鉄脚少女の戦車道 番外編 (流水郎)
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ナイトウィッチ・ウォー!(アガニョーク学院高校VSマジノ女学院)
前編


 アガニョーク学院高校の学園艦はプラウダ高校のそれを、いくらかスケールダウンさせた形状だった。生徒たちは制服の代わりにロシアの民族衣装・サラファンの着用が許されており、同じロシア系学校であるプラウダと比べ牧歌的な雰囲気が漂っている。

 しかし戦車道部では妥協なき訓練が行われていた。昨年度の全国大会でプラウダ高校が黒森峰女学園を破って優勝して以来、士気が高まっているのだ。特に得意の夜間戦闘の訓練には余念がない。

 

 だが今日はいつもと様子が違っていた。夜ではなく昼休みに、部員に招集がかけられたのだ。

 

 

 

「全員揃ったな」

 

 会議室に着席した部員たちを前に、隊長・ターニャが確認した。ショートヘアの利発そうな風貌の少女で、黒を基調としたサラファンがよく似合っている。普段から冷静で、尚且つ仲間たちへの気遣いも怠らない彼女はメンバーからの信頼も厚い。だが今回、その表情には僅かな戸惑いが見られた。

 昼食の最中にいきなり非常呼集をかけられた部員たちは整然とパイプ椅子に座り、隊長の言葉を待っている。その全員が二年生と一年生で、ターニャのみが三年生である。

 

「昼休みに呼び出してすまないが、緊急事態だ。知っての通り一週間前から、副隊長たち三年生十二名がプラウダ高校へ出向き、訓練を受けているわけだが……」

 

 前列に座る少女たちは、隊長のこめかみがピクピクと震えていることに気づいた。後方にいるメンバーたちも彼女から放たれる怒気を何となく察していた。只事ではないと分かり、全員に緊張が走る。

 ターニャは拳を握りしめ、要件を告げた。

 

「プラウダ高校が彼女たち、及びその戦車を抑留すると言ってきた!」

 

 その言葉に、会議室がどよめいた。

 

「抑留って、監禁!?」

「どういうことですか!?」

「副隊長たちが一体何を……?」

 

 隊員たちが騒ぎ出し、中には席から立ち上がる少女もいた。だがターニャが手をかざし「静粛に!」と叫ぶと、すぐに静まりかえる。

 非常事態に違いなかった。アガニョーク学院高校はプラウダ高校と縁が深く、生徒が訪問することもよくあった。特に戦車道に関しては強豪校たるプラウダから指導を受けており、隊員を訓練目的で派遣することもある。今回も新戦力として入手した対戦車自走砲・SU-85の完熟訓練のため、より設備の整ったプラウダへ乗員と車両を送っていたのだ。それが今日には帰ってくるはずだった。

 

 次の言葉を待つ仲間たちを見つめ、ターニャは続ける。

 

「ややこしい話になるが……たまたま黒森峰の雑用係……『ハイター』とかいう奴が、プラウダへ訪問していたらしい。そいつがスパイ疑惑をかけられて拘束されたが、脱走した。同志たちはその脱走を助けた疑いをかけられたとか……」

「濡れ衣だ!」

 

 隊員の一人が立ち上がりつつ叫んだ。戦車道は試合前の偵察・スパイ行為が認められている。場合によっては複数の学校が、利害の一致から協力して情報収集を行うことも有り得なくはない。だが友好関係にあるプラウダに対し、アガニョークが背信行為を行うはずもなかった。

 ターニャは頷きつつ頭を掻いた。

 

「先ほど、カチューシャさんと電話で交渉したんだが……あの人、話にならん」

 

 今年度のプラウダ高校の隊長は“地吹雪”のカチューシャと呼ばれる少女だ。小さな暴君との異名もあるが、決して悪い人間ではないし、戦術家としても優れている。昨年度のプラウダ高校の優勝も、決勝戦で敵フラッグ車の通るルートを彼女が見抜いたため、勝利を得られたのだ。ただし欠点としては、一度頭に血が上ると上りっぱなしになるということが挙げられる。

 それをよく知っているアガニョークの隊員たちは、ターニャの「話にならん」という言葉で、カチューシャがどのような状態なのか察しがついた。

 

「あの、ノンナさんは?」

 

 一年生の隊員が挙手しつつ、おずおずと尋ねた。プラウダの副隊長であり、高校戦車道有数の砲手とされる“ブリザード”のノンナ。冷静沈着で、常にカチューシャに付き従う右腕的存在である。アガニョークにも彼女を尊敬している生徒は多い。

 

「うん、ノンナさんと話ができればいいんだが、今諸用で校外にいるらしい。帰ってくるのは五日後とのことだ」

「……それでカチューシャさん、機嫌悪いのね」

 

 前列に座るサイドテールの女子が、呆れたような口調で呟いた。

 

「とにかくプラウダとの交渉は続けるが、その前に問題がある」

「明日の練習試合ですね」

 

 仲間から返ってきた言葉に、ターニャは頷いた。彼女たちは他校との練習試合を控えているのだ。そこで新戦力であるSU-85を投入するはずだったのが、思わぬスパイ疑惑で不可能となってしまった。戦車はまだしも、乗員を抑留されたのは大きな痛手である。規模の小さいアガニョークでは、強豪校のように豊富な交代要員を持っているわけではないのだ。

 

「相手はマジノ女学院。戦績はどうあれ、全国大会の常連校だ」

「しかも場所は相手側の演習場」

 

 先ほどのサイドテール少女が言う。マジノ女学院はフランス系の名門校で、戦車もフランス製を用い、巧みな防御戦術を得意とする。ターニャがさり気なく言ったように全国大会の戦績は芳しくないが、自分たちの庭となれば地の利を存分に活かしてくるだろう。SU-85が参加できない以上、アガニョークの戦力はBT-7快速戦車が三両、M3中戦車が四両の計七両。十対十のフラッグ戦を申し込んだため、数の上でも不利になる。

 アガニョークに有利な要素は、試合時間が夜ということだけだ。

 

「そうだ。せめて数は互角にしたい。T-26を使うしかない」

 

 T-26軽戦車はソ連の軽戦車で、スペイン内戦では大いに活躍した。だが独ソ開戦時にはすでに力不足であり、ドイツ軍の前に大損害を被っている。アガニョークはプラウダから供与された四両を保有しているが、SU-85導入に伴って二線級に格下げされた。とはいえそのSU-85が使えない以上、再び戦列に加えるしかない。

 

「ですが同志隊長、乗員がいません。一両分が限界です」

 

 後ろの方に座っていた二年生が発言する。アガニョークにも少数ながら整備要員がおり、内三名は乗員としても優秀だ。丁度、T-26一両分の乗員数である。

 しかしターニャには考えがあるようだった。

 

「同志カリンカ、T-26の例の改造だが……使えるか?」

 

 全員の視線が、サイドテールの二年生に集中した。ターニャが目をかけている後輩の一人で、アガニョークの参謀格だ。珍しい物好きの彼女が、T-26にとある改造を施していたことは皆が知っている。だがそれはT-26が二線級に下げられたのに伴い、訓練に使うために行ったものだ。実戦での使用は想定していないはずだった。

 カリンカはすっと起立し、堂々と答えた。

 

「テストは済みました。あまり起伏の激しい地形へは入れませんが、基本的な走行性能は問題ありません。火炎放射器を積んでいるわけではないし、ルール上の問題もないはずです」

「実戦に耐えうると判断するか?」

「強行偵察と煙幕展開くらいには使えます。無いよりはマシです」

 

 毅然と答える彼女に、ターニャは「よし」と呟いた。不安はまだあるが、決心は固まった……そんな声だった。

 

「ではカリンカ、君はT-26一号車に乗って、指揮を執ってほしい」

「ダー」

 

 ロシア語で肯定の意を伝え、カリンカは着席する。彼女は普段BT-7の車長を勤めているが、最近愛車が不調気味だった。それを考慮しての判断でもあろう。

 

「二号車の乗員は整備班から抽出。そして三号、四号車は……無人で運用する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その後、ターニャはプラウダ高校と粘り強く交渉を続けた。しかしただでさえ副官不在でイラついている小さな暴君は、黒森峰の使者に脱走されたことに怒り心頭だった。要求を幾度も突っぱねられたターニャは方針を変え、そもそもの原因とも言える黒森峰に電話をかけた。高校戦車道界きっての強豪として知られる黒森峰女学園は、アガニョークと特に交流はない。だがターニャが懇切丁寧かつ強気に頼んだ結果、責任の一端が自分たちにもあることを認め、協力を約束してくれた。

 

 それでも、副隊長たちの解放は練習試合に間に合わなかった。火力面の主力と成りうるSU-85がないまま、アガニョーク戦車隊はマジノ女学院へ赴くこととなった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マジノ女学院は古くから名門校として知られている。宮殿風の華やかな校舎が有名だが、海外提携先がフランスで本拠地が山梨なだけに、そこから少し離れれば広大なブドウ園が広がっていた。そこからさらに先へ行けば見渡す限りの荒野、戦車道の演習場である。

 時刻は十九時三十分、照明と言える物は月明かりくらいだ。アガニョーク学院高校は小規模チームながら夜戦においては優れた戦績を持っており、一部では“夜の魔女”と恐れられている。完全なアウェーである今回、時間が夜ということだけが唯一有利な点だ。

 

「副隊長代理、首尾はどうですか?」

 

 声をかけられ、カリンカはT-26の砲塔から顔を出した。問いかけてきたのは前髪の長い、カリンカと同級生の少女だ。ロシア語で燕を意味する「ラーストチュカ」の名で呼ばれ、部内で屈指の腕を持つ戦車長である。今回もフラッグ車車長の大役を任されていた。

 

「……私はあんたを代理に推したんだけどね、ラーストチュカ」

 

 カリンカは無表情でそう返した。前髪のため表情は伺いづらいが、ラーストチュカの口元に微笑が浮かぶ。

 

「同じ戦車で一騎打ちをすれば、私はあなたに勝つでしょう。しかし部隊を率いて勝負したなら、きっと敵いません」

「ふうん……」

 

 あまり興味なさそうに、カリンカはハッチから出て砲塔に腰掛ける。彼女が戦車道を始めたのは高校に入ってからで、キャリアは一年程度だ。それに対し、ラーストチュカは小学生の頃から戦車道に親しんでおり、小規模ながらも名高い池田流を学んでいた。アガニョークはプラウダ高校から指導を受けたロシア戦車道・トゥハチェフスキー流を規範としているが、ラーストチュカの知識はその弱点を克服するのに大いに役に立っている。池田流の訓練はトゥハチェフスキー流を仮想敵としているからだ。

 

 そして今までの試合で、最も多く敵フラッグ車を撃破しているのもラーストチュカである。そのような功績を持つ彼女を差し置いて、カリンカが今回副隊長代理に任命された。決してラーストチュカの作戦指揮が下手なわけではない。カリンカの人柄によるところが大きいのだが、本人はそれを自覚していなかった。

 

「操縦系のチェックは終わり。隊長と話し合ったけど、敵の防御陣地手前辺りまで……」

 

 言いかけて、カリンカはふと前方を見た。エンジン音と共に前照灯の光が接近してくるのに気づいたのだ。戦車とは違う音である。眼を凝らすとオリーブ色の乗用車だと分かった。さらに近づいてくると、曲線の前輪カウルを持つ古風なシルエットが見えた。

 シトロエン11CV。世界で最も早い時期に、前輪駆動とモノコック構造を採用した名車である。官民問わず使われ、フランス占領後はドイツ軍のスタッフカーとしても使用された。

 

 闇夜にエンジン音を響かせながら、やがてその11CVはアガニョーク戦車隊の前で停車する。助手席のドアが開き、降りてきたのは制服姿の少女だった。着ているのは通常のマジノ女学院の制服ではない、戦車乗員用の物である。アガニョークもBT-7のライトをつけると、彼女の襟に「青のスペード」のワッペンが貼られているのが見えた。それがマジノ戦車隊の司令官の証であると、カリンカは知っていた。

 

「マドレーヌさんのお出ましね」

 

 参謀格である彼女は対戦相手への情報収集も怠ってはいない。通称「マドレーヌ」と呼ばれるその隊長のことも調べてある。

 戦車乗員の制服は似合っているが、その佇まいは戦車乗りというより古風な騎士や貴族のようであった。金髪をツインテールに結い、背筋を正し、口元には微笑が浮かぶ。歩き方にも何処か気品が漂っていた。車のライトに照らされているのだが、彼女自身が光を放っているようにさえ見える。

 

「やはり、ブルジョアは違いますね」

 

 ラーストチュカがカリンカを見上げ、感想を述べる。カリンカはフンと鼻を鳴らした。

 

「おフランス風のお嬢様学校と言っても、本拠地は山梨県でしょ。根っこは私たちと同レベルの田舎者、仲良くなれるわ」

「ふふ……確かに」

 

 そのやりとりに、T-26の中にいた砲手と操縦手もくすりと笑った。共産主義思想の影響か、アガニョークの生徒は田舎者であることをむしろ誇りにする傾向がある。だがそこで雑談を切り上げ、戦車から降りた。

 

 隊員の中からターニャが進み出て、マドレーヌを出迎えた。彼女はサラファンを着ていれば可憐なものの、濃緑色の制服姿だと野暮ったさと無骨さが出る。だが隊長としての風格は負けていなかった。凛として姿勢を正し、相手と向き合う。

 

「初めまして。マジノ女学院隊長、マドレーヌと申します」

「アガニョーク学院高校隊長、ターニャです。今回はよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。練習試合、お受け頂いて光栄ですわ」

 

 あくまでも上品に言葉を交わし、マドレーヌはアガニョークの戦車群を一瞥した。目を留めたのはM3中戦車である。フランス戦車で統一されているマジノの隊長としては、ロシア戦車の中にアメリカ製が混ざっているのが気になったのだろう。チームとしての主義の他、整備上の都合からも同じ国で作られた戦車を揃えるのが望ましい。強豪校は大抵、ある程度同じ国の戦車でチームを編成しており、例外はフィンランド系の継続高校や、成り立ちが特殊なBC自由高校くらいのものだ。

 

「貴女たちは確か、プラウダと良いお友達だとか」

「いえ、友達ではありません」

 

 ターニャは即答した。

 

「姉妹のようなものです」

「まあ」

 

 毅然とした答えにマドレーヌは微笑んだ。彼女は抑留騒動を知らないため、言葉を額面通りに受け取っただろう。だがカリンカたちアガニョーク側のメンバーは、それがプラウダへの皮肉だと気付いていた。友達は選べるが、姉妹は選べないのだ。

 

「プラウダから指導を受けたと聞きますが、アメリカ製もお使いになるのですわね」

「手に入りやすかったので」

「乗員と戦車の数が、会っていないようにも見えますけれど?」

 

 隊員の頭数をざっと数え、車両の乗員数に満たないことを見抜いたようだ。ターニャはにこやかな笑みを浮かべて応じる。

 

「足りないところは工夫で補っております。我らアガニョークの得意技です」

「なるほど。では“夜の魔女”のお手並み……拝見させていただきますわ」

 

 優雅さと挑戦的な態度を併せ持った、妖艶な笑みだった。ツインテールを靡かせ、さっと踵を返してシトロエンに乗り込む。副官がエンジンをかけた。

 車内から再び微笑みを向けてくるマドレーヌを、ターニャは敬礼で見送った。アガニョークでは握り拳で敬礼をすることになっている。スペイン内戦時の国際旅団などを模した、共産式と呼ばれる敬礼だ。

 

 土煙を上げて走り去る後ろ姿を見送り、ターニャは敬礼の姿勢を解く。そして仲間たちへと向き直り、高らかに告げた。

 

「同志諸君、準備を急げ!」




*文中で山梨を田舎呼ばわりしたことにお叱りの声もあるかもしれませんが、私自身が山梨県民であり、田舎の山梨を愛していることをここに明記しておきます。


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中編

 夜空に信号弾が放たれ、赤い星となった。煌々と燃えながら落ちていくその星を見て、両校の戦車は動き出す。マジノは夜間ながらも地形を熟知しているので、即座に陣地展開を始めた。対するアガニョーク側は敵の配置を偵察する必要があった。頼みだった85mm砲がない以上、M3中戦車の75mm砲が最も強力な主砲となる。そのM3四両とBT-7快速戦車二両からなる本隊に先立って、カリンカ率いるT-26軽戦車四両が斥候として進撃していた。貧弱な装甲と武装だが、偵察には使える。

 

《マジノはルノーB1bisを中核とし、防御主体の戦術を得意としている》

 

 無線機に入るターニャの声を聞きながら、カリンカは後続に気を配っていた。T-26は三人乗りだが、今彼女の車両には二人しか乗っておらず、また二号車も同様だった。砲手を降ろし、乗員のいない三・四号車を操縦させているのだ。

 

《今の我々の火力でそれを破るには、敵の陣形を把握して隙を突くしかない。同志カリンカ、威力偵察をしっかり頼むぞ》

「ダー」

 

 言われるまでもなく、カリンカは任務の重要性を理解していた。マジノ側は第一次大戦の遺物であるルノーFT17まで使っているが、重装甲のB1を盾としてフラッグ車を守ろうとしてくるだろう。防御陣形を偵察し、BT-7の機動力で撹乱、M3を接近させ敵を撃破するのがアガニョーク側の作戦だった。

 

「……この辺でいいわね。斥候隊、停止」

 

 号令に従い、操縦手たちが制動をかける。履帯が音を立て、角ばった小ぶりな車体が停止した。アガニョーク側もマジノ演習場の地図は入手しており、マジノが防御陣地を形成する地点を予測していた。現在はその手前、相手の射程外にいる。夜間であることを考慮した距離だが。

 

「三号、四号車は操縦系統切り替え。砲手席に戻りなさい」

 

 淡々と命じつつ、カリンカは目の前に据え付けられた装置へ手を添える。ジョイスティックが突き出し、いくつかのボタンが付いた、ゲームのコントローラーのような装置だ。彼女が作ったT-26用の改造パーツだ。

 

《三号車、切り替えよし!》

《四号車も完了です! 戻ります!》

 

 報告の後、後続車の操縦ハッチが開いた。降車した二人の少女はそれぞれ一号、二号車へ駆け寄り、円柱型の砲塔へよじ登る。彼女らが元どおり砲手席に身を収めると、カリンカは無人になったT-26を見遣った。エンジンはかかったままで、夜のため分かりにくいが細長いアンテナが増設されている。

 

「テレタンク、前進」

 

 白い指がジョイスティックが倒す。電波信号を受信し、無人の戦車がゆっくりと動き出した。カリンカらの脇を通り過ぎ、先行して進んでいく。

 ソヴィエトで開発されていた無線操縦戦車・テレタンク。擱座した戦車の乗員救助や煙幕展開、火炎放射器を搭載しての対トーチカ戦闘のために作られた代物だ。操縦系の切り替えによって有人での操縦も可能となっている。アガニョークではT-26が二線級に引き下げられたため、動的射撃などの訓練用にこの改造を施したのだ。単純にカリンカの珍兵器趣味に寄るところもあるだろうが、人員不足の今回は役に立った。

 

 地形の起伏で進路がぶれる無人戦車を、カリンカと二号車車長は慎重に舵をあて、直進させる。車両後部には無線で点灯できるLEDをつけており、夜間でも見失う心配はない。テレタンク二両を盾とし、後ろを有人の指揮戦車が進む。ジョイスティックを操作しつつ、カリンカはそろそろ敵の攻撃が来ることを予期していた。前方にある高台に防御陣地が形成されていると見て取ったのだ。日頃から訓練に使っているなら、最初から戦車壕くらい掘ってあるかもしれない。

 

 探り撃ちを行い燻り出してみようか。そう考えたとき、前方から光が浴びせられた。戦車の前照灯だ。

 

「ッ……煙幕!」

 

 カリンカの号令の直後、先行するテレタンクの周囲に着弾。小柄なT-26車体が揺さぶられるも、幸い直撃弾はなかった。すぐさまコントローラーのボタンを押し、テレタンクから煙幕を放出する。立ち込める煙が前照灯の光を遮った。

 点灯したのは二両のルノーB1bisだった。元々車体に付いている前照灯だけでなく、砲塔上にサーチライトを増設している。夜戦において自ら光を発するのは危険な行為だが、B1の装甲の厚さを頼んでこの役をやらせたのだろう。そしてその明かりを頼りに、防御陣形を組んだ車両が砲撃する。

 

「後退しつつ榴弾で探射! 照準は大雑把でいいわ!」

 

 命じつつ自分もコントローラーを離し、テレタンクを煙幕の中へ停止させた。榴弾を一つ手に取り、握りこぶしで砲へ押し込む。閉鎖機が音を立てて閉じた。

 

「撃て!」

 

 砲手がトリガーを引く。45mm砲が火を噴き、車内に火薬の臭いが立ち込める。榴弾はマジノ防御陣の中で炸裂し、閃光が一瞬辺りを照らした。煙幕に遮られて一瞬止んだ砲撃が、再び開始される。動いているT-26にはなかなか当たらないが、中には近くを掠めてくる砲弾もある。そんな中でサイドテールを靡かせながら、カリンカは顔色一つ変えずに発砲炎の位置を観察した。夜目の利く彼女にはそれらの敵戦車が、やはり壕に身を隠しているのが見えた。砲塔だけを出して攻撃するダックイン戦法である。フランス戦車の構造を考えれば当然の戦法だ。

 

 だが一両だけ、T-26隊の側面へ移動しようとしている車両に気づいた。丸みを帯びた小さな砲塔の、ずんぐりとした中戦車だ。B1bisの照明のおかげで、その砲塔が自分に指向しているのが分かる。

 

「停止!」

 

 操縦手が制動をかけた瞬間、砲声。辛うじて敵弾は後ろを通り過ぎる。一撃目が失敗した敵戦車は反転し、闇の中へ離脱していく。

 

「ソミュアS35……遊撃手がいたか」

「カリンカさん、どうしますか!?」

 

 操縦手が尋ねる。戦闘の高揚感から声を荒げているが、指揮官が冷静でいるため、レバーを握る手に狂いが出ることはない。

 

「転進、煙幕を張りつつ集結地点へ向かいなさい。敵の位置は大体読めたわ」

 

 『撤退』などの単語は士気に関わるため、慎重に言葉を選ぶ必要がある。煙幕に紛れ、予め決められていた集結地点へ移動を開始した。ある程度退いたところで敵の砲撃は止み、前照灯も消された。エンジン音だけが響く。もしソミュアS35が追撃してきたなら、本体の前まで引きずり出して撃破できるだろう。

 

「……テレタンクがやられなかったのはラッキーでしたね」

「そうね」

 

 ジョイスティックを操作しつつ、カリンカは砲手に同意した。敵の配置を知ることができれば、無人戦車くらい犠牲にしてもいいと考えていたのだ。ミーティングの場で自身が発言したように、テレタンクは『無いよりはマシ』として持ち出したものだった。

 テレタンクの操作と周辺警戒を同時に行っているカリンカに代わり、砲手が本隊へ通信を入れる。それを横で聞きながら、彼女は新たな作戦の必要を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《アガニョーク前衛部隊、後退しました!》

 

 S35に乗る後輩の報告を聞き、マドレーヌは笑みを浮かべた。マジノの旗艦とも言える「青のスペード」が描かれたB1bis重戦車。その砲塔にはマドレーヌ一人が身を収めるスペースしかない。足元には操縦手と、車体に直付けされた主砲の砲手・装填手がいた。操縦手に前照灯を消すよう命じ、砲塔後部のハッチを開ける。巡航時のシートにもなる後部ハッチに腰掛け、外付けのサーチライトを消した。もう一両のB1bisも同じく消灯する。高台の下は闇に包まれた。

 

《マドレーヌ様、追撃命令を!》

「いけません、エクレール」

 

 レシーバーに入る声に、毅然として答える。相手は彼女が以前から目をかけている後輩で、その能力を買ってS35での遊撃任務を与えたのだ。機動力に優れる騎兵戦車に乗っている身としては、追撃して敵を蹴散らしたいところだろう。

 

「相手はプラウダ高校の指導を受けているとのこと。偽装撤退はプラウダの常套手段、迂闊な追撃は禁物でしてよ」

《……了解ですわ》

 

 理にかなった命令だったため、エクレールは従った。だが彼女が内心自分のやり方に不満を抱いていることに、マドレーヌは薄々気づいていた。しかしそれは何年も前からマジノ女学院に根付く病とも言えるもので、マドレーヌはどうすることもできない。少なくとも、本人はそう考えていたのだ。

 

 今回はマジノの防御戦法で優位に立てるだろう。アガニョークの戦車編成では長距離からB1bisの装甲を抜くことはできない。その背後に姿を隠したフラッグ車、ルノーFT17を狙うこともできないはずだ。そして夜間であっても、訓練場の地形を知り尽くしたマジノ側に地の利がある。この高台には崩れた砦を模した石の壁や、戦車が十分に隠れられる茂みも存在する。それらに陣地転換しながら守りを固め、敵の偽装撤退に応じなければ負けはしない。

 全国大会に出たことのないアガニョーク学院高校が相手とはいえ、勝てば士気も高まるだろう。

 

「皆さん。堅く守りを固め、敵の策に乗らないように!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「高台の上、二箇所にB1。その間にFT17が一両。周囲にR35三両が……」

 

 懐中電灯で照らされた地図に、カリンカがペンで印をつけていく。ラーストチュカは静かにそれを見守り、ターニャはその配置を見て唸る。さすがによく考えて待ち伏せをしている。敵戦車十両中、三両だけ居場所が分からない。恐らくはフラッグ車とその護衛と、後方警戒だろう。背後を突くこともできなくはないが、近道をしようとすると急斜面を登ることになり、なだらかな場所を選ぶと起伏の激しい場所を迂回せなばならないため時間がかかる。後方警戒の車両がどこにいるかは分からないが、気づかれる可能性が高い。

 

「噂通りだな」

 

 ターニャは呟いた。SU-85があれば、と思ったが口には出さない。部下に動揺を与えないよう、態度には気をつけねばならないのだ。

 敵はカリンカたちを追撃してこなかったことから、プラウダ仕込みの囮戦術も通用しそうにない。相手も分かっているのだろう。

 

「よし。危険は伴うが、T-26で煙幕を張り、私とラーストチュカのBT-7で側方から撹乱する。相手もフラッグ車がいればそれを狙おうとして、守りに隙ができるだろう。そこへM3を接近させ、フラッグ車を叩く」

 

 概ね、最初に考えていた通りの作戦だ。しかしカリンカはそれで突破できるとは思えなかった。

 

「同志隊長」

「何だ、副隊長代理」

「お言葉ですが、我々が側方を着けば敵は即座に陣地転換できます」

 

 マジノの居座る高台には、戦車の隠れられる障害物が多々あった。何処から攻められても即座に配置を変え、守りを厚くできる。場合によっては部隊丸ごと、他の場所へ退避して戦うこともあるだろう。

 

「加えてM3は車高が高く、発見されやすいです。先に敵の火点を制圧しようにも、ダックインしている戦車を狙うのは困難かと」

「……確かに」

 

 ターニャも彼女の意見を認めた。BT-7やT-26の主砲は非力だし、M3の75mm砲は旋回できない。敵火点を制圧しないままM3が発砲すれば、敵は発砲炎を頼りに集中砲火を浴びせてくるだろう。マジノ側もM3の火力を特に警戒しているはずなのだ。

 隙を作るためにBT-7で突撃しても、あの遊撃のソミュアS35が妨害してくるだろう。あの騎兵戦車は最高速度と航続距離を除き、あらゆるスペックでBT-7を上回っている。スペック表に乗らない弱点もあるが、カリンカは動きから見て手練が乗っているだろうと推察していた。あの遊撃手が尖峰を妨害すれば、他の車両は陣地転換を行いつつ防御に専念できる。

 

 だがカリンカは一つの策を考えついていた。負担も大きいが、“夜の魔女”たる自分たちならできる。

 

「私としては焦らず、持久戦に切り替えることを提案します。夜食も持ってきているし」

「持久戦だと?」

 

 ターニャが問い返し、周囲の仲間たちもどよめいた。ラーストチュカが口を開く。

 

「副隊長代理。防御陣地を組んでいる相手に持久戦というのは、いたずらに戦いを長引かせるだけかと」

「同志ラーストチュカの言う通りだ。それではマジノの守りに傷はつけられない」

「戦車が相手だと思えば、そうでしょう」

 

 少し語気を強め、二人の言葉を遮る。サイドテールが夜風に揺れた。

 続いてカリンカの口から飛び出したのは、とんでもない言葉だった。

 

 

「乗っている人間になら、傷をつけられます」

 

 




お読みいただきありがとうございます。
まずは本編後書きで予告したアガニョークVSマジノです。
テレタンクの他にカチューシャロケット搭載のT-60とかも出したかったのですが、そこまではさすがに止めておくかと思いまして。
カリンカというキャラに何となく愛着が湧いたので、彼女のことをもっと掘り下げようという考えもあって書きました。
こちらはこちらで後編を楽しみにしていただけると幸いです。


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後編

《敵、接近してきます!》

「ライト、点灯!」

 

 叫びつつ、マドレーヌはサーチライトを照射する。暗闇を光が照らすが、一瞬姿を見せたBT-7はすぐに後退してしまう。ただ一発だけ砲声が響き、陣地内に榴弾が落ちた。爆風が土埃を巻き起こすも、マジノの戦車に損害は皆無だ。

 しばらくするとディーゼルエンジンの音が遠ざかり、辺りには静寂が戻る。ルノーB1bis二両はライトを消した。戦場を照らすのは月明かりだけになる。

 

「マドレーヌ様、試合開始からもう二時間になります」

 

 主砲装填手のガレットが言った。短髪のさっぱりとした印象の少女だが、顔には僅かに披露の色が見える。

 最初の交戦以降、アガニョーク戦車隊は小規模な攻撃をひたすら繰り返すばかりだった。T-26かBT-7が単騎、または二両程度で姿を現し、大雑把な照準で弾をばら撒いては撤退していく。あるいはM3中戦車が遠方から撃ってくるだけだ。今の所徹甲弾一発がB1bisの装甲をノックしたのみで、マジノ女学院はほぼ無傷である。同時にアガニョーク側にも損害は出ていなかった。

 

「敵は無駄だということが分からないのでしょうか?」

「我がマジノに迂闊な総攻撃はかけられませんわ。プラウダ仕込みの戦術が頼りなのでしょう」

 

 アガニョークの師匠であるプラウダ高校のドクトリンは、後退して敵を包囲網へ引きずり込むことだ。アガニョークはマジノ側が痺れを切らして、前衛部隊を追撃してくるのを狙っている。マドレーヌはそう踏んでいた。

 いくら執拗に挑発を仕掛けてきても、マジノが誘いに乗ることはない。金城鉄壁の守りこそがマジノ女学院の伝統なのだ。もしアガニョークが攻勢に出てくれば、陣地を組み直しつつ迎撃し、撃破してやれる。『強豪プラウダの弟子』に勝てば、仲間たちは自信を持つだろう。

 

「“夜の魔女”と呼ばれていても新興チーム。我々の伝統の前には為す術もありませんわ」

「……はい、マドレーヌ様」

 

 力強く答えるガレット。砲塔後部ハッチに腰掛け、マドレーヌも一息つく。

 その刹那、砲声が轟いた。75mmだと音で察知した直後、周囲に着弾する。仰角を取って榴弾を撃ち込んできたのだ。着弾距離は遠いが、75mmともなると爆発力が大きい。衝撃波と舞い上がる土砂から顔を庇い、砲塔内に身を収める。

 

「下手に動かないで! 所詮闇雲に撃っているだけですわ!」

 

 仲間たちに指示を飛ばしつつ、視察窓の装甲シャッターを開けた。僅かな視界で前方を注視するが、向かってくる敵はいない。

 砲撃はすぐに止み、マドレーヌは胸を撫でおろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集結地点へ帰陣するBT-7の砲塔から、ターニャが顔を出す。歩兵に狙われる心配のない戦車道ゆえ、勇敢な車長は積極的にハッチから顔を出して周囲を視察する。ただBT-7の車長は装填手兼任のため、戦闘中は砲塔内に篭らねばならない。

 間接砲撃を行ったM3二両も後へ従い、三両で集結地点へ到着する。前照灯を点けずとも、走った距離と月の方角などで行く先が分かるのだ。T-26四両の残りのM3二両、そしてフラッグ車のBT-7が待機する隣へ、ターニャは自車を停めた。彼女が砲塔からゆっくりと降りたとき、すでにラーストチュカが近くへ来ていた。

 

「同志、仮眠は取ったか?」

「はい、十分です」

 

 姿勢を正し、静かに答えるラーストチュカ。感情を押さえ込んでいるのと表現が不器用なだけで、彼女は本来激しい気性の持ち主だ。しかし今は冷徹な姿に乱れが一切なく、間違いなく冷静である。彼女の部下であるフラッグ車乗員二名も、隊長車へ駆け寄る。

 

「次は君たちの番だ。眠気覚ましに楽しんでこい。帰ってきたら履帯を外すからな」

「ダー・ダヴァイ」

 

 互いに手を打ち合わせ、ラーストチュカたちは隊長車へ乗り込んだ。代わりにフラッグ車へ向かうターニャの背に、ラーストチュカは再び声をかける。

 

「同志隊長。車長席にクッキーがあるので、どうぞ」

「スパスィーバ、同志」

 

 ロシア語で感謝の意を告げた直後、BT-7は発進した。エンジン音を響かせ、再びマジノの陣地へと向かう。月夜の闇へ消えていく後ろ姿を見送り、ターニャはふとT-26の方へ向かった。アガニョークはプラウダのように、炊事車両まで用意する力はない。だが夜戦が得意なだけあって、長期戦に備えた仮眠用の寝袋や毛布などは試合に持ち込んでいる。T-26やM3の周囲には、それらを使ってメンバーが睡眠を取っていた。マジノが追撃してこないからこそできるのであって、ここまで堂々と仮眠が取れる試合は滅多にない。

 

 T-26一号車の前で毛布にくるまっているのはカリンカその人だ。携帯電話のライトを点けて近寄ると、綺麗な寝顔がよく見えた。白い頬は戦闘中と違って張り詰めたものがなく、柔らかな美しさを感じる。口周りにクッキーの食べカスさえ付いていなければ。

 苦笑しつつもポケットからハンカチを出し、拭いてやるターニャ。彼女は戦車道を愛しているが、一番好きなのは戦いの合間の、こうした一時だった。背後にいた隊長車のクルーも笑顔を浮かべる。

 

「この子、ラーストチュカのお菓子を食べてるときは笑顔ですよね」

「ふふ、そうだな」

 

 部下の言葉に笑みをこぼし、カリンカの頬をそっと撫でてやる。

 

「どんな後輩も寝顔は可愛いが、こいつはとんでもない奴だ。戦車を傷つけられないなら人間を、なんて言うか? 普通」

「ドSですからね」

「しかも珍兵器マニアときている。我が部もつくづく、妙な奴を抱えたものだ」

 

 言いたい放題に言いながらも、眠るカリンカを撫でる手つきは優しい。凛々しい眼差しを細め、ターニャは何かに想いを馳せていた。この試合とは違うものに。

 

「だが、こいつなら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……練習試合とはいえ、戦車道の試合には連盟から審判が派遣される。もし無気力試合と判断された場合、審判がルールに則り中止を命じることもある。アガニョーク学院高校は断続的な襲撃・挑発行為に終始し、決戦を始めようという様子はない。もちろんマジノ側にもそれは言えるのだが、審判は念のためアガニョークに「勝利の意志は有りや?」と問いかけた。

 

「我々はマジノ女学院の防御を打ち破るため、計画的かつ効果的な戦法を取っている」

 

 ターニャの答えは以上だった。

 

 

 やがて試合終了まで残り四十分を切り、夜も大分更けてきた。マジノ防御陣地の背後を警戒するルノーFT17から、乗員二名が降車した。後方では一向に交戦がないまま狭い戦車内に身を収めていたため、相当な疲労が溜まっていたのだ。

 本隊の側では砲声が轟いているが、音の数からしてまた小規模な襲撃だろう。戦車から降りて体の曲げ伸ばしをせねば身がもたない。

 

「ふぅ……敵も飽きずに、よくやりますわね」

「ええ、あれでマドレーヌ様に勝てるわけないのに」

 

 戦車の装甲板にもたれかかり、二人は眠そうに言葉を交わす。携帯で時間などを確認しながら、正面側の砲撃戦を他所にしばし小休止した。月明かりがFT17の無骨な車体を照らす。リベット止めの薄い装甲板に小型の主砲、乗員はわずか二名。しかし車体の上に回転砲塔を配するという、戦車のレイアウトを確立した傑作兵器だ。所詮第一次大戦の遺物であることはマジノの隊員自身がよく知っていたが、乗員は皆この戦車に愛着を持っている。エンジンにはチューンナップが施され、速度だけでもまともに使えるレベルに改良されていた。

 愛車が直接戦闘に耐えないと分かっていても、敵の来ない後方を延々と警戒するのは辛い。操縦手の少女が欠伸をしたとき、暗闇の中から声が聞こえた。

 

「そこの二人、ちょっとこっち来ぉーし!」

 

 久しぶりに聞いた郷土の方言に、彼女たちは眠気まなこを擦りながら身を起こした。先輩に見つかってしまったか、などと思いながら、声の方向へ向かう。

 だが近づくに連れ、二人は違和感に気付いた。声の主の着ている服が、マジノの物とシルエットが異なっているのだ。

 

「スパコーィナイ・ノーチ」

 

 おやすみなさい、を意味するロシア語が聞こえた直後。次に耳に響いたのは45mm砲の咆哮だった。

 乗員が離れて無人となったルノーFT17に徹甲弾が直撃し、小柄な車体がグラリと揺れる。その直後に撃破判定が出て、白旗が夜風に靡く。唖然とする二人を他所に、声の主……ターニャは自車へと駆け戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《後方警戒がやられた!?》

《敵襲! 敵は背後ですわ!》

 

 無線機に動揺の声が入り、マドレーヌははっと後ろを振り向いた。発砲炎がちらちらと見え、被弾したFT-17が炎上している。その明かりで、履帯を外したBT-7二両の姿が辛うじて見えた。正面から襲撃して惹きつけている間に、機動力を活かして障害を迂回、背後へ回り込んだのだ。それも騒音を少しでも減らすため、履帯を外して。

 だがマジノ側にとってもこれはチャンスだった。BT-7のうち一両はフラッグ車。それが間近にいるのだ。

 

「全車、陣地転換! フォーメーション・キャトルで敵フラッグ車を攻撃……」

 

 号令をかけながら、ふと車内の異常に気づく。足元にいる操縦手が頭を垂れ、ハンドルから手を離したまま動かないのだ。

 同じくそれに気付いたガレットが、慌てて肩を叩く。操縦手は「ふえっ!」と奇声を発して飛び起きた。

 

「お、お母さん、デラウェアのジベ処理ならもう終わったずら!?」

「目をお醒ましなさいッ! ここは貴女の実家ではありません、B1の中です!」

「B1……甲府の鳥モツ丼!」

「何の話ですの!? 気を確かに……」

 

 怒鳴っている最中、ガツンという衝撃がB1の巨体を揺らした。乗員たちは咄嗟に受け身を取る。砲弾の衝撃とは違う、もっと大きな物がぶつかったようだ。

 マドレーヌは後部ハッチから顔を出し、はっと目を見開いた。陣地転換しようとしていたR35軽戦車が、彼女のB1bisの左側面に衝突していたのだ。直後に闇を切り裂いて飛来した砲弾が、R35に直撃する。破片が飛び散り、側面装甲に弾痕が穿たれた。R35はむしろ側面の方が装甲の厚い戦車だが、受けたのは75mm砲。耐えられなかった。

 

《マジノ女学院R35、走行不能!》

 

 無情なアナウンスが入ったとき、マドレーヌはアガニョークの二つ名……“夜の魔女”の由来を思い出した。

 独ソ戦で活躍した、ソ連空軍の第四六親衛夜間爆撃航空連隊。ポリカルポフPo-2練習機を使い、敵の就寝時間を狙って夜襲を行う女性パイロットの部隊だ。布張りの複葉機ゆえ爆弾の量もたかが知れており、その目的は物理的な破壊よりも、敵の心理面への効果を狙ったものだった。

 

「今までの攻撃は……私たちを休ませないため……?」

 

 今の事故は決して乗員の技量が不足していたわけではない。疲れ切っていたのだ。

 アガニョークの側は交代で休息を取れる。しかし防御陣形を張るマジノは敵が小規模なりとも攻撃してくる以上、常に油断なく陣形を張り、応戦しなくてはならない。夜間ともなれば尚更疲労する。特に砲撃の音を聞きながら、移動も攻撃もできない操縦手のストレスは多くなる。苛立ち、或いは逆に気が抜ける者も多い。

 

 混乱に陥るマジノ防御線へ、アガニョークの本隊が強襲を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《アガニョーク全車へ告ぐ! 敵陣地を蹂躙せよ、蹂躙せよ!!》

《ураааа!》

 

 ターニャの号令でM3中戦車が突撃に移った。二門の砲を搭載した、独特のグロテスクな姿が発砲炎で照らされる。T-26もその左右から一両ずつ、テレタンクを引き連れて援護に当たった。時折敵側から反撃があるも、先ほどと違い統制の取れた攻撃ではない。砲弾は風を切り裂いて見当違いな方向へ飛んで行った。

 突撃隊を率いるカリンカは戦車乗りの顔に戻っていた。彼女は敵戦車だけでなく、それを扱う人間を相手に戦術を組み立てる。今回も本人の言葉通り、敵戦車の乗員を精神的に攻めたのだ。

 

「えらい混乱ぶりですね」

 

 B1に突っ込んだまま炎上するR35を見て、砲手が呟く。マジノは何とか陣地転換しようという者、動かずにいる者、闇雲な方向へ走ろうとする者と、統制をほぼ失っていた。背後ではBT-7が走り回りながら大雑把に砲撃し、さらに撹乱する。

 

「誤射に注意しつつ突撃。遊撃手のS35も警戒しつつ、フラッグ車を……」

 

 刹那、車体に衝撃が走った。さして大きなものではなかったが、カリンカのT-26は行き脚を止める。流れ弾に当たったらしい。

 

「履帯をやられたようです!」

 

 操縦手が報告した。カリンカが即座にハッチから顔を出し、自車の足元を見る。暗闇の中だが、夜目の利く彼女には損傷した履帯が確認できた。この程度では白旗判定は出ないが、敵前で立ち止まるなど言語道断である。

 カリンカは即座にコントローラーを操り、先行させていたテレタンクを後退させる。電波に従い、無人の戦車はカリンカ車の隣へバックし、ぴたりと停止した。

 

「ふ、副隊長代理、まさか……?」

「テレタンクに移乗するのよ! ダヴァイ、ダヴァイ!」

 

 檄を飛ばしつつ、砲撃戦の最中で真っ先に戦車から飛び出す。クルーも覚悟を決め、「ура!」の叫びも高らかに後へ従った。カリンカが普段面倒見の良い先輩だからこそ、部下もこのような状況で逡巡なく命令に従うのである。

 カリンカが、続いて砲手が、砲塔から砲塔へと飛び移った。撃破判定が出ない限り乗員には試合への参加権があり、車両の乗り換えも認められる。身軽な動きで砲塔内に滑り込み、着席する。

 

「……砲弾、こっちにも積んであったんですね」

 

 テレタンクの砲弾棚を見て、砲手が感心する。量は少ないが徹甲弾がしっかりと搭載されていたのだ。

 

「こういう事態を想定してないとでも思った?」

 

 涼しい声で答え、カリンカは足元に目をやった。操縦手もすでに乗り込み、無人操縦から有人操縦へと切り替えを行っている。さほど時間をかけず、「切り替えよし!」の報告が上がった。

 即座にカリンカは発進を命じ、敵陣へ突入したM3を追う。煌めく発砲炎、被弾した戦車。マジノ側の戦車に白旗が続々と上がっていた。だがマジノ側も混乱していようと戦意は失っていない。どうにかフラッグ車を守ろうと果敢に反撃してくる。だがカリンカは相手の動きを見て、フラッグ車の場所を察知した。B1bis二両が間隔を縮め、壁になるかのように構えていたのだ。

 

「隊長、フラッグ車はB1の背後と思われます!」

 

 カリンカはターニャへ連絡を入れた。ターニャとラーストチュカの目的はあくまでも撹乱であり、あえて敵の背後にフラッグ車の姿をちらつかせ、陣形を崩させることだった。しかしこの状況なら、敵の背後にいるターニャの方が容易に敵フラッグを狙えると踏んだ。

 

《こちらターニャ、了解した! 見つけ出すまで敵の注意を引け!》

 

 ターニャの声も突撃の高揚感から高ぶっていた。カリンカも表情はあくまで冷徹だが、心の中では戦車戦のスリルを満喫している。闇に光る発砲炎、硝煙のニオイ、轟音。それらを感じながら戦いに集中するのが、彼女の最大の楽しみなのだ。

 敵のルノーR35三両は全滅したようだ。勝機はアガニョーク側が掴んでいる。だがカリンカが最も警戒していた相手は、諦めていなかった。

 

《アガニョーク学院高校M3中戦車、走行不能!》

 

 突如側面に被弾したM3の砲塔から、白旗が飛び出す。カリンカの目は闇の中に刺客の姿を捉えた。やはりソミュアS35だ。搭載するSA35型47mm砲はM3の側面程度、十分貫通できる威力を持つ。

 その上車長は大胆だった。騎兵戦車の機動力を活かして、M3の隊列へ大胆に割り込んできたのである。続いて別のM3に砲塔が向く。

 

「ナースチャ、左側よ!」

 

 カリンカの声で、狙われたM3は即座に対応しようとした。しかし不意打ちはすでに決まっており、47mm砲が火を噴く方が早かった。

 またしても側面へ直撃。白旗の上がるM3の脇をソミュアは走り抜け、一度距離を取る。まるで一騎駆けだ。

 

「手練ね……エクレールって子か」

 

 事前に収集しておいた情報から、車長が誰であるか分かった。フランス戦車であのような機動戦ができる選手は早々いないのだ。

 

「どうしますか!?」

「煙幕展開! ケムに巻いてやるわ!」

 

 煙幕発生装置のスイッチを入れ、突撃を命じる。S35は同時期に開発された他国の戦車より、スペックでは上回っていた。しかしフランス戦車に共通の致命的な欠点がある。一人乗り砲塔だ。当初は複数の乗員が呼吸を合わせる必要がなく合理的と考えられていたが、指揮・装填・射撃を一人でこなさねばならない車長の負担は大きかった。

 加えて、キューポラにハッチがない。砲塔ハッチは後部にしかなく、戦闘中に直接顔を出して外を見ることができないのだ。

 

 夜間戦闘で、しかも目の前に煙幕を広げてやれば、視界は完全に奪われる。煙を濛々と吐きながら目の前をうろつくT-26を、S35はとうとう視認できなくなった。即座に後退するその背後へ、カリンカは回り込むよう命じた。

 操縦手は彼女の期待に応えた。夜間で視界も悪い中、ハッチから顔を出して的確に戦車を操った。バックする敵の後方へ躍り出る。位置を砲手へ伝え、砲塔を指向させた。

 

「撃て!」

 

 命じた直後、砲が吠えた。空薬莢が車内へ転がり出る。砲身のクセが分からなくても当てられる近距離。45mmといえど十分だった。

 後部に弾痕が穿たれ、エンジンが発火した。小さな砲塔から飛び出した白旗が夜風に靡く。

 

「……貴女の腕のせいじゃないわ」

 

 カリンカの呟きが聞こえた者はいない。炎上するS35……正確にはその砲塔内にいる少女へ向けた言葉だった。厄介者を排除したカリンカは、次の標的をB1bisに移す。前面・側面ともに重装甲だが、左側面のラジエーターグリルという弱点がある。そこを近距離から攻撃すれば抜けるはずだ。

 

 だがその必要はなかった。通信機にターニャの声が聞こえたのだ。

 

《敵フラッグ発見。攻撃する!》

 

 直後、B1の後ろで砲声。それが終わりを告げる鐘だった。

 

 

《マジノ女学院フラッグ車、走行不能。アガニョーク学院高校、勝利!》



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エピローグ

 やがて夜は明け、アガニョークの選手たちは撤収を始めた。勝利の高揚感と眠気を抱えながら。

 マドレーヌと副隊長の二人が、ターニャたちを見送りに来た。負けた悔しさは当然あるだろうが、騎士道精神に乗っ取り笑顔で握手を交わす。

 

「さすがは“夜の魔女”。勉強になりましたわ」

「そちらこそ、よく考えられた防御陣形でした。しかし……」

 

 相手と同じく穏やかな物腰で応じるターニャだが、思っていたことを口に出す。

 

「一度でも貴女方が攻勢に出るか、フラッグ車だけでも離脱させるかしていれば、結果は異なっていたかもしれません」

 

 その言葉に、マドレーヌの顔から笑みが消えた。

 最終局面でターニャがフラッグ車のルノーFT17を撃破できたのは、ラーストチュカがその護衛一両を引きつけてくれたのと、相手が動かなかったことが大きい。壕に隠れて偽装までしていたため、発見するまで時間はかかったが、見つけてしまえば撃破は容易かった。

 

「……伝統を守りながら戦うことが、我がマジノの戦車道ですの」

「伝統、ですか。我々にはあまり、縁のない話ですね」

 

 ターニャはニコリともせずに答えた。

 

「ですが伝統というのは誇りを持てるからこそ、受け継がれていくものかと思いますが……」

「!」

 

 マドレーヌの心臓が大きく脈打った。脳裏にとある後輩の顔が浮かんでいた。

 

「……いや、私がとやかく言うことではありませんね。お許しを」

「……お気になさらず」

 

 強張った顔に、再び微笑みを湛える。彼女に一礼して、ターニャは踵を返した。

 

 内心、ターニャはマドレーヌの気持ちを察していた。フランス戦車はS35などの一部を除いて、防御戦を想定した設計なのだ。

 戦争は政治の延長であり、それに使われる戦車も政治的な影響を受けて造られる。フランスは革命以降出生率が低く、加えて第一次大戦で多大な犠牲を出した。世界規模の大戦争が繰り返されれば国家の存亡に関わると考え、一次大戦後に日本が提唱した人種差別撤廃条約に賛同し、ナチスがポーランドへ侵攻しても外交で問題解決を図ろうとした。

 だが結局フランス軍の防御戦略は、ドイツ軍の機動戦に歯が立たなかった。

 

 それでもマジノ女学院の現状に問題があるのは確かで、マドレーヌも自覚していることだろう。同じ隊長として、彼女が抱えている苦悩は察しがつく。マジノ女学院は長い歴史を持つがゆえ、その伝統が重すぎるのだ。

 アガニョーク戦車部が柔軟なのは歴史が浅いからであり、それが強みだとターニャは考えている。しかしチームがより長く続けば、いずれマジノ同様の動脈硬化を引き起こす……それを危惧していた。

 

 ターニャはふと、仲間達と雑談する副隊長代理へ目をやった。戦車と関わっているときは滅多に歯を見せないカリンカだが、今は花のような笑顔を浮かべている。ラーストチュカの作ったチョコ菓子の効果だ。

 

 彼女なら今のアガニョークの良さを守ってくれるだろう。型破りでキャリアは短くサディスティックだが、純粋に戦車道を愛しており、格式張ったことを好まない。今回の試合でもそうだったように、冷静かつ柔軟な戦い方ができる。新入生たちも皆、カリンカを慕っていた。

 

 自分がいなくなっても、後をカリンカに任せればアガニョークはもっと強くなれる。彼女のためにも今年は全力で、隊長としての務めを果たそう。

 決心を固め、ターニャは声高らかに撤収を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その日の内に、抑留されていた副隊長たちが帰校した。当然、SU-85もだ。事の発端となった黒森峰の『ハイター』なる雑用係が、菓子折り持参でプラウダへ赴き説得に当たったという。校外へ出ていた“ブリザード”ノンナが予定を繰り上げて帰ってきたこともあり、小さな暴君は機嫌を直したようだ。

 全国大会常連校への勝利は“夜の魔女”たちの名を高めることとなった。一方のマジノ女学院ではその後、時期外れの隊長交代が行われた。新隊長に就任した二年生・エクレールは長い伝統に楔を打ち込み、チームの改革へ乗り出すことになる。

 

 ターニャの危惧した『動脈硬化』はマジノ女学院のみならず、日本戦車道全体で発症していたと言えるかもしれない。この年の全国大会で無名校が大番狂わせを成し遂げ、強豪校の慢心が浮き彫りとなる。そして翌年には、群雄割拠の時代が始まったのだ……

 




お読みいただきありがとうございます。
アガニョークVSマジノ編、いかがだったでしょうか。

マジノにブドウ園があるのは私の確信的な想像です(本拠地が山梨で提携先がフランスならあるに決まってる)。
なんか後編では露骨な山梨ネタ(しかも山梨県民でさえ分かる人少なそう)を入れてしまいましたが、郷土愛ということで勘弁してください。
フランス系の学校だからフランス流戦車道なのは分かるんですけど(甲州ワインもフランス流だし)、山梨県民の気質から考えると、防御中心の戦術は似合わないような気がするんですよね。
どちらかといえば、良くも悪くも我が道を行く鶴姫しずかの方がより山梨的に思えます。
協調性が無いという意味ではマジノの面々も山梨的か……?

まあ私は学生時代にブドウ園の作業も経験しているので、マジノはアンツィオと並んで好きな学校の一つです。
一番好きなのはもろに地元の楯無高校ですが。

ともあれ、お読みいただきありがとうございました。
ご感想・ご批評などをいただけましたら、今後の糧といたします。


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戦車道『士魂杯』第一回戦 各試合解説
Aブロック


月刊戦車道ネット版

戦車道『士魂杯』一回戦 各試合解説

 

Aブロック

 

1.◯千種学園 VS ●虹蛇女子学園

 

千種学園

戦力:タシュ重戦車×1、トゥラーンIII重戦車×1、トルディI軽戦車×1(フラッグ車)、ズリーニィI突撃砲×1、T-35重戦車×1、九五式装甲軌道車ソキ×1

流派:一弾流

 今年に入ってから戦車道を始めたルーキー中のルーキーだが、それにも増して車両編成は独特である。主力を担うのはハンガリー戦車5両、しかも1両は製造中に破壊されたタシュ重戦車を再現したものだ。加えて欠陥戦車T-35に鉄道車両まで持ち込んだこのチームは、隊長の一ノ瀬選手の右足が義足ということもあり、試合前からあらゆる意味で注目を集めていた

 

虹蛇女子学園

戦力:CTL豆戦車×1(フラッグ車)、ACIセンチネル巡行戦車×4、ACIIIサンダーボルト巡行戦車×4、ACIV巡行戦車×1

流派:島田流

 オーストラリアの大地を模した広大な演習場で、普段から島田流の偵察・連携技術を磨いており、索敵能力には定評がある。昨年度は学園艦の演習場にて不発弾の爆発事故を起こしてしまい、全国大会出場を諦めることとなった。今年度は17ポンド砲搭載のACIVを引っさげ、腕利の砲手を乗せて士魂杯へ臨んだ。隊長は“鉄腕戦車長”の異名を持つ毎床選手で、上述の事故によって右腕を失いながらも、CTL戦車に乗り込んで指揮をとる。

 

 フィールドは起伏のある地形で隘路が多く、雑木林をどう利用するかが勝負を分けると思われた。両校は違いに相手の出方を伺いつつ、その裏をかく策を駆使した。

 最初は千種学園が2両を撃破して先手を取るが、ACIVの砲手は驚異的な射撃技術を持っており、林の中にいるズリーニィを狙撃して撃破する戦果を上げる。林が守りに使えないと知った千種学園は残る主力を虹蛇側の本体へ突撃させ、林の反対側で囮となっていたCTLへトルディをぶつけるという賭けに出た。千種学園の牽引式デコイに騙された虹蛇側はフラッグ車の護衛を敵の護衛へ向かわせてしまい、CTLはトルディからひたすら逃走することを余儀なくされた。

 ACIV砲手の技量はここでも発揮され、他の僚車の大半を失いながらも、超人的な射撃技術で敵隊長車のタシュを撃破し、自軍フラッグ車の救援へ向かった。CTLも巧みな回避運動で逃げ切るかに思えたが、突如飛び出してきたT-35に道を塞がれて衝突、トルディの対戦車ライフルで撃破されてしまった。

 両校の隊長はそれぞれ知略を尽くしたが、特筆すべきは彼女たちが二人とも切断障害を持っていることである。この試合は福祉関係者や義肢メーカーなどからも反響を呼んでおり、戦車道に興味を持つ人を増やすことにもなっただろう。

 

 

 

2.◯アガニョーク学院高校 VS ●金字塔高校

 

アガニョーク学院高校

戦力:BT-7M快速戦車×3(フラッグ車)、SU-85自走砲×3、M3リー中戦車×4

流派:トゥハチェフスキー流(非公式にインターナショナル流を自称)

 同じロシア系の強豪・プラウダと縁が深く、戦車道のノウハウを伝授されている。しかし池田流や島田流、さらには蒋式戦車術の経験者も入部させており、格式に囚われない独自路線をモットーとする。夜間戦闘においては強豪をも破る手並みを見せており、“夜の魔女”の名で恐れられてきた。試合には出場しなかったが、他にT-60、T-26軽戦車を保有している。

 

金字塔高校

戦力:IS-3×1(フラッグ車)、SU-100自走砲×1、M4A4シャーマン中戦車×5、T-34/85×3

流派:西住流

 エジプトを海外提携先とする金字塔高校は、昨年度から戦車道に参入。キャリアは短いが砂漠戦では成果を上げており、装備車両の性能は本大会随一と言って良い。考古学に力を入れており、戦車クルーも古代の戦いから戦術を学んでいる。今回は新戦力として、戦車道の規定上最強クラスの戦車とされるIS-3を投入、隊長車として運用した。しかしスペック表には載らない欠点を露呈してしまうことに。

 

 戦車の質を見ると圧倒的に金字塔高校が有利と思われた。加えて一回戦は昼間の試合のため、アガニョークに有利な点は指揮官と乗員の練度だけだった。

 試合開始後、金字塔高校は隊長車 兼 フラッグ車のIS-3を前方に押し立てて突撃、アガニョーク前衛のBT-7Mを追い散らした。その先で待ち受けていたSU-85がIS-3へ砲火を集中するも、その装甲の前にことごとく弾き返されてしまう。この戦いでアガニョークは2両を失いながら撤退、試合の流れは金字塔へ傾いたかに見えた。

 しかしロシア戦車をよく知るアガニョーク側は、試合前から金字塔高校の弱点を解析していた。それは金字塔高校の隊長及びそのクルーが皆長身だということ。内部容積が極度に圧迫されたIS-3の車内ではスムーズな動作ができず、砲弾の発射速度などに悪影響が出たのだ。そのためアガニョーク側は最小限の犠牲で退避できた。

 そしてアガニョークのM3中戦車は本隊から離れ、小高い崖の上に陣取っていた。本隊が撤退しながらその崖の下へ金字塔高校をおびき寄せると、M3中戦車の75mm砲(構造上俯角を取りやすい)が眼下の敵へ一斉に火を噴く。さすがのIS-3も上面装甲を狙われてはなすすべもなく、被撃破判定が出た。

 金字塔高校は戦車の高性能を活かせなかったことに悔しさを滲ませたが、アガニョーク学院高校は「まあ、こんなもの」と冷めたコメントを残した。

 

 

 

3.◯バッカニア水産高校 VS ●ボルテ・チノ高校

 

バッカニア水産高校

戦力:クロムウェル巡行戦車MK.V×6(フラッグ車)、MK.VIIテトラーク軽戦車×1、MK.VIIテトラーク軽戦車ICS×3

流派:フラー流

 イギリスの軍事評論家の理論から生まれたフラー流戦車道に基づき、機動力の高い車両で構成されている。三年前に全国大会へ出場を試みたが、ティーガー乗りにクロムウェル巡行戦車を貶されて怒った隊員が暴力事件を起こしてしまい、出場禁止処分を受けた。海賊と称される荒々しい戦い方で有名だが、怒らせない限りは礼儀正しいと評判である。また、試合には参加しなかったが水陸両用型の試験車両・テトラークDDも保有している。

 

ボルテ・チノ高校

戦力:T-34/85×3、BT-7快速戦車×4、BT-5快速戦車×3(フラッグ車)

流派:なし

 モンゴルの伝統を受け継ぐ学校であり、馬術や格闘技において優秀な成績を収めている。戦車道においてもモンゴル文化の色が濃く出ており、遊牧民の騎馬戦術を戦車に置き換え、独自の機動戦術を用いる。さらに使用する戦車にはチューンナップが施されており、最高速度のみならず、足回りの耐久力も高くなっている。試合前には応援団の曲馬や馬頭琴などのパフォーマンスで会場を沸かせた。

 

 フィールドは平原で、両校ともに高速戦闘を得意とするため、接敵後は凄まじい機動戦が繰り広げられた。地形に起伏が少ないことを確認したボルテ・チノ高校は、試合開始直前にBT戦車の履帯を外し、装輪状態で戦闘を開始。BT戦車が突撃して撹乱しているところへ、後からT-34が参戦して砲火を浴びせる作戦に出た。この最初の戦いでボルテ・チノはBT-5を2両、バッカニアはクロムウェル3両とテトラークを失う。

 しかしバッカニア側はここで巻き返しを図り、煙幕を展開して逃走。ボルテ・チノは追撃するが、テトラークICSに煙幕弾を撃ち込まれ、視界を奪われたところへ再び突撃される。この後バッカニアは戦車の高速性と煙幕による一撃離脱戦法を繰り返し、ボルテ・チノの戦力を削っていく。ボルテ・チノはフラッグ車を逃走させて反撃を試みるも、バッカニア隊長車(フラッグ車)に後方から狙撃され、勝負は決した。バッカニア側も撃つのが一瞬でも遅れていれば、自分たちがT-34に撃破されていたというきわどい勝利だった。

 戦車が平原を縦横無尽に駆け回る姿は観客を大いに沸かせ、両校の腕前に惜しみない拍手が送られた。

 

 

 

4.●メフテル女学院 VS ◯大洗女子学園

 

メフテル女学院

戦力:IV号戦車G型×3、M24チャーフィー軽戦車×3、M4A3E8シャーマン・イージーエイト中戦車×3(フラッグ車)、シャーマン・ファイアフライ中戦車×1

流派:グデーリアン流

 総じて情に厚く社交的な生徒が多いが、試合になると威圧的なトルコ軍楽による応援を受け、人が変わったかのように勇ましく戦う。甘党が多いことで有名で、戦車道の隊長は代々トルコ菓子の『バクラヴァ』のあだ名で呼ばれる。以前からルノーR35で野試合に出ていたが、毎年少しずつ装備を強化し、今年度はバランスのとれた戦車隊を編成できるまでになった。

 

大洗女子学園

戦力:IV号戦車H型×1、M3リー中戦車×1、八九式中戦車甲型×1(フラッグ車)、III号突撃砲F型×1、ヘッツァー駆逐戦車×1、ルノーB1bis重戦車×1、ポルシェティーガー×1、三式中戦車チヌ×1

流派:新派西住流

 第63回全国大会で大番狂わせの優勝を成し遂げ、その後の『大洗紛争』にも勝利した“奇跡の新興校”。新車両の導入はまだ成されておらず、相変わらず雑多な戦車で構成されているが、メンバーの練度と隊長の采配にはさらに磨きがかかっている。この『士魂杯』が開かれるきっかけを作った学校であり、参加が切望されていた。一方で、昨年度のプラウダ戦で披露した『あんこう踊り』を希望する声も多く、対応に困っている模様。

 

 フィールドは都市近郊の高台の多い地形で、市街地も交戦区域に含まれていた。大洗側が三式中戦車を偵察へ向かわせた後、メフテルのシャーマン二両が前衛として攻撃を仕掛けてきた。メフテル側は軽く砲火をかわしただけで後退。大洗はこれを追撃して一両を撃破するも、囮作戦であると判断して深追いはしなかった。しかし突如、近くの高台の上からチャーフィー小隊が急斜面を強引に駆け下り、煙幕を展開しつつ前方へ立ちふさがった。サスペンション強化などの改造を施し、走破性能を高めていたからこそできた芸当である。

 このとき、偵察に派遣していた三式中戦車が敵本隊を発見し、位置を通報。メフテルのIV号小隊とフラッグ車は大洗の背後を取ろうとしていたのである。西住選手は咄嗟の大胆さを発揮し、装甲の厚いB1bisとポルシェティーガーを先頭に押し立て、煙幕の中へ突撃。重戦車の重量を以ってチャーフィーを跳ね飛ばし、多少の損傷を受けながらも強行突破に成功する。そのまま市街地へ向かおうとするも、市街戦における大洗の強さはメフテルも知っていた。メフテル側は虎の子のファイアフライを戦車壕へ入れて偽装し、市街地へのルートへ17ポンド砲を向けさせていたのだ。最初の狙撃でフラッグ車の横にいたポルシェティーガーを撃破し、そこへ三式中戦車を片付けたメフテル本隊、そしてシャーマン、チャーフィーの生き残りも合流する。

 しかし油断の出たファイアフライは砲撃後の陣地転換を行わなかったため位置を特定され、IV号戦車からカウンタースナイプを受けて撃破されてしまう。メフテルは負けじと大洗フラッグ車を狙い、盾となったB1bisを撃破する。だが相手を市街地へ入れさせまいと焦った結果、大洗副隊長車が側面へ回り込むのを許してしまい、フラッグ車を撃破された。

 試合前、メフテル側は大洗へ、自分たちが勝ったら『あんこう踊り』を見せるようにと要求していたが、実現されなかった(逆に自分たちがベリーダンスを披露し、大いに盛り上がったという噂もある)。踊りはさておき、大洗の熟練度は昨年にも増して向上している。ただし、卒業した角谷選手の穴はまだ大きいようにも見えた。




需要あるか分かりませんが、こういう設定も書いてみました。
Aブロックを書いたところで力尽きたので、決号やドナウの戦ったBブロックはまた次に。
もしかしたらいずれかの試合を小説として書くかもしれません。


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メタルアーム・ウォー!(鉄腕少女の戦車道)
喪失の日


 学園艦は校風によって様々な設計がされており、草原や荒野などの自然を再現した区域も存在する。虹蛇女子学園に至っては小型の学園艦にも関わらず、それらが七割を占めていた。オーストラリアを海外提携先としており、同国の大地を再現した設計なのだ。カンガルーやエミューなどの動物を飼育している区画もあり、観光に訪れる他校の生徒も多くいる。絶滅したはずのフクロオオカミを目撃したという生徒もいるが、真偽は定かでない。

 

 それらから離れたエリアでは、鉄の獣が土煙を上げて荒野を駆けていた。丸みを帯びた装甲が特徴の、センチネル巡行戦車ACIIIだ。オーストラリア製のこの戦車は25ポンド榴弾砲を搭載し、成形炸薬弾があれば対戦車戦闘にも使える。オリジナルの生産数は少なく、2ポンド・6ポンド砲装備のACIから改造した車両も戦車道には多かった。センチネル(番兵)の名の通り日本軍の南下に備えて開発されたが、イギリスから輸入した戦車と比べて信頼製に劣り、実戦投入はされていない。今となっては戦車道だけが唯一の活躍の場である。

 同じオーストラリア系のコアラの森学園に触発され、虹蛇もまた近年戦車道に参入した。車両数は豆戦車を入れて十三両、全国大会に出場するような強豪校とは物量差が大きい。しかし演習場を広くとれるため、乗員の練度は高かった。

 

《こちらラミントン。これで模擬戦を終了するわ》

「了解です、隊長」

 

 通信を受け、車長は操縦手に停止を命じた。ショートボブの爽やかな少女で、額の汗を拭いながらも、楽しそうに車長用ハッチから顔を出していた。

 操縦手が制動をかけ、戦車は履帯を軋ませながら停止した。土煙が風に流される中、少女は足元に置いてあったスローチハットを被り、砲塔の上へと身を乗り出す。続いて砲手が、ゆっくりと外に出る。車長は女子としては比較的長身でスレンダーな体つきだが、砲手は逆に小柄だった。その割に豊かな体つきをしており、雰囲気もどことなく大人びている。

 

 右手の指でスローチハットの鍔をピンと弾き、車長・ベジマイトは笑みを浮かべた。

 

「今日も絶好調だね、カイリーの射撃は」

 

 カイリーと呼ばれた砲手も、彼女に笑顔を返す。長い髪が風に靡き、荒野の赤茶けた土、無骨な戦車が彼女の美しさを引き立てている。それぞれタイプの違う少女だが、二人とも迷彩柄の制服がよく似合っていた。

 

「副隊長の野生の勘こそ、冴えています」

「あはっ。これなら全国大会でも頑張れそうだね」

 

 全国大会、という言葉を聞いて、カイリーの目に熱い光が宿った。彼女だけではない、虹蛇女子学園の戦車クルー全ての目標だったのだ。

 長い歴史と伝統を誇る、日本の高校戦車道全国大会。今年で第六十三回目を迎えるこの大会に、虹蛇もとうとう参加することとなった。強豪校と比べて戦力の開きは大きいが、乗員の技量は決して劣らない。そして全国大会は全てフラッグ戦であり、敵のフラッグ車さえ撃破すれば勝てる。今期の隊長・ラミントンは、この二人をその要と考えていた。

 

 敵の位置を次々に見つけ出す“生きたレーダー”ベジマイト。

 人間離れした技術を持つ砲手“戦車暗殺人”カイリー。

 数に差があろうとフラッグ線ならば、他の車両で敵戦力を引きつけている間に、彼女たちがフラッグ車を見つけ出して狙撃できる。それを以って虹蛇の必勝形とするのだ。彼女たち二人も自分の役割を理解し、栄えある全国出場に血を熱くしていた。

 

「コアラの森学園と勝負するのが楽しみだな~」

「黒森峰の方は副隊長が交代したそうですね」

「うん、去年の副隊長はあの後どうしちゃったんだろう……」

 

 砲塔に腰掛けて談笑する二人。この学校に入ったときから、彼女たちは共に戦車に乗ってきた。お互い山歩きが趣味で、動植物に詳しいため気が合ったのだ。休日にはよく一緒にハイキングへ出かけるほどで、学校中から名コンビとして認知されていた。

 

 ふいに、演習場を風が吹き抜けた。土埃が舞い上がり、所々に生えた雑草が揺れる。ベジマイトの帽子が頭から外れ、戦車の後方へと吹き飛ばされた。彼女は慌てて、身軽な動作で砲塔から飛び降る。帽子は風で地面を転がり、さらに遠くへと離れていった。それを追いかける副隊長の後ろ姿を微笑ましげに見つめ、カイリーは風上を向く。

 全国大会への出場はゴールではない。むしろここからが始まりであり、虹蛇女子学園戦車隊は逆風の中を進むことになるだろう。ドイツの行進曲に歌われるように。だがそれもまたカイリーにとっては楽しみであった。

 

 だが彼女が微笑を浮かべたとき。炸裂音と衝撃が耳を襲った。

 弾かれるように振り向くと、土煙がもうもうと巻き起こっている。榴弾のようだが、すでに模擬戦は終わっており、砲撃などあるはずがない。しかしカイリーはそんなことを考える間もなく、即座に戦車から飛び降りた。

 

「副隊長!」

 

 土煙が風で流されていく中に、地面に横たわるベジマイトの姿があったのだ。

 

「不発弾か!?」

「救急車を呼んで! 早く!」

「ラミントン隊長、聞こえますか!? 緊急事態です!」

 

 学友たちの叫びも、カイリーには遥か遠くに聞こえた。ただ無我夢中で、微動だにしない親友へ駆け寄り、呼びかけた。装填手の後輩が、備え付けてあったAEDと救急箱を手に後を追う。

 

 風は彼女たちの悲劇を歯牙にもかけぬが如く、無情に吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上都市である学園艦には病院もある。しかし小規模な学校では重症の患者が運び込まれた場合、艦上の病院で処置を施した上で陸へ搬送する。

 事故から数日後、ベジマイトは病室の窓から外を見た。病院は海から離れた場所にあり、仲間たちのいる母校は遥か彼方だ。確か今日は補給のため入港しているはずだ。みんなはどうしているだろうか。自分の代理はもう決まっただろうか。

 調査の結果、原因は訓練中に生じた不発弾が残っており、それが爆発したためと分かった。学友たちの応急処置もあって一命は取り留めたが、少しでも運が悪ければ、もうこの世にはいなかっただろう。その幸運と仲間たちには感謝していたが、彼女は退屈という巨大な敵と戦う羽目になった。

 

 周囲にはノートパソコンだの漫画だの、暇つぶしになる物は持ち込んである。しかしアウトドア派の彼女にとって、病室でじっとしているのは苦痛だった。歯がゆさのあまり、数箇所に負った火傷の痛みが増していくような錯覚も覚える。

 そして、幻肢痛も。ただ送られてきた見舞いの手紙や花束を見ると、少しは心が安らいだ。

 

 ふいにドアを叩く音が聞こえた。そちらへ目をやりつつ、どうぞ、と答える。開いた扉から、相棒が顔をのぞかせた。

 

「あ、カイリー!」

 

 喜びの声を上げ、笑顔を浮かべる。だが無意識のうちに、左手で右腕を隠していた。とはいえ隠せるような傷ではない。包帯を巻かれた彼女の右腕は、前腕部の中程から先が、そっくりなくなっていたのだ。

 そんなベジマイトの痛ましさを見てか、カイリーの表情は沈んでいる。会釈だけして病室へ入り、静かにドアを閉める。

 

「……具合はいかがですか?」

 

 ゆっくりとベッドへ歩み寄り、カイリーは訪ねた。土産の菓子袋を机に置く。

 

「調子は良いよ。君が来てくれたからね。でも、君は……」

 

 嬉しそうに笑うベジマイトだが、彼女は勘が鋭い。親友が浮かない顔をしていることくらい分かる。それに今の時間だと、学校では訓練が行われているはずだ。虹蛇の要とも言える彼女が、わざわざ見舞いに陸まで来て良いのだろうか。

 カイリーは無言で、ベッドの側の椅子へ座った。深刻な雰囲気が強まり、ベジマイトの顔から笑顔が消えた。

 

「何かあったの? 訓練は?」

「……欠席してきました」

「どうしたのさ、全国大会が近いのに」

 

 いよいよ雲行きが怪しくなってきた。今が一番大事な時期だろうに。いくら親友といえど、見舞いのために訓練を休むなど、真面目なカイリーらしくもない。

 尋常ではないことがあったと、ベジマイトの勘は確信していた。カイリーはゆっくりと、絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「全国大会への参加は……取消されました」

 

 それを聞いた瞬間、ベジマイトは槌で殴られたような衝撃を受けた。右腕を失ったときより、遥かに大きな衝撃を。

 

 カイリーが目に涙を浮かべながら語ったところによると、文科省が戦車道連盟へ介入したとのことだった。

 虹蛇女子学園の事故から数日前。中学校の戦車道練習試合で事故が発生し、一人の少女が片足を切断する重傷を負った。つまり戦車道で重傷を負う事故は、今年に入ってから二件目になる。それを受け、文科省が連盟に対し、事故を起こした学校は全国大会へ参加させるなと要請した。このような事故の話が広まっては日本戦車道のイメージダウンになり、二年後の世界大会開催にも悪影響が出るから、と。

 

 連盟から派遣されている教官を通し、「申し訳ないが、今年の参加は見送って欲しい」とのメッセージを伝えられたのだという。卒業した先輩たちの願いでもあった全国参加を、虹蛇女子学園は逃してしまったのである。今までの努力も水泡に帰したのだ。

 

「……ボクの、ボクの、せいで……」

 

 声が震え、涙が滲む。失われた右腕の痛みが、ぐっと強くなった。

 

「ボクのせいで、みんなの夢が……!」

「そんなことはありません!」

 

 病院だということもはばからず、カイリーは叫ぶ。親友の肩を抱きしめ、自分を責めるのを止めさせようとした。

 ベジマイトは普段から言っていた。戦車に乗っていて何が起きても、それは自分の責任だという覚悟を持つべきだと。カイリーもそれに賛同していた。だが今、このような目にあった親友に、責任を背負わせることなどできない。いや、そんなことはあってはならない。

 

 ベジマイトはカイリーの胸に顔を埋め、くぐもった声で嗚咽した。カイリーもそれを受け入れる。彼女の短い髪を、そっと撫でながら。そのとき胸中に浮かんだのは東北にある自分の故郷、そして家族のことだった。

 

「隊長。私の祖父は熊に襲われ、右目を失いました。しかしそれでも尚、故郷で一番の鉄砲撃ち(ブッパ)でした……」

 

 自分の涙を抑え、可能な限り穏やかな声で語って聞かせる。髪を撫でる手を止めることはないまま。

 

「お祖父さんは言っていました。『一発で仕留めろ。手負いの獣は恐ろしい』と」

「……手負いの、獣……」

 

 カイリーの胸を涙で濡らしながら、親友はゆっくりと顔を上げる。潤んだ瞳はこの上なく無垢に見えた。だがその中に、小さな火種が灯るのをカイリーは見た。

 

「今は傷を治して。それから、一緒に証明しましょう」

 

 包帯に包まれた右手を優しく握り、カイリーはベジマイトの目を真っ直ぐに見つめた。

 

 

 

「貴女の強さを、そして……虹蛇の強さを……!」

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
アガニョークに続き、虹蛇女子学園のお話です。
なお、活動報告で「虹蛇 VS BC自由」と書きましたが、いろいろ考えて止めになりましたので、ご了承ください。
ご感想・ご批評など、お待ちしております。


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大洗の解放

注意
物語の筋上必要なので、劇場版の内容を含んでおります。
重要なところはある程度ぼかしてありますが、十分ネタバレになると思うので、未視聴の方はご注意ください。


 夏がやってきた。本場のオーストラリアでは冬だが、学園艦はさすがに南半球までは行かない。蒸し暑い夜の海を、学園艦は静かに運航していた。その甲板上でちょっとした騒ぎが起きていることなど、外部からは分からないだろう。

 

 第六十三回全国大会への出場を逃した虹蛇女子戦車隊は、同じオーストラリア系であるコアラの森学園の一回戦敗退を残念に思いながらも、無名校の成し遂げた大番狂わせに狂喜していた。かつては強豪校と言われていたらしい、大洗女子学園。圧倒的に不利な戦況で奇跡の勝利を成し遂げ、戦車道の歴史に新たなページを作った。痛ましい事故によって大会出場を取り消した虹蛇の隊員らも、「譲ってやった甲斐があった」と喜んだ。右手を失った副隊長も含めてだ。

 

 しかしその後、大洗女子学園は理不尽な裏切りに遭った。

 

 

 虹蛇の戦車乗員は二名を除き、全員が詰所に集まっていた。詰所と言ってもテントなので、全員を収容するスペースはない。運良く中に入れた少女たちは寿司詰めになりながらも、テレビの画面を食い入るように見つめていた。入りきれなかった隊員たちも、開け放たれた入り口から交代で見物している。皆服装はサファリルックで、野外実習と兼用の、虹蛇戦車クルーの制服だ。手にブーメランを握っている者もいる。

 

 誰もが戦いの成り行きを、固唾を飲んで見守っていた。日本の戦車道史上、『国』を相手取った試合は他に例がない。ましてやその主役が高校生などという試しはない。今、歴史が作られているのだ。

 

 数回、砲撃の閃光が画面を過ぎった。興奮気味の実況者の声、そして試合の結果を告げる審査員の声が聞こえる。

 次の瞬間、テント内は喜びに包まれた。一番テレビの近くにいた少女……ラミントンが、外にいる仲間の方を振り向き、大声で叫んだ。

 

「大洗蜂起軍、勝利ー!」

 

 わっと歓声が上がった。テントの外では少女たちが狂喜乱舞し、宙に向けてブーメランを投げ回した。くの字型の遊具は祝砲のごとく、勢い良く風を切って飛び、弧を描いて持ち主の手に戻る。

 大洗女子学園は勝ったのだ。女子高生たちが、国を相手取ったレジスタンスを成功させたのである。観戦していた虹蛇の隊員たちも全員、それを自分のことのように喜んだ。

 

 この場にいない者も含めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケットに両手を入れたまま、ベジマイトは森の中を歩いていた。正確に言えば、彼女の右手はすでに失われ、ポケットに入っているのは袖だけである。艦上に設けられた人工森林ではあるが、自然の息吹を感じられる空間だ。ゆっくりと呼吸しながら、のんびりとした足取りで草を踏み分け、歩いていく。

 視線は前を見ていたが、行き先を見ているわけではない。目の前にない何かを眺めるような、眺望の目だ。

 

 ふいに、彼女は立ち止まる。目を右へ向け、その先に生えた大木を見上げて、語りかけた。

 

「ビリー・シン?」

 

 その言葉の相手は、木の上でライフル銃を構えた少女だった。“戦車暗殺人”カイリーだ。常に冷徹な射手だが、ベジマイトに対しては時折このような冗談を仕掛ける。だがあの事故の後は、これが初めてだった。

 気づかれると彼女は微笑んで、枝の上に座った。狙撃銃のモデルガンを肩に担ぎ、じっとベジマイトを見やる。

 

「勘は鈍っていませんね」

「うん。こういう所を歩いていると、ちょっとずつ冴えてくる」

 

 ベジマイトは笑みを返し、ポケットから絵の具のようなチューブを取り出した。歯で蓋を噛み、左手で本体を捻って開封する。彼女のあだ名の由来となった、オーストラリアの食材だ。同国の国民食などと言われることもあるが、それは完全な誤解であり、オーストラリア人でも好みは分かれる。ただイカの塩辛に似ているという意見もあり、人によっては美味しく食べられるようだ。

 チューブの中身を美味そうに吸う彼女の元へ、カイリーも身軽な仕草で木から降りていく。背中に背負ったモデルガンはリー・エンフィールド狙撃銃、木製の古めかしい、ボルトアクション式ライフルだ。“ガリポリの暗殺者”と呼ばれたスナイパーの仕様を模倣している。砲手としての腕を称えられ、学校から送られた品だ。

 

 しかしカイリーが真の力を発揮するのは、“生きたレーダー”と組んだときである。

 

「……君が言った通りだった」

 

 ベジマイトは親友に向けて呟いた。ポケットに入れた右手には、まだ失われた部分の感覚が残っている。幻肢痛と呼ばれる痛みだ。原因はよく分かっておらず、すでに存在しない部位が痛むため、鎮痛剤の類は効かない。だがポケットの中で「存在しない手」を握ったり、開いたりしていると、少し痛みが和らいでいった。

 彼女の痛ましい姿を、カイリーは常に側で見てきた。底抜けに明るかった彼女も、一時期希望を失いかけていた。だが今は違う。その瞳に、野生の光が蘇っていた。

 

「ボクは手負いの獣だ」

「ええ」

 

 二人は互いに笑みを向ける。自責の念を捨てきれないベジマイトは、全国大会のテレビ中継を見るのを拒否していた。だがあの無名校の奮闘が広まるにつれ、抑えがたい欲求が湧き上がってきたのだ。決勝戦、そして今回の大洗紛争。心の奥底に燻っていた火が、再び燃え出した。

 彼女はやはり、戦車乗りなのだ。敵を見つけ出すときの緊張感、一瞬の判断が勝負を分ける駆け引き。狩猟本能に見を任せられる時間が、たまらなく好きなのだ。

 

「……練習試合の話、あったよね?」

「はい。相手は決号工業高校です」

 

 ふむ、と鼻を鳴らし、ベジマイトは少し考えるようなそぶりを見せた。チューブから黒いペーストを絞り出し、ぺろりと舐める。

 味わい、嚥下し、ニコリと微笑んだ。

 

「ラミントン隊長に会ってくるよ」

「では……!」

 

 普段冷静なカイリーが、明らかな歓喜の表情を浮かべた。風が木々を揺らす中、ベジマイトは再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……大洗蜂起軍の勝利は様々な方面で波紋を呼んだ。文科省の大洗女子学園に対する仕打ちは試合前から批判されていたが、仮にも公の戦車道試合にまで、露骨に大洗側を追い込む手口を行使したことはさらに大きな問題となった。海外の戦車道団体からも非難を浴び、世界大会を日本で行うべきか否か、今一度審議すべきとの声が高まった。

 また日本戦車道連盟も文科省が世界に恥をさらしたことで腹を決め、「残念ではあるが、国家の介入が大きい現状で世界大会を招致しても、公正な競技を行える保証がない」と発言。民主国家としての質さえ疑われ、文科省は大慌てで釈明に奔走することとなるが、それはまた別の話である。

 

 その興奮が冷めやらぬ中、古びた大型学園艦が港に錨を下ろした。学園艦は空母型が主だが、潜水艦型のような特殊な形態の艦も存在する。この学校はテゲトフ型弩級戦艦をモチーフとしたデザインで、本来砲塔がある場所に校舎が存在していた。艦橋を挟んで前と後ろとで、それぞれ別の学校が利用している。長い歴史に幕を下ろそうとしている、トラップ=アールパード二重女子高校だった。

 

 

「大洗紛争における助力、誠にありがとうございます」

 

 艦橋の下で、茶髪の少女が頭を下げた。着ているのはこの学校の制服ではなく、グレーのシンプルな服装だ。黒森峰女学園……日本でも屈指の実力を持つ、強豪校の一年生だった。

 

「こちらこそ、力になれて嬉しいよ。ハイターさん」

 

 対するのはワイシャツにネクタイという夏服姿の、トラップ高生だった。オーストリアを海外提携先とするトラップ女子高校は学園艦の艦首側に位置し、艦尾側のアールパード女子高校と共同で艦を動かしている。戦車道をすでに廃止した彼女たちだが、大洗紛争に間接的に関わっていた。

 

「船橋さんにはここの生徒会を説得していただいて、おかげで戦車の輸送がスムーズに行えました。西住隊長も感謝しております」

「他校の学園艦に分乗して戦車を運ぶなんて、徹底した秘密作戦だったわね」

「ええ、何せ国が相手でしたから。まして隊長のお母上も関わっている以上、黒森峰の学園艦を迂闊に動かせば、文科省に気取られるかもしれません。サンダースやプラウダにしても……」

 

 ハイターと呼ばれた黒森峰の生徒は、柔和な笑みを浮かべた。大きな事が終わった安心感によるものだろうが、どことなく母校の印象にそぐわない雰囲気があった。ましてや猛獣軍団を操る戦車乗りには見えない。実際に彼女は乗員ではないが、戦車道チームの雑用係として、そして外交官として隊員を支えているのだ。

 対するトラップ女子高二年生・船橋幸恵はカメラを首に下げ、好奇心旺盛な目で彼女と対話している。背中で結った髪が風になびいていた。広報委員として他校との外交も行ってきた彼女は大洗紛争に際し、黒森峰との秘密協定締結のため、トラップ=アールパード側の窓口を務めたのだ。結果、『ヨーロッパピクニック作戦』と銘打った戦車輸送支援作戦が発動され、その成果は大洗蜂起軍の勝利という形で身を結んだ。

 

「国は大洗さんを、世間を甘く見てるガキの集まりだと思っていたんでしょうけど、私に言わせれば国こそ高校生の団結を甘く見ていたわね」

「まったく同意見ですよ」

 

 船橋もまた大事を集結させた喜びに、顔を綻ばせている。だがその笑顔の裏には、自分たちの学校を守れない悔しさがあった。だからこそ、今回の件に全力で協力したのである。

 ふと、近くをトラックが通り過ぎた。多数の家財類を積んでいるのを見て、船橋の表情が沈む。廃艦までに校内を整理しなくてはならないので、連日そういった作業が行われているのだ。

 

「惜しいことです。百年以上続いた学校なのに」

 

 船橋の心情を察したハイターが、ぽつりと言った。第一次大戦より前、オーストリア=ハンガリー帝国が存在した時代に、この学校は生まれたのだ。

 

「二重帝国が崩壊しても、二次大戦後に学園艦まで作られて続いたんだから、十分凄いことだけどね。けど……」

 

 巨大な艦橋を見上げ、船橋はため息をつく。青空の下にそびえ立つ艦橋は勇ましいが、それが尚更虚しさを掻き立てる。学園艦は維持費がかかるし、特殊な構造のこの艦は尚更管理に手間がかかる。トラップ高校は芸術分野、特に音楽が盛んだったが、それも徐々に活動実績が悪くなった。そこへアールパード側の馬術部衰退が重なり、廃校の憂き目にあったのだ。

 やむを得ないことではあるし、決して船橋が学校を衰退させたわけではない。しかしやはり、自分たちの代で学校を終わらせてしまうのが辛かった。

 

「……快適さを精神において追求するのが文化であり、物質に頼って求めるのが文明である」

 

 意味深な言葉に振り向くと、ハイターが真剣な面持ちで船橋を見ていた。

 

「ある偉大なお方の言葉です。学園艦は文明の産物ですが、それを生んだのは海を越えて文化を育もうという精神です。器が変わろうと、心はそう変わるものではないでしょう」

「……ありがとう」

 

 感謝の言葉を述べ、船橋は微笑んだ。彼女の言う通りである。母校を守れなくても、その校風や文化を存続させることはできるはずだ。ましてやトラップ、アールパード共に、生徒は同じ新設校へ編入されることになっている。自分たちの戦いは新天地へ行ってからが本番だ。

 

「私にもまだ、できることがある……。ところでハイターさん、この後は真っ直ぐ帰るの?」

「いえ、先輩方への土産話に、他校の練習試合を視察して行こうかと」

「練習試合? 強豪校の?」

 

 黒森峰の雑用が視察するとなれば、同じく四強と称されるサンダース、プラウダ、グロリアーナか、影の強者たる継続高校あたりだろう。『ある計画』を考えている船橋としては興味のあることだった。しかしハイターは首を横に振った。

 

「虹蛇女子学園と、決号工業高校です」

「決号……」

 

 前者はともかく、後者にはあまり良い印象がなかった。札付きのワルとして有名な学校で、戦車道全国大会からも数年前に追放処分を受けたと聞く。最近は戦車道復興に伴い、少しは風紀も改善されているらしい。しかし船橋としては、というよりトラップ=アールパードの生徒からしては好きになれない学校だった。そのような不良学校でありながら、『生徒の受け入れ先がない』という理由で統廃合計画から除外されていたのだ。文科省としてはやむを得ない決定だったが、生徒の素行に大きな問題のないトラップ=アールパードや大洗からすれば、釈然としないことである。

 

「虹蛇女子は事故で全国出場を断念しましたが、大洗の活躍で活気づいたようでして。決号も同じです。これは見物だと思いましてね」

「へぇ……」

 

 少しの間船橋は何かを考え、携帯を取り出した。ボタンを素早く操作し、スケジュールなどを確認する。やがて意を決し、再び口を開いた。

 

「ハイターさん、私も一緒に行っていいかしら?」

「私は構いませんが、授業の方は?」

「私は広報委員で、学校新聞の記者よ。生徒会に取材許可を取れば大丈夫」

 

 ちょっと待っててね、と言って、船橋は電話をかけ始める。それを眺めながら、雑用係はくすりと笑った。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
どういう話にするか、構想が二転三転しましたが、ようやく固まりました。
ただ三編では書ききれない可能性が高いので、四話構成になりそうです。
次は本編を更新したいと思っております。
ご感想・ご批評等ございましたら、よろしくお願いいたします。

そしてpixivにて、モヤッとさんからまた立ち絵をいただきました!
これでタシュ重戦車のクルーは全員描いてもらったことになります!


【挿絵表示】


制服のデザインについては私がちゃんとイメージできていなかったせいで、随分苦労をおかけしましたorz
晴と結衣が着ているデザインが決定版です。
丁寧に描いていただき、ありがたい限りです。


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虹蛇女子学園VS決号工業高校

 砂浜に砲声が響き、埃が巻き上がる。近くには林があり、時折爆発で木がなぎ倒されていた。砂浜に戦車壕を掘ってハルダウンする日本戦車を、何者から林の中から攻撃していた。絶えず位置を変えているため正体は掴めないが、狙いは正確である。

 沖から双眼鏡で戦闘区域を眺める船橋は、遠くからでも伝わる緊張感に息を飲んだ。音というより振動として伝わってくる砲声、巻き上がる砂埃。双方十両ずつのフラッグ戦、過激なゲームが展開されていた。

 

「もう始まってる……!」

「何とか間に合いましたね。観戦区域へ上陸します」

 

 タグボートの舵を取るハイターが知らせた。全長九メートル足らずのボートには箱形の乗員室が設けられ、黒森峰女学園の校章が描かれている。ハイターの他には二人の雑用が乗っており、それぞれレーゲン、ベヴェルクトというコードネームで呼ばれていた。

 舵が切られ、ボートは左へ旋回する。そのまま交戦区域を離れてしばらくすると、海岸に対戦車バリケートが見えた。そこからは戦車が侵入できない観戦エリアということだ。ハイターは慣れた手つきで操舵し、船を陸へ直進させる。

 

「ラントワッサシュレッパーなんて初めて乗ったわ。よく使うの?」

「ええ、他の学園艦を訪ねるときには便利ですからね。プラウダで抑留されたときも、これで逃げまして」

 

 外交任務も必死です、と苦笑するハイター。他二名もクスリと笑った。さすが強豪黒森峰と言うべきか、雑用でも修羅場をくぐっているようだ。

 船は真っ直ぐ海岸へ進み、やがて船首が浜へ乗り上げてもそのまま突き進んだ。船艇が露わになり、そこに設けられた戦車と同じ走行装置……鉄の履帯が地面を踏みしめる。ドイツ製の水陸両用トラクターだ。船舶ではなく車両として見ると大柄だが、ハイターらが買った土産と人間一名を乗せているだけなので、陸上でもそれなりに軽快な走りを見せる。

 彼女らが観戦に向かう間にも、砲声は轟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《決号・四式中戦車、走行不能!》

 

「誰がやられた?」

 

 ハルダウンして撃ち合う五式中戦車チリの車長席で、ポニーテールの少女が尋ねた。美しい顔立ちでスタイルも良いが、その立ち振る舞いは美少女と呼ぶには違和感がある。答えが返ってくる合間にも、戦車壕周辺に砲撃が降り注いでいる。しかし日差しで陽炎が発生しているため、身を隠している戦車にはなかなか命中しない。砂埃が巻き上がるだけだ。

 

「清水車。怪我人は無し。敵はM13/40中戦車。森の中を移動しながら撃ってきており、行進間射撃で当ててくると」

「これで国定隊は全滅か」

 

 通信手から伝えられた情報が、車長を唸らせた。

 M13/40はイタリア製の中戦車で、47mm砲を搭載している。四式は日本戦車としては装甲が厚いが、側面や急所を撃たれれば耐えられないだろう。すでにそうやって三両が撃破された。こちらの戦果はセンチネル巡航戦車二両。まだそこまでの戦力差ではないものの、状況は緊迫している。

 車長席に座る隊長……一ノ瀬千鶴は舌を巻いた。戦車道に参加できるのは設計が第二次大戦中に行われた戦車のみであり、当時の戦車で走りながら砲撃を命中させるのは至難の業だ。

 

「噂の砲手ですかね」

 

 装填手がポツリと呟いた。

 

「虹蛇の“戦車暗殺人”、“女ビリー・シン”……聞いた話じゃマタギの子だとか」

「徹甲弾装填」

 

 下された命令に、装填手は口を動かすのを止め、手を動かした。彼女が抱え上げた75mm弾を装填トレーに乗せると、それが砲尾まで移動。機械のアームが砲弾を押し、薬室へ前進させた。

 敵は全部で七両。味方は四式中戦車チトが二両、二式砲戦車ホイ一両、三式砲戦車ホニIIIが二両の計五両が、周囲で防御陣形を組んでいる。四式のうち一両はフラッグ車であり、他の犠牲はどうあれこれだけは守らねばならない。それに敵の脅威は凄腕の砲手だけではない。決号が得意とする偽装・伏撃戦術を瞬時に見破り、戦車の位地を瞬時に把握できる者がいて、M13/40の観測手を務めている……敵の数からして、おそらくフラッグ車が。

 

「柳川隊、発煙弾用意。一ノ瀬隊は背後へ抜ける。急げ!」

 

 今のところ陽炎という自然の助けもあって無事でいるが、別働隊を殲滅したM13/40がこちらへ向かってくるだろう。これ以上止まって戦うのは無理だ。砂の巻き上がる中で千鶴が顔を出したとき、近くを砲弾が掠めていった。2ポンド砲の流れ弾だな、と彼女は判断する。戦い慣れてくると自分を狙った弾が、単なる流れ弾か、音で判別がつくのだ。

 

「撃て!」

 

 砲戦車隊が一斉に発砲。この二式・三式砲戦車は駆逐戦車的な運用を想定した設計だが、搭載しているのは野砲を改造した物で、発煙弾も使える。砲手たちの狙いは正確だった。センチネルの前に落下した砲弾から白煙が濛々と広がり、視界を遮った。その隙に千鶴の乗る五式、そして二両の四式が壕から出る。履帯で砂地を踏みしめ、フラッグ車を庇う隊列で前進。敵の右側へ迂回した。

 

「砲塔、九時方向」

 

 命じられた砲手が左側へ砲を向ける。五式中戦車は砲塔バスケットを採用した最初の日本戦車であり、砲塔内の乗員三名の席も合わせて旋回した。

 敵隊列の真横に出たとき、砲手は照準器内にセンチネルの姿を捉えていた。こちらに気づいて砲塔を回していたが、その前に千鶴が発砲を命じた。75mm砲が火を噴く。高射砲をベースとした長砲身から徹甲弾が放たれ、丸みを帯びたセンチネルの装甲を穿つ。

 

 上がった白旗は白煙に包まれて見えなくなった。柳川隊……砲戦車たちが再び発煙弾を撃ったのだ。千鶴が彼女たちにも脱出を指示しようとした、そのときだった。

 

《決号工業・三式砲戦車、走行不能!》

 

 突如入ったアナウンスに、千鶴はハッと砂浜を顧みる。手のひらで光を遮ると、波打ち際に無骨な中戦車を視認できた。砲塔はある程度傾斜した装甲だが、車体上部は角ばっている。逆光で距離もあるため、塗装や装甲を留めるリベットは見えないものの、カルロアルマートM13/40に相違ない。距離はおよそ九百といったところか。

 

「ちっ、お出でなすった」

 

 敵の砲手は噂通りの名手であると、千鶴は認めた。47mm砲なら三式砲戦車の装甲など容易く貫通できるが、ハルダウンしている相手にあの距離で命中させるとは。

 さらに煙幕の中を突破したセンチネル部隊が、千鶴たちの前に展開していく。砲戦車をM13/40に任せ、フラッグ車を守る千鶴たちを殲滅するつもりだろう。

 

 だがそのとき、千鶴はふと林の方を見て、ある物を偶然見つけた。何かが木々の合間で、きらりと光ったのだ。すぐさま、彼女は通信手に叫んだ。

 

「黒駒車へ連絡しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイリーは照準器を通じ、三式砲戦車に上がる白旗を見た。M13/40はイタリア軍が使った中戦車で、オーストラリア軍も鹵獲車両を使っていたという。そのためか分からないが虹蛇女子学園も一両保有しており、今回カイリーの乗車に選ばれた。イタリア製の火砲は性能が良く、47mm砲でも日本戦車には十分通用する。例えいくらか装甲の厚い相手でも、カイリーの腕があれば正確に急所を狙える。

 

《右へ回避!》

 

 インカムに入ったベジマイトの声。装填手を兼ねる車長が、すぐさま操縦手の肩を蹴る。右へ操縦桿が切られ、履帯に波がかかった。その刹那、砲塔の左を砲弾が掠めていった。残りの三式砲戦車が壕から出ており、素早く車体の向きを変えて撃ってきたのだ。九〇式戦車砲をまともに食らえばM13/40の正面装甲では耐えられない。

 

《次、ブレーキ!》

「ブレーキ!」

 

 急制動がかけられた途端、未来位置を予測しての一撃が空ぶった。砂浜に落ちた徹甲弾がクレーターを作る。先に壕から出た四式中戦車の攻撃だった。

 照準器を覗くカイリーは舌を巻く。三式砲戦車の乗員は固定砲塔にも関わらず、あれだけ素早く正確な照準を行った。四式の砲撃も極めて正確で、三式とタイミングを合わせて撃ったのだとすれば達人技だ。

 しかしそれも、“生きたレーダー”が観測手(スポッター)を務めている以上、彼女には通じない。林から常に敵を捜索し、場所をカイリーに伝えると同時に、彼女たちが攻撃に専念できるよう見張りを行う。野生の勘は砲撃のタイミングまで的確に見切っていた。ここまで来ると超能力の類ではないかと思う者もいるが、ベジマイト本人はそこまで大業なものではないと言っている。

 

 カイリーの射撃のセンスもそうだった。車長が揺れる車内で徹甲弾を正確に砲尾に合わせ、拳で押し込む。カイリーの目は今しがた自分を狙った、三式砲戦車を捉えていた。 

 ゲームと違い、大砲の弾は照準を合わせたところに当たるとは限らない。砲弾は重力の影響を受けるし、砲はもちろん弾種によっても弾道は変わる。二発目以降は砲身の熱膨張によってその都度弾道が変化する上に、同じタイプの砲でもそれぞれ癖というものがある。コンピュータ制御もない戦車道用戦車では、それらを計算と勘で修正できなくては一流の砲手になれない。

 カイリーは特にその勘に優れていた。走行の振動がある中で、ぎゅっと標的を睨む。自分の本能のままに。その世界に存在するのは自分と、照準器越しに見る標的だけという錯覚さえ覚える。やがて標的が自分にぐっと近づき、砲身の先に密着しているような感覚になる。

 

 その瞬間、彼女は撃った。撃発の音が轟き、乾いた音を立てて空薬莢が排出される。撃った弾丸は狙い違わず、各張った形の砲戦車へ吸い込まれていった。徹甲弾が装甲にめり込み、黒煙が上がる。次の瞬間には敗北を受け入れるかのように、白旗システムが作動した。正面と言えど、厚さ30mm足らずの装甲では耐えられなかった。

 

「次!」

 

 装填を急がせるカイリーだが、残った二式砲戦車は彼女ではなく、本隊のセンチネルに砲塔を向けていた。本来は榴弾で歩兵を蹴散らすための、短砲身75mm。しかし直接照準器を搭載しており、対戦車戦闘も想定している車両だ。

 

《隊長、狙われています! カイリー、急いで!》

 

 ベジマイトが警告した。次弾装填が住み、カイリーは冷静に照準を合わせる。素早く発砲……しかし、相手の砲手も速かった。M13/40の一撃が命中する一瞬前に、二式砲戦車の75mm砲が火を吹いていた。

 放たれたのは成型炸薬弾。回避しようとしていたセンチネルACIIIの側面に命中した途端、信管が作動した。漏斗型の炸薬が爆発し、その圧力で先端部の金属が流体化して装甲を貫く。もし特殊カーボンがなければ、乗員までそのメタルジェットに貫かれていただろう。

 

 被弾部で黒煙が燻り、白旗が上がる。隊長車だった。

 

「ラミントン隊長がやられた!」

《隊長! 無事ですか!?》

《ベジマイト、後を任せるわ! 片腕でも勘は鈍ってないってこと、見せてみなさい!》

 

 仲間たちの会話を聞きながら、カイリーはじっと照準器を覗いていた。虹蛇の隊長車が撃破された隙に、五式、四式は後部から煙幕を吐きながら逃走を図っている。後付けのスモークディスチャージャーは戦車道のルールでも認められており、大洗女子学園も活用した。

 

《了解、指揮を引き継ぎます! 残っているセンチネルは敵フラッグ車を追撃、残敵が少ないからって油断しないように》

 

 友の声を聞いて、カイリーは微笑を浮かべた。打ちひしがれて項垂れている姿など、彼女には似合わない。やはり彼女はこうでなくては。

 

《カイリーは一度、ボクの護衛について。敵の隊長がさっき、こっち見てたから》

「了解」

 

 履帯が軋む音を立てながら、緑色の車体が砂上で旋回した。

 

 

 林の木々の合間から仲間を見守るベジマイトは、すでに移動を開始していた。彼女が乗るフラッグ車はCTL豆戦車。左側に砲塔の寄った、左右非対称の形状が特徴的だ。信頼性は高いものの、武装は機関銃のみで装甲も貧弱である。しかし小型なため偵察やフラッグ車には向いていた。

 

「私を操縦手に指名してくれたのは嬉しいですが、何もCTLじゃなくても良かったんじゃないですか?」

 

 右側の操縦手が疑問を呈する。ハッチから頭を出すベジマイトは涼しい顔で前方を見据え、右手を砲塔の縁にかけていた。あの事故で失われた手は二度と戻ってこない。いまそこにあるのは先の曲がったペンチのような形状の、金属製の義手だった。工具じみたその手は一応稼働式で、細いワイヤーが袖の中へと入っている。反対側の肩にかけたハーネスに繋がっており、それを使って開閉できる能動義手だ。

 

「小さい戦車の方が乗りやすいしさ。それに生身に近い感覚の方が、勘が冴えるんだよね」

 

 周囲を見張りながら、淡々と告げるベジマイト。だがその口元には微笑が浮かんでいる。義手がカチャカチャと音を立て、小刻みに戦車の装甲を叩いていた。

 歓喜。抑え切れない喜びが表れている。自分は今、この場で皆と一緒に戦っている。戦えているのだ。片手をなくした自分を仲間たちは受け入れ、隊長のラミントンもまたフラッグ車車長 兼 観測手という大役を任せてくれた。彼女に復帰の願いを伝えたとき、返ってきた言葉は「こうなると信じていた」だった。

 また皆と、無二の友たるカイリーとも、また肩を並べて狩りができるのだ。

 

 義手をちらりと見て、ベジマイトはすっと右後方へ視線を流す。ほんの少しだけ間を空け、タイミングを計る。そして次の瞬間、命令を下した。

 

「右回避!」

 

 操縦手の少女はすぐさまカーブを切る。その刹那に響いた発砲音。37mm砲弾が背後を通り抜けていった。

 その直後、木々の合間からエンジン音も高らかに飛び出してきた、一両の軽戦車。円筒型の砲塔には決号の校章が描かれ、ハッチから短髪の少女が顔を出し、眼光鋭くこちらを睨んでいた。茶色のメッシュが入った前髪が風に揺れている。

 

「逃げろ!」

「はい!」

 

 操縦手がアクセルを踏み込み、相手の二式軽戦車ケトも追撃してくる。ベジマイトは再びカイリーに通信を入れた。

 

「やっぱり敵に見つかった! 二式軽戦車が一両!」

 

 伝えつつ再度後方を顧みて、相手の顔を確認する。黒い帽子とフロックコート……明治時代の警視隊をモチーフとしたタンクジャケットを着た、決号の副隊長だ。さすがというべきか、木々の陰に隠れながらの見事な不意打ちだった。ベジマイトの勘と見張り能力があればこそ、落ち着いて回避できたのだ。

 

「決号の黒駒亀子……情報通り、手強そうだ」

 

 練習試合であっても、相手選手の情報は調べてある。鋭い勘を頼りにし過ぎる面もあったベジマイトだが、右手を失って以来、そこに慎重さと論理的思考が加わった。敵を知り己を知れば、の故事の如く、相手の情報収集もしっかりと行ったのだ。

 

「噂によると、あの人に捕まったらカンチョーされるらしいよ」

「マジですか!?」

 

 操縦手は青ざめた顔で、必死に戦車を加速させる。それに比べ、カイリーからの返事は冷静だった。

 

《もうすぐ合流できます。私の前まで引きずり出してください》

「頼んだよ。あいつは“追撃戦の鬼”と呼ばれているらしいから。……左!」

 

 通信機越しに会話しつつ、操縦手にも指示する。再び砲声が響き、CTLは発射寸前に射線を避けていた。流れ弾の命中した木が音を立てて倒れていく。

 相手と進路を交互に見張るベジマイトの耳に、再び親友の声が聞こえた。

 

《鬼のまた強き者、と書いて叉鬼(マタギ)です》

 

 ああ、これだ……ベジマイトは笑みを浮かべた。カイリーと初めて会ったときのことを思い出す。山歩きを趣味とするベジマイトは、滅びゆく狩猟集団の血を引く彼女に興味を持ち、話を聞きたくて声をかけたのだ。同じ趣味を持つ二人は意気投合し、やがてベジマイトに狩人の才があると見たカイリーが、一緒に戦車道をやらないかと誘ったのだ。鉄の獣も狩り甲斐はあるだろう、と。

 カリリーは女だてらに生粋のハンターだ。それに惚れ込んでいたベジマイトは、彼女と共に行う『狩り』が至福の時間となっていた。

 

 追われる側でいる今も、彼女は狩人なのだ。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ちょっと前中後編では尺が足りなくなりました(汗)。
なので編成を少し変えさせていただきます。
おそらく次の更新でベジマイト編は完結かと。


【挿絵表示】


そして本編の登場人物紹介にも載せましたが、ベジマイトの立ち絵をいただきました!
モヤッとさんには義手のデザインその他で試行錯誤していただき、頭の下がる思いであります。
こういう物をいただくと下手な話は書けないので、最後もしっかりと書いていきます。


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“鉄腕”のベジマイト

 木々の合間で、カイリーは息を潜めて待っていた。彼女らの乗るM13/40中戦車は偽装網を被せられ、周囲の景色に溶け込んでいる。偽装は決号の専売特許ではない。虹蛇もまたこうした伏兵戦術を重視しており、特に優れた砲手であるカイリーの乗車にはこのような装備が常備されていた。

 

《決号・四式中戦車、走行不能!》

 

 アナウンスが聞こえた。敵フラッグを追撃しているのは残ったセンチネル四両だが、彼女たちも奮戦しているようだ。これで敵フラッグの守りは五式中戦車一両だけ。ここでベジマイトの乗る自軍フラッグ車を守れれば、勝利は目前だ。

 

 車長はハッチから顔を僅かに出して周囲を伺い、他の乗員の表情にも緊張の色が見える。だが照準器を覗くカイリーはただひたすら冷静で、それでいてこの時間を楽しんでいた。隊長(シカリ)の指示で勢子が獲物を追い立て、鉄砲撃ち(ブッパ)が待ち伏せする……彼女の家で代々行われてきた、マタギ猟の基本だ。女の自分はその輪に入れなかったが、こうして戦車に乗っているときは父や祖父と同じ、狩人になれる。もっとも今は仲間が追い立てるのではなく、仲間を追う獣を撃つのだが。

 

「カイリーさん、来たぞ! 一時の方向!」

 

 車長が伝え、発砲のタイミングは任せると告げた。カイリーは砲塔を旋回させ、スコープの中に目標を視認する。左右に蛇行しながら逃げてくるCTL豆戦車。ベジマイトはしっかりと追ってくる敵を見やり、操縦手に回避方向を伝えていた。追撃する二式軽戦車も砲撃してくるが、寸前で射線を見切って回避している。

 冷静に、カイリーは撃つべき時を待った。だがそれはほんの一瞬の待ち時間だ。彼女に気づいたCTLが右へ避けると、二式軽戦車はそれを狙い撃つべく砲塔を回す。敵が追撃戦の鬼であろうと、獲物を狩ることに集中する一瞬だけは無防備となるはず。それが付け入る隙だ。

 

 敵車体の中心に照準を合わせ、撃った。撃発と同時に発砲炎が広がり、衝撃が空気を揺さぶる。

 47mm徹甲弾が敵戦車に吸い込まれていくのを感じ、カイリーは確信した。獲った、と。

 

 だが次の瞬間、照準器の中で二式軽戦車の37mm砲が火を噴いた。

 

「な……!?」

 

 カイリーは驚愕した。車体正面を貫通するはずだった47mm弾が、二式軽戦車の履帯に当たっていたのだ。断裂した履帯、割れた転輪が無残に散らばっているが、装甲を貫通していない。撃破判定は出ていなかった。

 

 そしてベジマイトのCTL豆戦車……味方フラッグ車の後部には弾痕が穿たれ、上面に白旗が揚がっていた。

 

 

《決号工業高校、勝利!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……試合が終わり、見物人たちは少しずつ帰路につき始めた。誰もが試合の内容をあれこれと話し合い、選手の技量を評価したり、中には収集したデータを何処かへ送る者もいる。

 

「決号の副隊長、車体を微妙に旋回させたのね」

 

 観察力に長ける船橋は、目まぐるしい戦車戦の推移をしっかりと捉えていた。興奮冷めやらぬ様子で、カメラに収めた写真をチェックしている。もっとも戦闘区域で直接撮影したものではなく、スクリーンに映った映像や、観衆の盛り上がりを撮った物だ。

 

 決号の副隊長・黒駒亀子は、M13/40の待ち伏せを見破っていた。相手が撃った瞬間に少しだけ車体を旋回させ、装甲ではなく履帯で砲撃を受けたのである。そしてそのまま、攻撃も行った。敵フラッグを撃破するチャンスを逃さないよう、最小限の動きで回避し、肉を切らせて骨を断った。車長・操縦手・砲手が阿吽の呼吸で動かなくてはできない芸当だ。

 撃破したと思った虹蛇側は回避が遅れてしまった。かなり際どい戦法だったが、勝利は勝利だ。だが虹蛇側の目が覚めるような攻勢も、観客を大いに魅せていた。

 

 船橋としては選手たちにインタビューをしてみたかったが、そこまで時間はないし、いきなり行っても受けてくれる保証はない。今日は帰るしかないが、十分に有意義な時間だった。

 

「ありがとう、ハイターさん」

「いえ。これも『ヨーロッパピクニック作戦』のお礼です」

 

 ラントワッサシュレッパーの前で、柔和な笑みを浮かべるハイター。すでに雑用仲間たちは乗り込み、始動準備をしていた。船橋は別ルートで学園艦まで帰るのだが、ふと来年の展望を語った。

 

「トラップ=アールパード女子高は来年、他に二つの学校と統合される。そうしたら、私たちも戦車道を始めてみようと思うの」

「大洗に倣って?」

「そう。大洗の二度の奇跡で、世間の戦車道への注目度は高まっている。この機会を逃す手はない。失った名誉を、新しい学校で取り戻すのよ」

 

 力強く語る船橋。彼女は確信していた。戦車道ほどインパクトのある自己主張はないと。アールパード高もかつてはそれなりの戦力を有していたらしく、今でも僅かな戦車が残されている。同じ学校へ統合される二校にも戦車があるらしい。ならばそれらを再び表舞台に立たせ、活躍させるべきだ。

 

「そのためにもいろいろな試合を見て勉強しないと。……西住まほ隊長にも、話を聞いてみたいわね」

「いずれ一席設けましょう。隊長はご多忙ですが、トラップ=アールパードには感謝していますから」

 

 ハイターはにこやかに答えた。黒森峰の一般的な印象とは異なるが、雑用係であっても堂々とした態度に、西住流の遺伝子を感じさせる。

 

「船橋さんは未来に目を向けていらっしゃる。……私も、自分の夢について考えてまして」

 

 ふいに、その瞳に影が過ぎった。

 

「大洗の戦いを見てて、思ったんです。黒森峰で雑用をやるのもいいけど、やっぱり夢を追いかけたい、と。父からは反対されていますが……」

「ハイターさんの夢って?」

 

 興味を抱いた船橋が、好奇心旺盛に尋ねる。ハイターは少し躊躇いながらも、誰かに聞いてほしいという思いが先に立ったのか、口を開く。だがそこから言葉が出る前に、仲間の声が聞こえた。

 

「ハイター、出発するわよ! 乗りなさい!」

 

 レーゲンの呼びかけに、出かけた言葉が引っ込む。「今行くよ」と答え、ハイターは船橋に一礼した。またお会いしましょうという言葉を残し、履帯付きの船へ乗り込んでいく。

 やがてマイバッハHL120エンジンが唸り、履帯がゆっくりと駆動した。鉄のベルトで砂浜を踏みしめ、ラントワッサシュレッパーは海へと進んで行く。海上へ去っていく後ろ姿を眺めながら、船橋は今後のことを考えていた。

 

「まずアールパードに残っているトゥラーンとトルディを売却されないようにしないと……UPA農業高校の戦車も。白菊航空高校にも教材用の戦車があるって話だし。人間は……誰か、戦術に明るい経験者がいれば……」

 

 あれこれと呟きながら、船橋は海岸に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、虹蛇の隊員たちも撤収準備にかかっていた。撃破された戦車もトランスポーターに乗せられ、その他機材も積み込まれる。紙一重の差で敗れた悔しさはあれど、彼女たちの表情は皆明るかった。

 副隊長ベジマイトが、痛手を乗り越えて帰ってきた。“生きたレーダー”と“戦車暗殺人”のコンビは未だ健在であると示せただけでも、試合の価値はあったのだ。

 

「ベジマイト、カイリー。ちょっと来て」

 

 長髪を風に靡かせながら、ラミントンが二人を呼んだ。自分の乗車であるACIIIの前で、黒いフロックコートを着た少女と会話している。決号工業高校の隊長・一ノ瀬千鶴。試合前の挨拶で顔を見ていた。日の傾く中で海風が強まり、ポニーテールが揺れている。

 駆け足でやってきたベジマイトらに目を向けるも、その表情に勝者の余裕などはない。ただ真剣な、凛々しい視線で二人を見据える。

 

「よう。改めて、あたしが一ノ瀬千鶴だ」

「虹蛇のベジマイトです。今日はありがとうございました」

「敬語は止しな。あたしも二年生だ」

 

 淡々とした口調で話しながら、千鶴は相手の右手へ目をやった。ベジマイトもそれに気づき、義手を胸の高さに掲げる。工具じみた二本の爪が夕日に輝く。

 

「珍しいかな?」

「見慣れちゃいないな。事故の話は聞いてたけど、よく復帰したもんだ」

「大洗の快挙を聞くと、ムズムズしてきてね。……それに、支えてくれる人がいたから」

 

 ベジマイトはその手をカイリーの肩に回した。カイリーがそれに自分の手を添えるのを見て、千鶴は目を細めた。

 

「お前らコンビの噂は聞いてた。レーダー並みの索敵能力と射撃……殲滅戦だったら負けてただろうな」

「あはは、お世辞でも嬉しいよ」

「世辞が言えるほど器用に見えるか?」

 

 苦笑しつつ、制帽を脱いで埃を払う千鶴。ベジマイトの乗るフラッグ車が撃破されたとき、決号側の戦力は三両、虹蛇側は五両だった。二式軽戦車によるフラッグ車襲撃が成功しなければ、虹蛇側がそのまま押し切っていただろう。一発逆転のない殲滅戦だったら、決号は耐えられなかった。

 賛辞の後、千鶴は本題に入った。

 

「ベジマイトだったか? 実はちょっと、お前に会って欲しい奴がいてな……」

「誰?」

「あたしの妹なんだけど……あー」

 

 言いかけて、何かを思案するように口ごもる。視線を宙に泳がせ、再び前に向けた。

 

「……いや、やっぱり会わない方がいいか。悪ぃ、忘れてくれ」

 

 誤魔化すような笑みを浮かべ、千鶴は制帽を被った。もしベジマイトが彼女の家族のことまで調べていれば、その真意に気づいていただろう。

 

「とにかく、またそのうち試合しようや。日本の戦車道はこれから面白いことになるぜ」

「そうだね。『大洗紛争』がきっかけで、何か変わるだろうし」

 

 大洗の二度の快挙。痛手を負ったベジマイトだけでなく、戦車道に関わる高校生の多くを奮起させたこの奇跡は、日本戦車道自体を揺るがす物になるだろう。特に先日の『大洗紛争』の影響は大きくなる。貧乏くじを引かされた大学選抜隊には、アメリカと繋がりの強いサンダース大学の生徒も在籍していた。『義勇軍』側にもロシア人留学生が参加しており、国際的に物議を醸すことは避けられない。文科省はすでに言い訳に奔走中で、以前から噂されていた学園艦解体業者との癒着についても、いずれ真偽が明らかになるだろう。

 つまり、政府から戦車道連盟への影響力は弱くなる。同時に連盟の考え方も徐々に変わってきている。全国大会から弾かれた虹蛇や決号にもチャンスが回ってくるだろう。戦車道に青春を賭けようという少女も増えるはずだ。

 

「来年辺り、群雄割拠の時代が来る。ニワカは潰れるだろうが、最後まで立っていた奴は本当の強者ってわけだ。お互い楽しみにしてようや」

 

 じゃあな、と敬礼を送り、千鶴は背を向けた。黙って話を聞いていたラミントンは敬礼を返して後ろ姿を見送り、ベジマイトへ向き直る。真剣な表情で後輩の肩に手を置き、口を開いた。

 

「群雄割拠……来年には私はもういない。後は頼むわよ」

「精一杯やります」

 

 即答するベジマイト。満足げに頷き、ラミントンも踵を返した。資材の撤収作業をしている後輩たちを手伝いに行くようだ。

 隊長の言葉の意味は分かっていた。一ノ瀬千鶴の読み通り戦車道の戦国時代が来れば、手強い相手は続々と現れるだろう。だが彼女の言ったように、生き残れない者もいるはずだ。かの大洗女子学園も、西住みほがいるのは来年まで。過酷な戦いはこれからも続く……それは虹蛇も同じことである。

 

 ふいに、カイリーが彼女の義手をそっと掴んだ。ポケットからハンカチを取り出し、撃破された際についた煤を拭き取る。黒ずんだ金属の手が光沢を取り戻していく。

 

「ついて行きますよ」

 

 手を動かしながら、カイリーは小声で囁いた。口元に優しい微笑を浮かべて。

 

 親友に笑顔を返し、ベジマイトは右手を高々と掲げる。あるべき場所へ戻れた彼女にとって、幻肢痛はもはや苦痛にもならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……翌年、一ノ瀬千鶴の予言は当たった。近年戦車道に参入した学校を対象とした『士魂杯』が開催され、ベジマイトはある意味因縁の相手と言える少女と出会う。“鉄脚”の戦車長、一ノ瀬以呂波と。

 

 




ベジマイト編完結です。
お読みいただきありがとうございました。
オリジナルキャラは原作キャラと違う性格付けにするよう心がけており(丸瀬はかなりエルヴィンを意識してるけど)、ベジマイトの「野生の勘」も原作のライバル勢にいなかったキャラ付けをしようと思った結果です。
本当は大ボス格の相手を隻腕にしようかと思ったのですが、大ボスが千鶴(ラスボスはみほですが)になったので、初戦での出会いになりました。

次回は船橋か千鶴の話を書こうかな、などと思っています。
その他「このキャラの話を読みたい」という方がいらっしゃれば、メッセージか活動報告で言っていただければと思います(全部書けるかは分かりませんが)。

今後も本編共々、応援よろしくお願い致します。


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ビフォア・ウォー!(広報委員長・船橋幸恵の奮闘)
前編


 桜の花舞う四月。学園艦の広い会議室に、各学科・部・委員会の代表が詰めかけていた。今年度から開校した千種学園は設備が真新しく、資金面でも比較的余裕がある。その一方で抱えている問題がないわけでもなく、連日生徒会が招集されて議論が繰り広げられていた。四校が統合されて誕生したこの学校では平等を期するため、各学科から代表を選出して会議が行われる。

 

「大洗女子学園の快挙は、戦車道というマイナーな武道への関心を引いただけではありません」

 

 画面に映されたスライドを切り替えながら、女子生徒が説明する。眼鏡をかけ、長い髪を背中で結った三年生だ。制服の袖に付けられたペン型のワッペンは情報学科の生徒である証だ。

 画面に表示されているのはネットニュースの記事で、居並ぶ少女たちと鋼の怪物の写真が掲載されている。そして大きく書かれた『女子高生、国家に勝つ』という見出しを、彼女はレーザーポインターでなぞっていく。

 

「高校生が国に対するレジスタンスを成功させた。これが世間にとって、何にも勝る衝撃だったはずです。我々が自分たちを社会にアピールするには、大洗に倣って戦車道を始めることが最善であると考えます。要するに、戦車道で注目を集めた上で、国から不要と見なされた前身四校の名誉回復を行い、この学校を選んで入学してくれた一年生たちにも希望を与える。これがチーム設立の趣旨です」

 

 熱く語る彼女を、生徒会長の河合はじっと見守っていた。品のある顔立ちで、仕草にもどことなく優雅さのある少女だ。学友の話が終わると、卓上のマイクのスイッチを入れて「質疑応答に移ります」と告げた。

 会議室内の生徒たちは続々と挙手するが、河合は真っ先に手を挙げた男子生徒を指名した。制服のワッペンは飛行機のシルエット……航空学科の代表だ。

 

「航空学科としては、広報委員長の提案に反対である」

 

 強い口調で告げられ、壇上の女子生徒……船橋幸恵は心の中で「やっぱりか」と呟いた。対する航空学科代表は、譲る気はないという表情で言葉を続ける。

 

「戦車道の世間へのアピール力は認める。だが我々にはアクロバット飛行やエアレースという、名誉回復の手段がちゃんとある」

「おい、それはお前ら航空学科と、白菊派閥だけの話だろ」

 

 異議を表明したのは農業学科代表の女子生徒。『コサックの頭領』の渾名で呼ばれる三年生、北森あかりだ。女傑ぶりから後輩たちの信頼を集めており、特に農業学科では多くの生徒が彼女をリーダーと仰いでいる。船橋にとって重要なシンパだ。

 

「あたしらは違う学校がくっついたわけだけど、今は千種学園っていう一つの学校だ。あんたの言い方は独りよがりすぎるぜ」

「俺が言いたいのは、戦車道参入で航空学科の名誉が汚されるということだ」

 

 航空学科代表は船橋に、前のスライドを見せるように言った。千種学園が現在保有している、四両の戦車を紹介したスライドだ。彼が問題視しているのはその中の一つ、リベット留めの車体に算盤玉型の砲塔を乗せた、英国製のカヴェナンター巡行戦車だった。

 この車両の正面にはピアノの鍵盤のような、ラジエーターの放熱板が露出している。そしてエンジンは後部に搭載、つまりラジエーターの配管は車内を通っている設計だ。そのため車内にエンジンの熱が撒き散らされ、乗員室の温度は四十度に達する。

 

「あのカヴェナンターは我が航空学科の前身となった、白菊航空高校が保有していた物。ただし競技用ではなく教材、つまり『最悪な設計の見本』としてだ」

「でもカーボンコーティングってやつはしてあるんだろ?」

「車内温度が四十度を超えるんだぞ! 乗った奴が熱中症で倒れたりしてみろ、名誉回復どころか、俺たちの恥になる!」

 

 思わず声を荒げる彼の顔は真剣そのものだった。その後ろで、保険委員の女子生徒がおずおずと手を挙げる。

 

「あのぅ、保険委員会としましても、生徒の健康を害するようなことには反対で……」

「最初期の戦車道で使われていた一次大戦期の車両も、乗員室とエンジンが区切られていませんでした。車内温度は五十度、それでも競技は行われていました」

 

 船橋は気圧されることなく反論した。航空学科代表の懸念はもっともなことだが、彼女もまた引き下がるわけにはいかない。

 

「実際の戦争とは違います。熱中症対策さえしっかりしておけば大丈夫です」

「畑仕事だって同じさ。農業学科は船橋を支持する!」

「馬術部も支持します」

「体育科も賛成。ただ、カヴェナンターに関しては議論の余地があると思う」

「けど、戦車道は女子限定だろ。ただでさえ男子の方が少ないんだから、ますます男の立場が悪く……」

「だったら男は男で頑張ればいい! 農業学科の男どもはみんなしっかりやってるぞ!」

「俺も今のは農業学科代表に賛成だ。女々しいにも程がある」

「なんだとこの野郎……!」

 

 河合が立ち上がり、「静粛に」と叫んで場を収めた。

 その光景を一望し、船橋は拳を握り締める。自分の計画が実を結ぶのはまだまだ先になりそうだった。もしかしたら、卒業までにはできないかもしれない。だがそれでもいい。失った物を取り戻せなくても、後輩たちに何かを残せれば……。

 

 

 

 会議が終わった後、船橋は河合と共に部屋を出た。この二人は同じトラップ女子高校の出身で、統合前から親しい間柄だった。

 

「航空学科はほぼ全員が白菊航空高校の出身で、孤立主義の傾向が強いです。それに前身四校の中で唯一海外提携先がないため、他校出身者を『白人かぶれ(バナナ)』と揶揄する傾向もあります」

 

 疲れが出ている船橋を気遣いながら、河合はゆっくりと自分の意見を述べる。彼女は民主主義というものに一定の価値があると信じており、他者の意見を静かに聞いた上で発言するタイプだ。

 

「しかしカヴェナンターに関しては、彼らの言い分はもっともです」

「分かってる」

 

 船橋は一瞬だけ親友に目を向け、うつむいた。彼女としてはまともに使える新車両を入手するため、予算を増額して欲しかった。だが河合とて、成功する保証がない学園興しに安易に投資することはできない。ましてや戦車道は初期投資にも設備の維持にも多額の資金が必要となる。戦車道連盟から助成金が期待できるとはいえ、慎重にならざるを得なかった。

 河合自身、船橋を信頼してはいるものの、その計画は大洗の二番煎じに終わるのではないかと考えていた。事実、『大洗の奇蹟』以降戦車道に参入した学校はいくらかあるが、すでに挫折した学校も存在するのだ。

 

「貴女の支持者も多いので、戦車道参入は可決されるでしょう。しかし航空学科の支援を得たいのなら、あの戦車は諦めるべきでは」

「三両だけの戦車隊じゃ、他の学校から相手にされないわ。今は利用できるものは何でも利用しないと……」

「……右足の無い一年生でも?」

 

 その言葉に、船橋は頭を抱えた。が、その直後、漂ってくる食事の匂いに空腹を感じた。広い食堂では生徒たちが思い思いに食事を取っている。カレーやハンバーグといった定番の他、グヤーシュやボルシチなどの民族料理も並んでいる。河合は友人の手を引き、窓口へと連れて行った。

 少し嫌味な言い方になってしまったが、言うべきことだった。在校生に戦車道経験者はほとんどおらず、農業学科の北森が多少乗ったことがある程度だ。しかし今年入学した一年生に、とある流派の家元がいたのである。船橋は天佑と判断したが、その新入生の心と体が問題だった。

 

「……お晴さんにも言われたわ。ああいう子を隊長として祭り上げるのはどうなんだ、って」

 

 ぽつりと行った後、船橋は窓口の調理学科生徒にヴィーナーシュニッツェルとザリガニのスープを注文する。河合はカイザーシュマーレンと呼ばれるパンケーキを頼んだ。窓口から台所へ注文が伝わり、生徒が豚肉のシュニッツェルとジャガイモを皿に盛り付ける。

 河合は料理が出てくるのを待ちながら、船橋の肩を軽く叩いた。彼女は思想・立場の両面から、船橋のやること全てに賛成はできない。だが信頼は置いているし、船橋の学校への献身は誰よりも理解していた。

 

「とにかくしっかりと食べて、元気を出すことです。貴女の力は必要ですから」

「うん、ありがとう」

 

 礼を言う船橋の前に、香ばしい匂いの漂うオーストリア料理が差し出される。それを手にテーブルへ向かいながら、これからのことに思いを馳せていた。明日の休みに行う、とある人物へのインタビューについて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。学園艦市街地の公園に、飛行帽をかぶった女子生徒が佇んでいた。長く美しい髪の少女で、制服には航空学科のワッペンが付いている。体の発育はよく、若き女流パイロットということも合わせ、男に人気の出そうな容姿をしている。だが今の彼女は静かに髪を靡かせ、目の前にある慰霊碑にただただ黙祷していた。

 『白菊航空高校機 墜落事故慰霊碑』。長方形の石碑にはそう刻まれていた。供えられた花束の中には、彼女が今しがた捧げた黒いチューリップもある。無垢の黒ではなく赤みがかってはいるが、それでも喪服のような重い雰囲気が漂っている。花言葉は『私を忘れてください』だ。

 

 ふいに、背後から硬い足音が聞こえた。ゆっくりと目を開けて振り向くと、漆黒の動物がこちらを見ていた。その背に乗った乗馬服姿の少女が、こちらを見下ろして微笑む。

 

「こんにちは、丸瀬さん」

「……ああ、大坪か」

 

 挨拶を交わした後、馬上の少女は鐙に足をかけてゆっくりと地面に降りた。馬は慰霊碑に供えられた花に興味を示したのか、首を伸ばす。

 

「食べちゃ駄目だよ、セール」

 

 馬の首筋を叩いて窘め、自分の持ってきた菊の花を慰霊碑に手向けた。手を合わせて祈りを捧げていると、愛馬も空気を読んだのか、石碑に向けて小さく嘶く。

 飛行帽の少女・丸瀬江里は馬の巨体を見上げ、思わず一歩後ずさりした。そんな彼女に気づき、大坪涼子はクスリと笑った。

 

「馬が怖いの? 飛行機なんていう凄い物に乗ってるのに」

「飛行機は噛みつきはしない」

 

 苦笑する丸瀬の前で、大坪は馬の首を撫でる。青毛に四白流星の見事な馬だ。丸瀬もゆっくりと近づき、その大きな目をじっと見た。鳶色の瞳は澄んでいて、美しい。

 二人は出身校こそ違えど、親しい間柄だった。大坪は船橋と昔馴染みで、彼女の結成した戦車道チームにも参加を決めている。一方航空学科代表の妹である丸瀬も、得意の曲技飛行で学校の宣伝活動に協力しており、船橋とも付き合いがあった。学校の名を上げるというその意気込みを尊敬しており、彼女を通じて知り合った大坪とも友人となっている。だが兄同様、戦車道については未だ懐疑的だった。

 

「良かったら明日、馬場に来ない? 乗り方教えてあげるわ」

 

 大坪は丸瀬の前で戦車道の話はしない。彼女の心情や立場を慮ってのことだ。それが通じているのかは不明だが、丸瀬は微笑を返す。

 

「生憎、明日は船橋先輩を送ることになっていてな。取材だ」

「あ、そうなんだ。何処へ行くの?」

「インタビューだ」

 

 戦車道を始めるにあたり、船橋が様々な学校や機関へ取材に行っていることを、二人はよく知っていた。千種学園の戦車道参入には疑念があれど、丸瀬は取材へ向かう船橋を飛行機で送り迎えしていた。彼女としては船橋の言い分も、兄の言い分もよく分かる。間で板挟みになっている構図だが、自分なりに答えを出そうとしていた。

 そして今回の取材には送迎だけでなく、最初から最後まで同行することにしていた。自分の結論を出すヒントになりそうな気がしたからだ。

 

 

「相手の名前は……角谷杏」

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
今回は戦車道チーム結成の裏話です。
戦車戦はありませんが、よろしければ後編もお楽しみに。

ところで先日、かの生きている英霊こと船阪弘氏の自伝「英霊の絶叫」を読了しました。
読んで思ったことは、やっぱりこの人も人間だったのだということでした。
超人的な生命力は事実ですが、彼なりに強さもあれば弱さもあり、悩みもしたし、死を望んだこともあった。
ネットでリアルチート扱いばかりされていますが、そんな船阪氏の人間的な魅力を再発見できた気がします。
拙作のキャラたちも、より一層そうした魅力を出していけるよう精進します。


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中編

 カタリナ飛行艇が洋上を飛ぶ。性能は凡庸だが、水陸両用の使い勝手の良さと信頼性が売りの名機だ。パラソル翼と二つのエンジンを背負い、一路港へと向かっている。

 操縦席に座る丸瀬の背後に、船橋が歩み寄った。機体後部の銃座から外を眺めていたが、さすがにただの海では良い被写体がなかったらしい。両の手は首から提げたカメラを切なそうに弄んでいる。しかし鉄の鳥を操る後輩の姿はなかなか画になった。

 

「撮っていい?」

「どうぞ」

 

 了承を得られたので、斜め後ろからシャッターを切る。操縦輪を握る手、ゴーグル越しの眼差しなど、構図を変えながら立て続けに撮影した。丸瀬は写真に撮られるのはあまり好きではないが、船橋の写真は何か心惹かれる美しさがある。芸術性を高めつつもあざとさの無い、自然な撮影を行うのだ。

 それ以上に、彼女のタフさを丸瀬は尊敬していた。船橋は以前、曲技飛行に同乗して撮影したいと申し出て、激しい戦闘機動に耐えながら写真を撮ってみせたのである。

 

「ありがとう。後で送るわ」

「……先輩はいつから、写真を始めたのですか?」

 

 前を見たまま尋ねると、船橋は少しの間考えた。

 

「確か、小学三年の頃だったかな。最初は使い捨てカメラだった。撮った写真がコンクールで賞取ったから、お父さんがちゃんとしたカメラを買ってくれたの。カメラの本もね」

「では、独学で?」

「大体ね。プロのカメラマンにも何度か会って、いろいろ教えてもらったわ」

 

 懐かしそうに、愛用のカメラを撫でる船橋。彼女は生涯写真を撮り続けることだろう。その腕と学校への献身的な態度は誰もが認めている。だがそれに飽き足らず、校内で戦車道チームを発足しようと言う。

 問題は二つあった。一つは校内にある戦車の半分が欠陥兵器だということ。もう一つは、彼女が隊長に推薦しようとしている、一年生だった。

 

「船橋先輩の目は常に、生き生きとしています。ですが……」

 

 言うべきか、黙っておくべきか、しばし迷う。船橋は怪訝そうに、後輩の顔を覗き込む。

 

「どうしたの?」

「……あの一ノ瀬という子には、死相が出ています」

 

 船橋はハッと目を見開いた。右側に座っていた副操縦士もちらりと丸瀬を見た。操縦輪を握ったまま、丸瀬は真剣な表情で続ける。彼女は冗談でこんなことを言う人間ではない。

 

「予科練などで、パイロットの適性検査に人相見が使われたのはご存知でしょうか。良くも悪くも、当たります」

「……そう」

 

 考え込む船橋をちらりと見て、航空少女は前方を確認する。すでに港が見えていた。飛行機で行けるのはここまでだ。後は陸路をバスで移動し、目的地の『戦車喫茶 ルクレール』へ向かう。

 

「着水の用意をします。席についてシートベルトを」

 

 その言葉を境に、丸瀬は管制塔との通信を始めた。心中の不安を脇へ置き、船橋は着席するしかなかった。いつまでも気にしてはいられない。一先ずはこれから行う取材に集中せねばならないのだ。

 大洗の奇跡はもちろん、隊長を務めた西住みほが最大の功労者だろう。だが昨年度の全国大会の映像を繰り返し見て、船橋はあることを見抜いていた。彼女の采配は見事でも、仲間を統率する牽引力においてはまだ未発達だった、と。大洗戦車道チームの基盤を作った人物こそ、船橋が教えを請うべき相手だった。

 

 角谷杏。昨年度の、大洗女子学園生徒会長である。

 

 

 

 

 

 

 

 ……やがて、カタリナは港の隅に身を浮かべ、翼を休めた。船橋と丸瀬はバスに乗って少し移動し、目的地へ向かう。ボイスレコーダーやメモ帳などの所持品をチェックし、愛用のペンを胸ポケットに挿す。丸瀬にはそれが戦支度のようにも見えた。

 

 辿り着いたカフェは混んでいたが、予約していたため席はあった。『戦車喫茶』の名に恥じぬ、随所に戦車趣味が染み込んだ店だ。壁には戦車映画のポスターが貼られ、古今東西の傑作戦車の模型が飾られている。店員の服装もタンクジャケットに近く、給仕もトランスポーターのミニチュアによって行われる。丸瀬は「これなら戦闘機カフェがあってもいいのに」と思ったが、戦闘機はどちらかといえば男の領分だ。

 二人が入店してからほどなく、待ち人は来た。

 

 赤みがかった茶髪をツインテールに結った、小柄な女性。ゆったりとした私服姿の彼女は、船橋の姿を認め笑みを浮かべた。

 

「やぁやぁ、船橋ちゃん。待たせちゃった?」

「いえ、私たちが早く着きすぎました」

 

 起立してお辞儀をし、笑顔を返す。丸瀬もそれに倣った。

 

「急な話をお受けいただき、ありがとうございます。改めまして、千種学園広報委員長の船橋幸恵です」

「航空学科の丸瀬です。よろしくお願いします」

「はいはい、角谷杏でーす。よろしく~」

 

 友好的に握手を交わし、角谷も着席する。船橋がすぐさまメニューを渡す。いきなり本題に入っては失礼だと思い、まずは他愛もない話を始めた。

 

「初めて来たけど面白いですね、戦車カフェ」

「でしょ? 西住ちゃんたちも、よくここでミーティングしてるよ」

 

 メニューのページをめくり、元生徒会長は『ヘッツァー型さつまいもケーキ』なる物を選んだ。船橋は『菱形戦車風ティラミス』、丸瀬は『ストロベリー戦車ムース』をチョイスする。戦車を象ったケーキの他、ジェリ缶型の容器に入ったドリンクも載っていた。

 呼び鈴も戦車の形をしていたが、船橋らは見たことのない形状だった。箱型の車体から七方向に機関銃が突き出し、その上にドーム型の砲塔が据えられている。似たような『ハリネズミ戦車』は千種学園にもあるが、それよりさらに古めかしいデザインだ。

 

「これは確か、フィアット2000だったかなー」

「イタリア製ですか?」

「うん。一次大戦の終わり頃、二両だけ試作されたんだって。イタリア贔屓の友達が言ってた」

 

 マニアックだよねー、と笑う角谷。小柄な体躯と相まって可愛らしい印象である。しかしその笑顔の裏に得体の知れない『威厳』があった。人相見のできる丸瀬はそれを感じ、只者ではないことを今更ながら悟る。彼女は西住みほと並ぶ、大洗戦車道隆盛の立役者……船橋の読みは当たっているだろう。

 

「あ、そうだ」

 

 ボタンを押そうとして、角谷はふと手を止めた。

 

「船橋ちゃん。実はもう一人、ここへ来たいって人がいてさー。勝手にOKしちゃったんだ、ごめんね」

「ああ、構いませんが……誰ですか?」

「船橋ちゃんも知ってる人だと思うよ。もうそろそろ来ると思うんだけど……」

 

 思わせぶりな口調だった。誰だろうかと考える船橋だが、直後に答えは分かった。

 カランと音を立て、店のドアが開く。ウェイトレスの「いらっしゃいませ」という声が聞こえた。

 

「ほら、来た」

 

 クスクスと笑う角谷の前で、船橋は目を見開いた。確かに、知っている人物だ。しかし直接会ったことはなかった。黒いコート姿の、シックな出で立ちの女性だ。美人には違いないが、外見はそこまで目立つわけではない。だが戦車道関係者なら、誰もがその名を知っているだろう。

 

「まっちゃん、こっちこっち」

 

 角谷が手招きする。その女性は焦げ茶色の髪を軽くかきあげ、軽い足取りで歩み寄った。

 

「……まっちゃんは勘弁してくれ」

「いーじゃん、可愛くて」

 

 飄々とした角谷の態度に小さくため息をつき、彼女は船橋へと向き直る。凛とした眼差しを受け、反射的に起立した。

 

「連絡もなしにやってきて、申し訳ない。西住まほだ」

「初めまして、船橋幸恵です! 一度お会いしたかったです!」

 

 思いもかけない遭遇だった。昨年度の黒森峰女学園における戦車隊長・西住まほ。大洗の西住みほの実姉で、西住流次期家元の最有力候補だ。今は大学で戦車道を行なっており、流派の壁を超えて選抜チームにも推薦されたという。

 会うのは初めてだが、船橋は彼女と接点があった。黒森峰の精鋭が義勇軍の一員として『大洗紛争』へ参戦した際、その戦車を輸送したのがトラップ=アールパード二重女子高校……船橋の、昨年までの母校なのだ。

 

「遅くなったが、改めて礼を言わせて欲しい。戦車輸送の件、本当にありがとう」

 

 深々と頭を下げる、西住まほ。船橋は珍しく慌てた。

 

「い、いいんですよ、そんな……! お力になれただけで、私は……」

「いや、本当なら去年のうちに、直接礼を言いに行くべきだった。ハイターからも言われていたからな」

 

 顔を上げ、まほは着席する。黒森峰の元隊長なだけあって、身のこなしの一つ一つに、襟元を正した凛々しさがあった。

 

「後輩の指導や諸々の都合で、大分遅くなってしまった。今回角谷から話を聞いて、便乗させてもらった」

「そうでしたか! ありがとうございます」

 

 突然のことに混乱した船橋だったが、願ってもない好機だ。戦車道参入について、彼女から意見をもらえれば大いに参考になるだろう。

 

「ハイターは元気にしているか?」

「ええ、いつも笑わせてもらっています。あ、どうぞ」

 

 いつも通り笑顔で話しながら、船橋はまほへメニューをまわす。彼女は一通りページを眺めた上で、コーヒーとチョコレートケーキを選んだ。

 

 丸瀬が呼び鈴を押すと、戦車の砲声が轟いた。音質にもこだわっているようで、腹にズンと響く音だ。やってきたウェイトレスに注文を伝えた後、船橋は本題に入った。まずボイスレコーダーを卓上に出し、二人の了解を得た上でスイッチを入れる。

 

「私たち千種学園は、戦車道への参入を考えています」

 

 一から説明した。

 千種学園は廃校になった四校が集まって生まれたこと。世間からは『国にとって不要な学校の寄せ集め』として扱われていること。そして学校を守れなかった上、そのような誹りを受けるのは耐え難いということ。

 学校の名を上げるため、戦車道というアピール力の高い競技へ挑みたい。そんな船橋の構想を、二人は静かに聞いていた。まほは真剣な面持ちで、角谷は相変わらず笑みを浮かべながら。

 

「角谷さんが戦車道を始めようと思ったのは、かつて大洗が強豪校だったからですか?」

「そ。文科省が戦車道の強化を進めてるのは知ってたし、廃校逃れにはそれだな、って思ってさ」

 

 問いかけに答えながら、角谷はケーキを頬張る。ヘッツァーの傾斜装甲を再現したケーキは、表面がサツマイモのクリームでコーティングされている。丁度、サンドイエローに近い色合いだ。75mm砲はビスケットで再現されていた。

 

「ま、ちょっと楽観的すぎたかな。後で調べてみたら、良い戦車は全部売られちゃって、見つかったのは売れ残りの車両だけだったんだよねー」

「ははあ、なるほど」

 

 メモを取りながら、熱心に話を聞く船橋。大洗もやはり、逆境の中でのスタートだったと再認識する。

 

「貴女たちは、戦車の用意はあるのか?」

 

 まほに尋ねられ、ポケットからメモを取り出した。千種学園の『現有戦力』が纏められている。もっとも、わざわざ纏めるほどの数ではないが。

 

「四両だけですが。少しでも実績を出せば、新車両の購入も許可されるかと」

「……予想以上だな、これは」

 

 メモを見つめ、まほは眉を顰めた。その言葉が良い意味ではないことくらい、誰にでも分かる。特に船橋は自校の保有戦車について、しっかりと理解していた。

 

「カヴェナンターって確か、凄く暑い戦車じゃなかったっけ?」

「はい。それで航空学科は反対しています」

 

 角谷の問いに、船橋は正直に答えた。その航空学科の一員である丸瀬はムースを少しずつ食べながら、じっと会話を聞いている。

 

「菱形戦車で戦車道をしていた時代、車内の温度は五十度を超えて当たり前だったはずだ。熱中症対策をしっかりすれば、戦車道一試合くらいは耐えられる」

 

 以外にも、まほはこの欠陥兵器を否定しなかった。この意味は大きい。西住流の長女から、その言葉を引き出せたのだ。生徒会を説得するのに大きな助けとなるだろう。

 しかし、それには前提があった。

 

「乗員の敢闘精神が旺盛で、優秀な指揮官がいれば、だが」

「隊長は船橋ちゃんがやるの?」

 

 角谷が砲身ビスケットを飲み下し、尋ねてくる。

 

「いいえ。一年生に経験者がいて、その子に頼むつもりです。実力は申し分ないと見ています」

 

 自分の見解を正直に述べる船橋だが、一つだけ言わなかったことがある。その一年生の右脚が、義足だということだ。話したところで、相手は率直な意見を言いづらいだろう。丸瀬がちらりと視線を送ってきたが、彼女も出しゃばる気はなかった。

 

「あ~。なんか、うちと似てるね」

 

 角谷の表情が僅かに変わったのを、船橋は見逃さなかった。笑みを浮かべていても、その表情の向こうで何かが揺れた。自分が西住みほに隊長を頼んだときのことを思い出したのだろうか。それもまた、船橋にとっては聞いておきたいことだ。

 

「西住みほさんは雑誌のインタビューによると、戦車道を辞めるつもりで大洗に来たそうですね」

「……そうだ」

 

 まほの方が答えた。

 

「私の責任でもある」

「あの子は多分、そうは思ってないよ」

 

 角谷が少し優しい口調で言った。船橋としてはその部分に触れようとは思わない。一昨年の全国大会で起きた出来事とその顛末は、先ほど名前が出たハイターという人物から聞いていた。黒森峰戦車隊の元雑用である。西住みほの転校後に入学したため面識はないが、彼女が黒森峰を離れることになった理由をよく知っていた。だから船橋はまほとその部下たちが内心悩んでいたことも分かっている。

 知りたいのは、大洗に来た後の西住みほについてだ。

 

「西住さんが戦車道を履修したのは、角谷さんからの要請があったのでしょうか?」

「……そうだよ」

 

 フォークを置いて、角谷はふと遠い目をする。食べかけのヘッツァーケーキをじっと見つめる彼女に、船橋は続けて問いかける。

 

「西住さんはすぐに引き受けてくれたのですか?」

 

 これこそ、船橋の最も知りたいことだった。戦車道を辞めるために転校した西住みほに、やる気を出させたのは彼女のはずだ。その方法を聞いておきたい。

 だがそのとき、船橋の心臓がドキリと脈打った。角谷の表情から、笑みが消えていたのだ。大きな目で真っ直ぐに船橋を見る彼女は真剣そのものだ。自分より背の低い彼女に対し、船橋は威圧感さえ感じた。

 

「船橋ちゃん。絶対に私の真似をしないって、約束できる?」

 

 空気がピンと張り詰めた。突然の様子の変化に、船橋は少し逡巡しながらも頷いた。

 

「お約束します」

「なら話すね。西住ちゃんは戦車道を嫌がってた。私としては絶対にやってもらいたかったけど、あの子の友達……後でIV号の砲手と通信手になる子たちも、あの子を庇った」

 

 彼女の口調はどちらかというと、告解のようにも聞こえた。船橋の手がボイスレコーダーへと伸びる。録音を一時停止し、自分の耳のみで角谷の言葉を聞く。

 それを見て、角谷は少し笑みを浮かべる。安堵したというわけではないが、話しやすいようにという船橋の配慮と、察しの良さが通じたようだ。

 

「私、あの子にこう言ったの。戦車道やらなきゃ、この学校にいられなくしちゃうよ、ってね」

 



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後編

「それでは、まるで……!」

 

 今まで黙っていた丸瀬が、思わず声を荒げた。角谷は苦笑を浮かべつつ、こくりと頷く。

 

「恫喝したんだよ、要するに」

「……廃校の件は話したのですか?」

 

 冷静に質問する船橋。昨年度の大洗の戦いぶりは映像で何度も見たが、準決勝の前半あたりまでは何か違和感があった。西住みほの采配は見事だったが、戦車隊全体の戦い方に、学校を救うという強い信念が感じられなかったのだ。隊員たちは廃校の事実を知らなかったのではないか。

 案の定、首を横に振る角谷。その顔には自嘲的な笑みが浮かんでいた。

 

「正直に話して、助けてくださいって言えば良かったんだよね、今思えば。……録音していいよ」

 

 ボイスレコーダーを指差され、船橋は再びスイッチを入れる。自分の妹に関わる話を、まほは静かに聞いていた。

 

「あのとき、廃校のことは生徒会以外に知らせたくなかったんだよね。国が母校をお払い箱にしたって聞いたとき、どう思った?」

 

 皿に残ったケーキをフォークですくい、口へ運ぶ。角谷のヘッツァーケーキは姿を消したが、船橋の菱形戦車風ティラミスは精々小破した程度で、ほとんど口をつけていない。それを前にしながら、船橋は小さく数回頷いた。

 

「私でも多分、同じことを考えたと思います」

 

 学園艦は単なる学校ではない。海上都市であり、生徒たちにとっては掛け替えのない我が家だ。それが「目立った活動実績がない」として廃校になるのは、生徒たちにとって大きなショックだ。ましてや、国から存在意義を否定されたのだから。船橋のように艦上で生まれ育った生徒なら、廃校はそのまま故郷を失ったことになる。

 角谷は優しげな笑みを浮かべ、懐かしそうに話を続ける。

 

「全部終わった後で、こういう訳だったって話して、西住ちゃんに謝って……私が会長を辞任してメデタシメデタシ、にできればいいって思ってたんだ」

「でも、そうはいかなかった?」

「準決勝で追い詰められたとき、全部話したんだ。その後からだったね、チームが完全にまとまったのは。私がもっと早く、ちゃんと伝えていればなぁ……」

 

 嘆息する角谷に、船橋は続けて質問した。

 

「そして優勝した後も、生徒会長は続けたのですよね?」

「辞任するって言ったら、西住ちゃんが怒ってさ。最後まで責任持ってください、って」

 

 後にも先にも、彼女から叱られたのはそのときだけだったと角谷は語る。だがその後『大洗紛争』が勃発したことを考えると、角谷が会長職に留まったのは幸運だったかもしれない。

 ふと、彼女はまほへ目を向けた。

 

「西住ちゃんの代わりに、殴ってくれてもいいよ?」

「……私にその資格はない」

「そっか」

 

 短く言葉を交わす二人に、船橋は改めて、大洗が荊の道を歩んだことを思い知った。戦車道が楽だとは最初から思っていない。しかし試合以外にも様々な問題を抱えながら、大洗は生き残ったのである。

 奇蹟は起こるものではない。起こすものだ。そしてそれには代償を払わねばならない。

 

「……去年の春、中学校の戦車道チームで轢過事故が起きた」

 

 次の質問をする前に、まほが切り出した。またもや、船橋の心臓が跳ねた。

 

「練習中の事故だ。チームの隊長が、訓練場に子供が迷い込んだのを見て、保護するために下車した。そこへ別の車両が不意に飛び出してきたため轢過され、重傷を負った」

 

 淡々と語るまほに、船橋はきまりが悪くなった。先ほど敢えて言わなかったことを、彼女はすでに知っていたのだ。考えてみれば当然かもしれない。西住流宗家の娘ゆえ、その程度の情報は自然と入ってきてもおかしくない。

 

「事故を起こした車両の無線機が故障しており、状況把握ができなかったことが、事故の原因だ。隊長は右脚を切断。一弾流家元の娘で、今は千種学園にいると聞いた」

「その通りです」

 

 素直に答える。もはやそれしかない。例え叱責されることになろうとも、船橋の信念は揺るがなかった。

 

「その子に隊長を頼むつもりです。無理なら、アドバイサーを」

「義足の戦車道選手は前例もある。全く無理ということはないだろう」

 

 まほの意見は否定的ではなかった。しかし、ただ肯定で終わるものでもない。

 

「ただし、当人の心理による」

「あの子はまだ、戦車道で生き返ります。私の勘ですが」

「ん、その辺は船橋ちゃんの判断でやらなきゃね」

 

 角谷はツインテールの先をつまんだ。

 

「でも、さっきの約束は守ってね。私と同じことをしないで。今の船橋ちゃんにはまだ、時間はあるんだから」

 

 その言葉は切実であり、心に深く食い込む言葉だった。元より、脅迫や恫喝を行うつもりはないが、大義のために小義を捨てるのは避けねばならない。廃校になった四校の名誉回復と、千種学園としての名を上げる……それが戦車道参入の目的だ。後輩を不幸にして戦車道を行ったところで、何の意味もない。

 角谷の言うように『時間はある』。千種学園は大洗と違い、廃校の危機にあるわけではない。退くべきときには退ける。それは覚えておくべきだろう。

 

「……私からも一つ、言わせてほしい」

「はい、何でしょうか」

 

 厳かな声のまほに、船橋はメモ帳を手に聞き返した。まほは凛とした眼差しで、船橋を真っ直ぐに見据える。逃げることを許さないような、引き締まった視線だ。

 

「去年の助力には感謝している。また、大洗の快挙をきっかけに戦車道を始める学校が増えれば、この道を愛する者として嬉しく思う」

 

 相変わらずの淡々とした口調。船橋は特技の速記術で、メモに彼女の言葉を写して言った。ボイスレコーダーがあっても、やはり自分の手でメモを書き記すことは必要だという、船橋なりの哲学だ。

 

「ただ、黒森峰女学園には高校戦車道界をリードしてきたという自負がある。もし生半可な気持ちで戦車道に挑み、我々の築いた土俵を汚す学校があれば……」

 

 仮面のような無表情に見えて、まほの顔には様々な感情が渦巻いている。かつてかの強豪を率いてきた者として、今でも責任を持ち続けていた。

 

「そのときは私の後輩たち、特に逸見エリカが、徹底的に叩きのめすだろう。覚えておいて欲しい」

 

 船橋は思わず唾を飲んだ。だが手は止めない。一字一句聞き漏らさず、速記文字で書き記した。深く、肝に銘じておくために。

 その様子を見て、角谷の顔に飄々とした笑みが戻った。

 

「船橋ちゃんの手で作ってみなよ。まっちゃんが納得するようなチームを」

「……望むところです」

 

 信念に揺るぎはない。むしろ、戦車道参入への意欲は一層高まっていた。

 

 この人たちの世界を、もっと見たい。撮りたい。そして、自らその場で戦ってみたい。

 決意を新たに、船橋はインタビューを続けた。その後、彼女を見るまほの視線はどこか優しげだった。

 

 

 

 やがて取材が終わったとき、日は傾き始めていた。船橋は角谷らに礼を述べて別れ、バス停へ向かう。頭の中ではすでに河合への報告内容と、今後の戦略を練っていた。

 道中、ふと足を止めて景色を眺める。左手側は地面が道より一段低く削られ、運動場になっている。どこの学校だろうか、小学生が野球の試合をしていた。自分たちより遥かに年下の少年少女たちが走り、ボールを追い、投げる。今頃は千種学園でも、野球部が練習を始めているだろう。

 

 その光景を見下ろしながら、丸瀬が口を開いた。

 

「先輩はあの一年生が、生き返るとお考えですか?」

「そうしなくてはいけないわ」

 

 船橋は毅然として答えた。その一ノ瀬以呂波とは直接話したわけではないが、見かけたことはある。死相が出ている、というのも分かる気がした。虚ろな目で、重そうに義足を引きずって歩いていた。何にも希望が持てない、という暗い表情で。彼女が武骨な戦車隊を率いて、勇敢に戦っていたなどと、俄かには想像できない。

 だが、だからこそ。同じ学校の生徒として、放ってはおけない。

 

「……『脚はまだ片方あるからどうでもいい。しばらくイワンの戦車を壊せないのが悔しい』って言葉、知ってる?」

「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル。戦車の天敵です」

 

 航空学科である丸瀬はエースパイロットにも詳しかった。ルーデルはドイツ空軍の伝説的パイロットである。急降下爆撃機Ju-87、およびそれを戦車狩り専用に改造したG型を駆り戦った。撃破した戦車の数は最低でも五百を超え、他に八百両以上の車両、火砲、さらには戦艦と装甲列車まで破壊している。その上、三十回撃墜されても戦死せず、捕虜にもならなかった。彼が対空砲火で片足を吹き飛ばされ、見舞客に言った言葉が船橋の挙げた台詞だ。その後、ルーデルは義足をつけて戦線に復帰したという。

 船橋は一ノ瀬以呂波がルーデルと同類とは思わないが、似た面はあるように感じていた。

 

「あの子の悲しみは脚を失ったことよりも、生き甲斐を取り上げられたことだと思う」

「何故分かるのです?」

「私はあなたより一歳年上なだけ。でも、いろいろな人を見てきたわ」

 

 ファインダー越しにね、と呟き、カメラを指さす。

 

「小学生の頃、学校にカメラを持ち込んで没収されたことがあってね。職員室へ忍び込んで取り返したわ。後で余計に怒られたけど……これが私の目なのよ」

 

 だから、船橋は以呂波の気持ちが分かる。戦車道の宗家に生まれた彼女にとって、戦車は最早骨肉の一部だったはずだ。それが脚を失ったことにより、戦車という鉄の脚まで奪われた。掛け替えのない体の一部を。

 全て勘による推測だったが、今日思いがけず西住まほに会い、その勘が当たっていることを確信した。幼い頃から西住流を叩き込まれた彼女は、鉄と油のニオイのみならず、戦車道そのものが体に染み付いていた。言葉の随所にそれが滲み出ていたのである。そして角谷もまた、そういった大切な物を守るために戦った。

 

「私はね、丸瀬さん。生き甲斐のない人間は『生きている』とは言わないと思うの。『死んでない』だけよ」

 

 グラウンドを眺め、ゆっくりとカメラを構えた。電源を入れ、レンズが伸びる。ファインダーを覗くと、目当ての被写体に狙いを定めた。丁度、これから投球というところだった。バッターがマウントに立ち、バットを数回素振りして構える。

 

「……シャッターチャンスは常に一瞬。逃せば、もう戻らない」

 

 屈んで体を安定させ、ピッチャーの少年に、正確にはその手中にあるボールへとズームする。丸瀬はファインダーを覗く横顔を見て、緊張感のある美しさを感じた。そして、気高さを。さながら腕利の狙撃手か、戦闘機のパイロットが照準を合わせているかのようだ。

 ピッチャーが腕を振りかぶったとき、船橋が息を止めた。

 

 投球。白い点が風を切り、カメラのレンズはそれを追う。バットが振られる。小さなシャッター音は快音にかき消された。ボールが宙高くへ飛び、見守っていた父兄がわっと歓声を上げる。

 少年がバットを置いて駆け出した後、船橋は一息吐いて立ち上がった。撮れた写真を確認し、満足げな笑みを浮かべる。

 

「一ノ瀬さんが私や角谷さん、西住まほさんと同じタイプの人間なら。大事なものを取り戻すチャンスを、逃さないはずよ」

 

 カメラのモニターを向けられ、丸瀬は思わず息を飲んだ。その写真はボールがバットに当たった瞬間を捉えていたのである。一瞬のチャンスを、船橋の指は掴み取ったのだ。

 

 丸瀬はふとため息を吐いた。自分もまた、船橋たちと同類だと思ったのだ。かつての母校で悲惨な墜落事故が起き、海上に浮かぶ油の輪を見た。愛した人ももう戻らない。それでも操縦桿を握るのは、翼を失いたくないからだ。

 

「……兄は私が説得しましょう」

「……え?」

 

 不意に出された言葉に、思わず聞き返す船橋。丸瀬は笑みを浮かべる。

 

「ああ見えて、妹の私には弱いんですよ。代表である兄が折れれば、航空学科の支援が得られる。ルスラーンを戦車道のために使うことができるでしょう」

 

 巨大輸送機、An-124ルスラーン。船橋が航空学科の支援を得たい理由の一つだ。燃料・弾薬の輸送が格段に楽になるし、戦車もある程度は運べる。

 そして丸瀬個人も、船橋に助力することを決心していた。

 

「私も戦車に乗せてください。先輩の目に賭けます」

「……ありがとう」

 

 二人は固く握手を交わした。愛した母校は違えど、今は信念を同じくする、同志として。

 

 

 

 

 彼女たちは大洗と違い、母校を救えなかった。しかし『大洗の奇蹟』は、新たな地で名誉を守る機会を与えてくれた。チャンスを逃しはしない……同じ思いの元に集まった少女たちが、鋼の怪物に身を委ねる。

 

 隻脚の少女もまた、彼女たちのために、そして自分自身のために、そのチャンスへと手を伸ばした。

 

 

 

 

 千種学園戦車隊、前進す。

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただき、ありがとうございます。
ようやく船橋編を書けました……もう待っててくださった方いないんじゃないか……(汗)
会長とまほの言葉は早いうちから決めていたのですが、雰囲気作りとかいろいろ悩み、結局本編を書き進めることに……。

次回は千鶴が島田愛里寿と出会ったときの話にしようと思います。
つるかめ戦車隊にまとめるつもりだったのですが、劇場版の後の話になるので時系列が異なるし、前から書くとほのめかしていたので、いい加減書かねばと思いこちらでやることにしました。
愛里寿の他に、ちょっと意外な人物も登場する予定です。

さて、船橋が戦車道チームを結成する前の話でしたが、ついでに私が『鉄脚少女の戦車道』を考えたときのことでも書いておきます。
長いのでお暇な方以外は読み飛ばしてくださいませ。


最初は早い話が、「アニメじゃとても出てこないであろう、ポンコツ戦車やマイナー戦車を寄せ集めた二次創作を書いてみたい」と思ったのがきっかけです。
ただ珍兵器を紹介するだけじゃ物語になりませんから、そんな戦車を使う学校ってどんな事情があるのかな、といろいろ考えました。

大洗と違い廃校になった学校の生徒は、その後どんな生き方をするのか。
そして、私の通っていた高校で戦車道をやっていたらどんな感じだったか(農業高校・普通高校・商業高校が統合されてできた学校でした。ついでに馬術の強豪でした)。
あと、海外の掲示板に「カチューシャは女の子が恋人の帰りを待つ歌だけど、ガルパンの世界では男たちが勇敢な女の子の帰りを待っているのかな」というコメントがあったらしく、共学の学校ならそんな男たちもいるかもと思いました。
ただし私は原作同様「女の子が戦車に乗る」ことを前提に書くつもりだったので、男は整備員とか渋い役回りに徹させることにしました(今ひとつ渋みのないキャラ共ですが……)。
そうして生まれたのが千種学園です。

義足の戦車長というのは元々、『白鯨』とか某重力戦線を見て思いつきました。
現実で義足の女性ランナーがいるし、戦闘機パイロットにも義足の人はいたので、ガルパン世界なら義足の戦車道選手がいてもおかしくはないだろう、と(義足になった理由は今回明かされましたが、例え砲弾が貫通しなくても、このような不慮の事故は考えられます。絶対の安全はない、と作中で明言されていますし)。
自分がそうなりたいとは思いませんが、そういった人たちのたくましさを尊敬するのは、おかしいことではないでしょう。
下手に強調してゴテゴテの人情話になったり、やたら重い話になったりしないよう、あっさり目に書いていますが。

最初は守保が主人公で、戦車ディーラーの視点から物語を進めようと思ったのですが、マーケティング関係の知識がないので止めましたw
そこから先は一期一会で話を考えています(行き当たりバッタリともいう)。
そんな話が意外と好評をいただき、長々と連載しているわけですが、支えてくださっている読者の皆様には本当に感謝しています。
ありがとうございます。

以前一度、「ガルパンの美少女アニメとしての側面を捨象している」とご指摘くださった方もいました。
身に覚えがなかったし、他の意見も極めて一方的に全否定する物言いで腹が立ち、コメントを削除してしまったのですが、よくよく考えてみれば「そうかもしれない」と思いました。
そして「それでもいいじゃん」とも思いました。
そもそも私は美少女アニメ嫌いでしたし、ここ何年かでまともに見たアニメはガルパンの他、『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』と『てさぐれ! 部活もの』くらいだったりします(どういう組み合わせだ)。
特に萌えミリは、大戦中の兵器を見ると悲壮感が頭を過ぎり、素直に萌えられませんでした。
ですがたまたま動画サイトで、プラウダ高校がカチューシャを合唱しながら進軍するシーンを見て、普通の美少女アニメにはない戦記的な「タフさ」を感じました。
で、見始めたら一気にハマッたというわけですw

だからまあ、そんな私が書く話ですから、美少女アニメっぽくなくても別にいいやと思います。
主要キャラが女の子で、じゃれ合うシーンがあれば美少女アニメっぽいだろうと、その程度の認識しかありませんから。
かといって戦記アニメでもないし、やっぱり「スポ根」というジャンルが一番しっくりきます(私としては)。
萌えミリが嫌いな軍事マニアの方が読んで、「ガルパンはいいぞ」とまではいかなくても「ガルパンも悪くないかも」くらいに思っていただけるような、そんな二次があってもいいでしょうから。
公共の場に掲載している以上「嫌なら見るな」という言葉は使いたくありませんが、好みに合わないという方に無理に読ませようとも思いません。
現に上のご意見をくださった方はその後特にコメントもないので、おそらく読むのをお止めになったのでしょう。
ただ読者に面白いと言わせてやろうという、その意欲だけは大事にして書いていきたいです。

つまり何を言いたいかというと、ガルパン論を語るより自分の文章を磨こうという結論に達したわけです。
柳家一門の某師匠も、落語論を語るより稽古をすべきと仰っていますし。
なのでこれからも、アホ戦車だらけで自分勝手なガルパン二次を書いていくので、皆様覚悟しておいてください。

長々と失礼しました。
では、今後も応援していただけると幸いです。


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シークレット・ウォー!
小さな軍隊


 ……大洗女子学園の起こした二度の奇跡。そして本拠地たる大洗町で開催された優勝記念杯。この年、日本の戦車道は大きな盛り上がりを見せていた。

 それは表舞台だけの話ではない。非公式の野試合……強襲戦車競技(タンカスロン)もまた白熱していた。

 

 この物語もそんな中で生まれた、裏舞台での出会いと戦いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二隻の船が砂浜へ乗り上げ、船艇と砂が摩擦音を立てる。四角いブリッジから乗組員の学生たちが各種操作を行い、指示を飛ばしていた。船首のハッチがゆっくりと左右へ開き、モーターの駆動音と共にスロープが降りる。

 SS艇。日本軍が運用した輸送船である。

 

 浜には人も僅かにいたが、海水浴に来ているわけではない。水着姿の女性もいなくはないが、目的は『戦車戦』だ。だがこのSS艇の到着は予想外だったらしく、野次馬たちは興奮した面持ちでハッチの向こうを覗いている。格納庫内には多数の戦車が鎮座しており、少女たちが発進準備にかかっていた。

 作業着姿の整備員を除けば、皆レトロな黒いフロックコートを来ている。金のベルトバックルが生地によく映え、明治時代を思わせる服装だった。

 

「決号だ……」

 

 野次馬の誰かが呟いた。昨年までは『札付きのワル』、『教育機関とは名ばかりの無法地帯』と蔑まれていた、決号工業高校。しかし今では一部の戦車道ファンの間で、こう呼ばれていた。

 

 『戦車に乗った義賊』と。

 

 そのとき、野次馬の中から小さな影が飛び出した。三、四歳くらいの子供だ。観衆の一人が「あっ」と声を上げる。その幼児は目を輝かせながら砂浜を駆け、SS艇から降りたスロープに足をかけた。

 船内で作業をしていたショートヘアの少女が、小さな足音に気付いた。

 

「おい、入っちゃ駄目だ。危ねぇぞ」

 

 女の子らしからぬ口調だったが、当人としては可能な限り優しく言ったつもりだ。しかし幼児が唾液の付いた手で戦車に触れようとした途端、その優しさは終わった。

 

「出てけって言ってんだ、クソチビ!」

 

 格納庫に怒号が反響する。周囲の隊員たちの視線が一斉に集まる。その後僅かな間をおいて響いたのは、子供の泣き声だった。耳をつんざく声に苛立ちながら、作業着姿の整備員が幼児を抱き上げた。

 その時になって、大慌てで駆け込んでくる者があった。泣きじゃくる幼児をつまみ出そうとしていた少女を睨みつけ、ひったくるように子供をもぎ取る。次に船内に響き渡ったのは、その男性の怒鳴り声だった。

 

「うちの子に何をするんだ!?」

 

 叫んだ後で、その男はすぐに後悔の表情を浮かべた。格納庫内の高校生たちが、一斉に不機嫌そうな眼差しを向けたのだ。中には鈍器として使うのに十分なサイズの、工具類を手にした生徒もいる。

 男の持っているカメラは望遠レンズ付きの、なかなか立派なものだった。写真撮影に夢中になって子供から目を離していたのだろう。観戦中の怪我などは自己責任である野試合に、幼児を連れてきた挙句放置していた……親としてあまりにも無責任だ。一言謝ってすぐに出て行けばいいものを、自分の不注意を棚にあげれば不興を買うのも当然である。

 

 一触即発、という空気が漂う。それを感じたのか、幼児の泣き声が大きくなった。しかしその時、少女たちのリーダーが歩み出た。

 ブーツで床を踏み鳴らし、ポニーテールに結った黒髪がその度に揺れる。高校生としてはなかなかにスタイルがよく、すらりとした体型ながらも凹凸はしっかりある。レトロなフロックコートを着た姿は『男装の麗人』という表現が相応しかった。

 その目つきは周りの仲間と違い、刺すような視線ではない。しかし有無を言わせぬという態度で、大股で男性に歩みよる。幼児を怒鳴りつけた少女が脇へ寄り、道を開けた。

 

「……おっさん。今年の初め、中学校で事故があったのは知ってるか?」

 

 荒い言葉遣いで、だが冷静に尋ねる。男性が返答に窮していると、彼女は答えを待たず口を開いた。

 

「戦車道の練習中にさ、演習場に子供が入り込んだんだよ。それを保護しようとした奴が、他の戦車に轢かれた。右脚切断だ」

 

 抑揚のない口調だった。だが聞いている仲間たちは気づいている。その声の裏に、事故に対する怒りや悲しみが渦巻いているのことに。

 気づいていないのは泣き続ける子供と、それを抱きしめる父親だけだ。しかし静かながらも、じわじわと圧力がのし掛かってくるような、凄みは感じていた。

 

「あんたみたいな無責任な親のせいで、あたしの……」

 

 少女がさらに一歩詰め寄った途端、男は即座に回れ右をして駆け出した。スロープを下り、砂浜を一目散に逃げていく。ギャラリーの一部から罵声を浴びながら。

 

 舌打ちと溜息を漏らし、仲間へ向き直る。メッシュの入ったショートヘアが特徴的な副官が、自車に寄りかかって笑みを向けてきた。

 

「初っ端からケチがついた分、派手に暴れようぜ。味方は先に戦ってるんだろ?」

「……そうだな」

 

 隊長・一ノ瀬千鶴は即座に気持ちを切り替えた。傍にある自車の前面装甲に足をかけ、履帯のカウルから砲塔へと乗り移る。

 二式軽戦車ケト。凹凸の少ないフラットな車体と、円筒型の砲塔が特徴の軽戦車だ。空挺戦車として開発されたが、時局の影響で実戦には使われず、本土決戦のため温存されたまま終わった車両だ。

 決号は他にも似たような運命を辿った、後期の日本戦車を多数保有している。それが千鶴は好きだった。ただの鉄塊として終わった戦車が、人殺し以外のことで輝く。素敵じゃないか。

 

「上陸だ! エンジン始動にかかれ!」

「応ッ!」

 

 異口同音に返事をし、クルーたちが各戦車に乗り込む。皆喜び勇んでハッチを開け、飛び込むようにして狭い車内へ身を収める。千鶴のケト車にも操縦手が乗り込み、始動準備にかかった。

 ディーゼルエンジンの唸りが響く。鉄獅子が目を覚ました。水温計やエンジンの音を確認し、操縦手が「異常無し」と報告する。

 

《黒駒車は準備いいぜ》

《国定車、準備完了!》

《柳川車も準備良し》

 

 仲間たちからも声が返ってくる。先ほどの苛立ちを心から蹴り出し、千鶴はこれから始まる勝負への期待に笑みを浮かべた。最近は正規の戦車道に力を入れていたが、やはり強襲戦車競技(タンカスロン)には特有のスリルがある。

 

「前進!」

 

 号令と共に、操縦手が二本のレバーを前に倒した。後部の軌道輪が回転して履帯を動かす。ゆっくりとスロープを下り、ギャラリーの歓声を受けながら砂浜へ降り立った。

 打ち寄せる波の飛沫が戦車を僅かに濡らす。後の戦車も続々と降りてきた。副隊長たる黒駒亀子の乗るのは同じ二式軽戦車ケト、その次も同じ。最後に出てきた一両は四式軽戦車ケヌだ。車体は九五式軽戦車のものだが、砲塔リングの直径が広げられ、九七式中戦車の旧砲塔を搭載している。そのため車体の割に砲塔の大きな、頭でっかちな見た目の車両だ。ハチマキ型と称されるアンテナが砲塔上に備えられ、短砲身の57mm砲が虚空を睨んでいる。

 

 もう一隻のSS艇からも、同じ四式軽戦車が一両上陸した。その後に続くのはハーフトラックだった。ボギー式懸架装置の履帯で荷台を支え、ゆっくりとスロープを降りる。旧日本軍で用いられた九八式六トン牽引車だ。本来は荷台に兵員十五名を乗せ、後部に高射砲を牽引する車両である。

 しかし決号の車両は荷台に小型戦車を詰めるよう改造され、かつ延長されていた。幌を被せてあるため実態は分からないが、タンカスロンに参加可能な戦車であることは間違いない。

 

 計六両の車両が隊列を組む様子を、SS艇の甲板から乗組員が見守っていた。決号工業高校は共学のため、船舶科は男女混在だ。高い位置にいる彼らは、戦車隊へ駆け寄ってくる二人の少女に気づいた。

 続いて千鶴も気づき、服装を見て味方だと判断した。襟にファーのついた、ダブルのジャケットを着ている。片方はセミロングの茶髪の大人しそうな少女。もう一方は正反対に活発そうな出で立ちで、赤みがかった茶髪を右側頭部で結っている。

 

「全車、一時停止」

 

 指示を出した直後、六両はピタリと脚を止めた。慣性で車体が前のめりになり、サスペンションがそれを受け止める。「出迎えありがとう」と声をかけようとして、千鶴は気づいた。彼女たちが息を切らし、酷く慌てた様子であることに。

 

「あ、あのっ!」

 

 戦車上の千鶴を見上げ、セミロングの方が声を振り絞る。決号に援軍を頼んだ学校の生徒のようだが、只事ではない様子だ。千鶴は身軽な動きで砲塔から出ると、地面に降り立った。同じ目線で話をしようという、彼女なりの礼儀だ。

 

「決号の一ノ瀬千鶴だ。何があった?」

「て、敵がッ……!」

「十両同士って、約束、だったのにッ!」

 

 呼吸を整えながら、二人は必死で言葉を紡ぐ。

 

「大学選抜が、二十両出してきたんですッ!」

「……何?」

 

 豪胆な千鶴も、思わず目を見開く。今回の出陣は彼女たちから加勢を頼まれてのことだ。千鶴自身は付き合いがなかったが、両校の自動車部を通じての依頼だった。そして戦う相手が、戦車道プロリーグの大学選抜チームだということも聞いている。全国の強豪大学から集められた精鋭だ。

 

 それを率いるのは、西住流と双璧を為す戦車道流派・島田流家元の長女。少し前に大洗女子学園と激戦を繰り広げた人物だ。そんな大物とタンカスロンでやり合う機会など滅多にないから、千鶴は話に乗った。タンカスロンには重量制限があるため、戦車の性能についてはフェアな戦いができる。

 その分、追加戦力の投入や、第三者の飛び入り参加を制限するルールもない。タンカスロンの経験が豊富な千鶴はその点もわきまえている。だが。

 

「そりゃ本当に、島田愛里寿の命令なのか?」

「わ、分からないよそんなの!」

 

 サイドテールの方が叫んだ。

 

「とにかく今、私たちの仲間が追い掛け回されてるの!」

「か、加勢してくれますか……?」

 

 二人は不安そうに千鶴を見る。この二人の仲間が今、四両で敵と戦っている。そこへ決号戦車隊が加わっても十両。相手とは倍の戦力差がある。元々の話と比べ、かなり分の悪い状況だ。

 しかし千鶴は、そういう話は嫌いではなかった。白い指で、すっと牽引車を指差す。

 

「あれに乗りな。一緒に行こう」

 

 優しい口調で言うと、返事を待たずケト車の装甲に足をかけた。ひらりと砲塔へ戻った彼女に、二人組は一礼して牽引車へと駆け出した。

 

「全車へ通達、試合内容変更。敵は二十両。繰り返す、二十両だ」

 

 話しながらも携帯電話を操作し、母校へメッセージを送っていた。首に巻いた咽頭マイクで通話するため、両手が使えるのだ。

 

「ここで降りることはしねぇ。全員覚悟を決め、一弾となれ!」

《了解!》

 

 仲間たちが一斉に唱和した。ちらりと後ろを振り返ると、亀子が笑っていた。彼女を無理矢理チームに引っ張り込んだのは去年のことだが、頼もしくなったものだと千鶴は思う。

 携帯をポケットへしまい、腰のホルスターから信号銃を抜く。ヒンジ部分から折り曲げ、そこへ信号弾を一発装填した。

 

「決号工業、これよりベルウォール学園の救援に向かう! 前進!」

 

 号令と同時に信号銃を頭上へ向け、発砲。赤い光球が打ち上げられるのを見て、SS艇が霧笛を鳴らした。甲板上の乗組員が帽子を振り、土煙を巻き上げる戦車を見送った。

 ハッチから身を乗り出した隊員たちも拳を振り上げ、歓声を上げて声援に応えている。誰一人として臆する者はいない。

 

 

 ……将、士卒と寒暑、労苦、饑飽を共にす。故に三軍の衆、鼓声を聞けば則ち喜び、金声を聞けば則ち怒る……

 

 

 兵法書『六韜』の言葉を心中で反芻し、千鶴は静かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 砂浜から離れた平野部ではすでに戦闘が始まっていた。迫り来る大軍から、II号戦車四両が必死の逃走を続ける。遮蔽物の少ない中、よく砲撃を避けていた。場慣れ、というよりむしろ『喧嘩慣れ』していると言うのが正しいかもしれない。もっともそう言われて喜ぶのはその内三両の乗員であり、隊長は不本意であろう。

 

「……分かった! 合流するまで踏ん張るわ!」

 

 友人との連絡を終え、中須賀エミは電話を切った。母親譲りの鮮やかな赤髪を靡かせ、同じく赤い大将旗(フラッグ)を立てた戦車に身を預け疾駆する。日独混血故の白い肌が、サンドイエローの車体によく映えていた。加えて小さな戦車であるが故に、そのスタイルの良さが尚強調されている。それもまたタンカスロンの見どころかもしれない。

 

 ドイツからの留学生である彼女は名目上マネージャーだ。しかしベルウォール学園の戦車道を再興させた立役者であり、実質的にチームを率いている。もちろんキャプテン候補を争っていた二人も怠けてはおらず、今も『子分ども』を叱咤激励しつつ、エミ車に追従していた。

 

「助っ人はちゃんと来たみたいよ! 隘路まで逃げ切りなさい!」

《そら見ろー! あっはっはっは!》

《私たちの人脈に間違いは無いんだから!》

 

 先頭車の乗員が鬼の首を取ったかのように歓喜する。柏葉金子と剣子。エミにとっては一番の厄介者だが、自動車部のツートップということもあり、何かと頼りになる双子だ。ただでさえ瓜二つの顔だというのに、同じ金髪ロングヘアに同じカチューシャをしているため、二人を見分けられる者は少ない。エミに至っては普段からまとめて『バ柏葉』だの『ドッペルゲンガーズ』だのと呼んでいるし、当人たちも最早呼ばれ慣れていた。

 今回の決号工業高校への加勢は彼女たちの提案である。ベルウォールにタンカスロン参加可能車両がII号四両しかなかったためだ。両校共にいわゆる不良学校だが、自動車部は優秀だ。

 

《決号の自動車部とは十年来の付き合いがあるんだからね!》

《お前らの代で仲悪くなったんじゃなかったか?》

《うぐっ!》

 

 砲塔から拳を振り上げていた金子に、仲間からのツッコミが突き刺さる。いつもならここで嫌味の一つでも言ってやるエミだが、今は余計なことを言っている場合ではない。

 後方から追い上げてくる車両群を見やる。敵の戦車はいずれも傾斜装甲を多用した軽戦車だが、砲塔に大小の差がある。アメリカで空挺戦車として開発されたM22ローカスト軽戦車と、ソ連製のT-70軽戦車だ。どちらも二次大戦では活躍の場に恵まれていないが、タンカスロンにおいては人気のある車種だ。前者は優れた信頼性を持ち、後者はタンカスロンに使用可能な戦車では最もスペックが高い。

 

 敵は三両のM22、二両のT-70で小隊を編成していた。T-70の45mm砲の威力なら、近距離では中戦車さえ仕留められる。しかし一人乗り砲塔故、索敵・装填・照準を全て車長が行わねばならない。そのため車長が比較的余裕のある、二人乗り砲塔のM22を指揮に使っているのだ。

 今後ろから追ってくるのが二個小隊で十両。他に別働隊として動いている一個小隊、そして敵主将の本部小隊がそれぞれ五両いる。

 

「敵はこっちの逃げ道を塞いでくる……!」

 

 兵法の定石を考えれば、敵がどう出てくるかは予測できる。今の課題は如何に犠牲なく隘路へ撤退するか。援軍との早期合流が、命運を分けることになるだろう。

 分の悪い戦局でも、彼女は退かない。どんな苦境でも諦めなかった親友(ライバル)こそ、その闘志の原動力だった。

 

 

 

 

 

 

 ……決号の九八式六トン牽引車は丘へ登った。チューンナップによって優れた登坂力を発揮し、高台へ進んで行く。助手席に座る隊員は仲間と連絡を取り合いながら、自分たちの仕事場を目指していた。

 

《『呉子』の応変第五に曰く、『衆を用うる者は易を務め、少を用うる者は隘を務む』。大部隊を率いる奴は開けた地形で戦いたいはずだ》

 

 千鶴の命令は一種の授業でもあった。経験の浅いメンバーにノウハウを伝授しているのだ。

 狭い場所に大規模兵力を投入するのは現代戦でも変わらぬ愚策である。戦車同士が互いの射線を邪魔するため火力を活かせず、身動きも取りにくくなるのだ。少数であるベルウォールは森へ脱出し、体勢を立て直した上で反撃するつもりだ。決号の最初の仕事は撤退戦の援護である。

 

《敵はベルウォールが森へ逃げ込むのを阻止しようとするだろう。あたしらがそれをぶち破り、清水は追ってくる敵を足止めするんだ》

「了解だよ、鶴さん」

 

 長髪をかき上げながら返答し、続いて運転手に停車を命じる。ブレーキがかけられ、牽引車は丘の斜面で停止した。高台で行動する際は位置取りが重要である。稜線の向こうから自分の姿が見えないよう動く。

 二人が勢い良くドアを開き、降車する。荷台の隅に掴まっていたベルウォールの生徒たちも降りた。

 

「幌を外してくれ」

「ハイ!」

 

 四人で協力して荷台の幌を外し、取り払う。積んでいた小型戦車が露わになった。

 奇妙な形状である。飛行船を思わせるような楕円形の車体に、固定式の機銃塔が乗っている。全長は三メートル半程度。足回りは一次大戦期の戦車か装軌式トラクターを思わせる古めかしいもので、水車のような後部の駆動輪が非常に大きい。ルノーFTの走行装置を前後逆にしたかのようなレイアウトだ。武器は機関銃一丁のみだが、車体の両脇に細長い筒の束が据え付けられている。

 それ以上に奇妙なのは、乗降用らしきハッチがないことである。

 

「……これ、どこから乗るんですか?」

「まあ見てなよ」

 

 清水は楽しげに笑いながら、積んであった箱型の電子機器を降ろし始めた。

 

「そうだ、名前言ってなかったね。あたしは決号二年の清水。こいつは一年の石松」

「あ、柚本瞳です。宜しくお願いします!」

「あたしは喜多。よろしく!」

 

 挨拶を交わしながら、分担して機材を降ろし、丘の稜線へ運ぶ。森とそこへ至る道を見下ろせる高台だ。あの森の中へ味方を撤退させるのが彼女たちと、奇妙な戦車の任務である。

 手際よくボックスを設置し、それらを多数のケーブルで繋いでいく。同時に荷台からスロープを降ろし、戦車のエンジンを始動する。作業する清水らは鼻歌を口ずさみ、分の悪い戦いだというのに陽気だった。

 

「あの、本当にありがとうございます! 話が違うぞって、怒られると思ってました」

「いいっていいって。あたしは自動車部でね」

 

 機器を調整しつつ、笑顔を浮かべる清水。背が高く大人びた風貌で、千鶴とはまた違った風格がある。

 

「ベルウォールの自動車部とは、先代の部長の頃まで仲よかったらしいから。今のそっちの部長が嫌な奴だから絶縁したって、先輩が言ってたけどね」

「……あはは」

 

 歯に衣着せぬ物言いだったが、柚本は苦笑するのみだった。その『嫌な奴』についてはつくづくよく知っているのだ。決号の戦車道チームと自動車部は強固な協力関係を築いており、援軍の要請は両校の自動車部を通じての物だった。決号側としては「ベルウォールに貸しを作りたい」という思惑もあった。

 だがそれ以上に、千鶴は島田愛里寿率いる大学選抜チームと戦うまたとない機会と見て、話に乗ったのだ。

 

 それにしても前情報と違い、圧倒的劣勢での戦いを強いられるというのに、よく士気が落ちないものである。元来好戦的なメンバーが揃っていることもあるだろう。だが柚本は単にそれだけではないと思った。どこか自分たちと似ているような気がしたのだ。

 

「まあ鶴さんがその気になった以上、降りたりはしないよ。……石松、用意はいいかい?」

「はい!」

 

 機器のプラグを手に取り、操縦手が快活に返事をする。牽引車の荷台では謎の戦車がエンジン音を唸らせていた。飛行船型の車体が小刻みに震える様を見て、清水は一つ頷いた。

 

「よし、後進」

 

 先輩の号令に応じ、石松がプラグをジャックの一つに繋ぐ。すると無人のまま戦車の履帯が回転を始めた。ゆっくりと後進し、カタカタと音を立てながらスロープを降りていく。

 

「わっ、動いた!?」

「何コレ、ラジコン!?」

 

 柚本らが驚きの声を上げる。戦車が完全に地面へ降りると、石松はプラグを繋ぎ替えた。すると今度は信知旋回を行い、彼女らの方向へ回頭した。

 長山号。戦前に日本で試作された無線操縦戦車だ。

 

「面白いだろ。うちの卒業生が作ったレプリカ品でね、この前レストアしたんだ」

 

 レストア作業に関わった清水は得意げだ。今まで学園艦の隅に眠っていた車両である。決号のライバル校が無線操縦戦車(テレタンク)を使ったという話を聞き、戦術研究のために修繕と再調整を行ったのだ。今回は実地試験で、撤退する味方の援護に用いる。

 

「こいつで島田愛里寿の度肝を抜いてやる。けどあんたらも何でまた、あんな大物とやり合うことになったのさ?」

「あー、それね。話せば長くなるんだけど……」

 

 喜多が苦笑いしながら、事情を話そうとしたときだった。ふと森を見下ろした柚本瞳が、その中に蠢く物に気づいた。

 

 木々の合間を進む、鉄の塊を。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ようやく千鶴と愛里寿の話です(まだ愛里寿が登場してませんが)。
時系列が原作と同年のため、「つるかめ戦車隊」ではなく番外編の方で書くことにしました。
本編共々、楽しみにしていただけると幸いです。


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