東方賢神伝 ~ Lost dignity of ostracized girl. (バイロン)
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第1話

この作品は東方projectの二次創作です。

オリジナル主人公が登場します。

独自設定、原作設定の改変や消失が起こります。

以上の事を許容していただける方のみお読み下さい。

※この作品はArcadia さんにも載せさせてもらっています。


 

 

 

 

 

 

 

荒野の果て、見渡す限り人っ子一人も居らぬ。

 

 

鈍色の空より降り注ぐ冷たい雨に打たれ、北風に吹かれてざわめく草々の音に包まれ、雨粒を叩きつけられる地面との共鳴を覚えながら、身体の熱を奪っては流してゆく水を払う気にもならず、虚空を見つめる。

 

立っているのも辛くて、地面に倒れこんだ。

べちゃっ、と音がした。右ほほに感じる泥はとても冷たくて、寒くなった。

心の奥にはひどい凍傷が広がって、焼ききれそうなくらいに痛い。

懲りもせずにまた涙が溢れてきた。涙まで冷えきっているような気がした。

嗚咽を漏らしながら、目を閉じて、

痛む頭を動かして、ほんのすこし前の事を思い出す。

 

 

 

========================================

 

 

私の名は寒川白媛(さむかわのしらひめ)、神界に産まれて凡そ1000年になる。

 

神としてはまだまだ若輩であるが、学問を修め、歴史を学んだ私は、知性においては並み居る神々の中でも優れた部類に入ると自負している。

 

今は更に若き神々に対し、神界の政や法、果ては人類学まで、幅広い知識を授けることで日々を過ごしている。

 

「ーーーーえ~、知っての通り、最近我らが日本では人がムラをつくり稲作を学んだばかりである一方、遥か西方のメソポタミヤにおいてはより大規模な集落が興り、神権により擁護された王を頂点とした身分制度が確立され、商業も盛んである。よって信仰の力も甚大でーーーー」

 

学徒はみな講義をを聴いているともいないともつかぬ様子であり、とても好ましいとは言えぬありさま。

 

しかし私はそれを咎めるでもなく、講義を進める。

 

「ーーーーであるからして、我らが今もっとも重んじて取るべき策は我らが子、日本の人を扶助して豊かさを与え、信仰の増大を図ることでありーーーー」

 

講義もいよいよ佳境である。私は学徒らに力説する。

 

「ーーーーとどのつまり、今! 魔界を刺激して争いを起こしこれを征すべしなどというのはほとほと馬鹿げた話であり、時代錯誤も甚だしい、無知無学なる者の愚考なのである!」

 

丁度ここで、ご~んと講義終了の鐘が鳴る。

 

「今日の講義はここまでとする」

 

こう言った途端、学徒らは蜘蛛の子の様に散っていった。今日も質問に来るものは居ない。

 

 

わたしたち神々は神力を養うことで存在を保っている。

詳細は長くなるので省くが、この神力は魔族どもにとっての魔力と互換するもので、その量は限られている。

この奪い合いによって魔界との戦争が絶えない訳だが、実はもうひとつ神力を得る方法がある。

そう、信仰である。

元々は微々たるものだったこの力は、人類が言葉を覚えて文明を作り出す中で、意識を養い、生と死に気付き、神の存在を知る事で近年急激な伸びを示し、西方では信仰による神力の完全自給が実現するほどなのだ。

 

これからは信仰の拡充が最も重要。信仰の時代が今に訪れる。それによる神力の自給が可能になれば、もう魔族どもと殺しあうことも無い。

 

しかし、執権部では古くさい主戦論が罷り通り、私のような進歩的な主張は異端として退けられ、己の保身しか頭に無い御用学者どもの進言で、「異端論者」排除の動きまででてくる始末。

今や公然と反戦を唱える者も少なくなった。

 

これでは神界の未来は暗い。

そして、私の未来も。

 

 

========================================

 

 

ある日から。

知恵と力に満ち、信仰の重要性を訴えた偉大な神々が、「突然に謀反を企む」ようになった。

「反乱を企てた」とされる彼らは、弁護人もつけられぬまま法廷に引きずり出され、ことごとく有罪とされ、「粛清」の対象として処刑されていった。

 

そうして幾多の神々が殺されて、程なくしてやってきた今日。

私は法廷に赴かねばならない。

 

 

逃げる気も無いのに両腕をがっしりとつかまれて棲みかから裁判所まで移動し、ざわめく法廷に入って被告人席に着く。

傍聴席には空きがめだつ。弁護者も、弾劾者も存在しない。

限界まで略され、すっからかんになった裁判がはじまるのだ。

 

判事が入ってくる。談笑が止む。静寂。

彼は私を見下ろして、このスカスカ裁判になけなしの威厳を演出するような、無駄に重々しい口調で、私に問う。

 

「被告人、名前と職を言え」

 

「寒川白媛、学者」

 

「汝に問う。汝は暴力的手段をもって現執権部を排除し、神界の秩序を犠牲にしてでも己の権力欲を満たさんとした。間違いないか」

 

「事実に反する。私は一学徒として自らの信ずるところを述べたまでであり、暴力に訴えて権勢を得んと企図したことは一度もない」

 

「...汝に問う。汝は周囲の者達に反社会的思想を吹き込み、しかも暴力的手段による反乱を教唆した。間違いないか」

 

さっきと同じことを訊いているじゃないか。

...どうせ訊くべきことなど無いのだろう。私の有罪は最初から決まっているのだから。

 

「...事実に反する。私は自らの信念に沿い、神界のために取るべき策を語ったのみ。そもそも、暴力的手段を教唆することなど私には出来ない」

 

クスクスという小さな笑いが聞こえる。

そう、戦闘に全く向かない私の能力では、実力行使なんて出来っこないのだ。

私が武力を以て謀叛だなんて、とんだお笑い草である。

 

「...他に何か言いたいことは有るか」

 

「無い」

 

「それでは判決ーーーー」

 

ああ、いよいよか。

少し感傷的な気分になった。

私の様な格の低い神に密室処刑が適用された例はない。

ほぼ間違いなく、公開処刑に晒し首だ。

1000年生きてきたこの神界を去り、輪廻からも外され、私の魂は永遠に葬られるのだろう。

公開処刑の際は何と捨て台詞を吐いてやろうか考えつつ。

目を閉じて、判事の声に耳を傾ける。

 

 

 

「ーーーー判決。被告人に反逆罪を認め、かの者を有罪とする。かくなる上は、神界から地上への永久追放を以て、その罪を償うがよい」

 

ざわめく法廷。

 

目が見開かれ、唇が震え、顔から血の気が引き、足から力が抜け、その場にへたりこんでしまった。

 

手を引かれて文字通り「引きずり出され」てゆく私は、さぞ情けなく、みっともなく映った事だろう。

 

 

========================================

 

最期は同じ神の手にかけられる。これはせめてもの、最低限の名誉だ。

 

追放刑なんて、例えば魔族と結んだ神のような、本当に最低最悪なもっとも恥ずべき刑罰。

 

神は、神力の得られぬ地上では生きて行けない。

じわじわと力を失い、弱りきった所を妖怪かなにかに襲われて滅びるのだ。

 

これはつまり、私など、殺すにも値しない屑だと、弱いくせにでしゃばるから、五月蝿いから、神界から、捨ててしまおうと、つまり、そういうことだ。

 

たしかに、私は、闘いとなるとからきし、駄目だし、能力も、戦闘には、まるで、役に、立たない。

 

でも、だから、学んで、知恵をつけて、神界のため、人のためになろうと思ったのに。

 

少しは立派な神に近づけたと思っていたのに。

 

悲しくて、悔しくて、

 

涙が、止まらなかった。

 

 

========================================

 

執行の日はすぐにやってきた。

ずっと泣き通しだった私も、ついに涙は涸れ、なにもできなくなってしまった。

 

もう疲れた。

このまま、この場で殺してくれたらどんなに幸せだろう。

 

「前にゆっくりと歩け」

 

目の前には真っ青な空が広がっている。

ここは神界の端。

ここから突き落とされて、地上に叩きつけられるんだ。

 

遠巻きに見物者たちが見える。

 

滅多にない追放刑の執行だ。

産まれてこのかた見たことがない者もたくさんいるのだろう。

 

私だって、文献でしか知らない。

 

後ろ手に縛られ、ゆっくり前進する。

ここは真っ白だ。

私の服も真っ白、床も真っ白。

蒼穹とよく対比されて、綺麗だな、と思った。

 

「止まれ」

 

もうあと一歩踏み出せば空の中だ。

 

今更、涙が溢れてきた。

堕天を目前にして嗚咽を漏らす少女を見て、執行人はなにを思ったのだろう。

 

この場所にいる者は皆、

微かな風の音と、声を殺して泣く音だけを聴いていた。

 

執行者が何を感じたのかは知らないが、彼は私の背中を、本当に優しく、そっ、と押した。

 

私は最後に、眼下に広がる厚い雲を見て、

 

 

 

蒼空の中へと落ちていった。

 

 

 

 



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第2話

東方原作キャラの登場にはもうしばらくかかります




 

 

目を開けると、バッタと目が合った。

 

手で払いのけて起き上がる。

爽やかな朝の晴れ空に、広い草原。

遥か向こうには山々が見える。

 

地上と言えば穢れに満ちた場所だと決めつけていたが、なかなか美しい所じゃないか。

 

空気の感触は明らかに違うが、特に身体の異常は感じない。

(おそらく)昨日ここに落とされて、今まで眠っていたのだろうが...

 

正直もう二度と目が醒めることはないだろう、と思っていた。

地上の穢れに蝕まれ、神力を吸いとられ、弱りきったところを妖怪、いや、下手をすれば只の動物に殺められる。

 

神界での汚名をそそげぬまま、地上で無様に朽ち果てるのだ。

そう思っていた。

 

だが、現に私は目覚めたのだ。再び。

神力の衰えも特に感じない。

 

 

もしかしたら、地上もそこまで悪い場所ではないのか?

 

思考を巡らせる。

そもそも日本(神界)において、最近地上に降りてどうこう、という話を聞いたことがない。

誰々という愚か者が地上に落とされ~

といった話は小さい頃から散々聞かされていたのに。

 

実は、地上の穢れは、何らかの原因で誇張されてきたのではないか。

 

なんだか元気が出てきた。

穢れの影響はほとんどない。ならばこの地上にて生き抜く術はある。

人から信仰を得れば良いのだ。

信仰さえ得られれば、半永久的に存在していられる。

西方で完成されたと聞く、神による人類の統治機構の構築も実践できる。この私自身の手で! もし完成させられれば、これは東方世界初の快挙だ!

 

地上の穢れが誇張された原因も、思う存分探究できる!

ライバルは居ないし、制限時間も無い!

本当に地上に落とされた神なんて私くらいのものだし、永久に追放された神を神界に呼び戻す者などいないのだから!

 

もう、無知蒙昧な神界の執権部に怒りを募らせることも、誰も聞いちゃいない講義をすることも、真偽もおぼつかぬカビ臭い文献とにらめっこすることも、粛清の魔の手に怯えることも、

 

ぜーーーーーんぶ必要ない。解放されたのだ!私は!

 

全て自分の目で見て、耳で聞き、自ら考え、手を下せば良いのだ!

 

素晴らしい気分だ。確かに神としては最悪の辱しめを受けたが、学問の探究者として、これほど豪華な環境は、未だ嘗て想像したことすらない!

 

「こうしちゃいられん、早速人の集落をさがして...!」

ぐちゃっ...

 

「ん?」

 

そっと下を見る。

白装束の右半分が泥で染まっていた。

あんな豪雨の中で寝そべっていたのだ、当然のこと。

 

「...まずは川探しかな」

 

衣食住足りて学問を知る。

食と住はなんとかなっても、衣がこのざまでは始まらない。

 

かくして、「学者」寒川白媛の実学の旅は始まった。

 

 

========================================

 

 

川はきっと山にあるだろう。

そう単純に考えて、草原をひたすら歩く。

飛ぶなんて贅沢はできない。神力の無駄だ。

 

 

やっとの思いで山麓の森に着いた頃には、もう日が高く昇っていた。

 

それなりの規模の川を見つけた。広げた両手5つ分くらいか?

「白と茶色装束」を脱ぎ去り、川の水で身体と服を清める。

いま地上は盛夏。容赦なく降り注ぐ陽光で火照った身体に、冷涼な清流はなんとも心地よかった。

 

晴れて白に戻った服の乾燥は太陽さんに任せるとして...

 

着るものが無い。

 

木の葉を纏ってみようかとも考えたが、誰が見ているわけでもなし、服が乾くまでは素っ裸でいることにした。

 

風呂場以外で裸になるなんて、初めてじゃあないか?

 

誰へでもない背徳感にちょっとドキドキしながら、河原の岩に腰かける。

まあ、私が裸の所を襲われて云々、なんてことは絶対に無いのだが。

万が一にも「有り得ない」ことだ。

 

ところで。

人の集落は川沿いにできる。この近くにも村があるかもしれない。

一応注意は払っておこう。

もし水汲みに来る者を見つけたら、後をつけて...

 

 

========================================

 

 

 

日が暮れた。

いや、正確には夕間暮れというべきか。

人なんて影もなく、猪の親子を見かけただけだった。

 

白装束は完全に乾いている。

とりあえず身にまとい、さてどうするか。

 

あまり夜に歩き回りたくはない。しかし、私は寝る必要があるのだろうか?

神界にいた頃は、夜はやることがないから寝ていた。油もただではないし。

 

...ごちゃごちゃ考えても仕方ないか。寝ることにしよう。

 

そこらへんの樹にもたれかかって、眠りについた。

 

 

========================================

 

 

 

見晴らしの良い所ならば集落も見つけやすいだろう、ということで山登り。そう高い山でもないので、さっさと頂上に着いてしまった。

 

あとは夕方まで待つのみ。

 

 

 

夕方になれば、夕食を作る煙が集落の目印となるだろう。

単純な考えだったが、どうやらこれで正解だったようだ。

 

いま煙の柱が真正面に一つ、少し左の奥に一つ、反対に右の奥に一つ(これはちょっと遠そうだ)見える。

 

そこそこの規模の集落を三つ発見した。

 

そうと決まれば早速、一番近い真正面の集落の近くに居を構えて奴らを観察だ。

 

 

 

神力の節約も忘れて一直線に飛んで行く白媛であった。



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第3話

今回から東方原作キャラが登場します。




 

 

「今年はたくさん要るからね、急ぎなさいよ」

 

「今度の冬は餓えずにすみそうですね」

 

 

若い娘と、大人の女が会話をしている。

人はだいたい男30年、女40年の命だというが、彼女らはいくつなのだろう。

まだ2人の寿命に余裕があるのはわかるけれど...

 

 

この集落を観察し続け7日が経った。

ここには200人ほどが住んでいる。

彼らは狩猟と採集によって生活しており、農耕はやってないようだ。

彼女らは木を彫って動物の姿をした像のようなものを作っている。

何に使うのかはよくわからない。

 

集落の奥には蔵のような木造の建物があり、中には干し肉や果実のようなもの、それに穀物の類が保存されている。

 

更に下流の村との物々交換が行われているらしく、おそらくそちらでは農耕が発達しているのだろう。

 

特に困った事は無さそうな村だ。どうすれば彼らから信仰を得られるのか...

 

 

 

 

 

 

「お、おい! お前ら、大変だ! 」

 

「山の奴らが、オニが来たぞぉ! 早く逃げろぉ!」

 

山の方から、狩りに出ていた男達が慌ただしく村に駆け込んでくる。

 

"オニ"とはいったい何だ? 妖怪の一種だろうか。

 

「ほら、ぐずぐずしてないで、はやく!」

 

「でも、オイノサマが...!」

 

「そんなの諦めなさい! 八つ裂きにされて喰われてしまうよ!」

 

物騒な単語が聞こえる。やはり妖の類で間違いないようだ。

 

妖怪とは、人を襲い喰らう者で、地上の穢れから顕れるという。

その性質は粗暴にして残虐、知性に乏しく、姿は言いようもないほど醜いと言われ...

 

「貴様ら、そこを動くなぁ!」

 

む?

 

大声のした方を見ると、村の入り口に人影が三つ。

少女が一人に男が二人。

 

「ふふ、今日は良い日だ。 逃げ遅れたヒトどもがこんなにおるとは...この辺りのはウマいからな。 私が直々に赴いた甲斐があったというもの。 のう?」

 

「ええ、親分のおかげでさあ!」

 

大の大人に見えるが、少女より格下である様子だ。

あの少女はいったい何者だ?

 

よくよく見ると、妙な容姿をしている。

男二人の頭のてっぺんにはツノがあるし、少女の頭には雄牛のような、立派な双角が生えている。

 

これが"オニ"というものか?

 

「い、伊吹童子だ!」

 

「もうだめだぁ...おしまいだぁ...」

 

人々は大層恐れている。"オニ"というのはおそらく種族の名前だな。"イブキドウジ"というのは多分あの少女のことだろう。

 

「ふふ、運が悪かったな。 だがこの富、貴様らには似つかわしからぬもの」

 

「俺達に美味しくいただかれちゃいな!」

 

「ヒャッハー!」

 

後ろのオス二匹にはまるで知性が感じられぬ。

だが少女には多少は話が通じそうだ...

 

これは好機だな。うまくやればヒトの歓心を買うきっかけにできる。

神はヒトに寄り添い、ヒトを護るもの。この典型に持ち込めれば信仰はすぐそこだ。

 

胸が高鳴る。

機を見計らって...

 

 

「...神への祈りは済んだかい? よし、貴様は家を漁れ、貴様はヒトどもをまとめろ。 私はーーーー」

 

 

今だ!

 

「待たれよ!」

 

オニの三匹がこちらを一斉に振り向く。虚をつかれた様子だ。

 

「その狼藉、その横暴、その傲慢、ゆめゆめ見逃すまじ...」

 

オニ達の方へ近づきながら、口上を述べる。

 

「我が名は寒川白媛、ヒトを守護する者。 我が子らに手をかけたくば、その前にこの私を斥けてからにせい!」

 

よし、決まった。

少女は口をあんぐりとあけてこちらをみている。

 

「あんた、誰だ?」

 

「既に名乗った通りだ、貴殿こそ名乗られよ!」

 

少女は頭を掻いて、困ったように言う。

 

「ち、調子狂うなぁ...私は伊吹萃香、ここらの鬼をまとめている。 ...アンタ、いったい何がしたいんだ?」

 

「先ほど言った通りだ。 貴殿らの狼藉を許さぬと言うのだ」

 

萃香の表情が不敵な笑みに変わる。

 

「ほう...何者かは知らんが、この伊吹童子に逆らおうとは良い度胸だ。 だが、貴様なぞ私の手にかかれば、瞬きもせぬうちに粉々だぞ?」

 

拳をボキボキと鳴らして言い放ってくる。やはり腕っぷしには自信があるようだ。

だが自尊心も大きいよう。これならいけるぞ。

 

「はは、笑わせるな...貴殿のような弱輩では、この私に傷一つもつけられまいよ、身の程を知れ!」

 

「貴様...」

 

不敵な笑みが一転、怒りの相形に変わる。

 

「この私をして弱輩とは、よくも侮辱してくれたな! もう怒ったぞ、八つ裂きにしてくれるわ! 決闘だ!」

 

よし、あと一歩だ。ふふっ、と一笑してから自信満々に言う。

 

「良かろう、だが私は慈悲深いからな、下駄を履かせてやろう」

 

「何?!」

 

夕色に染まって沈み行く太陽を指して、言ってのける。

 

「私はここを一歩も動かず、貴殿にも一切手を出さない。代わりに、この太陽が沈んでふたたび昇ってくるまでに、私を八つ裂きにしてみせよ!」

 

顔をカアッと赤くして、歯をくいしばっている。さっきの可憐な容貌からは想像もできぬ、凄まじい形相だ。

 

「どこまでも馬鹿にしやがってぇ...おい、お前たち!」

 

「は、はいぃっ!」

 

「決して手を出すなよ、そこで見ていろ!」

 

「わ、わかりやしたあっっ!」

 

子分のオニは相当怯えているようだ。さすがは親玉といったところか。

 

 

「さて」

 

 

私は穏やかな笑みを浮かべ、両手を広げる。

 

 

「どこからでもかかってきなさい」

 

 

牙を剥き、睨み付けられる。とんでもない覇気を感じる。押し潰されそうだ。

 

 

「ウオオオォォオォオォオォォォ!!」

 

 

大地を揺るがすような咆哮。空気が震える。

 

 

一瞬で目の前に現れた鋭い爪を最後に見て、

 

 

 

私は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

========================================

 

 

 

まだ辺りは暗く、夜が明ける気配はない。

背後には村人達の不安そうな視線を感じる。

そして目の前には息の上がりきった萃香。

 

 

私の身体には、傷一つ無い。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ...くぅっ!」

 

鋭い蹴りが唸りをあげて飛んでくる。

別にどうするでもない。

 

身体に当たる。

ごっ、と鈍い音がする。

衝撃は無い。

 

萃香は飛び退くと、また構える。

さっきからずっとこの調子だ。

 

最初は殴ったり蹴ったり、投げようとしたり耳をちぎろうとしたり目を潰そうとしたり、果ては呪いのようなものをかけようとしてきたりしたものだが。

 

もう万策尽きたらしい。ずっと同じ攻撃を繰り返している。

 

 

「おい」

 

「...な、ケホッ、何だ」

 

「もう勝負はついた。貴殿が何をしようとこの身体には通じぬ。 わかっているんだろう?」

 

「うるさいっ!」

 

風をきって鉄拳が飛んでくる。私の顔面へ一直線に。

怖いので目を閉じた。

ボグッ、と鈍い音が聞こえたので目を開けると、またもとの位置に戻った萃香が顔を苦痛で歪めて、左手をさすっていた。

 

右手は真っ赤に腫れ上がっている。

大した根性だ。私があんなケガをしたら、泣いて医者へ駆け込むだろう。

 

「いつでも投了してよいのだぞ?」

 

「うるさい! まだ夜は明けていない!」

 

本当に見上げた根性だ。

妖怪の中にも、このような誇り高き者がいたとは。

認識を改めないといけないな。

 

さて、萃香との勝負が終わったらーーーー

 

 

色々考えているうちに、空が白んできた。

やっとだ。

 

萃香は死力を尽くして最後の猛攻をしかけてきた。

恐ろしい速さだ。目が追い付かない。

きっと威力も相当なものなのだろう。

 

「あ、諦める、ものかっ...!」

 

大きく息を吸い込んでいる。これが最後になろう。

 

「屈する、ものかあああぁぁぁ!!!」

 

驚いた。萃香の体がどんどん巨大化してゆく。

こんな能力を持っていたのか。

もう見上げるほど大きくなっていた。

足を振り上げている。

私を踏み潰す気か。

 

「死ねっっ!」

あの巨体の全体重がかかった巨大な足の裏が迫ってくる。

 

ああ、そんな無茶をしたら...

 

 

 

ぐちゃっ

 

 

 

 

 

視界が真っ赤だ。

 

オニの血も赤いんだな。

また一つ賢くなった。

 

私の身体は、萃香の足を貫通していた。

 

 

「あ、あがっ...」

 

萃香はまたも飛び退いて、尻餅をついてしまった。

みるみる体が小さくなり、元の小柄な姿に戻る。

 

「ああ、ううっ...」

 

腫れ上がった小さい手で、大穴の空いた足を一生懸命押さえている。

血はまるで止まらず、両手は血まみれだ。

見ているだけでこっちまで痛くなってくる。

私がこんなケガをしたら、失神してもう二度と目を覚まさないだろう。

 

 

空を見上げる。

控えめに顔を出す朝日が見えた。

 

日の出だ。

 

 

 

 

 

 

「時間です」

 

血を滴らせながら、ゆっくりと歩み寄る。

 

「この勝負は、私の勝利」

 

萃香の血が、白装束にみるみる染み込んでゆく。

 

子分の二人が立ちはだかってきた。

 

「お、親分に近付くんじゃねぇ!」

 

「や、やらせはせんぞぉっ!」

 

「おい、やめろ」

 

萃香が言うが、意に介さず子分は続ける。

 

「こんなチビに親分が負けるはずがねぇ!」

 

「何かの間違いだっ! インチキだっ!」

 

「チビなのはあなたがたの主の方でしょう」

 

ずい、と子分に詰め寄ると、彼らは怯みながらも退かない。

 

「ちくしょう、おめぇなんか俺がギッタギタに...」

 

「やめろっっ!」

 

萃香の透き通った声が凛と響き渡る。

 

「道をあけろ。手を出すな」

 

「し、しかし...」

 

「つべこべ言うなっっ!!」

 

子分は悔しそうに道をあける。

 

私は血生臭い臭いを振りまいて、萃香のそばへゆく。

 

萃香を見下ろす。

 

上半身だけを起こした彼女は言う。

 

「負けたよ」

 

顔に諦感の色が浮かぶ。

 

「鬼の攻撃をこれだけ受けて無傷とは、とんでもないな。 ...本当に、とんでもない奴め」

 

はは、と乾いた笑いをして、一呼吸おくと再び語り始める。

 

「この私に敵うものなんかそうそういない、って思っていたよ。 なのに、こんな近くに、これほど格の違う相手がいたとはねぇ...」

 

萃香の話を黙って聞く。

 

「井の中の蛙、ってやつか。 思い知らされたよ。 ...最後に訊かせてくれ。 あんた白媛、といったな? いったい何の妖怪なんだ?」

 

「私は妖怪ではない」

 

「じゃあ、何なんだよ。 まさか人でもあるまいし」

 

「私は神。 人に寄り添い、共にあるもの」

 

「カミ、ねぇ...私の知ってるのとはちがうなぁ。 あんたみたいな人想いの神ははじめてだよ」

 

神を知っているとは意外だ。もしや...

 

「貴方も元は神だったのですか?」

 

「...? 何を言っているのかわからないよ」

 

萃香はごろん、と仰向けになると、穏やかな顔をして、

 

「さあ、一思いにやってくれ。 あんたほどのものだ、私なんて一瞬で消し飛ばせるんだろ?」

 

「いえ」

 

私も柔らかい笑みを浮かべて言う。

 

「命まで奪ったりはしません。 ただ、今後は人の村を襲わないで頂きたい」

 

「...殺さないのか? 私を殺せば、もう村を襲うこともできないのだから」

 

「いいんですよ、村を襲わないでくれればそれで」

 

萃香の手をとって起き上がらせてやる。

 

「...わかった。 もう人の村は襲わない。 誓うよ」

 

「本当に?」

 

「ああ、嘘はつかない。 約束だ」

 

胸に手をあてて、ハッキリと言った。

 

「それでは私は帰るとしよう、お前達、支えてくれ」

 

「へ、へい!」

 

よく見ると、萃香の手の腫れはほとんど引いているし、足の出血もほぼ止まっている。

 

やはり化け物だなぁ。

 

強きオニの親分は、子分に支えられながら、ゆっくりと山へ帰っていった。

 

 

 

 

========================================

 

 

川で身を清めて帰ってくると、村人達から熱烈な歓迎を受けた。

 

「あの伊吹童子を追い払って下さるとは...貴方は村の皆の恩人です。 本当になんとお礼をすれば良いのか...」

 

この中年の男はこの村の長であるらしい。

 

「私に恩義を感じて下さるなら」

 

村長の目を見て、ハッキリと告げる。

 

「私を主として崇め、祀って下さい。 日々私に祈りを捧げ、感謝のことばを述べてください。 さすれば、私はきっとあなた方を護り、幸福へと導きましょう」

 

 

 

こうして白媛は、初めて人の信仰を獲得するに至った。

 

その力はまだまだ微々たるものだが、これは神々の在り方そのものを変えるための、偉大な、大きな第一歩である。

 

 

 

 



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