FREE, HOPE AND OATH (夏野青菜)
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第〇話 "WHO DARES TO ENTER THE MAYHEM?"
"WHO DARES TO ENTER THE MAYHEM?"


 ソル達がゆゆゆ世界へ行く前のプロローグです。
 時系列としては、「ギルティギア ヴァステッジ」と「ギルティギアXrd」の間です。
 取り敢えず、イグザードの家庭用シナリオのネタバレはありません。
 


第〇話 "WHO DARES TO ENTER THE MAYHEM?"

 シン=キスクは、腰を入れ、左から右へ旗を振り下ろす。狙うは、自分から見てガラ空きの左側頭部。しかし、狙った筈の頭部が消え、旗は空を切る。刹那、自分の体が止まらず右旋回、宙を舞う。気付いた時には左手首はがっしりと掴まれ、潰した刀身が喉元で止まっていた。

「シン、”また”私の勝ちです」

 右手と潰した刀身の主の顔が、シンの目の前で無慈悲に宣告する。

 髪を後ろに束ねたポニーテール、目は青い空の様に澄んでいる。その瞳には、右目に眼帯を付け、惚けた顔の若者が尻餅を付いていた。つまり、自分である。

「カイ…もう一回だ」

 シンは、カイ=キスクの右手と模造刀を払って、立ち上がる。

 そして、屈伸と伸脚を繰り返し、気合を入れる。

 だが、カイは溜息を吐き始めて、

「シン、何時になったら…”私の真打”を使わせて貰えるのでしょうか?」

「俺が、一本取るまでだ!!」

「なら、「迅雷の名を賭ける」戦いは、何時になるのでしょうか?」

 シンは言葉を詰まらせる。カイの言葉の中に、落胆があるのは気のせいだと信じたい。そして、シンは言い返せなくなり、辺りを見渡す。

 夏の陽気が風と共に運ばれ、シンの体を温める。時刻は、午前10時を回ったところ。太陽の暖かさに加え、朝の心地よい涼しさの残滓を感じる。緑に囲まれた広場を中心に広がる、レンガ造りの壁。

 ここは、イリュリア城の中庭。正方形の広場にいるのは、シン=キスクとイリュリア連王のカイ=キスク。そこで、シンはカイに勝負を挑んでいたのだが、

「シン…私と真打で勝負し、迅雷の名を賭けるには、まず基礎的な訓練が必要です。特に、体幹を鍛えることです」

 カイが、シンを稽古で軽くいなして、苦言を呈するというのが基本的な流れである。

 シンは呼吸を整えて、カイを見る。

 ショルダーガード入りのケープを纏い、青の胴当てを付けた服装。これは、彼がかつて聖騎士団として活躍していた時の戦闘服だ。そして、この服装自体、カイ=キスクが人類最強の称号そのもので、シンが超えるべき目標である。

「必要ねえよ…これでも、オヤジと肩を並べて、立ちはだかる敵を退けて来たんだ! なあ、オヤジ?」

 シンが、広場を囲む木陰の一つに向けて、話しかける。そこには、木陰に隠れて、赤いベスト、鉢金を身に纏った男が、胡坐を掻いていた。

 彼は、鉈の様な剣を左手に抱え、それをドライバーで締めている。

 そんな彼にカイは、

「ソル…シンの教育は、賞金稼ぎやサバイバルばかりでは駄目だと、最近気付いたのではないのか?」

「適材適所の現場主義ってやつだ…」

 シンからオヤジと言われた男、ソルが何処か諦めた様な口調でカイに言う。というよりは、返事が適当になっている。

「オヤジ…何時まで、ソレ弄ってんだよ?」

 シンが言うソレ…赤色の鉈剣のことである。

「安定するまでだ…閃牙が手に入れるまで、不安定だったからな。そんな中、色んな来客が来て、ジャンクヤードドッグを使い切った。慎重に手入れする必要がある」

「国連元老院のバルディウスとあの男か…」

 イリュリア連王国に辿り着くまで、ソルとシンは国連元老院に追われていた。

 先のイリュリア連王国襲撃事件、通称、バプテスマ13事件で明らかになった、慈悲なき啓示の落とし子、ヴァレンタインの再来という脅威に対抗出来る武器――ジャンクヤードドッグ――を作る為に、ソルはかつて製作した神器アウトレイジの残りを探していた。しかし、封炎剣の改造に必要な神器の大半が国連元老院によって管理されていた。閃牙も例外でなく、元老院はそれを求めるソル達に賞金を掛けた。そのお陰で、賞金稼ぎや忍者に目を付けられた。更に、騒動や喧嘩好きな吸血鬼の娯楽に付き合わされたばかりでなく、ソルをギアに変えた男――あの男――も交えた大混戦を繰り広げる羽目になった。

 これらを退けて、ソルは閃牙を管理する元老院のナンバー3、バルディウスとハルデン城塞で対決。これを撃退し、閃牙を手に入れた。一連の戦いの疲れを癒す為、ソル達はイリュリアに立ち寄ったのだ。そして、ソルがジャンクヤードドッグを調整している間、シンはカイに稽古を付けて貰っていた。カイは連王としての執務を終え、丁度、休憩していたので、その時間を息子であるシンの成長を見る為に使うことにした。

シンは「迅雷の名を賭ける戦いだから、真打を使え」と言っていたが、カイはその前に模造刀の自分から一本取れと準備運動を提案した。しかし、カイが模造刀を手放していないことから、彼の休憩時間がシンの準備運動そのものと化していた。

「さて…ここをこうして。もう少しで終わる。カイ、休憩時間は?」

 ソルに言われ、カイは時間が迫っていることに気付いた。

シンは、時間が迫っている事実に肩を落とす。父であるカイを超えたい気持ちがあるが、やはり子供として父親と離れるという年相応の寂しさもあった。

 カイは息子の顔からそれを読み取ったのか、

「シン。もう一度、稽古を付けます。ただし、次に来る時までの課題をこの稽古で見つけて下さい」

 カイはそう言うと、模造刀では無く、真打を取り出した。

”マグノリア・エクレールII”…前に使っていた、封雷剣の代わりの長剣。そして、シンの言う真打である。シンは、カイが真打を取り出して、やる気を取り戻す。

 彼は旗を構えて、カイとの間合いを取る。カイも、シンの出方を見る為に、右手を柄に構え、抜刀出来る体勢を維持。

 風が吹く。木々を揺るがす強い風。そこに運ばれる、

「七色の葉?」

 シンは不意に口に出した。突拍子もない言葉に、カイとソルも反応する。

 彼らの前にも七色に光る何かが、横切ったからだ。

「これは…桜の花? 有り得ない、今、欧州は夏の筈!?」

 シンの目の前で、カイが戸惑う。

「妙な法階が発生して…これは、召喚!?」

 ソルがジャンクヤードドッグを構える。

 刹那、シンの前で、突風が吹き荒れる。シンだけでなく、ソルとカイの周りにそれぞれ七色の桜の竜巻が覆い、そして光に包まれた。

 




 


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第一話 FIRE AND FLOWER
PART.1 JUNK YARD DOG


 「結城友奈は勇者である」の乙女座バーテックス戦です。
  この話では、大赦、友奈たちの使う勇者システムについて、ソル視点の独特の解釈を入れていきます。法力の設定については、ニコニコ動画に出ている、ギルティギアの世界観関係のまとめ及び、GGXrdに向けて、GG2を振り返る動画等を見て貰えると理解が深まると思います。また、本編で描かれなかった大赦の大人たちが登場してくるので、オリキャラ注意報です。



 結城友奈の体は、自然に動いていた。それは、譲れない自分の誇りを守る行動だったのかもしれない。

 目の前に高く聳え立つ恐怖。存在するだけで、醸し出される死の影。

 それにも関わらず、逃げろと大切な人が言ってくれた。でも、友奈はこの時ばかりは聞けなかった。彼女の背後に、その掛け替えの無い存在がいるから。

 此処で身を引くと、永遠に失われることは明らかだ。

その為に、彼女は大切な人を守る。至極、当然ともいえる彼女の行動原理だった。

「嫌なんだ」

 そして、無機物な楕円の悪意が目の前で牙を剥く。

 その数は、4つ。

 友奈は、駆けて、右手を繰り出す。右手に桜色の手甲と籠手が現れて楕円を貫いた。

 閃光が彼女を覆った瞬間、右手を引いて、左の正拳を突き出す。二つ目の楕円が炸裂、左手にも武具が装着される。

「誰かが傷つくこと」

そして、正拳を引き戻した勢いで飛び、右脚に具足が付いて、楕円を突き抜ける。

「つらい思いをすること」

そして、更に左脚に具足が付いてから楕円を蹴り落とす。

 動作が終わった時に、楕円形の悪意は無くなる。

「みんなが、そんな思いをするなら」

 背後の煙幕と爆風から守る様に、桜色の光が彼女を覆う。

「私が頑張る!!」

 友奈が右手を聳え立つ悪意に向ける。彼女の右手に、彼女の顔ほどの大きさをした小さい白い牛が、更なる輝きを与える。まるで、彼女自身がロケットの様に加速、塔の様にそびえ立つ悪意の左肩を貫いた。

 そして、友奈は根の大地に立つ。

 桜色の髪留めは、炎を連想させる。両手両足に桜色の籠手と具足。そして胴当てから延びる薄桜色の裾は、風に舞う桜か翼を連想する。

結城友菜の目の前には、七色の根に覆われた世界が広がる。まるで、絵の具で描かれたような淡い光に彩られた世界に、自分が大地に立っているかも曖昧な感覚を覚える。そして、夢であればどれだけ良かったことか。

 しかし、友奈は否定しなければならない。倒すべき敵と守るべき人のいる日常、それらを知ってしまったから。

 彼女が見据えるのは、薄紫のボウリングのピンの形をした巨体。括れには女性のスカートを思わせる半円の膨らみ。括れを覆うストールの様な物体が、女性の体のラインを際立たせて、貴婦人を連想させる。

 天まで突き抜ける恐怖と死の影、バーテックス。そして、先ほど友奈が殴った部分が赤々と脈動している。

「友奈、来るよ!!」

 長髪を二つに分けて結んだ少女が、自分の名前を呼ぶ。

 自分の身長程ある大剣を手に、黄色と白の混じった修道服の様な衣装を纏っている。

犬吠埼風。友奈の一歳年上の先輩である。

 彼女は跳躍すると、巨大なボウリングピンの下部から延びる曲線の管から射出された光を右から両断する。

 爆風が、二つに分けた長髪を撫でる。爆風で巻き上がった埃を左から切り返そうとするところに、楕円の爆弾が迫る。風の頭に届こうとするところで、光を発散して爆破。

「お姉ちゃん、気を付けて!」

 根から根に飛び移って、ショートカットの少女が駆け寄って来る。

 緑のワンピースを着て、右手に鳴子百合の装飾品の付いた腕輪から糸を出す少女。

 風の妹の樹。急いで来たのか、肩で息をする度に、リボンを付けた揉み上げが揺れる。

 そして、友奈は乙女の形をした異形の頂点へ目掛けて、跳躍。そして、腰を入れて右の正拳突きをお見舞いする。まるで、ミサイルの様に発射された彼女の体は乙女の形をしたバーテックスの胴を貫き、その勢いは巨体を揺るがす。

 しかし、友奈は見逃していた。

 乙女の形をしたバーテックスの下部から光る、エネルギー弾。

 それが放たれる。

 風と樹を駆け抜け、放物線上に描いた先には、

「東郷さん!!」

 その先には、車いすの少女がいる。長髪をリボンで結び、それを項から左に垂らしている雰囲気が何処か、同年代や一個上の風よりも大人びている。

 東郷美森。

 友奈の親友であり、戦う理由そのものである。彼女の顔が蒼白になり、迫る発光体に顔が染まりつつあった。

 友奈は彼女の名前を叫ぶ。逃げて欲しい。生きて欲しい。そして、当たらないでくれ。

 友奈が硬直していた時、携帯端末が鳴る。

 端末には「特別警報発令」と赤々と照らされる。

 そして、何かが爆発したような音が背後から発生する。

 七色とありとあらゆる色が集う樹、神樹。そこに光が現れると、三つに分かれる。

 赤、青、そして黒の三条の光が、こちらに向かう。

 そして、黒い光が東郷美森の前で止まる。

乙女型バーテックスの放った、光球が黒い光に衝突し、衝撃が発生する。

大地を揺るがし、花々が四散する。

「あれ…此処は何処だ?」

 光球と黒い電が焼失した場所、東郷美森の目の前に青年が立っていた。

 まず、友奈の目に付いたのは、青年の右目に眼帯が付いていた。彼は、二の腕が丸出しで表が白で、裏地が青のコートにスリムなストレートパンツを纏う。右手には青い旗、そこにはOATHと書かれている。

整った目鼻と青い瞳の青年は、何処か絵本の中から出て来た海賊のような、無垢さを感じる。

「何だ…このサイケデリックだけど、ノスタルジックな場所は。俺、寝てんのかな?」

 友奈は彼の言葉に訳が分からなくなる。そして、本来助けられた東郷に安堵感が来る筈が、青年の分かり易そうで分かりにくい形容詞に戸惑っている。

 しかし、それを無視する様に、乙女型のバーテックスは次弾を発射しようとする。

 友奈があっけに取られている隙に、エネルギーを充てんしたらしい。友奈が抉った部分は再生されていた。しかし、第二弾が放たれることはなかった。

三条の光の内の赤い光が、流星となって第二弾目を、バーテックスの中に押し戻したからだ。

 爆炎がバーテックスの管から発生し、ドキュメントフィルムであったビルの爆破の様に、爆炎に包まれて行く。

「何だ? ここは…バックヤードか?」

 友奈の目の前に広がる爆炎の内の一部が、人の形となる。

赤い鉢金と赤いベストを着た男は、首を傾げながらゴチる。

彼の腰のバックルに描かれた文字はFREE。

程よく引き締まった肉体、その左手にはライターの形をした券鍔と幅広の両刃が一緒になった鉈剣。低い声は、蒸気を出し続けるエンジン、鉢金の下から覗く目は、鈍くも鋭い銃口の様な輝きが秘められていた。

その眼付を、友奈、風と樹に向ける。

「テメェら…ジャパニーズ!? だが、その奇妙な法階は…」

男は、友奈に聞こうとすると、雷鳴が轟いて爆発した。

出処を見ると、風の立っている場所。

腰を地に付けた彼女の前に、青と白の迅雷が、人の形を作る。

白いショルダーガード入りのケープ、青い胴当てを纏った金髪碧眼の青年。長い髪を一本のポニーテールにし、腰に下げた長剣は、かつて西暦にいた鎧騎士を連想させるフォルム。腰のバックルにはHOPEと刻まれている。

彼は、風を目にすると、片膝をついて、手を差し出す。

「怪我はありませんか?」

 風は、彼の碧眼と金髪に見とれ、美貌に酔っていた。

倒れ行くバーテックスの腰を覆う羽衣の様なものが、鎌首をもたげた蛇の如く青と白の騎士に飛び掛かる。

彼は風に背を向け、バーテックスを凝視する。

そして、右手で鞘から剣を抜刀すると、青白い迅雷が発生。

楔の形を作って、バーテックスの羽衣と胴を貫く。

雷光が炸裂。雷は、騎士の青年の相貌を染める。

その整った顔付きは、社交界の貴婦人を魅了する様だが、友奈の視線の先にいる風は恐怖に顔を歪める。

御伽噺で王子様に憧れる女の子が連想する輝きが宝石とすれば、抜刀した青と白の長剣と同じ鋭さを持つ青年に何故、少女が魅了されるというのか?

「これは…ソル、シン。何処にいますか!?」

 赤色のベストと鉢金の男――ソルが友奈の横で、声を上げる。そして、東郷のいる崖の上で、

「ここ、ここ!!」

 シンと呼ばれた青年は、まるで遠足に行った先で先生を困らせる子供のように手を振る。

「シン、こっちに来なさい!!」

「この子どうする?」

 シンが指した子は、東郷美森。

 友奈の親友である。彼女は余りの出来事に惚けていて、指名されて驚く。

「シン!! お前だと、車椅子を壊してしまうから、とっとと来い!! 車椅子の嬢ちゃん、シンは手加減知らんから、握らすなよ?」

 東郷美森は、ソルと呼ばれた男の警告に危険を感じたのか、大きな根の影に隠れる。

 友奈もギョッとしたが、東郷がそのまま避難してくれたことに安堵する。

「で、テメエ…アレは何だ?」

 シンに話を掛けたソルが、友奈に向ける。彼が拳から親指を指した先は、バーテックス。

 しかし、隣に土煙が巻き起こる。

 シンが東郷のいた崖から飛んできたのだ。

「で、何だよ…あのエキゾチックなデカいヤツ?」

 友奈が戸惑っていると、青と白の騎士は、

「ソル、シン…談笑の時間ではありません。来ますよ!!」

 警告すると先に動いたのは、シンだった。

彼は跳躍して、旗を振り被る。旗から黒き迅雷が、バーテックスのクビをギロチンの如く斬り落とす。シンは会心の声を上げるが、

「なんだ、これ!」

驚愕を顔に浮かべた。

首の部分が、繋がる。

「法力から来るダメージを計算して、再生。エネルギー源がある筈…カイ!」

ソルが、風の側にいる騎士へ声を掛ける。

「自己紹介が遅れました。私の名前は、カイ=キスク。あなたたちは、あの敵について何かご存知ですか?」

 カイの凛とした声が樹海に響く。風は自分のことを紹介すると、彼女は手を樹、友奈、物陰に隠れた東郷に向ける。

 それから、風は大声で、

「友奈、樹、バーテックスはそのままでは倒せないの。勇者は”封印の儀”をしないと勝てないの。二人は、バーテックスを挟んで、祝詞を唱えて!! カイさん…申し訳ありませんが…」

「足止めですね」

 カイの一言に、ソルとシンが飛ぶ。樹が走り出し、友奈も駆ける。ボウリングのピンの巨獣を二人が挟む形になる。二人は右手を掲げた。

「風先輩、これなんですか!?」

友奈の端末に、祝詞の言葉が出て来る。読み仮名は振ってあるが、難しい単語ばかりである。

「それ全部読んで!!」

 そんな無茶な!! 友奈はそう心の中で、叫ぶと唱え始めるが、

「お姉ちゃん、下の数字は何?」

 友奈は唱え始めて、黒いレタリングの数字が一秒ごとに減っていく。

「それ、私たちのエネルギー残量! それが無くなると、バーテックスが止められなくなって、神樹様が破壊される!!」

 友奈がたどたどしく文字を読み始める。向かいにいる樹も間違えないように、一言一句丁寧に読み始めた。。

 しかし、バーテックスはエネルギーを下部の管にチャージしようとするが、

「俺が止める!!」

 シンが旗の根部分による、連続突きを雨のように降らせ、不発に追い込む。

 そして、ストールの刃を振り回した時、

「砕けろ!!」

 ソルによる蹴りの流星が、バーテックスの首ごと貫く。

 青色の光がバーテックスを包み込む。

 その発生元を見ると、カイ=キスクだった。

「バインドを掛けました。風さん、次は何をすれば?」

見ると、下に表れた数字の進行が緩慢となっている。

「お姉ちゃん!! 何か出てきたよ!!」

 バーテックスの頭部から、逆ピラミッドの物体が出てくる。

高さと大きさは、友奈より少し大きい。

「それ御霊!! バーテックスの本体!! それを倒して、封印が完了よ!!」

「任せろ!!」

 シンが左手に黒き迅雷を作り出す。そして、正五面体のバーテックスの本体へ向けて放つ。

 しかし、迅雷が消失。

「…これは、位相変化による法力の無効化。法力のルールをランダムに書き換えて、攻撃を防いでいるのか!?」

カイが驚愕すると、

 そこに、風が乱入して、大剣を振り下ろす。バーテックスの御霊に攻撃が届く。

「位相変化が止まった…? オイ、お前」

 友奈に向けてソルがいう。

「お前らから奇妙な法階を感じる。もしかしたら、お前らの力と俺の法力を合わせて攻撃する必要がある…出来るか?」

「わかりました」

 友奈は、東郷や勇者部の日常が浮かぶ。戦士の言葉を断る理由は無かった。

 彼女は目の前の根に向けて跳躍、右足で根を蹴ると更にジャンプ。バーテックスの頭を通り越して、御霊に向ける。

 地上には、ソルという男が左手のジッポライターを模した鉈の様な大剣を構える。そして、炎が巻き起こると、ソルは大地にそれを斬立て、爆風で飛ぶ。まるで、炎の龍の飛翔を連想させる。

 友奈はただ、右手に意識を集中、腰を入れた精一杯の正拳突きを御霊に向ける。

 天空と地上からの一撃が、御霊を揺らし、爆散。

 七条の光が天に登ると、ボウリングのピンの形をしたバーテックスは砂と化した。

 そして、一つの大樹から無数の根に覆われた世界が七色の花弁を散らせる。

 

 花吹雪の先にあった風景に、ソル=バッドガイは目を疑った。

-何だ、此処は…?

 太陽に照らされた風景、目の前にはコンクリートの建物や瓦屋根などの住居がある。そして、別方向を見れば、あたり一面に穏やかな海や温室のビニールハウスが広がる。はじめは、疑問しかなかったが、驚愕に変わる。

「ソル…ここは、何処だ!?」

 カイの声が響く。そして、シンはカイの横で寝ていたのか、飛び上がる。

 シンは飯かと言っていたので、取りあえず蹴りを入れておいた。

 そして、彼らの目の前にいるのは、四人の少女。

 桜色の髪留めをした少女。

 車椅子に乗った少女。

 長髪を二つのシュシュに分けて結んだ少女。

 そして、ボブカットの少女は、シュシュの少女の影に隠れて、ソルたちを凝視していた。

桜の髪飾りを付けた少女が、小さく会釈する。白いリボンで結んだ髪が頭に合わせて揺れる。カイも会釈を返すが、双方で再び沈黙が訪れる。

 気まずくなって、ソルから声を出す。

「ここは何処だ…今は西暦何年だ?」

周囲の住居の建築様式や彼女たちの制服から判断して、21世紀初頭の日本だろうとソルは考えた。

しかし、車椅子の少女の口から予想もしなかった言葉が出た。

「ここは、日本の四国、香川県です。西暦は…ありません。現在は、神世紀300年です。西暦は21世紀頃から使われなくなりました」

 ソルの隣にいたカイは驚愕の余り、息を漏らす。そして、数学と地理に疎いシンも異常さに気づいた。

「24世紀…しかも、日本が残っている。ここは、まさか…」

 ソルの推理は中断された。

 多数の人影が乱入してきたからだ。

 少女たちとソルの間を割るようにする。

 人影は、黒いタクティカルベスト、防弾ベストに軽機関銃で武装、全員が面を被っていた。面に描かれた一つの幹に、3対の枝と二対の根は、何処か狐の様だった。

 二つのお下げの少女と狐面の男が会話を一言二言交わすと、彼は携帯無線を取り出す。

 それから、ソルの背後から鈍い衝撃が背中、腰、腿と走り膝を付かされる。見ると、カイとシンも同じように、狐面を纏ったタクティカルベストの集団から跪かされていた。

 シンが抵抗をすると、

「止めなさい、ソル、シン!!」

 カイが二人を諌めると、膝を立てたまま、武器の剣を差し出す。ソルもカイに習って、自分の鉈剣、ジャンクヤードドッグを狐面に手渡し、シンは舌打ちしながら旗を差し出す。

 三人は膝を付いて、手を頭に構える。

 9人の狐面が、それぞれソルたちの身体検査を行う。荒々しく腰周りとポケットを丹念に調べ上げる。

「武器はありません」

 身体検査を行った者が、声を上げる。

「鉢金と眼帯も調べろ」

 お下げの少女の側にいた狐面が言って、ソルたちの前に出る。

ソルとシンの身体検査をした者が、再び彼らに手を触れようとした。

 刹那、ソルたちの周りにいた狐面の男たちから、火花が飛び出た。体から青き雷が、丁度ソルたちを囲むように発生する。そして、青の雷電が広がっていき、狐面たちは1人を除いて、地に倒れた。残ったのは、シュシュの少女と話をしていた狐面だ。

 少女たちは突然の出来事に目を見開いた。桜の髪飾りをした少女は、車椅子の少女の前を守る様に立つ。ボブカットの少女は、シュシュの少女の背後に隠れ、小さく涙混じりの悲鳴を上げた。

「責任者ですね…あなただけ異常がない理由は、わかりますね?」

 カイはソルたちの世界では、剣術の天才と同時に法術の天才として知られている。特に、五大要素の内でも、扱いの難しい雷を好む。そして、その実力は、指揮者の狐面以外の突撃要員の端末や無線機器の電気を暴走、感電させることも可能だ。

 彼らの報告で武器が無いと言っていたので、ソルたちが妙な力を使う心配がないと思ったのだろう。もしかしたら、先程の戦いを監視していたのかもしれない。

 しかし、彼らはここで重要なことを見落とした。ソルたちは「道具」が無くても法力を使える。あくまで、ソルのジャンクヤードドッグに組み込まれた封炎剣、カイがかつて持っていた封雷剣。これらは、神器という「法力」を「増幅させる為」の道具で、法力の素養がないものは使えない。しかし、無かったからといって、彼等が法力を使えなくなる訳でも無い。

 カイは形勢を逆転させ、

「大丈夫です…何も、右も左も知らない世界で「人殺し」をするほど、切羽は詰まっていません。ただ、紅茶一杯ご馳走して頂ければ幸いですが…?」

笑顔で締めくくった。

周りでは、泡を吹いたり、気絶したり、微かに呼吸しているものもいる。だが、命を落とした者はいない。

 狐面の男はカイの言葉の意味を嚙締めるように、上下をさせる。

 表情は分からないが、狐面から端正な声を出して端末に叫ぶ。

「大赦に向けて車を頼む。三名だ!」

 

「袋を取れ」

ソルの視界に光が差し込む。そして、溜まった熱気が放たれて新鮮な空気が

入り込む。

カイは、袋を取られ鼻から大きく空気を吸い込むと、

「全く、目隠ししてワクワクさせたサプライズが「空気」って、訳わかんねーな」

袋を取られたシンがカイの隣で、皮肉を言った。

ソルたちは、少女たちから引き離された後、狐面を先に車に乗せられた。

それから、道が分からない様に、逃げ出さない様に、手錠と袋をやられ大赦に連れてこられたのだ。

「あそこが学校の屋上だったとは…」

カイは改めて驚き、左隣にいるソルは同意した。

カイの青春は、戦争だった。最低限の教養は、聖書、法力と剣術しかなかった。だから、カイにとって、十代の男女が戦火、赤貧、理不尽な暴力に怯えることなく、恋愛やスポーツが出来る環境を新鮮に感じたのだろう。

「シン…ソルと一緒に勉強するよりも、あそこで勉強した方が良いと思いますよ?」

「そこで俺への教育方針批判かよ」

シンはある事情から、カイから離れ、ソルと共に生活せざるを得なかった。ただ、ソルの教育方針が賞金稼ぎとしてのモノやサバイバルに偏ったものとなってしまった。それによって、世界が滅亡する一歩手前に追い込まれたので、ソルは反論出来なかった。

気まずさが、後手に手錠が掛けられていた感覚を思い出させた。

「黙れ」

ソルの前にいる狐面が、三人を諌める。

「樹海への侵入者を連れて参りました」

狐面が右膝を畳み、頭を下げた先には長方形の広場がある。

吊り天井に覆われたそこには、札や人型が乱雑に貼られヴェールに包まれた何かがあった。

それを守るように、三人の老人が佇む。

彼等の前、二列に立烏帽子と装束を纏った狐面の一団が並ぶ。まるで、かつて日本が存在していた頃の神社で神事を行う神官を連想させる。

「連れて来た…違うじゃろ、案内させられたじゃろう。三好の若造」

四角い広場を囲む掘の中のロウソクに照らされる、老いた顔。まるで、木乃伊や即身仏の様な禍々しさがあった。背の伸びた体躯で、睨みを利かせる。

「勇者に選ばれた妹がいて、警備隊隊長は舞い上がっていて言葉の使い方も忘れたんじゃろう」

小太りの木乃伊が、言う。妹の部分の語気が強い。

「若造は、若造なりに頑張っているんじゃ…ところで、お前ら何を知っておる?」

「何…とは?」

 中央の小さい体躯の木乃伊が言うと、カイは胸を張り、質問を返す。

「私たちが何者か分からないか?」

「変態御面の仮装パーティと干物三体」

 仮面の一人が訊いて、シンが呆れながら回答する。

 本来、ソルやカイは、シンの口の悪さを諌める。ただ、今回ばかりは、狐面たちによる扱いの悪さが目に付いたので、ソルは彼に注意しなかった。いや、意図的に無視することにした。カイも習った様だが、

――相当、怒っているな…カイは。紅茶が飲めなかったからか、はたまた…シンのことか。

 シンの眼帯は、禁忌だ。一度、ツェップで彼の眼帯に触れた悪童に雷が落ちかけ、危うく死者が出るところだった。最悪な事態になる前に、ソルが駆けつけ、喧嘩両成敗にして事なきを得たが。

「神樹様の恩恵も分からぬ、不心得者たち…何故、樹海なんぞに…」

「つうか、俺らが知りたいっての…偉そうな態度で女の子を戦わせといて、こっちも一緒になって敵を倒したのにフココロエモノって、礼を忘れて上から目線かよ?」

 シンの痛い言葉に神官たちが騒ぎ出す。

「神樹は我らに恵みを与えてくださる。しかし、バーテックスはそれを滅ぼさんとする。そして、神樹様はバーテックスを倒す為に少女を勇者を選ぶ。彼女たちにしかバーテックスを倒せない。彼女たちは、我ら人類が生き残る為の希望で、我ら大赦は彼女たちをバックアップしている。お前らは…我ら人類を馬鹿にするのか!?」

「むしろ、勇者じゃなくて「お前らが長く生きたい」とか「大赦を馬鹿にするな」って言っている様にしか聞こえない」

 シンの返しに、カイが大笑いをする。

 ソルは、カイの反応に少し驚いたが、納得した。今いるカイの連王国での社会的地位も「人類の為」という名目で、彼の弱みを握った権力者から押し付けられたものだ。

 だから、シンの偏見のない視点で、言い返され戸惑う仮面の一団と老人たちを滑稽に思ったのだろう。しかし、ソルは考え直した。

—それだけ、シンの成長を喜んでいるってことかもな。

「儂等の現状を何も理解していない様に、見えるの…」

 木乃伊が言うと、

「何も知らねーよ…お前らの口が悪くて、ぶん殴りたくなる位か?」

シンの言葉に、神官たちがどよめく。

「後は、お前らに葬儀屋のお迎えが遅れていることから電話しておいた方が良いってことか?」

ソルが乗ると、カイは、

「取り敢えず、あなたたちは警備隊を全滅させた私に直接、文句も言えない歳を重ねた老猿ですか? それと、来客にお茶を出すのは、日本人としての礼儀の範疇内の筈ですが…自身が何人かも分からないほど耄碌されているようですね?」

カイの皮肉に、シンが口笛を吹く。

ちなみに、カイの口は悪くない。むしろ人格者であるが、何処か譲れないものや許せないものに対しては頑固だ。ソルが聖騎士団にいた時から、それは大体分かっていたので驚くことでも無い。しかし、神官と木乃伊にとって、カイから来る痛烈な批判は未体験領域だったのだろう。それだけ拒絶反応を示すのは、木乃伊や神官たちが、政敵や醜聞を人為的に排除し続けた証拠でもあるのだが。

煽られた神官たちから、殺せの号令が掛かり始めると、

「口の利き方を教えてやれ、何も知らんなら…殺してしまえ!」

小柄の木乃伊が、三好と言う青年へ命令した。

「お待ち下さい!」

凛とした声が、乱入。

眼鏡を掛けた女で、長髪。白衣に包まれた、理知的な女性。名札には、大赦研究室室長、椎名鈴子とある。

「何じゃ…孫娘の元担任か?」

「関係ないわ…この神樹に敬意を抱かん若者がいると…勇者システムに影響が」

「もう既に出ています」

二人の木乃伊が彼女の言葉に、沈黙させられる。

「映像をお願いします」

ソルたちと木乃伊の間で、映像が浮かぶ。

そこには、ソルと桜色の少女が御霊という物体を倒した時の場面が流れる。

そして、映像は黄色の少女が大剣を振り被った時に遡る。

「勇者、犬吠埼風による一撃が、バーテックスに効いていません。しかし、勇者、結城友奈とソルと名乗る者の攻撃で、消滅しました」

「つまり、ソルさんたちの攻撃も加えないと、消滅しなくなった」

声は長方形の広場に掛かるヴェールから。甲高さと幼さを兼ね備えたそれは、まるで少女の様だった。

「恐らく、神樹が彼らを召喚した後のエネルギーをバーテックスが吸収し強化された模様です」

「バーテックスが強化!?」

「神樹に召喚されたじゃと?」

 神官と木乃伊たちが、椎名と言う研究者の言葉に騒ぎ出す。

「よって、彼等を殺害することは、我々のバーテックス戦略に支障をきたすでしょう。ここは、讃州中学校の犬吠埼風に、監視を任せるべきかと思います」

「そんなの…」

「良いよー」

ヴェールからの声が躊躇う神官の声を無視する。

「バーテックスを倒す為には、仕方ないよねー」

老獪と神官がヴェールからの声に、押される。

「恐れながら、こいつらは、警備隊に暴行を加えました。バーテックス戦略に必要なら、こいつらを実験室に閉じ込め、生体サンプルなりを採取して勇者用の兵器開発を行えば良いのではないのでしょうか?」

 神官の一人が提案に反対する。しかし、椎名は、

「残念ながら、彼らの使う攻撃方法の解明は進んでおりません。我々大赦の扱う霊的医療とは、かなり違う領域にあり、解明作業に時間が掛かります。もし、その間に讃州中学の勇者たちが、成すすべもなく、バーテックスの侵攻を許し、どのような未曽有の大災害が発生するかを確かめたいのなら、止めませんが?」

 彼女は、三好と言われた警備隊隊長を指して、反論を言った神官に選択を迫る。

「最も、彼の警備隊は大赦でもスペシャリストの集まりです。彼らが殺された場合、三名の矛先が何処へ向かうか…考えられる頭があるなら、どういう選択肢を取るべきか、分かりますね?」

 神官たちが椎名の言葉に黙る。諦める者もいれば、考え得る限りのソル達への呪詛をボソボソ喋る者たちもいた。三人の木乃伊は、皺が多過ぎて感情が分からないが、口を歪ませているのが辛うじてわかる。

 カイは畳みかける様に、

「それには、条件があります。あなた方、大赦の安全は保証します。ただし、ソルとシンに余計な関心を抱かないことを確約して下さい。もし、これを違えてあなた方の戦力である勇者や警備隊を嗾ける場合、私たちはそれらを退けます。フェアプレーの精神で言うと、私は勇者の封印の儀に介入出来ました…この意味が分かりますね?」

 ヴェールに向かって提案する。その意味を、研究者と神官の何人かは理解する。

 その気になれば、勇者システムの弱点を何時でも突けると言うことである。

「そうだねー。私としては、余り勇者に人殺しをさせたくないからねー。受け入れます。そういうことで、ソル=バッドガイ、カイ=キスク、シン=キスクの三名は、讃州中学の勇者、犬吠埼風の管理下に入ることを命じます。同時に、12体のバーテックスの襲撃が予想される期間、正当な理由なく、彼らへの研究目的及び逮捕を目的とした拘束の一切を禁止します」

ヴェールからの声は、ソル達にとって天恵だった。

大赦と言う組織があそこまでの情報を持っているなら、帰る手はあるかもしれない。

それと、組織も研究者と神官の間で、派閥が分かれ、かなり不和になっている。

バーテックス退治というモラトリアムは、自分たちを利用しようとする者への対抗手段、及び味方を探す時間でもある。最悪、原因を解明して自分で帰ることも可能である。

火中の栗を拾う。どの異世界でも変わらない、処世術の一歩である。

ソルたちは、女性研究員の椎名に連れられて、祭壇を後にする。

しかし、ソルは歩きながら、疑問に思った。

自分とシンの苗字…どうやって知ったのか?

 

「樹、おふろ入っちゃいなさい」

 犬吠埼風は、皿を洗いながら言う。

 妹の樹は、生返事を返しながら、風呂場に向かう。歩き方が、少しふら付いている。

「お風呂上がったら、冷蔵庫のプリン半分食べていいからね~」

「お姉ちゃん…あれ、元々私のだよ~」

 脱衣所で、妹が泣き言にも似た抗議を上げ,苦笑した。

 そして、最後の食器を流し終えて、水道の蛇口を閉める。

 水滴の落ちる音と、樹が風呂に入る音が入れ違いで、聞こえて来る。

 風呂場から聞こえる樹の鼻歌。それが聞こえて来て、初めて日常に帰ってきた実感を風は取り戻した。

 勇者部は、人の為の活動を勇んでやる。風、樹に友奈や東郷と同じ世代の人たちは、意地を張って善意を行いづらい。それを皆で勇気を出してやる部活動、勇者部として設立し、初めてのメンバーが友奈と東郷だった。しかし、実態は違う。大赦からの依頼によって、勇者適正値の高い、勇者候補生を一カ所に集める為に作られた物だ。当然、友奈と東郷の情報を予め受け取っていたこと、妹の樹も候補生となっていたことも含めて隠していた。

 ソル、カイ、シンと言う三名が来る前に、友奈たちに告白したが、彼女には罪悪感があった。友奈たちばかりでなく、妹の樹までも巻き込んでしまったことに。

罪悪感の他に、恐怖もあった。

 確かに、勇者システムは勉強していたが、使うのは初めてである。それに、武器を手にすることも。そして、乱入者であるソルたち…特に、カイ=キスクの美貌の奥の瞳から来る冷徹さ、あれは、人の死を知っているどころか、それをもたらしたものだと本能が警告していた。

 自分は恐れていた。バーテックスも樹たちの死も。そして、ソル達が来たことで、改めて日常が程遠くなったことを再認識させられたのだ。

 それに、大赦に与した動機。余りにも、個人的すぎて話していないこともある。

 総じて、今回の彼女の勇者としての活動は、日常と非日常の境界線の曖昧さを身をもって知ってしまった。

大赦は、ソル達という異邦人の処遇について話し合う。

 彼らが来ることはないだろう。

帰って来てから、樹は風にしがみ付いて泣いていた。バーテックス戦のプレッシャーばかりでなく、ソルたちの乱入、彼らの大赦警備隊への立ち回りに当てられたのだ。それから、落ち着いて夕食を食べる様になった。精神的な負担は余りにも大きい。

 彼等は来ない方が良い。三名はこの時代に戸惑っていた。私たちも彼らを受け入れ辛い。双方、不満が一致している。よって、関わらない方が良い。

 そう考えていたが、携帯端末がメールの着信を伝える。

 その内容に目を向けると、驚愕した。

 そして、インターホンが鳴り、風は恐る恐るドアの覗き窓を見る。

 彼女は、目の前にいる人物に再度驚愕した。

 ソル、カイ、シンの三人である。

 彼女の驚愕したメールは大赦からだ。それは彼らの勇者部加入と同時に隣の部屋に住むこと。しかも、今夜からである。そして、その彼らは今、玄関の前にいる。

 取り敢えず、立たせておくわけにも行かない。風は呼吸して、ドアを開けることにした。

「夜分遅くすまない…途中、開いていた百貨店で買った物だ」

 バツが悪そうにソルは、気まずい顔をするカイ、マンションを見て騒ぐシンを差し置いて、ある物を手渡してきた。

 風の手にはクッキーの盛り合わせとタオル。

 日本に西暦から伝わる、引っ越しの挨拶の贈り物である。 

 嘘であってほしいと願ったが、風はこの世の真理を15の前にして悟った。

 一度あることは二度ある。そして、起きて欲しくないことほど大抵起きてしまうということも。

 

 

 




 


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PART.2 JUST DO IT

ソル達、勇者部部室へ行くの巻です。
概ね、原作と同じですが、ソル達と友奈たちの重視する日常観…その違いが衝突する様を見て頂ければ、と思います。


翌日の放課後、家庭科準備室兼勇者部部室。

 机と黒板を挟む様に、棚が置かれている。そして、衣服の寸法を量るトルソが窓際に置かれている。

ソルは、外から聞こえる学生たちの元気な声と対照的に、勇者部内に漂う空気の重さに、ひたすらバツが悪そうに頭を掻く。

 黒板を背にした風の前に、勇者部部員三名が座る。

 友奈と樹は学校の制服だが、東郷と風はその上にカーディガンを着ている。

 そして、彼女たちの背後に、窓側からシン、カイ、ソルと立っている。

カイは、服装が目立つので、ケープと胴当てを外している。今は、肩の出たシャツとストレートパンツである。

 勇者部とソル達は、自己紹介を終わらせて、話の本題に入った。

 シュシュの少女、風が黒板に絵を描いて、今までの事情を説明した。絵の内容に、樹や友奈から奇抜や現代アートとかいう評価が出て来たが、話の内容はこうだ。

 この世界には、神樹と言うあらゆる恵みの源がある。それを、昨日襲ってきたバーテックスが狙っている。神樹は樹海化と言う根を張り巡らすことで、バーテックスの進行を防ぐ。しかし、バーテックスが樹海にいると、侵食を起こし、現実世界に事故や災害と言う形で影響を及ぼす。神樹の破壊は、世界の破滅となる。

 大赦の託宣によると、バーテックス12体が攻めて来るといった。いつ来るかは不明。それら全てを倒すのが、勇者の役目である。勇者候補者は、風が予め得た大赦からの情報から選び、彼女の目の届くところに置かれる形で勇者部が作られたことも加えた。

 そして風は、

「今回は、後ろにいる、ソルさん、カイさん、シンさんの力も必要なの。大赦の報告によると、バーテックスは強化されていて、彼らの力を借りないと、倒せなくなっているの」

 とソル達が買ったクッキー缶を、樹、友奈と東郷に回す。

 東郷から、クッキー缶がソルに渡ると、カイ、シンと回していく。

 カイは、戸惑いながらも笑みを浮かべながら挨拶を交わし、シンは「よろしくな」と何処までも楽天的だ。

それから、各々がクッキーを啄ばみ始めた。

クッキーが崩れ、咀嚼される音が外の喧騒に晒されながら、勇者部部室に響く。

 部員の表情は、一人を除いてぎこちない。

風は、昨日のこともあってか、疲れが顔に出ている。

車椅子に座る東郷は、目を合わせても、警戒の色が消えない。現に、ソル達がクッキーを食べたのを見計らって、最後に啄み始めたことから相当なものだ。

 ボブカットの樹と言う少女は、昨日のカイのこともあってか、距離を置いている。加えてソルの目つきの悪さに、彼女は目が合うと即座に背けてしまう。

 友奈は、躊躇わずに話し掛けようとしている。シンやカイは愚か、ソルに対しても。ただ、先の戦いで出て来た勇者をサポートする精霊、牛鬼の世話に手を焼いていた。好物のビーフジャーキーを食べさせる様に、共食いと樹から突っ込みを入れられていた。

「風、さっきバーテックスが十二体と言ったが、特徴や戦法の情報はないのか? 過去の記録は何処で手に入る?」

名前呼びの許可は、東郷を除いた全員から取っておいた。

ソルたち三人には、連絡用の携帯端末も三人分渡された。ただ、勇者専用SNSのない簡略版である。そして、精霊も無い。勇者システムについての解説、バーテックスの出現する理由や神樹についての情報はある。しかし、12体のバーテックスの詳細だけは見当たらなかった。

「大赦に問い合わせてみます」

風に、事務的に処理された。 基本、出たとこ勝負でしかない。

そして、シンのいるところで、大声が聞こえた。

「こら、牛鬼。フウたちにあげたクッキー食い過ぎだぞ!」

シンと牛鬼が、引越しの時にあげたクッキーを取り合っていた。シンがクッキー缶を取り上げ、友奈が牛鬼に注意する。そして、注意された牛鬼は友奈の頭の上に移動する。

「にしても、ユウナ…こいつ、マジよく食うよな?」

「本当に、牛鬼ったらしょうがないんですよ」

 牛鬼を会話の種に、シンと友奈が会話を始め、重圧の混じった空気を多少和らげ始める。

「ソルさん達は、どうしてこの世界に来たのですか?」

 車椅子に座る東郷が、二人の間に割り込む様に、疑問を投げかける。その声には何処か、警戒感がある。また、カーディガンを羽織っている様が、何処か拒絶を明確に示している様だ。

「なんというか…よく分からないのです」

 カイが戸惑って答える。それしか言えないのが本音だとソルは思った。

 昨日、大赦の研究室でソルたちが椎名鈴子から、22世紀の欧州から、この神世紀300年にタイムスリップというのは、あり得ないと言われた。理由は致死性ウィルスで四国以外が壊滅したからだ。

 しかし、ソル達から言わせれば、彼らの世界の大規模な戦争で滅んだはずの日本があるというのもおかしい、と議論は平行線を辿った。ただ、21世紀初頭の主な出来事をソルが回答して、漸く、双方で共通していた21世紀から枝分かれした並行世界が存在し、異世界移動が神樹を通して行われたという認識が両者で共有された。

 そして、勇者たちと共にバーテックスを殲滅し、大赦研究室がソル達の世界へ帰る術を見つけるまで、勇者部の顧問として讃州中学校に身分を置くことにした。

先ほどの自己紹介でも、そう説明したが、改めて聞かれると、招かれざる客であると自覚させられる。

「そうですか…」

 東郷はカイの煮え切らない説明に、何処か突き放す様にして質問を終えた。彼女は、風の説明にも暗い顔をし、風に向けて口を開いた。その表情には、恐怖と悲しみと怒りが少し混じっている。

「風先輩は何で勇者部の意味を早く言ってくれなかったんですか?」

「ごめん…勇者適正値が高くても、勇者としてのお役目は、バーテックスの襲来が来るまで何処が指名されるかは分からないの。大半は、役目をせずに済む場合が多いから」

 風の口調が沈んでいくのが分かる。しかし、

「友奈ちゃんや樹ちゃんが危険な目に遭ったのに…命を落としたらどうするつもりだったのですか!?」

 傍から見ている友奈は、東郷の風への詰問に狼狽えている。

「ごめん…東郷」

「ちょっと待てよ、トウゴウ、落ち着けよ。確かに隠してたのは悪い事だと思うけど、さっきから謝っているだろ。そこまで言うこと…」

 シンがクッキーを飲み込んでから言うと、東郷は彼を睨みつける。

「そこまで…? あなたは、私たちの何が分かるのですか!? 友奈ちゃんに樹ちゃん…皆、普通の日常で暮らしていたんですよ。あなたやソルさんたちの様に、争いごとの中で、ふざけ合う世界とは無縁の平和な世界ですよ。それを、人の知らない間に、情報を集められて、大事なことも隠されて、大切な人が死にかけるなんて許せると思っているのですか!?」

 シンがソル達を引き合いに出されて怒ろうとするが、ソルが諌める。

「こんなことなら…ちゃんと話してほしかった」

 東郷は車椅子を押して、部室を後にする。

 友奈も東郷を追う。

「カイ…シンを頼む」

 カイが了承すると、ソルは彼女たちを追った。

 

 渡り廊下で東郷美森は、車椅子の上で溜息を付く。

 感情を発露してしまったこともだが、結局自分の弱さを棚に上げてしまったことが大きい。

 そこに、左肩からパックのお茶が差し出される。後ろを振り返ると、笑顔の友奈がいた。

「ありがとう、東郷さん」

 突然のお礼に、東郷は戸惑う。そんな反応に、友奈はお茶は自分の奢りだと言う。

「私の為に怒ってくれたから」

 彼女の笑顔に思わず、

「友奈ちゃんの笑顔が…眩しい」

「え、どうして…?」

 戸惑う友奈に、

「私はね…昨日の戦いからずっとモヤモヤしていたんだ。風先輩は、大赦や国の命令で人を集めていたのに、私だけ変身できなくて勇者部の役立たずって考えて…もう一つは」

 友奈が頷くと、

「ソルさん、カイさんにシンさん…彼らが怖いのもある。彼らとの共闘を受け入れることで、友奈ちゃん…樹ちゃんに風先輩と過ごした勇者部の日常が、消え去っていくのが怖かったの。その不安や恐怖を風先輩やシンさんたちに当ててしまって…」

 東郷美森にとって、日常は掛け替えのないものだった。

 讃州中学に入る前、事故により脚が動かなくなり記憶も失った。大事な何かも失ってしまった中での日常に恐怖を覚えた。

 結城友奈と出会ったのは、そんな時だった。

彼女は、不安になっていた自分に、優しく接してくれた。

人間の優しさには、憐れみや優位から来るものが多い。しかし、彼女の優しさはどちらでもない。傍にいるだけで、こちらも優しくなれる。楽しくいられる。そして、生きていきたいと考えられる。

 だから、讃州中学での生活や勇者部の活動。これらは友奈なしでは、考えられないのだ。 そういう意味で言えば、勇者になれなかったこと、風が隠していたことへの反感、シンに対するきつい言葉は、友奈という日常の象徴を守りたいが故の過剰な反応だった。

「東郷さん、後ろ向きに考えちゃダメー!」

友奈が焦り出し、東郷をどうにか前向きにしようとする。どうやら、自分でも無意識の内に、友奈を焦らすほど落ち込んでいたらしい。彼女が、精霊の牛鬼で何か笑かそうとして試行錯誤をしていると、急に笑いが込み上げてきた。

友奈が東郷を見て、つられて笑い出す。

そして東郷は一息付いて、

「友奈ちゃんは、風先輩が隠していたことについて、どう思ったの? 怒っていないの?」

「驚いたかな…でも、風先輩や樹ちゃんと会えたのも、適性のおかげかなって思っているよ」

「適性のおかげ?」

 東郷が首を傾げていると、

「適性の御蔭で、風先輩や樹ちゃんに会えたから。そして、そうじゃないと勇者部に入ることも出来なかったし、東郷さんとの日常がこれ以上楽しくなることもなかったから。東郷さん、初めて会った時の笑顔も魅力的だったけど、勇者部に入ってから更に充実している様に見えたから」

 そういえば、その通りである。確かに、今までの過剰な反応は、「勇者部」の「日常」が大切だからに他ならない。友奈、風に樹も含めてである。適性なくして勇者部とそれを中心とした楽しい日常が存在する筈も無かった。

「友奈ちゃんには敵わないな…」

 勇者部に入ってから、友奈と色々なことが出来ることを楽しみにしている自分がいる。彼女はそれを教えてくれたのだ。

 東郷は、安堵の余り張り詰めたものが消えて行くのを感じた。

「だから、少し大変になるけど、勇者部はこれからもっと楽しくなるよ…勇者のお役目も入ってちょっと大変だけど。でも、ソルさんたちもいる。東郷さんが考えているほど、ソルさんたちは悪い人じゃないよ」

 東郷がそうかなと友奈に言おうとすると、扉の開く音がした。

 渡り廊下のドアをソルが開けて、近づいてくる。

 彼の顔の表情は硬いが、

「友奈と東郷だったな…シンの言動については、済まなかった」

 東郷は、ソルから出た言葉に茫然として、友奈を見る。

「あいつは…”日常”生活というのが分からない環境にいた。だから、考えなしに口を出す。色々あって何から言えば良いのか分からんが…」

「日常が分からない…?」

 東郷がそれを聞こうとすると、空間が「止まった」。

 

「シン…話したいことがあります」

「何だよ、カイ?」

 ソルが出て行ってから、数分後、カイは口を開いた。

 東郷に隠し事をしてしまい、傷つけてしまった風は妹の樹に、タロット占いを頼んだ。内容は、謝罪の行方である。だが、カイの凛とした声に驚いて、二人がこちらを見る。

 カイは、二人の視線に「すみません、すぐに終わります」と言って続ける。

「さっき、風さんと東郷さんの口論で、「隠してたことは悪いこと」と言いましたが…何故です?」

 シンは、カイの視線から目を反らしながら、

「そりゃ…大事なことを長いこと話さずに、黙っていた。話して貰えないのは、悲しいし、悲しませたのも事実だろ?」

「シン、それはあくまで「結果論」です…何故、隠さなければいけなかったと思いますか?」

 カイの目の前で、シンの顔に戸惑いが浮かぶ。そこまで、考えが及ばなかった様だ。

「話は変わりますが、昨晩マンションで挨拶をした時、風さんたちのご両親を見かけましたか?」

「見てねぇよ…カイ、どういうことだよ」

「誰が、家賃…お金を出していると思いますか?」

 シンはそこで黙った。ソルのサバイバルに偏った教育でも、最低生活には、お金が必要であることは学んでいる筈だ。

「私たちと同じ…大赦です」

 カイの言葉に、シンは息を呑む。確かに、少し常識が欠けるとは言われるが、ここまで言うと大体わかるだろう。

「風さんは大赦によって、勇者候補生を集める様に言われていました。場合によれば、勇者になれとも。それらを行うのと引き換えに…生活費の支援を受けていたと考えられませんか?」

「そんなことって…」

 シンは思い出した様だ。

「シン…風さんは、勇者部と大赦の人間と言う二足の草鞋を履いています…。生きる為に。そして、妹の樹さんの日常も守る為に、大赦からの命令を聞かなければいけません。勇者に選ばれたことは伏せていろとも言われていた筈です。でも、友奈さんや東郷さんの日常も考えて、悩んでいた。しかし、東郷さんも勇者部と言う日常を考えていました。皆、今のあるべき日常と居場所を守りたい。それは、私とお前が…母さんを守ると言うことと全く同じです」

 カイは、シンの両肩に手を置く。

「シンプルに善悪で判断せず、背景を考えてほしいのです。誰にでも、守りたいものがあることを忘れないで下さい」

 シンは戸惑って、「母さん」と呟いて、風に向き合った。

「ゴメン、フウ…オレが悪いこと言ってしまった」

「風さん…すみません、私の教育が至らないばかりに」

 カイも謝ると、風は、

「いやいや…私は大丈夫ですから。私がやっぱり悪いので…」

 首を振って風は言った。

「いや、オレも一緒に謝るから!!」

 シンの申し出に、風が更に戸惑う。その様子に、

「お姉ちゃん…良かったね」

 彼女がタロットカードを整理していると、一枚落ちて「止まった」。

塔である。

宙に浮いたカードに、カイの目が留まる。

そして、鳴り出す携帯端末。

「時間が…止まった?」

「ジュ…カイカ…?」

カイが驚く。隣のシンは取り出した端末の表示を見て、首を傾げる。

風に青い犬の様なものが、携帯端末を運ぶ。

二人の端末の液晶画面に「樹海化現象」と赤々と浮かぶ。

バプテスマ13事件で、カイは、将来を誓った妻でシンの母親、ディズィーの消滅を避ける為に、封雷剣を犠牲にした。その際、時の流れを遅らせたことがあった。その時の状況をDr.パラダイムは、彼女の周りの時間が、ほぼ止まっていると評していたが、

「完全に止まっている…」

確か、放課後で部活動をしている生徒の喧騒があった筈。それなのに、声は聞こえない。それだけでなく、グランドで練習をしていた運動部員も地上や宙で止まっている。

「まさか…連日?」

風が口を開いて、カイは彼女の言葉からこの元凶の名を自然と口にした。

「バーテックス…」

そして、日常が花吹雪に消えていった。

 




 


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PART.3 MAGNOLIA ECLAIR

 射手座、蟹座、蠍座のバーテックス三連戦と同時に、東郷さん覚醒編です。
 


 根に覆われた世界、樹海。その果てにあるものは何か。

緑色に覆われた巨大な壁、神樹による結界である。

ソルは、その向こう側に浮かぶ何かを見据える。

そこに浮かぶ、無機質な巨体が三体。

一体は、勾玉の様な形をした青白い無機質。その特徴は上下に付いた二つの歯。そして、それを挟む様に刻まれた模様が何処か、眼窩と鼻腔を彷彿させる。

一体は、白を基調とした二等辺三角形で、6枚の板を伴う。まるで、騎士の盾を

連想させる。

さらに一体は、盾型のクレストから、球体によって構成された腹部。そして、天辺の球体から、棘の様なものが天を指す。

バーテックス。神樹に向かい、破壊をもたらさんとする世界の敵。

ソルは、見たバーテックスの特徴と端末の液晶に表示された敵、射手座、蟹座、蠍座と名前を一致させて言う。

「カイ、どう考える?」

ソルは振り返る。

そこには、カイと風がいた。

ソル、友奈と東郷は、時間が止まった讃州中学から樹海に移動させられた。

東郷から端末に、風、樹の位置情報が出ると言われたのでそれを頼りに歩いて、カイたちと合流した。この時、ソルは、自身だけでなくカイやシンの情報も端末に現れたことを確認した。

そして、ソルは、

「その服、どっから出して来たんだ?」

カイの服装…さっきまで、白いシャツとストレートのパンツだった筈だが、ショルダーガード入りケープと青い胴当て-カイの聖騎士団時代の服-をいつの間にか、身に纏っていた。そして、左腰に構えた、真打「マグノリア・エクレールII」。

そして、場違いな問いなのは、理解しているが、シンはおろか、友奈、東郷、風と樹もカイへ好奇の視線を向ける。

「空間歪曲でワームホールを作り、武具を入れておいたのです。最悪には常に備えておくものですから」

ソルは、その言葉を聞いて、これ以上の問いは止めた。先のバプテスマ13事件で、カイから「最悪の事態」を想定されて「賞金首」で「生死問わず」と呼び出されたことを苦々しく思い出す。

だが、ソルは安心した。

少なくとも、人類の最後の希望として、元の世界で導く立場にいるべき彼が、滅んだ筈の日本でバーテックスという妙な敵と戦わざるを得ない状況に戸惑っている部分はない。あくまで、バーテックスを敵と認識して、対応出来ている。

 そうでなければ、ソルがカイを人類の最後の砦として、気に掛ける筈がない。

「戦略として、三手に分かれます」

カイは、バーテックスを倒せる手段は勇者部の勇者としての力と、ソルたちの法力が必要であることを強調した。

「ソルは、友奈さんと一緒に先陣を切ってください。シンは風さん、私は樹さんと。シンと風さんは、二番手の敵へ行ってください。残りはソルと友奈さんを先頭に蠍座の殲滅に向かいます」

「カイさん、アレが気になるんですが?」

友奈が向けたのは、青白い勾玉の様なバーテックス、射手座という表示が付いていて、蟹座と蠍座の背後を維持して移動している。

「確かに、気になります…ただ、今は、近くの敵に集中して確実に封印をしていきましょう」

ソルもカイの言葉に同意する。

そもそも、制圧戦ではない。殲滅戦だ。バーテックスを仕留め、御霊を封印するのが、ゴールである。一匹たりとも、神樹に辿り着かせる訳にはいかない。

「よって、優先度は蠍座、蟹座、射手座の順に行きましょう」

 射手座という名前から、長距離だろう。しかし、それを優先して倒しにいって、

他の二体に背後を取られては元も子もない。

蟹座の攻撃方法も気になる。そういう意味で言えば、シンと風を蟹座に向かわせて、こちらで蠍座を封印した後に、彼らと合流した方が良い。

作戦が固まると、友奈、風と樹が端末の液晶ボタンを押す。

ソルたちの目の前で、桜色、黄色、萌葱色の光が彼女たちを包み込む。そして、

 友奈には、光が物質化、桜色の籠手と具足が付く。

 風は、全体を覆う黄色い修道服の様な鎧と先が割れた黒曜の大剣。

樹は、萌葱色のワンピースに、腕に備えたワイヤー。

何れも、法力量が膨大で、形を衣類や武器に変換している。

--バックヤードに関わった時の召喚術と似ている?

 あの時は、自分の法階がソウルシンカーと化してマスターゴーストを、法力が適用化された形でサーヴァントが出て来た。彼女たちの場合は衣服か精霊のどちらかかもしれない。

ソルは、ジャンクヤードドッグを構え、友奈の隣に付く。

友奈は、

「東郷さん、行ってくるからね」

と笑顔で言う。

 東郷は、

「気をつけてね」

 と深妙な顔で送り出す。

彼女の顔に、懸念と恐怖が浮かぶ。

ソルたちは、彼女の不安が現実となることを知るのは、この後すぐであった。

 

カイは、液晶ディスプレーと風景を交互に見る。

根の這う世界、その中で一番高い根の山の頂点に立つ。

山から見て、左側にシンが土煙を上げて、蟹座へ向かう。そして、右側に根の間を縫う様に蠍座の距離を縮めて行くソル。

シンの後方には風、ソルと平行に、そして根の夾谷を走るのは友奈。

カイは、頂上から法力を貯める。七つの迅雷を纏うと、蠍座に向かっていく。

そして、蠍座の頭部のクレストを抉り、貫いた。

更に、ソルの火炎の左斬撃が蠍座を斬り上げる。

友奈は、根を三角蹴りして、蠍座の頭部の背後に、飛び蹴りを行う。

バランスを崩したバーテックスに、樹が続いて、ワイヤーで絡める。

カイが、バインドを唱え、樹が右手を上げる。

そして、友奈が配置に付いて、封印を行う筈だった。

それを中断したのは、噴進爆弾の発射音。それが、射手座から聞こえたからだ。ゆりかごの様に身を揺らし、上のアギトから放たれる。

そして、吹き飛ぶのは…

「お姉ちゃん!」

樹の姉、風である。

「フウ!!」

シンが走った道で、立ち止まる。

「シン、止まるな!」

ソルが叫んだ時には、射手座は下から上に身を揺らして口を開いていた。

そして、エネルギーの無機質な充填音が鳴ると、無数のレーザーの槍が弧を描いて降ってきた。

シンは、それらを避ける為に結界を張って引き返す。

そして、射手座が右を向く。

そこに蟹座の持ち出した板が、光の雨を反射させる。

その矛先は、カイたちに向かう。

「友奈、樹、カイ! 避けろ!」

ソルは友奈、カイは樹を連れて離脱する。

そして、光の雨が壁となり、ソルとカイを引き離した。

 

ソルは友奈を抱えて、高い位置に移動する。

見回すと、ソル達のいた場所は、朱色に染まる光の矢が突き立っていた。

 友奈を手放し、法力による通信装置をソルは指で展開。耳に当て、まずシンに連絡を取る。

「オヤジ、空中にいるアイツ、スゲエしつけえ!!」

「風はどうした!?」

「見つけた。二人で根の間に潜ってやり過ごそうと思う!!」

 妥当な判断だ。

 ソルが見渡すと、射手座の光の雨を拾う蟹座の反射板が、シンと風の軌跡に沿って光の矢を突き立てていく。

 ソルは、カイに繋げる。

「樹さんは無事だ。蠍座が見当たらない。蟹座の反射板がこっちにも来て、止まれない」

 カイの応答に悪寒が走る。

ソルは端末を見ると、確かにこの近くに蠍座がいるのは分かったが、見当たらない。

 友奈を見ると、射手座と蠍座のバーテックスのコンビネーションに蹂躙された根の大地を見据えていた。

 ソルは彼女の視点が、風と樹をひたすら探しているのに気付く。

 しかし、地響きが唐突に来て、彼はバーテックスが端末に現れて「視界にいない」理由を理解した。

「友奈!!」

 突如足元から現れた、蠍座の針が友奈を突きあげる。そして、ソルの立っていた場所も揺らす。

 ソルは体勢を崩しながらも、ジャンクヤードドッグの炎で切上げ、上昇する。

 しかし、蠍座の頭部を裂くも、友奈を突き上げた尾がソルにも狙いを向けて、鞭のようにしなる。

 尾はソルを捉え、大地に叩きつけた。

 

 東郷美森は、蹂躙される根の世界を見て呆然としていた。

 日常に別れを告げなくてはいけないことを受け入れられない現状もあるが、友奈の姿を見て日常が終わりを告げようとしている恐怖が一番心を占めていた。

 東郷の携帯端末のディスプレーに映る、勇者部、ソル達、そしてバーテックスの表示。

 友奈とソルが液晶画面の中心部に移動する。そして、そこへ蠍座が移動する。

 そこで、三者の表示が止まる。丁度、ソルと友奈を挟む様に、左側をシンと風。右側にカイと樹と映る。そして、射手座は中央にいたままで、蟹座は左側にいたままである。

 それから、動かなくなった。

 東郷美森はディスプレーから目を離し、崖下を見る。中心にいるソルと友奈が、蠍座と対面していて、蟹座の出した反射板が、彼女の視界の左右で射手座の光の雨を注いでいた。

 東郷は頭が良い。それは、勇者部の部長の風ですら舌を巻く、言い回しをする。そしてそれは、語彙が多いと言うことである。語彙が多いと言うことは、状況を良く描け、頭の回転も速い。

その頭の良さは、彼女に告げる。

この布陣が絶望的であることを。

 

「カイ、シン、近づくな…キルゾーンだ!!」

 先ほどの蠍座の攻撃を、ソルはジャンクヤードドッグと十二法階を使った障壁を駆使して防ぐ。背後で気を失った友奈を守る為に、左手を掲げ、前進する。ただ、蠍座は攻め入る様なことはせず針による上からの刺突を繰り返す。これに横薙ぎの尻尾による一撃も加える。

 射手座と蟹座は、蠍座の攻撃をそのまま注視しているが、左右の何れかで動きがあると連携して光の槍の蹂躙をお見舞いする。よって、ソルと友奈たちは孤立させられる。

 人間は慈悲深く勇敢だが、愚かな面がある。それは、「自己犠牲」…命を助けようとする心である。中心に負傷者を置くことで、危機に耐えられず出て来た仲間も殺す。バーテックスは、ソル達を餌に、残りを一網打尽にしようとするのである。

「オヤジ!! 大丈夫かよ!?」

「騒ぐな!!」

 シンの言をソルは諌める。

 この作戦はかなり有利だ。

 まず、バーテックスを倒す為に、ソル達は勇者部と手を組む必要がある。この時点で、脆弱な同盟関係である。

 ソル、カイはある大きな戦いで、巨大な生物兵器と戦っている。ある程度、キルゾーンに追い込まれても、隙に付け込める。しかし、シン、風、樹に友奈はそうではない。彼らは、戦争経験者では無い。しかも、勇者部の三名に至っては、戦場に於ける、「自身の生存」と「戦友」のバランスが取れない。友奈は特にその傾向が強い。それは、彼女が蠍型に吹き飛ばされる前に、射手座と蟹座の蹂躙をまじまじと見ていたことから、明らかだ。

 最悪なことに、十代は基本、繋がりを重要視する。攻撃を続けていれば、何れ誰かが出て来る。いや、最悪、誰かが良心の呵責に耐えられなくなり、思い切ったことをして仲間割れを起こす。

 ソルは膝を付いた。

 基本、法力はタダではない。使い続ければ、体中のエネルギーが無くなっていく。

 そして、蠍座は尾を鉄槌の様に振りかぶり、ソルを叩きつける。法力によりダメージを減少させたが、衝撃までキャンセルは出来ない。ソルはそのまま、薄れゆく意識の中、足が崩れそうになる。

 そして、肉薄したバーテックスは、鈍くなったソルでなく友奈に狙いを付けた。

 

 東郷美森は、息を飲んだ。

 ソルの膝を折らせた後、倒れた友奈に狙いを定める蠍型のバーテックス。

 それを防ごうとするも、シンとカイ、勇者部は、射手座の攻撃により妨害される。

 しかし、ソルが蠍座に立ち向かおうとするが、射手座と蟹座のレーザーの連携に阻まれる。

 だから、蠍座はソルを無視して友奈に針を向ける。針がピンク色の雷光をまき散らす。何度も。

ソルが光の雨を潜りながら、友奈への蠍座の尾の鉄槌を弾く。だが、無理が祟り、膝をつく回数を重ねて行く。

 「…め…ろ!」

 東郷は口を開く。

 そして、車いすから乗り出しつつあった。

 足が動くか動かないか…そんなことは関係なかった。

 ピンク色の火花が彼女の崖下で弾ける度に、閃光が頭の中に輝く。

 彼女は戸惑ったが、何処か懐かしさを覚えた。

『またね』

 どこかで聞いた言葉。

 どこかで見た笑顔。

 どこかで感じた温もり。

 そして、どこかで見たことがある…赤い後姿。

 それが何なのか、分からない。

 ただ、理屈で無く本能で分かることがある。

 後姿に重なる友奈の笑顔。

 引っ越し当日に歓迎してくれた友奈。

桜の咲く公園で車椅子を押してくれた友奈。

 中学初めに自分の作った牡丹餅を褒めてくれた友奈。

 勇者部で、活躍する友奈。

 彼女に光をもたらした友奈の全てが、後姿よりも赤く濃い、血の色に染まる光景。

――これを繰り返すのか?

 彼女は自問自答する。それは、明確な拒否の意思となって口から出る。

「嫌…だ。止め、ろ!」

 東郷は端末に触れる。

 射手座が、彼女の動きを察知、全身を下から上に揺らし、杭型噴進爆弾を放った。

「友奈ちゃんを…苛めるなー!!」

 彼女の強い意志が、浅葱色の雷となる。

 飛来する杭が爆発。それを遮ったのは、割れた卵の中で二対の燐光を放つ生物。

「私はいつも、友奈ちゃんに守ってもらっていた。だから、今度は私が勇者になって、友奈ちゃんを守る!!」

 そして、叫びに呼応する様に、浅葱色の雷が東郷美森に落ちた。

 

「ソル、先ほどの爆発は何だ、何が起きた!?」

 カイの法力無線が、ソルの耳朶に響く。

 意識が遠のきかけたが、ソルは先ほどの崖からの雷鳴で目が覚めた。

「オヤジ、トウゴウが…雷が!?」

 シンは無線越しで、逃げている時に、東郷へ雷が落ちたところを見たらしい。

 そして、ソルは東郷のいた崖の方角を見たが、彼女の姿は無かった。

 しかし、彼は思わず、目を疑った。

 横たわる友奈の向こうにいる人影が、宙に浮いていた。

――東郷!? そして、この、独特な法階…まさか!!

 目を覚まして、うつむき加減の友奈の背後にいる東郷より感じて来る、奇妙な法階。

 それは、幾何学で彩られた花で、友奈たちから感じたものと同じ。

 東郷は、車椅子に乗っていない。白を基調としたタイツの様な外装に、浅葱色のインナー。そして、白い外骨格より伸びた4本の触手が微かに、彼女の足となっている。

 そして、彼女の左に三つの精霊―卵型、狸、鬼火ーが並ぶ。

 蠍座バーテックスの尾針が、東郷を襲う。しかし、彼女に届くことは無かった。

 右手に銃が現れ、火を噴いたからだ。轟音が鳴り響き、針を壊す。

「格好いい…」

 目の前の友奈が意識を覚醒させ始めると、

「ソルさん、友奈ちゃん。今よ!!」

 それから、東郷は右の銃を消して、二丁拳銃を召喚。蠍型バーテックスの頭部を狙う。逆手に持つ拳銃で、次弾を装填する度にクレストの様な頭部を凹ませていく。

 ソルは右手の拳に炎を込める。そして、 質量に加速度を掛けた速度で移動、炎を纏いながらバーテックスの胸部を右拳で貫く。そして、左のジャンクヤードドッグの法力を解放し、斬りあげる。

 下から上へベクトルの掛かる力に、炎に貪られながら、蠍座は宙を舞う。

 そこに、天空を舞う影――結城友奈。

 彼女は、ソルの打ち上げたバーテックスを宙がえりして、けり飛ばすオーバーヘッドキックをお見舞いした。

 

「シンさん!! さっきのは何!?」

 風の問いかけに、シンは分からないと答える。上から降る光の雨とそれを反射してくる反射鏡の連携を避けるのが手一杯で、東郷のところに雷が落ちたことしか見ていない。

 しかし、逃げ回っていたシンと風は、上空を飛ぶ巨体を見掛ける。

 そして、飛んでいた巨体は、蠍型のバーテックス。向かっているのは、蟹座の方向。そこに燻る業火の残り火を見て、

「オヤジだ!! フウ、あの鏡のバーテックスを叩くぞ!!」

 シンは、根の回廊を飛んでいく。そして、法力で自身の加速力を強化して、蟹座の懐に潜りこむ。

シンの背後に光の雨が注ぐが、彼の速さに追いつけない。そして、そこで旗を振りかざす。

 棒高跳びの要領で、大地に叩きつけた時の抵抗と反動で、空を駆ける。

 丁度、蟹座の背後に出たシンは、後ろから黒き迅雷を纏う。

 そこで、加速を掛けて、押し出す。蟹座バーテックスの巨体はシンの迅雷に成すすべもなく、真正面から来た蠍座と正面衝突をする。

 金属同士が噛みあう様な、轟音が樹海中に響き渡る。

 二体は、成すすべもなく地に落ちる。そして、蟹座の反射板も根の大地に堕ちた。

「よっしゃあ!!」

 旗を振り回しながら、地上に降り立つシン。

 遅れて辿り着く風。そして、蠍座を追って、ソル、友奈、東郷が続いてきた。

 風は、東郷の姿に驚く。

「ソル、シン…皆、無事でしたか!?」

 カイと樹も到着した。 

 そして、カイも風に習って、東郷の姿に驚いた。

「トウゴウ…カッコエエ、何てゴージャスで、ソリッドでアグレッシブな戦闘服なんだ!!」

 シンの形容詞に皆が驚く。そして、勇者部が東郷に視線を浴びせるので、彼女は赤面してしまう。

 カイは、シンの言葉に呆れて額に手を当てている。

 ソルに、

「アホ…もう少し、考えてから物を言え!!」

 と殴られ、シンの頭に衝撃と激痛が走る。

 そして、涙目のシンは、風を見る。

 彼女は戸惑いながら、

「東郷…戦ってくれるの?」

 と言うと、彼女は笑顔を風に返した。

 勇者部に笑顔が溢れ始めて、シンは安心感を覚えた。

 

「援護は私に任せて下さい。遠くの敵は、私が倒します」

 東郷はそう言って、カイの目の前から射手座の見える、一番高い根に向けて、触手を跳躍。

 腰にある触手を支えにして、地面にうつ伏せとなる。

そして、彼女を見守る様に、現れた銀色の狙撃ライフル。

 カイは東郷を見送ると、友奈、風と樹の封印の儀とバインドを同時に仕掛ける。

友奈たちが右腕を掲げると、光が発生。

 蠍座は下腹部から、蟹座は頭部から御霊が転げ落ちる。

足元の数字がカウントダウンを開始。

カイの介入により、数字の進行が遅くなる。

最初に動いたのは、友奈。拳を突くが、御霊の動きが速く、捉えられない。

シンも、友奈の攻撃を交わした御霊に旗を振るが、空を切る。後ろへ振り向くが掠るだけだ。

「シンさん、友奈…どいて! 点がダメなら、面で行く!」

風が大剣を振りかざす。しかし、刃ではなく剣の腹で攻撃。

御霊は、避けようとするが、それは叶わない。

青い、「誓約」の旗がピラミッド型の御霊を覆ったからだ。

そして、風の一撃が御霊の背後を捉える。青い犬の様な精霊が、出現。大剣が強化される。剣の腹で、傷を入れた瞬間、シンの黒い雷に包まれた根による一撃が入れ違いに加わる。

そして、御霊は爆散し、蠍座は砂になる。

カイは、蟹座型の御霊に目を向ける。それは、自らの身を増殖させる。

時間稼ぎだ。封印の時間、つまり勇者の力が底を尽きると、封印は二度と出来ない。

これは、バーテックスの勝利だ。

しかし、

「こういう時は、まとめて!」

萌葱色の球体の精霊が出る。

樹の右手首から放たれる綱線が、分裂して増やした御霊を一挙に取り囲む。

「ソルさん!」

樹に呼応して、ジャンクヤードドッグを構える。地表に突き立てると、炎の牙が飛び出す。

そして、火炎が樹の囲んだバーテックスを一つ残らず、焼き尽くした。

エネルギーが御霊から放たれたのを確認すると、携帯端末の着信音が聞こえた。

音の主は、風だった。

風が出ると、

「東郷!?」

と一言を言って、強張った表情が和らぐ。

カイは、彼女の一言が、部室での謝罪だったのだろうと考えて、東郷を見る。

彼女は、銀色のライフルから銃弾を放つ。

射手座は、迎撃の為に上の顎から、墳進爆弾を発射。

しかし、彼女の攻撃が速い。爆弾を貫くと、青白い髑髏を三回爆破させて揺らす。

「ごめんなさい、ホントごめんなさい…」

余りの手際の良さに、カイは感嘆したが、風は恐怖を覚えたらしい。

それから、風は弾かれた様な反応をすると、カイヘ端末を渡しにきた。

「カイさんは、雷の力を使われますね?」

東郷の問いに、カイは肯定する。

「バーテックスを倒す為に一つ、頼めますか?」

彼女の続けた言葉に、カイは耳を疑い、

「銃弾は作れますか?」

カイの疑問に、東郷は作れますと返して来た。

風に携帯端末を返すと、カイは東郷と射手座の双方を見据える。

意識を集中させ、青い空間を展開し、法階を分析。

法階、それは個人によって違う。ソルの場合は、炎の日輪と歯車。カイの場合は、青白い五角形と3つの剣の紋章。シンは十字架と花びらを重ねたものである。

友奈たちは花で、バーテックスは星である。ソル達と違うところは、何れも幾何学で螺旋状を描いている。

カイは分析を終えると、

「ソル、シン! 風さんたちと共に、射手座の封印へ! 封印の儀用のバインドのコードを送信します」

法力無線を通して、ソルとシンにコードを添付した。

跳躍して、東郷の側に移動。片膝をついて、右手で銀色の銃身を翳す。

雷を発生させて、再度青い空間を展開。東郷の法階、朝顔が彼女の周りで螺旋の如く、描かれる。これを数式に展開。

次に、バーテックスの星型の法階にアクセス。法階のコードを抽出。

勇者とバーテックスの法階のパターンを分析、類似コードを確認。

そして、類似コードを東郷が装填した弾丸に添付。右手に励起した雷を銃口に。そして、バーテックスに向けて雷の道筋を作り東郷のコードを送信。

チャージを開始する。

チャージ、50%。

それから、上っていく。

しかし、バーテックスの上の顎から杭が放たれる。狙いはカイと東郷。

チャージ60%。

カイは防ぐことは出来ない。

意識を集中させているから、中断することは、全ての作業を取り消すことになる。

バーテックスは法力のダメージを即時に計算をして、復元を行う。しかも、取り込んでしまう。今は、雷の道筋を通して、バーテックスの法階と勇者の法階を合わせ、復元しない様に位相変化を止めている。今ここで仕留めないと、バーテックスは強化の過程で更なる位相変化の組み合わせを増やしてしまう。東郷の法階とバーテックスの法階の抽出と照合をまた繰り返す羽目になる。

チャージ70%。

東郷の安全を優先して、マグノリア・エクレールIIを抜刀しかける。

しかし、その時、二つの人影が射手座の放った、杭に立ちはだかる。

「ソル!」

「友奈ちゃん!?」

ソルが振り返り様に、獰猛で会心を込めた笑みを浮かべる。

友奈は、凛とした眼差しの笑みを東郷の方に向ける。

そして、二人は同時に構える。ソルの右手から炎、友奈の左から桜色の光が放たれ、目の前で杭型噴進爆弾が爆発した。

「大赦での借りは返したぞ?」

カイの耳の法力無線から、ソルの声が響く。

チャージ90%。

そして、

「カイ、バーテックスの下に着いた…けど、封印の儀のコードがアクセス拒否されている!! 浸食がマジ早ぇ!!」

「御霊が早く移動しているよー!」

シンの焦る声が、青く光る法力無線を通して響く。そして、そこから流れて来る樹の声を聞いて、射手座を見ると、御霊が高速で周回していた。

そして、青いスクリーンを見ると、チャージ完了を表す100パーセントが点滅。

「東郷さん、今です!」

カイの合図と共に、東郷の銃から銃弾が放たれる。

青と白の迅雷による軌跡がバーテックスに続く。

そして、雷鳴と銃声が共鳴しあい、空間を切り裂く。そして、カイと東郷に衝撃波が襲い掛かる。

バーテックスの御霊の軌跡に沿った円形の青白い迅雷が発生。正五面体の御霊が、プラスとマイナスの電位差から放たれる強烈な放電の牙に蹂躙される。そして、弾丸が熱せられたエネルギーが結界の中で業火となりうねる。御霊が揺らされ、歪められていった。

東郷がカイに頼んだもの。それは、レールガンである。ローレンツ力による電磁誘導から繰り出される魔弾は、かつて、ブラックテックと言われた現代科学が主流の時代では、対ミサイル防衛兵器として採用されていたと言われている。

 カイの膨大な雷による電力と法力の演算能力、東郷の弾丸精製能力があって可能となる。

 物理学では、物体を加速させたものは、力となると言われている。バーテックスが、味わった業火は人類が森羅万象を操る術を手に入れて以来、可視化された力やエネルギー、そのものである。射手座のバーテックスは、勇者と一流の法術使いたちの作り出した、原初のエネルギーに晒され、御霊を失い、砂として根の世界の一部に消えた。

 

 定番となった七色の桜吹雪が明けると、讃州中学校の屋上に出る。

ソルの目の前にあるのは、友奈たちの高さと同じ小さな社が目についた。

隣にいるカイは、空気を大きく吸い込み、吐き出している。

「帰って来てみると、ここの空気は本当に美味いな」

視線を送るソルに、カイはそう言う。

ソルは敢えて、何も言わない。

戦場を知る彼等からすれば、きな臭くない空気程、安心できるものは他にない。

そして、心を壊されず、戦友も欠けず、日常を楽しめることは、本当の意味での勝利であることは言うまでもない。

「へ、ざまぁ!!」

バーテックスが来たであろう方角に向けて、シンが腕を上げて精一杯喜びを表現する。

「あ、忘れてた」

シンがふと思い出して、駆けていく。

その先には、勇者部の面々。

車椅子に乗る東郷美森を中心に、結城友奈、犬吠埼風、犬吠埼樹の四名が、今日の勝利と日常への回帰を喜んでいた。

彼女たちも、シンに気づく。

ソルは、カイに促され、彼女たちに合流する。

シンは頭を下げて、

「トウゴウ…さっきは、ごめん。お前も、大事にしている日常があるってこと全然知らなくて…」

東郷美森は、シンに首を振って、ソルたちに目を向けた。

「いえ、私が謝らないといけないことです。本来、日常は誰にでもある、尊いもので如何なる手段を以て、それを守りたいと考えるのは当然です。それを、忘れた私は、風先輩やシンさんばかりでなく、ソルさんやカイさんも貶めてしまいました。申し訳ありませんでした」

東郷は、車椅子の上で深々と礼をした。

カイとシンも謝罪を返した。

東郷は続けて、

「それと、ソルさん…友奈ちゃんを守って下さり、ありがとうございました」

「何の話だ?」

ソルは一呼吸置いて、

「俺のやったことは、ただ、犠牲を出したくなかっただけだ。カイもシンもな。戦局を変えたのは、お前の勇気だ。礼を言われる覚えはない」

「それでも…友奈ちゃんだけじゃありません。風先輩や樹ちゃん…勇者部を皆助けてくれました。あなたたちがいなければ、成し遂げられませんでした。あなた達と私たちの守るべきもの…それに違いは無い様に見えます」

「そうだね、ソルさん、カイさん、シンさん…樹を助けてくれてありがとうございました」

「ありがとう…ございました」

風と樹に続いて、

「ありがとうございました。皆を守ってくれて、本当に感謝しています」

友奈の謝辞を聞くとソルは、勝手にしろとそっぽを向いた。

彼の後ろで、カイが、アイツはこんな振舞だが、悪い奴ではないとフォローを入れている。

そうして、腹の音が屋上に響いた。

発信源を探すと、

「悪い…俺だ」

とシンが悪びれもなく言う。

ソルが左手で頭を抱える。カイは苦笑し、勇者部の皆が笑い出す。

「そうだ、ソルさんたちの歓迎会も兼ねて、かめやに行こうよ!」

友奈が、声を上げる。

皆が同意する。

風がカイに饂飩屋と説明して、シンが行きたいと言い出した。カイも当然、

「ええ、行きましょう。これからの戦いに備えて、可能な限り交流を取り、相互理解に努めましょう。ソル、来ないと言うのは無しですよ?」

カイに抗議しようとしたが、ソルの目に映るのは、眩しい笑顔の勇者部たち。

150年以上、生きていても、彼女たちの純粋な笑顔を断る術を得ることは出来なかった。

「へヴィだぜ…」

 

 




 法階の描き方として、ソル、カイ、シンはギルティギア2のゴースト制圧時のエンブレムを参照しました。一応、本編で東郷さんが変身した後、落ち着いていたのも、やはり心の奥底に銀との別れがあったのではないかと思って書きました。
 尚、カイが、東郷とバーテックスの法階を解読したシーンは、GG2のDr.パラダイムとの共闘の時の会話を元に書きました。カイ自体、GG世界で人類最強で天才的な法術家という一面もあり、GG2では、ヴァレンタイン率いるヴィズエルの異質な法階を解読して、獅子奮迅の活躍をしていました。ただ、殆どカイが後方支援でしかないので、次の機会では前衛戦に持って行ければと思います。

感想をよろしくお願いします。


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PART.4 BOOM TOWN BLUES

 ソル達、かめやに行くです。
 ここで、ギルティギアの世界観をソル達が紹介します。同時に、友奈たちの勇者システムとソル達の使う法術の違いを明らかにしました。
 最後に出て来る烏は…ある勇者の、「精霊」ですw


 かめやの席は、本来四人用だ。店の人に無理を言って、もう一つの机を隣に置いてもらった。東郷は車椅子のため、椅子は6人分用意してもらった。

 初め、シンが木造建築、木造テーブルに鰹と昆布の独特な雰囲気、風味や匂いに、興奮していたが、ソルが襟を引っ張って、席に座らせた。

 そんな中、ソルが驚いたのが、

「おでんがあるのか…?」

 隣のカイも目の前のおでん鍋に驚いた。ソルとカイは、日本人の集まる場所で饂飩とおでんを別々の店で食べたことはあったが、饂飩屋の中でおでんを扱うと言うのは見たことが無かった。

「香川県独特ですよ?」

 友奈がそう答えると、カイは面白いですねと答える。

 ソルとカイがおでんを珍しがっている所に、シンがそれを多く盛ろうとしたので、ソルは度突いた。カイは店員から値段を聞いて、1000円を渡す。

 おでんの具は、取り敢えず、樹とシンで選ぶことになった。

 席は、ソル、カイ、シンに向かい合う様に、勇者部が一列に座る

 ソルは肉ぶっかけ饂飩をシンのも含めて2つ頼む。カイは若布饂飩を注文しておいた。

 シンと樹が戻ってきて、皿の上に盛られたおでんを持って来る。

 樹は、取り皿を7人分手際よく分ける。

 そうして、饂飩が人数分運ばれてくる。

 食前の言葉を言って、ソルは饂飩を食べる。

「美味いな…」

「確かに!」

 ソルとカイの感想に、シンも色んな形容詞を叫び出す。取り敢えず、斬新すぎて聞かなかったことにする。一言ごとに突っ込みを入れていたら、麺が延びるからだ。

 うどんについては、麺にコシがあるし、出汁の加減も良い。しかも、しょうゆなのにしつこくない。

 勇者部の皆も喜んで、食べ始める。

「コロニーでも饂飩を食べたことはありますが、これほど美味しいのは初めてです」

「コロニーですか?」

 カイの口から出た単語に、樹が聞き返す。

 彼は、少し言いにくそうにして、

「日本人の収容施設です…私たちの世界、22世紀では日本人は絶滅危惧種となっているので保護が義務付けられています」

 勇者部の面々にの顔に驚きが浮かぶ。

「そう言えば、ソルさんは…以前、日本があるのがおかしいと言っていましたね…何があったのですか?」

 東郷が恐る恐る、ソルに尋ねる。

「GEARによって、滅ぼされた。人間とGEARの戦争、聖戦が起き、GEARの攻撃で、日本全土と朝鮮半島の一部が消えた。その為、国際連合は日本人…ジャパニーズを絶滅危惧種に指定し、基本、ジャパニーズは見つけ次第、地中海のコロニーに送られる。脱走組が何人かいるが…」

 ソルは、つゆを飲みつつ残りの饂飩を啜った。

「じゃあ、ソルさんたちの世界って…日本が無いんですね」

 二杯目の饂飩を手にした風が、そう言うと麺を入れていく。

「GEARって何ですか?」

 友奈はおでんのがんもどきをつまんでから言う。

「GEARというのは、法力によって照射された特殊な細胞、GEAR細胞を植え付けられた兵器です。理論上、どんな生物…無論、人間もGEARになれ、身体能力や法力が強化されます」

 カイは若布を口に入れる。

「でも、どうして人間とGEARの戦争が起きたのですか?」

 風がおでんのはんぺんを食べる。

「GEARは元々、生物を素体として、改造し、物言わぬ兵器として大国は扱うつもりだった。しかし、ある女性をGEARの素体として改造、それを更にGEAR化した。改造されたGEARはやがて独立した意思を得た。ジャスティスと名乗り、全てのGEARを支配下に置いて、全人類に宣戦布告をした。これが、聖戦の始まりだ」

 ソルは答えて、牛筋を取る。シンから俺のだと抗議を受けたが、無視しておく。

 樹が饂飩を食べながら、

「聖戦はどうなったのですか?」

「100年に及んだ聖戦は、聖騎士団が人類の代表として戦い、勝利を収めました。私は聖騎士団の元団長で、ソルも元々そこにいました」

 カイの一言に、勇者部の皆が、ソルに視線を注ぐ。

 風、友奈に東郷の顔には驚愕。樹は驚いた瞬間、ソルに向けて愛想笑いを浮かべた。

「…テメェら、口にしなくても何が言いたいのか、分かってくるんだが? まあ、聖戦終了時にジャスティスは封印。その後、破壊された。GEAR自体、ユーラシア大陸中心に大暴れして、アメリカの自由の女神も破壊したものだから、世間は反ギア一色となっている。最も、ジャスティスが支配していたGEARはもう動かなくなったから、脅威という訳でもない」

 知能のある個体は自分の意思を取り戻し、人里から離れて生活している場合もある。特に人型は見つけにくい。また、GEARは動かなくても、その血肉を兵器として活用出来ると言われるが、実用化は悉く失敗している。

 ソルは饂飩を食べ終わり、汁を飲み干して、おでんの大根を箸で切る。

「そういえば、ソルさん…バックヤードって言っていましたね? 何ですか?」

「後、カイさんとシンさんの雷、ソルさんの炎はどういう物ですか?」

 友奈と東郷が質問してくる。

 ソルは質問を整理すると言って、半分の大根を口にする。ダシの旨味と仄かな苦味を舌で、堪能しながら考える。

横を見ると、シンが饂飩を食べた後、風が三杯目を頼んだのを見て、対抗意識を燃やしている。

「おし、オレも食べる!! 風、競争だ!!」

「あら、シンさん…私の女子力に勝てるかしら?」

「ジョシリョクかオシリョクか分かんねえけど、やってやる!! おばちゃん…ウ――!!」

 しかし、

「シン、食べ物で遊ぶものではありません!!」

「お姉ちゃんも、煽らない!!」

 カイと樹が、それぞれシンと風を諌める。

 ソルは彼らを横目に、大根を咀嚼し嚥下して、友奈と東郷に口を開く。

「話としては、法力の起源からだな。21世紀に、既存の科学エネルギーを使わない革新的なエネルギーが生まれた。無限に発生する超自然エネルギーの理論化、魔法科学論だ。それによって定義された力を法力と呼ぶ」

 ソルは水を飲み干す。

「法力は法術として、風、水、火、雷、気という五系統があり、それらを組み合わせて使う。一般的に、660種類ある。バックヤードはその法力を使う際にアクセスする仮想空間だ。乱暴に言うと、この世界の事象が書かれた図書館だな」

 友奈が、水の入ったポットをソルに渡す。悪いなと言って、水を注ぐ。それから、ソルはテーブルを見回して、水が切れている人がいないかを確認する。誰もいない様なので、テーブルの中心にポットを置いて、話を続ける。

「法力は、そこから色々法術を借りて使う。例えば、炎は、熱源と酸素や硫黄の様な助燃剤を一度に借りる。雷は、陽と陰の電位差で反応しているもの…それらがソフトウェア化、又はアプリ化されたものを使っていると考えて良い」

「それ、学んだら私たちでも使えるかもしれませんね!」

友奈が声を上げる。

「一応言っておくが、法力は数学の知識が無いと扱えない。もう一つ言うと、お前らの勇者の力は俺らと違うところから借りていて、衣装、または精霊によって法力が既に最適化に最適化を重ねられている。一からとなると、根本から、またそれらを弄る必要がある。精霊や衣装が法力であり法術そのものだから、そのまま使った方が早い」

「ソルさんと私たち、勇者の力は別物ということですか?」

「そう考えて良い」

東郷の疑問にソルは同意。

最も、バーテックスが純正律の法階を持たないヴィズエルと同等で無いのが、不幸中の幸いだ。バーテックスは御霊の時に、位相変化を行って攻撃を防ぐが、勇者の力によってそれをキャンセル出来、ソル達も止めを刺せる。もし、ヴィズエルの様に位相変化して、純正律に無い異質な法階を使われていたら、ソルたちや勇者部は饂飩に現を抜かしている暇は無いだろう。

「残念ね、友奈ちゃん…そう言えば、数学の宿題は?」

 友奈の顔から血の気が引いていく。右往左往する彼女を見て、東郷は笑顔で、

「それは、助けないからね…勉強は自分の力でやらないと」

「東郷さんの意地悪~」

 友奈の姿に、ソルを除いた皆が笑う。

「そういえば、ソルさんたちは…一体、元の世界では何の仕事をしているんですか?」

 風が唐突に口を開く。

「俺は賞金稼ぎだ…シンを連れてな」

「私は、警察官です」

 賞金稼ぎと言う言葉に、友奈たちは驚く。

「世界はGEARの脅威から復興しつつありますが、それでも富の格差が深刻で、司法が整っていない地域もあるので、警察と賞金稼ぎが連携しています」

 ソルとカイは予め用意しておいた問いを出しておく。シンにもこの答えで通す様に、打ち合わせておいた。万が一、カイとシンの関係を聞かれても「兄弟」として答える。ただ、カイは、「警官だった」と言うのが正しいが。

――シンの親父や王様って言っても、困るだけだからな…。

「そういえば、勇者部って何をするところなのですか? ただ、バーテックスを倒すだけでも、大赦からの命令を聞いて何かすると言う訳でもなさそうですが…?」

 カイは饂飩を食べ終わって、風に尋ねる。

「ボランティア活動が主です。部活の助っ人、老人ホームや幼稚園、保育園でレクリエーションを開いたり、ゴミ拾い。何でもやりますよ」

「素晴らしいです。コミュニティの為に、出来ることを率先していくというのは良いことです。そうすることで、力によらない平和を実現することも出来ます。皆さん、早い内にそれに気付けるとは、中々慧眼です」

「なるほど…勇者部の活動は、皆の為でもあるから「補完性の原理」から…地域から国につながる護国思想――」

 カイが勇者部の活動に感服していると、東郷が納得して色々な言葉を展開していく。カイは、戸惑うものの風が何時ものことですから気にしないでと言われる。そして、饂飩の食べた時に得た熱さを冷ます為に、水を口に入れる。

「演劇もしますよ。この前の、「明日の勇者」って劇は幼稚園で大盛況でした!!」

 友奈もソル達に、勇者部の活動の幅広さを伝えるが、

「ちょっと友奈、あの時、あんた舞台は倒すわ、魔王を説得するというのに、いきなりパンチするわで、殆どNGだったじゃないの!? 子供たちが怪我しなかったから良かったけど…」

「でも、その後の魔王のテーマが流れた後の、風先輩は中々迫真の演技でしたよ?」

「東郷先輩が子供たちの声援を集めてお姉ちゃんを倒す様に持って行ったのも見事でした。あと、友奈さんもあんな逆境で、パンチを出せるのも凄かったです」

 風先輩の抗議に、東郷と樹がフォローする。

 しかし、

「樹よ、姉である私へのフォローを忘れているとはどういうことかー!!」

 と風の逆鱗に触れる。劇で演じられたであろう魔王の威圧感を出した風に、樹は掴まり、両こめかみに拳を挟まれている。

「こんな感じで、勇者部は色々頑張っています!! 成せば大抵何とかなる、が勇者部のモットーです!!」

 友奈が纏める。彼女を見て、東郷は笑い、風は呆れながらも、嬉しそうな顔をして、樹も笑顔を向ける。

 シンとカイは、彼女たちのやり取りに顔が綻ぶ。

 しかし、唐突に、携帯端末の着信音が笑顔に水を差す。

 全員の視点がソルに集中する。

 ソルは端末を取り出して、

「大赦から連絡が入った…俺らの時間移動について報告があるらしい」

 勇者部全員に悪いと断って席を立つ。

 ソルはカイと目を合わせ、かめやの外に出た。

 

 ソルは端末に表示されたメールを見つめる。2通である。

 まず、一通目は大赦の研究室から、時間移動について。差出人は、祭壇に乱入した研究室室長、椎名鈴子。メールによると、時間移動の条件は現時点で不明。引き続き、任務に当たる様に、と。

もう一通は、

>今日もお疲れ様でした、背徳の炎さん。

 アドレスは大赦のもの。

 ソルが店を出た理由はこれである。

 背徳の炎。それは、ソルのもう一つの顔、GEARとしての二つ名。

 その名前で呼ぶ者は、限られている。人類に反旗を翻したジャスティスとその眷属。そして、彼をGEARに変えた人物とその一味。

>何故、その名前を知っている?

 ソルは返信をすると、

>秘密です。

>殺すぞ?

 間髪入れずに返信する。

>長く、話せないからこれだけ。あなたと連王様が心配する様なことはイリュリア連王国では絶対起きていないから、安心してください。それでは。

 ソルは、何度も送信するが、返信は返って来なかった。

 そして、そこに書かれた「連王様」とイリュリア連王国という言葉…ソル達が隠す、カイの正体。GEARである妻とその血を継ぐシンという掛け替えのない存在を守る為の茨の冠と嘆きの道。それでも、彼らの未来の先にある希望を信じて、カイが選んだものだ。

 ソルは携帯端末から目を離す。

 街並みに夜の帳が降り始める。

 そこに、ふと一羽の烏が横切る。

 ソルと目が合うと、東の空へ飛んで行った。

「何だってんだ…」

 そうゴチながら、かめやに戻る。

 すると、カイ、シンと談笑する友奈、東郷、風に樹の勇者部が映り、ソルは、かつて自分が「人間」だった時を思い出す。

 最愛の人と最高の友がいた。

 法力物理学者として、研究内容について、寝る間も惜しんで友と議論をして、翌朝そのまま職場に直行する様を苦笑した赤毛の恋人。そんな自分に付き合ってくれた親友。

 しかし、彼らとの思い出が、後に悲劇を生む。彼らの法力への飽くなき探求心から生まれた、GEAR計画。それによる聖戦。最愛の人が「正義」の名の下、人類に反旗を翻し、「最高の親友」は自分を人間からGEARに変えた「仇」となった。

 希望が絶望に変わる瞬間。ソルは、かつて自分たちが歩んだものと同じ雰囲気を勇者部から感じていた。

 




 ソル、カイ、シンの三人は法力と言う、超自然的な力を使っていますが、友奈たちと決定的な違いがあります。
 まず、彼ら自体が、色々な修羅場をくぐっています。ソルとカイに至っては、戦争経験者です。そして、法術については、それぞれゲームでは偏って使っていますが、気を除いて、全て使えます。これは、自分で攻撃手段を適材適所で選べることです。また、身体能力が高いというのもあります。しかし、戦場での行動が画一化する位、保守的になります。アクセントコアプラスのストーリーで、ジャスティスコピーを見た時の反応で、ソルとカイが驚いているのに比べ、聖戦経験者で無い、御津闇慈はそれに驚かないと言う興味深い反応から見て分かると思います。
 友奈たちの場合、精霊や衣装、武具というものが与えられています。しかも、バックヤードにアクセスしていなくても、直ぐに使える状態です。単純な戦力では、ソル達を上回ります。しかし、「鷲尾須美は勇者である」でもある様に「経験が無い」というのが弱点です。それに、与えられた力を単純に捉えている節もある。バーテックスの攻撃が、法力と勇者の力でないと効かないという点で、力が抑えられています。
 実は、双方が同盟として強さを発揮できるが、それと同時にそれを崩しかねない危うい面がある。
 彼らの奇妙な共闘関係の行く末は、そして、四国しかない世界に三人の到来は何をもたらすのか?
 末永くお付き合い出来たら、幸いです。
 次回は、完成型勇者の登場です。しかし、神樹に召喚された異邦人、ソル達に大赦の影が迫ります。
 感想をよろしくお願いします。


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第二話 THUNDER AND THORN
PART.1 FILLE DE VENT


皆さん、長らくお待たせしました。
二話目、突入です。結城友奈は勇者であるの、3話目と4話目となります。
ここから、オリキャラ及び、オリ展開が発生しますので、ご了承を。



 犬吠埼風は、根が波の如く覆われた世界で、宙を駆けた。二つに分け、それぞれを三つ編みにした長い髪と黄色い修道服の様な衣装が風に靡く。

 そして、右に構えた両手持ちの大剣を重力加速度に身を委ねながら、振り下ろした。大剣は、鉄の瀑布となり、ロケットの様な何かの頭上から大きく抉った。

 ロケットは、その衝撃に浮遊していた体を止める。

「ソルさん!!」

 地上に降り立った彼女が叫ぶと、ロケットの様な物体は再度、衝撃で身を揺らす。

 上を見てみると、赤の鉢金と同色のベストの男が、ロケットの頭部に右の飛び蹴りをお見舞いする。炎と共に、鉢金から覗く一房の茶髪が揺らめく。

「東郷!!」

 ソルは繰り出す蹴りの反動から、跳躍。左足をロケットの頭頂部から蹴りつけると、爆発がロケットの胴から発生する。

 風が後方を見上げる。根に覆われた警告に輝く銀色。その中で、浅葱色のインナーと白い外骨格を纏った、長髪の少女――東郷美森がいた。うつ伏せになり、白いスナイパーライフルを構えている。先程、銃を撃ったのか硝煙が、根の間を縫う。

「カイさん、お願いします!!」

 東郷の号令が、樹海に響く。

 白と青の迅雷が、ロケットの形の胴体を貫く。真っ二つに分かれた異形は、マグマの様に脈動する断面を晒す。しかし、切断面を再生させながら、それは前進を続ける。

 風の隣に、先ほどの迅雷の担い手、カイが現れる。ショルダーガード入りケープ、青の胴当てとポニーテールが甲冑騎士、そして金髪碧眼と中肉中背の体型が旧暦の御伽噺の王子様を連想させる。

「シン!!」

「友奈!!」

 カイ、風が大声を上げる。

 ロケット型の巨体を見上げると、二つの影。

 一人は眼帯を付けた青年。彼が旗を振りかぶると黒き雷が現れる。

 もう一人は、桜色の籠手と具足を身に付けたポニーテールの少女。その右手が桜色に輝く。

 黒と桜の雷霆が天空から落ちる。バーテックスのロケットを彷彿させる胴を上から下に貫き、加速ブーストを連想させる四足も道連れにしながら切り裂く。

「イツキ!!」

 シンの言葉に、崩れ始めたロケット型の異形は傾いて、止まる。ロケットの周囲には鋼線がスパンコールの様に輝き、乱反射する。風は上を見ると、根の上に立つ萌葱色のワンピースでボブカットの少女、犬吠埼樹が立っていた。鳴子百合の装飾の付いた腕輪から続く、鋼線。それをぐるぐる巻きにさせながら、樹は地上に降りる。

 それから、シンと友奈が続き、ソルも降りる。

 風は、樹、友奈にロケットの異形を囲む様に指示を出す。異形は、そのままにしておくと、再生してしまう。完全に倒すには、手順を踏まなければならない。

 異形の名はバーテックス。

 人類の恵み、神樹を破壊せんとする敵。

 その高さは、20メートルから30メートル。

 そして、当然の如く、その道を阻む人間に牙を剥く、破壊の化身。

 それを倒すのが、勇者の役目。

 犬吠埼風は、大赦から讃州市の担当を任された勇者である。妹の樹、東郷美森と結城友奈を含めた讃州中学勇者部は、人類の未来を守っている。

 そして、彼女たちは、今奇妙な同盟関係を異邦人たちと結んでいる。

「さあて、とっとと、このでくの坊、封印しちまおうぜ!」

 誓約という旗を掲げる青年、シン。

「シン、油断大敵ですよ」

 希望の名を背負う騎士、カイ。

「1体だけだが、油断するな」

 自由を謳う戦士、ソル。

 彼等は、並行世界の22世紀から神樹に召喚されてきた。大赦から、帰る手段の提供と引き換えに、勇者部のバーテックス退治を手伝っている。

 風は、樹と友奈に、配置へ着くように指示。

 封印の儀。彼女たちの携帯端末は、勇者としての変身だけでなく、バーテックスの封印も出来る。勇者は、携帯端末を手にバーテックスを囲む必要がある。そうして、御霊というバーテックスの急所を破壊して、人類の未来は守られる。

 “本来”ならば。

 ソル、カイとシンが、風たちの円陣に加わり、法力でバインドを掛ける。

 法力。少し前に、同盟関係にあるソルから説明された、超自然エネルギーを公式化したもの。所謂、魔法である。ソル達は、風、水、雷、火、気の5つの要素を組み合わせて、法力を法術として使う。

 今回、彼らの力が必要な理由は、この法力が無いとバーテックスの御霊を完全に破壊できない。それに封印の儀のチャンスも一度きりしかない。総じて、バーテックスに有利な状況となっている。そこで、ソルたちが法力で拘束し、安全を確保してから、勇者部が封印の儀という手順を取っているのだ。

「前の襲撃から一か月以上も経っているから…どうなるかと思いました」

「ホントだね…成せば大抵何とかなったね」

 樹と友奈がそう言う。二人は、一か月ぶりでナーバスになっていたことは言わないでおこうと風は、思った。

「それにしても、意外とあっさりだったな…そういえば前にも、こんな風に敵が追い詰められて、自爆したことがあったけど」

  シンがバインドをしながら、さらりと怖いことを言う。

 風だけでなく、樹と友奈も驚いた。そして、東郷が白銀の狙撃銃をシンに向けているのは気のせいだと、彼女は考えることにした。

「シン…そんなことがあったのですか!?」

 カイが寝耳に水と言わんばかりに、驚愕するが、

「平気だって…バーテックスは、ヴァレンタインの様にキレないしダウナーでもねぇから」

「どこを心配するなってんだ…」

 ソルがシンに呆れて言う。

 風も、心の中で「バーテックスに感情があってたまるか」と、シンにツッコんでおいた。そして、彼らが今まで、どんなトラブルに巻き込まれたのか、彼女は本気で知りたくなったのは言うまでも無かった。

「あれ…? 何か、空間が揺らいでんだけど?」

 シンが怪訝な顔で言うと、ソルとカイがロケット型のバーテックスを注視する。

 刹那、四隅の加速用のブースターを連想する脚が広がり、樹のワイヤーで縛られた胴体をこじ開ける。そして、それらを根の大地に牙の如く突き立てる。

「広範囲の法階の発生を確認!? 皆、伏せて!!」

 カイの警告と共に、根の大地が揺れ、風たちは足を取られる。

 彼女たちを余所に、ロケット型のバーテックスから、白い光が発せられる。

「マズい、コイツ空を飛んで逃げる気だ!!」

 伏せたシンが叫ぶと、白い光による爆風がバーテックスを中心に広がった。

 そして、バーテックスは光を垂直状に発射して、体を上昇させていく。

「お姉ちゃん!!」

 何本かのワイヤーが引っかかり、樹が引き摺られて行く。そして、彼女の緑色で双葉を生やした毛玉が現れる。

 精霊。勇者の傍に現れる、生命体で攻撃や防御の時に、出てくる存在。

 樹のそれは、“木霊”という名前である。

 木霊は、彼女の周りで光を出し、バーテックスのエネルギー射出を遮断する。

 風やソルたちが助けようにも、爆風と地震によって身動きが取れない。

「東郷さんが!!」

 友奈は彼女のいる根へ跳躍。地震や爆風に揺らされながら、飛び移っていく。そして、爆風に煽られる東郷の前に立つ。

 友奈の前にも、二対の羽が生えた小さい牛の精霊――牛鬼が出現、二人を覆う。

 地震が収まると、風、ソル、カイ、シンは根の峡谷を抜けて、樹を追った。

 バーテックスが噴射を終わらせると、射出口からエネルギー弾を放つ。

 光弾の雨が、風たちに襲い掛かる。そして、その衝撃でワイヤーに吊るされた樹が揺れる。

「樹!!」

 風が更に跳躍するが、光の雨に遮られ、勢いを無くす。

 ソル、カイ、シンの三名も同じで、高度を上げられない。

 そうして、距離を離していくが、突如爆発がロケット型バーテックスから起きる。

 風は、下を見る。バーテックスに遠距離攻撃出来る存在は、東郷美森しかいない。しかし、今

 彼女は友奈の傍らで、銃を構えていただけである。東郷は、風と目が合い首を横に振る。

 風が上空を見直すと、銀色に輝く何かがすれ違い、バーテックスが爆発した。

「ちょろい!!」

 声の主は、ソル達の中の何れでもない。赤い鎧を連想する衣装の少女が、空中を滑空してきた。

 そして、短刀を二、三本すれ違い様に放り投げる。

 バーテックスが、短刀の爆撃の衝撃に揺れる。

 少女は、脇差を抜刀する。バーテックスに吊るされていた樹が、宙を舞う。樹の体は、赤い鎧の少女に抱えられていた。風とすれ違うと、樹は、友奈たちのいる根に置かれていた。

 風は、樹の無事に安堵すると、近くの根に降り立つ。カイとシンも続く。

 そして、風の目の前で、バーテックスは翼を失い、まるで神世紀以前の記録映画の飛行船の様に、地に堕ちようとしていた。

 風は、マズイと考えた。

 神樹は、バーテックスの侵攻を防ぐ為に根に覆われた結界、樹海を形成する。しかし、樹海を傷付けた、又はバーテックスが侵食した場合、現実世界にも影響が、事故や災害として現れるのだ。

 ロケット型バーテックスは、炎を纏いながら根の峡谷を目指す。

 しかし、そこに同じく烈火が駆けながら、バーテックスの前方に現れる。ソルだ。彼は大地に足を踏みつけると、腰を入れてバーテックスの頭部に向けて掌底を突き上げる。

 肉が鉄を撃ち抜く鈍い音と大地を揺るがす振動が、樹海中に響き渡る。

「封印だ!」

 ソルの号令に、風、カイ、シン、友奈と樹が続く。しかし、風たちを追い抜く、赤い甲冑の少女。双方の髪を結いたリボンが風に揺れる。それから、彼女は短刀をバーテックスの下に向けて、放つ。そして、足元に現れる黒い漢数字。勇者のエネルギーで、拘束できる時間だ。

「封印…1人でやるつもり!?」

 甲冑の少女が、バーテックスの頭部から出た正五面体に斬り掛かる。

 御霊。バーテックスの急所で、制限時間内に倒さねばならない。失敗は、即世界の破滅に繋がる。

 しかし、最後の抵抗と言わんばかりに、紫の煙幕が御霊から噴出する。

 風の精霊、青い毛色の犬神も出て結界を作り出した。

 樹に友奈の精霊たちが、再度出現し、紫の悪意を妨げる。

 ソル、カイ、シンも、法力による結界を張って応戦すると、

「なんだよ、これ!」

「引火性かもしれん、法階から成分分析しろ!」

 戸惑うシンに、ソルが警戒を促す。

  発煙筒が、引火性物資を使った催涙ガスに発火したという話を聞いたことがあったので、風も銃を撃たない様、東郷へ右手で合図を送った。

  躊躇している間に、赤い甲冑が御霊へ、突っ込む。傍に、奴凧の顔に赤い鎧兜を着た精霊が現れ、彼女は脇差を二本携えて、それを交差に斬る。

「早く、攻撃を加えなさい、異邦人!」

 少女が言うと、

「よし、引火性じゃない!」

  シンの成分分析が終わり、カイが動いた。彼は跳躍すると、雷を剣に纏う。そして、翡翠色の雷光を御霊に叩きつけると、逆ピラミッドは光を発生させ昇天。ロケット型のバーテックスは砂となり崩れ去った。

 カイが抜刀した剣を一回転させ、鞘に収める。彼は、肩の出た鎧甲冑の少女に向けて、

「見事な立ち回り、感服しました!!」

 賞賛と笑顔で握手を交わそうとするが、少女は無視。

 ソルとシンにも構わず、彼女が立つのは、風を始めとした讃州中学勇者部。

 最後に勇者の衣装の外骨格から生える、四肢を跳ねさせながら、東郷が勇者部に合流。やがて、

 樹が、先ほどの礼を言おうとするが、鋭い小太刀の様な視線が遮る。

 そして、友奈が口を開こうとすると、

「なによ、ちんちくりん」

 リボンのツインテールがぞんざいに扱う。

「私は三好夏凜。大赦から派遣された完成型勇者よ。あんたたちトーシロが、バーテックス討伐

 なんて片腹痛いわ。私と異邦人たちだけで、十分だからあなた達、お役御免よ。お疲れ様」

 三好夏凜の言い草に犬吠埼風は、呆れを含めた絶叫を樹海に響かせた。

 

 午後の陽気が家庭科準備室に差し込む。

 そして、黒板を背後に構える少女は、陽光をスポットライトにして勇者部とソル達にその存在感――いや、絶対優位性を訴えているようだった。その様は、何処かの軍隊のライン長を連想させる。もとい、軍隊ではないが、彼女は大赦から派遣された上官だった。

 ソル=バッドガイは、一番後ろの壁にシンとカイを挟んで凭れ掛かる。

 ソルは、何時もの赤と白の上下。

 シンは裏地が青で、表が白のロングコート。

 カイは、半袖の白シャツに白のスリムパンツ。そして、初夏の熱気を出すために、胸元を開けていた。

 彼の前に左から座る東郷、友奈、樹そして風の前にいるライン長――三好夏凜――を見据える。友奈と同じ、ブレザーを着てリボンでツインテールを作っている点は、他の生徒と変わらない。ただ、彼女の左側にいる存在が一際異質にしていた。まるで、かつて中世日本の戦国時代の武将の様な甲冑鎧に石灰で顔を落書きした人形が浮遊していた。勇者部との生活で何回か目にした、精霊である。

 どういうメカニズムか分からないが、ソル達の言う法力を最適化させた存在である。ただ、唯一異なる点は、ソル達は法術の使用をバックヤードからアクセスしていて、友奈たちは精霊を通してバックヤード以外の場所から、使っているところである。

 だが、ソル達は愚か、友奈たちとも違うところがあると、三好夏凜は断言する。

 それは、

「私は大赦から派遣された完成型勇者よ!!  そして、目指すは完全勝利よ!!」

 出会った時からこの言葉である。取り敢えず、ソルは壊れたレコードみたいだと内心思うと、

「ソル…今思ったことは口にするんじゃないぞ?」

 カイから小声で言われた。

 ――お前も夏凜と似た時期があったろうが?

 そう考えたが、夏凜も交えた藪蛇になりそうなので止めておくことにした。

「何故、今このタイミングで来たのですか? どうして最初から来てくれなかったんですか?」

 車椅子に座った東郷から最もな質問が出る。

「私だって直ぐに、出撃したかったわよ。でも、大赦は二重三重に万全を期しているの。最強の勇者を完成させる為にね」

 東郷が首を傾げる。

「あなた達先遣隊のデータを得て、調整された完成型勇者、それが私。私の勇者システムは対バーテックス用に改良されているわ。その上、あなた達トーシロと違って、長年戦闘訓練も受けている!」

「要は、旨いところだ――!」

 ソルは『旨いところだけを取っているだけか』と言いかけるが、右脇腹の衝撃で言えなかった。カイの肘鉄である。痛みと衝撃が同時に伝わり、蛙の鳴き声の様なくぐもった声が、家庭科準備室内に響く。

 彼の声に、部員たちとシンがこちらに集中。

 そして、

「…まあ、どっかの異邦人から協力を得られれば、勇者システムは更に発展し、完全勝利を目指せるのだけど…」

 夏凜がソル達を睨みつける。

「アレ、俺ら何かしたか?」

 シンが言い返すと、夏凜が更に激怒する。

 ソルは、シンに夏凜の険しい表情の理由を説明しようとしたが、彼女の激情から察するのが早いと思い、黙った。

「というか、あなたたちが大赦警備隊の半分を戦闘不能にして、上級神官や三大老たちを愚弄する狼藉を働いただけでなく、あなたたちの力の研究もさせない様に脅したものだから、大赦であなた達の扱いについて意見が分かれているのよ!!」

「ああ…あの干物と変態御面たちか…。何か、シュールな組み合わせだよな~。あと、あのヴェールの向こうに何があんの?」

 シンの言葉に、夏凜は赤くなり、勇者部員たちが真っ青になっていった。シン自体、煽っている意図は無い。ただ、純粋に子供の好奇心ながら、大赦の上層部が奇怪で興味を惹くのだ。悪意が無いだけ、余計、タチが悪い。

「とにかく、異邦人ばかりでなくあなた達も大赦と神樹様、この世界の為に、勇者として戦っていることの自覚が足りないというのがわかったわ。だから、私があなたたちを監視する必要があるってことね」

 夏凜がシンの疑問を、全員に勇者としての自覚が無いとして、切り捨てることにした様だ。

「しつけ甲斐がありそうね…」

 風が鼻で笑うと、夏凜が憮然とした表情を返す。

 しかし、その流れを切る様に、

「勇者部にようこそ、夏凜ちゃん」

 友奈が出てきて、夏凜の前に立つ。夏凜は名前呼びに拒絶反応を露わにして、

「入らないわよ」

「もう、来ないの?」

 友奈の寂しそうな顔に、夏凜が戸惑う。同年代とのコミュニケーションに不慣れの様だ。

「いや、あなたたちを監視するから、来るわよ」

「なら、部員になった方が早くない?」

 友奈の提案に、夏凜は考えて同意する。

「まあ、そうすることにしておくわ。監視もしやすくなるしね」

 しかし、

「さっきから監視、監視って私たちがサボっているように言わないでよね」

 風が抗議すると、

「偶然選ばれたトーシロが、大きな顔をしないでよね。大赦の仕事は、遊びじゃ――!?」

 夏凜の自信に満ちた言葉が、絶叫に変わる。

 彼女の視線の先、友奈の精霊、牛鬼が鎧兜の精霊にかじり付い――いや、食っていた。今、牛鬼は、夏凜の精霊を頭から飲み込み、咀嚼しようとしている。

「うわー。なんて、スペクタクルなお食事なんだ…」

 ソルの隣で、シンが感嘆して言う。

「なんてことすんのよ、この腐れチキショー!」

「ゲドーメ!」

 蒼白な表情の夏凜が猛スピードで精霊を牛鬼から取り返す。そして、武者姿の精霊が泣きながら抗議する。

「外道じゃないよ、牛鬼だよ。食いしん坊君なんだよね?」

 目の前で、友奈がビーフジャーキーを取り出して、食べさせる。夏凜の怒りもどこ吹く風で、それを味わっている。ソルは、食べているものは分かっているだろうか…と考えたが、下らないので考えるのを止めた。

「自分の精霊の躾も出来ないようじゃやっぱりトーシロね!」

「牛鬼に齧られてしまうから、みんな精霊を出しておけないの」

 車椅子に座る東郷が言うと、夏凜は友奈に引っ込める様に言う。

 しかし、

「この子、勝手に出てきちゃうの」

「あんたのシステム、壊れてんじゃないの!?」

 夏凜が、友奈の言葉に再度大声を張り上げる。

 ソルは友奈の言葉で思い出した。そういえば、何回か出て来たことがあった。友奈が戦う時に、指示を出さずにただ、守るように。風、樹…そして、東郷の変身の時に出たこともあった。

「そういえば、この子、喋れるんだね」

 友奈が気付くと、夏凜が誇らしそうに、

「そうよ。名前は義輝。私の能力に相応しい強力な精霊よ」

「でも、東郷さんには三匹いるよ」

 友奈に言われるまま車椅子に座る東郷美森が、端末を押すと三体精霊が出て来る。

 卵、狸、鬼火の三種類で。名前は、それぞれ青坊主、刑部狸、不知火だ。

 しかし、名前はソルにとってどうでも良かった。

 ――何故、友奈たちと、ほぼ同時期に覚醒して、東郷の精霊は三体だ?

 “完成型”と名乗るなら、その分、装備は友奈たち以上と考えていた。しかし、夏凜の精霊は一体だけ。何より、大赦に所属する風のもだ。

 ソルは、夏凜は東郷の精霊の数を知っているものだと思っていた。しかし、目の前の完成型勇者はその数に動揺を隠せない。

 ――確かに、封印は一人で可能。夏凜の精霊だけ、人型で喋ることが出来る…それで、完成型なのか?

 ソルが推論していると、唐突に樹の声が上がり中断した。

「…どうしよう、夏凜さん?」

「今度は何よ!?」

 恐ろしいものを見たかのような彼女に、うんざりしきった夏凜がぶっきらぼうに聞き返す。夏凜だけでなく、カイ、シン、風、友奈、東郷、そしてソルが樹の元に集まる。

 樹が見ているのは、テーブルの上の三枚のタロットカード。左から、悪魔、塔、死神と何とも不吉な役が並んでいる。

「夏凜さん…死神のカード」

「うわー、すげえ…カリン、何てグルーミー人生なんだ…」

 シンが同情に満ちた視線を送ると、勇者部も口々に「不吉だ」と言う。

「まあ…当たるも八卦、当たらぬも八卦…と言いますから…」

 ――カイ、そういうのはもう少し、歯切れよく言う物だぞ?

「ま…頑張んな」

 ソルがカイに突っ込みつつ、言ったが、

「勝手に占って、不吉なレッテル貼らないでくれる!? 後、変な同情掛けないでよ!!」

 夏凜が、占いの結果に同情の視線を送るソルたちや勇者部に叫ぶ。

 それから、夏凜は一呼吸おいて、

「まあ…これからは、私の監督の下、バーテックス討伐に励むことね」

「部長がいるのに?」

「部長よりも偉いのよ!」

 友奈は風のことを指して言うと、夏凜が反論する。彼女は「ややこしいな~」とぼやく。

 そこに風から、

「なら、あなたも私に先輩と言って、敬語で話すようにね。ソルさん達にも。周りに気取られないようにするのも任務の一つでしょ?」

 と言われ、それもそうね、と夏凜が納得。

「最も、バーテックスを討伐するまでの間だけね。足引っ張らないようにね」

 それから、友奈が夏凜を饂飩屋に誘おうとする。

 しかし、夏凜はそれを拒否し、部室を後にしようとする。

 そこに、

「夏凜さん、お聞きしたいことがあります」

 カイが口を開く。

「あなたの苗字は”三好”でしたね…もしかして、大赦で、働いておられる親族の方が?」

 夏凜が振り返る。その顔には、複雑な感情が入り混じる。

「警備隊隊長よ…カイ=キスク。あなたが、半殺しにした警備隊隊員のリーダーで、私の兄。それがどうかした?」

「緊急とは言え、手荒な真似をして申し訳ありませんでした。彼に、そうお伝えいただければ幸いです」

 カイは頭を下げる。

 それに夏凜は、

「私はあくまで、大赦の勇者よ。そして、私に命じられたのは、この腑抜けた勇者たちの監視。兄貴のことなんて、尚更、関係のない話だわ」

 カイは彼女の一言を確認する。

 そして、夏凜は踵を早く返し、家庭科準備室を出る。

「さて、戻るか…」

「そうですね」

「もう帰るんですか、ソルさん、カイさん?」

 友奈が言うと、

「ええ、明日の授業の打ち合わせを先生と行うので。今日も、シンをよろしくお願いします」

 カイが友奈に答えると、ソルは、

「ああ…物理の抜き打ち小テストの採点があるからな。それとも、いて欲しいのなら、採点をこの部屋でやるぞ。取り敢えず、友奈の点数が低かった時の説教する為に、わざわざ明日まで待つ手間も省ける。要望があれば、いの一番でやるが?」

 ソルは表情を変えずに言うと、友奈が「今日も一日ありがとうございました」とお辞儀をする。

「でも、友奈ちゃん…説教を一日延ばしただけよ?」

 東郷が苦笑して指摘すると、友奈が自分の仕出かしたことに気付いて、ジレンマに狼狽える。

 しかし、時すでに遅し。

「シン、迷惑かけんじゃねえぞ?」

 ソルは、笑顔のシンにそう言って、友奈の泣き声をドアで遮断。

 彼は、カイと共に勇者部部室を後にした。

 

「それで、あれからメールは来たのか?」

 職員室に通じる廊下を歩いている時に、カイに聞かれ、ソルは首を振った。

「来ていない…あの、3体のバーテックス戦以来な」

 ソルは端末をカイに見せた。

 少し前、かめやで饂飩を食べていた時に来たメール。ソルのGEARとしての忌み名「背徳の炎」、カイの本来所属するべき場所「イリュリア連王国」と連王という肩書が書かれている。

「あの男が起こしたのだろうか?」

「それは無い…そもそも、メリットが無い」

 カイの疑問をソルは否定した。バプテスマ13事件で、あの男――またの名をGEAR MAKER――は「慈悲なき啓示」との戦いに、ソルが必要だと言った。どんな考えがあるかは定かではないが、別世界に送り込むと言うのは手駒を手離すに等しい行為だ。手駒は把握できるところに在って、初めて手駒と言える。

 カイに対しても、あの男の右腕、レイヴンがソルのGEARのコードと酷似したウロボロスループを使って、事件の首謀者から守っているようだった。

 更に言うと、ヴァレンタインの変貌の時に、シンが戦線に加われる様に、バックヤードへの入り口を開けていたのは、あの男以外に果たしているのだろうか?

 以上のことからソル、カイ、そしてシンも、神世紀に送られるべき理由が思い当たらなかった。

「あの男の仕業では無いなら、何故、送信者はお前がGEARであることを知っているのだろうか?」

「さあな…」

 カイの疑問に、ソルは肩を竦めた。

 そして、すれ違う女子生徒たちが、三人。

「ソル先生、カイ先生。こんにちは」

 その内二人が話しかける。ソルは右手を上げ、カイは笑顔で会釈する。

 すると、カイの笑顔に喜んで、黄色い声を上げて去っていく。彼女たちは走り出す。

 三人目の少女は、ソルたちが目に入ってなかったのか、ただ、短く切った項を見せながら黙々と去って行く。

 大赦の用意した、ソルとカイの身分に、勇者部顧問というのがある。しかし、厄介なのが、それは「讃州中学校の教師」のついでだったのだ。

 ソルは理科の代理教師である。ソル自体、フレデリックとして素粒子物理学の博士となる為に大学で論文を作成していたと同時に、生徒のチュートリアルも行っていた。ソル自体、人と話すことを好まないが、この世界で当面生きる必要があるので、我慢することにした。

 カイは英語の教師の語学補助教員(ALT)である。彼はロンドンである事件を追っていた時、孤児に読み書きを教えたことがあったらしい。

 このことから、二人は教壇に立つことへ抵抗は無かった。

 ちなみに、先ほど、友奈が恐れた小テストは、ソルが今朝出したものだ。穴埋め問題の他に、「お前の考える力を説明しろ」と出題。無論、自分の言葉で自由に纏めることも加えて。小テストで、他の教師からやり過ぎだと言われたが、「科学だからこそ、常に周りでどう使われているかを日頃から考える必要がある」と説き伏せたのだ。御蔭で、梅雨の中休めの晴天にも拘らず、教室の生徒たちが、東郷を除いて憂鬱だったのは言うまでもない。

 尚、カイ自体、俗に言う美男子なので、休憩時間は愚か授業をサボってでも、彼を見に来る女子生徒たちに頭を悩めている。

 シンは教員を務めたことが無いので、用務員の代理で校内を回っている。勇者部にいるので、緊急の依頼は、シンを通して行うことになっている。シンを窓口にした御蔭で、勇者部部員の名前を予算目当ての名義に使われるのが減ったので、部長の風は大喜びだそうだ。使った部活に対しては、シンとソルが訪問し「穏便」に事を運ばせられた。彼女らの名義を借りて得た動産や部活がどうなったかは、その「翌日」出たゴミの量と空き教室の数が物語っていた。

 また、シン自体、中学生未満の知能だが、裏表のない人柄で校内の信頼を得つつあった。

 加えて、ソル達は、部活での空き時間、勇者部の面々に、シンへ勉強を教える様に頼んだ。これに、始めは彼女たちも戸惑った。だが、彼らの世界では、世界秩序再構成及び聖戦の傷痕により、教育水準が整っておらず、大人の識字率も全体的に低いと説明すると納得してくれた。それに、彼女たちも教えることで、自分たちも賢くなると考えるに至ったみたいだ。

 その甲斐あって、シンの学力はかなり、上がっている。一から九の段の掛け算も出来る様になっていった。最近、東郷から、歴史や諺も教わっているらしい。

「ソル…お前の方が、友奈さんたちから教え方を教わった方が良い気がするが?」

 この時のカイの指摘は、地味に痛かった。

 ソル達の讃州市での日常は、充実したものになっていった。元の世界に帰る手段がない分、この充実感は、帰られない焦燥感を紛らわせることが出来る。人間は現金なもので、帰属意識を得ると割と困難を受け入れられる。そして、余裕も得られて、考えが冴えてくる。

 しかし、それでも分からない不可解な出来ごとが続いて、頭を悩ませていた。

 主に二つである。

「それはそうと、何度も続くな…同じ夢が」

 ソルの言う夢、それは毎晩決まって見る物である。ここ一か月のうち何回か続いたので、カイに聞いてみたが同じ物を見たと言う。加えて、シンも。三者が共通して、イリュリア連王国の風景を夢に見たのだ。住民たちが城下町で過ごしているのだが太陽の光も、誰かの出した水道は愚か、空を飛ぶ飛行船や喧騒に彩られた街並みも全て、凍ったような風景が続くのだ。

 メールの内容には、

 

 >長く、話せないからこれだけ。あなたと連王様が心配する様なことはイリュリア連王国では絶対起きていないから、安心してください。

 

 と書いてあったが、先の夢と合わせると、ソル達は色々不吉なシミュレーションをせずにはいられなかった。世界経済と国際秩序の中心、イリュリアだけが機能していないとなると、傘下にある大小の国に不要な混乱を招く。

 ただでさえ、カイがバプテスマ13事件の後、国際会議の場で、早速GEARとの共存を訴えたことで、イリュリア情勢は世界の注目を集めることになった。GEARは、ソルの知る限り、現時点で存在するのは、無害なものが大半である。しかし、GEARによる聖戦を味わった者が全世界の人口のほぼ全てである以上、彼らを受け入れられる者は少ない。反GEAR世論を煽って、国連元老院が今のイリュリアに介入する口実を得るだろう。現に、カイと共闘状態にあるソルを、彼らは賞金首として指名手配。その上、バプテスマ13事件の前に、カイからイリュリア連王国の統帥権剥奪をしようとまでした。更に言うと、元老院はカイを連王と言う傀儡に仕立てる為に、妻であるGEARのディズィーをネタに強請ったのだ。

 メールの主が、イリュリアが何らかの干渉によって手出しが出来ないと言っても、生殺与奪の権利が国連元老院にある以上、安心できる保証は全くない。

 だが、

「言葉を信じよう…少なくとも、今の手掛かりは夢とメールしかない。本当かどうかは、メールの差出人を突き止めれば良いだけだ。私たちを追う視線についても聞けば良い」

 カイの言葉に、ソルは同意した。

 もう一つ、ソル達に訪れた変化。カイも触れた様に、尾行である。確かに、ウィルスによって四国以外が滅んだ世界では、ソル、カイ、シンの様な欧米人は珍しく、好奇の視線を招くだろう。 その中には、露骨な敵意や警戒心もあった。それらは良いとして、好奇心や敵愾心のどちらにも属さない、ただ、彼らを追っては消える不自然な視線も増えた。彼らの住むマンション付近、コンビニやスーパーの様な食料雑貨店や通学路ばかりでなく、学校内にも及んだ。

「夏凜さんの言う、大赦で私たちに消えて欲しいと願う者だろうな…」

「近い内にあっちから来るかもしれん」

 カイが大赦警備隊を戦闘不能にし、大赦上層部に要求事項を一方的に呑ませたのだ。特に、夏凜の言う大赦での高い地位にいる三大老と神官集、そして彼らの刃でもある大赦警備隊は、煮え湯を飲まされたと感じても不思議ではない。

 あの時、三大老という木乃伊の上の位にいる存在、ヴェールの背後にいる“誰か”が、逮捕や拘束を禁止したとしても、それ以外の手段で仕掛けて来る可能性が高い。それに、大赦による攻撃が来ない安全な時期は、「12体のバーテックスの討伐」までである。それを手薬煉引いて待っている筈である。

――大赦警備隊が来るか、それとも勇者が来るか。

「まあ、昔の坊やとは思えない位、本当に無茶をするな?」

 ソルは揶揄するが、カイがそうせざるを得なかった理由は理解していた。

 それは、GEAR細胞の悪用を防ぎ、シンを守ることだ。

 シン自体、GEARなので、人より肉体の成長が早い。それに、力の扱い方も未熟だ。誰かを傷つける、又は命を奪う危険性があった。人を殺すこと、兵器に使われること。それらに、シンは愚か、親であるカイも耐えられないことは百も承知だ。

 そして、ソルは勇者システムに問題が無いと考えている訳では無い。人に大いなる力を与える法力、その発展形のGEAR細胞と殆ど同じだ。今のところ、勇者システムのアフターリスクは見えない。

 だが、GEARの誕生の当事者で、その因縁に蝕まれているソルにとって、法力の塊である勇者システムを別物と捉えるには、どうしても無理があった。最悪、GEAR細胞を使った勇者システムが出来る可能性もあった。どれだけ、世界が破滅に追い込まれても、超えてはならない一線がある。

「そういうお前も、シンに乗ることが最近多くなってきたぞ?」

 カイが言い返したところで、職員室に着く。

「警戒は怠るんじゃないぞ?」

「そっちもな」

 カイの言葉に、ソルはあっけなく返した。

 ソルの返事に、カイは頬を綻ばせる。その笑みは、剣を連想させる精悍さを携えたもの。

 そんなカイの瞳に映る、鉢金を着けたソル自身の顔。彼の笑みは、口の端を吊り上げ、猛獣の獰猛さを連想させるそれだった。

 

 三好夏凜にとって、昼下がりの砂浜ほど本来の自分になれる場所は無かった。

 ――あの、トーシロども…勇者を何と思っているのか!?

 白のタンクトップとショートパンツ。そして、両手にはそれぞれ木刀が握られている。そして、彼女は二刀の木刀で空を切った。

 左足を出して、左手の木刀を一振り。その勢いを殺さずに、右足で半身を出しながら右で一振り。右で振り落とした勢いから生じる慣性の法則に身を委ねながら、左、右と剣を回転させながら移動。右の振りを中心に大きく回転し、更なる勢いを付ける。そして、左腕を伸ばして大きく回転、右もその勢いに乗せ、大きく深く腰を落とす。伸脚の状態となり、二本の木刀の切っ先が垂直落下の軌跡を描いた。

 これが、剣の型。夏凜が兄から教えて貰った奥義。そして、彼女が自分で要られるストイックな理想で、勇者部と言う温い環境から、彼女の解放を約束してくれるもの。

 三好自体、武芸に秀でた家系として知られている。何でも、大名の武芸指南役をこなしてきたと伝えられている。長男が例の如く優遇され、遅く生まれた挙句、女だった自分は冷遇である。兄は、そんな自分にも関わらず、優しく接してくれた。兄は文武両道で優秀、満点を取るのが当たり前。両親は、それが出来る兄を溺愛し、欲しいものは何でも与えた。夏凜のことは見向きもしなかった。

 しかし、彼はわざと夏凜の欲しいものを、試験やコンクールの褒美に求めた。

 子供ながらの気遣いだったのかもしれない。

 親から見れば、女の子が欲しがるものを男が求める様に、“天賦の才を持つ男は少女向けの物も好む”と考えて見逃されたのかは分からない。ただ、彼の無償の優しさは、自分に向いていたのは確実だった。しかし、常に兄と比較された自分からしてみれば、それは施しにしか見えない。

 だから、兄に剣の教えを乞うたのだ。

 それは、彼女の自我と誇りを訴えたかったのかもしれない。兄の施しなど必要ない。むしろ、兄を叩きのめして、今までの恩を仇で返すことで、兄の自尊心をぶち壊したかったというのが初めの動機だったのかもしれない。

 しかし、そう続けてきた剣術が役に立つ時が来た。

 勇者に選ばれたのだ。

 大赦の訓練施設で、血の滲む様な訓練が待っていた。

 今までの訓練を耐える為の精神は、両親による冷遇が鍛えてくれた。

 多数いる競争相手に向けた競争心は、兄の同情を恥に思う劣等感が研ぎ澄ましてくれた。

 だから、三好夏凜にとって、大赦の訓練の日々が思い出であり青春であり、彼女のレゾンデートルだった。そういう意味で言えば、結城友奈、東郷美森、犬吠埼姉妹のいる勇者部は彼女が囲まれた環境とは真逆のもので、相容れられるものではなかった。

 息を整える為に、立ち、波の音を聞いた。

 落ち着かせる為の物だが、それでも煮えくり返る憎悪を抑えきれなかった。

「結城友奈、カイ=キスク…!!」

 吐き捨てて、再度構えに戻り、繰り返した。

 まず、結城友奈。勇者の自覚がゼロで、危機感もない。そもそも、馴れ馴れし過ぎる。しかも、饂飩屋で楽しむ時間は無いのに、それを楽しむなんて正気の沙汰ではない。自分たちは兵士の筈である。兵士には兵士の役割がある。それは、国防の為に、その身を粉にし礎となることである。

 それと、カイ=キスク。剣術の実力の高さはまだしも、美貌の奥に秘められた輝き。それは、自分と同じ匂い――いや、同じ存在で“あった”ことに気付かされた。その輝きは、自分が恐れている何かであることに。

 更に、許せないのは、

「兄貴の名前をよりによって、私の前で出して!!」

 大赦の勇者、それは三好夏凜にとって、過去の兄に同情される弱い自分を否定出来るステータスだ。それを脅かす大人、カイ=キスク。彼と兄を比べた親類と同じ存在、夏凜はそれが許せなかった。

 そして、振り払う為に気合を入れ、型を繰り返した。

 しかし、剣の稽古に没頭する彼女は気付いていなかった。

 彼女が勇者部、ひいては結城友奈に抱く劣等感の正体に。

 そして、カイ=キスクも今の夏凜と、かつて同じ悩みを持っていたことを。それに対する警戒感の根本にある何かが、彼女の存在意義全てを否定しかねないことへの恐れであることも。

 

「おう、ハル坊。遅かったな?」

 目の前にいるのは、カンフージャケットを着崩した男。

 細面で、三白眼。髪形は、ツーブロックでコーンロウに編んだ長髪。その内の何房かが、夜風に揺れる。

 そして、アルミシャッターの前に凭れ、タバコを嗜んでいる。夜の空気に向けて吐かれた紫煙が、潮の匂いと夜にさざめく波の音のする港の闇に消えていく。

「長宗我部、仮面を付けなさいよ」

 ハル坊と言われた男の左隣にいる、少女が彼を注意。

 キャミソールとショートパンツを身に纏った少女。三対の葉と二対の根と一つの幹の絵が描かれた面で、表情は分からない。微かにベリーショートの髪の輪郭が仮面から漏れる。そして、鈴の様な声は怒りに染まっている。

「おいおい、仮面なんて付けていたら煙草吸えねえだろうが? それに、お月様も綺麗に見えねえし…ホント、最近のガキは雅がねえな」

 長宗我部は、口の端を吊り上げながら顎で夜空を指す。

 ハル坊が振り返ると、夜の闇に浮かぶ満月があった。そして、雲が微かに掛かる様は、絵になる風景である。

「そういうあなたは、女性の前で煙草を吸う、デリカシーの欠片も無い男だけどね」

「へえ、デリカシーを身に付けなきゃいけない女性って、晶子以外に、何処いるのかね~?」

 長宗我部という男は、彼女の頭より数十センチ上に視線を置いて、左右見回す。

「余り、晶紀乃(あきの)をからかわないで下さいね? 長宗我部さん…?」

 晶子と言われた仮面の女が、長宗我部の前に出る。

 彼女の服装は、薙刀衣である。長髪を髪留めでまとめている。

 穏やかな口調だが、何処か彼に対して、冷徹さが混じる。

「もし、あなたがロリコンでなければ…ですが?」

「ショーコ姉!! そんな庇い方ある!?」

 晶紀乃が晶子に抗議する。

「西園寺さんも長宗我部さんも痴話喧嘩はその位にして欲しいですね…」

 ハル坊の右にいた仮面の大男が溜息を付く。

 白髪交じりで小奇麗に切り揃えた髪が仮面の上から覗く。そして、シャツとストレートパンツでもそれを覆いきれない程、筋肉は巌の様に隆盛している。

「河野のオッサン…頼むから、痴話喧嘩をするような関係の根拠を示してから言ってくれよ?」

 長宗我部が強靭な肩を竦めて言うと、煙草を携帯灰皿に押し込める。

「…始めるぞ?」

 彼らのやり取りが一段落ついて、ハル坊は一歩前に出た。

 タクティカルベストとその下にある防弾チョッキ。そして、強靭な脚部を覆うミリタリーパンツ。旧世紀における軍人の服装に、大樹の絵が描かれた仮面。不一致な外見だが、彼の鍛え抜かれた肉体と威圧感が、違和感を麻痺させている。

 そんな、彼が長宗我部、河野、晶子と晶紀乃の中心に立った。

 コールタールを連想させる夜の海。ハル坊たちの周りに聳え立つのは、倉庫群。フォークリフトの残骸や木箱が無造作に置かれ、廃車が積まれている。まるで、そこにはかつて生命ある人間の営みの残滓が見え隠れしている。

「実戦訓練だ。想定された事態は、異邦人たちの大赦に対する反乱だ」

 ハル坊の口から出た言葉に、4人は息を呑む。

「我々は、大赦の本部から要請を受けて、彼らを拘束する。抵抗した場合、我々は新装備と新兵器を使う。これらの実働テストも兼ねている。異邦人が、勇者システムに介入する手段を公言し威圧した以上、抵抗は必至だ」

「ちょっと待って下さい…私たちは、あいつ等を拘束できないでしょ? 園子様の命令で」

 晶紀乃が疑問を出すが、

「馬鹿…これは、訓練。やるべきは、あいつらの“拘束”でも“逮捕”でもなく、俺らの“新装備”と倉庫に運ばれた“新兵器”のテストだ」

 長宗我部は、背後のシャッターを親指で示した。

「避難訓練と同じですよ…火事は起きなくても消防士が放水車やはしご車を持って来る。それへの“協力”を求めているだけですからね」

 長宗我部の後に、慇懃な口調の河野。

「そして、最後に“ありがとうございました”とか“ご協力感謝します”って言えば良いのよ…半殺しにしてね」

 晶子の穏やかな笑みに含まれる、獰猛さ。

「そっか…再起不能で戦線に出られなくなっても、あいつ等を検体として研究室に持って帰れば借りも作れるしね!」

 晶紀乃の無邪気な笑みに含まれる、残忍さ。

「そういうことだ、新兵器の調整が終わり次第、実行日は追って報せる。新装備の最終調整を欠かさないで欲しい。解散だ」

 ハル坊が踵を返すと、長宗我部が言う。

「待てよ、ハル坊…大丈夫か?」

 ハル坊は足を止めた。

「お前、出たかったんだろ?」

 長宗我部の言葉が突き刺さった。それにも拘らず、彼は続ける。

「つうか、命は奪われなくても、部下があんな仕打ちを受けると、黙ってらんねえよな…」

 それは、犬吠埼風が一体目のバーテックスを倒した時のこと。カイ=キスクが大赦警備隊の隊員を電撃で、ハル坊を除いて意識を奪ったことである。ハル坊は、長宗我部と長い付き合いだ。彼が何を思い、何に怒り、何を譲れないのかは、知己の手中にあった。

 だからこそ、ハル坊は長宗我部に言った。

「俺が出ようが出まいが、この訓練の責任者は俺だ。お前たちが存分にやれば良い。責任は俺が取る」

 事実、大赦は自分の様なものをおいそれと前線に出すようなことはさせない。いや、責任者として動けない自分の政治的影響力を削ごうとするだろう。しかし、だからと言って前線に出て不測の事態となれば、長宗我部を始めとした、戦友たちは大赦の権力闘争に翻弄させられるだろう。それだけは、避けねばならない。死んで花を咲かせるよりも、這いずり回って生きてでも彼らの名誉を神官や三大老の政から遠ざけねばならない。無論、肉親である「彼女」も例外ではない。

「分かったよ、ハル坊…いや、任務了解、三好春信 警備隊隊長!!」

 背後で、長宗我部、西園寺 晶子と西園寺 晶紀乃と河野の号令と敬礼に見送られ、ハル坊こと、三好春信は闇に消えた。

 




 ここで、オリキャラ登場です。
 基本的に、オリキャラの名前の由来は、2つです。
 主に、四国の武将と名前は、”はるのぶ”繋がりです。お時間のある方は、探してみても良いかもしれませんw


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PART.2 DRUNKARD DOES MAKE WISE REMARKS

対人戦、特に大赦関係が肝となります。
いよいよ、大赦による攻撃がソル達に牙を剥きます。
夏凜との出会いですが、ここでは、アニメと違い、友奈たちと合流を果たします。



「小テストの結果だが…安心しろ、自由回答の部分は得点に入れない。それを除けば、皆、満点だ」

 赤い鉢金と白衣を着た、ソルの言葉にクラスの生徒たちは安堵した。

 午前の最後の部である、物理。小テストは採点済みを返しておいた。

 その中には、結城友奈がいる。そんな彼女の背後の席にいる東郷美森が苦笑する。

 三好夏凜は、テストの結果は関係なく、窓側で外を向いていた。

「良かった~」

「友奈ちゃん…そんなに、自信なかったの?」

「だって、余り真剣に考えたことないんだもん…」

「おい、後ろの夫婦…の夫の方の結城。喜ぶのはまだ早いぞ?」

 ソルが友奈にそう言うと、クラスメートから笑い声が湧く。

 勇者部関係者の名前は、名字で呼ぶことにしておいた。欧米圏では下の名前を呼ぶのが、一般的だが日本の教壇に立てば“郷に入らば郷に従え”である。

「テメェらもだ。物理は、公式を覚えればどうにかなると考え、面倒くさいというかもしれない。だが、力は俺たちの身近にあり無視は出来ない。今回の自由回答は、点数はあげられんが、ただの試験として割り切るのも勿体ない。ということで、物理の力を身近に感じて欲しいと思う。何人かの回答を発表してもらう…結城。お前からだ」

 友奈は指定されて、戸惑うが、起立して発表した。

「力とは、パンチ力です。正拳突きは、腰を入れて突かないと、衝撃が伝わらず、相手を倒せません」

 友奈の回答を笑う生徒がいる。

「いや、正解だ。良いか、これは慣性の法則だ。テニスや野球をやったことあるなら分かるだろうが、テニスラケットでボールを打つと回転が掛かる。野球の投球、ストレートも厳密に言うと、投げた腕による慣性の法則でスピンが掛かっている。今回のパンチは、殴った時にその衝撃が、慣性の法則に従い、綺麗に伝わる。すると、相手の脳や胴を衝撃が揺らし、綺麗に崩れ落ちる。笑った奴、授業に貢献してみるか? 冗談だ。着眼点が良いな」

 ソルの言葉に、ギョッとする生徒や怖いと言いながら笑う生徒を見掛けた。

――ガキは、基本…訳が分からん。

 同じガキでも、シンの方がまだ御しやすいとソルは思った。少なくとも、殴るべきタイミングとそうでないのが明確という点で。

「次の回答を東郷…頼む」

「はい、私の考える力は権力です。例えば、公共政策として道路を作る場合は、住民を退去させます。この時点で、何らかの力が働いています。力が仕事だとすると、権力も同じものであると言えます」

「東郷さん、凄いよ~」

 友奈が感嘆し、ウットリして言う。

「東郷…中々、見ているな。物理としての研究は、難しい言葉だが、ニュートン力学…つまり、古典力学から来ている。この考えは、物体が位置、運動という外からのエネルギーで、仕事が行われる。東郷は、道路を作る為に、建設予定地にある住居を撤去、または森林を伐採するという、行政が他者の意思に反することをさせる。これを力による仕事と関連付けた」

「ソル先生、どういうことですか?」

 生徒が質問をする。

「分かり易い例に直す。結城と東郷、それぞれ納める国があるとする。これらの国が共同で住民の為に饂飩を作るとする。結城の国では、麺の為の小麦粉がよく穫れる。しかし、出汁の元である鰹が取れない。東郷の国は、結城の国と全く逆の状況だ」

 黒板に、友奈と東郷の国をそれぞれ、2つの円で描いた。

「こういった場合、饂飩を作る為に、結城の国は、小麦粉を東郷の国へ優先的に提供し、彼女の国から鰹を得る。そうして、二カ国で饂飩を作る。この時点で、互いの国が“余り穫れない材料”を“使わない”、或は“作らせない”という選択肢を国民に選ばせ、住民の要望で饂飩を完成させている。よって、権力は、何らかの目的の為に、“他者の意志に反した”仕事をさせる力と言える」

 そして、それぞれの丸の中に、Oと×を加えながら、豊富な資源と枯渇しているそれを識別していった。

 それから、東郷を示し、

「ただ、これは“経済学”や“政治学”。単純に“力”や物理とは言えないが、社会科学は、自然科学と関連付けられ研究されていた。特に、権力。そして、これらを得て産業革命、フランス革命にアメリカ独立戦争などの大西洋革命…今の社会の基礎を作った。東郷、見事だ」

 ソルは黒板で、権力の定義を箇条書きで纏める。説明し終えて、東郷を称賛する声が教室に響いた。

「しかし、何人かの生徒は、この自由回答を書いていない。もしかしたら、力と言うものが実感できないのかもしれない。そこで、これを体感してもらう為に実験を行う。三好、お前に協力を頼みたい」

 窓を見ていた彼女は、ソルの声に気付くと、抑揚も無く前に出る。

 ソルは、前の生徒から机を後ろに移動させる様に言うと、教壇を中心にアーチ状の広場を作る。

 その中心に机を四つ並べる。

 東郷が机を持てないので、友奈が移動させる。彼女が持ち上げている間、東郷は後ろへ車椅子を移動させる。

 ソルは教壇の横に、身長計を置く。

「三好、お前が必要だ…正確には、お前の身長とこの実験への真摯な協力だ」

 夏凜は、はいと言う。友奈は頑張れと夏凜に応援する。

 それから、夏凜が身長計に乗り、ソルが身長を量る。

 数字を黒板に、151センチと書く。

「神樹様は偉大だ。しかしだ、神樹様と肩を張れる位、俺の婆さんも偉大だ。彼女曰く、“人間は寝ると、身長が伸びる”…これを立証したい」

 生徒たちから、声が上がる。

 その内容は。嘘だとか有り得ないとかそういうものである。微かな笑い声もあった。

ソルは、声を気にせず、友奈に巻き尺を渡し、夏凜に扇形の広場に並べられた机で、横になる様に言う。そして、友奈に夏凜の身長を量る様に指示。

 横になったところで、友奈が笑顔で夏凜に迫る。

「身長を量りますね~」

「別に…好きにすれば」

 夏凜は何処吹く風と関わらない。

 友奈が巻き尺を延ばして、夏凜の身長を測る。すると、友奈が首を傾げた。

 それから、何度も測ろうとするが、彼女は狼狽えた顔をする。

「どうしたのよ…?」

 夏凜が痺れを切らして、起き上がると、

「結城…数字を読んでみろ。それが正解だ」

 ソルの言葉に、友奈が驚く。生徒たちは愚か、東郷も騒然とする。

 起き上がった夏凜に、再度横になる様に促した。

 再度、友奈が計測すると、

「153センチです…」

 生徒たちが驚く。

 気持ち悪い、嘘だというのも当然だが、「ソル先生のお婆さん、神樹様に喧嘩売っている」と口々に出て来る。

 ソルは黒板に友奈が言った身長の数値を書く。

「嘘じゃねえ。俺も予測していたからな。さて…三好、この差を出してみろ」

「…二センチです」

 夏凜の顔は平然としているが、どこか憮然とした雰囲気を出している。

「そうだ…二センチだ。さて…これは、ある力が絡んでいる。三好、なんの力だ?」

 無愛想な表情をする夏凜に、「帰って良いぞ」とお礼を言った。友奈にも礼を言って、答えを待つ。

 夏凜は愚か、誰も出さない。

「皆、分からないか…答えは、“重力”だ」

 皆が驚いた。

「旧世紀の宇宙飛行士でも、宇宙に行った時に背が最長で、7センチ伸びたという話がある。これは、重力によって、俺たちの体は圧縮されているが、無重力状態で圧縮された骨の繋がりが解放されるという理屈だ。これと同じのが、寝ている時でも起きる。さっきの実験だ」

ソルは、クラスメート全員を見回して言う。

「俺らの周りには、結城の取り上げた慣性の法則、東郷の権力に、三好が実験で見せてくれた重力…ありとあらゆる力がある。それらを知ると言うことは、自然を知ることだ。そして、その中にいる自分の立ち位置だけでなく、周りの人間との関係も知ることが出来る。だから、物理というのを試験や公式の効率さだけを追及すると、自分を見失う。それをして欲しくないから、今回の自由回答を入れた。今日のテーマに入るから、席を戻せ」

 そういって、ソルは教科書を開く。

 友奈たちもノートを開く。

 彼自体、かつて科学者と言う過去があった。

 この授業を向けたのは誰の為か?

 かつて、法力エネルギー物理学に傾倒してGEARを生んでしまった自分にか?

 それとも、勇者システム適合者の友奈、東郷、風、樹、夏凜に向けたものか?

 或は、その両方か?

 答えは、ソルが授業を通しても出て来なかった。

「全く、あんたたちがやる気が無いから、今日も来たわよ」

 カイたちや勇者部の目の前で、そういって、今日も勇者部の黒板の前を陣取る、三好夏凜。

 彼女は、イラつきと不機嫌さを隠そうともせずに、感情を発露する。袋のものを一つずつ齧りながら。カイが見てみると、小魚だった。

「なあ、カリン…何食ってんの?」

シンは、不機嫌さで溢れている夏凜に、心底純粋で悪意なく問いかける。

「煮干し…あげないわよ?」

「…それ、美味いか?」

シンの顔は、不思議そうである。美味しいものを食べるから、食事は楽しいし喜ぶと考えるのか、夏凜の言動不一致が気になるようだ。

「なによ、ビタミン、ミネラル、カルシウム…」

彼女は、延々と煮干しの効能を説いて、万能食とまで言ったが、

「カルシウムって言う割に、お前、煮干し齧るたびにイライラしてねえか? なあ、トウゴウの作った牡丹餅、美味いぞ?」

 勇者部部員たちは、東郷が家庭科で作った牡丹餅を食べている。

 カイも、隣のソルやシンと共に、その賞味に預かっている。

 部員たちに倣い、カイも菓子楊枝で少しずつ味わいながら食べていく。程よい餅米の感触と餡の甘さが、口に広がる。

 隣のソルとシンは、菓子楊枝を使わず、そのまま被り付いている。

 始めは、彼女たちも驚いていたが、

「すみません。後で、言っておきます…」

 と右手で頭を抱えながら、詫びた。

 東郷も、「美味しく食べて貰えて何よりです」と言ってくれたが、自分の年齢の半分以下の少女に気を遣われるのは、正直良心が傷んだ。

 そんなカイに何処吹く風と、手づかみで牡丹餅を食べていくソルとシン。しかしながら、彼らも美丈夫や美少年に当たる。勇者部部室を通りかかる女生徒たちが、ソルとシンの外見と不釣り合いな、豪快な振る舞いに黄色い声を上げる。ついでに、カイの優雅な仕草に対しても、女子の視線を廊下から感じていた。

 そういう意味で言えば、カイに限らず、ソルやシンは、三好夏凜にとって、勇者部と同じ部類に入るのだろう。彼らに、外から声が掛かり、彼らへ視線が集まる度に不機嫌さを増していった。

 今日の午前、カイがALTとして英語の授業を担当していた時、夏凜と友奈の姿を見かけた。プールサイドで、彼女たちは口論をしていた。ただ、何を言っていたかは分からないが、内容は昨日の会話の焼き直しだろう。勇者の自覚について、夏凛が吹っ掛けても友奈が言い返すことも無く、流すものだから頭に来ている。

 後で聞いた話だと、ソルは授業の時に、身長が寝たら伸びるという実験の被験者に彼女を選んだらしい。理由として、今朝のソルの小テストに回答しなかったからと。恐らく、彼によって自尊心を傷つけられたのも含まれているのだろう。

 だから、彼女は苦手意識を通り越して、嫌悪感そのものを勇者部とその関係者から感じずにはいられない。

 ただ、夏凜の不機嫌さの理由は、カイもある程度は理解できていた。

 いや、彼女と同じものに陥っていた過去があるから、分かった。

 自分と同じ、自由への渇望である。

 カイ自体、聖騎士団として戦っていたのは、人類の為だった。

しかし、当時から腐れ縁のソルと悉く、衝突した。規律は守らない。単独行動も当然多い。それに、GEARを作った側の人間を追い、かの破壊神ジャスティスを屠った程の実力者。しかし、正義に殉ずることなく、その在り方へ常に切り込んでいった。

カイから見れば、ソルは自由に見えた。自分は周りから「聖戦の英雄」に祭り上げられた。ジャスティスの遺言で、人間のエゴである兵器、GEARの始末、その正当化に使われた。

しかし、カイはある時、転換点を迎える。ジャスティスを継ぐ自立型GEARで自由を求めるディズィーとの出会い。彼女と関わり、行動をしていき、彼女の「自由」を「勝ち取る」為に行動した。

GEARは兵器ではない。ただ、彼女自身に惹かれ、共に生きたいと考えた。それが、カイの求める正義であることを知った。そして、ソルと自分を比べることは無くなり、今漸く、彼と肩を並べられるものとなった。

夏凜の場合は、劣等感を感じるのは、勇者部…特に、友奈だろう。彼女は、自分の考えたことを率直に言う。善行を行う上で優越感もなく、ただ、自然に出る。それが、大赦の定義する勇者とかけ離れている。それが、我慢ならないのだろう。

夏凜の価値観は、かつての自分と同様の危うさがあった。

――これが、悪い方向に行かないといいのですが…。

 カイは、今までの過去を思い出しながら、どうにか、話したいと考えた。しかし、今が時期で無いことは明白だ。むしろ、ディズィーと出会う前の正義感に燃えていた自分に、今の自分が何を言っても聞くはずが無い。

夏凜にとって、カイは自分自身だ。子供は、自分と同じ匂いのする存在を認めない。大人なら、尚更だった。

「これからのことを考えて、情報提供していくわ」

 夏凜が、黒板に描いたイラストを強調する意味で、そこを叩く。

 夏凜の話によると、バーテックスは20日に一体の周期で現れていたが、その前提が崩れてきている。何か予兆があると言っていた。これについて、東郷も違和感に理解を示した。

今まで倒したバーテックスは、乙女座、射手座、蟹座、蠍座、山羊座の五体。

 そして、ソルは、

「バーテックスは20日に一体と言っていたが、過去、最高で何体現れた?」

「最高で3体よ、ソル=バッドガイ。それと、そこの犬吠埼風から聞いたけど、バーテックスの情報は託宣以外に有力なものは無いわ。各自で対応して」

 夏凜がそう言って、疑問を受け付けない形で会話を終えた。

 ソルは、「確かに計算は合う」と過去の記録を暗唱して、考え込む。

戦略を考えているのだろう。

この調子だと、攻撃力の強い先手を、ソルと夏凜。それから、後方を東郷に置いて、残りが分散して迎撃となるだろう。

夏凜が封印を単独で出来るのが大きい。今まで、東郷を除いた全員で一体を封印していたのだから、短期決戦に持ち込める。

「これから、帳尻合わせの為の混戦となるから、気を付けなさい。素人のあなたたちは、死ぬわよ。異邦人もね」

カイは、夏凜の上から視点のアドバイスに、頷いて返した。

ソルは、無視して首を回す。その度に、骨の音が部室内に響く。

シンは既に、夏凜の長話に飽きたのか、グラウンドに目を向け、目の合う生徒と歓談。

「それと、もう一つだけど説明しておくわ。私たち、勇者には戦闘経験値を重ねて強化できる"満開”という機能があるわ」

夏凜は、ソル達を無視して、黒板を叩く。そこには、ピンクのチョークで、丸の中にある複数の花の絵。

彼女曰く、満開を繰り返すことで勇者システムは強化されて行く。そして、丸の中に描かれた複数の花の模様がそれを示すゲージと言う。友奈は右拳、東郷は左胸、風は太腿、樹は背中にある。

カイは三体のバーテックス戦で、風と樹から該当部分の輝きを確認した。

しかし、

「三好さんは、満開したのですか?」

 東郷からの問いに、夏凜は言葉を濁しながら「まだ」と答える。

カイは、東郷の瞳が満開という言葉に揺れている様に感じた。

「なんだ…私たちと同じじゃない」

 風が言うと、夏凜は「基礎戦闘力」の高さを訴える。

友奈が基礎戦闘力を高める為に、朝練をしようと提案し樹が賛成する。しかし、風と東郷は、彼女たちが朝に弱いことを指摘、黙らせた。

「満開のアフターリスクは?」

ソルの冷徹な問いが勇者部の談笑に水を差す。東郷が目を見開き、グラウンドを見ていたシンも思わず、振り返る。

「確認されていない。何もね」

「なら、使わない方が良い」

夏凜の断定を否定し、ソルが肩を竦める。

「自分で更新していくならまだしも、"システム"の強化が他人任せ、自分で把握出来ないというのは、兵士が誰かの手入れした銃で戦争に行くのと同じだ」

 ソルは、東郷の反応を見たのか、彼女に目を向けている。東郷の顔は強張り、彼女の目の輝きが、失われていく。

「ソル=バッドガイ、あなた…何が言いたいの?」

「タダより高く付くものは無いってことだ」

カイの隣で、ソルは鉢金から覗く鋭い双眸で、夏凜を見据える。

「あなた達は、今までの戦いから私たち勇者と同等、いやそれ以上の力があるのは、わかるわ。

しかし、バーテックスと戦っている最前線は勇者であり、神樹様を崇拝する大赦がヤツらの膨大なデータを分析している。私たちのやり方に口出ししないでもらえる?」

夏凜は威圧感を以って、ソルに拒絶を伝えるが、

「そうさせてもらう。何を言っても分からないのが、餓鬼と宗教馬鹿の特徴みたいだからな」

ソルの一言に、夏凜は更に険しい顔をする。彼らの舌禍の応酬に、友奈たち勇者部が戸惑う。

「ソル、もう少し言い方に気をつけて下さい。ただでさえ、あなたの言動は誤解を招きやすいのですから」

カイはソルに注意して、

「夏凜さん…ソルの言動は目に余りますが、内心は彼と同じです。勇者システムとそれを管理する大赦。勇者システムは、戦闘経験が無い人に多大な力を与え、大赦はかなりの影響力を有する超国家的な組織。戦争や組織の長を経験した私からすると、バーテックスと戦うことを免罪符に、それらのリスクや危険性を無視するというのは、流石に無理な話であることは言っておきます」

「カイ=キスク…あなたがどんな戦争を経験したかはわからないけど、私たちの生活圏は“大橋”以来、後退している。バーテックスに対抗する手段は限られている。分かる?」

 大橋。かつて、弓状列島の日本の本州と四国を繋いでいた「瀬戸大橋」のことである。携帯端末によると、二年前の神世紀298年はそこを境に、勇者とバーテックスが激闘を繰り広げた。しかし、その影響により四国で大災害が発生し瀬戸大橋が崩壊。死傷者も出た。

 夏凜はまるで、物わかりの悪い親に説明する様な口調で言う。

 しかし、カイも下がらない。

「“完全勝利”、あなたの口癖らしいですが、長期的な視点で、敵を倒すだけでは無く、味方の被害を最小限に抑える為に、影響がよく分からない“満開”を使わないということも含まれるのではないでしょうか?」

 カイとソルが、共に恐れていることがある。聖戦の始まりは、GEARの反乱。GEARの生み出された元凶は、法力。そして、法力に魅入られ、愚かさを捨てられなかった人間の業である。

「正直な話を申します。一兵士であったカイ=キスクとして、あなたたちの勇者の力の捉え方に、危機感を覚えます。誰かを守るのは良い。しかし、力は必ずしも、自分の望んだ結果をもたらすものとは限りません。いや、場合によれば、大切な人も傷つける結果になります。だからこそ、力を持つことの意味を考えて欲しいのです」

 カイの言葉に、夏凜は鼻白む。そして、二人の議論が白熱し、熱を当てられた部員たちが沈む。

「勇者部五箇条!」

 友奈がそんな中、声を上げた。彼女の指の指す先には、張り紙。

 風、樹に東郷ばかりでなく、ソル、シン、夏凜も目をやる。

そこには、

勇者部五箇条

一.挨拶はきちんと

一.なるべく諦めない

一.よく寝てよく食べる

一.悩んだら相談!

一.なせば大抵なんとかなる

 と半紙の上に書かれている。

「”なるべく諦めない”、”悩んだら相談!”…ソルさん、カイさんに夏凜ちゃん…3人とも、もう勇者部の一員。そうですよね、風先輩?」

 友奈が笑顔で言うと、風、樹と東郷もつられて、笑みを浮かべる。

夏凜は出鼻を挫かれて、「何でこんなのが勇者に選ばれたのか」と嘆く。

ソルも、今までのやり取りが馬鹿らしくなったのか、溜息を吐く。

 カイは、何処か、自分たちを表している勇者部五箇条に頬を綻ばせた。そして、友奈自身、五箇条の内二つを出せることから、カイとソルが危惧する様な事態は、来ないと思え、安心した。

「はいはい、友奈が纏めてくれたところで、この話は、今日はここまで。次の課題行くわよ」

 風が言うと、樹がプリントを用意して皆に配っていく。ソル、カイ、シンに夏凜も当然、含まれる。

 プリントには子供会の手伝いについてである。

 日時は、6月12日午前10時から。

 内容には、折り紙、音楽に演劇とある。

「今週末は、子供会のレクリエーションをお手伝いします。ソルさんとカイさんは、レクリエーションの音楽を担当してくれます。折り紙の折り方も教えたりしますから、やることは多いですよ、夏凜さん」

 樹のプレゼンテーションに、ソルは手を挙げて応える。

カイは「よろしくお願いします」と皆に、お辞儀をした。

しかし、夏凜は、

「ちょっと待って...私も入っているの!?」

 当然、抗議してくる。

「だって、昨日入部したでしょ~」

 風が、夏凜直筆の入部届を、記入者本人に突き出す。本人は形式上だから、参加義務はないと言うが、

「夏凜ちゃん、日曜日用事あるの?」

 友奈が聞くと、彼女は歯切れが悪そうに、

「何で私が子供の相手を…」

「嫌?」

 友奈の沈んだ顔を見て、夏凜は溜息をついて了承する。

 根負けしたようである。

 夏凜は、日曜日は開いていると言って、友奈たちが喜んだ。

 そして、夏凜は、照れ隠しにプリントをポケットに押し込めて、部室を後にした。その後ろ姿を、シンは見つめている。

 夏凜のいなくなった部室で、友奈は、

「皆、アレの準備はどう?」

「ああ…あと少し、ってところだ。今夜には完成するが、動くか確かめる」

 ソルが答えると、カイは、

「私とシンも大丈夫です」

「ケーキも大丈夫」

 風が言うと、樹も頷いた。

 友奈の言うアレ…夏凜の誕生会のことである。入部届に掛かれた彼女の生年月日が丁度、子ども会と重なるのを友奈が発見したのだ。そして、彼女を中心に誕生会の準備が進められていた。

「私は、友奈ちゃんと一緒に買いに行くけど…」

 東郷が言うと、友奈は笑顔で頷いた。

 カイとシンはオーソドックスに、チョコレートとバースデーカードと決めていたが、ソルについては、

「まあ…楽しみにしてろ」

 最後まで教えてくれない。知ろうとしたシンに対して、物理的に“黙らせた”程だ。

「不愉快にさせるモノは作らん」

 ソルは言っていたので、大丈夫だろう。

「そういえば、カイさん…これ頼まれていたものです」

 友奈が、カイに一本の竹刀を手渡す。

「ありがとうございます、助かります!!」

 カイは剣の鍛錬を行いたいと思っていた。しかし、業物を市中で振ると言うのに抵抗があったので、勇者部に鍛錬用の武具について相談していたのだ。友奈自体、武術経験者である。実家が武門であり、武具には事欠かないと言われ、カイは彼女に竹刀を頼んだのだ。。

 学校の激務が一段落をしそうなので、

「シン、明日は砂浜で剣の稽古です」

 カイが言うと、シンは、

「よっしゃあ!! 迅雷の名を賭けた戦いの前哨戦、楽しみだぜ!!」

シンは勇者部部室内で歓喜の声を上げた。

 カイは、微笑ながら、彼を見る。振り返る彼の顔は、年相応息子の顔に見えた。

 東郷美森が楽しみにしていることがある。それは、テレビでも無ければ、習い事でも無い。

 まして、車椅子の自分が夜の街に繰り出すことなんて、出来る訳が無い。元より、享楽を求める程、日常に退屈していない。

「う~ソルさんの性格の悪さは、バーテックス並にあれだ~」

 そう、夜の街でもテレビでも無く、ただ側にいるだけで安心し、楽しい気持ちにさせる存在。それは目の前にいて、身近にいる。

「友奈ちゃん、流石にソルさんをバーテックスと比べるのは、あんまりだよ…」

 彼をバーテックスと言った日には、目の前の友奈に、授業の全てについての質問が出され、回答させられるだろう。何が恐ろしいって、実際にそれを何人かの生徒に実行し、授業の流れを停滞させたのだから。これは、樹と風のクラスでも同じであった。

彼曰く、科学は常に現実、現物、現場が目まぐるしく変わりながら、変わらない原理原則を反映するので、観測する能力を養うと言って、進もうが進むまいが、全体が理解をしないと駄目だと言うのだ。授業は、先生だけで無く、生徒も教え学ぶギブアンドテイクでないといけないから、と。だから、生徒の予習量は倍になる。よって、宿題の大半が予習になるのである。

今は、東郷の自室。

和室の上にベッドと椅子と机。最低限のものしか置かれていないからか、部屋が広く見える。

友奈と東郷の家の距離は、0分である。

毎晩、二人は学校と部活が終わってから、東郷の家で過ごしている。

何も無ければ、二人で何かを見つける。遊戯でも何でも良い。話すことが見つからなければ、その内容を話し合う為の時間も楽しみとなる。

しかし、悲しいかな、東郷と友奈は学生なので、課題がある時は優先的に勉強に費やすのであった。

そして、今回ばかりは、友奈は頬を膨らまして、不機嫌である。彼女の不機嫌さ、それはソルの出した課題が多かったことだ。予習と復習。二人でどうにか、処理したが、未だ立腹している。

しかし、友奈自体が相手を誹るという行為に慣れていない。感情が豊かなので、まるで子供の様な可愛さと可憐さがある。

しかも、膝立ちでベッドの端から上半身を伏せているので、東郷の右手が届くところに彼女の頭がある。

「だって、勇者部の子供会と夏凜ちゃんのお誕生会という二大イベントが迫っているの分かっていて、問題集の課題を出すんだもん…」

「友奈ちゃん、勇者と勉強は両立しないと、ね?」

 そう答えて、彼女は友奈の頭を撫でる。まるで、自分が母親になって、出来の悪い娘を

宥めている様を思い出して笑顔が出る。

「む~勇者になって、忙しくなるのは分かるけど、勉強だけはやっぱり嫌だな~」

「でも、学業に支障が生じると勇者から外されるかもしれないよ?」

 東郷が神妙な顔になって、友奈に言う。

「勉強が理由で、勇者外されたくないので、お願いします」

この言葉を聞いて、彼女の中の悪魔が囁いた。

「あら、友奈ちゃんにとって私の存在は勉強の時だけ頼る、都合の良い友達なの…?」

 悲しそうな顔をすると、

「違うよ…東郷さんは、そんな存在じゃないよ…大切な親友だよ」

 自分の顔を両手で隠してみる。

友奈が戸惑って、彼女に顔を近づけて来る。友奈の手が触れた瞬間、

「本当に?」

 東郷が両手を下げて、笑顔で聞く。

 すると、

「む…東郷さん、嘘泣き?」

 舌を出して、友奈に応えると、

「もう、悪い東郷さんにおしおきしてやる~」

 そういって、彼女は東郷のお腹に頭を沈める。ただ、頭を左右に振るのだが、くすぐったいのだ。

「もう、友奈ちゃんったら!」

「がおー、嘘つきの東郷さんを食べてやる~」

 その割に、友奈は優しく抱いて、東郷の背中にも手を回してくすぐって来る。

それに、思わず東郷は、笑い声をあげてしまった。止めてとは言ったが、拒否の意味は毛頭ない。ただ、彼女の手の動かし方と頭の動かし方が絶妙であることの意思表示。所謂、仲の良さと友情の証。

 しかし、東郷の臍の上に頭を置いて腕を背中に回したまま、友奈は静かに口を開いた。

「東郷さん…大丈夫?」

 先ほどとは違う、静かで落ち着いた声の友奈。

「放課後、ソルさんが“満開”の“アフターリスク”を夏凜ちゃんに聞いた時、東郷さん…怖い顔をしていた」

 自分の腰に手で囲む友奈を抱きながら話し始める。

「友奈ちゃんは、私の記憶があなたと出会う前の二年間が無いのは、話したよね?」

 友奈は、東郷の腹に顔を沈めながら頷く。

「友奈ちゃんがバーテックスに襲われた時、勇者の力に覚醒した時に、赤い背中と友奈ちゃんの顔が重なって、血の様に染まった姿が目に浮かんだの」

 東郷の腕の力が強くなる。

「もう、失いたくないって考えて、でもそれを感じたのがいつだったのかって…思い出せなくて。だから、カイさんの力を得た代償って、これじゃないかって考えて…だから…」

 そして、震えが体中に伝わる。これは、恐怖と後悔、そして罪の意識。

 記憶を失ってからの喪失感を、友奈で埋めていることも含めて。

「私…怖いの。失うこと。そして、失ったまま置いて来てしまうことも。大事な何かを無くした侭、生きていて…」

 すると、温かさが東郷の頭を覆う。友奈が上半身を起こして彼女を抱いたのだ。

「大丈夫だから…。東郷さん…離れないから。忘れた記憶を思い出しても、傍にいるから。もし、大事な何かを忘れて、咎められたとしても、私も一緒に背負うから」

 友奈は、東郷の頬を両手で支える。彼女の手から伝わる熱。そして、双眸に映る自分の姿。呆気に取られながら、何処か安心した顔が映る。

「ありがとう、友奈ちゃん」

東郷は抱き返して答える。

全て自分の有りの儘を映してくれる彼女。自分は、そんな彼女に甘え切っていた。

「甘えても良いのです。東郷さん…今なら、私のお膝が空いていますよ〜」

東郷は、驚いて友奈を見る。

「東郷さん…口に出ていたよ?」

 考えていた言葉が出ていたことに驚いて、東郷は恥ずかしくなった。友奈は彼女の腕を解いて、ベッドの縁に座ると膝を叩く。

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい…あなたの結城友奈ちゃんのお膝が、今なら開いておりますよ~。膝に乗ると、色々甘えられて幸せになれますよ~そこの綺麗なお嬢さん、少し借りて行きませんか~」

 東郷は、バナナの叩き売りの様に、口上を言う友奈を見て、

「友奈ちゃん…膝が空いていない時ってあったの?」

笑いながら聞いてみると、

「お嬢さん、子供たちがすぐにお昼寝が出来て、猫もすぐに丸くなると、評判の結城友奈のお膝なのですよ? 今なら、ただ身を預けるだけなのです」

友奈は、両手を広げる。確かに、子供たちに彼女は人気だ。現に、引っ張り合いの中心には彼女がいる。

「でも、子供と猫に人気って、まるでおばあちゃんみたいだね?」

「東郷さん、少し酷い」

と言うと、東郷は友奈の膝に頭を乗せる。その時に、彼女のお腹に顔を埋める。

「東郷さん、くすぐったいよ」

「スキありだよ、友奈ちゃん」

東郷は上半身を起こして友奈をくすぐり始めた。

「東郷さん、積極的過ぎるよ! そして可愛すぎるよ」

友奈の笑い声が、響く。彼女の笑顔。それを守りたいから、勇者になった。彼女と出会う前の、隙間は消えた訳では無い。しかし、今は、東郷美森を受け入れる場所を作ってくれた親友に、甘えたかった。

土曜日の昼、夏凜が砂浜に辿り着くと、先客がいた。

背負った木刀をケースから取り出しながら、二人を見る。

彼女にとっては、会いたくない人物だ。

 最近知り合った勇者部...に近い立場にいて、大赦と因縁のある人物。

 そして、自分と同じ匂いのする男とその縁者。

「あら、夏凜さん。こんにちは」

「カリンじゃねえか!!」

 金髪碧眼の青年、カイ=キスク。その弟、眼帯の青年、シン=キスク。

 弟のほうは、旗を右手に大きく両手を振る。

「何してんのよ...貴方達?」

 夏凜は、黒いインナーを覗かせた、白のタンクトップとショートパンツで聞く。

 カイの場合は、半袖のシャツとハーフパンツ。

 シンは、白のウィンドブレーカーに半裸でパンツである。

 一応、初夏を意識した格好なのだろう。

 だが、カイ=キスクの右手にあるのは、

「これですか? 剣の鍛錬をしようと思いまして。友奈さんから竹刀を借りたのです」

 何処までも、爽やかな顔で答える。

 そうして、準備運動として腰の後ろに竹刀を持って、左右に回す。

「あんたら...今まで、見たこと無かったけど?」

 夏凜はそう言ってみると、

「ああ...お前が、テンコウしてくる前に、この浜辺を見つけたんだよ」

「シンと私が散歩していて、何時かここで剣の稽古をしようと考えていましたが、私は授業で、シンは勇者部の仲介で忙しかったので...」

 それで、今日時間を見つけたから、来てみたということらしい。

 夏凜は溜息を吐いて、木刀を構えた。

 そして、二人から距離を置いて型から入った。

 集中する為に、周りを見る。

 遠くから、部活なのか讃州中学の体操服とスパッツを来た短い髪の女子生徒が、砂浜沿いの道を走ってくる。そして、砂浜から離れた松のある遊具場で、父母と子供が遊んでいる。

 何時もの木刀、二刀流。

 左足を踏み出し、左で振る。右も同じようにして、半身に引いた勢いで、左右でそれぞれ一回転し、勢いを殺さずに左右で大車輪。そして、深く腰を落とし、慣性の法則と重力に沿った二つの木刀で、流水を描いた。

 一呼吸を入れると、視線を感じる。

「見事です…!!」

「スゲェカッコええ、カリン!!」

 カイが竹刀を右足に置いて、拍手。シンは乗り出して、賞賛を出す。

「シン...やはり、あなたには体幹の訓練が必要ですね。さあ、旗でやりましょう!」

「マジかよ!!」

 カイが自分の訓練を見て、弟を訓練させようとする。

「シン、正眼の構えです」

 シンが何処か、退屈そうに項垂れるが、

「良かったら、次は真打で手合わせをしますよ」

 カイの言葉にやる気を出して、構える。

「シン、腰が乗り出しています。もう少し、落として...そうです!!」

「おっしゃあ...迅雷の名を賭けて、やるぜ!!」

 カイがシンの腰を手に当て、離れて素振りを見る。

 弟が何回かすると、カイが入る。

 この光景を夏凜は思い出した。

 自分と兄の剣術の稽古である。いつも、自分は兄を下したいと考えていたのか、ムラが出た。兄に注意される度に、何時も頑なに強制しようとする。しかし、動作に出る。だから、彼の言葉を憎みながら、言われるまま稽古をしたのだが、

「シン、少しペースが上がっています。もう少し、落ち着いて下さい。型が整えば、どんな攻撃にも対処ができるようになります」

「カイ、こうか?」

 二人の会話。笑顔でシンが答えている。兄が、それを褒めている。

自分の兄も褒めていた。自分は怒っていたのに。そして、何時でも木刀で叩きのめせたのに。

 思い出して、彼女は右手の木刀を振り下ろした。大きく空を切る音に、シンとカイは思わず夏凜へ振り向く。

「カイ=キスク、あなた…剣を嗜むんでしょ。差し支えなければ、手合わせしてくれないかしら?」

 シンが訝しげにすると、

「わかりました。シン、他人の稽古を見るのも勉強ですよ」

 そう言って、カイは構える。

 左半身を出し、右を半身下げる。右手を顔の横に、剣を構える。丁度、切っ先が牛の角を連想させる。そして、左手は切っ先を撫でるように、夏凜に向け、間合いを定める。

――オクス(雄牛)…の片手?

 三好夏凜の勇者としての武器が剣に決まってから、古今東西の剣術の古文書や記録を漁ったことがある。カイの剣術は、西洋剣術で神世紀前のドイツに存在していた剣術の流れを汲んでいる様だが…。

「かなり、独特な剣術ね」

 夏凜は嫌味に近い、称賛をした。

「いえ…戦場へ直ぐに出なければならなかったので、型も何もありませんでしたが…」

カイの言葉に謙遜が入る。しかし、構えは洗練され、無駄がない。一呼吸する度に、力が全て竹刀に集中している。されど、体幹は揺らいでいない。

――謙遜にしては、余りにも慇懃すぎるわ。

 夏凜は左手の木刀を突き出し、右の木刀を頭の横に構えた。更に腰を落とし、左脚を伸ばす。

 丁度、カイの構えが牛の角一本であるなら、夏凜のそれは二本である。

 カイが、右手の剣を振り回す。呼吸を整え、腰を運び、距離を測る。

 夏凜も彼の眼を見据える。彼女は間合いを測りながら、半身を切る。

 カイが、歩みを止め、腰を据え、右手で再度半身を切る。再度、片手のオクスに戻す。

 夏凜はそれを狙って、左の木刀をカイの右半身に振り下ろした。

 カイの左半身を切った反動で右の竹刀で応戦。

夏凜は会心の笑みを浮かべる。左は、牽制だ。カイの防御で見えた左半身に狙いを定めた。先程の左の木刀が彼の竹刀を振り払い、勢いを乗せる。そして、慣性の法則に従った右の竹刀をカイに向ける。下から上に、スピードと力が重なった一撃がカイの左半身を捉えた。

 しかし、夏凜の息が止まる。

 左半身を捉え、カイの双眸が飛び込む。青く輝く眼。まるで、海の色の様なさわやかさがある。しかし、その眼の深い色。そこに見える一瞬の輝き。その鋭さはまるで、一振りの剣の一閃。

 夏凜は、その眼光に囚われた。そして、ただ彼女を捉え、一瞬も見逃さない。

 格闘技や武術の達人は、経験を重ねることで、体の無駄な動きを減らしていくと言う。特にそれが顕著に表れるのは、眼球運動である。眼球運動が少ないと言うことは、相手の行動を読みにくい。カイの眼球は動かない。確かに、彼は達人と言えるほど、剣に触れ、戦闘も行っている。

しかし、問題は、眼の奥に見える深さと鋭さ。

しかも、人を魅了してしまう程の威圧感も感じた。

 夏凜の本能が、カイに対する警告を発する。

――人の死を…知っている!?

 一人や二人では無い。確実に、それ以上の戦死者を知っている。しかも、彼が原因によるもの。

――修羅場を潜り抜けて来た…ということ?

 彼から生じて来る眼光の剣に、夏凜は動けないでいた。

「誰だ!!」

 そこにシンの大声が響き、夏凜を現実に引き戻す。

 夏凜は思わず、辺りを見回す。

 先ほどの夫婦が、驚いた顔でシンの方を見る。体操服の少女は気付いていない様だ。

「どうしました、シン?」

 カイが、左手の竹刀の切っ先を上げて、驚きながら聞く。

「誰かがこっちを見ていた!! クソ、もう消えた!!」

 シンが背後に向けて、舌打ちしながら叫んだ。

 恐らく、大赦関係者だろうと夏凜は考えた。

 彼ら自体、大赦の警備隊に死傷者は出していないが、武力を行使されたこと。大赦幹部を罵ったことで根に持たれている筈である。

 夏凜がそこまでしか推測できないのは、彼女の与り知る所では無いからだ。現に、自分の任務は勇者、犬吠埼風たちの監視、バーテックスの討伐である。異邦人は、いてくれないと困るが、任務で言えばそれほど優先度は高くない。

 夏凜は一息吐くと、カイに、

「見事でした、夏凜さん」

 言われて、戸惑った。

「あの一振り、型、双剣術の使い方…達人の域まで、洗練されています。利き手以外の剣は防御用と言われていますが、攻守一体で使える人は見たことありません!」

 彼女は、曖昧に返すと同時に、戸惑いと恐怖が心の中に生まれるのを感じた。

カイの竹刀は、確かに自分が振り払って下に向いていた。

だが、切りかかる時の殺気は自分を捉えていた。しかも、いつでも斬り上げられる様に左手に竹刀があった。

「型抜きで戦場に出るしかなかった」ということは、「相手を殺せる手段しか持ち合わせていなかった」という意味である。そして、カイの場合は殺気や威圧感を先に習得して、それを剣術が洗練させる。更に効率よく、殺せる様に昇華させて来たのだ。

 カイに握手を求められて、自分も返す。そして、シンが何かを言っていたが耳に入らず、そのままルーチンの稽古を行うことを二人に言って、距離を離した。

 そして、稽古に打ち込んでいった。夏凜が初めて経験した殺人剣、その恐怖を振り払う為に。

「こんにちは、ソルさん!」

 土曜日の午後、街中で東郷美森は、友奈の声で、見覚えのある後姿を前方に確認した。

赤いジャケットに、白のスリムパンツ。そして、赤い鉢金を留める黒いベルトから覗く、茶髪が一房。

緩慢な動作で、左から振り返る。腰に手を当てている所為か、彼の機嫌は悪そうである。だが、

「…友奈と東郷か?」

ソルは、友奈を確認してから、視線を下に向ける。東郷は、車椅子に座っているので、彼の腰に彼女の頭があるのだ。彼の目に映るのは、青のワンピース、首を覆うストールで車椅子に座る東郷本人と、それを押す、白いシャツと赤のミニスカートを履く幼馴染。人を寄せ付けない寡黙な雰囲気がソルにはある。だが、彼は人を無視する様なことはしない。

「ソルさんも買い物ですか?」

東郷が彼の右手にある物に目を留める。30センチ程の正方形で紙の様に薄い何か。赤の格子模様のラッピングがされている。

「明日の誕生日会用のだ。そっちもか?」

友奈が車椅子の取っ手に、掛けた紙袋を笑顔で翳す。

「友奈ちゃんは、猫の写真集。私は、英霊たちの名言集を買いました。ソルさんは?」

「十代に相応しいものだ。作ったとしても、中身が無きゃタダのガラクタだからな」

そう言って、ソルは溜息を吐いて、東郷からの問いをはぐらかす。

「作ったもののテストは上手く行ったんですね?」

友奈が言うと、「明日を楽しみにな」とソルはぶっきらぼうに、話題を終わらせる。

「テストと言えば、宿題は済ませたな?」

「バッチリです、東郷さんの助けもあって、どうにか!」

「…東郷、大変だったな」

ソルは東郷を労うと、

「出来の悪い子程、可愛いと言いますから」

東郷は、笑顔で答えた。

「二人とも酷いこと言っているよ!?」

友奈が抗議すると、

「バッチリなら、友奈ちゃん、今度から一人で出来るね」

「済みませんでした、まだ東郷さんの力が必要です」

「テメェにプライドは、無いのか?」

ソルは頭を抱えながら、友奈に言う。

「でも、友奈ちゃん集中すれば、結構できるんですよ?」

 実際、友奈の頭は悪い方では無い。むしろ、自分を含めた人への気遣いの鬼と言われているのだ。そして、その人のことを考える為に、頭が回るのだ。知識と知恵で言えば、後者が強い。何より、向上心もある。だからこそ、東郷は手を差し伸べたくなるのだ。

「そうなのです、私もやれば出来るのです!」

東郷に褒められて、友奈が胸を張って言うと、

「なら、友奈だけにテストを作るか…成績に応じてクラス全員に課題を与えて」

調子に乗った友奈は、今度はソルに頭を下げる羽目になった。

無論、本気ではないだろう。だが、友奈は大袈裟に反応する。

その喜怒哀楽の移り変わりようの早さに東郷は、何処か愛しさを感じた。

その眼差しに気付いたのか、友奈が笑顔を返す。それに、心が温かくなる。

「テメェらに倦怠期は無いのか?」

ソルが、溜息を吐く。ぶっきら棒で呆れながらも、しょうがないと何処か諦めた口調だ。

「恐らく、目の前に理想的な夫婦の夫役がいて、友奈ちゃんと私は、彼らに勇気付けられているので、これからも来ないと思います」

東郷は、その夫役に断言して、隣の友奈が照れる。ソルは、複雑な表情で「やれやれだぜ」とゴチる。

ただ、これは面白半分で返したが、残りは本当だ。

今までの戦いや勇者部での活動を見ていると、ソルとカイのチームワークはずば抜けている。何でも、聖騎士団で出会って聖戦を生き残ったという。だからこそ、無意識の内に支え合える関係なのだろう。

これからの戦いを思うと、彼らの関係は生存の鍵となるに違いない。

しかし、二人の関係が理想的だからこそ、腑に落ちない部分もあった。

シンである。カイの弟と紹介を受けたが、少し前に彼は「日常を知らない」と言われたが、バーテックスの襲撃で結局、有耶無耶となっていた。

どんな経緯で、彼を賞金稼ぎとして育てたのか。更に言うと、ソルを”オヤジ”と呼称する理由も分からない。

東郷が、シンに勉強を教えていた時に訊いてみると、「カイが警察内でも地位が高いので、人質に狙われるのを防ぐ」として、ソルが引き取る様になったと言う。

他の部員に聞いても同じ内容だった。

だが、何かがおかしい。昨日、カイが剣の稽古をすると言った時のシンの反応は、兄弟にしては歳が離れすぎている気がしたのだ。

東郷が聞いた、ソル、カイ、シンについての繋がりは、「理屈」として正しい。しかし、昨日の反応は、納得出来なかった。

その引っ掛かりを機に、聞こうとしたら、

「ソル…それと」

「ユウナにトウゴウもか!」

当の本人たち、カイとシンが、突然、東郷たちに声を掛けてきた。

「“も”?」

友奈がシンの言葉を反芻すると、

「ソルさん、友奈さんに東郷先輩も!?」

「ウソ、勇者部勢揃い!?」

カイとシンの後ろで、樹と風が口々に驚く。

カイは竹刀を逆手で、左に。シンは、旗を右の肩紐から吊るしている。

風は四角い箱の取っ手を手にしている。樹は、両手にスーパーの買物袋である。カイとシンは先ほど、稽古帰りと言ったのか、かなり肌を露出した服だ。微かに、筋肉が見えるが、猥雑という訳では無い。一方、勇者部部長の風は黄色のキャミソールとストレートのデニム、彼女の妹の樹は緑色の上とスカートである。

「ソルは、プレゼントが手に入る場所が遠いからと言って、午後は分かれたのですが…」

「カイと剣の稽古をしていたら、カリンと会って…」

「アタシたちは、ケーキを取りに行ったら、稽古帰りのカイさんたちとバッタリ会って…」

「偶然だね〜」

友奈が言うと、樹に風も同意する。

カイとシンについて聴く機会を失ったので、東郷は相槌を打つことにした。

「ったく、暇人どもが…」

「そうと言いながら、その右手にあるものは、何ですか?」

ソルの悪態に、カイがプレゼントの存在を笑顔で指摘する。

「まあ、アレも貴方らしいと言えば、貴方らしいプレゼントですが…ホント、オーバーに隠して」

「カイ、テメェ…」

ソルが黙らせようとすると、

「なんだよ、カイ…オヤジのカリンへのプレゼントが何か分かったのかよ?」

シンが言って、

「何ですか?」

「ソルさん、すぐにはぐらかすんですよ?」

「本当に何を隠しているんですか、ソルさん?」

「気になります」

友奈、東郷、風に樹がシンに続く。

カイは照れ隠しをするソルを見て、

「見てみましたが“人を不快にさせるモノ”では、ありませんでしたから、安心を。これ以上言うと、彼がいじけるから、楽しみは明日に取っておきましょう」

 子供の様な笑みを浮かべるカイに、

「ったく、讃州市に住んでから更にウザくなりやがって。そう言えば、さっきカイとシンは夏凜と砂浜で会ったようだが、場所は言ったのか?」

「あ、逃げた」

風が言うと、シンがソルの問いに答えた。

「児童館の名前は言ったんだけど…」

彼が言うには、彼女はカイと剣の稽古をした後、上の空だったらしい。

「朝、再度連絡ですね」

友奈が言うと、ソルを除いて皆が同意する。

「日が下がって来たから帰るぞ」

これ幸いと言わんばかりに、ソルが輪の中から、抜け出そうとする。

「オヤジ、待てよ! トウゴウがいるんだから、ゆっくり歩けよ!」

カイは、ソルとシンの後ろ姿を笑顔で見ながら、友奈たちと話す。風と樹も、話題に花を咲かせる。

東郷は、友奈に車椅子を押されながら考えた。

——樹ちゃん、風先輩に夏凜ちゃん、ソルさん、カイさんにシンさん…そして、友奈ちゃん。皆と勇者部の日常が続きます様に。

勇者の務めが無い今、この平和が続くことを心から願った。

「来てあげたわよ?」

家庭科準備室のスライド式ドアを開けて、三好夏凜が入る。

カーキ色のパーカーとハーフパンツというアクティブな格好で、準備室を進む。明かりは無く、人影は一人もない。

 携帯端末の時間を見ると、9:50と指している。

――まだ来ていない…。

 昨日のカイとの手合わせの後、夏凜は何とか日常の訓練をこなした。一心不乱に、あの時の恐怖を振り払わんばかりに集中した為か、朝は起きにくかった。

 そのまま、休もうと思ったのだが、癪なので出ることにした。

 勇者部としての義務に目覚めた訳でも無く、示しがつかないだけだ。完成型勇者として、勇者部の一員として期限付きだが振る舞っているのだ。そして、折り紙も練習しておいた。

 準備が出来てないで、何が勇者か。

 夏凜はそう考えながら、端末を見る。

 蛍光灯の明かりが無く、薄暗い部活の中で、大赦の勇者としての自分と周りを比べる。自分は一応、中学二年生である。そして、学校生活に触れて分かったことは、人は思ったよりも自分を見ていることだった。基本、大赦の施設で教育訓練は受けていた。道徳教育、一般教養に運動も含めてである。しかし、現実的に話すことは初めてである。

 授業で水泳をしていた時に、新記録を出して、水泳部に入って欲しいという人がいたが、断っておいた。あくまで、水泳は訓練の為にやっていたもので、生業とするものではなかったから。

何かする度に話しかけられる。無駄なことばかり。特に、勇者部が顕著だ。

 犬吠埼風。大赦に所属した讃州市担当の勇者。しかし、勇者部部長としての職務を優先している。大赦の勇者としての自覚に疑問あり。

 犬吠埼樹。彼女は風の妹。姉に言われるがまま、勇者になった。

 東郷美森。勇者部の二年、車椅子に座る少女で、何故か精霊が三体もいる。

 結城友奈。勇者適正値が高いにも関わらず、勇者としての自覚がゼロ。

 そして、異邦人たちのソル=バッドガイ、カイ=キスクと弟のシン。彼らは、神樹に召喚される前の世界で、何をしていたか分からないが、身体能力の高さが突出している。それに、修羅場の経験で言えば、勇者部を上回っているだろう。その力は、大赦が警戒するに足るものである。

 でも、勇者部と共通しているのは、よく自分に話しかけてくれる。挨拶や他愛のない会話。そして、何故か、彼女たちに誘われて、大赦の命令でも無い子供会のボランティアに出ようとしていた。

――何で、こんなことをしているのだろう?

 完成型勇者として、試験部隊の彼女たちと自分は違う。その筈だった。でも、誘いを受け入れて、友奈が喜んだ時、自分も嬉しくなった。友奈だけでは無い、風、樹や東郷…不思議と無視が出来ない。そんな気がした。

無駄なことだとは切り捨てられる。しかし、誘われて悪いと感じたことは不思議となかった。

 ふと、携帯端末の時間を見る。10時30分。

 明らかにおかしい。夏凜は、プリントを見ようとすると、

「カリン、何してんだ?」

 後ろの声に驚いて、振り返った。

 彼女の前にいたのは、左目を眼帯で覆った青年、シン=キスク。何故か、夏凜から更に離れている。

「お前、脅かすなよ…正に、シアーハートなアタックだったぜ…」

 シンが心臓に手を当てて大袈裟に、言う。

「ちょっと待って…あなたどうして此処にいるのよ?」

「お前、全然案内プリント読んでなかったろ?」

 そう言われて、夏凜はプリントを見る。現地集合と書かれている。

「それに、カイとの稽古の後で、お前が自分でトレーニングをするって言った時に、児童館の名前を話したのに、上の空だったし…」

「アンタ、友奈たちのいるところ知っているの!?」

「ああ…お前、絶対に間違うかもしれないって、考えていたから、オレが児童館から迎えに来たんだよ」

 そうして話していると、携帯端末の着信音が流れる。シンのである。

「ああ…カリン、いたよ。今から、すぐそっちに行くよ? 平気だって…」

 シンが誰と会話しているかは分からないが、嫌な予感がした。

 彼は電話を切ると、

「おい、早く行くぞ。場所は分かっているから…」

シンに言われる侭、準備室を後にした。

下駄箱で上履きから外履に履き替え、外に出る。

すると、

「テンションを上げていくぜ!!」

 シンは夏凜の背後に回り込む。

 そして、彼女は身が軽くなるのを感じた。その理由が、シンの左腕が、両膝の裏側に、右腕は背中を支えたからだ。

夏凜は、自分がお姫様抱っこをされたと気付いた時には、衝撃が襲う。しかし、それは一瞬で、視界一面に青が広がっていた。

「すぐにユウナ達のところに、送ってやるからな。下見るなよ、暴れるなよ!」

シンの言葉に反して下を見ると、家々が広がる。体操服を着て、部活をしている生徒たちと校門を出て、ジャージを着たベリーショートの少女とまばらな人影が見える。そして、涼しい風が頬と体を撫でる。

「シン=キスク、これは何よ!?」

「何って、お前を児童館まで運んでんだよ」

「というか、こんな運び方は無いでしょ、バスとか使わないの!?」

 夏凜の当然の抗議に、

「ユウナたち、心配していたんだ…早く連れて行かないといけないだろ?」

シンは夏凜を抱えながら、家の屋根を飛んで行く。瓦が落ちないか心配になったが、爽快感がそういった懸念を吹き飛ばしていく。

「それ、答えになってないわよね!?」

 夏凜が色々な罵声を言うが、シンは初めから聞いていないかのように無視。

 そして、彼女を運ぶ速さが段々、加速していく。

「ちょっと…何をするつもり、止めてよね!?」

「更に、飛ぶぜ!!」

 更なる衝撃が来て、家々が更に小さくなり、人が更に小さくなる。

 高度が10メートル位だろうか…重力の頚木から、解放される。

 コンクリートと木造の家々の密林から、青空と青い海が広がる。

 脇を鳥たちが飛び、シンは笑顔を送る。鳥が振り返るが、彼がわかるのかはわからない。

 それから、シンは何処かのビルの屋上に着地し、更に助走を加える。

 衝撃が走るが、夏凜は注意する気も失せた。

 しかし、確実なことはわかった。

 大赦としての勇者と勇者部としての自分…そんな考えは、目の前に広がる世界の壮大さの前に消えて行った。

「テメェはアホか!?」

 一戸建ての児童館の入り口で、ソルの怒号と共に拳の一撃が青空の下でシンを吹っ飛ばした。

「痛タタッ…痛いって、オヤジ!!」

 シンの悲鳴が、これまた大きく日曜日の朝の静寂を切り裂く。

 夏凜の目の前では、ソルが右足でシンを追い討ち、更に仕掛けようとしていた。

 風とカイがソルの追撃を止めようと、それぞれ腰と鎖骨の部分を押さえている。

「ソル、気持ちはよく分かりますが、今は外です…子供たちが見ていますから、抑えてください!!」

「止めて、ソルさん…これ以上やると、アタシたち勇者部が悪い方向で有名になって、活動できなくなるから本当に止めてー!」

 カイの焦る顔に、風の絹を裂くような悲鳴が、彼を思い留めようとする。

 怒り狂うソルに戸惑う、風たちを横目に、夏凜は今震えながら、友奈に抱かれていた。

 そして、そんな彼らを児童館の窓から見る、子供たち、樹と東郷。子供たちは何が起きているのか分からないという感じだが、樹と東郷は、固唾を呑んで見守っている。

 今、どうしてこの様な状況になっているか。

 まず、到着時間は10時45分である。

 確かに、時間は遅れた。夏凜が待ち合わせ場所を間違えたので、シンが迎えに行った。

 これは良い。

 到着が遅いことを心配した友奈は、シンに抱えられた夏凜を児童館の入り口で出迎えた。

 夏凜は、呆然として、地上に降りると腰を抜かした様で、友奈は戸惑いながらも彼女を抱える。

 そこにソルが来た。そして、カイと風も続いた。

 ソルは、夏凜と友奈の格好に疑問を抱いて、シンに聞いた。

 ここから、雲行きが怪しくなった…シンを除いた全員の。

 シンが、夏凜を抱えて、屋根伝いに跳んできたことを話した。彼の楽観的な受け答えに、ソルは段々と顔を引き攣らせた。そして、カイから血の気が引かれ、風は三者の反応に戸惑った。

 そして、彼の「ビルの屋上から爽快だったなー」と言った所で、ソルの右ボディブローが、我慢の限界としてぶつけられた。

 友奈も驚き、夏凜は呆然とした。

「法力を変なことに使ってんじゃねェ!」

 カイと風が、ソルを抑え、周囲の注目を集めることになり、今に至る。

「夏凜ちゃん、大丈夫?」

 ただ、友奈の一言に頷く。確かに、ビルを駆け巡る風や風景が爽快だったが、ジェットコースターに乗った後の余韻を味わった。大赦では武術や戦闘の訓練でパルクールをやったことはあるが、流石にお姫様抱っこをされ、ジャンプを繰り返されたことまでは想定外だ。その戸惑いもあって、立ち上がりにくかった。

「悪かった…悪かったから、オヤジ」

 シンからの謝罪を受け取ると、ソルは落ち着いて言う。

「謝るなら夏凜にもだ、アホ」

 ソルは、馬鹿らしくなったのか、カイと風に手を除ける様に視線を送る。

 しかし、夏凜は納得がいかず、煮え切らないものを感じた。

「いや…謝るのは、私よ。皆、ごめんなさい」

 元々、遅れた原因は。それは、自分が場所を確認しなかったことだ。

 シンに、悪気がある様には見えない。自分がプリントを見ていなかったことを指摘し、稽古の時にも場所を教えようとしたではないか。しかも、あのようなことをしたのも、友奈たちを心配させたくないからだ。極端な行動だけど、全てをシンの所為にするのは余りにも無責任だった。

「…だそうだ、シン。言うことは言っておけ」

 ソルは肩を竦めて、児童館に向かう。

「悪かった…カリン。次は、もう少し上手くやるから」

「あんたの謝罪はそこ!?」

 夏凜が、身を乗り出して突っ込んだ。

そして、それを聞いたソルの鉢金と入口のステンレスの部分が打つかる音が響く。友奈とカイが、衝撃によろける彼に駆け寄り、両脇から支える。

夏凜は馬鹿らしくなって笑った。

シンが憮然として、そして疑問に思って言うが、風が「シンさんは、女子力を勉強して下さいね」と笑いながら言う。

彼らに続いて、夏凜も児童館に入って行った。

 

「夏凜さん、おはようございます」

「夏凜ちゃん、おはよう」

 樹と東郷の二人が出迎える。

 そして、子供たちの数は24。

 一つの机に6人座れるので、4組となっている。それぞれが、折り紙を折っていた。広げていた物。綺麗に出来ているものや出来ていない子もいる。

「ごめん…遅れたわ」

夏凜は、2人に向き合って、頭を下げた。

「いえ、始まったばかりですから…」

 樹は戸惑いながら、謝罪を受け取る。

「夏凜ちゃん、大丈夫?」

 東郷は心配そうな表情で、夏凜に聞く。恐らく、シンの送迎について聞いているのだろう。

「色々、未体験のことばかりだったけど…大丈夫よ」

 夏凜はあくまで、平静に答えた。東郷は安堵をする。

 そして、夏凜は、

「折り紙のことなら何でも来なさい!!」

 と、言ったのだが、樹と東郷は思わず、苦笑する。

――いや、こういうのじゃないの!?

 そう考えていたが、

「夏凜お姉ちゃ~ん、アタシにも教えてくんない?」

 子供たちからではない。背後から聞こえて来る猫なで声の主は、

「風、アンタは一人でしなさい」

 夏凜は、子供の振りをして、嫌な視線を向ける勇者部部長を切り捨てた。

「イケず~」と不平を言うが、妹に「そりゃ、怒るよ…」とツッコまれている。

 ソル、カイの二人は、この場にはいない。

 ソルの方は、次のレクリエーションの準備。カイは、顧問として児童館の責任者に挨拶。シンは、子供たちの何人かに、折り紙と言うよりは、新聞紙で折った兜と剣を一緒に作り、子供たちと遊んでいた。

シン自体、折り紙は出来なかったが、一回り大きな新聞紙は折れたのだ。ただ、それだけだと、勇者部の予定が大幅に狂うので、折り紙を終えた子供は、シンと遊べる様にした。

必然的に、残っているのは、折り紙が出来ない子供である。その子達が一人、また一人と減って行き、残ったのは、一人の少女だ。

髪型はセミロング。隣に兎の縫い包み。兎の刺繍の付いたシャツ、ピンクのスカートを纏っている。年齢は、五歳よりも下くらいだろうか。

折ろうとしても、紙の端を合わせられないので、形にならない。

友奈は付きっ切りで教えているが、少女が集中出来ない理由が、現れた。

「友奈姉ちゃん、トロ子なんか放っといて遊ぼうよ」

「そんなこと言っちゃ駄目だよ」

友奈は諌めるが、少年は彼女が遊べないとわかると、シン達の方へ行く。

それが少女、トロ子のペースを乱す。子供は、意外と周りを意識する。 友奈は子供の人気者だ。そして、彼女を独り占めしてしまうことの嫉妬を買ってしまう。更に言うと、友奈が優し過ぎるので、人に注意が出来ない。それが、トロ子を却って焦らせていた。申し訳なさ、要領のなさ、周りからの心無さ。三つが重なって、集中出来るわけがない。

「友奈。あっちに加わりなさい。こっちは、私がするから」

友奈は、夏凜の意図を読んだのか、礼を言ってシンたちに加わる。夏凜は、今日来たばかりである。彼女を除いた勇者部とソル達は、子供会の子供たちと顔見知りである。子供たちからすれば、遊んでくれる人は彼ら以外にいない。トロ子が嫉妬を買うことはない筈である。

「何を作っているの?」

夏凜が話し掛ける。

すると、トロ子が少し驚いて、顔を上げる。彼女は、夏凜を見ると先程の暗い顔を輝かせた。

夏凜は、彼女の顔色に戸惑う。

彼女は自分の名前を言うと、トロ子と揶揄された少女は、富子と名乗る。

しかし、折り紙に目をやると、

「つる…さん…」

富子は、辿々しく答える。彼女の周りには、不揃いの二羽。

「見せて…。折ってみて。大丈夫、私以外誰もいないから」

夏凜は富子の後ろに立つ。ずれて入る箇所には、彼女が手をトロ子に重ねて矯正させる。

そうして綺麗な鶴が、一羽出来る。

「出来たよ、カリンお姉ちゃん!」

「やってみると簡単でしょ?」

少女の顔に、笑顔が宿る。

「お兄ちゃんの所に遊びに行きなさい」

夏凜が指すのは、シン。

何時の間にか、シンが悪者を演じて、子供を何人か従えて、友奈たちが彼らを追い掛ける鬼ごっこをしていた。車椅子の東郷が、子どもたちに指揮を取り、シン側を何時の間にか懐柔して、孤立化した彼を追い詰めている。その時、余りにも気合いの入った断末魔だったので、

「良い…おねえちゃんと折り紙する」

夏凜は苦笑すると幾つか鶴以外の作品を、冨子に教えた。

暫くして、

「すご〜い、どうやってつくったの〜」

 シンといた子供の一人が、声を上げると、子供たちが集まって来る。

「トロ子、スゲェ!」

 さっき、友奈に催促していた男の子まで来た。

 突然、押し掛けられて、富子が驚いていると、

「大丈夫よ。自信を持って」

 頭をポンと置いて、夏凜は笑顔で答える。しかし、

「スゲェな…なんてエレガントな折り紙なんだ!」

 シンが、大声で富子の作品に賛辞を送る。

 しかし、当の本人が、

「…あの、おにいちゃん怖いよ、カリンおねえちゃん」

夏凜の後ろに隠れてしまった。

しかし、夏凜は違和感を覚える。それを聞こうとしたら、ソルとカイの来訪に遮られる。

ソルの左手には、フォークギター。カイの両手には旗がそれぞれ4本あった。二人とも、赤と青のエプロンを着ている。

「…レクリエーションだ」

「オヤジ、相変わらず似合わねー」

ソルの寡黙な雰囲気から、放たれる単語のミスマッチにシンと同じ印象を抱く夏凜。しかし、声に出せなかった。

ソルの視線が射抜く様な銃弾ではなく、まるで劣化ウラン弾を積んだ戦車がシンに向けて照準を合わせている印象を感じたからだ。

「…大丈夫なの?」

「…”子供たち”は、ね」

夏凜に答えた風の言葉は、シンの運命を決定付けた。

「はい、遊戯の時間です。今日はロンドン橋です!」

カイと東郷が、中心で説明する。車椅子の東郷が、旗を一本ずつ持っている。

「童謡でしょ?」

「ソルさんの遊び方があるんだって」

夏凜の問いに風は、説明する。何でも、一列に並んだ児童は、二人の鬼が作る腕のアーチを抜けなければいけない。歌が終わると、アーチが落ちる。すると、古い鬼と交代。

しかし、カイの解説では、

「鬼は、旗を一本ずつ両手に持って下さい。曲の終わりで一斉に上げて下さい。振られた人は鬼になります。旗で叩かない様に」

これは東郷を考慮して。アーチを作ると、身長差が出る。それに、子供が腕のアーチを抜けんとして、彼女を車椅子で傷付けない様にする為である。また、抱き付く案もあったが、これも東郷の車椅子がぶつかる可能性があったので却下した。

演奏は、カイがオルガン、ソルがギターとボーカルである。鬼は、友奈と東郷、風と樹の組。夏凜とシンは、列に加わる。

「鬼にしたげるね〜夏凜?」

風の挑発を無視。

冨子から後ろに来る様に言われると、

「はいはい、アンタ本当に好きねー」

夏凜は彼女の肩に手を置く。

シンは背が高いので、最後尾に着く。

「良いか、My fair ladyで旗を振れ!」

ソルの号令で、カイの軽快な鍵盤さばきと、ギターと声でゲームが開始。

 

“London Bridge is breaking down

Breaking down, breaking down”

 

 

夏凜たちが肩に手を乗せて進む。後方を見ると、シンは膝立ちである。子供に足が当たらない様にする為だろう。歌に合わせながらやるが、意外と難しい。日本語でなく、英語だから。

 

“London Bridge is breaking down”

 

友奈と東郷、風と樹が列の後方と前方で、それぞれ鬼を務める。

 

“My fair lady”

 

曲が終わると、旗が振られ、絶叫と歓声が上がる。前者はシンである。

「ヨシッ、鬼にしてやるぜ!」

シンと少年が、友奈たちと交代。それから、ゲームが続くと、今度は、トロ子の前の子供である。犬吠埼姉妹の内、樹がトロ子の前に、風は後ろに並ぶ。

 それから、ソルが歌い始めてから最後にいきなり飛ばしたり遅くしたりして、阿鼻驚嘆となる…主にシンが。

「オヤジ、ぜってぇオレを狙ってるだろ!?」

「言い掛かりを付けている場合か?」

そう言って、カイとアイコンタクトをしながら、テンポを変えていく。すると、シンを筆頭に、勇者部からも悲鳴が上がり始めた。

「夏凜、アンタ鬼よ?」

 夏凜が風に鬼にされ、

「ええ…私!?」

 樹を鬼にしたり、

「またオレかよ!?」

 シンが鬼になった後、

「シンさん…御覚悟を?」

 彼が東郷の恨みを買って、

「東郷、アタシにじゃないでしょ!?」

 風が、東郷によって再度鬼になって、

「鬼になっちゃた~」

 友奈が、別の子供たちと賑やかに騒いでいく。

 そうして、夏凜は皆と心の底から騒いで、腹の底から笑うレクリエーションを過ごしていった。

昼食の時間。夏凜に事件が起きた。いや、正確には、彼女が起こしたと言った方が正しかった。

昼食は、子供会の父兄が用意してくれた。

 手軽に摘まめる、御握りと紙ボールに入れた饂飩である。

夏凜は、東郷、冨子と一緒に食べている。彼女が食事を摂る場所を探していた時に、東郷が誘ってくれたのだ。東郷を慕う子どもたちは、夏凜が折り紙やレクリエーションを盛り上げたからか、歓迎してくれた。

冨子も、夏凜を見つけ、集団に加わるのに戸惑っていたが、その中の女の子に誘われた。恥ずかしそうにしていたが、夏凜の折り紙の指導の賜物か、すぐに輪の中に入ることが出来た。

「夏凜ちゃんも友達が出来たね」

東郷が、喜んでくれたが、照れ隠しに辺りを見回す。

犬吠埼姉妹とシンが、サンドイッチを、それぞれ子どもたちに回していた。

樹が夏凜たちの前に持って来たので、礼を言って一つ取る。樹が喜んだ顔を見せると、更に恥ずかしさが増し、視線を泳がせるが、その動作を見て、笑みを浮かべる、勇者部部長の風。

彼女と目が合ったので、食事の配膳という一仕事を終えたソルとカイに目を向けた。

「…ソル、紅茶でもどうです?」

 カイが水筒から紅茶を一杯、ソルにご馳走している。

 お握りを二口、一口大のサンドイッチを口に、水筒のキャップに注がれた紅茶を流し込んで、

「旨い…次は、珈琲を持って来い」

「“言い出しっぺの法則”というのがあるそうですよ?」

 カイは、ソルに笑顔を返して言う。彼は、バツの悪そうな顔を作って、頭を掻き毟る。

 シンの方を見ると、サンドイッチを配布し終えて、風と大食い競争をしていた。

 友奈の場合は、

「友奈おねえちゃん、こっちだよ~」

 子供たちの取り合いに巻き込まれていた。

 でも、

「友奈はあんなに揉まれても楽しそうって、訳分からないわ…」

 夏凜は、達観したように、饂飩を啜りながら言うと、

「夏凜ちゃんも楽しそうだったよ」

夏凜は、東郷からの指摘に、目を逸らす。笑顔が眩しく、直視できない。

「あーあー、オホン」

シンの間の抜けた声が、マイクを通して児童館に響く。どうやら、大食い競争を終えたらしい。

「みんな、エレガントな昼食を楽しんでいるか?」

子供たちは、口々に話し合う。

――うん、それ以前に分からない。

夏凜がそう思っていると、シンの背後からソルが、彼の襟を掴み、マイクから引き離す。

「みんな、今日は遊びに来てくれてありがとう」

「みんなに、今日は嬉しいお知らせがあります。今日は、誕生日を迎えるお友達がいます」

風とカイの順に、マイクから伝えられる。

すると、樹がケーキを持って来る。それから、東郷が前に行き、友奈も合流する。

ソルが木箱を持って、現れる。

そして、夏凜は関係ないと思いながら見ていた。バースデーソングが流れる。

だが、彼女はこの後に流れる名前に驚いた。

ハッピーバースデー、ディア カリン〜

シンが夏凜の手を取りに来る。

しかし、不意によぎる兄の顔。家族が彼を輪に囲み、ひとりぼっち。子供の時と今の勇者部が重なり、目の前が大きく歪む。拍手が聞こえると、耳の中から頭が揺れる感覚を覚える。

耐えきれなくなった夏凜は、シンを押し退けて、遊戯場を後にした。

「カイ、東郷...フォローを頼めるか?」

 ソルがそう言うと、シンにアイコンタクトを取って、東郷を除いた勇者部と共に、夏凜の後を追った。

「友奈、風、樹…この建物で、人の目に付かない場所は何処だ?」

「トイレになると、小さいし職員と共有だから少し目立ちますね」

 風が言うと、

「なら、外だ。探すぞ」

 集団に耐えられないなら、恐らく、人気のいない所で自分を落ち着かせるはずである。

 友奈、樹と風に続いて、ソルも出るが、

「今朝のこと…まだ怒ってんのかな?」

「心配するな…。少し前までは、ガキ共と遊べ、普通に飯が食えていた。ということは、誕生会が原因だ」

 シンは血の気が引いたような顔をして、ソルはフォローした。

「なら、何で誕生会から逃げるんだ?」

 シンの言葉に、ソルは良い質問だと言って、友奈たちに続こうとするが、

「ソル、シン。子供が一人見当たらない!!」

 カイの叫びに、思わず頭を抱えた。

 風が建物の裏を探し、夏凜を見つけることが出来た。

 彼女は余り日の当たらない、エアコンの乾燥機の近くで、棒立ちとなっている。

 ただ、足元を見ていて、体はゆらゆら揺れている陽炎のような印象だった。

 後ろから、友奈が続いてくる。

 足音に気付いたのか、夏凜はこちらを振り向く。

「…ア、ホ」

 風は聞き返す。

「ドジ、バカ、オタンコナス…」

 夏凜から来る罵声の連続。風は怒りというよりは、戸惑いが強かったので、落ち着くまで待つ。

「…何よ、どうしたっての?」

「…誕生日、祝ってもらったことないから、どうすれば良いのか分からないのよ!」

 夏凜の慟哭が、ぶちまけられる。

「家では何かと言えば、兄貴兄貴…あいつは優秀だから、祝ってもらっていた。しかし、私はそうじゃない…。親は、優秀な兄貴の邪魔をするなって言われて来た!! 兄貴は、私を気にかけてくれた。プレゼントは兄貴がコンクールで取った褒賞と引き換えに貰った物だった。私は…兄貴の施しを受けていた。だから、剣術を兄貴から教えてもらった。剣を習うことで、あいつを倒して、全てに完全になることで兄貴の施しは必要ないって…」

 兄貴と言う言葉で、風は気づいた。

 三好という苗字。勇者の務めの初日、ソル達を讃州中学校屋上で拘束した部隊の代表の男性だ。風自体、彼らについての情報をすべて把握している訳では無いが、精鋭たちの集まりで、それなりに発言力があるのは知っている。

 夏凜の言葉から、風の想像を絶する幼少期を送っていたのだろう。

 友奈は風の横を通り、夏凜を抱きかかえる。頭を撫でて、

「誕生日おめでとう、夏凜ちゃん…」

 夏凜は、これ以上話すことはなかった。ただ、大粒の涙が彼女から溢れた。

「ウソ…よ…」

「みんな、夏凜ちゃんとこの世界で出会えて良かったと思っているよ」

「ホントに…ホントに?」

 友奈が、夏凜の問いに頷く。何度も。そして、声にならない叫びを上げ、精一杯感情を吐きだす。まるで、赤ちゃんの産声。

彼女の孤独な過去。それから解放され、彼女は「誕生日」を本当の意味で迎えたのだろう。

「…かわいい所、あるんだから」

 風は友奈に任せ、背後から来る樹に、大丈夫であることを伝える。

 しかし、そこを横切る小さな影。

 風が気づいた時には、影は夏凜の目の前にいた。

「お~い、カリンとトミコを見なかったか〜」

 シンの暢気な声。彼は、夏凜のスニーカーを片手に持っている。

 トミコとは先ほどの子供のことだろうか?

子供を捜しているようであるから、風は夏凜の方を指さす。今は行かない方が良いと言おうとしたが、シンは、ただ子どもの後に続いた。

子供が抜けた理由がイマイチ分からない。ソルに連絡しようと考えていたが、事態は予測しない方向へ向かった。

「カリンおねえちゃんをいじめるなー!」

風は樹と目をあわせると、声の方へ行った。

そこには、キョトンとしたシンが突っ立っていた。右手に夏凜の靴を持って。

そして、シンと友奈に抱えられた夏凜の間に立つのは、セミロングでウサギの縫いぐるみを持つ少女、トミコ。

シンの身長は、180センチ代である。彼は巨人に見えるのか、トミコは震えながら、涙目で睨みつける。

風は、シンと夏凜を見る。見覚えがないという視線。友奈からも、視線で訳わからないと。

それから、樹がソルを連れてくる。

「何がどうなってんだ、シン?」

ソルがシンを睨むと、

「違う、誤解だって…俺だって何がなんだか、わかんねーんだよ!」

「もう、あのときのように、コワいおにーちゃんにカリンおねえちゃんを、なかせない…ん、だか、ら」

トミコが震えながら、今にも泣き出しそうになりながら言う。

「あれ…あの時って?」

夏凜は、突然、口を開いた。

風は、樹、ソルに友奈を見る。どうやら、シン、トミコ、そして夏凜には、自分たちが知らない繋がりがあるようだ。

樹がトロ子に、聞いてみる。腰を曲げ、彼女の視線に合わせた。

「トミコちゃん。あの時って、このお兄ちゃんを何処で見かけたの?」

「すなはまで、キラキラした人、カリンおねえちゃんと…」

そこで、シンが反応した。

「確か、昨日、カイとシンが夏凜と砂浜で会ったってヤツか…」

ソルが、言うとその光景が、風の中に浮かんだ。

「そのとき、おにいちゃんが…」

「あの時、こっち見ていたの、お前か!?」

シンが、眼を見開いて、声を張り上げた。

風は、彼の反応にピンと来た。樹に友奈、そしてソルも。

シンは眼帯をしている。しかも、声が大きい。端から見ると、絵本の海賊が出てきた様に見えたのだろう。

「そうしたら、カリンおねえちゃんが、ふるえて…おにいちゃんが、あかいおじさんがけるから、やっぱり、わるいひとって…」

「それで、私と一緒にいようとしていたのね」

そういえば、風は、トロ子が何時も夏凜に付いていたのを思い出した。シンから、守ろうとしていたのだ。彼女が飛び出た時も、彼が駆け寄っていた。トミコが、今、外にいるのもそれが原因だろう。

「待て…確か、ガ…いや、トミコが、あの時、夏凜に近づいた理由は何だ? それと、シンを恐れるのは分かるが、何で周りとこう違う反応を示す?」

風は、ソルの疑問に納得した。

実は、夏凜が転校してくる前に、ソルたちは、勇者部と共に、清掃ボランティアだけでなく、今の子ども会と児童館で何回か活動した。だから、顔見知りが多い。彼らは、一か月以上掛けて、子どもとの信頼も勝ち取ったのだ。目立ち、快活で人懐こいシンを敵視するキッカケが分からないのだろう。

「恐らく、トミコちゃんの両親が最近、転勤して来たからだと思います。今日、初めて参加したんだよね?」

友奈がトミコに聞くと、頷いて返してきた。

だから、勇者部を知らなかった。そもそも、讃州市に初めて来たなら、風たちを知る由もない。勇者部を知ることは当日以外なく、ソル、カイにシンの三人も知る由がないのも無理はない。彼らの反応が、新しく入ったトミコと子どもたちの反応が違うのも当然だった。

そして、最後に残った疑問を樹が投げ掛ける。

「ねえ、トミコちゃん。夏凜おねえちゃんと会ったのは、何時なの?」

「パパとママと、このまちに来て、うみへおさんぽに行った時」

トミコの告白に、夏凜が驚いた。

風は、カイとシンは、昨日砂浜で、夏凜と剣術の稽古をしたというのを聞いた。恐らく、彼女の日課だろう。彼らと会う前、その時に見かけたのだ。

「きのう、カリンおねえちゃんがキラキラな、おにいちゃんとはなしていたから…」

「それで、話しかけようとしたら、シンさんに怒鳴られた」

風は溜息を吐いた。確かに、カイは敬語で物腰も柔らかい。だから、話しかけようとしたのだが、シンのとばっちりを食らう羽目になった。

夏凜が友奈から、離れて、

「ありがとう…でも、あのお兄ちゃんはトモダチよ。余り、怖いって言わないで。あなたを探しに来てくれたんだから」

 夏凜は、トミコに感謝しながら、優しく諌めた。その時、彼女の顔に笑みが含まれる。

 すると、彼女はシンを向いて、たどたどしくも謝罪の言葉をシンへ紡ぐ。彼は、呆れながらも咎めることはしなかった。

「カリンおねえちゃん、なんで泣いていたの?」

「私を…誕生日をお祝いしてくれたからよ。嬉しくても、涙が出るのよ」

 笑顔で、トロ子の頭を撫でる。

「カリンおねえちゃん、お誕生日おめでとう!」

トミコも笑顔を返す。奇しくも、その笑顔は友奈から感じた、悪くないと思えるそれと似ていた。

夏凜が戻って来た。

カイと東郷は、彼女がいない間に、バースデーカードを子供たちから一筆を得ていたので、更なるサプライズとなった。それから、夏凜は、昨日興奮して眠れなかったので、調子が悪かったと皆に話す。

バースデーケーキの蝋燭を消し、友奈と東郷からのプレゼントが夏凜に渡される。

そして、ソルはプレゼントを置いた。木箱であるが、フタを開けると円盤である。

「夏凜、右のハンドルを回せ」

彼女は言われるままに、回すと、青白い光が出る。

青白いターンテーブル、シーケンサーが木箱の中で彩り始め、夏凜は驚く。

「ディスクを取り出して載せろ」

ソルが差し出したのは、格子型の包装紙に包まれた正方形。取り出したのは、一枚のビニルレコード。ジャケットは、鉄の人形の手から人が零れ落ちるイラスト。題名は、”News Of The World”(世界に捧ぐ)。

夏凜は言われるがままに、置く。

すると、青白い光のアームが、ディスクを刺し、音楽が鳴る。

拍手で始まる、軍靴の様なドラムの音が児童館に響く。

子供たちが、勇者部が、その勇ましくも逞しい旋律の虜となる。

“Buddy You Are Boy Make A Big Noise”

(おい、騒ぎ立てる少年よ)

“Playin’ In The Street Gonna Be A Big Man Someday”

(街で遊んでいるが、何時か大物になるだろう)

「ソルさん…これは?」

 友奈が箱から出て来た青いディスプレーと、力強いボーカルに戸惑う。

「…法力で動く蓄音機だ。原理としては既存のものだが、動力やターンテーブルにスピーカーは雷と風の法術で動かしている。永久に持つ」

 ソルは答え、壁に凭れ掛かり、眼を瞑った。まるで、大地の鼓動を聞き、その力強い声を風の祝福とする旧世紀の原住民族の荘厳さを感じさせる。

「クイーンですね…これは」

 風が、戸惑いながらも言うと、

“We Will, We Will Rock You!!”

(お前たちをあっと言わせてやる!!)

 一際、大きな叫びと合唱。

「風先輩、クイーンって…確か、ロック音楽でしたよね?」

東郷が確認すると、

「正確には、旧世紀のイギリスって国に存在していたロックバンド。メンバー全てが作曲出来て、ロックに縛られない色々な音楽を創作、世界で一番売れたバンドとして知られていたの」

「凄い…力強い、歌声」

 樹がそのボーカルに魅了されている。

「御託は良い。ただ、ガキはガキらしく、大層な言葉を言いながら、世界を震わせてやる位の気概を見せりゃ良いんだよ」

 ソルが鼻で笑いながら、友奈たちに言った。

「全く、あなたらしいプレゼントです」

「ホント、殴られ損じゃねぇか…。夏凜に渡したヤツって、元々オヤジが作っていたのだし…」

 カイとシンがソルを挟んで言う。

 ソルが讃州市で生活を始めていて、クイーンのLP版シアーハートアタックが聴きたいと考えていた。その為の蓄音機を作ろうと考えていたのだが、勇者部の活動をしていた時に、木箱型の蓄音機を発見。動かせるようにするだけでなく、法力で色々機能を与えたのだ。

「ガキは難しいこと考えられないからな。だから、見た目を派手にした」

 ソルが照れ隠しと言わんばかりに、ぶっきらぼうに答えた。

 夏凜を見ると、セミロングの少女の喜びに翻弄されながら、音楽を楽しんでいる様だった。

「…全く、トンだ厄日だぜ」

 シンが、夏凜たちに渡したチョコレートの残りを、ソルとカイに差し出す。

「シンの場合、ちゃんと私たちに連絡をしてから、夏凜さんを送るべきだったことを反省して下さいね?」

「それと、もう少し声を下げて喋れるようにしろ」

 ソル達も今回の騒動で、余りにも人騒がせなことをしたと自覚させられた。尾行を気にし過ぎる余り、子供を警戒させると言うのは、疑心暗鬼を生じていたことに変わりない。シンにしろ、ソルやカイも何処か警戒し過ぎていたようである。

「だってよー」

 ソルがチョコレートを咀嚼し、割り切れないシンに対して、黙れと言いかけたが中断させられた。

「“あの時”砂浜で感じた気配って、本当にトミコだったのかな…って」

 ソルは、訳が分からないと言おうとしたが、遮られた。

 カイはシンの言葉に、蒼白になったのを見たからだ。しかも、「待て」や「いや、まさか」と手を口に置いて、呟き始める。

 どうやら、あの時の砂浜は、シンの独り相撲という訳では無さそうだ。

「おや…これは、珍しい」

 ソル達が、不意に掛けられた穏やかな声に振り返る。

 そこには、白髪を小奇麗に揃えた男性が立っている。眼鏡を掛け、歳は40から50歳。鍛えられた体が、シャツとズボンから浮彫になっている。

「古典とも言える、ロック音楽の代名詞クイーン。しかも、LP...?」

直立不動だが、ソルに突然、

「そういえば、ギターはどうでしたか?」

「使い易かった。まさか、フォークでレフティを持っているとは思わなかった」

ソルの言葉に、中年男性が安堵して、

「友人から預かったものでして…」

はにかみながら答える。

「誰だ、お前」

 シンが警戒して、カイが二人の間に割って入る。

「シン、この人は児童館の館長です。すみません、彼の素行だけでなく変な音楽も掛けてしまって…」

「お気になさらずに。神樹様も子供たちが健やかなだけでなく、腕白で世界を変えると言う位、元気な方でいてくれることもお望みの筈です。子供会としては、何も目的から逸れているとは思えません。子供は問題を起こして、大人と対面できる位が丁度いいですから」

 温厚な顔で答える中年男性。課外活動をする時は、カイが現地の代表と打ち合わせをしてい

る。

そして、ソルも彼に会ったことがあるので、警戒を解いた。ソル自体、寡黙で無骨な面があるが、

手先が器用で凝り性なので専ら、遊具や楽器について彼と話す機会が多かった。

シン自体、子ども会では、勇者部や子どもたち、その両親としか話していないので、館長を知らないのも当然だった。

「そういって頂けると助かります。そういえば、彼を紹介していませんでしたね」

 カイが、恐縮しながらシンを示す。

「彼は、弟で現在、勇者部を手伝っているシンです。挨拶して下さい」

シンは、戸惑いながらも礼をする。

「私も自己紹介が遅れて失礼しました、シンさん。館長の河野と申します。以後お見知りおきを…」

 それから、誕生会も酣となったところで、勇者部による演劇が始まる。

「明日の勇者」の上演が夏凜を除いた勇者部によって行われた。夏凜はトロ子と言われる子供と一緒にいて観客である。ソル達も同じだ。彼女たちが作った芝居に入る余地は無いからというのもある。

 それから、子供会が終わった後に、子供たちと延長戦で遊び、片づけを終えた頃には、辺りが暗くなっていた。

 ソル達は勇者部と、夕焼けが沈んだ街を歩いていた。

「じゃあ…私はここで帰るわ。今日は本当にありがとう。楽しかったわ」

 夏凜はソルの作った法力蓄音機を抱えて言う。友奈は彼女への本やバースデーカードを持っているが、渡そうとしない。

 夏凜が訝し気にしていると、

「夏凜…何のために、ケーキを買ったと思っているの? これから、アナタの家で二次会よ」

風が言って、勇者部が盛り上がる。

「アンタら、アレだけ騒いでおいてー!」

「夏凜ちゃん…何か予定があるの?」

東郷が夏凜に聞くと、

「…ルームランナーで体鍛えたり、大赦に報告…」

「暗ッ!」

風が言って、

「夏凜さん…凄い、アスリートみたい」

樹が感嘆する。

「というか、夏凜ちゃんの良い所、もっと知りたいな~」

 そう言って、風が身をくねらせながら、彼女に近づいていく。

 暑苦しいアプローチを夏凜が避けていると、

「そうだね、夏凛ちゃんの家に行ってみたい!!」

 友奈の意見に、樹も同調する。

東郷は、笑顔を崩そうとせず、友奈たちを止めないことから、答えを聞くのは野暮だった。

夏凜は、ソルたちに助けを求めるが、

「ガキの遊びに口出しする趣味はない」

「時間と内容次第ですが、彼女たちが迷惑になる様な事はしないと思います」

「腹減った…」

若干一名が関係ないことを言って、風が止めを刺した。

「四面楚歌ね…夏凜」

 夏凜は観念して、

「好きにしなさい…」

 勇者部が喜ぶと、

「一応、私たちが、夏凜さんの家まで送ります。顧問として、解散する場所を把握しておく必要があるので」

 カイが言うと、ソルとシンは頷いた。

 彼は笑顔だが、何処か剣の様な鋭さがあった。

 

「テメェ毎度毎度、俺の目を盗んで買い物籠に菓子類を入れてんじゃねえ!!」

 ソルの怒号とシンの悲鳴が、スーパーに響く。

 風はまたかと思いながら、夏凜の家へ持って行く菓子を物色。

 一月ともなれば、樹も慣れたようである。

 友奈、東郷、夏凜は、初めて見たのか、少し驚いていた。東郷を守る様に、友奈が前に出ている。

「あれ…止めなくて良いの?」

 夏凜が恐る恐る聞くが、

「大丈夫よ…カイさんが来るから」

 風は当然と答える。すると、カイが別のところから野菜類を持ってくる。主に、ジャガイモとニンジン、セロリと玉ねぎである。

「シン、お菓子は一日、1品ですよ?」

 多すぎる菓子を返す様に言うと、シンは返しに行く。ソルへ恨めしそうな視線をして。しかし、

「ソル、何ですか…この肉の量は? それと…酒の量も」

「…安かったんだ。火を通しておけば、日保ちもするだろ。カレーにでもすれば良い」

「なら、この酒はバーゲンでもしていたのですか?」

 カイが取り出したのは3/4リットルの緑色ボトル。英字で書かれているから、日本のものではないだろう。それが3本も出て来る。

「ジンのストレート…欲しくなってな?」

「あなた、この前買ったボトルを、昨日空けたばかりでしょう!? 短時間でジンを1本空けるって、節制が出来ていません。確かに、ジンは労働者向けと言われますが、タンカレーの10番を三本も…二本、返して来なさい! それと、豚肉の量も減らして…」

 ソルもシンと同じような視線をカイに送る。

 その周りで、

「兄ちゃんたち、残念だったな~」

 ギャラリーから、笑い声が聞こえてくる。

 そういうやり取りが、このスーパーでの名物になっていた。

 しかし、風は、

「これでもカイさんとソルさんの言動は、落ち着いて来た方よ」

「そうなの!?」

 風の言葉に、夏凜が驚いた。

「ソルさんはシンさんに対して、ボディブロー。カイさんは、ソルさんへのエルボー…これらが無くなって、口頭での注意になった時点で改善はされてきているのよ」

夏凜は異邦人、特に大人のソルと十代のシンが、同レベルのやり取りをする思考回路に、驚いたようだった。

しかし、風が驚いたのは、そこではなかった。

シンを見ると、菓子を返しながら左右を見渡して、小麦粉を手にした。そして、カイは豚肉を戻しながら、精肉加工のブースと製品売り場を分ける透明なガラスに映る鏡像と背後を繰り返し見る。更に、ソルはジンのボトルを手鏡の様に、背後を見ながら二本のジンを酒のブースに戻していた。

風は、3人の目つきが明らかに、おかしいことに気が付いた。

だが、その違和感の正体を思い出せなかった。

悩んでいるうちに、友奈、東郷、樹の三人が、お菓子を持って来て、風がレジを通した時に、

彼らの目つきの正体をやっと思い出した。それは、最初のバーテックスを倒した時、そして、大

赦警備隊が屋上で彼らを拘束した時のそれだった。

思い出した理由は、七角形に描かれた樹のマークの大赦のワゴン車がレジから見える駐車場に

止まっていたからだ。

カイたちが、勇者部と共に、夏凜の住むマンションに到着したのは、午後8時を回ったところだった。

買い物袋を持つカイ、ソルは同じくそれらを持つ風たちに、

「それでは、余り近所に迷惑を掛けない様に、楽しんで下さい」

「学校忘れんじゃねえぞ?」

「…顧問のアンタたちが夜遊びを推奨するとは、世も末ね」

注意をする、カイとソルに皮肉を返す夏凜。

そして、彼らの横で、スーパーで買ったお握りを、二、三個平らげるシンを見て、夏凜は溜息を吐く。

「夏凜ちゃんたら、ソルさんとカイさんから、お墨付きを頂いたのにツレないわねー」

「取り敢えず、アンタは一歩たりとも敷居を跨がせないわ!」

風と夏凜が言い争いながら、マンションに入る。

友奈と東郷が、樹が、苦笑しながらおやすみなさいと、カイたちに頭を下げて行った。

姦しさが去り、沈黙が訪れる。

やがて、ソルが口を開く。

「テメェら面を見せろ」

現れたのは、警棒を持った二人の仮面。黒い戦闘服に、7角形に描かれた大樹の絵のワッペンを着けている。

カイとソルは、それぞれ買い物袋を彼らに、放り投げる。すると、火炎と雷鳴が発生。轟音と悪臭が炸裂し、仮面達の聴覚と嗅覚へ同時に攻撃を仕掛けた。更にジンのボトルが熱され、赤くなると、小麦粉も誘爆。彼らから、視界も奪った。

カイは、右の肘鉄をよろける仮面の戦闘服に向けて放つと、頭を揺らしながら地面に崩れた。

ソルは、右のボディブローを仮面にお見舞いし、5メートル先に吹き飛ばす。

しかし、その影からセミオートの拳銃を構えた仮面が現れる。銃口はカイに向いていた。

シンが、ワームホールから旗を取り出し、カイに銃を向けた男の右側頭部を、すかさず殴打する。

「なんだよ、お前ら!」

返ってきたのは、二迅の太刀筋。シンを、飛び越えて、カイとソルに迫る。

ソルもワームホールにアクセス、鉈剣ジャンクヤードドッグを取り出し防ぐ。そして、彼はマンションの入り口まで押し戻される。

そして、カイは、マグノリア・エクレールⅡを抜刀し、鍔迫り合い。大太刀を持った女が刀の火花で照らされる。大樹を描いた面の後ろで、長髪が波打ち、バックステップ。長髪で薙刀衣を纏った女性が、反り立った大太刀と同じ長さをした、柄を持つ武器を構える。

「長巻!?」

 カイは、女性の持つ武器の名前を呟いた。

長巻は、大太刀を使いやすくする為に、それと同じ長さの柄を作ることで、振り易くした逸話のある武器である。汎用性が高く、中世の日本の合戦では、槍よりも長巻が好まれたと言われる程だ。

「一進一退だな…」

ソルに斬りかかった男が、口惜しそうに言う。

頭はツーブロックのコーンロウ。カンフージャケットを着崩し、青白い光を放つトンファーを両手に構えている。

コーンロウのトンファーの青い光に照らされる、仮面の男女がもう一組。

男は全身を包む黒のボディタイツ、両手に装着した拳鍔に付いた斧。女は、友奈と同じ背丈でキャミソールとホットパンツ、そして錫杖が右手に。

「そこの髪の短いガキ…あの時の砂浜や今朝、学校にいたやつだ! 讃州中学の体操服着ていないけど、こいつで間違いねぇ!」

シンが錫杖の少女に向かって叫ぶ。

カイは彼女を見て、眼を見開いた。夏凜と親しくなった女児を、シンが大声で怖がらせた事件。カイの中で、その時の状況が浮かび上がったのだ。

シンは、戦闘をしている為か、大声をよく出す。しかも、大抵の荒くれ者は、実力者で荒事になれた彼の大声に怯む。夏凜と親しくなったトミコとその両親は、彼の恫喝に驚いていた。彼ら親子は、シンの渡り合った世界と無縁なのだろう。

しかし、尚更そういうのと無縁そうな、一未成年である筈の体操服の少女は、何故、砂浜で彼に「驚かず」走り続けられたのか?

 答えはソルによって、紡がれる。

「始めから妙だとは思っていた…。学校は、“市立”で誰でも入れそうだが、実は生徒や教師等の関係者以外入れない。教会、軍隊、そして学校。これらは社会から隔絶された空間の典型だ。公的行事でもないのに、アクセスを制限された部外者がうろちょろすれば目立つ。なのに、俺らへの尾行がマンションの周囲、通学路に生活雑貨店は愚か、“校舎内”にまで及んでいる。教師も、俺らの後にそうそう増やせる訳がねえ。しかし、尾行者が“生徒”だったら…話が変わって来る」

「洞察力はある様ですね…。勇者部と共闘が出来るのも伊達では無いようです…ソル=バッドガイ、カイ=キスク、シン=キスク」

薙刀衣を来た、面を被った女性は感嘆する。

「…目的は聞かねえのか?」

 カンフージャケットの男が口を開くが、

「どうせ理由は、“ぶん殴らせろ”だろ。まず、確認するが、テメェらは勇者部の今までの活動に裏から関わっていたのか? 恐らく、そこのチビが夏凜か風に対する、内務監査だろう…」

 ソルの一言に、ショートカットの仮面が怒ろうとするが、仮面をしていないコーンロウが制止する。彼は、三白眼で口を吊り上げて笑っている。何処か、歯が黄色いのは煙草のヤニの所為だろう。

「ご安心を。子ども会の父兄との交渉は、犬吠埼風さん、結城友奈さんと東郷美森さんの三人がきちんと行いました。そして、ちゃんと書類も取ってあります」

「それに、俺らの今の純粋な目的は、“異邦人”を痛い目に合わせることであって、勇者部を傷つけることじゃねえ。人類滅亡しちゃ、お前らと戦えないしな!」

 聞き覚えのある声の白髪の大男とコーンロウが答える。白髪の大男は、河野と言う男だ。カイは彼の言葉に安堵したが、何処か寂しさに近いものを覚えた。

「上等だ…」

 隣のソルは口の端を吊り上げ、獰猛な笑みを見せる。

「なら、テメェらを殺しても後腐れはないな…」

そして、カイとシンも口の端を吊り上げて言う。

「ということは、風さんたちの団欒に水を差さない様にしてくれる、と」

「そして、フウたちを人質に取るマネもしないってことだな?」

彼らの反応に、ベリーショートの仮面は、

「何よ…あたしたちに、人気のない場所へ連れてけって言うの?」

「今、悪臭が漂っていて、爆発も起きた。人目につき始める筈だ。後、車の中で変なことをすれば、爆破も出来るしな…一石二鳥だ」

 ソルの一言で、コーンロウが一際大きく、破裂したように笑い出した。

「気に入ったぜ…!! 俺らは、ガキの影に隠れる根暗な御面神官や三大老どもとは、違うぜ。俺たちは、飢えてんだ…。血沸き肉躍る熱い戦いにな。良い場所に、連れて行くぜ。俺の名は、長宗我部 信方(ちょうそがべ のぶかた)」

 背を向けて、車を寄越す様に無線で言うと、

「俺が仮面を付けない理由はな…俺が殺すべき相手を見て、そいつに俺の顔を覚えさせる為だ!!」

 

「ここなら、水を差す奴は来れないだろ?」

 ソル、カイ、シンの三名が見渡すと、闇しか無かった。

 辺りに聞こえるのは、波の音。

 そして、建材を保管していた倉庫の残骸とフェリー乗り場の跡地。

 かつて、物流で栄えていた讃州市の名残を示す、港跡地。

「“人殺し”には困らん場所だな」

 ソルは皮肉を長宗我部に言った。

恐らく、ソルたちをここに誘き寄せるつもりだったのだろう。

——何を仕掛けた?

余り、彼らの中から、動揺をした様子がない。長宗我部は笑い、残りの三人はただ佇んでいる。彼らはただ、殺気をソル達に放っている。

 しかし、その中で饒舌な長宗我部は異質だが、同じ獰猛な殺気を感じる。

 彼だけは、確かに仮面はしていない。しかし、この様な殺気を放つ存在と肩を並べられるということは、それだけ彼らと同じ、いや、それ以上の屍山血河を超えていることを意味していた。

「場合によっては、“人死に”が出るかもな」

 長宗我部は、トンファーを左で反時計回り、右で時計回りに回す。

「場合…? テメェら日和見てんじゃねえのか?」

 ソルは、口の端を吊り上げて笑う。

「死にたくなければ、マジで来い!!」

 ジャンクヤードドッグを斬り上げ、炎が長宗我部を襲う。そこで青白い光が、彼の前に現れ爆発。土煙と瓦礫が彼らを覆う。

 そして、巌のような巨大な影が、聳え立つ。

「カイ、シン。避けろ!!」

 ソル達の前に、瓦礫とコンクリートの瀑布。長髪の女の斬撃が、瀑布の中からソルに襲い掛かった。

彼は、左のジャンクヤードドッグで頭上を翳すと、そこにベリーショートの錫杖の一突きが追撃。

 シンが旗を一振りして、少女の一撃を退ける。

 そこに、長宗我部の右足の鉄槌が、上空からシンの頭上を襲う。

「ソル、シン…距離を離して!!」

 カイは更に飛翔をして、抜刀。マグノリア・エクレールIIから放たれる、楔形の電撃が長宗我部、長巻の女性と錫杖の少女を捉える。

 しかし、そこに巨人の両手が雷を切り裂いた。

 雷光に照らされる、切り揃えられた白髪の大男。

 河野という男だった。確かに、体は鍛えられていた。だが、余りにも上半身が発達し、二つの腕は、極限まで膨れ上がっている。その全長、3メートル。

「これは、強化の法術。しかも…気!?」

 カイが驚愕する。

 気自体、ソルたちの世界で法力の一つとして認知されている。しかし、独特で難しすぎるアルゴリズム。そして、東洋人…特に、中国人と日本人に使用者が限られている。欧米人で後天的に使えるのは、カイ以前の聖騎士団団長、クリフ=アンダーソン。もう一人は、東チップ王国という徒党の首魁の忍者、チップ=ザナフ。しかも、日本人の数も聖戦によって減り、気を扱える術者は少ない。

 しかし、ソルが驚いたのは、

――こいつら、気を霊的医療として発達させていたのか!?

初めて大赦に連行された時、同研究室の代表、椎名はソル達の法力を未知のものとしていた。そして、彼らの力を得ないと、バーテックスは倒せなくなっている。友奈たち、勇者は今まで、霊的医療という気を使っていた。それで、人類の敵に立ち向かえた。

ソルたちと友奈たちの世界、法力の五大元素がそれぞれ、欠けている状態と言える。バーテックスは御丁寧に、互いの世界で欠けた法力の五大要素を掛け合わせたのだ。

しかし、問題はそこでは無い。

 勇者システムの更新速度は、かなり早い。ソル達と勇者部が全員で、やっと一体のバーテックスを封印出来るのに、一ヶ月で一人で封印出来る様にまでなった。そもそも、ソル達の世界でもメガデス級GEARを倒すのに、法術支援を三日三晩行う必要があった。バーテックスの研究が進めば、法力を応用し、ソルやシンの様な、GEAR細胞を使った勇者システムが出来る可能性も否定できない。そうなれば、ソルたちの世界の地獄絵図を繰り返すことになる。

だが、ソルは、途中で考えを中断。河野がソル達に向かって、タックルを仕掛けてきたのだ。重量級トラックか装甲車両の通った後の衝撃が、カイ、ソルとシンを引き離していく。

カイが河野を引きつけ、シンは、長髪の長巻使いを追う。そして、錫杖の少女を探していると、足元に銃声が響く。

「おい、死にたくなければ…何だっけ?」

長宗我部の左トンファーから硝煙が上がる。青い光があるから、気を銃弾にしたのだろう。そして、トンファーから薬莢を吐き、歓喜と嘲りに満ちた視線をソルに向ける。だが、その顔が間もなく、ソルの前で歪んだ。

法力で生み出された、ソルの超加速による飛び蹴りが、長宗我部の腹部で炸裂したからだ。二重に構えたトンファーによって蹴りが防がれるが、衝撃によるベクトルで後退。そして、ジャンクヤードドッグのライターを模した部分から、ソルは炎を放つ。火の玉は、長宗我部の目の前で炸裂した。

飛び蹴りと炎の二段攻撃に、長宗我部は変わらず、笑みを浮かべた。苦痛、爽快感と歓喜が入り混じる。

「一進一退だったか?」

 ジャンクヤードドッグが割れ、内部機関のシリンダーから、薬莢が吐き出される。

 長宗我部は、ソルの吐き捨てた一言に、口の端を更に吊り上げた。

巨人と化した河野の剛腕が、カイを追い詰めていく。両腕の券鍔に付いた斧が、右、左と交互に繰り出しながら、青と白の騎士との距離を縮める。まるで、満月を覆わんとする夜の黒雲である。

アスファルトを抉りながら、5発目の右手が、カイの頭上目掛けて来る。

カイはマグノリア・エクレールIIを上段に構えた。そして、刀身で衝撃を流し、電撃を放つ。しかし、河野はカイの雷撃に対して、券鍔に付いた斧に気を流し込んで、双方のエネルギーを相殺させる。

 カイをエネルギーの相殺による爆発が襲うが、衝撃を利用して距離を離す。そして、河野の歩みも止まる。

「河野さん。何故、この様な強化をされたのですか?」

 カイは、止まった河野の右手から払われた剛腕からの一撃を、後退して避ける。しかし、右手は拳槌となって大地に落ちる。

 一際大きな衝撃と地鳴りが発生、カイを吹き飛ばす。

 衝撃から受け身を取り、河野に再度問いかける。

「あなたは…初めて、勇者部の顧問として訪れた私を歓迎してくれました」

 カイの讃州中学の勇者部顧問としての初仕事は、河野の児童館を利用した、子供会である。夏凜が加わる前、三体のバーテックス戦の後の事である。彼は、勇者部の顧問として自己紹介すると、河野は興味を持って、色々と話を聞いてきた。勇者部の「勇んで誰かの為になることをする」という方針は理解し、大人顔負けの行動力を持つ彼女たちが顧問を得ることになり、驚いたらしい。

 カイ自体、讃州中学教師として子供と関わる機会を増やしたいということと、彼は一児の父親であることも河野に説明した。シンのことは伏せつつも、子供を手放さなければならなかったことも含めて。河野は、ただ一人の父親として、真摯に耳を傾けてくれた。そして、彼の口癖、「子供は問題を起こして、大人と対面できる位が丁度いい」という一言。河野にも、勇者部と同年代の娘がいる。それ故の、経験論だった。

この一言があったから、シンの問題、それは彼自身の意見を言おうとしている姿勢であることを理解できたのだ。

 確かに、自分が異世界人であることを隠していた。だが、父としての相談相手を求められる相手は、この世界で河野だけだった。

 だから、この様な結果が悲しかった。

「そして、父としての強さを私に教えてくれました。私の様に、剣を要することのない強さを、あなたは持っていた筈なのに…」

「これは、この姿は私の罪です」

河野はカイの戸惑いを切り捨てる様な、右から左への横薙ぎの一撃。

カイはそれに対して、更にバックステップを踏む。

青く光る気が、青い燐光の軌跡を作る。空間を焼くオゾン臭が、カイの鼻腔を突き刺す。

不快な顔を示したカイに、河野は、

「私は、親の他に、児童館館長、大赦警備隊という二つの顔を持っています。片や子供たちの為、片や大赦の為に。現に、大赦の為に…子供たちの未来の為に、大赦に仇名す家族と子供たちを殺し、秘密裏に勇者適正を測られたくなく逃げた一家を追い、説得の甲斐も無く戦闘となり子供を殺してしまったこともあります」

仮面の奥にある顔は隠されて分からない。しかし、カイを追って河野の両腕に蹂躙された大地は、涙の後に見えた。

「大赦警備隊 河野 虎奏。私は、彼らの命を奪った赦されざる罪を背負い、泪も枯れました。世界の未来を担う子供たちを守れるなら、私は喜んでこの罪を使い、鬼に落ちましょう!!」

シンは、長髪の長巻使いの女に、旗を振り下ろした。

薙刀で防ぐと、すかさず距離を詰めて、肉迫する。

余り、女性に対して時間はかけたくない。

彼は、人格者であるカイとディズィーが両親であるので、女性に手を上げると言うことに関しては、乗り気ではなかった。

旗で押し切ろうとするシンは、

「頼む、女の子を傷つけたくない、取り敢えず退いてくれ!」

「異邦人の方は淑女優先なのですね…しかし、刃を見せる私にそう言うのは優柔不断では?」

  艶やかな笑みが、仮面から漏れる。だが、太刀筋だけはシンの首を狙っている。

――スゲエやりにくい!!

  シンは避けていく。そして、説得が出来ないと判断すると、旗で長巻を流す。そして、法力の加速を使って、距離を離す。

  シンよりも軽い体重の彼女は、移動の衝撃に吹っ飛んでいく。

  戦略を立て直す為に、踵を返す。

――あれ、足が…?

  シンが一歩踏み出す度に、足首に重りを着けられた様な感覚を覚えた。しかも、違和感に目を向けてみると足元には、青白いオーラが広がっていた。法力によるスクリーンを展開。足元にディスペルを掛ける。

“ACCESS DENIED!”(アクセス不可コード!)

何度も掛けるが、同じ表示が出る。

「何だよ、これ!!」

 シンの戸惑いを他所に、何とか立ち上がろうとする。

すると、倉庫の屋根に立つ少女が見えた。仮面をした錫杖の少女。

そこに来る斬撃。シンの左太腿を過る赤い線。

シンは苦痛に顔を歪め、斬撃の主、仮面の長巻使いを睨み付けた。

「驚きました…」

長巻使いが、仮面越しに驚いた様を見せる。

「あなたの頸動脈を狙ったのですが、凄い反射神経ですね?」

「というか、死にたくねえからな!!」

 シンが、黒い雷を放とうとする。しかし、錫杖の少女から放たれた、青白い札が彼の周りを囲み、爆発する。

 全方位からの爆撃の衝撃と熱が、全身を揺るがす。

「お前ら、何だ…?」

 シンが息切れをしながら、仮面の少女と女を見る。

「大赦警備隊 西園寺 晶子」

「同じく晶紀乃」

 長髪の女性、短髪の少女と続く。

「お前ら、二人掛かりで、汚いぞ!」

 シンが抗議すると、

「つうか、女の子二人にそれ言っているなんて、アンタだっさ!! 男の風上にも置けないわね…」

 短髪の仮面、晶紀乃が倉庫の屋根の上から、シンを見下して言う。

「というか、動けなくしている相手に、“男”とか“女”を持ち込むなよ!!」

「アンタ、変な力を持っているから、ハンデよ、ハンデ」

「ハンデって、普通、“合意”するだろ!?」

「女の子二人で、男一人なんだから、喜びなさいよ?」

「血塗れで何、喜べってんだよ!?」

 シンと晶紀乃の言い合いに、咳が入り込む。

 晶子である。

「シンさん…もしかして、あなた…男色?」

「ダンショク…芋かなにかか?」

 シンはそう回答すると、晶子と晶紀乃は首を傾げる。

「…ええと、そういうボケ?」

「ボケでは無いようですけど…」

 晶紀乃がシンに向けて指すと、晶子は首を傾げて答える。

 シンは、訳が分からないが、少しだけ思考を巡らす。

 自分には、青い足かせの様なものがされている。

 これは良い。誰かが仕掛けたのだから。

 しかし、さっきシンは彼女らを「卑怯者」と言った。特に、晶子はソルやカイの一撃を受けても、体勢を立て直せた。

 そこで、シンは疑問に思った。

――何故、オヤジとカイに仕掛けて逃げられたのに、二人一組で攻撃しているんだ?

 シンは、晶紀乃の術が掛けられたタイミングにも疑問が湧いた。

 青い気の足枷が出た後である。そして、晶子はその時に、シンへ致命傷を与えようとした。

――何か、おかしい…?

 考えていると晶子が、長巻を振りかざしてきたので、それを受け止める。すると、シンの体は晶紀乃のいる倉庫に向けて、後退させられる。

 一際、足枷が強くなった気がした。

 そこで、シンは気付いた。

 気によって生じた青い足枷。これを強くする何かが、晶紀乃のいる方にあるのだ。

そして、恐らく、二人で攻撃をするのは、倉庫の中にある何かを守るためだ。

晶子の斬撃を交わしながら、考える。

 ダメージによって、視界が霞んでいく。だが、一撃を受ける度に、不思議と集中し始める。ディスペルを掛けた。しかし、足枷は取れない。

 シンは思い当たる節があった。

 バプテスマ13事件で、あの男の懐刀、レイヴンがソルに勝負を仕掛けた時に、スローフィールドという機動力を失わせる法術を使った。機動力を取り戻す為には、その法術を発生させる物体を壊す必要があった。

 そこから、考える。何故、晶紀乃は上に居続けるのか。しかも、非力な者でも殺傷できる長巻という大業物を持つ姉が掛かって来ないのもおかしい。晶紀乃も札を使った爆発物も持っているのに。そこから、二人はシンを殺すのが目的ではなく、彼の機動力を奪うのが狙いであると気付いた。

――ナメやがって!

 しかし、シンは悩んだ。

 どうやって、晶紀乃を引き摺り下ろすのか。

 考えていると、晶子の呪符の爆撃と長巻の斬撃に晒される。肩から熱波による衝撃、斬撃が肩と太腿を切り裂いていく。

『型が整えば、どんな攻撃にも対処できるようになります』

 カイの言葉が響いて来る。

――走馬灯かな?

 シンは、そう考えるが、

『シン、私と迅雷の名を賭けた戦いをしたいなら、体幹を鍛えることです』

 カイの叱咤に、戸惑いを覚えた。

――違う、これは!!

 シンは見当違いだったことに気付いた。カイのアドバイス、今のピンチをチャンスに変えることである。確実に、相手は自分との距離を縮めて来ている。そして、攻撃するのに離れることが出来ない。なら、自分はどうするべきか?

 育ての親は、諦めない。

 実の親は、困難の中で常に勝機を見つけていく。

 彼らは、ただ、自分の考えるまま。そして、活路を見つけていくのだ。

 考えると、シンの体は自然に動いていた。

 ただ、直立不動となる。よろけた、体を整える。

 これで、晶子を見据えることが出来る。

 彼女は、血みどろのシンを見て、戸惑う。

――よし、相手を怯ませた。

 隙は一瞬で十分だ。後は、「ぶっ放す」だけだ。

 何をとは言わない。自分がぶっ放すのはなにか、自分がよく知っているからだ。

 シンは、黒い雷を両手に込める。

 バインドはされていない。だから、感じるままの雷撃が伝わる。

 旗を両手で、一挙に持ち上げる。

 雷撃を込めて、ただ、気合を入れ、根の部分を地面に叩きつけた。

 すると、シンの周りが揺れ、そして黒い雷撃が爆発した。

 

 夜の闇を彩る炎と青い光が、屋根の上で交差する。

 二つの光に照らされる、紅蓮の炎の担い手ソルと青い気を纏う長宗我部。ジャンクヤードドッグとトンファーの刃がぶつかり合う度に、火花と衝撃が爆発する。ソルと長宗我部は、斥力に従い、距離を離す。

 長宗我部は左腕を突き出す。そこから青い光の散弾。

数多の内の倉庫の屋根を照らしながら、気を練り上げた青い銃弾の雨をソルは、掻い潜る。

 夜の闇に青く輝く、長宗我部の歓喜の顔と揺れるコーンロウの束。まるで、ソルを積年の恨みを持つ仇か、戦場でしか語りあえない宿敵にでも会ったような歓迎するそれである。

 ソルは、ジャンクヤードドッグを左から大きく振り下ろす。赤く煌めく刃が、長宗我部のカンフージャケットから見える胸を捉える。

長宗我部はフットワークを駆使し、鉈剣の一撃を躱す。そして、右のトンファーから気で練られた刃をソルの頸動脈に向けて斬り付ける。

しかし、ソルはそれに対し、右脚で加速。すると、ジャンクヤードドッグを右手に持ち替え、炎を爆発させる。その勢いで、長宗我部の足元を滑空し、右足をまるで鎌の様に振り切った。

すれ違いざまに足を払われ、長宗我部はつんのめりに倒れる。丁度、彼の立っていた位置に移動した、ソルは左足を彼の背中に向けて振り下ろした。

 だが、長宗我部は体を右に回転させながら左のトンファーから気弾を放出した。

 青く熱さを感じる、魔弾をソルはバックステップで避ける。

「危ないな…」

 長宗我部は、立ってからソルに再度トンファーからの気弾を二、三発放つ。

 ソルは、ジャンクヤードドッグを斬り上げて炎を巻き上げた。当然、爆発の衝撃で倉庫は崩壊。長宗我部を見送る様に、屋根を伝いながら跳躍する。

 屋根を走りながら見渡すと、カイと河野が、倉庫に挟まれた路地で戦っている。

 カイは、河野に追われながらも、倉庫の屋根から回って攻撃を試みる。しかし、そこに河野の券鍔付きの斧が立ちはだかる。

彼が移動しようとする度に、三メートルの巨体から腕に叩き落とされる。

 カイを見ているソルに、横切る青い弾丸。長宗我部が近づいてきているのだ。

 ソルは、振り返ると誰もいなかった。だが、彼は月明りに照らされた自分に黒い影が覆うのが見える。

 上を見ると、長宗我部が右手を振りかざしていた。そこに輝く、青い三日月。

 ソルは半身を反らして、右回し蹴りを長宗我部の顔に向けて放った。腰を捻った一蹴が長宗我部の寸前で止まった。

――来るか?

 ソルは、回し蹴りを牽制のつもりで放った。恐らく、長宗我部はそれを回避、前転し受け身を取りながら、左手のトンファーで銃撃をして来ると考えたのだ。

 しかし、予想外の方向に事態が動いた。

 長宗我部は、ソルの右足を両トンファーによるピーカブーブロックで受ける。衝撃を受け止めると、宙返りをしながら、ソルと距離を離す。

――どういうことだ?

 ソルは不審に思った。トンファー自体、接近戦用の武器だ。しかし、それに刃をつけるばかりでなく、銃で打てるようになれば、攻撃の幅や範囲は広がる筈である。それに、彼はソルの法力強化による加速の蹴りを受けられ、そして顔色を変えず、攻撃も仕掛けられる実力者。しかも銃を撃って相手を近寄らせない、牽制にも恵まれている。

 つまり、長宗我部は攻撃のチャンスを捨てたのだ。

――なんで、捨てざるを得なかった。

 ソルは考えていると、カイと戦っていた河野が何故か頭を過った。

 カイは何回か、倉庫の屋根に昇ろうとしていた。理由は、河野に対する攻撃が全く効かないからだ。しかし、河野の豪腕によって遮られた。

 しかも、長宗我部も同じである。ソルの右足の背中への追い打ちを躱すならまだしも、前転をしようとしなかった。

もしかしたら、彼らの能力には制限があるのかもしれない。しかも、意外な形で。

 それを確かめたいと、ソルが考えていると、爆発音と衝撃波が襲って来た。そして、それに伴って黒い雷が輝いた。

「シン!!」

 カイが雷鳴の方向に、向かって叫ぶ。しかし、彼はそれ以上に驚くものを見た。それは、狼狽した声を発した河野。その背中で、一際輝く青い光と電流。

 ソルの目の前の長宗我部も狼狽して、背中を見せる。

 それを、ソルは見逃さなかった。振りかぶった右の拳が、長宗我部の背中を捉えた。

 コーンロウの戦士から、肉と骨と異なる、機械の様な感触を感じると、彼の体が宙に浮かぶ。

 そこに、ソルは更に一歩、ジャンクヤードドッグを突き上げる。左の鉈剣が火竜の息吹の如く、炎を吹き出す。そして、ソルが跳躍して、天空に舞う長宗我部の体を蹂躙していった。

 高度を増して、満月を背にしたところで、ソルは宙返りをする。右足の槌がコーンロウのトンファー使いに振り下ろされる。重力加速度を加え、彼の体が垂直自由落下。カイと3メートルの巨体の間、めがけて落ちていく。その衝撃で、広がる瓦礫と土煙。

 地上に降り立ったソルは、カイを見届けることにした。無論、彼の敗北を信じていない。

 だが、人類の道標となるべき彼が、河野ごときで手間取って欲しくなかった。

 ソルの信頼である。

 そして、それは杞憂に終わった。

 雷鳴と爆風に戸惑う河野の背後を捉える、迅雷の騎士こと、カイ。

 マグノリア・エクレールIIによって描かれる弧月が、河野の首の付け根に一太刀。

 青と赤の火花が、炸裂。そして、更に袈裟切りを加える。

 青い気の光が、河野の体を首の付け根から蹂躙する。

隆起した上半身が、電流と共に縮小していった。

そして、叫び声とともに、息が漏れ、河野は地に倒れた。

「泪の枯れた鬼と言えど、“泣き所”は顕在だった様ですね」

カイは、憐みを込めた一瞥を鬼と呼んだ男に与える。

「坊やにしては、感傷的な一言だな」

「あなた…そして、シンにまた、世話を掛けたようですね」

 倉庫から降り立ったソルに、カイが礼を言う。彼の眼に、何処かやり切れない感情の逡巡が見えた。

「こんな科学文明のある時代で、気を使える様にするんだ。一つや二つは、ズルを行う」

 ソルは上半身の収縮を終えた河野を見る。月明りに照らされる河野の体を覆う、ボディタイツと彼の両肩を覆う1メートル程のギブス、その中心にある正方形の機械。恐らく、気のエネルギーを増幅させ、肉体を強化するものだろう。長宗我部の背中にあったのは、武装強化に使う物に違いない。

大赦警備隊にしろ、勇者にしろ、どの世界でも、気は扱いにくく、使用者を選ぶものらしい。

 倒れた河野から、ソルに視点を変え、

「シンが心配です。行きましょう」

 一番、破壊の激しかった場所へ向かう。

 月に照らされる、カイの相貌。美青年と言われ、整った顔だが、醸し出される顔は父のそれだった。

 

 ソル、カイが爆心地に着くと、シンがいた。

 疲れと空腹で、旗に凭れ掛かり、憔悴しているようだった。

 周りを見ると、瓦礫の山だった。シャッターがどこか、黒く煤けているのは、落雷を得たのだろう。

 カイがシンに近づくと、

「あ、カイ。オヤジ」

 疲れと安堵の混じった表情で、二人を出迎える。見てみると、ところどころ、ストレートパンツとコートに、刀による裂け目が出来ている。しかし、血は出ていない。

 GEAR特有の、異常な再生能力が機能しているのだろう。

 しかし、

「シン、大丈夫ですか。まだ痛い所はありますか?」

 カイは、シンの肩に手を置いて、聞く。

 聞かれた本人は戸惑うが、

「顔が汚れていますよ」

「良いよ、俺がやるから!!」

 シンは、カイが何処からか差し出したハンカチを取り上げて、自分で顔を拭く。

そして、ぶっきらぼうに返すと、カイは笑顔で受け取り、ポケットに納める。

「オヤジ…ワリぃ、使っちまった」

 シンがソルに対して、神妙な顔となる。無闇に使うことは許されない。鍛錬が必要だから。讃州市に来て以来、やっていなかった。

だが、

「派手にやったな…残りの大赦警備隊は?」

 ソルは溜息を吐いて、辺りを見した。確かに無茶だったが、シンの雷が無かったら、振りに追い込まれていた。それを咎めるのは酷なことだった。

すると、小高く盛り上がった瓦礫の山が崩れる。

 仮面の少女が、汚れて破れたキャミソール姿で立ち上がる。錫杖は手元にない。ただ、ソルたちの姿が見えないのか、一心不乱に周囲を見渡す。

 間もなく、ソル達の背後でも、鉄パイプが倒れる音が聞こえた。

 仮面を被った薙刀衣の女。上半身を起こそうとすると、仮面から苦悶の声が漏れる。恐らく、シンの放った雷撃で、崩れた鉄パイプの束に足を痛めたのだろう。

「ショーコ姉!」

 キャミソールの仮面少女が、駆け寄ろうとするが、足を止める。

 ソル達の背後に、その姉がいることに気付いたからだ。

仮面の奥から、歯を打ち鳴らしながら、ソル達を睨む。

ソルは、舌打ちをすると、道を空けた。カイも同じく。

 シンは、彼女の敵意に応えるかのように、旗を構える。しかし、背後から仮面の女の呻き声が聞こえると、ショートカットの仮面に道を譲った。

「ショーコ姉…大丈夫!!」

「晶紀乃、怪我はない?」

「何でよ、アタシの心配じゃなくて、まずショーコ姉でしょ!?」

 仮面の妹、晶紀乃が晶子の肩に手を置いた。立たせようとすると、晶子は顔を顰める。

「やっぱり…怪我している」

「晶紀乃…私は、大丈夫だから」

「大丈夫な訳ないでしょ!?」

晶紀乃が叫ぶ。

「何時もそうだよ…そうして、自分のことを…」

先の言葉が紡がれないのは、嗚咽が混じったからだ。仮面の奥から涙が流れ落ちる。

昌子は、ただ、妹を抱き締める。表情は分かりかねるが、仮面から滴り落ちる涙が全てを物語っていた。

ソルは、目のやり場に困ると、横のシンを見る。すると、彼は姉妹の方へ向かう。

姉の昌子が晶紀乃の前に、出る。足の痛みに堪えながら、仮面を揺らしながらシンに立ちはだかる。しかし、妹の晶紀乃が、姉の前に出る。痛めた足を傷つけない様に優しく。

シンを見据える、晶紀乃の仮面から突き刺さる視線。彼は、気にせず手をかざす。

すると、姉妹を包み込む白い光。

「回復用の法術を掛けた。再生機能を早めたから、熱出るかもしれないから、早く帰って寝ろよな」

シンの言葉に二人は、呆然とする。彼女たちは、互いに掛けられた術を携帯端末で確認すると、シンを再び見る。

「何故ですか?」

「何のつもり?」

「うるさい…お前ら見ていると、やり辛いんだよ!!」

姉妹の疑問を強制的に、シンは拒否。

ソルは、シンの表情から、沈んだ様な、悲しい雰囲気を感じ取った。恐らく、ソルたちと同盟関係にある勇者の姉妹を重ねたのだろう。

シンが姉妹から外方を向くと、驚愕に満ちた表情を見せた。

ソルたちが振り返ると、穴や傷の付いたタイツ、刺繍がぼろぼろのジャケットを纏った男たち、河野と長宗我部が立っていた。河野の上半身は、昼間の体型に戻っている。されど、闘気が仮面の奥で未だ燻っている。

 長宗我部もトンファーを両手に持ち、直立不動である。

「もう勝負は付いている筈だ」

 ソルがひと声かけると、

「まだ…終わっておりません」

「晶子、晶紀乃…に関しては、礼を言っておくぜ。でもな!!」

 河野、長宗我部の二人が構える。河野の背中、長宗我部の両腕から、青い火花が飛び散っている。

「ハル坊のされた仕打ちの分を返さねえと、俺は終われねえんだよ!!」

 ソルの隣にいるカイは、その言葉から、息を漏らす。ハル坊について聴こうとした時、風が吹く。

 黒い、質量を伴った風が、ソルとカイ、長宗我部と河野の間を割り込んできた。

 黒い風が纏うのは、同色のタクティカルベストと迷彩柄のズボン。そして、それは、狐の輪郭と大樹の絵を描いた面を付けた青年となった。左の腰に携えた脇差が二本。

ただ、夜の闇に白塗りの仮面が不気味に輝いていた。

「ハル坊、何で此処にいるんだよ!!」

「三好隊長!!」

 叫んだのは長宗我部と河野。

「私が、今回の訓練の“責任者”…監督だからだ」

 三好隊長と言われた男は、ただ長宗我部に近づき、

「もう十分だ。お前たちがこれ以上、戦う必要は無い」

 立ち尽くす長宗我部の頭を、ただ彼は右手でがしりと抱き寄せる。

「機を見誤るな。まだ、奴らと戦える。その時まで、矛を収めていてくれ…頼む」

 すると、長宗我部は茫然としていたが、三好の一言でニヤリと笑みを浮かべる。

 それから、彼はソル達に向きあうと、仮面を捨てた。

 顔は、端正な顔立ち。角刈りであるが、何処か男らしさと言うよりは、精悍さが醸し出される。

 それより、ソル達が驚いたのは、彼の眼付。

 夏凜と同じ、凛々しさを表した釣り目。それは、夏凜が小太刀なら、一振りの脇差を連想させる鋭さ。

「聞いての通り、私が今回の訓練の責任者だ。名前は、三好春信。大赦警備隊の隊長を任されている。今回、大赦警備隊の精鋭の新装備、新兵器の稼働テストのご協力に感謝する。能力者を想定した事態であるが故、機密理に事を運び、連絡が遅れ申し訳ない。非難は甘んじて受け入れよう」

 三好という男は、ソル達の前で頭を下げる。

 ソルは、カイに目をやる。すると、カイは首を縦に振って応える。

 彼のメッセージは「謝罪を受け入れろ」だ。ソル達は、しばしの間、大赦と協力関係に無いといけない。生活基盤は彼らがいて、成り立つ。そして、今回の訓練は、恐らくソル達の大赦への仕打ちに対するガス抜きの一面が強い。

当面、ソル達と大赦の共通の敵であるバーテックスがいる。その間、人死にが起きれば、責任問題となるだろう。それを、ただの強引な訓練参加と言う形で、ソル達が勝ち、大赦警備隊の兵器のテストで分かった不具合、戦略の見直し等を得られた場合、大赦にも恩恵がある。ウィンウィンとなる。

ソルは、カイのアイコンタクトに舌打ちで答えると、晶子と晶紀乃の姉妹に顎で、春信を指した。晶紀乃が晶子を抱える形で、春信の方まで歩いていく。

ソルたちは、二人を見送ると、踵を返して帰ることにする。

そうして、長い夜が終わるだろうと考えていた所、忘れていたことを思い出した。

「待てよ…こんなことしておいて、終わりって訳ねえだろ!?」

 そう、ソル達の中で沸点が低く、喧嘩っ早いのが一人。

「シン、もう止めなさい!!」

 カイの制止を振り切り、シンが春信に向けて旗を突き出す。

 ソルは「阿呆が」と呟くと、春信は、

「確かに、そう言われて納得しろと言われても無理かもしれない。抵抗はしないから、手短に済ませろ」

 右の拳を顎に、叩きながら言う。殴れと言うことだ。

「ナメたこと言ってんじゃねえよ、そんなことで虫が納まる訳ねえだろ!」

「そうだろうな…」

 春信は、シンの反応に溜息を吐いて、

「安心してほしい。痛い目に遭ってもらうだけだ」

「これ以上ない、気遣いだ」

 春信に、何故か感謝を述べたくなったソル。

 シンは彼らの言葉が、聞こえていないのか、無視しているのかは分からない。

ただ、法力で強化、彼は春信に旗を振り下ろす。

 しかし、勝負は一瞬。

 彼は脇差二本を抜刀すると、シンの旗を交差して捕らえる。そして、旗を流しながら、跳躍。そして、シンの後頭部に彼の右足が蛇の如く絡む。後ろ回し蹴りで一回転すると、シンはソル達の方へ押し戻された。

 シンは苦悶の声を出しながら、立ち上がろうとするが、膝から崩れる。

「シン!!」

――出来る。カイ程じゃないが、シンには分が悪い。

 シンも、そこらの強者に負けない実力がある。しかし、GEARの力が人間の成長に追い付いていない。武術の達人から見れば、大きな子供だった。

 カイが倒れたシンに駆け寄る。

 ソルが春信に目をやると、狐の輪郭に彩られた樹の仮面を三つ、河野、晶子、晶紀乃が放り投げた。

 仮面を取った河野は、伊達眼鏡がないことを除いて、昼間と変わらない。しかし、戦いの所為か、肩で息をし、敗北感の余り、慚愧の表情を隠さない。

 晶子は、額に広がる白磁の様な肌である。笑顔になれば、それなりに注目を集められそうだが、足を痛めた所為か、顔を歪めて、ソル達を凝視している。

 晶紀乃は、玉の様な肌で、大きく澄んだ目に敵意を孕ませている。

「我ら、大赦警備隊!」

 三好が号令を掛ける。

「神樹様の恵みを受け、人類が繁栄を願い」

 河野が直立不動で、

「神樹様の下、我ら人類のあるべき姿を示し」

 足を抱えながらも力強く、晶子が叫ぶ。

「神樹様の下、安寧を願う人々の平和の為に」

 そして、晶紀乃は敬礼をして、

「我ら、一振りの刃とならん!」

 長宗我部が締めくくった。そして、春信は、

「我ら、仮面を捨てる時、“恵み”を脅かす者を認め」

「彼の者の屍を、神樹様の怒りへの供物とし常世の贄とせん!!」

 春信以外が、合唱を終える。

「あなた方の安全の保証は、今向かって来ている警察関係者に私の名前を言ってくれ。無用な詮索を受けず、マンションに戻れる。バーテックスの討伐、それまであなた方が必要だ」

 春信は踵を返すと、後の四人も彼に続いて闇に消えていった。

 それから、パトカー、消防車に救急車のサイレンが鳴り響く。

 確かに、港湾の倉庫街の三分の一を吹っ飛ばしたのだ。気づかない奴らはいない。

 ソルは、カイと目を合わせて、移動しようとする。

 サイレンの音に目を覚ました、シン。自分が何をされたのか分からなかったが、思い出して騒ぎ出した。

「あの野郎!!」

「落ち着け、これが最後じゃねえんだ」

 ソルが言うと、カイも頷いた。

 しかし、

「そうじゃねえよ!!」

 シンが二人に抗議する。

 ソルたちは、その理由が分からず首を傾げた。

「アイツ、“セキニンシャ”なんだろ? というか、フウたちと別れた後、ブチまけさせたメシをあいつ等に、アグレッシブでアブソリュートなベンショーをさせねえと!!」

 サイレンが更に大きくなる前に、ソルはシンの頭に拳を叩き込んだ。

 




 まず、幾つか解説があります。

・ソルの講義
日本でも放映された、MIT白熱教室のウォルター・ルーウィン教授によるものです。

Lec 01: Units, Dimensions, and Scaling Arguments | 8.01 Classical Mechanics (Walter Lewin)
https://youtu.be/X9c0MRooBzQ

一応、ソル自体、素粒子物理学の博士だから、大学でもチュートリアルを開いていたのではと考えて書きました。後、普通の物理学も教えられるとも考えたので、素粒子物理学を専攻されている方、この場を借りてごめんなさい。

・ロンドン橋が落ちた
実際の遊びです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E6%A9%8B%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%81%9F
 
http://www.kodomonoasobi.com/londonbashi.html

アメリカは"falling down"、イギリスでは"breaking down"と言います。

・冨子
 “結城友奈は勇者部所属”の1巻で初登場の夏凜大好き少女です。2巻で、名前が分かります。

 百合エンドを迎えると活動報告にも書いたので、どのカップリングかは大体わかると思いますw 
 ただ、東郷ってこんなに、積極的に絡むかな…。(遠い目)

 戦闘シーンのイメージBGMは以下の通りです。

 ソル達と警備隊の対峙“対敵の眼差し”
 ソル、カイ、シンVS大赦警備隊 "SHOTGUN & HEAD" by NAOKI HASHIMOTO

 両方ともギルティギアイグザードのサントラにありますので、是非興味を抱いたら、ebtenの通販で買って下さい…良い曲、揃っているので(ダイレクトマーケティング)。



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PART.3 EXCEPTIONAL ROUTINE WORK

 本編第四話、樹の歌のテストの話です。
 ここで、大赦側の動き、「鷲尾須美~」と「結城友奈~」の間の大赦の動きを妄想して見ました。


 大赦研究室。

 大赦内でも、神樹を観測し、勇者システムを管理し、人類の仇敵バーテックスを研究し続ける大赦内組織の一つである。よって、人類の未来を守る為に、勇者の戦闘をバックアップするという重要な役割を担う。

 しかしながら、確かに、人類の為と言えば聞こえは良いだろう。だが、どの組織にも免れることが出来ない宿命がある。

 それは、派閥争いである。

 室長の椎名鈴子は、そんな大きな組織に起こりがちな、トラブルの渦中にいた。

 室長室の椅子に座りながら、頭を抱えたい衝動を堪えていた。

 そして、何度目かも分からないやり取りに、何度目かも分からない溜息を吐いた。

「一体、どういうことだ!?」

 彼女の前で居丈高となる、仮面の烏帽子の神官。不思議と、顔を見なくても、彼の感情が何を現わしているのか、分かってしまう位、うんざりしていた。

「何故、異邦人の力を研究しようとしないのだ!!」

「言った通りです。彼らとの協力関係が、我ら人類の存続に関わっています」

 そう、神官は異邦人の研究に躍起になっている。

「ふざけるな、バーテックスを倒す為に彼らの力が、必要と言ったのは、椎名室長本人では無いか、忘れたとは言わせないぞ!」

 椎名は、口に含んだ感情や不満を吐き捨てたい衝動に襲われるが、押し留める。

 そして、オブラートに包んで、

「力を“貸してもらう必要”があると言ったのです。あなた達の様に、異邦人を使って勇者を強力な兵器にするつもりはありません」

 神官は愚か三大老の言う、人類の救済。それは建前で、本当の目的は、大赦支配の盤石化だ。

 あの二年前の「瀬戸大橋跡地の合戦」。

 椎名にとって、忘れられないものとなっていた。

 彼女がかつて、学び舎で教えた子どもたちが世界を双肩に背負って戦ったのだ。

 この戦いに於いて、人類の仇敵、バーテックスの弱点が分かり、勇者システムも向上した。そして、勇者は大赦の名家が担う必要もなくなった。

 しかし、それらの代償は余りにも大きすぎた。

 彼女の“教え子”が命を落とした。人間としての生活を半ば否定させられた子もいる。そして、今も、障がいを負いながらも、勇者として戦わされているというのも知っている。更に、勇者が四国全土の思春期を迎えた少女の身体検査も行い、全児童のデータも保管していることも。

 そして、最悪なことに、

「どれだけ勇者システムが変わっても、バーテックスの弱点が分かっても、あなたたち神官と乃木家を中心とした三大老が、未だ大赦の中枢にいる。異邦人たちが、警戒するのもよく分かります」

 椎名は、生理的嫌悪感を隠そうとせずに言った。

 勇者は全国から、適正値で選ばれても、結局、“瀬戸大橋の合戦”で活躍した三名家と神官の“私兵”であることには変わらなかった。そして、それに気付いた勘の良い家族が、子供を逃がそうとして、大赦警備隊に命を奪われた。

「そして、大赦警備隊を使って、体よく異邦人を“訓練”と称して、叩きのめそうとしたら、“返り討ち”に遭われましたね」

 6月12日に、大赦上層部は、警備隊にある訓練を行わせた。

 それは、大赦警備隊の新装備及び新兵器の稼働テスト。これらは、大赦に叛意を持つ勇者や“能力者”を想定したものだ。そして、それらの武装は何処から提供されたか?

「それも私たち研究室の、兵器開発部門の新装備と開発中止された兵器を、あなた方が勝手に持ち出して、勝手に負けて泣き言を持ちだして来ましたね。今度は、あなた方自慢の“勇者”を持ち出しますか? どの様に、彼女が答えるか楽しみです」

 椎名は、自分の頭に嘲りの言葉しか浮かばないのが、本当におかしかった。

 警備隊の新装備は主に二つ――“玉依”と“応神”である。

 “玉依”は、長宗我部に向けて作られた武器である。霊的エネルギーを充填することで、刃を付与又は同エネルギーの銃弾を放つことが出来る。

 次に、“応神”は厳密に言うと武器では無いが、霊的エネルギーを使った強化装甲である。ギブスと特別繊維のタイツに霊的エネルギーを流すことで、上半身を膨張させる。これは、集団戦を念頭に置いて作られた物だ。

 しかし、これらの装備の弱点は、霊的エネルギーのバッテリーパックである。精密機器である為、接触の少ない背後に付ける必要があったのだ。必然的にそこを避けるので、それを、異邦人のソルとカイに弱点として見破られ破壊された。

 最後に、彼らの持ち出した兵器は、霊的結界 試作型の“金剛鎖”。これは、一定の範囲内にある対象の霊的エネルギーを探知し、機動力を抑える兵器である。本来、多人数制圧型であるが、拘束用の霊的エネルギーを“常時”提供出来なければ、ただのガラクタである。必然的に、“霊的エネルギー”の強い人間が必要になる。そこで、白羽の矢が立ったのが、西園寺姉妹である。神樹による神の統一が行われた時、それに反発したのが西園寺一族である。だが、その力の大きさに目を付けた、大赦は姉妹を取り上げ、家族を離散させた。

 “金剛鎖”は、讃州市の港湾跡地に持ち込まれたそうだが、それが返ってきていないどころか、ソル達の側から説明できる“雷”の所為で“部品の回収”が困難な状態となっていた。

 椎名の研究室の兵器開発部門も、その対応に追われていた。警備隊の戦闘から得られたフィードバックは、能力者を前にしても、ガラクタにしかならなかったということであった。余りにも、ソル、カイ、シンの三名の力が規格外過ぎ、勇者を対象とした強化及び勇者システムの“隠蔽”に費やし過ぎたことの手痛い代償を支払うこととなった。

 神官たちは、ソル達の鼻を明かそうとする余り、見事、墓穴を掘った結果に終わったのだ。

 そして、先の椎名の言葉も合わさり、ぐうの音も出せなくなった、神官は俯き加減となるが、

「これ以上言うと、利敵行為と見做しますよ、椎名室長。あなたが、ある“団体”と会っているのは分かっているのですよ?」

 最後の抵抗と言わんばかりに、絞り出す。

 しかし、

「なら、その団体をご自慢の警備隊や勇者で黙らせてみたらどうです? 流石に、そんなことが出来る程、あなた方に勇気や責任があるとは思えませんが?」

 椎名も引くつもりは無かった。

 大赦に、疑義を持つ組織は一つでは無い。その求心力を保つために、彼らはそう言った組織を葬ってきたが、どうしても手を出せないのが一つだけある。それは、複合的な要因が重なり、上層部も揺るがしかねない醜聞となっていて、容易に手が出せない。その為、三大老や神官集は黙認せざるを得ないのである。

 神官は、捨て台詞を吐いて、室長室を後にする。

 漸く、静かな朝を迎えることが出来、椎名は背伸びを行う。目を覚ます為に、机の上のすっかり冷めた珈琲を口にし、改めて溜息をついた。

「大赦は…変わったわ」

 椎名は、室長室の棚にある写真を見て呟いた。

 デジタル写真に写るのは、三人の少女たち。そして、彼女たちの後ろに立つ自分。

 かつて、神樹館小学校の教師として、「勇者」をサポートしていた時の思い出である。もうあれから二年になるのだ。彼女たちと戦うことは、人類の為になっていると感じることの出来た、希望に満ちていたときのことである。

 だが、勇者が一人死んだことで、大きく変わっていった。

 勇者システムに取り付けられた精霊は、勇者を死なせることがなくなった。満開により、新たな精霊も追加され、戦力増強も可能である。

 だが、人間の本質は変わらない。力への渇望は、欲望を生み出す。力、特に権力は腐敗する。絶対的に。

 大赦は、瀬戸大橋跡地の合戦で、活躍した勇者の内、一人を所有している。目的は、讃州市の勇者に不測の事態が起きた時の督戦隊として。しかし、どんな美辞麗句を言っても、彼女を擁することが、大赦での影響力を左右させるという事実に変わりは無かった。

  それに加え、椎名鈴子が、大赦への疑念を決定付けたのは、勇者の所有だけではなかった。

  バーテックスの出現周期である。神樹館で勇者を補助していた時に現れた数は、6ヶ月で10体。概ね、20日に一体である。しかし、今回、「連日」で現れた。異例とも言える事態だが、彼女はこの予兆とも言える出来事があったのを覚えていた。

  それは、彼女の上司の行った勇者システムと神樹の結界についての調査である。

  神樹の結界は、バーテックスから守る為にある。しかし、強固にしすぎた場合、中で暮らす人間たちに悪影響が出る。だから、わざと弱い部分を作り、バーテックスを樹海に入れる。それを勇者が撃退する。

  しかし、大橋の戦後の影響を調査した結果、樹海の回復速度が遅くなっていた。精霊を採用してからである。これを調査した上司は、原因不明の事故でこの世を去った。それから、大赦研究室の人事刷新が行われ、大赦の神官よりの人事の中で、椎名は室長となった。

  口止めと追認させる為の作為的な人事である。この時、大赦は神官派と研究室の二つに分かれていたことを知った。そして、重要な情報が彼女ではなく、巫女から「神官」に伝えられて、自分が解読という名の「追認」という形で行われることとなった。

  それ以来、彼女は自分の無力を呪った。上司だけではなく、彼女の教え子たちも、大赦のすることを見ていただけではないか。そうして、自分で自分を叱責する日々。

  しかし、ある時変化が訪れる。ソル、カイ、シンの異邦人の召喚。彼女は、彼らを庇う為に、動いた。彼らを、自分の贖罪の為に利用しているのは分かっている。その罰も甘んじて受けようと思った。

  子どもに対して、あの時、何も出来なかった大人としての責務を果たせるなら。

 ――三人で勇者、そうよね乃木さん?

  彼女の視線は、机の上にばら撒かれた資料や写真に移動する。その中の一枚、彼女は写真中の異邦人。赤き戦士、ソル=バッドガイを見据えていた。彼だけでなく、カイとシンのキスク兄弟、彼らから、あの時の勇者達と同じ何かを感じていた。

 

  ソル=バッドガイは、頭を抱えていた。

  それは、今、何がどうなっているのかが、分からない。何が分からないかは、「どうして」かが分からない。そして、その「どうして」を考えると、大抵、行き着く問いがある。「何時」、「誰」、「何処」の3つだ。

  これらをまとめていると、こうだ。

  何時かは、神世紀300年、六月末の放課後だ。

  誰かはソルを除くと、カイ、シン、そして…勇者部5人組である。彼は、彼女たちを一括りで纏めることにした。

  何処か…それが、難題だ。何故なら、その切っ掛けを五人組が覚えているのかが、かなり怪しいのだ。

「ソルさん…食べますか?」

 そこで、向かいの席に座る、勇者部部員の樹が、チョコで包まれたプレッツェル菓子を差し出してくる。その笑みは、何処か引き攣って見えるのは、こちらの心境を読んでくれているのだろうか?

 一応、袋から一本取り出して、礼を言う。そして、齧る。こういうのは、程よい歯応えの音が鳴る物だが、それは叶わなかった。

 何故なら、

 

 ~Edelweiss, Edelweiss~

 

 そう、マイクで増幅された歌声に遮られる。二人の男性。バスと言うよりは、アルトの二重奏。その主は、ソルの良く知る…もとい、腐れ縁二人だった。ケミカルで、カラフルな明かりに包まれ、ノリノリで歌う、連王カイ=キスク。そして、嫌々ながらその息子、シンが続く。

 二人の合唱に、東郷、友奈、そして、風が笑顔で合いの手を入れている。夏凜は、やれやれという顔をして見ていた。ソルは、初めて、そんな夏凜に愛着を感じた気がした。

 キスク親子のエーデルワイスが終わると、背後で得点が表示される。

 80点。中々、得点が高い。

「お…得点が高いじゃねえか。そろそろ、オレは抜けるわ」

「いえ…シン。次は、高得点を目指しますよ」

 カイは、初めてのカラオケに見事にハマってしまった。シンも初めは、楽しく歌っていたが、カイの熱意という毒に当てられたのか、終わってから、距離を離す…いや、逃げようとしている。友奈たちもその様子を見て、楽しんでいた。

 カイ自体、向上心が高いと同時に、勝負にこだわるという性格を忘れていた。そうでなければ、聖騎士団の時代からソルとの勝負を聖戦後までこだわるという芸当が出来る筈も無い。

 ソルは、取り敢えず、制限時間になる前に、

「お前ら…何で、カラオケに来たのか忘れてねえだろうな?」

 樹を除いた、勇者部部員とカラオケに嵌った22世紀の連王に、釘を刺すつもりで言った。

 問われて、風は冷や汗を掻きながら、曖昧な笑みを浮かべる。友奈も風を見て、同じ様な笑みを浮かべる。そして、何故かカイも冷や汗を掻き始める。

――何で、テメェまでやるんだよ、不良王?

 ソルが頭の中でぼやくと、シンもカイに向けて、白い目を向ける。

 そう、ソル、カイ、シンが勇者部とカラオケに行くことになった発端。それは、犬吠埼樹である。

 彼女に歌のテストが迫っていた。しかし、自信が無かったので、彼女の歌のテスト合格させることが、勇者部の仕事となった。

 そして、友奈曰く「習うより慣れろ」と言わんばかりに、提案した場所がカラオケボックスである。

 教師が放課後に児童とカラオケに行くのは、問題ないのかとソルは考えていた。

 しかし、カイは、

「コミュニケーションが取れていません。夏凜さんが加わってから、勇者部の活動に忙殺されて、かめやに行く暇もありません。こういった娯楽も必要だと思いますよ?」

 確かに、勇者部の活動は忙しくなっていった。

 マラソン大会の運営の手伝い、堆肥作りに花壇の手入れ。そして、節電対策のマスコット作り。後者に関しては、色々賛否両論を呼ぶことになった。

「みんな…節電のマスコットは良いのだけど、何でエネルギーを放っているものばかりなの?」

 東郷が冷静にツッコんだ結果、確かにボツとなる物が多かった。

 ソルたちもマスコットを作った。だが、ソルのは、機械で炎や蒸気機関をモチーフ。カイやシンは、雷を中心にしたもの。

 成程、これは疑問を持たれてもしょうがない。

 忙しさが必ずしも、仕事の出来に比例するとは限らないこともある。だから、カイの提案にソルは渋々同意した。

 加えて、ソル、カイ、シンは一週間前の大赦警備隊からの襲撃で、昂っていた部分を抑えるのに、勇者部の活動に打ち込んだが、マスコットの失態を繰り返しては信用問題が発生する。一念発起としようと思ったが、

「最後に樹がマイクを握ったのは?」

 ソルがジロリと睨みつけると友奈、風、カイの眼が泳ぎ始める。

――だから、何で、テメェが目を泳がせてんだよ…不良王?

 カイの動作に、シンも白い目を向ける。

 歌った順は、風、友奈と夏凜、カイとシン、樹、ソル。そして、さっきのエーデルワイスでカイとシンが二回目である。

 カイの回数からも分かる様に、彼はカラオケが初めてである。そして、息子のシンも。

 そういう意味で言えば、今回のカイがカラオケに行こうと言う案は、実はカラオケに行きたかっただけじゃないのかと、ソルは勘繰りたくなった。

「私、みんなと歌えて楽しいですよ」

 樹が笑顔で言うが、

「楽しめてもテストが悪かったら、元も子もないだろ?」

 ソルは溜息を吐いて、アイスコーヒーをストローで一口。

「樹は、1人で歌うとカタくなっちゃうんですよね」

「見られていると思うと…」

 風が惜しそうに言って、樹が更に小さくなる。

「なら、尚更慣れる為に、誰かと一緒でマイクに触れる必要があるじゃねぇか。時間も限られているんだ。カイとシンは、暫く歌うな」

  シンがソルの一言に安堵して、机の菓子を食べようとする。だが、菓子の殆どが友奈の精霊の牛鬼に食べられていたので、怒りを露わにして捕まえようとする。しかし、彼の動きを見て、牛鬼は軽やかに避けて、追跡劇が始まった。

 カイは樹のテストという優先順位を思い出して、下がる。しかし、彼の視線は、得点板に釘付けとなっていた。

――暫く、カラオケはカイの前では禁句だな。

 ソルは溜息を吐くと、次の曲が流れ始めた。

「私の曲です」

 東郷が声を上げたので、

「おい、樹。東郷と一緒に――!」

  そう言うソルの耳に、太鼓とラッパの音が轟いた。

  友奈、風、樹が起立して、直立不動。右手で敬礼をし、視線を真っ直ぐ見つめる。

  ソルは、何事かと目を見張り、周囲を見ると、カイと夏凜も驚いて、言葉を失っていた。

 

 ~~我ら、古今無双~御国を~守る為に~

 

 車椅子の上、ハスキーな声で歌い始める、東郷。

 言葉の違いで、初めは分からなかったが、ソルは彼女の歌が“軍歌”であることに気付いた。歌詞の違いはどうでも良かったが、夏凜を除いた勇者部の隣に同じく、直立不動で立つ者に、理解が追い付かなかった。

「…シン!?」

 カイが、凛々しくも何処か引き攣った顔で敬礼をしている息子を見て、驚いていた。

 夏凜は、東郷の軍歌の流れる間、英霊を思って凛々しく豹変した部員たちに言葉を失ったようだ。

 歌が終わり、東郷を除いた部員が着席すると、友奈がソル達の視線に気づく。

「東郷さんが歌う時は、いつもあれをやるんですよ」

 夏凜が友奈の回答に、曖昧に相槌を打つ。

 しかし、問題はそこではない。

「シン…あなた、何時敬礼を覚えたのですか…?」

 カイが、小刻みに震えるシンに、疑問を投げかけるが、

「…トウゴウが歴史の勉強をする時、“身に入るから”って、これを流して。そうしたら、頭の中にグロリアスでパトリオチックな“敬礼”が、いきなり…浮かんで…」

 シンは、震えながら答える。

 ソルは、シンの変貌に対して、カイと目を合わせた。

 二人は恐らく、同じ考えに達した。

「ヤキが回ったな...」

 掛け算が出来たが、シンの育児について別の懸念事項が、ソルの前に浮かんだ瞬間だった。

 呆然としたカイを横目に頭を抱えていると、ポケットから振動が伝わってきた。大赦から提供された携帯端末のロック画面にメールの着信が告げられていた。

「オヤジもか?」

 シンが液晶画面を突き出して言う。カイもソルに向けて、頷いて返す。

 同時期に、三人に同じ内容のメールが来た様だ。

 友奈が樹に、デュエットをしようと誘っているところに、ソル達は、断ってブースを出た。

 すると、風もソルに続いて、部屋を出る。

 彼女は、彼らに頭を下げて、別方向に向かう。

 関係ないと考えて、ソルは踵を返した。ただ、夏凜の視線が風の後を追っているのが、彼の目に留まった。

 

「つうかよ、何で駐車場なんだよ?」

 ソルたちがメールで指定された場所は、カラオケボックスの横の駐車場。

 昼間からカラオケボックスを利用している客は、学生が中心なのか、車の数は全くない。

 シンは、そんな閑散とした場所に、カラオケを楽しんでいた最中に呼ばれたので、不機嫌さを隠そうとしない。

「確か、”話したい”ことがあるとメールに書かれていましたね」

 カイが端末を取り出して、液晶を見る。

 三人に送られたメールは、至急話したいことがあると書かれていた。

 ドメインは大赦であることは、前にソルに送られたのと同じパターンである。

 ソルとカイの本当の素性を、神世紀にいる中で、唯一知っている送信者のものからだ。

「でも、いないじゃねえか!?」

 シンはオーバーに両腕を広げて、声を大きくして言う。

「つうか、見回しても何もねえよ…いるとしたら、鴉だけだよ!!」

 彼の右一指し指の先にいるのは、何処からともなく、飛んできた鴉が一羽。

 ソルは、頭を抱えたが、シンの一言に、ふと思い出した。

 メールが最初に送られた時に、ソルを見た鴉が一羽いたことに。

 彼が、ふと鴉に目を向けた。

「どうも、ご無沙汰しています。背徳の炎さん、連王様」

 ソルたちは、驚いた。鴉が喋ったことではない。その内容と声。

「お前は、あのヴェールの!!」

 そう、シンが言う様に、彼らが大赦に連行された時に聞いた声。

 神官集、三大老という大赦中枢の木乃伊、その向こうにいた何か。

 そして、ソルとシンの苗字を、知っていた者にして、彼らの命を救ったもの。

「テメェ...何で、俺らのことを知っている? それと、イリュリアに今、何が起きている? いや、テメェには聞きたいことが山ほどある。答えてもらうぞ、糞鴉?」

 ソルは、ワームホールからジャンクヤードドッグを取り出そうとするが、

「待ちなさい、ソル!」

 カイが静止する。

「彼女のメールを忘れないでください。話したいことがある。それを聞いてからでも、遅くはありません」

 カイの落ち着いた声には、何処か剣のような鋭利さがあった。

 ソルは、カイの中にある静かな怒りを感じ、法力を止めた。

「なら、すぐに話せ」

 肩を竦めて、ソルが促した。

「まず、ごめんなさい。大赦の大人達を止められなくて」

 鴉から流れた第一声が、それだった。恐らく、大赦警備隊の襲撃についてだろう。

 あれから、ソルたちは警察関係者に隊長の三好春信の名前を出し、アパートに帰ることが出来た。そして、港湾跡地の戦闘は「観測史上初の最大規模の突風」ということにされた。

 勇者部もバーテックスの戦いの影響かと言っていたが、ソル達は適当に話を合わせて終わった。

「大赦は、あなた達を恐れ、世界を破滅に追い込むと考えているんです。神官は、勇者を所持することで、権力を維持したい。三大老は、家柄を傷付けたくない。権力を維持したい人たちと彼らに疑問を持つ人たちが争っているの」

 鴉から出る声に、ソルは訝しげな顔をする。

「私たちは、二つの大赦の間に立たされているということですね」

 カイの言葉は、神官と三大老という保守派と椎名を中心とする研究室の改革派を指しているのだろう。これで、ソル達の味方となるのが確定した。だが、問題が一つ。

「じゃあ、警備隊は敵なのか?」

 シンは、今にも鴉に飛び掛かりそうに言うと、

「大赦警備隊は、基本的に神官たちとの立場は対等だったけど、二年前から変わってしまったの」

――二年前、確か「瀬戸大橋跡地の合戦」か?

 そういえば、警備隊との戦いの状況を整理した時、河野という斧使いが、過去、勇者適正値の計測を拒んだ親子を殺したというのをカイから聞いた。更に言うと、長宗我部 信方は、大赦上層部を蛇蝎の如く嫌い、春信と対等に接しているかのようだった。

 警備隊隊長の三好春信は、夏凜が勇者になっているので、神官たちに従わざるを得ない。そして、長宗我部の様な男が隊長に近い地位にいると言うことは、上層部とは険悪と言える。 

 だが、

――俺らを許せんだろうな。

 武闘派である為、恐らく「借りを返すまで」襲い掛かって来るだろう。実質、警備隊と神官の二派がソル達の振りかかる火の粉である。

 ソルは考えてから、

「なら、讃州中学の勇者部は?」

「勇者たちは、神官によって選ばれるの。そして、大赦研究室が、戦闘の補助として勇者システムの管理を行うの。今回の5人目の勇者は、神官が4人を監視する為に送ったみたい」

 夏凜は、組織で言うと、本部からの監督ということになる。ということは、彼女は、ソル達と険悪な神官たちと繋がっている可能性が高い。よく考えると、あそこまでソル達の大赦の扱いについて、簡潔に言えるのだ。夏凜の勇者の監視には、ある程度、ソル達についての情報も含まれている筈である。

「“完成型勇者”とはよく言う…なら、勇者と戦うことになるな」

 恐らく、勇者もある程度、いるはずである。それこそ、小隊を作れるくらい。それに、友奈たちを加えたら、下手な軍隊よりもタチが悪い。指揮系統や戦力はGEARに劣るだろうが、後味が悪い結果になる。特に、シンと勇者部を中心に。

「させない。わ…いや、讃州中学勇者部と、あなた達は戦わせない。彼女たちに人殺しはさせないよ、絶対に」

 何処か、限界まで研いだ剣の鋭さの様な澄んだ声が、ソルの意見を拒絶する。

「話したいことはそれだけでしょうか?」

 カイが鴉に話しかける。その口調は、何処か急いている。

 その気持ち自体、ソルも良く分かった。

「七つの星が降って来る」

 唐突な言葉に、呆気にとられるソル達三人。

「総攻撃が起きる」

「何だよ、いきなり」

 鴉の声を訝しんだシンに、カイがハッとする。

「バーテックスですか!?」

 そういえば、バーテックスの名前は、黄道十二宮の星座から来ていた。その内、5体は滅ぼした。残りは7体である。

「それだけか?」

 ソルが冷徹に言うと、鴉は黙る。

「良いか、俺らは今、大赦に雇われている賞金稼ぎだ。報酬と身分の保障がある限り、何が来ようが戦ってやる。俺らが知りたいのはな…俺らの世界で今、起きていることだ」

 ソル達の報酬は、元の世界に帰れることである。

 イリュリア連王国は世界の中心だ。もし、夢の通りなら何らかの法力の力が、そこで働いている。だが、それで何の混乱も無いと言うのは疑問がある。もし、イリュリアを停止させる規模のそれが働くなら、それこそ、ジャスティスの意思を継いだ自立型GEARのディズィーが発見され、全世界から賞金首にされたものに匹敵する騒ぎが生じている筈だ。

 あの時はGEARの所有を巡った、列強の軍事的勢力均衡が争点だったが、今回はそれだけでなく、経済、金融、そして、外交も絡む。国連加盟国、独立自治領のツェップはおろか、アサシン組織に傭兵ギルドも笑顔で見逃す筈が無い。

「私は、神樹様の“風景”を伝えているだけだよ。そして、神樹様があなた達の名前や、素性も教えてくれたの。ただ、神樹様はあなた達の“世界”で何も起きない様にしているとしか言えない。説明したいのだけど、使える精霊が限られていて…これしか言えないの。重ねて、ごめんなさい」

 余りにも、荒唐無稽だった。

 仮に、夢の通り、時間に干渉出来るのなら、それこそ大混乱である。

 ソルの知る限り、時間に干渉出来るのは“あの男”の側近のイノか、20世紀の英国人、アクセル=ロウ位しかいない。ただ、それでも時間停止ではなく、時間旅行が関の山である。最も、アクセル=ロウの場合、時間移動させられているのだが。

 それに、バックヤードが反応しないと言うのも、やはりおかしい。

「神樹が、何らかの形で俺らの世界に干渉している…その限り、俺たちが懸念することも起きない。そう考えて良いと言うことか?」

 ソルは、強引に纏めると、鴉から肯定の返事が来た。

 だが、彼女の言葉の中に、ソルは聞き捨てならないものを思い出した。

「それと、さっき精霊と言ったが…テメェも、勇者か?」

 ヴェールの声を伝える鴉の唐突な告白の内容に、カイとシンが警戒に入る。讃州中学勇者部と、自分たちを敵対させないことは、確約した。しかし、神官たちはそうではない。友奈たち以外の勇者が彼らの管理下にある以上、確実に、何人かは牙をこちらに向いてくる。目の前の鴉を通して、会話をしている者もその中にいる筈である。

 しかし、ソルは不自然に思って、

「なら、何故俺らを助ける様な真似をする?」

「他の勇者はどう考えているか分からないけど、あなた達には死んでほしくないんだ…私たちと似た境遇の、あなた達には…」

「どういうことだ?」 

 ソルの問いに、鴉は答えないが一言。

「ごめんなさい。私は立場上、あなたたちと長く話すことが出来ないの。でも、これだけ」

 鴉はソル達の前で、

「彼女たちに満開を使わせないで」

「満開!?」

 カイが反応すると、鴉は光を放ちながら消えて行く。シンが、捕まえようとすると霧散、空を抱く。

「結局、何が言いたかったんだよ!?」

 シンが晴天下で叫ぶ。

「ただ、収穫はありましたね」

 カイの言葉に、ソルは頷いた。

「大赦での俺らの味方になり得る派閥、バーテックスの襲来、イリュリアは安全であること、メールの送信者。後は…」

 カイとシンが、彼に目を向ける。

「満開は、手痛い代償を支払う」

 

 翌日の放課後、家庭科準備室にいるソル達と勇者部の前に、膨大なプラスチック容器が、並べられた。

「喉に良いサプリを持って来てあげたわよ」

 容器のラベルをよく見ると、アミノ酸やコエンザイムなど、21世紀を生きたソルでも、把握しきれない量のサプリメントである。しかも、夏凜はそれを全部説明している。だが、何より、シンが驚いたのは、

「リンゴ酢にオリーブオイル、カリン…イツキに料理でも作るのか?」

 そう、プラスチック容器の群れから、突き出ている二本の瓶。それぞれリンゴ酢やオリーブオイルと書かれたラベルが貼られている。

「調理するなら、まだ”マシ”かもな」

 ソルは、机を占領する容器と瓶から、悪い予感を感じ頭を抱えた。たしかに、ソルの世界でもオリーブオイルやリンゴ酢を直に口に入れる者はいる。それでも、スプーン一杯やコップ一杯だが、

「樹、これを全部飲むのよ」

 ソルの予感が的中し、更に頭痛が酷くなった。

 樹が微かに、引き攣りながら戸惑う。その顔には、好意を無碍にしたくないと思う反面、得体の知れないモノを避けたい本能が相克している様が垣間見える。

 ソル達は、大赦を知る鴉と会話を終え、友奈たちと合流をした。しかし、結局、樹のテスト対策の方針は、練習に留まることとなった。ただ部員は、対策を考えるなとも言われなかったので、各々の自由課題となった。だが、その日、東郷がα波に拘り、変なことを考えそうだったので、ソル達は先手を打とうと考えていた。しかし、彼らが準備し、発表しようとした矢先に、夏凜である。

——まさか、違ったベクトルでアレとは。

 確かに、夏凜は前とは見違える程、勇者部への態度を軟化させた。清掃ボランティアにも参加し、その従事に専念している。それに、部活の助っ人も好評だ。友奈、風に夏凜と言う、運動部系は、活動の幅が広がっていった。

 しかし、清掃ボランティアでゴミを「駆逐」すると独特の言い回しは未だしも、運動部の助っ人のスポーツチャンバラでは、友奈共々大暴れしたらしい。ソルとカイは、彼女がいつかやらかすのではと考えていた。

 それに、夏凜について最近、発見したことがある。

「全種類って多過ぎじゃ!? それ、夏凜でも無理でしょ!? いくら夏凜さんだってねえ…」

「良いわ、お手本見せてあげるわよ!」

 風の言葉に、夏凜は顔を赤くして、手元のサプリメントの蓋を開ける。間髪入れずに、中身を全部彼女の口に放り込んだ。見る見るうちに机のサプリメントの容器を開けていく。

 そう、夏凜と風の相性は、絶望的なまでに悪い。

 二人は、大赦という繋がりがあるが、 喩えるなら夏凜が本部の官僚なら、風は現場の叩き上げ将校である。それに、5体目のバーテックスを倒した時の、お互いの第一印象から致命的だ。加えて、夏凜の沸点は、シンに匹敵する低さだ。

 煽られた彼女をソル達と勇者部は、見守った。

 夏凜は、ソル達の懸念を他所に、サプリメントを全部飲むと、次に入れたのはリンゴ酢だ。ラッパ飲みで、瓶内の液体が、彼女の喉に流し込まれる。それを空けたら、間髪入れずにオリーブオイルに取り掛かる。

 ソルは苦虫を噛み潰した様な顔を作った。

 隣のカイは、口を少し開き、右手を抑えながら、固唾を飲んでいる。

 シンは、口を閉じてただ、青い顔となっている。

 友奈は、怯えながらも何時でも駆け寄れる様に構え、東郷も車椅子の左右の車輪に手を置いている。そして、風は口の端引き攣らせ、樹の口元が震えている。

「どうよ!?」

 全て飲み干した、夏凜は全員の前で、勝ち誇って言う。

 だが、彼女の勝利宣言は、長く続かなかった。その後、顔が赤から青に変わる。暴飲暴食したものが喉を逆流してきたようで、両手を抑えて、友奈が問いかけるよりも速く移動して、部室を後にする。

 嵐の様な夏凜の後ろ姿を見送り、頭を抱えたソルは、

「シン…吐きたいなら、行って来い」

 眼帯の青年は、夏凜の悪食に当てられて、後に続くようにトイレへ向かう。シン自体、食欲を誇る程、舌に肥えている。夏凜のサプリ一気飲みで嫌な味がフィードバックされたのだろう。

「さて…夏凜とアホのシンが帰って来るまでに、テスト対策の準備をするぞ」

 ソルは、カイに合図をして、ホワイトボードを夏凜が抜けた勇者部の前に置いた。

「あくまで、風の言った様に、“練習”しかない。だが、目標無く練習するのは意味が無い。そこでだ、お前の心の中にあるテストへの不安をこの際、吐き出して貰う」

 ソルはホワイトボードの前に立ち、青のマーカーを左手に持つ。

「…吐き出してもらう?」

 風がソルの言葉から物騒な雰囲気を感じ、樹を守ろうとする。

 そして、友奈と東郷も気まずい顔をし始めると、

「ソル…夏凛さんとシンのアレもあるのだから、本当に言葉を選んでください」

 カイの指摘に、ソルは気まずそうに頭を掻きながら、ホワイトボードの正面の椅子へ、樹を座らせた。

「今からやるのは、ブレインストーミングの一種だ。制限時間を設けて、そのテーマに関係し、思い浮かんだ言葉を出来る限り話せ。何でも良い。準備が出来たら、何時でも始める」

 意外なことかもしれないが、人間は不安に思っていても、問題を解決するのに必要な手段を自覚しているのだ。しかし、それに対する障害を言葉に出来ないので、解決が遅れる。そこで、人間は心の不安を誰かに聞いてもらうと、安心するのだ。そうして「不安」等自分に去来するものを自覚が出来、その解消にベクトルを向けることが可能となるのだ。

「それと、今回初めてやるから、時間を見ながらやる。まず、2分。出し切っていないと感じるなら、休憩を挟んでもう2分。大体、大学の記述式試験はテーマを読んで、その時間内に考えて書く。準備は良いか?」

「はい!!」

 樹が気合を入れると、

「待て、これは一応“リラックス”してやるものだ。落ち着かせろ」

 ソルに言われて、焦りながらも深呼吸をする樹。

 彼が、再度聞いて、彼女が首肯するとカイに右手で合図を送る。

 樹が口を開けると、ソルはホワイトボードに彼女の言葉を書き出していった。彼の手で、ホワイトボードの半分が文字で埋まっていく。スペースが無くなれば、文字を小さく。関連性がある単語は、矢印でつなげる。そして、足を使って左右に機敏と動かしていった。

 樹は始めの方では、言葉が詰まっていたが、段々とはっきりだしていった。

「2分です!」

 カイの合図で、ソルが、ボードの左端に立つ。樹に目を向けると、仄かに頬を赤くして、肩で息をしている。

 白いボードに、樹の胸中に浮かんだ不安が書き連ねられていた。

 文字は、「歌えない」に始まり、「上手くない」、「恥ずかしい」、「間違えたくない」とも。

「そういうことか…」

 風が内容を見て頷いた。東郷も納得した。

「風と東郷は分かったようだな」

 友奈と樹が、疑問符を頭に浮かべる。

「カイ、音楽の教師にテストの評価のポイントについて訊いたな?」

 ソルがカイに話題を振ると、

「はい。彼女によると歌詞を覚え、メロディに合わせられることです。そして、今までの学んだ理論の範囲内での歌唱力も見る、とのことです。樹さんは、授業を欠かしたことは無く、特別必要なことは無いので、この点はクリアされています」

 そう、今日の練習の為に、カイとシンには準備を3つ手伝ってもらった。その内の二つは、ホワイトボード、テストの評価項目の再確認だ。

「…どういうことですか?」

 樹が疑問を恐る恐る口に出す。

「歌の上手い下手じゃないのよ」

 そしてソルは、風の言葉に従い、黒板の文字の歌の出来に関する言葉に、青い線を入れていく。

「テストはあくまで”やった範囲”しか出ない」

 ソルが言うと、東郷が、

「ということは、皆は同じ土俵に立っている」

 そして、消して行くのは、恥ずかしさの部分。

「だから、巧さも人の目も気にする必要は無い」

 ソルの言葉に、友奈がハッと気付く。

「必要なのは…」

「歌詞を覚えること、そして、音に合わせられること」

 ソルが締めくくった。

「端的に言えば、歌の試験は、ある種のプレゼンだ」

 樹が戸惑う。

「実は、音楽の試験から、歌うことへの苦手意識を覚えることが多いそうです」

「子どもの頃は、集団で好きなように歌う。しかも、それがフォローなくいきなり、個人になり、一気に優劣を意識させられたら、無理もない」

 戸惑った樹へ、カイとソルが解説を行う。そして、ソルは、

「テスト勉強をする上で、この二つの点を重視していく」

「敵を知り己を知れば、百戦危うからず、ですね?」

 風の言葉にソルが頷くと、カイから何かを受け取り、

「ということで、シン!!」

 何かをシンに向けて放り投げる。

 扉を開け、溜息を吐きながら真っ青な顔をしたシン。彼は、目の前に飛び込んできたそれに驚きながらも受け取ると、

「いきなり、何だよ。オヤジ!?」

「国語と音楽の授業だ」

 ソルがシンに向けて投げたのは、音楽の教科書。

 ソルは、彼女に親指を向けて、彼へ加わる様に言った。

 これが、三つ目のテスト対策。シンと一緒に歌の練習である。

「ふざけて、時間を停滞させると…分かるな?」

 彼の睨みに、シンが渋々と、カイと勇者部に加わる。

 それから、夏凜が続いて、部室に入って来る。これまた、シンと同じ顔色で入って来る。

「…サプリは一つか二つで十分ね」

 ソルは心で、「当たり前だ」と呟き、樹の好みに合うサプリメントを選んで始めろと言った。

 それから、準備したものの三つ目をソルは机に置いて、

「良いか…歌詞を読んで、覚えていく。それから、音に合わせて歌う。この二つを一日にこなせ。無理だと感じたら、不安と感じるところを優先しろ」

 キーボードを袋から出しながら言う。

 電源を入れようとすると、ソルの端末から呼び出し音が鳴った

 カイに、始める様に指示を出して、端末の液晶を確認する。

 “椎名 鈴子”

 大赦研究室の室長の名前を確認すると、外で答えると返した。

「ごめんなさい、今時間は良かったかしら?」

「歌の練習の邪魔にならん様に外に出ただけだ」

  ソルが校舎を出て、二階の勇者部部室である家庭科準備室を見上げる。すると、放課後の部活に励む生徒や下校する生徒の声に混じり、樹の大声、シンの力強くも快活な声が響く。

「…今なんて?」

「気にするな。で、要件は?」

  椎名の戸惑った様が、ソルの脳裏に浮かんだので、早めに切り出した。

「突然でごめんなさい。近い内に貴方と話せないかしら?」

  ソルは、承諾した。

  正直言うと、昨日の鴉の内部告発では、分からないところが解消された訳では無い。それに、ソルたちの求めているモノと、彼女の答えようとしているモノは恐らく、いや確実に食い違っている。昨日の会話から判断して、今のところ、大赦研究室が、大赦と敵対するソル達の数少ない味方であり、内部事情に詳しい。それに、椎名達には、やって貰うことがある。その確約が必要だった。今までは一方的な、連絡か敵対しかなかったので、この様に大赦の成人と会えると言うのは、正に渡りに船だった。

「会話アプリで日時を送るわ。確認したら、返信してもらえる?」

 ソルは、椎名の言葉に緊迫した。

 大赦のメールアプリは恐らく、監視されている。そして、ソル、カイとシンの携帯には、勇者部の端末専用のNARUKO以外の民間の会話アプリがインストールされている。それを使うということは、確実に大赦に知られず、中枢に関する情報を教えるということだ。

 若しくは、

――敵対する覚悟を見究めるつもりか?

 椎名鈴子は、バーテックスを倒す為に、ソル達の監禁、研究に解剖という手段を選ばなかった。

 ソル達の様に警備隊と大立ち回りを振るえ、20メートルは超す巨体のバーテックスと戦える者が勇者以外にいると分かるなら、恐らく、反大赦関係の組織に加入を紹介するはずだ。そして、場所の紹介も大赦の盗聴は愚か、監視も付かないところを選ぶだろう。

 考えていると、会話アプリに着信があると端末に表示。すかさず、確認し、日時をクリックして予定表に入れた。

「それでは、当日会いましょ」

 ソルは端末の通話機能を切って、校舎に入る。

 家庭科準備室の前に差し掛かると、樹とシンの歌声が、メロディによって流れて来る。シンの声が大きいが、樹の声は、まだぎこちない。

――まだ、時間はある。

 ソルは家庭科準備室に入ると、勇者部部員とカイ、シンを認め、

「電話が入って済まない。それよりも、今は伴奏付きのようだな?」

「ええ、樹さんとシン、二人ともよく読めていましたよ」

 そう、カイは今、四つに纏めた机の上に置かれたキーボードで課題曲を演奏している。

「今日は、ルーチンの確認だけだ。樹?」

 カイの前にシンと並んで立つ、樹に、

「慣れていないから、疲れている筈だ。キリのいいところで、止めろ。あくまで、人の前で口に出して歌えることが、ゴールだ。喉を酷使することが、試験にパスすることじゃないからな」

 樹は頬を微かに赤らめて、首肯する。

「オヤジ…俺には、何もねえのかよ?」

「樹のクラスに、テストの時だけ編入するなら、労ってやるが?」

 彼はソルの冗句に「うへぇ」と喚く。その様に、友奈、東郷とカイ、樹が笑う。

 だが、ソルはふと不自然な感覚を覚えた。

 それは、ソルの冗句に反応しなかった二人。

 夏凛は、感情表現が素直でない。だから、反応しないのは、理解していた。

 しかし、問題はもう一人。樹の姉、犬吠埼風である。感情の起伏は激しくないが、社交的な部類に入る。だが、ソル、カイ、シンに向ける視線。瞳が揺れ、未知の恐怖を警戒している様だった。

 

『大赦警備隊の精鋭が、ソル=バッドガイ、カイ=キスク、シン=キスクにやられたわ』

 カラオケでの夏凜の一言が、一日中、風の頭の中でずっと響いていた。

 そして、今晩の夕食の買い物をしていている最中も続いている。奇しくも、夏凜の家へ行くときに立ち寄った、スーパーでも。

 勇者部とソル達でカラオケに行った日、その最中に風へ大赦からメールが届いた。その内容は、余りにも衝撃的で、一人になりたい程の物だった。そして、ソルたちとは別方向、女子トイレに向かった。

 メールには、バーテックスの出現周期が予測していたパターンと違うので、最悪の事態に備えろというお達しだ。

 風は整理する為に、一人の時間を作りたかった。それは、友奈、東郷に樹。彼女たちに焦りを見せたくなかったのだ。始末を付ける自分が慌てたら、示しが付かない。 

 しかし、そんな気遣いを無視した存在が一人いた。

 三好夏凜、大赦から派遣された完成型勇者にして、讃州市の勇者の監視者。

 内容を伝えられなかった不満を漏らしながら、風に指揮権を移譲しろと言う。だが、風は断った。友奈、東郷、そして樹。彼女たちの日常に別れを強制させたのは、風自身だからだ。ただ、バーテックスに殺された両親の仇を打つ。そういった単純な動機。それを叶えるのと引き換えに、風は大赦からの生活に関する全ての支援を受け入れた。

 犬吠埼風にとって、樹は掛け替えの無い家族だった。彼女を守る為には、何を犠牲にしても構わなかった。だからこそ、自分の行った行為の矛盾が許せなかった。

 樹を守る為に、彼女を大赦の勇者にしたこと。

 彼女には、贖うべき罪がある。その覚悟がある。

 そう考えながら、野菜のコーナーで、白菜、人参、ホウレンソウに長葱を加えた。

 値段の比較に集中していると、風に対して、夏凜が投げ込んだもう一つの爆弾を思い出した。

 ソル、カイ、シンの三人が、大赦警備隊の精鋭を下した報せである。その中でも最強格で、四天王と恐れられている者たちだ。風は、彼らと直接会話をしたことが無い。だが、個人の戦闘力は一騎当千と言われ、勇者がバーテックスを倒せなかったら、前線にいるのは彼らだったと言われている。恐らく、隊長である夏凜の兄もその一人だろう。

 しかし、風が驚いたのはそこでは無い。大赦が、機密理に彼女たちの協力者へ喧嘩を吹っ掛けたことである。下手をしたら、風たちの協力者が死に、負け戦となったところである。その時、夏凜に詰問したが、

『落ち着きなさい。私は顛末を聞いただけよ。何一つかかわっていない。異邦人自体、大赦の幹部たちとの協力関係の見返りに対して、更に要求して泥を塗ったわ。彼らも覚悟をしていた筈よ』

 彼女の一言を思い出しながら、汁物の出汁、カレー粉を加えていくと、目の前に生鮮品のコーナーが目に映った。

――嫌な偶然ね…。

 人が襲撃をしただのという話題を思い出し、生鮮品類、特に肉類が真っ先に目に入り込んだ為、冷や汗と動悸を感じた。

 呼吸を整えながら、ふと考えた。

――彼らは、並行世界に送られて、大赦の襲撃も覚悟して何を守ろうとしていたの?

 大赦自体の存在、神樹に召喚されたソル達は、神世紀の世界について分からなかったろう。しかし、それでも、未知の世界の敵意や運命に抗いながら、今も勇者部と共に戦っている。

 自分は、バーテックスを倒す、復讐の為に樹を生贄にしたのだ。ただ、大赦へ抵抗せずに、彼らの勇者となることを条件に、生活の支援を受け入れた。

「力を持つことの意味を考えて欲しいのです」

 夏凜とカイが、口論した時に出た言葉。

 必ずしも、自分の思い通りとなることは無い。

 そんなことは分かっていた。しかし、バーテックスと戦った時に感じた死の存在。そして、樹がバーテックスの抵抗に会い、空へ飛ばされた時に感じた恐怖。それらが、生々しく風の中で甦り、心臓を鷲掴みされた感覚を覚えた。

「風さん?」

 不意に聞こえた声が、彼女を現実に引き戻した。

 そこに映ったのは、

「カイさん?」

 金髪碧眼の青年、白の上下、その胸から見える黒いインナー。開放的な服装をした、カイ=キスクである。彼の右腕に掛けた、買い物かごには、ブロッコリー、人参に白身魚の切り身。そして、食パンが一斤。

「これですか? 今日は、私が食事当番です」

 彼は、あくまで笑顔で答える。

 その顔は、世の婦女子を魅了する絶世のものだが、風は彼の双眸から漏れる殺気を知っているので、美貌に酔うことは到底出来なかった。

「顔色が悪かったようですが、大丈夫でしたか?」

 カイに言われ、風は慌てて大丈夫であることを伝える。

 彼自体、警察の高官で聖騎士団の元団長という肩書を持っている。質問が鋭いので、まるで、何か悪いことをしている様に思ってしまうのだ。最も、目の前の男性が、自白の強要と言うのをしないと思うが。

「そうですか…良かった。戦いが無い時ほど、戦後後遺症が出るとも言います。そういったことに苛まされず、日常を送れているのは良いことです」

 カイは、本当に裏側も無い、安堵した表情で言う。

 その顔に、風も安心した。

「カイさん。今の心配ごとは、樹のテストですからね。シンさんと言うライバルも出来ましたから、練習前に潰れなければ、良いんですけど」

 風は笑いながら、カイに言った。

「ソルの提案とは言え、樹さんのテストにシンも乱入させる真似をしてすみません」

「良いんですよ、カイさん。あの子は、勇者部に関わらない時は、私と一緒か一人で何かをするから、シンさんの出現は、良い刺激になっていますから、本当に」

 カイのお辞儀に、風は焦りながら返す。

 勇者部の構成からして、一年生が樹一人である。確かに、初めの内は積極的に外と関わろうとしなかったが、今では清掃ボランティアで話しかける程である。だが、殆どの行動が、風を筆頭とした年長者の枠組みによって決められている。失礼かもしれないが、教育水準が低く精神年齢が自分たちと、ほぼ同程度のシンがテスト勉強をすることは、彼女の周りの枠組みを良い意味で壊してくれるだろう。それは、確実に実力を高め、テストの合格率を高めることにも繋がるのだ。

「だから、樹はシンさんに負けんと、本読みと歌の練習に一層力を入れていますよ」

 風は、カイとスーパーを歩きながら、色々な会話に花を咲かせた。勇者部の募集していた、猫の引き取り手が決まりそうなこと。先の遊戯会で、夏凜と親しくなった、冨子からメールが届いたこと。そして、カイとソルのレクリエーションが、演劇「明日の勇者」に次ぐ人気であること。

「それは良かった…。シン自体、ソルといる時間が長かったので、粗暴な面が見えるのが玉に瑕ですが…」

 カイが溜息を吐いて言う。

 確かに、シンの言い回しにギョッとさせられることはあるが、それでも素直で悪意が無いので間違いは受け入れられる。それに、向上心もある。カイから聞いたが、ソルが、彼に教養の一環として、掛け算を教えていたことがあるが、勇者部に来るまでは5の段を除いて、散々だったらしい。

「というか、ソルさんって…どんな教え方をしていたんですか?」

「サバイバルに偏った教育と言っていました…」

 風の問い掛けに、カイは頭を抱えながら言う。恐らく、世間一般で理解しがたい内容なのか、カイ自身が受け入れ難いものなのか。はたまた両方か。

「ただ、私は学校に行ったことが無いので、皆さんと学んでいるシンが少し羨ましいと思います」

「そうなのですか!?」

 風がカイの唐突な告白に驚いた。三人の中では、佇まいが理性的で、知性もずば抜けて高いので、それなりに質の高い教育を受けていると思っていたからだ。

 風の反応に彼は、

「正確には、教会での最低限の読書き。剣術、法力に戦術です。私の青春は、戦争の中にありましたから」

 余りにも予想外な答えだった。

 旧世紀には、様々な国家だけでなく、格差や宗教による対立があったことは聞いていた。そういう意味で言えば神世紀は、他の国がウィルスで滅び、日本の四国だけで神々は神樹に統一された。それは、三世紀に及ぶ平和を与えた。だから、戦争というのは、遠い過去の様に思えた。

 バーテックスの襲来も戦争と言えば戦争だが、カイの言う戦争とは何かが違う。そんな気がした。彼が組織云々と言ったことや、力の重要性を訴えたことも無関係ではないだろう。

「カイさんは、どうして聖騎士団に入ったのですか?」

 風は、カイへ唐突に訊いた。

「私は、幼い頃、親を亡くしました。それから、街で暮らしていましたが、半年後、GEARの襲撃で街は壊滅しました」

 カイの言葉に、風は息を呑んだ。

「そこで、聖騎士団に入れて欲しいと当時の団長、クリフ様に頼みました」

「…どうなったんですか?」

「“5年生き延びろ。”それが、彼の出した入団の条件でした。だから、私は生きました。そして、聖騎士団に入ることが出来ました」

 カイの表情はあくまで、平静だ。だが、瞳の輝きは爛爛と燃えていた。その炎は、戦火によるものか、それとも彼の生への意志か。

「それから、団長としての地位を頂き、ただ、聖戦を駆け抜けました。全てのGEARを操っていたジャスティスも封印出来ました。しかし、待っていたのは復興と、新しい敵。犯罪者たちでした」

 カイの言葉に絶句した。彼も自分と同じ。バーテックスの様な存在、GEARの襲撃で、日常を失ってしまった。だから、戦場で生きるしかなかった。しかし、GEARの脅威は無くなっても戦いは続いた。世界が続く限り、人の愚かさもなくなることは無かった。

「カイさん…絶望しなかったのですか?」

「しなかったと言ったら、嘘になります。でも、それを防いでくれた人たちがいました」

 カイは、笑顔で風に言う。

「守るべき、大切な人たち。聖戦が終わった後に、見つけた掛け替えの無い人達。私を世界と繋げてくれる、唯一の存在。愛する人たち。そして、私を守ってくれた人たち。彼らの望む未来を、世界を守れる。そう考えると、私は絶望にも立ち向かえます」

「シンさんもですか?」

 風は、自分に重ねて、カイに聞いた。彼は風を見て、笑顔を作る。その眼の輝きから、聞くことは無粋だと気付き、恥ずかしくなった。

「アタシは…妹の樹をこの戦いに巻き込みました。友奈に東郷も。カイさんは、進んで戦いに参加したと思います。でも、私は復讐をしたいが為に、力を求めて友達を売りました。こんな、アタシにも…」

「そうでしょうか?」

 カイの疑問が、風を遮る。

「本当に、樹さんはそう考えているのでしょうか?」

 風は彼の問いに、きょとんとした。

 でも、彼女は首を振って、

「分かりません。でも...」

「なら、一度聞いてみた方が良いですよ」

 カイの笑顔が、風に語る。

「案外、こういう問いって、聞きにくいと思われますが、あなたが守りたいと思う人たちは、簡単に答えられると思いますよ。あなたが何の為に戦っているか、そして、その人たちも、あなたの為に戦いたい意思があることも」

 風は、カイの言葉を初めて疑った。

 戦闘の時は、彼の指示に従う機会が多かった。彼だけでなく、ソルからも。彼らは戦闘を潜り抜けて来たというのが分かるから。だが、風が巻き込んでしまった者について、そんな虫の良い答えを出すのだろうか。そもそも。東郷を怒らせた前例があったのだ。

「樹さんもテストを頑張っているでしょう。彼女が全力を出す為に。だから、これは私からの宿題です。力は何の為にあるのか…その答えを知ることです」

 カイは、少し茶目っ気を含めた声で言う。だが、彼の顔には、勇壮で風を激励している様に思える。

 それから、カイは携帯端末の着信に答え、先に帰ると断り、風の元を去る。

「本当にそうなのかな?」

 スーパーの喧騒に、風の問いはかき消されて行った。

 

「気になる」

 シンは、腕を組みながら、昼下がりの路地を歩く。その顔は、しかめっ面である。右目の眼帯が少し前に子供を驚かせたであろう、絵本の海賊の様に演出されていた。

「シンさん、考えすぎですよ――っと」

 隣を歩く友奈が、両手で掴んだ子猫を車椅子の東郷に渡して言う。

「そうそう。別に、私たちに後ろめたいこと…大赦関係以外でないでしょ?」

「でも…女子からすれば、カイさん、シンさんとソルさんの関心は高い筈。でも、ソルさんだけ、勇者部の用事と別に外へ出ると言うのは…問題があるかも」

 夏凜は両手を後頭部に回しながら、東郷は猫の毛布の入った段ボールを抱えながら神妙な趣で言う。

 4人は今、学校に帰っている途中である。

 今日、勇者部部長の風から、先月から行われている「子猫の飼主探し」で、二匹の貰い手が見つかったという報告が届いた。放課後、それぞれを、友奈を始めとした東郷、夏凜、シンの四人、風、樹、カイの三人が引き取りに行くことになったのだ。

 しかし、本来、一人部室に残る予定だったソルが、

「悪い、今日は出掛ける。時間までには帰るが、テメェら貴重品は持って出ていけ」

 ぶっきらぼうに言うが、目的はおろか、誰に会うかは説明してもらえずじまいだった。ソルは、カイと何か打ち合わせていたようだが、結局、教えてもらえなかった。

「いや…こんなことは、考えられねえ。まさか…」

「大盛りラーメン」

「焼肉食べ放題」

「特上寿司」

 友奈、夏凜、東郷がシンの答えを先回りした。

 食べ物が、ソルの隠す用事ではないかとシンは考えていたのだが、

「って、お前らなんで、先回りして言うんだよ!? オヤジの隠し事気にならねぇのかよ!?」

「恐らく、アンタとアタシたちの関心は、全く違うから」

「シンさん、“花より団子”ですね」

 夏凜と東郷が、シンにぴしゃりと言う。

 友奈もフォローしようとするが、苦笑いしか出来ない様だった。

「それって、“ナよりミを取るんだろ”? なら、後ろめたいことって言ったら、黙って食べること以外に考えられないだろ?」

「食べるのが問題ではありませんよ、シンさん。ソルさんは、教師なんですよ。物理の代理教師で勇者部の顧問、しかも女子に人気の美丈夫。国防を担う彼が、もし外で勇者部の活動以外で問題があったら、私たちの問題にもなるんですよ?」

「東郷、何を言っているのかが分からないけど、教師としての職務もあるんじゃないの? 抜き打ちの校外見回りとか、勇者部に関係した大人と話し合うこととか」

 夏凜が溜息を吐いて、シンに言うが、

「つうか、それなら何で俺らに何も話さねえんだ。だって、カイも顧問で皆と偶に外に行くこともあるのに、何でオヤジだけ…」

 彼は疑問を夏凜に投げかけた。今まで、放課後、勇者部とソル達の何れかで、行動をしていたのだ。三手に、しかもソルだけになるというのが腑に落ちなかった。

「不思議と二人を見ていると、私が邪で不純な考えをしている様に聞こえるわね?」

 突然、シンと夏凜に向けて東郷は笑みを向けて来る。だが、車椅子からの視線は、何故か鋭く、二人の心臓を捉えている。

「トウゴウ、お前すんげぇ怖い」

「何で、私にも向けているの!?」

 シンと夏凜が、心臓を捉える東郷の射抜く視線に怯えていると、

「まあまあ…お前、二人をそこまで震え上がらせなくても」

「ソルさんの素行の問題に対する危機感が違いすぎるんですよ。あなたの教育が、甘いので、二人を柱に縛ってお説教します」

 友奈と東郷が何故か、夫婦漫才を始める。

 夏凜が「夫婦か」とツッコむ。

「何て、バイオレンスな家族なんだ」

 シンの一言に友奈が笑うが、

「アレ、あそこにいるのソルさんだよね?」

 彼女が指した方へ、シンたちはファミリーレストランに入っていくソルを見掛けた。

 そして、彼の隣に長髪の女性。白いシャツと黒のパンツスーツを纏い、凛とした雰囲気を醸し出している。

 東郷も同伴者に驚き、

「まさか…逢瀬?」

 と呟く。しかし、シンと夏凜は彼女と異なる反応を示した。

「あれ、アイツ?」

「シン=キスク、気付いた?」

 友奈、東郷がシンと夏凜を見る。二人の目に好奇心が宿る。

「誰ですか?」

「…えーっと、誰だ?」

 東郷の問いに、シンが思い出せず、友奈と夏凜がコケそうになる。

「大赦研究室の室長よ、椎名鈴子」

 シンを含めた四人は、ソルと椎名の入った建物、夏物の麺類やスタミナメニューの幟が立つ、ファミリーレストランを見た。

 そして、シンは、ソルの奇行が、食べ物や、東郷の考えるものでもない、それ以外のとても深刻な事態であることに気付いた。

 

「全く、訳分からんな」

 奥の席を取った、ソルと椎名。

 彼は、辟易してウェイトレスにアイスコーヒーを頼んだ。

 椎名はブレンドコーヒーを、注文に加える。

「拍子抜けした?」

「大赦に、知られんように動いてんじゃなかったのか?」

 ソルは、初夏の熱を払わんと、お冷やを口に含んだ。

「もしかして、二人になれるところを期待していたとか?」

「戯言を言う為に、俺をこんなところに呼んだのか?」

 ソルは、椎名の目を見据えた。

「安心して…ここのファミレスのオーナーと従業員は、口の堅い人たちよ」

 椎名の凛とした声と視線が、ソルの耳朶と双眸に飛び込む。

 彼は、溜息を吐いて要件に入る様に、首肯した。

 すると、彼女がハンドバッグから何かを取り出す。

 それは、薄型のクラムシェル型のラップトップ。電源を入れて、キーボードの上に右手を滑らせながら、ファイルを開いていく。

 そうして、椎名のラップトップの液晶一面に出て来た、情報の波紋にソルは、

「これは…バーテックスだと?」

「私の誠意と…謝罪よ」

 椎名の出した資料は、バーテックス…ソルが見たことのないものだった。

 幾つかの画像ファイルによる波紋。それらは、水瓶座、天秤座、牡羊座、魚座、そして獅子座と名前が打たれている。

「あなたの求めていた、バーテックスの資料よ」

 夏凜によると資料はなく、神託が一次情報だと言った筈だ。

 ソルは訝し気に、液晶画面を見つめていると、

「恐らく、勇者から“神託”が唯一の情報と言われた顔ね。でも、神託は“解読する”人が必ずいる」

「研究も出来ると言うことか?」

「勇者と神官だけだったら、今頃、人類は滅亡している…そう言える位、自負はあるわ」

 目の前の凛とした、長髪の女性は誇りを含めて言う。

 だが、何処かやせ我慢の様に見えるのは、気のせいだろうか?

 ソルはやりにくさを感じながら、

「その割には、遅かったな」

「見極めたかったの…」

 彼女の凛とした視線が、ソルを捉える。

 そして、彼の目の前に、差し出される親指サイズの補助記憶装置。

「私たちと一緒に、大赦と戦えるかを?」

――やはり、来たか。

 椎名の行動自体、バーテックスと言う人類の敵と戦い、世界の中心とも言える大赦の行動に背くものばかりだ。それに、このレストラン自体、口の堅い者がいるということは、彼女の縄張りに入ったも同然である。

「何か勘違いしていないか?」

 そういうソルに、運ばれてきたアイスコーヒー。それをそのまま、ストローで一口入れて、

「俺らは、あくまで“賞金稼ぎ”だ。今のところ、バーテックス専門のな。全て倒したら、俺たちは元の世界に帰る。その条件の筈だ。今更、反故は無しだ」

「もし、バーテックスを倒して、直ぐに帰られるなら、大赦はあなた達を脅威と見做さないわね」

 ソルは彼女の言葉に眉を顰める。

「その言い方だと、バーテックスを倒しても帰れないと聞こえるな」

「事実、その通りよ」

 ソルが驚愕していると、珈琲が椎名に運ばれる。彼女は、コーヒーカップを口に運ぶ。

「今、持っている記録にもあるのだけど、あなた達はかなり稀有な移動をしたわ」

 そうして、椎名は別のファイルの画像を幾つか開く。

 上下に放物線を描いたグラフとソル、カイ、シンの三人の写った画像が開かれる。

「このグラフは、あなた達が移動した時の神樹のエネルギー量の推移。一体目の乙女座の時は、激しく反応を示しているけど、それ以降は変化ないわ。ついでに言うと、あなた達を霊的医療による診断をしたところ、二つのエネルギーを確認したわ」

  三人の写真、それぞれの画像の白い欄に二つの百分率が打たれている。

 

 霊的エネルギー分析表

 未確認由来:50%

 神樹由来:50%

 

 数値を見て、ソルはその意味を理解した。

「俺たちは、神樹の力に依って存在を固定されている」

 椎名は頷いて答える。

 そもそも、並行世界を移動するのは、莫大なエネルギーが必要だ。しかも、世界の技術水準に開きがある。そんな不安定な二つの世界の境界が壊れた日には、よくてどっちかが吸収するか、双方滅亡だ。だから、半分神樹が力をソルたちに提供し、バックヤード由来のエネルギーと情報が、こちらに流入しない様に防いでいる。だが、帳尻合わせとして、バーテックスが強化される羽目になった。

 そして、椎名の結論がソルの耳に響いた。

「それに、神樹が今、あなた達の世界との壁を塞いでいて、こっちから何も送れない状態なの」

 ソルのアイスコーヒーに入っていた氷が、砕けた音が響く。それは、まるで、崩れた氷がソルの逃げ道を塞いだ様に聞こえた。

 

 今朝の出来事程、犬吠埼風を戸惑わせたことはなかった。

 だから、子猫を引き取りに行く道中、カイは愚か、樹にも目を向けられなかった。

「お姉ちゃん、ありがとう。家のこと、勇者部のこと。お姉ちゃんにばっかり大変なことさせて」

 そう、寝ぼけ眼で元気なく、礼を言った樹。彼女の周囲や勇者部を取り巻く現状を、樹は重く受け止めていたのだ。

 二年前、バーテックスによって、両親が殺され、風は樹の姉だけでなく、母親として生きることを強いられた。そして、彼女の為に料理を学び、勉強も見て、生活を支えた。彼女は、唯一、樹へ遺された肉親だ。だからこれ以上、大切な人を奪われる訳にはいかなかった。

 それに、大赦から生活の支援と引き換えに、姉妹共々、勇者となる取引に応じてしまった。友人たちも売ってしまった罪は消えない。

 しかし、だからと言って、妹に余計な気を使わせるわけにも行かなかった。

「そんなのあたしなりに理由があるからだね。世界を守るためかな。だって勇者だしね。何だっていいんだよ。どんな理由でも、それが理由で頑張れるならさ」

 そう、罪の意識。そして、樹を始めとした勇者部への贖罪。夏凜にも譲れない、勇者部長で讃州市の勇者としての矜持。そして、彼女たちを日常に帰すことがそれだ。

 樹の瞳に何か、光が走った気がした。彼女の視線が、何か確固とした信念を宿らせた様に思えた。だが、風の中には、嫌悪感があった。結局、自分の中にあるのはバーテックスへの復讐心。そして、その正当化に樹を理由にしている事実であった。

 そう考えていると、引き取る子猫を預かっている家に辿り着いた。

 カイが、先に出て勇者部であることを告げる。

 しかし、彼の声に反応したのは、歓迎では無く、口論だった。

 カイは、戸惑って風と樹を見て来る。

 風も事態が把握出来ないと言う。そして、彼は家の引き戸を開け、風と樹は彼の背後から、家の中を見る。

 風たちの目の前には、母親と少女がいる。しかし、彼女たちは口論をしていた。主に、感情を露出しているのは、少女で母親はどう伝えて良いのか分からないと言う具合だ。それに、二人から出る話題は子猫のことばかりである。

「もしかして、子猫を連れて行くのを嫌だったのかな?」

 樹の言葉に、風とカイは納得した。恐らく、引き取って欲しいと言ったのは、母親だろう。現に、彼女から家では飼えないと、少女の説得をしている。

 そして、風はカイとアイコンタクトを取って、断って敷居を跨いだ。

 怯える少女が、風たちに気付く。

 そこで、重なるかつての風と少女。親を亡くした彼女たちに訪れた、仮面と装束を纏った大赦の大人たち。彼らによって告げられた両親の死とバーテックスの存在が、非日常への入り口だった。

 今、自分たちは、丁度、風に、かつて訪れた非日常からの使者の側に立っていることに気付かされた。

 

「どうするの、ソルさん?」

 椎名が右手の補助記憶装置を、ソルのアイスコーヒーの隣に置く。

「一つだけ、確約しろ」

 ソルは、椎名の凛とした輝きを宿す眼を見つめる。

「俺、カイ、シンから出た生体サンプルの何れも、大赦の神官たちに渡す様なことをするな」

 椎名の凛とした瞳の輝き。そこには、微かな揺らぎが混じっているのに気付いた。

 かつて、科学者として理想に燃えていたが、その炎によって“焼き払ったモノ”があり、それを取り戻さんと流し続ける涙のようだった。

「当然よ。あの子たちの悲劇は繰り返さない。あなた達の帰る手段も必ず、見つけ出すわ」

「“あの子たち”だと?」

「私は、教師だったの。坂出の神樹館小学校で…」

 椎名は、コーヒーを再び口に入れて、溜息を吐く。まるで、重荷として背負ったものを下ろした時のそれに似ている。

「大赦の命令で、教員免許を持っていたから、勇者として選ばれた三人の子どもたちのいるクラスを任されて、カウンセリングと訓練も行ったの…」

 神樹と言う名前の付いている小学校。大赦の息の掛かっている、施設に違いないとソルは踏んだ。

「彼女たちと戦えたことは、名誉に思えたわ。バーテックスに対する発見も出来た。彼女たちの成長を自分のように喜べたわ。しかし、そう思えなくなったのは…」

「二年前だな」

 ソルは、次の語を継げなかった椎名の後に続けた。

 彼女が頷いて、続けた。

「そう、瀬戸大橋跡地の合戦。一人の勇者が命を落としたわ。彼女の犠牲にも関わらず、二人は勇敢に戦った。そう思いたかった…でも」

 理性的な輝きの椎名に、感情が微かに籠り始める。

「でも、違った。彼女たちは言ったの。“私たちは三人で勇者だ”と…。彼女たちの言葉に気付かされたの。私は、犠牲が当然と考えていたことに。無意識の内に。彼女たちも友人を失った悲しさを持つ、普通の子ども達に…犠牲を押し付けようとしていたの。そして、命を数える真似をしていたの」

 かつて、ソルも同じ状況にあった。法力という画期的な技術。そして、それにより作られたGEAR細胞という無限の可能性に魅入られた“フレデリック”だった頃。椎名鈴子は、あの時の自分と同じ状況にあるのだ。

『アリアは、僕も君も…殺したんだ』

 バックヤードで、ヴァレンタインを破壊した後の、あの男との会話。

 そう、力への欲望は、色々なものを霞ませる高揚感があった。

 命の価値や思い出の尊さ、そして友情や愛も。

「でも…その時には、手遅れだった。彼女たちを…失わない為に、勇者システムを改良したのだけど…その“満開”にはー!」

 椎名の隣に、禿頭で髭を生やした男が現れ、彼女に耳打ちを始める。

「何が起きた?」

「店の周りで、変な子供たちを見掛けたって…」

 ソルの問いに、椎名が戸惑いながら答える。

 そして、ソルに気付いた禿頭の男は、店長と名乗る。

 二人とも尾行を避けて、このファミレスに来たのだ。しかし、それでも椎名が戸惑うのは、

「彼女たちがいる以上、申し訳ありませんが、話を切り上げて下さい」

 という、店長の言葉である。

 どうやら、椎名との話し合いはこれで終わりらしい。誰かに見られたのだろうか?

 ただ、ソルは椎名の“子供たち”という言葉に、嫌な予感がした。そして、禿頭の店長の“彼女たち”という単語でそれが確定した。

 問題は、

――どっちの“彼女たち”か?

 ソルは、ファミレスの窓を見渡す。すると、窓から幹線道路に目を向けて、彼は確信した。

「電話を掛けさせろ。長くは掛からん」

 

 ファミレスにいるソル達を見つめる、4対の目。

 その中の一対に、シンはいた。

 そして、唐突に携帯端末が鳴り響き、友奈たちが警戒する。

 シンの端末の着信、その名前が“オヤジ”だからだ。

 友奈は恐れ、夏凜が息を呑む。

 東郷が落ち着くように言って、シンは応答した。

「オウ…オヤジ?」

「出るのに時間が掛かったな?」

 質問なのだが、鋭いジャブを受けた様な錯覚を覚えた。

「子猫はどうした?」

「おう、引き取ったよ...」

 そうかとソルの声がスピーカーから伝わる。

 シンは、この安心できない感覚を覚えていた。そう、掛け算の7の段が出来なかった時の反応だった。

「まあいい。よくやった。ところで、腹が減ったか?」

「もう、腹ペコだよ。オヤジ!!」

 シンの声が上ずって、夏凜が、

「ちょっと、変なことは言わないでよ!!」

 大声を出して言うが、

「夏凜ちゃんも声を下げて?」

 東郷が笑顔で言う。しかし、声は笑っていない。

 友奈が固唾を飲んで、見守る。

「何か食いたいものはあるか?」

 友奈がシンの端末から漏れた声を聞き、彼に「言わないで」と小声で伝える。

「…何って?」

「何でも作ってやるぞ?」

「オヤジ…マジで!?」

 夏凜が青ざめた顔で、両手を交差させて黙らせようとする。

「イイよ…オヤジの作る物なら何でも」

「何でもか…レストランの特製冷麺にスタミナステーキセットだ」

「スゲエ、オヤジ、レストランの冷麺とスタミナステーキセット作れるのか!?」

 シンの歓喜の声と共に、電話が切れた。

 彼が喜んでいると、反対に沈んだ顔の友奈、夏凜、東郷が目に付いた。

「お前ら、どうしたんだ?」

「シン、あれを見なさい」

 頭を抱えながら、夏凜は指で示したのは、ファミレスの幟。

 シンは、自分の言った物とソルの言った物。リフレインさせると、

「俺…やっちまった?」

 彼の過ちの結果が、今、東郷の携帯端末に表れた。

 彼女が猫を抱えながら、二、三言交わすと、溜息を吐いた。

「友奈ちゃん、夏凜ちゃん。ソルさんから、シンさんを逃がすなって。それと、シンさん…逃げ場所は無い。そして、アホ面が手に取る様に分かるとも」

 シンは、アホ面が分かるという言葉に、辺りを見回した。

 丁度、中古車販売店の、駐車場の凸面鏡が目に留まる。その存在に顎を落としたシン、呆れた夏凜の顔と、茫然と見上げる友奈と東郷が映っていた。

 彼らは、ファミレスの入り口に目を向けた。

 そこには、一歩ずつこちらとの距離を縮めて来る、ソル=バッドガイ。

 走れば逃げられるかもしれない。

 だが、彼の闘気と怒気に阻まれて、動けない。正に、蛇に睨まれた蛙である。

 シンたちは、強張った顔で、ただ、怒り狂うソルを出迎えることしか出来なかった。

 そして、ソルの後ろで戸惑いながら、付いてくる、凛とした女性、椎名鈴子。

「…オヤジ?」

 シンが恐る恐る声を出すと、

「…テメェら、何か言うことはないのか?」

 ソルは、首を鳴らしながら、シンと友奈、夏凜、東郷の四人の前に立つ。そして、親指で背後の椎名鈴子を指す。

「ちょっと、ソルさん?」

「忙しい中、時間を取った話し合いを反故にするべき理由があるなら、話してもらうぞ」

 椎名が物々しいソルを止めようとするが、彼は下がらない。

「何で俺に黙って、シイナと会ってんだよ…」

 シンの口から言葉が絞り出される。

「あん? 聞いているのは、こっち――」

「答えろよ、オヤジ!」

 ソルのぶっきら棒な問いに、シンが大声で叫んだ。

「シイナと会ってでないと…話せないって、元の世界に帰れないってことかよ!?」

 シンは考えて言った。簡単なことだった。東郷や女子たちが、自分たちをどの様に考えているか分からない。だが、神世紀という世界で、初めてまともな会話…特に、異なる世界について交わした人物、椎名と隠れて会うことといったらそれしかない。

 シンの言葉に、ソルは苦虫を噛み潰した顔を作る。

「本当ですか?」

 東郷が聴いて、友奈と夏凜が視線をソルたちへ向ける。

 ソルと椎名は、向き合って頷く。

「現段階では、見つかっていない」

「私たち、大赦研究室もバーテックス対策と並行作業で、元の世界へ帰す作業を進行しているわ」

 友奈は、ソルたちの回答に悲痛な顔をする。

 シンは友奈を見た。彼女は、讃州市でも躊躇わずに、自分たちに初めて話し掛けてくれた。そして、生活にしても困っていることがあれば、色々と助けてくれた。カイに竹刀を貸して、稽古をする時間も与えてくれた。だから、彼女もシンたちが帰れないという、絶望的な状況に言葉でなく、気持ちに出るのだろう。

「…シン、変な気は起こす――」

「どんな気だよ?」

 シンは、ソルと対峙して言った。

「オヤジ、もしかして、帰れないからって…バーテックスとの戦いで、手を抜くとか、寂しがっているとか考えてねえよな?」

 ソルは口を結んで、シンの目を覗き込む。

 そして、シンは溜息を吐いて、

「確かに、帰れなくて、俺は寂しいし怖いと思うよ…。でもユウナ、トウゴウ、カリン、フウ、イツキは、バーテックス倒せなかったら、この世界で帰る場所や大切な人も無くなってしまうんだろ? だったら、ただ怖がるよりも“トモダチ”を助けるに決まってんじゃねえか!? 子ども扱いすんなよ!!」

 少し前、カイと共にヴィズエルと戦った時、「悔いて嘆くよりも、もがきながらも光を取り戻したい」とシンの前で言った。今が、父の言う時ではないのか。だから、ここで帰れないことを嘆くのは、“迅雷”の名として相応しいのか?

 シンの答えは決まりきっていた。

 友奈の彼の答えに、笑顔で力強く頷く。彼女は、東郷と夏凜にも目を向ける。東郷も頷いて返すと、夏凜は照れくさそうに首を縦に降る。

 目の前にいるソルは、シンたちを見て、

「ったく、面倒くせえ」

 頭を掻いて吐きすてる。

「シンさん、勇者部の皆さん。ごめんなさい」

 椎名が、頭をさげる。

「ソルさんを借りたのは、元の世界に返す手段だけじゃなく、今後の戦いを左右しかねない情報を報せたかったの。後は、シンさんやカイさんも含めた身分や生活について。ソルさんは、今の世界の生活習慣や技術にも明るかったから、先に彼へ一報を入れたの。結果として、あなた達に心配を掛けさせたわね。ごめんなさい」

「そっか。オヤジじゃないと、ブラックテックも日本の生活も分からないもんな…当の昔に失われているから」

 シンは納得して言った。

 22世紀では、法力が現れるとすぐに、環境に影響を与える化石燃料、兵器に情報端末等の科学技術はブラックテックと言われ禁止された。日本も失われているので、文化再興の渦中である。それに、カイは愚かシンも、機械類を余り扱えない。日本の地理や機械類は、殆どソル、又は友奈たち勇者部が教えてくれ、やっと神世紀で人並みの生活が出来るようになったのだ。

 夏凛も椎名の弁明に納得するが、東郷は少し俯いてシンを見る。

「これからは、シンさんだけでなく、カイさんも話し合いに呼ぶわ…バーテックスとの戦いもだけど、元の世界へ帰るのも、重要だから」

 笑顔でシンに言うと、バツが悪そうに彼女の謝罪を受け入れた。

「分かったよ…。約束だからな」

 シンの言葉に椎名は苦笑して、

「だから、ソルさんとの話は終わり。あなた達に返すわ」

「…テメェ、俺は猫か何かか?」

 ソルは椎名に抗議をすると、シンを筆頭に笑われる。

「オヤジ、マタタビいる?」

 シンを蹴ろうとするソルに、友奈が割り込んで来た。そして、シンには夏凜が付いて、喧嘩を防ぐ。

「そうだ、友奈ちゃん。ソルさんにもアレを頼もうよ」

 東郷の提案で、友奈は鞄から便箋とシャーペンを取り出す。

「イツキのテストでのサプライズだってさ、オヤジ?」

 シンの言葉、友奈と東郷の笑顔に押されて、

「尾行じゃなくて、こっちの方に頭を回せば良いんだよ」

 ソルは、頭を掻いてから、一筆を加える。

 彼の横顔を愉快に見ているシン。

 しかし、気掛かりなことが二つあった。

 主に二つの視線である。

 まず、椎名から東郷に向けて。椎名の視線は、かつてカイが幼少期に自分に向けていたのと同じ雰囲気を感じさせた。

そして、もう一対。東郷の視線は、ただ、険しくソルを追っていた。鋭い視線は、まるでソルの体の中まで覗き込みかねない、好奇心の刃そのものだった。

 

「良かったね、お姉ちゃん」

 カイの眼の前を歩く樹は、風へ嬉しそうに言う。

 しかし、そう言われた風は、沈んだ顔をしている。

 カイ、風、樹は、子猫を引き取りに行った家庭で、母と娘の言い争いを、どうにか収めた。

 いや、収めたと言うのは正確では無い。「猶予期間」を与えたのだ。

 カイは、母親へ猫を里親に引き渡しても、上手く行かないことがあると説明し、一週間、娘に預けてみてはどうかと提案した。そして、風が娘の方から、母親に「猫の世話を欠かさない」という意思表示を聞かせ続けた。母親に動物アレルギーの類は無かったのも確認したので、カイは娘と猫について、今後よく話し合うことを勧めた。

 ただ、少女の意志は固いことから、猫を放すことはない。また、彼女の母親も、今後の動向次第では、少女から取り上げることもないだろう。

 カイは、里親候補の人にそう連絡をして、謝罪を加えた。

 そうして、三人は讃州中学への帰路として、差し掛かる橋の上を歩いていた。

「ケンカにもならなかったし、お姉ちゃんとカイさんのおかげだね」

 カイは謙遜を返した。

 しかし、カイの視線は、樹にでなく風に注がれていた。彼女の後姿は何処か、憔悴仕切っている。昨日、スーパーで風と会った時も沈んだ顔だった。恐らく、勇者部部長として妹と部員を、バーテックスとの戦いに巻き込んだこと。その理由が、両親の復讐。その為に、友人を巻き込んだこと。それらが、風を良心を悩ませているのだ。

 今は、夕刻。黄昏というのが、向かってくる人影が分からないことを由来としているのなら、今の風はその沈む太陽と共に消えかかっているようだった。

 カイ自体、GEARであるディズィーという掛け替えの無い大切な人を見つけた。だが、その過程で得た「人類の英雄」という肩書、そしてそれを揺るがしかねない醜聞を使い、彼を意のままに操ろうとする国連元老院と、何よりGEARとして生まれたシンの「未来」。人間とGEARの共存、その理想と信じた正義の前に、立ちはだかった「現実」に打ちひしがれていた。そして、シンも自分の理想に巻き込んでしまった後悔もあった。

 だから、カイは、目の前の現実に打ちひしがれる風にアドバイスを与えたかった。悩む必要はある。しかし、答えは一人で出せない。大切な人が知っているのだから。

「ごめんね、樹」

 風の沈んだ、思い謝罪の声が、喜んでいた樹を引き留める。

「…何で謝るの?」

「…樹を、勇者部なんて大変なことに巻き込んじゃったから」

 戸惑った樹の目が風を見つめる。

 カイの眼に、風の後姿が揺らいで見えた。だが、支えることはしなかった。これは、彼女の乗り越えるべき試練だ。力に向き合う為に、そして誰の為に戦うかを再認識する為に必要なのだ。

「さっきの子、お母さんに泣いて反対してたでしょ?」

 風の声は、微風に消えそうな位、小さかった。

「樹を勇者部に入れろって、大赦に命令された時、あたし…やめてって言えばよかった。さっきの子みたいに泣いてでも」

 風の声は震えている。何時も、大人を前に堂々と振る舞い、同年代の勇者部部員とやり取りを嬉々としている彼女からは、想像も出来ない弱々しい声。

「そしたら、樹は勇者にならないで普通に...」

「何言ってるの、お姉ちゃん!」

 伏し目をしていた、風は普段の樹から想像できない、凛とした声に思わず頭を上げる。

「お姉ちゃんは間違ってないよ。私、嬉しいんだ。守られるだけじゃなくて、お姉ちゃんとみんなと一緒に戦えることが」

 その一言が、風の迷いに一石投じた。彼女の目に微かな、輝きが戻る。

 風は、笑顔を取り戻すと、樹に礼を言う。そして、帰ったら歌の練習を行うと風は言い、彼女を困らせる。

 何時もの風である。

 彼女は、カイに目を向けて、笑顔を送る。

 そう、大事な人がいるから戦える。そして、絶望からも引き上げてくれる。

 それを教えてくれたのは、GEARとして生まれたシンだった。

『パパが傷付くとママが悲しむんだ。だから、ママを悲しませる奴は、ぼくが許さない』

 正義が信じられなくなったカイを、ソルが喧嘩を吹っ掛けて立ち直らせようとした時のシンの言葉。倍以上の身長のあるソルの前に立ちはだかった時に、刻まれた幼き彼の大きな勇気。

 彼と同じ勇気と優しさを、樹から、カイは感じていた。

 

  教室に広がる静謐な空気。

  そして、壇上に立つ樹に注がれる視線。

  黒板には、歌のテストと書かれている。

  樹が今日の日まで、勇者部と共に頑張ってきた課題。

  ピアノに座る中年女性の教員が、彼女を見つめている。

——でも、やっぱり!

  そう、どれだけ練習しても一人であることに変わりない。

  自分を見つめる無数の視線に、怯えて思わず教科書を落とした。慌てながら拾うと、1枚の便箋が本の隙間から溢れる。

  樹は入れた覚えは無かった。

  掴んで見ると、その内容に驚いた。

 

 樹ちゃんへ

 “テストが終わったら、みんなでケーキを食べに行こう 友奈”

 “周りの人は、みんなカボチャ 東郷”

 “敗北の女神がお前を差別している!! シン”

 “気合よ”

 “KEEP ON ROCKING!! ソル”

 “あたしは樹の歌が上手いことは、よく知っているよ 風”

 “貴女は冬を越え、花咲く春にいます カイ”

 

 樹は便箋の書置きを見て、笑顔になった。

 恐らく、名前が無いのは夏凜のだろう。何処か、仏頂面でも、可愛い仕草の先輩に頬を緩めた。

 そして、文字となり生きる、勇者部の思いに、心が躍動した。

――違う。今、私はーー!

「大丈夫ですか、犬吠埼さん?」

  教員が話し掛けて来るが、大丈夫であると告げる。

――みんなと一緒にいる!

  樹は、腹に力を込めて、勇者部との時間を思い出しながら、口を開いた。

 

「アイツ、待つということが出来んのか?」

「首輪を付けるという教育をしていたら、必然的にああなると思いませんか?」

 ソルは家庭科準備室の開いた窓から外を見つめながら、黒板の前で文庫本を読むカイと会話していた。

 物々しい内容は、机の上で作業をする夏凜を驚かせる。

「比喩だよ…比喩」

 友奈が慌てながら、夏凜に落ち着くよう言う。恐らく、友奈は本当にするものとは考えていないのだろう。だが、彼女たちは知らない。ソルはそれを実際したことに。

 シンは放課後、樹が帰ってこないか待ちわびていた。ソル、カイに友奈が彼女は大丈夫であると言ったが、

「大丈夫か分からないから、迎えに行く!」

 これまた、右斜め上のことを言って、部室を出たのだ。

「シンさん、元気ですね」

東郷が机から離れたデスクトップから手を離し、車椅子を振り向く。

「落ち着きがあれば、何も言うことは無いのですが…」

「カイ、テメェ。俺の教育方針に口を出さないんじゃなかったか?」

「確かに、“どうなっても知らん”とは言ったかもしれませんが、目に余るところは見逃せとは一言も言っていませんね。大体、あの構えは酷すぎます」

「テメェこそ、聖騎士団員から、ペン回す癖に貧乏揺すりを注意するとか、言われてんの知らないとは言わせんぞ? 落ち着きの無さは、間違いなく――!」

 友奈と風が、それぞれソルとカイの間に入って、宥める。

 そこに、

「みんな、グレイトでマーベラスな報らせだ!」

 シンが、スライド式ドアを勢い良く開けて、家庭科準備室に駆け込んで来た。

「喧しい! テメェの言葉で、楽しみを半減させてんじゃねえ! 後ろの樹が怯えてんじゃねえか!?」

 樹が家庭科準備室のドアから、怯えながら顔を覗かせる。

「ソル、寧ろ貴方の声が怖がらせていますよ…って、アレ?」

 カイが首を傾げて、樹を除いた勇者部も、ソルとシンのやり取りを反芻した。

 そして、樹に視線が注がれて、

「樹…もしかして?」

 風が息を呑み、友奈が大丈夫か聞くと、

「バッチリでした!」

 樹の一言で、勇者部が湧く。

 そして、シンが喜びながら、樹とハイタッチ。

 それから、彼女は恥ずかしがる夏凜と手を叩きながら、ソルの元へ。

「オヤジ!」

 シンに急かされて、右手を差し出した。

 樹のハイタッチの小さい音に、ソルは溜息を吐いた。

「ったく、シンもよく騒ぐ」

「同年代の友達、同じ勉強をして、学んだ喜びを共有出来る友人がいなかったんだ。今は、共有させてあげよう」

「別れがキツくなるぞ?」

 ソルは、勇者部と騒ぐシンを見てカイに言う。

「あの子なら大丈夫だ…母さんの子だから」

 カイの顔を見て、勝手にしろとゴチた。

「ソルさん。ケーキ、食べに行きましょうよ」

 友奈が提案して、皆が賛成する。

「カイ、お前…俺が甘いもの好きじゃ無いのは――!」

「ソルさん、私の牡丹餅を鷲掴みで食べていましたよね?」

 彼の言葉を否定する、東郷。

「それに、大赦の女性と珈琲を飲みに行っていたわね」

「何それ、ソルさんも隅に置けないな~」

「会いに行くのが、楽しみで跳ねていましたね」

「夏凜…テメェ、珈琲は関係ないだろ? それと、カイ…風に何を盛って話してやがる!?」

 夏凜、風とカイに、すかさず反論するが、

「ケーキ位、良いじゃねぇか。オヤジ?」

「俺は健こ――!」

「今更、健康を気にする身でも無いでしょ、ソル? バーテックスが来ないなら、樹さんのテストを祝える細やかな日常を可能な限り、皆と享受すべきです。そうですよね?」

 シンとカイに言われ、試験から解放された樹の笑顔が飛び込む。

 彼女たちの笑顔には、どう足掻いても勝てないと考え、

「良いか、部費からは落ちねぇから…自費で買え。絶対、立て替えないからな」

 ソルは肩を竦めた。

 頭を抱えながら、窓からの微風がソルの頬を撫でるのに気付いた。

 カイ、シン、友奈、東郷、夏凜、風に樹にも風が、髪を撫でていく。

 まるで、初夏に吹く涼風が、彼らの細やかな日常を祝福しているかのようだった。

 

 樹のテストから、数日後。

「勇者部、結城友奈、只今到着しました!!」

「同じく、東郷美森、只今到着しました!!」

 車椅子の東郷を押す友奈の二人が、カイの前で敬礼をする。とは言っても、映画の真似事であるが。

「わざわざ、お越しいただきありがとうございました」

 そう、笑顔のカイが二人を出迎えた。

 今、家庭科準備室で勇者部部長の風と顧問のソルは、引き取った猫を里親候補に届けている。

 勇者部の仲介人であるシンは、そろそろ、夏凜の助っ人が終わるので、彼女を出迎えに行っている。

 直に、二組は帰って来る。

 だが、

「樹さんを知りませんか?」

 カイがふと思い出すと、

「樹ちゃんは、直ぐに来ると返信を頂きました」

 友奈がそう応えると、カイは納得した。

「分かりました。それでは、貴女方に資料を予め渡しておきますね」

 そう言って、カイは友奈と東郷に、机の上に置いていた紙束を二束渡した。

「これは、何ですか?」

 東郷が一枚めくりながら話すと、

「大赦の中枢にいる人物から提供されたバーテックスについての資料です。夏凜さんも言った様に、最悪の事態を考慮し、犠牲をゼロにしていく上で作戦会議を行おうと思いました」

 友奈と東郷は、カイの眼を見つめる。

「貴女方に、満開は使わせません。その為のものです」

 あの時、鴉を遣わせた勇者。そして、ソルと会った椎名。二人とも、“満開”に危機感を抱いていた。何が起きるか分からない。だからこそ、それを使わせない様にするのが、かつて聖騎士団団長として戦争を経験し、イリュリア連王として臣民を守れなかった、カイの役割だった。

 

「待った、シン?」

「漸く終わったのかよ、カリン?」

 讃州中学の武道場の入り口で、シンは夏凜を出迎えた。

 今回、夏凜は剣道部の助っ人に呼ばれたのだ。

 シンも加わりたかったが、ソルやカイから「無茶苦茶」過ぎるので、止めろと言われた。彼はその意味が理解できなかったが、入る訳にもいかないので、専ら校内で緊急の依頼を受ける為に見回った。だが、こういう時に限って、何もないので、夏凜を迎えに行ったのだ。

 そうして、二人は歩き出した。

 シンが、呼びかける女子生徒に向けて、手を振った。そして、返って来る黄色い声援。

 それを楽しむシンに、夏凜は徐に口を開く。

「ねえ、あなたは何の為に戦うの?」

 シンは、生徒たちとの会話から、夏凜に耳を向けた。

「私は、大赦の勇者。この世界の為に戦うわ。あなたは何の為に?」

「俺も世界の為に戦うよ」

 シンは夏凜に向き合って、

「だって、俺の世界は、俺の“トモダチ”のいる世界なんだ。ユウナ、トウゴウ、フウ、イツキ…そして、カリン…お前やトミコたちのいる、この場所を守る為に」

「そんな…私たち勇者は、大赦、そして神樹と人類を守る為にあるのよ」

「なあ…前から疑問に思っていたんだけどよ、大切な人やトモダチを守る為に、“大赦の勇者”である必要あんのか?」

 シンにとっては、大赦と敵対しているが、夏凜は友達であることには変わらない。友奈、東郷、風、樹。そして、児童館で知り合った冨子と勇者部を通して知り合った人達の全てが、シンがこの世界で戦う理由である。それは、大切な人の未来を守る為に、イリュリア連王と言う茨の道を歩んだ、父親のカイと同じだ。大切な人を守ることは皆を守ることであると、彼から学んだ。

 だから、「大赦の勇者」を、戦う理由で強調する夏凜が凄く不思議でしょうがないのだ。

 だが、彼の問いに答えず、夏凜は黙り込む。そして、彼女の瞳に、疑問、驚きと戸惑いの色が広がる。

 そんな夏凜を見るシンに、違和感が発生した。

「どうしたの、シン?」

 夏凜が、シンの異変に尋ねると、彼は短く返した。

「頭がざらつく…」

 

「何で、俺がお前と一緒に猫を里親に引き渡しに行かなければならん?」

「ソルさんだけ、暑い中、喫茶店で女性とアイス珈琲を飲んでいたからだと思いますよ?」

 ソルの不満を、風が手痛い指摘をして言う。

「ふざけるな、あっちが呼んだんだがな?」

 頭を掻き毟りながらソルが言うと、

「全校女子に言わせれば、“有罪”で、カイ先生を見習って欲しいそうですよ?」

 現に人の口に戸は立てられないという、言葉がある様にソルと椎名の会合が学校内に広まった。教師は大赦からの圧力で、不純な目的はなかったと言う釈明を受けたが、子どもたちにはそうは行かなかった。やはり、成人した男女が時間を過ごすことに、妙な想像をしてしまうものらしい。

 取り敢えず、勇者部の活動を真面目に行っているという証拠として、放課後、猫を里親に引き渡すことをカイから言われ、ソルは風とその帰路に着いていた。

「普通、校外で教師と生徒が二人きり、というのもマズい気がするんだが?」

「恐らく、“勇者部”と一緒だから、讃州中学の生徒は安心するんですよ」

 要は、ソル、カイ、シンは勇者部の監視下にあるから、安心という認識らしい。

 初めて、神世紀に来た時のヴェールの向こうの勇者に、犬吠埼風の監視下に入るということを言われたのを思い出した。ただ、それが校内で一般的になるのは、ソルにとっては完璧に想定外だった。

「…シンに次いで、ガキどもと関わるとは、ヤキが回ったものだ」

 ソルがぼやいていると、

「お姉ちゃん、ソルさん」

 ボブカットで白いワンピースとジャケットの讃州中学の制服を着た、犬吠埼樹が手を振る。

 彼女の立つ場所は、以前歌の練習と称して、勇者部で立ち寄ったカラオケボックスの入り口。

「樹、待った?」

 風の言葉に、樹は首を振った。

 カラオケに行っていたのだろうか、その顔は微かに、赤く染まっている。

 だが、彼女以外誰もいない。

 一人カラオケ自体、珍しいことでは無い。

 ソルがかつて人間だった時もあったのだ。21世紀初頭の生活水準なら、珍しくも無いだろう。

「こんにちは、ソルさん」

 樹の挨拶に、ソルは頷いて返す。すると、彼女は笑顔を返す。

「今日もかわいい笑顔だぞ?」

「お姉ちゃん、それ今朝も言ったよ?」

 風の称賛に、樹が照れていると、

「姉妹愛を確認し合うのは構わんが、取り敢えず、その熱に俺が当てられて、高血圧で心臓発作になる前に学校へ行くぞ」

 ソルが歩き出すと、二人が後ろから付いて来る。

 彼らの急ぐ理由は、勇者部部室――家庭科準備室で開かれる作戦会議だ。ソルの得た、大赦中枢の研究室室長、椎名鈴子の情報を元に対バーテックスの戦略を立てる。とは言っても、過去に出現したバーテックスしかない。彼が彼女と会った後で、カイと情報を精査して、資料を作成した。それらを、勇者部にも見せることで、戦略を更に洗練させるのだ。

「ソルさん、高血圧に悩むならお酒止めれば良いのに」

「お姉ちゃんも…女子力高めるなら、饂飩は一杯だけだよ」

 怒り狂う風によって、頬を抓られる樹を横目に、ソルは考えた。

 最も、資料をもらったものの、12体全てのバーテックスが網羅されている訳ではない。抜けているのは、双子座と牡牛座である。また、一次情報を得た時期から、バーテックスの行動パターンも変わっている可能性もある。これらの不確定要素で戦局が反転する可能性も否定できない。

 結局は、出たとこ勝負という対症療法しか取れない。しかし、何体かの敵を知っている分、手探りでも大分マシになるだろう。

 だが、ソルの関心事はバーテックスに限らない。

 ヴェールの勇者と椎名の懸念する、"満開”。後遺症に関しては、詳細は明らかにされていない。そして、ヴェールの勇者が“鴉”をよこしたことから、少なくとも“まともな状態”ではないことはまだしも、満開には、話せない程の重大な欠陥があると言うことでもある。

 最後に、大赦そのものだ。大赦警備隊を下したばかりでなく、椎名と彼女独自のネットワークと繋がりを持ってしまった。それに、バーテックスを倒して、帰る手段も無いとなると、この世界でソル達を生かす理由は無い。鴉が友奈達を大赦の命令で敵対させないとは言うが、“人質”にしないとは一言も言っていない。戦いが終わると、急転直下で事態が変わるだろう。

「ソルさん、大丈夫ですか?」

 樹が心配そうな表情で、話しかける。

 ソルは、条件反射のように、心配ないと言った。

「ソルさん、あなたも勇者部の一員なんですよ。悩んだら、ぜひ相談してください。可能な限り、助けになりますから」

「気持ちだけ頂く」

 ソルは、風に振り返らずに言った。

 彼女たちに、話さないことが思いやりである場合もある。現在だけでなく、彼らや彼女たちの未来にも知らない内に影響を与えてしまうのだから。

 ただ、考えすぎは周囲を心配させたと考え、一息吐こうとした瞬間。

「…このざらつきは?」

 久しく感じていなかった、感覚がソルを襲う。

 ヴァレンタインと彼女率いる異形の戦団ヴィズエル、元老院のバルディウスやあの男との戦いに襲ってきた頭のざらつき。GEARであるソルやシンに、特有の反応。

 風と樹が、片膝を着いたソルに駆け寄るが、二人は空を見上げて呆然とした。

 覆われる空とソル達に迫り来る、花嵐。

 そう、樹海と言う根に覆われた世界への誘い。

「バーテックス!!」

 ソルが花吹雪の中、吐き捨てた。

 その様は、まるで風に煽られた龍が、咆哮を上げているかのようだった。

 




 取り敢えず、これにて本編の五話、バーテックス総力戦に続く終わりです。

 一応、前話の「DRUNKARD~」でも書きましたが、私自体の書きたいものの一つ目が書けました。
 それは、力を持つと言うことの意味。
 世界を守るのと引換に、少数の犠牲を押し付けるべきなのか。
 また、大赦の存在意義に疑問を持てないことは、果たして本当の意味で彼女たちの戦いは終わりを迎えたのか?
「鷲尾須美は勇者である」の最後でも、結末部分で、教師は複雑な表情をしていたのに、何もしなかったのか? 彼女たちに近い立場の大人たちは、勇者となった彼女たちを犠牲にして世界を守ることに疑問を持てなかったのか?
 後、ギルティギアからの人物の立場で。
 ソルは、勇者部と椎名たちから垣間見える、フレデリックの面影に何を思うのか?
 カイは、同じ様な青春を経験している夏凜と風に示す答えとは?
 シンが、同年代の子ども達と過ごし、どの様な別れを迎えるのか?

 これを機に、結城友奈は勇者である、又はギルティギアに触れて頂ければ、幸いです。
 
 ここで、並行世界のメカニズムを解説しましたが、ドクター・フーの「嵐の到来」、「永遠の別れ」をモチーフにしました。作中で、並行世界は、ボイドと呼ばれる虚無の空間を挟む様に世界の壁があります。その壁の崩壊によって、片方の世界でエネルギーが得られ、片方の世界で温暖化が起きました。それを神樹が防いでいる為、ソル達が時間移動しても、普通に過ごせると言うことです。

さて、次回 第三話 “SOUL AND SEED"をご期待ください。


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