ダンジョンで銃を撃つのは間違っているだろうか (ソード.)
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番外編
妹たちとバレンタイン


これは今作の番外編です。本編ほどシリアスなわけではないただのサイドストーリーですので、多少の世界観無視やメタ発言などが存在します。それに関しては目を瞑ってください。


「バレンタイン?」

 

 

「そうそう、明後日がその日!」

 

 

「うん......だから、2人で作ろうって......」

 

 

クラウド・レインがロキ・ファミリアを脱退する5年前、2月12日の朝。

食堂でフォークにパスタをくるくると巻きつけて食べているクラウドの両隣で、幼女2人がちょこんと座ってサンドイッチをその小さな口で頬張っている。

右には金髪のヒューマンの少女、アイズ・ヴァレンシュタイン。左には黒髪の猫人(キャットピープル)の少女、ラストル・スノーヴェイル。

双方とも11歳でLv.3に至るという一流の冒険者であり、クラウドの妹分でもある。

 

 

「......いや、悪いんだが。何だ、バレンタインって?」

 

 

「え? もしかして知らないの!? ああ......確かにお兄ちゃん、去年まで付き合い悪かったから......」

 

 

クラウドはそもそもそんな単語を聞いたことがなかった。

7歳からの今まで、アポフィス・ファミリアの暗殺者で最初の6年、解散後に処刑人の活動で3年。計9年を血と硝煙の匂いにまみれてきた彼は世間の行事に大して興味を示さなかったからだ。

現にロキ・ファミリアに入ってからの最初の3年間も処刑人の活動が忙しく、そんな行事に付き合ってもいない。

3年前にクラウドとラストル、そして2人の師匠でもある逸愧はロキ・ファミリアに移籍したのだが、逸愧はすぐに旅に出て、クラウドとラストルも中々馴染めずにいたというのもある。

 

 

「ウチが教えたるわ。バレンタインっちゅーのは好きな子にチョコを手渡すことなんや。

せやから、ウチにチョコ頂戴やアイズたーんっ!!」

 

 

「「「ロキ、煩い」」」

 

 

「ぶべらっ!!」

 

 

アイズに飛び掛かる彼らの主神ロキだが、幼女×2とその義兄によるトリプル鉄拳制裁が顔、胸、腹に叩き込まれる。

 

 

「ま、何か作り方とかで分からないところがあったら言えよ。できる範囲なら兄ちゃんが教えてやるから」

 

 

哀れなる無乳の神を退けた後、使い終わった食器を運ぶために席を立った。まだ幼い義妹にチョコレートとはいえ、料理ができるかは定かではない。いざとなったら3人で作るのも悪くないだろう。

 

 

「むー、お兄ちゃんは心配性だな」

 

 

「大丈夫、ちゃんとリヴェリアたちと一緒に作るから」

 

 

ラストルもアイズも心配いらないと笑ってはいるが、それでも放っておけない気持ちはあった。

まあ別に可愛い家族の作る料理なら多少出来が悪くても嬉々として食べる自信はある。問題ないだろう。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

日を跨いで14日。ロキ・ファミリアのホームの居間では何やら不穏な空気が満ちていた。

そこにはファミリアの男性団員とロキのみが集まり、非常にむさ苦しいと言わざるを得ない。

主神であるロキを除く女性団員は全員ダイニングに集まっており、チョコレート作りに励んでいる。それを今か今かと待ち望んでいるわけだ。

フィン、ガレス、ベート、クラウドの幹部勢とロキはソファーに座り団欒としている(ように見えた)。

 

 

「おい、クラウド。お前、今年は何個貰えんだ?」

 

 

ベートが突拍子もなくクラウドに聞いてきた。今年はなどと言っているが、別に今まで貰ったことなどない。

 

 

「いや、何個も何も......とりあえず最低でも全員一つはあるんだろ? 数なんか関係あるのか?」

 

 

「大有りだろうが。俺が聞いた話だと、より多く貰えたヤツが男として上回ってることになるらしいぜ」

 

 

......ベートの話がよく見えてこない。

確かに甘党のクラウドにとって多く貰えることは嬉しいことだが、それで勝ち負けを決めるのはどういうことなのか。

 

 

「クラウド、君はそもそもこの行事がどういう意味なのかを理解してないんじゃあ......」

 

 

「そりゃそうだろ、聞いたのも一昨日が初めてなんだし」

 

 

クラウドの向かいに座るパルゥムのフィンが苦笑いしていることにため息を吐いてしまった。

だから知らないって。

 

 

「ベート曰く、『本命』が貰えるのかって意味だと思うよ」

 

 

「本命?」

 

 

「うん、本来は女性が日頃世話になっている男性にチョコを渡す行事で......そっちは『義理』って言うんだけど、中には好きな異性に渡す意味も含まれてるらしいよ」

 

 

「それが本命ってヤツなのか? でも、俺は貰うアテなんかないぞ」

 

 

16歳になってまで女性と交際どころか肉体的接触もない。恋人いない歴と年齢が同じなのだ。

ハーフエルフなので容姿も良く、ロキ・ファミリアのLv.5でもあることから交際を申し込まれることはあるが、受け入れたことはない。下手に付き合いでもして、自分の過去について知られればその人物にも危険が及ぶ。それを考えると交際には踏み出せないし、何よりそういう男女間の愛情がハッキリと理解できない。

 

 

「え? クラウド、それ本気で言うとるん?」

 

 

「は?」

 

 

「いやいやいやいや、だって自分、可愛い妹2人から貰えるんやろ?」

 

 

ロキのカミングアウトに一時的に黙っていたベートが立ち上がり、クラウドに食って掛かる。

 

 

「何ぃっ!! クラウドテメェ!! まさかアイズから本命貰うつもりかコラアッ!!」

 

 

拳を振りかぶるベートだが、それよりも早くクラウドから脳天にチョップを受けて沈められる。

 

 

「落ち着け、暴れワンコ。ロキも冗談はやめてくれ。妹から貰うって、それこそ義理だろ? 尚更ダメじゃねぇか」

 

 

フィンとガレスは呆れたように苦笑いしてしまう。

だから何なんだよ。

一方ロキは、ワナワナと身体を震わせ拳を握りしめていた。

いや、だから何なんだよ。

 

 

「そんなんやったらウチが貰うっ!! アイズたんの本命チョコ寄越せえええええっ!!」

 

 

「や・る・か!!」

 

 

ロキの頭を左手で受け止め、寄せ付けない。ロキは両手を伸ばして抵抗するが、クラウドの腕の方が長いため、スカッスカッと空を切る音しかしない。

 

 

「お前にやるくらいなら1人で美味しく頂いてやるに決まってんだろ!! お前は義理で我慢しろ無乳を司る神が!!」

 

 

「自分も女を胸でしか判断せぇへんのか!! 全世界の貧乳に呪われてまえ!!」

 

 

「貧を通り越して無に等しい女神様に言われたくねぇよボケェ!!」

 

 

「女に優しくせぇって習ってないんか!! 馬に蹴られて死ね!!」

 

 

ワーワーギャーギャー争う主神とその眷族。そんな攻防が数分続いた。

 

 

「やめろ、2人とも」

 

 

「あぐっ」

 

 

「ひんっ」

 

 

突然何者かに頭を掴まれる2人。一体誰だ、とその人物を確認する。

 

 

「2人とも、少し頭を冷やそうか」

 

 

「此方にまで声が聞こえていたぞ。もう少し静かに、できないのか?」

 

 

「フィン......」

 

 

「リヴェリア......」

 

 

団長と副団長による笑顔の威圧。その後2人はこってり搾られた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「はい、どーぞ」

 

 

「ほらほら、食べて食べて!」

 

 

「ありがと、アイズ、ラストル」

 

 

他の男性団員が配られた義理チョコを食べている中、クラウドはそれとは別に可愛い妹から一つずつチョコを貰っていた。

 

 

「アイズは......クッキーにしたのか?」

 

 

「うん、他にも貰うだろうからって......」

 

 

「そうか、じゃあ、いただきます」

 

 

アイズから貰った分のクッキーを袋から取り出し、一口囓った。

 

 

「ど、どう?」

 

 

アイズがソファーに座っているクラウドの前に立ったまま少しだけ見上げるように目を合わせる。

クラウドはしっかりとそれを味わい、呑み込んだ。

 

 

「うん、美味しいよ」

 

 

「ほ、ほんとに......?」

 

 

「ああ、本当だよ。不味いわけない」

 

 

普段から料理をするクラウドからすればまだ少々甘いところもある。少し固まりすぎているような気がするが、そんなものは気にならなかった。多少拙くても熱心な気持ちが感じられる。

 

 

「お兄ちゃん......これ」

 

 

「? ああ、それか」

 

 

アイズが両手で自分の頭をポンポンと叩いた。これはいつもの合図だろう。

クラウドは右手をアイズの頭に置いて彼女の美しい金色の髪を撫でた。

「よーしよーし」と優しく撫でている内にアイズの表情がとろーんと柔らかくなる。

 

 

「むー、アイズばっかりずるい! 今度は私の!」

 

 

近くにいたラストルが痺れを切らして割って入った。クラウドはやれやれと手を放して今度はラストルの相手をすることにした。ラストルは自分のチョコを取り、皿に乗せて出す。

 

 

「ラストルは......えっと、ケーキか?」

 

 

「うん! お兄ちゃんはケーキ大好きだもんねー!」

 

 

ラストルが手に持っているのは四角く切られたチョコケーキだった。出来栄えは高級な菓子店で売られているものとさほど変わらないほど良くできている。

 

 

「ほら、口開けて」

 

 

「ん、こうか?」

 

 

ラストルが言うように口をある程度開ける。まさか、と思ったのも束の間、ラストルはケーキを一口大に切り、それをフォークに刺してクラウドの口に運ぶ。

 

 

「はい、あーん」

 

 

「あ、あーん」

 

 

辺りの男性団員やいつの間にか右隣に座っているアイズからジトーッとした目で見られるが、それもあまり気にしなかった。ここでそんなことに気を配るのはラストルに対して失礼だ。

 

クラウドはラストルから食べさせてもらったケーキをさっきと同様に味わった。甘さとほろ苦さが丁度よく混じりあっている。さっきのアイズのクッキーと甲乙つけがたい。

 

 

「どう? どう?」

 

 

「安心しろって、美味しいよ」

 

 

「わーい! やったー!」

 

 

ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ妹に微笑ましさを感じながら、クラウドは笑っていた。これからもこんな日々が続くんだろうなぁ、と。

 

 

「おっ、お兄ちゃん。私のも......」

 

 

アイズが右隣からさっきのクッキーを持って口元に近づけてきた。少し赤くなっている彼女に微笑みながらクラウドはそのクッキーを頂いた。

 

 

「どっちの方が美味しい?」

 

 

「あはは......それは比べられないな。アイズもラストルも一生懸命作ったんだし、俺には選べないよ」

 

 

「そう......ううん、でも、嬉しい」

 

 

「あーっ!! ずるい、アイズ!! 抜け駆け禁止!!」

 

 

ワイワイと騒ぐ幼い妹2人。血は繋がっていないが、2人とも家族同然だ。血縁など関係ない。

 

 

「お兄ちゃん、今夜は私と一緒に寝よ。ねっ、いいでしょ! ご褒美だと思って!!」

 

 

「え? まあ、いいけど」

 

 

「じゃ、じゃあ私も......」

 

 

アイズに右腕、ラストルに左腕を引っ張られ、クラウドはどっちにすべきか真剣に悩んでしまう。

今日頑張ったご褒美に言うことくらいは聞いてやるのも兄の務めだ。

 

 

「おいおい、俺の身体は一つだけだって。今日は3人で寝ような」

 

 

「じゃあ......私、腕枕がいい」

 

 

「はいはい、アイズは腕枕な。ラストルは?」

 

 

「私も!」

 

 

「はいはい。全く、おねだり上手だな、2人とも」

 

 

クラウドは立ち上がると、2人を連れて居間を後にした。

来年もこんな風に和気藹々と過ごしたいな、と心の中で思っていたクラウド。

しかし、この翌年にはラストルはファミリアから姿を消し5年後の事件へと繋がるのだが、それをこのときのクラウドは知るはずもなかった。

 

こんなにも幸せな日々に浸っていたいと本気で思うことができていたのだから。




この話を読んだ方がどう思うのか、私なりに考えました。恐らく「え? ラストルって昔こんなんだったの?」だと思います。「ラストルの性格ってどんなんだったっけ?」という方は28、29話をご覧になってください。
バレンタインということで、こういう過去話を投稿してみました。いかがだったでしょうか? 実は間に合えば14日中にどうしても無理な場合は15日の早くにもう1つバレンタインの話を投稿しようと思っています。こちらは本編の時系列の話となっています。よろしければそちらもご覧になってください。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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とあるエルフのバレンタイン

はい、性懲りもなくバレンタインネタの2作目です。今日中にできてよかった......(疲)


「はあ......」

 

 

「リュー、何回目のため息?」

 

 

2月12日。世に言われるバレンタインの2日前、昼下がりの豊饒の女主人でそこの店員のリューは哀しそうにため息を吐いていた。

 

 

「すいません、シル。私らしくもない......」

 

 

「大方、明後日のバレンタインでクラウドさんにチョコをあげるか悩んでるんでしょ?」

 

 

リューはテーブルを拭く手を止めてシルの方を向く。

 

 

「......顔に出てましたか?」

 

 

「顔というか、大体察しがつくよ。何日も前からそわそわしてたし」

 

 

「面目ない......」

 

 

数日前からバレンタインのことについて気にし始めていた。何でも、その行事は意中の男性に女性がチョコを渡すものらしい。

しかし、ここである問題に直面してしまう。

 

 

「ちゃんと作れるかが......心配なんです」

 

 

「ああ、それね......」

 

 

保存用の食料などは作れても、他人に振る舞うような料理においては彼女の料理センスはゼロに等しい。単純にサンドイッチを作るだけの調理で食材を全て黒焦げにするほどだ。

あの容姿端麗で性格も良いクラウドのことだ。色んな女性からチョコを貰うに違いない。そんな中でもし自分だけ石炭のようなチョコを渡せば好感度は確実に下がる。

 

 

「でも、あの人のことだから意外と気にしないかもしれないよ? 気持ちが籠ってるーとか何とか言って」

 

 

「ならいいのですが......万が一そう思わなかった場合、失敗作をわざわざ渡しにきたと思われるでしょう?」

 

 

「あんまり想像できないけど......まあ確かに否定もできないかな? そういうところに気が回ってないといけないとも言うし。

だったらいっそ、売ってるものに少しアレンジするくらいでいいんじゃない? それなら美味しくはなるだろうから」

 

 

「それはそれで......手を抜いていると思われそうで......」

 

 

「......深読みじゃない? 流石にそれは」

 

 

シルも結構な回数クラウドと会って、彼の人柄もある程度は理解している。怒らせると割りと本気で恐い彼だが、やはり家族や仲間思いで義理堅い面が大きい。たとえ失敗作だろうと、既製品だろうとリューから貰える分には嬉しいとは思う。もっとも、当の本人は不安で一杯のようだが。

 

 

「何回か試して、一番出来のいいのをあげるっていうのは? それなら多分大丈夫じゃないかな?」

 

 

「......! わかりました、明日にでもやってみます!」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

ダンジョン探索の無い、久々の休み。クラウドは行き付けの食料品店に向かって歩いていた。

今日は2月13日。辺りの店にはチョコレート関連の品が次々に消え、それを後生大事に抱える女性が多く見られた。明日のバレンタインに備えて手作りのチョコを買うためだろう。

とは言っても、別にクラウドの目的はそうではない。世間がどう転んでいようが、ヘスティア・ファミリアの経営が火の車であることは変わらない。

 

 

「いつになったらこの極貧生活から抜け出せるんだよ......」

 

 

クラウドは銃の弾丸を自作しているため、それにかかる費用を考えるとダンジョンで稼いだ分の金が半分くらい消えていく。現在ベルと2人で食費を食い繋いでいる状態だ。

ロキ・ファミリアにいたころに豪遊していたのが少々懐かしく思えてきた。

 

 

「ん? あれは......」

 

 

目的の場所に着くと、見知った後ろ姿をした人物がいることに気づいた。自分より少し低い背丈、スラッとした華奢な体躯、肩の辺りまである金色の髪。何よりその若葉色の給仕服が決定的だった。

 

 

「あれ、リューか?」

 

 

「うひゃああああっ!!」

 

 

クラウドが後ろから声をかけるとビクッ!と身体を震わせて振り向いた。よほど熱心に何かをしていたのだろう。ちょっと悪い気もした。

 

 

「く、クラウドさん!? 何故、ここに......?」

 

 

「何故って、ここ俺がよく来る店なんだけど」

 

 

「なっ!? 不覚......調べが甘かった」

 

 

リューが悔しそうに近くの柱にもたれ掛かる。何がそんなに上手くいかなかったのだろう。

クラウドはさっきまでリューがいた位置に立つ。するとそこには『チョコレート特売』の文字とその下の大量の包装されたチョコがあった。

 

 

「これ......リューも誰かに作るのか?」

 

 

「え? あ、はい。確かに作ります......というか、『も』?」

 

 

「ああ、アイズとキリアが作るって昨日言ってたからさ。2人とも日頃のお礼だって」

 

 

絶対違う。リューには確信が持てていた。あの2人はクラウドの家族ではあるのだが、間違いなくそれ以上の感情をクラウドに向けている。だとしたらそれ相応の出来の品を出してくるはずだ。

どうやら甘く見ていたようだ。このままではますます彼女の品は見劣りしてしまう。

 

 

「そ......そうですか。よかったですね」

 

 

「リューは誰に作るんだ? 常連さんとか?」

 

 

「常連......と言えば常連でしょうね?」

 

 

クラウドは自分が貰えるとは露ほどにも思っていないのだろうが、リューはそのある意味正解な問いに頷いた。

しかし、鈍感で唐変木のハーフエルフ様は「そうか」とだけ言って店のカウンターに座っている店主に声をかけた。

 

 

「ベレソアさん、いつもの分」

 

 

「お、クラウドか。ちょっと待ってろ。今出してくるから」

 

 

ベレソアと呼ばれた中年のヒューマンの男性は元気そうに挨拶すると、店の奥へ入っていった。

 

 

「知り合いなのですか?」

 

 

「ああ、ここの店主とは何年も前からの馴染みでな。こうやって安値で商品が買えるんだ」

 

 

ベレソアは大きめの紙袋を2つ抱えてカウンターまで持ってきた。クラウドは金貨の袋を取り出し、それと交換する。

そこで、ベレソアの視線はクラウドに付き添うように立っていたリューへと注がれる。

 

 

「ほぉー、もしかしてよクラウド、このエルフの嬢ちゃん......お前のコレか?」

 

 

ベレソアはニヤニヤしながら右手の小指を立てた。クラウドは苦笑いして簡単にそれを否定する。

 

 

「いや、コレって......古いなアンタ。この人は俺のよく行く酒場の店員さんだよ。ほら、リュー」

 

 

小声で「そんな風に否定しなくても......」とリューが言うのが聞こえた。クラウドにとっては何のことやらという感じだが。

 

 

「初めまして。リュー・リオンと言います」

 

 

「おう、俺はベレソア。そこの小僧の馴染みだ」

 

 

礼儀正しく頭を下げるリューにベレソアはニカッと豪快に笑ってみせた。クラウドからすれば何ともシュールな光景である。

 

 

「どうだい? 今日は安くしといてやるよ? あれ、買うんだろ」

 

 

ベレソアの視線の先にはさっきまでリューが眺めていた特売のチョコが。どうやらこの店主は見抜いているようだ。

 

 

「あいつは甘党だからな、苦いのはやめといた方がいい。ま、頑張れよ」

 

 

「はい......! 頑張ります」

 

 

こうしてリューはクラウドのつてもあり、試作用のチョコを大量に購入した。

当の鈍感野郎は、熱心だなーくらいにしか思わなかったそうな。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「で......できた......」

 

 

チョコを買って、それに様々な調理を施すという作業をして4時間。店の厨房を特別に借りてようやくそれらしい出来のチョコを作ることができた。

終わった頃には日が暮れて汗をかいていた。最初は炭化したり、まるで鋼鉄のように硬くなったりしたが、最終的にはスタンダードに四角形の形に収めることができた。これなら多分大丈夫だろう。

 

 

「形もまずまず、味も問題ない......あとは渡し――」

 

 

ここで気づいた。そう、渡すのだ。これが残っている。チョコの完成度を気にしすぎていたせいで忘れていたが、明日にはこれをクラウドに渡さなければならないのだ。

普通に考えれば面と向かって『私からの気持ちです』とでも言えばいいのだが。

 

 

(む......無理ですそんなことは。絶対に無理!!)

 

 

ダメだ。そんなことを言えば完全に告白である。しかもかなり作り込んでいることも後々バレることになるのだから、隠し通すのは難しい。

ならいっそのこと、事務的に世間で言う義理チョコを渡す感覚になればいいのではなかろうか。『友人としての礼儀です』とでも言って。

 

 

(しかし......それでは結局本末転倒です)

 

 

ダメだ。彼が貰うチョコには確率としてはいくつか義理チョコがあると考えていい。確かに彼にあくまでも友人や客として冷静に接すれば渡せないこともないが、それではその『いくつか』の1つとしてしかカウントされない。

自分が何時間もかけて作った渾身の作品は単なる有象無象の産物と化してしまう。

 

 

「しかし渡さないともっと意味がありませんし......ど、どうすれば......」

 

 

顔を青くして、あーでもないこーでもないと頭を抱えるリュー。そんな彼女を厨房の出入口から店員仲間たちが暖かい眼で見守っていた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

こうして明くる日の2月14日。

 

 

「なんでこんなことに......」

 

 

豊饒の女主人は大盛況だった。バレンタインということもあって、店員たちが客にチョコをサービスしていたのだ。その話が広まって、夕方には客がひっきりなしに来る始末。

店が忙しくなっているせいで途中の切り上げなど不可能に近い。もし営業時間まで使うと、夜中にクラウドのホームへと行くことになる。流石にそれは迷惑になるかもしれない。しかし、そんなことを言っている場合ではない。

 

 

「これが終わったら、すぐにクラウドさんに渡しに行かないと......」

 

 

「俺に何を渡すんだ?」

 

 

「決まっています。昨日私が何時間もかけて――」

 

 

おかしい。確実にさっき誰かが自分の独り言に返事をしてた。しかもよく聞いたあの青年の声にとてもよく似ている。

恐る恐る後ろを振り向くと、案の定そこには今しがた頭にあったクラウドの姿が。

 

 

「何時間もかけて......って。俺に何かあるのか?」

 

 

「いえ、その......というか、後ろを取らないでください。驚きます」

 

 

「いやだって、俺が声かけたのに返事しないから。聞こえてないんじゃないかって思って」

 

 

「すいません、ご注文ですか?」

 

 

クラウドからの注文を受けリューは店の奥へと入っていく。その実、かなり恥ずかしくもあった。腕にはそれなりの自信があるというのに背後のクラウドの存在にほとんど気づかなかったのだ。それはつまり、クラウドにチョコを渡すことを考えることにかなり頭を使っていたということだ。

 

 

「熱を上げすぎだ......私は」

 

 

一応は勤務中である。そんな不純(?)な考えで職務を蔑ろにすべきではない。しかし、心で意識すればするほど想いは留まりにくくなった。

リューは頭を激しく左右に振って邪念を掻き消し、クラウドの注文した酒を彼の座るカウンターまで持っていく。すると、突然カウンターにいた誰かが自分に手を伸ばしてきた。

 

 

「ミア母さん......?」

 

 

「ほら、これ渡すんだろ?」

 

 

カウンターの丁度他の客から死角になっている位置で一切れのメモを渡される。

リューはメモに目を通し、思わず吹き出しそうになった。メモの内容はこうだ。

 

 

『今日はもう上がっていいから例の坊主にこっそりチョコを渡してきな』

 

 

ミアは何も言わずにリューが昨日の内に包装しておいたチョコを手渡し、右手の親指を立てて送り出した。頑張れ、という意味だろう。リューからしてみればまだ全然心の準備が出来ていない。しかも、今現在カウンターで酒を飲んでいる彼に渡すのにこの衆人環視はマズい。何とかして彼を人気の無いところへ連れ出さなければ。

 

 

「あ......あの、クラウドさん。ちょっとお話が」

 

 

「リューか、どうした?」

 

 

「えっと......その......」

 

 

中々言い出せない。チョコは彼に見えないよう背後に隠し持っているが、結局は渡すのだ。一体どんな言い訳を通せば彼を店の外へ連れていける?

 

 

「な、何か言いにくいことか?」

 

 

「い、言いにくいことです」

 

 

「だったら無理して言わなくても......」

 

 

ダメだ。話が進まない。まさかこんな場面で『チョコを渡したいので私と一緒に来てください』だなんて言えない。会話が進まないまま数十秒が経過する。ここで助け船が入った。

 

 

「坊主、リューから2人で話があるそうだ。ちょっと付いていってやりな」

 

 

「え? まだ半分くらい酒が残って――」

 

 

「さっさと行きな」

 

 

「わかりました行かせていただきます」

 

 

ミアからの凄みのかかった顔に圧され、クラウドはリューと一緒に店の外へと出た。

辺りはかなり暗くなり魔石の街灯があるだけだ。リューは店から少し離れた路地でクラウドを引き止める。

 

 

「それで話って?」

 

 

「実は......そこまで大したことではないのです。ただ......」

 

 

「ただ?」

 

 

リューは少し震えながら隠し持っていたチョコをクラウドの前に差し出す。クラウドはその様子に少し驚いているようだ。

 

 

「これを、受け取ってもらいたくて......!」

 

 

クラウドは目をパチパチと開閉させて珍しそうに見ていたが、すぐにそのチョコを受け取った。

 

 

「大したものではありませんが......私からの......気持ちです」

 

 

最後辺りはあまり上手く言えなかった。クラウドには聞こえていなかったようだが、数秒見つめ合った後質問してきた。

 

 

「これ、もしかしてリューの手作りか?」

 

 

「あっ......はい、そうです」

 

 

随分と平坦というか馴れたような声だ。やはり動揺しているのは自分だけなのか。彼にとってこんな行事はさほど珍しくないというのか。

 

 

 

「ありがとう。俺、すごく嬉しい」

 

 

 

「えっ......?」

 

 

彼からの笑顔と感謝の言葉に不意を衝かれた。さっきまで普通に話していたのに、心なしか彼の表情が嬉しそうに見える。

 

 

「俺、家族や同じファミリアの奴以外から貰うのって初めてで......これでもビックリしたんだぜ? それに......手作りだし」

 

 

実年齢よりも少し幼く笑う彼。こうして見ると自分と同い年とは思えないほど穏やかな笑顔だと感じる。

 

 

「なあ、リュー。これ食べてもいいか?」

 

 

「ここでですか? 構いませんが......」

 

 

クラウドは丁寧に包装を解くと、中から四角形に作られたチョコのうちの一つを取りだし、口に運んだ。

 

 

「どう......ですか?」

 

 

「うん、美味しいよ。丁度俺好みの甘さになってる」

 

 

「そうですか......よかった」

 

 

クラウドの満足そうな笑顔。頑張ってよかったと心から思えた。

 

 

「あのさ......リュー。もしよかったらなんだけど」

 

 

「何ですか?」

 

 

「また作ってくれないか? また食べたいな、これ」

 

 

はははっ、と笑うクラウドだが、リューの心中は笑いどころでない。『また食べたい』という言葉が彼女に熱を灯してしまったのだ。リューはこのとき決めた。『絶対に料理を上達させてクラウドに食べさせよう』と。

 

 

「はい、喜んで」




番外編なのに本編並みの長さとはこれ如何に。予想以上に時間かかった......一日で終わらせようとしたからか、くっ。

因みに作者はマジで誰からも貰ってません。家で空しく市販のチョコ食ってましたよド畜生め(涙)


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冒険者
第1話 冒険者


ソードアート・オンラインの執筆も滞っているのに新しくダンまちを書いてしまった愚かな私をお許しください....
それではどうぞ。


迷宮都市オラリオ。そこのダンジョン14階層では、パァンッという何とも聞き慣れない乾いた音と共に絶命する真っ黒な犬型モンスター『ヘルハウンド』の姿があった。

 

 

「さあて、さっさと下に行くか」

 

 

ヘルハウンドを撃破した人物――名前をクラウド・レインという。黒のジャケットに同じく黒のパンツ、ジャケットの下には白のシャツを着ている。癖の無い真っ直ぐな銀髪の後ろ側は纏められており、整った顔立ちに色白の肌、碧眼ということもあってか一見すると女性のようにも見える。

何よりも目を引くのは耳――ヒューマンよりも尖ってはいるもののエルフほど鋭角ではない。すなわち両者から生まれた人種――ハーフエルフだ。

 

 

ハーフエルフの彼は武器をしまうと先程倒した数十体にも及ぶモンスターが残していった魔石を拾ってポーチに詰め込んでいく。しかし、そこで邪魔が入る。

 

 

「?」

 

 

何かの気配を感じた。そこそこ大型のモンスターが近づいてきている。

数秒後『それ』は現れた。牛の頭に自分の身長の倍以上はあろうかという程の巨躯。Lv.2クラスのモンスター『ミノタウロス』だ。

 

クラウドは少しも狼狽えず腰に付けたホルスターの右側から主要武器(メインウェポン)を取り出す。それはオラリオでも珍しい、いや唯一とも言っていいほどユニークな物だ。少し広がったL字型の外形に人差し指を掛けるトリガー、先端には円形の穴が開いている。色は銀色で、ずっしりと重い印象が伺える。

この武器は『銃』だ。正確に、彼が呼ぶ風に言えば『自動式拳銃』という名前らしい。

 

 

「少しは骨のありそうなヤツが来てくれたじゃねぇか。だが死ね」

 

 

ミノタウロスは彼を視界に捉えると猛スピードでこちらに突っ込んできた。彼は落ち着いて右手の銃をミノタウロスに向ける。

 

 

「焼き払え【フレイム・テンペスト】」

 

 

超短文詠唱と共にトリガーが引かれ弾丸が発射される。真っ赤な炎を纏ったそれは、ミノタウロスの胸の真ん中に吸い込まれ、命中。

命中と同時にミノタウロスの身体は燃え上がり、クラウドの元に辿り着く前に地面へと倒れ肉体は消滅。体内の魔石がゴロンとその場に転がる。

クラウドは銃をホルスターに納めて、ミノタウロスの魔石も回収した。しかし妙だった。通常なら15階層以下で出現するはずのミノタウロスとここで遭遇してしまったのは何故だろうか。

そして、その疑問はすぐに解消されることになる。自分が立っている場所とは反対にある15階層と14階層を繋ぐ階段からもう一体のミノタウロスが出てきた。

 

 

「懲りないヤツらだな、来るなら束になって来いってのッ!」

 

 

クラウドは悪態をつきながら再びホルスターの銃を抜き、照準を合わせる。

 

 

「鳴り響け【ヘル・ライトニング】」

 

 

今度は別の魔法。放たれた弾丸は青白い電光を散らしながら突き進む。先程が『炎』だったのに対してこれは『雷』だ。弾丸はミノタウロスの眉間を貫通し、凄まじい電光で身体は焼き焦がし命を奪う。

 

 

「まだいるのかよ....」

 

 

クラウドが倒したミノタウロスの陰にさらにもう一体。一体どれだけ来るつもりだよ、とため息をつくが今度は何かおかしかった。

ミノタウロスがこちらを見ていないのだ。まるで何かから逃げるように大急ぎで何処かへ走っていく。

 

 

「......どういうことだ? 何かから....逃げてる?」

 

 

クラウドはいなくなったのならいいか、と歩を進めようとするが、そこで何かに気づく。もしもあのミノタウロスがもっと上の層、つまりは『上層』にまで逃げ延びたとしたらどうだ?

 

 

「チッ、俺の杞憂であってくれよな!」

 

 

クラウドは少し遅れてミノタウロスの逃げた方向へ走る。ダンジョンには別の層へ繋がる階段は幾つかあるため、それの何処に逃げたのかはわからない。とりあえずは自分の弟子である白髪の少年のいる5階層を目指して安全を確かめることが先決だ。

 

 

「ベル....頼むから死ぬなよ」

 

 

13、12、11と階層を上へ上へと上っていくがミノタウロスの姿は見えない。やはり途中でどこか別の所へ行ったのか、偶然現れた上級冒険者に倒されたのか、そう思いながら6階層を回っていると運が悪かったと言うべきか遠くの方で牛頭のモンスターがちょうど5階層に続く階段を上っているのを見つけた。

 

 

「嘘だろ....ッ!!」

 

 

クラウドもその後を追い5階層へ辿り着く。ベルや下級冒険者の誰かと遭遇する前に倒せればいいが、と思ったのも束の間、自分の耳に聞き慣れた少年の叫び声が届いた。

クラウドはホルスターの銃を抜き、右に続く角を勢いよく曲がる。そこには逃げ惑う白髪に赤目の如何にも駆け出しという雰囲気の少年の冒険者と、それを追い回すミノタウロスの姿があった。

 

 

「ベル、今助けてやるから10秒くらい持ちこたえろ!!」

 

 

「た、助けてくださいクラウドさぁん!!」

 

 

ベルは必死に走ってミノタウロスとの間合いを詰めないよう頑張っているが、それも時間の問題だ。クラウドはミノタウロスの頭に狙いを定め、素早く詠唱を始めようとするが、そんなレンの横を誰かが凄まじい速度で駆け抜ける。

 

その人物はミノタウロスの背後に回り、その胴体を何度も切り刻む。腕も足も、そして首さえも切り落とされた牛頭のモンスターは崩れ落ちて肉体が消滅する。

ベルはミノタウロスの返り血を浴びたのか、頭から塗料を被ったかのように身体中が真っ赤になっていた。

 

 

「あの....大丈夫、ですか?」

 

 

ミノタウロスを切り伏せ、ベルに手を差しのべたのは女神と見紛う程の金髪金眼の美しい少女だった。青と白の軽装に腰には先程ミノタウロスを細切れにしたサーベルを差している。

【ロキ・ファミリア】所属のLv.5の冒険者。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

まさにその人だ。

 

 

「う、う、う、うああああぁぁぁぁッ!!」

 

 

ベルはワナワナと震えながら勢いよく飛び上がり脱兎の如く奔走し、何処かへと消えていった。

 

 

「....どうしたんだ? ベルのヤツ」

 

 

クラウドは銃をホルスターに仕舞ってポツンと残ったアイズに少し戸惑いながらも話しかける。

 

 

「えっと....アイズ、久しぶり」

 

 

こちらに気づいていなかったアイズはピクッと肩を震わせると、ゆっくりと振り返った。

 

 

「く......クラウド?」

 

 

そのときのアイズの表情は何とも形容し難かった。動揺、歓喜、疑念、そんな気持ちが顔に出ていた。

 

 

「本当にクラウドなの?」

 

 

「ああ、本物だ本物。何ならいくらでも質問してくれたっていいぜ?」

 

 

久々に軽口を交わしてみるが、アイズを見れば、むぅと少々不機嫌そうにしているのが見えた。

 

 

「ああ、ベルには後でちゃんと礼を言わせるからそんな顔するなって」

 

 

「うん、確かにそうなんだけど....それだけじゃ、なくて」

 

 

アイズは何だか思い詰めたような顔で彼女より少し背の高いクラウドの顔を見上げる。

 

 

「何処のファミリアに、入ったの?」

 

 

「ああ....その話か。言ってないもんな、うん」

 

 

「急に理由も言わずにホームから居なくなって....聞けなかったから」

 

 

そう、かつてクラウドは目の前の少女と同じ派閥――ロキ・ファミリアに所属していた。およそ3週間前にロキの了承を貰ってファミリアを出奔、その後改宗(コンバーション)したのだ。

 

 

「ヘスティア・ファミリアだよ、因みにさっきの白髪のヤツも所属してる」

 

 

「何でそんなことになったのか....聞かない方が、いいんだよね?」

 

 

「ああ、そうしてくれると助かる」

 

 

すると、ここで何人かがこちらに近づいてくるのが見えた。恐らくロキ・ファミリアのメンバーだろう。ここで鉢合わせになれば面倒だ、とクラウドは踵を返して逃げた白髪の少年を追うことにした。

 

 

「悪い、アイズ。俺そろそろ行かないと」

 

 

アイズに背を向けたまま走ろうとするが、グッと左手を後ろから握られる。顔だけ振り返ると、アイズが右手で自分の左手を握りながら悲しそうにこちらを見つめていた。

 

 

「......」

 

 

クラウドは苦笑いしながらアイズの頭を右手で優しく撫でる。アイズは少し驚いたが気持ち良さそうに目を細める。サラサラとした金髪は本当に触り心地が良かった。

 

 

「心配しなくても大丈夫だ。近い内にまた会えるからさ」

 

 

「....うん」

 

 

アイズはパアッと笑顔になりながら返事をした。クラウドもそれに微笑みながら握られていた左手の拘束をゆっくりと解いて、ベルを追いかけた。




作者は銃の構造とかの知識は乏しい方なので、できる限り努力して調べますがそれでも間違ってしまうかもです。そのときはやんわりとご指摘ください。
あと、オリジナル設定として『改宗』は主神が2人揃ってではなく自分の所属中のファミリアの主神が措置をしてくれればその後でも改宗はできる。ただし措置の後、改宗するまでの間は『神の恩恵』は無効化。
こんな感じにしてます。もしかしたら今後も原作に支障が出ない程度に設定の改変をしていくと思います。
それではまた次回。


キャラ設定

クラウド・レイン

種族:ハーフエルフ

年齢:21歳

身長:170セルチ

所属:ヘスティア・ファミリア

ステイタス:Lv.5

銀髪に碧眼、色白で細身の体形をした女性のように線の細い顔の青年。少し長めの髪を後ろで纏めていて、黒白系の服を好んで着ている。
父親から受け継いだ自動式拳銃を幾つも複製しており中~遠距離戦闘ではそれを使用している。魔法の才能にも優れており、火炎、氷雪、電撃など様々な魔法を駆使して戦う。
基本的には軽薄な態度が目立つが、面倒見がよく正義感が強い。


スキル

魔術装填(スペル・リロード)

・銃弾に魔法効果を付加させることが可能
・発動時の魔法の詠唱を省略可能
・詠唱が短いほど効果は減少する
・精神を集中させることにより効果は向上する


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第2話 ギルド

「ベル君....返り血を浴びたならシャワーくらい浴びてきなさいよ」

 

 

「すいません....」

 

 

ダンジョンの運営管理組織『ギルド』のロビーにあるソファでベルとクラウド、そしてベルの迷宮探索アドバイザーであるハーフエルフの女性、エイナ・チュールは向かい合って座っていた。

 

 

「あんな生臭くてぞっとしない格好のまま、ダンジョンから街を突っ切って来ちゃうなんて、私ちょっとキミの神経疑っちゃうなぁ」

 

 

そう、ベルはギルドの入口にいたエイナの所へミノタウロスから受けた返り血で全身を真っ赤にしたまま走ってきたのだ。いくらエイナでもそれには物言いをしたくなったのだろう。

 

 

「まあまあ、エイナ。それくらい誰もが経験する道だぜ? ヒューマンであれ亜人(デミ・ヒューマン)であれモンスターであれ、その身体に赤い血が流れていることを認識して理解し合う。そうやって皆大人になっていくんだ」

 

 

「全身血塗れの人が迫ってくる経験なんてしなくていいよね!?」

 

 

エイナはため息をついて頭を抱えると、ベルに向き直る。話題は勿論、ベルが5階層まで行ったことについてだ。

 

 

「それにしても、ベル君。駄目じゃない、勝手に5階層まで潜っただなんて」

 

 

「....はい。」

 

 

ベルはまだダンジョンに潜り始めて半月しか経っていない。所謂、駆け出しなのだ。そんな冒険者が5階層にまで潜るなど結構な危険が伴うことだと言っていい。

 

 

「まあ、反省してるならもういいよ。キミも生きて帰って来れたんだし」

 

 

エイナはそれで、と言葉を区切りベルに笑いながら話しかける。

 

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報....だっけ?」

 

 

「は、はい!」

 

 

ベルは少し慌てながらエイナに詰め寄る。一体何のことだとクラウドは目を丸くするが、そこで合点がいった。

 

 

「ん? 何だベル、お前もしかしてアイズのこと好きになったのか?」

 

 

「あ、あはは....」

 

 

クラウドが意地悪そうにベルに尋ねると、ベルは口元をニヤつかせながら頭を掻いていた。どうやら的中らしい。

 

 

「そっ、それでエイナさん! 何か知りませんか。趣味とか、好きな食べ物とか....あと、その....」

 

 

「特定の相手が居るのか、とか?」

 

 

エイナは恥ずかしがるベルに笑いながら聞いてみせた。ベルは膝に両手を当てて「そうです!」と強く肯定。

 

 

「うーん、今までそういう話は聞いたことないなぁ。というか、そういう話は私よりクラウド君に聞いた方がいいんじゃないの?」

 

 

「え?」

 

 

「だって、クラウド君とヴァレンシュタイン氏って元同僚じゃない」

 

 

暫しの沈黙。ベルはまるで錆び付いた機械のように、グギギッと首を曲げ左に座っているクラウドの方を向く。

 

 

「きっ、聞かれないことには答えられねぇだろ」

 

 

「えええええぇぇぇぇ!?」

 

 

ベルの叫び声(ハウリング)がクラウドの右耳を叩き、仰け反らせる。声の大きさならその辺の冒険者にも負けないんじゃなかろうか。

 

 

「うるせぇよ、鼓膜が破れるだろうが!」

 

 

「だっ、だっ、だって、それならクラウドさんって....元ロキ・ファミリアの人だったってことじゃないですか!!」

 

 

まあ確かにベルが知らないのも無理はない。ベルはオラリオに来てまだ半月、3週間前にファミリアを出奔して、それ以来ロクに活動してないクラウドの噂はベルの耳には届いていないのだ。

 

 

「ってか、エイナ。勝手にベルに話すなよ。俺にアイズのこと聞かれてもそこまで詳しく答えられねぇよ」

 

 

「えー? 確かクラウド君って、前にヴァレンシュタイン氏と仲良さそうに買い物とかしてたじゃない?だからもしかして....」

 

 

エイナはクラウドにニヤニヤ笑いながら聞いてきた。そのエイナの笑みからベルが何を察したのかは当然言うまでもない。

 

 

「まっ、まさか....クラウドさんって、アイズさんのこいび」

 

 

「違うからな」

 

 

即座に否定した。考えるまでもなく条件反射レベルでそう答えていた。クラウドは右手で頭を抱えてベルに向き直る。

 

 

「あいつとは入団したときからの付き合いだし、色々と世話とかしてやったけどそういう対象としては見てねぇよ。ちょっと年の離れた妹みたいな感じだよ、少なくとも俺にとってはな」

 

 

「ああ、そ、そうなんですか....」

 

 

「流石に8年も家族同然の付き合いしてたのに今更恋愛対象には見れねぇからな。夕飯作ったり、稽古つけてやったり、風呂に入ったりもしたっけな」

 

 

再び沈黙。さっきはエイナは余裕そうに笑っていたが今度は彼女もベル同様ポカンと口を開けて固まっている。

 

 

「ふ、ふ、風呂ってまさか、あれですか?お互いに背中を流し合った的なアレですか?」

 

 

「的なって何だよ....アイズが1人で風呂に入れない時期があってさ、ロキが入れようとしたんだけど『クラウドと一緒に入りたい』って言うもんだから何回か身体とか髪とか洗ってたんだよ。

だからまあ、流石に俺はそのとき服は着てたから一緒に背中を流したなんてことは......」

 

 

そこで気づいた。ベルが俯いて震えていることに。もう次に何をするのか予想できてしまったが、ちょっと可哀想に見えてきたので甘んじて受けてやろうと敢えて動かなかった。

すると案の定、ベルはバッと顔を上げてクラウドの両肩を掴み凄く複雑な、本気で焦りまくった表情で睨んできた。

 

 

「クラウドさんだけズルいじゃないですかぁぁぁぁ!! 僕には『出会いなんか求めるな』とか言っておいて自分はちゃっかりアイズさんとぉぉぉぉ!!」

 

 

「落ち着けよ、ベル。そのときまだアイズは8歳だぞ8歳。そんな子供の裸見ても劣情なんか催さないって」

 

 

サラッと裸を見たと吐いてしまい、しまったと思うがもう遅い。オラリオ中の大半の男性と、彼女を溺愛しているどこぞの無乳の女神から計り知れないほどの嫉妬の念を受けるであろうその言葉は、目の前の少年にもダメージがあった。

 

 

「いくら、いくら8歳でもアイズさんですよ!! クラウドさんだけ羨ましすぎます!!」

 

 

「だーからそんな風に見てないんだよ、俺は! 飽くまでもあいつは家族だ、それ以上でもそれ以下でもねぇ!」

 

 

両肩を掴まれたまま凄い速度でユッサユッサ前後に揺すられて、クラウドはちょっと面倒になるがここでエイナが口を挟む。

 

 

「まあまあ、その辺にしておいて。ベル君もクラウド君も魔石の換金に行くんじゃないの?」

 

 

「ああ、そうだな。ベル、さっさと行くぞ。話はそれからだ。」

 

 

クラウドはベルの手を無理矢理剥がし、右手で2人分の荷物を持ち、左手でベルのシャツの後ろ側を掴んで引きずって換金所まで移動した。

ベルは引きずられながらも「うぅ~」と呻いているが完全に無視した。クラウドはベルと自分のバックの両方から魔石を取りだしカウンターに渡す。数秒後には結構な量の金貨の入った袋が渡される。

 

 

「えーっと......大体2万ヴァリスくらいか?」

 

 

まあまあいい収穫だろう、とクラウドは別の袋に金を半分入れてベルに手渡す。

 

 

「ほらベル、今日のお前の分け前。大事に使えよ」

 

 

「わぁ....ありがとうございます」

 

 

ベルも笑顔になったしこれで万事解決、とクラウドは苦笑いを隠せなかった。

 

 

「あのさ、ベル君」

 

 

「....何ですか?」

 

 

帰り際、ベルはエイナに呼び止められた。エイナは励ますように優しく微笑みながら口を開いた。

 

 

「女性は....やっぱり強くて頼りがいのある男性に魅力を感じると思うから、ベル君も強くなったらヴァレンシュタイン氏も振り向いてくれるかもしれないよ?」

 

 

彼女なりの大事な人へのアドバイス、と言ったところか。ベルは元気そうに「ありがとうございます!」と返事をして最後にとんでもない台詞を吐いた。

 

 

「エイナさん、大好きー!!」

 

 

「......えうっ!?」

 

 

突然の告白ともとれる言葉にエイナは顔を真っ赤に染めて狼狽えてしまう。そんなエイナの右肩に何者かがポンと手を置いた。

 

 

「ひゅーひゅー」

 

 

憎たらしいほど口角を吊り上げ、猫目でからかってくるハーフエルフ(クラウド)の姿がそこにあった。

その後、顔を真っ赤にして涙目になったエイナに怒鳴られてしまうのであった。




もしかしたら更新遅くなるかもですが、なるべく早くできるように頑張ります。
それでは、感想、意見などがありましたら気軽に書いてください。


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第3話 憧憬一途

こうして、美人の受付嬢から怒鳴られたクラウドはベルと共にヘスティア・ファミリアのホームへと向かっていた。

 

 

「クラウドさん、ロキ・ファミリアに居た頃って....どんな感じだったんですか?」

 

 

「どんな感じ? 随分とザックリした質問だな。ダンジョン探索とか、ファミリアの雰囲気がどうだったかとか、そんなのか?」

 

 

まあ、もはやさっきのギルドでの話で既にベルの意図は見えているようなもの。クラウドはちょっと弟分をからかいたくなった。

 

 

「えっと......まあ、それも聞きたいんですが......ついでに? ちょっとだけでいいので....アイズさんの話を......」

 

 

「しないからな」

 

 

下心見え見えの少年の試みは、意地悪なハーフエルフの青年によってへし折られた。

 

 

「そ、そんなぁ! あんまりですよ!」

 

 

「これ以上は個人情報だからな、知りたいなら直接会って聞いてみろよ? 意外と簡単に意気投合して、受け入れてくれるかもだぜ?」

 

 

「えっ、えええっ!? むむむ、無理ですよそんなの!! 面と向かって会ったりしたら頭の中真っ白になっちゃいますって!!」

 

 

「お前は奥手なのか女好きなのかどっちなんだ....?」

 

 

会ってからすぐに『ハーレムは男の浪漫』とか言ってたからてっきり女好きの健全な青少年かと思いきや、変なところで女々しいこの白髪の少年。

まあ、今日になって念願の『出会い』とやらが実現したのだから彼もテンションが上がっているのだろう。

 

 

「ま、でもちょっとは考えないといけないぜ? お前とアイズが別のファミリアに在籍してる以上、婚約とかは出来ないらしいからな」

 

 

チーン、という金属が高い音色を奏でる音が聞こえた気がした。隣を歩くベルは髪と同じくらい顔面を白く染めて落ち込んでいた。流石にやりすぎたかとフォローに入る。

 

 

「そんなに落ち込むなって。お互いに好きだって思ってるならある程度の障害なんざ気にすんな。

まずは友達にでもなって、それから段階を踏んで距離を縮めていけばいいんだよ」

 

 

その言葉でベルも少し前向きに考えたのだろう、いつか必ず憧れの存在に追い付いてみせると意気込んで「はいっ!!」と元気よく返事をした。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

廃墟と化した教会――その地下にある1室がヘスティア・ファミリアのホームだ。本来ならちゃんとした家に住むべきなのだろうが、ヘスティア・ファミリアはまだ発足してから半月しか経っていない零細ファミリアだ。

クラウドもロキ・ファミリア脱退の際に個人資産の半分をロキに渡したので、蓄えをしなければならない分あまり贅沢は出来ないのだ。

ベルはまさにその地下の小部屋のドアを開けて階段を下る。

 

 

「神様ー! 今帰りました」

 

 

ベルが声を張り上げて部屋に入ると、ソファーの上に寝転がっていた少女がバッと上体を起こして立ち上がる。そして2人の元へ歩いてきた。

長い黒髪はツインテールにしており、髪を結わえているリボンには鐘がついている。身長はベルよりも結構低いため幼女と言っても差し支えないのだろうが、そのためか服の上からでも分かるくらい大きい胸元が強調されている。

彼女はヘスティア。2人の主神であり人知を超えた超越存在(デウスデア)だ。

 

 

「やぁやぁ、お帰りー。2人とも今日は早かったんだね」

 

 

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって....」

 

 

「おいおい、大丈夫かい? 痛くはないかい? 君に死なれたらボクはショックだよ」

 

 

ヘスティアはベルの身体を心配そうにペタペタ触るが、見かねたクラウドが彼女を後ろから優しく引き剥がす。

 

 

「別に怪我してたわけじゃないから、そんなに心配いらねぇよ」

 

 

「むぅ....そ、そうかい。それならいいんだ! あ、そうだ! 今日は2人にお土産があるんだよ! デデン!」

 

 

ヘスティアは気を取り直すと、テーブルの上を得意気に指さした。その先を見ると、そこにあったのは大量のジャガ丸くん。

 

 

「「そ、それは!?」」

 

 

「露店の売上げに貢献したということで、大量のジャガ丸くんを頂戴したんだ! 今日はこれでパーティーと洒落込もうじゃないか!」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「俺が死ぬ気で稼いでれば....あと何ヶ月かで現状は脱却出来るだろうからさ....ヘスティアは別にバイトしなくてもいいと思うぜ?

ああベル、チーズ味とって」

 

 

「そうは言ってもねぇベル君、クラウド君。ボクとしては君たちに任せっきりにしちゃうのは心苦しいんだよ」

 

 

「いえ、僕は別に....そうなっても気にしませんよ。僕だって一生懸命やりますから。

はい、これがチーズ味です」

 

 

ちゃっかりチーズ味を渡してもらいながらファミリアの今後について語り合う3人。いくらクラウドが凄腕の冒険者でも、彼は主要武器である銃の手入れを結構頻繁にしているためそれに関する出費が多い。ダンジョンで稼いでもすぐに浪費してしまうのだ。

ロキ・ファミリアにいた頃は銃の修理や銃弾の自作に必要な材料は経費で落としていたが、今となってはそれも出来ない。つまりクラウドは結構頑張らないと逆に金がマイナスになることも有り得る。

 

 

「やっぱりボクが無名の神だからいけないのかなぁ....実際、どの神だろうと受ける恩恵なんて同じなのにさ」

 

 

ヘスティアの言う通り、神の恩恵そのものに違いはない。後は本人の努力次第というものだ。ヘスティアが悪いというわけではないのだ。

 

 

「大丈夫です神様。今は辛いかもしれませんけど、いつか僕たちがきっと神様に恩返しをしてみせます!」

 

 

「俺もだよ、ヘスティア。何か困ったことがあったら出来る限りサポートするって約束する」

 

 

「ベル君、クラウド君....ありがとう! ボクは幸せ者だよ君たちに会えて本当に良かった!

さて、それじゃあそのためにも【ステイタス】を更新しようか!」

 

 

ヘスティアは勢いよくソファーから立ち上がり奥のベッドのある部屋に行く。ベルとクラウドも互いに会釈しながらヘスティアのところへ向かい、上半身の服を全て脱ぐ。先にクラウドがベッドにうつ伏せになって、その上にヘスティアは座り込んで自分の指に針を刺して【神の血(イコル)】を垂らす。

クラウドとベルの背中に描かれている黒の文字群。これこそが【ステイタス】、そしてそれを示す文字が【神聖文字(ヒエログリフ)】だ。

ヘスティアはクラウドの素肌の背中を2度3度と撫でてステイタスを更新していく。

 

 

「うーん、やっぱりクラウド君は大して変化は無いね」

 

 

「まあ、そうだろうな。ここ数年そんなんだし」

 

 

「まあまあ、今まで通りやってくれたまえよ。君はまだ若いんだからさ」

 

 

クラウドは「俺もう21歳なんだけどな....」と心の中でツッコミを入れるが、ハーフエルフのそれもエルフである母親の特徴を色濃く受け継いでいる彼の寿命を考えれば、まだまだ若い方なのだろう。

クラウドは更新したステイタスの書かれた羊皮紙をヘスティアから受け取ると、ベッドから下りてさっきまで着ていた白のシャツを取る。シャツのボタンを上から順番に閉めるついでにステイタスの確認。

 

 

クラウド・レイン

 

Lv.5

 

力:A 809→A 810

耐久:B 768

器用:S 914→S 917

敏捷:S 919→S 921

魔力:S 907→S 909

 

 

「やっぱり耐久だよなあ....」

 

 

クラウドは基本的に中~遠距離での戦闘をするため、相手の攻撃を受けるのではなく避けるか流すかの2つであることが多い。無論ある程度の接近戦は出来るものの、純粋な戦士型の冒険者よりは耐久がやや劣る。

 

 

「さ、次はベル君の番だよ。横になって」

 

 

クラウドはソファーに座り、ベッドでうつ伏せになってステイタス更新を受けているベルを見た。

 

 

「そういえばベル君、今日ダンジョンで何かあったのかい? さっき死にかけたとか言っていたけど」

 

 

「ああ....えっと、実は....」

 

 

ベルはうつ伏せになっていながら一瞬横目でクラウドの方を見て助けを求める。しかし速効で目を逸らされ、諦めながら本当のことを話した。ミノタウロスに追いかけられたこと、そしてそれをアイズに助けられたことを。

 

 

「ベル君、大体君はダンジョンに夢を見すぎなんだよ。あんな所に君の思うような真っ白サラサラな生娘みたいな女の子がいると思うかい?」

 

 

「わ、わからないじゃないですか!? エルフなんて自分の認めた相手じゃないと体に触れさせないなんて聞きますよ!!」

 

 

この世界の住人はいくつかの種族に分かれている。ヒューマン、エルフ、ドワーフ、パルゥム、獣人などといったものだ。その中でもエルフは鋭利な耳と整った顔立ちをしているのが特徴で、一部には許可せず接触することを許さない者も居るという。そういうこともあってかベルはエルフが好みなのだとか。

 

 

「まあまあ、そう慌てるもんじゃないぜ? 確かにエルフみたいに潔癖な種族も実在してるから一概に否定できな....いのかな、うん」

 

 

「おいヘスティア。何か俺の方チラ見しなかったか?」

 

 

実際に横目で見ていた。確かにベルの言っていることは正しいのだが、エルフの血を半分引き継ぐクラウドの性格を考えてみると何だか断定するのが難しく感じられる。

 

 

「君の言うヴァレン何某だって、そんなに美しいならお気に入りの男くらい居るんじゃないのかい?」

 

 

「あー....いる、かもしれませんね。ついさっき知りましたけど」

 

 

今度はベルからの視線。さっさと終わらせろよとクラウドはげんなりしながらソファーにもたれかかる。

 

 

「ん? 誰かから言われたのかい?」

 

 

「いや、クラウドさんが....アイズさんと仲が良いって....」

 

 

「なっ、なにーっ!?」

 

 

「でかい声出すなよヘスティア。それからベル、さっきの話は誤解だって言ったろ?」

 

 

正直クラウドとしては、8年間も世話を焼いた妹同然の相手を異性として意識するほど変態ではない。

それにクラウドとアイズの年齢差は5歳である。下手をすれば本当に変態として吊し上げられることも有り得る。

 

 

「俺としては、ベルにならアイズを任せてもいいって思ってるくらいなんだからな」

 

 

「クラウド君、縁起でもないことを言うもんじゃないぜ? いいじゃないか義理の妹と紡ぐ生活....まるで恋愛の物語みたいだよ」

 

 

「やめろ、本当に本心から本気で笑えないからやめろ」

 

 

「ま、それでもロキのファミリアに入ってる娘と婚約なんか出来ないんだけどね」

 

 

大抵、ファミリアに属している冒険者はファミリア内か無所属(フリー)の異性と結婚する。もし違うファミリアの者が結婚して子供が出来たとき、その子供の所属先についての判断が難しくなってしまうからだ。

 

 

「それよりもベル君は、もっと近くにある幸せを見つけるべきだよ」

 

 

「酷いです神様....」

 

 

ちょうどステイタス更新を終えてショボくれているベルにヘスティアは更新結果の書かれた羊皮紙を手渡す。クラウドもソファーから立ち上がってそれに目を通した。

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力:I 77→I 82

耐久:I 13 

器用:I 93→I 96 

敏捷:H 148→H 172 

魔力:I 0

 

 

「敏捷....結構上がってますね」

 

 

「ミノタウロスに追いかけ回されてたからな。今思い出すだけでも危なかったんだぜ、お前は」

 

 

「あはは....面目ないです」

 

 

ベルが苦笑いして頭を掻くが、クラウドは微笑んで彼の頭に手を置いてグリグリ撫でてやった。目を回しているベルを余所にクラウドは再びステイタス用紙に目を通す。するとそこに奇妙な部分があった。

 

 

「(スキルの欄に消された跡....?)」

 

 

スキルが存在しないときは全くの空白なのだが、ステイタス用紙には判読不可能なように指で消した跡が残っていた。何かしらヘスティアが隠している可能性がある、とクラウドはベッドの少し離れたところにいるヘスティアの右隣に腰掛けベルには聞こえないよう小声で話しかける。

 

 

「ヘスティア」

 

 

「な、何だい?」

 

 

「このスキルの欄は?」

 

 

「ああ、それはちょっと手元が狂って....」

 

 

誤魔化された。クラウドは瞬時にそう判断した。まあその辺りまで想定してのことなのだが。

 

 

「違うだろ? 何かスキルが発現したんじゃないのか?」

 

 

「な、なんのことかなー」

 

 

澄まし顔になるヘスティアの頬には汗がタラリと流れていた。クラウドは意地悪そうに笑ってヘスティアの右肩を左手で掴む。

 

 

「ベルの背中に書かれてるステイタス――スキルの部分が変化してるぜ? 俺に神聖文字(ヒエログリフ)が読めないとでも思ったのかよ」

 

 

「....バレちゃったか」

 

 

「最初から隠すなよ。【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】って読むんだろ、あれは」

 

 

ヘスティアはやれやれとスキルの詳細を話した。

 

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 

・早熟する

懸想(おもい)が続く限り効果持続。

懸想(おもい)の丈により効果向上。

 

 

「ああ....成る程ね。レアスキルか」

 

 

ヘスティアがベルにスキルのことを隠した理由はすぐに分かった。冒険者の中にはごく稀に固有のスキルが発現する者がいる。この憧憬一途もそれに該当するだろう。

それゆえ娯楽に飢えたハイエナとも言える神々は散々ちょっかいをかけたり、ファミリアの勧誘をしてくると相場が決まっている。

 

 

「下手にベルに教えてそこから情報が漏れたら危険だな、確かに」

 

 

「そうだろう? 君も出来る限りフォローしてやってくれないか?」

 

 

「善処するよ」

 

 

「うん、それじゃあ頼んだよ」

 

 

はいはい、と軽薄そうに答えたクラウドは器に1つだけ残っていたジャガ丸くんを口に放り込み咀嚼した。




まだアニメの第1話の半分程度....だとッ....!
テンポ遅くてすいません....


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第4話 デジャヴ

今回はオリジナル回です。


「ご、ごめんくださーい」

 

 

クラウドは翌日の朝、ある建物の玄関の扉をコンコンとノックしていた。何を隠そうロキ・ファミリアのホーム【黄昏の館】だ。こんなことになってしまったのは今から数時間前に遡る。

 

 

 

~数時間前~

 

 

 

クラウドはホームの地下室の隅で銃弾作りをしていた。主神であるヘスティアはジャガ丸くんの屋台のバイト、ベルはダンジョンに行っており、今はクラウド1人しか部屋にいない。彼はロキ・ファミリア所属中もこの作業を他人に――団長のフィンや当時の主神であるロキにも見せたことはない。

誰かに見られていると気が散るというのもあるが、一番の理由は模倣の可能性だ。無論クラウドもそんなことをする者としない者の区別はつくものの、万が一ということもあるので作業前は当然、作業中も周囲の警戒を怠ったことはない。

まあそんなこともあってか、ヘスティアとベルが同時に不在の時を窺って3週間ぶりに銃弾の生産にかかろうとしたのだが、運悪くロキ・ファミリアのホームに作成の手順を書いたノートを忘れてしまっていたのだ。

 

 

 

そうして今に至る。クラウドは相当気まずくなりながらドアの前で待った。

 

 

「おーい、誰かいないのかー?」

 

 

再びコンコンとさっきより強めにドアを叩くが、それでも返事はない。クラウドの声から人物を見抜いて無視でも決め込んでいるのか、確かに突然ファミリアを出奔して戦力を大きく減らしたクラウドを良く思わない者もいる。しかし背に腹は代えられないとじっくり待つことにした。

 

 

幹部連中(アイズたち)に会ったら大目玉喰らいそうだな....ったく」

 

 

クラウドはため息を吐きながらドアに背中から寄り掛かる。

もし自分の部屋を物色でもされていたら考えるだけでも恐ろしいが、そこは主神たるロキが手出しさせないようにしていると願う....だかしかし....などと思考を巡らせて10秒ほど経ったその時だった。

 

 

ドアが勢い良く開かれ、それに寄り掛かっていたクラウドが重力に引かれて背中から倒れこんでしまったのは。

 

 

「へぐっ!?」

 

 

思わず変な声が出てしまった。突然、あまりにも突然すぎた。一瞬宙に浮いたのではなかろうかと言うほどクラウドは勢いにやられて倒れてしまった。

しかし、妙だった。倒れたときに後頭部に感じたのは硬く冷たい床の衝撃ではなく、非常に柔らかく心地良い感触。クラウドの脳内が疑問符で埋め尽くされていく。

 

 

「クラウド....大丈夫?」

 

 

金髪金眼、美しく整った顔立ちをした少女が自分の顔を覗き込んでいた。そこでようやく気づく。自分の頭がアイズの太股部分に受け止められている、つまりは膝枕されていることに。

恐らくアイズが勢いよくドアを開けたせいでクラウドが倒れ込み、アイズもそれに巻き込まれて偶然こんな体勢になったのだろう。

アイズは少し恥ずかしそうに、そして困った表情をしながら見つめてきた。クラウドは苦笑いして、頭をゆっくり起こして立ち上がる。アイズは名残惜しそうに「あっ....」と声を漏らすが、クラウドは聞こえない振りをしてアイズに手を貸して立ち上がらせた。

 

 

「お、おはようアイズ」

 

 

「うん、おはよう。約束....守ってくれたんだね」

 

 

アイズは笑顔で挨拶を返してくれたが、クラウドは内心複雑でもあった。元より、ここにはノートを取りに来たので約束を守ってアイズに会いに来たとは言い難い。

 

 

「ああ、お前の元気な姿見られて嬉しいよ。ところで、ロキは?」

 

 

「えっと....確かさっき....あれ?」

 

 

アイズはクラウドの後ろを指さすが、ロキの姿が見えないことに首をかしげる。すると何者かがクラウドの左側からタッタッタッと軽快に走りながら近づいてきた。

 

 

「うちのっ、アイズたんとぉッ!! イチャイチャすんなやあああ!!」

 

 

朱色の髪に華奢な体型をした女性が走ってきたかと思うと、飛び上がって跳び蹴りを仕掛けてきた。クラウドは左手を伸ばし自分に向けられた足を足首の部分から掴んで凄まじい力でこちらに引き寄せる。完全に攻撃を流された蹴りは行き場を失い地面に叩き込まれた。

 

 

「くううっ....痛いやんかぁっ....」

 

 

「随分元気なご挨拶だな、ロキ。何か良いことでもあったのか?」

 

 

そう、彼女こそクラウドの元主神の女神ロキ。女性らしく整った顔立ちや骨格はしているものの胸元が平原のように真っ平らなのが非常に残念な女神だ。クラウドは現在悶え苦しんでいる女神に上から皮肉って挨拶をしてみた。ヘスティアにもそうだが、彼は基本的に神に対して敬意は殆ど無い。下界にいる以上、神であろうとほぼ平等だとメチャメチャ割り切っている。

 

 

「いいわけあるかアホ! ちゅーか、アイズたんをたぶらかしとる輩がおると思ったら、いつの間に来よったんやクラウド!!」

 

 

「たった今だ。今日は用があって来たんだよ。俺の部屋もう片付けたか?」

 

 

「ん? 手は付けてへんよ。アイズが必死に止めてたんやで、感謝しときぃ」

 

 

「マジで?」

 

 

クラウドがアイズの顔を見ると、彼女はこくりと頷いてくれた。クラウドはたちまち笑顔を取り戻し一目散に部屋へ向かった。

 

 

 

~数分後~

 

 

 

「良かった~、危うく大惨事になるところだったぜ」

 

 

「人騒がせやなぁ、ホンマに。」

 

 

クラウドはノートを無事に見つけた後、アイズとロキとの3人でテーブルに座って話をしていた。

 

 

「で、そのノートは何が書いてあるんや? ま~さ~か、エロ本でも隠しとるんかぁ?」

 

 

ニヤニヤしながらロキが聞いてくるが、クラウドは呆れながら反論した。

 

 

「違ぇよ。これは俺にとって本気で大事な秘密であってだな、間違ってもそんなエロ目的の本じゃねぇ」

 

 

ロキはつまらなさそうに「ふーん」と口を尖らせ、アイズはホッと安堵していた。クラウドはアイズの仕草に疑問を抱いたが、まあいいかと見なかった振りをする。

 

 

「ところでなぁ、クラウド」

 

 

「何だよ?」

 

 

「所属ファミリア、どこにしたんや?」

 

 

言われたか、とクラウドは唇を噛む。実はこれをロキに伝えるために来たというのもあったのだ。

 

 

「お前には....あんまり言いたくなかったんだけどさ。まあいいや、言うよ」

 

 

「おお、どこやどこや? さぞかしええ神に拾われたんやろなぁ?」

 

 

「ヘスティア・ファミリア」

 

 

「は?」

 

 

「ヘスティアだよ、あのツインテールの女の子の神様。あいつが今の俺の主神なんだよ、何か感想でもあるか?」

 

 

ロキはプルプル震えながら両手をワナワナと泳がせる。次の瞬間、クワッと目を光らせクラウドの両肩を掴む。

 

 

「反対や反対! 大反対やでクラウド!! よりにもよってドチビのとこやと!? そないなとこ天変地異があっても入ったらアカンとこやろ!! 改宗や、今すぐこの瞬間に改宗してウチに戻ってくるんや!! カムバックスーンや!!」

 

 

「そんなの無理に決まってんだろ。改宗したら最低でも1年はそのファミリアに所属しないといけないっていうルールがあるのは知ってるハズだぜ?」

 

 

ロキはクラウドの尤もな言葉に「ぐぬぬ....」と押し黙る。ロキに所属先を告げなかったのは『こういうこと』が起こるのを事前に知っていたからというのもある。

 

 

「一先ずは1年間このままだ。後のことは1年後に考えるから。それじゃあまた」

 

 

クラウドはスッと椅子から立ち上がり、ノートを手に取って踵を返す。

 

 

「クラウド、また来ぃや。ウチはいつでも歓迎やで」

 

 

ロキは座ったままクラウドにヒラヒラと手を振る。クラウドはフフッと笑って手を振り返す。そして....

 

 

「ありがとな、ロキ......無乳」

 

 

「だ・れ・が....無乳やボケェェェェ!!」

 

 

女神の逆鱗に触れた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「....もう少し、話した方が良かったかな?」

 

 

クラウドはしみじみと落ち込みながら街を歩いていた。結局会ったのはアイズとロキの2人だけだったが、それでも、もう少しくらいファミリア脱退の理由を教えるくらいは出来たはずだ。つくづくこういうことに関しては度胸が無いと自虐に入ってしまう。

 

 

「....ちょ....めて....ください」

 

 

「ん?」

 

 

自分の左、狭い路地から女の子の声が聞こえてきた。結構遠いのだろうがLv.5であるクラウドにはさして距離は関係無い。クラウドは路地の中に入り声の主を探す。

何度か曲がり角を抜けると、そこには一人のヒューマンの少女が3人の男から壁際へと追い詰められている光景があった。

少女は白いブラウスに膝下まである若葉色のジャンパースカート、そしてサロンエプロンをしていた。年は恐らくクラウドより下、薄鈍色の髪を後頭部で纏めた可愛らしい少女だ。

 

 

「おいおい、お嬢ちゃん。ぶつかっといてごめんなさいで済むとおもってんのかぁ?」

 

 

3人組の中のヒューマンの中年男が、下衆な笑みを浮かべながら少女に詰め寄る。少女は困ったように視線を泳がせるが、両隣の獣人の中年男がそれを許さない。

 

 

「いえ....ですからそれは本当に私が悪かったです。お詫びなら後でしますから....とりあえず放してください。お店の手伝いがまだ残ってるんです」

 

 

「わっかんねぇなぁ~....お詫びする気持ちがあるんならこれから俺らと楽しいことしようぜ? なぁなぁ、悪いようにはしねぇからさぁ」

 

 

「いやっ....誰か....」

 

 

男に顔を近付けられて、少女は顔をしかめてしまう。クラウドは陰から見ていたが、とうとう痺れを切らして姿を現す。

 

 

「おい、クズ野郎ども。その娘から離れろ」

 

 

クラウドの声に男達3人はこちらに視線を変えてきた。クラウドは3人をゴミを見るかのように睨む。

 

 

「はっ! 英雄気取りのご登場だなぁ」

 

 

「へへへ....格好つけんのは勝手だけどよエルフ様、3人相手に勝てるとでも思ってんのか?」

 

 

「女の前でみっともねぇ恥晒す前にお家に帰った方が身のためだぜ?」

 

 

クラウドは頭を掻いて盛大に息を吐く。こういう輩に絡まれるのは何度かあったが、何故こうも彼らは自信満々なのだろうかと疑問を抱く。

 

 

「そういうのは、これからボコボコにされるヤツの台詞だぜ? わざわざフラグ踏んでくれてありがとな」

 

 

「ああん!? 何ほざいてんだコラァ!! Lv.2の俺達3人の力を見やがれぇ!!」

 

 

 

~数分後~

 

 

 

「すいませんでしたぁぁぁ!!」

 

 

結果、勝った。楽勝で勝った。銃を抜こうかとも思ったがそんな必要もなかったようだ。素手で殴り倒すと泣きながら許しを乞いたので、もうやめた。3人ともすっかり反省し、姿勢を正して頭を90度下げて謝罪している。

 

 

「わかったなら帰れ」

 

 

「失礼しましたぁ!!」

 

 

3人とも何度も転びながら走って逃げていき、あっという間に見えなくなる。クラウドは少しストレス解消にもなったなと満足しながら帰路につこうとするが....

 

 

「あの....」

 

 

路地の陰から先程の少女が出てきた。その表情からは少し申し訳なさそうな気持ちが窺えた。

 

 

「大丈夫か? 女の子があんまり1人で出歩くもんじゃないぜ? ああいうチンピラは腐るほどいるからな」

 

 

「はい、そうします。それから....助けてくださってありがとうございました。あの人達しつこくて....」

 

 

「これからはしっかり断って、すぐに人通りの多いところに逃げた方がいい。そしたら俺が助けに行ってやるよ」

 

 

ハハハ、と笑いながら言ってやると少女もクスクスと口元に手を当てて笑っていた。笑顔が眩しいんだな、と少しだけ見惚れてしまう。

 

 

「あの....よろしかったらお名前を聞かせてもらえませんか?」

 

 

「クラウド・レインだ。お前は?」

 

 

「シル・フローヴァです。よろしくお願いしますね、クラウドさん」

 

 

少女――シルはニッコリと笑って左手を両手で握ってきた。美人の女の子にこんなことをされて内心では結構喜んでいるクラウド。

 

 

 

 

だが、そんな思考は真後ろからの殺気によって一瞬で掻き消された。

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

咄嗟にシルの手を振り払い、ステイタスを全力で使い後ろを振り向く。視界に飛び込んできたのは左側から迫る頭への回転蹴り。

クラウドは右手でそれを受け止め、弾く。

 

 

「抵抗しないで頂きたい」

 

 

「それは無理な相談だな」

 

 

蹴りを繰り出してきたのはエルフの女性だった。金色に近い薄緑色の髪にエルフ特有の尖った両耳、服装はシルと同じウェイトレス仕様のものだ。恐らくシルの同僚なのだろう。

 

その女性は凄まじい速度でこちらに接近し膝蹴りを腹に見舞う。しかしクラウドはそれも承知。左手で膝を掴み斜め後ろに流す。今度は彼女の後ろに回り両手首を掴んで動きを封じようとするが....

 

 

「フッ....!!」

 

 

突然エルフの肘が目の前に迫る。受け止めては間に合わないと左手の甲で防御。ビリビリとした痛みと共に間髪入れず貫手や回転蹴りが見舞われる。

 

 

「暴漢にしては中々やるようだ」

 

 

「....こっちの台詞だ。最近のウェイトレスは特殊戦闘訓練でも受けてんのか?」

 

 

そう。クラウドの感じた違和感はこれだ。どう考えても強すぎる、彼女は今までの戦闘から察するにLv.4~5クラスの冒険者と同等の実力を備えていると考えていい。

 

 

「上等だ....少し眠っててくれよ」

 

 

クラウドはジャケットの左側の下に付けたホルダーから銃を取り出す。無論装填されているのは実弾などではない、鎮圧用の麻酔弾だ。エルフの女性の方もクラウドが武器を出すのと同時に小太刀を抜く。

だが、ここで第三者から声が掛かった。

 

 

「待ってリュー! その人は暴漢じゃないよ!!」

 

 

シルが大声でエルフの――リューと呼ばれた女性を止めに入った。クラウドとリューは暫く見つめ合った後、同時に得物を戻した。

 

 

「シル、どういうことですか? 貴女が暴漢に路地裏へと連れ込まれたと聞いたのですが」

 

 

「その人達はこの人が追い払ってくれたよ! もう、リューったらせっかちなんだから!」

 

 

シルのその言葉にリューはサァーッと顔を青ざめる。シュバッとクラウドに向き直り、深々と頭を下げる。

 

 

「申し訳ありませんでした。てっきりシルに乱暴をしている不埒な男かと誤解してしまいました。どうか許してください」

 

 

クラウドの心はただ哀しさで埋め尽くされていた。誤解されたことに対してではない。1日に2度も女性から理不尽な暴力を受けたことに対してだ。どれだけ不幸なんだろうか。

 

 

「頭を上げてくれ。あの状況じゃあ、誤解されても無理はないしな。俺も途中からマジになってたのも事実だ」

 

 

「優しいのですね。えっと....」

 

 

リューは頭を上げてから困ったような表情を浮かべる。そういえば名前をまだ教えていないことにクラウドは気付いた。

 

 

「俺はクラウド・レインって言うんだ」

 

 

「レインさんですか、私はリュー・リオンと申します」

 

 

まさかのファミリーネーム呼びに少々むず痒さを覚えてしまう。ここ数年ずっと名前で呼ばれていたので何だか違和感が拭えない。

 

 

「クラウドって呼んでくれ。苗字は馴れてないんだ」

 

 

「では....その、クラウドさん」

 

 

「さん付けか....まあいいや」

 

 

苦笑いしながら返すとシュンとリューは萎縮してしまう。見目麗しいエルフの女性が年頃の女の子のような仕草を見せていることには自然に頬が緩んでしまう。

 

 

「クラウドさん....貴方はシルを助けてくれたのでしょう? それに私も乱暴をしてしまいました、何かお詫びの意味も込めて恩返しを....」

 

 

リューが悲しそうに下を向きながら告げると、クラウドは「んー」と考えた後リューの肩に手を置いた。

 

 

「っ!」

 

 

リューは少し驚いて声を出してしまう。そしておそるおそる顔を上に向けて自分より背の高いクラウドの顔を見上げる。

 

 

「別にそこまで気にしなくていいって。間違いくらい誰にでもあるんだからさ、考えすぎだぜ?」

 

 

「は....はい....」

 

 

リューはうっすらと頬をピンク色に染めながらクラウドの目を見つめる。クラウドはそんなリューの雰囲気にドキッとしてしまい、それと同時に『あること』に気付く。

 

 

――エルフは自分の認めた相手ではないと接触を許さない

 

 

「あっ....その....悪かった」

 

 

クラウドは慌ててリューの肩から手を離す。リューに悪いことをしてしまったなと申し訳ない気持ちで彼女の顔を覗き込む。

 

 

「いえ、これくらいの権利は....貴方にあって然るべきですし....」

 

 

最後になるにつれて声が小さくなっていく。恥ずかしいのか....口も半分開いたまま震えている。クラウドは離した手を空中で持て余し、オロオロと慌ててしまう。

2人の間を何だか『いい感じ』の雰囲気が包んでいく。

 

 

だかしかし、先程から横でその光景を観察していたシルがわざとらしく「ごほんごほん」と咳払いをすることによって2人は現実に引き戻された。

 

 

「さ、リュー。そろそろ戻らないとミアお母さんに怒られちゃうよ」

 

 

シルに笑顔で告げられたリューはブンブンと顔を左右に振って平静を取り戻す。クラウドも空中にあった手を戻して苦笑いしてしまった。

 

 

「それではクラウドさん、これで失礼します。ああ....それと『豊饒(ほうじょう)女主人(おんなしゅじん)』という店に良かったらいらしてください。ミア母さん――店主の方に頼んでサービスしてもらうようにしますから」

 

 

シルとリューは一礼して少々急ぎ足で路地裏から去っていった。クラウドは1人ポツンと残ったものの、さっきから疑問に思うことがあった。

 

 

「リュー....一体何者なんだ?」

 

 

彼女の話からすると何処かの店のウェイトレスというのは間違いない。しかし、さっきの立ち回り――Lv.5のクラウドが少々手こずるほどのそれは明らかに凄腕の冒険者のものだ。

 

 

「リュー・リオン....何となく聞き覚えがあるような気がするんだよな....」

 

 

疑問が解決しないままクラウドはベルの待つホームへと歩を進めた。




はい。ヒロイン候補の1人、リューですね。
口調とかこれで合ってるのか心配ですがなるべく絡ませていこうと思ってます。勿論、他にもヒロインは考えております。

それでは、また次回。


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第5話 豊饒の女主人

はい、お馴染みかと思いますがアニメ第1話の後半辺りの話です。


「ただいま、ベル、ヘスティア」

 

 

シルとリューと別れた後、クラウドは適当に昼食を済ませホームである教会の地下室に戻ってきていた。中ではベルが上着を脱いでステイタス更新の準備をしているところだった。

 

 

「おかえりなさい、クラウドさん」

 

 

「うん、おかえりクラウドくん」

 

 

「ん? これからステイタス更新か? それなら早めに済ませてくれよ。今日はこれからすることがあるからさ」

 

 

はいはい、とヘスティアとベルはベッドに移動しステイタスを更新する。暫く待っていると、ヘスティアが何故か苦い顔をしながらベルから離れていった。ベルは手渡されたステイタスの用紙に記載された項目を何度も見返していた。

 

 

「どうした、ベル? 何か問題でもあったのかよ」

 

 

「いや、問題というか....おかしいんですよ」

 

 

クラウドは首をかしげながらベルのステイタス用紙に目を通す。

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.1

 

力:I 82→H 120

耐久:I 13→I 42 

器用:I 96→H 139 

敏捷:H 172→G 225 

魔力:I 0

 

 

 

「....何だこれ」

 

 

目を疑った。熟練度が合計で160越えなど、ありえないくらい成長している。理由はほぼ間違いなく昨日発現したスキル『憧憬一途』の効果だろう。

 

 

「まあ、良かったなベル。お前も成長期みたいだからこの調子で頑張れ」

 

 

「成長期って....そんなのあるんですか? やっぱり何かあるんじゃないですか、神様」

 

 

ベルはヘスティアを困った顔で見つめ、尋ねてみるが聞かれた当の本人は不機嫌そうにそっぽを向いた。

 

 

「......知るもんかっ」

 

 

頬を膨らませ口ごもるヘスティア、反抗期の子供みたいでなんだか愛らしい。

 

 

「ボクはバイト先の打ち上げに行ってくる!! 君たちは2人で楽しく豪華な食事を楽しんでくるといいさ!!」

 

 

ヘスティアはコートを羽織ってそそくさと部屋から出ていった。妙にヘスティアがご立腹なことにクラウドは大体察しがついた。『憧憬一途』の項目にあった『懸想(おもい)』という文字、そしてアイズの存在だろう。つまりはベルがアイズに熱を上げているのが解せないのだ。

 

 

「意外と人間らしいな、あいつも」

 

 

「どういうことですか?」

 

 

「いや、こっちの話」

 

 

残されたベルとクラウドは苦笑いしながら稼いだ金で外食しようかと仕度をするのだった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

2人はメインストリートを仲良く話しながら豊饒の女主人へと夕食を食べに向かっていた。

 

 

「へぇ、じゃあベルも豊饒の女主人で夕飯食べるのか?」

 

 

「そうなんです。でもビックリしましたよ、クラウドさんもそこの店員さんと会ってたなんて」

 

 

驚くべきことに、ベルも朝の出発時にシルに会って昼食を頂いた上に夕食を食べるように誘われたらしい。オラリオって狭いんだなと実感した瞬間だ。

 

 

「まあな、その代わりに今日だけで2回も戦闘になったけど。美人と知り合いになれたと思えばむしろプラスだよ」

 

 

「ちょっ....美人ってまさか!!」

 

 

ベルの目が輝きクラウドに向けられる。しまった、と後悔するがもう遅い。なんとか誤魔化そうと必死に脳をフル回転させる。

 

 

「ベル、違うぞ....俺が会ったのは、そう。金髪で耳の尖った妖精みたいな女の子なんだ....偶然何かの種族に似てるけどそれな気にするな」

 

 

「それってエルフですよね!? 何を誤魔化そうとしてるんですか!?」

 

 

バレた。まあこれで騙せるようなら相当な馬鹿だろうが。

 

 

「いやだって....成り行きとはいえ、ガッツリ出会い的なことをしちゃったから堂々と言えなくてな。

ほら、そうこうしてる内に着いたぞ」

 

 

ベルは納得いかなそうにしていたが、構わず件の酒場に入る。2人でカウンターに座ると、すぐに昼間出会ったヒューマンの少女のシルが近付いてきた。

 

 

「来てくださったんですね、ベルさ....あれ? クラウドさんも?」

 

 

シルは今日出会った2人が隣同士で座っていることに首をかしげている。そういえばシルはクラウドとベルが同じファミリアということは知らない。

 

 

「俺とベルは同僚なんだ。今日は都合がいいから一緒に食べに来たぜ。

そういえば、ベルに昼の分の食事渡してくれたんだろ? 俺からも礼を言っとくよ」

 

 

「いえいえ、いいんですよ。代わりにこうして食事に来てくれたじゃないですか」

 

 

「ハハッ、そうだな。じゃあシル、俺は蜂蜜牛乳とビーフステーキ。ベルは?」

 

 

「僕も同じのもので」

 

 

「かしこまりましたっ!」

 

 

シルは注文を受けるとタッタッタッと調理場へと戻っていく。

 

 

「クラウドさん、お酒は飲まないんですか?」

 

 

「ああ、飲めなくはないんだけどな....2日酔いとかになると銃の照準とか合わなくなるからさ。基本的には飲まねぇよ」

 

 

「そうなんですか、意外に考えてるんですね」

 

 

「意外に、は余計だ」

 

 

ベルの額を指で軽く小突くと、「あうっ」と間の抜けた声を上げた。そのため、クラウドは面白がってベルの右頬を引っ張ったりして散々イジり倒していた。

 

 

「クラウドさん」

 

 

「ん?」

 

 

後ろから聞き覚えのある声をかけられた。若干声のトーンが高いような気もするその声の主――彼女も今日出会った女性の1人、エルフのリュー・リオンだ。この店のウェイトレスである彼女は、その端正な顔に僅かな笑みを浮かべてクラウドに挨拶をしていた。

よく見ると両手で料理とジョッキを乗せたトレイを持っている。どうやら2人の分の注文の品を持ってきたようだ。

 

 

「おお、リュー。約束通り夕飯食べに来たぜ」

 

 

「はい、約束を覚えておいてくれたんですね。ありがとうございます。こちらの注文の品をお持ちしました。」

 

 

リューは丁寧にステーキの乗った鉄板と蜂蜜牛乳の入ったグラスを置く。ベルも簡単に挨拶を済ませ、リューは一礼して奥に歩いていった。

 

 

『リュー、どうだった? ちゃんとアタックできた?』

 

 

『あ、あ、アタック!? べ、別に私とクラウドさんは....その、そういう関係では....』

 

 

『あれれ~? ミャーたちは誰もあの銀髪頭の名前ニャんて、出してニャいけどニャ~?』

 

 

『言わずともわかります!! 確かにクラウドさんは素敵な方ですが、流石にそれはまだ気が早いでしょう!!』

 

 

『まだ? おやおや、いいこと聞いちゃったな~』

 

 

『しっ、シルッ!!』

 

 

....何だか奥の方が騒がしいような気がするが気のせいだろうと意識の外へ追いやる。

 

 

「アンタらがシルの言ってたお客さんかい? 2人とも冒険者なのに可愛い顔してるねえ!」

 

 

「ほっといてください」

「嬉しくねぇよ」

 

 

ベルもクラウドも心の中で、目の前のカウンターから身を乗り出しているドワーフの女将さんにツッコミを入れる。

事実ではあるが、クラウドとしては20過ぎてまで女顔だの何だの言われてきたのであんまり嬉しくはない。

目の前のドワーフの女店主、彼女がシルやリューの言う『ミアお母さん』なる人物なのだろう。

ミアはクラウドとベルの間のテーブルに巨大な焼き魚をゴトッと置く。ベルはもはや形容するのが難しくなるほどに奇怪な悲鳴を上げている。

 

 

「それだけじゃ足りないだろう? これ、今日のオススメだよ!」

 

 

「頼んでないんだが?」

 

 

「若いのに遠慮するもんじゃないよ!」

 

 

「だから、若くねぇって....まあいいやベル、今日は俺が奢るから遠慮すんなよ。じゃ、乾杯」

 

 

「はい!」

 

 

ベルとクラウドはカランとグラスを鳴らして蜂蜜牛乳を喉に流し込んだ。

それからは肉厚のステーキを切って口に運び、ミアから勧められた焼き魚を食べたり、2人でくだらない話でもして盛り上がった。すると、シルが2人のいるカウンターにやって来た。

 

 

「楽しんでますか?」

 

 

「ああ、十分すぎるくらいな」

 

 

「僕はまあ、圧倒されてます」

 

 

「ふふふふっ、これで私のお給金も楽しみですよ」

 

 

意外と現金というか図太いというか、正直な奴だとクラウドは苦笑いしてしまう。

 

 

「ここでの働きに満足してるみたいだな」

 

 

「ええ、ここには沢山の人が集まって....色んな発見があるんです。知らない人と触れ合っていくのが趣味になっちゃったんです」

 

 

「....結構凄いこと言うんですね」

 

 

ベルが食べ物を口一杯に頬張りながらそう言った。クラウドもシルの考えには共感できるところはある。新しい発見を得られるのはとても嬉しい。

そんなシルの発言の後、1人の猫人(キャットピープル)の女性店員が大きめの声で客の来店を知らせた。

 

 

「ニャー! ご予約のお客様ご来店ニャー!」

 

 

彼女の声に続いて何名かの団体が店に入ってきた。数は、9人。そのメンバーを見てクラウドはギョッと顔を引き攣らせる。

 

 

「(なんっ......で、あいつらがここに!?)」

 

 

昼間に会った自分の元主伸ロキを筆頭にロキ・ファミリアの幹部勢が――つまりはクラウドの元同僚たちが来たのだ。

クラウドは在籍当時自分の銃の整備やら研究やらに時間を費やしていたためあまり外食はしなかった。無論何度か行きはしたのだが、偶然にもこの店には行っていなかったのだろう。

クラウドはカウンターに頬杖をついて素知らぬ顔で食事にありつく。

 

 

「クラウドさん、ロキ・ファミリアの人たちですよ! 挨拶とかしないんですか?」

 

 

ベルが耳元に小声で言ってくるが、クラウドは左手の人差し指でテーブルに『しずかにしろ』と平仮名で書き黙らせた。

 

 

「(今更会ったら何て言われるか....特にリヴェリアとかに)」

 

 

幸いロキ・ファミリア一行はクラウドたちとは離れたテーブルに座ったことと、自分達は彼らとは背を向ける位置に居たので気付かれていない。

 

 

「よっしゃ、皆遠征ご苦労さん! 今日は宴や、飲めえ!!」

 

 

ロキの声と共に一行はジョッキを鳴らし乾杯をする。それからはしばらく気付かれないまま時間が過ぎたが、不意に何者かの大声でそれが破られた。

 

 

「そうだ! アイズ、そろそろあの話聞かせてやれよ!」

 

 

「あの話....?」

 

 

声を張り上げたのはアイズの向かいに座っている狼人(ウェアウルフ)の青年――ベート・ローガだ。アイズは何の事か分からないとキョトンとしてしまう。

 

 

「あれだって! 帰る途中で何匹か逃したミノタウロス、最後の1匹お前が5階層で始末したろ?

そのときに居たんだよ! いかにも駆け出しって感じのひょろくせぇガキと、『裏切り者』のクラウドがよ!!」

 

 

クラウドはピクッ、とグラスを持つ手を止めた。そして顔を少しだけ後ろに回して視線をベートに向ける。

 

 

「ミノタウロスって....17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していったやつのこと?」

 

 

「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ、それで5階層に行ってみたらそのガキがめちゃくちゃ震え上がって壁際まで追い詰められてたんだよ!」

 

 

あのとき、ベルが5階層でミノタウロスに襲われた日、何故かクラウドがいた14階層でミノタウロスと3体も遭遇したのはこういうことか。

 

 

「それで間一髪ってとこでアイズがミノを細切れにしてやったんだよ....それでそのガキ、あの牛のくっせー血を浴びて真っ赤なトマトみてぇになっちまったんだよ! くくくっ、ひーっ、腹痛ぇ....」

 

 

「それで....クラウドはそこに居たの?」

 

 

「ああ、そのガキ助けようとしてたみてぇだったがうちのお姫様に取られちまってよ。流石は裏切り者だぜ、仲間1人守れねぇなんて....ほんと情けねぇよな!!」

 

 

ベートは腹を抱えて大笑いする。確かに他にも笑っている者はいるが、それはアマゾネスの少女2人にエルフの少女1人が苦笑いしているだけ。その他は無表情を貫いている。

 

横に居るベルはガタガタ震えて両足の上に手を乗せてこれでもかと握り締め、クラウドはハァー、と静かに低い声で息を吐いて気を落ち着かせていた。

 

 

「しっかし、ああいうヤツら見ると胸糞悪くなっちまうよなぁ。泣き喚くガキにロキ・ファミリアの顔に泥塗った裏切り者....ああいうのがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート」

 

 

ここで、アイズの隣に座るハイエルフ、リヴェリアが口を挟んだ。

 

 

「ミノタウロスを逃したのは我々の不手際だ、恥を知れ。それにクラウドのことについてはこれ以上文句は言わないと全員で決めた筈だぞ、忘れたのか」

 

 

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。どこぞのハーフエルフ野郎とは大違いだな。でもよ、ゴミをゴミと言って何が悪い。」

 

 

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 

ロキも見かねて止めに入るが、ベートはもう止まらない。

 

 

「クラウドのことだってそうだぜ。あの野郎の脱退に納得してなかったのはお前も同じだろうがよ。

アイズ、お前はどう思うよ? 自分より弱ぇ、震え上がって逃げ出す雑魚のことをよ?」

 

 

「あの状況なら....仕方なかったと思います」

 

 

アイズの主張は尤もだ。Lv.1の冒険者にLv.2にカテゴライズされるミノタウロスと戦えなどと言うのは、死ねと言っているようなものだ。ベルが逃げたのも仕方がない。

 

 

「ああ? じゃあ質問を変えるぜ。あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 

「ベート、君酔ってるね?」

 

 

団長のフィンがベートを宥めるがそれすらも無駄だ。

クラウドは歯軋りしながらグラスから手を放す。これ以上持っていたら絶対に割り砕いてしまう。

 

 

「聞いてんだよ、アイズ! お前はどっちを選ぶってんだオイ!」

 

 

「....私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

 

「無様だな」

 

 

アイズに一蹴され、それをリヴェリアに呆れられる。ベートはギリッと怒りを露にした。

 

 

「黙れババァッ。....もしかしてよぉ、アイズ。お前まだクラウドのこと兄妹だとか何だとか思ってんのか?」

 

 

「......っ!!」

 

 

アイズは虚を突かれたように視線を泳がせる。ベートは得意気に笑ってさらに言葉を続ける。

 

 

「わかってんのか? あいつは散々俺らのファミリアの世話になっといて、今更弱小ファミリアに鞍替えしやがったんだぜ? 自分が抜けたらどんだけの損害になんのかも知らずに平気な顔してよぉ!!

あんな野郎に第一級冒険者だとか、お前の兄貴分だとか言う資格があんのか!? そんなはずねぇよなぁ!!」

 

 

「......」

 

 

アイズは答えない。ただ目の前の青年からの言葉を聞いているので精一杯なのだろう。

 

 

「自分より弱くて軟弱な雑魚野郎も、いい顔しといて平気で逃げる裏切り者も、同じだぜ? お前の隣に立つ資格なんざねぇ。

 

あんな野郎共じゃ釣り合わねぇんだ、アイズ・ヴァレンシュタインにはなぁ!!」

 

 

 

 

ガシッ

 

 

 

 

クラウドは左に座るベルの右手を掴んでいた。決して強くはなく、軽く、掴んだ。

 

 

「くら....うど....さん........」

 

 

ベルの顔は、これ以上無いほどぐちゃぐちゃな、悔しそうな顔をしていた。クラウドはそんなベルと目を合わせ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「ベル、感傷的になったらダメだ」

 

 

「え....?」

 

 

ベルの目は、身体は小刻みに震えている。どう考えても気が動転している。クラウドはベルの両肩を掴んで少しだけ力を込める。

 

 

「深呼吸して、気を鎮めるんだ。ここでお前が過剰に反応したら、あいつの言うことをお前が認めたことになる。

それだけは、ダメだ。」

 

 

クラウドはスー、ハーとベルに軽く深呼吸をさせる。ベルは少しだけ落ち着いたのか震えは止まっていた。

 

 

「お前はここに座っててくれ、ちょっと話し合いをしてくる」

 

 

そう言って立ち上がったクラウドは、懐から銃を抜く。

 

そして、何の躊躇いもなく目標の狼人へ発砲、その銃声が店内に大きく響いた。



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第6話 銀の銃弾

ようやくアニメ第1話分が終わりです。
思ったより長かった!
それから、お気に入り件数が3桁まで行ってすごく嬉しいです。ありがとうございました。


「な....に....っ!!」

 

 

突然の銃声、そしてベートの前髪を僅かに消し飛ばした弾丸の軌跡にベートは勿論、ロキ・ファミリアのメンバーや他の客は言葉を失って、発砲した張本人であるクラウドに視線を向けた。

 

 

「よぉ、よく喋るじゃねぇか豚野郎。いや、犬ッコロの方が正解か?」

 

 

クラウドが右手に持つ銀色の拳銃の銃口からは、白い硝煙がユラユラと伸びていた。クラウドはそれをフッと吹き消して銃を懐に仕舞う。

 

 

「て、てめぇは!!」

 

 

ベートは驚きを隠せずクラウドを見つめる。クラウドは目を細め血走った目でベートを睨む。

 

 

「奇遇だな、そして運が良かったな。俺が酒でも飲んでたら、照準が狂って脳天に風穴が開いてたかもしれないぜ?」

 

 

「......はっ、誰かと思えば話題の裏切り者じゃねぇか。何か用かよ?」

 

 

ベートは立ち上がり、クラウドに詰め寄って睨み返した。

 

 

「用が無かったらあんなマネするかっての。

俺の言い分はただ1つだ、俺の仲間――ベルを馬鹿にしたこと、アイズに失礼なことを言ったことについて謝罪しろ」

 

 

「何だよ、やっぱりお前も自分の間違い蒸し返されんのは気に喰わねぇってか?」

 

 

「違ぇよ、俺のことなんてどうでもいい(、、、、、、、、、、、、、)。2人に頭下げて、しっかり謝れって言ってんだ」

 

 

「ああ? 何で間違ってもいねぇことについて謝んなきゃならねぇんだ? そのトマト野郎が雑魚なのは事実だろうが、あんな救えねぇヤツが冒険者名乗れるわけねぇだろ?」

 

 

確かにベルはLv.1の駆け出しだ。現時点ではお世辞にも強いとは言えない。

だが、クラウドにとってそんなことは関係ない。

 

 

「お前、同じ台詞をLv.1のときの自分に対しても言えんのかよ? 『ミノタウロスに負けるなんて情けない、そんなことなら冒険者になんかなるなよ』って偉そうに言えんのか?」

 

 

「....」

 

 

ベートは目を逸らして歯噛みする。クラウドは淡々と言葉を繋げていく。

 

 

「ベルは確かに冒険者になって日も浅いし、実力もついてない。だけど、それがどうした? ベルはこれから強くなる、俺やお前よりもずっとな」

 

 

「......っ!! うるせぇこの野郎!!」

 

 

ベートは耐えきれずクラウドの顔面めがけて拳を繰り出してきた。だが、クラウドはそれを首を軽く右にずらして回避。呆気にとられるベートを他所にクラウドの右足が彼の腹部に叩き込まれ、店の外に吹っ飛ばした。

 

 

「至近距離なら勝てるとでも思ったか? 元身内なら甘んじて殴られるとでも思ったか? 銃を構えてないなら反撃できないと思ったか?」

 

 

クラウドもカツ、カツとゆっくり歩いて外のベートの元へ近寄る。

既に2人には酒場の客やロキ・ファミリアのメンバーなどの野次馬が出来ていた。

2人は道の真ん中で対峙し再び右手に銃を握ってベートに狙いを定める。

 

 

「最後の警告だ、選択肢は2つ。今すぐ謝罪してこれ以上痛い目に遭わずに済むか、俺を倒して自分の意見を通すか。どっちを選ぶ?」

 

 

ベルはその光景を野次馬に混じって見ていた。自分の世話を焼いてくれる兄のような存在であるハーフエルフの青年、普段の彼が絶対に見せない攻撃的な面。正直ベルには、彼が少し怖く見えた。

 

 

「誰がてめぇごときに負けるかよ!! 来いよクラウド、銃なんて捨ててよぉ!!」

 

 

ベートはダンッ!!と地面を蹴りクラウドとの距離を詰める。それと同時に右足で腹部への蹴りを見舞うが....

 

 

「よっ」

 

 

そんな間の抜けた声に合わせてクラウドは身体を後ろに引く。ベートの蹴りは虚しく空を切り、乾いた風切り音が響く。

 

 

「このっ! チョロチョロ逃げてんじゃねぇッ!!」

 

 

ベートとクラウドが戦闘を始めた頃、野次馬に混じったロキ・ファミリアの面々は....

 

 

「あちゃー、ベートの奴あっさり挑発に乗りよったで」

 

 

「これは完全にベートに非がある。私からすればクラウドの怒りも尤もだ」

 

 

「団長、止めなくていいんですか!? いくらクラウドでもあの間合いでベートと戦うなんて....」

 

 

アマゾネスのティオネがフィンに2人を説得するように尋ねる。クラウドが得意としているのは中~遠距離。近接格闘を得意とするベートに対して殴り合いを挑むのはかなり不利だ。

 

 

「いや、ティオネ。それは一概には言えないよ。それに、もう止められない(、、、、、、、、)。あの状態のクラウドが本気を出せば僕だってタダじゃ済まないんだから。

彼は――【銀の銃弾(シルバー・ブレット)】はそれくらいやってのけてしまう」

 

 

団長のそんな言葉を聞いた一同は再びクラウドたちの戦闘に注意を向ける。

 

 

「嘘......」

 

 

「ホントに....?」

 

 

アマゾネスのティオナとエルフのレフィーヤは絶句して目の前の光景を見ていた。

 

 

 

 

「どうしたよ? 随分ガタが来てるように見えるぜ?」

 

 

「舐めんなァッ!!」

 

 

 

 

ベートの攻撃が全く当たっていない。首を振ったり一歩後ろに下がるだけで――最小限の動きでかわしている。

 

 

「あれが本気のクラウドだよ。Lv.5に収まってるというだけで、実際は本当に得体が知れない....」

 

 

「ホンマ、改宗したんがつくづく悔やまれるなぁ....」

 

 

フィンも、ロキも苦い表情で2人の攻防を眺めている。他のメンバーには未だに全く攻撃せずに回避に徹しているクラウドが今までとは違って見えた。

 

 

「なんっ、でっ....あたん、ねぇっ!!」

 

 

「動きに無駄が多いんだよ、それに熱くなりすぎだ。そんな風にするなって教えたはずだぜ(、、、、、、、)?」

 

 

そう、クラウドはかつてロキ・ファミリアのメンバーに体術を教えていた師匠でもある。ベートの視線、呼吸、筋肉の動き、手足の角度などから殆ど動きを読んでいるのだ。

煽られたベートは相も変わらずブンッ、ブンッと拳や蹴りを繰り出しては空を切らせる。

 

 

「もう終わりにするからな」

 

 

クラウドはベートの胸元の金属プレートに左足を突き出してドンッ!と強く蹴り出す。その反動で自分も後ろに下がり、彼と距離をとる。そして右手の銃の撃鉄を起こして自分の足元(、、)に照準を合わせる。

 

 

「駆け抜けろ【ヴァイオレント・ゲイル】」

 

 

地面に向けて発砲した途端に風圧が周囲の人間を襲う。クラウドの風系魔法による副次効果だ。

本人も服や髪を(なび)かせながら地面に立ったまま変わらず銃を正面に構えている。

 

 

「行くぜ」

 

 

瞬間、クラウドの姿が消える。野次馬の殆どがざわつく中、ベートはニヤリと笑っていた。自分の勝ちだ、と。

実際、クラウドはこの魔法をロキ・ファミリアの面々には教えているしこの高速移動も何度も見ている。今更使っても手の内は読まれているのは明白。となれば次に現れるのは....

 

 

「そこかぁ!!」

 

 

そして、予感は的中。一瞬後には背後に黒い影が現た。

背後。生物にとっての死角とも言えるその場所に入れば回避に使える時間は最も少なくなるため、隙を突かれやすい。

だが、それは殆どの者が知っていること。逆に読まれやすい場所とも言える。ベートは勝利を確信しながら振り向き様に右足での回転蹴りに繋げるが....

 

 

ボフッ

 

 

そんな、鈍くふざけた音がベートの耳には伝わった。彼の足が捉えたのはクラウド本人ではない。彼が着ていた黒のジャケットが足に引っ掛かっただけだ。つまり、黒い服を着ていた彼が背後に回ったのではない。

黒い上着だけ残して(、、、、、、、、、)別の場所に移動したのだ。一瞬でそれを悟ったベートは再び急いで後ろに振り返る。

 

そこには、黒の上着を脱ぎ捨てて下の白いシャツだけを着たクラウドが銃をベートの鼻先に向けていた。

 

 

 

 

「ハズレだ」

 

 

 

 

バンッ

 

 

銃声が鳴り響く。あんな至近距離で喰らえば確実にお終いだ。殆どが目を見開いて呆然としているが、確実に違和感を感じるところがあった。

 

 

「何だ......これは」

 

 

ベートは自分の顔や胸元をペタペタと触るが、どこにも傷は無い。だが、クラウドが引き金を引くのも、それに伴う銃声も確認されている。

クラウドは下に下げていた左手をゆっくりと上げて自分の目の前に持ってくる。その手には黄金色の小さい円柱型の物体――空の薬莢が握られていた。

 

 

「空砲だ」

 

 

「空....砲?」

 

 

「簡単に言えば、弾丸が発射されないってことだ。説明するのは面倒だからしねぇ」

 

 

クラウドは薬莢をポケットに仕舞うと、構えていた銃を下ろす。そして、ベートが先程足に巻き込んだ自分のジャケットを拾い、埃を落とす。

 

 

「今の、実弾ならお前は死んでたぜ」

 

 

「なん......だと?」

 

 

「ヒューマンは....亜人(デミ・ヒューマン)もそうだが、銃で撃たれると身動き1つとれずに即死する箇所が存在する。脳幹だよ。

たとえ神の恩恵(ファルナ)を授かった者、それこそ第一級冒険者だろうが、脳幹を大きく損傷すれば死からは逃れられないんだよ。

俺が何を言いたいかわかるか?」

 

 

ベートはクラウドの目力に押されて後ろへ2、3歩距離をとる。

 

 

「命っていうのはそれくらい簡単に『失う』ってことだ。命を張ることは勇敢だがな、『命を張る』ことと『命を投げ出す』ことは違う。

ベルは情けなく逃げ出したんじゃねぇ、自分の命を守るのに必死だっただけだ。

 

で、ここまで聞いて何か言うことはあるか?」

 

 

「俺が....悪かった」

 

 

クラウドは肩をすくめ、大きくため息を吐いて踵を返す。

 

 

「わかったなら、それでいい。その気持ちを忘れるなよ。ベル、帰るぞ」

 

 

「えっ? あっ、はい!!」

 

 

ベルは一瞬驚いたが元気よく返事を返す。

クラウドはもう一度店に戻ると近くにいたリューに金貨の入った袋を手渡した。

 

 

「これ、代金と迷惑料。騒ぎ起こして悪かったな」

 

 

「いえ....事情があったのでしたら、そこまで責めたりはできません。それに、ミア母さんもそこまで怒ってはいませんし」

 

 

「それでもだ、気持ちとして受け取ってくれ」

 

 

少々不本意ながらもリューは了承して金貨の入った袋を頂いた。そのまま帰れればよかったが、彼を呼び止める人物がいた。

 

 

「クラウド、ちょい待ちぃや」

 

 

「ロキ」

 

 

朱色の髪の女神――かつての自分の主神ロキが店から出てきたクラウドを呼び止めた。

 

 

「ちょうどウチらが揃っとるんやから、話したらええんやないか?」

 

 

「何をだ?」

 

 

「改宗した理由や」

 

 

ピクリとクラウドの眉が動く。そしてロキ・ファミリアの幹部勢8人はこちらをじっと見つめてくる。

 

 

「それは詳しく聞かない約束だろ? 1人で行動する時間を作らないといけなくなったからってのが一応の理由だ」

 

 

「それは聞いたで。でも、ウチらはその『詳しく』ってとこを教えてほしいんや」

 

 

「......悪いが、答えられないな」

 

 

ロキは普段の笑顔から一転、半眼になり口をクラウドの耳元に近付ける。

 

 

最初の(、、、)ファミリアに関係しとるんか?」

 

 

「......」

 

 

ロキの言葉には驚いたが、ここで動揺するわけにはいかない。クラウドは何も答えず彼女が離れるのを待った。

 

 

「ま、言いたくないんならええわ。いつかはわかってまうことなんやからな」

 

 

そう言ってロキは店の中に一同を連れて戻っていった。クラウドは手早くベルの手を取って、店から出ていった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

街灯と月明かりが照らす夜道をクラウドとベルは歩いていた。お互いに何も話さず、ただ並んでホームを目指していた。

そんなとき、ベルが恐る恐る話を切り出した。

 

 

「あの、クラウドさん。さっきはありがとうございました。その、わざわざあんなことさせてしまって....」

 

 

「そんなこと言うなよベル、俺はちっとも迷惑だなんて思ってねぇよ。お前はこれから強くなる、それは俺が保証してやるよ。だからそんな悲しいこと言うなって」

 

 

横を歩くベルはその性格故か、律儀に申し訳なさそうに感謝の言葉を述べた。しかし、これはクラウドにとっては迷惑などではない。

というか、『自分の大切な人が侮辱されるのが許せない』というのが個人的な気持ちなので、これは彼からしてみれば自分1人の責任と思っている。

 

 

「でも、クラウドさんがせっかく稼いだお金も使って....しかも、怪我するかもしれなかったのに....っ!!」

 

 

ベルは、途中で言葉を遮られた。クラウドがベルの頭を掴んで、胸元に抱き寄せたからだ。ベルは一瞬何のことかわからず戸惑っていたが、何秒かして状況を理解する。

 

 

「ベル、よく聞け。金なんか俺がダンジョンに潜ってまた稼げばいい、怪我しようが時間が経てば治る。

だけどな、蔑まれたお前の気持ちは治らないかもしれないんだ。俺はそうなってほしくないんだよ。

お前にとっては余計な世話かもしれないけどな、それでも俺は家族が傷付けられる(、、、、、、、、、)のを見逃したり(、、、、、、、)なんか出来ないんだ(、、、、、、、、、)

 

 

「かぞ....く....?」

 

 

「ああ、家族だ。だからな、俺がお前のために怒るのは当たり前なんだ。頼りないかもしれないけど、俺に出来ることなら何でも言えよ。絶対に力になる」

 

 

ベルはクラウドの服に手を置いて、身を任せる。気持ちが、感情が決壊した。悔しさが、悲しさが、嬉しさが涙となって溢れてくる。クラウドはシャツが涙で濡れるのも気にせずにベルの頭を撫でていた。

何分そうしていただろうか、ふとベルが顔を上げて服の袖で涙を拭う。そしてクラウドを見上げて真剣な眼差しで言った。

 

 

「....僕、強くなりたいです。今よりもっと....クラウドさんと並べるくらい、強く....」

 

 

自分の弟分の見せた小さな成長。それを少々微笑ましく思いながら、クラウドも笑みを浮かべて返事をした。

 

 

「ああ、お前ならきっとなれる。これからも一緒に頑張ろうぜ」

 

 

2人は笑い合うと、そのまま真っ直ぐホームへと歩を進めていった。



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第7話 アポフィス・ファミリア

今回はいつもより短いです。
それと、ガチの説明回です。


「ベルは寝たか?」

 

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 

ヘスティア・ファミリアのホーム。教会跡の地下室に設けられたソファーにクラウドとヘスティアは隣同士で座っていた。豊饒の女主人の件が終わってホームに帰った後、クラウドはベルと一緒に眠ったヘスティアを起こして話を切り出したのだ。

時刻はもう深夜の1時を回っており、ベルは明日ダンジョンに潜るため、もう就寝している。

 

 

「実は話したいことがある。ベルには....秘密にしておいてくれよ」

 

 

「もちろんわかってるよ、君がこんな時間にボクを起こしたのもそのためだろう?」

 

 

ヘスティアは少々誇らしげに答えた。思わずそんな無邪気な容姿に表情が綻んでしまうのが、自分でもわかった。

 

 

「俺がヘスティア・ファミリアに改宗した理由、それを言おうと思ってさ」

 

 

「やっぱりそれか....」

 

 

「? わかってたのか?」

 

 

「当たり前だろう? ロキのファミリアはオラリオでも屈指の強さを誇ってる、しかもそこの幹部ともなれば皆が不思議に思うよ。『何でLv.5で引く手数多の冒険者があんな零細ファミリアに改宗したんだろう』ってさ。」

 

 

「はは....だよな」

 

 

そう、ロキ・ファミリアの幹部を務める第一級冒険者というのは地位や実績、名声を手にしたことを意味する。そのまま冒険者として順風満帆な人生を送っていくのが一般的な考え方だろう。

にもかかわらず、それを簡単に捨てるとは疑問を抱かない方がおかしい。

 

 

「まあ....簡単に言うとな、ロキ・ファミリアに居られなくなったんだ」

 

 

クラウドが少し不機嫌そうに答えるとヘスティアは、ん? と首を傾げる。

 

 

「居られなくなった? それってつまり....ファミリアでの立場が危うくなって追い出されたってことかい?」

 

 

「違ぇよ。寧ろロキ・ファミリアに居た頃はメンバーともそれなりに仲も良かったし、特に生活には困らなかったくらいだからな」

 

 

「じゃあ、何でだい?」

 

 

クラウドはヘスティアの問いに口を閉じたまま動かなかったが、何秒かして上着の胸ポケットから1枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに置いた。

そこにはファミリアのエンブレムである太陽に纏わりつく大蛇の絵が描かれていた。

 

 

「これは....?」

 

 

「【アポフィス・ファミリア】――俺が最初に(、、、)所属してたファミリアのエンブレムだ」

 

 

「最初に、ってことはその後ロキの所に入ったのかい?」

 

 

「そうなるな。アポフィス・ファミリアには7歳から13歳の6年間、ロキ・ファミリアにはその後の8年間所属してた」

 

 

「それが、ここに改宗したことと関係あるってことなのかな?」

 

 

クラウドは羊皮紙のカサカサした表面を撫でて、描かれた蛇の模様をなぞる。

 

 

「ああ、このファミリアに在籍当時、俺は暗殺稼業をやってたんだ」

 

 

「えっ......」

 

 

ヘスティアは驚いて口を半開きにしたまま固まってしまった。その衝撃的な告白に返す言葉が無かったのである。

 

 

「というか、それがアポフィスの、つまりはファミリアの方針だったんだ。自分達に刃向かった者は証拠を残さず完全に殺せ、ってな。5年前までオラリオでは犯罪が横行しててな、盗みに殺人、追い剥ぎ、闇討ち、そんなのが日常茶飯事だったよ。

俺としては邪魔をするヤツを始末すれば十分だと思ってたんだけどな、ファミリア内には拷問や惨殺をする連中もいた」

 

 

「アポフィスは....止めなかったのかい? そんなことを続けていたら、敵対勢力に襲われる可能性だって....」

 

 

ヘスティアが最後まで言い切る前に、クラウドは首を左右に振って否定した。

 

 

「止めなかったよ、あの神様は。楽しかったんだろうさ、自分の眷族が争いを続けて鎬を削る姿を見ているのが。

でも、その通りだな。それもずっと続いたわけじゃなかった。

8年前のある日、ファミリアの1人がその敵対勢力に拐われたんだ。まだ年端もいかない女の子で、俺も仲良くしてたんだけどな」

 

 

クラウドは少しだけ感慨深そうに頭を押さえた。

 

 

「そいつらの要求に対して、アポフィスは『自分が天界に送還されるから、眷族たちは不問にしてくれ』と頭を下げた。拐った連中も、実際にはアポフィスに恨みを持ってたんだろうな、俺たちや人質の子には危害は加えなかった。

あいつも何だかんだ言って俺たちのことはちゃんと想ってたんだな、って感じたよ」

 

 

「それが、ファミリア解体の経緯ってこと?」

 

 

「ああ、結局行き場を失った俺はロキ・ファミリアに頼んで入団させて貰ったんだ。皮肉にも、銃の腕を磨いておいたお陰でな」

 

 

ヘスティアは得心いったと言う風に首を上下に振っていた。そこで、ふと疑問に気づく。

 

 

「? 待ってくれよ。それがどう今の状況と繋がるんだい?」

 

 

そうだ。ロキ・ファミリアに入った理由や経緯は理解したもののやはりヘスティア・ファミリアに来た理由はわかっていない。クラウドは「あっ、そうか」と言葉を繋げる。

 

 

「そうそう、話はそれからだ。3年前、ある変化があった。まあ、話しても信じられないかもしれないけどな」

 

 

「信じられない? そんなに突拍子もないことなのかい? 大丈夫さ、ボクはちゃーんと信じるよ。任せてくれ」

 

 

ドンッと自分の胸元に手を当てて得意気になるヘスティア。

クラウドは安堵の表情を浮かべて続けた。

 

 

「声が....聞こえたんだよ。あいつの、アポフィスの....声が」

 

 

「こ....声っ!?」

 

 

3年前。つまりアポフィスが天界に送還されて5年が経過した頃だ。その時となると、どう考えてもクラウドはロキの眷族だし、アポフィスとの関わりは殆ど無い筈なのだ。

 

 

「ああ、あいつの声が脳に直接伝わってきた。時間は決まって俺が必死に闘ってるときだけ。そのときだけ聞こえるんだ。『苦戦してんな』とか『負けるなんて情けねぇ』とか」

 

 

「何か心当たりとかは?」

 

 

「あいつは俺によく構ってたけど、それが関係あるのかもわからない。しかも、それまで順調に伸びてたステイタスも途端に停滞したんだ。何かあったって思うだろ?

そりゃあ、俺も最初は改宗は考えてなかったけど3年も続けば考えも変わったよ。ロキ・ファミリアに居たら立場上、ある程度行動を制限される。だから零細の、団員の少ないファミリアに入ろうと思ったんだ」

 

 

「なぁるほど....それで丁度ファミリアの勧誘をしていたボクの所を選んだってことかぁ。確かに納得いったよ」

 

 

ヘスティアは腕を胸の下で組んで頷く。それに対してクラウドは悲しそうな顔になってしまう。

 

 

「軽蔑したか? 俺がヘスティア・ファミリアに入ったのは半分くらい打算的なもんだったんだぜ?」

 

 

クラウドは流し目でヘスティアの表情を伺う。もう1人の眷族、ベルが純粋であるからこそ、クラウドのそういった黒い部分が浮き彫りになっているのも大きい。

だが、どうだろうか。彼女はとびっきりの笑顔で微笑んでみせた。

 

 

 

「軽蔑なんかしないよ、ボクを誰だと思ってるんだい? 君の主神だぜ(、、、、、、)?」

 

 

 

言葉も出なかった。呆れられるか、叱咤されるのを覚悟してのことだったのに逆に励まされたような気さえしてくる。

クラウドは恥ずかしそうに頭を掻いてそっぽを向く。

 

 

「....本当にいいのかよ?」

 

 

「うん。だって、ベル君やボクと話してるときの君はすっごく嬉しそうだから。

そのときの君がたとえ嘘をついてたとしても、今の君が嘘をついてるだなんて思わないよ。だから、もっとボクを信じて、頼ってくれていいんだぜ?」

 

 

ヘスティアはぐーっと手を伸ばしてクラウドの頭を撫でてきた。何だかさっき自分がベルにしたことを思い出して恥ずかしくなってきた。何でこんなことになってるんだ? と。

 

 

「ちょっ....いつまで撫でてんだヘスティア! 俺はそんなに子供じゃねぇ!」

 

 

「おやおや、反抗期かい? 可愛いところもあるじゃないか、このこの」

 

 

「だっ、だからぁ....」

 

 

結局、そのまま散々弄り倒され2人とも次の日寝不足になった。



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怪物祭
第8話 美の神


今回は場面転換が多いです。
言わなくてもいいかと思いますが、そのことを理解した上で見てくれると読みやすいかもしれません。

それから、お気に入り数かま200を突破しました! ありがとうございます!


「ベル君、クラウド君、ボクは何日か部屋を留守にするよ。構わないかな?」

 

 

朝、目を覚まして3人で朝食を食べ終えた頃ヘスティアはそう言った。ベルは何のことかわからなかったが、クラウドには合点がいっていた。今夜開催される神ガネーシャ主催の神の宴のことだろうと。

 

 

「元々行く気はなかったんだけど、やっぱりパーティーに顔を出してみんなに会いたいな、と思ってさ」

 

 

「だったら、遠慮なく行ってきてください」

 

 

「ああ、ヘスティアもたまには羽目を外すのもいいと思うぜ」

 

 

だけど、とクラウドはちょっと複雑そうな顔をしてヘスティアに言った。

 

 

「パーティーで出される食事をテイクアウトしたりするなよ」

 

 

「なっ! なんだってー!!」

 

 

信じられない、まさかそれを言うのかみたいな顔でヘスティアは飛び上がる。まあヘスティアがそれだけの目的で行くとは思えないが、この幼女姿の女神様はそれくらいやるだろうと見越しての忠告だ。少なくともヘスティアには神としての威厳を保ってもらいたいと。

 

 

「あははー、クラウド君も冗談が上手いなぁ。いくらボクでもそんな意地汚いことをするわけないじゃないかー」

 

 

「じゃあそのタッパーは何だ?」

 

 

クラウドはヘスティアがさりげなく隠しているタッパーを指さす。もう言い逃れできないだろ、こんなの。

 

 

「違うんだっ、これは....これはボクの、ボクにしかできない使命なんだぁぁぁぁ!!」

 

 

突然涙目で叫んだ神様はパーティー用の服と荷物を持って疾走していった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「さっ! さっ! さっ!」

 

 

クラウドの予感は見事に的中した。ヘスティアはガネーシャ・ファミリアのホームで開かれている神の宴の最中、持参したタッパーに日持ちのよさそうな料理を詰めこんでいた。クラウドにああ言われた手前、罪悪感はあったが背に腹は代えられない。せっせとタッパーをパンパンにした。

 

 

「何やってんのよ、あんた....」

 

 

呆れたような声で後ろから話しかけられる。振り返ると真紅のドレスに身を包んだ赤い髪をした女神がいた。右目に大きな眼帯をつけた美しい女神。

 

 

「おお、ヘファイストス!」

 

 

「ええ、久しぶり」

 

 

ヘスティアの神友、ヘファイストスだ。因みにヘスティアがファミリア発足まで厄介になっていた相手でもある。

 

 

「良かった、来て正解だったよ」

 

 

「何? 言っておくけど、お金ならもう1ヴァリスだって貸さないからね」

 

 

「なっ、何おう! ボクはもうそんな廃れた生活からはオサラバしたんだ! 今はそんなことになんか困ってないぞっ!!」

 

 

「いや、思いっきりお持ち帰りしようとしてたじゃない....」

 

 

ムキーッ! と悔しがるヘスティアと呆れるヘファイストス。そんな2人の女神に近寄る神物がいた。

 

 

「相変わらず仲が良いのね」

 

 

「ええっ!? フレイヤ!?」

 

 

ヘスティアは驚いて声も出なかった。なぜ『美の神』が来ているのか、と。

彼女はフレイヤ。容姿の優れた神の仲でも一線を画する美しさを誇る女神。長い銀髪に金の刺繍が施されたドレスを着た彼女は見る者全てを魅了するほどの美麗さを放っていた。

 

 

「な、何で君がここに......」

 

 

「今日はちょっと用があって....もしかしてお邪魔だった?」

 

 

「いや、まあそんなことはないけど....」

 

 

ヘスティアはフレイヤのことが苦手なのだ。というか、美の神の性格はあまりいいとは言えない。ゆえにヘスティアも少々関わり合いたくないところがあった。

 

だが、そこでさらに関わり合いたくない神物が現れた。

階段を猛スピードでかけ降りてこちらへ走ってくる朱色の髪に華奢な体躯をした女神。そう、つまりはロキのことだ。

 

 

「おーい! ファイたーん、フレイヤー、ドチビー!!」

 

 

「久しぶりね、ロキ。」

 

 

「何の用だい?」

 

 

「なんや、ドチビ。理由がなかったら来たらあかんのか?」

 

 

むう、とヘスティアはむくれるがそういえばともう1つの用事を思い出す。

 

 

「ところでさ、ロキ」

 

 

「ああ? 何や?」

 

 

「君のファミリアの【剣姫】には付き合ってる男や伴侶はいるのかい?」

 

 

アイズの話題になった途端ロキは一変してヘスティアを見下ろし睨みつける。

 

 

「あほぅ、アイズはうちのお気に入りや。手ぇ出す奴がおったら、八つ裂きにしたるわ」

 

 

「ちっ!」

 

 

ヘスティアは盛大に舌打ちをかます。どうせなら付き合っている男がいてくれれば良かったものを、と落胆する。

 

 

「ああ、そうや。ウチも聞きたいことがあんねん」

 

 

「....何だい?」

 

 

「白々しいなぁ、クラウドのことに決まっとるやろ」

 

 

クラウドの名前が出された瞬間、ヘスティアは少し居たたまれない気持ちになった。そうだ、クラウドはつい3週間前までロキ・ファミリア所属だった。よもや自分のところに改宗したことをロキが知っているとは思わなかったため、突然の質問に驚いてしまう。

 

 

「クラウドってもしかして....【銀の銃弾(シルバー・ブレット)】? 確かロキのファミリアの子でしょ? その子がどうかしたの?」

 

 

ヘファイストスがロキに尋ねるとロキは不機嫌そうにそれに答えた。

 

 

「聞いてビックリ、何とドチビのトコに改宗したんやって」

 

 

ヘファイストスは驚きを隠せずに言葉を失い、フレイヤは興味深そうに口元に手を当てる。

 

 

「一体どないな大災害が起こったらドチビのとこなんかに改宗するんや? そもそも、何で改宗したのかすらわからへんよ。本人に聞いても答えてくれへんし。なーんか、裏で回したんか?」

 

 

昨日の深夜、クラウドから話された過去についての話が脳裏をよぎる。しかし、クラウドからは事を大きくしないようなるべく内密にと言われている。ならば、話すことはない。

 

 

「失礼だな、クラウド君は優秀だからきっとボクの素晴らしさに気づいたってことじゃないのかい?」

 

 

相当憎たらしく笑みを浮かべてヘスティアは反論。当然ロキの煽り耐性の低さを知ってのことだ。

 

 

「あぁん!? 寝ぼけてんのかドチビィ!! 金も財力も人員も身長も無いドチビのどこがええねん!?」

 

 

「それなら君も同じだろ! 母性も胸も胸も胸も無い女神に愛想を尽かしたに決まってるっ!!」

 

 

「後半胸しか言うてへんやろがぁぁぁぁ!!」

 

 

ロキはヘスティアの両頬を掴んでむぎゅうううと引っ張る。負けじとヘスティアも両手をブンブンと振り回す。

 

そんな攻防(?)が数分続き、結果的にはロキが床に手をついて項垂れ、ヘスティアが引っ張られていた頬をさすって勝ち誇る姿があった。

理由は明白。ロキが頬を引っ張るたびにヘスティアの巨乳が揺れまくり、同時に自身の無乳(コンプレックス)を見せつけられたからだ。

 

 

「きょ、今日は....このへんにしといたるわ」

 

 

「ふん、今度会うときはそんな貧相な物をボクの視界に入れるんじゃないぞ!!」

 

 

ロキは涙目になりながら会場を後にし、周りの神も完全に面白がってその光景を見ていた。

 

 

「でも、良かったわねヘスティア。確かクラウドとベルって子がファミリアに入ったんでしょ? ロキの所のLv.5なんて、他のファミリアからすれば喉から手が出るほど欲しい人材なのに」

 

 

「まあねー、本当に2人ともボクにはもったいないくらいだよ」

 

 

ヘファイストスとヘスティアが嬉しそうに話す隣で、フレイヤが髪を翻し出口へと歩を進めた。

 

 

「それじゃあ、私もそろそろ外そうかしら。用事も済んだことだしね」

 

 

ヘスティアとヘファイストスに軽く挨拶をして、フレイヤは去っていく。そういえばヘスティアは彼女が何の用事でここに来たのか聞いていなかった。しかし、パーティーの最初から最後まで特別何かをしていたようにも見えなかったし、結局何をしに来たのだろうか。

 

 

「....ふふ、クラウド....ねぇ」

 

 

去り際に小声で呟いた美の神の声は誰にも届かなかった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「おーい! 待つニャー、白髪頭に銀髪頭!」

 

 

「「?」」

 

 

ヘスティアが神の宴に出かけてから3日、その間クラウドとベルはいつものごとくダンジョンに行こうとメインストリートを通っていると、誰かに呼び止められた。

声のした方を見ると、豊饒の女主人の猫人の店員がこちらを手招きしていた。

 

 

「確か....アーニャだっけ? 俺たちに何か用なのか?」

 

 

「おお! ミャーの名前覚えてたのニャ、銀髪頭!」

 

 

「銀髪頭じゃなくてクラウドな。お前の方は聞いてないのかよ....」

 

 

アーニャは舌をペロッと出して頭を掻く。見た目だけなら可愛らしいものだが、クラウドからしてみれば非常に微妙な反応しか返せないのも事実。

 

 

「はい、コレ」

 

 

「......へ?」

 

 

アーニャはベルの手をとると、そこにがま口の財布を握らせてきた。

 

 

「これをあのおっちょこちょいのシルに渡してほしいニャ」

 

 

「シルが? 何処に行ったんだよ?」

 

 

「アーニャ、それでは説明不足でしょう」

 

 

また1人、別のところから声がかかる。長く尖った両耳に綺麗な顔立ちをしたエルフの女性、リューだ。

 

 

「おはようございます、クラウドさん、クラネルさん」

 

 

「ああ、おはようリュー」

 

 

クラウドが笑顔で挨拶を返すと、心なしか嬉しそうになったリュー。因みにアーニャはそれを眺めて隠れながらニヤニヤしていた。

 

 

「シルが財布を忘れたまま、怪物祭(モンスターフィリア)に行ってしまったのでそれを届けてほしいということなのです。私達は店の準備で手が離せないので、お願いできますか?」

 

 

「ああ....そういうことね」

 

 

「えーっと....怪物祭(モンスターフィリア)って何ですか?」

 

 

ベルが不思議そうに尋ねてきた。そういえばベルはまだオラリオに来て日が浅い。そういった恒例行事については疎い方なのだ。

 

 

「そっか、ベルは知らないんだっけか。怪物祭っていうのは、ガネーシャ・ファミリア主催の年に一回の行事のことでな。闘技場に観客を呼んでモンスターを調教するまでの過程を見せるっていう、まあ見世物みたいな感じかな?」

 

 

「じゃあ、そこの闘技場の近くに行けば会えるんですか?」

 

 

「多分な、まあそこまで大変なことでもないみたいだし、任せてくれよ」

 

 

クラウドが了承するとアーニャとリューは嬉しそうにお辞儀をして2人を送り出した。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「で、今度は何企んどるんや? またどっかのファミリアの子に目ぇつけたんか?」

 

 

怪物祭の行われている闘技場へと向かう人の流れ、それを見下ろせる位置にある大通りに面した喫茶店の2階。そこの円テーブルに向かい合う形で2柱の女神が座っていた。

先程の言葉を発したのは朱色の髪に白のシャツと黒のパンツという服装をした女神、ロキ。そして彼女の後ろには金髪金眼の少女、ロキ・ファミリア所属の剣姫、アイズ・ヴァレンシュタインが立っている。

 

 

「ったく、この色ボケ女神が。誰彼構わず手ぇ出して、諍いの種ばっか撒きよるなぁ」

 

 

「心外ね、これでも私ちゃんと選んでいるのよ?」

 

 

ロキの2度目の質問に話しかけられていた神物はようやく答えた。長い紺色のローブを羽織った女性で、顔の部分から白皙の肌と銀色の髪、そして他と隔絶した美貌が見てとれた。美の神、フレイヤだ。

 

 

「で? どないなヤツや、美の神のお眼鏡に叶ったその子供っちゅーのは?」

 

 

「正確には、2人なのだけれど」

 

 

ロキはその言葉を聞いた瞬間、頭を抱えて嘲笑してしまった。自分の予想外のことに笑いすらこみあげてきたからだ。

 

 

「かっ! なんや一気に2人もかいな! 恐いなぁ、年がら年中盛っとる女神様は。ほな、質問変えるで。その2人、一体どないなヤツらなんや?」

 

 

「1人は、とても頼り無くて、少しのことで泣いてしまう、そんな子」

 

 

でも、とそこでフレイヤは言葉を区切る。

 

 

「綺麗だった。透き通っていた。そう、本当にあの子の色は『透明』だったわ」

 

 

ロキもアイズもその様子を何とも言えない表情で見守っている。

 

 

「もう1人は....そうね。簡単には表現できないけれど、強いて言えば得体が知れないっていうことかしらね。強い部分はあっても、それ故にに弱さや、自分への劣等感が浮き彫りになっている....そんな子。

この子は、『灰色』に見えたわ。黒い部分と白い部分が綯い交ぜになったみたいに」

 

 

そう言ってフレイヤは視線を窓から見える人混みのある部分に向けた。銀髪のハーフエルフと白髪のヒューマンが一緒に歩いている姿を、目で追っていた。

通り過ぎていく2人を見つめながらフレイヤは席を立った。

 

 

「ごめんなさい、急用ができたわ」

 

 

「はぁっ?」

 

 

ロキは思わずフレイヤを呼び止めようとしたが、フレイヤはそれを無視して店を後にした。

 

 

「何やったんや一体? なーんか、意味深なこと言うとったけど....」

 

 

ロキはフレイヤの言葉の意味に頭を悩ませていると、アイズが窓の外を見ているのに気づいた。

 

 

「アイズ、どないした? 何かあったん?」

 

 

「....いえ、何も」

 

 

アイズも、あの銀髪の女神と同じくその2人を見つめていた。自分が兄のように慕うハーフエルフと、自分に助けられたヒューマンのことを。



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第9話 因縁の相手

「ベル、このままじゃ埒が明かないぞ」

 

 

「そ、そうですね....」

 

 

怪物祭の会場、その近くにある出店が並んだ通りで2人はげんなりしながらそう言った。シルを探して約30分、一向に彼女は見つからない。

 

 

「よし、2手に分かれよう。30分後に闘技場の入口前に集合な。それまでに手分けして探すぞ」

 

 

「はいっ!」

 

 

「よし、それじゃあ......って、あれ?」

 

 

さて行こうかというところでクラウドがベルの後ろに目を留めた。鈴のついた髪留めで結ばれたツインテールに、胸の下から両腕までにぐるっと結ばれた青い紐、ヘスティアだ。

 

 

「おーいっ、ベル君、クラウド君!」

 

 

「え? 神様? どうしてここに!?」

 

 

「ふふん、水臭いなぁ。君達に会いたかったからにきまっているじゃないか!」

 

 

誇らしげに胸を二重の意味で張るヘスティア。大抵の人にはこれだけで目の毒なんだろうなぁとクラウドは苦笑いしてしまう。と、そこでクラウドはいいことを思いついたと口角を吊り上げる。

 

 

「さーてと、それじゃあベル。俺は向こうにシルを探しに行ってくるから、お前はヘスティアと一緒に探してきたらどうだ?」

 

 

「「え?」」

 

 

ベルとヘスティアは一瞬何のことか分からずにいたが、クラウドがヘスティアにさりげなくアイコンタクトをすると、彼女もどういうことか察したのだろう。パアッと笑顔になって首をブンブン縦に振った。

 

 

「そうだね! そうしよう! さあベル君、行っくぞー!!」

 

 

ヘスティアは上機嫌でスキップしながら、ベルの手を引いて人混みへと消えていった。ヘスティアもベルと2人でデートを楽しみたいだろうというクラウドなりの気遣いだ。

 

 

「楽しんでこいよー」

 

 

ヒラヒラと手を振りながら2人を見送り、よし行くかと気を引き締めてベル達とは別の方向へ歩いていった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

クラウド、ベル、ヘスティアがシルを探している、ちょうどその頃の闘技場の地下で『ある出来事』が起きていた。

その場所は怪物祭にて調教されるモンスターの控え室。つまりは多くのモンスターが閉じ込められた檻が配備されていた。

 

 

「何をしている、次の演目が始まるぞ!? 何故モンスターを上げない!」

 

 

勢いよく扉が開かれ、ガネーシャ・ファミリアの女性団員が部屋に飛び込んできた。次の出番となるモンスターがいくら待っても運ばれてこないため、痺れを切らしてそれを見に来たのだ。

だが、彼女の声に答える者は誰もいない。

 

 

「な....お、おいっ、どうした!?」

 

 

彼女が目にしたのは力なく倒れている団員の数々だった。何事かと駆け寄って容態を確認する。外傷もなく、息もある。原因はすぐに理解できなかった。

ただ、全員が漏れ無く頬を上気して、息を荒くしている。

 

 

「これは......一体なんだ?」

 

 

自分の知る限りではこんな症状は見たことがない。彼らはモンスターにやられたのではない。もっと別の....

 

 

「動かないで?」

 

 

「――ぁ」

 

 

不意に、後ろから2つの手が目隠しをしてきた。甘い香りが鼻腔をくすぐり、柔らかい手の感触が伝わってくる。視覚で確認するまでもない。計り知れない『美』が彼女の心を『魅了』していく。途端に意識が朦朧として、思考が遅れていく。

 

 

「檻の鍵は、どこ?」

 

 

耳元へ囁くように声がかけられた。ぞわっと体が震え、自然と左手が自分の腰につけた鍵の束へと伸び、後ろにいるであろう誰かに手渡す。

 

 

「ありがとう」

 

 

その言葉が彼女の耳に届いた最後の言葉だった。彼女は地面に膝をつき、ぺたんと倒れこんでしまった。

 

 

「ごめんなさいね」

 

 

フレイヤはその女性を一瞥し、並べられた檻を眺めた。下界では神は常人と同程度の体力しか持っていない。無論、フレイヤも例外ではない。だが、彼女は他と隔絶した『美』がある。彼女にかかれば何者であっても『魅了』されてしまう。

 

 

「....貴方がいいわ」

 

 

フレイヤは1つの檻に目をつけた。

真っ白な体毛を全身に生やし、隆起した筋肉をした猿形のモンスター『シルバーバック』

 

 

「出てきなさい」

 

 

先程手に入れた鍵を使って檻を開く。

シルバーバックはフレイヤに付き従うかのように檻から抜け出す。

何故彼女がこんなことをするのか、それは何とも子供じみた理由だった。

自分が気に入った相手、ベルとこのモンスターを戦わせる。その勇姿を目にするためだ。所謂、イタズラというものだ。

 

 

「『あの子』はこれでいいわよね....後は....」

 

 

フレイヤはもう1人の相手、銀髪のハーフエルフを思い浮かべながらクスッと笑みをこぼした。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

クラウドが何分か闘技場周りを徘徊していると、入口に見知ったハーフエルフのギルド職員がいるのが見えた。

 

 

「よう、エイナじゃん」

 

 

「あれっ、クラウド君?」

 

 

ギルド所属の職員であり、ベルの迷宮探索アドバイザーでもあるハーフエルフの女性、エイナだ。何故ここに、と疑問を抱いたがそういえば怪物祭はギルドが一枚噛んでいるため、その運営をしているのだと思い出す。

 

 

「クラウド君も怪物祭を見に来たの?」

 

 

「まあ....そんな感じだけど。ちょっと別の用事があってな。灰色....みたいな感じかな、そんな色の髪したヒューマンの女の子見なかったか?」

 

 

「うーん、み....てないかなぁ。というか、さっきベル君が聞きに来たけどもしかして同じ人を探してるの?」

 

 

「? ベルが来てたのか。じゃああいつもまだか....参ったな」

 

 

クラウドはやれやれと息を吐く。こうなったら、今日はダンジョンには行かずにここでのんびり祭り見物をしてもいいかもしれないと思い始めた。そのとき、クラウドの耳に微かなざわめき声が届いた。

 

 

「エイナ....何かあったのか?」

 

 

「え? 何で?」

 

 

「いや....何かザワザワと慌ててる声が聞こえるんだ。会場の歓声とかじゃなくて、まるで何か厄介事が起きたみたいな(、、、、、、、、、、、、)。」

 

 

クラウドは目を細めてエイナの後ろ、会場へと続く通路を見た。そこからは大慌てで走ってくるギルド職員の姿が確認できた。

 

 

「ほうら、やっぱりか」

 

 

「何かあったんですか?」

 

 

走ってきたギルド職員は数秒息を整えて、焦った声色で話し始めた。

 

 

「モンスターが....地下に閉じ込められていたモンスターが逃げ出した....」

 

 

「ほ、ほんとにっ!?」

 

 

「ああ、とにかく今は身近な冒険者に応援を頼む!!」

 

 

エイナは勢いよく振り向いてクラウドに詰め寄る。クラウドは苦笑いしながらはいはいと返事をする。

 

 

「逃げたモンスターの種類と数は?」

 

 

「ソードスタッグにトロール、それとシルバーバック....数は9体」

 

 

「なら任せろ、俺が全部倒す」

 

 

クラウドは腰のホルスターから銃を抜いて、弾倉を確認した。シルバーバックは11階層、ソードスタッグとトロールは20階層以下におけるモンスターだ。クラウドならば簡単に倒すことのできる強さだ。いける、と踵を返して移動しようとする、が

 

 

「ん? 何やクラウド、やけに真剣そうな顔しとるやん」

 

 

「....ロキ」

 

 

朱色の髪をした女神、かつてはクラウドの主神でもあった神物、ロキが振り返った先にいた。その後ろには彼女の眷族のアイズも立っている。

 

 

「何でこんなときに....って言いたいとこだけど、丁度良かった。アイズ、頼みがある」

 

 

クラウドはこちらを覗き込んでくるロキを左手で押し退け、アイズと目を合わせる。

 

 

「何?」

 

 

「モンスターが逃げ出したらしい。始末するから、手を貸してくれないか?」

 

 

「....うん、わかった」

 

 

アイズが快く了承してくれたことにクラウドは笑顔でありがとうと返して、その場を後にした。走っている背後で「アイズたんをたぶらかすなアホォォォォ!!」などという無乳の声が聞こえたが完全に聞き流した。

 

 

「さあて....一体何処にいやがる」

 

 

銃を右手で握り、何時でも撃てるよう準備してから辺りを見渡す。会場周りの出店の近くではギルド職員による避難活動が進んでおり、多くのヒューマンや亜人が逃げ惑う姿が目に入った。

 

 

「さっさと終らせないとな....被害が出る前に」

 

 

辺り一体を見渡し、モンスターがいないか確認する。すると、いた。遠く、闘技場の円形の壁の死角となる位置に巨大な影が見えた。尖った耳に大きく筋肉のついた両手足、そして体毛の無い人形モンスター。あれはトロールだ。

トロールもこちらの姿に気付いたのか、慌てて死角に隠れる。逃がすか、とクラウドは走ってトロールを追いかける。

 

 

「姿さえ捉えれば、後は一撃で決めてやるよ....」

 

 

クラウドがさっきまでトロールのいた地点まで移動したところで、もう一度その姿を探す。

 

 

「そっちか!」

 

 

クラウドはその場所からすぐ近くにあった闘技場への入口に目をつけた。ここに来るまでほんの10秒程度しか経っていない。あんな大きなモンスターが隠れられる場所などここしかないと踏んだからだ。

入ってすぐの所にあったのは、大きな階段だった。そう、まるでモンスターが出入りできるような大きさの。

 

 

「....何か、あんのか」

 

 

モンスターの行動が不審に思えた。クラウドが思うに、このモンスターたちは誰かが逃がしたと推理している。怪物祭の許可が下りているのはモンスターの管理が厳重にされているからだ。間違っても、モンスターが自分の力で逃げ出せるような管理の仕方はしていないはずなのだ。故に、これをした誰かがいる。そしてここまで多くの人がいる中でやったのは、モンスターに人々を襲わせるためだろう。

 

ならば、何故あのモンスターは戻ろうとしているのだろうか。自分達が囚われていたであろう檻のある地下室へ。

 

 

クラウドは地下の薄暗い部屋に入った。そこには無造作に開け放たれた檻が幾つも並んでおり、囚われているモンスターは一体もいなかった。

仕方ない、まずはここに来たはずのトロールを探そう、とクラウドは奥へと進む。すると案外あっさりとそのトロールの姿を見つけることができた。クラウドは右手で銃を持ち、照準をトロールの額に合わせ、引き金に指をかける。

 

 

「焼き払え【フレイム・テンペスト】」

 

 

魔法の詠唱。スキルによって省略した詠唱によって銃の弾丸にその効果が付加される。引き金を引くと深紅の炎を纏った弾丸がトロールの額に吸い込まれ、命中。全身を炎によって焼き尽くされながら、トロールは絶命した。

 

 

しかし、クラウドは楽観できなかった。炎に照らされて暗がりに隠れていたはずの『その神物』の姿が目に入ったからである。

 

 

「ふふ....こうして直接会うのは初めてかしら?」

 

 

「ああ....初めましてだな。御目にかかれて光栄ですよ、フレイヤ(、、、、)

 

 

クラウドは明らかに敵対した表情で暗がりにいる黒いドレスを着た女神を睨み付ける。銀色の長い髪に、白皙の肌、美しく整った肢体、どの女神とも一線を画する美貌。間違いない、フレイヤだ。

クラウドは何人か散らばって倒れている人を見る。全員焦点が合わないまま目が泳いでおり、顔は幸せそうに赤くなっている。クラウドにはわかった。アポフィスから聞いた、美の神の使用する能力だと。

 

 

「なるほど....この騒ぎはお前の仕業かよ。ガネーシャの所の団員を『魅了』で無力化して、モンスターを逃がしたのか。今のトロールも『魅了』で操って俺を誘導してきたのか?

どういうつもりだよ? 神のお遊びのつもりなら、傍迷惑もいいとこだぜ?」

 

 

「それについては気の毒ね。でも、私も気紛れでこんなことはしないわよ?」

 

 

「じゃあ何のつもりだ? 場合によっては....」

 

 

クラウドは冷たい視線を向けたまま右手をゆっくりと肩の位置まで上げる。丁度目の前の女神を狙う位置まで。

 

 

「少し痛い目にあってもらうぜ?」

 

 

「随分と攻撃的ね。そういうところも気に入ったわ」

 

 

「悪ふざけはやめろ、早く質問に答えてもらおうか」

 

 

引き金を引こうとする手に力が入る。目の前にいるのが神であろうと、ましてや美の象徴たるフレイヤであろうと関係ない。そんなことはクラウドにとって理由にはならない。

 

 

「貴方のお仲間の子....あの白髪の男の子に悪戯したくなったのよ」

 

 

「....ベルのことか?」

 

 

「ベル....ふふっ、いい名前ね。教えてくれて嬉しいわ」

 

 

「誰かに嬉しく思われてイライラしたのは生まれて初めてだな」

 

 

どうも気にくわない。クラウドはハッキリ言って美の神は嫌いだ。彼女たちの子供たちに対する向き合い方は他の神とは違う。自分の見初めた相手を誰彼構わず手に入れようとするような、そんな考え方が。

 

 

「はっ....何かと思えば、まさかそんな好きな子に思わずちょっかいをかけたくなったみたいな理由でこんなこと仕出かすとはな。もしこれでベルが死んだらどうしようとか、考えてないのかよ?」

 

 

そう、恐らくフレイヤはここに囚われていたモンスターとベルを戦わせ、その姿を見たかったのだろう。しかし、逃げ出したモンスターはどれもベルが敵う相手ではない。一番弱いシルバーバックでも11階層レベルのモンスターなのだ。下手をすればベルが死ぬ可能性も低くない。

だが、クラウドの言葉にフレイヤは笑いながら返した。

 

 

「そうかもしれないわね。でも、それでも構わないわ」

 

 

「....何を、言ってるんだ?」

 

 

クラウドはわからない、と困惑した表情を見せる。自分が気に入った相手なのに、死んでも構わない? クラウドには彼女の言葉が理解できなかった。

 

 

「たとえ死んでしまったとしても、天界へ昇る魂を追い掛けてあげる。そして、私が愛してあげればいい」

 

 

「....恋愛の本の読み過ぎだな、色ボケ女神」

 

 

「ロキも私のことそう呼んでたわよ? 貴方たち仲良いのね」

 

 

「関係ないだろ」

 

 

ここまで聞いて、クラウドはもはや呆れてしまった。取り合うだけ無駄だ、と銃を下ろす。

 

 

「あら、もう行くの?」

 

 

「当たり前だろ、ベルを助けに行く。お前の思い通りにはさせないからな」

 

 

フレイヤがベルにモンスターをけしかけたことが判明した以上、ここにいる理由はない。一刻も早くベルの元へ向かって思惑を阻止しなければ。

だが、地上へ続く階段へと足を踏み出したクラウドに後ろから声を投げかけられた。

 

 

「ごめんなさいね、貴方の勇姿も見せてもらえるかしら?」

 

 

フレイヤの声が届くと同時に目の前の階段に亀裂が走り、階段の上から瓦礫が崩れ落ちてくる。

誰かが階段を上から破壊したのだ。だが、こんなことが簡単に出来るのは第一級冒険者に違いない。一体誰が――

 

 

「久しいな。8年振りか、クラウド」

 

 

「......ッ!!」

 

 

低い男の声。だがこの声には聞き覚えがある。かつて1度だけ銃を撃ち、剣を振るわれた因縁の男の声だ。

 

 

「ああ、流石にこうしてまた会うとは思ってなかったけどな。元気みたいだな、オッタル」

 

 

冷や汗を流しながら、強気な姿勢で目の前の煙から出てきた男に返事をした。

猪の耳をした獣人――猪人(ボアズ)だ。2M(メドル)を越える体躯に鋼のように鍛えられた筋肉。表情のない落ち着いた物腰。

正直に言って、クラウドが一番相手にしたくない冒険者であり、なおかつ8年前に引き分けたという過去を持つ相手でもある。

フレイヤ・ファミリア首領にして、オラリオ唯一のLv.7。最強の冒険者、【猛者(おうじゃ)】 オッタル。

 

 

「何の用だ? 俺には外に出て大事な仲間を助けに行かないといけないっていう、大事な大事な用事があるんだけどなぁ?」

 

 

「それは知っている。だからこうして出口を壊したのだ。今お前に邪魔をされては困るからな」

 

 

「......っ、わっかんねぇヤツだな。ここで大人しく退けば痛い目に遭わずに済むって言ってんだぜ?」

 

 

少々動揺しながらクラウドはオッタルを見上げて挑発してみる。だが、そんなものは彼には通用しなかった。

 

 

「抜かせ。今の俺と戦って、お前が無事で済むはずがないだろう。それに....」

 

 

オッタルはそこで言葉を区切り、背中に掛けた2本の大剣の内1本を抜く。

 

 

「俺がフレイヤ様から授かった役目はお前と戦うことだ。故に、ここで退くなど有り得ない」

 

 

オッタルのその言葉を聞いた途端、クラウドは後ろに未だ立っているフレイヤの方を振り返る。

 

 

「何の真似だ? 笑えねぇ冗談はやめろよ」

 

 

「冗談ではないわ....そう、もう気づいているんでしょう? 私は貴方も好きなのよ、愛しているわ。でも....」

 

 

フレイヤは不敵な笑みをしたまま右手の人差し指を自分の唇に添える。

 

 

「貴方には、秘密がある。私にも知り得ることのできない秘密が。だから、知りたくなってしまったのよ。

好きな相手のことを知りたくなってしまうのは当然のことだと思わない?」

 

 

「....もうちょっと限度を考えろ、アホ」

 

 

とは言え、もう四の五の言ってはいられない。地上への出口は塞がれた。ならここから闘技場内へ続く通路がこの部屋にはあるはずだ。オッタルを倒して、そこから脱出するしかない。

冗談抜きで、最強との戦い。本気で戦っても勝てる保証は無い。だが、それでも勝たなければならない。

 

 

「かかってこいよオッタル。自分だけが強くなったと思ったら大間違いだってことを分からせてやるよ」

 

 

その言葉に目の前の猪人は微かな笑みを作ると、堂々と声を上げた。

 

 

「そんなことは百も承知だ。全力で行くぞ」



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第10話 最強への挑戦

戦闘回です、なのでそんな描写が続きます。
それを踏まえてご覧ください。


クラウドは怪物祭の開催されている闘技場の地下、モンスターの管理用の檻がある部屋で1人の猪人と対峙していた。

フレイヤ・ファミリア首領、オッタル。名実共にオラリオ最強のLv.7の冒険者。

クラウドの心はかなり焦っていた。実はクラウドはLv.7と戦ったことはない。ロキ・ファミリア所属時にアイズに稽古をつけたり、団長のフィンや副団長のリヴェリアと手合わせをしたことは何度もある。その経験からクラウドが導き出した自分の実力は『Lv.5は1人か2人なら十分勝てる』『Lv.6は1対1なら互角以上』『それ以上は不明』といったところだ。

 

 

「(これが【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】とか【炎金の四戦士(ブリンガル)】なら話は変わってくるんだけどなぁ....)」

 

 

クラウドは確かにLv.5だが、技術や駆け引きで戦闘力を上げている。故に、ロキ・ファミリアでも実質的には1、2を争うほどの実力を誇っていた。しかし、それはフレイヤも知ってのこと。下手にLv.5やLv.6の冒険者と自分を戦わせたら彼らが負ける可能性はそこそこ高い。だから、オッタルをわざわざ寄越したのだ。確実にクラウドを圧倒するために。全くいい迷惑だ、とクラウドは無理に苦笑いを作り銃をオッタルに向ける。

 

 

「考えても仕方ねぇ、なるべく早くぶっ倒れてもらうぜ。 【凍りつけ】」

 

 

超短文詠唱。クラウドの持つスキル【魔術装填(スペル・リロード)】の効果の1つだ。この効果によって詠唱された魔法の効果が銃弾に付加される。

 

 

「【フロスト・スピア】」

 

 

詠唱と同時に引き金にかかった指に力が入り、弾丸が発射される。

弾丸は青白い冷気で覆われており、先端は貫通力を上げるため棘のように尖っている。まるで氷柱のようだ。

オッタルはそれをかわすこともなく剣を上段で構えたまま立っていた。そして....

 

 

「はっ!!」

 

 

剣で銃弾ごと叩き落とした。

弾くとか防ぐとか、そういったものではない。力と技でねじ伏せたような完全な防御。確かにクラウドもこれでダメージが通るような考えではなかったものの、まさか歯牙にもかけないとは少しだけ驚いた。

 

 

「....だったら」

 

 

クラウドは足を踏み出して走る。無論、下級冒険者程度ならば目にすることさえできない程の速度でオッタルとの距離を詰める。しかし、ステイタスでは向こうが上。そんなものは反応されている。

 

 

「ふっ....!」

 

 

クラウドはオッタルに左側頭部への延髄蹴りを放つ。だが、それは当然彼の左腕に阻まれてしまう。しかし本命はそれではない。

クラウドは右手の銃をオッタルの胸元へ無理矢理割り込ませる。さっきは遠距離での攻撃を防がれたが、この至近距離では剣で叩き落としたりは出来ない。

 

 

「【鳴り響け】」

 

 

クラウドも早口で詠唱をする。この動作の中で詠唱を終わらせ、魔法攻撃を喰らわせるため。

 

 

「【ヘル・ライトニング】」

 

 

青い電光と共に辺りに火花が散り、電撃を纏いし銃弾がオッタルの胸元に撃ち込まれる。オッタルもそれにはほんの一瞬だけ判断が遅れたのか、咄嗟に身体を捻って回避を試みるが、もう遅い。回避しようとしたため心臓付近ではなく、彼の左肩の辺りに命中したが、確かに攻撃が通った。

 

 

「よっ....とっ」

 

 

クラウドは後ろ軽快に跳びながらオッタルと距離をとる。今の一撃がどこまでのダメージになったのか、それを見るために着弾した彼の左肩を見る。

そこで、クラウドは驚愕した。あったのは、骨と肉を貫通して電撃と共に再起不能にされた肩ではなかった。確かに、左肩の部分に半径数C(セルチ)くらいの範囲の焦げ跡とその中心に少しだけ肉が抉られた部分があったが、それだけだ。

ダメージというよりも、ちょっとした怪我で済まされてしまうような傷が。

 

 

「流石はLv.7....俺の常識なんざ軽く越えてきやがるな」

 

 

「当たり前だ。8年前よりも強くなったのはお前だけではない」

 

 

「そうかよ....じゃあ、もう手加減はなしだ」

 

 

クラウドは何も持っていない空いている左手を左腰のホルスターに近づける。そして、2丁目の銃を抜いた。

 

 

「【駆け抜けろ】」

 

 

両手の銃の照準を自分の足元に向ける。今までほぼ見せることのなかった2丁拳銃による同時詠唱。

 

 

「【ヴァイオレント・ゲイル】」

 

 

発砲した弾丸が足元に届いた瞬間クラウドを中心に烈風が発生し、地面の塵や埃を吹き飛ばす。

 

 

「余所見するなよ」

 

 

「無論だ」

 

 

「そうかよッ!!」

 

 

足を蹴り出し、左側に迂回して先程とは比べ物にならない程の高速移動でオッタルに近づく。豊饒の女主人の前でベートと戦ったときにもこの魔法は使ったが、そのときは右手の一丁だけだった。今回は2丁、となれば速度は段違いのものとなる。

 

 

「【凍りつけ】【焼き払え】」

 

 

右手と左手の銃による別々の魔法の詠唱。【二連詠唱】というクラウド固有の技術だ。

その高速の詠唱で、炎と氷の弾丸が同時にオッタルを襲う。

 

 

「甘い」

 

 

氷は先程と同じ様に右手の剣で、炎は金属製の籠手を装備した左手で叩き消された。

 

 

「やっぱり下級魔法じゃ通用しねぇか....」

 

 

補足されないようオッタルの周りを風魔法で高速移動しているが、攻撃がまともに通用しないのでは意味がない。

 

 

「何だ、今ので打ち止めか」

 

 

オッタルは飽くまでも表情は変えずクラウドの姿を目で追っている。

 

 

「次は此方から行くぞ」

 

 

Lv.7のステイタス、それによる突進。一瞬、いや気がついたらオッタルの姿が自分の視界の左に現れていた。オッタルはその豪腕で横薙ぎに大剣を振るう。クラウドは必死に身を屈めてそれを回避。しかし、回避した先には空気を押し退けながら迫り来る彼の膝部分が。

 

 

「がっ......!!」

 

 

額に強力な膝蹴りを見舞われ、クラウドは後方に吹き飛ばされた。二転三転しながら壁に背中から激突。肺の中の空気が殆ど吐き出され、激しく咳き込んでしまう。

クラウドはその場に倒れそうになってしまうが、右膝と左手で身体を支えて呼吸を何とか整える。

壁にぶつかった際に舞った埃で視界は少し悪かったが、相手の低い声は聞き取れた。

 

 

「抜かり無いな、咄嗟に後ろへ跳んで威力を軽減するとは」

 

 

「....うるせぇ、それでもこのザマだっつの。この馬鹿力が」

 

 

クラウドはゆっくりと立ち上がり、両手の銃をしっかりと握る。まだ相手の姿は見えない。迂闊に撃って弾を無駄にするわけにもいかない。

それでも、オッタルはクラウドを逃していたわけではない。煙の中からオッタルは現れ、大剣を真上に大きく振りかぶって斬りつけてくる。

こんなものを喰らえば間違いなく真っ二つにされる。そう悟ったクラウドは前方に走り下半身に体重をかけて仰向けになるような体勢でスライディング。オッタルの両足の間を通り抜けて煙の中から脱出した。

 

 

「(一端距離をとらないと....やられる....!!)」

 

 

風魔法で後方に大きく退避する。接近戦では勝ち目はない。遠距離から銃で少しずつダメージを与えていくのが得策だろう。

 

 

「何から逃げている?」

 

 

背筋が凍った。有り得ない。そうは思っていても事実は変わらなかった。逃げた先にいたのだ。大剣を構えたまま此方を見据えるオッタルが。

魔法を使って速度を上げていても埋められなかった差。自分と目の前の男との力の差は予想以上に深く、そして大きい。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

またもや剣が振るわれ、左肩を深く切り裂かれる。服はビリビリに破かれ、血と肉と骨が相手の剣によって削られていくのがわかった。

 

 

「ぐっ....ああっ!!」

 

 

思わずそんな声を上げてしまい、体勢が崩れる。左肩へのダメージで凄まじい痛みが身体を襲っているが、それを必死に堪える。オッタルによる2度目の攻撃は両手の銃で挟むように受け止める。

 

 

「....っ!!」

 

 

上からの攻撃。それを銃で受けたのはいいが、勢いまでは止められなかった。剣と銃が接触した瞬間、その衝撃に耐えられずガクンと身体が下へ沈む。

片膝を地面につき、筋肉が軋むほど両腕に力を込めるがオッタルの剣はそれほど勢いが殺されることはなくクラウドに向かって距離を縮めていく。

全身が痙攣し、骨が泣き喚くのではないかと言うほどまで消耗していく。そして剣の刃の部分がクラウドの頭に触れる、その数C(セルチ)前――

 

 

「【斬り裂け】」

 

 

そこで目を見開いて言葉を発した。

 

 

「【断罪波動(ジャッジメント)】」

 

 

クラウドが苦しげに詠唱をし、両方の銃からオッタルの両腕めがけて発砲。

至近距離での銃撃をオッタルは回避できずまともに受けてしまう。

着弾と共にオッタルの両腕に十字型の傷が刻まれる。傷は深く、肉が抉れ鮮血が吹き出した。

流石にこれは効いたのか、オッタルは身じろぎして剣にこもる力が落ちた。

 

 

「張り切りすぎなんだよ、ちょっとは余裕持て」

 

 

そんな軽口を叩きながら両手の銃を剣から離し、再び後退。オッタルを見ると、何故か怪訝そうな表情でこちらを見ていた。怒りや敵意ではない。恐らくこれは、疑問だ。

 

 

「一体どういうことだ?」

 

 

「....何がだよ」

 

 

「何故お前はそこまで多くの魔法を使える。8年前はお前は3種類しか使っていなかったはずだ」

 

 

オッタルの疑問も尤もだった。魔法というのはスロットに上限がある。一生発現しない者もいるが、先天的、あるいは後天的に魔法を会得する者もいる。だが、それは最大でも3つまでだ。

つまりたとえ魔法の才能に優れたエルフであっても3種類の魔法しか使用出来ないはずなのだ。

しかし、クラウドがこの戦いで使用した魔法は合計で5種類。これはどう考えてもおかしい。

クラウドはそんな疑問に「ああ」と興味なさげに呟く。

 

 

「....そんな簡単に教えるかよ、バカ」

 

 

実際には自分でもわかっている。だが、そんな簡単に自分の情報をバラすほど口は軽くない。

 

 

「(とはいえ....どうしたもんか。このままじゃ確実にこっちの体力が先に尽きるぞ)」

 

 

強がってはいるものの、身体はもう疲労困憊と言ってもいい。まるで長距離を走った直後のような息苦しさが止まらない。切られた左肩からも血がドクドクと流れているし、必死に肺に空気を取り込んでいるものの、まだ手足には痺れが残っている状態だ。

ステイタスで大幅に負けている以上、長引かせれば此方が不利だ。

 

 

「次の一撃で、終わりにしてやるよ」

 

 

大きく息を吸って、久し振りに正式な詠唱(、、、、、)を始めた(、、、、)

 

 

「【空と雲よ、その怒りを以て天地を翻さん】」

 

 

詠唱を始めると同時に、クラウドは全力で横に走る。クラウドの考えに流石に気付いたのか、オッタルもその後を追う。

 

 

「知ってるか、オッタル。俺の銃の弾丸は手作りでな、特殊な仕掛けが施してある」

 

 

走りながらもクラウドはオッタルの注意を逸らそうと話を続ける。

 

 

「この銃の弾丸は『魔力を吸収し強化する』能力を持ってる。超短文詠唱で弱体化した魔法を強化するためにな。

ここまで言えばわかるだろ? そんな弾丸に正式な、しかも時間をかけた詠唱による魔法を吸収させたらどうなるのか」

 

 

クラウドの考えはこれだ。スキルで詠唱の省略を行えばその分威力が軽減されてしまう。

だが、正式な詠唱ならば威力は減ることはない。しかも弾丸には膨大な量の魔力が蓄積される。そんな魔法を使えばどうなるのか、オッタルはすぐに危険を察知した。

 

 

「させると思うか」

 

 

オッタルはクラウドの左腕の上腕部を自分の左手で掴む。そして自分の膝との間に挟み込むようにぶつける。激痛で詠唱が崩されそうになるが、それでもクラウドの心は折れない。

 

 

「....ぐっ!! ....【罪無き者には恵みを、罪深き者には災いを】」

 

 

左腕は醜く変形し、骨ごと粉々に砕かれて使い物にならなくなり、握っていた銃が左手からこぼれ落ちる。だが、今は右手の銃さえ使えればそれでいい。構わず詠唱を続ける。

 

 

「【天より出でし雷雲よ、宿主の心を喰らい、その願いに答え給え】」

 

 

剣が振るわれ腹の部分がバッサリと斬りつけられ、血が辺りに飛び散る。オッタルの攻撃に痛みでおかしくなりそうになるが、クラウドは頭の中で次の詠唱文を導き出す。

 

 

「......な....け....っ、【()け】」

 

 

詠唱は終わりだ。これが、最大にして必殺の一撃。上級魔法のゼロ距離攻撃。

 

 

「【暴虐雷雨(サンダー・ストーム)】」

 

 

右手の銃がオッタルの胸元に向けられ、発砲。稲妻を纏った大規模な暴風が発生し、オッタルの巨体を呑み込む。銃口から絶えることなく暴風が吹き荒れ、同時に発生した電撃によって辺りはまるで昼間のように明るく照らされる。

オッタルは数秒後には耐えられず後方に吹き飛ばされる。壁に激突し、崩れた壁の破片がガラガラと彼が飛ばされた辺りに崩れ落ちた。

 

 

「はぁ....はぁ....ったく、手間かけさせんなよ」

 

 

息を切らし、身体がフラフラになりながらも何とか意識を保った。剣で深く斬られた傷に折られた左腕。魔法を連続で、しかも最大規模のものを最後に発動させたせいか精神力(マインド)もかなり消費した。

もうあんな規格外の敵を相手取るのは御免だ、とクラウドは右手の銃を腰のホルスターにしまう。

 

 

だが、安心したからか、次に起こった事態に心臓が飛び抜けんばかりに驚いてしまった。

 

 

 

 

「驚いたな」

 

 

 

 

「........は?」

 

 

やけに冷静な、低い男の声。言うまでもない。オッタルの声だ。一体どういうことだ、さっき自分が戦闘不能にしたはずではなかったのか。

彼の声はやけに落ち着いていて、少なくとも瀕死の人間の出せる声ではない。そこから導き出された答えは1つ。

 

 

「嘘....だろ? あの距離で喰らっても動けるってのか....?」

 

 

積まれた瓦礫の山が突然内側から砕かれ、そこからゆっくりと長身で大柄な猪人が姿を見せた。オッタルは確かに服があちこちボロボロになり、ところどころに裂傷や内出血があるのが見えた。だが、戦闘にはさして支障はないと言わんばかりに2本の足でしっかりと立ち、大きく息を切らしている様子もない。

 

 

「まさか、押し負けるとは思っていなかったぞ。だが、これでは俺を倒すには足りんな」

 

 

口調からも焦りや緊張は窺えない。まだ健在というのは間違いない。クラウドは頭が混乱さえしてきた。何でこいつはここまでやれる? 何でこいつはあれだけやってまともでいられる?

あらゆる面でクラウドの常識や考えを覆す。理不尽なまでの戦闘力。

 

 

「確かに今の攻撃は、Lv.5ならば消し炭、Lv.6ならば致命傷だ。しかし、俺にはこの程度(、、、、)のようだな」

 

 

「....化け物がッ」

 

 

これが、最強なのか。こちらの足掻きなど意にも介さないのか。

どうすればいい。左手はもう使い物にならないし、足も震えていてそこまでの長距離は走れない。

傷を負わせられない相手ではない。こうなったら少しずつでも削っていくしかない。

そう考えてクラウドは再び銃を自分の肩まで上げる。

 

 

「無駄だ」

 

 

オッタルのそんな声が鼓膜に届いたかと思うと、右手に握られていた銃がオッタルの剣によってゴシャッと叩き壊されたことに気付いた。

銃をしっかり握っていた右手には、恐ろしいほどの打撃による痛みが発生。

もはや喉が枯れて、叫び声も僅かに口から漏れただけだ。

 

 

「勝利に拘る姿勢は評価するが、あまりあの方の時間を無駄にするわけにもいかん。

何より、全力を出したお前にはもうあの方も十分満足されていることだろう」

 

 

自分を見下ろし、剣を肩に担ぐオッタル。クラウドは虚ろな目でオッタルの視線の先にいる女神――フレイヤを睨む。

さっきから2人の戦いを見ていた彼女はその美しい顔に笑みを浮かべていた。

 

 

「殺しちゃ駄目よ、オッタル。その子は私が大切に可愛がるんだから」

 

 

フレイヤはそこで唇に人差し指を当てて扇情的にオッタルに忠告をする。

オッタルは相変わらず無表情だったが、それでも「承知しています」と律儀に返事をした。

 

 

「まさかこの8年でここまで実力差ができてしまうとはな。正直、失望したぞ」

 

 

「はっ....バカ言え....まだ勝負は....ついて....ねぇだろ」

 

 

地面に片膝をつき、息を荒くしてクラウドはオッタルの顔を見上げる。

 

 

「お前は、強くなったのは自分だけだと思うなと言っていたな。確かにその通りだ。お前も8年前に比べて強くはなったのだろう」

 

 

オッタルは大きく右手に持った剣を上段に振りかぶる。止めを刺すつもりだ、クラウドは直感的にそう思った。

 

 

「だがな、大した違いはない」

 

 

そのまま一気に振り下ろされ、意識を刈り取られる――

 

 

 

 

 

その、寸前だった。突然クラウドの見ていた色彩のある世界が白黒に染まる。そして振り下ろされた剣の速度も限り無く停止に近いほど減速されて見える。

何が起こったのか、全くわからなかったが次の瞬間脳内に綺麗な女性の声が響く。

 

 

『クラウド様、チャージした【経験値(エクセリア)】のポイントが使用可能です。どうしますか?』

 

 

聞いたことのない、澄んだ声。誰かが自分に話しかけているのだろうか。

 

 

『使用しなければ6割の確率で死亡します。使用することをお薦めしますが』

 

 

またもや同じ声。錯覚とか幻覚とか走馬灯とかではない。今実際に誰かが話しかけているのだ。クラウドには彼女の言っている意味がわからないが、このまま何もしなければ自分は意識を失うか、最悪死ぬのだろう。

 

それは、駄目だ。

 

 

『....使用する』

 

 

心で念じるだけでそれは実行できた。その声が届いたのか、またもや相手は言葉を発した。

 

 

『了解しました。では、【呪装契約(カースド・ブラッド)】の能力を発動します。

クラウド様はそのまま5秒ほどお待ちください――』




感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第11話 呪装契約

お気に入り数が気づけば300越えてて嬉しかったです。
今後とも応援よろしくお願いします。


『クラウド様、体力と精神力(マインド)を全回復しておきました。追加で骨折と臓器の破損も治癒しておきましたので、ベストコンディションに仕上がっているはずです』

 

 

『ああ、そうみたいだな。助かった』

 

 

『どういたしまして。とは言ったものの、助けたのは私ではありません。

貴方を助けたのは、貴方ですよ(、、、、、)

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

謎の声と意識の交換を行っている最中、オッタルの剣がクラウドに向かって振りかかっていた。その攻撃が通れば、少なくともクラウドはもう戦えない。オッタル自身も勝利を確信した瞬間だった。

 

 

そんな彼の自信を嘲笑うかのように、握られた剣の刀身はクラウドの左手によっていとも容易く掴まれた。

 

 

「何っ!?」

 

 

咄嗟に剣を左手から振りほどこうと引き寄せるが、尋常ではない力で掴まれたそれはどれだけ力を込めてもクラウドの手から離れない。

そもそも、何故折れたはずの左腕でこんな真似ができる?

 

 

「何だよ、ホントはこんなに軽かったのか? お前の剣ってのは」

 

 

さっきまでの掠れた弱々しい声ではない。憎たらしい程までに勝ち誇った声。さっきまで意識が朦朧としていた人間の声ではない。それに、髪の色が銀色から黒曜石のような漆黒に染まっている。瞳も、鮮やかな青から燃えるような赤い色に変化していた。

 

 

「お前は....お前は、誰だ?」

 

 

この戦いで初めて、オッタルは焦りの表情を見せ緊張に身体が震えた。そんなオッタルの言葉に、またもや余裕に満ちた低い声が返される。

 

 

「何だ、俺の名前もう忘れたのかよ?」

 

 

クラウドが剣を掴む力が強くなり、ミシミシと刀身が軋む。オッタルは慌てて剣を引き剥がそうとするが、もう遅い。

バキィンと剣が砕かれ、破片がクラウドの左の掌からこぼれ落ちる。

 

 

「俺は【銀の銃弾(シルバー・ブレット)】クラウド・レイン。

もう二度と忘れんなよ」

 

 

次の瞬間、クラウドの右拳がオッタルの腹部に叩き込まれその巨体は後方へ見事な直線を描きながら吹き飛んだ。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「(身体が軽いな、どうなってやがる?)」

 

 

クラウドはオッタルを殴り飛ばした際の自分の力に少し違和感を感じていた。何らかの外的要因がなければ、あんな簡単に格上の相手に張り合うことなど不可能なはずなのに。

そんな彼の心の声を感じ取ったのか、またもや誰かの声が脳内に響く。

 

 

『当然です。今の貴方は呪装契約(カースド・ブラッド)によって身体能力が爆発的に上昇していますから』

 

 

「(というか、お前誰だよ? この能力もお前のお陰なのか? そもそも呪装契約って何だよ?)」

 

 

『ご安心を。質問には後でお答えします。ですから今は、目の前の敵に集中してください。

それでは、後ほど会いましょう』

 

 

プツンと糸が切れたような音を残して、その声の主はそれきり話さなかった。

だがしかし、その答えを知るために、何よりベルを助けに行くために今は戦いに専念しなければならない。

しかし、今の自分の姿は鏡も無いのでわからないが、黒い髪に赤い瞳に変わったせいかかなり攻撃的な風貌に変化していた。

 

オッタルは地面に足を擦り付けた際の摩擦で何とか倒れることなく、踏みとどまっていた。だが、剣を折った事には変わりない。今の自分の力が彼に通用する。それだけわかっただけでも十分すぎた。

 

 

「はっ!!」

 

 

オッタルは背中に掛けていたもう一本の大剣を抜き、地を蹴ってクラウドに一瞬で肉薄。剣による薙ぎ払い、突き、袈裟斬りなどの攻撃を繰り出してくる。

今は両手の銃も無い。何より近接戦闘でオッタルより優位に立つなどかなり難しいことだ。焦りを感じたが、それは最初の一瞬だけだった。

なぜなら、クラウドは攻撃を全て回避出来ているからだ。

 

 

「(見える....回避も....さっきまでとはまるで世界が違う)」

 

 

さっきは必死で攻撃の方向や力などを事前に読み続けて、それでも傷を負わされたというのに、今はどうだ。

一回一回の攻撃を目で見て、その上で正確にかわすことができている。

 

 

「(あいつが遅くなった? いや、俺が速く(、、、、)なったのか(、、、、、)?)」

 

 

クラウドが攻撃を掻い潜っていると、オッタルはクラウドの胴体を真っ二つにせんとばかりに腰の部分に横薙ぎを繰り出す。

かわさなければ死、かわしても確実に隙ができる。

オッタルはそのまま剣を横に力強く振り払う。と、そこで不思議に思った。

 

 

「!? 消えた....!!」

 

 

クラウドの姿が見えない。空中に飛び上がったようにも見えなかったが、一体どこへ消えたのか。

 

 

「何処見てんだ?」

 

 

オッタルの後ろからクラウドの声が投げ掛けられた。よく見ると、クラウドはオッタルの振るった剣の腹の部分に足で立ち、器用に身体を支えていた。

そのままクラウドの右足からオッタルの側頭部へ回し蹴りが放たれる。

その威力にオッタルは脳が揺すられ、立ち眩みを催す。

クラウドは反動をつけて剣の腹から飛び上がり、地面に華麗に着地した。

 

 

「ぐっ....」

 

 

オッタルは蹴られた箇所を手で押さえて呻いている。中々のダメージになったのだろう、明らかに顔から滲み出る雰囲気が変わっている。

しかし、クラウドは様子を見ている内に、段々とオッタルの口角が上がっていることに気付いた。ほんの僅かだが、確かにその武骨な顔に笑みを浮かべている。

 

 

「どうやらお前を見誤っていたようだな。何をしたのかは知らないが、一気に俺と同じ高みに達するとはな」

 

 

恐らく、オッタルは嬉しいのだろう。さっきのように必死に策を労して、隙を突いて、勝利にしがみつこうと足掻いていたクラウドとは一変して、自分と同じ力を振るっている彼と戦えて。かつて自分が引き分けた相手と熱戦を繰り広げられることに。

 

 

「嬉しそうだな。まあ正直俺も嬉しい限りだよ。だって、これでお前に勝てるんだからな」

 

 

「抜かせ」

 

 

オッタルはまたもや剣による接近戦に持ち込もうとしてくるが、今度はクラウドがそれを許さなかった。

 

 

「【顕現せよ】」

 

 

魔法の詠唱。スキルによる短縮ではない。自分でも知らないはずの詠唱なのに、頭にその新たな詠唱文が浮かんだのだ。

 

 

「【魔呪武装(スペル・アームズ)】」

 

 

ズズズッと両の掌に黒い粒子状の物体が集まり、それが形を成していく。一瞬にして結集したそれはクラウドの使いなれた主要武器――銃だった。

武器を創造する。一見すると大したことがないように思えるが、彼のような冒険者にとっては、それは凄まじい能力だ。

クラウドは銃を握ったまま、数秒オッタルを見つめ、落ち着いて詠唱を始めた。

 

 

「【斬り殺せ】」

 

 

詠唱に際し、クラウドの掌の銃が淡く発光する。銃弾が魔力を吸収しきれていないのだ。それほどまでに大きな魔力がこの魔法には込められている。

 

 

「【断罪処刑(クロス・ジャッジメント)】」

 

 

断罪波動(ジャッジメント)】によく似た魔法のエフェクト。十字型の黒い光が右手の銃から発砲された弾丸から生じて、オッタルの元へ向かう。

だが、それはオッタルにも予想できること。しかも真正面からとなれば剣で防ぐこともできる。

 

 

「甘いっ!」

 

 

自信ありげな声でオッタルが叫ぶが、またもや銃を撃った地点からクラウドの姿が消えている。

 

 

「お前がな」

 

 

そして、これも二度目。背後からの声。また剣の腹に乗ったのかと錯覚したが、今は剣を振るってすらいないし、しかも声はもっと遠くから聞こえた気がしたのだ。

そして、驚愕に声も出なくなった。背後から挟むようにクラウドが左手の銃を撃ち、そこから黒い十字型の光が放たれたからだ。

 

 

「ちっ....」

 

 

いや、これだけならまだ防ぎようはある。前後からの攻撃であろうと同時に叩き落とすことは不可能ではない。

 

 

「安心してんなよ」

 

 

無論、そんなこともクラウドにはお見通しだった。2発目の銃撃の後、さらにオッタルの背後に回ってきた。クラウドは銃口をオッタルの背中に直接押し付けて、発砲。

 

3度の斬撃の衝突。最後に放った1発によって怯んだオッタルは2発目、3発目を防ぐことができず魔法効果の弾丸をまともに受けてしまった。

オッタルはそれこそ肩から肩に届くほどの大きさの十字傷を負いながら、まだ自分の足で立っている。

 

 

「だから無駄なんだよ、それじゃあ。

空を漂う(クラウド)を捕らえるなんて、御伽噺(おとぎばなし)みたいなことはな」

 

 

オッタルは悔しそうに、クラウドを睨み言葉を投げ掛ける。

 

 

「一体、何をした? あの神――アポフィスと何の取引を交わしたのだ?」

 

 

「は?」

 

 

オッタルの質問にクラウドは何のことかわからずに首をかしげる。

 

 

「如何に危険なことをしているのか、自分でもわかっていないようだな。神に自分の魂を売るなど、正気の沙汰ではないだろう?」

 

 

クラウドはオッタルの言葉に対してようやく得心がいった。自分でも薄々思っていたが、これはアポフィスと関係があるということに気付いたのだろう。

 

だが、クラウドはさして気にする様子もなく答えた。

それがなんだ、神に魂を売った?

自分は誰かに自分を売った覚えはないし、それをするつもりもない。

たとえそんなことになっても、そんな契約は反故にしてやる。

 

クラウドはフッと笑って銃を目の前の標的に向けた。

 

 

 

 

「だから俺が最強なんだよ」

 

 

 

 

クラウドがそう答えた次の瞬間、右手の銃から黒い光の粒が溢れていた。

 

 

「【啼き叫べ】」

 

 

オッタルは剣を構えたまま動かない。しかし、その顔に怒りや哀しみは無い。むしろ清々しいほど満足感溢れる笑みがあった。

クラウドもそれを認めたのか、魔法名を口にした。

 

 

「【鏖殺雷雨(サンダー・ストーム・アンリミテッド)】」

 

 

銃口から、暴風が巻き起こり、黒い稲妻を纏いながらオッタルに襲いかかった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「派手にやっちまったなぁ....これは、ガネーシャ・ファミリアから請求来てもおかしくないレベルじゃねぇのか」

 

 

やれやれとクラウドは頭を掻いて自分の懐事情の心配をしながら、闘技場の地下室から地上に出ていた。モンスターから避難したのか、辺りに人は居なかった。

 

 

「オッタルのヤツ....つくづく抜かりねぇな」

 

 

さっきの戦い、魔法で止めを刺したと思ったのだが、自分が魔法を中断させたところでオッタルとフレイヤの姿が消えていたことに気付いた。

大方、オッタルが彼女を連れてここから逃げたのだろう。こんなときでも主神のことを第一に考えるのは流石だな、とクラウドは少し感心していた。

とはいえ、これでようやくベルとヘスティアを助けに行ける。

 

 

「待ってろ2人とも、今助けてや....」

 

 

そうして歩を進めようとしたのだが、突然足元がすくむ。平衡感覚が失われ、立っていられなくなる。地面に両膝をつき、朦朧とする意識の中で感じたのは....

 

 

「なん....だ....? 背中が....あつ....い」

 

 

背中、つまりはステイタスの描かれた部分が異常に熱い。まるで熱した鉄板を押し付けられたかのようだ。

しかし、今は這いずってでも2人を助けにいかなければならない。クラウドが立ち上がろうと足に力を込めた瞬間――

 

 

「あ....うっ....」

 

 

ガクンと力が抜けて、その場にうつ伏せで倒れてしまった。いくら力を入れても、指一本も動かせない。そのまま視界がどんどん狭くなり、意識が途絶えた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「ご無事ですか、フレイヤ様」

 

 

「ええ。ありがとうね、オッタル」

 

 

オッタルはフレイヤを抱えて市街を屋根づたいに走っていた。

そう、オッタルは最後の一撃が致命傷になると悟りフレイヤを抱えてなんとか闘技場から脱出したのだ。

 

 

「それにしても....何なのでしょう、あの力は。魔法にしてはあまりにも強力です。恐らくアポフィスが、何らかの処置を施していたと考えるのが妥当かと」

 

 

「それはまだはっきりとはわからないわね。でも....」

 

 

フレイヤはゾッとするくらい美しく、そして上機嫌な笑顔で空を眺めた。

 

 

「これでまた、楽しみが増えたわ。益々あの子が欲しくなっちゃったくらいだもの」

 

 

オッタルも彼女のそんな顔を見ながら、宿敵(クラウド)に向かって心の中で告げる。

 

 

待っていろ、何時か俺がお前を倒す。

 

 

そう、心に誓った。



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第12話 専属精霊

今回はオリキャラが出ます。
あと、説明+コメディみたいな感じです。堅くならずに見てください。


見覚えのない天井。目が覚めて最初に視界に入ったのはそれだった。

 

 

「どこだ....ここ」

 

 

クラウドは眠たげに欠伸をして、辺りを見渡す。どうやら自分はどこかの個室のベッドに寝かされていたようだ。身体には毛布がかけられている。

そのまま上体だけ起こして、直前の記憶を思い返す。確か怪物祭の開催されている闘技場の地下室でオッタルと戦い、1度敗れて....

 

 

「そうだ....あの声、それにあの力。一体何だったんだ....」

 

 

突然体力と精神力が回復し、身体能力が上がり、魔法も変化した。そして、呪装契約という言葉。

 

 

「呪装契約....何だよそれ」

 

 

「それは貴方がアポフィス様に選ばれた契約者という証ですよ、クラウド様」

 

 

......声が聞こえた。かなーり近くから。正確に言うと、今自分にかけられている毛布の中から。しかも女の子の声で。

 

 

「いやまさかな、そんなわけない。そんなわけないんだよ。そうだな、夢だな。よし、もう一回寝よう。そして忘れよう」

 

 

クラウドは再びベッドに横になって目を閉じる。もしこれが現実ならば自分は女の子をベッドに引きずりこんで一緒に寝ていたことになる。

下手しなくても問題だ。こんなタチの悪い冗談は勘弁だ。

 

 

「現実から逃げないでください。それから無視しないでください。私、私です。覚えてないのですか?」

 

 

「ワタシワタシ詐欺か? 新しいシリーズ出すとは中々やるな」

 

 

「ワタシワタシ詐欺....私の知識には無い単語です。どういう意味なのですか」

 

 

「知り合いを装って金とか巻き上げるんだよ。レアな通信用の魔道具(マジックアイテム)使ってな」

 

 

目を瞑ったままクラウドは頑として動かなかった。このまま眠り、現状を打破しようと試みる。

 

 

「......」

 

 

謎の声の主も黙ったまま何も話さない。諦めたのか、それとも何処かへ行ったのか、はたまた今までのやり取りは自分の幻聴だったのか。

そんな考えが頭を巡ったが、突然自分の身体にのしっと何者かが体重をかけてきたため、ビックリして目を開けてしまう。

 

 

「おはようございます。やっとお目覚めですか、クラウド様」

 

 

そこには、自分の腹の上に跨がる1人の少女がいた。

年齢は10歳前後といったところか。雪のように白い肌に、腰まで滑らかに伸びている銀色の髪、翡翠色の瞳というとても美しい少女だ。服装は白い長袖のシャツに黒のスカート、その下には同じく黒のニーソックスを履いている。

ここまで理解して改めて思った。絶対に会ったことはない、と。

 

 

「えーっと....悪い。全く見覚えがないんだけど....何処かで会ったのか、俺たちは」

 

 

苦笑いしながら、それでいて当たり障りのないように質問してみる。ここがどこだかわからないが、悲鳴でも上げられて人が来ればその時点で社会的に死亡する。

クラウドが平静を装いながらも、内心では凄く焦っているのとは裏腹にその少女は可愛らしく首をかしげていた。

 

 

「....? ああ、なるほど。確かにこうして顔を合わせるのは初めてですね。ですが、声は何度か聞いているはずですよ。

とはいっても、戦闘中だったのできちんと覚えているのかは定かではありませんが」

 

 

戦闘中。その言葉が引っ掛かる。何だろう、確かに聞き覚えがある。彼女が発するこの綺麗な声は、確か....

 

 

「まさかお前、俺がオッタルに殺されかけたときの....」

 

 

「ピンポン。正解です」

 

 

少女はその幼い顔に笑みを浮かべて喜んでいた。クラウドは幼い女の子に興奮するような趣味はないが、今回はちょっとドキッとさせられてしまっていた。

クラウドはもう一度上体を起こして目の前の少女に向き直る。

 

 

「改めて自己紹介しますね。初めましてクラウド様。私はキリア。貴方の【専属精霊】を務めさせていただいています」

 

 

キリアと名乗った少女はスクッと立ち上がり丁寧にお辞儀をしてきた。

 

 

「クラウド様って....何でそんな呼び方なんだ?」

 

 

「ご不満でしたか? では、ご主人様とお呼びしましょうか?」

 

 

「それは色々問題があるから駄目だ」

 

 

「では、お父様と」

 

 

「もっと駄目だ」

 

 

「では、お兄ちゃんで」

 

 

「....クラウド様でいい」

 

 

頭が痛くなってきた。こんな小さな女の子に娘や妹を演じさせていたら完全にそっち方面の輩だと勘違いされる。

裏切り者とか、銃使いの変わり者とか言われるのは構わないが、流石にロリコンの変態として吊し上げられるのは耐えられない。

クラウドは頭を掻いて向かい合ったままキリアに質問をしてみた。

 

 

「ここはどこだ?」

 

 

「ここですか? 先程、金髪のエルフの女性がいらっしゃいました。ウェイトレスのような格好をしていましたから....何処かのお店の個室でしょう」

 

 

「金髪のエルフ....それにウェイトレスってことは....ああ、リューか。ってことはここは豊饒の女主人か?」

 

 

ということは豊饒の女主人の店員の誰かがここに運んでくれたのか。何にせよ、行き倒れにならずに助かった。ここを出たらちゃんとお礼を言わなければと頭に入れておいた。

クラウドは思考を切り替えて気になった部分を問いつめていく。

 

 

「あのさ、精霊って....あの精霊だよな?」

 

 

「はい。まあ私は、貴方とアポフィス様との契約に際して生み出された子供――アポフィス様曰く【専属精霊】。つまりは、貴方に仕える精霊ですので一般的なものとは少々異なります」

 

 

精霊。ヒューマンや亜人(デミ・ヒューマン)と同じく下界の住人なのだが、その数は極めて少なく、なおかつ『最も神に愛された子供』と称されるほど絶大な魔法の才能を持つ。

クラウドも知識としては知っている。しかし、実際にそれを見るのはこれが初めてだ。

 

 

「その契約っていうのは....やっぱり呪装契約のことか?」

 

 

「はい。そういえばそれについてお答えする、という用件でしたね。さあ、何でも質問してください。私は正直に答えますよ、今履いている下着の色でも答えます」

 

 

「それについては質問しないし、百歩譲って質問したとしても答えなくていいからな!!」

 

 

「正解は『履いてない』です」

 

 

「まさかの展開!? 履いてないってどういうこと!?」

 

 

「確か、私の知識によると世の中の男性の中には女性が服の中に下着を着用していないと認識することで妄想を広げる者もいると聞きます。クラウド様はそうではないのですか?」

 

 

クラウドは思わず口ごもってしまった。確かに興奮しないでもないが、こんな幼気(いたいけ)な女の子にそんなことを提言する度胸もない。

クラウドはキリアの履いてない宣言に思わず彼女の顔から足までを眺めてしまい、顔を赤くして目をそらす。

 

 

「ノーコメントだ。それから、下着はちゃんと履け。誰かに見られたら大変だろ?」

 

 

「大丈夫です。物質創造の魔法で衣類は作れますから」

 

 

「だったら何で俺とこうして顔を合わせる前にやってないんだよ....」

 

 

「その方が喜ぶかと思いまして」

 

 

「だから喜んだらアウトだって!!」

 

 

何だろう、目の前にいるのは明らかに自分より年下の少女なのにこうも翻弄されるのは。

クラウドは1度咳払いをしてキリアと向き合う。

 

 

「話が脱線したな。それで、呪装契約って何だ? まずはそれが聞きたい」

 

 

クラウドにとってはそれが一番気になっていた単語だった。呪装契約、Lv.5である自分が何故Lv.7のオッタルを倒すことができたのか。それは間違いなく呪装契約とやらが関係している。

 

 

「はい。呪装契約とは、その名の通り、呪いによる契約です。これを話すには、まず経験値(エクセリア)に関する情報を明かさなければなりません」

 

 

キリアが人差し指をピンと立てて得意気に話し始めた。とはいえ、これでようやく気になっていたことが明らかになるのだから正直嬉しい。

 

 

「経験値って....ステイタスの上昇に必要な鍛練とか戦闘とかの経験のことだっけか?」

 

 

「その通りです。神はそれを神の恩恵(ファルナ)を以て自らの眷族のステイタスに反映させる、といった仕組みです。ですが、これには知られていない秘密があります」

 

 

「秘密?」

 

 

「はい。これは全ての眷族に言えることですが、彼らは多かれ少なかれ経験値を無駄にしています。ステイタスとして取り込むことができる割合が少ないと言った方が正しいでしょう」

 

 

クラウドはよくわからないと不思議そうに頭の上に疑問符を浮かべていた。それを察したのか、キリアは続けて説明してきた。

 

 

「簡単に申し上げますと、経験値から得た戦果の殆どがステイタスに反映されずに無駄になっている。そうですね....およそ2割しか反映されていないらしいです」

 

 

「そんなの初めて聞いたけど....お前の仮説か何かか?」

 

 

「私ではなく、アポフィス様の立てた仮説です。確かに聞いたことはないかもしれません。確たる証拠はありませんが、強いて言えばステイタス上昇やレベルアップに個人差があるから、でしょうか」

 

 

それにはクラウドも心当たりはある。パーティーを組んでダンジョンに潜り、戦闘でほぼ同程度の活躍をした者でもステイタス上昇には結構違いが出る。アポフィスはそれに理由があると考えたのだろうか。

 

 

「そして、ここからが本題です。呪装契約の力、それは『ステイタスに反映されなかった分の経験値(エクセリア)をチャージして限定的に行使できる』です」

 

 

言葉を失った。もし今キリアが言った説明の通りならば自分は今までの膨大な経験値を使用して戦っていたことになる。そうなればあのオッタルを倒せたことにも納得できる。

 

 

「8年前、アポフィスは天界に送還される前に俺にこの仕掛けをしたのか? 置き土産のつもりで」

 

 

「置き土産....というよりは言葉通りの呪いですよ。あの方は自分の自慢の子供が他の神の脅威になるのを天界から見たかったのでしょう。或いは、可愛い我が子を守ろうとする親心だったのかもしれません」

 

 

「だといいんだけどな」

 

 

あのアポフィスがそんな善意でこんなことをするのか、クラウドには疑問でならなかった。神が娯楽に飢えているのはほぼ全員に言えることだし、アポフィスも自分の眷族と他の派閥が争うのを楽しんでいたのだ。

 

 

「アポフィス様は私を作り出し、私と貴方の間に経路(パス)を繋いだ....貴方が3年前からアポフィス様の声が何度か聞こえるようになったのは、アポフィス様が私を通じて貴方にちょっかいをかけたからです」

 

 

「....なんてもん残してんだあのバトルジャンキー神が」

 

 

「....ばとるじゃんきー、とはなんですか?」

 

 

「知らなくていいからな」

 

 

キリアはコクリと頷いて、今度はクラウドの腰の辺りに座り込む。柔らかい太股の感触に少しドキッとしてしまうが意識しないよう思考を戻す。

 

 

「で、契約っていうのは?」

 

 

「....ごめんなさい。質問の意味がよく理解できません」

 

 

「契約っていうからには、俺もそれなりに支払わないといけない対価があるんだろ?」

 

 

そう、間接的とはいえ神と契約してしまったのだ。神の恩恵は強大な力を得るもののリスクは少ないが、契約となると話は違う。

契約とは互いの合意の上で成り立つ。相手が神、その上あれほどの力が使用できるとなれば死後の魂の拘束や奴隷化程度は覚悟しなければならないだろう。

 

 

「それは、今から貴方に支払ってもらいます」

 

 

キリアの声からあまり感情は読み取れなかったが、クラウドは頬に冷や汗を流していた。

今から、だ。自分の命を助け、あれだけの強敵を倒す手助けをしてやったのだから見返りに、ということだろう。

キリアは自分の腰の上に座ったまま、こちらと目を合わせる。そして向かい合ったまま自分の両肩に手を静かに置いた。

 

 

 

 

「私を抱き締めてください」

 

 

 

 

「........は?」

 

 

ふと、オッタルが自分の最上級攻撃魔法【暴虐雷雨(サンダー・ストーム)】を受けて健在だったときの光景が浮かび上がった。確かその時もこんな素っ頓狂な声を出した気がする。

 

 

「私を抱き締めてください」

 

 

「........」

 

 

「抱き締めてください」

 

 

「....いや、聞こえてるぞ」

 

 

キリアはキョトンとしながらこちらを見つめてくる。きっと今自分はとんでもなく複雑で困った顔をしてるんだろうなと思いながら、クラウドはキリアに質問した。

 

 

「対価を払えって言われたのに、何で抱き締めるんだ?」

 

 

「それこそが対価だからです。そう、対価とは『私の世話をしてもらうこと』。つまりは、家族として可愛がってくれませんか? という意味です」

 

 

「....えーっと、それは、あれか? アポフィスの命令か?」

 

 

「はい。確か『いつか会うことになったらクラウドに可愛がってもらえ。あいつはきっと喜ぶだろ』と仰っていましたよ」

 

 

え? 対価ってそういうこと?

言っては何だが、さっきまでシリアス(?)な場面だったのでまさかのアポフィスの悪ふざけ的な証言についていけないのだ。

 

 

「それとも、私はクラウド様と一緒にいては....駄目、なんですか....?」

 

 

ほんのり頬を赤くしながら綺麗な目でこちらを見上げてくるキリアに、クラウドは「いや、その....」とたじろいでしまう。

ヘスティアより年下に見えるほどの少女に弄ばれているようで何だか情けなかったが、今は気にしないことにした。

 

 

「....そうじゃない。俺は別に構わないから、家族になること自体は」

 

 

「なるほど。やはりクラウド様は年下の女性を好むという情報は本当だったのですね」

 

 

「それ教えたの誰だ、俺が今すぐぶっ飛ばしてくる」

 

 

まさか誰かにすでにロリコン疑惑を立てられていたのか。何度か年下の女の子にアプローチされることもあったが、その相手に強く執着していたわけでもないのだからそんなことはないと思うが。

 

 

「では、気を取り直して」

 

 

今度はキリアが両手を大きく広げて待ち構える。飽くまでそちらからしてくださいね、という意味だろう。

 

 

「じゃ、じゃあ....するぞ」

 

 

クラウドは頭の中で色々弁明しながら右手を彼女の腰の裏に、左手を肩に伸ばしていった。

 

 

「(これは飽くまでも助けてもらった礼と契約に際しての交換条件を律儀に果たしているだけなんだ。

そうだ、俺はロリコンじゃない。可愛らしい年下の女の子を抱き締めることに抵抗を感じていない、ただの健全な若者に過ぎないんだ。あれ? それロリコンじゃね? ああ、もうわけわからん!!)」

 

 

そんな風に必死に言い訳しながら、キリアの細く柔らかい身体に手を回して自分の方に優しく引き寄せた。

 

 

「ほわぁ~....」

 

 

何だかキリアが気持ち良さそうな声を出している。心なしか表情が和やかにも思えてきた。

キリアの身体は幼い少女であるため、かなり小柄で手足も細い。力を込めたら折れてしまいそうなほどだ。

 

 

「もっとぎゅーっとしてください。胸元が寂しいため不満かもしれませんが」

 

 

「そんなこと気にしてねぇよ」

 

 

「....! 世の中にはこのような胸の乏しい少女を愛好する男性がいると聞きましたが....クラウド様もそうなのですか?」

 

 

「違うからな! 俺には決してそんな性犯罪者みたいな趣味はないから!」

 

 

「そうですか....残念です」

 

 

キリアはしゅん、としてしまうが、すぐにクラウドに体重を預けて頭をクラウドの左肩に乗せる。そのまま数秒間お互いに黙ったままでいたが、キリアがその沈黙を破る。

 

 

「では、次です」

 

 

「....まだやるのか?」

 

 

「当然です。目一杯可愛がってもらうと決めてましたから」

 

 

クラウドはキリアを抱き締めたまま溜め息を溢した。次は一体なんだろうとキリアの言葉を待っていたら、今度は彼女に左肩をトントンと叩かれた。離して、ということだろうか。クラウドは手を離しキリアの両肩を持って再び向かい合う。

 

 

 

 

「次は、私とキスしてください」

 

 

 

 

「フムグッ!!」

 

 

今度は驚きすぎて完全に意味不明な単語が口から出た。キス、つまりは唇と唇を合わせてほしい。そう言っているのだ。

それはちょっとさっき以上に待ってほしかった。何せ21歳にもなって女性と交際したこともない、物理的接触はロキ・ファミリア所属時の女性団員へのマッサージくらいしかない(アイズとの風呂は妹扱いなのでノーカン)男にいきなりキスしてほしいなどハードルが高すぎる。

ハーフエルフなので顔は美形だし、その上実力もあるので言い寄られることは何度かあった。しかし、その種族ゆえなのか彼も結構身持ちが堅い。

クラウドは大きく深呼吸をして、気を落ち着かせる。結局落ち着かなかったが。

 

 

「正直言って拒否したいわけじゃないけど、流石にそれはマズいだろ。そういうのはもっとこう....恋人同士とかですることだしさ」

 

 

「恋人......つまりは互いに愛し合っている者ということですか?」

 

 

キリアの問いの意図がよくわからなかったが、クラウドはとりあえず「ああ」と言っておいた。

 

 

「それなら....問題はありません。私は、クラウド様のことを愛しています」

 

 

ちょっと耳を疑った。愛している。愛情を向けられている。目の前の少女にそう言われたのだ。

クラウドは目を白黒させながら、僅かな可能性にかけてキリアに質問した。

 

 

「それは....あれか? 家族愛とか親愛とかの意味か? それとも隣人愛?」

 

 

そんな気持ちで言った言葉も彼女の真摯な眼差しと否定の言葉で掻き消された。

 

 

「いいえ。男女間の恋愛、ですよ。私は貴方が好きです。生涯の恋人や伴侶に選んでほしいと思うほどに....ですから、ね?」

 

 

キリアはクラウドと目を合わせて、目を輝かせながらそう告げた。

こうまではっきり言われれば、もう疑いようはない。告白されたのだ。目の前の少女に。クラウドが何か返す間もなくキリアは言葉を紡ぐ。

 

 

「クラウド様....」

 

 

ただ名前を呼ばれただけなのにまるで脳に痺れるような感覚が芽生えた。そのままキリアはそのピンク色の薄い唇をクラウドに近付けてくる。

 

 

「......」

 

 

不思議と、抵抗する気持ちは芽生えなかった。精霊特有の幻惑魔法でも使っているのかも知れなかったが、今のクラウドにはそんなことは頭になかった。

ゆっくりと2人の距離は縮まり、ついにその唇が重なる

 

 

 

 

――直前に、個室のドアが軽やかに開いた。

 

 

「クラウドさん、起きてますか? 今ミア母さんに頼んで消化のいいものを作って貰って....」

 

 

金髪にエルフ特有の長く尖った耳、美しく整った顔立ち。そして酒場のウェイトレスの服装に身を包んだ女性――先程話題に出ていたリュー・リオンというエルフだ。

彼女は小さな鍋と横に添えられた取り皿とスプーン、水の入ったコップが乗せられた木製のトレイを両手に持っている。きっと、体調を悪くしたクラウドに何か食べさせてやろうと思って作ってくれたのだろう。

だが、今はそれはどうでもいい。今自分は年端もいかない少女を抱き締めたままキスをしようとしていたのだ。こんなの誰がどう見てもただの変態にしか見えない。

クラウドはバッ、とキリアと距離をとり、動揺しながらも弁解を始めた。

 

 

「りゅ、リュー....これはな、違うぞ。けっして自発的に疚しい行為に及ぼうとしていたのではなくだな....」

 

 

すると、リューは何故か素早い動きで近くにあったテーブルにトレイの上に乗っていた者を素早く並べた。

 

あれ? 怒ってない?

 

そんな楽観的なことを一瞬でも考えた自分を呪った。

次の瞬間、自分とキリアの間を緑色の円形の物体が超高速で通過した。それは自分の横の壁に激突し、幾つのも木片と木の粉と化した。言わずもがな、リューがトレイを自分達の間に投擲したのだ。

クラウドは錆び付いた機械のようにギギギと首をリューの方へ向ける。

 

 

「リュー....さん? あの、一体....何を....」

 

 

「なるほど。私が来ても中々目覚めなかったのは、その方とイチャイチャできないからですかぁ」

 

 

「な....何に対して、お怒りに?」

 

 

「別に怒っていませんよ。クラウドさんが未だに女性と無縁なのは、そういったご趣味を持っているからとわかったことに関して、私が怒る要素などありませんからねぇ」

 

 

「絶対何か誤解してますよね!?」

 

 

誰、この人?

 

今のリューは瞳がまるで暗黒のように重く沈んだ色をしていた。威圧などではなく、本能的な恐怖。それがその視線からは感じられた。クラウドは直感的に感じた。このままだとタダでは済まされない、と。

 

 

「き、キリア! お前からも何とか言ってくれ!!」

 

 

未だ状況が掴めず2人の会話を眺めていたキリアに助けを求める。この状況を察してくれれば自分は多分助かるはずだ。

 

 

「簡単に申し上げますと、私はクラウド様の従者でして、先程この方に手を出されたので責任をとっていただこうとしていたのです」

 

 

悪化した。完全に断崖絶壁へと全力疾走している。クラウドは全力で否定してキリアに訂正を求めた。

 

 

「違うだろぉ!? ちゃんと正確に言って!!」

 

 

「正確に......? 可愛がってくれると宣言され、抱き締められてキスをされそうになりました」

 

 

とうとう断崖絶壁のその崖っぷちでダンスを踊り始めた。自ら死期を早めていこうとしている。

そしてそれに伴い、リューの顔からどんどん感情が消えていく。

 

 

「全く、私やクラネルさんたちが心配していたときに....まさか女を部屋に連れ込むとは、中々の胆力ではないですか」

 

 

リューはゆっくりとこちらに歩み寄り、両手の指をコキッと鳴らす。

 

 

「貴方くらいの男性ならば仕方のないことかもしれませんが、少々矯正が必要なようですねぇ?」

 

 

「ちょっと待って!! 落ち着いて俺の話聞いて!!」

 

 

「落ち着いてますよぉ。自分でも不思議なくらい落ち着いてます」

 

 

「いやそんな本気の落ち着きじゃなくて!! 冷静になって!! 一生のお願い!!」

 

 

クラウドの必死の弁明も空しく、リューはクラウドの前に立ち、右手を振りかぶる。

そして、一言。

 

 

「駄目ですよ。変態は犯罪ですから」

 

 

数瞬後、辺り一体に世にも恐ろしい悲鳴が響き渡った。




精霊の見た目とかは明言されてなかったと思うので、この作品では「幼い少女の姿」ってことにします。

それと完全に説明とか伏線回収みたいな感じなのに今までの話の中でずば抜けて文字数多いなんて....ビックリです。

前回の話を見れば今回はより理解できると思います。あと、できれば前回(11話)の感想がマジで欲しいです....(泣)
ワガママいってすいません、後悔はしてませんが反省してます。

感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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サポーター
第13話 第7階層


これから第2巻になります。


「盛大に怒られましたね、クラウド様」

 

 

「うん....半分以上お前のせいなんだけどね」

 

 

クラウドとキリアは2人でメインストリートを歩いていた。豊饒の女主人の離れにあった個室で休んではいたものの、横をトコトコと歩く少女――キリアと一緒にいたことがバレてリューの逆鱗に触れてしまったらしい。

クラウドはリューから強烈な一撃を貰い数分間気絶させられた後、用意された食事をありがたくいただき、お礼を言ってその場を後にしたのだ。

外に出てみれば、よく晴れた青空が目に入った。メインストリートの広場にある時計を見ると時刻はまだ午前7時過ぎだ。

 

 

「今思えば....何であんな怒ってたんだろうな、リューのヤツ。普通なら気持ち悪がられると思うんだけど....」

 

 

「その理由は明白かと思いますが....まあ許してあげてはいかがですか? 何せ、3日間も看病してくれていたのですから」

 

 

「え? 3日ぁ!? そんなに寝てたの俺!?」

 

 

サラッとキリアの口から結構大事なことを言われてしまった。確かにそれだけ心配かけたのに、起きた途端に女の子と戯れていれば怒りもするだろう。

 

 

「だったら、後でちゃんと謝んないとなぁ....ベルやヘスティアにも心配かけたし、早くホームに戻らないと」

 

 

「ホーム? ファミリアの住居ですか?」

 

 

「ああ、そうだけど。って、そうか。自動的にお前の住むところもそこになるんだよなぁ....」

 

 

クラウドはあちゃーと頭を抱えた。精霊とはいえ、それ以前に女の子だ。流石に教会跡の地下室に住まわせるのは気が進まなかった。

 

 

「何かそのホームが問題を抱えているということですか? それとも私が住まうほどの空間的余裕がないとか....」

 

 

「......それだと、問題を抱えているってのが正解だな。お世辞にもいい住まいとは言えないしな」

 

 

やはり、キリアは何処かに無理言って住まわせてもらうしかないだろうか。クラウドが信用できる人物で、なおかつ子供1人を養える所となると場所は結構限られる。

一瞬ロキ・ファミリアが浮かんだが速攻で却下した。こんな可愛い女の子を預けたら、あの無乳様が手を出さないわけがない。それに、何だかんだ言ってあそこには男性団員も結構いる。無垢な精霊の少女が男共の毒牙にかけられる可能性は高い。となると、女性のみの場所となるが、そうなると豊饒の女主人しか心当たりはない。だが、これ以上迷惑をかけるのも(はばか)られた。

一体どうしたものかと、思案していると横からキリアがシャツの裾をクイクイッと引っ張ってきた。

 

 

「大丈夫です。私はクラウド様と一緒なら何処であろうと平気ですから。いえ、寧ろクラウド様と一緒でないと嫌です」

 

 

「......」

 

 

クラウドは「わかった」と返事をして、ホームへと歩を進めていった。

しかし、事実上の保護者となった自分が彼女をいつまでもあのホームに住まわせるわけにはいかない。近い将来、この子やヘスティア、ベルのためにも一軒家か何かを買ってファミリアの新拠点にしようと意気込んだ。

 

 

「あれ? ベルか?」

 

 

「あっ、クラウドさん!!」

 

 

少し遠くに白髪に紅い目をした少年の姿が見えた。向こうもこちらに気づいて走ってきた。

 

 

「良かった、意識が戻ったんですね......僕も神様も心配しましたよ」

 

 

「悪かったな、あの日はちょっと厄介事に巻き込まれてな....お前の方こそ大丈夫だったか?」

 

 

「いや、実は僕もその日あの会場でモンスターに――シルバーバックに襲われたんです」

 

 

クラウドはそれを聞いて目を見開いた。シルバーバックは11階層から出現するモンスターだ。冒険者になって日が浅いベルでは敵わないはずだ。

 

 

「まさかお前が....倒したのか?」

 

 

「はい....といっても神様のお陰です。神様がこのナイフをくれたから....」

 

 

ベルはそう言って腰のホルスターから黒い鞘に納められたナイフを取り出した。鞘に刻まれたロゴには神聖文字(ヒエログリフ)に似た文字で『ヘファイストス』とあった。

鞘から刃を抜いてみると、刀身には神聖文字が刻まれていた。その正確な解読まではできなかったが、クラウドは大して気にすることもなくそれを再び鞘に納めてベルに返した。

 

 

「これって....ヘファイストス・ファミリアの武器か? ヘスティアが買ってくれたのか?」

 

 

「いや、僕もそう思ったんですけど、神様は『ちゃんと話はつけてきたから』としか....」

 

 

嫌な予感がしてきた。いくらヘスティアが貧乏でも窃盗などするはずはないし、彼女の神友たるヘファイストスがこんな業物の武器をタダでヘスティアに譲るほどお人好しではないこともわかる。

 

 

「(まさかあいつ....借金作ったわけじゃないよな?)」

 

 

ついさっきキリアのために家を買うために金を稼ごうと思っていたため、余計に心配になってきた。帰ったらヘスティアに詳しく聞かないといけないと、頭に入れておいた。

 

 

「ところで、クラウドさん」

 

 

「何だ?」

 

 

「そっちの子は誰なんですか?」

 

 

ベルがクラウドの横にいるキリアの方を見て聞いてきた。そういえば2人は初対面だ。これから厄介になることだし、簡単に説明させておいた方がいいだろう。

 

 

「ほら、挨拶」

 

 

クラウドはキリアの背中を軽くポンポンと叩いて、そう促した。キリアはポカンと一瞬口を開けていたが、クラウドの意図を察して、丁寧にベルへお辞儀をした。

 

 

「初めまして、私はキリア。クラウド様の専属精霊を務めさせていただいています。貴方はベル様....ですね。これからお世話になります」

 

 

「え?....うん、よろしく」

 

 

ベルは何のことかわからずに目をパチクリさせている。そりゃそうだ。自分の先輩がある日突然小さな女の子を連れ歩き、その上その子が「自分は精霊です」などと言っていれば疑問に思うだろう。

 

 

「クラウドさん....精霊って....」

 

 

「......ちょっと事情があってな、俺が引き取ることになったんだ。心配するな。この子の生活費は俺が稼ぐから」

 

 

「は、はぁ....」

 

 

ベルも一応は納得したようだ。流石にここで呪装契約のことを話すわけにはいかないし、ましてや精霊についての情報がバレると誰にちょっかいを出されるかわからない。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「ななぁかぁいそぉ〜?」

 

 

「は、はひっ!?」

 

 

「おわっ、ビックリした!! 急に大声出すなよエイナ」

 

 

「........」

 

 

ベルはつい最近発現したスキル【憧憬一途】のお陰で急成長を遂げたため、今日は7階層まで歩を進めたらしい。

ベルがヘスティアから受け取った鍛治神ヘファイストス謹製の武器【神のナイフ(ヘスティア・ナイフ)】も7階層のモンスターには十分通用したようで、こうして無事にダンジョンから戻ってきたのだが、ギルド本部のカウンターでエイナに今日の報告をしたところ、ダンッ! と机に両手を叩きつけて怒られたのだ。

 

 

「キィミィはっ! 私の言ったこと全っ然っわかってないじゃない!!

何でこの間5階層で死にかけたのに、いきなり7階層まで下りてるの!!」

 

 

「ごごごごごごめんなさいぃっ!?」

 

 

エイナの眼力に押されベルは必死に謝っていた。横でクラウドが欠伸をしながらそれを聞いていると横からクイクイッと裾が引っ張られた。

チラッと見ると銀髪に白のシャツと黒のスカートの幼い少女が自分を見上げていた。

 

 

「クラウド様、この方は何故こんなに怒っていらっしゃるのですか?」

 

 

「ああ、気にするなキリア。過保護なアドバイザーさんからベルへの愛の鞭ってヤツだ」

 

 

「愛の鞭....状況から察するに好きな相手に厳しく指導する、ということですか? また賢くなりました」

 

 

「よしよし、偉いなキリア」

 

 

「えっへん、です」

 

 

「クラウド君!? キミにも言ってるんだからね!?」

 

 

何やら漫才らしきことをしているハーフエルフと精霊の2人組にエイナはビッ、と指を向けた。

クラウドが頭をナデナデしている少女はキリア。クラウドの専属精霊であり、新しい家族でもある。

 

 

「いや、だって別にいいかなって思ったんだよ。この通り五体満足で帰ってきてるんだし」

 

 

「よくないっ!! というか、キミがいながら何でいきなりベル君を7階層に連れていったの!?」

 

 

「ベルのステイタスを考慮した上で、だ。それからあんまり大声出すなよ、キリアが恐がるだろ?」

 

 

「ちょっと見ない間にどんだけ親バカになってんの!?」

 

 

いつの間にか仲良くなっているクラウドとキリアにツッコミを入れつつ、2人の攻防が続く。

そこで、ベルが止めに入った。

 

 

「そ、そうなんですよ。僕、あれから結構成長して....【ステイタス】がいくつかEまで上がったんですよ!」

 

 

「....E?」

 

 

ベルの言葉にエイナはピクッと反応した。信じられないといった感じだろう。

 

 

「本当に?」

 

 

「本当ですよ、僕最近なんだか成長期みたいで....」

 

 

エイナが訝しむのもわかる。冒険者になって半月のLv.1のステイタスはよくてH、Gなら出来すぎ、Fなら異常だ。ベルが口にしたステイタスEというのが信じられなくても無理はない。

エイナはあーだこーだ思案してから、真剣な表情になりベルに向き直った。

 

 

「ベル君....キミの背中の【ステイタス】、私に見せてくれないかな?」

 

 

「え?」

 

 

「いや、キミのことを信じてないわけじゃないんだよ? だけど....気になって....」

 

 

ベルもいかに相手がエイナだとしても躊躇いがあった。ステイタスの情報は冒険者の生命線。迂闊に他人に教えたり、見せたりしてはいけない。当然ヘスティアもベルに言い聞かせているのでその点に関しては心配ない。

 

 

「キミのステイタスのことは絶対に他言しないから。ね? お願い」

 

 

「....は、はい」

 

 

そう言って4人は部屋の隅へと移動する。まあ当然ベルはこれから上半身をエイナに晒すことになる訳なのだが、ここまで思ってクラウドはわざとベルとエイナにわかるようにキリアの後ろへ移動する。

 

 

「キリア、お前は見ちゃダメだ」

 

 

「え? ベル様とエイナ様は一体何をするのですか? 人前では出来ないようなことなのですか?」

 

 

「そうそう、こういうのは大人になってからな」

 

 

クラウドは後ろから両手でキリアの目を覆って、視界を妨げた。これに気づいたエイナは顔を赤くして反論した。

 

 

「違うからっ!! ステイタス見るだけだから!! 何誤解を招くような言い方してるの!?」

 

 

「いや、だって教育上よろしくないかと思って....」

 

 

「そういうことをするわけじゃありませんっ!!」

 

 

アドバイザー様からの威圧にクラウドはハイハイと軽く返事をしてあしらった。エイナはため息をして背中のステイタスを露出させたベルに歩み寄り神聖文字の解読に移った。

一通り読み終えたのだろうか、少々不満そうではあるものの了承してくれた。

クラウドもエイナの後ろから覗き込むように神聖文字を解読していたが、どうやらベルの言葉は真実だったらしい。耐久以外は全てE以上、敏捷に至ってはDにまで上がっている。エイナは勿論、本人であるベルも知らないが順調に【憧憬一途】の効果は出ているようだ。

 

 

「うーん....確かにこのステイタスなら7階層でも十分通用するとは思うけど....」

 

 

エイナは服を着直したベルを頭から爪先までざっと確認する。このステイタスにはそぐわない防具に問題を感じたのだ。

 

 

「ねぇ、ベル君。明日、予定空いてるかな? ちょっと一緒に行きたい所があるんだけど」

 

 

「え? 明日、ですか? クラウドさんはどうします?」

 

 

どうします? というのは要するに明日ダンジョンはどうしますか? ということだろう。

クラウドとしてはまだ本調子ではないし、それに2人を困らせるのも酷というものだ。

 

 

「いや、俺は明日休むよ。だから行ってきたらどうだ? 2人だけで(、、、、、)

 

 

最後の辺りを強調し、ついでにエイナにニヤッと意地悪く笑顔を見せる。

 

 

「なっ....その....わたしは....」

 

 

「皆まで言うな、わかってるよ。デート(、、、)の邪魔しちゃ悪いもんな」

 

 

クラウドはエイナの右肩にポンと手を置いてほくそ笑んだ。案の定、エイナは顔を真っ赤に染めて、プルプル震えだしてしまう。このまま居座って罵声を浴びせられる前にクラウドはそそくさとギルドを後にした。




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第14話 束の間の休日

いつもより遅くなりました。
待っていた方がいらっしゃるのでしたら、申し訳ありません。
それでは、第14話をどうぞ。


「ふぁ~....眠い」

 

 

「寝不足なのですか? 約8時間ほど睡眠をとられたと思いますが」

 

 

クラウドがヘスティア・ファミリアに復帰した翌日の朝、ベルとエイナがデートしている頃、彼は買い出しと久々の休暇を満喫しようとキリアと一緒に外に出ていた。

 

 

「今は何処に向かっているのですか?」

 

 

「ロキ・ファミリア....俺の元所属先のホームだよ。これから買い出しに行くからお前を預かってもらおうと思って」

 

 

結局こうなった。豊饒の女主人に預けようとも思ったが、あそこは店の準備やら何やらで何かと忙しい。あまりキリアの世話に時間が割けるとは思えなかったのだ。とはいえ、ロキ・ファミリアのホームだろうが心配なのに変わりはないが。

 

 

「キリア、これから行くところで、知らない男から言い寄られても無視しないとダメだぞ。あと、遠くからジロジロと厭らしい目で眺める輩にも気をつけるんだ」

 

 

「....心配してくださるのですか?」

 

 

「当たり前だろ。ほんの数時間だけ目を目を離すだけでも何かあるんじゃいかって思うくらいだぜ?」

 

 

無論、特殊とはいえ精霊であるキリアの存在を広めれば悪戯好きの神々からどんなちょっかいをかけられることもあるが、それ以上に年の離れた妹――もっと言えば娘のような存在である彼女が男共から手を出されることの方がクラウドにとっては心配なのだ。

 

 

「着いたな、じゃあ入るか」

 

 

そうこうしている内にロキ・ファミリアのホーム『黄昏の館』に辿り着いた。十分に注意して、クラウドはコンコンと扉をノックした。

 

 

「....出ないな」

 

 

「留守なのでは?」

 

 

「いや、この時間帯だと基本的に誰かいるんだけどなぁ....」

 

 

少し待っていると、カチャッと鍵を開ける音が聞こえた。誰かが気付いて応対しに来たのだろう。

そして、扉がゆっくりと開かれ相手が顔を出した。

 

 

「誰だぁ? こんな時間に....」

 

 

「........」

 

 

粗暴な印象が目立つ狼人(ウェアウルフ)――ベート・ローガが。

 

 

「「......」」

 

 

2人が数秒無言で睨み合っていると、ベートはふいに扉を閉じようとノブを手前に引いた。

 

 

「ちょっと待てやコラァ!!」

 

 

クラウドは無理矢理右足を突っ込んで扉が閉まるのを防ぐ。そのまま右手で扉の端を掴んで入口を広げる。

負けじとベートもノブを力任せに引っ張る。

 

 

「何閉めようとしてんだお前はぁ! 仮にも客人なんだから快く中に入れろっての!」

 

 

「偉そうに客人なんて言葉使うんじゃねぇ! 誘拐犯の変態に人権なんざあるかぁ!」

 

 

「お前も初見で俺を変態扱いするクチか! 丸めて川に投げ捨てんぞこの野郎!」

 

 

「やれるモンならやってみやがれクソエルフ!!」

 

 

「上等だ、後悔すんなよ犬ッコロ!!」

 

 

今度は両手を使って全力で開けにかかる。しかし、ベートはクラウドに対抗して足でゲシゲシ蹴りを入れてくる。お互いに拮抗し合い、およそ数分後、その場に現れたリヴェリアによって2人とも沈められた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「全くお前達は....どういう理由があったらホームの入口であんな揉め事を起こすんだ?」

 

 

「だってこの犬ッコロが」

 

 

「このクソエルフが」

 

 

「言い訳無用ッ!!」

 

 

綺麗に正座した2人に仁王立ちしたリヴェリアから拳骨が見舞われる。2人とも「ぐえっ」と呻き声を上げて頭を両手で抑えた。

 

 

「そんなに怒るなよ。余計に老けるぞ、お母さん」

 

 

「だ・れ・が、お母さんだ!? それに、余計にだとか言うな! そして私はそんな歳ではない!」

 

 

クラウドからのお母さん発言に顔を歪ませながら反論するリヴェリア。そんな彼の横ではベートが必死に笑いを堪えている。

 

 

「いや......お前が俺の倍以上歳取ってるのはバレてるんだから、今更誤魔化すなよ」

 

 

「女性に歳の話をするなと学ばなかったのかお前は!?」

 

 

お怒りになるリヴェリア様(年齢不詳)はさておき、クラウドはちょいちょいと後ろのソファーに座っているキリアを指差す。

 

 

「それより、本題に入らせてくれよ。今日の夕方まであの子を預かっててほしいんだ」

 

 

「お前と一緒に来た子のことか? 私は別に構わないが....」

 

 

「よっし!! お母様からのお許しが出たぞ!!」

 

 

「様付けすればいいと思うなぁ!!」

 

 

クラウドはリヴェリアのツッコミを無視すると急いでちょこんと座っているキリアの元へ歩いていく。

座ったままのキリアと向かい合うとクラウドは床に片膝をついて彼女と目を合わせる。

 

 

「キリア、俺は出掛けてくるから。大人しくいい子にして待ってるんだぞ」

 

 

「はい。クラウド様もお気をつけて」

 

 

よしよしとクラウドはキリアの頭を撫でると、ゆっくりと立ち上がり出口へと移動――

 

 

「......クラウド、何をしてるの?」

 

 

しようと振り返ったところで呼び止められた。金髪金眼の少女に。

 

 

「あ、アイズ....」

 

 

「その子は、誰? 何をしていたの?」

 

 

ロキ・ファミリアの幹部を務める剣士にして、クラウドの妹分。アイズ・ヴァレンシュタイン嬢その人だ。

アイズは相変わらず無表情というか感情の起伏の少ない様子でクラウドとその後ろにいるキリアについて尋ねてきた。

 

 

「この子はな....」

 

 

そこまで言うと、何故だかアイズの目がさっきより細くなったような気がしたが構わず続ける。

 

 

「ファミリアで預かってる子なんだ。訳あって俺が世話をすることになってな....」

 

 

「....そう」

 

 

するとアイズはスタスタとキリアに歩み寄り、彼女の両肩に手を置いた。

 

 

「じゃあ、私のことはお姉ちゃんと呼んで」

 

 

......キリアとクラウドは何も言えずに固まってしまった。正確にはクラウドは困惑して声も出ないのだが、キリアは口を開けてポカンとしていた。

キリアは何のことかわからないのか、アイズに質問した。

 

 

「アイズ様....と仰いましたか。その要望はどういうことなのですか? 説明を求めます」

 

 

「クラウドは私の家族。そして、君もクラウドの家族。それなら、私と君は姉妹同然」

 

 

「なるほど。理解しました」

 

 

クラウドの現旧義妹である2人が妙な絆で結ばれた瞬間だった。

しかし、そう世界は優しくない。キリアは「ですが」と言葉を区切りソファーから立ち上がるとクラウドに近づいて彼の左腕に両手を回してひしっと抱きついてきた。

 

 

「一番は私です。いくらお姉様がクラウド様の家族といっても一心同体である私には敵いません」

 

 

爆弾を放り投げてきた。当然アイズもこの挑発に乗ってきて、クラウドの右腕――キリアとは反対側の腕に抱きついてきた。

 

 

「....そんなことない。私は8年もクラウドの妹だから、私の方が上」

 

 

「浅はかですね。たとえ妹として上回っていようと、異性としての愛情を抱くかは別です。クラウド様は幼女が好きという証言も得ています」

 

 

「....クラウドは優しいからそう言ってるだけ。そもそも、アプローチするのに胸が無いのは致命的だよ」

 

 

「偉大なる先人の言葉には『貧乳は稀少価値』というものがあります。その手の方々にとってはむしろ需要が高いのですよ。そしてクラウド様もその1人という訳です」

 

 

「そんなのは、負け惜しみ。大きい方が有利なのは事実だから」

 

 

後半に至っては陰湿な言い争いになっていたが、2人の間に挟まれているクラウドにとっては気まずいことこの上ない。かつてはクラウドもこんなシチュエーションに憧れていたが、いざ体験すると何とも言えない。

 

 

「お、お前ら落ち着いて....」

 

 

そうは言ったものの、止まる様子はない。ふと、誰かの視線を感じた。ベートのとてつもなく悔しそうなものと、リヴェリアの呆れたようなものの2つだ。

これ以上付き合ってられないと、クラウドは未だに言い争っているキリアとアイズの手を振りほどいた。

 

 

「あっ....」

 

 

「......?」

 

 

2人とも突然のことに動揺しているのか、反応が遅れた。これは好機だとクラウドは出口へと走る。

 

 

「ベート、リヴェリア!! 後は頼んだ!!」

 

 

大声で挨拶を済ませて、何とか難を逃れたのだった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「あの2人、仲良くなれてたらいいけど......」

 

 

ロキ・ファミリアのホームから離れて、クラウドは商店街に来ていた。ドワーフや獣人の店主が武器や雑貨、食料品を店に並べている。

 

 

「ヘスティアにああ言った手前、食費について考え直した方がいいかもな」

 

 

今日クラウドは食材の買い出しに来ていた。ヘスティア・ファミリアは現在主神も含めて4人。ベルとクラウドがダンジョンに潜り、ヘスティアがバイトをすることでやりくりしていたがそこに1人プラスされたので少々困っていたのだ。

流石にキリアを何処かの職場に置くのはマズいので、なるべく節約しようという心掛けをしたのだ。

 

 

「当面は外食はナシにするか......あとは弾代も節約しないと」

 

 

しばらくは自分で4人分の食事を作ろうと意気込み、食料品店に入る。中年のヒューマンの男性が元気よく挨拶をしてきて、それを会釈して返す。

パンや卵、野菜などが安く売られているようだ。クラウドはパンのあるコーナーに行き、置かれている紙袋を取ってパンを詰めようと右手を伸ばした。

 

 

「ん?」

 

 

すると、同時に誰かが左手を反対側から伸ばしてきたのが視界に入った。思わずクラウドは目線を右にずらしてその人物を確認する。

 

 

「クラウドさん?」

 

 

「......!?」

 

 

そこに居たのは、豊饒の女主人の店員服を着た金髪のエルフの少女だった。リュー・リオン、つい最近クラウドに鉄拳制裁を与えた人物でもある。

 

 

「「........」」

 

 

お互いに見つめあって、数秒固まってしまう。これは、彼女の美貌に見惚れていたというのもあるが、それ以上に警戒心という理由もあった。

 

 

「ま、また会いましたねクラウドさん。クラウドさんも買い物ですか?」

 

 

リューがぎこちなく話を切り出してきた。クラウドも冷や汗を流しながら返事をする。

 

 

「ああ......そんなところだな。リューも店の買い出しか?」

 

 

「はい、ミア母さんに頼まれまして」

 

 

怒ってる....のか? 少なくとも敵対的ではない。

この間は個室でキリアと一緒にいたところを見られ、変態だと誤解されてしまったのだ。やはりエルフ、そういった不潔な存在を嫌う傾向にあるのだろう。

 

 

「えっと....リュー?」

 

 

「何ですか?」

 

 

「その....この間はごめん。不潔というか、汚らわしい所を見せたみたいでさ....」

 

 

そのときのクラウドに邪な心はなかった(興奮しなかったわけではないが)とはいえ、それに近いことをやったのに変わりはない。一応謝っておこうとクラウドは申し訳なさそうに頭を下げた。

てっきりここでリューは「あのような淫らな行為は他所でやってください」と呆れながら言うと思っていたが、予想外にも彼女は顔を赤くして目を逸らしていた。

 

 

「ああいうことがしたいのでしたら......私に一言言ってくれれば......」

 

 

「ん?」

 

 

何だかよく聞き取れなかったが、これで怒っていないことは確認できた。クラウドはほっと胸を撫で下ろした。

それからは、各々会計を済ませ店を出た。帰り道がほぼ一緒だったことからクラウドは彼女を送っていこうと同行することになった。

 

 

「路地裏から行くのか?」

 

 

「はい。この方が近道ですから」

 

 

確かに正規の道をぐるっと回るより路地裏を通ってショートカットする方が早いのは事実だが、クラウドには心配することがあった。

 

 

「危なくないか? こんな薄暗くて見通しの悪いところ使うのは」

 

 

「多少は危険でしょう。しかし、私にはそこまでではありません」

 

 

クラウドとしては以前リューと戦ったことから彼女は只者ではないと察しているものの、やはり女性1人がこんな道を通るのはあまりいただけない。

クラウドは渋々了承しながらも、リューと一緒に路地裏に入っていった。

 

 

「足元に気をつけろよ。誰かがゴミ捨ててもおかしくないからな」

 

 

「ご親切にありがとうございます」

 

 

前を歩くリューの表情は見えないが、さっきより明るい声になっているのはわかった。

 

 

「クラウドさん....1つ、聞いてもいいですか?」

 

 

「何だ?」

 

 

「貴方と一緒に居た少女は....貴方とどういう関係なのですか?」

 

 

一緒に居た少女、つまりはキリアのことだろう。どういう関係か、いざ言われてみると数瞬考えてしまうがクラウドはすぐに答えを出した。

 

 

「家族だよ、俺の大切な」

 

 

「家族......ですか」

 

 

「ああ。俺が昔所属してたファミリアは解散しちゃって....キリアはその忘れ形見みたいな子なんだ」

 

 

キリアがいきなり現れて自分に衝撃的な告白をしたときは驚いたが、今となっては可愛い子供だ。クラウドはそういう意味で言ったのだが、何故かリューは少し不機嫌そうな雰囲気を出していた。

 

 

「忘れ形見....」

 

 

「お、おう」

 

 

忘れ形見という言葉に引っ掛かりがあるのだろうか。クラウドにとってはかつての主神アポフィスの作った精霊である彼女はそう表現して差し支えないはずなのだが。

クラウドが不思議そうにリューの後ろ姿を眺めながら付いていく。

 

 

「ひゃっ....!!」

 

 

突然、考え事に耽っていたせいかリューが足元の段差につまづく。クラウドはすぐに前方に倒れそうになるリューの身体を支えようと紙袋を持っていない右手を伸ばす。

 

 

「よっ....と」

 

 

「....! ありがとう、ございます....クラウドさ....っ!?」

 

 

何とかクラウドが右手をリューの右腕の下から彼女の身体の前まで通して引き寄せたため、倒れることはなかった。

だがどういうことだろうか。リューは言葉を詰まらせチラチラこちらを見ている。

 

 

「や....んんっ....」

 

 

顔を真っ赤にしたまま何やら妙に甘い声を発している。そんな仕草にドキッとしながらも、クラウド自身混乱していた。

 

 

「(え? 一体どうした....はっ!!)」

 

 

そこで、気づいた。さっきから自分は何を掴んでいる? 何だか右手にプニプニと弾性のあるものの感触がする。間違いないだろう。クラウドはリューを右手で引き寄せたとき、彼女の右胸に触れて今も手の平でわし掴みにしているのだ。

そこからのクラウドの行動は早かった。右手を光に迫るほどの速度(あくまで比喩)で引き抜き、ビシッと気をつけして腰を前方に90度曲げる。

 

 

「すいませんでしたぁぁぁぁ!!」




いつの間にかお気に入り数が400越えてるのに気づきました。どうもありがとうございます。
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第15話 リリルカ・アーデ

最悪だ。最悪だこんなの。折角仲直りして格好良く再スタートと思っていた矢先に、格好悪くセクハラに手を出してしまったのだから。

 

 

「く、クラウドさん気にしないでください。あれは、事故のようなものですから」

 

 

「いや、それでもホントにごめん。何なら今すぐ切腹して自害して償うから」

 

 

クラウドは頭を抱えて罪悪感に苛まれていた。健全な男なら仕方ないとはいえ、マジの生娘の清純さを汚したにも関わらず半分くらいラッキーだと思っちゃってる自分がいることに。

 

 

「....もしも、私がエルフだからと気を遣っているのなら、それはやめてください」

 

 

リューが哀しそうに表情を暗くする。エルフは基本的に自分の認めた相手としか接触を許さないと言われている。

手を握ることすら難しいのだから、事故とはいえ胸を触るなど本来なら殴り飛ばされてもおかしくないのだ。

リューは振り返って自分より少し背の高いクラウドと目を合わせる。

 

 

「私は貴方の思うほど綺麗な人物ではない」

 

 

「リュー....それってどういう....」

 

 

その先の言葉は遮られた。突如近くで発生した金属音によって。

 

 

「今のは....」

 

 

「この近く....剣戟の音ってことは、対人戦みたいだな」

 

 

2人はすぐにその場に向かう。特にこれといった理由は無いが、クラウドにとっては単なるストレス解消という理由だ。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「何だテメェ? そいつの仲間か?」

 

 

「い、いえっ、初対面です!」

 

 

エイナと一緒に新しい防具を買いに行ったベルは、その帰り道に1人の冒険者と言い争っていた。

ベルは自分とぶつかった栗色の髪の小人族(パルゥム)の少女をそのヒューマンの男から守ろうとヘスティア・ナイフを抜いて対峙している。

しかし、相手の気迫に圧されているためか足は震えてしまう。

 

 

「テメェ、一体どんな理由でそいつを庇ってんだ?」

 

 

その男は怒りを露にしてベルを睨む。ベルも萎縮してしまい、喉からかすれた声が出るだけだ。

 

 

「....お、女の子だからっ?」

 

 

「あぁん!? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!!」

 

 

男は右手に持った剣をギラつかせながらベルの元へにじり寄る。ベルはカタカタと震える身体を懸命に抑えて、前の男を見据える。今引けば自分の後ろにいる少女に確実に危害が加えられる。それだけはどうしても避けたかった。

 

 

「いいぜ....先にテメェを片付けてからだ....」

 

 

男は少しずつ間合いを詰めて剣を振りかぶる。その剣がベルに振るわれ、彼の身体に大きな傷が――

 

 

 

 

「止めなさい」

 

 

 

 

つけられる前に何者かの声が割って入る。ベルもその男も動きを止めて声のした方へ視線を向けた。

そこに居たのは、豊饒の女主人の制服を着た金髪のエルフの少女と銀髪に黒ジャケットのハーフエルフの青年だった。2人ともベルの知っている人物だ。

 

 

「リューさん....それにクラウドさんも....」

 

 

「よう、ベル。そのパルゥムの子、お前が助けたのか? 偉いな」

 

 

クラウドが左手に持った紙袋を見せながら不敵に笑う。普段なら苦笑いしているのだろうが、今はそうもいかない。

男は突然の乱入者に苛立ち、リューとクラウドに剣尖を向ける。

 

 

「次から次へと....何だテメェらは!? 邪魔なんだよっ!!」

 

 

「そっくりそのまま返してやるよ。俺にはこれから家族と一緒に家に帰って、全員分の夕飯を作るっていう大事な仕事があるんだ。わかったならさっさと帰れ」

 

 

「何わけのわからねぇことを....」

 

 

それより先の言葉は発せられなかった。言い終える前にその男の眉間にクラウドの右手に握られた拳銃が突きつけられている。

その男には勿論、ベルにも殆ど見えなかった。凄まじい速度で相手との間合いをほぼゼロにしたのだ。

 

 

「だーからさぁー、痛い目に遭いたくなかったらさっさと帰れって言ってんだよ」

 

 

クラウドの鋭い目つきと漂う雰囲気に男は青ざめて後ずさってしまう。そして、力の差を理解したのか、剣をしまって逃げ帰っていった。

 

 

「ベル、怪我ないか?」

 

 

「だ、大丈夫です....クラウドさんとリューさんのおかげで」

 

 

ベルは額に溜まった汗を拭い、2人に頭を下げる。

 

 

「いえ、こちらこそ差し出がましい真似を。貴方ならきっと何とかしてしまったでしょう」

 

 

「いや、そんなことは....というか、クラウドさんはどうしてここに?」

 

 

「買い出しだよ。そろそろ食材尽きかけてただろ? 今夜からまた俺が作ってやるからさ」

 

 

「私は偶然にも店で会いまして....目的はクラウドさんとほぼ同じですね」

 

 

仲睦まじそうにする2人にベルは思わず笑ってしまった。ここであることに気づく。さっき庇ったパルゥムの少女だ。

 

 

「あれ....いない?」

 

 

「誰かいたのですか?」

 

 

そう、いないのだ。クラウド達が現れたときは居たはずなのだが、いつの間にか逃げたのだろうか。

 

 

「あのパルゥムの子か? その子ならさっき走って逃げてったぜ。恐くなったんだと思うけど、まあ結果オーライだろ。さっさと帰ろうぜ、ベル」

 

 

「では、私はこれで」

 

 

「はい。本当にありがとうございました」

 

 

ベルとリューは互いにお辞儀をして、そこで別れた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「よし......」

 

 

「おお、いいんじゃね?」

 

 

「よく似合っておりますよ、ベル様」

 

 

装備を金属製のライトアーマーと右腕のプロテクターに新調したベルは、鏡に映る自分の姿を確認した。

クラウドとキリアもそんなベルの格好に好評を示してくれているようだ。

 

 

「さて、じゃあ行こうぜベル」

 

 

「はいっ!!」

 

 

「いってらっしゃいませ」

 

 

ダンジョンに向かうクラウドとベルをキリアは笑顔で送っていった。

 

 

「キリア......その、本当に1人で留守番できるか?」

 

 

「クラウド様は心配性なのですね。ロキ様曰く、クラウド様のような方を『親バカ』というらしいです」

 

 

「あの無乳様....何教えてんだよ。まぁ、心配性ってのは認めるよ」

 

 

今日はクラウドとベルがダンジョンに、ヘスティアがバイト(ヘファイストスにヘスティア・ナイフの代金2億ヴァリス分の仕事をしてもらうためらしい)に行くため、キリアが1人でこの地下室で帰りを待つことになる。

本当ならまたロキ・ファミリアで預かってもらいたかったが、今日はストッパーになる女性団員が少ないらしいのでクラウドが断念したのだ。無論、飢えた獣のような男とキリアを近づけるべきではないという保護者としての責任感が働いたのもあるが。

 

 

「キリア、鍵は最低でも3重はかけるんだ。うっかり開けられるかもしれない。それと、知らないヤツが来ても出たらダメだからな、変態かもしれん」

 

 

そんなクラウドの配慮もあってか、地下室のドアに除き穴を付けておいた。ちゃんと室内からしか見えないようにもしてある。鍵もロック開けの難しいタイプのものを5つ買っている。防犯という点においてはこれで大丈夫だろう。

尤も、これでクラウドの緊急用予算が大きく減ったことは言うまでもないが本人はそれほど気にしていない。

 

 

「わかりました。クラウド様もお気をつけて」

 

 

そうして、2人は地下室を出る。ベルは短刀とヘスティア・ナイフを腰に備え、クラウドはいつもの如く白のシャツに黒のジャケットという戦闘衣(バトル・クロス)に腰のベルトの左右についたホルスターに銀色の拳銃を装備している。

何分か歩いて、2人はダンジョンへの入口、バベルへとやって来た。何人もの冒険者がその中へと進んでいるのを見ながら2人も歩を進めようとした。

 

 

「お兄さん、お兄さん。白髪のお兄さんと銀髪のお兄さん」

 

 

「えっ? 誰?」

 

 

ベルは突然の背後からの声に振り向くが誰もいない。するとクラウドが人差し指を下に向けているのに気づく。そうして下に目線をずらすと、そこには1人の女の子がいた。およそ100C(セルチ)ほどの身長でローブを羽織っており、栗色の髪がローブの隙間から少し覗いている。背中には彼女の一回りも二回りも大きいバックパックが背負われている。

 

 

「初めまして、お兄さん。突然ですが、サポーターを探していませんか?」

 

 

サポーター、その名の通り冒険者のアイテムや魔石などをダンジョン探索の際に負担する職業のことだ。

ベルはその問いに慌ててしまい、素っ頓狂な声を出してしまう。

 

 

「え....ええっ?」

 

 

「混乱しているんですか? でも今の状況は簡単ですよ? 冒険者さんのおこぼれにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」

 

 

その少女は笑顔で尋ねてくるが、クラウドは少々訝しげに彼女を見つめる。

 

 

「なぁ、ベル。この子どっかで見たような気がするんだが......覚えてないか?」

 

 

「え? いや、昨日の帰りに会った子なんじゃあ......」

 

 

そう、さっき彼女は『初めまして』と言っている。自分達のことを覚えていないのかと思ったが、昨日の今日でさらにあんな目に遭ったところを助けられたのだからそれはどうだろうと考えてしまう。

 

 

「......? お兄さん達はリリとお会いしたことがありましたか? リリは覚えていないのですが」

 

 

「君って確か、昨日のパルゥムの女の子じゃ....ないの?」

 

 

「パルゥム?」

 

 

彼女は可愛らしく首を傾げて聞き返してくる。ローブを羽織っているから判別がしにくいが、この子の容姿は昨日会ったパルゥムと酷く似ている。とても人違いとは思えないのだが。

彼女は簡単に被っているフードに手をかけて頭部を晒した。

 

 

「あ、あれっ?」

 

 

「....?」

 

 

「リリは獣人――犬人(シアンスロープ)です」

 

 

彼女の頭にはぴょこぴょこと動く獣の耳がついている。作り物とは到底言えないほどのリアルなものだ。これは決定的な違いと言っていい。種族が違う以上、同一人物という線はないだろう。昨日のパルゥムと似ているのは単なる偶然といったところか。

 

 

「それで、お兄さん達はどうしますか? リリを雇ってくれませんか?」

 

 

「....ベル、お前が決めていい。先輩がいちいち口出しするのは野暮だからな」

 

 

クラウドは明らかに面倒な顔でベルに丸投げしてきた。ベルはあたふたして考え込んでいると、その少女は「あっ」と何かに気づく。

 

 

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。リリの名前はリリルカ・アーデです。お兄さん達の名前は何と言うんですか?」

 

 

リリルカ・アーデ――その名前を聞いた瞬間、クラウドの眉がピクリと動いた。ベルやリリルカに悟られないように平静は保っているが、内心ではかなり焦っていた。

 

 

――この子....いや、まさかな。ちょっと考え過ぎか。

 

――6年前のあの子は(、、、、、、、、)パルゥムなんだから(、、、、、、、、、)

 

 

ベルとリリルカの会話は頭に入らず、そのときのことが彼の思考を埋め尽くしていた。



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第16話 フラッシュバック

思い出すのは、6年前。

降りしきる雨と、鳴り響く雷。真っ赤な血溜まりに沈み、体温を失い冷たくなった2つの肉塊。それを全くの無表情で見下ろすフードを被った黒ずくめの少年。

 

 

「......お前、何しに来た?」

 

 

そして、そんな彼を眼窩が零れんばかりに見つめるパルゥムの幼い少女。彼女は自分の目に写っている光景に言葉を見出だせず、足は震え、顔は青ざめ、唇を開閉させている。

 

 

「....だ、誰....なんですか?」

 

 

ようやく絞り出せたのは、酷く震えた小さな声だった。こんなことを聞いても無駄なことはわかっている。だが、反射的に聞いてしまった、知りたいと思った。この少年は、こんなことをした少年は一体どこの誰だろうと。

その瞬間、さっきから降り続いている雨に併せて稲光が辺りを一瞬明るく照らす。

 

 

「俺は――――」

 

 

雷鳴に掻き消され、少年の発した言葉は聞き取れなかった。しかし、今まで彼が被っていたフードと辺りの暗闇のせいで見えなかったその顔が、稲光で照らされたことによって一瞬だけ露になる。

フードからいくらか覗いている黒髪に碧眼、顔立ちは整っているがその感情が無いかのような表情のためか、あまり印象はよくない。さらに目立ったのは、耳だ。フードのせいではっきりとは見ていないが、ヒューマンにしては耳の先が鋭角になっている。エルフか、それに類する種族だろう。

 

 

「『これ』の始末で忙しくなるんだ。寄り道せずにさっさと帰れ」

 

 

やや低めのよく通る声で少年は告げる。そのまま目の前の2つの死体の首根っこを両手で掴み、ゆっくりと少女から背を向けて歩き出す。

降りしきる雨の音だけが辺りを包み、少年は夜の闇へと消えていった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「....さん....クラウドさん?」

 

 

「....!?」

 

 

現実に引き戻されたクラウドは横から話し掛けていたベルの声に驚いて、ビクッと肩を震わせる。

 

 

「話、聞いてました? さっきから上の空ですけど」

 

 

「悪い、ちょっと考え事しててさ....」

 

 

そうだった。今日はダンジョンに潜ろうとバベルまで来たところ、リリルカ・アーデという少女に声をかけられサポーターとして雇ってくれないかと尋ねられたのだった。

彼女はどうやらソーマ・ファミリアの所属で、ファミリア内でパーティーを組める冒険者がいないらしい。そのため、たった2人で、なおかつ片方は駆け出しであるクラウドとベルに声をかけたらしい。

 

現在はダンジョンの7階層へと向かって歩いている。本来ならクラウドはもっと下の層へと進んでもいいのだが、ベルとリリ(そう呼んでほしいと頼まれた)の様子を見るためにこうしてついてきている。

 

 

「(見れば見るほど、似てるんだよなぁ....)」

 

 

クラウドは自分の横を歩くリリの顔を横目で見る。昨日の夕方会ったパルゥムに似ているとベルに言われたが、クラウドにはどうしても別の光景が頭に浮かんでしまう。

何よりも、彼女が名乗ったリリルカ・アーデという名前。それが彼にある1つの可能性(、、、、、、、、)を指し示すが(、、、、、、)、すぐに否定する。さっき見せてもらったフードの下の獣耳、あれは獣人種にのみ見られる特徴だ。間違っても同一人物などということはない。

 

 

「そろそろ着きそうだな、7階層。」

 

 

6階層から下への階段を下りて、新たな層へ進出する。最近ベルが潜っているのはこの層だ。

 

 

「ほら、ベル。早速出番だ。」

 

 

クラウドがベルの背中を押して彼の前に立たせると、数体の蟻型モンスター『キラーアント』が姿を現した。

ベルはヘスティア・ナイフを抜くと、キラーアントへ向かっていく。

 

 

「よっ、はっ!」

 

 

ベルは成長したステイタスを以て、迫り来るキラーアントを圧倒していく。ナイフが甲殻の隙間に入り込み、血飛沫を散らす。エイナは心配していたが、これなら十分この階層でも通用するだろう。

 

 

「じゃあ、俺も戦ってくるからリリはここで待ってろよ」

 

 

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 

クラウドは腰のホルスターから銃は抜かずに、歩いてキラーアントの元へ詰め寄る。銃で撃ち殺すのが一番手っ取り早いが、上層のモンスターに使っていたら弾代が勿体無い。今日は格闘術だけでも戦える。

 

 

「そらっ!!」

 

 

言って、キラーアントの頭を足蹴にして首から上を吹き飛ばす。また、甲殻の隙間に貫手を通して手足を切り離す。踵落としで頭を潰す。

などといった戦法で素手のハンデを全く見せない。だがそこで、あることに気づいた。

 

 

「ベル、危ねぇッ!!」

 

 

キラーアントの爪がベルの死角から襲いかかる。ベルも気づいて振り返ろうとするが、間に合いそうにない。いくら防具を装備していても背後からの直撃は危険だ。

 

 

「......チィッ!! そのまま動くなッ!!」

 

 

空いた左手でキラーアントに向かって神速の抜き撃ち(クイックドロウ)を放つ。乾いた発砲音が響き、銃弾がキラーアントの側頭部に命中。甲殻を易々と貫通しその命を奪う。

クラウドは急いでベルに駆け寄り、辺りに群がるモンスターの眉間に銃撃を叩き込む。そうして、敵が消えたところでようやく一息つく。

 

 

「ダメだろ、ベル。背後には気を配らないと今みたいなことになるからな」

 

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 

クラウドが優しく注意していると、平行して魔石の回収をやっていたリリがタッタッタッと2人の元へやってきた。

 

 

「びっくりしちゃいました。ベル様もクラウド様もお強いのですね」

 

 

「まあ、そこそこな」

 

 

「いや、僕なんかまだまだだよ。クラウドさんに比べたら」

 

 

ベルは苦笑いしながら答えた。そこそこなどといってもクラウドはLv.5でも上位に入るほどの冒険者なのだが、リリはそれを知らないのだろう。

 

 

「ベル様、あのキラーアントの魔石も取っちゃいましょう、せっかくですから」

 

 

「ああ、そうだね」

 

 

さっきベルが倒したキラーアントの中には、壁から這い出ようともがいていたところを倒された個体がいた。リリの身長では届かないので、ベルに頼もうということだ。

 

 

「はい、これを」

 

 

「え......あ、うん」

 

 

ベルはヘスティア・ナイフを使おうとしていたが、リリが差し出したナイフを思わず受け取ってしまった。ベルはまぁいいかとそのナイフでキラーアントの胴体を切ろうと背伸びをして刃を立てる。

そのときのリリの視線の先にあるものをクラウドは、見逃さなかった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

クラウドは、キラーアントの胴体を切ろうと悪戦苦闘しているベルの腰辺り――ちょうどヘスティア・ナイフのある位置を見ていることに気づいていた。

あのナイフは武器に疎い者であろうと、業物であることは分かるだろう。しかし、仮にあれを売ろうとしても無駄だ。ヘスティア・ナイフには神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれており、ステイタスが発生している。それは神ヘスティアの眷族が使用する際にのみ有効となるため、現時点ではベルとクラウド以外の誰かの手に渡ってもガラクタ程度の価値しかない。

 

リリが今ヘスティア・ナイフを盗もうとしているという確証はない。だが、クラウドにはわかっていた。こういう目をしているヤツは腐るほど見て(、、、、、、)きたからだ(、、、、、)

 

 

「(それに、もし俺の予感が正しかったら......確かめる価値はありそうだからな)」

 

 

だったら、ここで見ていたことがバレたらいけない。クラウドはすぐにベルとリリのいる場所とは逆の方向を向いた。

 

 

「よっと....終わったよ、リリ」

 

 

「はい、ご苦労様です」

 

 

ようやく作業が終わったのか、ベルはナイフをリリに返した。クラウドはその声を合図に振り替えって2人の方を向く。

案の定と言うべきか、ベルが腰に付けていたヘスティア・ナイフは鞘だけを残してナイフ本体が無くなっている(、、、、、、、、、、、、、)。対して、リリのバックパックに視線を向けると急いで何かを詰めたのか、棒状の物体の膨らみが見えた。

 

 

「クラウドさん、リリのおかげでだいぶ楽になりましたね」

 

 

「....そうだな」

 

 

「? どうしたんですか、浮かない顔で」

 

 

「......何でもねぇよ」

 

 

ここでナイフを盗まれたことをこっそりベルに教えようかと思ったが、やめた。彼女が金目当てでこんなことをしたのならまだしも、さっきのリリの目はそんなものではなかった。

 

普通なら自分の犯行が恙無く終わったのなら少しくらい表情や仕草に変化があってもいい。しかし、リリにはそれが殆どなかった。

彼女の子供らしい外見や明るい表情がそれを打ち消しているのかもしれないが、なんとなく違う気がした。もっと別の、感情を押し殺している(、、、、、、、、、、)かのような――

 

 

「リリ、ちょっといいか」

 

 

「何でしょう?」

 

 

魔石の回収を終えたリリに声をかける。リリは自分より背の高いクラウドを見上げて笑顔で答えてみせた。

 

 

「これ、危ないから持ってた方がいいぜ」

 

 

「え....? これって......」

 

 

クラウドは左腰のホルスターから銀色の拳銃を抜いて、リリに手渡した。リリは酷く困惑して、銃とクラウドの顔を交互に眺めている。

 

 

「使い方は、こうやって握って引き金を引くだけでいいからな」

 

 

クラウドはその辺りにある岩に狙いを定めて発砲した。銃弾が岩を穿ち、ボロボロと砕いた。その威力にリリは言葉を失っている。

 

 

「いくらサポーターっていっても護身用の武器くらい持ってないと危ないからな。ま、報酬だと思って遠慮せずに受け取ってくれよ」

 

 

「......は、はあ」

 

 

リリは渋々といった風に銃を受け取り、懐にしまった。そのときのほんの僅かな――本人でさえ気付かなかったであろう口角の吊り上がり(、、、、、、、、)をクラウドは見逃さなかった。




いつもより進みませんでした....ぐぬぬ

お気に入りが見ない内に500越えてて嬉しかったです。

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第17話 ガラクタ

クラウドとベルはそれからギルドに戻り、魔石やドロップアイテムの換金を済ませた。リリとは途中で別れて、今はギルドのカウンターでベルのアドバイザーであるエイナと話している。

 

 

「うーん、他所のファミリアのサポーターかぁ....」

 

 

「やっぱり不味いですかね、エイナさん」

 

 

「不味いというか....ベル君から見てどうだったの? そのリリルカさんって子は」

 

 

ベルは最近エイナからサポーターを雇ってみてはどうかとアドバイスを受けていた。一応そのことを報告、というわけだ。

 

 

「いい子でしたよ、あの子のお陰で今日はこんなに稼げたんです」

 

 

ベルは嬉しそうに右手に持った金貨の詰まった袋をエイナに見せる。

 

 

「それにしても....ソーマ・ファミリアかぁ。あんまり賛成も反対もできないところだね」

 

 

エイナは苦い顔をしてカウンターに両肘をついて思案する。クラウドはやっぱりか、とエイナの反応に納得する。

フレイヤ・ファミリアは完全に嫌いだし、ロキ・ファミリアはかつての所属だったので好きだ。そんな風にファミリアの方針やメンバーによってクラウドは好き嫌いを決めているが、中でもソーマ・ファミリアは不気味というかあまり関わりたくないというのが本音だった。

 

 

「あの....そこってどんなファミリアなんですか?」

 

 

「ちょっと待ってね、今資料取ってくるから」

 

 

エイナが奥にファミリアの情報を記録した資料を取りに行こうとするが、クラウドはそれを止めた。

 

 

「ソーマ・ファミリアは探索系の中堅ファミリア。特徴なのは酒を売ってるってトコだ」

 

 

「お酒?」

 

 

「ああ、質のいい酒だって話だぜ。ロキもかなり気に入ってたくらいの上級のヤツがな。そのせいか、団員の数もかなり多い」

 

 

淡々と、纏めて説明してみせた。クラウドとエイナは頷きながらその話に聞き入っていた。

 

 

「団員の数が多いってことは、その主神のソーマ様って....そんなに信仰されてるんですか?」

 

 

「そうじゃないな。ソーマに関しては全くと言っていいほど周囲との関係が断絶されてて、何の噂も流れてない。その酒をソーマが自分で作ってるってこと以外はな。団員が集まってるのはもっと別の理由だ」

 

 

ベルはいまいち要領を得ないと言った風に首を傾げている。

ベルのような純粋な人間と、クラウドのように清濁併せ好む人間とでは神に対する認識が違うのだ。

ベルは神を崇めるべき存在だと思っているのに対し、クラウドは一部の神を除いて大抵の神には信仰心など持ち合わせていない。

 

 

「大体の内容はクラウド君が言った通りだよ。あと付け加えるなら....そうだなぁ、私の主観になるんだけど団員が必死すぎるんだよね」

 

 

エイナが眼鏡の奥のエメラルド色の瞳を曇らせながらそう言った。

 

 

「何と言うか、お金を稼ぐのに死に物狂いで......この間もギルドの換金所で職員と揉め事起こしてたから」

 

 

クラウドは大して驚きもしなかった。以前からその事情については知っていたし、そんな人間がいることにも慣れているからだ。

 

 

「......確かに個人的にはあまり良いファミリアとは言えないな。でもまぁ、リリとのことはもう少し様子見ってことにするか」

 

 

「....そうですね。それじゃあエイナさん、また今度」

 

 

「うん、じゃあね......って、あれ?」

 

 

帰ろうとした2人の背中を見て、エイナは目を丸くする。何度もベルの背中の、腰の辺りを見て不思議そうに目を細くする。

 

 

「ベル君、ナイフはどうしたの?」

 

 

「ナイフ? ナイフならここに....」

 

 

ベルは腰の辺りに差したナイフを確認しようとホルスターをまさぐる。短刀と魔石入れの腰巾着はある。だが、ヘスティア・ナイフは鞘だけを残して無くなっている。

 

 

「おっ、落としたぁああああああ!?」

 

 

違ぇよ、とクラウドは心の中で冷静にツッコミを入れた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

メインストリートから離れた路地裏。そこに居を構える木材で出来た小さな骨董品屋を、フードを目深に被った一人の男性のパルゥムが訪れていた。

店と同じ木製のドアを開けると、ギギィという乾いた音が店内に響く。それに気付いた白髭のノームの店主が来客の姿を確認した。

 

 

「おお、またお前さんか」

 

 

「お願いします」

 

 

パルゥムはそれだけ言うと、抜き身の黒いナイフと銀色のL字型の武器をカウンターに置く。

 

 

「ふぅん、これはまた変わったものを持ってきて....」

 

 

店主は「少し待っとってくれ」と言い、店の奥に下がっていった。その2つの武器がどんなものか、確認に行ったのだろう。

しかし、かなり早く店主は戻ってきて左右に持っていた鑑定品をカウンターに置いて心底不思議そうな表情を浮かべている。

 

 

「両方とも、30ヴァリスがいいとこじゃな」

 

 

「なっ......!?」

 

 

一瞬、耳を疑った。30ヴァリス!? そんなもの、ジャガ丸くんが買える程度の端金だ。何を言っているんだと抗議したくなった。

 

 

「このナイフ....おかしいんじゃよ。押しても引いても傷一つ付けられんし....刀身が死んでおるよ」

 

 

馬鹿な。ありえない。このナイフはモンスターとの戦闘でその身体を簡単に切り裂いていたのだ。今になって切れないなどあるはずがない。

 

 

「それともう一つの方の....これはどんな武器なんじゃ? 殴るにしては小さすぎるし、投げるにしては形が歪じゃしのぉ」

 

 

「....!!」

 

 

しめた。最初は落胆していたが、ここでようやく光明を見出だせた。この店主はこちらの武器の使い方を知らないらしい。

 

 

「待ってください! そっちの武器はこうして使うんです! ちょっと貸してください!」

 

 

やや乱暴にカウンターから銀色のL字型武器を掴み取ると、右手の人差し指をL字の角の内側にある四角いフレームに囲まれた突起に掛ける。

ここを引けば遠距離の標的を瞬時に破壊することが出来る。原理は知らないが、これは弓やブーメラン、投げナイフなどとはワケが違う。威力も速度もそれらを遥かに凌駕するのだ。

それを見せればこの店主も納得せざるを得ないだろう。そう考えて、そのパルゥムは床に狙いを定めて突起に掛けた人差し指を手前に引いた。

 

 

「あ、あれっ? なん....で....」

 

 

動かない。まるで溶接されたかのようにその突起は微動だにしていないのだ。どれだけ力を込めても、いっそ折ってしまうほどに全力で引いたが、ビクともしないのだ。

 

 

「一体....何がどうなって....!!」

 

 

「うーん....もういいかのぉ。それがどんな武器なのかはわからんが、どうも役に立ちそうにないよ。」

 

 

「そっ、そんな....これは....」

 

 

「いやあ、しかしこんなガラクタを買い取っても本当に飾るくらいしか使い道がなさそうじゃしなぁ....合わせて60ヴァリスでどうだい?」

 

 

それからはちょっとよく覚えていない。気づいたら2つの鑑定品を左右の手にそれぞれ持って店を出ていた。

路地裏を歩きながら、心の中で悪態をついていた。

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。この2つの武器は正真正銘の一級品だ。それもヘファイストス・ファミリアの最上級鍛冶師(マスター・スミス)でもそうは作れないほどとなれば、巨万の富を約束されたも同然だというのに。

だが、そのパルゥムの心の中では何よりも気になることがあった。数時間前に何の因果か手に入れたL字型武器。今右手に握られているそれが、何の役にも立たなかったのを目にしたことだ。この武器は一瞬で遠く離れた敵を即殺している。その威力は強固な岩を一撃でバラバラにするほどもあるのだ。

こんなものを売れば、大儲け間違いなしだろう。にも関わらず、この武器は持ち主が使っていたときのような芸当が出来なかった。不可解極まりない。

 

唇を噛みながらそんなことを考えていると、前方から誰かが近づいていることに気付いた。

 

 

「すいません、シル。荷物持ちなどさせてしまって」

 

 

「うん、それは平気だけど....リュー、いつもこんな道通ってるの?」

 

 

エルフとヒューマンの女性2人だ。どちらも同じようにウェイトレスの服装をしていて、両手に紙袋を抱えている。

 

 

「はい....こちらの方が近道ですから。何か問題でもありますか?」

 

 

「問題っていうか....心配するよ。特にクラウドさんが」

 

 

「なっ....!! 何故そこでクラウドさんが出てくるのですか!? あの人と私は....そんな....」

 

 

何やら雑談に花を咲かせているようだ。今なら通り抜けられる。咄嗟に左右の手に持った武器を袖に隠して、その2人とすれ違う。

 

 

「――待ちなさい、そこのパルゥム」

 

 

さっきまで何やら慌てた様子で横のヒューマンの少女と話していたエルフの少女が、振り返って背中を見せた瞬間に声をかけてきた。

頬を冷や汗が伝って、一滴地面に落ちる。落ち着け、まだバレたとは限らない。冷静にこの場を乗り切ることだけ考えろ。

 

 

「....何ですか?」

 

 

「左袖にしまったナイフと、右袖の....確か『銃』と言いましたか。それを見せてほしい」

 

 

バレている。しかもこの暗闇で武器の判別までもされているとは。一体どんな視力をしている。

 

 

「何故ですか?」

 

 

「知人の持ち物に似ていたので、確認したい」

 

 

「あ、生憎ですが、これは2つとも私のものです。変な言いがかりはよしてください」

 

 

反論などさせない。適当にあしらって逃げよう。あんな荷物を持っているなら簡単には追いつけまい。

そう決めて、歩を進めようと足を踏み出した。

 

 

 

 

「抜かせ、その武器(拳銃)の使い手はあの人以外に考えられない!」

 

 

 

 

背中に氷塊を入れられたかのような寒気が身体を襲った。その冷ややかな声から感じた恐怖。本能的に感じたのだ、彼女は危険だと。

右足を蹴り抜いて逃げようとするが、突如響いた軽やかな金属音が耳に届く。

 

 

「いぎっ!?」

 

 

そして、左手に鋭い衝撃が走る。後ろにいたエルフが金貨を指で弾いて左手に当てたのだ。その痛みに思わずナイフを落としてしまう。

バッ、と後ろを振り向くとそれを行った本人が右足を上げているのが目に入った。

 

 

「腹に力をこめた方がいい」

 

 

有無を言わせず足が振り抜かれ、パルゥムの脇腹に強烈な蹴りが叩き込まれた。ぶれた視界の中で右手の武器――彼女が銃と呼んでいたものが手から離れていった。




進まねぇ....まだアニメの第4話の途中くらいですよ。トホホ......めげすに更新速度を上げていきたいです。

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第18話 不発

感想欄でトリック見抜いてる人がいて本気で焦りました。まあ、少し知識があれば気づきますよね(^o^;)


「あうっ!」

 

 

クラウドとベルがヘスティア・ナイフの紛失に気づいて(クラウドは最初から気づいていたが)数時間。メインストリートを走り回ってナイフを探しているが、一向に見つからない。

そのとき、路地から誰かが現れ足元に倒れ込んだ。

 

 

「り、リリ!?」

 

 

「どうした? 随分必死になってるみたいだけど」

 

 

「ふあ....ベル様....クラウド様も」

 

 

小柄な体躯に犬耳と尻尾が特徴的な犬人(シアンスロープ)の女の子。今日ベルとクラウドがサポーターとして雇った人物でもある。何やら焦ったように顔をあたふたさせて苦しそうに脇腹を押さえている。

 

 

「まさか、逃げられるとは....!」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよリュー!」

 

 

続けて、リリが現れたのと同じ路地からさらに2人。豊饒の女主人の店員のリューとシルが姿を見せた。

 

 

「よう、リュー。そんなに急いで何かあったのか?」

 

 

「クラウドさん、それにクラネルさんも。ちょうど良かった。実は....」

 

 

そこまで言って、リューは言葉を止めた。彼女の視線を追うと、そこには未だ地面に座り込んでいるリリがいた。

 

 

「リュー?」

 

 

「すみません。どうやら人違いのようです。追っていたパルゥムとそちらの犬人の方がとても似ていたもので」

 

 

「ああ....なるほどね」

 

 

リューは「そういえば....」と懐をゴソゴソ漁り始めた。差し出された彼女の右手にはヘスティア・ナイフとクラウドの愛用しているシルバーモデルの拳銃があった。

 

 

「これは貴方とクラネルさんのものではないですか?」

 

 

「そうだけど......何処にあったんだ、これ?」

 

 

「1人のパルゥムの男性が持っていました。彼を追ってここまで来たのですが....どうやら撒かれてしまったようです」

 

 

パルゥムの、しかも男性。種族も性別も違うとなれば絶対に別人だろう。それを理解してリリはリューから疑いをかけられずに済んだということか。

 

 

「もしかして、2人が取り返してくれたのか?」

 

 

「ああ、いえ。取り返せたのはリューのおかげです。ふふっ、リューったら、クラウドさんの持ち物だってわかった途端必死になってたんですよ」

 

 

「でっ、ですからシル! そういうことを言わないでください!」

 

 

それはそれとして、クラウドはリューの右手に握られているナイフと拳銃をゆっくり彼女の手から抜き取る。それから、素直に喜んだ表情で彼女にお礼の言葉を述べた。

 

 

「ありがとう、リュー。お前のおかげで助かった。今度改めて礼をするよ」

 

 

クラウドなりに率直な感謝をしてみた。てっきり「礼には及びません」みたいな感じで返されると思っていたが、どういうわけかリューは顔を赤くしてあわあわと口が開いたり閉じたりしている。

 

 

「....っ、とっ、当然のことをしたまでですから。クラウドさんはそこまで....その、気にしないで....」

 

 

恥ずかしいのか、嬉しいのか、とにかく慌てた様子でクラウドに返事をしていた。

少々場違いながらもそんな反応を可愛いと思ってしまったのはここだけの秘密だ。

 

 

「ほら、ベル。もう落とすなよ」

 

 

「はい! ああ、でもよかったぁ......本当にありがとうございます、リューさん」

 

 

クラウドは右手に銃を持ったままベルにヘスティア・ナイフを返した。ベルはそれをすぐにホルスターに戻したが、クラウドはチラッとリリの方へと視線を向ける。

 

 

「リリ。今日俺が渡した武器、まだ持ってるか?」

 

 

「え? ええっと....」

 

 

リリは自分のローブのポケットを確認するが、それらしき物体は見当たらない。やがてリリは首を左右に振って、持っていないことを知らせる。

 

 

「だったら、この銃って俺がリリに渡したヤツじゃないか?」

 

 

「あ、ああ....うっかり落としちゃってたみたいですね。多分リリが落としたそれを件のパルゥムが拾ったのでしょう」

 

 

「へぇ....こんなものの数時間で2つも稀少な武器を拾うなんて、随分と幸運な(、、、、、、)パルゥムだな」

 

 

クラウドは表情も仕草も変えることなくリリを見下ろしながらそう言った。リリは苦笑いしただけで、特にこれといった反応は見せていない。

 

 

「......そういえば、妙ですね」

 

 

突然、リューがクラウドが右手に持っている銃を見つめながら何か疑問がありそうな表情になる。

 

 

「何が?」

 

 

「いえ....そのパルゥムはクラウドさんの銃を持っていたのですから、私に応戦することも出来たのでは、と思いまして」

 

 

リューの意見はわからなくもなかった。確かにリューは並の冒険者を遥かに凌ぐ実力を持つが、クラウドの銃による攻撃を受ければ無傷とはいかない。そういう意味の言葉なのだろうが、クラウドはその意見をすぐに否定した。

そもそも、銃による強さはクラウドの高精度な射撃の腕によるものなので、他の人物に使わせたところでまともに標的を撃ち抜くのはほぼ不可能だ。

 

 

「撃たなかったんじゃなくて、撃てなかったみたいだぜ。ほら」

 

 

クラウドには簡単に合点がいった。銃の左側面を見れば原因は即座に理解できたからだ。

クラウドはリューとベルに銃の左側面のグリップの上方部分を指差した。

 

 

「ほら、ここの安全装置....俺はセーフティーって呼んでるんだけど、ここのレバーが上がりきってると引き金が動かなくなって撃てないんだ」

 

 

確かに、クラウドの言うように安全装置のレバーは上までスライドしている。クラウドは親指でレバーを押して発射可能にする。

 

 

「あれ? でも何でその安全装置が下げられてたんですか? そのパルゥムが自分でやったとか?」

 

 

ベルがまた質問してくるが、クラウドはその可能性もないだろうと否定する。

 

 

「もしそうなら、リューに追いかけられた時点でセーフティーを戻して攻撃に転ずるはずだ。多分、俺がリリに渡すときにうっかり(、、、、)セーフティーをかけたままにしてたんだろ」

 

 

「なるほど」とベルは納得したようだが、クラウドからすれば「いや違うだろ」とツッコミたいところだった。

そんな『うっかり』があったら今頃クラウドは軽く10回は死んでいる。

 

 

「何はともあれ、ありがとな。リュー」

 

 

「どういたしまして」

 

 

まだ買い出しの途中だったらしい2人は紙袋を抱えたまま歩いていった。何だかリリの彼女たちの背中を見る目がひどく怯えているように見えたのは気のせいではないだろう。

 

 

「クラウド様....あの人達は何者ですか?」

 

 

「俺達がよく行ってる豊饒の女主人って酒場の店員だよ。今度3人で行くか?」

 

 

悪戯っぽく笑いながらリリを見下ろし聞いてみると、ビクッと身体を震わせてブンブンと首を左右に振る。

 

 

「いえっ、結構です! というか、連れていかないでください、絶対に!!」

 

 

「はいはい、皆まで言うな。それはフリってヤツだろ?」

 

 

「フリじゃないです!! 本当にフリじゃないですからね!!」

 

 

そのときは、リリの必死の訴えにちょっと微笑ましくなってしまっていた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

翌日、クラウド、ベル、リリの3人は朝早くからダンジョンに潜っていた。昨日のリリの働きから、クラウドとベルはリリを正式にサポーターとして雇い入れることにした。

 

 

「ベル様、あの黒いナイフはどこにしまったんですか?」

 

 

「うん、今度は落とさないようにプロテクターの中に鞘ごと収納してるんだ」

 

 

「ああ、確かエイナに買ってもらったヤツか? 役に立ってよかったな。あいつも喜んでると思うぜ」

 

 

クラウドは銃の弾倉に目を通して全弾が装填されていることを確認すると、両腰のホルスターにそれらを収めた。

 

 

「というかリリ、本当に契約金とかはいいの?」

 

 

「はい、構いませんよ。クラウド様から武器を頂きましたから、それで十分です」

 

 

昨日、クラウドは改めて自分の銃をリリに渡しておいた。無論、セーフティーは外しているのでリリも使うことはできる。

 

 

「気をつけろよ、リリ。また俺が偶然にも(、、、、)手違いを起こしてるかもしれない。今度は不発じゃ済まない可能性だってあるからな」

 

 

偶然にも、の辺りを強調して後ろのリリに忠告しておく。クラウドなりに牽制をして動きを封じようということだ。

 

 

「はい、気をつけます。クラウド様には感謝していますよ。パーティーはお2人だけですし、それに......」

 

 

リリはそこで一旦言葉を区切り、ベルとクラウドの顔を下から覗きこむ。

 

 

「それに?」

 

 

 

 

「そちらの方が貴方達にも都合がよろしいでしょう?」

 

 

 

 

このときのリリの表情をクラウドは忘れなかっただろう。口角は僅かに上げて薄ら笑いを浮かべているものの、目元は鋭く冷めたように細くなっていた。

ベルは面喰らったように一瞬言葉を失っていたが、クラウドはそうではなかった。「なるほどね」と心の中で呟いただけで、表情に変化はなかった。

 

 

「さあ、行きましょう! 頑張って食いぶちを増やしてくださいね!」

 

 

リリはすぐにニコッと笑顔になり、2人の前を走っていく。今日のこのやり取りだけでも、クラウドにとっては収穫だった。

彼女の先程の言葉はサポーターゆえの決まり文句なのか、或いは彼女自身の本心の一部なのかはまだわからない。だが、彼女の持つ心の闇が何なのか、少しはその様相が見えてきたように思えた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「....そんなことがあったんだ。ベル君もクラウド君も災難だったね」

 

 

「あはは....でも、リューさんがナイフを取り返してくれたからもう心配いりませんよ」

 

 

再びギルドのカウンター前。クラウドとベルはリリをギルドの入口前で待たせておき、アドバイザーのエイナと昨日の出来事について話していた。

 

 

「でも、パルゥムの盗人かぁ....私は心当りないし、やっぱり無所属(フリー)の人じゃないかな?」

 

 

「......そんな面倒なヤツがいるんなら早く捕まってほしいけどな」

 

 

「捕まるだけなら....いいんだけどね」

 

 

クラウドの呟きにエイナは何だか暗い表情をしてしまう。ベルはそんな彼女の仕草に違和感を覚えたようだ。

 

 

「だけなら?」

 

 

「え? ああ! 口に出てた!? ごめん....独り言だから、そもそもこんなのただの噂だし....」

 

 

やはり何かおかしい。彼女の取り乱し様はやや不自然とも思えた。

 

 

「噂って....何かあったんですか?」

 

 

「うん、本当にただの噂なんだけど....聞く?」

 

 

「余計に気になるから、話してくれよ」

 

 

「......2人は【処刑人(しょけいにん)】って聞いたことある?」

 

 

処刑人。名前だけでも物騒な意味合いの言葉であることが伺える。ベルは何のことかわからずに首を左右に振った。

 

 

「8年前にオラリオに現れた、名前、性別、種族、年齢、派閥どれも不明の冒険者。

どんな相手でも即殺する手際と実力、そして悪人だけを殺すことからついた通り名が【処刑人】」

 

 

「......えっと、もしかしてその人まだオラリオにいるんですか?」

 

 

「わかんないよ。目撃者の情報がいくつかあっただけだから。5年前からほとんど活動を辞めて、最近のそれらしい被害も年に数回くらい。

だけど、今もいるとしたらそのパルゥムが翌日大通りで死体になって発見......なんてこともありうるから」

 

 

エイナはカウンターにあるファイルを手に取って、件のページを開く。

 

 

「殺害人数は現在確認されている中でも500人以上。どれも殺人犯や悪徳商人、詐欺師なんかの危険人物が軒並み被害にあってるね。

『オラリオで悪事を働けば、処刑人の怒りを買う』っていう不文律があったくらい」

 

 

「....何というか、話が凄すぎて僕にはついていけないです。クラウドさんは....」

 

 

ベルはさっきから黙っているクラウドの顔を見る。当の本人は――

 

 

「......ベル、リリが待ってる。早く換金を済ませるぞ」

 

 

無表情を通り越して、無感情とも言えるほど感情の削がれた顔でクラウドはベルの手を引いて換金所へと向かう。

 

 

「(『最近の被害』....? 一体どうなってやがる)」




お気に入りが600越えました。一重に皆さんのおかげです。そして感想も普段より多くご記入くださったので私としても非常に嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。
それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第19話 処刑人

今回は少し長いし、会話も多いです。
ちょっとした伏線回収と、物語の今後における話です


こうして、夕方。3人は朝からダンジョンに潜って戦い、大量の魔石といくらかのドロップアイテムを引っ提げてギルドの換金所を訪れ、それを大量の金貨へと替えてもらった。

 

 

「「72000ヴァリス....!?」」

 

 

ベルとリリは信じられないと言わんばかりに目を見開いて固まっている。ファミリアを移籍して以来、今日の探索はかなり稼げたためクラウドも少し驚いてはいた。

 

 

「凄いよね!? これ夢じゃないよね!?」

 

 

「やったぁー! たった1日でこんなにお金がー!」

 

 

「はしゃぎすぎだ、お前ら....と言いたいが、今日は2人とも頑張ったな」

 

 

クラウドは手を取り合って喜んでいるベルとリリの頭を左右の手で優しく撫でた。2人とも誉められて嬉しかったのか、さして抵抗もせずに受け入れている。

 

 

「....では、その、そろそろ分け前をいただけますか?」

 

 

「うん、はい!」

 

 

リリがおずおずと2人に報酬を求めると、ベルは笑顔で今日の収穫の3分の1――24000ヴァリス分の金貨の入った袋を手渡した。

 

 

「....へ?」

 

 

「あぁ、これなら神様に何か美味しいものを食べさせてあげられるかも....!」

 

 

ベルはキラッキラした顔で手に持った金貨を見つめている。今までよりも稼げた分、ファミリアにとっての貯蓄が増えたことに喜んでいるのだろう。

 

 

「ベル様、クラウド様、これは....どういうことなんですか?」

 

 

「どういうことって、今日の収穫の分け前だろ? 俺とベルとリリの3人だから1人あたり24000ヴァリスだ」

 

 

「そうではなくて....その、自分達だけで使おうとか思わないんですか?」

 

 

「え、どうして?」

 

 

ベルは何のことかわからないと言った風に首をかしげる。

 

 

「まあまあ、リリ。お前が一役買ったことは事実なんだし、ここはベルの厚意に甘えとけよ」

 

 

「でも、こんなに....」

 

 

「何だ? サポーターが分け前を貰うのはそんなに不思議なことなのか?」

 

 

クラウドの問いにリリは疑問や哀しみなどの感情の入り交じった表情になる。その後、小さな声で「わかりました....」と了承された。

 

 

「そうだ、これから3人でご飯食べに行こうよ! クラウドさんも、ほら!」

 

 

「おいおい、そんなに慌てなくても――」

 

 

突然、クラウドが素早く後ろを振り返る。左手は流れるような動作で腰のホルスターへと伸びて、銃のグリップを掴んでいる。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

「クラウド様?」

 

 

ベルとリリはクラウドの放つ雰囲気に驚いて萎縮してしまう。やがてクラウドは険しくしていた顔を緩めて、銃から手を離す。

 

 

「ベル、リリ。悪いが今日は付き合えそうにない。2人だけで楽しんでくれ」

 

 

「え、何か用事でも?」

 

 

「ああ、ちょっと知り合いに会わなきゃいけなくなってな」

 

 

クラウドは2人に背を向けると、暗くなってきた街へと歩き出した。

 

 

「じゃ、じゃあ行こっか、リリ。」

 

 

「そう....ですね」

 

 

普段は見せない彼の威圧感。つい最近会ったリリでさえ、その雰囲気に足が震えそうになってしまった。

 

 

「(何者なんですか....あの方は)」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

夜の帳が下りて、辺りの見通しが悪くなる。メインストリートから離れた人通りの少ない路地は数えるほどの魔石街灯に照らされているだけで、かなり暗い。

クラウドはそんな暗闇とは対照的な、首の後ろで括られた銀色の髪を揺らして歩いていた。

 

 

「ここまで来れば安心か....」

 

 

ピタリと歩を止めて、小さく呟いた。ベルたちと離れてここまで移動した理由はこれだ。

あんな人通りの多いところで戦闘になるわけにはいかないからだ。

 

 

「聞こえてんだろ? もうこっちは安心だから出てこいよ、話がある」

 

 

見渡す限りに人影はないが、その言葉は明確に誰かに向けられたものだ。そう、クラウドが視線を注いでいる民家裏の道に隠れている人物へと。

 

 

「安心?」

 

 

「笑わせんなよ」

 

 

「それは此方の台詞だ」

 

 

3人。いずれも粗暴な印象が目立つヒューマンの男だ。錆の目立つ金属製の鎧を着て、右手にはギラリと街灯の光を反射する剣が握られている。

 

 

「あんなところで戦って、誰かに加勢でもされたら厄介だからな」

 

 

「恨みはねぇが、死んでもらうぜ」

 

 

「恨むなら自分の不運を恨むんだな」

 

 

ニヤニヤと笑いながら此方ににじり寄ってくる。クラウドはまだ銃を抜く気配はない。

それはそうだ。さっきから男たちはクラウドの方を見てはいるが、チラチラと彼の背後(、、、、)に目線が逸れている。

 

 

「やああああっ!!」

 

 

ヒュッという背後からの風切り音がクラウドの耳に届く。剣による背後からの不意打ち。

本来なら彼の背中にバッサリと刀傷が生まれ、そこから鮮血が吹き出すのだろう。だが、そんな予想は簡単に裏切られた。

 

 

「小賢しいんだよ、三下が」

 

 

斬りかかってきた相手の右手――剣を握っている手を振り返らずに掴み、捻り上げる。掴まれた相手は悲鳴にも似た呻き声を上げて剣を落としてしまう。

怯んだ相手の顔面に膝蹴りを叩き込み、意識を刈り取る。

 

 

「会話と威圧で注意を引いて、背後から一撃。作戦とすれば悪くないが、細部が雑すぎるな。

それで本当に殺すつもりかよ(、、、、、、、、、、、、、)?」

 

 

クラウドの放つ雰囲気――確かな殺気に男たちは金縛りにかけられたかのように硬直してしまう。だが、その内の1人が首を必死に左右に振って自身を奮い立たせる。

 

 

「ちょ、調子に乗んなぁ!! お前ら、やれぇ!!」

 

 

3人が正面、右、左の3方向から迫ってくる。全員が剣を上段に構えて彼を斬り殺さんと殺気を放つ。

クラウドは少しも慌てず、素手のまま対応してみせた。

 

 

「そらっ....!」

 

 

正面の相手の腹部に左拳を叩き込み、1人を無力化。そのまま拳を突き出して、目の前の地面に叩き伏せると左右からの剣を回避。

それに気づいた2人が泡を食って横薙ぎに剣を振るおうとするが、クラウドの動きと比べれば圧倒的に遅い。

振り向かずに、両手による裏拳が左右それぞれの相手の顔面に命中。漏れ無く意識を失う。

 

 

「あとは1、2、3....か?」

 

 

左右のホルスターから銃を抜き、両手に握る。標的は1時、3時、8時の方向、全て斜め約45度。

 

3度の発火炎(マズルフラッシュ)と同数の発砲音が発生し、建物の上に存在している標的に銃弾が命中する。

やがて、ドサドサッと何かが地面に落ちてくる。

 

 

「急所は外してやる、もうちょっと腕上げてから出直してこい」

 

 

いずれも弓と矢を持った獣人の男女が合わせて3人。恐らく、獣人の発達した視力や聴力で優位に立っていると考えてたようだが、それすらも甘い。

 

 

「な....んで、こんな暗闇で見えるわけが....」

 

 

クラウドの近くに落ちてきた1人が撃ち抜かれた膝を押さえながら、睨んでくる。クラウドは肩を竦めて、相手を見下ろす。

 

 

「さっきのヤツらにも言えることだが....隠れるつもりがあるんなら、もう少し敵意を隠せよ(、、、、、、)

俺の殺人術(わざ)はそういうのに敏感なんだからさ」

 

 

相手は悔しそうに顔を歪めた後、クラウドに蹴りを見舞われ地面に倒れた。

クラウドは一息吐くと、銃をホルスターに収めた。

 

 

「いやあ、お見事です」

 

 

場違いな拍手の音が響く。音の方にいたのは、黒いローブを羽織った小柄な人物だった。声からするとアイズと同年代の少女だろうか。

 

 

「その外套....薄々勘づいてたけど、やっぱりか。でもおかしいな、前はもっと背の高い男だったけど」

 

 

「あ、覚えてます? これ実は前任の方から引き継いで着てまして。けど、サイズ合ってなくてブカブカなんですよ」

 

 

「ブカブカなら俺がサイズ調整でもしてやろうか? その趣味の悪い【審議員】の外套なんざ御免被るけどな」

 

 

審議員。5年前までクラウドと関わりのあったギルドの非公式組織の名前だ。

クラウドの暗殺におけるターゲットのリスト、その人物の情報などの提供をしていた組織でもある。

 

 

「あははっ、あの伝説の処刑人から手直しを受けられるなら多少なりとも趣味が悪くても構いませんよ」

 

 

「....その名前で呼ぶな」

 

 

処刑人。クラウドの5年前までの通り名。なおかつ、クラウドが5年前に捨てた名である。

 

 

「つれない人ですねぇ、5年前は私たちと仲良くしてたじゃないですか」

 

 

「誤解があるようだから先に言っておく。俺が協力したのは『犯罪者の根絶』っていう目的が同じだったから、互いに利用してただけだ。

俺は1度たりともお前らの行いを容認した覚えもないし、仲良くしたこともない」

 

 

「ありゃりゃ、手厳しい」

 

 

さっきから、妙にイライラする。彼女の口調が気に入らないのか、それともこの飄々とした態度に嫌気が刺すのか、どちらにしてもいい気分はしない。

 

 

「で? 今度はこんなチンピラども雇って何するつもりだったんだ? 大方、俺を殺せば無罪にしてやるとかって言いくるめたんだろうが、もうちょっと別の手段は無かったのかよ」

 

 

「いやいや、小手調べですよ。処刑人の腕が鈍っていないかを確かめただけです。

でも、どうして殺さないんですか? 昔なら躊躇せずに殺してたのに」

 

 

「......昔の話だろ。それにさっきも言ったが、俺は誰彼構わず殺すわけじゃない。決して誉められた手段じゃないが、それだけは俺なりの矜持だ」

 

 

「....へぇ」

 

 

外套を目深に被っているので表情は読みづらいが、その下から見える口元には確かに笑みが浮かんでいる。

 

 

「話を戻すぞ。何のためにあんなことをした? さっき聞いた『最近の被害』っていうのと関係あるのか?」

 

 

「ご名答。流石は処刑人です」

 

 

「その名前で呼ぶなって言ってんだろ。次呼んだらぶっ飛ばすからな」

 

 

「おお、恐い恐い」

 

 

両手を胸の前で振りながら、わざとらしくおどけてみせている。絶対にこいつは理解してねぇ、と心の中で悪口を言っておく。

 

 

「最近の被害....エイナの資料にあった死体の画像を見たが、あれはただの模倣犯じゃないだろ」

 

 

「どうしてそう思うんですか?」

 

 

「画像はどれも、心臓や頚椎を刃物で斬られてる。それも恐ろしく正確にな。

一介の殺し屋やゴロツキ程度なら、こんなに鮮やかな手口で人は殺せない。これは明らかに殺しに慣れているヤツの仕業だ。しかも相当の実力のな」

 

 

「それで私達が関わっていると?」

 

 

「当たり前だ。こんな腕の立つヤツをお前らが見逃すわけないだろうが」

 

 

暫しの沈黙。お互い、下手に動揺してボロを出したり相手のペースに持っていかれるのを注意しているのだ。

やがて、彼女はふふふっと冗談めかして笑った。

 

 

「そこまでお見通しなら、隠す必要は無いですねぇ。それは確かに模倣犯ではないです。

再び、あなたが現れたんですよ」

 

 

「は?」

 

 

あなたが現れた。文字にすると漠然としたものだが、意味は理解しかねた。自分が知らず知らずのうちに殺人に手を染めていたとでも言うのか。

 

 

「ああ、この言い方だと語弊がありますね。正確に言えば、あなたの役割を継ぐ人物――要するにあなたの後継者が現れたってことですよ」

 

 

言葉が詰まった。喉から僅かにかすれた声が漏れるだけで、まるで言葉にならない。

後継者? 処刑人の? つまり、それは――

 

 

「....二代目、処刑人」

 

 

「そう、5年前にあなたが引退してから今の今までその役割を全うしてきた『もう1人の処刑人』が」

 

 

「....誰なんだ? 正体を知ってるんだろ? 知らないなんて言わせねぇからな」

 

 

「そんなに焦らなくても....」

 

 

笑いながら話す彼女にクラウドはとうとう怒りを明確に向けた。

 

 

「いいから答えろッ!!」

 

 

クラウドの威圧に少々気圧されてしまったのか、彼女は口元で苦笑いしながら答えた。

 

 

「あなたのよく知ってる人です。そう――ラストル・スノーヴェイル」

 

 

瞬間、その場に電気が走った。いや、正確には走っていないが、そう錯覚してしまうほどだった。

電撃に迫るほどの速度でクラウドが彼女の目の前まで移動し、その胸ぐらを掴んだ。

 

 

「ふざけるなッ......!!」

 

 

「....【電撃縮地】って言うんですよね? 速いなぁ、ビックリ仰天です」

 

 

「お前....何考えてやがる! 5年前までの俺の仕事で、もう処刑人の役目は終わったはずだろ! しかもよりによって――」

 

 

「自分の家族に――義理の妹に同じ真似をさせているのか、ですか?」

 

 

ラストル・スノーヴェイル。

アポフィス・ファミリアの元団員にして、クラウドのもう1人の妹分である少女。

 

 

「おかしなこと言いますねぇ。役目は終わった?

終わりませんよ。悪人が存在する限り、処刑人は死にません」

 

 

「それを生み出してるのは、自分たちの仕事の邪魔になる連中を処分してほしいっていうお前らの都合だろ! 今すぐ止めさせろ、さもないと――」

 

 

「さもないと殺す。わかってますよ、ええわかってますとも。ですから私の部下にはこう指示してあります。

もし反抗の意志があるならあなたではなくあなたの友人を狙え、とね」

 

 

クラウドは歯軋りをしながら胸ぐらを掴んでいる手を震わせる。審議員の連中ならばヘスティア・ファミリアやロキ・ファミリアのメンバーについても調べがついているだろう。ここで下手に刺激するのは危険だ。

やがて、クラウドは手を離し彼女を解放する。

 

 

「本題はここからです。聞いてくれますよね?」

 

 

「聞いてやるよ、何だ?」

 

 

彼女は外套の下で口角を吊り上げて笑っている。大人しく言うことを聞いたクラウドを少し挑発しているのだろうか。

 

 

「彼女を、殺してください。それが今回の依頼です」

 

 

今度はもう驚くとか、怒るとかそんな感情は自分の本能的な動きに凌駕されていた。

神速とも言える速度で右手で銃を抜き、彼女の眉間に突きつけた。

 

 

「何の真似ですかぁ? しまってくださいよ、危ないですから」

 

 

「つくづく俺を怒らせたいらしいな。殺す? 一体何のために、どんな理由があったらあいつが殺されることになる?」

 

 

もしかしたら、自分は今酷く醜い表情をしているのかもしれない。心には、疑問も、焦りも、憎しみもあるのだろう。だが、それよりも怒りという感情が他を圧倒している。

 

 

「どんな理由? あなたもわかっているんでしょう? 彼女は危険です。

5年前までの悪の蔓延(はびこ)っていたときなら犯罪の影に隠れられましたが、今この街で殺しなんか続けていたら、いずれ彼女の素性は割れる。そのときに拷問でもされて私達のことまで話されたら非常に困るんですよ」

 

 

「......ッ!! お前らの勝手な都合であいつの手を汚させておいて、いざ自分達が危険になったら闇に葬るってか!? それが俺達の覚悟に対するお前らのやり方か!!」

 

 

「何とでも。それで? どうするつもりですか?

伝説の初代処刑人の手によって自らの後継者であり、愛する家族でもある人物に引導を渡す。ああ、何とも感動的なエピソードじゃないですか」

 

 

彼女は、相変わらず笑みを崩さずクラウドに畳み掛ける。その表情や声色からは悪意が感じられない。本心で、純粋に笑っている。

 

 

「....引き受けてはやる。ただし、殺しはしない。足を洗わせて、2度と関わらないように説得するだけだ」

 

 

「彼女がそれに応じるならどうとでも。まあ、きっぱり断ると思いますがね」

 

 

「やってみなきゃわかんねぇだろ」

 

 

クラウドは軽く舌打ちをして眉間に突きつけていた銃を下ろし、ホルスターに戻した。

 

 

「何はともあれ、引き受けてくれて嬉しいです。感謝感激です」

 

 

「お前らのためにやるわけじゃないってことを忘れんな」

 

 

クラウドは骨が変形するんじゃないかというほどに拳を握り締めると、踵を返して逆方向へと歩いていく。

 

 

「それから、最後に1つだけアドバイスです」

 

 

「あ?」

 

 

不意に呼び止められて、足を止める。まだ灯りに照らされて彼女の姿は目視できた。

 

 

「あの女の子....リリルカ・アーデでしたっけ? 放っておいていいんですか? 彼女の方は覚えてないみたいですけれど....」

 

 

「まだ確証がない。何より、もし6年前の子と同一人物なら簡単に俺の正体をバラせるわけないだろ」

 

 

「別にいいんじゃないですか? だってあれもあなたにとっては『処刑』の1つなんでしょう?」

 

 

その言葉にクラウドはさして表情を変えることもなく、返した。

 

 

「その『処刑』で悲しむ人間がいるとしてもか?」

 

 

「......」

 

 

何も言い返してこない。それが数十秒続き、クラウドは痺れを切らして再び歩を進める。そうして自分のホームへと帰っていった。




それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第20話 決意

今回は繋ぎというか、箸休めのような回です。
ですから、いつもよりクオリティが下がっているかもしれません。それを踏まえた上でご覧になってください。


「(ラストル....今はどうしてるんだ)」

 

 

ラストル・スノーヴェイル。8年前にクラウドと一緒にアポフィス・ファミリアからロキ・ファミリアへと移籍した少女。

とはいっても、ロキ・ファミリアには殆ど顔を見せず数年に一回ステイタス更新をしに来るだけだ。

 

剣術も身のこなしも、あの【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインとほぼ互角と言われた天才剣士。

実際、3年前にアイズとほぼ同時期にLv.5となるほどまで実力は拮抗していた。それ以来、ファミリアに在籍してはいるものの全くと言っていいほど顔を出していない。

 

 

「何だって処刑人に....ダメだ、わかんねぇ」

 

 

同じファミリアの、同じ師匠の元で育った彼女は何となく思考が自分に寄っていたところもあった。処刑人を引き継いだのは比較的平和な社会を裏から手助けしようという責任感なのか、或いは対人用の剣技を磨きたいという私的な欲求か。

それが何であろうと、なるべく早くコンタクトを取ってこの事態を安全に終わらせなければならない。

クラウドは誰に頼まれようが殺すべきじゃないと思った人物は殺さない。処刑人時代の彼であってもだ。

 

 

「あれ? ヘスティア?」

 

 

色々と考え事をしていたら、前方から近づいている乳母車にぐてーっと横向きに乗ったまま手足を投げ出している人物が見えた。

特徴的なツインテールと足に履いているサンダルにははっきりと見覚えがある。クラウドの主神であるヘスティアに違いない。

そんな彼女を運んでいるのは群青色の長髪をした背の高い青年だ。彼にも見覚えがある。

 

 

「ん? クラウドか?」

 

 

「ああ....ミアハ....様」

 

 

少々吃りながら様付けはしておいた。神にも基本的に呼び捨てやタメ口をしているクラウドだが、ちゃんと神様やってる方々(要は神様らしい神物)には一応様付けはしている。

 

 

「ベルとは一緒ではないようだが....今帰りか?」

 

 

「ああ、ちょっと今日は別行動してて....見たところヘスティアが迷惑をかけたみたいだが」

 

 

ミアハ・ファミリアは道具屋を経営している。だが、失礼かもしれないが彼のファミリアも自分たちと負けず劣らずの零細ファミリアだ。そのためかヘスティアと彼は仲が良く、ベルもよくそこでポーションを買っている。

よく見ると、ヘスティアを運んでいるのは乳母車ではなく商品を積んでいる手押し車だ。

 

 

「実はな....大通りで偶然ヘスティアに会って、先程まで飲んでいたのだがヘスティアがどうにも情緒不安定でな」

 

 

「何か心当たりとかは?」

 

 

「そういえば....ヘスティアが言っていたのだが、何やらベルが自分の知らない女子といたことが気にくわなかったようだな。終始そんなことを叫んでいた」

 

 

「......鮮明にその光景が浮かぶよ、浮かべたくないけど」

 

 

多分その女の子というのはリリのことだろう。ベルとしてもサポーターである彼女の貢献度と人柄(あくまでもベルの主観での)を気に入っている。そんな2人が和気藹々と歩いていようものならあのロリ巨乳様にとっては面白くないだろう。

何で神というのはこんなに世俗的な連中が多いのだろう。確かにいつも気を張り詰めろとは言わないが、神としての最低限の威厳を保ってもらわないとこっちとしては尊敬などできないのだ。

 

 

「何というか、ごめんなさい。ヘスティアは俺が連れて帰るから」

 

 

「そうか、ではよろしく頼む。そなたも気を付けて帰るのだぞ」

 

 

「....何で他の神ってこうじゃないんだろ」

 

 

最後にボソッと呟いて、ヘスティアを手押し車から抱き上げて背負った。如何せん、ヘスティア、ロキ、フレイヤ、ついでに言うとアポフィスのような神としての能力はあるのかもしれなくとも、敬意を評するような人格ではない神が彼の近くには多い。

神が下界の子供同士の恋愛(ヘスティアから見て)に嫉妬するという何とも世俗的な光景が出来上がっている始末だ。

 

 

「....まあでも、それも悪くないかもな」

 

 

自分の背中に体重を預けて眠るヘスティアのことを考えながら、クラウドはホームへ帰るべく一歩踏み出す。

そうだ、この神様は自分の新しい家族の1人だ。この家族を――ヘスティア・ファミリアを守らないといけない。そのためにも、あの審議員の人間を上手く出し抜かなければ。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「ぬぁぁぁぁぁっ......!?」

 

 

翌日、ヘスティア・ファミリアのホーム。そこにあるベッドではヘスティアが毛布に包まって頭を押さえながら呻き声を上げていた。昨夜の飲酒によって完全に二日酔いになっていた。

 

 

「だ、大丈夫ですか、神様?」

 

 

ベルが心配そうに水の入ったグラスを持ってやってきた。ヘスティアは飛び起きてグラスを奪うと、喉を鳴らしながら飲み干した。

 

 

「具合はどうだ? 一応消化に良さそうなもの作ってきたけど」

 

 

クラウドが鍋掴みを両手にはめて鍋を運んでくる。中身はシンプルに白粥にしている。

 

 

「う、うん。ありがとう、頂くよ」

 

 

一応テーブルに鍋敷きを置いて、その上に白粥の入った鍋を乗せる。深めの皿とスプーンも用意しておいた。

 

 

「そういえば、ベル様もクラウド様も今日はお休みなのですか?」

 

 

ソファーに座って足をパタパタさせている幼い少女。クラウドの専属精霊のキリアだ。

 

 

「何時までもダンジョンに潜りっぱなしなわけにもいかないからな。丁度いいから今日は休みだ」

 

 

「うん、それに今の神様を放ってはおけないから」

 

 

ちょっと色々なことが続いたのでクラウドとしても休みたいところだった。ラストルもそうだが、リリのことも今は気掛かりなので早急に解決したいところだ。

 

 

「そうだ、神様。今度の休みっていつですか?」

 

 

「どういうことだい?」

 

 

白粥を食べ終えたヘスティアはベルの質問に首をかしげる。

 

 

「実は、最近ダンジョンでたくさん稼げるようになったから....ちょっと豪華な食事でもしにいきませんか?」

 

 

ベルとしてはお世話になっている主神への恩返しのつもりだろうが、ヘスティアは別の意味で捉えていた。

 

 

「....デート」

 

 

「え?」

 

 

「今日行こう! そう、そうだ! 今日行くんだ!!」

 

 

ヘスティアは凄まじい速度で立ち上がると盛大にガッツポーズを決める。神様の回復速度、恐るべし。

 

 

「二日酔いじゃなかったのか、ヘスティア」

 

 

「心配いらないよクラウド君! もう治った! 今、この瞬間に!!」

 

 

ヘスティアはベッドから飛び降り、クローゼットから服を取り出そうと取っ手に手をかける。そこで、クラウドが彼女の右肩を掴んだ。

 

 

「待て、ヘスティア」

 

 

「なっ、何をするんだ!?」

 

 

クラウドは右手の人差し指をちょいちょいと自分の方に振る。耳を貸せ、というジェスチャーだ。ヘスティアは右耳だけをこちらに向けて、クラウドはそれに合うように身を屈めて口元を彼女の耳に近づける。

 

 

「酒の臭いが残ってるぞ」

 

 

「はっ!!」

 

 

そう、昨夜やけ酒をしていた彼女の身体には酒の臭いが染み着いている。ベルが尊敬する神様をその程度で嫌いになるはずはないが、少なくとも好印象など持たれないだろう。

 

 

「ベル、俺とキリアは別の店に行くから」

 

 

「何でですか?」

 

 

「今日はキリアと出掛ける用事があるんだ。だから、2人っきり(、、、、、)で楽しんでこい」

 

 

すかさずキリアとヘスティアに瞬きでアイコンタクトをとる。幼女2名もその意図を察したようで、無言で瞬きを返す。

 

 

「それじゃあベル君、6時に南西のメインストリート、アモールの広場に集合だ!」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「それで? 戦果は?」

 

 

「....ゼロだったよ」

 

 

「何やってんのかねぇ、この紐神様は!」

 

 

そしてその日の夜、ヘスティア・ファミリアのホームにてクラウドがヘスティアに尋ねたところ、デートは失敗したらしい。

あれから神聖浴場という神専用の浴場へと赴き身体を綺麗にしてから、ヘスティアなりにお洒落をしていい雰囲気でいざ出陣となっていた。しかし、それを嗅ぎ付けた女神たちによる妨害工作から逃れるため、2人は散々逃げ回ることになってしまう。その結果時間は潰れ、デートは失敗という流れだったとか。

 

 

「神という名の娯楽に飢えたハイエナに目をつけられたのが運の尽きだな、全く。あいつらの無駄な執念を舐めたらこういう目に遭うってことだ」

 

 

「君....本当にボクの眷族なんだよね? 何だか凄く言動が辛辣なんだけど......」

 

 

「俺はアンタに感謝してるし、いい神だと思ってるけど別に尊敬してるわけじゃないからな」

 

 

少し嘲るように笑ってみる。やっぱり彼女は仕えるべき主君や上司ではない。仲の良い家族、そういう認識だ。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

数日後、またもやヘスティア・ファミリアのホームにて。

 

 

「ベル、お前何か忘れてることないか?」

 

 

「え?」

 

 

ヘスティアはバイト、キリアは奥のベッドで昼寝している頃にソファーに寝転がったクラウドがベルに尋ねた。

 

 

「お前最近ダンジョンで昼食に何を食べてる?」

 

 

「クラウドさんの作ってくれたサンドイッチですけど....リリも美味しいって言ってましたよね」

 

 

「いや、うん。喜んでくれるのは俺としても願ったり叶ったりなんだけどさ、ここまで言えばわかるよな?」

 

 

「ここまで言えば....って、あああああ!!」

 

 

ベルが目を見開いて「しまった」という表情で叫ぶ。それを察知したクラウドは神の如き速さでベルの口を塞ぐ。

 

 

「大きな声出すんじゃねぇ、キリアが起きるだろ」

 

 

クラウドの冷笑にベルは頬から汗を垂らして、コクリと頷く。

 

 

「わかったらさっさとシルにバスケット返してこい」

 

 

「......は、はい」

 

 

ベルはキッチンに起きっぱなしにしてあったバスケットを掴むと、大慌てで部屋から出ていった。

 

 

「ふぅ....やれやれ。起きてるんだろ、キリア」

 

 

「....気づかれましたね、どうしてわかったのですか?」

 

 

カーテンで仕切られた空間からキリアが顔だけを出してこちらを見る。

 

 

「可愛い娘の考えることくらいお見通しだからだよ」

 

 

「....何だか悔しいような、嬉しいような....複雑です」

 

 

キリアはカーテンをバッと開け放つと、トテトテとクラウドの座っているソファーの右隣に腰を下ろした。

 

 

「わざわざ人払いをしたということは、何か聞かれては困ることですか?」

 

 

「ああ....少なくとも、もしお前が俺の素性を知らなかったらこんな話はしたくなかったよ」

 

 

クラウドは先程とは変わって、少し暗い表情でキリアと目を合わせる。

 

 

「なあ、前に使った呪装契約(カースド・ブラッド)は今でも使えるよな?」

 

 

「はい....使えますが、ああ、私の心配ですか? 問題ありません、私がわざわざ戦地に赴かなくともクラウド様の呼び掛けがあればいつでも力は使えます」

 

 

「そうか、だったらいいんだけど....」

 

 

「不安そうですね。もしかして近々使う予定でもあるのですか(、、、、、、、、、、、、、、)?」

 

 

まるで見抜いたようにキリアは距離を詰めて質問してくる。ラストルのことを話すべきかと思ったが、そういうわけにはいかない。それは話しすぎだと自制して、話題を変える

 

 

「そういえばさ、俺が5年前まで何をしてたか、知ってるよな?」

 

 

「処刑人のことですか? それなら勿論知っていますよ。何せ私は8年間貴方の影に居ましたから」

 

 

そう、処刑人の話だ。キリアはクラウドの8年前までの主神だった神アポフィスによって作られた精霊。クラウドとアポフィスの契約における仲介役として生み出されたクラウドの専属精霊だ。

面識を持ったのはつい最近だが、彼女は度々クラウドの様子を、それも戦いの光景を影から目の当たりにしているのだ。故に、処刑人のことを知っているのも当然と言える。

 

 

「ですが、クラウド様はもうその仕事を辞められたのではないですか? 何故今更になって......」

 

 

「いや、確認しておきたいことがあるだけなんだ。

もしも俺が処刑人だった頃の記憶や経験を頭から呼び起こしたら、また『処刑人』に戻ったりしないかってさ」

 

 

「......質問の意図がわかりかねますが、つまり人間との命のやり取りや悪人に対する敵意などが芽生えた場合、殺人衝動を抑え込めるのか、ということですか?」

 

 

そうだ、クラウドは正直に言うとまだ処刑人だった頃の感覚を忘れた訳ではない。理性では誰かを殺すことに抵抗があっても、感情ではそれがない。

自分は犯罪の根絶のために技術を振るって人を殺してきたが、そうでないなら誰かを――

 

 

「殺したくない、って思ってはいる。だけど、俺は5年前に比べたら本気の戦いに弱くなってる。だから、自分の中の処刑人(昔の俺)に負けるんじゃないかって――」

 

 

突如、腹の辺りに柔らかい感触が生まれた。少しの圧迫感と温かい体温。そして服越しでも伝わるサラサラとした長い銀髪の肌触り。

キリアが自分に体重を預けて両腕を身体に回しているのだ。

 

 

「負けませんよ」

 

 

「....キリア」

 

 

「負けません、絶対に。今の貴方には私もヘスティア様もベル様も、勿論ロキ・ファミリアの方々も――そういった大切な方々がいますから。

 

誰かのために戦うクラウド様は最強です。自分の過去に――去っていった過ちに負けるなんて、有り得ませんよ」

 

 

笑顔だ。まさしく御伽噺に出てくる精霊のように眩しい笑顔で励ましてくれた。

負けられないな、と苦笑いしながらクラウドは彼女の頭を撫で続けた。




前回は多くの感想ありがとうございました。非常に嬉しかったです。これからもよろしくお願いします。

あと、この話を書いててキャラの設定とかを覚えてもらえているか不安になりました。なるべく地の文などで説明しますが、話についていけなくなった場合は前の話をご覧になってください。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第21話 魔導書

今回はネタや恋愛要素が多く含まれます。それを踏まえて御覧になってください。


「クラウドさん、今帰りました」

 

 

「おう、おかえり」

 

 

ベルがバスケットを返しに行って数十分後、代わりに分厚い本を抱えて帰ってきた。キリアはクラウドと話した後、再びお昼寝タイムに入っている。

クラウドは白のYシャツの上からエプロンを着て夕食の準備をしながら、ベルに尋ねる。

 

 

「それどうしたんだ? 随分仰々しい本だけど」

 

 

「ああ、これ....シルさんから借りたんです。とは言っても元々は酒場に置き忘れてた人のものらしいですけど」

 

 

へぇー、と生返事をして残りの食材を確認する。キャベツやニンジン、その他諸々の野菜が残っていたのでこれらを野菜炒めにしようと調理場に移動してフライパンを温め始めた。

 

 

「あとは....パンか。最近こればっかだな」

 

 

パサパサのパンも出てきた。何か付け合わせがあればいいが、極貧ファミリアにそんな余裕はない。ただでさえ4人分の食費をダンジョンでの稼ぎとヘスティアのバイト代から賄っているので、贅沢など言ってられないのだ。

 

 

「なあ、ベル。明日の朝食は......ベル?」

 

 

クラウドが振り返ると、どういうわけかベルは小さな木製のテーブルの上に借りた本を開いて、それに突っ伏していた。

 

 

「読んでて眠くなったのか? それにしては早すぎるけど....」

 

 

起こしてやろうかと思ったが、ここ最近ダンジョンで稼ぐために必死になっているベルのことを思うとそうしたくはなかった。クラウドは傍にあった自分の上着を優しくかけてやると、夕食の調理に取り掛かった。

 

 

「たっだいまー、帰ってきたよ!」

 

 

元気な声と共にドアが開かれ、地下室にその音が響く。ふとドアの方に視線を向けるとヘスティアが帰ってきているのが見えた。

 

 

「あれ? ベル君、寝てるのかい?」

 

 

「みたいだな。そろそろ夕飯できるから起こしてくれるか?」

 

 

「ああ、うん。ベルくーん、ほらほら今日はステイタス更新をするんだろう」

 

 

ヘスティアがベルの肩を揺すって起こす。ベルは眠そうに目を擦りながら、大きく欠伸をしていた。

 

 

「あ....か、神様?」

 

 

「そうそう、ボクだよ。慣れないことして眠くなったのかい?」

 

 

「あはは....そうみたいですね」

 

 

ベルは早速シャツを脱いでベッドにうつ伏せになって背中を晒す。ヘスティアはそれに股がってステイタス更新を始めた。

 

 

「なるべく早く終わらせろよ」

 

 

「わかってるよ」

 

 

クラウドは4人分の食器をテーブルに並べ中央に料理の盛られた皿を置いた。今日の豆のスープと野菜炒めはかなりいい出来に仕上がったと自分でも感心しているほどだ。

奥のカーテンで寝ているキリアを起こしに行こうとするクラウドの後ろから、ヘスティアがボソッと声を漏らす。

 

 

「....魔法」

 

 

「「え?」」

 

 

ベルとクラウドはそれに同じタイミングで反応した。ベルのステイタス更新中にその単語が出たのは、単なる偶然なのか。

 

 

「魔法が....発現した」

 

 

「ええええっ!?」

 

 

「へばにゃっ!?」

 

 

ベルが驚きのあまり上体を起こしたため、それに股がっていたヘスティアは妙な声を上げて後ろに倒れ込んでしまう。

 

 

「ふああ~....クラウドさまぁ、何事ですか?」

 

 

「......」

 

 

クラウドが開いたカーテンから寝間着姿のキリアが可愛らしく欠伸をしていたが、それは彼の耳には届いていない。弟分の突然の成長に言葉を失っているのだ。正直、まだ実感が湧かないと言っていい。

 

 

「ヘスティア、俺にも見せてくれ」

 

 

ヘスティアはすぐさまステイタスを紙に写してベルに渡した。そこの《魔法》の項目には【ファイアボルト】という文字が確かに存在する。だが、クラウドにはそこに確かな違和感を感じた。

 

 

「詠唱文がない....?」

 

 

そう。魔法とは本来、詠唱文の後に魔法名を口にして初めて発動できる。

魔法詠唱の省略スキル【魔術装填(スペル・リロード)】と魔法のスロット数の制限無効スキル【魔術開放(スペル・オーバー)】を持つクラウドでさえ、ステイタスの魔法項目にはそれぞれ長ったらしい詠唱が存在する。

つまり、この【ファイアボルト】という魔法の特性は――

 

 

「ベル、もしかしたらこの魔法....詠唱の必要がないのかもしれないぜ?」

 

 

「必要ない....んですか?」

 

 

「その分威力は落ちるだろうが、それにしても無詠唱か....俺も聞いたことないぞ」

 

 

クラウドが腕を組んであーだこーだと思案していると、ヘスティアがそこに割って入る。

 

 

「まあ、とにかく明日ダンジョンで試し撃ちでもしてくるといいさ。大丈夫、慌てなくても君の魔法は逃げたりなんかしないぜ?」

 

 

「あ、はい....そうですね」

 

 

もう夜遅いし、これから夕食だ。ダンジョンに行くわけにもいかないし、それに一晩眠ると魔法が消滅するわけでもない。明日から心置きなく使えばいいのだ。

しかし、それを了承していたベルの表情はどこか不満で、残念そうな様子だった。

 

 

「さ、夕飯にしようぜ。今日はいつもより豪華にしてみたんだ」

 

 

「おお! 凄いじゃないか、さあベル君もキリア君もおいでよ!」

 

 

「はいただいま....ベル様? どうしたのですか?」

 

 

「え? ああ、なんでもないよキリアさん」

 

 

結局それから4人で仲良く食事したが、心なしかベルの表情が曇っているように見えた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「ん....」

 

 

その日の深夜。クラウドはベッドに横になった状態で目を覚ました。掛けてある毛布の中にはキリアが潜り込んでおり、もぞもぞと身じろぎをしながら寝息を立てている。そんな愛娘のような子に心が和み、右手で優しく彼女の髪を撫でてやる。

 

 

「う~ん」

 

 

すると、少し離れたところから何やら呻き声が聞こえてきた。どうやら寝言でも言っているのか意味不明な言葉を発している。

 

 

「ジャガ丸くん....許してくれ」

 

 

「?」

 

 

何でジャガ丸くんに謝ってるんだ?

 

 

「うう....ヘファイストスが揚げたてです!」

 

 

「......」

 

 

どうやらジャガ丸くんとヘファイストスがごっちゃになっているようだ。端から見ると滑稽極まりない寝言としか思えない。

 

 

「まあいいや....寝よ」

 

 

そのとき、クラウドは眠気のせいで気づいていなかった。ベルがホームにいないことに。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「で? 早とちりして魔法を試しにダンジョンに行って、考えなしに連発したせいで精神疲弊(マインドダウン)になって気絶。気がついたらアイズに膝枕されてたので必死に逃げ帰った、と。これでいいのか?」

 

 

「はい....そうです」

 

 

早朝。ベルは床に正座させられソファーに座ったクラウドに見下ろされていた。因みにヘスティアとキリアはまだ寝ている。

 

 

「しかもご丁寧に飛鳥文化アタックで逃げてきたのか? まったく、余計なところで器用だな」

 

 

「あ....あすか....ぶんか?」

 

 

ベルは全く聞き覚えのない飛鳥文化アタックという単語に疑問を覚える。

 

 

「確か、今から千年以上前にいた極東のヒューマンが使ってた技なんだってさ。簡単に言えば前転での体当たりなんだが......って、そんなことはどうでもいい」

 

 

クラウドは首を左右に振って話を戻す。

 

 

「勝手にダンジョンに行って、危険な目に遭ったんだろ? もしアイズが通りかからなかったら無事じゃすまなかったんだぜ?」

 

 

「ご....ごめんなさい」

 

 

「......はぁ。いいか、どうしても魔法を試したいなら俺が付き添いくらいしてやるから。もう無茶なことするなよ」

 

 

「......はい」

 

 

「わかればいい」とクラウドはベルの頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。

 

 

「ヘスティア、キリア。朝だぞ、ほら起きろ」

 

 

2人の身体をユサユサと揺すって起こす。目覚めた幼女2人は起き上がると眠そうにソファーに座り込む。

 

 

「おはよう、ベル君、クラウド君」

 

 

「おはようございます」

 

 

「寝癖ぐらい直さないとダメだろ」

 

 

「クラウド様が直してくださぁ~い」

 

 

寝ぼけ眼で懇願してくるキリアを他所にクラウドは朝食の準備に取り掛かろうとキッチンへ向かう。

その途中だった。昨日ベルが豊饒の女主人から借りてきた本が開いたままソファーの横に置いてある。恐らく昨日の内にここまで移動してしまったのだろうが、問題はそこではない。

その本には何も書かれていないのだ。何の文字も、何の絵も存在しない。ただの紙の束だ。そして、これには見覚えがある。

 

 

「ベル......確か昨日この本読んでたよな?」

 

 

「はい、そうですが....」

 

 

クラウドが本を拾い、冊子を閉じてから表紙部分をベルに見せると即座に肯定された。そこで思い出す。昨日ベルが魔法を発現させたのはこの本を読んだ後だということに。

 

 

「ヘスティア、これ」

 

 

「ん、何だい?」

 

 

ヘスティアに本を手渡す。もはやこの時点で自分の手が小刻みに震えていることにも気づかない。

 

 

「これは....魔導書(グリモア)じゃないか?」

 

 

「ですよねー....」

 

 

もう口調も崩れた。そう、これはそんじょそこらの本ではない。

 

 

「か、神様....クラウドさん。グリモアって一体....」

 

 

「簡単に言うと、強制的に魔法を発現させるアイテムだな。シルめ....偶然とはいえ何でこんなものが」

 

 

「も....もしかしてすごく高価だったりして........」

 

 

ベルが恐る恐る2人に尋ねると両方とも冷や汗を流しながら答えた。

 

 

「ヘファイストス・ファミリアの一級品装備と同等かそれ以上、だね」

 

 

「しかも効果は一度きり。2人目にとってはただのガラクタだ」

 

 

ガラガラガラ....レンガが崩れるような感じの音が3人の脳内に響く。

ヘファイストス・ファミリアの一級品装備となれば低く見積もっても何千万ヴァリスもする。日々の食費さえ怪しいヘスティア・ファミリアにそんな蓄えなどない。

この本が誰かの忘れ物である以上、正直に言わなくともその持ち主が名乗り出ればバレてしまう。一体どうすればいいのか、そうやって悩んでいたときヘスティアが本を持ったまま出入口へと向かう。

 

 

「いいかいみんな、君たちはこの本のことを――魔導書のことなんか知らない。そして、本の持ち主に偶然会い、本を読む前に持ち主に返したんだ......そうだろう?」

 

 

「なに普通に誤魔化そうとしてるんですか神様!? 早まらないでくださいぃぃぃ!!」

 

 

ベルは部屋から出ようとするヘスティアの腕を掴んで必死に引き止める。ヘスティアも負けじと力を振り絞って抵抗している。

 

 

「放すんだ、ベル君! もはやこれしかボクたちが生き延びる方法はないっ!!」

 

 

「やめろヘスティア! 考え直せ!」

 

 

クラウドも彼女を後ろから羽交い締めにして動きを封じる。だが、なおもロリ神様の抵抗は止むことはない。

 

 

「君たち、下界には綺麗事だけじゃ解決しないことがある! 住む場所を追い出され、ジャガ丸くんを買えないほどひもじい思いをして、廃墟の地下室に閉じ込められ、さらにはとんでもない額の負債を背負わされる....世界にはそんな不幸や理不尽が蔓延っているんだ!!」

 

 

「それはアンタの行動が原因だろ! 何を世界のせいにしようとしてんだ!?」

 

 

「放せっ、放せぇぇ!! 世界は神より気まぐれなんだぞ!」

 

 

「こんなときに名言生まないでくださいぃぃ!!」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「すいません、すいません、すいません、すいません!!」

 

 

その後、ベルとクラウドの2人で豊饒の女主人へと向かった。ベルは今現在、シルと女将のミアに平謝りしている。

 

 

「それは....大変なことをしてしまいましたね、ベルさん」

 

 

「いやいや、シル。お前も一応当事者の1人だからね!?」

 

 

確かに悪気や作為があったわけではないが、渡したのが彼女というのも事実だ。

 

 

「ベルさん、クラウドさん....許してくれないんですか?」

 

 

「すっごく可愛いけどダメです......」

 

 

ベルは顔を赤くしながら否定していたが、クラウドはそうでもなかったようだ。ただ頭を抱えて、不安に駆られている。

 

 

「全く、どうすりゃいいんだ....」

 

 

「クラウドさん、クラウドさん」

 

 

「ん?」

 

 

ちょいちょい、とジャケットの袖が軽く引っ張られる。何だろう、とクラウドが引っ張っている人物を見るとそこには満面の笑みを浮かべているシルがいた。

 

 

「えっと....一体....」

 

 

「はい、どーぞ」

 

 

シルがささっと素早く後ろに回る。すると、彼女の後ろに隠れていた人物が姿を見せた。

 

 

「......え?」

 

 

尖った両耳に金色に近い薄緑色の髪。この酒場のエルフの女性店員のリュー・リオンだ。

 

 

「あ....あの....クラウドさん」

 

 

「は、はい」

 

 

何故か敬語になってしまった。自分でも不思議としか言えない。

リューは両手を胸元まで持ってくると自分より少し背の高いクラウドと目を合わせようと上目遣いになる。何だか顔が赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

「....だ、ダメ....ですか?」

 

 

「......ッ!!」

 

 

一瞬脳が機能を停止したのではないかと錯覚してしまった。顔が熱い。心臓の鼓動がうるさい。軽いふらつきにも似た動揺を隠すことさえできない。

 

 

「だ、ダメじゃ....にゃい」

 

 

噛んだ。にゃいって何だ。猫人(キャットピープル)でも乗り移ったのか。これ以上ないくらい恥ずかしい。噛んだこともそうだが、美少女からの誘惑(?)に惑わされるほど純情な自分に。

 

 

「ほらほら、リュー。言ったでしょ、やっぱりクラウドさんはこういうのが好きなんだって」

 

 

「で、ですがシル....クラウドさんも困って....」

 

 

リューが顔を覗き込もうと距離を縮めてくる。思わぬ接近に完全に不意を突かれ、おかしな声が出そうになる。必死に堪えると、左手で顔を覆って右手を前に出す。

 

 

「嫌いとは言わないけど....その、だな....心臓に悪い」

 

 

「は、はい。気をつけます......」

 

 

何だこれ。魔導書を読んでしまったことを謝りに来たはずなのに、どういう経緯でこんな状況が出来上がったのかまるでわからなくなってきた。

そんなとき、ガコッという何かが落ちる音が思考を平静へと引き戻した。ミアさんが魔導書を店のゴミ箱に放り投げたのだ。

 

 

「確かにこいつは魔導書だね。でもま、読んじまったもんは仕方ないだろ。こんな代物を読んでくださいと言わんばかりに置いてくヤツが悪いんだ」

 

 

「「えぇー......」」

 

 

クラウドもベルもミアさんの割り切り方に驚いている。確かにこんな高価で希少なものを忘れるなど無用心極まりないが、2人としてはあまり納得できていない。

 

 

「そうですよ、もしベルさんが読まなくても他のお客様が読んでます」

 

 

「そういうことだよ。その持ち主だってそれくらいは覚悟してるさ。今回は運が良かったとでも思っときな」

 

 

シルとミアさんに押されて異論を唱えることもできない。クラウドも2人の言い分には一理あるとおもってしまっているので、余計に。

 

 

「じゃあ、持ち主が名乗り出たら俺に知らせてください。何とかしますから」

 

 

「はいはい、わかったよ。じゃあ、さっさと行ってきな」

 

 

とりあえず対策というか、間違ってもネコババにはならないようにしておいた。それを理解したのか、ミアさんも頷いて店の奥に消えていった。

 

 

「一先ずは大丈夫....なのか? 先が思いやられるな....」




サラッと書いてしまったので解説。
スキル【魔術開放(スペル・オーバー)
・魔法スロットの制限解除

クラウドが作中で5つも6つも魔法が使えてるのはこのスキルのおかげです。そろそろ疑問に思う読者の方がいらっしゃるとは思ったので書いておきました。第10話でいくつも魔法が使えることを疑問に思うシーンはあったのですが、自然に書ける機会があまりなかったのでこういう形にしています。

飛鳥文化アタックについては....細かいツッコミはご勘弁ください。アニメ5話を見て、完全にネタとして取り込んだゆえの私の遊び心です。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第22話 謝罪と告白

年内に間に合ってよかったぁ......
と、いうわけで今年最後の投稿です。今回は長いし、確認もロクにしてないので誤字脱字が多いかもしれません。気づいたら修正していきます。


「いいから寄越せってんだよ!」

 

 

「だからっ、もう渡すものはありません! ファミリアの皆さんに渡すことのできるお金は昨日の分だけです!」

 

 

リリとの集合場所に着いたクラウドとベル。そこには彼女の姿はなかったが、近くの茂みから彼女が誰かと言い争う声が聞こえてきた。

 

 

「リリっ!」

 

 

「おっと」

 

 

リリの元へ詰め寄ろうとしたベルの肩を誰かが掴む。ベルの後ろにいたクラウドはその人物に見覚えがあった。ベルがエイナと装備を整えに行った日の夕方に絡んできた男の冒険者だ。

 

 

「お前ら、あのガキとつるんでんのか?」

 

 

「だったら何だ?」

 

 

クラウドはベルの肩を掴んでいた男の手を振り払うと、庇うように前に立つ。

 

 

「あの子は貴方の探してたパルゥムとは別人ですよ」

 

 

「はっ! 間抜けだな、まあいい」

 

 

男はベルからの忠告を一蹴すると、ニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべる。

 

 

「それよりお前ら、俺に協力しろ。一緒にあのガキを嵌めるぞ」

 

 

「......は?」

 

 

「勿論、タダでとは言わねぇよ。分け前くらいはくれてやる」

 

 

クラウドはため息を吐きながら1つだけ質問をしてみた。もう殆どわかっているようなものだが、この男の意見の善し悪しを計ろうという配慮でもある。

 

 

「あいつが能無しで役立ずなサポーターだからか?」

 

 

確認にとクラウドは理由を尋ねてみる。案の定、その男は口角を吊り上げて返事をした。

 

 

「わかってんじゃねぇか。それじゃあ交渉せいり――」

 

 

「断る」「嫌だ」

 

 

当然、そんな要求を呑むつもりはない。今ここでリリと離れるのはクラウドにとって得策ではない。

 

 

「それとも、前の続きでもしてやろうか? しばらく1人で生活もできねぇくらいによ」

 

 

「ちっ....! ガキ共がぁ....!」

 

 

盛大に舌打ちをした後、男はその場から去っていった。

ガキって言われるほどの歳じゃないけどな、と心の中で言っておいた。まあクラウドの外見年齢が若いというのも事実だ。十代後半といっても差し支えない。

 

 

「クラウド様、ベル様」

 

 

「ん?」

 

 

「リリ、話終わったの?」

 

 

言われて振り返ると、そこにはいつものごとく大きなバックパックを抱えたリリがいた。

 

 

「ええ、話はつきました。それより、あの冒険者様と何をお話していらっしゃったんですか?」

 

 

若干、リリの声に真剣さがこもる。これは怒りというより疑いといった方が適切だろう。

 

 

「なあ、リリ」

 

 

「何ですか?」

 

 

「お前、あの男に何か恨まれるようなことでもしたのか? やけにお前のこと目の敵にしてたぜ」

 

 

リリと目を合わせるためにクラウドは彼女を見下ろしながら問う。

 

 

「さあ、身に覚えはありませんが。元々サポーターというのは疎まれる存在ですから、知らないところで恨みを買っていることもあるでしょう」

 

 

「へぇ......あんな個人的な恨みを、か」

 

 

少しだけ笑いを込めた表情で言ってやると、リリも対応するように薄ら笑いを浮かべる。

 

 

「クラウド様も経験がおありでしょう?」

 

 

「ああ、数えるのもやめたくなるくらいな」

 

 

このときのリリの表情。クラウドの経験に基づく推測でなければ、いやむしろそうであってほしくはないが、ある言葉に意訳されてしまった。『お前も私と同じだ』と。

 

 

「......もう、潮時かぁ」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

翌日。この日もクラウド、ベル、リリの3人はダンジョンへ行くためにバベルへと向かっていた。

リリの10階層まで潜ろうという提案にベルは困惑している。10階層は今のベルの実力なら十分通用する。しかし、その10階層以下には大型モンスターが出現するのだ。それこそ、ミノタウロスのような。

 

 

「ベル様、これを」

 

 

「....それって」

 

 

リリはバックパックからヘスティア・ナイフの倍ほどの長さをした剣を取り出す。両刃短剣(バゼラード)という武器だ。

 

 

「今のナイフでは10階層のモンスターと戦うにはやや短いですから」

 

 

「でも、これって高いんじゃあ....」

 

 

「リリの我儘を聞いてもらっていますから。これくらいは当然です」

 

 

ベルは遠慮しながらもリリから短剣を受け取った。しかし、ベルは剣帯の装備を持っていないためそれをどこにしまうか迷ってしまう。

すると、リリが自分の左腕をチョンチョンと指差しているのが見えた。左腕のプロテクターに収納しているヘスティア・ナイフを外し、そこに短剣を新しく収納。ヘスティア・ナイフは右腰のホルダーに入れた。

 

 

「よし、行こう!」

 

 

それから下りて10階層。無数の木々と草が茂り、白い霧が広がった空間だ。これは中々見通しが悪くなる造りになっている。

 

 

「リリ、離れないでね」

 

 

「....はい」

 

 

「そうこう言ってる内に、早速お出ましみたいだぜ」

 

 

クラウドが指を指した方に巨大な生物の影が見えた。3Mを越えるほどの丸く太ったモンスター、【オーク】だ。

 

 

「ベル、試しにやってみるか?」

 

 

クラウドが流し目でベルに聞いてみる。ベルは以前ミノタウロスに殺されかけたことから大型モンスターに苦手意識を持っている。それを和らげる機会でもあるわけだ。

 

 

「はい! やります!」

 

 

ベルは両刃短剣を抜き、オークへと近づく。オークも戦闘を察知して近くの木を一本引き抜いた。引き抜かれた木は瞬く内に棍棒へと変化していく。【迷宮の武器庫(ランドフォーム)】というダンジョンの特性だ。

 

 

「ふっ!!」

 

 

ベルは迫ってくるオークのがら空きな腹部に狙いをつけて刃を立てる。短剣の刀身は肉を引き裂き、鮮血を散らす。体勢を崩したオークの胸元にベルは短剣を突き刺し、絶命させる。

 

 

「よしっ....!」

 

 

「お二人とも、もう一匹来ました!」

 

 

「はいはい」

 

 

今度はクラウドがそれに対応する。右足で地面を蹴って飛び上がると、自分の倍近く身長のあるオークの首に延髄蹴りを叩き込む。

地面に膝をついたオークの頭に続けて踵落としを決めると、醜く断末魔を上げて、動かなくなった。

 

 

「ベル、そっちは大丈夫か!?」

 

 

「クラウドさん、大変なんです! リリが....リリがいなくなりました!!」

 

 

ベルに安否を尋ねると、焦った彼の声が帰ってくる。ベルとクラウドが戦っている最中にリリの姿が消えたのだと。

それから続いて、2人はある異臭に気付く。クラウドはこの匂いに覚えがあった。もしやと思って木の根元に近寄って確認してみる。そこには、加工された気味の悪い血肉が転がっている。

 

 

「モンスター専用の撒き餌か....」

 

 

それの示す意味を理解し、その後を予期する。霧の奥から4体のオークが姿を見せた。しかも何故かベルを狙って。

 

 

「まさか....!!」

 

 

クラウドはオークの行く先――ベルのいる方向へ走る。Lv.5の走力があればある程度の距離など一瞬だ。

駆け付けたところで、ベルはオークに囲まれていた。

 

 

「ベル、そこから離れろ! お前の周りにはモンスターの好きな匂いが撒き散らされてる!」

 

 

「えええっ!?」

 

 

必死で逃げ回るベルだが、突然彼のレッグホルスターに一本の矢が突き刺さる。ホルスターは矢に繋がれた紐によって引き抜かれていく。

 

 

「り、リリっ!? 何してるの!!」

 

 

「ごめんなさい。ベル様、クラウド様」

 

 

ホルスターの行方を追うと、そこには優々とヘスティア・ナイフを手にしたリリの姿があった。

 

 

「チャンスを見て、逃げ出してくださいね」

 

 

「リリ、何で....ってうわあっ!!」

 

 

リリを追おうとするがベルの前にオークが立ち塞がる。クラウドはゆっくりと銃を抜き遊底(スライド)を引く。

 

 

「待ってろよ、すぐに追いつく」

 

 

「無茶ですよ。貴方は確かにそこそこ腕は立ちますが、この数は捌けないでしょうから」

 

 

「....そうかよ」

 

 

クラウドは冷たい視線のまま、もう一丁の銃をもう片方の手に握る。リリも相変わらず表情を変えずに10階層から9階層へと続く階段を昇り始めた。

 

 

「さようなら、もう会うこともないでしょう」

 

 

カツカツと階段を踏みしめながらリリは霧の立ちこめる空間から消えていった。10階層には未だにベルとクラウド、そして6体に増えたオークの群れ。

 

 

「ど、どうするんですかクラウドさん!? このままじゃ2人とも....」

 

 

「おいおいベル、誰に言ってる?」

 

 

クラウドがハッハッハと笑いながら天井を仰いだ。とうとう混乱したのかとベルはクラウドを心配そうに見詰めるが、そんなことは全くなかった。

なぜなら、クラウドの目が全然笑っていないからだ。

 

 

「元アポフィス・ファミリア副団長(、、、)の俺にこの程度か? 片腹痛いな、リリ」

 

 

直後、辺りにいるオークの血と肉が飛沫の如く飛び散った。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

 

詠唱を終えると同時にリリの頭にある犬耳と尻尾が消える。

変身魔法【シンダー・エラ】。リリの使える唯一の魔法だ。

 

 

リリは――リリルカ・アーデは産まれたときから【ソーマ・ファミリア】の団員だった。団員だった両親の間に生まれた子だったからだ。

ソーマ・ファミリアは主神であるソーマが自分の趣味である酒造りの、その資金集めのためだけに作られたファミリアだ。完成品である神酒(ソーマ)を飲み、その旨さに取り憑かれた団員は狂ったように金を稼ごうとする。

冒険者としての才能のない自分はサポーターとして生きるしかなかった。だが、自分が相手にしてきた冒険者はロクでもない連中ばかりだ。分け前をくれるでもない、優しくしてくれるわけでもない。無能だ、役立たずだ、邪魔者だ、と。モンスターの囮にされたり、手持ちの金やアイテムを奪い取られたこともあった。

だったら、今度は自分が冒険者から奪ってやる。質のいい金やアイテムを盗んでファミリア脱退用の資金にしてやる。顔を覚えられても問題ない。【シンダー・エラ】があれば別の種族に化けることができるのだ。結局は別人ということで片がつく。

 

 

「ベル様は人が良すぎます。それに、クラウド様だって....」

 

 

さっきまで一緒にいた白髪のヒューマンと銀髪のハーフエルフの顔を思い浮かべる。ベルはとても優しくしてくれたし、クラウドも自分の正体にほぼ気づいてはいたものの自分に武器や金をくれた。

あの2人は他の冒険者とは何か違う。一瞬そんな思考が頭をよぎったが、首を左右に激しく振って否定する。

そんなはずがあるか。どうせあの2人だって優しくしたのは上辺だけで、内心では自分のことを馬鹿にしているに決まっている。

昨日、自分をつけ狙っていた冒険者の男と何やら話していた2人。あれはきっとあの男から何かを教えられたのだろう。あれ以来、2人のリリを見る目は少し変わった。猜疑心や忌避感が無意識の内に感じられたのだ。

そうだ。リリルカ・アーデは――リリは冒険者が、嫌いです。

 

 

「いつかはリリを裏切るに決まってます! だったらその前に裏切って何が悪いんですかっ!!」

 

 

8階層から7階層へと渡る階段の前にいる一体のゴブリンを左腕に装備したボーガンで射止め、先を急ぐ。

今持っている、ベルから奪ったナイフにはヘファイストスのロゴが入った鞘もついている。たとえ切れなくてもこの鞘があれば高値で売れることは間違いない。

クラウドから貰っている武器、彼曰く銃というものらしい。これについては情報が少なすぎる。ゆっくり時間をかけてこの武器の構造について探れる必要がある。

 

 

「でもこれで....っ!!」

 

 

ようやく、ソーマ・ファミリア脱退の目処が立つ。

そう心に聞かせながら7階層への一歩を――

 

 

「嬉しいねぇ、大当たりじゃねぇか」

 

 

「え?」

 

 

踏み出せなかった。その一歩は何者かに足を引っ掛けられたせいでバランスを崩され地面に倒れてしまった。

 

 

「いっつ......」

 

 

両手を地面について顔を上げる。そこには、どういうわけか例の冒険者の男が、昨日2人と話していたヒューマンが立っていた。

 

 

「散々舐めやがって....この糞パルゥムがっ!!」

 

 

胸ぐらを掴まれ有無を言わせず投げ飛ばされた。地面を二転三転し、ようやく止まる。まだ終わらない。腹に蹴りを何発も入れられ視界がぶれる。思考が追いつかない。

 

 

「いいザマだな、コソ泥」

 

 

「うっ......あっ、あああっ......」

 

 

男は頭を掴み無理矢理引っ張り上げてきた。

 

 

「そろそろあのガキ共を捨てる頃だと思ってなぁ。こうして網をはってりゃあ、絶対に会えると思ってたぜ?」

 

 

「あ、み......!?」

 

 

「ああ、この階層でお前が使える道はそう多くねぇ。何ヶ所かで張ってりゃあ必ず引っ掛かると思ってたんだが、まさか俺のとこに来てくれるとはなぁ!?」

 

 

リリは戦闘能力が無い分、極力戦闘をしなくて済むルートを把握している。男はそれを知った上で何人かの協力者と待ち伏せしていたのだ。

 

 

「今すぐにでもブッ殺してぇとこだが、その前に....金目のもんは頂くとするかぁ?」

 

 

男はリリのローブを引き剥がし、その中のものを検める。

 

 

「魔石に、金時計にぃ....おいおい、魔剣まで持ってんじゃねぇかよ!? こいつも盗んだってか!?」

 

 

嗜虐的な笑みを浮かべて男は大笑いする。美しい光沢のナイフ、つまりは魔剣にかなり満足したようだ。

 

 

「それからぁ....ん? 何だこりゃ? おかしな武器じゃねぇか? まあ後生大事に持ってるってこたあ、よっぽど上等なもんなんだよなぁ!?」

 

 

最後に奪ったのは、銀色の輝きを放つ飛び道具の武器――リリがクラウドから借りていた銃だ。

 

 

「そっ、それは......」

 

 

「何だ、何だぁ? そんなに渡したくねぇってか? お願いでもしてみるんだなぁ、役立たず(サポーター)

 

 

全ての装備を奪い取られ、リリにはもう抵抗の意思さえ見出だせない。ここで、目の前の男とは別の声が響く。

 

 

「やってますなぁ、ゲドの旦那」

 

 

「おう、早かったな」

 

 

現れたのは1人の獣人と2人のヒューマンだ。3人の顔にははっきりと見覚えがあった。全員ソーマ・ファミリアの団員であり、リリに金をせびっていたのも彼らだ。

 

 

「見ろよカヌゥ、こいつ魔剣まで持ってやがった。予想通り、たらふく溜め込んでやがったみたいだぜ」

 

 

「ああ、そうですかい。それなんですかね、旦那。一つ頼みがあるんですが......」

 

 

「何だ? 魔剣(これ)はやらねぇぞ、こいつは俺が捕まえたんだからな」

 

 

ナイフをくるくると片手で振りかざしながらゲドと呼ばれた男は答えるが、カヌゥは「いやいや」と首を左右に振る。

 

 

「そいつから奪ったもん全部置いていってほしいんでさぁ」

 

 

「は?」

 

 

ドサッ、と重い何かが投げ捨てられる音がした。カヌゥの足元にそれと思しきものが転がっている。

黒い、蟻の上半身――

 

 

「き、キラーアントっ!?」

 

 

「そ、瀕死のキラーアントは仲間を呼ぶ信号を発する。冒険者の常識でさぁ」

 

 

「しょ、正気かてめえらあああっ!!」

 

 

もしそんなことをすれば辺り一体からキラーアントの群れが現れる。Lv.1の冒険者にとっては脅威だ。

そうこう言っているうちに無数のキラーアントが部屋に集まってくる。

 

 

「旦那、俺達とやりあってる間にそいつらの餌食になんてなりたくないでしょう?」

 

 

「ちっ、畜生....!! 覚えてやがれっ!!」

 

 

ゲドは持っていた金品を地面に放り投げると一目散に逃げ出した。

その場にはリリとカヌゥら4人が取り残される。

 

 

「アーデ、助けに来てやったぜぇ? 何せ同じファミリアの仲間だからなぁ」

 

 

「か、カヌゥ....さん....」

 

 

「お前、もう金は無いとか言ってやがったがまだあるんだろ? なぁ、俺の言いたいことわかるよな?」

 

 

キラーアントを何体か蹴散らしたカヌゥはリリを睨みながら頭を掴む。リリは苦々しく唇を噛みしめると、首から下げていた鍵を渡す。

 

 

「ノームの貸出金庫の鍵です....お金は宝石に変えて....保管しています」

 

 

「そうかそうか、ありがとよっ!」

 

 

リリから鍵を強引に奪い取ると、続けて彼女の軽い身体を持ち上げる。

 

 

「な、何をっ....!?」

 

 

「ヤバそうだからな、囮になってくれや」

 

 

「そんな....!! 話が違いますっ!!」

 

 

 

 

「サポーターなんぞとまともな話するかよ!! 最後に俺達の手助けでもしてくれよなあ!!」

 

 

 

 

キラーアントの群れの真ん中に投げられ、カヌゥたちはそそくさとその場から逃げていった。キラーアントは殆どリリの元に集まり、辺りを囲む。

 

 

「ふ、ふふっ、はははっ」

 

 

思わず笑ってしまった。ベルとクラウドを裏切って、金品も強奪されて、終いにはここでキラーアントの群れに囲まれただ死を待つ破目に遭っている。そんな状況にもはや笑いがこみ上げてきてしまう。

 

 

「どうして....神様は、どうしてリリをこんなリリにしたんですか....?」

 

 

地面に仰向けに倒れたまま、そう呟く。これは報いなのか。もしかしたら自分を理解できるかもしれなかった人を裏切った自分に対する、報い。

弱くて何もできないくせに、一丁前に何かを手に入れようとしたことに。

 

 

「寂しかったなぁ......」

 

 

寂しい。両親が死に、孤独になった自分は利用されて、搾取されて、そんな日々が続いたせいで自然とそんな感情は閉じ込めるようにしていた。しかし、心の奥底ではそうではない。

本音では、本心では本当に寂しいと感じていた。

もしかしたら、あの銀髪の青年と白髪の少年は自分にとっての特別だったかもしれないのに。

 

 

「やっと....死ぬ」

 

 

段々とキラーアントの姿が迫ってくる。その鉤爪を降り下ろそうと手を振りかぶって近寄ってくる。

 

 

「し....ぬ....?」

 

 

死。そうか、もう自分は死ぬのか。死ぬのは経験したことはないがきっと痛いのだろう。だが、これで今の自分から、リリルカ・アーデから別の誰かへと変われるかもしれない。

変われる、そうだ。それなら、殺されることなんか、死ぬことなんか――

 

 

「こ....わい....しにたく....ない」

 

 

 

 

 

「よく言った、それでいい」

 

 

 

 

 

リリの耳に、カヌゥたちともゲドとも違う声が届いた。声の方向に視線を向けると、人間大の何か(、、、、、、)がキラーアントの頭に直撃した。

 

 

「どんなときだろうと、諦めるな。死ぬことを許容するな。それさえ出来ればお前は十分立派だ」

 

 

「く、クラウド....さま? それにベル様も?」

 

 

投げられたのは驚くべきことにベルだった。声の方向にいた人物であるクラウドは左手に銃を持って不敵に笑っている。

 

 

「待ったか、リリ。ん? どうやらヘスティア・ナイフは持ってるみたいだな」

 

 

クラウドの足元には何故かさっき逃げたはずのカヌゥたちが転がっていた。ところどころに打撲の痕が見られるのがわかる。

 

 

「おら、さっさと返せ。クズの手に渡すくらいなら粉々に砕いた方がマシなんでな」

 

 

「ぐっ....ああっ....」

 

 

ボロボロになっているカヌゥの手からシルバーフレームの銃を取り上げる。クラウドがリリに渡していた銃だ。

 

 

「ベル! さっさと起きろ! このキラーアント共を一掃するからな!」

 

 

「ふぁ....ふぁい。というか、クラウドさん......投げないでくださいよ、痛いです....」

 

 

クラウドはベルとリリの回りにいるキラーアントに銃口を向ける。そして、一瞬。

ほんの一瞬でキラーアントの額に銃弾を叩きこみ、絶命させる。

 

 

「ほらほら、立て。そんなに速く投げてないだろ」

 

 

「速いですよ!! 本気で死ぬと思いましたからね!!」

 

 

クラウドはベルを起き上がらせると、その手にナイフを握らせる。

 

 

「ちょっと待ってろ、リリ。お前には話さなきゃいけないことがあるんだ」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

それからは、もう一方的な戦いだった。キラーアントの群れに2人はものともせずに簡単に蹴散らしていった。暫くすると、辺りにはキラーアントの大量の魔石が転がっているだけとなっていた。

 

 

「......どうやって、ここまで」

 

 

走ってきたんだよ(、、、、、、、、)。お前がどこに行ったかわからないから時間がかかったけど、ベルを抱えたまま走り回るのは結構疲れるもんだな」

 

 

「そ、それよりもリリ、大丈夫? 怪我してる......」

 

 

ベルはリリに駆け寄りポーションを差し出す。だがここでクラウドがそれを制した。

 

 

「待て、ベル。俺はリリと話さないといけないことがあるんだ」

 

 

「......」

 

 

リリはきまりが悪そうに俯いてしまう。間違いなく、窃盗の件だろう。今の自分は魔法を解いて元のパルゥムの姿に戻っている。それについて糾弾しようという腹なのだ。

そう思っていたからだろう。彼が頭を下げてきたことに戸惑いを隠せなかった。

 

 

「お前に謝らないといけない。謝って済む問題じゃないが、謝らせてくれ」

 

 

「え?」

 

 

「クラウドさん?」

 

 

隣にいるベルも何のことか理解できていない。クラウドの真意は一体何だ? 何故自分に謝ることがある?

 

 

「ベルも聞いてくれ、これはお前にも謝らないといけないことなんだ」

 

 

「で、ですからっ、一体何なんですか? 何をしたんですか!?」

 

 

リリからの言葉にクラウドはゆっくりと顔を上げる。そして、膝を折ってリリと目線を合わせる。クラウドはリリの目を真っ直ぐに見据えて、衝撃の告白を口にする。

 

 

 

 

「リリ、お前の両親を殺したのは俺だ」

 

 

 

 




来年もよろしくお願いします! 元気にやっていきましょう!

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第23話 罪の精算

明けましておめでとうございます。
合計11話となりましたが、ようやくこれで原作2巻分は終了です。
いやはや、長かった。


6年前 迷宮都市オラリオ

 

 

「【焼き払え】」

 

 

暗く、闇に閉ざされた道を一条の炎が照らす。直後にそれを受けたエルフの冒険者は頭から爪先までを燃やされ、絶命する。

処刑人――クラウド・レインはその一部始終を無表情でやってのけた。

 

 

「今日だけでも4人か......懲りないヤツらだ」

 

 

クラウドは銃をホルスターに戻すと、ウンザリしたように顔を曇らせた。今日の昼に情報が入って、今の今まで4人の冒険者を殺した。

処刑人になって2年、もう15歳になったクラウドだが未だにこの習慣には慣れていない。2年前にアポフィス・ファミリアが解散となって、ロキ・ファミリアに移籍しても彼の無愛想な雰囲気は変わらず残っている。

 

 

「毎日、毎日、殺して殺して。キリがないぞ」

 

 

ここ迷宮都市オラリオには現在絶えず犯罪が起こっている。人が殺され、金品が盗まれ、派閥同士が争う。

犯罪者たちがいざこざを起こすこと自体はどうでもいいが、それで平和に生きている人々や神が苦しむことは容認できない。

今日殺したのも凶悪な犯罪に手を染めていた連中だ。死んで当然とまでは言わないが平和への犠牲になっても致し方ないとは思えた。

 

 

「いやあ、お見事。流石は元アポフィス・ファミリア副団長殿」

 

 

「......審議員か」

 

 

路地裏から黒の外套を着た長身の人物が現れる。何度会っても顔さえ見せないが、声からして男だということはわかる。

 

 

「今の俺はただのロキ・ファミリアのLv.5。元の派閥(アポフィス・ファミリア)にいたときとは違う。これは俺の意志でやってることだ」

 

 

「はっはっは、潔い方だ。そういうところは私も見習いたいものですね」

 

 

「馬鹿にしてるのか」

 

 

クラウドが少し眼光を強めて男を睨むが、それを意にも介さないと言った風に外套の下で嘲笑いをされる。

 

 

「それはそうと、新しい仕事です」

 

 

「今片づけたばかりなのにすぐ次か? 非公式組織とはいえ、ギルドの職員ってのはそんなに暇なのか?」

 

 

「ええ、どこかのハーフエルフの方が頑張ってくださるので大幅に余裕ができているのですよ」

 

 

ウザい。普段は口には出さないような口調で内心毒づいた。軽く睨みつつ男から標的の情報を記した書類を受け取る。

 

 

「次の標的はアーデ夫妻。ソーマ・ファミリア所属のパルゥムの夫婦で、両方ともLv.1です」

 

 

「こいつらは何をしたんだ?」

 

 

「......毎度のことですが、貴方は犯罪者なら構わず殺すのでしょう? わざわざそんなことを聞く必要があるのですか?」

 

 

クラウドは書類を捲って目を通しながら答えた。

 

 

「大いにあるな。俺はお前らに雇われてるんじゃなくて、自分の意志で殺しをやってる。だから殺すべきじゃないと思う奴は殺さないんだ」

 

 

「......殺人、詐欺、強盗。その他いろいろ、です。まあ当然でしょうね、何せソーマ・ファミリアの団員ですから」

 

 

「当然、か。確かにソーマ・ファミリアは得体が知れない。主神のソーマの趣味に振り回されてるせいからだろうがな」

 

 

クラウドは書類を二つ織りにして踵を返した。とりあえずロキ・ファミリアのホームに帰ろうと歩を進める。

 

 

「ソーマのことはよろしいのですか?」

 

 

「何の話だ」

 

 

「貴方のことですから、『いくら神でも子供たちをこき使うことは許せない』くらいは言うかと思いましてね。

自分の趣味にご執心なさっているから悪意はない。それこそ相当タチが悪いでしょう?」

 

 

クラウドはピタリと歩を止めた。ソーマは酒造りの資金集めのために自分の眷族を奔走させ、犯罪に走らせる原因ともなっている。

ソーマにとって自分の眷族はどうでもいい存在なのかもしれないが、その責任を背負う姿勢を見せてはどうか、という意見だろうか。

 

 

「俺は悪事を働く奴はギルド職員だろうが第一級冒険者だろうが、それこそ神だろうが関係なく潰す主義だ。

だから今から言うことはこの世界に生きる奴全員に対してってことは言っておく」

 

 

クラウドは顔だけを後ろに向けて、息を軽く吸う。そして、口を開いた。

 

 

「悪事っていうのは悪意がある方が悪い。

悪意がないなら、まだやり直せる可能性があるんだからな」

 

 

「俺から言うことはそれだけだ」とクラウドは再び歩き始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「今帰ったぞ」

 

 

夜8時を回った頃、クラウドは現在のホーム【黄昏の館】の扉を開いた。近くにいた団員に軽く挨拶を済ませるとすぐに脱衣場へと向かった。着ていた黒いローブを脱ぎ、白のYシャツになるとローブについた血を落とそうと手洗いを始めた。

 

 

「(血に染まり、血に沈む、か。認めたくはないが、意外と俺の性分に合ってるのかもな)」

 

 

アポフィス・ファミリアに所属していた冒険者はほぼ例外なく暗殺者だ。剣術も体術も一通り覚えさせられた。人殺しのためにだ。

無論、元々それらの戦いの技術は相手を殺すことを目的としての作られたものだ。精神統一とか悟りを開くなどの考えを否定するわけではないが、それらのものとは自分はあまり相容れないのも事実。

 

 

「(前に比べて見た目も変わったな......)」

 

 

正面の鏡に映る自分の姿――一見すると女性のようにも見える黒髪のハーフエルフを見つめる。ここ数年で身長は170C(セルチ)まで伸びて、いくらか大人びてきた。

クラウドは濡らしたローブに洗剤をつけてブラシで汚れを落としていく。血の臭い、ましてや人間のものとなればファミリア内の人間に怪しまれることは間違いない。いくらファミリアの仲間だろうと自分の正体に感づかれるわけにはいかないのだ。

洗濯を始めて5分ほど経ったころ、服の裾を誰かがくいくいっ、と引っ張ってきた。手を止めて誰なのか確認してみる。

 

 

「お兄ちゃん、帰ってたの?」

 

 

「......アイズか。ただいま」

 

 

自分の肩ほどまでの背丈をした金髪金眼の女の子が円らな瞳でこちらを見ていた。

アイズ・ヴァレンシュタイン。クラウドの妹分にして、8歳から1年でLv.2となった天才冒険者でもある。

 

 

「まだ寝てなかったのか。明日は皆とダンジョンに行くんだろ? 早く自分の部屋に戻った方がいい」

 

 

「......で、でも」

 

 

「?」

 

 

「お風呂......入ってないから、お兄ちゃんと入ってもいい?」

 

 

ああ、それね。

クラウドは8歳の頃からアイズとよく風呂に入っている。とはいっても、自分は服を着て彼女の髪や背中を洗ってやっているだけなのだが。

 

 

「ああ、そうか。わかった、いいよ。風呂は今誰か入ってるか?」

 

 

「大丈夫。今なら空いてるから」

 

 

アイズは手を伸ばして無言のまま何かを訴えてくる。

クラウドは珍しく苦笑いしながら、その手を取って風呂場へと向かった。

 

 

「(アイズのためにもこのまま気づかれずに終わらせたいよな......)」

 

 

当然、クラウドは審議員の人間以外に自分が処刑人だとは明かしていない。

アイズにバレれば、それこそロキ・ファミリアへの迷惑にもなる。できることなら一生知られることなく終わらせたいと考えている。

 

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

 

「......何でもない、心配するな」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

雨足が強まり、雷鳴が響く。浅い水溜まりを踏んで雨水が跳ねる。降りしきる雨に全身がずぶ濡れになるが、それでも構わず走り続けていた。

そうして2人のパルゥムは盗んだ金貨と宝石を抱えて走っていた。息が切れてもう走れなくなったのか、適当に雨を凌げる軒下に入った。

 

 

「これで......これでもっと神酒(ソーマ)を......」

 

 

「ああ、目標金額まであと少し......」

 

 

2人のパルゥム――アーデ夫妻はソーマ・ファミリアに所属する冒険者。他の団員と同じく神酒の味に魅了されたことが事の発端。

金を稼いでまた神酒にありつく。その一心で犯罪にまで手を染めたのだ。幸い今のオラリオでの犯罪は日常茶飯事。自分たちのような小悪党がいたところで中立の立場にあるギルドからはお咎めなどないのだ。

 

 

「ふふふ......これでまた一儲けだね」

 

 

「そうだな。あの神のことだ、この金の出所を気にしたりしないさ」

 

 

2人ともギラギラした眼で盗んだ金品に目を通す。神ソーマはただ酒が造れればいいのだ。それを呑むために汚いことをやって何が悪い。

こんなこと他の誰でもやっていることなのに――

 

 

「アーデ夫妻だな」

 

 

ザッ、と何者かが雨の中から姿を現す。黒いローブが雨を弾き、同じく黒いブーツが石造りの地面を踏んでいる。

見るからに怪しい人物だった。

 

 

「お前らには犯罪者として死んでもらう。個人的な恨みはないがな」

 

 

「な、なに――」

 

 

アーデ夫妻の妻の方が立ち上がって此方を向く。

その瞬間、雷雨に混じって一陣の風が吹いた。

 

 

「を......」

 

 

口から言葉がかろうじて漏れ出た。一言言い終える前に、黒いローブの男は――クラウドは彼女の頸椎をナイフで切り裂いた。

有無を言わせず即死させ、死体を地面に転がす。

 

 

「うっ、うわああああっ!!」

 

 

「無駄だ」

 

 

残された男の方も一瞬遅れて腰に差した剣を抜いて斬りかかってくるが、クラウドには全く通用しない。

上段からの切り下ろしを身体を捻ってかわされ、剣を持つ手を掴み思い切り捻られる。

 

 

「ぐぎゃあああああっ!!」

 

 

「抵抗するな、そうすれば楽に殺す」

 

 

男の右腕はおかしな方向に曲がり、剣を取り落としてしまう。激痛に耐えられず蹲ってしまう彼を他所にクラウドはホルスターから拳銃を取り出した。

 

 

「ま......さか......おまえが、しょ、けい......にん......?」

 

 

クラウドは慣れた手つきで銃の先端にサイレンサーを取りつける。そしてサイレンサーの先端を地面に座り込んだ彼に向けた。

 

 

「お前には関係ない」

 

 

サイレンサーによって軽減された発砲音が2度、発生した。撃たれた男の額と喉からは止めどなく血が流れ、雨によってその都度消えていく。

 

 

「後は死体の始末......忙しくなるな」

 

 

サイレンサーを外し、落ちた2つの薬莢を拾う。今回は時間があるので残った死体は人目のつかないところへ移動させておこう。

そこでふと、背後から誰かの気配がした。振り向くと1人の栗色の髪をしたパルゥムの少女がこちらを見ているのがわかった。

 

 

「......お前、何しに来た?」

 

 

少女は足を震えさせ、顔を真っ青にしながら口を開く。暫くはまともに言葉を紡ぎ出せなかったのか、口を開閉させただけだったが、ようやく声を出せた。

 

 

「....だ、誰....なんですか?」

 

 

「俺は処刑人だ。知ってるだろ?」

 

 

雨と雷が煩くて会話が面倒だったが、そう返しておいた。今の自分は変装しているのだから、大した問題にもならないだろう。

 

 

「『これ』の始末で忙しくなるんだ。寄り道せずにさっさと帰れ」

 

 

クラウドは一応少女に警告をしておき、さっさとその場を離れようと2つの死体の首根っこを掴んで引き摺っていった。

少女は呼び止めるのでもなく、ただその場に立ち尽くしたまま動こうとしなかった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「クラウド....さんが」

 

 

「しょけい....にん?」

 

 

リリもベルも開いた口が塞がらず固まっている。

8年前からオラリオに存在するとされる凄腕の冒険者。犯罪者の殺害を生業とする暗殺者。髪の色こそ黒から銀になってはいるが顔立ちは6年前からさほど変わっていない。

その本人が目の前にいることに、理解が追いつかない。

 

 

「お前の両親は6年前の夜に黒いローブの男に殺された、そうだろ?」

 

 

「......」

 

 

リリは何も答えられず目をそらす。クラウドはリリと目線を合わせるように地面に跪く。

 

 

「そのときの状況を詳しく話そうか? 信じられないならいくらでも話すつもりだぜ」

 

 

「もういいです......信じます、から」

 

 

リリは立ち上がり自分と目線を合わせていたクラウドを見下ろす。

 

 

「クラウド様はいつからリリの正体に気づいていたのですか?」

 

 

「疑ってたのは初日のときから、お前がパルゥムだと気づいたのは昨日だよ。お前が最初にアーデ姓を名乗った時点で妙だとは思ったけどな」

 

 

リリは非常に複雑な表情で頭を抱える。目の前の青年が自分から両親を奪った張本人だと知って、どう接すればいいのかわからないのだ。

 

 

「それで、リリをどうしたいのですか? そのことについて、クラウド様はリリに何をさせたいのですか?」

 

 

クラウドは無言で正座すると、リリの足元に自分の拳銃を置く。

 

 

「俺の罰はお前に委ねる。ここで俺を殺したいなら、そうしてくれて構わない」

 

 

「く、クラウドさんっ! そんなのって......!!」

 

 

ベルはクラウドの意見に酷く狼狽した。下手をすればクラウドはここでリリに射殺されてもおかしくない。それをベルが黙って見過ごすはずもないのだ。

 

 

「ベル、頼むから手出しはしないでくれ。こうなることは覚悟していた。

どんなに建前や綺麗事を並べても、俺が処刑人だったことが――俺が人殺しだったことが変わるわけじゃない」

 

 

クラウドは両手を足の上に置く。そして、ゆっくりと両目を閉じた。

 

 

「人を殺して誰かを助けても、それで不幸になる誰かがいる。

だったら、俺が罰を受けなきゃならないだろ」

 

 

人殺しの罪は償う。たとえ犯罪の根絶と抑止という大義名分があろうと、殺された人間の家族や友人を不幸にしたことには変わりない。

結果を出しても、それが帳消しになるなど虫が良すぎる。

 

 

「リリ、いくらでも俺のことを嫌っていい。憎んでいい。恨んでいい。

だから......お願いだから、嫌う相手を間違えないでやってくれ。

冒険者が嫌いなら、俺がお前の嫌いな冒険者になる」

 

 

「だから」とここまで言ってクラウドは口を閉じる。今まで言わなかったが、今ここでかつて自分が不幸にした少女に向けて言う。

 

 

「お前が俺を裁いてくれ」

 

 

リリはしばらくの間何もしなかった。ベルは何も言えずにその場に立ったまま2人のやり取りを傍観するだけ。

クラウドは相変わらず目を瞑ったままリリからの返しを待っている。

 

 

「か......なんですか」

 

 

リリが小さな声で何かを呟いた。リリは地面に落ちていたシルバーフレームの拳銃を拾い上げる。

 

 

「馬鹿なんですかッ!!」

 

 

リリは力任せに拳銃をクラウドの方へ投げる。クラウドは突然の事態に驚いて反応が遅れてしまい、拳銃が彼の顔面にぶつけられる。

 

 

「自分が何を言っているのかわかっているのですか! リリは盗人です! ベル様とクラウド様を騙して散々利用した挙げ句に使い捨てようとした悪者です! そんなリリがどんな顔でクラウド様を殺せるっていうんですか!?」

 

 

リリは涙を流しながらクラウドに怒鳴る。喉が枯れるほど大きな声でクラウドに食って掛かっていた。

 

 

「たとえそうでも、俺はお前に委ねる他に方法は......」

 

 

「リリにそれを委ねて、リリがクラウド様を殺したらどうなると思ってるんですか!! ベル様も、クラウド様の友人も確実に不幸になります!! クラウド様は自分の大切な人を不幸にしたいとでも言うつもりですか!!」

 

 

「......ッ!!」

 

 

クラウドは核心を突かれたように顔を強張らせて唇を噛む。リリが味わった不幸をベルやヘスティアたちにも味あわせることになる。

さっき自分が言ったことではないか。人が死ねば、その人を大切に思う誰かが不幸になる。

 

 

「もしそれでも殺されないといけないのなら、リリだって同罪です! 何度も人を傷つけてきた悪い奴です! それでもリリは許されて自分は許されないってことですか!?」

 

 

「俺はそれでいい。俺にはリリを責める権利なんか無いからな」

 

 

リリは感情に任せて言いたいことを全てクラウドにぶつける。両親を殺されたことへの憎しみではない。本来咎められるべきは自分の方だという気持ちから来ている。

 

 

「リリ、僕からもお願い」

 

 

今まで黙っていたベルが2人の話に割って入る。クラウドとリリに寄り添うな形で横に腰を下ろした。

 

 

「また、3人でやっていこう。リリとクラウドさんと僕の3人で、またいつもと同じようにダンジョンに潜って頑張りたいんだ。

僕にとっては2人とも大切だし、必要な人なんだ。だから、僕もちゃんと力になりたい」

 

 

ベルからの一言。リリの封じ込められていた感情はそれで決壊してしまった。大粒の涙を流し、その場に蹲る。

それをベルは優しく抱き締めた。

 

 

「ごめ......ごめん、なさいぃぃっ......!!」

 

 

それを見ていたクラウドはリリを抱き締めるベルの上から、さらに手を回して2人を包んだ。

 

 

「......俺も、今まで隠してて悪かった。ベルにも、リリにも」

 

 

クラウドはいつもより一層哀しそうな顔で2人を抱き寄せた。

こうやってちゃんと助けてやればよかった。今も、昔も。

そう思いながらそのまましばらく時は過ぎていった。




本編よりクラウドの回想の方がかなり長いってどういうことだろ(すっとぼけ)
読者の方にオチで驚いていただけたなら非常に嬉しいと思っております。
お気に入りが700を越えました。皆様、今後ともよろしくお願いします。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入くださ


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クラウド&ベルinトレーニング
第24話 二つの再会


はい、今回も相変わらずオリキャラ登場です。
まあ、いるはずの人が出るだけなので全く知らないというわけではないですが。
では、どうぞ。


リリとの一件から数日。クラウドはヘスティア・ファミリアのホームである廃教会に外出から帰ってきた。

 

 

「おーい、ベル。ここにいたのか? さがし....て....」

 

 

「く、クラウドさん....これは....その、えっと......」

 

 

教会のボロボロになった扉を通ると、地下室へ続く奥の扉の前にベルが腰掛けていた。そこまではいい。

だが、ベルの右腕にはヘスティアが、左腕にはリリが抱きついていた。しかも、その2人の幼女はバチバチと火花を飛ばしている(ように見えた)。

ベルはクラウドが帰ってきたことに気づくと、苦笑いしたまま止まってしまったのだ。

 

 

「....ベル」

 

 

「は、はい?」

 

 

ベルはおそるおそるクラウドと目を合わせる。そんなクラウドの目は今までにないくらい穏やかだ。

 

 

「お前も年頃の健全な男子だから、そういうのに興味を持つのは普通だと思う。だけど、女遊びも程々にしておかないといつか見知らぬ誰かに後ろから刺されることになるかもしれないからな。十分気をつけないとダメだぞ」

 

 

「お、女遊びって! 違いますよ! 僕も何が何だかわからないんです!!」

 

 

「皆まで言うな、ハーレムを夢見る分には悪いことじゃないからな。何年か経ってそれがいい思い出になるか、忌むべき黒歴史になるかはお前次第だ」

 

 

クラウドの優しさと哀れみを込めた視線と言葉にベルは酷く狼狽してしまう。

 

 

「そうだ、丁度いい! クラウド君、このサポーター君にボクとベル君がどれだけ深い関係かを説明してやるんだ!」

 

 

「いや、お前らは普通の仲の良い関係としか言えないんだけど」

 

 

「深い関係というなら、リリだって負けてません! ベル様と一緒にダンジョンに潜り、戦いを共にしたという事実があります!」

 

 

「俺も一緒にいたけどね」

 

 

自分の過去のことを知っても以前と変わらず接してくれる彼女らには感謝しているものの、ヘスティアとリリの相当低レベルな争いに乗ってやれるよつな性格ではないのは相変わらずだ。

ヘスティア、リリ、エイナ、シルといった美少女たちを手籠めにするベルの実力には感服するが、彼の先輩として女遊び(本人に自覚があるかは知らないが)に耽るのは感心しない。

 

 

「それはともかくだな、ベル。エイナがお前のこと呼んでたぞ。ギルドに来いってさ」

 

 

「え、あ、はい! 行きます! すぐに行きます!!」

 

 

ベルは脱兎の如く両腕の幼女ホールドから抜けて走り出した。そんな彼の走っていく姿を見ながらクラウドも後を追いかけた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

結局、クラウドは途中でベルに追いつき、2人でギルドのロビーへと来ていた。ベルとクラウドはカウンターにエイナが立っていないことを確認すると、辺りをぐるっと見回した。

すると、奥の一角にあるソファーにエイナが座っており、彼女と向かい合うようにさらにもう1人誰かが背を向けて座っているのが見えた。

 

 

「ベル、あれじゃないのか?」

 

 

「あっ、そうですね。エイナさ....ん?」

 

 

途中でベルの言葉が詰まる。エイナの向かいに座っている人物がこちらを向いて、その顔が見えるようになったからだ。

金髪の少女――そう、アイズ・ヴァレンシュタインが、そこにいた。

 

 

「......」

 

 

「......」

 

 

ベルとアイズが見つめ合うこと数秒。ベルは簡単に折れて無言のまますたすたと早歩きで出口を目指す。

 

 

「ちょっ......ベル君!?」

 

 

エイナが座ったまま呼び止めるが、それも聞き入れず足を早める。が、しかしその肩を誰かがガシッ、と掴む。

 

 

「ダメだろ、ベル。話も聞かずに逃げたりしたら、さあ?」

 

 

「は......はい......すいません」

 

 

クラウドの笑顔(威圧)にベルはすっかり萎縮してしまい、へなへなと抵抗する力をなくした。そのままズルズルと引きずられ、件の少女の眼前へと差し出される。

 

 

「あ、あの一体何の......ご用で?」

 

 

「これ、君が落としたものだと思って帰しに来たの」

 

 

アイズはソファーに置いていたエメラルド色のプロテクターをベルに手渡した。

このプロテクターはリリとの一件があった日にベルが失くしたものだ。すぐにリリを追いかけなければならなかったので、回収もできずにそのままにしていたのだ。

 

 

「ありがとうございます......よかったぁ、見つかって」

 

 

「エイナからのプレゼントなんだから大切にしとけよ、ベル」

 

 

ベルの肩をポンポンと叩いて言ってやると、嬉しそうに頬を掻いていた。

 

 

「それと、2人に言わないといけないことがあって......」

 

 

アイズはプロテクターを渡すと、思いつめたように顔を曇らせる。何だろうと2人とも首をかしげていると、アイズは両手を身体の前に持ってきて頭を下げた。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

「え?」「は?」

 

 

ベルとクラウドが同時に素頓狂な声を出してしまう。アイズに何か謝られるようなことをした覚えもされた覚えもないはずなのだが、どういうことだろうか。

 

 

「私が取り逃がしたミノタウロスのせいで迷惑をかけて......それに、あの酒場でも酷いこと言われてしまったから......」

 

 

「ちっ、違います!」

 

 

アイズの謝罪の言葉をベルは必死に遮った。アイズはキョトンとした顔で頭を上げる。

 

 

「謝らないといけないのは僕の方で......なのにお礼も言わずにずっと逃げ続けて......だから、その、ありがとうございました!」

 

 

今度はベルがアイズに頭を下げてお礼の言葉を述べた。クラウドはそんな後輩たちの姿に微笑ましさを感じて、向かい合う2人の横に立って右手でアイズの、左手でベルの頭を撫でる。

 

 

「え....あ....」

 

 

「く....クラウドっ....」

 

 

「お互いにちゃんと話せてよかったな。ほらほら、仲直り」

 

 

「よーしよーし」と子供を可愛がるように笑顔で撫でてやると、ベルは苦笑い、アイズは顔を赤くして俯いてしまった。

 

 

「そうだ、アイズ。俺から頼みごと、というか提案があるんだけど、いいか?」

 

 

「何? 何でも言って」

 

 

「......ベルに稽古をつけてやってほしい」

 

 

真剣そうにアイズと顔を合わせてそう言った。アイズは呆けたような顔で固まり、瞬きを繰り返す。横のベルも同じようなリアクションをしている。

 

 

「ベルは素質もあるし、順調に成長もしてる。だけど、如何せん技術面で劣る部分が見えてきたからな。そろそろ誰かに鍛練してもらった方がいいと思ったんだ」

 

 

「いいけど、どうして? クラウドが教えようとは思わないの?」

 

 

アイズの意見も尤もだった。クラウドは14年前から冒険者として生きている。少なくともアイズより経験は上のはずだ。ましてや、クラウドとベルは同じファミリアという理由もある。

 

 

「最初はそれも考えたが、やっぱり無理だ。冒険者としての基礎的な技能は教えたけど、それ以上は教えられない。

お前ならわかるだろ(、、、、、、、、、)?」

 

 

クラウドは少し残念そうな顔でそう答える。アイズも何か察することがあったのか、しぶしぶ了承した。

 

 

「......わかった。君はどう?」

 

 

「じゃあ、その......よろしくお願いします!」

 

 

ベルが深く頭を下げるとアイズはニッコリと笑った。2人の仲が進展したなぁとクラウドも満足して「じゃあまたな」とその場から立ち去ろうとする、しかしそこでアイズに声をかけられた。

 

 

「待って、クラウド。最後に1つだけ」

 

 

「何だ?」

 

 

「クラウドに会いたいっていう人がいて......今すぐホームに来られる?」

 

 

「会いたい人? 誰だよ?」

 

 

クラウドの問いにアイズはしばらく黙ってしまい、なかなか言い出さない。言いにくい人物なのだろうか、と考えるがそんな奴がホームにいるのも結構想像しにくかった。

 

 

逸愧(いつき)さんが、さっき帰ってきてて」

 

 

「わかったすぐに行く!!」

 

 

最後まで聞かずに銀髪のハーフエルフは風のように走っていった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

よりにもよって「あの人」が帰ってくるだなんて、頼むから冗談と言ってほしかった。

クラウドは道行く人を器用にかわしながら、走る。

ロキ・ファミリアのホーム『黄昏の館』が見えてきた。館の前いる門番を無視して扉を乱暴に開け放つ。

 

 

「はぁ......はぁ......やっと、着いたぞ」

 

 

「早かったじゃねぇか。あと5分はかかると思ってたんだが、低く見積もりすぎたか?」

 

 

息を切らしながら扉の前に立つクラウドに軽薄そうな声がかかる。クラウドよりいくらか年上の男の声だ。

声の方向を見ると、黒髪の男が椅子にどっしりと座り背を向けているのがわかった。

 

 

「何で他の団員がいないんだ? それにロキまで」

 

 

「ちょろっと人払いをさせてもらったんだよ。俺たちが会ったら周りにどんな被害が出るかわかったもんじゃねぇ」

 

 

結局振り返らないまま男は天を仰ぐように椅子にもたれ掛かる。そんな態度に若干イライラしてしまい、クラウドは頭を掻いて話を続ける。

 

 

「アンタが帰ってきたって親切な義妹から聞いてな。それと、俺の心のオアシスにちょっかいをかけるんじゃないかと心配にもなったぜ」

 

 

「何だ? 俺と8年会ってねぇ内にちゃっかり妹と娘ができたのかよ。

あの生意気なガキがとんだ女誑しになったもんだな。ああ、今でも十分ガキか」

 

 

ビュンッ! その場に旋風が走ったかの如き風が吹いた。クラウドの右足による回転蹴りが座っている男の側頭部に叩き込まれる。

男の身体はその勢いで椅子から転げ落ち、全く動かなくなった。

 

 

「人を遊び呆けてるクズ野郎みたいに言うのはやめてくれ。あと、俺はもうガキだなんて言われる歳じゃない」

 

 

横に倒れたまま動かない男を見下ろしながら言うと、「はっはっは」とさっきと同じ楽しそうな笑い声が天井から(、、、、)聞こえた。

 

 

「ハリボテ......」

 

 

「その通りだ、騙されたな。まあ、本当のこと言われてあからさまに怒ってるようじゃ、お前はいつまで経ってもガキだよ。バカ弟子が」

 

 

その男は天井にめり込ませた指を抜いて、床に着地する。ゆっくりと立ち上がった彼の姿は、あの【猛者】オッタルに並ぶほどの2M(メドル)を越える長身に半袖の黒シャツに腕当て、金属製のブーツ。

腕から見える筋肉は丸太のように太く鋼のように鍛え上げられている。外見は20代後半程度だが、漂う雰囲気は歴戦の戦士を思わせる。

 

 

「それなら、人の悪いとこしか見つけられないアンタはいつまで経っても中年だよ。シオミ師匠」

 

 

クラウドとラストルの師匠であり、元アポフィス・ファミリア団長を務めていた男。

もう1人のオラリオ最強。

もう1人のLv.7。

シオミ・逸愧(イツキ)




はい。師匠の登場です。ずっと出したかったなー、と思ってたのでようやく登場させられてよかったです。
ちなみにクラウドは師匠のことが嫌いなわけではないです。ただ、まあありきたりな師弟関係です。今後はそれも書いていこうと思っています。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第25話 ギリギリ及第点

後半を書いているときはかなり眠かったので、変な文章になっているかもしれません。
おかしいな、と思ったら修正します。


黄昏の館での師弟喧嘩(その後騒ぎになって追い出された)から数時間後、昼の豊饒の女主人にヒューマンとハーフエルフの2人組が訪れていた。片方は2M(メドル)を越える偉丈夫なのに対し、もう片方は少し身長の低い少年だ。

店の入口をくぐると、その近くにいたエルフの女性店員が来客に反応する。

 

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょう....か?」

 

 

「2人だよ....」

 

 

何度か顔を会わせたエルフの店員――リュー・リオンはクラウドに気付くと同時に彼と一緒に来店した逸愧の外見に萎縮してしまう。

あのリューをビビらせるとは、師匠恐るべし。

 

 

「珍しいですね。クラウドさんが昼に顔を出すのは。何かあったのですか?」

 

 

「どうしてもここに来たかったんだよ。というか、一周回ってここが安心できる場所だって気づいた」

 

 

豊饒の女主人なら多少値は張るが食事しながら話もできるし、何だかんだ言ってここの店員たちとは仲が良い。

何より、美少女揃い(一名ほど例外がいるような気がしないでもない可能性が存在するが)の空間にいるというのは癒される。

 

 

「えっと......それは、つまり、そういう......」

 

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 

リューがパチパチと瞬きを繰り返して何やら呟いているが、語尾になるにつれて小さくなって聞き取れない。

そこへクラウドの後ろに立っていた逸愧がフフッと笑って2人の会話に入る。

 

 

「何だ、クラウド。お前の女か?」

 

 

クラウドとリューのやり取りを見て勘違いしたのか、それともからかっているのか。

多分後者だろう。

全くこの師匠は......わけのわからんことを。

 

 

「誤解を招くようなことを言うなよ。別に付き合ってるわけでもないんだから」

 

 

なあ、とクラウドはリューに同意を求めるが当のエルフ様は右手で顔の右半分を覆って黙りこんでいる。心なしか彼女の顔が赤くなっているような気もする。

 

 

「どうしたんだ? 急に静かに....」

 

 

「お......女って......」

 

 

チラチラとこちらを見ては「ああっ....」と目をそらすリュー。

何があったというのだろう。

 

 

「どうした? 顔が赤いけど....」

 

 

熱でもあるのかな? と空いている彼女の左頬に右手で触れようとするが、そこで思い留まって手を止める。

 

 

「....って。ああ、ごめん」

 

 

エルフである彼女は自分が認めた者以外との接触を許さないのだ。

熱を確認するという、ある程度の理由があっても許しきれないことはあるだろう。

そんな風に戸惑っているとリューが顔を少しクラウドの手に近づけてきた。

 

 

「......どうぞ」

 

 

......何が、「どうぞ」なのだろうか。

まさかとは思うが、『このまま頬に触って熱があるか調べていいですよ』という意味ではないだろう。

もしそんなことをすれば殴られても蹴られても文句は言えないのだ。

そんな不埒な心が生み出した解釈は一旦捨てよう。せいぜい『このまま何もせずに席に座ってください』みたいなことだろう。

そもそも、さっき師匠が勝手に恋人だと間違えてしまったせいで不快な気分になっているはずだ。

 

 

「ああ、じゃあ座らせてもらうよ」

 

 

「......えっ」

 

 

大人しく店の角にある2人用のテーブルの椅子に腰掛けた。何故だかリューが残念そうな顔をしていたように見えたが、気のせいだと意識の外に追いやる。店の奥にいるシルやアーニャたちが盛大にため息を吐いていたようにも見えたがそれも何か別の要因があってのことだろう。

観察眼にはそれなりに自信があったが、それも鈍ってきたのだろうか。

 

 

「ったく、お前は....まあいい。お前の唐変木は今に始まったことじゃねぇからな」

 

 

「....何の話だよ」

 

 

逸愧はクラウドと向かい合うように座ると呆れたように言ってきた。師匠には及ばないが、これでもいくつもの死線をくぐり抜けてきたのだ。注意力や警戒心はそこそこあると思っているのだが。

 

 

「で? そんな神妙な顔して話したいことってのは何だ? せっかく久しぶりに帰ってきたってのにバカ弟子の話に付き合ってやろうってんだ。

かなり切羽詰まった話なんだろ?」

 

 

「....順を追って説明していく。あんまり大きな声は出さないでくれよ」

 

 

それから、自分が処刑人だったこと、ラストルが二代目を引き継いだこと、それを説得させようと考えていること。注文した酒(日本酒というらしい)が届いてからはそれを無表情で呑んでおり、話し終える頃には1本空になっていた。

 

 

「つまり、ラストルとはなるべく話し合いでの解決を望んじゃいるが、戦いになることはほぼ間違いない。だが、不殺を貫いたまま勝てるかどうか危ういからそれを解決する策を考えてほしい、ってとこか?」

 

 

逸愧はグラスに酒を注いぎながら話を要約してみせた。師匠が帰ってきたのは予想外だが、この問題の解決はこの人が一番適任だ。

 

 

「ああ、大体そんな感じだよ」

 

 

「....甘いな」

 

 

嘲るように笑うと同時にグラスに入った酒を煽る。半分ほど呑んだところでテーブルにグラスをテーブルに置く。

 

 

「一度捨てたくせに必要となったらまた作ってほしいってか? お前に弟子としての尊厳とかねぇのかよ」

 

 

逸愧は目を細めて正面に座るクラウドを睨む。

 

 

「あるわけないだろ。誇りだの自尊心だのにこだわって大切なものを失うのはゴメンなんだ」

 

 

「言うじゃねぇか。一応は鍛冶師を生業としてる相手に無償で武器を貰おうって腹かよ」

 

 

逸愧は10年以上前からアポフィス・ファミリアで専属鍛冶師を務めている。当時の団員は彼の作った武器で武装したことで無類の強さを誇っていたほどだ。

当時のクラウドが使っていた武器――銃ではないもう1つの武器もまさにそうだった。

 

 

「ちゃんと金は払う。時間はかかるかもしれないけどなるべく短期間で返済はする」

 

 

「......その前に1つ、聞かせろ」

 

 

「何をだ?」

 

 

テーブルに頬杖をつき、さっきよりも低いトーンで問うてくる。

クラウドは嫌な予感がしていた。こういうときの師匠は何かとんでもなく大切なことを聞いてくると、経験で知っていた。

 

 

「お前、処刑人になったことをどう思ってる?

今は不殺を信念としてはいるが、奪った命に対する向き合い方ってのはどういう風に考えてやがんだ?」

 

 

先日、リリとの話でもそれに似たことがあった。人殺しの罪はどう償うべきか。

自分のやったことが正義だったかどうかなどわからない。自分の暗殺によって5年前にオラリオが平和になったものの、もしかしたら別の道があったのではないかという気持ちがある。

自分の技術を磨くことは好きだが、別に暗殺が好きなわけではない。綺麗事が言えるなら殺戮による恐怖ではなく、殺さずとも何か別の解決方法が欲しかった。

 

 

「俺は――」

 

 

『クラウド様は自分の大切な人を不幸にしたいとでも言うつもりですか!!』

 

 

違う。そうじゃない。

 

俺は....俺の思いはそうじゃない。

 

 

「俺が殺した人――それを大切に思っていた人たちにはいくら謝っても償いきれない。

殺されても、文句は言えない。そう思ってた(、、、、)。」

 

 

死んでも、それは罰として受け入れないといけない。リリと――自分の暗殺の間接的な被害者と出会って、話すまでは本気でそう考えていた。

しかし、今はそうじゃない。

 

 

「俺はもう死ぬわけにはいかない。俺のこの手は、誰かを守るためにあるんだ。

今まで殺してきた人たち、今を平和に生きてる人たちのためにも俺は1人でも多くの人間を助ける。

それが俺の答え、俺の贖罪だ」

 

 

死という逃げの一手は選ばない。自分が死んで誰かが不幸になるなら、生きて誰かを救いたい。

10人を不幸にしたのなら100人の幸せを守りたい。それが冒険者としての自分の人生のあり方だ。

 

 

「......なるほど、ギリギリ及第点だな。まあいい」

 

 

逸愧は軽く頷くと、憎たらしくニヤニヤ笑う。よほど愉快だったのか。

相変わらずこの人の笑いにおけるパターンは掴みにくい。

 

 

「金はチャラってことにしといてやる。試作品のテストも兼ねて使うってんなら持っていけ」

 

 

そう言ってバックパックからその『試作品』を取り出し、乱暴に放り投げてきた。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「ただいま」

 

 

「あ、おかえりなさい」

 

 

逸愧と別れた次の日の夕方、クラウドはホームに帰ってきていた。出迎えたベルは所々怪我を負っている。そういえばベルはアイズと今朝から特訓をしているんだった。自分から提案しておいて何だがちょっと心配になってきた。

 

 

「ベル、アイズとの特訓はどんな感じだ? あいつ上手くやれてるか?」

 

 

「うーん......確か、いきなり蹴り飛ばされましたよ。あとは一騎打ちでボコボコにされて......」

 

 

「上手くやれて......る、のか? それは」

 

 

腕は一流なのは間違いないが、如何せん天然が混じっている彼女に少し不安を覚えた。

 

 

「まあ、何かあったら俺に言えよ。出来る限りのことはするからさ」

 

 

「はい!」

 

 

さて、夕飯を作るかとキッチンに立ち残りの食材を確認していると、早速ベルが話しかけてきた。

 

 

「クラウドさん、そういえば....アイズさんから伝言を頼まれてて....」

 

 

「伝言?」

 

 

「はい......実は――」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「時間通り、か?」

 

 

「うん。ぴったりだよ」

 

 

まだ日の出から間もない時刻、クラウドはオラリオの市壁の上に来ていた。ベルが特訓に来る1時間前、アイズは既にこの場所で待っていた。

 

 

「ベルから聞いて来たけど、何か大事な用か? こう見えて朝早いのは苦手だからさ、手短に済ませたいんだ」

 

 

市壁の上にある足場に座り込んでアイズに話を聞く。アイズは愛剣『デスペレート』の柄に左手を添えて立ち上がる。

 

 

「クラウド....私に、クラウドの使う武術を教えて」

 

 

さっきまでは物腰柔らかな雰囲気で話していたクラウドは、その一言を聞いた瞬間に顔をしかめた。

 

 

「ダメだ。というか、この話は何回もしただろ」

 

 

「そうだけど、それでも、お願い」

 

 

数年前からこのやり取りは続いている。クラウドの使う武術はアポフィス・ファミリアでの師匠の指導と処刑人としての経験の蓄積。つまりは対人用の反則技だ。

 

 

「前にも言ったろ? お前は今のままでも十分に一流の冒険者なんだ。

『これ』は冒険者として生きていくのなら必要ない技術だ。もし修得できてもそれがマイナスになることも有り得る」

 

 

クラウドの武術は人殺しの技術だ。もし下手にこんな力を手に入れれば、アイズが人との戦いの最中、相手を殺してしまうかもしれない。

それくらい、危険な技なのだ。使用者であるクラウドでさえ極力使いたくはない。

 

 

「どうしても?」

 

 

「どうしても、だ」

 

 

「じゃあ、それとは別にもう1つ、いいかな?」

 

 

アイズは左手の人差し指と中指を立てる。

 

 

「私と手合わせをして」

 

 

「手合わせか? それなら別に構わねぇよ。丁度俺もやらなきゃいけない理由があったからな」

 

 

アイズはゆっくりと腰に差した剣を抜く。刀身が朝日の光を反射して、とても神々しく感じられる。

 

 

「クラウド、私はもう立派な冒険者。だから、前の私と同じだと思って油断しない方がいい」

 

 

「立派な冒険者......ってことは、そういうことか。Lv.6になったんだな、おめでとう。もうLvじゃあ俺の方が下になったんだな」

 

 

「うん。だから、前と同じだと思わない方がいい」

 

 

アイズは剣を正面に構えて少しずつ躙り寄る。クラウドもやれやれと立ち上がって戦闘準備に入る。

 

 

「クラウド、それから、1つお願いがあるの」

 

 

「何だ?」

 

 

「もし私が勝ったら、正式に稽古をつけて」

 

 

彼女の強さへの渇望。8年も彼女の傍に居たものの、強さを求める彼女の思考は変わらずだ。

 

 

「いいぜ」

 

 

「本当に?」

 

 

「ああ、ただし俺に勝てたらな(、、、、、)

 

 

クラウドも懐から得物を取り出す。銃ではない、クラウドが使っていたもう1つの武器を。師匠から受け取ったその武器は――




結局何の武器なのか言わずに持ち越しです。そんな大層な武器ではないですが、言ってしまうと何だかもったいないので言わないでおきました。次回にどう足掻いても出ますのでご心配なく。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入くださ


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第26話 俺が最強

今回はいつもより早めの投稿です。
戦闘描写はあまり得意ではないので、説明不足な部分があるかもしれません。もしもそういったところがあれば遠慮なく教えてください。


クラウドは腰から吊るしていた得物を左手で鞘ごと取り出した。

一見すると刀のようだが、刃渡りの長さがよく見る刀のそれより明らかに短い。

 

 

「短剣......? それにしては長いし、ただの剣だと短すぎるし......」

 

 

アイズが色々と思い当たる武器を考えていると、クラウドはその剣を鞘から抜いた。

抜いてから改めて見ても刀身の長さはアイズの剣の4分の3程度しかない。

 

 

「これは小太刀っていう武器だ」

 

 

「小太刀?」

 

 

「ああ、短いから威力で劣るが、軽くて小回りがきく分速度と防御力が高い。

前までは素手で相手してたけど、流石にレベルアップしたお前にはこれを使わないと勝てないと思ってな」

 

 

クラウドは軽く何回か素振りをしてかつての武器を手に馴染ませる。

 

 

「こいつを使うのは5年ぶりか....」

 

 

お互いに剣を抜き、正面で構える。朝日を浴びる2人は同時に走り出した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「これは......」

 

 

一昨日、豊饒の女主人でクラウドは彼の師匠の逸愧から試作品の武器を受け取っていた。

 

 

「小太刀だ。俺が最近作った特殊武器『夢幻刀(むげんとう)』。そいつを小太刀の長さまで改造したんだ」

 

 

「夢幻刀....これが不殺用の刀か?」

 

 

「ああ、これなら人は殺せねぇ。正確に言えば前の刀よりは遥かに殺傷力が低い。たとえば......」

 

 

逸愧は鞘から小太刀の刀身を少しだけ抜いて刃の部分に人指し指を押し込む。

本来ならそれで指がパックリ切り裂かれるはずなのだが、刃から離した指には血どころか掠り傷すらもついていない。

 

 

「こいつはこういう刀だ。人を斬らず、倒す刀。

生物以外に対しては通常通りの斬れ味を発揮するが、生物は一切斬れない。こいつは生物を斬る代わりに精気を削ぎとる――生きた刀だ」

 

 

「生きた....刀」

 

 

「ああ、こいつは戦うことで強くなる。精気を喰えば喰うほど力を蓄え、より頑丈に、より鋭くなる。

せっかく最新作をタダで使わせてやろうってんだ。間違っても壊したりするんじゃねぇぞ」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 

「せりゃああっ!」

 

 

アイズの剣とクラウドの小太刀が接触する。アイズはクラウドの小太刀を切り払い、二撃目の突きを入れようとする。

 

 

「甘えッ!」

 

 

払われた小太刀の柄で剣尖を打って突きを崩す。そして身体を捻って完全に回避。

そして捻った際の回転を利用してアイズの背後に回り背中に一太刀浴びせる。

 

 

「つっ......!」

 

 

勿論斬れているということはない。服の背中部分が裂けているが、肌には痕すらついていない。

 

 

「次、行くぜ」

 

 

アイズの剣を何度も小太刀で捌く。一撃一撃は以前の手合わせよりも明らかに速く、重い。

ステイタスではLv.6である彼女はLv.5のクラウドより上だ。普通なら一方的に痛ぶられて終わりなのだが、アイズの猛攻は一撃たりともクラウドの懐には入らない。

 

確かに、強い。前よりも一段と成長しているのが感じ取れた。

 

 

「剣の腕はやっぱり一流だ。冒険者としてな」

 

 

「何がっ、言いたいの....」

 

 

剣戟の最中での会話。お互いに感覚を研ぎ澄ませているはずなのに、クラウドには比較的余裕があるように見えた。

 

 

「やっぱりお前には冒険者としての強さがあればいい、って改めて思ったんだよ」

 

 

「......!」

 

 

アイズが強く剣を振り抜く。クラウドはバックステップでそれを回避し目の前の彼女と再び目を合わせる。

焦りが彼女の剣を迷わせている。

 

 

「お前は冒険者の中でも最短記録保持者だ。1年でLv.2にランクアップし、今やたった8年でLv.6にまで昇りつめた。

だけど、そんなに焦って何になる? お前は冒険者として俺より早く高みに昇ったが、一人の人間としてはまだ俺には届いていない」

 

 

アイズは一瞬で距離を詰め左薙を放つ。だが、クラウドは小太刀でそれを防ぐ。だがそれだけでは終わらない。袈裟斬り、左薙ぎと連続して剣戟を続ける。

瞬きもできないほどの超高速の攻防。しかし、アイズの――【剣姫】の剣はクラウドの右手に握られた小太刀に全て阻まれる。

 

 

(通らないっ!!)

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

アイズは心の中でずっと焦り、迷い、戸惑っていた。剣の腕も、冒険者としての経験も積んできた。階層主を単独で倒しついにLv.6にまで至った。

 

 

だが、目の前の青年はその程度で倒せる相手ではなかった。クラウドの使う独自の戦闘技術、それはレベルの力関係を崩すほどのものだった。

ロキ・ファミリア在籍時にも副団長のリヴェリア、団長のフィンたちLv.6(格上)と模擬戦をして、彼らに匹敵するほどの実力を見せた。

自分が兄として慕う青年には自分ですら知らない経験と能力がある。

それを掴むには、もうなり振りかまっていられない――

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 

全力で勝ちを手に入れる。出し惜しみしない。それくらいしなければ、これ以上の力など手に入るはずもない!

 

 

「【エアリアル】!!」

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「......ッ!?」

 

 

クラウドはアイズの魔法詠唱に一瞬だけ反応が遅れた。

アイズが持つ唯一の魔法、エアリアル。風を纏うことで術者を守り、攻撃速度を上げる。数々の難敵を打ち倒してきたアイズの奥の手。

 

 

「ちぃッ!」

 

 

さっきよりも速く鋭い斬撃の嵐。いくら小太刀の防御力が高いといっても、これを捌き切るのは容易ではない。

その乱撃を完全に防ぐことは敵わず、左肩、左足、右腕が斬られる。

このままでは確実に負ける。だったら――

 

 

(だったら、俺も本気で行くとするか......)

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

アイズの魔法によって一度は押していたが、クラウドの剣気が高まった途端にそれは崩された。

剣を振る角度とタイミングが予測されているかのように攻撃の先を読んでいる。

攻撃の合間にクラウドの小太刀がアイズの腹部に入り、服を貫通。肉体には損傷は無いが確実にアイズの体力は奪われる。

 

 

「はあ....はあ....」

 

 

「ふう......やるな。先読みが無かったら今頃負けてたぜ」

 

 

「さき....よみ....」

 

 

戦いに身を置く者にとって重要な要素、危機管理能力。無論、第一級冒険者の域になれば殆どの者が持ち合わせている能力だが、クラウドのそれはもはや質が違う。

アポフィス・ファミリアの副団長であり、犯罪者専門の暗殺者【処刑人】でもあったクラウドは相手の手の内を読むことを常としている。

 

 

「俺と何度手合わせしたと思ってる? 呼吸も、癖も、思考も、お前のことなら俺は知ってる」

 

 

ほら、全力で来い。本気で返してやる。

 

 

「これで......最後だよ、クラウド」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

風を纏ったアイズの身体は神速とも言える速度で移動し、右切り上げに繋げる。

だが、切り上げのために振りかぶった瞬間。クラウドの姿がぶれた。消えた、と形容してもいい。

その刹那、アイズの脳裏にある光景が浮かんだ。昔クラウドが一度だけ見せた神速の移動術――

 

 

 

電撃縮地(でんげきしゅくち)

 

 

 

アイズの剣は虚しく空を斬った後、クラウドはアイズとすれ違い、小太刀を鞘に収めた。

アイズは一瞬何が起きたか分からずに背後のクラウドに向かって振り返る。そして彼女の眼にクラウドの顔が映った瞬間、ガクッと膝から崩れ落ちた。

 

 

「くっ......」

 

 

「神速の足運び『電撃縮地』から繋げる一瞬の斬撃。これを防いだことがあるのは師匠とオッタルの2人だけだ。たとえエアリアルの防御があっても、この技の威力は消しきれないぜ」

 

 

膝をついて堪えていたアイズだが、ついに力尽きて地面にうつ伏せに倒れる――その寸前、クラウドが左手で彼女の身体を支える。

 

 

「くら....うど....すごい、ね......なんだか......ずるい....」

 

 

落ち際に彼女が呟いた一言にクラウドは薄く笑って言葉を返した。

 

 

 

「だから俺が最強なんだよ」

 

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「ん......」

 

 

「起きたか?」

 

 

アイズが目を覚まし、上体を起こすと市壁の上にある出っ張りにもたれかかっているクラウドが見えた。

 

 

「私......落ちてたの?」

 

 

「ああ、20分くらいだけどな」

 

 

「......負けたんだね、私」

 

 

アイズは残念そうに拳を握り締める。クラウドに何度か傷を負わせることはできたが、本気を出した彼に叩きのめされたからだ。

 

 

「私は....まだクラウドには敵わないんだね」

 

 

最後に手合わせしたときよりずっと強くなったと思っていたのに、クラウドはそれさえも越えた。アイズは心から

悔しそうに表情を曇らせる。

 

 

「アイズ......」

 

 

「な、なに......っ!?」

 

 

クラウドはアイズの前に跪くように座ると、彼女の身体を両腕で包み込んで抱き締めた。

 

 

「そ、その......」

 

 

「アイズ、そんなに自分を責めるな。お前は悪くない」

 

 

「だって......」

 

 

アイズはあたふたと慌てて、自分を抱き締めているクラウドに抗議しようとするが、言葉が詰まって何も言い出せない。

 

 

「お前は『冒険者』としての道を選んだんだ。だから、それとは別の力に染まったらどうなるかわからない。

だけど頼む。俺との言葉だけの約束でも構わない。将来破りたくなったら破ってもいい。頼むから....俺の好きなお前でいてくれ」

 

 

「え......?」

 

 

「俺はお前を大切に思ってる。掛け替えのないって思えるくらい、大好きだ。だから......」

 

 

その先の言葉は止められた。アイズがクラウドの腕の下から両腕を回して抱き締め返したからだ。

 

 

「私も、大好きだよ。お兄ちゃんのこと」

 

 

アイズは純粋に、そして子供らしく笑顔を浮かべてクラウドの身体に体重をかけた。

クラウドもそれに合わせて抱き締める力を少しだけ強める。

 

 

 

「ああ、俺もだ。お前は大切な妹だよ」

 

 

 

そのとき、ピキッというその場にあるまじき擬音が響いた(ような気がした)。

 

 

「....え? もしかして、好きって......」

 

 

「ああ、妹としてな」

 

 

クラウドには悪意や悪戯心など無かったのだろう。本心で、自分の気持ちを発しただけだ。

それゆえに彼女には抑えきれぬ明確な『怒り』があった。

 

 

「クラウドの......」

 

 

「ど、どうした?」

 

 

「クラウドの......唐変木っ......!!」

 

 

Lv.6のステイタス。近距離での全力の拳。それが鈍感女誑し(クラウド)の鳩尾にクリーンヒットする。

 

 

「か.....はっ......?」

 

 

何故殴られたのか、それすらも理解できずに、クラウドは市壁の上にある床へと倒れこんで意識を失った。




クラウドとアイズに実力差があるのは単純に場数が違うからだと解釈してください。
たとえ格上だとしても経験とテクニックで立ち回るのが彼流です。
オッタルや師匠に敵わないのはそんなんじゃ埋められないほどの差があるからです。この2人は別格。

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第27話 過剰労働

今回はラブコメ上等、に見せかけたシリアス回です。
前回真面目な話を書いたので今回は軽い感じで行こうと思いましたが、結局違うという......難しいですね。


ある日の豊饒の女主人の前で1人のエルフの少女は店先の掃除に勤しんでいた。

箒でゴミを1ヶ所に集めて塵取りを使って集める。この作業を何度か繰り返していた。

 

 

「あそこまで否定しなくても......」

 

 

彼女は脳内で、何度も会って仲良くしている銀髪碧眼のハーフエルフの青年を思い浮かべていた。

自分より少し高い背丈に一見すると女性のようにも見えるほど整った顔立ち。

初対面のときから見せていた優しさと、時折窺える笑顔は純粋に魅力的だと思えた。先日の店での唐変木な様にはかなり落胆したが。

 

 

「まさか......既に誰かと付き合って......」

 

 

リューは見出だした一つの可能性を首を左右に振って掻き消した。だが、クラウドに恋人がいると考えたら辻褄が合う気がする。

自分と恋人であると勘違いされたときにあそこまで堂々としていたのは、恋人がいるがゆえの余裕だったのだろうか。

 

出来ることなら、そうであってほしくはない。自分の気持ちが恋心なのかはハッキリと理解できないが、彼が自分の髪を撫でてくれたときに不快に思う気持ちがほとんどなかったのは事実だ。

 

 

「......私らしくもない」

 

 

これが気の迷いか変えようのない感情なのかは不明だ。しかし、自分にはそんなことは関係ないことだろう。

いくら強く優しい彼でも自分の過去(、、、、、)を知れば、彼にとって自分は違う人間になる。

彼のことだから、友人としての関係は変わらずに済むかもしれないが、そういう対象としては見られなくなるだろう。

恋人同士になるなど、無謀だろう。

 

 

(もしそうなら......いっそのこと彼に全て話して――ん?)

 

 

頭の中であれこれ考えていると、ザッザッザッと一歩一歩踏みしめて歩く音が近づいてきていることに気づいた。

その方向に目を向けると件のハーフエルフの青年が何時ものごとく白いワイシャツに黒のジャケットを羽織り、フラッフラしながら歩いてきていた。

 

 

「おはようございます、クラウドさん」

 

 

「......」

 

 

何故だか返事がない。顔が下向きで前髪で目元が隠れているため、表情がよくわからない。

ある程度の大きさの声で話しかけたはずなのだが、聞き取れなかったのだろうか。

 

そのまま無言で歩き続けて自分にぶつかりそうになったが、軽く身を引いて通り過ぎるのを待った。

しかし、それは迂闊だった。突然クラウドは体勢を崩しリューの左肩に頭を乗せるようにもたれかかってきたのだ。

 

 

「な......っ!?」

 

 

予想外すぎた。確かにクラウドは些かフェミニストらしい行動が多かったし、それに不満を抱いたことも少なくないが、いきなり色々越えている気がする。

クラウドの息が首筋に当たってゾクゾクとした感覚が駆け巡る。サラサラの銀髪の感触も同じように伝わってきて、思考が追いつかない。そもそも何故こんな状況が出来上がってしまったのか、皆目見当もつかない。

 

周りを見ると道行く人々がチラチラこちらを見ているのがわかった。完全に注目されている。それを認識した途端、さらに顔が熱くなる。

 

 

「く......くら......うど、さ......」

 

 

「.........」

 

 

途切れ途切れの声で話しかけるがやはり返事はない。むしろ、より力が抜けて体重を預けてくる。

どうすればいいのか。周りからの冷やかしや嫉妬を込めた視線にも本気で耐えられなくなってきた。

リューは恐る恐る彼の両肩を掴み、手で押して剥がそうとした。だが、ここであることに気づく。

 

 

「スー......スー......」

 

 

「え?」

 

 

規則正しい呼吸、そして眼を瞑り半開きになった口。まさか、この男は――

 

 

「ね、寝て、いる......?」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

何だか凄くいい香りに包まれている感覚があった。さっきまで計り知れないほどの睡魔に襲われていたので、苦肉の策として『歩きながら寝る』という奥義(決してクラウドの剣術の奥義ではない)を使っていたのだ。そうしてヘスティア・ファミリアに帰っていたが、途中からハッキリとした記憶がない。

 

 

「目が覚めましたか?」

 

 

「......リュー?」

 

 

「はい」

 

 

瞼を開くと金髪のエルフの少女がこちらを覗きこむように見ていた。視界から察するに、今自分はベッドに寝かされていて彼女はその横で椅子に座っているのだろう。

 

 

「ここは?」

 

 

「店にある私の部屋です。クラウドさんが眠ってしまったのでここまで運びました」

 

 

「まさか、店の前で寝ちゃったのか?」

 

 

「......は、はい。私も驚きました」

 

 

何だか歯切れが悪いが気にしないことにした。とはいえ、店の前で眠ってさらには彼女の部屋のベッドまで借りてしまったのだから、少し悪い気がした。

 

 

「何があったのですか? あんな風になったのですから並大抵のことではないとは思いますが」

 

 

「出稽古という名の過剰労働。日の出にはアイズに剣術指導、それから師匠と模擬戦、そしてホームに帰って全員分の食事の用意、最終的には弾薬作りで徹夜。

それが3日連続で続いたんだ。だから60時間以上活動を続けてるってこと」

 

 

「......大変ですね」

 

 

クラウドは上体を起こしベッドから立ち上がる。リューは一瞬止めようとしたが別にいい、と手で制する。

 

 

「その......なんかごめんな。迷惑かけただろ? 店先で寝てたんだし」

 

 

「正確には違います......」

 

 

「何がだ?」

 

 

小声で否定されたのは何故だろう。まあいいか。

 

 

「何か手伝えることとかないか? 流石に何も無しに帰るのは気が引ける」

 

 

「手伝えること......ですか」

 

 

リューは十秒くらい考えたところで何かが閃いた。クラウドとしては肉体労働的なものでもあったのかと考えたが、直後にその予想は裏切られた。

 

 

「クラウドさんは......接客はできますか?」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「合格だ。これなら多分店でも大丈夫だよ」

 

 

「ああ、ありがとうございます......」

 

 

クラウドが感謝の言葉を述べると後ろに立っているウェイトレスたちが「おお!」と驚きの声を上げているのがわかった。

クラウドは試験という名目でミアさんに見てもらったのだが、どうやら合格のようだ。

 

 

「よかったですね、クラウドさん。ミアお母さんに気に入られたみたいですよ。その制服もすっごく似合ってますし」

 

 

シルがポンポンと肩を叩いて笑顔で誉めてくれた。クラウドとしては嬉しいような気恥ずかしいような、そんな複雑な表情で笑うことしかできなかった。

今クラウドが着ているのは戦闘や生活で使っているジャケット型の戦闘衣(バトル・クロス)ではない。貴族の屋敷などで見られる世話係の服、つまりは黒い執事服を着ているのだ。

 

 

「確かに手伝うとは言ったけど......何でこんな格好に......」

 

 

「よく似合っていると思います、私も」

 

 

「そうか? ありがとな、リュー。あんまりこんな格好しないから不安なんだ」

 

 

「欲を言えば私たちの制服を着てもらいたかったんですよ? これでも十分な譲歩ですって」

 

 

「シル!? 何かサラッと口走ったよね!? もし仮に俺が女装でもしようものなら、瞬く間に変態扱いされて社会的に抹殺されるから!!」

 

 

いくらクラウドが女顔だからといっても肉体も精神も紛れもない男なのだ。

本人の望まない形であろうと女装などしようものなら、その瞬間に男としての尊厳が砕け散ることは間違いない。

 

 

「ええー、いいじゃないですか。髪を下ろして目元とかメイクすればそれっぽくなりますよ。他の子たちもクラウドさんの給仕服姿が見たいって言ってますし」

 

 

「嘘だよね!? 絶対何かの冗談だよね!?」

 

 

大して誇りや自尊心に執着しないクラウドも流石にそれは御免被りたい。次の日から街を歩けなくなる。

 

 

「あ、そろそろお客さん入ってきますよ。ほらクラウドさんも」

 

 

「ちょっ、引っ張るなよ!」

 

 

シルとアーニャに片腕ずつ掴まれて店に引っ張られる。

おい、運ぶな、運ぶなって!

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

 

 

「さ、3人でしゅ......」

 

 

「それでは、此方へどうぞ」

 

 

夕方の客入り時。クラウドと他の店員たちは来客の対応に回っていた。

しかし、さっきから女性客を自分が案内すると顔を赤くしたりキャーキャー言ったりするのは何故だろうか。

今現在ヒューマンの女性3人が来店したがやっぱりそんな感じの反応だ。

何度か疑問に思っていたが、多分男性の店員が珍しいだけだろう。

 

 

「ご注文は何になさいますか?」

 

 

「あ、それじゃあこれと、あとこれを......」

 

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 

さっき席に案内した女性客に注文を取ると、またもや「それらしい」雰囲気になった。

いやいや、まさかね。

 

クラウドは厨房から頼まれた料理をトレイに乗せて、さっきのテーブルへと歩いていく。

何だか男性客からの視線が痛い。

 

 

「お待たせしました。ご注文の品となります」

 

 

「ふぁ......ふぁい」

 

 

「では、ごゆっくりどうぞ」

 

 

笑顔で御辞儀をしてテーブルから離れようとしたところ、3人の客の内1人が大きめの声で呼び止めてきた。

クラウドは少々驚きながら歩いた道を引き返す。

 

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

「ええっと......その、お名前を......教えて頂けませんか?」

 

 

話しかけてきたのは十代後半くらいのヒューマンの少女だ。黒髪が彼女の綺麗さを際立たせている。

彼女は顔を赤くして目を泳がせながら尋ねてきている。特に断る理由もなかったクラウドは素直に応じることにした。

 

 

「クラウド・レインと言います」

 

 

「じゃあ......く、クラウドさん! 私と、付き合って......くださいっ!」

 

 

「......え?」

 

 

流石にここで「どこかに行くのに付き合う」などという考えには及ばない。自惚れているつもりはないが、こういう経験は少なくない。

自分に交際を求めてきたり、一足飛びに結婚を申し込んできた女性もいたくらいだ。

当然のごとく断り続けてきた。好みじゃないというのもあるが、そもそも異性に恋愛感情を抱くことの心理をあまり理解できないのだ。

 

 

「申し訳ありません。お気持ちは嬉しいですが、そういったことは......」

 

 

「なっ、何でですか? 既に恋人がいるってことですか!?」

 

 

「いや、そういうわけでは......」

 

 

「だったら友達からでもいいですから! お願いします!」

 

 

困った。状況が状況なだけに食い下がられると収拾が尽きにくくなるのだ。

これが道端とかなら別れるだけで済むが、店内となるとそうもいかない。

そんな風にあたふたしていると、スッとクラウドと彼女の間にトレイを持った手が差し込まれる。

 

 

「彼が困っています。そこまでにしてください」

 

 

「りゅ、リュー?」

 

 

「......っ、わかりました」

 

 

リューの若干威圧感を込めた声に彼女も萎縮してしまった。

思わぬところで助け船が出た。

 

 

「ありがとな、助かった。結構長く粘られたからさ」

 

 

「気にしないでください。この程度のことは当然です」

 

 

リューも美人なので男に言い寄られることが多いのだろう。それならこういう事態にも慣れているはすだ。

 

 

「いや、それでも気にするって。それに......」

 

 

「それに?」

 

 

「助けてくれたとき格好よかったぞ」

 

 

リューは一瞬呆けたように固まるが、すぐにそっぽを向いてしまう。

 

 

「本当に無自覚なのですか......」

 

 

「だから何をだ?」

 

 

「自分で考えてください」

 

 

リューはスタスタと別の方へ歩いていった。それはともかく仕事に戻ろうと踵を返す。

すると、自分達のやり取りが終わるのを待っていたのか、1人の客がカウンターの席に座ってこちらを見ながら右手を上げているのがわかった。

 

 

「はい、ただいま参ります」

 

 

外見から推察するにその客は女性だ。着物のような白い長袖の上着に、赤いミニスカート。白いフードで目元は隠れて、その下から長い黒髪が伸びている。黒いブーツとスカートの間からは白い肌が覗いていて、それだけでも十分綺麗だと感じられた。

服装を全体的に見ると極東の巫女服と呼ばれるものに近い。

 

 

「ご注文は何になさいますか?」

 

 

 

「違うよ。呼んだのは別の用事。ちょっと話そうよ、クラウド。

いや、処刑人さん(、、、、、)

 

 

 

クラウドは一瞬息を呑んだ。反射的に右手が腰に伸びるがそこには今銃はない。

 

 

「物騒にしないで。クラウドだってこんなところで私と戦いたくないでしょ?」

 

 

「そうだな......ラストル」

 

 

間違いない。身長や服装はクラウドの記憶とは異なるが、声や仕草は当時と変わらない。

ラストル・スノーヴェイル。クラウドの妹弟子にして、処刑人を引き継いだ二代目。

 

 

「久しぶり、あんまり変わらないね。最後に会った日のまま」

 

 

見た目は明るい、しかし何か別の気持ちを込めた笑顔を浮かべている。クラウドは正直、それにどう反応すればいいのかわからなかった。

 

 

「何でここに......いや、そんなことはいい。ラストル、話がある。すぐに――」

 

 

クラウドが話を進めようとすると、ラストルは人差し指を口元に直角に当てる。静かに、という意味だ。

 

 

「ちょっと待って。ここだとろくに会話できないし、改めて何処かで会おうよ。明後日の朝、9階層あたりでさ」

 

 

「......ラストル、聞いてくれ。俺は――」

 

 

お前を助けようとしてるんだ、もう処刑人はやめてくれ。

そう言えば良いものの、それもまた遮られる。

 

 

「だーから、そういう話は後でしよ? どうせ長話になっちゃうんだし。私だってクラウドとちゃんと話がしたいんだから」

 

 

「......明後日の朝、9階層だな」

 

 

「そ、約束は守ってね」

 

 

ラストルはフードの下で薄く笑うと適当に料理を注文し、それからは特に何かするわけでもなく普通に帰っていった。

彼女との数年ぶりの再会。それがこんなにも味気なく、そして空虚さを感じずにはいられなかったことに不満を抱き、クラウドは帰路についた。




後半より前半の方が数倍の速度で書けました。それでいいのか私は(本気で困惑)


それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第28話 前と同じ

今回はシリアス成分100%です。前回からいつもより間が空いてしまいましたが、ようやく書き終えました。
それではどうぞ!


豊饒の女主人で接客の仕事をしてから2日。

ラストルとの約束の日となった。クラウドはダンジョン9階層を訪れていた。ベルとリリには理由をつけて別行動中となっている。

 

 

(ラストルの奴......変わったな)

 

 

一昨日会った自分の妹弟子の姿を思い出す。容姿が女性らしくなったというのもあるが、纏っていた雰囲気が大きく違っていた。

付け入る隙も、実力の底もほとんど見えなかった。クラウドほどの達人となれば相手の力量を見抜くのもそう難しくない。だが、ラストルから感じたのはもっと別のものだ。

オッタルのような冷静さと闘気を込めた敵意とは違う。思考や心理を読むことすらできなかった。

 

 

「会ってみないことにはわからないな......とにかく」

 

 

審議員の少女から言われた依頼。ラストルを殺して自分達との繋がりを消せ、と。

無論、殺すのは却下だ。説得して処刑人から足を洗わせる。そうすれば審議員の連中にも大して不満はないはずだろう。

 

 

「......! そろそろか」

 

 

思案しているうちに、9階層へと下りたつ。ラストルとの約束の場所へと辿り着いた。

ここからはしらみ潰しにこの階層を探さないといけない。そう思っていたのだが――

 

 

「どうも、こんにちは」

 

 

黒い外套を羽織った小柄な人物がそこにいた。疑うまでもない。以前クラウドに接触してきた審議員の少女だ。

 

 

「何でここにいる?」

 

 

「検分役ですよ。あなたとラストルさんが会うという情報を耳にしたので、どんな話をするのか興味が湧きまして」

 

 

「前にも言ったと思うが、随分と暇なんだな」

 

 

「とんでもない。こうして今まさに職務を全うしているではないですか」

 

 

ケラケラと面白そうに笑う少女。前に会ったときと変わらず不気味な人物という印象が目立つ。

そうか。やはり、間違いない。

 

 

「職務を全うしている? お前、嘘をつくなよ」

 

 

「嘘? 何がです? あなた達の監視や調査も立派な――」

 

 

少女の言葉はクラウドの真剣な声によって途切れされられた。

クラウドは口を開き、真実(、、)を言い放つ。

 

 

 

 

「その下手な変装はやめろって言ってんだよ、ラストル」

 

 

 

 

辺りが静寂に包まれる。クラウドの言葉に対する返答はなく、2人はそのまま睨み合っていた。

やがて、少女の方から話を切り出す。

 

 

「何を馬鹿なことを......この場所がわかったのは監視や盗聴の結果であって――」

 

 

「そんなことは関係ないな。俺が気づいたのはもっと別の部分。足だ」

 

 

「足?」

 

 

「ああ。無意識にだろうが、お前は歩くときに独特の足運びをしていた。

剣術の達人だからこそ見られる癖だ」

 

 

「......」

 

 

彼女は黙ったまま外套で顔を隠す。反応ありと判断したクラウドはさらに畳み掛けた。

 

 

「それから、お前が履いてるブーツ。大量の血が乾いた後がついてる。モンスターじゃなく、人間のな。わかるんだよ、人間の血がどういうものか。

俺も嫌というほど浴びてきたんだからな」

 

 

彼女は外套の下から舌打ちをする。右手は握り拳を作り、イライラしているのがわかる。

 

 

「それに背格好もな。一昨日会ったお前と今のお前。体型は外套で誤魔化せるが、身長や声色はそんなに変えられないからな。

数あるダンジョンのルートからここを特定したのも、情報収集なんかじゃない。処刑人として、そして兄妹弟子としての経験から俺の思考や行動のパターンを読んだんだろ?」

 

 

クラウドは淡々と自分の推理を述べて、相手の様子を窺う。彼女は張り詰めていた身体からふっ、と力を抜いてため息をついた。

 

 

「はぁ......やっぱり何でもわかるんだね。クラウドってさ。

そうだよ、元々二代目処刑人への襲名なんてなかった。だって審議員(あの人たち)は私が斬ったんだから」

 

 

頭から被っていた外套をバサッと脱ぎ捨てた。その下には巫女服に似た戦闘衣(バトル・クロス)に身を包む少女――ラストル・スノーヴェイルの姿があった。

 

前は見せていなかったが、フードを外した彼女の髪は黒く、真っ直ぐ下ろしてある。腰には極東発祥の刀剣、打刀。

その上、頭部には黒い猫耳が左右についており、スカートと上着の隙間からは黒い尻尾が生えている。

3年前、13歳でLv.5となった猫人(キャットピープル)の少女。

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに匹敵する剣の腕の持ち主。

その二つ名は、【剣舞巫女(けんぶみこ)

 

 

「何でこんなことをした? お前が審議員の変装をしてたってことは、暗殺の依頼なんて最初からなかったってことになるだろ?」

 

 

「ははっ、そうだよ。クラウドなら見破るんじゃないかって不安だったけど、いざそうなると結構いい気分だね。

だって、それだけクラウドが私のこと見ててくれてるってことだから」

 

 

ラストルは見惚れるほど美しく、それでいて年相応に子供らしく笑った。

それを見たクラウドは喜びも怒りも感じなかった。ただ純粋に、『気持ち悪かった』。

 

 

「......あの資料に載っていた人を殺したのも、お前なのか?」

 

 

「うん。どうだった? クラウドほどじゃないけど、私も上手くできてたと思わない? そうでしょ? ねぇ、そうだよね?」

 

 

まるで親に誉められたい子供のように賛辞の言葉をせがむ。しかし、その眼は暗く、重く、黒い。

たとえ表面で笑っていようと、心は笑っていない。いや、そんなドス黒い感情を彼女は自覚できていない。

 

 

「......ッ!! 教えてくれ、何で審議員の真似事までして俺に近づいた? お前が誰かに騙されてるんなら、俺は――」

 

 

「はい、そこまで」

 

 

その刹那、目の前のラストルの姿が消えた。数M(メドル)あった2人の距離は瞬時に詰められ、ラストルは腰に備えた刀を抜いて斬りかかる。

クラウドも一瞬遅れて腰の小太刀『夢幻刀』を抜いて防御。

ラストルの刀の切っ先がクラウドの顔に届く一歩手前で止められ、冷や汗を垂らした。

 

 

「......遅いね」

 

 

「......お前が速いんだよ」

 

 

反応できなかったわけじゃない。現にこうして防ぐことはできた。逆に言えば、反応しかできなかったのだ。

クラウドの得意とする『攻撃の先読み』が全く通用していない。

 

 

「おかしいなぁ、クラウドなら今のくらい簡単に反撃できると思ったのに。

私の憧れてたクラウドなら。私の大好きなクラウドなら。私だけのクラウドなら。私のことだけ大好きに思ってるクラウドなら」

 

 

「......」

 

 

ここまで来てようやく理解できた。何が原因かはわからないが、精神が壊れているとしか思えない。

壊れている。常識から大きく逸脱しているのだから、読むようなものですらないのだ。これまで何人もの狂人と相対してきたが、そのどれとも違う。壊れ方の質が異なりすぎている。

 

 

「こんなの私のクラウドじゃないよ。『処刑人』のクラウドなら私のこと夢中にさせて放さないのに、『冒険者』のクラウドは見る影もないくらい弱くなってる」

 

 

「それがお前の目的か? 処刑人に戻ってまた人殺しの日々に戻らせるために......」

 

 

「だって、脅しでもしないとクラウドは言うこと聞かないじゃない。

ねぇ、私と一緒に処刑人に戻ろうよ。こんな弱い世界は壊して、私とクラウドが好きにできるようにしよ?

その後に出来る世界って最高だと思うよ。私たちの気に入らない奴をみーんな殺して、殺して、殺して、都合良く書き換えられるんだからさぁ」

 

 

ラストルは刀を握る手に力を込めてクラウドの方に押しつけてくる。クラウドも負けじと対抗する。

 

 

「お前と戦うように仕向けたのは、俺の処刑人としての人格を引っ張り出すためか。あとは、そのまま口車に乗せるつもりだったんだろ?

だけど無理だぜ。俺はもうあの頃に戻るつもりは毛頭ない」

 

 

「そうでもないよ? だって......」

 

 

ラストルは刀を握っている両手のうち、左手を放す。放した左手で腰から短刀を抜く。そのままクラウドの右足にギラリと光る鈍色の刀身を突き刺した。

 

 

「ぐっ......!」

 

 

「処刑人に戻らずに私を倒そうなんて千年早い――いや、永遠に無理だよ」

 

 

刀を上段に構え、一瞬で降り下ろされる。クラウドは小太刀の柄で短刀を持つ左手を払い、後ろに跳ぶ。

先程までクラウドが立っていた地面が割れ、亀裂が走る。

 

 

「まだまだ......だねッ!!」

 

 

ラストルは短刀を放り投げると、刀を無形の位に構え突進してくる。

さっきの攻撃を連続されれば劣勢になるのは必至。

 

 

(防御は小太刀、攻撃は――)

 

 

左腰のホルスターからシルバーフレームの拳銃を抜く。

中~遠距離では銃の方が有利だ。クラウドの精確無比な射撃の腕と銃の速度の前には、第一級冒険者であろうと防御と回避は困難なのだ。

 

右手に小太刀、左手に銃を持ち、ラストルの右肩と左足に一発ずつ発砲。

 

 

微温(ぬる)いなぁ」

 

 

二発の銃弾は刀によって弾かれ、他所へと逸らされる。続けて三発、発砲。それも刀に阻まれ彼女の身体に傷一つつけることはない。

だが、それも想定の内。銃を弾いてできた隙を小太刀で衝く。ラストルは柄頭で防ぐが、クラウドは刃をずらし右腕を斬りつけた。

 

 

「......ッ!! 腕が......」

 

 

「せりゃああッ!!」

 

 

左手に持った銃のグリップ部分で水平に殴ろうと振り抜く。ラストルは軽く身を屈めて回避し、クラウドと距離をとる。

斬られたラストルの右腕は刀と共にダランと力が抜けて垂れ下がっている。夢幻刀の効果、『体力吸収』が働いているのだ。

 

 

「俺がアイズやお前との稽古で負けたことなんかなかっただろ? 諦めて降参しろ。こんな刀でも、お前を斬りたくない」

 

 

「何なの? その刀」

 

 

「殺さずに制す刀、小太刀『夢幻刀』。師匠から受け取った、俺の誓いの証だ」

 

 

「不殺......かぁ」

 

 

ラストルは垂れ下がった右腕を動かして、感覚を戻していく。十分に回復したところで、またもや笑う。

壊れた感情を見せながら、笑う。

 

 

「ますます気に入らないなぁ。戦いで相手に気遣いを見せて何になるの? 戦いは、殺し合いは、命のやり取りだよ。弱ければ死ぬ。油断すれば殺される。命を奪わない戦いなんて、本当の戦いじゃない――ただのチャンバラごっこだ!!」

 

 

右薙、左薙、袈裟斬り、逆袈裟。明確に殺意の籠った鋭い攻撃。間違いない。3年前に会った彼女とは何か違う。人格だけでなく、別の何かが彼女に力を与えている。

互いに息を切らして睨みながら叫ぶ。

 

 

「いくらお前が叫んでも、喚いても、俺は考えを変えたりしない! 殺すってことは、失わせるってことだぞ! そいつも、そいつの周りの人間の人生も狂わせる!」

 

 

「わかってるよ、そんなことはさぁ。散々人に迷惑かけて、傷つけてきたくせに家族の幸せを願うなんて馬鹿げてる。そういうのを虫が良いって言うんでしょ」

 

 

「たとえそうでも、罪のない人たちを不幸にしていい理由になるか!」

 

 

クラウドは小太刀を刺突(つき)の構えにして前方へ走る。ラストルの剣の速度と正確さに対抗するには、それ以上の速度が必要だ。

クラウドの得意とする足運び、『電撃縮地』。その名の通り電撃の如き高速移動で相手の間合いを侵略する。

 

 

「本当に、前と同じ(、、、、)かなぁ......?」

 

 

縮地の直前、ラストルの呟く声が聞こえた。ラストルは右手の刀を左腰の鞘に納める。

 

何のつもりだ?

 

刀がなければ流石に彼女といえどクラウドに勝ち目はない。

 

それくらいわかってるはずなのに、どうしてわざわざそんな真似をする?

 

 

一瞬でそこまで考えたが、その直後にはもう『結果』が現れていた。

クラウドの身体に右切上に刀傷が入り、鮮血が吹き出した。

 

 

「超神速抜刀術『雪帳(ゆきとばり)

知らないよね? だってこれは、私がこの3年間で手に入れた力なんだから」

 

 

「抜刀......術......」

 

 

聞いたことがある。刀を鞘に納め、抜き放つことで剣速を加速させる技。極東の剣客が使う一撃必殺の技だ。

 

 

「3年前まで勝てなかった? アイズと互角? 違うよ。

私は負けない。人を殺したことのない人にも、人を殺すことをやめた人にも、負けるはずない」

 

 

ドクドクと血が溢れ、地面に血溜まりができる。クラウドは傷口を抑えて膝をついてしまう。

ラストルは痛みに苦しむクラウドに血で濡れた刀の切っ先を向ける。

 

 

「私の抜刀術に斬れないものなんかない」




ようやく正式にラストルの登場です! 今回は彼女の壊れよう、執着心などを表現しようと頑張ってみました。読者の方々の予想を良い意味で裏切ることができたのでしたら幸いです。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第29話 英雄

無理矢理詰めすぎた......何か書きたい部分がくすんでるような気が......

まあ、何はともあれようやく3巻終了です。それではどうぞ!


「私の抜刀術に斬れないものなんかない」

 

 

失血を確かに感じながらクラウドはラストルを睨む。

自分の知っている彼女じゃない。少なくとも今の実力は並のLv.6を上回っている。

これが、人を殺すことを厭わない人間の実力――気遣いや敬意を払わない剣術の殺傷力。

 

 

「東洋剣術とステイタスによる超神速の抜刀術か......」

 

 

「そう、その衝撃に耐えるこの刀も結構な業物なんだけどね。

それにしてもびっくりだなぁ。今ので戦闘不能になってもおかしくないのに、思ったより傷が浅い。

やっぱりちょっと手加減(、、、)しすぎちゃっかな?」

 

 

頭についた黒い猫耳を嬉しそうに揺らしながらラストルは笑う。お世辞にも綺麗さや魅力は感じられなかった。それを遥かに上回る雰囲気が漂っている。

 

 

「手加減......だと」

 

 

「わからなかった? だって私の大事なクラウドが死んじゃったら可哀想でしょ? だから、全力は出さなかったの。

今のは正確に言うと超神速でも一番遅い、『雪帳・壱式』」

 

 

血の気が引いたか、絶望を感じ取ったのか。クラウドの顔は青ざめて冷や汗が流れる。

まだ本気を出してもいないのにこれだけの速度と威力――全力で向かってくれば勝ち目は非常に薄いのは明白だった。

 

 

「速さだけで勝負が決まるわけじゃないだろ」

 

 

「でも、かわせなかったでしょ。もし私が全力を出してたら今ので死んでたんだよ。

私だって大事なクラウドを斬ったりしたくないし、クラウドの綺麗な身体に傷を残したくないから手加減したのに......ああ、でも心配しないで。瀕死になってもちゃーんと助けてあげるから」

 

 

「気遣いしてんのはどっちだ!」

 

 

右手の小太刀を鞘に納めて、右腰のホルスターの拳銃で抜き撃ち(クイックドロウ)

数Mの距離にも関わらず身体を左にずらして回避される。続けて左手の銃で回避した直後を狙う。

 

 

「見えてるって、言ってるでしょ!」

 

 

ジグザクに回避行動を取りながら距離を詰めて銃の間合いを潰しに来た。

左手の銃を持ち替えて刀を受け止めるが、それでは止まらない。

銃身に亀裂が入り、遠くに弾き飛ばされる。

 

 

「チッ......!」

 

 

「やあああっ!!」

 

 

がら空きになった右腹部に逆胴が迫る。咄嗟に左腰の小太刀を鞘から引き抜いて刀を止める。

小太刀を回転させて刀を流す。続けて銃撃、小太刀での防御。蹴りや肘撃ちも駆使する。

一進一退、傷を負いながらもラストルの猛攻に反撃する。

 

 

「ちょっとずつ戻ってきたね、昔みたいに攻撃に殺気が入ってきた。でも、まだ足りない。

処刑人には戻りきれてないみたいだね」

 

 

「......もうその話は、やめろッ!!」

 

 

「ああ、いいよクラウド。その表情......怒ってる顔も最高......」

 

 

クラウドはギリッと歯軋りすると右手の銃をラストルに向けて超短文詠唱を述べた。

 

 

「【啼け】」

 

 

クラウドの持つ最強の魔法。最大出力とまではいかないが、銃弾に込められた魔力増幅の効果で強化されたそれは第一級冒険者であろうと容易く打ち破る。

 

 

「【暴虐雷雨(サンダー・ストーム)】」

 

 

銃弾は雷を散らし、風を纏いながら直進する。銃の持つ速度と貫通力に魔法効果が上乗せされてラストルへと迫る。

本来ならここで打ち止めのはずだが、ラストルは予想外の行動に出た。クラウドが銃を撃つ直前、左足を蹴り抜いて後方へ退避したのだ。

しかし、銃弾の速度に敵うわけもない。後ろに下がったところでかわせないと彼女もわかっているだろう。

 

 

そこで気づいた。後退した彼女が刀を鞘に納めていることに。

 

 

「なっ......!?」

 

 

縦に一線、切れ目が入り雷雨の塊は左右に分かれラストルを通り過ぎて壁に激突する。

防ぐでもなく、避けるでもない。斬り裂かれた。こんな芸当をした相手は今までにいない。最大出力だったとはいえ、あのオッタルでも防ぐ手段を取ったというのに。

ラストルは抜いた刀を再び無形の位で構え、不気味な笑みを浮かべる。

 

 

「【雪帳(ゆきとばり)弐式(にしき)】。これを使わせるなんて、びっくりだなぁ。

ま、それはそれとして......今のが全力? そんなわけないよね?」

 

 

「......言うかよ、そんなこと」

 

 

「いいこと教えてあげよっか? 使いなよ、【呪装契約(カースド・ブラッド)】」

 

 

ラストルの発した単語に言葉を失う。

呪装契約。オッタルとの戦いで死に瀕したクラウドが使った奥の手。身体に強烈な負担をかける代わりに、契約印にチャージしておいた経験値(エクセリア)を消費してあらゆる能力を爆発的に上昇させる。

確かに、それを使えば勝つことも可能かもしれない。それでも――

 

 

「使わない」

 

 

「何でかな? 今までの戦いでわかったでしょ、使わなかったら負けるって。それでどうして使わないのかな?」

 

 

「さっきも言ったろ、言わないって」

 

 

ラストルは「ふーん」と澄ましたように笑い、刀を右肩に乗せる。

 

 

「当ててみせようか? もしそんなのを使ったら、簡単に処刑人に戻っちゃうから、とか思ってるんでしょ?」

 

 

「......うるせぇよ」

 

 

「負けるわけにはいかない。でも、処刑人に戻りたくもない。

無理に決まってるよ、そんなの。ある人がこんな言葉を残してるの。『何かを手に入れるということは、何かを犠牲にするということ。どっちも手に入れようなんていうのは理想に過ぎない』って。

今のクラウドがまさにそれ。そんな風に迷ってるから、結局こうやって私に負けるんだよ」

 

 

そうかもしれない、とは思った。人間としての誇りや尊厳を捨てて人を殺し、オラリオを平和にしようという考えに至ったのは他でもないクラウド自身。

どっちも欲しいだなんて我儘を言うのは、単なる綺麗言に過ぎないのかもしれない。

 

 

「そうじゃない......違うだろ」

 

 

だけど、違う。そうじゃない。その理屈には納得できない。容認できない。

 

 

「そいつは結局、楽して物事を終わらせたいクズの台詞だろうが。

自分の正義や信念を貫くためなら、何かを捨ててもいいって諦めてるだけだ。

いくら感情で悔やんでも、目的のためなら仕方ないって無理矢理否定してるだけだ。

そうやって自分を許し続けて、必要のない犠牲を増やしてるだけだ。

たとえ目的を果たせても、犠牲にしたものの先にあるのは後悔と不満の混じった自己満足だけだ」

 

 

ラストルは無表情でこちらを睨むと、盛大にため息を吐いた。

 

 

「はぁ......そういうことだけは変わらないんだよね......」

 

 

「悪かったな」

 

 

「誉めてるんだよ、これでも」

 

 

再びの攻防の始まり。そう思われたが、ある一人の乱入者によってそれは妨害された。

 

 

「アイズ......」

 

 

「何でここに......遠征に行ったはずじゃ......」

 

 

金髪金眼のヒューマンの少女。凄まじい速度で自分たちのいる空間に飛び込んできたのだ。

 

 

「クラウド......大変っ! ベルが......ミノタウロスに――」

 

 

「な......!?」

 

 

ミノタウロス。ベルが1ヶ月前に遭遇したモンスターで、中層にしか生息しない牛型の怪物。

ベルが何の相談もなく中層に潜るとは考えにくい。だとすれば、上層に現れたというのか。

 

 

「場所は!?」

 

 

「E-16の広間だって......小人族の子が......」

 

 

「どこに行こうっていうの?」

 

 

2人の会話にラストルが不機嫌そうに口を挟んだ。

 

 

「久しぶり、アイズ。ちょっと見ない間に変わったんだね」

 

 

「え......嘘、もしかして、ラストル......?」

 

 

アイズは信じられないと言わんばかりに口許を手で覆った。

 

 

「そうそう、よく覚えてたね、全然嬉しくないけど。

何があったか知らないけど、帰ってくれないかな? 今は私とクラウドが話してるの。邪魔するなら、斬るよ」

 

 

刀の切っ先をアイズに向けながらラストルは警告する。アイズも剣を抜いて、しばらく膠着状態が続いた。

こうしている内にもベルの命の危機が迫っているが、目の前の問題も無視できない。

どうすればいい、とクラウドは脳を全力で回転させて策を考えるが、またもや思わぬ展開が起こった。

 

 

「アイズっ! ここにいたぁー!」

 

 

「ったく、どこまで行ってんだよお前は!」

 

 

アイズが来た通路からさらに冒険者がやって来た。ティオナ、ベートらのロキ・ファミリアの幹部達だ。

 

 

「......またあの人たちか、鬱陶しいなぁ。クラウド、今日はこのくらいにしておくから。また会おうね」

 

 

ラストルは懐から小さな白いボールを取り出し、地面に放った。

辺り一体に濃い白色の煙幕が発生し、視界を遮られた。数秒後、視界は回復したが彼女の姿は消えていた。

 

 

「クラウド......今のって」

 

 

「話は後だ、早くベルのところに行くぞ」

 

 

ラストルのことは気がかりだが、今はベルの方が優先だ。

クラウドはポーチからポーションを取り出し、傷を和らげるとロキ・ファミリアのメンバーを引き連れて、そのままベルの元へ全速力で走っていった。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

クラウドが誰よりも速く、アイズの言う場所に到着した。情報通り、そこには右側の角を失い、右手に大剣を持ったミノタウロスと倒れ伏したベルの姿があった。ベルはライトアーマーもプロテクターも失っており、ヘスティア・ナイフと両刃短剣を握っている。

Lv.1のベルがここまで奮戦したのは正直驚いた。それと同時に心配になった。

直ぐ様、クラウドはベルに駆け寄り身体を起こす。

 

 

「ベル! 大丈夫か! おい!」

 

 

「うっ......くら、うど......さん?」

 

 

「よかった......意識はあるな」

 

 

恐れていた最悪の事態は免れた。生きてさえいれば治療させることも可能だ。

 

 

「クラウド! ベルは!?」

 

 

「大丈夫だ、ちゃんと生きてる」

 

 

アイズはベルとミノタウロスの間に立ち、腰の剣に手を添える。

あの時と同じ。1ヶ月前、アイズがベルに助けられたときと同じ状況。

そして、同じような彼女の言葉。

 

 

 

「大丈夫。今、助けるから」

 

 

 

助ける。自分の家族である少年と少女の一度は見たこのやり取り。

最初は『運命的な出会い』だった。だが、今のベルにとっては意味が違う。

 

 

「......ないんだっ」

 

 

「ベル?」

 

 

ベルがクラウドの手を掴み、自分の足で立ち上がる。その眼に映る感情は混乱でも、怒りでもない。

今まで見たこともない少年の雰囲気にクラウドは何も言えなかった。

 

 

「おい、まさか戦うつもりじゃ......よせ、ベル!」

 

 

「もう、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられるわけにはいかないんだっ!」

 

 

身体を支えていたクラウドの手を振り払い、一歩一歩地面を踏み締める。

助けられるわけにはいかない――普段なら「もっと自分を大切にしろ」と説得するところだ。

だが、この台詞は今までの意地や挑戦とは違う。

英雄に憧れる。英雄になりたい、という強い気持ち。

それならここで止めるのは彼にとっての足枷に過ぎない。

それなら、家族としてせめて、背中を押してやろう。

 

 

 

「わかった、ベル。頑張れ、そして勝ってこい」

 

 

「......はい」

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

「ま、ダンジョンで獲物を横取りするのはルール違反だわな」

 

 

「何を笑ってんだ、ベート」

 

 

ベルとミノタウロスが戦っている最中、ロキ・ファミリアの他のメンバーがその場に集まってきた。

全員、ベルの戦いには手を出さず横で見ている。

その中でベートが頭を抱えて笑っていた。

 

 

「いやいや、あのトマト野郎、つくづくミノタウロスに縁があるみてぇだと思ってよ。

つーか、いいのかよ? お前は止めに入ったりしねぇのか?」

 

 

「入らない。ベルが決めたことだ。本当に死にそうにならない限りは見守り続けるさ」

 

 

しかし、ベルはLv.1。Lv.2にカテゴライズされるミノタウロスに敵うはずがない。ましてや、1ヶ月半前に冒険者になったばかりの駆け出しだ。

普通に見れば、これはただの無謀な挑戦と取られても仕方ないだろう。

それを察したのかティオナが口を挟んだ。

 

 

「でも、あの子Lv.1なんでしょ? 絶対殺されちゃうよ」

 

 

「放っておいてやれって、ティオナ。あのガキ、男してるんだぜ? また惨めに助けられでもしたら、俺だったら死にたくなるね」

 

 

そんな会話に気弱そうな、小さな声がかかる。頭から血を流しているリリがベートにしがみついた。

 

 

「お願いします、冒険者様。ベル様を......助けてください......」

 

 

「お、おい! 離せっての!」

 

 

「ご恩には、必ず報います。リリは......何でも、何でもしますから......」

 

 

リリはそこまで言ってしがみつく力さえ失ったのか、ガクッと地面に膝をつく。クラウドはリリを受け止めると、両手でその身体を支えた。

 

 

「あんまり喋るな、リリ。限界が来てる。ほら、飲めるか?」

 

 

クラウドはリリの口元にハイ・ポーションを近づけてゆっくりと飲ませた。

少しずつ傷が消えていき、リリも痛みが引いているのがわかった。

 

 

「お願い......します......」

 

 

「......」

 

 

「どけ、アイズ。俺がやる」

 

 

見かねたベートが先頭に立つアイズの横に立ち、割って入ろうとした。

そこまで来てわかったのだろう。目の前で信じられない光景が繰り広げられていることに。

 

 

「......あ?」

 

 

「......あれ?」

 

 

「あの子......Lv.1じゃないの?」

 

 

そこにあったのはミノタウロスと互角に渡り合うベルの姿だった。

いや、正確には互角ではない。単純な実力ではミノタウロスが上回っているが、ベルも自身の速さと技術を駆使して一進一退の戦いを見せている。

 

 

「ねぇ、クラウド」

 

 

「何だよ、フィン」

 

 

ロキ・ファミリア団長のフィンがいつの間にかクラウドの横に立って質問していた。

 

 

「確かあの少年は、1ヶ月前には駆け出しだったんじゃないのかな?」

 

 

「......そうだな」

 

 

確かに今のベルの戦いは幾多のモンスターや人間と命のやり取りをしてきた自分からすれば、未熟だと言わざるを得ない。

しかし、自分にはないものを持っている。文句なく凄いと思える後ろ姿が、ベルにはあった。

 

 

 

「1ヶ月前に言っただろ。ベルは強くなるって。これがその証だ。

お人好しで、奥手で、純粋で、無邪気な奴だけど、あいつほど格好いい奴を俺は知らないからな」

 

 

 

ベルは両刃短剣を折られ、ミノタウロスは右手首を曲げられ、使い物にならなくなっている。

ベルは右手にミノタウロスが落とした大剣、左手にヘスティア・ナイフを持つ。

ミノタウロスは地に低く伏せて突撃の体勢をとった。

そのまま両者の距離は縮み、ベルは大剣を振りかぶり、ミノタウロスは左だけ残っている角で応戦する。

 

 

「......若い」

 

 

後ろに控えていたリヴェリアがボソッと呟いた。あの状態のミノタウロスに真正面から挑むのは失敗だ。

 

 

「チッ、馬鹿が」

 

 

「ベル様ぁ!」

 

 

舌打ちするベートに、リリの叫びが続く。このままではミノタウロスに嬲り殺しにされてしまう。

 

 

「大丈夫」

 

 

「ああ」

 

 

だが、クラウドとアイズはベルの狙いに気づいていた。

ベルは剣をミノタウロスの角に激突させる。銀色の剣は砕け、ミノタウロスの角による突きがベルへと迫る。

その瞬間、ベルはミノタウロスの身体より低く屈んで懐に入り込んだ。

そして、もう一つの得物――漆黒のヘスティア・ナイフをミノタウロスの腹部に突き刺す。

 

 

「ファイアボルト!」

 

 

それだけでは止まらない。そこからさらに繋げる。ベルの発声と共にミノタウロスの身体が膨張し、口から血と供に火炎が漏れ出す。

 

 

「ファイアボルトォッ!」

 

 

さらにミノタウロスの身体に魔法が叩き込まれ、球体のごとく肥大化する。

ロキ・ファミリアの面々とリリが唖然としている中、クラウドだけは笑っていた。

 

あと一撃だ、ベル!――

 

 

 

「ファイアボルトォオオオオオオッ!!」

 

 

 

直後、ミノタウロスの身体は爆発し、上半身が弾け飛んだ。魔石を失ったミノタウロスの肉体は消滅し、ドロップアイテム『ミノタウロスの角』が転がった。

 

 

「......っ! ベル様!!」

 

 

リリが叫んだ瞬間、ベルは力尽きて、前方へ倒れそうになる。その場にいた人物が駆け寄ろうとするが、それよりも速くクラウドが彼の両肩を掴んで倒れるのを防いだ。

 

 

「ベル、よく頑張ったな。格好よかったぜ」

 

 

「あはは......あり、がとう....ござ......い......」

 

 

続きは言えず、ベルは気を失った。クラウドはベルを抱き締めて背中をポンポンと叩いてやる。

 

 

クラウドはベルの肩と膝を両手で抱えてその場を去ろうとするが、フィンに呼び止められた。

 

 

「クラウド、一つ聞いていいかい?」

 

 

「何だ?」

 

 

「名前――彼の名前は?」

 

 

その場にいた人間、アイズとリリ以外の視線がクラウドに向けられる。

クラウドは心底嬉しそうに言ってやった。自分に残された誇りとも呼べる存在の名を。

 

 

「ベル・クラネル。俺の家族だ」




ラストルとの話はちょっとお預けします。近い内にちゃんと決着をつけますので少々お待ちください。
それと、お気に入り数が900を越えたことをとても嬉しく思います。これからもよろしくお願いします。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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迷宮の楽園
第30話 祝宴


新章突入! 4巻はなるべく早くやっていきたいと思います。


「リトル・ルーキー?」

 

 

「はい......そうなんです」

 

 

豊饒の女主人の一角にあるテーブルに白髪のヒューマンの少年が顔を突っ伏していた。

彼はベル・クラネル。つい先日、9階層にてミノタウロスを撃破しランクアップの最短記録、1ヶ月半を叩き出したレコードホルダーでもある。

今まで最短とされていた【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインや【剣舞巫女】ラストル・スノーヴェイルの1年を遥かに上回る期間にオラリオは騒然としたほどだ。

 

 

「うーん、まあ、そうだな......無難?」

 

 

「......ですよねー、神様もそう言ってましたし」

 

 

彼の対面に座って頬杖をつきながら答えた銀髪のハーフエルフの青年、クラウドはそんなベルに若干同情していた。

3ヶ月に1度、この街では神会(デナトゥス)――その名の通り神による会議が行われる。基本的に雑談やらが多いが、前回の神会までの間にランクアップした冒険者の二つ名を決めるものでもある。

 

 

「確かに可もなく不可もなくって感じだが......格好悪いよりかはいいだろ。昔の俺の知り合いなんか【炎帝(ノヴァ・マスター)】とか【風切り鎌(エアリアル・エッジ)】とか、そんなんだったぞ?」

 

 

「滅茶苦茶格好いいじゃないですか! そっち方がいいですよ僕だって!」

 

 

二つ名には、陥ってしまうであろう落とし穴が存在する。

元々暇を持て余した遊び人みたいな連中が神には結構いる。名高い神に気に入られ、好印象を抱かれやすい冒険者ならいい感じの名前をつけてもらえるのだが、時には完全にふざけているとしか思えないような名前がつけられていることがある。初めて二つ名を貰うときにそうなるか、ならないかは重要なのだ。

ランクアップして、いざ名乗りを上げようというときに悪口レベルの二つ名を言わなければならないのだ。

 

 

「まあまあベル様、いいではないですか。普通が一番ですよ」

 

 

「うう......リリまで......」

 

 

クラウドの左に座っているリリもまあまあとベルを宥めた。

 

ベルも初めて二つ名を貰えるわけなので、朝からホームでテンションを上げまくっていたが、神会から帰ってきたヘスティアから【リトル・ルーキー】なる名前を告げられた瞬間に固まって動かなくなったのだ。

ベルも年頃の少年だから仕方ない、とクラウドは苦笑いしていた。余談だが、同時期にLv.2になった人は【絶+影】という名に決まったらしい。誰だか知らんが気の毒に。

 

 

「しかし、ベル様。リリ様の言うように、あえて当たり障りのない名前に収まっておくというのも手かもしれませんよ?

あまりに長く複雑な名前になってしまうと数年後に後悔することになります。クラウド様もそういった経験が――」

 

 

「うん、キリア。いい子だから静かにしておこうな」

 

 

リリの右に座る銀髪の幼い少女、クラウドの専属精霊であるキリアに笑顔という名の威圧をかける。

高い頭脳と魔力を持つ彼女だが、如何せんこういった言動が目立つ気がする。

 

 

「私はいいと思いますよ、リトル・ルーキー」

 

 

「ランクアップおめでとうございます。クラネルさん」

 

 

4人が座ったまま話していると、ヒューマンとエルフの少女が2人、料理を持ってきた。

ここのウェイトレスを務めているシルとリューだ。

 

 

「お待たせしました、じゃあ始めましょうか」

 

 

「あれ、シル? 店の手伝いは?」

 

 

始めましょうか、と言いつつシルがベルの横に腰かけたのを見て、クラウドは不思議に思った。

 

 

「私たちを貸してやるから存分に笑って飲めと、ミア母さんからの伝言です。後は金を使えと」

 

 

その質問に答えたリューはクラウドの右隣に腰かけた。

男2人に女4人。何故だろう......全くやましいことをしたはずじゃないのに、『そういう感じの店』に来たかのような罪悪感は。

まあ、別に恋人がいるわけでもないからそこまで問題じゃないのかもしれない。

 

気を取り直して、ベルはエール、シルは果実酒、リリとキリアは果汁(ジュース)、リューは水、クラウドは葡萄酒(ワイン)をそれぞれグラスに注いで乾杯した。

 

 

「クラウドさん、注ぎましょうか?」

 

 

「ああ、ありがとな、リュー」

 

 

最初に注いだグラスが空になると、右隣に座るリューが葡萄酒のボトルを持って注いでくれた。

これが俗に言う酌という奴なのだろう。そう考えたら何だかいけない気がしてきた。

イカンイカン。二十歳過ぎた童貞の思考回路などやはりこの程度なのだろうか。別に他の奴がどうなのかは知らないが。

 

 

「リューもこれ飲んでみるか? 結構美味しい酒だぜ」

 

 

「えっ? いえ......まだ、仕事中ですし......それに......」

 

 

「確かに仕事中だけど、少しくらいは肩の力抜いてくれよ。自然に振る舞ってくれた方が俺も楽しいからさ」

 

 

「そ、そうではなくて......」

 

 

クラウドが気恥ずかしさを誤魔化そうと自分のグラスをリューに差し出すと、彼女は戸惑ったように目を泳がせた。

 

 

「あ......そっか、ごめん。流石に男が口付けたグラスじゃ駄目だよな。別のグラスに注いで――」

 

 

「まっ、待ってください!」

 

 

クラウドがテーブルに置かれていた別のグラスに手を伸ばすがリューから止められ、手を戻した。

 

 

「私は、それで構いません......」

 

 

「え? でも......」

 

 

「本当に、構いませんから......」

 

 

「そ、そう......か? じゃあ、ほら」

 

 

クラウドが葡萄酒の注がれた自分のグラスを渡すと、リューは少し震えながらそれを握り、口元へと近づける。

そして、所謂『間接キス』なるものが発生しようとした瞬間だった。

 

 

「不健全ですよ、御二人とも」

 

 

いつの間にか、キリアが席を立ちそのグラスを掴んで、リューが口をつける直前で止めていた。

因みにベル、シル、リリの3人もジーッとそのやり取りを見ていた。

 

 

「き、キリア? 一体何を......」

 

 

「いえいえ、クラウド様が公共の場で不健全な行為に至るところだったので。家族として止めに入ろうと」

 

 

「そ、そ、そう、なのか? ありがと」

 

 

クラウドは愛娘的存在からの威圧にただ苦笑いしかできなかった。

一方リューはというと、若干悔しそうに自分のグラスの水を飲んでいた。そんなに葡萄酒飲みたかったのか。

 

 

 

 

 

「それで、これからどのようにするつもりですか?」

 

 

「どのようにって?」

 

 

「中層のことです」

 

 

食事中、リューがクラウドたち3人に確認したいことがあると話を始めた。ベルがLv.2になったことで、今まで足を踏み入れなかった13階層以下――つまりは中層への進出を考えるようになったことについてだ。

 

 

「あまり口出ししたくはありませんが......すぐに中層に向かうのはやめておいた方がいいでしょう」

 

 

「むっ! リリたちでは力不足と言うんですか?」

 

 

「そういうわけではありません。ただ、中層と上層は違う。単純にソロでは処理しきれなくなります」

 

 

上級冒険者であるクラウドと、おそらくそうであろうリューもそういう考えだった。

Lv.2での中層は初見ではかなり危険だ。もしベルとリリの2人で行けばまともに潜ることもできないだろう。

 

 

「それとな、ベル。俺はしばらくダンジョンに行けないから、それも考えておいてくれ」

 

 

「え、ええっ!? 何でですか!?」

 

 

先日のラストルの待ち伏せ。そう簡単にはいかないと思うが、かつての自分に似通った心理の持ち主である彼女はクラウドの思考や行動を読むことができる。

もしラストルと交戦になればベルとリリのサポートには回れない。最悪、2人を巻き込むことになる。

 

 

「いつまでかはわからないけど......なるべく早くその用事は終わらせようって思ってるからさ。

中層に潜るのはその後でもいいだろ? それか、誰か別の人とパーティーを組むとか」

 

 

「うーん......でも、そんな簡単に組んでくれる人なんて......」

 

 

ベルがうーん、とこめかみを押さえて考えていると近くのテーブルにいた客が立ち上がって声をかけてきた。

 

 

「はっ! パーティーのことでお困りか、リトル・ルーキー?」

 

 

声をかけてきたのは中年のヒューマンの男3人。その中の1人がテーブルの横まで来て立ち止まる。

 

 

「仲間を探してんなら、俺たちのパーティーに入れてやるぜ? 俺たちはLv.2だ。中層にだって行ける」

 

 

突然の誘い。見ず知らずの冒険者がどういうわけかベルに手を貸すと言うのだ。ベルは焦りながらもその誘いに少し喜んでいた。

しかし、ベルの正面に座るクラウドが横槍を入れる。

 

 

「......随分と気前がいいな。何が狙いだ?」

 

 

「ああ? 何の話だ?」

 

 

「とぼけるな。さっさと本題を話せ」

 

 

クラウドの低く怒気の籠った声にその男も過敏に反応してしまう。ベルはその男が今にもクラウドに殴りかかるのではないかと心配になった。

 

 

「ちょっ、クラウドさん! 何でいきなりそんな......パーティーに入れてくれるって......」

 

 

「ベル、確かにこいつらがある程度純粋な気持ちなら俺も許したが......こんな下衆は流石に無理だな」

 

 

クラウドの言葉の意味がわからずベルは困惑しながら聞き返す。

 

 

「えっと......どういう......」

 

 

「さっきから露骨なんだよ。こいつらの視線が。最初からリューたち4人しか見てない」

 

 

ここまで言われてクラウド、リュー、キリアの3人以外は大なり小なり表情を変化させた。

この男たちの目的は女子4人を侍らせたいだけなのだ、と全員が理解した。

 

 

「目は口ほどに物を言うって知ってるか? そんなにジロジロ見てたら普通気づくぞ。

俺が何百人そんな奴を見てきたと思ってる?」

 

 

クラウドは男たちを睨みながらグラスに残った葡萄酒を飲み干した。

 

 

「へっ、へへっ......な、なーに言ってんだ? 仲間なら分かち合いだろ? 当然の権利ってヤツだ」

 

 

「バレたらバレたで開き直りか? つくづく見下げた連中だな」

 

 

クラウドがすまし顔でグラスに新しく葡萄酒を注いでいると、ついに限界が来たのかその男は大きく足音を立ててクラウドのいる席に近づく。

 

 

「てめぇ......さっきから聞いてりゃ舐めたこと言いやがって。殴られてぇのか!?」

 

 

「殴られたくないに決まってるだろ。一度でもイエスと答える奴に会ったことがあるのか?

俺は今日酒が入ってて手加減できるかわからないんだ。悪いことは言わないからさっさと帰れ」

 

 

あくまでも淡々と言葉を連ねるクラウドにとうとうその男も行動に出た。

クラウドが左手で持っていたグラスが叩かれ、手から離れてしまう。グラスは床に落下しバラバラに割れ、まだ半分以上注がれていた葡萄酒も床に流れてしまう。

 

 

「......まだ途中だったのにな」

 

 

「どうだ? わかっただろ? 今謝れば許してやるぜ。何せ俺は寛大だから――」

 

 

得意気に笑っていた男の表情が固まる。一瞬でリューが小太刀を抜いて男の喉元に突きつけているからだ。

それと同じように後ろの仲間2人も、キリアが掌に魔法を顕現させた状態で立ち塞がっているため動けない。

 

 

「私の友人にこれ以上危害を加ることは許さない」

 

 

「動かないでください。痛い目に遭いますよ」

 

 

一触即発といった感じだ。もしどちらかが手を出せばその瞬間に男たちは瀕死にされることは間違いない。

クラウドも気持ちを押し殺して2人を止めに入る。

 

 

「落ち着け、リュー、キリア」

 

 

「......クラウドさん」

 

 

「クラウド様? どうしてです?」

 

 

「いいから、2人とも武器を戻してくれ」

 

 

数秒ほど迷っていたが、2人とも渋々自分の席に戻る。それと入れ換わりにクラウドが席を立って男たち3人の前に立つ。訝しげな表情で睨まれるが、それも大して気にしない。

 

 

「わかったろ? さっさと代金払って帰らないとタダじゃ済まないって。

だからさ、さっきも言ったと思うが......今すぐ帰れ(、、、、、)

 

 

ほんの少しだけ言葉に殺気を込める。クラウドの放つ、その威圧感に男たちはすっかり気圧されてしまい、震えながら後ずさる。

 

 

「お、お前......一体......」

 

 

「聞こえなかったか?」

 

 

クラウドは右手に拳銃を握って男の頭に発砲。しかし、弾は僅かに逸れて男の頬に触れるか触れないかの位置を通り過ぎる。

 

 

「うっ......うあああっ!!」

 

 

「まだ続けるか? 次は外してやれる自信が無いからな、うっかり命中するかもしれないぜ?」

 

 

地面に薬莢が落ちる音が響いた瞬間、男は懐から金貨の詰まった袋をテーブルに置いて仲間と一緒に走り去っていった。

 

 

「よし、飲み直すか」

 

 

クラウドは床に落ちた薬莢を拾ってポケットにしまうと、席に座り直した。




何だろ、このほのぼの感。前回との温度差が計り知れない。

まあ、それはさておき、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。


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第31話 怪物進呈

「で、こっちの人が例の?」

 

 

「ヴェルフ・クロッゾだ。よろしくな」

 

 

ベルに話があると言われクラウドはメインストリートのオープンカフェを訪れていた。

クラウドが来た頃には丸いテーブルにベルとリリ、そして初めて見る赤い髪の青年が座っていた。

何でも、ベルの専属鍛冶師となりさらにはパーティーにも入ってくれるそうだ。

 

 

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 

見たところ自分より年下だろうか。外見年齢は十代後半ほどだ。ベルとは同世代でレベルも近い。お互いにいい話し相手になるという点で見れば悪くはない。

 

 

「戦力としてはどうだったんだ? お前らと仲良さそうにしてるから、人柄の方は問題なさそうだけど」

 

 

「そっちも大丈夫ですよ。ヴェルフがいたおかげで僕たちも前より余裕を持って戦えましたから」

 

 

「はは......まあな」

 

 

「そうか。なら俺がいちいち口出しする必要もなさそうだな」

 

 

クラウドは安心して目の前に置かれたカップのカフェオレに口をつけた。

あれから何日か経つがラストルからの接触や襲撃はない。彼女の雇った暗殺者や脅迫状が届くことを警戒していたが、それらしき気配すらない。

薄々感づいてはいたが、やはり彼女は戦術において天才であってもクラウドへの執着心ゆえに搦め手を取るわけではない。好きな相手に向ける感情が強すぎて他の人間など見ていない。目的のためなら実力行使に出ると考えていい。

 

 

「で、中層に3人で行くわけだろ? ちゃんと装備を整えて消耗品は必要以上に持っていくんだ。何が起こるかわからん。特にお前らは初見だからな」

 

 

「クラウド様は過保護ではないですか? それですから年下好きとか子煩悩とか言われるのです」

 

 

「うん、リリ。地味に傷つくから言わないで。一応自覚してるつもりだから」

 

 

色んな人から終いにはロリコンだのシスコンだの言われていたこともある。出来ることなら封印したい過去だ。

 

 

「要するに用心に越したことはないって言いたいんだよ。中層をナメてかかって死んだ奴を俺は何人も知ってる」

 

 

ベル、リリ、ヴェルフの3人はクラウドの話に真剣に耳を傾けた。まだ組んで数日の急増パーティーだが、案外いい感じではないだろうか。

 

 

「最後に一つ、言っておくぞ」

 

 

「何ですか?」

 

 

「また何かのアドバイスですか?」

 

 

「いや、違ぇよリリ。これだけは守ってほしいことがある。他のことは二の次にこのことを第一にっていう条件が」

 

 

クラウドは心に残る不安はこのさい無視して、一歩踏み出そうとしている仲間へ最後の激励の言葉をかけた。

 

 

「絶対に生きて帰ってこい。手足が無くなっても、目が潰れても、這ってでもいいから俺たちのところに帰ってくるんだ。生きてさえいたら絶対に命は助ける。

だから、何があっても死んだりするなよ」

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

「ベル達がここに来てないだと!?」

 

 

「う、うん......そうみたい、だよ」

 

 

ベル達が中層に向かった翌日、クラウドはギルドで受付嬢のエイナから驚くべき言葉を聞いた。

昨日ベル達が帰ってこなかったことを不審に思い、ギルドの厄介にでもなったのかと思ったが見事に肩透かしをくらったのだ。

彼の横に立つヘスティアもその情報に納得できなさそうに顔を曇らせている。

 

 

冒険者依頼(クエスト)を発注したい。依頼内容はベル君達の捜索で頼む」

 

 

ヘスティアはなりふり構っていられないと最大限の手を尽くすことにした。エイナは依頼書の作成に入るためにペンで必要事項を記入していった。

 

 

「報酬はどうしますか?」

 

 

「これで頼む」

 

 

クラウドは懐から愛用しているシルバーフレームの銃を取り出し、カウンターに置いた。

銃はクラウドが独自の技術で作っているため、オラリオ中を探しても他に作れる人間はいない。しかも販売すらしていないので、欲しがる冒険者は山ほどいる。

 

 

「でもこれって......いいの?」

 

 

「いいに決まってんだろ、ベル達の安全の方が大事だ」

 

 

「わ、わかったよ」

 

 

エイナはクラウドの眼力に圧され、慌ててペンを走らせた。

クエストの発注を済ませたところで2人はギルドを出る。出口にはミアハ・ファミリアのミアハとナァーザがいた。

 

 

「どうであった、ヘスティア」

 

 

黙って首を横に振る2人にミアハたちも口をつぐんでしまう。皆予想はできていても口にするべきではないと考えているのだ。

ベル達が中層で全滅し、そのまま死んだという可能性に。しかし、ヘスティアはそんな雰囲気を悟ってかしばらく続いた沈黙を破る。

 

 

「クラウド君、最悪の事態は今のところ来てはいないよ。ベル君は生きてる。まだあの子の恩恵は感じられる」

 

 

「......そうか。なら絶望するには早いな」

 

 

主神である彼女は眷族の恩恵を認知できる。ベルは死んだわけじゃない。絶対に間に合わせないといけない。

 

 

「ヘスティア、俺はリリとヴェルフについて当たってみる。ソーマはともかくヘファイストスのファミリアなら話を聞いてくれるだろ」

 

 

「わかった、頼んだよ」

 

 

「2時間後にホームに集合な」

 

 

クラウドはヘスティアに背を向けて歩き出した。ヘスティアは何も言わずにその背を見つめていた。

ナァーザはそんなヘスティアの様子を訝しく思い、質問する。

 

 

「ヘスティア様......クラウド、何か変だったような」

 

 

「ああ、君の言う通りだよ。今のクラウド君はいつもと違う(、、、、、、)

 

 

ヘスティアは直感的に理解していた。5年前までの彼の立ち振舞いは知らないが、隠しきれない殺気が彼を『処刑人』へと僅かだが変貌させていた。今は内側から滲み出ているようなものだが、もし箍が外れればどうなるかわからない。

 

 

「ミアハ、ナァーザ君。気をつけてくれ。もしベル君達を危険な目に遭わせた連中がいても、決してクラウド君に知らせたらいけない。

クラウド君は、それが何人だろうと絶対に生かしてはおかないから」

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

「すまん、ヘスティア!」

 

 

夕方のヘスティア・ファミリアのホーム――その上に位置する廃教会の中でヘスティアに深く頭を下げる男がいた。

彼はタケミカヅチ・ファミリアの主神、タケミカヅチ。その後ろには彼の眷族。団長の桜花、つい最近ランクアップした命、サポーターの千草、そして他にも3人のヒューマンが立っていた。

その場にいるのは彼らだけではない。ミアハとナァーザ、ヴェルフの主神であるヘファイストスも傍で成り行きを見守り、クラウドの専属精霊であるキリアも椅子に座ってその様を見ていた。

 

 

「つまり、彼らがダンジョンでベル達にモンスターを押しつけたのか?」

 

 

「ああ、こいつらも必死だったとはいえ、申し訳ない」

 

 

話はこうだ。タケミカヅチ・ファミリアのメンバー6人はベル達と近い場所――中層である13階層で戦っていた。だが、兎型モンスターのアルミラージに翻弄され仲間の1人が負傷。まだ中層に疎い彼らは陣形を崩され撤退を開始した。迫り来るモンスターの群れに逃げ切れないと勘ぐった団長の桜花は近くにいたベル達のパーティーにモンスターを押しつけた。

 

ダンジョン内で行われる撤退戦術『怪物進呈(パス・パレード)』。自分達が助かるために他のパーティーを危険に晒す方法。

反対意見もあったが、背に腹は代えられないと桜花は押し切り帰還に成功した。

そして、今しがたクエストの貼り紙を見た彼らは慌ててタケミカヅチに本当のことを話したらしい。

 

ヘスティアは怒るでもなく、泣くでもなく、静かに目を閉じて6人の前に立った。

 

 

「ベル君達が帰ってこなかったら、君達のことを死ぬほど恨む、けれど憎みはしない。約束する」

 

 

慈悲深い神の言葉に命たちは言葉を失い、膝をつき頭を垂れた。

 

 

「今は、どうかボクに力を貸してくれないかい?」

 

 

『――仰せのままに』

 

 

子供達を許したヘスティアに彼女の神友は微笑んで見ていた。しかし、ヘスティアの顔はどこか優れない。何か蟠りがあるような表情に全員違和感を感じていた。

 

 

「皆、このことはクラウド君には内密にするんだ。それから君達は暫くどこかで時間を潰してきてくれ。

もうすぐクラウド君が戻ってくる。その前に――」

 

 

「誰が戻ってくるって?」

 

 

全員がヘスティアの言葉を遮る声に凍りついた。教会の入口の陰から件の声の主が現れる。

しかし、彼の外見にどう見ても疑問を抱かざるを得ない部分がある。

 

 

「恨みはするが、憎みはしない。か。我が主神様ながら深いお言葉だな。

ヘスティアらしくていいと思うぜ。だかまあ、それとは全く関係ない話として、聞きたいことがある。

誰がやったんだ(、、、、、、、)?」

 

 

クラウドの髪が白銀の色から、黒曜石のような黒へと変わっているのだ。これはまずい、とヘスティアはクラウドを止めにかかる。

 

 

「クラウド君、落ち着くんだ。彼らは――」

 

 

「そんなことは聞いてないぜ。俺は『誰がベル達にモンスターをけしかけたか』を聞いたんだ」

 

 

ヘスティアの横にいたキリアの姿がぼやけ始める。クラウドのリミッター、感情の箍が外れて『呪装契約(カースド・ブラッド)』の能力が発動しようとしている。

そう思ったのも束の間、キリアの姿が完全に消えクラウドの身体に取り込まれた。クラウドの髪が黒を通り越して闇の色へと変化する。

間違いない。クラウドは処刑人に――自身の持つ全能力を解放した。

 

 

「......教えたらどうするんだい、君は」

 

 

ヘスティアは冷や汗を垂らしながらクラウドを刺激しないよう聞いた。

だが、それすらも今のクラウド(処刑人)にしてはいけない選択だった。クラウドは深くため息を吐いて天を仰ぐ。そして、右足を軽く地面から離し――

 

 

「決まってんだろ」

 

 

一気に力強く地面に打ち付けた。

 

 

『な......っ!?』

 

 

地面が揺れた。まるで大地が波打つように変動し、たちまち亀裂を生み出す。教会にあった椅子は全て粉々の木屑と化し、壁は一部が崩れ大きな穴を空ける。

クラウドが立っている場所を中心に蜘蛛の巣状の破壊痕が出来ている。

 

その場にいた全員が天変地異のごとき結果に何も言えず固まってしまう中、破壊の中心にいたクラウドは無機物と見紛うほどに冷えきった瞳を向けた。

 

 

「ベル達と同じ目に遭わせるんだよ」




クラウドの恐れていたことがついに......次回は早めにしたいと思っています。
あと、お気に入り数が1000を越え、ついに4桁にまで届きました。一重に皆様のお陰です。これからもよろしくお願いします。

それでは、感想、意見などありましたら遠慮なくご記入ください。

それから、新しく番外編も始まってるので要望などがあれば活動報告にご記入ください。出来る限りの希望にお答えします。それ以外の小さなアイデアなども大歓迎です。


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第32話 矯正されろよ

『ねぇ、私と一緒に処刑人に戻ろうよ。こんな弱い世界は壊して、私とクラウドが好きにできるようにしよ?』

 

 

『俺はもうあの頃に戻るつもりは毛頭ない』

 

 

『そうでもないよ? だって......』

 

 

『処刑人に戻らずに私を倒そうなんて千年早い――いや、永遠に無理だよ』

 

 

 

 

脳裏にラストルとの会話が甦る。今さらそんなことを思い出すのは、本心では戻ってはいけないとわかっているからなのか。それとも、やはり処刑人だった頃の自分が正しいと思ってしまったからなのか。

答えは出ない。なぜなら、今自分が考えるべきは目の前の標的をどうするかだけだから。

 

 

「で? 一体誰が答えるんだ? 正確に、誰が実行したのか答えてくれよ。正直に話せば少しくらい手加減してやるよ」

 

 

ザッザッと一歩ずつゆっくりとクラウドは入口からヘスティアたちに詰め寄る。

ヘスティアはこのことは予期できていた。家族や仲間を何よりも大切にするクラウドが、ベル達がモンスターを押しつけられて危険な目に遭ったなどと言われればこうなることくらい。

このまま黙りを決めてもクラウドが引くとは思えない。話が通じるうちに何とかして怒りを抑えさえなければ。

 

 

「答えないのか? それとも、答えたくないのか? お前らに拒否権なんざねぇぞ。

俺はヘスティアみたいに優しくも慈悲深くもないからな。そいつのことを恨みもするし憎みもする。だからせめて潔くなれ。そうした方が身の為だ」

 

 

クラウドがイライラしたように声を低くする。命たちも戸惑いながら正直に話そうかと思案し始める。

 

 

「今なら特別に俺にボコボコにされた後に泣いて謝れば命までは取らねぇからよ。さっさと白状しろ、俺の気が変わる前にな」

 

 

決心した命は、自分だけでも、と立ち上がって告白しようとした。が、桜花がそれを手で制し、他のメンバー5人の前に立つ。ヘスティアは思わず、「やめろ」と叫びたくなったがとうに遅かった。

 

 

 

 

「指示を出したのは俺だ。責めるなら俺を責めろ。

だが、俺は今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

 

 

 

 

「そうかよ」

 

 

 

 

その瞬間、何かがヘスティア達の横を駆け抜けた。視認すら不可能な『それ』は桜花の巨体を捕らえると近くの壁へと叩きつけた。

 

 

「が......はっ......」

 

 

「よく『(処刑人)』の前でそんな台詞を吐けたもんだな、大男。

大した勇気だ。決して格好良いとは思わねぇがな」

 

 

クラウドは桜花の首を右手で掴み、壁に押しつけていた。桜花は両手で振りほどこうとするがビクともしない。

 

 

「責めるなら俺を責めろ? そんな台詞が今さら通用するかよ、馬鹿馬鹿しい。

責められるだけで済むわけねぇだろ。少なくとも俺は、償いも謝りもしない相手に不干渉でいるつもりなんざ毛頭ないぜ」

 

 

桜花の顔が青ざめ、腕から力が抜けていく。それでもクラウドは構わずに続けた。

 

 

「間違っていたとは思っていない? 仲間を助けることが間違いとは思えないって意味か?

中層でパーティーが危険になったのは団長であるお前の責任だろうがよ。自分達は死にそうで仕方なかったなんてよく平気な顔で言えるな。

団長なら殿になって仲間を逃がすくらいの気概を見せろよ。誰とも知らない奴らならうっかり殺しても許されると思ったのか? 残念だな、許されねぇよ」

 

 

クラウドが桜花の垂れ下がった右腕の下腕部を掴む。ヘスティアは何をするか察したのだろう。立ち上がって止めに入ろうとした。

 

 

「許されないっていうのはこういうことだ。身を持って体験してみろ」

 

 

クラウドは桜花の腕を掴む手に力を込めて握り潰した(、、、、、)

 

 

「ガッ、アアアアアアッ!!!」

 

 

桜花の悲鳴が教会を揺らすほど響いた。クラウド以外は思わず目をそらしてしまうが、当の本人は不快そうに舌打ちして手を離した。

 

 

「騒ぐなよ。数ある骨の内の一部が砕けただけだろ? 治そうと思えば治るんだろ? ベル達はこれ以上の苦しみを味わってるんだぜ? だったらいちいち気にするな、鬱陶しい」

 

 

「クラウド君、それ以上はやめるんだ!!」

 

 

「桜花殿!」

 

 

「桜花!」

 

 

ヘスティア、命、千草が立ち上がって叫ぶ。並の第一級冒険者を遥かに上回る今のクラウドならいつ桜花を殺してもおかしくない。

今のリミッターの外れたクラウドが不殺を貫けるかも怪しい。せめて桜花とクラウドは引き離さなければならない。

そんな考えは当然クラウドに読まれていた。クラウドは桜花の首を掴んでいた右手を離してヘスティア達に向き直る。

 

 

「うるせぇッ!!」

 

 

クラウドが叫ぶと同時にヘスティアたちは金縛りにあったかのように動けなくなる。クラウドの放つ殺気、その圧力に当てられ、身体を縛り付けられたのだ。

 

 

「邪魔するなよ、ヘスティア」

 

 

クラウドは笑いも怒りもしていない。表情に出すような心境ではないのだ。ヘスティアは咄嗟に神威を解放しようとするが、それすらも封じられている。

 

 

「精神的圧力による行動不能状態。案外、人ってのは暗示や思い込みが体機能に支障を来す生き物だ。こいつはその応用でな。よほどの手練じゃないと解けねぇよ」

 

 

クラウドは淡々と説明すると、ヘスティア達に向けていた碧色の瞳を再び桜花に向ける。

 

 

「さて、どうする大男? 謝るか、半殺しにされるか、瀕死にされるか、死の淵まで行ってみるか。どれか好きな選択肢を選べよ」

 

 

桜花は答えない。いや、答えられないのだ。クラウドの腕力で首を掴まれ、腕を折られ、今も凄まじい殺気に当てられているのだから。

 

 

「それとも具体的な方法をご所望か? 目潰し、皮剥ぎ、骨折、裂傷、打撲、脱臼、猛毒、失明。全部簡単だぜ? どうする?」

 

 

「お、れは......」

 

 

桜花は息が絶え絶えになっている状態で言葉を紡ぐ。クラウドはいかにも面白くなさそうにそれを待った。

 

 

「後悔......して......いない」

 

 

「そうかよ」

 

 

さっきと同じ台詞。同じ表情。同じ仕草。クラウドは腰のホルスターから拳銃を取り出した。そして、迷わず照準を桜花の胸元に当てる。

 

 

「格好悪いな、お前。下衆ならみっともなくても最後くらい格好良く着飾ってみせろよ。

じゃないと、ますます殺したくなるからよ」

 

 

クラウドが持つ拳銃が青白く発光する。銃弾がクラウドの魔力を吸収し、その余波が見えているのだ。

たとえ魔法詠唱なしの即席の魔力の弾丸だろうと、その威力は計り知れない。

 

 

「悪事の一番怖いことって何だかわかるか? 慣れることだ。

そうやって罰から逃げれば、お前はまた同じことを繰り返す。ニ度目も三度目も四度目も。やがてそいつは罪の意識を失っていく」

 

 

クラウドは引き金に人差し指をかけ、ググッと少しずつ力を込める。誰もが叫ぼうとするが、クラウドの殺気によって声を発することすらできない。

 

 

「矯正されろよ、お前。そしてボロボロになった身体と心でベル達に懺悔しろ!!」

 

 

クラウドは一気に引き金にかけている指を引く。発射された銃弾が桜花の身体を貫き、圧縮された魔力によって体内をズタズタにする。

 

 

 

 

 

その寸前だった。

 

 

「その辺にしとけ、バカ弟子が」

 

 

銃の前半分が綺麗に切り落とされ、中断させられた。何が起きたのかクラウドも含めた誰もが戸惑っていると、その原因はすぐにわかった。

クラウドの横に鋼のような筋肉を纏った2Mを越える長身の男がいた。

 

 

「朝からドタドタ街中駆け回ってて何があったのかと思って来てみれば、何やってやがる? ただでさえボロい家を全壊させる気か?」

 

 

クラウドとラストルの師匠。

元アポフィス・ファミリア団長にして現ロキ・ファミリア仮所属。

オッタルに並ぶ都市最強のLv.7。

シオミ・逸愧。

 

 

「......師匠」

 

 

「ようやく気づいたのか? 鈍い奴だ」

 

 

逸愧は右手に刃渡りの長い刀を握っている。クラウドの小太刀は勿論、ラストルの打刀より長く、反りも深い。

聞いたことがある。あれは日本刀の一種、太刀と呼ばれるものだ。通常の刀よりかなり長いため東洋で使いこなせた例は少なく、基本的に馬上戦で使われていたらしい。だが、逸愧の巨体にその刀は相応の大きさに見えた。

 

 

「邪魔するなよ。今こいつを潰さねぇと俺は納得がいかないんだ」

 

 

「今のが当たってたらそこの小僧は死んでたぜ。お前の女神様の意志は尊重しねぇのか?」

 

 

「関係ないな。ベル達を助けに行くのは俺1人で十分だ。わざわざ助けなんざ借りるかよ」

 

 

互いに動かずに睨み合いが続く。時間にしてほんの数十秒だが、この場にいた人間には数十分にも感じられた。

やがて逸愧が「はっ」と透かしたように笑った。

 

 

「口で言っても聞かねぇってか? 世話の焼ける弟子だ」

 

 

「そういうのを余計なお世話って――」

 

 

逸愧の笑い顔に怒りを覚えたのかクラウドが戦闘態勢に入り、その姿がぶれる。

 

 

「言うんだよッ!!」

 

 

縮地による高速移動からの回転蹴り。逸愧の背中めがけて鋭い蹴足が迫る。

 

 

「そいつは悪かったな。いや、謝る気はねぇけど」

 

 

逸愧は振り返ることもなく左手でクラウドの足を受け止めた。クラウドは心底不愉快な顔で歯軋りする。

 

 

「俺はアンタのそういうとこが嫌いなんだよッ!!」

 

 

クラウドは拳銃を捨てて右手で小太刀を抜いて斬りかかる。逸愧はさして焦りもせずに右手の太刀でそれを捌く。

 

 

「そんな力任せの剣技が通用すると思ってんのか!!」

 

 

逸愧は太刀を押し出してクラウドを吹き飛ばす。しかし、クラウドも空中で体勢を立て直し地面に足から着地した。逸愧もゆっくりと歩いてヘスティア達とクラウドの間に立つ。

 

 

「どいてくれ、師匠。俺はそいつを許せないんだ」

 

 

「断る」

 

 

「......どいてくれ」

 

 

「断る」

 

 

「どけよッ!!」

 

 

怒りを露にしたクラウドは左手を前に突き出して魔法の詠唱を行った。

 

 

「【顕現せよ】」

 

 

呪装契約の解放時のみ発動可能な特殊魔法――

 

 

「【魔呪武装(スペル・アームズ)】」

 

 

ズズズッと左の掌に黒い粒子状の物体が集まり、形を成していく。オッタルとの戦いでも使用した黒い拳銃だ。

 

 

「どかないなら、力ずくでどかしてやるよ。俺がアンタを越えてやる」

 

 

「やってみろ、この未熟なバカ弟子が」




次回はクラウドと逸愧の師弟対決。オッタルを破ったクラウドの全力に対してどう挑むのか、ご期待ください。

それでは、感想、質問などありましたら感想欄に、意見や要望、アイデアなどがありましたら活動報告にどちらも遠慮なくご記入ください。


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第33話 保険

今回は区切りが悪そうなので短めにしてます。


廃教会に剣撃の音が響き渡る。神速とも呼ぶべき速度での攻防がその場では繰り広げられていた。

 

 

「いい加減、当たれよッ!!」

 

 

クラウドが空中から左手の銃を5回発砲。それに対して逸愧は太刀で弾丸を全て弾く。

 

 

「まだまだ年下の小僧に負けるわけにはいかねぇよ!」

 

 

着地したクラウドに逸愧が太刀で斬りかかる。クラウドは咄嗟に小太刀で防御するが、力負けして弾き飛ばされる。

地面を足で擦りながら倒れるのを抑え、再び発砲。

そんな一進一退の戦いが続くこと数分。ただでさえ壊れていた教会内は銃弾の穴や刀傷でボロボロになっていた。

 

 

「そろそろ止めにしねぇか? 確かに俺とまともに戦えるくらいにはなってるが、今のお前からは怒りしか感じられねぇよ。

そんな野郎の剣とぶつかり合っても全然楽しくないんでな」

 

 

「楽しくなくて結構だ。今の俺が怒りに任せて力を振るってることくらい理解してる。

その上で、俺は今こうやってんだよ」

 

 

お互いに所々掠り傷や服の破れがあるがそこまで消耗してはいない。

それもそうだ。もしこの2人が全力で戦いでもすれば辺り一体が消し飛んでもおかしくない。

 

 

「はぁ......やっぱ一度外れちまったら元に戻すのは難しいもんだな。お前の主神様でも無理ときてる。

ま、そのために『保険』も用意しておいたんだがな」

 

 

「保険?」

 

 

「おっと、失言だったか」

 

 

逸愧は太刀を地面に突き立て、抉り取るように振りかぶる。刀によって弾かれた礫が散弾のようにクラウドに襲いかかる。

クラウドは高く飛び上がり空中で半回転。天井に足を着けた。

 

 

「そんなの当たるかよッ!!」

 

 

天井を蹴り、流星のような速さで真下の逸愧に迫る。重力と真上から小太刀を降り下ろす力が合わさり、破壊力を上げる。

 

 

「詰めが甘い」

 

 

逸愧も同じく飛び上がり太刀を突き出す。クラウドは空中で攻撃を中断。身体を回転させ刺突をかわす。

舌打ちしながら地面に着地し、遅れて着いた逸愧を睨む。

 

 

「これ以上続けるのかよ。いくら言われても剣を交えても、俺は退いたりしないぜ」

 

 

「ったく、昔と変わらずアホな弟子だな。俺は個人的に今お前があの小僧を痛めつけることに反対してるわけじゃねぇ。お前の言い分にも一理あるだろうしな。

だがよ、お前の仲間はどう思うだろうな? 自分達に優しくしてくれた先輩が人を半殺しにした、なんて聞いたらな」

 

 

逸愧は太刀の峰で肩をトントンと叩き、諭すようにクラウドと話し始めた。

 

 

「確かに恨むだろうな。軽蔑されるだろうな。あいつらが謝れって言えば謝ることになるかもしれない。

だけどそれでもいい。俺は少なくとも、自分の立場や評価が危うくなるなんて理由であいつを放っておきたくない」

 

 

「......わかってるのか? それをやったら『お前』は一生今の『お前(処刑人)』のまま、二度と『クラウド』に戻れなくなるってことだ」

 

 

「......ッ!」

 

 

クラウドはその一言に顔をしかめ、目を逸らした。確実に今の勢いに任せれば桜花は殺される。

5年前にクラウドは処刑人としてオラリオの犯罪を衰退させ、平和を手に入れた。その時に決めたのだ。もうこの平和な街に人殺しを生業とする処刑人は必要ない。これからはその本性を抑え込み、精神の奥へと追いやってただの冒険者として生きていこう、と。

 

もう一度人を殺したら......人殺しに慣れてしまっていた自分に戻ってしまう。もう一度処刑人に戻ったら、また冒険者になるための切っ掛けを見出だせるのか。

いくら考えても答えは出ない。ただ思考が空回りして、答えに辿り着かない。

 

 

「後悔......するのかよ」

 

 

初めて人を殺したのは9歳の頃。殺した晩は眠れず、食事も喉を通らなかった。

人間の肉を断ち、血を浴びたときの感覚は今でも記憶に残っている。それから一人、また一人と何百もの人間をこの手で葬ってきた。

今、あの男を――ベル達の危難の元凶となった人物を許して自分は後悔しないのか?

 

 

「後悔......するに決まってんだろ」

 

 

「いいのか? お前を待ってるのは仲間からの罵声と絶縁だぞ」

 

 

逸愧から挟まれた声にクラウドは声を荒げて反抗した。

 

 

「うるせぇッ!! そうならないために俺はそいつを叩きのめす必要があんだよッ!!」

 

 

自分が壊れていることくらいわかっている。仲間に受け入れられないことも理解できる。

それが理由になるなら8年前に処刑人を志すこともなかった。そんな真っ当で平凡な神経は捨てている。今更退けるわけがない。

 

 

「......そうか。ならもう俺から言うことはねぇよ。俺からはな」

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

クラウドが怪訝そうに問い詰めると、逸愧はクラウドの後ろ――教会の入口を指差す。

 

 

「言ったろ? 保険を用意したって。無駄にならなくて済んだってわけだ。

後はそいつから聞け、このバカ弟子が」

 

 

逸愧の指の先に居たのは――

 

 

「......誰だよ、お前」

 

 

若葉色の給仕服を着た金髪のエルフの少女、リュー・リオンが立っていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「誰だよ、お前」

 

 

違う。今まで自分が会ってきた青年と同じ人物だとはわかるが、確かに違う。

髪の色もそうだが、目つきも纏っている雰囲気も。顔や背格好の似た同種族の人物と言っても過言ではないほどに。

どういうわけかクラウドはリューのことを覚えていない。いやむしろ、誰なのかわかっていないのだ。

 

 

「クラウドさん、私です。......わからないんですか」

 

 

「だから誰だって聞いてるだろ。知らないんだよ、お前を」

 

 

優しく微笑みかけたり、慌てて弁明していた面影もない。やがて興味を失ったのかクラウドは自分に向けていた視線を外して再び『標的』を確認する。このまま向かわせてはいけない。

考えたときには足が動いていた。急いで歩を進めようとしていたクラウドの前に立って両手を開いて進路を妨げる。

 

 

「......何の真似だ。お前も邪魔しに来たのか」

 

 

「......そうです」

 

 

「なるべく標的以外に怪我させたくないんだ。わかったら帰れ」

 

 

心臓の鼓動が早まり冷や汗が流れる。正直に言うととても怖い。身体中に突き刺さるように殺気が溢れている。

クラウドはそんな自分の心中も知らず、無言で右脇を通り過ぎようとした。リューは反射的に過ぎ行く彼の右手を掴んでしまう。

 

 

「......放せよ」

 

 

「放しません」

 

 

「痛い目に遭いたいのか」

 

 

「それでも構いません」

 

 

「あそこで倒れてる大男みたくなりたいのか?」

 

 

「......構いません」

 

 

どちらも退くつもりはない。クラウドからすれば突然見ず知らずの少女に手を掴まれ、時間を無駄にしていると感じているはずだ。

そのせいかクラウドはイライラと不機嫌さを露にし、強引に掴まれていた手を振りほどいた。

 

 

「邪魔すんなって言ってんだ。俺の何なんだよ、お前は」

 

 

「......それは」

 

 

答えられない。同じファミリアだったわけではないし、共に戦った仲間でもない。

単なる仲の良い友人がいいところだ。そんな輩の言葉だからこんなにも会話が平行線になってしまうのか。いや、彼の主神や師匠ですら会話において彼を止められていないのだ。

 

 

(ですが......)

 

 

そんなことが理由になるはずがない。家族や戦友ではないかもしれない。それでも――

 

 

「クラウドさん......っ!!」

 

 

通り過ぎようとしたクラウドの背中から腹側にかけて腕を回し、そのまま抱きついた。

クラウドは軽く困惑して歩を止めた。

 

 

「聞こえてねぇのかよ......!!」

 

 

「――いけないんですか......」

 

 

リューの言葉が聞き取れずクラウドは思わず聞き返した。

 

 

「そういう関係にならないと、貴方を止めてはいけないんですか......」

 

 

「......」

 

 

クラウドは言い返せないまま口をつぐんだ。リューは目に涙を浮かべながら抱きつく手に力を込める。

 

 

「貴方がどんな過去を歩んできたのか、私にはわかりません。私の言うことは甘い戯言に過ぎないかもしれない......それでも、貴方がそんな姿になったら、元の『貴方』が死んでしまいます――」

 

 

「元の......俺?」

 

 

クラウドの身体から少しずつ力が抜け、持っていた小太刀と銃が地面に落ちる。リューは涙でクラウドの服が濡れていくのも構わず思いを伝える。

 

 

「お願いです......私のことならいくらでも傷つけていいですから......! 私は何でもしますから......ですから、私の好きな貴方を......殺さないでください......!」

 

 

身勝手で利己的な物言いだというのは承知している。それでも、このまま彼を行かせればもう二度と自分の知る冒険者の彼は死んでしまう、と直感した。

 

 

「っ......!?」

 

 

クラウドは毒気を抜かれたようにだらりと両手を垂らし、突然膝から崩れ落ちた。

 

 

「ころさ......れる、かよ......リュー......」

 

 

リューは気を失って倒れそうになるクラウドを支え、ゆっくり地面に座らせる。

クラウドの髪が闇のような黒から見慣れた白銀へと戻っていくのを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。




前回の話が意外と感想や意見が多くて嬉しかったです。やっぱりそういった声を聞くとより力が入ります。

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第34話 会えてよかった

今回は恋愛要素100%使用の回となっております。
苦手な方はブラウザバックを、構わないという方はぜひお好きな飲み物でも召し上がりながら優雅にご覧になってください。


以前感じたのと同じ感覚。優しく包まれるような心地よい感覚が首から下を支配している。

重たい瞼を開くと何だか見覚えのある天井があった。「まさか......」と考えを巡らせていると、視界の左側からエルフ特有の尖った耳と端正な顔立ちをした金髪の少女が顔を出した。

 

 

「リュー......確認しとくけど、お前の部屋か?」

 

 

「そうですよ」

 

 

「......また厄介になったのか。悪いな、本当に」

 

 

「......気にしないでください」

 

 

「倒れてからどれくらい経ってるんだ? 半日くらいか?」

 

 

「いえ、そこまでは。およそ1時間程度です」

 

 

頭痛が激しく、手足が筋肉痛になったようにズキズキする。前に怪物祭の時にオッタルとの戦いの後に力尽きたのと同じ症状。呪装契約の解放による能力上昇の反動だ。

クラウドは重たい身体に鞭を打って上体を起こす。黒のジャケットはボロボロになっていたので、今は中の白いシャツだけのようだ。

 

 

「クラウドさん、教えてください。あの姿は......あのときの貴方は一体......」

 

 

リューは俯きながらクラウドが予期していた質問をしてきた。クラウドは顔を曇らせながら頭を掻いた。

 

 

「この期に及んで『教えられない』なんて言ったら納得行かないよな......それに、今更隠し通せないだろうしな。わかった、話すよ」

 

 

それからは包み隠さず彼女に自分の過去を明かした。

かつて自分が処刑人と呼ばれた暗殺者だったこと。何百もの悪人をこの手で葬ってきたことも。

リューは何も言わずに椅子に座ったまま両手を膝の上に置いて話に聞き入っていた。

 

 

「そうだったのですか......そんなことが......」

 

 

「ああ、悪かったな。聞き苦しい話しちゃってさ」

 

 

「いえ......教えてくださって嬉しかったです。真実を知ることができましたから」

 

 

リューが苦しそうに笑顔を作るのを見て、心が傷んでしまう。別に覚えていないわけではないのだ。

自分は少なからず彼女に酷いことをしたのだ。

 

 

「あの俺は......処刑人は別人格なんかじゃない。あれは5年前までの俺なんだ。

切り替わったんじゃなくて精神が過去に逆行して起こった状態だ」

 

 

「あのときの貴方が私を覚えていなかったのは、精神が引き戻されていたから、ということですか?」

 

 

「そう、なんだろうな。悪い、ファミリアのホーム――あの教会に帰ってきて、ヘスティア達の話を盗み聞きした辺りから記憶がバラバラなんだ。

桜花って奴を叩きのめして、師匠と戦って、お前が最後に止めに入った辺りまでの一連は所々映像としてあるんだけど。どんな会話をしていたかがほとんど思い出せない......」

 

 

何故かその瞬間にリューの顔が、むっとしたのが偶然目に入った。

やはり必死の説得を忘れたと言われるのは辛いのだろう。同じ立場なら俺だって辛い。

 

 

「俺、お前に酷いこと言ったんだろ? 何となく想像できる。

傷つけてごめん。それと、助けてくれてありがとう」

 

 

「......っ!? ありがとうございます......でも、私もそこまで気にしていません。クラウドさんが無事でしたから」

 

 

さっきの表情から一変。リューが少しは晴れやかな気分になったのがわかる。クラウドも愛想笑いを浮かべて「よっと」とベッドから降りようとする。

 

 

「うっ......」

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

足をベッドの横に出して床につけて立ち上がろうとしたが、身体が重く全く安定しない。

 

 

「ああ......いや、結構しんどい」

 

 

「......無理をしないでください。まだ眠っていないと」

 

 

「いや、ここで寝てるわけにはいかないんだ。ベル達が今にも死にそうになってるかもしれない。一刻も早く助けに行かないと......」

 

 

無理をして足を踏み出そうとすると両足に激痛が走り、無理矢理ベッドに座る形になってしまう。

リューは心配そうにクラウドの肩を押してベッドに横たわらせる。

 

 

「クラネルさん達の救出は今夜の8時に集合です。それまでは休んでいてください。貴方がまともに戦えなければ本末転倒です」

 

 

「そうか......わかった」

 

 

8時までは2時間弱ある。それまで休んで体力を回復させた方がいいだろう。

クラウドは渋々さっきと同じように寝転がり、布団を掛けた。

 

 

「あのさ......リュー」

 

 

「......何ですか?」

 

 

「ごめん」

 

 

「......?」

 

 

「俺、結果的にお前を騙してたんだ。だからさ......本当に悪かった。俺はお前が思うほど誉められた人間じゃないんだ」

 

 

クラウドは自分でも嫌になるような謝罪の言葉を彼女に告げる。リューは呆気に取られたように固まり、黙り込んでしまう。

 

そりゃそうだよな、と彼女とは逆の向きに寝返りをうつ。

そうやって油断していたのが誤りだった。突然布団が捲られ後ろから何かが侵入してきた。

何だ? と再び寝返りをうって仰向けになる。そこでその何かの正体に気づいた。リューが自分のベッドの右側に入ってきた。所謂、添い寝というものである。

 

 

「り、りりりりり、リューさん!? 何やってんの!? てか何なのこの状況!?」

 

 

「......動かないでください」

 

 

慌てて呂律が回らないクラウドに対し、リューは消え入りそうな声でそれを制した。2人の身体はぴったり密着しており、隔てているのは数枚の服の布地だけ。恥ずかしがっているのか、少し高い彼女の体温がシャツ越しに伝わり白く細い指が右肩に掛けられている。

 

同い年の、それも飛びきりの美人からこんなことをされて精神的に揺らがないほどクラウドは女性経験を積んでいない。今まで女子(家族を除く)と手を繋いだこともないような童貞野郎にはハードルが高過ぎる。

 

 

「クラウドさんは......女性と寝たことはあるんですか?」

 

 

「......ね、寝る? 一緒に眠るってことか? え、ええっと......だな......ないない。これが初めてです」

 

 

何故かちょっと敬語混じりの口調になってしまう。自分でも恥ずかしいくらい緊張しているのがわかる。

チラッと右を見るとリューの薄い唇がわずかに震え、ふうっと呼吸音が届いた。それに伴い彼女の息が頬や首筋を撫でる。もはや手足の痛みなど全く感じない。緊張と快感がない交ぜになり思考を絶え間なく阻害していく。

 

 

「そうですか......何だか嬉しいです」

 

 

「り、リュー? 何で嬉しそうに? それにこういうのは......その、俺も男なわけだから色々と......」

 

 

「嫌......でしたか?」

 

 

「嫌とかじゃなくて......こういう経験が皆無だからみっともなく緊張してるってことで」

 

 

「まだ時間がありますから、こうさせてください。嫌なら、すぐに出ていきます」

 

 

心臓が鼓動を早め、彼女にも聞こえてしまいそうなくらい自分の中で喚いている。

こんな状況になって劣情を抱いたり相手を邪な眼で見てしまうのは完全に不実だし、かといって煩悩を掻き消して無心になろうとしても現在も感じられる温もりと女性特有の良い香りが邪魔をする。

 

 

「お、お前もエルフなんだし......それに男にこういうことされるのは、嫌じゃない、のか?」

 

 

「クラウドさんとなら、嫌ではありません。ですから......今はこの温もりを味あわせてください」

 

 

下手に身体を動かして変なところを触ろうものなら、記憶が飛ぶほど殴られるのは間違いない。クラウドはなるべく彼女を意識しないように身体を強ばらせ、口をつぐんだ。

 

 

「クラウドさん......さっきの言葉、私は悪いなどと思ってはいませんよ」

 

 

「さっきのって......お前を騙してたってやつか?」

 

 

リューはそっと眼を閉じると肩に置いていた手を伸ばして首に回した。そのせいでただでさえ近い2人の距離がさらに接近する。

 

 

「リュー、ち、近いって!」

 

 

「......私だって恥ずかしいんです。それに......クラウドさんだからやっているんです」

 

 

リューの柔らかい金色の髪が肌を滑り、彼女の白い肌がより鮮明に映る。

 

 

「......クラウドさんは、私が貴方の過去を知ったくらいで幻滅すると思っているんですか」

 

 

「え?」

 

 

思わず間抜けな声で返してしまうと、リューはクラウドの耳元に唇を近づけて囁くように言った。

 

 

「私は貴方を――貴方に、会えてよかったと思っています。今までも、そしてこれからも」

 

 

彼女の言葉の意味を理解した途端に、お互いにその尖った耳に至るまで顔中を真っ赤に染めた。

 

 

「クラウドさんはどう思っているんですか......」

 

 

「......俺も、よかったと思ってるよ。だって――」

 

 

ドキドキしすぎて喉が渇いている。上手く言おうとしても何だか言葉がつっかえてしまう。

意を決して少し深呼吸をしてから続きを述べた。

 

 

「俺がお前に向けてる気持ちは他の奴らと違うから......何だろう、すごく安心できるって。そう、思えるからさ」

 

 

「......やはり、いつもの貴方ですね」

 

 

「何がだ?」

 

 

クラウドは何のことやらと首を僅かに彼女の方へ向けた。リューは自分と目が合うと普段の彼女が見せることのない可憐な笑みを浮かべた。

 

 

「......何でもありませんよ」

 

 

横に寝そべって密着しているリューが見惚れるほど美しく、それでいて可愛らしく思えた。

きっとクラウドはこの瞬間を二度と忘れないだろう。彼にとっても彼女は特別な存在になったと感じられたのだから。




信じられないだろ......この二人、付き合ってないんだぜ?
前回のプロポーズ紛いのことは鈍感で女誑しの唐変木の超次元的能力(ただの軽い記憶喪失とも言う)によってこんな感じになりました。

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第35話 あなたの最強

時間は過ぎて夜の8時。ヘスティア、クラウド、キリア、そしてタケミカヅチ・ファミリアの3人。合計6人がバベルの塔の西門に集まっていた。

結局あれからクラウドとリューはお互いに一睡もできず集合時間の20分前を迎え、クラウドは替えの戦闘衣を取りに、リューも捜索に加わるための準備をしに一旦別れた。

 

 

「......まあ予想はしてたけどさ」

 

 

命、千草からは警戒され、桜花からはバツの悪そうな眼で見られる。数時間前にあれだけのことをやればそう思われて当然だ。

 

 

「おい、えーっと、桜花とか言ったか。ちょっと来い」

 

 

「......何だ」

 

 

桜花は無表情で自分を呼んだクラウドの方へと歩いてくる。既にクラウドにやられた傷は薬で回復させたのか、ある程度足取りはまともになっている。

横のヘスティアが心配そうに見てきたが、大丈夫だと手で制した。

 

 

「顔に力を込めろ。タダじゃすまないからな」

 

 

「なっ......!」

 

 

致命傷にならない程度の右拳での正拳突き。桜花は地面を二転三転して頭から倒れた。

クラウドは殴った拳を見つめながら彼に話しかけた。

 

 

「さっき俺がやったことはやり過ぎたと思ってる。それは詫びるよ。

だが、お前が言ったことについて許したわけでも納得したわけでもない。

だからこれでチャラにしておく。後はベル達を助けることに協力してくれ」

 

 

クラウドは桜花の前まで歩み寄ると右手を差し伸べる。桜花は戸惑いながらもその手を握り、立ち上がった。

 

 

「ああ......わかった」

 

 

クラウドが肩をすくめて「そっか」と呟く。

すると、それを楽しんで見たいた何者かによる拍手が辺りに響いた。

音の方向に視線を向けると羽付きの鍔広帽子を被った優男が今まさに拍手を終えているところだった。その横には眼鏡をかけた水色の髪の女性が立っている。男の方は見ただけで何者か大体察しはついた。この感覚は間違いなく、神だ。

 

 

「はっはっは、荒っぽいなあ【銀の銃弾(シルバー・ブレット)】! 怪我人相手なのに容赦もなしなんだから」

 

 

「アンタは?」

 

 

「俺はヘルメス。こっちの子は俺の子のアスフィ。ほら、アスフィ、挨拶」

 

 

アスフィと呼ばれた女性が礼儀正しくお辞儀をしてきたので、クラウドも「どうも」と返しておいた。

正直に言うと別に初対面という訳じゃないし、互いに噂も聞いているからなんだかぎこちなかったが。

 

 

「どういう風の吹き回しなんだ? アンタとアスフィが俺達に手を貸すだなんて」

 

 

「ヘスティアも同じことを聞いてたなあ。別に裏なんてないよ。友達のヘスティアを助けようって思っただけ」

 

 

「その割には随分無茶をするようだけどな? わざわざ自分もダンジョンに潜るだなんて」

 

 

笑い飛ばしていたヘルメスの眉がピクリとつり上がった。常人ならほとんどが見逃してしまうほどの変化だったがクラウドは見逃さない。

 

 

「ヘスティアに聞いたのかい? 俺達がついていくこと」

 

 

「ああ、さっきな。まあ、とにかく皆から離れないように行動してくれ」

 

 

「はは、善処するよ」

 

 

ほんの数秒だが神と子の攻防が終わった。アスフィはヒヤヒヤしながら見ていたが、2人が少し笑っていたことにほとほと呆れていたそうな。

 

 

「ん?」

 

 

クラウドは訝しげにしていた顔を一瞬で疑問のものへと変えた。ヘルメス達の後ろから何となく見覚えのある人物が歩いてきたからだ。

腰まで届くフード付きのケープ、下はショートパンツと太股の半ばまであるロングブーツ。武装は一本の木刀と二本の小太刀。華奢な体躯と細い脚線美からその人物が女性であることを思わせる。

しかし何より、クラウドには彼女の顔に見覚えがあった。というかついさっき会っていた。

 

 

「もしかして、リュー?」

 

 

「......っ!」

 

 

彼女の金髪と尖った両耳、端正な顔立ち。どう考えても数時間前まで添い寝していたエルフの少女だ。

リューは颯爽と現れたものの、クラウドと目が合った瞬間に顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

クラウドも苦笑いして頭を抱える。

 

 

「クラウド様、リュー様に何をしたのですか」

 

 

「キリア......お願いだから聞かないで」

 

 

愛娘からの冷たい視線にクラウドはまともな答えを返せなかった。

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

「はい、これでラストッ!!」

 

 

発砲音と共に銃弾が螺旋状の動作で目標に迫る。アルミラージの脳天を貫き放たれた魔力の奔流がその身体を焼き尽くした。

 

 

「やっぱり手練が3人もいると簡単に進めるもんだな」

 

 

「いえ......クラウド。貴方がほとんど先に倒してましたよ」

 

 

「そうか?」

 

 

アスフィの言う通り、クラウドは現在の15階層に至るまでの道中のモンスターを瞬殺し続けている。

リューとアスフィの2人のLv.4は残った数体を処理するだけで済んで非常に楽なのだが、果たして自分達が必要なのかと思えてくる。

 

 

「本来なら俺が1人で行くつもりだったんだ。これくらいするのは当然だろ? だから――って痛っ!!」

 

 

後ろの捜索隊たちに話しかけながら進んでいたので前を見ていなかった。

突然の鈍い痛みに困惑しながら前を見ると、そこには瓦礫の山――すなわち大崩落の跡があった。

 

 

「崩落......上の階層から何かが落ちてきたんだろうな。間違いない、ベル達だ」

 

 

「どうしてそう思うんだい?」

 

 

ヘスティアの問いも尤もだった。この大崩落がいつ起こったのかもわからないのに何故そう断言できるのか。

 

 

「考えてもみろ。ベル達が最初にいたのは13階層。そこで怪物進呈にあったはずだ。そこから階層間の移動がないとするとすぐに上層に戻る選択肢を選ぶだろ?

だけどそのままモンスターの群れに追われてさらに下の階層に落とされていたとすればどうだ?」

 

 

「確かに、上層に戻ったのなら地上へ帰還しているはずだね。でもベル君達はさらに下の階層へ行ったって言うのかい?」

 

 

「そうだろうな。14階層より下はベル達にとって未知の領域。迂闊に地上への階段を探すより、単純に飛び降りて安全階層(セーフティポイント)を目指した可能性の方が高い。

あのパーティーにはリリがいる。安全階層について知っててもおかしくない」

 

 

クラウドは「それに」と一度言葉を区切り、瓦礫の山の中から一本の棒状の物体を取り出し、ヘスティアに見せた。

 

 

「ベルのナイフだ。少なくともここにいたのは確かだ」

 

 

クラウドはヘスティアにナイフを手渡す。改めて瓦礫の山に目を向けるとリューがその険しい傾斜をよじ登り、頂点から死角となっている向こう側を確認しているところだった。

 

 

「リュー、何か見えたか?」

 

 

「もうここにはいないようです。クラウドさんの言うように先へ進んだのでしょう」

 

 

クラウドはリューが何を見てそう判断したのか確かめようと同じように傾斜に手や足を掛けてよじ登る。

クラウドの身体能力のためかさほど苦労なくリューと同じ高さまで辿り着くことができた。

 

 

「ポーションの空き瓶に......魔石か。モンスターを退けたものの、回収する暇すら無かったってことか。なるほどね」

 

 

「納得していただけましたか、では降りましょう」

 

 

リューはクラウドを一瞥した後、登ってきた瓦礫をゆっくりと降り始めた。

しかし、丁度脆くなっていたのかリューが足を掛けた部分が崩れバランスを崩す。

 

 

「危ないっ!!」

 

 

クラウドは左手を伸ばしてリューの右手を掴んだ。そこで止められればよかったが、不運にも勢いは収まらずクラウドもろとも地面に転げ落ちていった。

 

 

「いってぇ......」

 

 

クラウドは地面に仰向けになるように倒れ、背中や後頭部がビリビリと痛む。

それは当然のはずなのに、明らかに違和感があった。視界が暗く、何か柔らかいものが顔に乗っている。薄い衣服に包まれた体温のような感覚が顔面を覆っているようだ。

クラウドは何なのかわからないまま両手で挟むようにそれに触れた。

 

 

「ひゃうっ!!」

 

 

「ムグッ!!」

 

 

一瞬で思考が停止し、頭が真っ白になる。何やら聞き覚えのある声が自分の上の方から発せられた。

直後に視界が明るくなった瞬間、飛び込んできた光景に声も出なかった。

 

 

(え? いやいや嘘だよね? 嘘だと言ってよ誰でもいいから!!)

 

 

リューが両足でクラウドの身体に跨がるように立ち上がったからだ。因みにクラウドに背を向けた状態で。

つまりはリューが地面に尻餅をつこうとしていた場所にクラウドが倒れていたことになる。

となれば、さっきまでクラウドの目に覆い被さり、そして彼女のショートパンツに隠された尻を両手で撫で回したということ。

 

 

「そ、その......違っ......」

 

 

「......!」

 

 

クラウドはリューが離れたのを確認してから上体を起こし立ち上がる。

リューの顔は赤く目に涙を浮かべながら自分の尻を両手で隠すように覆っていた。

 

 

「今のは決して邪な気持ちがあったとかそういうことではなくて単純に崩れ落ちるときの無作為な事故の結果ああなってしまったことを理解してほしいというか――」

 

 

「......破廉恥です、クラウドさん」

 

 

「いや、だから違っ......いやまあこの場合は違うとは言えないけどさ!!」

 

 

必死に弁明するがもはや言い訳にしかならない。それにさっきの事故でリューの下半身を意識してしまい、ブーツで隠れている太股の半ばより上から腰までの曲線や白い肌をチラチラ見ては目を逸らしている自分がいるため、説得力もない。

 

 

「ちゃんと言ってからにしてください......」

 

 

「だから違うって!!」

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

ダンジョン17階層。嘆きの大壁。18階層へと続く広大な空間には通常のモンスターの姿は一切見受けられない。

そう。そこには存在していたのだ。

番人の如く立ち塞がる階層主『ゴライアス』が。

 

 

「ゴライアス......そう都合よく留守にはしてないよな」

 

 

「どうするつもりですか? 私と貴方達で気を逸らしてその隙に通り抜ける、というのが妥当と思いますが」

 

 

舌打ちするクラウドに対してアスフィは冷静に作戦を告げた。

眼前に立ち塞がるモンスターは通常のものとはワケが違う。黒い髪に灰褐色の肌。身体の作りは人と似ているが、大きさは巨人と形容していい。

今まではさほど苦戦もしないモンスターとの戦闘だったが階層主となれば話は別だ。

 

 

「豆鉄砲じゃいくら足止めできるかわからないけど......とりあえず全員全力疾走な」

 

 

クラウドは両の腰から拳銃を抜き、残弾数を確かめる。弾数が残り少ないマガジンを10発入ったものにそれぞれ交換し、全員の前に立つ。

ヘスティアとヘルメスは神ではあるものの『神の力(アルカナム)』を封じられている今はただの人間と同等。

サポーターの千草、まだLv.2の桜花と命では足手まといになる。

ならばこの中でも最もレベルが高く戦闘に慣れているクラウドが囮役を引き受けるのが定石だ。

 

 

「じゃ、行ってくる」

 

 

クラウドは覚悟を決め巨人の足元へ駆けるため足を踏み出そうとした。だがここで何者かがクラウドの動きを止めた。

誰だ? と後ろを振り向くとキリアが何か言いたげにクラウドの服の裾を摘まんでいるのに気づいた。

 

 

「どうした? 俺なら大丈夫だから早く準備しないと」

 

 

「クラウド様、私から提案があります」

 

 

「何?」

 

 

「あれを倒しても構いませんか?」

 

 

ちょっと何を言ってるのかわからなかった。相手は階層主。本来なら大勢でパーティーを組んで殲滅するものであって正々堂々一対一の戦いを挑むような相手ではない。

何かの冗談か聞き間違いだと考え、聞き返した。

 

 

「き、キリアも戦うってことか?」

 

 

「いいえ。そうではなくて、私一人に任せてくれませんか、という意味です」

 

 

「......え?」

 

 

頭を抱えて少し考えることにした。キリアは聡明な子だ。相手の実力を見誤ることなどないはずなのに。

 

 

「心配は必要ありません。私が誰かお忘れですか?」

 

 

キリアはクラウドの横を通り過ぎ、ゴライアスのいる空間へと足を踏み入れた。

右の手の平をゴライアスに向けて突き出し、顔の右側だけを振り向かせた。

 

 

「あなたの精霊です」

 

 

キリアはすっ、と目を閉じ手の平に魔力を集中させる。

そして殲滅を開始した。

 

 

「【天空鎖縛(ヘヴンズ・リストリクション)】」

 

 

魔法詠唱の直後、ゴライアスの頭上の空間が円を描くように歪み、6本の巨大な鎖が出現する。

鎖は抵抗するゴライアスの首から下に強く巻き付き、その巨体の動きを封じる。

 

 

「【箱入り娘(ドールハウス)】」

 

 

今度はゴライアスの立つ地面の下に正方形の白い巨大な光が出現する。それは瞬く間に上方へ伸び、ゴライアスの頭頂部あたりで止まり、また正方形を描く。

結果的に光はゴライアスを閉じ込めるように透明な直方体へと変化した。

 

 

「これでもう動けませんよ」

 

 

ゴライアスは激しく抵抗しているのか、首を左右に大きく振り雄叫びを上げる。しかし、その体を拘束している鎖と閉じ込めている光の壁がそれ以外の挙動を許さない。

 

クラウドは失念していた。普段の小さく可愛らしい容姿や戦闘への消極的な姿勢から非戦闘員に分類されると判断していたのだが、それは彼の見当違いだ。

キリアは精霊。つまり『最も神に愛された子供』『神の分身』。その魔法の力はエルフ種の魔法種族(マジックユーザー)を遥かに上回る。

 

 

「【紅蓮遊戯(フレイムダンス)】」

 

 

ゴライアスの足下の地面、『箱入り娘(ドールハウス)』の内部に巨大な赤い魔方陣が発生する。

察知したゴライアスはさっきより必死に拘束を振りほどこうとするが無駄な抵抗だ。

魔方陣から溢れ出た紅蓮の炎の奔流がゴライアスの身体に纏わりつき、その身を焦がす。

断末魔と熱さによる叫びが一緒くたになり光の結界を揺らすが、外部にはその影響がほとんどないまま内部の敵を焼き払い続ける。

 

 

「止めです」

 

 

炎が結界の中を埋め尽くしゴライアスの姿が見えなくなった瞬間、人差し指をパチンと鳴らす。

 

 

「【紅蓮遊戯・爆裂(フレイムダンス・バースト)】」

 

 

炎が急激に膨れ上がり結界を強く圧迫する。結界は内側から破裂せんばかりに湾曲し、数秒後にはガラスが割れるような音と共に破れ爆風が解き放たれた。

煙が晴れて結界の中が露になると、そこには全身が黒焦げになり両の手足を失ったゴライアスの姿が。

 

 

「おーしまいっ」

 

 

キリアの可愛らしい澄んだ声を切っ掛けに口を開けっ放しにして絶句していた捜索隊の面々は我に帰った。

 

 

「キリア......その、頑張ったな」

 

 

クラウドはもう凄いとか強いとかではなく色々複雑な感情が渦巻いたままだったが、キリアはやりきったようにくるっとその場で一回転してにっこり微笑んだ。

 

 

「はい、私はあなたの最強ですから!」




幼女無双とはこれ如何に。それにいつものごとくクラウドのラッキースケベの炸裂。平常運転ですねー。

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第36話 合流

お久しぶりです。間が空いてしまって申し訳ありません。
今回はもはや単なるラブコメになってます。バトルとか心の葛藤とかは全くありませんので。多分暫く投稿してなくて感覚が鈍ってます。


無事にゴライアスを倒し、18階層へと向かうことができた探索隊の一行。

しかし、17階層から続く通路において現在進行形でクラウドはとんでもなく危険な目に遭っていた。

 

 

「おわあああああッ!!」

 

 

「って、あああああ!!」

 

 

クラウドとリューが先頭に立って歩いていたのだが、地面の凹みに躓いたリューが前のクラウドに倒れ込みその勢いで坂を一緒に転げ落ちてしまった。

 

 

「痛い痛い痛いッ! 岩がゴツゴツしてて服が破れるって!」

 

 

「く、クラウドさんっ!? どこを触って......うひゃあああっ!」

 

 

「もう無理、気持ち悪い! 何も見えないし目が回るし三半規管が悲鳴を上げてるんだよ!」

 

 

転がりながらもそんなやり取りを続け、ようやく坂の終わりまでやって来た。

 

 

「またこのパターンかよおおおおおっ!!」

 

 

悪夢再びと言うべきか、またもや地面に背中からぶつかることとなってしまう。間髪いれず二度目の衝撃を味わった背中も骨に異状を来すのではないかというほどに痛む。

 

そうは思ったものの更なる違和感を感じた。いや、違和感というよりは嫌な予感だ。何かがまた顔に乗っている。

つい最近経験したであろう感覚と予感を顔に感じたのだ。

 

 

(あれれ? おっかしいなぁー、何これ?)

 

 

まず感じたのは匂いだ。甘く、脳が痺れるような香りが口元に押し付けられている。そして薄い布地の感触。

視界がパチパチと火花を散らしよく見えない。だが前回のように何かに覆われて真っ暗ではないため、だんだん何が乗っているのかの情報が露になってくる。

 

視界が晴れて飛び込んできたのはやはり、リューの身体だった。またもや彼女の尻の下に飛び込んでしまったのかと考えたがそうではない。

彼女は自分と目を合わせるように座っているのだ。前回は彼女の背中を見上げるようにしていたのに今度は腹部より上が見えているのだ。

 

 

(え? どういうこと? じゃあ今俺どうなってんの? どこに顔を突っ込んでるの?)

 

 

まさか、と考えを巡らせる。前々から彼女に事故とはいえセクハラ同然のことをしていたことを反省しているのにまた繰り返してしまうのか。

 

あらゆる情報から推察するに、自分は今顔をリューの露出した太股で挟まれ、彼女の股に口を押し付けているのだ。

 

 

(は、早くどかないと本当にヤバい......!)

 

 

クラウドは彼女の足を掴んで顔を抜こうとするが、突然の足への接触に驚いたリューは思わず足を閉じてしまう。

 

 

「やっ、ああっ......」

 

 

両頬に感じる柔らかく滑らかな肌の感触と彼女の体温。浅く呼吸をしたり抜け出そうと身動ぎする度に彼女が身体を震わせ発する苦悶の声。この匂いも、声も、感触も、体温も卑怯だ。まるで麻薬のように五感を支配する。

 

 

「ひゃっ......だめ......」

 

 

一人の男としてもう色々いけない思考へと迷い込んでいる気がしてきた。女性のデリケートな部分への接触などエルフ種でなくとも袋叩きにされるべき罪だ。

 

そんな風にとうとう思考回路がエロ方向にしか行っていないクラウドに助け船が入った。

 

 

「あわわわっ」

 

 

「......っ! はぁ......はぁ......」

 

 

リューの身体がふわりとどかされ視界が一気に18階層の夜空へと変わる。リューの驚いた声からして誰かに退かされたのだろう。

誰だか知らないが色んな意味で助かった、と思ったのも束の間。上体を起こしたクラウドに誰かが後ろから両腕を回し首を締め上げた。

 

 

「ぐっ......あああっ!」

 

 

「クラウド、何をしてたの?」

 

 

首に巻き付いている腕の感触と耳元に発せられた声からその相手が女性だとわかる。

というか、何だか聞き慣れた声のような――

 

 

「あ、アイズ!?」

 

 

「クラウド、質問に答えて」

 

 

金髪金眼に女神に匹敵するほどの美貌を兼ね備えた少女。クラウドの義理の妹にして弟子でもある。

普段なら心置きなく甘えてくる彼女が何故か弱冠怒りを込めた声で問い詰めてくるのがとても恐い。

 

 

「クラウド、今この人と何だかいけないことをしてなかった?」

 

 

アイズは締め上げる力を強め、ますますクラウドの呼吸が苦しくなる。坂を転げ落ちて一張羅と三半規管にダメージを受け、さらには可愛い妹からヘッドロックされるなど、踏んだり蹴ったりだ。

 

 

「ちょっ、アイズ! ムリムリムリムリ!! 内臓とか骨とか血とかが口から飛び出すって!! お子様に見せられなくなるから!!」

 

 

「大丈夫、終わってからのクラウドの身体の管理は妹の私がするから」

 

 

「お前ラストルの変装とかじゃないよな!?」

 

 

一難去ってまた一難。リューとの件は別に災難ではないがこれは完全に誤解だ。とにかく拘束を解いてもらわねばならない。

だがここでまたもや助け船が。話し声を聞きつけたのか誰かがこちらに走ってきた。

 

 

「あーっ! ヴァレン何某、どうして君がここにいる!」

 

 

「ヘスティア様ぁ、待ってくださいよー」

 

 

遅れて18階層へと降りてきたヘスティアとキリアがアイズを発見した。アイズがヘスティアに反応し、腕の拘束が緩んだところでクラウドは頭を抜いてアイズから距離をとる。

 

 

「助かった......ありがと、ヘスティア様」

 

 

「クラウド君、何で君が敬称付きなんだい?」

 

 

普段呼び捨てしかしない彼を不思議がるヘスティア。必死に酸素を求めて多少混乱していたクラウドだが、次に届いた声で我に帰る。

 

 

「クラウドさん?」

 

 

よく聞いていた少年の声。クラウドが幻聴でも聞いているのでなければ、間違いなく自分達が探し求めていた少年の声だ。

クラウドは声のした方を向くと、所々に包帯や絆創膏を貼ったベル、リリ、ヴェルフの姿があった。

 

 

「ベル? リリ、ヴェルフ!?」

 

 

「クラウドさん、どうし......って!?」

 

 

クラウドは有無を言わせずベルたち3人をまとめて抱き締めた。3人共驚いて声を上げているがそれすら嬉しく思えてしまう。

 

 

「よかった......心配したんだぞ、本当に。生きててくれたんだな、お前ら......」

 

 

「クラウドさん......」

 

 

「クラウド様......」

 

 

「クラウド......」

 

 

目一杯抱き締めるとクラウドは回していた手を離し微笑んだ。

 

 

「クラウドさん......涙が」

 

 

「え? ああ......おかしいな、何でこんなに......」

 

 

頬を涙が伝っていると言われ両手で拭うが、絶えることなく溢れてくる。思いの外、家族や仲間のことに敏感になっていたようだ。

喜びの感情が涙へと変換されているのではないかというほどに。

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

「テントが足りない!?」

 

 

「ああ、残念ながらね」

 

 

ロキ・ファミリアと無事に合流し夕食を共にしたはいいものの、就寝となりテント割りを決めようと探索隊メンバーとベル達で話し合っていた時に問題は起きた。

18階層に存在する『リヴィラの街』には冒険者たちが店を開いている。そこの宿に泊まることも可能だが、この街の性質上法外な値段がかかってしまう。

そのため森の中にキャンプを作って寝泊まりするのが普通である。遠征中のロキ・ファミリアもそれは承知の上。テントを張ってそこで眠るはずだったのだが――

 

 

「いやあ、こんなにも人数が増えてしまうと予備のテントも無くなってね。あははは」

 

 

「フィン、結構深刻な問題であることに気づこうか」

 

 

元々彼らはベルやクラウド達と合流する予定などなかった。そこに合計で十二人も追加となり、結果テントが足りなくなった。

そのため、丁度クラウド一人だけが余るような形になってしまう。しかし野宿するわけにもいかない。クラウドはフィンと交渉に出た。

 

 

「一人でテント使ってる奴とかいないのか? あの大きさなら二人は入れるだろ?」

 

 

「確かにそうだけど......一人余っているのは女性だけだよ? まさか女性と一緒のテントで眠りたいなんて言わないよね?」

 

 

「俺を何だと思ってんのお前!?」

 

 

やはり道徳心を考慮してか異性との就寝は禁止らしい。

笑顔で自分を見上げてくるパルゥムの少年が憎たらしく思えてきた。尤も、見た目は少年でも中身は自分の倍近い歳をしているのだが。

 

 

「......ベルとヘスティア辺りに一緒に寝てもらうか。ベル、それでいいか?」

 

 

クラウドは普段同じ部屋で寝ているベル達に提案する。ヘスティアは完全に乗り気だったがベルは顔を赤くして両手を顔の前で激しく振った。

 

 

「でっ、できませんよそんなの! 僕には荷が重すぎます!」

 

 

「何でだい、ベル君!? ボクなら万事オーケーだっていうのに!!」

 

 

ワーワーギャーギャー騒ぐ主神とその眷族にクラウドは頭を抱えるも、問題は解決しそうにない。

そこでどこからかクラウドの左肩に手が置かれる。振り向くと近くのテントを指差したアイズがいた。

 

 

「クラウド、私と一緒のテントで寝よう」

 

 

「は?」

 

 

「私と、一緒に寝よう」

 

 

「言い直すな、聞こえてるから。それに意味が改悪されてるし」

 

 

何を仰っているのか理解はしたくなかった。当の彼女は不思議そうに首をかしげて「どうして?」と尋ねてくる。

 

 

「昔はよく、一緒のベッドで寝てたよ」

 

 

「何年前の話だよ......お前も年頃なんだから軽々しくそんなこと言ったら駄目だろ」

 

 

「私はそうなっても......構わないよ?」

 

 

「アイズ......兄ちゃん悲しくなってきた」

 

 

確かにロキ・ファミリア在籍当時は一緒のベッドで眠ることなど珍しくなかったが、それも彼女が小さな子供だった頃のこと。

彼女に手を出そうなどと考えているわけではないが、万が一ということもある。それに周りの人間からゴチャゴチャ言われるのも面倒だ。

 

 

「待ってください。でしたら私もそれに乗らせていただきます」

 

 

静かに成り行きを見守っていたキリアが話に割り込んできた。キリアはクラウドの右腕に両手を絡ませてその小さな身体を密着させてくる。

 

 

「私はクラウド様の娘も同然。それに以前から一緒に寝ていますから問題ありません」

 

 

クラウドは少し愛娘に感謝した。キリアに危害が加えられないように女性冒険者の誰かに同伴してほしかったが、その役目を自分がやるのに越したことはない。

だがアイズはキリアとは逆にクラウドの左腕にしがみつき対抗してきた。ちなみに鎧を外しているため彼女の胸元の柔らかい感触が伝わってくる。イカンイカン。

 

 

「私が先に誘ったから、私が優先」

 

 

「アイズ様は御一人でも眠れるでしょう? 私はこの通りまだ子供なのでクラウド様と一緒でないと」

 

 

「......早い内から親離れしないと後から苦労するよ」

 

 

「アイズ様こそもういい歳なのですから兄離れするべきですよ? 私は小さいから問題ありませんが」

 

 

何とも穏やかでない争い。クラウドが苦笑いしかできないまま、ついに2人はクラウドから離れ論争を続けてしまう。大人しく見守っていたもののふと服の裾が後ろに引っ張られる感触に気づく。

言い争う2人を他所にそちらへ振り向くと、遠慮がちにクラウドのジャケットの裾を掴んでいるリューの姿が。

 

 

「クラウドさん、よろしければ私と......」

 

 

「いやいやいや、一番よろしくないだろそれ!?」

 

 

真っ向から断られ、リューは悲しそうに顔を俯かせた。クラウドは自分の失態に気付きすぐにフォローに入る。

 

 

「だって......その、歳の近い男女が同じ空間で寝るっていうのは色々と不健全な所があったりするだろ?

決して嫌悪感とか拒否したいとかじゃないけど、相手が嫌がることをするのは流石に......」

 

 

一応相手の機嫌を損ねないよう配慮して言い方を変えてみた。アイズやキリアならまだしも彼女とでは緊張して眠れそうもない。

 

 

「つまり......嫌ではないんですよね......?」

 

 

......何だか雲行きが怪しくなってきた。

何故そんなことを確認するのだろう。まさか親切心や同情ではなく彼女が自ら望んで言っているとでも?

クラウドの嫌な予感の通り、リューはクラウドの両肩を掴んでくる。

 

 

「り、リュー、無理しなくても......」

 

 

何だか今日のリューは押しが強いような気がする。というかつい数時間前の彼女との騒動のせいでかなり気まずい。

グイグイ自分を引っ張りテントへ連れていこうとするが

 

 

「待って」

「待ってください」

 

 

とうとう三つ巴になった。離れたところで言い争っていたアイズとキリアがこちらのやり取りに気付いて止めに来たのだ。

 

 

「私はクラウドの妹だから、私と一緒になるのは当然」

 

 

「浅はかですねぇ、娘の私の方との格の違いを教えてあげますよ」

 

 

何やら2人は既に戦闘の構えになっていた。最後に立っていた者がその権利を得るだとか何だかで戦うことにしたそうだ。

 

 

「テント壊れるからやめろ」

 

 

クラウドからの呆れ気味のツッコミに押し黙ってしまい、その場は矛を納めることに。正直ホッとした。

結局はヘスティアとベルが同じテントになってクラウドは一人でテントを使うこととなり、この件は丸く納められた。




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第37話 水浴び

お待たせして申し訳ありません。
最近デート・ア・ライブの方をやっていてこちらを更新していませんでした。それではどうぞ。


ベル達と合流した翌日。ロキ・ファミリアが出発する用意ができるまであと二日かかるらしいので今日はこの18階層で過ごすこととなった。

せっかくだからこの階層に構えられている店を回ろうということになったのだが――

 

 

「ヘスティア……言っておくが買わないからな」

 

 

「なっ! ボクは何も言っていないだろう!!」

 

 

「もしそうならその香水の瓶を持ったまま懇願してくるな!!」

 

 

ヘスティアが親にねだる子のように欲しがっている香水を持ってクラウドに詰め寄ってきたのだ。

もしこれがただの香水ならクラウドも渋々買ってやったが、この『リヴィラの街』はダンジョン内で物資の補給ができる分、値段が法外に高い。

流石にリリのバックパックやヴェルフの砥石は必要なものなのでクラウドが手持ちの金を払ってやったが、ヘスティアは本当にただ欲しがっているようにしか見えなかった。

 

 

「せめて地上に戻ってからにしてくれ。今ここで買ったら後々後悔するぞ。しかも消耗品だろ、それは」

 

 

「むぅー、だってベル君が『汗臭くて気の遣えない娘は嫌い』だなんて言うから……」

 

 

「嘘つけ、俺が前にそれ聞いたら『特に気にしませんよ』って言ってたぞ」

 

 

ベルは女性に情が移りやすいというか、女性に優しいところが大きい。普段の行動が悪くなければそんなことを考えもしないだろう。

 

 

「くっ、クラウド君だって好きな娘にはいつもいい匂いでいてほしくないのかい!?」

 

 

「確かにそういうところに気が回らないのはよくないが、それにこんな大金払えるわけないだろ。ただでさえうちは火の車だってのに……」

 

 

クラウドが頭を抱えていると一緒に来ていた他のメンバーが街の出口から外へ出ていくのが見えた。

流石にそろそろ戻るべきかと考えたが、このツインテールロリ巨乳様を放っぽりだして帰るわけにもいかない。

 

 

「仕方ない……今度バイト代から半分払えよ」

 

 

「買ってくれるのかい!?」

 

 

「そうでもしないとお前梃子でも動かんだろ。ほら、買ってこい」

 

 

「ありがとうっ! 恩に着るよ!」

 

 

ヘスティアはクラウドから財布を受け取ると一目散に会計しに行った。

本来なら彼女はクラウドの主神であって保護対象ではないのだが、あんな姿を見せられてはもはや少しマセた子供にしか見えなかった。

 

 

「平和だよな……本当に」

 

 

「どうしたんだい?」

 

 

「いや、何でも」

 

 

買い終えたヘスティアと一緒に皆のところへ戻ると、早速ヘスティアは香水のことをベルに自慢していた。

リリにはそんなのは勿体ないと怒られていたが。

 

 

「ねぇねぇ、みんなで水浴びしに行こう!」

 

 

ふと、一緒にいたアマゾネスのティオナがそう言った。昨日ダンジョンに到着してすぐに就寝となってしまったので、特に女性陣は気にしていたのだろう。

ティオナ、ティオネ、アイズと一緒にヘスティア、リリ、キリア、アスフィ、命、千草は近くの湖まで移動していった。

 

残った男性陣はそれぞれ適当にテントに戻ることにしたが、クラウドとベルの背後にヘルメスが顔を見せた。

 

 

「やあ、二人とも。ちょっといいかな?」

 

 

「何ですか?」

 

 

「実は二人に話があるんだ」

 

 

ヘルメスの胡散臭さを警戒して行かないという選択肢もあったが、一応何の話か聞いておくことにした。

 

 

「何の用事だ? 手伝いとかか?」

 

 

「いや、そうじゃないよ。見せたいものがあってね。今じゃないと見れないものだ」

 

 

「……?」

 

 

ヘルメスの含みのある言い方に首をかしげる。何にせよこの神の言うことだ。ロクなものじゃないことは確かだろう。

 

 

「俺は遠慮しとくよ。ベルは?」

 

 

「え? ああ、じゃあ僕が行きます。それじゃあ、また後で」

 

 

 

 

クラウドはやることもないので近くの木々の茂った原っぱに移動して、そこに寝転がった。

昨日の夜はあまり眠っていないので、実を言うと昼寝くらいはしたかった。日が当たって、仰向けになっているだけで眠気が襲ってくる。

 

 

「ふああああ……むうう」

 

 

近くに誰もいないため、大きく欠伸をしてしまう。たまには一人で優々と過ごすのも悪くない。

 

 

「ん?」

 

 

しかし、そんな微睡みの中からはすぐに引っ張り出されることになった。

クラウドが横たわっている場所から見える一本の大きな木。その枝の一つに何かがいる。

どういうわけか、かなり見知った二人の人物が。

 

 

「何してんだあの二人は……」

 

 

さっき別れたヘルメスとベルだ。二人は枝の上に乗って下を見ている。見せたいものとやらは、あそこから見える景色ということか。

クラウドは彼らの視線を追って、その景色とやらを確認にかかる。

そこで、息が詰まった。

 

 

「まさかあいつら……ッ!」

 

 

二人の下には湖。そしてその岩の陰からほんの少し肌色が見えた。幸いと言うべきか、クラウドの位置からでは『彼らが見ているであろうもの』の全体像は見えなかった。

だが、彼らが何を見ているのか、それは確信できた。

 

 

「覗きかっ!!」

 

 

ヘルメスが言っていた『今じゃないと見れないもの』というのは、女性陣の水浴びの姿。つまりは裸だ。

あの男神様はウチのファミリアの団員を非行少年にする気か。

何より、あの場では大事な家族も水浴びしている。いくらベルでもそんなことを許すわけにはいかない。

 

 

「ちゃんと仕置きしないとな……!」

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

「駄目ですって、ヘルメス様!」

 

 

ベルはヘルメスの意図に気づいた途端に降りようと抗議するも、ヘルメスは笑って流す。

 

 

「何でだい? 女の子たちが水浴びしているんだから、覗くに決まっているだろ?」

 

 

「決まってませんよ! こんなことしたら怒られますって!」

 

 

ベルも負けじと自分の姿勢を崩さないでいるが、ヘルメスは無駄に格好よく笑いながらベルの頭に手を置いた。

 

 

「ベル君、覗きは男の浪漫だぜ?」

 

 

かつて自分に出会いについての教えを説いたベルの祖父。彼も同じようなことを言っていたらしい。ベルは頭の中でやけに巻き舌になりながら浪漫について熱弁している祖父の幻影を頭を左右に振って掻き消した。

 

 

「で、でもこれは……その……」

 

 

「犯罪だろ」

 

 

「そう! 犯罪になりますよ! だから早く……って、あれ?」

 

 

ヘルメスじゃない誰かの声が背後から間に入った。聞き慣れた声が。

嫌な予感がして振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたクラウドの姿があった。

 

 

「さて、降りようか。二人とも」

 

 

「「はい……」」

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

クラウドからこってり絞られたベルはぐったりと地面に座って木にもたれかかっている。

ちなみにヘルメスの方は両手足を縄で縛って木に吊るした。反省しなさい。

 

 

「覗きは男の浪漫って……被害者からしたら犯罪だろ……」

 

 

せめて男の浪漫はハーレムとかで止まっててくれ。

つい昨日、事故とはいえ女性に身体的接触をしてしまったクラウドが言うのも気が引けたが、そこら辺は事故である分、比較的マシだと思ってほしい。

 

クラウドはひとまず女性陣の視覚的純潔が守られたことに安心しつつ、さっきまで昼寝していた場所に戻ることにした。

 

 

「さて……と?」

 

 

クラウドが再び日の当たる原っぱに辿り着くと、近くから水の跳ねる音がしていることに気づいた。

どこかから水滴でも落ちているのかと思ったが、さっきはこんな音はしていなかった。

 

 

「安眠妨害ばっかりしやがって……頼むから静かにしてくれよ」

 

 

正直に言うと、ヘルメスの覗き、昼寝の妨害で弱冠荒んだ気持ちになっている。

原因が何にせよ、止めさせようとクラウドは音のする方へ向かう。

 

 

「確かこの辺りに……」

 

 

数Mほど歩いたところで、ようやく音源の近くまで辿り着いた。

アイズたちの場所とは別に、こちらにも湖があるようだ。クラウドはその湖のほとりに足をつける。

そして、それが間違いだったと気づかされた。

 

 

「……! 誰だっ!!」

 

 

自分の顔面めがけて石が投げられる。クラウドは身を屈めてそれを回避する。

 

まさか、敵におびき寄せられた!?

 

クラウドは腰の拳銃を抜いて銃口を敵へと向ける。そこでようやく気づいた。

 

それが誰なのか。

 

 

 

「り、リュー……?」

 

 

見惚れるほど美しい金髪のエルフの少女が、そこにいた。しかも昨日まで着ていた戦闘衣ではない。

湖に足の半ばまで浸かりその下までは見えないが、その上は何も身につけていなかった。

 

 

「クラウド…さん……」

 

 

白く透き通るような肌は水を弾き、足から腰にかけての脚線美、折れてしまいそうなほど細い手足。

リューは咄嗟に胸元と下腹部を両手で隠す。

クラウドはそこまで来て、自分の置かれている状況を理解できた。さっきまで見ていた彼女の裸体から目を逸らし、後ろを向いて両手を上げる。

 

 

「み、みみみ、見てません触ってません。ごめんなさい、重ね重ね失礼を働いて大変申し訳なく思っておりますので――」

 

 

「いいですからっ! 疚しいことがないのはわかっています……大方、水浴びの音を聞いて偶然見てしまったのでしょう……」

 

 

「……そうです」

 

 

駄目だ。俺は本当に駄目だ。

今後ろを振り向いてしまえば彼女の一糸纏わぬ姿を見ることができると考える健全な男としての自分と、妻や恋人でもない女性に対する猥褻行為で尊厳を傷つけることになると考える理性的な自分が戦っている。

前者は銃を、後者は小太刀を持って。

 

 

『事故って言えば多少は許されるんだよ! 遠慮しないで隅々まで見ちまえって!』

 

 

『見られた方がどれだけ傷つくか考えたことはないんですか!? そういったことは彼女との合意の元に行うべきです!』

 

 

『そんな古い考えだから21にもなって女の一人もできねぇんだっての! ここは強引に押し切りゃいいじゃねぇか!』

 

 

『そんな風に彼女を傷つけて手に入れた結果に何の意味があるというんです! 女性との関係はもっと正式な段階を踏むべきです!』

 

 

一進一退。どっちも全然引かない。というか二人ともクラウドと口調が全然違う。

クラウドは変わらず彼女に背を向けたまま膠着状態を続ける。

しばらく静寂が続くが、それをリューが破った。

 

 

「クラウドさん……服……」

 

 

「えっ? ふ、服?」

 

 

「はい……服を着ますから、まだ暫く目を瞑っていてください……」

 

 

まだ湖の水に浸かっているリューがクラウドの背に声をかけてくる。クラウドは彼女が湖から上がり、身体を拭くあたりまで何とか持ちこたえる。

だが、その辺りでまたもや心の中のクラウドたちは争いを激化させていく。

 

 

『今だ! 着替え中の無防備な半裸姿を目に焼き付けちまいな!』

 

 

『何を言ってるんですか、私を信頼してくれた彼女の気持ちを裏切るつもりですか!』

 

 

『こんだけ思わせぶりな状況で見ない方が失礼ってもんだろ! 見ーろ見ーろ!』

 

 

『駄目です! 見てはいけませんっ!! やめろおおおおおお!!』

 

 

大丈夫だ。この二人の戦いもリューが着替えを終えれば意味がなくなる。それまでの辛抱だ。

 

 

「もう……いいですよ」

 

 

「………よかった」

 

 

クラウドは両手を下ろして、後ろを振り向いた。リューは昨日と同じ戦闘衣へと着替えを終えていた。

健全で欲望に忠実であろうとした俺、お前の負けだ。

 

 

「本当にごめんな。こんなこと繰り返してるせいで説得力ないけど」

 

 

「邪な感情があってしたことならば確かに許しがたいでしょう。ですが、故意にやっているわけではないことはわかっています。

申し訳なく思っているのであれば、尚更に」

 

 

リューは頭を下げるクラウドを微笑みながら許してくれた。

あなたが神――いや、天使か。

 

 

「ですが……」

 

 

「え?」

 

 

「見ました……よね?」

 

 

リューが顔を赤らめて見つめてきた。あ、これはヤバい。

 

 

「一瞬だけ……その、見たような気がしないでもないような感じが……」

 

 

「見たんですか?」

 

 

「……少しだけ」

 

 

リューがさらに顔を赤くする。もう耳まで真っ赤だ。

クラウドは危険を察知して両手を顔の前で合わせて頭を下げる。

 

 

「ごめん! その……びっくりするくらい綺麗だったから……」

 

 

「……っ!?」

 

 

咄嗟に思ったことを口にしてしまった。しまった。こんなことを言えば不快感を増長させるだけだ。

完全に殴られる……!

 

 

「本当ですか? 本当に……そう思ってますか?」

 

 

思っていた衝撃はいつまでも来ない。理由はわからないが、リューは矛を納めてくれたらしい。

 

 

「本当だよ……あんまりこういう経験ないけど、そう思えるくらい……綺麗だった」

 

 

あれでは多分女神たちと同等以上の容姿だとも思える。クラウドの補正が入っている分、よりそう感じられた。

 

リューは心なしか嬉しそうに身を翻し、クラウドに「話すことがあります」と歩を進めていった。

 

最近の女性が寛大なのか、それとも彼女が優しいのか。できれば後者であってほしい、とこのときのクラウドは願ってしまった。

その理由はよくわからなかったが。




同時にデート・ア・ライブの方も投稿していますので、よろしければそちらもご覧になってください。何だか受けが悪いようなので……。愚痴みたいになりましたね。ごめんなさい。


それでは、感想、質問などありましたら感想欄に、意見や要望、アイデアなどがありましたら活動報告にどちらも遠慮なくご記入ください。


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第38話 それぞれの過去

リューとの一件(何があったかは割愛するが)の後、クラウドは彼女に連れられ18階層のとある場所へ来ていた。

 

 

「ここは?」

 

 

「……今から説明します」

 

 

彼女が足を止めたのは森の中にある開けた空間だった。土を掘った形跡の残る地面にはいくつかの十字架が立っていた。

言わずともわかる。これは墓だ。それも、彼女の大切な人たちの。

 

 

「ごめんなさい。貴方に来てほしくて我儘を言ってしまいました」

 

 

「いや、気にしてないよ。俺もすることがなかったからさ。それに、何か理由があったんだろ?」

 

 

リューは硬い表情のまま手に持った花を一つ一つの墓に供えていく。

クラウドもそんな彼女の後ろ姿を見ながら目を閉じて両手を合わせる。

 

 

「クラウドさん、今から話すことはとても重要なことです。

恐らく、貴方の思う私の人物像が変わる可能性が高い。それでも――」

 

 

リューはゆっくりと振り返りながらクラウドと目を合わせる。

 

 

「聞いては、くれませんか?」

 

 

今までに見たことのない表情。

彼女と知り合ってまだ二ヶ月も経っていないが、こんな表情は初めて見た。

ばつが悪そうな、決心がつけられないような雰囲気。

何となく、予想できてしまった。彼女の抱える闇を。黒歴史を。

 

 

「聞くよ。俺も自分の素性について話したから、今度はリューのことも知りたい」

 

 

リューはクラウドの言葉に少しだけ表情を和らげた。そして、その唇を開く。

 

 

「私は、ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載っています」

 

 

「………」

 

 

「冒険者の地位も……既にありません」

 

 

彼女が元は冒険者で、今は酒場の店員になっているのは何故か。いくらか疑問に思っていたことが頭の中で繋がる。

 

 

「私が所属していたのは【アストレア・ファミリア】。聞いたことは?」

 

 

「……あるよ。オラリオで犯罪が横行してた時期に街の治安維持を行っていたファミリアだ。5年前に俺が処刑人を辞めたころに丁度解散されたって話だったか」

 

 

「そうです………解散の原因はファミリア間の抗争でした。

この18階層で私以外の団員は全員死亡。遺体すら発見できませんでした。この墓は彼らの武器や持ち物を埋めて作ったものです」

 

 

「……いくら正義を掲げても犯罪組織や対立するファミリアとの衝突は避けられない。

あの荒んだ時期にはそう珍しいことでもなかっただろうが……そうか、そんなことが……」

 

 

クラウドとて、アポフィス・ファミリア、ロキ・ファミリアと有数のファミリアで戦い続けてきた人間だ。

その過程での仲間の死は何度も経験してきた。しかし、仲間を皆殺しにされて一人孤独を味わった彼女の苦しみに比べたら、血が繋がっていなくとも家族がいた自分の方が遥かに恵まれていると思えた。

 

 

「私はその後、主神のアストレア様に都市の外へと逃げてほしいと頼みました。

あの方に、私を見てほしくなかった……あの頃の私を……」

 

 

「それからどうしたんだ? それでギルドから危険視されるとは思えないが………」

 

 

「それからが問題だったのです。私はアストレア様が去った後、取り返しのつかないことをしてしまった」

 

 

彼女の唇が引き絞られる。言い淀んでいるように見えた。

クラウドが静かに待っていると、リューも意を決して話を続けた。

 

 

「まずは仲間を殺したファミリアを――次はその関係者、疑わしき人物を全て殺しました」

 

 

「………!」

 

 

予想はできていたが、正直彼女の口から聞きたくはなかった。殺すことで奪う命の重みを、それによって落ちる奈落の深さをクラウドは知っている。

 

 

「正義を信じて戦った私とは似ても似つかない。仲間を殺されたことに対する怒りを、彼らにぶつけることしか頭になかった………復讐に駆られた狂人と化していたんです」

 

 

リュー僅かにその美しい顔を歪める。当時の激情が外面に漏れ出ているのだろう。

 

 

「豊饒の女主人で雇ってもらったのはその後です。復讐を終えた私をシルが助けてくれて、ミア母さんに匿ってもらうよう頼んでくれました。かつての【疾風(リオン)】の名を隠し、髪も染めました。

これが、私の過去です。私の……過ちです」

 

 

リューが段々と話の最後になるにつれて顔を曇らせる。クラウドからの反応に怯えながら、話を終えた。

 

 

「幻滅……したでしょう。申し訳ありません。

騙すつもりはありませんでしたが、結果としてそうなってしまいました」

 

 

「………リュー、俺は――」

 

 

「言わないで、ください」

 

 

クラウドは否定しようとしたが、リューの様子を見て言葉が詰まってしまう。

彼女の目が潤んで、涙が一筋頬を伝っていたからだ。リューは慌てて涙を手で拭い、クラウドに背を向けた。

 

 

「わかっています。貴方が私に言いたいことがあるのは、わかっているんです。

ですが……せめて、私の口から言わせてください………貴方の言葉では、私はもう、自分を………保てないかもしれません………」

 

 

表情こそ見えないものの、身体が僅かに震え、声に嗚咽が混じっている。泣いている、のか。

 

 

「私は……最低です。自分の激情に任せて多くの人を殺めた……醜いエルフです………」

 

 

やめろ、と。そう言いたくなった。それ以上、自分を追い込まないでくれ。

 

クラウドはそんな思いを込めて、自分に背を向けている彼女の両肩を掴んだ。

 

 

「………!?」

 

 

「震え、治まったか?」

 

 

リューは困惑しながらゆっくりとこちらに振り向いた。案の定、その美しく整った顔は涙で濡れている。

 

 

「あのさ……リュー、昨日の夜のこと――お前の部屋で話したこと覚えてるか?」

 

 

「………はい、覚えています」

 

 

クラウドが彼女の部屋で話した自分の素性。クラウドが処刑人だったことについて、彼女が出してくれた答えを。

 

 

「あのときお前が言ってくれたこと……俺は凄く嬉しかった。だから、俺からも同じように返事をさせてもらう。

俺が、お前の過去を知ったくらいで幻滅すると思ってるのか?」

 

 

「……え?」

 

 

リューは信じられないと言わんばかりに顔を動揺の色に染める。クラウドは構わずに続けた。

 

 

「それにさ……俺の好きなお前のこと、悪く言うなよ」

 

 

自分でも強引なことを言っているのはわかる。だけど、こんなところで責任を逃れたらこれから先、自分は一生後悔する。

 

 

「………私がしたのは、貴方のように誰かのためではない……個人的な復讐です」

 

 

「誰かのためだなんて思ってない。あれは俺が勝手にやったことだ。頼まれたわけでも、縋られたわけでもない」

 

 

そうだ。自分が幼い頃から培ってきた殺しの技術、冒険者としての能力。それがあればこの街を変えられると思ったから。そういう街にしたいと思っただけだ。

顔も名前も知らない誰かのために人生を捧げるなんてしたくない。一人の人間である以上、自分の正義を通したいと思っている。

 

 

「それに、さっきの話を聞いてて、お前の表情を見てて、少し嫌な気分になった」

 

 

「?」

 

 

「嫌われる、避けられる、見限られる、そんな感情が表に出てた。ずっと俺の顔色を窺うみたいに。

いいか、リュー。俺はな――」

 

 

クラウドは彼女の両肩から手を離す。少し息を吸って彼女と目を合わせ直した。

 

 

「お前を嫌いになったりしない」

 

 

リューの空色の瞳が強く開かれる。涙の流れる目元は僅かに赤くなっている。

 

 

「お前のしたことを忘れろだなんて言わない。これから一生心に残さないといけなくなる。

だけどな、いつまでも自分を責めることだけは……やめてくれ」

 

 

「でも、私は………」

 

 

「心に傷のない人間なんかいない。お前はこれから、その大きな傷と向き合って、ちゃんと折り合いをつければいい。

それを俺が咎めるなんてどうかしてる。これまでと同じ――いや、これまで以上に大事な仲間だって思ってる」

 

 

「いいん……ですか? 貴方は、こんな私を――」

 

 

最後までは言わせなかった。そんな台詞をこれ以上彼女に言わせたくない。

言わせては、いけない。彼女が潰れてしまわないように。

 

 

 

 

「俺は本気で、お前に会えてよかったって思ってる! 昔も今も同じくらいな!

他の誰かがお前を悪く言うなら、そいつら全員俺がぶっ飛ばす! だからお前も! 自分のことを駄目だなんて言わないでくれ!」

 

 

 

 

リューの顔が、一瞬固まる。やがてじわじわと涙腺が決壊し、涙が止めどなく溢れてきた。

クラウドは慌てて宥めようとするが、リューはそれより早く行動に出た。

 

クラウドにゆっくり近づいて、左肩に顔を預けてくる。クラウドは一瞬動揺したものの、ぎこちない動作で彼女の両肩に手を置く。

 

 

「ごめんなさい……少しだけ、こうさせてください……」

 

 

「ああ、俺でよかったら好きなだけどうぞ」

 

 

いつもなら恥ずかしさで拒否するところだが、今回ばかりはそうはいかない。流石にここで逃げるようじゃ人間としてヘタレすぎる。

 

 

「……何で急に話す気になったんだ? しかも俺に」

 

 

「昨日は貴方から話を聞きましたから、次は私が話さなければ不公平でしょう? それでは理由になりませんか?」

 

 

「いや、全然。話してくれて嬉しかったよ」

 

 

なるべく彼女の体温を意識しないようにしているが、そんな建前とは裏腹に動悸は激しくなっていく。

心臓の音が聞かれてるかもしれない、とヒヤヒヤしてきた。

リューはさっきまで隠していた顔を見せてクラウドと目を合わせる。

 

 

「クラウドさん、私……貴方が好きです」

 

 

「……え?」

 

 

クラウドはリューの意味深な質問に首をかしげながら聞き返した。

 

 

「さっき、私のことが好きだと……」

 

 

「………!」

 

 

心臓を鷲掴みにされた。いや、正確にはされていないが、一瞬そう錯覚した。

確かにさっき好きだとは言ったが、クラウドとしては一世一代の告白だとは思わずに口にしていたので改めて指摘されると顔が熱くなる。

 

 

「気づかずに言っていたんですか? ……珍しいですね、貴方のそういう姿は」

 

 

クラウドの恥ずかしがる顔が面白かったのか、リューは微笑みながら言ってきた。余計に恥ずかしい。

 

 

「……確かに、ね? その、友達として? 仲間として? す、すすす好きだと……」

 

 

「恋人では……駄目ですか?」

 

 

「えっ、えっと……」

 

 

駄目ではない。むしろ、こんな女性を恋人にできるのならこれ以上ないくらいの幸せだ。

だが、しかし――

 

 

「………ごめん」

 

 

「………そう、ですよね」

 

 

クラウドは自分の言い方に問題があったことにすぐ気づいた。とても残念そうな顔で俯いているリューに慌ててフォローに入る。

 

 

「違うんだ……嫌とかじゃなくて、ただ――」

 

 

「ただ?」

 

 

「気持ちの整理がつかなくて……」

 

 

好きであることに違いはない。そうなのだが、今まで女性と交際したことのないクラウドにはそれがどういう愛情なのか整理がついていない。

少なくとも、こんな曖昧な気持ちや覚悟で告白などしてはいけないと思う。

 

 

「まだ……俺は……半分はあの頃のままだから……」

 

 

昨日の夕方に見せたもう一つの自分、『処刑人』としてのクラウドが。まだ自分の心には住み着いている。

自身の正義の為に人を殺す自分がいる。

 

 

「昔の俺を克服……あるいは越えることができたら、俺は迷いは捨てられると思う。

ただの冒険者として、完全に自分を取り戻せる。だから、それまで返事を待ってもらってもいいか?」

 

 

「………」

 

 

リューは複雑な表情で目を泳がせる。

 

 

「そうなったら、ちゃんと自分の気持ちが理解できると思ってる。なるべくお前を待たせない、だから――」

 

 

「……わかりました」

 

 

リューは戸惑いや哀しみの雰囲気を捨て、晴れやかな笑顔で了承してくれた。

しかし、少しだけ表情を険しくさせ「ですが」と続ける。

 

 

「手付分程度なら、もらっても構わないでしょう?」

 

 

「それってどういう――」

 

 

リューの手が両肩に置かれ、少し彼女の方に引っ張られる。

直後、右頬に柔らかく微かに濡れた何かが押しつけられた。視界の右側はリューの顔が支配しており、その感触が無くなると共にちゅっ、と音が立った。

 

疑うまでもないだろう。リューが自分の頬に口づけをしてきたのだ。

 

 

「あ………」

 

 

「……こんな感覚、初めてです」

 

 

突然の事態に言葉も出ないクラウドに、リューはぽつりと呟いた。

 

 

「誰かに触れる――ましてや、口づけをするなど忌避感しかなかったのに……貴方となら、嫌ではありません」

 

 

「お、俺……なら?」

 

 

リューもほんのり顔を赤くしながら頷く。

暫く、と言っても数秒だが静寂が辺りを包む。リューは意を決して、言葉を切り出した。

 

 

「その……告白をしてくれるときになったら、今度は貴方からしてもらえますか?」

 

 

告白を先延ばしにしている立場上、クラウドは何も言い返せない。大人しく頷いた。

 

 

「ああ、お前のためにも……必ず、そうするよ」

 

 

リューは少しだけ目に涙を溜め、綺麗に、それでいて可愛らしく笑った。

 

 

「………はい」

 

 

また一つ、生きるための理由ができた。そんな考えが頭に浮かぶが、後回しにしてしまう。

 

こんなにも美しい妖精を前にして、彼女以外のことなど考えられない。そう痛感したからだ。




まだゴールインには至らない二人。それでも友達以上恋人未満にはなれましたね。大きく進展です。ですがまだほっぺにキスです。プラトニック!

さあ、ラブコメはさておき。次回からはバトルに戻ります。むしろ、何故この一ヶ月半の回が殆どラブコメだったのか。もうタイトル詐欺レベルですよホントに。
銃も使ってませんし。銃も使ってませんし。(大事な事なので二回)

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第39話 気持ち悪い

お久しぶりです。気がついたら四ヶ月も間ができてしまい、大変申し訳なく思っています。

これからはまあまあ時間があるので投稿ペースを戻せると思います。それでは久々に最新話をどうぞ。


「……寝れん」

 

 

リューとの告白騒動のあった日の夜、クラウドはテントの中で一人で頭に手を置いて考え込んでいた。

 

 

(あいつ、意外と柔らかいんだな……色々と)

 

 

よく考えたら抱き締め合ったり、挙げ句には頬に口づけまでされたのだ。冒険者を十年以上やってきたが、あんな感覚は初めてだった。

 

 

(でも結局先延ばしにしちまったからなぁ……呆れられてないよな?)

 

 

こういった関係は案外壊れやすいと言うそうだし、ロクに答えを返さないのは失礼に当たるだろう。

 

 

「って、俺は何でこのことばっかり考えてんだ。それより、明日は……」

 

 

ロキ・ファミリアと一緒に地上へ帰るのが明日。彼らのような強豪ファミリアに限って万に一つもないだろうが、何かしらのトラブルで危険な目に遭わないとも言い切れない。

いざとなったらファミリアの先輩としてベル達の安全を守らなくてはならない。

 

 

「それ以上に、ラストルのこともあるよな……」

 

 

数日前、かつての妹分と対峙したクラウドだが、以前とは桁外れに強くなっていた彼女には大変な苦戦を強いられた。彼女の存在、いや、彼女があんな風に変わってしまった原因の一端が自分にあるのは確かだ。彼女を止める。そして、必ず過去に見切りを付ける。

 

 

「ますます、負けられなくなったな……」

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

翌日、不十分ではあったものの睡眠をとったクラウドは出向するロキ・ファミリアの面々を見送りに来ていた。

 

 

「アイズ、もう行くのか?」

 

 

「うん、私達は先達のパーティー。クラウドたちは後からだって」

 

 

18階層から17階層へと続く通路には、ロキ・ファミリアの幹部勢とその他の団員が並んでいる。

確かに大勢でゾロゾロ帰っていては連携も取りにくい。幸い後続のパーティーの戦力でも中層をやっていけるはずだ。

 

 

「ところでさ、アイズ」

 

 

「何?」

 

 

「昨日のことだけどさ……」

 

 

「昨日?」

 

 

アイズは何のことかわからないようで、首をかしげる。クラウドは気まずそうに人差し指で手招きする。

 

 

「水浴びの時のことだ」

 

 

「……っ!?」

 

 

アイズは思い出したのか顔を赤く染める。

うん、怒るよね。そりゃあね。

 

 

「ベルとかヘルメスに見られてない……よな? それが心配でさ……」

 

 

「多分……見られてない……と、思うよ」

 

 

だったらいいけどなあ……。何だかんだ言って兄ちゃん心配だよ。

 

 

「ああいうのには気をつけろよ。まあ、ベルは巻き込まれただけだからまだいいけど、世の中にはヘルメスみたいな変態覗き魔だっているんだ。

ただでさえお前は可愛いんだから、その辺りは警戒しておかないと」

 

 

「か、かわ……」

 

 

「アイズ?」

 

 

「……う、うん。気をつける」

 

 

やけに縮こまっているアイズ。ちょっと言い過ぎたかな。

 

 

「あと、聞きたいことがあるんだが……」

 

 

「何?」

 

 

「ベル達が何処に行ったか知らないか? 出発の準備しようと思ってさっきから探してるんだけど、見つからないんだ」

 

 

「ベルなら、さっき中央樹の東の方に行ってたけど……」

 

 

件の方角を確認する。距離はそこまでない。走れば間に合う。

 

 

「アイズ、ありがとな。気をつけて帰れよ」

 

 

クラウドはアイズの元を後にし、東を目指す。18階層に来たばかりのベルがここに詳しいはずはない。それに、これから出発なのにわざわざ出口とは逆方向に行くとは考えにくい。

 

嫌な予感がする。

 

 

「俺の杞憂であってくれよな……」

 

 

森の中を走るのでは見晴らしも悪い上に時間もかかる。クラウドはそびえ立つ木の枝に足を乗せ、枝伝いに跳躍を繰り返す。

 

 

「……! あれか!」

 

 

東の方角、一本水晶の近くの広場に人集りが出来ている。遠目から見てもベルやリリたちではない。

かなり平均年齢の高い冒険者の集団だ。

 

 

(ベルが突然いなくなったこと……あんな目立つ場所に、しかもベルが向かったのと同じ方向に中層に滞在していた冒険者の大半が集まっていること……偶然とは言い難いな)

 

 

何も関係ないにしろ、ベル達を何処かで見ている可能性も十分ある。後は着いてから考えよう。

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

広場へと続く道を走る。Lv.5のステイタスならばこの程度の距離では息切れもしない。

さっき遠くから見た通り、やはり人集りが出来ている。それも、広場の入口を塞ぐように。

 

 

「おい、ちょっといいか?」

 

 

人集りの最後尾に立つヒューマンの男に声をかける。

 

 

「ああ? 何の用だ?」

 

 

「ここら辺に……白髪に紅目の――例の《リトル・ルーキー》が居なかったか? さっきから探してるんだが」

 

 

「何だ、テメェもしかしてあのガキの連れか? てこたぁ、助けにでも来たってわけか」

 

 

は?

 

 

「おい、どういう意味だ」

 

 

「あのガキなら今頃モルドにぶちのめされてるだろうぜ。これであの兎野郎も思い知って――」

 

 

ヒュッ

 

 

軽く、鋭い風切り音。それと同時に『何か』が放物線を描いて飛んでいく。周りにいた取り巻きも思わずその『何か』を目で追ってしまう。『何か』はクラウドの立つ道の外れ、遥か下の森の中へと落ちていった。

 

クラウドの握られた左手が横凪ぎに振り抜かれていたこと、そして、さっきまでクラウドと話していた男の姿が消えていること。

 

 

「嘘だろ、こいつ……」

 

 

「一撃で……吹っ飛ばしやがった……!」

 

 

「バケモンだ……」

 

 

その場で、その光景を見ていた者達は一瞬で悟った。

 

 

「安心しろ、Lv.2ぐらいならあの高さで死なねぇよ」

 

 

明らかに格が違う。

 

 

「ベルは何処だ。他の連中は……ヘスティア達のことも、何か知ってるのか……」

 

 

クラウドは振り抜いていた左手をゆっくりと元の位置に戻す。右手で素早く拳銃を抜き、劇鉄を起こす。

 

 

「十秒以内に答えろ。そしたらウェルダンかローか、どちらか選ばせてやるよ」

 

 

「へ、へへっ、たった一人で粋がってんじゃねぇよ!」

 

 

「そ、そうだ! テメェら、囲んじまえ!!」

 

 

確かに数では相手が圧倒的に有利。多勢に無勢という奴か。

 

 

「せっかくの親切な忠告も聞く耳持たずかよ……」

 

 

新しく左手にも拳銃を握る。にやけ面の男達がにじり寄ってくるが、この程度は関係ない。

 

 

「こいつもぶっ殺して身ぐるみ剥いでやれぇ!!」

 

 

「おおらぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

仕方ない。肉の壁なら、焼き払って通してもらう。

 

 

「【消し炭にしろ】」

 

 

目に見える敵全てに照準を合わせる。もう逃げられんぞ、蛮族どもが。

 

 

「【クリムゾン・ボム】ッ!!」

 

 

二つの銃口から次々放たれる紅蓮の火球が迫り来る男達に炸裂し、燃え広がる。中にはそれを越えて一矢報いようとする者もいたが、クラウドが数歩後ろに下がるだけで攻撃は届かない。

 

 

「安心しろ、火加減はしといた。レアに仕上がってるはずだぜ」

 

 

一応全員軽い火傷しか負わせていない。むしろショックで気絶してくれれば好都合だろう。

 

数秒後には敵の半数は戦闘不能。奥にいるもう半分は後ろに下がったようだが、クラウドを恐れて向かってこない。

 

 

「次は?」

 

 

脅すように銃口を奥の敵に向ける。怯えている相手はまたジリジリと近づいてくる。その隙に後衛の魔法詠唱を済ませようという腹積もりか。無駄なことを。

 

第二弾を発射しようとするが、背後から複数の足音と声が耳に届く。

 

 

「クラウド様っ!」

 

 

「おいっ、一体何があった!?」

 

 

騒ぎを聞きつけたのか、リリ、ヴェルフ、リュー、命、桜花、千草が後ろから走ってきた。

 

 

「お前ら下がってろ、こいつら全員蹴散らしてベルを助けに行くぞ」

 

 

「いえ、それが……」

 

 

「何だ、リリ!? 話なら後で……」

 

 

「ヘスティア様が……」

 

 

ヘスティアがどうしたんだ?

 

そう聞くことはできなかった。半分だけ振り向いた先にいた『女神(ヘスティア)』に言葉を失ったからだ。

 

 

「やめろ……やめるんだ」

 

 

二つに結わえていた髪を下ろし、身体から青白い光を放つ女神はゆっくりと、神々しく歩を進める。

 

 

「子供たち、剣を引きなさい」

 

 

実感できていなかった。普段の彼女の行動からは想像できなかったが、彼女は下界の生物とは違う。神なのだ。

力を大幅に制限されているとはいえ、根元的な部分では自分達とは比べ物にならない。

この威圧感、これが噂に聞く――

 

 

「神威……か」

 

 

ヘスティアはクラウドの後ろから歩み寄り、横を通り過ぎる。クラウドに銃を向けられ怯えていただけの敵も慌てて走り去っていく。

 

瞬く間に道が開かれ、広場で相対する二人――ベルと以前、豊饒の女主人で揉めた男が目に入る。一進一退の攻防を繰り広げていた二人だったが、相手の男――恐らくモルドとか言う奴――は泡を食って逃げていった。

 

 

「ベル君っ!」

 

 

「か、かみさ……わっぷ!」

 

 

「ベル君、ベル君!!」

 

 

ヘスティアは広場に尻餅をついたベルに駆け寄り、抱きついた。ヘスティアにとっては感動の再会だろうが、ベルはどうやら彼女の胸元に顔を埋められて息苦しそうだ。羨ま可哀想に。

 

 

「……ベル、大丈夫か?」

 

 

「は、はい。ありがとうございます。助けに来てもらって……」

 

 

戦い疲れたベルに手を差し伸べ、起こさせた。

 

 

「なんというか、思わぬタイムロスになったな。多分ロキ・ファミリアの後続の奴らが待ってるはずだ。すぐに戻るぞ」

 

 

一騒動終わって安心した瞬間、まさにその時だった。

 

 

 

 

 

地面が、ダンジョンが、揺れた。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

「……な、なんだ!?」

 

 

「これは……一体……」

 

 

全員動揺し、辺りを見渡すが原因はわからない。そもそもダンジョンで地震など起こるはずがない。

 

 

「……! 天井が……」

 

 

青い空を写す天井に闇の帳が差す。おかしい。夜の時間になるにはどう考えても早すぎる。

 

ダンジョンに何か異常が起こっている……?

 

18階層全体が闇に包まれると同時に天井の一ヶ所に(ひび)が入り、割れる。

 

 

「何だ、あれは……」

 

 

ダンジョンについてはかなり知っているという自負はあった。だが、こんな現象は知らない。

 

割れ目から落ちてきた黒い物体にはそう確信させるほどの異質感があった。

 

黒い肌と白い髪、隆々とした筋肉を備えた巨人。色合いこそ違えどあのモンスターには覚えがあった。

 

 

「黒い……ゴライアス……!」

 

 

17階層の出口を守る階層主。本来ならこの階層に現れるはずのない生物が出現したことに全員驚きを隠せない。

 

それも束の間、南の方角から何かが崩落するような音が耳に届く。音源の方へと振り向き、舌打ちをする。

 

17階層へと続く通路への入口を瓦礫が塞いでいる。逃げ道を潰された。

 

 

「あのモンスター……多分、今の神威に反応したんだ。それで……」

 

 

ヘスティアが歯軋りしながら呟く。ダンジョンが神の存在を察知し、刺客を送り込んだということか。

 

 

「クラウドさん、あれ!」

 

 

ベルが広場の下、ゴライアスが落下した辺りを指差す。そこにはついさっき逃げ帰ったモルドたちが必死にゴライアスから逃げ惑っている姿があった。

 

 

「は、早く助けないと!」

 

 

「……そうだな、俺が行ってくる。お前らは――」

 

 

クラウドは走り出そうとしたが、その左手を何者かが掴んだ。

 

 

「待ってください」

 

 

「……っ!? リュー?」

 

 

リューが神妙な面持ちでこちらを見つめてくる。彼女が腕を掴む力が少しだけ強まる。

 

 

「本当に彼らを助けにいくつもりですか? 一人で、あんな危険なところまで行くと?」

 

 

彼女の真意は十分理解できた。彼らはヘスティアとベルに危害を加えた主犯格だ。わざわざリスクを犯してまで助けるほどの価値が、パーティーの中でも主戦力に当たる人物が離れるほどの意味があるのか。

 

パーティーを管理する立場なら見捨てるのが妥当だ。

 

 

「そうだ」

 

 

クラウドの返答にリューは心なしか哀しげな表情になる。

 

 

「たとえ敵でも、嫌いな奴でも俺は死なせるつもりはない。俺の手が届く範囲なら誰だろうとな」

 

 

「…………」

 

 

「それに」

 

 

クラウドは不敵に笑ってリューの肩に手を置く。

 

 

「ちょっとくらいは格好つけさせてほしいんだよ」

 

 

「……っ!」

 

 

リューの顔が僅かに赤くなる。クラウドは彼女の手を優しく外す。

広場から飛び降り、華麗に受け身を取りながらゴライアスの足元へと走る。

 

 

「見つけたッ!!」

 

 

モルドとその取り巻きが何処からともなく現れた別のモンスターの群れに苦戦していてる様子が見えた。

 

 

「退いてろ!」

 

 

「なっ!?」

 

 

モルドの首根っこを掴み、後ろに下がらせる。拳銃を抜き、迫ってくるモンスターの脳天に弾丸を撃ち込む。

 

 

「他の連中と一緒に森の外の見晴らしのいいとこに出てろ!」

 

 

「は? なん――」

 

 

「早くしろ! 死にたいのか!?」

 

 

クラウドの気迫に負けたモルドは仲間たちを連れてその場から離れる。

 

 

「よし、後は――」

 

 

 

 

 

 

ゾワッ

 

 

 

 

 

 

「~~~~!?」

 

 

寒気がした。敵意や殺意じゃない。純粋な好奇の視線。

無邪気な子供が初めて催し物に訪れたときのような、淀みのない、純粋すぎるほどの喜びや楽しみの気持ち。

 

 

人を殺すような禍禍しいものとは違う。気持ち悪く、気味が悪かった。

 

 

「誰だ!?」

 

 

視線の元へ銃口を向ける。自分の感覚が狂っていなければ相手は只者ではない。間違いなく今まで戦ってきた中で最も異常な相手だ。

 

 

「ひ・さ・し・ぶ・り」

 

 

薄暗い木々の隙間から返事があった。可愛らしい少女の声だ。頭の上にある三角形の耳、腰の辺りから伸びる長い尾、まっすぐ下ろした長髪、腰帯に差した刀。

嫌な予感がした。こんな声をした相手を(、、、、、、、、、、)こんな姿をした相手を(、、、、、、、、、、)、クラウドは一人しか知らない。

 

 

「く~ら~う~どぉ~!」

 

 

「ラストルッ……!!」




はい、ラストル再登場です。ちょっと駆け足気味になりましたが、ラストル登場を考えるとキリが悪くなりそうだったので急いで誘拐された話は終わらせています。ベルの活躍を書くのはさらに時間がかかりそうなのでご勘弁くださいヽ(´ー` )ノ

それでは、感想、質問などありましたら感想欄に、意見や要望、アイデアなどがありましたら活動報告にどちらも遠慮なくご記入ください。


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第40話 魂魄破壊

事前に言っておきますと、話が結構長いです。よろしければそれもお楽しみください。では、どうぞ。


「ラストルッ……!!」

 

 

「やーっと会えた、ね?」

 

 

眩しいくらいの笑顔を浮かべる猫人(キャットピープル)の少女。流れる黒髪が薄暗くなった空間に溶け込むように流れ、彼女の白い肌が対比になるようによく映える。

 

眼を奪われそうなくらい美しかった。

 

ラストル・スノーヴェイル。クラウドの妹分であり、元同僚。

 

 

「何でここに……」

 

 

「何でって、クラウドに会うために決まってるよ。クラウドったら、私が会いに行こうとしても街にいないんだもん」

 

 

ラストルは口角を上げ、笑顔を作っているが眼が全く笑っていない。泥に黒インクを混ぜたような色をしている。

 

 

「悲しかったなぁ、辛かったなぁ、泣いちゃうかと……思ったなぁ……!」

 

 

ラストルは左手で顔を覆い隠し、悲痛そうな声色で話す。それに動揺してしまったせいか、彼女に間合いを詰められたことに一瞬気づかなかった。

 

 

「嬉しい……私、嬉しいよぉ。クラウド、やっと会えた……」

 

 

両腕を背中に回され抱き付かれた。服越しに彼女の体温と身体の感触が伝わる。

 

伝わってはいるが、そんなことは全く気にならなかった。それを簡単に上回るほどの悪寒が全身を支配しているからだ。

 

 

「……やめろ」

 

 

「……なんで?」

 

 

「……離れて、くれ」

 

 

「……やだぁ、もうちょっと……」

 

 

抱き付く腕に力が込められ、より密着してしまう。

自分でも不思議でならなかった。かつては家族としても弟子としても可愛くて仕方なかった彼女にこんなことをされて気分が悪くなることが(、、、、、、、、、、)

 

 

「くっ!!」

 

 

「きゃっ!!」

 

 

クラウドは強引に振り払うようにラストルを自分から引き剥がした。激しい運動をしたわけでもないのに汗が頬を伝い、肩で息をしてしまう。

 

 

「どうしたの? クラウド、恥ずかしかった?」

 

 

「……!! ちげぇよ……」

 

 

眼を合わせられない。俯きがちにクラウドは叫んだ。

 

 

「何で嫌がるの? 昔はよくしてくれたのに……」

 

 

事実だ。昔、ラストルやアイズがふざけ半分に抱きついてくることはよくあった。

正直、その時間は本当に幸せだった。心が洗われるような感覚さえあった。

だが、これは何だ? じわじわと神経が削り取られるような不快感に包まれてしまう。

何なんだ、こいつは。誰だ、こいつは。

 

 

「誰なんだよ……お前……!!」

 

 

質の悪い冗談であってほしい。目の前の少女がかつての妹分(ラストル)と同一人物などありえない。他人の空似か何かに違いない。

 

 

「今のお前はどうかしてる! ファミリアから失踪して! 徒に街の人達を殺して! 何がしたいんだよ一体!」

 

 

ラストルはクラウドの心からの叫びに対しても不思議そうに首をかしげるだけだ。

 

 

「一体何があったら……『そんな風』になるんだよ……」

 

 

泣きそうだった。数日前に会ったときも十分おかしかったが、今の彼女から漂う雰囲気はまるで違う。

 

 

「そんな風にって……今の私、何かおかしい?」

 

 

「おかしいに決まってるだろ……」

 

 

「おかしい……かぁ」

 

 

ラストルは僅かに差す光に顔を照らしながらクスクスと笑う。

 

 

「私、気づいたんだ。何で五年前にクラウドが処刑人をやめちゃったのか」

 

 

「……前にも言っただろ。オラリオはもう前みたいな街じゃない」

 

 

「だよね。そう、それだよ。あんなに輝いてたクラウド(処刑人)がいなくなったのは、この街のせいだって」

 

 

要領を得ない。街の人達のために戦ったことでクラウドが変わったことは事実だ。それがラストルにとって何が不満だというのか。

 

 

「昔から殺して殺して殺して、すっごくすっごくすっごく強かったクラウドが、大好きだったのにさぁ……それなのに――」

 

 

ラストルの顔からフッと笑みが消える。肩から力が抜け、深く息を吸う。

 

 

「それなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにそれなのにっ!!!!」

 

 

壊れた機械のように同じ言葉を繰り返す。繰り返すにつれて声が怒気を纏っていく。

 

 

「この街が平和に(つまらなく)なったせいでクラウドが変わっちゃうなんて……そんなのあんまりだよ。不幸だよ、理不尽だよ、不都合だよ、だから――」

 

 

ラストルは懐から一つの瓶を取り出した。透明な瓶の中に白い錠剤が詰められている。

 

 

「みーんなみーんな、みーんな正直(わるいやつ)にしちゃえばいいって思ったんだよ」

 

 

ラストルは瓶の中身を揺すり、じゃらじゃらと音を立てる。間違いない、あの中身は危険だ。

 

 

「ラストル、それは一体何だ? 何が入ってる?」

 

 

「あはは、気になる?」

 

 

ラストルは悪戯を楽しむように笑い、瓶を突き出した。

 

 

「【魂魄破壊(ソウル・リリース)】っていう薬だよ。知らない?」

 

 

「……どんな薬だ」

 

 

「大したことないよぉ。頭がすっきりして身体が軽くなって、気持ちよくなっちゃうだけ。それで、ちょーっとだけ自分に正直になっちゃうんだ」

 

 

そういえば聞いたことがある。数年前に悪徳ファミリアが密造していた危険薬物の効果と酷似している。

 

 

「人を憎んだら殺して、物が欲しくなったら盗んで、お金が足りなくなったら奪う。

そんな正直で単純で素直な人達ばっかりになればクラウドも殺したくなっちゃうよね? そうだよねぇ?」

 

 

ラストルの言葉を聞くだけで腕が震える。言っていることが信じられない。

 

 

「安心して、危ない薬とかじゃないなら。恐いのは最初だけで、私も飲んでるうちにどんどん気持ちよくなってきちゃったんだよ。こんな風に……」

 

 

ラストルは瓶の蓋を開け、薬を三錠取り出して口の中に放り込み咀嚼する。

 

 

「やめろ、ラストル!! 飲むな!!」

 

 

「えー、クラウドも飲んでみなよ。きっと気に入るよ。私、今よりもっと素直になったクラウドも見てみたいなぁ」

 

 

ラストルは開いたままの瓶からまた薬を左の掌に三錠取り出す。何をするつもりか一瞬で感じ取れたがラストルの方が少しだけ速い。

 

 

「ムグッ!!」

 

 

ラストルは左手でクラウドの口を覆うように掌の薬を口の中に押し込んできた。

 

 

「恐くないから、ほら、ほうらぁ……」

 

 

口の中で薬が転がされ、唾液で溶かされていく。このまま飲み込んだらまずい。

クラウドはラストルの左手首を掴み、口を押さえる手を離した。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ」

 

 

ラストルの手が離れた隙に足元の地面に薬を吐き出す。激しく咳きこんで唾液で溶かされた成分も出来るだけ体内から取り除く。

摂取したのはごく少量で済んだようだ。クラウドが口元を拭いながらラストルに向き直ると、青ざめた顔をした彼女が見えた。

 

 

「どうして……どうして嫌なの? クラウドが私のこと突き放したことなんかなかったのに……」

 

 

「……もうやめろ。その薬をこっちに渡して大人しくファミリアに帰るんだ」

 

 

これ以上の会話は不毛だ。何とかして元に戻すしかない。地上に戻れば何かしら治療法が見つかるはずだ。

 

ラストルは青ざめた顔から一変、ニヤリと不気味に笑う。

 

 

「ああ、そっかぁ……わかったよ、わかっちゃったよ」

 

 

ラストルは腰に差した刀の柄に手を添える。クラウドも右手に小太刀、左手に拳銃を装備し警戒を強めた。

 

 

「あなたこそ一体誰? クラウドみたいな格好して、クラウドみたいな声して、クラウドと同じような武器持ってて……そんなので私を騙せるとでも思ったの? クラウドはそんなこと言わないもん、私が嫌がるようなこと言うはずないんだから……」

 

 

「ラストル……?」

 

 

「消えてよ、偽者。その姿で、その声で、クラウドの真似なんかしないでよ!!」

 

 

柄を握る手がぶれる。

 

 

「【雪帳(ゆきとばり)参式(さんしき)】!!」

 

 

クラウドは小太刀を縦に構え、真一文字に振るわれる刀を受け止める。抜刀術は刀を抜き放つ際の角度でおおよその軌跡が読める。

躱すことはできなくとも、防ぐことならなんとかなるはずだ。

 

 

「かっ……はっ……!」

 

 

受け止めたはずが、気がつけば後ろの木に激突していた。抜刀が速すぎて吹き飛ばされてしまったのだ。背中の鈍痛に気づいた直後に激しく喀血し、地面を血で濡らしてしまう。

 

 

「冗談だろ……」

 

 

剣術の威力に驚いたのも束の間、ラストルが刀を水平に構えた状態で回転しながら突進してきた。

 

周囲の木々を薙ぎ倒しながらクラウドの首を切り落とそうと迫る。

クラウドは身を屈めたまま前転し、彼女の間合いから外れる。

 

 

「逃がすか!!」

 

 

ラストルは回転を止めると、地面を蹴って走る。

間合いを詰められる前に足を止めるしかない。クラウドは左手の拳銃で足を狙い、三発発砲した。

 

 

「遅いね」

 

 

ラストルは弾道を完全に読み、三発全てを刀で弾く。

 

 

「死ねっ!!」

 

 

身のこなしも恐ろしく速い。銃弾を弾く間に距離を詰められた。刀を小太刀で捌くのが手一杯だ。

 

 

「中々やるよね、偽者のくせに!!」

 

 

「こっちは死に物狂いなんだよ!!」

 

 

「うざったいっての!! さっさと斬り殺されろ!!」

 

 

ラストルは左手で鞘を帯から抜き、クラウドの頭を横殴りに振り抜く。

 

 

「ガッ!!」

 

 

鞘に鉄でも仕込んであるのか、打撃の威力が半端じゃない。脳震盪を起こして身体が揺らぐ。

 

 

「余所見してる場合!?」

 

 

「んなわけあるか!」

 

 

クラウドは両手の武器を手放し、正面からラストルの両手首を掴む。攻撃を封じたまま頭突きをし、怯んだところで腹に膝蹴りを叩き込み距離をとる。

 

クラウドはもう一つの拳銃を抜き、掌に魔力を込める。

 

 

「【暴虐雷雨(サンダー・ストーム)】!!」

 

 

稲妻と竜巻を纏った銃弾が木々と地面の草や葉を吹き飛ばしながら突き進む。

 

 

「チッ……」

 

 

ラストルは躱せないと悟ったのか、舌打ちをしながら刀で防御の姿勢に入る。

だがそんなことに大した意味はない。彼女の小柄な身体は紙のように空高く飛ばされ、身体に電撃が走る。そんな攻撃を受けた状態で空中での体勢の建て直しなどできるはずがない。ラストルは背中から地面に強く打ちつけられた。

 

 

(終わった……のか?)

 

 

ラストルの身体は仰向けのままピクリとも動かない。無理もない。こんな距離で【暴虐雷雨】をくらって大怪我にならない奴はクラウドが知る限りオッタルか師匠のシオミ・逸愧くらいだ。

 

 

「死んでないよな……」

 

 

クラウドは小太刀ともう一つの銃を拾い、ラストルの元へ駆け寄った。ラストルの両眼は閉じられ、振るっていた刀も手から離れている。

胸元が僅かに上下に動いていることから呼吸はあるようだ。念のため手首の脈拍も確認したが問題なく拍動している。

 

 

「……よかった」

 

 

「何が、よかったのかな?」

 

 

浅く呼吸していた口から突然平坦とした声が発せられる。

しまった、と身構えたところでもう遅い。左足首をラストルの左手が掴む。足で払おうとするが彼女の力の方が強いためほとんど拘束は弛まない。

 

 

「チョロチョロ逃げ回ってくれてさ……もう逃がさないよ」

 

 

「まだ動けるのか……!」

 

 

中々拘束は外れない。クラウドは無理矢理にでも離そうと小太刀を抜こうとするが、ラストルはそれを許さない。

 

 

「その足、もらうよ」

 

 

ラストルの冷ややかな声と共に左足に薄く冷たい金属が入り込む感触があった。

おそるおそるラストルに掴まれている左足を見る。そこには脛の半ばあたりを刺し貫く刃があった。遅れて鋭い痛みが走り、地面に踞る。

 

 

「ゲームオーバーだよ、偽者」




ラストルの病み具合がエスカレートしているような……いや、元々だったかな? 何故か会話文は書きやすかったです。

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第41話 解放

今回は結構短めです。てか、ラストルとの戦闘長いなー(すっとぼけ)


「ぎっ………!」

 

 

左足を刺し貫く刀の切先は地面まで通っている。ほとんど足が地面に縫い付けられたようなものだ。

 

 

「痛い? ねぇ、痛い? じゃあこうしたら、どうかな?」

 

 

地面に踞るクラウドをラストルは見下ろし、刀の柄を握る。次の瞬間、クラウドの嫌な予感は的中した。

 

 

「あはっ」

 

 

ラストルは舌舐めずりしながら笑う。一秒もかからないほどの速さで刀をクラウドの足から引き抜いた。

 

 

「ひっ………がっ、ああああああああああああ!!!」

 

 

「うるさいなぁ、黙りなよ」

 

 

ラストルは左足でクラウドの顎を蹴り上げる。クラウドは二転三転しながら地面に仰向けになった。

 

 

(足が………)

 

 

刃によって切り裂かれた血管から血が流れ出す。手で押さえてもドクドクと絶え間なく溢れるほどに。

何より足をやられたのだ。もう走り回って攻撃は難しい。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

「汚い叫び声だね………吐きそうだよ。吐いちゃってもいい? あなたの顔にでもぶっかけてあげようか?」

 

 

ラストルはまるでゴミでも見るような冷たい目でクラウドを見下ろす。クラウドは左足を引き摺りながらも立ち上がり、右足に体重を任せながら拳銃と小太刀を構える。

 

 

「ふーん、まだ戦うんだ。もしかして、死ぬ気で頑張れば勝てるとか思ってる? 笑っちゃうよね、ムカつくけど」

 

 

「……言ってろ。必ず俺が……お前を……」

 

 

クラウドが痛みに耐えながら話そうとしたがラストルから左足に蹴りを入れられたことで遮られる。

 

 

「ぐあっ………!!」

 

 

「えー、なに? あなたが私をどうするって? すごーく生意気なこと言おうとしたように聞こえたけど?」

 

 

何とか起こしていた左足が膝を折り、体制を崩してしまう。

 

 

「お前を……助ける……!」

 

 

「だーかーらーさー!!」

 

 

ラストルは怒りを露わにしながら刀を横凪ぎに振るう。クラウドは小太刀で防ぐが続く攻撃に押されていく。

 

 

「何を偉そうに助けるだなんて言ってるのかなぁ!? 私はあなたをさっさと殺してクラウドのところに行くの!! 何様のつもりか知らないけど私を何から助けるだなんて――」

 

 

クラウドがよろめいて膝をつくと、そこへラストルの回し蹴りが側頭部に入る。

 

 

「言ってるのさ!!」

 

 

「……っ、がぁ!?」

 

 

鈍い痛みとともに視界が大きく揺れる。平衡感覚も脳震盪のせいで正常に機能していない。

 

 

「このっ!!」

 

 

クラウドはラストルの身体めがけて発砲するが、軽く上半身を反らして回避される。

 

 

「無駄ぁ!!」

 

 

ラストルは猛りながら刀を振るい、二閃――右足と左腕から血が吹き出した。

 

 

「しまっ………」

 

 

二撃、三撃、ラストルの刃がクラウドの手足や胴体に裂傷を作り続ける。

 

 

拳銃(そんなの)をいくら撃っても! 小太刀(そんなの)でいくら斬っても! そんな殺気のないヤワな攻撃が通用するはずないでしょ! 半端な!! 気持ちで!! 助けるだなんて!! 言うなっ!!」

 

 

ラストルの猛攻にクラウドは為す術がない。もはや一方的と言ってもいいほどの戦いだ。

 

 

「【雪帳(ゆきとばり)百式(ひゃくしき)】!!」

 

 

刹那、斬撃が止んだ瞬間にラストルは刀を鞘に納め、抜刀術を放つ。

クラウドは僅かに残っていた体力で後ろへ跳ぶ。

 

 

「は?」

 

 

刀を完全にかわしたわけではない。服は大きく裂けて皮膚にも浅く傷ができた。

しかし、そんなことはどうでもよかった。クラウドの意識はそんなことより、燃えて(、、、)灰になっていく自分の上着と刀身に深紅の炎を纏ったラストルの刀に向けられていた。

 

 

「らあっ!!」

 

 

クラウドは燃えていく上着を脱ぎ捨て、下に来ていたワイシャツ一枚になる。

地面に捨てられ燃え朽ちていく服に疑問を抱かざるを得なかった。魔法を詠唱した様子もない。詠唱の短縮ができるクラウドや無詠唱のベルでさえ魔法名は口にしているのだ。

だとしたら――

 

 

「スキル……か」

 

 

「正解。壱~参式は言ってしまえば単なる超高速の抜刀術。だけど百式は斬撃と同時に私のスキル【瞬滅火葬(イグニッション・フレア)】による火炎の第二撃がある。だから、防御も回避も不可能なんだよ」

 

 

抜刀術と同じく、このスキルも知らない。これもラストルが新しく手に入れた力だ。

ということは、以前9階層で会ったときの戦闘では大幅に手加減されていたのか。

 

 

「で、どうするつもり? 両足に左腕、それに百式の裂傷と火傷も受けてるから普通死んでると思うけど……まだ続ける? 今なら泣いて謝ってクラウドについて知ってることを洗いざらい話したら楽に殺してあげるけど?」

 

 

「だから、俺が……クラウド……だっての……」

 

 

ラストルはクラウドの苦しそうな声を聞き入れることなく刀の柄頭で殴る。

 

 

「うるさいって言ってるの!!」

 

 

「ぐっ……」

 

 

ラストルの言う通り、もうまともに戦えない。ここは一旦引くしかない。

 

 

(今だ!)

 

 

クラウドは咄嗟にベルトについたポーチから一つのボールを取り出し、地面に放る。ボールは強烈な光線を放ち、辺りを真昼のごとく照らす。

 

 

「うっ………」

 

 

ラストルは反射的に目を覆う。その隙を突いてクラウドは激痛に耐えながら近くの岩の陰に身を潜めた。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

クラウドは身体から止めどなく流れる血を押さえながら息を整える。

それと同時に現状を打破する策を必死に考える。

 

 

「くそっ……回復アイテムは上着ごと燃やされたし、何よりこっちの攻撃が通らない……どうすれば……」

 

 

余計に考えずとも頭の中では打開策は出ている。傷を回復させ、戦闘力を上げる方法が。

 

 

「いや、ダメだ」

 

 

唯一と言っていい打開策――『呪装契約(カースド・ブラッド)』の解放だ。これを使えばあの【猛者(おうじゃ)】オッタルとでも互角に戦える。

ラストルを倒すことも可能なはずだ。

 

 

 

 

だけど、それは危険だ。俺が俺でなくなるかもしれない。

 

 

また、あの頃(処刑人)に戻ったらラストルを殺すかもしれない。

 

 

だったらどうする? ここでラストルに斬り殺されるのか?

 

 

ベルやアイズ、ヘスティア、リリ、ヴェルフ、他の仲間たちの知らないところで、志半ばで野垂れ死ぬのか?

 

 

 

 

「それは……もっとダメだな……」

 

 

 

 

あのとき、リリやベルに正体を明かしたときに誓ったはずだ。

これからの人生を今まで奪った命より多くの人を救うために使うと。

そのために、絶対に死ぬわけにはいかないと。ここで諦めたら殺した人達にも、これから救う人達にも会わせる顔がなくなる。

 

 

それに、俺には約束した人がいる。

 

 

 

 

『その……告白をしてくれるときになったら、今度は貴方からしてもらえますか?』

 

 

『ああ、お前のためにも……必ず、そうするよ』

 

 

 

 

そうだ。リューと約束したんだ。生きて、あいつに思いを伝えると。

必ず生きて彼女の笑顔を心に焼き付ける。

 

 

 

 

殺すためじゃない。死から逃げ惑うわけじゃない。

 

 

 

 

生きてやる。手繰り寄せてやる。生きて、皆のいる日常に戻るために、俺は戦う。

 

 

 

 

「【呪装解放(カース・オープン)】」

 

 

クラウドは口から血を垂らしたまま薄く笑い、言葉を紡いだ。




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第42話 変わらない夢

ラストル戦、終了です! 一体どれだけかかったんだ(疲)


ラストル・スノーヴェイルは目の前の人物に――その姿に対して唖然としていた。

さっき殺しかけた銀髪のハーフエルフとも、かつて憧れていた黒髪の義兄でもない。

 

銀と黒、二つが混じり、合わさった色をしていた。

 

 

「何……その格好? 呪装契約(カースド・ブラッド)じゃ、ない?」

 

 

「ああ、俺にはもう『契約(あんなもの)』は必要ない」

 

 

目の前の男――いや、もう理解できている。この男はクラウド・レインだ。

 

 

「こいつは呪装解放(カース・オープン)だ」

 

 

クラウドは姿勢を低く構え、ラストルを見据える。その視線は今までの自分が知っているクラウドのものではない。処刑人のものでも、現在のものでもない。

 

 

「行くぞラストル。(げんざい)(かこ)も、(いま)(むかし)も、全て俺が呑み込んで、撃ち抜いてやる!!」

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

「電撃縮地」

 

 

クラウドは屈んだまま両手の拳を握り、構える。ラストルは咄嗟に刀で防御の姿勢をとった。

 

 

「【無刀(むとう)鳴神(ナルカミ)】」

 

 

クラウドの姿が電光と供に消え、ラストルの眼前で拳を振り上げる形で現れる。

 

 

「オオオオオッ!!!」

 

 

ラストルの防御の隙間からクラウドの雷撃を纏った手足が彼女の身体に届く。

 

 

「調子に……のるなぁ!!」

 

 

ラストルは水平に刀を振るい、クラウドを無理矢理離れさせる。そして刀を鞘に納めて一閃。

 

 

「百式ィッ!!!」

 

 

刀身が炎を纏い抜刀の鞘走りで加速されクラウドに迫る。クラウドは素手な上に距離もタイミングも踏まえれば逃れる方法などない。

 

しかし、今のクラウドはその程度で斬り伏せられるほどの強さではない。

 

 

「遅ぇよ、二代目」

 

 

クラウドは刀の柄を握るラストルの右手を正面から左手で掴んで止めてしまう。

本来なら反射的に屈んで回避できるような攻撃でもないはずなのに。それでも、奇跡的にかわしたのならまだ現実味がある。

それなのに、クラウドは超神速の抜刀術を片手で受け止めたのだ。

 

 

「ウソっ……!?」

 

 

ラストルは動揺して一瞬だけ意識が戦闘から外れる。だがその一瞬は反撃を許すには十分だった。

 

 

「【無刀(むとう)天罰(てんばつ)】」

 

 

クラウドの握られた右拳がラストルの腹部に鋭く入り、その体を後方に飛ばし木に激突する。

 

ラストルは気絶こそしなかったものの、地面に膝をついて呼吸を乱してしまう。

 

 

「身体が麻痺して動かないだろ? 今のをくらって気を失ってないだけでも驚きだ」

 

 

ラストルは力を込めて立ち上がろうとするが、ガクッと崩れ落ちる。

クラウドは俯くラストルの前まで移動し、見下ろしながら言う。

 

 

「やめろ、武器を置いて大人しく降参するんだ」

 

 

「こう……さん……?」

 

 

ラストルはぼそりと呟き、身体を小刻みに震わせる。

 

 

「そんなの……するかァ!!」

 

 

ラストルは叫ぶと同時に刀を目の前に立つクラウドの胸元目掛けて刀で突く。

クラウドは軽く身体を捻ってかわし、ラストルの手首を掴む。

 

 

「もう、お前の負けだ」

 

 

「負けてない!!」

 

 

ラストルは息も絶え絶えの状態でクラウドを睨む。もはや立っているだけでも辛いはずだ。

そんな彼女の表情にクラウドは嫌悪感を見せるどころか微かに笑ってしまう。

ラストルはその薄ら笑いにもとれる表情に対して怒りを露わにする。

 

 

「何が可笑しい!!」

 

 

「いや、ようやく『普通の反応』をしてくれたと思ったらさ、嬉しかったんだよ」

 

 

ラストルは言葉の意味を理解した途端に悔しそうに唇を噛み締めた。

 

 

「今まではまともな会話もできなくて正直気持ち悪かったが、ようやくお前の本音に会えた気がする」

 

 

「適当なこと――」

 

 

ラストルは緩まったクラウドの拘束から手を力ずくで外す。

 

 

「言うなっ!!」

 

 

ラストルは自由になった右腕で乱暴に刀を振りまくる。しかし、先程のような明確な殺意と精確さを持った攻撃ではない。子供が癇癪を起こしたような幼稚なものだ。

 

クラウドは難なく全てかわし、ラストルを力強く蹴り飛ばす。

 

 

「があっ!!」

 

 

ラストルは相変わらずクラウドに怒りを込めた視線を向けている。暫く息を整えていると段々彼女の表情が冷静さを取り戻していく。

 

 

「もう……いい……」

 

 

ラストルは鞘を帯から外し、再び刀身を納める。

また、抜刀術の構えか。

 

 

「もう百式は使わない。こうなったら私の最強の技で消してあげる」

 

 

ラストルは柄に右手を添えて腰を低く構える。怒りが収まり本来の力を取り戻したのか。

 

 

「ラストル……お前がそんな風になったのは俺にも責任がある。だから、俺も逃げたりしない」

 

 

クラウドの右手に黒、左手に銀色の粒子が集まり形を成していく。やがて黒と銀の拳銃が握られる。

 

 

「だから、お前も全力で来い。お前の本音も、不満も、俺が全部受け止めてやる」

 

 

ラストルはそんなクラウドに笑い返した。狂気染みた気味の悪い笑みではない。

不敵で、苦しそうな風に見えた。

 

 

「だったら私も全力で殺しに行ってあげるよ。これであなたが本当にクラウドかどうかはっきりさせる――してみせる」

 

 

クラウドは二丁の拳銃をラストル目掛けて構え、引き金に指を掛ける。

 

 

「なぁ、ラストル」

 

 

「……何?」

 

 

「俺が昔お前に聞いた……将来の夢、だったか? お前、何て答えたか覚えてるか?」

 

 

ラストルは突然の質問に訳がわからないと言わんばかりに顔をしかめる。

 

 

「何それ? そもそも今更何を言ってるの?」

 

 

「……いや、ただ――」

 

 

クラウドは一呼吸置いて真剣な顔で尋ねた。

 

 

「決着をつける前に、聞いておきたかったからさ」

 

 

「……覚えてないよ、何て答えたかなんて」

 

 

「……そっか」

 

 

クラウドはさして気にするわけでもなく口を閉じた。

 

 

「……いくぞ」

 

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

「【雪帳(ゆきとばり)終式(ついしき)】」

 

 

「【双刀雷雨(デュアル・サンダー・ストーム)】」

 

 

 

 

 

クラウドの両手の拳銃から放たれた二つの銃弾が大きな竜巻と青白い稲妻を放ち、周囲の木々を紙のように吹き飛ばしながら進んでいく。

 

対してラストルが右足を前方に踏み込むのとほぼ同時に刀が抜き放たれ、斬撃と炎、そして魔力によって固められたそれらのエネルギーが銃弾を押し返すようにぶつかり合う。

 

 

 

二人の攻撃の威力はほぼ拮抗していたかに見えたが、その関係はすぐに崩れた。

 

 

クラウドの二つの銃弾が一つに融合し、さらには周囲の竜巻や稲妻を収束させていく。

 

 

収束された攻撃はラストルの終式のエネルギーを貫通し、粉々に破壊する。

 

 

(そんな……!!)

 

 

ラストルは刹那の間に自分の敗北を悟っていた。

そういえば、いつかもこんな風に勝利を確信した後でどんでん返しをくらったことがあったと頭によぎる。

 

 

 

 

 

『あー! もー! また負けたぁー!!』

 

 

『惜しかったな、ラストル』

 

 

確か、以前ロキ・ファミリアで修行していた頃だった。自分の大好きな兄と何度も模擬戦をしたが、一度も勝てなかった。

悔しかったが、そのときに兄の見せた笑顔も、労いの言葉も掛け替えのないものに思えた。

 

 

『こんなのじゃあ……全然ダメなのに……』

 

 

『ん? どうしたラストル、何か悩んでるのか?』

 

 

『うん。私ね……大きくなったら――』

 

 

 

 

 

思考はそこで途切れた。ラストルの視界に映ったのは自分の刀の刀身が折れ、宙を舞っていくところだった。

 

 

ラストルは刀が折れると同時に上空へ舞い上がり、地面に仰向けになる形で激突した。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ま……けた?」

 

 

地面に伏したラストルの元へクラウドは駆け寄った。

 

 

「……おい、大丈夫か?」

 

 

「くら、うど?」

 

 

ラストルはクラウドが顔を覗き込んだ途端に両眼から大粒の涙を流した。

 

 

「……お兄ちゃん」

 

 

ぽつり、とラストルが呟く。さっきまでの嫌な感じが抜けている。刀を折られ、戦闘不能に追い込まれたことで闘気が削がれたせいか。

クラウドは優しく彼女の頭を撫で、快活に笑いながら返事をした。

 

 

「ああ、久しぶりだな、ラストル」

 

 

「お兄……ちゃん、ごめんなさい。私……」

 

 

「謝るなよ、俺は全然気にしてない」

 

 

「でも、お兄ちゃんのこといっぱい傷付けて……」

 

 

ラストルは申し訳なさそうにクラウドから眼を逸らすが、クラウドは苦笑いしてみせた。

 

 

「こんなのは……あれだ。妹とじゃれ合っただけだろ?」

 

 

「もう……」

 

 

ラストルもそれにつられて明るく笑う。クラウドにはその笑顔がとても眩しく思えてしまい、彼女を両手で抱き寄せた。

 

 

「うわわっ」

 

 

「悪い、少しだけな」

 

 

「う、ううん。いいよ、私も……」

 

 

ラストルもクラウドに向けて身体を預け、受け入れる。

 

 

「お兄ちゃん、もうちょっと……」

 

 

ラストルは甘えるようにクラウドにより体重をかける。クラウドは悪戯気味にラストルの頭を小突いた。

 

 

「……こいつめ」

 

 

ラストルはクラウドの腕の中で思い出していた。クラウドの――兄の温もり、優しさに触れたい。

これからも一緒に食事をして、眠って、冒険をしたい。

 

 

そんなことをずっと考えていたから、昔の自分はあんなことを言ったのだろう。

 

 

 

『私ね……大きくなったら、お兄ちゃんみたいな冒険者になる! 絶対、ぜーったいだよ!』

 

 

 

ラストルは今も昔も変わらない夢を思い出しながら、大好きな人の腕の中に浸り続けた。




ラストルとの決着、そして過去の克服。これが為されたということは次回どうなるのか、察しの良い方々はお気づきになっていることでしょう。次回もよろしくお願いします!

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第43話 離さないでください

気絶した。ラストルと戦い、勝って、和解したのはいいものの……まあ、何と言うかお互い疲弊していたことに違いなどなかったため仲良く気絶したのだ。

 

 

「んあ……ああ………」

 

 

もう何度も経験したが、あまり見覚えのない天井が最初に視界に入った。

 

ヘスティア・ファミリアのホームではないし、豊饒の女主人の離れの部屋でもない。

 

 

「……どこだよ」

 

 

上体を起こし、部屋全体を見渡す。やはり覚えはない。木造の簡素な寝室のベッドに寝かされていたようだ。

何処かの宿屋に運び込まれたのだろうか。

 

 

「……着替えよう」

 

 

ベッドの横に置かれている自分の鞄を開けて替えの服を取り出した。戦いで負った怪我は途中で回復したが、汚れた服はそうはいかずに就寝用の服に着替えさせられていたようだ。

 

クラウドはワイシャツとズボン、ジャケットを着直し、部屋の棚に立て掛けるように置かれている小太刀と拳銃を取り、腰のベルトに収納する。

 

 

(律儀に武器を置いてくれてるとこを見ると、捕まったわけじゃない。ベルたちが運んでくれたってことか?)

 

 

クラウドは部屋の出入口のドアの取っ手に左手を掛ける。そこで微かな音に気づいた。足音だ。

 

 

(誰だ……?)

 

 

足音の主であろう人物がドアを開いた。顔よりも先に特徴的な身体の一部――尖った耳が眼に入った。

 

 

「起きていたのですか?」

 

 

来訪者は金髪のエルフ――リューだった。そういえば、黒いゴライアスとの戦いで別れたっきり会っていない。

 

 

「何でここにいるんだ? というか、ここは何処なんだ?」

 

 

「待ってください。順を追って説明します。中で話しましょう」

 

 

クラウドはリューを室内に迎え入れた。クラウドは部屋に一つだけあった椅子に、リューはさっきまでクラウドが寝ていたベッドにそれぞれ腰かけた。

 

リューが言うには、何とか黒ゴライアスをその場にいた冒険者とリヴィラの街の住人総出で倒した後、森の中で倒れているクラウドとラストルを見つけたらしい。

その後、救護テントがいっぱいになったためクラウドをリヴィラの街の宿屋に泊めたそうだ。

 

 

「……そうだったのか。皆は無事なのか?」

 

 

「はい、怪我人は多いですが命に別状がある人はいないそうです」

 

 

「そうか……よかった」

 

 

クラウドはほっと胸を撫で下ろした。

暫く沈黙が続く。正直、聞きたかったことが聞けたためこれ以上話題がないのだ。

そのはずなのに、リューはそわそわしながらクラウドと目を合わせたり逸らしたりしている。

 

 

(……ああ、そうか)

 

 

クラウドは今回は合点がいった。リューに会ったら言いたかったことがあったのだ。言うなら今しかない。

 

 

「なあ、ちょっといいか」

 

 

「ふひゃい!」

 

 

「ど、どうした?」

 

 

「い、いえ、何でもありません。何でしょうか?」

 

 

リューは顔を赤くして微かに震えている。普段なら体調の心配をしてしまいそうだが、今はそうではないことがわかる。

 

 

「ラストルとの戦いでわかったことがある」

 

 

「わかったこと?」

 

 

リューは照れ顔から少し立ち直り、クラウドに聞き返した。

 

 

「ああ、俺は多分、あの頃に……処刑人だった頃に戻るのが怖かった。

それに向き合う勇気がなかったんだ。そんなだから、この間みたいに殺人衝動を抑えきれなかった」

 

 

脳裏には、以前怒りに任せて桜花を殺そうとした場面が浮かび上がる。あのときは意識も記憶も処刑人時代のものに変化してしまっていた。

 

 

「………」

 

 

リューは何も言わずにクラウドのことを見つめている。

 

 

「だけど、ラストルと戦ったときに改めて気付いた。処刑人だった頃の俺は別人でも何でもない。今の俺を作ってるのもあの時の俺なんだ。

だから、逃げようとするんじゃなくて受け入れないといけなかったんだよ」

 

 

クラウドは自分の右手を見つめる。何人もの命を奪い、引き金を引いてきた手を。血が染み込んだ人殺しの手を。

 

 

「俺は――俺の人生は奪った命の上に成り立ってる。だから、もう逃げたりしない。いくら、こんな汚い手でも誰かに届くなら絶対に助けてみせる」

 

 

黙っていたリューはすっかり真剣な表情で口を開く。

 

 

「クラウドさん、一つだけ訂正しても構いませんか?」

 

 

「え?」

 

 

リューはクラウドの右手を取り、自分の口許に近づけていく。

 

 

「へ?」

 

 

思わず間抜けな声が出てしまう。いや、出したくもなるだろう。

リューがクラウドの指を、手の平を、手の甲を、舐め回し始めたのだ。

 

 

「れろ……ちゅっ……はぁ……ちゅぱっ……」

 

 

「うっ、ああっ……」

 

 

指を咥え、時折全体に口付ける。唾液で舌が滑り、ぞわぞわとおかしな感覚が走る。

 

何だ? 何でいきなりこんなことされてるんだ、俺は?

 

 

「………はあ」

 

 

「リュー……どうしたんだよ、いきなり……」

 

 

「……いけませんか?」

 

 

「いや、そうじゃなくて……びっくりしたから……」

 

 

リューはようやく口を離した。だが、未だにクラウドの手を握ったままだ。

 

 

「クラウドさんが御自分の手を汚いと言ったので、それを訂正したかったのです」

 

 

「そ、それでか………」

 

 

「はい、貴方の手は汚くありません。舐めてもいいくらい、綺麗で、温かいです」

 

 

今度は手を握ったまま頬に当ててきた。まるでクラウドが彼女の顔を撫で回すかのように。

 

 

「まったく……ずるいな、本当に」

 

 

ああ、やっぱりだ。再び自分の気持ちを確認できてよかった。ドキドキして落ち着かないが、それと同時に喜びに溢れてしまっている。

 

 

「リュー、俺が過去を克服できたのはお前のおかげだ」

 

 

「? 私の、ですか?」

 

 

「ああ」

 

 

瀕死の重傷を負い、過去に向き合う恐怖に潰されそうになったとき、リューとの約束が頭によぎった。

 

 

「私だけではないはずです。クラネルさんや、貴方の仲間がいたから貴方は戦えたのでしょう?」

 

 

「そうだな。だけど、あの時背中を押してくれたのはお前との約束だ。それだけは、確かだ」

 

 

クラウドは空いている左手をリューの右肩に置き、椅子から下りる。そして、ベッドに座ったままの彼女の顔と自分の顔を近づけた。

 

 

「リュー、俺はお前が好きだ」

 

 

「………!!」

 

 

リューの顔が再び赤くなる。眼が潤んで驚きで震えている。

 

 

「普段の物静かなところも、仲間思いなところも、戦ってるところも、時々見せる笑顔も、どうしようもないくらい、大好きだ」

 

 

「く、クラウドさんこそ……狡いです」

 

 

リューは見惚れるくらいの美しい笑顔で微笑んだ。互いにゆで上がったように顔が赤く、熱くなる。

 

 

「私も貴方が好きです。心から、愛しています」

 

 

「それじゃあ……この間のお返しだな」

 

 

クラウドはゆっくりとリューとの距離を縮めていく。彼女の髪、身体、服の香りが心地良い。彼女の金髪と白い肌が視界を埋めていく。

 

そして、二人の唇は重なった。

 

 

「んっ……」

 

 

リューが合わさった唇の隙間から僅かに吐息を漏らす。リューの唇は柔らかく、体温を感じ取れた。

 

二人は数秒ほどして唇を離す。リューは息を止めていたのか、浅く呼吸を繰り返している。

 

 

「リュー……もしかして、初めてなのか?」

 

 

「……当然です……私は、誰かと手を繋いだこともありません。ましてや、口付けなど……」

 

 

クラウドも唇にキスしたのは初めてだが、何となくリューからぎこちなさを感じたのだ。疑っていたわけではないものの、まさか本当に生娘だったとは。

 

 

「クラウドさんこそ……慣れていませんか? 誰かと経験が……」

 

 

「俺もキスするのは初めてだよ。それに……その……そんな相手もいないしな」

 

 

「それなら……『私』に慣れてください」

 

 

今度はリューの方からキスをしてきた。突然の不意打ちにビクッと身体が強張ってしまう。

 

 

「ん……ちゅっ……はぁ……」

 

 

「!?」

 

 

さらに予想外のことが起きた。リューがクラウドの口の中に舌を入れてきた。お互いの口の中で暴れ回り、唾液が交換されていく。

 

清純な少女を汚して支配しているような背徳感が芽生え、さらに興奮が高まる。

 

 

「はあ………はあ………」

 

 

色々と不味い。体調も、体裁も、理性も、思考から外れそうになっている。

 

 

「………っは」

 

 

「あっ………」

 

 

リューは十分だと判断したのか、唇を離した。気付けば彼女の顔は蕩けてすっかり女性としての表情へと仕上がっていた。

クラウドはその姿に生唾を飲み、呼吸を整える。

 

 

「まだ慣れませんか?」

 

 

「余計に慣れなくなったかもな………もう一回………いいか?」

 

 

「はい。その代わり、私のことを………離さないでください」

 

 

「ああ。俺はこれからもずっと、リューと一緒にいる」

 

 

頭がぼうっとしてお互いに相手のことしか考えられなくなっていた。

触れ合ったのは一時だったが、刻まれた思いは永遠だと確かに感じることができた。




これを見てエロい気分になった方は腹筋か腕立て伏せをどちらか千回して頂きます。(言うのが遅(ry)

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戦争遊戯
第44話 善処


前半書いてて楽しかったのに何故かイライラした私。何でこんな気持ちになるんでしょうね(哀)


18階層での戦いから数日。クラウドは一人、もはや行きつけの店となった豊饒の女主人へと足を運んでいた。

 

 

「それで、ラストルさんの件は解決したのですか?」

 

 

「ああ、今はロキのとこで世話になってるだろうな」

 

 

クラウドは店のカウンターに座ってグラスに注がれた果汁(ジュース)を少しずつ飲みながら話をしていた。

カウンター越しに見下ろすような形で話しているのはリュー・リオン。この酒場の店員であり、つい最近クラウドの恋人となった少女だ。

 

 

「結局、ラストルが使ってた違法薬物の出所も突き止められた。オラリオと繋がりのある宗教団体だったよ」

 

 

戦闘の後でラストルから回収した薬物は5年前に彼女がその団体から買ったものだったそうだ。

本人は鎮静剤の類だと聞かされて購入してしまったらしい。

その宗教団体は以前から詐欺や薬物取引、殺人などの黒い噂が絶えなかったものの証拠不十分で放置されていたのだ。

 

 

「宗教団体か……身近で神を見てきた方からすれば、信仰心なんてよくわからないよな……」

 

 

クラウドは一昨日、その団体を徹底的に調べ、証拠を見せつけた上で潰してきた。人員の中には何人か傭兵もいたが、全く相手にならなかったので実際半日くらいで全部終わった。

 

 

「しかし、これで一先ず問題はなくなったのですから安心してもよいのではないですか?」

 

 

「いや、そういうわけにはいかない」

 

 

クラウドは少し身を乗り出して話してくるリューを見上げるような形で返す。

 

 

「ラストルとの件で改めてアポフィス・ファミリアの構成員たちのことが心配になったんだ。

ただでさえあいつらは血の気の多い連中だったのに、今はファミリアが解散になったせいで益々危険になってる」

 

 

ファミリアが健在だったころは当時の副団長だったクラウドや団長の逸愧の統制もあって、暴走するようなことはなかったものの、今はその縛りもなくなっているのだ。

 

 

「下位の構成員はともかく、当時の幹部連中には俺やラストルと同格の使い手もいたくらいだ。

多分、ロキやフレイヤのファミリアに匹敵するくらいの規模はあったと思っていい」

 

 

「……そうですか。それならば、油断せずにいた方がいいでしょうね」

 

 

クラウドは「そうだな」とだけ返すとグラスに残った果汁(ジュース)を飲み干す。

 

 

「それに、ベルのことも心配だ」

 

 

「クラネルさんが?」

 

 

「ああ」

 

 

リューは何のことかわからないと言わんばかりに不思議そうな顔をした。

別にベルが問題を抱えているとかではない。むしろ、ベルの存在がどうしても周りに影響を与えてしまうと言った方がいい。

 

 

「ベルが一ヶ月半でランクアップしたことは当然知ってるよな?」

 

 

「はい」

 

 

「当たり前のことだが、ベルはそれまではほぼ無名の冒険者だった。俺が見てきた冒険者たちにあるような荒々しさやむさ苦しさもなかった」

 

 

クラウドとしては同時期に入団したこと、先輩として彼に色々と指導したことなどもあって弟のような存在だった。

 

 

「だが、そんな駆け出しの冒険者がいきなりランクアップの最短記録を大きく上回ってLv.2になった。

天才と言われるアイズとラストルでさえ一年かかったのに、その八分の一程度だ。注目されるに決まってる」

 

 

「つまり、クラネルさんが多くの神や冒険者に目をつけられることを警戒している、と?」

 

 

「そういうことだ。大抵は妬んだり冷やかしたりするくらいだろうが、大規模なファミリアの――好奇心や執着心の強い神の連中がベルに余計なちょっかいをかけるかもしれない」

 

 

神は基本的に人々から崇められる高貴な存在などではない。そんな連中はごく少数だ。

神は悠久の時を生きるため、娯楽(おもしろいもの)に目がない。その中でも珍しい力や個性を持った子供たちは格好の餌だ。

 

 

「ん? もうこんな時間か」

 

 

店内の壁に掛けられた時計を見ると待ち合わせの時刻に迫ろうとしているのが確認できた。

クラウドは懐から代金分のヴァリス金貨をテーブルに置く。

 

 

「これから用があるんだ、じゃあな」

 

 

「はい。またのご来店をお待ちしております」

 

 

リューも最後は店員らしくうっすら微笑んで丁寧にお辞儀をした。

 

クラウドは席から離れ、出口へと向かう途中であることを思い出した。

 

 

「そうだ、リュー」

 

 

「何でしょう?」

 

 

「明後日の午後は時間あるか?」

 

 

リューは「少し待ってください」と店の厨房の入り口辺りまで行き、戻ってきた。店員ごとに割り振られている休日の表を確認しに行ったのだろう。

 

 

「その日でしたら空いています。何か私に用事でも?」

 

 

「ああ、お前さえよかったら、一緒に出掛けようと思ってさ」

 

 

店が一瞬静まり返る。昼間で比較的人が少ないとはいえ、客もちらほらいるし、シル、アーニャ、クロエたち店員も働いているのだ。

そんな中でリューは数秒固まった後、口を半開きにしたまま頬を赤く染めた。

 

 

「そ、それ……は、つまり……?」

 

 

「デートしよう」

 

 

静まった店内にクラウドの放った言葉が反響し、何度も繰り返される(ように聞こえた)。

リューは俯いて両頬に手を当てている。

 

 

「どうした? 嫌なら別に強制したりは――」

 

 

「そうではないのです……ただ……」

 

 

「ただ?」

 

 

「男性とこういった形で出歩くのは初めてですから……色々と至らない点があると思います。それでも、構いませんか?」

 

 

クラウドは思わず吹き出してしまった。リューはそれを見て俯いていた顔を素早く上げる。

 

 

「そんなこと言ったら、俺だって初めてだ。そんなの気にしない」

 

 

リューはそれを聞いて心なしか表情が明るくなった。

 

 

「じゃあ、明後日の正午にここに来るから、よろしくな」

 

 

「は、はい」

 

 

クラウドは話を終えるとリューから視線を外し、店の入口に向き直る。だが、ここで左側から伸びてきた大きな手がクラウドの右肩をガシッと掴んで引き止めてきた。

 

 

「話は終わりかい?」

 

 

誰だ? とその手の主を確認すると、大柄なドワーフの女性が額に青筋を立てながら立っていた。ここの店主のミアさんだ。

クラウドは顔をひきつらせ、ダラダラと嫌な汗を流してしまう。

 

 

「え、えと……はい」

 

 

「だったら早く行きな。お熱いのは結構だが、ウチの娘とあんまりイチャイチャしてたら商売にならないんだ。今度から気をつけな」

 

 

「……前向きに善処致します」

 

 

「聞こえなかったね」

 

 

「もうしません」

 

 

「よろしい」

 

 

ビックビクしながらクラウドは店を後にした。いなくなった後の店内で女性たちのキャーキャー騒ぐ声が聞こえたが、クラウドには恥ずかしがる余裕もなかった。

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

『乾杯!』

 

 

南のメインストリートの路地裏の一角『焔蜂亭(ひばちてい)』。クラウド、ベル、リリ、ヴェルフ、キリアの五人はジョッキを叩き合った。

豊饒の女主人ほどの規模や綺麗さはないが、この荒くれた感じはいかにも冒険者の酒場といったところだ。

 

 

「何はともあれ、ヴェルフ。ランクアップおめでとう」

 

 

「これで上級鍛冶師(ハイ・スミス)なんだよね?」

 

 

「ああ……ありがとな」

 

 

そう。実は18階層での戦いを経てヴェルフはLv.2へとランクアップした。そのお陰で『鍛冶』のアビリティを習得できたのだ。今回の祝賀会はそのお祝いである。

 

 

「しっかし、大変だったらしいな。18階層でお前らはあの黒いヤツと戦ってたんだろ?」

 

 

「あの黒いゴライアスのことか……」

 

 

クラウドの疑問にヴェルフは頭を捻らせる。その場にいたであろうベル、リリ、キリアの三人も考えるような仕草をとった。

 

 

「結局わからないままでしたね、あの階層主」

 

 

「確かに、安全階層(セーフティポイント)に階層主が生まれ落ちたなんて事例は初めてのようですからね」

 

 

ベルとリリはやはりわからないようだ。そこでキリアが冷静そうな顔で発言する。

 

 

「私の推測ですが、ヘスティア様に何らかの関係があると思われます」

 

 

「神様に?」

 

 

「はい。ベル様を助けに来た際に見せたヘスティア様の神威……そしてその際に溢していた言葉」

 

 

 

『あのモンスター……多分、今の神威に反応したんだ。それで……』

 

 

 

ほんのわずかな声量だったが、クラウドとキリアは見逃していなかった。まあ、そんな台詞を呟いていれば怪しまない方がおかしい。

 

 

「だろうな。恐らく、神威もしくは神の存在そのものがダンジョンに影響を与えたと考えるのが妥当だ」

 

 

ヘスティアには作為などなかったのだろうが、神がダンジョンと何らかの関係があると見て間違いない。

だが、これはまだ未開の部分が多い。それに、これ以上話す必要もないだろう。

 

 

「ま、それはそれとして、お前らが無事で本当によかった。悪かったな。俺もそっちの戦いに参加したかったんだが、別の相手を任されてたから」

 

 

「それに関しては、誰もクラウド様を責めたりはしていませんよ。むしろ、クラウド様があの場で食い止めていなければリリ達の方の被害が拡大していたかもしれません」

 

 

そう、クラウドはあの戦いのときにラストルの相手をしていたせいで黒ゴライアスとの戦いには不参加だった。

幸い死者はいなかったらしいが、駆けつけることが出来ていたら、と考えるとどうしても申し訳なく思えてしまう。

 

 

「そうですよ。確かに、クラウドさんがいてくれたらとは思いましたけど、別の人を相手にしてたなら仕方ないじゃないですか」

 

 

ベルは気にしていない様子で笑っていた。ヴェルフもベルに賛同するように頷く。

 

 

「というか、ベル達の方こそ大丈夫だったのかよ。確かギルドに難癖つけられて罰金払わされたって聞いたが」

 

 

「「ああ……」」

 

 

ベルとクラウドの悲しげな声が被る。

実は今回の件――ヘスティアとヘルメスがダンジョンに潜り、この騒動を引き起こした原因であるとギルドから厳重注意及び罰金を喰らったのだ。

まあ当然罰金は神様方の懐などではなくファミリアの資産から出るのだが、その額はなんと――

 

 

「ファミリアの資産の半分……だったな」

 

 

「ええ……あれは辛かったですね」

 

 

実際にはクラウド達は比較的マシな方だった。零細であるヘスティア・ファミリアの資産の半分なら精々二、三十万ヴァリスで済んだ。

だが、ヘルメス・ファミリアはそれなりに規模の大きい派閥なので罰金の額もかなりのものだった。

ヘルメス・ファミリアの団員たちよ、可哀想に。

 

 

「心配するな。数十万ならこれから頑張れば取り返せる金額だ」

 

 

「そうですね、もっと頑張っていきましょう」

 

 

これからの意気込みに燃えるベル達。クラウドもベルの成長を感じられて嬉しかった。

 

 

「何だ何だ、どこぞの兎が一丁前に有名になったなんて聞こえるぞ!」

 

 

そこに水を差すような大声が響いたせいで喜びが曇ってしまうまでは。




人生で一回くらい「デートしよう」とか言ってみたいです(涙)

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第45話 幼馴染み

注意! 今回オリキャラが出ます。いったい何人出るんだ……(おまいう)


「……またかよ」

 

 

クラウドはため息混じりに呟く。焔蜂亭で和やかに飲んでいたのに、わざと水を差すような声が飛んできたからだ。

 

 

「ランクアップできたのも、ちびりながらミノタウロスから逃げおおせたからだって聞いたぜ? 流石『兎』だ、立派な才能だぜ!」

 

 

クラウドは目だけ動かして叫んでいる相手を確認した。隣のテーブルに座っている六人の冒険者の一人――ゲラゲラ笑う小人族(パルゥム)の男だ。

 

明らかにベルに向けて発せられている悪口にクラウドは心底イライラした。だが、同じテーブルに座るベルたちは大なり小なり苦々しそうな顔をしていても余計な争いを生まないように耐えている姿を見るとそれほど苦ではなかった。

 

 

「オイラ、知ってるぜ!『兎』とつるんでる連中もロクでもねぇ奴らばっかだって! 売れない下っ端の鍛冶師(スミス)にガキのサポーター、おかしな武器使ってるロキ・ファミリアの裏切り者だぜ!?」

 

 

パルゥムの言葉に、彼の同僚たちも大笑いする。

ベルは流石に見過ごせなかったのか、身体がピクリと反応した。無理もない。ベルにとっては仲間を貶されることは耐えがたいほど辛いはずだ。

 

クラウドはベルの肩に手を置いて気を沈めさせる。

 

 

「わざわざ聞いてやるな。あんな戯言を言う方が馬鹿だと思ってろ」

 

 

ベルはその言葉に少し表情が柔らかくなる。ヴェルフ、リリ、キリアも続けてフォローに入る。

 

 

「そうだぜ、気が済むまで言わせてやれ」

 

 

「ベル様、無視しておいてください」

 

 

「あのような的外れな評価、私達を理解できていない証拠です」

 

 

全員の姿勢にブレはない。どうせ相手は悪口しか言ってこない。滞りなく宴会を終わらせて帰ればいいんだ。

 

 

「ちっ」

 

 

結構大きな声で――多分こちらに聞こえるように放ったのだろう。パルゥムが盛大に舌打ちをしてきた。

こちらが反応してこないことが腹立だしかったのか。

 

パルゥムが軽く息を吸ってまた何か言おうとした。いくら悪口を言われてもまともに対応などしてやるか。

 

 

「威厳も尊厳もない女神が率いてるファミリアなんざたかが知れてるってもんだぜ! 主神が落ちこぼれだから眷族も腰抜けになるんだろうな!!」

 

 

椅子が、勢いよく倒れた。

横を見るとベルが今まで見たこともないほど怒りを露わにさせながら、件のパルゥムに詰め寄るのがわかった。

 

 

「取り消せ!!」

 

 

ベルは歯軋りしながらパルゥムを睨みつける。酒場は静まり返り、ベルに視線が集中する。リリ達はベルのそんな一面に驚き、言葉を失っていた。

クラウドにもベルが怒った理由も、その気持ちも痛いほど理解できた。ベルが叫ばなければ思わずクラウドも同じ言葉を発していた自信があるくらいだ。

 

パルゥムはベルの剣幕にすっかり怯え、目が泳いでいる。しかし、必死に取り繕うように馬鹿笑いを作った。

 

 

「なっ、何だよ、図星か!? あのチビが落ちこぼれだって本当は思ってるってことだろ!?」

 

 

パルゥムの更なる中傷にベルの怒りが増した。

 

 

「それ以上神様の悪口を言うな!! 今すぐ取り消して全部謝れ!!」

 

 

ベルはパルゥムを見下ろすように睨む。だが、相手は「誰がそんなことするか」と言わんばかりに鼻を鳴らす。

ベルはとうとう限界になったのか、その男の胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。

クラウドは慌ててその手を掴もうとした。が、それより早くそのパルゥムの身体が横に蹴り飛ばされ、ベルの手も止まる。

 

 

「ぶびっ!?」

 

 

気持ち悪い悲鳴を上げてパルゥムは床を一回転して仰向けに倒れる。無様に鼻血を流しながら気絶していた。

真横に伸ばされた左足を追っていくと、蹴りを放った当人であるヴェルフはしれっとした顔で告げた。

 

 

「足が滑った」

 

 

白々しく笑うヴェルフ。それが合図になったかのようにパルゥムの座っていた席の仲間たち四人が立ち上がる。

 

 

「この野郎!!」

 

 

「ぶっ殺してやらあ!!」

 

 

店員は悲鳴を上げ、冒険者の客は声援や野次を飛ばす。野次馬に囲まれるような形で喧嘩場が生まれ、その中心で戦いが続いた。

 

クラウドはベルとヴェルフが喧嘩を始めてすぐに、リリとキリアを野次馬の後ろ辺りまで下がらせる。何とか野次馬の群れを掻き分けて喧嘩場に入ると、ベル達二人と相手の冒険者四人が激闘を繰り広げていた。ベル達の方が優勢のようだが、これ以上続けさせたら被害が広がってしまう。クラウドは仲裁に入ろうとした。

 

 

「……」

 

 

だが、そこで気づいた。あのパルゥムの六人の仲間、最後の一人の男が座ったままであることに。

男はゆっくりと立ち上がり、ヴェルフに接近。片手だけで彼を投げ飛ばした。

 

 

「ヴェルフ!」

 

 

ベルは思わずその男に殴りかかろうとするが、嘲笑うかのように簡単に躱され顔面に拳が叩き込まれそうになる。

クラウドはその男とベルの間に割って入り、拳を片手で受け止めた。

 

 

「ちっ」

 

 

「まさかお前とはな、ヒュアキントス」

 

 

クラウドは歯噛みするその男の前に立ち、ベルを下がらせた。

ヴェルフとベルを圧倒した目の前の男。纏められた長い茶髪に、長身。色白の肌と整った顔立ちをしたかなりの美声年だ。

ヒュアキントス・クリオ。アポロン・ファミリア団長を務めるLv.3。【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】だ。

 

 

「これで満足か? さっさと消えろよ。俺に殴り飛ばされたくなかったらな」

 

 

「粗暴な奴だな。貴様の手下にも影響が出ているようだぞ、【銀の銃弾(シルバー・ブレット)】」

 

 

「手下じゃない、あいつらは仲間だ」

 

 

「どうでもいいことだな。ルアンに先に手を出したのは貴様らだ」

 

 

ルアン、あのパルゥムの名前だろうか。確かに先に攻撃をしたのは自分達だが、素直にこちらに非があると認められもしなかった。

 

 

「その前に、お前のところの奴がありもしないこと言ってたのが原因だろ。お前は自分の主神(アポロン)が貶されてても平気な顔してるつもりか?」

 

 

「……何だと?」

 

 

睨み合いが続く。互いに牽制し合い一歩も動かない。

だが、数十秒ほど経つとヒュアキントスは痺れを切らしクラウドの腹に下から拳を入れてきた。

 

 

「このっ!」

 

 

クラウドは拳を受け止め、逆にその手首を掴んで捻り上げる。ヒュアキントスは逆の手でクラウドの喉に掌底を入れようとするが、クラウドは体を捻って回避する。クラウドはヒュアキントスの胸元目掛けて左腕で肘鉄を放つ。ヒュアキントスは一瞬息が止まりそうになりながら、後ろに二歩三歩と後退する。

 

 

「ぐっ……」

 

 

「もう終わりか?」

 

 

「舐めるなっ!」

 

 

尚も向かってくるヒュアキントスにクラウドは格闘の姿勢に入った。

上等だ。完全に捻り潰してやる。

 

 

そんなクラウドの興を削ぐかのように、誰かがヒュアキントスの両腕を後ろから掴んで拘束した。

 

 

「……! 誰だっ!?」

 

 

ヒュアキントスを拘束したのは若い、まだ十代後半ほどのヒューマンの少女だった。

空のように青白い髪は肩の辺りで切り揃えられ、中折れ帽を深く被っているため目元が見えにくくなっている。服装はヒュアキントスと同じデザインのファミリアの制服。女性用なのか、下半身は太股の半ばあたりまでのスカートになっており、爪先から膝までは革のブーツを履いている。

 

 

「もう! 何があったか知らないけど、とにかく喧嘩は駄目でしょ、ヒュアキントス」

 

 

「うくっ……」

 

 

ヒュアキントスよりも上手なのか、全く拘束を緩ませない。その少女はクラウドにも視線を向けてきた。

と言っても、怒りや蔑みよりも親が子を叱るような雰囲気だ。

 

 

「あなたも! 乗せられたからって暴力はいけないから! わかった?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

クラウドも少女に圧されて両手を下ろした。荒くれ者同士の喧嘩に止めを入れられたせいで何とも言えないやるせなさが残るが、この状態で彼女を無視して殴り合いをするほど好戦的でもない。

クラウドも痛みに苦しんでいるベルとヴェルフの元に駆け寄り、肩を貸して抱えた。

 

 

「………」

 

 

仲裁に入った少女の方も騒ぎを起こした団員達に代わって店主に謝罪しているようだ。

クラウド達も当事者なのだから同じように謝罪しなければ、とクラウドも少女と店主の元に向かった。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

 

 

「わ、わかりましたから……」

 

 

少女は何度も何度も頭を下げて謝っている。実際には彼女が喧嘩したわけではないのだが、あそこまで必死に謝っていると健気を通り越して少し怖い。店主の人もちょっと焦ってるし。

 

クラウドも彼女と一緒に謝ろうと彼女の横に立つ。その瞬間、彼女が深く被っていた中折れ帽が頭を上げ下げする勢いのせいで脱げて、床に落下する。

 

 

「あわっ」

 

 

頭から落ちた帽子はクラウドの足元に落下する。クラウドは彼女より早くそれを拾うと彼女と向き合う形で手渡した。

 

 

「ほら、落としたぞ」

 

 

「ああっ、ありがとうございます」

 

 

ほんの数秒、二人の目が合う。クラウドは帽子のなくなった彼女の素顔を見て、妙な既視感を覚えた。

 

誰だっけ? 確か昔こんな感じの世話焼きの女の子に会ったことがあるような……

 

 

「……? え……もしかして……だけど、クーちゃん?」

 

 

勘が当たった。クラウドの頭の中で昔会った少女と目の前の少女は同一人物だと確定してしまったのだ。

クラウドは頭を抱え、同じ様にかつての呼び名で返す。

 

 

「……その呼び方……レイ? レイシアか?」

 

 

「うん、うん! そうだよ。久しぶり、クーちゃん!」

 

 

日輪のような輝きの笑顔でレイシアは笑い、クラウドの両手を握って喜びを目一杯表現した。

クラウドは八年ぶりに会った幼馴染みの相変わらずな性格に苦笑いしながらも内心は嬉しくて堪らなかった。




はい。オリジナルの新ヒロインです。そこォ! 幼馴染みは負けフラグとか言わない! 思っちゃった人は好みの幼馴染みヒロインを言っておくように!
ちなみに私はインフィニット・ストラトスの鈴が好きです。

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第46話 料理

いつもより間が空いてしまいましたね。
今回の話は箸休め的要素が多いです。

シリアス展開が……少なくてね……


「今までどうだった? 元気だった?」

 

 

「ああ。というか、いきなりすぎて色々混乱してるんだけど……」

 

 

焔蜂亭を後にして――あれ以上店にいられるわけがないので――クラウドとレイシアはベルたちを連れて別の酒場を訪れていた。今は六人でテーブルに座って呑んでいる。

ちなみにヒュアキントスたちはレイシアが帰らせた。

 

 

「クラウドさん、そろそろ教えてほしいんですが……」

 

 

「それはリリも気になってました。どちら様なのですか?」

 

 

「クラウドの知り合いか?」

 

 

ベルたちもレイシアのことが気になるようだ。クラウドと仲睦まじく話していることといい、ベルとヴェルフを簡単にあしらったヒュアキントスを凌ぐほどの強さなのだ。

 

 

「えっと……クーちゃん、この人たちは? クーちゃんのファミリアの人?」

 

 

「いえ、ベル様はそうですが、リリ様とヴェルフ様は別のファミリアの方です」

 

 

レイシアの質問にはクラウドの右隣に座るキリアが答えた。キリアは何だかつまらなさそうにグラスに入ったジュースを小さな口で飲んでいる。

 

 

「クーちゃん、この子は?」

 

 

「ああ、俺のファミリアで預かってる子だよ。ちょっと事情があってな」

 

 

レイシアはふーん、と興味深そうにキリアを見つめながらジョッキに注がれたエールを飲む。

 

 

「って、自己紹介がまだだったね。私はレイシア・クロウフォード。アポロン・ファミリアの団員で、クーちゃんの幼馴染みだよ。よろしく」

 

 

レイシアは微笑みながら、座ったまま軽くお辞儀をする。クラウド以外の四人もレイシアに自己紹介を済ませると、話題は再びレイシアを中心としたものに戻る。

 

 

「私、元々はクーちゃんと同じファミリアにいたんだ。昔はよく一緒に遊んでたよね」

 

 

「同じって……ロキ・ファミリアのことですか? でも、だとしたら何でアポロン・ファミリアに?」

 

 

ベルの問いにレイシアは苦笑いし、クラウドは軽く頭を抱えてしまう。

 

 

「あー、そうじゃ……なくてね。私はクーちゃんの最初のファミリアにいたんだよ。つまり、アポフィス・ファミリアに」

 

 

レイシアが口にしたファミリアの名前にベル、リリ、ヴェルフ、キリアの四人は驚きを隠せなかった。

アポフィス・ファミリア。クラウドが八年前まで在籍していた、当時のオラリオで最強の暗殺者たちで構成されたファミリアだ。

 

その構成員ともなると、危険視されて当然だ。

だが、クラウドはそんな四人の心情を感じ取り、フォローに入った。

 

 

「落ち着け。レイは確かに元はアポフィスのとこの出身だけど、実際には孤児だったこいつを引き取って養成してただけだ。

それに、当時のこいつはまだ十歳。暗殺の任務の経験なんてない」

 

 

ベルたちはその言葉に納得したのか、少し表情が和らぐ。

 

 

「しっかし、俺とヒュアキントスの喧嘩を止めに入れたのには驚いたぞ。あれから成長したんだな」

 

 

「ふふん、まーね。急成長して今やLv.4だもん。もう立派な上級冒険者だよ」

 

 

レイシアは得意気に胸を張る。そのせいで、彼女の胸元の大きな二つの膨らみが服を内側から押し上げてしまう。

 

 

「……あ、ああ」

 

 

クラウドは予期せぬ光景に思わずドキッとしてしまう。ちなみに、キリアがその様を冷めた眼で見ていたが、クラウドは気づかなかった。

 

だが、ここで煮え切らないと言った感じでヴェルフが口を出した。

 

 

「さっきの喧嘩と言えば……あいつらは一体何のつもりなんだ? 確かにベルに陰口叩くような連中は他にもいるが、あそこまでしつこいのはどうかしてるぞ」

 

 

多少話を蒸し返した感じはあったが、確かにそのことについては聞きたかった。

聞かれたレイシアは申し訳なさそうに暗い表情で答えた。

 

 

「……ごめんなさい。ルアン君が言ったことは気にしないで。私からも注意しておくから。

って、言っても納得できないよね……うん」

 

 

「いや、別に責めてるわけじゃ……」

 

 

「なあ、レイ」

 

 

ヴェルフとレイシアが話しているところへクラウドが口を挟む。

 

 

「な、何?」

 

 

「よく考えたら、今回の騒動はおかしな点があると思うんだが」

 

 

クラウドの意見に全員が首をかしげる。クラウドは「まずは」と切り出した。

 

 

「俺達とあいつらのテーブルの位置だ。あいつらは俺達が店に来たとき、予約していたテーブルの隣に座っていた。

これは、最初から俺達がこの店に来ることを知っていて、なおかつ俺達を煽ることを計画していたとしたら説明がつく。

隣のテーブルであんなことを言われれば否が応でも耳に入るからな」

 

 

クラウドとレイシア以外の四人は軽く頷いている。だが、リリが軽く身を乗り出しながら反論した。

 

 

「ですが、単純にこうは考えられませんか? 偶然リリたちと店で居合わせて、気紛れに煽った結果ああなってしまったのでは?」

 

 

「いや、そうとも言えない。そうだとしたら俺達にあそこまで言ったことへのリスクと釣り合わないからな」

 

 

今度はクラウドの言ったことがよくわからないのか、ベルが聞き返した。

 

 

「リスクって一体何なんですか?」

 

 

「考えても見ろ。あいつら六人はLv.1か2が五人とLv.3のヒュアキントスが一人だ。ベルとリリ、ヴェルフの三人とならともかく、俺やキリアもいたんだぞ」

 

 

「……確かに、妙ですね」

 

 

キリアが口許に手を当てて考え込む。

 

 

「実際に、先程の騒動、レイシア様が止めていなければクラウド様があの方を叩きのめしていたことは明白です」

 

 

「そうだろ? あいつらだって、俺達が仲間や主神のことを貶されれば激怒して喧嘩になることくらい予想できる。そうなれば不利になるのはあいつらだ。

そんなことも本当にわからないほどあいつらが馬鹿だったのか、それだけのリスクを侵しても俺達と喧嘩する理由があったのか、どっちかだろうな」

 

 

クラウドは流し目でレイシアを見つめる。レイシアは頬に汗を伝わせながら口ごもっていたが、突然思い立ったように言った。

 

 

「く、クーちゃん、考えすぎだよ。私たちが悪かったのは確かだけど、別に何も企んでないってば。偶然そうなっちゃっただけだと思うよ」

 

 

「……そっか、そうだよな」

 

 

クラウドは少しだけ哀しげな表情で笑顔を作る。何となくわかってしまったのだ。

少なくとも、今回の件は偶然起こったものではないと。

 

レイシアはそんな疑いの気配を感じ取ったように椅子から素早く立ち上がる。

 

 

「あー! もうこんな時間だ!」

 

 

「何だ、レイ。何か用事でもあるのか?」

 

 

「そうなんだよ! じゃあ皆、ここにお金置いておくから後は適当に飲んでて! じゃあね!」

 

 

レイシアは懐からヴァリス金貨の入った袋をテーブルに置き、そそくさと店から出て行った。

 

 

(あいつ……何を隠してるんだよ……俺にも、言えないのか……)

 

 

八年前は気安く話し合える友達だった。今となっては幼馴染みとも呼べる間柄だし、久しぶりに会っても変わらず明るい性格でいることが嬉しかった。

だが、それと同時に大事なことを隠されて、誤魔化されたことが悔しかった。

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

レイシアと再会した翌日。ベルはヴェルフに武器と防具を新調してもらうため、二日間ダンジョン探索を休むことにしていた。

クラウドも18階層で失ったアイテムや銃の弾薬を補充したかったので丁度よかった。

そして、その日の夕方。

 

 

「いらっしゃいませ……あっ、クラウドさん! また来てくれたんですね」

 

 

「ああ」

 

 

クラウドは昨日と同じく豊饒の女主人へと足を運んでいた。因みに今日は一人だけだ。

普段はホームで夕飯を食べるのだが、今日はキリアがアイズとラストルの二人に誘われ、ヘスティアはベルと一緒にそれぞれ食事しに行ったのだ。

別にホームで済ませても良かったが、どうせなら大事な恋人の姿を拝みたいという気持ちもあった。

 

 

「最近よくウチの店に顔を出してますけど……やっぱりリューのこと心配なんですか? 変なちょっかいかけられてないかー、とか」

 

 

来店の挨拶をしてくれた店員――お気づきの通り、シルはニヤニヤしながらクラウドに聞いてきた。

クラウドとしてはその理由も否定できないが、そこまで彼女のプライバシーを侵すつもりもない。苦笑いして弁明した。

 

 

「確かに心配してるが……今までここの店員に変なちょっかい出して無事だった奴なんているのか?」

 

 

「いませんね。何処かの銀髪のハーフエルフの男性を除けば、ですけど」

 

 

「へぇ、そんな奴がいるのか、会ってみたいな」

 

 

シルの皮肉めいた返しにクラウドもしらばっくれてみせた。何だかシルが悔しそうな顔をしているように見えたが、わざわざいじる必要もないだろう。

 

 

「ま、とにかく席に案内してくれ。今日は特別に高い酒飲んでも大丈夫なくらい持ってきて――」

 

 

「さあこちらへどうぞお客様!」

 

 

シルは先程の表情から一変、光り輝くような笑顔で店のカウンターへ案内する。現金なやつめ。

 

 

「ん? アンタかい」

 

 

「ミアさん、えっと……昨日ぶりですね、あはは……」

 

 

カウンターに座った途端、ミアさんが奥の厨房からカウンターに移動してきた。

というか、いきなり現れないで。怖いから。

 

 

「今日は飯を食べに来たのかい? それとも――」

 

 

「食べに来たに決まってるじゃないですかやだー」

 

 

「なるほど、そうかい」

 

 

何だろう。確かに以前から態度の悪い客や営業妨害をする輩に対する威圧感は半端ではなかったが、リューと付き合い始めてからクラウドに対する態度が変わった気がする。

 

クラウドはシルに注文を済ませ、料理と酒が運ばれてくるのを気まずく待っていた。

あれ? こんなの予定にあったっけ?

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

目の前に運ばれてきた魚料理をナイフとフォークを使って口に運ぶ。葡萄酒の瓶を開け、グラスに注いで喉に流し込む。やはり、料理の出来も酒の品質も申し分ない。

 

気のせいか、魚料理の味付けが微妙に変わっていて少し焦げ臭かったことが疑問だったが。

 

クラウドが料理を完食し、残った葡萄酒を空いたグラスに注いで飲みきろうとしていたところに、声をかけられた。

 

 

「ちょっといいかい」

 

 

「?」

 

 

声の主はミアさんだった。何だろう、とグラスを置いて答える。

 

 

「さっきの料理美味かったかい?」

 

 

「? そりゃあ、まあ美味かったけど」

 

 

「そうかい、そりゃよかった」

 

 

「………何なんだ?」

 

 

いきなり料理の味の良し悪しを聞かれ、正直に答えたが、一体何だったんだろう。

ミアさんは「そういえば」と話を変える。

 

 

「さっき厨房に行ったときリューにアンタの話をしたら、閉店した後で付き合ってほしいことがあるんだとさ」

 

 

「リューが? 厨房で? 大丈夫なのか、それって」

 

 

クラウドはかなり心配になった。事実、リューの料理の腕は壊滅的と言っていい。

サンドイッチを炭化させ、チョコレートを鋼に変えるような力があるのだ。厨房を任せて本当に大丈夫か?

 

 

「あの娘は皿洗いとか野菜の皮剥きをやってるよ。流石にまだ料理の方は任せられないからね」

 

 

「あっ、そうなのか」

 

 

よくよく考えれば厨房と言っても調理以外にやることだってあるのだ。それなら不思議じゃない。

 

だが、次の瞬間にミアさんが放った言葉に度胆を抜かれた。

 

 

「アンタに出した料理以外はね」

 

 

「…………は?」

 

 

今なんと? もし聞き間違えでなければクラウドがさっき食べた魚料理はリューが調理したことになる。

そんなことが、ありえるのか?

 

 

「えっと……一応聞くけど、どの辺りを手伝ったんだ? 魚の鱗を取ったとか?」

 

 

「確かにそれもやったが……他の工程もあの娘一人だけさ。焼いて、煮て、味付けや盛り付けも全部」

 

 

今度こそ言葉を失った。

確かにそう考えたらさっきの料理を食べていたとき、少々味に違和感を感じたのも納得できる。

焦げが余分にあったし、味付けも少し濃かった。

 

 

「さっきの美味かっただろ? 驚いたかい?」

 

 

「そりゃあ驚くだろ……」

 

 

以前、いつか腕を磨いて料理を振る舞うと言っていたが、まさかこんな劇的な進歩を見せるとは。

 

 

「これで十分嫁に出せる娘になっただろ?」

 

 

「よ、よよよ嫁ぇっ!?」

 

 

突然の爆弾発言に動揺を隠せなかった。何を言ってるんだこの女将は。

 

 

「い、いくら何でも早すぎるだろ」

 

 

「色恋に早いも遅いもないだろ? それともあの娘と遊びで付き合ってるつもりかい?」

 

 

「……そんなわけない!」

 

 

反射的に叫んでいた。クラウドは強く反論した。

 

 

「俺はリューのことを一生かけて幸せにするって決めてる。だから、あいつを裏切るようなことは絶対にしない」

 

 

多分、今自分の表情は真剣そのものだろう。それくらい、自分の覚悟を疑われるのが嫌だと理解してほしいからだ。

だが、急にミアさんは得意気に笑いクラウドを見つめる。

 

 

「そうだよ、よくわかってるじゃないか」

 

 

「……あ」

 

 

しまった。嵌められた。

まさかそれなりに駆け引きを経験してきた自分が、こんなに簡単に口車に乗せられるとは。

途端に顔が熱くなり、俯き気味になってしまう。

 

 

「……俺がこう言うってわかってたのか?」

 

 

「さあね。ただ、もし情けないこと言ってたら殴り飛ばされてたのは確かだからね」

 

 

ミアさんはクラウドの右肩にカウンターを挟んで手を置く。リーチ長いなこの人!?

 

 

「合格だよ」

 

 

「……へ?」

 

 

「こんだけ言えるなら安心さ。あの娘のこと、幸せにしてやんな」

 

 

何故だろう。結婚の挨拶に来たみたいになってる。だとしたらミアさんは姑に当たるのだろうか。

 

 

「……はは」

 

 

気恥ずかしそうに頭を掻く。恋だの愛だのに縁はないと思っていたが、いざ自分がそうなったら馬鹿にできないな、とクラウドは顔を綻ばせる。

 

 

「ああ。リューは俺の恋人だからな」




今回こんな風な話にしたのは、次回に繋げるためです。次回は割と早めにできると思うので楽しみにしておいてください。

それでは、感想、質問などありましたら感想欄に、意見や要望、アイデアなどがありましたら活動報告にどちらも遠慮なくご記入ください。


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第47話 接触

今回の話は次回があってこそです。
どういうことなのか、ご覧になってください。

最初に断っておきますが、ある程度の覚悟を持っておいてください。


豊饒の女主人で夕食を済ませた後(その際に起きたことは割愛するとして)クラウドは一端、店の前で待つことにした。

閉店まで残り僅かだったのでリューが出てくるのを待っているのだ。

 

 

「にしても……ただ夕飯食べに来ただけでこんなことに巻き込まれるとはな……」

 

 

突然の事態が連続して起きて最近休まることがない。

八年ぶりに幼馴染みと再会したり、姑(形式上そう呼ぶ)に結婚の挨拶をさせられたり、中々にハチャメチャな日々だ。

 

そんなことを考え、深くため息をついていると見慣れた金髪と尖った耳が視界の端に映った。

 

 

「……クラウドさん」

 

 

「あ、終わったのか?」

 

 

「はい」

 

 

店の出入口が閉じられ、中では清掃や後片付けが進められているようだ。

 

 

「その……急に申し訳ありません。クラウドさんが構わないならこれから少し頼みたいことがありまして……」

 

 

「ああ……別にいいけど。その頼みたいことって?」

 

 

クラウドとしては今日は多少遅れようが構わない。精々日が変わる前に戻れば大丈夫だろう。

 

 

「ここでは……話せません。私の部屋に来てください」

 

 

リューは踵を返すとやけにぎこちない動きで、店の離れにある部屋に向かって移動を始める。クラウドもその背中を追うようについていった。

 

 

「あ、ああ」

 

 

気のせいだろうか。リューの顔がやけに赤くなっているような……

ここで気づいた。いやまさか、とクラウドは思い当たる節があった。

 

 

「あの……あのさ、リュー」

 

 

「何でしょう?」

 

 

「……聞いてた?」

 

 

「……何をです?」

 

 

「だから、さっきの……嫁がどうとか……」

 

 

リューの足が止まった。ま、まさか……地雷でも踏んだか?

 

 

「離れに着きました」

 

 

「え? あ、ああ、だよな。うん、そうだよな」

 

 

びっくりした。いつの間にか離れの入り口に来ていたのか。

クラウドはリューに続くようにその中の一室に足を踏み入れた。

 

 

「……腰掛けていてください。話をしますから」

 

 

リューは部屋に入ると扉をすぐに閉めて鍵をかけた。なぜ鍵を……?

 

 

「で? その頼みっていうのは……」

 

 

「その前に、話すことがあります」

 

 

リューはクラウドの前のベッドに腰掛ける。彼女の顔は戸惑いと緊張を含んでいるように見えた。

 

 

「先程のミア母さんとの話は……その、聞こえていました」

 

 

「やっぱりか……」

 

 

恥ずかしくて思わず笑ってしまった。目が全然笑ってないことは自分でもわかったが。

 

 

「ごめん、恥ずかしかった……よな? あんな大声で言ってたんだし」

 

 

「いえ、恥ずかしくなかった……と言えば嘘になりますが……それ以上に、嬉しかったです」

 

 

リューは照れくさそうに笑顔を作る。不意打ちを食らったようにドキッとさせられてしまう。

 

 

「私も貴方と――クラウドさんと同じ気持ちです。貴方の決意に誓って、裏切るような真似はしません。私は、一生貴方の傍にいます」

 

 

「……!?」

 

 

もう声も出せなかった。外見の美しさもそうだが、高貴で誇り高い性格をしていても、こんな風に不器用に告白をしてくる辺りは普通の女の子と変わらない。

 

 

「それで、お願いというのは……そのことについてです」

 

 

「お、おう」

 

 

やっと本題か。もう忘れかけてたぞ。クラウドは気を取り直して咳払いをする。

 

だが、そんな決心を嘲笑うかのごとく衝撃の事態が起こった。

 

 

「んなっ!?」

 

 

「……っ」

 

 

リューが服を脱ぎ始めた。若葉色のワンピース型の給仕服を脱ぎ去り、その下のインナーを裾から捲り上げる。カチューシャや靴下も外し、脱いだ服は部屋の隅にある籠に放り込んだ。

 

 

「な、なななな何で脱ぐんだっ!?」

 

 

「そ、それは……というか、あまりじっくり見ないでください……」

 

 

「ごっ、ごめん! 後ろ向いておくから、早く……」

 

 

「め、目をそらさないでください」

 

 

「どっちなんだよ一体!?」

 

 

口が半開きになって目の焦点が定まらない。リューはもう素肌に下着を着けているだけだ。彼女の清廉とした感じを強調する白い下着だ。しかも何故か申し訳程度の布面積しかない。年相応に膨らんだ胸元、脇腹から足にかけての曲線、白く、細い手足。肌にはシミ一つなく、本当に御伽噺に出てくる妖精を思わせる。

 

一度彼女の水浴び姿――つまりは裸を見たことがあるから今更などと思われるかもしれないが、そんなことはない。そもそもあのときはほんの一瞬見えただけだったし、今回は今回で下着がただの衣類としてではなく女性らしさを際立たせる重大な要素となり得ている。

 

 

「たっ、頼みたいことって何なんだよ!? そろそろ教えてくれても……」

 

 

「……耳を、貸してください」

 

 

「み、耳?」

 

 

クラウドはなるべくリューの下着姿を見ないように――実際はチラチラ見てしまっていたが――彼女の口元に耳を近づけた。

 

 

「――――」

 

 

「え?」

 

 

クラウドはリューの『頼みたいこと』の内容を確認せざるを得なかった。本当にそんなことをしていいのか、と。

 

 

「本当に、俺がやっていいのか?」

 

 

「はい……クラウドさんは嫌ですか?」

 

 

そんなことはない。『こんなこと』を他の奴にやらせたら多分後悔してもしきれないくらいだ。

 

 

「……そんなことない。むしろ、他の奴にやらせたくない」

 

 

「……よかった」

 

 

リューは最後の衣服――上下の下着を外し、裸の状態でベッドに横たわった。

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

「んっ……あ、そこは……」

 

 

「ここがいいのか?」

 

 

「は、はい……そこをもう少し……んうっ!」

 

 

クラウドはベッドに横たわるリューの上に股がり、その白い肌に触れる。何度も触れる内にその部分が熱くなり、彼女の反応も変わる。それが嬉しくてクラウドは強弱をつけながら続ける。

 

 

「リューの身体って、こんな風になってるんだな。普段着からじゃあよくわからないとこもあるから、何だか新鮮だ」

 

 

「どっ、何処を見ているのですか……?」

 

 

リューは彼女の身体を撫で回し、時折指で適度に圧力を加えるクラウドを見上げるように尋ねてきた。クラウドはそんな姿が余計に嬉しくなる。

 

 

「何処だと思う?」

 

 

「ですから、そんなに見つめては……んあっ……あ、灯りを……け……し……くうっ……けし、て……」

 

 

「明るい方が見えやすいから、そのままにさせてくれ。リューだって初めてなんだし、俺に気持ちよくしてもらいたいだろ?」

 

 

「……はい」

 

 

リューは顔を真っ赤にしたまま目をそらす。クラウドは彼女の期待に応えてやろうと続けて二の腕や背中の線をなぞる。

 

 

「ひあっ!」

 

 

「……凄い声が出るんだな」

 

 

肌の上を滑らせるように指を走らせただけだったが、彼女にはかなりの刺激だったようだ。

リューは恥ずかしそうな、悔しそうな顔で訂正する。

 

 

「ち、違います……これは……慣れていなくて……」

 

 

「意外とリューって敏感なんだな」

 

 

「そ、そんなこと……」

 

 

リューの言葉を遮るように手のひらで優しく肌を撫でる。

 

 

「ふあっ……ひっ……」

 

 

「まだ途中だぞ。まだ触ってないところもやらないとな」

 

 

「触って……いない……ところ……?」

 

 

リューは目を泳がせ、クラウドからの返答を待つ。クラウドも少し興奮気味に背中や腹に触れていた手を身体の下に移動させる。

 

 

「ま、まさか……」

 

 

「ああ、足の方だ」

 

 

クラウドは彼女の両足――太股や脛辺りに触れる。鍛えているため筋肉もついているが、女性らしく柔らかさも備えている。足全体の脚線美も目が眩むほど素晴らしいものだ。

 

 

「変では……ないですか?」

 

 

「そんなわけないだろ。すごく綺麗だ」

 

 

人の美しさに明確な定義などないのだろうが、少なくともリューの今のあられもない姿を目にすれば、世の男どもは軒並み陥落してしまうのではないかと思うほどだった。

 

 

「それにしても、こんなことお願いしてくるなんて……リューも溜まってたんだな」

 

 

「し、仕方ありません。18階層から戻って以来……ずっと忙し……ひゃっ!」

 

 

リューの太股の内側に手を伸ばし、揉みしだくように指で押す。リューの身体が小刻みに震え、声を発してしまう。

 

 

「だったらこんな風に言わなくても、いつだってしてやるのにな」

 

 

「本当ですか……?」

 

 

「ああ、だから今は楽にしてていい。俺に任せてくれ」

 

 

クラウドの顔も赤く染まり、リューの身体に触れる指の力が強まる。

 

 

「うっ……あっ、だめ……!」

 

 

「わ、悪い。痛かったか?」

 

 

「いえ、そうではなくて……もう少しゆっくり……」

 

 

「こうか?」

 

 

クラウドはじっくりと追い詰めるように太股を、脛を、足裏を指で刺激する。

 

 

「んっ……くっ……はあ……や……そこ……」

 

 

リューは身体をぴんと張って快感に耐えようとしたが、抗えずにやがて身体から力が抜けていく。

 

 

「怖がらなくていいから。力を抜いて」

 

 

「ふぁ、ふぁい……ああ……」

 

 

クラウドはリューの足から手を離すと前傾姿勢だった身体を起こす。

 

 

「どうだった、リュー」

 

 

「すごく……よかったです……こんなの初めてで……」

 

 

 

 

「よかった。マッサージ、気持ちよかったんだな」

 

 

 

 

クラウドは一息ついてマッサージ(、、、、、)を終えて疲れた身体を椅子に腰かけて休ませた。

 

 

「これ、する方もけっこう疲れるんだな。暑くなってる」

 

 

「……ごめんなさい、手間をかけてしまって。最近忙しいせいで疲れていて……」

 

 

「気にするなよ。疲れが溜まったら休んだり、今日みたいに誰かに手伝ってもらったりすればいいんだからさ」

 

 

そう。リュー曰く、明日のデートに疲れきった状態で行けばクラウドと十分に楽しめないと考えたらしい。しかし、休みがとれるのはデートの当日だけなのでどうしようか迷っていたところへシルからの入れ知恵があったらしい。よくやった、シルよ。

 

断っておくが、リューはマッサージ中はうつ伏せだった。腰辺りにも毛布を乗せていたので隠すべきところは隠れていた。

リューは毛布を胸元まで引き寄せ、身体を隠した状態でベッドから上体を起こす。

 

 

「正直、不安だったんです。私の身体が……変に思われないかと」

 

 

「いや……」

 

 

本気で言っているのか? と思ってしまった。こっちだってかなりドキドキしていたのだ。

クラウドもアイズやラストルたちにマッサージをしてやったことはあったが、同い年の女子相手にしたことなどない。

 

 

「興奮したというか……すごく嬉しかったのは確かだよ。俺だって、男だし……」

 

 

「……! あ、ありがとうございます」

 

 

リューは消え入りそうな声で感謝の言葉を示した。クラウドも同じく小さな声で「ど、どういたしまして」と返す。

 

クラウドは気まずそうに立ち上がると、「そろそろ遅いから、帰るな」と部屋の扉に手をかけ退室しようとする。が、その背中に声が投げ掛けられた。

 

 

「クラウドさん……明日、楽しみにしていますから」

 

 

去り際のリューの台詞に面食らったが何とか表情に出さないよう努力して笑顔を作った。

 

 

「ああ」




怒らないので正直に先生に教えてください。途中のくだり見てて邪な気持ちになっちゃった人いたでしょ? 残念、マッサージです。これは、マッサージ。(念のため二回)
そんな気持ちになっちゃった人は好きな中二病系ヒロインを教えてください。私はデート・ア・ライブの耶倶矢です。

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第48話 絶対だぞ

注意! 今回は箸休め要素、メタ的発言、全く進行しない回です。

それを踏まえた上でどうぞ!


「ん……」

 

 

何だか懐かしい天井だ。目を覚ましたクラウドはいの一番にそう思った。

そうだ。ロキ・ファミリアのホーム――黄昏の館のクラウドの部屋だ。

 

 

「ああ……そっか、昨日ここに泊まって……」

 

 

寝ぼけ眼を擦りながら、意識を覚醒させていく。

そういえば昨日リューとの夜のまぐわい(誓ってマッサージ以外してないが)を終えてヘスティア・ファミリアのホームに帰る前に、アイズとラストルのところにキリアを迎えに行ったのだ。

だが、黄昏の館に着く頃には夜も遅かった上、せっかく二人きりになっているベルとヘスティアの邪魔をするのも気が引けたのでこの館で一泊することにしたのだ。

ちなみにベルたちにはロキがわざわざ使いを出して知らせていた。贅沢に人を使うな、全く。

 

 

「眠い……」

 

 

盛大に欠伸をしながら上体を起こす。さっさと着替えてキリアと一緒に帰らなければならないのだ。二度寝したい気分を振り切って、ベッドの上面に手を置いて床に立ち上がろうとした。

 

だが、ベッドの上面に置こうとした手は全く異なる質感をクラウドに知らせていた。柔らかい、指の力の強弱で形が自在に変化するようだ。

 

 

「あっ……おにい……ちゃん……そんな………いき、なり……」

 

 

「…………は?」

 

 

明らかに聞き覚えのある声だった。確実に該当する人物が一人しか存在しないが、本心ではそうであってほしくなかった。間違いなく自分が触っている柔らかい物体の辺りからしている。

 

女神か天使とでも見紛うほどの美しさを持つ金髪の少女が左隣に眠っていた。アイズ・ヴァレンシュタイン。クラウドの義理の妹だ。

となると当然、今クラウドが触って揉みしだいているのは、彼女の胸元にある膨らみだ。

 

 

「は、はは……ははは……」

 

 

人は自分の受け止めきれない事態に直面したとき、それが限界を越えていると驚いたり困ったりする前に、笑ってしまうのだと理解できた。

クラウドは数秒頭を抱えて力なく笑うと、呆れ気味に眠っている彼女の肩を揺する。

 

 

「……アイズ、朝だぞ。その……自分の部屋に戻って――」

 

 

アイズを起こそうと揺すっている手にしゅるっと、何か紐状のものが絡み付いた。ぎょっとして思わず声が止まってしまう。

一体なんだこの紐は? 手に取って指を滑らせる。黒い、ふさふさした毛が生えていてとても心地良い。

その紐の行方を追っていく。どうやらアイズの反対側、クラウドを挟むように右隣から伸びてきているようだ。どんどん視線を右に移していく。

そして、またもや渇いた笑いが出てしまった。

 

 

「もー……おにいちゃん……だめだよぉ……しっぽ……ばっかりぃ……」

 

 

鴉の濡れ羽色とでも表現すべき黒い長髪。頭から二つ生えている三角の猫耳。そして、さっきから手首に巻き付いている紐は、彼女の腰辺りから伸びている尻尾だ。

ラストル・スノーヴェイル。クラウドのもう一人の義理の妹の猫人(キャットピープル)だ。しかもやけに幸せそうに笑いながら寝ている。

 

義妹揃ってか貴様ら。

 

 

「……っ! お前ら、起きろ!」

 

 

「ん……えあ?」

 

 

「ん……クラウド?」

 

 

クラウドは少々声を張り上げ、強めに二人の肩を揺する。どうやら起きてくれたようだ。

 

 

「ふああ~、おはよー」

 

 

「おはよう……二人とも、起きたんだね」

 

 

「ああ、うん。起きたんだけど現状の整理のために一端俺のベッドから降りようか妹たちよ」

 

 

何とも可愛い欠伸をしながら起きた二人だが、今はそれどころではない。クラウドは三人に掛かっている毛布を外し、部屋の隅に畳んでおいた。

アイズとラストルはのそのそとベッドから立ち上がる。だが、二人ともまだ眠いのか、ベッドにすとんと腰かけてウトウトし始めた。

 

 

「待て待て待て! 二度寝すんな!」

 

 

二度目の起床と言ったところか。二人ともまたもや盛大に欠伸をしながら意識を戻した。もう寝るなよ。

 

 

「で? 何で俺のベッドで寝てたんだ?」

 

 

クラウドはそんな二人の前で腕を組んで仁王立ちし、早速聞きたいことを聞くことにした。起きたらいるはずのない人物が横で寝ていたら流石に何でいるのか問い詰めたくもなるのだ。

 

 

「えっと……添い寝……したかったから」

 

 

「そのままの流れで既成事実を作っちゃおうかなーって」

 

 

「うん、お前らの言い分が大幅に常識から外れてることはわかった」

 

 

どこで育て方を間違えたんだ。というかラストル、やけに猫耳と尻尾を動かしながら意気揚々とそんな台詞を言ってるが、そんな言葉をどこで覚えた。

 

 

「外れてないよ! 私もアイズも昔はクラウドと一緒のベッドで寝てたでしょ!」

 

 

「それはまだお前らが十歳かそこらの頃の話だろ? この歳でこんなことやってたら……その……色々と問題があるだろ」

 

 

「問題? クラウドは……私達と寝るのは、嫌なの?」

 

 

アイズが不安げな顔で聞いてきた。「うっ」と言葉が詰まってしまった。クラウドもこんな場面で否定するほど鬼ではないし、そもそもそんな気持ちもない。

 

 

「……嫌とかじゃなくてな、お前らもそろそろ一人で寝られるようにしろって言いたいんだよ」

 

 

一応、兄として優しめに諭すことにした。あまり頭ごなしに否定するわけにもいかないのだ。

だが、ラストルは不満そうに唇を尖らせながら反論してくる。

 

 

「むー、別にクラウドがいないと寝られないわけじゃないけど……ただ……」

 

 

「ただ?」

 

 

「クラウドの『妹』だった期間はアイズより短いんだから、その分の埋め合わせくらいしてもらいたいなーって思ったの」

 

 

どんな理屈だ。

確かにラストルは三年前から行方をくらましていたのだからその期間分は会ってすらいない。だけど、もうちょっとやり方なかったの?

 

 

「ラストル……あのな、そういうのはちゃんと言えばやってやるから。こんな風に突拍子もなくやるなよ」

 

 

この二人は妹だが、血が繋がっていない。しかし、血が繋がっていないが妹なのだ。

何が言いたいのかって? お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねとか言えるわけないだろってことだ。

 

だが、そんな揺れ動くクラウドの心境を知る由もないラストルは目をピカッと光らせて勢いよく立ち上がった。

 

 

「え、してくれるの!? ホントに!?」

 

 

「あ、ああ。できる範囲のことならな」

 

 

「やったー! 約束したからね、取り消し禁止だよっ!」

 

 

ラストルはさっきまでの眠そうな雰囲気とは打って変わって、キラッキラした笑顔でガッツポーズをしている。こいつ、ついこの間までとキャラ変わりすぎだろ。

すると、そんなラストルの横でアイズがおずおずと右手を挙げているのがわかった。

 

 

「どうした、アイズ」

 

 

「わ、私も……してほしい……」

 

 

「うんわかった、してやるからとりあえず服を着替えような」

 

 

いつまでも寝間着のままで話なんかできるか。それに、まだ朝食も食べてないんだ。

 

 

「あ、じゃあクラウド! さっそく私の着替え手伝って!」

 

 

「ラストル……ずるい。私には、髪の手入れをして」

 

 

「却下」

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

クラウドは妹二人を部屋から追い出すと、さっさといつものワイシャツとジャケットに着替え(というかこの一種類しか着る服がない)食堂に向かった。

食堂ではロキ・ファミリアの団員たちが丁度朝食をとっているころで、クラウドたちも空いている席に座ることにした。

だが、後ろから誰かに服の袖を引っ張られ踏みとどまる。

 

 

「クラウド、あれ」

 

 

振り向くと、アイズが長テーブルのとある席を指差していた。

 

 

「? なんだ……よ?」

 

 

アイズの指が示す方向に視線を移すと、そこには銀髪の幼女と朱色の髪をした誰か(少なくとも体系の起伏が乏しすぎて男女の違いがわからない)が座っており、その誰かが幼女にスプーンで救った料理を食べさせてもらっているのが見えた。

 

 

「…………」

 

 

クラウドはしばし無言になった後、食堂の掃除用具入れからハエ叩きを手に取り、その『妙に既視感のある誰か』の背後に立つ。

未だにキャッキャしながら「あーん」をしてもらっているところへ、クラウドは肩をポンポンと優しく叩く。

 

 

「ん? 誰や一体――」

 

 

「よう」

 

 

案の定――もはや違っていたらどうしようかと思ったが――キリアにあーん

をさせていたのはクラウドの元主神のロキだった。

 

 

「く、くらうど……起きとったん……」

 

 

ロキはひきつった笑みで、身体を小刻みに震えさせている。顔中に脂汗も浮かんでいるため、もはや女神らしさがわからなくなっているが。

 

 

「ああ。そうだよ。となれば俺の言いたいこともわかるよな?」

 

 

「な、なんのことやかさっぱり……」

 

 

怯えるロキに向かってクラウドは闇より真っ黒な笑顔で答える。

 

 

「人の娘にちょっかいかけてんじゃねええええええ!!」

 

 

クラウドのハエ叩き棒による三往復ビンタの爽快な音が鳴り響いた。

 

 

「あばばばばばばっ!!」

 

 

「ふん」

 

 

クラウドはロキが両頬を真っ赤に染めて(決して羞恥や怒気などではない)気絶している間にキリアから事情を聴くことにした。

 

 

「なるほど。つまり、俺がいないのをいいことにキリアと遊んでたってことか」

 

 

「確かに違いありませんが、私は大丈夫でしたよ」

 

 

「何で?」

 

 

キリアはあっけらかんとした顔で言った。何だ? やっぱりロキにもある程度世話になっている手前、無下にはできないってことか。

 

 

「上司からのパワハラに耐えるのも社会での勉強と聞きましたので、そう思えば大丈夫です」

 

 

「何か嬉しいような哀しいような……」

 

 

我が娘よ、その歳で達観しすぎだ。いや、実際には年齢不詳みたいな感じだが、その見た目でそんな台詞を言っていたら色々心苦しい。

 

てか、ロキ。キリアにも割と嫌がられてたんだな。ちょっと可哀想に思えてきた。

 

クラウドはアイズとラストルの三人でキリアの横に座った。左からキリア、アイズ、クラウド、ラストルの順で座っている。

ちなみにロキは居間のソファーに寝かしておいた。中年オヤジみたいな笑い方で寝ていたのでさぞや楽しい夢を見てたんだろう。

 

 

「はい、クラウド。あーん」

 

 

「す・る・か」

 

 

食事を始めて早々、ラストルがあーんを要求してきた。駄目だって言ったろ。

 

 

「何で駄目なの? 昔はクラウドの方からしてくれたときもあったのに……」

 

 

「だから、何年前のこと言ってんだ。大体、お前久しぶりに会って何でそんなにはっちゃけてるんだよ」

 

 

こんな風に馴れ馴れしくしてくれるのは嬉しいが、こんな衆人環視の場でやるのはこっちだって恥ずかしいのだ。

ラストルは呆れたようにため息をついた。

 

 

「だってさ……しょうがないよ。投稿者がオリジナルヒロイン作ったのに、需要があるかどうか不安でしょうがなくて、新章に入ってから全然出さなかったんだもん。

そんなだからヤンデレから路線変更して積極的なキャラになっちゃったんだよ?」

 

 

「……誰に何を言ってんのお前?」

 

 

「いや、何だか言わないといけない気がして」

 

 

突然ラストルがおかしなことを言い出した。俺の知らない最近流行りのジョークか? 俺が取り残されてんのか?

 

 

「無理はありませんよ、クラウド様」

 

 

「キリアまでどうした?」

 

 

「クラウド様がリュー様と交際を始めたのが43話、つまりおよそ一ヶ月前です。それから今回で48話になります。新章に入ってからもう5話目になってしまいます。

私は何度か出ていますが、アイズ様とラストル様は今回が新章では初登場。上機嫌になるのも仕方ないかと」

 

 

「……全然わからないんだが。43話とか新章って何? それにリューと付き合ってまだ一週間くらいしか経ってないと思うんだが……」

 

 

俺の妹と娘が何を言っているのかわからない件について。俺が理解できないのがおかしいのか?

 

 

「それに……クラウドが今日デートに行くって聞いたせいで、私達、落ち着かなくて」

 

 

「は?」

 

 

アイズはクラウドの横で相変わらず人形のように呟く。クラウドはアイズの台詞の内容に思わず聞き返していた。

 

 

「わー! わーっ!」

 

 

ラストルが慌てて席を立ち、アイズの口を塞ぐ。キリアもアイズの頭を左右から握り拳で圧迫している。当のアイズは全然痛くなさそうだが。

 

 

「何でお前らデートすることを――」

 

 

「し、知らないよ私達は! いくらクラウドのこと尾行してたからってそこまでは掴んでなかったからね!」

 

 

「その通りです。私がこっそりクラウド様の影に潜んで情報を得ていたとしても、そこまでは知りませんでした」

 

 

「今の弁明で全部吐いたようなもんじゃねえか」

 

 

嘘をつくのが下手なのか、それとも突っ込んでほしいのかどっちなんだ。

あと、アイズが口を塞がれてそろそろ苦しそうだから離してやれ。

 

 

「確かにリューと午後からデートに行くけどさ、それが何か問題でもあるのか?」

 

 

「無いと言い切れないような気がしないでもないような……」

 

 

「クラウドが……自分の胸に手を当てて聞いてみたら、いいと思う……」

 

 

「そのときのお二人の状況にしたがって臨機応変な判断をしますのでご安心ください」

 

 

「お前らは何で肝心なときだけ答えが灰色なんだよ」

 

 

王国の執政みたいな言葉を濁した言い回しになっている気がする。言葉が何だか曖昧だ。

 

 

「とにかく、何をするのか知らないが……邪魔しに来るなよ。絶対だぞ」

 

 

「努力するよ」

「頑張る」

「善処します」

 

 

大丈夫だよな? 尾行したりしないよな?

 

クラウドは訝しげに三人を見つめた後、すぐにロキ・ファミリアを後にした。




よくよく考えたら原作6巻の内容全然進めてないことに気づきました(何やってんだ)。なるべく早く進めていきますので、よろしくお願いします。

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第49話 漂白融解

お久しぶりです。気づいたら三週間くらい投稿してなくて驚きましたが、49話です。

あれれ? 何か新章入ってから本編が停滞しまくってるような……


アイズ達との朝食を済ませ、黄昏の館を後にしたクラウド。それから一端ヘスティア・ファミリアのホームに帰って身支度をして、現在豊饒の女主人の店先で近くの時計盤を確認しながら相手を待っていた。

 

 

「……」

 

 

リューがどんな服装で来るのか、どんな表情を見せるのか、何より今回のデートを楽しんでくれるのか。クラウドの脳内はさっきからそんなことでいっぱいだった。

因みに到着したのは約束の三十分前。少し早いかもしれないが、生真面目な彼女のことだ。最低でも十五分前には待っているとクラウドは踏んだ。定番通りの五分前集合でもしようものなら彼女を十分も待たせてしまうことになる。

デートなら男が先に待つべきである、と何かの本に書いてあった気がする。その本を全面的に信じるわけではないが、人生初のデートでさらに相談相手もいないのだ。こんなものに頼りたくもなる。

 

 

「しっかし、こんなのでよかったのか……?」

 

 

クラウドは自分の首から下を見下ろす。いつもの黒のジャケットと白のワイシャツだ。我ながら無難な選択をしたものだと思ったが、今日はさっきも述べた通り、初デートだ。変に冒険して失敗するよりは適度に危険を避ける方が得策だろう。

 

 

「クラウドさん、お待たせしました」

 

 

「お、来た……か」

 

 

横から声をかけられ、反射的にそちらを向いた。リューの今日の格好は袖の短い白のワンピース姿だ。

 

 

「……あ」

 

 

反射的におかしな声が口から漏れ出ていたことに、クラウドは全く気づかない。

普段のウェイトレスの制服も凛々しさと可愛らしさがあって素敵だが、こんな風に普通の町娘のような私服も違った良さがある。しかも、ウェイトレスの制服と違い、スカートの丈が太股の半ばまでしかない。

 

 

「クラウドさん? 聞こえていますか?」

 

 

「お、おう。聞いてる、うん」

 

 

感動と観察のせいで口が開きっぱなしだった。リューも心配になったのだろう。近くまで来て顔を覗き込んできた。

 

近い近い近い! それに何だかいい香りがする!

 

若干自分の思考が変態寄りになってきたことを察知し、首を左右に振ってそんな考えを掻き消した。

 

 

「それなら構いませんが……その、どうですか? 私の格好は」

 

 

「……似合ってるよ。というか、見蕩れてたくらいだ」

 

 

本当によく似合っている。が、そう思うと今の自分の格好が情けなく思えてきた。リューはお洒落をしてきたというのに、自分は普段の泥臭い雰囲気の戦闘服兼私服なのだから。

 

 

「クラウドさんのその服装も、似合って……いますよ」

 

 

「いや、でも俺だけいつもと変わらないのって、マズかったんじゃあ……」

 

 

「問題ありません。私も、男性が喜ぶ服というのがわからなくて……シルに相談したら、これがいいと」

 

 

シル、よくやった。

クラウドは心の中であの鈍色の髪の少女に賛辞の言葉を述べた。今度店に行ったらいつもより多く金を使ってやろうと誓う。

 

 

「じゃあ、そろそろ行こうぜ。ほら」

 

 

「……? クラウドさん、これは?」

 

 

クラウドはごく自然な手つきで右手をリューに向けて差し出した。リューはどういう意図があるのかわからず、瞬きを繰り返している。

 

 

「手、繋いでおこうと思ってさ」

 

 

「え?」

 

 

リューは言葉の意味を理解した途端に固まった。そうだった、手も繋いだことなかったんだっけ。

 

 

「そう……ですね。では……失礼します」

 

 

リューはおずおずとクラウドの左手に自分の右手を伸ばし、握った。俗に言う恋人繋ぎというやつだ。

 

 

「クラウドさんの手、意外と大きいのですね……それに、指も細い……」

 

 

「お前も……柔らかいんだな、手」

 

 

リューが顔を赤くして照れているせいでクラウドまで恥ずかしくなってきた。女子と手を繋いで恥ずかしがるような歳でもないのに、不思議でならなかった。

 

 

「なんか、いざこういうことすると恥ずかしいな。はは……」

 

 

「はい、私も……」

 

 

落ち着け、俺。そもそも俺達は色々すっ飛ばしてあれやこれやを済ませた間柄じゃないか。そう、例えば――

 

 

「もう、キスまで済ませたのにな……」

 

 

「なっ!?」

 

 

リューが突然クラウドの方に素早く顔を向けた。クラウドは何事かわからなかったが、リューの表情と先程思い浮かべていた(少なくとも自分ではそのつもり)言葉で合点が行った。

 

 

「く、口に出てたか?」

 

 

リューはコクリと頷いた。

 

しまったあああああ!!

 

 

「ち、違……いや、正確には違わないけど! ただ頭の中をよぎっただけで、とにかく、変な意味とかは全然――」

 

 

「わ、わかっています。ですから、落ち着いてください」

 

 

手を繋いだまま、数分。二人は周りで羨ましそうに睨んでくる多数の男性冒険者たちと、建物の陰から覗く三人の追跡者(、、、、、、)からの視線に気づけなかった。

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

「く~ら~う~どぉ~!!」

 

 

「ラストル様、声を抑えてください。気づかれてしまいます。アイズ様も身を乗り出しては危険です」

 

 

「だって、クラウドとあの人……くっつきすぎてる」

 

 

一人目は長い黒髪に同じく黒の猫耳と尻尾を持つ猫人(キャットピープル)の少女、ラストル。

二人目は銀色の髪に翡翠色の瞳をした精霊の少女、キリア。

三人目は金髪に金眼のヒューマンの少女、アイズ。

 

何故こんなところに? クラウドがいたらこんな台詞を吐いていたかもしれないが、理由など言うまでもない。尾行だ。

つい先日二人がデートの約束をしたという情報を乙女の勘(断じてストーキングなどではない)で聞きつけ、その様子を追跡することにしたのだ。

 

 

「確かにくっつきすぎだね……うぅ~、手を繋いでもらうなんて私も何度かしてもらっただけなのに……」

 

 

「ふふん、私はクラウド様に抱き締められたことがあります。一緒のベッドで眠ることも珍しくありません」

 

 

「それなら、私も……頭を撫でてもらったよ……」

 

 

クラウドの義理の妹と娘である三人はそれぞれ彼との触れ合い談義に熱を上げている。

そうこうしているうちにクラウドとリューの二人は照れくさそうに手を繋いだまま歩き始める。

 

 

「あ! 移動するみたい。追いかけよう」

 

 

キリアは物陰から移動しようとするラストルの手を掴み、引き止める。

 

 

「待ってください。クラウド様たちは相当に腕が立ちます。気取られないように魔法をかけておきましょう」

 

 

キリアは右手を軽く上げて魔法の詠唱に入る。

 

 

「【漂白融解(クリアクリーン)】」

 

 

青白い光の円環が三人を取り囲み、三人の爪先から上が少しずつ透明になり、周囲の風景に同化していく。

 

 

「わっ……すごい」

 

 

「本当に、消えてる?」

 

 

「我々三人の姿が他の人からは見えなくなります。正確に言えば、我々の存在を極めて認識しにくくするものですが」

 

 

三人とも、他の二人の声や姿は認識できている。対象者同士ならば認識可能なのだろう。

 

 

「ただし、気をつけてください。誰かに触れられたり、大声を出すと隠れきれなくなる可能性がありますので」

 

 

「りょーかい」

 

 

「わかった」

 

 

こうして、クラウドとリューの知らないところで三人の追跡者が動き出した。

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

「着いたな。ほら、ここだ」

 

 

一方、クラウドとリューは商店街の一角にある店に着いていた。店先には最近流行りの衣服やブーツ、ペンダントやイヤリングなどが並べられている。

 

 

「ここは……装具店ですか?」

 

 

「ああ、ヒューマンやエルフなんかがよく利用してるな。値段も手頃だから便利なんだよ」

 

 

店内も中々立派なものだった。大手の商業系ファミリアの店のような絢爛豪華な雰囲気はないが、隅々まで清掃が行き届いており、埃や塵も見られない。

店の四方の壁に掛けられた服はシンプルで動きやすそうなものから、優美な装飾の施されたものまで幅広く揃っている。

 

 

「ちょっとここに用があったからさ、ついでに済ませとくよ」

 

 

「用? どのような?」

 

 

「これ、替えてもらおうと思って」

 

 

クラウドは自分の両足を――履いているブーツ――を指差した。

 

 

「この前ラストルと戦ったときに酷使しすぎたからな。ちょうどいい機会だしな、新しくしてもらうよ」

 

 

クラウドは店のカウンターに立つ禿頭のヒューマンの男性に声をかける。

 

 

「店長、ブーツがくたびれてきたから新しいの頼むよ」

 

 

「おう、ちょっと待ってな」

 

 

店主はカウンター横にある棚を開き、そこからブーツを取り出す。クラウドが今履いているものと同じデザインの黒い革製のブーツだ。

 

 

「前のより軽くて破れにくい。その上、爪先と踵には革の内側に鋼が仕込んである。どうだ?」

 

 

「よし、それで頼む」

 

 

「あいよ、十万ヴァリスな」

 

 

クラウドは懐からヴァリス金貨の入った袋をカウンターに置く。すると、店主が何かに気づいてクラウドの後ろを珍しそうに見る。

 

 

「おい、おい、クラウド」

 

 

「何だ?」

 

 

「あのエルフの嬢ちゃん、お前のツレか?」

 

 

クラウドは振り返って店主の視線を追う。そこには店のアクセサリー類を眺めているリューの姿が。

 

 

「そうだけど?」

 

 

「もしかして、コレか?」

 

 

店主は左手の小指を立てて尋ねてきた。

その聞き方は一応知っているが、何か親父臭かった。聞かれるこっちも恥ずかしくなるだろ。

 

 

「ああ、俺の彼女だよ」

 

 

「何ぃぃぃぃ!?」

 

 

店主は口をあんぐりと開けて絶叫する。何でこんなに騒々しいんだこの人は。

 

 

「何てこった……お前は俺の知り合いで独身の最後の砦だと思ってたのに……」

 

 

「誰が独身の最後の砦だ。俺はまだ二十代だぞ、彼女ができてもおかしくないだろ」

 

 

「唐変木野郎には彼女なんて出来るわけないって安心してたのに……」

 

 

「誰が唐変木だ。あんたもそんなだからいつまでも独身なんだろ」

 

 

何だこの状況は。何でブーツの新調の話から知り合いのオッサンを慰める(慰めになってるのかどうかわからんが)流れに……

 

 

「リュー、お前も何か買う――ん?」

 

 

クラウドは今まで視界から外れていた彼女を捉えると、そこには宝飾品の棚に置かれた蒼玉(サファイア)の首飾りに眼を奪われている姿があった。

 

 

「リュー?」

 

 

「あっ、クラウドさん」

 

 

「……これ、欲しいのか?」

 

 

リューは一瞬戸惑ったように眼を泳がせる。即答しない辺り、『本当は欲しいが言い出せない』という考えが感じられた。

クラウドはその首飾りを手に取ると両手で首飾りの鎖の部分を掴み、リューがそれを首から掛けている様を想像する。

 

 

「……アリだな」

 

 

「え?」

 

 

「欲しいんだろ? 俺が奢るよ」

 

 

クラウドはカウンターで今も絶望的な顔をしている(いつまでその顔なんだ)店主の所へ持っていこうとするが、リューはそれを引き留めた。

 

 

「待ってください。確かに、貴方の気持ちは嬉しい。で、ですが……クラウドさんに悪いです」

 

 

「気にするなよ。恋人同士なんだからさ、プレゼントくらいさせてくれ」

 

 

リューは僅かに顔を綻ばせながら「……では、お言葉に甘えて」と了承してくれた。

 

 

「店長、これも追加で頼む」

 

 

「ん? おお、じゃあさっきのブーツと合わせて……四十万ってとこだな」

 

 

「おいこらちょっと待て」

 

 

もしかしてこの首飾り三十万もするのか!? ブーツの三倍!?

 

 

「……値切らせてもらっていいか?」

 

 

「女連れの男は却下だ」

 

 

「ちっ」

 

 

「舌打ちしたって却下」

 

 

まさかここで意趣返しが来るとは。中々やるなこのオッサン。

 

 

「……買うよ」

 

 

まあいい。男気、もとい彼氏らしさを見せるためにもこれくらいの出費は甘んじて受けよう。

そう、そうだ。ダンジョンに潜って、また金を稼げば取り返せる。まあ、それでベルたちに余計負担がかかることは申し訳ないが。ベル、リリ、ヴェルフ、すまん。

 

 

「ほら、リュー」

 

 

「……! ありがとうございます」

 

 

リューは首飾りを受け取ると自分の両手を首の後ろに回して結ぼうとした。だが、慣れていないのか中々上手くいかない。

 

 

「む、難しい……」

 

 

「無理するなよ。ほら、俺がつけてやるから」

 

 

「……あ、では、お願いします」

 

 

やれやれ。と、クラウドは首飾りを一旦受け取り、留め具の部分を両手の指で摘まむ。

そしてそれを彼女と向き合う形で首の後ろに持っていく……が、その直前でクラウドの手が止まった。

 

 

「………」

 

 

何かあっさりと「つけてやるから」なんて言ってしまったが、これはそんなに簡単ではないのでは?

なぜなら、クラウドは今彼女の顔が間近にある状態でさらに彼女の白くて細い首を囲うように手を回すわけだ。

当然、彼女との距離もかなり近い。もしどちらかがうっかり前のめりになろうものなら唇が合わさってしまうくらいだ。

 

 

(いかんいかんいかん。ナニを考えてんだ俺は)

 

 

正直、不可抗力だとしても彼女とふれ合うのは嬉しい。だが、いくら交際している仲とはいえ限度というものがある。

もしリューがこの状況の危険性(?)に気づいて、クラウドが不埒な企みをしていたなどと思われたくないのだ。

 

しかし、自分からつけてやると言った手前、今更断る理由も思いつかない。

クラウドはこれらの思考をほんの数秒で済ませ、決意を固める。

 

よし、このままさっさと首飾りをつける!

 

 

「……動くなよ」

 

 

「は、はい」

 

 

「……すぐにつけてやるからな」

 

 

「わかりましたから……その、何故囁くような声で……」

 

 

リューが何やら言っているが、クラウドの感覚器官はあまりそれらの情報を拾っていない。今は指先の動きに集中しているのだ。

 

 

「よし、これで大丈夫」

 

 

緊張と不安の入り交じった作業だった。大袈裟だと思うかもしれないが、これは本当のことだ。

 

 

「うん、やっぱり似合う」

 

 

改めてリューの格好を見るが、やはり首飾りをしている姿も絵になる。先程より彼女のお洒落の度合が上がった気がする。

 

 

「ありがとうございます。とても……嬉しいです」

 

 

「はは、どういたしまして」

 

 

リューは健やかな笑顔で感謝してくれた。ああ、良い。非常に良い。また財布が重くなったら何かプレゼントしよう。

 

 

「―――――!」

 

 

ん? 何か聞こえた。多分常人なら反応すらできないほどの微かな音なのだろうが、ステイタスによって発達した聴力でクラウドはそれを聞き取った。

 

 

「リュー、今何か言ったか?」

 

 

「いえ、何も。何か聞こえましたか?」

 

 

「何か話し声みたいなのが……」

 

 

ドタドタッ バサッ

 

 

店の隅から何やら騒々しい音が届いた。突然の音に驚いてその方向を向いて――原因が理解できた。

 

 

「いったたた……」

 

 

「見つかった……」

 

 

「不覚です、御二人とも」

 

 

そこには、店の床に仲良く倒れるラストル、アイズ、キリアの姿が。

 

 

「お前ら……何しに来たんだよ……」




一応次回で本編が少しだけ進む予定です。前フリ長くてすいません。

それでは、感想、質問などありましたら感想欄に、意見や要望、アイデアなどがありましたら活動報告にどちらも遠慮なくご記入ください。


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第50話 嫉妬

警告⚠ R-15くらいはあると思います(あくまで私の推測です)。ですから、健全な方はよく考えてどうするか判断してください。別に構わねぇという方は無視してどうぞお読みください。


「……」

 

 

「リュー、頼むから機嫌直してくれ」

 

 

クラウドは心なしか不機嫌そうな顔になっているリューに申し訳なさそうに謝罪する。

 

 

「怒っているわけではありません。ただ……」

 

 

「ただ?」

 

 

「クラウドさんは、優しすぎます」

 

 

リューの言わんとしていることはよくわからないが、彼女の機嫌が損ねられた原因ははっきりとわかっている。

自分たち二人の座っているベンチの横、もう一つのベンチに腰を下ろしている三人の少女たちのせいだろう。

 

 

「で、何でお前らあそこにいたんだ?」

 

 

「えーっと……偶然かな?」

 

 

「私はクラウド様の専属精霊ですから、お側に現れることは避けようのない事態です」

 

 

「……別に、尾行したりはしてないよ」

 

 

三人の少女――ラストル、キリア、アイズは苦笑いしたり、しれっとした顔で答える。

どういうわけか二人が寄った装具店にこの三人も付いてきていたことが発覚したのだ。

 

 

「いや、別に責めてるわけじゃなくてな。何でわざわざ隠れて移動してたのか聞きたいんだよ」

 

 

そう。これもどういうわけか、三人とも認識阻害系の魔法を使って尾行していたのだ。

偶然店に来たのならそんな大仰に隠れる必要などない。

 

 

「もう、バカ……」

 

 

「バカというより、唐変木でしょうね。クラウド様の場合は」

 

 

「……何でかは、自分で……考えて」

 

 

……ますますわからん。

 

 

「一緒に遊びたかったとか?」

 

 

「何か、合っているような……そうでないような……」

 

 

ラストルは苦々しそうに頭を抱える。もう降参したい。

 

 

「じゃあ、二人で一緒にご飯を食べてくれたら……許してあげる」

 

 

考えを巡らせているとアイズがおずおずと手を挙げて要求をしてきた。

一体何を許してもらうのか理解できなかったが、事態が収束するなら別にお安いご用だと乗っかることにした。

 

 

「そんなのでいいのか? なら今度――」

 

 

「だ、ダメ!」

 

 

今度はラストルが慌てて割り込んできた。

 

 

「アイズだけなんてずるいよ! 私にもお願い!」

 

 

「じゃあ、三人で……」

 

 

「「二人で!」」

 

 

「いや、だから何で?」

 

 

アイズもラストルも全く譲らない。三人で食べるのと二人で食べるのと何が違うんだ?

 

アイズとラストルが向かい合って睨み合う中、クラウドの服の裾をキリアがちょいちょいと引っ張ってきた。

 

 

「クラウド様、では間をとって今夜は私と同衾を……」

 

 

「寝るだけな。というか何の間だ」

 

 

さっきから繰り広げられている論争に当然リューも黙っていない。

 

 

「く、クラウドさんは私の――」

 

 

「リューは散々いい思いしてるじゃない! 私にもしてくれないと不公平!」

 

 

リューの参戦もラストルによって簡単に門前払いされてしまう。いつになく強気なのが何故か、クラウドには理解できていないが。

 

 

「それに! こんなに可愛い義理の妹がいるのに、キスもしないなんてクラウドはおかしいよ! ほら、クラウド! んー!」

 

 

ラストルはクラウドに詰め寄り、唇を尖らせながら近づいてくる。

 

何しようとしてんのお前!?

 

 

「――っ! 義理の妹なら、私も同じ……んー」

 

 

「家族間のスキンシップも大切です、クラウド様。ですから私にも」

 

 

アイズもキリアも同様に左右から唇を尖らせて近づいてくる。お前らもか。

 

 

「そ、そういうことは私と――」

 

 

「ですよねー」

 

 

最後にリュー。残った一つ、クラウドの背後から来た。四方を囲まれる形で美少女四人からキスをせがまれるなんてことが現実に起こり得るとは。

事実は小説より奇なり、とはこのことか。

 

 

「あー! もう!」

 

 

クラウドは膝を折ってしゃがみ、アイズとラストルの立ち位置の間、丁度潜り抜けられるほどの隙間から脱出する。

ここは一時撤退するのが得策だ。

 

 

「何か、飲み物でも買ってくるからそれまでに話纏めといてくれ!」

 

 

クラウドは両足のバネを全力で使い、走り出す。だが、それでよしとする四人でもない。

 

 

「あっ、こらクラウド!」

 

 

「敵前逃亡は、重罪です」

 

 

「……まだ、話は終わってない!」

 

 

「……逃がさない」

 

 

数分間の追跡合戦(デッドチェイス)の末、クラウドは何とか四人を振り切ることに成功した。

 

 

 

 

 

◼◼◼◼◼

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……よ、よし。撒いたか」

 

 

しつこかった。本当にしつこかった。戻ってくると言っているのだから素直に待っていればいいものを。

 

息を整えたクラウドは、目的地である商店街に足を運んだ。彼女たちのご機嫌取りにでもなれば幸いだ。

 

 

「最近暑くなってきたからな、あいつらも何か冷たい物でも飲んだら落ち着くだろ」

 

 

彼女たちの焦りや闘争心をまるでわかっていないクラウドは、呑気に軽食店に赴き、五人分の飲み物を注文する。

 

 

「……戻ろ」

 

 

初デートのはずがとんだ騒動になってしまった。客観的に見ればクラウドのせいだが。

クラウドは丁寧に紙袋に詰め込まれた飲み物のボトルを持ってそう呟く。

 

 

「あ! おーい、クーちゃーん!!」

 

 

「――?」

 

 

感傷的になりながら四人の元へ帰ろうとしたところに、背後から声をかけられた。声や呼び方から考えてクラウドの知り合いで該当する人物は一人しかいない。

 

 

「レイ……!」

 

 

「やっと会えたー! 探してたんだよ、ずっと」

 

 

レイシア・クロウフォード。つい二日前に再会した幼馴染みの少女だ。

レイシアは短めに揃えられた青白い髪をはためかせながら此方へたどり着いた。

 

 

「探してた? 俺に用でもあったのか?」

 

 

「う、うん。クーちゃんのファミリアにも寄ったんだけど、ベル君に留守だって言われちゃって」

 

 

「あ、そっか……悪かったな」

 

 

「ううん、大丈夫。気にしてないから。それより、その荷物どうしたの? 買い物?」

 

 

レイシアはクラウドが左手に持っている紙袋に視線を移す。

 

 

「ああ……ちょっといざこざというか……さっき知り合いと一悶着あってな。お詫びか気休めにでもと思ってジュース買っといたんだ」

 

 

「あはは……大変だね」

 

 

腕組みをして苦笑いするレイシア。そのせいで両腕の上に彼女の豊かな胸の膨らみが乗ってしまい、非常に目のやり場に困る。

目測の域を出ないが……ヘスティアと同じくらいあるんじゃなかろうか。

 

そんなクラウドの心境を知ってか知らずか、レイシアは訝しそうに目を細める。

 

 

「――! クーちゃん、何だか視線が厭らしいよ。どこ見てるの?」

 

 

「べっ、別にそんな風に見てないっての! ただ、お前も色々変わったなって思って……」

 

 

レイシアはきょとんと目を丸めた後、今度は顔を赤く染めて口元を手で覆う。

 

 

「クーちゃんの(たら)し癖の方は相変わらずみたいだね……あ、でもそういう台詞は他の娘に言わない方がいいよ。勘違いしちゃうだろうし」

 

 

「言ってるわけないだろ。お前くらいしか…………幼馴染みはいないんだからさ」

 

 

「……そうだね」

 

 

レイシアは嬉しそうにクスクスと笑う。その笑顔は紛れもない、昔と同じものだ。クラウドも懐かしさと和やかさで思わず頬が緩んでしまう。

 

 

「あ! そういえばまだ話してなかったね。ほら、本題はこれ」

 

 

レイシアは上着のポケットから一つの封筒を取り出す。弓矢と太陽のエンブレムの施された封筒を。

 

 

「アポロン・ファミリアからか?」

 

 

「うん。明後日アポロン・ファミリア主催の宴があるから、それの招待状。主神の方に渡しておいて」

 

 

宴、と聞いて嫌な予感がした。ただ自分達が運悪く最近アポロン・ファミリアと喧嘩をしただけかもしれないが、いきなり宴を開くと聞いて正直あまり乗り気になれない。

 

 

「しかも、今回すごいんだよ。神様だけじゃなくて、眷族も連れてきていいんだって! それも二人まで!」

 

 

「へぇ、それなら俺とベルとヘスティアの三人で丁度だな。ありがと、帰ってヘスティアに話つけとくよ」

 

 

「うん、お願い」

 

 

そう聞くと多少は気が乗った。ある程度生活に余裕が出来たとはいえ、ヘスティア・ファミリアの家計は苦しい。たまには豪華な宴の場で食費を浮かせることも大事だ。

 

そんなセコい考えを巡らせながらクラウドは招待状を受け取る。

 

 

「じゃあ、明後日楽しみにしてるから! じゃあね!」

 

 

「おう、気をつけて帰れよー」

 

 

レイシアはぴょんぴょんスキップしながら嬉しさ満点で帰っていった。

 

 

「さて、俺も行くか」

 

 

改めて四人を探しに歩を進めようとするが、レイシアと入れ違いに現れた人物によって遮られた。

 

 

「ここにいましたか。探しましたよ、クラウドさん」

 

 

「あっ、リュー」

 

 

さっき別れたリューが追いついてきたようだ。かなり走り回ったのか、額には汗が浮かんでいる。

 

 

「丁度よかった、今戻ろうとしてたんだよ。アイズたちは?」

 

 

「彼女たちは帰ってしまいました。今回は引き分け、だそうです」

 

 

「引き分け?」

 

 

「……わからないなら構いません」

 

 

呆れたようにため息をつかれた。と、思ったら急に「ところで」と話を変えられた。

 

 

「先程の女性は? 貴方の知人の方ですか?」

 

 

「ああ、レイのことか?」

 

 

どうやらレイシアと話していたところを見られていたようだ。クラウドは特に隠す必要もないので、あっさりと彼女のことを話した。

 

 

「あいつ、俺の幼馴染みでさ。今は別のファミリアにいるんだけど、この間偶然会ったんだ」

 

 

「……そうですか」

 

 

「なんで顔をしかめてるんだ?」

 

 

レイシアについて話した途端にむむっと顔をしかめられた。何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか。

 

 

「クラウドさんの周りには女性の方々が多いです」

 

 

「そうか?」

 

 

「実際、ヴァレンシュタインさんたちの言動や行動には貴方への愛情がある。それはわかるでしょう?」

 

 

「愛情って……あいつらは俺の家族なんだから、普通じゃないのか?」

 

 

アイズも、ラストルも、キリアも自分に少なからず懐いてくれているのはわかるが、単純に『そういうのが普通』だと思っていた。だが、彼女の意見からするとそうではないように聞こえる。

 

 

「いえ、普通……少なくとも並大抵ではないと思います。それに、先程の方の反応も……」

 

 

「レイが? まあ幼馴染みなんだし、仲がいいのは確かだけど……」

 

 

「ですからっ! そういうことではないと言っているんです!!」

 

 

「……っ」

 

 

突然、プツンと糸が切れたようにリューが怒りを露わにする。だが、クラウドの胸の内に浮かんだ感情は反感ではなく、単純な疑問だった。

 

 

「ど、どうしたんだよ一体……何でそんなに……」

 

 

「…………申し訳ありません、つい、怒鳴ってしまって……」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

彼女の表情が怒りから、哀しそうなものへと変わる。クラウドはついさっきまで彼女の怒りの原因がわからなかったが、今なんとなく察しがついた。

 

 

「……わかってはいるんです。こんな醜い感情は間違っていると。クラウドさんを……私の好きな貴方への信頼が、揺らいでいるような気になって……自分が嫌になります」

 

 

「リュー、お前……」

 

 

「ですが……ですが、いくら理屈で否定しても感情では全く納得できなくて……貴方の優しさが――私に向けてくれていた愛情が……誰かに奪われると思うと……胸が苦しくなって……」

 

 

嫉妬、か。

 

彼女はクラウドが他の女子と仲睦まじそうに接していることや、必要以上に情を注いでいることに我慢ならないのだ。

確かに、クラウドにもその感情は理解できた。もしリューが他の男と手を繋いだり、体を触られたりしていたらそんなことは絶対に認めたくない。想像するのも苦しいくらいだ。彼女はそんな光景を実際に見せられていたのだ。

 

 

「リュー」

 

 

「………何ですか」

 

 

クラウドはリューの右肩を掴んで正面を向かせた。リューはさして抵抗するでもなく、不思議そうにクラウドと目が合う位置に向き直る。

 

 

「く、クラウドさん……一体どうし、んむぅ!?」

 

 

クラウドは彼女の小ぶりな唇と自分のそれを重ねた。

リューは一瞬激しく動揺したが、やがて大人しく動きを止めた。だが、羞恥と動揺からか、身体がガチガチに固まって完全に受け身の体制になっている。

クラウドはそれを解すために彼女の肩から下――二の腕から前腕にかけてゆっくり(さす)っていく。

 

 

「ん……ふぅ……あ、ああ……」

 

 

(……可愛い)

 

 

身体をビクビクと震わせながら緩い摩擦の感覚に敏感に反応している。しかも、それを悟られないようにしようと耐えている姿が余計にそう思わせた。

 

 

「れろ……ちゅっ……ぺろ……」

 

 

「んんっ!」

 

 

唇の隙間から彼女の口の中に舌を入れていく。以前彼女にされたことへの意趣返しの意味も込めて実行してみた。

 

 

「はぁ……はぁ……ちゅる……ちゅぱっ……」

 

 

「うっ……や……ああ……」

 

 

脳が痺れそうだ。もう二人の感覚はお互いの相手の情報しか拾っていない。

クラウドが舌をリューのものと絡ませると、彼女もぎこちない動きではあるが舌を動かしてくる。

単純な気持ちよさよりも、彼女の健気さや彼女に対する愛おしさで胸が一杯になる。

 

 

「んっ……はあ……はあ……はあ………」

 

 

そして十分すぎるほど彼女とのキスを楽しんだところで、唇を離す。唾液が二人の唇の端を繋ぎ、途中で切れた。

名残惜しさに浸っていたところで、今も息を整えているリューに話しかけた。

 

 

「どうだった?」

 

 

「……はあ……はあ……一体、どういう……」

 

 

熱っぽい瞳で聞き返してくる彼女にクラウドは悪戯をするように尋ねた。

 

 

「気持ちよかったか?」

 

 

「なっ……!? し、知りません……」

 

 

リューは顔を真っ赤にして拗ねたように顔を背けた。

クラウドは今度は真剣な顔で彼女に聞く。

 

 

「お前が不安だって言うなら、いつでも言ってくれ。不安になんかさせない」

 

 

「……ですが、貴方は」

 

 

「わかってる。俺はアイズたちのことを大切に思ってる。命を懸けて守りたいくらい大事だ。だけど、将来を誓い合う相手はリューじゃないと駄目だ」

 

 

「……私が、ですか?」

 

 

「ああ、ずっとそう言ってきただろ?」

 

 

リューはさっきまでの表情から一変、顔を綻ばせる。クラウドも照れくさそうに頬を掻きながら笑みを浮かべた。

 

 

「でしたら、その……」

 

 

「ん?」

 

 

「今夜……今夜は一緒に……過ごしていただけますか?」

 

 

リューはもう今までの比ではないくらい顔を赤くしてお願いしてきた。

断れるわけがない。断る理由を見つけるなんて絶対に不可能だ。

 

 

「ああ、一緒にいよう」




この後、二人は何をしたんでしょうね(すっとぼけ)。
一応次回はダンス・パーティーに行く予定です。ようやく原作を進められる……

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第51話 舞踏会

間が空いてしまい、申し訳ありません。

年内に最新話上げようと急いだので見落としがあるかもしれませんし、そんなに話も進んでません!


「どうですか? これ……変じゃないですか?」

 

 

「そんなことねぇよ。馬子にも衣装って感じだ」

 

 

「うんうん、格好いいよ、ベル君!」

 

 

今夜、アポロン・ファミリアで開催される『神の宴』は眷族を二名まで引き連れて参加することになっている。

本来、こういった宴では眷族の参加は認められていないが、今回は主催者側の要望であり、さらに神々もそれを見事に面白がって受け入れてしまった。

 

そんなわけで現在、クラウド、ベル、ヘスティアの三人は燕尾服とドレスで着飾って宴の会場を訪れていた。

 

 

「すまぬな、色々と世話になってしまって」

 

 

「あ、ありがとう。誘ってくれて……」

 

 

クラウドたちと遅れて馬車の中からミアハとナァーザが出てくる。最初はミアハも出席を渋っていたものの、ヘスティアからの説得と馬車や衣装代を肩代わりするという条件で納得してくれた。

尤も、ナァーザにしてみれば想い人と同伴できて嬉しいのだろうが。

 

 

「じゃあ、そろそろ行こうぜ」

 

 

「ああ、そうですね」

 

 

クラウドはベルに促すと、ベルはヘスティアの、ミアハはナァーザの手を取ってエスコートを始める。

クラウドはなし崩し的に両手が空いてしまったことに寂しさを感じたものの、よく考えたら彼女持ちの時点で寂しくなどないと割りきることにした。

というか、いくら宴だからといって他の女と必要以上に仲良くしていたらリューが不機嫌になるに違いない。

 

 

「ベル、ちょっといいか?」

 

 

「は、はい」

 

 

クラウドはヘスティアの手を取って歩くベルに耳打ちする。

 

 

「アポロンの連中が何をしてくるかわからない。俺はともかく、ヘスティアに危険が及ばないように注意してろよ」

 

 

「……! わかりました」

 

 

先日の酒場での一件から、クラウドたちはアポロン・ファミリアの動向に対して警戒を続けている。

今回の宴の開催時期や趣向が偶然のものであるに越したことはないが、『あのアポロン』がその程度で済ませるとはとても思えない。

 

 

そんな不安と警戒心を抱きながら、一同は館に足を踏み入れた。

 

 

「………」

 

 

館の内装は、びっくりするほど豪華だった。受付のある一階もそうだが、パーティの会場である二階のダンスホールは目が眩しくなるほど金の装飾がただっ広い空間内に無数に施されており、いくつものシャンデリア型の魔石灯が吊るされている。

 

デザインより実用性を重視してしまうクラウドからすれば「もっと他に金をかけるところがあるだろ」と考えてしまう。

だが、そんなことを大真面目に言うのは野暮というものだろう。

 

 

(人が多い……それに……)

 

 

見られている。それも一人や二人ではない。

流石に誰のものか判別はできないが、針のような無数の視線がクラウドやベルを刺しているのがわかる。

 

 

(俺の杞憂で済めばよかったのにな……これは一悶着あると思った方がいいか……)

 

 

クラウドは周囲の目を気にしながら燕尾服の下に忍ばせた拳銃を右手で握る。

が、それを見計らったように何者かがクラウドの拳銃を握る手を横から掴む。

 

 

「クーちゃん、来てたんだ。よかったぁ……」

 

 

「……レイ?」

 

 

突然の事態に同様を隠せなかったが、相手がレイシアだと気づいたことですぐに平静を取り戻す。

赤いドレスで着飾った彼女の姿は見惚れるほど美しく、ドレスとは対照的な青白い髪がより映えている。

 

 

「……こんなの持ち込んでたの? もう、物騒なんだから」

 

 

「……護身用だっての。というか、魔法が使える連中からすれば可愛いもんじゃないのか?」

 

 

「クーちゃんがそれ言う? ああ、ほら、もうアポロン様の演説が始まるよ」

 

 

レイシアが指差した方向には、端正な顔立ちのブロンド髪の男が大広間の奥で仰々しく両手を広げて演説を始めようとしている。

 

 

『諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

 

「……」

 

 

ベルとヘスティアの方を見るが、特に怪訝そうな表情をしている様子はない。

特にベルはさっきまで引き締めていたであろう気配りを緩めているように見えた。

 

クラウドはレイシアと別れると、ベルたちの元に寄る。

 

 

「二人とも、これからどうする?」

 

 

「うーん……アポロンと話すのは後にしておくとして……せっかくだし、美味しい料理でも食べようぜ」

 

 

「あ、いいですね。行きましょう」

 

 

正直、今は宴を楽しむとかそんな気分じゃない。さっき注意しておけと言っておいたが、人の良いベルのことだ。優しそうな面を見せられたら警戒を解いてしまうのも無理はない。

 

念のため給仕係から受け取ったグラスの酒の匂いを嗅ぎ、軽く口をつけてみた。

 

 

(薬物が含まれているわけじゃない……問題なし、か)

 

 

「お、見知った顔がいると思ったら。クラウド君も来てたのか」

 

 

「18階層以来ですね、【銀の銃弾(シルバー・ブレット)】」

 

 

「ヘルメス、それにアスフィも」

 

 

それぞれ燕尾服とドレスに身を包んだヘルメス・ファミリアの主神とその眷族が背後から声をかけてきた。

この二人には18階層にベルたちを助けに行った際に協力してもらった関係だ。主神たるヘルメスは胡散臭いことこの上なかったが。

ヘルメスは最初はにこやかな様子だったが、悪戯っぽく笑うとクラウドの肩に手を置く。

 

 

「ダンス・パーティに来るぐらいなら構わないだろうけど、程々にしておきなよ? 他の女の子と踊ってたなんて知れたらリューちゃんの拳が飛んでくるからさ」

 

 

「お前は俺を何だと思ってんだ」

 

 

リューは基本的にそういうことで暴力を振るわない。だが、やはり彼氏として必要以上に他の女性と触れ合うのはいただけないと思うし、逆の立場になったら自分もイラッとするのも事実。

殴る蹴るは不明だが、不機嫌になるくらいは容易に想像できる。

 

 

「そもそもお前に心配されるほど危うい関係じゃないっての。リューを悲しませるようなことは絶対にしない」

 

 

「ははっ、男らしいな。キミは」

 

 

ケラケラと快活に笑うヘルメス。

 

やっぱこいつ苦手だ。何を考えてるかわからないトコが特に。

 

ヘルメスはしばらく笑っていたが、クラウドの後方に視線を移すと「おおっ」と感嘆の声を上げる。

 

 

「どうやら大物のご登場みたいだよ」

 

 

「大物?」

 

 

「ここにいるほとんどの男たちはアレが目当てだよ、ほらアレ」

 

 

ヘルメスの指差す先には、他の女性参加者より一回り豪華なドレスに身を包んだ美女――いや、あれは女神だ。

 

 

「……大物なのは否定しないけど、別に俺はアレ目当てじゃないからな」

 

 

「一途だなあ、リューちゃんに聞かせてあげなよ」

 

 

「そうだな。今度デートしたときにでも言っとくよ」

 

 

クラウドの口調が淡々としたものになっているのはヘルメスが相手だからというだけではない。

ヘルメスの言う『大物』がクラウドにとってはただの『一番会いたくない相手』だからだ。

 

背中まで流れるような長い銀髪と、ドレスで強調された抜群の身体の曲線。特筆すべき点は、女神の中でも一線を画する美貌だろう。

そう、美貌――美の神(フレイヤ)。ここに現れる可能性も考えていたが、いざ目にすると顰めっ面を隠しきれない。

 

横にいたベルもすっかりその美貌に見とれてしまっているようだ。即座にヘスティアがベルに体当たりをかまして魅了されるのを阻止する。

 

 

「ベル、あんまりヘスティアを困らせてやるなよ。それに、あの女は『美の神』だぞ」

 

 

ヘスティアに絡まれているベルに、クラウドはため息混じりに話しかけた。

 

 

「『あの』って……クラウドさんは会ったことがあるんですか?」

 

 

「ああ、見ての通り人目を引くから公の場には滅多に顔を出さないんだけどな。よほど大事な用でもあったんだろ(、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 

理由などわかっている。クラウドとベルだ。

 

以前、怪物祭(モンスターフィリア)の闘技場で遭遇したときに聞いたフレイヤの台詞は冗談めかしていたが、あの女にとっては下界の子供のことなどその程度なのだ。

相手が中堅ファミリア以下なら即行で叩き潰してやるところだが、相手はオラリオでも最上位のファミリアだ。それはほぼ不可能に近い。

 

 

「で、でも本当に綺麗ですよね。あんな(ひと)、初めて見ました」

 

 

「ま、あの見た目なら無理もないだろ。美の神だなんて呼ばれてるくらいだ」

 

 

ここで、ベルの背中に貼り付いていたヘスティアがぐぐっとツインテールをくねらせながらクラウドの方を向く。

 

 

「おいおい、クラウド君! 主神たる者、眷族の浮気はいただけないぜ」

 

 

「だから浮気してるつもりはないっての」

 

 

自信満々に返してやった。誰が浮気なんてするか。そんなものは生涯するつもりはない。

 

 

「あ、あれ? こっちに来ますよ」

 

 

ベルが慌てた様子でフレイヤの方を指差す。その先には、群がる男たちの列を潜るように歩いてくるフレイヤの姿があった。後ろには彼女の眷族であるオッタルを連れている。

 

 

「ごきげんよう。来てたのね、ヘスティア」

 

 

「あ、ああ。君こそ、ガネーシャの宴のときといい、最近はよく顔を見せるね」

 

 

ヘスティアは腕組みしながらフレイヤに返した。

よっぽどベルのことが心配なんだな。

 

 

「珍しい顔触れが揃っているようだから挨拶をしに来ただけよ」

 

 

そう言ってフレイヤはベルの頬に手を伸ばす。

 

 

「今夜、一緒に過ごして頂けないかしら?」

 

 

「……っ!」

 

 

クラウドはうっとりした表情でベルに言い寄るフレイヤの手首を掴んで無理矢理引き剥がす。

 

 

「あら?」

 

 

「ベルに何してんだ、色ボケ女神」

 

 

怒りを込めて睨んだが、フレイヤは萎縮するどころか面白そうに微笑んでみせた。

 

 

「ふふ、もしかして嫉妬? 可愛いわね」

 

 

「喧嘩を売ってんのか? 護衛一人で随分と強気だな」

 

 

主神への敵意にフレイヤの後ろに立つオッタルが反応する。しかし、フレイヤは余裕そうに片手で制す。

 

 

「心配しなくてもいいわ。貴方のことだって、同じくらい可愛がってあげる」

 

 

「お断りだな。俺にはもう生涯を一緒に過ごす相手がいる」

 

 

フレイヤは蠱惑的な笑みを浮かべて誘いの言葉を投げかけてくるが、そんなものは意にも介さない。

 

 

「面白いわね。けれど、私とその相手、どちらが貴方を満足させられるのか試してみたいと思わない?」

 

 

「試すまでもないな。俺の嫁の圧勝だ」

 

 

たとえフレイヤが美の神だろうが、世間がその美貌に骨抜きになろうが、この主張を崩す気はない。

 

リューの魅力は容姿以外にも数えきれないほどある。普段の物静かな雰囲気も、時折見せる女子らしく恥じらいを見せる面も大好きだ。毎日惚れ直すくらい好きだ。

 

 

「俺の嫁は世界一だ。俺が一番好きな女を甘く見るなよ」

 

 

「…………」

 

 

フレイヤは数秒クラウドを見つめ続けた後、「失礼するわね」とだけ言い残しその場を後にした。

 

この言い争いを観戦していた男神の連中は「シルブレ、マジかっけー!」とか「俺の嫁宣言キター!」などと盛り上がっていたが、そんなことはどうでもいい。てか、何だシルブレって。略すな人の二つ名を。別に気に入ってないが。……本当に気に入ってないからな。

 

 

「……あの、クラウドさん」

 

 

「何だ? ベル」

 

 

何故かベルが顔を赤くして尋ねてきた。何で顔を赤く?

 

 

「あの、クラウドさんって……もしかして、もう卒業しちゃったんですか?」

 

 

「……さっきの話の流れでわかるけど、一応聞いとく」

 

 

「えっと……ど、どうて」

 

 

「お前にはまだ早いから!」

 

 

全く、このマセガキめ。




それでは、2017年もよろしくお願いします。まさか私もここまで進むとは思ってなかったので正直驚いてますよ( ̄▽ ̄;)

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第52話 杞憂

お久しぶりです。投稿の間については、もう何も言わねえでくだせえ……


「諸君、楽しんでくれているようで何よりだ」

 

 

大広間に一人の男の声が響く。クラウドたち来客や舞踏の曲の演奏者たち全員が一斉に視線を声の方に向けた。その先では金髪の男神――アポロンが両手を仰ぎながら立っている。

 

 

「宴の最中に悪いのだが、今日はある者に物言いをしたい」

 

 

薄く笑みを浮かべるアポロンはゆっくりと視線をヘスティアに向ける。

 

 

「やあ、ヘスティア。先日は私の子が世話になったな」

 

 

「ああ、ボクの方こそ」

 

 

名指しされたヘスティア。先日、というのは焔蜂亭でアポロン・ファミリアと喧嘩をした日のことだろう。

ヘスティアは怪訝そうに返事をした。

 

 

「私の子に危害を加えたのは君の子だろう? 代償を支払ってもらおうか」

 

 

予想はしていた。が、こんな公の場で言われるとは思わなかったのか、ヘスティアの眼が驚きで見開かれる。

そして、激怒とともに反論する。

 

 

「い、言いがかりだ! 大体、ボクの子だって怪我をしたんだ、そっちにだって非があるだろう!」

 

 

「だが、私の子の方が重い傷を負ったことは間違いない。このルアンの無残な姿を見るがいい」

 

 

アポロンが芝居がかった素振りで天を仰ぎ、嘆いているさまを演出する。

それと同時にアポロンの従者が二人がかりで何かを運んでくる。モゾモゾと動いている包帯に巻かれたそれは、どうやら生き物のようだ。一見すると木乃伊(ミイラ)に見えるが、ルアンという名からして焔蜂亭で陰口を叩いていたアポロン・ファミリアの小人族の男だろう。

 

 

「痛えよお、あいつらにやられた傷が治ってねえせいだぁ~」

 

 

そこまで包帯が必要になるほど痛めつけた覚えはない。どう考えても大げさな惨状としか言いようがない。

 

 

「べ、ベル君。まさかと思うけど本当にここまで……」

 

 

「いやいやいや、してませんよ!」

 

 

「待てよ、アポロン」

 

 

流石に見ていられないと、クラウドが話に入る。このままベルとヘスティアに任せていたら事態が悪い方向に行くと判断したからだ。

 

 

「何かな、銀の銃弾(シルバー・ブレット)。私の言葉に何か間違いでもあったかい?」

 

 

「ああ、あるぜ。お前の意見に押し切られるわけにはいかないからな」

 

 

「ちょ、ちょっとクーちゃん」

 

 

いつの間にか横にいたレイシアが慌てて止めに入るが、クラウドは彼女との間に手を挟んで制する。

 

 

「言わせてくれ」

 

 

「う、うん……」

 

 

「それで、一体何だと言うのかな。私にそこまで無礼な口を利くところを見ると、よほど自信があるようだが」

 

 

「無礼? ああ、無礼ね……」

 

 

一瞬理解に苦しんだが、すぐに得心が行く。神には敬語を使うのが一般的だったか。信心深さとは無縁のクラウドにとって、神を敬意の対象と認識することが不自然過ぎたのだ。

 

 

「そりゃあ無礼にもなるだろうな。嘘をつくような神様に対しては(、、、、、、、、、、、、、、)

 

 

「嘘?」

 

 

「そこの、ルアンとか言ったか。そいつはあの日一発蹴られただけだ。それも、当たり所が悪かったわけじゃない。早く解いてやれよ、包帯の無駄だ」

 

 

ザワザワと会場がざわめく。アポロンやクラウドに対する疑念の声が飛び交う中、アポロンと彼の側に控えている何人かは不敵な笑みを浮かべたまま此方を見つめている。

 

――余裕のつもりか、悲愛(ファルス)

 

 

「ほう、だがな銀の銃弾(シルバー・ブレット)。彼らの証言とは合致しないようだが……それはどう説明する?」

 

 

「……何?」

 

 

彼らとは誰だ。そう返す前にアポロンがパチンと指を鳴らし、ぞろぞろと死角から現れた人々が彼の左右を固める。

 

 

「騒動があった日、その場にいた者達を集めたのだ。彼らから聞いたぞ、ルアンが全身を手酷く痛めつけられ、血塗れにされたと」

 

 

「……ああ、そうかよ」

 

 

その場にいた証人たちとやらは低劣な薄ら笑いを隠しきれていない。予め店にいた人間に手を回していたのか、偽の証人を捏造したのか、それは定かではない。

確実なのは、虚偽の証言でこちらを反論を潰しに来た、ということだ。

 

 

「待ちなさい、アポロン」

 

 

クラウドが眉間に皺を寄せてアポロンを睨んでいると、凛とした女性の声が別の方から飛んでくる。

右目の黒い眼帯と燃えるような赤い頭髪、神特有の整った顔立ち。確かヴェルフの所属しているファミリアの主神、ヘファイストスだ。

 

 

「あなたの子に最初に手を出したのはうちの子でしょう? 流石にヘスティアにだけ責任を求めるのはおかしいんじゃない?」

 

 

アポロンはヘファイストスの横槍に一瞬怯んだが、すぐに平静を取り戻した。やれやれと両手を仰いでいる始末だ。もはや意に介していない。

 

 

「ああ、ヘファイストス。美しい友情だ。しかし悲しいかな、そのことについても裏が取れている。君の子がルアンに危害を加えるよう指示したのはヘスティアの子だ。彼らに聞いてみるかね?」

 

 

再びアポロンは用意していた(、、、、、、)証人たちに問いかける。予想通り、全員がアポロンの言葉を肯定する。

 

 

「さあヘスティア、この件についてどう落とし前をつけるつもりかな? まさか、しらばっくれるのではあるまいな?」

 

 

「そんなの誰が認めるかぁ! くだらない、ボクたちは帰らせてもらうぞ!」

 

 

ヘスティアがくるりと踵を返し、ベルとクラウドの手を引いて会場を去ろうとする。が、それを「…ならば仕方ない」とアポロンは引き止める。

クラウドは首を回してアポロンに向き直る。その男神の顔はお世辞にも神には似つかわしくない。醜悪で、見苦しい笑顔だ。

 

 

「ヘスティア、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』をしようじゃないか」

 

 

「「「!?」」」

 

 

ヘスティア、ベル、クラウドは揃って目を見開き、驚愕する。

 

――『戦争遊戯(ウォーゲーム)』と言ったのか、こいつは。

 

クラウドは歯噛みして先程よりも怒りを込めた表情でアポロンを睨む。戦争遊戯(ウォーゲーム)とはファミリア同士が規定を定めて行われる戦いのことだ。神が行う盤上の遊戯を卷族たちが戦争として代行する、代理戦争。

勝てば相手のファミリアの人材、資金、所有物を根こそぎ奪い取ることができる。逆に負ければ奪い取られる。ましてや、相手は中堅のアポロン・ファミリア。ベルとクラウドしか団員のいないヘスティア・ファミリアからすれば多勢に無勢。

会場にいる神々の多くは色めきだって騒ぎ立てている。娯楽や珍しいもの好きの神々にとっては格好の餌だろう。

 

 

「我々が勝利した暁には……その二人、ベル・クラネルとクラウド・レインをもらう」

 

 

アポロンの指先がベル、クラウドの順に向けられ、その度に口元が歪められ、嫌悪感が走った。

 

 

「駄目だろうヘスティア……そんな可愛い子を、しかも二人も侍らせるなんて……」

 

 

隣のベルの顔色を窺う。青ざめ、寒気に震えている。無理もない。

クラウドはこの感覚を知っている。あの美の女神、フレイヤに『見られる』ときにも似たような感覚を味わっているのだ。全身を舐めまわし、品定めするかのような視線。気持ち悪く、気味が悪い。

 

 

「誰が聞くか、色ボケその2」

 

 

「色ボケ? 心外だな、私は多くの者を愛しているだけだ。少年も、少女も、我が子も、他神(よそ)の子も。

魅力的な姿をしている者には、相応しい神が必要――つまり、私だ」

 

 

「そりゃあどうも。だけど、お前に見初められてもこちとら全く嬉しくないんでね」

 

 

「安心していい、そう言えるのも今の内だ」

 

 

そうか。この神は、この男は、愛らしいものや美しいものに目がない。装具店に並んでいる気に入ったアクセサリーを買うために手を尽くしている、みたいな感覚なのだろう。

 

何だろう、俺は女運だけじゃなく男運まで悪いのか。主に神の。

 

アポロンがこの舞踏会を開いた目的はこれだ。公の場で、しかも多くの神々が揃っている状態で戦争遊戯(ウォーゲーム)の宣言などすればこちらが断るのが難しいと踏んだのだ。

 

 

「それで、どうする? 君の答えを聞こうか、ヘスティア」

 

 

「お断りだ、ボクたちが受ける義理はない!」

 

 

ヘスティアは真っ向からアポロンの提案を拒否する。それもそうだ。虚偽の証言でこちらが戦犯扱いされ、その上ファミリア解散のリスクを孕んだ戦争遊戯(ウォーゲーム)に応じるなど冗談じゃない。

 

 

「この話はナシだ、帰らせてもらうぜ。行こう、二人とも」

 

 

「は、はい」

 

 

「……ああ」

 

 

ヘスティアはもう一度二人の手を引いて、怒り心頭といった様子で会場から出ていく。そこで、クラウドはある視線に気づく。

アポロンではない。フレイヤでも、他の神でもない。一人のヒューマンの少女が去り行くクラウドを目で追いかけているのだ。

 

 

「……レイ」

 

 

「……く……そ、その」

 

 

レイシアはクラウドを呼び止めようとしているが、躊躇っているせいで中々言葉になっていない。クラウドは数秒考えた後、ヘスティアとベルを先に帰らせ、レイシアを会場の入り口辺りまで連れてきた。

 

 

「どうした、俺に何か言いたいことでもあるのか?」

 

 

月夜の薄闇の下で見る彼女は何時にも増して美しかった。青白い髪と白い肌が月明かりに照らされ、さながらどこぞの姫のようにも見えた。尤も、その顔に浮かべているのは微笑みではなく憂いだが。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

「一応聞くが、何に対してだ」

 

 

「クーちゃんのこと、罠に嵌めるようなことしちゃったから」

 

 

「そうか。あの日、焔蜂亭で俺たちに因縁をつけて喧嘩に持ち込んだのも計画の内だったのか?」

 

 

「……そう、だよ」

 

 

薄々感づいてはいたが、レイシアは最初から関わっていたのだ。それでも一縷の望みに掛けてしまったのは、彼女が元団員で、幼馴染だからだろう。

 

 

「ごめん、本当に。軽蔑するよね、こんな私のこと……」

 

 

「軽蔑するかどうかはともかく、嬉しくはないな。それに……」

 

 

「それに……?」

 

 

「聞きたくもなかった」

 

 

「……っ!」

 

 

レイシアが顔を背けて苦々しく唇を噛む。お互いに言いたくもないことをぶつけ合う、それに彼女は明らかに耐えられていないのだ。だが、クラウドは少し安心もしていた。

 

 

「だけど、お前が本心では納得してないことくらいはわかる。お前がやらなくても、ヒュアキントスたちが計画を実行してただろうからな」

 

 

「それでも、だよ。私がこの計画に協力したのは事実なんだから」

 

 

「……そうか」

 

 

レイシアは背けていた顔を戻す。そこには決意と、僅かな戸惑いが見えた。

 

 

「お願いがあるの」

 

 

「何だ」

 

 

「今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の代価、大人しく受けてほしい」

 

 

「……は?」

 

 

突然のお願い。しかも突拍子のない、非現実的なものだ。クラウドとしても怪しげな気持ちでレイシアに「意味が分からない」と返してしまう。

 

 

「誤解しないでほしいんだけど、何も戦争遊戯を受理して戦ってほしいわけじゃないんだよ。

むしろ逆。すぐにでもクーちゃんとベル君にアポロン・ファミリアへ改宗(コンバーション)して、事態を丸く収めてほしいんだ」

 

 

「俺たちに裏切れって言うのか? ヘスティアを」

 

 

改宗。ファミリアの移籍のために、現在所属しているファミリアの主神の恩恵を他の神のものへと書き換える行為。かつてクラウドもロキ・ファミリアから脱退する際にも経験した。

クラウドにはこの提案は承服しかねる。中堅以上のファミリアなら一人二人抜けた程度でそこまで支障はないが、ヘスティア・ファミリアはクラウドとベルの二人しかいない。それはつまり、ファミリアの崩壊とほぼ同義だ。

何より、クラウドはヘスティアに借りがあるし、恩義も感じている。特別な理由もないのに改宗など考えられない。

 

 

「裏切るわけじゃないよ。むしろ、ヘスティア様のためにもなる。

考えて。もしこのままクーちゃんたちが戦争遊戯に負けたとして、二人が移籍してお終いなんて思う? アポロン様が残ったファミリアの資金を奪ったり、ヘスティア様を追放する可能性も十分考えられる。それが最悪の終わり方なんだよ?」

 

 

「戦争遊戯をすれば俺たちが負けるとでも?」

 

 

「負ける、負けるよ、絶対に。勝てるわけない。確かにベル君はLv.2でクーちゃんに至ってはLv.5。でも、数では私たちが圧倒的に有利だし、ヒュアキントスだっている。二人で捌ける戦力じゃないよ」

 

 

「だったら何だ。今のうちにアポロン・ファミリアに寝返って、あの変態に媚びを売れば戦争遊戯が起こらずに、ヘスティアも俺たちも路頭に迷わずに済む、そう言いたいのか?」

 

 

「それしか、ないよ。でも大丈夫、アポロン・ファミリアに移籍したら、私が出来るだけ待遇が良くなるようにアポロン様やヒュアキントスに取り計らうから。だから……」

 

 

そんなことで「よかった」なんて思えるわけがあるか。全員が辛い思いをすることに変わりはない。

 

 

「悪いな、レイ。お前なりに最善の策を考えたんだと思うが、断らせてもらう」

 

 

「でも、戦争遊戯が始まったら……」

 

 

「さっきヘスティアが言ってたろ。俺たちは戦争遊戯を受ける気はない。ヘスティア・ファミリアを脱退するつもりもない。今回の話はこれで終わりだ」

 

 

多少強引だが、これでいい。アポロンとて戦争遊戯もなしにあんな要求を通すことはできない。そもそも、奴の用意した証言も証人もでっち上げのものだ。後でアポロンの言い分を突き崩す証拠を掴んでしまえば奴も強く出ることはないはず。

 

――なるべく早く、済ませなければ。

 

クラウドは一言別れの挨拶を告げて、レイシアと別れた。レイシアの表情が深く曇っていたのは……ただの杞憂だと思いたい。




だいぶ原作を削ったなー、とは思ってます、はい。それでもこれって……オリジナルの会話が半分くらいあるせいか(遠い目)

あ、ところでダンまちの二期と劇場版が決定しましたね。楽しみに待ってます。

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