。

 だが、千冬嬢も既に私たちと同じ事を行っている。政府の命令に従い、一夏少年を福音お嬢ちゃんとの戦いに参加させた事だ。

 

「けどね、ちーちゃん。福音との戦いで箒ちゃんが庇わなければいっくんがあの子と同じ傷を負っただろう事はちーちゃんも気付いてるよね?」

「っ!」

「それもこれも亡国機業のお騒がせと、政府のしょーもない見栄っ張りの所為だけど……そんなちーちゃんには政府に従わなければならない理由があった。そうでしょ?」

 

 首を傾げながら問いかける束ちゃんに対して、千冬嬢は何も答えず、昂ぶった感情を押し殺した表情で目を伏せる。

 何を言われたのかは知らないが、ある程度の予想なら私も束ちゃんも出来ている。恐らく一夏少年が関わってくる事態もあると、今はそれだけ言っておこう。千冬嬢の事情と彼女の愛機【暮桜】の事もあるのだが、この場で語ると少々長くなるのでね。

 

「あー、何処まで話したっけ?取り敢えず次の話題に移ってもいい?」

「……勝手にしろ」

「じゃあ、勝手にやらせていただくぜ!そうそう、箒ちゃんが生体再生機能で復活した件ね。ちーちゃんには既に紅椿の詳細データを送ってるけど、もう目は通したよね?」

「ああ。他ISの情報をコア・ネットワークを介して隅まで吸収、自身の経験として組み込み武装や機体性能に留まらず内部機能すら習得する、機体特徴である展開装甲と無段階移行が合わさって完成された、シェアリングの究極型……だったな?」

「イエスイエス。いっくんと密着した事によって白式のデータが細部まで紅椿に送られ、紅椿は白式しか持っていない生体再生機能を無事に習得し、完全に復ッ活ッ」

 

 そしてそれが、私と束ちゃんが重傷を負った箒ちゃんの元に向かわなかった理由。紅椿がその機能を身に付ける事を確信していたからこそ、私たちは箒ちゃんの復活を信じて待っていたのだ。

 

「……紅椿が生体再生機能を習得する確証はあったのか?万が一の事があれば、箒は今も尚ベッドの上で寝たきりだったかもしれないんだぞ」

「事前に検証を重ね続けて、可能性はほぼ100%に引き上げた。後は……産みの親である私がこの子たちを信じなくちゃ話にならないでしょ?」

 

 そう言って束ちゃんはニコニコと笑みながら、千冬嬢に1個のISコアを見せつける。

 彼女が持っているのは、私が渡しておいた銀の福音のコアだ。既に福音のコアと機体は束ちゃんの手によって分離されている。

 

≪私も束ちゃんと同類だよ。私が信じている束ちゃんがISの皆を信じているのなら、私が彼らを信じるのもおかしい話ではないだろう?≫

「テオたんが私を信頼してる……言葉にされただけで、トュンク……!」

≪ははは、家族である君を信じるのは当然の事じゃないか≫

「……」

「さってと、そろそろちーちゃんの質問も尽きる頃じゃないかな?残りは何だい?」

「……報告であった、戦闘不能になった筈の福音が復活した現象について」

「あー、それね」

 

 やや感情が薄れた様な反応を返す束ちゃん。普段なら先ほどまでの様にニコニコとした表情で受け答えしていたのだが、この件に関しては束ちゃんにも思う所があるのだ。

 私も事前に束ちゃんから教わっていたけど、確かにこれは面白くない話である。

 

 束ちゃんは、淡々と答え始めていく。

 

「まずこの現象の原因となっているのは、【コア・バイラス】と呼ばれる存在によるものだよ」

「【コア・バイラス?】」

 

 聞き慣れない単語を耳にして、千冬嬢が訝しげに目を細める。

 

 【コア・バイラス】とは。

 亡国機業のとある技術者が開発させた、ISコアにあらゆる干渉を起こすコンピュータウィルスの一種。

 そのウィルスに感染されたISコアは事前に設定された感染拡大の瞬間が訪れた後、そのウィルスの効果を受ける。その内容は、ISコアの精神に干渉して闘争本能を高める事によって機体攻撃力を倍増させる他、危機察知能力を高めて回避性能を上げる等、戦闘面に大きな恩恵を与えるようになっている。ここまでならまだマシのように聞こえるが、これには致命的な問題がある。

 

 1つ目。精神干渉と言うよりは精神汚染と呼んだ方が適切。

 実際は闘争本能への過度な刺激によりコアは正常な意識を失って暴走状態となり、機体出力の制限が出来なくなってしまう。私が戦った福音お嬢ちゃんの暴走具合を見れば、どれ程のものか分かる筈だ。戦闘力を上げると言うよりは、理性を失った獣の様な戦い方に変貌するのだ。そして戦闘終了後、コア・バイラスの影響が抜けたコアは長期間活動出来ない状態になってしまう。

 2つ目。搭乗者への負荷が大きすぎる。

 先ほど言った通り、ISコアの精神汚染によって機体は出力がメチャクチャになってしまう。それはつまり、搭乗者の身体的負担を一切考慮してない状態という訳だ。コア・バイラスが回った状態でまともに動けば、搭乗者の肉体は限界を超えてボロボロに朽ち果ててしまう。今回は福音お嬢ちゃんが発症前に自ら搭乗者と離れたので、搭乗者は巻き添えを食わずに済んだのだ。

 3つ目。コア・バイラスの影響が搭乗者にも及ぶ事。

 先の搭乗者への負担は、本人が痛みに気付いて稼働を止めれば解決する話だ。しかし、搭乗者はコア・バイラスに感染したISに乗った時点で影響を受けてしまっている。ISと同様に闘争本能を過度に刺激され、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンやβ―エンドルフィンなどの興奮物質が大量分泌された搭乗者は過剰戦意高揚状態に陥る。そして、自身の身体が悲鳴を上げている事に気付かず、戦いに耽ってしまう。

 そうなってしまえば、良くて心身ボロボロ、悪ければ……死ぬ。

 

 それらの説明を聞き終えた千冬嬢は、胸糞悪そうに顔を顰めている。無理も無い。

 

「……ふざけた物を造ってくれたな、奴らも」

「ホントは今すぐにでも研究所を見つけ出して、くだらない物全部消滅させたいけど……」

≪こういう輩は、その場で潰してもまた新しいのが必ず現れる。VTシステムなんて物を造ってる国もあるんだからね≫

 

 束ちゃん、クーちゃん、私の3人で世界に目を光らせているが全てを見通せているわけでは無い。私達の目を掻い潜って碌でも無い研究を進める者は後を絶たない、嘆かわしい事にね。

 

「ま、解決の為の計画はもう始まってるから、束さんも今は出来る事をやっていくだけだねぇ」

「計画……まさか束、お前は……」

 

 千冬嬢は束ちゃんの言葉に、心当たりが出来たようだ。彼女もIS誕生の立役者の1人だから、すぐに理解できたのだろう。

 

 束ちゃんはそんな千冬嬢にニコリと笑みを浮かべながら、ポツリと語る。

 

「この子達を、在るべき場所へと還す為に……鍵となるのは赤い花と白い刃、そして……黒い星を超えた先」

 

 

 

――――――――――

 

「……相も変わらず忙しない奴だな」

≪まぁ、それが束ちゃんだからね≫

 

 岬に残されているのは、私と千冬嬢の2人のみ。

 束ちゃんは先程の言葉を呟いた後、柵から身体を離して崖に身を投じて姿を消していった。普通の去り方をしない所も、あの子らしいね。

 

≪さて、それじゃあ私も戻るとしようかな。千冬嬢も遅くならない内に旅館に戻るんだよ≫

「待て、テオ」

 

 旅館に向かう私の足を、千冬嬢がその一言で引き留める。

 先程から変わらず木に寄り掛かっている千冬嬢と、暗闇が続く森に進もうとする私。互いに背を向けた状態で、言葉が交わされる。

 

「先程訊きそびれていた事があったから、最後に答えてもらおう。一夏達が福音と2度目の戦闘を行っていた時、お前はどこに居た?」

≪束ちゃんの所だよ。福音お嬢ちゃんがコア・バイラスの影響に呑み込まれた時、タイミング良く現れたのもそこで現場の様子を把握していたからさ≫

 

 正確に言うと、束ちゃんと共に移動型ラボ【吾輩も猫である(名前は既にある)】で少年たちの戦闘風景をモニターで見物していたのだ。ちなみに合流したのは、妨害者であるロゼお嬢ちゃんを退けて、千冬嬢たちとの通信を切った後すぐである。

 撤退したロゼお嬢ちゃんを追跡するというのは只の建前。全ては福音の事態への準備に過ぎなかったのだ。

 

 大怪我をした箒ちゃんの元に行く事が出来なかったのは心が痛んだけど、束ちゃんが大丈夫だと言った以上、私はそれを信じるまでだ。

 束ちゃんの言葉も、箒ちゃんの復活も信じる。それが彼女たちの家族である私の役目だ。

 

≪言っただろう?家族を信じるのは当然だと≫

「家族だから、か……」

 

 背中を向け合っている為、千冬嬢の表情は分からない。だがその声色は、どこか含みがあるような印象だった。

 

「お前のそれは、ある意味『盲信的』とも捉えられるな」

≪……くっ、くはは≫

 

 私は彼女の言葉を聞いた瞬間、笑いを堪えずにはいられなかった。盲信、盲信か。確かに、それは私も否定しきれない面はある。

 いやぁ、中々に手厳しい事を言われてしまったね。その様に言われるのは初めてだ。

 

 けれど……。

 

≪私はそれで構わないさ≫

 

 過去に2度閉ざされかけた私の人生は、あの子達によって繋げられた。

 そんな彼女達の為ならば、私は盲信的であってもこの身を尽くすと決めている。

 

 私は森の闇の中へと、その身を潜ませていった。

 千冬嬢はそんな私を、振り返る事無く見送るのであった。

 

 

 

―――続く―――

 




 今回の事件の裏側その1、テオと束と千冬による味方サイドによる説明会でした。
 最後のテオの盲信云々のやり取りは『テオの中にある、芯とも歪みとも言える面』という描写でした。これまでの話でも家族や友人を大切にする姿勢を見せていたテオですが、極稀に『家族>友人』の感覚で物事を測るシーンも(多分)ありましたが、それはこの片鱗でもありました。根底は家族第一、と言う感じです。
 ……紳士キャラにそぐわなくない?と言われると何とも言えない設定にしてしまったかな?

 今作品の動乱の主格となる、【コア・バイラス】の説明を再度説明させていただきます。

【コア・バイラス】
 亡国機業の研究者【???】が開発した、ISコアに悪影響を及ぼすコンピュータウィルスの一種。
 ウィルスが組み込まれたIS(というよりISコア)は闘争本能を大きく刺激され理性が緩み、攻撃力や危機察知による回避能力等が急増するようになる。しかしこの仕様には欠陥が多数存在し、理性を失って暴走状態となる、機体の出力限度や人間の稼動範囲を超えた動きを発揮して身体を損壊させる、それに気付かない程の過剰戦意高揚状態となり、痛みに気付かないまま搭乗者は身体を朽ちさせていく、等が現時点で挙げられている。ISの精神は人間のそれよりも強い為、精神崩壊には至らないが反動で長期間稼動不可能及び療養による一定期間意思疎通不可の状態となる。
 また、IS経由ではなく直接人間に投与する研究が秘密裏に行われており、束たちはまだその点にまで辿り着いていない。

 以上になります。言わずもがな、当作品のオリジナル設定です。

 今回の事件でまだ不明瞭な部分(突然な密漁船の出現と消失、妨害に現れたロゼの戦闘と撤退後の動向)などは、事件の裏側その2として亡国機業サイドで描写していく予定です。
 ですが、次回が臨海学校編の締め回でその次がテオの過去編(数話分)、そして第2章突入という構成になりますので、第3章の冒頭が亡国機業回となります。



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銀色の相棒を持つ者同士

 臨海学校4日目。一日延長の影響で、今日こそが最終日となる。

 朝一で前日にテストしたIS装備の最終撤収確認を済ませた後、4日間お世話になった旅館への奉仕活動を行う。各班で使用した部屋以外にも玄関、通路、フリースペースなど使用頻度の多かった箇所の掃除や、砂浜や旅館周りのゴミ拾いを生徒全員で行っていく。これは毎年林間学校での習慣となっており、感謝の気持ちを形にする為の旅館と学園での決まり事となっている。

 その間に先生たちは先行して訓練用ISを学園へと搬送、生徒たちは奉仕活動終了後にバスで学園に帰る流れとなっている。

 

 そして現在、私は一夏少年と一緒に浜辺でゴミ拾いを行っている。

 

「皆と遊んだ浜辺はそうでも無かったけど、別の浜辺はゴミが多いな……ちゃんとゴミは持ち帰ってくれよ」

≪同感だね。あぁ少年、そこに手持ち花火の使い捨てが一本あるよ≫

「ホントだ……ったく、マナー悪い人が多くて困るな」

 

 そう独りごちる一夏少年の手にあるゴミ袋の中身は、程々に量が溜まりつつある。少年がウンザリするのも納得な捨てっぷりだね。

 

「今度は空き缶……この辺に海の家とか無いのかよ」

≪無いみたいだね。大分離れた所にあるみたいだから、この辺で遊んだ人は持って行くの面倒臭がったんじゃない?≫

「じゃあ何で持って来たんだよ……というかテオ、俺の肩に乗っかってるだけで仕事してないよな?」

≪いやいや、ちゃんとゴミレーダーとして働いてるじゃないか。君とは同じ部屋割りだったんだし、他の子達の手伝いは猫の身体じゃ無理があるからね≫

「まぁ確かにそうだけどさ。俺も実際、黙々とゴミ拾いするよりは誰かと喋りながらの方が気が紛れて良いし」

 

 第一、埃が飛び交う中にいるのは私もキツイからね。水回りの仕事も出来る事無いし。

 

「というか、あっちぃ……やっぱりもう夏なんだなぁ」

≪初日と3日目の自由時間で十分泳いだじゃないか。夏気分は味わえてただろう?≫

「いや、日差しの下で肉体労働してると、改めてそう思えるなーと思って。IS弄ってても季節とか感じ辛いし」

≪分かるよ。私も夏は縁側の下で日差しから逃れたり、扇風機の前でグデ~ってしたりして、夏を感じていたよ≫

「……猫って働かなくて良いから羨ましいよ」

≪見世物になってない動物以外は大体そうだよ≫

 

 昔、近場の動物園でボス猿をしていたとある彼は辟易としていたのを思い出した。猫は猫でカフェとかで働いてる子もいるけどね。

 

≪まぁ少年の期待に応えるために、私もレーダー役を全うしようじゃないか。という訳で、あそこに黒い本が落ちてるよ≫

「落ちてるというか、突き刺さってる状態なんだけど……何だこの本?というかノートか?」

≪見るからに不気味なノートだね。直訳すると死のノートだってさ、余計に不気味だよ≫

「何か色々名前が書いてある……人の名前しか書いてないなんて、変なの」

≪後で交番に届けておくかい?≫

「捨てても良いと思うけど……持ち主が失くしてたら困るだろうしな。そうするか」

 

 というか、海にノート?

 

「お、また何か発見……何これ?」

≪オレンジ色の水晶かな、珍しい。中に赤い星が入ってるみたいだね≫

「おぉ、どの角度から見ても星型に見える……錯視ってやつ?」

≪明らかに貴重品みたいだし、これも交番行きだね≫

「んー……でもこの球、どっかで見た事あるような……」

 

 不思議な物を見つけたりしながらも、私と一夏少年は時間一杯までゴミ拾いに励むのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 午前中の内に奉仕活動も終了し、残すは帰るだけとなった私達。

 それぞれクラス別にバスへと乗り込んでいく中、私は箒ちゃん達と共に既に座席についている。私の座席は箒ちゃんの膝の上だ。

 

「色々とあったが、過ぎてみればあっという間の4日間だったな」

「そうだね。旅館の料理に温泉に海……皆と一緒に部屋で遊んだり、良い思い出も沢山作れたよ」

「私の部隊への良い土産話になりそうだ、学園に帰還したら連絡でも入れておこう」

 

 箒ちゃん、シャル、ラウラちゃんの3義姉妹が席を挟んで楽しそうに談話している。福音戦という穏やかじゃないハプニングもあったけど、それ以外の思い出はこの子達にとって良い物となっただろう。

 

「そういえば、夏休みも近くなってきたな……2人はやはり本国に戻るのか?」

「そうだね。僕もデュノア社を吸収併合した新しい所属先……エトワール技術開発局の人達とちゃんと顔合わせしないといけないし。まだ社長のピオニーさんと社長秘書のジェイドさんくらいしかモニター電話で話せてないから」

 

 そう言えば、シャルの父親が経営していたデュノア社は、通称エトワール技局が丸ごと取り込んだんだったね。あの後からシャルも何事も無く会社の話をしているから、今度は恵まれた企業に就けているようで、安心だ。

 

「我が部隊の奴らにも帰国の約束をしているのでな。シュヴァルツェア・レーゲンの本格整備や部隊長としての職務もせねばならぬし、私も夏季休校時が始まったら間もなく本国帰還をする予定だ」

 

 確か、シュヴァルツェ・ハーゼという特殊部隊だったね。

 帰国してもやらなければならない事が多いとは、やはり現役軍人に加えて代表候補生なのは大変そうだ。

 

 そんな話をしていると、突然シャルが何か閃いたようで顔を綻ばせた。

 

「そうだ!箒とお父さんも僕とフランスに来ない?お母さんや会社の人達にも2人を紹介しておきたいし!」

「む、抜け駆けは看過出来んぞシャルロット。そういう事なら我がドイツに来てもらわなければ。歓迎しよう、盛大にな!」

「おいおいお前達……私達の身体は1つずつなのだから、同時に誘われても分身等出来んぞ」

「何!?日本のサムライ、ニンジャ、カブキは分身が出来るのではないのか!?」

「出来る訳無いだろう」

 

 ラウラちゃんが物凄く驚いている。ドイツで日本はどんな国だと思われているのだろうか。

 

「そもそも、分身自体が架空技術に過ぎないとも言われているのだ。生身の現代人では間違いなく不可能だぞ」

「そうなのか……どうして分身を作らないんだと時折思っていたのだが、そういう事だったのか」

「というか箒は、自分がサムライと言われても否定しないんだね……」

 

 いつぞやは自分を武士だと言い切った事もあるからね、箒ちゃんは。

 

≪まぁ、その辺りの予定は帰ってからゆっくり決めようじゃないか。私はともかく、箒ちゃんも夏休みは用事があると――≫

「ねえ、織斑 一夏くんって子達がいるクラスはこのバスで合ってる?」

 

 その時、バスに現れた大人の女性に皆の視線が集まる。

 鮮やかな金髪に、服装はブルーのカジュアルスーツ。胸元はボタン二個分開かれており同じスーツ姿の千冬嬢とは異なりゆったりとした雰囲気を纏っている。僅かに柑橘系のコロンを使っているようで、嗅覚の鋭い私にはそれが良く伝わる。

 ナターシャ・ファイルス。銀の福音お嬢ちゃんの搭乗者だ。

 

 彼女の事を知っている子達、専用機持ちのメンバーは彼女の事を知っており、その姿を見て驚いている。

 

「……えっと」

 

 ただし、一夏少年は除く。戦闘後に彼女の姿を見ている筈なんだけど、忘れてるのだろうね。

 

≪少年、この人は銀の福音の搭乗者だよ≫

「えっ……あっ」

「あらら、周りには美少女がよりどりみどりで居るから、私の事は印象に残らなかったかな?」

「い、いえっ!そんな事は決して……!」

「ふふ、冗談だからそんなに慌てなくても良いわ。今日は貴方と、そこの子達に言っておきたい事があったから」

 

 年上らしく余裕を持って一夏少年をからかった後、ナターシャお嬢さんはセシリア姫や箒ちゃん達の方にも視線を送る。

 

「あの子が一般の人を手に掛ける前に、止めてくれて本当にありがとう。……そしてアメリカとイスラエルのゴタゴタに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」

 

 私達に向かって深く頭を下げて謝罪するナターシャお嬢さん。頭を下げる直前、その表情は申し訳無さそうに顔を曇らせていたのが見えた。あの子、とは福音お嬢さんの事を指しているだろう。

 彼女の謝罪は何らおかしな事は無い。そもそも私達はアメリカ・イスラエル両国のトラブルとは無関係だったにも関わらず、福音の軌道線上付近にいるという理由で駆り出された、所謂とばっちりと言うやつだ。ナターシャお嬢さんもある意味巻き込まれた側だけど、母国の対応に思う所があり、こうして謝りに来たのだろうね。

 

「それと、篠ノ之 箒さんは居るかしら?その子には特に迷惑を掛けてしまったと聞いているから……」

「私です」

「そう、貴女が……」

 

 お嬢さんは悲痛な面持ちで箒ちゃんの傍に近づくと、その場に膝を着いて箒ちゃんと目線の高さを同じにした。

 そんなお嬢さんの様子を、箒ちゃんは真剣な表情で見つめる。周りの子達も漂う雰囲気に緊張した様子となっている。

 

「ごめんなさい……普通の女の子である貴女に戦いの道を進ませ、辛く痛い目に遭わせてしまって……本当に、ごめんなさい」

「……頭を上げてください、ファイルスさん」

 

 罪悪感に堪えきれずに俯くナターシャお嬢さんの肩に、ポンと軽く手を置く箒ちゃん。

 

「確かに、今回の件を切っ掛けに私はこいつを……紅椿を受け取りました。ですが私の身体に傷は残っていませんし、そうなる事も覚悟の上で私は紅椿の手を掴んだんです」

「だとしてもっ、傷が消えているにしても!貴女を苦しめた事に変わりは――」

「貴女が私に負い目を感じているのであれば、私から言える事は只一つです」

 

 お嬢さんの肩に手を乗せたまま、箒ちゃんは相手と真っ直ぐ目を合わせる。

 

「自分の罪を心に刻み、進む事です」

「心に……刻む」

「私も同じです。嘗て大きな過ちを犯し、悲しませた人達がいました……だから私は、もう二度とあの時の様な悲劇を生み出さない様に、過去の罪を背負い続けます」

「……強いのね、貴女は」

 

 本当に、箒ちゃんは強くなった。剣の腕前もそうだけど、何よりも精神が逞しくなっている。

 家族として、非情に嬉しい成長っぷりだ。

 

「……これは私の名刺よ。もし何か困った事があれば、気軽に連絡して頂戴。出来る限り力になるわ」

 

 そう言ってナターシャお嬢さんは、スーツの胸ポケットから一枚の名刺を箒ちゃんに差し出した。名刺には彼女の名前、電話番号、勤続先等の基本情報が記載されてある。

 軍用ISのテストパイロットをしていたという事は、彼女もアメリカ軍でIS搭乗者用の特別な立ち位置にいるのだろう。そんな彼女と繫がりが出来たのは、箒ちゃんにとって色々と良い話だろう。IS搭乗者の先輩としては勿論、いざという時に対しても。

 

「……それと、猫ちゃん。貴方にも話があるのだけれど、良いかしら?」

≪おや、私にかい?それは構わないけど≫

「……思ってたよりも年期が入ってたわね。此処では少し都合が悪いから、ちょっと外まで付き合ってくれない?」

 

 と言う事なので、私はナターシャお嬢さんの後をついて行ってバスの外へと出た。バスの前で話をしていた千冬嬢と真耶ちゃんにも一言告げつつ、私達は程良い所で話を始める。

 

「それでえっと、猫ちゃん……じゃなくて、猫くん?猫さん?」

≪どちらでも構わないよ。学園の子達にはどちらでも呼ばれているし、おじ様と呼んでる子もいるからね。それと、私の名前はテオだからそっちで呼んでくれて良いよ≫

「そうね……それじゃあ、テオくんで良いかしら?」

≪お気に召すままに≫

 

 実際、一組内ではその呼ばれ方が一番多いんだよね。交流が多くない他の組はさん付けだし。

 

「で、本題に入るけど……ブリュンヒルデから聞いたのだけれど、あの子は……」

≪束ちゃんの元にいるよ。君の母国に返した所で、凍結処理を下されるのがオチだろうしね。それ以前に、今のあの子には休息の時間が必要だ≫

 

 何せ多くの国を巻き込む大事件になりかけたのだ、直ぐにIS開発に使われるとは到底思えない。アメリカとイスラエルの共同開発もおじゃんになるだろうし、凍結処理の管理先を決める為に両国でまた面倒な言い争いがあるだろう。そうするのは勝手だけど、この子の意志を無視して話が進められるのは当人にとっても不本意だろう。

 と、いう訳で。

 今回の事件を聞きつけた束ちゃんが旅館に現れて、回収された福音を没収するという形でISの処置を決めさせてもらった。仮に2国から抗議が来たとしても以下のように言うつもりらしい。

 

『確かに現在は条例で軍事転用の完全禁止はされてないけどさぁ、まぁそれも充分ムカつく話だけど今はいいや、流石に限度ってものがあるよね?理解してないの?出来ないの?馬鹿なの?死ぬの?しかもまともに管理出来てないとか嘗めてんの?もう没収は確定だし、これ以上グダグダ言うなら色々と【バラす】よ?』

 

 との事だ。

 もし束ちゃんがその色々を『バラす』事になれば……少なくとも、アメリカのIS界における立場はガタ落ちとなるだろう。イスラエルは下手をすればISと関わる事すら出来なくなるかもね。

 そんな2国に素敵な言葉がある。『身から出た錆』という言葉がね。

 

 そうして私は一通りの説明を終える。

 私の話を聞き終えたナターシャお嬢さんは、寂しそうな表情をしながら息を深く吸い込んだ。

 

「そう、ね。これ以上人間の事情に関わらせない方が、あの子にとって安全でしょうから」

≪君は相棒と離れ離れになってしまって大丈夫かい?≫

「勿論、寂しいわよ。けどそれ以上にあの子の幸せを願ってるの。あの子はこの空を自由に飛ぶ事が本当に大好きだったんだから」

 

 私達の上に広がっている、青い空が目に映る。

 次の言葉が紡がれるまで、私達の間に静寂な空間が少しだけ訪れる。

 

「……ねぇ、もしあの子と話が出来るなら、伝えて欲しい事があるの」

≪聞こうか≫

「『迷惑掛けちゃってごめん。そしてありがとう、あなたは私の最高の相棒よ』……これでお願い」

≪……ふっ、やはり君達は良いパートナーだね≫

 

 お嬢さんは私の言葉の意味が分からずに首を傾げている。

 何せ、私も福音お嬢ちゃんから言伝を預かってたんだからね。あの子の相棒……ナターシャお嬢さんに向けての、ね。

 

≪そんな君にも伝言があるよ。『いつか、また一緒に飛ぼうね。わたしの大好きな人』≫

「……そっか」

 

 福音お嬢ちゃんからの伝言を聞いたナターシャお嬢さんは、そう一言だけ呟くと、私の方から顔が見えない様に空を仰ぎ始める。彼女の肩は、僅かに震えていた。

 今は、1人にさせておこう。

 

≪私はそろそろ戻るよ……それじゃあ、またいつか≫

「……ええ。また、いつか」

 

 その言葉は私に向けてか、それとも此処にはいないあの子に向けてか。

 別れの言葉と共に私はその場を離れて、バスへと戻っていった。

 

 バスに着いた私は、再び箒ちゃんの膝の上へ。

 

「テオ、あの人と何の話をしていたんだ?」

≪んー……世間話とか、色々とね≫

 

 そこでバスのエンジンが掛かり、身体が僅かに揺れる。

 出発する事を確認した私は、そのまま眠る態勢に入った。

 

 そして私は夢を見る。

 昔々、ある所に捨てられていた一匹の黒い猫のお話を。

 

 

 

―――続く―――

 




 臨海学校編エピローグ回でした。
 ナターシャの謝罪シーンは、一応ちゃんと入れておきたかったので描写させていただきました。原作で「はぁい」と軽い感じで登場して去っていったのを『巻き込んだ事を謝って?』と思いながら見てました。まぁIS原作のツッコミ所はそこ以外にも沢山あるのですが……この作品にもブーメランな事ですね。(今更)

 そして次回より第2章、テオの過去編がとうとうスタートです!


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猫の過去
昔々、ある所に一匹の猫が……


 時は遡る事、約11年前。

 

 その日は強い雨が降る一日だった。空は鉛色の雲によって殆ど埋まっており、悪天候と呼ぶに相応な空模様。加えて気を抜けば傘が壊れてしまいかねない程の強風が吹いていた。

 

 そんな荒れ空の下のとある公園の中に、簡易な小屋を模った段ボールがポツンと置かれていた。雨風に晒されているそれは耐水の無さが影響して徐々に整っていた形を崩し始めていった。完全に崩れ落ちるまで時間の問題といったところだった。

 

 そして、そんな段ボール小屋に1つの生命が置かれていた。

 生まれて数日しか経っていないと思われる外見の、小さな黒猫が1匹。その段ボールの中に入っていたのだ。

 なぜこんな所に子猫がいるのか。その理由は只一つ。

 

 その子猫は、捨てられたのだ。

 捨てられた理由は不明。段ボール造りの小屋という事は、恐らく元々は人間の飼い主がいたのだろう。しかし、子猫の周りには自身を産んでくれたであろう母親もいなければ、父親もいない。兄弟もいない、飼い主らしき人物もいない。あるのは

 完全に独りぼっちだった。

 

 そうこうしている内に、ここまで子猫の身を守ってくれていた段ボール箱が限界を迎えた。雨でふやけた外装は脆くも崩れ落ち、雨風を凌ぐ為の物が潰えた事によって、子猫の身体が無防備に外に晒されることになる。

 先ほどよりも身体に当たる雨の量が増えた事に驚いた子猫は、必死にそこから逃げようと抵抗した。しかし生後数日で筋肉も発達していない身体では、その場でもがく事しか出来ない。無情にも収まる気配の無い雨が、どんどんその小さな身体に襲い掛かってきた。

 冷たい雨が子猫の命を蝕んでいく。動かそうとしていた身体も完全に動かせなくなり、最早そのまま死を迎える絶体絶命の状況となってしまった。

 

 子猫は意識を保つ事すら耐えられなくなり、徐々にその意識を手放し始めていく。死の概念を理解する前であるせいか、意識を手放すことに何の抵抗も無い様にも見える。このまま目を閉じれば楽になると感じ取っていたかのように。

 

「―――さん、あれ―――」

「――は――こら、待ち―――――うき!」

 

 そんな子猫の元に駆け寄る、2つの人姿。

 子猫の意識は、その2つの存在が来る頃には闇の中へ落ちていた。

 

 

 

――――――――――

 

 次に黒猫が目を覚ました時、そこは先程までの場所とは全く異なっていた。

 鉛色の空は無機質な白い天井へ。雨や風も無い、空調機によって整えられた苦の無い環境。

 

「おや、どうやら気が付いたみたいだね」

 

 人の声を聞いた黒猫がそちらに視線を向けてみると、穏やかな笑みを浮かべた白衣の男性がそこにいた。他に人の姿は無いので、先程の声の人物はその男性で間違いないだろう。

 その男性は、町で小さな動物病院を経営している獣医であった。都方面の大きな病院と違って小規模な施設だが、人柄の良さが幸いして近辺でも頼りにされている人物だ。

 

「いやぁ、最初に見たときは本当に危なかったけど、何とか助けられて良かったよ。少しでも処置が遅れていたと思うと、ゾッとするね」

 

 まだ人の言語が分からない子猫には、その男性が何を言っているのか理解できなかった。また、取り敢えず身体を動かしてみようとしたのだが思う様に身体を動かすことが出来ていなかった。

 

「おっとと、起きたばかりなのに早速動こうとするとは中々にわんぱくだね。君は命の境目を彷徨ってたんだから、まだ休んでいないと」

 

 直ぐに動こうとした子猫を、獣医はやんわりと注意する。人と猫では言葉は通じない筈だが、子猫はその言葉を受けるとまるで理解したかの様に大人しくなった。

 良い子だ、と獣医は安堵すると子猫から視線を離して机の資料と受話器の方に手を掛ける。

 

「さて、それじゃあ連絡を入れておかないとね。えっと、確か篠ノ之さんって人の……」

 

 そのまま作業を始める獣医を見やる子猫は、そのまま自身を包んでいる毛布に体を預けて眠る事にした。窓から差し込む光が眩しい筈だが、子猫はお構い無しと言わんばかりに眠る態勢に入る。

 日の光の暖かさに、心地を良さそうにしながら。

 

 

 

――――――――――

 

 子猫が目を開けてみると、先ほどよりも人の数が増えていた。獣医以外に新たに2人の人間がそこにいた。

 1人は白衣の男性と同程度な年代の男性で、服装は時代を幾らか超えて来た様な和装。口髭と顎鬚を整えた厳格そうな顔立ちは、幼い子を威圧しかねない程だ。つい最近、遠出した時に通りすがりの児童に顔が怖いと泣かれた事を気にしている。

 そしてもう1人は、年端も行かない4~5歳位の小さな女の子。厳つい男性の隣で座席に高い椅子にチョコンと座っている。怖い顔のおじさんが隣にいるが、怖がっている様子は無い。

 

 すると、女の子が子猫の目覚めに気付いたようで、『あっ』と声を漏らす。元々彼女は子猫の事を気にしており、チラチラとその様子を確認していた為、目覚めた子猫にいち早く気付いたのだ。

 途端に女の子は明るい笑顔を浮かべて椅子から降りると、子猫が眠っている場所へ駆け寄った。

 

「ねこさん、目がさめた!」

「これ箒……すみません、娘が慌ただしい真似を」

「いえいえ、この年で他の生き物を思い遣れるのはとても良い事ですよ」

 

 少女の事を娘と呼ぶ厳つい男性は、申し訳無さそうに獣医に謝罪する。獣医も男性の謝罪を真摯に受け止め、少女に褒め言葉を送っている。

 実際、この子猫は元の飼い主に捨てられている。通り掛かっただけの子がこうも心配しているというのは、獣医にとっても嬉しい光景なのだろう。

 

「ねこさん、大丈夫?どこかいたい所はない?」

「これ箒、あまり詰め寄ってはその子も戸惑ってしまうだろう。もう少し安静にしておいてあげなさい」

「……はぁい」

 

 不服そうにしつつも箒と呼ばれた女の子は子猫から身体を離した。その目は尚も子猫の方へ向けられているが。

 

「それで、この子猫の容態は?」

「お2人が手遅れになる前に見つけて下さったお陰で、命に別状はありません。安心してください」

「そうですか……良かったな箒、もうその子は大丈夫みたいだぞ」

「ほんとう!?お医者さん、ありがとうございます!ねこさんも、良かったね!」

 

 箒という少女は振り向いて白衣の男性に深々と頭を下げた後、再び向き直って先程の様な笑みを子猫に向け始めた。

 

「先生、この子猫の今後の行方は……」

「篠ノ之さんの話を聞く限り、この子はどうやら人の飼い主に捨てられたと見て良いでしょう。雨避けの段ボールで小屋を作るなど、野良猫には到底出来ませんし」

「元の飼い主なりの温情かもしれないが、こんな小さな命を置いて行く時点で無責任な事には変わり無いだろうに」

「同感ですね。取り敢えず、今は動物愛護センターに連絡を入れて各愛護団体に問い合わせてもらっている最中です。受け入れてくれる団体がいればいいのですが、縁が無ければ……」

「……殺処分、ですか」

 

 子猫を見つけた時の対応は、ある程度決まっている。

 最終的に引き取り先が見つらなかった場合は殺処分、つまり殺してしまうしかない。動物1匹買うのにも費用や手間は掛かる為、必ずしも引き取り先が現れるとは限らない為、殺されない等という希望的観測は行えない。

 人間の身勝手で殺されなければならないと思うと、2人の大人の空気は重々しくなっていた。

 

 箒も、後ろの雰囲気に気付いて子猫と大人達を不安そうに見比べている。難しい言葉が多く使われていたので話の全容を理解できたかは怪しいが、悪い話であるという事は2人の表情から察する事が出来ていた。

 幾度か見比べた後、少女は決心を固めた様に顔を引き締まらせて和服の男性に詰め寄った。

 

「お父さん、わたし、この子をかいたい!」

「箒……これはそんな簡単に言えるような話では無いんだ」

 

 少女に父と呼ばれた男性は、少女の前に屈んで彼女と同じ高さの目線に合わせる。その目は少女を貫かんばかりに鋭く威厳に満ちており、思わず箒もビクッと身体を縮こまらせた。

 

「猫の為の食事もキチンと準備しなければいけないし、衛生面……いつも綺麗にしてあげる必要だってある。トイレや爪とぎのしつけもちゃんと飼い主となる者がしなければならない。そして何より……この子も私達と同じ、命がある」

「同じ……命……」

「この子を飼うとなるなら、その命を預かる必要がある。箒……お前はこの子の命を預かる覚悟があるか?」

 

 4~5歳程度の少女にとって、それは非常に重い話だ。1つとはいえ自分以外の命を預かる選択、それにはそれ相応の覚悟が伴われる。

 しかし箒は、そんな重みに呑み込まれず、グッと踏み止まって目の前の父親に己の心情を訴えた。

 

「やる!この子の命は、わたしがあずかる!ぶしに、二言はない!」

「…………」

 

 少女と父親の間で、沈黙が漂う。両者は互いを真っ直ぐに見つめながら、その場から動こうとしない。

 

 やがて、父親の方から動いた。彼は箒の頭に優しく手を置くと、先程の厳格な表情から打って変わって柔らかな笑みを浮かべる。

 

「分かった。お前がそこまで言うのなら、この子を我が家で預かろう」

「本当!?」

「ああ、本当だ。ただし……必ず面倒を見るんだぞ。箒が学校に行くような時になれば母さんにも世話を頼むが、それ以外は――」

「やる!ぜったいに、この子のお世話する!」

 

 父親が言い切る前に、箒は食い入る様な勢いで彼と約束を交わした。

 そんな少女の姿を前に、父親も笑みを浮かべたままフッと小さく息を零す。

 

「先生、私達だけで決めてしまってすいませんが……」

「いえ、寧ろ喜ばしい事ですよ。こんな優しい人達ならば私も安心して託せます。つかぬ事をお聞きしますが、猫の飼育に関する知識は?」

「お恥ずかしながら……最低限知っている程度です」

「それなら私の知り合いにその手の専門家がいますので、私の方から連絡を入れておきましょう。それと残りの検査、施術も私の病院で手配させていただきます。費用の方はそちらにお願いする事になりますが」

「重ね重ねかたじけない……この恩義は、いつか必ず」

「いえいえ、もう十分頂いていますとも。私からも、この子猫をよろしくお願いします」

 

 飼うという方針が定まった事により、着々と話が進められていった。

 箒の父親と獣医は、互いを信じる形で固い握手を結ぶ。互いが小さな命を救い合う事により、そこには信頼という名の絆が形作られていた。

 

 箒も自身の家で預かる事に喜びを表す笑みを顔に出しながら、子猫に向かって語りかける。

 

「これからはいっしょだから、もう大丈夫だよ!ねこさん!」

 

 その言葉に反応する様に、子猫は初めて人前で鳴いてみせた。つい先日まで死の淵に瀕していたが、その声には既に生命の活力が滾っていた。

 

 こうして1つの命が1人の少女の意志によって救われ、同時に今後の運命を大きく変える事となる。無論、この場にいる誰もがそれを知り得る事は無い。

 

 

 

―――続く―――

 

 




●おまけ●

前回の某週刊少年漫画ネタを機に思い付いた小ネタ。

一夏「おっす、おらワンサマー!ワクワクすっぞ!」

箒「がんばれシャルロット……お前がナンバー1だ!」
一夏「えっ」

セシリア「初めてですわ……このわたくしをここまでコケにしたお猿さん達は……」
千冬「ほう……私を極東の猿とほざくか」
セシリア「ちょ、ちがっ――」

鈴「まったく、一夏ときたら他の女にデレデレして、あた……おらの身にもなってほしいだ!」
一夏「そんな事言ってもよぉ、(貧相な)チチぃ」
鈴「屋上」

シャルロット「わ、私はっ!悪は絶対に許さない、せ……正義の味方!グ、グレースケールガールだ!……うぅ、何で僕がこんな恰好を……」(ポーズを恥ずかしそうに決めながら)
テオ≪この配役、どっちも変装が容易くバレたからなんだって≫
シャルロット「ええ~……?」

一夏「そんな冷たい事言うなってラウラ、俺達仲間じゃないか」
ラウラ「ふざけるなぁ!誰が貴様等の仲間になった!?」
一夏「く、くっ殺さん!」
ラウラ「殺すぞ」

テオ≪超神水が欲しい?それじゃあ私を捕まえてごらん≫
一夏「おっしゃ!猫一匹捕まえる位楽勝で――」
テオ≪【銀雲】装着。……それじゃあ、始めようか≫
一夏「もう駄目だぁ……お終いだぁ」

 ●   ●


ついに開幕、テオの過去編です。
私の小説を書く際の癖で、主人公の過去とかを後に後にする傾向がある所為で読者の皆様を置いてけぼりにさせてしまう傾向があるんですヨネ……東方の方とかもそうですし。
リメイク版としてテオの過去からスタートさせる企画もあったのですが、地の文の構成が難しくなってしまい、断念しました(テオ視点で書こうとした所為)。分割してそれぞれの節目(各ヒロインの登場の合間等)に入れようかとも思いましたが、結局第2章として纏めて描写する事に。

あと、ロリ箒可愛い。天使か。5歳なのに漢字が多めなのは仕様です。風間トオル君も教養高いし、多少はね?
けど2年後にはあのお堅い喋り方なんですよね……この時点でそういう喋り方にしようかとも思いましたが、それっぽい理由を付けられそうなのでまだ幼げな喋り方にしてます。


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その猫の名前は……

過去編は一話一話がさほど長くない(予定)なので次の話も投稿してみました。


 

 とある町の一角に、剣道教室を開いて間もない小さな道場が一件存在している。

 

 そこの経営主はお家柄、剣の道を歩み続けた家系だった。家には代々伝わる名刀やそれ以外にも先祖の遺品も置かれており、古くから続いている由緒正しき血筋だ。このご時世なので剣の道を歩む義務は無いのだが、どの世代も家宝等の歴史に触れてその道に関心を持ち、今代まで続いてきたのだ。

 そんな家である為、剣道教室での教えは本格的で厳しい物があった。練習内容は勿論、剣の道に対する心構えや作法などにも細かく教えが入る為、単純に『刀を振るのがカッコイイから』といった理由で入って来た入門者は数日の内に辞めていった。入門こそ快く受け入れる教室だが、篩で落とされる生徒は大勢いた。そして今の時点で門下生は1人だけとなっている。なお、その1人も仮入門状態である。

 その道場は、【篠ノ之道場】という名前があった。

 

 そんな道場の脇に建てられている和式の家の玄関先で、1人の女性がお出迎えを行っていた。

 

「あらあなた、箒、おかえりなさい」

 

 彼女の名前は、篠ノ之 八重。

 ここの家主である篠ノ之 柳韻の妻にして箒の母である女性だ。箒を産んで現在30代前半といったところだが、まだその容貌には若さが保たれている。夫が和風な恰好をしている為か、妻も割烹着をその身に纏っていた。

 

「あぁ、今戻った」

「ただいま、お母さん!」

 

 八重に出迎えられた柳韻、箒はそれぞれ帰還の言葉を彼女に送る。また、彼等が引き取った子猫は柳韻の持つ毛布入りの手提げ籠の中で眠っていた。

 八重も既に事情は把握しており、籠の中の猫の姿を見ると、まぁ、と小さな感嘆を零した。

 

「あらあら、ちっちゃくて可愛いわね」

「それで八重よ、頼んでいた物は……」

「大丈夫、貴方達がこの子を迎えに行ってる間に揃えておいたわ」

「助かる。ところで、束はどうしてる?」

「いつも通りよ。ご飯を食べた後は部屋でずっと機械弄り」

 

 ここで、新たな人物の名前が浮かび出る。

 束とは柳韻と八重の第一子であり、箒の姉に当たる人物だ。この場にいる3人と彼女を合わせての4人が、篠ノ之家の家族構成となる。

 束は非常に癖のある性格をしており、特定の人物以外に対しては非常に辛辣な対応を取る傾向にある。昔は存在すら認識しないという状態だったが、友人の矯正によってある程度は改善されたらしい。そんな友人と自身の妹である箒に対しては、普段の他者への冷たい態度と打って変わってベタ甘と呼べる程に人懐っこい一面を見せる。ただし、両親に対してはどこか余所余所しい接し方である、決して嫌っている様子では無いのだが。

 束の方には子猫を拾ったという話が届いていない。最近の彼女は何やら研究に没頭しているようで、学校が無い日は食事と自室を交互に行き来する生活を送り続けており、話す暇が無かったのだ。

 

「そうか……束にもこの子の事を紹介しておきたかったのだが、夕食の時にした方が良いか」

「あっ、それじゃあ、わたしがお姉ちゃんに教えてくる!」

 

 ピッと挙手して主張する箒の意見を聞いて、両親はそれが良いだろうと納得する。先程も言ったように、束は箒に対して非常に甘い。箒からの言葉なら、最近作業に没頭している束も耳を貸してくれるだろうと。

 

「そうね。それじゃあ箒、お姉ちゃんに教えてあげてくれる?」

「分かった!」

「なら、父さんがついて行こう。籠も左程大きくは無いが、持たせたまま行くのは危ないからな。束に説明も必要だろうし」

 

 箒1人に籠を持たせてそのまま行かせるのは、体格的に事故が起こりかねないという事で部屋まで柳韻が同行する事に。

 そして3人は一緒に家へと入り、柳韻と箒は八重と別れて束の部屋へと辿り着く。外側は和風の家だが、内装は現代的に生活が出来るように近代的で暮らしやすい改装が施されている。彼女の部屋もその対象で、ドアノブ付タイプの扉仕様な部屋となっている。

 

「束、少しだけいいか?」

 

 柳韻が声を掛けるが、中から返事は無い。

 仕方ないので彼はそのまま部屋の扉を開け、中へと入る事にした。

 

 部屋の主、束は入って来た柳韻達と背を向けるような形で机と向かい合い、パソコンに付属しているキーボードを忙しなく動かしている。彼女の周りには設計図らしき物や機械の部品らしき物が乱雑しており、かなり雑多な状況となっている。部屋の造りも全体的にメカニックな改造が施されており、まるでこの部屋だけ別の次元に居る様な感覚を柳韻達は感じさせられる。部屋主曰く、防音や耐衝撃に機能させているのだとか。

 そんな部屋事情はさておき、束が柳韻達に振り向く様子は無い。

 

「束、今少し良いか?」

「……今ちょっと手が離せない」

 

 ぶっきらぼうにそう答える束。作業の手は相変わらず進められたままだ。

 

 仕方ないと嘆息しつつも、そういう返事が来るのを予測していた柳韻は、予定通り箒にバトンタッチする事に。

 任せられた箒は柳韻から子猫入りの籠を預かると、束の方へと近づき彼女に声を掛ける。

 

「ねえお姉ちゃん。きいてほしい事があるんだけど……」

「ほいキタコレ!何かな何かな箒ちゃん!」

 

 箒から声を掛けられた直後、ギュルンと勢い良く身体をターンして箒の方へ振り返る束。柳韻の時とは全く異なる反応だが、一家には最早慣れた光景である。

 箒も箒で特に驚く様子も無く、束に向かって籠の中にいる子猫を見せつける。

 

「ウェイ?何だいこの小っちゃい猫」

「えっとね、今日からわたしたちのかぞくになるの!」

「家族?どゆこと?」

「実はだな……」

 

 箒には説明はまだ難しい為、柳韻が代理で束に事の経緯を話し始める。

 それらを聞き終えた束は、ふむふむと納得したような呟きをした後に籠の中の子猫の顔に自身の指を近づける。

 

「そかそかー、君も大変だったんだねぇ……」

 

 近づけられた指をペロペロと舐める子猫を、束はそのまま穏やかに見守っている。

 束にとって、親しい者以外に棘のある反応をするのはあくまで『人間』の枠に入った者に対してだけである。人間以外の動物に対しては辛辣な反応は起こさない、この様子こそが束にとっての平均的な接し具合なのかもしれない。

 

「で、で、で、大王……じゃなくて。で、名前は?」

「えっ?」

「この子の名前だよー、いつまでも『吾輩は猫である』状態じゃ家族なのに可哀想ジャン!」

 

 束の言う事は尤もである。

 いつまでも名前が無いのは、呼ぶ分にも困るし何よりも疎外感のようなものを与えてしまう。捨てられていた時に名前等の書き置きなども無かったので、決める権利は篠ノ之家にある。

 

 しかし、箒は悩む。

 子猫を育てる事は強く決意していたものの、名前をどうするかまでは視野に入れてなかったのだ。育て方や食事のルールなど、そっち方面ばかりに気を取られていたので急には思いつかない。

 

 そんな箒を助けるべく、束は良い笑顔でちょいちょいと箒を手招きする。手招きをしつつ、片方の手は自身の膝を指している。つまり、此処に座れという事である。

 その指示に従って、箒がちょこんと束の膝の上に座る。『ふふぃっ』と興奮気な声を漏らしながら、束は箒を乗せたまま再びパソコンの方へと向き直る。

 

「名前を決めるとなれば、こういうのを利用しない手はないんだよ~。ねぇねぇ箒ちゃん、その子に名前を付けるとしたら、どんなイメージが良い?」

「いめーじ?」

「こういう子でいて欲しいーとか、こんな風に育ってほしいーとか、そんな箒ちゃんの願いを込めれば、きっとこの子も喜ぶよ」

「ねがい……」

 

 箒はおもむろに、部屋に取り付けられている窓から外を眺める。外は雲一つ無い位の快晴で、太陽も高い位置に昇っている。

 子猫を拾った時は、今とは真逆で雨天だった。雨合羽を着けて父の買い物に付き添っていて、その帰り道に雨風に苦しめられる小さな猫を見つけた。獣医も言っていたが、あと一歩発見が遅れていたら、こうして一緒に居る事は叶わなかっただろう。

 故に箒は願った。あんな鬱屈な雨とは無関係な、この晴れ渡った空と太陽の様な子であって欲しい、そして、晴天の下を気兼ねなく歩いて欲しいと。

 

 その気持ちを、箒は束に伝える。

 

「えっとね……」

「ふんふんふん……それならこんな漢字があるかにゃ」

 

 そう言って束はキーボードをカタカタと手際良く打ち込み、箒の願いに沿った感じを羅列させる。無差別に並べると数が多すぎるので、その辺りは束が名前に使える漢字を選別してくれている。

 

 箒はその中の漢字達を真剣に見続けた後、勘を以て選択した。

 

『照』

 光や日光等が隅々まで差し込む事。日の光そのものを示す事もある。

 『往』

 目的に向かって行く、去る。歩く等という表現の仕方もある。

 

 照と往、2つの言葉を重ね合わせる事によって出来上がった意味は『太陽の下を歩く者』『日の光の様に照らし進む存在』

 その呼び名は……。

 

「『テオ』……決めた!今日からあなたは『テオ』!」

 

 小さな黒猫は、その瞬間を以て名を与えられた。

 この小さな命が、本当の意味で篠ノ之家の家族となった瞬間でもあった。

 

 箒は籠の中にいる子猫――テオの顔を覗き込みながら、笑顔でその名を再び口にする。

 

「今日からよろしくね、テオ!」

 

 

 

―――続く―――

 

 





 現代だと専門用語の解説等が途中で入って文字数が増えるのですが、過去だとその時起きた出来事のみを描写する傾向にあるので短めに……実際、過去編をダラダラやるよりこれ位のボリュームで着々と進めていった方が良いかな?と考えたり。
 それにしても4000字以下だと妙な違和感が……7000文字オーバーが普通になりつつあるせいですねコレ。皆さんは読んでいてどちらが良いでしょうかね?

 束のテオに対する対応が優しい……というのも、『束が極端な対応の仕方してるのって、人間に限った話じゃない?』と思ったため、そういう設定にしつつ描写させて貰ったからです。原作でのサンプルが無いので何とも言えないのですが、ラボ名に『猫』がついてたり、ウサミミ(型の探知機)つけてたりでしたので。
 といっても、やはり現時点では箒、一夏、千冬達ほどの好感度は得られていません。原作(オーバーラップ版)11巻でのセシリアに対する表面の反応位でしょうか。



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普通、猫は人間の言葉を話せませんが……

 テオが篠ノ之家に迎えられてから、早くも3ヶ月が経過した。

 

 あれからテオはすくすくと育っており、手の平サイズだった身体も今では体長40㎝手前。体重も約1kgとそれぞれ平均ラインを辿っており、成長阻害も見当たらず何事も無く育ってきている。

 2ヶ月前には乳歯が生え始めて離乳食へと移り、1か月前では市販のフードも食べる様になった。また、全身の体つきが成長した事によって自力で歩く分にも余裕が出来ており、活動範囲がグッと広くなった。一般的な成長を遂げている事に、篠ノ之家は安心気であった。

 余談だが、歩行を覚えたての頃はよちよちと覚束なかったが、自分の力で懸命に歩く姿は、応援したくなる衝動に駆られたり可愛げで癒しの光景になったりで篠ノ之家にとって印象的な光景になっている。危なげ無く歩ける様になった時には、一家全員がその育ちぶりにほっこりしていた。

 

 そんなある日の事、束が思いついた様に1つの話題を取り上げた。

 

「そーいえばさ、テオくんが喋れた方が色々と都合が良くない?」

 

 夕食に手を付けていた一向は、ピタリと各々の箸を止めて発言者である束に注目する。

 『また何やらぶっ飛んだ事を……』と両親は慣れた様子で彼女の次の言葉を待つ。柳韻は若干の呆れ、八重は興味のある話題が来そうなので割と期待している。箒は束の言葉の真意が読めず、キョトンとしている。

 

「おねえちゃん、どういう事?」

「よくぞ聞いてくれたぜ箒ちゃん!いやね、テオくんも今や歩ける様になってフィールド範囲が広まったんだから、もしフラッと何処かに出掛けちゃったら、箒ちゃんも色々と心配ジャン?」

「うん」

 

 箒は束の言に肯定し、一家の食卓の傍で自身の分の食事を食べているテオに視線を送る。視線に気づいた当人は、食事から目を離して箒の方をジッと見つめ始める。

 

「だから、テオくんが人間の言葉を喋れるようになったら何処へ行くのか事前にしてるから、安心でしょ?ちゃんとそういう躾もすれば大丈夫だし」

「そうなると、一体どうやってテオちゃんを喋らせるのかしら?」

「私に良い考えがある」

「その発言は失敗に終わるぞ……」

 

 結局、サプライズという事で詳しい事は話さぬままその日の夕食は終了した。

 

 

 

――――――――――

 

 2日後。

 

「出来たよー」

「はやい!」

「もう出来たのか!」

 

 皆が集まった居間にて、完成させた物を手に持って皆に見せる束。

 そこにあったのは、装飾が少ない銀色の首輪。鎖が着けられていないので、人間のアクセサリーであるチョーカーの様にも見える。だが、見た所普通の首輪と何ら変わりなく、とても手が加わってあるとは思えない代物だ。

 

「これが、例の翻訳機か?」

「そ。テオくんの首回りに装着させて、肉体との接触によって感情や思考を読み取ってデータとして算出、更にこの子の発する鳴き声の振動と組み合わせてほぼ相違ない翻訳を行う事が出来るんDA」

「こんな小さな首輪で……凄いわね」

「内部にはかなり精密でハイグレードなパーツが組み込んであるから、容量もバッチリ抑えてあるんDA。更に人間の声もキャッチして、その情報を装着者に送る事によって人間の言葉を理解させる事が出来るんDA。君達の中にも、ほんやくコンニャクを知っている者がいるだろう?大体そんな感じ、ギャグマンガ日和ぃ!」

「……誰に対して言っているのだ?」

 

 その視線は明後日の方を向いていた。

 

「まぁそんな事はどうでもいいんだ、重要な事じゃない。さぁ早く【翻訳混濁】をつけてあげてくれぃ」

「うん、分かった。テオ、ちょっとジッとしててね」

「何でよりによってそんな名前を……」

 

 箒の手によって、テオの首に首輪型の翻訳機が巻かれる。元々大人しい性分のテオはこれを抵抗する事無く受け入れ、無事に装着完了となった。

 一家全員の視線がテオの方に向かれる。束の開発が確かならば、これでテオは喋れるようになる。猫が喋る光景など架空の話でしかなかったが故に、その期待は大きく高まっていた。

 

「ねぇテオ、何かしゃべってみて?」

 

 早速、箒がきっかけの言葉を掛ける。ただ待つよりも、話し掛けた方が喋りやすいと思ったからである。

 

 そしてテオは、その口を開いて……。

 

≪いや、急に喋れって言われてもさ……≫

 

 人間の言葉を喋った。機械音声だが、本人がまだ生後3か月で人間で言う変声期を迎えていない為か、その声は女性並に高く設定されている。

 

「キェァァァェェェェァァァァァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」

「何でお前が一番驚いてるんだ……」

「いやぁ、使命感に駆られて」

≪というか何これ?何で人間の言葉喋れてるの?というかいきなり人間の言ってる事が完全に理解出来てるんだけど、何これ?≫

 

 テオが人間の言葉を喋っている事に篠ノ之家も充分驚いているが、何より本人が一番驚いている模様。

 

「ねえお姉ちゃん、どういう事?」

「あぁうん、これまでテオくんは人間の言葉の内容を本能的でしか理解出来てなかったけど、翻訳機の補助機能のお陰で人間のそれと遜色無いレベルに脳の理解力が引き上げられているんだよ。急に人間の言葉を流暢に理解出来るようになったから、驚いてるんだろうね☆」

≪何で他人事なのさ……≫

 

 当人からすればかなり困惑する話だ。実際、テオもジト目で束の事を見つめている。見つめられている側はペコちゃんよろしくなテヘペロをしているが。

 

「あ、それじゃあ今まで人間の言葉が分からなかったテオちゃんは、私達の名前も知らないのかしら?」

≪いや、皆の呼び方でならある程度把握してるよ。ただ、父親だけは本名らしき名前が出てこなかったけど……≫

「あぁ、確かにな。私は柳韻という名だ。覚えておいてくれ」

≪りゅういん……柳韻、ね。分かったよ≫

 

 これで、テオは全員の名前を把握出来た事になる。

 改めてテオは、自分の前にいる篠ノ之家の者達の顔を一瞥する。そして再認識する、この者達が自分を育ててくれていた事に。だがそれは同時に、自分の本当の親の存在を意識させる事に繋がった。

 

≪一応聞きたいんだけど……私の産みの親はいる?≫

 

 テオがそう言った瞬間、場の空気が重くなる。特に箒と柳韻は拾った当事者である為、その時の光景が2人に過る。

 素直に捨てられたと言えば、悲しむかもしれない。ならば今は別の場所にいると誤魔化して、ショックを与えない方が良いだろう。

 

 そう誰かが判断した時、テオの方から先に次の言葉を放った。

 

≪ま、いないならいないで別に構わないけど≫

「……えっ?」

 

 あまりにもアッサリし過ぎた反応に、束を除いた篠ノ之家は驚いた様子で彼を見やる。束だけは、興味深そうに彼の発言を聞こうとしていた。

 

「えっと、テオちゃんはそれでいいの?あまりにも軽いと思うんだけど……」

≪だっていない親に関してどうこう言ってもね。結局、私をここまで育ててくれたのは皆だろう?なら産みの親より育ての親が大切でしょ≫

「た、確かにそういう考え方もあるが……そう割り切るにはまだ若すぎるんじゃないか?」

 

 ちなみに生後3ヶ月の猫は、人間年齢で5歳辺りに相当する。箒と同い年の精神でここまで達観出来るのは、中々に異常な光景に思えるだろう。何よりもまだ人生を3ヶ月しか過ごしていないのにである。

 

 そんなテオのリアクションに驚く両親を余所に、2人の娘はそれぞれ異なる反応を示す。

 

「そっか……ふふふ、私達の方が大事かぁ……」

 

 次女の箒はテオの先程の言葉を噛み締める様に、その表情を綻ばせている。内心では表面以上に喜んでいるに違いない。

 

 そして、長女の束は……。

 

「ふーむふむふむ……成程ねぇ」

 

 箒と同様に顔を綻ばせながら、顎に指を添えてウンウンと頷いている。その表情はどこか満足げで、箒とはまた違った喜び具合を示している。

 

 娘たちがそんな肯定的であり、尚且つ話題の本人が気にしないと言っているのだから、結局彼女たちの意思を汲むしかない。結果、この場に居る全員がそれで納得する事となった。

 

≪という訳で、今後とも宜しく頼むよ≫

 

 こうして、人語を扱えるようになったテオの新しい生活が始まった。

 従来の猫ならば好奇心で頻繁に奔り回って忙しい年頃になるのだが、彼は通例に比べて明らかに大人しい。基本的には歩きで、走る事も少なからずあるが『運動しておいた方が健康に良い』という中年男性染みた思考の下での行動であり、アクティブ精神から来るものではない。

 更に、人間世界の知識への探求心が強かった。翻訳機の力で人語を理解する力が強まった事により、人間の書物を読むようになった。最初は絵本から始めて徐々に難しい本を読んでいく等、基礎を踏まえた上で取り掛かっている辺り本格的だ。ゆくゆくは新聞まで手を付け始め、テレビのニュースも家族と一緒に見る様になった。束や箒が学校や幼稚園に行っている間、家事休憩中の八重と一緒にテレビを見る光景は日常の一角となっていた。

 テオはこの短期間の内に、随分と理知的な成長を遂げる事となった。

 

 そして更に3ヶ月後。つまりテオが拾われて半年が経過した頃、束がテオを持ち上げながら、以下の言葉を口にする。

 

「ちょっと遅くなったけど、テオくんに紹介してあげるね!束さんの大親友……ちーちゃんを!」

 

 それは、テオにとっては家族以外の人間との初めての出会いでもあった。

 

 

 

―――続く―――

 




 4000文字以下を短いと感じる辺り、長文に毒されてますね……。
 産みの親に対してドライな反応なのは仕様です。実際、物心ついた時から一緒にいる育ての親の方に愛着が湧くだろうと思いまして。(その辺のシナリオ書くのが面倒だったなんて言えない……)

 そして次回はちーちゃんこと千冬との邂逅!そして更に、箒に変化が……?


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喋れる猫の周りでは……

連続投稿です!


 友人を紹介する。

 昨日その様な事をテオに言った束は、学校が終わったらその友人を連れてくると告げて学校に向かっていった。話によると、その友人は束が小学校に通っていた時からの付き合いで、高校生の今も交流が続いているとの事。家族以外の他人に無関心な束にとっては稀有な存在だ。

 

 そんな友人を紹介されるまでの間、テオは特にやるべき事も無いので八重に断りを入れてからテレビのニュース番組を観る事にした。テレビではニュースキャスターの青年男性がその内容を語っていた。

 

『次のニュースです。昨夜の午後10時頃、○×市の路上で29歳の男性が窃盗被害に遭う事件が起こりました。警邏中の警察官が現場を目撃し、犯行に及んだ3人の加害者を逮捕しました、また犯人の犯行理由はそれぞれ……』

≪また事件だって。怖いねぇ≫

 

 テオは犯行現場の映像が流れているテレビ画面を見ながら、やや皮肉気にそう独りごちた。犯人は同市の大学生の集まりで、窃盗を行った理由も『遊ぶ金が欲しかった、親に言っても貰えないから、適当に通りかかった奴から奪おうとした』との事だ。

 人間社会は規則と資産に縛られた、非常に生き辛い世界だ。あらゆる決まり事で行動に制限が掛かり、資産、お金が無ければ自分の望む事や物が手に取れなくなる。猫であるテオからしてみれば、人間じゃなくて良かったと思いたくなる世界だ。

 

 ソファに座るテオの隣に、家事を一段落させた八重が腰を下ろした。

 

「最近多いわよねぇ、こういう怖い事件。この近くはあんまりそういう話を聞かないけど、あまり他人事じゃないわよね」

≪戸締りは確りしとかないとね、それと箒ちゃんや束ちゃんも帰りが遅くならない様に言っとかないと。八重殿も買い物の時は最低限注意しときなよ?≫

「えぇ、そうね」

 

 ニュースの報道を見ながら、2人はその様な会話を続ける。

 ちなみにテオの呼び方は当初の頃と変わっており、箒の事は『箒ちゃん』、束の事は『束ちゃん』、八重の事は『八重殿』、柳韻の事は『柳韻殿』とそれぞれ呼んでいる。これはテオの精神的成長によって、育ての親である彼女たちを呼び捨てから敬称を加える事へと変化したのだ。それ以外の言葉遣いがややフランクなのは変わりないが。

 

「そうだっ、それなら私がお買い物に行く時はテオちゃんにボディガードをしてもらいましょうか」

≪猫の私じゃせいぜいカラス位しか追い払えないよ。そういうのは柳韻殿に頼みなよ≫

「だってあの人は剣道教室の事があるから、いつでもついて来てくれる訳じゃ無いもの」

≪剣道教室と言ってもねぇ……門下生が箒ちゃん1人なら暇同然でしょうに≫

「あの人ったら、ネットで門下生を集めるのは軽々しくて気に食わないからって張り紙で募集してるから……それに辞めちゃう子も多かったし」

 

 ちなみに、その張り紙の内容も擬音まみれで中身が全く伝わらないが為に募集の効果を失している。『グィンっ、ときてカシャンっ、と感じてピーヒャラピーヒャラ、パッパパラパ!我が剣道教室にてジュンッジュワァとする心意気を共に高め合おう!』、これが内容の一部である。尚、この擬音説明が娘にもバッチリ受け継がれている事を父は知らない。

 張り紙を張る許可は貰えている辺り信用はあるものの、勿体無い所で棒に振っているのが悔やまれる男である。

 

「まぁ他にも友人の伝手で色々仕事に回る機会も多いから、やっぱりテオちゃんにもついてきてほしいのよ。話し相手がいると私も楽しいし♪」

≪やれやれ……分かってると思うけど、人目に付く所では止めておきなよ?≫

「はーい」

 

 その理由は無論、猫が喋れるという事で周りに騒がれない様にする為だ。もしバレてしまえば商売に利用とする経営者が引き取りに現れたり、翻訳機を要求する研究家が現れる可能性が極めて高いからだ。どちらにとっても束の琴線に触れる行為なので、そういった事態は避けなければならない。

 

≪さて、私は少し散歩にでも行ってくるかな≫

「あ、それなら箒の事迎えに行ってあげてくれる?そろそろ幼稚園から出る時間だし」

≪ああ、良いよ≫

 

 二つ返事で八重のお願い事を了承すると、テオはソファから降りて篠ノ之家を後にするのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 テオが箒の通っている幼稚園に着いた頃、程無くして目的の人物が入り口から姿を現した。

 その人物――箒はテオの姿を認識するや否や、嬉しそうに笑みを浮かべながら彼の元へと駆け寄っていった。

 

「テオ、迎えに来てくれたのだな!」

≪八重殿に頼まれてね。さっ、家に帰るとしようか≫

「うむ!」

 

 心地良く頷いた箒は、テオの足並みに合わせて帰路に付き始めた。

 その片道、周りに人が居ない事を確認しつつ2人は話をしていく。

 

≪今日も帰ったら剣道場に行くの?≫

「ああ。お父さんが家に帰るのは少し後になるそうだが、私だけでも少し練習したくてな」

≪ふっ、中々に頑張るじゃないか≫

「まぁ、そうだな」

 

 テオに褒められた事が嬉しかったのか、箒は照れ臭そうに指で頬を軽く掻く仕草をする。

 

 テオが喋れるようになってからというもの、箒の言葉遣いは大きく変化した。生まれが由緒ある影響か、今迄は年相応よりも1~2年程度発達した口調の箒だったが、ここ最近で10年分位の歳月を経たのかと思う程の変わり様を示してみせた。女の子らしいというよりは、凛々しい女性らしい言葉遣いは未だに幼い彼女とミスマッチしている様にも見える。

 だが、その言葉遣いに相応しい精神も彼女の中で形成されつつあった。一転しての変化ではなく、徐々に難解な言葉を使用して馴染ませていく傾向。彼女の精神年齢は同年代の子達よりも飛び抜けて成長していった。

 

「前から剣道は気になっていたけど……やはり大変だな」

≪けど、箒ちゃんは頑張って柳韻殿の指導についていってるじゃん。十分凄いって八重殿も言ってたけど≫

「そうだろうか……でも、やっぱりまだ心構えとかちゃんと身に付けれてないと思う。もっと勉強しないとな」

 

 実際、箒がこの数か月の間剣道に費やした時間は多い。身体つきがまだ未熟な為、剣道における心構えや諸々の座学を中心とし、時折子供用の竹刀で素振りするといった練習内容。年齢に合わせたメニューという訳だ。身体では無く、頭から先に学んでいる事も箒の精神成長に繋がっているのだろう。

 

「そういえば、今日はお姉ちゃんが友達を連れてくるのだろう?」

≪らしいね。どんな子かすらも言わずに学校に行っちゃったし≫

「まぁ、お姉ちゃんはしょっちゅう忙しないからな……」

≪まぁ、帰ってくるまで箒ちゃんの練習の見学でもしてようかな。私も剣道の勉強してればいい事あるかもしれないし≫

「テオも剣を扱ってみたいのか?」

≪扱えると思う?≫

「……出来ないと思う」

≪私もそう思う≫

 

 じゃあ何で言ったし、とツッコむ第3者はこの場におらず、2人の会話は人の気が増えるまで続くのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 あれから家に帰宅した2人は帰り道での話通り、それぞれ剣道の練習とその見学を行った。

 箒は剣道場周りの走り込みと筋力トレーニングをノルマ分こなした後に、柳韻の所持している剣道関連の書物を休憩がてらに読み込む。一定時間の間読んだら、自身用の竹刀で素振りをこれまたノルマ分行う。

 その間、テオは一緒に出来る事は一緒に行う形で彼女の練習に付き合った。具体的には走り込みと座学の部分である。素振りの間は箒が読んでいた書物とは別の本を手元に置きつつ、箒の姿を見守っている。

 

 そんな風に時間を費やしていると、剣道場に2人の人物が姿を現した。

 

「ハロハロー!箒ちゃんとテオくん、束さんが帰ってきましたぞー!愛してるー、愛されてるー!」

「お前、自宅ではそういうノリなのか……」

 

 嬉々とした表情で剣道場に飛び込んでくる束と、彼女とは違って落ち着いた様子で入ってくる同年代の少女。

 束の後ろをついてきている彼女こそが、束の言っていた友人である。

 

「さぁさぁちーちゃん!我が愛しの家族に挨拶をば!」

「落ち着け馬鹿者……私が織斑 千冬だ。よろしく頼む」

 

 束にちーちゃんと呼ばれた少女――千冬は、箒とテオの前で屈んで目線を揃えつつ挨拶を送る。

 しかし彼女の刃物の様に鋭い目を見た箒が、ビクリと身体を震わせてしまった。大の大人すら萎縮させる程の剣幕がある目は、5歳の少女にとっては中々恐ろしいに違いない。

 

「ちょっとちーちゃーん、箒ちゃんが怖がってるからもうちょっとその目を優しくしたげてぇ!」

「う……す、済まない。ついいつもの目つきで……その、怖がらせてしまって本当に済まなかった。な?」

 

 だが、束に指摘されてから千冬の尖った雰囲気は一気になりを潜めた。先程とは打って変わって、まるで割れ物を扱うかの様に箒を気遣うその姿は、抜身の刀を思わせる先の少女とは思えなかった。

 そんな千冬の変わり様に毒気を抜かれた箒の中には、先程までの恐怖が無くなっていた。見た目は怖いけど、優しい人なのだと幼いながらに理解出来たのだ。見た目は怖いけど。

 

「えっと、大丈夫ですから、そんなに謝らないでください。あ、私は篠ノ之 箒って言います。よ、よろしくお願いします!」

「……束、お前はもっとこの子の礼儀正しさを見習った方が良いぞ」

「酷い!?」

 

 ガビーン!という擬音が出そうな程のショックを受けている束。実際、彼女と箒の現時点での社交性は似ても似つかないレベルだ。将来的に似るかどうかはまだ誰にも予測できないが。

 

「ゴホン……それで、お前が紹介すると言っていたテオという者は」

≪私だよ。あー、漸く喋れた≫

「……まさか本当に人の言葉を話せるとはな」

 

 テオが喋れる事は予め聞かされていたのか、千冬の反応は普通と比べて非常に控えめだった。僅かに目が見開いたので、やはり彼女にとって衝撃的な光景である事に変わりは無かった模様。

 

≪珍しいね、君の性格上、ここまで黙ってたと思っていたのだけど≫

「いやぁ、実を言うとこの瞬間までサプライズで内緒にしようかと思ってたんだけど我慢出来ずに言っちゃったんだよねぇ~、ちーちゃんのびっくらこいた!な顔見たかったんだけど」

「そうかそうか。もし言っていなかったら顔が潰れていただろうから、運が良かったな」

「やん、怖い」

 

 おどけて怖がってみせる束だが、目の前にいる親友はやるといったらやってみせるので本当に潰されるだろうと、内心ヒヤリとしたとは後日の談。

 

≪束ちゃんの友人にしては随分クールだね。もっと似たテンションなのかと思ってた≫

「こいつと同じテンションなど、相乗効果でご近所に迷惑が掛かるだろう」

≪言えてる。そもそも君は騒ぐのが好きじゃなさそうなタイプに見えるし≫

「ほう、よく分かっているじゃないか。そういうお前もどちらかと言えば物静かなクチだろ?」

≪お、分かっちゃう?≫

 

 互いに理知的なのが理由か、至って自然に会話をしている両名。波長は割とあっている様である。

 ふと千冬の方が、剣道場をグルリと一瞥し始める。その瞳はまさに懐かしい物を見る目であった。

 

「それにしても……ここに来るのも久々だな」

「えっ……もしかして剣道をやっていたんですか?」

「あぁ。今はちょっと忙しくて来れてないんだが……私も以前は柳韻先生、君のお父さんに剣道を教わっていたんだ」

「そうだったんだ……じゃあ私の姉弟子、という事になりますか?」

「姉弟子、か……確かにそういう事になるな」

「へいへいちーちゃん受け取れぃ!新しい顔よ!」

 

 先程から姿を見せていなかった束が再び現れたかと思うと、千冬に向かって何かを投げつけて来た。台詞では顔と言っているが、明らかに竹刀である。

 

 千冬は自分に向かってくる竹刀を涼しげにキャッチすると、右と左の手で交互に持ち替えてはフィット感を確かめている。

 

「ふむ……」

「どーだいちーちゃん、久々にウチの竹刀を握ってみた感想は……やべ、今の台詞ちょっとエロくなかった?」

「さて束。お前少し試し切りの相手になれ。というか斬る」

「あるぇ~?何故か分からないけどちーちゃんに怒りのオーラが見えるぞ~細木数子乙」

「安心しろ、今なら峰打ちで勘弁してやる……疾!」

「うおわぁ!?」

 

 束に向かって躊躇い無く斬りかかる千冬だが、襲われた側である束の方はいつの間にか手に持っていた同型の竹刀でその斬撃を防いでみせた。

 

 偶然にもギリギリ防御が間に合ったと素人なら一見するだろうが、箒はどうしてもその様には見えなかった。千冬の踏み込みからの斬撃は明らかに高い腕前が窺える身のこなし方で、そんな速度ある斬撃を後手に回りつつも防ぎ切った束の実力もまた、箒が思っていた以上に高い。

 今日初めて会った女性と、自身の家族である姉の剣の腕前。どちらも知らなかった箒だが、それが今目の前で明らかとなっていた。

 

「にゃあぁぁ!?ちょっとちーちゃんストップスタップステップ、いきなりドゥンドゥン飛ばし過ぎだよー!束さんついていくのがやっとだから!ちーちゃんの剣、速すぎるから!」

「ふっ、そう言いながらどれも確り捌いてみせてるじゃないか。これでも家で時間が空いたら練習していたので大きなブランクは無い筈だが、なっ!」

「ま、中学の頃からえげつない腕前だったし、ねぇ!」

 

 会話を繰り広げながら竹刀を激しく打ち合う2人。

 勇猛果敢に激しい攻勢を敷きに掛かる千冬と、防御を主に置きつつ攻撃の隙を的確に突いていく束。スタイルこそ違う2人だが、一進一退を決め込んでいる互角の展開が剣道場の中心で起こっていた。

 

 そしてそんな光景を、息を呑むのも忘れる程に釘付けにされる箒。

 剣道を学んで間もない彼女にとって、目の前で行われている剣の打ち合いは引き込まれる魅力があった。型こそメチャクチャだが、どちらも自分の腕の様に竹刀を巧みに操ってみせている。未だ満足に剣を振るえていない彼女にとっては目を奪われても仕方が無かった。

 

 そして突然の試合は、激しい鍔迫り合いの後に両者が大きく後ろに引き下げられた事を

区切りとして終結となった。

 

「ふぃ~、死ぬかと思ったぜぃ。本気じゃないとは言え、ちーちゃん途中から割と気合入れてたよね?」

「ふっ、どうだかな。そういうお前こそ、最近は研究ばかりで腕が鈍っていると思ったのだがな」

「だってそこはほら、束さんだし?」

「いや、その理屈はおかしい……まぁいいか」

 

 試合が終わった2人は軽い微笑を浮かべながら互いの健闘を称え合う。本気では無かったと言うだけあって、どちらの身体にも汗の一滴すら見当たらない。

 

 そんな2人の姿を終始見ていた箒は、興奮気味になりながら2人に近づいていった。

 

「す……凄い!お姉ちゃんも千冬さんも、すごく凄かったです!」

「あっははぁ!箒ちゃんに褒められちゃった~、いやぁん束さん照れちゃう~!デュフフフ……」

「クネクネするな気色悪い……ありがとう、そう言ってもらえるとは光栄だ」

 

 身体を捩じらせている束を捨て置き、千冬は再び箒の前で屈んで彼女の頭に手を添える。箒から向けられる尊敬の眼差しはこそばゆいものがあったが、彼女は悪い気はしなかった。寧ろ、嬉しい感情の方が強く現れている。

 

「さて、済まないが私はそろそろ帰らせてもらうよ。迎えに行かなければならない奴がいるのでな。次にまた来た時には、私が君に指導してやろう」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ、約束だ。さっきの様な型破りでは無く、然とした剣道をな。それまでに剣道を頑張って続けるんだぞ」

「はい!」

「ふっ、良い子だ。……束、私は一夏を迎えに行くからもう帰るぞ」

「クーネークネ~、クネクネ~!」

「……ほっとくか」

 

 未だに箒の言葉で悶絶している束を余所に、箒とテオに『じゃあな』と声を掛けた後に千冬は剣道場を後にした。

 

 テオが箒の傍に近付くが、彼女は千冬の出て行った出口をジッと見続けている。憧れの人の姿はもう見えないが、その目は未だ恍惚としていた。

 

「千冬さん、かぁ……カッコ良かったなぁ」

≪おっ、箒ちゃんあの子に憧れちゃった?≫

「勿論!私もいつかはあんな風に振る舞える女性になりたい!」

≪ははは。箒ちゃんが凛々しい女性になる、か。ならこれからも頑張らないとね、色々と≫

「ああ!」

 

 箒にとっては憧れであり、目標とも成り得る人物。テオにとってはそんな飼い主の今後の成長を促してくれる人物、ついでに気が合う。

 初対面となる千冬への評価は、どちらも水準以上という結果となったのであった。

 

 

 

 

 

「……ハッ!?此処は誰?私はどこ?」

≪あ、正気に戻った≫

 

 妹への愛は理性をも凌駕する。

 

 

 

―――続く―――

 




 篠ノ之家に馴染んでいる事を示す為の八重との交流、箒の急成長、そして千冬との邂逅という3段構成。タイトルに悩まされたのは内緒。
 箒の言葉が3ヶ月で急変したのも、作品内で明かされましたが『テオと意思疎通が出来る様になった事で、飼い主として確りしていたいという意識が強まったから』という理由ですね、それと剣道を始めてことによって精神面の勉強が早くに行われた事も。
 まだ少しあどけなさが窺える口調でしたが、今回、千冬という幼少時代の憧れが登場した事によって……。

 そして次回、束さんがメイン回!ついにISの発表に乗り出した彼女は……?


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1人の少女が自分の夢を語りますが……

 

 篠ノ之 束は、天賦の才を持っている。

 

 束がまだ幼かった頃の話だ。

 彼女が幼稚園に通っていた頃、他の園児達が遊んでいるのを余所に彼女は木の棒で地面に数式を書き込んでいた。他の子供達の楽しそうな笑い声、転んで怪我をして泣く声、それらを全く気に留めず、黙々と手を動かし続ける束。

 

 1人の幼稚園の教諭が誰とも遊ぼうとしない束を心配して、皆と一緒に遊ぼうと彼女に催促した事があった。しかしその時、彼女の書いている数式が只の真似書きではなく正しい計算である事に気付いた教員は、そんな彼女を気味悪がり、誘いを止めて園長に報告して保護者への連絡進言するに留まった。

 

 束の保護者である柳韻と八重は、束の幼稚園入園以前から彼女の才能を垣間見ていた為、驚くような事は無かった。園長と教員が困惑している中でも、彼女達は至って平常に振る舞って束の行動に対する感想を述べた。

 

『束がやりたいと願っている事を、私達が阻むような事をしてはならない』

 

 数年後、小学校に通い始めた束はそこでもその才能を発揮していた。学年毎に配られる課題用ドリルを6年生分まで貰ったかと思うと、入学から僅か7日で全ての課題を終了させた。その後の束は大人が読むような難解な本を持参してそれらを読み耽り、教室に居ても授業を聞くそぶりは全く無かった。彼女の授業態度に難色を示した教師が彼女に問題を与えた時も、彼女は難なく答えてみせた。

 交友を全く結ばず、黙々と自分のやりたい事をやっている束に近付く者は誰もいなかった。入学間もない頃に声を掛けた同級生がいたのだが、存在すら無視されてしまった事が学園に広まり、以降彼女に声を掛ける者は現れなかった。

 

 たった1人の例外を除いては。

 

 その例外の人物は、とある教師が授業を全く聞かない束に説教をしていた時に、尚も無視し続ける彼女の頭を引っ叩いたのだ。その行動に教室内の全員が驚愕した。篠ノ之 束に不用意に関わってはならない、学園の生徒内での暗黙の了解となっていたのだが彼女はそれを知った上でかその様な行動に出たのだ。

 

『おいお前。先生の言う事はちゃんと聞け。それから授業中に関係ない本は読むな』

『はぁ?この私に命令?っていうか誰だよお前』

『私は千冬、織斑 千冬。私がクラス委員長である以上、口うるさく言わせてもらうから覚悟しておけよ』

 

 挑戦的に笑う千冬と、殺意すら出しかねない程に彼女を睨みつける束。

 龍虎の相対を思わせる2人の醸す威圧感に、教師含めた他のクラスメイトは只震えるしか無かった。

 

 2人の因果はそこから始まった。

 千冬から注意されたにも関わらず、尚も難しい本を読もうとする束。そんな彼女に対して、千冬は『2度も同じ事を言わせるな』と言いつつ彼女の頭に一発。

 自分より学年が下の子がハンカチを届けてくれたにも関わらずお礼を言おうとしない束。そんな彼女に対して、千冬は『お礼ぐらいちゃんと言え』と言いつつ再び彼女の頭に一発。

 体育の授業で仮病を使ってズル休みしようとする束。そんな彼女に千冬は『強制参加だ』と言ってドッジボールを剛速球で投げ付けて彼女を焚き付ける。その後砲撃の様にボールが飛び交った。

 給食で嫌いな食べ物を残そうとした束。そんな彼女に対して、千冬は『残さず食べろ』と言って彼女の口に食べ物を突っ込ませようとした。束はメチャクチャ抵抗したが、最後には負けた。

 

 そしてやがて、堪忍袋の緒が切れた束。

 彼女は千冬を屋上に呼び出すと、己の思いの丈をぶちまけながら拳を振るった。

 

『お前ウザいんだよ!!もう私に関わるなっ!!』

 

 そんな彼女に対して、千冬は迫り来る拳をガッシリと受け止めながら言った。

 

『断る。確かに今まではクラス委員長として、問題児のお前を正すつもりでいた……だが、ずっと独りで寂しそうにしているお前を見て見ぬフリするつもりはもう無い。これは【クラス委員長】としてではなく……【織斑 千冬】としての意志だっ!!』

 

 その後、2人は学校の屋上で激しい殴り合いを繰り広げた。

 まだ胸の発育すら始まっていない青い女児とは思えない程にキレのある技の応酬。互いに一歩も引かない本気の喧嘩は、夕暮れの学校に鈍い打撃音を延々と響かせ続けた。

 

 喧嘩が終わった時、その場には大の字で寝っ転がっている2人の少女の姿があった。彼女達の身体には幾つもの痣が出来上がっていた。

 しかし、2人の表情は痛々しい傷があるにも関わらず晴やかであった。

 

『……強いじゃん、お前』

『ふっ、お前もな』

『……ねぇ。そっちには何か夢とかある?』

『何を唐突に……まぁ、あるにはあるが』

『へぇ、何?それは』

『まぁ、なんだ……そう言うお前の夢は何だ?言いだしっぺから先に言え』

『私から?まぁ別に良いけど。私の夢はね……あそこ』

 

 スッ、と束の指が暗くなりかかった空を指し示す。

 

『何だ、飛行機のパイロットにでもなるのか?』

『違う違う、そんな小っちゃいもんじゃないって。私が目指すのは……【宇宙】さ』

『宇宙?』

『地球で手に入る知識なんて、それも本を読んだりインターネットを通せば大体解る事。ぶっちゃけ、この天才束ちゃんの頭脳を喜ばせるには刺激が足りないんだよね』

『ふっ、もう地球の全てを知った気でいるのか?ガキの癖に』

『そっちもガキじゃん。言ったでしょ?この地球(ほし)の事は調べれば大体解る、謂わば答え合わせが付属している様なモンだよ。それなら宇宙は?その宇宙の先は?そのまたさらに先は?きっと人類がまだ理解出来ていない事があると思うんだ!』

 

 千冬が横目で束の顔を見た時、彼女は屈託のない笑顔で自分の夢を語っていた。年相応に笑っている彼女の姿を見たのは。千冬も初めてであった。

 

『だから私は、宇宙を目指す!私の知らない事を知る為に!』

『……そうか。良い夢だな』

『へへへ……さ、私はもう喋ったんだから、今度は君の夢を話しなよ』

『お前の様な大層な夢では無いさ……両親から聞いたんだが、もうすぐ私に弟が出来るんだ』

『へぇー、私にも妹が出来るよ、偶然だね!』

『そうだな。私の家族を、友を、これから生まれてくる弟を……この手が届く範囲で守りたい。そしてその為に、強く在りたいんだ』

『……そっか』

 

 束が横目で千冬の顔を見た時、彼女は真剣な面持ちで自身の掌を見つめていた。今しがたの言葉が真である事を感じさせる雰囲気が彼女に漂っているのを、束は感じ取った。

 

『……よぅっし!決めた!』

『何を決めたんだ?』

『私、ちーちゃん(・・・・)と友達になる!』

『……はっ?』

 

 

 

――――――――――

 

「ふぁっ?」

 

 長いようで短かった夢から、束は目覚める。辺りを見回してみると、そこは眠る前に乗っていた新幹線の一座席であった。

 新幹線が向かっている場所は、【日本技研定期発表会】が行われている研究所がある某都市。そこでは日本中の優秀な研究者達が一堂に会し、各々の研究の成果を発表しており、今回束は特別枠としてそこでISの発表をする手筈となっている。

 

「……懐かしい夢見ちゃったなぁ」

 

 頬に手を当てながら感慨に耽る束。そこは昔千冬に殴られて痛い思いをした箇所であるが、数年経った今では既に跡も残っていない。

 

 あの時千冬と友達になろうとしたのは、束本人がそう望み、その望みを叶える為に素直に行動したが故だ。呆気に取られていた千冬であったが、『お前の友達になれる奴など、私しかいないだろう』と言いながら彼女の願いを汲み取ったのだ。そしてその交友は今でも続いている。

 もし千冬と知り合っていなかったら、今の自分はどうなっていただろう?

 束はそう考えるものの、数秒でその思考は止めた。既に千冬と友である以上、考えるだけ無駄だと切り捨てたのだ。

 

「兎にも角にも……漸くここまで来れたんだね」

 

 束は脇に置いていたビジネスバッグの中から、ホッチキスで纏めた冊子の表面を眺める。

 それには束がここまで研究と開発を続けてきた集大成、その題名が書かれていた。

 

【宇宙、更にその先の世界における活動を目的としたパワードスーツ、Infinite Stratos―インフィニット・ストラトス―】

 

 

 

――――――――――

 

「宇宙、ねぇ。やはり大した話では無かったな」

 

 しかし、若干14歳が語った理想は、大人達からしてみれば興味の無い話だった。

 参加者の内の誰かがつまらなさ気にそう吐き捨てた途端、周りの者達もそれに同調するかのようにざわめき始める。

 

 発表を終えた束は、そんな周りの反応に噛み付こうとするも寸での所で踏み止まって発言者の壮年男性を睨みつける。

 

「……どういう意味、ですか」

「言葉通りの意味だよ篠ノ之ちゃん。只でさえ機体の開発に莫大な費用が掛かるというのに、宇宙に行く目的が『未知への探求』だ等と……ハッキリ言って旨味が無さすぎるんだよ」

「それの何が悪いんだ……ですか!今後宇宙の構造をより鮮明に解き明かせれば、各学会的に有益な情報が――」

「あるとは限らない、だろう?それに真の有益とは情報ではない、コレだよ」

 

 そう発言した研究者は、指で輪っかを作っていやらしい笑みを浮かべる。つまり、金になる事、である。

 確かに金銭の重要性は束も理解しているつもりだった。ISを造る為の金額もポンと出せる程安くは無いし、金銭が無ければ造る段階にさえ至れない。だが、こうも臆面も無く金銭への欲を晒されるのは、良い気分ではなかった。

 

「第一、宇宙進出なんてスペースシャトルが既に完成形として確立されているんだ。今更パワードスーツなど作った所で意味無いだろう。何の為の宇宙服だと思ってるんだ?」

「だから宇宙服なんかとは違って、ISには宇宙空間で快適に活動出来るためのPICや――」

「もういい、時間は有限なんだ。君の発表にばかり時間を割いていちゃ会の意味が無くなってしまう。次の発表者が控えているのだから、君は下がっていなさい」

「くっ……!」

 

 どんなに言ったところで手応えが無し、のれんに腕押しとはまさに今の状況であった。

 確かに束の発表には至らない点が幾つかある。性能面を追求した事によりコスト面の配慮が疎かになっている事と、先程も研究者から言われたように開発に見合った利益が少なすぎる事。

 特に後者に関しては非常に手痛い問題だ。宇宙資源の獲得という大義名分も、スペースシャトルという存在がある以上大した魅力として聞こえない。シャトルの射出自体も莫大な費用が掛かるのだが、それを差し押さえて尚開発したい程かと言われたら……。

 

 費用、利益の少なさ、そして用途の幅狭さ。

 そして何より、中学生という身での発表で完全に嘗められてしまっているのが下人として大きかった。

 

 完全に勢いを挫かれた束は、悔しげに唸るものの、この場は大人しく引き下がるしか無かった。

 

「ゴホン……では次は繰井 幻道さん、発表をお願いします」

「分かりました」

 

 20歳後半程度の外見に片側の前髪を長くしている、繰井と呼ばれた白衣の男性は席を立ち、発表席の方へと歩いていく。

 途中、自分の席に戻る途中の束の傍で誰にも聞こえない音量で鼻笑いをした後、彼は壇上へと立った。

 

「皆さんどうもお疲れ様です。若輩の身ではありますが、この度発表の機会を頂けた事、大変嬉しく感じております」

 

 繰井は一礼の後に爽やかな笑顔を浮かべて感謝の意を述べる。彼の礼儀正しい物腰に好印象を受けた他の研究者達は満足げにその言葉を受け取っていた。

 その頃に、束は自分の席へと座る。彼女は溜め息を吐きながら自身の用意していたISの発表資料を再読し始める。繰井のプレゼンに意識を向ける気配は全くない

 

「さて、挨拶は此処までにして……私が今回発表する研究内容は、奇しくも先程の篠ノ之さんの発表と似通った内容となっております」

「ほう……」

「しかし、使用目的は別物です。私が考案する外骨格補助機動装甲、【Extended Operation Seeker】、略して【EOS(イオス)】の活動目的は災害時における救助活動や平和維持活動……」

 

 スクリーンには武骨なデザインのパワードスーツが映し出される。

 

「私はこのEOSを国際連合に向けて提案する方針を将来的に予定しています。昨今は災害被害も問題になっている為、新たな救助システムは相手方も決して無視出来ない内容といえましょう」

「ふむ……」

「そして私がこの開発品の最たる着目点としているのは……この点です」

 

 スクリーンに映し出されている画面の中から、差棒を用いて一点を示す繰井。

 彼が示した言葉に、束以外の全員が注目する。そしてその内容は会議全体に戦慄を走らせるものであった。

 

 『武装追加による武力強化としての利用』

 

 そこにはそう記されていた。

 

「EOSを秘密裏に軍事開発する為には、まず国連に提案する際に『武力目的に使用しない』という建前を用意する必要があります。あくまで『平和の為』に使うと宣伝する事によってイメージは定着し、今後各国でEOSを研究する時に表沙汰で開発出来る物は限定されるでしょう。精々救助用の非攻性ツールや機動パーツ等に絞られます」

「しかし、それは我々も同じ条件を被る事に変わりは無いだろう?我々だけ特例が認められるなど有り得ない」

「ええ。確かに走る条件は統一されますね。ですが、スタートラインの時点で引き離していたら……どうなります?」

 

 繰井の言葉を聞いた一同は、合点が入って一斉に顔を綻ばせた。

 つまり、EOSの開発こそある程度まで進めておくものの、国連に提出する内容は初期段階と理想型に絞る事によって、予め日本に有利な状況を作っておくのだ。開始位置さえずらしてしまえば、開発スピードに差があろうとも暫くアドバンテージは維持し続けられるだろう。情報提供を交渉のダシに使えば、美味しい利も得る可能性も高まる。

 

「納得してくださって何よりです。私としては他国に遅れを取らないよう、皆様のお力もお貸し頂き一丸となって事に当たらせていただきたいのですが……」

「国連とのパイプ、日本の戦力強化……成程、少々博打要素も含むが成功すれば我々の地位も確立されるな」

 

 将来のビジョンを構想する科学者達の顔色は誰もが明るい。束の提案した宇宙進出よりも、自身の地位向上の方に興味が湧いたようだ。

 

 彼らの反応に繰井は気を良くする。自身の発表が好評だったとなれば、この先の研究も良い方向に話が進んでくれるとも確信していた。

 ふと彼は、束がどのような反応をしているか気になり、そちらに目をやった。同じパワードスーツという題材でありながら、その評価は雲泥の差。きっと高評価を受けた自身の研究に嫉妬し、悔しがっているだろうと期待した。

 

 だが、そんな彼の予想は打ち砕かれた。

 

 束は自身の作品であるISの資料を見返している最中で、繰井が用意して各員に配布した資料には全く手を付けていなかった。まるで繰井の事など眼中に無いかのように、彼女は自分の事に没頭していた。

 強がりや負け惜しみ等ではない。繰井の発表に、存在に、本気で興味を示していないのだ

 

 勝負に勝った筈なのに、敗北感を叩き付けられる感覚を受けた繰井 幻道。

 そしてその瞬間、篠ノ之 束という少女に決して少なくない憎悪を向け始めていくのであった。

 

 

―――続く―――

 




 今回はテオでは無く、束さんメインの過去回でした。しかも途中から知らないオッサンが喋りまくってるし、まるで別作品のような事に……。
 あ、途中から出しゃばってる繰井って奴は今作品のオリキャラです。一体将来はなに国機業に身を置くんだ……?


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少女は夢を叶える為に頑張りますが……

過去編では定番になりつつある連続投稿です。(30分の空きがあるけど)
いや、定番になると2作投稿しなければならないというプレッシャーががが。


 発表会を終え、自分の住む町に帰ってきた束。既に日は傾きかけており、茜の空が暗い色に染まり掛けている。

 

 結局、あの場で束の開発したISが注目される事は無かった。やはり彼女の年齢では子供の妄想と打ち切られてしまうのがオチだったようだ。彼女の発表を聞いていた大人の研究者たちは、誰もが彼女の事を馬鹿にしているかのような視線を送っていた。

 

 しかし、束もそうなる可能性は想定していた。自分が嘗められる事も、ISが認められない事も。だがそれでも、発表会は毎年行われるようなイベントではない。次にこの機を逃したら、次は数年以上先の話になるのだ。数パーセントにも満たない可能性だとしても、束は折角の機会を賭けてみたかったのだ。

 

「……まっ、ご覧の有様だったけどね」

 

 分かっていたとはいえ、やはり理解されない事は悔しいものだ。おどけて独り言を呟いてみせたものの、やはり心は晴れなかった。

 一思いに泣けたらスッキリするかもしれないが、生憎この場は住宅街。今は人こそ近くに歩いていないものの、家に居る者達に泣き声を披露する趣味は束には無い。

 そんな事を考えていると……。

 

≪おっ、帰ってきた帰ってきた≫

 

 前から現れたのは、黒い一匹の猫――テオであった。篠ノ之家に迎えられてからもうすぐ1年が経とうとしており、その身体は殆ど成熟しきっている。

 

 まさかこのような所で会うとは思わず、束は少々呆けた顔でテオを見つめていた。

 

「テオくん……どうしてこんな所に?」

≪いやね、束ちゃんがどこぞの発表会に行くって言ったものの帰りが少し遅かったから、様子を見に来たのさ。入れ違いにならなくて良かったわ、ホント≫

「そうなんだー……ありがとね」

≪どういたしまして、ってね≫

 

 テオはそう言うと束の身体をよじ登り、彼女の肩に身体を預けた。肩、もしくは頭が束の身体に乗っかる時の指定席である。

 

≪で、結果はどうだった?≫

「……」

≪ふむ、あまり良い感じでは無かったみたいだね≫

 

 束の表情を除き込み、大体の予測を付けたテオ。彼はまだ人間社会に関しての知識は浅いが、束の暗い顔からその程度の推察を行う事が出来た。

 

≪ところで束ちゃん、何の発明をしてたんだい?≫

「あり?テオくんに教えた事無かったっけ?」

≪君、有名になった時のお楽しみって言ってずっと秘密にしてたじゃん。何か人間が着込むような物だっていうのは前に横目で見た時に分かったけど≫

「にゃはは、そういえばそんな事言ってたっけ?じゃあはい、これが宇宙で活躍する為のパワードスーツ、ISだよ」

 

 そう言って束は作った書類の一部をテオに見える様に晒す。字ばかりの項目だと解り辛い為、彼に見せたのは外装プロットと各部の簡易解説が描かれたページだった。

 

 翻訳機の機能のお陰で読む力も身に付けたテオは、それらをザッと流し読みしていく。

 

≪宇宙、か。想像した事も無かったけど、どんな世界なの?≫

「ん~、教えてあげたいのは山々なんだけど、束さんもまだまだ分かんない事が一杯なんだよねぇ。その為にも、このISで宇宙を隈なく駆け巡るんだ!」

≪ほほう。それは随分と面白そうだね≫

「でしょでしょ!やっぱりテオくんもそこらの有象無象なんかとは違うね!束さんの夢を分かってくれるんだもの!」

 

 テオの答えが嬉しかった束は、子供の様にはしゃぎながら彼に笑みを向けてくる。

 

 そんな束の笑顔を向けられたテオは、フッと軽く微笑した。

 

≪漸くいつもの束ちゃんらしくなったじゃん≫

「ふぇ?」

≪さっきまで表情に陰りがあったんだけど、宇宙の話をした所から心の底で笑えてた感じがしてさ。やっぱり束ちゃんは暗い顔してるよりも、いつもみたいに笑ってた方が似合ってるし、何より可愛いよ≫

「…………」

 

 テオの言葉を聞いて、初めの内はポカンとした表情になる束。しかし数秒後には林檎の様に顔を真っ赤に赤らめながら、ワタワタと慌てふためき出した。

 

「か、かわっ!?可愛いって……私がっ!?」

≪いや、猫の私から見ても束ちゃんは可愛いと思うよ。これは将来も美人になるだろうね、きっと≫

「び、美人っ!?あ、うぅ……も、もうっ!テオくんってばいきなりタラシみたいな事言い出すんだから、束さんドキッとしちゃったじゃん!」

≪ははは、ゴメンゴメン。ついね≫

「んもぅ……」

 

 そう言いながらテオから顔を逸らす束。彼の顔を見る事への恥じらいがあるが故の行動だが、その赤い頬は未だに熱っぽかった。

 

≪けどまぁ、束ちゃんの頑張りを見届ける為にも、私も出来る限り長生きしないといけないな≫

「……えっ?」

≪猫の寿命は、人間と比べてずっと短い。何事も無ければ後10数年は大丈夫だろうけど、それ以降は私も生きていられるかどうか……≫

「あっ……」

 

 束はそこで気付かされた。

 室内飼いされている猫の平均寿命は年々上がっており、現在は約16歳と言われている。ちなみに野生の猫は2~3年とグッと短い。どちらにせよ、人間の寿命平均は80歳代であり比較しても大きく差がある。

 束のISが世間に認められるのも、開発の進行具合も、本格的に宇宙進出を果たせるのも未だ時期が不明だ。10数年で理想に辿り着くには、相応の世間注目度と投資が必要となってくる。

 ハッキリ言って、テオが存命している間にそれらを叶わせるのは非常に見込みの薄い話だ。

 

 束は改めて、テオの方を見る。

 その瞬間、彼女は幻視した。テオの身体が徐々に霞の様に消えていく姿を。

 

「っ!!やだっ!!」

≪うおっ?≫

 

 悲痛な声を上げながら肩にいたテオを突然手に取ると、束は自分の胸に抱き寄せた。離れていくものを失わせない、しがみつく様に必死にテオの身体を抱き締める。

 

 抱き締められているテオはいきなりの出来事に戸惑いつつも、束を落ち着かせようと何か言葉を掛けようとする。そんな時に、彼女の身体が震えている事に気付いた。雰囲気も相まって、今の彼女はさながら怖いものに怯えている幼な子の様であった。

 掛ける言葉に注意しつつ、テオは抱かれるがままに彼女に言葉を投げ掛ける。

 

≪大丈夫だよ束ちゃん、私はちゃんと此処にいる≫

「だってぇ……テオくんがいなくなるって考えたらぁ……!」

≪大丈夫、大丈夫≫

 

 未だ戸惑っている束に優しく語りかけるテオ。

 

 近しい存在の死に対する意識。それが束が怯えている理由だ。

 これまで束が特に親しみを持っていた者は親友の千冬と妹の箒の2名、どちらも人間だ。同い年の千冬ですらまだ14歳で人間女性の平均寿命の1/5すら満たせていない段階なのに寿命の心配をする必要はまず無い。

 だが、猫であるテオの残りの寿命はそうはいかない。10年こそまだ先の話のようにも聞こえるが、束の夢の事を考えればあっという間の時間だ。先の事が見えたからこそ、彼女は失う恐怖を感じてしまったのである。

 

≪なら束ちゃん、私と1つ約束をしないかい?≫

「ぐすっ……約束……?」

≪あぁ。私が生きている間に君が開発した、ISだったっけ?それを世間に認めさせて宇宙に行って、宇宙の事を私に教えてくれる。どうだい?≫

「でも、でもっ……ホントに間に合うかどうかも」

≪それくらいの気持ちで挑もうって事。それに、束ちゃんは『天才』なんだから、きっと成し遂げてくれるって信じてるし≫

 

 普通ならばその言葉すらも重圧に感じてしまう者もいるだろう。

 しかし束は全く重みに感じる事は無かった。天才ならば成し遂げなければならないという気持ちもゼロでは無いが、何よりそこまでして信じてくれるというのであれば……。

 

「ぐす……簡単に言ってくれちゃって……けど」

 

 期待に応えてあげたい。その気持ちの方が遥かに強く浮かんで来たのだ。

 だから束は、テオの約束を受け入れる覚悟を決める事が出来た。

 

「しょーがないっ!この天才束さんが、その約束事を守ってあげようじゃないか!」

≪おっ、そこまで言い切ってくれるとは頼もしいじゃないか≫

「へへ~ん、バッチリ期待してくれてて良いんだからね、テオたん(・・・・)!」

≪あぁ、楽しみにさせてもらうとする……テオたん?≫

 

 危うくスルーしてしまう所を、テオが気付いて疑問を投げかける。

 

 束はニコニコと笑いながらテオを胸から肩へと戻すと、再び歩き始めた。

 

「テオたんはテオたんだよ~、テオたんに対する束さんの好感度はどんどんアップしているのだ!だから、愛を込めてたん付けにしたの!」

≪ほほう、束ちゃんの愛とは私も幸せ者という事か≫

「ふふ~ん、そうでしょそうでしょ~♪……ちょ、ちょっと大胆な事言っちゃったかなぁ……?」

≪ん?何か言った?≫

「な、何でもないよっ!?」

≪そう?≫

 

 それからは2人は、楽しげに会話をしながら我が家を目指すのであった。

 余談だが、帰り道は人の通りがなるべく少ない道をさりげなく選んでいたのは、束だけの秘密であった。

 

 

 

――――――――――

 

 それからあっという間に1ヶ月が過ぎた。

 

 あれから束はISの研究の地盤固めに努めるべく、細部のチェックや機体コストの削減等に目を向けるようになった。注目は集められなかったとはいえ発表こそしたものの、まだまだ粗は探せば沢山見つかるものだ。次の発表は数年後なので、それまでに更に出来の良い物が発表出来るようにする為に、開発にも気合が入っていた。

 ISを完璧にさせる為、世界に認めさせてそれらを宇宙に羽ばたかせる為、宇宙と宇宙の先にある次元を知る為。

 そして束にとって新しく出来た大切な存在に、宇宙の事を教えてあげる為に。

 

 そしてとある夜。

 束の研究内容を知る3名が、柳韻の敷地内に造られた秘密のIS用研究所にてその顔を揃えていた。束、千冬、テオの3名だ。

 

「さてさて束さんのラブコールに応えて下さった皆さん、今日はお集まり頂いて誠に――」

「茶番をする暇があるなら帰るぞ」

「わー待ってまってマッテ、マッテローヨ!ちゃんと本題に入るから慈悲の無い帰宅は勘弁してちょ~!」

 

 さっさと帰ろうとする千冬を、束は泣きながらしがみ付いて必死に止めてみせた。

 

「まったく、用件があるならさっさと言え」

≪まぁまぁ千冬お嬢ちゃん。それで束ちゃん、今日のこの夜に呼び出してどうしたの?≫

「ウォッホン、実は見せたい物が2つありましてね……」

「見せたい物?」

 

 千冬の確かめるような問いかけに、束は笑顔で頷く。

 

「そう!先ずは一つ目なんだけど……実はテオたん専用のISが出来上がりましたぁ!」

≪私専用のIS?≫

「イエス!アーマーの組み立ての時に出来た端材なんだけど、それを組み合わせてテオたんだけに身に付けられるISを造ってみせたのだぁ!あ、コアも専用に分離させてまっす!」

≪私専用か……心が躍るね≫

 

 テオは実に楽しそうにそう言ってみせた。テオからしてみれば、自身専用のISを造ってくれたなど、予想外のサプライズに他ならないからだ。

 そんなテオの反応は、束にとっても満足のものであった。

 

「ふふーん、早速装着させてあげたいんだけど、その前にもう1つの方も紹介しておかないとね。といっても、端材でテオたんのISが出来てる時点で予想は出来ると思うけど」

「……!まさか束、ISの実物が……」

「ふふふーん」

 

 察しのついた千冬のその言葉に、笑顔で返答する束。

 

 そう、これまでは図面上でしか形を成していなかったISが、とうとう現物として出来上がったというのだ。以前よりアーマーの組み立て自体は進められており、発表の時点で半分程度仕上がっていた物を彼女は完成にまで持ち込んでみせたのだ。

 ISの完成を聞かされた千冬は、その知らせに舌を巻いた。開発に携わっていないものの、完成は当分先だと踏んでいたからだ。

 千冬とテオの視界の端には大きな布を被せられた『何か』があった。十中八九、それが完成したISなのだろう。

 

「さぁ!記念すべきIS第1号、その名も――」

 

 名前が告げられようとした瞬間、事態は急変した。

 

 ビーッ!ビーッ!とけたたましく鳴り響き出した警告音。発生源は奥のデスクに置いてあるデスクパソコンからで、画面にはCaution!の文字が埋め尽くされている。

 

 突然の警報に何事かと驚く一行だったが、束がいち早く動揺から復帰すると、パソコンに駆け寄って高速でタイピングを行う。テオと千冬も、そんな彼女に続く様に後ろからパソコンの画面を覗き込む。

 

 やがてキーボードを打つ指を止めた束。だが、愕然とした表情のまま画面に釘付けになっている。

 

「おい束、一体何が起こってるんだ!?」

「……2人とも、落ち着いて聞いて」

 

 これまでの明るい声色とは違い、いつになく真剣な雰囲気。

 こういった時の束を千冬もテオも知っている。彼女がこのような状態の時は『本気で伝えたい事がある時』『本気で危険な事態にある時』に限る。

 

「今から約30分後……私達のいる日本にミサイルの雨が降り注ぐ」

「……はっ?」

≪どういう事だい?≫

「時間が無い、簡潔に説明するよ」

 

 再びキーボードを素早く打ち込みながら、束は2人に現状を説明した。

 

 まず先程の警告音が発生したのは、この研究所もしくは束の大切な人達に大きな危険が迫っている場合に発生する仕様だったからだ。

 その原因となっているのが、束が先程言ったようにミサイルが迫っている事。理由は不明だが、突然世界中の軍事基地のコンピュータが一斉に誤作動を起こし、2,341発以上のミサイルが射出準備を開始。3分後には一斉射撃が行われる事が判明した。

 一瞬で世界中のコンピュータにハッキングするなど、普通ならば不可能だ。そうなるとこれは『予め仕込まれていた』と考えるのが妥当だろう。

 

 約1分でそれらの情報を集めた束は、自らもハッキングを行い始める。

 

「束!ミサイルを止める事は出来んのか!?」

「今やってるっ!ハッキングで止めさえすれば……ああくそっ!めんどくさいロックだけじゃない、回線まで緩くしやがった!」

 

 荒々しい言葉を散らしながら、束はタイピングのスピードを速めていく。中学生が行えるような速度ではないレベルでキーボードを叩いていくその様は、まさに鬼気迫るという表現が相応しい。

 だが、そんな彼女の健闘を嘲笑うかのように、時間は刻一刻と迫っていく。既にミサイル発射まで1分を切っていた。

 

 そしてその瞬間、束は突然身体の動きをピタリと止めた。

 

「……束?」

「……はは、はは……もう間に合わないよ、これ」

≪束ちゃん!?≫

 

 力を失い、その場から崩れ落ちる束。その表情は絶望に満ちていた。

 テオと千冬がへたり込んだ彼女の傍に寄り添うも、彼女の顔色は青いままだ。

 

「しっかりしろ束!まだ発射までの時間はある筈だろう!?諦めるのか!!」

「……3分24秒……頭が回り過ぎるとね、あとどれ位時間が必要になるのかも大体解っちゃうんだよ、ちーちゃん。絶対に間に合わないって事が、分かっちゃうんだよ」

≪束ちゃん……≫

 

 千冬にもテオにも、束以上にコンピュータを扱える技術は無い。この場においてミサイルをハッキングで止める事が出来るのは束以外に存在しない。その束が止められないと言っている以上、ハッキングで止める事は不可能と言う事だ。

 そう、ハッキングという手段でなら。

 

 千冬はミサイル発射まで30秒を切ったところで、僅かな時間だが逡巡する。

 その鋭い瞳は、大きな布を被せられている『あの存在』を捉えていた。そこから千冬は、己の中の覚悟を固めた。

 

「……束、お前の力を貸してくれ」

「ちー……ちゃん?」

≪千冬お嬢ちゃん、まさか……≫

 

 俯いていた束は千冬の視線の向く先を見ていなかった為まだ要領を得ていないが、テオはその光景を見ていたので彼女の意図に察しが付いていた。

 

 そして千冬は、決意を込めて言葉を放った。

 彼女のその信念は、ミサイルによって焦土と化す日本の未来を変える道標となる。

 

「私が、ミサイルを全て撃ち落とす」

 

 

 

―――続く―――

 




 という訳で、原作との最大の相違点『【白騎士事件】の首謀者が束さんじゃない』という回でした。一体どこの繰井 幻道の仕業なんだ……?
 そしてシレッとテオと束さんの間でラブコメの波動が……『くん』から『たん』付けにしているのが2人の行く末の答えです。


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世界を守る為に、騎士は剣を取り……





「ちーちゃん……それ、本気で言ってるの?」

「ああ、私は本気だ」

 

 ISに乗り、ミサイル全てを撃ち落とす。

 千冬のその言葉を聞いた瞬間、束は真っ先に反対した。完成したばかりのISは試運転すら満足に行えておらず、理論こそは整えているものの実戦データが不十分。初搭乗のぶっつけ本番で2,000発以上のミサイルを捌いてみせるなど、正気の沙汰とは思えない言動だ。

 そして何よりも、そんな事をすれば千冬自身が危険すぎる。稼働時間ゼロで挑めば何らかの事故が起こる可能性も非常に高い。

 

「分かってるの!?そんな無茶な真似をしたら、ちーちゃんが一番危険な目に遭うんだよっ!」

「分かっている。どうせこのままでは指を加えてミサイルの爆撃を受け入れるしかない。ならば一縷の望みに賭けた方がマシというものだ」

「全然分かってない!!そんな危ない事するくらいなら、ここに避難させればいい!君の家族も、私の家族も!」

「間に合う訳が無いだろう。それに、私達の家族だけ助かっても、一夏や箒の友達が死んでしまえばあいつらは悲しむぞ。そんな事になれば、あいつらは自分達に非が無くても一生罪の意識を背負うぞ。自分達だけ助かった、とな」

「っ……!」

 

 束は言い返そうとするも、言葉が突っ掛って出て来なかった。

 束自身は箒の友達に然したる興味は無い。だが、その箒が悲しむとあればそれを押し切って自分達だけ避難するという事を彼女は言えなかった。

 

 その瞬間、再びパソコンから警告音が発せられる。

 ついに、世界中のミサイルが日本に向けて一斉に発射されたのだ。

 

 千冬、束、テオの3名は改めて現実を突きつけられる。もう、選択の余地は残されていないのだと。

 

「く……お前がどう反対しようと、私は行くぞ!ただ待つよりは、動いていた方がずっと良い!」

「…………あぁぁぁぁっもう!!ちーちゃんの超っ、超頑固者ぉ!!」

 

 

 今の心情を吐き捨てるように束は叫びながら再び立ち上がり、パソコンの前に仁王立つ。

 そして近くの2台目のパソコンを強引に手繰り寄せると、2台のパソコンを同時に操作し始めた。

 

「ちーちゃん、乗ってっ!」

「言われずともっ!」

 

 束の言葉を待たず、千冬はISに被せられていた布を思いっきり外す。

 露わになったのは、純白の装甲を持つ機体。無垢な白はお披露目の瞬間を待っていたかのように白く輝いていた。

 

「武装はっ!刀はあるか!?」

「護身用に近接ブレードが一本だけ!でも最終調整がまだ!」

「装着の間に済ませろ!2分以内だ!」

「束さんを嘗めないでよ……1分で済ませる!」

「ふん……なら私も1分で装着し終える!」

 

 そこからの2人の動作は、テオも思わず言葉を忘れる程にスマートかつスピーディだった。

 束はパソコン2台を前にしながら、巧みにそれらを同時操作して尋常ではないスピードで武装及び機体の最終調整を整えていく。天才のスペックをフルに稼働させた動きであった。

 一方の千冬も相当だった。初めての搭乗であるにも関わらず、まるで長年扱って来たかのように流麗な動きで身体に機体を装着させていく。後から聞く話によると、全て勘で着けていったのだとか。

 

 そして宣言通り、2人は約1分で準備を整えてみせた。

 もう2人は人間を辞めてるんじゃないか、とは傍らで見ていたテオの談だ。

 

「ハッチオープン、チェック。機体エネルギー100%、チェック。近接ブレードデータ更新、チェック。各部スラスター状態グリーン、チェック。ハイパーセンサー感度正常、チェック……」

 

 上部のハッチが開く間に、全ての項目を急いで確認する束。万が一の事故を防ぐ為に限られた僅かな時間を惜しみなく使っていくその姿勢に、先程まで千冬の出撃を反対していた姿は無い。

 既に賽は投げられた、ならば彼女がやらなければならない事は、千冬の為に舞台を整える事だけだ。

 

「ちーちゃんっ!」

「ああ……行ってくる!!」

 

 そして千冬は、上部ハッチから飛び出していった。彼女が跳び上がった衝撃により、研究所内の資料が風で紙吹雪の様に舞い上がった。

 

 風が収まった所で、彼女が飛び去っていったハッチ口から露わになった夜空を見上げるテオと束。既に千冬の姿はそこから見えなくなっていた。

 

≪……行っちゃったね≫

「うん……」

 

 テオは束の方に視線を向ける。

 上を向いている彼女の表情には幾つもの思いが複雑に混じり合っていた。呆れ、申し訳無さ、心配、喜び、怒り。それらが消えては浮かんで表情に現れて、とても正確には言い表せなかった。

 そんな彼女の気持ちを可能な限り汲みつつ、テオはその身体を動かした。

 

≪さて束ちゃん、私のISはどこにある?≫

「テオたん……?でもあれは、まだちーちゃんの機体みたいに動けるように設計されてないんだよ?」

≪それでもいいさ。少しでも機能が使えるのなら、千冬お嬢ちゃんの手助けになる方法があるんじゃないかな?≫

「テオたん……そう、だね。まだ私達には、出来る事があるもんね……!」

 

 テオの言葉に気付かされ、束は徐々に活気を取り戻していく。千冬を危険な場所に送った事に色々と思う事はある。だが彼の言う通り、自分達にはまだ出来る事がある。束はそれだけで動く価値を見出せたのだ。

 よしっと自らに気合を入れ直した束は、テオ用に開発したISを倉庫から引っ張り出すと、プラグで機器と繋げて再度パソコンの前へ。

 

「宇宙空間での活動に備えて、ISにはコア・ネットワークを経由しての通信機能が搭載されてる。テオたんはミサイルの位置を衛星の画面から捕捉して、ちーちゃんに位置情報を送ってあげて」

≪了解……と言いたいんだけど、勝手がイマイチ分からないんだよね≫

「大丈夫、私がアシストを入れておくからテオたんは情報の整理と送信をしてくれればいいよ」

≪ふむ、それ位なら≫

「んで、私はそれをしながら……こっちの詰めをやる」

 

 そう言いながら束がテオに見せびらかした資料。

 そのタイトル名は『自己防衛用、大型荷電粒子砲の設計図』とあった。

 

「流石に剣一本で挑むのは、無謀すぎるしね」

 

 

 

――――――――――

 

 その日、世界を震撼させる事件が起こった。

 

 事件内容は、日本に向けてのミサイル襲撃。世界中の軍事基地のコンピュータが何者かのハッキングを受け、攻撃目標を日本に定めての一斉射撃が行われたのだ。ミサイルの総数は2,341発以上。まともに日本全土が砲撃に晒されれば焦土となる事は目に見えていた。

 各国のプログラマーが一斉に解除を試みたものの、複雑なロックに加えて回線自体を不調にさせるという2段構えの妨害行為によって、誰もミサイルの発射を止める事が出来なかった。

 ミサイル発射後、日本全域に発せられた避難勧告。20分強の間に周辺地下施設に避難し、ミサイルの被害から逃れるようにとの通達が走った。そしてその報せを受けた日本全国民がパニックに陥るのは、至極当然の事であった。

 急いで避難を行う者、突然すぎて茫然としたままの者、逃げても無駄だと諦める者。混沌を極める日本だが、ミサイルは着々と迫っていた。

 

 誰もが日本の未来が潰えたと思ったその時、奇跡の一迅が空を駆けた。

 出処不明の空中カメラが捉えたのは、純白の機械鎧を身に纏った謎の人物だった。バイザーで顔は見えなかったが、身体のラインや胸の膨らみから女性である事はテレビ中継で大半の視聴者が理解できた。

 

 その女性は手に持っている1本の近接ブレードを構えると、なんと空中のミサイルを次々と『斬り裂いて』撃墜してみせたのだ。音速レベルの飛行で空を駆け廻り、刀1本で次々と迫り来るミサイルを斬り捨てるその姿は、最早無茶苦茶と言う他無かった。

 

 そして半数ものミサイルを撃墜して見せた後、女性は驚くべき行動をとった。

 なんと何も無い所から大型荷電粒子砲を『召喚』し、遠くのミサイルに向けて射撃したのだ。閃光はミサイルを易々と貫通し、纏めて吹き飛ばしてみせた。

 大質量の物質である大型銃を粒子から構成する力、近代兵器では未だ実現不可能だった光学兵器。SFの概念を知る者やその道の科学者達は、有り得ないと言ってテレビ越しでその光景に驚愕した。

 圧倒的な格闘能力、G負荷をものともしない高速機動力、超遠方にある物体を手に取る様に把握する力、粒子召喚、光学兵器。現存する兵器を凌駕するその力は、見る者の度肝を抜いてみせた。

 

 そして、ミサイル発射から約9分後。ISを纏った女性1人の活躍によって、全てのミサイルが鎮圧された。

 人々が絶望に陥る中、ヒーロー物の主人公のように颯爽と現れて脅威を退け、人々を救ったその姿は、まさに英雄と呼ぶに相応しかった。

 

 それからの各国の対応は早かった。

 国際条約を無視して現地へ偵察機を飛ばした。その女性とISを分析、捕獲、或いは撃滅する為に派遣されたそれらは、容赦なく攻撃を行った。無慈悲な攻撃に、モニター越えの者達は悲痛な声を上げる。

 しかし、ISのシールドバリアーによってそれら全てが機体に届く事は無かった。攻撃、防御、速度。殆どの性能を兼ね揃えているという更なる事実が世界中に付きつけられた瞬間でもあった。

 

 女性はそのまま急直下で海に飛び込み、激しい水飛沫を上げた後に姿を消した。実際は水面にブレードを叩き付けて海に潜ったかのような演出を行い、水しぶきの中でステルス能力を発揮して掻き消す様に姿を隠してみせたのだ。

 レーダーにも反応が出ず、追跡は不可能。後に残されたのは、茫然と佇む各国偵察機の群れだけであった。

 

 世界を震撼させた一大事件。

 それを救出劇のように華麗に戦って収めてみせた女性と、彼女の身に纏う純白の鎧から、人々は今回の事件をこのように名付けた。

 

『白騎士事件』……と。

 

 

 

――――――――――

 

 そして場所は変わり、とある研究所。

 

 世界に一斉配信された、白騎士による大舞台。

 白騎士では無く、本来あるべき舞台の準備を整えていた1人の科学者は事件の一部始終を見てワナワナと身体を震わせていた。

 

「……何だ、これは」

 

 科学者は訳が分からなかった。

 半月掛けて密かに行ったハッキング作業。軍事基地のミサイルを日本に向けて一斉掃射させるために隠密に隠密を重ねて徹底させた一大作戦。

 自身の研究成果を世界へ向けて大々的にお披露目する為に用意してきた全てが、あの白騎士によって水泡に帰してしまったのだ。

 

 頭の整理が済んだ途端、男の怒りは頂点に達し爆発した。

 

「ふぅざぁけるなぁぁっ!!」

 

 映像が入っているパソコンを投げ捨て机上の資料を滅茶苦茶に掻き荒らす科学者。怒り狂うままに机を蹴飛ばし、辺り一面を乱雑させていく。

 

「何故あんなガラクタが俺様の発明より目立っているっ!いいやそれよりも、なんだあの力はっ!?この俺様を馬鹿にしやがってぇ!!」

 

 本来、この男――繰井 幻道が描いていたシナリオは全く別の物だった。

 自らが開発し、先月の発表から1ヶ月を経て更に開発を進めた【EOS】。その力を使ってミサイルを撃墜するのがこの男の目的だった。

 

 だが、目的はミサイルを全て落とす事では無かった。寧ろ現段階のEOSの機動力、武装では日本全土に向かってくるミサイル全てを撃墜させるのは無理があるのだ。

 

「俺様の研究所と、最寄りの空港……そこだけを守って後は適当に撃ち落として、最大被害を抑えた発明として外の国の連中に注目され、俺様は海外に渡ってより整った環境で研究に打ち込める……その計画をオジャンにしやがって!!」

 

 守るべき場所だけ守り、後はそれっぽく防衛する演出をした後は海外へ高飛びし、自分の研究を売り込む。そしてミサイル被害に遭った日本の救助活動の為に、EOSの開発が急進され、より豊かな研究成果を生み出せる。

 それがこの男の描いていた理想のシナリオだったのだ。あわよくば日本の邪魔な研究者をミサイルで亡き者にし、自分の敵を減らすという私利私欲の思惑も交えていた。

 

 だが、彼の予定は完全に崩れ去った。

 束の開発したISの絶大な力によって。

 

「……許さん、絶対に許さんぞあのメスガキ……!」

 

 繰井は記憶の片隅に残されていた、束の顔を思い浮かべる。自分の発表に全く興味を示していなかったあのすまし顔が彼の脳裏に蘇る度に、腸が煮えくり返るような感情が湧き上がる。

 

「今に見ていろ篠ノ之 束ぇ……!お前を必ず地上に引き摺り下ろしてやる……!今の内に精々己の成果に溺れているがいいさ、ぶわぁははははぁ!!」

 

 嫉妬と憤怒に満ちた男の笑い声が、荒れ果てた研究室に響き渡る。

 

 望まぬ形で世界の注目を集めた少女と、望んでいた世界への注目が形とならなかった男。ISと、EOS。

 2人の科学者と彼等の造り出した物は、世界に大きな波紋を齎すのであった。

 

 

 

―――続く―――



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千冬が弟を連れてきて……

 白騎士事件の後の世界の動きは、酷く慌ただしかった。

 

 束の発表を聞いていた科学者達の発言により、白騎士事件の時に姿を現したのがISである事が判明。搭乗者までは明かされなかったが、ISの存在は世界中に報道された。

 ISの詳細に関しては、開発者である束が直々に説明。目映いフラッシュとカメラの群れを前に、彼女は余す事無くその性能を解説していった。

 ISコア、カスタムウイング、ハイパーセンサー、絶対防御、PIC等……ISの基本性能1つ1つが明らかとなる度に、会見の場にどよめきが広がった。現存兵器を超越する科学力が、高校生にすらなっていない1人の少女の手によって造られたというのだから、その衝撃は尚更だった。

 

 案の定、世界各国の代表達がテレビ電話越しに要求してきたのは、ISの開発方法。

 現存する兵器を圧倒するISの力は、どの国家にとっても喉から手が出る程に欲しい代物であり、彼女の国籍である日本がISを独占するというのはパワーバランス的に考えても不味かった。

 

 日本もISコアを他国に手渡すのを渋った。だがこの場で抗おうものなら、例えISを持っていたとしても稼働できるのは1機のみ。全世界という数の暴力に抗うには無謀な選択だ。故に日本は仕方なく、非常に仕方なく束にその辺りの情報開示を命令し、他国にISの開発方法を分配した。

 ISコアに関しては束しか製造方法を知らず、『過剰製造をして国家戦力バランスが崩壊する恐れがある』として、ISコアは束個人が管理し、武装が完了次第複数国家の監視の下、渡される仕組みとなった。結果、世界はISを開発する為の手段を手に入れたのであった。

 

 ISが各国で開発されていく中、国連は今後のIS数と動向を監視する為に【国際IS委員会】を設置。それに基づいてISの運用方法を規則として定める【IS運用協定】、通称アラスカ条約を定め、日本に対して先述の通りIS関係の技術、開発に関する情報開示とその共有を要求した。

 

 そして、ISの産みの親である束はというと……。

 

「という訳でテオたん、そんな私を慰めて~!」

≪おお、よしよし良い子だ≫

「何が、というわけなんだろうか……」

 

 現在、テオを抱き締めて日々の疲れを癒している模様。

 

 あれから月日は経ち、束は中学3年生、箒は小学1年生、テオは約2歳となった。

 

 日曜日の今日は研究所への駆り出しやマスコミ応対等が無く、束も家で自由に寛ぐ事が出来ている。最近の束は学生生活の一部を削って研究関連の仕事を行う機会も増え、以前よりも予算に余裕のある開発環境を恵まれるようになった。

 これらが宇宙進出の為の開発であれば、彼女も手放しに喜べていたのだが。

 

「はぁ~あ、やっぱりテオたんを抱いてると癒される~。あ゛ぁ~」

「女の人が出しちゃいけない声出してるからお姉ちゃん!……そう言えば、テオの呼び方が変わってる?」

≪まぁ、色々あってね≫

「なんなら箒ちゃんもテオたんって呼んであげたら?テオたんも喜ぶよ~」

「えっ!?いや、それは……ちょっと恥ずかしいというか……」

 

 普段呼び捨てで呼んでいる分、急に可愛げのある呼び方をするのは生真面目な箒には少し難しい話だったようだ。

 ちなみにその後、自室にてコッソリたん付けで呼んでみる練習をしたものの、照れ臭くなって断念したのは本人のみぞ知る真実である。

 

≪そう言えば、今日は千冬お嬢ちゃんが来るんじゃなかったっけ?≫

「千冬さん?千冬さんが来てくれるのか!?」

「ふふふ、そうだよ~」

 

 千冬の名を聞いた途端、嬉しそうに顔を綻ばせる箒。

 彼女にとって千冬はすっかり憧れの人という印象になっているようで、彼女の訪問を心待ちにしていたらしい。過日に千冬が見せた剣技は剣道の型とは大きく異なっていたが、その後約束通り箒の剣道を指導しに来てくれた時には見事な剣道の技を目の前で披露してみせ、尊敬の念を増々強く抱くようになったのだ。

 

 彼女達が一緒に剣道を行っている姿は、互いに性格が似ている事もあってか姉妹のようにも見えた。

 尤も、実の姉妹の長女はその事に対して嫉妬心を滾らせて……。

 

「あれ、そうすると私とちーちゃんは義姉妹…………うん、良いカモ」

 

 は、いなかったようだ。寧ろ歓迎ムードだ。

 

「それで、千冬さんはいつ来るの?姉さん」

「あ、もう約束の時間だからそろそろ来ると思うよ~。ちーちゃんだけじゃなくて、いっくんも」

「いっくん?」

≪誰それ≫

 

 聞き馴染みの無い名称に、箒とテオは揃って首を傾げる。

 

「あっ、そう言えばまだちゃんと会った事も無かったし、話してすらいなかったっけ!束さんってばうっかりさん☆では、話をしよう。あれは今から36万……いや、1万4千年前だったか」

≪何の話?≫

 

 おふざけの入った冒頭だったが、その後は普通に説明が入った。

 

 いっくんとは千冬の弟である織斑 一夏という少年の事で、通っている幼稚園は違うが箒と同い年である事。

 両親は共働きで忙しく、幼稚園の通園や迎えは姉である千冬が請け負っている事。

 千冬は一夏の事を大切に想っており、一夏の事になると冷静さを欠くブラコンの類いである事。

 ブラコン呼ばわりが千冬に知られると束がぶっ殺されてしまうので、黙っていてほしい事。

 

 以上が、束からの説明であった。

 

「てな感じかなー。折角の同い年なんだし、箒ちゃんもいっくんと仲良くしたげてね!あわよくば将来ヴァージンロードを一緒に歩くような関係に……むふふ」

「あの、お姉ちゃん……」

「おん?何だい箒ちゃん、束さんの背中に何かついてる?背後霊?」

≪背後霊だったらどんなに平和だった事か……≫

「え、何それ何それ。まさか……スタンド!?ついに束さんにもスタンドが目覚めた!?」

 

 そして束が後ろを振り返った瞬間……。

 

「よう」

「あっ……」

「私をブラコン呼ばわりとはいい度胸じゃないか……なぁ?束」

 

 スタンドと思いきや、怒りのオーラをスタンドの様に噴出している親友の姿がそこにあった。

 

 そんな怒れる千冬に対して、束が選んだ言葉は……。

 

「……スタープラチナかな?」

 

 この後、ボコボコにされた。

 

 

 

――――――――――

 

「さて、来て早々騒がしくしてしまって済まないな」

「いえ、大丈夫ですけど……お姉ちゃん大丈夫ですか?」

「心配要らん。加減はしたし、あいつならすぐに復活する」

 

 居間の隅でヤムチャの様に転がされている束を放置し、話は進められていく事に。

 

≪それで、隣の少年が君の弟なのかい?≫

「うおっ!猫がしゃべった!なぁなぁ千冬姉、今この猫しゃべったよな!?」

「騒ぐな馬鹿者」

 

 ゴツン、と拳骨を受ける千冬の弟―― 一夏。手加減こそされたものの、十分に痛かったようで殴られた個所を擦っている。

 

「うおぉいてぇ……いきなりぶつ事ないだろ千冬姉!」

「お前の行儀が悪いからだ。ほら、さっさと自分で自己紹介しろ」

「分かってるよ、ったく……えっと、おれは一夏だ。よろしくな」

 

 未だ頭に手を添えつつ、ぶっきらぼうに挨拶を交わす一夏。

 

 そんな一夏の頭を強めにワシワシと撫でつつ、千冬は申し訳なさそうに口を開く。

 

「済まないな2人とも。まだガキな分、礼儀が身についてないんだ。気を悪くさせてしまったかもしれないが、悪い奴じゃないんだ」

「いえ、私は大丈夫です。千冬さんが気に病む事はありません」

「そう言ってもらえると助かる……お前の礼儀さは束だけでなくこいつにも見習わせるべきだな」

「そんな、買い被りすぎですよ」

 

 歳は一回り離れているが、隔たりを感じない風に雑談を交わす箒と千冬。

 

 そんな2人の事を、一夏は面白くなさそうに千冬の隣で見ていた。

 

≪妬いてる?≫

「やい……何だよそれ」

≪千冬お嬢ちゃんと楽しそうに話してる箒ちゃんが羨ましいかって事≫

「ばっ……ちげーし!そんなんじゃねーし!」

≪はっはっは、照れない照れない≫

「このお喋り猫……!」

 

 違うという割には一夏の動揺が激しい辺り、どうやら図星の様だ。

 

 勿論、そんな2人の話の内容は近くにいる女性陣にも聞こえており……。

 

「ほう……」

「な、何笑ってるんだよ千冬姉」

「いや、何でも?まぁ世間話もいいが、そろそろ本題の方に移るとしよう」

 

 一しきり一夏の反応を見終えて満足した千冬が、話を切り替えだした。

 

「実は一夏をこの道場に入門させてほしくてな」

「入門、ですか?」

「ああ。こいつも小学校に通い出して習い事も出来そうな歳になったのでな。私も教えてやれる分、剣道をやらせてみようと思ってな」

「別におれ、剣道やりたいわけじゃねーんだけど……」

「と、彼は言っていますが……」

 

 剣道に対してあまり乗り気では無い一夏。

 

 しかし千冬はそんな彼を焚き付ける為に、わざと挑発的な言葉を選ぶ。

 

「そうか、ひよっこなお前に少しでも心身を鍛える場を勧めてやったのだが、必要ないか」

「……ひよっこ?」

「あぁ。ひよっこもひよっこ、いや殻すら破れていない卵の方が正しいか?お前よりも目の前にいる箒の方がずっと大人だし、強いぞ」

「千冬姉……俺が女よりも弱いって言うのか?」

「違うのか?」

「……いいぜ、そこまで言うならおれの方が強いって事教えてやる!おいお前!俺と勝負しろ!」

 

 姉弟の間で話はトントン拍子に進んでいき、結果的に妙なベクトルでやる気を見せている一夏はそこにあった。

 そんな事になってしまっては試合をするしかなく、一夏はいつの間にか復活していた束の案内で道具庫へ試合用の竹刀と防具を取りに行った。

 

 一夏が居なくなり、テオと箒と千冬だけになった剣道場。

 

 テオも箒も一連の流れに違和感を覚えており、ここぞとばかりに千冬に問うた。

 

≪で、どういう事なんだい千冬お嬢ちゃん≫

「何がだ?」

「貴方の弟をあそこまで露骨に嗾けた事です。何故わざわざ彼を挑発するような真似を?」

 

 剣道をする事に関して、一夏は明らかに意欲が欠けていた。今回もあくまで千冬に付き合わされたような形のように見えた。

 そこからあのワザとらしい挑発。言ってしまえば、一夏に剣道をやらせる必要性はない筈だ。あのやり取りには少々強引な印象も傍目から感じられた。

 

「……いずれ話すさ。今言える事は1つ、迷惑を掛けてしまうが、これから一夏がお前達の世話になる機会が増えるかもしれない」

 

 それから千冬は新たな真実を口にする事はなかった。

 

 テオも箒も、それ以上彼女を追及する事が出来なかった。

 

 

 

――――――――――

 

 一夏も準備を整えて剣道場に戻ってきた。箒も彼が千冬から竹刀の振り方等の基本動作を学んでいる内に防具を着け終え、両者の備えは万端となる。

 

 3人のギャラリーを横に、一夏と箒の試合が始まる。

 

「言っとくけど、女だからって手加減しねーぞ!」

「やれやれ……その自信はどこから湧いてくるのだ」

 

 血気盛んな一夏とは対照的に、そんな彼に呆れた感情を向ける箒。

 

 そんな彼女の反応が気に入らなかったのか、一夏は竹刀を握る拳に更なる力を込める。

 

 開始の礼を済ませ、千冬による開始の合図によって試合が始まった。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 先手必勝の理に順じ、箒に向かって突撃を仕掛ける一夏。

 しかし、上段に構えた彼の竹刀が振り下ろされる事は無かった。

 

「一本!」

 

 パシィン!と小気味良い竹の音が剣道場全体に響く。

 

 頭に感じた衝撃と、振り返った先にいた箒が竹刀を振り下ろしている姿を見た一夏だが頭の理解が追いついていなかった。

 困惑する一夏に対し、声が掛かる。

 

「何を呆けている。お前の負けだぞ一夏」

「い、一体何が……?」

「分からなかったのか?箒が一気にお前との距離を詰めて、擦り抜き際に面打ち。お前は竹刀を振る前に負けたんだ」

「……も、もう一回だ!もう一回勝負しろお前!今度は負けねえ!」

 

 しかし、決着の仕方に納得がいかなかった一夏は再戦を要求する。

 

 千冬とのアイコンタクトもあって彼の再戦を受け入れた箒は、仕方ないとばかりに竹刀を構え直した。

 

 その後、何度も竹刀を交わし続ける2人。というと少々語弊が生じる。

 実際の所、一夏の竹刀が箒のとぶつかり合う頻度は殆ど無かった。負けては突っ込みガムシャラに剣を奮う一夏と、一撃必倒を信条にあくまで冷静に対処し続ける箒。2人の経験の差もあって、繰り返される試合はどれも箒のワンサイドで決着がついていった。

 

 そんな負け続きの中でも、一夏の闘志は未だ燃え続けていた。その根強さは最早称賛に値するだろう。

 

「くそ……も、もう一度だ……!」

「そろそろ諦めたらどうだ?根性があるのは嫌いじゃないが、無謀と履き違えているのはハッキリ言って嫌いだ」

「うるさい!お前こそコソコソ避けてから攻撃するなんてズルいだろ!もっとせーせーどーどーと正面から勝負しろ!」

「はぁ……どうやらお前は剣道の意味を理解出来ていないようだな。座学もしていないのでは当然とも言えるが」

 

 そこでついに、2人の竹刀が激しくぶつかり合う。いなされ続けた一夏の一撃が、漸く箒の竹刀に届いたのだ。

 尤も届いたのではなく、届かせてやった、のだが。

 

「問おう。お前は剣道を学ぶ事で自分がどうなると思う?」

「何だよ急に……そんなの、強くなるに決まってんじゃん。剣の腕前が上がるなら当然だろ」

「外れだ」

 

 キッパリとそう言うと、箒は身体のバネを駆使して一夏の竹刀を簡単に弾き飛ばした。

 

 竹刀ごと弾かれた一夏は転倒しそうになるも、踏ん張って堪える。

 

「剣道の真髄とは、竹刀に己の信念を乗せて相手と真剣に向き合い、互いの魂を洗練させる事。つまり己の心を鍛える事に繋がる」

「しんねん?とかせんれん?とか……そんな難しい事言われても訳分かんねーよ!」

「理解出来ないのであれば……お前にはまだ竹刀を持つ資格すらない!」

 

 体勢を立て直し終えた一夏に、箒は怒涛の剣撃を浴びせる。

 一撃一撃が真っ直ぐに放たれており、一夏も深読みする事なく防ぐ事が出来る刀の軌道。しかしどれも重く、彼の体勢を再び崩すに容易い勢いがあった。

 

 そして防御が崩れたところで、箒は最後の一撃を一夏の頭頂部に炸裂。面打ち一本。

 

「く、そぉ……」

 

 体力の限界に至った一夏は膝を突き、そのまま道場の床に仰向けで倒れ込んでしまった。

 ここまで気力で続けていたらしく、息切れも激しかった。

 

 一方の箒は、軽く汗を流している程度で一夏程の疲労は溜まっていなかった。

 

 そんな箒の状態を見て、ますます一夏は対抗心が燃え上がる。

 

「つ、次は絶対……負けねー……!」

「私に挑む気概があるならこころと腕を磨け、このバカ者が」

「だ、誰がバカだ……!」

 

 剣道に対する姿勢があまりにも雑すぎる一夏を快く思わない箒。

 箒の余裕ぶった態度が気に食わない一夏。

 

 少年少女の第1印象は、雲行きの怪しいスタートとなるのであった。

 

 なお、側で見ていた2人の長女はその光景を見て……。

 

「ま、その内仲良くなるだろ」

「いっそ束さんとちーちゃんの時みたいに、殴り愛をすれば即解決だよ☆」

『子供の時に何やってんさ君達』

 

 お気楽な感覚で見ていた模様。

 

 

 

―――続く―――

 




 過去編の一夏初登場です。結構生意気な感じになってますが、少年時代の一夏って結構荒っぽいし6歳の男児ならこれくらいかなーと思いつつ。
 過去編も既に折り返し地点を超えてました。あと6~7話くらいの予定です。暫く出ていないキャラも沢山いて物足りない方もいらっしゃると思いますが、もしよろしければもう少しだけ過去編にお付き合いください。(お気に入り数をチラ見しながら)



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2人は仲が悪かったのですが……

 織斑 一夏が篠ノ之家に紹介されてから早くも1年が経過した。

 

 篠ノ之家の食卓にて……。

 

「一夏くん、おかわり盛るけど良いわよね?答えは聞かないけど!」

「何の為に聞いたんですか……ってちょ、めっちゃ盛ってるじゃないですか!盛り過ぎ盛り過ぎ!」

「大丈夫大丈夫、食べ盛りの男の子だしこれ位は余裕よ!はい、クライマックス盛り!」

「2杯目なんだけど……」

 

 一夏に手渡された茶碗には、ご飯が山の様に盛られていた。

 

 一夏が篠ノ之家と知り合ってから、時々こうして一緒に夕食をとる機会が出て来た。実はこれにはちょっとした事情が含まれている。

 

 急な話だが、織斑家の両親が急に居なくなってしまったのだ。

 一夏の両親は共働きで、仕事の関係で海外出張に出て家を空ける機会が多かった。一夏が生まれてから数年は国内に留まっていたのだが、2年前から再び出張するようになった。だが、半年前に決まった海外出張から両親は未だに帰って来ておらず、本人達や仕事先からの連絡も無い。

 

 長女である千冬は出張前に両親が残した貯蓄をやり繰りして家計を支える為に、高校生の身でアルバイトを始めるようになり、家に帰るのが遅くなる事が増えた。そうなるとまだ小学生の一夏1人で夕食を済ませてもらう必要があるという事態になり、幼い身で出来る事では無かった。

 

 『迷惑を掛けて申し訳ないが、自分がどうしても弟の面倒を見れなかった時、代わりに彼の面倒を見てあげて欲しい』

 

 そんな千冬の頼みを受け、篠ノ之家の夫妻はこれを了承。突然の事態ではあったが、円滑に話は進んでいった。

 そう言った経緯があり、一夏はこうして篠ノ之家の食卓に顔を交える事があるようになったのだ。千冬の気遣いもあって週に一度あるか無いかのペースだったが、この場にいる誰もがこの面子での食事に慣れてしまっている。

 

 ふと、食事中は静かにしている柳韻が一夏に話題を振って来た。

 

「そういえば一夏君、最近は剣道の腕前も上がってきているな」

「本当ですか!?」

 

 柳韻からの褒め言葉に、一夏は席を立ちそうな勢いで座席から身を乗り出す。最初こそ剣道に対して乗り気でなかった一夏だったが、打倒・箒を目指して懸命に練習した事によって着々とその実力を高めてきている。

 

 しかし、打倒の相手である箒はそんな一夏に冷ややかな視線を送りながら口を開く。

 

「調子に乗るんじゃない。確かに型こそ形になってきてはいるが、それでも心構えは相変わらずだし、そもそも私から白星を取れていないではないか。お前などまだまだだ」

「うっせ!次は絶対に勝ってみせるからな!」

「『絶対に勝つ』宣言、これで328回目だな」

「一々数えんな!」

 

 両者の口論は勢い劣る事無く繰り広げられていく。

 実際、一夏に実力はついてきている。それは確かだ。だが箒自身の腕前も上がっている為、2人の差が縮まったかと問われると非常に答え辛い所がある。何せここ最近の試合でも、胴薙ぎ一本で勝負が決まっていた。勿論、勝者は箒である。

 

 柳韻も八重もこの光景はすっかり見慣れたもので、また始まったかと子供達2人を呆れた様子で見ている。箒の親としては彼女が友達付き合いが広くない事を知っている為、敵対的とはいえ気負い無く接する相手がいるというのは嬉しい事なのだが。

 

≪まぁまぁ二人とも、落ち着きなさいって≫

 

 喧嘩する2人を窘めに入ったのは、箒の横で食事をしていたテオであった。今年で3歳、人間年齢に換算すると約30歳になる彼は既に雰囲気や発言に年長者らしき雰囲気を漂わせている。

 

≪口で言っても解決しない以上、2人の言い争いはちゃんと剣道で白黒ハッキリつければいいじゃないか。そっちの方が話は簡単だろう?≫

「まぁ、確かにな。よし、じゃあ明日の練習の時にもう一回勝負だ!」

「やれやれ……テオ、あまりこいつを刺激させるな。私が疲れるんだぞ」

≪良いじゃないか。どうせ門下生は未だに2人だけなんだし、黙々と素振りだけさせるのも退屈だろう?≫

「やめてくれテオ、その言葉は私に効く。やめてくれ」

 

 傍らにいた柳韻がテオの言葉に反応して嘆く。例の擬音まみれの張り紙は相変わらず効果を発揮していない模様。

 

「とにかく、だ!今度こそ俺が勝ってみせるから、余裕ぶっこいてられるのも今の内だぜ!」

「言う事は一人前なのだがな……これであの千冬さんの弟なのが信じられん」

「千冬姉は関係ないだろ!それよりも、次は絶対に負けないからな、覚悟しておけよ!」

「329回目の宣言、ご苦労な事だ」

 

 そう言い合いをしながら、食事を行っていく一夏と箒。険悪とまではいかないが片や対抗心、片や関心が薄いといった具合で平和的に仲が進展する気配は一向に見受けられない。

 

 果たして、この2人が仲良くなれる日はいつ来るのだろうか?

 門下生が集まらない事に未だ落ち込んでいる柳韻以外の保護者枠、八重とテオはどうなるかといった様子で2人の事を見守っていた。

 

 

 

――――――――――

 

 そして、2人の転機となる出来事が起こる。

 

 とある日の放課後、一夏は1人で教室の掃除を行っていた。本来ならば掃除は数人で行う者なのだが、他の者はサボって帰ってしまったのだ。一夏は別に気にすることなく、誰かがやらないといけないのであれば自分がやるだけだと割り切り、せっせと清掃を行っている。

 

「(あぁ~くそ、どうやったら勝てるんだ?あいつに)」

 

 現在その頭の中には、箒を倒す為の思いが詰まっている。未だに箒から一本も取れていない為、日に日にその思いは強くなっている。

 

 そんな一夏を傍らに、クラスの男子3人が箒を囲ってからかっていた。

 

「おーい男女、今日は愛しの木刀は持ってないのかよー?」

「竹刀だ」

「市内?この街のどっかに隠したの?宝探しなの?ドゥハハ!男女が武器装備してないとかイミフー!」

「しゃべり方も変ザウルス、同じクラスになってからずっと思っていたノーネ!笑いを堪えるのに必死ドン!」

「てめーのが百万倍ヘンテコじゃねーか。っていうか掃除の邪魔だからさっさと帰るか手伝えよ」

 

 意味の無い嫌がらせとツッコミ待ちとしか思えない台詞に我慢ならなかった一夏は、そのグループに首を突っ込んだ。

 

 一方のいじめっ子3人は、そんな一夏がまるで箒の味方をしているように感じて面白そうな物を見る顔で彼の方に視線をやる。

 

「オイオイオイオイオイオイ織斑ぁ、お前、こいつの味方かよ!」

「アイアイアイアイアイアイウェヒヒ、お前こいつの事好きなんだろ!」

「オイオイうるせーし、アイアイお猿さんかよ。掃除の邪魔だから消えろって言ってんだろ」

 

 しかしそんな一夏の言葉も、3人の耳には大して通じなかった。3人の頭の中では既に一夏と箒のカップリングが出来上がっており、否定の言葉をしても考えを改めようとしないのだ。

 

「っていうか、お前何で真面目に掃除なんかしてんだよ、ダッサー」

「真面目のどこがダサいというのだ?お前等の様な輩が醜いと言うのだろう」

 

 ここまで口を堅く閉ざしていた箒が、1人の男子の言葉に反応して強く食い付いて来た。彼女も真面目な性格である為、それを馬鹿にされたのが腹立たしく思ったのだ。それに、キチンと掃除をする一夏に対して正当な評価を与えていた。

 

 尤も、3人の男子にはその価値観は理解出来ないのだが。

 

「な、なんだよ急にキレやがって……あっ、そういえばお前、前に黒い猫と一緒に帰ってるの見たぞ!」

「……それが何だと言うのだ?」

「俺知ってるぜ。黒猫って不幸とか持ってくるヤツなんだろ?疫病神・・・と一緒にいるこいつも同類なんじゃ――」

 

 その瞬間、箒はその男子の胸ぐらを強引に掴んで発言を止めさせた。その表情は鬼でも宿ったかのような怒りに満ちている。

 

「私の家族をもう一度馬鹿にしてみろ……その時は本気で叩き潰すぞ」

 

 ここまでの反応をされるとは思っておらず、掴まれている男子も他の2人も困惑した様子で彼女の事を見ている。

 一夏も少し驚かされたものの、自身も姉の事を大切に想っている事から彼女の気持ちを理解し、納得した。姉の事を厄病されたのならば、自分は既に相手を殴っている頃だろうとも思っていた。

 

「な、何だよそんなムキになって……そんな物騒な事言うお前がリボンなんか着けてるとか、マジで笑えるんだあべし!?」

 

 胸ぐらを掴まれていた男子の頬に、鋭い拳が突き刺さる。

 彼を殴ったのは箒ではない。これまで側にいた一夏であった。

 

「笑う?何も面白い事なんかねぇだろうが。ちゃんと似合ってただろうが、あぁ?」

 

 パンッ、と掌で拳を鳴らしながら一夏は怒気混じりの口調で殴った男子に詰め寄った。

 

 それからは一夏の独壇場だった。

 剣道だけではなく、千冬から護身用として体術を習っていた一夏はまともな喧嘩が出来ない男子3名をそれぞれ一撃でノックアウトにし、鎮圧させた。数の不利などお構いなしに圧勝して見せたが、騒ぎを聞きつけた教師によってその後は色々と面倒な事になったのだが、この場では割愛。

 

 そんな騒ぎから数日後、剣道場での練習を終えて井戸の水で顔を洗っている一夏に、箒が声を掛けてきた。

 

「まったく、お前はバカなのか」

「はぁ?バカじゃねーし」

「あんな事をしたら後でどれだけ面倒になるか分かっただろう?千冬さんも謝ったと聞いたぞ」

「まぁ、確かに千冬姉に頭下げさせるのは凄ぇ嫌だったけど……けどそれでもああいう連中は気に食わねー。お前の家族のテオの事も悪く言ってたし、お前のリボン姿も馬鹿にしやがったし」

「…………」

 

 一夏の言葉を聞いた箒は、彼に対する認識を改めた。

 

 確かにこれまでの彼の姿はがさつで野蛮さが目立つ、剣道の雰囲気とはまるで正反対な姿勢だった。剣道をやる理由も、箒に勝つ為だと言っていた。

 しかし、一夏はあの騒動の時、ライバルと意識していた箒を助けた。それも彼女の家族が馬鹿にされた事に憤り、女の子らしい部分であるリボンが彼女に似合っていると言い切って。

 

 誰かの為に親身に怒れる、そんな彼の一面を箒は知る事が出来たのだ。

 

「だから、あんな奴らの言う事なんて気にすんなよ。またリボンしろよ、すげぇ似合ってたし」

 

 家族以外にリボンの姿を褒められた事が無い箒は、その言葉に少し胸を打たれた。ここ数日の彼女はその事を気にしてリボンを着けていなかったのだが、そんな彼女を気遣った発言は的確で、嬉しく思えたのだ。

 

「べ、別にお前に言われたからではないが……まぁ、そう言ってくれるなら明日からまた着けよう」

 

 褒められた照れ臭さを隠す様に、フイッとそっぽを向きながら箒はそう答えた。

 

 タオルで濡れた顔を拭き終えた一夏は、そんな彼女の様子を見て小さく笑った。

 

「おう、そうしろ」

 

 その後2人は互いに名前で呼ぶ事を決め、2人の仲はあの喧嘩腰から一変して一気に距離が縮まった。

 それがきっかけで、片割れが相手に対して淡い恋心の様なものを意識し始めたのだが、もう片方がそれに気付く事は無かった。

 

 

 

●おまけ●

 

 ちなみに。

 一夏と箒の仲が良くなった一方、テオはというと……。

 

≪……という訳で、2人が仲良くなって私も肩の荷が下りましたよ≫

「よく言うわい。お主、殆ど仲を取り持ってなかったではないか」

≪いやいや、こう見えても細々とフォローはしてましたし、こういうのは周りがどうこう言うより若い者の間で解決させた方が良いですからね。カリン様≫

 

 町内で開催されている【動物団体・猫の部】の一部のメンバーで集まり、世間話がてら近況報告を行っていた。

 ちなみに現在テオと話している白猫、カリン様ことカリンは猫の部の代表者である。本人曰く800歳は生きている、との事だが本気にしている者はいない。ちなみに杖を持っている事と2足歩行が出来ている事については誰もツッコんでいない。

 

「お主、800歳以上生きているワシからしたらお前さんらも若い内に入るんだけど」

≪またまたぁカリン様は。猫の3年は中々濃密なのは同類なら解る事でしょう、ねぇニャースくん≫

「なんでそこでにゃーに話を振るニャ。まぁ、にゃーも昔は人間の言葉を覚えようとしていた時期は色々あったからニャ……気持ちは分かるニャ」

 

 2人の会話を横で聞きつつ手持ちの小判を磨いていた、ニャースと呼ばれた猫は手を止めて返答する。彼も猫なのに2足歩行だったり人間の言葉を話せたりするのだが、その辺りにツッコむ者は以下略。

 

≪まぁこの調子で2人が恋仲になってくれたら、私としても嬉しい限りなんだけどね≫

「ほっほっほ、若いのう」

「おう、にゃーの前で恋愛話は心にくるから即刻止めるニャ」

「そういえばニャース、お主最近また失恋したそうじゃな」

≪え、あのニャルマーって子の事?何かあったの?≫

「傷口を抉るのは止めろと言ってるニャ!」

 

 そんな感じで、同じ猫仲間たちと他愛ない会話を楽しんでいる。

 案外、篠ノ之家以外でのコミュニケーションもエンジョイしているらしい。

 

 

 

―――続く―――

 




 箒と一夏の掘り下げ回。
 いじめっ子3人の言葉遣いにネタが盛り込まれているのは、過去編に入ってからまるでギャグが書けてない事による衝動故です。というか過去編に入ってからシリアス続きで……もうね。

 そして時折テオが発言している、【動物団体】の一端が明らかに。会員は一般的な猫だけでなく、どこかで見た事あるような猫キャラ達も……。今回登場した2匹も当然、会員です。

バロ○「2足歩行の上に人語を喋るとは、不思議な者達だ。ちなみに私はジブリ出身ではない」
ドラ○もん「まさか22世紀の道具であんな姿に!?ちなみに僕はタヌキじゃない」
ハロー○ティ「なんだかどちらも大衆に知られている存在のような気がする……ちなみに私は最近仮面ライダー555とコラボしてない」

 お前等も会員だよ!
 なお、この団体が本編にて重要な伏線になる!……事は無いのでご安心ください。世界線がえらいこっちゃになる(汗)


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少女と猫は家族と別れて……

2連続投稿。お馴染みです(芳忠ボイス)


 束が開発したISは、白騎士事件をきっかけに世界に大きな影響を与えた。

 

 事件以降、束からアーマーの製造技術を教えられた各国はそれぞれISの作成に取り掛かり、十機二十機と次々に新しいISを造り出していった。現存兵器に費やしていた軍事費を殆どISに回している辺り、国がどれ程軍事力を付けたかったのかが窺える。

 

 そして束からISコアを渡され、とうとう白騎士以外のISが初めて動こうとした時に、新たな真実が明らかとなった。

 ISは、女性しか扱う事が出来ないという事に。

 あらゆる男性軍人、緊急で一般男性にも試験搭乗が行われたのだが、ISを反応させた者は誰もいなかった。その後、女性軍人が試しに登場した結果、ISは何事も無かったかのように起動。一般女性にも募集をかけて試験搭乗をさせたが、やはり普通に反応した。

 

 世界最強の兵器を扱えるのは、女性だけ。

 それが明白となった瞬間、世界中の女性の立場が強くなった。

 ある者はISの力を傘にこれまで職場で地味な扱いを受けていた事を晴らす様に脅迫を行い、自身の持つ力を見せつけた。またある者は、友人がISのパイロットであると吹聴して虎の威を借る狐の様な所業を行う者も現れた。

 それらが誇張気味に世間に広まり、いつしか世界では『世界最強のISを女性だけが扱える』認識が『最強の力を扱える女性は男性よりも優れている』という方向に変化していった。

 

 俗に言う、女尊男卑社会である。

 

 当然、世の男性は女性の突然の高圧化に快く思わなかった。未だに男性でも『女は黙って男の後ろをついてくればいい』という思想を持つ者もおり、特にそういった者たちは戦時中から存在していた【女性権利団体】に対抗する組織【男性権利団体】なるものを結成し始めた。

 男性権利団体は世の女性の態度を忌々しく思っていたが、下手に刺激すると世界を無駄に混乱させる恐れがあると判断して派手なアプローチは控える事にした。特にISを扱える女性が矢面に立とうものなら、既に50機以上造られてるIS相手では男性側に勝ち目は無かったからだ。IS整備の仕事に携わっているのは男性のみではないし、ISでなくとも直接的なデモ行為でもされれば、それこそ社会バランスは崩壊する。

 故に世の男性代表者達は審議の結果、今は只待つ事にしたのだ。女性の優位が崩れるであろう、その時を。

 

 そして篠ノ之家の方でも、大きな一大事が発生したのだ。

 

 なんと、ISの産みの親である束が暗殺されかけたのだ。

 犯行はとある日曜日の夜、日本の研究所での開発補助を終えて帰宅する束に対して、暗殺者である男が刃物で斬りかかったのだ。

 

 しかし束は超人的な身体能力でこれを撃退し、警察に通報した後にその場を後にした。

 後の警察の調べによると、男性は職場の女上司にリストラ宣告を受け、職を失った腹いせにISの産みの親である束を狙ったらしい。偶の遅刻や提出期限破り等で職務態度に問題があった男性は女上司から嫌われており、女尊男卑社会に便乗して昇任の機を得た彼女によってそれらを理由に解雇処分を受けたのである。尤も、嫌っていたのは女上司だけでなかったので、大した騒ぎになる事は無かったのだが。

 今回は単なる逆恨みなのだが、今後束が再び襲われる可能性は充分に高かった。女尊男卑社会の影響を強く受けた男性がこの先現れれば、原因であるISを造った束を狙うという発想に至る事は今回の事件で確り証明された。

 

 そして、IS国際委員会はその対策として1つのプログラムを設立した。

 

【重要人物保護プログラム】

 その名の通り、ISに携わる重要な人物及びその関係者を保護する為のシステム。これは件の暗殺未遂事件の再発を防ぐ為のもので、束を含む彼女の関係者、つまり家族に偽姓を使わせる他、地方を転々とさせる等で篠ノ之家の素性を明らかにさせない様にするのだ。

 しかし情報秘匿を徹底する為には、一家揃って生活及び引っ越しをするのは目立ってしまいかねないので都合が悪かった。

 

 そう。篠ノ之家の家族は離れ離れに暮らさなければならないのだ。

 

 

 

――――――――――

 

 中学1年生になった箒は、新しく通う事になった学校での勤勉を終え、クラスメイト達と別れて帰路に着く。誰かと一緒に帰る事をせず、1人で帰るのが彼女の恒例であった。

 重要人物保護プログラムによって同じ地域に留まり続ける事が出来ない彼女は、それに合わせて転校する頻度も高かった。長くても1年、短い時は3ヶ月というケースすらある始末だ。

 故に、無闇に交友関係を広げる事は箒にとって辛くなるだけだった。最低限の会話と質問への受け答えだけで生徒との関わりを済ませ、転校する度に入部する剣道部でもひたすら練習に浸る日々。

 

 作りたくても作れない友達に、自身の望む剣道も満足な形で出来ない。帰った先には今まで一緒に暮らしていた両親も姉も居ない簡素なアパートが待っている。

 折角の中学校生活は、暗殺というきっかけと政府の勝手な決め事によって色の無いものとなっていた。

 

 しかし、そんな箒にも唯一嬉しい事があった。

 

≪おお、帰って来たね≫

 

 アパートに帰ろうとしていた箒に掛けられた、機械音声。

 それを聞いた箒は、俯きがちだった顔を上げて嬉しそうに顔を緩ませる。

 

「今日も迎えに来てくれたのだな……テオ」

 

 箒が視線を上げた先には、嘗て彼女が雨の中救い出した、当時の小柄は見る影も失っている程に成長しきった黒猫、テオの姿があった。

 

≪ははは、箒ちゃんの為なら当然じゃないか≫

 

 朗らかに笑い(実際は普通に鳴いているだけだが)そう返事をするテオは、彼女の下へと駆け寄ると、屈んだ箒の身体をよじ登って彼女の肩に乗る。箒もテオが乗る事を見越して身体の高さを低くしたのだ。

 

 箒にとって嬉しい事とは、このテオが一緒に暮らしてくれている事だった。

 

 プログラムによって、確かに箒は両親や姉と別れざるを得なくなった。しかし人間のように生き方を縛られていないテオだけが、そんな彼女と一緒にいる事を決めたのだ。当時小学生4年生だった彼女にテオが付いてくれる事は、両親も姉にとっても大歓迎だった。

 それ以降、箒が学校から帰る時にはテオが迎えに来る事が習慣となり彼女もそれを嬉しく感じていた。他の家族に会えない分、テオの存在は彼女にとって本当に有難いものとなっていたのだ。

 

 余談だが、最初は政府も猫が付属する事を渋っていたのだが、束の脅迫によって快く許可し、ペット可のアパートが以降の箒の住居となったのだ。

 

≪今日は真っ直ぐ帰るんだったっけ?≫

「あぁ。買い物は昨日の内に済ませたからな。今日もテオにご飯を作ってやれるぞ」

≪ほほう、それは期待しておかないとね≫

「ふふ、任せておけ」

 

 テオの期待に応えるように、箒は自信あり気に笑んでみせる。

 本来、中学生である箒に生活費を稼ぐ術は無いのだが、国からの配慮で生活に必要な金銭を工面してもらっており、額も食費等の心配をする必要が無い程である。学費に関しても政府が負担する事になっている大盤振る舞い状態なのだが、その理由はとある姉によるものである。

 というわけで金銭面に関しては外食頼りになっても問題無いのだが、箒は頑なに自分で料理をする事を選んだ。夕飯時に1人で外食する中学生など目立って仕方がないし、何よりも猫のテオと一緒に食べられる店など殆ど存在しないからだ。

 最初の頃は覚束なかったが、調べ物と練習を重ねていって着実に腕前を上げ、今では一人暮らしに差支えないレベルで料理が出来るようになった。

 

 そして、料理が出来るという事は……。

 

≪これなら一夏少年と再会した時に、自信を持って美味しい手料理を出せるね≫

「テ、テオ!?何故ここで一夏の名前が出てくるのだ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら、慌て始める箒。そんな彼女をテオは面白そうに眺めている。

 

 織斑 一夏の事を異性として好いている。

 箒がその事を自覚するようになったのは、彼と打ち解けて少し経ってからの事だった。とある日、一夏が別の女子に親切にしている姿を見た時に胸にチクリと針が刺さるような感覚を覚えた箒は、姉の束に相談した所……。

 

『それは恋だよ箒ちゃん!love、ラブリカ、ときめきっクゥライシスゥ!』

 

 と、一夏に対して恋心を抱いている事を教えてくれた。

 

 恋を意識し始めた箒は、それ以降一夏と接する時にドキドキしっぱなしだった。今迄の距離も近く感じて少しだけ離れたり、彼が箒の事について褒めると、胸の鼓動が早まったり。

 小学4年生の時に引っ越しで別れる事になる時まで、彼女は初恋の感覚に終始振り回されっぱなしであった。

 

≪まぁでも、やっぱり好きな相手と会えないのは寂しいものだよねぇ≫

「うむ……そうだな」

 

 先程までの狼狽も失せ、落ち着きを取り戻す箒。

 重要人物保護プログラムの影響による引っ越しで一夏と別れる事となってしまった彼女は、彼が近くにいない事で改めて思い知らされたのだ。自分が彼に対して強く想い焦がれている事に。

 満足に挨拶も出来ないまま引っ越す事になってしまったのは、箒にとって悔いと言える事だ。突然の決定事項で、話を聞かされた直後には荷造りをさせられてしまっていたのだ。

 故に箒は日本政府の事を快く思っていないし、それに配されている護衛の者達の事もイマイチ信用出来なかった。一夏と別れるきっかけを作った関係者という理由があって信を置くのは許せなかったのだ。

 

「けれど、私は寂しくなどないぞ」

≪どうして?≫

「それは勿論、お前が傍に居てくれるからだ。テオ」

 

 それは、箒が心から思っている事だった。

 確かに学校では正体を隠す為に、東雲、篠原等といった偽りの姓を使っている。それは本当の箒を誰にも明かす事が出来ないという事であり、確かな疎外感を抱いていた。

 しかし、唯一傍に居てくれている目の前の家族にはそのような事をする必要はない。ありのままの【篠ノ之 箒】で接する事が出来るのは、箒にとって心安らげる時間となっていた。

 もしテオが存在していなかったら、今の彼女はこうして穏やかに笑う事も叶わなかっただろう。今の彼女にとって、テオという猫は今まで以上に大きな存在になっているのだ。

 

「確かに色々と大変だけど、だからこそお前が居てくれて本当に良かったよ。ありがとう……テオ」

≪はっはっは、改めて感謝の言葉を言われると照れてしまうね≫

「わ、私だって態々言うのは少し気恥ずかしかったのだぞ……」

 

 そう言って箒は赤らんだ頬を指で軽く掻く。

 

 そんな恥じらう箒の姿を見て、テオはますます楽しそうに彼女の顔を横から覗き込む。

 

≪ふふふ、照れてる照れてる≫

「むぅ……さ、さあ!早く帰って夕食にするぞ!今日は気合を入れて作ってやるから、残さず食べるのだぞ!」

≪勿論だとも。箒ちゃんが作ってくれたご飯を残すなんてバチが当たるからね≫

「ふっ、では家まで走るぞ!しっかり捕まっていろよ!」

≪おー!≫

 

 仰々しくノってみせるテオに笑みを浮かべてから、箒は走り始める。

 テオの身体を手で支えつつ、身体の上下起伏を抑えながら走るという器用な真似をしながら、箒は自宅を目指した。

 

≪おぉー、速い速い≫

「ははっ、偶にはこういうのも良いな!」

 

 笑い合いながら住宅街を駆けて行く、1人の少女と1匹の猫。

 近頃は世間に振り回されている身だが、今この瞬間は心の底から笑い合えていた。

 

 

 

 

 

 だが、2人の運命は再び狂わされる。

 

 第2回モンドグロッソ決勝戦の日。

 その日の日本は、雨だった。

 

 

 

―――続く―――

 




 尺の都合もあって、小学4年生から中学1年生までの出来事は地の文で簡潔に説明させていただきました。
 ホントは絆の深さを描写する為に小学生時代のテオ&箒&一夏の絡みとか中学生の箒とテオの日常とか書いてみたいのですが、あまり過去が冗長になるとダレてしまいそうですからね……80話近くも書いて原作3巻終了のペースの時点でダレてると言えなくもないかもしれませんが。(自虐)
 この作品、下手したら200話とか書く事になるんじゃ……私自身は話数の多い作品は読み応えがあって好きですが、まさか自分がその役目に回るとは。

 そして次回は、80話近くになるまで散々引き延ばし続けた『あの事件』こと、テオの2度目の命の危機!VTシステム事件時のラウラの精神世界で多少描写がありましたが、その詳細に入ります。



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あの日と同じ雨の悲劇……

 モンド・グロッソ。

 

 表向きにスポーツとして認識されているISが世界に馴染んだ折、国際IS委員会によって運営されたISを用いた世界大会。世界各国で定められている国家代表が出場し競い合う、ざっくばらんに言えばオリンピックのISバージョンだ。

 

 この大会には全部で6つの部門が用意されている。

 腕部、脚部武装による肉弾戦闘で優劣を競う『格闘』の部。ブレード系の近接武装で戦い合う『近接』の部。中~遠距離武装限定の銃撃勝負『射撃』の部。狙撃用武装で遠方ターゲットを撃ち抜く『狙撃』の部。地上からの妨害を躱しつつ、空中に用意されたポイントを通過していく『飛行』の部。武器の種類を問わず、自由なスタイルでトーナメント戦を行う『戦闘』の部。

 

 それぞれの部門優勝者には【ヴァルキリー】の称号が与えられ、総合優勝者は【ブリュンヒルデ】という最強を意味する称号を呼ばれるようになる。ヴァルキリーの時点で十分な称賛と名誉が入るのだが、ブリュンヒルデは更にその上を行く。

 

 4年前に開始された第1回モンド・グロッソの優勝者は織斑 千冬。圧倒的な戦闘力と操縦技術で他の国家代表選手を凌駕し、ブリュンヒルデの称号を彼女は手に入れた。

 第2回となる今年度のモンド・グロッソでも彼女の出場は決定済み。彼女の2連覇が掛かっている今大会は、世界中の注目する所であった。

 

 試合の様子は一部始終を全世界に生放送されており、家にいる者は勿論、働いている者達も会社備え付けのテレビから流れる大会映像を見ている。

 

 そして、今日は千冬の2連覇が目前となった決勝戦当日。

 決勝戦の舞台となっているドイツが白熱の歓声に包まれている中、日本では……。

 

 

 

――――――――――

 

≪(ふぅむ……)≫

 

 通行人が雑多する商店街の中の家電販売店、店頭に置かれているテレビからモンド・グロッソの試合を観戦しているテオ。画面には決勝戦の前座として決勝戦以外の残り試合が行われていた。

 千冬が国家代表として活躍している事を、テオは各メディアを通じて把握していた。彼女とは連絡こそ取れなかったものの、そもそもIS開発の第一人者が彼女の親友の束である以上、千冬がIS関連の仕事に携わっている可能性は濃かった。その辺りで情報を探ってみれば第1回モンド・グロッソの優勝者等の情報から見事にヒット、彼女がIS日本代表として活躍している事を知る事が出来たのである。

 

≪(千冬嬢も元気になっているみたいで何より。これで今回も優勝したら、あの子の人気っぷりもますます拍車が掛かるだろうね)≫

「ねぇねぇあれ見て、猫がジッとテレビ見てる!」

「可愛い~!猫もIS観るんだねぇ。あっ、写メ取ろ写メ、テレビに夢中な猫ちゃん」

 

 テレビの内容が分かっているかのように観戦している猫の姿を物珍しく思った通り掛かりの女子大生2人組が、テオの近くで楽しそうにしている。

 この場で喋れば商店街の人達全員の注目を集めてしまいかねないので、テオはいつもの様に喋らず沈黙を保つ。尤も、翻訳機をオフにしてしまえばその心配も無いのだが。

 

≪(そういえば、そろそろ箒ちゃんが学校から出る時間帯かな?)≫

 

 時間が気になったテオは、家電販売店の壁に掛かっている時計を覗き見て現在時刻を確認する。予測通り、針は箒の下校時間に迫ろうとしていた。

 

「ねぇ見た?今度は時計確認した!」

「テレビ見たり時計で時間が分かったり、なんだか人間みたいだよね~」

≪(あくまで猫だけどね)≫

 

 少女達の会話にツッコミを入れつつ、テオは箒を迎えに行くべくテレビの前から去ろうとする。

 

「あ、そういえば今日この後雨だってさ。しかもかなり強めの」

「うっそ、じゃあ寄り道出来ないじゃん……今日は大人しく帰る?」

「ん、帰ろ帰ろっ」

 

 去り際にそんな会話を耳にしたテオは、ふと空を見上げる。空の彼方から暗雲が此方に近づいてきていた。

 雨雲の接近を目にしたテオは、小さく溜め息を吐いた。

 

≪雨、か……雨は嫌いなんだよね≫

 

 例え今の家族と出会ったきっかけだとしても、好きになる事は出来なかった。

 

 

 

――――――――――

 

「まったく……雨が降るなら家で待ってていても良かっただろうに」

≪いやぁ、ジッと待ってるのも落ち着かなくてさ。それに1匹で待ってるのも寂しいし≫

 

 下校した箒と合流したテオは、いつもの様に帰路についている。

 既に雨は振り出しており、箒の肩に乗っているテオは天気予報で雨が降る事を知っていた箒の用意した傘の下に入って雨に濡れない様になっている。

 

≪さ、帰って千冬嬢の活躍を見ないとね。その為に今日の剣道の練習は休みにしたんだから≫

「案の定、他の部員も同じ理由で休んでいたな……やはり皆、家で録画していたらしいぞ」

 

 時間の都合で決勝戦の試合を生で見る事は叶わなかったが、録画という手段で観戦する事は出来る。いずれ円盤で販売されるだろうが、やはり金銭を抑えておくのは基本であった。

 

 と、ここでテオが疑問に思った事を口にする。

 

≪そう言えば、箒ちゃんはIS関連の仕事を目指したりしないの?≫

 

 今のご時世、女性がISに関して勉強するのは各学校のカリキュラムに組み込まれる程に当然の事と化している。遅くてもジュニアスクールの時期、つまり小学校の頃から勉強するしきたりになっており、実際箒の通っていた小学校、そして現在通っている中学校でもISの授業が入っている。

 近年設立された、IS搭乗者育成用の特殊国立高等学校【IS学園】がある為専門的な面まで踏み込まないものの、仕組み、性能、関連職等の一般的な知識は小中学校の時点で基本として押さえられている。

 ISに興味を示す年頃の少女達は更にISを深く学ぶべくIS学園への進学を希望しており、その競争率も今や有名校が霞むレベルだ。

 

 しかし、箒は周りの少女達と違って熱が入る事は無かった。

 

「……昔、姉さんが私に嬉しそうに話してくれていたんだ。『私はいつかきっと、あの宇宙を超えた先に辿り着く』……とな。あの時はお楽しみだと言って詳しく教えてくれなかったが、今思うとISがその為の物だったのではないかと」

≪ふむ≫

「姉さんの造った物が、姉さんの望みとは異なる形で世間に浸透している……そう考えると、今学校で教えられている事は一体何なのだろうと思ってな」

 

 その思慮は、束の家族ならではの考え方であった。

 束の夢を知らない者達にとっては、ISの在り方というのは学校で教えられているスポーツ競技の一種としてか、或いは政府のお偉方が企む軍事兵器としてかの2種類に分かれる。宇宙を超える為の発明品という価値観を抱いている者は、人類70億以上の内で100人にすら満たない。

 

 束の嬉しそうな顔を思い出す度に、箒は世界の認識に違和感を覚えて何とも言えない気分になるのだ。

 姉の夢を利用するのは許せない、と真っ直ぐに怒れるなら良かったのだが、別の考えもあった為に箒はそれが出来なかった。

 

「しかし、私の中で考えてしまう自分がいるんだ……姉さんがISを生んでしまったから、私達家族はバラバラにされてしまったのではないかと。もしISが無ければ、今まで通り平和に暮らせていたのではないか、と」

≪…………≫

 

 それは、普段の生活で感じていた不満を体現する言葉でもあった。

 名を偽り、交友を憚られ、政府の手の者から束の情報を聴取される機会も時折ある。そんな生活が続く故に、どうしても考えてしまうのだ。ISが存在しない、IFの世界を。

 

 しかし、箒も過去の騒動を忘れた訳では無い。突然のミサイル攻撃から日本を守り切った、1人の騎士の活躍を。

 

「……駄目だな。白騎士事件を解決してくれたのがそのISだというのに、そのような考えをしては」

≪箒ちゃん……≫

「済まなかった、雨の時に気が沈む話をするものではないな」

 

 そう言って苦笑をテオに向けてくる箒の顔は、どこか無理矢理作ったような感じが否めなかった。

 

 もともと、話題を吹っかけたのは自分なのだから謝らなくても良い。

 テオがそう箒を慰めようとした時だった。

 

「ん、あれは……?」

 

 テオが言葉を掛けようとした直前、視線を前に向けた箒は何かを見つける。

 彼女が見つけたのは、現在歩いている住宅街の道の真ん中で傘を差さずに地面に膝を着いている若い男性だった。

 

≪あんな所で蹲って、何かあったのかね?≫

「分からない……だが、あのまま放っておく訳にはいかないな」

 

 そう言うと箒は駆け足で男性に近づき、彼の手前で腰を落とす。

 

 男は箒の接近に合わせて顔を上げる。外見年齢は箒よりも一回り上の20代辺りで、身なりに関しては装飾過多でやや柄が悪く、髪も明るい茶色に染めている等チャラチャラした印象を漂わせる風貌だった。

 

「失礼、こんな所でどうしたのですか?」

「あぁいやぁ、急に雨が降ったからさぁ、急いで帰ろうとちーっと走ってたら急に胸が苦しくなってさ……いつつ」

「大丈夫ですか?まだ痛むようでしたら、救急車を手配しますが……」

「あーいいからいいから!そんな大袈裟なモンじゃないかもだし、どっかでちょっくら休めば治ると思うし?」

 

 男はひらひらと手を揺らしながらも、片方の手は胸元を確りと押さえつけている。本当に大した症状ではないのか、それとも強がりなのかパッと見で判別し難かったが、何にせよちゃんとした場所で休ませるべきだと箒に判断させた。

 

「一先ず落ち着いた場所に移動しましょう、このままでは身体を冷やしてしまいます。肩を貸しますので」

「マジかよ、最近の女ってキツイのが多いけど君ってば超良い子じゃん!へへへ」

 

 箒の健気な対応に感心した男は、軽薄な笑みを浮かべながら箒の事を褒める。

 

 そんな2人の会話を箒の方から黙って聞いていたテオは、その男を訝しげに観察する。

 

≪(この男……本当に胸を痛めたのか?痛みが大方収まったと解釈出来るけど、それにしてはどうにも……)≫

 

 箒は男の不調を信じているようだが、テオはどうにも男の事を信じきれなかった。頭ごなしに否定する訳では無いのだが、如何せん場の違和感を拭い切れないでいるのだ。

 そしてその怪訝は、テオに真実へ導く為の洞察力となった。

 

≪(ん……?さっきから横目で何を見て…………っ!!)≫

 

 箒の肩を借りようとする男が、箒とは別の方向に目だけを向けている事に気付いたテオは、箒の肩に乗ったままその先を見やると、そこにいたものに驚愕する。

 

 路地に身体を隠しながらこちらに拳銃の銃口を向けて構えている、黒いコートを纏った男性。その照準は、箒に向けられていた。

 

 すかさず箒の前にいる男に振り向き直すテオ。男の口元には、下卑た笑みが浮かんでいた。

 

≪箒ちゃんっ!!≫

 

 その瞬間、住宅街に銃声が響いた。

 

 

 

――――――――――

 

 箒は最初、何が起きたのか分からなかった。

 

 雨の中、傘も差さずに跪いている男性を見つけて声を掛けると、急に胸が痛み出して動けなかったと言っていた。

 その男を休める場所に送るべく、肩を貸そうとした。

 テオが焦った声で箒の名前を呼んだかと思うと、彼女の身体に強い衝撃が掛かった。

 後ろに向かって突き飛ばされる中、衝撃の走った胸部に体当たりをしたと思われるテオがいた。

 

 そしてテオが……銃弾に貫かれた。

 

 弾丸が貫通した穴から鮮血を散らすテオの姿が、箒の眼に映った。

 

「え……?」

 

 一瞬、目の前の光景が何なのか理解が追いつかなかった箒。地面に尻餅を着き、持っていた傘は手から離れて、彼女の身体に雨が降り注いでくる。

 バチャン、と水の音が彼女の耳に届く。前方から発した音の方へ、箒は恐る恐る視線を落とす。

 

 先程まで一緒にいたテオが、雨の混ざった血溜りの上で倒れている光景。

 

「テ、オ……?」

 

 箒の頭の中が徐々に整理を始めていく。

 

 テオが撃たれて?

 自分を庇って?

 血が、沢山出てる。

 血が広がってる

 テオが動かない。

 うたれて、血が、ちが、たくさん、テオが、うごかない。

 

 テオが、死んでしまう。

 

「いや……いやぁぁぁぁぁっ!!」

 

 視界がグラつく程のショックを受けながらも、箒は駆け起きてテオの下へと寄り、その小さな身体を抱き抱える。

 

「テオっ!!返事をしてくれテオっ!!」

 

 必死にテオに呼びかけるが、彼から反応は無い。

 箒の手にテオの流した血が付着し、その感触で彼女はそれを止めなければならない事に気が付く。

 

「血、血を止める……止血、しないとっ」

 

 混乱状態にある箒は、懸命に頭を動かしてテオを助ける処置を施そうとする。

 制服のポケットに入れていたハンカチを取出し、包帯状になるよう破こうと試みるが、冷静さを失って思うように手が動かなかった。

 

 そんな切羽詰まった状況の箒を余所に、事態を引き起こした男2人は箒の前で合流していた。

 

「おい、何失敗してんだよ下手くそ!」

「るっせぇ!そこの変な猫が邪魔したからだろうが!」

「あぁもう、とにかくさっさとコイツ殺ろうぜ。じゃねえと報酬の大金貰えねーじゃん」

 

 柄の悪い方の男はそう言うと、懐からナイフを取り出して刃を閃かせる。

 

 箒はテオの治療に夢中で、男達の言動が全く視界に入っていない。

 

「にしても、楽な仕事だよなぁ。ガキ1人殺すだけで1千万円とかぼろ儲けじゃん」

「しかも殺しの後始末と責任は向こうが全部請け負ってくれるんだろ?駆除感覚で大金ゲットとか、ちょー良い仕事だよな!」

「俺、この仕事が終わったらこのびしょ濡れの服捨てて新しいの買うんだ……なんちて!」

「雨なのに茶番なんかしてっからだろ?カハハハハ――ハガッ!?」

「何だ急に変な悲鳴上げ――ぐぇっ!?」

 

 心の汚い話で盛り上がっている男2人だったが、突然短いを悲鳴を上げた後に、地面に倒れ伏した。彼らが次に目覚めた時、その腕には立派な手錠が付けられている事だろう。

 

 地面に倒れた男達の横を通り過ぎる、1つの人影。

 青いエプロンドレスをはためかせながら、その人物はテオを抱えている箒の下へと近づいていく。

 

 そしてその人物は、箒に声を掛けた。

 

「久しぶりだね、箒ちゃん」

 

 その声で我に返った箒。それは、数年以上聞いていない家族の声であった。

 箒は顔を上げて、目の前に佇む人物の顔を見る。

 

 箒の姉である、篠ノ之 束がそこにいた。

 

「姉……さん?」

 

 胸元が大きく開いた青いエプロンドレス、頭頂部に機械のウサミミという奇抜な恰好や目の下の深い隈等、最後に会った時よりも色々と変わっている所があるが、その面影はまさしく束であった。

 黒い傘を箒の頭上に差しつつ、彼女は箒たちの前で腰を落とす。

 

「ごめんね、テオたん……私がもっと早く気付いていれば間に合ったはずなのに」

 

 そう言いながら束は傷ついたテオの頬を撫でる。その表情は苦々しそうに歪んでいた。

 しかしその悲観した表情もすぐに拭い払うと、真剣な表情に切り替えて箒の方へ顔を上げる。

 

「箒ちゃん、テオたんの事は私に任せてくれないかな?」

「姉さん……一体、どういう……?」

「説明する時間が惜しいから、簡潔に言うね。テオたんの命を救う方法が、1つだけある」

「っ!!」

 

 その言葉で、箒の目から失った光が蘇る。

 今からテオを最寄りの動物病院に連れて行っても、出血が多くて処置が間に合わない事は目に見えて明らかであり、束の言葉も暗にその事を指していた。

 だが束は迷いなく言い切った、テオを助ける方法はまだあると。箒がその言葉に希望を持つのは必然と言えた。

 

 箒はテオを抱えながら、束に詰め寄った。

 

「本当ですか!?本当にテオは、助かるんですか!?」

「……100%とは言い切れない。理論こそ立てたけど、私もその方法を実践するのは初めてになる。けど……私がテオくんを救うにはこの方法しか無いの」

 

 そう言ってポケットから何かを取り出した束の手に収められている物に、箒の視線が移る。

 

「それは……」

 

 水晶の様に光り輝く、菱型の結晶体がそこにあった。

 

 

 

――――――――――

 

≪ぐ……私は、一体……?≫

 

 銃に撃たれた後、間もなく意識を闇へと落としたテオ。

 彼が意識を取り戻した時、彼を取り巻く景色は一変していた。先程まで居た場所は住宅路の真ん中だった筈だが、いつの間にか室内となっていた。それも一般的な部屋では無く、研究所の物と思われる機器の数々と無機質な壁床が備え付けられていた。

 

「目が覚めたんだね、テオたん」

≪……束、ちゃん?≫

 

 久々の再開に、内心で表面以上に驚くテオ。

 久しぶりに彼女の顔を見た事もビックリしているが、同時に疑問も湧き上がる。何故自分も彼女も此処にいるのか。あれから箒はどうなったのか。

 

 色々尋ねようとしたテオだったが、束はテオの口火が切れる前に彼の言葉を制して先に口を開いた。

 

「テオたん、自分に何が起こったか覚えてる?銃で撃たれた事は?」

≪……さっきから、お腹が焼ける様に、痛むね≫

「医療用のナノマシンで応急処置はしたけど、それだけじゃ衰弱の方が早く進んでテオたんは助からない。……テオたん、1つだけ聞かなきゃいけない事があるの」

≪なん、だい?≫

「『この子』と運命を共にしてでも生きる覚悟、あるかな?」

 

 箒の時と同じように、菱型の水晶体がテオの視界に移る。

 

 ISコア。

 白騎士事件の立ち会い者として束からISの情報をある程度教えられていたテオは、その結晶の正体を察した。

 

 彼女の言葉の意味を捉えるならば、現に死に体な身体を復活させる為にはISコアを身体に……。

 前代未聞となる行いが待っている事をテオの頭が理解する。だが、彼にとっては些末事に過ぎなかった。

 

≪ああ……あるとも≫

 

 束の射抜くような瞳を前にして、テオは怯む事無く二つ返事で答えてみせた。

 

≪まだ私は……約束を、守れてないからね≫

 

 腹部の銃傷による痛みに堪えながら、テオは大胆不敵に笑んでみせた。

 

 『束が宇宙の更に先の世界を話してくれるまで、絶対に死なない』

 

 束と交わした約束を守る為ならば、テオに躊躇う道理は無かった。

 例え異なる方法で命を長らえる道を選ぼうとも、命の在り方に反しようとも、美談に順じて死を受け入れるつもりは毛頭ない。

 本来ならば既に死んでいる身を賭ける、その覚悟は既に彼の胸に宿っていた。

 

「……っ」

 

 自身との約束を守ろうとしているテオの真っ直ぐな目と目が合った束は、堪え切れずに思わず眼を潤ませた。

 

 ここまで束は、事態を円滑に進めるべく平常を装って箒やテオに接してきた。一刻を争う事態の今、自身が慌てていたら2人に余計な不安を伝染してしまい、話が進まなくなってしまうかもしれなかったからだ。

 しかし、そんな彼女の心の内は罪悪感に押し潰されていた。箒が暗殺の対象となってしまったのも、彼女を庇ったテオが瀕死の重傷を負ったのも、自分の所為だと己を責めた。箒の前に現れた時、お前のせいだと責め立てられるかもしれないと恐怖を抱いたが、テオを救うという使命感を支えに必死に平常を取り繕った。

 

 だが箒は束を信じてテオを託し、テオも彼女に信頼を込めた目を向けて来ている。

 束はそんな彼の覚悟を聞き、泣きそうになる顔を必死に押し殺した。気を緩めれば嗚咽が零れそうな口を、唇を噛み締める事で懸命に抑え込む。

 

「ごめんね……ごめんね、テオくん(・・・・)……!」

≪ふ……私の命は預けたよ、束ちゃん≫

「うんっ、絶対に助けるからね……!!」

 

 意を決した束は、すぐに作業へと取り掛かった。

 

 生物の心臓とISコアの同体接続手術。

 世界の誰もが未だに手を出していない、前人未到の領域に1人の天才が足を踏みこんだ瞬間であった。

 

 そして同時期、IS界に衝撃の一報が発信される。

 

 第2回モンド・グロッソ決勝戦同日、番組企画『篠ノ之 束の世界同時中継生放送インタビュー』出演予定だった篠ノ之 束。

 467個目のISコアを研究所に残し、世界から姿を眩ました……と。

 

 

 

―――続く―――

 




 この間のラブコメといい、束さんがテオのヒロインとなってきている今日この頃。
 主人公サイド【テオ&箒】とヒロインサイド【束&一夏】……うん、何の違和感も無いですね(感覚麻痺)

 そして次回、テオすら傍から居なくなってしまった箒は……?

あ、今回は早めに出来た+諸事情で試験感覚で投稿したので連続投稿ではありません。過去編は2話ずつ出すスタンスを最後の最後で崩す投稿者の恥晒し。


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独りになった少女の心は荒み……

 ※注意※
 今話は鬱な描写が多めに描かれています、少なくとも作者の心は書いてる最中ガタガタゴットンズッタンズタン!でした。





 

「……朝か」

 

 篠ノ之 箒は窓から差し込む日光を受けて目を覚ました。だが、その寝覚めは最悪だった。

 否、あの雨の日の悲劇から心地よく眠れた日など、彼女には無かった。

 のそのそとベッドから身体を起こし、意識をハッキリさせるべく脱衣所の洗面台で顔を洗いに行こうとする箒。

 

≪おはよう、箒ちゃん。昨夜はよく眠れたかい?≫

 

 この場にいない筈の者の声が聞こえ、箒は期待の込もってない瞳でそちらを見る。暫く使われていない、テオの寝床となるキャットハウスがそこにあるだけだった。

 

 テオの幻聴が聞こえてくる現象にも、箒はすっかり慣れてしまっていた。

 

 身支度を終えた箒は、朝食の準備に取り掛かる。

 テオと一緒にいた頃から料理を作る事が習慣になっていた彼女は、いつもと比べて倦怠的で機械的な手つきで朝食を作り終える。これまで作っていた物よりも簡素な出来栄えになっていた

 

「あっ……」

 

 作り終えた後になって箒は気付いた。

 今日もまた、テオの分のご飯まで作っていた事に。自分の食事は杜撰になっているにも関わらず、こちらの完成度は高い。無意識に手が動いてしまっていたのだ。

 

≪おっ、今日も美味しそうだねぇ。箒ちゃんの作ってくれるご飯は美味しいから、いつも楽しみにしてるんだよね≫

 

 再びテオの幻聴が耳に響く。

 何も言わず箒はテオの為に作ったご飯を自分の食卓に並べ、席に着く。

 

「……いただきます」

 

 自分の分の朝食を食べつつ、テオの分のご飯も一緒に摂る箒。

 猫用の味付けは人間には物足りないが、テオが美味しく食べてくれる出来栄えになっていると、彼女は舌で採点した。テオを飼うと決めて料理を許された頃から始めていたが、当初よりもずっと上達していた。

 

「……テオに、食べてほしかったな」

 

 だからこそ、この場に居ない彼に振る舞いたかった。

 箒はそんな願望を抱きながら、黙々と食事を再開する。それ以降、部屋には食器の音しかしなかった。

 

 

 

――――――――――

 

 あれから束の連絡は箒に来なかった。政府が用意したGPS機能付きの携帯電話の番号ならば束の腕前で簡単に調べる事が出来る筈だが、音沙汰すら無かった。

 失踪した束は、現在世界中に指名手配されている。ISコアの製造方法を唯一知っている人物なだけに、その価値と脅威はこの世の誰よりも大きいと言える者を各国が野放しにする理由は無かった。

 しかしそんな各国の健闘を嘲笑うかの様に、束の足取りは誰にも掴む事が出来なかった。テオの治療をこなしながら世界の目を掻い潜る彼女の手腕はやはり並の者の手に負えるレベルではない。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが箒だった。

 束に続き、箒が暗殺されかけた事を知った政府は彼女に掛ける人員を補充する事を決定。暗殺時にモンド・グロッソの観戦にかまけていた護衛担当の女性達は担当から外され、別の者が配備された。尚、箒の暗殺を目論んだ男性2名は逮捕され、政府と司法の協議により重要人物殺傷未遂として重罰が課せられた模様。

 

 そして、箒の担当となった者達はこれまでの担当以上に彼女の生活に介入するようになった。アパートの部屋はこれまで通り隣室だが、箒の帰宅は車で送迎し、休日の彼女の行動にも細かいチェックが入れられる様になった。

 それに加えて政府から依頼された束に関する情報を取得するべく、箒に対して執拗に監視と聴取を繰り返すようになった。成果は無いにも関わらず、貴重な手掛かりという理由で根掘り葉掘り問い詰めてきて、それらが緩められる事は暫く無かった。

 

 そんな環境に立たされた箒の心は、酷く荒んだ。唯一の拠り所だったテオすら失った彼女は、無機質に日々を過ごしていった。

 女の子らしくて綺麗だと褒められた艶やかな黒髪は、手入れを怠って痛み始めた。

 独りで眠る寂しさで満足な睡眠が出来ず、目の下の隈は徐々に濃くなった。

 貴重な話し相手を失い、口数はずっと少なくなった。

 学校の授業も機械作業の様な取り組み方になった。

 

 日々の色彩を失った彼女に残されたのは、剣道だけだった。

 父の姿に憧れ、テオと一緒に基礎から学び、片想いの相手の一夏と共に研鑽を重ねた思い出が詰まった剣道。環境こそ異なれど、剣道自体は形を残している。

 

 箒は縋るような思いで剣道を行った。竹刀を振るっている間は嫌な事が薄れていく感じを抱いた彼女は、只管に素振りをし続けてた。例え逃避の道だとしても、精神的に追い詰められた箒には構いはしなかった。

 家に帰っても誰も居らず、迎えに来てくれる者もいないので箒は気兼ねなく放課後は剣道を行い続けた。練習に耽って帰りが遅くなる事も多くなり、その事で護衛の者から苦言を言われた事もあったが、今の箒にとっては知った事では無かった。

 いつしか箒は剣道部で際立った実力を身に付け、他の部員を圧倒する程に強くなってみせた。毎日剣道を続けた結果、箒の腕前は地方どころか、全国でも通用する程のレベルにまで上達していたのだ。

 

 しかし、箒はその時点で大切な事を忘れてしまっていた。

 

 そしてそれを思い出すのは、剣道全国大会で優勝した後だった。

 彼女はその時中学2年生。テオがいなくなってから、約1年後の出来事であった。

 

 

――――――――――

 

 バシィン!

 

 竹刀で打つ音が、公民武道場に響き渡る。竹の鳴る音は大会最終日である今日に何度も発されたものだが、今この瞬間の音は何よりも強く、高く響いた。

 

 剣道全国大会決勝戦、剣道強豪校の代表選手と剣道平均レベルの学校の代表選手による頂上戦。前年も個人の部で優勝した実力者と、抜きんでた強さでここまでの対戦相手を圧勝してきた今大会のダークホース。

 軍配が挙がったのは、後者――箒の方であった。

 

「(……終わったか)」

 

 優勝した瞬間だというのに、事も無いかのような感想を心の内で零す箒。

 彼女からしてみたら、今回の大会はまるで自分の心に響かない時間だった。テオを失ってから剣道に没頭し続けた彼女にとって、どの対戦相手の腕前も大したものでは無かった。

 決勝戦である最終試合。剣道部強豪と謳われた学校からの代表と聞いてその腕前を期待した箒だったが、結果は箒の圧勝。技量、腕力で圧倒してみせた彼女は相手選手の防御を難なく崩し、鋭い面の一撃で勝利を決めたのだ。

 

「(結局、この心の燻りを晴らしてくれる者はいなかったか)」

 

 箒はこの大会に期待を抱いていた。自身の鬱憤を晴らしてくれるような、そんな試合が出来るのではないかと思い代表に選ばれて大会に臨んだのだが、蓋を開けてみたらこの結果だった。態々手を抜いて長引かせる意味も無かったので、箒は全ての試合で全力を出し、一瞬でケリをつけていった。

 

 この試合も終わりか、と落胆した箒は所定の位置について礼を済ませようとした。

 だが、ここで彼女は異変に気付く。

 

 対戦相手の少女が、面を受けてへたり込んだまま立ち上がらないのだ。

 

「(まさか、どこか怪我をしたのか?)」

 

 試合中、相手に傷を残すような真似はしていない筈だと箒は振り返る。確かに果敢な攻めを行いはしたが、身体に当たる一撃は無かった。精々最後の面くらいだろう。

 しかし、もし本当に傷が出来たのだとしたら直ぐに医務室に連れていかなければならない。そう思った箒は、相手の少女に手を差し伸べた。

 

 だが、彼女はそこで見てしまった。

 試合相手の少女が、面の格子の奥で涙を流している光景を。

 

 そして、箒が手を差し伸べている事に気付いた少女は……。

 

「ひっ……!!」

 

 引き攣るような声を上げながら、後ずさった。

 

 その姿を目の当たりにした箒は気付いてしまった。

 少女が涙を流しているのは、勝てなかったことが悔しかったのではない。戦った自分の事が怖かったのだと。

 

「あ……」

 

 箒はこれまでの試合を思い出す。

 自分と試合をした者達は皆、目の前の少女と同じ気持ちだったのだろうか。もしかすると、彼女達が同じように涙を流していた事に自分は気付いていなかったのだろうか。

 

 今まで、自分はどんな試合をしていた?

 己の負の感情を吐き捨てるような力ずくの戦い方。それは最早、暴力と呼んでも差し支えが無かった程だろう。暴力のような力を振るったからこそ目の前に少女は怖れ、涙を流していたのだと。

 

 自分にとって、剣道とはなんだったか?

 嘗て一夏に説いた。剣道とは、互いの魂を正面からぶつけ合って心を高める、神聖な武術文化の1つだと。

 だが今の自分はどうだ?技も心も全てが一方的で、一夏に教えた事がまるで当て嵌まっていなかった。剣道を手に付けた一夏は良くも悪くも真っ直ぐな姿勢だったのに対し、自分は剣道に対して酷く歪んだ臨み方をしていたのだ。

 

「ああ……!」

 

 今まで、自分は何をやっていたのだ?

 

 箒は差し出した手を震わせながら、籠手に覆われたその掌を視界に入れる。

 その手は、既に暴力に染まっていた。

 

「っ!!」

 

 箒は心の軋みに耐え切れずに、出口に向かって走り出した。周りの制止の声を耳に入れず、彼女は一目散に武道場から走り去っていった。

 

 箒は当ても無く走り続ける。走るのに邪魔な防具を脱ぎ捨てながら通路を抜け、広間を抜け、玄関の扉を勢いよく開ける。

 外に飛び出した彼女は、息を切らしながら徐々に速度を落とし、敷地を抜ける前に立ち止まった。一心不乱に走り続けた為に試合でも流れなかった汗が前髪を張り付かせ、頬に滴る。

 

 箒は下がアスファルトである事も気にせず、その場に崩れ落ちる。彼女の胸中はすでにグチャグチャに掻き乱されていた。

 

「私は……最低だ……!」

 

 渦巻く感情の中でも、ハッキリしている事はある。

 箒は、自分と犯した所業が憎くて仕方が無かった。

 

「私の所為で、何の罪も無い者達の心が傷ついたっ!!私の、所為でっ!!」

 

 籠手を外した拳を、箒は地面に向けて力の限り叩き付けた。アスファルトに拳を当てれば当然痛いが、箒は構わず叩き付け続ける。

 寧ろ、その痛みがこの罪への罰の一欠片となるならば、喜んで受け入れる所存だった。

 

「ごめんなさい……ごめん、なさいっ……!!」

 

 皮が剥がれて血の滲む拳を地に着けながら、箒はこの場にいない者達への謝罪の言葉と共に涙を流す。

 己の身勝手で多くの少女達の心を傷つけ、剣道の場にて剣道を汚した過ち。箒は自身の犯した罪に苛まれ、身体を蹲らせる。

 

 箒はこれからどうして良いのか分からず、苦悩する。考えようとしても胸の内から沸々と罪悪感が湧き上がり、思考が定まらなくなってしまう。

 今は只、自分を救ってくれる手が欲しかった。身勝手なのかもしれないが、ここから1人で立ち直るなどとても出来ないと箒は思ってしまった。

 

 どうか、この身勝手が通ってくれるならば。

 縋る思いで箒は自身が最も頼りにしていた家族である、彼の名を呼ぶ。

 

「助けてくれ……テオぉ……!」

 

 

 

 

 

≪勿論、助けてあげるとも≫

 

 一瞬、また幻聴なのかと箒は思った。己の弱り目に浸け込んで来る、優しい思い出の声がこんな時にも現れたのかと。

 しかし、俯く彼女の視界に移る地面に挿し込む影を見た途端、箒はまさかと思い、顔を上げる。

 

 そこには、この1年間ずっと会いたかった者が立っていた。

 事件の時の血に塗れた姿ではなく、これまで共に生活していた時のような健在な身体を携えて。

 

「あ……あぁ……!」

≪やぁ、久しぶりだね……箒ちゃん≫

 

 幻聴などではない、本物の声は箒の傷ついた心に優しく沁み込んでいく。

 

 その姿を認識した瞬間、箒は立ち上がって駆け出した。

 途中で足がもつれて転びそうになるも、踏み止まって再び走り続ける彼女。外に出るまでずっと走りっぱなしだったので体力も底をつきそうだったが、気力で身体を動かした。

 

 直ぐに互いの距離は縮まり、箒は腕を広げ、片方は彼女の胸に目掛けて飛び込んでいった。

 

「テオっ!!」

≪おっとっと≫

 

 現れた者――テオを胸に抱き抱える箒。

 あの事件以前の暖かい温もり、生きている証拠を肌で感じた彼女は、彼が生きている事を実感して再び目に涙を零す。

 

 彼女に身体を抱かれたテオは、おどけた様子で箒の強い抱擁を受け止めるとそのまま彼女に言葉を掛けた。

 

≪おやおや、私がいなくて寂しかったかい?≫

「当たり前だっ!ずっと……ずっと会いたかったんだ!だから、会えて良かった……」

≪うん、私も嬉しいよ≫

「それに……生きてて、生きててくれて……良かったぁ……!」

≪……ありがとう、箒ちゃん≫

 

 かくして、1人の少女と1匹の猫は約1年間の時を経て再会を果たしたのであった。

 

 その後、少女は知る事になる。

 死の淵に追い詰められていた彼の今の身体は、どう変化したのかを。

 

 

 

―――続く―――

 




 と、いうわけで箒の辛い過去とテオの再会でした。2話くらいに伸ばそうと思いましたが、地の文が持たない+過去編の尺が長くなるのでスマートに進めさせていただきました。テオとの再会、サックリさせ過ぎたかな……いや似たような文章で文字数稼ぐのもだるいし(ボキャ貧)
 次回はテオが復活したばかりのシーンからスタート!箒と再会するまで彼は何をしていたのかが明らかに……。



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死の淵から蘇った猫は……

 目を開けてみると、そこにあるのは青天だった。雲一つ無い、青一色の空があるだけ。

 雨雲から研究室の天井と来て、お次は再び青空ときた。次はまた室内だろうかとテオは内心独りごちる。

 

 束の手術は失敗したのだろうか、という発想はしなかった。彼女は絶対に助けると言ったのだから、失敗する事はないだろうと無条件で信頼しているからだ。

 そうなると、今自分はどこにいるのだろうか。テオはそれを知る為に倒れていた身体を起こすべく、脚を地に着ける。

 

 ふわり、と柔らかな感触が脚に伝わった。

 テオがその感覚が気になって下を見下ろしてみると、綿の様に白い大地が遠くまで広がっていた。

 只の地面ではない事に驚きつつ、テオは注意深くそれを観察する。

 

≪これは……もしかして、雲?≫

 

 確証は無かったが、やけに空が近いような気がしたテオは一応の目星を付けた。単に床に綿が敷き詰められている可能性もあるが、屋外でその様な場所があるとは思えなかった。

 

≪というか、雲の上って歩けないような……?≫

 

 いつの間に猫型ロボットが雲の上に王国を創ろうとしていたのか、とひっそりボケを入れつつテオは辺りを見回してみる。だが、特に目立つ物は無い。人影も無い。

 

 とりあえずテオは歩く事にした。

 雲の上を歩くというのは存外不思議な感覚で、雪の上を歩くのとはまた違ったものがあった。テオは寒いのが嫌いなので、雪の上を歩く感触など一度きり味わっただけなので殆ど覚えていないのだが。

 数分間歩いてみたのだが、やはり景色に変化は無い。それどころか景色が変わらなくて自分が進んでいるのかすら危うく感じた。

 

≪おーい、束ちゃーん≫

 

 意識がある前に傍にいた人物の名を呼ぶが、返事は無い。

 

≪おーい、ドラ○もーん≫

 

 雲上を歩けるようにする知り合いの名を出すが、やはり返事は無い。

 

 これは困ったとテオは悩む。

 誰かに状況を聞こうにも、人がいないのであればそれは叶わない。周囲も変化が無いのであれば、自分で判断する事も叶わない。八方塞がりという奴である。

 

≪うーん……どうしたものか≫

『何か困り事ー?』

 

 絶賛悩み中のテオに、少女らしき者の声が掛かる。語尾の伸びた子供っぽい声調は、何処か聞いていると幼い子を相手にしているような気分にさせられる。

 

≪ちょっと迷子?みたいな事になっててね……いやはやこの歳で恥ずかしい。雲の上なんて初めてだからどう進めばいいのかも分からなくてね≫

『そうなんだー。わたしもね、地上を歩くのってどんな感じなのか分からないからぁ、気持ちは何となく分かるよ!』

≪ほう、そうなのかい?≫

 

 このご時世、地を歩いた経験が無いのは珍しいとテオは思った。鳥も常時飛んでいるわけではなく地に足を付けて歩く事も普通にある。引っ越し前の動物団体の集会で鳥の部の代表達とその辺の生態を丁寧に教えてもらった記憶が真新しい。

 

≪そういえば、君は此処がどこだか分かるかな?地理に明るいのならば案内をお願いしたいのだがね≫

『それはバッチリチリ足だよぉー!ここはわたしの固有している空間だからね、エッヘン!あ、でも案内してもゴールが無いから意味無いと思うよ?』

≪出口が無い?それは困ったね……≫

 

 出られないというのは非常に不味い話だ。

 雲上となれば飛び降りるしか選択肢は無いと思われるが、地表に着いた瞬間にお陀仏になる事は確定だ。折角地に降りたのに、今度は雲よりも上の世界へと旅立ってしまうだろう。

 

 ところで、とテオは話題を切り替える。

 

≪姿が見えない君は一体どちら様かな?≫

『あれ?わたし、まだ姿見せてないっけ?』

≪見えないね。出来る事なら姿を見せてくれると、私も話しやすくて助かるのだけど≫

『おぅ!ごめんごめん、今姿を見せるね!』

 

 そう少女の声がした後、テオの眼前に光の粒子が湧き上がり、それらは意思を持っているかのように人の形を形成していく。

 ほぅ、と感心するテオの前で先程までの声の主が姿を現した。

 

 小学生くらいの年齢容姿で、緩い雰囲気を漂わせている小柄な女の子。パチリと開いた眼と屈託の無い笑顔が快活さを印象付ける。

 銀色の輝く長髪をツインテールに纏めており、服装は白羽織と赤袴の巫女装束で肩にかけて桃色のグラデーションが入っている。花の模様もあしらっている等、細かな手が加わっている。

 

『じゃじゃじゃじゃーん!あ、紅蓮の錬金術師の事じゃないからね』

≪うん、知ってる≫

 

 クルリとその場でターンしながら現れた少女は、元気よく言葉を続ける。

 

『えっとー、いきなり核心をぶっちゃけちゃうけど、わたしがISのコアだっていうのは分かる?』

≪ISコア……確かISのコアにはそれぞれ固有の意思が宿っているって束ちゃんが言っていたっけ。それの事かな?≫

『そーそー!で、主様の手でわたしのコアと猫ちゃんの生命がすっごく近い存在になったから、こうして猫ちゃんが私の固有世界に入れてるの!』

≪ふむ……それはつまり、束ちゃんの手術は無事に終わったという事だね?≫

『うん、まぁ詳しい事は主様に聞いてくれれば大丈V!わたしじゃ詳しい話は出来ないしー』

 

 にへへ、と誤魔化し気味に笑っている少女。

 少女も状況を把握こそしているものの、他人にそれを説明する程の技量はまだ備わっていないらしい。

 

 どうやらその辺りの話はこの世界から出て束から聞いた方が良いだろう、とテオは納得する。

 

≪では、そうさせてもらおうか。ところで、君の名前を教えてもらっても良いかな?≫

『名前?まだ無いよ?』

≪マダナイヨちゃん?≫

『違うー!わたしにはまだ名前が無いって事!そもそもISは誰かが名付けて初めて名前を持てるようになるんだよ、だからまだ誰の手にも渡ってなかったわたしは名前を持ってないのー!』

≪成程ね≫

 

 捲し立てながら勢い良く否定する少女に苦笑しつつ、テオはISコア内の事情についての知識を新しく手に入れた。

 各国で名付けられているISは元々のコアの名前では無く、それぞれの国の開発先が名前を付けたという事である。世界に広告されるとなれば下手な名前は付けられないだろう、変な名前を与えられたコアもとばっちりである。

 

『と、いうわけで……わたしにも名前をつけてー!』

≪……それはもしかして、私が君の名前を決めるという事かな?≫

『モチのロン!これから私達はこの先の人生を一緒に歩く、相棒ってヤツなんだから、折角だし相棒に名前を貰いたいもん!』

≪ふ……嘗て箒ちゃんから名前を与えられた私が、次は別の子に名前を与えるとはね≫

 

 誰かに名前を付けるなど考えた事も無かったのでネーミングセンスに自信が無かったが、そこまで言われてしまっては断る事も出来ず、テオは彼女の要望に応える事にした。

 テオは彼女の容姿を改めて観察する。彼女の銀髪が非常に綺麗だった為、まずはその要素を名前に入れる事を決めた。

 

 『銀』、1文字目は定まった。

 

≪ふぅむ≫

 

 視線を下に落とすと、雲の大地がそこにある。この場所が彼女の固有世界というのであれば、この地からも由縁があった方が彼女の本質が表れて良いのではないだろうか。

 そう思ったテオは、この空雲の世界からも文字を頂戴する事にした。

 

 『雲』、それが2文字目。

 

 2つの文字を合わせれば『銀雲』となり、名前の型が出来上がる。

 ぎんぐも、ぎんうん、とそのまま読むのも構わないが、どうせならもう少し柔らかな表現にした方が女の子的には良いだろうかと判断したテオは、読み方を少し調整する。

 銀を『ぎん』ではなく『しろがね』と読み、その読み方と雲の読みを合わせる。

 

 銀雲。その読みを『しろぐも』。

 

『銀雲……しろぐも……うん、相棒が考えてくれたチョベリグな名前、確かに受け取ったよ!』

 

 名前を復唱し、それを馴染ませた少女――銀雲は満足げに頷くとテオからの名前を正式に手に入れた。

 

 不満も無く名前を受け取ってくれた銀雲の反応に、テオは安堵する。

 

≪それじゃあ、これから一緒によろしくね、しろちゃん≫

『うん!……おぅ?しろちゃん?』

≪君の愛称だよ。こっちの方がもっと女の子らしくて良いと思ってね≫

『しろちゃん、しろちゃん……うんっ良いね!なんだか相棒にだけ許した呼び方みたいで!』

 

 名付けられた名前とは別の名前で呼ばれて一瞬固まった銀雲だったが、テオの説明を聞いて合点がいき、再びその名前を繰り返し読み上げると、その呼び方が気に入ったのかパァッと笑みが深まる。

 ちなみにその呼び方は互いが意思疎通し合える状態の時、つまり現在の様に人間態の姿を取っている場合や、通信で会話している場合等に限り、普段は銀雲として呼ぶと決められた。仕事とプライベートを分ける様な感覚である。流石にしろちゃんの名前で世間に広められるのは銀雲としても抵抗があるだろうからだ。

 

『……あっ、そろそろ現実の相棒が目を覚ますみたいだね』

≪おや、そんな事も分かるのかい?≫

『ふふーん、相棒の事ならもうぜーんぶ分かっちゃうんだからね!』

 

 そう言うと銀雲は得意げに胸を張って誇らしそうに構える。その辺りが把握出来ているのも、互いの生命が近しい場所になったからである。

 

『それじゃあ、またね相棒!』

≪あぁ、またね。しろちゃん≫

 

 

 

――――――――――

 

≪……と、いう事があってね≫

 

 ISの精神世界から現実へと意識を切り替えたテオは、今しがた自分が体感した事を傍にいた束に説明した。

 既にテオは手術を終え、その身体は手術台の上から束チョイスの上質なベッドの上へと移し替えられている。身体には銃の弾痕が残っているが、完全に傷が塞がっている状態だ。

 

 束はふんふんと相槌を打ちながらテオの話を興味深そうに聞き入っている。

 

「ISコアの意思との邂逅……本来なら特定の条件を満たさないと叶わないけど、現時点でその段階にまで至っているという事は、やっぱり……」

≪束ちゃん?≫

「……んふ?あぁ、めんごめんご。束さんとしたことがちょっと考え事に耽っちまったぜぃ」

 

 てへ、と舌をちょっと出しながら茶目っ気を押し出して謝る束。

 思考の海から帰ってきた所で、彼女はテオの現在の身体状態の確認を始める事にした。

 

「まず最初に、かなり時間が掛かったけどテオたんは無事に心臓とISコアの同体接続手術に成功しました。やったね!」

≪いぇい、ってね。ちなみに私の手術はどれくらい掛かったんだい?≫

「もうすぐ1年になるよ」

≪そうか1ね……1年っ?≫

「うん、そもそもISコアを生体組織に組み込む事自体イレギュラーだから、ハイペースで身体が弄られたらテオたんの繊細な身体が保たないし、安全圏での最短時間を狙った結果でコレなんだよ?」

 

 予想以上に時間が掛かった事に驚いたテオだったが、束の説明を聞いてその危険性を理解した。命を救う為の手術で焦って命を落とすような事があれば、本末転倒と言うしかない。

 

≪成程ね……ところで、手術はどういう内容なんだい?≫

「説明しよう!同体接続手術とは、心臓の欠損部もしくは機能不全部分に対してISコアによる直接的な補填接続を行い、心臓の機能を正常にさせる事なのである!テオたんの身体は○ァック共の所為で重傷を負い、銃撃のショックで心臓の機能が著しく下がっちゃったんだけど、この手術でその機能を復活させたんだよ!最早ISコアはテオたんの心臓の一部と言っても差し支えが無いよ!」

≪ふむ……つまり、心臓部に取り付けられたISコアが私の心臓の働きを正常にしてくれてるという事だね≫

「そのとぉりぃ」

 

 何故かねっとりボイスで肯定する束。

 

 尚、以前までのISコアは掌サイズの結晶体だったがサイズの調整は可能で、縮小した状態でテオの身体に収まっている。

 

≪ISコアが心臓の一部という事は、私は猫なのかISなのか……結局はどっちなんだい?≫

「猫だよん」

≪即答したね≫

「確かに、ISコアがテオたんの生命活動に介入しているのは確かだね。だけどそれはあくまで心臓機能のサポートとしての面が強いだけであって、テオたんが猫をやめるぞ、ジョジョーーッ!!っていう事とはイコールにならないのさ。現に生身のテオたんじゃ空は飛べないしエネルギーシールドも張れない、量子化収納も出来ないから、普通に暮らしてる分には猫と殆ど変わりないよ」

 

 この辺りの機能についてだが、実は束が手を加えさえすれば習得自体は可能になる。

 ただし、どの機能にも発動用のエネルギーが必要でありそのエネルギーを補うにはテオの体力を犠牲にしなければならない。そうなれば再び心臓に負荷を掛けてしまうので、束は絶対にそこに手を付けないだろう。

 

「しかぁし!何一つ恩恵が得られなかったわけじゃあない!ISコアがテオたんの心臓の一部となった事で、既にテオたんには2つの影響が出ているのさ!」

≪2つ?≫

「1つ目は、ずばり身体の若返り!テオたん、自分の身体が若返っている事にお気づきかにゃ?」

≪……あっ、そう言われてみれば確かに。身体も最近に比べてずっと動きやすくなってるね。やっぱり石仮面の力で……≫

「あーん、テオたんが吸血鬼!……じゃなくて、ISコアがテオたんの肉体を活動に適したレベルにする為に内部から調整したんだよ。といっても、流石にそこまで大幅には若返られないけど」

 

 現在のテオの年齢は9歳で、人間年齢だと約52歳だ。

 しかし今のテオの肉体は6歳時(人間年齢で約40歳)の頃にまで若返っている。猫で6歳は成猫(成人期)晩年に位置する。

 

「そして驚くべき事に、心臓のISコアがこの肉体年齢を暫く維持し続けちゃう事が判明したの……つまりテオたんは大体十数年くらい先まで6歳代の肉体をキープしてる筈だよん」

≪それはまた、凄いね≫

「つまり今のテオたんは若い身体の時期が長いサイヤ人と同じって事だね」

≪分かり易い例をありがとう≫

 

 若返っても成人期晩年の姿なので、その辺りは異なっているが。

 

≪あれ、でもそうなると私の寿命ってどうなるの?≫

「うん、それが2つ目の恩恵。コアの補助のお陰で大幅に伸びてるみたい。で、どれだけ伸びるかと言うと……分かんない☆」

≪おや、束ちゃんでも分からなかったのかい?≫

「伸びてる事だけなら解ったんだけど、流石に具体的な年数まではね……あ、でも箒ちゃんといっくんの子供の顔が見れるくらいには伸びてる筈だよ!」

≪おっ、ならいいや≫

 

 そしてこの即答である。

 

 ちなみに世界で最も長く生きた猫の寿命は38歳と3日だとか。

 束は言いこそしなかったが、これよりも更に長生きするのではないかと予測している。

 

≪あの子達の子供の顔が見れるなら、束ちゃんの子供も当然見せてくれるんだよね?≫

「ウェッ?あ、いや、た、束さんは研究で忙しいし?そ、そういうのは別にいいかな~なんて」

≪ふむ。まぁ強要はしないし、結婚が必ず幸せの道というわけではないだろうけど……良い人を見つけたらちゃんと悔いの無いようにするんだよ?≫

「(むぅ……もう目の前にいるのに)」

 

 微妙に不満げな表情を見せる束だったが、彼女の心中の内容を知らないテオは深くは気にしない事にした。

 

≪取り敢えず、私の身体の事は大体理解したよ。後は……これからの事についてだね≫

「そだね、取り敢えずテオたんは早速箒ちゃんに会いに行ってあの子を安心させ――」

≪その前に、聞いておきたいことがある≫

 

 束の言葉を遮り、テオは真剣な面持ちで彼女と面を向け合う。

 

≪1年前、箒ちゃんを暗殺しようとした男2人……彼らの背後にいた存在についてね≫

「…………」

≪意識は朦朧としていたけれど、あの時の2人の会話は私の記憶に残っている。彼らが多額の報酬を理由に箒ちゃんを狙っていた事をね≫

「……それを聞いて、テオたんはどうするつもりだい?」

 

 笑顔のままテオに問いかける束。しかしその笑みはまさに貼り付けたかの様な風になっている。

 

 不自然な笑みを前にしながらも、テオは毅然としたまま言葉を続けた。

 

≪勿論決まっているさ。私は――≫

 

 

 

―――続く―――

 




 中途半端ですが、ここで束との間での回想は終了して箒と再会した所へと戻ります。

 そして今回登場したテオの専用機でありISコアの1つ、【銀雲】の紹介です。

●銀雲
【種族】
 ISコア
【性別】
 女性(厳密には性別という概念は無い)
【年齢】
 ???(外見年齢は8歳)
【容姿】
 髪は銀色で、スタイルはツインテール。赤の袴と白の羽織の巫女服を着ている。巫女服の羽織は肩へいくにつれて桃色のグラデーションが入っており、花の柄も入っている。
【ビジュアルモデル】
 『千恋*万花』の『朝武 芳乃』
【特徴】
 テオの心臓に接続されたISコアの意思存在。これから一蓮托生の間柄になるという事で、テオの事を『相棒』と呼んでいる。
 性格は活発的で陽気な性格。古い言葉のイントネーションが気に入っており、言葉の節々にそれを使う傾向がある。同じコア同士でもその辺りはツッコまれる。
 実は『白騎士事件』の時点でテオのISを起動させる為に搭載されたのだが、部分的な機能解放のみで完全な覚醒ではなかった為、当時の記憶は無い。その後暫くはどの国の手にも渡らないよう束が隠し持っていたのだが、テオの手術に当たって彼女のISコアが選ばれた。銀雲自身も自分が手術に使われる事に賛成し、彼女達に協力した。

 以上が、テオの専用機である銀雲のISコアの詳細です。
 多少設定を作ってはいますが、あまり出張り過ぎて原作キャラ達の影を落とすのは個人的にも不本意なので今後の登場もかなり控えめです。そもそも白式と紅椿のコアも登場が少ない予定なので、それに合わせてるとも言えますが……。
 ちなみにビジュアルモデルはエロゲーからの出展なので、良い子のみんなは検索フィルターを掛けてから検索するようにね!


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大切な人の為に……

 

≪……という事があって、私は今こうして生き長らえているんだ≫

 

 箒と別れてからの経緯を語り、今の自分の状況を彼女に伝え終えたテオ。

 

 身体の中にあるISコアによって今も生きていられるようになり、寧ろ本来より幾段長く生きられるようになった身体。

 彼の体内のコアの人格であり、今後の彼の生涯を共にする相棒、銀雲。

 

「そうか……色々あったみたいだが、取り敢えず落ち着く所に落ちたのだな」

≪驚いただろう?再会した時には、私の身体には世界中が喉から手を出す程に欲しがっているISコアが内蔵されていると聞いて≫

「確かに、姉さんがそのような方法でテオを助ける事には驚かされたさ……けれどこうしてテオが生きてくれているだけで私は充分だ。そこに不満を持つ気は無い。……生きていてくれて、本当に良かった」

 

 そう言って箒は、優しくテオの身体を持ち上げ、胸に抱き止める。1年近く触れられなかった温かみを手で感じ、思いのままに抱きしめたくなる衝動に駆られそうになるが、制して壊れ物を丁寧に扱う様に彼を優しく包容する。

 

「本当に……良かった」

≪君には沢山心配をかけてしまったね……だけど、もう大丈夫だよ≫

 

 箒の優しさに応えるように、テオも穏やかな声色で彼女に安らぎを与えてくる。その優しい声は箒にとってこの1年間で何よりも欲しかったものであった。

 

 箒の傷ついた心は、彼の声を聴き彼の温もりを感じる度に解けるように癒されてゆく。無機質な生活をし続けた分、このまま浸っていたいと思える程の甘美がそこにはあった。

 その甘美に触れた彼女は、1つの我が儘を彼にお願いしたくなった。

 自分の力で為さなければならない事だとは分かっている。しかしそれでも、道を示してくれるだけでも良い。先程犯した自らの罪と向き合う為に、自分がこれから何をしたらいいのか。

 

「テオ……実は、聞いてほしいことがあるんだ」

 

 近くのベンチに腰を落ち着かせた箒は、テオに自身の1年間の出来事を簡潔に説明した。

 

 テオがいなくなった後、政府の監視が厳しくなった事。

 聴取がしつこくなり、ウンザリしていた事。

 帰ってもテオがいなくて寂しかった事。

 学校に行っても、剣道しか無くてつまらなかった事。

 

 そして、自身の剣道が只の暴力と化し、それで罪の無い人達を傷つけてしまった事。

 

 正直、話すだけでも箒は辛かった。自分のしでかした事がどれ程大きかったかを再認識させられてしまうが為に。

 だがそれでも、テオにはちゃんと知っていて貰いたかった。己の道を示してもらう為に。

 

 彼女から話せる事は、全てテオに伝わった。

 

≪そうか……色々と辛い思いをさせてごめんよ、箒ちゃん≫

「テオは悪くないっ!テオだって被害者だったのだぞ!」

≪そうだとしても、箒ちゃんを独りにさせてしまったのは確かな事実だからね……例え筋違いでも謝っておきたいのさ≫

「……普段は他人に甘いのに、自分には何かしら筋を通しているのは相変わらずなのだな」

 

 1年前に一緒にいた以前から変わらない姿勢に箒は呆れつつも、その変わらない所に安心感を覚える。

 

≪まぁその話は置いといて、今は箒ちゃんの事だね≫

「あぁ……テオ、私は一体どうすれば良いと思う?」

≪そうだねぇ、私から提示出来る事と言えば……≫

 

 少し間を置いた後、テオは彼女に対して助言を与えた。

 

≪二度と同じ過ちを繰り返さない。かな?≫

 

 もう絶対にしない。

 非常に簡潔でシンプルな内容が、テオの口から放たれた。

 

 それを聞かされた箒は、少々呆気にとられてしまった。

 確かに同じ罪を繰り返さない様にする事はとても大切だ。その姿勢が無ければ現在抱いている後悔は役に立たず、また誰かを傷つけてしまう事になる。

 しかし、たったそれだけを提示されてしまうとそれだけで良いのかと思ってしまう。もっと何か、自身に対して厳しい枷を設けたり、被害者と同じ苦しみを感じる必要があるのではないかと箒なりに考えていた。

 

 だが、テオからしてみれば箒の厳しい考え方は過度な自己満足という認識でしかなかった。

 

≪確かに、そうでもしないと罪を償った気にならない子はいるかもしれないね。被害を受けた側もそういう形を望むかもしれない。けれど私個人からすれば、真に追求すべきは『確固たる意志で己を律する』、これに尽きると考えてるね≫

「……それだけ、なのか?」

≪お金、資産、人権、法律……人間社会ではそれらのしがらみがあるからそういう話に持っていく事も少なくないしね。猫の身からすればそんな事を気にする必要は無いし、一番大切な事を見失わなければそれでいいのさ≫

「一番大切な事……」

 

 テオの言葉を己の心で深く噛み締める箒。

 彼のお陰で自分がこれからどうするべきなのか、という指針を得る事が出来た。受け売りだとしても、彼の教えから感じたものを大事にしたいと彼女は思えた。

 

≪ここからは私から箒ちゃんへの宿題……今回の一件を経て、自分はこれからどう在りたいのかは自分で考えてみなさい≫

「自分で?」

≪そう。そればかりは私が酸っぱく口出しする問題では無いからね。自分の為に、或いは誰かの為にどうしていきたいのか……そこから先は箒ちゃんの自由だ≫

「私の自由……分かった、自分なりに見つけてみせるよ」

≪ふっ、それでこそ箒ちゃんだね≫

 

 そう言ってお互いに笑い合う2人。

 

 かくして箒は一年という月日を経て、己の在り方を確立する事が出来た。

 『誰かを守る為に、誰かの役に立つ為に、その信念を貫き続ける』、そして己の力は『それを果たす為の術』である、と。己の所為で辛い思いをさせてしまった人達の分、否、それ以上に誰かの助けになりたい。

 そして彼女の信念は、やがてとある学園にて力に固執していた異国の少女の心を解放し、義姉妹として絆されるのだが……今はまだ先の話だ。

 

「よし……取り敢えず、今日の対戦相手だった者達とその関係者全員に謝罪をしてくる。乱暴な剣道で傷つけてしまったことを謝らなければ、自己満足だとしても私の気が済まない」

≪というか箒ちゃん、決勝戦終わってから飛び出して来たんだよね?今頃運営の人達が探してるんじゃない?≫

「……そ、そうだな。何にせよ、先ずは会場に戻らなければ」

 

 よし、と息巻きながら席を立つ箒。

 既に会場から飛び出してきた時の陰りは無く、今まで通りの彼女に戻っていた。

 

 そんな箒を見られて一安心したのか、テオは立ち上がった彼女を見上げながら口を開いた。

 

≪それと箒ちゃん、言っておかないといけない事があるんだけど≫

「ん?何だ?」

≪さっきも話したけど、私の身体にはISコアが搭載されている……だけど前例が無いから慎重に身体を診ておく必要がある以上、今後は経過観察の為に束ちゃんと一緒にいなければならないんだよ。それに加えてやらなければならない事も出来てね≫

「……それは、つまり……」

 

 真剣な面持ちで見つめてくる箒を真っ直ぐ見返しながら、テオはゆっくりと言葉を続けた。

 

≪また箒ちゃんと一緒に暮らせるようになるまで、また暫く待ってもらわなければならないんだ≫

 

 

 

――――――――――

 

「……本当に良かったの?年に何度か会う約束をしたとはいえ、箒ちゃんと一緒に暮らさなくて」

≪確かに箒ちゃんの傍にいてやれないのは心苦しいし、一緒に暮らしてあげたいけどね≫

 

 

 翌日の午前9時頃。

 前日は剣道大会が終わった箒と一緒にご飯を食べ、一緒のベッドで寝たテオは彼女が登校した後に束のラボへと戻ってきた。テオが出立する事は、箒も了承済みである。

 

 ラボから戻ってきたテオは束から気遣いをかけられるが、彼にも意志があるのでその言葉に従う事は出来なかった。

 

≪しかし私には、やらなければならない事がある。それに今の私の力では箒ちゃんを守る事もままならないからね≫

「……やっぱり、テオたんは私と一緒に戦う道を選ぶんだね」

 

 1年前、モンド・グロッソ決勝戦当日の日本の住宅街で起きた篠ノ之 箒暗殺未遂事件。実行者は20代の男性2人組で、束の密告によって現行犯として逮捕された。

 彼らは逮捕以降の一時期、引っ切り無しに主張し続けた事があった。

 

 『自分達は頼まれただけだ。真犯人は自分達に暗殺を依頼した奴等なんだから、そっちを逮捕しろ』と。

 

 彼らの主張を警察側はありもしない言い訳だと決定し、聞く耳を持たなかった。彼らの訴えはマスコミの改竄によって罪を認可したと世間に広められ、結局誰の耳にも届く事はなかった。因果応報とはよく言ったものだ。

 

 しかし、束や各国政府の重鎮等、一部の人間はこの暗殺事件の裏に潜むとある組織の事を知っていた。第二次世界大戦時、或いはそれ以前から存在していたという世界の裏に潜む、謎の集団。

 

 【亡国機業(ファントム・タスク)

 それが、篠ノ之 箒暗殺事件の黒幕なる存在だ。

 

 箒暗殺を企てた彼らと戦う。

 テオの意志は既に定まっていた。

 

≪そう言いながら束ちゃんもちゃんと備えはしてくれていたんだろう?銀雲のアーマーと武装をね≫

「もともと、銀雲の装備とスペックは全部護身用なんだってばぁ。こうなっちゃったからには攻撃性能を調整し直したけど」

 

 従来のISを優に超える機体速度、撤退の隙を作る為のAI搭載高機動ビット、防御用のクッション付き腕部装備等が護身用に該当する事項である。

 他の鞭型装備と爪型腕部装備も加えてそれらの攻撃性能は非常に低かったのだが、束はそれら全ての出力を上げて攻撃性能を大幅に上げてみせたのだ。

 

「はぁ……テオたんの事だからもしかしてと思ってたから備えてたけど、まさかホントに協力するって言い出すなんて……トホホ、束さんの周りって頑固な人ばっかり」

≪そんな頑固者を助けてくれる束ちゃんは優しいなー、憧れちゃうなー≫

「ぶー、煽てたって何も出ませんよーだ」

 

 そう言いながら頬を膨らます束は、猫用おやつのちゅ~る(まぐろ味)を差し出しつつ以前作成した空間型コンソールとディスプレイを投影し、片手でそれらを弄り始める。

 差し出されたおやつをモグモグと食すテオの姿にほっこりしながら、束は目的の画面を映し出すとテオにそれを見せた。

 

≪もぐもぐ……これは何だい?≫

「どうやら、ドイツでキナ臭い話があってさ。遺伝子強化試験体っていう、試験管ベビーを作る研究が以前から行われてたみたいなんだけど、それが最近過激になってきてるんだよ」

≪……と言うと?≫

「今は完成形の子が現れて表面上は落ち着いてるんだけど……裏ではそれ以上の子を生み出す為にかなり危険な方法に手を付け始めてるらしい。過去に失敗した子を再利用、みたいな事もね」

≪穏やかな話じゃないね≫

 

 そう言いながら渋い表情でディスプレイ内の資料を眺めるテオ。

 生み出されている子達が全て女性であるという部分を見た彼は、束がこの話を持ち出した理由に合点が入った。

 

≪成程……未来の凄腕IS搭乗者を生み出す為か≫

「っぽい。まったく、ISを兵器扱いしている時点でアレなのに、女の子を兵器として運用するなんて……ドイツって一回滅ぼした方が良いんじゃないかな?」

≪こらこら、堅気の人達がいるんだから物騒な案は却下だよ≫

「分かってる分かってるー。私だってそっちの道に手を染める気は無いし」

 

 ひらひらと手を振っておどけてみせる束。表向きは冗談のようにも見えるが、実際彼女にその気は無い。

 

≪さて……そうなると、次の行き先はドイツだね≫

「その間に、テオたんはISの特訓だよ!ラボに別添えで訓練室を用意したから、そこでレッツパワーアップ!」

≪ははは、まるで私が主人公になったかのような展開だね≫

 

 そんな事を言いながら、2人が乗っているラボはドイツの隠れた研究所に真っ直ぐ向かっていった。

 この世に乱れを齎す、不義を排する為に。

 

 その後、世界の裏側では1つの伝承染みた話が立ち上がった。

 表沙汰に出来ない様な研究を行う施設、団体に現れる正体不明の銀の獣。弾丸を超える速さで駆けたかと思うと研究成果を悉く破壊していき、いつのまにかデータベース上の資料までもデリートさせている。

 表の世界が駆けつけた時、破壊された研究所に残っているのは気絶させられた研究関係者達と、わざと残された悪辣な研究に関する資料が微量。

 

『銀の獣が(獲物)我々を狙っている』

 

 この噂は裏世界の人間、そしてその一部である亡国機業にも広く知れ渡る事となるのであった。

 

 

 

 

 

 そして銀の獣は、新たなる舞台へと躍り出る。

 

 未来を担う若者達が集いし学び舎、【IS学園】へと……。

 

 

 

【第2章】 ―― 完 ――

 

 

 

―――続く―――




 と、いうわけで今話でテオの過去となる第2章が終了です。テオの、というよりは今作品で設定が大きく変わったキャラの過去と言うような感じもしますが。なのでテオが名前を得てからは1人称に戻そうかとも考えましたが、構成上でテオ以外の視点に移る回数が非常に多かったので、3人称で押し通しました。次回からは漸く一人称にもど……あ、亡国機業の視点じゃん。
 実際、今話では書きたい描写が沢山あったんですよね……『テオと暫く暮らせない事を寂しく思いつつも、彼の内に秘めた思いに感づき健気に見送る箒のシーン』『箒が竹刀を持って己の魂に誓いを刻むシーン』『箒が大会参加者に誠心誠意謝罪して、次の大会では勝つ!と互いに誓い合うシーン』『中学3年生になった箒が全大会の決勝戦の相手と再び対峙し、熱い試合をする青春的なシーン』とか色々……あれ、箒の事ばっかりじゃね?

 ……という訳で、別の機会にそんな話を執筆しまーす。思い出話的な感じで振り返るなり、やりようはありますからね!


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猫の学園生活ー夏休みと2学期ー
蠢く影ーー③


第2章までの設定集を書いているのですが、ボリュームが多くて間に合いそうになかったので先に第3章からスタートします。


 日本の某都市の中心に構えている、とある超高層マンションの最上階。

 複数人が寝泊り出来るスペースのある、華美な装飾に溢れたスペシャルルームにて桃色の髪の女性――ロゼが備え付けのデスクの上で自前の変装道具の整理を行っていた。

 

 そんな彼女に、1人の女性が声を掛けてくる。

 

「よぉロゼ、調子はどうだよ?んん?」

「……特に問題ありませんね」

「っは、問題無い?問題無い、かぁ!」

 

 女性はロゼの発言を聞いて突然可笑しそうに笑ったかと思うと、彼女のデスクの上にドカッと乱暴に座る。酷く挑発的な笑みを浮かべながら、構わず作業を続けるロゼの顔を覗き込む。

 

「猫なんかに負けて、おめおめと逃げ帰って来て、それで問題無いと来たか!流石はロゼちゃん、謙虚なお心が私には眩し過ぎらぁ!クハハッ!」

「……今日は随分と絡んで来ますね。こんな話を知っていますか?」

「あん?」

「他人の不幸を蜜の味と喜ぶ奴は、脳味噌が蜜漬けで機能してないそうですよ」

 

 その瞬間、周囲の空気が凍り付いた。

 

 先程まで笑みを浮かべていた女性も、ロゼの言葉を聞いて徐々にその表情に怒りを表していく。

 

「……てめぇ、下っ端の癖に随分とデケェ口叩いてんな、あぁ?」

「おや、今の話に貴女が怒る所がありましたか?それは失礼、あなたの主食がそれとは知りも知らずに……」

「……ぶっ殺すぞゴラァ!!」

 

 今にも殺し合いを始めそうな、一触即発の状況。

 

「止めなさい、オータム」

 

 その場に怖気づく事無く凛とした態度で口を出したのは、彼女達が良く知っている人物であった。

 バスルームのドアを開け、胸元を大きくはだけさせたバスローブ姿で現れた妙齢の女性――スコールである。

 

「な、何で私にだけ言うんだよスコール!クソ生意気な事を言ったのはコイツで……」

「先に挑発したのはどうせまた貴女でしょう?なら私は言いだしっぺに注意するわよ」

「うぅ……」

 

 スコールの厳しめな言葉によって、女性――オータムは完全に威勢を失う。その姿は先程までの獰猛な立ち振る舞いからは想像もつかない、まるで叱られた子犬の様な印象だった。

 

 そんなオータムを脇に、スコールはロゼに対して申し訳なさそうに口を開く。

 

「ごめんなさいね、オータムが失礼な事を言って」

「いえ。気にしていませんので」

「けれど、貴女までオータムを煽る様な事を言うのは勘弁してくれないかしら?宥めるのは簡単だけど、無い方が私も楽だし。というか気にしていないって嘘でしょう。でなきゃ煽らないわよ」

「ご想像にお任せします」

 

 淡々と言葉を交わしていく内にロゼは変装道具の整理を終え、トランクのホルダーフックをパチンと閉じる。

 それを部屋の脇に追いやると、部屋の出口に向かって歩き始めた。

 

「少し所用で出て来ます。帰りは日付が変わる頃になると思います」

「はぁい。……ところでロゼ、ちょっと聞いても良いかしら?」

「?」

 

 スコールに呼び止められたロゼは、通り過ぎようとした彼女の前で足を止めてそちらを振り向く。

 

「何でしょうか?」

「いえ、『彼』と実際に戦ってみてどうだったかと思ってね」

「『彼』……あのお猫殿の事ですか」

 

 スコールが挙げた名前に心当たりを付けたロゼは、テオと戦った時の事を思い出す。

 海上で繰り広げた彼との戦闘は、ロゼにとって苦い経歴となった。ロゼの表情にもそれが表れる。

 

「……油断していました。まさかあそこまでの実力を持っているとは思いませんでした」

「もう、だから忠告したじゃない。あの子には気を付けなさいって」

「ええ、今回の敗北は私の落ち度です」

 

 海上におけるテオとの戦い。

 確かにロゼは序盤の時点で未公開の武装を駆使して場の流れを掴んでいた。彼女の専用機【セブンス・ローズ】は7種のカラーカートリッジを用いて機体や武器の能力を変化、強化させる能力があり、非常に汎用性に優れた力が備わっている。相手に応じて戦術を変えられるその能力は相手からすれば厄介と言える代物だろう。

 だが、戦いが進むにつれて彼女の動きはテオに読まれ始めていった。各色の特性をある程度把握した彼は、防御強化や速度強化等の変化に応じた行動を逐一取り、徐々にロゼの戦法に適応していき戦況を変えていった。

 

 そして、テオが第二形態移行を行ってISを銀雲から天臨へと進化させた事によって、戦局は逆転。

 パワーアップしたテオが、海上での戦いを制したのだ。

 

 2人の話を傍で聞いていたオータムは、スコールの方を見ながら口を開いた。

 

「なぁなぁスコール、次は私がそいつをぶっ潰してやるよ!私ならそんな奴、余裕で倒してみせるからさ!」

「ダメよ。貴女には今度別の任務があるんだから、彼と戦うのはまだ先」

「えぇ~、いいじゃんちょっとくらい。どーせ織斑 一夏って奴もザコなんだろうし、そいつも纏めて始末しちまうからさ!」

「ダーメ、ちゃんと自分の役割に専念しない子は嫌いよ?」

「う……わ、分かったよ」

 

 ちなみに、彼女達のやり取りを聞いていたロゼはと言うと。

 

「(このクソビッチ、威勢と自信だけは一人前ですね)」

 

 内心でかなり毒づいていた。

 そんな2人のじゃれ合いに付き合うのも疲れるだけだと判断したロゼは、サッサとこの場を去る事にした。

 

「では、暫く出てきます」

「ええ。いってらっしゃい」

「ほらさっさと出ていけよ。邪魔だから」

「口を開かないでくださいビッチ女」

「あぁ!?てめぇ今私の事――」

 

 ロゼ、オータムの声を遮って部屋から退出する。

 少しの間、扉の向こうでオータムの怒鳴り声が発されていたが、いつの間にか止んでいた。大方、再びスコールに注意されたのだろう。彼女はスコールに言われると非常に聞き分けが良いのだ。それこそ従順なペットかと思う程に。

 

「……で、ペットと飼い犬の『お楽しみタイム』が間もなく始まると」

 

 実際の所、ロゼには外出をする必要が無い。不足している備品や仕事道具も無いし、外での用事がある訳でも無い。

 理由は1つ。あの場に居続けるとスコールとオータムによる『夜の営み同性バージョン』が行われるのだ。ロゼがいようといまいとお構いなしに、である。片やロゼがどういう反応をするのか面白がっている節があり、片や眼中に無いからとにかく愛する人とイチャイチャしたいという願望からだ。当然ロゼに他人の情事を見学する趣味は無いし、無視されて好き勝手に盛られるのも癪な話だ。

 なので彼女は先程スコールに日付が変わる頃に戻ると伝えた。『2人きりにしておくから、その時間までには済ませておけ』という彼女達への暗示だ。終わってなければ実行中の2人に対して適当な物を投げつける算段でいるが、今の所回数は0だ。その辺りの自制が出来ているのだろう、スコールは。

 

「……酒でも飲みに行きますか」

 

 現時刻は21時過ぎ。この時間帯は営業を終えている店も多く、これから行くとなるとある程度絞られてしまう。

 第1希望は変装に使える物が置いてある雑貨店なのだが、ロゼが把握している限り、ここいらでそれを扱っている店はどれも閉まっている。妥協案として、どこかの店で酒でも飲んで時間を潰す事にした。

 

「そもそも、私が彼女達に気を遣う必要は欠片も無いと思うのですが」

 

 なんにせよ面倒な事になりそうだったので、ロゼはそれ以上考えるのを止めた。

 

 

 

――――――――――

 

「さぁー真耶ぁ、次の店に行くぞぉ」

「お、織斑先生……結構お酒回ってるみたいだけど大丈夫なんですか?」

「イケるイケるぅ、今なら良い男を家に連れ込める気がする、あぁ一夏がいたなぁそういえばあいつどんな反応するかな?アッハッハ」

「大丈夫じゃないみたいですね……」

 

 先に店を利用していた女性2人組とすれ違い、ロゼは適当チョイスした店に足を踏み入れた。

 すれ違った女性たちの顔に見覚えがあったのだが、今は完全にオフの気分なので深入りするつもりは毛頭無かった。今後も日本国内で活動していくというのに、下手に目立つのは危険でもある。

 ちなみに、普段亡国機業の一員として活動している時の彼女のコスチュームはゴスロリ仕様なのだが、都内でそれを着て歩けば嫌でも注目が集まってしまう。なので彼女の現在の服装は変装用のシンプルなレディースコーディネートだ。世の中には赤い髪や水色の髪の人間もいるが、ピンクの髪も充分に目立つので金髪のウィッグで一般的な外国人を演出している。

 

「いらっしゃいませ」

 

 来店したロゼを出迎えてくれたのは、小洒落た内装の店内と先客の皿を片付けているマスターであった。

 

「只今ご注文を承りますので、先に席にてお待ちくださいませ」

「分かりました」

 

 マスターの案内の下、ロゼはカウンター席に座ってマスターの作業が終わるのを待つ。

 

 程無くして、マスターの方も片付いたようである。

 

「オレンジブロッサムと……生ハムスライスをお願いします」

「かしこまりました」

 

 特に味の好みが無いロゼは、メニューの中から適当に目についたドリンクとおつまみをチョイスし、注文した。

 注文が来るまでの間、ロゼは持って来た手帳を開いて今後のスケジュールに目を通し始める。そこには今後の自身の行動計画がびっしりと書き込まれており、日本以外の国に向かう事もしばしばある。中々にハードなスケジュールだとロゼは内心で軽く愚痴った。

 ふとロゼは、既に日付が過ぎているイベントの文字に目を移す。そこには『銀の福音暴走』と記入されていた。

 

「(それにしても、IS学園……特に織斑 一夏は我々に随分と振り回されていましたね)」

 

 銀の福音が暴走を起こした理由、それはもうスコール、オータム以外のもう1人のメンバーが米軍基地に単騎で乗り込み、福音のプログラムに細工+αを施したからだ。福音には既にパイロットが乗り込んでいたが、卓越したメンバーの技量により見事暴走させてみせたのだ。

 暴走した福音は大陸から西方向へ移動し、日本の領域にも侵入する経路を辿った為に日本に設立されたIS学園に通う専用機持ち達と交戦。激しい戦いを繰り広げた。

 

 第一回目のアプローチの際、IS学園の者達にとって想定外の事態が起こった。

 密漁船の登場。

 その出現により、攻撃のチャンスを逃した一夏は仲間の1人に重傷を負わせてしまう。結果、初回の戦闘は失敗という形で終わってしまった。その際、密漁船は影も形も残さずに消えてしまったのだ。

 

 『最初から密漁船など存在しなかったのだから』当然だ。

 

「こちら、お先にお飲み物のオレンジブロッサムです」

 

 すると、マスターから頼んでいたドリンクがおつまみより先に出される。グラスの淵にはスライスレモンとチェリーで飾り立てが施されている。

 

 お礼を述べつつ、ロゼはお酒を一口。やはりこういう場のお酒は一味違う、と内心で舌鼓を打っていた。気が緩んだのか、そんな彼女の内心が表情に出ていてマスターが微笑ましそうに彼女の顔を見ていたのだが、ロゼはそれに気付かなかった。

 

 話は戻るが、先程も言ったように密漁船は初めから存在していなかった。

 だが、現場では船が海上を進んでいる姿を目撃している者が何人もいた。なのに存在しないというのは一体どういう事なのか。

 

 そもそも、あの密漁船は……。

 

「(立体映像(ホログラム)、海中の潜水艦から投影した舞台演出だとは思わなかったでしょうね)」

 

 福音と専用機持ち達が激しい戦いを繰り広げている中、海の中に潜んでいた潜水艦。操作をしていたのはスコールとオータムの2名で、彼女達は万が一計画が狂った際の保険要因及び福音の暴走の現場観察としていたのだ。

 彼女達は潜水艦を経由して会場に密漁船の立体映像を映し出し、混戦の中に専用機持ち達の枷になり得る存在を投入してきたのだ。立体映像なので、当然中には誰もいない。

 

 つまり一夏は意図しない所で、誰も乗っていないどころかありもしない船を守る為に攻撃のチャンスを捨ててしまったという事になる。これに関してオータムは腹を抱えながら一夏の事を嘲笑っていた、無意味なヒーローごっこをしているバカなガキだと。

 

 一夏に助けられた密漁船の立体映像は、その後の騒動の最中にドサクサ紛れで投影終了し姿を消した。セシリアが密漁船の姿を見失ったのも、これが理由だ。

 

「お待たせしました」

 

 話伝手で聞いた過去の結果を思い出していると、マスターから注文の品が渡される。

 その脇には、注文した覚えの無い小盛りチーズキューブが添えられていた。不思議そうにしているロゼを前に、マスターが理由を教えてくれる。

 

「当店を初めてご利用いただいたお客様への私からのサービスでございます。お好みでなければ、お下げ致しますので」

「いえ、チーズは好きなのでお言葉に甘えて頂きます。ありがとうございます」

 

 そう言ってロゼは差し出されたおつまみをそれぞれ一口。やはりハムとチーズの相性は抜群で、加減の効いた塩味と濃厚な味わいがベストマッチして口の中に拡がり、酒を進ませようと誘惑してくる。

 その誘いに耐え切れず、酒を1口。忙しい仕事が重なる彼女にとって非常に至福な時間だ。

 

「お客様は海外の方のようですが、お住まいもこの辺りで?」

「いえ、本社のある本国から日本の支社に派遣されまして、先月この街に越してきた者です」

「成程。日本語もとても流暢ですね」

「女性用化粧品のセールスを行う以上、言語を徹底しておかなければなりませんからね。マスターが女性ならばお勧めの商品を提案していたのですが、残念です」

「いえいえ。仕事を持ち込ませず、お客様にお酒の場を楽しんで頂けるのが私としても本分ですので」

「バーマスターの鑑ですね……次のお酒をお願いできますか?ジンライムで」

「はい、かしこまりました」

 

 マスターと雑談を交わしつつ、次の酒を注文したロゼはクイッと残りのオレンジブロッサムを呷り、飲み干してみせる。

 次の任務に当たるまでの憩いの時間を、彼女は堪能する。

 

 

 

―――続く―――

 




 と、いう事で第3章開幕は亡国企業側からのスタートとなりました。第2章のエピローグという感じにもしていますが。
 作中でも描写させましたが、福音戦での密漁船は海中の潜水艦から送り出した立体映像という設定にさせていただきました、若干無理矢理感もあるかもですが……。じっくり見れば実物か映像か判断出来るのですが、激戦中でそれ所では無かったという感じですね。

 このネタ晴らしもオータムの口から喋ってもらおうと予定していたのですが、オリキャラのロゼと折り合いが悪くてタイミングが掴めなかったので、ロゼに担当してもらう事になりました。彼女の口からは一夏と直接戦闘になった時にでも。

 さて、次回からは第3章で夏休みからスタートです。基本的にキャラ同士の絡みや掘り下げ等を中心にやっていく感じです、ここ最近シリアス続きだったので、雰囲気も柔らかめにしたいですね!


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夏休みの予定

亡国機業サイド回を描いた時はお馴染みの、連続投稿です。


 

◇   ◇

 

 臨海学校から幾日が過ぎ、早くも夏休み直前となった。気温はすっかり夏模様で、教室内は空調が効いていて快適だが、窓の外は日光でジリジリと照らされた蒸し暑さを感じる。教室を出た時の温度差は、きっとキツいものがあるだろう。

 

 1学期最後のHR、その締め括りを行うのは我らが1年1組の担任、千冬嬢だ。

 

「さて、諸君。明日からIS学園も夏季休暇、夏休みに入る」

 

 生徒のお嬢ちゃん達は千冬嬢の言葉を清聴している。内心では目と鼻の先の夏休みを心待ちにしてウキウキしている事だろう、雰囲気で何となく分かる。我慢し切れずに鞄を持って席を立っている子もいるしね。

 あ、千冬嬢のチョーク投げで沈められた。

 

「夏休み中は学園寮も通常通り運営しているが、寮に残るなり帰省するなりは各自自由にしろ。ただし、帰省する者は申請書の提出を忘れないように」

 

 学園側も寮に残っている子と実家に帰っている子の把握が出来ていないと大変だからね。IS学園は立地の関係で実家から通っている子は珍しいし、海外の子も多いグローバルなラインナップだから海外帰省する子も少なくない。

 特に海外の子はこういう長期休暇の時でないと中々本国に帰れないだろうから、家族や友人と会う為に帰っておきたい所だろう。我慢し切れずに鞄を背負ってパルクールみたいに華麗な飛び込みで窓から脱出する子もいるしね。

 あ、千冬嬢の出席簿ブーメランではたき落とされた。

 

「では、以上でHRを終了する。2学期からまたよろしく頼むぞ……あぁそうそう、夏休み中にはしゃぎ過ぎて人様に迷惑を掛ける様な事はするなよ?警察沙汰になろうものなら……分かっているな?」

『イ、 イエス!マム!』

「よろしい。では今度こそ、HRを終了する」

 

 そう言って、千冬嬢はサッと教室から去っていった。

 真耶ちゃんも彼女に続きつつ、出口の前で皆の方に振り返って『それじゃあ皆さん、夏休み、思いっきり楽しんでくださいね!』と良い笑顔で言ってから教室を出ていった。

 

 先生2人が教室からいなくなった後、1年1組の教室はワッと湧いた。よく聴いてみると隣の2組もちょうどHRが終わったみたいで、ウチの子達と同じように騒いでいる。

 

「やったー!待ちに待った夏休みだー!」

「夏休みktkr!」

「なのです!」

「ねぇねぇ、夏休みは実家に帰るの?」

「うん、そうだよ!ちょっとジャングルまでね」

「ターザンかよ」

 

 クラスのお嬢ちゃん達の開口一番の話題は、やはり夏休みの予定だった。まぁ丸々1ヶ月も休みがあるとなると、色々予定が立つだろうね。

 

≪ちなみに皆は、夏休みはどう過ごすんだい?≫

「わたくしはイギリスに戻って、色々と諸事を消化して参りますわ。我がオルコット家の職務に代表候補生としての報告、専用機の本格的調整、バイオリンのコンサート、旧友との親睦会……あぁ、今から考えるだけでも忙しいですわ!」

 

 いつもの専用機持ちメンバーで集まり、私の問いかけを最初に応えてくれたのはセシリア姫。代表候補生としてだけでなく、名家での用事も加わっている辺り、恐らくこのメンバーの中でも最も多忙なのが彼女だろう。オルコット家当主として周りより一足先に社会進出している分、その辺りが絡むと余計にね。

 口では忙しいと言っているが、腰に手を当てながら胸を張るいつもの仕草と誇らしげないつもの表情からして、口で言ってる程悪く思ってはいないようだ。忙しくはあるけど、充実してるとも言えるしね。

 

「僕は本国に戻って、所属先の会社の方で色々とやっておかないといけない事があるから」

「えっと、確か……エトワール技術開発局、だったか?」

「エトワール技局、と省略した呼称もあるな。フランス国内で最もIS技術が進展しているIS企業だな」

 

 お次はシャル。彼女もフランスに戻ってIS関連で色々と用事を片付けなければならない。

 一夏少年が絞り出す様に取り上げ、ラウラちゃんが捕捉で説明してくれたIS企業、エトワール技局こそシャルの新しい所属先である。彼女の専用機の所有権も、デュノア社吸収の際にこの会社が手に入れたそうなので、整備諸々もそこで行われるという事だろう。

 

「私はドイツに帰還し、代表候補生としての職務と軍の雑務をこなさなければならない。それに我が部隊、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員達とも顔を会わせておかなけれな」

「そういえばラウラ、部屋の隅に山積みに置いてあるのって、まさか……」

「うむ。隊員達へのお土産だ」

 

 ちなみにお土産の内容はというと、少女漫画複数タイトル一式(某副隊長イチオシ)、アイドルのポスター、とある死神達のポエム集、決闘者御用達のカードデッキ、洞爺湖と書かれた木刀、マトリョーシカ仕様こけし、夜に髪が伸びる日本人形等々……らしい。

 うん、まぁ、良いんじゃないかな、タブンネ。

 

「あたしは……帰っても訓練とかやらされそうだし、やめとこっかなぁ」

「鈴!なぜ鈴がここに……HRから逃げたのか?自力で脱出を?」

「無言の腹パンされたいのかあんたは。うちのクラスもHR終わってるわよ」

 

 ラウラちゃんのボケにツッコミを入れつつ、鈴ちゃんも自分の予定を語る。と言っても、彼女はどうやら日本に留まるみたいだけど。まぁ強制じゃないって言ってたし、本人が望むのならそれも1つの道だよね。

 

「えっと、俺はな――」

「無いでしょ」

「無さそうですわね」

「無かったりして」

「無いだろ」

「あると良いな」

≪そう、無いんだよ≫

「いやせめて言わせろよ!?そして変化球入れて来た箒はその生暖かい眼をヤメテ、あとテオは俺の代理で答えた風なのをやめい!」

 

 女子メンバーによる一夏少年弄りは相変わらずだ。なんだかこのやり取りも随分と久しぶりのような気がする。

 

「じゃああんたの予定ってどんなのよ」

「一夏さんの事ですから、きっとわたくしよりも過密なスケジュールを組んでおいでなのでしょう!わたくし、わかりますわ」

「しれっとハードル上げないで!というかさっきと言ってる事真逆じゃねーか!」

「それで一夏、どういった予定?」

 

 シャルの催促により、一夏少年はゴホンと一息吐いてから重々しく口を開く。

 

「えっと、まずはアレだよ。白式のメンテナンスとかで倉持技研の方に行くんだよ」

「メンテなんてここにいる全員がやる予定でしょ」

「いや待て。パパとお姉ちゃんはどうするのだ?特にお姉ちゃんの紅椿は所属国の都合で再調整の場が設けられないのではないか?」

 

 確かに、まだ箒ちゃんの紅椿の所属国家が決まっていないのでラウラちゃんの懸念は尤もである。

 しかし、心配には及ばない。私達の専用機の本格メンテナンスをしてくれる子と言えば、あの子達しかいないからね。

 

≪私達は束ちゃんに調整してもらえばいいから、そこは大丈夫だよ≫

「堂々と現在指名手配中の人に会いに行くというのも、中々豪胆ですわね……」

「まぁ、流石にお忍びだがな。政府に知られると色々と聴取が始まって面倒になるんだ。時間の無駄になるから勘弁してもらいたいというのに」

 

 箒ちゃんの愚痴に重みを感じる。経験者の言う事は一味違った。

 

「それで一夏、他には?」

「あー、えっと……アレだアレ、テオと一緒に動物団体に顔見せするんだよ」

「あぁ、あの噂のカオス集団に……」

「他には?」

「……あの、弾と、友達と遊んだり?」

「まぁ、わたくしも旧交を温めると発言しましたので予定と言えますわね」

「他は?」

「…………」

 

 少年が完全に沈黙してしまった。

 

「うん、まぁ頑張った方よあんたは」

「良く頑張りましたわ、一夏さん」

「大丈夫だよ一夏、最後まで頑張ったんだから何も恥ずかしい事なんて無いよ」

「恥しか感じねーよ!?何なの最後の最後でその慰めという名の追い打ちラッシュ!」

 

 女の子達の励ましの言葉は一夏少年の傷口に塩の様に塗り込まれたようで、少年は嘆く様にその場で叫んだ。

 大丈夫大丈夫、予定なんて後からやってくるものだから今になってそう悲観しなくても良いさ。というのを後で伝えておこう。今は……面白そうだからこのままで。

 

「お、俺の事は分かっただろ!?箒の予定はどうなんだ?」

「あ、露骨に話題逸らした」

「いやらしいですわ……」

『セシリアの方がエロいなぁ』

「エロくありませんわっ!というか何でクラスの皆さんで言うんですの!?」

 

 セシリア姫にも流れ弾が当たった模様。もはやその流れもテンプレートになりつつあるね。

 

「まったく、情けないぞ織斑 一夏。お姉ちゃんの予定を見習え、お姉ちゃんは夏休みの前半の時点でドイツにフランスと、転々と国を廻るのだぞ」

「いや、予定に勝ち負けなんてないから……っていうか箒、外国に行くのか!?」

「うむ。臨海学校の時にラウラとシャルから誘われてな。2人の予定と都合を合わせて、テオと一緒に行くのだ」

「テオも行くのか!?」

≪そうだよ。初めての海外旅行……心が躍るね≫

 

 Max大変身しそう。なんてね。

 

「最初はフランスに行って、シャルの所属企業の会社見学や市街観光等をしながら3日間滞在するんだ。企業の方には既に許可を戴いているぞ」

≪で、その後はドイツで軍の見学や市街観光。軍の方は普通見学出来ないんだけど、ラウラちゃんや千冬嬢のコネを借りて重要施設以外の見学なら出来るようになったのさ≫

「見学の折は私と部隊の者達で名目上の監視をする事になるが、奴等には上手くやるよう伝えておいてあるぞ」

「……なんか、色々とすげえな」

 

 一夏少年が呆気に取られた様子でそうポツリと呟いた。

 確かに企業見学や軍基地見学と聞くと、大きなスケールを感じてしまうだろうね。ちゃんと観光もするからそんなに空気の重たい旅じゃないんだけどね。

 

 だが、箒ちゃんの夏休みの予定はこれで終わりじゃない。

 

「帰ったら紅椿のデータ収集と鍛錬……あぁ、夏祭りの準備もしなければならないな」

「夏祭り?」

「あぁ。うちの篠ノ之神社で毎年のお盆に祭りを催してるんだ。出店も揃っていて食べ物や遊び場が豊富だぞ」

「日本のフェスか……僕も行ってみたいなぁ」

「私も、私も行きたいぞ!」

 

 シャルの言葉につられて、ラウラちゃんがワクワクした顔で祭りの参加を主張してくる。可愛い。

 

≪ちなみに、今年は箒ちゃんの神楽舞がお披露目されるんだよ≫

「神楽舞?」

「日本の神事の一環だな。神様への奉納を目的とした舞踏……まぁ平たく言うと日本の伝統の踊りだ」

「わたくしも話で聞いたことがありますわ。日本の奥ゆかしい歴史文化、実に興味があります」

「夏祭りかぁ、日本の祭りは中学以来ね……この流れだと皆で行く感じかしら?」

「あぁ、是非来てくれ。面白い出店も案内するぞ」

 

 穏やかな箒ちゃんの笑みに呼応し、他のメンバーは夏祭りへの期待を口にしていった。

 そういえば、昔の箒ちゃんは八重殿に影響されて神楽をやりたがっていたんだよね。見よう見まねで自分で口紅を塗ったり、舞用の刀が重くて持てなくて扇だけで我慢していたり、あの頃もとても愛らしかった。

 

「そうなるとお父さんの夏休みの予定って、箒と殆ど一緒って事なの?」

≪まぁ、そうなるね。夏祭りの準備も付き添うつもりだし、ISの訓練にも付きあうし≫

 

 勿論、箒ちゃんと四六時中一緒にいるという訳ではないから細かい相違点はあるけど。一夏少年が言っていた動物団体の件も、箒ちゃんは連れて行かないし。

 

 そこで、全員の視線が一夏少年へと注がれる。

 

「……やっぱり夏休みは一夏さんが一番手空きなのではなくて?」

「い、いや待て!俺だけじゃなくて鈴だって暇人だろ!」

「はぁ!?あんたあたしを暇人扱いする気!?こちとら国に帰らなくてもメンテや報告やらやる事はあるんだから、あんたよりは忙しい身分よ!」

「違いますぅ!俺だって倉持や学園に書類書いたりするから大差ありませぇん!暇人同士一緒に地獄に堕ちようぜ……相棒」

「何で急に地獄兄弟節になったのよ。っていうか一緒にすんな!」

 

 そんなこんなで、一夏少年と鈴子ちゃんの言い争いがまた始まる。この2人の組み合わせ、もしくは鈴子ちゃんとセシリア姫の組み合わせではよくある事なので周りの子達も風物詩の様にその光景を傍から見物している。

 

 何はともあれ、IS学園に入学してから初めての長期休暇。

 どんな面白い出来事が待っているか、今から楽しみで仕方ないね。

 

 

 

―――続く―――

 




 日常回、本格復帰です。あんだけギャグ描きたいと言っておきながら、いざ久しぶりにこの雰囲気で書いてみると上手い事纏まらず……最近だらしねえな♂
 そして主人公のテオと箒は発言通りフランスやらドイツやらに旅行……と言ってもそれぞれ1話~2話でさっくり済ませる程度なので、夏休み期間も左程は長くならないかと思われます。


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猫と少女とフランス旅行.1

 IS学園が夏休みに突入してから約一週間後。

 

 私と箒ちゃんは予定通り、先に母国に帰ったシャルに続いて飛行機でフランスへと向かった。

 本来ならば猫である私は飛行機に乗れないのだけど、世界で唯一ISを操縦できる猫という事で特例措置が施され、各空港で猫用の特性座席を用意される事となった。私が飛行機に乗るという事態など想定外だと思われるが、猫自体が優遇されるようになったのだろうか……ともあれ、用意されているのならば遠慮なく使わせてもらう事にした。

 飛行機での移動はISで飛ぶ時とはまた違った感覚があったけど、これはこれで悪くなかった。

 

 そして私達は、フランスの首都であるパリへと足を踏み入れた。

 

≪いやぁ、長いフライトだったね。あんなに長く空を飛んでいたのは初めてだよ。ISを使えばあっという間に来れたのに≫

「その辺りの手続きは面倒だからな。何十枚と書類を書かないといけないなど、気が遠くなりそうだな」

≪いやでもさ、私は書類とか書けないんだから免除とかにならない?≫

「多分、私が代理で書かされるだろうな」

 

 じゃあ駄目だね。

 

 それにしても、日本と比べてフランスは気温が穏やかみたいで非常に過ごしやすいね。

 そう言うと語弊が生じるので少しだけ捕捉させてもらうと、フランスは北大西洋海流という暖流の影響で高緯度に反して温暖な気候にあり、夏場の平均気温は15℃~25℃と控えめ。だがしかし、年間に数日は30℃越えの気温が存在するらしく、過去では40℃オーバーの日もあったり、30℃越えの日が数週間続いた所為で1万人以上の死者が発生したりとかなり大変だったとか。

 逆に冬場は年間に数日は最低気温が氷点下を下回り、過去の事例では-20℃を下回ったという話も聞いている。

 つまり、日本とはまた違った気温の激しい波があるという事だ。

 今回の旅行は当たり日を引けたようで何よりである。

 

「シャルロットは……まだ来ていないのだろうか」

≪車で来るって言ってたから、道が混んでるのかもね≫

 

 フランス旅行の初日は、シャルの案内で彼女の所属するエトワール技局の会社見学を行う予定となっている。彼女は技局社員の車両で会社から直接来て、この空港で合流する手筈となっている。

 しかし、見た限りでは彼女の姿は見当たらない。夏休みシーズンだし、道路が混んでいても仕方ないね。

 

「ねぇねぇ見て見て、もしかしてあれって……」

「嘘っ?まさか本物っ?」

「……何だか周りが騒がしくなってきたな」

≪もしかしなくても、私達の事だろうね≫

「紅椿を得る前は有名になる事も無かったのだが……まさか半月も経たない内に顔が知れ渡るとは」

 

 周りが私達の存在に気付き始め、賑やかになっていく。

 

 世界で唯一ISを動かせる猫である私は、4月の時点で世界に顔が知れた有名猫となっていた。日本でも私が市街に出れば私の事に気付く者も多く、サインや握手等をねだられている。

 

 最近は箒ちゃんも第4世代型ISを手にして、一躍有名人となった。メディアが第4世代ISの存在を報道したと共に、箒ちゃんにもインタビューを行ったからだ。内容は簡潔でテレビに映る時間も短かったが、彼女の顔はちゃんと世界中に知られるようになった。

 重要人物保護プラグラム対象者をメディアに晒して良いのだろうかとも思ったけれど、既に亡国機業にはIS学園に通っている事が知られているし、今更か。それに防衛の手段を持っているという宣伝にもなっているし。

 

 ちなみにこういう賑わいが起き始めると、次の動きというのも決まっており……。

 

「あ、あの!もしよろしければ握手してもらえませんか!?」

「わ、私も!」

「俺も!」

「わちきも!」

「おいどんも!」

 

 こうなる。

 

 あっという間に私達はサインや握手を欲しがる人達に周りを囲まれてしまう。そのボヤ騒ぎに気付いて、通り掛かる者達も何事かと集まり始め、どんどん人が一ヶ所に密集していく。

 

≪いやぁ、人気者は辛いね≫

「テ、テオ!これはどう対処すればいいのだ!?ああ皆さん、そんなに押さないで!」

≪全員に応じるのは無理があるからね、もうすぐ空港の警備員が騒ぎを聞きつけて対処してくれる筈だよ。或いはシャルが来てくれたら……≫

「え、何この騒ぎ……って、もしかして箒とお父さん!?」

 

 噂をすれば何とやら。

 シャルが到着したようだね。姿は人混みで見えないけれど、リヴァイブの反応と声で分かった。

 

 兎にも角にも、彼女と合流してこの場を切り抜けて――。

 

「あっ、見て!こっちには我がフランスの期待の星、シャルロット様よ!」

「ホントだ!エトワール技局お抱えの金の卵だ!」

「略して金た――」

「その先を言ってみろ。殺すぞ。おぉん?」

「シャルロット様ー!お慕い申し上げておりますー!」

「うぇえっ!?」

 

 あっ、シャルもファンの皆に囲まれちゃった。単に燃料の追加になってしまっただけの模様。

 

 この後、空港の警備員が場を収めてくれた。

 

 

 

――――――――――

 

 空港での一騒動から間もなく、私達はシャルと共にエトワール技局へと車で向かう事になった。案の定、交通はやや渋滞気味のようで到着まで予定より時間が掛かりそうとの事。

 

「ふぅ……まさかあのように詰め寄られるとは思わなかったな」

「あはは、僕も油断してたよ。箒達に合流する事だけ考えてて、変装するの忘れちゃってたから」

 

 汗をハンカチで拭う箒に苦笑を浮かべながら同調するシャル。

 元々、シャルもIS学園に転入する前はデュノア社の非公式テストパイロットとあってそこまで有名ではなかったらしく、男装の件とその後は大きく知名度が上がり、顔も知られるようになったらしい。彼女が言った変装というのも、先程の騒ぎ対策なのだろう。

 私も変装すれば気付かれないようになる……毛色はどうしようもないか。

 

「あっと、2人に紹介しておくね。エトワール技局で僕の補佐をしてくれる、ジェイムズさん」

「ジェイムズと申します。以後、お見知り置きを。このような姿勢でのご挨拶になってしまいますが、どうかご容赦を」

 

 運転手である初老の執事――ジェイムズ殿は此方に顔を向けながら会釈をしてくる。丁度車は信号待ちで止まっており、手もハンドルから離れていないのでそちらの心配は無用だ。

 それにしても、この紳士と呼ぶに相応しい佇まいと身嗜みとオーラ……この方とは良い酒、もといミルクが飲めそうだ。

 

「お二方の事はお嬢様から伺っております。どうやらお嬢様に良くして頂いているようで、私も是非お会いしたいと思っておりました」

「そんな、私達の方こそシャルロットには世話になっていて」

≪……ちなみに、お嬢様とは?≫

 

 少々気になるワードが聞こえてきたので、話の腰を折るようではあるが私は素直にそこを訊く事に。

 

 私が質問をすると、隣に座っているシャルが顔を少し赤らめながら私の方をジト目で見てきた。どうしてそれを聞いたの、と言いたげな感じである。

 そんなシャルとは裏腹に、ジェイムズ殿は誇らしげにしながら私の質問に答え始める。

 

「はい、私はお嬢様の母君の由縁で幼き頃のお嬢様方のお世話をさせていただいた者です」

「あ、義母の方じゃなくて、僕の本当のお母さんの方ね」

「母君亡き後、お嬢様がデュノア社に強引に連れて行かれてからは暫くご連絡も取れず、私は身が張り裂けそうな思いを続けておりました……しかし、デュノア社がエトワール技局に吸収されて以降、お嬢様を縛る枷は無くなり、こうして私もお嬢様のお世話役として役職とお仕事を与えて頂き……お嬢様、本当に……」

「わわっ!?ちょっとジェイムズさん、いきなり泣かないでよ!?」

 

 話が進んでいく内に涙声になり、やがて本当に泣き始めてしまったジェイムズ殿。どうやら彼も相当な苦難を歩いてきたようだ。家族とも言える彼女をここまで思ってあげられるとは、やはりこの方とは美味いミルクが以下略。

 

「……失礼、取り乱してしまいました。ともあれ、お2人がお嬢様にとってとても大切な方々だというのは存じ上げておりましたので、こうしてお会い出来て光栄です」

≪こちらこそ、貴方の様な情深い御仁に会えて嬉しい限りですよ。これからもシャルの事を、どうぞよろしくお願いします≫

「承りました。此方こそどうぞ、今後ともお嬢様と仲良くお願い致します」

≪いえいえ、こちらの方がお願いしたいくらいですよ≫

「いえいえいえ、私の方こそ」

≪いえいえいえいえ……≫

「もうその辺りでいいんじゃないかな!?2人がふざけ始めてるのは分かってるからね!?」

 

 おや、気付かれた。向こうもノってくれたからついつい柄にもなくはしゃいでしまったよ。

 

「もう……お姉ちゃ、箒も分かってたなら止めてくれても良かったのに」

「いや、私もシャルロットがどういう反応をするのか気になってな……ところでシャルロット、今私の事を……」

≪お姉ちゃんって言いかけたね≫

「ち、違うよ!?ラウラがいつもそう言ってるから、ついつられちゃっただけで……!」

 

 ラウラちゃんはこの場に居ないし、ここ最近は互いに帰国していて寧ろ間隔が空いているからつられる事は無いと思うんだけどね。まぁ携帯で連絡しているかもしれないか。

 

 だが、ここでジェイズム殿が種明かしをしてくれる事となった。

 

「おや、お嬢様。いつもは箒様の事をお姉ちゃんとお呼びしていますのに、今日はお名前なのですね」

「わぁ!わぁ!ジェイムズさん、ちょっと待――」

「おっとシャルロット、車内で暴れるのはあまり感心出来ないな」

≪ジェイムズ殿、話の続きを≫

 

 箒ちゃんがジェイムズ殿の言葉を遮ろうとするシャルを止めている間に、私は話の続きを催促する。

 

「ここ最近はお嬢様が学校の事、ご友人の方々、新しい家族として触れ合っている皆様の事を楽しげに話してくださいまして、私も喜ばしく拝聞させて頂いておりました。特にテオ様や箒様、この場にいらっしゃらないラウラ様の事をよく話してくださっていて、本当の父と姉妹の様に思っている、と」

≪ふむふむ。箒ちゃんの事をお姉ちゃんと呼んでいるのは……≫

「最初からでしたね。憚りのような印象も特に感じませんでした。普段からそのように呼んでいる風でしたので、私もその点について尋ねませんでした」

 

 つまり、シャルも内心では箒ちゃんの事を『お姉ちゃん』と呼びたかったという事かな。で、学校だと自分がその呼び方をしている事が広まったら大変だと考えて、せめて故郷にいる時だけでもそう呼んでいた……といった所か。

 

 未だに箒ちゃんに身体を抑えられているシャルの方を見ると、顔がすっかり真っ赤になっていた。耳まで赤く染まっている。

 

 そんな彼女の様子は直接抑えていた箒ちゃんの視界にも映っていたようで、箒ちゃんは楽しげに顔を緩ませながらシャルの頭を優しく撫でる。

 

「ふっ、そうかそうか……そういう事なら遠慮無く呼んでくれればいいものを、水臭いなシャルロットは」

「うぅ……」

「ほら、お姉ちゃんと言ってくれていいのだぞ?ラウラも普段から言ってくるのだ、今更恥ずかしがる必要は無いだろう?」

「……うわぁぁん!皆して僕にイジワルするぅぅ!」

 

 羞恥心が限界を超えたシャルが真っ赤な顔で怒り出すが、残念ながら全く怖くない。

 そんなシャルの反応が面白くて私と他の2人が笑い始め、シャルは笑われた事で『もぉ!もぉー!』と涙目で反抗するが、やはり迫力不足で怖くなかった。

 

 そんな賑やかな車内のまま、車はエトワール技局へと向かうのであった。

 

 

 

――――――――――

 

「さぁ2人とも、ここがエトワール技局だよ」

 

 到着までの間に車内で機嫌を直したシャルが、私達にそう言いながら目の前に聳え立つ建物を指し示す。

 

 私達の前にある数十階建ての建物こそ、シャルが言ったエトワール技局、もといエトワール技術開発局である。首を高めに上げなければ最上階が見えないISが昨今の代物とあって建造物の老朽は無く、外装は真新しい状態である。

 開発局という名前なので建物も研究所形式かと思いきや、高層オフィスビルの様な見栄えとなっている。緑木が規則的に植えられている敷地内には駐車場以外にも一軒家サイズの倉庫等が経っている。あれもIS関係の物だろうか。

 

「さぁ2人とも入って入って。先ずは社長に挨拶して、それから社内を回るから」

「開発局なのに、呼称は局長ではなく社長なのか?」

「本人がそう呼ばれたがってるんだよ。それにエトワールも開発研究所であると同時に会社経営も両立させてるから、局長よりも社長の方が立ち回り的に正しいんだって」

「エトワール技術開発局は経営部と開発部の2種に部署が分かれておりまして、それぞれに最高責任者が配属されております。そしてその更に上の立場として会社全体の責任を預かっておいでなのが、現社長のピオニー様でございます」

≪成程ね≫

 

 そんな会社概要を説明されながら、私達は入り口から社内へと入っていく。

 

 その瞬間、パァン!パァン!と銃声より軽い破裂音が間断無く響き渡る。

 何事かと驚いた私達一向だったが、そんな私達の視界には大量の紙吹雪が舞い散る光景が。

 

『ようこそ!エトワール技術開発局へ!』

 

 私達の進む先で、エトワール技局の社員と思われる人達がズラッと整列しながら一斉にそう台詞を発した。

 更に彼らは先程の破裂音の正体であるクラッカーを放ると、盛大な拍手を行った。そんな彼らの花道の先には『歓迎!篠ノ之 箒様、テオ様!』と書かれた垂れ幕が掛けられていた。

 

 どうやら、エトワール技局からの手厚い歓迎の挨拶の様だね。これには驚かされた。

 

「…………」

 

 箒ちゃん、呆気に取られてしまっているね。

 というか、会社側の人間であるシャルも驚いてるね。口が開いてるよ。

 

「いやぁー、出迎えはバッチリ決まったな!よしお前等、全員撤収!」

 

 奥から現れた男性の一言によって、整列していた社員はそれぞれの作業場に戻り始める。脇からは清掃員の格好をした人達が花吹雪の処理を始めている。

 

 社員に指示を出した男性は、そのまま私達の方へと近づいてくる。

 肩まで届く長さの金髪に蒼の瞳、肌は浅黒く、サマースーツを着ているがだらしなく着崩している。Yシャツのボタンは上2つを外していて水色のTシャツが見えているし、袖も肘辺りまで捲っている。

 外見年齢も30代、下手すれば20代に見える程に若く、崩した服装と相まって『チャラい』印象が感じられる。

 

 先程社員に指示を出していたという事は、この人が社長なのだろうか。いや、まさか社長がスーツをこんな着崩すとは思えないし、別の役職の人だったり……。

 

「もう、社長!何ですか今の出迎え、ビックリしましたよ!」

 

 あ、社長なんだ。

 

 しかし当の社長は、シャルの文句に悪びれる様子もなくカラカラと笑っている。

 

「はっはっは、驚いただろ?日本からスペシャルゲストが来るって聞かされてたもんだから、歓迎の仕方もそれに相応しくしないとダメだと思ってな」

「僕、知らされてなかったんですけど!?」

「サプライズなんだから、出迎えに行くシャルロットちゃんにも秘密にしておくのは当然だろ?ジェイムズには言ってあったけど」

「それ、僕のリアクションが見たかっただけですよね!?」

 

 相手が社長であるにも関わらず、シャルは畏まる様子も無くいつも通りの接し方をしている。

 社長がそういう堅い空気を好まない性格なのか、と考えるが先程の出迎えを考えると間違いなくそういう性格だろうね。

 

 何にせよ、シャルが肩身を狭くせずに勤めてくれているようで安心したよ。

 

「っと、挨拶が遅れたな。俺はこのエトワール技局の社長、ピオニー・マルクトだ。よろしくな」

「私は篠ノ之 箒です。お会い出来て光栄です」

≪下から失礼。私はテオ、どうぞよろしくね≫

「おおっ、話には聞いてたがホントに喋るんだな!すげぇすげぇ」

 

 ピオニー社長はそう言うと私を持ち上げて、ワシワシと胴体を擦る。

 この感じ、中々に手慣れているようだ。多分社長も何かしらペットを飼っているだろうね。手つきで分かる。

 

「社長、ジェイドさんはいないんですか?」

「ん?あぁ、あいつなら社長室だ。トイレに行って来るって言って仕事と一緒に部屋に残しておいた」

「それなら、残りは抜け出した誰かさんの判断が必須なもの以外は済ませましたよ」

「おぉ、早いな。流石は俺の右腕……げっ!?」

 

 ここで新たな人物の登場。

 暗い金髪はピオニー社長よりも長く背中まで伸びており、眼鏡をかけた赤い瞳の男性。社長とは反対にピシッと正しく紺のスーツを着こなしており、理知的な顔立ちも相まって非常に仕事が出来る人間のイメージが感じられる。

 この人が、今さっき名前が挙がったジェイド殿だろうか。

 

「貴方は?」

「あぁ、失礼。私はエトワール技術開発局経営部専務兼社長秘書を担当しています、ジェイド・カーティスと申します。本日は長旅の中、ようこそおいで下さいました」

 

 穏やかな笑みを浮かべながらジェイド殿はそう言うと、私と箒ちゃんに向けて丁寧に頭を下げてきた。

 肩書きを聞くと、どうやら彼がエトワール技局内2部署の最高責任者の片割れのようだ。加えて社長の秘書も兼任しているのだとか。

 

「社内見学の件は既に社内にも話は通してありますので、シャルロットの案内に従ってくだされば問題ありません。面白みの無い職場ですが、気軽に見て回ってください」

「ありがとうございます、お忙しい中でも手厚く手配してくださったみたいで……」

「いえいえ、若者達の成長に協力するのは大人の責務ですので。……では、私はこの大人を回収させていただきますので。ジェイムズも、こちらの補佐をお願いします」

 

 そう言うとジェイド殿はテキパキと私をピオニー社長の手から解放して箒ちゃんに手渡し、続けて社長の襟首を掴んだ。

 

「え、ちょ、俺はシャルロットちゃん達について行って一緒に案内でもしようかと――」

「彼女1人いれば問題ありません。それにあなたには私に内緒で盛大なお出迎えを用意してた事の説明と、残りの仕事をやってもらわなければなりませんので」

「……ひょっとして、怒ってる?」

「そうですねぇ……一時的とはいえ社員を掻き集めた所為で作業進行に遅れが出ましたので、これ以上仕事を溜め込むようなら……ちょん切りますよ」

「何を!?」

 

 そんな風に言い合いながら、2人はフロントから去っていった。というよりはジェイド殿が社長を持ち去っていったというべきか。ここまで私達に同行していたジェイムズ殿も、去り際に私達に一礼してから彼らに追従していった。

 

 まるで嵐が過ぎ去った様な感覚を受けた空気の中で、ポツリと箒ちゃんが呟いた。

 

「……何というか、個性的な社長なのだな」

「あはは、否定は出来ないね……僕が帰国して最初に挨拶に来た時は、社長室で特大ケーキを準備して待ってたんだよ?誕生日でもなんでも無いのに」

≪けど、悪い人ではないみたいだね≫

「うん、寧ろ色々と良くしてくれてるし、良い人だよ。ジェイドさんもちょっと意地悪が多いけど、真面目で頼りになるし」

 

 苦笑気味に放たれるシャルの言葉、どうやらそこに偽りは無いようだ。

 

 何はともあれ、私達はシャルの案内を受けてエトワール技局の内部を見学するのであった。

 

 

 

―――続く―――

 




 と、いう訳で早速フランスに舞台インです。唐突な気もしますが、道中のストーリーが上手い事思いつかなかったので……。
 前回、旅行は1話で終わると言いましたが前言撤回。今後の展開の為に第3世代機コスモスの件にも触れていきます。回収は原作通りか、それとも原作と展開が変わって早くなるか……。

 ちなみに今回登場した社長と経営部専務は『俺は悪くねえ!』で有名な某ゲームの登場人物がモデルです。服装の違いがありますが。チョイスは私の趣味です。

●ピオニー・マルクト
 エトワール技術開発局の社長。スーツは着崩す派。
 歯に衣着せぬ豪放磊落な性格で質素よりも派手を好む性質だが、思慮深い視点も持ち合わせている。突飛な思いつきをしては周囲を巻き込んで実行する等、面白い事には遠慮しないが、その度に右腕であるジェイドから仕打ちを受ける。社員もそんな彼の悪ノリに付き合ってあげるなど、人望はある。
 元ネタは『テイルズオブジアビス』に登場する『ピオニー・ウパラ・マルクト9世』より。

●ジェイド・カーティス
 エトワール技術開発局の経営部専務で、社長秘書も兼任している。スーツはキッチリ着る派。
 職務に忠実で冷静沈着な人物で、自身の役職を全うしながら社長の仕事の補佐を行っている。基本的に他社との商談は彼若しくは彼の入れ知恵が入ったピオニーが請け負っている。優秀な反面、人をからかう趣味があり社長を始め弄り甲斐のある社員に茶々を入れては楽しむ節がある。一部の社員から陰で『鬼畜眼鏡』と言われている。
 元ネタは『テイルズオブジアビス』に登場する『ジェイド・カーティス』


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猫と少女とフランス旅行.2

「ハァーッハッハッハッハ!ようこそお客人、我が自慢の研究室へ」

 

 会社見学を始めた私達が向かった先である、開発部の研究所の1室にて。

 

 入室した私達に前に現れたのは、高らかな笑いを上げながら私達に歓迎の言葉を掛ける白衣の眼鏡男性であった。

 髪は白に近い桜色で、着用している白衣の下から花弁状のファーがはみ出している独特なファッションだ。何より際立っているのが、浮遊した椅子に座っているという事だ。一体どういう原理なのだろうか。

 

 中々に強烈なインパクトのある人物の登場で私と箒ちゃんは困惑するものの、シャルの対応は手馴れていた。

 

「こんにちは、ディストさん。今日も絶好調みたいですね」

「好調なのは当然ですとも、シャルロットくん。私の美と叡智に溢れた新たな研究が、世間に知られる前に話題の人物達にお披露目とは……中々に粋な展開だと思いませんか?思うでしょう?」

「あはは、そうですね……他の研究員の人が聞いたら怒りますよ、その台詞」

 

 やや食い気味の男性――ディストくんのテンションに愛想笑いで対応しているシャル。どうやらこの人の扱いはこんな感じで良いらしい。

 

「おっと、自己紹介をしなくてはいけませんね。私はディスト、またの名を……薔薇のディスト」

「えっ、死神って言われてるんじゃ?」

「違ぁう!それは周りが勝手に言っているだけ!笑った時の顔が骸骨に似てるからって不名誉なあだ名を押しつけられたんですよ!私はあくまでも薔薇です!バ・ラ!」

 

 死神というあだ名に対して嫌悪感を帯びながら猛反対し、もう片方の薔薇という名を強調するディストくん。まぁ理由を聞くと確かに呼ばれたくなくなるよね。

 どうでもいいけれど、薔薇だと亡国機業のあの子とモチーフが被ってるんだよね……互いに面識無いだろうから良いんだろうけど。

 

「ゴホン……まぁその辺りの話は後でキッチリさせておきましょう。それよりシャルロットくん、リヴァイヴの最終調整は完了しましたので専用機はお返ししておきます」

「ありがとうございます、ディストさん。何か大幅な変更はありましたか?」

「いえ、今回は貴方の現在の身体能力に合わせての微調整がメインとなりましたね。後は各種武装の動作確認やシステムチェックといった所でしょうか」

≪リヴァイヴの武装種類は豊富だからね、全部をテストするのも中々大変そうだ≫

 

 シャルの専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの武装数は約20種類、IS学園の専用機持ちの中でも断トツの装備数だ。以前一夏少年がちょっと分けて欲しいと言っていたが、そう言いたくなるのも納得出来るバリエーションである。一夏少年20人分か……。

 

「しかし改めて見ると、リヴァイヴの武装数はやはり圧倒的だな。私の紅椿も3つしか無いというのに」

≪そうだね。一夏少年3人分だね≫

「一夏3人……ぷ、くく」

 

 私の言っている事を理解した途端、箒ちゃんは思わず笑いを零してしまった。

 シャルも気付いたらしく、口元を隠しながら笑うのを堪えている。ディストくんは事情を知らないので頭上に?マークが浮かんでいるが。

 

≪そう言えば、先程新たな研究がどうこう言っていたと思うのだけれど≫

「おお、よくぞ聞いてくれました!」

 

 待ってました、と言わんばかりにディストくんのテンションが高揚している。浮遊椅子がそれに同調するかのように上下にフワフワと動いているのは、彼の感情に影響してるからだろうか。

 

「実は我がエトワール技局開発部において、新たなる第3世代ISを開発しているのですよ!デュノア社を吸収して以降初となる、これまでに無いスケールの企画を!」

「えっ?」

≪えっ?≫

「えっ?」

「はえ?」

 

 シャル、私、箒ちゃん、ディストくんの順で呆けた声が発される。

 

 私以降の者達が驚いている理由は、本来ディストくんが話した内容を知っているべきであろう人物……シャルが事情を知らないかのような反応をしたからだ。

 エトワール技局の正式なテストパイロットであるシャルが、昨今開発が進められている最新ISの存在を知らない。その事実が明らかになったため。

 

 ポカンとした表情のまま、シャルはディストくんに問いかける。

 

「あの、僕、知らなかったんですけど」

「わ、私が訊きたいくらいですよ、テストパイロットにしては訪ねてこないから、てっきりジェイドや社長から聞かされていると思っていたのですが……あの2人から聞かされていなかったのですか?」

「いえ、全然……」

 

 力弱く首を横に振るシャル。

 

≪……取り敢えず、その件に関しては後で社長に会って訊いてみれば分かる事だろう。ディストくん、そのISはどういった内容なんだい?≫

「え、えぇ……デュノア社の開発したラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが多量の拡張領域に実弾系統武装を盛り込んでいるのに対し、今回のISはそれら実弾兵器を受け流すエネルギー・シールドや、実弾とエネルギー弾を混合させたハイブリッドウェポン等を搭載させています」

「ハイブリッド……それがテーマという事ですか?」

「その通り。最近のISには実弾無効、エネルギー兵器無効といった特性も珍しくはありませんからね。それらに対抗する為の新たな試みというやつですよ」

 

 滔々と詳細を語るディストくん。やはり開発責任者だけあってその内容を確りと理解している。

 

「元デュノア社とエトワール技局、両者の技術とノウハウを掛け合わせた新型第3世代IS。その名は……」

 

 コスモス。

 

 その名を聞いた途端のシャルの、衝撃を受けた表情を私は見逃さなかった。

 

 

 

――――――――――

 

「……そうか。ディストから聞いたんだな」

 

 エトワール技局内の社長室にて。

 

 室内には社長椅子に腰掛けるピオニー社長と、彼を挟む様に左右からジェイド殿とジェイムズ殿が立っている。そんな彼らの前に、私、箒ちゃん、そしてシャルが対した形となっている。

 

 あの後、技術部を出た私達はその足で社長室へと赴いた。仕事があると言っていたのでもしかしたら会う事は出来ないと思っていたのだが、その予想は良い方向に裏切られ、こうして話す場を設けてもらう事が出来た。

 ……机の隅の書類の山には目を瞑っておこう。

 

「社長……どうして最新ISの事を、僕に教えてくれなかったんですか?ジェイドさんがいるのにそんなミスをしたとは思えないんですけど」

「おや社長、私の方が信頼を向けられているみたいですよ」

「うるせぇやい。……今回の件に関しては、ミスとかじゃあない。俺が話す機会を意図的に窺っていただけだ」

 

 そう言う社長の言葉に、取り繕った様子は見られない。嘘か真かと問われれば、真の雰囲気を保っているが……まぁ先ずは話を聞かない事にはね。

 

「お前さん、今の専用機……リヴァイヴの事を大事に思ってるだろう」

「え、あ、はい……分かるんですか?そういうの」

「まぁ、これでも社長だからな。部下の顔色1つ見極められんでどうする。リヴァイヴをメンテナンスに出している間、お前さんが時々首元に手をやっては寂しそうにしているのを見れば、それ位は分かるさ」

 

 確かに、シャルは時折リヴァイヴの待機形態であるネックレス・トップを弄る癖があった。学園にいた時もISの点検はこまめにやっていたし、その時の様子はとても充実しているように見えた。まるで箒ちゃんが私に世話を焼いてくれる時の様に。

 

 シャルは社長に言われたように、今は身に付けている首のネックレス・トップを優しく撫でる。優しい目を向けながら、彼女は口をゆっくり開く。

 

「確かに、この子とはデュノア社でテストパイロットをしていた時からの付き合いです。デュノア社での思い出はあまり良いとは言えなかったんですけど……いや、だからこそ一緒にいたこの子に愛着が湧いたんだと思います」

 

 デュノア社での思い出。

 実父には経営の道具として淡々と使われ続け、義母には一夏少年と専用機に関するデータを収集するよう捨て石として使役された。シャルにとって、それらは気分の良い過去とは言えないだろう。

 

 故にシャルロットは、変わらずに傍に居続けたリヴァイブの事を大切に思えるようになったのだね。

 傍にいるだけでも違ってくるものがある……そうだよね?箒ちゃん。

 

「ま、そういうわけでな。折角フランスに帰ってきたお前さんにいきなり専用機の持ち替え、なんて話を持ち出してもいい気分じゃないだろ?だから話を切り出すタイミングを見計らってたのさ。技術部の連中にも、あまりその話題を出さない様にしてもらってな」

「え、でもディストさんは……?」

「伝え忘れてた。まぁディストだし、いいかなって」

「どの道、あれが隠し事を通し切れるとは思えませんでしたしね」

 

 ディストくんェ……。

 

「コスモス……どうして専用機の名前がそれなんですか?」

「何か不都合でもあったか?」

「いえ、不都合とかじゃないんですけど……」

 

 そこまでの所で言い澱むシャル。

 

 そこに言葉を挿し込んで来たのは、社長の横に控えているジェイムズ殿であった。

 

「コスモスは、お嬢様の母君が愛した花なのです」

「ジェイムズさん?」

「……成程、だからその名前を強く推したんだな?ジェイムズ」

「はい」

≪どういう事なのか、教えてもらってもいいかな?≫

 

 困惑しているシャルに代わり、私が事の詳細を尋ねた。

 以下が、ジェイムズ殿達が教えてくれた事実になる。

 

 第3世代IS【コスモス】の開発段階がまだ草案が出来上がる前の頃、デュノア社を吸収合併して経営の変化にも一段落を付けたエトワール技局はその節目として新たなるISを開発しようという議題が持ち上がった。

 デュノア社の陰謀の一件で母国フランスがイグニッション・プランの参加権を失った時期にIS製造はタイミングが悪いのではないかという不安の声もあったが、最終的に採用される事となった。

 

 そんな時に、どういったコンセプトで造るかという問題が浮き上がった。浮き上がったと言っても、開発には付き物の話題ではあるが。

 イギリスのビット兵器、中国の衝撃砲、ドイツのAIC。ワンオフ・アビリティーの代替となる特殊兵装がモチーフの第3世代IS、既存のそれらに匹敵、或いはそれ以上の代物を作らなければ、今後のIS展開に後れを取る事になってしまう。

 エネルギー兵器武装の開発を主としてきたエトワール技局と、実弾兵器武装の開発を主としてきた、デュノア社の研究員達。彼らの技術を最大限に発揮させる為にはどのようなISを作れば良いのか。

 

 そんな時に、社長秘書として書記役で議題に参加していたジェイムズが2つの提案を持ち掛けた。

 1つは、実弾とエネルギーのハイブリッド兵装を目指してみては良いのではないかという事。もう1つは、もしもその方針となった暁にはISの名前をコスモスとして欲しいという事。

 ギリシア語において、コスモスは『調和』を意味する。デュノア社を吸収合併したエトワール技局にとっては縁起の良いスタートとなれる名前でもあった。

 

 そして。

 デュノア社の支配から解放されたシャルロット・デュノアの為に、亡き母が好きだった花の名を託せるように。

 

 

 

――――――――――

 

「どう思ったのだ?シャルロット」

 

 エトワール技局から出た私と箒ちゃん、シャルの計3人。

 

 ジェイムズ殿達の話を聞いてから口数の少ないシャルを気遣う様に、箒ちゃんが彼女に話しかけた。

 

「どう、って?」

「どうも何も、コスモスの件だ。リヴァイブに愛着があるとは言っていたが、先程の話を聞いたら思う所もあっただろう?」

「……そう、だね」

 

 ジェイムズ殿がシャルのお母さんの大切にしていた花の名をISに与え、彼女に贈ろうとしている。

 そんな話を聞いてしまっては、コスモスをどうするか考えざるを得ないだろう。実父や義母と違い、シャルは本当のお母さんの事が大好きだったのだから。

 

 少し迷うそぶりをした後、シャルはスッと口を開いた。

 

「……きっと、僕はコスモスを受け取ると思う。だけど、もう少し心の準備が欲しい……それが今の答えかな」

「ふむ、そうか」

≪まぁ急な話だったもんね、仕方ないさ≫

 

 いきなりの話だったから、心を整理する時間ぐらい求めても悪くない筈だ。

 コスモスの完成は夏休み中では済まないらしく、2学期の間になる予定だそうだ。シャルに早く知られるのは予定外の出来事だったようだけど、何だかんだでこの子に考える時間を与えられたのだから、良い方向に話が進んだとみて良いだろうね。そう考えるとディストくん、ファインプレー?

 

≪さて、それじゃあ気晴らしにパリの名物を堪能させてもらおうじゃないか。ガイド役のシャルさん、よろしくね≫

「……ふふ、了解っ。それじゃあ2人にはフランスの魅力を沢山知ってもらうから、覚悟してよね!」

「ふっ、お手柔らかに頼むぞ?」

 

 少しおどけ気味にトークを切り出して、私達は明るい雰囲気でパリの街へと繰り出し始めた。

 

 数日間のフランス旅行の次に待っているのは、ラウラちゃんが待っているドイツ。

 はてさて、そこではどんなイベントが待っているのかな?

 

 ……取り敢えず、彼女の所属する部隊が一番気になる所だね。

 

 

 

―――続く―――

 




 おかし、ギャグやりたいと言っておきながらやってねーじゃねえか!
 ドイツ、ドイツではちゃんとやりますから!黒うさぎ隊という濃い集団が頑張ってくれますから!(必死)

 ちなみにコスモス関連に関しては、言わずもがな当作品オリジナル設定が含まれています。こちらではアルベール・デュノアとロゼンダ・デュノアを登場させる事が出来ませんからね……。




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猫と少女とドイツ旅行

 

 やぁこんにちは。この作品の主人公の1匹、テオだよ。

 

 前回は箒ちゃんと一緒にフランスまで旅行に行き、シャルの案内で彼女の所属するエトワール技局の会社見学とパリ市街の観光をしてきたんだ。

 エトワールではシャルの知らない所で新しいISが開発されていて、それが彼女の為でもあると知ったりして色々と皆で驚かされたりしたけど、社内は愉快な人達が多くかったし中々に充実した時間を過ごせたよ。

 パリ観光もシャルのお薦めの店を巡ったり名所を回ったりしてフランスの良い所を堪能する所が出来た。空港では変装をしてなかったのでバレてしまったが、観光中はその点に抜かりなかったので大丈夫だった。私?フードつきの猫服でそれっぽく誤魔化したよ。

 変装というのも少々息苦しい感じがしたけれど、フランスは猫の食事も豊かだから差し引いてもお釣りが出る程だったよ。流石美食の国……ジュルリ。

 

 そんな私達もフランスでの3日間の滞在を終え、シャルと別れてフランスを後にしてラウラちゃんがいるドイツへと向かった。

 ドイツでやる事もフランスと変わり無い。ラウラちゃんの働いている職場である軍内部の一部を見学した後、ラウラちゃんと一緒にドイツの観光だ。とは言っても、ラウラちゃんもあまり詳しくないらしいので、彼女の部隊の子達も同伴するらしいけれど。

 

 で、そんな私だけれども現在は……。

 

「ふわぁ~、毛並がふさふさぁ……ふわふわしてて気持ちいいよぉ」

「ねぇねぇ次は私の番だからね!早く私にも抱かせてよね!」

「くぅ……あの時チョキを出していれば……!このグーの拳をどこにぶつければ……!」

「肉球ぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 シュヴァルツェ・ハーゼこと黒ウサギ隊の隊員達に順番に抱かれています。

 何だろう、ドイツまで来ているのに学園の子達と一緒にいるかのようなこの感じ。ある意味安心したけれど。

 

「……申し訳無い、副官としてあいつらには後でキツく言って聞かせるので、テオ殿にはあいつらの相手をしてもらえないだろうか?」

「大丈夫ですよ。本人も満更では無いようですし、そちらの皆さんに喜んでいただけるなら何よりです」

「ふむ、パパは世界を問わず大人気だという事が証明されたな」

 

 私が黒ウサギ隊のお嬢ちゃん達の相手をしている間、その傍らで箒ちゃんとラウラちゃん、黒ウサギ隊副官のクラリッサ・ハルフォーフお嬢さんが雑談をしている。

 何だか親戚の子の面倒を見ている間に互いの保護者が世間話をしているような状況だ。本来なら私が保護者ポジションの筈なのにね。

 

「それにしても、貴女が隊長がよく話をされている義姉上の箒殿とは……こうして会えて嬉しく思う」

「こちらこそ……ちなみにラウラは普段、私の事をなんと?」

「強くて優しくて頼りになる、素晴らしい姉だと誇らしげに語っておられるよ」

「そうだとも、私のお姉ちゃんなのだからな!」

 

 ふんす、と鼻息を起こしそうな程に誇らしく胸をはるラウラちゃん。普通なら他人に語っている評価を本人に聞かれるのは恥ずかしいと思う事も多いが、彼女にとっては何という事は無いらしい。

 

「ふむ……」

「どうかしたのか?クラリッサ」

「いえ、箒殿が隊長の義姉上であるならば、私達にとっても義姉という事になるのではないかと」

「…………ん?」

 

 クラリッサお嬢さんの言葉に首を傾げる箒ちゃん。確かに、何か変な台詞が出て来たような気がする。

 

「あの、それはどういった経緯でそうなったのですか……?」

「我らシュヴァルツェ・ハーゼの一員は身体も心も隊長の手足として尽くす所存、隊長の身体の一部という表現をしても良い。それはすなわち、一心同体!」

 

 拳を握りながら、強く力説し始めるクラリッサお嬢さん。

 

「つまり隊長と一心同体の我らにとって、隊長の義姉上は我らの義姉上でもあるという事だったんだよ!」

『な、なんだってー!?』

 

 発言者であるクラリッサお嬢さん以外の皆が驚いた様子で彼女に注目する。キバヤシ氏も驚きの揃いっぷりである。

 

 彼女の台詞を聞いた隊員の子達は、目を煌めかせながら互いの顔を寄せ始める。

 

「皆聞いた!?副隊長の今日の格言!」

「聞いた聞いた!サッカーやろうぜ、でしょ!」

「お前ボールな」

「私、お姉ちゃんが欲しいってずっと思ってたの!」

「私も私も!だけどお父さんとお母さんは私が生まれてから夜のプロレスごっこ全然やってくれてなかったから、まさかこんな形で叶うなんて……!」

「その表現はやめーや」

「じゃあこの猫ちゃんは、私達の……」

『パパー!』

 

 そういって更に私の周りに密集し始める隊員の子達。まさか学園の外でもパパと呼ばれる時がこようとは思わなんだ。

 

≪ははは、皆、そんなに迫られると困ってしまうよ≫

「お願いパパ、今だけは娘の我が儘を聞いてあげて!」

「私、紳士的な雄猫をパパに欲しいってずっと思ってたの!」

「なにそのピンポイントな欲望」

 

 落ち着かせてみようと試みるも、少女達のヒートアップを冷ますには至らなかった模様。残念だ。

 

 ならば仕方ない。このテオ、全力を以てお相手しようではないか。

 

≪さぁお嬢ちゃん達、好きなだけ私の身体を……堪能しなさい≫

「はぅ……!おじ様ボイスから発される、な、なんて魔性の言葉!」

「くっ……落ち着くのよ私達、あんな誘惑の言葉に乗るな!……うおおおおお!!」

『うおおおお!!』

 

 釣れたクマー、もとい釣れたニャー。

 複数人の少女が私を求めて一斉にかかってくるが……大人の余裕というものを見せてあげよう。油断じゃないよ、これは余裕というのだよ。

 

「……重ね重ね、我が部隊の者が済まない」

「いえ、寧ろテオが焚き付けていたので隊員さん達は何も悪くないですよ」

「そう言ってもらえると助かる……ところで義姉上」

「はい…………はい?義姉上?」

「そう、義姉上」

 

 キョトンとした顔で自身を指差す箒ちゃんと、それに肯定するクラリッサお嬢さん。

 

「……失礼ながら、年齢は私の方が下ですよね?」

「日本では年齢が逆転している有名な叔父と甥がいると聞いている、何も問題は無いさ」

「いや、レアなケースを引き合いに出されても困るのですが」

 

 というかそれ、日本に限った話じゃないのでは……。

 

 そんな風に言われて困惑している箒ちゃんに助け船を出したのは、ラウラちゃんであった。

 

「止さんかクラリッサ。お姉ちゃんが困っているだろう」

「し、しかし隊長。ここで私も姉ポジションを確保しておけば、ノット・ティーンエイジャーやらアラサーやら言われる心配も無くなるのです!もう年増扱いは願い下げです!」

「そういう魂胆!?」

 

 切実というか、何というか。

 どう言えばいいのか困るのだが、彼女の姿に哀愁が漂っている事だけは確かだろう。これが20代後半を迎える女性の悩みか……。

 

 そんな嘆きのクラリッサお嬢さんの前に立つラウラちゃん。その目は優しかった。

 

「クラリッサ。顔を上げてくれ」

「……隊長」

「お前は私の大事な部下だ……年増でもアラサーでも三十路予備軍だとしても、な」

「…………」

 

 この瞬間、1人の女性の心に鋭い言葉の棘が深々と突き刺さった……。

 

 

 

――――――――――

 

「まず、確りと刀の柄を握ります」

『ふむふむ』

「一気に相手の懐に潜り込んで、絶好の間合いを測ります」

『ふむふむ』

「そして相手の顎辺りに目掛けて一気に刀を振るいつつ自身も跳躍、同時に刀の背を片方の手で支える事によって振り抜く力を保つ!」

『おお!』

「……これが飛天御剣流奥義、龍翔閃です」

『おおー!』

 

 クラリッサお嬢さんがラウラちゃんのあどけない一言でうちのめされた後。

 

 日本文化を生で見たいという隊員達の要望に応えるべく、箒ちゃんは隊員の1人が何故か持っていた逆刃刀のレプリカで剣技を披露していた。

 箒ちゃんの剣技を間近で見て、隊員の子達のテンションが一気に上がっている。歓喜歓声が部屋中に満ち溢れる。

 

「あれが有名なヒテンミツルギスタイル!タツジン!」

「ガトツゼロスタイルとフタエノキワミに並ぶ、日本の伝統武術!ワザマエ!」

「アニメではなく、こうして生で実演を拝める日が来るなんて……カッコイイヤッター!」

 

 どうやら最近の黒ウサギ隊の子達の間ではクラリッサお嬢さんを筆頭に日本の文化をアニメで学ぶという風潮があるらしく、日本の武術に関しても某作品から知識を得たらしい。ラウラちゃんが時たま不思議な言動を発したり誤った日本文化を認識しているのも、ここが影響しているようだ。

 

 ちなみに箒ちゃんが別流派の技を実演出来ているのは、彼女が中学3年生の頃に2個上の先輩剣道部員がOBとして学校に顔を見せた際、そこで交流を深めて参考がてらに教わったそうだ。技は元々その先輩の同居人が習得しているもので、その人は左頬に十字の傷がある剣の達人とのこと……どこかで聞いたような気がするけど、気のせいだよね。

 

「皆、新しい義姉にすっかり懐いているようだな」

≪箒ちゃん、一番年下の筈なんだけどね≫

「姉妹の絆の前に年齢など些末な事だ。そうであろう、パパ」

≪成程、確かに≫

 

 おやおや、これはラウラちゃんに一本取られてしまったね。

 確かに、会って1日も経っていないのにあんなに楽しそうにしているのだから、年齢の事を突くのは野暮というものだ。私に至っては種族が違うしね。

 

「しかし、隊長が学園でも無事にやっていけてると聞いて安心致しました。最初の頃は怪しい雲行きだと聞いていましたので……」

≪あぁ、ツンツンしていた頃のラウラちゃんだね≫

「む、昔の事は気にするな!当時に関しては私も色々と反省しているのだから……」

 

 非常に居心地が悪そうにしながらそう言うラウラちゃん。

 

 IS学園編入当初のラウラちゃんはというと、誰とも仲良くなろうとせず、周りが近寄れない程の刃物と呼ぶに等しき刺々しい雰囲気を纏っていたのだ。特に一夏少年に関しては千冬嬢の件で嫌悪していて、アリーナで問答無用で勝負を挑もうとしていた事もある。

 

 そんなラウラちゃんだったが、箒ちゃんと一緒に学年別タッグトーナメントに出場してVTシステム事件が解決された後には、周囲との蟠りも解けて学園に馴染むようになった。同時に彼女の義父となった身としては、嬉しい話である。

 

≪そういえば、その頃のラウラちゃんと君達は仲が良かったのかい?≫

「いえ、お恥ずかしながら……こうして雑談を交わす事もありませんでした。あくまで部隊の隊長と隊員という関係のみで」

「……お前達、何故先程から私の心の古傷を突く話題ばかりなのだ」

 

 いやぁ、単なる好奇心だから。そんな眼をしないでおくれよ。

 

「ですが、隊長自ら私達に一歩歩み寄って下さったお陰で、こうして仕事以外の話をする機会も現れたのです。隊長には感謝も尊敬も尽きませんよ」

「い、いや、そもそも壁を作っていたのは私の方であって……」

「いえ!ご謙遜する必要などありません!隊長は一部隊を預かる者として非常に素晴らしい功績を残してくださったのです!」

 

 ズイッと身を乗り出して力説し始めるクラリッサお嬢さん。

 一軍の副隊長として隊全体の事を考えるその姿勢こそ、素晴らしいと言う他無い。ラウラちゃんは良く出来た部下を持てたようで――。

 

「何せ、こうして帰省なさった際にお土産をお願いするなど以前の関係では不可能でしたからね!お陰で少女漫画という名の日本の財産を直に手に入れる事が出来たのですから!」

 

 あ、流れが変わった。

 

「特に、最近巷で話題の【しゃかりきカスタードBOY参る!】!恋する女の子が変わり身の術を多用したり、道端のドブに片足突っ込んだり、しゃかりきカスタードボーイに財布をすられたりといった怒涛の展開がウリの名作を電子版ではなくコミックスで読める事が出来たのは感涙ものでした!」

「……漫画はクラスメイトの者にも貸してもらって読んだ事はあるが、そのしゃかりきなんとかは中々に深いストーリーが在るとみた」

 

 無いと思う。

 

「良い機会ですので、隊長も是非少女漫画に手を出してみてはいかがでしょうか!日本の文化を勉強する良いテキストでもあるんですよ!」

「ふむ……お前の薦めならば読んでみても良いかもしれないな」

「そうでしょうそうでしょう!それでは入門編としてクリスチーヌ剛田先生著書の【ショコラでトレビアン】から、これがですね……」

 

 ここ一番の笑顔を浮かべながら、クラリッサお嬢さんはラウラちゃんにお勧めの少女漫画を差し出し始める。余程思い入れがあるようで、手にしている本の魅力をこれでもかと語り出していく。

 

 ラウラちゃんは『安請け合いしてしまったかもしれない』と言わんばかりの困り顔を浮かべながら私に視線で助けを求めてくる。

 

 そんな彼女に対して、私はニコリと笑みながら……。

 

≪(頑張っテ!)≫

「(パパ!?)」

 

 心同士でそんなやり取りをしながら、私は2人を置いて箒ちゃん達の様子を見に向かった。隊長を尊敬する副隊長殿の為に、交流の時間を作ってあげただけで、逃げたわけじゃないからね、うん。

 

 ちなみに、箒ちゃん達の方はというと……。

 

「次、次はアレが見たいです!飛龍閃!」

「いや、それよりも九頭龍閃よ!」

「女は黙って天翔龍閃」

「あの、あまり常人離れした技はちょっと……」

 

 すっかりハイになっている隊員のお嬢ちゃん達に迫られて、気圧されてしまっている模様。

 ではでは、フォローに向かってあげるとしようかね。

 

 どうやら、ドイツでもこの子達のお陰で退屈せずに済みそうである。

 

 

 

―――続く―――

 




 前回のフランス編と違い、ドイツ編は今話で終了です。フランスと同じく2話にして、2話目には原作の@クルーズで起こった強盗犯騒ぎを代理で発生させようかと検討しましたが、事情により却下しました。背景裏では普通にドイツ旅行を堪能しています。タイトルでは旅行とあるのに旅行描写無いとか……(ドン引き)

 次回からは再び舞台は日本へ。取り敢えず各ヒロイン1人1人にスポットの当たる話は用意する予定ですので、次は鈴辺りかもです。


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定食屋へGO!

 

 8月。それは夏真っ盛りの時期。

 

 フランスとドイツの小旅行に行っていた際は、気温についてはあまり気にならなかった。フランスにいた際に触れていたが、ヨーロッパの気候は日本と比べて基本的に穏やかで、旅行日は都合よく気温天候共に恵まれていた。

 

 しかし、帰ってきた私と箒ちゃんを出迎えてくれた日本は実に暑かった。空港内は人の密度が高かったけど空調がある程度効いていたので涼しげだった……が、外に出てみるとまるで違う世界に入ったかのような感覚だった。

 ムワァ、と身体に浴びる熱気。ジリジリと照りつける日光。

 まさに夏、といえる環境であるのは確かだが……流石に居心地が良いかと言われると首を横に振るレベルだ。これは猫でも人間でも同じである。嫌いじゃないわ!なんていう冗談も言えそうにない。

 

 帰国してから数日後。

 

 IS学園に戻った私は、1匹でトコトコと寮の廊下を歩いている。

 

≪いやぁ、それにしても暑いねぇ……≫

 

 私が制服を着るタイミングは、寮以外の学園施設内で活動をしている時と校外授業に出ている時となっている。なので寮の中にいる今の私は制服を着用していない。

 だがやはり夏の気候は容赦無く、制服を着ていなくても暑いものは暑い。この状態で服を着ようものなら……あぁ考えただけでも恐ろしい。私、熱いのも寒いのも苦手だからね。

 

 ちなみに、箒ちゃんは夏休み中の剣道部の練習に参加していてこの場にいない。他校との練習試合や小さな剣道大会参加の予定もあるので、空いている時間に竹刀を振るっておきたいのだとか。

 こんな暑い中で蒸し暑くなる剣道着を着込んで練習とは、流石箒ちゃんだ。

 

 それに対して私はというと、今日の所はこれといって用事が無い。

 シャルとラウラちゃんは未だ母国に滞在中で、日本に戻るのは数日後。セシリア姫も帰省中で、シャル達よりも帰国は早いと聞いているが今日ではない。一夏少年は夏休みの課題を進めたいといって自室で勉強に励んでいる。彼、スタートが他の子達よりも遅かったからね。箒ちゃんは先程言った通り。

 そして、海外組の中で唯一帰国していない彼女はというと……。

 

≪おや、いた≫

 

 量の廊下を曲がった先に見える、1人の少女の後姿。

 私はその子に声を掛けた。

 

≪やぁ鈴子ちゃん≫

「んー……?あぁテオ」

 

 少女――鈴子ちゃんは億劫気に手を上げながら私に挨拶を返した。鈴子ちゃんは普段活発的な子だったので、この低いテンションは流石に私も気になった。

 

≪随分静かだね。どこか具合でも悪いのかい?≫

「んぁー……そうじゃないのよ。夏よ、夏が悪いのよ全部」

 

 そう言いながら鈴子ちゃんは鬱陶しげに私服のタンクトップの襟を摘まんでパタパタと涼もうとする。彼女の身体を見てみると、珠のような汗が肌に多く伝っていた。

 

≪暑いのが嫌いなタイプなんだね≫

「えぇ、ほんっと日本の夏はこれだから大っ嫌いなのよ……偶に40℃越えとか何よ、馬鹿じゃないの?殺す気なの?としか言い様がないわよ」

 

 はぁぁ、と深い溜め息を吐く鈴子ちゃん。

 今の彼女はタンクトップにショートパンツと、寮内だからというのもあるがかなりラフな軽装だ。それでもかなり暑そうにしている所を見ると、日本の暑さと相性が悪いのだろう。人一倍暑がっているように感じる。

 

「ホントなら部屋に籠って冷房がガンガン効いた部屋でゴロゴロしてる筈なんだけどさ……エアコン、昨日壊れたのよ」

≪うわぁ……≫

「誰かの部屋に逃げ込もうにも、セシリア達はまだ帰って来てないし、あんた達の部屋では一夏が勉強してるし、邪魔するのもアレかなって」

≪別に良いんじゃないかな?どうせなら一緒に勉強するっていうのも手だと思うけど≫

「気分が乗らないのよ、勉強めんどくさいし……あいつ自主勉の時は周りに気にせず集中するタイプだから、声掛けても素っ気なくてつまんないし……そこに今のテンションで行ってもあいつをサンドバッグにしたくなると思う」

 

 ISの勉強の筈が、打たれ強さの身に付け方を勉強する方向に変わるんですね、分かります。

 しかし、折角一夏少年と2人きりになれるチャンスだというのに、暑さでふいにしてしまうとは勿体無い……鈴子ちゃんにとって夏とはそれ程までに嫌な存在なのだろう。

 

「はぁ……食堂にでも行ってかき氷でも食べに行こうかしら」

≪あれ、今日は食堂解放されてない日じゃなかったっけ?≫

「……そうだった」

 

 IS学園の食堂は寮一階に設けられており、専属の従業員が務めている。普段ならば平日だけでなく休日も機能しており、寮暮らしの学生にとっても非常に助かる存在となっている。

 しかし、働いている者達にも個人の生活というものがある。夏休みという事で帰省している学生がいる事によって、夏休み中に寮にいる学生は必然的に少なくなる期間が生じる。従業員に纏まった休みを与える事が出来るのはそこが狙い目なのだ。以前、帰省する学生が誰かを学園は把握しているといった記憶があるけど、こういった事にも予めのプランを立てておく必要があるからだ。

 で、各々の事情の都合で食堂を開く為の人員が足らず、何日か食堂閉鎖日が生じる事が寮生に事前に知らされていた。その内の1日が今日なのである。

 

 食堂が開いていない事を知った鈴子ちゃんは、ガックリと項垂れる。

 

≪事前に知らされていたのを見落としていたとはいえ、てっきり朝ご飯の時に気付いてるものかと思ったけど≫

「……動くのがだるかったから、買い置きのパンで済ませてたのよ」

 

 成程ね。

 

「はぁ……道理で寮の中も人が少ないと思ったわ。ティナも帰省中だし」

≪どうするんだい?いっそのこと、外出でもするかい?お昼前後は雲が掛かって気温が少し下がるらしいから、お昼ご飯と避暑地探しがてらに≫

「避暑地ねぇ……」

 

 そう言われてうーんと唸る鈴子ちゃん。顎に指を当て、懸命に考えている最中である。

 こういう暑い日は市販の店の殆どは空調を効かせているだろうから、一度入ってしまえばこちらのものだ。そのまま気温が落ち着く夕刻まで店内で時間を潰すなどすれば、その日の日中は涼しい思いをする事が出来る。他にも水を浴びれるプールや海水浴の案もある。尤も、鈴子ちゃんとしては誰かと一緒に行った方が楽しめるだろうから気が乗らないかもしれない。

 何にせよ、部屋の冷房が使えず他人の部屋で涼む選択肢も潰えている彼女には、気晴らしも兼ねて外出させてしまった方が良いかもしれない……というのが私の提案という訳である。

 

「…………あっ、あそこなら良いかも」

 

 

 

――――――――――

 

「というわけで弾、遊びに来てやったわよ」

「いきなり旧友が押しかけて来たと思ったら、自室を占領されたでござるの巻」

 

 鈴子ちゃんと一夏少年の中学時代の友人、五反田 弾という少年の家に押しかける事になった。彼らは中学時代によくつるんでいて、今でも時折こうして顔を会わせているのだとか。一夏少年も、一学期の休みの時にこの少年の下へ遊びに来たと言っていた。

 

「良いじゃない別に。どうせあんたの事だから夏休みなのに一緒に出掛けるガールフレンドもいなくて、家で寂しくお菓子食べながらテレビゲームしてたんでしょ」

「な、何故そこまで知って……ゲフンゲフン、大きなお世話だしガールフレンドに固定する必要なかったよな!?明らかに俺が彼女いない事を突いてきたよな!?」

「あぁ、やっぱりいなかったのね彼女」

「ぐぬぬ……そ、そういうお前だって一夏のやつと全然進展してない――」

「今度余計な事言うと口を縫い合わすぞ」

「あ、すいません」

 

 威圧に負け、潔く引き下がる弾少年……という言い方だと一夏少年と被るから、彼の事はボーイと呼ぶとしよう。シャルが男装していた時以来だね、この呼び方も。

 

「それで、えっと……お前が連れてきた猫が今有名な……」

≪初めまして弾ボーイ。私の名前はテオ、今後ともよろしくね≫

「あ、どうもご丁寧に……えっと、俺は五反田 弾だ……です」

「だです、って何よ。あんたが敬語使ってるの凄い違和感あるんだけど」

「いや中学の頃も普通に先生相手に使ってただろ!?何、その頃から変に思われてたの!?」

 

 ちなみに、私も千冬嬢から『お前が敬語を使うのはどこか気持ち悪い』と散々な評価を貰っていたり。そういう意味でも彼と気が合いそうである。

 

≪まぁ私の事は自分の接しやすい風にしてくれて構わないさ。一夏少年も普通にタメ口だからね≫

「ウ、ウス……じゃあ友達感覚で呼ばせてもらうぜ」

≪うむ、よろしい≫

 

 無事に自己紹介は終了。

 それにしても、先程から鈴子ちゃんに弄られている姿を見ていると、彼からも一夏少年と同じ素質を感じるね。弄られ役という美味しい素質が。

 

「それで、避暑地目当てで来たのは分かったけど一夏は一緒に来なかったのかよ?」

「あぁ、あいつなら学園の寮で勉強中よ」

「そいつ偽物じゃね?折角の夏休みなのにあの環境で一夏が女の子と遊ばずに勉強とか……」

 

 そしてこの場にいないのにネタにされる一夏少年。流石である。

 

「残念だけど事実よ。と言っても、中学の時からその光景はあったじゃない。あいつ、バイトもやってたから勉強面はカツカツだったし」

「あー、言われてみればそうだったな。だとしてもなぁ……夏休みに自宅に籠って真面目に勉強って、勿体ねぇなぁ」

 

 どうやら弾ボーイはその派手な赤髪のビジュアルに相違無い、遊びっ気の盛んな少年らしい。

 

「IS学園に入ってからはそこそこ頑張ってるわよ、あいつは。最近はいつも以上に熱を出してるみたいだけど……」

 

 確かにここ最近の一夏少年は、今まで以上に勉強と訓練に精を出している。アリーナの使用許可が下り次第、白式に乗って代表候補生の子達相手に懸命に鍛錬に励んでいる。まぁ、理由は大方予想がつくけれど。

 

 これまでは一夏少年に恋する乙女達に譲ってあげてたけど、そろそろ私も本腰を入れて彼の訓練に参加するべきかもしれないね。

 

 とまぁ、お堅くなりそうな話は置いておくとして。

 

≪そういえば弾ボーイの家は定食屋さんなんだっけ≫

「おう。どうせ昼食もここで食ってくつもりなんだろ?鈴とテオさ……んん、テオの分も先に頼んでおくぜ?」

「じゃああたし業火野菜炒めでよろしく。久々に食べたくなったわ」

≪私も良いのかい?といってもメニュー通りの食事は食べられないけど≫

「っと、それもそうだったな。じゃあじーちゃんにちょっと聞いてくるから、その後だな」

 

 ボーイ曰く、彼の祖父が【五反田食堂】で調理の主格を担っているらしく五反田家の頂点に立つ男なのだとか。彼の放つ拳骨や中華鍋ストライクは千冬嬢の鉄拳に勝るとも劣らない威力なのだとか。話を聞く限りでは中々に豪胆な人物のようだ。会うのが楽しみである。

 

「まっ、昼食までまだ時間があるんだしそれまでゲームでもして遊びましょ」

「あいよ。じゃあゲーム起動まではしとくから、俺が戻って来るまでに腕慣らしておけよ」

≪ふっ、5分もあれば十分さ≫

「まっ、付け焼刃で俺に勝てるのは難し……え゛っ、テオってゲーム得意なの!?っていうか出来るの!?」

≪言ってみただけだよ≫

「見りゃ分かんでしょ」

「揃いも揃って俺を弄びやがってコンチクショー!」

 

 そう言いながら弾ボーイは涙目で部屋から飛び出していった。

 会って間も無い相手を弄るのは気が引けそうな行為なんだけど……彼に関しては才能に惹かれてどうしてもね。弄られるという才能が。

 

≪ところで、何のゲームだい?≫

「【インフィニット・ストラトス ヴァ―スト・スカイ】、対戦格闘ゲームね。DLCであたし等の機体も操作できるらしいけど、まぁ弾の事だから追加してあるでしょ」

≪ほう……勿論銀雲はあるんだろうね?≫

「あるわよ。操作キャラじゃなくて、ステージギミックとして」

 

 解せぬ。

 

 

 

―――続く―――

 




 ちなみに銀雲が操作キャラじゃない理由は、スピードが圧倒的すぎてバランス調整不可能と判断されたから。カービィのエアライドでいうとライトスター相手にルインズスターでゼロヨンアタックを挑んでいる様なものなので。(謎例え)

 ちょっと執筆に詰まってしまって投稿が遅れがちになってしまって申し訳ありません……臨海学校編と過去編は前々からシナリオもある程度固まっていたので進んでいたのですが、ここから先は手探り感が強くなっていきますので……設定とか後から生やしちゃいますし。
 けっしてマリオオデッセイで遊んでたりとかアズールレーンで女の子達と親睦深めてたりとか東方幻夢廻録で健全プレイしてたとかじゃないですからね!(スマホとタブレットの2刀流をしながら)

 あ、ちなみに次回も鈴達のターンです。



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定食屋へGO!2

 険しい山岳地帯。

 

 そこでは2機のISが激しい空中戦を繰り広げていた。

 

「そらそらぁ!避けてばっかりじゃ勝ち目は無いわよ!」

 

 中国の第3世代機、甲龍に乗ってデフォルト装備の衝撃砲を対戦相手に連発する少女、鈴。

 

「くそっ、バカスカ撃ちやがって……!」

 

 迫り来る衝撃を振り切り続ける少年、弾。彼が現在乗っているのはタイの第3世代機【ドゥルガー・シン】である。

 

「けどな……そろそろクールダウンの時間だぜ!」

 

 そう言うと弾は突き出た山脈の一角を盾にして最後の衝撃砲から免れ、急加速して鈴との距離を詰め始めていく。彼女が衝撃砲の連発回数が限界に達して次の行動に切り替えようとしていた隙を突き、一気に射程圏内へと入った。

 ドゥルガー・シンの真骨頂は攻撃用にプロテクトされた脚部アーマーから放たれる強力な蹴撃技。堅確な装甲とブースターの加速による蹴りは並大抵の武器を凌駕する破壊力を秘めている。

 

 ハイキックが鈴へと迫る。

 

「くっ!」

 

 双天牙月を即座に召喚し、蹴りを防ぐ鈴。

 しかし続け様に行われた追撃のミドルキックの衝撃に耐え切れず、大きく後退させられる。

 

 弾はそれを追い掛け、空中で特殊スラスター【スカイ・ハイ】をジャンプ台にして勢いを増したままキックの姿勢に入る。

 

「セイヤーッ!」

「くそっ……調子に乗るんじゃないわよ!」

 

 甲龍に装備されている腕部小型衝撃砲【崩拳】は格闘戦に運用出来るように耐久性が高められている。

 迫り来る蹴りに応戦すべく、両の手を組んだ鈴はハンマーを扱う要領で弾の脚部に振り当てる。

 

 両者の技が激突し、彼等を中心に小さくない衝撃波が周囲に広がった。

 

「やるわね……けど!」

「っ!」

 

 拮抗した状態のまま、鈴は腕部の衝撃砲の砲口を弾へと定めて衝撃弾を発射。彼を吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされる中、弾は【複射拡散弓】を召喚しつつ空中で姿勢を直し、鈴に向かって矢を放った。

 この瞬間、弾には勝利への道筋が見えていた。

 広範囲に放たれた矢が一本でも直撃すれば、鈴のシールドエネルギーを削ると同時に衝撃の反動を与えて隙を生じさせる。そこに自身の奥義を叩き込めば、勝敗は決するだろう。

 

 目前に見える華々しい勝利。

 弾の口元は、自然に笑みで歪んで――。

 

「ハイパーモード、発動!」

「ちょ、おま――」

 

 

 

――――――――――

 

「いよぉっし!あたしの勝ちぃ!」

「ちくしょう!お前もハイパーモードで削るクチかよぉ!」

 

 テレビ画面に『2P WIN!』の文字と甲龍装備でガッツポーズをしている鈴子ちゃんが移されながら、弾ボーイと鈴子ちゃんがそれぞれ勝敗に沿ったリアクションを取る。片や嬉しそうに、片や心底悔しそうに。

 

 以上が私、テオによるインフィニット・ストラトス ヴァースト・スカイ、鈴子ちゃん選手V.S弾ボーイの試合実況でしたとさ。

 

「あたしも?も、って事は、一夏もこの戦法使ったって事?」

「あぁそうだよ。お陰で俺の華々しい戦歴に★が1個加わっちまったんだよこの野郎」

「普通に黒星って言え。とにかく、お昼の件はあんたの奢りって事でよろしくねー」

「ちくせう……」

 

 今回の試合では、鈴子ちゃんと弾ボーイが昼食の件で賭けをしていた。というのも、鈴子ちゃんが昼食に食べたかった物は基本的に売れ残る事が無く、弾ボーイの友達と言えど形式に沿って注文、つまりお金を払う必要があるのだ。売れ残りならば料金は要らないらしいのだが。

 で、あくまで自分が食べたい物が欲しかった鈴子ちゃんは、弾ボーイに賭けを提案した。ゲームで負けた者は勝った者に昼食を奢る、と。

 

 結果、勝者は鈴子ちゃんとなったわけだ。

 

「じゃあ、時間もちょうど良くなったしそろそろ下に降りましょ。あ、ついでにかき氷も奢ってもらうから」

「あぁはいはい、どうせ要求してくると思ったよ。こうなったら一緒に奢ってやるよははは」

≪大変そうだね、ボーイ≫

「俺も猫になりたい。猫になってお金のしがらみから逃げ出したい」

 

 諦めようか。

 

 項垂れる弾ボーイと共に、私達は彼の部屋から出て一回に降りて裏口から出る。そしてグルリと回り込み、食堂の入り口を開く。

 

 開かれた扉を開けた先では、店内を歩いている最中の少女が朗らかな笑顔を浮かべながらこちらに振り向いて来ていた。

 

「あ、いらっしゃ……って何だ、お兄か」

 

 笑顔の時間、驚きの0.4秒。一夏少年の雪片弐型展開よりずっとはやい!

 お兄、というのは十中八九弾ボーイの事であろう。私は生まれてこの方初対面の子にお兄なんて呼ばれた事は無いし、鈴子ちゃんに関しては性別が違う。

 

「あの、今日はお客さんもいるからその冷めた対応は止めて頂けませんかね……?」

「お客さんって言っても、鈴さんがいるからってお兄への扱いが良くなる訳じゃないでしょ?」

「寧ろ、誰が居ても変わらないような気もするわね」

「俺の味方、急募しています……」

 

 誰ともなくそう呟く弾ボーイ、何とも痛ましい。

 そんな傷心気味のボーイを余所に、少女2人は談議を始めていた。

 

「久しぶりね蘭。暫く見ない間に随分と背ぇ伸びたんじゃない?」

「お陰様で。鈴さんの方こそ……あっ」

「おい、あっ、って何よ。可哀想なものを見るかのようなその目も何よ。そして何より視線があたしの顔より下に向けられているのはマジで何よ」

「何ってお前、それは勿論――」

「弾、あんたは黙ってなさい」

「アッハイ」

 

 問答無用で沈黙させられる弾ボーイ、何とも憐れましい。

 

「ってあれ、鈴さん猫飼ってるんですか?IS学園ってペットOKとか聞いた事無いですけど」

≪おや鈴子ちゃん、いつのまに私以外の子とよろしくやっていたんだい?≫

「どう見てもあんたの事でしょうが」

「……え、あれ?今、猫が喋って……?」

「お前なぁ蘭、4月から話題になってただろ。世界で唯一ISを動かせる猫の話を」

「えっ、それじゃあこの猫が!?」

 

 確かにその時期から私の事は話題になっていたね。本格的に情報が明かされるようになったのは最近だけれども。

 

≪御機嫌よう、私の名前はテオ。どうぞよろしくねお嬢ちゃん≫

「あ、はいこちらこそ……あっ、私は蘭って言います。五反田 蘭です」

 

 ふむ、では兄の呼び方にちなんで蘭ガールとでも呼ばせてもらおうかな。それにしても受け答えが弾ボーイと随分似ているね。流石は兄妹。髪の色まで一緒なだけはある。

 

≪まぁお喋りは席に着いてからにしようじゃないか。入り口に佇んだままでは折角食事に来たというのに本末転倒になってしまうからね。他のお客さんにも迷惑になってしまうし≫

「ま、お客なんて元から少な――あべし!?」

 

 途端、厨房の方から銀のお玉が回転しながら弾ボーイの頭部へ飛んできて、直撃。被害者は鎮圧されてしまった。

 

「くだらねぇ事言ってねえで、さっさと席に着いて飯食えガキ共」

 

 先程のお玉投擲の正体である人物が、料理が乗っているお盆を携えながら現れた。

 既に還暦を超えている齢を感じさせる年季ある風貌で、袖を肩まで捲り上げた個所にあるのは浅黒く肌焼けた筋肉モリモリの逞しい腕。

 この御仁こそ、弾ボーイの言っていた『じーちゃん』なのだろう。

 

≪では、お言葉に甘えて失礼するよ≫

「へっ、猫の癖にお堅ぇ態度しやがって。飯の時くらい繕わずに楽な姿勢でいやがれ」

 

 そう言いながら老人は私の前に食事を置いてきた。

 出された品は、猫用に調整されたであろう肉じゃが。豚肉、にんじん、えのき、等を細かにカットし、猫舌に合わせて程良く冷ましているのが湯気の薄さから確認できた。

 

 私以外の子達の食事も用意されており、各自がそれぞれ頼んでいた料理の前の席に着いていく。蘭ガールもさりげなく私達の食卓に加わる模様。

 

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

≪いただきます≫

 

 4人でそれぞれの料理を一口。

 

 ……ほぅ。これは美味い。

 箒ちゃんの手作り料理、学園の学食、この間フランスやドイツの店で味わったグルメ、どれにもそれぞれの美味しさというものがある。そして老人が作ったこの料理にも、心惹かれる魅力的美味しさというものが感じられる。

 例えるならば熟練された昔ながらの味わい、といった所だろうか。ちなみに箒ちゃんだと家庭的で安心する味って感じ。故郷の味、なんて表現もあるね。

 

 どんどん箸が進む、もとい口が進んで盛られていた料理はみるみる減っていく。そして私はいの一番に料理を完食してしまった。

 

「うお、飯食うの早っ」

≪美味しい料理というものはついパクパク食べちゃうものなんだよ。これは生物共通の事柄さ≫

「良かったね、おじいちゃん。美味しいってさ」

 

 蘭ガールと共に視線を厨房に向けると、そこには大きな中華鍋を片手ずつで巧みに振るって料理を作っている最中の老人がいた。鍛えられた筋肉をいかんなく発揮させた豪快な調理風景は一種のパフォーマンスの様にも見える。

 

「へっ。飯を食う場所で美味くない飯なんざ出さねえよ。それが猫相手でもな。ここの店の扉潜った瞬間から、人間だろうと猫だろうとそいつは俺の客だ」

 

 格好良い。この一言に尽きる。

 きっと若き頃は硬派なスタイルで人気だったに違いない、分かるよ。

 

≪老人、貴方の名前は?≫

「厳。五反田 厳だ」

≪ここは外食の贔屓にさせてもらうとするよ。素晴らしい料理に巡り合えたし、面白いおもちゃ……じゃなかった若者もいるみたいだしね≫

「へっ、好きにしな」

「なぁちょっと、何で俺を見ながらおもちゃって言ったの!?言い直してたけど完全に言い切ってたから何一つ取り繕えてなかったんだけど!?」

 

 ははは、まさかそんなまさかー。

 

≪ところで、私が食事に夢中になっている間に何か話題にしていなかったかな?≫

「あんたの食べるスピードが速くてさわり程度だったけどね……IS学園の事よ」

≪ほぅ、もしかして蘭ガールはIS学園志望だったり?≫

「はい、そうなんです」

 

 ほぅ、成程ね。

 ISに興味を抱く女の子は多いが、彼女もまたその内の1人らしい。このご時世では珍しい話ではない。

 

「そうだちょうど良かった!テオもこいつを説得してくれよ!こいつ一夏がいるからってIS学園に――」

「お兄、うるさいから黙ってて」

「う……け、けどよぉ」

 

 弾ボーイが何か言いかけていたけど、事情の9割は把握出来てしまった。

 まぁでも、一応確認は必要だよね。

 

≪成程、蘭ガールも一夏少年争奪戦の一員という事か≫

「争奪戦って……あ、えっと、うぅ」

「いや普通に好きかどうかで言いなさいよ」

≪直接言うよりも紳士らしくて良いかなと思ってね≫

「いたいけな青少年をおもちゃ呼ばわりするのは紳士じゃないんじゃ……」

 

 なぁにぃ~?聞こえんなぁ~。おっといけない、これでは南斗孤鷲拳の使い手ではないか。

 

≪それで、IS学園志望はやっぱり一夏少年がいるからかな?あぁ、別に責めようという気は無いから気楽に答えてくれて構わないよ≫

「う……はい」

≪ふむ、ではISに関しての興味はあるかい?搭乗者としてだけでなく、技術職としての方向も含めて≫

「ま、まぁ……人並みには」

≪ふむふむ≫

 

 やはり、一夏少年がいるからという理由の方が強いみたいだね。

 恋愛1つで将来の決め手となる進学先すらも変わってしまうのだから、人間の生き方というのはやはり面白いね。

 

「蘭、この際一夏の件を抜きにしてでも言わせてもらうけど、あんたそれだけの理由でIS学園に入るのはかなり厳しいんじゃない?……無理矢理転校したあたしが言うのもアレだけど」

「ほら、鈴もこう言ってるんだしさぁ、やっぱり考え直そうぜ蘭。今ならまだ志望校の変更も間に合うって」

「お兄は黙っててって言ったでしょ!それに鈴さんは一夏さんの近くにいれるからそう言える余裕があるのでは?」

「アンタねぇ……」

 

 鈴子ちゃんが呆れ気味に蘭ガールを見据える。ここで強く言わないという事は、彼女としても蘭ガールの立場になった時の気持ちが分かるという事なのだろう。胸の事を指摘しない限り、鈴子ちゃんって冷静な所もあるし。福音の事件で一夏少年を叱咤激励したのも彼女だったそうだね。

 

≪ちなみに君の家族……弾ボーイ以外の人からはどういう反応なんだい?≫

「お父さんもお母さんもおじいちゃんも、私の意思に任せるとの事です」

 

 厨房にいる厳殿に視線を向けると、彼は此方の話を聞いていたようで、うんうんと頷いていた。

 母親であろう人物、シンクで洗い物をしている若々しい女性にも視線を向けると、彼女も話を聞いていたらしく良い笑顔でOKサインを指で作っていた。

 

≪まぁ余所様の家庭の事情に深く踏み入るつもりもないし、私は特には反対しないよ≫

「ダニィ!?テオ、裏切ったな!?」

「そもそも味方してすらいないでしょうが。っていうかテオ、あんた本気で言ってるの?」

≪本気も本気さ。厳殿や蘭ガールの両親の言うように、こういうのは結局本人の意思が大事だからね≫

 

 私がそう言うと『マジかよ……』とかなり小声で呟きながら弾ボーイが項垂れてしまう。余程蘭ガールがIS学園に行くのが反対のようだ。一夏少年が義弟となる事態を避けたいのだろうか?それとも急に進学先を変えている事に心配しているのか、それとも……。

 何にせよ、弾ボーイの心配も厳殿達の方針も決して間違いではない。そもそも間違いになるかどうかなんて、現時点で分かる筈がないのだからね。

 

≪まぁそうだね、一応私の方からもアドバイス的な事を言わせてもらっても良いかな?≫

「アドバイス?」

≪入学するにあたって、その後の学園生活を無駄にしない為の助言さ≫

「……まぁ、そういう事でしたら」

 

 私が反対しているわけではない事を知ったからか、蘭ガールは特に強い警戒心を抱いた様子も無く、興味を持って私の話を聞こうとし始める。

 鈴子ちゃん達や厳殿達、他のお客も口を閉じて私の言葉に耳を傾けている。

 

≪さっきも少しだけ言ったけど、ISでは操縦と技術の2方面での職業が殆ど決定されている。パイロットになるか技術職、或いは研究者になるかだね。蘭ガールは現時点ではどちらの方に興味があるかな?≫

「えっと……パイロット、ですかね」

「うわ、よりによってそっちなの……メチャクチャ厳しいわよパイロットは」

「そんなに違うのか?」

「そりゃあんた、国家代表の定員知ってれば一目瞭然よ。技術者だって勿論大切だけど、操縦者に関してはいざという時の替えさえも厳しくなるわ」

 

 尤も、束ちゃんクラス……だと誰もいないからその一回り下クラスの技術者になれば替えが効かなくなってくるけどね。

 

「た、確かに前回のモンド・グロッソの大会は見てましたけど、あそこまで目指すつもりは――」

≪あぁ、そこは別に良いよ。次のモンド・グロッソもあるかどうか分からないし≫

 

 シーン……。

 私の一言で、店内が静寂に包まれた。

 

 ふむ、まぁ喋る分には丁度良いかな

 

≪ISがこれから先どうなるか分からない以上、変にISそのものに固執し過ぎず、操縦なり開発なりのスキルを身に着ける事に専念した方が、今後の将来に機転が利きやすいし――≫

「ちょちょちょ、ちょっと待ったテオ!あんたいきなり何言ってんのよ!?」

≪何って、アドバイス≫

「どこが!?とんでもない爆弾発言だったんだけど!?」

 

 おや、皆驚いているけど、そんなに驚く事だっただろうか。

 

≪別に有り得ない話では無いと思うよ。10年前の白騎士事件だって、ミサイルの襲来もISの登場も全てが唐突だった。ならば明日にはISが宇宙に帰ってしまったり、2学期には弾ボーイが可愛い彼女を作るかもしれない、そんな1%の確率にも満たない可能性すら起こるかもしれない、それが現実だ≫

「俺に彼女が出来る事がそんなに有り得ないか!?というか俺がリア充になるのは奇跡レベルなの!?」

「取り敢えず、美少女を前にしたらテンパる癖と下手くそなギター趣味を失くしたら少しはマシになるかもね」

「くそぅ!」

 

 ついにやけ食いを開始する弾ボーイ。やっぱり彼のリアクションは一夏少年に通ずるものがあるね。流石は類友。

 

≪まぁ獣の戯言に過ぎないから、真に受ける必要は無いよ。つまり私が言いたいのは、IS学園に入るならいざという時の備えをしておけって事≫

「まぁそう言う事なら私も同感よ。パイロットはあぶれると別の就活が大変だし、技術職もIS関係の仕事になれない可能性も若干あるし」

「わ、分かりました……」

 

 私の可能性の話と鈴子ちゃんの生々しい話を両方聞いた蘭ガールは、やや尻込み気味ながらも理解してくれたようだ。

 

≪あっ。ちなみに私の戯言を真に受けてネットとかに拡散しようものなら、明日から毎日黒猫が前を横切り、カラスが観察し続ける日々を送る事になるけど……この意味は諸君らにも分かるね?≫

 

 ちなみに、やろうと思えば動物団体に申し出て実行は出来る模様。

 

 人がいる前で色々先の話をしてしまったけれど、念の為に口封じはしておかないとね。今からそんな騒ぎをされても面倒になるだけだろうし。人間の中には信じる為のソースが無くても冗談や嘘を本気にする者もいるからね、いやそれは動物も含まれるか。

 

 

 

 

 

 まぁ、私の言葉が冗談や嘘だとは一言も言っていないのだけれどね。

 

 

 

―――続く―――

 




○おまけ・本編で使いたかったけど使えなかったネタ共○

【その1】
テオ≪よろしくね、モロボシ・弾≫
弾「デュワッ!……いやウルトラセブンじゃねえから!」

【その2】
テオ≪大変そうだね、弾・モロ≫
弾「ウ゛ワ゛ァ゛ァ゛!!無理だ、帰還する!・・・…いやセレブリティ・アッシュに乗ってねえから!」

【その3】
テオ≪中々面白い若者だね、弾・クロト≫
弾「十六年前から君はァ……透き通る様に純粋だったァ……その水晶の輝きがァ、ゥ私の才能を刺激してくれたァ……!君は最高ォのモルモットであァ!君の人生は全てッ!っ……ゥ私の、この、手のォ上でェッヘッ……ヘウゥゥッ転がされてるんデャよォっ!ドゥァーハァッハァハハハゥ!ヴアァッハァハハハハァ!……ブゥン!……ぜぇ、ぜぇ、か、神の才能を持つ男じゃ、ねーからゲホゲホ」
鈴「割とノリ良いわね……」

 某動画サイトのヤンデレの女の子に愛され過ぎても相変わらずなダン・モロを視聴して、元ネタ全く知らないのに大笑いしましたよ……ACにも手を出してみようかな。
 けど使えそうなのはプレステ3しか持ってないから実質4からのスタートだと?ドラクエにしろFFにしろ過去作プレイ者へのファンサービスを楽しめるように1から始めたがる性分だというのに!(どっちも未プレイ)


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ラビット・アンド・クロニクル

≪箒ちゃん、準備は出来たかい?≫

「あぁ、大丈夫だ。何時でも出発できる」

 

 夏休み中盤のとある午前。

 

 空調の入った自室の中で、私と箒ちゃんは外出の準備を済ませていた。お互いに変装をして正体がばれない様にする為に。

 最近はマスコミだけでなく、一般人もネットで発見情報を書き込んだりするから油断してはならない。何せ今回は、身バレしてはならない人達に会いに行くのだからね。……別に黒ずくめの組織に会う訳じゃないので悪しからず。お酒のコードネームとか格好良いけど、流石に悪堕ちは御免被る。

 

「しかし、伊達眼鏡というのは少々窮屈だな……目は良いのに掛けていると異物感が否めない」

≪けど眼鏡をかけた箒ちゃんもお洒落で似合っているじゃないか。文学少女らしさがグンと上がっているよ≫

「そう、か?まぁ似合っていると言われたら、悪い気はしないが」

 

 私の褒め言葉に反応して、少し気恥ずかしそうにしながらも顔を緩ませる箒ちゃん。可愛い。

 ちなみに今の彼女は黒縁でオーバル型の伊達眼鏡をかけ、髪型はいつもの長いポニーテールを折り畳むように後ろで束ねている。暑い夏に備えた涼しげな印象にもなっているのがさりげないポイントだ。

 

「そういえば、一夏はまだ帰ってきていないな。散歩に行くと言っていたから帰った時にでも一言伝えてから外出しようと思っていたのだが」

≪彼の事だ。散歩の途中で顔馴染みの女の子にでもあって雑談でもしているんじゃないかな?≫

「可能性が濃密過ぎて苦笑しか浮かばないな……仕方ない、あいつにはメールで伝えておくとしよう」

 

 これ以上待ち続けていても約束の時間に遅れてしまうかもしれないという事で、私達は部屋を出た。

 

 しかし私達が学園の正面ゲートの所までやって来た所で、話題に上がっていた一夏少年の姿が見えた。

 彼の近くには、今しがたイギリスから帰国してきたのであろうセシリア姫とメイド服を着た見知らぬお嬢さんの姿が。そう言えば、姫が帰って来るのも今日だったね。

 

 案の定こんな所で足を止めていたのかと、私と箒ちゃんは顔を見合わせて苦笑いを浮かべ合いながら、3人の方に歩み寄っていった。

 

「久しぶりだなセシリア、もう戻って来ていたのか」

「ん?……あら箒さんでしたか、それにおじ様もお久しぶりですわ。えぇ、つい先程日本に帰ってきましたの、後は荷物を学園に運んでもらうだけですわ。お土産もご用意しておりますので、また後日にでもお渡し致しますわね」

「ふふっ、楽しみにしているとしよう。所で、そちらの女性は……」

「お初にお目にかかります。私はセシリアお嬢様の下で専属メイドを務めております、チェルシー・ブランケットと申し上げます。どうぞ、以後お見知りおきを」

 

 そう自己紹介したメイドのお嬢さん――チェルシーお嬢さんは、丁寧なお辞儀を箒ちゃんにした後に、私の前で屈むと箒ちゃんの時と同様に頭を下げてきた。

 

「畏れながら、貴方様が篠ノ之様のご家族のテオ様とお見受けいたしますが、お間違えはございませんでしょうか」

≪いえいえ、私がそのテオで間違いないよ≫

「左様でしたか。先程篠ノ之様にも申し上げさせていただきましたが、チェルシー・ブランケットと申し上げます。以後、お見知りおきを」

≪もしかして、私と箒ちゃんのそれぞれに挨拶してくれたのかな?≫

「はい。お嬢様のご友人の方々でございますので、お手数お掛けしてしまう形となり申し訳ありませんでしたが、私なりの誠意としてご両人に自己紹介をさせていただきました」

 

 パーフェクトだ、ウォル……じゃなくてチェルシー。

 もうね、心構えが従者の鑑だよ。完全で瀟洒なメイド長だよこの子は。いやメイド長なのかは分からないけど。もうこの子がメイド長で良いと思うよ。

 

≪ご丁寧にどうもありがとう。この暑い中お仕事とは大変そうだね≫

「いえ、これもメイドの務めでございますので」

 

 平然とそう言ってみせるチェルシーお嬢さんの顔には汗1つ滲んでいない。暑そうな長袖のメイド服を着ているにも関わらず。流石メイド長。

 

「ところで箒さん、眼鏡を掛けたり髪型が変わっていたりしていますが……あぁ、もしかして変装ですか?」

「あぁ。やはりセシリアには分かるか」

「わたくしも代表候補生としての名前以外でもモデルとしてメディアに出た事もありますので、ひょっとしてそうなのではないかと思いまして。箒さんも今や話題の人ですからね」

「だからといって、あまり騒がれるのも困りものだがな……ゆっくり外出出来ないのは堅苦しくて何ともな」

「えぇ、えぇ、そのお気持ちはとても分かりますわ!わたくしも以前にしつこいファンにストーキング並に付き纏われてウンザリした事がありましたの……チェルシーが秘密裏に撃退してくださったようですけれど」

 

 確かに、セシリア姫は私達の中でも特に名が知られているからそういった事の事情には良く理解できているようだ。そしてそんな彼女の災難をさらっと取り払うチェルシーお嬢さん、流石メイド長。

 

≪ところで、先程から一度も口を開いていない一夏少年の感想がそろそろ欲しい所だけど≫

「……ウェイっ!?」

 

 私に声をかけられて急に我に返ったか様な反応をする少年。

 そんな彼の様子を見て、他の子達も不思議そうに彼の方に注目している。

 

「一夏さん、どうかなさいましたの?」

「あぁいや、うん、何でもないぞ、何でも」

「本当か?外を歩いて回ったから少し日にやられているのではないか?熱射病にでもなったら大変だぞ」

 

 そう言って箒ちゃんが少年の身を案じて彼の顔を覗き込もうとする。

 

「い、いや!本当に大丈夫だからさ、うん!」

 

 が、一夏少年はややオーバー気味に後ろに仰け反って箒ちゃんとの距離を離した。顔が赤らんでいるからイマイチ説得力に欠けているよ、少年。

 ……ん?顔が赤らんでる?

 

「そうか……?まぁ、大丈夫だと言うなら私もとやかく言わないが、本当に気を付けろよ?」

「お、おう。分かってるって」

 

 箒ちゃんは特に気にする事無く一夏少年と普通に接している。

 が、私とセシリア姫は今のやり取りに何処か思う所があった。

 

「おじ様、今のは……」

≪ふむ、あれは……いや、まだ予想の範疇だから答えを出すのは早すぎるかな≫

「お嬢様、殿方にアピールするのであれば、あの派手な白いレースの下着よりも篠ノ之様のようなオシャレの仕方の方が賢明かと」

「ちょ――」

 

 主に恋愛の手解きまで行えるとは……流石メイド長。

 

 

 

――――――――――

 

 ゲートで一夏少年達と別れた私と箒ちゃんは、最寄りの公園までやって来た。近くに大型のパークが出来た事でこの公園に来る人が少なくなっており、静かな時間を味わい人等は此方の方に足を運ぶのだとか。

 私達がこの公園に来たのも、その人気の無さを利用したからだ。これから会う子達は、近場の大型パークの様に人が沢山いる場所では色々と都合が悪い。

 

 公園に設置された遊具の1つ、ブランコ。

 そこに待ち合わせしている子達がいた。1人は遊具の傍らで真っ直ぐ立っており、もう1人はというと……。

 

「フゥハハハハハァ!」

 

 高笑いを上げながらブランコを乗り回していた。

 

「ほらほらクーちゃん見て見て、束さんの大車輪!」

「お見事でございます、束様」

「まだだ、まだ終わらんよ!束さんはまだ2段階のスピードアップを残している!」

「残像を残す程の速度……流石でございます」

 

 とんでもない機動をしながらも乗っている女性……いやもう自分で名乗っていたから仄めかす必要は無いよね。

 

 そう、今回の待ち合わせの人物とは束ちゃんとクロエちゃんだ。

 『折角の夏休みなのにテオたんと箒ちゃんと過ごせないのはヤダヤダー!束さん幼児退行待ったなしー!ばぁぶぅ、はぁい、ちゃーん』という事で、今日は4人で一緒に過ごそうという事になったのだ。私は元より賛成だったし、箒ちゃんも束ちゃんを食事に誘っていたらしいので、丁度良かった。

 

「あっ、テオたんに箒ちゃん!」

 

 超スピードでブランコ大回転をしていた束ちゃんがその状態で私達の存在に気付いたが、特に驚く様な事でもない。だって束ちゃんだし。

 

「エ゛エーイ!」

 

 回転中のブランコから跳躍。すげえジャンプ力だ!

 

「ウェイ」

 

 そして華麗に着地。星くぅん?

 

「やぁやぁ2人とも、会いたかったぜぃ!」

≪ははは、夏なのに元気だね束ちゃん≫

「もちろんさぁ、テオたん達と会えるとなれば例え火の中水の中草の中あの子のスカートの中」

「一応釘を刺しておきますけど、本当に実行するのは止めて下さいよ」

 

 束ちゃんならやりかねないのが、何ともね。

 

 おっと、箒ちゃんにクロエちゃんの事を紹介しておかなければならないね。2人は今日が初対面だった筈だ。

 

≪箒ちゃん、この子が束ちゃんが保護しているクロエちゃんね≫

「初めまして、クロエ・クロニクルといいます。これからよろしくお願いします、箒叔母様」

「お、おばっ、叔母っ?」

 

 突然の叔母呼ばわりに、流石の箒ちゃんも動揺を抑えきれなかったようだ。

 そういえば失念していた。クロエちゃんは束ちゃんから娘の様に可愛がられており、義理の母子家庭の様な構成になっていたのだった。クロエちゃんは束ちゃんの事を母とは呼んでいないが、関係としてはそういう事になってしまうのだね。

 

「日本では母方の妹様の事を叔母と呼ぶと認識していたので、そう呼ばせていただいたのですが……何か不都合がございましたか?」

「あぁいや、不都合というか……うん、私の事は叔母ではなく普通に名前で呼んでもらえないだろうか……」

≪クロエちゃん、日本では少々歳を重ねた女性を小母もしくはおばさんと呼ぶ節があるから、箒ちゃんとしてはあまり好ましくない表現なのだよ≫

「そ、それは大変失礼な真似を……申し訳ございませんでしたっ、箒様」

「そ、そんな畏まって謝る必要は無いんだぞ?というか様付けもしなくて良いのだが」

「いいえ、これを外すわけにはいきません。私なりの誠意の表し方ですので、どうかご容赦を」

 

 相変わらず真面目だね、クロエちゃんは。そんな所が見ていて微笑ましいのだけれど。

 

≪どうせなら、私の事を父と呼んでくれても構わないのだよ?≫

「いえ、父様とお呼びするのは束様から――」

「わーわーわー!クーちゃんは良い子だからワシワシして進ぜようさぁそうしようほーれわしわしわしー!」

「わぷ、た、束様っ?」

 

 クロエちゃんの言葉を無理矢理遮るかのように大声を上げたかと思いきや、そんな彼女の頭を強引にかき回し始めた束ちゃん。一体どうしたというのだろうか。

 まぁ落ち着いた頃にでもクロエちゃんに聞き直せばいいか。勿論、束ちゃんが席を外している時にでも。

 

 再会のやり取りも済んで一段落着いたところで、私達はお昼ご飯の時間になるまで公園で雑談を交わし、後に街へと繰り出した。

 束ちゃんとクロエちゃんも一般人に溶け込めるように変装しており、髪の色も目立たない黒色に染めている等徹底している。正体がバレてしまったら折角の4人の時間が台無しになってしまうから、束ちゃんも念を入れているのだろう。

 

「さてさて、ご飯と言ってもどこで食べるんだい?私は箒ちゃんの手作りだったら何でもOK牧場なんだけど」

「古いですよ姉さん。言ってくれたら弁当で作ってきてあげたのですが……それこそ、先程の公園で食べれましたし」

「Shit!私としたことがやらかしてしまったぜぃ……ちょっとタイムマシン作ってくる」

「いやいやいや、今度作ってきてあげますから思いつきでそんな物を作るのは止めて下さい」

 

 いきなりUターンしようとする束ちゃんの手を箒ちゃんが掴んで止めさせる。束ちゃんならやりかねないからね。

 ちなみに私、暫く黙ってるので悪しからず。下手に喋ると箒ちゃん達も一緒に目立ってしまうし、臨海学校前の買い出しの時と違って今回は絶賛指名手配中の束ちゃんがいるから、変装していたとしてもそれに過信してはならない。

 

「とにかく、今日は飲食店を探しましょう。」

「えぐ……ぐず……箒ちゃんの手作り料理がぁ……」

「いい大人が街中でガチ泣きは目立つので止めて下さいよ……とにかく今日は普通の飲食店で我慢してください。テオが入れる所かどうかも確認しておかなければいけませんし」

「……皆様、あちらに飲食関係らしきお店が」

 

 クロエちゃんが指を差した先には、【レストラン・アギト】という名の飲食店があった。客船から落ちたり記憶を失くしてたりしてそうな青年が働いてそう。

 と思いきや、クロエちゃんの指が示す先を良く見るとアギトよりも少し先の方にあるお店だった。店の名前は……【@クルーズ】というらしい。

 

 全員で店の前にまで訪れて看板を見てみると、どうやらここは他の喫茶店とは一風変わった特徴があるらしい。

 と言うのも女性従業員はメイド服、男性従業員は執事服をそれぞれ着て接客に務めるのだとか。秋葉原をメインにメイド喫茶なるものが存在するが、あれとは違うのだろうか。

 

「従業員がメイド服か執事服を着て接客……変わったお店ですね」

「メイド服かぁ、ちょっと狙ってる感があって私は好きじゃないんだよなぁ。萌え要素と呼ぶにはもう何だか古い感じだし、最近だと胸周りとか足回りを露骨に露出したいやらしい仕様もあるし、何だかなぁ」

「では、私や箒様が着ているとどうでしょうか?」

「絶景。やっぱりメイド服って最高だよね☆」

「酷い掌返しを見た……」

 

 結局、他の店を探すのも億劫だという事でこの店で食事を摂る事に決まった。今回はガッツリ食べたいという子もおらず、全員喫茶店の軽食くらいの量で良いとの事だ。え、さっきレストランがあっただろって?まぁそこはね、うん。

 

 さて、お店に入ってみたはいいものの……どうやらここでちょっと困った事が1つ。

 

「申し訳ございません、現在ペットの同席は本社の方で審査中でして……お連れのペットの同伴は……」

 

 ここのお店、どうやらペット同伴許可が下りていない店らしい。ここ最近は私の登場によってペットの立場が上がったのか、もしくは男性諸君の立場が下がったのかペットの入店を許可する店が増えてきている。この間行った大型ショッピングモールのレゾナンスもその一部だ。

 だがしかし、向こうは消費者の需要が圧倒的に多い大型の店。片やこちらは駅付近の喫茶店の1つ。それぞれの偉い人達も判断は慎重に行っているのだろう。衛生とかに気を遣わなければならないからね。

 

 どうしたものかと思っていると、ここで私達の中から反抗的な姿勢を出しちゃった子が1人……束ちゃんである。

 

「はぁ?お前私の大事な大事な家族であるテオたんを除け者にするとか何考えてるの?馬鹿なの?死ぬの?私が寂しくて死んじゃうの?そうだよ。こちとら久々にテオたんと箒ちゃんと一緒にご飯が食べられるって事で最高にハイってやつになれそうだったのに水を差すとかマジ有り得んし、アリエッティ。お前あれだよテオたんを除け者にしようものなら駐車する時にスピード抑えきれずにストッパーにぶつかってガタンッて衝撃がくるやつが毎回発生する呪いかけてもええんやで」

「え、えぇ!?」

「ちょ、ちょっと姉さん落ち着いて下さい!流石にそれは拙いですから、というかお店の人を困らせる様な事は止めて下さい!」

「むしゃくしゃしてやった。今は変声している」

「反省してください」

 

 ううむ、まさかの束ちゃん暴走。

 クロエちゃんも私に目配せで助けを求めてきているし……はてさてどうしたものか。もうここは大人しく喋って私が直接束ちゃんを落ち着かせるしかないか。私が『落ち着きたまえ』と言えば束ちゃんはいつも『すごく落ち着いた^^』と返してくれるからね。正体がバレるかもしれないが……まぁその時はその時だ。

 

≪たば――≫

「おい貴様等。何を騒いでいるのかは知らんが店に迷惑を被る行為であれば私が鎮圧し……ん?」

 

 私が声を発した直後、店の奥から1人の女の子が現れる。

 というか、あの綺麗な銀髪に凛々しい声はどう見ても……。

 

「パパ!?そうなると……こっちはお姉ちゃんか!?」

 

 ラウラちゃんでした。何故かこの店のメイド服を着ている。

 どうしてラウラちゃんがこんな所にいるのかも疑問だが、彼女が1人でこんな所にいるとは考えにくい。同伴者がいるとなれば……。

 

「ラウラ、そんな大声あげてどうし……ってえぇ!?何でお父さん達がこんな所に!?」

 

 案の定、シャルでした。彼女も何故かこの店のメイド服……あ、違う、執事服だ。女の子なのに執事服を着ているとはこれ如何に。

 

 何はともあれ、思わぬところで思わぬ子達と顔を会わせてしまったようだ。

 

 

 

―――続く―――

 




【裏話】
クロエ「私がテオ様を父様と呼ばないのは、『テオたんをそんな風に呼んじゃったらクーちゃんのパパがテオたんでママが束さん、という事は私とテオたんが…………ふぇへへぇ、か、顔が緩んじゃうからそりゃ反則だよぉ~♡』との事で、束様から止められているのです」
束「絶対にバラさないでよ!?いいね、絶対だよ!?いや上島心理じゃねーから!」

 チェルシーとの顔合わせ、そして久々に束とクロエの登場、そしてこのままだとカットになるかなと思っていた@クルーズのトラブルを急遽導入させました。
 尚、戦力はオーバーレベルの模様。


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過剰戦力喫茶店

「ラウラとシャルロットのお陰で、テオも同席出来るようになったな」

「テオたん用のメニューが無いからテオたんだけご飯食べられないというのは……ぐぬぬ」

 

 ペット同伴不可という事で入り口にて一悶着あったのだが、ラウラちゃん達が偶然その場に居合わせてくれていたお陰で私だけ外で待つような事にならなくて済んだ。

 というのも、ここの店に勤めているクルーの子が2人程突然に辞めてしまって困っていた所を、シャル達が代理でアルバイトとして働いてくれることになったらしく、そんな彼女の身内である私達を蔑ろにする訳にはいかないという事で、特例で私の同席を許してくれたのだ。

 本来ならばペット同伴は上の決定が降りてから行わなければならないのだが、店長は『こまけえこたあいいんだよ!』と言いつつ割れ物を扱うかのように丁重なもてなしをしてくれた。どうやらあの子達に相当助けられたようだね。

 

「テオ様、お腹が空いていらっしゃるようでしたら今からでも別のお店に移りますが……」

 

 私はニャー、と翻訳機を使わずに鳴いてから首をふるふると横に振って『大丈夫だ、問題無い』という意を示す。実際まだお腹が空いている訳じゃないし、水でも貰っておけばこの場は問題ない。牛乳はあっても猫用ミルクが無いなら、私が頂く物は限られてしまうからね。

 

 テーブルの隅に敷かれたシートの上で、容器に収められている水をチビチビと飲み始める私。ここに来るまで歩いていたから良い水分補給になるね、うまうま。

 

「それにしても、あれが箒ちゃんの義妹達かぁ……」

 

 そう言いながら束ちゃんはジッと注意深くシャルとラウラちゃんを観察し始める。2人とも今は他のお客さんの接客に回っている所だ。

 

 シャルは以前に男装でIS学園に転入してきた事を思い起こさせるような、ピシッと決まった執事服を着ている。どうしてメイド服じゃないのかと聞きたかったのだが『何も聞かないでくれると、嬉しいな、うん』といった感じの諦観混じりのアイコンタクトが送られてきたので、深くは追究しない事にした。

 しかし客受けはかなり良いらしく、特に女性客は目に♡を浮かべながらシャルの接客姿に見惚れてしまっている。彼女本来の気品さと柔らかな物腰が執事姿とベストマッチし、優秀な執事が完成されているのだ。

 

 そしてラウラはというと、あの子はちゃんとメイド服を着せてもらっている。制服はズボンにカスタマイズされていたり、以前に買った私服はパンツやジーンズ等を頻繁に履いているので、彼女のスカート姿は割と珍しい。一言で言い表すならば、可愛い。

 接客に関して言うと、通常の飲食店のそれとは思えない程にぶっきらぼう。特にラウラちゃんのメイド姿で顔が緩んでしまっている男性諸君らへの対応は特に厳しい。サドマゾなプレイが混じっている感も否めない。

 

「あぁ、いい……もっと蔑んでほしい……」

「養豚場の豚でもみるかのように冷たい目が欲しい……!『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』ってかんじの!」

「蔑まれない豚は、ただの豚だ」

 

 もっとも、一部にとても需要があるようだけれど。私の周りの女性陣も冷たい目を向けている事に気付いているだろうか。

 ちなみにラウラちゃんの名誉の為にフォローしておくけれど、全員の客にそうしているわけではないので悪しからず。普通のお客さんには淡々とした機械的でスマートな接客を行っており、手つきも迅速で無駄が無い。

 

 兎にも角にも、2大看板となった2人の活躍のお陰でお店は大繁盛。私たち以外の席も埋まり、シャル達も厨房の人達も慌ただしく駆け回っている。店長らしきお嬢さんも爆上がりしている売り上げと盛況さに必死に笑いを堪えようとしているような顔で接客を行っている。キラと名乗っていそうなヤバい顔になってるから、誰か締めてあげて。

 

「2人とも大変そうだな……けれど何だか充実しているように見えるのは私の気のせいかな?ふふっ」

「ほ、箒ちゃんの顔つきが母性味溢れるお姉ちゃんチックな事になってますやん……ちくせう!こんな顔を向けられるなんて束さん悔しいからやけ食いしちゃうぜ、はぐはぐ!……あ、美味い」

「束様、こちらのパンケーキも美味しいですよ。一口いかがでしょうか」

「わーい食べりゅー!束さん、クーちゃんと甘い物だいすき!」

 

 こっちはこっちで楽しそうに食事をしてくれているようで何よりである。というか箒ちゃん、紅茶を片手にシャル達の働いている姿を見守っている姿が束ちゃんよりもお姉ちゃんらしく見える有様。そして束ちゃんは表情がコロコロ変わって物凄く面白い。

 

 そうして暫く盛況が続いていた時、事態は一変した。

 

「てめぇら!全員動くんじゃねぇぞ!」

 

 店の扉を蹴破り、外から覆面を被った4人の人物が銃を構えながら雪崩れ込んできた。怒号を放ちながらやって来た先頭のリーダーらしき男は服装がジャンパーにジーパン、顔に覆面、手には拳銃、背中のバッグには札束がチラリと見えており、他の3人もそれに準じた装備をしている。

 そういえば、この付近には大きめの銀行があったと記憶している。そこを銀行強盗してからここにやって来たという事か。

 

 と呑気に状況分析していると、メンバーの内の1人が天井に向けて発砲。銃弾は店の電灯を軽々と割ってみせた。

 

「きゃああぁぁぁ!?」

「うるせぇ騒ぐな!いいかよく聞けてめぇら、てめぇらには今から人質になってもらう!大人しくしておけば命までは取らねぇから静かにしてろ!」

 

 その言葉で静かになる店内とは打って変わって、外では複数のパトカーの音が近付き、店の前にまでやって来た。

 ガラス越しに見てみると、ライオットシールドを装備した警官隊が店を取り囲み、パトカーもその外側でバリケードの様に円列を作っている。

 

「銃を捨てろぉ、無駄な抵抗は止めるんだぁあ↑」

 

 非常に不安定な声なんだけど、大丈夫なんだろうか。チャージマン研……うっ、頭が。

 

「警官共、良く聞きやがれ!人質を無事に返してほしかったらとっとと車を用意しろ!当然、追跡車や発信機なんてつけるんじゃねぇぞ!」

 

 あの4人組、車を使わず徒歩で銀行まで行ったのだろうか。なんて健康的なんだ……

え、そうじゃないって?

 

「へへ、奴等慌てまくってますぜ!」

「警官があぁやって慌てふためくザマを見るのは痛快だな!」

「平和ボケした国ほど犯罪しやすいって話、本当でしたね!」

「まったくだ」

 

 既に勝利の余韻に浸っている4人組は、そんな風に雑談を交わしている。

 

 中にいるお客さんと従業員の人達は、先程の威嚇射撃で銃が本物だという事に気付いて物陰に隠れて怯えてしまっている。無理も無い、日常で銃の騒ぎに出くわすような事、日本ではまず無いからね。

 

 さて、そんな中で例外が数件。

 従業員の中で唯一立ったままのラウラちゃん。

 頬をリスの様に膨らませながら美味しそうにホットケーキを頬張っている束ちゃん。

 黙々とパンケーキを口に運んでいるクロエちゃん。

 彼女達の対面で、目を瞑って腕組みをしながらジッとしている箒ちゃん。

 緊急事態という雰囲気の中で、全く動じていない子が4人もいた。終わったね、あの4人。

 ちなみにシャルはというと、そんな4人の姿を見てギョッとしている。皆して何やってんの!?とでも言いたげな表情だ。あれ、何だか視線が私にも向けられてない?

 

「あぁ?おいてめぇら!大人しくしてろって言ったのが聞こえねぇのか?」

 

 彼女達の様子に気付いたリーダーの男が苛立ち気にそう言い放つと、一番近くにいたラウラちゃんの近くに来て彼女の頭に銃口を向ける。

 

「まあまあ兄貴、折角ですからこの子に接客してもらいましょうよ」

「はぁ?お前何言ってやがる?」

「良いじゃないっすか、俺も賛成っすよ。それにこの子結構可愛いですし」

 

 ほぅ、中々見る目があるじゃないか。面白い奴だな気に入った。○すのは最後にしてやる。

 

「……ちっ、まぁ良い。どうせ待つまでやる事ねぇしな。おい、お前は向こうの客の方を大人しくさせておけ」

「へ、へい!」

 

 リーダーの男に支持された下っ端の1人が、私達のいる席までやって来た。

 

「おいお前等!お前等も早く他の奴等と同じ様に大人しくしてろ!」

「むぐむぐ……ねぇクーちゃん、おかわりは欲しい?言ってくれたら注文するよ~」

「そうですね……いえ、今は飲み物が欲しい気分です」

「…………」

 

 強盗から脅しの言葉を掛けられても、3人はまるで存在を無視ししているかのように食事と沈黙をそれぞれ続けている。

 

 彼女達の態度に怒りを覚えた強盗は、手にしている銃の向け先を私に定めてきた。きゃーこわーい。(棒)

 

「いい加減しろお前等!先ず見せしめに何故かそこにいる猫を撃って――えっ?」

 

 刹那、強盗の持っていたサブマシンガンがバラバラに砕け散った。銃の残骸は衝撃で上空に弾け散っていっている。

 

 銃を粉々にしたのは……箒ちゃんであった。護身用にこっそり忍び込ませていた木刀を手に、既に銃に向かって振り上げられた形となっている。

 茫然としている強盗を余所に、箒ちゃんはポツリと口を開いた。

 

「……数年前、私の家族は1発の銃弾で命を失いかけた」

「へっ?」

「故に再びテオに凶弾を仕向けようものなら……この篠ノ之 箒、容赦せんっ!」

「ぶぺっ!?」

 

 神速とも呼べる程の速さで座席から強盗の懐に肉薄した箒ちゃんは、これまら目にも留まらぬ木刀による打撃を相手の腹部にめり込ませ、軽々と吹き飛ばしてしまった。あーん!箒様が強いんだ!

 

 箒ちゃんに吹き飛ばされた男は別の強盗の方に飛んでいき、彼を巻き込みつつテーブルに激突し派手な衝突音を店内に響かせた。

 

「なっ!?て、てめぇら人質の癖に――」

「おい」

「あぁ!?てめぇも大人しく――」

「お姉ちゃんがあそこまで怒っている理由……今の私には手に取る様に理解出来るぞ」

 

 リーダーの男に水の入ったコップを差し出そうとしていたラウラちゃんは、コップをテーブルに置くとすかさず相手の銃を鷲掴みにした。良く見るとトリガー部分に指を挟み込んで、引けない様にもしてある。

 

「パパを危険な目に遭わせたな貴様ら……!その愚行は、万死に値するぞっ!」

「てめ――べふっ!?」

 

 リーダーが言い切る前に、ラウラちゃんは跳躍しながらの膝蹴りをリーダーの顔面に叩き込んだ。痛そう。

 

「お、お前等いい加減に――」

「ふっ!」

 

 箒ちゃんの攻撃に巻き込まれておらず、リーダーでも無い残りの強盗が我に返ってラウラちゃん達を止めようと銃を向けるも、ラウラちゃんの行動はそれよりも迅速だった。コップの中に浮かんでいる氷を摘み上げてそれを指でピンッと弾いてみせた。

 彼女によって弾き飛んだ氷の礫はそれこそ弾丸の様に強盗に向かって駆けていき、その眉間に鋭く叩き込まれた。

 

「いっ……!?」

「もう、無茶するんだか……らっ!」

「げふっ!?」

 

 ここで今まで潜んでいたシャルが踵落としを強盗の肩に叩き込み、すかさず首に手刀を入れて昏倒させてみせた。

 ISの専用機を持っている子達は、あらゆる事態に対応出来るようにと所属国から特殊な訓練を受けている。彼女達もその例に漏れず、IS学園に来る前からそういった鍛錬にはげんでいた。ここ最近の帰省の際に、2人とも改めて訓練をやっていたそうだから動きにキレが増している様に感じられるね。

 

「目標の鎮圧を確認」

「ふぅ、箒が急に犯人を攻撃しちゃうからビックリしちゃったよ……というかお父さん、銃向けられたけど大丈夫?どこも撃たれてない?」

 

 強盗達が全員叩き伏せられた事を確認した2人は、私達の下へと駆け寄ってくる。なんて良い子達なんだ……とっくに知ってるけど。

 

「大丈夫だ、私がその前に叩き潰したからな。先手必勝というやつだ」

「成程、兵は神速を尊ぶ精神か。理に適っているな」

「兵隊どころか箒隊員が独走してたと思うんだけど……」

 

 事態が収拾された事を悟った他のお客さんやスタッフ達も、安堵の声を一斉に上げ始める。『助かった』『終わったかと思ったよ』『流石メイドと執事は格が違った』と口々に言葉を漏らしている。

 

 彼らの喜ぶ姿を見て、箒ちゃん達も満足げに互いを見合わせている。取り敢えず、これでミッションコンプリートという訳だ。

 後は内部の状況が変化した事に気付いた警官達が此方にやってきているので、彼らに素性を悟られない為にも裏口から脱出を――。

 

「く、くそぅ!こうなったら兄貴に代わって、俺がこいつを自爆させてやる!」

 

 しかし、再び状況は悪い方向へ。

 箒ちゃんに攻撃を喰らって吹き飛ばされた男に巻き込まれていた強盗はダメージが少なかった所為か復帰しており、その手にはプラスチック爆弾の腹巻が収められていた。爆弾の規模的に考えると、40㎡位を軽く吹き飛ばしてしまう威力だろう。

 

 男の手の持っている物が爆弾だと気付いた周りの人達が再びパニックに陥る。

 

 しかし、誰も気付いていない。

 既にあの男の傍にあの子が潜んでいる事を。

 

「へへ、どうせ捕まったらムショ暮らしなんだ……兄貴もそれ位覚悟してたんだから、俺位――」

「御仁、お1つ忠告が御座います」

「はぇ?」

 

 その瞬間、男は後頭部に一撃を喰らってうつ伏せに倒れながら気絶していった。

 倒れゆく彼の背後に立っていたのは……。

 

「長々と解説するのはフラグ、というやつですよ」

 

 杖を携えているクロエちゃんであった。彼女がこっそりと男の背後に忍び寄り、後頭部に杖の一撃を喰らわせてみせたのである。キャークロエチャーン。

 

 その後、秘密裏に裏口を見つけていたクロエちゃんの先導によって、私達は警官達に素性がバレる前に店から脱出したのであった。

 

 

 

――――――

 

「やれやれ、思わぬ事件に巻き込まれたな」

「ホントだよまったく!折角箒ちゃん達とクリエイティブな時間を堪能していたというのに……ユグドラシルぜってぇ許さねぇ!!」

「いやユグドラシル関係ないですよね?というかあそこで何をクリエイトしていたんですか……」

 

 脱出した私達は、取り敢えず城址公園という場所までやって来ていた。特に理由は無いが、たまたま走っていた先に公園があったのでそこで一息つこうと言う事になったのである。

 

 それにしても、束ちゃんは中々ご立腹のようである。いや、束ちゃんがマジギレしてる時はもっと冷徹な感じになるので、この怒りはまだまだ弱い方なんだけどね。

 

≪それにしては束ちゃん、今回は自分から手を出していなかったね≫

「んー?あぁそれはね、そこの2人の事を見ておきたかったからだよん」

「え、僕達……ですか?」

 

 束ちゃんに指差されて目を見開かせながら、シャルは困惑気味に自身も指差している。彼女の傍にいるラウラちゃんもシャル程ではないけど驚いている様子で、目をパチパチとさせている。

 束ちゃんが身内には優しく他人にはとことん厳しいという事は、普段の雑談を通じて2人も把握している。臨海学校の時はあまりそういった態度は出ていなかったっけ、せいぜいセシリア姫に対して好意的に接していた事に千冬嬢達が驚いていた事くらいか。

 

「だってテオたんをパパと呼ぶ子達なんだよ?テオたんが心を許していても、束さんはこの子達の事をデータ上でしか知らないんだから易々と信用するわけにはいかないのだ、へけ☆」

≪それで束ちゃん、結果はどうなんだい?≫

「チッチッチッ、甘いぜテオたん。たった一度で認めちまうなんてそれじゃあ束さんがチョロインみたいじゃないか!」

「何を気にしてるんですか」

 

 束ちゃんにとっては大事な所なんだと思うよ、多分。

 

「……けどまぁ、少しは認めてあげなくもないかなぁとは思ったり?テオたんと箒ちゃんの事を大事に思ってくれてるみたいだし?」

「っ!姉さん……」

「まぁそう言う訳だから、今後も私の好感度を上げる為に健闘したまえ、ラウラちゃんにシャルロットちゃん?」

「「っ!」」

 

 初めて名前で呼ばれた事に衝撃が走ったラウラちゃんとシャル。

 あの子がちゃん付けでの名前呼びを許した辺り、既にそこそこ好感度が上がっているようだね。分かるよ。

 

 その後は折角だからという事で、総勢6名で駅前のデパートでショッピングを堪能した。シャルはラウラちゃん用の、束ちゃんはクロエちゃん用の新しい服や雑貨をそれぞれ見繕えてかなり満足していた。

 そんな彼女達の姿を見て、私と箒ちゃんは互いの顔を見ながら微笑ましく笑い合っていた。いやぁ、やはりこういう時間は尊いね。

 

 

 

―――続く―――

 




 現在、小説関係でやりたい事が3つありまぁす(STAP細胞風)。

その1.これまでの話の書き直し(段落の分け方の統一、カギカッコ等の使い方の統一、無駄な文章の削除等をメインに)
その2.ヒロイン(簪orシャル)の肉体に憑依しつつ精神は両方健在、ラブコメメインの新作IS小説。
その3.最早何番煎じだよとツッコまれそうな、仮面ライダービルド×ISの新作IS小説。
その4.【篠ノ之家の猫はIS搭乗者】のアーキタイプ・ブレイカーVer.外伝作品。

 小説を書いているとどんどん欲求が湧いて来ちゃう……え、この作品をとっとと完結させろって?hai!


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夏祭りと少女剣舞

◇  ◇

 

 夏中盤、8月盆の週始めの頃。

 

 今は夏季休校中のIS学園に在学している少女、篠ノ之 箒はとある神社に訪れていた。

 そこは、彼女にとって縁のある場所……篠ノ之神社は彼女の生家である。

 

「(昔は、こうして戻って来れると思わなかったがな)」

 

 参道を歩きながら、脇に設けられている手水舎や神楽殿を視界に収める箒。どの施設も幼い頃に両親と一緒に見て回ったり、掃除をしたりと思い出深いものがあり、その姿はかつてと何ら変わりない。

 以前にも語っていたが、現在の剣術道場は定年退職した警察官の者が善意で開いてくれており、箒がいた頃よりも人数が充実しているらしい。柳韻とどこで差がついてしまったのかは、ツッコまないでおくのが暗黙の了解である。

 兎に角、そこの門下生達と師範の警察官が定期的に神社の清掃活動をしてくれている為、施設を含めた神社の敷地内は綺麗でゴミも落ちていない。

 

 そして箒は、拝殿や本殿らとは離れの場所に建てられている大き目の木造建築物の下まで足を運ぶ。

 ここが箒が最も思い出を残している場所、剣術道場である。

 

「変わらないな、ここは」

 

 ポツリと、そう呟く。

 

 壁に掛けられている木製の名札には、見知らぬ名前が多く揃えられている。彼ら全てが今の道場の門下生なのだ。

 その個所を見ていた箒は、昔はたった3枚しかそこに掛かっていなかったことを思い出す。千冬、一夏、そして箒。束はパタリと剣術を全くしなくなった時期があり、本人も拘りは無いという事で除外されている。

 それはそれで箒も寂しく感じていたが、当時は束も慌ただしくしていたので仕方ないと思う所はあった。

 

 そして、一夏との勝負がほぼ毎日あったあの頃……。

 

『おい箒、俺と勝負だ!』

『ふっ……これで423戦目だが、今度は勝てるのか?』

『絶対に勝つ!うおおぉぉぉ!!』

『ふんっ!』

『あべし!?』

『これで423勝目だな』

『く、くそ……まだだ!明日こそは勝ってやる!』

『その明日とはいつの明日だろうな?』

『姉ちゃん、明日って今さ!!』

『誰が姉ちゃんだ』

 

 ……いじめっ子から助けてもらってから互いに名前で呼び合うようになったが、やはり勝負する関係は消えなかった模様。尤も、当時の門下生が彼等だけだったので必然的に試合の相手が固定されてしまっていたのもあるが。

 

「あら箒ちゃん、ここにいたのね」

「ん……」

 

 背後から声を掛けられた箒はそれに反応して、後ろを振り返る。

 

 そこにいたのは40代後半の女性で、歳に見合った物腰と穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「すみません雪子叔母さん、昔を思い出しまして少し見て回ってました」

「あらあら、良いのよそんな。元々箒ちゃんの家なんだし、そういう気持ちは私にも良く分かるわ」

 

 うふふ、と上品に笑って女性――雪子は箒の傍に歩み寄ると、愛おしそうに頬にそっと手を触れ、優しく撫でる。

 

「本当に久しぶりね、すっかり美人さんになっちゃって」

「いえ、そんな……雪子叔母さんこそ、綺麗なままでお変わり無いようで何よりです」

「あらあら、殿方みたいな褒められ方されちゃうとは思わなかったわ。箒ちゃんが男の子だったら、叔母さん惚れちゃってたかもね?うふふ」

「(どこか褒め方を間違っただろうか……?)」

 

 返され方が予想と違い、箒は内心で不思議そうに唱えるが雪子には通じない。

 

「それにしても良かったの?夏祭りの手伝いなんてしてもらっちゃって。お友達も遊びに来るなら無理に手伝わなくても……」

「いえ、私が手伝いたかったので。皆と遊ぶ事は叶いますが、こういう時に手伝えるのは限られてしまうので……」

 

 本日の夜は、ここ篠ノ之神社で夏祭りが開催される。

 毎年恒例の行事で、出店が揃い踏み、地域の人達が老若男女問わず集まり賑わう。箒も引っ越しするまでは毎年祭りを楽しんでいた。

 

 そして今年は、催事者の1人として祭りに貢献する立場となる。子供の頃の箒は裏方で剣舞用の刀や扇を持ちたがったり綺麗な着物を試し着したりしていたが、高校生となった彼女も参加者を楽しませる側に立つようになったのだ。

 

 箒は昔から自発的に自分の悪い所を直していく子で手が掛からなかった。普段誰に対しても怒る事の無い雪子も、彼女の事を昔から可愛がっており、こうして立派に育っても自分から手伝いたいと申し出てくれる献身的な人に育ってくれた事をとても嬉しく思っていた。

 自然と、雪子の頬は更に緩んでいた。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら。そういえば、今日はテオちゃんは一緒じゃないの?」

「あぁ、テオなら他の皆と一緒に祭りに来ますよ。案内が一夏だけだと少し不安ですからね……」

「あら、一夏くんも来るのね。ふふふ、今日は懐かしい顔に沢山会えて良い日になりそうねっ」

 

 本当に嬉しそうにしている雪子の顔を見て、箒もつられて再び笑みを浮かべる。

 それから箒は祭りの準備という事で神楽舞の前の禊ぎとして湯浴みと、装束替えを行って夏祭りに備えるのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 夏祭り開始10分前。

 

 既に参道脇にはそれぞれの出店が露店を構えており、殆どが準備も終盤に差し掛けている。人も充分に集まってきており、世間話でワイワイと盛り上がっている。箒が行う神楽舞も舞台設置が整い終わっており、後は時間になるのを待つだけである。

 

 箒は神楽舞の舞台の裏で身嗜みの最終確認を行っていた。手鏡で化粧の具合を確かめつつ、髪に乱れが生じていないか丁寧に整えている。これから大勢の前で舞踏する以上、みっともない恰好で舞台に立つ事は出来ない。

 

「ふむ……問題は無さそうだな」

 

 衣装の方も異常無し。舞に使用する宝刀も、柄の握り具合や柄頭の布帯もしっかり付いている。扇も緩みが無く、バッと流麗に開く。

 これならば万全の態勢で臨む事が出来るだろう。

 

≪おぉ、いたいた≫

 

 人が発する声とは異なる電子音声。

 聞き馴染みのある声を耳にして、箒はそちらの方を振り向いた。

 

 テオ、一夏、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ。

 いつものメンバーが夏服姿で勢揃いしていた。

 

≪やぁ箒ちゃん、準備はバッチリみたいだね≫

「うわぁ……箒、すっごく綺麗……!」

「これが日本の大和撫子か……実物を見ると、こう、表現に悩むが心に来るものがあるな」

 

 箒の義妹であるシャルロットとラウラは、初めて見る義姉の舞装束姿に見蕩れて目を輝かせている。衣服だけでなく、かんざしや宝刀等の装飾系にも視線が漂っていて忙しそうである。

 

「雅、というものですわね。ドレスとは違った華やかさがありながら、お淑やかな印象も加わって素敵ですわね」

「はぇ~、やっぱあんたってそういう服バッチリ着こなせちゃうのね……あたしじゃそんな様にならないわよ」

「こういうのは似合う似合わないの話という訳でも無いさ。そうだ、機会があれば着物のレンタルをして皆も着てみないか?うちの知り合いで伝手があるのでな」

「まぁ!それは素晴らしいですわね!是非お願い致しますわ!」

「あぁ、任せておけ……ところで一夏はどうしたのだ?先程から後ろに引き下がっているが」

 

 この場にいる全員の視線が、後ろの一夏に集中される。

 

「うぇっ?あぁいや、うん、何て言うか、うん、似合ってるなーって……」

≪何かこの間も似たような光景を見た気がするね。少年のこの姿≫

 

 視線を浴びせられた一夏はギョッと驚きつつ、ちぐはぐな回答をするもテオにツッコミを入れられてしまう。

 

「ったくあんたってば呑気に鼻伸ばしてるんじゃないわよ、さっき道案内し損ねたくせに」

「俺はピノキオか!伸ばしてるのは鼻の下だよ!」

「一夏、本当に伸ばしてたんだ……」

「え、あぁいや伸ばしてない伸ばしてない!っていうか鈴、その事はもういいだろ!?何年も前の事だからちょっと記憶から飛んでたんだよ!」

「全く、パパがいなければ無駄足を踏まされる所だったな」

「いやホント、すいませんでした」

 

 90度の角度で清々しく謝る一夏。

 

 そんな彼の姿を可笑しく感じ、箒はクスッと笑いを零した。

 

「やれやれ、相変わらずだなお前も」

「こんな相変わらず、俺はお断りなんだけど……」

「今更でしょ」

「一夏さんが弄られるなんて、ねぇ?」

「いつもの事だしね」

「まともな扱いをされたければ強くなれ」

≪寧ろ今の少年の方が輝いてると思うよ≫

「言いたい放題だなお前等!?くそぅ、今に見とけよ……」

 

 そうこうしている内に、神楽舞が開始される時間が間も無くとなった。祭事の人が箒の方に合図を送り、それを受け取った箒はコクリと頷いて返事をした。

 

「さぁ、もう時間のようだから皆も戻った方が良い。今日は存分に祭りを楽しんでくれ」

「おう。箒も神楽舞頑張れよ。じゃあ皆、観客席の方へ行こうぜ」

 

 一夏はそう言うと皆を連れて、舞台裏から去っていった。

 

 彼らの後姿を見送り終えると、箒はふぅと一息吐いてから舞台の方へと足を進めていく。合図を送ってきた裏方の人に会釈をしつつ、箒はそのまま舞台へ上がる。

 

 彼女が舞台の上から見た光景は、沢山の人達が集まっている姿。その目的は今日の夏祭りの序幕を担う、この神楽舞を観る為だ。

 集団の一部には先程舞台裏で顔を合わせた一夏達がおり、手を振る者もいれば『頑張れ』と唇を動かして伝えて来ようとしている者もおり、雪子の肩に乗って彼女にビデオカメラの撮影を任せている猫もいる。

 

『それでは、先ずは夏祭りの開幕を行ってもらう為に、神楽舞を披露していただきます』

 

 祭の進行役がマイク越しにそう言い放った後に、箒は観衆に向けて一礼を送ると片腕と左腰に携えた一式の宝刀と扇子をゆっくり構える。

 そして和楽器による生の音楽が会場に渡り始める。

 

 先ず箒は閉じられている扇子をバッと開き、曲の調子に合わせて扇子を持った腕を流麗に振るう。穏やかな川の流れを彷彿とさせる静けさながらも確りと流れている事を表現したその動作に、観客も口を閉じて魅入っている。

 更に箒は宝刀に手を掛けると、すらりと抜き放ちながら一回転する。抜身の刀身に舞台の灯りが翳されて鋭い輝きを発する。そして刀を扇子の上に添え、ゆっくりと振るって空を切っていく。

 

「(昔は、この刀も満足に持てていなかったな……)」

 

 母親の神楽舞の装束に憧れて、箒も化粧の真似事や衣装を着替えたいとねだっていた時期があった。尤も、宝刀は10にも満たない子供には持つのは厳しく扇子だけしか手に出来なかったのは今思うに恥ずかしい思い出だった。テオはテオで傍らで楽しそうに応援だけしていた事も思い出した。

 しかし、今では難なく刀を持てる程にまで成長し、あの頃とは見る景色の高さも違う。

 これまでに至る数年間を思い返しながら、箒はそれらを振る払うかのように刀をスッと水平に振るった。

 今は昔を懐かしんでいる時ではない、この舞を踊り切る事を考えねば。

 

 そんな箒の一念が通じたのか、音楽も佳境に差し迫ると箒の舞も締めを飾るように勢いが増していく。扇子と宝刀、互いに振り合わせながら鮮やかに舞を決めていく箒の姿を受けて、舞も終盤に差しかかった事を観衆は肌で感じ取った。人々の注目は、舞台で華麗に踊る『剣の巫女』一点に注がれている。

 

 そして、神楽舞は終わった。

 

『…………ワァァァ!!』

 

 数秒の静寂の後に、観衆による熱い声援と拍手が惜しみなく箒へと送られた。と司会の者がその空気を破ってマイクから声を発した。

 

『素晴らしい舞をありがとうございました!会場の皆さん、今回の神楽舞を務めてくださった美少女巫女さんにもう一度盛大な拍手をお願いします!』

「うおおぉぉぉ!!」

「最高ぉぉぉぉ!」

「巫女萌えぇぇぇぇぇ!!んふぅ」

『誰が巫女属性を褒めろっつったてめー!』

 

 発言者は周囲の者によって揉みくちゃにされていった。

 

 一部の暴走に苦笑いを浮かべながら、箒は一礼をすると舞台から去り始める。

 その途中、彼女はちらりと一夏達の方を見てみる。

 

 義姉妹であるシャルロットとラウラは、一機のスマートフォンにお互いの顔を近づけながら満面の笑みを浮かべて此方に手を振っている。どうやら撮影もしていたようで、良いものが撮れたのであろう。

 鈴は器用に指笛を鳴らして称えており、セシリアも微笑みを浮かべながら粛々とした拍手を行っている。

 

 そして、一夏はというと……。

 

「……ふふっ」

 

 箒は思わず笑みを零してしまい、咄嗟に観客にバレない様に顔を背けながら舞台を後にした。

 口を半開きにさせて舞台に魅入ってしまっている、幼馴染みの顔を思い出して再び小さく吹き出しながら。

 

 

 

 

 

 ちなみにテオはというと、雪子とビデオ撮影を完了させて両者で固い握手を交わしていた。

 

≪雪子殿、焼き増しはよろしく頼むよ≫

「勿論、箒ちゃんの成長記録は共有財産だものね!」

 

 多分、一番満足している組であった。

 

 

 

―――続く―――

 




 箒回。二次創作ではカットされがちな夏祭り前の描写を導入してみました。箒が主人公
の作品である以上、要るだろうなと。
 次回は再び夏祭り。露店を楽しむシーンを入れつつ、箒×一夏シーンも入れ込む予定です。



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露店と花火と幼馴染みと

 神楽舞を終えて、シャワーを浴びて汗を流し終えた箒は浴衣に着替え直して一夏達と合流を果たした。当初は舞が終わったらお守り販売の手伝いをしようと思い至っていた箒だったのだが、雪子に友達と遊んで来いと言われ、最終的に押し負けてしまった。笑顔なのに有無を負わせないとばかりの気迫を雪子から感じたというのは、後の箒の談である。

 

 セシリア、シャルロット、ラウラの3人は日本の夏祭りに参加するのは初めてだという事で、どういった露店があるのか把握し切れていない様子だった。鈴は小、中学時代に一夏や弾との連れ沿いで何回か参加した事があるので、先の3人よりは祭りに詳しい。

 とはいえ日本人である一夏と箒、加えて2人は地元民だったという事でより詳しいという事で2人の案内で露店を回る事になった。

 

 先ず最初に選んだのは、射的であった。

 

「まぁ、露店の王道だよな」

「ふふん、射撃の達人であるわたくしにこれを紹介するとは……つまり、別に全部倒してしまっても構いませんね、という事ですわね?」

「流れるようにフラグ立てて来たわね」

 

 射撃特化ISの操縦者であるセシリアが胸を張りながら腰に手を当てる、ぶっちゃけいつものポーズをしながら名乗りを上げた。普段の訓練ではもっと激しく動く的を狙う彼女にとって、ピクリともしない物を射抜く等児戯に等しい行為であった。

 

「けど、あの液晶テレビはそうそう倒れないんじゃないかな?代わりに鉄の札が立ててあるとはいえ、結構確りしてそうだし」

≪液晶テレビが景品とは、中々太っ腹じゃないか。釣り餌は大きく豪華に……という事かな≫

「テレビ如き、我々の給金ならば購入に困るような事もないだろう」

「代表候補生はそうなのだがな……私と一夏はまだ候補生ではないから中々手の届く代物ではないな」

 

 とはいえ、テレビ以外にも景品は多数ある。それに射的自体にも興味があるという事で全員が参加。

 ここは男の甲斐性を見せるべきと、一夏は全員分のお金を支払った。これには店主のおじさんもにっこり。

 

「最近のガキにしちゃあ珍しいな。今時の奴ぁその辺をケチって男らしい所見せやしないぜ」

「でしょう?だから少しまけてくれないかなーと思ってたり」

「確かに、甲斐性良い所見せられちゃあな。俺も女房の為に少ない小遣いをプレゼントに溶かしたりしたんだ、経験はあるぜ」

「おお、それじゃあおまけを――」

「まぁ断るんだけどな。モテる男は恵まれない男の天敵だ、がはは」

 

 上げて落とされる高等テクニックにつられて、ガクッと肩を落とす一夏。

 射的は一回300円。それを女性陣5人分となると……まだ給与を貰える立場でない彼には割と痛い出費である。

 

 それぞれ銃を受けとった少女達はコルクを詰め込み、射撃体勢に移行する。誰もがそういった訓練を積み重ねているのでフォームが様になっている。

 国籍バラバラの美少女5人が一斉に銃を構える姿は非常に良く目立ち、通行人が注目し始めている。あっという間に露店前に人混みが出来上がっていた。

 

 そして少女達は、一斉に銃の引き金を引いて…………。

 

 

 

――――――――――

 

「何故だ……何故取れなかったのだ……」

「そ、そんなに落ち込むなって箒。ほら、結構良い線いってたぞ?うん」

 

 戦果報告。

 

 セシリア、跳弾を利用して大型テレビの鉄札を倒す。しかし本人の希望で桜模様の扇子と交換。

 鈴、中サイズのパンダのぬいぐるみを取得。

 シャルロット、ボードゲームを取得。

 ラウラ、木刀を取得。ちなみにこちらも景品の形状の都合で、テレビ同様に代理の札を倒して取る仕組みとなっていた。

 

 そして箒、収穫無し。唯一である。

 

「お、お姉ちゃんは悪くないぞ!悪いのはあのダルマだ!お姉ちゃんの射撃を受けておきながら倒れないなど言語道断だ!」

「いや……いいんだラウラ。これも私の修行が足りなかった証拠、私の実力よりもあのダルマの根性が上回っていた……只それだけの事だ」

≪起き上がり小法師みたいにグワングワン揺れてたのに、倒れなかったのは驚きだったよね≫

 

 セシリアの跳弾パフォーマンスも注目の的だったが、こっちもこっちで周囲の人達は固唾を飲んで見守っていた。最終的に倒れなかった時の悔しそうな声もお約束である。

 

 そしてパンダのぬいぐるみを落としてみせた鈴だが、彼女も彼女で取るまでの経緯が面白い事になっていた。

 

「あのさ、あたし隣の別の人形が欲しかったのにこいつに弾丸引き寄せられたんだけど。フォークボークかよって思う位にカクッて射線が変えられたんだけど。どういう事なの……」

「不思議だったよね……お店の人も何も仕込んでなかったって言うし」

「鈴さん、わたくしよりも先に偏光射撃(フレキシブル)を習得するのは止めていただきませんこと?」

「違うわ!あたしは隣の○ッキー人形が欲しかったってのにぃ!」

 

 バンバンとパンダの頭を叩きながら抗議の声を上げる鈴。

 

 

 

 

 

 あっちの人形が欲しいなら夢の国で待っているよ、ハハッ!

 

 

 

――――――――――

 

「じゃあ、今度は金魚すくいでもやろうぜ」

 

 一夏が次に紹介した露店は、金魚すくい。今日8月の第3日曜日は金魚すくいの日と定められており、そのせいか水槽の金魚には大物が多い。ちなみに金魚は小赤、黒出、姉金、大物といった種類がある。

 欧州出身の3人は沢山の金魚が泳いでいる水槽が珍しいようで、興味深そうに金魚達の泳ぎを見下ろしている。

 

「わぁ、金魚がいっぱい……!」

「金魚は犠牲になったのだ……我々の暇を潰す為の遊び、その犠牲にな……」

「やる前に気が滅入る様なコメントは止めて下さいませ……それにしても、こんな薄い紙に本当に金魚が乗りますの……?すぐに破けてしまいそうですが」

「まぁ、初めは誰でもそう思うよな。けどこういうのもコツがあるんだ。ちょっと貸してくれ」

 

 セシリアからポイを受け取った一夏は、水槽の前に腰を下ろす。

 

「まずこの紙なんだけどな、これって濡らさないようにするよりも全面濡らしておいた方が破れにくいんだよ」

「そうなんですの?」

「え、あたし初めて知ったわよ……なんで中学の頃に教えなかったのよ」

「その後で知ったんだよ……んで、尾の方から掬うと暴れた尾びれが紙にぶつかって余計に破れやすくなるから、頭の方から隙を見て……そぉい!」

『おお!』

 

 一夏は大物を掬い上げて手持ちのボールに収めてみせる。中々に手際の良い動作だった事から少女達の方で小さな歓声が上がる。

 

「と、こんな感じでやっていけばイケると思うぞ。まぁ後は慣れていけば自然と出来るようになるさ」

「お見事な腕前ですわ一夏さん!」

「大した技術だ。初めてお前を見直したぞ織斑 一夏」

「金魚すくいで見直されるってどういう事!?ラウラの中での俺の評価ってどんだけ低かったの!?」

「ふむ、そうだな……」

「あ、いや、言わなくていいです。多分聞いたらショック受ける気がする、きっと、恐らく、メイビー」

 

 危機察知能力が日々高まっているのか、一夏は言葉による攻撃を事前回避。賢明である。

 

 そして先程の時と同様、国籍の異なる美少女5人が揃って水槽の前に並び座る。その光景は以下略。

 

「先程の射的は戦果を残せなかったが……今度はそうはいかない、雪辱は必ず果たしてみせるぞ」

「あんた、そんな事言ってるとフラグになるわよ」

「ふっ、別に全ての金魚を掬ってしまっても構わんのだろう?」

「あっ……」

 

 

 

――――――――――

 

「何故だ……何故1匹も取れなかったのだ……」

「あー、うーん、その、箒……お前は良く頑張ったよ、うん」

 

 箒、見事に2連敗。

 一夏の助言をちゃんと聞いており、その通りに実行した筈なのに強敵と巡り合ってしまったばかりに敗北を叩き付けられてしまったのである。金魚がビチビチと迫真の抵抗をした時には、流石の箒もビクッとなった。

 

 勝負事に2度も敗れた箒を慰めるべく、一夏は絞る様に労いの言葉を掛けて彼女を労わる。

 ちなみに他のメンバーはテオの紹介で近くの食べ物系の屋台を皆で覗いており、箒達は彼女等から少しだけ離れた場所にいる。離れていると言っても、十歩もしない内に迫る程度の距離だ。

 

「来年だ、来年こそは必ず勝利してみせる……一夏よ、その時は必ず私の勝利の瞬間をその目に収めてもらうぞ」

「あぁ分かったって。来年も皆で来ような」

「勿論だとも。ラウラとシャルロットも楽しんでくれているみたいだしな」

 

 そのラウラは今、徐々に出来上がっていく綿菓子に輝かせた目を釘付けにされている。その傍でシャルロットが彼女をどうどうと落ち着けている姿を見せており、やはり友人でもあり姉妹の様にも見える間柄だ。尚、姉を自称しているのは銀髪の娘の模様。

 

 そんな彼女たちの様子を、微笑ましそうに見つめている箒。

 

 そして一夏もまた、そんな箒をどこか嬉しそうにしながら見つめていた。

 

「……?私の顔に何か付いているのか?」

「ん?あぁいや……箒がさ、何だかだんだん遠くに行ったような気がしてさ」

「私が、遠くに?」

 

 箒は一夏の言葉に首を傾げる。

 

「あぁ。入学して最初の頃は一緒に剣道で特訓して、ISでも箒が訓練機を使って特訓してさ……それが専用機を手にして、福音と戦ってる時には前よりもずっとずっと強くなってて……強さもそうなんだけど、心というか、精神的にも前以上に大人らしくなったように感じるんだよ。ラウラ達がお前を姉として慕い始めた時から」

「ふむ」

「それに比べて、俺は……」

 

 一夏はそこまで口にすると、物寂しそうに目を細める。

 

 確かに一夏は、ISの事など全く知らない0からのスタートから現在に至るまで確実に成長している。他の女子生徒とはスタートダッシュの位置が異なるので今も劣る面が多いものの、知識面も技術面も身に着けてきている。

 ここ最近頻発している、IS学園のイベントに絡んで発生する謎のアクシデント。謎の無人機襲来、VTシステムの発動、銀の福音の暴走。その場に居合わせていたからという理由があるが、一夏はそれらに全て参加して零落白夜による決定的な一撃を以て事件の解決に貢献してきた。

 しかしそれらの活躍も、全て周りの実力者によってお膳立てがあったからこそというのもある。鈴の衝撃砲を利用しての超加速、箒の剣武からの追い打ち、専用機持ち達による援護からの止め。彼女達の力が無ければ、一夏はまともに戦う事は出来なかったであろう。

 

 夏休みの訓練を通じて、一夏はますますそれを意識するようになった。自分で自分を見つめ直す程に、己の粗が良く見えるようになってしまった。

 

「一夏……」

 

 箒は一夏の弱音を耳にすると、彼の傍に近づいて……。

 

「ふっ」

 

 一夏の鼻を摘まんだ。鼻の穴が閉じ切る程に締められて、一夏の整った顔立ちに情けないポイントが出来上がった事によって可笑しな事になっている。

 

「ふぉ、ふぉうひ?」

 

 箒、と言おうとするも鼻を抑えられている所為で上手く発音出来ず謎の言語が口から飛び出る。

 

 そんな困惑中の一夏に構わず、箒は呆れた様子で一夏の目をジッと見つめる。身長差で箒が見上げる形となっている。

 

「まったく……お前という奴はそんな事で悩んでいたのか」

「ひょ、ひょんなこほって……」

「そんな事だとも。周りに助けられっぱなしだからどうした?私が力を付けてきたからどうした?それに気付けたのであれば、お前がこれから為すべき事はそうやって劣等感に苛まれて落ち込んでいる事か?」

「そ、そえは……」

「……とは言え、周りを気にするというのは私にも解るがな」

 

 一夏の鼻からパッと指を離した箒は、それと同時にシャルロット達の方へと視線を向ける。綿菓子と林檎飴を両手に目を輝かせているラウラと付き添っているシャルロットの姿を見て、顔を綻ばせる。

 

「私も紅椿を手に入れる前は、色々と気になっていた。私だけその様な甘い話に乗っていいのか、周りは疎ましく感じるのではないか……とな。まぁ、姉さんに色々と言われて吹っ切れたがな」

「いてて……束さんに?」

「あぁ。内容は少し長くなるので端折るが……まぁ私から言える事は……ぷふっ」

 

 箒が再び一夏の方を振り向いた時だった。彼女は一夏の顔を見た途端、吹き出してしまったのだ。

 

 彼女の視界に移ったのは、イチゴのように鼻が赤くなってしまっている一夏の顔であった。

 

「く、くく……一夏、何だその顔は……!」

「いやお前がやった事だからね!?俺は完全に被害者だからね!?」

「あ、あぁ……ふふ、分かってる分かってる。まぁ私から言える事は……ははっ」

「流石に笑いすぎだろ!?」

「ちょっとーあんた達ー?何を楽しそうにして……一夏、その鼻はオシャレか何か?」

「あの……あれだよ、ピエロのコスプレでもしようかと思ってたんだよ」

「日本の夏祭りにピエロ……?」

「でも一夏って……」

「もう既にピエロ(笑われ者)だろう」

「すみません、綿菓子と林檎飴の2刀流をしている構図の人にメッチャ辛辣な事を言われたんですけど……」

 

 騒がしくなった2人の雰囲気に気付き、他の娘達も一斉に集まり始める。一夏の周りはあっという間に美少女が囲ってしまった。

 

 箒は彼女達と一緒にやって来たテオを肩に移し、その輪から一旦抜け出す。まだ少し一夏の顔が可笑しかったようで、若干顔が笑いで引き攣っている。

 

≪やぁ箒ちゃん。少年のお悩み相談は無事に終わったかい?≫

「ふふ、いや、一夏の顔が愉快で中止してしまったよ…………ふぅ。しかしよく悩みの相談だと分かったな?」

≪少年の顔がチラッと見えたから、そんな気がしたのさ。大方、箒ちゃんや周りとの差に思う所があったんじゃないかな?≫

「お見通し、という事か」

≪年長者として培った観察眼さ≫

 

 まぁ君達よりも生きた年数は少ないけどねっハハハ、といってテオは笑い飛ばす。

 

≪それで、少年は無事に悩みを吹っ切れたのかな?≫

「ふむ……私が言う前に皆が来てしまったからな……しかしあいつならば大丈夫だろう」

≪ほう、その根拠は?≫

「あれだけ周りに人がいれば、あいつも落ち込む隙が無いだろう」

 

 彼女が向ける視線の先には、鈴に赤くなった鼻を押されそうになっているのを抵抗する一夏と、2人の光景を面白そうに眺めているセシリア達の姿であった。

 確かに、あんな風に騒がしくなっていては先程までの落ち込み方は出来ないであろう。というか周りがそうさせてくれない。

 

「まぁ、今は夏祭りを楽しませてやろうではないか。夏休みも残り少ないし、2学期が始まっても弱音が残っているようならその時に聞いてやろう」

≪……あれ、単に解決が先延ばしになっただけなんじゃ……?≫

「…………さて、私達も戻ろうか」

≪あ、スルーされた≫

 

 箒とテオは、一夏達の下へと戻っていく。

 皆が揃った後はそれぞれの好みの食べ物を食べ、遊びに興じ、祭りの締めを彩る花火を鑑賞して大いに楽しんだ。

 

 若者達+1匹の新しい思い出は、とても賑やかなものになった。

 

 

 

―――続く―――

 




 夏祭り回後編でした。
 前回、箒×一夏のシーンもあるよ!と言っておきながらかなり控えめな感じに……他の子達と長時間離れる言い分が全然思いつかなかったんですよね、箒も消極的になって2人きりになろうとしなくなりましたし……。というわけで、踏み込んだシーンは次の機会にお預けです。
 そして次回から2学期をスタートさせます。原作であった一夏宅に全員集合の回とか作ってないですけど、それ以前に全体の尺ががが……。


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忍び寄るいたずらネコ

◇   ◇

 

 長いようで短かった夏休みは終わった。

 

 私達IS学園の生徒達は、既に2学期の学園生活に突入している。実家や母国に帰省した子達も全員集合し、いつものお嬢ちゃん達の顔触れが学内に揃い踏む。寮の方も賑やかさが戻っていた。ここ数日は夏休み気分が抜けきれずにダラーッとした子も多かったが、千冬嬢の有難い喝を貰ってシャンとするようになった。流石は千冬嬢だ。

 『千冬様のお仕置き……やっぱり幸せ、ハァハァ』『もっと強く、もっと激しくお願いします!ジュルリ』と口走った子もチラホラいたけど、うん、平常運転だ。IS学園のお嬢ちゃん達はこうでなくちゃ。

 

 そんな中、私は1人の青少年から頼み事を持ち掛けられていた……。

 

 

 

――――――――――

 

≪私に本格的なIS指導を?≫

「あぁ、頼むテオ!この通りだ!」

 

 90度に頭を下げて、そのようにお願いしてくる一夏少年。

 

 お願いの内容はこうだ。

 もっと強くなる為に、私に直接ISの特訓をしてもらいたい。シンプルで分かりやすいね。

 

≪しかしまた改まったお願いだね。夏休みにも練習に精を出していたから、その時にでも来るかと思っていたけど≫

「その、夏休みの間は自分の実力がどれ位かちゃんと見極めておきたかったし、セシリア達が帰国してる間は箒や鈴が特訓に付き合ってくれて、皆が戻ってきてからはまた全員でやってたんだけどさ……やっぱり、テオからも本格的に練習に付き合って欲しいと思ったんだ。ほら、テオって強いし、福音の時にISの姿が変わってたりしてただろ?」

≪あぁ、第二形態移行ね≫

「そうそう、それそれ。……けど、二次移行や第二形態は授業でチラッと聞いた覚えがあるけど、第二形態移行なんて聞いた事無いんだよな……」

 

 それは当然だ。何せ第一形態と第二形態を自由に変えられるISなんて、現状でも銀雲しかいないのだから。

 本来、二次移行というのは搭乗者との同調率が一定ラインまで高まった際に生じる、次の高度なステージに移る為の現象だ。二次形態になると同時に、IS自身も搭乗者の肉体やステータスに応じた大幅な変化を起こす。基本的には二次形態の方が性能は各段に良くなっているのだ。

 態々性能面で劣っている前形態に戻るメリットなんて殆ど無いからね。なお、うちの銀雲は『働きたくないでござる!絶対に(最初から全力で)働きたくないでござる!』と供述しており……。まぁあの子にとっては長距離走でいきなり全速力を出す様なものらしいから、それ以上はツッコむまい。

 

 それらを改めて説明し終えると、一夏少年も理解してくれたようだ。福音戦の後にサラッと説明していたけど、今回は少し踏み込んだ所まで説明しておいた。

 

「そっか。それにしても第二形態か……俺の白式にもあるのかな?」

≪勿論あるとも。ただ、君と白式の同調率をその段階にまで高めるには、シャル達以上に搭乗時間を重ねなければいけないけどね≫

「うぅ、道は長いって事か……というかシャル達みたいな代表候補生ですらまだ第二形態にならないのか?」

≪こればかりはISと搭乗者の相性に左右されるからね……同調率の上り幅も個人差があるし、とにかくISに乗るのが一番確実な道だろうね≫

「うーん……あっ、それじゃあテオはどうやって第二形態になれたんだ?」

 

 あぁ、やっぱりそこ気になっちゃうんだね。乙女心に関してももう少しそれ位気を配ってくれれば良いのだけれど……まぁ少年だし仕方ないか。

 

 とは言うものの、私の場合はあまりお勧め出来る様な内容じゃないんだよね……いや、別に後ろめたい事があるとかそう言う事ではなく。

 私のISコアは心臓と共にある。肉体と非常に密接した関係にある状態であるならば、私の肉体との同調率がどうなるか……それは勿論、圧倒的に向上するだろう。それに加えて束ちゃんが1年近く掛けて私とISの相性が抜群になるよう微調整を繰り返してきたらしいから、ますますね。

 

 という事で、少年にはそのような方法は勧められませんでしたとさ。めでたしめでたし。

 

≪まぁ私は他の子達とはケースが違うからね、残念ながら参考にはならないと思うよ。それよりも少年、そろそろ授業が始まる時間だと思うのだけれど≫

「え?……あ、ホントだ!ヤバい、千冬姉の雷が……!」

 

 ちなみに私達は現在、午後のIS実習に備えてロッカールームで支度を整えている最中である。尤も、私の場合支度は必要無いから彼に付き合っているだけなんだけれども。

 雑談が思っていたよりも長引いた所為で、時間がかなり押してしまっている。このままで千冬嬢のお叱りが確定してしまうだろう。

 

 焦り始める一夏少年であったが、そんな彼の背後に1つの影が忍び寄っていた。

 

「え、あれ?」

 

 突然、困惑した声を漏らす少年。

 何せ彼は、背後に立っている1人の少女の手によって目元を隠されてしまい、視界が真っ暗になってしまっているのだ。

 

「ちょ、いきなり何が……」

「暗くってなんにも~~見えなァ~い!なぜ……明りを消したんですゥ~!」

「それ俺の台詞だよね!?というか誰!?俺に目隠ししてるのは!?」

「んもう、ここはお決まりの『だーれだ?』まで待っててくれないといけないのよ?というわけで強制時間切れー」

 

 そう言って少女は一夏少年から手を離す。

 リボンの色が黄色という事は、彼女が2年生である事を示している。纏っている雰囲気も1年生の子達よりもどこか大人めいていて、余裕を感じさせる。そして外見的に特徴的なのは水色の髪。長さはミドルでクセも幾つかあるが、動く際に揺れると流水の様な綺麗さがある。

 その少女はどこからともなく手品の様に扇子を取り出すと、小悪魔めいた笑みを浮かべた口元にそれを持っていく。

 

 水色の髪に、扇子を持った少女……あぁ成程。会った事は無いけれど、彼女がそうなのか。

 まさか学内でも有名な彼女にこんな所で会うとは思わなかったね。1学期中は彼女が不在の時期が多かったらしく、2、3年生とも交流を作っている私でも今日が初対面だ。

 

「……誰?」

 

 尚、一夏少年は知らない模様。まぁ会った事が無いのは私と同じだし、仕方がないかもね。

 ちなみに私が彼女の外見的特徴を知っているのは、2年生のお嬢ちゃん達から話だけは聞いていたからである。

 

「んふふ」

 

 少女は一夏少年の問いをはぐらかす様に微笑むだけ。

 私の方にチラリと視線を向けると、一夏少年には見えない様に扇子で隠しながら、口を動かし始める。

 まだ内緒、と。

 

 理由は不明だが、彼女がそうして欲しいならば別に断る理由は無い。

 私は尻尾で丸を作って了承の意を示すと、向こうも満足げに私に小さくウインクを送って来た。

 

「えっと、あなたは――」

「あら?」

「え?」

 

 少女が一夏少年の背後に視線をずらすと、少年もそれにつられて背後を振り向く。

 後ろには、何もおかしなものは無かった。

 

「隙ありー♪」

 

 振り向き直そうとした一夏少年の頬が、少女の扇子にムニッと押された。

 先程からずっとペースを掴まされっぱなしの少年は、状況が呑み込めずに茫然としてしまっている。扇子を押しつけられたままの顔で。

 

「うんうん、どうやら噂通りね」

 

 どういう噂なのかはさておき、少女は新しいおもちゃを手にしたかのように無邪気な笑顔で満足している。ように、と言うかその通りのような気がする。

 

「それじゃあ、私はもう行くね。キミも急がないと織斑先生に怒られるよ?」

「え?」

「貴方も、空気を読んでくれてありがと。またね♪」

≪あぁ、またね≫

 

 一夏少年が恐る恐る壁の時計を目にやっている内に、私と少女は別れの挨拶を済ませる。うんうん、彼女とはどこか波長が合うね。

 

「だぁぁぁっ!?じ、時間がヤベーイ!?ちょ、ちょっと――」

≪彼女ならもういないよ≫

「ハエーイ!?」

 

 

 

―――――――――

 

「では、遅刻した言い訳を聞こうか」

「ツエーイ……!」

「あ゛ぁ゛?」

「すいません」

 

 結局、授業には5分遅刻で到着。

 私達が着いた時には金剛力士像をスタンドの様に従えた千冬嬢が腕を組んで待ち構えており、一夏少年は『もう駄目だぁ、おしまいだぁ……!』と呟いていた。まぁ気持ちは分かるよ。

 

 正座をして千冬嬢に土下座している一夏少年の隣で、私もチョコンと座らせてもらっている。私も遅刻者だしね。

 

「えっとですね、見知らぬ女生徒がロッカールームに現れまして……」

「楽しくお喋りしてたら遅刻した、と」

「いやいや、楽しくもお喋りもしてないです!しかも初対面でしたし!」

「初対面だろうが何だろうが、遅刻した事に変わりは無いだろう。他に何か弁明はあるか?」

「うぅ……テオぉ」

 

 縋る様な視線を隣から送ってくる一夏少年。どうやら私からも何か言って欲しいらしい。

 

 まぁ、今回はあの少女の登場で完全に授業に遅れてしまったから、少年の肩を持ってあげる事にしよう。え、いつもは見捨てるのかって?まぁ男に困難という壁は付き物だしね。

 

≪千冬嬢、少々耳を拝借したく≫

「何だ?」

 

 私の方に屈んできた千冬嬢の耳に、私は顔を近付ける。

 

≪彼女が……更識 楯無が一夏少年と接触したみたいで≫

「なに、更識が?」

≪そう。特に詳細を話してはこなかったから、今回は少年の顔を見たかっただけと思われたけれど≫

「……あいつ、わざとこのタイミングで接触してきたか」

 

 ふむ、どういう事だろうか。

 

「あぁ、奴が今朝方に私に伝えてきたんだよ。野暮用が片付いたので、近々一夏に接触を開始するとな。近々と言いつつ、もうコンタクトを取り始めたか……」

≪まさか、学園の方で何か新たな方針が?≫

「……また別の機会に伝える」

 

 私達の内緒話タイムは終了。千冬嬢は私から離れ、私もそれに合わせて少し下がる。

 

「まぁ良い。今回は見逃してやるが、次は無いと思え。分かったらすぐに列に並べ」

「ち、千冬姉が遅刻を許した!?明日は吹雪でも吹くのか!?」

「……どうやらお前は吹雪の前に身体を冷たくしたいようだな。物好きな奴だ」

「すいませんでした!!」

 

 通り過ぎた雷雲に再び接近する姿勢、相変わらずの一夏少年である。

 

 

 

――――――――――

 

 翌日の朝。

 

 SHRと1限目の半分を使用して全校集会が行われた。その内容は、今月中程に開催される学園祭についてである。

 IS学園の学園祭は内容、開催時期共に他校と然したる差は無い。強いて言うならば各企業の重役ではない一般人は、来校には生徒達の持つ専用の招待券が必要になる所だろうか。色々と機密の多いIS学園ならではである。

 

「それでは、生徒会長から今月の学園祭の説明をさせていただきます」

 

 生徒会役員の子の一声によって、それまで雑談で賑わっていたホールが水を打ったようになる。

 静寂に包まれたホールの壇上に、1人の少女がコツコツと足音を立てながら中央に歩いて行く。

 

 そう、昨日一夏少年をからかいに来た更識 楯無お嬢ちゃんである。

 

「やぁみんな、おはよう。今年は色々と立て込んじゃって挨拶が遅れてしまったわね。私の名前は……更識 楯無よ」

 

 楯無お嬢ちゃんは再び何も無い所から扇子を取り出すと、バッとそれを広げた。扇子の紙面には達筆で『私が天に立つ』と書かれていた。どこの元5番隊隊長だろうか

 

 離れている一夏少年の方へと視線を向けると、声を上げそうになるくらいに驚いていた。まさか自分をからかってきた相手が生徒の長、生徒会長であるとは夢にも思うまい。

 

「エェー!?」

「「聞いたなコイツ!」」

 

 向こうが何か騒がしいな。けど周りが全く反応していないから気にしないでおこう。

 

「さてさて、今月の一大イベントである学園祭について説明しましょうか。出し物に関してのルール諸々等についてはこの後クラスで配布される資料に書かれてあるから、ここでは例年と大きく違う点だけ発表させてもらうわね」

 

 楯無お嬢ちゃんはそう言うと扇子を一旦閉じ、それを横に振るうと同時に背後に立体スクリーンが投影される。

 

 映像は、一夏少年が白式に乗って刀を振るっている姿。恐らくタッグトーナメント辺りで撮ったと思われる。

 

「例年の学園祭は各部活動毎の催し物を出し、それに対して投票を行って上位に組み上がった部活動には特別助成金が支給されるというシステムでした……しかし!今年は折角の面白いエサ……げふんげふん、唯一の男子生徒がいるとなれば、そこにあらたな確変を起こさなければならない!」

「今エサって言った!?俺の事を面白いエサ呼ばわりしかけなかった!?」

「はーいそこの男子生徒は静粛にお願いしまーす。故に私達生徒会は生徒達の日頃の要望を叶える為に、優勝した部活動には織斑 一夏……エサを強制入部させます!」

「逆!逆!」

 

 少年の訴えを余所に、周りの少女達は『うおぉぉぉぉぉ!!』と野太い歓喜の声を上げている。テノールにまで届きそうである、というか女の子が出す音域じゃないと思う。

 

「唯一の男子生徒を賭けた仁義なき戦い……その名も『各部対抗織斑 一夏争奪戦』!乞うご期待!」

 

 かくして、一夏少年の身を景品とした一大イベントが学園祭にて実施されることが確定したのであった。

 ……まぁ、これもモテる男の宿命だよ。諦めたまえ少年。

 

 

 

 

 

「あ、ちなみに唯一の猫さん生徒に関しては生徒会で絶賛検討中なので、続報を待て☆」

 

 ……あるぇー?

 

 

 

―――続く―――

 




 漸く2学期がスタートしました。(100話手前)
 たてなっちゃん!たてなっちゃん!君めっちゃ書き易いよ、たてなっちゃん!


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落とし物の持ち主は……

 

≪いやぁ、学園祭は大変な事になりそうだねぇ≫

「自分の事でもあるのに何故楽しそうなのだ……」

 

 同日。

 授業が終わって放課後の特別HRも終わった私と箒ちゃんは飲み物を調達しに自販機が置いてあるホールまで足を運んでいる最中である。

 特別HRで題材となったのは、学園祭でのクラスの出し物。一夏少年がクラス代表として皆の意見を纏めていたのだけれど、その内容は非常に偏りがあった。というのも『織斑 一夏とホストクラブwithテオ』『織斑 一夏とツイスターwithテオ』『織斑 一夏とポッキーゲーム』『織斑 一夏と王様ゲームwithテオ』等々、少年(と私)をダシに使った案ばかりが浮き上がっていたのだ。

 お嬢ちゃん達曰く、一夏少年は共有財産であり女子を喜ばせる義務があるとの事。まぁ一理あるね。

 

 しかし、最終的に決定したのはコスプレ喫茶であった。本来ならばメイド喫茶なのだが、一夏少年も接客に立つので執事服も混ざるから便宜上はそういう呼び名が適正だからである。

 

 そして皆が驚いていたのが、その案を出した人物である。

 

「それにしても、ラウラがメイド喫茶と言い出すとは思わなかったな」

≪確かに、以前のラウラちゃんなら考えられない事だろうね≫

「それ程あいつも変わったという事なのだな」

≪良い方向にね≫

 

 薦めた根拠は客受けや経費の回収等の理に適った点を通していたが、あのクールなラウラちゃんの口からメイド喫茶というワードが出てきた事が何よりも驚く点だったのだろう。夏休みの間にメイド喫茶で働いていたから、その影響もあるのかもね。

 ラウラちゃんが私をパパと呼んでからは専用機持ち以外のお嬢ちゃん達との隔たりも薄くなっていったが、これを機に更に仲の良い友達が出来てくれるに違いない。お義父さん信じてる。

 

≪クラスでメイド喫茶をやるという事は、箒ちゃんもメイドさんになるという事になるんだよね?≫

「まぁ、そうなるな。しかしセシリアやシャルロットの様に綺麗な金色の髪なら似合いそうなのだが、私の様な日本風の強い黒髪の女にメイド服など似合うと思うか?」

≪いや、黒髪のメイドさんも普通にいるんじゃないかな?というかそれを言ったらクラスの大半は黒髪だから≫

「た、確かにそうだな……一応、静寐にもその事を訊いてみたのだが『心当たりがあるから、安心してて!』といってそのまま帰ってしまってな」

 

 心当たりがある?一体どういう事だろうか。

 しかし静寐お嬢ちゃんはかなり出来た娘なので、割と安心して任せられると思う。彼女ならば箒ちゃんも納得のいく案を出してくれる事だろう、きっと。

 

 ちなみに当日の私は、入り口にて受付兼招き猫をやる予定。

 

≪集客はまかせろー、バリバリ≫

「ヤメテ!……おや?あれは」

 

 と、箒ちゃんが前方に何かを発見したようでそちらの方に注目する。

 

 私も彼女に倣ってそちらを見てみると、廊下の真ん中に何かが落ちていた。

 私達は近づいてその落ちている物を確かめ始める。どうやら鞄に付けるストラップのようだ。ゴーグルを掛けて釣り目で逆立てたネオンピンクヘアーが特徴的な、着ぐるみの様にずんぐりとした格好の人形。アイムア 仮面ライダー!って言いそう。

 

 箒ちゃんは手のひらサイズのそれを手に取ると、その造形を観察する。

 

「誰かの落とし物の様だが……ふむ、やはり名前は書いていないか」

≪書いてたら楽だったんだけどね。それ以外にも持ち主を特定出来そうな物は無し、か≫

「となると、自力で探すならば持ち主の趣味で判断するしかないか……しかしこの場合どう判断すれば良いのだ?」

≪ヒーロー物が好きなんじゃないかな?女の子としては珍しいと思うけど≫

「そんな事言ったら私は時代劇だぞ……いや今時の映画も勿論好きだが」

 

 劇中での刀捌きを見て『おぉ……!』と感心の声を上げながら映像を食い入る様に観る箒ちゃんはいつになっても可愛い。時々極道Vシネ鑑賞で箒ちゃんに『一夏もいずれこれ程の漢気を身に着けて……無理だな』とぼやかれている少年はいつになっても面白い。

 

「少なくとも、1組には居ないと思うが……むぅ、やはり私達だけでは特定は困難か」

≪諦めて寮の忘れ物コーナーにでも届けた方が良さそうだね≫

 

 それが良いだろうと、この場は諦めて当初の目的である飲み物を買い終えたらその足で忘れ物として届けようという事になった。

 私達は落し物を片手にホールの方へと向かい、そして辿り着いた。

 

 ……が、案外届け出る必要は無いかもしれない。

 

 ホールの辺りをキョロキョロと忙しなく見回している1人の女子生徒。椅子の下も確認する等、かなり丁寧に行っているようだ。

 女の子は水色の澄んだセミロングヘアーで、癖毛が内側にはねている所が多い。丸縁の眼鏡を掛けており、その顔つきは他のお嬢ちゃん達と比べてどこか弱弱しいというか、一大人しそうな印象である。

 

「うぅ、どこに落としちゃったんだろうマイティ君……限定品だったのに……」

 

 どうやらマイティ君なる物を落とした模様。見た所彼女にとって落としたままでは困る程に大事な物のようで、表情からそれが窺える。

 

 マイティ君かぁ……チラっ。

 

≪それ、もしかしてマイティ君じゃない?≫

「まさか、私が拾った物が彼女の探している物だと?」

≪確証はないけど、そんな気はしない?それにその人形、すごくマイティでアクションしてる感じがするし≫

「いや、分からん」

 

 あらま。

 

「まぁ、これが本当にマイティ君なる物かもしれないしな……確認を取る分にも損にはならないか」

≪だね≫

 

 私達は確認を取る為に眼鏡のお嬢ちゃんの元へと近づく。女の子の方も私達の接近に気付いて一瞬ピクリと肩を震わせるも、逃げずにその場で待ってくれている。

 

 声を掛けようとした直前、お嬢ちゃんの視線が箒ちゃんの持っている人形の方に向けられてその目を僅かに見開かせた。

 

「そ、それ……!」

「ん?あぁ、先程そこの廊下に落ちていたのを拾ってな。持ち主だったか?」

「う、うん」

 

 箒ちゃんから人形を受け取ったお嬢ちゃんはそれを大事そうに胸に抱き止める。今度は落とさないと言う気持ちも伝わってきそうだ。

 

「あ、ありがとう……この子を拾ってくれて……」

「気にする事は無い」

≪その人形、何かのヒーローかい?≫

「う、うん。お医者さんが特殊な病気を治す為に変身する、ヒーローの姿なの。この姿が第1段階で、レベルアップするとスマートなシルエットになるの……!」

 

 本当にこの子がヒーロー好きだという事が、熱意を持って語るその姿から分かる。何というか、本人がヒーローそのものに憧れているような節も見られるような気がする。

 

 熱が入った事を自覚したお嬢ちゃんは、ハッと気づくと顔を赤らめて俯いてしまう。

 

「ご、ごめんなさい……ちょっと喋りすぎた……」

「別に謝る必要など無いさ。好きなのだろう?こういったヒーローが」

「……変じゃ、ない?女の子なのに、こういう男の子みたいな趣味……」

≪別に変じゃないと思うよ?≫

「あぁ。趣味など人それぞれだ。逆に全員が同じ趣味を持っているなんて気味が悪いだろう?変に気を張るものでもないさ」

「そう、かな」

 

 私達はフォローを入れるものの、お嬢ちゃんの反応はあまり芳しくない。やはりいきなり会った者にいきなり言われても納得できるものではない、か。

 

「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな。私は箒、篠ノ之 箒だ」

「う、うん、知ってる。最近、有名になってるから……」

≪成程ね。じゃあ私の自己紹介を――≫

「お前はもう知られているだろう」

「う、うん。あなたも知ってる……」

 

 ですよねー。

 

≪でも、4組の教室にも何回か行ったことあるけど、お嬢ちゃんの姿は見た事無かったんだよね。全部入れ違いだったのかな?≫

「あっ……それは、私が整備室に籠りきりの時が多いから……」

「整備室?1年生なのに、もう整備室に通っているのか?」

「その、私は普通の生徒とはちょっと立場が、違うから……」

 

 どういう事かと顔を見合わせた私と箒ちゃんだったけど、少し考えた後に思い出した。

 1年4組には、専用機を持っていない日本の代表候補生がいる、という話を。

 

 そして、件の人物は私達の目の前に……。

 

「私は……更識 簪。日本の、代表候補生……」

 

 

 

―――続く―――

 





 3000文字強という短めなボリュームですが、今回はここまで。
 まさかの簪さんがここで登場。どうでもいいけどABでこの子のシーンカードが一番多く持っていたり。可愛い。


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Double sisters

後書きにちょっとした連絡事項があります。


 

 楯無生徒会長の妹である簪お嬢ちゃんと出会ってから数日後。

 

「あぁ~……漸く終わった……」

 

 本日の授業が全て終了したと同時に、一夏少年が盛大に深い溜め息を吐きながら机に突っ伏してしまった。

 倦怠感を包み隠さずにするものだから、事情を知らない周りの子がなんだなんだと言いながら彼の方を見つつ、様子見を始めている。どうせいつものメンバーが集まるから話を聞く分ならそれで事足りる、というわけである。

 

 早速少年の傍に近づいたのは、箒ちゃんであった。箒ちゃんに限らず、専用機持ちの子達がこぞって少年の周りに集まり始める。あ、私も私も。

 

「どうしたのだ一夏、そんな疲れ切った様子で。数日前からそんな状態ではないか」

「あら、箒さんは同室なのにご存知ありませんの?というかいつまで一夏さんと同室の状態が続いていますの……」

「あー、僕やラウラの都合で部屋割りが色々あったから、暫くは無闇に変更しない方針を学園の方で取ったって山田先生が言ってたよ。それはもう神の恵みを受けたかのように嬉しそうな顔で」

「確か、寮の部屋割り諸々は山田教諭が担当していたのだったな。面倒で手間な業務が1つ消えるというのだから納得だ」

≪で、少年はどうしてこんなグロッキー状態なんだい?≫

 

 脱線した話題を私が戻して本題に移る。といっても、私は多少の心当たりがあるんだけど。

 

 一夏少年は机から顔だけを起こし、顎を乗せる様な状態で重々しく口を開く。

 

「いやさ……あの生徒会長からISの指導を受ける事になってさ、それがハードできついんだよ……」

「生徒会長とは、以前の全校集会で挨拶をしていたあの人か?」

「うん。今まで一夏の特訓は僕達が付き合ってたんだけど、最近になってその人が来たと思ったら、一夏の訓練を担当する事になったって……」

「私もそれは昨夜にシャルロットから聞かせてもらった。おい織斑 一夏。貴様まさか私やシャルロットの指導に不足があったと言うのではないだろうな?」

「な、無い無い!それは無い!セシリア達の教え方に比べたら断然良いから!」

「あの理路整然とした丁寧な解説にケチをつけるなんて、贅沢が過ぎますわよ一夏さん」

「やはり擬音は駄目なのか……いやしかし、ああしないと上手く表現出来なんだ……」

 

 ラウラちゃんの導火線に火を点けかけた一夏少年だが、静めようとして別の所に火を回している模様。セシリア姫がそんな少年に呆れた様子で口を挟んだり、箒ちゃんが悩ましげに頭を抱えながら自分の性分について悶えていたり。恐るべき、柳韻殿の血筋。

 

 取り敢えず、私達は一夏少年の弁明を聞く事に。

 どうやら一夏少年がクラスで行う出し物を報告しに職員室へ向かい、出て来たところを楯無お嬢ちゃんに捕まった所から始まるらしい。

 彼女に捕まった少年はそのまま言われるがままに生徒会室に招待され、弱いからという理由でISコーチの話を持ちかけられた。しかし弱いと言われたまま、はいそうですねと頷く事を少年の男心が良しとせず、勝負で白黒ハッキリ付ける流れに。ちなみに勝負内容はISでは無く、武術で。

 そして少年は完敗。楯無お嬢ちゃん、めちゃくちゃ強かったらしいね。私も話では聞いたことあるけど、どうやら噂に偽り無しの実力を有しているらしい。

 

「とまぁ、そんな感じで勝負に負けた俺は従うしかなく……」

≪成程。それにしても一夏少年の事だから、途中でラッキースケベイベントにでも遭っているかと思っていたけどね。勝負の時に思い切り掴み掛かろうとしたら楯無お嬢ちゃんの武道着をはだけさせて下着を晒したりとか≫

「え、何で知って…………いやいや何も無かったって」

『嘘つけ』

 

 何となく起こりそうな事を挙げてみたら、案外あっさりと当たってしまったようだ。いやまさか本当にやらかしていたとは、流石一夏少年。

 

 少年がシャルとセシリア姫に苦言を掛けられている中、箒ちゃんがスッと私達から離れようとした。

 

「お姉ちゃん、どこかへ行くのか?」

「あぁ、友人に会いにな。だから今日の訓練は外すよ」

「そうか……夕飯までには帰って来るんだぞ?」

「まるで母親だな……こっちの事は任せたぞ、テオ」

≪任されたとも。いってらっしゃい≫

 

 私とラウラちゃんに見送られつつ、箒ちゃんは教室を出て行った。

 

 残された私達であったが、ラウラちゃんは私に質問を投げ始める。内容は勿論、箒ちゃんが口にした友人という言葉について。

 

「パパ、お姉ちゃんの友人とは誰なのだ?1組の者ではないのか?」

≪4組の更識 簪っていうお嬢ちゃんだね。昨日落し物を拾ってあげた縁でここ数日はよく話をしたりしているんだよ≫

「確かに、最近のお姉ちゃんは放課後にどこかに行っていたのは気付いていたが……そういう事だったのか」

≪そういう事≫

「あれ、箒がいないけどどこに行ったんだ?」

 

 そんな話をしていると、解放された一夏少年も箒ちゃんがいないことに気付いたらしい。

 

≪箒ちゃんなら友達に会いに行くってさっき出て行ったよ。だから今日の一夏少年の鍛錬にも不参加かな≫

「そっか……」

「ねぇ一夏、何だか残念そうに見えるんだけど僕の気のせいかな?」

「えっ?あぁいや、残念というか何というか、まぁ1人いないだけでも雰囲気が違ってくるだろ?そういう事……だよな?」

「いえ、わたくしに振られましても……」

 

 急に話題を吹っかけられて困惑するセシリア姫。

 

「ま、まぁとにかく今日はこのメンバーで訓練だな!……あの人もいるだろうけど」

 

 はぁ、と深刻な溜め息を吐きながら席を立つ少年に続き、我々も彼と共にアリーナへと向かう。

 箒ちゃんが友達と親睦を深めている間に、私も楯無お嬢ちゃんと仲良くしておくとしようかね。あの子とはかなり波長が合いそうだし。

 

「ところでお父さん、箒の新しい友達ってどんな人?」

≪猫アレルギー≫

「えっ?」

 

 お陰であの子と話をする時は絶妙に微妙な距離が空いています。悲しい。

 

 

 

◇   ◇

 

 一方、4組の教室に赴いて簪と合流した箒は彼女と共に第2整備室へ来ていた。

 

「では、紅椿の内部システムを展開するぞ」

「う、うん……よろしく」

 

 箒は紅椿のコンソールを召喚して操作を行うと、紅椿の詳細を公開し始める。隣にいる簪にも見えるように、彼女の方に寄りながら画面を見せる。

 

「……やっぱり、第4世代型だけあって凄い……内部構成にも大きな差異がある辺り、文字通り他とは一線を画してる……」

「なぁ簪、自分で提案しておいて今更なのだが、紅椿のデータは開発の参考になるのか?他のISとは色々と異なる点が多いのだが……」

「……確かに、違いが多いのは事実。だけどその中から参考に出来る事は……沢山ある」

 

 箒の疑念を晴らす為に、コクコクと首を縦に振りながら彼女にフォローを入れる簪。その言葉に余計な気遣いなどはなく、正直な感想であった。

 彼女はとある事情で、待ち望んでいた専用機の開発が急遽中止となってしまい、開発先の無責任さに嫌気が差して自分1人でISを完成させると啖呵を切ったのだ。それから彼女は学園の訓練機である打鉄をベースにした新たなISを一から作る事にし、現在にまで至る。

 

「ならば次は、武装のデータも見てみるか」

「いいの……?」

「無論だ」

 

 そう言うと箒はテキパキと操作し、紅椿の全武装データを展開する。雨月、空裂の2刀の他にも『???』という名前表示と黒いシルエットが出ている武装項目が2つ。

 

「これは、何?」

「うむ。紅椿がパッケージ換装を必要としない万能機だというのは先日少しだけ話したな?」

「う、うん。紅椿自身の展開装甲が攻撃、防御、機動それぞれの用途に応じて切り替わる仕様、って」

「そうだ。爪先の装甲を展開してエネルギー刃を出す、背部の大型バインダーを前方に展開してエネルギーと物理の混合シールドを作るといった事も可能で、ざっくばらんに言うと大抵の事は出来る」

 

 その説明を聞いて、簪はゴクリと生唾を呑み込む。現在研究が進められている第3世代機を凌駕する紅椿の機能性、聞くだけで衝撃が十分に伝わる。

 

「その中で、極めた一芸のような機能や攻撃を行う為に、雨月のような武器として紅椿のデータ内で新しく武装が開発されるのだそうだ」

「……つまり、ISが自動的に武器を作ってくれるって事?」

「まぁ、そうなるな。そしてそれには搭乗者の経験値が必要のようで、現時点ではこの2つがそう遠くない内に完成されるようだ」

 

 そう言って箒はピッとシルエットとして表示されている武器達を指差す。

 

「……ちなみに、どんな武装に仕上がるの?」

「ふむ、そうだな。1つは弓型の遠距離狙撃タイプの武器で、狙撃というだけあってショットガンの類とは違って取り回しが鈍重らしい」

「弓の武器……そういえば昔、家の習わしで何度か弓に触ってたっけ……」

「ほう、奇遇だな。剣道ほどではないが私も多少弓道を齧っていてな」

「そうなんだ……それじゃあ弓の武器が作られるのも、それが理由?」

「かもしれないな」

 

 雑談も交えた所で、簪は本格的な専用機開発作業に移る。機体ボディは既に完成しており、指輪型の待機形態から解放して自身の前に出現させるとその前に座して自前のメカニカル・キーボードを操作し始める。眼鏡型の携帯ディスプレイが表示する画面を移し見ながら叩くそのタイピングスピードは完全に手慣れている。

 

「では、私も始めるか」

 

 箒はそう言うと作業に入った簪の隣に座り、同様に紅椿を無人展開させる。そして紅椿に備え付けられている空中投影ディスプレイを使い始める。束が紅椿と一緒にプレゼントしてくれた高性能仕様なのだが、如何せんまだ不慣れで手つきはややぎこちない。

 

「…………」

「…………」

 

 黙々とそれぞれの作業を進めていく2人。

 

 そんな2人がこうして一緒にいるようになったのは、2人に共通点があったからだ。

 

 優秀な姉を持っている事。

 箒の姉である束はISの生みの親にして、桁外れの頭脳を持った天才。加えて身体能力も人間離れしており、容姿も目元の酷いクマを除けば美女の類いに余裕で入る。欠点を挙げるならば人の好悪が極端な事か。

 簪の姉の楯無は、文武両道才色兼備の超エリート。コミュニケーション能力も達者で料理も上手と、至れり尽くせりな才能を持ち合わせている。自身のISも自ら作り上げたという噂もあるほどだ。

 

 才能のある姉を持つ事は嬉しくもある。だが同時に嫌に思う事もあった。

 他人に比較される事、そしてそんな優秀な姉と自分を自ら比較し、自分には才能が無いと思ってしまう事。

 箒も簪もそれらを受けながら生き続けてきた。時には直接言われる事もあった。言われなかった時も、心の中ではそう思っているのだろうと高を括っていた。

 

 そして現在、箒はそれを乗り切っている。

 

 だが一方で、簪は未だその苦悩に乗り切れていない。

 両者の違いは……。

 

「なぁ簪。ここはどうした方が良いと思う?」

「えっ……?私が意見して、いいの?」

「無論だ。私はお前のアドバイスが聞きたい」

「……わ、分かった」

 

 簪にとって、自分の開発時間が割かれる事は好ましく思わない。

 しかし箒にアドバイスを授けるこの瞬間は好きだと感じている。

 

「――で、こうしたら……どう?」

「うむ、成程な……ではそれでやってみよう。ありがとう簪」

「う、うん……!」

 

 姉より劣っている自分が必要とされている、そう思えるから。

 

 

 

―――続く―――

 




 ス ラ ン プ 状 態 でございます

 いや、スランプと言いますか見切り発車のツケが回って来たといいますか。福音戦まではかなり構成が纏まっていたので問題無かったのですが、ここから先は結構ふわふわ状態なので下手すれば設定ゴチャゴチャになりかねないです。え、途中で一年以上間が空いてただろうって?なぁにぃ?聞こえ(ry
 なので、次回は大体100話記念という事でちょっとした番外編を出してみて、それから今後の方針をちょっと見直そうと思います。

1:時間が掛かっても良いので、このまま執筆する。
2:最新話は一旦止めて、これまでの話の一斉手直しを行う。段落の分け方やカギカッコの使い分けや漢字変換の徹底、設定も変える必要がある個所は変える。次話の構成が出来上がったら、都度投稿する。
3:全体の手直しを行いつつ、ストックしているIS×ビルドを連載開始する。いや、別にこれを書いてたから遅れた訳ではないんです。本当です!信じてく(ry

 という訳で、次回は『大体100話くらい記念』と称して番外編をお送りさせていただきます。
 内容は【主人公となっている箒さんがIS原作世界の箒に代わって生活する】というものです。精神力がグレードアップしている箒さんが過去の出来事を経験した上で、原作のトラブルを撲滅しにかかります。話の起伏が無くなりそう(ネタへの不安)。


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番外編 箒さんの2週目学園生活

※今話は本作品の軸とはまったく繋がりがありません。前後話の脈絡はどうぞ気にせずお読みください。


 私だ。篠ノ之 箒だ。

 

 早速で申し訳ないのだが、私は現在少々面倒な出来事に出くわしてしまっている。言葉にすると意味が分からないと思われるのだが……ううむ。

 

「はーい、それじゃあ皆さん席に着いて下さいねー。SHRを始めますよー」

 

 山田先生が朗らかな笑みを浮かべながら教壇へ足を運んでいく。

 私にとっては既に見慣れた光景だ。彼女は私のクラスの副担任であり、担任の織斑先生に代わって授業やSHRを担当する機会が多い。これも山田先生が場数を踏んで立派な先生になる為だと千冬さんが話していたのを覚えている。

 

 しかし、私以外の者にとってはまだ慣れたものではない。何故ならば……。

 

「まずは皆さん、ここIS学園への入学、おめでとうございます!」

 

 今日はIS学園の入学式であり、授業初日。

 

 私は現在、2度目の学園生活を送ろうとしているのだ。

 何故私がこのような状況に陥っているかというと、それはとある日に姉さんと会った事を話さなければならない。

 

 

 

――――――――――

 

「やぁやぁ箒ちゃん!良く来てくれたね!」

「まぁ、今日は予定が空いてましたからね」

 

 人目を忍んで、私は束姉さんの移動型ラボに赴いて彼女に会っていた。『箒ちゃんに見せたい物があるから、カモォ~ンポルポルくぅ~ん』という連絡を受けて。ポルポル?

 

 相も変わらず、姉さんの研究スペースは散らかりっぱなしである。効率的に作業する為に位置を計算しつつ置いていると言うらしいが、傍からみたらゴチャゴチャしているようにしか見えない。

 

「それで、私に見せたい物とは?」

「ふっふっふ……何を隠そうこの束さん、とんでもない機能を持つISを開発してしまったんDA!その名は【次元干渉歪曲システム】なんDA!」

「次元干渉……歪曲システム?」

「そう!まぁ平たく言うとこの世界とは異なる別の世界に行けちゃうんDA、君達の中にも、そういう現象を目にした人がいるだろう?」

「いや、ありませんよ。というかどこに向かって言ってるんですか……」

 

 この予測不可能な言動も変わりなく。最近はこの人のこういう所にも慣れてしまっている自分がいるのも事実である。

 

「それで、どうしてまたそのような機能を持ったISを造ったんですか?」

「いやぁほらさ、別の世界に行くって何かロマンを感じるよね!」

「は、はぁ」

「……」

「……」

「…………」

「……えっ、本当にそれだけ!?」

「うぃ☆」

 

 訂正。まだまだ完全に慣れていなかったようだ。私も精進が足りないな。いや、でもそっち方面を精進したら私の思考も大変な事になるかもしれない。

 

「はぁ、まぁその辺りの話は置いておくとして……私が呼ばれた理由はもしや……」

「うん、箒ちゃんにテスターになってもらいたくて!」

「ですよね」

 

 他に呼んでいる人もおらず、電話で済みそうな話を態々こうして会ってまで教えようとする辺りそういう事だったのだろう。

 

「つまり、私は別の世界へ行く事になるんですね。それって安全性は大丈夫なんですか?」

「へーきへーき、その辺束さんに抜かりは無いアルよ!」

「どっちですか」

 

 とは言え、この人も実の妹を危険な目に遭わせる真似はしないだろう。7巻……無人機ゴーレム……12巻……誘拐……うっ頭が。

 まぁ、偶にはこの人の戯れ事にも付き合ってあげるとしよう。一時期はこうして会う事も躊躇っていたからな。その、姉孝行?というやつだ。

 

「仕方ないですね……今回だけですよ」

「わーい!箒ちゃん大好き!それでねそれでね、箒ちゃんに行ってもらう世界はインフィニット・ストラトスっていう世界なんだ!」

「インフィニット・ストラトス?どこかで聞いた事のある名前ですね」

「インフィニット・ストラトスっていうのはね、宇宙空間での活動を目的としたパワードスーツで、とある事件がきっかけで兵器としての利用価値が注目されちゃって今は軍事目的に利用されちゃってるの。本来は謎の理由で女性にしか扱えない代物なんだけど、ジャック・ニクラスっていう人が動かしちゃって――」

「何でいきなりプロゴルファー!?というかISはウチにもあるでしょう!?出来事も殆ど一致してますよね!?」

「だって私達のいる世界と違って、あっちは正史世界だからね。分子世界である私達の世界が向こうに似ているのは仕方のない事なんだよルドガー君」

「誰がルドガー君ですか」

 

 というか、姉さんの発言が色々とマズすぎる。この場で言ってはならない事をつらつらと言ってしまっている

 

「と、兎に角!私はそのISがある別の世界に行く事になるんですね?」

「ソーナンス!あ、そっちの世界には私もちーちゃんもいっくんも普通にいるから何も心配いらないよ☆」

「寧ろ、知らない面子の方が気が楽なような……」

「ちなみに向こうの箒ちゃんのポジションを代理するような形になるから、大体過去も一致してる筈だよ!」

 

 向こうの世界の私……ゴタゴタに巻き込んで本当に済まない。姉さんの気が済めば解放されるだろうから、少しだけ私に場所を貸してくれ……。

 ちなみに時期は4月で、一夏や私がIS学園に入学する時期に行くらしい。また此方と似たような出来事を味わうのだろうか。

 

「あ、ちなみに向こうにはテオたんがいないから、寂しくなったら電話してね!」

「えっ」

 

 一気に不安になった。

 

 

 

――――――――――

 

 と、いう訳である。

 私が現在いる場所はIS学園だが、勝手知ったるいつもの場所とは世界規模で異なっている。構造は全く同じ筈なのだが、こうも違うと感じるのだろうか。

 

 さて、現在はSHRに続いての1限目が終わって休憩時間に入っている所である。

 一夏の方を見てみるが、机に突っ伏してしまっている。あぁ、此方でも入学前の教材を電話帳と間違えて捨ててしまったのだったな。世界が変わってもその辺りは変わらないか。

 

「一夏」

「ん……?」

 

 仕方がないので、私が声を掛ける事にした。周りのクラスメイト達は機会を窺っているだけのようなので、私は遠慮なく話をさせてもらうとしよう。

 

 一夏も私の声に反応して顔を上げると、ポカンと口を開けて私の事を見つめている。

 

「……もしかして、箒、なのか?」

「ん?久しぶりに再会した幼馴染みの顔などとうに忘れてしまったか?一緒に剣道をした仲だというのに……」

「わ、忘れるわけないだろ!そっか、やっぱり箒だったんだな!」

 

 一夏の中で目の前にいる私が記憶の中にいる人物だと気付いた途端、彼は明るい表情になる。いや、厳密には別人なのだが。

 

「そういえば新聞見たぞ。剣道大会優勝、おめでとう」

「あぁ、ありがとう。……ちなみに確認しておきたいのだが、私の優勝は1度だけか?」

「えっ?いや、箒だなって分かったのは一回だけだったけど?他は全然違う子だったし」

「……そうか」

 

 それを聞くと、私の中でどこかこの世界への理解というか、区別のようなものが出来てしまった。

 向こうの世界では、私は剣道大会を2連覇している。テオを失った悲しみから暴の剣を振るって勝利を手にした、1度目。そしてテオが帰ってきて、昨年の過ちを心の楔として真摯に対戦相手と相対した、2度目。

 そして目の前にいるこの男も、私の知っている織斑 一夏ではない。確かに姓も名も顔も声も同じだが、何より互いに積み重なった記憶が違う。そう割り切ってしまうと、こちらの一夏に恋愛感情を抱く事は無さそうだ。

 

「箒?どうかしたのか?」

「……いや、お前がさっきの自己紹介で盛大にこけていたのを思い出していただけだ」

「このタイミングでなんで俺の醜態を思い出してんの!?」

 

 尚、からかう時の反応は大体同じな模様。実に面白い。

 

 

 

――――――――――

 

 その後のイベントも見覚えのあるものばかりであった。

 2回目の休憩時間でセシリアが一夏に声を掛けてきて、その後のクラス代表を決める場において2人が口論、決闘に至るという流れだ。あの2人はどこの世界でもファーストコンタクトで一悶着起こすのだろうか?

 

 ちなみに、私は今回口を挟まずにおいた。あの時はテオが仲裁してくれたから比較的円滑に事が運ばれたが、こうしてみるとどっちもどっちなので、無理に私が口出しする必要はないだろう。それに最終的には仲直りどころかセシリアの方が恋心を抱くだろうし。

 

「うぅ、専門用語が全然分かんねぇ……」

「自業自得、としか言えんな」

「うぐぅ」

 

 放課後、少し居残って教材に齧りついていた一夏にそう告げると彼はガクッと肩を落とす。反論の余地無し、だな。

 

「あぁ良かった。織斑君まだ教室にいてくれたんですね!」

「あれ、山田先生?」

 

 SHRが終わり、職員室に帰った筈の山田先生が再び教室に姿を現す。確か、入寮が急遽決まって鍵を渡されるんだったか?一夏が以前にそのような事を言っていた筈だ。

 

「どうかしたんですか?」

「えっとですね、織斑君の寮の部屋が決まりましたので、鍵を渡しに来たんです」

 

 そう言って山田先生は一夏に1025室のカードキーを手渡した。うん、やはり私と同じ部屋のようだな。

 

「山田先生、一夏と私は同室……という事でよろしいんですか?」

「同室……同室?え、箒が俺と同じ部屋って事か!?」

「は、はいそうなんです。その、色々と事情がありまして篠ノ之さんには気苦労を掛けてしまうかもしれませんが」

「いえ、大丈夫です。万が一の護身の術は身に着けていますので」

「なんで俺が厄介者みたいな扱いされてんの?」

 

 ある意味、相当な厄介者だぞお前は。

 

「けどそうなると俺、荷物とか色々と取りに行かないといけないんじゃ……」

「心配ない。千冬さんがその辺りを配慮してくれているだろう」

「その通りだ」

 

 一夏が千冬さんをまるでダースベイダーが現れたかのような顔で見やる。こっちの一夏は随分と顔に出やすいタイプのようだ、向こうも大概だったが、向こう以上だな。

 

「お前の荷物はこっちで手配してやったから、ありがたく思え。篠ノ之もこいつと一緒の部屋で迷惑を被るかもしれんが、1ヶ月ほど我慢してやってくれ」

「私の方は問題ありません。お気遣い、ありがとうございます」

 

 む、こちらでは1ヶ月という期限付きなのか。私は部屋割りの都合で今も一夏とテオの3人で暮らしているが、こういう小さな差異もあるのだな。

 

「……篠ノ之、お前暫く見ない間に随分と大人びたな」

 

 ギクッ。

 

「そう、でしょうか?まぁここ数年は政府からもしつこく聴取や監視をされていましたからね……」

「……そうか」

 

 流石は千冬さん、色々と鋭い。恐らく合致しているであろう私の過去を正直に話したところ、合点がいったかのように相槌を打って話題を締め括らせた。下手に喋ると勘付きそうなのが恐ろしい。

 とはいえ、流石の千冬さんでも私が異なる世界の人間だとは思わな……いや、あの姉さんの親友だしなぁ。

 

「あぁそれと織斑、荷物は着替えと携帯の充電器だけだが、別にそれで十分だろう」

「ひでぇ」

 

 

 

――――――――――

 

「さて一夏。そろそろ来週の決闘に向けての対策を始めるぞ」

 

 夕食諸々を済ませ、同室で寛いでいた一夏に私はそう告げる。

 

「そうなんだよなぁ……何とかならないかな」

「何とかなるわけないだろう。お前はジャック・ニクラスとゴルフ勝負をして勝てると思っているのか?」

「なんでいきなりジャック・ニクラス!?」

 

 はっ、いかん。つい姉さんの嘘あらすじにつられてしまった。というかジャック・ニクラスなら代表候補生どころか国家代表クラス以上だろうに。私としたことが失礼な事を。

 

「いいか一夏。セシリア……オルコットはイギリスの代表候補生、ISに触れる機会などお前に比べれば天と地の差があるのだ。2回しかISを起動したことが無いお前とは知識も経験も桁違いだ。そんな相手に楽観的な気持ちで挑むなど、無謀に等し……そもそもこの決闘自体無謀ではあるのだが」

「だからって、あんだけ馬鹿にされたら引き下がる訳にはいかないだろ」

「あぁ分かってる、お前はそういう奴だからな。だからこそ……全力で勝ちにいくんだ」

 

 本来の歴史とは決定的に異なる点、それは私が似た歴史を辿り済みだという事だ。

 セシリアの戦い方、癖などは既に私の頭の中に入っている。敵を知り己を知れば百戦危うからず、相手の情報が分かっているのは大きなアドバンテージになる。更に私は決闘が決まった後の休み時間の間に、山田先生に頼んで訓練機を借りる事に成功した。どうやら予約は普通に空いていたようで、難なく取り付ける事が出来たのは幸いだったな。

 

 私の世界では、一夏は十分なIS搭乗もままならず決戦当日にテオが前座を設けて1次移行までの猶予を作ってくれた末に、あと一歩の所でセシリアに零落白夜が届かなかった。つまりこの世界では私がテオに代わって勉強を教えてセシリア対策を伝授し、先述の訓練機を一夏に乗せて試合まで確りと特訓させてやれば勝てる見込みがあるという事になる。

 

 勝ったな、ちょっとシャワー浴びてくる。

 

 

 

――――――――――

 

 いや、フラグではないぞ?

 

 試合当日、一夏は見事に勝利してみせた。やはり訓練機による直接的な練習は効果的だったようで、私の世界と比べても被弾回数がグッと減っていたし、ビットの処理も素早かった。やはり彼は白式ととことん相性が良いみたいで、訓練の時よりも遥かに動きが良くなっていた。訓練の段階では習得途中だった瞬時加速を彼は土壇場で成功させてみせ、勝利の切欠にしてみせたのだ。

 ちなみに、ISの実働訓練の際は山田先生に空いている日限定ではあるが同行してもらった。私の教え方は、うん。ギュインギュインのズドドドド……やはり伝わらないのか。

 

「やったぜ箒!」

「あぁ、見事だったぞ一夏」

 

 私の世界の一夏と比べると、まだまだ未熟……と思う所だがこの場は素直に褒めるとしよう。実際、この1週間は本当に頑張っていたからな。

 

「あまり調子に乗るなよ織斑。今回はオルコットが油断していた事も勝因として大きい。冷静になったあいつと再び戦えばまずお前は負けるぞ」

「うぐ……分かりました」

 

 流石に千冬さんに言われてしまっては言い返す事も出来なかったのか、一夏は素直に従った。

 

「それにしても、随分とオルコットの動きの癖を把握していたものだ。山田先生から訓練機を借りて練習していた事は知っているが、相手の下調べも抜かりないとはお前にしては意外だな」

「い、意外って……ま、まぁ確かにそっちは俺じゃなくて箒がやってくれたんだけどさ」

「そうなのか?」

「あ、はい」

 

 む、これは少々風向きが悪いか……?まだ最新鋭機段階であるブルー・ティアーズの公開動画はイギリスで撮影されたPVのみ。装備内容を主としたあの動画では操縦者の癖を見出すのは至難の業だ。それこそ重箱の隅まで見る様な気持ちで取り組まない限りは。

 

「……まぁいい。篠ノ之も、態々こいつに付き合ってくれてご苦労だったな」

「い、いいえ。私から望んだ事ですので」

「ふっ、そうか。とにかく今日はこれで終わりだから2人とも部屋に帰ってちゃんと休むように。ではな」

 

 そう言うと千冬さんは踵を返して去っていった。どうやら私の事は深く追及しないでくれるらしい。そうしてもらえると有難い……。

 

「一夏、私達も帰るとしようか」

「あぁ、そうだな」

 

 私と一夏も、肩を揃えて寮室へと向かい始める。

 

「兎にも角にも、ここ一週間はよく頑張ったな。これもお前の頑張りが齎した成果だ。千冬さんはああ言ったが、ほんの少しくらい胸を張ってもバチは当たらんよ」

「そ、そうかな?」

「ただし、千冬さんも言っていたが過信は禁物だ。今度は小細工に頼らず、お前自身の実力で勝利を手にするんだ」

「……あぁ、俺はもっと強くなるさ。千冬姉の名前を守る、って大見得切った以上はな」

 

 やはりシスコンだった!

 

「さて、では今日は私が夕食を振る舞ってやろう。お前の好物は変わっていないな?」

「え、箒って料理出来るのか?」

「嗜む程度にはな。気が乗らないなら大人しく食堂に向かうが、どうする?」

「……いや、そんな風に言われたらお前の料理が気になるじゃんか」

 

 ふっ、確かにそれもそうだな。少々意地の悪い訊き方だったかな?

 

「ならば、今日は御馳走を作ってやろう。楽しみにしているんだぞ?」

「っ……お、おう」

 

 はて、今の私の言葉に困惑するような箇所があっただろうか。一夏の様子が少しおかしい。

 

「どうした?具合でも悪くなったのか?」

「っ!?」

 

 私は一夏の傍に近寄り、彼の顔色を窺う。別段悪くは無い、寧ろ少し赤いくらいか?熱でもあるのだろうか、それとも試合の後だから身体に熱が残っているのか。

 

「一夏?」

「な、な、何でもない!俺ちょっと先にシャワー浴びて来るから!」

「う、うむ?」

 

 行ってしまった……一体どうしたというのだろうか。まああれだけ走り回れるなら病気の心配は無さそうだな。

 

「ともあれ、胃がもたれ易い料理は控えるべきか……ならばあの部分は代わりに豆腐を使用して……」

 

 私はこれから作る料理のレパートリーを考えながら、買い出しの準備をする事にした。

 そうだ、元の世界に帰ったら皆で持ち寄った手料理を食べるというのはどうだろうか。うん、実に楽しそうだ。ただしセシリア、お前は駄目だ。

 

「……後で姉さんに電話を繋げてもらおう」

 

 テオ達がいない事を思い出したら少し寂しくなった。声を聞いたら元気になれる気がする。

 

 

 

 

 

「……箒がすっごい大人に見えた……それに何かいい匂いがして、上目遣いが凄く……ヤバい、何だこれ、考えが纏まらない」

 

 

―――続く?―――

 




 番外編終了でございます。
 所謂、強くてニューゲーム状態で箒が学園生活を再び送るような感じですね。書いてる途中で思いましたけど、ホントにイベント進行が起伏になったな!箒関連のトラブルが消えちゃったよ!
 そして終盤に箒が鈍感スキルを開花させていますが、実はこれがリメイク後の彼女のスタイル予定だったりします。一夏Loveの感情を押し殺し続けて、やがて一夏の方が箒に恋をするも……。
 本格的な始動は福音戦以降の予定だったのですが、ちょっとシーンが入れられなくて現在に至っているという点もあります。なので2学期以降は一夏⇒箒へのアクションが発生する……かも?(一夏が恋愛意識しているとは言ってない)

 という訳で、今後は1話から随時リメイキングを開始していきます!詳細は近日活動報告に記載させていただきますので、是非其方をご参考下さい!


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