テイルズオブジアビスAverage (快傑あかマント)
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第1話 運命の出会い、そして旅立ち

 拙作は、「にじファン」でakamanto名義で投稿していた物を、補筆、改訂した物です。

 とにかく、ルークが嫌いという方や原作のティアが好きという方はお読みにならない事をお勧めします。


 
 預言(スコア)

 それは星の誕生から消滅までの記憶を有する第七音素(セブンスフォニム)を利用し、未来に起こるであろう様々な出来事を見通したものである。

 今から二千年以上前の創世暦時代。
 ローレライの始祖ユリア・ジュエは人類に未曾有の大繁栄をもたらすべく惑星オールドランドが歩むであろう歴史の預言を詠んだ。惑星預言(プラネットスコア)と呼ばれるこの特別な預言は、その後の人類の歴史を大きく変える事になる。
 惑星預言が、もたらすのは未曾有の大繁栄、預言を守る事こそが約束された未来をつかむ最良の方法とされた。しかし、長い年月を経て、預言への敬虔な思いは、いつしか強迫観念と依存へと変わり、人類を救うはずの預言は人を支配し始めた。

 そして新暦2011年、その不自然な摂理に疑問を覚えた一人の男によって歴史は再び大きく変わろうとしていた。



 キムラスカ・ランバルディア王国 光の王都『バチカル』 レムガーデン・レム・23の日

 その日、ルーク・フォン・ファブレは少しばかり不機嫌だった。何故なら彼の剣術の師ヴァン・グランツが今日からしばらくこの屋敷に来れなくなると言うからだ。
 ヴァンは、ルークにとってヒーローだった。強くて優しくてなんでも知っている、ダアトという国の神託の盾(オラクル)騎士団の主席総長(騎士団長)をしていて、「とにかくカッコイイ!」の一言なのだ。
 しかし、今回はその他所の国の騎士団長という事が仇になった。ダアトの導師(国王のような存在)が、行方不明らしく、探しに行かなくはいけないらしいのだ。

(ヴァン師匠、ウチの白光騎士団になってくれればイイのに……)

 白光騎士団とは、ルークの父であるクリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ公爵直属の騎士達であり精強無比で知られる精鋭部隊だった。
そして、広大な屋敷の数ヵ所に詰所を設け、そこに交代で寝泊まりし昼夜問わず常に屋敷を守護している。

 ゆえに、ヴァンが白光騎士団になってくれれば、毎日会えるし、剣の稽古も毎日して貰える。
この屋敷から、外に出る事の出来ないルークにとって、ヴァンとの剣の修行が数少ない楽しみの一つだった。
 屋敷の使用人で親友のガイ・セシルや、白光騎士団の騎士とも修行はできるが、やはりヴァンとするのが一番楽しいと感じるからだ。

 今日、ヴァンが来れない間の《代わりの神託の盾の騎士》も屋敷に来ているらしい。しかし、ルークにとってヴァンでなければ誰だって同じで、「意味がない……」のだ。

 中庭に到着すると、そこには、ヴァンと共に見知らぬ少女が待っていた。
 新入りのメイド……という事ではないようだ。ゆったりとした白い法衣に、音叉状の杖、どう見てもヴァンと同じダアトの関係者である。という事は、この少女が『代わりの騎士』なのだろうか?

 ヴァンの話では……「私やガイとは違う方向性の強さを持った者だ。きっと良い刺激になる」との事だった。しかし、ヴァンの話を疑うわけではないが、ルークには彼女がとても強くは見えない、というより、戦いをするような人間には見えなかった。

 綺麗に三つ編みにまとめられたヴァンと同じ胡桃色の髪、淡い瑠璃色の瞳、透き通る様に白い肌、法衣の袖から覗く細く華奢な手と指、少なくともルークが思い描く《騎士》という感じでは無い。
 屋敷で働くメイド達のほうが、まだ力強くルークには見えた。

「ルーク、紹介しよう。これが先程話した代わりの者だ。名をメシュティアリカという」

 ヴァンが少女……メシュティアリカの名を告げる。
やはり、彼女が《代わり神託の盾の騎士》らしい。

「お初にお目にかかります、ルーク・フォン・ファブレ様。メシュティアリカ・グランツと申します。お見知りおきを……」

 メシュティアリカは自身の名を改めて告げると、ルークに深々と恭しく頭を下げた。
彼女の長い胡桃色の髪が、ふわり……と揺らいで日の光と交わる。

 何故そうしたくなったのかは解らないが、たまに毛先を整える程度で、普段は伸ばし放題のロクに手入れもしていない緋色の髪を、ルークは不自然にならない様に手櫛で整える。
 ルークは背筋を伸ばし、努めて「イヤなカンジ……」にならない様

「お、おぅ、ル、ルークだ。よろしくな」

 と、握手をしようと左手を差し出した。

   
 しかし、返ってきたのは握手では無い全く別の物だった。


 メシュティアリカは何を思ったのかルークの前に跪くと、差し出されたルークの手を両手で優しく支えると、静かにに手の甲に口付けをした。
 瞬間、ルークの頭が真っ白になった。そして、みるみる顔が紅潮するのが自分でも分かった。

(ヤワラけぇ?! ナニした? ナニされた?!!)

「? ……あのう、ルーク様?」

 メシュティアリカは、全く動こうとしないルークに困惑し、呼び掛けた。
 その声に我に返ったルークは、弾かれたように後ろに跳びメシュティアリカから距離を取り、

「なっ何しやがる!!」

と思わず叫んでしまった。

「え? ……も、申し訳ありません! ルーク様!」

「あっ、いや怒ってる訳じゃなくてだな。別に……良いから、もう立てよ」

 跪いた姿勢から、そのまま土下座をしかねないメシュティアリカを目の当たりにしたルークは、さらに冷静さを取り戻す。

「すまない、ルーク。驚かせてしまったな。妹は堅物でな、行動が杓子定規になりやすい。許してやって欲しい」

 しばらくルーク達のやり取りを見ていたヴァンが苦笑しつつ、二人の間に立ちルークに頭を下げた。

「いえ! 全然気にしてないです。ヨユーです! ……ん? 妹?」

 ルークは師に頭を下げられ、慌てて姿勢を正すが、ヴァンの言葉に首を傾げた。

「ハハハ……そうだ。歳は今年で十と六、お前とも話が合うだろう」

「はぁ……」

 ルークは、未だ跪いた姿勢のままのメシュティアリカに、再び注目する。
 なるほど、髪の毛や瞳の色、そして眼差しも師になんとなく似ている。そう言われてみれば、家名が同じであった。

「ティア、いつまで跪いている? ルークは許してくれたのだ。それでは、逆に非礼だぞ」

「はい、おにぃ……主席総長」

 兄に指摘され、メシュティアリカは、やっと姿勢を正した。
なるほど、堅物である。

「ティア……話したと思うが、ルークはある事情で、この屋敷から出る事ができない。ゆえに先程のような王侯貴族の慣例には不慣れなのだ」

「あ……」

 続けての兄の言葉に、ルークの境遇を失念していた事を自覚した彼女は、さらに申し訳なさそうな顔になる。

「申し訳ありません、ルーク様。不愉快な思いを……」

「ふ、フユカイなんて思ってねぇよ!!」

 頭を下げ謝罪を口にしようとするメシュティアリカに、ルークは思わず間髪入れずに叫んだ。

「た、ただ、ちょっと驚いただけだ! だから、イチーチ謝んなよな。ウゼぇから!」

「は、はい、申し訳ありません……」

「……っから、謝んな!」

「え、えぇと……ありがとうございます?」

「ん……」

 メシュティアリカの顔も見ず、言葉と口調も横柄だが、ルークが彼女を気遣っている事は誰の目にも明らかだった。

 何故だかは解らないが、ルークはメシュティアリカを視界に入れる事が出来ず、所在なげに頭を掻きながら中庭のあちこちに視線を彷徨わせた。

 ふと、ルークは、妙な物を見つけた。
庭師のペールが、よく世話をしている植え込みの向こう側に、何やら黄色い毛玉が揺れているのが見えた。くつくつくつ……と、ムカつく音を立てている。

「おいコラ、ガイィ! なにコソコソかくれて笑ってんだぁ?! ケットバすぞぉ!!」

 黄色い毛玉に向かって、ルークが吠えた。

「ハハハ、悪い悪い。しかし……今のは、ルーク坊ちゃんには刺激が強過ぎたなぁ? くっ……ハハハ!」

「ふざけんな! あんなのナンでもナイね! あと、ぼっちゃん言うな!!」

 はたして、植え込みの向こう側から、長身で金髪碧眼の青年が爽やかだがイタズラっぽい笑みを浮かべ姿を表した。

「特に、彼女の様にお美しい御婦人の御挨拶なら尚更だな?ははは」

「だから、ヘーキだっつってんだろ?! イキナリだったから、ちょっと驚いただけだ!」

「う~ん……まぁ、ルーク坊ちゃんがそこまで仰るなら、そういう事にしておきましょう。ハハハ」

「このヤロ……」

 実に、気安いやり取りを繰り広げるルークと青年。

 一方、メシュティアリカはいささか困惑していた。何故ならば、ガイというらしい青年は雰囲気や容姿はともかく、その出で立ちは貴族の物では無かったからだ。
帯刀している事から彼も護衛の騎士なのだろうか?
メシュティアリカには、見当が着かなかった。

「あのう……ルーク様。こちらの方は?」

 と、思わずルークに尋ねてしまった。
はっと、我に返ったメシュティアリカは慌てて口を押さえるが、時既に遅しであった。
 しかし、当のルークは彼女の言葉を特に気にした様子も無く、青年の態度にウンザリした様な表情で青年の顔を指差しながら口を開く。

「あぁ、こいつはガイ。ウチの使用人兼、オレの親友みたいなモンだ。」

「おいおい、みたいなモンじゃなくて、親友だろ?」

 ガイと呼ばれた青年は、ルークの肩を小突くように叩き、屈託なく微笑んだ。

「親友……ですか? 使用人の方が?」

「ああ、まぁガイは特別だ」

 ルークもまた屈託のない笑みをメシュティアリカに向ける。

「その……初めまして。メシュティアリカ・グランツと申します。ガイ……ええと」

「ガイ・セシルだ。よろしくな、メシュティアリカ・グランツ様」

 ガイは爽やかな微笑みでメシュティアリカの自己紹介と疑問に答える。

「ティアと呼び捨てで構いません。セシルさん」

「ハハハ、使用人風情が、神託の盾の騎士さまを呼び捨てになんか出来ませんよ」

「でも、わたしの方が年下ですし、騎士と言ってもまだまだで……」

 ガイは苦笑しつつ腕を組み、しばし何かを考える素振りを見せた。

「そう……だな。これからグランツ謡将が来れない間、ルーク坊ちゃんのお守りをする仲だしな。よろしく、ティア。その代わり俺の事もガイで頼むよ」

 ガイは爽やかに親指を立てつつ、その白い歯を輝かせて微笑む。

「はい、……ガイ」

 少しだけ、はにかんだ微笑みで、ガイの微笑みに応えるメシュティアリカ。

 爽やかな微笑の青年剣士と、はにかんだ微笑の少女騎士が微笑みを交し合う。

 まるで、物語の一場面の様な微笑ましくも甘い、年頃の少年少女達が見れば、思わずときめいてしまう事であろう。

 しかしである。

 この場にいる唯一の少年 ルーク・フォン・ファブレは、一寸もときめいてなどいなかった。
むしろ、イライラしていた。そう、何故かイライラしていた。そして、ルークは、

「おい、ガイ! お守りってなんだ!? あと坊ちゃんは止めろって言ってんだろ!」

 特に気にしていなかった事で、無理矢理ガイに食って掛かり、彼とメシュティアリカの間に割って入った。

「ハハハ、早速打ち解けたな。これが若さか……少し羨ましい。」

 少年少女達のふれあいを、見守っていたヴァンは嬉しそうに笑ったが、最後の言葉に少し自嘲の陰りが見えた。

「さて、自己紹介は一通り済んだな? ルーク、稽古を始めよう。これから来れなくなるぶん、今日はとことん付き合うぞ!」

 ヴァンは陰りを払拭するように、明るく優しい口調で中庭の中央に移動すると、用意していた訓練用の木剣を掲げ、ルークに微笑み掛けた。

「はい! 師匠! じゃ、ガイもメシュティアリカも後でな!」

 ルークは、本当に嬉しそうに元気よく返事をし、腰の木剣を抜き、二人に明るく声をかけると師に続き中庭中央へと向かった。

「ああ、あんま情けない剣は振るなよ。今日はギャラリーが一人多いからな。ハハハ」

「お怪我などしませんように……」

 ガイとメシュティアリカは、ルークの笑顔に思い思いの返答をした。
 二人が中庭の外周に設けられたベンチに向かおうとした時、異変は起きた。

 ルークは十歳の時、何者かに誘拐された(敵国であるマルクト帝国の仕業と見られている)。その時のショックからなのか、発見された時には全ての記憶を失っていた。そう、全てだ。喋り方も歩き方も、十年の人生で得た全てを忘れ去っていた。

 そして、その誘拐事件がルークに残したもう一つの傷跡がある。
 それは幻聴を伴う頭痛、何人もの医者や治癒術士がルークを診たが、原因は杳として知れなかった。
 その頭痛は、一定周期でルークを襲った。そして、いつもなら直ぐに治まるのだが、今回の物は少し様子が違った。

(ッ! ……なんっ、だよ! こんなっ、時にぃ……!)

 声にならない呻きを漏らし、ルークはその場に蹲った。

「ルーク様!?」

 もっとも、ルークの近くにいたメシュティアリカが、とっさにルークの身体を支える。
 メシュティアリカは、そこで初めてルークの身体が、淡く輝いている事に気が付いた。

(これは、第七音素……?)

 その瞬間、ルークの輝きが力を増し、目を開けている事さえ難しくなった。

「いかん! 二人とも離れろ!」

「ルーク! ティア!」

 目が眩み、ヴァンもガイも思うように二人に近付く事ができない。

  一方、メシュティアリカ自身も、その眩い輝きに目を開けられないながらも、なんとか音素の働きを制御しようと意識を集中させる。

 そして、その瞬間。

 メシュティアリカは、この場にいる誰とも違う声を聞いた。

『響け……ローレライの意志よ届け……開くのだ!』

それは、男なのか女なのか、老いているのか若いのか、判然としない不可思議な声だった。

 次の瞬間、中庭全体が凄まじい輝きに包まれた。

「ルーク!! ティア!!」

 ヴァンとガイが、同時にルークとメシュティアリカの名を叫び呼ぶが、輝き治まった時には二人の姿は、もうその場にはなく、彼らの呼び掛けは虚しく宙に消えた。


こうして、彼らの運命の出会いと旅路の第一小節が奏でられた。



 この物語は、戦争を知らない今時の若者や、戦争を知っているつもりの今時の大人に対しての問題提起。
という感じの名作や問題作を目指すのではなく、飽くまでも平凡、平均的などこかで見た事のあるような凡作を目指しています。

 Average(アベレージ)平均的な、平凡


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第2話 初めての空 初めての海 初めての大地 そして初めての世界

 
『……ルー……ま……ク……ま……』

 頭痛は治まったが、まだ声が聞こえる。
しかし、いつもの声とは感じ違う事に、いまだハッキリとしない思考でルークは胸中で首を捻るが……

(なんか……イヤじゃないや……)

 初めてなはずなのに、何故か懐かしい不思議な安心感を感じ、ルークは瞼がさらに重くなるのを感じた。

 嗅いだ事のない香りの風。さらさら……とそよぐ少し硬いが心地いい不思議なベット。
何もかもに安心感を覚える。

 そして、何よりも、枕が良い。適度な柔らかさ、優しい温もり、いつも使っているシルクの羽毛枕など話にならない。

『……ルーク様……』

 ルークは、その声が今日出逢ったばかりの少女……メシュティアリカ・グランツの物だという事に、ようやく気が付いた。
 未だに重い瞼をうっすらと開けた。

「ルーク様……気が付かれたんですね。……良かった。どこか痛む所や違和感を感じる所はありませんか?」

 仄かな明りに照らされた、少女の柔らかな微笑みが目の前にあった。

 そこでルークはようやく自分が、とある姿勢をしている事に気が付いた。

 読書……屋敷から出る事の出来ない退屈な毎日において、剣術の修行には遠く及ばないが、ルークの毎日の退屈しのぎだった。
 小難しい物は全く読まかったが、いわゆる英雄譚や冒険活劇をルークは好んで読んだ。
時には、親友のガイや従姉のナタリアでさえ二の足を踏むような、ページ数、巻数の物語を読破した事さえあった。
 そんな物語の主人公たちが、傷付き倒れた時、あるいは闘いに勝利し休息をとる際に登場し、魅力的なヒロインと共にとる姿勢。なんだか解らないがルークも憧れを抱いた、そんな姿勢。

『膝枕(ひざまくら)』

 を、今、ルークはメシュティアリカにして貰っていた。そう、して貰っていたのだった。
ルークの意識が急激に覚醒する。

ルークは横滑りする形でメシュティアリカと距離をとり、一瞬にして立ち上がり体勢を整えた。

「……ル、ルーク様……!?」

 あまりの見事なルークの体捌きに、目を白黒させつつメシュティアリカは、ルークに気遣わしげな眼差しで見上げる。

(しまった……!!)

 ルークは胸中で盛大に頭を抱えたが、努めて冷静な口調で謝ることにした。

「あ……いや、その、ワリィ。ちょっと、ビックリしちまって」

「あ……いえ、申し訳あり……」

「だから、謝んなって! ところで、ここドコなんだ? 屋敷ん中……じゃ絶対にないよな?」

 と、ルークは周囲を見渡した。
 そこは、見た事もない、一種幻想的な光景だった。仄かな光を灯した不思議な花が一面に咲き誇り、満月と共にルーク達を優しく照らしている。
 星空との境目が曖昧で、まるで以前読んだ童話のように星の海に迷い込んでしまったのでは……と、ルークは錯覚してしまった。

 しばしの沈黙の後、メシュティアリカは沈痛な面持ちで口を開いた。

「はい、すごい勢いで飛ばされてしまったので……バチカルからかなり離れていると思います」

「は? 飛されたって……どうしてそんな事に?」

 ルークは傾げていた首をさらに傾げた。訳が分からなかった。

「ルーク様とわたしの間で、おそらく『超振動』が起きたんです。あ、超振動というのは、同位体……同じ音素振動数を持つ物が、稀に起こす現象の事です。ルーク様もわたしも、第七音素術士だったので、この場合は『疑似超振動』と言うのですけど……。あの時、ルーク様が頭痛で苦しまれている時、第七音素の大きな鳴動を感じました。……抑えようとしたのですが制御しきれずに……」

 説明を進めるうちに、メシュティアリカは俯き、口調が弱くなっていった。
 ルークには、第七音素とか超振動とか難しい事は分らなかったが、彼女が自分を責めているという事は分った。

「おっ、おいおい、アレだろ?! 『マレに起こる』んだろ? チョーシンドーだっけか? 事故みたいなモンだ。事故! オレの頭痛が原因なら、オマエは巻き込まれただけだろ? オマエは悪くねぇよ! あと、ウゼェから謝んなよ」

 一息にまくし立て他人の言い訳をするルークと、そんなルークにやや呆気にとられるメシュティアリカ。

「え、ええと……ありがとうございます?」

「ん……」

 照れくさくなって、そっぽを向いてしまうルーク。

 ふと、そんなルークの耳に聞いた事のない不思議な響きが届いた。
不規則な……、けれども何処かリズムを刻む様な規則的な響きだ。
丘の向こうから絶え間なく響いてくる。

「なんだ……なんの音だ? ザバザバいってるぞ?」

「これは“潮騒”です。海の波が陸に寄せては返して鳴らす音ですね。ここからは海が見えますから」

 メシュティアリカは、やはり丘の向こう側を指差して微笑む。
ルークははやる気持ちを抑えて、光る花を踏まないよう気を付けてつつ足早にメシュティアリカが指差した方向を目指す。



 それは……ルークの持ち得る知識をもって一言で表すなら、「ものすごく大きくて、うねって動く水たまり……」だった。
しかし、ルークの想像と実際の海は様子が違った。

 『海』というもの自体は、いかに軟禁生活を強いられる世間知らずのルークといえども知っていた。
世界中で親しまれていて(らしい……)、ルークも夢中で読みふけった『義賊アイフリード物語』などの冒険譚で、主人公達の冒険の裾野を広げる為の通過点。それが、ルークの『海』に対する認識の、ほとんど全てだった。
 ただ大きいだけで、屋敷の池と大差ないとルークは思っていた。
それがどうだろう、全く違う。圧倒的に違う。

 月明かりと星明りが、海面にもう一つの星空を作り出している。まるで、波に合わせて瞬き空の星空と美しさを静かに競っている様だった。

 ルークは、「夜は暗くてツマらない……」と思っていた。しかし、それは勘違いだったらしい。
『外の夜』は暗いだけでは無く、こんなにも光に溢れている。

「これが……海……か。初めて……見た……」

「こんな風に……夜の海を見るのは、わたしも初めてです。素敵ですね……」


 ルークとメシュティアリカは、しばらく何も言葉を発さず、並んで夜の海を眺め続けた。



「……ところで、これからどうすんだ?」

 ルークが、海からメシュティアリカへ視線を移し、尋ねた。

「そうですね……。まずはここで朝になるのを待って、それから山を下りましょう。月明かりで明るいと言っても、今からの下山は危険ですし、何より夜に活発化する魔物も多いので……」

「ま! 魔物……! この辺にいるのか?」

 ルークは、共に屋敷から飛ばされてきただろう、足下に転がっていた訓練用の木剣を拾い上げ、身構えた。

 『魔物』、それはオールドラントにおいて、人間の天敵とも言える存在である。しかし、魔物と言っても、神話や伝承に登場するような悪魔や妖の類だけでなく、人間に害をなす動物や植物の総称でもある。
 屋敷から出る事のできないルークでも、魔物の恐ろしさは知っていた。

「あ、ご心配には及びません。魔物を寄せ付けない譜術(ふじゅつ)を使って結界を張ってあります。よほど音素の扱いに長けた魔物でない限り大丈夫です。それに、そういった魔物は、こういう環境にはまずいません」

 メシュティアリカは、身構えるルークを安心させようと柔らかな口調で説明した。

「そ、そうか……」

 ルークは明らかにホッとした表情になり、木剣を腰の鞘に戻した。
 そして、改めて周りを見ると月明かりや花の光とは違う淡い光が、自分たちをグルリと囲っている事に気が付いた。

「これが譜術か……。初めて見た。メシュティアリカは譜術士だったのか?」

「はい……正確には譜歌を使って、仲間の傷を癒したり戦い易いようにする『音律士』と言うんですが……」

「ふか? 譜術とは違う物なのか?」

 『音素』、惑星誕生時からある物で、オールドラントに存在するすべての物の源である。音素は、第一音素の闇、第二音素の土、第三音素の風、第四音素の水、第五音素の火、第六音素の光、そしてどれにも属さない第七音素の七つに大別される。
 それらの音素に干渉し、魔術的奇跡を起こす技術、それが譜術であり、譜術を操る技術者を『譜術士』と呼ぶ。
そして、譜術を用いる詠唱に旋律をつけ、歌う事で発動させる術を『譜歌』と呼び、その歌い手を『音律士』と呼ぶ。歌詞やメロディによって、敵を攻撃する物から、傷を癒す物まで様々な譜歌がある。
 しかし、その効力は譜術には及ばず、実戦よりも宗教儀式を担う役割の方が強い。


「へぇ、譜術にも色々あんのか……。あ! なぁ、オレも第七音素使えるんだよな? えーと、確かケガとかナオせるんだっけ?」

「はい、その素養を持っていて、訓練さえ積めば、必ず使える様になれます」

 ルークは、新しい遊びを発見した子供の様なキラキラした目で、メシュティアリカに質問する。
そして、メシュティアリカは、そんなルークに柔らかな微笑みで質問に答えた。
 その時、ルークは何か重要な事柄に気が付いたような顔で、身を乗り出して質問をさらに続ける。

「あ、そーだ! やっぱ、ヴァン師匠もスゲかったりすんのか?!」

「そうですね……兄は譜術士としても、音律士としても優秀だと思います。本人は『器用貧乏なだけ』と否定しますけれど」

「ハハ、やっぱ師匠はなんでも知ってて、なんでもデキるスゴい師匠なんだ……!」

 ルークは、心から尊敬する師の知らなかった新たな一面を知り、嬉しそうに……本当に嬉しそうに頷いている。
 そんな彼に、メシュティアリカは柔らかく目を細める。

「もし、よろしければ……ですが。譜術や譜歌、音素の扱い方を御教えしましょうか? もしかしたら、あの頭痛も和らげる事が出来るかもしれません」

「えっマジで?! あっ……いや、やっぱイイや……。教わるならヴァン師匠がイイ。オレの師匠はヴァン師匠だけなんだ……」

「そうですか……。わかりました」

 メシュティアリカの提案に、遊びに誘われた子供の様な笑顔をしたルークだったが、すぐにその笑顔を消して申し訳無さそうに首を横に振る。
 一方のメシュティアリカは、厚意を突き返された形にも関わらず、どこか嬉しそうに頷くだけだった。

「あー、いやー、ええと、その……べ、ベツにオマエのコトが、キライとかイヤとかだってワケじゃないからな?! カンチガイすんなよ?!」

 ルークは、何故自分が焦っているのか胸中で首を捻るつつ言い訳(?)する。

「いいえ、出過ぎたことを言いました。お許しください……」

「な!? あ、謝んなって!! それより、ほら! 朝まで待つんだろ? 譜術のコトとかいろいろ教えてくれよ!」

 ルークは、その場に腰を下ろして胡座をかくと、屈託の無い顔でメシュティアリカの法衣の袖を引っ張る。
そんなルークに、メシュティアリカは微苦笑を浮かべながらも彼に続いて、その場に腰を下ろした。


 『譜業』それは、音素を用いた科学技術の総称で、その代表的な物が『音機関』と呼ばれる機械群である。
ルークも屋敷にいる時、音機関好きのガイから、音楽の聴ける箱や芝刈り機などを見せてもらった事があった。
 しかし、メシュティアリカによれば、音機関はそうした小さな機械だけではないらしい。
 馬のいらない馬車、大きな客船、戦艦。そして、なんと空飛ぶ船を、ルークの家であるファブレ家が主体となって作ろうとしているらしいのだ。
 ルークには、想像すらできない話だった。

『精霊』『晶霊』『音素集合体』と呼ばれるものは、おとぎ話だけの存在ではないらしい。
 闇のシャドウ、土のノーム、風のシルフ、水のウンディーネ、火のイフリート、光のレム、そして第七音素のローレライ。メシュティアリカが言うには、それらの存在はどこにでもいるし、どこにもいない、ひどく曖昧で目には見えない。しかし、譜術や譜歌を使う時、確かに何かの『気配』を感じるらしいのだ。

 やはり、外の世界は屋敷の中とは違う。『面白そうな物』が溢れている。もしかしたら、この旅で、それら『面白そうな物』に乗る事も、出会う事もできるかもしれない。
 たしかに不安も恐怖も有る。しかし、今は好奇心の方が大きい。
ルークは、まだ見ぬ広大な世界へと想像の翼を広げ瞳を閉じた。



 メシュティアリカは『精霊』の伝承、逸話に話題を移そうとした。しかし、ふとルークを見ると彼は、うつらうつら……と舟を漕いでいる事に気が付いた。

「……ルーク様?」

「う、うぅん……」

 なんとか返事らしき物を返すルーク。
メシュティアリカは、そんな彼に苦笑しつつ法衣の上着部分を肩から外し脱ぐと、それをたたんで即席の枕を作る。
 そして、手慣れた動きで即席枕を使って優しくルークを横たえる。治癒術士でもある彼女は、こうした事に慣れていた。
 しばらくして、ルークの静かな寝息が聞こえてきた。
海が近い所為か、真夜中だからなのか、風が冷たくなってきた。メシュティアリカは音叉の杖を掲げて静かに聖句を呟く。

「……火炎の子らよ……『アピアース・フレイム』」

 メシュティアリカの足下から簡素な円形の譜陣が地面に描かれ、彼女とルークを中心に第五音素……火の力が集まる。暖かい空気が二人を包んだ。

 これで風邪を引く心配はない。
メシュティアリカは、敵を倒すような譜術よりも、こういう譜術の使い方の方が得意だった。

(あの方のおかげだろう……)

とメシュティアリカは思った。
 それは、神託の盾騎士団第六師団、通称《鋼のカンタビレ隊》、師団長カンタビレ謡士の事だった。彼女は、女性とは思えないほど、威風堂々とした武者ぶりの《鋼》二つ名に相応しい騎士だった。

 しかし、私生活では、かなり……いや、少しズボラな人だった。

『なんか寒い、ティア部屋あっためろ』

『あちぃ……ティア涼しくしろ』

『空気を入れ換えたい。でも寒いから、窓は開けたくない。ティアなんとかしろ』

……という感じで、何故か入団早々、師団長の側付きになってしまったメシュティアリカは、何かと、こき……いや、重宝され譜術の繊細な操作を自然と身に付ける事ができた。しかし、純粋な戦闘技術はさほど上達しなかった。
 カンタビレ謡士曰く

『才能が無いワケじゃないが、性格的に明らかに向いていないね』

との事だった。確かに、実戦訓練での勝ち星は、ほとんどなかった。
 そんな『弱い』自分が、ルークを、こんな何処だか分らない場所から首都バチカルまで、無事に送り届ける事ができるのだろうか?いや、できる、できないの問題ではない。そう……

「やらなければならない。そうする以外にない……」

と思い直したメシュティアリカは、神託の盾騎士団の一員として是が非でもルークを護りぬく事を、改めて心に誓い彼女自身も休息を取るため、ルークの側に腰を下ろした。

 そして、静かに瑠璃色のの瞳を閉じ……

「どうか、ルーク様に、ローレライの御加護を……」

 歌う様に、囁く様に、普段は崇めながらも頼ろうとは思わない『神』に、ルークの為に祈りを捧げた。



 
 前半は詩的な表現を頑張ってみましたが、描いていて恥ずかしかったです。いかがでしたか?

 後半はやたらに固有名詞、造語が飛び交う説明文の羅列でした。解かりづらかったら申し訳ありません。



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第3話 旅の始まり、そしてルークの決意

 
「ルーク様……ルーク様……?」

「う、うぅ……ん。も……すこし、寝かしてくれぇ……」

「そう……ですね。では、もう少し……」

 ……おかしい。いつもならココらで、執事のラムダスか親友のガイ、たまに従姉のナタリアが出て来てたたき起こされるのが『お約束』なのだが……。
 ルークは、寝ぼけた頭の内で首を傾げた。

 しばらくして、ルークはある事を思い出し一気に眠気が覚めた。

(そーいや、外にきたんだっけか……?!)

「待った……待った! 待った! おきる、おきるぅう~っ!!」

 ルークは、ガバリ! と、勢いよく起き上がると同時にノビをして身体を伸ばす。

「おはようございます、ルーク様。良くお眠りになられましたか?」

「あ~まぁまぁ……かなぁ。……つか、メシュティアリカはハヤ起きだな? いま何時くらいだ?」

 穏やかに微笑み挨拶をするメシュティアリカに、ルークは頷くだけで応える。
そんなルークの態度に、メシュティアリカは特に気にした様子もなく微笑み……

「午前六時を少し回った所です」

と、法衣の袂から懐中時計を取出しルークにも見えるようにして答えた。

「マジかよ? 未知の時間帯だな……。いつも、こんなん早ぇのか?」

「はい、まぁだいたいは……。一応騎士なので」

 メシュティアリカは実際には、一睡もしていないのだが、「一々言う事でもない……」と考え、ルークの質問に苦笑しつつはぐらかした。

「ふーん……」

 ルークは、呆れやら尊敬やらが、ない交ぜになった顔をした。

「ルーク様、出発する前にこれを召し上がって下さい」

 メシュティアリカは、腰のポーチから、懐紙に包まれた丸くて小さい物を取出し、ルークに渡した。

「なんだこりゃ? アメか?」

「これは《グミ》と言って、疲れや怪我を癒す事のできるお薬のようなお菓子です」

 ルークは、ふーんと呟きつつ、包みを解き《グミ》とやらを観察する。

「あぁ、コレかぁ。黄色いのと水色のヤツなら、屋敷で食ったコトある。コレはリンゴ味か?けっこーイケルじゃん」

 どうやら、ルークは《グミ》の中でも高級品《パイングミ》や《ミラクルグミ》しか食べた事が無いらしかった。
しかし、一番安い《アップルグミ》も気に入ってくれたらしい。メシュティアリカは、内心ホッとした。
そして、枕にしていた法衣を手早く着直すと、メシュティアリカもグミを一つ口に含む。

「そんじゃ、行こうぜ!」

「はい、参りましょう」

 ルークは居ても立ってもいられないといった様子でそそくさと立ち上がる。
 メシュティアリカは、遊び場に急ぐ子供のようなルークを微笑ましく思いながらも、これからの困難を思い、気を引き締めて、ルークに続いた。

「この花、朝は光らないんだな?」

「はい、それは……ルーク様、止まって……!」

「あ?」

 ルークが草原の草花を眺めながら歩いていると、メシュティアリカが突然、制止の声を上げた。
 彼女は、背の高い草の陰に隠れ、法衣の袂から手鏡を取出し、道の先の様子を窺う。

「魔物です……」

「あれが……」

 鏡には、人の頭ほどの大きさの球根の身体から、鞭のような葉を二本生やした魔物が辺りをしきりに警戒している。

「気づかれているの……? 警戒行動を取ってる……」

「どうすんだ……!?」

 声を抑えながらも、悲鳴じみた声を上げるルーク。一方メシュティアリカは再び、手鏡で様子を窺う。

「このままやり過ごす事ができれば……駄目です。こちらに気づいたようです」

「なにぃ!」

「ルーク様はこの場に! 倒すしか……ない!」

 メシュティアリカは、杖を両手でしっかりと握りしめ、魔物の前に飛び出した。

『KIiii!!』

 メシュティアリカを見つけた魔物は、奇妙に甲高い声を上げ、鞭のような葉を振り回し襲いかかってきた。
 その時、音叉の杖の先端が、メシュティアリカの音素に共鳴し輝いた。彼女は、それを魔物に向けて振り下ろした。
 光の球体が矢のように飛び、正確に魔物を捕らえ、魔物の突進が止まる。
 メシュティアリカは、そのまま畳み掛けるべく、二度三度と杖を振るう。
 魔物は、音素の粒と体液を飛び散らせ、宙を舞い、地面に叩き付けられ、そのまま動かなくなった。

(良かった、なんとかなった……。でも……)

 メシュティアリカは、闘いに勝った事に安堵するも、無惨に倒れた魔物を見つめ……、

「ごめんなさい……」

と一言だけ、悲しげに呟いた。


 メシュティアリカは、大きく静かに息を吐き、呼吸を整える。
と、そこに、ルークが不安な表情で彼女に駆け寄ってくる。

「メシュティアリカ……その、大丈夫……なのか?」

「はい……、大丈夫です。行きましょう。貴方はわたしが御守りします。必ず……」

 メシュティアリカはルークに、「なんでも無い……」事であった様に、努めて柔らかく微笑み返して答えると、杖をもう一度握り直す様に胸の位置に掲げると再び歩き出した。
 ルークは、何となく釈然としない顔をしつつも、何も言わず、彼女に続き歩き出した。


 ルーク達は先ほどの魔物との戦いから、小一時間もしないうちに、新たな魔物と遭遇し戦闘になっていた。
しかも今度は、先ほどの球根の魔物だけでなく、ルークの身長ほどもある体高のイノシシが二頭。合わせて、三体が同時に襲い掛ってきた。
 メシュティアリカは、杖だけでなく、法衣の下に隠し持っているナイフを取出し、迎え撃つ。
 彼女は、先ほどの戦闘の焼き直しのように、音素の矢だけで球根の魔物を倒す。しかし、そんな事には目もくれず、イノシシは彼女に向かって猛然と突進してきた。
 メシュティアリカも、音素の矢とナイフを同時に放つが、イノシシの針金のような体毛と強靭な筋肉に阻まれ、突進の速度を緩める事しかできない。
 メシュティアリカは、とっさの横跳びで突進の軌道から逃れるが、体勢を整える前にもう一頭のイノシシが、彼女目がけて突進してきた。

(しまった……)

 メシュティアリカは、直撃を覚悟したが、イノシシの体当たりが彼女に届く事はなかった。
 地を這う衝撃の波が、イノシシの右前脚を弾き、前のめりに転倒させ、鼻を突進の勢いそのままに、したたかに地面に叩き付けた。
 その時、緋色の突風が、メシュティアリカの横をすり抜け、イノシシに激突した。火薬のような炸裂音と共に、イノシシが断末魔の声を上げ、2メートルほど地面を転がり、ぐったりと動かなくなった。

「ル、ルーク様……! 何故……? いけません!」

 そう、緋色の突風はルークであった。木剣を左手に下げ、イノシシを吹き飛ばした右手を突き出したままの姿勢で固まっている。

「ルーク様……?!」

「つっ……何でもねぇ! 来るぞっ!!」

ルークは、何かを振り払うかのように頭を振り、木剣を正眼に構え、メシュティアリカを庇うように前に出る。
イノシシは、大きく身体を揺すり方向転換すると、ルークと対峙し、荒い鼻息をし、小気味よく後足で地面を蹴って調子を取る。全力勝負というわけらしい。
 しばし睨み合う両者。先に動いたのはルークだった。

「うおぉらぁぁぁ!!」

 ルークは、一気に敵との間合いを詰める。
 イノシシも負けじと突進する。
 あわや正面衝突という瞬間、ルークは身体をコマのように回転させ、上半身の力と回転の勢いを乗せて、イノシシの脇腹目がけて木剣を叩き付けた。
 イノシシはバランスを崩し、横転した。

 イノシシは体勢を立て直そうとするが、メシュティアリカがその暇を与えなかった。
 メシュティアリカの音叉の杖が先ほどより大きく鳴動する。彼女は、両手で強く握りしめた杖を槍のように構え、イノシシを突いた。

 それは、言うなれば、『音の爆発』。

 要領は音素の矢と同じだが、威力は段違いだった。
もっとも……音素を溜める事、そして相手の動きを封じる事が出来なければ、メシュティアリカには使えない技。
つまりは、誰かに護って貰わねばマトモに当てる事すらままならい不完全な物だった。

 その『音の爆発』を喰らったイノシシは鞠の様に転がり、近くの岩にぶつかって、ようやく止まった。

 イノシシは死んではいない様だった。しかし、白目をむき泡を吹いて痙攣している。
しばらくは動く所か立つ事もままならないであろう。

「もう大丈夫な様です。ルーク様……助かりました。でも、あんな危険な真似……貴方にもしもの事があったら……」

 メシュティアリカは、他に魔物の気配がない事を確認して初めて構えを解き、『助太刀』に頭を下げつつも、強めの口調でその軽率さを嗜めようとするが……

「う、うるせぇ……! 女の後ろに隠れっぱなしなんてダセェ事デキるかよ!! 母上が、男は女を守るモンだって言ってた! それにオレはヴァン師匠の一番弟子だ!護ってもらうほどヤワじゃねえ!」

というルークの言葉に、後を続ける事ができなかった。

「ルーク様……」

「それに……オマエ魔物に近付かれたトタン、動きがゼンゼン悪くなったぞ! もし、オレが戦わないせいでそーなってて、オマエに何かあったら……なんかイヤだ! ……じゃなくて、師匠がイヤな思いをするだろ! オレも合わせる顔がないみたいな?!」

 途中で気恥ずかしくなってきたルークは、『自分本意』に聞こえるよう取り繕うとするが、あまり成功していなかった。

「確かに……わたしは戦いがあまり得意……いえ、苦手です。音律士は本来、仲間達を戦い易いように、傷付かないように、傷付いても癒すために、譜術を行使するのが役割ですから……」

 自身の無力さを恥じる様に少しうなだれ、メシュティアリカは自身が『弱い』事を告白する。

「だったら!!」

「それでも。わたしは『騎士』です。自身が弱い事を理由に、本来『護られるべき御方』に護っていただく様な真似は出来ません……!」

「……なんだよソレ? ワケ解んねぇ……。オマエがナンて言おうとオレは戦う! 勝手に戦うからな! オマエが『騎士』とか『弱い』とか知らねぇし!! 護る護られるなんか考えない! カンケー無いね!」

 真っ直ぐな眼差しで凛然と言い放つメシュティアリカに、ルークは負けじと噛み付かんばかりの勢いで叫び返す。

 睨み合うルークとメシュティアリカ。

 二人は、全く目を逸らそうとしない。

 そして、先に折れたのは……視線を逸らしたのは、メシュティアリカだった。

「解りました……。確かに、わたしでは貴方を護りきる事は出来ません。協力……していただけますか?もちろん、わたしも全力で貴方を支援いたします」

「よっしゃぁ! まかせとけ!!」

 微笑みつつも不安を隠しきれない複雑な表情のメシュティアリカと、屈託の無い頼もしい笑顔のルーク。

 こうして、この時、本当の意味でルークとメシュティアリカの『二人の旅』が始まった。



 最初の戦闘の回でした。「魔神拳!」など技名を叫ばせず、ト書きの描写だけで、頑張ってみました。いかかがでしたでしょうか?
 分り辛かったら、すみません。


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第4話 大切なペンダント

 

 ルークは、『シャープネス』という譜術によって音素の刃をまとい力を増した木剣を振るい、イノシシ(サイノッサと言うらしい)を打ち据える。
 キュウコン(こちらはプチプリと言うらしい)が、鞭のように葉を振り回し体当たり気味にルークを打ち据える。しかし、譜術『バリアー』によってルークの全身を覆う音素の障壁に阻まれ、ルークの肌を切り裂く事はできなかった。受けた右腕に薄っすらと赤い線ができるのみ。
 ルークはそれを無視して、プチプリを木剣で殴り倒す。
 最後の一匹のサイノッサが、力強い四肢を駆使してルークに突進するが、譜術『ディープミスト』によって、視覚を惑わされ、ルークにではなくその後方の大木に激突した。
 目を回すサイノッサに、ルークが一足飛びに接近し、大上段から渾身の木剣を打ち下ろす。
 着地と同時に、木剣を返し全身のバネを総動員して身体ごと剣を跳ね上げる。
 サイノッサは、妙にか細い声を漏らし、その場に倒れ伏した。
 ルークは、慎重にサイノッサに近づき、木剣の先でつつき安全を確かめる。

「どうだ!! これがヴァン師匠直伝のオレの剣だ!!」

 ルークが、誰に言うでもなく、威勢良く吠えた。
 正直に言えば、逃げ出したいくらいほど怖かった。しかし、ルークは逃げなかった。そして勝った。メシュティアリカの譜術があったからだ。彼女がいたから勝てた。
 なるほど、『音律士』『第七音素譜術士』と特別な名前で呼ばれる事も納得できる。彼女のような能力を持った人物がいるか、いないかで戦い方がだいぶ違ってくるだろう事は、戦闘の『素人』のルークにも分った。
 しかし、当のメシュティアリカは何やら浮かない顔をしている。未だ、ルークが戦う事に納得しきれていないのだ。
 ルークは、そんなメシュティアリカの様子には気付かず、

「じゃっ、行こうぜ」

と歩き出すが、数歩進んだ所で彼女が立ち止ったままだという事に気が付いた。

「お、おい? どうしたんだよ? ボゥっとして……まさかどっかヤラれたのか!?」

「え?あ、いいえ! 違います。大丈夫です……」

「ホントかよ……?」

 ルークは、メシュティアリカの身体をジロジロ見回し、傷がない事を確認すると、少しほっとした。

「じゃあ、どうしたんだよ?」

「いえ……その……わたしはこんなに弱かったんだ……と思いまして……。少し落ち込んでいたんです」

 それはルークにとって意外な答えだった。

「いや、弱くねえだろ。三、四匹出てくるまで投げナイフとか光の弾とかでスゴかっただろ? カッコよかっただろ?」

 ルークは、思った事を素直に口にするが、メシュティアリカは困った様に苦笑するばかりで、その顔色は晴れないまま彼女は口を開く。

「はい、あれには……わたしも自信が有ったんです。少しだけですけど……。でも、思っていたほどで出来なくて……戦えなくて……。この辺りの魔物は、あまり強い部類では無いはずなんですが……」

 『あまり強くない』?

 ルークにとって聞き捨てならない台詞が聞こえたが、今はあえて無視することにした。メシュティアリカを元気付ける方が今は先決だ。

 何か不自然にならず、彼女を元気付ける話題は無いだろうか?話題をそらす材料でも構わないのだが……、ルークは考える。

考える。

さらに、考える。

 その時、ルークは右手に何らかの違和感を覚えた。見ればそれは、先程の戦いで魔物から受けた傷……というより赤い線状のアザであった。
この程度の傷など、剣の修行をしていれば日常茶飯事で全く気にならない。

 しかし、ルークは胸中で「これだぁ!!」と、今はとりあえず自身の未熟を脇に置いて歓声を上げた。

「イッテェ~! なんか知らんけどイテェと思ったら、あん時かぁ~!? オマエ、ケガ治せんだよな?! 治してくれよ!!」

 多少、大げさに早口でまくし立てルークはメシュティアリカに右手のアザを見せる。

「は……はい! 少しじっとしてください。……癒しの光よ……『ファースト・エイド』」

 メシュティアリカがルークのアザを両手で覆う様にかざし聖句を唱える。
すると、淡い翠色の光が彼のアザを優しく包み、たちどころにアザを消してしまう。アザが有ったなど嘘のようだ。

「おぉ! 治癒術はベンリだな! 師匠とはホーコーセーつぅのか? ホーコーセーが違うスゴさだな!」

 ルークは、早口ではあるが、素直にメシュティアリカの譜術を称賛した。

「ふふ……これくらいは、治癒術士なら誰でもできる事なので。そこまで凄くは……」

「オレはデキねえぞ! だから、やっぱスゴいんだと思うぜ!」

「ルーク様……」

 ルークは、メシュティアリカの謙遜……と言うより自己否定を真っ向から封殺し、

「王族の仕事もメイドやコックの仕事もホーコーセーが違うだけでジョレツ? を付ける事はできない、しちゃいけないって、師匠と母上が言ってた! だから……その……ケンソンだか何だか知らねえけど……逆にイヤミっぽいんだよ! ウゼェんだよ!! だから……やめろよ。オマエはスゲェで良いだろ?!」

と続けた。
 始めこそ真っ直ぐに彼女を見詰めていたルークだったが、言葉を紡ぐにつれて視線が上下左右に泳ぎ、口調と言い回しが荒くなっていく。しかし、メシュティアリカには、心から自分に感謝し、尊敬を抱いてくれている事が分かった。

「ルーク様……。ありがとうございます」

「ん。……ん? いや、礼を言うのはオレのほうじゃねえ?」

「ふふ……いいえ。わたしの方ですよ」

「ア、アホな事言ってねえで、さっさと行くぞ!」

「はい……」

 ルークは照れくささが限界に来て、逃げるように歩き始めた。
 メシュティアリカは、そんな彼の不器用な態度に微苦笑しつつ、後に続いた。



「おらぁぁっ!!」

 気合一閃。
ルークはサイノッサの額に交差法気味に踏み込み、それと腰の捻りで威力を増した木剣を叩き付ける。
 譜術によって強化されたルークの剣は、魔物を一撃で昏倒させた。

「どーだ! なんとなく『コツ』がワカってきただろ?オレ!」

「はい……、無駄な動きが段々となくなってきています。でも、『慣れはじめ』が一番怖いんです。油断大敵です……」

 木剣を掲げて、はしゃぐルークにメシュティアリカは、その実力を評価しながらも注意を促す。

「ワカってら! 師匠が『ユダン』するトコなんて想像デキねーしな? 師匠の場合『ヨユー』だろ? やっぱ。オレもいつか『ヨユー』を感じさせる剣士になるぜ! よし! 行こうぜ!」

 ルークは、ムッとした顔をするも、すぐに屈託無い笑顔に換えて、未来への夢を語り元気よく歩き出す。

 ……と、その時ルークは爪先に何か光る物を見つけた。
ただの石ころではない様だった。思わずのぞき込むと、それは……

「ペンダント……?」

 だった。

 特徴的な薄紫色の宝石が美しい首飾りだった。拾い上げてみると吊り紐が切れてしまっていた。

「あ、それは……」

 メシュティアリカは自身の胸元と、ルークの持つペンダントを交互に見る。

「なんだ、オマエのか? ほらよ」

 ルークは、特に気にする様子もなく気軽に手渡した。

「良かった……ありがとうございます。ルーク様……」

 メシュティアリカはペンダントを大切そうに押し抱き、ルークに深々と頭を下げた。

「お……おう、別に拾っただけだし……。そんなに大事なモンなのか?」

 ルークは、予想以上の感謝のされように困惑するも、そのペンダントに興味を抱いた。

「はい、大切な御守りです」

「オマモリか……良かったな。無くさなくて」

「はい、本当にありが……」

「やめろって! 何べんも礼を言われる事じゃねえだろ。ウザイって……」

ルークは、やや乱暴な口調で、そっぽを向く。

 そして、メシュティアリカは少し考え込み……

「ええと……助かりました……」

「ん……ん? それも礼だろ?」

「……そうでしょうか?」

 二人は揃って首を傾げた。

「ま、いいか! 『もちずもたれる』ってヤツだ! 仲間だしな!」

「もちず……? ああ、『持ちつ持たれず』ですね?」

「そうとも言うな……。イイんだよ! 意味は知ってんだから! よし、いくぞ!」

 ルークは、快活にフォローしつつ話題を切り上げる『時々ことわざを交えて明るく話す賢く優しいオレ』の演出に失敗した彼は、屋敷に戻ったら真っ先に国語辞典を読もうと心に誓い、再び歩き始めた。

 ルーク達は、魔物と戦い、時には逃げ、隠れてやり過ごしたりと、確実に渓谷を下って行く。
 次第に森の木々が疎らになっていく。

「もう少しです。後は街道に出る事ができれば、ここがどの辺りなのか分るはずです。」

「やっとかよ……でも、これでまたツマんねえ屋敷の中に逆戻りか……。おもいっきり遠くだったらイイのに……」

「ルーク様……早くお屋敷に帰れれば、それだけ早く公爵様、お屋敷の方々は安心なさいます。きっと、それが一番ですよ……」

 確かに魔物は恐ろしい。しかし、ルークにとっては、その『恐怖』と言う感情も屋敷では到底味わえない『新鮮』な物だった。
 メシュティアリカの言う事も分る。父であるファブレ公爵が狼狽える様など想像できないが、従姉のナタリアは勿論、親友のガイ、庭師のペール、メイド達は泣いているかもしれない。母のシュザンヌに至っては、ショックで寝込んでしまっているかもしれない。

 しかし、一度『新鮮な刺激』を体感してしまったルークに、成人までの三年間が耐えられるだろうか?
 だが、国王である伯父インゴベルトの言い付けは絶対だ。ルークのワガママで、両親がお咎めを受けるかもしれない。
 ルークは、耐えるしかない事だと思った。
 そして、同時に『怖いけど、できるだけゆっくり帰りたい』と言うのがルークの素直な気持ちだった。
 ルークは、今は考えても仕方がないと頭を振り話題を変える事にした。

「トコロでさっ……もしもの話、ココがマルクトだったらどうする?」

「それは……困りますね。マルクトには、ファブレ公爵に恨みを持っている人も多いでしょうから……ルーク様を狙って……という事も……」

「マジでか……!?」

 想像に反して、重い話題になりそうな事に驚くルークだったが、彼はめげなかった。

「そ、そ、そうなったら……ヤバいしさぁ。ケーゴやめねぇ? 前に読んだ本で主人公のヤツら、そうやってミブン隠してたんだよ」

「は、はあ。でも……」

 メシュティアリカは、突然の提案に困惑するが……、

「イイじゃねぇか。『仲間』だろ、オレら? バレてフクロにされるよりイイだろ? 命令だぜ」


「……解りました。じゃなくて……解ったわ。もちろん私的な場面だけです……だけよね? ルーク……」


 苦笑しながらも、ルークの提案に納得したメシュティアリカは、彼を呼び捨てにし、敬語を止めて微笑み掛けた。

「お、おう……」

 ルークは自分が言い出した事にも関わらず、照れくさくなり、そっぽを向いた。

「わたしの事は『ティア』と呼んでくだ……呼んで。親しい人は皆そう呼ぶから……」

 と、微笑むティアに、

「お、おう……」

 と、ルークは、目を合わせる事なく頷いた。

 と、そこで、柔らかで控えめな朝の陽光がルークとティアを優しく包んだ。森を抜けたのだ。

「やっと出口か……?」

「その様です……様ね」

 ティアが頷いたちょうどその時、小道から水桶を抱えた眠そうな顔の中年男が現れた。

「ふぁ……? なんだアンタら? こんな朝っぱらから、こんなトコで……まさか! 《漆黒の翼》か!? ……なんてな。盗賊みたいな連中が、こんな早起きなワケないよな。あははは!」

 中年男は、一人で勝手に冗談を言って、一人で勝手に笑う。
そんな男の『盗賊』発言に、ルークはかなり「カッチーン!」ときたが、隣のティアに「まぁまぁ、おさえて、おさえて……」という微苦笑に免じて、とりあえず黙っておく事にした。

「わたし達は怪しいものではありません。ただ、道に迷ってしまいまして……。ここから首都へは、どう行けば良いのでしょうか?」

「首都?ここからじゃ首都までは、かなりあるぞ。歩いて行くのはキツイんじゃないか?でも、ちょうどイイ事に、俺は辻馬車の馭者だ。終点は首都だぞ?」

「マジか?! ヤッタなティア! ノっけてもらおうぜ!!」

願ってもない事だった。色々な物を見たいのは山々だが『安全』には換えられない。

「そうで……そうね。この辺りの土地勘がないので、お願いできますか? ところで、その……」

 ティアも馬車を使うの事には異論はないようだが、何やら言いよどみ、

「おいくら位……? あまり持ち合わせが無いので……」

と恥じ入る様に尋ねた。

「首都までとなると、一人一万二千ガルドだが、どうだ?」

「う……」

 公爵邸から、『着のみ着のまま』飛ばされてきたティアにとっては、とても払えるはずのない大金であった。
 ティアは、しばし考え込むと、何かを決意するように頷き、先程ルークが拾った『大切なペンダント』を取り出し……

「これでも乗せて頂けますか?」

と馭者に手渡した。

「へぇ、これは大した宝石だ。よし、乗せよう」

「ちょっと待った! おい、ティア! それ大事なモンなんだろ!?」

 ルークは、ティアの行動に驚き、大声で馭者との間に割って入った。

「首都に着いたら、ウチで払うよ。だからソレは止めとけ。なっ!?」

「そうはいかないよ。前払いでないと……」

「あぁん! このオレが乗り逃げするってのか! コラァ!!」

 ルークは、ティアを苦笑して止めつつ、馭者を睨み付け、ドスのきいた声で脅した。

「ルーク……そんな言い方をしては駄目よ。今は、あなたの安全の方が重要です。ペンダントよりずっとね」

 ティアは、馭者に詰め寄るルークを、諌め、微笑みかけた。

「でもよぉ……」

「ありがとう、ルーク。大丈夫だから……。馭者さん、お願い致します」

 今度はティアがルークと馭者の間に入り、馭者に頭を下げた。

 と、その時である。

「そりゃあ、『スタールビー』かの? しかも薄紫色、こりゃまた珍しい。小豆色や真っ赤な物は、よく見るし、赤みの強い方が装飾品としては高価だが、『護符』としては薄紫が一番だ……」

 それは、初老の男の声だった。変わった服を着て、腰に剣を差した男が、馬車があるであろう道の向こうからこちらへ歩いてきていた。そして、ティアのペンダントの『目利き』を続ける。

「それ位の物なら、その筋の店に持ち込めば、十万ガルドは、軽かろう……」

 男は、腕を組み、うんうんと一人で納得している。

「つまり、何が言いたいのかと言うとの……」

 男は、不敵に笑い、子供のヤンチャを諌めるような声音で、馭者に『びしり』と指を差し、

「『あこぎな商売してんじゃねぇ!!』って話だの。あははは」

と、朗々と言い放った。



 ティアのペンダントのエピソードがメインでしたが、いかがでしたか?

 知り合ったばかりの主人公とヒロインの関係性を深めるためには、なかなか理想的な場面だと思うのですが……

 何故、原作のシナリオは、
『気遣いのできないルークは駄目で傲慢な奴』

『大切な形見の品を手放す健気で優しいティア』

という展開に終始しているのか、私にはちょっと分りません。

 ガイ曰く、
「上辺の優しさしか解らないのはガキの証拠」
 
らしいですが……

 自分が正しいのであれば、どんな場合でも、誰にでも、気が付いてもらえると考える方が幼稚だと、個人的には思います。

 良かれと思ってした事や言った事が他人を酷く傷付ける事があるのだと思います。


 二人が睦まじくあるためには

 正しいことを言う時は

 相手を傷つけやすいものだ
 
 と気がついている方が良い

 と歌う詩が有りました。私事ですが、私はとても感動しました。

 興味がありましたら、『祝婚歌』で調べてみて下さい。


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第5話 ティア、痛恨の失敗

 

「その首飾り……随分前に流行ったモンだ。富裕層の方々の間で『我が子の無事な誕生と妻の健康を祈って』っての。わしもあやかって亡き妻に贈ろうとしての……手持ちが足りずに、安モンの指輪に名前を彫ってもらうので精一杯……。あの時の店員殿の“渋さ”と言ったらのぅ! あははは」

 突然やって来た男は、突然遠い眼をして語り始めた。顔を赤らめたり、苦笑したり、頷いたりと、何とも口のよく動く男だった。

 ルークは「屋敷の外のおっさんって皆、こんなかよ? ウゼェ……」と思い始めた。
 ティアの方は男の話よりも、男の風体の方が気になった。顔はよく日に焼けていて、髪は白髪の多くなった黒髪を短く刈っている。そして、顔に深く刻まれた『笑い皺』がこの男の人柄を明確に示しているが、農民と言われたら、そうとしか見えない平凡な顔立ちだった。体格も中背で痩身と平凡だ。
 しかし、男の服は、変わっていた。直線的な裁断と縫製が特徴的な古代民族の伝統衣装だった。そして、腰には刃渡り50cm強ほどの軽く反りのある細身の剣を差している。なんとも珍しい恰好だった。

(確か……『キモノ』と『カタナ』だったかな?)

 ティアは、直属の上司カンタビレ謡士が、似た服を部屋着として着ていたの思い出した。「だらしないなぁ……」というイメージしかなかったが、それはどうやら、着ている本人に問題があったらしい。
 それはさておき、男の話は佳境に入っていた。

「まず、お嬢さんの様なお若い方が、持とうと思って持てるモンじゃあない。……ずばり『その首飾りは誰かからの贈り物。もしかしたら大切な形見の品?!』って話だの。どうかの? 当たらずとも、遠からずだろう?」

 男はにやり、とティアに笑い掛ける。

「それは、その……」

 ティアは、思わず口籠った。確かにこのペンダントは『兄から贈られた母の形見』だったからだ。

「本当かよ? そんな大事なモンを……! やっぱナシだナシ! アト払いだ!!」

 ルークは、ティアを咎めるように睨むと、馭者に向かって声を荒げた。


「まぁ、お前さんも食い扶持がかかってんだ……『あんま突っかかるのも可哀想』って話だ。と、そこで相談なんだがの、ご両人」

 男は馭者をルークから庇う様に立ち、彼の肩を気安く叩きつつルークとティアに人の良い笑顔を向けてきた。

「なんだよ……?」

「……なんでしょう?」

 ティアはもちろんの事、流石のルークも男を警戒するが、当の男は気にする様子も無く続ける。

「とりあえず首都に向かうのは、ひとまず諦めて『払えるだけ払って、行けるトコまで行く』ってのは駄目かの?」

 妥当な提案だった。ルークとティアは、肩透かしを食らった気分になった。

「いくら位なら出せるのかの?」

「ええと、これだけ……千ガルドです」

「オレは、百ガルド有った……」

「オヤジィ、どうかの?」

 ティアは法衣の袂から財布を取り出し、ルークはズボンのポケットから、コインを一枚取り出した。

「あ、あぁ……、これだけあれば、次の街まで行けるなぁ」

 二人の手のひらを覗き込み頷く。

「そんで、その街で首都の知り合いに手紙を出して、迎えか路銀を送ってもらうって寸法だ。もしくは、お嬢さんは教団の人の様だからの、そこの教会に駆け込むって手もある」

 男は満足そうに頷きながら『代案』を続けて出していく。
ルークとティアにとっても、特に文句の無い案だった。

「あのう……馭者さん。これで改めてお願い出来ますか?次の街まで……」

 少しバツが悪そうに再び頭を下げるティア。

「あ、あぁ良いぜ。そうだよな。形見は大切にしなきゃなぁ」

 馭者も同じくバツが悪そうに苦笑しながら、快諾する。

 しかし、この時のティアは『何処だか分らない場所に飛ばされた』事と『公爵子息を自分だけで守らなければならない』という事で、自分自身では気が付かない程度、混乱していたのだろう。
そして、魔物の巣を掻い潜り、ようやく人間に出会い、なおかつ馬車で移動できると聞けば、『気が抜ける』のも致し方ない事だろう。
 本来の彼女なら、首都までの馬車代を聞いた時点で、この渓谷の細かな地理を確認しただろう。そして、『首都』という、ある種曖昧な言葉ではなく『王都バチカル』と回りくどくとも念を押したかもしれない。
 こんな小さな行き違いが、ルークとティアの旅をより困難にする事をこの時の二人が知る由もなかった。



 朝の澄んだ空気を掻き分け、山道を抜け、大きな橋を渡る辻馬車。
 ルークは馬車の中で寛いでいた。馬車に乗るのは初めてだったが、なかなか快適である。これで『馬のいらない馬車』だったら「言う事なし!」……だったのだが。

「そういや、ご両人。自己紹介がまだだったの。『ここで会ったのも何かの縁、一期一会と行こうじゃないか?』って話だの。わしはイシヤマ・コゲンタってケチな野郎だ。ちなみに、イシヤマが家名で、コゲンタが名前だの」

と、世間話(もっともルークとティアはもっぱら聞き役)をしていると、イシヤマ・コゲンタが唐突に自己紹介をしてきた。

「ああ、そーだっけ? オレはルーク。ルーク・フォン……」

 ルークが名前に続けて、家名を名乗ろうとした瞬間、耳をつんざく爆音が響き渡った。

「なんだぁ!!?」

 ルークは外を見ようと慌てて窓に飛び付いた。
 次の瞬間、ルークの目に凄まじい光景が飛び込んできた。
 この辻馬車の大きさの十倍、高さにして三倍はあろうかという巨大な陸上戦艦が一隻、一台の馬車を追跡していた。
 甲板に設置された譜業砲が火を吹き、砲弾が馬車に襲い掛かる。しかし、馬車は、右に左に、と見事な動きで砲撃を躱し、凄まじい速さで戦艦を引き離していく。

「高速小型哨戒艦……速い。でも……」

「ありゃあ『漆黒の翼』とか言う盗人だの。自動四輪車とは、また珍しいモンを。しかも、動かしておる奴、盗人にしておくには勿体ない動きだの」

「自動? もしかして、あれが『馬のいらない馬車』か?! スゲェな! 戦艦より速ぇなんて!」

 小回りの利く小型艦といっても、大型艦に比べての事である。瞬間的な加速性能と旋回性能では自動四輪車に分がある。その上、駆動系が極限まで改造しているのに違いなかった。
 自動四輪車は、先ほどルーク達が渡った大きな橋に、ほとんど減速せず飛び込み、渡って行く。
 自動四輪車は、橋の中ほどに来た所で大きな円筒形の何かを荷台から次々と吐き出していく。
 次の瞬間、光った。
 そして、空間を揺さぶる轟音。しかし、爆風はほとんど感じなかった。
 光に驚き、目を閉じていたルークは不思議に思い、慎重に目を開け様子を窺う。
 見ると、六角形の光の板が、蜂の巣状に組み合わさり半球を作り、辻馬車を覆っていた。

「今日は珍しい物の大行進だの……。見世物ではない本物の『譜歌』を間近で見られるとは、御見それ致した音律士殿」

 コゲンタは目を見張り、ティアに頭を下げる。

「……いえ……、た……いし……」

 答えたティアの声が擦れていた。「コホン」と少しむせたように咳き込む。

「ティア! 大丈夫か!?」

「ええ……ありがとう、ルーク。少し難しい『譜歌』を慌てて使ったから、喉がびっくりしたのね。きっと……」

 冗談交じりに笑って誤魔化すティアをこれ以上追及するのは気が引けたが、ルークには、まだ少し喋りにくそうに見えたので、言わずにはいられなかった。

「ムリして使わなくたって、大丈夫だったかもしれねぇんだから……。これからはムリすんなよ」

「……そうね。ありがとう、ルーク。でも、『やらずに』後悔するより、『やっておいて』後悔する方が良いじゃない? ……ええと? なんて言えば良いのかな……?」

 ティアは、ルークの心配をありがたく思いながらも、ティアは首を横に振る。

「要するに『備えあれば憂いなし』って話ですかな?」

「あ、そういう感じです。無理しないといけない時もあるから……。とにかく、わたしは大丈夫」

 ティアは、ルークの気遣いを突き返すような形になってしまった事を後悔しながら、微笑んだ。

「チッ……ワケわかんねぇ。勝手にしろよ……」

 不承不承といった様子ではあったが、ルークはとりあえず矛を収めた。

「先程は危ない所を、誠にかたじけない。改めてお名前を伺いたい、音律士殿。拙者、エンゲーブのイシヤマ・コゲンタと申す」

「ええと……ご丁寧にどうも。メシュティアリカ・グランツと申します。ティアとお呼び下さい。……え? エンゲーブ……?」

 コゲンタの、先程までの気さくな態度とは全く違う折り目正しい言動に、ティアは恐縮するがある事に気が付き、身体が固まった。

「なぁ、エンゲーブってなんだ?」

「村の名前でしてな。野菜やら、果物やら、家畜を育てて世界中に売りさばいている『食料の村』と言った所で、村と言っても、そこいらの街より規模は大きいですぞ」

「ふぅん……、知らねえな」

「あははは」

 ルークとコゲンタが、何か話しているのは分ったが何を言っているのか、ティアの頭には入ってこなかった。

「しかし、漆黒の翼の奴ら無茶苦茶しやがるの。『ローテルロー橋』が落ちてしまった。あれでは、直すのにどんだけ掛かるか?」

「大事な橋だったのか?」

「そりゃあ……、あれが無けりゃ向こうの大陸に行くには海路しか無くなってしまいますからの」

 少し待って欲しかった。そう、ティアは色々な事を待って欲しかった。今向かっているのが、エンゲーブ方面だとして、あの壊れた橋が『ローテルロー橋』だったとしたら、『目的地』とは、逆方向だった。
 ティアは、根本的な部分で自分が勘違いをしている事を理解した。
 つまり、ここは……

「マルクト……? 向かっているのは……首都は首都でも……帝都『グランコマ』……?」

「うん? どーした? ティア?」

 ティアは今すぐ、ルークに土下座してしまいたい衝動をこらえ、絞り出すように言った。

「ルーク、ごめんなさい。間違えたわ……」

 



 オリジナルキャラクターの本格登場の回でした。
 何故、このテイルズに似つかわしくないとさえ思えるキャラを登場させたのか説明させていただきたいと思います。
 アビスのパーティーに足りない物は何だろう?と考えると、『共感』と『人生経験』そして『鷹揚さ』だという答えが出ました。
 『共感』は、まるで別人のティアに任せるとして、彼女にも足りない『人生経験』を補い、悪い意味で潔癖なパーティーの狭量を補える人物が必要だと考えました。
 ジェイドは、『人生経験』があるんじゃないのかと思えますが、おそらく、人間と関わっていた時間より、試験管を眺めていた時間の方が長いようなので、少年と大して変わらないと私は思います。
 また、ガイは、『鷹揚』じゃ……と思えますが、彼は、自分の価値観に執着し過ぎていて、視野が狭くなっているような言動が多いと私は思います。

……またやってしまいました。スピーチと何とかは短い方が良いと言いますので、この辺で。
 


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第6話 旅は道連れ世は情け

 
「えっ? じゃあ、ここ……マルクトなのか?」

「ええ……そうなの……」

 「きょとん」と聞き返すルークに、ティアはうなだれる様に頷いた。ルーク達は一旦、街道の路肩に馬車を止め、ティアの話を聞いていた。

「……では、首都は首都でもキムラスカのバチカルに行かれるつもりだったと……?」

「はい……、そうなんです……」

 バツが悪そうに頭を掻くコゲンタに、ティアはさらにうなだれる様に頷く。

「そんじゃあ……悪い事をしちまったなぁ」

「はい……そう……じゃなくて! ちがいます! しっかり確認しなかった、わたしがいけなかったんです!」

 本当にバツが悪そうに頭を下げる馭者に、ティアはうなだれる様に頷いてしまいそうになるが、慌てて首を振った。相当、堪えている様だ。

「じゃあ、どうする? エンゲーブの旦那が言ったみたいに次の街まで乗っていくか? 予定通り……」

「そうですね……でも、今は情勢が情勢なので、バチカルに連絡が着くかどうか……」

「あぁ、そうだよなぁ……」

 ティアは、馭者の質問にも、一応受け答えをしているものの、「どうすれば良いのか分らない……」と言うのが正直な所だった。

「しっかし……、迷いに迷ったモンだの? バチカルに行くつもりがタタル渓谷とはなぁ。あははは……」

 コゲンタは、苦笑しつつ率直な疑問を述べた。

「ち、致命的な方向音痴だったんですね……。多分……わたし」

 ティアは、それに『バチカルから超振動で飛ばされて来た』という事を誤魔化すためとはいえ、少しオカシな言い回しで応じる。やはり、堪えているようだ。

「えぇと……、トチカンねぇし! しょ、しょうがねえよ! なっ?! ハハハ」

 ルークは、うなだれているティアを気遣い、努めて明るい調子で笑うが、ティアはそんなルークを見て、さらに沈痛な表情になる。

「土地勘がなくても、場所を特定する方法は知識としては知っていたのに……わたしはそれを活かせなかった。例えば、あの光る花『セレニア』と言うのだけれど、音素の濃い場所、自然界では『セフィロト』くらいでしか、あんなに咲かないの。それに、『セレニア』咲いていられる環境の『セフィロト』はマルクト側にしかないの……。よく考えれば分る事だったのに……わたし……」

 ルークの解らない単語が飛び交っているが、ティア自身あくまで『自分が悪い』という事を譲る気が無い事は、ルークにでも解った。
しかし、ルークも食い下がる。

「……ヘッ! 屋敷の外を見て回るなんてメッタにデキねえし! むしろ望む所なんだよ! マルクト? イイじゃねえか!ジョートーだよ!! だからそんな顔すんな! あと、謝んなよ! ウゼェから!!」

 ティアの態度は『騎士』という立場からくる責任感だという事は、世間知らずのルークにも理解できた。
 しかし、なんとなく癪に障った。まるで、自分が『頼りにならない』『弱い』『対等ではない』と突きつけられているようで、癪に障るのだ。そして、ルークは真っ直ぐにティアを見据え吠えた。

「ルーク……ありがとう」

「ん……」

「どんな事をしてでも、あなたを連れて行くから。協力してくれる?」

「任せろって……頼りにもしてる『持ちつ持たれず』だろ?」

「ありがとう、ルーク」

「だから、ウゼェって」

 今の二人を、傍から見れば『余人には侵しがたい二人だけの世界』を作り出しているように見える。
 もっとも、二人は『いきなり外国に放り出された』のだから、当然と言えば当然ではあるが……。しかし、そんな事情があるとは、つゆ知らない『若い二人の世界から存在を抹消された(と本人達は思っている)』おっさん二人は、「ダアトからの愛の逃避行!?」「どこかの貴族の御家騒動!?」「君と響き合う物語!?」「心が出会う物語!?」等々、好き勝手な想像を巡らせて、こっちはこっちで盛り上がっていた。

「まぁ……なんとなく甘酸っぱい感じで、話がまとまった所で、年寄りから提案なんだがの?あははは」

「甘酸っぱいってなんだよ?! 甘くも酸っぱくもねえよ!」

 照れくさそうにバツが悪そうに、コゲンタが『若い二人だけの世界』に侵入を図る。
しかし、ルークは間髪入れずにコゲンタの物言いに突っかかる。

「もし、良かったらエンゲーブに来んかな? 村を上げての歓迎ってワケにはいかんがの。もちろん、手紙も出せるし、教会もある、すぐに路銀になりそうな仕事も当然ある。まぁ『急がば回れ』って話だの。あははは」

 コゲンタは、ルークをいさめる様に屈託なく笑って朗々と言い放った。

「歩いてエンゲーブに行くぜ。観光がてらさ」

 ……という事で、ルークとティア、そして、お節介な変なおっさんイシヤマ・コゲンタは、辻馬車を降り歩いてエンゲーブへ向かう事にした。
 もちろん、コゲンタは馭者に「差額払い戻せよ」という話を忘れない。ルークは、その時の馭者の何とも言えない複雑な表情を見て、『哀愁』という物を感覚的に理解した。

 それはさておき、ルーク達三人は、『食料の街エンゲーブ』に向かい、東ルグニカ平野を東へとゆっくり進んでいた。
 その道のり、『明るい外の世界』はルークの好奇心を大いに刺激した。
 ルークはここぞとばかりにティアに質問した。
 草花の名前はもちろん、『何故こんな形なのか?』『何故こんな色なのか?』という事を尋ねるルークにティアは、持てる知識を総動員してその疑問に答えようとするが……、応える事のできない疑問も多かった。
 そんな時、助け船を出したのは、コゲンタだった。もっとも、かなりイイカゲンな部分があったが……。
 『この草は食べられる』『痺れ薬になるけど、痛み止めにもなる』『実は毒草だけど、虫除けにはもってこい』といった事には非常に詳しかった。

「もしかして、イシヤマさんは植物学者か何かでらっしゃるんですか?」

「ゼンゼン見えねぇなぁ」

「あはは、まさかまさか、全てエンゲーブで学んだ知識と実体験の上の物だの。いやぁ『腹が減ったからってむやみに草なんか食べるものじゃない』って話ですな」

「……バカじゃねえの?」

「ル、ルーク……!」

「あははは」

 なかなか波乱万丈な人生を送ってきたらしい。

「さぁ、もうエンゲーブに着きますぞ」

 コゲンタが前方を指差す。
その先に『ようこそエンゲーブへ』と書かれたアーチが見えてきた。

 しかし、人家は見当たらず、街道にアーチが突然「ぽつねん」と立っていた。

「……。家とかゼンゼンねぇじゃん。ホントにエンゲーブとやらに着いたのかよ? 変な草むらばっか……」

「ルーク、あれが畑よ。野菜や果物を作っているの」

「ちなみに、この辺りのは麦だの。パンやらパスタやらの材料になる」

「へぇ……元からあの形じゃねぇのか」

 ルークは、パンやパスタの作り方を尋ね、ティアとコゲンタが、分りやすく噛み砕いてそれに答えながらエンゲーブの中央部に向かって歩いた。

 エンゲーブの簡単な構造は、広大な田畑が広がる『外周部』と商店や民家、役所などがある『中心部』と二つに別れている。つまり、村の敷地に入ったとしても、しばらく歩かなくては、集落にはたどり着けないのである。
 ティアの今の心境を一言で表すなら「認識が甘かった……」につきる。
 都市部の人間の「もう少し」「すぐ近く」は地方の人間のそれとは、大きな隔たりがあるという事を思い知った。
 小一時間ほど歩いて、ようやく『中心部』に着いた。

「へぇ、これが家かぁ。思っていたより小さいな。その分数があるのか?」

 公爵邸に比べれば、どの家も小さいのは当然だろう。しかし、その言葉には嫌味は無く、純粋に感心しているようだった。

「なぁ、ティア。探検しようぜ!? 牛乳を出す牛が見てぇなぁ。ニワトリも見てみてぇ、タマゴだ!」

 『好きこそ物の上手なれ』と言えば良いのか、ルークは実に元気だった。

「探検も良いけど、まずは教会に行って、担当預言士さんに助力を求めないと……お金の事とか……」

「あっ、そっか」

「あははは、村を回るなら、わしが後で案内いたそう。しかし、申し訳ないがこれを先に届けさせて頂きたい」

 そんな二人に、コゲンタは荷物を掲げ、笑い掛けた。

「教会は市場を抜けた向こう側だの。あそこの預言士は、見た目はあれだが、まあ、良い奴だから親身になってくれるだろう。わしは村長のローズという人の所に、しばらく居るから何かあったら来て下され」

 コゲンタは、意味深な言葉を残してから「ではの……」と笑って、去って行った。二人はなんとなくコゲンタの姿が見えなくなるまでその場で、見送った。



 これから、しばらく地味な話が続きます。
 しかし、「戦闘」という異常事態を際立たせるためには、必要だと思っていますので、お付き合い下さい。
 


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第7話 一難去ってまた一難

 
 ルークとティアは、市場へとやって来た。
 二人は、その賑わいに圧倒された。行商人や親子連れ、老若男女さまざまな人々が溢れ、活気に満ちていた。

「おぉ! スゲェ人だな!? オレ初めてだ」

「わたしも、ダァトの市場以外は初めてね。本当に凄い人……。ルーク、はぐれないように……」

「あっ?! アレはなんだ?!」

「ルーク……!」

 ルークは何かを見つけ、市場の喧騒に勢いよく飛び込んで行った。
 ルークの姿は、瞬く間に人ごみに消え、ティアは彼を見失ってしまった。すぐ後を追うが追いつく事ができなかった。

「ルーク……! 何処? ……良かった、居た……!」

 幸いな事にルークは、すぐに見つかった。やはり、あの緋色の髪はよく目立つ。しかし、何やら様子がおかしい。たくさんのリンゴやオレンジが並んだ屋台の前で、店主らしき中年の男と口論していた。

「だからぁ! 払わねぇなんて言ってねぇだろ!」

「ルーク……!? 一体どうしたの?」

 ティアは、怒鳴るルークに急いで駆け寄った。

「ティア!?」

「あ、なんだ? このボウズ、預言士さんのツレかい? こいつが、リンゴを食い逃げしようとしたんだよ!」

「誰が食い逃げなんかするか!! 金を払うのを忘れてたんだよ!」

 ティアには、なんとなく大体の事情が分かった。
 ルークは公爵子息である。大貴族とて、買い物くらいするだろうが、庶民のそれとは『次元』が違うと言っても過言ではないだろう。『貴族』という肩書の信頼で後払いは当たり前。
 ましてや、食べ物などの細々とした物を、本人が直接買う事などまずあり得ない。そして七年間、屋敷から出る事を許されなかったルークには、買い物の経験など当然ない。そうした様々な『認識の隔たり』が起こした不幸な誤解だった。

「すみません……。彼は……ええと……そう、ダァトの修道院から出た事がないので……。どうかお許し下さい」

「あぁ……いや、お代を貰えれば、何も文句はないんだがね。へへへ……」

 深々と頭を下げるティアに、気勢を削がれた店主は苦笑いで答えた。鼻の下が少し伸びているのはご愛嬌。

「四十よ……じゃなくて、四十ガルドだ。払えるかい?」

「はい、本当に申し訳ありません」

 ティアは、法衣の袂から財布を取出し、硬貨数枚を店主に手渡した。 

「まいど。おいボウズ、これからは金も無いのに勝手に食ったりするなよ」

「うるせぇよ……!」

 少しばかりおどけた調子で苦笑する店主。本当に、もう気にしていないようだ。

 しかし、ルークとティアには居心地が悪い事だった。
二人は、店主への挨拶もそこそこに、その場を離れて本来の目的地へと足を向けた。

 目的地である教会を目指し、黙ったまま歩くルークとティア。
そして、その沈黙を破ったのは、ルークの少し前を歩くティアだった。

「ええと……、ルーク。その、なんて言ったら良いのかな……?」

「し、知らなかったんだから、シカタねぇだろ! その、なんつぅか、ウかれてて……。ココがマルクトだったコト忘れてたんだよ!それで、その……」

「あぁ……ええと、そうじゃなくて。ルーク……!」

 叱られると思ったのか、ルークは早口で言い訳を始めようとするが、ティアは珍しく少し強めの口調で、それを制した。

「ルーク。この機会に『買い物』の仕方を覚えましょう。知らないよりも知っていたほうが、きっと良いと思うから……。ね?」

 ティアは、言い聞かせるように、ルークに微笑み掛けた。

「う? ……うん?」

 ルークは、突然の言葉に訳も分からず、頷いた。



 ルークとティアは、やっとの思いで混雑する市場を抜け、エンゲーブのローレライ教会へとやって来た。
 ローレライ教団の特徴的な音叉型のシンボルを掲げた大きく立派な建物がそこにあった。しかし、周りは木造わらぶき、石積みの建物ばかりなので、妙に浮いていた。

「ここみたい……。入らせてもらいましょう」

「ああ……」

 大きな扉を、ゆっくりと開け、二人は聖堂に足を踏み入れた。
 そして、そこには「怪人」がいた。教団の法衣に身を包んだ筋骨逞しい大男だった。スキンヘッドで、片方の目にはアイパッチを付けている。
 大男は、ルークとティアの姿を認めると、傷だらけの歪んだ唇をさらに歪め、言った。

「ようこそ、神の家へ。何用かな?」

 見た目に反して、静かであるが、聞き易い落ち着いた声だった。

 ローレライ教団の教会は、ただ人々がローレライや始祖ユリアに祈りを捧げる為だけの場所ではない。
 病気や怪我の治療、孤児や貧困者の救済支援、教会同士の結びつきを利用した手紙(伝書鳩)や荷物のやり取り、巡礼者の宿の提供や支援、など多岐に亘る。

 ティアは嘘をつくのは心苦しかったが、担当預言士にルークの素性と超振動の件は伏せて、この旅を『不測の事態で準備もままならなかった旅』とうい事にして、『ローテルロー橋が使えなくなり、ケセドニア経由でキムラスカへ行けなくなった』という事を話し、バチカルへ向かう為に必要な最低限の費用と、『証書』を頼んだ。
 『証書』とは、ローレライ教団が旅の預言士に対して発行する『身分証明書』のような物である。
 この『証書』を持っていれば、関所や検問所、国境をスムーズに通る事ができる。そして、事件事故に巻き込まれたとしても『身の証』が立てられる。
 もちろん、野盗や強盗の類には通用しないだろうが、「有ると無いとでは全く違う」のである。

「変わった方だったわ……」

 ティアは、証書とガルドを物入れに大切にしまいながら、呟いた。

「ああ、オッカネェ顔なのにニコニコ(?)してて、スゲェ親切なおっさんだったなぁ」

「え……? ああ、そういう意味じゃなくて……」

 確かに「山賊の首領だ!」と言われたら信じてしまいそうくらい、凶あ……もとい勇壮な顔立ちをしていた。しかし、ティアは苦笑して首を横に振った。

「わたしが『変わっている』って思ったのは、あの預言士さんが『預言』に頼らなかった事よ。ほとんどの預言士……いいえ、この場合ローレライ教徒のほとんどは、ね……。それで、苦難や問題を乗り切る方法として『預言』を詠む事を薦めるの……」

「よげん? あぁ、あれか、『預言』か。誕生日にヨんでもらうヤツだよな? で……、なんでそうなるんだ?オレ、一回もヨんでもらったコトねぇからイマイチわかんねぇなぁ? よさ? みたいなのが?」

 ルークは、まさに「ピンとこない……」といった風に首を傾げる。
一方、ティアは、そんなルークに少し驚いていた。
『預言偏重』と言っても過言であは無い今の時代に、一度も『預言』を詠み授かった事が無いというのも、実に『変わっている』事だった。

 しかし、よく考えれば、ルークは屋敷から出る事が許されないのだから、必要ないといえば必要ないのかもしれない。

「わたしは、誕生日くらいしか詠んでもらわないけれど、凄い人は食事の献立も『預言』で決めているらしいわ……」

「めんどくせぇ……!」

「そうしたくなる程、『預言』はよく当たるって事かな……。でも、時々『良い預言』に安心してしまって、何の準備も計画もしないで、大変な目に遭う人もいて……」

 ティアは、複雑な面持ちで言い、

「『預言』自体は、ただの『道しるべ』でなんの『力』も『意味』も無いの。ソレに『力』と『意味』を持たせるのは人間自身だから……。あの預言士さんはソレをちゃんとご存じなのね」

「なるほどなぁ……。そうだよなぁ……」

 ルークは、一応頷いてはいるが、理解が少し追い付いていないようだった。
 ティアはそんなルークに苦笑し……、

「……さ、買い物に行きましょう。貸して頂いたお金だから、大切に使わないと……お買い物を覚えるには『お誂え向き』だけどね」

「よ、よぉし……。さんすうは苦手だけど、ノゾむトコロだ! やってやるぜ!」

 ティアは、気分を換えるように少しおどけた調子で話題を変えた。ルークは、それに妙な気迫で答える。

 ルークとティアは、再び市場へとやって来た。
 二人はまず、実戦的な武器を購入するために小さな武器屋へと入った。ルークは、木剣の代わりにほぼ同じ感覚で使える剣を選び、そして、ティアは儀式用の杖を下取りに出して、打突にも使える戦闘用の杖の選んだ。
 ルークとティアは、お互いに武器を持たせなけれならない事に「もっと力があれば……。」と、複雑な感情を抱いたのは言うまでもない。

 そして、道具屋で干し肉などの保存食、寝袋など細々とした旅の道具を購入した。
 嵩張らないように、荷物を小さな背嚢二つに詰めて、二人はそれぞれ一つずつを背負う。

「ルーク、重くない?」

「こんくらいラクショーだって! キタえてっからな! なんならティアのも持つぜ?!」

「大丈夫。わたしも鍛えているから」

 ルークとティアは、微笑み合った。

 買い物を終えた二人は、宿屋へ向かう事にした。

「まずは宿屋さんに荷物を置かせてもらって、一休みしてから、イシヤマさんにいろいろ見学させてもらいましょう。折角だから……」

「よっしゃ! 行くかぁ! 確か入口の方だったよな?」

「あ、ルーク……!? ふふ、元気だなぁ……」

 宿屋に向かって威勢よく駆け出すルーク。
ティアは、そんなルークを見て苦笑するしかなかった。



 ルークとティアは、宿屋の前にやって来た。
しかし、宿屋の入口前には、何やら人だかりが出来ていて通れない様だった。

「なにか有ったのかしら?」

「なんだろな? ……っかし、ジャマくせぇ。これじゃ、入れねえじゃんか……!」

 ティアは首を傾げ、ルークは悪態を付きながらも、宿屋の目前に集まった者達の話し声に、なんとなく聴き耳を立てた。

「駄目だ……。食料庫の物は根こそぎ盗られてる」

「北の森の方で火事が、あってからずっとだな。まさか……あの辺りに、脱走兵だかなんだかが隠れてて、食うに困って……」

「いや、漆黒の翼の仕業って線も考えられるぞ?」

 どうやら、宿屋の食料庫が何者かによって荒らされ様だった
しかも、同じ様な事が立て続けに起きているらしく、声の端々からだけでも彼らの苛立ちがティアにも伝わってくる。

 しかし、となりの世間知らずの少年には、そんな細々しいことは伝わらなかったらしく……

「なんだ? 漆黒の翼って、食い物なんか盗むのか? あんなスッゲェ馬車のってんのに?」

 ルーク自身は、特に他意も悪意も無い素直な疑問を口にしただけなのだが……

「食い物なんかとはなんだ! この村じゃ一番価値のある物なんだぞ!」

 宿屋の主人らしき男は、ルークの「なんか」を『侮蔑』と受け取り、声を荒げた。

 確かに、農村なら農作物が『一番価値のある物』だろう。それならば、鉱山では採掘された鉱石、軍事組織ならば高度な戦闘技能や特殊技能を身に付けた兵士であろう。
 『一番価値のある物』は、その人の職業や生活環境によって、当然ちがってくる。
しかし、今の彼らは突然ふりかかった災難に、冷静さを欠いているのは明白だった。

「なにケチくせぇコト言ってんの。ぬすまれたんなら、また買えばイイじゃん」

「ル、ルーク……! そんな言い方しては駄目……!」

 少しムッとしたルークだったが、なおも『幼い理論』を、素直に口に出す。
そんな彼と男たちの間に入り、彼女にしては珍しく強めの口調でいさめるティア。
 そして、彼女は男たちにすぐさま頭を下げて、弁解をするのだが……

「すみません。わたし達は農業の事は疎いので……。ええと、それに彼はダァトの修道院から……」

「お前ら! 俺たちが、どんな思いで鍬ふるってると思ってんだ?!」

「え? い、いえ……ええと、そうじゃなくてですね……」

「はぁ? オレがしるかぁ! そんなモン!!」

「ルーク……!」

 売り言葉に買い言葉とでも言うのか……
屋敷から出る事が出来ず世間を知らないルークには、解るはずも無い心情ではあるし、宿屋の主人にも彼の特殊な事情も解るはずも無い。
実に『不幸な行き違い』だった。

 と、その時である。ルークとティアが、リンゴを買った食材屋の主人が駆けてきた。

「おぉい! ケリーさんのトコも泥棒にやられたって!?」

 どうやら宿屋の主人(ケリーというらしい)とは顔なじみらしく、食材屋は開口一番、ケリーに質問した。
そして、すぐに彼はルークとティアの存在に気が付いた。

「あれ? 預言士さんとボウズじゃないか? まさかボウズ。まーた食い逃げしたんじゃないだろうなぁ? ははは」

 些細な冗談に、ほんの軽口。
……のつもりだったのだろう、イタズラっぽい無邪気な笑顔の食材屋。

 しかし、それは今この場で一番言ってはいけない台詞で、その場にいる男たちの怒りに火をつけるのに十分な台詞だった。

「なに! って事はウチの食料庫をやったのもお前か!!」

「泥棒は現場に戻るって言うしな!」

「お前! 役人に突き出してやる!」

 男たちは怒りの形相を露わにし、ルークを取り囲む。
 食材屋の主人だけは、「何が何やら?」という表情で、状況に付いてこれない様子だった。
 ティアは、すぐにルークを庇うように男たちの前に飛び出した。

「まっ待ってください! 誤解です……! ルークは……!」

「邪魔すんな!」

「……!」

 男の一人が、ティアを突き飛ばした。ティアは転びはしなかったものの、タタラを踏み、大きく体勢を崩した。日頃から鍬を振るい鍛えた彼らの腕力は侮れない。

「ティア! このヤロウ!」

 ルークは反射的に腰の剣に手を掛けた。しかし、木剣から真剣に持ち替えた事を思い出した。
 ルークの脳裏に、魔物たちの死に様が現れては消える。正直に言えば、後味が悪かった。可哀想だとも思った。自分たちが来なければ、魔物たちは死んだりしなかったと……。
 しかし、「魔物だから……」「やらなければ、やられる……」と割り切れた。言い訳できた。

(コイツらは人だ……魔物とはちがう……)

 その躊躇いがルークの身体を素人のソレにした。
 あっという間に、男たちに羽交い絞めにされてしまう。

「さぁ、来い! 先生に懲らしめてもらう!」

「役人に突き出すのはそれからだ!」

「はなせよ! このヤロウ!!」

 男たちはルークを四人がかりで、担ぎ上げるようにして村の奥へと連れ去る。

「……ルーク!」

「ティアァァ!」

 なんの罪も無い男たちを打ち負かしてしまうわけにもいかず、ティアはただルークの名前を呼ぶ事しかできなかった。

 この不幸な『災難』が、ルークを、さらなる『運命の出会い』に導く。



 今回も地味な話でしたが、原作とは多くの場面を『地味』に変えてあります。如何だったでしょうか?
 ルークにとって、食材屋の件はともかく、宿屋の前の騒動に関しては、完全に濡れ衣で、彼の人生にプラスにはならないと個人的には思います。


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第8話 犯人はこの中にいない

 この物語のジェイド・カーティスは、原作とは方向性の違う人物です。原作の彼のファンの方には、ここでお詫びします。


 

 ティアはすぐに、男たちとルークを追った。しかし、脚力にあまり自信のないティアはなかなか追いつく事ができない。
 食材屋の主人は、全ての状況を把握できないまま、ティアに続く。

「あの人たち、何であんなにキレてんだ?! ボウズがああなったのは、俺のせいか?!」

「わたしの責任です……! わたしがもっと……!」

「とにかく急ごう、預言士さん! でもきっと大丈夫だ! 行き先はローズさん……村長の所だ。村長さんならきっと上手く治めてくれる! それに、今あそこには先生もいるんだ! リンチなんてこたぁ無いよ!」

 食材屋の主人は、やや引きつった笑顔で子供に言い聞かせるように、ティアに笑い掛けた。
 しかし……

「私刑(リンチ)? ……ルーク……!」

 聞き捨てならない最後の単語に、ティアの顔は、さぁと青くなり、彼女は、さらに速く走り出した。

「あそこだ! あそこがローズさんの家だ!!」

 食材屋の主人が指差し、叫ぶ。
 その先には、華美ではないが立派な造りの藁葺きの家があった。
 玄関先に人垣ができていて、しきりに中を窺っている。
 ティアは、男の怒声を聞いた。彼女は、まさかリンチが始まったのではと、人垣を掻き分け中へと急ぐ。

「すみません……! 通してください! 通して……! ルーク……!」

 やっとの思いで、村長宅の玄関をくぐったティアは、一種異様な光景を目の当たりにした。それは……
いい歳をした大の男たちが、まるで叱られる子供のように、床に並んで正座していた。かなりつらそうに見えた。

「おぬしらなぁ……『も少し大人になれ』って話だの。もう、人の親の者もおるだろう!」

「『短気は損気』って言葉を知らんのかぁ? まぁ、焦って抜いても良い大根は採れんって話だの!」

「『疑わしきは罰せず』って言葉もあるなぁ。それらしいと言うだけで、吊し上げたら『あの村の連中は証拠も無いのに、余所者をコソ泥扱いするデタラメな連中だ。』って噂が広まったらどうする。風評被害は怖いぞぉ!」

「ルーク殿が、お優しい方だったから良かったものの……もし、腰の物に物を言わせていたら、おぬしら、命がいくつあっても足りなかったぞ! そこの所、分っとんのか?」

「さっさと謝れい……。土下座だっての!!」

 と、この様な形で、つかの間の道連れ イシヤマ・コゲンタが件の村人達にお説教をしていた。
激しい身振り手振りを交えた、かなりの演技派だ。

「ルーク! 大丈夫……なの? 酷い事されなかった?」

 突然のお説教現場に、しばし呆気にとられていたティアだったが、彼女と同じく呆気にとられた様な表情のルークを見つけると、すぐに駆け寄り彼に怪我や異常が無いか心配する。

「ティア。あぁ……、大丈夫だ。おっさんに事情を話したら、いきなり怒り出したから……助かったんだけど……」

「そう、良かった……。ごめんなさい……わたしが、もっと……」

「だから、謝んなって! それよりも、このジョーキョーどうすっかな……?」

 ルークは、頬を掻きつつ、ティアを諌めるように苦笑した。

「そうね……。どうしましょうか……?」

 ティアも苦笑し、首を傾げた。
 そして、コゲンタのお説教は佳境に差し掛かっていた。

「こうなれば、わしがおぬし等に代わって、お二人に土下座するしかないかぁ!?」

 コゲンタの毛細血管と男たちの羞恥心と足の痺れは、限界に近付いていた。しかし、それらの危機を救ったのは、男たちにとって予想外の人物だった。

「おっさん! もうイイって! やめてくれよ、ドゲザなんて! さすがにウザいって!」

 それは、男たちにとって憎むべき敵のはずのルークだった。

「ほら、オレってさ。外……というかこういう町に来るコトがほとんど初めてでさ……。買いモンのしかたもイマイチ理解してなかったんだよ。ドロボー扱いはムカついたけどよ。リンゴ食い逃げみたいな感じになっちまったのはジジツだし……。あぁもう、なんつうかぁ……」

 ルークは苛立たしげに髪を掻いた。ルークは怒られる事も、怒られる者を見るのも嫌いだった。屋敷でもメイド達の失敗を『自分がやった事』にして執事のラムダスに『厳重注意』を受けたり(勿論、右から左へ聞き流した)『それ以上の事』を故意にしでかし、うやむやにしたりした。他人の言い訳も、何故か頻繁にしてしまっていた。
 そして、ルークの言い訳は続く。

「えーと……よーするに! 今までで一番うまいリンゴだったぜ! ……ナンかちがうな? とにかく! ゼーイン悪かったってコトで! あ、いや! ゼーイン悪くないってコトで!」

 実に良いヤツだった。
自然に、自分も『悪くない』としているあたり、そこはかとなくスケールが小さくて、ルークは実に良いヤツだった。

「どうやら、ルークさんは許してくれた様だね? すまないねぇ、ルークさん。ここのところ立て続けだったもんだから、皆カリカリしていたんだよ……。村長として、もっと早くに対応するべきだった……。本当に申し訳ない……」

 今まで、コゲンタの後ろで事態を静観していた壮年の女性……エンゲーブの村長 ローズが、一歩前に歩み出て何の躊躇いもなく深々とルークに向かって頭を下げた。

「もうイイっての! アタマなんか下げんなよ。キリないぜ? おばさん」

 バツが悪そうに、そっぽを向き言うルーク。
いま知り合ったばかりの大人に、頭を下げられるのは初めてで、正直ルークには「どうしてイイのかわからない……」の一言であった。

「ありがとう。ルークさん」

 ローズは、そんなルークを見て、苦笑いを本物の笑顔に換えて感謝の言葉を贈る。

 と、その時、宿屋の主人ケリーの声が、二人の間に割って入った。

「待ってくれ! 俺はまだ納得して無いぞ! コイツが泥棒じゃないって証拠も無いじゃないか?!」

 ケリーは、痺れた足でふらつきながらも立ち上がり叫んだ。

「お前なぁ……。それを言っちゃあ、おしまいだっての」

 自分の店の食料庫を荒らされたのだから「納まりがつかない……」のは無理もない。
だが、その理屈が通れば“法治国家”というか“人間関係”すら成り立たない。

 コゲンタが、ケリーに再び言って聞かせようと口を開きかけるが……

「は~い♪ 先生! 此処は第三者の私が論理的に説明した方が、納得していただき易いんじゃないんでしょうか? と愚考しますが、ど~でしょう♪」

 マルクト軍の特徴的な青い軍服に身を包んだ、長身長髪のマルクト軍将校が険悪な雰囲気を物ともせず、笑顔で朗らかに手を上げた。
 将校は柔らかな微笑みを浮かべて、さほどズレてもいない眼鏡の位置を人差し指で直しつつ、皆の前に出た。

「大佐……、そんなコト解るのかい?」

「は~い、解ってしまいました! 解ってしまったんですとも! こちらの、ルーペ……もとい☆ルークさんが、食料泥棒じゃない! そう、じゃない可能性をアレコレ♪思い付いてしまったのだった。なぜなら、天才(笑)ですから!」

 ローズに疑問に、快活に頷き微笑む将校。

 しかし、『大佐』とは驚きだ。ティアは、「見た目ほど若くないのかも……」と、そんな事を考えながら、彼に注目した。

「不謹慎ですが、こういうシチュエーションんって憧れたんですよ~♪ では、まずは、様式美に則って一言♪」

 大佐は、「やれやれ~♪」と苦笑しつつ咳払いをすると、人差し指を立てた右手を高々と掲げ……

「犯人は、この中にいない! この謎は私が必ず解き明かします! ジェイド・カーティスの名に懸けて!!」

 ピシリと人差し指を虚空に叩き付け、マルクト帝国第三師団 師団長ジェイド・カーティス大佐は高らかに名乗りを上げた。

「うふ♪これクセになりそうですね~♪」

 ジェイド・カーティスは夢を見るように朗らかに微笑んだ。



 前半は、オリジナルキャラのおじさんがどんな生活をしているのかを多少描きました。これから徐々に、どんな人なのかを物語の中で描いていきたいと思います。

 そして、ついに問題の男の登場です。次回から本格的に活躍します。こうご期待(笑)。


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第9話 導師と大佐と名探偵

 拙作のジェイド・カーティスは、原作の彼とは「全くの別人」です。ご了承下さい。


 


「では、こちらのルークさんが泥棒さんではないという根拠を、一つ一つ上げていきましょう♪」

 ジェイドは、ピシと、人差し指を立てながら種明かしをする手品師のように語り出した。実に楽しそうな顔をしている。

「そのイチ♪ ルークさんのお召しになっている服! 多少デザインは奇抜ですが、材質、装飾、縫製、どれも一級品のようです。見た目が良いだけの乱造品ではありませんね♪ 果たして、泥棒さんが着る事のできる物でしょうか?」

 「ね、素敵でしょう?」と、まるで服屋の店員のような自然な語り口で、緊張感などまったく感じさせず話すジェイドは、なおも続ける。

「そのニィ♪ ズバリ、ルークさんの喋り方ですね。言葉使いその物は、お世辞にも良いとは言えませんが♪ 発音自体は上流階級特有の『ソレ』です。微妙な息の吐き方も完璧で、真似ようと思って真似られる物ではありません♪」

「そして、そのサァン♪ ルークさんのお知り合いらしいお嬢さん♪ え~と失礼♪ お名前をお尋ねしてよろしいですか? 私はジェイド・カーティスと申します。改めまして♪」

 ジェイドは、爽やかに微笑み、軽く会釈をした。
 ティアは、学生同士のような気安い挨拶に困惑しながら……

「ティア、と申します……」

 と、表情には出さずに、名前だけを告げた。

「ティアさん♪ 綺麗な響きの素敵なお名前ですねぇ♪ おっと失礼! 話が逸れました。こちらのティアさんがお召しの法衣、これは神託の盾の譜術士が着る儀礼用の法衣です。ねぇ?ティアさん♪」

 ジェイドは、可愛らしく首を傾げ、ティアに質問する。

「はい、その通りです……」

 ティアは、ジェイドの独特のペースに困惑しながらも平静を保ち、簡潔に答えた。

「ふぅむ♪ 上流階級らしき少年と神託の盾の騎士の二人連れ。なんだか冒険小説の始まりのようで興味津々のシンですねぇ♪ それにティアさんは、譜術士としてかなりの『力』をお持ちのようです。見かけ倒しの詐欺師という事は、あり得ません♪」

 ジェイドの赤い瞳が、眼鏡の奥で怪しく光る。しかし、すぐに柔らかな微笑みで覆い隠され、消えた。

「……!」

 ティアは、ジェイドの瞳に一瞬怯んでしまう。

「ティア、どした?」

「ううん、なんでもないの……」

 そんな彼女を、訳も分からず気遣うルークに、彼女は苦笑して誤魔化す。

「さぁ、つづきまして、そのヨォン♪ 我が軍の哨戒艦が漆黒の翼らしき一団を、ローテルロー橋の向こうに追い込んだという情報が入っています。まぁ、正確には取り逃がしたんですけどね♪ つまり、ルークさんが漆黒の翼だったとしても、見捨てられる程度の存在……。キタない! さすが盗賊、キタないですねぇ! ドンマイ! ルークさん♪」

 ジェイドは、胡散臭いくらいの屈託の無い笑顔で、ルークにエールを送る。

「いや、だから……オレ、漆黒の翼じゃねえし」

 ルークは、やや冷やかに答えた。

「ほんのジョークです♪」

 ジェイドは、そんな事は物ともせず朗らかに微笑んだ。

「皆さん、お待ちかねの、そのゴォ♪……」

「その五は、今来ましたよ。ジェイド」

 ルーク達の背後、入口の方からよく通る耳心地の良い少年の声がした。

「これは、イオン様♪ そのご様子だと、何かを発見なさったようですねぇ? いよっ! 名探偵♪」

 皆、自然とジェイドの視線を追って声の主に注目した。

 そこには、美しい翠色の髪で、ゆったりとした若草色の法衣を着た中性的で優しげな少年と、焦げ茶色の髪をリボンで二つに結い、桃色の服の上に白い法衣を着た溌剌とした印象の小柄な少女が揃って笑顔で立っていた。
 もっとも、少女の笑顔は苦笑い、浮かない顔のようだった。

「ええ、見つけました。大発見ですよ、ジェイド」

 イオンと呼ばれた少年は、屈託のない笑顔を浮かべる。

「もう! イオンさま~。大発見じゃありませんよぉ……、ヘタしたら教団への信用問題な大問題ですよう!」

 少女は、頭を抱えるような仕草をしてから、肩を落としイオンの発言を諌める。

「大丈夫ですよ、アニス。そうならない為に、ぼくはここに来たのです。それに、ジェイドもいてくれます」

「うふ♪ 煽てても、アメちゃん位しか出ませんよ~」

 アニスというらしい少女は、緊張感のない二人のやり取りに、さらに困った顔になった。

 一方、ルークは「また、新しいヤツが出てきた……」と思考が諦観的になり始めていた。
が、ある事に気が付き、隣のティアに小声で話し掛ける。

「なぁティア。あのイオンってヤツ、ユクエフメーのイオンじゃないか? アイツを探さなきゃイケナイから、師匠がオレんち来れないコトになって、かわりにティアが……って感じだったよな?」

 ルークは、ティアと出会った時の事を思い出しながら疑問を疑問を口にした。

「ええ……間違いなく、その導師イオン様よ……。でも、どうしてマルクト軍の人とこんな所に……?」

 ティアは、ルークの質問に答えながら、首を傾げた。

「もしや、マルクトのヤツらにユーカイされて?! ……って感じじゃねぇなぁ……」

「そうね……。イオン様と一緒に入ってきた女の子、導師守護役……導師様直属の護衛騎士の事なんだけど……。導師守護役と一緒という事は、少なくとも無理矢理連れてこられたんじゃないと思うけど……。何処かで伝達に行き違いがあったのかも……」

 「ふーん……」とルークは、なんとなく女の子、アニスに視線を移した。
 ルークには、彼女が、とてもそんな大役を務めるほど強そうには見えなかった。もしかしたら、ティアのように譜術が上手いのかもかもしれないが……。

 そんな事よりも、自分達は今なにをすれば良いのだろうか?
 ルークには分らなかった。

「で、どうすんだ? ティアもオラクルなんだからムシできねぇよな?」

「そうなんだけど……。今ここで騒いだら、余計に話がややこしくなりそうだし……。しばらく様子をみるしかないかな……?」

 ルークの問いに、ティアは何とも言えない複雑な表情で答えた。

「ハハ。なんか……めんどくせぇなぁ……」

 犯罪者扱いされて、大勢に取り囲まれるよりはずっと気楽だが、もはや笑うしかないといった感じでルークは肩を竦めた。

「ごめんなさい。ルーク……」

 ティアは、ルークの軽口を軽口と受け取らなかったらしく、沈痛な面持ちで俯いてしまう。

「別に責めてるワケじゃねえよ! カン違いすんなよ! ……それよりさ……」

 ルークは、多少無理矢理にでも話題を変えようと、ジェイドとイオンに視線を向け、

「メータンテーのスイリを聞こうぜ。オレに罪を着せた真犯人にフクシューしてやるんだ!ヘッヘッヘッ……」

と、わざとらしく言った。

「ルーク……復讐なんて、何も生み出さないわ……こんな感じかな?ふふ……」

 やっと、ティアから苦笑いでも愛想笑いでもない、本当の笑顔が零れる。

 そして、二人は改めてイオン、ジェイドに注目する。
 すると、イオンはアニスから二つ折りにした懐紙を受け取る。

「被害にあった食料庫を一つ一つ回って、これを見つけました。」

 イオンは、皆が見えるように気を配りながら、懐紙を開く。紙に包まれたいた物は……

「何か……動物の毛……みたいだけど?」

 ティアは呟き、さらによく観察する。
 猫の毛よりは硬く、犬の毛よりは柔らかそうだ。色は淡い赤、青、緑、黄、実に彩りが良く虹を連想させる。

「これは……恐らく聖獣チーグルの毛ですねぇ♪ しかも、数匹分……ふぅむ♪」

 ジェイドは、新しいおもちゃを、見つけた子供のように目を輝かせた。
 イオンは、やや表情を曇らせ、ジェイドの言葉に頷き続ける。

「それらしい足跡も、あちこちで見つけました……。壁を潜り抜ける為に穴を掘って埋め戻した跡もありました」

「ほほう……♪ という事はぁ。状況証拠的に新たな容疑者、聖獣チーグルが捜査線上に浮上したわけですねぇ♪ 謎が謎を呼んでしまうわけですねぇ♪」

 ジェイドは、楽しそうに「うんうん♪」と、しきりに頷いている。

「まだチーグルがと決まったわけでは……」

「勿論です。飽くまで『容疑』……疑わしいというだけです。証拠の裏付け……『立証』ができなければ『罪』も『罪』にはなりません。法治国家の大前提です♪ ルールは大切! ですよ」

 ジェイドは、眼鏡の位置を直しつつケリー達を見ると、やや低い諭すような声で言った。
 が……、すぐに柔らかな口調と顔に戻すと、中腰になりイオンと視線を合わせ、微笑み掛けた。

「『罪』と言えば♪ 例え相手が本当に泥棒だとして、捕まえるまでは良いですけど、そのノリで『百叩きの刑』なんて流れはペケですよ! 官憲のお仕事を取るのも、十分な『罪』ですから。私は書類を書くのは嫌いなので、今回は大目に見ますが、気を付けてくださいね♪ 本当に捕まった人いますんで♪」

 ジェイドは、ビッと親指のみを立て「軍人さんと約束だ♪」と顔面蒼白のケリー達に、胡散臭くも頼もしい笑顔を送った。

「大佐……。うちの連中を脅かさないで下さいな。デカいのは図体だけなもんでねぇ」

 ローズは、苦笑して男達を庇う。

「申し訳ありません♪しかし、脅しだけで済みそうで良かったです♪」

 ジェイドは、それに苦笑で答え、軽く頭を下げるが、最後の駄目押しを忘れない。

「ルークさんも、嫌な事があってもすぐ怒ったり憎まれ口はペケですよ♪ 男の子たる者『なんだ、このくらい!』と笑って済ますくらいでなくては。売り言葉に買い言葉と言いますが、売って良いのは、家族や仲間が馬鹿にされた時の『喧嘩』。買って良いのは、『恩』だけですよ」

 ジェイドは、人差し指をチッチッチッと左右に振り、ルークに笑い掛ける。

「うふ♪ な~んちゃって♪いやぁ、良い事言いましたねぇ」

「けっ……! うっせぇっての」

 ルークは、一瞬でも「ちょっとかっけえ」と思った事が、照れくさくいつもよりキツイ口調で言った。
 一方、ジェイドはそんな事は全く気にした様子も無く続ける。

「そんなこんなで、ルークさん♪ ケリーさんとその他の皆さん♪仲直りといきませんか? アクシュアクシュ♪」

 にぎにぎと、可愛らしく両手を結んで開いて微笑む、ジェイド・カーティス 三十五歳。

「う……ん、その、騒ぎを大きくした事は謝るよ。すまん……」

「すまねぇ、ボウズ。俺があんな軽口叩いちまったものだから……」

「別に、もうイイっつうの! おっさんにサンザン怒られて、おばさんもアタマ下げてくれたんだし。これ以上はナンか違うだろ……? 終わり、終わり!」

 バツの悪そうに、頭を下げるケリー達に、ルークは、いかにも『うっとうしい』という口調と態度で答えた。しかし、そっぽを向いても赤くなった耳までは隠せない。

「よぅし♪ めでたしめでたし。ですねぇ♪」

 ジェイドは親指をビッと立てて「どーよ?どーよ?」という笑顔で、皆の顔を見回す。

「ええ、流石はジェイドです」

「大佐、カッコ良かったですよ……?」

「助かったよ……? 大佐……」

「ええと、ありがとうございます……?」

「御見逸れいたした……?」

 イオン以外は、何故か疑問形なのはご愛嬌である。

「まっねっ♪」

 ジェイドは、皆の賛辞を微妙な言い回しを無視して、素直に受け取り、自然とイラッとくる爽やかな笑顔を浮かべた。



 ジェイドのワンマンショーの回でした。彼のファンの皆さんには、お詫びいたします。

 後の展開で、汚名返上?復権?させていきますので、長い眼で見て頂ければと思います。

 ちなみに、彼に頭の良さそうな事を言わせるのに、無い知恵を絞りました。如何だったでしょうか?ご意見、ご指摘、お待ちしています。


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第10話 真犯人はチーグル

 
 
「しかし、チーグルが食料荒らしとなると、そいつはちと妙だの……」

 コゲンタは、腕を組みつつ首を傾げ、ぽつりと呟いた。

「ほほう♪妙と言いますと?」

 ジェイドは、自分の意見を否定されるような発言にも関わらず、まったく気にした様子を見せず、コゲンタと同じように腕組みしつつ首を傾げ、嬉々として話題に喰い付いた。

「チーグルは、基本的に草食。まあ、人の食べ物も食べられん事もないだろうが……木の実や果物、キノコなんかも食べるかの?肉食するにしても、小さな虫くらいのはずって話でしてな……」

「なるほどぉ♪」

「荒らされたのは、野菜や果物だけではなかったろう? たしか……」

 コゲンタは、自身の抱いた「ひっかかり」を話しつつ、ローズやケリー達に視線を送る。

「そうだね。肉も魚も持って行かれたはずだよ」

「あ、ああ。ウチの倉庫も、生肉と燻製、どっちも盗られたよ」

 コゲンタの質問に頷き合うローズとケリー。
 他の者たちも「俺のトコも……」やら「ウチもそんな感じ……」と頷く。

「うぅむ…」

「ふぅむ♪」

 コゲンタは腕を組み、ジェイドはズレてもいない眼鏡を直し、思案する。
 ルークは、そんな二人を眺めながらも、別の事が気になっていた。

「なぁ、ティア。さっきからちーぐる、ちーぐるって……ナンなんだ?魔物か何かか?」

 ルークは、根本的な所が分らなかったのだ。聞き慣れない単語に戸惑いつつ、ティアに尋ねる。

「『聖獣チーグル』ローレライ教団の象徴とされている小型草食動物で、とても可愛いの。魔物と言えば確かに魔物なんだけど……」

 ティアは、ルークの質問に答えるが、何故か歯切れが悪い。

「やっぱ『ズルガシコイ』系の魔物か?ほら、グレムリンとかみてぇな?」

「ううん……全く逆さまね。図鑑でしか知らないんだけど、気性も穏やかで体も小さくて臆病だし。滅多に人里に近寄らないし……」

 ルークは、自分がよく読む物語にも登場する『悪戯好きな小鬼』を思い浮かべるが、ティアは首を横に振る。どうやら、ルークが持つ『魔物』のイメージとは全く別物のようだ。

「……だけど、人の言葉や文字を理解できるくらい知能が高いらしいから、やろうと思えば泥棒くらいできてしまうかも……」

 ティアは、悲しそうに目を伏せた。

 ルークは、ティアをフォローしようと言葉を探すが、ここまで状況証拠を並べられたらチーグルが真犯人であると、素直に思えてしまう。

「そう……ティア殿の言う通り、チーグルは頭が良い。だからこそ『人の恐ろしさ』もよく知っているはず……、ならば何故『人を敵に回すような事をしたのか?』って話になるがの……」

 コゲンタが、ティアの言葉を肯定する形でルークとティアの会話に加わる。

「ん?おい、おっさん。それって、やっぱチーグルがハンニンじゃ、おかしいってコトか?」

「『そうかもしれん……』って話だの。まぁ、まだまだ別の可能性も考えられますがの……」

 難しい表情で、勿体ぶった言い回しをするコゲンタ。

 そのコゲンタの言葉で、ティアは何某かを閃いた。

「それはつまり……『人を敵に回す』ほうが、リスクが少ないと考えてしまうほどの……、そうしなければならないほどの事が『チーグル達に起こっている』という事……ですか?」

 ティアの考えに、コゲンタは無言で頷いた。

「こりゃあ……、一度チーグルの森を調べに行ってみなけりゃイカンかなぁ?」

 腕を組み、コゲンタは首を捻る。

 と……その時

「はいは~い!」

 と、三十五歳が再び元気よく手を上げた。

「ならば♪ ソレは、私達マルクト軍が請け負いましょう。チーグルの森は魔物も生息していますから♪普通の人では危機一髪ですよ~♪」

 ジェイドは、頼もしく胸を叩き、優しげに微笑んだ。

「親書が届くまでこちらにお邪魔させて頂くんですから、任せて下さい♪タルタロスの皆さんは、と~っても頼りになるタフガイばかりですから♪明日、朝一番で『カーティス秘境探検隊』を組織しますよ!」

 ジェイドは、なんの屈託もなく部下自慢をして、空想の翼を冒険の空へと広げた。

「……なのでぇ、イオン様はお留守番ですよ♪」

 ジェイドは、イオンと目線を合わせ、優しくだがキッパリと言った。

「……もちろんですよ。ジェイド」

 イオンは、輝くような笑顔でジェイドの言葉に答えた。

「うふ♪今『間』がありましたよ。イオン様♪」

 ジェイドは、苦笑しつつ、アニスに顔を向け……

「アニ~ス♪ イオン様を一人ぼっちにいたらペケですよ。お友達として♪」

 と、言った。

「はぁい、分ってます大佐。ワタシだって導師守護役のハシクレなんですから!」

 アニスは、ジェイドと同じように頼もしく胸を叩いた。もっとも、性別、年齢、容姿などせいで『頼もしい』と言うより『微笑ましい』と言う方が正確だったが……。

「と言うわけで。皆さん♪ 今夜は絶対に『こんな奴らといられっかよ!』って一人ぼっちで行動しないでくださいね! それは『死ぬパターン』ですよぉ!!」

 ジェイドは、おもむろに真剣な表情になり、言った。

「大佐ぁ~……殺人事件じゃないんですからぁ~」

 アニスは、その表情を見て苦笑しながら、「ガクリ」と肩を落とした。

「ほんの、性質の悪いジョークです♪ こういう台詞にも憧れていましたので、ノリで言ってしまったのです。夢が叶いました。不謹慎で恐縮です!」

 ジェイドは、白々しいくらい爽やかな笑顔と声で、その場の全員に向けて、深々と頭を下げた。
というか、自覚しているらしかった。実に性質が悪い。

「では参りましょうか? イオン様。これから忙しくなりますよ♪」

「はい、では皆さんごきげんよう」

「失礼しま~す」

「ローズさん、また明日お邪魔させて頂きます♪」

 「ど~も♪ ど~も♪」と、朗らかに周りに愛想を振り撒きながらジェイドは出口へ、そして、それに続くイオンとアニス。

 一陣の風……いや、台風の様な男だった。
見ているだけなら面白いかもしれないが、

「積極的に関りたくない……」

 というのが、その場にいる者の正直な感想だった。

「ジェイド・カーティス大佐……楽しい人……」


「あん? なんか言ったか? ティア?」

「ううん、なんでもないわ」

 しかし、どうやら一人だけ少し違う印象を抱いた様だった。



「ふぅ……、何かと騒がしい日だよ今日は。ルークさん、本当に申しわ……」

「へへ、しつこいぜ。おばさん」

 またしても謝ろうとするローズに、ルークは苦笑しながら、言った。

「そうだったねぇ。そうだった。ははは」

 つられてローズも笑った。

「さぁ今日は、もうじき日が暮れる。今夜は村に止まっていきな。もちろん宿賃はこっち持ちだよ」

 ローズは屈託のない笑顔を、ルークとティアに向けつつ宿屋のケリーに目配せをした。
 ケリーは苦笑して、頷いた。

「……そんな、いけません。これ以上迷惑はかけられません!」

 それを聞いたティアは、慌てて辞退するが……

「なんだよ、ティア。イイじゃん、泊めてくれるってんだから、泊めてもらおうぜ?」

 ルークは無邪気に言った。

「もう、ルーク……! 教会に泊めてもらう事もできますし……」

「言っちゃ悪いが……」

 そこにコゲンタが口を挟んだ。

「……あそこの寝台はカタイぞ。その点、宿屋の女将は、働き者で布団もしっかり干してあって柔らかい。出される飯も美味い。まぁ、主人の早合点が玉に傷だがの。あはは」

 気安くケリーと肩を組みながら、少し意地の悪い笑顔で言った。

「うるさいよ……。まぁ、なんだ? 『わだかまり』がない訳じゃないけど、もう疑うのも面倒だしな。遠慮はいらないよ。なんなら、預言士さんへの迷惑料……『お布施』だって考えてくれりゃ良いさ」

 ケリーは、コゲンタの嫌味に顔をしかめるが、ティアの方を見て、照れくさそうに言った。

「……分りました。宿屋さん、お世話になります。わたしは、ああいう村や街の宿泊施設を利用した事がないので……、いろいろ教えて頂けますか?」

 しばしの黙考の後、ティアは困ったように微笑んで、ケリーに対して、折り目正しく頭を下げた。

「はは、俺の所みたいな田舎の宿屋なんかに特別な事なんて必要ないさ。あえて言うなら、ベットから落ちないように気を付けなきゃいけないくらいかな。ははは」

 小粋なジョークを飛ばす、宿屋のケリー(妻子持ち)。微妙に鼻の下が伸びているのはご愛嬌。

「貴族様や騎士様の使う寝台に比べたら、そりゃ切ない事だの。気をしっかり持て、ケリー」

 コゲンタは、ケリーの肩をパシパシと気安く叩き、意地悪そうに言った。

「どういう意味だよ……」

 ケリーは、コゲンタをじろりと睨んだ。

 コゲンタは気にした様子もなく、笑っている。

「まっ、なんにしても馬車ン中よりマシだぜ。野宿なんて……ワルくはなかった……かな」

 ルークは、草原の心地よい感触と柔らかな風、そしてなにより『膝枕』を思い出し、何故か解らないが、顔が熱くなるのを感じた。

「ルーク……?」

「な、なんでもねぇ! アハハハ!」

 ルークの様子がおかしい事に気が付いたティアは、気遣わしげに問いかける。
一方、ルークは何がなんだか解らないが、笑ってごまかした。

「よし、じゃあ行こうぜ! おっさん! たのしみだなぁ! ちいさいベット! アハハハ!!」

 ルークは、やや裏返った笑いを上げて足早に館から飛び出した。
ティアは、首を捻りながらもルークに続いて館の玄関をくぐる。

「そんじゃあ、ローズ殿。わしはルーク殿達を送ってくる。後程、今後の事を相談致そう」

「ああ、そうしよう」

 コゲンタとローズは、茶飲み話の約束でもするように頷き合った。

「おいおい、先生……。もしかして、一人で森へ行く気かよ? 眼鏡の軍人さん、魔物がいるって言っていたじゃないか!」

 ケリーが、不安げに尋ねる。

「情けない声を出すでない。別に魔物と殺し合いに行くのではないのだ。ただ様子を見てくるだけの話だってのエンゲーブの民として何ができるのか? 何をするべきか? を見極めなくちゃなぁ、村の雑用係としてな。あははは」

 コゲンタは、不敵に笑い、事も無げに言ってのけた。



 今回も地味な回でした。
 しかし、原作とは違う物語を作っていくための「下ごしらえ」と思っていただければ幸いです。まだもう少し地味な話が続きます。よろしかったら、お付き合いください。

 


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第11話 チーグルの森へ

 
 明くる朝、コゲンタは日が昇らぬ内に起き、朝食をゆっくりと胃に納め、身支度を整えた。

 必要最低限の道具を風呂敷に納め、肩にかけると家を出た。

 コゲンタは、ゆっくりとした一定の歩幅で、エンゲーブの真北にあるチーグルの森へ歩を進めていく。時折魔物が姿を見せたが、コゲンタはその度に身を隠し、魔物が嫌う物質を詰めた匂い袋をぶつけて追い払い、のらりくらりと確実に森へと近付いて行った。
 日が昇り、辺りが明るくなる頃にはチーグルの森は、目の前だった。

「さぁて、ぼつぼつ始めるかぁ」

 コゲンタは、伸びを一回すると、何の気負いもない様子で森へ分け入った。




 エンゲーブ唯一の宿屋『ケリーズイン(村人曰く気取り過ぎ……)』の寝室……といっても一人用のベッドをいくつも並べただけの部屋だったが、布団はしっかりと干されていて柔らかく、実に寝心地が良かった。

 ルークは、ニワトリのけたたましい声と、宿屋の女将の明け透けで賑やかな朝食の知らせと、ティアの耳に心地良い優しい声に起こされた。

 そうして、ルークは、八分寝たまま顔を洗い、半分寝たまま身支度を整え、眠気眼で朝食を摂り始めた。

 どんぶらこ……どんぶらこ……と、巧みな操舵で朝食を摂るルークを、ティアはハラハラと見守りながら、朝食を摂った。

そして、やっと目を覚ましたルークは、

「ティア! チーグルの森へ行くぞ!」

と、唐突に言った。

「え……? どうして……?」

 もちろん、ティアは当惑した。

「そりゃ、チーグルを捕まえるんだよ! 決まってんだろ」

 ルークは、「変な事を聞くなぁ」という表情で笑った。

「ええと、そうじゃなくてね……。ルークは、どうしてチーグルを捕まえうと思うの?とりあえず疑いは晴れたんだし……。あなたがしなければならない事じゃないと思うけど?」

 ティアは、一つ一つ言葉を選び、ルークに問いかける。

「えっ? んん? そりゃぁ……ムカつくから……いや、なんか違うな。でも、ムカついたのは確かだな。ヤツらのせいでヒドイ目に合うトコだったんだ! 謝らせるしかねぇだろ! それに……」

 ルークは、力強く頷く。そして、不意に少し大人びた表情になり、

「ローズ……あのおばさん、こまってた……しさ」

と言い辛そうにティアから目を逸らし、呟いた。

「ルーク……」

「あ、いや! その……オレをドロボー扱いしたヤツらを見返してやりたいんだ! チーグルどもをギャフンと言わせて。ついでにチーグルがどんな奴か見てみてぇし!」

 照れ隠しなのだろう……まくし立てるように吠えるルーク。

「でも……ルーク、やっぱり危険よ。他の魔物だっているし、触れるだけで害になる生物や植物だっているわ」

「……情けねえけど……デキるだけ戦わずに逃げる! 変なモンにも触らねぇ! ティアは詳しいんだろ? 教えてくれよ!」

 ティアの忠告を理解しつつも、首を横に振り食い下がる。
 ルークは、何の迷いもなく『全幅の信頼を寄せる目』で、ティアを見つめる。

 ティアは、居心地が悪い物を感じながら、ルークがどうすれば森へ行くのを諦めてくれるのかを考える。

「頼りにしてくれるのは嬉しいけど……。知っていると言っても、図鑑や何かの知識だけで実際に見たり、体験したわけじゃないから……」

「大丈夫だって! 心配性だな、ティアは。とにかく行くんだ! 決めたんだ」

 ルークは笑いながら、剣と荷物を手に部屋を出て行く。

「あっ……、待って!」

 ティアは、慌てて追いかけようとするが、彼はすぐになにか言いにくそうな顔をして、もどって来た。

「なぁ……ティア。森、チーグルの森って、どう行けばイイんだ?」

「もう……ルーク」

 ティアは、思わず苦笑するほかなかった。


 最初のうち、ルークがチーグルの森へ行く事を渋ったティアだったが、「屋敷に帰るまでになるべくいろんなモンが見たかったのに……」などと、不貞腐れるような顔で言われてしまっては、彼女には頷く事しかできなかった。
 ティアは、自分が流されやすい人間なのだと、改めて認識した。

「チーグルの森は、ここ東ルグニカ平野の北端……それから先にも大陸はあるんだけど、大きな山脈があって人の足ではとても越えられないから……北端ね。エンゲーブから、ずっと北……あっちへ真っ直ぐ行けば着くはずよ」

 村の北口へやって来た二人。ティアは、ルークに説明しながら、真北を指差した。
 ルークは、へぇ……と呟き、ティアの指差した先を眺めるが、当然森は見えない。田園風景が広がっているだけだった。

 二人は、チーグルの森を目指して農道を歩いて行く。

「しっかし、ティアって何でも知ってんなぁ」

 ルークが、不意に自身の数歩後ろを歩くティアに、感心した口調で話し掛けた。

「わたしの場合、書物や人づての話を聞きかじっただけ……。感心してもらえるほどの事じゃないわ。本当に『知っている』だけ。実際に自分で、『見たり』『試したり』した事なんて数えるほどしかないわ……ふふ」


 ティアは、自分を本気で感心しているらしいルークに、苦笑で答えた。

「それに……わたしも騎士団にいる分、世の中の認識はルークと大して変わらないと思うわ。訓練、訓練で気が付いたら、ひと月近く部屋にもどっていないなんて事も珍しくないし……。よく考えたら、ダァトの街の事も何も知らないかも……何年も住んでるのに……」

「ふーん……って!? ヒトツキも何すんだよ!?」

 ルークは、自嘲気味の「大した事ではない……」という口調のティアのセリフを、聞き流してしまいそうになるが、とっさに聞き返した。

「ふふ。まぁ、いろいろ……かな」

 ティアは、柔らかく微笑み、少しおどけたようにはぐらかす。
楽しく話せる話題ばかりでは無いのだ。

「ともかく、世の中のは、わたしみたいに『知ってる』だけで満足して、『見たり』『試したり』して『深く考える事』をしない人も大勢いるの……」

 ティアは、自嘲的にため息を一つ吐き続ける。

「言い訳みたいになってしまうけれど……その日、その日の、生活に気を取られて『考えたくても考える暇が無い』というのが正確なのかな……」

 ティアは苦笑して「そんなんじゃいけないんだけどね……」とつぶやく。
そんなティアを、ルークは不貞腐れた様な顔で見つめる。

「ふーん、ヒマ、ヒマねぇ……。それってオレがヒマジンってコトかよ?」

「え? あ……! ちがうの! そうじゃなくて……」

 言い方が、ルークにとって無神経だったと思ったティアは、慌ててフォローしようとするが……

「ハハ、分ってるって。まぁ、ヒマジンだったのは本当だしな。ねてるか、剣の修行か、テキトーに本ナガめてるか、だしなぁ……」

 ルークは、屈託なく笑った。

「ルーク、でもね……。わたしは知らない事は、それほど悪い事じゃない……知っている事が必ずしも良い事じゃないと思うの」

 ティアは、首を横に振りながら、優しく微笑んだ。

「は? なんで? 知ってた方がトクだろ? ふつう」

 ルークは、ティアの言葉に驚いた。知らない事は駄目な事、つまらない事、叱られる事と言う認識がこの七年間で染み付いた彼には、「寝耳に水」だった。

「知っているから解らない事……知らないから解る事だってあるの。例えば……そう、ダアトの美術館に『名画』って有名な絵があったの。その絵、実は水面に写った景色だけを描いた物だったの。長い間、誰もそれに気が付かずに上下逆さま……つまり、普通の風景画として飾っていたの……」

「水に写って……? あっ! そうか。たしかに水に写った方だけなんて解りにくいよなぁ」

 ルークは、「そんな事があるのか……」と楽しそうに頷いた。

「それでね……。ある日、大勢の美術家や愛好家が気が付かなかった事を、たまたま美術館を訪れた騎士が『逆さま』である事に気が付いたの。その方には美術の知識はなかったんだけど……」


『ウッ!? ハハハハハ!!』

『カンタビレ様?! ここは美術館ですよ……!』

『だっ、だって! オマ! これ! さか、逆さ! 水に写って! こんな気取って飾ってんのに! ウハハハハ』

『? ……あっ!』

『ダサ! ダサァ!! ウハハハ……は、腹が! ウハハ』

 という感じで、その後、厳重注意を受けた事を苦虫を噛むような想いで思い出しながらも、ティアは表情には出さず微笑んだ。

「確かに知識は大切だけど、時には知識に囚われない……つまり無知な視点で物事を見る必要もあるって事かな?」

「なんだかよく分からねぇけど……、剣術と同じだよな?型を気にしすぎるとダメになるんだ。師匠が言ってた」

 言いながら、首を傾げるルークに、ティアは優しく微笑み頷いた。

「そうね……。大切な事は一つじゃないのよ、きっと……」

「うーん、そっか……。よく分らねぇけど……分ったぜ!」

 二人は、笑いあい、チーグルの森を目指し、歩を進める。



 後半の絵画の挿話は、クロード・モネの「睡蓮」に関する間違いにある半導体研究者(ちなみに日本の方)が気が付いたというエピソードを元にしています。
 本編とは全く関係がなく、遅い展開がさらに遅くなるのでカットしようかと迷いましたが、原作の「仲間たち」への皮肉という事で書きました。
 サブイベントかスキットのような存在だと思って頂ければ幸いです。


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第12話 森での再会 ルークとイオン

 
 チーグルの森は、鬱蒼とした深い森なのだが、不思議と陽の光よく差し込む豊かな森であった。

 ゆえに、チーグルの森という名に反して多種多様な生物が生息している。

 当然、魔物と分類される者も棲んでいるため、よほど森に慣れている者でなければ近付く事のない場所である。
 コゲンタは、以前薬草など採りに入った事が何度かあったのだが、今回はなにやら様子がおかしかった。
 彼が森の生物たちに自分の存在を教えるための笛を吹いていたのにも関らず、コゲンタの前に魔物が立ちはだかったのだ。

 それは、『ウルフ』だった。狼、山犬とも呼ばれる魔物である。

 鼻面に皺を寄せ、背中の毛を逆立てた狼が二頭。唸り声を上げ、身を低くしコゲンタににじり寄ってきた。
 縄張りに踏み込んだとはいえ、狼の方から近付いた来る事など奇妙な事だった。

 一般に思われている程、狼はむやみに人を襲う事はない。むしろ徹底して避けるのだ。人の使う武器が自分たちの脅威となる事を、文字通り「痛いほど」理解しているはずなのだが……。

 コゲンタは、油断なく腰を落とすと、腰の雑嚢から素早く卵ほどの大きさの袋をふたつ取出し、狼たち目がけて投げつけた。
 それは、魔物が嫌う匂いを発する物質や刺激物を詰め込んだ物だった。

 一つは、前にいた一頭の鼻先に直撃して一時的に動きを封じ、二つ目は、狼に当たらず、地面に落ち破れて刺激臭を発する。

『ギャァン!』

 狼は、悲痛な声を上げ、のたうった。
 コゲンタは、再び雑嚢に手を入れ、構える。それを見たもう一頭は、後ろに飛び退き距離を取ると、低く唸りコゲンタを睨む。

「ふむ。まぁ……そう何度も通じるモンではないの……」

 コゲンタは、苦笑しつつ、そのままの姿勢で狼を見据えた。

 コゲンタは再び匂い袋を投げた。先程とは比較にならない鋭さで、袋は風を切り真っ直ぐに狼へ迫るが、狼は右に跳ね、回避する。
 しかし、狼は右前脚に鋭い痛みを覚え、転倒した。

 狼の右前脚に『コヅカコガタナ』(刀の鞘に収納されている小さな刃物)が刺さっていた。

 まずは、分り易い位置に物を投げつけ、敵が回避するであろう左右どちらかに追撃を加える時間差攻撃である。今回は右に『賭けた』コゲンタの勝ちであった。

「左に避けるべきだったの。御免!」

 コゲンタは、一気に狼に詰め寄り、鞘ごと引き抜いたワキザシで狼の頭を強かに打ち据えた。
 狼は目を回し、気絶し動かなくなった。
 そして、匂い袋の直撃で苦しでいたもう一頭を同様にワキザシで打ち据え昏倒させた。

「ふぅむ……」

 コゲンタは、打った拍子に狼の足から抜けたコヅカを拾い、懐紙で拭いつつ、目を回した二頭の狼を観察する。
 まだ若い雄と雌。おそらく「つがい」だろう。見た所、狂犬病に侵されているようでもなかった。この狼達が、若く未熟なため、コゲンタを考えなしに襲った……とも考えられなくもない。
 しかし、やはりコゲンタには何かが引っ掛かっている。

「も少し見てみぬ事には始まらん……かな?」

 コゲンタは呟くと、コヅカをワキザシの鞘に戻し、ワキザシを確かめるように握り直すとさらに森の奥へと足を向けた。

 何処からか、さらさら、と水の流れる音が聞こえてくる。近くに沢があるのだ。
 そして、コゲンタは突然、立ち止まった。

「おいおい、今度はこやつらか……? やはりおかしいぞ。この森は」

 四つの苔生した小さな岩から、突如タコやイカのような足が生え、怪しく蠢いている。
 そして、岩が浮かび上がり、赤い眼を光らせコゲンタを囲むように、ふわりふわり。と飛ぶ。

 それは当然、岩ではなかった。人の胴ほどもある巻き貝『ライオネール』だった。
池や海にではなく森の湿気の多い場所に棲み、何故か宙に浮く奇妙奇天烈な貝だ。
単純に『浮き貝』とも呼ばれている。

「お、おいおい……、待て待て! わしは何もしておらぬぞ!?」

 こちらからチョッカイを出さなければ襲ってくる事はまずないはずなのだが……。浮き貝たちは一つしかない目玉をギラリと赤く光らせ、コゲンタを取り囲んだ。
 赤い光は警告色、つまり浮き貝たちは怒っているのだ。

「もしかして、八つ当たりかの……?」

 コゲンタは、やや悲壮な苦笑いを浮かべた。
 そして、彼は腰の雑嚢から、なにやら手の平大の玉を取り出す。
そして、それを浮き貝にではなく自身の足下に叩きつけた。

 突如、大量の白い煙が吹き出し、コゲンタもろとも浮き貝たちを覆い尽くす。

「ふふん……『三十六計逃げるにしかず』っての。要するに『逃げるが勝ち』って話だ。あははは」

 コゲンタは、混乱する浮き貝たちを尻目に煙幕から飛び出し、一目散に逃げ出した。そして、チーグルの巣がある、この森の中心の大樹を目指した。

 コゲンタは走りながら、ふと空を見上げた。木々の隙間から見える青空に純白の光が柱のように立ち上っているが見えた。

「近い……! 向こうか!?」

 コゲンタは、譜術の爆発かと思った。しかし、轟音も、熱気も、衝撃もこちらには伝わってこない不可思議な光だった。普通の譜術とは少し違うと感じた。
 コゲンタは「異変の原因では……」と考え、縦横無尽に生える枝や蔓、根を擦り抜けるように避けて、ほぼ全力疾走で光の発生源へと急いだ。

 茂みの向こうから獣の蠢く気配がする。数は……多い。
 コゲンタは、気配を殺し木の陰から慎重に様子を窺った。

 狼の群れが子供を取り囲んでいた。

 数は八頭。なかなかの大所帯だ。

 しかし子供は、地に膝を着きながらも、果敢に足下に複雑な譜陣を刻み、譜術を行使しようとしている。
 狼の内の二頭が牙を剥き、子供に襲い掛かった。
 子供が右手を高く掲げると譜陣がより一層、強く白く輝き子供を中心に狼を巻き込むと、光の柱が天を貫く。

 二頭の狼は、チリも残す事なく消滅した。やはり、大した音も熱も空気の揺らぎさえ感じなかった。先ほどの光の柱と同じ物だった。

 狼たちは憎悪の唸りを上げながら、子供を遠巻きに囲む。その時、子供は苦しそうに胸を押さえうずくまった。
 譜陣は弱々しく明滅し、消えてしまった。

 狼たちが、その好機を見逃すはずもない。
 仲間を手にかけた仇を、食い千切らんと動き出した。

 しかし、狼達の進撃は仲間の悲痛な悲鳴でさえぎられた。

 一頭の狼が、首筋から血をまき散らして倒れ伏す。

「待った待った! しばらく! しばらくぅ!」

 ワキザシを抜き放ったコゲンタが、包囲の一角を斬り崩し、狼達の前に立ちはだかった。

「貴方は、エンゲーブの……」

 子供は、青白い顔を僅かに上げ、かすれた声で呟いた。
 美しい翡翠色の髪、それに彩りを添える特徴的な髪飾り、淡い若草色の法衣……

「……やはり、導師イオン……。何故このような所に?」

「それは……」

「いや、今はこの狼どもを何とかする事が先決……」

 コゲンタは、狼達から視線を外さず、視界の端でイオンの様子を窺う。走って逃げるのはまず無理だろう。
 狼は残り五頭。コゲンタ一人だけならば「どうにかこうにか……」する自信はある。
 しかし人ひとり、しかも傷一つ付けてはならない人物を護りながら相手をするというのは、少々危ない賭けだった。
「導師イオン。私めが、駄目だった時はそれを奴らにぶつけて風上へ。まぁ、なんとか致しますがの。一応、用心のため……」

 コゲンタは、匂い袋と煙玉の入った雑嚢を座り込むイオンの前に置く。

「さぁ……コイツで切られるのは痛てぇぞぉ!」
 コゲンタは、ゆっくりとワキザシを前に突き出すように構えた。
 格好をつけたもののコゲンタは、待ちに徹するしかない。

 その時、均衡を打ち破る者が現れた。

「おぉっらぁぁぁっ!!」

 雄叫び共に地面を這う衝撃が一頭の狼を襲い、動きを一時的に封じる。そこへ一発の緋色の砲弾が、狼に降り注ぎ叩き潰した。
 それは、砲弾ではなかった。それは、コゲンタの束の間の旅の道連れにして、泥棒扱いされた緋色の髪の少年……

「ルーク殿……!!」

 ルークは、狼にダメ押しの蹴りを入れると飛び上がって、宙返りでコゲンタとイオンの目の前に降り立った。

「大丈夫か!? おっさん! そっちのヤツは!?」

 見事に着地したルークは、肉厚で緩やかな反りのある、頑健さと鋭さを兼ね備えた片刃剣を正眼に構えつつ、大声でコゲンタとイオンに呼び掛ける。

「ああ、まだ何ともない。導師イオンも怪我はないようだが……」

「そうか! おっさん、オレが突っ込む!ソイツを頼む! オレはヴァン師匠の一番弟子だ! やってやるさ!!」

 正に『勇猛果敢』だった。しかしそれは、今すぐに逃げ出してしまいたい心を抑えつけてための『必死の勢い』だった。

「ルーク殿、落ち着きなされ。狼相手に力押しは上手くないですぞ。ここはじっくり確実に守ろう。」

 コゲンタは、今にも飛び出そうとするルークを、強めの口調でいさめた。

 その時、美しくも妖しい旋律が響く。
 紫水晶色の闇の音素が泡立つように、狼たちの足下から包み込み、聴覚だけでなく五感に働きかけ、狼たちを、静かに優しく深淵の眠りへと誘う。
 ばたばた、と次々に倒れ伏す狼たち。見れば、皆静かに寝息を立てている。

「これは、ユリアの譜歌……『ナイトメア』?」

 イオンは、やや目を見開き辺りを見回す。
 すると、ゆっくりと歌声が近付いて来た。

 倒れた狼に慎重に近付き、危険は無いか爪先で突いて確かめるルーク。

「ティア! やっぱスゲーな譜歌!」

 狼が完全に寝入っている事を認めると、ルークは戦いの緊張感を消して邪気の無い笑顔で歌声の主に手を振る。
 つられる様に、イオンも同じ方向を見た。

「ルーク……いきなり飛び出したりしたらダメよ。危ないわ……」

「イーじゃん、なんとかなったんだしさ。あっ、それよりコイツ! なんか顔色ワリィぞ?!」

 屈託の無い笑顔で軽口を叩くルークだったが、イオンの事を思い出しティアを彼の前に引っ張る。

「イオン様……失礼致します。どうか、御心と呼吸を楽に。御身体の音素の乱れを整えます……」

 ティアは、寄り添うようにイオンの隣に跪き、優しい手付きでイオンの背中に手をかざす。
 ティアが、静かに聖句を唱えると、淡い柔らかな光がイオンを優しく包んだ。
 しばらくすると、蒼白だったイオンの顔に朱が差し、額の脂汗も引き、苦しげだった呼吸も静かなものに戻ってきた。

「ありがとうございます、音律士殿。だいぶ楽になりました。もう大丈夫です……」

 柔らかく微笑んだイオンは、音叉の杖を支えにゆっくりと立ち上がった。

「改めてお礼を言わせて頂きます。ぼくはイオン、ダアトの導師イオンです。騎士殿、音律士殿、剣士殿、あなた方のお名前を教えて頂けませんか?」

 イオンは、ルーク、ティア、コゲンタの顔を順に見回し、なんの躊躇いもなく、深々と頭を下げた。

「き、騎士!? オレのコトか?!」

 ルークは、予期せぬ敬称にうろたえ思わず聞き返した。
 イオンは、「ええ……」と微笑み、頷いた。

「やめろよ! 礼を言われるほどのコトじゃねぇよ! だいたい、初めに助けたのは、このおっさんで、魔物を倒したのはティアだし……。もしかして、イヤミか?!」

 ルークは、たまらなく嬉しい気分を隠して(どちらかと言えば失敗していたが……)、横柄な口調でイオンの謝辞を突っ返す。

「いいえ、嫌味など……。貴方がいなければ、ぼくは勿論、剣士殿も無事では済まなかったでしょう。それに音律士の譜歌は、戦士の剣や盾があって、初めてその力を発揮するのです。ですから、貴方と貴方の剣技に、敬意を払うのは当然です。本当にありがとうございます」

 
 イオンは、あたかも神に祈りを捧げるように、両手を組みながら微笑み、再び頭を下げた。

「おがむな! わかったよ! ルーク、オレはルークだ!」

 ルークは「終わり、終わり!」と言わんばかりに吐き捨て、そっぽを向いた。

「ルーク殿……古代イスパニア言語で『聖なる焔の光』を表す名前ですね。勇壮ですが優しい響きの良い名前ですね。貴方のような方に相応しい」

 イオンは、何の照れも気負いもなく賛辞をルークに贈る。

「……殿はいい。オマエに言われると、なんかヘンな感じだ。オレもイオンって呼ぶからさ……」

 意地を張るのにも疲れたルークは、何かを諦めるかのようにため息をつきつつ言った。

「はい! ルーク!」

 イオンは、花が咲いたように微笑み頷いた。
 ルークは、「何が嬉しいんだか……」と吐き捨てそっぽを向くが、不思議と悪い気はしなかった。

 そして、世界の運命を変える出逢いが、また一つ紡がれた。



 今回の動物(狼)の描写は、アーネスト・T・シートンの「シートン動物記」を参考にしています。
 いつの頃からか、狼という動物に興味を持ち、魅力を感じていたので、少しだけですが描く事ができて楽しかったです。
 ちなみに、シートン動物記は物語としても面白いので、ぜひ一度お読みになる事をお勧めします。


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第13話 バレた 知ってた 年の功

「剣士殿、先程は危ない所を……。貴方もローズ夫人の館でお会いしましたね?」

 イオンは、今度はコゲンタの方を見て微笑んだ。

「申し遅れました。拙者はイシヤマ・コゲンタ。姓がイシヤマ、名がコゲンタでござる。エンゲーブの雑用係のような者でござる。お見知りおきを……」

 コゲンタは、その場に手足を着き、額を地に付けるように深々と頭を下げた。

 ルークは、その光景に唖然とするが、イオンの方は、特に驚いた様子もなく困った顔をしていた。

「剣士殿、どうか頭を上げて下さい。命の恩人を跪かせるなど、導師として……いいえ、イオン自身としてしたくない。どうか楽に」

「……では、剣士殿はご勘弁くだされ。そのように勿体付けられては肩の力が、どうにもこうにも……。あははは」

 コゲンタは、下げていた頭を上げ、イオンに屈託の無い笑顔を向けた。

「それはいけませんね。では、コゲンタと呼ばせて頂きます」

 イオンも、コゲンタにつられて笑顔になり、頷いた。
 そして、今度はティアに向き直るイオン。
 ティアは、すぐさま跪き、深々と頭を下げた。

「貴方も、どうか楽になさって下さい。ここは公の場ではないのですから……お久しぶりですね。メシュティアリカ・グランツ響長……いえ、今は謡長でしたか?」

 ティアは、一国の元首にして、ローレライ教団の最高指導者である導師イオンの口から一兵卒の自分の名前、その上階級まで正確に聞かされて、驚いた。
 しかし、「久しぶり」とは?
ティアは、思わずイオンの顔を見上げた。
 そして、少し悪戯っぽく微笑むイオンと目が合った。

「お久しぶり……と言っても、ぼくの方を一方的に貴方を知っているだけなのですが……。ふふふ」

 改めて思えば、確かに自分は良い意味でも悪い意味でも、神託の盾騎士団の中では有名だと、ティアは納得した。
 主席総長の実妹。兄の七光り。入団早々、師団長の側付きになった。カンタビレとただならぬ関係……と話題の種には事欠かなかった。などとティアが内心納得していると、イオンは、思い出に浸るように瞳を閉じ、

「昨年のレムの感謝祭。貴方の譜歌は素晴らしかった……」

と呟いた。

(そっちですか……)

 ティアは、声や表情には一切出さず、内心で頭を抱えた。

 レムの感謝祭とは、草木を育む母なる光の晶霊レムに、感謝と豊穣の譜歌を捧げ、新年を祝う一大宗教行事である。
 一年前、感謝祭のトリを務めるはずだった音律士の少女が、緊張のあまり倒れてしまった。その代理を引き受ける事になった(本人の了承もなくカンタビレに決められた……)ティアは、大観衆の前で、譜歌を披露したのだ。
 ティアにとっては、はっきり言って『消し去りたい過去』の一つだった。しかし、自分の給金では絶対に手を出せない煌びやかな衣装を、着る事ができたのが嬉しかったというのは内緒の事だった。
 ティアは、とりあえず、話題を逸らすためにも“元”臣下として、イオンの真意を確かめなければと、口を開いた。

「改めまして、私は“元”ローレライ教団 神託の盾騎士団第六師団所属メシュティアリカ・グランツ謡長であります。お見知り置きを……」

 ティアは、静かに恭しく頭を下げ、名乗った。

「カンタビレの隊でしたね。しかし、“元”ですか?」

「はい、“元”です。イオン様、私の事よりも。ダアトでは貴方様が行方不明と……、誘拐されたのでは?とも言われております。秘密裏にですが、主席総長を始め、多くの者が捜索に出ております……」

 ティアは、努めて冷静に抑揚のない声で言った。

「行方不明? ぼくがですか?」

「はい。そのイオン様が何故マルクト軍の方々と? それに、何故このような所に、お供も付けずに御一人で?」

 ティアは、いつしか硬く重々しい口調になっていた。

「それは……」

 イオンは、咎められている気分になったのか口籠る。
 しかし、思わぬ人物から助け船が出された。

「おい、ティア! “元”ってなんだ!? “元”って!? もしかして、オラクル辞める気か!?」

 ルークが、イオンとの間に割って入るように、ティアに詰め寄った。

「もしかして、『あのコト』気にしてんのか!?」

 ルークは、ティアの両肩を掴み、問い詰める。

「『アレ』は、オマエは悪くねぇって言っただろ!」

「ル、ルーク……。いたい……」

「あっ、悪りぃ!」

 ルークは、慌ててティアを放すと、バツが悪そうに頭を掻き、そっぽを向くように離れた。

 『あのコト』だとか『アレ』などと意味深な言い回しだが、勿論『超振動でマルクトに飛ばされた事』という事を言っているのだが……。

『絆が伝説を紡ぎだす物語』?『永遠と絆の物語』?『あのコト』『アレ』の部分をも少し詳しく……と、妄想を巡らすおっさんが一人。
 一方、心優しい少年導師は、恩人の力になりたい一心で……

「それは、もしやルークが、キムラスカ王家筋の方という事と関係しているのですか? ぼくに出来る事なら……」

 と、ルーク達にとって、ここマルクトでは『地雷』とも言える言葉を口にした。

「イオン! しぃー! しぃー!」

 ルークは、弾かれたようにイオンに飛び付き、慌てて口を塞いだ。

「むくう……むぅ!」

「ルーク! 落ち着いて……! イオン様の呼吸が……」

 ティアは、イオンが、苦しそうに呻いているのにすぐさま気が付いて、ルークを諌める。

「わ、悪りぃ! 大丈夫か!?」

 今度も、慌てて手を放すルーク。

「は、はい……なんとか……」

 イオンは、驚いたような表情のまま、言った。

「ええと……イシヤマさん。ルークは……その……」

 ティアは、マルクトの民であるコゲンタに、ルークの事を誤魔化そうと口を開くが、良い言葉が見つからない。

「ルーク殿が『キムラスカ王家ゆかりの方』って話ならば、誤魔化す必要はない」

「え……?」

「渓谷でお会いした時から、もしかしたらと思ってはいた。だが心配御無用。その事は誰にも他言しておらん。無論、ローズ殿にもな……。あははは」

 コゲンタは、二人の緊張をほぐすように、快活に笑った。

「おっさん、気が付いてのかよ!?」

「自分も元々はキムラスカの生まれですからの。ま、見る者が見れば気が付くであろうが……ルーク殿のような鮮やかな赤毛と碧眼の組み合わせはキムラスカ王家以外では珍しいですからの」

 コゲンタは、なんでもない事のように笑う。

「その様子じゃあ相当な大御所のようだ。まっ、なんにしても、肩を並べて剣を振るい、助け合った御仁を裏切るような卑劣な真似はこの腰の物に誓っていたさん……って話だの。あははは」

 コゲンタは、「まっ二束三文のナマクラだがの……」と、腰の脇差しを軽く叩き、柔らかく笑う。

「ティア……」

 ルークは、振り返りティアの顔を伺う。

「イシヤマさん、信じてよろしいんですね……?」

 ティアは、切れ長の眼をさらに細め、コゲンタを真っ直ぐに見つめる。

 コゲンタは、その視線を真っ向から受け止め、頷く。

 それを見たティアは、ルークに微笑みながら頷いた。

 ルークはほっと胸を撫で下ろした。

「まっ、つもる話もあるだろうが、ここでは何時、狼どもが目を覚ますか解らんからの。せっかく死なせずに済んだ奴もおるのだ。逃がす手はないぞ」

 コゲンタは、譜歌によって、深い眠りに着いた狼たちを指差しながら、ルークたちを見回した。

「そうですね。すでに彼らを手に掛けたぼくが言える事ではありませんが、無益な戦いは避けたい。」

 イオンは、コゲンタの提案に頷き、悲しそうに狼たちを見つめた。

「オマエ、あんなスゲー譜術使えるクセにヘンな奴だな?」

 ルークは、そんなイオンに嫌味にも聞こえる事を口にした。無論ルークに他意はなく、イオンの譜術を心から感心し、あれほど凄まじい譜術を駆使する彼が、「戦いたくない……」と言うのが不思議だったのだ。

「ふふふ、ヘンでしょうか? 争い事が苦手と言うのもあるんですが、ぼくの身体は、先ほどの譜術『ダアト式譜術』を使うに向いていないのです。すぐに疲れてしまって……」

 イオンは、自嘲的に笑った。

「ふーん。じゃあアレ、もう使うな。おまえは後ろで見てろ」

 ルークは、特になんでもない様に言ったつもりだった。しかし、イオンの反応は違っていた。

「あ、ありがとうございます、ルーク。護って下さるんですね? 感謝いたします」

 イオンは、再び神に祈るように手を組み、頭を下げる。

「カンチガイすんな! また倒れられて運ぶのが、メンド―なだけだ! 女のティアやおっさんのおっさんに運ばせるワケにはいかねぇだろ!」

 ルークは、乱暴な口調で吐き捨てた。

 しかしイオンは、そんな事は気にせず、さらに顔を綻ばせた。

「ルークは、優しい方ですね」

「ダレが優しいってんだ! ア、アホな事言ってねえで、サッサと行くぞ!!」

 ルークは、イオンからの謝意に耐えきれなくなり、逃げるように目的地に向かって歩き始めた。

「ルーク、待ってください……!」

 それに、イオンも続く。

「んん?」

「え……?」

 ルークとイオンはふと、ある事に気が付いた。

「え、ええと……?」

「むう……?」

 ティアとコゲンタもそのある事に気が付いた。

 四人は、ほぼ同時に振り返った。



 拙作のティアと原作のティアの違いは、拙作のティアが自分が騎士失格だと思っている事です。
 それは一体何故でしょう?
 少し嫌味っぽくなりましたが、個人的には拙作の展開の方が、彼女の設定だと違和感が少ないかなと思います。如何だったでしょうか?
 よろしければご意見をお聞かせください。
 


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第14話 チーグル発見! 這い寄る影


『GAUUUU……』

 ソレは猛っていた。無機質で虚ろな眼球を、上下左右に走らせる。ソレの目当ては、見付からなかった。

 ソレは苛立たしげに、丸太のような両腕を無造作に振った。二本の木の幹が弾け、崩れ倒れた。

 そして、糸で粗雑に縫い合わされた、感情や知性を全く感じさせない口から、不気味な呻きが漏れた。

『GUUU…I…N…! DOCO…D、Da……!!』

 ソレは、倒れた木々を蹴散らし、一直線に森を進む。

『I……ION!』


 ルークたち四人は、ある違和感に気が付いて、四人同時に振り返った。
 交差する四つの視線。そう交差してしまっていた。
 ルークは、ティアと目が合った。だが、ルークはすぐに逸らした。
 イオンは、コゲンタと目が合った。お互いに愛想笑いを浮かべる。

 何故、ルーク達の目が合ってしまっているのか……?

 それは何故か?

 そう、答えは簡単。
ルークとイオンは“森の奥”へ向かい。ティアとコゲンタは“森を出よう”としていたから。

「えぇと、あのう……?」

「あ~……ははは……」

 困った様に苦笑し合う、イオンとコゲンタ。
ティアもまた困った顔で、ルークを見つめる。しかし、やはり彼はすぐに目を逸らした。何故か顔が、やや赤い……
 小首を傾げるティアだったが、気を取り直してルークとイオンに問いかける。

「ええと、その……ルーク、イオン様、どちらに……?」

 ルークは逸らしていた視線をティアに戻し、「いまさらなんで、そんなコト?」という表情で、彼女の質問に答えた。

「チーグルのトコに決まってんだろ? そー言ったろ?」

「ルークもですか?! それは心強い……。ぼくもチーグルに遭わなければ……遭わなければならないんです。導師イオンとして……」

 イオンは、神に感謝するような口調で笑った。しかし、その笑みはすぐに深刻な表情に変わった。

「なんだ? オマエもチーグルが目当てか? ちょうど良かったな。ついでに連れてってやるよ、ついでにな! 感謝しろよな!」

 ルークは、何故か途中で気恥ずかしくなり、裏返った声で横柄な口をきいた。

「ルーク……」

 イオンは、そんなルークに感謝の微笑みを送る。ルークは、すこぶる居心地が悪くなり、歩き出そうとした。

「イオン様、お待ちください。ルークも、お願いだから少し待って」

 というティアの努めて冷静な声が掛けられたのは、その時だった。

「ルーク……。 さっきのウルフ達を見たでしょう? この森は危険なの。私達がいくら縄張りを侵したからといって、彼らが無暗に人を襲う事は異常なの」

 ティアは、続けて言った。
 コゲンタは、ティアの言葉に同意するように、頷いている。

「魔物除けの……というか、魔物に人の存在を教えて、寄って来ないようにするための笛で、逆に寄ってきましたからの。あははは」

 コゲンタは、複雑な表情で苦笑し…… 

「それに、私はやんごとなき方々を連れて、無茶をするほど『自惚れ屋じゃあない』という話でござる。あはは」

と続けた。

「つまり……『行くな』と?」

 イオンは、悲しそうにコゲンタを見返した。

「恐れながら、そういう話で……」

 しかし、コゲンタは苦笑しながら頷くのみだった。

「イオン様……、導師という御立場から教団の象徴たるチーグルの事を、お考えなのは解ります。ですが、私ではイオン様を御守りする力量も資格もありません……」

 ほとんど抑揚の無い声と眼差しで、ティアはただ『自分が弱い』という事実を告げ、さらに続ける。

「しかしながら、それはイオン様が御一人なのが問題なのであって、導師守護役マルクト軍の方々と御一緒ならば……。魔物との戦闘ではぐれてしまわれたのなら、一度エンゲーブに戻られて、はぐれてしまった方々と合流できる様、残っているマルクト軍の方々に連絡をして……」

「いいえ、森へは一人で来ました。ジェイドもアニスも此処にはいません。譜術で動きを封じてきましたので、すぐには追って来られないでしょう。悪い事をしました……」

 イオンは、ティアの提案をさえぎるように凛然と言った。
 ティアは、最後の譜術の下りで、ただ立っているだけなのに滑って転びそうになった。しかし、なんとか踏み止まる。しかし、今のは、聞き流すべきだろうか?

「恐れながら、ともかくお帰り下され。申し開きも、わしらにではなく御供の方々にお願い致す」

 コゲンタは、冷静にあたかも突き放すような事を言った。

 それを聞いたイオンは、悲しそうに俯いた。華奢で、実際の身長よりも小さく見える身体が、さらに小さくなったようだ。

 ティアは、イオンの捨てられた子犬のような雰囲気に胸を突かれた。

「何卒、お帰り下され」

 しかし、コゲンタも内心「顔に似合わず破天荒な事を……」と驚いたが、あくまでも子犬とその辺りは無視して、冷静に言った。

「おいコラ! おっさん! ケチケチせずに連れてってやればイイじゃねえか!? 一人でこんなトコまで来るヤツだぜ? どうせ、また一人でムリして、さっきみたいになるだけだ! ……なぁ?!」

 イオンに救いの手が差し伸べられた。それは、ルークだった。

「ルーク……。はい! 何度だって! ぼくは、ぼくに出来る事をしたいんです。どんな事でも……」

 イオンは、ルークからの救いの手に喜びながらも、何かに耐えるように声を漏らした。

「別にケチケチして言っておるわけではないんだがの……。う~む。よし、分った! 確かにこんな所まで来て『すぐ帰れ!』ってんじゃ酷な話だ。チーグルの件、導師イオンにも見届けて頂こう!」

 無表情だったコゲンタの顔が緩んだ。

「あっ、ありがとうございます! コゲンタ!」

 イオンは、花が咲いたように微笑んだ。

「ただし! チーグルを見つけ、事情を聞いたらば、その事情がどんなモンでも、帰って頂く。これは譲れませぬ、よろしいか?」

 コゲンタは先ほどと違い、感情はこもっているが、厳しい口調で言った。

 彼の目は、イオンを真っ直ぐに見つめている。

「……はい、分りました。どちらにしろ、ぼく一人では行けないのだから……。コゲンタの指示に従います」

 まだ少し不服そうだったなイオンだったが、何かを思い直したように平民のコゲンタに、躊躇いなく頭を下げた。

「やっ! これは。はっはぁぁぁ!」

 コゲンタは慌てて、地面に飛び込むように、土下座した。

「もうイイから行こうぜ!!」

 もういい加減、面倒くさくなったのか、ルークは声を上げ、駆け出した。

「ルーク! 一人で先行するのは危険だわ。待って……」


 ルーク達は、チーグルの巣穴を目指し、森を進む。

 コゲンタが先頭を務め、音に敏感な音律士のティアを殿(しんがり、行列の最後尾)に、ルークとイオンを挟むような陣形を取っていた。
 ルークは初め、「オレが先頭だ!」と息巻いたが、コゲンタの「導師イオンを守りつつ、状況に応じて、わしかティア殿を援護をしてもらう重要な役で、一番動きの速いルーク殿しか任せられん……」という口車、もとい、要請によって、ルークは今の陣形を快諾し、現在に至る。

 ルークは、物珍しそうに、あちこちに視線を送る。

「スゲェ……。なんかワカんねぇけど、スゲェ。ゴチャゴチャしててフクザツだ」

「緑の密度に、圧倒されますね……」

 イオンもまた、遠慮がちだがあちこちを見回している。

 ティアは、ルークとイオンの反応を微笑ましく思った。そして、「来た価値があったかも……」とも思い、改めて、二人を守ろうと心に誓った。

 その後も、何度か森の魔物と遭遇し、戦いとなったが、コゲンタの匂い袋で怯ませると、すかさずティアの譜歌『ナイトメア』で行動不能にしすると、ほとんど戦いらしい戦いをせずに、無駄な流血を避けて進む一行。

 しばらくして、ルークが妙な物を見つけた。
 けもの道の真ん中に、赤い拳大の物が落ちていた。

「あん? リンゴ? なんでこんなトコに?」

 そう、それらしい木も無いのにリンゴが一つ「ぽつん……」と落ちていた。

 コゲンタが、後続のルーク達を手だけで制し、一人で近付いて行く。

「ふぅむ……」

 コゲンタは、慎重にリンゴを拾い上げ、しげしげと眺めると、リンゴを、皆にも見えるように軽く掲げて、ルーク達の下へ戻ってくる。

「村の焼き印がありますね……」

「エンゲーブの物で、間違いない様ですね。チーグルは、ここを通ったという事ですね」

 ティアとイオンが、リンゴを見て呟く。

「落としていきやがったのか? マヌケなヤツらだぜ! ハハハ」

 ルークは、チーグル達の失敗を嘲笑う。

「いやぁ、全く全く。そのマヌケ、まんまと物を盗まれた、わしらは一体……?」

「きっ……気にすんな! おっさん! ハハハ」

 それが同時に、コゲンタへの侮辱になってしまった事に気が付いて、笑ってごまかす。

「もしかすっと、まだ近くにいたりしてなぁ!」

 ルークは、ごまかしついでに、辺りを見回す。

 それは唐突に草叢から現れた。

 それはコザルのような、リスのような、コブタのような……。短すぎる手足に巨大な耳、能天気を絵に描いたような黄色の不可思議な動物だった。

「な……!?」

「みゅ……?」

 眼が合った。真ん丸なドングリ眼と眼が合った。

「チーグルです!」

 イオンが思わず声を上げた。

「みゅ、みゅう!」

 チーグルは、イオンの声に驚いたのか、一目散に逃げ出した。

「あ! イオン! バカヤロ!!」

「す、すみません! つい……」

 ルークは、イオンを咎めるが、そのやり取りは友人同士のようで、それほど刺が無い。

「それよりイオン、追うぞ! 走れるか!」

「ルーク……、落ち着いて。森の中を走るチーグルに、人が追いつくのは難しいわ」

 ティアは、今にも走り出しそうなルークを諌める。

「じゃあ、どうすんだよ? もしかして、居場所のわかる譜術でもあんのか?」

 ルークは出鼻をくじかれたので、不貞腐れたような顔をするが、すぐに「興味津々」といった顔になり、身を乗り出してティアを見た。

「ふふ……。当たらずとも遠からずね。チーグルは魔物の中でも、音素の扱いに長けた種族なの。さっきのチーグルも風の音素を纏って加速していたから」

「へぇ、ナマイキなヤツらだな。……つまり、どういう事なんだ?」

 ルークは、顔をしかめながらも、首をひねりティアに先を促した。

「つまり、風の音素の痕跡を辿って進めば、チーグルの巣にたどり着けるはずって事よ」

ティアは少しだけ、得意げに微笑んだ。

「スゲェな! 譜術士スゲェ!!」

ルークは、そんなティアに憧れの眼差しを向けた。

「よっし! オマエらいくぞ! 待ってろよチーグル! ぜってー『ぎゃふん』って言わせてやるぜ!!」

 ルークは拳を振り上げ、穏やかではない台詞を口にした。

「あの……、ルーク。出来れば穏便な方向で……」


「言葉のあやだよ! イチーイチ気にすんな! ほら、おっさん先頭まかせたぞ!」

「あははは。よし参ろう。ティア殿、誘導を頼む」

「はい」

 ルーク達は、チーグルが姿を消した方向へ歩き出した。



『GUUU……!』

 ソレは、直感的に何かを感じ取った。

 首を緩慢な動きで、ある方角へ向けた。

 ルーク達が向かった方角と同じ、チーグルの巣があると思われる方角だ。

『…I…O…N…!』

 ソレは無惨な唇を「ぬたり……」と歪め、何の迷いもなく、巨体をその方角へと向けた。



 冒頭に登場した謎のクリーチャーは一体? 何故イオンを追うのか? 果たしてその正体は? 
(棒読み)(笑)

 ここでイオンの同行を自然に認めてしまうのは、逆に不自然だと思いまして長々とその辺りの話を描きました。如何だったでしょうか?


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第15話 不思議な木と新たな仲間

 
 ルーク達は、ティアの誘導で、チーグルの後を追っていた。
 そんな中ルークは、ふと、ある事に気が付いた。

「なんか……? ヘンじゃねぇか? この辺り。魔物のヒリヒリした感じがしねぇ……?」

「そうですね……。なんだか、穏やかです」

 イオンが、ルークの言葉に頷いた。
 先ほどまで、森を覆っていた緊迫感は鳴りを潜め、暖かで優しい木漏れ日の中を小鳥たちが、遊びさえずっていた。

「この辺りの木、あれも、これも、向こうのも魔物を寄せ付けない不思議な木だ」

 コゲンタが、いくつもの木を指差し、言った。そして……

「まっ、どうしてなのか、カラクリの方は、わしにはサッパリなのだが。あははは」

 と、頭を掻きながら、付け加えた。

「あんだ、そりゃ……?」

 ルークは、呆れ交じりに苦笑した。

「私も、見るのは初めてなのだけど、あれは、『ソイルの木』という種類の木で、魔物を寄せ付けない……正確には凶暴性を抑える香りを発するの。だから、『ウルフ』や他の魔物がいなくなったわけではないと思うわ。」

 ティアが、コゲンタの説明を補足した。

「これが、『ソイルの木』……。確かに不思議な感じのする木ですね。」

 イオンも、この木の事を知っていたらしく、改めて木を見上げた。

「そうかぁ? 香りったってトクに匂いなんてしないぞ?」

 一方、ルークは首を傾げながら、鼻を動かす。

「ふふ……。私達には無理よ。人の嗅覚では嗅ぎ分けられない位の香りだから……」

「ふーん、なるほどなぁ」

 ルークは頷きながらも、「ソイルの木」とやらが今までの森の木々とどう違うのか分らなかった。

 一行は森を進む。
 と、その時、最後尾にいたティアが立ち止る。

「ん? ティア、どした? おっさん、ティアが……」

 ティアの様子に気が付いたルークは、コゲンタを呼び止める。

「風の音素が、ここで途絶えています……。ここで行使を止めたのね……」

 ティアが静かに告げた。

「じゃあ、もう追っかけられねぇのか? どうすんだ?」

 一方のルークは、少し慌てて言った。

「いや、どうやら着いたようだぞ。ほれ」

 コゲンタが、木々の間の空を指差しながら、言った。


 ルークは初め、それを山だと思った。

「あれがチーグルが巣を作っておる大樹だ。わしもここまで近付いたのは、初めてだの」

 コゲンタが言った。

 『大樹』という事は、あれは一つの木。その大きさは、ルークの想像を超えた物だった。


 大樹に向かって、しばらく歩くと一行は開けた場所に着いた。

「でっ…けぇ……」

 大きな泉の真ん中に大樹が悠然と鎮座し、たくさんの枝葉を空へと掲げている。
 ルークは、物語に度々登場する『世界樹』が本当にあるとすれば、「こんな感じだろう……」と思い、樹を見上げた。
 巨石のような幹を、複雑に絡み合った根が支えている。これならば、チーグルくらいの大きさの動物なら、住み着くのに十分な大きさの洞なり窪みなりがあるだろう。

「樹齢は、軽く千年は超えているでしょうか……?」

 ティアが言った。

「千年……。言葉だけで気が遠くなる年月ですね……」

 イオンは、ティアの言葉にどこか遠くを見るような眼になり、大樹を見上げた。

「なかなか良い所だの。用事がなけりゃ、二、三日ゆっくりしたいところだのう。あはは」

 などと、コゲンタは益体の無い事を言いつつ、辺りに視線を巡らす。

「あっこら辺から、根元に行けそうだの?」

 ルーク達の現在位置から、ほぼ反対側に大樹の根に苔や腐葉土がたまってできた自然の橋があった。

 一行は、泉をぐるりと回って橋を渡り始めた。

「へへ! いよいよゴタイメンってわけだ。目に物見せてやるぜ!」

 ルークは、イタズラっぽい笑みを浮かべて、拳を鳴らした。

「ルーク……! あまり乱暴な事はしないで下さい。チーグル達にも、きっと事情が……。それに、まだ彼らが犯人と決まったわけでは……」

 イオンは、そんなルークを諌めるようにチーグル達を擁護する。

「だからぁ、言葉のアヤだって! それに……」

 ルークは屈託なく笑い、大樹の根で凸凹になった地面を「けんけんぱっ……」という調子で軽やかに飛ぶと……

「もう決まったようなモンだ! ほら、また何か落ちてたぞ! イモか? これ」

 窪みになっていた場所から、ジャガイモを拾い上げ、コゲンタに放って寄こした。それにしても、よく見つけた物である。

「おっとと。確かにウチで採れた物だの。焼き印がある……。まっ、落とし前を着けさせるにしろ、見逃すにしろ……話を聞いてみない事にはの?」

 コゲンタは、片手で受け止めたジャガイモの焼き印を確認すると、笑顔になり、全員を見回した。

「はい……!」

「そうですね……。まずは話を聞かないと……」

 コゲンタの言葉に、イオンとティアが頷いた。

「さっきから、話す話すって……。相手は魔物だろ? 言葉なんか……んっ? ワカんだっけ?」

 ルークだけは、首を傾げて、疑問を口にした。


「歳を経た魔物は、人の言葉を理解して喋る事もあるらしいけど……」

 ティアが言った。

「へぇ~、チーグルって『そう』なるスゲェ種類なのか?」

 ルークは、ティアの言葉に感心し、質問したが……。

「ええと……。さぁ?」

 ティアは、頼りない返事を苦笑して誤魔化した。

「伝承では、始祖ユリアに力を貸したと言われていますから、話せるようになる個体もいるかもしれませんね」

 イオンが、ティアのフォローするように説明する。

「あのナリで……? 想像できませんのう……」

「ああ、全くだよ。いや、むしろしたくねぇよ。なんかブキミだ」

 二人は、そろって首を振った。
 一方、ティアは、二人と違ってチーグルが喋る事を「まるで、夢のよう……」と思っていたのだが、口には出さないでおいた。

 そうこうしている内に巣穴の入口に着いた。
 どうやら、太い根が大樹を持ち上げるようにしてできた穴のようだ。

 ルークには、まるで奇怪な生き物が大きく口を開けているように見えて、不気味だった。思わず「ごくり…」と唾を飲んだ。

「いよいよ……ですね」

 イオンが、一歩前に進み出た。

「あぁ、待った待った。勝手は困りますのう。先頭はわしですからの」

 コゲンタは、イオンの行く手を遮るように前に出た。

「導師イオン。貴方様に毛筋一つの傷でも付けようものなら、神託の盾総出で八つ裂きにされてしまいますからの……逃げるのは得意だが『限度』ってモノがある。あはは」

 コゲンタは、まるで散歩にでも出かけるように気安く穴に潜っていく。

「あ、そうそう。大丈夫なようなら声を掛けますでな、それから入って来て下され」

 コゲンタは一度振り返って、ルーク達に声を掛けると、穴の中へ消えた。

 ルークは、コゲンタの背を見つめながら、眉間にしわを寄せ難しい顔をしていた。

「ルーク、どうしたの? 怖い顔して?」

 それに気が付いたティアが、言った。

「んん……いや、その……さすがに『ヤツザキ』はねぇよな?ハハハ」

 ルークは、渇いた笑いを浮かべた。

「そう、ね。『総出』で『八つ裂き』はない、かな……?」

「……」

 それは、そんな事をするのがあり得ない事なのか、ただ『総出』と『八つ裂き』がないだけなのか、ルークには分らなかった。
 ティアに、もう一度問い直そうとした時……

「おぉーい! 導師イオン、ルーク殿、ティア殿! 入って大丈夫ですぞぉ」

 穴の中のコゲンタから、声がかかる。

「あ……、光の子らよ……『アピアース・ライト』。さぁ、行きましょう。ルーク」

 ティアが、杖の先に光の音素を集めると杖の先端が淡く発光し出した。照明には、十分な明るさだろう。

「ティア、ぼくの杖にも光の音素を」

 イオンは、自身の細身の杖を掲げ、ティアに歩み寄った。

「え……でも、それは……」

 しかし、ティアはイオンの体調を気遣い、躊躇する。

「大丈夫ですよ。そのくらいならば、何ともありません」

 イオンは、ティアを安心させるように微笑むと、杖の先と先をそっと合わせた。蝋燭の灯火を分けるように光の音素がイオンの杖にも宿った。

 一方、なんだか誤魔化されたような気分のルークだったがとりあえず「傷一つ負わないし、負わせねぇ」と気合を入れ直した。

「よっし! 行くぜ!」

 ルークは、いつでも抜剣できるように剣の柄を軽く握りつつ、コゲンタに続き、樹の穴へと足を踏み入れた。

 穴の中は、思った以上に広く大樹の根が絡み合い、半球を形作っていた。そして、何故か仄明るい。そこにイオンとティアの音素の灯火が加わり、辺りをよく見渡す事ができた。

 そして、ルークの目に映ったのは、見渡す限りのチーグル、チーグルチーグルチーグル……。色とりどりのチーグルが、ある者は怯えながら、ある者は身体中の毛を逆立てて威嚇し、ルークたち一行を「ぐるり……」と取り囲んでいた。

 単体でなら、「かわいいと思えなくない……」と思っていたルークだったが、これだけの数がそろった光景は正直恐怖を感じた。

 ルークは、不意に以前読んだある本の内容を思い出した。それは、昆虫の生態を生涯追い続けた男の「蜂」に関する書物だった。
 その本によれば蜜蜂は、捕食者である雀蜂を数十匹で、包み込み自分達の体温を上昇させ、『熱死』させるというのだ。蜜蜂たちは、永い時間をかけた進化により、雀蜂よりも『致死温度』が僅かに高い身体を持つに至ったとの事だった。
 ルークは、チーグルがそういう特殊能力を持っていない事を心から祈ったその時……

「さて……チーグル達よぅ! わしは、お前さんたちが盗みに入った村の者だ!」

 コゲンタの大声が巣穴いっぱいに響き渡った。
 その大声に驚いたのか、チーグルたちの動きが止まる。しかし、コゲンタはそんな事はお構いなしに続ける。

「どうして、わしのような者が来たのか……分るな?」

 ワキザシの鯉口を握り、「かちり……」と、鍔鳴りをわざと響かせた。

「我らを退治に来た……のかのう?」

 老爺なのか、老婆なのかよく分らない不思議な声がした。
 声のした方を見ると、ややくすんだ紫色のチーグルが、そこにいた。
 自分の身体ほどもある大きさの金属の輪を持つ姿は、部分的に伸びた眉毛のような顔の体毛も相まって『杖を突いた老人』その物だ。

「場合によっちゃ、ソレもあり得る。百姓からしたら作物を荒らすなら、『聖獣』も『害獣』も大差はないって話だの」

「その輪はひょっとして、ソーサラ―リングではありませんか? ユリア・ジュエが、友好の証としてチーグル族に贈ったという……」

 イオンが言った。どうやら、彼は老チーグルが持つ輪が、何なのか心当たりがあるようだ。

「いかにも……。お前たちは、ユリア・ジュエの縁者か?」

 老チーグルは頷いた。

「はい。ぼくはユリア・ジュエを始祖とするローレライ教団の導師、イオンと申します。貴方はチーグルの長老とお見受けしますが?」

 イオンは柔らかく微笑むと、軽く頭を下げた。

「いかにも……。一番、歳を喰っている、というだけではあるがのう」

 長老は髭を撫でるような仕草をしつつ、頷いた。

「やい、コラ! なんで村の食い物を荒らしたんだ?! みんなメーワクしてんだぞ!!」

 ルークは小動物が流暢に話した事の驚きを隠して、長老チーグルを睨み付けた。

「一族を存続させる為に必要だった……」

 長老チーグルは、力無く首を左右に振り、一つ疲れたため息をついた。

「しかし、長老。チーグル族は、草食のはずでしたよね。何故、人間の食べ物が必要だったのですか?」

 イオンは、小さな体を更に小さくして、うなだれる長老に同情しながらも、冷静にかねてからの疑問を口にした。

「食べ物が足りなくなった……。というわけではありませんよね? ぼくは植物については素人ですが、この森は豊かだと感じましたが……」

 イオンは、努めて穏やかな口調で質問を続ける。

「仲間の一人が誤って、北の森……ライガが住む森で、火事を起こした。幸い大きな火事にはならなかったが、『ライガの巣』が焼けてしまった。そして、ライガたちは、繁殖期の真っ最中……卵を安全に孵すために、この森へやってきた……」

 長老は、「何故こうなってしまったのか……」とでも嘆くように、呟いた。

「なるほどのう。それでか……」

「はい。恐らく」

 何かを納得したように、コゲンタと何故か顔を赤くしているティアは頷き合った。

「何がだ? 何が、なるほどなんだよ?」

 ルークが、疑問を口にした。

「森で、わたしたちが戦った魔物たちの事よ。様子がおかしいって話したでしょう?」

 何故か顔の赤いティアが答えた。

 ルークは、魔物だからといって無闇に人を襲う事はしないという話を、ティアから聞いた事を思い出すと、頷いた。

「魔物たちが苛立っていたのは、ライガたちに縄張りを盗られたからだったのね……」

「追い出そうにも、成獣のライガは、ドラゴンにも匹敵する『正真正銘の魔物』だ。山犬……狼たちでは話にもならぬだろうのぉ……」

 コゲンタとティアは、それぞれ納得したというように、言った。

 ルークには、その『ライガ』がどんな魔物なのかは分らなかったが、ドラゴンなら知っていた。

 ドラゴンと言えば、最強の代名詞と言っても過言ではない。もちろんドラゴンにもピンからキリまでいるだろうが、英雄譚などでは最下級のドラゴンと言えども、魔物としてはかなり強い部類になっている。
 そんな魔物が、群れを成しているというなら、確かに一大事の一言だろうとルークは思った。

「ライガの仔の生餌には、我らチーグルが丁度良いからのう……」

 長老は、納得して頷いているのか、首を左右に振り否定しているのか、一眼では分らない複雑な仕草をした。

「なるほどのぅ。ソレを見逃してもらう代わりに食い物を……って話か? こちらにとってはハタ迷惑以外のなにものではないが……。ふぅむ……」

 コゲンタは、ある程度チーグル達の事情を理解しつつも、エンゲーブの一員としての意見も忘れない。
 腕を組み、難しい顔で首を捻った。

「本当に、すまなく思っている……」

 長老は、静かに頭を下げた。

「何とかならないでしょうか……?」

 イオンは、コゲンタやルーク、ティアの顔を見回した。

「ライガだったか? ソイツら住むトコ燃やされたんだろ? かなりオンビンに済ませてんじゃねぇ? だいたい弱いモンが強いモンに食われるのは普通だろ?」

 ルークは、率直かつやや辛辣な意見を口にした。

「それは、そうかもしれません……。けれど……」

 イオンが、苦しげに言った。

「むしろ、コイツらの『無いなら盗んで来よう』って発想の方がワケわかんねぇだろ?」

 追い打ちを掛けるようなルークの言葉に、イオンは、チーグルを庇う言葉が見つからず、口籠った。

「確かに、浅慮だった……」

 ルークの言葉に、ただうつむく長老。ルークはああは言ったものの、言い訳をされるよりもかなり居心地が悪いと感じた。

「『弱肉強食』……。確かに、それは一つの真理なのかもしれません。けれど、今の状態が本来の自然の形ではありません」

 一方、ルークは「センリョ? ジャクニクキョウショク? こいつ等、ムズい言葉知ってんなぁ……」と胸中で呟きつつ、知恵を絞ろうと考える。
先ほどは、『ワケわかんねぇ』と言ったものの、今はチーグル達に同情したくなっていた。

 ルークは、本来草食動物であるチーグルが狩りができるはずもなく、彼らにも「止むに止まれぬ事情」があったのだと思った。しかし、それはライガの方も同じだとも思っていた。

 では、どうしたら良いのだろうか? 誰も一言も喋らない。重苦しい沈黙が続く。

「じゃあ、話し合いでもするか? ライガも、その輪っか持ってってかもよ? ハハハ」

 沈黙に耐えかねたルークが、渾身(のつもり)の冗談を飛ばした。

「そうですね。ライガと交渉しましょう……」

 イオンは、凛とした真っ直ぐな眼差しで頷き、ルークの意見に賛同した。

「は? なに言ってんのオマエ? ジョーダンだって。なにマジになってんだよ? ハハハ……」

 ルークは、困ったように笑った。そんな彼にイオンは、

「いいえ、良い考えだと思います。ありがとう、ルーク。貴方がいてくれて良かった」

と、柔らかく微笑み頷いた。どうやら至って真面目で、なおかつ本気らしかった。

「長老、彼らと話がしたいと思います。どうか、ソーサラーリングをお貸し願えませんか?」

 イオンは、長老に頭を下げた。なるほど、チーグルの言葉を訳せるのならば、ライガの言葉も訳せるのも道理だろう。
 どうでも良いが、ルークはなんとなくソーサラーリング欲しくなった。とその時……

「ちょっとお待ちあれ、導師イオン。出来るかどうかはともかく、話し合いで解決するのはこれ以上ないくらい賛成だがの……。繁殖期のライガの巣に、ご自身も行かれるつもりではありますまいな?」

 コゲンタは、イオンと長老の間に割って入った。怒ってはいないようだが、表情は硬く厳しく見える。

「行くおつもりなら考え直して頂きたい。先ほども言ったようにライガは、雷をも喰らうと言われる正真正銘の魔物。いくらなんでも、『そりゃない』って話でござる。あははは」

 コゲンタは硬い表情のまま笑い、首を振った。

「ぼくは……、生まれてから今まで、モースや他の詠師の望む『導師』を演じてきました……! だから、今は、ぼくはぼくの意志で、ぼくにしかできない『導師』を演じたい……」

 イオンは絞り出すように、想いを口にした。
 そんなイオンに、胸を突かれたルークは、コゲンタに向かって口を開いた。

「おいコラ、おっさん! さっきと同じだよ。どうせ、コイツ止めても行っちまうぜ?」

「ルーク殿……」

「もちろん、オレも行くからな。止めたってムダだぜ。勝手にウロチョロされるより、見張ってられる方が多分ラクなんじゃね?」

 コゲンタは、ルークの悪戯っぽい笑顔につられて苦笑したが……

「しかしなぁ……」

と唸るように言った。

「イシヤマさん……。わたしも全力で支援します。どうか、力を貸して頂けませんか?」

 そこに、ティアが深々と頭を下げて懇願した。
 
「コゲンタ! どうか……!」

 祈る様に両手を組むイオン。今にも、彼まで頭を下げかねない雰囲気だ。

「解った! 解り申した! 導師イオンにも来て頂こう……」

 降参とばかりに、両掌を上げてコゲンタはイオンが同行する事を承諾した。
若者たちの根勝ちである。

「ヤッタな! イオン」

「ありがとうございます。ルーク」

「ああ、ありがたく思えよ! へへへ」

「まったく、しようのない……しようのない……」

 苦笑と共にボヤくコゲンタを尻目に、ルークはイタズラを成功させた子供の様に、イオンに軽口をたたく。

「話は着いたようだのう。しかし、このリングはチーグルにとっては大切な宝。簡単には渡せん……」

 ルーク達の話し合いが、一区切り着いたのを見計らい、長老はリングの貸し出しを断った。

「そんな……!」

 イオンは、食い下がるように言った。

「渡せないが、儂がお前たちと共に行き、ライガの言葉を言葉を訳す。では駄目かのう?」

 長老は、それを宥めるように代案を出した。

「長老。どうか是非とも……」

 イオンは、顔を一瞬で破顔させた。
 しかし、その時周囲のチーグル達が騒ぎ出した。チーグル達の声は、「ミュウミュウ……」と幾重にも重なり、かなりの騒音だ。

「皆、静まるのじゃ……! 案ずる事は何もない」

 長老は、騒ぐチーグルたちを一喝して鎮めた。さほど大きな声ではなかったが、不思議な迫力があった。流石は長老だ。

「さぁ、行こう。ライガの巣に案内しよう」

 長老は、力強く頷くと巣穴を出ようと歩き出した。

 のだが……。

「ふう……。やれやれ……」

 長老は、リングを杖代わりにしつつ、人の歩幅にして三、四歩ほどの所で大きくため息を突き、一休みする。
 そして、再び力強く頷くとリングを突いて歩き出した。

「ふう……。やれやれ……」

 今度は、三歩に満たない距離で立ち止まった。

「……ふざけてんのか? もしかして……」

「あ、あの……長老?」

 困惑し、上手く言葉が出てこないルークとイオン。それほど、長老の動きは遅かった。

「あの……長老様。ご無理をなさらずに……」

 ティアは気遣わしげに、長老に声を掛けるが……

「なん……の、これしき!」

 長老は腰を伸ばし、再び歩き出した。

「おぉい! チーグル達よう! 長老殿の代わりに行くという者は、おらぬか?」

 見かねたコゲンタがチーグル達に向き直り、言った。しかし、チーグル達は先ほどまでの騒ぎは何処へやら……、一転して静かになった。

「おぬしらなぁ……」

 コゲンタは、チーグル達のある種の身勝手さに怒りを通り越し、呆れてしまった。

 その時である。黙って動こうとしないチーグル達の中から、一匹の薄緑色のチーグルが飛び出して来た。

「ミミュウ! ミミュウ!」

「何を言う?! 『ミュウ』! お前では無理じゃ! お前はおとなしくここにおれ……!」

 どうやら、この子チーグルは『ミュウ』と言うらしいが、長老の代わりに彼が同行すると言っているようだが、リングによって訳されない彼の言葉は、ルーク達には分らなかった。


「ちょいと失礼!」

「ミュッ!」

 コゲンタは、ミュウをつまみ上げ長老の目の前、リングに触れられる位置に下ろした。

「悪い悪い。わしらにも分るように話せ。続けろ続けろ。あははは」

「ミュウ! 分りましたの!」

 ミュウはリングに触れると話し出した。

「おじーちゃんは、コシがイタいんですの! やっと良くなったのに……。だからボクがかわりにライガさんのお家に行ってアヤマりますの! ライガさんのお家を燃やしちゃったのはボクですの!」

 ミュウは、長老に縋り付くように決意を訴える。

「ミュウ、聞き分けるのじゃ。小さき者の失敗を償うのは、年寄りの役目じゃ。ライガの巣へは儂が行く……」

 しかし、長老は決して首を縦には振らず、静かに諭すのだった。
 
 ルークは、感動した。二匹の、身内を危険に晒したくないという気持ちはよく理解できる。
 しかし、長老のペースに合わせて歩いていたら、ライガの許へ辿り着くのがいつになるのか分らない。はっきり言って付き合う気になれなかった。

「おい、チビスケ。お主、ライガの巣の場所が分るか? 分るのなら、お主に任せたい」

 コゲンタは膝を突き、最大限チーグル達の目線に合わせて、きっぱりと言った。

「御老人、悪く思われるなよ。ライガが相手だ。足下のおぼつかない者を気遣いながらは、流石にキツい」

 コゲンタは、長老を諭すように言った。

「うぅむ……」

「なに、心配めさるな。ヤバくなったら、わしが身体を張ってチビスケを逃がす。約束いたそう」

「オレは、逃げねぇぞ! そんなダセぇコトするかっての!」

 ルークが、吠えた。

「『万が一』って話だ、ルーク殿。あははは」

 コゲンタは、そんなルークを笑顔で宥めたつつ、

「まっ、よろしくな。チビスケ」

と、ミュウに笑い掛けた。

「ミュウ! ミュウですの。ヨロシクですの!」


 ルークは、こうして彼の運命を変える仲間に、また一人出会った。



 ミュウの登場の回でした。
 今回も地味な話でしたが、原作とはかなり変えてあります。
 性格改変が拙作のキーワードなんですが(笑)、今回登場したチーグルの長老も大きく変えた一人です。
 私は、原作の彼は他力本願な人というイメージを持ったので、私が理想的だと思える『長』として描いてみました。
 如何だったでしょうか?


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第16話 敵か味方か唸る豪腕

かれんぞ 子チーグルのミュウの協力を得る事にしたルーク一行は、巣穴を出ると、まずは自己紹介から始める事にした。

「ミュウですの! あらためてヨロシクですの!」

 ミュウは、大きな耳を揺らして、元気よくお辞儀をした。

 ルークは、そんなミュウを見て、何なのか分らないが、胸に「つかえ」を感じた。

「ではまず、ぼくから。ぼくはイオン。ダアトの導師イオンです。よろしく、ミュウ」

 イオンは柔らかく微笑み、言った。

「ミュ……? だーとさん? どーしさん? いおんさん?」

「イオンが名前ですよ。ふふふ」

 イオンは、小さな子供に語りかけるように優しげに言った。

「イオンさん。ヨロシクですの」

 ミュウも笑顔で、答えた。

「わしは、コゲンタって者だ。『さん』でも『くん』でも『呼び捨て』でも好きに呼べ。よろしくな、ミュウ」

 コゲンタは膝を突き、ミュウの頭を、ぽんと軽く叩き笑い掛けた。

「ミュウ! コゲンタさん、ヨロシクですの」

 ルークは、そんな微笑ましいやり取りを見ながら、怒りとも悲しみともつかない感情に囚われていた。そして、改めてミュウを睨み付けるように見つめる。
 そんなルークを置いて、自己紹介は進む。

「わたしはティア。訳あって、こちらのルークと旅をしているの。短い間になると思うけれど、頑張りましょうね。ミュウ」

 ティアは、コゲンタと同じように膝を突き、柔らかな微笑みをミュウに向けた。

「ヨロシクですの。ティアさん」

 ルークは、相変わらずよく分からない気分に囚われている。一言で言えば『違和感』だった。

 ミュウは幼い子供のようだが、十分、流暢に話をしているのだが、よく観察していると発している言葉と口の動きが、僅かに一致していなかった。
 ルークは、なんだか気味が悪くなった。彼は出来るだけ、喋っているミュウを見ないようにしようと決意した。

「ルーク……? どうしたの?」

 ティアは、一向に口を開かないルークに首を傾げ、声を掛けた。

「いや、べつに……」

 ルークは、気のない返事を返しただけだった。

「ミュウですの。ヨロシクですの! ルークさん」

 そんなルークの気持ちを分るわけもないミュウは、挨拶をした。

「ああ……」

 ルークは、これにも気のない返事をした。

「ルークさん、ミュウですの」

 ミュウは聞こえなかったのだと思い、もう一度ルークに頭を下げた。

「うっせっ! いっぺん言えば、ワカるっつーの!」

 ルークは、思わず声を荒げてしまった。

「ミュウゥゥ」

 ミュウは、竦み上がった。

「ルーク、一体どうしたの?」

 ティアは眉を顰めた。

 ルークはその質問には答えず、

「名前なんかよりライガだ。ライガ。早くした方がイイだろ? さっさと案内しろ、ブタザル!」

 ルークは、ライガがいるであろう森の奥を指差し、ミュウに道案内を促す。

「? ルーク、豚猿とは?」

 イオンは、ルークの言った聞き慣れない単語に首を傾げた。

「コイツの事だよ。ブタっぽいし、サルっぽいだろ? サルは、まだホンモノ見た事ねえけど……」

 一同は改めて、ブタザル、ミュウを注視した。言われてみれば確かに、チーグルはブタっぽいサル、サルっぽいブタに見えなくもない。

「ミミュ! ミュウはブタザル! ブタザルですの! なんだかツヨそうでカッコイイですの」

 ミュウは、飛び跳ねんばかりに喜んだ。

「確かに、雄々しさの中にも愛嬌が感じられる、不思議なあだ名ですね。ふふふ」

「まぁ、本人は気に入っておるようだし……。ではブタザル、頼むぞ」

 イオンとコゲンタは苦笑して、言った。

「ミュウ! ブタザルにおまかせですの!」

 ミュウは、はしゃぐように言った。

「チョーシの良い奴だな……。ウゼェ……」

 一方、ティアはある一つの境地に達していた。

 ティアは最初、ルークの付けた『ブタザル』というあだ名を「ひどい……」「かわいそう……」としか思えず、ルークに抗議したい気持ちにかられた。しかし、そのあだ名を付けられた事にはしゃぐミュウを目の当たりにして、その気持ちは氷解し、不思議な気持ちになっていた。

 一言で言えば、『落差』だろうか?

 『ブタザル』という厳めしい名前を愛くるしいチーグルが名乗る……。その『落差』にティアは魅せられていた。
 自分から呼び掛ける気にはなれないが、ミュウ自身がそのあだ名を名乗る事は、「あり」か「なし」かで言えば、「あり」だった。

「じゃあ、いきますの! ボクに付いてきてくださいですの!」

 ミュウは、ルーク達に元気よく声を掛けると、ソーサラ―リングを浮き輪のように抱えた。
 すると、不思議な事にミュウの身体が、ふわりと浮かび上がり空中を泳ぐように一行の前に躍り出た。

「ますますワケわかんねぇ生きモンだな……」

 ばた足と、耳の羽ばたき(耳ばたき?)で、目の前をふわふわと飛ぶミュウに、ルークはげんなりしながらも、彼に続く。

 ルーク達は根の橋を渡り、大樹を見上げた場所まで戻ってきた。

 そこには何故か、二匹の成獣……大人チーグルが、待ち受けていた。

「ミュゥ……」

「なんだアイツら? ウゼェのが三匹に……」

「ミュウの見送りでしょうか?」

 ルークとイオンは、顔を見合わせた。

「見送りという雰囲気ではないように見えますけど……」

 ティアが言った。確かに彼女の言う通り、大人チーグル達の態度は友好的なものではなかった。

 ルークには、ミュウが頭ごなしに罵られているように見えた。

「あぁ、もーウゼェ! ジャマだ! どきやがれ! 蹴っ飛ばすぞ!!」

 ルークはコゲンタの脇をすり抜け、ミュウを跨いで、大人チーグル達の前に躍り出ると足を振り上げ、威嚇した。

 大人チーグル達は、飛び上がるように逃げ、一目散に茂みに飛び込んだ。

「ミュウ、あのチーグル達は一体?」

 イオンが疑問を口にするが、当のミュウは視線を左右に彷徨わせて、何から話せば良いのか分らない様子だった。

「話しにくい事なら、無理に聴きはしません。許して下さい、ミュウ」

 イオンはそんなミュウを見兼ねて、質問を取り消すが……

「ミュ~……ボクが悪いんですの……。ボクがリングを勝手に持ち出して、ライガさんたちのおウチを燃やしちゃったから……。ミュウのせいでみんながヒドイ目にって……だから、オニーサン達は怒っていたんですの……」

 先ほどの二匹は、どうやら『お兄さん』……若者らしい。

 それはさておき、ミュウは本当にライガの森失火の張本人のようだ。

「ずっと気になっていたのだけれど……、ミュウはどうして一人でライガの森へ行ったの? 小さいあなたが、リング……武器にもなる道具まで持ち出すなんて、よほどの事よね?」

 ティアはミュウの目を見て、優しげに語り掛けた。

「わたし達は、まだ会って間もないし、お互いの事をよく知らないけれど……、わたしは、ミュウの『仲間』に……うん、『力』になりたいの」

 ティアは杖を傍らに置くと、小さなミュウを驚かさないように、ミュウの両頬を下から包むように優しく触れた。

「ボクは……」

 ミュウは躊躇いがちに、事の顛末を語り始めた。

 ミュウの話はこうだ。ある日、ミュウの祖父である長老チーグルは長年の持病であった腰痛が悪化し、歩く事もままならない状態に陥っていた。
 他のチーグル達は、長老の病状を心配はするものの、次の族長を選ぶ事を優先させた。冷たいようだが、チーグルも厳しい野生に生きる獣である、一族を率いる『拠り所』は当然必要だ。しかし、ミュウ達、子供チーグルには、苦しむ長老を放っておく事などできはしなかった。
 そこで、ミュウ達はライガの住む北の森にあると言われる不思議な石『懐炉石』を採りに行く事にした。

 『懐炉石』とは、第五の音素……炎の音素の結晶の一つの形であり、その石自体が発熱している訳ではないのだが、懐に入れておけば不思議と身体が暖まり凍える事がない。

 懐炉石を布団大に敷き詰め、そこへ寝る事によって身体を温め、癒すという民間療法も存在する。長老の腰も、それで癒そうというわけである。

 かくして、森へはミュウが代表して行く事になり、子チーグル達は大人達の目を盗み、ソーサラ―リングを持ち出した。

 リングで音素を操る力を増強させたミュウは、首尾よく石を拾う事に成功した。しかし、場所が場所である。いつライガと遭遇するか分らない状況で、ミュウの緊張も限界に近かったのだろう。
 草叢から飛び立つ野鳥の羽音に、驚いたミュウは思わず炎を吹き、辺りの草叢が燃やしてしまった。恐怖に駆られたミュウは、すぐにチーグルの森に逃げ帰った。

 そして、ミュウが石を持ち帰った数日後、石のおかげか長老の腰も快方に向かい始めた頃、ライガ達がチーグルの森へ侵入してきた。
 ミュウが去った後、炎はゆっくりと森を焼き、ライガ達の巣までも住めない状態にしてしまったのだ。
 ライガの、その他の魔物をはるかに凌駕する鋭敏な感覚は、焼けた森に僅かに残されたミュウの匂いと音素の痕跡を見逃さなかった。
 そして、ライガ達はチーグル達に命と引き換えに大量の食料を要求してきた。
 ウルフや他の魔物の血に塗れたライガの群れを見たチーグル達は、『この世の終わり』を感じ、冷静な判断力を失った。

 生き物は不安に駆られた時、攻撃的になるものだ。そして、人間(この場合チーグルも含むので、知的生命体)は反撃を受けないように、立場と力の弱い者を、なおかつ優しく真面目な者を選び、否定する。

 そうする事で精神的安定を得ようとする。要するに『悪い事は全て他人のせいにしよう』という心理が働くのだ。

 そして、大人チーグル達の場合はミュウを選んだ。騒ぎを引き起こした張本人の上、ミュウは『優しく真面目』で実に都合の良い人材だった。
 事実、ミュウは今回の件の責任は、全て自分にあると思っているのは、話を聞けば明らかだった。

 確かに、ミュウは反省しなければならない事をした。しかし、「全ての責任があるか……?」と言えば『断じて否』である。

 ティアやコゲンタから言わせれば、子供(しかも親族)の耳に入る状況で、長老を半ば見捨てる話をした事と、子供でも使えて、使い方によっては武器にもなる危険な道具であるソーサラ―リングを、子供の手の届く場所に置いておいたという重大な二つの過失を犯した彼ら、大人チーグルにも十分な責任がある事だった。

「ありがとう、ミュウ。わたし達を信じてくれて……。精一杯力になるわ……必ず」

 ティアは、そっとミュウを抱き寄せ、微笑み掛けた。

「ミュ……ウゥ……。ティアさん、ありがとうですの」

 ミュウは、ティアはの胸に顔を沈め、嗚咽を漏らす。

 コゲンタは、二人の親子のような微笑ましい姿を視界にとらえつつ、「それにしても……」と考えていた。

 『聖獣チーグル』などと勿体つけられている上に、能天気な姿に似合わず、なかなかどうして、生臭い……連中だと思った。人間とたいして変わらない。
 
 良い奴もいれば、悪い奴もいる。良い事をしながら、悪い事もする。
 知恵を持つという事は、実に不可思議だ。不可思議ゆえに世の中は様々な喜劇や悲劇に溢れるのがが……。

「おいコラ! いつまで泣いてんだ、ブタザル! シャキッとしろ! さっさとカタつけて、さっきの奴らを見返すぞ!!」

 ルークは、ミュウの首ねっこを捕まえて、ティアから引きはがし、発破をかけた。

「ミュウゥ……ルークさんも……ありがとうですのぉ~」

 ルークの、やや乱雑な手付きと物言いなど、物ともせずにミュウは彼の『優しい(?)』言葉に感激する。

「はぁ?! カンチガイすんな! オマエの礼なんているかよ! うっとーしい!!」

 ルークは、縋り付いてくるミュウを乱暴に振り払い怒鳴るが……

「でもでも……。やっぱり! ありがとうございます……ですのぉおぉぉ~……!!」

 やはり、ミュウには、ルークの『つんけん』は通用しないらしかった。

「ふふふ……ミュウ。疲れたら、わたしの肩か服につかまってね? 飛び続けるのは大変でしょう?」

「ぼくに、つかまってくれても構いませんよ? ミュウ」

 ルークとミュウの心温まる(?)やり取りを、優しく見守っていたティアとイオンは、ミュウに微笑みかける。

「おい、ブタザル! そん時は、オレが運んでやる! コラ、イオン! オマエ、タダでさえ遅いくせに……。オレは、キタえてっからな! ティアも、こんなモンにマトワリつかれてたら、トッサの時ヤバイだだろう?! オレがイチバン速ぇしな!」

 ルークの本音と建前。

 ティアとミュウが、自分がいない所で二人で楽しそうにしているのが、何故か気に入らないのが本音。

 そして、何故か、なんとなくイオンが心配なのも本音。

 なんとも複雑な表情と感情で、ルークはまくし立てる。

「ルークさんは、やっぱり! やっぱり! やさしいヒト……ですのぉおぉぉ~……!!」

 再びの感激にミュウは、むせび泣きルークに縋り付いた。

「だから……チッゲぇっつうの!!」

 ルークは、ミュウの大きな左右の耳を、苛立ちに任せて鷲掴みにすると思い切り左右に引っ張った。

「ミュウゥウゥゥ~!」

 思いの他、良く伸びる面白い感触で、繰り返せば腕の鍛錬になるかもしれないと、ルークは思った。


 コゲンタは、何はともあれこの少年少女たちとっては、自分だけでも「良い事をする、良い奴であり続けよう……」と、心に誓った。

「この方角で合っているのだな? ブタザル」

「はいですの!」
 
 一行は、コゲンタを先頭にミュウの案内の下、森を進んでいた。

 その時、コゲンタの足が止まった。後続のルーク達に『止まれ』の合図を手で送り、いつでも抜刀できるようにワキザシの鯉口を切り、構えた。

「なんだ!? どうした? 魔物か!?」

 戸惑いながらも、ルークも抜剣し、すぐさま身構えた。

「なにか、来る……!」

 ティアの足下に、一瞬の内に複雑な譜陣が描かれる。一言『発動』を命じれば、防御譜術が展開できるようにである。

 沈黙……。

 その時間が異様に長く感じる。ルークは入りすぎる力を抜くために細く長く息を吐く。

 その時、ルークにも聞こえた、巨大な何かが疾走する轟音が。

「左からです……!」

 ティアが叫んだ瞬間、無数の枝と木の葉吹き飛ばし、巨大な影が一行の目の前に飛び込んで来た。

 一言で言い表せば、それは不細工だが巨大で不気味なデク人形だった。人の胴体ほどもある文字通りの丸太の腕、頭にあたる部分の暗い洞に浮かぶ二つの光の眼。

「ウドゴレム……!」

 魔物の正体を認めた瞬間、ティアは音素の障壁で仲間たちを包み込む。

 『ウドゴレム』。この魔物は、悪霊や低級妖魔の類が朽ち木に憑りつき、生者を襲い、生気を貪る。ライガとは別の意味で、正真正銘の魔物だった。
 ウドゴレムは、元が木であるから、当然痛覚がない。つまり、攻撃の要が『剣士』のみである今の一行にとっては『鬼門』だった。

 決定打になるとすれば、譜術、譜歌だけである。ティアの譜術では威力に欠ける、譜歌では詠唱に時間がかかり過ぎる。

 ティアは一瞬、コゲンタとルークを『盾』にすれば、何とかなる……と考えた。あり得ない!音律士として、進んでしてはならない事だった。

「うん……? なんかヘンじゃねぇか……?」

 ルークが何かに気が付き、油断無く剣を構えながらも呟く。

 見れば、ウドゴレムの左腕が肩口から、ごっそりと抉り取られ、そこから血液のように黒いモヤが漏れ出していた。

 そして突如、巨大な黄土色の砲弾が飛来し、ウドゴレムの頭部を打ち砕いた。
 地響きとともに砲弾が地面に転がる。いや、それは砲弾ではなかった。太い獣の腕、正確には獣の腕を模した物。つまり、巨大なぬいぐるみの腕だった。
 頭部を無くしたウドゴレムは、よろめき片膝を突いた。そして、その瞬間である。先ほどの腕の倍以上の大きさの黄土色の影によって、ウドゴレムは踏み潰された。

 ウドゴレムは、大小さまざまな木屑に成り果て散らばった。

 ソレは、ウドゴレムだった物の中心に虚ろに立っていた。転がっていた腕が、糸によって手繰り寄せられ、蛇のように糸が動き、胴体の左側に再び縫い付けられた。左腕だったらしい。

 ソレは、熊だろうか? あるいは猫に見えなくもない。身体中を荒縄のような糸で縫い止められている。縫い目は、いずれも乱雑で痛々しい。

 ソレは、ボタンを縫い付けただけの虚ろな眼で、ぎょろりとイオンを見た。

『……ION……!!』

 ルークは、確かにそれが笑ったように見えた。
 「イオンが狙いか!?」とルークは構え直し、それを睨み付けた。

「アニス……! どうしてここに……?!」

 イオンが驚愕の声を上げた。

 しかし、アニスと言えば、イオンと共にいた導師守護役の少女の事だ。あの少女と目の前の怪物とでは全く繋がらない。どう言う事なのだろうか?

 ソレは、太い指を器用に使って、自身の口を縫い合わせた糸を引き抜いたかと思うと、人一人丸呑みにできそうな大口を開けた。

 ルークは、「攻撃か!?」と抜きかけた緊張感を戻し、剣を構え直した。しかし、またしても驚愕で力が抜けた。そして、今度はすっ転びそうになった。
 
「や、と……見…けたぁ! イオンしゃまぁ……ヒロイ……れすぅ~」

 ソレの大口から焦げ茶色の髪を二つに結った可愛らしい少女、アニスが顔を出したのだから、驚くのも無理もない。
 ソレは太い二本の腕で、口からアニスを引きずり出した。

 ティアは勿論、さすがのコゲンタもぽかんと口を開け、その光景を見ていた。

「イ、イオンしゃま……」

 地面に降り立ったアニスは、くたりとその場で膝を折り、へたり込んでしまった。そして、何故か呂律が回っていない。彼女に何があったというのだろうか?

「アニス! なんという無茶を……! ダアト式譜術のマヒ状態で動き回るなんて!神経系にどんな負荷がかかるか!!」

 イオンはアニスに駆け寄り、優しく抱き起す。というか、イオンの仕業らしい。

 余談だが、この時ルークは、絶対にイオンを怒らせないようにしようと心に誓った。

「助かりました、音律士さん。すっかりスッキリ、痺れが取れちゃいました。ワタシは導師守護役アニス・タトリン謡長であります。このご恩は一生忘れません!」

 ティアの治癒術によってマヒから回復したアニスは、小さくなったソレ(トクナガという名前らしい)を背中に背負い、ビシリと敬礼をし、ティアに礼を言った。

「いいえ、当然の事をしたまでです。御気になさらず……」

 ティアは、それに控えめな敬礼で答えた。

「みなさんも本当にありがとうございましたぁ。さぁイオン様、タルタロスに戻りましょう。イオン様がいなくなって、上に下への大騒ぎででしたけどぉ……今なら大佐も笑って水に流してくれますよぅ……たぶん……アハハ。ワタシも、マヒらせやがりました事も流しちゃいますよぉ。ザバザバ~って! ね。だから戻りましょう!」

 アニスは、まくし立てるように、イオンに帰る事を促す。懇願と言っても良いかもしれない。表情こそ笑顔のものの「これ以上ややこしくしたくない……」という心がありありと読み取れる。

「それは出来ません……」

 その懇願は、他ならぬ主、イオンに一撃粉砕された。

「なんでですかぁ?!」

「それは、ぼく達がライガに会いに行かなくてはならないからです」

 アニスは、イオンの言葉に驚き、

「ライガ?! この森、ライガがいるんですか!? ライガ退治なんて、最低中隊規模の人数で何ヶ月も前から準備してやる事ですよぅ! 柵を立てたり、お堀を掘ったり、すごい数の猟犬を対ライガ用に訓練したりの一大事業じゃないですかぁ! こんな人数でやるなんて……ムリです!ムチャクチャですよぉ~!!」

 と、身振り手振りをふんだんに交えながら、イオンに異を唱えた。

「大丈夫です、アニス。行くのは退治するためではなく、交渉するためですから。安心して下さい。」

 イオンは、アニスを宥めるために穏やかに言った。だが、それは彼女にとっては意味不明の事だった。

「どっちにしろムチャクチャだぁ!!」

 アニスは、盛大に頭を抱えた。

「落ち着いて下さい、タトリン謡長。イオン様には何か良いお考えが……交渉材料がお有りなんです。結論は、それを聞いてからでも……」

 ティアは努めて冷静に、アニスを落ち着かせようと、言った。

「そうだお考えだ! ライガと話せ! なおかつ納得させる方法とはなんだぁ!? お聞かせくださ~い!!」
 アニスは、混乱しているのか、奇妙な調子でまくし立てた。しかし、よく喋る少女だ。

「わしも、そいつには興味がありますな。恐れながら、導師のお考えを伺いたい。」

 コゲンタも、アニスに便乗するようにイオンに頭を下げた。

 ルークも、それには大いに気になっていた。ルークの冗談(?)に真っ先に反応したのは、イオンである。一体、どんな奇策が飛び出すのか、楽しみだった。

「それはもちろん、『どこか別の場所に移って下さい。』と交渉します」

 しばしの間、沈黙がその場を支配した。

「……え? ……あの、イオン様? それ……だけ? ですか?」

 アニスは、肩透かしを食らったように呆然とし、尋ねた。

「はい、誠心誠意、交渉します」

 イオンは、穏やかだがどこまでも真っ直ぐな眼差しで頷いた。
 
 しかし、イオンは間違っている。彼の言った事は、相手側に十分な利益がある代案を提示する『交渉』ではなく、相手の善意に全てを賭ける『説得』である。

「やっぱ、ダメだぁ!! ムチャクチャだぁ~!!」

 アニスは、またしても盛大に頭を抱えた。

 ティアとコゲンタもまた、一緒に頭を抱えたい気分に陥った。

 一方、ルークとミュウは、アニスが何故頭を抱えたのか、ティアとコゲンタが何故固まったのか分らなかったが、イオンの考えは、「虫が良すぎる」という事は分ったのだが……

「アニス! いっ、一体!? 頭が痛むんですか?」

 イオン自身は全く分かっていないようだ。

「そっから説明しなきゃ駄目ですかぁ~!!」

 森にアニスの悲鳴がこだまする。

 果たして、ルーク達はライガ達から『譲歩』を引き出せるのか?
 そして、アニスはイオンに『頭を抱える理由』を理解してもらう事ができるのか?

 それぞれの思いと様々な問題が絡み合い、一行の行く先には暗雲が立ち込めていた。



 いやぁ、謎のクリーチャーの正体は、アニス、(トクナガ)だったんですねぇ。驚きましたねぇ。バレバレでしたか?(笑)

 冗談はともかく、今回も地味な話でしたが、この物語を進める上で重要な話が出てきました。内容が重かったので不快に思われたら、すみません。

 あと、拙作のアニスは少し仕事熱心です。


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第17話 気高き女王とその配下達


「ともかく、導師イオンの案は最終手段といたそう、あははは。まっ、確かに何事にも誠意は肝要……『人のため、チーグルのため、ライガのためにも知恵を出し合いましょう』って話でござる。」

 コゲンタは、「うんうん……」と頷きながら言った。そして、ルーク達を見回すと、

「まずは、そうだの……。我ら人が、選べる道は単純に三つだな」

 三本の指を立てつつ、語り出した。

「一つ目は、ライガを退治する事。二つ目は、ライガにどうにかして立ち退いてもらう事。三つ目は、ライガと共存していく事。こんな所だの。」

 コゲンタは、指を一つ一つ折りながら言うと、もう一つ頷いた。

「一つ目は、不可能な事ではないし、昔からそうされてきたが……。エンゲーブの者としては避けたい。村を守るためとはいえ、柵なり堀なりを作るために畑を潰すのはのぅ……。人足として駆り出されるもするだろうしの……なにより、ライガとて自然の摂理の一員、根絶やしにすれば巡り巡って人間にもどんな災禍が降り懸るか分からぬ」

 コゲンタは、折った人差し指をまた立て、言った。

「二つ目は、まぁ、これが一番現実的かつ理想的かの? しかし、問題は転居場所の確保だの……。場所の目星が付いてないんじゃぁ、アコギな地上げ屋と変わらぬからの……。あははは」


 二つ目と、中指を折って苦笑した。

「ぼくは、そんなつもりでは……」

 イオンは、コゲンタの言葉に少なからず動揺して言葉を詰まらせる。

「や、もちろんですとも。失礼ながら、導師イオンはまだまだお若い。これからですぞ。色々憶えなくてはならぬのは……、あははは」

 しかし、コゲンタは間髪入れず笑顔で補足する。

「……はい!」

 イオンは、それに安心したように微笑んだ。
 まるで、教師と教え子のようなやり取りに見えた。

「三つ目だが、こりゃ最早、浪漫の領域だの。しかし、会話ができるのなら話は別だ。共存と言っても『みんなでオテテつないで……』って事だけじゃない。利害の一致、商売、お互いを利用し合う事も共存共栄の一つだの」

 コゲンタは三つ目と薬指を立て、頷いた。

「ところで、ブタザルよぅ。お主らチーグルは、食い物をわしらから『買う』事はできぬか? 買ってくれるとなりゃぁエンゲーブとしては大歓迎なんだがの? あははは」

「ミュ……? わかんないですの……。ごめんなさいですの……」

「まっ、そうだろうの。こりゃぁ、お主の爺さまに聞く話だったなぁ。忘れてくれ。」

 コゲンタは、本気なのか冗談なのか分らない事を言った。しかし、奇想天外な事を言う。

「『買う』って……。コイツら金なんか持ってんのか? ドラゴンみたいにお宝をタメ込んでるとか?」

 ルークが、ミュウを見おろしながら言った。

「ミュウ、おいしい木の実ならありますの」
 
 ミュウが答えた。

「物々交換ならできるかしら?」

 それを聞いたティアが思い付いたように言った。

「ブツブツ……?」

 ティアの言葉を聞いたルークが、首を傾げた。

「簡単に言うと、自分の欲しい物を相手の欲しい物で交換する事ですよ」

 イオンがルークの疑問に答えた。

 思いがけず議論の場になってしまったが、これでライガとの交渉の前に決めておかなくてはならない事が見えてくるはずだ。

「うーん、こーゆうコトなら根ク……じゃなくてぇ、アリエッタが適任なんですけどね~。ねぇ? イオン様」

 アニスは、ぼやくように呟くが、パッと快活な表情になり、イオンに同意を求めた。

「そう……ですね。ライガの事なら彼女です。ですが、今すぐ呼ぶ事はできませんから……。話によっては後で、調整役をお願いする事になるでしょうが、今はぼく達だけでできる事をしましょう」

 イオンは頷きつつも、アニスの意見に難色を示した。

「うむむ……。それはそうですねぇ」

 アニスはすぐに納得したようだったが、ルークには、イオンが聞かれたくない事を聞かれ『早めに話を切り上げた』ように見えた。だが、あえて無視する事にして……

「なぁ、そのアリエッタってダレなんだ?」

と、別に気になっていた事を尋ねた。

「『妖獣のアリエッタ』。神託の盾騎士団の師団長の一人ですよぉ。六神将ってご存知ありませんか? えっと……」

 アニスは、ルークの質問に答えるが、何故か途中で詰まってしまった。

 ルークは、まだティア以外名乗っていない事を思い出し、まず名乗る事にした。

「ルークってんだ」

「アニス・タトリンです、よろしくです。それでルークさんは、神託の盾の六神将ってご存知ありませんか?」

「名前くらいは聞いた事あっかもな」

 アニスは、正直肩透かしを食らったが、「フツーの人にはこんな物かな……」と思い直し、苦笑した。

「アリエッタは、ワタシのセンパイ、前の導師守護役なんですけど……赤ちゃんの頃にライガに拾われて育てられたらしいんです。だから魔物と話ができて、仲良くなって一緒に戦うんです。だから、付いたアダ名が『妖獣のアリエッタ』なんですよぉ」

「へ~、ホントにそんなヤツがいんだなぁ。おもしろそうじゃん、会ってみてぇ!」

 獣や魔物に育てられた人の子というのは、ルークもよく読む冒険譚などでなら珍しくないが、現実にいると思ってもみなかった。やや不躾だが、無邪気な笑顔で言った。

「なぁイオン。そのアリエッタって、どんなヤツだ?」

 ルークは、特に他意もなくイオンに、件のアリエッタの事を聞いた。

「え……ええと、小柄で大人しい少女ですよ」

 イオンは、歯切れの悪い答えを返した。

 やはり、ルークにはイオンが話をはぐらかしているように見えた。そして、ルークはなんとなく、本当になんとなく「合わせてやっか……」と思い……

「まぁ、会ってからのお楽しみってヤツだな? ショウカイしろよな、ドーシケンゲン? で。ドラゴンに乗って飛んでみてぇ」

と、言った。

「……はい、いつか必ず。でも、ドラゴンはいなかったかと……」

 イオンは、笑顔になって言った。

「チッ、つまんねぇの!」

「ふふふ……」

 ルークは、「興味が失せた……」とでも言うようにイオンに背を向けると、

「オイ、おっさん。サッサと行こーぜ! ライガとやらも見てみてぇ」

と、コゲンタに先に進む事を促した。

「おぉ、勇ましいですなルーク殿。だが、覚悟なされよ。ライガは美しいほどに恐ろしい魔物ですぞ……?」

 なんだが良く解らないが、コゲンタの意味深で迫力満点の言葉。

「へ、へぇ……、の、のぞむトコだってんだ……! い、行こうぜ!」

 一瞬、怖気づいたルークだったが、なんとか笑って誤魔化す。声が裏返り気味なのはご愛嬌。

「ま、殺し合いにならん様、上手くやろうって話だ。あははは」

 そうして、一行は再びライガの巣穴を目指して、森を進み始めた。


 途中、何度も、ウルフやフォッシルなどの魔物が襲い掛かって来た。

 しかし、ライガの巣穴に近付くにつれて、魔物達は数を減らしていった。

 そして、もうしばらくすると、どの魔物とも遭遇する事は無くなった。

 ぱったり……と

 異様に静かな森が広がっていた。小鳥のさえずり所か、虫の羽音も聞こえてこない。一行の草を踏みしめる音と、風に揺らぐ木々のざわめきだけが響く。皆ライガに怯え、息を潜めているのだろうか?


「近いようですね……」

 ティアが呟いた。口調がいつもより低く固い。ライガとの対峙を前に、緊張しているようだ。

「恐らく、相手はこちらに気が付いていると思います……。慎重にいきましょう」

 ティアの口から不吉な事を聞いたルークは、顔をしかめた。だが、焼け跡の匂いから、ミュウを追跡してきた事を考えると十分にあり得る事だと感じた。
 ルークは、やっと手に馴染み始めた剣の柄を、二度三度と握り直し、緊張を紛らわす。

 そうこうしている内に、開けた場所に出た。

 そこには、巨大な樹があった。高さは周りの木々とさほど変わらないが、横幅、幹の太さはチーグル達の巣であった大樹を上回っているかもしれない。

「ミュ……ライガさんのおウチはココですの……」

 先ほどまで魔物が現れれば真っ先にルーク達の後ろに隠れていたミュウだったが、今は震えながらも、隠れようとしない。ミュウはミュウなりに責任を果たそうとしているのだ。

「おいおい、ブタザル。入れ込み過ぎるなっての、一人で行くんではないぞ。あははは」

 コゲンタは、ポンとミュウの頭に手を置いてから、辺りを見回し始めた。ここの安全を確認するためだ。

「どーせ、カクれんだから、さっさと下がれ、バカ! オレ達の手間が増えるだけだろが!」

「ミッ、ミュウゥゥ!」

 ミュウの首根っこにルークの手が伸び、やや乱暴にイオンに放り投げ渡した。

「ミュウ、強い力を振るうだけが戦いではありません。……それにしても、大きな樹ですね? 貴方達の樹より大きいかもしれませんね?」

 イオンは、ミュウを抱きかかえ、幼い子供に言い聞かせるように、優しく微笑みかけた。

「ミュウゥ……、でもタカサなら負けませんの!」

 ミュウは、唐突に胸を張って言った。

「なんのショーブだ!? アホか!」

「ミュウ!」

 ルークは、ゲンコツで小突いた。

「でも……、こういう樹齢の長い樹って、あんなに背の高い物は珍しいのよ」

 ティアは、ルークとミュウの間に立つと言った。

「ん? なんでだ?」

「背の高い物には、カミナリが落ちやすいの。だから、その度に短くなってしまうの……。つまり、ミュウ達の樹はなにか特別なのかもしれないってことね」

「なるほどなぁ……ってコラ、ブタザル!なにジマンゲな顔してんだ? スゲーのはお前じゃなくて樹の方だろうが!」

「ミュウ!?」

 ルークは、ミュウを平手で軽くはたくと歩き出した。

 辺りを警戒していたコゲンタが振り返り、笑顔を向けてきた。

 緊張はいつの間にかほぐれていた。

 さらに大樹に近付くと、その威容が際立った。チーグル達の巣が白亜の塔なら、こちらはさながら要塞だ。

 その時、巨大な樹の穴から一頭の成獣ライガが現れた。
 その巨体を見た目の当たりにしたルークは、最初岩が動き出したのかと思った。このライガが、ライガ達を統べるライガ・クイーンなのだろうか?

 頭と肩から生えた巨大な角は雄々しい鎧兜を思わせ、禍々しく黒と黄が折り重なった毛皮と巨大な尾は騎士の外套を思わせる。根源的な畏敬の念を思わせる。確かに『美しいほどに恐ろしい魔物』だった。

「!……、囲まれている」

「え!?」

 ティアが不穏な事を言ったのを、ルークは聞き逃さなかった。そして、確かに自分からは見えない位置、茂みの向こう側、木々の枝葉の中に無数の気配を僅かに感じた。

「そのくらい端から百も承知。ルーク殿も落ち着きなされ、ライガ達が襲ってくるつもりなら、わしらはとっくに奴らのエサだ。あははは」

 余りにあっけらかんと、凄惨な事を言ってのけるコゲンタにルークは呆然とするが、言われてみれば確かにその通りだ。
 ルークは、みっともない真似はできないと思い……

(ティアもおっさんもいる、なんとかなる)

と、自分に言い聞かせ、一つ息を吸って、胸を張った。

「ブタザルよ。わしの言う事を訳して、あの門番殿に伝えてくれ」

「はっ……はいですの!」

 コゲンタは特になんでもない事の様に、ミュウに笑い掛ける。
一方、焦った様に返事をするミュウ。

 成獣ライガを眺めながら「門番とキたかぁ……」とルークは、やや呆れたような気分だった。

 あんな強そうなのが門番ならば「女王は、いったいゼンタイ、どんなんなんだ?」と、途方にくれていた。

 どうやら、ルークの内では

『門番=一番下っ端』

 という不等式が成り立っているらしかった。

 それはともかく、コゲンタと門番の会話が、ミュウを介して始まった。

「やぁやぁ、わしはこの森に一番近い人里の住人で、コゲンタって者だ。実は今日、お前さん方の女王に折り入って頼みがあって参った。無論、貢ぎ物もある。まずは門番殿に一つ」

 コゲンタは、肩に架けていた物入れから、小さな袋を取り出した。その中身は、綺麗な薄黄緑色の粒だった。
 ルークには、グミに見えた。色から推察するなら『メロングミ』あるいは『キウイグミ』だろうか?

「あれは、まさか……」

 ティアは、あのグミのような物に見当がついたようだ。

「あれは、『マタタビグミ』……!」

と、ティアが言った。

「えぇ?! 動物好き垂涎! 幻のマタタビグミですかぁ!? なんでおじさんが?」 

 アニスが少し驚いたように言った。

「人には、冷え症、神経痛、リウマチに効くので、それでかもしれませんね?」

 ティアが、その疑問に答えた。

 どうやら有名なすごい物らしいが、ルークには、何がどうすごいのか分らなかった。

 コゲンタはグミを一つ懐紙に乗せ、十歩ほど離れた位置に置き、離れた。

 門番ライガはグミを一瞥すると、何やら一鳴きした。

「女王さまに聞いてくるから、そのまま待っていてほしいって言ってますの!」

 ミュウが、すぐさま訳した。

「あぁ、それはもちろんだの。こちらは、いきなり訪ねて来たのだ。いくらでも待とう。門番殿、よしなに頼みいる」

 コゲンタが、人のそれにするように門番ライガに頭を下げた。

 門番が、また一鳴きすると、茂みから門番よりやや小柄な四頭の若いライガがしなやかな身体を躍らせ、門番の前に飛び出した。どうやら彼の代わりというわけらしい。
 そうして、門番は穴の中へと消えた。

 終始、無表情だった門番と違い、代わりのライガ達はルーク達に対して、絶えず唸り威嚇している。
 ミュウは怯え、コゲンタの足に隠れるようにしがみ付いているが、逃げようとはしていない。たいした物である。
 その時、一頭のライガが突如、紫電を纏い突進してきた。

「む!」

 コゲンタは咄嗟に身を躱したが、突進は躱せてもライガの纏う紫電はそうはいかない。しかし、紫電の音素の結びつきが解け、風の音素に戻りコゲンタに吹き付けた。
 ティアの譜術『レジスト』である。本来なら譜術(音素を伴う攻撃)を弱め、被害を減らすための防御譜術だが、ティアが丁寧に編み上げた術構成によって、ライガの攻撃はほぼ無効化された。

 攻撃が思い通りの結果に至らなかったライガは、更に紫電をたぎらせながら牙を剥き、コゲンタに突っ掛かってきた。
 しかし、当たらない。コゲンタの身のこなしによるのはもちろんだが、ライガの顔にティアの譜術『ディープミスト』がまとわりつき、視覚と嗅覚を阻害し、狙いが定まらない。
 
 ライガが、苛立ったように咆哮を上げた。そのライガの怒りが、残りの三匹にも伝播する。
 彼らは、コゲンタを取り囲むように、じわりじわりと動き出した。

「ブタザルよ。『行け。』と言ったら、ルーク殿達の所まで走れ」

 コゲンタは、ワキザシを鞘ごと帯から引き抜き、いつでも構えられるようにしつつ、ミュウに呟く。

「ミ、ミュ! でも!」

 ミュウは、自分だけ逃げる事を渋る。

「心配するな。逃げ回るだけだ。身軽な方が良いだろう? あははは」

 しかし、コゲンタはミュウを安心させるようにおどけた調子で笑った。

「よし、行け!」

「ミミュウウ!」

 コゲンタはライガ達の注意を引くために、ずい、と大股で一歩踏み込んだ。

 ミュウは、後ろ髪を引かれる思いで走り出した。

「おっさん!!」

 ルークが腰の剣に手を掛け、飛び出そうとするが……

「手出しは無用に願う。殺し合いじゃあないんだ! ルーク殿は導師イオンとティア殿をお願い申す。」

 コゲンタが、それを嗜めた。

「ルーク……。ここは受けに徹した方が良いわ。乱戦になったら、わたし達もただでは済まないし、ライガ達も傷付けてしまうわ……イシヤマさんはわたしが支援するから……」

 ティアは譜術の構成を編みつつ、努めて冷静に言った。

「クソ!」

 ルークは、少しでも怒りを自制しようと悔しげに吐き捨てる。

「タトリン謡長。必要な時はいつでも『動ける』ようにお願いします」

 ティアは、そんなルークを気にしつつ、アニスに目配せした。

「は、は~い。そうした方が良さそうですねぇ……」

 アニスには、ティアの抽象的な指示が理解できたようだ。つまり、「もしもの時は自分が足止めするので、二人を連れて……」というわけだ。

 あの若いライガ達は、『戯れ』でコゲンタに突っ掛かっている部分が大きい。こちらが目立つ事をすれば、いつ対象をルークやイオンに換えてくるとも分らない。

 その上、いつ何処から別のライガが現れるか解らない状況では、ティアとアニスの二人ががりでも、ルークとイオンを逃がすのが「やっと……」だろう。

 突進を躱し、爪や牙を鞘に納めたままのワキザシで受け止めいなす。
ライガ達は、コゲンタを捉える事が出来ない。

 しかし、コゲンタにも疲れが見え始めた。
譜術を使い続けるティアも同様だ。

 大きく息を吐き、呼吸を整えるコゲンタと、額に汗を滲ませたティアを目の当たりにしたルークは、ついに剣の鯉口を静かにゆっくりと切った。

 もう、これ以上、黙って見ている事などルークには出来ない。

 
 剣を抜き放ちライガ達の前に飛び出そうと、ルークは両脚に力を込めた。

 と、その瞬間

 ライガの巣穴から雷鳴の如き咆哮が轟く。

 びくり……と、ルークとライガ達の動きが止まった。
 
 門番ライガが、若いライガ達とは比較にならないほどの紫電をたぎらせ、再び姿を現した。そして、若いライガ達を睨み付け吠える。ライガ達は身を縮め怯えた声を出して後ずさる。
 門番は、巨大な尾を振るって、若いライガの一匹を打ち据え吹き飛ばす。そのライガは目を回してしまった。
 そして門番は、そのライガを一瞥する事もなく、コゲンタに向かって一鳴きした。

「ツいてキて。って言ってますの」

 ミュウはすかさず訳し、コゲンタに伝える。

 そして、門番は「着いて来るならさっさとしろ」とでも言うようにもう一鳴きしてから、再び巣穴に向き直り歩き出した。
 
 一行は、門番について歩き出した。

 途中、門番が彼らの方を見て、底深い唸りを上げた。

「おい、ブタザル。今のは何つったんだ?」

 ルークは何気なしに訊いた。

「ミ、ミュウゥゥ!! あんまり、うるさくしたら食べちゃうぞ!……って言ってましたの!!」

 ミュウは、半ば悲鳴のように答えた。

 ルークは、「訊くんじゃなかった!」と盛大に後悔したが、なんとか顔を引き攣らせるだけに止める事ができた。

「……彼らにとってここは王宮ですから、当然の事ですね」

 イオンは、何の迷いもなく納得したようだ。

「イ、イオンさま、相手は魔物ですよ?! 王宮って……」

 アニスが慌てたように言った。

「確かに彼らは、魔物かもしれませんが、高度な知性と社会性を持った『隣人』です。ぼく達を追い払おうと思えばできたのに、話し合いの場を設けてくれたのです。それを無視して見下したのでは、どちらが魔物なのか分りません。アニス、どうかぼくが粗相をしないように指摘をして下さい。頼みましたよ。」

 イオンの言う事は正論だった。アニスは返す言葉もなかった。

 門番が立ち止ったのはその時だった。『着いた』らしい。

 目の前の通路は、開けた空間につながっているらしい。つまりここは、『部屋』への入口だ。

「では、行こう。慎重にな、あははは」

 コゲンタは、なんとも軽い調子でルーク達を見回して頷いた。
 ルークは、コゲンタの調子に毒気を抜かれたような気になった。と同時に緊張も少し抜けた。ルーク達は顔を見合わせ、頷き合った。

 ルークがふと、後ろを見ると、いつの間にか門番ライガに勝るとも劣らない体躯のライガが、一行の後ろにいた。

「ティア……! うしろ……!」

「ええ……、でも大丈夫。わたしがいるから。それに見張っているだけみたい。敵意は感じない……」

 ティアは、静かに言った。

「そ、そうか……」

 油断はできないが、ここはティアを信じて目の前に集中する事にしたルーク。

 そうして、一行は開けた空間へと出た。思った以上に巨大な空洞が広がっていた。

 無数の巨木が寄り集まり、一つの大樹を成しているのが分かった。所々の隙間が明り取りの役目を果たしているらしく、中は不思議なほど明るいそしてライガの巣穴の中はチーグル達の巣穴とは比べ物にならないほど広大だった。正に大樹の王宮だった。

 すると、門番と同じような成獣のライガが四頭、待ち構えていた。近衛兵といった所だろうか?

 そして、門番がそのライガ達に何かを伝えるように一鳴きすると、門番はルーク達に一瞥もくれずに脇を通り抜け、後ろに付いていたライガと共に来た道を戻って行った。

「ブタザルよ、訳してくれ。門番殿、かたじけない。助かった!」

 コゲンタは、門番たちの背中に声を掛け、頭を下げた。門番は横目で、ちらりとコゲンタを見たがそれだけで、やはりそのまま去って行った。

「女王に、お目通り……お会いする事はできるでしょうか?」

 イオンは、律儀にミュウにも理解しやすい言葉に直して、近衛兵に頭を下げた。

 一番手前の近衛兵が、小さく唸ると、ミュウはびくりと硬直した。

 今の言葉の意味はミュウの通訳がなくても、分った。恐らく、「騒いだら殺すぞ」というような意味だろう。
 ライガ達が左右に二頭ずつに別れ、道を開けた。


 そこに女王はいた。


 ルークは、ライガクイーンの姿を目の当たりにして、思わず息を飲んだ。
 いささか厳しいばかりだった門番ライガ達の顔立ちと違い、クイーンの顔は丸みを帯び、柔らかな印象を受けるが、体躯は一回りは大きい。
 頭部を護るように生えた角は王者の冠。つややかで美しい毛皮は豪奢なローブ。自身の身体に匹敵するほど巨大な尾は王者の外套。
 女王の名に恥じない堂々たる威風だ。

 イオンはミュウに向き直り、一つ頷くと、一歩前に出ると、

「ライガクイーン! ぼくはイオン。貴女と同じく一つの群れを統べる者です。今日は、貴方にお話ししたい事が有り、ここへ来ました……!」

 声量はさほどでもないが、よく通る声で名乗った。

 ライガクイーンは、無数の卵を背にイオンを見下ろす。クイーンは伏し、ルーク達の視線よりも低いにもかかわらず、見下ろされているという感覚を覚えた。

 クイーンはミュウを見下ろし、唸る。ミュウは居心地悪そうに縮こまった。

「ミュウ、クイーンは何と?」

「ミュウゥゥ……。ミュウ達チーグルは、ズルいって……。ライガさん達とニンゲンさん達をケンカさせて自分達だけ助かろうとしてるって……って言っていますの……」

 ミュウは、大きな耳を垂らして項垂れながら訳した。

「それは違います! ぼく達は、貴女達と争うつもりはありません!」

 イオンは、それを直ぐさま否定する。

「導師イオン、ここは拙者が話そう。よろしいか?」

 コゲンタは、イオンが熱くなり過ぎていると感じ、諌めるように前に立つと笑い掛けた。
 ライガクイーンを前にしても、特に気負った様子はない。少なくとも表には出していない。
 ルークは、「このおっさん、つくづくナニモンだ……?」と感心した。

「女王よ。わしはこの森に一番近い集落の住人で、コゲンタと申す。今日は、女王に折り入ってお頼みしたい事があって、参った」

 ミュウは、コゲンタの口上をクイーンに伝えた。
 しかし、クイーンは顔をしかめ唸った。

「ミュ!?」

「なんだ? ブタザル、何と言った?」

「ミュウに近くに来るようにって……言ってますの! 話づらい、メンドくさいって……!」

 ミュウは、震えながらも訳した。

 それを聞いたコゲンタは、「ふぅむ……」と顎を撫でると、

「よし! ブタザル、行け」

 と軽い調子で言ってのけた。

「ミュッ!?!」

「冗談だっての。そんな死にそうな顔をするなぁ。あははは」

 ミュウにとっては、死刑宣告に等しい悪い冗談だった。
ミュウに苦笑と共に頭を下げつつ、コゲンタはクィーンに向き直ると

「女王を信頼せぬわけではないが、流石にブタザルだけをそっちには行かせられんな。わしも一緒に行こう。死ぬ時は一緒だ。あははは」

 また悪い冗談を言った。

「ミュウゥ!!」

「だから、冗談だっての」

 コゲンタは笑いつつ、ワキザシを帯から抜き左手に持つと、右手でミュウを抱き上げ、大股でクイーンに近付いていく。

「女王よ。膝と膝を合わせて、ざっくばらんに話し合おうではないか?」

 コゲンタはやや砕けた口調にして言いつつ、ミュウと共にクイーンの眼と鼻の先に、どかりと座った。クイーンがその気になれば、一瞬で牙や爪の餌食にできる距離だ。

 クイーンは、しばし二人を見つめると巨大な前脚を突き出した。

 ミュウは腰からリングを外すと、コゲンタとクイーンの間に置いた。クイーンは前脚でリングに触れながら、口を開いた。

『『人』と話すのは、娘と以来だ。己は『火竜を喰らいし雷の三度目の春の最初の娘』。この群れの主だ……』

 クイーンのくぐもった声がリングを介して響く。

「人? 娘とは……もしや、『妖獣のアリエッタ』の事か?」

 クイーンの思いもよらない言葉にコゲンタは思わず聞き返した。

『それは確かに、娘を連れていった子供、そこの若草色の服の赤子と同じ顔の子供が付けた名だ。己は『沈んだ島で生まれた娘』と呼んでいる。コゲンタが話したい事とは娘の事か?』

 クイーンは、首を傾げるような仕草で、コゲンタを見た。

 またしても、気になる言葉が飛び出してきた。しかし、今は後回しである。

「あ、あぁ、いや、違う。話というのは、ここはもうじき住み辛くなるという忠告をしに参った。」

 コゲンタは、一度首を振り、クイーンに視線を戻すと言った。

「チーグル達は、ライガの要求に応えるために、わしらの村から食料を盗んだ。間もなく、人間にこの森にライガがいると知れるだろう……」

 コゲンタはそこまで言うと、一度言葉を切り、身を乗り出して……

「そこでだ。手前勝手な頼みだが、別の土地に移って頂きたい。今まで人によって多くのライガが狩り尽されてきた。この群れもそうならぬために。もちろん、すぐというわけではないし、それまで必要な食料は用意致そう」

 と続けた。

『それは、そのライガ達が弱かったからだ。我らには関係ない』

 クイーンは、詰まらそうに、コゲンタの言葉を一蹴した。

「争いになれば、余計な血が流れ、そなたの子らも少なからず命を落とそう……」

『そうなったのならそれは、その子らに『生きる力』がなかったというだけの事、また強い子を産み育てれば良い。死んだ子らも、生き残った子らの糧になる。流れる血に余計な血などない』

 脅しとも取れるコゲンタの言葉に、クイーンは、特にどうという事もないように答えた。

 当然と言えば当然だが、人間の感性とはかなり違うらしい。理解はできるが納得し難い。

「人とは、そなたが考えるよりも『怪物』だぞ? そなたらを狩り尽すためなら何でもするぞ。火攻めに爆薬、毒も使うであろう……」

『その時は戦うまでだ。倒される前に倒す。火が回る前に爪を立て、毒が我らを殺す前に牙で穿つ。それだけの事。それは、ライガにとって特別な事ではない……』

 話はほとんど平行線だ。『死』に対する感覚あまりに違う。彼女たちには、ライガという種を残す事が重要で、個々の『生』には無頓着といって良いらしい。だからこそ強く、恐れられるのだろう。

 一方、ルークは、手持無沙汰で少々イライラしていた。

「くそう、聞こえねぇ……。おっさん、もっとデカい声で話せよな……。ティアは聞こえるか?」

 と、悪態を吐きながら、ティアに尋ねた。

「途切れ途切れだけれど……。立ち退いて貰うのは難しいかも……」

 控えめに頷いてから、言いづらそうに首を傾げるティア。

 その時、突然、ティアは巣穴の入口の方向を仰いだ。
周りの近衛ライガ達も何かを感じとり、警戒の唸り声を上げる。

「どーしたんだ?! ティア!」

「誰かが上で、譜術を使っているの! 多分、複数人……? 連発している!」

「もしや、ジェイド達が?! すぐに止めなくては……!」

「イオンさま! アブナイです!!」

 ティアの言葉に、イオンは慌てて駆け出そうとするが、アニスにすがり着く様に止められてしまう。

 一方、ティアは音素の動きを、さらに詳しく読み取ろうと、眼を閉じ集中する。

「来ます……!」

 鋭く呟くティア。

「あそこだ!!」

 ルークが指差し叫ぶ。
その視線の先で、樹の宮殿の壁面に亀裂が入り小爆発と共に、巨大な何かが壁面を突き破り、落下した。

「風の子らよ……。『アピアース・ゲイル』!」

 ティアは素早く風の譜術を発動させ、気流が木片や火の粉などの落下物を受け止め、それらがゆっくりと降りてくる。

「ん? あっ、外にいた奴だ!!」

 ルークが叫んだ。壁面を突き破った何かは、あの門番ライガだった。
 頑強なはずの角は折れ、身体中を血に染めている。満身創痍だ。

 門番はなんとか着地したが、体勢を崩し力なくひざまづいた。

 その時、門番を薄緑色の音素の光が包んだ。

「癒しの光よ……。『ファースト・エイド』」

 ティアが、すかさず治癒譜術を掛けたのだ。傷はみるみる血が止まり、傷がふさがった。これでひとまずは安心だろう。

 ルークは、門番が作った穴、黒煙の向こうに何かの気配を感じた。何かがいる。あんなにも強そうなライガを、あそこまで痛め付けた『怪物』があの向こうにいる。
 ルークは思わず、剣の柄に手を掛けた。
 譜術を使ったという事は、少なくとも人間なのだろう。しかし、『味方』とは限らない。

 コゲンタは膝立ちになり、ミュウとクイーンを庇うように剣を抜けるように構えている。

 近衛ライガ達も、すでにクイーンと卵を護れる位置に移動し、紫電をたぎらせ戦闘態勢を取っている。

「いやぁ、失敗、失敗♪ 『ノック』の力加減を大失敗♪ しちゃいましたぁ。申し訳ありませ~ん♪」

 呑気で明るい笑い声が巣穴に響いた。

「トィヤァ!!」

 やたらと威勢の良い掛け声と共に、青い影が黒煙の向こうから飛び出して来た。
 影は、飛燕の如く華麗に、ルーク達の前に舞い降りた。

「どーも皆さん♪ 毎度お騒がせのカーネル☆ジェイドこと、ジェイド・カーティスでございま~す♪」

 カーネル☆ジェイドは、お手本のようなターンを決め、親指を立て、右斜め四十五度の流し目をルーク達に送った。



 今回の話は、少し戦闘もありましたが、相変わらず話が長くて地味です。(笑)

 余談ですが、ライガは人を好んで襲う獣という設定でしたが、実際の動物ではあまりそういう事はないようです。病気、怪我により凶暴性が増していたり、特殊な環境下にいた特殊な個体、群れという例外は有りますが、習性として人を襲うという動物は少ないようです。
 狼を連想する方もいると思いますが、人間がそれまで獲物といしていた動物を根絶やしにしたため代わりに家畜などを襲うというケースで、濡れ衣というのが正しいようです。

 「お伽話で、何故、狼は最後には殺されてしまうのか? 彼らは、彼らの生き方として当然の事をしているだけなのに。」というかのシートンと同じ疑問を抱いてもらいたいと思い、このライガのエピソードを考えました。


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第18話 ライガ対カーネル☆ジェイド 森林の大決戦


「いやぁ、皆さんご無沙汰しております♪ 私、カーネル☆さんが来たからには……そうです! カーティスさんちのジェイドさんが来たからには、もう安心♪ ですよ! さぁ、できれば前の方からドッカラでもかかって来なさ~い!」

 口調も軽やかに、歌い上げる様にジェイドはまくし立てるが、肩幅程度に両脚を開き左肩で身体を隠す様な、簡素な構えで隙なく静かに佇んでいる。
対峙する者に何処か、ちぐはぐな印象を与える事だろう。

「ジェイド! 待ってください!! 彼らとの……ライガとの問題は話し合いで解決できます!!」

「イオンさま! アブナイです! ってばぁ!!」

 イオンが叫ぶ様に訴え、ジェイドの前に飛び出そうとするが、アニスに抱き着かれる形で止められてしまう。

 「おぉ♪ そうなんですか? それはナニヨリな、ミミヨリ情報ですね♪ 『平和主義者のJ』異名を持つ私にとっては喜ばしい事ですよ!」

 ジェイドは、笑顔で嬉しそうに言ったが、構えを崩す事なく臨戦態勢だった。

「……ですが、納まりが付かない方々がいらっしゃるようですよ? まぁ、全て私に原因があるんですけどね……」

 ジェイドは微苦笑したかと思うと、突如しゃがみ込んだ。紫電の矢がジェイドの顔が存在した空間を穿った。
 宮殿の物陰から、十数頭の赤黒い毛皮のしなやかな体躯を持ったライガ達が紫電をまとい飛び出して来た。
 鼻面に皺を寄せて牙を剥き、毛を逆立てて、皆殺気立っている。

「仇討ですか? 討たせて差し上げたいですねぇ……。ですが、そうもいかないのが、私の立場です♪」

 ジェイドは、隙なく構えたまま、微笑んだ。

 近衛ライガの一頭が、赤黒いライガ達に向かって吠えた。「下がれ!」と諌めているようだが、赤黒いライガ達は下がろうとしない。

 その時、四頭のライガが、同時にジェイドに襲い掛かった。皆、ジェイドの背後から、彼を引き裂かんと殺到する。
 死角からの攻撃とはいえ、ジェイドは全く反応せず、動かない。
 四頭のライガが、ジェイドめがけて同時に跳んだ。

 小気味よいフィンガースナップの音と共に勝負は着いた。

 ジェイドの勝利で……である。

 突如、四本の手槍がライガ達の軌道上に出現し、彼らに突き刺さったのだ。空中では回避のしようもない。

 飛びかかったライガの内一頭は、頭に手槍を受け、息絶えた。残りの三頭は、胸や腹に受けた。生きてはいるが、致命傷だろう。
どう見ても、もはや戦闘不能だ。

 「うふ♪ 種も仕掛けもございます。少しばかり手の込んだ譜術でぇす。カッコイイでしょ?」

 ジェイドは、ぱちりと片目を閉じて、不敵に笑った。しかし、その笑みを苦笑に変えると、呪文を呟やき、手槍を出現させ手にすると、倒れたライガ達の首筋を切り払い、止めを刺した。

「弱い者イジメは嫌い……ではありませんが、戦いとかは大ッ嫌いなんですよ! もうやめにしませんか?」

 ジェイドは不意に表情を引き締め、訴えるように叫んだ。本気なのか冗談なのか判断できない。
 ライガ達は、仲間の仇を討たんと一斉に駆け出そうとした。しかし、純白の小爆発によって阻まれた。

 ジェイドの十の指先に譜術『エナジーブラスト』の極小な譜陣が描かれ、鈍く光っている。

「ね♪ やめません?」

 ジェイドは、微苦笑した。しかし、言葉とは裏腹に赤い瞳には冷酷な色が宿っている。


 その時、雷鳴の如き咆哮が轟いた。


『我が子達よ、下がれ!お前達では、その青い服の男には倒せぬ。相手の力量も図れず血気に逸って牙を剥くなど情けない……!』

 クイーンの喝が宮殿に響いた。近衛ライガの命令では下がろうとしなかったライガ達が、耳を伏せ怯えたように身体を竦めた。

 『確かにお前達の忠言通り、この森も煩わしくなってきたようだ』

 クイーンは、ルーク達を見回して呟いた。

『食い尽くすのは造作もないが……面倒だ。それに我が子の命を救った娘と幼子を、殺すのも忍びない……』

 クイーンは、ジェイドをつまらなそうに一瞥した後、ティア、ルーク、イオンを順に見つめ、言った。

『その娘の献身と、我が娘の名に免じて見逃してやろう。この穴も引き払ってやる……。早々に立ち去れ。己の抑えが効くうちにな……。怒り狂ったライガは、毒吹き竜よりも凶暴だ……』

 クイーンは、宮殿の入口を顎をしゃくって示しながら、ルーク達を見回した。

 その時、ルークが意を決したように

「……! 仲間が、子供が殺されたのに! イイのかよ!? オマエは母う……じゃなくて母親なんだろ!!」

 と叫んだ。

「ルーク殿……」

「ミュウウ……」

 ルークのやや幼稚な、幼稚であるがゆえの純真さからの怒りに、コゲンタもミュウも胸を突かれ、言葉を失う。二人はクイーンの言葉を聞いて、正直「助かった……」と思っただけだった。ライガ達の死を見ていたのに、本当の意味で見ていなかった。

「ルーク……。落ち着いて」

 ティアはが優しく言った。そして、ルークの硬く握られた拳を手で優しく包んだ。もちろん彼の言葉は、彼女にも伝わっていた。それでも、ここで冷静さを失ってはいけないと思い、彼を諌めたのだ。

「だってよ……!」

 ルークが、それでも何か言おうとした時、クイーンが言った。

『人らしい『優しい』考え方だ。優しいゆえに、人は殺し合う。『殺られたら殺り返す』それの繰り返しだ。それは滅びの道だ。己らは、『神鳴りの具現せし牙』。力ある者。喰らいし者だ。喰らいし者は、己が食われたとしても怒らない。怒る権利がない。ゆえに愛する者が喰われたとしても、許し忘れるのだ……』

 彼女は、自分を睨み付けてくるルークを慈しむような口調で諭した。まるで本物の母親のようだ。

『我が子らのために憤ってくれた事、感謝する。名は何と言う? 朱色の髪の幼子よ。』

「オサナゴ? ……なっ、ガキ扱いすんな!」

『では名乗れ。己の名は「火竜を喰らいし雷の三度目の春の最初の娘」だ』

「それ、名前か? 長すぎだろ? オレは、ルーク。ルークだ! おぼえとけ!」

 ルークは、クイーンに向かって吐き捨てるように名乗った。

『ルークか……。憶えたぞ、ルーク。娘、名乗れ。我が子を救いし者の名も知りたくなった』

 クイーンは、子供のヤンチャに目を細めるような表情で頷くと、今度はティアに向かって言った。

「はい。わたしは、メシュティアリカ……。ティアと申します。女王様」

 ティアは、王族に対してするように跪き、深々と頭を下げ、名乗った。
クイーンは鷹揚に頷きティアの礼に応える。

「女王。貴女と貴女の一族は、『導師イオン』の名に懸けて何人にも手出しはさせません。約束します……」

 その時を待っていたかのようにイオンが言った。彼は祈るように手を組み、凛とした表情でクイーンに誓った。

『お前のその名に、どんな意味があるかは知らぬ。だが、そうしたいのならば好きにせよ』

 クイーンは、どうでも良い事のように軽く頷いた。

「イオン様♪ ソレ、私も一口噛ませて下さい。兵隊さんほど平和主義者いませんからね♪ 大賛成です。本部には適当にねじ込んでおきますので!お任せあれっ♪」

 ジェイドは、ドンと胸を叩き、頼もしくも胡散臭く微笑んだ。

『お前が殺した子ら、娘……アリエッタも『弟』と思って、可愛がっていた。あの娘も、やはり『人』だ。弟達が殺されたと知れば……、お前を殺しに来るかも知れぬ。せいぜい気を抜かぬ事だ』

 クイーンは、しゃしゃり出てきたジェイドを一瞥すると、「ついでに……」といった調子で忠告した。

「御忠告ありがとうございますぅ♪ しかし、三度のご飯も叩いて頂くジェイド・カーティスに死角はなかったのです!うふ♪」

 ジェイドは、クイーンにお手本のようなお辞儀とブイサインを返した。
 そして、ジェイドは、ルーク達に振りかえると、言った。

「それじゃあ皆さん、お暇しましょ♪」

 しかし、ルークだけは動かない。もう冷たくなり始めたライガの亡骸を見つめている。

「アトあじワリぃぜ……。くそっ!」

「ルーク……?」

 ティアがその様子に気が付いた。

「ティア……。こいつら、オレ達がここに来たから死んだようなモンだよな……?」

 ルークは、今にも泣き出しそうな顔で言った。

「ルーク、それは……」

 ティアは、何も言えなかった。自分も同じ事を思っていたからだ。

 その時、コゲンタが、パンと膝を叩いた。

「よぅし、決めた! 女王よ! わしは、この勇士たちに敬意を表して自身の手で弔いたいと存ずる。よろしいか?」

 彼は、一つ大きく頷くと、言った。

『弔う……? しかし、お前だけでは喰いきれまい?』

 クイーンは、コゲンタの言葉に首を傾げ、真剣な声音でとんでもない事を言った。

「喰わん喰わん! 墓を作らせて頂きたいのだ!」

 コゲンタは、滑りそうになるのを堪えて、クイーンの思い違いを訂正した。

『ハカ……? あぁ、直接、土に帰すという人の習慣か』

「そう! そいつだ! 人は、そうやって死者に敬意を払うのだ」

 多少発音がたどたどしかったが、意味は合っていたので、コゲンタは頷いた。

 その時、ジェイドが、

「お墓ですかぁ? そんな時には、私にご相談下さい♪ 何故なら私は、戦友達に『除隊したら田舎で葬儀屋になるんだ』と常々語るほどの……穴掘り名人なんですよ!」

 胡散臭く爽やかな笑顔で、名乗りを上げた。親指ポーズも忘れていない。頼もしい限りだった。



「と……いうわけで、私の譜術で、巣の外にライガさん達のご遺体を運びましたよ♪」

 ジェイドは、言うや口笛交じりで重力緩和の術式を行使し、クイーンの間から入口の道のりを戻って行く。
 すると、胡散臭い笑顔でルーク達を振り返った。

「イチーチ、言わなくてもワカるっての……」

 ルークは、呆れて言った。

「ごもっとも! 流石はルークさん♪ 一味違いますねぇ」

 というジェイドの答えは、さらに彼を呆れさせた。

 一方、ティアはジェイドの譜術操作に脱帽していた。ティアも重力制御の譜術は、使えない事もないが、あれだけの大きさのライガを、しかも数匹となると、その場を動かず数分が「やっと……」だろう。

 こうして、ライガの巣から出てきた一行は、適当な場所を見つけ、そこを墓にする事にした。

「見よ! 穴掘り名人ジェイド・カーティスの妙技♪ 狂乱せし地霊の宴よ『ロックブレイク(1/30)』」

 ジェイドは、その場に片膝立ちになると、人差し指を地面に立てると、譜術を発動させた。

 轟音と共に地面が隆起し弾け、四つのライガ大の穴が開いた。

「ささ、埋葬させていただきましょ♪穴掘りは得意なんですが、埋めるのは苦手なんです。やはり、いざという時に頼れるのは人力のみですね!」

 ジェイドは苦笑しつつ、三本のスコップ状の手槍を出現させた。

「はい♪ ルークさん、コゲンタさん!そして私♪ レッツ埋葬♪ しめやかに~♪」

 こうしてルーク達は、ようやくライガ達の亡骸を埋葬する事ができた。

「これで……、個人も報われる事でしょう……。こんなにも心優しい少年少女達に弔われるのですから……。加害者として厚く御礼申し上げます」

 ジェイドは、埋葬を終えたルーク達に静かな口調で挨拶し深々と頭を下げた。

「では、まずはチーグルの戻って長老殿に顛末を話そう。ライガとは話を着けたのだ。チーグルにもきっちり『落とし前』を着けてもらわんとな」

 コゲンタが、にがい表情で言った。

 ミュウがびくりとコゲンタを見上げた。

「悪く思うなよ、ブタザル。チーグルにもそれなりの負担を強いなければ不公平だ。一度見逃せば、同じような事がまた起きる。『あの時は大丈夫だった。だから今回も……』って話だの……」

 コゲンタは、やはり眉を寄せて、苦い表情でつぶやいた。
 ルーク達は何も言えなかった。



 チーグルの巣に向かって森を進むルーク達。

 ある時、先頭を行くジェイドが首を身体ごと傾け、ルークに話しかけた。

「う~む♪まだ浮かない顔ですねぇ、ルークさん?やはり死んだライガさん達の事が、気になりますか?」

「ウルせぇ……」

 ルークは、不機嫌そうに吐き捨てた。

「優しい方なのですね。『気に病むな』という方が無理がありますが……。あのライガ達を挑発し、殺害したのは、全て私の『意志』と『力』です。貴方とは無関係、貴方の『意志』も『力』も介在する余地は一切ありませんでした……」

 ジェイドは、静かに言った。持って余った言い回しだが、ルークを気遣っているらしい。

「つまり、ライガクイーンさんも言ったように、恨まれるポジションは私。ルークさんはむしろ褒められるポジションでしょう。裏山険し……もとい♪ 羨ましい~! ね? スゴく論理的でしょう?!」

 ジェイドは、ルークに親指ポーズと笑顔を送ると、再び前を向き歩き始めた。

「ルーク殿、大佐殿の言う通りだ。優しいのは良い事だがの、自分に直接関係ない事にまで責任を感じる事はない。『過ぎたるは及ばざるが如し』って話だの」

 コゲンタが、ジェイドの話を補足するように言った。
 
 「さっきから、優しい優しいって! ウルセエっての!! もう知らねぇ! オレは悪くねぇ! 悪いのはミンナこのメガネだ!!」

 いきなり、ルークがわめき出し、そっぽを向いた。朱に染まった耳が良く見える。

「ええ、全て私が仕組んだ事です。犯人は私です。ですが、良かれと思ってぇ!!」

 ジェイドは、悲痛な声を上げながら、先頭を確かな足取りで歩いて行く。

「ルーク……。貴方が悪いと言うなら、ぼくも悪いという事になります。いえ……ぼくは、あなた達を始め、ジェイドやアニスを危険に巻き込んだ。罪の比重は、ぼくの方が重いはずです。だから……その……」

 イオンが、懺悔するように言った。

「もうウゼエって! もう全員悪くないって事でイイだろ! ホント、イオンといい、おっさんといい、ウゼェ奴らだな!」

 ルークは、吐き捨てるように言うと、「もうその話は終わりだ!」とでも言うようにそっぽを向いた。どうやら、いつもの調子をだいぶ取り戻したようだ。


「さぁ、こちらですねぇ?チーグルのミュウさんのお宅はぁ~♪ 大変、立派なお宅ですねぇ! 泉に囲まれた我が家というわけですねぇ……見て下さい、皆さん! 木の桟橋。完全天然素材というわけですねぇ♪ 素晴らしい!」

 ジェイドは誰に解説しているのか、楽しそうにしゃべり続けている。

 それはそれとして、一行はチーグルの巣に再び戻ってこれたのだ。しかし、ルーク達の顔、特にミュウの顔は浮かない。
 今回の問題は、ミュウ達チーグルにとってはむしろ「これから……」と言っても良いのだから当然だろう。ライガ達に許されたとしても、エンゲーブの人間たちが許してくれるとは限らないのだ。

「さぁ、長老に報告して、話をつけようじゃないか?」

 コゲンタが、皆の顔を見回して言った。

 晴れやかな笑顔のジェイド以外、釈然としない顔だったがコゲンタの言葉に頷き、チーグルの巣の入口に足を向けた。

「ミュウ……、行きましょう。早くおじいちゃんに無事な姿を見せてあげなくちゃ……」

 ティアは、うなだれてその場を動く事のできないミュウに優しく語り掛けた。

「大丈夫……、イシヤマさんも、エンゲーブの人達も皆、良い人よ。よく話せば分ってくれるわ。イオン様とルーク、ついでにジェイドさんだっているわ。わたしだって協力するから安心して。ね?」

 ティアは、頭では「無責任……」と思いながらも、ミュウの顔を見てしまったら、言わずにはいられなかった。

「ミュウゥ……、ティアさん……」

 涙ぐんだ瞳で、ティアを見上げるミュウ。

「ミュウ、わたしと一緒に行きましょう。大丈夫だから……」

 幼い子供にそうする様に、ティアはミュウを抱き寄せる。

「大丈夫……。大丈夫だから……」

 しばらく、そのままミュウを優しく抱き締め語り掛けるティア。

「ミュウゥゥ……。ボク……ボク、ガンバりますの……!ティアさんたちニンゲンと、ライガさんたちと、チーグルがケンカしなくてイイようにガンバりますの!」

 不意に、ミュウはティアの顔を見上げると、チカラコブを作る様な仕草で決意の声を上げる。

「それは良い考えね……。わたしも、精一杯協力するわ。ミュウ……」

 そんなミュウに、ティアは微笑み返し、頬を寄せ「協力を心から惜しまない……」という思いで優しく語り掛ける。

 「お~い。なにしてんだぁ?」

 ルークが巣への入口の前で呼ぶ声が聞こえてきた。

「ほら、皆が待っているわ。まずはおじいちゃんに報告。ね? ミュウ」

「ハイですの」

 ティアは、ミュウを抱きかかえたまま、皆の待っている入口に向かった。

 こうして、ルークの冒険譚に新たな旋律が加わった。





 
 今回は、最終的に事件をより良い形で解決に導いたのは、

 頭の良い人達の強い力や技術、豊富な知識や経験
 でもなければ
 強い責任感や使命感
 でもない
 ルークの幼稚で考えなしとも言える「優しさ」でした。

 という話と、

 どんな事情があったにせよ、その場で相手を傷つけたのは「自分の意志」「自分の技」。だから、その場で起きた出来事は全て「自分の責任」。

 という、ジェイドの、ちょっとした「兵士のプライド」が見えた話でした。

 いささか原作への風刺が鼻につく話となってしまいました。不快に思われた方には、この場でお詫びいたします。

 


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第19話 それぞれの責任


 ミュウが、長老チーグルに事の顛末をチーグル語(?)で報告しているのを眺めていたルークは、ふとコゲンタを横目で、覗き見た。

 彼は腕を組み、瞑目し、ただでさえ深いシワの刻まれた眉間をしかめている。

「なぁ、ティア……。おっさんホントは怒ってんじゃねぇのか? さっきから一言もしゃべんねえし、しかめっツラしっぱなし……」

 ルークは、内緒話をするような調子で言った。

「別に怒っているわけじゃないと思うけど……。エンゲーブの代表として、真剣に考えているのよ。きっと……」

 ティアは、それに合わせて、小声で返すと、コゲンタに視線を移した。

 すると、コゲンタは懐から、懐紙と筆立てを取り出すと、何かを書き始めた。

 ちょうどその時、ミュウの報告を聞き終えた長老が、ミュウからソーサラ―リングを受け取るとルーク達を見回し、語り掛けた。

「まずは……、儂ら盗人の話を聞いてくれた上に、ライガと対峙し、そのライガからも『信』を得たお前たちの『英知』に敬意を……」

 長老は、膝を折り、両手を地面に着くと恭しく頭を下げた。

「お前達とライガの女王の寛大さに報いたいのじゃが……。人はこうした時、どんな事をする? 儂らチーグルは何をすれば良い?」

 長老は頭を上げながら、ルーク達を見つめ、質問してきた。

 すると、コゲンタが

「わしらはただ……少なくともわしは、導師イオンの顔を立てただけだからの。それほど、へりくだる必要はないっての」

 と、何でもない事のように苦笑交じりに言った。

「むぅ、しかし……」

 長老は肩透かしを喰らったような顔で言い募った。

「本当に、頭を下げてもらいたい連中は周りにおるのだがの……。まぁ、こっからは商売の話だ。ざっくばらんに話そうじゃないか?」

 コゲンタは、長老の後ろに隠れるチーグル達を一瞥した後、長老に向き直り、突飛な事を言った。

「ふむ……、商売とな?」

 長老は、コゲンタの話に首を傾げながらも、興味ありげに身を乗り出した。

「確かに、ライガの女王は、わしらもお前さん達チーグルも不問としてくれたが、それで『では、そういうわけで……』などと終わらせるなど、無礼極まりない」

 コゲンタは、難しい顔で腕組みをして、大げさに首を振ってみせた。

「うむ……。いかにも」

 長老も彼の意見に賛同したというように大きく頷いた。

「そこでだ、長老殿。お前さん方一族で、エンゲーブから食料を買わぬか?そして、その買った食料をライガ達に届ける。『引っ越し』は物要りだからの。喜ぶと思うぞ?」

「ふむ……、なるほどのぅ。それならば、盗んだ食料の代金もなんとかできるかのう?」

 それにしても、ライガの巣の前に言ったミュウへの質問は本気だったらしい。

「ま、そいつは、お前さん方の働き次第だの。この紙に、人間にとっては価値があるのだが、なかなか手の届かぬ所にある『薬草』や『鉱石』を書き出しておいた。長老殿ならば、人間の文字くらい読めるだろう?あはは」

 コゲンタは、苦笑気味に笑い、長老に先ほどの懐紙を手渡した。

「ふぅむ……。人間はこんな物を欲しがるのか? しかし、こうした場合『口約束』だけでは、後々問題が起こるじゃろう? 儂らチーグルは、前払いできる物なぞ持っておらぬぞ。当然、信用もないからのう……ツケも効かぬじゃろう?」

 長老は、受け取った懐紙の文字を、一通り目を通した後、もっともな事を口にした。

 確かに、いくらチーグルと言えども、すぐに採りに行く事はできないし、食料の価値に見合った品質の物が採れるとは限らないのだ。

 長老は、髭を撫でるような仕草をしつつ、考える。そして、長老は隣のミュウを一瞥したかと思うと、何かを決めたように一つ頷き、口を開いた。

「ミュウをソーサラ―リングごと雇ってくれぬだろうか? ミュウは真面目だ。きっと役に立つ。」

「ミュ!?」

 長老の突然の言葉にミュウは驚く事しかできない。

「奉公するというわけか? しかし、身内を売るような真似は、個人的には感心せんの……」

 一方、コゲンタは驚いてはいないようだったが、眉をしかめて、難しい顔をした。

「『猫の手も借りたい』って諺はあるが……。村には、ブタザル……ミュウにやってもらうような仕事は、まずないな。火を点ける事なら、火打石やマッチで事足りるからの……」

 コゲンタは、やや言い辛そうに言った。

「だが、ミュウの気質は、話していて気がほぐれる。苦しい時には重宝するだろうの……」

 コゲンタは、しかめっ面を微笑に変え、頷いた。

「だったら、オレん家で雇ってやる! ブタザル、母上の話し相手になれ。母上はカラダが弱くて病気がちだからな。タイクツさせないようにしろ!」

 突然、ルークが口を挟んだ。

「おい、おっさん。ライガに回す食い物のカネはオレん家にツケとけ! オレん家なら払えるよな? これなら文句ねえだろ? たくっ、ケチケチしやがって……」

 ルークは、コゲンタを睨むと強引に話を進める。

 当のコゲンタは、

「もちろんできるが……それから、別にケチケチして言っているわけではないのだがの……。あははは」

 と苦笑しつつ、ミュウを見つめ尋ねる。
 
「ブタザルよ。ルーク殿は、ああおっしゃっているが、お前さんはどうしたい?」

「ミュウ! ミュウミュウミュミュウ!」

 ミュウは、飛び跳ねるようにチーグル語でまくし立てる。

「リングを使って、ゆっくり話せ、ブタザル」

 コゲンタは、そんな彼を苦笑しつつ、諌める。

「やりますの! なんでもやりますの!! ライガさん達とも、ルークさんやティアさん達ともケンカしないで済むなら、ボクはなんでもしますの!!」

 ミュウは、飛び付くように長老の持つリングに触れ、まくし立てた。

「決まりだな……。村に戻ったら、すぐにミュウが稼ぐ分を手配しよう」

 コゲンタは一つ頷くと、再び懐紙に何かを書き出した。

「ありがたい……」

 長老は呟いた。

「ただし、季節が一巡りするまで働いたとしてのミュウの稼ぎで売れるのは、一回分、いや、大まけにまけて二回分くらいだぞ?」

 コゲンタは新たに書き出した懐紙……領収書のような物を長老に見せながら、渋い顔で言った。

「それだけで十分じゃ。一族の存続を全て、小さき者一人に背負わせることなどできん……」

 長老はそれに反して、「納得した……」という表情で頷いた。

「おおい! チーグルさん達よ! いいか。お前さん方が、わしら人間に『帽子』や『干し肉』にされずに済むのは、このミュウのおかげだぞ。ミュウはいわば命の恩人……『英雄』だ。その事を努々忘れるな!」

 コゲンタは、周りを取り囲むチーグル達を見回し、大声をぶつけた。

「いやぁ、スンバラシィ! 伝説の『オォオカ裁き』を彷彿とさせますね~? その上、ルークさんが仰ったアニマルならぬ♪ チーグルセラピーにも、興味津々のシンですねぇ~♪」

 唐突に、ジェイドの拍手と歓声が巣穴に響いた。

「しかし、ルークさんのお母様がどんなご容態なのか分かりませんので、確かな事は言えませんが……。ミュウさんは、お母様にお会いする前にお風呂に入って『キレイ☆キレイ』した方が良いでしょう♪ チーグルさん達や健康な方には平気でも、体調の優れない方には良くない細菌……『ばい菌』がいるかもしれませんからね~♪」

 ジェイドは、胡散臭いほど、優しげな微笑みと共に言った。

「ご主人サマ! ボクがんばりますの! がんばってオフロに入りますの!」

 当のミュウは、大真面目な調子で言った。

「ご主人様? オレの事か?! フ、フンッ! まあイイだろう……しっかり働けよ。ブタザル!」

 ルークは、ミュウの突然、呼び方を変えられた事に一瞬戸惑ったが、まんざらでもなさそうに言った。
 普段、屋敷で『おぼっちゃま』とか『ルーク様』などとかしずかれてはいるが、流石に『ご主人様』は初めてだ。ルークは、悪くないと思った。

「話もまとまった事だし、参りますかな? できるだけ早くこの事をローズ殿たちに伝えたいし、暗くなる前に森を抜けたいでの」

 コゲンタは、長老の前から立ち上がると、一行を見回した。

「大賛成ですねぇ。真っ暗くらいくらいな森を歩くのは面倒くさいですからねぇ。ささ、お暇しましょう」

 ジェイドが、いち早くコゲンタの言葉に同意して、手を叩きながら一人で出口へ向かった。

「ミュウ、身体に気を付けるのじゃぞ……」

 長老は、ミュウを抱きかかえるように、彼の肩に手を置き優しく語り掛けた。

「おじいちゃん……。ボク、がんばりますの!」

 ミュウは、心配させまいとしてか、努めて明るく答えた。

「長老、安心して下さい。ルークは、とても優しく勇敢な騎士です。ミュウに辛い思いなどさせないでしょう。彼の良き主人となる事でしょう。そうですよね、ルーク?」

 イオンはミュウ達の側に跪くと、ルークの顔を見上げると、微笑んだ。

「お、おう。まかせとけ! 当たり前だぜ! オレは師匠の一番弟子だぜ! 逆に守ってやるよ! ハハハ」

 ルークは、これでミュウに手荒な真似が出来なくなったと思った。だが、男に二言はないのである。

 こうして、ルーク達はチーグルの巣を後にした。

 『ソイルの木』の効果がある範囲ぎりぎりまで、ミュウを見送り続ける長老と、ミュウと同じ子供チーグル達の姿が印象的だった。
 ミュウも彼らの姿が見えなくなるまで、振り返っては手を振っていた。


 森のきた道を戻って行く一行。
 来た時同様、ウルフやライオネールが度々現れたのだが、ジェイドが一歩前へ歩み出ると、魔物達は怯えたように一目散逃げ出して行った。

 楽で良いのだが、ルークはなんだか悔しかった。しかし、無闇に戦う事は「ダサい……」、なにより「ティアが嫌がる」と自分に言い聞かせた。

 しばらくすると、ルークがイオンとコゲンタに再会した場所……ウルフ達と戦った開けた場所に出た。

 そこには、ウルフ達の姿は既になく、代わりに何人ものジェイドと青い軍装のマルクト軍兵士たちが待機していた。皆、手に槍や剣を持ち周囲に油断なく気を配っている。

「やぁやぁ、皆さん。お待たせいたしましたぁ♪ 皆さんのジェイド・カーティス、ただいま到着ですよ!」

 ジェイドが先頭に立ち、実に気さくに部下である兵士達に愛想を振り撒く。しかし、兵士達は、無言で厳格な敬礼を返すのみだった。この温度差はなんだ?

 ジェイドが、一人の兵士が幹にもたれ掛り座り、もう一人がそのそばに膝を突いている樹の前に歩いて行くと、

「マルコ♪ 待った?」

 と言った。すると、膝を突いていた方の黒い短髪の兵士が立ち上がった。

「いいえ、大佐。あえて貴方に、『待ちました。』と言うほど待ってはいません。許容範囲内です」

「うふ、良かった♪」

 マルコと言うらしい精悍な顔つきの兵士は、真面目な顔で皮肉めいた事を言うと、折り目正しく敬礼をした。
 ジェイドは、それに対して気さくな敬礼を笑顔と共に返した。

「アヒム上等兵、笛を鳴らせ! 全員呼び戻せ。導師様は、無事お戻りになられた!」

 マルコが、長身で褐色の肌の兵士に命令を下した。

 アヒムと呼ばれた褐色の肌の兵士は無言で頷くと、肩から下げていた大きな角笛を高らかに吹き鳴らす。

 身体の内側に響くが不思議と心地良い音色だとルークは感じた。

「おやおやぁ? ディートヘルト。上官は立たせて、貴方は座って休憩中ですか? まぁま、ニクッたらしぃ~♪」

 角笛の音色が響き渡る中、ジェイドがマルコの後ろを覗き込むと、先程の彼の様にそこに跪く。
 
 そこには、縮れた金髪を伸ばし放題にした熊のような大男が座っていた。どうやら、右足に怪我をしているらしい。

「やぁ、どうも大佐。すいませんねぇ、カッコつけて戦おうとしたバカなヒヨッコがいましてね。柄にもなく先輩風を吹かせたら、このザマですわ。」

 ディードヘルドというらしい大男は、顎をしゃくって、離れた所でうずくまっている若い兵士を示し、怪我を負っている事など微塵も感じさせない口調で右足を軽く叩いた。

「ふぅむ、これはこれは……。ウルフですか? ずいぶんご馳走して差し上げたのですねぇ?」

 ジェイドは、医者のような手付きと視線で、大男の右足の当て布を捲くり傷口を診ると、苦笑した。

「いやぁ、自分が昔飼っていやした犬に似ていたものでね……カワイイ奴だったんすよ。なんで死んじまったんだよ、ビンゴォ……!」

 ディードへルトは、やはり軽口で返した。

「トニー♪ そんな所に座ってないで、ディードヘルドの手でも握ってあげたらどうですか? こういう時は心細い物ですよ」

 ジェイドは、うずくまっている若い兵士……ト二ーに、優しく楽しそうに手招きした。

「よしてくだせぇ! 気持ち悪りい! 美人のネエちゃんならともかく!!」

 ディードヘルドは、命乞いをするように断固拒否する。

 するとマルコが、

「大佐。あまり、ディードヘルト伍長を興奮させないで下さい。また傷が開きます。私の治癒術では止血と殺菌が精一杯なのですから……」

やや冷めた口調でジェイドを諌めると、再びディードヘルトの脇に跪き、聖句を唱え始めた。

 すると、ディードヘルトは淡い緑色の光に包まれる。どうやら、マルコはティアと同じ第七譜術士のようだ。

「外科手術には少し自信があるので、道具と設備さえあれば、私が改ぞ……治療して差し上げるのですがね。無力な私を許して下さい。ディードヘルト」

 ジェイドは、心底残念そうに言った。

「なんだコイツ! なんか嫌な事言いかけた! 嫌な事!」

「大佐……。私は同じ事を何度も言うのも言わせるのも嫌いなのですが……」

 ジェイドとその部下たちの、喜劇めいた掛け合いに、ルークは今まで抱いていた『軍人』の認識を改めなくてはならないと感じていた。
 とその時、ジェイドは振り返り、ティアを見つめると、話し掛けた。

「ティアさん♪ 申し訳ありませんが、ちょっとよろしいですか?」

「はい……?」

「彼の足を診て頂けますか? 意外と重傷ですので♪」

「あっ、はい……!」

 ルークと同じくジェイド達のやり取りに困惑していたティアだったが、すぐにディードヘルトの脇に駆け寄り跪いた。

「ティアと申します……。今から、治癒術で欠損箇所を復元します。違和感や耐えられない痛みがありましたすぐに仰って下さい。痛みは神経系の復元の目安になりますので、鎮痛はいたしません。どうかご辛抱を……」

 ティアは、ディードヘルトに静かに語り掛けた。
 それを見ていたルークには、何の説明をしているのか分らなかったが、ディードヘルトの伸びた鼻の下が気に入らなかった。

「いやぁ、貴女みたいな美人に治療してもらえるんです。ドンと来いですよ! 怪我の功名って奴? ハハハ……」

 ディードヘルトは、外見と全く合わない爽やかな声音で、ティアに笑い掛けた。

 ルークは、舌打ちに「うんと痛い思いをすれば良い。」という呪詛を乗せた。

 ティアは、そんなルークには当然気づくはずもなく、杖で地面を控えめに突き、譜術の詠唱を始める。

「水の子らよ……『アピアース・アクア』」

 立てられた杖を中心に、ティアとディードヘルトを囲むように淡い水色の譜陣(とは言っても外枠の円だけ)が展開する。

「癒しの光よ……清らかな水と共に……」

 ティアは、聖句を詠唱しつつ、杖を僅かに掲げ再び地面を突く。水色の譜陣に、淡い緑色の譜陣が重なる。ルークも何度か見た事のある『ファーストエイド』の譜陣だ。

「清純なる命水よ。『メディテーション』……!」

 『ファーストエイド』の光よりも、強い水色の光が譜陣から吹き出し、天を突く。

 見れば、ディードヘルトは額に脂汗を滲ませ、歯を食いしばり呻いている。ルークが想像した以上の激痛らしい。

 すると、ディードヘルトを心配そうに見つめていたイオンに、ジェイドが話し掛けた。

「イオン様。ディードヘルトの姿をよく見ておいて下さい。今の彼の姿が、貴方の行動のいくつかある『結果』の一つですので、お忘れ無きように……よろしくねん♪」

 イオンはぎくり……とし、ジェイドの顔を見た。
 ジェィドは微笑み、ズレてもいない眼鏡を指先で直すと、イオンに目を合わせようともしない。

「ぼくは、そんな……、そんなつもりでは……」

 イオンはうつむき、消え入りそうな声で言い訳しようとする。だが、言葉が見つからないようだ。

『人を死なせてしまう可能性』
 これは、人の上に立ち、人を動かす者は、善い事にしろ、悪い事にしろ常に背負い、理解しておかなくてはいけない責任である。

 その時、ティアの足下で、回転し輝いていた譜陣が消えた。どうやら、治療が終わったらしい。

 ルークは先ほどまで、なるべく見ないようにしていたディードヘルトの傷に注目した。
 彼の右足の傷は、完全に消えていた。あたかも、怪我をしていた事など嘘だったかのように元通りだ。

「これで問題ないと思いますが……。ディードヘルト伍長、今から患部に触れてみますので、少しでも違和感がありましたら、仰って下さい」

 ティアは、慈母のような微笑みで言った。

「あぁ、お手柔らかに」

 ディードヘルトは、憔悴しながらも苦笑で、それに答えた。

「……これは、感じますか? こちらはどうでしょう?」

「あぁ、全部分るよ……。アンタの指は少し冷たいな……」

「ふふ……、良かった。今の所は大丈夫のようですね。でも、流れた血と共に、力が失われたのは確かです。すぐに増血の処置を受けて下さい……」

 ティアは、ディードヘルトの目に掛りそうな前髪を払いながら、微笑んだ。そして、後はジェイドとマルコに託す事にした。

「心得ています。私は医者の端くれ、マルコは治癒術士です。部下を救って頂き、ありがとうございました。ローレライの癒し手よ」

 ジェイドは頷くと、マルコと共にティアに深々と頭を下げた。

「い、いえ。わたしは、別に……! 何も……」

 ティアは、自分などより遥かに実力の上回る強者二人に、頭を下げられるとは思ってもみなかったので、すっかり恐縮し、声を少し上ずらせ、頭を下げた。

「それにしても、とても丁寧な複合譜術でしたねぇ♪ オミゴト☆でした! あんなに緻密に音素を編み込むなんて、私ならメンドっちくて、絶対途中で挫折しますよ! うふふふ~♪」

 そんなティアに、ジェイドはいつもの馴れ馴れしい感じで話し掛け、彼女の譜術を褒めちぎる。

「い、いえ、わたしなんて……。未熟者で……」

「ミス ティア。そのように、ご自分を卑下する物ではありません。貴女の譜術が、一人の人間を救ったのは事実なのですから」

 マルコは、硬く結んでいた唇を少しだけ緩め、ティアに言った。

「は、はぁ。恐れ入ります……」

 ティアは、ますます恐縮して言った。

 それに、マルコは頷くと、ジェイドに向き直り、

「では、大佐。私は……」

 と言った。 

「そ~ですねぇ。マルコは、ディードヘルトに『ぴっとり寄り添って』♪ 皆のタルタロスへ先に帰っていて下さいね♪」

 ジェイドは、『ぴっとり寄り添そう』ようにマルコの肩にしなだれかかろうとする。
 しかし、マルコは巧みな身のこなしで、その凶行を躱した。

「では私は、伍長に『しっかり付き添って』帰投します。トニー二等兵、バスクェス上等兵、カジミール兵長、アンドレイ軍曹、ディードヘルト伍長をタルタロスに運べ。との、カーティス大佐からの命令だ。担架を用意しろ! アヒム上等兵。貴官は引き続き、森に残っている者達に呼び掛けろ!」

 マルコは、お手本のような綺麗な敬礼をし、矢継ぎ早に部下達に命令を下していった。ジェイドの玩具を取り上げられたような寂しげな視線を無視してである。

 マルコは今度は、イオンに向き直り、

「導師イオン様。誠に申し訳ありませんが、私は一旦失礼いたします。」

 と敬礼をした。
 
「あ、あの! 彼は……! ええと、ディー……」

 イオンは、彼に何か言おうとする。

「負傷した部下は、ディードヘルト伍長であります、導師様。しかし、貴方が御気になさる事ではありません。貴人の『気まま』にお付き合いするのも、軍人の職務と考えておりますので。そもそも、彼の負傷は、彼自身の実力不足に起因しております。どうか、御気になされませんように。では、失礼いたします。」

 しかしマルコは、イオンの言葉を半ば封じるように事務的な言葉で返すと、再び敬礼をし、部下達と共にその場を立ち去った。

「なんだアイツ! 感じワリぃの! 助かったんだからイイじゃねぇか! 気にすんなよ、イオン」

 ルークは、マルコの背中を睨み付けながら、イオンの背中を叩きながら、言った。

「え、えぇ……。ありがとうございます。ルーク」

 しかし、その励ましもあまり効果がないようだ。

「アニス……。ぼくのした事は……間違い……だったのでしょうか?」

 イオンは、隣に立つアニスに尋ねた。

「う、う~ん。間違いとは思ってませんけどぉ……、イオン様がしてはいけない事だったとは思います。お止めできなかったワタシが悪かったんですけどぉ」

 アニスは、困ったように首を捻り、言葉を選ぶように言った。

「でも、ワタシ達はイオン様のためなら、何でもして差し上げたいと思ってます! イオン様は『みんなのイオン様』なんですから! 大佐も、ディードヘルト伍長も、マルコ少佐だってきっと同じ気持ちです。だkら、次に何かあった時は、絶対に仰って下さいね。そうしたら、みんなは助けてくれます!」

 アニスは、イオンに向き合うと両手を取って、優しく笑うと、彼に言い聞かせた。

 アニスの笑顔は、確かに明るく優しい物だったが、その瞳にはそれだけでなく、複雑な『色』が見える。しかし、イオンには、その『色』が何なのかは分からない

「アニス……?」

「アハ、なんちゃって……。でも、もうお一人で無茶しないで下さいね、イオン様。あぁ、なんかも~お腹空いちゃいましたねぇ? 早くエンゲーブに戻って、ゴハンにしましょ!」

 アニスは、くるくる……と踊るようにイオンから離れ、複雑な『色』をかき消すためか大きく伸びをすると、笑った。

「大佐~♪ 久しぶりにバトルったら、ワタシお腹空いちゃいましたよぉ! まだエンゲーブに戻れませんかぁ?」

 そして、ジェイドに甘えた声で言った。

「おや、それはいけませんねぇ♪ 頼れる仲間達が勢揃いするまでもう少しお待ちくださいな。しかぁし、こんな所からチョコッレート☆が出現しましたので、イオン様と半分こして、食べて下さい」

 ジェイドは、それに胡散臭いほどに甘やかした声で答え、手品のような手付きで銀紙に包まれたチョコレートを取出し、アニスに手渡した。

「きゃほ~☆ 大佐ダイスキ♪ ケッコンして下さ~い!!」

「まぁ、嬉しい♪ でも後五年待って下さい!私、もっと男を磨きますので♪ ……その時、まだあなたが私の事を想っていてくれたら、汗血馬に乗ってあなたを迎えに行っちゃいますよお♪」

「アハハ! も~そこは、白馬にして下さいよぉ!」

 アニスは、ジェイドとそんな軽口を叩き合いながら、イオンの前に戻って、

「イオン様! 大佐がチョコくれましたよ!」

 と嬉しそうにチョコレートを掲げて見せた。

 イオンは、控えめにアニスに頷き返すと、ジェイドの顔を伺った。
 ジェイドは、イオンの視線に気が付き、ウインクと両手の親指ポーズを送った。

「アニス……、ジェイド……、ありがとうございます」

 イオンは、今にも泣き出してしまいそうな笑顔で、二人に控えめにではあるが、頭を下げた。


 イオンとアニスが、ルークも交えてチョコレートを食べていると、幾人ものマルクト兵士が、剣や手斧などの武器を手に、森の木々の間から続々と現れた。

 皆、薄汚れてはいるが、しっかりとした足取りで、大した怪我も負っていないようだ。

 そして、兵士達はジェイドの前に即座に整列し、方陣を作った。

「よっ! 皆さん、マルコは今いませんので、私が直接指揮を執らせてもらいまぁす。まずは『じゆうにうごけ』です! チャチャっとエンゲーブに帰る準備をしましょ~♪ その後は、『ガンガンいこうぜ!』という感じで、みんなでエンゲーブに帰っちゃおうぜぇ☆」

 ジェイドは、部下達に元気一杯に号令を送った。

 そして兵士たちは、ジェイドの命令(笑)を聴いたと同時に動き出し、それぞれの役割を正確にこなし始めた。

「なんか……、メンドくせぇな。軍隊って?」

 そんな兵士たちの様子を手持無沙汰に眺めていたルークが、呟いた。

「ふふ……そうね、とっても面倒くさいの。その面倒くさい事を恰好良くやらなきゃいけないのが、軍人という職業なの」

 ティアは苦笑して、何かを懐かしむようにルークの呟きに答えた。

「まぁ、面倒くさいのを辛抱した分、一人ではどうにもならん事もなんとか出来るようになりますからの。百姓も同じだの」

 コゲンタが、口を挟んだ。

「百姓が、恰好良いかどうかはともかくの……。あははは」

 と軽く額を叩いて、付け加えた。


 そして、兵士たちが再びジェイドの前に整列した。すると、

「それでは皆さん、お待たせしましたぁ~♪ 帰りの準備が整ったようなので、皆のジェイドさんの後に着いてきて下さ~い♪」

 ジェイドが「ごめんね☆」と書かれた白い旗の着いた手槍をルーク達に向け、振るう。おそらく投降用だろう。
 
 ようやく、ルーク達は森を出られる事になった。

(まったく……、森出て、村にかえるだけじゃんか……)

 軍隊とは、つくづく面倒な物だとルークは思い知らされた。

 
 こうして、ルークの冒険譚は、次なる楽章に入った。




 チーグル達の当事者意識のなさと、イオンの為政者としての自覚のなさへの、私なりの意見と言うか嫌味というか……という回でした。

昔、ある政治評論家が、

 「政治家という職業は、好むと好まざるに関らず、(正しい事をするとしても)人を死に追いやるものである。」

 と、そんな主旨の事を発言されていました。イオンにはこの意識が欠けていたように思います。
 (モースの傀儡である彼にそこまで自覚しろというのも、酷かと思いますが……)


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第20話 次なる旅の始まり

  
 ルーク達は、マルクト兵士達に前後左右を囲まれて、森の出口へと歩いて行く。

 そんな中、ルークは息苦しさを覚えていた。マルクト兵士全員が顔をほとんど隠してしまう面頬付のカブトを装着を被っているからだろうか? そんな彼らに無言で囲まれていると、なかなか怖い物がある。
 しかし、ティアも、イオンも、コゲンタも、ついでにミュウも、見た目平然と歩いている(ミュウは例によって空中を泳いでいる)ように見えた。

 ルークは、「舐められてはいけない……」と思い、背筋を努めて伸ばし、ややヤブ睨みな顔をして歩く事にした。

 わざと歪めたルークの眉間が疲れを覚え始めたちょうどその時、一行はチーグルの森を出た。

 そこには、何台もの馬車が止められていた。いずれも大きく、でこぼことした力強い車輪を履いた軍用の馬車だった。
 しかし、馬車には馬が繋がれていない。ルークは、「逃げちまったのか?」と首を傾げた。

「おぉ、こりゃ凄い! 自動四輪車だ! まさか間近で見られるとは……」

 コゲンタが、ぱちりと手を叩いて歓声を上げた。

「ふはっ!自動四輪車なんて言いかた古いですよおぅ。これは『バギー』ですよぉ。イシヤマさん」

 そんなコゲンタを見て、アニスが補足した。

「ティア! もしかしてコレが『馬のいらない馬車』か? そうなのか?! そんなんだな?! そうだよな?!」

 ルークは、勢いよくティアに向き直ると、はしゃぐように言った。

「ル、ルーク落ち着いて……」

 ティアは、ルークの勢いに圧されて、困ったように苦笑する事しかできない。

「あ、ワ、ワリい……」

 我に返ったルークは、バツが悪そうに頭を掻いた。

「ふふ……、わたしも軍用にできるほどの物は初めてね。採用されたなんて話は聞かなかったけど……」

 ティアは、感心したようにバギーを見つめながら言った。

「いやぁ。設計者の一人として、無理矢理ネジ込んじゃいました♪ 実際乗り回してみない事には何も分りませんので♪ あっ! 安心して下さい。試作品と言っても安全第一を心掛けて造りましたから」

 ジェイドは、満更でもなさそうな笑顔で、訊いてもいない事まで言った。

「オマエが造ったのか? ズゲエな!!」

 ルークが感嘆した。

「図面を引いただけですから、それほどでもありますけどね~♪ とゆーわけで、ルークさん。これに乗って『パッと行く』?」

 ジェイドは、ルークに満面の笑みと親指ポーズを送り、奇妙な質問をした。

 こうしてルーク達は、ジェイド達マルクト軍と共に、『馬のいらない馬車』に乗ってエンゲーブへ戻る事になった。



 エンゲーブに着いたルーク達は、ジェイド達マルクト軍と別れ、イオンを伴ってエンゲーブの村長であるローズの下へ向かう事にした。

「スゴかったなぁ! バギー! 馬車より断然速えぇし、乗り心地もイイし!! ここまでアッと言う間だったぜ! なぁ!?」

「はいですの! それにスゴくカッコいいですの! カクカクしてて、ピカピカですの」

「やっぱ、それだな! そこは外せないぜ! カッコいい!」

 興奮冷めやらぬルークとミュウは、『バギー』について熱く語り合っている。

「アハハハ。アっツイですねぇ」

 アニスが、はしゃぐ彼らを見て苦笑して、イオンを伺う。だが、返事がない。

 見れば、イオンは真剣な表情で何か考え事をしているようだ。

「アニス……」

 イオンは何かを思い至ったのか、弾かれるように顔を上げ、アニスを真っ直ぐに見つめた。

 アニスは、思わずドキリッとしてしまったのだが……

「『バギー』は一台どれくらいの価値があるのでしょうか? それから、ぼくでもアレを動かせるでしょうか?」

 イオンは、重大な決意を表明するようにアニスに問いかけた。

「へっ?」

 アニスは、呆気に取られたように言った。

「ジェイドに頼めば、一台……」

「ダメです! ダメダメ! アブナイですよ! あんな物、不良の乗り物です。絶対にいけません!!」

 アニスは、慌ててイオンを止めた。

「不良……? でも、あの全身で風を感じる感覚を味わえるなら……、ぼくは……!」

 イオンは、やはり熱い眼差しで虚空を……いや、風を見つめ、何かを決意したように頷くと、もう一度アニスを見つめた。

 とその時、一行はようやくローズ夫人の館に到着した。

「あ~! イオンさまぁ! 村長さんの家に着きましたよぉ! 早ーい! アハハハ~」

 困ったアニスはその場を誤魔化して、問題を先送りにする事にしたらしい。

 ルーク達は、コゲンタを先頭にローズ夫人の館に入った。

 館に入ると、ローズ夫人はすぐに姿を現した。

 ローズは、肩に手拭いを掛け、ズボンが、土で僅かに汚れている。外で、なにがしかの作業をしていたようだ。

「やぁ、戻ったのかい先生。……にしても、随分大人数だねぇ? イオン様にルークさん達まで一体全体何事だい?」

 ローズは、手拭いで顔を拭きつつ、首を捻る。

「あははは。話せば長くなるのだがの。実は……」

 ゴゲンタは苦笑しつつ、事の顛末を語り出した。


 ローズは、ルークとイオンの活発な行動力を知り、「はぁ……」と一つ溜息を吐き、重そうに頭を抱えた。

「無茶ばかりして。危ないったら……」

 夫人は、キッとルークとイオンを見つめた。

「もしもの事が有ったらどうするんだい? もしも自分に何かがあったら、家族がどう思うか解らないほど、子供じゃないだろう? ティアさん達まで一緒になって……」

 夫人は、控えめにではあるが、ティアとアニスを咎めるように見つめて、言った。

 ローズの言いたいことは、ルークにも理解できた。口調と言い回しは違うものの、雰囲気は剣の修行などで怪我をした自分を見るシュザンヌと同じだった。

「まぁ……、充分反省している人に、ねちねち言っても意味がないね。ここまでにしよう。ともかく皆無事で良かった。」

 ローズは、表情を緩め、ルーク達を見回すと、言った。

「まずは、お茶にしよう。そこいらに座っていて下さいな。私は手の汚れを落としてくるから」

 そう言ってローズは、寄り合いにでも使うのだろう大きな机を指差すと、再び外に出て行った。

 ルーク達は一つの机を囲み、ローズに事の顛末を話した。 

 チーグルの事、ライガの事、チーグル達との商売の事、ライガ達は争う意志がない事、そしてミュウの事、話しておくべき事は全て話した。
 そしてコゲンタは、ここからは話すべきか迷った。だが、話さねば先に進まない。

「ルーク殿にティア殿。ローズ殿なら信用できると思うが……。どうだろうの? ミュウの稼ぎ分の手続きもし易くなるが?」

 コゲンタは、持って回った言い回しで、ルークとティアの顔を順に見た。

 しかし、ルークとティアには、コゲンタが「ルークの出自について、ローズに話してはどうか?」と言いたいのだろうという事が分かった。

 確かにその方が話は早いし、誤解もないだろう。しかし、ルークには決めかねた。また、この村に来た時のように……、特に目の前のローズとは、諍いを起こしてくなかった。
 ルークは堪りかね、助けを求めるようにティアを見た。

 ティアは、考え事をしているのか、左手の指先で頬を撫でながら、瞳を閉じていた。
 やがて、ルークの視線に気が付いたティアは、控えめに微笑み返してきた。

 ルークは、慌てて目を逸らした。

 ルークは、「そうじゃなくて……!」と改めてティアに目を合わせ、

「どうしたらいい? ティア」

 と言った。

 ティアは無言で頷くと、再び瞳を閉じ、一呼吸おいてローズに向き直った。

「ローズさん、ルークは……。ええと、そうルークがチーグルの森へ行った理由は興味半分でしたが、けれど後の半分は、困っている村の人達の力になりたかったのも事実です。ルークは、無益な争いを好むような人ではありません……。その事を踏まえた上でお聞き下さい。大切な事なんです」

 ティアは、ローズを真っ直ぐに見つめ、静かだがはっきりとした口調で語り掛けた。

 一方ルークは、ティアの邪魔をしたくないので口を挟まなかったが、自分を褒めちぎっていると言っても過言ではない彼女の言葉に、かなり居心地が悪かった。

「ルークさんが良い人なのは承知しているよ。伊達に半世紀近く女をやっちゃいないからねぇ」

 ローズは、ルークの顔を一瞥してカラカラと笑った。

 ティアは、ローズの笑顔に釣られて微笑んだ。

 やはり、ルークは居心地が悪かった。

 そして、ティアは慎重に言葉を選んで、話し始めた。

「実は、ルークのフルネームは『ルーク・フォン・ファブレ』と言うんです」

「ふーん。ファブレねぇ……。なるほど、そうだったのかい。それで?」

 ローズは特に驚くでもなく、どこか納得したように頷きつつ、ティアに先を促した。

「もうお分かりかと思いますが……。ルークは、キムラスカの公爵の縁者なんです。でも、決してマルクトにもちろんエンゲーブに害意を持って行動しているわけではありません」

 ティアは、努めて冷静に、高圧的にならないように息遣い一つ、瞬き一つにまで注意を払い、話していく。

「えぇと。ルークとわたしは、とある事情……不測の事態で、道に迷ったと言いましょうか? キムラスカのバチカルに向かうはずが、マルクトに来てしまって……」

「なんだか話しにくそうだねぇ? 込み入った事情がありそうだ。まぁ、そこまで追求する気はないよ」

 ローズは、歯切れの悪い様子のティアに苦笑して、穏やかに頷いた。

「私個人としては……まぁ、マルクトの人間全員に言える事だけれども……。キムラスカの軍隊に、思う所がないわけじゃない。」

 ローズは笑みを消し、やや声を低くして言った。

 しかし、すぐにルークとティアに優しく笑い掛け、続ける。

「でも、キムラスカにも知り合いやお得意さんはいる。エンゲーブの野菜じゃなきゃ商売ができない! なんてね。それに思う所があるのは、軍隊にであって『ルークさん本人』にじゃない。私は、その辺がわきまえられないほど、若くもないし、耄碌してもいないつもりだよ。ははは」

 ローズは、再びカラカラと笑い一つ頷くと、ルーク達の顔を順に見回して、続ける。

「食料の事は、何とかしよう。料金とか細かい事は。私が引き受けた。しっかりご奉公するんだよ。チーグルの坊や」

 ローズは、最後にミュウに優しく微笑み掛けた。

「はいですの! ボク、ガンバリますの! ガンバってご主人様におツカえしますの!」

 それまで緊張の面持ちで、ローズの話を聞いていたミュウだったが、元気よく飛び跳ねて答えた。

 ルーク達は、その後ローズに振る舞われた野菜スープに舌鼓を打ち、しばしの間、冒険の疲れを癒した後、館を後にした。

 そしてルークは、これからどうするべきか考えた。
 このままイオン達と別れ、次の街へ向かうべきだろうか? 幸い、まだ日は高いが……。ティアに意見を求めようと彼女の顔を仰いだ。

 ちょうどその時ティアも、ルークに視線を送り、何かを言おうとしている所だった。

「何かしら? ルーク」

「あぁ、いや……。今からどーすっかな? ってさ……」

 ルークは、何故か歯切れ悪く言った。

 ティアは、「わたしも同じ事を言おう思った所……」と苦笑して、しばし何事か考える。 

「今日の所は、また村で宿を取りましょう。無理をして怪我をしたら、元も子もないし……」

「う~ん、だな」

 ルークは、ティアの言葉に喜んで良いのか悪いのか分らず、曖昧に頷いた。

「ルーク、ティア……、もうお別れなんですね……」

 ルークとティアのやり取りを見ていたイオンは、寂しげに微笑んだ。

「あ? そーなの?」

 ルークは、イオンの突然の言葉に呆気に取られたような表情で、言った。

 一方、ティアは再び、頬を指先で僅かに撫でながら考えている。

 ティアは、卑しくも神託の騎士団の末席を汚す者……『元』汚す者として、イオンの行動を気に掛けていたからだ。
 ライガの一件で、『何故、マルクト軍と一緒にいるのか?』『何故、導師守護役が一人しかいないのか?』等々聞く事ができず、うやむやになってしまった。
 しかし、今の……逆にルークに『守られてさえいる』自分には、『荷が重過ぎる』事だというのは明らかだ。

 せめて、マルクト軍……ジェイド・カーティス大佐の『真意』が知る事ができれば……。しかし、誘拐と勘違いされるような行動まで取り、しかも他国の軍隊と行動を共にしている以上、訊き出す事はできないだろう。

 『自分の立場では、どうする事も出来ないし、する権利もない。』というのが、ティアの結論だった。

「そうね。ルークは、ルークのするべき事……。無事にバチカルに辿り着くという事をしないと……」

 ティアは、ルークに微笑み掛けた。

「イオン様。私達は、これで……」

 そしてティアは、イオンと向き直り姿勢を正すと、深々と頭を下げた。

「ティア、待って下さい。ルーク、実は貴方に頼みたい事があるのです。良かったら『タルタロス』の……ジェイド達の陸艦なのですが……ぼくの船室に来て頂けませんか?」

 イオンは、ティアの言葉を遮る形で、彼女とルークを引き止めた。

「リクカン!? そんなモンに乗って来たのか? どこだ! 見えねぇぞ?!」

 ルークは、馬車の中から見た哨戒艦を思い出し、嬉々として周囲を見回すが、それらしい物は、見当たらない。

「エンゲーブの敷地の外に停泊してありますので、流石に、ここからでは……。でも、大きくて綺麗な立派な舟ですよ」

 イオンは、苦笑しつつ、その『タルタロス』とやらが停泊しているのであろう方角を指差す。

 チーグルの森とも、ルークが最初に入った村の入り口とも違う。ルークがまだ行っていない方角だった。

「ティア! せっかくだし、行こーぜ! リクカンも見てみてぇし」

 ルークは、子供のようにはしゃぎながら、言った。

 ティアは、他国の軍艦に、公爵子息が『遊びに行く』というのはいささか非常識が過ぎると、思った。と同時に、ルークの境遇では、「仕方がない。」とも思った。

 そして、イオンの『頼みたい事』も気になる所だが、おそらくイオン個人が対等の立場で語り合える『同世代の男友達』と離れ難いのも有るのだろう。

 マルクト軍も政治体制が違うとはいえ、同じく《王》を護る集団。
例え、ルークの素性が知られたとしても、『導師イオンの招いた客人』を粗雑に扱ったり危害を加える様な真似は、不用意にはしないだろう。

 多分に『希望的観測』が含まれているが……

 どうすべきだろう?
 ティアは、左手の指先で頬を僅かに撫でつつ考える。

 と、その時だった。



 前半は、少年らしいイオンを描いてみたという回でした。
 そして、後半は、原作では、ライガの一件で当事者であるエンゲーブの人達が「蚊帳の外」だったので、それは変だと思い、描きました。如何でしたでしょうか?
 如何……といっても、地味な会話劇なんですが……。またしばらく、地味な話が続きますが、ご了承下さい(笑)。


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第21話 陸上戦艦 タルタロス


 マルクト軍のバギーが一台、ゆっくりとルーク達に近づいて来る。

 見れば、運転席のマルクト兵は兜の面頬で誰だか分らなかったが、助手席にいるのは、ジェイド・カーティスだった。乗降用の扉の縁に肘を掛けながら、カッコ良さげに乗っている。
 美しく風に揺らめく彼の長髪が、なかなか気持ち悪かった。

 そして、バギーはルーク達の手前でゆっくりと停車した。

 停車した瞬間。ジェイドは、強化ガラスの風防の上枠に手をかけると、その恵まれた長身を最大限に活かし、お手本のような華麗な倒立を魅せる。
 そして、そのまま身体を前に倒して、前転運動の要領でバギーのボンネットの上に、軽やかに膝を立てて座り込んだ。

「ハーイ♪ 皆の衆。乗ってかな~い?」

 倒立によって乱れた髪をキザっぽく掻き上げたジェイドは、親指で後部座席を指し、胡散臭いほど爽やかな微笑を浮かべ言う。

 当然、呆気に取られるルーク達。

「彼氏♪ 彼女♪ 乗ってかない? と若大将☆ジェイドが誘っていますよ~」

 若大将☆は、無反応にもめげず、というか一向に気にせず、ルークとティアの顔を見ながら言った。

「ご一緒に、ティ~タイム♪ と洒落込みませんか?」

 ジェイドは、ビッ! と親指を立てると、ボンネットから滑りようにルーク達の目の前に降り立つ。

「……ちょ、ちょうど良かったぜ! 今からオマエらのリクカンに行こうって話してたんだ。バギーにもまた乗りたかったしな!」

 ルークは、気を取り直すように言った。

「おや、それは大歓迎ですねぇ。皆さんまとめて来ちゃいなヨ♪ 乗っちゃいなヨ♪ カモン! イエイ♪ な~んちゃってぇ」

 ジェイドは、ルークの言葉に気を良くしたのか、奇妙なリズムを付けて、手招きをしてくる。

 しかし、コゲンタだけは、その場に立ったまま苦笑すると名残惜しむように口を開いた。

「それじゃあ、わしはここまでだの。ルーク殿にティア殿、そして導師イオン、アニス殿、貴殿たちのような若者と旅ができた事……一生の誇りといたそう。」

 コゲンタは、神妙な面持ちで、頭を下げ、その場から去ろうとするのだが……

「油……もとい、水くさいですよ! コゲンタさん♪ ルークさん達と貴方の仲じゃないですかぁ? そして、何より私と貴方の仲じゃないですかぁ? 出会って、まだ一日と経っていませんけどねぇ。遠慮しないで一緒に来ちゃいなヨ♪ カモン! ジョイナス! な~んちゃってぇ」

 ジェイドが素早い身のこなしでコゲンタの行く手を阻んだ。

「……しかし、わしのような『どこの馬の骨とも分らん平民』が、導師イオンに着いて行くわけにはいくまい。その上、行き先は軍艦。機密の塊でござろう?」

 コゲンタは苦笑しつつ、固辞するが……

「なぁに、心配いりません。私の見立てでは、貴方は鎖骨か肋骨の辺りの方ですから♪ それに『皆の家』はそんなにヤワじゃありませんよ!」

 ジェイドはそんな事は気にせず爽やかに微笑み、良く分らない理屈を展開する。

「イイじゃねぇか、おっさんも来いよ。たかが船にどんなヒミツがあるってんだよ? オーゲサだな」

 ルークはすでにバギーに張り付き、裏側や車輪を観察しながら、無邪気に笑う。

「コゲンタ。貴方は、ぼくにとっても恩人です。どうかそんな事は言わないで下さい」

 イオンもまた、屈託なく微笑んだ。

 軍の上級将校であるジェイドと、世界の最高権力者の一人であるイオンからのお誘いである。ここまで言われては、断る理由もなくなった。

 というか、断れるはずがないのだ。


 バギーに乗ってエンゲーブの田園風景を通り抜け、しばらくすると金色の装飾が施された白く巨大な船がルーク達の目に飛び込んで来た。

「はぁ~い♪ あれが私達の『タルタロス』ですよ! どうです、良い艦でしょう? 見て下さい。この驚きの白さを♪ 水を吹き付けるだけで汚れが落ちる新塗装です! もう雨よ降れ! って感じですねぇ♪ 実はコレ、私が特許を持っていましてねぇ。嫌らしい話ですが、バッチリ稼がせてもらっておりま~す♪」

 ジェイドは、歌でも歌うように、誰にも訊かれていない事を自慢する。

 新塗装やら特許はともかくとして、近付くにつれて大きくなる『タルタロス』の偉容に息を飲む。

 その姿は、『城』と言っても良いほど巨大で、その上かなりの速さで動くというのだから驚きだ。

「スゲェ……デケェ」

 ルーク自身、もっと他に言い方あるだろうと内心思ったが、実物を目の前にすると、そんな単純かつ素直な言葉しか出てこなかった。

「……陸上戦艦の中では、一番大きな種類の船ね。馬車の中で見た船より、ずっと大きいのよ」

 ティアは、ルークと共に白い船を眩しそうに見上げながら教えてくれる。

「アレよりか!? アレもかなりデカかったと思ったけどなぁ……」

 ルークは感嘆の声と共に、船を見上げながら首を傾げる。
実に忙しそうだった。

「では皆さん。タラップを展開しますので、しばし御歓談をお楽しみ下さい。ご要望とあらば、私自らアカペラでバックミュージック♪ を奏でますが?」

 一行は、ジェイドの『痒くない所にまで手が届く』気遣いを、丁重に断ると、タラップとやらが動くのを見守る事にした。
 ジェイドのワザとらしい寂しげな顔は、もちろん無視する。

 しばらくすると、何とも立派で長い階段が、ルーク達の目の前出来上がった。何段あるのだろうか? という長い物だ。

「さぁ!皆さん、覚悟はよろしいですかぁ? 陸艦名物『心臓破りという程でもないけど地味に疲れる階段上り♪』の開始ですよ~!」

 ジェイドは、ヒラリとバギーから飛び降りると、小気味良く手を叩き、ルーク達に呼び掛ける。

「個人的には、階段より梯子の方が好きなんですけどねぇ♪ でも、階段には階段の良さがありますよねぇ。螺旋階段を、全力疾走するシチュエーションとかってカッコ良くないですかぁ?」

 ジェイドは、本当にどうでも良い事を話しつつ、階段を上り始めた。

 ルーク達は、それには答えずイオンを先頭にしてジェイドに続く。

 ジェイドは、そんな事は気にせず喋り続け、ルーク達をイオンにあてがわれた船室に案内すると……

「とっておきのバタークッキーを持参しますので、先に始めてて下さいな♪」

 と、言い置いてスキップでどこかへ行ってしまった。

「ぼくには、勿体ないくらい良い部屋なんですよ」

 イオンは、ルーク達を見回し微笑むと、アニスに顔を向け頷く。

 アニスは、恭しく頷くと丁寧な仕草で、船室のドアを開けた。

 そして、静かに先に部屋に入り、中を少し見回してから、船室の中央に用意された応接セットの前に置かれたイオンのために用意されたものらしい革張りの椅子を引き、イオンに向き直ると、

「イオン様。どうぞ、お座りくださぁい!」

 元気良く手を上げて微笑み言う。

「ありがとう、アニス。さぁ、皆さんどうぞ。」

 イオンは、アニスに微笑み返すと船室に入り、革張りの椅子に腰を下ろした。

 ルークは、アニスの一連の動きに驚いたが、イオンが「国王みたいなモン」という事を思い出し、「まぁ、こんな物か?」と胸中で納得し、彼らに続いて船室に入った。

 船室の中は広く、窓こそ小さく少ないものの部屋の色調や置かれた家具は、実に落ち着いており、ルークの思い描いた「戦艦の中」とだいぶ違っていた。

 ルークの知らない事だが、この船室は本来、軍の高級将校にあてがわれるものである。陸艦においてはそうでもないが、任務によっては外界と隔絶される生活を余儀なくされる船乗り、特に重責ある将校には必要なものだった。

 それはともかく、イオン主催のお茶会が始まったのだが……。

 アニスがティーセットで紅茶を淹れる中、ティアとコゲンタは、どこかオロオロしていた。特にコゲンタは、『宴会』『無礼講』は得意中の得意だったが、こういう感じの『お茶会』には不慣れだった。ミュウはと言えば、いまいち理解していないためか平気な顔をしていた。

「あっ、オイ、おっさん!それはカップ温めるお湯だぞ!飲むなよ」

 こういう場に慣れているルークが、あれこれコゲンタに注意する。

「や!そうだったのか!かたじけない」

 コゲンタは、慌ててカップを置いた。


 他愛もないやり取り、何気ない会話、穏やかな雰囲気のお茶会がしばらく続いた。


 しかし、イオンは不意に沈黙する共にカップを置き、何かを決意したような表情でルークを真っ直ぐに見つめ、居住まいを正した。

「な、なんだよ?」

 ルークは、何やら様子が違うイオンに、気圧されながら聞き返す。

「ルーク。貴方達を誘ったのは、実は、折り入ってお願いしたい事があったからなんです。もちろん、皆さんとお茶を楽しみたいという気持ちもあったのは確かなんですが……」

 イオンは、ルーク達を騙して連れて来たようになってしまった事を気にしてか言い訳するように呟くが……

「でっ、なんだよ? たのみって」

 ルークは、長くなりそうなイオンの謝罪を打ち切るために、特に気にしていない様に軽い調子で先を促す。

 そんなルークの一見そっけないだけの言葉に、イオンは、緊張と罪悪感で陰らせた顔に柔らかな表情を僅かに取り戻した。

 とその時である。船室に小気味良いノックの音が響く。

「もしもし、イオン様♪ 私ですよ! 私、私! 私ですってば!」

 という声が、ルーク達が入ってきたドアの向こうから聞こえてきた。
 おそらくは、ジェイドであろうが、厚いドア越しの為と名乗らない為、はっきりはしない。

「大佐ですか? なんですかぁ? それ……」

 アニスが、ゆっくりとドアを開けた。

「そうです! それです! タイサ♪ タイサ♪ そのタイサです♪」

 はたして、声の主はジェイド・カーティスだった。
爽やかな笑みを浮かべ、立っていた。

 そしてその後ろには、マルコ少佐と、もう一人のマルクト軍将校が静かに控えていた。

「いやぁどうも、ジェイド・カーティスでございます。イオン様、お待たせいたしましたぁ♪ 缶のクッキーセットをお持ちしましたよぉ♪」

 ジェイドは、にこやかに言いつつ船室に足を踏み入れた。そして、後ろの将校二人も折り目正しく敬礼し、それに続く。

「ルークさんは、バタークッキーはお好きですか? ココアにナッツもありますよ♪ こちらのホワイトチョコの物など、私ことジェイド・カーティスの一押しですよ」

 ジェイドは、缶のフタを開けルークの前に持ち立つ。缶の中には、何種類もの焼き菓子がキレイに並んでいる。

「別に、どれもキライじゃねぇけど……」

 ルークは、戸惑いながらも律儀に答えた。むしろ、どれも好きである。

「うふ、良かった♪ それは何よりです。何故なら、私は貴方に媚びを売らなくてはいけない立場なのです。押し売りですよ♪」

 ジェイドは、缶を机に置いて、揉み手をする。

「コビ……?」

 ルークは、怪訝な顔で彼の顔を見た。

「えぇ、すりすり胡麻すりです♪ ……キムラスカ・ランバルディア王国 公爵ならびに王国軍元帥 クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ閣下のご子息様であられる、ルーク・フォン・ファブレ様に折り入ってお願いしたい事があるのです。うふふふ……」

 ジェイドは、声を低くして、まるで執事のように慇懃に頭を下げた。

「なっ! 知ってたのか!?」

 ルークは、ジェイドの雰囲気に飲まれ、つい慌てて、立ち上がった。

「ルーク……!」

「あっ、ヤベッ!」

 ティアは、慌ててルークを諌めたが、もう遅かった。

 一方コゲンタは、緊張したような顔でジェイドを見ている。

 ジェイドは、眼鏡の位置を直しつつ、「してやったり☆」とでも言うように顔を綻ばせる。

「誘導尋問、成功せり♪ というのは性質の悪い冗談です。気が付いたのは、ローズさんのお宅でお会いした時からですので、ご安心下さい♪ 『赤毛で碧の瞳のルーク様』と仰ればお一人しかいらっしゃいませんから。まぁ、一軍を率いる者として当たり前の知識ですから自慢にもなりませんけどね! 勿論、後ろのマルコとアレックスもちゃんと理解しているので、食べちゃったりしませんから、ご安心ください♪」

 ジェイドは、両手で『親指ポーズ』を取り、ルークとティアに笑い掛けた。

 しかし、ティアはルークを後ろ手に庇い、彼とジェイドの間に滑り込んだ。

 彼女は、警戒の眼差しでジェイドを見つめる。真摯で真っ直ぐな瞳だ。

 ジェイドはその眼差しを真正面から見つめ返す。もう顔から笑みを消している。

 一つの冒険の終わりは、新たな冒険の始まりだった。出自がバレてしまったルーク。

 果たして、彼は無事バチカルに帰る事ができるのか?

 ティアは、ルークを守る事ができるのか?

 そして、ジェイドの真意とは何なのか?


 ルークの冒険は、まだまだ終わりそうになかった。



 前回からそうなんですが、地味にオリジナル展開の回でした。
 これまた地味ですが、ルークが他人に何か物を教えるという、原作ではほとんど無かった展開を入れてみました。
 屋敷でお茶を飲む機会も多いでしょうから、嫌々でも作法を覚えるだろうという解釈です。如何だったでしょうか?


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第22話 協力要請 


「ジェイド。ちょうどルークに、『その事』をお願いしようと思っていたんです。ルークもティアも、どうか落ち着いて下さい」

 イオンはジェイドに微笑み掛け、ルークとティアにもその笑顔を向けながら、宥めるように言った。

「それは、ナ~イス・タイミングでしたねぇ♪ これが人徳という物ですかねぇ? もちろんイオン様の♪ というわけで、ティアさん! 名残惜しいのですが、目と目で語り合うのはここまでにして、座りましょう♪」

 ジェイドは、イオンの言葉に破顔し、両手でブイサインととびきりの胡散臭いさわやかな笑顔をティアに送る。

 マルクト軍人三名がルーク達の前に整列した。

「マルクト帝国軍第三師団 師団長 ジェイド・カーティス大佐であります。人呼んで『客寄せピエロ』とは、私の事であります。実務能力もないのに、師団長を任せられた可哀想な私を、お見知り置きを」

 まずジェイドが、ズレてもいない眼鏡を指先で直し、直立不動の姿勢を取ると、敬礼と共に名乗りを上げた。
 姿勢は『お手本』と言えるほど綺麗なのだが、口調と表情はいつもの調子でチグハグである。
 そして、ジェイドに続いて、マルコとは違うもう一人の将校が口を開く。

「ルーク・フォン・ファブレ様、ようこそ我が艦に。私は、この『タルタロス』の艦長を務めますアレクサンドル・プラィツェン中佐であります。どうぞ、アレックスとお気軽にお呼び下さい。音律士殿も剣士殿も、ようこそおいで下さいました」

 そして、最後にマルコが名乗る。

「マルクト帝国軍 第一師団 師団長補佐 マルティクス・ロッシ少佐であります。改めまして、お見知り置きを……」

 紳士的かつ柔和に敬礼するアレックスに対して、マルコは機械的に敬礼するのみで愛想笑いすら浮かべていない。
 チグハグなのは、ジェイドの言動だけではなさそうだ。

「あぁ、ハイハイ。どーも……」

 ルークは、軍人達の慇懃(?)な挨拶に、適当な調子で答えた。しかし実際には、この場合どんな返事が適切なのか分らなかっただけであるが……

 軍人達は、そんな事は特に気にした様子もなく、敬礼を解くと再び直立の姿勢を取る。

 一方、ティアは胸をなでおろしつつも、ジェイドの『大佐で師団長』という事に、内心驚いていた。

 貴族、平民、性別、国籍、前科の有無、すべて不問の完全実力主義の神託の盾騎士団は例外として、師団長ともなれば『将官級』が任せられるのが通例である。

 それだけ、この『ジェイド・カーティス大佐』が優秀という事なのだろうか?

 確かに、ティアも目の当たりした戦闘能力に関してならば、実兄 ヴァン・グランツや直属の上司 カンタビレ謡士と同じく、超越した物を持っていた。

 もっとも、一騎当千そして万夫不当の猛将が、万億の兵を自らの手足の様に率い動かす智将たり得るかは、全く別の話なのだが……

 ティアが、そんな事を考えている内に、ジェイドはマルコから何かの資料らしき書類を手渡され、それを読み始めた。

「クソウュシテニンキ……おや、逆さま? オッホン♪ 第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国、王都方面から発生。マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束。正体不明の第七音素を放出されたのは、ルーク様とティアさんですよね? 不法越境ですかぁ?! ヤリますねぇ~♪」

 ジェイドは、ルーク達を冷やかすように言う。

 それに対してティアは、思わず立ち上がり

「違います! 不法越境なんて……。それは手違い……いいえ、事故なんです! わたしとルーク様の間に超振動が発生してしまって……。とにかく、過失や罪があるとすれば、正規の訓練を受けた第七音素譜術士として、それを防げなかったわたしにです! ルーク様に、マルクト帝国に対する害意は一切ありません……!!」

 と、大声ではないものの、彼女としては珍しい早口でまくし立てるように言う。

 一方、ルークは、状況を考えれば当然と言えば当然なのだが、ティアに『ルーク様』と呼ばれる事に違和感と一抹の寂しさを覚えていた。

 それを余所に、ジェイドの話は続く。

「ティアさん♪ 墜落……もとい、落ち着いて下さいな。ちゃんと理解していますよ♪ 王位継承権をお持ちのルーク様と音律士さんを、二人きりで送り込むなんて、デメリットしかありませんよ~♪」

 ジェイドは苦笑して諌めつつ、眼鏡の位置を直した右人指し指を、そのまま、ぴっ……と立て、学者が研究発表をするように続ける。

「そもそも、超振動で人間を五体満足で長距離移動させるなど、今現在の譜術および譜業技術で狙ってできる事ではありません♪ そんな事をすれば、悪ければ塵も残さず分解されてしまうか、元とは別の形に再構成されてしまうでしょう。良くても地面や壁に激突するのがオチですね。何はともあれ、ハッピー・ザ・奇跡の生還!!」

 最後は、実に爽やかな笑顔で『親指ポーズ』で締めくくるジェイド。

 というか、恐ろしい事を知ってしまった。

 ルークは、さぁっと血の気が引く音を初めて耳にした。
 見れば、ティアも表情こそ固いままだが、顔が青ざめている。ルークはそれを見て、何故か安心してしまったのは内緒だ。

「我々は、マルクト帝国皇帝 ピオニー九世の命により、キムラスカ王国 光の都 バチカルにおわします、偉大なるインゴベルト六世陛下に拝謁いたしたく、こうして陸のクルージング♪ というわけです。」

「伯父上に……?」

 もったいぶった胡散臭いジェイドの言い回しに、ルークはいぶかしんだ。

「なんで? 何の用だよ?」

「まさか、宣戦布告……?!」

 ただ、本当に素直な疑問を口にしたルークの横で、ティアは僅かに息を飲むように呟いた。

「センセン……? 宣戦布告か!? 戦争するってコトだよな!? マルクトとキムラスカの間ってそんなにヤバかったのか?」

 ルークは、ティアの不穏な言葉に戦慄し、ジェイド達軍人の顔を慌てて仰ぐ。

「うふふふ……。実は、そのまさか! 驚異の新兵器『次元バカ弾』を使用して、光の王都を無血開城して差し上げましょうぉぉ! うはぁはぁはぁはぁ!!」

 ジェイドは英雄譚の悪役さながらに、青い軍服の裾を翻し、長く艶やかな髪を振り回し、魔物の鉤爪の如く指を曲げた両の手を大きく掲げながら、その場で軽快に一回転を決めた。

「ジェイド……」

「大佐ぁ……」

 苦笑するイオンとアニス。

「ジェイド大佐。そんな風に若い方をからかう物ではありません」

「つまらない冗談はお止め下さい。大佐……」

 やや白い眼で上司を諌めるアレックスとマルコ。

「ど~も、すみませ~ん♪」

 ジェイドは、右手で頭を掻きつつ舌を可愛らしく「ペロリ☆」と出した。

「ルーク、ティア、安心して下さい。ぼく達の目的は、その反対……和平の申し入れなんです」

 イオンは、ルーク達に柔らかく微笑み掛け、説明する。

「ワヘ―?ううんと……とと、とにかく、戦争は無しってコトだよな? オドかすなよな!!」

「ふふふ……すみません。ルーク」

 イオンの言葉に、胸を撫で下ろしたルークは、イオンに遠慮なしの悪態を吐いた。イオンはあまり気にした様子もなく苦笑して、軽く頭を下げる。

 一方、ティアはイオンの言葉を聞いてなお、難しい顔をしたままだった。

「もちろん、インゴベルト陛下に謁見していただくために、ぼく自身もお願いはします。けれど、ぼくの『力』だけでは足りないかもしれない……。そこで、ルークの『力』をお借りしたいのです」

 イオンは、ティアの表情には気付かず、ルークに対して説明を続ける。

「オレのチカラ……? 伯父上に、イオン達をとりなせばイイのか?」

 ルークは、イオンの言葉にピンと来ていない様子で首を傾げながらも、自分にもできるであろう事を口にする。

「そうです。是非ルークに……いいえ、“ルークにだからこそ”お願いしたいのです」

 イオンは、ルークを真っ直ぐに見つめ、微笑んだ。

 ルークは、なんとなく居心地が悪くなり、腕を組んで椅子に深く座り直すと、そっぽを向いてイオンの視線からできるだけ隠れようとする。

「イヤらしい話ですが♪ 勿論タダで……とは言いません。ここから光の王都 バチカルまでのルーク様とティアさん……『御二人の身の安全の保障』でいかがでしょう?」

 ズレてもいない眼鏡を人差し指で直しつつ、ジェイドは淡々と続ける。

「御協力いただけない場合は……、致し方ありません。名残惜しい事この上ありませんが、ここより最も近い『セントビナー』の我軍の駐屯地に、御二人をご案内いたします♪」

 そして、胡散臭い優しい微笑みをルークとティアに順々に向ける。

「……カーティス大佐。それは、事実上“キムラスカの次期王位継承者”であるルーク様に対する『脅し』ですか? 同じく“王”を戴く国の武門の方の御言葉とは想えませんが?」

 ティアは静かに立ち上がりると、ジェイドの妖しく光る赤い瞳を冷めた眼で怯む事無く見つめ返す。

「うんもぅ! ティアさんたらっ! そんな人聞きの悪~い♪ 私は只々事実を……そう、事実をお知らせしているだけですよぉ? よそ国の大貴族の御子息様を何の理由も無しに、こんなムサ苦しくみすぼらしい軍艦に御乗せする事など出来やしませんよぉ……。次代の国王陛下の御成りになるかも知らない御方ならなおさらですね? なに、御安心ください♪ セントビナーのグレン・マクガヴァン中将は、とても公平で立派な方ですから♪ それに彼の街は緑豊かで風光明媚な良い街ですから、退屈などしませんよ♪ うふふふ」

 ジェイドは、そんな視線など物ともせず、例の爽やかな笑顔を浮かべた。

 ティアは考える。
 確かに彼らマルクト軍には……少なくとも今現在、『導師の仲介による和平の申し入れ、および、その導師の護衛』という作戦遂行中の彼らには、ルークを守る義務はない。
 人道的にはともかく、最悪「気が付かなかった……」と無視してしまえば、無かった事にしてしまえば良いだけの話である。

 この提案は、作戦指揮官であるジェイド・カーティス大佐が、『ルーク・フォン・ファブレの保護』が『本作戦の一助になりえる』と考えての事だろう。
 決して、同情や親切心などではない。

『兵士』としては、当然の行動だ。

 ティアは、『ギブ・アンド・テイク』というわけではないが、利用し合うのも「一つの手ではある……」と考えた。
 しかし、この事を決めなくてはならないのは、自分などではなくルークだとも考えた。

 ティアは、当のルークの様子を伺うと、彼は眼を吊り上げ口をへの字に歪めて、今にも噛み付かんばかりのシカメっ面でジェイドを睨んでいる。

 と、そのシカメっ面をイジワルな笑顔に換えたルークは、椅子に座ったまま腕を組みふんぞり返って口を開いた。

「おい、長髪メガネ。人にモノを頼むんなら、まずヤル事があんじゃねぇの? タイドとかセーイとかさぁ」

 ルークはニタニタと笑って、ふんぞり返る。今にも椅子ごと倒れてしまいそうだ。ティアは、その姿勢にはもちろん、ルークの態度にハラハラしてしまう。

「やる事……態度……誠意ですか? なるほど、ごもっとも! 流石はルーク様♪ 解ってらっしゃるぅ!」

 ジェイドは一瞬、首を傾げたが、すぐに満面の笑顔になると、

「どうか、我々にお力をお貸し下さい。ルーク・フォン・ファブレ様」

 その場に跪き、何の躊躇いもなく、ルークに深々と頭を下げた。後ろに控える部下二人も同時にである。

 自分の屋敷のメイドや騎士にかしずかれる事には慣れているルークだったが、出会ったばかりの……悔しいが自分より遥かに『強い』とはっきり分る……年上の相手にされるのは、初めてだった。

「オマエら……プライドって物が、ねぇのか?」

 ルークは、あまりの出来事に椅子からズリ落ちそうになるのを必死に堪え、問いかけた。

「うふふ♪ 少なくとも私は、そういった物はヒヨッコ時代に、美味しく頂いちゃいました♪ そもそも王族に軍人が敬意を払うのは当然ですよ。それに何より……」

 ジェイドは、顔だけ上げると、胡散臭い微笑み言う。そして、微笑みを苦笑に変え、一つ溜息を吐き、続ける。

「正直に言いますと……私、『戦争』は、もうこりごりなんですよ。もっとも、私など『戦争』と呼ぶには規模の小さい『小競り合い』しか経験していない若輩者ですが。超☆面倒くさかったんですよ! あんな面倒くさい事をしないで済むのなら、私はオヘソでお茶を沸かしますよ!」

 ジェイドは、ゆるゆる……と首を振り、穏やかに苦笑を深くした。彼が言うと、本気なのか、冗談なのか?判断しかねる。

「さらに正直に言いますけど……戦死した仲間の想い出と、その遺族への送金……。そろそろ、私の頭脳と懐具合は限界なんですよ♪ もう、カッツカツのなのです! このままじゃ頭がパンクしちゃいますよ!!」

「……っうぅーん……」

 ルークはジェイドの芝居じみた独白に怯みながらも小さく呻き、伸ばし放題の朱い髪を少し乱暴に掻く。

 確かにルーク自身も、「戦争なんてジョーダンじゃねぇ!」とは思う。
 しかし、である。 

 ルークは椅子に座り直し、長くため息を吐き……

「ちょっと、考えさせろ……」

と、小さくだがハッキリと呟いた。


「……ふむ♪ それはそうでしょう。事が事です。二つ返事♪ という訳にはいかないでしょう。まずは、我々の事を知って頂かなくては……」

 ジェイドは苦笑を、再び胡散臭い笑顔に戻して、頷いた。

「では、マルコ! 手始めに、ルーク様達にオヘソでお茶を!」

 ジェイドは、パパン♪ と小気味良く手を叩いて、マルコに振り返った。

「不可能であります」

 マルコは、キッパリと何の思惟もなく、応えた。

「冗談です♪ ルーク様に『タルタロス』の中を自由に見て頂いて、まず私達の事を知って頂く。その上でお願いしましょう。軍事☆キ・ミ・ツの場所もありますので、上手くエスコートして差し上げて下さいな。マルクト軍№1イケメン少佐の貴方なら大丈夫ですよね♪」

「了解しました」

 マルコは、ただ機械的に敬礼するのみで、ジェイドの冗談に全く反応しない。無視するのが彼の基本方針らしい。

 そして、マルコはルーク達の前に進み出ると、

「ルーク様。ご希望とあれば、艦内をご案内致しますが?」

 ルーク達に機械的な敬礼をすると、薄く笑い掛けた。



 今回は、原作では流されがちな事柄を、自分なりに考えて描いてみました。という感じの回でした。
 最大の違いは、ジェイドがルークについての情報を知っているという事です。これから和平交渉をしにいく王位継承者について知らないのはおかしい。ましてやマルクトのせいで「記憶喪失」になったとい言われている人物の事を噂程度にも把握していなかったのは、和平交渉という何がきっかけで、反感を買うか分らないデリケートな事柄においては、「マルクトは下調べもできないのか。」というレベルです。
 後、特筆すべきは、ジェイドがルークへ跪く事への部下の反応ですね。
 まだ、いくつかありますが、長くなってしまいましたのでまたの機会に。
 


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第23話 決断そして承諾


「外の空気を吸って考えたい……」と、マルコに展望デッキに案内してもらったルーク、ティア、コゲンタの三人は、夕日で赤く染まり始めたエンゲーブの田園風景を何をするでもなく、眺めている。

「ルーク殿とティア殿。御二人とも『ただモンじゃぁない……』とは思っていたが……」

 不意にコゲンタは手の平で夕焼け空を軽くなぞると、目の前の手摺りを、ぽん……と叩いてからルークとティアに笑い掛けた

「まさか、空を飛んでやって来たとはの……。驚いた、さすがに。あははは」

「嘘をつくつもりは無かったんですけど……」

 コゲンタが屈託無く笑う一方で、ティアは申し訳なさそうにうつむき呟く。

「そりゃ、なかなか説明しづらいだろう、突飛すぎての……。まぁ何はともあれ、ややこしい事に巻き込まれてしまったの……。あそこまで聞いてしまっては、他人事で済ます気にもなれん。わしにできる事があれば、なんでも致すぞ? ルーク殿。無論、『とんずらするのだって手伝う』って話ですぞ? あははは」

 ルークと並んで手すりにもたれ掛っていたコゲンタが、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて、ルークに笑い掛けた。
 ルークは、そんなコゲンタを、ふて腐れたように横目で見る。

 その目を再び田園に戻し、身体を手すりに預けたルークは、ウンザリした様子で零し始めた。

「……つーかさ、オレはナニしてどうすりゃイイのかケントーもつかない。つぅの……? 『戦争が起こるかもしれない!』なんてイキナリ言われてもネミミニミズ……? つうかさぁ。エンゲーブ、全然そんな感じしなかったし。おっさんも、ローズさんも、そんな感じそんな風に見えなかったし。ワケわかんねーよ!」

 ルークは、最後の方を吐き捨てるように、語気を強くする。

「そりゃあ、そうだ。余ほどのデカい戦争でもない限り、民草にとっては、戦争だの政治だの外交だのは、雲の上の出来事ですからな。村には、キムラスカの行商人も来るし、個人的な知り合いがいるという者もいる。農民は、クワが振るえて、メシさえ食っていられれば、キムラスカだろうがマルクトだろうが、それほど興味はないという話ですな」

 コゲンタは苦笑しながら、達観的かつ自嘲的な言い方で、一般市民の『おおよその戦争観』を語る。
 そして、自嘲の色を更に深くすると……

「極端な話ですがの。自分達の生活さえ保障してくれるなら、イザとなりゃ『異界からの侵略者』にだって、ペコペコできるんだ。わたしらは……、あははは」

 おどけた口調で、突飛な例え話を口にした。しかし、ふざけているだけではない『色』があるのが、ルークにも分った。

「なんだそりゃ? ますます、ワケわかんねぇぞ? おっさん」

 しかし、ルークは苦笑しながら、素直な感想を口にする。

「まぁ、むかし戦争で身内と住む場所を無くした者としては、起きないに越した事はない……とは思いますがの。まぁ、よくある話ですな。あははは」

 コゲンタは、さらり。と『弱み』を見せた。しかし、すぐに……

「しかし、まぁ、そもそも戦争なんてデカい事を、一個人の良心や正義感でどうこうできるモンじゃぁない。いかにルーク殿が王族様でもの……。『起きる時は何をしても起きる。起きない時は何もしなくても起きない。』といった所ですかな。気楽に……というわけにはいかぬだろうが、ご自分の身の丈以上の事を無理矢理しようとしているのなら、考え直した方が良い」

 コゲンタの話に、ルークは何かを感じたが、それが何なのかまでは分らない。余計にモヤモヤしただけだった。

「うぅん……。なぁ、ティアはどう思う? オレ、どうすりゃイイのかな?」

 ルークは、唸りながら腕を組み、ティアに向き直ると、尋ねた。

「わたしなんかの身分で、意見して良い事柄じゃないと思うけど……」

 ルークの気安い口調に、ティアは言いよどむ。事が事である。彼女は、一介の元騎士の小娘が「口出しすべきではない……」と考えたのだ。

「は? イイじゃねーか。オレが許す! ハハハ」

 ルークは、歯切れの悪いティアを、叱りつける調子で、おどけてみせた。

 ティアは、そんなルークに微苦笑してから、指先で頬を僅かに撫でながら遠慮がちにだが口を開く。

「戦争の事とかは、ともかくとして……。ルークは、ルーク自身の身の安全を優先するべきだと思う。確かに……ジェイドさん達マルクト軍に護ってもらえれば早いし比較的安全だけど、リスクが無いワケじゃないわ……」

 ルークを真っ直ぐに見つめながら、ティアは努めて冷静に……しかし彼に余計な不安を与えないように穏やかな口調で言葉を紡ぐ。

「彼らと一緒なら、マルクト国内は安全だろうけれど、国境……つまりキムラスカの国境守備隊との衝突に巻き込まれる可能性があるわ。イオン様もおいでだし……あのジェイドさんなら上手くやってくれるとは思うけど……」

「な、なるほど……」

 思いがけないキナ臭い話に、ルークは動揺したが努めて冷静に頷く。(声が上ずってしまい、どちらかと言えば失敗しているが……)

「そして、コレはずっと後の事になるだろうけど、ルークのお父様……ファブレ公爵様を快く思わないキムラスカの他の貴族様が、ルークが『マルクト軍に保護されて、和平の協力をした』という出来事を『マルクト軍に捕まって、脅しに屈して使い走りをさせられた駄目な王族だ。』という感じに歪めて、公爵様の御立場を悪くするような悪口を広めるかもしれないわ……」

 ティアは、冷静に『可能性』を上げていく。

 ルークには、父であるファブレ公爵の立場や評判については、イマイチ分らないので、ともかくとして『自分をダシにして……』という部分がすごく気に入らなかった。

「多少時間は掛るだろうけど、セントビナーに行って正式な手続きを踏んで、キムラスカに身元を照会してもらった方が安全だと思う。けれど、しばらくは窮屈な生活をしなくちゃならないでしょうね……」

 ティアは、やや硬い表情でそこまで言うと、一息吐き、

「確かに、戦争を無くそうっていう、ひとりひとりの想いは大切な事よ。でも、それは今のあなたが担うべき事柄じゃないわ。だから、ここは、ルークにとって一番安全だと言える選択をしたとしても、誰も責めはしないわ。だから……」

 と、表情を緩めて、言った。

 ルークは、窮屈な生活に関してなら「オレの右に出るヤツなんていねぇ!」と豪語できたし、そして、ティアの言う通り『そういう事』は師 ヴァン・グランツのように、自分より知恵や力を持った者達の仕事だとも思った。

 だが、しかしである……。

「……よし。決めた! 協力する! ラクでハヤい方がイーもんな。母上に、あんま心配かけたくねぇしさ! ティアにも、あんまメーワクかけらんねぇし……」

 手すりから跳ねるように離れたルークは、伸びをしながら、まくし立てるように言った。最後の一言が小さく尻窄みになっていたのは、ご愛嬌。

「ルーク、いいの?」

 ティアは、気遣わしげに言う。

「ああ、男にニゴンは無いぜ! それに戦争なんかになったら、今度は父上が屋敷からいなくなるんだ……。母上が心配するのは変わんねぇ。だから……、『やらないでコーカイするより、やってコーカイしろ!』だろ? ティア!」 

 ルークは以前、ティアが言った言葉を自分風に脚色して、イタズラっぽい笑顔を彼女に向けた。

 こうして、ルーク達は通路に待機していたマルコに声を掛けると、イオンの船室に戻る事にした。


「ルーク様! よもや、再び戻って来て下さるとは、感激です! コレは約束通り、私はオヘソでお茶を沸かさなくてはならないようですね!」

 ジェイドは、ヤカンを小脇に抱えながら、再び椅子に腰を下ろしたルーク達に、深々と頭を下げた。

「では、とくと見よ!」

 そして、ジェイドはヤカンを掲げた。

「大佐。つまらない冗談は、その辺りで切り上げていただけますか? そもそもそんな約束はしていません」

 それを、すかさずマルコが冷静に諌める。

「私も舐められた物ですね。人間の重要な音素要点(フォンスロット)である、オヘソでお茶を沸かす事など夜ご飯前ですよ! ……という冗談はさて置いて! ルーク様、お逃げにならずノコノコお越し下った事に、痺れます♪ 憧れます♪ では、お返事をお伺いたしたい……」

 ジェイドは、いかにも「心外である……」という悔しそうな顔をしつつ、マルコにヤカンを手渡すと、胡散臭く微笑み、ルークに向き直るとオベンチャラのような事を言うと、胡散臭さを一瞬で消し、静かに深々と頭を下げた。

「ルーク。どうか、ぼくに力を……」

 イオンもまた、ルークを祈るように手を組み、見つめている。

「おがむな! おがまなくても協力してやるよ! 伯父上にとりなしてやる。その代わり、オマエらバチカルまでオレの『足』な」

 ルークは、イタズラっぽい笑顔で、ジェイド達を見下ろす。

「なるほど、騎馬戦♪ というワケですね? 馬の後ろ足をやらせたらちょっとした物ですよ、私。まぁ、何はともあれ、交渉成立♪ 貴方様を必ずや、王都へお送りします。」

 ジェイド達は再び、何の躊躇いもなく跪き、ルークに頭を下げた。

「ルーク、ありがとう……。本当にありがとうございます」

 イオンも彼らに続き、ルークに深々と頭を下げた。

「い、イチーイチあたま下げんな! ウザいっての!! カンチガイすんな! べつに、オマエらのために協力するんじゃねぇからな。ティアの……じゃなくて、ティアを心配してるヴァン師匠のためだ。お前らをユーコーテキに使ってやるんだ! ありがたく思え!!」

 またしても、頭を下げられてしまったルークは、顔を真っ赤にしながら腕を大きく振って、精一杯横柄にまくし立てた。(顔が赤いのは、怒っているからではないのは、言うまでもない。)

 ジェイドとイオンは、苦笑を見交わした。

 ティアも内心、ルークの照れ隠しに苦笑するしかなかった。

 こうして、ルークはイオンの和平工作に協力する事を決断した。

 これで、大小無数の危険に怯える必要が無くなった……わけではないが、ずっとすくなくなった。ルークは、迷いがないではないが、内心「ほっ……」としていた。


 しかし、計画という物は、大抵上手くいかない物である……。



 この物語のティアの考え方や方針は、冒険活劇の主要キャラクターにしては、非常に消極的で後ろ向きです。
 これは、ティアが平和主義的ではないとか、自分と自分の周辺さえ無事なら他はどうなっても良いと言うような利己的な考えで言っているわけではありません。
 突発的にとはいえ、ルークの護衛という立場上、慎重になっているのです。
 ですが、ゲーム本編の登場人物の雰囲気で考えると、この行動も無責任とか軽薄とか最低とか世間知らずと言われてしまうのでしょうか?
 皆さんはどう思われたでしょうか?


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第24話 預言 そして秘預言


 イオンとジェイドに協力する事にしたルークだったが、自分が詳しい状況も分っていない事に気が付いた。

 しかし、とりあえずは、自分が今一番知りたい事を、イオンに問い質す事にした。

「なぁ、イオン。和平コーショーの話が本当だとしたら。なんでオマエが、ユクエフメー……ユーカイされた事になってんだ?」

 そう、ルークの剣の師であるヴァン・グランツは、『イオン捜索』の任務のためにダァトに呼び戻され、「師匠と剣の稽古ができない!」という憂き目にあったのだ。しかし、そのお陰でティアに出会えたわけだが……、気になる物は気になるのだ。

「それは、恐らく教団の内部事情が関わっているのでしょう……」

 イオンは、哀しげににつぶやき、顔を伏せる。

「確かに、ぼくはモースの許しなく、独断でダアトを出ました。しかし、モースは、預言通りにキムラスカとマルクトの間に戦争を起こそうとしているのです。預言は、人々を危難から救い、安寧に導く物であって、決して危難に晒すための物ではないのに……!」

 イオンは、珍しく吐き捨てるような口調で言った。

 しかし、その表情はすぐに消え、再び哀しそうな表情に戻る。

「導師として何かをしなければ……と思ったのです。そんな時、折よく和平仲介の協力を求めて、ダアトを訪れたジェイド達に、モースの軟禁から逃れるための協力を、ぼくの方からお願いしたのです。アニスにまで無理をさせてしまいましたが……」

 イオンは僅かに表情を和らげ、ジェイド達をを見る。そして、アニスにはすまなそうな視線を向ける。
 アニスは、その視線に気づくとジェイドに負けない『親指ポーズ』を決めて、それに答えた。

「ふー……ん? で、預言で戦争ってナンのコトなんだ? ワケわからん」

 納得しかけたルークだったが、やはりイマイチ理解できず首をひねる。

「『秘預言』……」

 ティアは、なにか思い当たる事があるようで、ルークの聞き慣れない言葉を呟いた。

「ひよ……? ソレってナンなんだ? ティア」

「え、ええと……」

 ティアは、つい零してしまったものの、それが教団にとって機密事項であったのに気が付き、「どうしたものか?」と少し慌ててしまう。

 ティアの様子を見たイオンは、少し苦笑してティアに頷くと、ルークに向き直り口を開いた。

「知られてはいけない預言。あるいは知らない方が良い預言。文字通り、秘密の預言の事です。人の死や国の滅亡を詠んだ物が、ほとんどですね。これ以上は、教団の機密事項になってしまいますので、ご容赦下さい」

 イオンは、当たり障りのない、いわゆる一般教養の範囲に止めて、『秘預言』について説明した。

「教団の中には、争い事が起るように仕向けたり、災難に遭うだろう人達を見捨てたりする事も構わずに、預言に詠まれた通りに事件や事故を起こす事が、『もっとも正しい事』『世界全体の幸福につながる』って考えて行動する人達がいるの。悲しい事だけれど……」

 ティアが、さらに補足を加える。

「それが、いわゆる『大詠師派』と呼ばれる者達です」

 イオンは、悲しんでいるのか、憤っているのかという複雑な表情で頷いた。

 今のルークの表情には、「付いていけない……」という気持ちがありありと見えた。

 ティアは、無理もない事だと思った。彼女自身、『ある事情』から秘預言について知っていなければ、ルークと同じような顔をしていたかもしれない。

 それにしても、こうもダアトの内紛の一端を見せ付けられるのは嫌な気分だと、ティアは思った。

 『一を捨てて九を生かす。』という考え方を、政治家や軍人がするのはティアにも理解できる。納得できるかは、別の話ではあるが……

 しかし、ローレライの……すなわち神の代弁者の筆頭である大詠師ともあろう者が、『救う命』と『救わない命』を『信仰』を理由に取捨選択するなどあって良いのだろうか?

 出来る、出来ないの問題ではないのだ。大詠師……いや、この場合は神託の盾の騎士を含む預言士全体は、その『捨てられる一』を救わなければならないのだ。少なくとも、救おうと最大限の努力をしなければならない。
 そうしなければ、『宗教』としてのローレライ教の立場はないと思う。
 宗教とは、あくまでも人々の“道徳観”……“良心の拠り所”であって、“支配者”ではないのだ。

 それがどうだ。経典……すなわち『決まり事』をあたかも『神の意志』であるかのように乱用して、どんな非道を働いても、『神の意志』を言い訳にして、悪びれない所か“良い事をしている”気分でいるのだから、世も末だ……。
 と、ティアがそこまで考えた時……

「なんか、よくわかんねぇけど。なんかヘンじゃねーか? ソレ……コンポンテキに」

 ルークが、親友や従姉から教わったありったけの『預言』の知識を思い出して、疑問を口にする。

「預言って、たしか『これから起こる未来の出来事』なんだよな? わざわざ仕向けなきゃその通りにならない事なのか? そんな事のナニが『もっとも正しい事』なんだ? ワケわかんねー」

 ルークは言いながら、イオンやティアの顔を見た。

 しかし、イオンもティアもその疑問に答える事ができなかった。二人とも、預言に疑問を抱いてはいたが、二人にもそれは『当たり前』の事過ぎて、上手く説明できないのだ。

「その『ワケわかんねー事で戦争を起こされて、ムチャクチャ☆にされたくないなー♪』って事で。ピオニー帝からも信頼の厚い(笑)第一師団こと『ジェイドと愉快な仲間達』が、『ちょっと戦争止めて来いや!』という事になった訳です。」

 ジェイドは、あたかも買い物を頼まれただけ……というように、実に気安い調子で微笑む。やはり、どこか胡散臭かった。

 ティアは、内心「本当に和平のための使者なのだろうか?」と首を傾げた。

 確かに、言動はともかくとして、物腰や表情は柔らかく紳士的だ。しかし、『慇懃無礼』とでもいうのか?
 ジェイド自身が言っている通り『道化師(ピエロ)』のように皮肉屋めいている。

 出会ったばかりの人物に対して失礼極まりないが、「回りくどい挑発」と言われた方がまだ納得できる。

「いや~、こんな一言話す度に三人くらい敵を増やし続ける、傍迷惑の音素意識集合体のようなカーティスさんちのジェイドくんに、和平交渉をさせようなんて……、マルクトは何を考えているんでしょうかねぇ?」

 ジェイドは、ティアの考えを見透かしたかようなセリフを、ルーク達を見回しつつ口にする。
 バツの悪そうにしているティアに、ジェイドは胡散臭いウインクを送り、さらに続ける。

「実は、この『痛恨のミス☆キャスト!!』と言っても過言ではない出来事にもその『ワケわかんねーコト』が絡んでいたりするんです……。怖いですね~、恐ろしいですね~♪ ホント何なんでしょうね~、預言って……?」

 ジェイドは突然、ワザとらしい深刻な表情になったかと思うと、ここだけの話とでも言うように低い小声で言った。
 ルークは、怪談でもしている気分になった。

 すると、

「『しきたり』かの?あるいは『慣習』とも言って良いかの。個人の力では変えられる物ではないし、変えようとも思わせん……」

 コゲンタが、どこか遠くを見つめるように表情で、ジェイドの問いかけに答えた。

「そう、それ程までに『当り前』で……『不変的』な存在。それが『預言』なんですね~♪」

「そこに、只ありさえすれば良い……そう、あるだけで良かったんだがの……」

 子供が草花の観察日誌でも発表するようにな表情で頷くジェイドと、何か苦い記憶を思い出すよな面持ちで話すコゲンタ。
 そんな対照的な二人を見てルークは、怪訝……あるいは困惑していた。内心でしきりに首を傾げる事しかできなかった。

 そして、ルークはその困惑の内に、得体の知れない不安とわずかな恐怖感を覚えた。

 訳の分らない事の何に不安や恐怖を覚えるのか……

 訳が分らないからこそ不安や恐怖を覚えるのか……

 それすらルークには分らなかった。


 ルークは、この一連の不快感は屋敷の外にいるからなのか……

 それとも敵国の軍人に取り囲まれているからなのか……

 あるいは、剣の師 ヴァン・グランツと比べるも無く、自分がまだまだ未熟者だからなのだろうか……


 やはり、ルークには訳が解らなかった……



 いつの間にか、太陽はその姿のほとんどを地平線に隠し、空は紫色から藍色に変わり始めている。すでに、夜がすぐそこまでにやって来ている

 出発は、明日の早朝という事になった。

 ジェイドのパジャマパーティーの誘いを丁重に断った一行は、一旦エンゲーブに戻る事にした。

 コゲンタは、「ローズ殿達にしばらく村を留守にする事を挨拶して回りたいゆえ……、一足先に村に戻らせて頂きたい」と、ルーク達とは別行動となった。

 ルークとティアそしてミュウは、マルコに村まで送ってもらう事になった。

 すでにミュウは、ルークの頭の上で器用にも寝息を立てていた。ルークは、主人の頭の上でイイ気な物だと、溜め息をひとつ。

 あまり重くはないから良いのだが、何故ミュウは落ちないのか? いかにルークが、身体の中心線をぶらさない歩き方を身に付けているとはいえ、これは不可解だった。これも、ソーサラーリングの力だろうか?

 とその時ティアが、彼らの前に行くマルコに遠慮がちな口調で声を掛けた。

「あのう、ロッシ少佐……」

「なんでしょう? ミス・グランツ」

 振り返ったマルコは、彼女をしばし無言で見つめる。

「実は、ディードヘルト伍長のご容態が気になりまして。エンゲーブに戻る前に、彼のお見舞いをしたいのですが……」

 ティアは、やはり遠慮がちに言った。

「私は構いません。それにあの者達相手に、事前のアポイントメントなど気にする必要はありません。ですが……」

 マルコは、抑揚なく答えつつ、ルークに視線を移した。

「あ……ごめんなさい、ルーク。良いかしら? その……」

 ティアは、ルークに許しを得る事を失念していた事を、バツが悪そうに謝ると、改めて彼に尋ねた。

「オレは、別にイイけどさ……。ていうか、でー? でーどべると? ってダレだっけ?」

 ルークは曖昧に頷くが、心底不思議そうに首を傾げた。

 彼は、なんとなく聞いた事があるような、ないような名前だと思っていた。

「ほら、チーグルの森で怪我をしていた、身体の大きなマルクト兵の方よ」

「あ、あ~! あのモジャモジャ髭のデカいおっさんかぁ。ウルフに足をかじ……ら……かじ……」

 ルークは、ティアの説明でやっと思い出し、手を打って頷いたが、さぁ……と顔を青くして、押し黙った。

 ルークの脳裏に、思い出したくない場面が蘇える。彼の両脚は、怪我などしていないにも関わらず、むずむずするような違和感を覚えている。

「ルーク? なんだか顔色が悪いわ。どうしたの? 熱でも……?」

 ティアは、たちまち心配顔になって、熱を測ろうと、ルークの額に彼女の手がゆっくりと伸びるが……

「い……いや、なんでもない! ハハハ! よーし、オミマイしてやるぞぉ!」

 ルークは、違和感と照れ、その他もろもろの感情を笑って誤魔化しつつ、ティアの手を彼女の脇をすり抜けるように躱して前に出る。

 頭の上に疑問符を浮かべるティアだったが、ルークの体調が悪いわけではないようだと少し安心した。

「では、ルーク様、ミス・グランツ、医務室までご案内致します」

「おう、さっさと行くぞ!いこーぜティア!アハハハ」

「あ、はい……お願い致します」

 まだ釈然としない気分のティアだったが、マルコの冷静沈着な声と何故か裏返っているルークの声に引っ張られる形で、彼らの後を追った。

 やや薄暗い艦内通路をしばらく歩き、いくつめかの角を曲がると、医務室と書かれた立札が見えた。

 扉には、お馴染みの白地に赤い十字架のシンボルが貼られている。
 ルークは、どういう意味合いがあるのだろう? いつかティアに訊いてみようと思った。

 そんな事より、この向こう側は本当に医務室なのだろうか……?
 何故か、扉の向こうから大勢の人間が、どんちゃん騒ぎをしているような笑い声と雰囲気が伝わってくる。

 実際に、医務室という物を利用した事がないルークでも、様子がおかしい事が分った。

「ドクター サム・フランシス。マルティクス・ロッシ少佐だ。入れるか?」

 マルコは、音がよく響くようにノックした。
 怒鳴ったりはしなかったが、彼の声には有無を言わさぬような凄味があった。

 すると、どんちゃん騒ぎは水を打ったように、ぴたり……と止んだ。

「やぁや。少佐殿、ご苦労さまです。今、少し取り込み中でして……」

 中年の男の引き攣った声が、扉の向こう側から聞こえてきた。

「ほぉ……。怪我人が運び込まれた医務室が、“ああ”まで騒がしくなる仕事か? 興味深いな。後学のために是非とも見学させてくれたまえ」

 マルコは、鍵がかかった扉のノブを、がちゃり……がちゃり……と、無意味に回しながら、抑揚のない声で言った。

そして、彼は……

「率直に言う。……開けろ」

 と、まるで扉に囁くように言った。

 すると、バタバタ……と何かを掻き集めたり、片付けるような音が、しばし、続いた。
 そして、その音が止むと、

「やぁ、お待たせしました。少佐殿」

 と、白衣を着た、ややくすんだ茶色の髪の中年のマルクト軍下士官が顔を出した。

「ディードヘルド伍長に面会だ。ミス・グランツが、わざわざ様子を見に来て下さった」

 マルコは、そう言うと、ティアを手で示した。

「……あっ……!」

 それまで困惑顔をしていたティアは、マルコの言葉に我に帰ると、慌ててドクターに頭を下げた。

「お初にお目にかかります、ドクター・フランシス。メシュティアリカ・グランツと申します。ディードヘルド伍長の応急処置をさせて頂いた者です。彼の容態が気になりまして……、不躾かと思ったのですが……」

 ティアは、ドクターに丁重に名乗ると、頭を下げた。

「やぁ。ご丁寧な挨拶、痛み入ります。へ……へへへ」

 どことなく熱のこもったティアの挨拶に、ドクターは戸惑いつつ、人の良い笑顔で答えた。伸びた鼻の下はご愛嬌。

 ルークは、その伸びた鼻の下とにやけた眼に、「カチン!」ときた。そう、何故か「カチン!」ときた。

 ルークの知らない事だが……

 ティアは、治癒術師の端くれとして、『ドクター』……すなわち、『医師』という立場の人間に、一定以上の敬意を抱いていた。

 なぜなら、深い外傷や内部疾患などを治癒術で治すのは、生半可な修練では済まないからだ。『音素』とは、単純に言えば『音』……すなわち、『空気の振動』だ。空気の振動は、体内では減衰するという事だ。
 そんな理由から、第七音素に頼らず、知識と技術のみで、怪我や病気を治療する彼ら……『医師』は、ティアにとって、実兄 ヴァン・グランツや直属の上司 カンタビレと同じく『目標』だった。

 ルーク達三人は、ドクターによって医務室に招き入れられた。

 中には、八人程のマルクト兵が整列しており、目当てのディードヘルトは、ベッドの上で背筋を伸ばして、座っていた。

 見れば、使われていないベッドのシーツが、酒瓶の形に盛り上がっていたり、そのベッドの下からツマミの類や、カードやダイスそれからチップが転がり出ている。

 ルークが唖然としている時、マルコは頭痛に耐えるように眉間を押さえて、控えめにため息を吐いた。

「失礼致します。ディードヘルト伍長、お加減はいかがですか?」

 何故かティアだけは、特にソレらを気にした様子もなく、兵士達に会釈をすると、ベッドのディードヘルトに微笑み掛けた。

 ティアの所属していた“神託の盾の騎士団 最強”を自称する『鋼のカンタビレ隊』は、元傭兵はもちろん元海賊、元山賊、元強盗、没落貴族、変わり種では吟遊詩人といった荒くれ揃いの『切り込み役』である。

 この程度の『羽目外し』は、日常茶飯事……いや、まだまだ可愛い方だ。

 主に、師団長のカンタビレ自らが率先して、賭ば……レクリエーションを団員たちと楽しんでいたのだ。しかも、師団長の執務室で……。

「顔色も悪くないようですね。患部に、痛みや違和感はありませんか?」

 と、そんな事を考えながら、お見舞いというより簡単な問診をしているように語り掛けるティア。

 一方、ルークはティアの反応から、「たぶん軍隊では、こんなカンジがフツ―なんだな……」と勘違いをしていた。

「いやぁ、お陰さんで痛くも痒くもありませんよ! ミス・グランツの治癒術はよく効きますねぇ! もう大丈夫なんで、ホントは筋トレでもしようかと思ってたんですけどね。心配性どもが止めるものですから……、代わりに鈍った身体に喝を入れようと酒的な物を楽しもうじゃないか?って事になりましてね! ははは!」

 ディードヘルトは、妙にはしゃぐようにまくし立てる。
 髭の合間から見える朱に染まった頬が、ルークには気に入らなかった。

「ふふ、良かった……。でも、病み上がりでアルコールや刺激物は控えて下さいね。身体を動かすのも、無理は禁物です。今日一日は安静にして下さい」

 そんな事とはつゆ知らぬティアの優しい微笑みも、今のルークには、何故か気に入らなかった。

 そして、整列する兵士達のティアを見る眼と伸びた鼻の下も気に入らない。そして、

 「う、美しい……」 「キレーなネェちゃんだ……」 「女の子だ……」 「しかもカーイイし……」とか「ちっくしょう……」 「楽しそうにおしゃべりしやがってぇ……」 「あのヒゲダルマがぁ……」といった兵士達の声が聞こえてくるのに気が付いた。

 ルークは、ひとりひとりの兵士の顔を睨み付け、不自然にならないように彼らの視線からティアを隠すように移動した。

 しかし、兵士達はルークの妨害を物ともせず、慎重かつ巧みな視線配置で、あるいはガラスの反射を利用して、ティアを観察している。

 小賢しい……

 と、ルークが胸中で舌打ちをしたその時、彼の背中に、

「ルーク様。このような下賤な場所に、わざわざご足労いただき、痛み入ります。」

 という低いディードヘルトの声が掛った。

「へ? あ……、はい。いいえ。どういたしまして……」

 ルークは、思いもよらぬ自分への感謝に、ただ困惑するしかなかった。

「ルーク様は、見た所剣術を“かなり”お使いになるようで……」

 口調は慇懃で丁重だが、媚びへつらっている様子はなく、親しみを込めた柔らかな表情と『戦闘者』としての確かな眼をルークに向けるディードヘルト。

「バチカルまでは、長旅です。退屈しのぎの際は、気軽にお命じ下さい。全力でお付き合いしますよ。人間相手と丸太人形や魔物とじゃ、だいぶ違いますからね」

 ディードヘルトは、ルークの『実力』とそれに見合わない『経験』の浅さを見抜いているようだった。

「まっ……、あの程度の魔物に手傷を負わされたヘボ兵士じゃ物足りないでしょうがねぇ。へへへ」

 ディードヘルトは、バツの悪そうに苦笑して、頭を掻いた。

「お、おう。よろしく……」

 ルークは、こういう無償の厚意というかそういう物に慣れていなかった。

 屋敷のメイド達は、いつもにこやかで優しいが、それは、ルークにとっては当たり前の事だった。

 よく分らないが、彼女達が優しいのは、父であるファブレ公爵が『やとっている』からなのだと、ルークは思っていた。

「ディードヘルト伍長、無礼だぞ! 控えたまえ!」

 というマルコの声に、ルークの思考が中断された。

「ルーク様、部下の非礼をお許し下さい」

「え? あぁ、べつに……。あんなコト、なにも……」

 ルークは、何について謝られているのか、分らなかったが、マルコの謝罪に適当に頷きながら、ふと考えた。

(ティアは、どういうカンジでオレといるんだろう?)

 まずは、当然彼女は師ヴァン・グランツの代理として屋敷に来たのだから『仕事だから』というのが、一番最初に来るだろう。

 しかし、ティアは優しい。母シュザンヌのように優しいとルークは、思っていた。

 そう、優しいのだ……

 ミュウにも優しいし、同じ神託の盾騎士団とはいえ、ほとんど見ず知らずのアニスにも優しかった。そして、本当に見ず知らずのディードヘルドにもやはり優しかった。
 その上、怪我をしていたからとはいえ、ライガにまで優しかった。

(だから……オレにも優しくしてくれるだけなのか……?)

 ルークは、妙にそんな事が気になった。

「なぁ、ティア……」

 彼女への質問が、思わず口をついて出た。

 出たのだが、「訊いてどうする?そんなコト……」という疑問と「なんとなく訊くのがコワい……」という不安が、ルークの言葉をそこで止めてしまった。

「ごめんなさい。なぁに? ルーク?」

「あ……いや、その、なんてーか……もう行こーぜ? なんか、この部屋ニオイがニガテだ」

 半分適当だが、半分本音である。しかし、ルークは嘘を吐いている気分になってティアの顔をまともに見る事ができなかった。

 その時、

「同感っすね。この消毒液の匂いだけでも気が滅入っちまいますからね。健康な方なら尚更ですぜ」

 ディードヘルトがルークの言葉に頷いて、言った。
 思わぬ援護だ。

「そうね……、それにいきなり来て長居をしたら伍長が休めないものね。ごめんなさい、ルーク。それでは、伍長。わたし達は、これでお暇致します。」

「いえいえ、ごきげんよう。ミス・グランツ。またお会いできる事を心待ちにしておりますです。ハイ!」

 ティアの辞去の挨拶に、ディードヘルトは、全く似合わない取り繕った声で恭しく頭を下げた。
 前言撤回、ただのティアへ媚を売っているだけだった。

 ルークは、効果があるのか効果がないのか、いまいち自信が持てないながらも兵士達にメンチを切り、ティアの背中を急かすように、しかし乱暴にならないよう押して医務室を出た。


 





 突然ですが

『預言』→『スコア』 『預言士』→『スコアラー』 
『秘預言』→『クローズドスコア』 『音素』→『フォニム』
『導師守護役』→『フォンマスター・ガーディアン』『音律士』→『クルーナー』

 他にもあると思いますが、皆さんはちゃんと頭の内で変換できますでしょうか?
 私は、なんと言うか……自然にできてしまうようになりました(笑)。

 拙作では、造語の当て字にはあえてルビを振っていません。
 読み方も……

『預言』→『よげん』 『預言士』→『よげんし』 『導師守護役』→『どうししゅごやく』

 と、そのまま読んで頂けたら違和感が少ないと思います。

 ところで……

 ゲーム本編でのティアは、大詠師モースに心酔している、尊敬している(?)かのように、イオンの言葉を遮ってまで庇うような発言を、何故したのでしょうか?

 本編はもちろん補完するはずのファンダムでも重用されていたり、気にかけて貰っていたりする描写やエピソードは、特になかったと思いますが……
 メディア展開の小説とかでは、何かあったのでしょうか?
 後発のメディアミックスや設定だけで語っても、本編で、ある程度分らないなら、そういう演出でない限り、あまり良い脚本とは言えないと思いますが……

 皆さんはどう思われますか?
 ここに描写されているという情報があれば、教えていただければ幸いです。


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第25話 陸の船旅 ルークと兵士達


「重ね重ね……部下が、ご無礼を致しました。誠に申し訳ありません、ルーク様。何卒お許し下さい」

 マルコが、医務室を出るなり土下座せんばかりの勢いでルークに頭を下げてきた。

 彼は、先ほどのような“つまらない事”でせっかくの協力関係が反古になるのではないかと、一軍の副将として全力で気を揉んでいるのだ。

 しかし、当のルークは、何故そんな事をされているのか全く分かっていなかった。

「や……やめろ! ウゼぇての! なに、いきなり謝ってんだよ?! ナニに謝られてんのかわかんねぇし! だいたい、アンタ、そんなキャラだったか?」

 とうとう、ルークは怒り出し、自分でも訳の分らない事を口走る。

「もしかして、さっきのヒゲ……ディードヘルドの言ってた事か? アレくらいでキレるほどガキじゃねーてんだよ! オレは一度した約束は守る! バカにすんな!! バーカ!」

 ルークは、吐き捨てるように言うと、そっぽを向き、肩をいからせズンズンと歩き出した。

「あ、ルーク……?」

「ティア、さっさと行こうぜ!」

「え、えぇ……でも、待って。その、言いにくいのだけれど……」

 ある事に困惑し、言いよどむティアだったが、強めの口調でルークを呼び止める。

「逆……よ、そっちは。昇降機に向かっているのだから……」

 ルークは立ち止った。
 そして、肩をいからせたまま大仰に腕を組んだ。

 しばしの沈黙の後、ルークは振り返って黙ったまま、歩き出した。そんな事をしても、朱に染まった頬と耳は隠せる物ではないのだが……。

 そんなルークに、困惑するマルコに(もっとも無表情だったが)、ティアの穏やかな声が掛る。

「ロッシ少佐……安心なさって下さい。ルークは……ルーク様は、他人の痛みをご自分の痛みのように、いいえ、実際のそれ以上に感じ取ってしまう純真で優しいお方です……」

 ティアは、思い出を噛み締めるように瞳を閉じて、ルークについて語る。

 「時には危うく思えるほどに純真で……でも、どんな事が……ご自分のどんな行動が……多くの人が無益に傷付く戦乱を招くのか、ちゃんと感じ取って下さいます」

 ティアは、柔和だが真っ直ぐな眼差しでマルコを見つめ言った。
 彼女は、その眼差しを肩をいからせ、前を行くルークの背中に移し続ける。

「わたしもお会いしたばかりですが……、わたしには分ります。護って……護って頂きましたから……」

 ティアは、微笑みを僅かに曇らせ、恥じ入るように目を伏せ、呟いた。
 しかし、すぐに曇りを振り払うかのように、再び微笑み

「だから、彼は皆さんを裏切ったりしません。平和を望む皆さんを……。それが、ルーク・フォン・ファブレ様という方なんだと思います」

と、続けた。

 「そうですか……。私の取り越し苦労だったようですね。ご忠告、感謝致します。ミス・グランツ」

 ティアと同じくルークの背中を見詰めていたマルコは、僅かに頭を下げて、彼女の言葉に答えた。

「私は不躾にも、自分の物差しだけで、勝手にルーク様という御方を計っていたようです……。ミス・グランツ、今後、我々がルーク様を裏切らぬよう……要らぬ不快をお与えせぬよう、ご指導頂きたい」

 マルコは、淡々とした口調で、教本通りのような敬礼をティアに送る。

「こちらこそお願い致します。どうか、ルーク様を……ルークを護って下さい。弱いわたしの代わりに……」

 一方、ティアは敬礼ではなく、祈るように手を組むと、深々と頭を下げた。

「私見ですが、真の意味で“弱い”人間など……外道……すなわち道を踏み外した者達以外は存在しないと考えます。おそらく、役割が違うだけなのかと……。我々は我々の役割を果たします」

 マルコは、僅かに目元と口の端を弛め、言うと、

「一命を賭けましても、ルーク様そして、ミス・グランツ、貴女をキムラスカまでお護り致します」

 彼は再び、敬礼をした。

「はい……」

 ティアは、その真摯な瞳を見つめ返しながら、言った。

「おぉーい!! ティアー! 早くいこーぜ! てーか、さっさと案内しろよ! マルコしょーさ!!」

 ルークの苛立たしげな声が、ティアとマルコの間に割り込んできた。

「ごめんなさい。すぐに行くから」

 ティアは、ルークの呼び掛けに答えると、マルコに微笑み、頷いた。

 マルコは、控えめにだが頷き返すと、歩き出した。

「失礼しました。今、ご案内致します」

 こうして、ルークは昨夜泊まったエンゲーブの宿屋にもう一泊する事になった。宿代はマルクト軍もちで、昨夜よりも豪勢な(ルークにとっては物珍しい)食事となり、言う事なしだった。

 その夜は妙に胸が騒いで、なかなか寝付く事ができずに寝返りばかり打つ事になった以外は……



 朝が来た。

 エンゲーブに明るく清々しい朝がやって来た。

 昨夜、なんだか落ち着かず眠れなかったルークの所にも朝がやって来た。

 そして、明るく清々しい笑顔のマルクト帝国軍大佐 ジェイド・カーティスもルークの所にやって来た。

「さぁ、皆さん! 出航の時間ですよ!」

 宿屋の前で待っていたルーク達とマルクト兵達の前に、バギーで乗り付けたジェイドは叫ぶなり、宙返りで舞い降りた。

「公爵子息 ルーク・フォン・ファブレ様、そしてその護衛のメシュティアリカ・グランツさん、ついでにルーク様が個人的に雇われた護衛という設定のイシヤマ・コゲンタさん、御協力感謝いたします」

 ジェイドは、深々と頭を下げると、

「皆さん、私にちょっとだけ音素を分けて『平和』を一緒に作ってくれ! 例え仮初めの平和でも戦争なんかよりずっと良いさ! とりあえず、三千年くらいの仮初め具合を目指すんだ!」

 と、熱く語った。

 なかなかの恒久平和だった。

 ルークには当然、三千年という時の長さは実感できなかったが「ずっと平和がイイっていうのはドーカンだけど……」とは思った。

 青空は薄く引き伸ばされたような白い雲が散りばめられていたが、よく晴れていた。

 空は、ルークの初めての“船旅”を祝福し、安全を祈っていてくれているのだろうか?

 あるいは……

 その透き通るような青さの裏に、暗雲よりも仄暗い“何か”を隠して手ぐすねを引いているのだろうか?

 それは、ルークにも、ティアにも、ジェイドにすら分らないだろう。

 それは今はもうこの世にはいない『ユリア・ジュエ』と、いるのかいないのかはっきりしない『ローレライ』くらいにしか分らない事だった。



 旅は順調だった。

 この戦艦……タルタロスが巨大だからなのか? 元々そういう物なのか? 海に浮いているわけではないからなのか? ルークには分らなかったが、艦はそれほど揺れなかった。
 それに、魔物の心配がない、安全な所が何より良かった。

 ルークが、流れる景色を楽しむのも、艦内(見て良い場所のみ)を見て回るのにも退屈し、それに文句ひとつ言わず付き合ってくれるティアと、ついでにコゲンタ、そしてついでのついでにミュウに、心苦しさを覚え始めた……ちょうどその時。

 マルクト兵達から“稽古”のお誘いが、使い古された木剣と共に飛んできた。

 ルークが、それを受け取ると……、

「一勝負如何ですかい? ルーク様。へへへ……」

 ディードヘルトが不敵な笑みを浮かべて、木剣を掲げて見せた。

 周囲のマルクト兵達も、友好的ではあるが、不敵で挑戦的な眼差しをルークに向けてくる。

「ハハッ、イイぜ。やったろーじゃんか。オレの剣を見せてやるよ!」

 ルークは、彼らに負けじと不敵な笑みを浮かべ、受け取った木剣を小気味良く二度、三度と振り、空を切る。

 さぁ、楽しい“稽古”の時間である。

 ルークとディートヘルトは、十数人のマルクト兵達に円で囲まれる形で、十歩ほど互いに間隔を開けて、静かに向かい合った。

 ルークは両脚を肩幅ほどに開き、左手の木剣を身体で隠すように右半身で相手を対峙する。

 一方、ディードヘルトは木剣を右手に掲げ、左手には円盾を構えている。

 ルークの遣うアルバート流は、盾を使わない。そのため、ルークは手渡された円盾を「そんなモンいらねぇ」と突っ返したのだが……

(なるほど……確かにヤリづらい……)

 そういえば初めてかもしれない、盾を持った相手と真面目に向き合うのは……

「意外に、消極的でらっしゃる。来ないんなら、こちらから行きますぜ?」

 ディードヘルトは言うや、ルークとの間合いを一気に踏み潰す。

 打ち込みというより盾を使っての体当たりである。

 ルークは、それを左に踏み込み躱す。

 しかし、ディートヘルトは、その巨躯と腕力を活かして、盾を横殴りに打ち払ってきた。

「うわぁっ!? ととっ……!」

 よろめくように打突を躱したルークだったが、「盾って攻撃にも使えるんだ……」妙に冷静に感心していた。

 ルークは、木剣を正眼に構え直し、再びディートヘルトと向かい合った。

 先程のお返しとばかりに、今度はルークから突っ掛けた。

 鋭い踏み込みで、真正面から木剣を繰り出した。しかし、ディートヘルトの盾が剣を押し潰すように弾き落とした。

 ルークは、落とされた木剣が甲板に当るか当たらないかの瞬間で、身体ごと剣を引き戻し、再びディートヘルトとの間合いを取った。

 流石に真っ正面から打ち崩せる物ではないらしい。

 ルークは、攻める方向を変えてみる事にした。

 まずは、袈裟懸けに切り下す。

 しかし、それは防がれ、木剣は盾の上を滑って、虚しく空を切るが、ルークは流れるような動作で刃を返すと飛び上がると同時に切り上げた。

 ルークの身体は、ディートヘルトの巨躯の頭一つ分高く舞い上がっていた。

「おぉりゃあぁっ!!」

 ルークは眼下のディートヘルト目掛けて蹴りを繰り出した。

 しかし、やはりそれもディートヘルトの盾と腕力に防がれてしまう。

 だが、ルークの蹴りは一撃では終わらない。終われない。


 二撃


 三撃


 四撃


 と、駆け足のような要領で素早く繰り出していく。

 アルバート流『崩襲脚』を、何度か見た親友 ガイの『飛燕連脚』の見よう見まねでアレンジした即興技だ。

 ルークの曲芸じみた動きに、周りのマルクト兵達がどよめく。運動神経が良いだけでは、“こう”はいかないのだから当然だ。

 屈強なディートヘルトも、これには耐えかねて体勢を崩し、片膝を突く。

 次の瞬間、どんっ……という堅い甲板を踏み鳴らす音と共に勝敗が決した。

 ルークの木剣がディードヘルトの額に触れるか触れないかの所で、ぴたり……と止まっていた。

「イチオー、これはオレの勝ち……だよな?」

 ルークは、慎重に木剣を引き戻しつつ、笑顔を見せた。

「へっ……へへへ、そのようで……。実戦だったら俺の頭は、汚ねぇザクロみたいになってまさぁ」

 ディートヘルトは、ルークに釣られて笑い、あっさりと自分の負けを認めた。

 木剣を下ろし力を抜いたルークは、今になって乱れ出した心臓と呼吸をごまかし整えようと、大きく息を吐いて、手足を回しほぐす。

「ルーク……、怪我しなくて良かったわ。ディードヘルトさんも……」

 ティアが、一番に駆け寄って来た。心配そうにルークの身体を見回し、怪我がないのを確認すると、ほっとしたように微笑んだ。
 そして、同僚のマルクト兵達から容赦なく野次られているディートヘルトにも笑い掛ける。

 ルークは、そんなティアに「もっと、ほめてくれてもイイのに……」と物足りなさを感じたが、ティアの争いを好まない性格を考えれば「しゃあないか……」と考えて彼女に笑い返した。

「まっ、あいてはヤミアガリだし! いくらオレでもムチャクチャはしねぇよ」

 ルークは、気を取り直して『勝っても、相手を気遣う謙虚で優しいオレ』を意識して苦笑する。

「お見事でござる。ルーク殿」

「スゴイですの! ご主人さま! ピョーン! ドタドタドター! ビシッ!! ってカッコよかったですの!!」

 ティアに続いてコゲンタとミュウがやって来た。

 ルークは、「おっさんにほめられても、あんまり……」と感じ、興奮して飛び回るミュウには「ウザ……」と思ったが、表情には出さなかった。オトナのヨユーという奴だ。

「ルーク殿の剣……ホドに端を発するアルバート流とお見受けしたが、どなたに師事を?」

 コゲンタは、腕を組んで首を傾げつつ、ルークに尋ねてくる。

「妙な癖もお持ちでないし、若さ故の“力み”はお有りだが、基本はしっかりしている。ルーク殿ご自身もさる事ながら、その師匠である御仁も只者ではないと見たが……」

 コゲンタは、ルークの構えを真似しながら、もう一度首を傾げた。

「へへへ、聞いてオドろけ……」

 ルークは、コゲンタの師への賛辞に、現金に「このおっさん、やっぱ剣術の事“わかってる”ぜ!」と、気を良くして、勿体ぶったように含み笑いをした。

「オレの師匠は、なんとダアトのオラクルの騎士団長! ……なんとか総長ってんだっけ?」

 ルークは、勢い込んで言ったが、師の役職をど忘れしている事に気が付いた。

「えぇ、主席総長ね」

 ティアが、苦笑と共に補足した。

「それそれ!スセキ総長のヴァン・グランツ師匠だぁ!!」

 ルークは、胸を反らして自分の事を自慢するように大声でまくし立てた。

「ほう、なるほど……」

 コゲンタは、低く唸るように頷いた。

 もっと派手な反応を期待していたルークは、大いに肩透かしを食らったような気がしたが、悪い気はしなかった。

「神託の盾のヴァン・グランツと言えば、当代きっての剣術使い……と、もっぱらの噂だ。ルーク殿の一種“異様な強さ”も得心いたした。ふぅむ。なるほど、なるほど……」

 コゲンタは、再び低く唸りながら頷いた。

「つよ……? オレが!?」

 褒められたら褒められたで、照れくさいったらない。

「へ、へへへ……。そりゃ、なんたってオレは、ヴァン師匠の『一番弟子』だからなっ!」

 それに何より、師 ヴァンが称賛されているのが嬉しかった。

「貴様ら、何をしている!」

 突然の怒鳴り声にルークの肩が僅かに揺れた。

 見れば、マルコが眉間にしわを寄せ、こちらを……いや、兵士達を睨み付けていた。

 そして、鋲が打たれているのであろう軍靴を、かつかつ……と鳴らして、こちらに近付いて来た。

「貴様ら、誰の許しを得て、訓練にルーク様を参加させている? 私には何も報告がなかったぞ」

 マルコは、バツの悪そうな兵士達を睨んでいた視線を、ルークに移し、

「お怪我はありませんか? ルーク様」

 と、気遣わしげに問いかけた。

「べつに……」

 ルークは、不貞腐れたように言った。良い気分に水を差されて「ムカついている」という事以外は問題なかった。

 その時、さらに第三者の声が、その場に割って入ってきた。

「その許可を出したのは、実は私なのです。ぶつなら私をぶちなさい! 私からぶちなさい! マルコォ!」

 ジェイド・カーティスが情感たっぷりに歌うように言いながら、イオンとアニスを連れて現れた。

「大佐。そういう事は、すぐに言い付けて頂きませんと……」

 マルコは、敬礼しながら、言う。

「すみませんでした。でも、接待というのはタイミングが命なんですよ」

 ジェイドは、返礼しながら、微笑んだ。

「なるほど……」

 ジェイドの言い訳に、ある程度納得したのか、追及する気が失せたのか、定かではないが眉間を押さえながら頷くマルコ。

 そんな軍人二人を余所に、イオンとアニスは、ルークに微笑みながら歩み寄る。

「ルーク、見事な闘いでした。ルークは背中に翼があるかのように空を舞うのですね。すごいです……」

 イオンの曇りのない“憧れ”の眼差しをルークに向けていた。
 褒めてくれるのは良いのだが、そういう言われ方をすると、恥ずかしいというか、すこぶる居心地が悪かった。

「まさに、『マシラの如し!』ってヤツですね!」

「は? まし……?」

 微笑むアニスが口にした聞き慣れない単語に、ルークは首を傾げた。何かの例えだと言うのは分るのだが……。

「『マシラ』って言うのは、お伽話や伝説に登場する妖精の一種ね。ルークみたいに、軽い身のこなしの人の例えによく使われるわ」

 ティアがすかさず説明した。

「へぇー……。まっ、まーな!」

 ルークは、苦笑いをしながらアニスの賛辞に応えるが、

 『マシラ』とは主として、『猿』や『手長猿』の姿をした妖精、聖獣、あるいは妖魔として描かれる事を知らなかった。
 無論、アニスには他意はない。

 そして、ティアもあえて説明しなかった。

 要するに……“言わぬが華”という奴である。


「いやぁ~、御見事! 御見事です! ルーク様、素敵です! 素敵ついでに……」

 照れるルークに、爽やかな胡散臭い微笑みのジェイド・カーティスが、拍手を贈り近付いてきた。
思わずルークは、胸中で身構えてしまった。なんだか負けた気がした……

「如何でしょう? 我が配下“随一”と言っても過言では無い剣士と、もう一手。うふふふ……」

 ジェイドは自分の副官に視線を送りつつ、ズレてもいない眼鏡の位置を中指で直す。

「大佐……」

 マルコは、挑発とも取れる発言をする上官を控えめにだが窘めるが……、

「彼の剣も、なかなかの物ですよ? ルーク様♪」

 と、ジェイドはそんな事はお構いなしに続ける。

「へぇ……」

 ルークの瞳が剣呑ではないが火が灯ったようにギラついた。

 ひとかどの“剣術使い”の瞳だ。

「大佐、不用意な言葉はお控えください。私などの剣は……」

「まぁま、良いじゃありませんか。胸を借りると思えば♪」

「オレは別にイーぜ……」

 こうして、マルコの頭痛に耐えながらの健闘虚しく、信頼すべき上官と護るべき人物によって、外堀がほぼ埋められた。もう断る事などできないだろう。

「ナンなら、オマエが相手でもイイけど?」

 その気になったルークは、ジェイドにも挑戦的な瞳を向けた。

「いえいえ♪ 私、剣術の方はからきしなんですよ。ルーク様相手では、恐らく五分と保ちませんよ~。マルコと違って!」

 ジェイドは、ルークの挑戦を躱すと、マルコの背中へと隠れた。

「……ルーク様。貴方がご所望とあらば、謹んでお相手いたしますが……」

 マルコは、観念したように小さなため息を、一つ吐くとルークを真っ直ぐに見詰め返した

「よーし、ノゾむトコロだぜ! 来い!」

 マルコの言葉を聞いたルークは、挑戦的な表情に無邪気さを加えてように笑い、元気良く木剣を振り上げた。




 ルークと束の間の旅の道連れ達との交流を描いてみました。

 冗長すぎるというか…余計なシーンだとも思いますが…

 ルークに『名前も知らないけれど、気のイイ誰か達』との関り合いを、もう少し持たせたいと思ったのです。

 いかがでしたか?

 ご意見、ご指摘のほどを、よろしくお願いします。


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第26話 強襲 食い潰される平穏


 ルークとマルコは、それぞれ木剣を構えて対峙する。

 再び、左手に木剣を隠すように構えるルーク。

 そして、対照的に簡素な正眼の構えのマルコ。

 先程までとは、打って変って周りは静まり返っている。

 ルークは、しん……と張り詰めた緊張感に唾を一つ飲み下した。

 彼は、なかなか打ち込む糸口を見つける事ができず、視線を彷徨わせる。

 師 ヴァン・グランツと対峙した時も、こんな風に攻めあぐね、何もできずに負けてしまった事を思い出した。

「集中しろ……。」

 マルコは、ルークの落ち着かない視線を目ざとく見つけ、一言言った。

 なんでもない一言が、妙に耳と頭に響く。

(この、えっらそぉーに……!)

 じれたルークは、一瞬だけ灯った怒りに任せて、マルコ目掛けて剣を振るった。

 マルコは、その場を微動だにせず、難なくルークの木剣を受け止め弾き返した。

「焦るな。剣は腕だけで振るな。力は腰に溜めろ!」

 マルコの激が鋭い打ち込みと共に、ルーク目掛けて飛ぶ。

「剣は身体全体で振るえ!」

 マルコの打ち込みが、ルークの崩れかけた構えを本来あるべき型に矯正していく。

「ナメんなっ!!」

 ルークは吠えるなり、マルコの木剣を弾き、大きく後ろに飛び退いた。

 ルークは、仕切り直しとばかりに甲板を強く踏み鳴らし、構え直すとヴァンの教えを反芻し、心を落ち着かせる。

 そして、今度は視線を彷徨わせる事なく相手の全体像をとらえ、じりじり……と間合いを詰めていく。

 一足一刀の間合いに、爪先が踏み込んだ一瞬の刹那。

「たぁっ!!」

 最小限の踏み込みと鋭い気勢で、木剣の切っ先を目の前の強敵目掛けて打ち込んだ。

 木剣がぶつかり合う乾いた音が、辺りに響いた。


 ぴたり……と正確に、木剣の切っ先が喉元に突き付けられていた。



 マルコの木剣が、ルークの喉元に……である。

「今のは悪くありませんでした。太刀筋が少し素直すぎるとは思いますが……」

 淡々としたマルコの声が、ルークに勝負の終わりと自分の敗北を教えた。

 しかし、ルークには自分が、何をどうされて敗北したのか理解できなかった。

 ルークは、先程の自分の体の動き……マルコによって動かされた感覚を思い出す。

 まず、ルークは最小限の体重移動と踏み込みで振り下ろされた渾身ともいえる上段からの一刀を、マルコは鎬でいなして巻き込むように左下へと払い落とした。

 そして、剣を元の正眼に構え直し、その木剣の切っ先をルークの喉元へ突き付けたのだ。

 たったそれだけ……そう、それだけの事だった。

 しかし、言うは易し……である。ルークにとっても、あの速さでやれと言われても、悔しいが「できねぇ……」と、素直に言える凄まじい“技”だった。

「ありがとうございました、ルーク様。久し振りに楽しい気持ちで剣を振るう事ができました……」

 構えを解き、木剣を腰に下げる様に持ち替えたマルコは、薄く微笑み深々と頭を下げた。

「あ、あり……ありがとうございました……!」

 マルコの声で思考の淵から引き戻されたルークは、慌てて頭を下げた。

 思わず、師 ヴァン・グランツに対してする様な口調になってしまった事に気が付いたルークは、急に気恥ずかしい気分になった。

「ありがとうございました」

 顔を赤らめ、居心地悪げなルークとは対照的に、冷静な態度でマルコは再び頭を下げた。

 そんなルークの側に、心配顔のティアが小走りでやって来た。

「ルーク……大丈夫?」

 イオンとコゲンタ達も彼女に続く。

 何故だか、ティアにまで気恥ずかしさを感じてしまうルーク。

「う、うん……あ、いや! おう……!」

「惜しかったわね。でも、怪我が無くて良かったわ。本当に……」

 戸惑ったギコチない笑顔で答えるルークに、ティアは優しく微笑み返す。

 続いてイオンが、やはり“憧れ”の眼差しでルークに微笑み掛けてきた。

「最後の一刀は凄かったです、ルーク。ぼくには、まるでルークの腕が一瞬消えたようにすら見えたのに……」

 イオンは、一度その眼差しをマルコに向けたが、

「剣術は奥が深いのですね?」

 と、“憧れ”に“探求”の光を加えた翠の瞳をルークに向けて、微笑んだ。

「だから、おもしれーんだけどな。くやしーけど……」

 ルークは視線を逸らして、適当に相槌を打つが、別の意味で居心地が悪くなってしまった。

「導師イオンの仰る通り、最後の一刀はかなり良かった。しかしまぁ、相手が悪かった。相手がの。」

 コゲンタが達観したような顔で頷きながら、言った。

「『勝負は時の運』って話だが……。しかし、その『運』って奴は、剣なら剣に『想い』を注ぎ込んだ時間の長い者の方に傾き易い……」

 コゲンタはそんな自分の表情に気が付き、ぴしゃりと、一つ額を叩いて笑った。

「なんだソレ……。年上には、イッショー勝てねぇーてのか?」

 ルークは「納得できねえ。」という調子で言う。

「いやいや、言葉のあや。これは言葉のあやって奴でしてな。事はそう単純な話ではござらん」

 コゲンタは、それに手を左右に振って答えると、腕を組み、

「実は、肝心なのは『想い』の方。自分に与えられた時間の内で、どれだけその『想い』を注げるかだ。一振り一振りを、常に“真剣勝負”で振るう者とそうではない者とじゃあ、全く違う。ルーク殿は、むしろこれから……此処からでござる」

 と、コゲンタはふと真顔になり、続けた。

「おやおや、これは脱皮……もとい♪ ウカウカしていられませんね。マルコ?」

 ジェイドは、マルコの肩に手を置くと笑顔で言った。

「……どうやら、そのようですね……」

 マルコが薄く微笑み言った。

 そんなマルコを、複雑な表情で見つめているルークに、イオンが声を掛けた。

「ルーク。良ければ、一息入れませんか?」

「え……?」

「昨日のお茶とは、また違う香りの茶葉があるんです。オレンジのような良い香りえ口当たりも優しいのですよ」

 イオンはそう言って、微笑んだ。

「お……おう」

「よろしければ、ティアにミュウ、コゲンタもご一緒にいかがですか?」

 イオンは、ティア達のほうを振り返り、微笑む。

「ほう、良いですな」

 コゲンタが微笑んで言った。

 そしてイオンは、ジェイド達にも笑顔を向ける。

「それは素晴らしい♪ とても嬉しいお誘いですが……。申し訳ありません、イオン様。ちょいと野暮用がありましてねぇ。ほら、私、一応は師団長じゃないですかぁ♪」

 ジェイドは、爽やかな微苦笑と共に頭を垂れた。

「……申し訳ございません、イオン様」

 そして、マルコは無表情で慇懃に敬礼する。

「そうですか……?」

 少し残念そうな顔をするイオン。

「イオンさま! ワタシ、うーんっと、おいしー紅茶を淹れますねっ! コーカイすんなよぉ~。大佐に少佐♪」

 アニスは、ぴょん……と跳ねるように元気良くイオンの前に出ると、寂しそうに陰る彼の顔を覗き込み微笑んだ。そして、ジェイド達にイタズラっぽい笑みを向ける。

「おやおや、それは口惜しい! 私、その口惜しさをバネに……お仕事、頑張ります♪ それでは皆の衆! 撤収~!」

 ジェイドは、ラフな敬礼と共に、軽やかな足取りで船室へと戻って行った。



 そしてルーク達は、昨日と同じようにイオンの船室でお茶を飲んでいた。

 そのお茶は、イオンの言う通り、オレンジに似た爽やかな風味の口当たりで、ルークも初めて飲む味だった。

「ルーク……」

 不意にイオンが、カップを皿に戻すと、改まった様子でルークに向き直った。

 ルークは嫌な予感がした。

「あんだよ……」

 また、拝まれるのではないかと身構える。

「今回の事、本当に感謝しています……」

 イオンは微笑みながら、視線をルークの顔からカップの内に残る紅琥珀色のきらめきに彷徨わせて続ける。

「貴方のおかげで、戦が……何の罪もない人達は、もちろんですが……罪を抱えた者も無意味に命を落とす様な悲しい出来事を、きっと避ける事ができます。本当に、ありがとう……」

 イオンは、その場で深々と頭を下げる。ルークは、そのまま紅茶カップに顔を突っ込んでしまうのでは心配になった。

 それはともかく、拝みはされなかったものの、ルークは再びいたたまれない気分にさせられてしまった。

 ルークは思わず、「これで何度目だよ? なんかオレに恨みでもあんのか……?」と考えたが、相手が『人の好い人間の代表選手』のような人物である事を思い出し、胸中で首を横に振ると、

「べつに……、オマエらがオレたちをバチカルまで連れてく……。うんで、オレがオマエらを伯父上のトコに連れてく。それで“かしかり”なしだろ? 流石にしつこいぜ、イオン」

 ルークは、あえて“呆れ”を強調して“なんでもない事”のように言う。

 イオンは一瞬ルークの言葉に面食らったような顔をしたが、何かを噛み締めるように瞳を閉じると、

「はい、ルーク。はい……」

 花が咲くように微笑み、頷いた。

 ルークは、そんなイオンに内心“呆れ”てしまったが、不思議と悪い気はしなかった。

「なにニヤニヤしてんだよ。ウゼぇぞイオン!」

「すみません、ルーク。ルークと話していると……なんだか無性に嬉しくなってしまって。ふっ……ふふふ」

「はぁ? なんだそれ……」

 それは、平凡でありがちだが何にも換え難い、穏やかな小春日和のひと時だった。


 しかし、そんなひと時は長くは続かない。


 ひたすらに、不安と焦りを駆り立てる騒々しい警鐘の音で、脆くも崩れ去ってしまった。

「なん……だ!? っせぇ音……」

「これは……」

 ルークは、頭の奥にこびり付くように響く耳障りな音によって、不安に駆られて立ち上がり、イオンは顔と身体を強張らせる。

「警報か?」

「はい、恐らく」

「イオンさま……」

 油断無く立ち上がるコゲンタとティア。

<総員、第一戦闘配置! 総員、第一戦闘配置! 敵は上から来る! 敵は上だ!>

 ティアの足下では、ミュウが身体中の毛を逆立て、しきりに首を動かして怯えている。

 そして、アニス素早くイオンに寄り添う。

「敵……?! ティア……!」

 突然の異常事態への不安と恐怖、何より彼女……ティアを気遣う感情が、ない交ぜになった複雑な表情のルーク。
 ティアは、そんなルークに努めて優しい微笑みで頷く……が、それが精一杯なのか彼女の唇からは言葉は出てこない。

 ルークは、何か言うべきか言葉を探すが、遥か頭上から連続して降り注ぐ大気を揺さ振るような轟音が邪魔をする。

「今度は砲声かの……? いよいよ唯事じゃあない……」

 轟音……対空砲の炸裂音。
 コゲンタは天井を……いや、さらにその上で逆巻いているであろう爆炎を眉をしかめて睨む。

「イオンさま。ワタシ、様子を見て来ましょうか……?」

 アニスは青白い顔を固くしながらも、状況を打開しようと決意した表情でイオンを見つめる。

 しかし、イオンは彼女の小さな肩に、そっと両手を置くと、首を横に振った。

「いいえ、アニス。いくら貴方でも下手に動き回るのは、かえって危険です。これは使えないでしょうか?」

 壁に備え付けられている『遠声管』に近付くが、巨大な城門を勢いよく閉じた様な大音響がイオンの歩みを止めた。

 そして、音は一つでは終わらない。思わず見上げた天井の遥か上で断続的に五回ほど響きた。

 続いて聞こえてくる、無数の魔物と戦人の咆哮、軍靴の響き、悲鳴、怒号、破砕音、剣戟音

 戦の音……

 殺し合いの音だ……

「今度はなんの音だ!? ヤラれたのか!?」

「爆発ではなかったようだが……」

 悲鳴に近い声を上げたルークを、コゲンタは宥めるように努めて冷静に言った。

「この音、もしかして『カゴ』……?!」

「籠って……!? あの『カゴ』の事ですか!?」

 ティアは、音の正体の心当たりを口にする。それを聞いたアニスは、狼狽したような声で言った。

 『カゴ』とは、文字通り長方形の籠状の物体で10人から15人の完全武装の神託の盾の騎士が乗り込む兵器の一つだ。

 『カゴ』の上面部の四つの端に頑丈な鎖を括り付けられている。その鎖を巨大な翼で天を自在に飛ぶ魔物『グリフィン』に持たせて、目標地点すなわち敵陣のど真ん中、城塞の中、敵艦の甲板の上に、空から投げ捨……もとい降下させ、騎士団を展開させるという非常に攻撃的な物だった。

 その『カゴ』が使われているいう事は……

「《特務師団》が……」

 確かに『カゴ』は、神託の騎士団の兵器だが……騎士団全体が使える訳ではない

 何故なら、生還率が異常に低いからだ。

 使うとすれば、とりわけ強い信仰心と高い戦闘能力を持つ者で編成された《特務師団》だけなのだ。

 つまり今現在、タルタロスは、少なくとも神託の盾の騎士団の二つの部隊に攻撃されているという事だ。

 ライガやグリフィン、ドレイクなどの魔物を操り戦う、

 『妖獣のアリエッタ』率いる《第三師団》

 そして、味方の支援を受けられない状況での強行偵察、要人の救出、あるいは暗殺などのありとあらゆる“不可能”と思われる任務を遂行し達成する最精鋭部隊……

 それが『鮮血のアッシュ』率いる《特務師団》

 ……である。

「そんな……、すぐに止めなくては……!」

「ダメです! ダメですよ! イオン様!! あぶないですってば!!」

 その時、船室にノックの音が響く

 息を飲む一同

「どなたかな?」

 コゲンタは、壁に張り付き、妙に優しい声音でノックに応じた。無論、手はワキザシの鞘に添えられている。

「私です……。私ですよ……」

 扉の向こうからくぐもっているが聞き覚えのある声が聞こえてきた。前もこんな事があったような……

「私ですってばぁ……」

 声の主は、わざとらしい調子で続ける。

「ジェイド!」

 イオンは、ほっとしたように声を上げ、

「良かった。来てくれたのですね。アニス、鍵を……」

とアニスを手招きする。

「じゃじゃーん♪ カーティスさんちのジェイドくんは、鍵を持っていなくてもダイジョーブ! そんな事よりも、御無事で何よりです、イオン様。では、不躾ですが、失礼いたします」

 だがアニスが鍵を開けるその前に、ジェイドは細い針金のような工具を懐にしまいつつ、船室に入ってきた。

「ジェイド。一体何が?」

「敵か!? 魔物か!? ダイエーシとかいうノの仕業か!?」

 イオンとルークがほぼ同時に言った。

「ふぅむ、流石はルーク様♪ ビンゴです。恐らくその全部でしょうねえ♪」

 ジェイドは、いつもと変わらぬ調子で言い、

「ダアトから見れば、我々は導師をかどわかした極悪人ですから♪ 『皆殺しの特務師団』が来るであろう事くらいは、予想していましたが……」

 と、とんでもない事を口にした。

「マルクト国内で……あまつさえ、イオン様が何処にいらっしゃるのか解らない段階で、『カゴ』を落とすは、魔物を放つはするとは思ってもみませんでしたよ♪ なんという荒業! 恐れ入りましたよ……」

 ジェイドは、心底感心したように言った。感心している場合なのだろうか?

「和平交渉のために、艦の防御兵装の類を半分以上取り外してしまいましたからねぇ~。世の中、全て上手くいくようにできていない物なんですねぇ。けれども大丈夫です。私もマルコ達も、まだまだ諦めていませんから! イオン様、そしてルーク様、それに皆さんも、諦めない心の準備はよろしいですか?」

 ジェイドは、後半を励ますような口調に変えながら言った。

「カーティス大佐……具体的にはどうするのですか?」

「そうですねぇ……。こんなのは、いかがでしょう?」

 顔色は蒼白だが、努めて冷静な口調と表情で質問するティア。
 そんな彼女とは対照的に、何時もと変わらない柔和な表情と口調で、休日の予定でも話すかの様にズレてもいない眼鏡を右人差し指で直しつつ切り出した。

「まずは、プランA! 私が皆さんを迎えに行く時間を稼ぐために、少ない人数で踏ん張ってくれているマルコ達と合流します。その後、アレックス達のいる艦橋に立て籠もります。先ほど申しました様に、此処からはセントビナーが近いですからね。神託の盾の皆さんもあまり時間をかけたくないはずです。まさに、意地の張り合い♪ 我慢比べという事になります♪」

 気取った仕草で、そのまま人差し指を立て皆の注目を集め続けるジェイド。

「もしくは、プランB! このまま通風ダクトに潜り、マルコ達に陽動になってもらいタルタロスを降ります。運の良い事に、もう少しで我が軍の駐屯地があるセントビナーの領内ですから、そこまでダッシュというわけです。もちろん、マルコ達を見捨てる形になりますがお気に為さらず、彼らも、その可能性がある事は事前に打ち合わせしてありますので。最後の一兵となるまで立派に陽動を務めてくれるでしょう」

 ジェイドは、ごくごく当たり前の事を言うような口調で微笑む。

「そんな……」

 ジェイドの余りと言えば余りの言い草に、イオンは表情を曇らせた。

 しかし、ジェイドは苦笑するのみで特に言い繕う訳でもなく、さらに続ける。

「まぁ、何をするにしても“まるっと全員”は助からないのです……」

 ジェイドは肩を竦め、少しだけ寂しそうに達観的に微笑む。

 そして、その微笑みを優しい物に換えて真っ直ぐにイオンを見つめ口を開く。

「……ですが♪ 個人的にはプランA! がオススメですよ。やっぱり犠牲は少ない方が、絶対に良いですよね?」

「プランAで行きましょう」

 イオンが、真顔で頷いた。

「決まりですな」

 コゲンタは、ティアと頷き合った。

「イオン様を『人質にとる体での寸劇』を行いながら突撃すれば、意外にすんなり突破できるかもしれませんよ」

 ジェイドは、「グッドアイディア!」というような表情で呟いた。

「導師イオンの頭の上に『カゴ』とやらを躊躇いなく落とすような連中に通じるとは思えませぬがのぅ……」

 コゲンタが、冗談なのか、本気なのか分らない発言に呆れたように言った。

「う~ん。やっぱりそう思いますかぁ?」

 ジェイドは、大げさに腕を組んで言った。

 その時、ルークが声を上げた。

「なんでもイイから!行くなら行こーぜ!! こんなトコロに、いつまでもいたらヤラれちまう!!」

「ルーク、落ち着いて。貴方は、私が護るから……」

 焦れたように強い口調で言うルークに、ティアが努めて冷静に優しく言った。

「ティア……! オレ……は、その……」

 ルークには、その言葉がひどく悲しく聞こえた。ティアに何か言ってあげたいという気持ちが動くが、やはり上手い言葉出てこなかった。

 その時、コゲンタが、ルークの肩を軽く叩いた。

「隊列は、大佐殿が先頭という以外は、『森』の時と同じでよろしいな?」

と、いつも通りの顔と声で言った。

「ああ……」

 ルークは、「おっさんは怖くねぇのか?」と思いつつ、返事をした。

 そんなルークに、イオンが沈んだ声を掛けた。

「すみません、ルーク。ぼくの所為で、とんでもない事に……」

「べつに、オマエが悪いワケじゃねぇだろ。自分のせいじゃないコトまでアヤまんなよな……! ウザいだろ? さすがに……」

 イオンの唐突な謝罪に、呆れて良いのかイラついて良いのか解らないルークは、詰まらなそうにそっけなく肩を竦めるだけに止めた。

「アヤまるヒマがあんなら、このバカさわぎ片づけるコト考えろよな!」

「ルーク……。はい……」

 イオンは、一見粗野で気遣いの欠片も無いルークの言葉を噛み締める様にに頷き、ぎこちなく僅かに微笑んだ。


 ジェイドを先頭に、船室から慎重な足取りで通路へと出る。

 しかし、ジェイドはすぐに足を止め、後ろ手にルーク達へ静止の合図を送って来た。

 息を飲むルーク。

 コゲンタが、ワキザシの鯉口を切る音が妙に響いて聞こえ、思わず自分も腰の剣の柄に手を伸ばす。

 皆の沈黙、殺し合いの喧騒、魔物の咆哮が、ルークの心から余裕をジリジリ……と削り蝕む。

「最初の方、どうぞ~♪ 鍵はかかっていませんよ~」

 ジェイドが者前の扉ににこやかに語り掛けた。

 カチリ……と小さな音と共に、ゆっくりと分厚い扉が開く。

 そこには、血のような赤い縁取りがされた白い法衣を静かにはためかせた一人の神託の盾の騎士が、ルーク達の目の前に姿を現した。

 背丈は尋常で、ルークとさほど変わらない騎士だった。


 しかし、被った鎖頭巾と顔の大半を覆い隠す黒い覆面の間から覗く眼光は鋭く、ガラス玉のような無機質な光を宿している。

 状況的には導師であるイオンの救出部隊であるはずの騎士は、異様な事にイオンやルーク達にも目もくれず、ジェイドを真っ直ぐに見詰めている。

「お会いできて光栄だ。マルクト帝国軍第一師団 師団長 ジェイド・カーティス大佐。それとも、『骸狩りのバルフォア』あるいは『マルクトの死霊使い』と、御呼びすべきかな?」

 騎士は、言葉の意味とは裏腹に、まるで感情の起伏を感じさせない静かな声で言った。

「『骸狩りのバルボォア』……!? ジェイドさんが『マルクトの死霊使い』……?!」

 ティアが、僅かに眼を剥いて驚嘆の声を漏らす。

 ルークには、その字名と彼女が驚く意味が解らなかったが、あまり好ましい意味の名前ではない事だけは理解できた。

 すろとジェイドが後ろ手に親指を立て、ルークとティアに頼もしく微笑み掛けた。

「いやぁ、私もすっかり有名人になったようですねぇ。コツコツとハッタリをカマした甲斐があったという物です♪」

 騎士に向き直ったジェイドは、照れくさそうに頭を掻きつつ笑い掛けた。

「貴官が戦乱の度に、骸を漁るという悪い噂、我々も耳にしている」

 騎士の無機質な瞳に、一瞬“軽蔑”と“同族嫌悪”の光が灯って消えた。

「うぅん、託児所の前のお花畑を世話してたりもするんですがねぇ? まぁ、それはそれとして、そういう貴方のお名前を教えて頂けますか?神託の盾の騎士様♪」

 困ったように苦笑して、腕を組むジェイド。そして、そのまま小首を傾げて、騎士に笑い掛けた。

「神託の盾の騎士団 特務師団 第一強襲部隊所属 セルゲイ・レオーノフ響手。『導師イオンをかどわかした賊を処刑せよ』という命令を受けている。死んで頂く……」

 騎士……セルゲイは名乗るやいなや、闇のように真っ黒で肉厚な短剣と共に、成獣ライガに勝るとも劣らない闘気と氷のような殺気を抜き放った。
 



 諸々の事情が有りまして更新が遅くなりました。本当に申し訳ありませんでした。

 オリジナルの用語や設定、登場人物が頻出する忙しない話でしたが、如何だったでしょうか?

 ラルゴの登場を期待していらした方は、申し訳ありません。彼の登場はもう少し後になります。

 因みに、原作には名前くらいしか登場しなかった特務師団ですが、拙作に登場する彼らは、命令さえあれば、いつでも、どこでも、どんな方法でも殺しにいくし、死ににいくという感じの冷戦時代の特殊部隊と狂信的だった一部の十字軍を掛け合わせたようなイメージで描けたらと思います。

 展開も筆も遅いですが、今後ともご意見、ご感想のほどよろしくお願いします。


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第27話 血に染まる白刃 血に染まる艦

 この回は、流血の描写が多く書かれています。

 苦手な方はご注意ください。



 睨み合うジェイドとセルゲイ。

 ジェイドの妖しく光る赤い瞳と、セルゲイの硝子細工の様に冷たい無機質な灰色の瞳が交差する。


 冷気が立ち込める様な感覚

 そして、外の喧騒が掻き消される様な感覚

 徐々に熱を奪われる様な寒気と、無音の耳鳴りにルークは眉をしかめる。

 そんな事、ルークと言えども錯覚だと理解している。

 しかし、確かにジェイドとセルゲイを中心に熱と音が削ぎ落とされるのを感じていた。


 先に動いたのはジェイド。


 彼の朗らかな声と、小首を傾げる可愛らしい仕草によって、ルークはやっと冷気と無音の支配する異界から現世に引き上げられた。

「ところで♪ 他の方達は御顔を見せて頂けないのでしょうかねぇ? 失礼ながらセルゲイ響手御一人で、この『イオン様とルーク様の愉快な仲間たち☆』を相手取るのは、ちょいと大変だと思われますがぁ?」

 まるで親しい者に、この後の予定を気さくに尋ねるにジェイドは微笑む。

「貴官に譜術を使う暇を与えなければ、他はどうとでも……」

 セルゲイもまた、何でも無い事のように静かに口を開く。

「……成る!」

 言い放つや、彼は右手に握った短剣の切っ先を素早くジェイドに向けた瞬間

 ひょうっ

 ……と、鋭い風切り音を伴い短剣の刀身がジェイドの心臓めがけ疾駆した。

 だが

 その次の瞬間、人の頭部ほど大きさの真空の刃が突如して球状に渦巻き、飛来する刀身を包み飲み込んだ。

 いくつもの魂を吸い取って来たであろう黒い虚ろな刀身は、獲物の身体を穿ち赤黒い血と魂を吸い出すその前に、自らよりも遥かに鋭くしなやかな刃の乱流によって粉々に刻み砕かれ、床に虚しく散らばり果てた。

 見れば、腰に手を回したジェイドの顔の前に風の譜術『エアスラスト』の掌大の譜陣が、淡い葉翠色の輝きを放って回転している。

「中級譜術を無詠唱で……しかも、ああも無造作に……だと」

 セルゲイは無表情でジェイドを睨み付けながら、拵えから刀身の代わりにバネが伸びた形となった短剣を放り捨てる。

「……なるほど、“噂通りの怪物”というわけか……」

 彼は静かに頷き、短剣をもう一振り引き抜くと、淡々と続ける。

「だが、“噂以上”という程ではない!!」

 何の予備動作も無く振るわれたセルゲイの短剣。その刀身が閃き、青白い音素の光弾が、またしてもジェイドめがけて一直線に奔る。

 それと同時に、セルゲイの背後から二つの白い影……彼と同じく、赤い縁取りの法衣を身に纏った二人の騎士が短剣を手に躍り出た。

 二人の騎士は、音素の光弾に勝るとも劣らない素早さで、自分達の冷たく鋭利に研ぎ澄ませた殺意に射抜かれてなお、柔和に微笑む不気味な怪物の心臓に黒い刃を突き立てんと殺到する。

 怪物……いや、ジェイドは一瞬にも満たない刹那の早さで、両掌から手槍を光と共に出現させた。

 大人の腕ほどの長さしかなく槍としては心許ない短い槍だったが、その身に成獣ライガが操る紫電に敗けない電光を纏い、主であるジェイドの手によって文字通り電光石火の速さで突きを繰り出した。

 チチチチ……と、無数の小鳥がさえずる様な可憐な音を奏でているにも関わらず、渦を巻く様に槍の上を無う電光は、音素の光弾を無造作に擂り潰し、二人の騎士が咄嗟に出した熟達の防御と頑強なはずの帷子を無慈悲に喰い破る。

 二人の騎士の身体は、紫電を纏った無惨な砲弾と化して、セルゲイの両脇を唸りを生じる速さで擦り抜けて、艦内通路の壁面に強かに叩き付けられた。

 胸板から手槍を生やしたまま崩れ倒れる仲間には一瞥もくれず、セルゲイはジェイドめがけ二度、三度と、再び短剣を振るい光弾を繰り出すと同時に、火薬の炸裂を思わせる凄まじい踏み込みでジェイドとの間合いを一気に駆け抜け肉薄する。

 微笑んだままのジェイドは先程の手槍より一回り長い槍を、やはり刹那の内に出現させると危うげなく短剣の一閃を受け止める。

 セルゲイの短剣がまるで生き物のように、隙あらばジェイドの指、手首、首筋を撫で斬りにせんと槍の上を這い回る。
 ジェイドも負けじと、手槍を巧みに動かし、黒い刃をいなし、弾き、刃筋を狂わせ、セルゲイの執拗な攻撃を防ぐ。

 ジェイドの両脚が、その場に止まった。

 その瞬間である……

 仲間が倒されたのを目の当たりなしても、揺らぎもしなかったセルゲイの無機質で無感情な瞳に、喜色の色が僅かに瞬いた。

 訝しむジェイドだったが、自身の頭上……いや、それよりも少し後方……に希薄な気配が姿を現し蠢くのを感じた。

 そして、カチリ……と剣の鯉口を切る鍔鳴りの音も捉えた。

「皆さん、上です!」

「上から!」

 ジェイドはセルゲイの刃を受け止めながら叫び、物音に敏感なティアも声を上げ、その場に二人の警告が
重なり響く。

 ルーク達の頭上を縦横に這う大小様々な配管の間から、二つの乳白色の影が躍り掛かってきた。

 咄嗟にイオンとティアを庇うように飛び退くルーク。

 ルークが数瞬前までいた空間を、光をほとんど反射しない黒い刃が通過した。

 二つの影は、やはりセルゲイとほとんど同じ格好をした騎士だった。

 ゆっくりと体勢を立て直した二人の騎士が手に下げた短剣は、光を返すはずのない黒い刀身だったが、ルークには妖しく煌めいて見えた。

 自分を睨み付けてくるギラつく騎士の双眸に、一瞬怯んだルークだったが、すぐさま剣の柄に手をかけた。

 しかし、騎士にとっては、その一瞬で十分だった。

 ルークの首筋に向けて、黒い刃が閃く。

「っ……ルーク!」

 ティアは、杖を握り絞め、ルークと騎士の間に滑り込む。

 ティアの杖と黒い刃が火花を散らす。

 一瞬の拮抗。

 しかし、騎士は片腕だけで軽々と、ティアの杖を彼女の身体ごと跳ね退け壁に叩き付けた。

「ティアぁ……っぁあぁぁっ!」

 ルークは、半狂乱になりそうな心をねじ伏せようと叫びながら、抜剣し、騎士に突き入れる。

 不恰好で力任せだが、侮れない鋭さを持ったルークの突きを、騎士はルークの剣に比べれば小さなナイフで難なく受け止め、打ち払った。

 鎖頭巾と覆面の間から覗く騎士の双眸が、嘲笑うように僅かに歪んだ。

 なんとか剣を取り落とさなかったルークだったが、未だかつて向けられた事のない種類の視線にたじろぎ震える。

 そんな数拍もない一瞬。

 目に見えるほど大きな純白の雪の結晶が一つ、騎士の鼻先に舞う。

 いや、違う……

 それは雪の結晶ではなかった。

 それは……

 『譜陣』

 ……だった。

 極小で細密な『譜陣』。

 ルークもライガの巣穴で見た覚えがある。

(たしか……『エナジーブラスト』だっけ?)

 ルークが胸中で妙に冷静に呟いき、視線の端で前方で敵と対峙するジェイドの足元が僅かに音素で輝いているのを見とめた瞬間、譜陣は炸裂し騎士の顔面を純白の爆炎で強かに打ちのめした。

 騎士は、僅かなうめき声を漏らしながら二歩、三歩とたたらを踏み、体勢を崩した。

 騎士もさる者で不意の攻撃を受けたにも関わらず、両手の武器を手放さない。

 しかし、その覆面に覆い隠した表情を苦痛と血を滲ませながら、歪めている。

 一瞬、前後不覚に陥った視線を彷徨わせた騎士だったが、すぐにルークとティアを睨み付けた。

 ルークは息を飲み、咄嗟に身構えるが……

 緩やかな反りを持った細身の白刃が、騎士の覆面と法衣の間に、ぬっ……と刺し込まれる方が早かった。

 ルークには、何が起こったのか訳が解らなかった。

 気が付いた時には、目の前で人が一人、首筋から夥しい血を流しながら倒れ、その側にコゲンタが立っていた。

 この光景を作り出したであろうコゲンタの背後には、自分の短剣を喉と脇腹に突き立てながら、力なく壁に寄り掛かる騎士が、虚ろな表情でこちらを見詰ている。

 やはりルークには、何がどうなったのか解らなかった。

「さ? さ……し? 刺し……た?」

 それが考えが回らない頭で、やっと導き出した答えだった。

「ルーク殿! 少なくとも今だけは気を確かに! ティア殿は大事無いか?!」

「はい、なんとか……」

 ティアは壁に強く打ち付けられた肩を抱きながらも、コゲンタに頷き返し血溜りを踏まないよう注意しつつ、茫然としたままのルークに寄り添うように移動し、杖を油断なく構える。

 ルークは茫然としていたが、目の前に現れたティアの背中に「情けない……」と自覚しながら安心した。

 しかし、それと同時にみぞおち辺りに言いようのない不快感が“わだかまって”いるのに気が付いた。

 悲鳴と一緒にその“わだかまり”を吐き出してしまえた方が、きっと楽だったろう。

 しかし、ルーク自身不思議だったが、それを悲鳴と共に『やり過ごす』事ができた。後は不快感と戦いながら、茫然とする事しかできなかった。


 そして、茫然自失なのはルークだけではなく、イオンもだった。

 左右の瞳に望まずとも映し出される四つの亡骸。

 無惨に血赤に彩られる物言わぬ亡骸。亡骸から流れ出る血が赤い生き物のように広がっていく。

 イオンが『導師イオン』として行動した事の結果の一つ。

 それは“善意の行動”のはずだったのに……!

「もう……!」

 イオンは膝が震え、跪いてしまいそうになるのを杖で無理矢理防いで、アニスとコゲンタの脇をすり抜けると、叫んだ。

「もう、良いでしょう!? セルゲイ響手!」

「イオンさま!? あぶないです!!」

 イオンは、彼を自分の小さな身体の後ろに引き戻そうとするアニスを手で制して、文字通り、ジェイドと鎬を削る殺し合いを演じているセルゲイに向かって、真っ直ぐに語り掛けた。

「どうか、この場は通してもらえないでしょうか? もう勝敗は決しています。これ以上無益な血を流す事は無いはずです。どうか……」

 イオンの精一杯の気持ちを込めた言葉だった。

「ふ、確かに……」

 セルゲイは瞳を和らげると、ジェイドの手槍と絡め合っていた短剣の動きを止めて、腕の力を抜いた。

 イオンは、自分の想いが通じたのだと感じ、さらに言葉を続けようと息を吸った。

 その一瞬の事だった。

 先程の火薬の炸裂音のような大音響とともにジェイドの長身が大きく跳ね飛ばされた。

 だが、ジェイドはダンスのステップでも踏むように危うげなく、イオンの目の前に着地した。

「いやぁ、実にお見事なクンフ~ですねぇ。こちらの力の弛緩とわずかな体重移動を利用した妙技。これがいわゆる所の『スンケー』ですか? 槍と手がグワン♪ グワン♪ 言ってますよ! ふぅむ……実に興味深い」

 ジェイドは、手槍を軽快な手付きで左右に持ち替えながら、目の前の敵に爽やかに笑い掛けた。

 一方のセルゲイは突き出した拳を解き、短剣を持ち直すと口を開いた。

「導師イオンの仰る通り、我々の負けのようだ。たった一人で、ジェイド・カーティスを殺すのは、荷が勝ちすぎている……」

「セルゲイ響手……? 何を……」

 諦めたような言葉を呟きながらも、構えを解かずにいるセルゲイの意図が読めないイオンは、困惑する事しかできない。

「……ですがあぁぁ!!」

 その瞬間、セルゲイの足下が爆ぜた。
 先程以上の踏み込みと全身の筋肉を総動員させた爆発的な一刀をジェイドへ向けて、繰り出した。

 ジェイドは、刹那の速さで槍を繰り出し、迎え撃つ。

 セルゲイは、吸い込まれるように槍の穂先へ向かって突進する。

 何を思ったのかセルゲイが短剣を放り捨て、金属同士がぶつかり合う甲高い音が通路に響いた瞬間、

 鋭い鋼鉄の穂先が


 騎士の法衣を


 帷子を


 皮膚を


 筋を


 骨を


 容易く貫いた


 セルゲイは身体を刺し貫かれて尚、ルークの引きつった短い悲鳴も、イオンの嘆きの声も、槍を伝い零れ落ちる血も、熱さを伴った激痛も、一切を無視して踏みにじるようにジェイドに向かって歩を進め……

 ついには、セルゲイの右手が、ジェイドの右手首を握り潰さんばかりの勢いで掴み取った。

 見れば、セルゲイの空いた左手の平には薄灰色の小さな立方体が握られていた。

 その刹那……とっさの判断、その立方体を手榴弾と見たジェイドは、あえて手榴弾を掴み譜術で覆って処理しようと音素を集め、錬る。

 しかし……

「貴官の……譜術だけは……道連れにさせて頂く……!!」

 と、血泡を吐き散らしながら叫んだセルゲイの手の内で、立方体が鈍い灰色の光を放って破裂した。

 渦を巻く無数の白い光の筋は、絡み合い、折り重なり……

 幾百の連環に

 幾千の手枷足枷に

 幾万の呪いとなって、ジェイドの腕に、脚に、瞳に、肺腑に、心臓に、細胞の一つ一つに、音素の一つ一つに、絡み付き締め上げ、力という力を蝕み奪っていく。

「まさか、『封印術』……!? こんな……強過ぎる……!」

 ティアが驚愕の声を上げた。

 彼女の声で、半ば我に帰ったルークだったが、彼女の言う『封印術』がなんであるのかは解らなかった。しかし、“良くない物”だという事だけは理解できた。

 コゲンタが、いち早くジェイドに駆け寄るが、

「その光に触れては駄目……! 危険な物です!」

 というティアの制止の声に、一瞬踏み止まる。

「ティア! 借りる!」

 ルークは言うやティアの持つ杖をひったくるようにして握ると、光に包まれつつあるジェイドに向かって駆け出した。

「やっあぁぁぁっ!!」

 ルークは振りかぶった杖を、ジェイドとセルゲイとの間に突き入れ、思い切り振り抜いた。

「っ……くぅっ!!」

 ルークは、予想以上に重い手応えに眉をしかめながらも、杖を振り切った。

 ジェイドが膝を突くと同時に、がしゃり……と重々しい金属質の騒音と共に、光に包まれた上に身体に槍を刺したままのセルゲイが倒れ伏した。

 光が霧散して晴れると、そこにはセルゲイが力なく血溜りに沈んでおり、

 ぐつぐつ……と、口から濁音を漏らしながら、一言ごとに血の塊を吐き出しながら笑っていた。

「ふ、ぐっ、ふ……ふ……たった……五に……ん、で死霊……使いの、譜術を……道連れ……か……ぶっ、ぐっ……」

 息をする事さえ苦痛であろう事は、誰の目にも明らかなほどの重傷にも関らず、セルゲイはさらに血の塊と共に言葉を吐き続ける。

「悪く……な、い……」

「うーん……ふふふ♪ 悪くありませんねぇ♪」

 かすれたセルゲイの声に、膝を突いたジェイドの妙に優しげな声が重なる。

 そして、彼は乱れた長髪を掻き上げつつ、立ち上がり続ける。

「私などのために『封印術』なんて物を用意して戦いに臨んで頂けるなんて、嬉しいやら、恥ずかしいやらで、言葉がありませんよ♪」

 肩を竦めて、はにかんだ様に苦笑すてジェイドは、倒れ伏すセルゲイに無造作に歩み寄る。

「若輩者の私に、捨て身の攻撃をしかけ、見事に成し遂げられたセルゲイ・レオーノフ響手に敬意を表して……介錯は必要ですか?」

 ジェイドは、どこか慈しむような口調で言った。

「……た、のむ……としよう。地獄で……待って……い、るぞ……死霊使い」

 セルゲイはそれに一瞬眉を不愉快そうにしかめる。しかし、すぐに苦痛と皮肉で歪めた苦笑に変えて緩慢に頷いた。

 微笑み返すジェイドの手に現れた槍が、一瞬の内に騎士の心臓に打ち込まれ、その意識と命を刈り取った。

「うふふ……残念ですが、私は、地獄にすら落ちる事も許されないでしょう。なんちゃって……」

 ジェイドは、心から残念そうに、ずれてもいない眼鏡を直しながら苦笑した。




 今回の原作との相違点は、ラルゴが登場しない事でしょう。
 その理由は、あの状況で『優秀な軍人』が二人もいて、敵の生死も確認しないのは不自然ですし、かといってラルゴを早々と退場させるわけにもいかないので、こういう形になりました。
 ゲームでは制約の問題からなのかカメラワークではっきり見えないように誤魔化していますが、アニメの場合は、胸の真ん中……肋骨の下部から背中へ貫通しています。
 心臓が無事だったから助かった……
 みたいな事なのでしょうか?

 それはともかく、初めての対人戦闘でした。不快に感じた方も多いと思いますが、如何でしたか?
 自分で書いておいてなんなのですが、私は気分が悪かったです。

 では、今後ともよろしくお願いします。


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第28話 黒衣の騎士 鮮血のアッシュ

 この作品は、『劇場版 エスカフローネ』(監督 赤根和樹 主演 坂本真綾)並びに『キングダム・オブ・ヘブン』(監督リドリー・スコット 主演オーランド・ブルーム)をリスペクトしています。
 作品への敬意を込めて
 この作品には、残酷な描写が頻出します。ご注意ください。



 ルーク達が神託の盾の騎士と対峙していた頃、艦橋では……


「艦長……」

 隔壁の向こうから聞こえてくる喧騒の中、タルタロスの操舵手を務めるまだ若い少尉 ジャンポール・ジャスパンが、タルタロス艦長アレックスこと、アレクサンドル・プラィツェンの顔を救いを求めるように振り仰いだ。

「わき見運転は良くないな、ジャスパン少尉。君は仲間の事が信頼できないのか? 君も含めて皆、私の優秀な部下なのだよ。」

 アレックスは、自分よりも屈強な身体つきのジャスパンがまるで子供のように怯えている事に苦笑しながら、努めて冷静に言った。

「りょ、了解……!」

 少尉は、慌てて前に向き直り、言った。

「艦はセントビナーに向け、そのままの速度……最大船速を維持! 時間は我々の味方だ。君達の稼ぐ一分、一秒が仲間の命を救う手だてとなる。共に戦えないのは、歯痒いだろうが、よろしく頼む」

「了解!」

 アレックスの号令に艦橋にいる全員の声が重なる。

 アレックスは、絶えず注意を払っていた喧騒が少しだけ遠ざかった事にふと気が付いた。

 隔壁の外で敵と戦っている部下達が勝利したのだろうか?

 それとも、彼らが負け、全員殺されてしまったのだろうか?

 隔壁に阻まれ、当然その向こう側は見る事はできないのだが、アレックスはそちらに目を向けた。

 陽炎が見えた。

 ゆらゆら……

 と、頑強なミスリル銀と鋼の複合材である隔壁が、淡く儚く揺らめいている。

「なっ、これは……!? 艦長、お下がり下さい!」

 アレックスに遅れる事数秒、タルタロスの副長 パベル・オクチャブリスカヤも隔壁の異常に気が付き、声を上げると、剣の柄に手をかけ、彼の前に出た。

 すると唐突に、隔壁が光の粒……音素へと変わり、空気に溶けて消えた。

 ぽっかり……と、大きく口を開けた楕円形の穴から、斑に赤黒い法衣に身を包み、同じく赤黒い覆面と鎖頭巾で顔を隠した騎士が一人、赤黒い剣を両手に下げて悠然と姿を現した。

 いや、法衣や鎖頭巾、剣は初めから赤黒い訳ではなかったようだ。

 それは、全て返り血……

 もともと黒いはずの法衣や剣は、殺めた相手の血に染まっていたのだ。

「『鮮血のアッシュ』……」

 アレックスは、この黒衣の騎士が何者なのかを直感的に理解した。

「……こういう形で、お会いしたくはなかった。私は、この艦の艦長を務める……」

「黙れ……。テメエら、自害しろ」

 慇懃に名乗ろうとしたアレックスの言葉を、『鮮血のアッシュ』は、右手に持っていた短剣を彼の足下に叩き付けて遮ると、冷たい眼で見下ろすように言った。

 床に叩き付けられた短剣は、血で汚れているが、マルクト軍で支給される多用途ナイフだった。無論、隔壁の外にいたマルクト兵達も使用していた。持ち主はおそらく……。

「ほう……」

「何だと……!?」

 アレックスは僅かに唇の端を歪めて、微苦笑したのみだったが、パベルは眉をしかめて、『鮮血のアッシュ』を睨み付けた。

「その剣で自害しろと言ったんだ。せめてもの慈悲だ。俺に斬られるより楽だぞ……」

 『鮮血のアッシュ』決まりきった事を尋ねられて答えるような口調で、ため息を吐き、

「それに……この剣は、テメエらのようなこの世界の残酷さを知らない“屑”の血で曇らせるには惜しい業物なんでな」

 手にしている剣に目を落として、言った。

 剣は、百戦錬磨のアレックス達をしていったい何人斬ったのか見当も付かないほど、血脂が二重三重にこびり付いた凄惨な状態だった。

「貴様ぁ……」

 パベルは、『鮮血のアッシュ』の傲慢不遜な物言いに、気色ばむ。

「お断りしよう。我々にも我々の任務がある。貴方に果たすべき役割があるようにね……」

 アレックスが、冷静な声と手で副長の焦りと敵愾心を抑える。

「……人の厚意を無下にするとはな……。お里が知れるぞ、屑が!」

 『鮮血のアッシュ』は、心底呆れたように言うと、剣を一振りし、獲物を狙う獣の如く腰を沈め構えた。

「相手は一人! 囲め!」

 自らも抜剣したパベルが吠えると、艦橋要員達は操舵手であるジャスパンを残し、各々の剣を手に『鮮血のアッシュ』を素早く取り囲んだ。

 アッシュの真正面に陣取った長身のマルクト兵が気迫の声を上げ、その長身を活かして大上段から斬り下ろした。
 アッシュは、剣を素早く左逆手に持ち換えて、マルクト兵の斬り下ろしを真っ向から斬り上げて、弾き返す。
 そして、そのまま逆手にした剣を背後に回す様に突き放った。

「ぐっ……うぅっ!!」

 そこには、別のマルクト兵が、剣に腹部を突き刺されて、苦しげに呻いていた。彼の手から手にしていたナイフが落ちる。

「ちっ、背中から斬りかかるとはな。卑怯な奴だ」

 アッシュは、心底見下げ果てた様にため息を吐いた。

「まぁ、雑魚にはお似合いの戦法だがな。ところでどうした? 後ろの“屑”が邪魔で俺の動きは止まっているぞ。チャンスじゃないのか?」

 アッシュはほくそ笑みながら、マルクト兵に突き刺さった剣を、そのまま横薙ぎに切り裂いて振り抜いた。

 マルクト兵は腹部から血と内臓を流しながら、倒れ伏した。

「時間切れだ。さぁ、次は誰だ……?」

 アッシュは、息絶えた背後のマルクト兵には一瞥もくれずに笑いながら、艦橋要員達の顔を見回した。

「……かっ!!」

 妙に甲高い掛け声を上げ、小剣を持ったマルクト兵が、アッシュへ猛然と挑みかかった。

 マルクト兵は、間合いの短さを手数で補う様に鋭い踏み込みでアッシュに肉薄する。

 捨て身の勢いで無数の突きを畳み掛ける様に繰り出す。

 アッシュはしばらく受けに徹したが、マルクト兵の隙とも言えない隙……攻撃の一拍の間につけ入る。

 アッシュの全身のバネを活かして斬り下ろされた一撃が、それを受けたマルクト兵の構えを小剣ごと叩き潰した。

 マルクト兵の肩に折れた小剣の刃が食い込み、彼の面頬の裏の顔が苦痛と恐怖に歪んだ瞬間。
 返す刀で振り上げられたアッシュの剣が、彼の顎を喉ごと斬り割った。

 マルクト兵は、夥しい血しぶきを上げて右足を滑らせる様にして左肩から倒れ伏した。

「一騎打ちなどするする必要はない! 挟み込め!」

 パベルの激が飛ぶ。

 このタルタロスの乗員は、個々人の武力ではジェイドや六神将に敵うべくもないが、皆すべからく高度な軍事訓練を積んできた精鋭揃いである。
 仲間が切り捨てられたとしても、剣を持ち敵を前にしている以上、決して取り乱す事は無い。

 今は怒りを剣の切っ先に込めて、武力を底上げして敵を捕らえようと気炎を上げるのみである。

 それに呼応するようにアッシュの身体からも凄烈な気炎が湧き上がる。

 マルクト兵達の刃が一斉に閃いた。

 しかし、アッシュの獣を思わせる剽悍で柔軟さを極めた動きは、そのことごとくを躱していく。

 狭い艦橋内を縦横に飛び、跳ね、駆ける。

 戦場の狭さと数の上での不利を逆手に取って戦うアッシュの様は、その壮絶な戦歴を物語っているようだ。

 鍔迫り合いの最中、突如しゃがみ込んだかと思うと、相手の内股を斬り割り、手首を刎ね、喉を裂く。

 マルクト兵達は下手な糸繰り人形の踊りを思わせる動きをして、倒れ伏し息絶えた。

 仲間の上げた血煙を掻い潜って、先ほど一番に斬りかかった長身のマルクト兵が、剣を大上段に構え、挑みかかる。

 転瞬、アッシュの獅子の気迫をまとったような猛烈な肘打ちが、マルクト兵の身体に突き刺さった。

 その痛烈な肘打ちに、マルクト兵の身体が大きく飛び退いた。彼は剣を手放さず、腰を据え直したかのように見えたが、その口元からは血が滴り、その顔は呼吸がままならないのか徐々に青ざめていく。

 それでもマルクト兵は、声にならない呻きと血泡を吐きながらアッシュ目掛けて剣を振りかざす。

 しかし、その剣は振り下ろせなかった。

 無慈悲な赤黒い切っ先が、一瞬の内に彼の胸に五つの風穴を空ける方が数段早かった。

(凄まじい手並みだ……)

 アレックスは崩れ落ちる部下を見ながらも、素直にそう思った。

 そして改めて、直接的な戦闘要員ではなかったとはいえ、四人の部下を手向かいらしい手向かいも出来ずに、切り捨てた男を見る。

 アレックスは、顔を隠していて定かではないが、おそらく二十代下手をすれば十代……とにかく自分よりずっと若い、鮮血のアッシュがこれほどの殺刀を振るう事に憐みと嫉妬を覚えた。

 自分とは比べ物にならないほどの血風と剣林の下を掻い潜った事は想像に難くない。

「くっ、怯む……」

「パヴェル。すまないが、下がっていて貰えないか……」

 アレックスは、動揺を隠し切れない若い副官に苦笑しながら彼の肩に手をかけて……

「私がお相手しよう。これ以上部下を殺させるわけにはいかない……!」

 久方ぶりに戦場で腰のサーベルに手を掛けた。

 軍人として修練を怠ってきたつもりはないが、艦長という重責を言い訳にして……

 ひたすら高みを目指して鍛えて鍛えて、鍛え抜く……ような剣から遠ざかっていた自分に後悔を覚えつつ、一歩前に歩み出た。

「艦長!!」

 軍人にしては弱々しい悲痛な声を上げるパヴェルに、アレックスは微笑み返すと、静かに腰を落とすと、構えた。

 感情豊かなのは人間として好ましい事だが、軍人としてはこれを機に、少し落ち着いて欲しい所である。

 アレックスは、今から部下達の敵討ちをしようというのに、不思議とそんな他愛のない事ばかり頭に浮かぶ自分に苦笑した。

 そして、アレックスは素早く鯉口を切った。

 抜刀した瞬間、アレックスの目の前で世界が回った。

 得も言われぬ奇妙な浮遊感の中

 くるくる……

 くるくる……

 と、世界が

 回る。廻る

 アレックスは世界と共に回る視界の端で、驚愕と恐怖に染まる部下達の顔、サーベルを抜いた姿のまま、その場に立ちつくし、驟雨のように血を噴き上げる首なし死体、その背後に立ち、ゆっくりと剣を構え直す黒衣の騎士の背中を捉えた。

(あぁ駄目だったか……。カーティス、ロッシ、皆、すまない……)

 自分の敗北と最後を悟ったアレックスは、戦友と部下達に心の内で謝罪すると、彼の意識は闇へと消えた。



 艦橋にいたマルクト兵を全員を斬殺した『鮮血のアッシュ』は、一つ忌々しそうに舌打ちしながら、自身の長剣を掲げ、見つめた。

 ローレライ教団詠師用に作られた黒い長剣の切っ先が大きく欠けてしまっている。

“騎士の魂”

“武人の象徴”

 と尊ぶ者もいるが、アッシュにとって、それは勿体つけているだけの言葉遊びだった。剣……武器など所詮は消耗品の道具でしかないと思っていた。

 しかし、である。

 まさか、こんな名無しの“屑”どもに駄目にされるとは思ってもいなかった。

「ちっ……」

 再び舌打ちすると、長剣を放り捨てて手近な死体から剣を奪い取った。死体にはもう必要ない物だ。

 上級将校の持ち物だけあって、なかなか良いサーベルだ。“つなぎ”には丁度良い。

 それにしても、マルクト兵の武器が仲間のマルクト兵を殺すというのはなかなか皮肉が効いている。

 アッシュは、サーベルの刃の状態を検めようと、刀身を掲げた瞬間……


 背後に奇妙な気配を感じた。


 転瞬、振り向きざまにサーベルを気配目掛けて、薙ぎ払った。

 サーベルの刃は、確かに気配を両断した。

 だが……

 アッシュの両手には、流水を斬り付けたほどの手応えも伝わってこなかった。

「ちっ、また貴様か……!」

 そこには、“影”がいた。

 アッシュと同じような黒尽くめ、漆黒の甲冑と漆黒の外套。

 しかし、赤錆が各所に浮いた斑の甲冑は、返り血を浴びて斑になったアッシュの姿の鏡面存在……写身を連想させた。

『酷い有様だな。アッシュ……』

 写身は、若いのか老いているのか?

 男なのか女なのか?

 高いのか低いのか?

 哀しんでいるのか憤っているのか?

 判然としない不可思議な声で言った。

『お前も、彼らも……』

 写身は、声に“呆れ”と“憐れみ”を如実に滲ませて、アッシュと彼が手に掛けたマルクト兵達を順に見回した。

『お前なら、“ここまで”斬り刻まなくても殺せるだろう?』

 写身は言いながら、戦士の亡骸に敬意と哀悼を表して胸に右手を当て頭を下げた。
 そして、アッシュに顔を向ける事なく続ける。

『八つ当たりも良い所だな……』

「何の事だ……? これは任務だ。“全員殺せ”という命令だったからだ。他意はない」

 写身の漏らした悲しげな苦笑に、不機嫌に眉を顰めるアッシュ。

「それに、相手も必死だ。殺さなければ生き残れない!」

 それは、アッシュが抱くある種の『信念』だ。

 幼い日……あの日、あの時から、戦い続けてきた……いや、戦い“続けさせられて”きたアッシュが、辿り着いた『悟りの境地』だった。

 強くなければ生きられない

 強くなければ正しい事はできない

 自分は正しい事をしなければならない存在

 どんな事をしても、生き延びなければならないのだ……

『なるほど、上手い言い訳だ。もっともらしい』

 写身は、まるで舞台役者のように大仰に腕を組みつつ、兜を大きく縦に揺らして頷いた。

「なに……!?」

 アッシュはさらに眉を顰めた。

『つまり、お前は“命令されたからやりました。”“環境が悪くて正しい行いができませんでした。”と言いたいわけだな』

 写身は、わざとらしく指先で顎を撫でるかのように兜の面頬に触れて、苦笑せざるを得ないといった口調で首を傾げた。

『お前の立場で、その言い訳は些かつらいな。時代の濁流に身を任せる事しかできない、か弱く悲しい人々ならその“言い訳”でも通じるが……。いや、待てよ。見方によってはお前も悲しい人と言えるかもしれないな? 何故ならアッシュ、お前は……』

 しかし、再び振るわれたサーベルによって写身の言葉は遮られた。

「黙れ!」

 アッシュは苛立しげに言った。

 そして、サーベルの刃はやはり漆黒の甲冑を“通過”したのみで、アッシュの掌には、何の手応えも伝わってこなかった。

『酷い奴だな、アッシュ。友達が話をしているのに、剣で斬り付けるなんて……』

 写身は、真っ向から斬り付けられたにも関わらず、身動き一つせず、アッシュの凶行を幼い弟のやんちゃを苦笑するように言った。

『ふっ……まぁ良い。うまい“言い訳”があるからと言って、あまり殺すなよ。お前の内に……誰の内にもあるのだが……心の奥底の良心は、そんな“言い訳”でごまかせるほど単純な物ではない。それに……お前が悲しいと、私も悲しい』

 サーベルを持つアッシュの掌に再び力が籠り、その瞳に再び怒気で歪む。

『ふっ……、そろそろ消えるとしよう。意味がないとはいえ……流石の私もそう何度も斬られては気分が良くないからな』

 写身の姿が、陽炎のように揺らぎ始めた。その赤錆だらけの甲冑は、徐々にぼんやりとした物に変わる。

『では、またな。私の友達』

 写身は、アッシュに優しい言葉を残してゆっくりとした歩みで踵を返し、艦橋の壁に向かって歩き、そしてそれに溶け込むように消えた。

 アッシュはしばし、その壁を憤然と睨み付けていたが、何かを断ち切るようにサーベルを一振りすると、

「ちぃ! 目障りなまやかし人が……」

 いずれは斬って捨ててやる……そんな不穏な事を考えながら吐き捨てて、艦橋を後にした。



 アッシュ登場の回でした。
 拙作のアッシュは、ナタリアを想う人間らしい面を持ちながら、目的のためなら手段を選ばない餓狼のような面も持つという「被害者」なのか「加害者」なのか分からない……という私の印象を反映させています。如何でしたか?
 ファンの方には申し訳ない事をしました。この場を借りてお詫びします。



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第29話 戦う者の矜持


「大変長らくお待たせしました、イオン様。さぁさ、参りましょう♪」

 ジェイドは血に汚れた槍を光に変えて消すと、パチンッ……と小気味良く手拍子を叩くと、朗らかな笑顔でルーク達の方を振り返った。

「あ! そうそうルーク様♪」

 そして、ジェイドはルークの顔を認めると何かを思い付いたように掌を叩くと微笑み掛けると、

「助太刀痛み入ります」

 と、頭を下げた。

「しかーし……剣術使いといっても、兵士ではない貴方が“兵士同士”の戦いに首を突っ込んではペケですよ」

 そして、頭を下げたままの姿勢で、顔だけをルークに向け、鼻先で両手の人差し指を交差させてバツ印を作り、優しげに微笑んだ。

「トンチキな話ですが、正規の軍人同士の殺し合いは合法。時として褒め称えられちゃったりします。がしかし、いわゆる緊急回避でない限り、いくら戦場にいたとしても軍人ではない方が敵兵士と戦う事は違法行為です。犯罪なんです。ダメダ~メです!」

「はぁ……?」

 ルークにはジェイドの言っている事の意味が解らなかった。

 ルークの中では、どんな理由、状況であろうと人が死なない事が一番良いに決まっているのだが……この男は何を言っているのだろうか?

「貴方のお腰の剣の出番は、ご自分と近しい方……ティアさんとイシヤマさんがピンチの時だけ!という方向性でお願いします♪」

 ルーク、ティア、コゲンタの順に顔を見回し、そしてもう一度ルークを見るとジェイドは自分の腰を叩きながら言った。

「なんだ……? さっきからワケわかんねぇコトしゃべりやがって……! なんの呪文だぁ、そりゃぁ?」

 ルークは、八つ当たりのようだと思いながらも、怒らずにはいられなかった。

「助けてやったんだから、アリガトウのヒトコトもねぇのか!?」

「これは、ちゃっかり♪」

 ルークの言葉に、ジェイドは何処か嬉しそうに顔をほころばせると、

「もとい! うっかりしていました。ルーク様、ありがとうございました。ジェイド・カーティス個人として感謝します」

 慇懃に頭を下げると、いつもの胡散臭いものではない微笑みを浮かべた。そして、

「うふふ、ルーク様がもしもの時は、個人として味方しちゃいますので覚……期待してくださいね♪」

 と続けた。

「ふん……!」

 そっぽを向いたルークの視線の先で、顔面蒼白のイオンに寄り添うアニスが控えめに手を上げた。

 彼女自身も、血の気が失せて顔色が悪い。

「あの、すみません……。大佐にルークさま。いろいろ話さなくちゃいけないコトはあるんでしょうけど……」

 ぎこちない笑顔で、同じく……いやずっと顔色の優れないイオンの顔と疑問顔のルークを交互に見つめるアニス。

「とりあえず、ここを離れませんか……?その、ここ……空気とか悪いですし」

 アニスのちらちらと辺りを見る茶色の瞳に釣られて、辺りを見回したルークの闘いで昂ぶりで麻痺していた嗅覚に本来の役割を呼び戻した。

 濁った赤と、生ぬるい鉄の匂いがルークの鼻孔を通って頭脳を直撃する。

 喉の奥から込み上げてくる物を、歯を喰い縛って、どうにかやり過ごした。いかに、こんな状況でも、ティアやイオンの前で醜態を晒すわけにはいけない。

「あぁ、すみません! そうですね、移動しましょう。イオン様にルーク様、しばしのご辛抱を♪」

 ジェイドはルーク達の顔を見回すと、爽やかに微笑むと、ピシリッと頼もしく親指を立てた。

 とその時、

「ルーク……」

「ティア。その、ワリぃ……返すよ」

 ルークは、囁くような優しげなティアの声に慌てて振り返り、奪ったままだった彼女の杖を返した。

 両手で杖を受け取ったティアだったが、そのままの姿勢でルークを見詰てくる。その顔は、
怒ったようにも悲しんでいるようにも見えた。しかし、どちらにしても真剣な眼差しである事は、ルークにも分った。

「あんな無茶、あなたがしては駄目。駄目よ……」

「考えるより前にって言うか、トッサだったんだ!それにムチャなんかしてねーよ!してねーけど……」

 ルークは、ティアに非難されているように感じて、弁解しようと叫びかけるが……

「ねーけど、わかったよ……」

 ティアの真っ直ぐな眼差しに、気圧されたルークは弁解を飲み込み、素直に頷いた。

 ティアの騎士としての立場や意志は理解しているし、悔しいが自分の実力不足も一応解っているつもりだっただからだ。
 しかし、ルークはティアの眼差しから逃れるように扉の向こう側に続く通路を睨み付けた。
 と、その時

「まぁ、真打ちの出番はまだまだ先……。ルーク殿は王族様らしく『ドン!』と構えていて下されば良い、って話でござる。」

 ルークは、こんな時に、しかも自らの手で人を二人も死なせたコゲンタが平然と冗談めかした事を言う事に怒りとも悲しみともつかない感情を覚えたが、口には出さなかった。

 赤黒く汚れた通路を急き立てられるように後にしたルーク達は、ジェイドを先頭に、ティア、ルーク、イオン、アニス、そして殿にコゲンタという順番で、通路を無言で歩く。

「そ、そういやさ! ティア!」

 その沈黙に耐えかねたルークは、前を行くティアに話し掛けた。

「さっきアイツが喰らった光の攻撃……ふういん?なんとかって、ナンなんだ? ヤバい物だよな、大丈夫なのか?」

 ルークはティアの切迫した言葉を思い返しつつ、ジェイドを指差し首を傾げた。無理矢理切り出した話題であったが、気になってはいたのだ。

「あれは……」

「《アンチ・フォンスロット》ですよ。単純に封印術と呼ぶのがポピュラーですが。いわゆる『呪い』の様な物ですね♪」

 ティアの言葉に割り込むような形で、ジェイドのどこか楽しげな言葉が重なった。

「細かな仕組みや製法は省きますが、様々な形の『呪い』の儀式譜術を簡略化および超小型化した武器……半世紀ほど前の争乱の最中に開発、乱用された武器です♪」

「名前の通り、人の身体の音素の働きを弱めたり、乱したりして、戦えなくしてしまう物なの……」

 ティアがジェイドの説明を引き継ぐ形で、簡単な言葉にして言い直した。

 しかし、研究発表のスピーチのように軽やかなジェイドの口調とは対照的に、ティアの口調は苦虫を噛んだように沈んでいる。

 《封印術》は、強力な譜術士や戦士を拘束するために使われるが……

『その場でそういう譜術を使って一時的に動きを封じた上で鎖や手錠、縄を使えば済む話』

 であって、よほどの事情や悪意がなければ、手間と費用の無駄の一言である。そして、言うなれば封印術は傷病兵を無闇に増やし、伝染病を蔓延させる事もある“毒”である。

 というある研究書の一説を思い出しながら、ティアは続ける。

「心臓の働き病気への抵抗力も無差別に弱めてしまうから……強い物だと、そのまま死んでしまう人もいるし、感染症の原因にもなるわ。国際的な決め事で使用が禁止されているはずなのに……」

 ティアは忌まわしい事を口にするような表情で言った。

「だっ……大丈夫なのか!? それ!!」

 ルークには、説明の細かい部分までは分からなかったが、とにかくヤバい物だというのは充分に分かった。

 そして、思わずジェイドに気遣わしげな顔を向けた。

「それは、本当ですか?!」

 ルークに続いてイオンが声を上げた。

 イオンにしては珍しい問い詰めるような強い口調であった。確かな“死”を目の当たりにしたせいかもしれない。

「お米……もとい! もちのろんですよ、大丈夫ですとも♪ ルーク様に助けて頂いたので、かかりが甘かったんじゃないですかねぇ♪」

 ジェイドは、いつもの胡散臭い笑顔で答えた。

「それでも、僅かな違和感や息苦しさなどはありませんか? ジェイドさん」

 ティアが治癒術師の顔で尋ね、気遣った。

「なんのこれしき! 全身に筋肉とは逆さに張るバネを巻き付け、鉄の靴を履いて生活した“あの頃”よりは軽い物ですよ♪」

 ジェイドは軽やかにターンして、親指ポーズをバッチリ決めて、頼もしく微笑んだ。

 どうやら、影響がないワケではないようだが、ジェイドはそれを全く表には出していない。

 その彼の態度が、「心配かけまい」としているのか、本当に大丈夫なのかルーク達には分らなかった。

「……」

 その様子を黙って見ていたコゲンタは、手をこまねいた。

 そうこうする内に、耳を打つ外の喧騒が心なしか静まったように感じ始めた時、ジェイドが扉の前で立ち止った。

 「さぁ!この扉の向こうは、地獄といっても過言ではない状況でしょう。心と体の準備はよろしいですか?」

 ジェイドは、振り返ると全員の顔を見回した。その顔は笑顔だったが出会ったばかりのルーク達にも分るほどの“真剣”の色が宿っていた。

 そんな言葉に息を飲むルークの肩に節くれだった手が優しく叩いた。

「わっ!?」

 振り返ると、それはコゲンタだった。

「なんだよ、おっさんかよ! 脅かすなよ!」

 怒るルークに、コゲンタは笑顔で答えると、

「大佐殿。少しお待ち願おう」

と言った。そして、

「力が入り過ぎているな、ルーク殿。抜き過ぎても良くないが、入り過ぎるのも技の出が鈍りますぞ」

 コゲンタは苦笑しつつ、肩をほぐすように回して見せ、続けた。

 しかし、ルークにはそんなコゲンタの表情が何故か不自然で、沈んだ感情を無理矢理押し上げているように感じた。

「これから、戦場を突っ切ろうと言うのだ。無理もない事だがの。一人で全員を相手取ろうってワケじゃあないんだ……」

 いかにも難しい顔で頷きながらコゲンタだったが、その表情を苦笑に変えて、さらに続ける。

「そんな事、やろうと思って出来る物じゃぁないし、する必要もない。相手も当然、ルーク殿お一人に掛かり切りになるわけではありませんからの」

 コゲンタは、ゆっくりと言った。言葉を選んでいるようだ。

「互いの刃が届かない所にいれば、それは“敵であって敵ではない”って話でござる。何事も上手い場所取りが肝要。戦わない為の場所取りを全力でしよう、ルーク殿!」

「は……? あぁ……うん、お、おう……?」

 剣術の事はともかく、本当の殺し合い……『戦争』に関しては全くの素人のルークですら“困難”であると解る事を、あまりに気安く言ってのけるコゲンタに呆気にとられてしまった。

 いや、それは気安くでは無い。それは、『言霊』だ。

 以前、師 ヴァン・グランツから教わった事が有る。

 人には、例えどんなに困難な事でも、やらなければならない事が有るのだと……

 だから、人は時として決意を言葉にするのだと。

「あぁ、やるよ、場所取り! やってやろうじゃんか! ヴァン師匠の剣を避けるよりゃ簡単だ!」

 ルークは、ヤケクソ気味に答えた。

「頼もしいな、では参ろう」

 と、コゲンタは笑った。

 そして、重いハッチを開けると、そこには剣を手にした二人の兵士が立っていた。

 咄嗟に構える一同。

 しかし彼らの来ている服はジェイドの物と似た青い軍服だ。マルクト兵だという事に気が付き、警戒を解いた。

 マルクト兵二人も、ジェイドやイオンの姿を認めると慌てて剣を下ろし、敬礼をした。

「大佐! ご無事でしたか!?」

 そして、兵士の一人が上と続く梯子を振り仰ぎ、

「マルコ少佐! カーテイス大佐です。イオン様もご一緒です!」

と叫ぶように言った。


 そして、ルーク達は梯子を上り、甲板へと出た。

 そこにはマルコ少佐と十数人のマルクト兵がいた。

 皆、青い軍服を血の色で汚していた。そして彼らの脇には幾人もの亡骸が横たわっていた。

「ひどい恰好ですね? 一億三千万の女性ファンが泣きますよ。けれど、無事で良かった。マルコ♪」

 ジェイドは、場違いな朗らかな調子で言った。

「そちらこそ、ご無事で何よりです。大佐」

 マルコは生真面目な敬礼でそれに答えた。

「まぁ、小丈夫と言った所でしょうかねぇ……」

 そして、ジェイドは、カースロットを掛けられた事をマルコに告げた。

「なるほど……」

 マルコは俯き、考え込む。

「しかし、さすがはマルコ♪ 甲板の敵は一掃したんですねぇ」

 ジェイドは感心したという風に言う。

 しかし、マルコは一瞬、悔しさに顔をゆがめて呟く。

「いいえ、此処で倒した数は少な過ぎます。私なら戦うより、まず機関室と艦橋を狙います。機関室への扉は閉ざされてしまっていました。恐らくは、もう……」

「う~む、今はまだ閉め出されたと考えるべきですね。機関室の方達が、自ら閉ざしたと祈らずにはいられませんが……」

 ジェイドは苦笑して頭を掻いた。

「艦橋の方はどうなっていますかねぇ? アレックス達とも合流したい所です」

 ジェイドは、艦橋部を見上げた。

「彼らの生死は不明です。遠声管も通信機も不通です。しかし艦橋部には、あの兵器も一台しか落ちていません。比較的手薄かと……」

 マルコは、元の無表情に戻って答えた。

「そうですかぁ。ではここは一致団結して、そこを抜け、アレックス達と合流しましょう。ではマルコ、号令を♪」

「了解。全員整列! 我々は、これよりカーティス大佐の指揮下に入り、艦橋を目指し、ロッシ艦長と合流。艦橋が敵に手に落ちていた時は、これを奪還する」

 マルコは、ジェイドに敬礼すると部下達に号令をかけた。

 そして、

「ディードヘルド伍長、トニー二等兵。 まず周辺を調べて、梯子の安全を確保しろ」

 と命令を下した。

「了解」

「りょ……了解!」

 ディードヘルドは迷いなく、トニーは一瞬怯みながらも、命令に応じる。

 ディードヘルドは手斧を、トニーは剣を手に下げ、艦橋に続く梯子へと歩き出した。その途中、ルーク達の方を向くと、ニヤリと大きく笑い、敬礼した。

 梯子のすぐ近くにある船室へと続く扉が開いている。しかし影が濃く、奥までを見通す事はできない。

 慎重に梯子へと近付いて行く二人。

 トニーは梯子に近付くと上を見上げる。ディードヘルドは戦闘態勢を取りつつ、扉へと目を向けた。

「上に敵は見当たりません!」

 トニーは少年の面影を残す顔を決死の表情にして、言った。

「おし。お前はそこにいろ」

 ディーヘルドは、手斧を両手に握り直すと扉へと近付いて行く。

 その時、部屋の奥で何かが閃いた。

 次の瞬間、ディードヘルドの首を矢が貫いた。

 またしても、ルーク達の眼の前で死闘が始まった。ルーク達は生き残る事ができるのか?



 忙しさにかまけていた上に、体調を崩していた事もあり、とても遅くなってしまいました。本当に申し訳ありませんでした。
 次は、もう少し早く更新できるように努力します。

 この物語のジェイドは、今回の場面で原作とは正反対の考え方を語っています。

『兵士と戦うのは、同じ兵士でなくてはならない』
という物です。

 リアルに考えますと『ハーグ陸戦規定(条約)』という国際的な決まりがあり、これには戦闘員、非戦闘員の定義も述べられています。
 専門的な話になりますので割愛しますが、これに則って考えるとあのシュチュエーションでルークが戦うと、彼は『テロリスト』になってしまいます。
 いずれにしても、まともな国のまともな軍人が自認していれば、「…戦力に数えますよ」などと言ってはならない事柄なのは確かです。
 皆さんはどう感じましたか?


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第30話 死闘 赤の邂逅

 警告:今回は、暴力的、グロテスクな場面が含まれています。

 この物語には映画「キングダム・オブ・ヘブン」(監督リドリースコット 主演オーランド・ブルーム)をオマージュした場面があります。



 首を矢で貫かれたディードヘルドは、続けて飛んできた矢を手斧で弾きながらも、数歩タタラを踏み、床の血だまりに足を取られ転倒した。

「伍長!!」

 トニーは悲鳴に近い声で叫び、盾を掲げて彼の許へ駆け寄る。

 しかし次の瞬間、矢はトニーの盾を避けて膝に、そして体勢を崩した彼の胸にも矢が突き立てられた。トニーは絶叫を上げ倒れ伏し、それを見たルークも同時に悲鳴を上げ腰を抜かし尻餅を突いてしまう。

 その悲鳴と音を合図に全員が動いた。

 兵士達は、盾を手にルーク、イオンの前へ躍り出て、密集陣形を作り出す。ティアはトニー達の許へ駆け寄りたい衝動を抑え、防御譜術の詠唱を始める。

「堅牢なる防壁を! 『フィールド・バリアー』!!」

 ティアが鋭く聖句を唱える。彼女の足下に複雑な譜陣が一瞬輝くと、ルークとイオン達の周りに見えない音素の障壁が形作られる。

 それと同時に、ジェイドが数発の白い音素の弾丸を放った。

 音素の弾丸は、船室へと吸い込まれ炸裂した。大音響と共に船室から煙が立ち上る。

 一瞬の静寂。そして、一様に鎖頭巾や兜そして覆面で顔を隠し、赤い縁取りの黒い法衣を身に付けた男達が、剣やナイフを手に飛び出して来た。

 先のセルゲイと同じ特務師団に違いなかった。その数、十数人。あの小さな船室の中にそれだけの人数が隠れていたのだろうか。しかし、あの特殊兵器「カゴ」に籠ってきたのだ。彼らにとっては快適な環境だったかもしれない。

 彼らは、餓狼の思わせる敏捷さと獰猛さを持って、ルーク達に襲い掛って来た。

 ルークの耳には剣と盾が激しくぶつかり合う鈍い騒音が、そして目には飛び散り舞う火花が、奇妙なほど鮮明に飛び込んでくる。

「イオン様、ワタシの後ろから離れないで下さい!」

 アニスが背後を取られぬために甲板の端へとイオンを導きながら、鋭く言った。

 その時、ナイフを手にした一人の騎士がマルクト兵を刺殺して、アニス目掛けて疾走し迫る。

 アニスは、トクナガを巨大化させようと両手で掲げるが……

 騎士はそれ以上に敏捷な動きで距離を潰し、回し蹴りを放ち、アニスを横へ吹き飛ばした。トクナガでそれを受け止め、直撃を避けたアニスだったが、体重の軽い彼女は宙を舞い、甲板の手すりを越えて、森へと落ちていった。

「アニス!」

 イオンは、アニスの姿を探すために手すりから身を乗り出したが、すでにアニスの姿は見えず、視界いっぱいの森の木々が後ろへと流れて行くだけだ。

 そんな彼に、騎士はナイフを手にしたまま、ゆっくりと歩み寄って来た。

 イオンは騎士の方を振り向くと、一瞬怯んだような表情を見せたが、すぐにローレライ教団の導師の顔になると、

「もうやめて下さい、このような事! 神が、ユリアがこんな事を望むはずがありません!」

と、毅然とした態度と声で叫ぶ。

 しかし、そんなイオンの必死の言葉でも目の前の騎士には届かない、歩みを停める事すら出来ない。

「始祖ユリアの御心は、小官などが理解出来る事柄ではありません。『貴方様を奪還せよ。』という命令に従うのみです。ご同行願います」

 と、事務的に答え、彼を捕らえんと手を伸ばす。

 その時、騎士の足下に短い槍が突き立てられた。

「怖いですね~。騎士ともあろう御方が、そんな人を怖がらせる様な物言いはペケですよ♪」

 ジェイドが微笑みながら、立っていた。

「……ジェイド・カーティス……」

 騎士は低く呟くと、ジェイドに向き直る。

「イオン様、こちらへ♪ しばらくは私が、トクナガじゃなかった……、アニスのピンチヒッターですよ!」

 ジェイドは、槍で騎士を牽制しながら、イオンに微笑みかけた。


 コゲンタは、ルークの前に立つティアと人間の壁を作るマルクト兵達の間に立ち、腰を落とすと、ワキザシを抜き、右手だけで突き出すように構えた。空いた左手は鞘に添えられている。

「ルーク殿、ティア殿! 心配めさるな、必ず切り抜ける!」

 コゲンタは、オラクル達を見据えたまま二人を励ますようにを言った。

 その時、一人の巨漢の騎士がマルクト兵の防御を掻い潜って来た。騎士はそのままの勢いで、身体ごとぶつかってくるような突きを放って来る。

 コゲンタは、ワキザシで騎士の剣の軌道をずらし、受け止めた。

 騎士はすぐに飛び退こうとした。しかし、身体が動かなかった。コゲンタの巧みな体重移動で、その場に釘付けにされたのだ。

 騎士は一瞬、覆面の下で困惑したような顔をしたが、すぐに頭を切り替え、力任せに押し退けようとする。しかし、コゲンタは騎士の法衣の襟を空いている左手で掴むと、騎士の押す力を利用したうえで足を払い、騎士を投げ飛ばした。

 騎士は転がるように仰向けに倒れ伏した。そして、騎士の胸をワキザシが突き刺し貫く。

 コゲンタは、すぐにワキザシを引き抜く。

 鮮血がほとばしる。

 騎士の顔が、驚愕に歪む。そして、すぐさま、その首筋をワキザシの刃が滑り、彼の息の根を止めた。

 しかし息つく間も与えず、コゲンタにもう一人の騎士が立ちはだかって来た。


 ティアは、ルークの側を離れず防御譜術を展開しながら、マルクト兵達を援護するために『シャープネス』の詠唱をしていた。
 こんな乱戦では譜歌を唄う余裕が持てない。

 彼女は、自分の不甲斐なさに一瞬唇を噛んだが、すぐに意識を集中させ、譜術を発動させる。

 その時、乱戦の隙間を縫って、一人の騎士が進み出た。弩を構え、ティアに狙いを定める。しかし、ティアは譜術の詠唱に集中していて、気が付いていない。

 矢が放たれたその時、マルコがティアに横から跳びかかる様に押し倒した。

 彼の左脇腹に矢が突き刺さる。そして、二人は揃って倒れ伏し、その拍子に刺さった矢が折れた。

「ティッ、ティアァァ!!」

 ルークが叫ぶ。

 その声を背にマルコはすぐに甲板に手を突いて、起き上がると、弩に矢をつがえる騎士に向かって走る。マルコは、甲板の上をほとんど平行になるような姿勢で走り、騎士との間合いを一気に潰すと、騎士を抜き打ちに斬り倒した。

 しかし、ティアは起き上がらない。外傷はないように見える。しかし、ピクリとも動かない。

「ウソ……だろ? ウソだろぉ!? ティア!!」

 ルークはワナワナと震えながらティアに駆け寄った。

「ルーク殿、落ち着かれよ!」

 コゲンタが騎士と切り結びながら、声を上げた。しかし、また一人の騎士が斬りかかられ、その場を動く事ができない。

 しかし、ルークにはコゲンタの声は届かないのかうわ言のようにティアを呼び続けている。

 その時、一人の男が乱戦の中を悠然と歩いて通り抜け、ルークとティアの前に歩み寄って来た。男は、頭から足まで黒ずくめで、手に剥き身の軍刀を下げている。

 鮮血のアッシュだった。

「女の後ろに隠れてるだけの屑が……」

 鎖頭巾と覆面の奥でぎらつく瞳を忌々しげに歪め、ルークを見下し低く毒吐く鮮血のアッシュ。

「戦場なんかに来るんじゃねえぇっ!!」

 鮮血のアッシュは、鋭く吐き捨てると同時にルークに向かって軍刀を振りかぶった。

「誰かルーク様を御守りしろ!! ぐっ……くっ!!」

 マルコが、二人の騎士と切り結びながら叫んだ。ルークに気を取られていたため、手首を浅く斬られた。しかし、マルコは剣を振り、斬り付けた騎士を押し返した。

 その時、一人のマルクト兵が凄まじい勢いで鮮血のアッシュに向かって、突進してきた。

 ディードヘルトだった。

 首に矢を刺したままで立ち上がり、右手に剣、左手に手斧を掲げて、乱戦の中を声に成らない雄叫びを上げて突っ切って来た。

 しかし、一人の騎士が彼に立ち塞がる。

 矢によって呼吸もままならないらしく、ディードヘルトの顔は紫色に変じ始めている上に、彼の軍服は首から流れる血で、蘇芳色に染まっている。

 しかし、その瞳には凄まじい闘志の炎が宿っている。

 騎士は、彼を重傷者と見て侮り、無造作に剣を突き入れる。

 だが……

 ディートヘルトの左手に持つ斧が、騎士の兜を強かに殴り払った。騎士が大きく体勢を右前方に崩した所を、ディートヘルトは右手の剣で容赦無く騎士の足を切り払う。

 騎士は罵り声を上げながら、転倒した。

 ディードヘルドは、倒れた騎士の肩口へ手斧を叩き付けた。手斧は騎士の胸元まで埋まった。

 騎士は絶叫を上げながら、絶命した。

「ふん、面白い……。相手をしてやる」

 鮮血のアッシュはそんな光景を目にしても、何の感慨もなく呟くと、ルークから視線を外し正眼に構えた。

 ディートヘルトは、鎖帷子がひっかかり抜く事のできなくなった手斧をそのままにして、騎士の亡骸を跨ぎぎ越すと鮮血のアッシュに向き直ると、剣を頭の上にかざすように振り被った。上段の構えである。

 二人が向かい合ったのはほんの一瞬だった。

 アッシュは何の迷いも見せず動く。ディートヘルトは巨体に似合わぬ鋭い動きで、それに反応した。

 辺りに刃が打ち合う音が鳴り響く。

 鮮血のアッシュは凄まじい力に圧され、堪らずたたらを踏む。

「馬鹿力が……」

 アッシュは舌打ちしながら、飛び退いた。

 ディートヘルトは息つく暇を与えまいと横に切り払った。

 鮮血のアッシュは今度は受けずに、身体を横に倒して躱し、そのまま距離を取るために床を転がり、跳ね起きた。

 鮮血のアッシュとディートヘルトは再び対峙する。鮮血のアッシュは脇構え、ディートヘルトは再び上段に構えた。

 鮮血のアッシュは目をすがめ、ディートヘルトを睨み付ける。

 ディートヘルトは、猿のように歯を剥き、血走った眼を見開いて睨み返している。その間も、彼の口の端からは血泡が吹き出し流れている。

 鮮血のアッシュは逆袈裟に切り上げ、ディートヘルトは真っ向から切り下げる。

 動いたのは同時だった。

 しかし、深手を負い、血を流し過ぎた事でディートヘルトの身体をわずかに強張らせ、手元を狂わせた。

 ディートヘルトの剣が鮮血のアッシュの脇にそれ、彼の肩の鎖帷子を火花を散らして滑った。

 そして、鮮血のアッシュの剣がディートヘルトの左あばらに吸い込まれ、彼のあばらを半ばまで断ち割られた。

 二人がすれ違った。

 ディートヘルトは胸から夥しい量の血を流しながら、数歩歩くと座り込むように膝を突いた。そして、天を仰ぎ、首の矢を上に向けるとそのまま動かなくなった。

 鮮血のアッシュは、その光景を一瞥したが、すぐに興味を失ったようにルークに向き直った。

 ルークが見たのは、そこまでで急に目の前が暗くなり、彼の意識はその暗闇の淵に飲み込まれた。

 鮮血のアッシュは、そんなルークに向かって軍刀を振り上げる。

「……!? ルーク!! アッシュ、やめて下さい!!」

 戦士達の入り乱れる死闘の間を縫って、その情景に気が付いたイオンは、普段からは考えられない大声で叫ぶ。そして、アッシュは断末魔と剣撃の響みの内に在っても、イオンの悲痛な叫びに気が付き、一瞬その動きを止めた。

 しかし、アッシュはあろうことか自分の所属するローレライ教団の最高指導者であるイオンに、侮蔑の視線を向けるだけで軍刀を下ろそうとしない。

 そしてついに、アッシュはイオンを無視し、両手で柄を握り直し刃筋を立てた軍刀を意識を失い無防備なルークに向かって振り下ろした。

「止めろアッシュ。あの御方の御命令を忘れたか?」

 その時、女性の声が鋭く響く。

 振り下ろした刃をルークの寸前で止めたアッシュが振り向く。

 そこには金髪の女性が凛然と立っていた。長身に黒い法衣を身に付け、腰には剣の代りに吊り下げ嚢に納まった二丁の譜業拳銃を下げている。

 惨禍の内でさえも、彼女は美しかった。だが、どこか険のある美しさだ。

「それとも我を通すつもりか?」

 女性は、落ち着きを取り戻したように静かに言った。彼女の眼が危険な色を帯びる。

 アッシュは舌を打ちながら、軍刀を下げた。


 こうして赤に汚れる戦場で、朱い髪の少年と紅い髪の騎士が会いまみえた。そして、ルークの運命はさらに大きく動き始める。



 今回の戦闘シーンは如何でしたか?
 スピード感を表現できていたでしょうか?
 因みにいくつかの剣客時代小説に影響を受けています。

 さて、今回もオマージュした「キングダム・オブ・ヘブン」(ディレクターズ・カット版)について。
 これは、12世紀のエルサレムを主な舞台にキリスト教徒とイスラム教徒の闘いを描いた映画です。
 これは私の主観なのですが、映画中に多用されている「神の意思」や「信仰心」という言葉を「預言」に言い換えて考えると、(原作ではあまり描かれていない)アビスの世界の人々が抱く預言への思いというのは、こういう事なのではないかという事を感じました。
 アビスの世界観をより楽しむためにも観ると良い作品だと思います。
 因みに、私は映画としても一見の価値ありだと思います。


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第31話 檻の中で 現れる妖獣


『……ルーク……』

 声だ

『……我が声に……!』

 声が聞こえる

 いつか聞いた声

『……ルーク……』

 あの時と同じ声


 それにしても、気分が悪い。

 頭が痛む。いや、頭だけではない身体中が痛み、筋肉がひどく強張る。

 しかも、喉が焼け付いたように渇き痛い。

「ルーク……」

 先程とは、違う声が聞こえる。こちらは、不思議と安心感を覚える声だった。

 すると、冷たくかじかんだ指先が、優しい温もりに包まれた。誰かが手を握ってくれている。

(あったかい……。母上……?)

 ルークは瞼を開けようとした。しかし、瞼は鉛のように重くなかなか開ける事ができない。

 やっとの思いで目を開けたルークの視界に髪の長い女性の影が映る。

(母上……)

 いや、違う。彼女の髪は長く髪型こそ母 シュザンヌと似ているが、茶色がかった深い赤毛のシュザンヌとは違い鮮やかな胡桃色をし綺麗に三つ編みに纏められていた。

 という事は、彼女は

「ティ……ア?」

「ルーク……良かった。うなされていたから……」

 影の主は、ティアだった。

 ティアは、心配に曇った顔を少しだけ緩めて、まだ視線の定まらないルークに柔らかく微笑み掛けてきてくれた。

「あ……? あぁ、ティア……か」

 ルークは「母上」と口走らずに済んだ事にホッとした。しかし、今度はティアに手を握られている事に慌てたが、それもなんとか顔に出さずに済んだ。

 当然、そんなルークの奮闘に気が付くはずもないティアは、緩めた表情を再び心配顔に戻して、

「どこか痛む所はある? 気分は悪くないかしら?」

 とルークの顔を覗き込む。

「あぁ、うん……。だいじょーぶだ。ココは?」

 ルークは返事をしながら、ティアの傍らに小さな気配を感じた。ミュウだった。

 おそらくティアと一緒に寄り添ってくれたいたのだろう。

 ルークが左手を優しく握っているティアの手を乱暴にならないように解き、身体を起こしたその時、

「ご主人さまぁっ!!」

 と、ミュウが泣笑いを浮かべて、ルークの足にしがみ付いて来た。リングが当たって地味に痛いのと、鼻水でも付けられるんじゃないかと心配になり一瞬、蹴飛ばそうかと考えたが、ティアの目の前でもあるし、心配してくれていたのは解るので、一応……本当に一応感謝して自重してやる事にした。

「あぁっ……と。その、で、ココは……?」

 ルークは曖昧な表情で周りを見回しティアに尋ねる。

「タルタロスの船室の一つよ……」

「犯罪者や、あまり重要ではない捕虜を拘束しておく為の収監室ですよ。布団部屋よりはマシと言った所でしょうか♪」

 沈鬱なティアの説明の上にジェイドのまるで観光名所の案内でもするような明朗快活な補足が加わった。

 ルークが声のした方を見ると、はたしてそこには、ジェイドが立っており、こちらに笑顔を向けている。

「タルタロス……? あぁ!!」

 ルークは呟きながら、すべての記憶が繋がるのを感じ、声を上げた。

「ティア! ティアは大丈夫なのか!? 血が付いてるじゃないか!? 大丈夫なのか、それ!?」

 ルークは、簡易ベッドから跳ねるように立ち上がると、ティアに詰め寄るが……

「ル、ルーク、落ち着いて……、私は大丈夫。たんこぶが出来たくらいだから……」

 と、彼女は頭に手をやり苦笑すると、ルークを落ち着かせようとおどけてみせた。

「そ、そうか……じゃあ、その血はいったい……?」

 ルークは、一応の落ち着きを取り戻すと、

「あっ! イオンは!? アニスは!? おっさんは!?」

 と、ようやく他の仲間たちの安否に考えが至った。

 すると、

「わしならここにおるぞ、ルーク殿。怖い思いをさせた」

 ティアの背後で、もはや聞き慣れた声がした。

「ひどい有様だが、足はちゃんとある。あははは……」

 コゲンタだった。彼は牢の隅に座り込み、こちらに笑い掛けている。だが、彼の羽織りも、袴もぼろのように斬り刻まれ、あちこち血の色が浮かいて、返り血とも相まってすっかりまだら模様になっているという惨憺たる様子だったが、大きな怪我はないようだった。

 コゲンタの先程の闘いの激情をおくびにも出さないいつもの笑顔に、ルークは大いに戸惑ったがそれがかえって、彼に再び落ち着きを取り戻させた。

「あぁ……。じゃ、じゃあ……」

 そして、改めてティアにイオン達の安否を尋ねた。

「それが……」

 言いかけて、口籠るティア。余計な不安を与えまいと言葉を選んでいるようだった。

 ほんの数秒で顔を上げた彼女は努めて落ち着いた口調で話し始めた。

「イオン様はご無事だけれど、教……リグレット様たちにどこかへ連れていかれてしまったの。アニスは……分らない。他の人達も……」

「アニスなら大丈夫♪……と心から信じたい所ですねぇ」

 ティアの声は徐々に小さくなっていく。そして、そこにジェイドの明るい声が重なり、彼女の言葉を引き継ぐ。

「他の皆……部下達はおそらく駄目でしょう。少なくともこの近くにはいる気配はありません。私達は、神託
の盾がイオン様に言う事を聴かせる為の人質という意味で生かされているのでしょう。ルーク様とティアさんについては、何やらそれだけではない様子でしたが……」

 ジェイドは苦笑いを浮かべながらルークを見て、

「まぁ、何はともあれ♪ ルーク様とイオン様をとりあえずはお守りできて良かった。あぁ、ご心配なく♪ 私たちの代りはいくらでもいますからね」

 と事も無げに言った。

「……代りだと! 人の命をなんだと思ってんだ!!」

 ルークが怒鳴る。ジェイドの言葉に考えるより先に感情が反応したのだ。

「ルーク殿。大佐殿は軍人の役割の話をしているのでござる」

 コゲンタが二人の間に割って入り、ルークに「待て。」と言うように両手を掲げると、取り成すように言った。

「なんだよ、それ。ワケ分かんねよ」

 ルークは、コゲンタに掴み掛らん勢いで言ったが、着物の血に気が付いて、手を引っ込める。

「人には、それぞれ背負うべき責任と苦痛がござる。軍人にも、貴族にも……」

 と、コゲンタは言い、ルークの様子に気が付いてすまなそうに一歩退いた。

 ルークは、やり場の無くした怒りと、コゲンタの流した血に嫌悪を抱いてしまった事の罪悪感を誤魔化そうと視線を彷徨わせる。

 ふと、ルークは視界の端で妙な物を見た。

 ジェイドの背後に先程ルークが寝ていた物と同じ簡易ベッドがあり、その上に白い布を顔に掛けられた人物が横たわっている。

 ルークは、どういう事だろうと思った。

 理解はしている。

 だが、感情がそれを考えようとするのを避けている。

「マルコです。十分ほど前までは、頑張っていたのですがね……」

 ジェイドが、その視線に気が付いて、彼にしては珍しい静かな声音で言った。

 やはりそうだった。

 考えたくない事実が否応なしに突き付けられる。おそらくティアの法衣に付いた血は彼の物だったのだろう……

「矢が体の内で折れたいたの……」

 ティアが言い訳するように呟く。その上にジェイドの声が重なる。

「どうか気に病まないで下さい。彼はこういうリスクも承知して、この任務に臨んだのですから。我々、軍人は負うべき責任と苦痛がたまたま命がけだっただけの話です」

 ジェイドは、いつもの人を煙に巻くような笑顔はなりを潜め、素直な感情を表に表したように微笑み言った。

「しかし、ルーク様の御心遣い、友人 マルティクス・ロッシに代わり本当に感謝いたします。ありがとうございます……。ティアさんも、大した道具も無い中で手厚い治療、感謝いたします」

 ルークとティア、二人に深々と頭を下げるというジェイドの思わぬ態度に、ルークは矛を納めずにはいられなかった。

 だが、あんな血と汚物に塗れた死に方が……そして、こんな薄汚れた場所に閉じ込められて死ねのが、当たり前の責任だというのだろうか?

 自分にも“そんな物”があるのだろうか?

 そもそも、“そんな物”を意識した事がないルークには分かるはずもなかった。

「お話し中、誠に失礼だが。今は一つずつ問題を片づけて参ろう。大佐殿は脱出の算段はおありかな?」

 コゲンタはルークの顔色を伺いつつも、話題を換えた。

「よくぞ聞いて下さいました♪ あります! ありますとも!!」

 ジェイドが、大げさに頷いたその時、ルークの脳裏に、鮮血と殺戮の光景が再び……いや、先程よりも鮮明に蘇って来た。

「外に……出るのか……」

 彼が思わず漏らした声に一同が振り返った。

「……ルーク? どうしたの?」

 ティアは振り返り、気遣わしげにルークに瞳を向けた。

「外に出たら……また戦いに……、戦いになっちまうんだよな? ティア?」

 ルークは縋るような表情をティアに向け、言葉を吐き出す。

「ルーク……、大丈夫よ。戦うのはわたし達なんだから。貴方は絶対に護るわ……」

 ティアは、ルークは慣れない状況……いや、“普通”の感性を持った者なら決して慣れてはいけない状況に恐怖しているのだと考え、少々無責任だと自覚しながら、努めて冷静に柔和に聞こえるように声をかけた。

 しかし、ルークの表情は和らぐ事はなく、さらに沈痛な物へと変わる。

「ちがう! ちがうんだよ、ティア……! ティアは平気なのか!? 人が死ぬんだぜ! それにひょっとしたら、ティアが人を殺しちまうかも……」

 ルークは、当たり前といえば当たり前の事をまくし立てた。

「……!」

 ティアは口籠った。

 曲がりなりにも騎士である彼女にとっては当たり前すぎて、どう返して良いのか分からなかったのだ。

 そう、当たり前の事なのだ。

 戦争、紛争、武力衝突。多い少ないはともかく、どれも命の損失は当たり前なのだ。

 ”全員は助けられない。なるべく犠牲者を減らすだけ……”

 としか考え付かない薄情な自分が、

 “犠牲者なんて絶対に出したくないし、見たくもない”

 と、この異常な状況下でも善良で普通の事を考えられる感性を持ったルークに何を言えば良いのだろうか? 何かを言って血と暴力で溢れ返る戦場に連れ出す権利が有るのだろうか?

 ティアには解らない。

 解らないが、今は行動しなくてはならない時だ。

「それとも……」

「え……?」

「それとも、ティアは平気……なのかよ? 人が死ぬのも、死なせちまうのも、自分が死ぬのも……」

 ルークは打ちのめされたような表情と、悲しみ、驚愕あるいは失望などの感情をない交ぜにした瞳で、何も答えてくれない……答えられないティアを見つめた。

「違うわ……違うの……、ルーク。平気なんかじゃない。けれど……」

 ティアは言い訳するように、あるいは許しを請うようにルークを見つめ返し、もう一度よく選び直した言葉で彼に語り掛けた。

「悲しいけれど……、この世界は良い人のままではできない事があるの。今のそれが、ここを脱出して、あなたを護る事……なの」

 ティアは固い表情で言った。ルークには今までで一番頑なな表情に見えた。

「そのためなら、わたしは悪人になって、あなたに嫌われても構わない。嫌われても護るから……」

 ティアはそう続けると、苦しげに目を逸らした。

「そんな寂しい事を言う物ではないよ、ティア殿」

 それまで黙って話を聞いていたコゲンタが口を開く。

「ここは、かなり前から悪人のわしに任せてもらえんかの?」

 と苦笑して続けた。
 そして、ルークとティアの顔を順に見つめ、

「ルーク殿やティア殿のような若者の苦痛を少し肩代わりするのも、大人の責任という物……。で、ござろう?大佐殿」

 と言いながら、ジェイドの方を見た。

「うーむ。民間人であるイシヤマさんにも色々申し上げたい事はあるのですが……」

 ジェイドは大げさに腕をこまねいてみせて、コゲンタを見た。

「全てが片付いたら、しかるべき筋の罰を謹んでお受け致そう」

 コゲンタは、バツの悪そうな口調でその視線に答えた。

「その時は良い弁護士を紹介しましょう」

 ジェイドは冗談とも本気ともつかない事を口にして、苦笑すると、

「というわけで敵と戦うのは、私達“大人”が引き受けますから、ティアさんはサポートとルーク様の安全を確保する事に専念して下さい。それに、身内の方々……同じ神託の盾と戦わせてしまうのは何ですしね」

 いつにない真面目な口調で言った。しかし、

「人の悪さで私に右に出る方はいませんからね!」

 と冗談めかす事は忘れなかった。

 ルークは反発心を抱きながらも、反対できなかった。

「しかし、それでは……」

 ティアは反対しようするが、コゲンタは手を掲げてそれを制すると、

「子ども扱いするようで気に喰わぬだろうが、この場は納得して頂きたいな」

 と微笑し、

「ルーク殿はその方が安心する」

 と付け加えた。

 そんな言われ方をしては、ティアも反論できなかった。

 ジェイドはいつもの胡散臭い笑顔に戻ると、大げさに頷いたかと思うとその場にひざまづいた。そして、靴の両かかとを外し、その二つを一つに重ね合わせた。

 どうやら、何かの装置のようだ。

「さぁ、それでは! イオン様救出・タルタロス脱出大作戦の開始ですよ!! 皆さん、下がって下さい」

 と高らかに言ったジェイドは、足場を均すように床を右足で払い、装置を腹で抱えるように引き付けると、右足を軸に身体を捻ると共に左足を天を蹴らんばかりに真っ直ぐ振り上げた。

 そして刹那の静止の後、ジェイドは左足で床を踏み締め、振りかぶって装置を投げ……


 ……られなかった。


 何故なら光の牢の向こう側、収監室の並ぶ廊下に、一人の女の子がひょっこりと姿を現したからに他ならない。

 ルークは一瞬、アニスが助けに来てくれたのかと思ったのだが、女の子は彼女ではなかった。

 確かに同じ年頃で、ローレライ教団の法衣を着て、ぬいぐるみを抱えているのは同じだが、アニスとは似ても似つかぬ女の子だった。

 腰まで伸びた薄桃色の豊かな髪、髪よりも少しだけ濃い桃色の瞳、幼く気弱げな顔、そして小柄な身体に《鮮血のアッシュ》の物と似た黒い法衣を身に付けている。

 その漆黒の法衣が、彼女の淡く輝くような彩の髪と、透き通るような肌の白さを更に際立させていた。

 そして女の子は、そんな白く細い腕に、アニスのトクナガとは別の意味で不気味……もとい、独自性に富んだぬいぐるみを抱きかかえている。

 彼女は、その抱き締めたぬいぐるみの背中に顔を埋めるように顔を半分隠し、可愛らしい眉を怯えた様に八の字にして今にも泣き出してしまいそうな瞳でルークを見つめて来た。

 いや、正確にはルークの隣にいるティアを見つめているのだ。

 しかし、ルークには解らない。
 いったい何故、彼女のような幼い女の子が神託の盾の法衣……つまりは軍服を着て戦場になってしまった軍艦にいるのだろうか?

 彼女もティアのように譜術が上手かったり、アニスのように人形を操れたりするのだろうか……
 しかし、ルークには目の前の彼女がティアよりも更に根本的な部分で戦いをするような人物には見えなかった。

「アリエッタ様……」

 ティアが呟く。どうやら女の子は「アリエッタ」という名前で、ティアは彼女を知っているらしい。

 ルークもまた彼女の名前をどこかで聞いたような気がした。

 そんなルークの疑問を知る由もなく、

「ティア……。イオンさまを……イオンさまをたすけて」

 と女の子……アリエッタが今にも泣き出しそうな顔で、消え入りそうな声を吐き出した。

 そして彼女は、やり場の無い焦りと不安な気持ちを紛らわすためか、ぬいぐるみを更に強く抱き締めながら続ける。

「リグレットが……リグレットが、イオンさまをシュレーのオカってトコに、つれていっちゃったの。そこで……ダアトしきフジツをつかわせるって言ってた……」

「シュレーの丘に、リグレット様がイオン様を……ですか? いったい何故……?」

 ティアは、迷子を見つけてしまった様な心境になり、アリエッタを慰めたい衝動に駆られるが、努めて冷静に思考を巡らせる。

「シュレーの丘? あそこは大昔の戦争の慰霊碑があるだけのはずだがの……」

 ティアの背後でコゲンタが疑問を口にした。

「これはちょっとしたヒミツ♪ なのですが、あの丘には『セフィロト』があるのです。もしかすると、その入り口を閉じた『ダアト式封呪』を解呪するつもりなのかもしれません。わざわざイオン様を連れ出し、ダアト式譜術を使わせようという事は、おそらくそういう事なのでしょう。何の目的で開けようというのかは、皆目見当もつきませんが♪」

 ジェイドがコゲンタの疑問に答えつつ、推測を披露する。

「つーか、ダアトなんとかって、イオンの使ってたスゲェ譜術の事だよな? アイツの身体がヤバいんじゃないのか?」

 ルークには、『せひろと』だとか『ふうじゅ』だとかは何の事だかわからなかったし、どうでも良かった。ただ、チーグルの森でイオンがあの特殊な譜術を使った後、素人目にも異常なほど消耗していた事を思い出し、あの時と同じようになるのかと、その事だけが気懸りだった。

 ルークの質問に答える様に、アリエッタは弱々しく頷き続ける。

「うん。リグレットやみんなは、別のトコでも使わせるっていってたの。イオンさま、ビョージャクなのに……」

 頷いたまま、うなだれ俯き消え入りそうな彼女の声。
 しかし、アリエッタは弾かれた様に顔を上げ、

「このままじゃイオン様、またビョーキになって、もっとアリエッタのコト、わすれちゃうかもしれない!おながいティア。イオンさまをたすけて……。アニスにはおねがいデキなくなっちゃったし、アリエッタはみんな(群れ)をウラギレないの」

 と控えめながら吐き出すように言った。

「アリエッタ様……」

「とっちゃったティアたちの武器と荷物もってきたから。もってきて……」

 アリエッタは収監室の入口の方を向き、誰かに声をかけた。彼女の他にもルーク達に力を貸してくれる人物がいるらしい。

 しかし、それは“人”ではなかった。

「ラッ……ライガッ!!」

 ルークが思わず声を上げた。

「落ち着かれよルーク殿。わしらを襲う気なら、もうとっくに仕掛けておるよ」

 隣でコゲンタが静かに苦笑しつつ言った。

 緑がかった紺に黒い縞模様をちりばめた毛皮をまとい、肩からは鉱石を思わせる翼状の角を生やした巨獣が布に包まれた剣の束を咥えて、そして身体にはルーク達の背嚢を背負い、驚くほど静かに廊下へと入って来た。

 ルークの知らない事だが、その巨獣は、チーグルの森で出会った『門番』のような成獣の一歩手前の個体で、一般に『ライガス』と呼ばれる敏捷かつ精強な猛獣だった。

 そしてライガスは、収監室の廊下にルーク達の武器を置いた。

 ルークは、彼あるいは彼女の偉容を見てようやくアリエッタについてを思い出した。この少女は、イオンやアニス、ライガクイーンの口から聞いた『妖獣のアリエッタ』だという事に思い至った。

 山猿のようなもっと野性的な人物を想像していたルークは、キツネにつままれたような気分だった。

 もっともルークは、猿もキツネも図鑑でしか見た事がなかったが……。

 そんな事を考えるルークを余所にアリエッタは、牢のすぐ脇の壁に設置された小箱の蓋を開けた。

「ん。えっと……」

 アリエッタは、ただでさえ下がり気味の眉をさらに八の字にして首を捻る。

 ルーク達からは死角になっている上に、小箱の蓋で手元が隠れていたが、彼女が牢を開けてくれようとしているのが分かった。

 しかし、光の格子はいっこうに消えず、アリエッタの可愛らしい唸り声が聞こえてくるだけだった。

「アリエッタさん♪ 黒いツマミがいくつかあって、緑と赤に光った豆電球がありませんか?」

 見かねたジェイドが優しげに声をかけた。

「うん、ある……」

 アリエッタは、素直に頷く。

「とりあえず、黒いツマミを下向きにして緑の豆電球を赤くしちゃう方向でお願いします♪ カチッカチッと!」

 アリエッタの指先でカチカチ……と小さな音がすると、唐突に光の格子が消えた。

「あいたよ、ティア」

 アリエッタは、はにかんだように微笑んだ。

「アリエッタ様、ありがとうございました。助かりました」

 ティアも微笑んでそれに答える。

「んーん、ちがう。たすけるのはティアのほう……。ティアはイオンさまをたすけて」

 ティアはアリエッタの言葉に頷くと、いまだ警戒して動けずにいるルークに微笑みかけ、収監室の出入り口を潜った。

 ルークは、彼女の微笑みにも引きつった顔しか返せず、立ち竦んでいる。

 コゲンタが隣でルークの肩に手を置くと、頷く。

 と、その時

 どうした事か、アリエッタの隣に静かに佇んでいたライガがティアを見た途端、僅かに高い声でアリエッタの耳元で呻いた。

「え……どうしたの?」

 彼あるいは彼女の言葉が解るらしいアリエッタは首を傾げて、もう一度ライガの言葉に耳を傾けた。

 そして、何度か頷いたアリエッタは何を思ったか、ティアの胸元に顔を埋める様に抱き付いて、クンクン……と仔犬の様に可愛らしく鼻孔を動かす。

「ア、アリエッタ様?」

「ホントだ……、ママのにおいだ。ママのにおいがする……。ティア、アリエッタのママにあったの? ママはゲンキだった? みんなはゲンキだった?」

 ティアの胸元から顔を上げたアリエッタは、心から嬉しそうな笑顔でやや早口に尋ねる。

「は、はい。ライガクイーン様には、この近くにあるチーグルの森でお会いしました」

 ティアは、一瞬若いライガ達が息絶える光景を思い出したが、表情には出さずに答えると、

「今は人との争いを避ける為に、その森を去られました。非常に寛大……ええと、とてもお優しいお母様ですね。わたし達も助けて頂きました」

 と、引きつりそうになる顔を無理矢理微笑ませて続けた。

「うん、アリエッタのママはやさしいの。とってもやさしい……」

 アリエッタは少し自慢げに言い微笑む。

 ティアの背後で、見るからに困った様な笑顔のジェイドの目配せに、コゲンタが固い真剣な表情で首を横に振ったのには当然気が付かなかった。

 それを見ていたルークとその気配を感じ取ったティアは、胸に痛みを感じたが、ここであの時の事を暴露すれば、アリエッタの協力が得られなくなるかもしれない。

 ルークは、生き残り、イオンを助けるためとはいえ打算的な考えで動こうとしている自分が嫌になった。そして、ティアも同じ事を考えていた。

 コゲンタが、そんな二人の脇をすり抜けて、

「わしからもお礼を申す。ありがとう、お嬢さん」

 言うと、顔を赤らめて、ぬいぐるみで顔を隠すアリエッタを見て苦笑しつつ、牢の扉を潜った。そして、ライガルの前まで行くと、自分達の武器を受け取り、

「貴君も、ありがとう」

 とライガルに笑いかけた。

 ライガルは、それに応えるようにグオッと小さく吠えた。

 そしてコゲンタは、武器を抱え、まずはティアに杖を手渡し再び牢に入り、ジェイドの順に武器を渡す。

「おやおやぁ、私の槍は一本だけですかぁ? 心細いですねぇ。まぁ、無い物ねだりはよして、有る物でやりくりしましょう♪」

「あははは、では参ろうか」

 コゲンタは、最後にルークに剣を手渡しながら励ますよう言った。今は目の前の危機に集中しろと言っているだろう。

 ティア、ジェイド、コゲンタは、それぞれの武器を握り絞め、互いを見つめ頷き合う。

 ルークもまた、戦う事や誰かを傷付けるのを決意したか、出来るかは、ともかくとして。この場から外へ出る事には、どうにか決心し剣を腰に帯び直した。

 とその時、ジェイドは寝台で眠る戦友に向き直り……

「ではマルコ、しばしの御別れです。そちらへは、出来る限り遅く行く予定ですので、それまで皆の指揮は任せます。また、皆でてんやわんやの大騒ぎと洒落込みましょう。貴方は絶対に嫌がるでしょうが♪ ふふふ……」

 まるで友人と休日の予定を話し合う様な穏やかな口調と表情で、気安い敬礼をすると、もう一度ルーク達に
顔を見て微笑み頷くと、扉の取っ手に手をかけた。

 そして、一行はイオンを救い、タルタロスを脱出するために収監室を後にした。




 展開も筆も遅い拙作ですが、今後ともよろしくお願いします。
 今回のテーマについて下に書きました。小難しいので、読み飛ばして頂いても構いません。






 『殺す覚悟と殺される覚悟』について考えた回でした。
 原作中は勿論、様々な作品であまりにも簡単に語られてしまっている事柄なのですが、実際にはそう簡単にその『覚悟』には辿り着けないのではないでしょう。

 兵士や警察官だからといって、武器を手にして、使い方を覚えただけではその覚悟に至るとは思えません。
 大多数の兵士や警察官も、我々と変わらない普通の人なのですから、彼らも一定の教育と厳しい訓練を繰り返し、なおかつ、いくつかの実戦を乗り越えた上で辿り着けるものではないでしょうか?
 間違ってもルークのような状況ではありえないだろうと私は思います。

 そして、そもそも論になりますが、軍人が民間人を戦闘に参加させる事は重大な国際法違反で、指揮官は当然の事、その民間人も罪に問われる事を強調したいと思います。
 もちろん“そういう事”をする、考える人物が主人公側に登場しても構いません。しかし、それはその登場人物が物語中で、『目的のためなら手段を選ばない人間』という評価、批判をされるならの話です。
 間違っても『正しい』『優秀』『カッコイイ』と称賛されてはいけません。リアルな世界観をモットーとするアビスでは、“リアルな”法律とも道徳観とも矛盾しています。
 動機と結果は、手段や過程を正当化しないのです。

 皆さんはどう感じたでしょうか?


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第32話 非情なる魔弾 華麗なる剣閃


 先頭に立つジェイドが、手近にあった伝声管に素早く取り付き、

「死霊使いジェイドの名において命ずる。作戦名『骸狩り……にも飽きたので、仲良しみんなで苺狩り♪』始動せよ!」

 と、歌劇の舞台役者さながらの妙に通る声で、朗々と唱え上げた。

 その時、タルタロスの船体が腹に響く音を立てて大きく揺れた。砲撃などの外からの衝撃ではなく、内側から揺るがす物だというのが分かった。
 そして続いて、断続的に何か重く大きな物が落ちる騒音が響く。

「な、何が……おきたの……?」

 アリエッタがティアの法衣の袂を掴み、怯えた声で彼女を見上げる。

「……わかりません。でも今、響いている音は隔壁が降りているんだと思います」

「その通りです、ティアさん。心配いりませんよ、アリエッタさん♪ これは、タルタロスに備わった緊急停止機構が作動したのです♪ こんな事も有ろうかと! と取り付けられた、敵に拿捕された場合の為の装置です。発動から、2880分すなわち丸々二日は、何をどういじってもタルタロスは動かせません。私と艦長のアレックス以外はですが♪」

 アリエッタの疑問に答えられないティアに代わって、騒ぎの張本人であるジェイドが何処か自慢をする様な口調と表情で解説し始めた。得意気に真っ直ぐ伸ばした人差し指も忘れない。

「神託の騎士団の方々に、盗んだタルタロスで走り出してしまわれては大変ですからね。走っている陸艦から飛び降りるのは、文字通り骨が折れちゃいますからね♪ では、参りましょう」

 微笑むジェイドに、なんとなくイラつきを覚えながら彼に続き、収監室を出たティア達に続いて出入口をくぐったルークの眼に奇妙な光景が飛び込んで来た。

「なっ!? なっ……な、な、な……?!」

 予想もしていなかった光景に、ルークは飛び上がり悲鳴を上げんばかりに驚いたが、ティアの目の前である事を思い出し何とか堪えた。

 それは、倒れ伏しぴくりとも動かない三人の神託の盾の騎士であった。

 恐らく、収監室……つまりルーク達の見張り番だったのだろう。しかしどうやら、彼らは気絶しているだけで、死んではいないようだった。

「ティアたちを助けるのにジャマだったから……。このコにたのんだの……」

 誰に言うでもなく、ぽつりと呟いたアリエッタは、ライガスを仰ぎ見る。と、彼あるいは彼女はアリエッタの視線に応える様に、バチリッ……と肩から伸びる角に紫電を、ひとすじ奔らせて優しげに唸る。

 ティアとコゲンタは、アリエッタの言葉に、一応は「あぁ、なるほど……」と頷きはするが、その顔は困惑した苦笑いだった。
 そして、ジェイドは「ゲンキが一番! ゲンキなキミが好き♪ そのままのキミでいて……」とでも言うような、胡散臭いほどの優しく柔らかな微笑みを浮かべ、一人頷いている。

 一方、ルークは何をどう言い表して良いのか解らなかったが、何かに裏切られた様な気分だった。
 しかし、この少女もイオンと同じで『怒らせてはいけない種類の人間』という事は理解できた。

「さて皆さん♪ それでは、皆さんをタルタロスに御招きした時に使いました左舷昇降口まで急ぎましょう。緊急停止した場合は、あの出入口しか使えないようにしてあるんです。嫌がらせとして♪」

 ジェイドは、ずれてもいない眼鏡を指で直しつつルーク達を見回した。

「っても、このカベで道がふさがってんじゃねぇかよ。通れねーじゃん、どうすんだよ?」

 ルークは、呆れと不安のない交ぜになった疑問を口にした。

「ふふふ、心配いりません。その辺りの事もちゃんと考えています♪ 大きな声では言えませんが、実は私、兵士達の軍需物資の横な……もとい! 不用品リサイクルの内職に一枚噛んでいましてね。今回、都合よく不用な雷管を持ち込んでいるんです♪ それを使っ……」

 ジェイドは、いやに爽やかな笑顔で不穏な事を口にする……

 しかし、彼の言葉は耳をつんざく金属がひしゃげる高いが重い騒音に遮られた。

 転瞬、ジェイドはルークを庇うように振り返った。

 見れば、ルーク達のすぐ脇の隔壁に四本筋の切れ目が入り、強固なはずの隔壁を大きく歪ませていた。
 その切れ目の断面は、赤々と焼け付いて煙を放っていた。

「ルーク、離れて!」

 ティアは鋭く言うや、杖を構えてルークとジェイドの前に立った。その足元にはすでに複雑で緻密な譜陣が描かれ、白く輝いている。

「ティア。だいじょーぶ……」

 皆の前に、とことこ……と歩み出たアリエッタは振り返り、はにかんだ様に微笑んだ。

 この様な非常事態の、何がどのように「だいじょーぶ……」なのかと、ルークは思わずアリエッタに怒鳴りつけてしまいそうになった瞬間。

 隔壁にバツ印を描く様に、さらに斬り付けられた。

 斬られ、焼かれ、溶かされ、捻じ曲げられ、脆くなった隔壁を突き破り“何か”がルーク達の眼の前に現れた。

 “何か”は《ライガ》だった。チーグルの森で見た門番ライガに勝るとも劣らない体躯の成獣ライガだ。

 巨獣は、熱せられた金属のような爪で通路の床を焦がしつつ甘えた声を上げながら、アリエッタに歩み寄って来る。

 ライガは、彼女の胴体よりも巨大な頭を彼女に擦り付けた。

 ルークは条件反射のように彼女の身を案じたが……

 彼女がその小さな手でライガの大顎を撫で上げると、ライガは甘えた声で鳴く。

 それを目の当たりにして、この少女が『妖獣』の二つ名を持つ六神将である事をルークは思い出した。

「このコに、カクヘキを引きサいてもらいながら行けば早い。アリエッタがアンナイする。そのほーがアンシン……」

 アリエッタはルーク達を見やり、決意の表情で頷いた。

「ふ~む。これは、悲しい事ながらジェイド案は遥か水平線の彼方……使う必要はなくなりましたねぇ。流石のカーティスさんちのジェイドくんもアリエッタさんの行動力にタジタジのタジです♪」

 ジェイドがしきりに感心したように苦笑し、

「確かにアリエッタさんの仰る通り、我々だけで行動するよりも、アリエッタさんにご一緒して頂いた方が、『あの手この手』が増えますからねぇ。そのほうが私も楽チ……もとい、安心安全です♪ 魔物とも騎士の皆さんとも戦わなくて済むかもしれません。避けられる戦いは避ける。それが軍人さんのお約束ですからね!」

 と続けながら、ずれてもいない眼鏡を直した。

 一方、ティアは指先で僅かに頬を撫でながら、しばし黙考する。

 ジェイドの言う事も分かる。彼の言う通り避けるれる戦いなら避けるべきだ。

 しかし、アリエッタの立場はどうなるのだろうか?

 神託の盾騎士団にとっては、云わば捕虜である自分達と行動している所を見られたら、アリエッタがどんな咎めを受けるのか分からない。

 ティアは、ふと直属の上官カンタビレの言葉を思い出した。


『誰かを助けたり、何か違うと思う事に出くわして、その“ゴタゴタ”を片付けるのに、お前達それぞれが持つ信仰なり思想信条なりが邪魔になるようなら……そんなモン、その場で捨てちまいな!』

『無責任? 冒涜的? そうかもね。けど、薄情なクソ野郎になっちまうより万倍もマシだね。だいたい、それがホントに必要なモノなら、“ゴタゴタ”が片付いた後で、また拾っちまえば良い話だろ? 拾い喰いも出来ない“御上品なお嬢ちゃま”は、私の部隊にはいらないね。お帰りはあちらだよ?』

『そもそも《ローレライ》がホントに、いわゆる“神さん”とやらなら、そんくらいのコト笑って許してくれるさ。もし……許されなかったのだとしたら、その時は《ローレライ》と教団が信仰して護ってやるに値しない“その程度のモン”だっただけの話さ』

『まぁ、他の誰に許されまい認められまいと……他の誰でも無い、この私が許して認めてやるから安心しな! そう、この史上最高! 世界最強! の大剣豪であるカンタビレ姐さんがねぇ!! アァッハハハ!!』


 などと、第六師団全員の前で堂々と口走り高笑いして見せる軍人など、彼女以外そうそういる物ではない。
 まさしく例外。例外中の例外も良い所である。

 そんな事を思い出しつつティアは意を決して、

「アリエッタ様。これ以上の無茶はいけません。アリエッタ様自身の安全も大切です……!」

 アリエッタに向き直り言った。
 
「ム……チャ? ムチャじゃないよ、ティア。イオンさまを助けられるなら、アリエッタにはムチャじゃないよ。イオンさまが助かるならムチャじゃない……」

 しかし、当のアリエッタは可愛らしく首を横に振り、イオンの事を想うばかりでティアの気遣いは理解できないようだ。

「ティアさん、仰る事は分ります。しかし、今は一刻を争います。できればイオン様が艦に到着なさる前にお助けしたい。現在、タルタロスにいる神託の盾の皆さん全員のお相手にしていられません。アリエッタさんの協力が絶対必要なのですよ」

 ジェイドが口を挟んだ。

「ティア、おねがい。いっしょに行かせて」

 アリエッタはティアを拝むように手を組んで、言った。

「アリエッタ様……」

 ティアは、助けを求めるようにルークを見た。

 ルークは戸惑った。そんな重要な事を自分に決めろというのか? しかし、別の作戦など考えていないし、すぐに思いつく物ではない。ルークは曖昧に頷き返すしかできなかった。

 ティアは一つ溜息を吐くと、

「アリエッタ様。では、お願いできますか?」

「うん、できる。ティアありがと……」

 アリエッタは、心底嬉しそうに微笑んだ。

「アリエッタさん、もしもの時は『《死霊使い》に怖ぁい脅迫をされた。』と言うんですよ。大抵の方は納得してくれるはずです♪」

 ジェイドは、ティアの意を組んだのかような提案をアリエッタに優しく耳打ちした。


 こうして、ルーク達はアリエッタが従えるライガを先頭にいくつかの隔壁を突き破り、そこで立ち往生していた騎士たちをライガスの電撃で一瞬で気絶させ……、

 真っ直ぐに……

 時折、隔壁では無い場所も突き破り……

 ただただ、真っ直ぐに……

 左舷昇降口を目指してタルタロスの中を突き進んでいく。

 ジェイド曰く『戦わなくて済むならそれが一番良い』との事だったが、“人殺し”はともかく“戦う覚悟”はある程度していたルークは、釈然としない気分だった。

 すると……

「さて、アリエッタさんにティアさん、作戦を言いますよ」

 ジェイドが、何故か内緒話をするように言った。



 魔弾のリグレットは、悠然としているが隙のない歩みで、白亜の城を思わせる敵艦……いや、今は自分達の艦へと近づいて行く。

 とその時、リグレットは僅かな違和感を感じた。

 ここでの目的を達したら、すぐにここを立ち去るために暖機運転を維持するよう命じいたにも関わらず、静か過ぎるのだ。

「ん? 何故、機関が止まっているんだ?」

「機関トラブルか? 残った連中は何をしているんだ?」

 部下達も違和感を感じ取ったらしい。口々に疑問を口にする。

「いや、問題はそこではない。某かのトラブルがあったとして……何故、師団長になんの報告もない。それに我々を待つなりもせず、一人も艦外にいないのは不自然だ」

 この中で、一番年嵩で軍歴ならリグレットよりも上の騎士が言った。

 それにもう一つ……明確な言葉では言い表せられない違和感があった。これは譜術士独特の感覚だろう。そうではない部下達は感じ取ってはいないようだ。

 それとも思い過ごしかだろうかと、リグレットが思い始めたその時、

 小さな……本当に小さな光の粒子が微風が舞い、リグレット達の手足と精神にまとわり付いていくのを感じた。

 紫水晶色の光

 これは第一音素

 根源的な安らぎと恐怖を象徴である“闇”の力の具現である。

 これは……

(ユリアの譜歌《ナイトメア》!)

「全員、対譜術防御!!」

 言うやリグレットは、音素を右足裏に込め素早く地面を蹴り付けた。

 そして、師団長の鋭い号令に騎士達も反射的に手槍の石突に音素を込め、地面に突き立てた。

 瞬時に各々の足下で、音素が炸裂し球形の障壁を形作ると、彼女たちの身体を覆う。

 これは《粋護陣》、あるいは《レデュース・ダメージ》とも呼ばれる防御譜術の一つである。

 剣や槍、または拳や蹴り足に音素を込め、地面や壁を叩き拡散させ、譜術にぶつけて相殺・中和する。初歩にして最優秀の防御譜術とも言われている。

 だが、紫水晶の水泡を形作る“闇の音素”は、即席ゆえの僅かな綻びに分け入って、騎士達の身体へと沁み込んでいく。

 騎士達は次々と膝を突く。槍を支えに立っている者もいたが、それがやっとといった体だ。

 リグレットもまた、膝こそついていないが脈絡のない眠気に苛まれ、足下が定まらない。

 確かな才能と、緻密な術の構成がなくては、こうはいかない。

と彼女が考えた時、

「リグレット……。これはティアの譜歌?」

 一人取り残されたイオンが言った。突然の事に左右を見回して、困惑している。おそらくリグレット達を心配すべきか、このまま逃げ出すべきか、迷っているようだ。

 イオンの言う通り、これはティアの譜歌に間違いない。しかし、同時に別の力の介在を感じる。

 それがどうであろうと、ティアの実力と気質を理解しているつもりになって、彼女を見くびっていたのは事実だ。リグレットはそんな自分を恥じた。

 今の彼女は、自分が知っている内気な少女ではなく一角の騎士なのだ。ならば……

 その時だった。昇降口の分厚い鉄扉が開き、重々しい音を立てて階段が展開された。戦艦には不釣り合いな金細工が施された階段がイオンとリグレット達の眼の前に現れた。

「やぁやぁ、皆々さん♪ お勤めご苦労様です。皆さんご存知、極悪軍人のジェイド・カーティスがか弱いアリエッタさんを人質さんにして、皆さんの前に登場しましたよぉ! 仲間の命が惜しければ下手な行動は止めて下さいね♪」

 朗々とした声と共に、ジェイドが笑顔で現れて、アリエッタの首に手槍を突き付けつつも、彼女を舞踏会会場にエスコートでもするに、騎士たちが力なく膝まづく戦場に降り立った。

「ジェイド・カーティス。譜歌の旋律が聞こえなかったのは、貴様の仕業か? 封印術をかけられて、なおここまでやるとはな。やはり、あの場で殺しておくべきだったか……」

 リグレットは、形の良い眉を僅かに歪め、ジェイドを睨み付ける。

「いやぁ、実はそうなんです♪ 久々に繊細な仕事をしました。皆さんには申し訳ないと思ったのですが、ティアさんの歌声が聞こえないように風の譜術をチョチョイのチョイ☆ ってなモンですよ! 危うく血管が切れる所でしたよ。お恥ずかしい」

 ジェイドは、照れたように言った。

 リグレットは、その険しい眼差しをジェイドの隣に立つ同志……アリエッタに移すと、

「失態だな、アリエッタ……」

 と失望の色を含んだ声で呟いた。

 アリエッタは怯え、その眼差しから逃れようとぬいぐるみの背に隠れるように、顔をうずめ抱き締めた。

 しかし、リグレットの視線は槍の一閃に遮られた。

「小さなレディ相手に、だいにんき……もとい、大人気ないですよぅ。それに今、アリエッタさんは私の大事な人質です。人質に過度なストレスを与えるのはご遠慮ください!!」

 ジェイドは、手槍の穂先をリグレットに向けると、凛然と言い放った。

 すると、そんなジェイドに続き、ルーク達が各々の武器を手に階段を一気に駆け降りると、油断なく身構えた。

「オスロー先生……」

 ティアがぽつりと呟いた。

 別に彼女……リグレットに呼び掛けたわけではない。意味のない声、言葉だ。しかし、口を付いて出てしまった。
 ティアは、自分の弱さの音だと思った。

「ティアか……」

 リグレットはなんの感情も感じられない抑制された声で答えた。

「リグレット様、わたし達の勝ちです。これ以上の抵抗は無駄な犠牲を増やすだけです。どうか道をゆずって下さい、お願いします」

 ティアは決して感情的ではないが想いを感じさせる声で言うと、頭を下げた。

「『お願いします』か……。相変わらず優しい娘……」

 リグレットは、冷徹なだけだった顔を綻ばせ、苦笑した。

 そんな彼女の言葉と表情に、ティアとルークの警戒が少しだけ緩んだ。

 しかし、次の瞬間……

「いいや……」

 リグレットの顔から表情が消え、刺すような殺気が宿った。

「それは、『甘い』だけだ! 敵に勝利を懇願するなど……愚劣の極み」

 リグレットはそう吐き捨てると、ティアの物と同じ短剣を取り出すと、自分の左上腕に突き刺した。

 痛みで譜歌による催眠効果を掻き消したのだ。

 リグレットは、決して軽くない傷を負っているのにも関らず、軽やかな体捌きで跳躍し、ティア目掛けて自分の血に染まった短剣を投げつける。

 ルークは驚いて、手にした剣の柄に力をこめた時、コゲンタが抜き手も見せずに抜き放ったワキザシによって短剣は払い落とされ、ティアの命を救っていた。

「……っのやろっ!」

 ルークは、剣を八相に構えるとティアとコゲンタの脇をすり抜けて、リグレット目掛け疾走する。

 今の今まで迷っていたが、イオンに酷い事をしたのはもちろんの事、ルークにとって「ワケのわからん!」理屈で、ティアの優しさまで踏みにじった目の前の女騎士が許せなかった。

 ひどく凶暴な気分だった。人を斬る覚悟はまるで出来ていないが、剣の腹か峰で思い切りぶん殴るくらいの覚悟は出来ている。

「うっ!? イオン!」

 しかし、そのルークの覚悟と疾走は簡単に阻まれた。何故ならリグレットが着地すると同時に立ち尽くすイオンの隣に立つと、イオンのこめかみに譜業銃を突き付けたからだ。

「イオンさまっ! リグレット、やめて!!」

 アリエッタが悲鳴に近い声を上げた。

 だが、リグレットは躊躇う所か眉ひとつ動かさなず、

「ティア、譜歌まで使ってこの様はなんだ? 確実に勝利を得たいなら『敵には容赦はするな』と教えたはずだ。お前はそれが出来なかったから、こんな風に足をすくわれる……」

 冷たい瞳でティアを見つめ、冷たい声音で言った。

「リグレット様! 導師イオンになんて事を!」

 ティアもさすがに語気を強める。

「ティア、勘違いしているな。イオン様を危険に晒しているのは、お前の覚悟の無さだ」

 リグレットは少し呆れたように首を振る。

「ふぅむ、詭弁だのぅ。正直、詭弁にもなってはいないがな」

 コゲンタは吐き捨て、いつの間に抜いたのかコヅカをいつでも投げらるように構えた。

 リグレットは、それに応えるように傷付いた左腕で腰の拳銃吊りから、もう一丁の譜業銃を引き抜き構える。痛みなど感じていないのかと思わせるほどの確かな動きだ。


 その時だった。リグレットの金糸を思わせる金髪が、風に揺らいでそよぐ。

 彼女は、電光石火の反応で上体を反らせた。

 一瞬前まで彼女の顔があった空間に、青白い閃光が切り裂く。

 これは音素の剣閃、『魔人剣』、流派によっては『蒼破刃』とも呼ばれる技だ。

 無数の木の葉が真っ二つにされ舞い散っている。その剣閃は木立の中繰り出されたようだった。

 そして、さらに一条、二条と剣閃が閃く。

 剣閃は、イオンを避けるように奔り、リグレットに迫る。

 リグレットは巧みに剣閃を躱していく。しかし、譜業銃の銃口はイオンからみるみる離れていった。

 それだけでは無い。剣閃は地面に触れると地を這う衝撃波へ姿を変えて、闇の音素によって未だ身動きの取れない神託の盾の騎士を次々となぎ倒す。

「この技……! もしかして!」

 ルークは、木立に眼を向けた。

 リグレットは迫る剣閃を躱しながら体勢を整え、譜業銃を木立の向こう目掛けて連射する。

 無数の音素の弾丸が、木々を穿ち、粉砕し、無数の木片が宙を舞った。

 その時、木片の向こうの背の高い木の天辺が、音を立てて大きく揺らいだ。

 ルークは大きな鳥……鷹や鷲が飛び立った時の音のようだと思った。どちらも図鑑や剥製で見ただけだったが、そんな事を考えながら音がした方角を見上げた。

 その瞬間

「ハァアアアッ!!」

 裂帛の気合と共に黄金色の突風が、リグレットへと一直線に奔る。

 譜業銃を交差させ盾にしたリグレットだっただが突風の……いや、

 ファブレ公爵家 使用人『ガイ・セシル』の、渾身の《シングムント派アルバート流 飛翔天駆》を受け切る事は、腕に傷を負った状態の今の彼女にはできなかった。彼女の身体は、そのままの姿勢で、タルタロスの船体に叩き付けられた。

 リグレットは、衝撃で肺から酸素を根こそぎ搾り取られ、呻き声も上げられずその場に座り込んだ。しかし、その碧眼にはまだ冷たい戦意を宿して、ガイを睨み付けている。

「ガ……ガイッ!」

 ルークは、心底嬉しそうに声を上げた。

「よう、ルーク。ガイ様、華麗に参上!ってな」

 ガイ・セシルは、屋敷で見せていた物と変わらない微笑を浮かべて言った。




 長かったタルタロス編もようやく終わりが見えてきました(笑)。

 個人的にタルタロスのシーンは迷言のオンパレード(主にティアとジェイド)……とはいえ、それだけ印象に残る「力」を持った言葉という事でもありますので、それに代わる名言(迷言?)を考えるのは苦労しました。無い知恵を絞ったつもりです。

 Average版の迷言はいかがだったでしょうか?ご意見、ご感想をお待ちしています。


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第33話 一つの和解 親友との再会


「ちょっと待っててくれ、すぐ済ませる……」

 ガイはふっと笑顔を消し、リグレットを見据える。

 リグレットもその鋭い視線に応えるように、ガイを睨み付けた。

「怖い顔だな……。まぁ、こっちは今からアンタを斬り捨てるんだ、気が済むだけ睨むと良いよ。女性を斬るのは忍びないが……。ルークと導師イオンに銃を突き付けてたんだ。ルークの親友で、一応はローレライ教徒の俺が見過ごすわけにはいかないんでね」

 ガイはひどく冷たい声で言いながら、カタナを鞘に納めると右腰に添えて、低い姿勢で構えた。

 それは、獲物を狙う猫科の猛獣を思わせる殺気だ。

 その時、

「待って下さいっ! 待って! お願いです!!」

 イオンの慌てた声が上がった。

「もう良いでしょう。もう数えきれない命が失われました。これ以上は……。どうか、お願いします。剣士殿」

 イオンは、祈るようにガイを見つめる。

「……導師イオンの御心のままに」

 ガイはリグレットからは目を離さず、慇懃に頭を下げる。しかし、その両手はすぐにでも抜刀出来る様、柄と鞘に添えられたままだ。

 その時だった。

 辺りを美しい旋律と薄い紫水晶の闇の音素が包む。

 もう一度、ティアがユリアの譜歌『ナイトメア』を唄ったのだ。

「くっ、ぅ……ティア、貴様……」

 リグレットも今度は耐える事ができず、崩れ落ちる様に眠りに落ちる。

「申し訳ありません。リグレット様……」

 ティアは、かつての師に頭を下げつつ少しだけ肩の力を抜いた。
それを見たルークも、胸を撫で下ろし長い溜息をひとつ。

 すると、彼らの横でコゲンタが、

「念のため縄を打っておこう」

 と言うと、羽織を脱ぎ、コヅカでそれを細く裂き始めた。

「手伝います……」

 ティアもナイフを取り出し、複雑な表情でそれに加わる。

 本来なら、今後も『強大な障害』に成り得る可能性の高いリグレット達を、この場で“排除”しておくべき場面だ。
 それなのに、“ルークとイオンの安全を第一”とするはずの自分が、“そうしなくていい”事に安心してしまっている。

 ティアはそんな中途半端でいい加減な自分が嫌になった。

 その向こうで、

「イオンさまぁ……」

 アリエッタは縋るような声でイオンを見つめる。

 しかし……

「アリエッタ……。リグレットをお願いできませんか? どうか……」

 静かに言うイオンは、アリエッタの瞳から逃げる様に眼を逸らした。

「わかり……ました、イオンさまのおねがいなら……。またね、ティア……」

 アリエッタは泣きそうな顔になりながらも、しっかりと答え頷く。

「アリエッタ様。イオン様は及ばずながら私が……」

 ティアは縄を作る手を止めて、イオンの側へ立つと静かに言った。彼女はアリエッタを抱きしめたいような切ない気持ちだったが、顔には出さない。無責任とは自覚しながら、『強くて、頼りになる自分』を演出して、少しでもアリエッタの不安を和らげてあげたかったのだ。

「うん……。みんな、おねがいっ!」

アリエッタはティアの言葉に寂しげに頷くと、右手を高く掲げた。

 すると、一体今までどこに隠れていたのか……木立の中、甲板の上から十数頭のライガや巨大な鷲のくちばしと翼、逞しい獅子の両脚を持つ怪鳥《グリフィン》が飛び出して来た。

「うわゎゎゎっ!?」

「みゅぅぅぅっ!?」

 ルークは、ミュウと同時に悲鳴を上げてしまう。ルークは大いに後悔したが、もう後の祭りだった。

 ルークは、恐る恐るティアの方を見ると、彼女の顔は緊張で固まり、その両手は杖を硬く握り締め身構えてている。ルークは、何故か少し安心してしまった。

 ティアはルークの視線に気が付くと、小さく咳払いをすると、恥ずかしそうに苦笑してルークを見返した。

 ルークは、当然ながら慌てて目を逸らした。その視線の先で、ミュウが生意気にも覚悟を固めたような表情でアリエッタに向かって仁王立ち……とはいっても、迫力の欠片もなかったかが……。

「あ、アリ、アリッ! アリエッタしゃん!……さん!」

 ミュウが出し抜けに声を上げた。

「なぁに?」

 アリエッタは、全く接点のなかった相手に名前を呼ばれたからか、頭の上にたくさんの疑問符を浮かべながら、首を傾げた。

「ボルっ、ボルっ、ボク!!」

「ぼるぼる? ボルボックス……って何だっけ?」

「ちがいますのっ!」

 トンチンカンな会話を聞かされたルークは、身体から先程までの闘いの緊張感が、マヌケな音を立てて抜けていくのを感じた。

「ライガさん達の……アリエッタさんのおウチをモヤしちゃったのはボク! ボクなんですの……」

 そんなルークの事など知る由も無いミュウは一気に言った。

「え……?」

 アリエッタは呆気にとられている。

「ごめんなさいですの!! ごめんなさいじゃ足りないけど……、ごめんなさいですのっ!!」

「そっか……。うん、わかった。だいじょーぶだよ、チーグルさん」

 相手がミュウだからなのか、ティアと話している時よりも、饒舌に言うと、

「オウチがなくなるのは、よくあるコト。もえたり、くずれたり、たべられたり……おぼえてないけどアリエッタの最初のオウチも海にシズんで無くなった。でも、ライガはツヨい。ライガはスゴい。ライガはマケない。だから、アリエッタもだいじょーぶなの」

 と続けると、柔らかく微笑んで頷いた。

「あ、あ、あ、ありがとうっ! ございますのっうう~!!」

 ミュウは、アリエッタの思いがけない優しい言葉に、大きな瞳を涙で溢れさせた。

「うん……」

 アリエッタはミュウの前に膝を着くと、泣きじゃくる彼の頭を優しく撫でて、もう一度頷いた。

「ご主人様~! アリエッタさんがぁ、ボクにぃ~、ボクをぉ~、ボクでぇ~」

 感極まったミュウは、涙で顔をクシャクシャにして、何が何だか分からない事を口走りながら、ルーク目掛けて走り寄る。

「ええぃ、うっとーしぃ! いちいち引っ付いてくんな!」

 ルークはさすがに不気味に思い、彼を躱した。

 ミュウは、ルークに躱されたので、そのまま勢い余って顔面から転んでしまった。しかし、彼は泣きながら笑っている。満面の笑顔で笑っている。

 ルークは気味が悪くなった。しかし、ミュウが心底喜んでいる事は分かった。

「ミュウ、凄いわ。謝る事は、すごく勇気がいるのよ。良かったわね、アリエッタ様は、あなたを許してくれたわ」

「はいっ! はいっ!! はいですの~っ!!」

 コゲンタを手伝って騎士たちの両手を後ろ手に縛っていたティアが、ミュウに笑い掛けた。

 こうして、アリエッタの配下……いやお友達の魔物達が深い眠りに落ちているリグレット達をタルタロスの中へと運び込んでいく。

 そして一人だけ残ったアリエッタは、名残惜しそうに、あるいは、何かを期待するようにイオンを見つめていた。

 しかし、イオンは彼女の期待に応えなかった。いや、応えられなかった。

「アリエッタ、すみません……いいえ、ありがとうございました。リグレット達の事を頼みます」

「はい……」

 アリエッタは頷くと、うなだれて昇降階段を上り始めた。

 彼女は幾度となくイオンを振り返り、なかなか艦内へ入れない。彼女はたっぷり数分を使って、階段を登り切った。

 そして、また振り返ったアリエッタは、寂しげにイオンを見つめている。

「アリエッタさ~ん! 階段を収納しま~す。危険ですので、白線の内側までお下がり下さ~い♪」

 ジェイドが、元気よく手を振ってアリエッタに呼び掛けると、階段の側面に設けられた操作盤を指先で軽快に叩いた。

 イオンは、階段が畳まれ艦の壁面へと収納されるのを見届けると、口を開いた。

「ルーク、ぼくは……」

 それを見ていたルークは、アリエッタが言っていた事を思い出して、

「あーとっ……。オマエも記憶喪失だったんだよなぁ? なっ? ヘヘへ……」

 なるべく、気楽な調子で言った。

 何故か驚いたような顔をしたイオンは、

「えっ? えぇ、そう……そうらしいです。ぼくには、二年前からの記憶しか……思い出が無い……です」

 何処か誤魔化すように歯切れ悪く頷いた。

「ぼくにはアリエッタと過ごした記憶はありません。知識としてでしか、彼女の事を知らないんです」

 うつむきながら言うと、溜め息をひとつ吐いてから、

「けれども、彼女は以前のように……いえ、きっとそれ以上にぼくを気遣い慕ってくれているんです。今のぼくが、自分の事を忘れている事を知っているはずなのに……」

 と酷くつらそうに形の良い眉を歪めながら続けた。

「昔のがどうだったかなんて、お前は憶えてねーだからしょうがねぇだろうが。それより、イオン。今のオマエはどうしたいんだよ? 」

 ルークは、珍しくゆっくりとした口調で言った。

「え? 今のぼく……」

 イオンは、まるで考えもしなかった事を言われたかの様な顔をして、その翡翠色の瞳で、ルークの少しだけ淡い同じ色の瞳を見つめた。

「だから、あのアリエッタとかゆーヤツと仲良くしたいのかよ? したくないのかよ?」

 ルークは、その視線に、まるで弟にでも言い聞かせるように答える。

「ぼくが? 彼女と? ですか? そうい言えば……考えた事も有りませんでした。そんな事……」

 イオンは、少し呆気にとられたように言った。

「はぁ? なんだそりゃ、ボッ~とした奴だな。まぁ、知ってたけどな」

 と、思わず失笑するルーク。

「そうですね。言われてみれば、ルークの言う通りだ。これからの事も少し考えてみます。彼女の事……ぼく自身のこれからの事も」

 しかし、イオンは、いたって真面目な顔で答えた。

「あ? あぁ、そう。良いんじゃねぇかな」

 ルークも、イオンの表情に気圧されたように、真顔になってしまった。

「よっ、男前♪ ルーク様からイオン様への優しい励ましのお言葉をお聞きできた所で、今は早急にズラかる事にしましょう!! ひとまず、セントビナーへ向かいましょう」

 ジェイドは、笑顔で高らかに拍手しながら、その場にいる全員を急かすように軽快に足踏みして見せた。

「セントビナーって何だっけ? 聞いた事はあんだけどなぁ……」

 ルークはジェイドの顔を見ながら、腕をこまねいた。

「この辺りからだと……東南へ向かうとある街だの。馬鹿デカイ木が目印の街で、かなりの規模のマルクト軍の駐屯地がある」

 コゲンタがジェイドの代りに答えながら、ルークの隣へ歩いて来た。

 そして、彼らはお互いに頷き合うと、ジェイドを先頭にして東南の方角へと歩き出した。

 それに続こうとしたルークは、ふと……タルタロスを見上げ……。

 別に名残惜しいわけではない。わずか半日を過ごしただけで、しかもルークにとっては悪夢の舞台でしかない船だ。

 しかし、ルークは何故か後ろ髪を引かれる思いだった。

「ルーク? どうしたの……」

 ティアが心配顔で尋ねてきた。

「あぁ、いや……今、行くよ」

 どうしたと訊かれても、自分でも何がナンだか分らないルークだったが、すれ違う程度に巡り会ったマルクト兵達との束の間の旅だけは忘れない。と密かに誓って歩き出した。


 木々の間を数人の男女が駆けていく。ルーク達である。

 ガイ、ジェイド、イオン、ルーク、ティア、コゲンタの順だ。

 その中で、イオンが徐々に遅れ始めた。そして、何かに躓いた。転びはしなかったが、その場から動く事ができなくなり、肩で息をし始めた。

「あっ、おい! イオン、大丈夫か?! ティア、イオンが!」

 彼のすぐ後ろを走っていたルークは、ぶつかりそうになりながら、彼の背中を支えると声を上げた。

「大丈夫……です。少し躓いただけですから……」

 イオンは、笑顔で答えた。しかし、その額には異常な量の汗が浮いている。

「ウソつけ……スゴい汗だぜ」

 訝しむように尋ねるルークの脇をコゲンタとティアがすり抜けて、イオンの両脇から支え寄り添う。

「イオン様、申し訳ありません。私とした事が、久方ぶりの駆けっこに熱中してしまっていました。お許し下さい」

 ジェイドが珍しく顔をしかめて、イオンに頭を下げた。やや大仰で芝居がかってはいるが……

「いいえ。ジェイドは皆の命を護ろうと必死になってくれているだけなのだから。謝らくてはいけないのはぼくの方です……」

 イオンは、悔しそうに首を横に振った。

「ひとまずここまで来れば、大丈夫だろう……。一休みしよう。油断は禁物だけどね」

 ガイが辺りを見回しつつ、言った。

「よし、わしが見張りに立とう」

 イオンを木の陰に座らせたコゲンタが、立ち上がった。

「では、わたしも……」

 ティアは、イオンに水筒を手渡すと立ち上がろうとする。 

 
「いや、ティア殿はイオン様の側に……。それから、荷物の選別を頼もう。必要最低限の物だけに絞って下され。逃げるのには身軽な方が良い」

 コゲンタが、それを手で制すると、地面に置いた荷物を指差して、微笑した。

「あっ、分かりました……」

 ティアは頷くと、荷物袋を広げ出した。

 コゲンタはそれを見届けると、走って来た方向へ戻り始めた。

「しからば、私が見張りに着きましょう。見張りは、私の七百八ある得意技のひとつですからね! 藁のお家に入ったと思ってお休みください♪」

 ジェイドが胡散臭い笑顔で言うと、コゲンタの後を追った。

 そして、木立の中に隠れるように座り込むルーク達。

「ガイ、全く遅いぜ。来るなら、もっと早く来いよな!」

 ルークは、小声で動作も控えめながらも、隣に座るガイの肩にやや乱暴に腕を回した。

「そう言うなよ。これでもアチコチ探し回って、やっと見つけたんだ。マルクトの領土に飛ばされた事ぐらいしか解らなかったからな。俺は陸づたいにケセドニアから、グランツ謡将は海を渡ってカイツールから探していたんだ」

 ガイは、ひとさし指を立てて口の前に持っていってから、困ったように言った。

「ヴァン師匠もさがしてくれてんのか?!」

 ルークは師の名前を聞き、喜びのあまり隠れているのを忘れて大声を上げ、ガイに詰め寄るように身体を乗り出す。

「あ、ああ……。でも間違っても謡将には、さっきの文句はすんなよルーク? ハハハ」

「わ、わかってら! あんなコト師匠に言うかよ!」

 もう一度、立てたひちさし指を口の前に苦笑するガイ、ルークは慌てて小声で言うが……

「でも、その、とにかく、ワリっ……たす……助かったぜっ。ガイ!」

 照れくささを誤魔化し、そっぽを向くルーク。

「ハハハ、ルークにしては素直な態度だな? でもまぁ、心配してたんだ。無事でよかったよ……」

 そんなルークの仕草にガイは微笑むと、組まれた彼の肩に手を置いた。
 そして、イオンの顔をハンカチで扇いでいるティアに眼を向けて、

「ティア、しばらくだね。今まで君がルークを護ってくれたんだろ? こいつの事だから礼もロクに言っていないだろうから、俺から言わせてもらうよ。ありがとう。本当にありがとう……」

 と頭を下げ、「言ったつーの!」と顔で訴えるルークを無視して、彼女に微笑み掛けた。

「い、いえ、やめて下さい。セシルさ……じゃなくかった、ガイ。わたしのほうこそ、逆にルークに護ってもらってばかり……」

 ティアは慌てて、「頭を上げて下さい」というように手を掲げて、言った。

「ハハハ。ずいぶん仲良くやってみたいだな。俺よりルークを呼び捨てにする方が、すごく自然だ。ルークも隅に置けないな」

 ガイはニヤニヤしながら、ルークを見つめた。

「意味わかんねー事言うなよ!」

 ルークは顔を赤くして、言った。

「剣士殿、先ほどはありがとうございました。ぼくは、ダアトのイオン。ローレライ教団の導師を任されています。貴方は、ガイ……ええと?」

ようやく息が整ったイオンが、ガイに笑い掛ける。

 ガイは、肩からルークの腕を解くと、

「まずは申し遅れました事をお詫びします。私は、ガイ・セシル。クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ公爵家 使用人です。お見知りおきを」

 跪き胸に手を置いて、最敬礼した。

「ガイまでそれかよ……。イオン相手だと、いちいちソレやらねーとイケねー決まりでもあんのかよ?」

 ルークが呆れたような顔で言った。ルークにとっては、イオンは同じ年頃の少年でしかないのだが、大人には何か別の存在にでも見えるのだろうか? 

「ああ、そうさ。決まりなんだよ。イオン様には、これでも足りないくらいだよ」

 ガイはルークに言うと、再びイオンに頭を下げた。

「ガイ……と呼んでも良いでしょうか? どうかぼくの事もルークと同じように呼んで、扱ってくれると嬉しいです。どうか、気安く呼び捨てに……」

 イオンは困ったような顔をしてから、微笑んだ。

「……分かった。よろしくな、イオン。ガイ・セシルだ。俺の事も呼び捨てで良いよ」

 ガイは一瞬迷うように沈黙したが、すぐにイオンに微笑み返した。

「はい、ガイ。ありがとうございます」

 イオンは心底嬉しそうに笑った。

「ところで、ルーク。見張りを買って出て下さった旦那がたは、何者だ? 二人とも見るからに只者じゃないようだけど……」

 ガイはそれぞれ左右に別れて、手近な茂みの陰に身を隠したジェイドとコゲンタを順に見て、ルークに尋ねた。

「青い服着たのが、ジェイド・カーチェイスだったけ……? マルクトの軍人で、イオンと一緒に伯父上の所にワヘーコウショー? しに行くんだってよ」

 ルークは、ジェイドの姓を思い出せず、首を傾げて言った。

「たった今から、ジェイド・カーティス改め!、ジェイド・カーチェイスです!! お見知りおきを♪」

 ジェイドは、「バードウォッチング」と書かれた双眼鏡を覗いたままの姿勢で、言った。

「そんで、ヘンな服のが、おっさんだ。……名前はなんつったかな? おっさんとしか呼んでなかったもんだから……」

 ルークは、ジェイドに呆れたように首を振ると、コゲンタを指差した。

「おまえな……指差すな」

 ガイは、そんなルークに呆れながら彼の手を下ろさせた。 

「あははは、姓はイシヤマ、名をコゲンタと申す。おっさんで構わんぞ。もっとも、そろそろじいさんと呼ばれても良い歳だがの」

 しかし、コゲンタは気にした様子も無く、視線をタルタロスが有るであろう方向に視線を向けたまま、返事をした。

「なんにしても、ルークが世話になったみたいだな。ルークはこんな感じだから、俺からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」

 ガイは、彼らの気さくな態度に苦笑してながら、頭を下げた。

「アハハのハ、何をおっしゃるお兄さん♪ それはこちらのセリフですよ! お世話になったのは私の方っ!! 私がヘッポコなばかりに、ルーク様を危険に晒してしまいました。本当に申し訳なく思っています。……私にしては珍しく!」

 ジェイドは、やはり双眼鏡から目を離さず、笑った。

「わしのほうは、ルーク殿に金ずくで雇われた用心棒だ。改まって礼を言われる必要はないっての。まぁ、諸事情で、まだ前金も手付金も頂戴してしてはおらんがの。あははは」

 コゲンタは、マルクト軍に同行するためだけの設定をもっともらしく言った。

「ふぅん……。“男子、三日会わらざれば括目して見よ”とは言うけど……、ルーク、一体お前どんなマジックを使ったんだ?」

「どーゆう意味だよ!? だいたいガイ、オマエがな……」

 からかうガイに、ルークが再び、大声を上げた。

「ハハハ、冗談だって」

 ガイは「抑えて、抑えて」という手ぶりをした。

 その時、苦笑していたティアは何かを感じ、その顔から表情を消したかと思うと、

「ごめんなさい、静かに……!」

 と囁くように言った。

「なっ、なんだ! どうしたんだよ、ティア?」

 ルークは今さらのように声を抑えて、狼狽える。

「……分らない。何か早い物が、こっちに近づいて来る。一度、聞いた事のある音だわ……」

 ティアの言葉を受けて、ジェイドとコゲンタは、左右に視線を走らせる。

「やや! 九時方向に我が軍のバギーが高速で接近してきます。動かしているのは神託の盾のようです」

 ジェイドの言葉に、コゲンタはそちらに視線を向け、

「数は……、七人? 八人かの。多いな、このまま、やり過ごしたい所だが……」

 と、誰にともなく言う。

「定員オーバーじゃないですかぁ。安全を考慮するなら、一台六人までにしていただきたいですねぇ」

 ジェイドがかみ合わない返事を返す。

 ルークが、「冗談など言っている場合か?」と抗議しようとした時

 ジェイドが、

「やや! 気付かれたようです。あちらにも、聴覚の優れた譜術師がいたようですね」

と大げさに首を振った。

「なにー!」

 ルークはやっと目覚めた悪夢から「悪夢の怪物」が追いかけてきたように感じずにはいられなかった。
 

 




 今回は、色々と詰め込み過ぎた感のある回でしたね。
 書きたかった内容を要約しますと、
 
 一つ、静かなる闘い。普通の戦闘シーンも上手く描けないのに挑戦してしまいました。「こうしたら良くなる……」という事があれば、是非ご指摘ください。

 一つ、アリエッタとミュウの和解。アリエッタとの因縁はそもそもミュウが原因なのに、原作ではほとんど接点がなかったので、これはおかしい。と思い、長くなるのを承知で描き加えました。如何だったでしょうか?

 一つ、ガイとの再会と自己紹介。原作をそのままでも良かったのですが、原作とはすっかり別人のキャラとオリジナルキャラとの出会いですし、変えてみました。

 最後に、追っ手の来襲。原作では、何故あんなに早く追いつかれたのだ? と思っていましたので、ああいう形になりました。
 唐突に登場したバギーは、このための伏線でした。(イオンの体力を考えてというのもありましたが……)


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第34話 一対一 決死のルーク


 木立と数間の距離を置きバギーが停車した、と同時に、騎士達は一斉にバギーから飛び降りる。

 騎士達は、そのほとんどが剣を持った剣士の様だったが、内二人は少し様子が違うようだ。一人は、身の丈ほどもある大きな管楽器のトロンボーンの様な譜業を担いでいる。そして、もう一人は音叉の杖を持った譜術士だ。恐らく、この譜術士が、こちらの存在に気が付いたという譜術士なのだろう。

 譜術士はティアとイオンの物に似た白い法衣を身に付け、頭巾と覆面で顔を隠してはいるが、その両瞳にぎらつく闘争心を隠しきれていない。

 手に持つ鋭角的で槍の様な杖と相まって、ティアとイオンとは似ても似つかない、人の形をしただけの恐ろしい怪物にルークには見える。

 とその時、譜業を持った騎士が、それを手慣れた様子で操作し構えた。

 トロンボーンで言うところの、大きく口を広げた“ベル”の部分に、無数の火の音素が集束し赤々と燃える火球が形作られる。

 まさか、木立もろとも火を放とうと言うのだろうか?

 こちらには、彼らが護るべき主であるイオンがいるというのに……

 しかし

「流水の刃よ♪『アクア・エッジ』!!」

 素早く唱えられた水の音素を操る聖句と同時に、ジェイドの左右の掌から円盤状の水の刃が現れ飛ぶ。

 二枚の水の刃は、高速で回転しつつ一枚は一直線に、もう一枚は大きく孤を描いて譜業を担いだ騎士に迫る。

「風よ切り裂け。『ウインド・カッター』……!」

 しかし、それを見越していたかの様に、譜術士の聖句が音叉の杖の鳴動が重なり響き、無数の不可視の風の刃が水の刃に、殺到し押し潰す。

 譜業を背負った騎士は、仲間の風の譜術がジェイドの水の譜術を完全に打ち消されるのを待って、譜業の引き金を引いた。

 譜業のトロンボーンのような発射口の先で、火球が膨れ上がる。

 巨大な炎は、獲物に跳びかかる大蛇のように、木立めがけて放射された。

 しかし、火炎の大蛇は獲物あり付く事はなく小さな火の粉に……いや、それ以前の音素に分解され霧散する。

 これは、ライガの紫電をも無効化したティアの譜術『レジスト』だ。

 見れば、ティアは身を低くし構え、足下に複雑で緻密な譜陣が描かれ輝いている。

 そして、彼女が握り絞めた杖で、譜陣を僅かに叩くと同時に譜陣が描き換わり、彼女の頭上に風の音素が渦を巻き、四つの光球を形作った。

「翔べ、戒めの電光。『パラライパルティータ』!」

 ティアの聖句によって命を吹き込まれた光球は、不規則な軌道を描いて、騎士達に襲い掛った。この譜術は、強力な電撃を伴う光球によって、対象をほぼ無傷で麻痺・昏倒させる術だ。

 しかし、あくまで“ほぼ”であって“無傷”では済まない。そして、ティアがその事で僅かに抱いた躊躇いが、譜術の精彩を欠いた物にしてしまう。

 四つの光球は全て、騎士達に躱され、斬り捌かれ、彼らの身体を捉える事はできなかった。

 そして今の攻撃で、こちらのより正確な位置を知らせる事になった。神託の盾の譜術士の足下に譜陣が描かれ輝く。

「うーむ、これは! 私は、思いのほか弱っちくなっているようです。相手に先制打を与える所か、こちらの位置をまんまと知られてしまいましたぁ……。かくなる上は、ジェイド・カーティス渾身のバンザイ突撃を御覧にいれましょう!!」

 ジェイドは言うが早いか、手槍を出現させると、木立を飛び出した。

「こちらも撃って出よう!」

「あぁ!!」

 ジェイドに続き、コゲンタとガイは同時に剣を抜き、それぞれがそれぞれの方向から木立を飛び出した。

 一瞬の刹那、騎士達は誰が誰を狙うべきか宙を彷徨う。


 そして、舞い上がる剣戟の火花


 戦いが始まった


 そう、ルークの目の前で


 殺し合いが始まった


 また……


 始まってしまった。



 対峙するジェイドと譜術士。

 ジェイドは爽やかに微笑み、譜術士は覆面で隠しきれない殺意の表情で、お互いを睨み、見つめ合う。

 何の合図も無く同時に、二人の足下に譜陣が描かれ輝く。

「炸裂する力よ♪ 『エナジー・ブラスト』!!」

「炸裂する力よ! 『エナジー・ブラスト』!!」

 二人の譜術士の戦いの火蓋が、同じ譜術のぶつかり合った白光の小爆発と共に、いま切って落とされた。

 ジェイドと譜術士は、風の譜術、火の譜術、地の譜術、水の譜術を高速で撃ち合いながら、縦横無尽にお互いに有利な場所を取り合い、走る。

 熟達の譜術士同士の一騎打ちは、物語で語られるような強大で派手な上級譜術は使われない。基本的に、術の消し合いになるか、出の速い下級・中級譜術で素早く撃ち合いながら自分に有利な地形を取り合うという物になる。

 相手よりも素早く、有利な場所に陣取り。

 相手よりも素早く、音素を練り上げ。

 相手よりも素早く、譜陣を描き。

 相手よりも素早く、譜術を撃ち込み殺す。

 殺されたくなければ、その譜術を打ち消すか、それまで練り上げた譜術の構成を捨てて逃げる。

 それだけだ。

 詠唱中に護ってもらわなけらば戦えない譜術士は、戦場にいるべき人間では無い。

「熱き力よ♪ 『ファイア・ボール』!!」

「熱き力よ! 『ファイア・ボール』!!」

 またしても同じ聖句が重なり、ジェイドと譜術士の間で炎が爆ぜる。

 前に突き出された両者の掌に火球が次々と現れ、激突すると、音素になって霧散した。しばし、その場を沈黙と爆炎が充満し支配する。

 そして、その沈黙を破ったのはジェイドの明朗快活な声と、掌の一振りで巻き起こった突風だった。

「いやぁ、なかなかやりますね~♪ 見事に練り上げた譜の構成、清々しいまでに滲み出る野心! イシヤマさんといい、貴方といい、不世出の遣い手に予期せず出会えるのも旅の醍醐味ですね!」

 ジェイドは満面の笑みだ。

「買い被りだな。ふふふふ、だが……」

 譜術士は、ジェイドの胡散臭い賛辞を吐き捨てるように突き返した。

 そう、彼自身の言う通り、彼の第四師団の中での譜術士としての序列は低かった。だが、それでも確実に敵を倒し、戦果を上げてきた猛者である。

「その、“不世出”などという、不名誉極まりない肩書きも今日までだ。貴様の首を上げ、導師様を御救いしたとなれば、この才能の無い私も《六神将》や《鋼のカンタビレ》に並ぶ……あるいは、それ以上の騎士として讃えられるかもしれない」

 譜術士は、不敵に笑う。

「いささか買い被り過ぎかと思いますが、お褒めに預かり光栄です。ですが、今の私は《封印術》によって、ほとんどの技と力を封じられ、もはや取り柄といったら、この底抜けの明るさと若作りなだけの男ですよぅ?」

「ふ……、力が封じられていようが、いまいが、そんな事は関係ない。貴様が《死霊使い》のジェイド・カーティスという事が重要なのだ。それだけで《死霊使い》を倒した英雄というわけだ……。特務師団の根暗連中と、あんな所に隔壁をぶち破れるほどの爆薬を隠していた不良軍人ども、何より、このバカ騒ぎを引き起こした導師様には感謝しないとな……!」

 ジェイドは爽やかに照れたように頭を掻くが、対する譜術士は冷笑に顔を歪め、今までの鬱屈を振り払うように吠え、杖を地面に突き立てる。

 彼の足下に黄色の譜陣が、一瞬にして描かれ光輝く。

 地の音素、『第二音素』だ。

「少ないリスクで、名声が手に入るのだからなぁ……。行くぞ、ジェイド・カーティス!! 大地の力よ! 熱き力と共に! 燃え盛れ赤き猛威よ!」

 譜術士が聖句を唱えると共に、先ほどの火の譜術の応酬によって周囲に充満した火の音素が譜陣に取り込み始める。

「『イラプション』っ!!」

 土の音素を用いて、硬く分厚い大地に押し込められた火の音素の具現であるマグマを呼び寄せ噴出させ、一時的かつ局所的な噴火を引き起こす強力な複合譜術だ。

 譜術士は、この譜術で何人もの敵を葬った。
 彼が今この瞬間、繰り出す事のできる最強の譜術であった。

 今回も、「これでカタが着く……」と、譜術士は確信していた。


 だが、しかし……


 彼の渾身の譜術は不発に終わった。何故なら、土の音素に絡めて放つはずだった周囲の火の音素が、突然消えてしまったのだ。

 中途半端に発動した土の譜術が、ジェイドと譜術士の足下を歪な形に隆起させた。

「くっ! これは『アーピアス・アクア』かっ!?」

 譜術士は、術の失敗により激しく震える地面に、体勢を崩す。

「いえいえ。正解は『アーピアス・ゲイル』です♪」

 隆起した土塊の上から、なぞなぞの答えを発表するような楽しげなジェイドの声が、譜術士の耳にも届いた。

「とぉいっ! やぁあぁぁっ!!」

 気合の掛声と共に、華麗な宙返りで譜術士の背後をジェイドが取る。

 素早く振るやれた彼の踵が、体勢を崩した譜術士の両脚を容易く蹴り払った。

 受け身を取れない倒され方をした譜術士は、呼吸もままならず、反撃どころか立ち上がる事も、しばらくは出来ないだろう。

 そんな譜術士の鼻先に、ジェイドの手槍の切先が突き付けられる。

「負けだ。殺せ……」

 譜術士は、呻くように言った。

「う~ん、そうしたいのは山々なんですがね。これ以上イオン様とルーク様に嫌われると困りますからねぇ」

 ジェイドは、心底困ったように言う。

「……後悔するぞ。神託の盾など、もう関係ない。私は貴様に勝つまで……」

 譜術士は一瞬呆気にとられた顔をしたが、次の瞬間には顔に憎悪を滾らせ、言った。

「勿論。それは構いませんよ♪ いまさらそういう方が一人二人、増えたからって……いえ、むしろ『ドンと来いっ!』と言う感じです。でも、ターゲットは私だけでお願いしますよ。『卑劣! 恐怖の人質作戦!!』とかは止めて下さいね。その時は、勝負とか決闘なんかしてあげませんよ? 貴方の悪い噂をある事ない事広めまして、社会的に抹殺させていただきますので、あしからず♪」

 ピン……と真っ直ぐに伸ばした人差し指でずれてもいない眼鏡を直しつつ、爽やかな笑顔とウィンクで奇妙で緊張感に欠けているが脅迫的な宣言すると、自分を睨み続ける譜術士を無視して槍を消し、ルークとイオン達の下に駆け戻って行った。




 薄いが硬い金属同士を打ち合わせる甲高い音が立て続けに響く。それは、刃と刃、剣と剣を打ち合わせる音だった。

 ガイが流麗な剣さばきで、二人の騎士を相手取り、斬り合っている。

 騎士達の剣は、ガイのカタナにまるで吸い寄せられるように合され、その刃筋を狂わされる。騎士達が剣を引き戻した一瞬の隙に、銀色の軌跡が、ガイに半歩ほど近かった右側の騎士の甲冑を撫でた。

 騎士は血しぶきと共に前のめりに転倒し、声も上げなかった。

 残された騎士は仲間が倒された事よりも、あんな細い剣で頑強なはずの甲冑が真正面から斬り割られた事の方に驚愕した。

 その驚愕の刹那の隙に、鋭い剣閃が容赦無く付け入る。袈裟懸けに甲冑が、またしても斬り割られる。驚愕の表情のままの騎士は、よろけて足を滑らせる様にして仰向けに倒れて動かなくなった。

「それが“斬鉄”か。アルバート流シングムント派……、噂以上だ」

 残された騎士は、何処か嬉しそうに言った。

「……いや、俺なんてまだまださ。俺の師匠は斬った事も気付かせないぜ。それより、あんたは何で相棒の陰に隠れるような闘い方ばかりしてたんだ?」

 ガイは、あくまで穏やかに言ったが、顔は、彼らしくない全くの無表情である。

「様子見だよ。君の実力が見たかった。その若さでよくそこまで鍛え上げたね。相手にとって不足はない!」

 心底うれしそうに言うや、騎士は剣を両手で握った。

「……つまり、あんたは仲間を捨て駒にしたってわけだ……」

 ガイは、わずかに片眉を上げ呟く。

「そうなるかな……。まぁ、このさい固い事は言いっこ無しでやろうじゃないか?」

 騎士は、面防の奥でニヤリと笑いつつ長剣を正眼に構える。軽薄で酷薄な騎士の言動とは裏腹に、構え自体は隙の無い堅実な物だ。

「あんたには、思い切り痛くして良さそうだ……」

 ガイはそう呟きつつ、カタナを鞘に納め直すと、その青い瞳から温度を消し、冷たく光らせた。

「いざっ! 尋常に勝負っ!!」

 騎士が半歩踏み出した瞬間、ガイは抜く手も見せずに抜刀し突風の様に斬り込む。

 体勢を崩しながらも、ガイの一刀を防いだ騎士だったが、衝撃を受け止めきれず大きく吹き飛ばされ、たたらを踏んで後退する。しかし、騎士の顔は驚愕ではなく、兜の内側で喜色に歪む。

「素晴らしい、素晴らしい……」

 熱に浮かされたかの様に呟く騎士は、長剣を握り直して、腰を据え直し再び構えた。

 ガイも無言で、カタナを鞘に納め再び構えた。

 八相の構えをとった騎士は、今度は足元を浮かす事無く、じりじり……と地面を削る様にしてガイとの間合いを詰める。

 いわゆる抜刀術……居合術は、一撃必倒が要だ。一度、その刃の長さを見せてしまったらお終いだ。

 八相を上段に構え直した騎士は身体に、必倒の気迫と殺意を漲らせる。

「かっ……ぁああぁっ!」

 その場で烈昂の気合いと共に、振り下ろされる一刀。 空を切り、地を裂く、奔る音素の斬撃が、瞬きすら許さない刹那の内にガイに殺到する。

 ガイが、ルーク達を救出する際に行使した技と同じ《魔神剣》と呼ばれる剣技だ。しかし、ガイのそれが『柔』とするなら、騎士のそれは『剛』、似て非なる剛剣である。

 油断は出来ない。

 軽やかに身躱したガイの身体を、逆巻く強風、砕け弾け飛ぶ石塊が襲う。

 一瞬、身体を怯ませるガイに、さらに斬撃が迫る。

 しかし、ガイの身のこなしは、その一瞬よりも素早かった。

 木の葉を想わせる捉え所の無い、宙を舞い踊る様に紙一重で斬撃を躱し、騎士との間合いを詰める。

 あと半歩で、ガイの一足一刀の間合いという瞬間、騎士の剛剣が無造作に振り下ろされた。叩き付けられた爆発した音素と剣圧が、衝撃波となって地を這いガイを襲う。

 考えるよりも速く、後ろへ飛び退くガイだったが、凄まじい力の放流からは逃げられない、無数の音素の小刃が彼の身体を切り裂く。

「かっ……!!」

 僅かにガイの身体が硬直した隙を、騎士は見逃さず、さらに剛剣を容赦なく横薙ぎに振るった。

「……っぁあああぁっ!!!」

 ガイの身長を優に超える音素の衝撃波が津波と成り、ガイに迫り、木々を、茂みを、地面を薙ぎ倒し砕く。こんな強力な衝撃波を喰らってしまったら、日ごろ剣術で鍛え上げたガイと言えども、只では済まない。


 ただし、当たっていればの話である


 舞い上がった土煙の中に、騎士がガイの姿が無い事に気が付いた瞬間、自らに近づく鋭い風切り音を聞いた。天高く飛び上がり、身体ごと回転させた刃。

 ガイの『裂空斬』が迫る。

 騎士は前方に倒れ込むようにして刃を咄嗟に躱したが、鋭い金属音が響くと共に彼の兜が飛ぶ。
 意外なほど、若い面立ちの彼の素顔が露わになる。

 同時に身体を翻し、目前の敵を討ち倒さんと剣を振るうガイと騎士。

 しかし、この一閃の軍配は、腰を据え正しい姿勢で振るわれたガイの一刀に上がった。

 長剣ごと胴鎧と胸板を切り裂かれた騎士は、

「す……素晴ら……いっ、す……っばらっ……い……」

 あたかも、初めて目にした素晴らしい景色に感動する様に、ガイの顔と断ち斬られた長剣の切り口を交互に見つめ呟くと、膝を折って前のめりに崩れ落ちた。


 油断無く、ゆっくりとした動作でガイはカタナを鞘に納める。

 全身の傷にガイの身体がよろめくが……

「ルーク……!」

 それは一瞬の事で、すぐに体勢を立て直したガイは、大切な親友がいるであろう方角を見やり走り出す。自分の実力不足と親友から離れすぎてしまった事を、後悔しながら……




 ガイの戦場から少し離れた場所で、二人の騎士が奇妙な格好で倒れている。

 一人はおそらく自分の物であったのだろう短剣を左わき腹に刺して、もう一人は自分が握った長剣で首筋を切り裂いた状態で、それぞれが力なく血だまりの中に沈んでいる。

 その中で、ぎりぎり……と金属が軋む音がする。

 小さな錘が付いた長大な連環……分銅鎖が、コゲンタのワキザシに絡み付き、その白刃を軋ませているのだ。

「珍しい体術を使うな……」

 騎士はさらに分銅鎖を引く腕に力を込める。

 コゲンタは引き寄せられまいと、ワキザシの柄を握りしめ地面に音を張るかのように踏ん張り、決して隙を見せない。そして突如、両腕を振り下ろしワキザシを地面に突き立て、コゲンタは腰のアイクチを引き抜き騎士めがけ駆け出す。

 冷静に素早く鎖を引き戻そうとする騎士だったが、コゲンタは今度はアイクチを鎖の環の一つに通して地面に突き立てた。

 分銅鎖を無理にでも引き戻すか、すぐにでも放り捨て腰の長剣に持ち換えるかで一瞬の思惟が騎士の身体に刹那の隙を生んだ。

 コゲンタは、その隙を突いて走る。騎士は、分銅鎖を投げ捨て長剣の柄に手をかけた。

 その時、騎士の目の前に小さな紙袋が飛んできて爆ぜ、黒い粉が飛び散った。

「なっ……んだっ!?」

 騎士は突然、涙を流して咳き込み始めた。彼は長剣を抜こうとするが、それどころではない。

 コゲンタはその間にすかさず、距離を詰め騎士の胸倉を掴み、法衣を引き、背負い投げを打った。騎士の身体が宙を舞い、そして、頭から地面に落ちる。騎士は身動ぎしたが、やがて長々と地面にのびた。

 すかさず、ワキザシとアイクチを引き抜くと鎖で騎士を縛り付け、騎士の長剣をワキザシと同じように鎖に巻き付け、地面に突き刺した。
 これで、意識を取り戻したとしても、すぐには動けない。

 そして、コゲンタは身を翻し、ルークの下へ向かった。




 逃げ出したい。


 けれど……


 動けない。


 足がすくむ。


 息が詰まる。


 喉が渇く。


 どうする?


 どうすれば良い?


 何をしたら良い?


 分からない。


 考えがまるでまとまらない。


 今、ルークにできた事は剣の柄を握り絞めて、ミュウを胸に抱いたイオンの前に立つ事が「やっと……」だった。

 自分の鼓動が、やけに耳に付く。

 耳障りで不愉快な音、自分の弱さの証明だ。

 背後のイオンとミュウを横目で見やる。

 ミュウは、イオンの法衣にしがみ付いて目をきつく瞑って震えている。

 そして、イオンはまだ体調が回復しきっていないのか顔色が悪い。が、真っ直ぐな眼差しを戦場へ向けている。


 そう、戦場だ。


 ティアの戦場。


 譜業から吐き出された巨大は火柱が、ティアに襲い掛かり包み込む。

 しかし、ティアは杖で地面を控えめに突いただけで、六角形の光が蜂の巣のように重なる事で作られた壁がその火炎を防ぐ。

 譜歌『フォース・フィールド』だ。

 いや、火炎だけではない。

 それに伴う有毒の黒煙も、空気を焦がす熱気も、火炎が孕む殺気さえもルーク達には届かない。

 だが……

 それでも

 怖い

 ティアの力を疑っているわけではない。

 しかし、薄い音素の幕一枚の向こうには、灼熱の大蛇が牙を剥いているのだ。ルークには理屈など抜きに恐ろしかった。

 それなのにティアは、全く弱味を見せずに凛然と譜術を行使し、闘っている。

「女だてらに大した物だな。だが……」

 炎と黒煙の暗幕の向こうで声がした。それは聞き覚えのない男の声。

 その時、鎧を身に付けた騎士が、光の障壁を突き破ってきた。

 騎士が、横薙ぎに振るった譜業がティアに迫る。彼女は、咄嗟に杖でそれを防いだ。

「くうっ!!」

 腕にしびれが走り、ティアの顔が歪む。それでも、譜業での一撃を受け止めた。

 しかし、次の瞬間、ティアの脇腹に鋼鉄の具足に覆われた騎士の膝が突き刺さる。

 ティアの呼吸は一瞬止められ、彼女は敵の眼の前で膝を突いてしまう。

「所詮は女……、非力だ。」

 騎士は、ティアを傲然と見下し、腰の小剣に手をかける。

 かちり……

 という鯉口を切る音が、ルークには異様に大きく聞こえた。

 ティアは立ち上がらない。いや、立ち上げれないのだ。

 イオンは息を飲み、思わず彼女の下へ駆け出そうとした瞬間、朱色の突風が銀色の光を引いて吹き抜けるのを見た。

 それは、剣を振りかぶったルークであった。

「ティアぁぁぁ!!」

 ルークは、全身のバネを総動員して地を蹴り、騎士に迫る。

 予想外の人物からの……いや、兵士としてある程度予想してしてはいたが、その予想を上回るルークの身のこなしに、ティアとルーク、どちらを攻撃するかを一瞬迷う。

 だが、ルークの健脚ならばその間合いを一気に詰めるのには、その一瞬があれば十分だった。

「っやぁあああっ!!」

 凄まじい気合いと共に振り下ろされるルークの剣。

 猪突猛進、無我夢中、そんな表現が相応しい剣技で決して見事な物ではない。しかし、その切っ先は十分な殺傷力を秘めているのは明らかだった。

 騎士が咄嗟に譜業を盾代わりにした、譜業は折れ曲がり、火花を散らす。

 騎士は譜業をルークに投げ付けるように捨て、素早く距離を取り、小剣を引き抜いた。

「ル、ルーク……!ダメ、下がって……!」

 ティアは驚いて、ルークを制止しようと呻く。

 しかし、目の前の敵と手にした剣に意識を集中しているルークには、ティアの必死の声も届かない。

 ルークと騎士は、お互いに正眼に構え、一足一刀の一歩外の間合いを取り、睨み合う。

 ルークには異常なほど静かな戦場に思えた。


 焦れて動いたのは騎士の方だった。


 舌打ちと共に小剣を腰だめに握り直し、ルーク目掛けて突進する。

 しかし、今のルークには後退も退避も有り得ない事だ。何故ならルークの背後には……

 イオンがいるから

 ミュウがいるから

 そして、ティアがいるから……

 迎え撃つしか選択肢はない。そして、ルークは地面を踏み砕かんばかりに駆け出した。





 更新が遅くなり申し訳ありませんでした。それにしても、長いうえに場面転換が無駄に多い回でしたね。

 しかし、ゲームの進め方によってはですが、『楽勝』で追っ手を撃退できているのに、膝を突くオラクル兵を前に立ち竦むルークに

ジェイド「ルーク、とどめを!」

ガイ「ボーッとすんな、ルーク!」

 と、何故かオラクル兵が立ち上がるまで、ほぼ棒立ちで迅速で確実な対応(自分の手で倒す事ですね)を取らないのは不自然だと思い、考えました。

 剣術のプロフェッショナルであって、戦争のプロフェッショナルではないガイは、まだ擁護できますが……戦争のプロフェッショナルとして恐れられるジェィドにいたっては、ルークのすぐ斜め後ろにいるにも関わらず(ルークが剣を弾かれた時点で忽然と姿を消えていますが(笑))相手が何をするか分からない状況で、ただ見ているだけというのは如何なものかと思いまして、ルークから離れざるをえない状況になるようにパーティーには苦戦してもらいました。

 如何でしたか?

 毎度のことながら、展開も筆も遅い作品ですが、よろしければ、ご意見、ご指摘をよろしくお願いします。


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第35話 倒れるティア・・・。ルーク、眠れぬ夜の先達との会話

 今回の物語には、映画「キングダム・オブ・ヘブン」をオマージュしたシーンがあります。作品への敬意を込めて。



 同時に繰り出された両者の突きが、ぶつかり合い砕けた微細な刃が火花となって飛び散る。

 ルークは騎士の小剣を弾き飛ばし、がら空きとなった胴鎧めがけ右拳を繰り出し、上空へと突き上げた。


 アルバート流『穿衝破』である。


 ルークの拳に込められた音素と騎士の胴鎧の鋼鉄が、真正面からぶつかり合い、凄まじい衝撃音を響き渡る。

 ルークの実力では、素手で鋼鉄の鎧を砕く事は出来ず、その表面を僅かに歪ませる程度に留まったが、騎士の動きを止め、その両脚を一瞬宙に浮かせる事に成功した。

 転瞬、素早く一歩退いたルークの右足刀が、騎士の無防備なった腹部に打ち込まれた。

 鎧兜を纏っているためかなりの重量であるはずの騎士の身体が軽々と吹き飛び、騎士は受け身も取れずに地面に叩き付けられた。

 兜ごしでくぐもった騎士のうめき声が聞こえる。

 いつもの稽古なら、ここで終わりだ。しかもルークは大抵の場合、ああして倒れている側で、これ以上先を考える必要はなかった。

 しかし、残念ながらこれは師との楽しい剣の稽古ではない。


 実戦……


 『殺し合い』だ……。


 斬られる前に斬り、殺られる前に殺るしかない。

 ルークはつばを飲み込み震える脚を叱咤し、腕に力を込めて剣を構え直し、騎士に向かって、じりじり……とにじり寄っていく。

 やっと?

 いや、ついに?

 あるいは、もう?

 ルークの一足一刀の間合いに、倒れる騎士が入った。

 入ってしまった。

 僅かにだが、正常な呼吸を取り戻し、身体を起こしかけた騎士と眼が合った。

 いや、正確には兜に隠れた騎士の眼も顔も、ルークには見えない。

 しかし、確かに視線が交わっているのを感じる。

「……殺せ。さっさと」

 舌打ちとも嘆息とも付かない間を置いて、騎士は事も無げに言う。

 その冷淡な声に、ルークの手足が再び震え出す。

 ルークの震えを目の当たりにした騎士は、刹那の思惟の後、法衣の裏に縫い付けた鞘から短剣を素早く引き抜き……

「馬鹿が……」

 憐みとも、嘲りとも付かない呟きを吐き出すと共に、ルークめがけ何の躊躇いも無く突き出した。


 その次の瞬間


 青黒い小さな刃が、白い布地と白い肌を容赦なく切り裂く。

 ルークの視界が、忌々しく恐ろしい赤色に染めた。

「あ……あぁ……」

 あまりの事態に、ルークは言葉にならない声であえぐ事しか出来ない。

 足に力が入らない。

 情けなく尻餅を突いてしまうルーク。


 血が……


 血が出ている……


 こんなに……


 こんなに、たくさん血が出ている……


 このままでは……


 このままでは、死んでしまう……


 殺されてしまう……


「ティ、ティア……? ティア……っ!!」


 そう、ティアが……


 ティアが


 ティアが殺されてしまう。


 彼女は、突如立ち上がり、立ち竦むルークを押し退ける様にして、ルークと騎士の間に割り込むと同時に、法衣の裏から引き抜いた短剣を騎士めがけ繰り出したのだ。

 騎士の短剣は、ティアの左肘から肩まで真っ直ぐに走り、白い法衣の袖と彼女の柔らかな肌を切り裂いている。
 一方、ティアの短剣は、騎士の兜と胴鎧の隙間を縫って、彼の喉元をざっくり……と穿った。

 しかし、急所から僅かに外れているのか、彼を止める事はできないようだった。

 騎士の硬い手甲に覆われた両掌が、ティアの華奢な両肩を鷲掴みにする。

 苦痛への足掻きか?

 あるいは、そのままティアを捻り潰し、道連れにしようというのだろうか?

 ティアの左肩の傷口に騎士の指が捻じ込まれて、法衣がさらに赤く染まる。

「……っうぅっ!!」

 ティアは傷口が広がるのも構わず、傷付いた左手を短剣を握る右手に添え、さらに力を込める。

 騎士は声にならない声で呻きながら、ティアを突き飛ばすと、二歩、三歩と後退り仰向けに転倒した。

 ティアは競り勝ったのだ。

 しかし、ティアも突き飛ばされた拍子に左肩を地面に強打して、倒れ伏す。

「テっ、ティア! ティアっ!!」

 ルークは取り落とした剣には目もくれず、すでに身体を起こすとしているティアに駆け寄る。

 駆け寄ったものの……

 どうすれば良いのか分からない。

 自分に手当てができるわけでもない。


 自分には何もできない……


 ルークは、ティアの土と血で汚れた法衣と長い髪を見ながら、彼女へ伸ばしかけた手を止めた。

 何故そこで手を止めてしまったのか彼自身にも分らなかった。理由はどうあれ、ティアを助ける事を躊躇った事に罪悪感のような物を抱くルーク。

「ルーク、下がって。わたしは、大丈夫っ……、だからっ……」

 それなのに、ティアはそんな自分の心配してくれる。

「でっ、でも、ティア……」

 ルークはますます罪悪感を強くしながら、もう一度ティアに手を伸ばす。

 しかし、そんなルークのささやかな決意を踏みにじるように、黒い影が二人を覆った。

 騎士が小剣を手に、ルークとティアを見下している。首筋から流れる血で法衣を染めながら、無言で見下ろしている。だが、眼は憎悪に燃えている。

 そして、ゆっくりと小剣を高く掲げ、構えた。

 ルークは、咄嗟に血で汚れるのも構わず、ティアに覆い被さる。

「! ルーク!? 駄目!」

 ティアの悲痛な声が聞こえたが、ルークにはそんな事に構っている余裕はない。

 すぐにやってくるであろう、痛み、衝撃に


 あるいは『死』に……


 耐えるべく、強く瞳を閉じ、歯を強く喰いしばった。

 その瞬間だった。

 ルーク達の頭上で何かが、小さな音を立てて破裂する。 

 見れば、騎士が顔を押さえて呻き、よろめく姿が見えた。

 そして、かすかな香辛料のような刺激臭に気付く。

 ルークは、その匂いにお覚えがあった。それは、チーグルの森で何度も危険を遠ざけてくれた物……コゲンタの臭い袋に違いなかった。

 その瞬間、つむじ風と共に鈍い銀色の軌跡が奔り、未だ呻いている騎士の手甲の隙間を縫って突き刺さり、その手から小剣が零れ落ちた。騎士は破れた喉で絶叫を上げる。

 鈍い青白い光を放つ反りを持つ薄い刀身、コゲンタのワキザシだ。

 コゲンタは、地面に突き刺さった小剣を素早く掴み取り、半歩ほど間合いを取った。

 次の瞬間、次々と鎧と帷子の隙間に、小剣の切先が激しい霧雨のように降り注いだ。そして、膝を折り体勢を崩す騎士の胴鎧に小剣を叩き付け、騎士を突き飛ばす。

 その拍子に小剣の切先が、甲高い音を立てて砕け、孤を描いて飛んだ。

 切先が地面に突き刺さると同時に、騎士は背中から崩れ伏した。

 (勝負あった……たすかった……)

 ルークは、これで終わったと思い、肩の力を抜いて安堵の息を漏らした。

 その時だった。

 コゲンタが素早くワキザシを引き抜き、倒れ伏す騎士めがけて振り下ろした。

「あっ!」

 予想外の出来事に、思わず自分でも間抜けだと感じる声を上げてしまうルーク。

 兜と甲冑の隙間からワキザシが抜かれた瞬間、鮮血がほとばしるのと同時に騎士の手足が、びくり……と一度だけ震えて動かなくなった。 


 もう……


 動かなくなった……


 コゲンタは、ワキザシを一振りして血を払うと、懐紙で刃を拭い静かに鞘に納める。

 ルークからは、彼の顔が窺う事ができない。

 この、自分の目の前で、人一人をなんの躊躇いも無く(ように見えた……)切り捨てた人物が、本当にルークの知るイシヤマ・コゲンタ、その人なのか、ルークにはいまいち自信が持てなかった。

「お、おっさん……?」

「ルーク殿! 無事か?!」

 恐る恐るかけられたルークの声に振り返った顔は、ルークの予想に反して至って普通……いや、不安と心配に曇ってはいるが、ルークも見慣れてきた地味だが人の好い顔だった。

 目の前で、人が一人死んだ事を、どうにか無理矢理に無視して、ルークは今度こそ一息ついた。

 その時、そんなルークのティアを庇う両腕に、重さがのしかかる。

 見れば、体勢を崩したティアが、ルークの腕にもたれ掛っている。

「ティア……!?」

 見れば、ティアは脂汗を滲ませ、顔色は蒼白だった。形の良い眉を苦しげに歪めている。
 そして、いつの間にか彼女の法衣の左袖は真っ赤に染まり、地面にも赤黒い染みを作っていた。

「ティア!! しっかりしろよ! おっさん、ティアが!」

 ルークは狼狽して、叫んだ。

「ルー……ク? ごめんなさい。平気よ、このくらい……」

 その呼び掛けに、目を覚ましたティアはルークから身体を離すが、それもつかの間……今度は、ルークの胸に顔をうずめるように気を失った。

「これは些か深手のようじゃ。すぐに止血を!」

 コゲンタがすぐに駆け寄り、ティアの左腕の付け根をワキザシの下げ緒で縛り、

「よし、ルーク殿。ゆっくり寝かせよう」

 と言った。

「あっ、う、うん! わかった」

 ルークは自分が“らしくない”返事をした事など気付かずに、ティアの頭を支え、慎重に彼女を横たえる。ふと視界の端に真っ白な音素の優しげな光が見えた。見れば、イオンが決意を固めたような表情で、音素を練り上げながらこちらに近づいてくる。

「ティアは、ぼくが……。ダアト式譜術は、本来第七音素の素養のない者が、第七音素を行使するための術です。こういう時にこそ使うべき物です」

 そう言いつつイオンは、杖で地面を叩き、足下に純白の布陣を描き出す。

「イオン!?」

「導師イオン、いかんっ!!」

 ルークとコゲンタが、鋭く声を上げた。しかし、

「癒しの御手。『ホーリー・ヒール』!!」

 二人が止める間もなく、イオンは譜陣を完成させ、譜術を発動させた。


 無垢なる白から、優しき緑へ


 イオンの音素が譜陣の導きに従って、その性質を変えてティアの傷口へと流れ込む。

 するとみるみる内に出血が止まり、大きく裂けた傷口も徐々にふさがり始めた。そして、それに比例してイオンの顔色が青白くなっていき、譜陣も弱々しく明滅し始め、イオンが杖に縋り付くような体勢で膝を突くのと同時に消滅した。

 そして、ティアの腕には傷がパックリと口を開けたままだった。

 その時、

「ルーク! 無事か!?」

 ガイが鬱蒼とした茂みを掻き分けて、ルークの下に駆け寄ってきた。

「ガッ、ガイ! ティアがっ! イオンがっ!」

 ルークは半泣きのような声でガイの顔を見やる。しかし、その両手はティアをしっかりと抱いて離さない。

「落ち着けよ、ルーク」

 ガイは穏やかに答えながらも、ティアの傷の状態を観察する。

「血は止まったようだが、すぐ縫合する必要がある。しかし、わしらでどこまでのことができるか……」

 コゲンタのガイの視線に気が付いて、言った。

 ガイは、ルークすら見た事のない険しい表情になった。

 ルークは二人の顔を交互に見比べた。ルークはそこで二人が傷だらけである事にようやく気が付いた。

 その時だった。

「皆さん! 私こと、ジェイド・カーティスが控えている事をお忘れではありませんか?」

 ジェイドが茂みの中から、大股でこちらに近付いて来た。そして、手には一抱えはある鞄を持っている。

「私は(一応♪)医者です。ここまで治癒されているなら、なんとかできます! これですか? バギーの救急キットを拝借してきました♪」

 爽やかに微笑んだジェイドは、イオンの前にしゃがみ込むと持っていた鞄を開けると、ガラス瓶に入った薬品やら医療器具を取り出し始めた。

「それにしても無茶をしましたね、イオン様。ティアさんが助かったとしても、イオン様になにかあったら、彼女の立つ瀬がありませんよ?」

「そう……ですね。そうです。思慮が足りませんでした。ぼくは、また……」

 てきぱきと、応急処置の準備を進めながらも、イオンに気遣わしげな声と表情を向けつつも、彼の無茶を諌めるジェイド。
 そんなジェイドの言葉に、イオンは身を縮めるように項垂れるが……

「ドンマイ、イオン様! つまずいても、そこからがスタートラインなんですよ」

 などと言っている間に、医療道具を用意し終えたジェイドは、極薄の医療用手袋をはめた手を馴染ませる様に、軽やかにくねらせつつ微笑み続ける。

「ルークさん。御心配なのは解りますが、ティアさんをそのシートの上へ。その方が、より適切な処置を施し易いので♪」

「あ? あ、あぁ……」

 ジェイドの言葉に、ルークはやっとの事で頷き、慣れない手つきで、しかし、慎重に優しくティアを医療用防水シートの上に横たえる。

「それでは……。っと、うふふふ……」

 治療の為、法衣の袖を切り取ろうと鋏を持つジェイドの手元とティアの様子を、固唾をのんで見守るルーク達に、ジェイドは微苦笑と共に手を止め顔を上げ、口を開く。

「ルークさん♪ というか皆さん♪ 心配な気持ちが、ひしひし……と伝わってきますが、ティアさんが騎士である前に、女性である事をお忘れなく! そんなに、とっぷり……と見詰てはいけません♪ エチケット! エチケットですよ!」

 おどけた口調のジェイド。しかし、眼差しだけは、何時になく真っ直ぐで強い光を宿している。

 そんなジェイドの言葉に、ルーク達は互いの顔を見合わせ、はた……と“エチケット”に気が付き、慌てて揃って後ろを向いてティアから視線を逸らした。




 こうしてティアの治療を終えたルーク達は、神託の盾達が使用したバギーを奪取……もとい元がマルクト軍の物だったのだから奪還して、マルクト軍の駐屯地があるという『セントビナー』にほど近い森の中に野営していた。

 追っ手を警戒して火を焚くわけにはいかなかったが、辺りはティアが展開した結界の発する月明かりのような淡い光によって、近くの人間の顔を判別できる程度には、十分に明るかった。

 イオンは譜術を使った為か、この場所に付いた途端、眠ってしまった。その隣ではイオンに寄り添うように、ミュウがリングを枕にして緊張感を削ぐ寝息を立てて眠っている。

 このまま、イオンが「目を覚まさないのでは……」とルークは心配になったが、ジェイドとガイ、コゲンタは「心配ない……」と言うので。医療知識の無い彼には、ひとまず彼らの言葉を信用するしかなかった。

 そして、その傍らで、ルークは大きな木に背を預けていた。隣には意識を取り戻したティアが同じように休息を取っている。

 だが、ルークは彼女のすぐ隣に座る勇気はなく二人の間には、ひと一人分の間隔が開いていた……

 静かだった。

 静か過ぎて、ルークには辛かった。

「ティア……。腕、痛くないか?」

 沈黙に耐えかねたルークは、包帯を巻かれ、三角巾で吊られたティアの腕を見る。

 袖の切り取られた法衣の肩口が痛々しい。

「えぇ、熱もないし、もう大丈夫……」

 淡く微笑むティア。

「そっか……」

 ルークも微笑み返したが、何故か痛みに似た感覚を覚えた。彼は、本能的にこれは罪悪感だと気が付いて、目を逸らす。

 二人の間に沈黙が流れる。

「えっと! じゃ、じゃあ脇腹、大丈夫か? 蹴られた……よな?」

 沈黙に、あるいは罪悪感に耐えられなくなったルークは、早口で言った。

「えぇ、大丈夫よ……」

 ティアは再び微笑んだ。

「そ、そっか……」

 勢い込んだ物の言葉が続かないルーク。再び二人の間を沈黙が包む。

 ルークは「何か話題は無いか……?」と、必死に黙考する。

「……ルーク」

「え? なに?」

 自分を呼ぶ彼女の声に、ルークは思考の海から引き戻された。

「……ごめんなさい、ルーク」

「え? なに?」

 ティアの突然の謝罪の言葉に、自分でも「マヌケ……」だと思いつつも、先ほどと同じ言葉で返してしまうルーク。

「また……。また、怖い思いをさせてしまったわ……」

 目を伏せて沈痛な面持ちで、ティアは続けた。

 ルークの頭には、疑問符ばかりが浮かんで考えがまとまらない。確かに、怖い思いをはしたにはしたが、ティアが自分に謝る意味が解からなかった。

「なに言ってんだよ……? ふつう、謝らなきゃなのは、オレのほうだろ? こういう場合。ケガしたのは、ティアなんだし……オレを……かばって……なんで……?」

 自分で言っていて情けなくなったルークは、流れそうになる涙を必死に堪えた。

「わたしは軍人だもの……もっとも最初に“まだ一応”がつくけれど……、戦えない人や戦ってはいけない人を、貴方を護るのは当然の事だわ。それなのに……」

 ティアは、そんなルークとよく似た表情をして言った。

「なんだよそれ……、なんだよそれっ! ワケわかんねぇよ!! だいたい、戦えないって……。オレが弱いって、ヤクに立たないって思ってるってコトなのかよ!? ティアは!!」

 ルークは声を荒げた。それが、完全な“八つ当たり”だと解ってはいたが感情を止められなかった。

「ルーク……」

 ティアは困惑した顔で言う。
 ルークにはその瞳に光る物が見えた気がした。

「そ、その……ごめんティア。こんなコト、言うつもりじゃなかったんだ。なかったのに……」

 それに気が付かない振りをして、むりやり笑顔を作ったルークは

「ちょっと、ガイたちの様子見てくるよ……」

 と言うと、身体を伸ばす様に立ち上がり、ティアに背を向ける。

 もちろん、ティアの事が嫌いになったという訳ではない。しかし何故か、今は、今だけは、彼女に「会わせる顔がない……」気がしたのだ。

「あっ、ルーク……」

 ティアの声に後ろ髪を引かれるが、それを振り切ってルークは親友がいるであろう方向に、逃げ出すように駆け出した。



 ガイとジェイド、そしてコゲンタ達は、ルーク達を三角形で囲む様にして寝ずの番に立ってくれているのだ。
 そして、この方角にはガイがいるはずだった。

 ガイは腕を組み背中を木の幹に預け、ゆったりとした姿勢で立っていた。

 しかし、意識は腰のカタナと周囲に油断なく向けられている。屋敷では見た事の無い顔だ。

 一瞬、声を掛けるのを躊躇ってしまうルーク。

「……ガイ?」

「ルーク? どうした、陣中見舞いか? 気持ちはありがたいが、俺の事はいいから休んどけ。あんな、きつい事が有ったんだ、眠れないのは分かるが……。こういう時こそ、休むんだ」

 思い切って声を掛けてみたルークだったが、返ってきた言葉の優しさと先程までの表情の差に気圧されて言葉が続かない。

「あぁ、うん……。なぁ、ガイ……」

 しかし、ルークはなんとか言葉をひねり出す。

「オレ……オレさ、屋敷の外が……外の世界が、こんなヤバイことになってたなんて知らなかった……」

「……あんな事が、日常茶飯事だと思われても困るんだがなぁ」

 いかにも、苦笑すれば良いのか悲しめば良いのか「解らない……」といった、複雑な表情でガイは頬を掻く。

「でもまぁ、確かに街の中ならともかく、街の外での犯罪はずっと立証しにくいらしいしな。街道警備の兵隊がいるにはいるが、全てを洩れなく見張れるわけじゃない。最終的に自分の身を護るのは、自分自身しかいないって事になるよな……」

 ガイは自分の知る“常識”を噛み砕いて説明する。

「じゃあ、それで、その……ガイは、えぇと……今までどれくらい人を……き、斬った?」

 ルークは意を決して、かねてから考えていた質問を、あえて曖昧な言い回しでした。

「さぁなぁ……。あっちの軍人さんと、そっちの武歴数十年の先生よりは少ないだろうがなぁ……」

「こ、こわくないのかよ……?」

 軽く首を傾げるガイ。
 何でもない事の様に気安くも見える彼の仕草に、ルークは不安気にガイを見つめ直し問いかける。

 一瞬、ルークの問いに、ガイは思惟を巡らせるが……

 困った様に微苦笑を浮かべて続ける。

「怖いさ」

 怒りや哀しみとも付かない、あるいはその全てを噛み締めるかの様に、ガイは静かに呟き、さらに続ける。

「怖いから戦うんだ。死にたくねぇからな。俺にはまだやる事が有る……!」

 それは、決意の言葉だった。ルークにはそう思えた。

「やることって……?」

「……復讐……」

 真っ直ぐに虚空を見つめ、静かに漏す。しかし、

「なんて、な。ふっ……」

 と先程までの表情を打ち消すように微笑んだ。

「その辺ブラついて、ちょっと頭冷やしてくるわ」

 ルークは頭を掻きながら、ガイに背を向けた。

「あまり遠くへは行くなよ」

 ガイの気遣わしげな声に、後ろ手に軽く手を振るだけで応え、ルークは走り出した。


 ガイの前から、どこか逃げるようにルークが向かった先には、ジェイドがいた。

「おや、どうしました? 思い詰めた顔をされて……なぁんて、少々白々しかったですねぇ♪ 昼間の戦いの事を考えていたのですね? 親しい人が目の前で大怪我をしたのです。思い詰めるのは当然ですよね♪」

 彼は疲れなど微塵も見せず、いつもの調子で言った。

「なぁ……ジェイドは、どうして軍人になったんだ?」

 ルークもなるべく平静を装って尋ねる。

「人を傷付けてしまうのが怖いですか?」

 ジェイドは、穏やかだが真面目な表情で言った。

 ルークは心を見透かされたような気分になって、声を詰まらせる。

「失礼、これも当然の事ですね♪ それに、質問に質問で返すのはマナー違反でした……」

 形の良い眉を八の字にして、申し訳なさそうに眼鏡の位置を直しつつジェイドは続ける。

「よく勘違いされますが、『軍人』というものは『殺人鬼』でも『殺人機械』でもありません。命のやり取りが予想される作戦の前と後には、カウンセリングが義務付けられています。俗っぽい言い方をしますと、『殺人回路』のオン、オフをしているわけですね。これはキムラスカもダアトも同じなはずです」

 ジェイドは何かの研究発表でもするな淡々とした口調で言う。

 ルークも何かの授業でも受けているような気分だった。

「ですが……、それでも毎回、大勢の軍人が良心の呵責に耐えかねて、その職を辞していきます。人が人を殺すというのは“それほど”の事なのです……」

 ジェイドの研究発表は淡々と続く。
 そして、不意にルークを真っ直ぐに見つめ問い掛ける。

「だからルーク様。誰かに護られるという事は決して恥ではありませんよ。相手の善意や献身をあてにして護られるのが当然と勘違いする方が、よほど恥ずかしい。ルーク様はそんなお考えではないでしょう?」

 その問いにルークは曖昧に頷いた。しかし、それは確かに本心からの物だった。

「そうですか、そうですか♪ であるならば、私ことジェイド・カーティスは、そんな風に悩んでくださるルーク様をお守りするために、できうる限りの事をすると誓いましょう♪」

 ジェイドは芝居がかった動作と口調で朗々と宣言する。そして、

「さぁて、今日の所は考えるのはこれくらいにして、もうお休みになったらいかがですか?ご所望とあれば子守唄でも……♪」

 と、これもまた芝居がかった動作で言った。

「アホか」

 ルークは彼の厚意を丁重に断るとこれまた逃げるようにその場から立ち去る。なんだかはぐらかされたような気もしたが、励ましてくれているのは分かったので何も言わない事にした。
 
 

「誰かな?」

 どこからかコゲンタの声が聞こえた。

「へっ……おっさん? どこだ?」

 辺りを見回すルーク。

 しかし、彼の姿は見えない。

「おぉ、ルーク殿であったか。ここだ、ここだ。あははは」

 コゲンタは笑いながら、大きな茂みを掻き分けて出てきた。

「どうなされた? 眠れぬのかな?」

 彼はもう傷の治療を済ませ、ズタボロになった着物を着換えており、戦いの痕跡は残していなかったが、僅かに傷薬が臭った。その匂いにすらルークの罪悪感は刺激される。

「あぁ……うん。そのぅ、えーとっなぁ……」

 ルークは言い淀む。罪悪感のせいか頭が回らない。

「……おっさんは、今まで何人……人を倒した?」

 ルークは、先程から考えていた事を尋ねる。

「ふぅむ。……左様、軍艦で五人。森で二人斬り捨てたゆえ、ちょうど四十人といった所かな? もっとも、剣術使いとして“廃人同然”に追いやった者は、もっと多いが……」

 数瞬の思惟の後、出来るだけ遠回しな言い方で搾り出した質問に、事も無げに答えた。

 その顔は、昔を懐かしんでいるようにも見えるし、悔やんでいるようにも見える。ルークには解らない。

 その解らないという事が、自分がいくら背伸びをしても“子供”である事の証明のようで悔しい。悔しくてたまらない。

「恐ろしいかな?」

 コゲンタは困ったように尋ねる。

「あ、いや……」

 ルークは言いよどみ、視線を逸らした。恐ろしいのは確かだったが、恐ろしさよりも悔しさが先立った自分に、ルークはハッとした。

「それで良い。そうでなくてはいけない。ルーク殿には、わしの様な“悪人”になって貰っては困る」

 コゲンタはそれでルークの心中を察したようだ。

「なぁ、おっさん。おっさんも預言をさぁ……」

 ルークは言葉を絞り出しながら、すがる様な気持ちでコゲンタを仰ぎ見る。

「ん?」

「預言だよ、預言。師匠やおっさんは預言を信じてっから、あんな強いのか? オレも預言を信じれば強くなれんのかな? ってさ……」

 ルークは、俯きながら一気に言った。そして、一度唾をのみ込みと

「ティアに護ってもらわずにすむくらいに……。ティアを守れるくらいに。……あんな風に強く。オラクルのヤツらもそうなんだろ?」

 と一気に言った。

「ふぅむ……。いや、そう上手くもいくまい」

 コゲンタは何処か途方にくれた様に天を仰ぎつつ、首を横に振った。

「だいいち……。こんな事を言っては、ローレライ教徒の方々に不興を買うかもしれぬがの……。わしは、預言を信じていない。というよも、“嫌”になっていると言うべきかな?」

 コゲンタは腕をこまねいて首を傾げ、

「確かに預言によって救われた者もいよう。しかし、馬鹿な連中の行き過ぎた行為さえ“神聖な事”と正当化し、見過ごしてきたのも確か……実際、預言のためと人を殺す者を大勢見てきた」

 と虚空を見ながら言う。ルークには声に少し怒りが籠ったように聞こえた。

 しかし、それも束の間

「わしは、人が本当に拠り所にするべきは、己の良心だと思う。本当の神聖さ……『神様』というのは、人の良い行いにこそ宿る。日々の行いによって、人は良くもなれば悪くもなる」

 ルークに笑い掛けるように言った。

「理不尽な暴力から友を守ろうとする行いは、何より神聖だ。ルーク殿はご自身のその健全さを信じなされ。そう、これからも、ここと……」

 コゲンタは微笑みながら、ルークの額……頭を指差し、手を下へ……

「ここを信じての……あはは」

 ルークの胸の前で、拳を握りしめて見せた。

「オレの良心?」

 ルークは、コゲンタの言った事を頭の中で繰り返す。
 しかし、いまいち彼が何を言いたいのか解らない。

「迷えば良い。悩めば良い。そうでなくてはいかん。選べる道は限られているのだからのう。しかし、迷うにも“力”が必要だ」

 そんなルークを見ながら、一人頷きつつコゲンタは続ける。

 
「ルーク殿。明日から、わしと稽古をしよう」

「へ……?」

「一緒に強くなろう。しっかりと悩めるようにのぅ」

 と、何処かイタズラっぽく笑うコゲンタに、ルークは呆気にとられる事しか出来なかった。


 こうして夜は更けていく。

 ルークの長い長い……長すぎる一日が、ようやく終わろうとする眠れない夜の事だった。



 今回は違う話の寄せ集めと言う感じの回でしたね。

 前半部分は、前の回で描かないといけない内容ですね。要修行です。

 そして後半は、説教3連発でしたね。

 まずジェイドのセリフは、現実の軍隊(特にアメリカ軍)の取り組みを調べて描きました。

 ガイのセリフ、ほぼそのままですが、「…私怨が立証されない限り、罪には問われない…」という部分は変えました。なぜなら、これでは概ね行きずりの犯行である街道荒らしなどは、無罪放免という事になってしまいます。
(実際、江戸時代にはそういう犯罪は迷宮入りが、珍しくなかったようですが…。)

 コゲンタのセリフは映画「キングダム・オブ・ヘブン」の1シーンで、修道騎士が主人公に語った言葉をオマージュし、そこに「テイルズオブシンフォニア」のコレットのセリフを混ぜてみました。

 いかがでしたでしょうか? ご意見、ご指摘のほどよろしくお願いします。


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閑話 ガイとコゲンタ

 お茶を濁しています。
 スキットかサブイベントだと思っていただければ幸いです。




 イシヤマ・コゲンタはルークを見送ってから、街道とルーク達がいる林との間にある草叢に身を潜めていた。

(やはり、老いたな……)

 今日のような調子でルークを守り切れるのか。それどころか、己自身が生き残れるのか?

 とそんな事を考えながら、草叢の隙間から闇を見つめていた。

 考えてみれば、尋常な仕合ならともかくあれほど洗練された兵士達と戦ってのは初めての事だ。今までの実戦と言えば、狩りの上での獣か魔物、せいぜい刃物を持ったやくざ者だった。

(今頃になって縮み上がっておる……)

 とコゲンタは苦笑すると、老いたなら老いたなりの戦い方という物があると思い直し苦笑する。

 その時、人が落ち葉を踏む音を耳にした。

「旦那、お疲れさん。もうすぐ夜が明けるよ」

 ガイ・セシルだった。片手に魔法瓶を持っている。

「うむ。見張りは良いのか?」

 コゲンタは、少し驚いたように言った。

「さっきティアが、こいつを持ってきてくれて、交代してくれてね。一休みしよう。」

 ガイは魔法瓶を掲げて微笑む。

「左様か。ところで、それはどうしたのかの? 火は使えぬだろう?」

 コゲンタはそれを聞いて片眉を上げると、ガイの持つポットを指差した。

「ティアが譜術で水の音素を振動させて、お湯を作って入れてくれたのさ。それなりに難しくて大量にできないらしいよ」

 ガイは魔法瓶の蓋を開けると、その蓋を器代わりにしてお茶を注いだ。

 コゲンタは、眉間に皺が寄るのを感じた。

(あの娘は何を考えておるのだ……)

 という気持ちになった。

 自分は一生残るほどの傷を負っていてというのに、見張りに立ったり、高度な譜術を使ってまで、他人に気を使っている。それが痛ましかった。

「まあまあ、せっかく入れてくれたんだ。頂こうぜ」

 ガイは表情からコゲンタの思考を読んだらしく、取り成すように苦笑した。

 コゲンタは、その顔に毒気を抜かれたように溜息を吐く。

 いつの間にかルークとティアの事となると冷静でいられなくなっている。どうやらもう情が湧いたらしい。少なくともティアは騎士だ。このような眼で見るのは、彼女をあまりに馬鹿にしている。と思い直し反省した。

 コゲンタは黙って頷くと、ガイからお茶を受け取ると一口、口に含んだ。

「うまい……」

 苦い中にもほのかに甘い味が口の中で広がった。喉も渇いていたので、うまかった。

 自身もお茶に口を付けつつ、ガイは口を開く。

「ところで、ルークに剣の稽古を約束してくれたんだって?」

「ん、うむ。もしもの時のためにとの……」

 世間話でもするようなガイの調子に、コゲンタはふと表情を緩め答える。

「俺もそれは考えたけど、俺が相手じゃいつもの“剣術ごっこ”の延長くらいにしかならないからな……」

「いやいや、貴君ほどの剣客がいるならば、わしのような老いぼれが相手をしなくても大丈夫だろう。それにルーク殿には天錻の才がある」

 バツが悪そうに頭を掻きながら言うガイに、コゲンタはやっといつものように微笑み言った。お世辞などではない、本心だった。

「確かに。アイツの取り柄は剣術だけだからな」

 ガイは「困ったものだ。」と言うように溜息を吐いた。

「あはは。ひどい言い草だのう」

「告げ口は勘弁してくれよ。旦那」

 ガイは少年のようなイタズラっぽく笑うのを見て、コゲンタは苦笑し頷く。

「そういえばイシヤマさん、アンタの剣。『ミヤギ流』って事だけど……、バチカル城下で道場を構えておられるミヤギ先生に……」

 世間話からそんな話になった。

「左様。『ミヤギ流百芸・小太刀』。ミヤギ先生はお元気だろうか? 時々手紙はやり取りするが、弱みなど見せぬお方だ……」

 コゲンタは懐かしそうに虚空を見上げた。

「元気も元気さ。前に一度、先生自ら稽古をつけて貰ったんだけど……強いなんて物じゃあなかった。鼻柱を折られた……。自分が天狗になってたのがよく分ったよ」

「あはは、左様か。お元気か」

 『折られた』らしい形の良い鼻を一撫でしつつ苦笑するガイを見て、コゲンタも少しの間笑うと、

「どこから話したものか……」

 と、呟きつつ顎を撫でる。

「十歳の冬にミヤギ先生に拾って頂いた。その時のわしは、バチカルの下層貧民街でその日暮らしの悪たれだった。飢えに任せて騎士の屯所に盗みに入ったのが、運の尽き……いや、運の付き初めと言うべきかの?」

 その時、たまたま居合わせたミヤギに取り押さえられ、そのまま弟子入りした(させられた?)のだと言う。

「それで? そんな旦那がなんだってマルクトのエンゲーブに?」

「別に変った理由はない。剣客としての腕をそこそこ認められての。ミヤギ先生からの勧めもあって、バチカルで官吏の仕事を数年したが、どうもしっくり来なくての……ざっくばらんに言えば宮仕えが嫌になったのだ」

 今度はコゲンタが恥ずかしげに鼻を掻き続ける。

「そして見聞と剣の腕を磨こうと、職を辞して諸国を回る事にしたのだ。それから、しばらく血気に任せてムチャクチャをしての。とうとうマルクトの『ホド』という島で行き倒れてしまった」

 と、どこか楽しげに話し始めた。

「そこの百姓の娘に助けられた……。恥ずかしい話だがその娘の側が居心地が良くての。そのまま居ついてしまった。それだけの話だの」

「『ホド』に! そうか、ホドにいたのか」

 と驚くガイを見て、コゲンタは怪訝な顔を見せるが、

「あ……いや、だいぶ前の戦争で海に沈んじまった島だろ? よく無事だったなって、さ」

 ガイは何故か取り繕うように笑うが……

「左様。その日、わしはたまたま島を離れていた。以前世話になった御仁の葬式があってのぅ……」

 コゲンタは気にしていないと云う口調で続けると、少し話を止めた。

「家族は……?」

 ガイは厚かましいくならないかと気にするような顔で、後を促した。

「件の娘……つまり妻と、その親兄弟。それともうじき生まれるはずだったわしの息子だか娘だかがな。しばらく探し回ったが遺体すら見付けられなかった。まぁ、よくある話だ」

 コゲンタは彼にしては珍しく俯いて言った。

「悲劇は悲劇さ。珍しいかそうじゃないかで、悲劇に優劣なんか付けられないさ……」

「あははは、そうかの」

 真剣な表情で言うガイに、コゲンタは穏やかに笑かけさらに続ける。

「旦那。知っていると思うけど、ルークの父親は……」

 ガイは、さらに顔を真剣に……いや、険しい顔でコゲンタを見つめ呟く。

「クリムゾン公爵。ホドを攻め落とした、泣く子も黙る『赤鬼クリムゾン』であるという話かの?」

「あ、あぁ……」

 あまりにも、何でもない事のように言うコゲンタに、ガイは思わず戸惑いつつも頷く。

「あははは。貴君には、わしが逆恨みで“仇”の子供に刃を向ける男に見えるらしいの。少しはマシになったつもりであったがのぅ」

 悪戯っぽく苦笑するコゲンタ。

 そして、ガイはバツが悪そうに押し黙る。

「安心して欲しい。復讐は当の昔に復讐は諦めた」

 コゲンタは押し黙るガイに、努めて穏やかに微笑みかけ、真っ直ぐに見つめ言う。

「……諦めた……?」

 ガイは呆気にとられ鸚鵡返しで首を傾げる。

「薄情かな?」

「あぁ……いや、そういう事じゃないんだ。なんて言うか……良かったら……その……どうして諦められたのか、その理由を教えてくれないか?」

 バツが悪そうに笑うコゲンタに、ガイは呆気にとられたままの表情で尋ねるが、

「いや、駄目だ! 不躾なんて物じゃない。忘れてくれ」

 すぐに我に返ったかの様に、慌てて顔の前で手を振って打ち消した。

「不躾な物か。ルーク殿の親友ならば当然の懸念だの」

 嬉しそうに微笑み、コゲンタは何度も頷く。

 ふとその微笑みを消し、難しい顔で夜の闇を見上げながら彼は続ける。

「確かに、わしも一度は復讐の念に身を任せてしまおうと……考えた時期もあった。復讐という物の味はそれ程に“美味”だからのぅ。だから、確かにあった……!」

 一瞬、仮面の様に表情を消したが、すぐに苦笑すると、

「しかし、しばらくする内に学の無いわしでは、何処の誰を……どれだけ……何時まで……『斬れば良いのか?』が解らなくなってしまったからのだ……」

 今度は困った顔にして言うと一息つくと、さらに続ける。

「実際にホドに攻め入った騎士や兵隊達か? それを直接率いた隊長格達か? さらに、その上のファブレ公爵達、将だろうか? その将に戦を命じたインゴベルト陛下か? それとも、その陛下と王国を支えた民草達か? はたまた、今は亡き、前マルクト皇帝だろうか? ホドの領主であったガルディオス伯爵か? という感じでのぅ……。なぁ、キリがなかろう?」

 首を横に振りつつガイに向き直ったコゲンタ。
 しかし、今度はガイの表情が消えていた。いや、むしろ困惑し過ぎて「言葉が見つからない……」といった表情だ。

「どうした?」

「いや、何でも……。ええと何故、その……マルクト皇帝やガルディオス……伯爵まで?」

 気遣わしげなコゲンタの声に、我に返ったガイは呻く様に尋ね返す。

「そりゃあ、『何故、わしの家族を守って下さらなかったのだ?!』って話だのぅ……」

 何処か納得しかねる物を感じながらもコゲンタは、何をどう尋ねれば良いのか解らず、ガイの質問に素直な思いを言葉にする。
 非力で悲しいが心優しい“手向かいする術すら知らない人々”に交じって、あるいは“その人々そのもの”として暮らした者の、本音のひとつだ。

 これは決して、他人に頼るだけの甘えではない。これを甘えだと突き放すなら、人の集まりである「国家」も「貴族」の特権も成り立たない。

「……なるほど……。そういう考え方もあるよな。領民を守れないなんて、領主としては最低だ……」

「どうやら、貴君はその若さで相当な苦労をしたようだの……。わしなどで良ければ、聞き役くらいにはなるぞ。あるいは良い助言をしてやれるかもしれん……」

 コゲンタはガイの様子に見兼ねたように言うが、

「いや、すまぬ。今日会ったばかりの馬の骨に込み入った話をしろというのが無理な話だ。おいおいな、おいおいしてくれれば良い」

 ガイのますます困惑した顔を見て、すぐに打ち消した。

「……気が向いたらね……」

 ガイはようやくそれだけ呟く。

「うむ、それで良い。わしらはもはや一蓮托生。遠慮はいらん」

 コゲンタは頷くとガイに背を向け、白み始めた空を見上げた。

「ルークが旦那を慕う理由が分かったよ……」

 そんな彼の背中にガイが声を掛ける。

「あはは、それは光栄だのぅ。わしはルーク殿に慕われるような人間ではないのだが……」

 コゲンタは照れたように鼻を掻いた。そして、

「そうだの。では、貴君の前でも改めて誓うとしよう」

 再びガイに向き直ると胸の前で拳を固め、

「貴君を、そしてルーク殿を決して裏切らぬと誓おう。我が良心にかけて」

 しっかりとした声で誓いを立てた。


 こうして夜は明け、出発の朝へ。




 コゲンタの過去と人となりに触れる話でした。ただの紹介ではつまらないと思い、本編ではあまりない彼の視点で描いてみました。
 大人だって迷いながら生きているという感じが出せたでしょうか?

 さて大人と言えば、コゲンタを描く際は「ちゃんとした大人(或いはそうなろうとしている)」ように心掛けています。しかし、私自身がちゃんとした大人とは言えないので上手く描けているかが心配です。

 しかし、これだけは誓って言います。他人の無知をせせら笑ったり、他人の失敗をその人の人格のせいだけにはしないと。


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第36話 包囲された城塞都市へ……


 森から森、林から林へと、身を潜めるようにしてバギーで、次の目的地の近くだという鬱蒼とした林に着いたルーク達一行。

 目的地に敵の手が回っていた場合、これ以上近付くとエンジン音を拾われる危険があるため、ある程度離れたこの林で降りたという訳である。

 そして、バギーを降りると林を彷徨う事、小一時間。そろそろ焦れてきたルークは、誰にともなく呟く。

「今向かってるセン……なんとかっていう街、どんなトコなんだ?」

「《セントビナー》だよ。大きな樹がシンボルで緑豊かな綺麗な街さ。立派な城塞に囲まれていてマルクト軍が基地を構える城塞都市でもある。もう少しだから、頑張れ!」

 一行の先頭を行くガイの優しげだが強い激励が、ルークに届く。

「時にガイさんは、キムラスカの方だというのに我が国マルクトの地理に明るいのですねぇ?セントビナーへも特に迷う事なく向かっているように見受けられますよ?」

 ガイのすぐ後ろを行くジェイドが、世間話でもするかの様に穏やかな表情と口調で尋ねる。

「ルークを探すためにマルクトの地理を頭に叩き込んで来たからな。それに、実は卓上旅行が趣味なんだ」

「なるほど、持つべき物は友! というわけですね。そして、とても素敵な御趣味をお持ちですねぇ」

 淀みなく答えつつ照れくさそうに苦笑するガイ。そんな彼に、爽やかに微笑み返しジェイドは頷く。

 何時ものへらへら顔のジェイドの方は解らないが、ガイの方は笑っているのに何処がはぐらかしている様に見えるのは気のせいだろうか?

 ルークには解らない。

 というか、『タクジョーリョコー』とは何なのだろうか?

 ルークの後に続くティアにきいてみれば……

「本当に旅に出かけるんじゃなくて、地図や絵葉書を眺めたり。おみやげ物とか、その土地の特産品なんかを取り寄せて、家で楽しむの。文字通り、机の上で楽しむ旅行の事よ」

 との事だった。

 ルークは、親友にそんな趣味があったとは初耳だった。

「親友のためなら当然さ。それに、お屋敷勤めじゃ気軽に旅行へってわけにはいかないからな」

「そうですか、そうですか。いつか機会が有れば、共に想像力の翼を羽ばたかせましょう」

 肩をすくめて、さらに苦笑するガイに、ジェイドは何やら愉快そうに笑い掛け、空を指差す。

 ふと、歩を進めながらもガイは振り返り、ルークを見やって口を開く。

「ネクラ! って馬鹿にされそうで、ルークには内緒にしたかったんだがなぁ。ハハハ……」

「そっちこそバカにすんな! ヒトの趣味、笑いモンにするほどオチぶれてねぇっつぅのっ!!」

「そうか、悪い悪い。今度、お前も一緒にどうだ?」

「いや、やめとくわ……」

「ハハハ」

 正直に言えば「ちょーネックラっ~!」と、大笑いしてしまいそうになったが、ティアの目の前なので我慢したのだ。
 喉まで出かけた笑いが非常にツライ……

 ルーク達は、取り留めもない話をしている内にセントビナーにほど近い雑木林はと到着した。その雑木林は丘の上にあるため、セントビナーの街並みと街へと伸びる街道が、よく見渡す事ができた。

 ルークは茂みの中から街を目を凝らして眺める。

 城門の脇で神託の盾の騎士団達がいた。その一人は見覚えがある。リグレットだ。

 彼女は、何人かの騎士達と、何事かを話している。

 一人は、帯剣はしているが鎧を身に着けず僧帽を被った神託の盾の男だったが、その他の三人は異様な風体をしていた。

 二人目は、怪鳥の嘴を想わせる仮面で素顔を隠して濃緑の髪の毛を逆立てた小柄な男。

 三人目は、眼鏡をかけた色白、痩身、くすんだ銀髪の男で、派手な襟飾りが取り付けられた法衣を着ていて、何故か大仰な背もたれの椅子に腰掛け宙に浮いている。

 そしてもう一人、獅子の様に顎髭を蓄えた大男。その身体は、分厚い法衣の上からでも解るほどの巌の様な筋肉に鎧われている。タルタロスで戦死したマルクト軍のディードヘルトがかなりの大男だったが、彼よりも一回りは大きい。

 仮面の男と並ぶと、まるで巨人と小人とまではいかないが、よりその威容が目立つ。

「……以上が、今必要な医薬品と器具です。数は多いですが、街の教会を介して何とかなります。しかし、運搬するとなりますと業者に頼むことになりますので、少々目立ちます……」

 僧帽の男は、リグレットに書類を手渡した。どうやら彼は行政的な任務を担っている士官らしい。

「確かにまずいな。よし、主計長。私の責任で馬車を徴発する事を許可する。ただし、一定の礼節と口止め料……心付けは忘れるな。我々だけの手で運べ」

「了解」

 主計長は、リグレットの指示に敬礼で答えると、踵を返し城門の中へと消えた。

「フンッ、マルクト軍にヤられた連中をマルクトの街で調達した薬で治療するなんて、全くつまらない皮肉だね……」

 書類に目を通しているリグレットの耳に、少年のやや甲高い嘲笑が聞こえた。

「いや、死んだ奴らを『偉大なる導師イオン様を救うため戦い倒れた英雄』として祀り上げれば箔が付くかな。ハハハ」

「……シンク、口が過ぎるぞ」

 リグレットは書類から視線をあげ、仮面の男を一瞥し静かに呟く。

 仮面の男……《烈風のシンク》、少しも悪びれた様子もなく仮面の下からのぞく形の良い唇を皮肉気に歪めるのみだ。

「死霊使い以外の者の実力を、過小評価し過ぎたかもしれんな」

 それまで腕を組み、沈黙を守っていた大男が、決して大きくはないが威厳を感じさせる声で呟く。

「ハーッハッハッハッハッ! だーかーらー言ったでしょう、ラルゴ。あの性悪ジェイドを倒せるのは、この華麗なる神の使者、神託の盾 六神将、薔薇のディスト様だけだと!!」

 腰掛けの男が、場にそぐわない大笑いで大男……《黒獅子 ラルゴ》に向かって撒くし立てる。薄い唇を割り開いて、赤い舌を蠢かせる様子が、奇怪な爬虫類を連想させる。

「薔薇じゃなくて死神でしょ」

 シンクが呆れ果てた様子で言った。

「この美っし~いぃ私が、どうして薔薇ではなく死神なんですかっ!」

 それを聞いた《死神 ディスト》は、青筋を立てて抗議するが……

「過ぎた事を言っても始まらない。どうする、シンク」

「おいっ! あなたたち?!」

 ディストの事など見えていないかのように落ち着いた口調で、リグレットが先を促した。

「タルタロスを派手に乗り回すわけにもいかないしね。せいぜい紳士的に振る舞って『神たるローレライと心優しい導師イオン様のしもべ』として、親切なセントビナーの人達の施しを受けるしかないよ。怪我人を見捨てるつもりがないならね……」

「こらっ! キミたち?」 

 ディストの事など初めからいないかの様に、リグレットの問い掛けに答えるシンク。

「良ぉぅしっ、全軍に通達! 右舷直はこのまま臨戦態勢で待機。左舷直は休養とする。だが、ここが敵陣のど真ん中でもある事を忘れるな! 常に“そのつもり”で行動しろ!! だが、規律を重んじ常に余裕ある態度をしめせ! 無用な諍いや問題を起こした者は、この俺自ら首を刎ねる!!!」

「ちょっとっ! 皆さん……?」

 やはり、ディストの事など無視して、ラルゴは大音声で号令を発する。

「了解」

 それまで後ろに控えていた数人の伝令兵が敬礼で答えると、それぞれの方向に走り出した。

「俺は艦の方へで待つ。兵士の見舞いもあるからな。リグレット、シンク、こちらは任せたぞ……」

「ねぇ? 皆様ぁ……?」

 またしても、ディストの事など無視して、ラルゴは踵を返して陸艦に向かおうとするが何かに気が付き背後を見やる。

 しかし、その視線の先には小高い丘の上に有る黒々とした緑色の雑木林が見えるだけで、特に変わった物は見付からない。

「分かった。……どうした?」

 リグレットの声にも応えず、しばし雑木林を睨み付けるラルゴ。

 が……

 彼は、目を伏せ顔を左右にふり口を開く。

「……いや何でもない、気のせいだ。ディストも来い、機関部の完全復旧には貴様の技術が必要だ。頼りにしている」

「ラ、ラルゴくぅんっ……!」

 ここで、ようやくラルゴは、ディストに向き直り、軽く彼の肩を叩くと歩き出した。ディストは、その行為に感極まったように涙ぐむと、仔犬のような顔でラルゴに付いて行った。


 ラルゴの視線にルークは、一瞬気付かれたと思い怯んだが、どうやら雑木林の動植物の気配がうまく自分達の気配を隠してくれたらしい。

 こうして、ルーク達一行は、ようやくセントビナーの城門へとやって来た。深い堀、高い城壁に囲まれた壮麗なマルクト風建築の街並み、まさに城塞都市である。

 そして、やはり目を引くのは、その街並みを優しく包み込む様に生える大樹の存在だ。

「あれがセントビナーの大樹。大きい、それに美しい……」

 イオンの呟きが漏れ聞こえる。
 ルークも同じ感想だ。

「『世界樹の分根』『ユグドラシルの新芽』とも呼ばれているの。ミュウたちチーグルが住んでいる樹と同じ『ソイルの樹』なのよ。一説によれば、樹齢二千年とも言われているわ。その昔、あの樹が枯れかけた時、この辺り草木も一緒に枯れかけたらしいの。とても、不思議な樹なのよ」

「へえぇぇ……」

 言葉の意味の半分は解らなかったが「とにかく古くて、スゲー!」という事はルークにも分った。

「う~む、やはりと言いますか……」

 その横で、ジェイドが反射光で位置がバレないためなのか薄い網をかぶせた双眼鏡を覗きながら唸った。

「あちらもプロ! 当然、手が回っていますよねぇ」

 さらに目を凝らして見れば、城壁の上にマルクト軍の物とは違う白い服と鎧を身に着け、譜業や大弓を携えた騎士達の姿があった。

 白地に金の音叉の紋章、神託の盾の騎士団に間違いなかった。

 そして、街道と街をつなぐ各所、城門の前にも大勢の騎士が待ち構え、出入りする人々や荷馬車のことごとくを
検めていく。

 まさに検問所のようだ。

「まさに、我が物顔って話だのぅ」

「どうすんだよ? あんなの忍び込めるワケねーよ」

 ジェイドと同じように望遠鏡を覗き、呆れたように呟くコゲンタに、思わず尋ねるルーク。

 いかに、兵法の素人のルークと言えども「頭わりぃ……」と思ってしまう質問だ。

「ふぅむ、さてのぅ……。鳥かモグラになりたい所だがの……」

「ハハハ、そいつは名案だね。問題は、おとぎ話の魔法の杖が手元に無いって事だな」

「ご存知ですか? モグラは生物学上、ネズミの仲間なのですよ」

 ルークの問い掛けに、困った様に苦笑し首を捻るコゲンタ。
 そして、ガイとジェイドの場を和ませるための冗談。成功とはいえないが……

「やゃ……!」

 何かに気が付いたジェイドが双眼鏡を動かし、それに合わせてコゲンタも望遠鏡でそちらを見やる。 

「捨てる神あれば拾う神ありですね。馬車が来ます、しかも……」

「エンゲーブの輸送隊だ。あれは……ローズ殿か? これは良い」

 不敵に笑うジェイドとコゲンタの視線と言葉に吊られる様に街道を見れば、エンゲーブの紋章が刻まれた馬車の列がセントビナーにゆっくりと向かって来る。

 ルーク達は一計を案じ、馬車の荷台に潜みセントビナーに荷と共に運び込んで貰おうという事になった。

 ティアとイオンは、事が露見した場合

「ローズさん達やセントビナーの人々にも塁が及ぶのでは……」

 と難色を示したのだが

「時間と人手が有れば、まだ方法がありますが。具体的な代替案が御有りなら、そちらの方法で行きますが?」

 というジェイドにしては珍しい答えを急かすような言葉と、

「奴らがその気なら、どちらにしろ一応エンゲーブの者のわしが、このまま同行すれば同じ事だがのぅ……」

 というコゲンタの苦笑に納得する事しか出来なかった。

 こうしてルーク達は、馬車の荷台に潜んでセントビナーは入り込む事になった。一行は、街道沿いに林の中を遡る。

「そこの馬車、止まれっ!!」

 と、大胆にもルーク自ら先頭の馬車の前に飛び出した。

 ティアの心臓も口から飛び出し……はしなかったが、おそらく寿命は縮んだ。

 車列は急停止し、馬たちが迷惑そうにいななく。

「なんだい、いったい!? おや、アンタはルークさん? だったかい?」

 目を白黒させるローズ。しかし、彼女は剣や手槍を持ち馬車から降りた護衛らしき男たちを制した。

「おばさん、ワリーけど馬車に乗っけてくんねーかな?」

「ローズ殿!」

 悪戯に成功した子供のような笑顔のルークに続いて、コゲンタが車列の前に姿を現すと、ローズに大きく手を振った。

「おや、今度は先生かい?」

 思わぬ場所での突然の再会に、ローズも驚いている様子だった。護衛らしき男たちもコゲンタの姿を認めると、口々に、先生、先生と呼んで表情を緩めると剣や手槍を下ろした。

 そして、ローズもすぐに顔を綻ばせ、再会を喜んでいるようだった。

「ごきげんよう、ローズ夫人♪」

「まぁ、カーティス大佐も? 一体どうしたんです、こんなとこで? 何かまた厄介事ですか?」

「いやぁ実は、かくかく馬々……もとい。かくかくしかじかで、そうなんです。弱っちゃいますよぉ……」

 神妙な顔つきなローズの問い掛けに、ジェイドは微苦笑とともに肩を竦めて見せる。
 そんなジェイドの隣にガイは歩み出て、ローズに深く頭を下げつつ、口を開いた。

「セントビナーの街に入りたいのですが、導師イオンを狙う不逞の連中の待伏せを受け困っています。マダム、どうか御力添えを……」

「あははは。参ったね、マダムと来たかい!」

 さらに深々と丁重に頭を下げるガイに、逆に恐縮しローズは照れくさそうに苦笑すると、

「しかし、こんな事は生誕祭の預言には詠まれてなかったけれどねぇ。やっぱり『当たるもハッケ当たらぬもハッケ』って事かねぇ?」

 面白そうに笑った。

「あっと……!イオン様の前でなんて事を……」

 だがしかし、ローレライ教団の長であるイオンの目の前で預言を貶める言葉を口走ってしまった事に気が付き、ローズは慌てて口を紡ぐが、時既に遅しであった。

「いいえ、良いのです。教団が皆さんに授ける事のできる預言は、預言のごく一部分にすぎません。それに預言は、あくまで指針。その日その日、一人一人の行いや心がけによって変わっていく物なのだと、ぼく自身が思っているのですから」

 ふくよかな身体を小さくし、恐縮するローズにイオンは笑顔で答えると、 

「それに、変わった方が良い預言も当然あります。ぼくは、ある《預言》を変えたいのです。ローズ夫人、どうか御力添えのを……」

 イオンの言葉にしては珍しく言葉と瞳に力が籠っていた。

「もちろんですよ、導師イオン様! さぁ、御乗りください。ルークさん達も早く乗りな!」

 ローズはイオンに大きく頷き返すと、力強く胸を叩く。そして、ルーク達に向き直ると、幌に覆われた馬車の荷台を指差した。

「ありがとう、おばさん! 恩にきる!!」

「ありがとうございます……!」

「いいさ。二人にはドロボウ騒ぎで、特に迷惑をかけたからね。そのお詫びさ。あはは」

 ローズはそれぞれの感謝に、笑顔で頷いた。神託の盾騎士団にバレれば、自分達もタダでは済まないというのに……

 ティアは、ローズに対して先ほどの一言では言い表せない感謝の念と罪悪感を抱きながら、元気に荷台に飛び乗り自分に笑い掛けるルークに微笑み返して、自分もまた馬車へと歩き出した。



 馬車を一台先行させると、ルーク、ティア、コゲンタ、ミュウそして、イオン、ガイ、ジェイドと二台の馬車に分かれて乗り込む事になった。

 そして馬車は、ゆっくりとセントビナーへと近づいていく。ルーク達は荷台に満載されたリンゴのの籠の間に身体を小さくして息を潜めた。
 今の緊張感に似つかわしくない、甘酸っぱいリンゴの香りに不快感を感じルークは眉を顰める。どちらかと言えば好きな香りなのに不思議だ。

「エンゲーブの者です。先に馬車が来ているはずですが」

「ああ、話は聞いている。通れ」

 ローズの明朗な声と、神託の盾の騎士の物と思われる事務的な声がルーク達の耳に届いた。

「はい、ありがとうございます」

 ローズの声と共に再び馬車が動き出すだろうと、息を吐き出しかけたルークの呼吸が

「いや……、ちょっと待て。その荷台に乗っているのは……」

 という僅かに怪訝の色をにじませた無機質な声に、再び停止した。

 と同時に、ルークとミュウの全身が総毛立つ。不安そうにしていたティアも表情を消し、傷に構わず両手で杖を握りしめ、、隣のコゲンタは静かにワキザシの鯉口に指をかけた。

「その荷台に乗っているのはリンゴか?」

「へ……?」

 それは、誰の疑問符だったのだろうか?

「良ければ、ここで少し売ってくれないだろうか? 実は同期にエンゲーブの出の奴がいてね。よく分けてもらっていて、今も私の好物なんだが……」

 呆気にとられるルーク達を余所に、無機質さは何処かへなりを潜めた騎士の快活な照れくさそうな声が聞こえる。

「え……えぇ、もちろんですよ!」

 ローズの愛想の良い声。
 すると、幌を出来るだけ開けないよう隙間から彼女のふくよかな腕が伸び、ルークの目の前の籠からリンゴを五つ、六つと拾って行く。

「ふむ……六つか、良いリンゴだな。これで足りるだろうか?」

「あぁ、いえ、お代は結構です。ダアトの騎士様からお金を取るなんて。それに銀貨では高すぎます」

「いや、良いんだ。むしろ、足りないくらいだ。こちらの事情で交通の邪魔をしている我々なりの謝罪だと思ってくれ。私の様な下っ端が生意気だがな」

 戸惑うばかりのローズの声に対して、騎士の声音は優しく明るい。先程の事務的を通り越して機械的ですらあった声の持ち主だとは、到底思えない。

 それがルークの中で神託の盾騎士団の印象を、なにがなんだか分からない物にした。

 タルタロスで目にした奴らは、武器を使い、戦術を用い、言葉を話す、ただ人間の形をしただけの『魔物
』…… いや、話しさえできればある程度分かり合えたライガ達よりも、よほど『魔物』であった。

 しかし、今し方ローズと友達の話をし、リンゴが好きだと笑った神託の盾の騎士を目の当たりにして、彼らも自分と何ら変わらない日常と感情を持った人間なのだと、今さらになって思い知ったのだ。

 そもそも、神託の盾の騎士団の騎士であるティアが、すぐ隣にいるというのに、情けない話である。

 そしてもう一つ、ルークが衝撃を受けた事柄があった。

 騎士は、エンゲーブ出身の友人がいると言っていた。つまり、その友人はマルクト人という事になる。もしかしたら、タルタロスにもエンゲーブ出身の兵士がいたかもしれない。

 友人や隣人同士でも殺し合う?試しにガイやナタリア、そして、ティアとそうなったならと想像してみる……。

「ジョーダンじゃねぇ……」

 という思いが強過ぎて上手くいかなかった。

 しかし、もし噂の『大詠師派』の好きにさせれば、そんな『ジョーダンじゃねぇ』事が繰り広げられるのだと思うと、本当に冗談では済まされない。

 ルークは、イオンに全力で協力して必ず『和平』を成功させてやろうと、改めて決意した。

 決意したのだが……、悔しいが世間知らずでマトモに戦えもしない自分に何ができるのか見当も付かなかった。


 そうこうする内に、馬車は門を潜り抜け、街へ入り、城壁を離れると神託の盾騎士団の姿は見えなくなった。

 そして、この街のマルクト軍の本部になっているというマクガヴァン邸に向かう広場で、ルーク達はローズ達に礼を言い、馬車から降りる。 

 これでひとまずは安心だ……そう思うとドッと疲れを感じ始めたルーク。

 ふとイオンの顔を見ると、彼もまた緊張が解けたせいか顔色が優れないようだ。

 それにしても、コゲンタとジェイドが、しきりにローズに何か小さな包みを渡そうとしていたいたのだが、なんだったのだろうか?


 それはともかく


 セントビナーの街は、とても綺麗だった。

 花壇に街路樹、緑も豊かで、行き交う人々の笑顔も明るく、忙しそうな声で賑わっている。

 あんな殺り……

 いや、あんな戦いが同じ国の中であったとは、とても思えない。
 まるで別世界、夢でも見ているかのようだ。

 そう、夢だったら良かったのに……
 


 そして、そんな街並みを横目に、件のマクガヴァン邸の前に到着した。

 するとルーク達の姿を見とめた番兵が、「何ごとか?」とサスマタを手に、こちらへとやって来た。

「お勤め御苦労様です。私、マルクト帝国軍 第三師団所属 ジェイド・カーティス大佐と申します」

 ジェイドは、その番兵に向かってしっかりとした所作で敬礼すると、

「誠に申し訳ありませんが、こちらの基地司令グレン・マクガヴァン準将閣下にお取次ぎ願えますか?」

 彼は、階級が下であろう番兵に対していやに丁寧な言葉で続けた。

「これは……!し、しかしながら、司令官はただ今来客中です。申し訳ありませんが、中でしばらくお待ちいただけますでしょうか?」

 それに恐縮する事しきりの番兵は、慌てて返礼し、伝えるべき事を伝える。

「事前の約束のない訪問です。貴方が謝る事ではありませんよ♪」

 番兵の慌てぶりに穏やかに苦笑したジェイドは、その顔を隠すようにずれてもいない眼鏡を直しつつ続ける。

「……ありませんが、こちらにおわす導師イオンとこの街を取り囲んでいる神託の盾騎士団の事についてのお話ですので、出来る限り迅速に願いますと御伝え願います」

 眼鏡を直した手をどかすと彼の顔は、軍人の顔に変わっていた。

「りょっ了解しました!」

 番兵は再び敬礼すると、弾かれるように詰所に取って返すと、詰所の同僚に何事かを言い残すと館の中に姿を消した。

 そして、詰所から別の番兵が入れ替わるようにルーク達に近付いて来る。

「申し訳ありませんが、しばしお待ちください」

 詰所から現れた彼は、先ほどの番兵よりも年嵩のようで落ち着いた声と表情で敬礼した。恐らく彼はこの場の責任者なのだろう。いかにも兵士といった厳めしい顔の持ち主だった。

 彼は敬礼を解くと、イオンの顔を一瞥すると恭しく黙礼すると

「……よろしければ休む場所をご用意いたしますが……?」

 と口を開いた。彼の目にもイオンの体調が優れないのが分かったようだ。

「い、いえ……」

 イオンは恐縮したようにその申し出を断ろうとするが……

「なんだよ、イオン。用意してくれるってんだから、エンリョする事ねぇよ。突っ立てるのもいい加減タリーよ。つーわけで、イゴコチの良い所に頼むわ!」

 というルークの言葉に、それは遮られた。

 ルークの不躾ともいえる態度に、ティアは内心ハラハラし、その隣のガイは痛そうに頭を押さえ、溜め息を吐くばかりだ。

「ふふ……。解りました、しばらくお待ちください。ただ、居心地については、あまり期待しないで下さい。なにぶん番兵の詰所ですので……」

 ティアの心配やガイの呆れを余所に番兵は微笑み、冗談めかした言葉まで返した。

「ハハハ。まぁ、しゃ~ねぇなぁ」

 ルークの悪戯っぽい笑顔に、番兵は厳めしかった顔を緩めて、「こちらへ」と言って歩き出した。

 ティアはホッと胸を撫で下ろすと、彼らに吊られて微笑みルークに続く。

 そして、ガイはそんな彼女の隣で狐につままれたような顔で立ち尽していた。しかし、すぐにハッと我に返り、ルーク達の後を追った。

 番兵の詰所の脇にある待合室(といっても、詰所から伸びるひさしの下に椅子と机が並べてあるだけの簡単な場所)に通され、件の番兵の帰りを待つことにした。

 程なくして、番兵が走って戻って来る。

 そして、ルーク達は館の中に通され、すぐに基地司令官であるグレン・マクガヴァン准将と会える事になった。
それと言うのも、件の来客というのは准将の実父でセントビナーの名士であり、ジェイドの元上官であるマクガヴァン退役元帥で、その用件がこの街を囲む神託の盾の騎士団についての事だったからだと言う。

「実にナイスなタイミング。これも日頃の行いの賜物ですね。無論、私以外の皆さんの♪」

 ジェイドがそんな益体のない事を言っている内に、基地司令官マクガヴァン准将の執務室の前へとやって来た。

 執務室の扉は、ルークが想像していたよりもずっと質素で機能性を追求したという印象だ。

 案内役の兵士が、直立不動の姿勢で扉を叩くと、

「失礼します、グレン・マクガヴァン司令。ダアトのローレライ教団 導師イオン様ご一行とマルクト帝国軍第三師団 師団長 ジェイド・カーティス大佐をお連れしました」

 高らかに叫ぶ。

「お入りいただけ」

 扉の向こうから、兵士とは正反対の理路整然とした静かな声が返ってきた。

 兵士は、その声を聞いて扉を左右に大きく開くと、

「イオンさまぁっ! あっ……いでぇっ!?」

 その瞬間、小さな影が飛び出して来たかと思うと、ルーク達の目の前で小柄な少女が、思い切り転倒した。

「イオンさまぁ……」

「アニス?!」

 イオンが、ジェイドの背後から慌てて駆け寄り、彼女を助け起こした。少女は誰あろう、アニス・タトリンだった。

 見れば、アニスの右足首には包帯が巻かれており、彼女の側には松葉杖が一緒に転がっている。

「アニス、無事で何よりです」

 イオンは彼女に笑い掛けた。

「無事じゃねぇっ……ですけど、なんとか大丈夫でした。ワタシなんかの事より、イオンさまがご無事で良かったです。ホントにホントに、良かったです……」

 倒れたままの姿勢でイオンに縋り付き涙ぐむアニス。
 イオンは、そんな彼女の小さな肩をそっと抱き寄り添う。

「アニス、待たせしまってすみませんでした。そして、グッジョブ!!」

 ジェイドがイオンの背後から気楽な調子で声を掛けた。

「大佐ぁ、ナイスカバー……じゃなくって! イオンさまを護って下さって、ありがとうございましたっ!!」

 気軽な返事をしたかと思うと、アニスは唐突にジェイドの前に跪き、土下座せんばかりに頭を下げるが

「アニス、それは私の力だけではありません。ここにいる皆さんの協力なければ決してイオンさまを護り切れなかったでしょう。お礼ならば皆さんにです」

 ジェイドは「恥じ入るばかりです……」と、大げさな身振りで頭を抱えてみせると、優しげな苦笑を浮かべた。
そして、自分の後ろで立ち尽しているルークに道を開けるように脇へ退く。

「皆さん!」

 アニスは向き直ると、今度はルーク達に頭を下げようとするが……、

「や、やめろよ!」

 と、ルークがそれを止めると、

「力の弱い奴を強い奴が助けるのなんて当たり前だし……、俺は役立たずだっただけど……。だいたい、オレはイオンは仲間だって思ってる。だからトーゼンだ!イオンはどうかわかんねぇけど……」

 そっぽを向いて早口でまくし立てた。語尾が、尻つぼみになってしまっているのは、ご愛嬌。

「ルーク様の言う通りだわ。イオン様もいたから、切り抜けられた。誰が欠けてもアニスに再会できかったわ」

「左様、礼を言われたくてした事ではない。それに導師イオンにも助けて頂いた」

 ティアはルークの言葉に頷き、自分の左腕の包帯を撫でながら微笑む。その隣でコゲンタがニヤリと笑った。

「君は導師守護役だね? 君は守護役だから、イオン様をお護りしているのかい? 違うよね、少なくとも君は『イオン様が好きだから』、お護りしているんだろ? 俺ことガイ・セシルも同じ気持ちのつもりさ。だから、このくらいお安い御用さ」

 ガイは、跪くアニスと視線を合わせるために片膝を突き、優しげに語りかけると片目を瞑ってみせた。

 すると、アニスは小さな掌で顔を覆って俯いてしまった。そして、

「ちっきしょぉ……。コイツらワタシを泣かそうとしてやがんなぁ……。寄って集って卑怯じゃねいかよぉ……、そうはいくかってんだよぉ……」

何かをぶつぶつと呟いているがよく聞き取れない。

 ルークは、自分達の言葉に喜んでくれたのだと思い、なんだか照れくさいやら嬉しいやらで居心地が悪くなった。そんなつもりではなかったのだが……

 と、アニスから視線を上げると、そこには番兵達よりはもちろんジェイドの物よりも凝った造りの軍服を着込んだ淡い金髪で痩身の軍人が直立不動の姿勢で控えていた。


 そして、彼は口を開いた。





 更新が遅くなり、申し訳ありませんでした。とは言っても、やはり展開が遅いのですが……(涙)

 さて、今回も原作とは大幅に変更している点があります。

 一つ目は神託の盾の行動です。
 原作では早々に引き揚げてしまい、流石にあれでは諦めが早すぎると思い、こういう形にしました。そして、彼らのスタンスにも手を加えました。原作では、体裁はと問えている物の、軍隊としての自覚に欠けるという印象だったので、軍隊らしくしてみました。如何だったでしょうか?
 それからタルタロスの戦いで、普通に考えればマルクト軍もかなり抵抗したはずで、その犠牲になった部下達の事について何も口にしないのは如何な物かと思い(シンク、ディストならともかく、リグレット、ラルゴの人物像からすると考えにくいので)、本文のような描写を加えてみました。それに加えて、城門の兵士とリンゴのエピソードで、戦争とは決して一部の悪人が起こすのではないという事を表現したかったのですが、上手くいったでしょうか?

 それから、残りの六神将の登場でした。ラルゴはより威厳を、シンクはより皮肉屋にしてみました。ディストはほぼそのままですね。

 二つ目はアニスの行動です。拙作ではカイツールではなく、ここで合流です。原作ではマルクト軍に接触出来たのに保護も求めず、何故か先行しているので、職務(イオンの護衛)放棄にしか見えなかったのでここでとなりました。ファンの皆さんには名シーンを無くす事になったので、この場を借りてお詫びします。

 更新も展開もなかなか進まないと思いますが、今後もよろしくお付き合い願います。


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第37話 突然のお別れ?

 
「ようこそお越し下さいました」

 アニスから視線を上げると、そこにはジェイドや番兵よりも凝った意匠の軍服を着込む淡い金髪を撫でつけた痩身の軍人が直立不動の姿勢で控えていた。

 彼が、この基地の司令官だというグレン・マクガヴァン准将なのだろうか?

 それとも、彼の隣に立つミノムシのような髭を蓄えた老人だろうか?

 ルークはミノムシなら見た事があった。屋敷の庭園で見つけた物を母と従姉にあげたのだ。母は泣いて喜んでくれたのだが、従姉には泣いて怒られてしまった。それはともかくスゴい髭だ。

「ローレライ教団 導師 イオン様。並びにキムラスカ・ランバルティア王国 王国軍 元帥 クリムゾン・ヘアツゥーク・フォン・ファブレ公爵のご令息 ルーク・フォン・ファブレ様とお見受けいたします。この基地の司令官を任せられております、マルクト帝国軍准将 グレン・マクガヴァンと申します。平に歓迎いたします」

 はたして軍人の方が准将のようだった。

 ならば、あのミノムシ老人は何者なのだろう? それにしても、やはりスゴい髭だ。

 と、ルークは准将が自分に頭を下げている事に、ようやく気が付いた。

「へっ? あぁ、はい、どーも。ルークです……じゃなくって!」

 師 ヴァン・グランツに負けないくらいの、いかにも立派そうな大人がなんの躊躇いもなく自分に対して深々と頭を下げる様に「何かの間違いでは……?」と困惑するルークだったが……

「たしかにオレが、ルーク・フォン・ファブレだ!」

 なんだか子供っぽくなってしまった自己紹介を、胸を反らして堂々とした態度で言い直してみたものの……よけいに、マヌケになってしまっただけだった。まさに、後悔先に立たずである。

「ごきげんようグレン・マクガヴァン准将。突然の訪問にも関わらず、ご面会いただきありがとうございます」

 一方、ルークの隣に立つイオンは何の戸惑いも見せず、穏やかだが不思議と威厳を感じさせる立ち振る舞いで、准将に微笑み返す。
 こんな、奇妙で堅苦しいやり取りに自分は一生慣れる事はないだろうと、ルークは妙な確信を持った。

「久しいな、カーティス大佐。タルタロスに乗艦しての任務だと聞いていたが……君だけか? 副官のロッシ少佐や、艦長は仕方がないとして、他の乗員はどうした? 神託の盾騎士団が街を取り囲んでいるのだから下手には動けないだろうが……」

「いやぁ、実はですねぇ。良いお知らせと悪いお知らせがあるのですが……」

 准将はイオンとルークへの最敬礼を解くと、彼らの脇に控えるジェイドに向き直ると、軍隊式の敬礼をしながら疑問を口にした。

 ジェイドの方も同じように返礼すると、冗談めかした口調で答えるが、その表情は神妙な物へと変わっている。

「ええぃ、もったいぶらずに早く言わんか!」

 しかし、そんなジェイドの言葉は大きな怒声が遮る。

「報告、連絡、相談は迅速、確実、丁寧にと、あれ程教えたはずじゃぞ。ジェイド坊や!!」

 その声の主はミノムシ老人だった。というか、スゴいヒゲだ。

「父上……」

「坊やは止めていただけませんか、元帥。必死に若作りしているからと言っても、流石に照れます」

 准将とジェイドは同時に頭を抱える。もっともジェイドの方は面白がるような口調だった。

 どうやら、このミノムシ老人は、ジェイドの元上官であり、准将の父親であるマクガヴァン退役元帥であるようだ。それはそれとして、スゴいヒゲだ。

「え~オホン! では、准将閣下ならびに退役元帥閣下に、ジェイド・カーティス! ご報告いたします!!」

 わざとらしい咳払いひとつしたジェイドは、軍靴の踵を高らかに打ち鳴らして直立不動の姿勢を取った。

「エンゲーブより南 約300キロメートル地点にて神託の盾騎士団の大部隊の奇襲を受け、我が副官マルティクス・ロッシ少佐 戦死、陸上戦艦タルタロス艦長アレクサンドル・プライツェン中佐ならびに同艦乗員150余名 戦死ないし行方不明。そして、タルタロスは神託の盾騎士団に奪取されました。すべて、小官の失態です。この度の和平を成功させた暁には、もちろん極刑も含めて取り得る限りの方法で責任を取る所存です」

 自身の失敗と悲惨な事実を、流れるように淀みなく言ってのけたジェイド。

「全滅……だと? 馬鹿な……」

「お主ほどの男が、なんて様じゃ……。しかし、という事は奴ら、のうのうと我が軍の陸艦でセントビナーに? ゆるせんっ……!!」

 准将は眉をしかめて顎を撫でつつ呻くだけだが、父である退役元帥は対照的に声を震わせ唸る。

「ジェイド……」

「はい、イオン様」

 と、イオンが穏やかだが毅然とした眼差しでジェイドに語りかける。 
 そして、ジェイドもまた穏やかに頷く。

「マクガヴァン准将ならびにマクガヴァン退役元帥、両閣下に御願いの儀がございます」

「ふむ……、なんだろうか?」

 唐突な言葉に、准将は特に気にした様子もなく冷静に答えた。

「はい、こちらの公爵子息 ルーク・フォン・ファブレ様、ダアト市民 メシュティアリカ・グランツ女史、チーグルの森のチーグル ミュウさん、ファブレ公爵家使用人 ガイ・セシル殿、そしてエンゲーブのイシヤマ・コゲンタ殿の最大限の保護と早期の送還をお願い致します」

「はっ? なに言ってんの、オマエ?」

 突然のジェイドの言葉に、ルークは声を上げた。戸惑いを通り越して、怒りすら覚えた。

 それでは約束が違う。せっかくの、ここまでの(主にティアやコゲンタの……)苦労と先程の決意が無駄になってしまう。

 ルークが周りを見回すと、当のティアを含め皆、ジェイドの言葉にさほど驚いた様子もなく、どこか納得したような顔で彼を見守っている。

 そして、ジェイドの言葉は続く。
 
「この方たちは、我が部下達のために命を懸けて戦って頂いた得難い友人です。所属や国籍を超えた戦友です。何卒お願いたします。」

 ジェイドはしっかりとした声で言い切った。

「……分かった。約束しよう」

「だぁかぁら、なに言ってんだよ! オマエら!」

 准将が頷いている横からルークが割り込んだ。

「イオン! オマエもなんとか言えよ」

 ルークは助けを求めるような気持ちで、自分を無視して話を進める大人たちから、イオンに目を向けた。

「ルーク……」

 当のイオンもまた、神妙な面持ちになり、

「初めから図々しいお願いだったんです。ここまで本当にありがとう……ございました」

 などと唐突に語り始めた。

「は? なんだそれ? なんなんだそれ!?」

 ルークは、イオンが一人で勝手に納得し、勝手に結論を出して、勝手に別れの言葉を重ねていくのに比例して、どんどん苛立ちを募らせていく。

 彼の足下ではミュウがオロオロと周りを見回している。

「そんなにオレが信用できねぇって事かよイオン?! 伯父上へとりなすって、ちゃんと約束したろオレ!」

「ルーク、分かって下さい……」

「わからんっ!!」

 イオンは耐えかねたように顔を伏せる。

「なんだよ! バカにしやがって! さっきから勝手に話を進めやがってさぁ!!」

 その行為すら癇に障ったルークは、とうとう怒鳴ってしまった。

「ミッ、ミュウッ!」

 その大声に彼の足下にいたミュウが、コゲンタの足元へと飛んで行って、彼の影に隠れた。
 当のコゲンタは、いつもとは別人のような険しい顔でジェイドとイオンを見つめている。

「ルーク様、落ち着いて……」

 ティアがすかさず二人の間に入り、努めて柔らかく話し掛ける。

「うっせえなぁ! ティアは黙っててくれよっ!」

 しかし、そんな彼女の『丁重な言葉使い』が、ルークに対して

『お前は頼りない』

 と、言われているようで彼の苛立ちに油を注ぎ、さらにその怒りを大きな物にしてしまう。

「とにかく、イオン! オマエはオレがバチカルへ連れていくっ! ゼッテーだっ!!」

「ルーク様♪」

 いきり立つルークに、今度はジェイドが声を掛けた。

「なんだよっ?!」

「どうか落ち着いてください♪ 御話を勝手に進めてしまった事、誠に申し訳ありません」

 ジェイドは「抑えて、抑えて」と手を扇ぐ。

「この度のパーティー電撃解散の責任は、全て、この私ジェイド・カーティスにあるのです。思い返してみて下さい。そもそも、ルーク様のおっしゃる約束の前提が崩れてしまっているのですよ」

 ジェイドは大げさに顔をしかめて、首を横に振り、

「私どもは、バチカルまでのルーク様とティアさんの『お二人の身の安全』を担保にご協力をお願いしたんですよ」

 ルークの服の汚れや綻び、ティアの左腕をさし示して

「御覧の通り、むしろ逆に助けて頂いている始末です。明らかに契約違反。この場合、約束は取り消しでしょう? 常識的に考えれば♪」

 と言いつつ、頬をかきジェイドは苦笑する。実にバツが悪そうだ。

「正直に告白しますと、このままルーク様の善意と正義感を黙って利用し続けようかとも考えました……。がしかし! ハイリスク・ローリターンですし。そもそも、根が真面目で小心者の私の精神がバチカルまで保つとは到底思えませんから♪」

 一人で勝手にしゃべって、一人で勝手に納得したように、ジェイドは腕を組みつつ「うんうん♪」と何度も頷いている。

 そして、彼の一人芝居はまだまだ続く。

「何よりも、私個人としてルーク様の良心を利用したくないと思ったのです。ですから、イオン様と話し合ってここいらで涙のお別れを……と思った次第です。いやぁ、別れの時という物はいくつになっても慣れない物ですね。目頭が熱くなってしまいます♪」

 と、イオンに目を向けると再び頷いて、大げさに目じりを拭った。

「そうですね、それが良いと思います。カーティス大佐のおっしゃる通り、このまま一緒に行動してもリスクが高まるだけかもしれません……」

 ティアは、考え込むように少しの間目を伏せるがすぐに顔を上げ、ジェイドに目を向けると答えた。

「なに言ってんだよ!!」

 その落ち着き払った声に、ルークは噛み付いた。

「なんで、そんな『自分にはカンケ―ねぇ』って顔ができるんだよ……? 戦争だぞ? 人が死ぬんだぞ、ティアはイイのか? イオンも死んじまうかもしれねぇだぞ? 仲間だぞ!? 友達なんだぞ!?」

 と、続けてルークは一気に捲くし立てた。

「気持ちは分かるが、落ち着け。ルーク」

 ガイが彼の肩に手を置いて、言うと息を整えると、

「真面目な話、カーティス大佐の前で、お前が……死なないにしても怪我でもしてみろ? それを理由に戦争になる事だって十分に考えられる……」

 と諭すように言う。

「なっ……、そんくらいのコトで……?」

「いや、俺が戦争を起こしたい勢力の人間なら、どんな些細な事でも利用するぜ。なっ、嫌だろ、そんなの?」

 反論しようとするルークを、ガイはすぐに制して続けた。

「そんなの……当たり前だろ!」

「なっ? こんな大事件、完全に俺達の出る幕じゃないぜ。」

「でも、イオンが危ねぇんだぞっ?!」

「それこそ、ルーク様の出る幕ではありませんよ」

 ガイの理論的な言葉に、感情的な言葉しか叫べない自分に苛立つルークに、アニスが追い打ちを掛ける。

 しかし、アニスはすぐに表情に自嘲の色を浮かべて、

「……って、ここまで皆さんにご迷惑をかけっ放しのワタシが言っても説得力も頼りもありませんけどぉ。でもでも、イオン様の事、それだけ真剣に考えてくれてるのは、スッゴイうれしいです。ありがとーございます、ルーク様!」

と、言った。

 そんなアニスの笑顔を見たルークは一瞬顔を伏せる。

「……オレは行く」

「えっ……?」

 ぽつりと、ルークの口から洩れた言葉に、ティアは思わず聞き返す。

 ルークはふて腐れたように唇を尖らせ、

「オレは勝手に行かせてもらうっ! だからオマエラの指図は受けない! チーグルの森の時のイオンとおんなじだ!」

 と、一気にまくし立てた。

「たまたま、イオンと行く方向が同じだけ……、いや、イオンがオレの“後”を付いて行くんだ!! 勝手に付いてくれば? オマエらが文句言うスジアイなんかねぇーんだぞ。分かったか、ざまーみろってんだ!!」

「ル、ルーク……」

 ティアは呆気に取られたような顔をしている。 

「おい、ルーク。ティアやイシヤマさんの事も考えろ!」

 ガイがとうとう怒気を含んだ声で言った。

 ルークはそんなガイに向き直り、

「こんな所でイチ抜けなんかしたら、ぜってー一生後悔する! そんなのイヤだっ! ケガをするより怖いんだ! 頼むよ、ガイ」

 と、一気にまくし立てた。

 ガイは一瞬、表情に奇妙な物を見るような色を浮かべたが、すぐにその色を消し、反論しようとするが……肩を引かれて止められた。

「もう良いではないか。ここはルーク殿の意志を尊重しよう」

 振り向くと、それまで口を挟まなかったコゲンタだった。

「わしらの事を心配してくれるのは有りがたいが、わしもルーク殿と気持ちは同じだ。」

 彼は静かにルーク向けて頷いて見せた。

「こんなの、ただ意地になってるだけだ!」

 ガイは、激しく反論しようとするが……

「ならば、我らも意地の張り時という事だろう?」

 という静かな彼の一言に、言葉が続かない。

「……私はルーク様に従います、今の私の役割はルーク様を守る事です。それは変わりませんから」

「ティア、君まで……」

 静かで穏やかだが凛然とした彼女の言葉に、ガイは押し黙る事しか出来なかった。

 しばらくの間、執務室を沈黙が支配する。

「分かった。俺だって、ルークにそんな後悔させたくない……」

 ガイは悔しげにすら見える表情で言うと、すぐに顔を伏せてしまった。

「ルーク様……」

 それを待っていたかのようにジェイドが、口を開いた。

「なっ、なんだよ……?」

 ルークは少し後退りながら答える。

「あくまでルーク様は、この度の和平の申し入れを御協力して下さるのと……ツンデレもとい、暗に仰っていると解釈してよろしいのですか?」

 ジェイドは真剣な表情で……あった事に途中で気が付いて、二コリと笑ってから、言った。

「はぁ……? 知るかっ! だから、ついて来たいなら勝手について来ればイイじゃんかってんだっ!!」

 ルークはつっけんどんに答えて、そっぽを向く。

「では改めまして、ルーク様。イオン様とこのジェイド・カーティスが戦う“戦争を起こさないための戦争”の《戦友》になって頂けますか?」

 ジェイドは一つ微笑すると、ゆっくりと言った。

「……は?」

 ルークはぽかんとした顔で訊き返した。


「軍人たる者、戦友は決して見捨てません。その上で自分自身が死ぬ事になったとしてもです。いかが……ですか?」

 ジェイドは舞台役者のような身振りで言った。

「な……なんだかよくわかんねーが。イイぜ! 男にニゴンはねぇ!! オレがとりなす! オマエらを! 伯父上に!!」

 ルークも負けじと大げさに手を胸に持っていって答えた。

「うふふ、解かりました。では、よろしく御願いします。ルーク様……いいえ《ルーク》♪」

 ジェイドはお手本なような所作でお辞儀をした。

「お、おう……?」

 ルークは突然の“呼び捨て”に戸惑うが、信頼の証だと受け取って照れくさそうに頷いた。 

「まぁ、そう気負わせるもんじゃあない大佐殿。『三十六計逃げるに如かず。』合う敵、合う敵、皆殺しして行ったんじゃあ命と剣がいくら有っても足りん。如何に戦いを避けるかが肝要。ようは、『逃げるが勝ち』って話だ! あははは」

 コゲンタはこの部屋に入ってから、初めて笑顔を見せて“いつものような事”を口にした。 

「得難い友を得たようじゃのう、ジェイド坊や。いや、お主だけではなくマルクトが得たのかのう。」

 そのやり取りを見守っていた退役元帥が、穏やかに笑う。

「はい、まったく同感です」 

 それに嬉しそうに頷くジェイド。

「ありがとうございます。ルーク」

 イオンは今までの沈痛な表情から、弾けるような笑顔になって言った。

「喜ばしい話の腰を折るようだが……。ジェイド、無視できない問題がいくつかある」

 准将は、飽くまで冷静に話題を変え、人差し指を立てて続ける。

「まず一つ目は、君に私の部下を貸せないという事だ。無論、君を信頼していないという意味ではない……」

「いえいえ、今の状況なら当然です。下手に人員を動かせば、神託の盾を刺激して、最悪の場合『市街戦』などという可能性もありますしねぇ」

 ジェイドは准将の言葉に頷く。
 当たり前のように飛び出した、『市街戦』などという不穏な言葉にルークは、息を飲む。

 あんなに人がいて、キレイで平和な街が戦場になる?

 やはり、冗談ではない。

「二つ目は、カイツール……国境へ向かうのなら悠長にしてもいられないという事だ。そろそろここより南西のフーブラス川の水かさが増す時季だ。それに悪い事に、あの川の橋は、先の氾濫で落ちたまま……」

「そういえば、いつも今時分でした……うっかりしていました。この期を逃せば最短での渡川するのは不可能。神託の盾騎士団の皆さんが引き揚げるのを、御茶を楽しみつつ待つというわけにはいかないようですねぇ……」

 ルークをよそに続く准将の次なる言葉に、頭を抱えて

「ぶつくさ考えたって何もかわんねーよ。できねーコトより、できるコト言えよな。こうゆー城塞の街って必ず秘密の抜け道みたいなのがあんだろ? そいつを使おう!」

 ルークは、「名案だ。」とばかりに指を鳴らした。

「ルーク、お前な……」

 ルークの冒険物語そのままのような言葉にさすがに呆れたガイは、たしなめようと口を開くが……

「流石はルーク。冴えてますね♪」

 というジェイドの感嘆の声に遮られ……

「しかし、抜け道や隠し通路の類ではなく、ソイルの樹の根の痕跡ですがね♪ 『大樹の樹』と呼ばれる、知る人ぞ知る今注目の学術スポットなんですよ」

 そんな事を知ってか知らずか、ジェイドは観光案内でもするかのように続ける。

「ふっ、あははは、ルーク殿は豪気だのう。逃げ隠れはするが、留まるという事を知らん。若い力という奴かのう。」

 コゲンタも笑いながら言う。

「うっせ! 確かにガキだし、確かに逃げて、隠れてばっかだけど……」

 肩をいからせルークは言う。だが、徐々に小さくなる声はご愛嬌。

 ティアはもちろんの事、コゲンタもジェイドも特に咎めたり呆れたるする様子もなく、マクガヴァン准将ですら柔らかい微苦笑を浮かべるのみ、という不思議な状況にガイは言葉を続けられなかった。

 そんなガイを他所に、ジェイド達の説明は進む。

 ジェイドの言う『大樹の道』とやらは、ここセントビナーの地下深く縦横に広がる天然の地下道であるらしい。

 かつて戦乱の時代には、それを軍の貯蔵庫や避難施設として利用していた。

 しかし、時代の流れと共に使われる事が無くなり、整備もされないまま放置され地下迷宮と化しているとの事だった。

 入口も埋められたり、崩れたり、街に住む住民も存在を忘れ去り、場所も限られており神託の盾騎士団に入り込まれる可能性は低い。
 例え入り込まれたとしても、そこはもはや人跡未踏の魔境だ。
 生半可な装備では悲惨な事になるのは目に見えている。

 しかしそれでは、ルーク達も危険なのではないか?

 ……というは、いらぬ心配であった。

 何を隠そう、このミノムシ老人ことマクガヴァン退役元帥は、セントビナーにおける『ソイルの樹』の研究者の中心的人物であり、元帥自らも大樹に登ったり、件の地下に潜ったりと年甲斐もなく……もとい、精力的に動き回っているらしいのだ。

 そして、その研究のために退役元帥が描いた『大樹の道』の地図と、道を知り尽くした研究者の力を借り、ユーブラス川近くの出口まで行く事になった。

 すぐにでも出発しようと訴えるルークとイオンを、マクガヴァン親子が押しとどめ、今日の所は、負傷者のために休息を取る事になった。

 

 ルークは兵舎の一角、士官用寝室の一つに部屋を用意してもらい、休んでいたのだが……。

 眠れない。

 歩き通しでヘトヘトのはずなのに眠れない。

 せっかく大勢の兵士が守ってくれている安全な場所で、清潔で柔らかいベッドで眠れるというのに……。

 神託の盾騎士団の事が気懸りという事もあるのだが、今いちばんの気懸りは、ティアに対して取った態度の事だった。

 あの時、カッとなってしまったとはいえ、あんな風に怒鳴ってしまったのだ。気にならないはずがない。

 ルークは何度目かの寝返りを打つと、隣で寝ているミュウが目に入った。ミュウミュウとおかしな寝息を立てているのが、無性に腹が立った。

「あぁ、もうっ! ウゼぇ!!」

 ルークはベッドの弾みを利用して、勢いよく立ち上がると、寝室を飛び出した。

 誰か起きていないだろうか? と夜の暗さと蝋燭の灯りに支配された兵舎の中をあてもなくうろつき始めたルーク。

 コゲンタはもう眠ってしまっただろう。年寄りは早寝早起きだと聞く。

 ジェイドは報告書を書かなければならないというので、威勢の良いねじり鉢巻きを巻いて、何処かへ行ってしまった。基地内にはいるのだろうが、何処にいるのかは分からなかった。

 アニスは、ほとんど出会ったばかりの年下の女の子に頼ってどうするというのだ。

 イオンも無しだ。確かに良い奴だし話しやすいが年下で身体も弱い。頼って寄りかかる対象ではない。

 こういう時の相談事といえばガイだが、何故か今は頼る気になれなかった。屋敷にいた頃なら、そんな事はかんがえなかっただろう。

 ルークはふと「オレはあの頃とは変わっちまったのかな?」と思った。すると、恐怖にも似た奇妙な感覚に襲われた。

「だぁ~、もう」

 ルークは小声で悪態を吐きながら、廊下の角を曲がった。

「ん?」

 すると、どこからか歌声が聞こえてきた。この声はティアだ。

 聞き間違えるはずがない。

 譜歌なのだろうか?歌詞の内容は分からなかったが、もの悲しい響きを含んでいるのは分かった。

 なにが、こんなにも悲しいのだろうか?

 いや、解かっている。これは別れの歌だ。

 彼女は、タルタロスで戦死した兵士達のために歌っているのだ。

 そんなティアに引き替え自分は、自分の事ばかり考えていた事にルークは慄然とした。決して忘れていたわけでは無いのだが……

 ルークはそんな事を考えながら、歌声が聞こえる方向へ歩いて行った。

 廊下の突き当たりにガラス戸が開いていて、その先は、物干しにでも使うのだろう板張りの広場になっており、それを囲う木の柵に手を置いて歌うティアがいた。

 彼女は気配に気が付いたのか、こちらを振り向いた。 

「ルーク……?」 

「どうしたのルーク? 眠れないの?」

 彼女は、こちらへ歩み寄りながら、笑い掛けた。

「あぁ、うん。なんていうか……散歩? うん、散歩だ。あはは」 

 広いからって建物の中で散歩もないもんだ。

「そう……」

 ティアは特に気にした様子もなく微笑んだ。

「えぇと……」

 ルークは口籠る。誰かいないのかとうろついていたというのに、いざとなると何をどう話して良いのかまからないのだ。

 ルークは、なんとか会話の糸口はないかと視線を左右へと彷徨わせる。

 と、そこでルークはある事に気が付いた。

「服が違う」

 そう、ティアの服が違っていたのだ。

 ルークの見慣れた神託の盾騎士団の譜術士・音律士の礼装である白い法衣ではなかった。音叉を象った紋章と金糸の縁取りが煌く法衣に変わって、質感も造りも質素な白いローブだった。

「え? えぇ。マクガヴァン准将のご好意で……。確かに、いつまでもあんな格好で、うろうろされたら迷惑だものね」

 ローブの裾をつまみつつ、はにかむティア。

「あ、あぁ、うん。あれじゃ居心地悪いよな。」

 考えてみれば、ティアの法衣は血で汚れていた上に、左袖が肩口から破れていたのだ。騎士とはいえ女性のティアにはいつまでもあれでは辛かっただろう。

 しかし、ティアならば大抵の服は似合うとも思ったルークだが当然口には出さなかった。

「えーと、ところで。ティアはこんな所で何してんだ。譜歌の練習か?」

 ルークは顔が赤くなるのが分かったが、今が夜だった事に感謝しながら、話題を変えた。

「うぅん。この歌は、お祈り……そう、お祈りみたいな物なの。亡くなった方の冥福を祈りたくて……」

「おいのり?そっか、そうだよな……」

 やはりと思い頷くルークだったがティアの言葉を聞き、はたと気が付く。

 ルークにとって神託の盾騎士団は、自分とそう変わらない感性を持つ人間とはいえ、間違いなく『敵』でしかないが、同じく神託の盾騎士団のティアにとっては『仲間』なのだ。本人はもう辞めたつもりでいるようだが……

 彼女の心情はいかばかりか、当然ルークには想像すら出来ない。

 ふと、ルークは今できる事に想いいたった。

「ちょうどイイ……っていうか、なんていうか、オレ、ティアに謝んなきゃ……」

「え……なにかしら?」

 それは、ティアへ怒鳴ってしまった事だ。バツが悪そうにルークは頭を掻きつつ言う。

 一方、何の事を言われているのか解らないティアは、小首を傾げて尋ねる。

「あ~ほら……。昼間、ジュンショー達と話してた時、ティアに怒鳴っちまっただろ? ティアはオレを心配してくれたのに」

 ルークはティアの顔をなるべく見ないように、けれどもはっきりとした口調で言った。

「ううん、良いのよ。本当はルークの言った事の方が正しいんだもの」

「そうなの……かな?」

「そうよ。それに比べて、わたしはズルいの。結局、楽がしたかっただけなんだわ……」

 ティアの言葉にルークは首を傾げる。そんなルークに彼女は強く頷くが……みるみる、その顔は悲しみに曇る。

 彼女の脳裏をよぎるのは、マルコやディートヘルト達ジェイドの部下達の顔とその最後の姿。

「なに言ってんだよ!ティアはオレなんかよりよっぽど勇気があるじゃないか?」

「実際、オレを守ってくれた。この通りオレは怪我一つしてないぜ!」

 努めて明るい口調と笑顔で、ルークは胸板を拳で叩く。強く叩き過ぎた……

 咳と痛みをなんとか堪えてやり過ごして、旅の中で自然と認識した知識とコゲンタの言っていた事を思い出して口を開いた。

「ティア、おっさんが言った事、覚えてっか? 戦いは『逃げるが勝ち』なんだぜ。今は俺達の方が仲間が少ないんだから、逃げるのが一番危なくねぇんだ。逃げるじゃカッコ悪いかな……うーん、『避ける』だな。戦いを避けるのが一番の戦い方なんじゃねぇかな?」

 ルークはわざと得意気な顔をして言葉を続ける。

「敵すればよくこれと戦い、少なければよくこれを避け……という事ね?」

 ティアはその様子に微笑んで答える。

「テキスレ……?」

 ルークは聞き慣れない言葉に片眉を上げた。

「ごめんなさい。古い戦い方の本の一説なの。いかに戦わずして勝つかを書いた本なのよ」

 ティアは微笑みながら言葉を補足した。

「あぁ、そう。う~む……なるほど……」

 ルークは大げさに眉間にしわを寄せて頷いた。しかし、胸中では彼女が笑ってくれた事が嬉しくてたまらなかった。

「ふふ、難しく考え過ぎね。わたしの悪いクセ……。そうよね、逃げちゃえば良いのよね」

 ティアはその顔がおかしかったのか口を押えて微笑む。

 ルークもそれに応えるよう微笑み返す。

「そうそう、絶対戦えなんて決まってねーんだし」

 それから、二人はしばらくの間、取り留めのない話をして眠れぬ夜を過ごした。




 今回の話を一言で表すと「つじつま合わせ」でした。

 というわけで、拙作のルークの協力理由はいかがでしたか? これでもまだ無理があるかと思いますが……(笑)

 それから、最後の方のルークとティアのなんだか恥ずかしい掛け合いはですが……。

 小さな出来事を繰り返す事で、相手を好きになっていくであろう事(恋愛的な意味だけではなく)を表現してみました。

 それに誰かを励ます事で逆に自分の力になる事もあると思いまして、いかがでしたか?

 補足:ティアのセリフに出てきた兵法なのですが、いわゆる「孫子の兵法」の中の一節です。


『敵すれば能くこれと戦い、少なければ能くこれを逃れ、若かざれば能くこれを避く』(謀攻編)


「敵の戦力に対抗するに相当する軍勢や装備なら戦え。しかし劣るなら、逃げるがいい。負けるに違いないと思ったら、何よりも敵とぶつかることを避けよ」

 気になった方のために、参考までに。

 それでは、今後とも拙作にお付き合いください。


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第38話 大樹の道、そしてフーブラス川へ


 《大樹の道》などと、仰々しい名前なものだから

「オニがでるか……ジャがでるか……」

 と、言葉の意味もいまいち解らないまま、身構えていたルークだったのだが……

 まず出現したのは、オニでもなかればジャでもない、瓶の底のような分厚いレンズの眼鏡をかけ、擦り切れた作業着の上にヨレヨレの白衣を着込んだ長身だが猫背の男だった。

 巨大な背嚢にランタンに飯盒、ピッケルにスコップ、ザイルなどなどの大荷物が、全体的にヨレヨレな痩せた色白の男に異様な迫力を与えている。

 思わず息を飲み、たじろぐルーク。

 男の名は、『レイノルズ』と言い、マクガヴァン退役元帥の『ソイルの樹 研究会』の副会長を務めるほどの才人とのことだった。

「御久しぶりですレイノルズ。御元気そうで何よりです♪ 相変わらず素晴らしい瓶底眼鏡ですね?」

「いやぁ、カーティス君。元気ってほどでもないけど、病気じゃないから元気だよ」

 ジェイドとも知り合いらしい。という事は、レイノルズも軍人だったのだろうか? とてもそうは見えないが……とにもかくにも、レイノルズの案内で《大樹の道》を進むルーク一行。

 等間隔で設置された第5譜石の明るい照明

 ある程度ではあるが、整備されて歩きやすい足下。

 背中から大きなキノコを生やした昆虫のようなマヌケな姿をした魔物が出現するにはするのだが……

 こちらを気にせず無視する魔物に、一目散に逃げる魔物、襲いかかってはくるがレイノルズの適切な対処(棒で地面や壁を叩くだけ……)で退散してしまう魔物。

 というルークの予想を超える、実に強力な布陣であった。

 ルークは、盛大に肩透かしを喰らった気分になってしまった。ルークが肩透かしを喰らったまま一行は、何事も無く《大樹の道》を抜けた。

 神託の盾騎士団が現れたり、魔物に囲まれたりして、また戦いになってしまうよりは、ずっとずっとマシだ。マシなのだが……

 幸運に恵まれ過ぎて腑抜けてしまった分、肝心な場面でドジを踏んでしまいそうで怖い。

「気をひきしめ直さなくちゃな……」

 と胸中で自分自身に叱咤するルーク。

 そして、大樹の道を出た先は、やや背の低い木々が並ぶ木立だった。

「イイにおいですの。ボクたちのおウチと同じにおいですの」

 魔物の気配がしないせいか、ミュウがはしゃいで鬱陶しい。そういえば葉の形や茂り方、幹の様子に見覚えがある。
 ここの木々もソイルの木なのだ。セントビナーの大きなソイルの樹の孫かひ孫……いや、そのまた孫かもしれない。

 耳を澄ますと、水の流れる音が聞こえてきた。近くに川があるのだろう。この川が件のフーブラス川だろうか?

「この木立を抜ければ、すぐにフーブラス川だよ。残念だけど、僕はここまでだね。また一緒に冒険ができて良かったよカーティス君。気を付けて」

「ありがとうございます。今度は盛大にカレーライスフェスタでも開催してしましょう。貴方を敗るための香辛料のレシピをいくつか考案していますので♪」

 レイノルズは、「それは楽しみだ」とジェイドと笑い合い、握手を交わす。そして、ルーク達に向き直ると

「皆さんもご武運を」

 と、静かに頭を下げて、背中の大荷物を揺らして『大樹の道』へと、一人戻って行った。

 レイノルズと別れた一行は、ガイを先頭にフーブラス川へと向かう。程なくルークにとって初めて目にする本物の川が見えてきた。それは想像していた物よりずっと大きな物だった。

「ここを渡るのか? ずいぶん深いんじゃないか?」

 ガイが辺りを見回しながら、疑問を口にした。

「仰る通り。渡るのはここより上流の浅瀬です。大きな蛙や亀の魔物は現れますが、川を泳いで渡るより安全です。」

 ジェイドは上流の方を指差して微笑む。

「ルーク、気を付けろよ。今はだいぶ水位が引いてはいるが、橋を壊すほどの流れになる川だ。油断してたら文字通り足を掬われるぜ」

「またそれかよ。なんだっけ? 海もヤバイってゆー流れだろ? そーいやぁ、救命士だか救難士だったかの資格とったとかジマンしてたっけなぁ」

「別に自慢なんてしてないさ。まぁ、とにかく水場は危険なんだ。そんな俺が言うんだ、気を付けてくれよな? せっかく取った資格だが、こんな所で仲間相手に役立たせたくないからな……」

「おっ、お……ぅ」

 何時もの軽口の応酬のつもりでいたルークだったのだが、いたって真剣な様子のガイに息を飲む。

 こうして、ティアの譜歌と譜術はもちろんの事、コゲンタの煙幕や匂い袋、ガイの冴えわたる剣技、アニスの奇怪な人形……頼もしいトクナガ、そしてジェイドの的確な指示によって、ルークとイオンは濡れた足下に注意するくらいで良かった。

 一行の被害はルークが深みに嵌まって下半身がずぶ濡れになっただけで済んだ。しかし、それもティアの譜術で乾かしてくれた。

 ルークが、改めて譜術のありがたみを感じていた時だった。

「み……見つけた!」

 という声が空から響く。

 一行の頭上を巨大な影が横切る。その影は雄牛を越える体躯を誇る鳥の魔物『ガルーダ』だった。ガルーダは大地へと降り立ち、一行の前へ立ちはだると、その背中から小さな影が飛び出した。

「弟たちの……カタキ!」

 それは、神託の盾騎士団 六神将の一人《妖獣のアリエッタ》だった。彼女は下がり気味の双眸を目一杯つり上げて、まっすぐにルーク達を睨み付けている。

「オレが、か……仇?」

 ルークはそんな眼差しに戸惑い、ティアに助けを求めるように目を向けるが、ティアは、彼の視線に首を振って答えながらも、いつでも動けるように身構える。ルークも確かにあのライガ達の死の原因を作ったのは確かに自分だと考えていたのだから、俯く事しかできない。

「あっ、ルーク、ティア……!」

 しかし、アリエッタはそこで初めてルークの存在に気が付いたように向き直ると、

「ルーク達のおかげで、ママは卵をカエせたよ。アリエッタの新しい弟、妹がいっぱい生まれたの。ありがとー」

 彼女は、先ほどまでの怒りの色を消して、彼女にしては珍しいハキハキとした喋り方で笑うとちょこんと頭を下げた。

「えっ? あ、うん……」

「えっ? あ、はい……」

 ルークとティアは、呆気に取られたように同時に言う。

「でもっ……!」

 弾かれたように頭を上げたアリエッタは、ジェイドを睨み付けた。

「アオいを着たメガネは、弟たちのカタキ! あなたは許さない!あの子たちは、ママとタマゴをまもろうとしただけなのに!」

 悔しげに叫ぶアリエッタ。目には涙が光っている。

「アオを着たメガネはゼッタイに許さない! みんな、お願い!」

 彼女はジェイドを指差し号令を下すと、辺りの茂みから3頭のライガが飛び出し、そして上空からは、ガルーダが飛来した。

「アリエッタッ! やめて下さい!!」

「イオンさまっ、危ないです! 根クラッタッ、イオン様の御前です! 下がりなさい!!」

 イオンが突然、ジェイドとアリエッタの間に割って入ると、アリエッタは一瞬戸惑いの表情を見せるが、イオンに跳び付いたアニスの姿に、その表情を怒りと悲しみの色にいっぱいにさせた。

「アリエッタ、ネクラッタじゃないもんっ! アニスのイジワルっ!!」

 アリエッタが吠える。彼女の怒りに呼応するように、獣たちがジェイド目掛けて、その巨体を躍らせる。

「いけません!アリエッタ」

「仕方ありません……。ドンッと来い!」

 ジェイドは、もみ合うイオンとアニスの横をすり抜けると、中空から槍を取り出し構えた。

 その背後では、ガイとコゲンタがすでに剣を抜いている。

「やめろ!」

 ルークは叫ぶ。

 ルーク達の視界を地面が大きく揺さぶったのは、その時だった。

 地震だ。

 揺れは次第に激しくなり、地面に無数の亀裂が走る。そして、その亀裂から何かが吹き出す。それは無色透明……いや目を凝らせば紫がかった色をしているのが分かる気体だった。

 ルークは、何かが匂うワケではないのに、鼻と喉の奥がヒリヒリするのを感じる。

「これは……!? 障気! 風の子らよ。『アピアース・ゲイル』!」

「そのようです。皆さん、注意してください。この気体を多く吸い過ぎると多臓器不全や免疫不全起をこしてしまいます。つまり猛毒! 非常に健康に悪いんです! 土の子らよ。『アーピアスグランド』」

 ティアの足下に一瞬で譜陣が描かれ、風の幕が彼女たちを包み、障気を遠ざけ、続いて、ジェイドの足下の譜陣が彼ら全員を囲うように広がる。

 ルークは喉のヒリヒリが消え、足下の揺れがいくぶん治まるのを感じた。

 その向こうでは、魔物達が障気に巻かれて、次々と倒れていくのが見えた。そして、アリエッタも突然の事になす術もなく、膝を突き咳き込む事しか出来ず、とうとう倒れ込んでしまった。

 地震はさらに激しくなり、治まる気配を見せない。ついに地面の亀裂は地割れへと変わり始める。

「あっ……!」

 ルーク達が見ている前で、ガルーダの巨体が地割れへと飲み込まれ消えた。彼あるいは彼女がどんな結末が迎えたのかは想像したくもない。

「みゅっ!?」

 ミュウの小さな悲鳴にルークが視線を巡らすと……

 アリエッタの倒れ込んでいる地面が隆起の影響で傾斜となっている。

 そして、彼女の小さな身体は傾斜に従い、下へ下へと徐々にずり落ちていく。
 その先には、隆起し、変動し、砕けた地面が、大口を開けた猛獣となって待ち構えている。

「や、いかん……!」

 コゲンタもその様子に気が付き唸った。その瞬間、ルークの身体は勝手に動いていた。

 ルークは自分からティアがせっかく作ってくれた風の防壁から飛び出しす。
 背後ではティアやイオン、コゲンタ達の自分を呼ぶ声が聞こえるが、悪いと思いつつ今は無視する。

 出来るだけ息を止めて、口を手で覆って障気を直接吸い込まないようにする。
 気休めにはなるだろう。

 割れた地面から地面へと、飛び石を渡るように軽やかに駆けて行くルーク。

 もっとも、そんな風雅な状況ではない。ひと跳びごとに決死の覚悟の繰り返しだ。

 あと二つ飛べば、アリエッタのもとに着く。

 岩を踏み切り、跳ぶ。

 着地成功……

 あと一つ!

 身体を沈めたルークは、ふと考える。

(オレ……なにやってんだ? ほとんど話したコトもない……てっいうか、知り合いでもない女の子のために命かけてるって……。そもそも、アイツ敵(?)みたいだし……)

 もしも倒れている相手が、ティアだったのなら何の疑問も持つ余地などないのだが。

(ホント! バカみてぇオレ!!)

 胸の中で一人吐き捨てたルークは、揺れる地面を思い切り蹴った。

 体勢を崩して転げるように着地したルークは、素早くアリエッタの身体に飛び付き支える。

 見た目通り……いや、見た目以上に細くて柔らかい頼りない感触……壊れてしまわないか不安になりながらも、いまだ気を失ったままの少女を抱きかかえ立ち上がるルーク。

 そして、素早く振り返り再び走り出す。


 かかえた時の軽さは何処へやら、アリエッタの小さな身体が重い。足が思うように動かせない。息も思うように出来ない。
 それでもルークは、必死に足を動かし地割れを飛び越える。

(くっそ……あれっ!?)

 ルークの足下の地面が、突然砕けた。

 体勢を崩したルークは、少女を下敷きにしないために、彼女の身体をしっかりと抱きかかえ、むりやり身体を捻って背中で受身をとる。

 硬い衝撃に息を詰まらせるが、思ったほど硬くもないし痛くない。

 見ればそれは、ライガンの背中だった。
 ルークが驚き飛び退く間を与えず、ライガンは身体を捻って彼の服の袖口に噛み付くなり、凄まじい力でルークをアリエッタともども天高く放り投げた。

 あまりにも予想外な出来事に、声も出せずに宙を舞うルーク。
 そして、妙にゆっくりと回転する視界の端で、こちらを見つめる……いや、恐らくはアリエッタを見つめているのだ……ライガンと目が合う。

 ライガンもルークの視線に気が付き、彼を見つめ返すと、短く吠えると地割れの中へと消えた。

「ルークッ……!」

 ライガンのいた場所を茫然と見ていたルークは、ティアの自分を呼ぶ声に停滞した世界から通常の世界へと引き戻される。

 それと同時にルークとアリエッタの身体を風の音素が包み込むと、風の球体となり、二人をティア達の下へと導く。

「ルーク! 大丈夫か?!」

「まったく無茶をなさる。肝が冷えたわい」

 ガイとコゲンタが、ルークの身体を受け止めた。

 なんとか助かった。ルークは、どっと疲れを感じその場にへたり込む。

「ルーク、これを飲んで」

 ティアが彼の側へしゃがんで何かの薬らしい小瓶を差し出した。苦くはないが奇妙な味がして不味い。
 しかし、これで障気も大丈夫だろう。だがまだ、いま目の前に存在する危機から逃れられたわけではないのだ。

 障気は、いまだ吹き出し続けている。
 このままでは、ルーク達もアリエッタや彼女の魔物達と同じように障気にまかれてしまう。

 その時、ティアは一つ息を整えると新たに精密な譜陣を足元に描いていく。そして、ティアは美しい旋律を口ずさみ始める。

 その旋律は、ルークにも聞き覚えがあった。

 譜歌だ。

 漆黒の翼がローテルロー橋を爆破した時、その爆風からルーク達が乗る馬車を護った物だ。譜歌は、やはり光が蜂の巣状の壁を形作り、半球となり一行を包み込む。

「これは失伝したとされているユリアの譜歌の一つ『フォース・フィールド』ではありませんか? しかも、実戦レベル……実に興味深い」

 ジェイドは、その光景にしきりに眼鏡を動かして見回す。

 ルークはそんなに珍しい事なのかと思ったが、それどころではない。この障気という毒霧を何とかしないと何の解決にもならないのだ。

 それでも、ティアは譜歌を唄い続けている。そして、最後に足下に輝く譜陣を展開させ、その中心を杖で叩いた。

 光の壁がひときわ強く輝き、弾けるように消えた。音素が光の粒となって、風に溶けていく。

 そう、緩やかな風だ。ルークにはそう感じられた。そして、その風が吹き去ったと同時に障気が消えてしまった。そして、いつの間にか地面の揺れも治まっていた。

「助かった……のか? 何がどーなってんだ?」

 辺りを見回ながら、首を傾げるルーク。そして、ティアが何かした結果なのだろうと、彼女を見詰める。

「素晴らしい! 障気の固有振動と同じ振動を加え、一時的に消滅させたのですね?」

 拍手をしながら質問するジェイドに阻まれた。

「は、はい。障気の元を断ったわけではないので、長くは持ちませんが……」

 興味津々の眼を向けるジェイドに、少し萎縮しながら答えるティア。

「詮索は後だ。ここから逃げないと」

 ガイが、ティアを守るように彼女とジェイドの間に立った。

「そうですね」

 ジェイドは、「失礼。」と言うように両手を上げて、あっさりと引き下がった。


「ここまで来れば、大丈夫でしょう。地面にも地震の影響は見られません。と言っても油断は禁物ですが♪」

 一行は、先ほどの場所から少し離れた周りを木々で囲まれた小さな草原へとやって来た。

「油断は禁物といえば、その娘……アリエッタ殿の事をどうされるのだ?」

 コゲンタがルークが背負った彼女を地面に下ろすのを見ながら、顔にいやに生真面目な色を浮かべて、言った。

「は? どうって?」

 ルークは何を言っているのか分からなかった。助けるに決まっているのに……

 しかし、そんなルークを他所にコゲンタは続ける。

「わしは、その娘をこのままってわけにはいかんと思っておる……」

 その顔には、生真面目な色の底に、わずかに冷酷な色を湛えているとのに伺える。

 さすがにルークにも、彼が何を言おうとしているのか分かった。

「き、気を失って無抵抗の奴に手を出すってのか……?!」

 ルークは気色ばむが……

「確かに気は引ける。だかの……ここで見逃せば、また戦いになる。そしたら、直接狙われている大佐殿はもちろんのこと今度は導師イオンやティア殿にも危害が及ぶかもしれん」

 対するコゲンタは動じず、表情を変えない。

「一度に助けられる人には限りがある、辛い事だがのぅ……。ルーク殿なら、わしが何を言いたいか分かるな?」

 と言い訳するように付け加える。

 何がなんだか小難しい事は分からないが、ルークにはコゲンタの話がなんとなく分かる気がすした。それ故に、言い返したいのに言い返せない事に、それに何やらコゲンタに裏切られたような気分に歯噛みするルーク。

「いや~、イシヤマさん。こんな中年の味方をして頂いてありがとうございます。そのお気持ちだけで、私、感激です」

 そこへ取り成し声を上げたのは意外な事に当のジェイドであった。

「わしから見れば、大佐殿も充分に若者ですがの……」

 おどけて肩を竦めるジェイドに釣られ、コゲンタも少し苦笑する。

 そして、ジェイドは穏やかな口調で続ける。

「またまた感激ですね。しかし、私、命を狙われるのは慣れていますので……いえ、むしろ罠を見破ったり、刺客を撃退するのが楽しみでして……」

 ジェイドは隠れた趣味を披露するような口調で答え、

「アリエッタさんのようなカワイイ刺客なら大歓迎ですよ♪」

 と、冗談まで付け加えた。

「コゲンタ、どうか見逃して下さい。アリエッタはぼくにとっても大切な友人なんです」

 それまで口を閉じていたが、意を決したように口を開くイオン。

「それに……彼女を追い詰めて、こんな事をさせたのは、ぼくにも責任があります」

 彼はそう続けると、苦しげに眉をしかめた。

「イオンさまぁ……」

 アニスが、イオンの背後で労わるような声を出した。

「わたしからもお願いします。イシヤマさん」

 ティアがコゲンタの方へ一歩踏み出て、頭を下げる。 

「導師イオン、ルーク殿、そしてティア殿、差し出口を申した。お許し下され、ただ我らのしようとしている事は、そのような事でもあると知っていて欲しかったのだ」

 コゲンタはルーク達を見回してから、珍しく呟くように言った。

 ルークはハッとした。仮にも命を狙われ、仲間であるジェイドの事をまったく考えずに、狙った側のアリエッタの心配ばかりしていた事に気が付き、

「その、アンタの事を忘れてたわけじゃない……んだけどよ……」

 と、ジェイドに弁明する。

「なんのなんの。ルークの善意から出た事だと理解していますから。善意と善意がぶつかる事もある。難しいことですね」

 しかし、一方のジェイドは特に気にした様子もなく優しげに微笑むと、

「さぁさぁ。話がまとまった所で、念のためにアリエッタさんをもう少し離れた場所に運んで、そこでお別れしましょう」

 手をパンパンと叩きながら、アリエッタに歩み寄るが、それをコゲンタが手で制した。

「わしが背負おう」

 と言いつつ、ルークに代わってアリエッタを背負い歩き出した。

「あの辺りなら良いんじゃないか?」

 ガイが斜面から張り出し、寝台のような大きな岩の上を指差す。

「そうですね。障気は治癒術では治療できないので、そこに寝かせて治療しましょう。薬で毒素を抜いてから、身体の音素を整えないと……」

 ティアは、アリエッタの背中に手を添えるとコゲンタに付き従った。

 こうして岩の上にアリエッタを寝かせ、ティアが毒消しなどを手元にそろえているのを見ながら、ルークは、

「……で、手当てが終わったとして、こんなトコに寝かしたままで大丈夫なのかな?」

 と素朴な疑問を口にした。あのライガルにアリエッタの事を託された(と勝手に解釈している)からの言葉だったのだが……

「おやおや、ルークは随分アリエッタさんを気にされるのですねぇ。先程の手に汗握る奇跡の救出劇といい、ただ事ではないと感じますねぇ♪」

 ジェイドが優しげだが冷やかすように微笑んだ。その背後でアニスも微笑んでいる。こちらは露骨に冷やかす色がある。

「べっ……別に、オレは! 倒れてる奴を助けて、心配するのなんてフツーだろ!」

「そうですよ、普通です。ルークは優しいだけよね?」

 慌ててまくし立てるルークに、治療を続けながら同調して頷くティア。ルークの位置からだと見えない表情がやけに気になった。

「そうじゃなくて!……いや、そうなんだけど……」

 ルークは何故か言い訳したい気分になって言った。

 ティアに評価してもえている事には悪い気はしないが、こんな風に皆の前で率直に言うのは勘弁して欲しい。居心地が悪いにもほどがある。それに何故か分からないが、自分がティア以外の女性を気にしていると思われなくなかった。

 と、ガイがニヤニヤしながらこちらを見ているのに気が付いて、

「ほら! こんなトコじゃ魔物とか盗賊とか心配じゃねーか!」

 言いながら、彼を睨んだ。

「その心配はないみたいだぜ。ルーク」

 ガイは「悪い悪い」と両手を上げつつ、周りの林に目を配った。

「あん?」

 ガイの視線を追って辺りを見回したルークは、思わず息を飲む。

 無数のライガや魔物が、いつのまにか一行を取り囲んでおり、様子を伺っていたのだ。自分達に対する“伏兵”だったのだろう。

「大丈夫。彼らからは、まだ敵意を感じないわ。」

 ティアがアリエッタの手当てを続けながら言う。

(『まだ』なのかよ!!)

 彼女の言葉にルークは胸中で頭を抱えた。皆の前で本当にしなかったのは自分でもよくやったと思う。

「ライガさん達よ! そなた達の姉妹は、いま毒に侵されておる。しかし、こちらのティア殿が手当てをしている。この場を見逃してくれたら、アリエッタ殿はもちろんの事、そなた達にも手出しはしない。いかがだ?」

 コゲンタがライガたちに向かって大音声を張り、ルークを、いやルークの足下で震えているミュウを見ると、

「ブタザル、頼むぞ!」

と、通訳するように促した。

「ミュッ、ミュウ!!」

 ミュウは叫ぶように返事をすると、決死の形相で長くもない口上をつかえ、つかえ叫んだ。

 しかし、ライガ達は何も答えない。しばしの沈黙の後、一頭のライガを除いて、全てのライガが姿を隠した。彼らなりの気遣いなのだろう。

「どうやら、手を打ってくれたようですね」

 ジェイドがいつもの口調で言うと、

「参ろう」

 コゲンタがイオンとアニスを促して歩き出した。

「バイバイ、アリエッタ」

 アニスがアリエッタに手を振るのを横で見ながら、ガイが

「ルーク、行くぞ」

 とルークの肩を軽く叩き、皆を追う。

 一方ルークは、誰かを助ける事が誰かを傷つける事につながるという事実に、外へ出てから一番の衝撃を覚えていた。

 こんな碌でもない選択を、これから何度しなくてはならないのだろうか?
 途方にくれ、立ち竦むルーク。

「ルーク……大丈夫?」

「いや……」

 ティアの気遣わしげな優しい声に現実に引き戻される。

「なんでもない……」

 まだ起ってもいない事に頭を悩ませた自分に苦笑するルーク。
 無駄ではないと思うが、効率が悪い事受けあいだろう。

「行こうぜっ!」

 努めて明るい返事をティアに返したルークは、目の前の問題から片付けようと元気よく歩き出した。




 更新が遅くなり申し訳ありませんでした。

 今回も長くなるなぁ。などと思いながらも、アリエッタとの関り合いは丁寧に描きたかったので、今回にようになりました。早く展開させて欲しい方には悪い事をしました。

 というわけで、アリエッタを助ける事には抵抗はなかったのですが、拙作の場合、これではジェイドの立つ瀬がない。と思い至りこういう形になりました。

 それから、何気にルークとコゲンタの最初の対立であった思います。


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第39話 国境線へ



 アリエッタの事はライガ達に任せて、ルーク達はフーブラス川から離れていく。

 ライガ達は、約束通り襲ってはこなかった。ルークは、ますます人間よりも魔物の方が話が通じるような気がしてならなかった。

 そして、ただただ広い平原を休み休み歩く事、数時間……

 彼方に見えていた細い線は横に長い城塞であるという事が分かった。

「あれに見えますのが、我がマルクト帝国が、キムラスカ王国と直接向かい合う最前線の一つである《ファブレの長城》ことカイツールの砦です。立派な物でしょう?」

 ジェイドが、観光案内でもするように話し始める。

「ん、ファブレって? オレん家のコトか?」

 ルークはこんな知らない土地で、自分の家名が出たきた事に軽く驚き首をかしげた。

「その通り♪ あの砦の元々の主はルークの御父上であり、キムラスカ王国軍 元帥であらせられるクリムゾン・ヘア・フォン・ツゥーク・ファブレ公爵閣下です。以前の小競り合いにおいて、我がマルクト軍が攻め落とし占拠しました」

 ジェイドは、ルークの反応に嬉しそうに頷きつつ続ける。

「しかしっ、私としては我がマルクト軍の『戦力の逐次投入という愚』の象徴ですね。あの長城を落とすのに我が軍が出した被害は、キムラスカ側の1・5倍。その被害実態を対外的、対内的にごまかすために、あのように、綺麗に直して『勝利者』として使っているのです」

 と、悔しそうに眉を歪めつつ、自分の見解もおまけに付けた。

「それでも、インゴベルト陛下から信頼の厚いファブレ公爵閣下がカイツール地方を治めているのと同じようにあの砦を守る我が軍も精鋭揃いで……」

「っていうかさ……。オレの父上って、そんなスゲー人だったのか? 確かに、家でもいつも忙しそうにしてたけどよ」

 ルークは、長くて難しくなりそうなジェイドの話をさえぎって気になった事を尋ねた。

「そりゃあ、ファブレ家の当主は代々、マルクトでは泣く子も黙ると云われる存在だの。『イイ子にしないと、カイツールから赤鬼が来るぞ!』って話だの。あはは」

 コゲンタが、最後の方を本当に子どもに言い聞かせるような調子で言った。

 ルークは子供扱いされたように感じたのか、少しムッとしたような顔になる。

 それに気が付いたティアが、

「ちなみに、ルークのお父様、クリムゾン公爵様は、特に武芸に秀でておられるのも有名なの。お屋敷にの玄関広間に一騎打ちで勝ち取った相手の剣や槍を丁重に安置されているでしょう?」

 と、慌てて取り繕うように言う。

「あ……あぁ、あれか。へぇ~」

 おどけたコゲンタの説明に続いたティアの問いかけと微笑に毒気を抜かれたルークは、父が保管していた様々な武具を自ら手入れしている姿を思い出す。
 しばらく前に、剣の幾つかを黙って試し振りをしたのだが、どれも見事な物だったと思う。

 あれらの品々が、そんな謂れのある物だったとは父は何も教えてくれなかった。ただの趣味としか思っていなかったので、流石にまずかったかと思えてくる。

 そんなルークは、後ろを歩くガイの顔が硬く強張っているのに気が付かなかった。

 しばらく歩くと、ようやく砦の目の前までやって来た一行。

 改めて近くで見る砦は『ファブレの長城』などと、もったい付けるだけあって、かなり大きな……いや、長い建物だった。

 と、そこで城門の前に幾人かの兵士が並んでいるのが見えた。検問の任務に就いている者達とは違うようだ。陽に鈍く光る無数の白銀の面防がこちらを凝視している事にさすがに怯むルーク。

 また揉め事なのだろうか? 正直勘弁して欲しい。ルークは軽く人間不信に陥りそうな自分に気が付いた。
 いや、すでに多少陥っている。

 ルークは血の気が引くのを感じながら、剣の柄に手を伸ばした。

 その時だった。兵士達が一斉に姿勢を正し、踵を打ち鳴らして敬礼した。そして、その中から、四十がらみの兵士が歩み出て……、

「ようこそ、おいで下さいました。導師イオン様ならびにキムラスカ公爵子息 ルーク・フォン・ファブレ様! カイツール国境守備隊一同、歓迎いたします。」

 と、思いもよらぬ美声で言い、敬礼した。

 ルークはやはり慣れないこの調子に気後れを感じる。

 一方、イオンといえば、……「ありがとうございます」と、やはり落ち着き払って微笑んでいる。

 なんだか悔しかった。もちろん口には出さないが……

「やぁやぁ、どうもどうも。マルクト帝国軍 第三師団 師団長ジェイド・カーティス大佐です。」

 ジェイドがルーク達の背後から進み出て、敬礼した。

「お待ちしておりました。お話はセントビナーからの鳩で承知しております。小官は、国境守備隊を任されておりますギュンター・コッホと申します。」

 ジェイドの気さくな敬礼に、特に気にした様子もなく守備隊長はお手本のような敬礼を返す。

「なんだかんだで、交通手形の用意がありません。」

 ジェイドは額に手を当てて、「やれやれ……」と首を横に振った。

「ご心配なく。その事についてもセントビナーのマクガヴァン中将から身分証明書もお預かりしています」

 守備隊長は、安心させるように笑い「それに……」と背後を振り仰いだ。

 すると

「私が証明している」

 兵士達の背後からマルクト軍人とは違う意匠の服を着た長身の男が歩み出てきた。

「よくぞ無事だった。ルーク」

 男はルークの師であり、ダアトが誇る神託の盾騎士団 主席総長 ヴァン・グランツであった。

「あっ……」

 ルークは一番会いたかった人物との突然の再会に、呆気に取られ言葉が出てこない。

「どうしたのだ、ルーク? ふっ、頼りない師とは話したくないか? すまなかった。何もできなかった師を許してくれ」

 ヴァンは一つ苦笑すると、ルークに頭を下げた。おどけているだけなのだろうが、尊敬してやまない師に謝られ頭まで下げられ動転したルークは気が付く余裕がない。

「あっ、いや、違うんだ。師匠! 嬉しくて! 話したいコトがいっぱいあったんだけど、全部吹っ飛んじまった。」

 ルークは、慌てて両手を振って、師に笑い掛る。

「ふっ、そうか……。改めて、よく無事だった。さすがは我が弟子だ」

「へへへ」

 口元を緩めたヴァンは、鼻を掻くルークの肩を優しく叩く。

 そしてヴァンは、ジェイド達の背後に隠れるように、ルーク達のやり取りを見守っていた妹に目をやった。

「ティアも無事だったようだな。よくルークを守ってくれたな」

 ヴァンは兄の顔になって、妹を手招きする。しかし、ティアはその場に止まって動かない。表情も沈んでいる。

「どうした?」

 その様子に、ヴァンも表情を曇らせて問うた。

「お兄……いえ、主席総長。わたしは、ルーク様のお側にいながら超振動を防げなかったばかりか、これまでの旅で足を引っ張り通しでした」

 ティアは恥じ入るように顔を伏せ、消え入りそうな声で続けるが……

「なに言ってんだよっ! ティア!」

 ルークが大声で話に割って入る。しかし、それをヴァンが手で制し、

「あれが仕方のない事故だったのは分かっている。私もその場にいたのだからな」

 と、安心させるような口調で言うが、今度はティアが声を上げる。

「しかし……!」

「ティアの責任を問うなら、あの場で何もできなかった私も同罪だろう?」

 妹の珍しく張り上げた声にヴァンは苦笑した。

「それは……」

 ティアは口ごもる。

「だから、私に任せておけ。悪い様にはせん。」

 ヴァンは、ティアに歩み寄ると妹の肩に手を置いた。

「皆さんの御助力にも感謝いたす。越境手続きは私がするので、終わるまでお待ち願おう」

 ヴァンは、ジェイド達を振り仰いで言った。そして、守備隊長に目配せした。

 守備隊長は頷くと、

「待合室にご案内します。こちらへどうぞ」

 と、守備隊基地の方に手を掲げた。

 待合室に案内されたルーク達。ここまで案内した兵士は、「お茶をお持ちいたします」と言って出て行った。

 部屋の奥、つまり上座にイオンが座り、その手前の大きな机にルークとヴァンが向かい合う形で座っている。

 他の者はルークの背後に並んで控える形になっている。

「……それにしても、イオン様がご一緒だとは驚きましたな。よくぞ、ご無事で」

 ヴァンは、目の前の何枚もの書類に慣れた手つきで署名しながら言った。

 師匠はこういう事も得意なのかと改めて見直しているルークの知らない事だが、軍隊というのは階級が上がるほど事務仕事が増える物で、主席総長ともなれば作戦報告はもちろん、人事、予算会計などの書類の確認に忙殺される事もしばしばだったのである。

「すみません、ヴァン。ぼくの独断です」

 非難されていると感じたのか、首をすくめるイオン。

「こうなった経緯をご説明いただきたい」

 ヴァンは彼を宥めるような声で言った。

「イオン様を連れ出したのは私です。私がご説明しましょう」

 ジェイドが手を上げつつ、いつもの人の良さそうな笑顔を浮かべて一歩踏み出た。

 彼はこれまでの経緯を、ヴァンに事細かに話して聞かせた。

「……なるほど。事情はわかった。私への報告もなしに六神将が動いているという事は、おそらく大詠師モースの命令があったのだろう」

 ヴァンは顎に手を当て考え込みつつ続ける。

「なるほどねぇ。ヴァン謡将が呼び戻されたのも、マルクト軍からイオン様を奪い返せってことだったのかもな」

 ガイが、ルークの背後で呟いた。

「あるいは、そうかもしれぬ……」

「しかし、謡将殿に無断で六神将が動く事などあるのござろうか?」

 コゲンタが疑問を口にした。

「お恥ずかしい話ですが、幹部の中には大詠師派ではない私を快く思わない者がいるのです。その何人かが結託すれば、私の承認抜きで命令書を作る事も可能です」

 ヴァンは表情に悔しげな色を浮かべた。

「そもそも六神将の人達も、大詠師派ってコトらしいですしね。アリエッタはゼッタイ違うけど……」

 アニスが首を捻りうなる。

「いずれにしても、部下の動きを把握していなかったという点では、無関係ではないな。六神将にもよけいな事をせぬよう命令しておこう。効果のほどはわからぬがな……」

 ヴァンは書類を整えて、席から立ち上がった。

「ヴァン謡将。旅券の方は……」

 ガイが確認するように尋ねる。
 
「ああ。ファブレ公爵より臨時の旅券を預かっている。念のため持ってきた予備もあわせれば、ちょうど人数分になろう」

 ヴァンはガイを振り返り頷く。

「これで国境を越えられるんだな!」

「ここで休んでからいくがいい。私は先に国境を越えて船を手配しておく」

 出入り口へと歩きながら、声を弾ませるルークに微笑み頷くヴァン。

「カイツール軍港で落ち合うってことですね?」

「そうだ。国境を越えて海沿いを歩けばすぐにある。道に迷うなよ」

 ガイの確認に答えながら、ヴァンは扉に手をかけた。そこに

「師匠。このおっさんが剣の稽古をつけてくれるって言うんです。良いですか?」

 ルークが少し甘えた調子で声を掛けた。 

「……ふっ、良いだろう。別の“視点”から自分の技を見る良い機会だ……教えて頂け。ただし、アルバート流の基本は忘れるな」

 ヴァンは微笑する。

「はいっ!」

 明るく返事をするルークに、。

「それとルーク、我が流派と自分自身の剣に恥じない振る舞いをしろ。その御仁に教えを受けるなら“おっさん”ではないだろう?」

「へっ……?おっさんは、おっさんだろ師匠?」

 首をかしげたルークの不躾な言葉に、ヴァンは苦笑するしかない。

 すまなそうにコゲンタを見やるヴァン。しかし、彼が謝罪とルークへの注意の言葉を口にするよりも、コゲンタの言葉の方か早かった。

「いやいや、ルーク殿は我が『剣友』。共に強くなる剣友に“もったい”つける必要はないし、上も下もござらん。はっはっはっ」

 ルークの肩を軽く叩き屈託なく笑うコゲンタ。

「……弟子を、お願いいたします」

 ヴァンはコゲンタに向き直り、一礼した。

「では軍港でな。ルーク」

 そう言い残すと、ヴァンは部屋を出て行った。

「師匠の許しも出た事だし、さっそく稽古しようぜ、おっさん!」

 ルークは声を弾ませる。

「ルーク、身体を休めないと駄目よ。まだ先は長いんだから……」

 ティアが心配げに釘を刺そうとしたが、

「大丈夫だよ。そんなに長い時間はしないって!」

 というルークの言葉に掻き消される。

 ルークはコゲンタの背中を押して建物の外へと出て行ってしまった。

「やれやれ、ルークにも困ったもんだ。悪いなティア」

「確かに心配だけど……。ジッとしていられない気持ちも解かるから、謝られても困るわ」

 申し訳なさそうに頭を掻くガイに、ティアは首を横に振る。

「……そうか悪い……いや、ありがとうかな?」

 一瞬、「何を言われたのか解からない」という様な表情を浮かべたガイだったが、すぐにおどけて首を傾げるガイ。
 そんな彼の表情に疑問を感じたが、気のせいと思い直し微笑み返すティア。

 こうして一行は、カイツール関所を抜け、いよいよルークの故郷であるキムラスカへと向かう。

 しかし幾多の困難が、さらに待ち構えている事は神ならぬ彼らが知る由もなかった。

 



 今回の話は大筋では、さほど原作とは大差はありませんが……。

 最大の違いはティアとアッシュが起こす刃傷沙汰をなくしたという所でしょうか?

 あれほどデリケートな場所で兵士が武器を取り出したら、(アッシュに至っては実際に振り回していますが)マルクト軍の面子は丸つぶれ。ただでは済みません。それを言ったら野暮と言いますか、おしまいでしょうか?

 そして、イオンやヴァンのダアトでの政治的立場の説明を少し描いてみました。

 それにしても、せっかく「大詠師派」や「導師派」という設定があったのですから、モース以外の詠師が登場して、モースを追い落とすために共闘してくれるなどのエピソードがあっても良かったと思うのですが……皆さんはどう思いましたか?


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閑話 剣の稽古

  この物語は、映画「隠し剣 鬼の爪」(原作・藤沢周平 監督・山田洋次 主演・永瀬正敏)と小説「居眠り巖音江戸双紙 花芒の海」(原作・佐伯泰英)をオマージュした場面があります。

 


 
「まるで童話や絵物語に出てくる勇者や騎士のような……」

 それがイシヤマ・コゲンタが、最初に見出したヴァン・グランツへの印象だった。

 彼は齢二十七にしてダァトが誇る神託の盾騎士団の主席総長へと上り詰めたという、まさに物語のような経歴の持ち主である。

 そして、妹であるティア以上の頑なさをヴァンは持っているとも感じた。
 それは彼の弟子であるルークも持っている『真っ直ぐさ』ともいえるだろう。つまりは、「強く正しくありたい……!」という気持ちだ。

 ただ、ルークの場合は空回りしていると感じるが……

 しかしヴァンの場合は、その上に剣士としての『自信』が付け加えられる。コゲンタはそれに、ルークと同じく頼もしさを感じる。
 しかし、同時にある種の違和感を感じてしまうのは、自分がルークやヴァンと違って“ずるい大人”だからなのだろうか?

 「完璧など不自然な事だ……」だとか、「酸いも甘いも知ってこそ人生だ……」などと、もっともらしい言い訳をして、自分や他者の不義を見過ごしているだけなのかもしれない。

 そして、さらに考えを巡らそうとした所に

「おっさん、そんな物で良いのかよ?」

 という、剣友の声がコゲンタを思考の淵から引き戻す。

 ルークは木剣を試し振りをしながら、コゲンタが持つ『そんな物』を指差した。

 そう彼が持っていたのは、細かい枝を払って削っただけの木剣とも呼べないような『棒きれ』だった。

「確かに頼りないの。しかし、要は使いようじゃ」

 コゲンタは不敵に笑い木剣を振るって見せる。

 ルークは、一瞬気後れしたような顔をした。目の前のこの男が、自分の何倍もの年月を剣と共に生きてきた事を思い至ったようだ。

 しかし、

「へっ……知らねぇぞぉっ!」

 と、気を振るい立たせるように口早に言いつつ剣を正眼に構える。

 コゲンタもそれと同時に構えた。その構えは半身になり、足を配って腰を落とす、剣を右手だけで持ちつつ、前へ突き出すように構えた。空いた左手は、真剣なら鞘があるはずの腰帯に添えられている。

「剣を抜けば誰でも緊張する……」

 言いつつ、一歩踏み出すルークに合わせて同じく一歩さがるコゲンタ。

 ルークは逃がすまいと、懐に飛び込むように打ち込んだ。

「ゆとりを持てと言うが、無理な話だのぅ。身も心も硬く……カチカチになる」

 コゲンタはそれを右に動いて躱す。今度は、反射的に左に回り込むルーク。

「だんだんとゆとりを持たせる。身体もほぐれてくるわけだの」

 ルークの横薙ぎの胴切りを、コゲンタはぎりぎりの所で弾いた。

 ルークはすかさず八相に構え直すと、上段に打ちかかる。コゲンタはそれを後ろに飛び退いて躱した。

「まずは逃げまくる。相手が踏み込めば逃げる。逃げれば相手はイライラする。それが狙いって話だの」

 コゲンタは右に左にと足を移していく。
 ルークは自分がイラついているのに気が付いたと云うように、左右に首を振ると、素早くコゲンタにに追いすがる。

 しばらく、木と木のぶつかるカッカツという音とルークの気勢だけが響く。

「逃げるのは身体であって心ではない。心は常に生きるために攻め続けている。すべてが勝つ為、いや……生きる為にの」

 コゲンタは喋りながら、ルークの鋭い打ち込みを棒で受け止めると、空いている左手を伸ばしルークの肘を掴んで、強く押した。

「いててっ?!」

 ルークは木剣を落としはしなかったが、痛みに目をつぶった。「やばいっ!」と思った時には、コゲンタの棒が首筋に当てられ決着はついていた。

「くそっ! おっさんの剣に打ち合うと力が乗らねぇや。綿で受けられてるみたいだぜ。それに……あれ以来、調子が出ねえや……」

 小休止に入り木剣で手の平を叩きながら、愚痴をこぼすルーク。

「斬り合いが怖いかのぅ?」

 コゲンタが優しげに尋ねる。

「そんなんじゃねぇよっ!!」

 ルークは慌てて言い返そうとするが……

「いや、怖がりなされ。恐れを抱くという事こそ、日頃の腕前が発揮できる第一歩だ。過信や慢心よりはるかに大切な事だの」

 とルークの言葉を遮るようにコゲンタが少し調子を強めた。

「ルーク殿は、基本も出来ておるし、体力も申し分ない。後は気持ちだけだのぅ……しかし、こればかりは稽古を重ねて『慣れる』しかない」

 呆気に取られるルークにコゲンタが続ける。

「おっさんや師匠でも怖いのか?」

「左様。謡将殿でもの。あのくらいの御仁になると慣れるというよりも、恐れを味方に付けるというべきか?」

 思わず顔をしかめるルークに、コゲンタは謎かけのような口調で言う。

「そんなのどうすりゃ良いだよ?」

 答えの出せないルークは少しイラついた口調になってしまった。

「だから稽古しかないのだよ」

「なんだよそれ……」

 コゲンタは「残念ながらなぁ……」というように首を振った。
 つい文句を言ったがルークにも、彼の理屈は理解できた。ヴァンからも似たような事を教えられた記憶がある。

 途方にくれたような気分で考え込むルークを他所に、コゲンタは続ける。

「だが、護りたい物のためならできる。やるしかない。護りたい物を思い浮かべて稽古をするのだ……ルーク殿の場合、ティア殿だの」

「そうだな……。てっ! なっ、なんでそうなるんだよ!」

 ニヤリと微笑むコゲンタに、素直に頷きかけるルーク。しかし、言葉の意味に気が付くなり顔を赤くして叫んだ。

「むぅ? 前に森で話をした時、ティア殿を護りたいと言ってなかったかのぅ?」

 コゲンタは首を傾げる。からかうような色は全く無い。

「そりゃそうなんだけど! そんなんじゃねぇっ! だいたい、そんなエラソーなコト言えるレベルじゃねぇだろオレ……」

 ルークはクシャクシャと頭を掻きつつ怒鳴るが、どんどん声に勢いが無くなっていく。

「おかしなルーク殿だのぅ」

「だぁー、もう! ティアにはゼッテー言うなよ! ダセェーから!」

 優しげだが呆れたようなコゲンタの微笑みに、癪に障ったルークは叫ぶ。

「他人の恋を囃し立てるほど野暮ではないつもりだがの……」

 コゲンタはそんな事は意に介さず、微笑んだままだ。

「こっ……こ、こ、こ、恋とかじゃねーしっ!! とにかく今は、ヴァン師匠みたいに強くなるのが先だ!」

「うむ、世間一般で言われるのとは逆に失う物がある方が人は強い。失わぬために強くなれって話だ」

 気を取り直し真剣な表情のルークの宣言を聞いたコゲンタは、力強く頷き応える。

 ルークとコゲンタの『剣の稽古』はこうして始まった。

 ルークは強くなれるのか?

 そして、コゲンタの誤解は解けるのか?

 こうして、長い旅はまだ続く……




 この回を描こうと思ったのは……、

 「テイルズオブシンフォニア」のロイドとクラトスとの稽古イベントが好きだったのと、もう一つは「アビス」にも稽古イベントはガイとの物があるのですが、ただ技を覚えるだけの物になっており、信頼を深める出来事にはなっていないので残念だったので、こういう形になりました。

 ガイの活躍を盗り上げる形になってしまった事はファンの皆さんには謝らなくていけませんね。


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第40話 軍港襲撃

 
 ヴァンの後を追い、キムラスカの重要拠点の一つであるカイツール軍港へと向かうルーク達一行。

 あれから、キムラスカ側の国境でも同じような歓待を受けたが、急ぐと言い一行はそのまま抜けようとするが、キムラスカ軍は十二人の一個分隊の護衛をつけてきた。

 これで魔物や野盗への心配はなくなった。

 ……のだが、タルタロスの前例も有る。油断は禁物である。

 旅が順調な一方、ルークは一人焦っていた。

 一気に大所帯になった一行の歩みが異様に遅く感じてしまうからだ。

 早くもう一度ヴァンに会いたいという気持ちもあるが、イオンの体調も事も忘れてはいけない。
 しかも、そんな事を表に出して、ティアに子供だと思われたくないという気持ちが頭の中でない交ぜになり、ルークの歩幅と呼吸を乱す。

「ルーク。なんで、お前一人だけバテてんだ?」

 隣を歩くガイがいぶかしげに尋ねる。ルークの持久力を知るガイは不思議に思ったようだ。

「べつに、ぜんぜんバテてねぇし! 変なコト言うなよなっ!」

 ルークは、ティアやイオンの前では大人として振る舞いたかった。ヴァンのような大人は、こんな事でバテないし目くじらも立てないのだ。

 そして、そのヴァンが待つはずの『カイツール軍港』へと少しずつだが確実に近づいていく。


「なんだか騒がしいわ……」

 と、ティアが呟いた言葉に一行は歩みを止めた。先行していたキムラスカ兵をコゲンタが声を上げて制止する。

 ルークも耳を澄ませてみたが、特に変わった音は聞こえないが……

 しかし、『音』に関しては誰よりも鋭いティアの言葉だ。信じないわけにはいかない。
 それに、ミュウも何やら落ち着きが無い……のは、いつもの事ではあるが、何かに怯えているようだ。ここは用心するべきだ。

 ジェイドの赤い瞳がティアの視線を追い、怪しく光った。

「なるほど♪ カイツール軍港の方角から、確かに音素の鳴動を感じます」

「戦闘か?」

「ここからでは何とも言えませんが……。いずれにしても、譜術や譜業を連発しています。何かしらのトラブルが起っているのは間違いないでしょう」

 一人で得心したようなジェイドに、ガイが尋ねるが彼は曖昧に微笑み肩を竦めるのみだ。

 アニスは、二人のやり取りに首を捻り、

「どうします? 触らぬ神にナンとかカンとかって言いますし、しばらく様子を見ませんか? イオン様たちをみすみす危険に晒すよりは、ずっと……」

 イオンとルークを見やりつつ唸る。

「いや。それが狙いかもしれないぜ。俺が、イオンをさらうなら、城壁と兵士に守られた軍港に入る前に狙うからな」

「な、なるほどぉ……」

 顔をしかめて首を振るガイに意見に、アニスは腕を組んで俯く。

「何人か斥候を出しますか?ここから国境に引き帰すより軍港へ向かう方が近いのですが、ガイ・セシル殿言われるように罠でありますなら……」

 護衛部隊の隊長である軍曹が言いにくそうに言う。戦力を分散するのも危険だからだ。

「ごもっとも。これは、まさに『前門のライガ、後門のドラゴン』! リスクはどちらも変わりませんね♪ ふむ……」

 ジェイドがずれてもいない眼鏡を押し上げながら微笑む。

「……だが、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』とも申すがの……」

「強行突破ですね♪ 個人的には好きなシュチュエーションですが……」

 しばし黙考していたコゲンタの言葉に、ジェイドは眼鏡をいじりながら微笑み呟く。

「行きましょう……。もし、戦っているのがアリエッタだとしたら、僕なら止められるかもしれません」

 イオンが珍しく険しい表情で決然と言う。

 それにルークも続く。

「そうだぜ! 師匠が心配だ! って師匠なら心配ないかぁ?」

 拳を上げて、相槌を打った。

「流石はイオン様♪ 素晴らしい責任感ですね。これはマルコの嫌味……もとい、提言は無駄だったようですね。悲しい事です……」

 ジェイドがわざとらしく涙を拭くふりをし笑う。

 イオンはハッとして俯いてしまった。
 どんなに自分が『ただのイオン』として決断しても、『導師イオン』でもある自分の決断が誰かの献身や犠牲を強いてしまう事を思い出したのだ。

 それが、“善意”からの決意だったとしても

「お前……いちーち感じ悪りぃぞ。どっちみち行くか戻るしかねーんだし危ないのは変んねーだから、前に進む方がトクだろーが! 騒ぎも治められるかもしんねーだろ? イオンはそう言いたいんだろ?」

 ルークはジェイドに食って掛かるようにイオンの肩を持った。

「おいおい、ルーク。あんま適当な事を言うなよ……」

 ガイが取り成すように二人の間に立つ。

「だが、導師イオンとルーク殿の言う事にも一理ある。時間がない今はのぅ」

 コゲンタが珍しく会話に割って入った。
 それに、ティアが続き口を開く。

「そうですね……。どちらかを選ばなければならない以上、キムラスカ軍の協力を得られる可能性が、高い方を選ぶべきだと思います」

「希望的観測ですが……。いくら六神将でも軍港全てを包囲した上に、短時間で落とせるとも思えませんね。付け入る隙は有るはずです♪」

 比較的冷静な彼女の言葉に、ジェイドは納得したように頷き微笑む。

「なるほど、ルークと違って筋は通ってるな。確かに今は一刻も早くバチカルは向かうのが、開戦を防ぐ事になるんだしな……」

 ガイはティアの提案に関心したように頷いた。

 その横でルークは一言多い親友を、大人の余裕で心の仕返しリストに記入する。しかし、ガイが一瞬見せたどこか無力感を伴った表情には気が付かなかった。

「決まり……というか今の手札では、他に選択肢がありませんしね♪ 当初の予定通りカイツールへ向かいましょう。できるだけ慎重かつ迅速に。ご協力お願いします」

「勿論です。我々も無闇な戦は望んでいません。微力ながらご協力いたします」

 軍曹はジェイドの微笑に強く頷くと、

「ルーク様、イオン様。どうか世界に平和を」

 とルーク達に向かって敬礼した。部下達もそれに続いて一斉に敬礼する。

「はい、もちろんです!」

「へっ……お、おう! まかせとけ!」

 何のためらいもなく頷くイオンに対して、ルークはおっかなびっくりな返事しか出来なかった。またしても、なんだか悔しいルーク。

 そして、急いでカイツール軍港へと向かうために一行は、荷物を軽くする選別を始める。

「イオン様、少し走ります。よろしいですね?」

「はい!」

 気遣わしげに尋ねる軍曹に、イオンは顔に緊張の色を濃くして答えた。

 そんなイオンを気にしながらもルークは、「息できるか?」と訊きながら、ミュウを自分の荷物袋に入れてやった。


 こうして、ルーク達はイオンを気遣いながらも、かなりの速さで軍港が見える所までやってきた。

 ここまでは、神託の盾騎士団や魔物には遭遇せずにやって来れた。

 だが、それもここまでらしかった。

 カイツール軍港は、今まさに魔物の群れの攻撃を受けている。
 ライガやウルフ、ボアを始めとする大小の獣型の魔物、巨大な翼を有するグリフォンやガルーダ、青い羽毛に岩の様な鋭い角を身体中に持つフレスベルクといった鳥型の魔物の大群だ。

 あの小さな六神将『妖獣のアリエッタ』の指揮に違いなかった。

 基地の兵士達が放っているらしい矢や譜術の光弾が飛び交い、魔物の憎悪の咆哮がこだましている。まさに“戦場”だった。

 ルークはその光景を茫然と眺めていた。「急ぐごう」というガイの声にハッとして、また歩き出した。長い時間眺めていたように感じたが、実際はほんのわずかな時間ようだった。

 その時だった。城壁の向こう……恐らく艦船が停泊しているだろう方角から、爆音と同時に火の手が上がったのが見えた。

 水棲の魔物も動員されているのだろうか? だとしたら、挟み撃ちだ。

「これ……これで、どうしろってんだよ?!」

 と思いながら、ルークは皆を追い掛けた。


 軍港まであと少しという所に来たルーク達。

 魔物の大群が軍港の高い壁に猛攻をかけている。しかし、広大な軍港を完全に制圧できているわけではないようだ。
 一点突破で門を破ろうとしているのか、軍港のいくつかある門の一つに自分達の被害を顧みず殺到している。

 硬質の皮膚と巨大な角を持つアーマーボアの一団が破城槌さながらに城壁に突進する。
 そして、ボアたちに構わずバシリスクの一団が一斉の火球を吐き、爆炎で城壁に追い打ちをかけた。
 炎に巻かれたボアたちを踏み越えたハチェットビークたちが、その山刀のようなクチバシを城壁に叩き付ける。

 戦いと呼ぶのも躊躇う夥しい数の蛮勇が振るわれていた。

「なんという戦い方だ……。あれでは、味方すら次に何をして良いやら……」

「だから、『妖獣』なんです。アリエッタ様は……」

 護衛の騎士の一人が呆れとも恐れともつかない呟きに、ティアは『獣』を強調して答えた。

 人の戦の概念に囚われない魔物が戦をする。それが『妖獣のアリエッタ』の強み、ひいては神託の盾騎士団の持つ強みと言えるのだ。

「根暗ッタのヤツぅ……すぐチョーシに乗って、みんなに迷惑かけて。ほんとバカっ……!」

 普段の温厚で明るいアニスからでは想像できない声音と厳しい眼差しで、誰に言うでもなく吐き捨てる。
 見知った者が、今まさに巻き起こしている災禍を目の当たりにしているからなのか?それだけでは無い色を感じるのはルークの抱く不安のせいだろうか?

「あの辺りが、やや手薄だのぅ。まぁ当然、行くのに骨が折れそうだが……」

「っておっさん、行けたとして……あそこ、壁じゃねーかよ。あんなの登れねーよ!」

 コゲンタが簡単そうに言った事に、ルークは呆れた。

「軍曹殿たちが信号弾を持っておるから、それで中の方々に引き上げてもらう」

「魔物に見つかっちまうだろ。全員上がるなんて、とても無理だ。危ねーよ!」

 コゲンタが淡々という言葉にルークは苛立った声で言う。
 怖気づいているようで自分でもダサいと思うが、これ以上誰かが自分のために傷付くのは見たくなかった。

「それが我々の任務です。ルーク様とイオン様は必ずお守りします」

 軍曹が弓の弦を張りながら頷く。

「大丈夫。それにいざとなったら、譜術で飛ぶから……」

 ティアが安心させるように微笑みながら付け加えた。

「マジでか?」

「地の譜力で重力……大地に引っ張られる力を弱めて、思いっきり飛び上がるの。そこに風の譜術を掛ければ、越えられるわ。こういう状況でなければ、楽しい術なんだけど」

「なんだか良くわからねぇけど……へ、へ~」

 方法や原理はともかく、確かにティアの言う通り空を飛ぶというだけなら、是非のもやってみたいし実に楽しそうだ。
 魔物だらけの空へは、もちろん勘弁して貰いたいが……

「ではでは、もう一走りといきましょうか? こういう状況は速やかかつ静かに安全にが一番です。一気に行きましょう♪」

 ジェイドはいつもの調子の笑顔を浮かべながら、指を上に向ける仕草をした。

 兵士の一人が頷くと、雑嚢から望遠鏡のような筒を取り出した。だがそれは、片方には油紙が貼り付けられており、もう片方には紐が付いている。
 屋敷で従姉の誕生日を内緒で祝う為に、ガイとメイド達が用意してくれたクラッカーを思い出すルーク。
 
「イオン様、お手を……」

 アニスが呟くとイオンの手を取った。

 ティアは「大丈夫」というようにルークに頷いた。

 ルークは頷き返す事ができなかったが、一気に走り出すための姿勢を取った。

「信号筒用意。3、2、1、テーっ!」

 軍曹の号令と共に、兵士が空に向けて筒の紐を引いた。

 炸裂音と共に白煙が空へと登る

 城壁の上を右へ左へと走る兵士の一人がこちらに気が付き、指を差しているのが見える。

 それと同時に、全員が一斉に走り出した。しかし、それはルーク達だけではなかった数匹の魔物も当然気が付き、こちらに突進してきた。

 兵士達の何人かが矢を放ち、魔物たちの足を止める。

「かまわず走って!」

 剣に手をかけたルークに、隣で走るティアの声が飛ぶ。その二人をコゲンタとガイが追い抜いて行く。

 二人は、行く手を遮る魔物を走り抜けざまに斬り倒し、走り続ける。

 そして、ティアは投げナイフを投げ付け、迫りくる魔物を転ばせ足止めする。

「ルーク……!」

 彼女はルークへ道を作るように、ナイフを投げ続ける。



 城壁の兵士が槍を掲げて、こちらに向かって振りつつ何事かを叫んでいる。その隣で、もう一人が縄梯子を下ろすのが見えた。

「もう少しだ!」と思いながら、ルークは足を動かし続ける。

 ほんの少し余裕を持ったルークは、アニスに手を引かれて走っているはずのイオンを振り返る。

 その時、地面に大きな影がさした。

 グリフォン、ヒポグリフ、フレスベルグの編隊だった。その中の一頭が、アニスたちに向かって急降下して、アニスの背中を突き飛ばした。アニスはかなりの距離を飛んで地面に転がった。

 手を引かれていたイオンも前につんのめり、

「アニス!」

 彼は転びそうになりながらも叫び、彼女を助け起こそうとする。
 しかし、そんな彼にもフレスベルグの一頭が躍り掛かった。

 近くを走っていた兵士が助けようとするが、グリフォンに肩を掴まれ、空中へと持ち上げられ放り投げられた。

「イオンッ!!」

「ルーク! ダメッ!」

 ルークはティアの制止にも気が付かず、ミュウが入った荷物袋をティアに投げ付けると、イオンへ向かってがむしゃらに走った! 「脚! もっと早く動け!」そんな事ばかり考えて、剣を抜く事も頭になかった。イオンを突き飛ばして、フレスベルグの前に立ちはだかった。

 ルークは物凄い力で胴体を掴まれた。一瞬で肺の空気を奪われ、気を失った。


 




 お久しぶりです。

 今回はコミック版(作画 玲衣)に近い展開にしました。

 ゲームではここで人質になるのは軍港の整備兵なのですが……

 ここまでティアは、人を殺してでも戦争を止める。
 ジェイドは、和平のためなら多少の犠牲を厭わないと現実主義を象徴していたのに、ここでは「預言」を守るべきという、道徳観や人道主義に則った事を言い出します。

 もちろんそれは正しい事なのかもしれませんが、行動に一貫性がないように感じます。ジェイドに至っては「どちらでもよい」という始末です。ジェイドっぽいセリフと言えばそうなのかもしれませんが、例の『汚い、うつる』が、やり玉に上げるなら、同じくらい酷いセリフだと思うのですが……

 因みにそれを渋るルークを嫌な奴であるという演出がなされます。皆さんはどう感じたでしょうか?


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第41話 それぞれの隠し事


 ルークを脚を、がっちりと鷲掴みにしたままフレスベルグは瞬時に上空へと舞い上がった。

 見ればフレスベルクの背中には、アリエッタが跨っている。

「ルークっ!」

 ティアは足元に細密な瞬時に譜陣を描き、兵士達も続いて短弓を構える。
 しかし、この高さでルークが落ちたなら骨を折るだけでは済まない。

 皆、不用意に動く事ができなかった。

 ガイとコゲンタも多数の魔物と闘っており、その場を動く事ができずルークの下に駆けつける事ができない。

 すると、意外なほど軽やかに、危なげ無く、巨鳥の背中の上で立ち上がったアリエッタは眼下のティア達を見おろし口を開いた。

「イオンさまも連れて行くつもりだったけど……。このヒトも「連れてこい」ってアッシュとディストも言ってた。イオンさま……、それとティアにアニス、このヒトを返してほしくば『コーラル城』に来てください……!」 

 アリエッタは静かに告げる。自分の知っている”小さな友人 アリエッタ”ではない彼女の眼差しと口調に、ティアは息をのむ。

「アリエッタ、なんという事をっ! ルークを放してくださいっ!! 彼は、これからの平和な世のために重要な人なのですっ!!」

 イオンの悲痛な叫び。

 そんなイオンが自分に向ける非難の眼差しに、アリエッタは涙ぐみ、戸惑い、怯え、混乱する。
 思わずルークを開放して、イオンのもとに駆け付け、謝り、すがり付きたい衝動にかられているのが表情だけでありありと分かった。

 しかし、その時

 軍港の城壁の上から長剣を携えた人影が、魔物に勝るとも劣らない凄まじい跳躍力と素早さで、戦場を跋扈する魔物の軍勢を、斬り裂き、打ち崩し、駆け抜け、一直線にこちらに向かってくる。

 それは、ローレライ教団が誇る神託の盾騎士団の長にしてダァト最高の騎士、そしてルークの剣の師でティアの実の兄でもあるヴァン・グランツであった。

 まるで、魔物を木葉のように蹴散らし戦場を駆け抜け、ティアたちとアリエッタの間に割って入った。
 
「お兄さまっ……!」

 ティアに微笑み返すヴァン。しかし、それも一瞬の間で、すぐに頭上の部下を睨むと共に長剣を突き付け口を開く。

「アリエッタっ!! 誰の許しを得て、こんな事をしているっ?!」

「総長っ……! ごめんなさい。アッシュに頼まれて、それで……その……」

「アッシュにだと? 奴め、一体どういうつもりで……?」

 アリエッタに長剣を突き付けたまま、顎を撫で首を捻るヴァン。
 もう一度、彼女に問い質そうと顔を上げた瞬間

「むっ!!」

 上空の魔物たちが、その巨大な翼を羽ばたかせ突風を巻き起こす。

 アリエッタは、その隙を突いて彼方へと飛び去ってしまう。

「ルークっ!!」

 ティアの必死の呼掛けも、兵士達の怒号と悲鳴、魔物達の雄叫びに断末魔、戦場の喧騒によって掻き消され、連れ去られるルークには届ない。

 いや、これは喧騒の所為ではない……


 ティア自身の無力の所為である。


 ティア自身の甘さの所為である。


 と、少なくともティア本人はそう思いながら……

 そして、決してルークの手には届かないと理解しながら、虚しく空へと手を伸ばす事しかできなかった。



 二人の男の話し声が聞こえてきた。

 ルークはその声を聴いていた。頭がぼんやりとして、何を言っているのかは解らないが……

「な~る……ほど。音素振動数まで同じとはねぇ。これは完璧な存在ですよ……」

 眼鏡をかけ、浮いた椅子に腰かけた男、ディストが奇妙な色の紅を差した唇を吊り上げて笑う。

「そんなことはどうでもいいよ。キムラスカの連中が来る前に、情報を消さなきゃならないんだ」

 鳥のような仮面を被った男、シンクが投げやりな調子で答えた。

 その時、こちらに何かが近付いてくる気配がする。足音の重さから人間ではないだろう。

「シンク……。たぶん港のヒトたちが、たくさん来てるって。すぐ、近くまで……」

 消え入りそうな鈴を転がした様な声、恐らく自分を攫った『妖獣のアリエッタ』だ。

「むこうもプロだね、意外に速い……。アリエッタ、そいつらに魔物をけしかけて出来るだけ足止めしてよ。皆殺しにする必要は無いし、キミの大事な”お友達”も死ぬまで戦わせる必要も無い。せいぜい、だらだら手を抜いて戦ってよ。ほら……ディスト、アンタがもたもたしてるから、こうなるんだ」

「うぅむ……もうっ、うるさいですねっ! そんなに此処の情報が大事なら、アッシュにこのコーラル城を使わせなければよかったんですよっ!」

「あの馬鹿が無断で使ったんだ。後で閣下にお仕置きしてもらわないとね……」

 意識がはっきりしてきたのに、彼らが何を話しているのか分からない。しかし、とりあえず此処がコーラル城という所だという事だけはわかった。

 それよりも身体がほとんど動かない……

 鈍く光る妙な寝台に寝かされているらしい事は解る。

 その時、シンクがこちらに振り返った。

「ほら、こっちの馬鹿もお目覚めみたいだよ」

 仮面の上からでも、せせら笑いを浮かべていると解る声だ。

「いいんですよ。もう、こいつの同調フォンスロットは開きましたから。それでは私は失礼します。早くこの情報を解析したいのでね。ふふふ」

 ディストは椅子を宙に浮かべ去って行った。

(こいつらは何を言っているんだ? ワケわかんねぇ……)

 身体が動かせないだけ余計に、頭は不安で一杯だ。

「……おまえら一体……俺に何をっ……?」

 ルークはやっと声を出せた。やけに喉が渇いている。

「ふん、答える義理はないね」

 シンクは、形の良い唇の端を歪めて嘲笑う。


 その時だった。


 彼の背後で何かが光った。

 身をかがめるシンク。前転し鋭い銀色の閃光を回避する。

 ガイが剣を構えて立っていた。ガイが背後から切り付けたのだろう。

 二人の間に奇妙な円盤が転がる。シンクが落とした物なのだろうか。

「しまったっ……!」

 シンクはそれを拾い上げようと走り、手を伸ばした。しかし、ガイも同時に走り、剣を振るった。彼の剣がシンクの仮面は弾き飛ばした。

「ん? おまえ……」

 シンクと真正面から顔を会わせたガイは戸惑いを見せた。
 その隙に、シンクは顔を隠しながらも飛び退がり、ガイのカタナの間合いから逃れる。いかにガイといえども、不用意に詰める事の出来ない巧みな位置とりだ。

「ルーク!」

 背後からティアやコゲンタが、ルークが寝かされている機械へ走り寄る。

「くそ……他の奴らも追いついてきたか……! 今回は正規の任務じゃないんでね。引かせてもらうよ。良いように振り回されてくれて、ゴクロウサマ」

 シンクは言い捨てて、開け放った窓まで瞬時に飛びのく。すると何のためらいもなく、その身を宙へと躍らせた。

 すぐさまガイは後を追い窓の外を覗くが、シンクの姿は既に無く荒れ果て蔦や雑草に飲み込まれた庭園が見えるのみであった。

「うぅむ、この機械は……? なにがしかの譜業かの?」

 コゲンタが伏兵がいないかと譜業の裏に回り込んで、誰もいない事を確認すると、屋敷には不釣り合いな巨大な機械を見回し首を捻る。
 確かに、この機械はつい最近設置されたわけでは無いようだが、屋敷の荒れ具合とも一致しない古さだ。この屋敷の元々の設備というわけではない事に、さらに首を捻る。

「ジェイドさん……? 早くルークを助けてあげてください」

 すぐにでもルークを助けたいが、いまだ動き続ける謎の機械に下手に手が出せないティアが、隣で珍しく険しい表情で機械を凝視するジェイドに呼び掛ける。

「あっ……いやぁ、すみません♪ 歳の所為でしょうか? 最近、ぼ~っとしてしまいましてぇ」

 苦笑しつつジェイドは、その機械の操作盤を調べ出す。

「大佐、どうしたんですか?」

「何がでしょうか?」

 どこか動揺している風にも見えるジェイドに、アニスが声をかけた。
 イオンも不安げな顔で彼を見つめている。こんな彼は初めて見たので、不安になったのだろう。

「この機械の事をご存じかの?」

「いえ、確信が持てないと……。いやぁ、確信が持てたとしても、はっはっはっ」

 背後からかけられたコゲンタの言葉に、ジェイドは取り繕うように笑いつつ操作盤を叩く。

 
 程なく機械が放っていた鈍い光が消え、安全が確認されると、

「ルーク、大丈夫?!」

 ティアがすぐに寝台へと上がりルークを抱き起すと、腰に下げていた水筒を手渡した。

「大佐殿、ルーク殿は何をされたのだ? 後遺症が出るやもしれん」

 コゲンタは手がかりでもないかと機械の周りを、ぐるりと回りながら言う。

「脈拍や呼吸に異常はありませんが、わずかですが音素の乱れています」

「まだ結論が出せません……少し考えさせて下さい。まだまだ情報が少な過ぎます♪」

 不安げに振り返るティアに、ジェイドは本当に申し訳なさそうに額に手を置き首を振った。

 しかし、やはり何処か誤魔化すような苦笑いを浮かべている。

「煮え切らない言い方だな……?」

 ガイがシンクの落とした音譜盤を拾い上げつつ、ジェイドに近付いてきた。
 その瞳は、未だ敵を前にしたかのように鋭く険しい。

「俺も気になっていることがあるんだ。もし、あんたが気にしていることがルークの誘拐と関係あるなら……」

 ガイの低く静かな口調に「仲間であっても容赦しない……」という言葉が、言外に含まれているのは明らかだ。

「勿論です。私なりに熟考した上でルークに関わる事と結論が出たのなら……貴方への協力も惜しみませんし、その時は貴方も御協力お願いいたします♪」

 

「一人で立てるよ……」

「無理しないで、ルーク」

 ガイがジェイドを振り返った時、そのすぐ脇で、ルークが立ち上がろうとしていた。ティアが肩を貸そうと寄り添うが、ルークの足がもつれた。ティアだけではルークの体重を支えきれずに、二人共寝台から転げ落ちそうになる。

「ぅわっ……!」

 すぐにティアを受け止められる位置にいたはずのガイが声を上げて、飛び退いた。まるで獣にでも跳びかかられたような反応だった。

 寝台の裏にいたコゲンタが勢いよく飛び乗ると、ルークの腕を掴んだ。ティアはそれを確認すると、寝台の横に自分から転がり、非常に滑らかな動きで受け身を取った。

「ガイ、何をしておる?!」

「大丈夫です。何ともありません」

 鋭い口調のコゲンタ。珍しく責めるような色がある。
 しかし、当のティアは気にした様子もなく、柔らかい口調でとりなしつつ立ち上がる。

「忘れてた。ガイは”女嫌い”なんだよ……」

 ルークはコゲンタの手助けで足を踏みしめると呟いた。

「と……いうよりも”女性恐怖症”ですね。今の驚き方は尋常ではありません。事のこみ入った部分が気になってしまいますねぇ」

 あからさまに話を逸らすワザとらしい仕草と口調。

「咄嗟だと、身体が勝手に反応して……。すまなかったな、ティア。怪我はないかい?」

 ガイはひとしきり頭を掻いてから、居住まいを正すとティアに頭を下げた。

「気にしないで。ルークに怪我は無いし、わたしもなんともなかったんだから」

「何かあったんですか? ただの女性嫌いとは思えません……」

 ティアが微笑んだ背後で、イオンが心配げに、アニスは心配半分興味半分という顔で見つめていた。

「悪い……わからねぇんだ。ガキの頃はこうじゃなかったし、ただすっぽり抜けてる記憶があるから……。もしかしたらそれが原因かも……」

 ガイはなんとも答えようがないという調子で顔をしかめた。

「お前も……記憶障害だったのか?」

 ルークが、親友と自分の同じ所を見つけて、うれしいのか心配なのか分からない複雑な表情を浮かべる。

「違う……と思う。一瞬だけなんだ、抜けてんのは……」

 ガイはその事を気遣う様子もなく首を振った。

「どうして一瞬って解るの?」

「わかるさ。抜けてんのは……俺の家族が死んだ時の記憶だけだからな。」

 ティアが首をかしげた直後に詮索じみた事を言ったのを後悔した顔になった。
 そんな彼女に、ガイは「気にするな」という苦笑すると、

「俺の話はもういいよ。それよりあんたの話を……」

 ジェイドに向き直った。

「それは……」

 ジェイドが深刻な声で答えて、躊躇うように眉を曇らせて、一拍置くと、

「それは秘密です。あなたが自分の過去について語りたがらないように、私にも語りたくない事があるんですよ。謎を呼ぶ謎は、男を魅力的にするのです。という事で御勘弁願えませんか?」

 深刻な声はそのままでおどけた事を言うと、ずれてもいない眼鏡の位置を直し微笑むジェイド。

 静かに彼を睨み付けるガイ

 静かに彼に微笑み返すジェイド

 しばしの沈黙が、その場を支配する。

「あのぉ、今は早く総長と合流した方がよくないですかぁ?」

 その不穏な雰囲気に耐えかねたのか、アニスが二人の間に割って入った。

「そうですね。ルークもちゃんとした診察をした方が良いですし……」

「まぁ、大佐殿を問い詰めるより、そいつを調べれば少なくとも今日ここでルーク殿が、何をされたのか分かることだろうの……」

 アニスの提案を聞いて、ティアはルークに薬を手渡しながら、コゲンタはガイの持つ音譜盤を指さして、同時に言った。

「そう……だな。すまない、ジェイド」

 ガイはため息をついて、音譜盤を布で厳重に包んで、荷物袋にしまった。

「いえ、軍港に解析装置があるでしょうか?」

「ん~、どうかな? どこにでもある物じゃないしな……。 今度も俺が先頭だ。イシヤマの旦那はルークを頼む」

 ジェイドの問いかけに背中を向けたまま答え、立ち上がり歩き出した。

「師匠も来てくれてんのか?」

 ルークは少し元気を取り戻したようだ。

「勿論だ。外で魔物たちを抑えておられる。ルーク殿の師匠だ。ルーク殿を捨てとくわけないっての」

 コゲンタはルークの肩を担ぐと笑いかけた。

 そして、ルークはようやくコーラル城を出られることになった。ティアたちがこの城の仕掛けを解くのにそれなりの苦労をしたのだが、これはルークの知らない事である。

 昼間でも薄暗かった城の中から出ると、外が異様に明るく感じた。

 城から出るとすぐに数十人の男たちが合図を掛け合いながら、忙しげに動き回っている。

 男たちは鎖や網を使って、ライガやフレスベルグといった魔物を取り押さえている。そこから少し離れた所に長身の男が立っている。

 ヴァン・グランツだ。彼はその腕にアリエッタを抱いている。

 ルークが「師匠!」と呼びかけようとしたその時、

「アリエッタ!」

 イオンが駆け寄る。

「ご安心を。気を失っているだけです。……アリエッタの処遇ですが、イオン様のご意見もお伺いしたい」

 ヴァンは、軽く黙礼して問いかけた。

「無論、教団で査問会にかけます」

 イオンは導師としての顔になって答えた。

「承知いたしました。仰せのようにいたします」

「お願いします。傷の手当てをしてあげて下さい」

 もう一度黙礼したヴァンに、イオンははっきりと答えた。最後の方は導師の顔からただの少年の顔になっていた。

「やれやれ……。キムラスカ兵を殺し、船を破壊した罪、陛下や軍部にどう説明するんですか?」

 ガイが極力抑えてはいるが、怒気を含んだ声で言った。

「教団でしかるべき手順を踏んだ後、処罰し、報告書を提出します。それが規律というものです」

 イオンはガイの声に一瞬首を竦めたが、毅然とした口調で答えた。

 ガイは憮然とした顔であったが、それ以上何も言わなかった。

「カイツール軍港のアルマンダイン伯爵より馬車も借り受けました。負傷者を搬送します。イオン様はどうされますか? 私としてはご同行願いたいが……」

 ヴァンがあくまで“お願い”と口にしたが、口調には厳しい物があった。

「歩いて帰りたいな。どうせ船に乗ったらすぐバチカルだろ」

 代わりにルークが答えた。それに破壊された港を見るのを少しでも遅らせたい気持ちもあった。

「駄目よ! すぐにお医者様に診ていただかないと! 治癒術だけじゃ不十分な事だって!」

 それまでルークの背後に控えていたティアが叫ぶ。

 その珍しい彼女の大声に驚いた全員の視線が彼女に集まる。
 ティアは集まる視線に、はっと口を押え「失礼しました……」と消え入りそうな声で言い身を縮める。

 イオンは微笑み口を開く。

「……と言う人もいますので馬車で帰ります。ルークも良いですね」

 と、ルークを振り返った。どこか人の悪い優しい微笑みであった。

 今度はルークに視線が集まる。ジェイドとアニス、ガイの視線には冷やかすような色が混じっているのを感じて、ルークは癇に障ったが……、

「ティア殿はルーク殿が心配なのだ。それはそれは、心からのぅ……ここは素直に従おう」

 肩を貸しているコゲンタが執り成し声で耳打ちした。

「お、おう……」

 ルークはその言葉に毒気を抜かれて頷いた。

 ティアの大声に困惑の色を浮かべていたヴァンだったが、彼女とルークを執り成す様に

「とにかく、無事でなによりだった。ルークの悪運もなかなかの物だな?」

 と、ルークに苦笑をひとつ。

「そうだぜ、師匠! 運も実力の内って奴さ。」

「調子に乗るな。さぁ、もう行くぞ」

 笑顔で答えるルークに、ヴァンはいつもの厳しい口調で言うと、皆を促すように歩き始めた。

 こうしてルーク達は馬車でカイツール軍港まで戻ってきた。けが人と同じ馬車ではないのは気が楽だったが、関所から護衛してきた兵士たちの事が気になって仕方ない。何故今まで忘れていたのだろう。

 あの魔物の大群との戦いで、無事であったのかも気になるが……

 まさかと思うが、自分の護衛失敗で全員処刑などという事が有り得るのではないか?
 そんなこと、「冗談じゃねぇっ……!」の一言であった。「運も実力の内」などと言った事を後悔した。彼らの運を自分が、吸い取ってしまったのではないかと奇妙な事まで考える。

 ルークの沈んだ表情に気がついたガイが安心させるよう

「軍港に着けば落ち合えるだろう」

 と言ったが何の保証もない。

「ルークは彼らの“処遇”を心配しているのですね? 軍港に着いたら、アルマンダイン伯爵に相談してみましょう……」

 心苦しそうに微笑むイオン。

 そうだ。イオンの言葉で自分だって貴族なのだから、そのくらいの事ができるかもしれないと考え直すルーク。

 馬車から降りると、多くの人々が基地の片付けを行っていた。
 兵士や魔物の亡骸はあらかた片付けられていて目に入らなかったが、おびただしい血の跡は嫌でも目に入ってしまう。

 前の馬車からヴァンが降りてきた。

 しかし、ルークが何か言う前に、

「私はアリエッタの件をアルマンダイン司令に報告して参ります。後ほどイオン様もお越しください」

 イオンに一礼すると、軍港の司令所がある方角へ歩いて行ってしまった。
 自分の知らない『役割に忠実な師』を目の当たり出来て嬉しく思う一方で、言いようのない寂しさをルークは覚えてしまう。
 こんな事では、ヴァン・グランツの一番弟子失格だ。

 ふと、同じくヴァンの背中を見送るティアと目が合った。

 控えめにだが、優しく微笑み返してくれる。寂しそうなのは、ここまで兄妹らしい会話もなかったからだろうか?

 ティアは、ルークはまず医師の診察を受ける事を強く主張した事を汲んで、イオンが護衛兵たちの事は

「自分に任せてください……」

 という事になり、素直に従う事にする。

 という事で、ルークが医師に色々と検査を受けている間に、イオン、ジェイド、ヴァンの三人でアルマンダイン伯爵と会談し、アリエッタの事は謝罪し、イオンたちの仲介で、ジェイドは和平使節として乗船を許可させたそうだ。

「一時、険悪な雰囲気になって怖かった……」

 と後でイオンに聞いた。恐らくというか十中八九、ジェイドの悪評と普段の言動の所為だろう。
 正直、同席しなくて良かったと素直に思うルーク。

 こうして、ルークたちの長い一日が終わろうとしていた。



 前回の後書きの続きのようになりますが、軍港の整備士を助けるための理由が『預言』のためいう事ですが……。

 預言に「大厄は取り除かれた」と読まれていたのなら、何をしなくても助かるのではないか?

 そもそも「死の預言は読まれない」という決まりがあるのではだから、その「大厄……」という預言はあてにならないのではないか?

 などと疑問が尽きません。SF小説ばりのパラドックスの応酬に何故こんな設定なくしてしまわなかったと、激しく後悔しているところです。

 宗教的慣習に明確な理由や合理性を求めるのはナンセンスなのでしょうか?

 それはさておき、原作では奇妙な装置に寝かされていたルークを誰も心配していないのは何故なのか、オルードランドではああいうベッドも普通なのか、とこちらも疑問が尽きませんでした。という事で拙作はこうなりました。



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第42話 ルークの力



 船を修理するまでの間、ルーク達は軍港でしばし過ごす事になった。

 その間にルークの体調の事が分かった。音素構造を書き換えた形跡があるが、それが何なのかは巧妙に隠されているというのだ。

 ルークにはいまいち細かい事は理解できないが……つまり、今は打つ手がないという事は解った。

 、本人以上にティアが狼狽えたので、かえってルークは落ち着いてしまって、

「どっかヘンだったら、すぐに言うからさ。そばにいてくれよ」

 と柔らかく笑い言う。

 ふと、アニスとガイの面白がるような、からかうような顔に気が付いた。
 何故、そんな顔をされるのか理由がわからず、しばし首を傾げるルーク。

 そして、そういう聞き方をすれば先程のティアへのセリフが“口説き文句”に聞こえなくもない……という事に、そういう事に疎いルークも気が付いた。

「そ、そういう意味じゃねぇ!」

 慌てて首をふるルーク。

 しかし、そんなルークを他所に、ティアは険しい顔で医師を質問攻めにしていて気にも留めていない。なんとなく、それはそれで悲しい気持ちになってしまうルークだった。

 そして、ルークが医師の診察を受けていると、気になっていた護衛の兵士達の消息が知れた。内3人が戦死し、残り9人は全員が負傷し、ここカイツールで治療を受けているとの事だった。

 ルークは、死んでしまった兵士達の顔と名前も、怪我をしたという兵士たちの事も思い出せない。
 ルークは「ちゃんと自己紹介もしなかったし……」などと言い訳してみたが、自己嫌悪を消す事が出来なかった。

 イオンの話によると、当然彼らはルークを誘拐された責任を問われたそうだが、処遇はまだ決まっていないとの事だった。

「でも、彼らがルーク救出を先頭に立って尽力してくれたのは、伯爵もちゃんと理解してくれましたよ」

 というイオンの微笑に、ひとまず殺される事はなさそうだと胸を撫で下ろした。

 ……したのだが、今すぐ自分自身で掛け合わなければならない気がして出て行こうとするルーク。しかし、ティアから

「お願いだから、今日は休んで……」

 と、珍しいやや強い口調で懇願されてしまった。
 こうまで言われたら、逆らえない。

 だが、ちゃんと自分の事を尊重されているようで嫌な気はしなかった。


 修理の間、各々自由行動になったわけだが、ティアは負傷者の治療の手伝い、イオンとアニスそしてジェイドは、軍港襲撃の件の書類作成の協力、ガイは船の修理の手伝い、コゲンタは武器の手入れなど結構忙しかった。

 夕方になって、ルークが泊まる士官用寝室へ、アルマンダイン伯爵がルークに挨拶に来た。彼の方はルークを知っていたようだが、当然こちらは憶えていなかった。

「ルーク様は、お小さかったですからな。仕方ありません」

 伯爵は何も気にしていないように頷き、優しく微笑む。
 ルークは彼の微笑みに罪悪感を覚え、記憶障害の事を説明したい気もしたが、今は億劫だった……

 ルークは軍服に身を包んだ伯爵を見て、父を思い出した。城へ登る時に似た服を着ていたのを憶えている。

 顔を会わせれば小言を言われてばかりだったし、ろくな会話もしない日もあったが……
 もう何年も会っていないような錯覚を覚えて、今は妙に会いたい気持ちになるから不思議だ。

 と……

 しばし、ルークの顔を見つめる伯爵。

「当然ですが、お疲れのようですね。私はこれで失礼します。むさ苦しい所ですが、今日はごゆっくりお休みください」

 伯爵は気遣わしげに言うと退室していった。どうやら気持ちが顔に出ていたのだろう。


 そして、日は暮れていった。



 翌日、ようやく船は直り、その翌日には、航路の障害となっていた航行不能の船をどかす事が出来た。

 一行は準備を整え、船の前に集まった。アルマンダイン伯爵と幾人かの軍港の士官が見送りに来ている。

「アルマンダイン伯爵。本当に、お世話になりました」

 イオンが代表して、礼を述べた。非常時という事もあり、挨拶も簡単だった。

「お気をつけて」

 伯爵も敬礼のみに留めている。

 こうして、一行は次々と船に乗り込んで行く。最後にコゲンタが乗り込んだ時だった。

「あっ、あそこ見てくださいっ!」

 アニスが船から少し離れた埠頭を指さした。そこには、1,2,3、……9人の男たちが並んでいた。

 身なりは整えているが、腕に添え木を当てた者や松葉杖を突いた者、顔を包帯でぐるぐる巻きにしている者もいる。

「皆様のご武運と和平成立を祈り、敬礼!」

 包帯男が、ここまで聞こえる声で号令をかけた。あれが部隊を率いていた軍曹だったのだ。

 全員が一斉に一行に敬礼した。

 ティア、ジェイド、アニス、ガイが敬礼し、イオンは胸に手を置いて頭を垂れ、コゲンタは右拳を大きく上げて答えた。

 ルークは船の縁に飛びつくと、腕を大きく振り叫んだ。

「早く良くなれよぉ! そしたら俺と剣で勝負だぁっ!!」

 ルーク自身ももっと他にあるだろうと思ったが、口から出たのはそれだった。

 そして、連絡船キャツベルトは、経由地であるケセドニアへと出発した。



 カイツールを出発して半日が過ぎた頃、連絡船 キャツベルトの船室で、ルークはいつもの頭痛に襲われ、苦しんでいた。
 最近、あまりにも目まぐるしく忘れていたためか、いつもより痛みが激しく感じる。

「くっ……そっ! またかよっ……!」

 備え付けのベッドから起き上がろうとした時だった。

『目覚めよ……、わが声に……』

 またあの声だ。これで、慣れないベットで寝違えただけ……というわけでは絶対にないらしい事ははっきりした。

 その瞬間、より激しい頭痛に、またベットに突っ伏した。頭をシーツに押し付け、痛みをやり過ごす。

 部屋の時計を見ると、夜中といってよい時間だった。

 しばらくして、ようやく痛みが引いたルークは、外の風に当たろうと船室を出た。船内の狭い通路を抜け、重い鉄扉を開け、月明りが降り注ぐ船尾デッキへとやってきた。船内より明るく感じた。ここまで来ただけで疲れた気分になっているのにルークは情けない気分だった。

 ルークはデッキの手すりに控えめに寄りかかる女性の姿を見つけた。彼女は海の向こうを見つめている。
 丁寧に編まれた夜の闇の内でも輝く様な胡桃色の長い髪に、簡素な白いローブ、ティアに違いない。

 ルークは何故か、他の誰かと彼女を見間違えたりする事はない奇妙な自信があった。我ながら「キモイ……」自信だとも思ったが……。

「ょっ……よぉ、ティア」

 自分へのキモさをなんとか脇へ置いて、ティアに声をかけるルーク。先ほどの発作で気が弱っているのか、今どんな他愛もない事でも彼女と話をしたかった。

 胡桃色の髪をゆらし振り向くティアは、思った通り優しく微笑んでくれる。

「こんな所でどうしたんだ? もしかして、気分ワリいのか!?」

「いいえ、わたしはちょっと考え事を……。ルークの方こそ、なんだか少し顔色が悪いわ。音素異常の影響? それとも、いつもの発作があったの……?」

 ティアはルークの額に気遣わしげに手を伸ばしてルークに歩み寄ったが、ルークはそれを少し飛び退き、

「いや、違うよ! えーと……これは、ほら世に言う“フナヨイ”って奴さっ。ほら、オレってデカい船初めてだからさっ! ハハハ……」

 と制した。

 何故か、彼女の優しさを“つっかえして”しまった事に「しまったっ!」と思ったのも後の祭りである。

「オレの事よか……ほら、考え事って? やっぱ、和平の事か?」

 ルークは、取り繕うように明るい笑顔で問い返す。引きつった笑顔になってしまったが……

「そうね。それも気がかりだわ。やっぱり……」

 煮え切らない彼女の言い方にルークは首を捻る。

 彼女は海原に視線を戻す。そして、しばしの沈黙……

 これは当然、本当に海を見ているわけでは無い事は流石のルークにもわかる。
 ティアは、何か大切な事を伝えようと、慎重に言葉を選んでくれているのだ。

 何も考えず思った事を口にして、エンゲーブの一件のように余計なイザコザを起こしてしまう自分も「見習わねぇとなぁ……」と思うルーク。
 しかし同時に、どこか他人行儀な感じがして寂しさを覚えてしまう。

 もっとも、彼女とルークは正真正銘の赤の他人なのだが……

 などと、ルークが一人で勝手に落ち込んでいると、ティアはひとつ小さく頷くと

「ルークの冒険も、もうすぐ終わりね。辛い事や危ない事ばかりで、嫌いに……怖くなっちゃった? 外の世界の事」

 船に縁に添えた手に目を落としながら、彼女はルークに静かに語り始めた。

 しかし、今までの話と関係ない話だったため、またしてもルークは首を捻るはめになったが……

「う、うぅん……。怖えぇって思ったのは確かだけど、キライにはなってねえよ。楽しいコトや面白れぇコトだってあったしな!」

 からかわれているわけではないのは流石に分かるので、正直に答えるルーク。

「剣術と同じだよ。一つのコトばかり気にしてたら、全体がダメになるって話したろ? 師匠に教えてもらったからオレは平気だ。イヤなコトばかり気にしてビビるなんて損だろ? オレは良いコトの方を気にする。そうしたいんだ。今は……」

 最後に「なんてな!」を付け足して、気恥じずかしさを紛らわせるルーク。先ほどまでの「弱気」も気にしない事にしよう。

 ティアは少し考える顔をしたが

「……そうね」

 と柔らかく微笑み、頷く。

「ちゃんと『今』を大切にいなくちゃ駄目よね……。いくら大切な過去でも、いくら不安だらけの未来でも。いま楽しい事や笑った事は消せないもの。だって、それは『今』とは違う時間なんだものね」

 ティアは、目を閉じて言葉を、あるいは感情を噛み締めるように言った。

「ルークはすごいわ。色んな物事の真理……本当に大切な事を教えてもらってばかりね」

「そ、そうかぁ。思い付いたコト、なんも考えずにテキトーに言ってるだけだぜ。ははは」

 ティアの誉め言葉に、居心地が悪くなったルークはおどけて誤魔化した。

 ティアの真面目さには好感を持てるのだが、真面目すぎて冗談や誤魔化しを素直に受け取りすぎる。流石のルークもこの世の中で通用するのかと心配だった。

「だから、すごいのよ。その答えを自然に導き出せるんだから。しようと思ってできる事じゃないわ」

 これだ。大袈裟すぎる。

「誉め過ぎだって。すぐ調子に乗るんだぜ、オレ」

 ルークは髪を掻いて、わざとらしく顔をしかめて見せた。

 ティアはルークの言葉に答える代わりに微笑むと、静かに瞳を閉じた。

 ルークは、今までの思い出を振り返っているのだろうか。何か祈りを捧げているようにも見えて、声をかけなかった。ティアは少しの間そうしていた。

「ルーク……、あなたと旅ができて本当に良かったわ。確かに大変だったけど、確かに……大切な時間だったわ。ありがとう……」

「お、おぅ。……って、それじゃあお別れのアイサツみてーじゃん。ティアは師匠の代わりなんだから、これからも……」

 ルークは思いもしない感謝の言葉に戸惑う。そして、彼はその言葉に胸騒ぎを覚えてその胸騒ぎを打ち消そうと早口でまくし立てたが、ある事に思い至り、だんだん尻つぼみとなって……、

「ん? いや、まてよ。イオンも見つかったんだし、戦争を止めさせたら、師匠はいつも通り屋敷に来て、修行もつけてくれるんだよな。やっぱりバチカルに帰ったら、もうティアと会えなくなるのか?」

と呟いた。自分でも辛気臭い声になっていると分かった。

 ティアとの別れ……。当然、いつかは別れる時がくるのは分かっていた。だが、勝手にもっともっと先の話だと思っていた。

 ティアは(今回の件で責任を感じて、辞める気でいるようだが……)ダアトの騎士で、ルークは公爵子息だ。(今は何もしていないし、今後、なにが出来るか分からないが、いずれは従姉のように国中を飛び回るようになるのだろうか?)

 それぞれの場所で、それぞれの役目がある。当り前だがずっと一緒にはいられない。本来なら、出会う事もなかったかもしれないのだ。

「いや、待てよ!」

 師から『一本』を取るほどの気迫で思考を高速回転させたルークにひとつの『名案』が閃き、叫んだ。

「譜術だ! オレには譜歌は似合わねぇから、ティアに譜術の基本を教えてもらえるように、父上に頼んでみよう! そんで師匠には、さらにスゲー譜術を習うと……。カンペキだろ!!」

「そうできたら良いな。きっと楽しいもの。ルークとなら……」

「お、おう。……だろ? アハハハ」

「ごめんなさい……先に部屋に戻らせてもらうわね。波ばかり見てたからかしら? わたしも船酔いしちゃったみたい」

「あ、ああ、うん。それがイイよ。うんうん」

 ルークは、気の利いた台詞が一つも浮かんでこない自分の頭脳に怒りを覚えながらも、ティアを心配して、彼女を見送った。

 しばらく、ティアの真似をするように手すりを身体に預けて波を眺めるルーク。

 その時だった。彼を激しい頭痛が再び襲った。思わずその場に膝を突く。身体に力が入らない。

 しかし、ルークの身体が意思に反して緩慢に動き出した。一体どうした事か?

(身体……が……勝手に!?)

 まるで操り人形になった気分だ。自分の身体が訳の分からない状態にルークは焦り、恐怖した。助けを呼ぼうと声を上げようとしたが、呻く事すらできない。

 そして、ルークの身体は彼の意思に反して、あたかも空を撃とうとでもするように両手を高く掲げる。

 その時である。ルークの内側から『力』湧き上がるのを感じた。剣術の『技』を繰り出す時の感覚に似ている。しかし、『密度』は桁違い、いや、格が違う。

 その『力』が、身体の中を荒れ狂うのを感じながら、子供のように恐怖する事しかできないルーク。

『我と同じ力、見せよ……!』

 またしても幻聴……いや、これは幻聴ではない。何者かが自分の精神に直接語り掛けているとルークは感じた。そして、その何者かが自分を操っているのだ。

 確信は持てない……。しかし、今はそうとしか考えられなかった。

 ルークは出せない声で必死に助けを求める。

(い、イヤだ! た、たすけ……っ! ティア! 師匠!)

 ルークは混乱する思考で思い浮かべたのは、両親でも、親友でもなく、出会って間もない少女と週に一度しか会えない剣の師だった。

「ルーク!」

 その時、待ち望んだ頼もしい声がルークの耳に届いた。

 そして、冷汗で凍えた両肩に力強い暖かさを感じるルーク。

 この暖かさはよく知っている、剣の師 ヴァン・グランツの大きな手に違いなかった。

「ルーク、落ち着け! 落ち着いて深呼吸をしろ。落ち着いて……深呼吸だ……」

 ヴァンはルークの耳元で優しく語り掛けながら、背中から抱きすくめるように彼の肩から手首へと掌を移す。
 先程までの不安が薄れていくのと同時に、ルークは体の感覚と自由が戻っていくのを感じる。ヴァンが「そばにいてくれる……」そう思うだけで安心する。

「そうだ、そのまま、ゆっくりと意識を両手の先へ……。私の声に耳を傾けろ。力を抜いて……。そのまま……そのまま……」

 ヴァンの導きに従い全神経を両手の先に集中させつつ力を抜くルーク。


 そして、ヴァンがまたしても何事かをルークの耳元で囁く。


 その瞬間、まるで眠りに落ちる感覚と共にルークは膝から崩れ落ちた。
 しかし、寸手の所でルークの身体をヴァンが支えてくれ痛い思いをせずに済んだ。

「ルーク、大丈夫か?」

「師匠……オレ、一体……?」

「おそらく、超振動が発動したのだろう。だが心配ない、今度はちゃんと抑える事が出来た」

 力無く座り込むルークの肩を、優しくさする様に抱きヴァンは微笑む。

 師の力強い存在感に、少しだけ平静を取り戻したルーク。そして、師の話の中の聞き覚えのある単語に気が付いた。

「ちょう……? あ、超振動! たしか屋敷からタタル渓谷に飛ばされたのは、それのせいだって、ティアが……」

「そうだ。だが、あの時は不安定な物だったが……だから、あの程度で済んだのだが……」

 ヴァンの硬い表情と声に、改めて自分とティアが“幸運であった”という事を思い知らされルークは息を呑む。
 そして、その言葉が切っ掛けとなって次々とティアがしてくれた説明を思い出す。

「師匠、オレどうなっちまうんだ?! あれ?、でも、超振動って、第七音素術士が二人で起こすモンだって……」

「ふむ、ティアから聞いたのか? その通りだ。ある“例外”を除いてはだが……」

 頷きつつ続けるヴァン。
 含みの有る師の言い回しに焦れ、ルークは先を促す。

「例外? それっていうのは、つまり……」

「そうだ、ルーク。お前が、その“例外”なのだ。お前は、この世界でただ一人、超振動を単独で発動させる事のできる特別な存在なのだ。これを『完全同位体』という。ルーク、お前は我々が奉る神……『ローレライ』と同じ固有振動数を持つ者。言うなれば、“神に選ばれし者”なのだ」

「……神? ローレ……? えっ、オレが……ですかっ?」

 突拍子もない師の言葉に、少しの間ルークはぽかんと口を開けていた事に気が付き、慌てて聞き返す。

「ルーク。お前はマルクトに誘拐されたとはいえ、7年もの間、軟禁されていた事に疑問を感じた事はないか?」

 ヴァンは海に目を向けながら、ルークの質問とも言えない質問に質問で返した。

「それは、父上、母上が心配して……」

 ルークは今まで漠然とそう思っていた事を素直に答える。

 弟子の答えに、瞑目し首を横に振りつつ続けるヴァン。

「無論。シュザンヌ様はそうであろう。しかし、クリムゾン侯爵とインゴベルト陛下は、それだけではない。この世界で唯一、単独で『超振動』を起こせるお前を王国で独占……そう、飼い殺しにするためだ」

「飼いごろっ……?!」

 不愉快な言葉に瞠目し言葉を失うルークを、真っ直ぐに見据えヴァンは更に続けた。

「『超振動』自体は確かに特殊な力だが、あくまでも第七音素譜術だ。ルークなら訓練さえすれば、自在に扱う事ができる。完全な『超振動』相手では、私など足元にも及ばないだろう」

「そんな事あるわけ……」

 自分がヴァンに勝つ事など全く想像もつかないし、よく分からない不穏な言葉の数々の不快感に打ち消すついでに、苦笑し師の言葉を否定しようとするルーク。

 しかし、その言葉は師の真剣な眼差しと軽く掲げられた右手に制されてしまう。

 そして、師は言葉を続ける。

「ともかく、それは大変な事だ。戦争ともなれば、お前一人がいるだけで有利になる。だから、マルクトもお前を欲した。公爵様やインゴベルト陛下もその事を十分理解している。だから警備……いや、“保管”も厳重になる」

 師があえて言い直した物を扱うような言葉に、ルークの不快感が倍増され口調を荒げた。

「そんなっ! じゃ……じゃあ、オレは兵器として閉じ込められて!? まさか、一生このまま!?」

「ナタリア様と婚約しているのだから、軟禁場所がが城に変わるだけだろう。体よく未来の国王としてな」

「そんなのゴメンだ! 確かに外は面倒が多いけど、ずっと家に閉じ込められて、戦争になったら、働けなんてっ……!」

 またしても不快感を倍増させる師の言い回しに、ルークの口調が無意識に更に強く荒くなる。

「そうだろう、そうだろうとも。だから、私がそんな事はさせない。全力で……絶対にだ……!」

 ヴァンがルークの肩に手を置いた。無意識にすがり付きたくなる大きな手だった。

「ルーク。まずは戦争を回避するのだ。そしてその功を内外に知らしめる。そうすれば平和を守った英雄として、お前の地位は確立される。少なくとも、理不尽な軟禁からは解放されよう」

 ヴァンは力強く笑ってみせた。

「……そうかな。師匠、本当にそうなるかな」

 ルークは、不安を口にする。それを見たヴァンは、

「大丈夫だ。自信を持て。おまえは選ばれたのだ。超振動という力がおまえを英雄にしてくれる」

 と、またルークの肩に置いて、ポンとその肩を叩いた。

「英雄……。オレが英雄……」

 ルークはうわ言のように、少しの間その言葉を繰り返した。

 ヴァンがまた何か言おうと口を開きかけた、その時だった。

「ルークっ! お兄様っ!」

 二人の背後で女性の鋭い声がした。よく知った声、ティアの声だ。

 ティアが慌てた様子で走って来る。また心配をかけてしまったらしい……

「ティア……」

 けれども、何故だか嬉しくなり破顔するルーク。

「ルーク大丈夫なの!? いったい何があったの!? とても強い第七音素の動きを感じたわ!」

「いや、オレにもよく分かんねぇんだけど……」

 彼女の珍しい興奮し切迫した声に戸惑う事しかできないルーク。
 よほど全力で走って来てくれたのだろう……肩で息をして、顔が薄闇でも分かるほどに紅潮してしまっている。

「大丈夫……? だと思う……。いや、たぶん大丈夫!」

 ルークは曖昧で無責任な回答に、我ながら呆れる。
 しかし、そもそも譜術関連の説明を、譜術士であるティアに自分が、「できるわけがねえ」とも考え、さらに情けなくなった。

「落ち着きなさい、ティア。それは私から説明しよう。ルークは知らないのだ。自分の“才能”について何も聞かされていないのだからな」

 ヴァンの言葉に、ティアは首を傾げ。

「ルークの才能ですか? 確かにルークには第七譜術の素養はあります。でも、今のはとても一人の術士が出せる力ではありませんでした」

 ヴァンの言葉に、首を傾げるティア。彼の持って回った言い方が気に入らなかったのか、やや噛みつくような強い口調だ。

 心配してくれるのは本当にありがたいが、普段の彼女には考えられない言い方に驚かされるルーク。
 二人が喧嘩を始めいないかとハラハラししながら、柄にもなく神に祈ってしまう。

「だから落ち着きなさい。私が説明したいのはそこだ。しかし、お前は昔から変わらないな。普段は心配になるくらいおとなしいのに、自分以外の心配事となると、これだ」

「えっ……?」

 ヴァンは懐かしむように妹の怒る顔を見つめ顎を撫でる。

 突然変えられた話題に、ティアは顔に戸惑いの色を浮かべて、怒りの色を消えた。

 果たしてルークの祈りを叶えたのは、師であるヴァン・グランツだった。やはり頼りになるのは師匠だ。

「そんな事はないかと……」

「そんな事はあるさ。小さな頃からな」

 ヴァンは微笑んでいた顔を一瞬で硬くして、続ける。 

「カンタビレの下に置いて、少しは矯正されたかと思えば……。戦いの場に身を置く以上、為にはならんぞ。ある程度は割り切れるようになりなさい」

 騎士の先輩としてのどこか冷酷な忠告だった。ルークには自分がよく知る師の顔とは違って見える。しかし、これも師……神託の盾騎士団 主席総長 ヴァン・グランツの顔の一つなのだ。

 ルークはその顔に師への憧れを強くさせた。

「と言ってもだ。治癒術士としては、重要な要素ではある。それに何より、兄としては妹の優しさを喜ぶべきなのだろうな」

 と、優しく微笑むヴァン。そして、ゆっくり首を振る。

「いかん、話が逸れてしまったな……。今はルークの話だ。良い機会だ。ティアにも同じ第七音素譜術士として、何よりルークの友人として、ルークの特別な力について知っておいてもらおう」

 そして、ヴァンはルークの『超振動』について、ルークの誘拐そして記憶喪失、それを原因とする軟禁について説明した。
 ティアはルークの記憶喪失については知っていた様だが、その原因までは知らなかったらしい。

「超振動を一人で……!? そのために誘拐されて、それで記憶障害になって、ずっとお屋敷に閉じ込められていたなんて……。そんなのひど過ぎる……」

 ティアは口元を押えて呻くように呟く。

「全くだ。お前の言う通りだ」

 ヴァンは眉間にしわを作り頷くが

「しかし、逆にキムラスカにさえ到着すれば、安全は保障されるという事でもある。ルークはキムラスカにとって、もっとも大切な存在だと言う事なのだからな。形の上だけとはいえ、次の国王が、強力な譜術士なのだからな。これ以上ない切り札だろう? 」

 と、冷静な表情で続けた。

 ヴァンの念押しに、ティアの顔から表情が消える。それは戸惑いを残しながらも、戦いを前にした騎士の顔だ。

 二人が難しい話をしている横でルークは、いつだったかガイが言った「女性は感情を優先させる生き物だ。良くも悪くも……」という言葉を思い出していた。あのティアがあそこまで怒るほど自分が置かれている状況は悪い物だったのだろうか?(自分の事をちゃんと尊重してくれているようで、うれしいと言えばうれしいが)

 物心ついた時から、それがルークにとっての日常であったため、よく分からなかった。退屈で窮屈であったのは確かだが……。

 ルークがそんな事を考えている時、ティアは形の良い眉を下げて、

「それはそうですけど……」

 理屈は分かるが納得できないという表情だ。

「しかし、私に考えがある。可愛い弟子をみすみす苦難にさらす気はない。だから、ティアも、ルークも安心しなさい。」

 ヴァンは力強く微笑んだ。

「はい、師匠っ!」

「は、はい……」

 師の頼もしい言葉が嬉しくて元気よく返事をするルーク。そして、そんなルークとは対照的に、ティアはどこか不安を隠しきれないようだ。

「明朝には、ケセドニアに着くだろう。二人とも、もう休みなさい」

 ヴァンは促すように、ティアの肩に手を置いた。彼女の不安げな表情を見ると、

「……元気を出せ、ティア。お前が暗い顔をしていたら、ルークも不安になる」
 
 神託の盾でも、ルークの師でもない、ティアの兄の顔になって言った。

 それを見ていたルークには、兄弟という物が羨まし感じた。

 こうして、船は中継地であるケセドニアへと向かっていった。



 更新が遅くなり申し訳ありませんでした。

 それにしても、移動➡会話➡場面転換➡移動➡会話➡場面転換という流ればかり続いてしまいました。反省しなくてはいけませんね。

 さて、今回は原作において、ティアの「記憶障害を軽く考えていた……」に当たる場面でしたが、登場人物というより脚本家が、「私はダレ? ここはドコ?」とか「同じ衝撃を与えれば(同じ経験をすれば)何もかも思い出す」というような漫画やドラマだけの記憶喪失の知識しか無いのではないかと頭を抱えた場面でした。(笑)

 記憶喪失という物は、簡単に言うと、

 ショックな出来事から精神を守るための脳の防御反応としての記憶喪失(心因性またはストレス性)

 そして、

 怪我や病気ににより脳機能が損傷してなる記憶喪失(外因性)

 の二つに分けられます。言うまでもなく、この二つは全くの別物です。

 前者は、記憶を簡単に見られないように鍵かけた箱にしまうような事で、後者は、記憶を物理的に壊して元の形が分からなくなってしまう事とでもいえば良いのでしょうか?

 鈍器(メイス、戦斧、大剣)が武器の主力一角を占めている世界観の医療関係者(治癒術士)が、それでは違和感があります。(頭部を負傷する者も多いはず)

 というわけでこういう形になりました。拙作のティアはこの知識を持っているので、ルークの子供っぽい言動に腹を立てないというわけです。

 記憶喪失についてお詳しい方がいれば、今後に活かせることもあると思いますのでご意見を頂ければ幸いです。

 追記・・・超振動が起きたのに、第七音素術士のティアが気が付かないというのもおかしいので、こういう形になりました。そして、目撃者がいないというのは不自然なので、時間設定を夜中にしました。それでも、見張り員くらい、いてもおかしくないのですが……。 


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閑話 牢の中の眠り姫

 更新が遅くなり、申し訳ありません。今回は恒例の「お茶濁し」です。



 時間は、ルークの超振動発生以前に遡る。

 そこは、連絡船 キャッツベルトの幾つかある船倉の一つ。

 戦闘用であるタルタロスや、カイツール軍港に停泊していた艦船に比べれば小型で天井は高くは無いが広さは中々の物だった。

 その船倉の一角に、音素の光の格子で形作られた対譜術用の牢が置かれ臨時の留置場となっていた。

 そして牢の四方には、希少金属に細密な譜陣と聖句を刻み込む事によって譜術耐性を高めた甲冑と、トランペットの様にも見える高速戦闘用の小型の譜業とで身を堅めた四人のキムラスカ軍の騎士が、不動の姿勢で陣取っている。

 その牢の中央に置かれた寝台には一人の少女が、静かに寝息をたてている。僅かな照明と光の格子に照らされ、少女の豊かな桃色の髪と白い肌の美しさが、薄闇の中では一層際立っていた。

 その姿だけなら、童話の中から飛び出してきたかのような少女だが……、彼女の名はアリエッタ。

 無数の魔物を操り、キムラスカ王国のカイツール軍港を血と炎で赤く染めた『妖獣のアリエッタ』である。(彼女の言葉を信ずるならば、それを計画し彼女を差し向けたのは『鮮血のアッシュ』らしいが……)

 そんな国際犯罪の重要参考人という肩書があまりにも似つかわしくない少女を拘束する船倉に、また似つかわしくない人物が現れた。

 メシュティアリカ・グランツ……ティアであった。

 マクガヴァン中将夫人から贈られた上質なローブは未だ輝くように白く、薄暗い船倉では余計に目く。

「貴女は確か……、何か御用かな?」

「導師イオンに命じられて参りました。導師は私に、彼女……かつて、導師守護役であった六神将アリエッタの診察をお命じになりました。お願い致します」

 重装備であるのにも関わらず足音一つ立てずに歩み寄る隊長格らしき騎士に、ティアは深々と頭を下つつ彼女は頭を下げたまま自分の任務……
 いや、ティア自身はもう神託の盾の騎士ではないつもりなのでイオンからの個人的な頼み事だと理解している事を告げる。

「診察?……でしたら、すでに我々の軍医が済ましておりますが?」

「あ、いえ……導師イオンもこちらの軍医殿を疑っておられるわけではありませんし、わたしも自分の治癒術が特別優れているとも思ってはいません。ただ導師は……」

 兜で表情は見えないが騎士のいぶかしむような音を含んだ声に気が付いたティアは少し慌てて言い添える。

 彼女の言葉に、騎士は少しの間、黙考した後一つ頷くと、

「……分かりました。しかし、私も立ち会わせて頂きます」

 ティアを真っ直ぐに見て言った。任務への使命感を感じさせる眼差しだ。

「……でも、その、アリエッタ様は見た目は幼いとはいえ、女性ですので……」

「……失礼。では、牢へは本当に貴女だけでよろしいのですか? 我々はこのまま……いえ、後ろを向いておいた方が良いでしょうな? しかし、もしもの場合は……」

 ティアの遠慮がちな“忠告”に、一瞬の狼狽の色を声に見せる騎士。
 さすがに自分の浅慮に気が付いたようだ。ほとんど“ひっかけ”の様な言葉に、ティアは胸はで申し訳ない気持ちで一杯だ。

 そして、気を取り直すように咳ばらいをすると、ティアを気遣うような言葉を続ける。

 この騎士の言葉に、いくつかの別の意味が含まれている事に、ティアは気が付いていた。

 まず一つは、本当にティアの身を案じる意味。これは猛獣の檻に、女性を一人で入れるのと同じ事なのだから、ひとかどの騎士ならば当然かもしれない。

 二つ目は、もしアリエッタが暴れ出した場合、ティアは助ける事はできないし、必要ならば『巻き添え』にしても、対処するという意味。与えられた装備、課せられた任務からも解る通り、彼らとて『精鋭』と呼ばれても何ら可笑しくはないほどの騎士たちであろう。
 しかし、ダアトの《六神将》の前では、名実ともに霞んでしまう。本来なら他人の心配などしている暇などないはずだ。

 三つ目は、アリエッタを逃がすような行為をしようものなら、相応の対処は覚悟しろという警告だ。あまり気分は良くないが疑われて当然の状況だ。ティアも同じ立場なら、同じように考える。

「はい、それで構いません。お心遣い感謝いたします」

 しかし、ティアはあえて二つ目と三つ目の意味には気付かないふりをして、柔らかな微笑みで騎士へ深々と頭を下げた。
 嘘が苦手なティアだが複数の意味が含まれていたとしても、彼の気遣い自体は本物だと解るため自然な笑顔を作る事が出来た。

「……いえ、御気を付けて」

 わずかに困惑を隠しきれない騎士を残し、ティアは光の格子をくぐり、音も無くゆっくりとアリエッタの下に歩み寄る。

 彼女は寝台の横でしゃがむと、少女にかけられたシーツを丁寧にはがし、診察を始めた。

 黒い法衣の前を開くと少女の細い身体のみぞおち辺りに丸く赤いアザ以外は傷一つない。おそらくヴァンが取り押さえる際に当て身でつけた痕だろう。

 ティアはその傷痕を見て、安心した……というと語弊があるが、傷がこれだけという事はキムラスカの兵士に不当な“報復”などは受けていないという証拠だ。

 アリエッタの傷跡を一撫でで消しつつ、あれだけの被害を受けても、理性的な対応をしてくれたカイツール軍港の兵士たちに、ティアは彼女の友人として感謝の念を強くするほかない。しかし、それと同時にある感情が自分の内に渦巻くのを感じる。

 それは今回の軍港襲撃とルーク拉致の首謀者、であるらしい『鮮血のアッシュ』の事だった。

 タルタロスで遭遇するまで、ティアには直接の面識はなかった。ダアトで節目節目に行われる閲兵式で見かけた程度を除けばだが(どの時も兜や鎖頭巾で顔を隠していて、顔は分からなかった)

 特務師団は表向きの任務以外に、神託の盾騎士団でも表沙汰にはできない『特殊任務』も担うという性質上、師団長の彼を含むほとんどの団員の本名、顔は公表されていない。

 彼らが名乗るとすれば、タルタロスでの戦闘のように“必ず殺す”相手への手向けくらいの物だろう。

 ティアは、上司カンタビレが上級士官の会議で『鮮血のアッシュ』に対面した時に聞いた印象を思い出してみる。

『まったく、相変わらずいけ好かない目付きのガキだね。他人を見下すような事ばかり言いやがって! いつか、ぜってー“ヤキ”入れてやる』

 と、かなり悪かった。今ならなんとなく理解できる気がしてしまうが……

 噂によれば、彼は10歳になるかならないかで特務師団に入り、魔物や野盗の討伐で頭角を現し、わずか14歳の若さで師団長に上り詰めた人物だ。

 治癒術が少し得意というだけの世間知らずの自分には分からない葛藤や軋轢があったのだろうとは、容易に想像できる。
 しかし、それでもアリエッタの思いや軍港の人たちの命を踏みにじる行為を、許す気にはなれなかった。

 ティアはそこで思考を中断した。今はアリエッタの診察に集中するべきだ。彼女は気を取り直すように、小さくため息をつくと、体内の音素を調べるための聖句を唱え始めた。

 限られた時間ではあったが、できる限りの診察を終えたティアは、手早くアリエッタの衣服を整え、元通りにシーツをかけた。

「終わりました。お手数をお掛けしました」

「いえ、ご苦労様でした……」

 騎士の敬礼に、習慣で返礼してしまったティアだったが、無事に診察を終えて船倉を後にした。
 
  彼女はアリエッタの容態をイオンに分かり易く説明するための、思考を巡らしながら甲板へと出るための廊下を急ぐ。
 
 と、甲板に続く階段の端に見知った人影を見つけた。あの中背痩身、二等辺三角形が幾つか集まったような衣服の輪郭は……

「イシヤマさん?」

 奇妙なめぐり合わせで、この過酷な旅に傭兵として(正確には巻き込まれて?)同行してくれ、もう数度、死線を一緒に潜り抜けてくれた剣士、イシヤマ・コゲンタだった。

「いやぁ、ティア殿。診察は終わったかの?」

「はい、今しがた。……あの、わたしに何か?」

 何故かバツが悪そうに、軍港で刈り揃えたごま塩頭を掻きつつ、笑いかけるコゲンタ。バツが悪いというのは分かったが、口調や雰囲気からは緊急性は感じられず、ティアは首を傾げるばかりだ。

「あぁ、いやな。心配になっての。」

「ありがとうございます」

「いやいや! あっ、いや。ティア殿の事ももちろん心配ではあったのだがのぅ。気になったのは、あの……娘、《妖獣のアリエッタ》の事なのだ」

 コゲンタの口から吐き出されたのは、意外といえば意外な言葉だった。

 無論ティアは、この老剣士が敵とはいえ、幼い少女の安否を一顧だにしないような人物ではないのは十分わかっている。ただ、コゲンタとアリエッタの間に接点らしい接点を、ティアには思い付かなかった。
 だから、彼がわざわざ通路で待ちかまえてまで、アリエッタの安否を尋ねてくるのが不思議だったのだ。

 しかし、イオンに伝えなくてはいけない事ではあるし、特に隠す事柄でもない。

「アリエッタ様なら心配ありません。今は麻酔で眠っていますが、それも適正量で問題ありません」

 と、イオンへために考えた簡潔に説明する。

「そうか、ふぅむ……」

 コゲンタは、その説明に明らかに物足りないといった顔をした。

「あの、イシヤマさん……」

 簡潔にし過ぎて、怒らせてしまったのかとティアは、少し慌てて言い足そうと口を開きかけるが……

「あははは、すまぬすまぬ。こんな爺が孫でもおかしくない娘の事をそわそわと尋ねるのは、ちと怪しいの」

 コゲンタはティアの様子を察したらしく、手を掲げて制した。表情はもういつもの笑顔に戻っていた。

「……いえ、そんな事は思っていません」

 ティアは、顔を紅潮させて言った。妙な誤解をしたと思われたのが恥ずかしかった。

「聞けば、あの娘……ホドの生き残りらしいの。それゆえ気になった」

 以前コゲンタが、何気なく自分がホドに住んでいたと話していた事を、ティアは今の今までその事を忘れていた。そこまで余裕をなくしていたのかと、自分が恥ずかしく感じる。

「ホドではティア殿のような髪と瞳の色をした者と、アリエッタのような髪と瞳の色をした者が多かった。話していなかったが、わしの妻もあの娘と同じ色の髪と瞳だった。……因むに前者は貴族に多かったのう」

 コゲンタは、そんなティアに気付かず(知らぬふりをしたのか?)、言葉を続けた。

 そして一瞬、有り得たかもしれない現在を見るような目をして(あるいは、過去の妻との日々を見たのかもしれない)、自嘲めいた笑みを浮かべ、

「わしの息子だか娘だかが、無事に生まれていたのなら、『あのような感じだったのではないか?』と考えたのだ。それで年甲斐もなく、一人でソワソワしておったというわけでの」

 彼は首を横に振り、「古い芝居ではあるまいし……」と言った。

「そうだったんですか……。安心して下さい。アリエッタ様は、ローレライと始祖ユリアに誓って大丈夫です。罪も軽くなるように、兄が働きかけてくれます。」

 ティアは無責任かもしれないと思ったが、少し力強く言った。コゲンタを安心させたかった。

「なるほど……いや、安心した。御心遣い感謝する」

 コゲンタは、自嘲をいつもの笑顔に戻し、深々と頭を下げた。

 ティアは、目の前のこの男に今まで以上に『親しみ』を覚える。彼がこんな弱みを見せるのは初めての事だったからだ。

 自分の父に抱く感情というのは、あるい「こういう物かも……」とも思う。親代わりである祖父の事はもちろん尊敬していたし、好きだったが、やはり父親とは違うと感じていた。
 だが、自分は彼の子供の代わりにはなれない。自分にそんな資格はない。それに、代わりが利く人間などこの世にいないのだから……。

 彼の寂しさに寄り添えない自分が自分で嫌になる。

 しかし、先程コゲンタが言った「……芝居……」という言葉に閃く物があった。

「イシヤマさん、実はわたし、時々お芝居の練習をしてるんです……」

 ティアは弾んだ声になるように意識して言う。

「……ティア殿が? それは知らなかった……」

 呆気に取られた顔をしてコゲンタは答える。話を急に変えてしまったからだろう。

「それでイシヤマさんにも、お手伝いをして頂きたいんです」

「芝居などもう五年は観ていないようなわしでも出来る事ならな」

 珍しく明るい声で話すティアに、コゲンタはさっぱり要領がつかめず、首を傾げる。

「私は真面目なだけが取り柄の困った娘役、イシヤマさんはそれを見守る優しいお父様役で時々一緒にお芝居をして下さい」

 ティアはわざと悪戯っぽく笑った。

 そして、船は一路ケセドニアへと針路を取り進んでいく。



 六神将は登場シーンが多いわりに描写が荒いように感じたので、描いてみました。それとも、多すぎて印象が薄くなってしまっているのでしょうか?
 悪役というのは、出番が少なくても強烈な印象を残せなくてはいけないと思うのですが……、私も頑張ります。

 何はともあれ、今回はアリエッタとアッシュの話でした。前者はコゲンタとの関係、後者はティアとの関係を描いてみました。

 実は、アリエッタはコゲンタの生き別れの娘……

 という70~80年代アニメ的設定はありませんのでご安心を(笑)。せっかく同じ街に住んでいたという設定ですので、何か関わりを持たせた方が良いだろうと思いまして。

 アッシュに関しては、私の印象が入っています。これは『ヘイト』ですね。いけませんね、反省。

 後半は、ティアとコゲンタの仲が少し深まる話でした。アビスは親と子、兄と妹、姉と弟というように家族の関係が多く描かれた物語だと思いますので、あやかって描いてみました。
 もっとも、ルーク、ティアとコゲンタの関係は、まだまだ親子と呼べるようなものではないと思いますが、まず良き『仲間』『戦友』として描いていけたらと思います。


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第43話 戦争の矛盾 日常の矛盾



 『流通拠点 ケセドニア』


 この海原からの潮の香りを含んだ風と、砂漠からの砂埃を含んだ風が、せめぎ合い混じり合う巨大な港街は、そう呼ばれていた。この街の建物には砂と同色の黄色がかった煉瓦が使われており、遠目から見ると、砂漠と同化している錯覚を覚えさせた。
 しかし、間近で見ると全く印象を変える。街には辛気くさい雰囲気は微塵もなく、流通の拠点として栄えている通り、様々な地域から様々な人や物が集まり独自の文化を築いている。ローレライ教団の威光を後ろ盾に政治的にもキムラスカ、マルクト両国から独立しており、「自警団」と呼ぶ独自の軍隊まで持つ自治都市であった。
 港もかなりの広さで、多くの船が停泊していた。ほとんどが商船のようだ。

 一行が船から降りると、最後に降りたヴァンに数人の男が歩み寄ってきた。音叉のシンボルの法衣を着ている事から察するにローレライ教団の関係者のようだが……。彼らは、イオンに向かって跪き、何の淀みもなく頭を下げる。
 その様子にまたしても驚かされるルークだったが、なんとかヘンな声を出さずヘンなポーズもせずに済んだ。だが、未だに“こういうの”には慣れる事が出来ない。

 ヴァンは彼らにいくつか会話を交わすと、一行……というよりもジェイドに向かって、

「彼らは、ダアトの監査官です」

 仲立ちをするかのように微笑む。イオンが頷き、ジェイドが微笑み返すのを認めると、監査官たちは敬礼し、数人の兵士と共に船に乗り込んで行く。対譜術用の特殊な牢に、それぞれ入れられたアリエッタと魔物達のいる船倉に向かったのだろう。

 確かにアリエッタは、軍港を襲い、ルークを攫った張本人であるうえ魔物の群を自在に操るという恐ろしい能力を持つ少女だが、(ひどい目にあわなきゃいいけど……)と素直に思う。

「ヴァン、くれぐれもアリエッタをお願いします……」

 イオンも同じような事を考えていたらしく、言葉に力を込めて念を押す。

 アリエッタが、大切な人……つまりはイオンを取り戻し、兄弟の敵を取ろうとしていただけなのはルークでも理解できる。自分の立場に置き換えれば、ヴァンやティア、両親にガイや従姉の為に戦うような物だ。恨みや怒りを全く覚えないといえば噓になるが、ルーク自身はとても頭から恨み抜く気持ちにはなれなかった。

 と……その時、師ヴァン・グランツがルークにとっては無常な事を口にした。

「私は彼らと共にアリエッタを連行します。カーティス大佐、御協力感謝いたします。それでは失礼いたします」

 と御手本のような軍隊式の最敬礼をするヴァン。

「いえいえ、こちらこそ♪ 困った時はお互い様で……」

「え? えぇーっ!? 師匠も一緒に行こうぜぇっ!!」

 返礼するジェイドと師の間に割って入り、ルークは目いっぱい喚く。先程までのアリエッタへの同情と家族への静かな想いはどこへやら、いつもの『師匠のコトは大好きだけど、ワガママなおぼっちゃま』にルークは立ち返ってしまう。

「私も後からバチカルへ行く。わがままばかり言う物ではない」

 ヴァンは静かにルークに歩み寄ると、彼の肩に手を置いて微笑む、静かだが、厳しい声音だ。

「だっ、だってさぁ……」

 ルークには、師がこの言い方をしたら結果は動かないと分かっていたが、口を尖らせて言い募る……。

「ルークの事をお願いいたします」

 だが、ヴァンはそんなルークを無視してコゲンタに頭を下げている。話は終わったという事らしい。

「うけたまわった」と、コゲンタがヴァンよりも深く頭を下げて応えるのを見ながら、ルークはいさぎよく諦めた。自分もずいぶん大人になった物だと、ため息を一つ吐きつつ、。

「船はキムラスカ側の港から出る。詳しい事はキムラスカの領事館で聞くと良い。ティアもルークの事を頼んだぞ」

 ヴァンは、もう一度ルークの肩に手を置くと念を押すと、ルークの師からティアの兄の顔になると、ティアに微笑みかけた。

「あ、はい。おにぃ……いえ、了解しました。主席総長」

 一瞬、微笑み返そうとしてしまったティアだったが、慌てて硬い表情に戻し、敬礼する。



 そして一行は、ルークの提案で観光がてら港から、多くの商店で賑わう市場を通り抜ける事になった。
 当然、ティア達は反対したが、彼女たちにとって、あろう事かイオンまで「いろいろ、見てみたいんです……」と頼んだのだ。ティアもこれには折れた。ジェイドも「やれやれ、仕方ありませんね」といつものようにずれてもいない眼鏡を直したが、笑顔に苦笑が含まれていた。コゲンタは口を挟まなかった。

 こうして、ルークとティア、イオンとアニスを逆三角形で囲むようにジェイドとガイが前を歩き、殿はコゲンタだ。

 市場は数多くの天幕が張られてところ狭しと並んでいた。エンゲーブの市場より明らかに広いようだが、かなりの人数の人でごった返しており、狭苦しく感じた。

 そんな中で、ジェイドがさながら観光ガイドように、この街の成り立ちや建物をあれやこれやと説明し、露店の食べ物の試食レポートをしているが、ルークの頭にはほとんど入ってこなかった。(そもそも頼んでなどいないし、初めから聞いてもいない……)

 何故ならば、ルークの頭には様々な感情と思考が折り重なって、解説に付いていけなかったのだ。街を観て回る事自体は楽しみにしていたはずなのに……。前にジェイドたちが歩いていなければ、とっくに人にぶつかっていただろう。

 街の大きさ、建物の密度、人の多さ、その活気、人々の笑顔に圧倒されたのも確かだったのだが……、まず一番に“不快”だったからである。頼んでもいないガイドをするジェイドが不快だったのではない。そして、ルークの頭に掴まりながら「ミュウミュウミュウ♪」と物珍しそうに騒ぎながら、時々浮き輪のように着けたソーサラーリングを頭にぶつけてくるブタザル……もとい、ミュウは確かにウザイが不快というほどではない。
 では、なにが不快なのかというと……街の平和な様子が人々の溢れる笑顔がたまらなく“不快”だったのだ。そう、まさに平和な世界を絵に描いたケセドニアの様子に、まるで不気味な怪物を目の当たりしたかのような不快感を抱いてしまったからに他ならない。

 あたかも……何も問題などないかのように、兵士達の死など意味がないかのように、あんな犠牲がなくても平和は保たれる。自分達には戦争など関係ない……とでも言っているように、ルークには感じられてならなかったからだ。当然、そんなルークの想いに気付くはずも無く、相変わらずそこかしこの露店から
 
「よっ、そこ行く剣士さん! アクゼリュス産の上物ミスリル鉱でこさえた剣だ!! 見てってくれよ! 盾に兜、手甲に鎧、防具も揃ってるよぉ!!」

「そこのマルクトのステキな将校さ~ん。そちらのお国じゃ、ちょっとお目にかかれない珍しい造りのベルケントの職人の細工した響律符ですよ~! 奥さんへのお土産にもオススメで~す」

 などと、ルーク達にも愛想の良い呼び込みの声がかかる。
 ジェイドは、それらにやはり愛想良く笑顔を返し、手を振りつつ器用にルーク達を振り返り、観光ガイドを続ける。

 ルークはその声に耐えかね、

「なぁっ、目にホコリが入っちまったみてぇだっ……。悪りぃけど早く領事館に行こうぜっ!!」

 少し大袈裟に目をこすりつつ最もらしい理由を口にして、急かす様に皆を見回した。

「おやおや、それはいけませんねぇ……。大丈夫ですか?」

「こすっちゃダメよ。眼が傷付いちゃうわっ……」

 少人数ながら、知る人ぞ知るサーカス団が来ている事を説明していたが大袈裟な口調で尋ねるジェイド。一方、ティアはコゲンタの差し出した水筒を受け取り、ぞの水をハンカチにかけ小走りでルークに追いついて、彼の顔に手を伸ばした。

「いいいっ、いやっ、イイよ! 自分で拭くよ。それよか埃っぽい所にいるの嫌だし、早く行こうぜ」

 ルークは慌ててティアの手を止めるように両腕を振って、ひったくるようにティアからハンカチを受け取る。もう何度目になるか解らないが、またしてもティアの厚意を“つっかえす”ような真似をしてしまった事に

「実は……。僕も喉がかゆい感じがするので……」

 イオンが言いにくそうに、愛想笑いを浮かべて、ルークに同調した。

「えぇっ、大丈夫ですか!? イオン様ぁ! 大佐ぁ。観光はこれくらいにして、もう領事館に行きましょう」

 アニスがあわあわとイオンに駆け寄って、水筒を渡す。

「そうですね、そうしましょう。この街で砂埃は避けられませんからねぇ。御身体の事も有るイオン様には、余計にツライかもしれません」

 ジェイドはわざとらしく、服の砂を払いつつ苦笑し頷く。

「領事館には、こっちが近道だぜ」

 と今度はガイが、爽やかに微笑みつつ先頭に立って歩き出した。


 こうして、一行はキムラスカ領事館へとやって来た。領事館はこの街の他の建物とは建築様式が違い、白い石壁に赤い屋根で造られていた。

「ウチ……屋敷に似てる」などと考えながらルークは門をくぐる。

 領事館の職員がイオンに恭しく礼をしてから、かなり広くて立派な応接室に案内された。領事はいないようだが……

「領事は、ただいま公務中でして……。恐縮ですはございますが、こちらでお待ち下さい」

 と頭を下げた。ルークは「またか……?」と少しイラついた。こういう所に来るとまず待たされる気がする。「こっちは戦争を防ごうとしてるんだぞ!?」と怒鳴りたい気分だったが、

「ありがとう。しかし、今回は突然の訪問です。領事には、お仕事に切りが着いたところで結構と伝えてください」

 と、イオンは落ち着き払っているので、必死で堪え、かなり大きな机に並べられた椅子の一つドカリと腰を下ろした。、自分はどうしたと言うのだろう? ジョーチョフアンテーという奴だろうか? とルークは心の中で頭を抱えた。

 ジェイドが、皆が落ち着いたのを見計らって、

「少しお話よろしいですか?」

 と手をパンパンと叩き、優しげな笑顔で皆を見回す。

「どうしたんですかぁ、大佐ぁ?」

 イオンの後ろ隣に椅子を持ってきて、腰を下ろしながらアニスが尋ねた。「こんどは何を言い出す気だよ?この若作り……」とでも言いたげに少し眉を寄せている。

「気が付いていらっしゃる方もいると思いますが……ズバリ!ルークの事ですよ」

「オレ?」

 横目で見るジェイドの視線に、少し狼狽えてルークは自分を指さした。不機嫌なのは確かだが……

「ややこしい話もあるんですが、ここは単刀直入に。ルーク、貴方は今まさに戦場から帰還した兵士と同じように周囲の平和な状態に不満と戸惑いを感じている。違いますか?」

 言われてみれば、その通りだった。ルークは心の内を除かれたようで気恥ずかしかった。「そんな話したくねぇ」とも思うが、「その話がしてぇ」とも思う。複雑怪奇な気分である。

「さっきから機嫌が悪いようだったが、そういう事か……?」

 ルークの背後でガイが呻いたのが聞こえた。

「例えば……、『俺の仲間が、お前らを守って死んだのにヘラヘラ楽しそうにしやがって、恩知らず共めっ!』とか、考えていたのではないでしょうか? かく言う私も、似たり寄ったりな事を考えた時期があります。嘘みたいでしょ?」

 ルークの口調を真似てみせつつ自嘲気味に微笑むジェイド。「似てねぇよ!」と言いたいルークだったが、こちらを馬鹿にする意図は無いとは解るので、黙って話の続きを待つ。

「マルコ達のために、怒ってくださっているのでしょう? 彼らの友として、遺族に代わりまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございます、ルーク」

 深々と頭を下げるジェイド。タルタロスの船室で見せたような格式ばった物でもなければ、媚びを売るような雰囲気もない。心からの言葉だとルークにも分かった。しかし、そんな唐突な出来事を、どう返事をして良いのか分からなかった。

 ルークは、言葉を探すように部屋を見回す。期せずして、皆の顔を見回す形になった。コゲンタとティアは心配げに顔を見合わせている。そして、ガイは何処か戸惑っている様にも見える顔でルークを見つめている。続いてアニスは、沈痛な表情を浮かべていたが……、しかしすぐに、ルークの視線に気が付き慌てて微笑んでみせる(どう見てもギコちない笑顔だったが……)。彼女もタルタロスで殺されかけたのだ。思い出したくないのは当然だとルークは気に留めなかった。

「しかし、忘れないで頂きたい。この街にあふれる笑顔と平和もまた、マルコ達が守りたかった物なのだと。いわば彼らの『勇気の証』なのです。どうか、ルークにもそういう風に考えてみて頂けないでしょうか? お願いします」

 ジェイドが気持ち居住まいを正して、ルークに再び頭を下げた。

「そうだな、そう考えてみるよ。」

 マルクト兵達の事を考えていたら、だんだん目の裏が熱くなってきたのに気が付いたルークは、慌ててそっぽを向いて、答えた。

「ありがとうございます。そういえば……、私ってマルコ達とキャッチボールもした事もなければ、トイレで隠れ煙草もした事がないのですが、それでも友人と言えるのでしょうか?」

 ルークは「そんな事、知るか!」としか言えない。人が真面目に聞いていれば、何故ウケを狙うような事を言うのだろう?

「ルーク殿、焦りなさんな。全て自分の思うようにしようと焦ってところで、ロクな事はない。今は、一つずつ、一日一日全力で当たろう。世の中はその積み重ねだからの……」

 ルークの表情を見て、コゲンタが執り成し顔で言った。

「マルコ少佐たち、『救世の英雄』たちの名をこの街の連中……いや、世界に知らしめる事もルーク殿の役目となったわけだ。これは生半可な事ではない。だから、重ねて焦ってはいかん」

 コゲンタの『英雄』という言葉にルークの心がザワついた。しかし、その一言でルークの中でわだかまっていた違和感の一つが氷解した気がした。

 ルークは、ヴァンが言った『英雄』という言葉と、軟禁から逃れたい、兵器扱いされたくない、という『自己保身』といえる自身の動機に、激しいズレを感じていたのである。もちろんルークは『自己保身』などという言葉は知らなかったが、自分がひどく不潔な存在に感じたのだ。

「ルーク殿は嫌だったようだが、この街の者たちの笑顔。あれは、ここのように過酷な場所で生きるためには必要なんだの。苦しい時にこそ笑うのもまた、その苦しさと戦う術って話だの。わしらも見習うとしようではないか?」

「お、おう。そ、そうだな……」

 ルークの肩を軽く叩いて笑うコゲンタ。違う事で悩んでいると思われたようだ。ルークはその顔が似ても似つかないヴァンの頼もしい顔に重なって見えた。そして、師が口にしたある言葉が引っかかって来た。

「ほほぅ、マルコ達が『英雄』ですか? そうなれば、私も鼻が長……もとい高いですねぇ。私はさしずめ『悪の暗黒譜術士』ですかねぇ? 秘密結社でも組織したりして♪」

「大佐じゃぁ似合い過ぎて、シャレになりませんよぉ」

「ドクロの杖を持って、黒いマントを翻す姿が目に浮かぶようですね。ふふふ」

「イオン様とアニスの中では、私はそういうイメージなんですか? 傷付きますね~。ちょっと立ち直れないかもしれませんね~……」

 イオン、アニス、ジェイドが何か笑い合っていたが、ある事を考え込んでいるルークには聞こえない。

(えっと……そうか。そうだよな……)

 自分が『英雄』になるのは、自分のためだけではないのだ。自分のために戦ってくれた者達のためでもあるのだ。

 具体的な事は思い付かないが、上手くやれば『超振動』の事件で責任を感じて、神託の盾騎士団を辞めるつもりでいるティアの“後ろ盾”にもなれるかもしれない。

「ティア、オレやるよ! オレ頑張るよっ!」

「えっ? えぇ、そうね。わたしも頑張るわ。でも無理はダメよ。ルークは身の安全を一番に考えなくちゃいけないんだから」

 ルークは一人得心して意気込むが、そんな事を知らないティアは腰を折るような返事をする。

「じゃあ、それ考えながら、頑張るんだ!」

 しかし、ルークはそんな事は気にせず、自分に言い聞かせるように言った。そして、しばらく待つと、

「お待たせして誠に申し訳ありません。イオン様、ルーク様」

 キムラスカ領事が入室して来ると、イオンとルークに膝を突いて礼をした。領事は立ち上がったルークとイオンを再び着席する事をうながすと、自分もテーブルの反対側の席に着いた

「しかしまた、貧相な……いや、失敬。少人数の使節団ですな……。これだけとは、一体何が……?」

 などと、ルークとイオンの後ろに控えるジェイドやアニスを見回して、領事が開口一番ぽつりと呟いた。

 ルークは、気真面目そうな彼がジェイドを見た時の目に一瞬、侮蔑の色が現れたのを見た。少なくとも、ルークにはそう感じた。

 思えば、元々の使節団のメンバーは、イオンにアニス、ジェイドだけだ。
 しかも、マルクトの人員にいたってはジェイドただ一人を残すのみである。

 そういう意味では、貧相なのは確かなのだろう。

 しかし、今のルークにはやけに頭にくる言葉だった。隣を見れば、イオンも形