スピードスター森崎 (AMDer)
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第一話 早すぎた男 森

どうぞ


 魔法の名門百家が一、森崎。

 さして魔法力が強いわけでもなく、特別な魔法を使うわけでもないこの一族がかの座を占める理由はただ一つ。

『クイックドロウ』

 現代魔法のアドバンテージの一つである、高速発動。これを愚直に磨き続け体系化したのがかの一族であった。

 

そして、時は21世紀末。

国立魔法大学付属第一高校。毎年、国立魔法大学へ最も多くの卒業生を送り込んでいる高等魔法教育機関として知られるこの地に森崎一族の男が降り立つ。

 

 

第一話 早すぎた男 森

 

 

 2095年春第一高校入学式早朝、司波達也は妹に付き添い開式2時間前に登校していた。新入生総代である妹は入学式において、答辞とそのリハーサルのためにこのような時間に登校しなければいけなかった。とはいえ、自分は付き添い。リハーサル中は手持無沙汰になるため残りの2時間をどう潰すか、歩き始めたのだった。

 

 とりあえずベンチに座ろうかと歩いていると、最も近いベンチに先客が一人いた。見るからに暇そうにしているので、在校生とは考えにくい。しかし、同じ新入生としても積極的に関わろうとは思わない。彼の肩にある花弁がなおさらそれを引き立てる。そう思い前を素通りしようとしたら

 

「おはようございます」

 

…妙に堅苦しい挨拶に在校生と間違えられたのかと思いつつ挨拶を返し、前を通り過ぎた。

 

 あの後、少し離れたベンチで読書をしながら時間を潰していたら、この学校の生徒会長を名乗る人物にもうすぐ開式の時間であることを告げられ講堂へと入る。ちなみに先客である彼は入場時間10分前にあの場を離れ講堂へと向かっていった。講堂に入ると既に座席は半分以上埋まっていた。しかし、座席は自由のはずだが前半分が一科生が座り後半分にニ科生が座っている。

 

(最も差別意識が強いのは、差別を受けている者で、あっ)

 

そして後ろの方に異物を発見した。先客であった彼が二科生に囲まれ俯いていたのだ。そう彼は早すぎたのである。

 

 

 森崎駿は速いのが好きだ。まあ早いのも好きだ。そんなわけで彼は入学式に張り切って開校時間に登校していた。開式三時間前の話である。勿論学校に着いたとてやることもないのでベンチに座り呆けていた。

朝練や入学式の準備であろうか、前を通り過ぎる生徒には挨拶をしながら時間を数える。一時間ほどしてまた彼の前を男子生徒が通り過ぎる。なかなかの体格の持ち主で、年不相応の威厳のような物も持っていた。気配は薄かったが...。なので同じように挨拶をした。多少訝しまれるのももう慣れっこで、その男子生徒も挨拶を返してくれた。そして通り過ぎた彼は少し離れたベンチに座り端末を弄りはじめた。そこで新入生と気づき、時間つぶしの手段を逃したことを残念に思う。今更行くのもかっこ悪いので先ほどと同じく時間を数える。その後も何人か生徒が前を通り挨拶をする。そして少し離れた彼も挨拶をしている。

 

”偉いな、しかも堅い。”

 

この時、同じ新入生が片方は挨拶をし、もう片方は挨拶をしないのは居心地が悪いと思って達也は挨拶をしていた。勿論森崎が居なくなったあとは辞めたが。

そうして入場時間10分前にベンチを離れ、講堂へと向かう。いくら入学式とはいえ入場時間前にも人の出入りはあるし、そこまで厳格でも無いはずだ。つまり入場時間”数分前”に入っても咎められる心配はない。そう思い講堂へと足を踏み入れる。彼の思い通り中は人もまばらながら居り、そして注意を受けることもなく彼は一着の余韻に浸りながら、後ろの方へと歩を進める。特に座席の指定も無かったからだ。そして座席に着くと睡魔に襲われた、少し寝るかと目を瞑り、気づいた時には周りは紋無しの制服を着たニ科生に囲まれていた。

 

「おっ、ようやく起きやがったか」

 

隣に座っている大柄で掘りの深い精悍な顔つきの男子生徒に声をかけられる。

 

「…座席って決まってたかな?」

「いや、決まってないぜ」

「そうか、いや有難う」

「なんだ、移動しないのか」

「こういうのって前例に習うべきなのさ。実は俺、新入生で一番にここに来たんだぜ。つまりは俺が正しい」

「おいおいここは民主主義国家だぜ、前例じゃなく多数に従うべきじゃねーか」

 

 笑いながら反論される。どっちも屁理屈なのだが。

 

「気に入らないから俺は寝る。ああ、俺は森崎駿。君は?」

「西城レオンハルトだ。レオでいいぜ」

「じゃあ、レオあとはよろしく」

 

そして狸寝入りを決め込む。おいおいと笑いながらレオも追及しようとはしない。しかし、開会して新入生総代の答辞が始まったとき

 

「おい駿、講堂に入った新入生はきっとあの子が一番だぜ、お前はあっちに行かくなくていいのか?」

 

 茶々を入れられ、また一連の会話を聞いていた周りのニ科生もクスクスと笑っている。森崎はさらに俯くしかなかった。

 

 

 

「入学式最中に居眠り、なかなかいい度胸ね」

 

そのとき第一高校の生徒会長である七草真由美は視覚魔法”マルチスコープ”で講堂内を見回していた。その視界には居眠りする森崎駿が映し出されていた。そして彼の肩の花弁を目にし、内心ほくそ笑む。

 

「本当にいい度胸」

 

 

 

 

 式が終わりに近づきつつあるなか、森崎はどのタイミングで席を立つべきか悩んでいた。周りに紛れるべきかそれとも一番を目指すべきか。しかし、奥から座ったので座席の位置から入口は遠い。一番は諦めるべきか。ならば競技よろしく一番最後に退場するか。そう思ったとき先ほどのレオの言葉が頭をよぎる。そうこの講堂に最初に着た新入生は総代の彼女だ。ずっと俯いていたので顔は見てないが声は澄んでいて綺麗だった。きっと彼女は終わった後も裏で戯れるに違いない。不本意ながら周りに合わせるべきか。そう決意し閉式の言葉が終わり…

 

「終わったぜ、駿」

「…………」

「どうしたんだ行かないのか?」

「いや動けん」

 

レオが困惑していると

 

「そこの固まっている新入生、話がある」

 

 腕に赤い腕章を巻いたさぞや男装が似合うだろう凛々しい女子生徒に声をかけられる。腕章には風紀委員と書かれている。俺に察知されず魔法をかけるとは中々の腕前である。えっ、誰かいるの?をやろうにも首までガッチリホールドされているのでこれじゃ首肯もできない。

 

「居眠りの件だ」

 

罪状まで述べられ、逃げ場は塞がれた。罰は羞恥プレイである。

 

「じゃあな、駿。クラスは違うだろうけど仲良くしような」

 

仲間は逃げた。しかしいつのまにか呼び捨てである。まあこっちも呼び捨てだが。

 

「さあ弁解を聞こう」

 

否応なしに現実は迫ってきていた。




ありがとうございます。


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第二話 トップはぼっち

さあ、早速改変です。そして端折りまくりです。


 森崎駿の朝は早い。寝るのも早い。帰るのも早い。飯を食うのも早い。彼のスピードに着いていけるものは彼の人生において僅かであり、故に孤高であった。でも、まあ全く居なかったわけでもなかったが。多分。

 

2話 トップはぼっち

 

 早いと速いは密接に関係しているが、明確に分けられるべきだと森崎は思う。

 えっ、入学式のあとどうしたかって?そりゃこってり絞られたさ。しょぼくれてIDカードを受け取りに行ったら超美人さんが受け取っていた。時間から考えるに彼女が総代の司波深雪さんだったのだろう。入れ替わりの際に軽く会釈をしあい、いやーこりゃさっさと帰ってクイックドr(ry。

 話を戻そう、入学式の日は早くに登校したが、始業日の今日は速く登校した。登校時間は至って普通である。信号の周期は昨日の時点で把握していたため、家からノンストップで登校できた。1-Aの教室に入って挨拶をすると、何人かが返してくれる。そのまま自分の座席に向かいIDカードをそう、…インサートし端末を立ち上げる。そして履修科目に目を通していく。今の時点で登録もできるのだが、まだその時ではない。

 速さとは何か?それは競技的な意味を持つ”はやさ”だ。つまりスタートは同じでなくてはならない。

 始業のベルが鳴り響き、その旋律に心を躍らせる。間もなくして担当の教諭が入室してくる。見た目中年のいかにも真面目そうな男だ。彼は軽い自己紹介を済ませると、次に学校についてと履修科目についての説明を始める。それを聞きながら心を落ち着かせていく。まだだ。まだだ。

 

「これから皆さんの端末に本校のカリキュラムと施設に関するガイダンスを流します。その後、選択科目の履修登録を行って、オリエンテーションは終了です。分からないことがあれば、コールボタンを押して下さい。カリキュラム案内、施設案内を確認済みの人は、ガイダンスをスキップして履修登録に進んでもらっても構いません」

 

 端末に視線を落とす。大丈夫、クールだ。

 

「履修登録が済んだ生徒は退室しても構いません。但し、静かにお願いします」

 

 それではと、端末にガイダンスが流れる。スタート位置がわからなければ一番にはなれない。そう思い昨晩、森崎はガイダンスの動画を予習していた。トロトロしたタイトルが流れる前にスキップし、確認していた科目をキーボードを駆使して登録していく。余りの速さに後ろの生徒は自分の端末ではなく森崎とその端末を見ていた。そうしてるうちに森崎は登録を終わらせ、一分かかっていないことを確認し、満足した足取りでそそくさと退室する。

 

 

 

 

 ドヤ顔で退室した森崎は途方に暮れた。暇だからだ。取りあえずジュースを買い、屋上へと向かう。学校の地理を抑えるためだ。実際にはただの暇つぶしだったが。そうして屋上への扉を開けると、先客がいた。まさか…。そう思い近づくと見知った顔であることに気付く。

 

「ミキヒコ、久しぶりじゃないか」

「?、あー駿か、本当に久しぶりだね」

 

 久しぶりに会ったミキヒコは顔に少し影が落ちていた。自分の肩に少し目をやり、その陰は濃くなる。まだ一年経たないが魔法の事故に遭ったらしい。それ以降うまく魔法を使えなくなったとも聞いていた。

 

「サボりか?」

 

 その話題に触れないようにしつつ本題に入る。

 

「わかってるだろう、オリエンテーション前に履修登録を終わらせて退室してきたのさ。どうしても、あの浮ついた空気が気に触ってね。僕らは補欠なのに」

 

 良かったこいつは”早く”に履修登録を終わらせたんだ。そう内心で安堵しつつ、話題がネガティブな方向にそれ多少げんなりする。

 

「これからさ。努力を怠るやつは置いて行かれる。一科生も二科生も」

 

 慰めだ。魔法は血筋に依存する。子供でも知っていることだ。しかしミキヒコは天才児ともてはやされていた。才能は間違いなくある。

 

「そう思って努力してきたさ。でも結果が見えてこないんだ」

 

 入学したのに満足していないか、いやかつては神童と呼ばれた男だ。当然なのかもしれない。魔法が失敗するのが怖いのか、いや違うか。自分の限界を知るのが怖いんだ。前のように魔法を使いこなせてもそれ以上は無理なんじゃないかと思ってる。はじめて知る挫折か。自分への不信は魔法の効果を鈍らせる。なにか自信を持たせる切っ掛けがあればいいんだが。

 

「今は努力の時だよ、ここが終着点じゃない。通過点に不満を持ったってしょうがない」

 

 当たり障りのない言葉しか出てこない自分が恨めしい。

 

「今度、うちに来るといい」

「いやでも」

「かつての同門のよしみだ、な。理由は俺が吉田の術式を隠匿しているかだ。どうだ?」

「…わかったよ」

 

 こうして訪問を約束させ、あとは他愛ない会話に花を咲かせる。

 

 オリエンテーションが終わり、教室内は束の間の休息に会話も弾む。もっとも話題はネガティブなものだ。

 

「あいつ見たかよー、してやったりって顔してたぜ。誰も競争なんてしてねーのに」

「あいつ入学式のときウィードと一緒に座ってたやつだよな、見かけはブルーム、中身はウィードってか」

「本当、あんなやつと一年過ごさないといけないのかよー」

 

 一人、早くに履修登録を済ませた森崎に関する話題だ。その内容はある少女が不機嫌になるには十分な内容だった。表には全く出さないが。

 

「変わった人だったね」

「まあ人それぞれだから」

 

 おさげとちびもなんか言ってる。

 

 次の時間は引率ありの学内見学だ。ちらほらとすれ違う2科生が羨ましい。教諭がつくのは一科の特権だが煩わしくもある。贅沢かもしれないがいまは一科のデメリットを味わってる気分だ。そんな態度が目についたのだろう。放射系魔法施設のところで教諭に質問をされ、端的に答えたら不十分だと言われた。その補足を指名された司波さんが見事に回答する。不良を貶して優等生を持ち上げる。実に見事な教諭っぷりと司波さんの態度に見蕩れ、自分も態度を改めなければと襟を正す。

 

「午後からは各自自由に授業を見学してください」

 

 そう締めくくり午前の授業は終わった。各自既にグループを作っているようで思い思いに散っていく。一つでかい団体があったが。教室に戻りゼリー状の食事をとる。現在午後1時前。概算では5時半には帰宅予定だが、念のために30秒チャージしておく。午後の予定は一つだけ決まっていた。生徒会長七草真由美の実技だ。かの有名な妖精姫の実技を拝んでおきたかった。あとは適当にぶらつく予定だ。道連れも欲しかったが森崎は歩くのが速い。ペースを気にせずにいいかと考え、端末で地図を開く。近辺の交通情報やイベントを確認し、最後に経路の再検討を行う。そうスピードスター森崎の帰宅はすでに始まっているのだ。




優等生の内容がうろ覚え、ガイダンス後の退室は禁止
他もろもろ

ご指摘お願いします。


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第三話 急がば回れ

書くのに半日かかった。他の投稿者さんには頭が下がる思いです。


 より速い結果を出す方法はなにか。その答えの一つがスマートであることだ。余分なものを極限までそぎ落とす。寄り道をせず、回り道をしない。故に森崎が行動を起こすときは常に最短距離を走る。しかし確認はしなければならない。その道には危険があふれているかもしないし、一科生と二科生が魔法合戦を行ってるかもしれない。

 

3話 急がば回れ

 

 森崎は午後の授業が開始する10分前に目的である闘技場に足を踏み入れた。大変な混雑が予想されていたからである。まあ性分でもあるわけだが。既に人がまばらに集まりつつあるなか、少し後に来た団体に見知った顔を見つける。

 

「おい、レオ!」

「?」

 

 団体がこちらに振り向き、その中にもう一人見覚えがある存在がいた。

 

「駿か」

 

 一番大柄な青年がこちらに気付き笑みを浮かべている。実はこのご一行、ここに来る前食堂で一科生との間にひと悶着起こしていた。そのせいか2人の女性には一科生である森崎にわだかまりのようなものが見て取れる。

 

「あー、はじめまして、1-A 森崎駿だ。」

 

 そんな空気を感じてか、森崎は一団に近づくととりあえずと自己紹介をする。

 

「1-E 司波達也だ。昨日ぶりだな」

「同じく、千葉エリカ、よろしくー」

「同じクラスの柴田美月です。よろしくお願いします」

 

 各々が自己紹介を済ませる。率先して達也が自己紹介を返し、少し怪訝な雰囲気を漂わせていた女子生徒も、森崎の態度と男子生徒2人が知人である様子から、和やかに自己紹介を返す。

 

「さっき言ってた俺の隣で居眠りしていたブルーム様だぜ。な、いいやつっぽいだろ」

「あれは狸寝入りしてただけだから、決して居眠りしてたわけじゃないから」

 

 ニヤニヤとしながら皮肉を投げつけるレオに反論する森崎。

 

「たしかにウィードよりたくましそうね」

 

エリカも楽しそうに合いの手を入れる。

 

「あの、達也さんは森崎君と知り合いなんですか?」

「いや、挨拶を交わしただけだな」

 

 美月の疑問に達也は端的に答える。ほとんど他人のようなものだが先ほどのように親しげに自己紹介したのは、美月とエリカの警戒を解すためであったらしい。そんな達也を森崎はまじまじと見る。

 

「?どうかしたか」

「いや、総代の司波深雪さんって」

「ああ、妹だ。ついでに言うと双子じゃなく年子だ」

 

 何度となく繰り返される質問にそつなく答える。

 

「しかしよくわかったな、あんまり似ていないのに、苗字だってありふれてる」

「入学式の2時間前に来る理由なんて限られてるからね。妹さんに付き添ってたんだろ」

「その通りだ」

 

 ニヒルな笑いを浮かべる達也を森崎は内心警戒する。こいつは俺より先に講堂に入ることもできたはずだと。もっとも目立つのを好まない達也がそんな真似をするはずがない。初対面といっても過言ではないこの状況で、森崎がそれをわかるはずもないが。

 

「俺は開校時間、3時間前に来てたもんね」

 

 よくわからない言葉を返され、達也も少し困惑する。

 

「たしかにそんな早い時間に登校する新入生なんてわけありか張り切って空回りしてるやつだけだろうな。一番乗りだって息巻いてたくせに実はそうじゃなかったっていうだけで露骨に落ち込むようなやつとかな」

「そういうレオはなんで俺の隣に座ったのか聞きたいな」

 

 この男、森崎に話しかけるときはいつもニヤニヤしている。おそらく内心虚仮にしているのだろう。実に面白くない。なのでこちらもお返しをする。

 ここにきて一科生と二科生の隔たりを森崎は感じていた。そんな中で好き好んて一科生の隣に二科生が座るとは思えない。そんなことを考えてのいじわるな質問だった。

 

「そりゃ、俺が一番最後だったからよ」

 

 悪気もなく答えるレオに森崎はこのことについて考えるのを辞めた。

 

「混んできたな」

 

 達也のつぶやきに周りを見回す。たしかに少し話しているうちに大分混んできた。最前列に陣取る達也たちにはあまり関係なかったが。

 

「妖精姫の名前は有名だからな」

 

その容姿も相まって、ファンクラブもあるという話だ。

 

「森崎君もその口?」

 

 エリカが面白そうに聞いてくる。この中を一人で見学しようとしていた森崎を訝しんでのことだ。

 

「俺は九校戦でスピードシューティングの出場枠を狙ってるからな。そうでもなくても十氏族嫡流の実技だ。興味を持つなっていうのも無理がある」

 

 ここにきて他の面々は少し森崎を見直した。いや、一科生二科生分け隔てなく接する彼には好感が持てていたのだが、言動が少しばかりずれていたのでいささか侮っていた。彼は単純に己を磨くためにこの学校へ来たのだ。ちっぽけな優越感と馴れ合いのためではなく。そして確たる目標も持っている。今まで突っかかってきた一科生と同じとは思えない。

 

「見えない」

「おい、なんで補欠が前にいるんだ」

 

 そんな感慨をぶち壊す言葉に面々は現実に引き戻される。もっとももう慣れたのかその罵詈雑言を無視し、始まった3年生の実技に目を移す。しかし達也だけは悪態をつく一科生のさらに後方の気配に気づき若干居心地悪そうにしていたが。

 

 

 

 

 幼稚な一科生との交流に深雪の心はささくれだっていた。昼食だってご一緒したかったのに、本当だったら見学だって。そんな望みも叶うべくなく、気づかれないように嘆息する。

 他の一科生に提案され闘技場に来たはいいが、この集団において決定権を持つ深雪がさしたる指針を持っていなかったのに加え、集団の大きさも相まって闘技場に着いたときには既に場所も空いてなかった。

 そこで先頭集団に二科生が混じっていることに気付いた同級生達の幾人かは文句も口にしていた。そんななか、深雪はその二科生の中に最愛の兄が居ることに気付いた。楽しそうに学友と見学している兄を。その兄に向かって罵詈雑言を並べ立てる同級生に敵意が向く。もっとも表面上は何事もなく微笑を浮かべていたが。しかし徐々に彼女の周りに変化が現れる。気にするほどでもないが、彼女の魔法が暴走し気温が下がっているのだ。

 そしてその一団に同級生が居ることに気付く。自分と同じ立場であるはずなのに最愛の兄と仲良さそうに見学している森崎を。彼が他の一科生からよく思われていないことも彼女は認識していた。

 その類稀な容姿に加え、最愛の兄に相応しくあろうと完璧をこなしてきた彼女は思う。自分ももっとわがままに過ごせば良かったのだろうかと。例え他の皆に見捨てられても最愛の兄は彼女を見捨てないだろう。そうすればもっと思い通りに過ごせたかもしれない。そう思いながら彼女は微笑を深め、周りは肌寒さを感じていた。

 

 

 

 

「さっきは結構暑かったのに、涼しくなったな。うん、いい塩梅だ」

「…ああ」

 

 これだけ人でごった返していると空調が効いている室内とはいえ蒸し暑さを感じる。先ほどまで空調が効いていなかったかと思うほど涼しくなっていく室内に森崎が感想を漏らす。その原因に気付いている達也は相変わらず居心地悪そうに相槌をうつ。

 

「あ、会長さんです」

 

 美月が真っ先に会長を見つける。メガネをつけているのに目はいいらしい。もっとも現代の医療では視力を簡単に取り戻せるのだが。そして一時期吉田一門に属していた森崎はその理由もあたりをつける。

 今回の授業は射的だ。会長は端末に的の設定を入力し立ち位置につく。

 

「小っさ」

「最初から最高難度のコースを選択したみたいだな。」

 

 エリカの呟きに達也が答える。表には出せないが彼もこの競技は得意だ。そして的の小ささと数からコースを的確に判断する。因みに森崎も小さいと思った。身長が。

 

「いいところ見せようってか。いや実力は微塵も疑ってないけど」

「始まりますよ」

 

 茶々をいれる森崎を美月が遮る。見かけによらず胆力もあるらしい。

 そんな中真由美は一射目を放つ。それと同時に次々と現る極小の的を危なげなく打ち抜いていく。それどころか乱舞を始める的もたちどころに射ち抜いていく。彼女の実技を見学できた幸運な生徒達は皆息をのむ。目で追うのもやっとな動きであるのに、気づいた時にはそれらが射ち抜かれていくのだ。そして終了のブザーがなる。結果はパーフェクト。

 

「すごい…」

 

 誰かが漏らしたのと同時にそこここに喧噪が起きる。

 

「まだまだ余裕って感じだったな」

「速すぎてどんな魔法を使っているのかわかりませんでした」

「なんか小さい礫が飛んでたのは見えたんだけど」

 

 感嘆するにレオに、美月は疑問を口にする。エリカは今のが見えていたらしい。こいつも只者じゃないな。

 

「ドライ・ブリザード、空気中の二酸化炭素をドライアイスに圧縮して射ち出す収束・発散・移動の系統魔法。会長のはそれを素に七草家が創った『魔弾の射手』という魔法だ。オリジナルと違うのは発射口を自在に設定できる点だな」

 

 達也の解析に頷く。こいつは見た目どおり博識らしい。七草家はこの魔法は秘匿していない。むしろそのフレキシブルな威力設定と広告塔の長女を用いてアピールしていた。ただし調べればわかる程度だが。

 

「それと同時に知覚系魔法マルチスコープも用いて照準をあわせていたな」

「なんだそれ」

 

 聞きなれない言葉に今度は森崎が質問する。

 

「物体を多角的に知覚する魔法というよりスキルに近いものだ。生身であの射撃は難しいからな。因みに入学式の時も使っていた」

 

 人の悪い笑みを浮かべながら達也は答える。その中の聞き捨てならない科白に森崎は一瞬目の前が真っ暗になった。

 

「お前の寝顔もバッチしだな」

 

 やはりこいつだ。レオがすかさず茶化す。

 

「俺は風紀委員長だけでなく生徒会長にも目を付けられているのか…」

「あっは、入学式でお叱り受けてた一科生って森崎君のことだったんだ」

 

 途方に暮れていた森崎の独白にエリカが食いつく。

 あの時野次馬が何人か居たが、あの風紀委員長は気にもせず尋問してきた。素直に恥ずかしくて俯いてだけですと答えたが信じてくれたかどうか。尋問の途中からなんか変な匂いがしたが、目の前の麗人から漂っているのかと考えると興(ry。

 まああの始終が広まっていたらしい。

 しかしこの時森崎は気づいていなかった。彼が一科生のプライドを逆撫でし、深雪には言いようのない敵意を向けられ、担当教諭には目を付けられていることに。二科生とも関わりがないだけで彼に好意を向けるものは居ないだろう。それなりに評価しているのは入学式の朝に挨拶をした上級生ぐらいである。彼は挨拶にしても一科生二科生関わりなく挨拶し、それを上級生は好意的に受け止めていた。

 森崎は身の振り方を改めないとと考えながら他の先輩達の実技に目を向ける。

 

「ふふ、やっぱり仲がいいのね、面白い子」

 

 ある上級生が一人ごちる。

 

 

 

 

「さて次はどこに行くか」

 

 3年生の実技が終わり、レオが意見を求めた。会長の実技が終わった時点で退室する失礼なやつも居たが達也達は最後まで見学していたのだった。どうやらあの煩い一科生どもは興ざめしたらしく、同じくらいのタイミングで退室していたのだった。おかげで妹には悪いが達也はリラックスした気分で見学をしていた。ところどころで挙がる質問にもそつなく答えていた。

 

「俺は朝に工房は回ったからなー、お前らは?」

「あたしたちもよ」

「この女のせいでつまみ出されたがな」

 

 エリカの答えにレオが抗議を入れるが、すかさずエリカがレオの足を踏む。

 

「となると」

「体育館ですか」

 

 レオの苦鳴を無視し、森崎は話を続ける。それにしても俺って体育会系に見えるだろうか。美月の答えに若干の心地悪さを覚える。まあ家業もあるので鍛えてるとは思うが、ごのグループにはさらにごついやつが二人もいるので、何とも言えない気分になる。もしこの時達也が答えていたならば美月はこう返しただろう。

 

「いや、図書館だ」

「賛成だ」

 

 達也がすかさず同意する。珍しく乗り気のようだ。本当は一人で調べものでもしたいのだがこれも良い機会と達也は思っていた。図書館に着くと達也は手近の端末を操作し目録を高速でスクロールしていく。

 

「悪い、俺は地下書庫の方に行く。時間はどうする?」

「ホームルームまでここで調べものしてもいいんじゃない」

 

 達也はどうやら地下書庫にいくらしい。機密文書があるから連絡手段が限らている場所だ。エリカが返答し他の面々も異議は無いようだ。思い思いの方向へと散っていく。森崎も個室ブースに入り、モータースポーツに関する書籍を読みふける。集合時間10分前に集合場所に向かう。しばらくして全員が集まる。

 

「今日はここまでだな、じゃあ俺は教室に戻るわ」

「ああ、またな」

「バイバイ」

「さようなら」

「また今度」

 

 レオ、エリカ、美月、達也の別れの挨拶を受け取り、森崎は教室へ向かう。

 

 

 

 

「速いな」

「あー、競歩でもしてんのかあいつ」

 

 どんどん遠ざかる森崎の背に達也が感想を述べ、レオが返す。エリカと美月は笑いを堪えていてそれどころではなかった。

 

 

 

 

 

 やっと帰れる。これでは足取りも軽くなろうというもの。あの面々との時間はなかなかのものだったが、今この瞬間にはやはり敵わない。教室に入り、すでに集まっていた生徒達の刺すような視線を屁とも思わず、端末を立ち上げ…、そしてテンションが駄々下がりになる。

 

 

 

 

 放課後、森崎は担当教諭に呼び出されていた。今朝のことは露ほども出さず教諭は本題を切り出す。

 

「風紀委員ですか?」

「ええ、成績も申し分ないですし、ご実家のこともあります。教員全会一致で今年の風紀委員にあなたを推薦することになりました」

「はあ、わかりました喜んでお受けします」

 

 少し戸惑いながら返事をする。予想外である。はっきり言って実りがあるとは思えない。しかし断ったら家名に瑕がつくし、何より自分はこの教諭には目を付けられているのだ。

 

「風紀委員になるのですから、言動には注意をしてくださいね」

 

 ほら、釘をさしてきた。

 

「はい、家名もご考慮されてのことなら猶更です。それと今朝はすみませんでした。」

 

 頭を下げ、担当教諭が頷きその場はお開きとなる。そのまま森崎はブルーな気分で校門へと向かう。

 

「いい加減に諦めたらどうなんですか? 深雪さんは、お兄さんと一緒に帰ると言っているんです。他人が口を挟むことじゃないでしょう」

「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」「そうよ!司波さんには悪いけど、少し時間を貸してもらうだけなんだから!」

 

 校門へと向かう道の往来で何やら諍いが起こってる。聞き覚えのある声を筆頭に見知った顔が雁首並べていた。邪魔なことこの上ない。無視だ無視。あっ、どっかの馬鹿がCADをかざしてそれをエリカが棒で払った。レオは手で取ろうとしていたが何考えてんだか。今度はエリカとレオの二人が諍いをはじめた。やつらなら司馬懿すら引き出せるであろう挑発っぷりである。勿論それを見た一科生は

 

「この」

 

 魔法を発動させようしたその時、森崎は集団の端の左脇へと足を踏み入れた。ちょうど諍いの中心線に足を踏み入れたとき同級生達の魔法式が砕け散り、サイオンの輝きを横目にさらに歩を進める。

 

「止めなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!そこの君も持ちなさい!」

 

 反対方向から勇ましい声が聞こえ固まる。集団のところから一歩踏み出した時だった。えっ、誰かいるの?と周りを見回すが

 

「森崎君、君のことだ」

 

 風紀委員長の呆れた声が聞こえる。仕方ないので姿が見える諍いの中心点へと戻る。なんか主犯みたいな空気だ。俺全然関係無いのに。

 

「あなたたち、1-Aと1-Eの生徒ね。事情を聞きます。ついて来なさい」

 

 風紀委員長の有無を言わさぬ気迫にしかし、森崎は足掻こうと試みる。

 

「あの俺、」

「すみません、悪ふざけが過ぎました」

 

 そこへ達也が割って入る。実は達也は森崎が学校から出てきていた時から気づいていた。他の面々はヒートアップして全然気づいていなかったが。森崎の性格から考えて避けて通るかと思ったが彼が早足でこちらに近づいて来たのをみて、仲裁を期待した。してしまった。そして集団脇を通り抜けようとしたときに落胆した。いや、改めて実感したというべきか。だから達也は決めた。森崎を巻き込むことに。

 

「悪ふざけ?」

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学の為に見せてもらうだけのつもりだったんですが、あんまり真に迫っていたもので、思わず手が出てしまいました」

 

 この野郎、巻き込みやがった。CADを弾かれたのは俺じゃない。どう考えても無理がある。しかしここで否定すれば話が余計にこじれる。…仕方ない。

 

「はい、家訓は抜くときは殺れです」

 

 そうして横を向き、クイックドロウの反復練習を始める森崎。派手なパフォーマンスで目を引き付け、その間にCADを弾かれたやつはそそくさとCADを拾っていた。くそが。そこからなにやらまた問答を始めているがイライラした心を落ち着けうるために無心に反復練習を行う。その華麗なCAD捌きに当事者の幾人かはこちらに目が釘づけになっている。

 

「……会長がこう仰られていることでもあるし、今回は不問にします。以後このようなことの無いように」

 

 どうやら話がまとまったようだ。当事者たちは姿勢を正し一斉に頭を下げる。そこで森崎はささやかな抵抗をしてしまった。一人無視して反復練習を続行したのだ。シュッシュッ、子気味良い音が無音に鳴り響く。いつまでも立ち去らない会長達に一年生は訝しく思うが、すぐに何が起こっているか理解した。後ろの馬鹿は謝罪していないのだ。いや、たしかに当たり前だが空気を読んでほしかった。そんな中、生徒会長は笑みを絶やさずに、しかし不穏な空気を醸し出す。風紀委員長はごみを見るような目でこちらを見ている。あ、なんだろうゾクz(ry。

 そこで意を決して達也が頭を上げ森崎に振り向く。殺気をこめながら。野郎の殺気に当てられ、森崎は反復練習をやめ向き直る。

 

「すみませんでした!」

 

 手に持っていたCADを手品のようにしまいながら謝罪をする。それを見届けると会長と風紀委員長は溜息をついて踵を返す。が、一歩踏み出したところで足を止め、背中を向けたまま問いかけを発した。

 

「君の名前は?」

「1-A 森崎駿です!」

「違う君じゃない」

 

 呆れたように振り返り、達也へと目を向ける。頭を下げたままの森崎にはわからないことだが。

 

「1-E、司波達也です」

「覚えておこう」

 

 

 

 

「うーん森崎君か、面白そうだから期待していたんだけどなー」

 

 まあ態度に難があるとはいえ、一科生二科生分け隔てなく接していたように見えた森崎に好意を持っていた真由美はぼやく。

 

「あいつは風紀委員に教員側から推薦されているんだ、全く頭が痛いよ」

 

摩利はまたも溜息をつきながら愚痴をこぼす。

 

 

 

 

「すまないな、巻き込んで。まあ罰は無かったんだ。結果オーライだな」

 

 真っ白に燃え尽きた森崎に達也が声をかける。近くに居たことに気づいた時は心の中で薄情者と叫んでいた二科生も、今の森崎にかける言葉が見つからない。達也以外は。

 

「司波さん、こちらも熱くなって、その、すまない」「ごめんなさい」

 

頭も冷えた一科生も各々謝罪の意を述べる。まだ納得はできないもののこの場でまた言い争いをするつもりも無かった。気に入らないとはいえ森崎があまりに不憫で。そんな中おさげの少女は意を決して達也達に告げる。

 

「……駅までご一緒してもいいですか?」




会長の魔法の説明繰り上げー、まあ九校戦で描写はないでしょうし。
図書館ではマカロニウエスタンの絶版小説を手に森崎がテンションをあげる話も考えていましたが、100年後の図書館のイメージが湧かなかったので無難に済ました。

それではお読みいただきありがとうございます。


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第四話 立ち上がれ林崎

お気に入りが増えてて感謝の極み。


 新しい環境、新しい友、そして新しい試練。スピードジャンキー森崎は入学2日目にして幾多もの洗礼を受ける。いわれのない非難、敵意、勘違い、そして裏切り。しかし森崎に立ち止まることは許されない。先駆者とは常に困難がつきものなのだから。

 

4話 立ち上がれ林崎

 

「……駅までご一緒してもいいですか?」

 

「いいよ!」

 

光井ほのかと名乗った同級生の女子の言葉にさっきまで燃え尽きていた男が返事を返す。

 

「いや、てめえに聞いたわけじゃないだろ」

 

「巻き込んだ上に放置プレイか」

 

 レオのつっこみに拗ねたように森崎は膝を抱えて、地面に指で円を描く。時折チラチラと見返してくる動作がうざいことこの上ない。

 

「呆れた、どうする達也君?あたしは別にいいけど」

 

「深雪は?」

 

「喜んで」

 

 

 

 

「……じゃあ、深雪さんのアシスタンスを調整しているのは達也さんなんですか?」

 

「ええ。お兄様にお任せするのが、一番安心ですから」

 

 他の面々が会話に花に咲かせているなか、森崎は内心落胆していた。先ほどのことを思い出してではない。森崎の帰路には駅は無いのだ。つまり回り道。しかし今更言い出せるはずもなく、昼間に余分に栄養補給していたことに感謝していた。

 そんなことを森崎が考えている合間に、会話はエリカのCADについての話題に移っていく。あの時、一科生のCADを弾いたあの棒はCADであったらしい。森崎はエリカがCADを弾いた場面を思い出していた。あの踏み込み、たしかに速かった。しかし。

 

「……術式を幾何学紋様化して、感応性の合金に刻み、サイオンを 注入することで発動するって、アレか? そんなモン使ってたら、並みのサイオン量じゃ済まないぜ?よくガス欠にならねえな? そもそも刻印型自体、燃費が悪過ぎってんで、今じゃほとんど使われてねえ術式のはずだぜ」

 

「おっ、流石に得意分野。でも残念、もう一歩ね。 強度が必要になるのは、振り出しと打ち込みの瞬間だけ。その刹那を捉まえてサイオンを流してやれば、そんなに消耗しないわ。兜割りの原理と同じよ。……って、みんなどうしたの?」

 

 レオの問いかけに何でもないことのように返したエリカに、森崎以外の面々は感心とあきれを滲ませ、深雪が代表して答える。

 

「エリカ……兜割りって、それこそ秘伝とか奥義とかに分類される技術だと思うのだけど。単純にサイオン量が多いより、余程すごいわよ」

 

「そう、でもねえ」

 

 エリカが森崎に視線を移す。エリカは森崎の反復練習を見ていた一人だ。勿論、考えていたことは一つ、自分はあのCADを捌けるだろうか。CADである以上魔法の発動にラグがあるはずだが、それでもなんとかというところだろう。もしあれがCADではなく拳銃だったら。くしくもエリカも森崎と同じような結果を思い浮かべる。拳銃とCADの違いはあったが。

 

「うちの高校って一般人の方が珍しいのかな?」

 

「魔法科高校に一般人はいないと思う」

 

それを汲んで美月は天然気味な疑問を浮かべ、雫が的確にツッコミをいれる。

 

 

 

 

 あの一幕から二日たった。最初のニ日間が嘘のように昨日は平穏であった。

 あの日一緒に帰った深雪たちだがクラスでは挨拶を交わす程度だ。あの3人と仲良くしようものなら、やっかみが怖い。まずは外堀から埋めねばなるまい。つまり同性の友達である。しかしこれも今のところ糸口が見えない。今の森崎に話しかけるのはホモくらいなものだろう。

 

「あの森崎君」

 

 そんなことを席で考えていると後ろの男子生徒が話しかけてくる。そうか。お前がそうか。ベストポジションに隠れてやがった。

 

「えーっと」

 

「屋良内だよ」

 

「”やらない”か、どうしたんだ」

 

「森崎君って入試のとき、実技で凄い結果出してたよね。僕、君の後ろだったんだよ」

 

 ダッタンダヨ、ダッタンダヨ。神よ、やはりそうか。日本人男性の1割が潜在的なホモという統計もある。確率としては低くない。

 

「俺の実技で目立った記録は速度しか無いはずだが」

 

 森崎の実技は構築速度が図抜けていて、規模と干渉強度は一科の平均くらいであろう。

 

「それでもすごいよ。200msを切るなんて、信じらない。どうしたらそんなに速くなるんだい?」

 

 血筋だ。もっともそんなことは言わなくてもわかっているはず。

 

「反復練習だな、それと魔法の理解」

 

「うーん」

 

「どうしたんだ」

 

「いや、すごい当たり障りのない答えだったから」

 

「速さに近道なんてないさ、道のりに個人差はあるけどな」

 

「なるほどー、うーん」

 

「まだ不十分か」

 

「いや、良かったら実技の時間にでも見てほしいんだけど、いいかな」

 

 そうやって、俺の孤独につけ込む気だな。前のしっぽが丸見えだぞ。

 

「先生方に教えてもらった方がいいと思うが」

 

「でも森崎君って、あの”森崎”でしょ。そういった技術も体系化されてるんじゃないの?」

 

 家名を出されると言い返せない。数字を持たない百家の末端ではあるが、それなりの誇りは持ち合わせている。

 

「そこまで言うならいいだろう」

 

「良かった。約束だよ」

 

 俺の手を無理矢理に握ってくる。あ、暖かい。くっ、だめだ、しっかりするんだ森崎駿。

 

「見込みがなければ、すぐに辞めるからな」

 

「勿論だよ」

 

 

 

 

「”やらない”か(?)」

 そんな不穏な言葉が深雪の耳に入る。思わず声の方向に顔を向ける。森崎だった。まさか、まさか。そこで会長の実技見学でのことを思い出す。最愛の兄と仲良さそうに話す森崎を。そして、警戒を強めていく。深雪は言い知れぬ不安にかられるのであった。

 

 

 

 

 放課後には風紀委員の集まりがあった。今日から新入生部員勧誘週間がはじまるため取り締まりを強化するためだ。しかしそれにいきなり借り出すとは。昨日は風紀委員に呼び出されるんじゃないかと、ビクビクしていたのに、これもまた拍子抜けである。風紀委員長は育成という言葉を知らないらしい。勿論一番に集合場所に到着し、次々と集まってくる上級生にも挨拶をこなしていく。しばらくして紋無しの制服を着た見知った男子生徒が入ってくる。

 

「達也!風紀委員に選ばれてたのか?」

 

「森崎か、ああ成り行きでな」

 

 やりづらいだろうに、平然とした態度をしている。こいつの実力は知らないが、その姿だけで頼りになる。二人して席に着く。その後二人の3年生が入室し、9人になったところで会議が始まった。達也と2人、自己紹介をしたところで他の上級生から質問があがる。

 

「誰と組ませるんですか?」

 

「前回も説明したとおり、部員争奪週間は各自単独で巡回する。新入りであっても例外じゃない」

 

「役に立つんですか」

 

「ああ、心配するな。二人とも使えるヤツだ。司波の腕前はこの目で見ているし、森崎のデバイス操作も卓越したものだった。森崎静かにしろ」

 

実力を披露すべくガンプレイを行っていた森崎を摩利がどやす。

 

「それでも不安ならお前が森崎についてやれ」

「やめておきます」

「本当にいいのか?後悔しないな?」

「え、ええ」

 

 よほど森崎のことが心配らしい。委員長が念入りに聞くが上級生は戸惑いながら遠慮した。これを最後に反論は無くなる。

 

「これより、最終打合せを行う。巡回要領については前回まで打合せのとおり。今更反対意見はないと思うが?よろしい。では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。司波、森崎両名については私から説明する。他の者は、解散!」

 

 全員が一斉に立ち上がり、踵を揃えて、握りこんだ右手で左胸を叩いた。

 その後、達也と二人で委員長からレコーダーの使い方を教わり、取り締まり行動についての原則を聞く。それが終わると達也は備品のCADを借りたいと申し出た。了承を受けた達也はCADを2つ身に着ける。

 

「パラレル・キャストか。お手並みを拝見したいな」

 

「今回はちょっと違うがな。俺も本来のスタイルは特化型2丁のパラレルキャストだ」

 

 森崎家の天才児は複数のデバイスを使いこなす。達也もそのことは知っていた。今はレッグホルスターの特化型CAD1つしか装備していないように見えるが、一科生だから汎用型も持ち合わせているのだろう。

 

「準備ができたのなら、早く行け」

 

委員長に急かされ、風紀委員室を退室し、森崎と達也は二手に分かれた。

 

 

 

 

「このやろう!」

 

 達也はそういって切りかかってきた剣術部員を難なくいなし、魔法を放とうとする者には容赦なくキャストジャミングを浴びせていた。

 ただならぬ雰囲気に小体育館にきてみれば、剣道部と剣術部が諍いを起こしていた。女子生徒と剣術部員が防具も着こまず打ち合いをはじめ、錯乱した剣術部員が魔法を発動した時点で、達也は介入したのだった。当事者の確保で終わるはずであったが、紋無しの制服と赤い腕章が剣術部員の感情を逆撫でしたのだろう(達也の言動にもいささか問題はあったが)。逆上して襲い掛かってきた剣術部員を達也は難なくさばいていた。そこで達也は魔法の発動を探知した。

 

(速い!間に合わない)

 

 本来なら相手の確認をするのだが、そんな暇すらないほどの構築速度。フラッシュキャストなら間に合うだろうがこれは秘匿技術である。そして、術式解体を選択し実行すべく、手をかざすがそれすらももはや遅かった。

 

「がっ」

 

 暴れていた剣術部員が全員倒れる。高速で体を揺らされ軽い脳震盪を起こしたのだ。そして達也がかざした手の先には、一人の風紀委員が右手の特化型CADを頭の横で回し、銃口をこちらに向けると、こう言った。

 

「風紀委員だ、全員その場を動くな」

 

 

 

 

 危なげなく剣術部員をさばく達也を、エリカは感心して見ていた。そこでヒューという口笛のあとに聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「おー、やってるやってる」

 

森崎だった。楽しげに乱闘を見ている。

 

「で、悪いのはどいつだ?千葉さん」

 

「達也君に襲い掛かってる連中よ」

 

「それじゃ、お仕事もとい助太刀しますか」

 

「ちょ」

 

 達也はよくわからない魔法で相手の魔法を打ち消すのだ。手を出すのは危険ともいえた。しかし止めようとしたときにはすでにCADを構え起動式を読み込んでいた。

 

(速い!)

 

 そう思った瞬間にはすでに魔法は発動していた。この時エリカは一昨日の自分の考えを改めるのだった。拳銃でなくとも自分にはこの男の武器はさばけないと。当の本人は満足した顔で特化型CADを指先で回している。そしてポーズを決め

 

「風紀委員だ、全員その場を動くな」

 

「プッ、アハハハハハッ、ださっ」

 

 かっこつけすぎた言動にエリカが爆笑する。あまりに締まりのない展開に森崎も固まってしまう。

 

「森崎、お前が風紀委員の名をいうだけでこの場はおさまったと思うんだが」

 

銃口を向けられた達也も非難してくる。森崎はCADを普通にしまい前に出ると。

 

「ごめんなさい」

 

謝罪をしてきた。達也も肩を竦め笑みを浮かべる。

 

「だが、いいセンスだ」




えー、屋良内くんですが出番はかなり絞る予定です。出した理由はいくつかありますが、森崎がボッチなので1-Aの様子が全く書けないからです。安易なホモネタと罵ってもらっても構いません。戦闘描写に関しては生暖かく見てください。もっとも森崎の能力からして、基本一瞬で終わりますが。これもそのうち引き延ばせるよう努力するつもりです。

それではお読みいただきありがとうございます。


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第五話 先陣の風

増えていくお気に入りにニンマリ
それではどうぞ


 スリップストリームという現象がある。先頭の後ろは空気抵抗が減るというものだ。レーサーなどは集団で走り、実力者はここで力を温存する。しかし森崎は思う。真のトップとは常に先陣を走るのではないかと。

 

5話 先陣の風

 

「--以上が剣道部乱入事件の顛末です」

 

へー、そうなんだー。大変だったね。

 

「森崎、相違ないか」

 

「俺はさらにあと、制圧間際に到着したので詳しくは。ただ、目撃者の証言とも辻褄は合います」

 

 他人事のように達也の簡潔で的確な説明を感心して聞いていたら、いきなり会頭に確認をされエリカとのやり取りを思い出しながら返事をする。その後風紀委員長、生徒会長、部活連会頭が今後の対応を決める。

 しかし、この三人で一高の三巨頭とか言われてるらしいが、なんか響きがいやらしい。当人たちは恥ずかしくないんだろうか。

 

「しかし森崎、もう少し穏便に介入できなったのか」

 

「抜くときは」

 

「あーいやいい、今後はもう少し手心を加えろ。違反者とはいえ当校の生徒だ。今回は初日だがら多目に見るが目に余るようならこちらとしても措置をとらねばならん」

 

「肝に銘じます」

 

 今度は俺が当事者達を昏倒させた件について委員長より追及とお叱りをうける。今度からは膝かっくんにとどめておこう。

 部活連本部から出ると達也は生徒会室に向かうといい別れた。俺も教室まで荷物を取りに行かないといけないのだが、億劫になり置き勉を決意しそのまま直帰した。

 

 

 

 

「……、手の空いている風紀委員は現場に向かってください」

 

「こちら司波です。了解しました」

 

 今日渡されたインカムを装着し達也は目的地に向かって駆け出す。その時達也は木陰に魔法の兆候を感知するが、確認するまもなく犯人が体勢を崩す。

 

「大人気だな、達也」

 

横合いから軽口を叩かれる。犯人はそれを確認すると、すぐに逃走にはいる。

 

「あっちは任せた、俺は第一体育館に向かう」

 

「了解した」

 

 魔法の発動を止めた風紀委員、森崎に告げると達也は当初の予定に戻る。

 そういえばあいつはすぐに準備を整え風紀委員室をあとにしていた。そのせいで委員長がインカムを渡しそびれており、見かけたら取りに来るよう言伝を頼まれていたのだが、今は検挙を優先すべきだろう。そう考え、達也は駆けていくのだった。

 

 

 

 森崎は逃走する犯人を照準に捉えるが、構えた特化型CADをおろし、懐から取り出した汎用型CADを操作した。発動した魔法は自己加速。犯人に対抗しようと思ってのことだ。もっとも両者の術式は大分異なる。犯人の自己加速は走行ストライドが長いウサギを思わせる優雅なものだ。対する森崎は神経系に作用し、筋肉の動きを速くする魔法である。視認きないほどに早く動く手足、その動きは3億年の時を生きる不快害虫を想起させるものだ。

 犯人が女子生徒の前を横切りと何事かと女子生徒が目をぱちくりさせる。

 

「待て待てー、御用だ御用だー!」

 続いて後ろから聞こえてくる声に”ひっ”と声が漏れ、腰を抜かす。

 

ピョンピョンピョンピョン、カサカサカサカサカサカサカサカサ

 

「なにあれ」「きもっ」

 

 動き自体は非常に整ったものだが、その速さが不快感を醸し出す。そんなウサギとゴキブリのチェイスに黄色い声援が飛び交うがそれすらも置きざりにして、森崎は前の背中を追いかける。追いかけ追いかけ、そして犯人を追い抜く。トップを走った時の風が頬を叩き、森崎は思わず破顔する。やはり俺は速い!思わず両手を広げガッツポーズを決める。

 と、いきなり地面の感触が柔らかくなり、そのまま倒れこみ、地面にのめりこむ。しばらく滑走してやっと止まり、森崎はなんとか顔を起こす。

 

「風紀委員に魔法をかますとはいい度胸だ!先生怒らないから正直に前に出てきなさい!」

 

「風紀委員って、あんたねー」

 

 ボーイッシュな女子生徒が前に歩み出てくる。

 

「風紀委員です。違反行為により同行を命じます」

 

 立ち上がると泥だらけになって、視認できない腕章を見せ森崎は勧告するが

 

「あんたの方が余程迷惑よ、まわり見てみなさい」

 

「え」

 

 その言葉を聞いて周りを見回すと、トラックコースに動きやすい服を着た生徒たちが目に入る。まばらに新入生らしき生徒もいる。どうやら気づかぬうちに陸上部の勧誘に突っ込んでしまったようだ。

 

「すみませんでした」

 

 謝罪し、何事もなかったように立ち去ろうとするが

 

「待ちなさい。そんな泥だらけの格好で行く気。シャワーでも浴びていきなさい。それと」

「それと?」

 

「いい走りだったわ、あなた新入生でしょ。陸上部に入らない?」

 

 有無言わせぬ笑みに森崎は首を縦に振るのだった。

 

 

 

「森崎、あの犯人はどうなった?」「あっ」

 

 

 

 

 次の日、あれからも達也は幾度となく襲撃を受けていた。検挙数もダントツだ。忙しいだけなのでちっとも羨ましくないが。いっそ校庭のど真ん中にこいつを吊し上げ風紀委員全員で網を張った方がいいのではないか。楽でいいし、この学校もよほど風通しがよくなるだろう。

 思い立ったが吉日。実際に吊るすわけにはいかないので監視することにし、見晴らしのいい校舎の屋上に機材を持ち込みやつの周囲を監視することにした。さいわい森崎家はボディーガードを生業としていてその手の機材を揃えるのに苦労はしない。スナイパーライフル型の特化型CADを準備しスコープとレコーダーをつなぐ。脳波を感知してズームを行うスコープには、襲撃者の名前がわからない可能性が高いので顔識別機能をつけた。念のためにキルリアン・フィルターもつけておく。そばにはスコープをトラッキングする超高性能集音マイクと勧告のためのスピーカーを設置する。無力化した違反者には録画と氏名を抑えてることを勧告し後に出頭してもらおう。近くに他の委員がいるならば任せてもいい。

 こうして意気揚々と取り締まり活動に入る。と、早速違反者を発見し勧告する。

 

「2-B 鈴木信二先輩、違反行動により風紀委員室への出頭を命じます。なお、一連の行動はレコーダーに録画してあるので言い逃れはできません。勧告を無視した場合は罰則が重くなる可能性があります。繰り返します…」

 

膝かっくんされうろたえる生徒に勧告をする。達也君どこ~?

「3-A……」「2-C……」「1-D……」

 

「あの森崎君…」

 

「あっ?」

 

「ひっ」

 

 背後から女子生徒に声をかけられ、本業モードに入っていた森崎はついつい威圧する声を出してしまう。はっ、そういえば達也どこだ。振り返ると小動物のような女子生徒がいた。

 

「あの、生徒会書記の中条あずさです」

 

 それにしても狩猟本能をくすぐる姿だ。

 

「やめてください!射たないでくさい!」

 

 そんな気配を察知してか、思わずあずさが声をあげる。あずさの慌てた声に森崎が正気を取り戻す。

 

「イヤダナーウツワケナイジャナイスカー、それでいったいどんな御用で?」

 

「風紀委員長からこれを渡すようにと」

 

 インカムを渡し、あすさはそそくさと屋上をあとにする。若干涙目だった。インカムを着けスイッチを入れると凛々しい声が耳に入る。

 

「頑張ってるじゃないか森崎」

 

 風紀委員長の声にそういえば許可を取っていなかったことを思い出す。まずい、また目玉をくらうかと思ったが声音にはそれほど険がない。

 

「君のおかげで表で騒ぎを起こすやつはかなり減った。なので他の委員はそこから死角になるところを重点的に見回るよう指示した」

 

 え、それじゃ達也監視できないじゃん。

 

「達也もですか?」

 

「達也君?」

 

「ええ、あいつは違反者を引き寄せる質のようななので周囲を監視すれば効率的に検挙できるのではないかと思って」

 

「ふむ、まあ一理あるがそれはあいつに任せておけ、怪我をする心配もないだろう。お前は引き続き監視、他の委員のバックアップ、それに加え騒ぎがありそうなところは生徒会長に連絡しろ。ことが大きくなる前に生徒会と部活連が仲裁する」

 

「よろしくね森崎君」

 

生徒会長の声が聞こえてくる。なにやら達也にかわり一番忙しくなりそうだ。

 

「はあ、了解しました」

 

「ああそれとこういうことは事前に報告してくれ、私も生徒会もそこまで狭量じゃない」

 

「すみません、以後気を付けます」

 

 よかった、最悪カツアゲされるかと思っていたから一安心だ。もっとも持って帰るのも面倒なので事実上進呈してしまいそうだが。

 

「それじゃ、頑張ってくれ」

 

通信が途絶えると、溜息をつき再びスコープを覗く。

 

 

 

 

「ようやく渡せたな」

 

「摩利もずっと忘れてたんでしょ、自分で渡しに行けばよかったじゃない」

 

「あいつは生徒会の手伝いもするんだ、顔は繋いでおいたほうがいいだろう」

 

 独りごちる摩利に真由美はつっこむが、摩利も言い訳をはじめる。そこに涙目になったあずさが戻ってきた。

 

「どうしたの!あーちゃん」

 

「いえ、大丈夫です。森崎君がちょっと怖かったので」

 

「本当にそれだけ?」

 

「本当にそれだけなんです!ごめんなさい!」

 

「はあ、まあいい」

 

 あずさのわけがわからない謝罪に摩利も真由美も困惑するが、仕方ないので摩利は話を戻すことにした。

 

「しかしあの機材が達也君を監視するためとはな、なかなか友達思いじゃないか」

 

「本当、やっぱりあのときのいざこざは勘違いだったのかしら」

 

 二人は入学2日目のことを思い出す。あの時は落胆したが、こうして付き合ってみると悪いやつではない。突っ走るところがあるが。その時ガタっという音がした。

 

「お、お兄様を監視?」

 

「あ、ああ。君も達也君が度々襲撃されているのは聞いてるだろう。それを心配してのことだそうだ」

 

 深雪が慌てて席を立ち、その剣幕に摩利も圧倒されるがなんとか説明をする。当の深雪はあまり聞いていないようだった。

 

(お兄様を監視、やっぱり森崎君は)

 

 深雪の疑念が確信に変わる。




元ネタは走る名人ですね。割と使い古されたかんがありますけど。
続いて6話を投稿します。


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第六話 先例

実は5話と合わせて一話になってたんですけど、区切りが多すぎたので2話にわけることにしました。
それではどうぞ。


 先導者とは時に傲慢である。己が歩んだ道を是とし、はみ出すものには容赦しない。そう、先導者とは先駆者にとって大敵そのものである。

 

6話 先例

 

「達也、今日も委員会か?」

 

 勧誘週間も終わり、帰り支度中の達也に、鞄を手にしたレオがそう訊ねた。

 

「今日は非番。ようやく、ゆっくりできそうだ」

 

「達也も森崎も大活躍だったもんなぁ」

 

「少しも嬉しくないな」

 

「今や有名人だぜ、達也。魔法を使わず、並み居る魔法競技者レギュラーを連破した謎の一年生ってな」

 

「『謎の』ってなんだよ……」

 

「鷹の目を持つゴキブリってのよりはましだと思うぜ」

 

「…、森崎のことか?」

 

「ああ」

 

鷹の目はわかる。3日目からは屋上で監視していたからだ。しかし、ゴキブリとはいったい…。

 

「そういえばあいつは今日も風紀委員会だったな」

 

 

 

 

「こ、これは」

森崎の目の前にロボットじみたパワードスーツがそびえ立つ。

 

 今日も委員会の森崎は風紀委員室へと来ていた。そこへ辰巳と沢木が入室してくる。風紀委員の通常業務を教えてくれるとのことだ。

 

「森崎君」

 

「はい」

 

「まず君には風紀委員として洗礼をうけてもらう」

 

 辰巳の言葉に緊張がはしる。集団リンチでもされるのだろうか。

 

「ついてこい」

 

 そういって、風紀委員室の近くの倉庫へと連れられた。倉庫に入るが、中は暗くて周りがよく見えない。そこで明かりがついた。

 そこにはロボットじみたパワードスーツがそびえ立っていた。顔の部分には一本のバイザーがあり口の部分は空いている。まるい頭の上にはパトランプが乗っており、全体的に丸みを帯びた装甲は動きの邪魔にはならないが、正対したものに十分な威圧感を与える。胸には筆文字で”風紀”と書かれていた。

 

「こ、これは」

 

「当校の2代前の生徒会長と風紀委員長が、風紀委員の士気高揚のために開発したパワードスーツだ。途中で予算不足に陥り、残念ながら完成にはいたっていないがそれでもかなりの性能を持っている」

 

 にやけながら辰巳が説明をする。余程誇りに思っているのだろう。いつもよりしゃべり方もかたい。沢木は先ほどから仏頂面で時折頬をひくつかせている。彼も緊張しているのかもしれない。

 

「今日君にはこれを着用して取り締まり活動を行ってもらう。これは栄誉だ。そして風紀委員としての誇りを胸に刻んでもらいたい」

 

「サーイエッサー」

 

 思わず敬礼をしてしまう。電源を入れると装甲が開いていく、両足からいれ次いで腕を空洞の中に押入れる。背中を合わせると、装甲が閉じ空気が抜ける音とともにサイズがフィットする。脚部に重点が置いてあるのか目線もいつもより高くなり、辰巳と沢木を見下ろす格好になる。

 

「巡回ルートは自由だ、部活棟の方は部活連が担当するので君は校舎の方を巡回してきたまえ。それでは健闘を祈る」

 

「了解しました。発進!」

 

そういって森崎はサスペンションが効いた音を奏でながら倉庫を出ていく。しばらくして

 

「ぶ、あははははははは、あいつ、まじで着ていったぞ、ははははは」

 

「はーはー、辰巳先輩、純真な入学生のぷくっ、笑うのはっくくくくく」

 

「発進!ははははははは」

 

辰巳と沢木の爆笑が倉庫にこだまする。

 

 

 

 

「じゃあ、私そろそろ部活行くね」

 

「うん、じゃあねーエイミィ」

 

 乗馬部へ向かうべく、明智英美が教室の扉を開けると

 

「……」

 

 目の前にロボットが横向きに立っていた。ロボットもこちらに気付き顔を向けてくる。一本線のバイザーに口元は空いている。取りあえず勢いよく扉を閉める。

 

「どうしたの、エイミィ?」

 

「うーん、廊下に変なロボットがいたんだよね」

 

「なにそれ」

 

目頭を押さえながら答え、意を決してもう一度扉を開ける。

 

「い」

 

 目の前にロボットが正対していた。ロボットはこちらに視線を下すと口元にニタァっとした気色悪い笑みを浮かべ、バイザーをあげる。

 

「やあ」

 

「いやあぁぁぁぁぁ」

 

 

 

 

「姐さん、じゃあ俺たち帰りますわ」「お疲れ様です」

 

 今日も風紀委員に顔を出していた摩利に辰巳と沢木があいさつをする。二人には森崎の教育を命じていたんだが

 

「あれは逸材でさあ姐さん」「自分もあれほどの人物は見たことがありません」

 

 そういい教えることはもうないから、先に帰ると言ってきた。

 二人が帰ってしばらくして、廊下の方からガッシャンガッシャンという音が近づいてくる。そして風紀委員室の扉が開けられる。

 

「お疲れ様です、委員長。早速違反者一名、検挙しました」

 

「きゅー」

 

 ”あれ”を着こんだ森崎が女子生徒を肩に担いで見下ろしていた。摩利の目から光が消え失せる。

 

「……、それをどこで見つけた森崎」

 

「はっ、辰巳先輩と沢木先輩がはじめての巡回にはこれを着けるものだといい、大変な栄誉であることを教えてもらいました」

 

「そうか…、そうか…」

 

 摩利は何かをため込むように項垂れた。

 

 

 

 

 昨日は大変な目にあった。どうやら自分はあの二人にからかわれたらしい。今頃はお星様となっているであろう二人の先輩に心の中で別れの敬礼をする。俺にびっくりして魔法をはなってきた明智さんもお咎めなしだった。

 

「いいか森崎、風紀委員は威圧してはいけない。いつも校舎には我々が居ることを認識させ、行為を踏みとどまらせる。それが本来の風紀委員の役割だ」

 

 そういい今日も”まともに”取り締まりを行えと命令され、俺は現在1-Aに潜伏中だ。

 風紀委員があらゆる現場に居ることは不可能だ。だから違反者達には常に自分たちが監視されていると錯覚させねばならない。居ないのに居る……。ならば潜伏して網をはり検挙するのが一番だと思い、現在俺は教室の隅っこでアンパンをかじりながら段ボールのなかに居る。

 しばらくして、男子生徒が入ってきた。妙にそわそわして見るからに怪しい。ある席に近づいていく。

 

(あれは司波さんの席)

 

 そこで男は意を決したようにかがみ、司波さんの椅子に顔をこすりつけはじめた。

 

(へ、変態さんだー!)

 

 この時、森崎は一瞬迷った。風紀委員の取り締まり対象は魔法の違反。犯罪行為は生徒会の領域だ。しかし黙って見過ごすことは森崎にはできなかった…。急いでアンパンを食べ、段ボールはねのけ立ち上がる。

 

「風紀委員だ!ゴクッゲホゲホッそこの男子生徒動くな!」

 

 今日は達也も委員会に呼ばれていた。勧誘週間の報告書作成にヘルプとして呼ばれたのだ。雑談をしながら作業を進めていると森崎が一人の男子生徒を頭にCADをつきつけながら連れてきた。

 

「森崎、違反者か」

 

「いいえ犯罪者です」

 

 ただならぬ雰囲気に摩利も眉をひそめる。厳密に言えば生徒会の仕事だが切り離せるものでもない。

 

「罪状は?」

 

「1-Aにて、とある女子生徒の席で猥褻行為に及んでいました」

 

 そこで達也が作業をやめ、森崎に質問する。

 

「誰の席だ?」

 

「……」

 

「森崎、答えろ」

 

 森崎はたまりかねたように頭を振りながら答えた。

 

「……司波さんの席だ」

 

 達也から殺気が漂う。見目麗しい妹の周りにはこういった輩が絶えないが達也は一度も容赦したことはない。

 

「そいつの調書は俺がとろう」

 

「森崎、君は上から真由美を呼んできてくれ」

 

「了解しました」

 

 それから数日たって、達也と取り締まりをしていた。あの日の後のことは知らない。知りたくもない。

 

「なるほど、取り締まりってこうやるのか」

 

「今まで何やってたんだ」

 

「段ボールに隠れて網はってた」

 

 合理的な達也の取り締まりに感心していたら、呆れたように尋ねられ、その答えにさらに呆れられた。

 

「ところで達也」

 

「なんだ」

 

「少し手伝ってほしいことがあるんだが」




この話がやりたかった……。満足。
2話に分けて思ったこと。冒頭の文は先に中身書いてた方が書きやすい。必要ないんですけどね。

それではお読みいただきありがとうございます。


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第七話 再臨

お気に入り100件突破。ありがとうございます。
それではどうぞ。


7話 再臨

 

 今日から実技の授業がはじまる。そのせいか教室内も少しざわついている。彼らは一科生として魔法科高校に入学したのだ。皆自分の実力に相応の自信を持ち、不安よりも期待の方が大きいのだろう。

 

「森崎君、今日から実技だね」

 

「ああ、とはいえ初日だから簡単な内容だろ、張り切ることもない」

 

「でも、僕の魔法、見てくれるんだろう?」

 

 こいつ、屋良内はどうやら授業よりも俺に実技を見てもらえることの方が嬉しいらしい。しかし、俺はこいつの本当の目的を知っている。

 

「それじゃ、俺たちも行くか」

 

「うん」

 

 さりとてクラス内に同性の友人?が彼しか居ないから、無暗に突き放すこともできない。やはりこいつはホモだ。しかも計算高いホモだ。だが甘い。一科には教諭がつくのだから手取り足取り教えることはできまい。

 

 

 

 

「はい、それでは二人組を作ってください」

 

 oh...、額に手を当て天を仰ぎみる。神よ、何故だ。実技初日はレクリエーション形式らしいが、本当は教諭が面倒なだけじゃないのか。

 

「といういことだから、よろしくね森崎君」

 

「…ああ」

 

 しばらくして実習が始まった。五十音順で若い方から始めるため、森崎と屋良内は後ろの方になる。内容は簡単な術式をコンパイルするだけの授業だ。

 しばらくして深雪の番となり、実習室内のざわめきが止む。どうやら皆、新入生総代の深雪の実力が気になるらしい。そんな視線などないかのように、彼女は平然と前に歩み出た。そしてCADに手をかざす。結果は230ms。平均を大きく上回る速度だ。

 

「すごい」「さすが総代だな」

 

 そんな喧噪の中も授業は次々進み、森崎の出番になった。屋良内は嬉々として見つめているが他の連中はあまり気にしていない様子だ。目立たないように今のうちにすまそう。そう思いデバイスに手をかざす。結果は175ms。圧倒的な速度に喧噪がピタリと止む。しばらくしてヒソヒソと話し声が聞こえてくる。

 

「うそ、司波さんよりも速いなんて」「でも総代は司波さんだろ?」

 

「他の項目が苦手なんじゃないか」「おつむの方が空っぽって可能性もあるぜ、なんせウィードとつるむぐらいだからな」

 

 ちらほらと聞こえてくる悪態に溜息をつく。これを聞きたくなかった。他の評価項目が苦手ってのはある意味正しい。一科平均程度だからな。しかし筆記の方を疑われるとは、そこまでできなかった覚えもないんだが

 

「流石だね、森崎君」

 

 そんな荒んだ心に清涼な言葉が沁みる。今なら…、ハッいかんいかん。

 

「次はお前だ。ここで一つアドバイスだ、屋良内。クールにな」

 

「クールって、冷静にってこと?ちょっと緊張してるんだけど」

 

「司波さんだってクールだったろ。焦ると遅くなるぞ」

 

森崎はそういうと、デバイスの前から退く。

 

 

 

 

「お兄様というものがありながら…」「どうしたの深雪?」「いえ、何でもないわ」

 

 

 

 

 放課後、教室で部活へ行く準備をしていると

 

「全校生徒の皆さん!」

 

 スピーカーから大音量が発せられる、事件か…、放送室だな。そう思い教室を駆け出す。走りながらも内容が聞こえてくる。どうやら一科と二科の差別撤廃を訴えているようだ。森崎もこの学校の一科と二科の区別について思わないことがないわけではない。

 

 まず制服に差をつけるのは劣等感を煽るだけだ。しかも校章をはずすだけとは、お前は一校生を名乗るのに値しないと言っているようなものだ。

三年間一科二科固定ってのも実力主義を標榜するわりにはやることが矛盾してる。

 

(ああ、一校のアピールポイントは実力主義ではなく充実したカウンセリング体制だったか。それもそうだろうな。)

 

 まあ自分のような名家の生まれを除けば、明確に差がつきはじめるのは本格的に魔法を学びはじめる高校入学後である。進級するごとに一科生の落ちこぼれと二科生の成績優良者を入れ替えるだけでこの問題は起こらなかったはずだ。

 そもそも一科と二科を明確に分けているのは魔法の優劣ではない。数だ。入試成績100番と101番に明確な差はないはずだが、一科と二科の肩書が彼らを分け隔ている。その理由が未だ教員不足というのも笑える。上は問題にすら思っていないのかもしれない。血統主義による寡頭制への回顧でも考えているのだろうか。いや事実、日本の魔法師社会は十師族を頂点とする寡頭制だ。

 なるほどそういうことか。魔法が技術として研究され未だ100年。現在は血統によるものとわかっているが、当時は誰もが自分が魔法を使えるかもしれない。そんな思いに駆られたはずだ。そして魔法が使えた幸運な人々は自分達に酔いしれていたに違いない。ここで一科生が優越感に浸っているように。そしてこれから増えていくであろう魔法師達のことを考え、この制度を作った。

 その時スケープコートにされた二科生は何を思うか。悔しさをばねに勉学に励むか。見込みがあるやつはそうかもしれない。だが大抵は自分達より弱者を貶して自分を慰める。その弱者とはこの場合非魔法師だ。こうした差別意識を植え付けゆくゆくは魔法師を頂点、もとい魔法の優劣をもとにカースト制でも敷こうと思っていたのかもしれない。そんな時彼らは非魔法師をなんと呼ぶかな、草花にたかる”虫”とでも呼んで蔑むのかな。

 しかし現実はそうはならななかった。思いのほか魔法師は多くなかったのだ。自分たちも魔法を、そんなことを考え、魔法師優位をある程度容認していた一般市民も事実に気付きつつあるなか、ある人物がこの考えに待ったをかけた。最高にして最巧、”トリック・スター”九島烈である。閣下は魔法師は表社会の地位につくべきではないという訓戒を残した。つまりは魔法師は支配者とはなりえないという事実である。魔法師が圧倒的少数であるのに加え、中世ならいざ知らず、今は情報も教育も行き届いており、現に非魔法師運動なんてのが活発にもなってきている。故にそれまでも、非魔法師を差別することは魔法師にとってタブーであったが、これ以降最大の禁忌となった。

 そうであるのに未だに昔の妄想に引きすられるこの学校には虫唾すらはしる。彼らの言う待遇改善が何を言うかはわからないが、なるほど、今更だが放置していい問題でもなさそうだ。

 もっともネタは簡単にあがるだろう。これだけの差別意識があるのだ、魔法師優位を唱える過激な団体にはわんさかOBやらOGがいるに違いない。彼らのリストとこの学校の現状の密告文を添えて、煩い政治家に送ればすぐに突き上げてくるだろう。放送室を選挙している彼らはやり方を間違えたな、内からではなく、外から圧力をかけてやればコロリと行くはずだ。一般市民とはもはや別の生き物である魔法師の社会基盤とはそれほど脆いものなのだから。

 

 そんなことを考えて放送室に着くとまだ誰も来ていなかった。早とちりしたかなと思っていると凛とした長髪の女性を筆頭に次々と集まってくる。最後に達也がやってきた。達也が現状確認を行い電話をかけようとするが

 

「風紀委員長の魔法で対処できるのではないでしょうか」

 

「私の魔法?」

 

 森崎が唐突に意見を述べた。彼とて一番最初にきてぼーっと突っ立ってたわけではないのだ。

 

「はい、委員長は空気中の成分を変えガスを作る魔法が得意だと聞きました。放送室とはいえ防音設備はあっても気密ではありません。ガスを流し込み昏倒、あるいは催眠状態にして鍵を開けさせることは可能なのではないでしょうか」

 

 摩利はしばらく唖然としてから、市原、会頭と視線を交わし頷く。

 

「いいだろう、森崎、お前の案をとろう」

 

回答は会頭からだった。ナンチャッテ

 

 摩利は扉の横につくと試験官のような小さな瓶を幾つか片手に持つと、CADを操作して魔法を発動させる。しばらくして扉をノックする。

 

「…、はい」

 

「すまないがここを開けてくれないか」

 

 中からうろんとした女性の声が聞こえ、その声に対し摩利が解錠を促す。女性の声に達也が少しみじろぐ。数瞬おいてカチャリという解錠の音が聞こえる。摩利が慎重に扉を開け、中を確認しゴーサインを出す。どうやらガスの効果はもう無いらしい。中に踏み込むと幾名かの二科生が虚ろな表情をしてその場に佇んていた。

 

 あのあと拘束してる最中に会長が来ると、拘束と催眠を解くように指示された。交渉に応じるとのことだ。拘束されていた生徒は打ち合わせをするといい、そのまま生徒会長が連れて行った。そして森崎は達也と深雪と歩いていた。

 

「しかし、思い切ったな奴等」

 

「上からせっつかれたんだろう」

 

「上?」

 

森崎が疑問を投げ打つと、達也が一瞬深雪に視線をやり、深雪が頷くように目を伏せる。

 

「ブランシュだ」

 

「反魔法師組織か…、全く退屈しないぜこの学校は」

 

面白くない単語を聞き、森崎はげんなりする。

 

 

 

 

2日後、交渉は公開形式の討論となっていた。

 

「森崎は大丈夫だろうか」

 

「あいつの実力は折り紙つきですし、それに”あれ”もあります」

 

「その”あれ”が心配なんだが」

 

摩利が森崎に不信感を表し、達也が説得するが余計に不信感をつのらせる。

 

「あいつの予想が正しければ、大規模な陽動が正門から入ってくるはずです」

 

「その間に我々を身代金目的に誘拐、そして図書館の機密文書を奪取か、本当は君を図書館に配置したかったんだが」

 ここ講堂には現在、生徒会長をはじめとして名門の子女が何人もおり、一般生徒とて親も魔法師。それなりの稼ぎがあり人質としては極上といえた。とはいえ彼らの相手をテロリストが務められるとも考えづらい。それにあくまでも予測である。故にこの件はオフレコとなっていた。

 

「深雪を放ってはおけません、それにすぐに応援に行くつもりですよ」

 

 

 

 

 同じころ、森崎は校門に立っていた。

 

「おいでなすったか」

 

 けたたましいスリップ音を響かせ何台ものバンが押し寄せる。

 

「なんだあいつは!」

 

 そして運転手が叫ぶ。”風紀”と書かれたロボットじみたパワードスーツを着た森崎を見て。




え、冒頭のポエムが無くなっているって?大丈夫大丈夫、医龍だっていつのまにか医局の病巣みたいなやつ無くなってたじゃん。

さて色々すっ飛ばしてますが、次話で入学編終わらせたいと思います。

それではお読みいただきありがとうございます。


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第八話 死んでも離れない

 公開討論より遡ること1日前。摩利が生徒会室より風紀委員室へと降りてくると

 

「ここか」

 

「いや、もう少し右だ」

 

「こ、こうか?」

 

「ああ、いいぞ、その調子だ」

 

 風紀委員室横の倉庫より男達の声が響く。何事かと思い摩利は息を潜め、聞き耳を立てる。そんな彼女の頬はやや朱に染まっている。

 

「このままでいいのか」

 

「いいぞ、そのままなかに」

 

「なにをやっとるかー、君たちはー!」

 

 たまらず摩利が声をあげる。するとそこには機械をいじっている、達也と森崎がきょとんとして、摩利の方を向いていた。

 

「お疲れ様です、委員長」

 

「お疲れ様です、一体どうしたんです?大声あげて」

 

「き、君たちこそ、何をやってるんだ…」

 

 勘違いした恥ずかしさからか摩利は顔を隠すように額に手をやり、頭を振る。

 

「こいつを改造してるんですよ」

 

「こいつ?」

 

 森崎の答えに気を取り直して、顔を上げると例のパワードスーツが鎮座していた。今度は顔が引き攣る。

 

「装甲と出力の強化、及び武装の見直しをですね…、といっても攻撃手段は内蔵したCADに依存する部分が大きいんですが」

 

「俺は森崎に頼まれて、ソフトウェアの調整を行っています」

 

「いや、そういう問題ではなくてな、森崎、こいつは封印するように命令したはずだぞ」

 

「倉庫の肥やしになるよりはいいじゃないですか、どうせ捨てるに捨てられないんでしょう?名前も決めました。その名も“風紀くん”!」

 

「森崎、その名前はなんとかならないのか」

 

 達也が呆れて抗議する。どうやらお気に召さないようだ。摩利は肩を震わせている。

 

「風紀委員は威圧するべからず、ありがたい委員長のお言葉だ。それに則って愛嬌のある名前をだな」

 

「封印だ」

 

「えっ?」

 

「このスーツを封印しろ、今後一切触れることも禁ずる!」

 

「そ、そんなー、すぐに必要になるかもしれないのに…」

 

「すぐに?」

 

 森崎の言葉に摩利が疑問を呈する。達也は摩利の言葉に頷くと逆に問を投げかけた。

 

「委員長、交渉の件はどうなりましたか?」

 

「ああそれなら明日、公開討論という形に…、まさか…」

 

「ええ、俺と森崎はその時にテロリストの襲撃もあると予想しています。目的は当校の生徒の誘拐、それと図書館の機密文書の奪取でしょう」

 

「そ、それは」

 

 摩利も予想しなかったわけではない、しかしそこまで大それたものになるとも思っていなかった。

 

「公開討論を持ちかけてきたのは向こうからではありませんか?」

 

「…そうだ」

 

「おそらく当校の生徒をなるべく一箇所に集めるためでしょう。機密文書の奪取にしろ誘拐にしろそのほうが都合がいい」

 

 摩利は息を飲み、自分の見通しが甘かったことを痛感する。

 

「機密文書の奪取だけなら少数が侵入するだけにとどまる可能性が高いです。しかし誘拐を目的とした場合はそれなりの兵力を送り込んでくるはずです。残念ながらブランシュはそれを用意できる規模です。委員長、最悪の事態は想定しなければなりません」

 

「その場合、敵は複数のルートからの侵入が予想されますが、最も大きい兵力は正門から入ってくるでしょう。おそらく陽動として。そこでこいつです」

 

「それでこいつか」

 

 達也が敵の目的を読み解き、森崎が作戦を予想する。摩利もいつの間にか真剣に耳を傾けている。

 

「ええ、万一突破されてもこいつなら迎撃体制を整える時間が稼げるはずです」

 

「森崎!」

 

「委員長、犠牲はつきものです。その上で最も犠牲が少ないであろう選択をお願いします。たとえ俺を切り捨てることになっても」

 

「しかし…」

 

「委員長、俺はボディーガードを生業とする森崎家の男です。それなのにおめおめと生き残り、護衛対象を守れなかったでは、家名に泥を塗ることになります。大丈夫です、そんな簡単に俺は死にませんよ」

 

「森崎…、わかったいいだろう。しかし一人というわけには」

 

「こいつの能力を考えるに単独行動向きです。他の味方はかえって足手まといになるかと」

 

「…いいだろう、だが死ぬなよ。これは命令だ」

 

「勿論です」

 

 摩利も納得したようで、その表情にはもはや諌めようとする気概は無かった。それを見て取り、さりげなく森崎は右手を後ろにやり、達也へとサムズアップを送る。

 

(計画通り)

 

 森崎は心の中でにやりとする。達也も微笑を浮かべる。実は達也はスーツが無くても、森崎なら難なく敵を制圧できるであろうと考えていた。森崎のクイックドロウは先手を取るための技術だ。しかしそれは、あくまで試合の中での話。実戦の中でクイックドロウが最も活きる場面はカウンターだ。今回の相手を迎え撃つという状況ではその利点を存分に活かせるだろう。本人の実力の一端も垣間見ている。しかし手伝った傍ら、面白そうなのでこの話に乗ることにした。

 

「しかしそうなると”風紀くん”というのは些か間抜けだな。もう少し威厳がある名前はないのか」

 

「えっ」

 

「同感だ。森崎、もう少しいい名前はないのか?」

 

 先程とは違い乗り気な摩利に名前をつっこまれ、森崎は狼狽える。それに達也も同意する。

 

「…一応、無いこともありません」

 

「なんだ?」

 

「”アイビー”」

 

「”アイビー”か、それもなかなか愛嬌がある名前じゃないか。まあ”風紀くん”よりはましだな。意味はあるのか?」

 

「観葉植物の名前ですよ。斑入りの葉が有名ですが目立たない小さな花を咲かせます。花言葉は友情、不死、不滅、誠実、そして…」

 

 

 

 

8話 死んでも離れない

 

「なんだあいつは!」

 

「構わねえ、轢き殺せ!」

 

 先頭のバンが森崎めがけて、アクセルを踏み込みエンジンが唸りをあげる。森崎はそれを見ると両手を突き出す。そして、森崎に接触し…、破砕音があがる。決して人を轢いた音ではない。壁に激突したかのような音だ。車は森崎が突き出した手を中心にひしゃげ、運転手もエアバックに包まれすでに気絶している。それでも前進を辞めようとしない。巻き上がる砂とから回るタイヤの音が木霊するなか、森崎が叫ぶ。

 

「ジャーマン・スープレックス!」

 

 すると車体に重力軽減の魔法がかかり浮きあがる。森崎はそのまま車体を持ち上げブリッジの要領で背後へと”落とす”。このさい重力軽減の魔法はとき、かわりに加重の魔法をかけている。車体はひっくり返り、虚しくエンジンの音だけが鳴り響く。

 

 アイビーに積まれたCADは両手が塞がるため、音声認識のものが積まれている。達也は思念スイッチ、あるいは音声認識にしろ番号の登録を主張したが、ここは森崎が意見を通したため、長ったらしい技名を叫びながら運用する恥ずかしい代物と化していた。

 

 少し距離を離して走行していたバンの運転手も、軽くひっくり返された仲間のバンを見てたじろぐが構わず、アクセルを踏み込む。森崎は上体をその場で起こすと今度は片足をあげた。

 

「ストンプ!」

 

 上げた片足を勢い良く降ろし、地面を踏み込むと今度は大地が揺れた。しかし走行を完全に阻害することはできない。2台目のバンはそのまま土煙が舞い上がる中へ突っ込み、…穴だらけになって止まる。よくよく見ると舞い上がった土煙は動かずその場で止まっている。

 振動系魔法と硬化魔法のコンビネーション”ストンプ”。地を鳴らし舞い上がった埃には硬化魔法がかけられ、幾多もの細く鋭い槍と化す。彼らはその槍衾の中へと足を踏み入れたのだ。

 2台目のバンがやられたのを見て、強行突破を諦めたのか3台目のバンは急ブレーキをかけ、後続のバンもそれにならう。中からマスクを被った戦闘員が何人も姿を表し、銃を構える。

 

「ってぇ!」

 

森崎は素早く両腕で口元を隠す所謂ピーカブースタイルをとり

 

「アクセル!」

 

自己加速術式をかけ銃弾の嵐の中へ駆けていく。

 

 

 

 

 同じ頃、講堂でもガス攻撃を受けたが服部と摩利によって難なくあしらわれていた。

 

「森崎は突破されたのか!」

 

「それはわかりませんが、おそらく大丈夫でしょう。ここまであいつの予測通りです」

 

 摩利も説明は受けていたが、やはり心配なのだろう。それを達也が宥める。

 

「委員長、自分は図書館へ向かいます。深雪」

 

「はい、お兄様」

 

 図書館には関本を配置していたが、念のために応援へ向かうべく、達也と深雪は講堂をあとにするのだった。

 

 

 

 

「あんなものを隠しているとは…っ!」

 

 ブランシュ本部で作戦の進捗をモニタリングしていた司一はモニタのパワードスーツを見ると立ち上がり、吐き捨てた。

 

「増援を送れ、あれを鹵獲するんだ」

 

 そう命令をして、椅子へと座り直す。

 

 

 

 

 アイビーの装甲は強化されており、対魔法師用のハイパワーライフルすら防ぐ。過信はできないが実戦においてその安心感は計り知れない。その装甲を活かし、森崎は銃弾をものともせず発泡してくる敵へと向かい肉薄する。

 

「ハハハハハハ、おまえらにこのアイビーの真骨頂をお見せしよう!ブースト!」

 

”アイビー”、その花言葉に恥じぬ必殺技を披露すべく、森崎はそう宣言する。瞬間的に加速し、最も近くにいた敵へと右肩でタックルをしかける。そしてインパクトの瞬間。

 

「キャッチ!」

 

 吹き飛ばした相手をすかさず硬化魔法でスーツに貼り付ける。相手を貼り付けるには突進し接触した瞬間を捉えなければならない。だが、森崎の神がかったセンスがその刹那を捉えて離さない。そしてそれを盾にしながら次の敵へと標的を変える。

 

「う、うわあああ、くるなああああ!」

 

 仲間がいるのにも関わらず発砲してくる。金属が弾かれる甲高い音に混じってバスバスと鈍い音が小気味よく鳴り響く。

 

「お前は前だ!ブースト!キャッチ!」

 

 十分に距離を詰めると、前面をがら空きにし敵へと突撃するが貼り付いた敵は向かい合わせになり、しかも。

 

「あ、あが」

 

「意識を刈り取れなかったか…」

 

 気を取り直して、他の敵に向き直るが

 

「やめろー、射つなー!」

 前面の肉壁がうるさい。しかしそんな悲痛な叫びも虚しく

 

「化物め!」

 

 敵は容赦なく銃弾を射ち込んで来る。

「ああああああああ、あ、ア…」

 

 何発もの銃弾を射ち込まれ、今度こそ意識を刈り取られる。森崎はそのマスクの向こうに悲哀な面持ちを見て取り、怒りに身を震わせる。味方を射つとは卑怯な。

 

「お前ら、よくも…」

 

 森崎の慟哭が止まぬうちに、そこへロケットランチャーが放たれる。

 

「リリース!」

 

 前面の肉壁を弾き飛ばし、ロケットランチャーの盾にする。同時に右肩に貼り付いた敵も吹き飛ばす。どの敵をリリースするかは決められないのだ。だが、それでいい。使ってみてわかったが余り役に立たない技だ。相手の士気を挫けると思ったのだが、その前に俺が挫けそうだ。戦場の無情さに。そんな感傷すら吹き飛ばすがごとくロケットランチャーの爆風が身を包む。

 

 

「や、やったか?」

 

 ロケットランチャーを放った敵はしばし安堵するが、しかし爆炎の中から姿を表した森崎にその身を膠着させる。

 

「お前らに今日を生きる資格はねえ」

 

そんな死の宣告を受け取り。




入学編終わるかと思ったけど、そんなこと無かったぜ

お読みいただきありがとうございます。


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第九話 代償

お待たせしました。どうやら悩んでるうちにこんな作品がランクインしたようで、
ありがとうございます。


 達也と深雪は途中でレオ、エリカと合流し図書館へ向かっていた。

 

「襲撃があったって聞いて急いでCAD取ってきたのに…」

 

 今のところ校内での戦闘はまばらで小競り合いの域を出ないものであった。それを見て落胆したようにエリカが呟く。

 

「不謹慎な女だぜ」

 

「あんただって期待してたくせに」

 

「森崎が校門で本隊を食い止めているから、別口の連中だろう。もし突破されればエリカの希望に沿えるんじゃないかな」

 

 レオとエリカが言い争いをはじめようとしたため、達也が仲裁をするが、この場合もっとも不謹慎なのは達也だろう。それだけ森崎を信頼してるわけでもあるが。

 

「司波くん!」

 

 女性の呼び声に一行は足を止め、声の方向へと注意を向けると、そこにはカウンセラーの小野遥がいた。無視するわけにも行かず達也は問いかけた。

 

「小野先生…、どうなされたんですか?」

 

「壬生さんが、図書館に居るわ」

 

「…、それはテロリストとしてですか?」

 

「ええ」

 

 講堂内には壬生の姿は見えなかった。決起を起こした中核の彼女がだ。となると、必然居るところは限られた。

 

「カウンセラー、小野遥の立場としてお願いします。壬生さんに機会を与えてあげて欲しいの。」

 

 

 

 あのあとカウンセラーの尻拭いを頼まれた達也だったが、にべもなく断り、図書館へ急いだ。図書館へ着くと入口の近くに一人の男子生徒がうつ伏せに倒れていた。達也はその男子生徒に注意しながら近づくと、関口の体を観察しながら耳元に顔を近づけ肩を叩いて問いかける。

 

「関口先輩!」

 

「うう」

 

「お兄様…」

 

「大丈夫だ、命に別状はない」

 

 達也は答えながらも関口の全身を注意深く観察していく。

 

「傷も浅い、打ちどころも的確とはいえないな。血が固まっていない。襲われたのはつい先ほどか…、ふむ躊躇した跡が見られるな、おそらく顔見知り、当校の生徒の仕業だろう」

 

 そういいながら達也は関口を仰向けにすると、上体を起こして近くの柱まで引きづり背を預けさせる。

 

「すまないレオ、ここで関口先輩を見ていてくれないか」

 

「構わないぜ」

 

「お留守番よろしく~」

 

「エリカ…、張り切るのは結構だが、相手が生徒だった場合は…」

 

「わかってるって、ちゃんと手加減するわよ」

 

 そういうと達也、エリカ、深雪の3人は視線を交わし、頷き合うと図書課の中へ入っていった。

 

 

 

 

9話 代償

 

 

 

 

 憤怒に染まった瞳をバイザー越しに見たような気がして、空のロケットランチャーを携えた敵は立ちすくんでいた。

 

「ぼさっとするな!射て、射ちまくれー!!」

 

 近くにいた他の敵がそう叱咤した。まるで恐怖にかられた自分を奮い立たせるかのように。その声に気を取り直したかのように、一瞬おいて銃声が怒涛のように木霊する。そんな銃弾の雨を無視するかのように森崎はその場に立ち尽くし、顔を伏せると胸部に手をかける。そして勢いよく顔をそらせ、胸部装甲を外側に開く。まるで裸コートの男が服をはだけるように。そこには巨大なスピーカーが格納されていた。

 

『今開かれる、漢の世界…』

 

 スピーカーからは陽気な音楽とともに渋い男の声が大音量で聞こえてくる。銃声をもかき消す大音量に敵たちは思わず銃を投げ捨て耳を塞ぐ。

 

「な、なんだ」「頭が…」

 

 そんな行為を無視するかのように音楽は鳴り響く。耳を塞いでも体を伝わって音が頭に鳴り響く。その音が彼らの精神に思い思いの情景を想起させる。

 

『漢らしさとは、漢臭さとは…』

 

「やめろ、やめてくれー!」「うわああああああああああ」「うほっ」

 

 中にはうずくまり地面に頭を叩きつけるものまでいる。一方、この騒音をまき散らしてる張本人はバイザーにノイズキャンセリング機能でもついるようで顔を反らしたまま悦に浸っていた。そして呟く。

 

「umm...mandam」

 

 そして顔を戻し、胸を叩くように胸部装甲を閉じる。先ほどまでの轟音が嘘のようになりやみ、世界は静寂に塗りつぶされる。間をおいて外にいた敵は皆一斉に倒れる。白目をむいて泡を吹いているものが大半だがなかには、白目をむきながら恍惚の表情を浮かべているものもいる。

 

 精神干渉系魔法”メズマライズサウンド”

 アイビーに搭載された魔法を補助する武装の一つであるチェストスピーカーを通し発動する魔法。(アイビーの魔法はほとんどが音声認識によって発動するものだがこれは胸部装甲を開くことによって発動する)文字通り音を通して相手の精神に干渉する魔法。音の種類、相手によって効果はまちまちである。

 

「死ねえええええ」

 

 その場に立ち尽くし戦果を確認していた森崎が声の方向へと視線を移すと、離れて待機していたバンのドアが開いておりバルカン砲が顔を出していた。その銃身はクルクルと回り始め、今にも弾を吐露しそうだ。どうやら少し離れたバンの中で待機していたため、難を逃れたらしい。と言ってもバルカン砲の射手は顔面は蒼白になり、よく見ればバンの窓もひびだらけになっていた。

 

「アクセル!」

 

 あれはまずい。そう思った森崎は他のバンを盾にするように移動する。移動を開始した直後に先ほどまで森崎が立っていた場所をいくつもの風切り音が通りすぎ、そして砂埃を巻き上げる。今までの比にはならない銃弾の数、そして威力に流石の森崎も肝を冷やす。バン越しであっても弾が貫通し、アイビーの装甲を穿つがなんとか耐えられるレベルであり、バンが盾の役割を果たしてるうちに、森崎は校門脇の生垣目がけて飛び込む。森崎が生垣に飛び込んでも敵は構わずパルカンを撃ちまくり、森崎が盾にしていたバンが穴だらけのチーズのようになってからようやく銃撃をやめる。

 

「yeahhhhhh!」

 

 パルカンの射手は嬉しそうにガッツポーズを決めて叫ぶが、そのポーズのまま固まってしまう。バンのさらに向う、生垣から車が飛んできたのだ。彼は慌てて未だ銃身冷めぬバルカンに体が触れながらも前面にダイブする。飛んできた車はバンの残骸を乗り越え綺麗な放物線を描き、彼の頭上をヘッドランプがかすめながら先ほどまで鎮座していた車にぶつかり、音をたてながら共に転がる。

 

「やろう…、どこに」

 

 地面に伏せ、しばらく自分の生を噛みしめていた射手は気を取り直し、そのままうつ伏せになりながら腰の拳銃を抜いて生垣の方へと構える。静寂に自分の高まった鼓動だけが響き渡る。そして自分に影が重なるのを感じた。まさか…。彼は影が伸びている方向、後方へとゆっくり顔を向ける。

 

『今開かれる…』

 

 

 

 

 生垣に入っても森崎は距離をとるべく奥へと進んでいた。面制圧を旨としたバルカンの銃撃はその間も止まず、射線上を外れた今でも時折アイビーの装甲を鳴らし、耳元を通り過ぎていくのがわかる。少しすると開けた場所に出た。教員用の駐車場だ。森崎は手近にあったセダン、復刻版クレスタがちょうどバンに向かって駐車してあるのを確認すると、手を当てる。

 

「少し拝借するか、保険もかけてるだろうし、なんなら父さんを頼ればいい」

 

 これからすることに罪悪感があるのだろう。自分に言い聞かせるように呟くと意を決し、クレスタの前へ陣取ると車体に手をかける。しばらくして銃声が鳴りやむのを確認すると

 

「ジャーマン・スープレックス!」

 

 重力軽減をかけた車体を後方へと”投げる”。その際、下ではなく横へと加重魔法をかけ、手を離れようとした瞬間すかさず

 

「キャッチ!」

 

 硬化魔法で自分の手を車体へと貼り付ける。車体に引っ張られるのを利用して自分の腹を車体の下部に密着させ、加重魔法を調整し天井側を盾にして目的のバンへと飛ぶように調整する。車は天井を目的に向け地面と垂直になりながら飛んでいく。天地逆になっている森崎が見上げる形をとると、生垣を抜け、先ほどまで盾にしていたバンが無残な姿になっているのが目に入る。まだだ…。少しして、敵兵とすれ違うのを確認する。今だ!

 

「リリース!」

 

 目的のバンにぶつかる寸前を見計らい、身を寄せていたクレスタを吹き飛ばし分離する。リリースの反動を利用して絶対速度を0にすると、車から離れた森崎は頭から落ちる形となるが、地面に手を着き倒立の形をとる。その瞬間、クレスタとバンがぶつかり爆音をたてた。その破片がアイビーの装甲にあたり、パチパチと音をたてる。少しして地面に足をつけ、体を起こすと数メートル先に敵が伏せているのが目に入る。敵は少しして慌てて拳銃を取り出し、生垣の方を警戒している。森崎は他に敵がいないのを確認すると、注意しながら敵へと近づいてくいく。胸に手をかけたところで敵がようやく気づき、こちらに振り返る。それと同時に胸部装甲をはだける。

 

『今開かれる…』

 

 

 

 

「umm...mandam」

 離れていたとはいえ、あれをくらって動ける敵がいたことに内心驚いていた森崎は、今度は至近距離で”メズマライズサウンド”を浴びせてみた。今度はしっかり効いたようで泡を吹いて、首をかきむしりながら失神した敵を満足そうに見下ろす。なかなか癖になりそうだ。余韻に浸っているとまた校門側からエンジンの音が聞こえてくる。

 

「装甲車…、あんなものまで…」

 

 森崎が目を向けると装甲車が3台こちらに近づいてくる。流石にあれは受け止めらない。そう考えつつも森崎は先頭の装甲車に向かって駆ける。

 

「アクセル!」

 

 自己加速をかけスピードを上げる。両者のスピードは時速80km以上、相対速度にして160kmを超す。距離はグングン詰まっていき、残り十数mのところで森崎はスライディングの体制をとる。その間も両者の距離は詰まり、森崎が車体の下部を潜る瞬間

 

「グラビティパンチ!」

 

 森崎は自らの質量を極限まで上げる。生身では動けなくなるほどの重量となるが、アイビーのアシストがある森崎は片手を上げ車体の下部にフックをかます。バゴンという鈍い音ともに装甲車は減速もせずケツが上がり、宙返りになる。そのままスライディングをしていた森崎は勢いそのままに立ち上がるともう一輛へ駆けていく。目的の車輛はブレーキを踏み、上部の機銃が近づく森崎に狙いを定める。

 

「フラッシュ!」

 

 森崎がそう叫ぶとアイビーの頭部についたパトランプが眩い光を放つ。射手の目を潰し、その間に肉薄する。ジャンプをし車輛に勢いよく飛び乗る。射手を見ると未だに目が見えないらしく、呻きながら手で顔を覆っていた。すかさず射手を回し蹴りで吹き飛ばすと、銃座から機銃をもぎ取り車体に押し付け引き金を引く。まんべんなく蜂の巣にし機銃がオーバーヒートするまで撃ち尽くす。その機銃を投げ捨てると最後の1台に顔を向ける。既に停止していた装甲車からは、搭乗していた敵が何人か降りてこちらに銃を構えている。

 

「さあ、フィナーレだっ!!とう!」

 

森崎はそう叫び空中に飛び上がると、一回転してその場に浮遊する。

 

「キャストオフ!」

 

「脱いだぞ!」「馬鹿だぞ、あいつ!」「今のうちだー」

 

「クイック・ドロー・ザ・カーテン!」

 

「「「えっ」」」

 

 敵兵らは森崎が装甲をパージしたのに一瞬驚くがすかさず、引き金を引く。しかし、次にはパージした装甲がカーテンが降りるのかのように壁を作り、銃弾を防がれてしまう。

 

「カーテンコール!」

 

 空中で待機していた森崎はそう叫ぶと自らが作った壁へと飛び蹴りを放つ。それと同時に壁が回転を始める。森崎の足が壁に触れると幕をついたかのように足にまとわりつき、一本の高速回転する槍となる。森崎はさらにスピードを上げ、ついには自分も回り始める。そしてそのまま装甲車を貫く。着地するとすかさずジャンプをし、空中でアイビーがスーツ形態へと戻っていく。綺麗な穴の開いた装甲車をバックに距離を開け、手を開いた状態で左手を横に、右手を前にして、開脚状態で着地する。ゆっくり手を引き寄せる動作をしたのちにバッと顔を伏せ、左手を地面に置き右手で顔を覆うポーズをとる。同時に背後の装甲車が爆発し唖然としていた敵もろとも吹き飛ばす。

 

(決まった…、うぷっ)

 

森崎は回りすぎた吐き気からか、思わず顔を覆っていた右手で口元を押さえてしまう。

 

「まだだー!まだ終わらんぞ!」

 

 どうやら一人敵が生き残っていたようだ。吐き気をこらえながら立ちあがり振り返ると、敵は何もせずそのまま立ち尽くしており、そのまま倒れた。

 

「大丈夫か!森崎!」

声の方向へ振り向くと摩利が魔法を発動していた。安堵感からか吐き気がさらに強くなる。

 

「い、委員長…、だめだ、来ちゃいけない…」

 

「何言ってるんだ馬鹿者、フラフラじゃないか」

 

「ア、アア…」

 

 今にも倒れそうな森崎を、摩利は正面から支える形で抱き留める、抱き留めてしまった。摩利はアイビーを着こんだ森崎には異性としての感情は抱いていないであろう。そしてアイビーを着こんだ森崎の身長は摩利より高い。それはもう顔一個分以上高い。

 

「うぷっ」

 

 

 

 

ピッピッピッ、コーコー

 

「……という訳で、壬生先輩を追い詰めたのは、どうやら渡辺先輩 のようですね」

 

 生命維持装置の音が響く保健室で、壬生紗耶香を中心に幾人かの生徒が集まっていた。その中で摩利は一人、なぜか体操着を着て、かつきつい香水の匂いを漂わせていた。

 

「……すまん、心当たりが無いんだが……  壬生、それは本当か?」

 

 ベッドを一つ挟んで、カーテンが閉め切られている場所があった。そこに居るのは森崎である。もともと森崎はサイオン量が多いわけではない。そんな彼がアイビーを使い燃費の悪い戦い方をしたため、重度のサイオン枯渇に陥っていた。もっとも身体のいたるところに傷も見られる。余程激しい戦闘だったのだろう。…だろう。そんな彼は念のため生命維持装置に繋げられている。しかし彼はスピードスター。回復も早い。話の途中で意識を取り戻した。

 

「最初から、委員会や部活連の力を借りるつもりは、ありません」

 

「……一人で行くつもりか」

 

「本来ならば、そうしたいところなのですが」

 

 どうやら敵の本拠地に乗り込むつもりらしい。

 

「お供します」

 

 森崎は置いてけぼりを極端に嫌う。逆は大好きだが。

 

「あたしも行くわ」

 

 待て、俺を置いていくな。

 

「俺もだ」

 

 

「お、俺を置いて行ったりはしないよな?」

 

 今にも死にそうなか細い声がカーテンの中からあがる。一同はカーテンを見やるが、摩利だけは無表情で正面を見ていた。少しして摩利がカーテンの中に入っていく。

 

「ふん」

 

「グボア」

 

 鈍い音のあとに苦鳴があがり、その後摩利がカーテンの中から出てくる。そのまま何事もなく会話を再開した一同であったが、しばらくして

 

「えっ?  十文字くんも「ピーーーーーーーー」…、もううるさいわね」

 

 話を遮られた真由美が眉をひそめカーテンの中に入っていく。

 

「えい」

 そんな可愛らしい掛け声とともに保険室は無音に包まれる。その後すぐに話はまとまり、遥が紗耶香のの付き添いとして保健室に留まることになった。他の面々が保健室を退室すると

 

「「森崎君!」」

 

 遥と紗耶香は思い出したかのように森崎のいるカーテンへと急いで駆け寄る。

 

 

 

 

 あの後、達也達の襲撃は無事成功した。もっともすでに敵はほとんど残っておらず、リーダー格の男は隅で頭を抱え”メンダム、メンダム”と呟いていたという。

 そして森崎とテロリストとの戦いで荒れた校門に、一人の男がスクラップと化した愛車を前に地に伏していた。憤怒の形相をたたえ、土を握りしめる。

 

「おのれ…、森崎っ」

 

1-A担当教諭がそう呟く。

 

 

 

 

「退院おめでとうございます」

 

 五月、紗耶香の退院の日、達也と深雪はお見舞いに来ていた。達也は紗耶香の父との縁を驚いたり、エリカや桐原を交え楽しく会話をしていた。

 

「慣れない入院生活で寂しくはありませんでしたか?」

 

「大丈夫よ、桐原先輩が毎日来てたし」

 

 エリカが茶々を入れるが、達也が思い出したようにつぶやいた。

 

「そういえば、森崎も居ましたね」

 

「え、あ、うん」

 

 紗耶香の表情に影が落ち、エリカと桐原も居心地悪そうにする。

 

「森崎君、あの時少し頭をやられたらしくて」

 

 そういい、ロビーの一角を見やる。そこには森崎が居た。虚空を見つめあごをさすっている。そして

 

「umm...mandam」

 

「ずっとあんな感じなの、先生たちはもう少し時間がかかるかもって言ってたけど…」

 

 紗耶香はその先を口にはしなかった。

 

 

「umm...mandam」

 

つづく




思いつきでネタを引っ張るもんじゃないね。おかげで収拾がつかない状況に陥りました。この一週間近くネタスーツの能力を考えるのがほとんどでした。
まあひと段落したし、1話か2話挟んで九校戦にいきたいと思います。


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第十話 遥ちゃん

森崎グループってなんですか?(キレ気味)


「第一高校はいい学校です。偏差値は高くて入るだけで箔がつくし、美人も多い。先生方の教導も的確でためになりまし、見目麗しい女性もたくさんいらっしゃいます。そんな第一高校に一科生として入学し風紀委員にも抜擢されました。抜擢されてからは模範的であろうと心掛けたつもりです。…あの日、当校にテロリストが侵入してきました。命をかけて戦いました。サイオンがなくなるまで戦い抜きました。私だけの力ではありませんが、結果として当校の生徒を守り抜けたつもりです。…目覚めたときは病院のベッドでした。ほぼ1ヶ月入院していたようです。目覚めてすぐ私は看護師さんに聞きました。学校の皆は無事だったかと。無事だと聞いたとき安心して涙が出ました。その後も退院まで何人かの人がお見舞いやお祝いに来てくれました。」

感極まったように森崎が涙を流す。

「でも気づいたんです…」

「何に?」

「同じクラスの連中は誰一人来なかったことに…」

「…、つまり森崎君は友達ができないことに悩んでいるのかしら?」

「違います」

「えーと、じゃあ私はどうしたらいいのかしら?」

森崎は周囲を伺うようにして顔を寄せ、小声で答えた。

「可愛い女の子紹介してください」

 

10話 遥ちゃん

 

「…それはできないわ」

「金なら払います!」

「もっとだめよ!大体、さっきの話とどう関係があるの?」

「俺孤独なんです」

「友達が居ないのね」

「居るもん!」

森崎が椅子からいきなり立ち上がり、退行した言動を発する。それを死んだ目で遥が見上げる。森崎がしばらくして視線を下げると遥の窮屈そうに押し上げられた胸と、その二つの双丘が織りなす、魅力的な谷間が目に入る。

「…、立ったままでいいですか?」

「…、座りなさい」

そういわれ、森崎は渋々椅子に掛けなおす。

「それで、なんでそんなこと考えたのか順序を追って話してちょうだい」

「いやー、命かけて学校守ったんだし、俺マジヒーロー?友達どころか彼女できちゃうよーって思ってたんですが…」

「彼女どころか友達すらできなかったわけね」

「…、野郎の友達なんて3人居れば十分です」

「誰のことかしら?」

「達也に、レオに、ミキヒコ…」

「全員二科生ね、本当に同じクラスに居ないの?」

「…、居ません、居ませんとも」

遥が溜息をつく。この少年どこかずれている。そのせいで周りもテンポを合わせづらいのだろう。だから、少し離れたところにしか友人ができない。

「森崎君、彼女ができなくたってあせることはないわ。たしかにあなたの活躍はすごかった。でも、それが今の環境を変えるとは限らないのよ」

「…全く変化が無かったわけではありません」

「あら、いいことでもあったのかしら?」

「なんか皆、俺と距離を置いて話すんです。委員長とか俺の3m圏内には絶対入ってきません…。百舌谷先生なんか教え子が活躍したっていうのに、時折仇を見るような目で見てくるんです」

今度は落ち込んでいる。躁鬱の気が見られる。さっきのぶっ飛んだ思考もそのせいだろう。

「森崎君、皆あなたに感謝してるわ。おかげでこちらの犠牲は驚くほど少なかったんだもの。だから、あなたを邪険になんて思ってないはずよ。でも少々突っ走りすぎね」

「というと?」

「例えば、あなたは一人で校門を守り抜いたけど、本当に一人ではいけなかったの?結果としてあなたは無事だけど、教員としては感心しかねるわ。もし複数であそこを守り抜いたのなら、きっとその人たちとは堅い友情が結ばれたはずよ」

「えっ、一人で十分だし」

「その考え方がいけないのよ。少しは周りを頼ってみることよ」

「なるほど、達也なら力を借りたんですが…」

そういえば達也には色々手伝ってもらった。おかげで今のところ会話の距離は一番近い。1m50といったところか。

「彼はいろいろと特別よ。私も興味深いわ」

「…、わかりました、周りを頼るんですね。心にとどめておきます。今日はありがとうございます。小野先生」

「遥ちゃんで」

遥がなにか言い終わる前に森崎はカウンセラーの部屋を退室した。

 

「べー、まじやべー、スタイラスペン無くしたわー」

次の授業が始まる前の教室で森崎がわざとらしい声を上げる。

「森崎君、これ使ってよ」

「お、サンキュ、屋良内」

「気にしないでいいよ」

森崎が謝辞を述べると、屋良内が天使のような微笑みを浮かべながらスタイラスペンを差し出す。

 

「べー、まじやべー、入院してたから勉強ついていけねえわー」

授業が終わった後、森崎がわざとらしく声を上げる。

「そう思って、ノートのデータを森崎君に送っておいたよ」

「屋良内…」

「森崎君…」

互いに見つめ合うがそこには温度差が生じていた。

 

「べー、まじやべー、弁当忘れたわー」

「食堂か売店行けばいいだろう」

あまり森崎とは、喋らない男子生徒のツッコミに森崎は内心ほくそ笑む。

「いやー、俺、食堂とか利用したことないから、何がおすすめとか知らないんだよね」

「それだったら…」

「だったら僕が案内するよ、森崎君」

「屋良内…」

「森崎君…」

 

違う、こんなはずじゃない。そんなことを思いながら森崎は屋良内と食堂へと来ていた。

「実はここの食堂、結構レベル高くて大体どれも美味しいんだよね」

ならなぜついてきたこの野郎。

「ということは好みでいいのか、じゃあそばで」

森崎は極度の猫舌というわけではないが、あまり熱い食べものは好まない。理由は冷ます時間が勿体ないからだ。森崎は食券を購入し、お盆を受け取る。屋良内はとんかつ定食を頼んだようだ。

「さて席はと、おっレオが居るじゃん」

「レオ?」

「二科生のやつさ、いかついけどいいやつだよ」

そういいながら目的のテーブルへと向かう。

「レオ、ここいいか?」

「駿か、いいぜっと」

レオが言いかけ、周りに座ってた他の二科生に目配せをする。

「いいよ」「俺も」

「サンキュ」

「失礼します」

箸をつける前にお互い、軽く自己紹介をする。

「森崎の話はレオから聞いてる、いわく面白いやつだってな」

「見所があるって言ってほしいな」

「確かに見ててあきねえな、お前は」

ひとしきり笑い合ったあと、レオが急に真剣な面持ちをする。

「それにしてもお前が障害が残るかもしれないって聞いた時は、柄にもなく心配しちまったぜ。いや、改めて退院おめでとさん」

「ありがとう。このとおり元気さ。…それにしても他のメンツは?」

森崎は少し周りを見回す素振りをし、レオに尋ねた。

「基本バラバラだな、女子どもはともかく、達也は妹さんと一緒に生徒会室で食事をとってるだろうよ」

「ヒュー♪、羨ましい限りだ」

「俺は勘弁だな」

「そうか?生徒会は美人さんばかりじゃないか。あっ、でもあの堅そうな副会長と飯を食うのは俺も勘弁したいな。野郎だし」

森崎のくだらない冗談にまた笑いが起こる。

「どんな様子か、達也から聞いてないのか?」

「あいつはそんなこと喋らねーよ」

「流石だな。ふむ、思うに達也が給仕係だな」

「なるほど執事役か、たしかに似合うな。でも司波さんが達也に給仕なんかさせるわけねえだろ」

想像の翼を羽ばたかせようとした森崎にレオが水を差す。

「…そんなにべったりなのか」

「お前は二人が一緒に居るところをあんまり見てないからだろうな。べったりもべったり。甘すぎて見てるこっちは胸焼けするぜ」

深雪と達也の見知らぬ一面に他の同席者たちも興味津々に耳を傾けている。そこで森崎は箸を手に取りそばをすする。

 

『お兄様、あーん』

『あーん、うん、美味しい』

深雪が達也に食べ物を勧め、達也は満足そうに食べ物を咀嚼し嚥下すると、満面の笑みを浮かべ感想を述べる。

『あらあら、まあまあ』

それを見て生徒会長が口に手を当て、笑みを浮かべる。摩利はヤレヤレといった感じで肩を竦めるがやはり笑顔だ。あずさは顔を赤くし羨ましそうにそれを見つめている。

『はいはい、お二人の空間はそこまでにしてください』

『あらあら、リンちゃんも本当は羨ましいんじゃないの?』

市原が手を叩き水をさすが、それを照れ隠しとみて真由美が茶化す。

『ほらリンちゃん、こっち来て。あーん』

『…、あーん』

頬を赤らめながら市原が真由美の差し出した食べ物を口にする。仏頂面で食べている市原に真由美が問いかける。

『おいし?』

市原は顔を赤くしながら俯いて、黙り込む。それを見て一同が微笑む。

『アハハ』『ウフフ』

 

ブチッ。森崎はそこまで想像してから口でそばを切り、内心唾を吐く。

「どうしたんだ森崎?」

「そばが冷たい…」

「そばは冷たい食べ物だろう」

森崎のボケとも思える言葉とレオのツッコミに一同を笑いに誘う。「退院が早かったんじゃねーのか」という冗談にさらに笑い声は大きくなる。

少しして森崎が話題を変える。

「そういえば、ミキヒコも同じクラスなんだろ」

「ミキヒコ?ああ、吉田のことか」

(あいつは名字で呼ばれるのは嫌ってるはずだが)

その言葉だけでミキヒコがクラス内であまりうまくいってないのが森崎にはわかった。

「うーん、浮いてるよな」「たしかに」

他のクラスメイトの言葉からも、やはりうまくいってないのであろう。

「お前ら知り合いなのか?」

「吉田一門に入門してた時期があるんだ」

森崎の意外な過去にほかの面々は驚く。森崎一門は現代魔法の名家として通っている。その一門の男が古式魔法の教えを乞う。一部では対立があるほど溝が深い両者の組み合わせにレオたちは戸惑いを見せた。

「なんでまた?」

疑問を口にしたのはレオだった。

「いや視野を広げたいと思ってね。そこで古式魔法に目を付けて、で、たまたま近くで門戸を開けてたのが吉田一門だったのさ」

その答えを聞いて、レオたちは首をかしげる。古式魔法はガチガチの保守主義であることがほとんどだからだ。

「納得いってないみたいだな。いいか、古式魔法ってのは文字通り現代魔法より遥か昔からある。そこでだ、昔は魔法を何に使っていたと思う?」

「うーん、戦闘以外だと、火を起こすとか?」

屋良内が口を開く。

「いい答えだ。でだ、現代魔法を思い浮かべてみろ。はっきり言って血なまぐさくてしょうがない。現代魔法が研究されはじめた100年前は火を起こすのに困らなかったてのもあるんだろうけどな」

そういわれて自分たちの得意魔法を思い浮かべ、やはり戦闘前提なものであることに一同は感心する。とはいえ現代魔法は兵器として発展してきた事実があるので当然と言えば当然であるが。

「つまりお前は魔法を生活に活用したいと考えたのか」

「一部はそういう面をあるね。でもそれは現代魔法でもできることだ。要は現代魔法はほとんどが戦闘、あるいは純粋な研究目的から発展したものがほとんどというわけさ」

「なーる、たしかにそれは夢が無えな」

そう答えながらレオは自分の祖父のことを思い出していた。兵士として造られた己の祖父のことを。

「面白い言い換えだ。神と交信する。仙人になる。新たな生命を一から作る。鉄を金に変える。それらを非科学的だと一蹴するのさ、現代魔法は。自分たちだって100年前はかけらも信じられてなかったってのにね。勿論、全部がそうじゃない。でも少なくても森崎家はそうだったよ」

「どうだ?視野が狭いと思わないか?」と森崎は問いかける。いまだ魔法という世界に足を踏み入れたにすぎない彼らは黙っているしかなかった。

 

「べー、まじやべー、この問題まじわかんねーわ」

昼食後、森崎は端末を見ながら疑問の声を上げた。もっともその声は最早投げやりに近いものであったが。

「どうしたの森崎君」

フフフ、かかったな屋良内。今日の何回かの試行で俺は気づいた。ここでお友達を作るにはまずお前という壁を越えねばならぬと。お前がもう少し薄情だったり、気が利かなかったり、要領が悪かったり、愚図だったり、わがままだったり、席が離れていたりすればこんなことにはならなかった。お前がいけないのだ。

「いやなー、この問題難しくていまいちわからないんだよ」

「なんの問題?」

「常駐型重力制御魔法を利用した重力式熱核融合炉の技術的可能性及びその問題点」

ガタッ

森崎が声に出した瞬間、教室の中で音がし、その方向へ振り返ると、そこには深雪がいつものように座っていた。

「?」

「…、まあ、だ、これわかるか屋良内」

「いや、さっぱり。何言ってるのかもわからないよ。きっと生徒はおろか先生に聞いたってわからないんじゃないかな?」

屋良内が笑いながら返答するが、それを聞いて森崎は凍り付いた。

 

放課後、森崎は達也と風紀委員の取り締まりを行っていた。

「ところで森崎」

「うん?」

「お前が重力式熱核融合炉に興味があると聞いたんだが」

「ああ」

「?、どうしたんだ」

「いや、それを喋ったとき司波さんが妙に取り乱してるように見えたからさ」

「ああ、俺も深雪から聞いたからな。俺の研究テーマの一つなんだ。で、どうなんだ」

「…、実を言うとクラスの連中をぎゃふんと言わせたくて、口走っただけなんだ。一応、本家の研究施設で資料は読んだことがある。でもそれだけだ。期待させて悪かったな」

「いや、構わないさ。こっちが勝手に期待しただけだからな」

達也が何のことのないように正面へ向き直す。こいつはいつもクールだが、今みたいに興味本位で質問してくるのは珍しい。落胆させたのは間違いないだろう。

「俺なりの感想でいいかな?」

「構わない」

「核融合そのものを発生、制御するのはさほど難しくないと思うんだ。問題はそれをどうやって維持するかだと思うんだが」

「それは実用的な観点からだな。しかし技術的な観点から見ても重力式熱核融合炉に関する問題は加重系統の三大難問に挙げられるほどだぞ」

森崎の意見に、若干の批判を滲ませながら達也が答える。それを聞いた森崎はニヤリとした顔を浮かべ、達也の方へ振り向き、左手の人差指を立てる。右手で懐から汎用型CADを取り出して操作すると二つの魔法式を待機させ、ほぼ同時にそれを発動させる。すると、人差指の先にゴルフボールほどの白い球が浮かび上がっていた。

「これは…、窒素か。いや、しかし、液体になった様子もなかった」

今のは一瞬だった。冷却を得意とする深雪でも難しいだろう。それに何よりこの個体窒素は常温である。圧力をいじった形跡もない森崎の魔法に達也は首をひねる。

「そんな難しいもんじゃないぜ。今のは空気を振動させたあとに、窒素を凝固、固体化させる魔法を使ったんだ」

達也はさらに困惑した。固体窒素を作るのならば、圧縮と冷却を行うのがポピュラーかつ効率的な方法だ。しかし、森崎はその手順を踏んでいないし、そもそも空気を振動させる必要がない。

「二つ以上の魔法を高速で発動させると、2つ目以降は割と適当な記述でも魔法が成功するんだよ。今の魔法も最初の振動自体に意味はない。まあ一つ目の魔法が失効してから、すげー短い時間で発動させる必要があるけどな。俺はこれを"二重の極み"と呼んでいる」

「なるほど、FAE理論か」

「え、名前あるの?」

「いや、理論だけだな。予想といってもいい。それに日米の極秘研究で提唱されたものだ。別にその名前でも構わないんじゃないか」

「…いいよ、FAEの方がなんかかっこいいし」

森崎がいじけるが、生身でFAE理論を実現するこの男に達也は内心驚いていた。なにせFAE理論のタイムラグは1ms以下の時間しかないと言われいてたのだ。森崎の体内には原子時計でも埋め込まれいるのではないかと達也は冗談交じりに考えていた。

「しかしそうか、この理論の前ではほとんどの技術的な問題は解決するな」

「そうつまり、俺があと何人かいれば、核融合炉も夢じゃない!」

解決にならない森崎の答えに達也は苦笑するしかなかった。

 

森崎と達也との距離が5cm縮まった。

 

「頼るのは性に合いません。ここは頼られようと思います」

「できなかったのね…、友達」

森崎の答えに遥は若干気落ちした。

「…、二科生の友達が増えました」

「…」

面談終了まで遙の心が浮上することはなかった。

 

森崎が退室したあと、遥は束の間の休憩とカウンセリングの予約状況を確認していた。そして、予約リストに意外な人物が載っているのを確認すると、緊張のあまり休憩という状況ではなくなっていた。少しして慎まやかなノックが鳴り響く。

「どうぞ」

「失礼します」

そこにはこの世のもの(ry、端的にいうと司波深雪が居た。

「こんにちは、司波さん」

「今日はよろしくお願いします」

挨拶を済ませると、遥は深雪に席を勧める。

「それで、今日はどんな用かしら?」

遥のカウンセリングを始める常套句であるが、いつにもなく気合いが入る。彼女ほどの有名人、完璧な美少女がいったいどんな悩み事を抱えているのか。体裁も完璧に整える彼女のような女性は風聞を気にして、ここを訪れることは滅多にない。故に遥は深雪のような女性のカウンセリングを行ったことがない。経験不足からくる気負いから、思わず言葉が力んでしまう。

「実は、クラスメイトの男子のことが気になって」

深雪の言葉から発せられた爆弾発言に思わず腰が砕けそうになるが、堪えて遥は聞くに徹した。

「その方なのですが、実は…」

「実は…」

遥が唾を飲みこみ、先を促す。

「殿方が好きなようなのです」

「えっ」

だめだ。遥は全身から力抜けていくのを感じていた。この女が何を悩んでいるのか全くつかめない。いや、まだだ。話は終わっていない。

「いえ、他人の趣味嗜好にけちをつけるつもりは無いのですが、やはり私には理解できないといいいますか、ええ。それで彼は他の同性のクラスメイトといつも仲睦まじくしているのです。それだけならなんの問題も無いのです」

深雪はそこまで言い切ると俯く。

「それなのにあの男、あろうことかお兄様を」

しばらくして、深雪が顔をあげるが、その眼は血走っている。

「あの男、いつも屋良内君といちゃついてるくせに、お兄様を風紀委員まで追いかけていくなんて、不埒にも程があります。そもそもお兄様は二科生であなたは一科生ではありませんか。授業見学のときも私がクラスメイトと親交を深めているのに、お兄様を狙って付け回して、勧誘週間のときもお兄様を監視?あれはどう見てもストーキングです。あまつさえお兄様の研究まで関わろうなんて…」

血走った眼はもはや遥を見ていなかった。そして視線を上げ虚空を見つめる。

「ああ、お兄様、なぜ気づかないのですか?あの下種な視線を。あの破廉恥な気配を。あの下心丸見えな言葉を。どうしてあんな男と授業見学を楽しそうしていらっしゃるのですか?どうして風紀委員の仕事を一緒にしていらっしゃるのですか。深雪が生徒会活動中に風紀委員室で何をしていらっしゃたんですか?お兄様、お兄様…」

今度は顔を手で覆い、下を向くと嗚咽を漏らし始める。

「お兄様、お兄様…、深雪を置いていかないでください」

あまりにか弱い一人の女子生徒を前に遥も意を決する。この女が何を喚いているのかいまだ理解できないが。遥は深雪の肩に手をかけ、それに気づいた深雪がビクッと身を震わせるとおずおずと顔を上げる。

「司波さん、いいえ、深雪さん」

「小野先生…、私、私」

遥が首を横に振る。

「遥ちゃんでいいわ」

「小野先生…」

「…深雪さん、私、男同士もありだと思うの…」

 

「小野先生、小野先生」

遥は自分を呼ぶ声に気を取り戻す。

「あれ、私?」

「お疲れのようですね。今日は俺の面談を行う予定なので来てみれば眠っていましたよ」

「そ、そう」

達也の答えに遥は相槌をうつが、いまだ完全に覚醒したわけではなく虚ろな目をしている。

「達也君、ここ寒くない?」

「いえ、普通だと思いますが」

遙が身を震わせて達也に訪ねるが、今カウンセリング室は空調も効いており快適な温度だ。

「どうやら、風邪をひいたようですね。今日はもう帰ってお休みになった方がいいんじゃないでしょうか」

「そ、そういうわけには…、いえ、そうね。達也君、ごめんなさい。面談はまた今度でいいかしら?」

「構いません。小野先生も体は大事にしてください。それでは自分はこれで」

 

カウンセリング室を出た達也は溜息をついた。深雪から泣きそうな声で小野先生にコキュートスを放ってしまったと聞いた時は流石に焦った。急いでカウンセリング室へ駆けつけると泣きはらした深雪と椅子に座って俯いている遥が居た。その状況から最愛の妹を追い詰めたのだろうかと思ったが、妹が違うと訴えたのでひとまず、激情をおさめた。もっとも深雪は詳しい事情を話そうとしなかったが。遙の状態を確認すると精神崩壊寸でのところだった。未だ目を赤くはらした深雪に、気の毒ではあったが軽く注意をしたあと退室させた。その後何事もないかのように取り繕って遥を起こしたのだった。

「しかし、本当に何があったんだ?」

そう独りごちながら達也は廊下を歩いて行った。



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