ガールズ&パンツァー~RED FLAG~ (弐式水戦)
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登場人物紹介
紹介します!《Lightning》編


-オリジナルチーム紹介-

 

 

《RED FLAG(レッド・フラッグ)》

旧正式名称:男女混合戦車道同好会チーム《RED FLAG》

現正式名称:大洗女子学園戦車道チーム所属、男女混合戦車道特別チーム《RED FLAG》

 

使用戦車:IS-2後期型、Ⅴ号戦車パンターA型、シャーマン・イージーエイト

メンバー数:14人(男女比1:1)

 

隊長:長門 紅夜

副隊長:須藤 静馬

副隊長補佐:篝火 大河

 

《小編成チーム》

IS-2後期型:《Lightning(ライトニング)》

Ⅴ号戦車パンターA型:《Ray Gun(レイガン)》

シャーマン・イージーエイト:《Smokey(スモーキー)》

 

スローガン:Nothing's difficult,Everything's a challenge!Through adversity,To the stars!From the last tank,to the last bullet,to the last minute,to the last one,we fight!(和訳:困難は無い、全てが挑戦!困難を乗り越え、空へ飛び立て!最後の1輌、最後の1弾、最後の瞬間、最後の1人になるまで、我々は戦う!)

 

詳細:隊長、長門紅夜を筆頭に発足した、公式上では史上初の男女混合戦車道同好会チーム。

紅夜達が小学中学年の頃に発足した。今でこそ3つのチームが存在するが、発足当初のチームはライトニングしか存在しておらず、レイガンやスモーキーは中学校前半からの所属となった。

戦車保有数は、同好会チームの試合で参加させられる戦車の最大数、5輌に満たない3輌という少なさでありながらも、戦車のスペックや長所、短所を考え、それらを地形などに当てはめることによる知能戦的戦術や、一撃離脱戦法、また、相手に突撃して、そこから砲撃を行うと言う戦法等、幅広い戦術を使うベテランチーム。

チーム名については、フラッグ車の旗の色が赤い事から名付けられた。

戦歴は46戦中、42勝3敗1分け(尚、敗けと引き分けは最初だけであり、後の42勝は連勝)を誇る。

同好会チームの編成としての試合なら、黒森峰やプラウダ等の強豪校とも、同等以上に張り合える実力を持つ。

ある一件から、戦車道連盟の決定により、同好会チームのリストから除外され、それ以来は只、大洗学園艦にある山林で姿を隠しながら戦車を走らせるだけのチームとなっていたが、ライトニングのメンバーが戦車を走らせている所を、みほ、沙織、華と共に戦車を捜索していた優香里に目撃され、それが杏の元へと渡り、それによってメンバー(女性陣)が大洗女子学園に在学している事を知られ、杏達が彼女等に接触、そして、男性陣との接触もあり、発足して間もない大洗女子学園戦車道チームとの試合も経て、大洗女子学園所属戦車道特別チームとして復活が決定。

ブランクがありながらも実力は健在で、当時は未だ発足して間がなかった大洗女子学園戦車道チームを、1輌撃破されながらも圧倒している。

チームのエンブレムは風に靡く赤い旗で、其々の戦車のフェンダー部分と砲塔側面に描かれている。

また、チーム名については、戦車の砲身に白いペンキで書かれている。

大洗戦車道チームの中では、このチームだけが、チーム名に動物が使われていない。

また、使用戦車の共通点としては、先ず第一に、砲口の先にマズルブレーキが付いている事。そして、チームのエンブレムやチーム名の書かれている場所が同じで、其々の戦車のフェンダーが長い事。

 全国大会には、大洗チーム所属特別チームとして出場し、1回戦と2回戦は1輌、準決勝で2輌、決勝戦で漸く全車両を投入し、どの試合でも活躍した。

 決勝戦では、みほとまほとの一騎討ちを邪魔させないために、中央広場への唯一の入り口を塞いで黒森峰の侵攻を食い止めたものの、撃破されたレオポンチームの次に現れて、残っていた黒森峰の戦車隊に奇襲を仕掛け、チーム全滅と引き換えに、黒森峰の戦車隊9輌を全滅させた。

 尚、その際の戦闘で紅夜が負傷し、入院となっている(全治1週間)。

 

-人物紹介-

 

-レッド1《Lightning(ライトニング)》-

 

使用戦車:IS-2後期型

車長:長門 紅夜

操縦手兼車体設置機銃担当:辻堂 達哉

砲手:風宮 翔

装填手:藤原 勘助

 

長門 紅夜(ながと こうや)

 

役割:《RED FLAG》隊長、《Lightning》車長

身長:176cm

体重:67kg

年齢:18歳

誕生日:5月23日

好きな戦車:IS-2

出身地:東京都、世田谷区

趣味or特技:体術、ブレイクダンス、格闘技の練習、大道芸での楽器演奏、戦車の中でのんびりする事

詳細:本作の主人公。《RED FLAG》総隊長にして、《Lightning》の車長を務める。

メンバー全員では、彼が最年長である。

腰まで伸ばされ、ポニーテールに纏められた緑髪や赤い目が特徴。

 

レッド・フラッグの総隊長及び、ライトニングの車長を担当すると共に、戦前の誓いにおいて、英語での掛け声を担当している。時にレッド・フラッグ隊長として、はたまた1人の戦車乗りとして冷静沈着な一面を見せるものの、基本的に陽気な性格だが、優香里の偵察行為を面白がるなど、物事の見方が人とズレている面がある。

また、みほが黒森峰から大洗に転校してきた理由が、落伍しかけていた戦車の乗員を助けに行った際、フラッグ車だった自車を撃破され、乗員の救出には成功したものの試合には負けてしまい、それを母であるしほに叱責された事だと聞いて憤慨するなど、かなり感情移入しやすい一面がある。

また、カチューシャが昨年度の戦車道の大会でのみほの行動をネタにしたような事を言った際には、怒り狂って暴力騒ぎを起こしかけるなど、本気で怒れば何をするか分からない、核爆弾の不発弾的存在でもある。

優花里の偵察についていった際、捕らえられた優花里を助けるために学園艦の通路を勝手に作って出てくるなど、常識が通用しない型破りな一面もある。

 

スマートな体型に似合わず、異常なまでの怪力を持ち、自車の砲弾を片手で振り回しながら、亜音速で達哉とおいかけっこを繰り広げることもあり、戦車捜索作戦の際には、倒れてきた棚を片足で支え、あまつさえ押し返していた。また、開かなくなったドアを回し蹴りで蹴破っている(その際、蹴破られたドアは建物内の本棚に激突してひしゃげている)。

また、大洗の学園艦の町中を走り回っても息切れしないなど、人並み外れた体力を持つ。

 

顔つきは中性的で、整ってはいるが女性寄りの顔つきであり、その事を達哉によくからかわれ、その都度『次にまた(女みたいと)言ったら砲弾で殴る』と脅しているが、ただそう言っているだけで、特に顔つきにコンプレックスなどは抱いていない。

流暢な英語を話せるが、本人曰く『自分含むメンバー全員、英検の資格は取っていない』との事。

基本的に日本語以外で話せるのは英語のみだが、歌となれば別らしく、外国の民謡や軍歌、その他の洋楽も歌える。

 

連盟の勝手な判断により、戦車道同好会チームのリストから除名されたこともあり、連盟には不信感や怒りを抱いているが、今では落ち着いたのか、復讐などは考えていない(それでも、チーム除名を宣告された日は怒り狂い、口汚い暴言を吐きながら連盟に対して激しい憎しみや殺意を露にしていた)。

また、その事から戦車道の表試合に出る事を表面上拒んでいたが、大洗女子学園戦車道チームとの試合後、心の中では、また戦車道の試合をしたいと思っていた事を見抜いていた杏やあんこうチームからの説得を受け、再び戦車道の試合の場に立つ事を決意する。

 

戦車道を除いては、音楽にも興味があり、主にゴミ箱でのドラム演奏を得意としているが、本人曰く『(エレキ)ギターも得意』。また、トロンボーンや他の管楽器も得意であるため、大抵の楽器には流通しているが、ピアノを除いた鍵盤楽器(マレットパーカッション)は苦手。

また、他の学園艦にも遊びに行った事が何度もあり、サンダース高校にも何度か遊びに行った事があるようで、学校の路地裏には当時、大道芸で使用していたゴミ箱とスティックのセットが置かれてあり、優香里の偵察について行った際も、久々にと路地裏から引っ張り出して演奏し、サンダース高校の生徒から好評を受けていた。

黒森峰のまほとエリカとは、現役時代最後の試合での事故で、炎上したティーガーから2人を助け出したことから面識がある。

 他にも、プラウダのノンナとクラーラとは、除雪作業のアルバイトをするためにプラウダ学園艦を訪れた際、不良に絡まれていたところを助けた事で知り合った(だが当時、紅夜は2人に名乗る事無く立ち去ったので、ノンナはダージリンから彼の名前を聞いていたが、紅夜本人は再会するまで名前を知らず、それどころか彼女等を助けた事すら忘れていた)。

 

異常なまでの生命力や頑丈な肉体を持ち、『偵察に出るために戦車から飛び降り、着地に失敗して地面に頭を強打する』、『Ⅳ号のエンジン部分から落下して頭を打つ』、『炎上したティーガーに飛び込む』などの危険行為をしても、火傷も怪我も負わない程の頑丈な肉体を持つが、他作品のネタを使って、達哉にペットボトルで頭を殴られて失神したり、ケイにみほと纏めて抱き締められて苦しがり、それからケイに解放され、そのまま後頭部から倒れて失神するなど、その頑丈さは曖昧である。

 

 知波単学園に2つ下の妹が居り、彼女の事を知っている紅夜以外のメンバー曰く、『ツンデレでブラコン』。

 両親は本土に住んでおり、紅夜曰く『いい歳こいてもバカップル』。

 

 

自分で自分を蔑む者や、他者を蔑む者を嫌い、そういった発言をする者には、敵味方問わず説教をする。

相手の言い方に本気で怒った際には、相手に向かって容赦無く殺気を向ける。

 また、怒りや興奮状態の段階を表すようにオーラを纏う事が多く、段階によってオーラや髪の色が変化する([怒りor興奮状態(小):黒、怒りor興奮状態(中):金、怒りor興奮状態(大):赤]←のようになるが、さらに上の段階もあり、決勝戦では髪が蒼くなり、目は右目が蒼、左目が赤と言う、所謂オッドアイになった)。

眼力が強く、その眼力には、肝が据わっている華や、黒森峰のまほとエリカ、要でさえ黙らせる程の威力を持つ。また、その際には目が鈍く光る。

生理的に受け付けない相手には容赦無く殺気をぶつけるが、制御しきれず、その場に居る者全員を善悪問わずに威圧してしまうと言う難点がある(メンバーは慣れているのか、殆ど気にしない)。

 

身体能力の高さはメンバー1で、多少の武術も得ている。得意技が《胴回し回転蹴り》だが、本人曰く、『《回し蹴り》等の他の格闘術や、《シャイニング・ウィザード》等のプロレス技も好き』。

また、持ち前の体術を生かしたブレイクダンスも趣味の1つとしている。

 

思春期でも戦車道一筋的な青年だったため、異性に関する事には非常に疎い。そのため、静馬や優香里をお姫様抱っこで抱え上げたり、静馬に膝枕されたりしても、特に取り乱したりはせず、膝枕された際には、取り乱すどころか、逆に心地良さから寝たりしている。

女性寄りの顔つきであるとは言え、顔自体は整っている上に、時折相手をときめかせる事を言うため、知らず知らずの内に女性に好意を抱かれることがあるが、本人は恋愛面に関しては異常な程に鈍感なため、どれだけアプローチを受けても気づかないが、他人の恋愛模様には直ぐに気づく。とある一件から、妖艶な雰囲気で誘惑されると極端なまでに怯え、終いには逃げ出す。

 相手をときめかせるような事を平然と言い、ある物事について恥ずかしがるような一面は殆んど見せないが、(人前であるのにも関わらず)静馬にキスをねだられた時には赤面しながらキスをするなど、一応人並みの羞恥心は持ち合わせている。

 

《RED FLAG》の発足当初は猛突猛進タイプな青年で、破天荒且つ若干自己中心的な性格だったらしく、よく無茶な指示を出して達哉を困らせることがあったが、これが結果的に、達哉の操縦技術向上に繋がった。

また、元々の性格もあり、その頃でも仲間を大切にする気持ちは強かった上、窮地に陥った者は、敵であれ構わずに救出しようとした。

 試合中の戦闘にのめり込んだら最後、自車が行動不能になるまで戦闘を止めず、その際、自分の体がどれだけ傷つこうと気にしないなど、無茶をし過ぎる一面がある。

 それ故に、決勝戦では試合にのめり込みすぎ、瓦礫の雨などを潜り抜けたために負傷し、決勝後1週間は本土の病院で入院していた。

 その後、父親である豪希の勧めで一旦実家へ帰り、大型二輪免許を取得し、実家に置いてあった陸王を学園艦へと持ち帰った。

 

 

辻堂 達哉(つじどう たつや)

役割《IS-2操縦手兼車体部設置機銃担当》

身長:173cm

体重:63kg

年齢:18歳

誕生日:7月7日

好きな戦車:ティーガーⅠ

出身地:群馬県、前橋市

趣味or特技:喧嘩、悪戯、スポーツ観戦、戦車での荒い運転

詳細:紅夜のチームメイト兼幼馴染みの1人にして親友。ライトニングのメンバーとしては、紅夜の右腕的な存在。

黒髪に、紅夜と同じ赤い目が特徴。

 

一見クールな好青年に見えるが、性格は見た目とは逆に、紅夜と同じく陽気な性格で、時折紅夜をからかっては制裁を喰らっている。

紅夜に引けを取らない身体能力を持ち、紅夜と並走しながらアクロバティックな動きで障害物を飛び越えたりしていた。

紅夜のように武術等は持ち合わせていないが、喧嘩には滅法強い。

現役時代、紅夜の無茶振りに付き合わされて、IS-2で度々危険走行をしていたのもあり、操縦技術は麻子をも上回る。

得意技は、紅夜とのタッグでのみ発揮される、フルスピードでのバック走行や、履帯が外れてもおかしくないような危険走行(本人や紅夜曰く、《ラフドライブ》)。

 

基本的に、紅夜のおふざけには何も言わず、寧ろ便乗する事が多いが、何故か他作品のネタを使う事だけは良しとせず、紅夜が他作品のネタを使いそうになると、故意不意問わずにすかさずペットボトル等の武器を持ち出し、紅夜を殴って失神させたりして口を封じる(これは他のメンバーも同様)が、その都度、気がついた紅夜の怒りを買って制裁を喰らっている。

 

車体部分に設置されている機銃の担当もしているが、大部分は翔が砲塔同軸の機銃による機銃掃射を行うため、基本的には操縦のみを担当している。

洞察力に長けており、戦車捜索中に艦内で遭難し、不安がる1年生グループを励ましながらも、自分自身も不安がっていた沙織の心情を見抜き、元気付けている。それ以来、沙織からは意識されているが、本人は大して意識はしておらず(単に沙織からの気持ちに気づいていないだけ)、紅夜に冷やかされても首を傾げるだけだった。

また、レイガン操縦手の雅とは、同じ操縦手と言う境遇や、陽気な性格で、さらに、戦車での荒い運転が好き等と言う共通点から仲は良好で、沙織からは複雑な表情を向けられているが、両者共に恋愛感情は抱いていない。

 また、何故か麻子からも懐かれていたり、みどり子も彼に好意があるような素振りを見せている。

 

 

 

藤原 勘助(ふじわら かんすけ)

役割:《IS-2の装填手》

身長:164cm

体重:54kg

年齢:17歳

誕生日:6月28日

好きな戦車:シャーマン・ファイアフライ

出身地:茨城県、大洗市

趣味or特技:腕相撲、昼寝、音楽鑑賞

詳細:紅夜のチームメイトにして、IS-2の装填手。

頭の上で触覚のように立っている2本のアホ毛の黒髪に、蒼い目が特徴。

装填手をしているため、腕力は非常に強いが、紅夜や達哉のように、喧嘩は殆どしない平和主義な性格。だが、それでも『本気で怒れば何をするか分からなくなる』と紅夜に言わしめる事から、紅夜や達哉同様、かなり喧嘩が強い事が窺える。

 

メンバーの中では比較的冷静で、時折、紅夜や達哉へのツッコミ役を演じる。

それ故か、全体的にもツッコミ役に適している。

 

基本的に、紅夜が他作品のネタを使いそうになった時のツッコミ役は達哉だが、彼も例外無く、紅夜が他作品のネタを使いそうになった時にはツッコミを入れている。

顔つきや雰囲気からして、無愛想で皮肉屋な人間と見られる事があるが、ただ見た目がそうなだけで、本性は紅夜や達哉程ではないものの、陽気な面も持つ。

 

 

 

 

風宮 翔(かざみや しょう)

役割:《IS-2の砲手》

身長:167cm

体重:55kg

年齢:17歳

誕生日:11月3日

好きな戦車:E-100

出身地:千葉県、千葉市

趣味or特技:射撃、食べ歩き、散歩

詳細:紅夜のチームメイトにして、IS-2の砲手。

黄緑色でセミロングの髪に、1本だけ立ったアホ毛が特徴。

紅夜と同じく女性寄りの顔つきだが、紅夜程からかわれたりはしない。

 

現役時代は破天荒だった紅夜の指示で、達哉が荒々しい運転をしている中での砲撃を行っていたため、射撃スキルは非常に高く、華やナオミ達をも凌ぐ。

 そのためサンダース戦でも、持ち前の射撃スキルでケイ率いる援軍の戦力弱体化や、フラッグ車の撃破に大きく貢献した。

 

陽気な面も持ち合わせているが、メンバーでは一番落ち着いており、暴走しそうになる桃を宥めたりしている。

レッド・フラッグ全体では一番、連盟に対して怒りを覚えているメンバーの1人で、連盟への復讐などは考えていないにしても、連盟についての愚痴を一度語り出したら暫くは止まらない上に、口調も荒々しいものになる。

勘助とは、砲手と装填手の間柄で仲はかなり良い。

紅夜へのツッコミはかなり過激で、達也や勘助がペットボトルやハリセンを使っていたのに対し、彼は1度、工具箱に入れている修理用の大型スパナで殴った事があるが、そうなるに至った経緯については、実は本人達も覚えていない。



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紹介します!《Ray Gun》編

-レッド2《Ray Gun(レイガン)》-

 

 

使用戦車:Ⅴ号戦車パンターA型

 

車長:須藤 静馬

砲手:武内 和美

操縦手:草薙 雅

装填手:如月 亜子

通信手:水島 紀子

 

 

 

 

 

 

須藤 静馬(すどう しずま)

 

役割:《RED FLAG》副隊長、《Ray Gun》車長

身長:164㎝

体重:46㎏

年齢:17歳

誕生日:6月17日

学年・クラス:普通Ⅱ科 2年C組

好きな戦車:Ⅴ号戦車パンター(型式問わず)

出身地:東京都、世田谷区

趣味or特技:ピアノ、バイオリン、音楽鑑賞(ジャンル問わず)、戦車に乗る事

詳細:紅夜の幼馴染み。《RED FLAG》副隊長と《Ray Gun》の車長を務める。

長い銀髪をポニーテールに纏めている。

 

紅夜とは幼稚園年中頃からの付き合いで、幼い頃は互いの家に何度も泊まりに行く程だった。

基本的に授業が終わったら直ぐに帰るため、部活動には入っていない(他の女性陣に共通)。

 

学校では大人びた優等生で通っているが、実際は非常に気紛れで、物事や概念などに拘束される事を極端に嫌う。これが、紅夜が男でありながら戦車道を始めた事を咎めるどころか、自分まで参加した理由だと思われる。

 

戦車道を始めた頃から紅夜に好意を寄せているが、本人の鈍感さ故に報われない苦労人の1人。

さらに、操縦手の雅の乱暴な運転に振り回され、しばしば戦車から振り落とされそうになった事があるため、その辺りでも苦労が絶えない。

 

基本的に落ち着き払っており、殆んどの物事にも動じないが、時には取り乱したりしている(ポーカーフェイスで誤魔化しつつ、内心ではツッコミの嵐になる事もある)。

また、稀に言葉遣いが荒くなる事があり、杏によって、体育祭でリレーメンバーに(静馬本人の許可無しで)選ばれた場合には怒号を響かせ、杏を口汚く罵っていた。

時折、紅夜との関係を進展させようとしている素振りを見せるものの、勘違いによって場違いなコメントを返されたりした際には、何処からともなくレンチなどを持ち出して、投げつけて罵声を浴びせている。

また、紅夜が他の女子と親しくしている時には、嫉妬して頬を膨らませている。

他には、紅夜に好意を寄せている事について深雪などにからかわれた時は、照れ隠しからかハリセンを持ち出して攻撃している。

それを見た他のメンバー曰く、その時が静馬の子供っぽさが現れる時。

 

容姿が大人びているため、紅夜からは『制服姿は似合わない』とコメントされている。

成績優秀で運動神経も良いが、紅夜や達哉には到底及ばない。

また、フランス語を嗜んでおり、紅夜が時折英語で話すように、フランス語で話す時がある(只し、紅夜には何を言っているのかは理解出来ない)。

これらの理由から、学校では《大洗の星(エトワール)》と影ながら呼ばれている。

 

紅夜との付き合いの長さはメンバーの中でも長い方で、さらに副隊長と言う肩書きから、紅夜からは達哉並みの信頼を寄せられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

武内 和美(たけうち かずみ)

 

役割:《Ray Gun》砲手

身長:159㎝

体重:43㎏

年齢:16歳

誕生日:12月23日

学年・クラス:普通Ⅱ科 2年C組

好きな戦車:T-34/85

出身地:静岡県

趣味or特技:ゲーム、食べ歩き、散歩、読書

詳細:静馬のクラスメイトで、《Ray Gun》の砲手。紫色に近い髪をロングストレートにしている。

レイガンのメンバーの中ではあまり目立たない少女だが、引っ込み思案な訳ではない。

静馬に次いで落ち着いており、暴走しそうになる雅を宥めている。

家では頻繁に菓子を食べているが、その分は散歩で消費しているため、大した問題にはならないとの事。

静馬程ではないが、成績は良好。だが、運動神経に若干の難がある。

射撃スキルはそれなりで、翔曰く『悪くはないが、凄いとも言えない。上級者の下ぐらいのレベル』。

全体的には平凡よりそこそこ上のレベルだが、ゲームには滅法強く、リズムゲームでは紅夜と互角に渡り合える。

レースゲームの際は運転が非常に荒くなるものの、壁に何度もぶつけるなどはしない。

 

恋愛面的にはモブ的な立ち位置で、『紅夜を取り巻く模様を面白可笑しく眺めるのが楽しい』との事。

 

 

 

 

 

 

 

草薙 雅(くさなぎ みやび)

 

役割:《Ray Gun》操縦手

身長:160㎝

体重:45㎏

年齢:17歳

誕生日:4月6日

学年・クラス:普通Ⅱ科 2年C組

好きな戦車:M18ヘルキャット

出身地:山梨県、甲府市

趣味or特技:運動、戦車での荒い運転、スポーツ全般、ゲーム、楽器演奏、スポーツ観戦、不良やナンパ男を撃退する事、DQN返し

 詳細:静馬のクラスメイトにして、《Ray Gun》の操縦手。赤(と言うよりかは朱色に近い)の髪を腰まで伸ばしている。

 紅夜や達哉のように、陽気でハツラツとした少女。レイガンのメンバーではトップクラスの運動神経を誇る反面、勉強面で難がある。

 レッド・フラッグの女性メンバーの中では一番スタイルが良く、町に出ればちょくちょくナンパされたり、スカウトされたりするとの事(本人は全て拒否している)。

 基本的に女性口調で話すが、気を緩めた時や感情が荒ぶった時は、かなり荒々しい口調になる。

 

 他人の迷惑を考えない者を嫌い、そのような光景を目の当たりにしたら最後、その者は数ヵ月間は表に出られなくなるまで(精神的に)追い詰められる。

 不良グループを根絶やしにした事があり、その暴れっぷりから、紅夜からは《大洗の関羽》とさえ言わしめている(本編では語られていない)。

 学生寮暮らし。

 

ナンパなどは、基本的には丁重に断るものの、相手がしつこかったり、強引に連れていこうとされると途端に怒り、腕の一振りで地面に叩きつけるなど、かなり乱暴な面もある。

 

ライトニングの達哉とは同じ操縦手同士で気が合うため、他のメンバーよりも仲が良い。

他者を見下す者も嫌っており、カチューシャが自分達のチームを下に見るような発言をした際には、『チビ』などと発言している。

 

陽気な性格故か荒い運転が大好きで、一度戦車を運転すれば暴走族並みの危険走行を繰り広げる。

そのためか、運転は達哉に次いで上手く、前進中にバック走行に移る技術も心得ている。

 

仲間思いで、それを利用しようとする事を非常なまでに嫌っており、杏達がレッド・フラッグを引き込んだ理由を語った時には、憤慨して桃に怒鳴り、挙げ句の果てには掴み掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

如月亜子(きさらぎ あこ)

 

役割:《Ray Gun》装填手

身長:156㎝

体重:40㎏

年齢:16歳

誕生日:3月3日

学年・クラス:普通Ⅱ科 2年C組

好きな戦車:Ⅳ号戦車(F2以降)

出身地:神奈川県、横浜市

趣味or特技:ぬいぐるみ集め、裁縫、アウトレット内の徘徊、映画鑑賞、読書、昼寝、人をからかう事

詳細:静馬のクラスメイトの1人で、《Ray Gun》の装填手。

茶色の髪をツインテールにしている。

しっかり者だが人をからかうのが好きで、特に静馬を(紅夜絡みのネタで)からかっており、その際には雅も入ってくる。

学生寮で暮らしており、その部屋には大したぬいぐるみは無いが、実家の部屋には大量のぬいぐるみが段ボールの中に保管されている(それはレッド・フラッグのメンバーにも秘密にしている)。

偏るのが好きではなく、勉強や運動も満遍なく行うタイプ。

苦手科目は数学。

 

気が強く、物事を包み隠さず言うタイプだが、一度スイッチが入って相手を捲し立て始めれば、相手が何も言い返せなくなるまで徹底的に追い詰め、酷い場合には泣かせてしまうと言うきらいがあり、本人も、その面を直したいと思っている。

メンバー曰く、『彼女と口喧嘩で勝てる奴は、悪徳企業の幹部に余裕でなれる上に、振り込め詐欺を徹底的に追い詰められる』。

 

 

 

 

 

 

 

水島紀子(みずしま のりこ)

 

役割:《Ray Gun》通信手

身長:157㎝

体重:44㎏

年齢:16歳

誕生日:2月12日

学年・クラス:普通Ⅱ科 2年C組

好きな戦車:大型イ号戦車(オイ車)120t型

出身地:栃木県、宇都宮市

趣味or特技:本人曰く『趣味・特技共に、特に無し。強いて言えば昼寝』

詳細:静馬のクラスメイトの1人にして、《Ray Gun》の通信手。

赤紫の髪をおかっぱ頭にしており、青い瞳を持つ少女。

 

基本的に気だるげにしており、やる気の無さを感じさせるような雰囲気を纏っている、性格が激しいメンバーが多いレッド・フラッグの中でも珍しいタイプの少女。

 

スモーキーの千早とは腐れ縁的な関係で、幼稚園から約12年間、ずっと一緒のクラスになっているとの事。

それ故か仲は良いのだが、その反面で喧嘩も多いが、大概がくだらない理由。

メンバーからすれば珍しいものでもなく、また知らない間に仲直りしているので、止めに入る必要も、仲を取り持つ必要も無いとの事。 レイガンのメンバー曰く、『2ヶ月に1回は喧嘩している』。

 

成績は全体的に平凡レベルで、テストにおける学年順位も真ん中よりも少し上程度。

昼休みには大抵寝ており、休日も誘いや練習が無い時には、専ら寝て過ごしている。



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紹介します!《Smokey》編

-レッド3《Smokey(スモーキー)》-

 

使用戦車:シャーマン M4A1E3(イージーエイト)

 

車長:篝火 大河

砲手:和泉 煌牙

操縦手:竹村 千早

装填手:冴島 新羅

副操縦手:六条 深雪

 

 

 

 

 

 

篝火 大河(かがりび たいが)

 

役割:《RED FLAG》副隊長補佐、《Smokey》車長

身長:166㎝

体重:62㎏

年齢:17歳

誕生日:4月20日

好きな戦車:シャーマン・イージーエイト

出身地:埼玉県、さいたま市

趣味or特技:ギター演奏、ゲーム、スポーツ観戦、人(主に紅夜)をからかう事

詳細:紅夜の友人の1人。《RED FLAG》副隊長補佐と《Smokey》車長を兼任している。

片目と首筋が隠れる程の長さの黒髪に、龍を思わせるような鋭い目が特徴的な青年。

紅夜や達哉同様に陽気な性格。

現役時代、紅夜が試合中の点呼をすっぽかしたり、戦況を忘れたりするなどして物忘れが多かった事から、紅夜の事を『祖父さん』と呼んでいるが、時折ライトニングと呼んでいる。

お調子者な一面もあるが、レッド・フラッグの副隊長補佐やスモーキーの車長を兼任しているため、指揮管理能力は高い方である。

 

副操縦手の深雪とは幼馴染みで、性格はほぼ反対とは言え、試合の見学ではしょっちゅう一緒に居る。また、紅夜と静馬同様、幼い頃、深雪とは互いの家に泊まりに行き合う仲だった。

当時の深雪はホームシックを起こしやすく、夜な夜な泣く深雪に何度も付き合っていた。

その事もあってか、深雪から好意を寄せられているが、本人がそれらしい態度を滅多に(と言うよりかは全く)示さないため、全く気づいていない。

だが、決して恋愛面に関して鈍感な訳ではない。

 

紅夜や達哉のようなずば抜けた身体能力は無いが、それでも高い方である。

 

紅夜の弱点(妖艶な女性からの誘惑や、女子だらけの空間に男子1人で放り込まれる事)を知っており、水着を買いに行く際には、レッド・フラッグで紅夜以外の男子陣で、紅夜を1人で行かせ、それをネタにしてからかおうとしていたが、それが紅夜の逆鱗に触れ、男子陣総出で紅夜に挑んだものの、大河含む男子6人全員が叩きのめされた。

 

性格は陽気なのだが目付きが鋭いため、不良と間違われたりする事があるのが悩み。

 

ギターが得意で、家にエレキギターがある。その腕はかなりのものだが、打楽器や管楽器、鍵盤楽器は苦手であるため、幅広いタイプの楽器に流通している紅夜には及ばない。

 

 

 

 

 

 

 

和泉 煌牙(いずみ こうが)

 

役割:《Smokey》砲手

身長:170㎝

体重:65㎏

年齢:17歳

誕生日:6月14日

好きな戦車:センチュリオン

出身地:愛知県、太田市

趣味or特技:ゲーム、食べ歩き、読書、音楽鑑賞、鉄棒

詳細:スモーキーの砲手。

フサフサと逆立っている黒髪に、金色の瞳が特徴的な青年。

 

基本的に冷静な性格で、砲手としての射撃スキルも高い。

あまり感情の起伏は見られないが、紅夜が絡むと大河のように陽気になり、紅夜をからかおうとするが、その都度紅夜に叩きのめされている。

暇な時は、大抵イージーエイトの砲身にぶら下がっており、長時間ぶら下がっていても平気な事から、大河に『コウモリ』と呼ばれた事がある(因みに、大河はその後で殴られたと言う)。

趣味が音楽鑑賞であり、そのジャンルは幅広く存在し、家にはかなりの数のCDが保管されている。

スポーツ観戦も好み、主に野球やサッカーの試合が好き。

 

不良に絡まれる事を極端に嫌っており、金を集ってきた不良を病院送りにした事があるなど、乱暴な一面も併せ持つ。

 

 

 

 

竹村 千早(たけむら ちはや)

 

役割:《Smokey》操縦手

身長:158㎝

体重:49㎏

年齢:16歳

誕生日:1月5日

学年・クラス:普通Ⅰ科 2年A組

好きな戦車:Ⅷ号戦車マウス

出身地:栃木県、宇都宮市

趣味or特技:お菓子作り、運動、読書、音楽鑑賞、裁縫

詳細:スモーキーの操縦手。

茶髪セミロングの髪を両肩から垂らしている。

 

紀子の幼馴染みで、彼女と同じく学生寮暮らし。

紀子とは、ほぼ毎日共に登校しているが、これは、寝坊しかける事が多々ある紀子の面倒を見ているためである。

彼女との付き合いは約12年間にも及び、幼馴染みと言うよりかは腐れ縁と言った方が適切とも言える(紅夜からは、『最早夫婦の領域』と言われているが、その際『紅夜と静馬の方が、『夫婦の領域』と言う言葉に当てはまる』と言い返している)。

大抵気だるげにしている紀子とは正反対のしっかり者で、レッド・フラッグのメンバーの中でも数少ない常識人の1人。

紀子とは何だかんだ言いつつ仲が良いが、その一方で喧嘩も多く、2ヶ月に1回は喧嘩しており、その理由は様々。

紅夜や他のメンバー曰く『夫婦喧嘩』。

 

達哉や雅と言った、クセがありながらも操縦技術が高い操縦手が居る中で、彼女の運転は至って平凡だが、決して操縦が下手な訳ではなく、彼女の運転の事など考えずに突き進んでいくIS-2やパンターにイージーエイトをついていかせるため、操縦技術自体はそれなりに高い。

知波単学園との練習試合のように、敵の小隊を激しに向かう紅夜のチームに随伴させる事が多く、紅夜のチームがレイガンと合流しに向かう際、自らの操縦技術やイージーエイトのスペック的に、乱暴な運転をされるIS-2の後ろを走らせる事が多い。

 

みほのクラスメイトだが、大洗戦車道チームに加わるまで話し掛けた事が無い。

 

 

 

 

冴島 新羅(さえじま しらぎ)

 

役割:《Smokey》装填手

身長:157㎝

体重:55㎏

年齢:16歳

誕生日:3月23日

好きな戦車:Ⅳ号駆逐戦車ラング

出身地:群馬県、前橋市

趣味or特技:スポーツ観戦、アウトドア全般、筋トレ、喧嘩、人間観察

詳細:スモーキーの装填手。

長めの黒髪に、黒みを帯びた赤い瞳を持つ青年。

 

レッド・フラッグの男子陣の中では一番小柄だが、装填手故に腕力は非常に強く、その強さは勘助と互角。

髪の長さや顔立ちから女と間違われる事が多々あり、その事を気にしている。

 

達哉並みの喧嘩好きで、現役時代は不良に売られた喧嘩は買って、一方的に叩きのめしているが、紅夜や達哉には及ばない。

 

出身地が達哉と同じだが、細かな住所が異なるため、紅夜よりも後に達哉と知り合う結果となった。

 

深雪が大河に好意を寄せている事を知っており、紅夜と静馬に次ぐ面白い観察対象として見ている。

 

 

 

 

 

 

六条 深雪(ろくじょう みゆき)

 

役割:《Smokey》副操縦手

身長:165㎝

体重:47㎏

年齢:17歳

誕生日:4月9日

学年・クラス:普通Ⅰ科 2年A組

好きな戦車:シュトルムティーガー

出身地:埼玉県、さいたま市、

趣味or特技:ピアノ演奏、映画鑑賞、お菓子作り

詳細:スモーキーの副操縦手で、大河の幼馴染み。

青髪のおかっぱで、右目の上にある分け目から2本、目の辺りに垂れているのが特徴。

成績優秀で、今でこそ落ち着き払った常識人的な雰囲気を纏っており、実際にもかなり真面目であるが、幼少期は照れ屋且つ寂しがりな性格だった。

紅夜と静馬同様、大河とは互いの家に泊まりに行き合う間柄ではあったが、当時の性格故にホームシックを起こしやすく、大河の家に泊まりに行った際には、夜な夜な泣いて大河に慰められ、一緒に寝ていたと言う過去を持つ(因みに、この事はレッド・フラッグのメンバーの中では大河しか知らず、他のメンバーには秘密になっている)。

その事からか、何度繰り返し泣いても呆れずに付き合ってくれた大河には、感謝すると共に好意を寄せており、試合を観戦する際には、大抵彼の隣に居る。

 

真面目な性格でありながら、静馬が紅夜に好意を寄せている事をネタにしてからかう事があり、その都度静馬からハリセンで叩かれている。

大河に好意を寄せているものの、そう言った表現が上手くないため、大河はおろか、新羅を除いたメンバー全員にも知られていないため、自分が大河に好意を寄せている事についてからかわれた事は1度も無い。

 

レッド・フラッグが同好会チームのリストから除名された後でも戦車道の事については色々と調べており、みほが黒森峰出身であり、さらに黒森峰戦車道チームでも、かなり優秀な副隊長であると言う事も知っていた。



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紹介します!《整備士さん達》編

《RED FLAG》戦車整備班

 

メンバー:穂積 輝夫、山岡 次郎、沖海 祐介、沖海 神子

詳細:上記の4人で構成された、紅夜達《RED FLAG》の戦車整備グループで、大洗学園艦にある解体所の廃棄物で再利用出来るものを売ったり自分達で使ったりして出来たスペースに、レッド・フラッグの全車両を置ける程のスペースを持つ建物を建て、其所を拠点として活動している。

長年の付き合いもあり、紅夜達からは大洗女子学園戦車道チームの自動車部や、連盟の整備士以上の信頼を寄せられている。

何の偶然か、整備グループのメンバーは全員、拠点となっている解体所の近所に住んでいる。

レッド・フラッグのメンバーとは、戦車以外の面でも交流があり、戦車道同好会チームのリストから、レッド・フラッグが除名された1年の間でも交流は頻繁にあった。

普通の整備は勿論の事、改造も出来るため、決勝戦を控えた大洗チームで、紅夜が彼等にレッド・フラッグの戦車の改造を依頼しており、《Lightning》のIS-2には、シャーシの両サイドに、厚さ10㎜の装甲スカートの取り付けと、エンジンのボアアップで513馬力から615馬力にまで出力を上げ、《Ray Gun》のパンターA型には、厚さ5㎜の装甲スカートをシャーシの両サイドに、発煙弾発射器を砲塔両サイドに取り付け、エンジンを700馬力から730馬力にまで引き上げ、《Smokey》のシャーマン・イージーエイトには、増加装甲の取り付けは行わなかったものの、エンジンを400馬力から440馬力にまで引き上げている。

 

豪放磊落な性格である輝夫や、落ち着いた雰囲気の神子、親しみやすそうな次郎や祐介と言った、個性が強いメンバーで構成されており、大洗チームに改造した戦車を見せに来た日には、かなり早く順応しており、大洗チームのメンバーとも打ち解けるなど、社交性も高い。

IS-2の付喪神である黒姫と初めて会っても直ぐに歓迎しているなど、細かい事は気にしない性格である事が窺える。

 

 

 

 

 

 

 

 

《メンバー紹介》

 

穂積 輝夫(ほづみ てるお)

 

身長:180㎝

体重:75㎏

年齢:40歳

誕生日:8月15日

出身地:東京都、新宿区

好きな戦車:ティーガー(P)戦車駆逐車(エレファント(旧名:フェルディナント)重駆逐戦車)

詳細:《RED FLAG》戦車整備班のメンバーの1人で、そのリーダー的存在であり、紅夜の叔父的存在で、紅夜が男女混合での戦車道同好会チームを作ろうとした事に反対せず、チーム誕生後も応援し続けた、紅夜達レッド・フラッグの数少ない理解者の1人。

身長・体重に似合うような、筋骨隆々とした体つきの男で、豪放磊落とした性格。

紅夜の事を『長坊』と呼び、甥っ子同然の扱いをしている。

解体所に置かれている廃車をトレーニング感覚で持ち上げられる事から、紅夜並みの怪力を持っている事が窺える。

 

紅夜達レッド・フラッグが同好会チームのリストから除名され、大洗チームと出会うまでの間や、それのみならず暇な時は、大洗の学園艦のみならず様々な学園艦への旅に紅夜を連れ出しており、その中でもサンダースの学園艦に訪れる回数が多かった。

プラウダにも除雪作業のアルバイトとして紅夜を連れ出した事があり、これが、紅夜がノンナやクラーラと出会うきっかけになった。

 

性格故に細かい事は殆んど気にしない性格であり、黒姫との初対面でも受け入れ、紅夜との仲を冷やかしている。

また、性別による扱いの差も無く、特に頭を撫でる時には、男女問わず豪快に撫で回して髪がクシャクシャになるため、レッド・フラッグの女性陣からは『女性と接する時の力加減を気にするべき』と言われている。

料理が上手いらしく、レッド・フラッグのメンバーに振る舞う事も多々あった。

 

 

 

 

 

 

 

山岡 次郎(やまおか じろう)

 

身長:160㎝

体重:67㎏

年齢:52歳

誕生日:11月11日

出身地:神奈川県、横浜市

好きな戦車:T-28重戦車(T-95戦車駆逐車)

詳細:《RED FLAG》戦車整備班のメンバーの1人である年配の男で、一人称は『ワシ』。

《RED FLAG》戦車整備班のメンバーの中では最年長。

彼も輝夫と同じく、紅夜が男女混合での戦車道同好会チームを作る事に反対せず、チーム誕生後も応援し続けた。

 

豪放磊落とした性格の輝夫より落ち着いた性格で、レッド・フラッグのメンバーからは、『近所のオジサン』的な関係で慕われている。

祐介とは仲が良く、よく2人でジョークを言い合っては笑っている。

紅夜達の戦車の整備や改造を何よりの楽しみとしており、紅夜が久々にそう言った類いの話を持ち掛けてきた時には嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

沖海 祐介(おきうみ ゆうすけ)

 

身長:158㎝

体重:54㎏

年齢:25歳

誕生日:8月6日

出身地:大阪府、東大阪市

好きな戦車:VK4501(P)ポルシェティーガー

詳細:《RED FLAG》戦車整備班のメンバーの1人で、メンバーの中では最も小柄で丸い眼鏡をかけた男。

学園艦のコンビニでアルバイトをしている。後述の妹--神子--との二人暮らしで、両親は本土で暮らしている。

2人の家は解体所の直ぐ隣にあり、解体所の壁には、2人の家の庭に通じる扉がつけられている。

 

紅夜の事を『(長門の)坊っちゃん』と呼んでおり、紅夜からは『沖兄』と呼ばれ、慕われている。

関西生まれで、メンバーの中では唯一、関西弁を話している(神子が関西弁を話さない理由は後述)。

自動車免許を取得しており、トヨタ・ハイエースバンを自家用車として所有している(神子もしばしば使う)。

紅夜が戦車道同好会チームを立ち上げた事には賛成して応援し続けており、連盟が彼等を同好会チームのリストから除名した事については、『子供の可能性を奪うような連中(連盟の事)は、レッド・フラッグのメンバー全員の前で土下座して謝るべきだ』と考えている。

 

《RED FLAG》戦車整備班のメンバーの中では、黒姫を一番最初に見た人物であり、その際には驚きのあまりに絶叫している。

 

 

 

 

 

 

沖海 神子(おきうみ みこ)

 

身長:165㎝

体重:48㎏

年齢:20歳

誕生日:12月23日

出身地:大阪府、東大阪市

好きな戦車:M26重戦車(パーシング)

詳細:《RED FLAG》戦車整備班のメンバーの1人で、その中でも唯一の女性メンバー。

茶髪を腰辺りまで伸ばしており、紅夜や静馬のようにポニーテールなどに纏めたりはしていない。

紅夜からは『神子姉』と呼ばれ、慕われている。

整備・改造の際には一応参加するものの、パーツの取り付けや取り替えは男性陣に任せ、自身は主に工具を持ってきたりと、あまり力の要らない役割につく事が多い。

また、整備・改造が長引く際には軽食を作ってきたり、メンバーに朝食を振る舞うなど、マネージャー的存在でもある。

 

浪人生で、実は大洗女子学園の卒業生。

祐介の車をしばしば使う事から、彼女も自動車免許を取得している事が窺える。

 

家に居る際は、胸元が開いたシャツにホットパンツと言った、ある意味無防備な服装で居る事が多く、よく祐介から服装をマシなものにするように言われているが、『家の中や解体所ならほぼ誰にも見られないし、見られるとしても整備班のメンバーや紅夜達レッド・フラッグのメンバーぐらいしか居ないからコレで良い』などと言っている。

 

面と向かい合う黒姫に懐かれている紅夜を見て、『昔は神子姉神子姉と甘えてきたのに』などと呟いた事から、紅夜との付き合いも長い。



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プロローグ~RED FLAG~
プロローグ~"RED FLAG"です!~


--第二次世界大戦、終戦後--

 

ある者は、『屈強な男達が、戦車という頑丈な装甲に守られて戦場で戦うのは卑怯である』と言い、またある者は、『戦争を決めたのは男なのに、被害を被るのは何時も女なのは理不尽である』と、『女こそが装甲で守られるべきなのだ』と言う……………

よって、より強い女性育成のため、戦車道は女性のみに許された武道とする。

 

--戦車道連盟に提出された、1枚の書類曰く--

 

 

 

 

 

 

とある戦車道競技場にて、数十メートルの間を空け、1対2の形で対峙する、戦車道連盟のマークが書かれた戦車と、フェンダー部分と砲塔側面に、風に靡く赤い旗が描かれた戦車、そして、砲塔側面に、雄叫びを上げる白い虎が描かれた戦車。

その周りでは、6輌の戦車が数十輌の戦車相手に、壮絶な蹂躙劇を繰り広げている。

 

「さて……………ホントにやるってのか、赤旗の隊長?今なら引き返せるぜ?」

「ケッ!今更な事言ってんじゃねえよ白虎の隊長……………俺はこうなるのを覚悟した上で喧嘩売ったんだ。此処で下がったら、誰がコイツ等をぶちのめすんだっての」

 

からかうような調子で言う黒髪の青年に、緑髪の青年が言い返す。

その2人の青年の目には、前方に停まる1輌の戦車のキューポラから上半身を乗り出し、下卑た笑みを浮かべた眼鏡をかけた中年の男が居る。

 

「さて、じゃあこれで決めるか」

「ああ……………」

 

そして、両者は顔を見合わせて頷き合い、叫んだ。

 

「「Panzer vor!!」」

 

そして、どちらともなく動き出し、互いの獲物を撃破せんとばかりに主砲を乱射する。

その時、とある戦車の車長なのであろう、眼鏡をかけた男が嫌みな笑みを浮かべ、車内から拳銃を取り出しすと、もう片方の戦車の車長なのであろう、ポニーテールに纏めた緑色の髪の毛を風に靡かせている青年に向かって発砲する。

これは、戦車道のルールとしては完全な違反行為だが、その男は気にも留めず、青年を撃つ。

 

「---!!」

「ぐぅッ、俺ばかり狙いやがって……………こんのぉ……………クソッタレの眼鏡野郎がァァァァアアアアアッ!!!」

 

弾丸が肩や腕に辺り、あちこちから、自らの目の色よりも黒みのかかった血を散らしながらも青年は叫び、その戦車の履帯部分を覆うシュルツェンをもぎ取り、渾身の力で眼鏡の男目掛けて投げる。

投げられたシュルツェンは風を切り裂きながら滑空して男の頭に命中し、男は大きく体を仰け反らせ、キューポラの角で後頭部をぶつける。それっきり動かなくなり、青年は血の泡を吐きながら、キューポラの上に立ち上がって雄叫びをあげた。

 

「ざまあみやがれ!クソ眼鏡野郎がァァァァアアアアアッ!!!」

 

 

青年の雄叫びは、気流を乱し、大地を揺らす。そのとてつもない雄叫びに、激しくぶつかり合い、砲弾を撃ち合っていた全ての戦車が動きを止め、その車長が、その青年の戦車を見る。

 

「……ゴフッ………なぁ」

『ああ、何だよ』

 

雄叫びを上げた青年は、血の泡を吐き捨て、インカムを握ると、横に並ぶ戦車に乗る黒髪の青年に通信を入れる。

 

「あの、クソ戦車の足を………両方潰して、動きを、止めてくれ………後は、俺が………ケリ、着けるからよ」

 

口から吐き出される血を拭いながら、緑髪の青年は黒髪の青年の方を向いて親指を立てる。

その青年の意図を悟った黒髪の青年は、何も言わずに頷く。

すると、それに呼応するように、黒髪の青年を乗せた戦車の砲塔がゆっくりと回転し、1度動きを止めると、眼鏡をかけた男を抱え上げて車内に戻ったばかりの敵の戦車の履帯に主砲を向け、1発撃ち込む。

その砲弾は、右の履帯に真っ直ぐ叩き込まれ、走行車輪や案内輪を粉々に吹き飛ばす。

さらに砲塔が回転し、今度は左の履帯に向かって砲弾を叩き込む。

 

『これで、良いんだな?』

「あぁ、ありがとよ……………さて、最後に力全部出し切るか……………なっ!!」

 

そう言って、青年は燃え上がる炎のようなオーラを纏う。

 

『……………お前等は出ていけ……………俺があのクソ野郎を始末する』

青年がそう言うと、その青年が乗る戦車の乗員である青年達は涙を流しながら拒否するが、凄みながら言う青年の気迫に当てられ、泣きながら車外に出ていく。

 

『あばよ……俺の、最高の相棒共』

 

その声と共に、その青年を乗せた戦車は、敵の戦車目掛けて突撃を仕掛け、動かなくなった男を乗せた戦車に激突し、爆散した。

燃え上がる2輌の戦車を見た黒髪の青年や車外に出てきた青年達は涙を流して顔を俯け、その青年のチームメートなのであろう、青年が乗っていた戦車に描かれていた、風に靡く赤い旗が描かれた、他2輌の戦車の女性陣、そして、何処かの学校の制服を来た少女達は、その青年の名を叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

後に、これは《戦車道革命の戦い》とされ、戦車道史上初の大きな戦いとして、後世に語り継がれる事となるのだが、それはまた後に語ろう。

 

 

 

 

 

 

時間は遡り、20xx年、○月○日、天気は快晴。物語は此処から始まる。

 

とある戦車道競技用グラウンドの草原地帯にて、赤い旗を風に靡かせた長砲身の戦車を筆頭とした3輌の戦車が、見事なパンツァーカイルで、砂埃を巻き上げながら疾走していた--

 

 

 

 

「此方、《RED FLAG(レッド・フラッグ)》チーム、レッド2《Ray Gun(レイガン)》、レッド1《Lightning(ライトニング)》、応答願います」

『…………………………』

 

とある戦車のハッチから顔を出し、ポニーテールに纏めた銀髪を靡かせている女性--須藤 静馬(すどう しずま)--が、無線機にそう訴えるが、応答がない。

 

「レッド1、チーム《Lightning》、応答願います…………ねぇ紅夜(こうや)、起きてる?起きてたら返事して」

『ウワァ~ア…………』

 

そう繰り返すと、如何にも眠たそうな欠伸の声が聞こえてきた。

 

『ああ、すまねぇな静馬…………少しばかり寝不足でさ…………早く帰って昼寝したいぜ』

 

眠気を含み、気だるげに言う無線機の向こうの人物--長門 紅夜(ながと こうや)--に、静馬は呆れ気味に溜め息をつきながら言った。

 

「何言ってるのよ全く…………と言うか、此処に来る前に貴方爆睡していたんだから、今更昼寝なんて必要ないでしょう?それに貴方が隊長なんだし、この点呼だって本来は貴方がやる事なんだから、しっかりしてよね!今は試合中なんだから!」

『分かってるって、そうがなり立てんなよ静馬。んじゃあ、こっからは俺が引き継ぐわ』

 

そんな声が聞こえ、無線が切れる。

 

「えー、つー訳で俺がレイガンに引き継ぎ、点呼をとる。レッド3《Smokey(スモーキー)》リーダー、篝火 大河(かがりび たいが)、応答願う」

 

紅夜は、未だに眠気を含んでいるためか、かなり気だるげな声で言う。すると、大河と呼ばれた青年らしき声がインカム越しに聞こえた。

 

『おう、此方は元気だぜ紅夜。皆やる気に満ち溢れてるさ』

 

そう言われた紅夜は、自車の右横を疾走する戦車の方を見る。

深緑の車体を持った戦車が砂埃を上げながら疾走し、そのキューボラから上半身を乗り出し、インカムを右手に持つ、首から後ろが隠れる程度の長さの黒髪を風に靡かせた大河は、紅夜からの視線に気づいたのか、その鋭い目をニヤリと歪め、左手の親指を立てる。

それを見た紅夜は、満足げに頷いて言った。

 

「オッケー、んじゃあレイガンは?」

 

そう言って、今度は左横を疾走する灰色の戦車の方を向いた。

レイガンと呼ばれた戦車のキューポラから上半身を乗り出した、長い銀髪を風に靡かせた静馬は、喉頭マイクに指を当て、呆れたように言った。

 

『勿論元気よ。と言うか、最初に私が点呼取ったんだから、言わなくても分かるでしょう?』

「そりゃ違ぇねえや」

 

そんな軽口を叩き合う、其々を乗せた戦車は、3輌と言う小規模ながら、一切の崩れのないパンツァーカイルで、砂埃を上げながら草原地帯を疾走する。

 

「現在、敵戦車5輌中3輌撃破、残り2輌は離脱で、現在追跡中って事で良かったっけ?」

『ええ。と言うより、3輌中2輌は貴方のチームがやったんじゃない。もう忘れたの?これ、20分ぐらい前の話よ?』

『ライトニングのリーダーは物忘れが激しいなあ。そろそろボケてきたか?祖父さん?』

「喧しいぞ大河、俺は未だボケてねぇよ」

 

無線で言い合っていると、紅夜の戦車の操縦手--辻堂 達哉(つじどう たつや)--が叫んだ。

 

「紅夜、前方に敵戦車発見!距離約800m!」

 

それを聞いた紅夜はニヤリと表情を歪め、無線機に向かって叫んだ。

 

「よっしゃお前等、獲物が近くに居るってさ!仕留めるぞ!」

『『『『『Yes,sir!!』』』』』

 

紅夜、静馬、大河の戦車から、乗組員全員の声が上がり、3輌の戦車が全速力で草原を駆け抜ける。

 

紅夜の戦車の左横を疾走する戦車に乗る静馬が双眼鏡を使い、前方で逃げる戦車を捉える。

 

「敵戦車、数は2輌!左側の戦車がフラッグ車よ!」

 

そう静馬が叫ぶと、紅夜は、赤い旗を揺らしながら疾走する自車の砲手に声をかける。

 

「翔(しょう)、狙えるか?」

 

そう言われた、黄緑色にアホ毛が特徴の髪をした砲手--風宮 翔(かざみや しょう)--はスコープを覗きながら、口で答える代わりに親指を立てた。

 

「よっしゃ!全車撃ち方用意!」

『既に出来てるわよ』

『同じく此方も砲弾の装填、既に完了だぜ!』

 

無線機から、やる気に満ちた声が飛ぶ。

 

「よっしゃ加速だ!追い詰めろ!これでケリ着けてやるぜ!」

 

その声に、全車両の操縦手がアクセルのペダルを目一杯に踏み込む。

エンジン音を草原地帯に響かせながら、3輌の戦車が土煙を上げながら疾走する。

距離が詰まり、その差は400mに近づいた。

 

「よし、全車!照準を敵フラッグ車に合わせろ!合図したら砲撃!」

『『『了解!』』』

 

そうしている間にも、敵戦車の後ろ姿が近づいてくる。

全速力で追ってくる3輌の戦車から必死に逃げる敵戦車の黒い旗が、風に煽られ、台風の直撃で激しく揺さぶられる木のように揺れる。

紅夜が乗る戦車に付けられた、大きな赤い旗もまた、風を受けて靡いていた。

 

「全車、砲撃!Feuer!!」

 

そう紅夜が叫ぶと、3輌の戦車のマズルブレーキの付いた砲口から、激しい爆音と光、煙を撒き散らしながら、一気に3つもの砲弾が飛び出し、1発目はフラッグ車には当たらず、代わりに右側の戦車のエンジン部分に叩き込まれて行動不能にし、2発目はフラッグ車のシャーシに命中し、履帯と幾つかの転輪を粉々に吹き飛ばす。

そして、3発目の砲弾がフラッグ車の排気口に叩き込まれ、その戦車は黒煙を上げながら停車し、行動不能を示す白い旗が上がった。

 

「Gotcha(よっしゃ)!」

 

そう紅夜が叫んだ次の瞬間………………

 

《マジノ戦車道同好会チーム、フラッグ車含む全車両、行動不能!よってこの試合、チーム《RED FLAG(レッド・フラッグ)》の勝利!!》

 

《RED FLAG》の勝利を知らせるアナウンスが、競技用グラウンド一帯に響き渡る。

ゆっくりと停車した戦車から出てきたチーム全員が駆け寄り、其々のチームメイトを労う。

そして彼等は、一通りはしゃいだ後、再び其々の戦車に乗り込み、観客が待つ地点へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう~、今回も勝利だな。これで何勝目だろうな……………」

「えっと、これで41勝目だな……………それに、やっぱ数は負けてたが、その辺りは戦車と戦術に救われたな。次もこの調子でやろうぜ。何処とやるのかは知らねえけど」

「おうよ。このまま連戦連勝してやるぜ!」

 

夕日を浴びながら、紅夜と達哉が飲み物片手に言う。幼馴染みである2人は、試合の後は何時も、こうしていたのだ。

 

「ホラ、貴方達!早く行くわよ!これから表彰式なんだから!」

「あいよ静馬!今行く!」

 

そうして、2人はゴミ箱に空になった飲み物の容器を放り込み、表彰台に向かおうとしている、彼等2人を除く12人が待つ場所へと走る。

そして表彰台に上った14人の少年少女を、後ろから夕日が照らす。

 

『第○○回、戦車道同好会大会、優勝、《RED FLAG》!!』

『『『『『ワァァァァァァアアアアアアアアッ!!』』』』』

 

優勝旗を渡された紅夜が、副隊長の静馬と共に旗を持ち、それを風に靡かせると、彼等の優勝を知らせるアナウンスが、表彰式の会場一帯に響き渡り、観客からの歓声がドッ!と沸き上がる。

彼等は沸き上がる歓声を前に戸惑いながらも、嬉しそうな表情を浮かべ、紅夜と静馬が持つ優勝旗が、彼等の優勝を称えるかのごとく、誇らしげに風に靡いていた。

 

 

その様子を、夕日に照らされた長砲身を持つ3輌の戦車が、何も言わず、だが威厳ある雰囲気を醸し出しながら見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、戦車道の世界では異例と呼ばれた、『公式上の』戦車道業界では初の男女混合チーム--《RED FLAG》--で活動する、14人の少年少女達と、3輌の戦車の物語である。



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第1話~風潮、めんどくさいです!~

「やれやれ、少し早すぎたかな……やっぱ俺、時間を逆算するのとか苦手だな、マジで………」

 

あの試合から約1年が経ち、此処は、県立大洗女子学園の保有する学園艦の町外れにある、木々が生い茂る山。

 

その頂に建っている、少し古びた横長の格納庫の壁にもたれ掛かり、紅夜は呟いた。

 

今は朝8時。休日ならば、大概の子供が眠い目を擦りながら起きてくる時間帯だ。そんな中で古びた格納庫の前に立つというのは、また何とも言えない光景である。

 

「お前って、そうやって立ってると、服装によっちゃあ彼氏さんの到着を待ってる美女さんにしか見えねえよなあ~………………ホントになんでお前、男に生まれたんだ?女に生まれりゃ良かったろうに」

 

横から聞こえた声に振り向くと、黒髪に赤い目をした青年――辻堂 達哉――がやって来た。

 

「よお達哉。お前も案外早く来たんだな」

 

達哉の方を向いた紅夜は、軽く右手を上げて会釈する。それに達哉も同じように会釈すると、紅夜の横に並んで立って言った。

 

「ああ、何故か目が覚めちまってよ。そのまま二度寝するのも良かったんだが、それやったら寝過ごしそうだし」

「それは言えてるな……………それとだが達哉。俺は男だし、俺が男として生まれた理由も知らん。次に女みたいだって言ったら、砲弾でぶん殴るぞ」

「悪い悪い、だがホントの事だろうが。お前って服装は男っぽいけど、顔は比較的女寄りだから、どうしても女に見えるんだよ。それに、髪も長いから尚更だな」

「そう言われてもなぁ………髪伸ばしてんのは趣味みてぇなモンだし………………」

 

達哉に言われ、紅夜は背中まで伸びている緑色の髪を触りながら呟く。

緩やかに吹く風に靡く紅夜の髪は、女性のようにサラサラしたものであるが、その髪の持ち主が男では、何とも言えないものである。

それが顔つきも女性寄りである分、余計にタチが悪い。

着ている服も、ジャーマングレーのパンツァージャケットであるため、女性味など皆無に等しかった。

 

因みに、彼が髪を切らない理由は……………………

 

『一々散髪に行くのめんどくさいし、外国(特にアメリカ)じゃあ男でも髪伸ばして、リボンとかで纏めてるのも居るから、俺が髪伸ばしていても問題ねえだろ』

 

との事である。

 

其所へ砲手の翔が、黒髪にアホ毛頭が特徴の青年と共にやって来た。

 

「よお、また紅夜いじりしてんのか?達哉」

「おお、翔。来てたのか」

「ついさっきな。それにホラ、勘助(かんすけ)も居るぜ。さっき偶然会ったんでな」

「よぉ、紅夜」

 

翔がそう言うと、翔の横に居た、黒髪にアホ毛頭の青年が右手を上げた。

彼は藤原 勘助(ふじわら かんすけ)。紅夜のチーム、レッド・フラッグにて、IS-2の装填手である。

 

 

「あっ。そういやだが、今日はレイガンやスモーキーの連中は来れねえとさ。皆用事があるんだそうだ。因みにレイガン全員とスモーキーの女子2人の理由は学校で、男子陣はチームの人数不足」

「あ~、そういや確かにそうだったな。レイガン全員とスモーキーの女子2人って、確か大洗女子学園の生徒だったしな。つか、『チームの人数不足』とか、自棄に新しい欠席理由だな」

「つーかその欠席の理由、全然用事じゃねえじゃねえかよ。レイガンとスモーキーの女子陣なら未しも、何だよ『チームの人数不足』って?そんな理由聞いた事ねぇぞ」

 

思い出したかのように言う勘助に、紅夜は生返事を返しつつも、スモーキーの男子陣の欠席理由に苦笑いを浮かべ、達哉が冷めた声でツッコミを入れる。

 

「まあ、それなら仕方ねえな。スモーキーの男子集めても、人数足りねえ時点でアレだし、そもそも操縦手が女子だから仕方ねえか……………よし!じゃあ、戦車でこの辺り一周したら解散でいっか」

「お前って、何時もよくそうやって、ポンポン物事決められるよな。何の戸惑いもねえから、逆に尊敬するぜ」

「尊敬してくれるのは嬉しいが、この際仕方ねえだろ。なんせ今、俺等ライトニングの1チームしか居ねえんだからさ」

「まあ、確かにそうだけどさ……………」

「でもさあ、どうせ朝走るなら、昼からもちょっとばかり走り回ろうぜ」

「俺もそうしたい」

「ああ、流石に朝走って終わるってのは空しすぎるからな」

3人がそう言うと、紅夜は頷いた。

 

「じゃあ、俺は格納庫から戦車持ってくるわ」

「ホントに持ち上げてくるなよ?」

「紅夜じゃあるめえし」

「おい待てやコラ、今のどういう意味か説明しやがれ達哉」

 

冗談じみた顔で翔が冷やかすと、ツッコミを入れる紅夜を無視し、達哉はそのまま格納庫の中へと入っていった。

 

それから約1分後、戦車のエンジンがかかる音が聞こえ、勘助と紅夜が格納庫の扉を開ける。

そして、挟むように置かれている2輌の戦車の間から、ジャーマングレーのソ連戦車、IS-2重戦車がゆっくりと出てきた。

フェンダー部分に、風に靡く赤色の旗が描かれ、砲身には、アルファベットで《Lightning(ライトニング)》と白のペンキで書かれている。

 

「さて、俺達も乗るか」

「「おう!」」

 

紅夜が言うと、翔と勘助が威勢良く返事を返し、先にIS-2の砲塔へとよじ登り、キューボラハッチから中へと入っていく。

紅夜もフェンダーに飛び乗ると、そのまま砲塔のキューボラハッチの上に飛び乗り、車長の座る席へと腰かける。

 

「お前ら、準備は出来たか?」

「「「勿論!」」」

「達哉、IS-2の調子は?」

「ああ!何時ものように絶好調だぜ!燃料も満タンだ!」

「翔、砲塔はちゃんと回るか?」

「おう、昨日手入れしたからな!」

「勘助、砲弾は?」

「全部入ってるよ。携行弾数28発、全部OKだ」

 

其々が、担当する役割の調子の良さを嬉しそうに言う。

それに紅夜は頷き、言った。

 

「では、たった1輌しか居ねえが、Panzer vor!!」

 

紅夜の声を皮切りに、達哉はアクセルのペダルを思いきり踏み込んだ。

IS-2は一瞬、後ろに倒れるかのように巨体を上に向けたが、それでも勢い良く、前に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、走った走った!大満足だぜ!」

 

走り終えたIS-2の操縦手用のハッチから外へ飛び出した達哉は、体を伸ばしながら言った。

 

「ああ。お前、運転してる最中に急にスイッチ入ってブッ飛ばしやがったからなぁ、お陰でハッチの角で頭ぶつけたぞ」

 

キューポラハッチから出て、そのまま砲塔から地面に飛び降りた紅夜が不満を溢す。

 

「悪い悪い、運転中に急にテンションが、ハイッ!ってヤツになってだな」

「「「ワケ分からんわ!!」」」

 

苦笑いしながら言い訳を述べた達哉に、他のメンバーからの突っ込みが飛んだのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「そういやさ、此処の学園艦持ってるって言う学校、確か大洗女子学園って言ったっけ?あの学校って戦車道やってたっけ?」

「いや、かなり前はやってたみたいだがな…………」

 

昼になり、近くのレストランに入った4人は、そうやって世間話をしていた。

これが、何時もの彼等の日常の1つでもある。

「まあ、何だかんだで同好会の試合を引退して、趣味で戦車を乗り回すだけの集団になっちまった訳だが………………」

「引退『した』と言うより、『させられた』と言った方が正しいと思うがな。何だっけ?黒森峰とやった後、何か知らねえけど『戦車道は女子の嗜みというイメージが崩れて世の中が混乱したら此方が困るから引退してくれ』とか、何か連盟のクソ野郎がほざいてやがったっけなぁ…………はした金代わりに戦車の維持費負担で体よくお払い箱にしやがって」

「おい翔、流石に此処でキレるのは止めろ」

 

過去の事を思い出し、殺気を撒き散らし始めた翔をたしなめ、紅夜は言った。

 

「まあ兎に角だ、連中がああ言うなら、俺達は試合には出ない。維持費とかを連中が負担するってんならさせてりゃ良い。試合出来ないのは正直残念で仕方ねえが、そう思ったところで何も変わらねえなら、今の生活を楽しもうぜ。戦車が残っただけでもありがてえじゃねえか」

「そうだけどさ」

 

紅夜の言う事に、いまいち腑に落ちないような雰囲気を醸し出しながらも、翔は頷いた。

 

「さあ、こんなシケた話はちゃっちゃと止めて、飯食おうぜ」

「「「おー」」」

 

そうして、彼等は昼食を摂り始め、それを終えると、レストランから出て、再び格納庫へと舞い戻るのであった。

 

 

 

 

 

「んじゃ、また集まる日に連絡するよ」

「あいよ」

「「じゃあな~!」」

 

そうして、格納庫へと戻った4人は、再びIS-2を駆り、格納庫周辺を走り回った後、夕方になったのもあり、そのまま解散した。

 

「ヤレヤレ、今のご時世の風潮ってのはホントにめんどくせえなぁ………………なんで男が戦車道やっちゃいけねえんだよ………男にだって、戦車道で学べる事がある筈だってのによぉ………」

 

そう言って、紅夜は溜め息をつきながら、家路につくのだった。



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第2話~茶髪少女、助けます!~

その日の夕方……………

 

「あら、紅夜じゃない。奇遇ね」

「おお静馬、今帰りか?」

「ええ、ちょっと終学活が長引いちゃったのよ。はぁ~あ、早く終わってほしかったわ」

「おいおい静馬、学校ってのは普通、4時ぐらいに終わるモンだろ?今昼の3時だぜ?」

「それでもよ。今日は6限目がカットされる日なのだけど、集会とかが入って面倒だったのよ。全く……………せっかく早く帰れると思ってたのに……………」

 

紅夜は家に帰る途中、気だるげに下校している静馬に会っていた。

静馬は当然ながら、大洗女子学園の制服を着ているのだが、彼女の容姿が大人に近いため、紅夜は制服姿の静馬は似合わないと、心の中で思っていた。

 

「それにしても紅夜、ごめんなさいね。今日行けなくて」

 

すまなさそうに言う静馬に、紅夜は笑って手を降った。

 

「別に構わねえよ、学校優先だから気にすんな。土日に来れば良いさ……………それよか、他の連中はどうした?何時もは一緒に帰ってるだろ?」

「何時もはね……………でも、今日は皆、先に帰っちゃったわ。ものの見事に置いてきぼりを喰らったわよ」

 

 

それから2人は、今日あった事について話し合っていた。

紅夜の話は、静馬曰く何時もの事らしく、特に紅夜が言わなくても、大体何があったのかの察しはつくようだ。

それに対して、とある事情から高校生活と言うものを味わえない男子陣の1人である紅夜からすれば、たとえ女子校でも、高校生活と言うものには興味があるため、静馬の話は彼からすれば、非常に新鮮なものだった。

 

「ああそうそう、今日は転校生が来たのよ。黒森峰から」

 

そう静馬が言うと、紅夜は目を丸くした。

 

「へぇー、あの黒森峰から?マジで?」

「ええ、大マジよ。聞いた時にはビックリしたわ」

 

信じられないとばかりに聞き返す紅夜に、静馬は笑いながらそう答えた。

 

 

 

 

 

黒森峰女学園とは、戦車道において、ドイツ戦車の中でも非常に有名且つ強力な戦車を持つばかりか、戦車道において古い歴史を持ち、今では最早、戦車道の顔とも言われている流派--西住流--の家元の学校であり、戦車道全国大会で9連覇したと言う事で、世界的にも知られている戦車道名門校だ。

だが、昨年の全国大会はとある出来事により、決勝戦でロシア戦車を使うプラウダ高校に敗れ、10連覇を逃していると言う。

 

そして黒森峰は、紅夜達レッド・フラッグが戦車道同好会チームとして最後に戦い、その試合でレッド・フラッグに破れた学校でもある。

 

「黒森峰かぁ……………………あの時の子は元気にしてるかなぁ………………?」

「さあ、どうかしらね?それにしても、あの時は本気で驚いたわよ?貴方のIS-2の砲撃を喰らった戦車から火災が発生して、貴方が火の中に飛び込んで、取り残された乗員の子2人を助け出したって言うんだもの。まあ、そのうち1人は別みたいだけど」

「ああ、それな」

 

紅夜と静馬は、その時の試合について一通り話すと、それからは口を閉じて歩く。

 

すると、黒森峰から転校してきたという転校生の事を思い出した紅夜が、思い出したかのように言った。

 

「それにしても、黒森峰って戦車道全国大会で9連覇したって言う超名門校なんだろ?そんなトコに通ってるエリートの子が、こんな大して何も無い所に何の用だ?」

 

紅夜がそう呟くと、静馬がジト目で睨み付けた。

 

「紅夜、それは私達大洗女子学園や、他の生徒達に喧嘩を売っているのかしら?特にこれと言った取り柄が無いからって、そこまで言われたら流石の私も黙っていないわよ?」

「悪い悪い、冗談だよ」

 

紅夜は、自分の呟きに怒って拳を振り上げている静馬を落ち着かせる。

 

「でもまあ、こう言ったものの、はっきり言えば私も気になるわね。転校するなら、もっと良い高校があると思うのだけど………」

 

振り上げていた拳を下ろした静馬が手を顎に当てて言う。

 

「まあ、それには話せない事情ってのがあるんだろうよ。少なくとも、その理由を本人に聞くとかは止めとけよ?聞かれたくない事だってあるんだからな」

「そうね、そうするわ」

 

そうしているうちに、2人はとある交差点に来ていた。

 

「じゃあね」

「ああ、学校頑張れよ」

 

そう挨拶を交わし、紅夜は直ぐ近くの家に着いた。

 

「はあ~あ、やっぱ戦車乗り回すだけってのは退屈だな…………まあ、だからと言って、もう表舞台には出ねえけど」

 

そう呟きながら、紅夜は鍵を開け、中に入っていった。

そしてそれからは、思い思いに過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗女子学園の学生寮の部屋では、1人の少女が居た。

電気の消え、夕日が僅かに射し込む程度の薄暗い部屋で、山積みにされた荷物を見ながら……………

 

「この大洗女子学園なら、戦車道は無い…………もう私は、戦車になんか…………ッ!」

 

そう呟きながら、その少女--西住 みほ(にしずみ みほ)--は、昨日の全国大会での出来事と、その後の出来事を思い出し、部屋のベッドに腰かける。

それから暫く、そのままベッドの上で膝を抱えていた。

 

「あ…………荷物出さなきゃ…………それに、買い物とかもしなきゃ………………まあ、それは土曜日でいっか………………」

 

そう呟きながら、みほは山積みにされた段ボール箱を開け、荷物の整理を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、今日はどうするかねぇ~」

土曜日の朝、集まりの無い日に外に出た紅夜は、家の回りを散歩しながら、今日と言う日に何をするかを考えていた。

基本的に、集まりの無い日は退屈している彼からすれば、学校に通うと言うのは羨ましい事である。

そう考えつつも、紅夜の足が止まることはない。

紅夜はその日の午前中は、今日1日の予定を考えながらの散歩だけで潰れてしまったという。

 

 

 

 

 

 

「結局、何も思い付かずに歩き回ってたらコレだよ………」

 

その日の夕方、結局何かをすることなく1日を終えようとしている紅夜は、溜め息をつきながら家路につき、交差点に差し掛かっていた。

 

「お、コンビニか………適当に雑誌でも買って…………ん?」

 

紅夜は、自分の直ぐ前を歩いている1人の茶髪の少女を視界に捉えた。

普段ならそのまま、何事もなかったかのように無視するのだが、今回は違った。

 

「(あの子、歩き方からして上の空状態で歩いているな…………信号が赤に変わるのはもうすぐだぜ?)」

 

そう思いながら足を止める紅夜を余所に、その少女は信号を渡ろうとする。だが、歩行者用の信号は既に、青から赤に変わる寸前だ。

 

「おい、其所の茶髪のアンタ!あぶねえぞ、止まれ!」

「えっ!?」

 

紅夜が叫んだが、それは手遅れだった。少女は道路の真ん中へと踏み出していたのだ。

少女は信号に気づいたが時既に遅し。信号が赤に変わると、少女の横からスピードを出したセダン車が突っ込んできていた。

 

そのセダン車はけたたましくクラクションを鳴らす。

 

「おい逃げろ!轢かれるぞ!!」

「!? きゃぁぁああああっ!!!」

 

突っ込んでくる車に気づいたものの、少女は悲鳴を上げて立ち尽くす。

 

「あークソッ!呼び止めた俺も悪いけど彼奴も彼奴だな!ボーッとしながら歩きやがって!」

 

そう口悪く毒づきながらも、紅夜は勢い良く飛び出し、少女を横抱きに抱えると、そのまま着地云々に構うことなく、反対側の歩道へと転がった。

勿論、その少女を庇うようにして、自分が下敷きになると言うのも忘れてはいない。

そして紅夜は、その少女を抱き締めたまま、歩道に背中から叩きつけられた。

 

「あーイテェ………この痛さは、翔にスパナで頭殴られた時以来だぜ………つーかあのセダン、何も言わずにどっか行きやがったか……………まあ、別に気にしねえけどさ、轢かれてねえし」

 

そう呟きながら、紅夜は抱き抱えている少女の方へと視線を向けた。

「おいアンタ、怪我はないか?」

「う、ううん………………ッ!?」

 

目を閉じていた少女は、視界に紅夜の顔を捉えた瞬間、顔を真っ赤に染め上げ、直ぐ様に離れた。

 

「あ、あああの!?」

 

紅夜は何も言わずに立ち上がると、服や腕についた汚れを払う。そして少女の方を向いて言った。

 

「その様子を見る限りでは、怪我はなかったんだな…………」

「あっ……………は、ハイ!」

 

その返事を聞いた紅夜は、安堵の溜め息をついた。

 

「まあ、アンタが無事で良かったよ。それに悪かったな、変に呼び止めて危ない目に遭わせそうになって……………だが、流石に上の空で外出歩くってのは止めとけ。今みたいになるぜ?」

「あ、ハイ!ありがとうございました!!」

 

そう言って、その少女は深々と頭を下げた。

 

「別に良いさ。んじゃな、気を付けろよ~」

 

紅夜はそう言うと、コンビニへと向かった。

 

「えっ…………あ、あの!?」

 

少女は紅夜を呼び止めようとしたが、紅夜は既に、コンビニへと入っていた。

 

そしてその少女は、コンビニで戦車道の雑誌をどうでも良さそうに読んでいる紅夜を見ながら、彼女の家路についた。

 

 

 

 

それから約10分後、紅夜は雑誌を買って家に帰ると、ベッドの上で雑誌を広げ、そこからは何時ものように、のんびりと過ごすのであった。



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第3話~フラグ、建ちそうです!~

「あ~、高校行ってみてぇ~」

「お前さっきからそればっか言ってるよな」

 

ある日、暇だと言う事もあって達哉と出掛けた紅夜は、大洗女子学園の前を通り掛かった時にそんな事を言っていた。

 

「まあ、気持ちは分かるけどな。どういう訳か、レッド・フラッグの男子陣は全員高校行ってねぇんだし」

「んで、地域の清掃活動して、お裾分け貰って生活してるってヤツな……まぁ親からの仕送りもあるにはあるんだが………何か、シュールっつーか何つーか……………」

「あのなぁ紅夜……………試合で勝った時の賞金崩すのは嫌だとか言ってたのは何処の誰だっけ?あれ、結構貯まってるってのにさあ」

「それはそれ、これはこれ」

「納得いかねぇ」

 

そう言い合いながら、2人は特に行く宛もなく、学園艦の上に広がる町で散歩をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、場所を移して、此処は大洗女子学園。

昼休みになり、ある者は購買や学食へ、またある者は教室で弁当を食べ始める2年C組の教室に、静馬は居た。

 

「ねえ静馬。必修選択科目って、どれにするか決めた?」

 

もう食べ終えたのか、机に頬杖をついてボーッとしている静馬に、赤髪でスタイルが良く、陽気そうな少女が近づいてきた。

彼女は草薙 雅(くさなぎ みやび)。静馬率いるチーム――レッド2《Ray Gun》――の操縦手である。

 

「そうねぇ…………適当に華道でもしていようかしら。少なからず興味はあるし」

「へぇ~、戦車道はやらないんだね」

「ええ。私はレッド・フラッグの全員が揃って、初めて戦車道をやる気になるんだもの。それに、この場にリーダー居ないじゃない」

「そりゃあ、此処女子校だもんね~。私もしないし、そもそもこの学校って、今は戦車道なんてやってないみたいだしね………………つーか、素直に『紅夜が居ないから』って言えば良いのに………素直じゃないのね、静馬は」

「五月蝿いわよ、雅」

 

彼女等はそう言いながら、残った昼休みの時間を過ごす。

 

そう思っているのは彼女等だけではなく、後に話に混ざってきた、レイガンの装填手担当の如月 亜子(きさらぎ あこ)、チームを同じくして、砲手の武内 和美(たけうち かずみ)、通信手の水島 紀子(みずしま のりこ)も同じ気分であった。

 

また、別のクラスに居る、スモーキーの女子陣の中での副操縦手にして、静馬のもう一人の幼馴染みである六条 深雪(ろくじょう みゆき)、そして操縦手の竹村 千早(たけむら ちはや)でさえ同じ気分であった。

 

「あら、アレって生徒会の人達じゃない?」

 

そう言いながら、廊下を指差した和美の視線の先には、教室の前を通り過ぎる3人の少女が居た。

 

「あんなにズカズカと歩いて、何を急いでいるのやら………」

 

生徒会のメンバーなど眼中の外だと言わんばかりに、静馬はそう呟くと、紀子と世間話を始める。

そうしつつも、彼女等は予鈴が鳴るまでずっと、世間話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんで、必修選択科目の事なんだけどさぁ~……………君、戦車道選んでね。ヨロシク」

「ええっ!?」

 

静馬達が教室で世間話をしている間、生徒会のメンバーは2年A組の女子生徒、西住 みほに戦車道の履修を迫っているのだった。

 

「ま、待ってください!戦車道って、この学校には無かったんじゃ……………!?」

「ああ、確かにそうだが、訳あって今年から復活する事になった」

 

片眼鏡で背が高い少女が言うと、みほの顔色が悪くなっていく。

 

「私、戦車道やらないために、態々転校してきたんですけど……………」

「いやぁ、これも何かの運命ってヤツだねぇ~」

 

みほの言っている事などには聞く耳持たず、ツインテールの小柄な少女はそう言いながら、みほの肩を軽く叩く。

 

「でも、必修選択科目って自由に選べるんじゃ……………?」

「兎に角ヨロシク~!」

 

一方的に言い終えると、生徒会のメンバーはそのまま、スタスタと立ち去っていき、後には死んだ魚のように、ハイライトを失って虚ろになった目をしたみほが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、漸く授業が終わったわね。早く帰って戦車乗りたいわ」

「残念、操縦手の私がいなければ戦車は動かないわよ?」

「五月蝿いわねぇ、そんなの分かってるわよ。それにアンタが居なくても、紅夜辺りを呼び出せば乗れるわよ」

「じゃあ紅夜が居なかったら?」

「………………諦めるしか無さそうね」

 

そんなこんなで1日の授業を終え、残るは終学活のみになった。

彼女等は荷物を鞄に入れ、教師が来るのを待っていたが、来たのは教師ではなく、放送だった。

 

『全校生徒に告ぐ、体育館に集合せよ!体育館に集合せよ!』

 

淡々とした放送が入るや否や、生徒達は一斉に体育館へと向かう。

それを見ながら、静馬はスピーカーに恨めしそうな目線を向けて呟く。

 

「ヤレヤレ、また帰るのが遅くなるわね…………戦車に乗るのは、土、日に先送りね。ったく、こうも連絡無しに予定を入れられたらやってられないわ。ちょっとは生徒の事を考えたらどうなのよ、あの生徒会の連中は………………」

「まあまあ、この際仕方無いじゃない。こんなのってよくある事でしょう?それに、そんなので一々愚痴ってたら、《大洗のエトワール》の二つ名が泣くわよ?」

「そんなの知ったこっちゃないわよ………そもそも、それって他の子達が勝手に呼んでるだけじゃないの」

 

静馬は紀子に宥められながら、体育館へと向かう生徒達に混じった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静馬達が体育館に着くと、既に生徒達で埋め尽くされている状態だった。

そのため、何とか空いているスペースを見つけ、彼女等は腰を下ろした。

 

そして、前に生徒会の3人が現れ、その次にスクリーンが下りてくる。

 

「静かに!」

 

片眼鏡の少女が言うと、ざわついていた生徒達が静まる。

 

「えー、これより、必修選択科目のオリエンテーションを始める」

「(あー、もうそんな時期なのね……………正直な話、心底どうでも良いんだけどね………あ~あ、早く帰りたいわ…………)」

 

私情全開な静馬を他所に、スクリーンには《戦車道》と、大きな文字で映し出され、オリエンテーションが始まった。

 

『戦車道。それは、伝統的な文化であり、世界中から、女子の嗜みとして受け継がれてきました…………』

「(へぇ~、今更になって戦車道ねぇ…………まあ、やらないからどうでも良いんだけど)」

 

スクリーンから放たれる声が、戦車道の良さを訴えている間、静馬達レッド・フラッグの女子陣は、退屈そうに欠伸をしながら、オリエンテーションのビデオを見ていた。

『さあ!皆さんも戦車道を学び、健やかで美しい女子を目指しましょう!』

「(健やかで美しい女子なんて、戦車道やらなくてもその気になればなれるじゃない)」

 

ひねくれたコメントを内心で呟く静馬を他所に放たれたその言葉を皮切りに、戦車砲の音と煙が撒き散らされ、戦車道のオリエンテーションが終わる。そして次の科目の紹介に移るのかと思いきや、突然、スクリーンには1枚の紙が映し出された。

その紙には、華道、剣道、柔道等の選択科目が下半分に書かれ、その紙の上半分のほぼ全てを独占して、戦車道の文字がデカデカと書かれていた。

 

「実は数年後、戦車道世界大会が日本で開催される事になったのを受け、文科省から先日、全国の高校や大学に、戦車道に力を入れるようにとの通告があった」

「んで、私達の学校も、戦車道を復活させる事になったんだよねぇ~。あ、因にだけど、戦車道選んだら、物凄い特典をあげちゃうよ~。聞いたら皆、驚いて腰抜かしちゃうかもね~。それじゃ小山、説明ヨロシク~」

 

小柄なツインテールの生徒が楽しそうに言うと、今度は若干気の弱そうな女子生徒が言った。

 

「えー、戦車道の授業における成績優秀者には、学食の食券100枚に、遅刻見逃し200日。そして、通常授業の3倍の単位を与えます!」

『『『『『ええーっ!?』』』』』

「(はあ!?何よその滅茶苦茶な待遇は!?そんな待遇用意して、どれだけ戦車道に人員入れたいってのよ生徒会!?)」

 

あまりにも規格外な待遇に全校生徒が騒ぎ立てる中、静馬は心の中で盛大にツッコミを入れていた。

 

「(戦車道を選んだ時の待遇は魅力的だけど、何故そこまでしてでも戦車道に人員入れようとするのか、検討もつかないわね…………まあ、私達は戦車道やらないから別に良いとして…………何か裏があるように見えるのよね…………一応、警戒するに越したことはないわね)」

 

落ち着いているように見えて、内心はツッコミの嵐で大荒れ状態の静馬の横に座る紀子は、戦車道を選ぶか別の選択科目を選ぶかで葛藤する女子生徒達を眺めながら、生徒会が出した特典に、何か裏があるのでないかと怪しんでいた。

 

そうしているうちにオリエンテーションが終わり、全校生徒は教室に戻り、そしてやって来た教師の指示により、選択科目を選ぶための紙を配られ、解散となった。

 

「取り敢えず、この事は紅夜辺りに知らせておこう…………」

 

静馬はそう呟きながら、スマホを取り出して紅夜にラインでのメッセージを送った。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、大洗女子学園で戦車道復活ねぇ~……………って、選んだ時の待遇スゲエなオイ………」

 

その頃、達哉との散歩を終え、戦車の格納庫に来ていた紅夜は、IS-2の砲塔に腰掛けながら、静馬から送られてきたラインのメッセージを見ていた。

 

「まあ、静馬達は戦車道やらねえみてえだし、俺達はそもそも論外だし……………まあ、何とでもなるだろうとは思うが………………下手すりゃ、静馬達が戦車道に引き込まれるってフラグが建ちそうだな…………」

 

そう呟きながら、紅夜はラインでメッセージを返し、IS-2の砲塔に置いてあるラジオを聴く。

 

『では次に、戦車道についての話題です。高校生大会において、昨年MVPに選ばれ、交際強化選手となった、黒森峰女学園の、西住まほ選手に、インタビューしてみました』

「黒森峰か~……………そういや、最後に戦ったのも其所だったような……………」

 

紅夜がそう呟く最中も、レポーターがまほにインタビューをする。勿論ラジオであるが故に、その光景など見れる訳もないのだが。

 

『西住選手、戦車道の試合においての、勝利の秘訣とは何ですか?』

『先ず、諦めない事。そして…………………………どんな状況でも、逃げ出さない事ですね』

「……………」

 

その言葉を聞いた紅夜は、何も言わずにラジオの電源を切り、体術使いのような身のこなしでIS-2から地面へと降り、ラジオを格納庫の棚に置く。

 

「やっぱ黒森峰の人の意見は一味違いますなぁ……………」

 

そう言いながら格納庫から出てくる紅夜だが、その表情は曇っていた。

 

「連盟の連中は信用できねえ…………だが、戦車道の試合も久々に…………いや、駄目だ。もう俺達は、表舞台には出ないって決めたんだ。今更戻れるかよ…………」

 

紅夜はそう呟きながら、家路についた。



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第4話~ちょっとしたお話です!~

ある日の昼休み、静馬はレイガンのメンバーと学食で昼食を摂っていた。

午前で選択科目の紙を提出し終えたこの日は、戦車道を選んだ生徒も選ばなかった生徒も関係なく、戦車道の事を話題にしていた。

 

やれ男子にモテたいと言う者、やれ単位が欲しいと言う者、はたまた廃部した部活を復活させようとする者………………戦車道を選んだ理由は、様々なものであった。

 

「皆、戦車道の話で躍起になってるわね………特に、男子にモテたいとか言ってる辺りの子が」

「ええ。でも戦車道やったからって、本当にモテる訳ないでしょうに」

「まあ、単位と食券、それから遅刻見逃し200日っていうのは魅力的だけどね」

 

戦車道の授業を待ち遠しそうに話している1年生の女子生徒達を横目に見ながら、静馬がどうでも良さそうにコメントすると、紀子と亜子が苦笑いしながら言う。

 

その時、突然生徒の呼び出しの放送が入った。

 

『普通Ⅰ科、2年A組西住 みほ、2年A組西住 みほ、至急生徒会室まで来ること。以上』

 

「あら、何があったのかしらね」

 

クラスメイトなのであろう2人の女子生徒達と生徒会室へと向かうみほを見ながら、静馬は呟いた。

 

「さあね……………多分、戦車道やれとか言われたけど拒否して別のにしたから、生徒会の人達が怒って呼び出したんじゃない?」

「亜子、そんな現実にありそうな事を言うのは止めてちょうだい。まあ、亜子の予想がもし本当だとすれば………………世の中って、理不尽ね………」

 

亜子の予想がやけに有り得そうなものだったのか、静馬は世界の理不尽さを嘆くように呟く。

残りの2人も頷くと、昼食の残りを平らげ、教室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

「ああ、西住さん?そういや今日、放送で呼ばれてたわね。この前生徒会の方々がやって来て、『戦車道やれ』とか言ってたから、多分それを拒否して、呼ばれたんじゃないかしらね?あの人、黒森峰で戦車道やってたらしいし」

「その仮説なら、昼休みにも出たわよ。矢鱈と現実で起こりそうな内容だったから、それ以上考えるのは止めたわ。下手に考えすぎると、憂鬱になるだけだもの。私達とは関係無いんだけどね」

 

放課後、A組に居る深雪を訪ねた静馬は、世間話をしつつ、西住みほについての話を聞いていた。

 

黒森峰出身にして、西住家の長女で戦車道MVPにも選ばれたことのある、西住 まほの妹。

さらに家系から、1年生の時点で副隊長になったとも言われている。

 

家系で副隊長になったとは言え、実力的には副隊長という座に相応しい程に優秀で、普段教室で見せているドジッ娘ぶりとはうって変わって、試合となれば、地形を瞬時に読み取って有利な場所を見つけ出したり、マニュアルに囚われず、その場の情況に臨機応変に対応できるともいう。

黒森峰についてそれなりに調べていた深雪から、様々な情報を聞いた静馬は、余談のように聞かされる黒森峰の歴史や、みほについての事を聞いては、驚きや感嘆の感情を含んだ声を上げていた。

戦車道全国大会では、9連覇していたと聞いた時には、それはそれは驚いたそうな。

 

だが、昨年の戦車道全国大会では、とある事件で優勝を逃し、みほはまるで、黒森峰や戦車道から逃げるように、この学校に転校してきた。

 

だが、この学校で戦車道が復活し、生徒会から戦車道の履修を迫られた際には、あたかも余命3日を宣告され、世の中に絶望する患者のように、目は光を失って歩き方もおぼつかなくなり、午後の授業でも途中から抜け、沙織や華に連れられて保健室行きとなり、それから終学活まで、教室には戻ってこなかったというのだ。

 

因みに、沙織や華も帰ってこなかったが、深雪は彼女等が仮病を使って、みほに寄り添っていたという事には気づいていたらしい。

 

「成る程ね………………それで、結局彼女はどうしたの?」

「ああ、戦車道を選んだと思うわよ?一緒に帰ってきた武部沙織(たけべ さおり)さんと五十鈴 華(いすず はな)さんとの話からして、それっぽかったし」

「そう……………彼女も頑張るわね………」

 

何かしらの理由があって、戦車道が無かったこの学校まで態々転校してきたというのに、生徒会から戦車道の履修を迫られ、授業を抜ける程のショックを受けたのにも関わらず、再びやろうとするみほに、静馬は感心していた。

 

「なんなら、今からでも戦車道に乗り換える?特典が凄いわよ?」

「止めておくわ。レッド・フラッグのメンバー全員が揃って初めて、戦車道をやる気になったんだもの。それに、今のところは誰にも私達の正体はバレていないようだから、この際何時までもつか、試してみたいじゃない?」

 

まるで子供のように言う静馬に、深雪は溜め息をつきながら言った。

 

「貴女って、基本的に落ち着いてるけど、時折子供みたいな事を言い出すわよね」

「それが高校生ってヤツなのよ」

 

そんな会話を交わしつつも、彼女等は教室を出て、家路についた。

 

 

余談だが、その日の下校中の事。

 

静馬はここ数日、下校中に紅夜と会うことが多かったため、今日も会えると期待していたのだが、今日は会わなかったため少し残念そうにして、それをイジった深雪に顔を真っ赤にした静馬が、何処からともなくハリセンを持ち出して制裁を加えたらしいのだが、それを紅夜が知ることは……………

 

 

 

「ぶえっくし!…………誰か俺の噂してんのかねぇ…………それとも風邪かねぇ?」

 

 

 

 

恐らく、永遠にないだろう。



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第5話~フラグへ向かって前進です!~

「ではこれより、戦車道の授業を始める」

 

大洗女子学園グラウンドにある、戦車の格納庫の中にて、戦車道が始まって初の授業が開かれようとしていた。

 

その格納庫の前には、1年生の女子生徒が6人、歴女を思わせる女子生徒が4人、如何にもバレーボール部の部員を思わせる女子生徒が、同じく4人、そして、西住みほと武部沙織、五十鈴華と、それを遠巻きに見る癖っ毛の少女の前に、生徒会メンバーの3人が立っていた。

履修者は、合計21人である。

 

だが、彼女等からは何故か、やる気が感じられない。

 

その理由は…………………

 

「えー、この状況を見て分かると思うが………………現在、この学校に置かれている戦車は、このⅣ号D型の1輌だけだ」

 

そう、これである。

 

そもそも、大洗女子学園は、かなり前に戦車道は廃止されており、今日になって漸く再開されたと言うもの。

当然、健全なまま残されている戦車など、ある筈もなく、格納庫に入った少女達を出迎えたのは、錆びだらけのⅣ号D型だけだったのだ。

 

戦車道経験者であるみほは、そのⅣ号がまだ戦えることを悟り、全員のやる気が少しは上がったと言うものの、ここで新たな問題が浮上してきたのだ。

 

 

……………戦車が足りない。

 

たとえ少なからずも人が集まったとしても、肝心の戦車が無ければ、人を集めたところで何の意味もないのだ。

 

 

 

「と言う訳で、本日の授業の内容は、我々全員が乗り込むのに最低限必要な、残りの4輌を見つけ出すことだ」

 

そう言って、片眼鏡の女子生徒--河嶋 桃(かわしま もも)--は言葉を続けた。

 

「この学園では、何年も前に戦車道は廃止されていた。だが、当時使用されていた戦車が、まだ何処かにある筈だ。否、必ずある」

「して、それは一体何処にあると?」

 

桃が断言すると、歴女のような4人のうち、首に赤いバンダナを巻いた女子生徒が訊ねる。

それには、小柄なツインテールの女子生徒--角谷 杏(かどたに あんず)--が、苦笑いしながら答えた。

 

「いやー、だからね?それが分からないから探すんよ」

「手がかりは無いんですか?」

「うん、何1つとして無い!」

 

清々しい程あっさりと言い張る杏に、メンバー全員はスッ転びそうになったが、それを何とかして堪える。

 

「んじゃ、頑張ってねー!」

 

杏が言うと、其々がグループになって探し始めた。

 

「何か聞いたのと違う~。戦車道やったらモテるんじゃないの~?」

「でも、来る教官はカッコいいよ?」

 

落胆した声を出す沙織に、杏は言った。

 

「本当ですか!?」

「ホントホント、来たら紹介してあげる」

「よぉーし!捜索行ってきまーす!」

 

杏に言われた沙織は、先程の落胆ぶりは何処へやら、上機嫌で走り出し、みほと華を引っ張っていった。

それを見た生徒会の杏や桃、柚子は揃ってこう思った……………

 

『この女、チョロすぎる』と……………

 

 

 

 

 

 

「………………んで、勢いに任せてああは言ったものの……………そもそも戦車とか何処にあるってのよォーーーーッ!!!?」

 

駐車場にやって来たみほ達一行だが、全く見つからない事に苛立っているらしく、沙織が大声を張り上げた。

 

「流石に、駐車場に戦車は置いてないかと……………」

「なんでよー?戦車って言っても一応は車でしょー?」

 

苦笑いしながら言う華に、沙織はガクリと肩を落としながら言う。

 

「もう良いよ。なら裏の山林に行こう?『何とかを隠すなら林の中』って言うぐらいだし!」

「それは森ですよ」

 

沙織が言うと、華がツッコミを入れる。

そんな会話を聞いて苦笑いを浮かべつつ、みほも2人と一緒になって歩き出そうとするが、その時、木陰から仲間になりたそうに此方を見ている、癖っ毛頭の女子生徒の存在に気づいた。

その女子生徒は、みほが振り向いた瞬間に木の後ろに隠れる。

気にしない振りをしてみほが歩き出すと、その生徒も隠れていた木から出て、距離を保ちながら付いて来る。

少なくとも、その女子生徒に敵意が無いと思ったみほは、声をかけることにした。

 

「あ、あのっ!」

「はい!?」

 

振り向き様にみほが声をかけると、その女子生徒はビクリと体を震わせ、声をあげた。

 

「良かったら、私達と一緒に探さない?」

「い、良いんですか!?」

「勿論!」

 

嬉しそうに言う女子生徒に、みほは答える。

 

「え、えっと……………普通Ⅱ科、2年C組の秋山 優花里(あきやま ゆかり)と申します。そ、その…………不束者ですが、よろしくお願いします!!」

 

そう言って、優花里は綺麗なお辞儀をした。

 

「此方こそ、よろしくお願いします。私は五十鈴華です」

「私は武部沙織!」

「あ、私は…………」

「存じ上げております!西住みほ殿ですよね?」

「う、うん……………」

 

自分の事を知っていることに驚きながらも、みほはそうだと頷く。

 

「では、よろしくお願いします!」

 

仲間に入れてもらえたのが余程嬉しかったのか、優花里はヤマト式の敬礼をして言った。

そうして一行は、山林へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、みほ達が向かっている山林の奥では………………

 

「今日は取り敢えず、格納庫の戦車全てを、1度走らせておかねえとな…………俺等のIS-2なら未だしも、レイガンやスモーキーの戦車は、流石にほったらかしにし過ぎだ。別に壊れたりはしてねえだろうが、そろそろ動かしといた方が後先良いだろう」

「そうだな…………レイガンはチームメイト全員が学校行ってるし、スモーキーの場合は、操縦手が女子だからな……………せめて、スモーキーの男子陣の中で、戦車動かせる奴が一人ぐらいは居たら良いんだがなぁ……………」

 

古びた戦車の格納庫にて、レッド・フラッグ小編成チームの1つ、ライトニングのチーム全員が集まっていた。

 

紅夜の一言に翔が頷くと、格納庫からIS-2が出てきた。そして操縦手用のハッチが開き、そこから達哉が顔を出した。

 

「それで紅夜、取り敢えずはどうする?時間はかかるが、1輌ずつ走らせるか?」

 

格納庫から出てきたIS-2の操縦手用のハッチから出てきた達也が、何処からとも無く取り出した大型のバールを軽々と、バトンのように振り回している紅夜に言う。

 

「いや、この際だから全部イッペンにやろう。幸い、俺等は全員、此処にある戦車全部を運転したことがあるからな。走らせるぐらいなら出来るだろう」

「だが、誰か1人余るぞ。その辺どうすんだ?」

 

バールを振り回すのを中断し、そう提案した紅夜に、IS-2のフェンダー部分に腰かけた翔が言うと、勘助が口を開いた。

 

「達哉は何度も運転してっからなぁ…………今回ぐらいは、IS-2の車長の席にでも座ってみたらどうだ?1日車長って感じでさ」

「そうだな……………そうすっか!」

 

そうして、紅夜はIS-2の操縦席に座り、達哉はIS-2の砲塔に登り、キューボラハッチを開けて車長の席に座る。

そうしているうちに、他の2人が格納庫の中へと入る。

そして約1分後、2つのエンジン音を響かせながら、先端にマズルブレーキの付いた長砲身を持つ2輌の戦車が姿を現した。

 

灰色に塗装されたドイツ戦車、Ⅴ号戦車パンターA型に、深緑のアメリカ戦車、M4A3E8こと、シャーマン・イージーエイトだった。

 

其々の戦車には、IS-2と同じように、フェンダー部分と砲塔側面に、風に靡く赤い旗が描かれ、そして砲身には、其々の所属するチーム名が白いペンキで書かれている。

パンターが《Ray Gun(レイガン)》、シャーマン・イージーエイトが《Smokey(スモーキー)》だ。

そしてIS-2の砲身には、《Lightning(ライトニング)》と書かれている。

 

「じゃあ、紅夜の命により、今日1日は俺が車長を務める!皆、準備は良いか!?」

 

そう達哉が叫ぶと、3輌の戦車のマフラーから、まるで返事をするかのように白い煙が吹き出される。

 

「では……………Panzer vor!!」

 

達哉の号令を皮切りに、IS-2、パンター、シャーマン・イージーエイトの順に、1列になって走り出した。

 

この先に待っている、彼等の生活を変える出来事との接触も知らず………………



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第6話~遂に動き出したようです!~

紅夜達一行が戦車の大行進を始めている頃、山林に入ってきたみほ達一行は、戦車の捜索を始めていた。

 

「やっぱ草だらけだね~」

「何かを隠すには、ちょうど良い所かもしれませんね。逆に、もし此処で落とし物をしたら…………後は考えたくないですね」

 

先頭に立って茂みを掻き分けながら、沙織と華が言う。

 

みほと優花里は、後ろで2人に続く形で歩いていた。

 

「へぇ~、じゃあ、この学校には、私以外の戦車道経験者が居るってこと?」

「まあ、あくまでも雑誌に載ってる人達と顔がほぼ同じなので、まあそっくりさんと言うのも考えられますがね………………でも、もし居たとすれば、このレッド・フラッグの人達が戦車道を選んでくれたらなぁ……………戦車も非常に強力ですから、活躍出来ると思うのですが……………」

 

みほと優花里は、優花里の持ってきていた雑誌に載っている、レッド・フラッグの項目を見ながら話していた。

レッド・フラッグが男女混合チームである事に驚きつつも、2人は項目を読み進めていく。

 

「レッド・フラッグって、凄く強かったんだね?」

「ええ、それはもう!なんせ彼等は、戦車道同好会での試合から姿を消すまでの、全戦46戦中、戦歴は『42勝3敗1分け』で、しかも負けと引き分けは最初だけ。つまり、この42勝と言うのは、正確に言えば42連勝だったんですからね!」

「それは強いね。でも、レッド・フラッグのチームの人に似た人なんて…………あ、そう言えばクラスに2人居たかも」

「私のクラスには5人居ますよ」

 

そうして話していると突然、華が立ち止まった。

 

「どうしたの?」

「いえ、彼方から、何やら匂いがするので」

「え、匂いで分かるんですか?」

 

驚きながらも、優花里が訊ねる。

 

「花や草木に混じって、ほんのりと鉄と油の匂いが…………」

「華道やってると、そんなに鼻って敏感になるものなの!?」

「私だけかもしれませんが………………」

 

鼻の嗅覚に驚いた沙織が声を上げた。

 

「では、その匂いのする方向へ、パンツァー フォー!」

「え!?パンツのアホー!?」

 

聞き間違えた沙織が声を張り上げると、みほが苦笑いしながら言った。

 

「『パンツァー フォー』、『戦車前進』って意味なの」

「へ、へぇー……………」

 

初めての単語に戸惑いながらも、どうにか納得した沙織と共に、みほと優花里は華の後を追う。

すると、土手に乗り上げるような形で放置されている、1輌の戦車の元に辿り着いた。

 

「これ、38t…………」

「何かコレ、さっきのよりちっさいじゃん。いすだらけぽつぽつしてるし……………何か脆そう」

「何を言うのですか武部殿!この戦車はですね、ドイツのロンメル将軍の第7走行師団の主力を務め、初期の電撃戦を支えてきた、重要な戦車なんですよ!」

 

沙織の言ったことに反論しながら、優花里は38tに頬擦りしていた。

 

「あ!因みにですけど、38tの『t』というのは、『チェコスロバキア製』という意味であって、重さの意味ではないんですよ!」

 

そう言い終えると、優花里は自分がハイテンションで喋っていたことを思い出し、赤面する。

 

「い、今……………スッゴく生き生きしてたよ」

「す、すみません」

 

沙織にツッコミを入れられ、しょんぼりとした時だった。

 

「何か、音が聞こえませんか?」

「え、何?」

 

周囲を歩きながら見回していた華が、突然そんな事を言い出したのだ。

そして、他の3人も耳を傾ける。

 

「……………あ、確かに聞こえる」

「何かのエンジン音みたい………」

 

沙織とみほは、音の正体が何か分からずとも、音だけは聞き取れたようだ。

 

「こ、これって…………もしかして……………ッ!?」

「ゆ、優花里さん!?」

 

優花里は突然走り出し、みほ達は突拍子もない優花里の行動に戸惑いながらも後を追う。

 

そして追い付いた時、優花里は茂みでしゃがんで震えながら、ある場所を凝視していた。

 

「ゆ、優香里さん!一体どうしたの………………ッ!?」

「な、何々?何があった…………………え?」

「なッ!?」

 

追い付いた3人も、優花里が見ている方向にあるものを見て驚く。

その先に見えたものは……………

 

「せ、戦車!?」

「し、しかも3輌も…………!?」

「そ、それにアレ、動いてる………」

 

木と木の間を進んでいく、3輌の戦車--IS-2、パンターA型、シャーマン・イージーエイト--だった。

 

「こ、これは大変です!早く知らせないと!」

 

そう優花里が言うと、それに押されたかのようにみほがスマホを取り出し、学校で待機している生徒会メンバーの1人、杏に連絡を入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

「38tね、オッケーオッケー。ご苦労様………え、38tではない他の戦車が動いてる?ホント?………………ふんふん、IS-2にパンターA型、それにシャーマン・イージーエイトか……………これは是非ともウチに欲しいねぇ…………って、ちょっと待てよ?その編成ってもしかして……………あ、いや!此方の話。それじゃあ、回収は自動車部の部員達にお願いしてあるから、引き続き捜索ヨロー」

そうして、杏は通話を切った。

 

「38tが見つかったってさ。それに強力な戦車が3輌、しかも動いているのを目撃したらしいよ?確かIS-2にパンターA型、それにシャーマン・イージーエイトだってさ。そんな感じの編成のチームが、確かあったよね?えっと、何だっけ?」

「恐らく、《RED FLAG》の事ではないかと」

そう言って、桃は1冊の雑誌を取り出して杏に見せた。

 

「へぇー、男もやってるなんて、これは珍しいねぇ~…………………ん?この子達って…………ふーん、成る程ねぇ~」

 

そう呟きながら、杏は校舎の方を見やると、ニヤリと笑った。

そして何処からともなく1枚の紙と鉛筆を取り出すと、其所に7人分の名前とクラスを書いていった。

 

「これで良しっと…………河嶋、明日の放課後、放送でこの子達を呼んで」

「はい、了解しました」

 

杏から紙を受け取った桃は、それを一通り眺めた後、メモ用紙程の大きさに折り畳み、胸のポケットにしまった。

 

それからと言うもの、続々と、戦車発見を知らせる連絡が入った。

 

バレーボール部の部員達のチームが、崖で八九式中戦車甲型を、1年生チームが、廃工場付近でM3中戦車リーを、歴女チームが、川底でⅢ号突撃砲F型を見つけ、全チームが乗れる戦車が揃った。

 

そして其々の戦車にどのチームが乗るかの振り分けがあったのだが、『見つけたチームが見つけた戦車に乗れば良い』という杏の意見もあり、Ⅳ号に、西住達Aチームが、八九式にバレーボール部部員で構成されたBチーム、Ⅲ突には歴女達のCチーム、M3には1年生のDチーム、そして38tには、生徒会メンバーはEチームが乗ることになった。

 

「お前達、捜索ご苦労であった。明日は、今日見つけた戦車の洗車を行う。体操着と着替えを、忘れずに持ってくるように。では、今日は解散!」

『『『『『お疲れ様でしたー!!!』』』』』

 

そうして、生徒達は続々と、其々の家路についていく。

生徒会メンバーの3人も家路についた。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

学生寮に帰ってきた杏は、荷物を置いて普段着に着替えると、本棚から1冊の雑誌を取り出してソファーに腰かけると、とあるページを開いて見る。

 

「やっぱり、君達はこの学園艦に、そして女子の皆は、この学園に居たんだね……………伝説のチーム、《RED FLAG》の皆」

 

そうして、杏はその日、夕食や入浴時以外は、この雑誌をずっと見ていたと言う。

 

「今、私達の学園に危機が迫っている。この大洗女子学園の危機に、君達は、私達と一緒に立ち向かって……………くれるかな?」

 

ベッドの中で、杏はそう呟いていたそうだ。

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくし!………………何か明日、若しくは数日後辺り、何かスゲー事が起こりそうな気がする…………………それが変な事じゃなけりゃ良いんだがな……………」

 

戦車で走り終え、格納庫に入れた後、ライトニングのメンバー全員で夜まで遊んでいたため帰宅が遅くなった紅夜は、まるで杏が考えている事を、知らぬ間に察知していたかのように、体を震わせた。

 

「まあ取り敢えず、そうなったらそうなったらって事にしとくか………………まあ、あの戦車の行進を誰かに見られてなければ良いんだがなァ……………ま、あんな所に態々入ってくる暇人は、俺等ぐらいしか居ねえだろ……………」

 

それを見られていたとも知らず、紅夜はベッドに入り、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日、何時ものように学校へ向かい、また何時ものように授業を終え、帰ろうとしていた静馬達たったが………………

 

『普通Ⅰ科2年A組、六条深雪、竹村千早。普通Ⅱ科2年C組、須藤静馬、如月亜子、武内和美、水島紀子、草薙雅は、至急生徒会室まで来ること。繰り返す。普通Ⅰ科2年A組、六条深雪、竹村千早。普通Ⅱ科2年C組、須藤静馬、如月亜子、武内和美、水島紀子、草薙雅は、至急生徒会室まで来ること。以上』

 

厳格そうな声色で、彼女等を生徒会室へと呼び出す放送が、校内中に鳴り響き、教室に居た生徒達の視線が彼女等に突き刺さる。

 

「静馬、私達って生徒会に呼ばれるような事ってしたっけ?」

「さあ?私に聞かれても困るわ」

 

 

だが、何も知らない静馬達は、呼び出される覚えもないまま、取り敢えずは生徒会室へと向かうのであった。



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第7話~第1回の接触です!~

放課後、突然校内に鳴り響いた放送に呼び出された静馬達は、全く覚えのない、自分達が呼び出される理由に首を傾げながら、生徒会室の前に来ていた。

 

7人を代表するかのように、静馬が生徒会室のドアを叩く。

 

「どうぞ~」

 

ドアの向こうから、何とも間延びした返事が返される。

 

「失礼します」

 

そう言って、静馬はドアを開けて中に入り、それに続いて、残りの6人も中に入っていった。

 

「いやあ、急に呼び出したりしてゴメンね~。さあさあ、そんなトコで突っ立ってないで、座りなよ」

「は、はあ…………」

 

ペースの掴めない杏に戸惑いながら、7人はソファーに腰を下ろした。

 

「そんで7人は、学校生活楽しんでる?何か不自由とかはない?」

「え?」

静馬は、突然聞かれたことに戸惑いを見せた。

 

「あの……………いきなり何を……………?」

「あー、いやね?生徒会長として、一応その辺りの事については聞いておいた方が良いと思ってね~。それで、どうかな?」

 

そう言われ、静馬達は互いに顔を見合わせる。

 

「まあ、私は別に不自由とかは……………」

「私も、特に無いわね」

「「「「同じく」」」」」

 

静馬と深雪が言うと、残った5人も声を揃えて言う。

だが、少しの間を空けて雅が口を開いた。

 

「まあ強いて言えば、いきなり放送で呼び出すのはちょっと勘弁してほしいね…………あのオリエンテーションの時だってそうでしたし……………まあ、私達を呼び出した放送は兎も角、オリエンテーションをするなら予め、教師に連絡ぐらいはさせてほしいのですが……………」

「んー、それを言われるとツラいねぇ~。まあ、アレは急を要する事だったってことで、ここは1つ、多目に見てよ」

 

そう言う杏に、7人は取り敢えず、許すことにした。

 

「それで角谷先輩、どうして私達を呼び出したのですか?」

 

そして、深雪が本題に入るよう、杏に促すかのように言う。

 

「あー、それなんだけどね……………河嶋、例のアレ持ってきて」

「はい」

 

そうして、桃が机の引き出しから7枚のプリントを取り出すと、ソファーの前に置かれてあるテーブルの上に並べた。

 

「これは、この前提出した、選択科目のプリント、ですよね……………?これがどうかしたのですか?」

「またまた~、そんな事言っちゃってるけど、もう大体の察しはついてるんじゃないの~?」

 

そう陽気に言いながら、杏は静馬のプリントを手に取り、表側を7人に見せるようにして持つと、静馬が丸をつけた華道の欄に、指で『❌』を描き、代わりに戦車道の欄に、指で『○』を描いて言った。

 

「単刀直入に言うよ……………君達には、戦車道の方に入ってもらいたいんだ」

『『『お断りします』』』

「なっ!?お前達、会長の頼みを断ると……………ッ!」

「河嶋、良いから」

 

杏が言い終えるや否や、7人全員が声を揃えて拒否の言葉をぶつけた。

それを見た桃が何かを言おうとしていたが、杏がそれを遮るかのように声を出した。

 

「いやぁ、ゴメンね~。河嶋はちょっと気が短いんだ……………まぁそれにしても、まさか一斉に拒否られるとは思わなかったよ……………因みに聞くけど、何故断るんだい?オリエンテーションの時に言った通り、戦車道で優秀な成績を収めたら、スッゴい特典貰えちゃうんだよ~?それに、200日間連続で遅刻しても全部パーにしてもらえるし、単位は普通授業の3倍貰えるし、極め付きには学食の食券100枚も貰えるんだよ~?断るような要素なんて、無いと思うんだけどなぁ~」

 

おちゃらけた調子で言いつつも、静馬達が戦車道へ変えるようにしようとする杏に怪訝そうな表情を浮かべた静馬が口を開いた。

 

「私たちに言わせてもらえば、その特典が逆に怪しいんです。何故そこまでしてでも、戦車道に人員を欲するのですか?いくら力を入れるように言われたとしても、あれだけの特典を用意する必要なんて、無いと思うのですが?」

 

そう反駁するかのように静馬が言うと、杏は暫くの沈黙の後に口を開いた。

 

「まあ、アレだね……………上の事情ってことで、取り敢えずここは、納得してもらえないかな?」

「……………良いでしょう。ですが、一応私達を戦車道に引き込もうとする理由だけでも教えてください。でないと、いくら生徒会長が相手でも、私達はこれ以上は付き合うだけ無駄だと判断し、即刻帰らせていただきます」

 

そう静馬が言うと、杏は答えた。

 

「ウチの学校が戦車道を復活させたってのは、もうこの学校では誰もが知ってる事だよね?」

「ええ」

「でも、この学校での戦車道は大昔に廃止されたから、当然今の生徒の中での戦車道経験者なんて、普通なら居る訳がない」

 

だけどと付け加え、杏は言葉を続けた。

 

「そんな時、黒森峰から西住ちゃんが転校してきた。それでまあ、かなり無理矢理になっちゃったけど、戦車道に履修してもらった」

「それは知っています。私達が聞きたいのは西住みほさんの事ではなくてですね………ッ!」

「深雪、落ち着きなさい……………それで、どうだと言うのですか?」

 

声を荒げる深雪を落ち着かせ、静馬は続けるように促した。

すると杏は、机の上に置いてある1冊の雑誌を持ってくると、とあるページを開いて7人に見せた。

 

「これ見てよ」

「……………ッ!?こ、これは!?」

 

ページの写真を見た静馬は驚愕に目を見開き、他の6人も、信じられないとばかりに表情を驚愕に染める。

 

「これ見るまでは気づかなかったよ。君達があの有名なチーム、《RED FLAG》のメンバーだったなんてねぇ……………」

「………それが、どうしたと言うのですか?まさか、これをバラされたくなければ戦車道をやれとか、そんな子供染みた事を言い出すおつもりですか?」

 

そう言って静馬が睨むと、心外だと言わんばかりの表情を浮かべ、杏は両手を胸の前に出して振り、否定の意思を見せる。

 

「まさか、そんな事しないよ。だけど、君達が戦車道経験者だということで、戦車道に来てほしいってのはあるんだけどね…………一応今のところ、戦車道取ってる中での経験者は西住ちゃん1人しか居ないからさ。頼まれてくれると、ありがたいんだけどねぇ……………」

「そう言われましても困ります」

 

杏は言うが、静馬達は全く、意見を曲げようとしない。

 

「そもそも、私達の中に《RED FLAG》のリーダーは居ませんよ」

「え?」

「何?」

「ど、どういう事なの?」

 

生徒会メンバー3人同時に聞かれ、静馬は一瞬戸惑うも、話を始めた。

 

「我々レッド・フラッグのリーダーは、その雑誌に載ってるIS-2の直ぐ側に居る、緑髪の男です」

「あー、確かそうだったね……………それで、その子の名前は?」

「長門紅夜です。それで、私はその副隊長。よって最終的決定権は私ではなく、紅夜にあります。ですが、彼含むメンバーは、もう表舞台で戦う気はありません」

「うーん、そう来ましたか………………」

 

そうして、杏は顔を俯け、暫く考えるような仕草を見せていたが、次の瞬間には、何かを思い付いたらしく顔を上げて言った。

 

「じゃあさ、私達が、その紅夜君って子を説得して、彼が許可を出してくれたら、君達は戦車道を選んでくれる?なんなら、チーム全員来ても良いよ?いや、寧ろ来てほしい」

 

そう杏が言うと、6人は静馬の方を向く。

 

「ねえ静馬、どうする?」

「どうせ紅夜は拒否りそうだし……………やらせても良いと思うわよ?」

「まあ、私と千早は、そもそもスモーキーチームの男子が居なければ、ただ戦車を動かすだけしか出来ないし」

 

6人はそう言う。

それを聞いた静馬は、やがてゆっくりと頷いた。

 

「…………分かりました、それで構いません」

「じゃあ2日後の夕方、教官連れてソッチ行くね」

「場所は分かりますか?」

「まあ大丈夫でしょ、何とかなるさ」

 

そうして話し合いは終わり、静馬達は生徒会室を出て、家路についていた。

 

「ああは言ったものの、どうする静馬?」

「まあ決めているとは言え、実を言えば私、一応表舞台に出ても良いと考えそうになるんだけどね…………」

「まあ、気持ちは分かるよ深雪、私もそうだもの」

 

そう言う他のメンバーの意見を聞きつつ、静馬はどうするかを考えた。

 

「取り敢えず、紅夜には連絡を入れておきましょう。急に来られたら焦るだろうし、一応その日は、男子陣全員に集まってもらわないとだし」

 

そうして静馬はスマホを取り出し、ラインで紅夜にメッセージを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お?静馬からラインが来た……………って、マジかよ……………恐れていた事態が遂にマジになっちまったぞ。つーか、自棄にタイミング早いな、どっから情報が漏れた?」

「ん?どうしたよ紅夜?」

「何かあったか?」

 

そのメッセージは、ライトニングのメンバーで集まって遊び、その帰りにレストランに立ち寄っていた紅夜のスマホに届いていた。

苦虫を噛み潰したかのような表情で呟く紅夜に、達也が聞いた。

 

「実は、レッド・フラッグの事が大洗女子学園の生徒会にバレて、今日、生徒会メンバーからの接触があったらしい。静馬達女子陣に、『戦車道取ってくれ』って、態々校内放送で生徒会室に呼び出されてそう言われたんだとさ」

『『…………………マジで?』』

 

紅夜が言うと、達哉達3人が声を揃えて言う。

 

「ああ、大マジだ。んで2日後、生徒会の連中が俺等を勧誘しに来るらしいとさ。なんでも、俺が許可したら、静馬達は戦車道を選ぶとか何とかで」

「マジかよ、とうとうその時が来ちまったのか」

「つーか、今時の風潮の中で、よくまあ俺等纏めて引き込もうとか思えたよな、大洗女子学園の生徒会の連中も」

「まあレイガンだけなら未だしも、スモーキーとなれば大河とかが居なけりゃ始まらんもんな」

 

紅夜の言葉に、達哉、翔、そして勘助が神妙な表情で言った。

 

「取り敢えず、2日後だ。その日男子全員集まれるようにしておこう」

『『Yes,sir』』

 

紅夜が言うと、残りの3人が声を揃えて言った。

 

「俺は静馬に返事返しとくから、翔はスモーキーの男子陣に、2日後必ず集まるようにと、ラインでメッセージ送っといてくれ」

「オーライ、任せときなリーダー」

 

そうして、ライトニングの男子陣も動き出した。

 

『『(それにしても、スゲー事が起こったモンだよな~)』』

 

夕食を食べながらも、彼等は同じ事を考えているのであった。



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第8話~第2回の接触です!~

静馬達、レッド・フラッグ女子陣と生徒会メンバーとの接触から3日後の夕方、山林にある、レッド・フラッグの戦車の格納庫前にて、レッド・フラッグ男子陣は集まっていた。

 

「なあ、紅夜。ホントに来るのか?大洗女子学園の生徒会の人達って」

 

格納庫の外に出された3輌の戦車のうち、スモーキーチームの戦車、シャーマン・イージーエイトの砲身にぶら下がっている、達哉程の長さで、フサフサと逆立っている黒髪に金色の瞳を持つ青年、和泉 煌牙(いずみ こうが)は言った。

 

「ああ、静馬達曰く、今日来るだとさ。なんでも戦車道の教官さんも引き連れてくるんだと」

「それはそれは、随分と必死なんだな」

 

煌牙の質問に答えた紅夜に、他人事のような返事が、シャーマンの砲塔に腰かけている、少し黒みを帯びた赤い瞳に、比較的長めの黒髪が特徴の青年、冴島 新羅(さえじま しらぎ)から返される。

 

そんな会話を交わしながら、彼等は暇潰しとばかりに思い思いの時間を過ごしていた。

紅夜は集めてきたゴミ箱でのドラム演奏、他のライトニングのメンバーはゲームでの通信対戦、スモーキーの男子3人に至っては昼寝を始めていた。

 

 

 

 

 

そして1時間後………………………

 

 

 

 

 

 

「やあやあ!遅くなってゴメンね~!」

「おーおー、遂に来なすったぜ……………ほら、起きろお前等」

 

紅夜はそう言って、手を振りながら近づいてくる杏と、その後ろで歩いてくる桃と、おっとりした雰囲気を感じさせる小山 柚子(こやま ゆず)、そして、自衛官らしき服を着た女性を視界に捉えた。

そして紅夜は、昼寝をしていたスモーキーの男子陣を叩き起こした。

 

 

 

 

 

 

「えー、須藤ちゃんから話は聞いてると思うんだけど、私は角谷杏。大洗女子学園の生徒会長だよ!んで、此方の片眼鏡の子が……………」

「河嶋桃だ。生徒会広報をしている」

「小山柚子です。生徒会副会長をしています」

 

3人が名乗ると、自衛官らしき服を着た女性が前に出てきた。

 

「それで、私が蝶野 亜美(ちょうの あみ)。大洗女子学園戦車道の教官をしているわ。よろしくね」

 

亜美が笑みを浮かべながら言うと、紅夜が警戒した目をしながらも、前に出て言った。

 

「戦車道同好会チーム《RED FLAG》隊長兼《Lightning》車長、長門紅夜です」

 

淡々としか言わない紅夜に、杏は笑いながら声をかけた。

 

「まあまあ、そんなに警戒しなくても良いじゃん。別に私達は、喧嘩売りに来た訳じゃないんだよ~?ほら、スマイルスマイル~!」

「それは良いですから、取り敢えず、本題に入ってください」

「つれないな~」

 

そう言いながら、杏は1歩下がって言った。

 

「えー、須藤ちゃんから話は聞いてると思うんだけど、君達レッド・フラッグの皆には、私達大洗女子学園の戦車道チームに入ってほしいんだ」

「ほう……………その理由は?」

 

紅夜が言うと、杏は少し間を空けて言った。

 

「えーっと、私達って戦車道の授業を最近になって復活させたばっかで、あまり戦車道経験者は、今のところは西住みほちゃんただ1人しか居ないんだ。それで、更なる腕の上昇のためで、君達の戦車道の腕を見込んで……………って言うのはダメかな?それにほら、この前須藤ちゃん達呼んだ時もさ、君が戦車道やるならやっても良いって言ってたんだ。という訳で、ここは1つ、隊長である君に、良い返事を貰いたくてね」

「…………静馬達と話をしたなら、俺達が表舞台から姿を消した理由も、彼奴等から聞いていると思うのですが?」

「理由?んにゃ、聞いてないよ?君達が表舞台に出る気がないって事だけ」

「そうですか」

 

そう言って、紅夜は溜め息をついた。

 

「因みに、その理由とやらを聞かせてはもらえないかな?」

「………………良いですよ」

 

 

 

 

 

そうして紅夜は、表舞台から手を引き、もう表舞台には出ないと決めた理由を話した。

 

『戦車道は女子のスポーツ』という風潮が広まる中で発足したレッド・フラッグは、当初こそは『異例』と呼ばれていたが、高いスペックを持つ戦車や、それが無駄にならないような戦い方による勝利を何度も見せつけていく中で、次第に認められていったのだが、風潮が乱れ、戦車道がどのようなスポーツなのかという疑問が殺到するという混乱を恐れた連盟から、引退を要求されたのだ。

『戦車道は女子の嗜み』、戦車道には、それを女性がすることによる利点が述べられていても、男性のは述べられていない。

そのため、男性が戦車道をしても、特に何の利点もないばかりか、逆に戦車道というものについて分からなくなるだけだとも言われ、まるではした金と言わんばかりに、戦車の維持費、砲弾、燃料の補充等の費用を負担するという事だけ言われ、そのまま戦車道同好会のリストから、レッド・フラッグはつまみ出される結果となったのだ。

 

 

 

 

「………………そんな連中が見ているような公式戦に、また出ろと言うのですか?」

 

紅夜の赤い目が鋭さを増して、4人を睨み付ける。その鋭い眼光に、紅夜達を説得しに来た一行は怯む。

そんな紅夜の目を見ながら、杏は考えていた。

 

「(ふーむ、確かにそれは酷い話だねぇ。彼等があんなに怒るのも、それで試合への意欲を失うのも無理はない…………でも、それでも彼等は戦車道が好きだった筈だ。でも、今の彼等からは、戦車道の試合へ向ける灯が、ほぼ消えている………………でも、なんでかな……………彼等、口ではやりたくないとか言ってるけど、まだ続けていたいという気も僅かに感じる……………その気持ちが再び燃え上がるような出来事って、何かないかなぁ………………流石に、その実力を廃らせるのは勿体無いし、連盟に追い出されたからって戦車道から全面的にシャットアウトするなんて、間違ってるし……………)」

 

杏がそう考えていると、不意に、横から声がした。

 

「じゃあ、明日の土曜日、私達大洗女子学園戦車道チームと試合をしてみない?」

『『『『『え?』』』』』

 

亜美の提案に、男子陣と生徒会の3人の声が重なった。

 

「私達との試合なら、別に表舞台じゃないし、一言で言えば非公式だから、誰かに文句言われる事はないわ。これなら問題ないでしょう?」

「ええ、確かにそうですが……………休日なのに良いんですか?」

「まあ、たまには良いでしょう!それに、戦車道やれば、男子にモテるとも言われてるものね!」

「それ、ただの迷信でしょうに……………」

『『『『『『同感』』』』』』

 

亜美の言葉に、紅夜が冷めた声でのツッコミを入れる。他の男子陣も、それに相槌を打っていた。

生徒会のメンバーについては、全員苦笑いを浮かべていた。

 

「まぁ、非公式なら問題ないし、久々に練習試合やるってのも、悪くはねえな…………」

紅夜はそう呟くと、後ろに居るチームメイトの方を向いた。

それを見た男子陣は、力強く頷いて親指を立てる。

 

それに紅夜も頷き、親指を立てると、杏達の方を向いて言った。

 

「分かりました。その勝負、受けましょう」

「よーし決まりだね!じゃあ、負けたら君達には、大洗女子学園戦車道チームに加わってもらうよ~」

「そう来ましたか……………まぁ良いでしょう。じゃあ、俺等が勝ったらどうするんです?」

「そうだねぇ………………君達レッド・フラッグのメンバー全員の前で、大洗女子学園戦車道チームのメンバー全員、教官含めてアンコウ踊りでもやろっか!」

「ええっ!?」

「か、会長!本気ですか!?」

「うん!此方は人の決めた事に土足で踏み込んで条件出したんだから、此方もそれなりにリスクがある罰ゲームにしないとフェアじゃないっしょ!」

「いやぁああ~!あんなの踊ったら、もうお嫁に行けない~!」

 

杏の提案に、桃と柚子、亜美が悲鳴を上げる中、男子陣は………………

 

「なあ、アンコウ踊りって何だ?」

『『『『『『さあ?知らね』』』』』』

 

この大洗学園艦に住んでいるのに何故か知らない、アンコウ踊りという未知の単語について、首を傾げていた。

 

「じゃあ、土曜日に大洗女子学園の格納庫前に来てね。裏門開けておくから、其所から入ってきてね~」

「了解です」

 

そう紅夜が答えると、杏は何処からとも無く取り出したメモ用紙に何かを書き付けると、それを紅夜に渡して言った。

 

「それ、私の携帯番号。何かあったら連絡チョーダイ。そんじゃねー!」

「邪魔したな」

「失礼します。ホラ教官、行きますよ」

 

そうして、杏達は未だに絶望したような表情の亜美を引き摺って戻っていった。

 

 

 

 

 

 

その後、学園に帰っていった杏達を見送った彼等は、静馬達に連絡を入れた後、男子陣全員でアンコウ踊りについての動画をY○uTu○eで見たのだが、それを見た全員が腹を抱えて大爆笑したのは余談である。



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第1章~復活の初陣!VS大洗女子学園!~
第9話~戦前の誓いです!~


土曜日の朝、大洗学園戦車道チームは、格納庫の前に集められていた。

並んだ生徒達の前に、生徒会メンバーの3人と亜美が立つ。

 

「えー、休日なのに呼び出して申し訳ないが、今日は練習試合を行うことになった」

 

「え、ウソ?また?」

「昨日模擬戦やったばかりなのに、今日もやるんですか?」

 

桃からの突然の知らせに、生徒はざわめき出す。それを亜美が静め、桃が言葉を続けた。

 

「それで対戦相手だが、他校との試合ではない。同好会チームとの試合だ」

「どの同好会チームですか?」

 

小柄で無愛想な少女、冷泉 麻子(れいぜい まこ)を仲間に加えたAチームの優花里が聞く。

 

「よくぞ聞いてくれた。相手は元戦車道同好会チーム、《RED FLAG(レッド・フラッグ)》だ」

「ええ!?じゃあ、あの戦車は間違いなく!」

「うん、秋山ちゃんの言う戦車は、絶対レッド・フラッグの戦車だよ」

「おおーっ!まさか、あの伝説のチームと試合できるなんて、もう感激雨霰であります!」

 

優花里はレッド・フラッグと試合が出来るということに喜ぶが、他のメンバーは首を傾げるだけだった。

 

「レッド・フラッグって何?」

「そんなに有名なチームなの?」

「名前はカッコ良いけど、そんなチーム聞いたことないよ」

 

1年生チームからも、そんな声が漏れ出す。

 

「ねぇ優花里さん、レッド・フラッグって何ですか?」

 

そう華が訊ねると、優花里は目を輝かせて言った。

 

「戦車道同好会チーム、《RED FLAG》は、チーム名の通り、フラッグ車の旗の色が赤いことからその名前がついた、戦車道業界において、史上初の男女混合チームなんです!」

『『『『『ええっ!?』』』』』

 

『男女混合チーム』という言葉に、優花里、生徒会メンバーの3人、そして亜美以外の生徒達から、驚愕の声が上がる。

無理もない。何せ今や、『戦車道は女子のスポーツ』、『女子の嗜み』等という風潮が蔓延っているこのご時世、男女混合チームの存在など、本来なら有り得ない話なのだ。

それが存在すると聞かされたら、誰でも驚くものだ。

 

「試合形式だが、取り敢えずは戦力差をなくすため、フラッグ戦を予定している。因みにフラッグ車は、Ⅳ号Aチームだ」

「ええっ!?」

「いきなり大役を任されてしまいましたね……………」

「戦力差と言っても、相手戦車が分からなければ何とも言えんな………………」

 

そう麻子が呟くと、今度は杏が前に出て言った。

 

「えっとね、相手戦車は3輌で、使用戦車はIS-2とパンターA型、それからシャーマン・イージーエイト。それでフラッグ車は、恐らくIS-2だと思うよ。相手のリーダーの戦車だしね」

「す、凄い…………………そんな強力な戦車を持っているなんて…………」

「うん……………」

 

強力な戦車の名前が挙げられ、Aチームは怯むが、その時、杏のスマホが鳴った。

 

「あ、電話掛かってきた………………ちょっとゴメン」

 

そう言って、杏は通話ボタンを押した。

 

「はい、もしもし…………ああ、紅夜君じゃん!どったの?……………え?試合形式?ああ、それならフラッグ戦にしようと思ってんだけど……………え?試合はフラッグ戦じゃなくて殲滅戦にしてほしい?なんで?そっち結構不利になっちゃうよ?……………まあ、確かにそうだけど……………うん、分かった。んじゃあ、皆には私から伝えとくから、そっちも準備終わったら来てね~」

 

そう言って通話を切ると、杏はメンバーの方に向き直って言った。

 

「えー、向こう側の要望で、フラッグ戦は止めて、殲滅戦となりました~」

 

その言葉に、優花里が怪訝そうな表情を浮かべた。

 

「殲滅戦?それじゃあ、いくら強力な戦車を持っているとは言え、相手側はかなり不利になるのでは……………?」

「まあ、そうなんだけど、向こう側がそうしてほしいって言うもんでね~。まあ、ある意味ハンデみたいなもんかな?経験の差もあるしね。だって向こう、今までの試合数46試合中、42勝3敗1分けらしいし、それにその3敗1分けは最初の事で、残り42勝は連続。つまり42連勝してるって訳だよ」

「完全なベテランチームじゃない!そんな相手に勝てる訳無いじゃないのよォォォォオオオオオオオッ!!!!」

 

その校庭に、沙織の叫び声が響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

そして場所を移して、此処は山林の中にある、レッド・フラッグの戦車格納庫。

フェンダー部分に、レッド・フラッグのトレードマークである、風に靡く赤い旗が描かれた3輌の戦車が、朝日を浴びている其所では、レッド・フラッグのトレードマークである、風に靡く赤い旗が背中に描かれ、肩には、其々のチーム名のアルファベットの頭文字が書かれたパンツァージャケットを身に付けたチーム全員、14人が集まり、円陣を組んでいた。

「父なる神よ、栄光の日に感謝します。陸を駆けるなら陸の神の加護を、飛ぶ時は天使の加護をお願いします……………これまでの勝利が、全て神の計画であったものであると、自信はありますが………………力をお貸しください、勝利の神よ、そして、我等の視野と視力よ」

 

十字架の付けられたネックレスを身に付けた静馬が言う。

 

「我等のスピードとパワーをこの試合の勝利のために、イエスの名において祈ると共に、全力を出すことを此処に誓います。Amen」

『『『『『Amen』』』』』

 

静馬の一言に続き、他のメンバーも一斉に言う。

そして次に、紅夜が声を上げた。

 

「Nothing's difficult(困難は無い)!」

『『『『『Everything's a challenge(全てが挑戦)!』』』』』

「Through adversity(困難を乗り越え)………………」

『『『『『To the stars(空へ飛び立て)!!』』』』』

「From the last tank,to the last bullet,to the last minute,to the last one,We fight(最後の1輌、最後の1弾、最後の瞬間、最後の1人になるまで、我々は戦う)!」

『『『『『We fight!』』』』』

「We fight!!」

『『『『『We fight!!』』』』』

「We fight!!!」

『『『『『We fight!!!』』』』』

 

そうして、彼等は円陣を解き、其々の乗る戦車へと近づいていった。

IS-2のフェンダーに軽く触れた紅夜は、気合いを入れるかのように自分の頬を両手で叩き、メンバーへと檄を飛ばした。

「よっしゃあ!何かなし崩し的にやることになった試合だが、思いっきり暴れるぞ!!テメェ等準備は良いか!?」

『『『『『Yes,sir!!』』』』』

 

そうして、チーム全員が戦車に乗り込む。

操縦手や砲手、通信手や副操縦手等、其々の役割を果たす者達次々と乗り込やでいき、最後に車長が乗り込む。

 

「此方、チーム《Lightning(ライトニング)》、チーム《Ray Gun(レイガン)》、応答願う」

 

無線機を手に取った紅夜が言うと、自信に溢れた静馬の声が聞こえた。

 

「此方、チーム《Ray Gun》、何時でも行けるわよ」

「チーム《Smokey(スモーキー)》、ソッチはどうだ?」

 

そう言うと、無線から大河の余裕そうな声が聞こえた。

 

「勿論元気だぜ、ライトニング。皆やる気に満ち溢れてるよ。んで、肝心のソッチは?」

「愚問だな。全員ヤル気満々だぜ」

 

大河からの問いに、紅夜は不敵な笑みを浮かべて返事を返す。

そうして、紅夜は合図用のピストルを取り出す。

 

「さあ、出発だ!」

 

そうして1発、空に向かって撃つ。

『『うおっしゃあ!』』

 

其々のチームの操縦手達が、威勢良く戦車のイグニッションを入れ、3輌の戦車が、マフラーから白い煙を上げながら、そのエンジン音を辺りに響かせる。

 

「Halleluja(ハレルヤ)!聖者の行進だ!」

 

そうして、もう1発を空に向かって撃つ。

 

そして、其々のチームの操縦手達が、一斉にギアを入れ、アクセルペダルを踏み込む。

3輌の戦車は格納庫前を出発し、横隊から縦隊へと隊列を変え、勇ましく山林の道を駆け下り、大洗学園のグラウンドを目指して突進していった。



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第10話~試合前の死刑宣告です!~

土曜日、1日の始まりを感じさせる朝日を浴びながら、レッド・フラッグのメンバー、総勢14人を乗せた3輌の戦車は、全速力で山林の坂道を駆け下り、そのまま速度を落とすことなく吊り橋を突っ切る。

 

その吊り橋は、以前行われた、大洗女子学園戦車道チームの模擬戦で損傷した橋である。

その部分は模擬戦の後日、専門の整備士によって直されていたとは言え、3輌の戦車が猛スピードで突進していけば揺れるのは確実。

それでも落ちず、かと言って車体を落下防止のためのワイヤーに擦ることなく渡りきるのは、長年の試合で磨き上げられた、操縦技術の賜物と言えるだろう。

現に、彼等は現役時代、コンクリートの道は勿論、砂利道や雪道、沼地、岩場等、数々の悪路を走破してきたのだ。その道中には、橋がある事もあれば、川を渡らなければならない事もある。

先日行われた、大洗での模擬戦でみほ達のチームが橋を渡ろうとしていたが、その際には車体をワイヤーに接触させていたが、様々な悪路や川、橋を走破してきた彼等からすれば、このような橋を渡りきるのは当たり前なのだろう。

 

橋を突っ切った一行は、そのまま道に沿って全速力で突き進み、極めつけにはショートカットとして、道から外れて茂みの壁を突き破り、大洗女子学園戦車道チームの戦車の格納庫が見えるグラウンドへと飛び出す。

 

ガレージの前では、既に5輌の戦車を外に出した、今日の対戦相手達が居るのが見える。

大洗のメンバーは、いきなり現れた3輌の戦車に驚いているようだ。

 

操縦手用の覗き口から彼女等の姿を捉えた其々の操縦手は、アクセルペダルをさらに踏み込む。

3輌の戦車は、横1列に並んだ状態で速度を上げ、エンジンの雄叫びを響かせながら、大洗の女子生徒達へと猛スピードで突っ込んでいき………………………

 

「全車、停止ッ!」

IS-2のキューポラハッチから身を乗り出し、外の様子を見ていた紅夜の号令で一斉に停車した。

その勢いで砂埃が巻き上がる。

 

「こりゃ、少しばかり調子に乗りすぎたかな………………」

 

そう呟きながら、紅夜は砲塔に腰掛け、無線機で全戦車の乗員に、戦車から降りるように伝える。

すると、3輌の戦車のハッチが開き、レッド・フラッグのメンバーが続々と戦車から降り、大洗女子学園の、グラウンドの土を踏みしめる。

全員が戦車から降りたのを見届けると、紅夜もIS-2の砲塔から飛び降りる。

そして、其々チーム毎に1列、計3列に並び、彼等12人の前に、紅夜と静馬が並んで立つ。

 

砂埃が晴れると、大洗女子学園の女子生徒達の視界には、前に立つ2人の男女と、その後ろに3列で並んでいる12人のメンバー、そのさらに後ろで、威圧感を放ちながら控えるように、3輌の戦車が停車しているのが見えた。

 

「凄い……………あの短い間に、整列すら終えてしまうなんて………………」

 

亜美が驚き、彼らから放たれるベテランチームとしての威圧感に、生徒達が表情を強張らせるのを他所に、紅夜と静馬は1歩、前に踏み出す。

 

「この度は休日にも関わらず、試合の場を設けていただき、感謝します。私は戦車道同好会チーム、《RED FLAG》隊長、及びチーム《Lightning》の車長、長門紅夜と申します。今日はよろしくお願いします」

「同じく副隊長及び、チーム《Ray Gun》の車長、須藤静馬です。以後、お見知りおきを」

 

そう挨拶を終え、2人はピッタリと揃ったお辞儀をする。

 

『『『『『…………………』』』』』

「「…………………」」

 

だが、大洗女子学園側からは、何の返事も返されない。目の前に居る14人の男女と、その後ろに控える3輌の戦車から放たれる、とてつもない威圧感の割には、丁寧な言葉遣いだった事に驚いているのか、メンバーはただ驚いた表情で、紅夜と静馬、そして他のメンバーと彼等の戦車を交互に見るだけだった。

そんな中、紅夜は自分を凝視している茶髪の女子生徒を見つけた。

 

「(ん?あの子とはどっかで会ったような……………)」

「はいはいはい!皆注目!」

 

紅夜がそう思っていると、手をパンパンと叩きながら、生徒の注意を引く声が聞こえ、大洗女子学園の女子生徒達やレッド・フラッグのメンバーは、我に返って亜美の方を向く。

 

「せっかく挨拶してくれているのに、此方が何もしないのは失礼よ!ほら、隊長は早く前に出る!」

亜美が言うと、杏はAチームのみほを呼び、その日1日の隊長にした。

みほは緊張した面持ちで、2人の前に立った。

 

「え、えっと……………大洗女子学園戦車道チーム隊長、西住みほです!こ、此方こそ!きょ、今日は、よろしくお願いします!」

 

そう言って、みほは凄い勢いで頭を下げる。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

そう返し、紅夜は微笑みながら右手を差し出す。

頭を上げたみほは、少し顔を赤くしながら、差し出されたその手を握り返した。

 

「じゃあ、両チームの挨拶も終わったことだし、試合の説明をするわよ!」

 

そう言って、亜美は今日の試合の説明を始めた。

 

「えー、範囲は先日の模擬戦と同じとするわ。そして、レッド・フラッグ側の要望で、相手チームの戦車を先に全滅させた方を勝ちとする残滅戦とします。因みに、我々大洗女子学園戦車道チームが勝てば、彼等は大洗女子学園戦車道チームの特別チームとして、此方に所属することになります!」

『『『『『おおーっ!!!』』』』』

 

戦車道業界唯一の男女混合チームにして、ベテランチームが加わると聞き、生徒達は歓声を上げたが、杏がそれに口を挟んだ。

 

「因みに、相手側が勝ったら、大洗女子学園戦車道チーム、亜美さん含む全員で、レッド・フラッグのメンバー全員の前でアンコウ踊りフルバージョンだからね~。スーツもあるから覚悟しとくように~」

 

--ピシィッ!!--

 

瞬間、大洗女子学園の生徒達の空気の温度が、一瞬にして絶対零度にまで下がり果てた。

 

「(ウワー、アレ本気でやるってのか?冗談だと思ってたのに。まあ、それにしても負けたくないが、俺等が勝ったら、何か向こう側が可哀想な気がしてきた…………………)」

「(見た感じ、角谷さんは大して抵抗は無いみたいだな……………なんでこの人は、ああも余裕そうでいられるのかが不気味で仕方ねえが……………つーか角谷さん、アンタはまだ良いとしても他の連中見てみろよ、全員目ぇどころかオーラが死んでるぞ完全に……………これ、俺等が勝ったらマジで悪者になりそうな気がしてきたぜ……………)」

 

まるで、余命三日を宣告された患者のような雰囲気を漂わせる生徒達に苦笑いしながら、紅夜と達哉はそう思っていた。

 

「あー紅夜君、こんな雰囲気になっちゃったけど遠慮は要らないから全力でおいで~」

「鬼かアンタは!?」

 

落ち着いた青年的なオーラを漂わせていた紅夜は、一瞬にしてツッコミキャラへと変貌した。

 

「さあ、各チームの隊長は此方に来てー、所定の位置を教えるから~…………………」

 

自分まで巻き込まれ、おまけにスーツまで着せられ、挙げ句に男子も居る前で踊らされると言う絶望的状況に、完全に死人同様になっている亜美が言うと、紅夜とみほは亜美から所定の位置を聞き、既にチームメイト全員が乗り込み、準備万端状態の戦車に乗り込むと、亜美から聞いた位置へ移動するようにと指示を出す。

 

「あー、そのー……………まあ取り敢えずだ、角谷さん曰く『手加減は無用』らしいから、多分アレは嘘だと思うんだ……………そう、嘘だと信じて、思いっきり暴れるぞ!!久々の試合だ、暴れ回れ!戦場を駆け抜けろ!」

『『『『『Yes,sir!!!』』』』』

「Victory is(勝利は)……………」

『『『『『Ours(我等に)!!!』』』』』

 

そして、紅夜が操縦手の達哉に指示を出すと、達哉はIS-2のアクセルペダルを踏み、紅夜が言う位置へと向かう。

 

『それでは………………試合、開始!!』

「「Panzer vor!!!」」

 

両チームの隊長の号令で、其々の戦車の操縦手は一斉にアクセルペダルを踏み込み、相手の戦車を撃破するために向かわんとして、勢い良く飛び出した。

 

それは今此処に、《RED FLAG》のメンバーからすれば久し振りの試合が始まったという事を、意味するのであった。



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第11話~試合です!~

遂に、大洗女子学園戦車道チームVSレッド・フラッグでの親善試合が始まった。

 

どういう訳か、指定の位置が格納庫前だと言われたレッド・フラッグのチームは、試合開始の合図と共に飛び出し、高速でありながらも乱すことなく組まれたパンツァーカイルで、グラウンドから山林地帯へと突入していった。

 

そこからは1列になり、道に沿って進んでいた。

IS-2のキューポラハッチから外を見回している紅夜が無線を繋げた。

 

「敵戦車は見えるか?」

『いや…………今のところは見えねえな、俺等が山林に突っ込んだ時に奇襲してくるかと思ったが、拍子抜けだよ』

『スモーキー、流石にそれは無理があると思うわよ?試合始まって早々鉢合わせするような位置には行かせない筈だもの』

 

静馬の発言は、尤もなことだった。それに紅夜は頷いて、無線での言葉を続けた。

 

「なら、もう少し後だな。スモーキー、お前等は最後尾を走ってるから、後ろからの攻撃には十分に気を付けろよ?」

『りょーかいだ、ライトニング』

『じゃあ、左右の警戒は私達がやるわ』

「頼むぜ、レイガン」

 

そうして通信を終えると、彼等は其々決めた方位へと警戒心を向けた。

全員が双眼鏡を取り出し、周囲を見渡す。

 

「それにしても、試合なんてホントに久し振りだな。最後に試合した相手は確か…………黒森峰だったかな………3対3でもかなりキツかったなぁ………………まあ勝ったけど、アレからあの2人はどうしてるかねぇ………」

 

紅夜は双眼鏡で周囲を見渡しながら、レッド・フラッグ最後の試合で黒森峰と当たった際、自車の砲撃で炎上した相手の戦車に1人取り残された乗員を助けたことを思い出していた。

 

「そういやその人、何処と無く西住さんに似てたような…………………気のせいかな」

 

そう思っていると、突然左方向から飛んできた砲弾が、IS-2の装甲に被弾した。

 

「ウワッ!?誰がやりやがった!?」

紅夜はそう言いながら、双眼鏡で砲弾が飛んできた方向を睨み付ける。

 

「野郎!八九か!」

 

そう紅夜が呟くや否や、八九式戦車は向きを変え、彼等とは擦れ違う形で離脱しようとする。

「スモーキー!9時方向に砲塔を向けろ!八九式だ、やれ!」

「Yes,sir!」

 

そうして、大河が車長を務める戦車、シャーマン・イージーエイトが、砲塔を真横へと向ける。

 

「よっしゃ見えたぞ、撃てぇ!」

 

その瞬間、長砲身の先端にマズルブレーキのついた主砲から、爆音と共に砲弾が撃ち出される。

それは八九式のエンジン部分の真横に命中し、八九式はエンジンから黒い煙を上げる。

そして、行動不能を示す白旗が上がった。

 

《八九式、Bチーム、行動不能!》

 

亜美からの通信が、全車両に入る。

 

「おっし、次行くぞ次!」

 

それから、3輌は少し速度を落とした状態で進んでいったが、他の戦車に会うことはなかった。

 

「中々敵に会わねえな…………あの八九式、もしかして偵察用か?」

 

そう呟きながら、紅夜は双眼鏡での警戒を続ける。

 

やがて彼等は、開けた所に出てきていた。其所は先程、彼等が突っ切った橋だった。

 

「その辺に隠れているかもしれん。向こうにはⅢ突も居たから、待ち伏せしてるかもしれねぇ、気を付けろ!」

 

そう言った矢先の事だった。

 

『被弾!言われたそばから喰らった!』

 

スモーキーから、撃たれたとの通信が入った。

 

「損害は!?」

『左の転輪吹っ飛ばされただけだ。動けねえが、まだやれるぜ!』

 

無線機から、元気そうな声が飛ぶ。その時、茂みが大きく揺れ、其処からジャーマングレーの38tが飛び出してきた。

 

「クソッ!これを狙ってやがったか!レイガン、スモーキーを援護しろ!」

『了解!光線銃(レイガン)を喰らわせてやるわ!』

 

そうしてパンターA型が、シャーマンの前に立ち塞がろうとするが、それよりも早く、38tからの砲弾が放たれた。

 

「スモーキー、踏ん張れ!」

 

紅夜は無線に向かって叫ぶ。

だがその砲弾は、シャーマンにもパンターにも当たらず、別の方へと飛んでいった。

 

『アッハッハ!こりゃ驚いたね!彼奴等外しやがったよ、俺等には当たってねえぜ!Whooo!』

 

そう大河の声が無線越しに聞こえた瞬間…………

 

「和美!あのチビッ子を吹き飛ばしなさい!」

 

静馬がそう叫ぶと、パンターから75mm弾が放たれ、38tの正面に直撃、白旗が上がった。

 

「ああやって来るとなると、他の連中もどっかで待ち伏せしてやがるだろうな…………全車両、茂みに向けて機銃掃射だ、隠れてる連中をいぶり出してやれ」

 

そう紅夜が言った途端、3輌の戦車から立て続けに、機銃の弾が撃ち出され始めた。

 

シャーマンも、砲塔を茂みへと向け、主砲の直ぐ横にある機銃を乱射する。

 

『『『キャアアアアアアアッ!!?』』』

 

何やら悲鳴が聞こえたかと思うと、M3リーが茂みから飛び出してきた。

 

「戦車は違うが、さっきのお返しだ!喰らえ!」

 

そうしてシャーマンから砲弾が放たれ、M3リーの走行車輪と前の案内輪を吹き飛ばした。

走行中にバランスを崩したM3は、そのまま履帯が外れていくのも構わず逃げようとし、履帯が外れた片側がズボズボと地面に埋まっていき、遂にはエンジンに負担をかけ過ぎたのか、エンジンから黒い煙を上げ、白旗が上がった。

 

「Ⅲ突だ、撃て!」

 

ちょうどライトニングの方も、Ⅲ号突撃砲の撃破に成功していた。

 

だが…………

 

突然放たれた1発の砲弾が、シャーマンのエンジン部分に被弾し、シャーマンから白旗が上がった。

 

『ワリィ紅夜、やられた』

「それは別に良いさ、怪我は?」

『全員無事だ。仇討ち頼むぜ?』

「仇討ちって、んな大袈裟な…………まあ、仕返しはキッチリやらせてもらうさ」

 

そうしていると、茂みからⅣ号D型が出てきた。

 

「彼奴等、どっから出てきやがった?」

 

そうしているうちにも、Ⅳ号からの砲撃が始まった。

 

「レイガン、Ⅳ号の足回りを吹っ飛ばしてやれ」

『了解!』

 

そして、後退していくIS-2の前にパンターが躍り出ると、Ⅳ号の右の走行車輪目掛けて75mm弾を撃った。

だが1発目は外れ、Ⅳ号の直ぐ横に被弾し、その衝撃でⅣ号の車体が激しく揺れる。

すかさずⅣ号は反撃に出るが、頑丈な正面装甲を持つパンターを正面から撃破するには火力が足りない。

 

「機銃掃射!」

 

静馬が叫ぶと、2ヶ所の銃座から機銃の嵐が、真っ正面から降り注ぐ。

相手のⅣ号は避けようとしたのか、少し後退すると、突然ギアを入れ換えたのか、猛スピードで突撃してきた。

 

「なっ!?」

 

静馬は突然の行動に驚きながら、操縦手の雅にパンターを後退させるように指示を出す。

 

履帯を破壊して動きを封じようとしているのか、Ⅳ号から砲弾や機銃の嵐が降り注ぐ。

 

「くっ!こうなるとは予想外ね…………ライトニング、援護頼むわ!」

『あいよ!じゃあ合図で横に逃げろ!今Ⅳ号と正面から向き合うように突撃してる!』

「了解!頼んだわよ!」

 

そうして、静馬は紅夜に言われたことを伝え、後ろを見る。

確かに、それなりに離れた所からIS-2が物凄い勢いで向かってきている。

そして、それなりに近づいてきた時………………ッ!

 

「静馬、避けろ!」

「ッ!雅!右に避けなさい!!紅夜達に道を空けて!」

「あい……よっと!」

 

紅夜の叫び声を聞き取った静馬が操縦手である雅に命じ、パンターは激しく車体を揺らしながら、右へと曲がる。

 

Ⅳ号の方は、パンターが道を空けた事によって、突然視界に現れたIS-2に驚いたのか、主砲を撃った後に急ブレーキをかけてしまう。

 

それよって、砲弾の弾道は下に向かい、IS-のシャーシ部分の装甲に当たり、弾かれる。

 

その間髪を入れずして………………

 

「Feuer!!」

 

紅夜の合図によって、IS-2の122mm砲弾が爆音と煙と共に放たれ、Ⅳ号の正面装甲に命中。

有効と判断され、Ⅳ号からも白旗が上がった。

 

《大洗女子学園戦車道チーム、全車5輌中、Aチーム・Ⅳ号D型、Bチーム・八九式、Cチーム・Ⅲ号突撃砲、Dチーム・M3、Eチーム・38t………何れも行動不能。《RED FLAG》、全車3輌中、シャーマン・イージーエイトが行動不能。よってこの勝負、《RED FLAG》の勝利!》

 

そして、レッド・フラッグ久々の試合の勝利の知らせが、亜美からの通信によって知らされるのであった。



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第12話~試合後のお話です!~

「お疲れ様、紅夜。思い切ったやり方だったわね。まさか私達がⅣ号の気を引いている間に離れて、それからあんな突撃するなんて思わなかったわ。ある意味アレは、自殺行為でしかないわね」

「うへぇー、静馬様のコメントは厳しいねぇ……………」

 

静馬からのコメントに、紅夜は笑いながら返す。

 

「まあ、仇討ちアザッスな、ライトニング」

「おうよ!」

「オイコラ紅夜、何自分だけの手柄にしてやがんだ?ええ?」

「ハッハッハッ!ワリィワリィ、だが、お前等にも感謝してるんだぜ?」

「どうだかね」

 

仇討ちの礼を言ってきた大河に紅夜が返すと、達哉が口を挟み、それに紅夜が笑いながら返す。

 

 

 

大洗女子学園戦車道チームVSレッド・フラッグでの親善試合は、レッド・フラッグの勝利に終わった。

 

亜美から、『回収班を派遣するので、行動不能になった戦車はその場に置いて、戻ってくるように』との通信が入り、紅夜率いるライトニングは、スモーキーの男子陣を、静馬率いるレイガンは、女子陣を拾って戦車の外に乗せ、格納庫の前へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、お疲れ様。かなりのブランクがあったとは言え、あのレッド・フラッグ相手にこれだけ戦えれば上出来よ!良く頑張ったわね」

 

そう言い終えると、亜美は一呼吸置いてから、レッド・フラッグの方を見て言った。

 

「レッド・フラッグの皆も、今日はありがとう。中々良い試合をさせてもらったわ」

「いえいえ、此方こそ」

 

礼を言う亜美に、紅夜は微笑みながら返す。

 

それから亜美に、撃破されたシャーマン・イージーエイトについては、学園の自動車部が無償で修理すると言う事を聞いて喜び、そのままの勢いで亜美に礼を述べたところ、亜美は顔を赤くしており、紅夜の頭には疑問符が浮かんでいた。

 

そうしつつ、大洗戦車道チームのメンバーは、其々の戦車のチームのメンバー同士で労い合っている。

そんな中で杏がふと、声を上げた。

 

「さてと………………んじゃあ、ある程度休憩は終わったことだし、そろそろ罰ゲーム始めよっか」

『『『『『『『『『『……………』』』』』』』』』

 

その瞬間、その場の空気が一瞬にして凍りついた。

生徒も亜美も、余程罰ゲームが嫌らしく、顔を真っ青にしていた。

 

「まあ、皆も頑張ったけど、約束は約束だもんね~」

 

その言葉に、メンバーから放たれる空気が重さを増す。

 

「あの、角谷さん。別に罰ゲームはしなくて良いと思いますよ?」

「え?」

 

誰も杏を止められないのかと諦めていると、その光景を見ていられなくなったのか、紅夜が待ったをかけた。

 

「休憩したとは言え、そう簡単に疲労が消える訳ではないですし、そもそも、大洗チームの人達には、休日なのに態々来てもらったんですから、試合に負けたぐらいで罰ゲームとしてアンコウ踊りさせるのは、流石に話が酷ですよ」

「ほ~、結構優しいんだねぇ」

「別にそうでもありませんけどね」

 

杏にそう答えると、杏は頷いて言った。

 

「まあ、紅夜君の言う事も一理あるから、罰ゲームの話はナシって事になりました~」

 

そう言う杏に、生徒達や亜美は安堵の溜め息をつくと同時に、杏を止めた紅夜に、心の中で礼を言った。

 

「それじゃあ解散!」

『『『『『お疲れ様でした!!』』』』』

 

その号令と共に、生徒達はワラワラと、校門へと向かっていく。

 

「紅夜、俺達は先に乗り込んどくぜ」

「ん?俺も行くんだが?」

 

そう紅夜が言うと、達哉は紅夜と話したそうにしている女子生徒、みほを見て言った。

 

「あの子、お前と話がしたいみたいだぜ?行ってきてやんな」

 

そうして、達哉は紅夜の背中を軽く押すと、そそくさと操縦手用のハッチを開けて戦車に乗り込んでいった。

そしてその場には、みほと紅夜が残された。

みほは顔を赤くしながらも、紅夜に近づいてきた。

 

「えっと………………お、お久し振り………………ですね」

「え?お前さんと俺って、どっかで会ったっけ?」

 

みほに話しかけられ、紅夜は淡々とした口調で聞き返す。

「こ、この前、車に轢かれそうになった私を助けてくれたんですよ。覚えていませんか?」

「………………ああ!やっぱそうか!お前さん、あの時の女の子か!」

「そうです!覚えてくれてたんですね!」

 

思い出し、思わず声を張り上げた紅夜に、みほは嬉しそうにする。

 

「いやあ、何かどっかで見たことあるような気がしてたんだが、まさかあの時、車に轢かれそうになってた女の子だったとはなぁ。驚いたぜ」

「私もビックリです。まさか、貴方がレッド・フラッグの隊長だったなんて………」

「まあな。それよりも、お前さんの学校にレッド・フラッグのメンバーが居たって事の方が、ビックリなんじゃねえのか?」

「確かにそうですけど」

 

そんな話をしていると、紅夜はみほの横で、話したそうにしている優花里が見えた。

 

「ところで、その子はお前さんの友人か?」

「え?………う、うん。私達のチームの、秋山優花里さん」

「ど、どうも…………Aチーム装填手の、秋山優花里です………」

 

恥ずかしそうにしながら優花里が名乗ると、紅夜は軽く微笑みながら言った。

 

「レッド・フラッグ隊長の長門紅夜だ、よろしくな」

「は、はい!」

 

余程返事を返されたのが嬉しかったのか、優花里は花が咲いたような笑みを浮かべる。

 

それから話しているうちに、もう暗くなりかけていた。

 

「おい紅夜、そろそろ行こうぜ~。でねえと静馬が苛つき始めるぞ~」

「ああ!直ぐ行くよ!」

 

IS-2の操縦手用のハッチを開けて身を乗り出した達哉が呼び掛けると、紅夜は返事を返してみほと優花里に向き直る。

 

「悪いな、そろそろ行かねえとチームメイトに怒られちまう」

「い、いえそんな!私は長門殿と話せただけでも光栄です!」

「そりゃどうもな。んじゃあ、明日辺りに取りに来るよ。じゃあな」

 

そう言って、紅夜はIS-2の方へと駆け出していった。

 

「戦車道の事、前向きにお願いしますね~!!」

 

その背中に、優花里からの声を受けながら、紅夜はIS-2のフェンダー部分に足を置き、そのまま砲塔上面にあるキューボラハッチの上に飛び乗る。

 

そしてハッチを開けて車長の座る椅子へと腰掛け、チーム全員にピストルで出発の合図を送り、山林へと戻る。

 

それから格納庫に戦車を置いた一行は、今日の試合について互いに労いながら、其々の家路につくのであった。



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第13話~残留決定です!~

大洗女子学園戦車道チームとの試合に見事勝利したレッド・フラッグだが、スモーキーチームのシャーマン・イージーエイトが撃破されたのもあり、シャーマンのみを学園に預け、他の戦車は格納庫に戻して帰宅する事にした。

そして翌日の昼、流石に戦車1輌回収するためにメンバー全員で行く必要は無いだろうと言う紅夜の提案で、ライトニングのメンバーだけで、修理の終わったシャーマンを取りに行くべく、再び大洗女子学園へと向かっていた。

 

何故か全員、またパンツァージャケットを着ていたが、それは『元』が付くとは言え、戦車道同好会チームの正装のようなものなのであろう。

 

「それにしても、まさか向こう側で修理してくれるとは思わなかったよな~」

 

ライトニングの愛車であるIS-2を操縦しながら、達哉が独り言のように言った。

それに翔が相槌を打つ。

 

「今までも何回か連盟に修理してもらったが、あれは善意じゃなくて口封じみたいなモンだったからな。ああやって善意で修理を引き受けてくれるとは、嬉しいねぇ………」

 

達哉に同調するように言う翔に、勘助や紅夜も相槌を打っていた。

 

そう。彼等は戦車道業界において、現在も尚、唯一の男女混合チームである。

現役時代は、長年『女子の嗜み』として世界中から認識されていた戦車道のイメージが、男女混合チームの存在によって狂い、混乱することを恐れた連盟から、『戦車の修理、砲弾や燃料の補充等を連盟側で行う』とうのを勝手に条件として押し付けられ、強制的に戦車道同好会のリストから抹消された当時は、最早信用できるのは自分達のチームだけだと思っていたのが、まさか意外にも、信用できそうな戦車道チームが身近にあったというのは、彼等からすれば嬉しいものだ。

 

「お、何だかんだしてる間に着いたぞ」

 

そう達哉が言った時には、IS-2は大洗女子学園のグラウンドへとやって来ていた。

向こうに見える戦車の格納庫には、亜美と生徒会メンバー、そして何故か、Aチームのメンバーが居た。

 

亜美や生徒会メンバーは兎も角、何故Aチームのメンバーまで居るのかと首を傾げつつも、彼等は格納庫前に到着した。

 

「やあやあ!来るの待ってたよ~!」

 

4人が戦車から降りてくると、杏が手を振りながら近づいた。

 

「どうも、角谷さん。イージーエイトの修理、ありがとうございました」

 

先に戦車から降りた紅夜が返事を返すと共に、シャーマン・イージーエイトの修理を引き受けてくれたことへの礼を言う。

 

「良いの良いの、善意でやっただけだからさ!」

 

杏は笑いながら言った。

すると格納庫からエンジン音が聞こえ、深緑の砲身の先端にあるマズルブレーキがひょっこりと顔を出す。

やがて、それは砲身から格納庫の外へと出てきて、少し経った頃には、完全に修理された、スモーキーチームの愛車、シャーマン・イージーエイトが姿を現した。

 

「スッゲー」

「マジで完璧に修理されてる………」

 

出てきたシャーマンを見た勘助と翔が、感嘆の声を出す。

 

すると、シャーマンのハッチが次々に開き、中から大洗女子学園の生徒だと思われる、作業着姿の少女達が降りてきた。

 

「彼女等が、我が大洗女子学園が誇る自動車部のメンバーでーす!ほら、拍手拍手!」

 

自棄にノリ良く言いながら拍手する杏に、紅夜は何故か、つられて拍手していた。

 

「いやあ、やり甲斐あったよ~、君達の戦車の修理!」

「そーそー!大洗の戦車は一寸前に修理したんだけど、やっぱ初めて修理する時の新鮮さは堪らないね!」

 

自動車部のメンバーが口々に、シャーマンを修理した時の感想を述べていく。

自分のチームの戦車ではないため、紅夜はただ、苦笑いを浮かべながら彼女等からの質問等に答えていた。

 

 

 

 

 

そうしているうちにも時間は過ぎ、午後4時になっていた。

 

それまでの間、ライトニングのメンバーは、学園に来ていた生徒会メンバーやAチームのメンバー、亜美や自動車部のメンバーとの交流を楽しんでいたのだが、時間がかなり経っているのに気づいた。

 

「あれま、もうこんな時間か………じゃあ、俺達はそろそろ帰ります。自動車部の皆さん、修理の方、本当にありがとうございました」

 

そうして、達哉がIS-2に乗り、翔と勘助がシャーマン・イージーエイトに乗り込んだ。

紅夜も自動車部のメンバーに礼を言って、IS-2へ乗ろうとしたが、それは杏によって止められた。

紅夜は、何となくこの話は長引くと思ったのか、達哉達に先に帰るように伝え、話に応じることにした。

 

「何ですか?」

「いや、何か話が流れすぎて聞くタイミング掴めなかったし、負けといてこんな事言うのもアレなんだけどさ………………君達、ホントにやらないの?戦車道」

 

杏が言うと、紅夜は表情を苦いものに変えた。

 

「あー、やっぱその話になります?」

「そりゃ勿論、やっぱウチの学園の戦車道経験者が西住ちゃん1人しか居ないって現状だから、かの有名な戦車道同好会チーム、レッド・フラッグの隊長さんである君には、やっぱ良い返事を貰いたくてね。なんせ、君がやるって言わないと須藤ちゃん達やってくれないから」

「あー、そういやそんな話してたそうですね、静馬から聞きましたよ」

「ありゃりゃ、言われちゃってたか~」

「うん、言われちゃってました~」

 

笑いながら言う杏に、紅夜も笑いながら返す。

 

「それで、どうかな?」

「…………正直、迷ってますね」

「ほう………どうしてだい?」

 

杏が言うと、紅夜は重くなりつつある口を開いた。

 

「連盟から、俺達が現役時代最後に当たった、黒森峰との試合を期に、レッド・フラッグは戦車道同好会チームのリストから除名すると言われたんですよ。『戦車道は女子の嗜みというイメージが崩れて混乱したら困る』ってね」

「ええッ!?黒森峰と!?」

 

それまで遠巻きに見ていたみほが、驚きに大声を張り上げた。

 

「な、長門殿のチームって、黒森峰とも張り合えるのですか!?」

 

今度は優花里も声を張り上げる。

沙織と華は、優花里から黒森峰の実力を聞かされ、レッド・フラッグが改めてハイレベルな実力者チームであることを知り、表情を驚愕に染める。

 

それを見ながらも、杏は話を続けるように促した。

 

「俺達は勿論反対したのですが、上の方で決められていたらしくてね、『戦車の修理、砲弾や燃料の補充等を連盟側で行う』ってのを勝手に条件として押し付けられ、そのままリストから摘まみ出されたんですよ。それ以来、連盟が関わるような試合、ましてや全国大会とかが信用できなくなってね………………」

「だからって、せっかくの戦車やチームを、このまま廃らせるつもりかい?また燃え上がりそうだった、戦車道への情熱の灯を、この場で消すつもりかい?」

杏の言葉に、紅夜はハッとした。

 

「いくら定期的に走らせているとは言え、砲弾も撃てない、模擬戦も出来ない状況じゃあ、戦車が泣いてると思うよ~?」

「そう言われましてもね…………」

「なら紅夜君、今君が着ている、このパンツァージャケットは何?」

 

そう言って、杏は紅夜が着ているパンツァージャケットを指差して言った。

 

「思い出してごらんよ紅夜君、何だかんだ言っても、戦車道好きだったんでしょ?撃破された38tから見てたけど、動いてる君達の戦車からは、生き生きした雰囲気が伝わってきたよ」

 

訴えかけるかのように杏は言う。

紅夜は、消えそうになっていた火が燃え上がりそうな気がしていた。

 

「連盟の勝手な考えで、好きだった戦車道の世界から摘まみ出されたのは、確かに辛いよ。でもね、それで戦車の試合からも全面的にシャットアウトするのは、一寸違うと思うんだよ、私は。聞くけど、君達の試合を見てきた人々は、君達を異端だとして追い出そうとした?」

「それは………………」

 

そう言いかけ、紅夜は口を閉ざした。

 

「その様子じゃあ、されてはいないようだね」

 

沈黙しながらも、紅夜はゆっくりと頷いた。

 

「じゃあさ、尚更君達は、戦車道の場に帰るべきだよ。そりゃ確かに、今のご時世の風潮的には、男が戦車道やるとは異端だとか言われるだろうし、最初は変な目で見られたと思うよ。けどさ、君達の試合を見てきた人々は、最終的に皆、君達を応援してたよ?私だってそうだったしね」

 

それにと付け加え、杏はAチームの方を向いて言った。

 

「私等生徒会メンバーも、Aチームの皆も、教官も、君達が現役時代の力を存分に振るってくれることを望んでるんだよ。かの戦車道同好会チーム最強の、《RED FLAG》が、再び競技場に帰り咲くのをさ」

「ッ!」

「そ、そうですよ長門君!やりましょうよ戦車道!」

「西住殿の言う通りです!あんなにも実力があるのに、それを単なるお遊びで終わらせてしまうのは勿体無いですよ!」

「その通りです!私からもお願いします!」

 

紅夜が目を見開いた瞬間、Aチームのみほと華、優花里が言う。

その瞬間、紅夜の心の中で消えかかっていた小さな火が、まるでガソリンを撒かれたかのように燃え上がり、頭の中に、現役時代の光景が甦った。

 

 

 

「(ああ、確かにそうだ。連盟に摘まみ出されたから何だってんだ。俺等は俺等、《RED FLAG》なんだ、世間の風潮ごときでやられて堪るかよ!)」

 

込み上げてきた気持ちが暴発しそうになるのを抑えながら、紅夜は言った。

 

「また、戻れますかね?あの頃のような俺等に…………試合の場で暴れ回って、勝って、馬鹿みてーに喜んでた、あの頃に……………」

「勿論さ!」

 

力強く頷いた杏に、紅夜は決意を固めた。

 

「……………分かりました。ならば戦車道の話、ありがたく引き受けさせてもらいます」

「良く言ってくれたね、流石はレッド・フラッグ隊長だ」

 

そう満足げに杏が言った途端………………

 

 

砲撃音が鳴り響いた。

 

「Whooo-hooo!良く言ったぞ紅夜!それでこそ俺等の隊長だぜ!」

 

そんなハイテンションの声が聞こえたと思いきや、茂みの壁を突き破って、3輌の戦車が飛び出してきた。

 

「彼奴等…………」

 

紅夜がそう呟く間にも、3輌は紅夜目掛けて突進してくる。

そして急ブレーキで、紅夜にぶつかるスレスレで停車した。

 

「よお、ライトニングの隊長!漸く決心固めたんだなぁ!」

「全く、待ちくたびれたわよ、隊長」

 

停車した戦車から、続々とレッド・フラッグのメンバーが出てきて紅夜を囲んだ。

 

「お前等、なんで此処に?」

「何と無く気になってな、取り敢えずチーム全員呼んで、かっ飛んできたのさ。つーか、紅夜テメエ、1人だけで面白そうな事始めようとしやがって、砲弾でブン殴るぞこの野郎」

達哉が笑いながら言った。

 

「さあ隊長、ここまで来たなら、後戻りは出来ないわよ?」

「分かってるよ静馬、お前等こそ良いのか?」

 

紅夜が言うと、全員が力強く頷いた。

 

それを見た紅夜も頷くと、杏へと向き直った。

 

「角谷さん、これからよろしくお願いします」

 

そう言って、レッド・フラッグのメンバー全員と頭を下げた。

 

「うん、此方こそよろしく頼むよ……………これで一先ず、学園の未来も安心したものになる可能性が開けてきたかな………」

 

 

 

こうして、長門紅夜率いる戦車道同好会チーム、《RED FLAG》の完全復活と共に、大洗女子学園戦車道特別チームとしての加入が決定され、その日、小規模ながらの歓迎会が開かれた。

 

 

そして物語は、本格的に動き出すのだ。



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第14話~新たな戦いの予感です!~

杏の説得もあり、レッド・フラッグが大洗女子学園戦車道特別チームとして加わった翌日、まだレッド・フラッグが加わったことを知らない、Bチーム~Dチームや、既に知っているAチーム、Eチームは、変わり果てた姿を晒す、彼女等の戦車を見ていた。

 

AチームのⅣ号戦車は外見こそ変わっていないが、中はカラフルなクッションやカーテンで飾られている。

それならまだ許容範囲内だとしても、他は色々な意味でアウトだった。

 

八九式のBチームは、シャーシ部分に『バレー部復活!』と白いペンキで書かれ、所々にはバーボールの絵が描かれている。

また、歴女チームこと、CチームのⅢ号突撃砲は、車体が赤や黄色などで彩られ、挙げ句の果てには彼女等を意識したのであろう旗まで建てられる始末。1年生チームのM3リーは、単調にピンク一色に塗られている。

生徒会メンバーのEチームである38tは、車体だけでなく、転輪までもが金色に塗られている。

最早、Ⅳ号を除く全ての戦車は戦車ではなく、オブジェ擬きに成り果てていた。

 

因にだがこの時、生徒会メンバーでは何やら計画があるようで、杏は桃に、何処かへ連絡を入れに行かせていた。

 

「むぅ~~ッ!私達も色塗り替えれば良かったじゃん!誰よ戦車はそのままの色が良いなんて言ったのは!?」

「まあまあ沙織さん、落ち着いてください」

「うわぁぁぁぁああああっ!!!38tが!Ⅲ突が!M3や八九式が何か別のものになってる~!西住殿、こんなのあんまりですよねぇ!!」

 

色とりどりに塗装された戦車を見た沙織が、色を塗り替えたいと喚くのを華が落ち着かせようとする最中、優花里は変わり果てた戦車の姿を見て発狂する。

みほに同調を求めるものの、当の彼女は………………

 

「プッ………………フフフッ」

 

面白そうに笑っていた。

 

「に、西住殿?」

 

突然笑い出したみほに、優花里や沙織達が疑問の目を向ける。

 

「あ、ゴメンね。戦車をこんな風にしてしまうなんて、前の学校ではなかったから、何て言うか………………楽しいね!戦車でこんなに楽しいと思ったのは、初めてだよ!」

 

そう言って、みほは無邪気に微笑んだ。

 

その時、杏から号令が入った。

 

「はいはいはい!皆ちゅうもーく!」

 

その号令と共に、それまで其々のチームの戦車を眺めていた大洗女子学園戦車道チームの女子生徒達が、一斉に杏の方を向いた。

 

「えー、ここで1つ、大切なお知らせがあります!」

 

突然の事に、レッド・フラッグが加わった事を知らされていない、Bチーム~Dチームの生徒達が、知らせとは何だとざわめき始める。

杏は軽く咳払いしてそれを静め、言葉を続けた。

 

「えー、この前練習試合をした、レッド・フラッグの事は覚えてるよね?彼等がめでたく、我が大洗女子学園戦車道特別チームとして加わることになりました~!!」

『『『『『『おお~~~ッ!!』』』』』』

 

その知らせに、Bチーム~Dチームの生徒達が、驚きの声を上げた。

 

自分達を蹂躙したチームではあるが、そんなチームが味方に加わったならば、心強いと思っての反応だった。

 

「そんな訳で………………お、噂をすれば何とやらだ」

 

杏がそう呟くと、何時ぞやの2度の模擬戦で使用していた、学園裏の山林地帯へと続く一本道からIS-2が砂埃を上げながら現れた。

続いて現れたパンターA型や、シャーマン・イージーエイトが左右に広がり、3輌の戦車は、整ったパンツァーカイルでゆっくりと進んでくる。

 

「す、凄い………」

「1列からパンツァーカイルに隊列を変えて、そのまま乱すことなく来れるなんて………流石はベテランチームですね……………」

 

みほや優花里は感嘆の息を漏らし、他の生徒もその様子に見入る。

やがて3輌の戦車はゆっくりと停車し、其々の戦車のキューボラハッチから、紅夜、静馬、そして大河が顔を出し、戦車から降りる。

 

それに続いて他の戦車からも、ハッチというハッチが次々に開き、レッド・フラッグのメンバー全員が、グラウンドの土を踏みしめる。

そして、其々の戦車の前で1列に整列した。

 

「彼等が、今日から大洗女子学園戦車道特別チームとして加わることになった、レッド・フラッグの皆さんで~す!」

 

そう杏が高らかに言うと、全員から拍手の音が聞こえる。

 

「それじゃあ、レッド・フラッグの隊長と副隊長に、挨拶してもらいましょ~!」

 

まるで、幼稚園児に新任の教師や、はたまた研修に来た者を紹介するかのような調子で言う杏に、紅夜と静馬は苦笑いを浮かべつつ、杏が目で合図すると、前に出て言った。

 

「えー、改めまして、今日から大洗女子学園戦車道特別チームとして参加することになった、レッド・フラッグ隊長、長門紅夜です」

「同じくレッド・フラッグ副隊長、須藤静馬です。よろしくお願いします」

 

そうして、まるで転校生が来たかのように質問タイムが始まり、紅夜達はタジタジになりながりも、質問に答えていくのであった。

 

 

 

 

 

その頃……………

 

「大洗女子学園?戦車道を復活されたのですね、おめでとうございます………………成る程、男女混合チームが特別チームに………………それで、彼等は今回の親善試合には?………………出ないと?いえ、構いませんわ………………お気遣いは無用ですわ。受けた勝負は逃げませんので」

 

紅夜達への質問タイムが盛り上がっている最中、とある学校へは、親善試合の申し込みの電話が来ているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

何処かへの連絡を終えた桃が戻ってくると、直ぐ様練習が始まった。

 

Eチームが先頭を走り、他のチームへと指示を飛ばす。レッド・フラッグは、其々が左右と後ろにつき、他のチームへとアドバイスをしていた。

 

1列縦隊から1列横隊の、走行中での隊列の変更の練習、射撃訓練を行い、その日の訓練は終了した。

 

元々あった5輌の戦車は格納庫に収まり、レッド・フラッグの3輌も無事に収まったため、レッド・フラッグのメンバーは一安心していた。

 

「えー、急な連絡ではあるが、今週の日曜日、学園艦が帰港するというのもあり、練習試合を行うことになった」

 

その知らせに、生徒達から悲鳴に近い声が上がった。

 

戦車道が始まり、教官が来て直ぐに、全員が敵同士での模擬戦、次はレッド・フラッグとの練習試合、そして極め付きにコレだ。

普通なら体力も持たないだろう。

 

「対戦相手は、聖グロリアーナ女学院だ」

 

その時、優花里の表情が曇った。

その様子を見て、体調を崩したのかと心配した沙織が聞く。

 

「どうしたの?具合でも悪いの?」

「いえ、そうではないんですが……………対戦相手である聖グロリアーナ女学院は、全国大会で準優勝した事があるという強豪です。それに、当時では初陣だったレッド・フラッグを破った、数少ない学校です」

「準優勝………………」

「あのチームでも勝てなかったなんて……………」

 

いきなりの強豪相手に、全員の表情が曇った。

「日曜日は、学校に朝6時に集合だ。では解散!」

 

そして、レッド・フラッグのメンバーも戻っていった。

 

 

 

 

余談だが、Aチームの麻子が朝に弱いらしく、戦車道を辞めるとごね始めたが沙織の説得(と言うより脅し)で何とか踏みとどまったのは本当に余談である。

 

そして、コレも余談だが、その翌日、聖グロリアーナ女学院との試合に向けての作戦会議が開かれたのだが、その際のちょっとしたゴタゴタから、なし崩し的にみほが大洗女子学園戦車道チームの隊長を務めることとなり、杏から、今回の聖グロリアーナ女学院との試合に勝てば、干し芋3日分を贈呈、だが逆に負ければ、大型輸送車の荷台の上でアンコウ踊りを踊らさせる事となった。しかも、その輸送車が大洗の町のあちこちを走り回ると言う羞恥の公開処刑。

アンコウ踊りについてよく知らないみほを除いたAチームの表情はそれはそれは酷く、今回は不参加となったレッド・フラッグのメンバーが羨ましいと、沙織が叫んだりしたらしいが、それも本当に余談である。



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第2章~第1回練習試合!VS聖グロリアーナ女学院!~
第15話~試合、観戦します!~


昇降用ドックへ向かう道にて……………

 

「にしても、レイガンとスモーキーの2チームが、揃って欠席なんて珍しいよな」

「そりゃ仕方ねぇだろ。向こうには向こうの都合があったんだからさ」

「そうなんだけどさ……………………なんでレッド・フラッグの中で唯一参加できたライトニングチームが、俺と達哉しか居ねえの?」

「勘助は親の都合、翔は祖母さんのお見舞いだとさ」

「成る程ね」

 

日曜日早朝、大洗女子学園VS聖グロリアーナ女学院での親善試合当日、先行する大洗女子学園の戦車の後ろを走るIS-2の車内では、そんな会話が交わされていた。

 

「まあ、下手に大勢で行くよりかはマシなんじゃねえのか?戦車も1輌だけで済むし、変に場所も取らねえし」

「そういう問題か?」

 

呑気に言う達哉に、紅夜が聞き返す。

 

そうしているうちに、彼等は昇降用のドックの上に着き、後は港に着くのを待つだけになっていた。

 

「達哉、ちょっと出てこいよ、町が見えるぜ」

 

紅夜が言うと、操縦手用のハッチを開け、達哉が出てきた。

 

「おおーっ、あれが大洗の町か~」

 

前方に小さく見える、大洗の町を見た達哉がそう呟く。

 

「後で観光するか?」

「そうだな。せっかく陸に降りられるんだ、学園艦とは違う景色を楽しもうぜ」

 

そうしていると、彼等の後ろから巨大な影が現れる。

 

「ん?おい、見ろよ紅夜。あれが聖グロリアーナの学園艦だぜ」

「ああ、デケェなあ~」

 

大洗女子学園の学園艦より遥かに大きな学園艦に圧倒されていると、その下で動く、5輌の戦車が見えた。

 

「ありゃ、チャーチル1輌に、マチルダⅡ4輌か…………大洗の連中、大丈夫かなあ?あの戦車ってスピードこそウスノロだが、防護力って結構高かったろ?それに主砲もそこそこ威力あるだろうし………………」

「どうだろうな?まあ、今回俺等は出ねえから、観客席で見物させてもらおうぜ」

「何か他人事みてぇな言い方だなあ、おい」

 

呑気に言う達哉に、紅夜が苦笑いしながらそう言うが、内心では同じ事を思っていたのはここだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

大洗の町では、久し振りに地元チームが戦車道の試合をすると言うことで、屋台や試合観戦の準備などが行われ、陸の地元住人や、偶然観光に来ていた人々が行き交って非常に賑わっており、お祭りモードになっていた。

ドックの空いているスペースにIS-2を停めた2人は、Ⅳ号Aチームに乗せてもらい、試合会場へと向かった。

 

 

 

 

 

「それじゃ、俺等は観客席に移動するよ。それから、こんな事しか言えねえけど……………幸運を祈るぜ」

「そんじゃ、頑張れよ。また後で会おうな」

 

会場に着くと、紅夜と達哉はⅣ号から降り、大洗チームにエールを送ると、観客席へと向かった。

 

 

 

 そして、観客席へと向かう最中、紅夜と達哉は擦れ違う地域住民達に見られていた………

 

「なあ達哉、何か知らねえが俺等、かなり見られてねえか?」

 

そう言いながら、紅夜が達哉に耳打ちする。

紅夜の言う通り、先程から擦れ違う大洗町の住人や他の地域からの人々は、物珍しそうに、紅夜と達哉を見ていた。

 

「そりゃ仕方ねえさ、俺等が着ている服が服だからよ」

 

そう言って達哉は、レッド・フラッグのパンツァージャケットを指差した。

それに納得した紅夜は、擦れ違い様に見てくる大洗の住人に視線を移すのを止め、観客席に着くまでのちょっとした観光を楽しんでいた。

 

 

 

「地元チームの試合なんて、随分久し振りだねぇ」

「そうだねぇ、まあ戦車が一部、おかしな事になってるけど…………」

 

観客席に着くと、2人は良く見える席を確保して座る。

既に観客席に来ており、良さそうな位置を陣取っている観客からのコメントに、内心で苦笑いを浮かべていると、エキシビジョンに大洗女子学園の戦車道チームが映し出された。

 

《本日、大洗女子学園vs聖グロリアーナ女学院との練習試合を、午前8時より行います。試合中は、エリア内には立ち入り禁止となりますので、ご了承ください。尚、アウトレット他、各所に観戦席を設けておりますので、ご利用ください》

 

 そうして、試合についての説明のためのアナウンスも流れる。

 

「さて、そろそろスタートかな」

「ああ…………そういや、大洗チームってどんなやり方で攻めるんだっけ?」

「確か、Aチームが囮になって聖グロリアーナの戦車を引き付けて、残り全員でどっかの上から集中砲火……………………じゃね?」

 

試合についての注意を喚起するアナウンスを聞きながら、2人は呑気に話しつつ、聖グロリアーナ戦車道チーム隊長、ダージリンと挨拶をしている様子を見ていた。

 

 

 

 

 

「本日は急な申し出にも関わらず、試合を受けていただき、感謝する」

 

少し高圧的な言い方の桃に、ダージリンは怒ることなく、微笑んで返した。

 

「構いませんことよ。先日にも申し上げたように、私達は受けると言った勝負を途中でキャンセルするなどと言った、失礼な真似は致しませんもの。まあ、レッド・フラッグの皆様にご挨拶が出来ないというのが、少しばかり残念ですがね」

 

ダージリンはそう言うと、大洗女子学園の生徒達の後ろに控える5輌の戦車を見ると、言いにくそうにしながら言った。

 

「それにしても……………………個性的な戦車ですわね」

「ッ!」

 

そう言うダージリンに、桃は一瞬表情をひくつかせたが、何とか堪えた。

まあ、ダージリンのコメントについては無理もない。

なんせ、彼女等大洗女子学園の戦車は、Ⅳ号を除いた全ての戦車が、カラフルに塗られていたり、旗が建っていたり、金色に輝いていたり、部活の宣伝のような文字がデカデカと書かれているのだ。

校章が描かれているだけだとか、レッド・フラッグのようなチームのエンブレムや小編成チームの名前が書かれているだけなら未だしも、あのようなオブジェ擬きとも言える戦車など、前代未聞だ。

大洗の住民やダージリンの反応は、ある意味適切なものとも言えよう。現に、レッド・フラッグのメンバーでさえ、あのオブジェのような戦車には引き気味だったのだから。

 

「ですが、私(わたくし)達はどのような相手でも全力を尽くしますの。サンダースやプラウダみたいに下品な戦い方はいたしませんわ。私の流儀に大きく反しますのでね……………騎士道精神で、お互いに頑張りましょう。互いに悔いの無い、良い試合が出来る事を、期待しておりますわ」

 

そう言い終えると、ダージリンは自身の乗る戦車、チャーチル歩兵戦車に乗り込み、4輌のマチルダⅡ歩兵戦車を引き連れ、彼女等の待機場所へと移った。

 

 

 

 

 

「さてさて、この試合はどうなるのかねぇ……」

 

場所を戻して、此処は観客席。

いつの間にか買ってきていたポップコーンを口に放り込みながら、達哉は言った。

 

「相手は全国大会準優勝出来る程の腕だし、初陣だったとは言え、俺等を破った強豪だから、勝ち目は薄いだろうな…………まあ、万が一作戦が失敗しても、上手いこと切り抜けると思うぜ?隊長は西住さんらしいし」

 

紅夜はそう返し、今はこの場に居ないレイガンやスモーキーチームのメンバー、そして自身のチームメイトである、翔や勘助に今回の試合の結果等を伝えるため、持ってきていたメモ用紙と鉛筆を取り出した。

 

「なぁ紅夜………………それって使えるのか?」

「さあ、知らね。特に考えずに持ってきただけだからな……………まあ使えなくても、試合が終わってから、大洗側にどんな事があったのか聞きゃ良いさ。一応俺等って、復活してからも結構なブランクがあるからさ」

 

そうしていると、空中に閃光弾が打ち上げられ、試合開始を告げるアナウンスが響いた。

 

《試合、開始!》

 

それと同時に、両チームの戦車が一斉に動き出す。

動き出した両チームの戦車に、観客席が盛り上がりを見せる。

 

「さあ、どんな試合になるか、見せてもらおうではありませんか!」

「ああ、こりゃ楽しみになってきたぜ。全国大会準優勝と言う強豪相手に、大洗がどのような大立ち回りを見せてくれるのか、楽しみで仕方ねえや」

 

エキシビジョンに映る映像を見ながら、2人は試合の観戦を始めるのであった。



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第16話~試合中です!~

さて、紅夜達が観戦している最中、大洗女子学園戦車道チームは、大きな岩が壁となる地点から、見事なパンツァーカイルで戦車を進める聖グロリアーナ女学院の様子を見ていた。

 

岩場では、Ⅳ号から出ていたみほと優花里が双眼鏡で偵察していた。

 

「マチルダⅡが4輌、チャーチル1輌が前進中…」

「流石は聖グロリアーナ女学院、見事な隊列を組んでますね!」

「うん。レッド・フラッグよりも多い数なのに、あのまま隊列を乱さずに動けるなんて凄いよ」

 

様子を見ながら、みほと優花里がそんな事を言い合う。

聖グロリアーナは、全国大会で準優勝する程の強豪。彼女等からすれば、あの程度の隊列など、乱さずに走れて当然なのだが、みほを除けば全員が初心者である大洗女子学園側からすれば、それ程までに凄いものだったのだろう。

 

「相手の戦車の装甲は兎に角固いですからねぇ……此方の徹甲弾だと、正面装甲は抜けませんね」

 

そう言う優花里に、みほは双眼鏡を目から離すと言った。

 

「その辺りはまあ、戦術と腕………と言った感じかな」

「はい、そうですね!」

 

そうして、2人はⅣ号へと戻る。

優花里がⅣ号によじ登り、装填手用のハッチから中に入る。

みほは操縦席に座る麻子に声をかけた。

 

「麻子さん、起きて。エンジン音が響かないように注意しつつ、転回してください」

「ん………」

 

みほがそう言うと、操縦席から如何にも眠たげな声での返答が返される。

そして、みほが車長席に座ると、麻子はゆっくりとⅣ号を後退させ、転回すると、他の戦車と共に移動を開始した。

 

Ⅳ号は速度を上げ、先行する他のチームの戦車を追い越し、先頭を走る。

そして、ある程度進んだところで、みほは全戦車へと通信を入れた。

 

「敵は5輌が前進中です。先程の打ち合わせ通り、私達が囮になりますので、皆さんは例の峠で待機していてください。これより、『こそこそ作戦』を決行します」

 

そう言うと、他4輌の戦車は分かれ道で左折し、Ⅳ号1輌のみが直進する。

 

「それで、私達はどうするの?」

「攻撃を仕掛けて相手を誘い込むって作戦なんだけど、上手くいくかなぁ……」

 

作戦の内容を聞いてくる沙織に、みほは不安げに答える。

 

「まあ、もし負けたらアンコウ踊りだもんね」

「うぐっ」

「はあ~あ、今日は不参加だって言うレッド・フラッグの皆が羨ましいよ」

「まあまあ、来れたのが2人だけでは仕方ありませんよ。それに、他校との試合は初めてですし、全力を尽くすだけです。頑張りましょう」

 

沙織の追い討ちのような一言に追い詰められたみほを、華がフォローする。

 

「まあ、華の言う通りだね、やるしかないじゃん!」

「私はイギリス戦車が生で動いているのを見ているだけで、幸せです!」

「ほ、本当に幸せそうだね……」

 

華の言葉に沙織が便乗するが、嬉しそうに言う優花里に若干引き気味になっていた。

因みにその間も、麻子は無表情のまま運転し続けていた。

 

そして誘い込み地点に到着した一行は、ちょうど通り掛かっていたグロリアーナの戦車に砲撃を仕掛けるも、マチルダⅡの左側に着弾し、命中しなかった。

 

「仕掛けてきましたわね」

「ええ……………では、此方もお相手致しましょうか」

 

先行するチャーチルの車長席に座るダージリンはそう言って、自車含む全車両の砲口を、誘い込み地点に居るⅣ号へと向けさせ、一斉に向かった。

 

「全車両、前方Ⅳ号に攻撃開始」

 

そうダージリンが言った途端、5輌の戦車からの集中砲火が始まる。

飛んでくる砲弾が岩道や崖に着弾し、砕かれた岩があちこちに飛び交う中、Ⅳ号はジグザグに走行していた。

 

「なるべくジグザグに走行してください。此方は装甲が薄いから、まともに喰らったら終わりです」

「了解……」

 

みほの指示に、麻子は眠たそうにしながら返事を返す。

 

「思ったよりもやるわね…………速度を上げて。追うのよ」

 

ダージリンは感心したように言うと、他の戦車に速度を上げるように言う。

 

「どんな走り方をしようとも、我が校の戦車は、1滴たりとも紅茶を溢したりしないわ」

 

そして、チャーチルから放たれた砲弾が、Ⅳ号の直ぐ側に着弾し、砕けた岩などが宙を舞った。

みほは咄嗟にハッチに掴まり、衝撃に耐え、安堵の溜め息をついた。

 

「みぽりん、そんなに身を乗り出したら危ないよ!」

 

そこへ通信手用のハッチを少し開け、顔だけを覗かせた沙織が強く言った。

「え?…………ああ、戦車の中はカーボンでコーティングされているから大丈夫だよ」

 

みほは沙織が何を言おうとしているのか分かっているように言うが、当の本人は強く首を横に振るばかりだ。

 

「私はそういう事を言ってるんじゃないよ!そんなに身を乗り出して、当たったらどうするのさ!?」

「そう言われても、滅多に当たるようなものじゃないし、ああ見えて砲弾って、それなりに安全性にも配慮されているんだよ?それに、こうしている方が、周りもよく見えるし」

 

安心しろとばかりにみほは言うが、沙織は悲痛そうな声で叫んだ。

 

「でも、みぽりんにもしもの事があったら大変でしょ!?もっと中に入って!」

「…………心配してくれて、ありがとね。では、お言葉に甘えて」

 

そう言って、みほは自分の身を若干車内に引っ込めた。

 

 

 

余談だが、使用される砲弾の安全配慮は、あくまでも『着弾時に戦車の装甲を貫通して、乗員を死傷させないようにする』ための安全配慮であって、流れ弾が人間に当たった時の配慮などはされていないと言うのが現実である。

 

 

 

 

その頃、みほ達の到着を待っているB~Eチームのメンバーは峠の上で待機していたのだが……………………

 

「何時も心にバレーボール!」

「そーれ!」

 

Bチームはバレーボールを……………………

 

「…………」

「…………」

 

Cチームでは、首に赤いバンダナを巻いたカエサルと、軍人の帽子をかぶったエルヴィンが、腕組みしながら峠の梺を見下ろし……………………

 

「革命!」

「しまった、どうしよう~?」

 

1年生のDチームは、戦車の上でトランプして遊び、生徒会メンバーのEチームは…………

 

「遅い!」

「待つのも作戦のうちだよ~」

「い、いや、しかしですね…………」

 

杏は何処から持ち出したのか、サマーベッドを戦車の後部に置いて寝そべっていた。

桃はAチームの到着を、今か今かと待ちわびていた。

 

『此方Aチーム。敵を引き付けつつ、待機地点に、後3分で到着します!』

「よし、分かった…………おい、お前達!Aチームが戻ってきたぞ!全員、戦車に乗り込め!」

 

みほから知らせを受けた桃は通信を終えると、待機している全員に言い放った。

 

「「「「えぇぇぇ~!?」」」」

「せっかく革命起こしたのに~」

 

Cチームは既に戦車に乗り込み、杏もサマーベッドを片付け始めるが、B、Dチームから不満の声が上がる。

そうしつつも、全員が戦車に乗り込んだ。

 

『後600メートルで、敵車輌が射程内に入ります!』

 

さらにみほから通信が入り、メンバー全員に緊張が走る。

其所へ、囮としての役目を終えたⅣ号Aチームが戻ってきたのだが……………………

 

「撃て撃てぇ!」

 

あろうことか桃が、Ⅳ号へと誤射したのだ。フレンドリーファイアも良いところである。

 

「味方撃ってどうするのよォ~~!?」

 

そうしつつ、Ⅳ号Aチームが峠を登り始める。

 

「こんな安直な囮作戦、私達には通用しなくてよ」

 

チャーチルの車長席のスコープから様子を見ていたダージリンが、余裕そうな顔で言う。

 

そうして、聖グロリアーナ女学院の戦車隊は、左に2輌、右側に自車含む3輌を向かわせ、挟み込む。

 

「撃て撃て撃てぇ!」

 

まるで狂人のように桃は叫び、それが原因か、他の戦車も出鱈目に撃ちまくるが、狙いが適当なら、外れるのは火を見るよりも明らかな事だ。

 

『そ、そんなバラバラに攻撃しても意味はありません!履帯を狙ってください!』

 

みほは指示を飛ばすものの、他のチームは聞く耳すら持たず、全員が好き勝手に攻撃を仕掛けていた。

 

「もっと撃てぇ!撃て撃てぇ!見えるものは全て撃てぇ!」

 

最早、桃の暴走状態を止められる者は誰一人としておらず、連携もまるで取れていない状態になった。

そして、1度砲撃が止んだ瞬間を見逃すことなく、ダージリンは全戦車に指示を飛ばした。

 

「全車両、前進」

 

そうダージリンが言うと、グロリアーナの戦車が前進を始める。

そこに一呼吸程間を置き……………………

 

「攻撃」

 

淡々と告げられた、漢字2文字だけの単語に、グロリアーナは全戦車での集中砲火を浴びせ始める。

 

「す、凄いアタック!」

「あり得ない~!」

 

突然始まった集中砲火に、好き勝手に撃っていたチームは判断が追い付かず、慌て出す。

 

『お、落ち着いてください!攻撃止めないで!』

 

みほはそう指示を飛ばしたものの……………………

 

「無理です!」

「もう嫌ァ~~!!」

 

その声が聞こえたと思ったのも束の間、Dチームのメンバー全員が、あろうことか戦車を捨てて逃亡したのだ。

 

「ちょ、ちょっと!逃げちゃ駄目だってば!」

 

M3リーの車長、澤 梓(さわ あずさ)はそう言うが、自身も戦車から逃げ出してしまい、その間に砲弾が直撃、たちまちM3リーから白旗が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ」

「何してんだよ1年生……………………」

 

一方、観客席にて観戦している紅夜と達哉は、試合の様子に呆れていた。

 

初心者チームであるが故に、突然の事に混乱し、連携が取れなくなるのはこの際仕方無い事だとしても、戦車を放り出して逃げるなど、彼等からすれば論外レベルだ。

やむを得ずに逃げるなら未だしも、ただ立て続けに砲撃を受けて怖いから逃げると言うのは、紅夜達のチームからしても戦車道業界からしても、話にならないレベルなのだ。

 

「こう言うのを言うんだよな、達哉?」

「ん?何だよ、『こう言うの』って?」

 

達哉が聞き返すと、紅夜はドヤ顔を浮かべながら言おうとした。

 

「ホビr…「他作品のネタ使ってんじゃねぇぇぇぇええええ!!喰らえ、達哉君ペットボトルスイング!」あべしっ!?」

 

そう叫びながら、達哉は先程買ってきた、まだ殆ど飲まれていないジュース入りのペットボトルで紅夜の頭を殴り付け、失神させた。

 

「ふうっ!良い仕事したぜ!」

『『『『『『(いや、全然してねーよ……………………)』』』』』』

 

その光景を見ていた他の観客は、皆同じ事を思っていたそうだが、それは彼等のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

さて、場所を戻して峠。

 

徐々に迫ってくる聖グロリアーナ女学院の戦車隊にパニックに陥った大洗戦車道チームは、Dチームを撃破され、さらに38tの履帯が外れ、自由に行動出来るのは、実質上A~Cチームだけになっていた。

 

『私達はどうすれば良いんですか!?』

『隊長殿、指示を!』

『撃って撃って撃ちまくれぇ!!』

 

約1名程狂っているのを脇に置き、みほは悩んでいた。

この場に居てもやられるだけだと言うのは、経験者である彼女も十分に理解している。

頭を抱えそうになっていると、華が言った。

 

「隊長は西住さんです」

 

そう言うと、他の3人も便乗して言った。

「私達、みぽりんの言う通りにするよ!」

「何処へだって行ってやる」

「西住殿、命令してください!」

 

覚悟を決めた表情になっているチームメイト達を見て、みほは頷くと、再び通信を入れた。

 

「Bチーム、Cチームは、我々Aチームについてきてください!移動します!」

『了解しました!』

『心得た!』

『何っ!?許さんぞ!』

 

反対の声を上げる桃を無視し、みほは叫んだ。

 

「『もっとこそこそ作戦』を開始します!」

 

そうして、大洗女子学園の逆転劇が、幕を上げようとしていた!

 

 

 

 

 

一方、観客席では……………………

 

「ハッ!?俺は何を!?」

「んくっんくっ……………ぷはァ!……………おろ?やっと起きたのかお前…………随分と長い間気絶してたな」

「達哉ァ……………………テメエよくもやってくれやがったなゴルァ……おかげで試合の一部見逃したじゃねえかよォ……後でIS-2の砲弾でケツバット200回の刑だから覚悟しとけよ?逃げても無駄だぜ?地獄の果てまで追っ掛けてぶちのめしてやる」

「アハハハハ…………ご、ご冗談を……「ほほ~う?マジギレ状態の俺を見ても未だ、これが冗談だと言うか?」………ですよね~……はぁ………………\(^o^)/オワタ」

 

こんな会話が交わされていたとか違うとか…………



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第17話~決着です!~

みほの考えた『こそこそ作戦』は、桃の誤射によって失敗。連携もロクに取れず、只々出鱈目に撃つだけだったのが仇となり、大洗女子学園は挟み込まれ、集中砲火を受ける羽目になる。

さらに、立て続けに撃ち込まれる砲弾の嵐に耐えかねたのか、1年生のDチームが戦車を捨てて逃亡、生徒会の38tも履帯が外れ、操縦不能に陥る。

そしてみほは、この現状を打破するため、『もっとこそこそ作戦』を決行するのであった。

 

 

 

 

 

「おー、大洗女子が動きを見せ始めたぜ?」

「移動するってか…………多分市街地戦に持ち込むつもりだな。上手くいくかどうか…………」

 

聖グロリアーナの戦車からの砲撃をかわしながらコンクリートの道路を進み、市街地へと入っていく一行をエキシビジョンで見ている紅夜に、達哉は何処と無く不安げに言った。

 

 

 

 

 

 

「これより、市街地に入ります。地形を最大限に活かしてください」

『Why not!』

『大洗は庭です!任せてください!』

 

その頃、みほ達一行は市街地に入ろうとしていた。

後ろからの聖グロリアーナの戦車からの砲撃を掻い潜り、彼女等は交差点で散り散りになった。

 

聖グロリアーナ女学院の戦車は、重装甲故に大洗の戦車より足が遅い。そのため、聖グロリアーナの戦車が交差点に着いた頃には、大洗の戦車は見えなくなっていた。

 

「……………………消えた?」

 

スコープから様子を見ていたダージリンは、自分達以外は誰も居ない交差点を見て、そう呟いた。

それからダージリンは、其々の戦車に、散開して大洗の戦車を探すように指示を出した。

 

 

 

 

 

 

とある細い道を、1輌のマチルダⅡが徐行していた。砲塔を右へ、左へと回し、大洗の戦車を探す。

そして、道の左側にあった薬局の前を通り過ぎた瞬間……………………!

旗で偽装して、脇道に姿を隠していたⅢ突の至近距離からの砲撃を受け、撃破された。

 

はたまた、駐車場の近くを通り掛かっていた別のマチルダⅡは、荷物運搬用の貨物エレベーターのブザーが鳴っているのに気づき、その前に戦車を移動させ、エレベーターの扉の前に戦車を停める。

すると、扉がゆっくりの上に開き始める。

 

「馬鹿め…………」

 

そのマチルダⅡの車長は勝利を確信していたが、自車の真後ろにあった、自動車用のエレベーターも同時に競り上がっている事には気づいていなかった。

そして、エレベーターの扉が開ききるまでに車長が気づくことは遂になく、もぬけの殻となっていたエレベーターに付いていた鏡で、自分達が騙されていたことに漸く気づいた。

 

「しまった!奴等は後ろだ!」

 

大急ぎで車内に入ってハッチを閉め、砲手に指示を出そうとするが、時既に遅し。

 

「そぉーれ!」

「「「そぉーれ!!」」」

 

競り上がってきていた自動車用エレベーターに乗っていた八九式の砲撃を増槽に喰らって爆発が起き、増槽部分が燃え上がった。

 

『此方Cチーム、1輌撃破!』

『Bチームも1輌撃破!』

 

Aチームに、高らかに撃破を告げる通信が入る。

 

「やりましたね、西住殿!」

 

装填手の優花里が嬉しそうに言い、みほ達の表情も明るくなっていた。

 

『こそこそ作戦』が失敗に終わり、Dチームの戦車は撃破され、Eチームは操縦不能に陥り、劣勢に立たされていた自分達が、漸く優勢に立てたと思える瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

「おおーっ、BチームもCチームも考えたなあ~。Bチームなんてエレベーターの中に隠れるなんてなぁ…………」

「ああ。それにCチームは、戦車に付けてた旗でカモフラージュするとは…………余計に付けてた物が此処で役に立つとはな…………まあ、あの旗が仇になることがなければ、さらに良いんだがなぁ…………」

 

2チームがマチルダⅡを撃破する場面を見ていた2人は、其々の作戦に感心していたが、達哉は、Cチームが旗を回収し、再びⅢ突に取り付けている場面を見ながら言った。

 

 

 

 

 

 

その頃、聖グロリアーナ側では…………

 

『攻撃を受け、行動不能!』

『此方は被弾につき、現在確認中!』

 

ダージリンの乗るチャーチルに、被害を受けた2輌のマチルダⅡから通信が入り、ダージリンは紅茶のカップを落とし、割ってしまう。

 

「相手も中々のものですわね…………でも、調子が良いのもこれまでよ!」

 

表情に若干の焦りの色を見せながら、ダージリンはそう言った。

 

 

 

 

その頃、カエサルとエルヴィンが高笑いをしているCチームは、もう1輌のマチルダⅡを見つけた。相手も此方に気づいたのを察したエルヴィンは、操縦手のおりょうに路地裏に逃げ込むように言った。

 

「入り組んだ道に入ってしまえば良い。Ⅲ突は、車高が低いからなぁ」

エルヴィンは自信ありげにそう言う。

確かにⅢ突は車高が低く、それ故に待ち伏せ作戦では、元々の火力の高さもあって、非常に強力な戦車だった。

だが、余計な物まで付けられているその状態で、車高が低いなどと言っている場合ではなく…………

 

旗の高さで位置を特定したマチルダⅡの砲撃を真横に喰らい、あえなく撃破された。

 

 

 

 

そしてBチームでは…………

 

「作戦大成功……………………ん?」

 

撃破したと思い込んでいたが、先程まで貨物用エレベーターの方を向いていた砲塔が、今度は自分達の方へ向けられていた。

 

「うわぁ~生きてた~!」

「ちょっ、どうするの!?」

 

車内ではパニックが起き、砲手のあけびが砲撃するも、頑丈な装甲を持つマチルダⅡの正面装甲に阻まれる。

 

「サーブ権取られた~」

 

その言葉を最後に、Bチームは撃破された。

 

 

 

 

 

「あ~あ、Ⅲ突の旗撤去しないから…………」

「それに八九式って、あくまでも歩兵支援用の戦車だから、元々の火力って意外と大したことなかったんだよな~、その辺伝えときゃ良かったよ」

 

その様子を見ていた紅夜と達哉は、苦笑いしながら言った。

 

 

 

 

 

その頃、Aチームでは……………………

 

 

『Cチーム、行動不能!』

『Bチーム、敵撃破失敗!及び行動不能、すみません!』

 

2チームから通信が入り、みほ達の間に緊張が走った。

特にBチームからの通信は、撃破したと思っていた戦車が、まだ走れる状態にあるという事。

つまり、生徒会のEチームが操縦不能になり、頼れる存在であるⅢ突も八九式も行動不能になった今、3vs1が4vs1となってしまったという事だ。

 

そうしているうちに、Ⅳ号を見つけた聖グロリアーナの戦車が追いかけてきた。

 

「来た!囲まれたらマズイ!」

「どうする?」

 

みほが焦りを見せる中、麻子が指示を仰ぐ。

 

「兎に角敵を振り切って!」

「ほい」

 

その指示を受けた麻子はクラッチを蹴ってギアを上げ、速度を一気に上げて逃げ出す。

 

聖グロリアーナの戦車も速度を上げ、壮絶な追いかけっこが始まった。

両者共に砲撃を仕掛けるも外れ、そして移動するというのを繰り返す。

 

カーブを曲がった時、マチルダⅡの1輌が旅館に突っ込んだ。

 

因にだが、戦車道の試合中の砲撃や、今のように戦車が突っ込んだりして損傷した建物は新築の対象となるため、その旅館の主が新築できると喜び、他の店の主人が羨ましがっていたが、それを見た紅夜と達哉が苦笑いを浮かべていたのは余談である。

 

そうして暫く逃げ回るうちに、Aチームは道路の舗装工事で通行止めになっている場所へと来る。

そしてUターンしようとすると、前方から聖グロリアーナの戦車4輌が立ちはだかり、Aチームは追い詰められる。

其所へ、前進してきたチャーチルのキューボラハッチから上半身を乗り出したダージリンが、こう語りかけた。

 

「こんな格言をご存じ?『イギリス人は恋愛と戦争では、手段を選ばない』!」

 

そうして、チャーチルの砲口がⅣ号を捉えると共に、他3輌のマチルダⅡも、砲口をⅣ号へと向ける。

 

「くっ…………!」

 

みほが敗北を覚悟した時、物凄いエンジン音と共に金色の車体が飛び出してきた。

 

「参上~!」

 

履帯の修理を終えた38t、生徒会チームだった。

 

「発射!」

 

砲手の桃が興奮気味に言いながら引き金を引くが、その砲弾はあらぬ方向へと飛んでいった。

 

「桃ちゃん、此処で外す~?」

 

柚子が呆れ気味に言うや否や、聖グロリアーナの戦車4輌の砲口が、一斉に38tへと向けられ、38tはあっさりと撃破された。

 

「やられた~!」

 

杏はそう叫ぶが、いきなりの38tの登場に驚いた聖グロリアーナの戦車が、撃破の対象をⅣ号から38tへと変えたことによって出来た一瞬の隙を狙い、みほが指示を出した。

 

「前進!一撃で離脱して、路地左折!」

その声と共にⅣ号が飛び出し、先程38tが飛び出してきた路地へと車体を捩じ込むと、砲口を向けてきたマチルダⅡを攻撃して行動不能にする。

 

「回り込みなさい、至急!」

 

淑女に似合わないが、大声を張り上げたダージリンの指示により、残った3輌も一斉に後退し、Ⅳ号を追い始める。

 

 

 

その頃、路地を進んでいたAチーム一行は、最後の作戦に移ろうとしていた。

 

「大通りに出て、先に路地を押さえます!」

 

そう言うが、聖グロリアーナの戦車が別の道から追ってきていることに気づいた。

 

「急いでください!その角を右折したら、壁に沿って進んで急停止!」

「ほい」

 

みほからの指示に、麻子は淡々と答える。

そして、前方から1輌のマチルダⅡがヌウッと姿を現す。

 

その側面に撃ち込むと、たちまちマチルダⅡから白旗が上がる。

そしてその前を横切って反対側に移ると、現れた別のマチルダⅡにも攻撃を加え、行動不能にする。

すると、2輌を押し退けて、親玉であるチャーチルが大通りに出てくる。

その側面に砲弾を撃ち込むものの、側面装甲にめり込んだだけだった。

チャーチルが砲口をⅣ号に向けようとすると、みほが指示を出した。

 

「後退してください!ジグザグに!」

 

麻子はみほに言われた通り、Ⅳ号をジグザグに後退させる。そして、停車した真ん前にチャーチルからの砲弾が着弾すると、すかさずⅣ号を前進させる。

 

大通りを進み、チャーチルの前を横切る。

チャーチルは、そんなⅣ号を逃がさないとばかりに砲塔を回転させて砲撃するも、それは外れ、砲弾は交差点の向かい側にある家に直撃、破壊した。

Ⅳ号はそのまま、チャーチルから距離を取っていく。

 

「路地行く?」

「いや…………此処で決着をつけます!回り込んでください!そのまま突撃します!」

 

その声に、Ⅳ号は反転してチャーチルに向き直り、突撃していく。

 

「…………と見せかけて、合図で敵の右側部に回り込みます!」

「…………ッ!」

 

向かってくるⅣ号に、ダージリンは意図を察したのか、目を細める。

 

「……………………ハイッ!!」

 

みほの合図と共に、Ⅳ号は先程、砲弾をめり込ませたチャーチルの右側部に回り込もうとするが、それに気づいたダージリンは、チャーチルの砲塔をⅣ号の正面に向けさせる。

そして、同時に2輌の砲口が火を吹き、激しい爆発が起こり、黒煙が吹き上がった。

 

そして、その黒煙が晴れると、砲塔から火災が起きている2輌の姿が現れる。

そして少しの沈黙の後、Ⅳ号から白旗が上がる。

 

 

《大洗女子学園、全車両行動不能!よって、聖グロリアーナ女学院の勝利!》

 

そして少しの間を空け、聖グロリアーナ女学院の勝利を知らせるアナウンスが響いた。

 

 

 

 

 

「負けたか…………」

「ああ。だが、強豪相手に良くやった方じゃねえか」

「そうだな…………よし!取り敢えずAチームには、何か差し入れでスポドリでも買っていくか!」

「だな」

 

エキシビジョンで様子を見ていた紅夜と達哉はそう言い合うと、自販機へと向かってスポーツドリンクを5本買うと、Aチームに渡すべく、観客席を後にした。



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第18話~羞恥の公開処刑です~

大洗女子学園VS聖グロリアーナ女学院の親善試合は、みほ達Ⅳ号Aチームの健闘もあったものの、聖グロリアーナ女学院の勝利に終わった。

 

それを見届けた紅夜と達哉は、彼女等を労うべく、近くにあった自販機でスポーツドリンクを5本買うと、Aチームに渡すべく、彼女等の待機している、荷揚げした荷物を運搬するためのトラックが並んでいる、大洗の港の駐車場へとやって来た。

 

「やっぱ、皆落ち込んでるなぁ……」

「そりゃそうさ。大洗女子学園からすりゃ、初めての他校との試合なんだ。初陣だからこそ、負けたら悔しいってモンさ。俺等だってそうだったじゃねえかよ。最初は負けるか引き分けるかのどちらかしかなかったし」

「ああ、確かにそうだな」

 

歩いている最中に擦れ違った、SLT50エレファント戦車運搬車によって運ばれていく、大洗女子学園の戦車を見た後、コンテナの近くで立ち尽くすみほ達を視界に捉えた紅夜と達哉が言う。

 

「まあ取り敢えず、これ渡そうぜ」

「だな」

 

2人はそう言って頷き合うと、みほ達に近づいた。

 

「よお、お疲れさん」

 

紅夜が声をかけると、みほ達が振り向いた。その表情は、何処と無く残念そうにしていた。

 

「ゴメンね、長門君。負けちゃった…………」

 

みほが残念そうに言うが、紅夜は首を横に振って言った。

「謝る事はねえよ。寧ろ、強豪相手に良く戦えた方だと思うぜ?なあ、達哉?」

「其所で俺に振るのかよ…………まあ確かに、紅夜の言う通りだ。初陣で4輌相手に3輌撃破して、それに親玉さんと良いトコまで張り合えてたんだ。もっと誇って良いと思う」

 

達也はそう言うと、紅夜に飲み物を渡すように視線で促す。

 

「これ、差し入れだ。お前等で飲めよ」

 

そう言って紅夜は、5本のスポーツドリンクを入れた袋を差し出した。

みほはそれを受け取り、中身を見た。

 

「……………………良いの?」

「ああ。良い試合を見せてもらったんだ、これぐらいはしねえとバチが当たる」

 

そう言って、紅夜は微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

みほはそう言って、沙織や華、麻子と優香里に渡していく。

 

それを見て、紅夜と達哉は互いを見やって軽く笑った後、携帯を取り出すとアプリのゲームで遊び始める。

 

其所へ、聖グロリアーナのダージリンと、橙色の髪の毛が特徴のオレンジペコ、そして、金髪をロール状にしたアッサムが近づいてきた。

 

「失礼、少し宜しいですか?」

 

ダージリンに声をかけられ、みほが振り向く。

 

「貴女が、大洗の隊長さんで、宜しいですか?」

「は、はい…………」

「お名前を伺っても?」

 

みほに向かって、ダージリンはそう訊ねる。

 

「に…………西住みほです」

 

そう答えると、ダージリンは軽く驚いたような表情を浮かべた。

 

「もしかして、西住流の…………?」

 

ダージリンはそう呟き、少しみほを見ると、納得したように頷いた。

 

「成る程、確かに似ていますね…………まほさんとは、1度戦ったことがあるのですが…………貴女はお姉さんとは、違うのですね」

 

そう言ってダージリンは、自分に気づく気配もなく通信対戦で遊んでいる紅夜に声をかけた。

 

「もし、其所の方…………すみませんが、少しお時間いただけるかしら?」

 

そう言って、ダージリンは紅夜の肩を軽く叩いて注意を引いた。

 

「…………?自分にご用で?」

紅夜はゲームを中止すると、ダージリンへと向き直った。

 

「貴方が、特別チームの隊長さんで宜しいですか?」

「ええ」

 

そう言って紅夜は、携帯をポケットにしまって言った。

 

「大洗女子学園所属戦車道特別チーム、《RED FLAG》総隊長、長門紅夜です」

「そう、貴方があの…………」

 

そう言うとダージリンは、紅夜を暫く見つめる。

紅夜はダージリンの行動を疑問に思いながらも、ダージリンを見続けていた。

 

「殿方が戦車道をしていたと言うのは、昔から伺っていたので、野蛮な方なのかと思っていましたが…………それは、此方の杞憂だったそうですわね」

「それは、一応第一印象は良いという受け取り方をしても良いのですか?」

「ええ」

 

ダージリンは頷いて、隣に居る達哉の方も見た。

 

「出来れば、今回の試合に貴殿方も参加していただきたかったのですが…………まあ、仕方ありませんわね」

「それはそれは、ご期待に添えなかったようで…………」

 

残念そうに言うダージリンに、紅夜は苦笑いしながら言った。

そうしていると、オレンジペコがダージリンに言った。

 

「隊長、そろそろお時間です」

「あら、それは残念」

 

そう言って、ダージリンは一旦、みほの方を向いて言った。

 

「では、私達はこれで。それと…………」

 

ダージリンはそう言いかけ、紅夜に耳打ちした。

 

「貴殿方と試合が出来る日を、心待ちにしておりますわ」

 

そうダージリンが言うと、紅夜は少し目を瞑った後、それを不敵な笑みに変えた。

 

「ああ、俺も楽しみにしてるぜ……………その時をな」

「…………ッ!その笑みは、如何にも殿方らしい笑みですわね……………嫌いではありませんわ」

 

そう言って、ダージリン達は去っていった。紅夜には、心なしかダージリンの顔が、少しばかり赤くなっているように見えたが、気のせいだろうと思うことにした。

 

 

「お!紅夜君達も来てたんだね~」

 

その声に振り向くと、杏達生徒会チームが居た。

 

「ああ、角谷さん。お疲れ様です。生徒会の方々も」

「ああ」

「まぁ、負けちゃいましたけどね…………」

 

桃が淡々と返事を返し、柚子が残念そうに答えると、みほ達が気まずそうな表情を浮かべる。

 

「いやあ、負けちゃったね、ドンマ~イ」

「健闘もあったが、約束は約束なのでな……………では、約束通りにやってもらおうか?アンコウ踊り」

 

桃がそう言うと、杏がそれに待ったをかけた。

 

「まあまあ、こう言うのは連帯責任だから」

「うえっ!?」

「会長、まさか!?」

「うん!」

 

驚きながら言う桃と柚子に、杏は頷いた。

 

「「(ああ、この人もやるつもりだな、あの躍りを…………よくやるぜ…………)」」

 

杏のやろうとしている事を察した紅夜と達哉は、苦笑いしながら思った。

 

「ああそうそう、2人に頼みたい事があるんだよねぇ」

「何でしょう?」

 

紅夜がそう訊ねると、杏は言った。

 

「いやあ、実は太鼓叩いてくれる人が居ないんだよねえ~、2人共手伝ってよ」

「つまり、俺等に太鼓叩けと?」

「そっ!」

紅夜と達哉は、互いに顔を見合わせると答えた。

 

「別に構いませんよ?どうせ俺等、この後暇だし」

「あんがとね~」

 

そう言っていたのだが…………

 

「あの、レッド・フラッグの方ですか?」

「?」

 

振り向くと、其所には大洗女子学園の制服を着た、おかっぱ頭の女子生徒が立っていた。

 

「戦車が邪魔になっていると苦情があったので、私が指定する場所に移動してもらえますか?」

「あ、すいません。直ぐやります…………すいません角谷さん、太鼓は他の人にやってもらってください」

「あらら……………まぁ良いよ。りょーかい」

 

そう言って、2人はその女子生徒と共に走っていき、彼女が指定する場所へとIS-2を移動させた。

 

そして移動を終えて町へ戻ると、大通りからアンコウ踊りの曲が聞こえ、人だかりが出来ている場所へとやって来ると……………………

 

 

大層な曲が大音量で流れる中、Cチームのカエサルとおりょうが太鼓を叩く横で、桃色の全身タイツかと疑うようなアンコウスーツを着て、大型輸送車のトレーラー部分の上で踊らされている、みほ達5人と生徒会メンバーが居た。

 

「ふぇぇぇぇぇ~っ!!?」

 

みほは顔を真っ赤に染めながらも必死に踊り…………

 

「もうお嫁に行けない~!」

「仕方ありません!」

 

沙織もみほと同じく顔を真っ赤にして、ボヤきながら踊り、優香里は覚悟を決めたような表情で踊る。

 

「恥ずかしいと思えば、余計に恥ずかしくなります!」

 

華はそう言いながらも踊っているが、どの道彼女の顔も赤くなっていた。

麻子は何時も通りの無表情で踊っており、生徒会メンバーに至っては、特に杏が楽しそうに踊っていたのだが、見ていた紅夜と達哉は……………………

 

「「(ウッワ~…………こりゃ、動画よりもヒッデェ~……………………西住さん達、マジで御愁傷様…………)」」

 

同じ事を考えながら、心の中でみほ達に合掌していた。

 

因にだが、紅夜達はみほ達の横で楽しそうに踊っている杏を見て、アンコウ踊りやりたさに罰ゲームをアンコウ踊りに決めたのでは?とも思っていたらしい。

 

因みに、踊りながらも気の毒そうな目で見ている紅夜と達哉を見つけた、みほ、沙織、華、優香里の4人は、元から赤かった顔をさらに真っ赤に染め上げ、それを見た紅夜と達哉が何とも言えないような顔をしていたのは余談である。

 

「達哉、後で何か、食い物でも奢ってやるか?」

「そうしてやれ……………それと、この件はレイガンやスモーキーの連中には言わない方が良さそうだな……………………」

「だな…………」

 

自分達を見て顔を真っ赤に染め上げた彼女等を見た紅夜と達哉は、そんな会話を交わした後、この羞恥の公開処刑の最終地点へと向かった。



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第19話~親さんです~

アンコウ踊りという名の羞恥の公開処刑が終わり、Aチームの面々と紅夜、達哉の7人は、観光市場の前に集合していた。

 

「ああ~…………恥ずかしかった…………」

「あれ、見てるとマジで気の毒になるぜ。まあ、その…………良く頑張ったよ、皆」

今も尚、顔を真っ赤にしている沙織に、達哉が気の毒そうに言う。

 

「ゴメンね、皆…………」

「そんな!西住殿のせいじゃありませんから!」

 

落ち込むみほに、優花里がフォローを入れる。それに便乗するように、紅夜も優しげな声色で言った。

 

「まあ、確かに試合では負けたが、強豪相手にあそこまで張り合えたんだ。罰ゲームの内容は滅茶苦茶だが、それでも誇って良いと思うぜ?」

「うん…………ありがとね」

 

みほはそう言うが、それでも少し、表情は暗かった。

 

「それより、これから7時まで自由行動ですが、どうします?」

 

その場の雰囲気を変えようとしたのか、華が話題を振った。

 

「買い物行こう!」

 

沙織が元気良く提案したが、麻子は何処へと歩き出した。

 

「麻子、何処行くの?」

「おばぁに顔見せないと殺される」

そう訊ねる沙織に、振り返ることなく返事を返すと、麻子はそのまま歩いていった。

 

「そういや、紅夜君と達哉君はどうするの?何か予定とかってあるの?」

 

麻子が見えなくなると、沙織は紅夜達に話題を振った。

 

「いんや?特にこれといってやりたい事もねえから、適当に観光して帰ろうかと…………な?」

「だな」

 

そう言う紅夜に、達哉も頷いた。

 

「じゃあさ、2人も一緒に行こうよ!」

「ん?良いのか?」

「勿論!」

 

沙織が言うと、紅夜と達哉は、互いに顔を見合わせると、頷いた。

 

「んじゃ、お供させてもらおうかな」

「よっしゃ!これでイケメン2人確保だね!」

「「俺等そこまでイケメンじゃねえぞ?」」

「あ、台詞被った」

 

2人同時に言うと、それに気づいた優花里が呟く。

そうしつつも、一行は大洗ショッピングモールに入り、モール内を何処と無く歩き回っていた。

 

「可愛いお店、いっぱいあるねぇ~♪」

「後で戦車ショップ行きましょうねぇ~♪」

 

沙織と優花里は、モール内を見回しながら機嫌良く言う。

 

「その前に、何か食べに行きません?」

 

そうして、各自で思い思いにモール内で過ごした後、彼等はモールから出て、この後に何をするかを話していた。

すると其所へ、人力車を引いた青年が現れる。

その青年は辺りを見回し、沙織と目が合う。

 

「め、目が合っちゃった!」

 

沙織が驚くと、青年は爽やかな笑みを浮かべ、近づいてくる。

 

「や、やだぁ…………ッ!」

 

近づいてきた青年に、沙織は顔を真っ赤にして狼狽える。

 

「新三郎…………」

「えっ何!知り合い!?」

 

華が青年の名前らしき単語を呟くと、沙織が反応して言う。

 

「あ、はじめまして!私、華さんの…………アレ?」

 

沙織は青年に挨拶しようとするも、彼は沙織の横を通り過ぎ…………

 

「お久し振りです、お嬢」

 

華の前に立った。

 

「何ィ!?聞いてないわよ!?」

 

沙織が声を張り上げると、青年が一行の方を振り向き、華が彼の紹介をした。

 

「家に奉公に来ている、新三郎(しんざぶろう)です」

「お嬢が何時も、お世話になっています」

 

そう言うと、新三郎が礼儀正しくお辞儀をする。

すると、人力車に乗っていた、和服姿の女性が和傘を差して降りてきた。

 

「華さん」

「お母様」

 

降りてきた女性は華の母親、五十鈴 百合(いすず ゆり)だった。

 

「元気そうで良かったわ…………あら、此方の方々は?」

 

百合は華が元気そうなことに喜ぶと、後ろに居る面々の方を見て言った。

 

「同じクラスの、西住さんと武部さんです」

「「こんにちは!」」

 

華に紹介されたみほと沙織は、元気そうに挨拶した。

 

「五十鈴百合です。何時も華さんがお世話になっています…………あら、男性の方もいらっしゃるのね?」

「ええ」

 

百合は、紅夜と達哉と言った、男が居るということに、意外そうな表情をしながら言った。

 

「どうも、同じ学園艦に住んでいる、長門紅夜です」

「同じく、辻堂達哉です」

 

そうしていると、百合は優花里にも気づいた。

 

「貴女は?」

「あ、私は五十鈴殿達とはクラスが違いますが、戦車道の授業で…………」

「戦車道?」

 

優花里が言った、《戦車道》という単語に、百合は眉間にシワを寄せた。

 

「はい、今日は試合だったんd…「華さん、どういう事なの?」……アレ?…………ハッ!?」

 

優香里が言い終える間もなく、百合は華を問い詰める。

 

穏やかな雰囲気は一気にナリを潜め、緊張した雰囲気を出す百合に、華は俯いてしまう。どうやら華は、戦車道の授業を受けているということは、親に黙っていたようだ。

百合は華に近寄ると、右手を取って匂いを嗅いだ。

 

「鉄と油の匂い…………華さん、貴女まさか…………戦車道を!?」

「…………はい」

 

切迫した声色で、百合は華に問う。華は少しの間を空け、頷いた。

 

「そ、そんな…………華を生ける手で、戦車を…………あぁっ!?」

 

狼狽えながら、百合は2、3歩程後退ると、白目を剥いて倒れた。

 

「お、お母様!?」

 

倒れた百合に、華は近寄って呼び掛けるが、本人は気絶しており、全く反応しない。

 

「ちょォォオオいっ!?紅夜ァ!救急車ァ!」

「あ、あいよ!」

 

すかさず、紅夜は携帯を取り出すと、救急車を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

時は流れ、此処は華の実家。

 

百合は、紅夜が呼んだ救急車で病院に運ばれたが、容態は思ったよりも悪くはなかったらしく、その日の内に退院し、今は部屋で休んでいた。

 

紅夜達は、家の客間に案内された。

 

「…………すみません、私が口を滑らせたばっかりに」

「良いんです。私が、母に話していれば、こんな事には…………」

 

優花里はすまなさそうに言い、華も何処か、自分を責めているような表情で返す。

 

「なあ、五十鈴さん。この花、お前さんが生けたのか?」

 

紅夜は、机の真ん中に置かれている生け花を見て言った。

 

「ええ、そうですが…………何か?」

「いや、何もねぇが…………良く生けてるな、と思っただけさ」

「ありがとうございます」

 

そんな会話が交わされていると、襖が開き、新三郎が現れ、言った。

 

「お嬢、奥様が目を覚まされました。お話があるとの事です」

「でも私、もうそろそろ戻らないと…………」

 

だが華は、そう言って断る。

 

「そんな、お嬢!」

「お母様には、悪いとは思っていますが、私は…………」

 

新三郎は諦めず、華を説得しようとするが、華も頑固なのか、引こうとしなかった。

それに業を煮やしたのか、新三郎が声を張り上げた。

 

「差し出がましい事を申しますが、お嬢の気持ちは…………ちゃんと奥様に伝えた方が、よろしいと思うのです!」

 

新三郎は言うが、華は尚も引こうとはしない。

 

その時、低い声が放たれた。

 

「新三郎さんの言う通りだぜ、五十鈴さん」

 

その声に、全員の視線が声の主に集中する。その視線の先に居た人物は…………

 

「新三郎さんの言う通り、俺もそうした方が良いと思う」

 

目を瞑って腕を組んでいる、紅夜だった。

 

「な、長門さん…………?」

「紅夜?」

 

華は驚きに目を見開き、達哉も、まさか紅夜が他人の家の事情に口を挟むとは思わなかったのか、意外そうな表情を浮かべて言った。

 

「……………………」

 

紅夜は、暫く口を閉じたままだったが、やがて、ゆっくりと口を動かした、

 

「……………………俺は、お前さんの家族でも、親戚でもない。それに、従兄弟でもない。だから、偉そうな口聞けるような立場じゃねえって事は、重々理解してるつもりだ…………」

「…………」

 

そう話し始めた紅夜が醸し出す雰囲気に、誰も口を開くことはなかった。

 

「だがな、それでも俺は言わせてもらうぜ。五十鈴さん……………………お前のお母さんに、ちゃんと話してきた方が良い」

「でも…………」

 

華は尚も食い下がるが、片目を開いた紅夜の、赤く光を放っている目の鋭い眼光に当てられ、口を閉じた。

「人間ってさ、よく『やらないで後悔するより、やって後悔した方が良い』って言うだろ?アレ、当たってると思うんだよ、俺は」

 

そう言って、紅夜は開けていた片目を閉じると、言葉を続けた。

 

「お前のお母さんが、なんで戦車道に否定的な反応をするのかは分からねえよ。それに、お前が話しに行っても、恐らく戦車道に対して否定的なコメントを喰らうかもしれねえ。でもな、それでも言うべきだ。たとえ受け入れてもらえなくても、お前自身のケジメにはなる筈だ。それにお前には……………………」

 

そう言うと、紅夜は目を開いてAチームを見やると、視線を華に向けた。だがその視線は、先程の威嚇するような視線ではなく、温かく、優しい視線だった。

 

「Aチームの仲間が居るじゃねえか。彼女等なら、絶対にお前を受け入れてくれるさ…………なあ、そうだろ?」

 

紅夜はそう言って、Aチームに視線を向け、華も視線を向ける。

「そうだよ、華!」

「大丈夫ですよ!」

「うん!だって大事な仲間だもん!」

「皆さん…………」

 

紅夜の視線に、力強く頷いて同調するメンバーに、華は目頭が熱くなるのを感じた。

それを見た新三郎は、涙を流しながら、紅夜に頭を下げた。

紅夜はそれに、軽く微笑んで返した。

そして華の方を向き、優しい声色で言った。

 

「ほら、Aチームの皆もこう言ってくれているんだ。な?行ってこいよ。お前の気持ち、ぶつけて来い」

「…………はい、そうですね!」

華は吹っ切れたような表情になると、百合が待っている部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

「……………………んで、マジでやるってのか?お前等」

 

華と、付き添った新三郎が百合の部屋に入り、襖が閉められた後、沙織と優花里は襖に耳を当て、中の声を聞こうとしていた。所謂、盗み聞きと言うものである。

 

「当然でしょう!それに、長門くんが言い出したんだから、最後まで責任もって、華を見守ってね!」

「そう来ましたか……………………まあ、本当の事なんだけどな。後は事が上手くいくかどうかだ…………」

 

そう言って、紅夜は心配そうな目線を襖に向けた。

 

 

 

 

 

「申し訳ありません……………」

 

百合の部屋に入った華は、そう言った。

 

「どうしてなの?華道が嫌になったの?」

「いえ、そうではないんです」

 

その問いに、華は首を横に振る。

 

「なら、何か不満があるの?」

「それでもなくて…………」

 

それにも華は、首を横に振るばかりだ。

 

「なら、どうして!」

 

中々口を開かず、違うとばかり言う華に、百合は叫ぶように言う。

 

そして華は、ポツリ、ポツリ………と話し始めた。

 

「私……………………生けても生けても、何かが足りないような気がするんです。自分の納得出来るような花の生け方なんて、今までに1度も出来ていなかったような気がするんです」

「そんな事はないわ。貴女の花は清楚で可憐。五十鈴流そのもの……………………私は、貴女の生ける花が好きよ?」

 

五十鈴はそう言うが、華は首を横に振って言った。

 

「私は、もっと力強い花を生けたいんです!」

 

華がそう言うと、百合は嗚咽を漏らしながら泣き崩れてしまう。

 

「これも、戦車道の影響なの?戦車なんて、野蛮で、不格好で……………………五月蝿いだけじゃない!」

「(不格好ってのがイマイチ気に入らねえが、一応戦車って殺戮兵器だし、エンジンの音もデケエから何も言えねえ…………)」

 

百合の偏見とも言える台詞に、紅夜は苦笑いを浮かべていた。

 

「戦車なんて、全て鉄屑になってしまえば良いんだわ!」

「鉄屑ゥ…………ッ!?」

「秋山さん、此処は抑えろ」

 

戦車好きな優花里は眉間にシワを寄せて鬼のような形相を浮かべ、殺気とも言えるようなオーラを出しそうになるが、紅夜が落ち着かせた。

 

「あんなに素直で、優しかった貴女は………何処へ行ってしまったの………!?」

 

百合は未だに嗚咽を漏らしながら、泣くように言う。

 

「お母様のお気持ちも分かります。今まで、こうして育てていただいた事にも、感謝しています。ですが私は……………………戦車道は絶対に辞めません!」

「…………ッ!」

 

強い調子で言った華の言葉に、百合はショックを受けたように身を仰け反らせるが、やがて目を細め、冷たい声色で言った。

 

「分かりました………………ならば、もう二度と、家の敷居を跨がないで」

 

百合がそう言うと、新三郎が声を荒げた。

 

「お、奥様!それは!」

「新三郎はお黙り!」

 

新三郎は言うが、百合に一蹴され、口を閉ざしてしまう。やはり奉公人という立場から、あまり強くは言えないようだ。

 

「……………………失礼します」

 

そう言って華は立ち上がり、百合の部屋を出ていく。

沙織と優花里は襖から離れるが、出てきた華と鉢合わせした。

 

「……………………帰りましょうか」

「でも…………」

 

みほは、何か思う事があるのか、華を気遣うように見るが、当の本人は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「何時か、お母様を納得させられるような花を生けることが出来たら、戦車道も認めてもらえる筈です」

「お、お嬢…………ッ!」

 

華の姿に、新三郎は半泣きになりながら言う。

 

「笑いなさい、新三郎。これは、新しい門出なのですから」

「…………ッ!はい!」

 

華の言葉に、新三郎は大粒の涙を溢す。

 

そして一行は、廊下から移動し始める。

紅夜もそれに続こうと歩き出したが……………………

 

「紅夜さん、お待ちになって」

 

部屋の中から、百合に呼び止められ、中に手招きされた。

 

「…………何でしょう?」

 

部屋に入った紅夜は、華に余計な事を言ったことを咎められると思いながら言った。

 

「華さんに、私に気持ちを話すように促してくれたのは、貴方ですよね?」

「……………………はい」

 

やはりその事かと思いながら、紅夜は頷いた。

 

「…………」

 

百合は、暫く紅夜を見つめると言った。

 

「あのように、時々頑固で融通の効かなくなるような娘ですが、どうぞこれからも、よろしくお願いします」

「……………………え?」

 

百合の言葉に、紅夜は間の抜けた声を出した。

 

「あ、あの…………それはどういう事でしょう?一応自分も、戦車道していた者なんですよ?」

「ええ、存じ上げています。《RED FLAG》でしょう?戦車道業界において、伝説のチームと呼ばれた、唯一の男女混合戦車道同好会チーム」

「……………………えぇ、まあね」

そこまで知っていたのかと、紅夜は苦笑いを浮かべながら言った。

 

「私は、戦車道が嫌いです。ですが、あの子が正直な気持ちを伝えてくれた事は、嬉しく思っています」

 

そう言って、百合は紅夜に三つ指をつき、頭を下げて言った。

 

「不出来な娘ですが、これからも、よろしくしてやってください」

「……………………ええ、お任せください」

 

そうして、紅夜は百合に挨拶して、家から出てきた。

其所では、涙を流しながら人力車の前に立つ新三郎と、Aチーム一行、そして、その横に立っている達哉の姿があった。

 

「……………………待たせて悪かったな、それじゃ行こうか」

 

そうして、新三郎は泣きながら人力車を引き始めた。

 

「何時でも、お帰りをお待ちしております!お嬢~!!」

「顔は良いんだけどなぁ~………」

 

泣き叫ぶ新三郎に、どうやら沙織の心は冷えてしまったようだ。

 

 

 

 

 

「なあ紅夜、お前あの後何があったんだ?」

 

新三郎の引く人力車の後ろで、障害物等をアクロバティックな動きでかわしながら、達哉は紅夜に聞いた。

 

「いや、別に大した事はないぜ?ちょっとした世間話さ」

 

そう言って、紅夜は前の人力車に座る華に向かって、達哉でも聞こえないような小さな声で言った。

 

「イイ人じゃねえか、五十鈴さん。お前のお母さんは…………」

 

そうして、一行は港へと着くのであった。



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第20話~此処からがスタートです!~

夜7時近く、大洗の港に到着した一行は、帰ってくるのをずっと待っていたのか、孫柱に片足を乗せるという、昭和時代の刑事ドラマでありがちな決めポーズを取っている麻子を見つけた。

 

「遅い…………」

此方が来るのに気づいた麻子が言う。

一行は平謝りに謝りながら、学園艦に乗り込んでいく。

すると、其所には先程、紅夜と達哉にIS-2を退かすように言ったおかっぱ頭の女子生徒が居た。

 

「出港ギリギリよ?」

「すいません、園(その)さん」

「すみません」

「すまんな、そど子」

「その名前で呼ばないでって言ってるでしょう!?」

 

一行はその女子生徒、園みどり子に謝りつつ、階段をかけ上がる。

そして上に着くと町が見え、そして紅夜達が乗ってきたIS-2が見える場所に着くと、其所には1年生のDチームが居た。

 

「西住隊長……………………」

 

1年生を代表するように、梓が恐る恐る、前に出てきた。

 

「戦車を放り出して逃げたりして、すみませんでした!!」

『『『すみませんでした!!』』』

 

梓が頭を下げると、他の1年生も次々と頭を下げた。

 

「せ、先輩達、かっこ良かったです!」

「直ぐ負けると思ってたけど、頑張ってる先輩達を見て、私達も頑張ろうって思いました!」

「私も!もう逃げません!絶対に!」

 

1年生達が、其々の決意を言う。

 

それを見たみほは、優しく微笑んだ。

 

「許すのか?」

 

みほの横に立った紅夜が聞いた。

 

「うん。皆反省してるみたいだし、ああ言っているのに、無下には出来ないよ」

「そっか…………まあ、お前がそう言うなら、俺はそれに従うまでだな」

 

そう言うと、紅夜は1年生に近づいていく。

1年生は怒られると思っているのか、少し表情を強張らせる。

だが、紅夜は優しそうな笑みを浮かべながら言った。

 

「良いか?試合では絶対に、逃げちゃいけないなんてルールはねえから、自分の身の危険を感じたら直ぐに逃げりゃ良い。戦車道ってのは、言っちゃ悪いが殺し合い一歩手前の競技だ。安全性だって、絶対とは言えねえから大怪我する時もあるだろうからな」

「で、でも!」

 

梓はそう言いかけるが、紅夜が梓の肩に手を置いて言った。

 

「そう自分等を責めることはねえよ。まあ、もしお前等が、危険な状態になっても逃げねえってんなら、俺等がお前等を守ってやるさ」

 

そう言って、紅夜は達哉の方へと向かった。

 

その頃、みほ達Aチームは、みほに届いたという手紙を見ていた。

そして手紙と一緒にティーカップと紅茶の葉が添えられていた。

 

「凄いですよ、西住殿!聖グロリアーナは、好敵手と認めた相手にしか、紅茶を贈らないとか言われていますからね!」

「ん?どうした、何があった?」

 

達哉の方に向かおうとしていた紅夜が足を止め、みほ達に近づいた。

 

優香里から説明を受けた紅夜は、驚きに目を見開いた。

 

「つくづくスゲエな西住さんは。そんなトコに認められるとは」

「う、うん…………」

 

紅夜に言われたみほは、少し頬を赤く染める。

 

「おや?長門殿宛にもありますよ?」

「え、マジで?どれどれ…………」

 

優香里から手紙を受け取った紅夜は、早速内容を見ることにした。

 

『貴殿方との試合が出来なかったのは残念でしたが、過去の実績については、私の仲間から伺いましたわ。

貴殿方の過去の実績を聞いて、ますます貴殿方と試合がしたくなってきました。

公式戦で、貴殿方が出場し、私達と戦ってくださるのを心待ちにしております。

 

ー追伸ー

先程の笑みは殿方らしくて素敵でしたが、無闇にその笑みを振り撒かない方が宜しくてよ?その笑みに惚れてしまう方が、現れてしまうかもしれませんから♪』

 

「………………………………何だこの追伸?つーかちょい待て。これどういう事?」

 

追伸の内容が理解出来ない紅夜は、ただ頭を捻っていた。

 

「じゃあ、もう遅いし帰ろうよ」

 

そうして、一行は帰り始める。

 

「紅夜、俺等もそろそろ行こうぜ」

「あいよ達哉……………………ん?」

「……………………」

 

紅夜はIS-2に乗ろうとしている達哉の元へ行こうとしたが、何か話したそうにしている華を視界に捉えた。

 

「悪い、先に乗って待っててくれ」

 

そう言うと、達哉は頷いてIS-2の方へと先に向かい、それを見届けた後、紅夜は華に近づいた。

 

「どうしたよ?お前は帰らねえのか?」

 

隣に来た紅夜が言うと、華がゆっくりと口を開いた。

 

「私の家から帰る際、お母様に呼ばれたのですよね?」

「…………ああ、気づいてたのか」

「勿論。あの時の家には、お母様しか居なかった筈ですから」

 

紅夜が言うと、華は軽く微笑みながら言った。

 

「それで、お母様とはどういった話を?」

 

そう華が聞くと、紅夜は少しの間を空けて言った。

 

「『不出来な娘ですが、これからも、よろしくしてやってください』って言われたよ」

「…………ッ!」

 

紅夜が言うと、華は驚愕に目を見開いた。

 

「お前の母さん、何だかんだ言いながらもお前の事、大切に思ってくれてたんだな。良い母さんじゃねえか」

「…………お母様……………………ッ!」

 

そう呟いた華の目から、大粒の涙が溢れた。

 

「あの人、戦車道とかは嫌ってるし、認めてもいねえ。だが、お前言ったよな?『お母様が納得するような花を生けることが出来たら、戦車道も認めてくれる』って」

 

そう言うと、華は頷いた。

 

「……………………頑張れよ、期待してるぜ。お前の生ける、『力強い花』ってヤツをな」

 

それだけ言って、紅夜は華にハンカチを渡すと、既にエンジンがかかっているIS-2の元へと走っていった。その後ろ姿を、華は見届けていた。

 

「ええ、長門さん。私…………頑張ります」

 

渡されたハンカチで涙を拭い、胸に両手を当ててそう呟いた華の声は、出港を知らせる学園艦の汽笛によって掻き消されてしまったが、それでも本人は、満足そうな表情を浮かべつつ、その頬は少し赤く染まり、キューボラから身を乗り出している紅夜を、熱の籠った目で見つめていた。

そして華は、少し先で待っているみほ達の元へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

「なあ、紅夜。お前あれから五十鈴さんと、何話してきたんだ?」

 

IS-2に乗り込んだ紅夜は、操縦席に座る達哉に話しかけられた。

 

「ああ、まあアレだよ、ちょっとした世間話ってヤツさ」

「何だソリャ」

 

適当に答える紅夜に、達哉は苦笑いしながら言った。

 

「それよか紅夜、公式戦って何時だと思う?俺、一応角谷さんから聞いたんだけどな」

「さあな…………何時だ?」

 

そう言うと、達哉は少し言いにくそうにしながら言った。

 

「1カ月後だとよ」

「……………………マジで?」

「マジもマジ、大マジだ」

「そりゃ短すぎやしねえか?」

 

紅夜が言うと、達哉は眉を八の字にして言った。

 

「仕方ねえだろ、もう決まった事なんだからさ。後それから、明日角谷さんが、俺等レッド・フラッグも公式戦に出れるよう、連盟に掛け合ってくれるとさ」

「マジですか」

「ああ。上手くいけば良いんだがなぁ……………………」

「祈るしかねえよ」

 

そう言って、彼等は大洗女子学園の裏門に着くと、戦車を停めた。

 

「どうせ明日も練習なんだ、今日は戦車で泊まろうぜ」

「まるでキャンプだな」

 

そう紅夜が言うと、達哉は笑いながら言った。

 

「まあ、今の季節的には、掛け布団とかは要らねえさ。ほら、寝ようぜ」

 

そう言って、達哉は寝ようとしたが、それを紅夜が止めた。

 

「まあまあ、寝るのは少し待ちなよ達哉君」

「……………………な、何だよ?」

 

ただならぬ紅夜のオーラに、達哉は若干怯えながら聞いた。

 

「テメエ、試合の時によくも俺をペットボトルでぶん殴ってくれやがったなァ……………………」

「……………………そろそろ水に流さないか?」

「流すかァァァァアアアアアッ!!砲弾でケツバット喰らいたくないってんなら、今から俺の言う罰ゲームの内、何れか1つを選んで実行してもらうからなァ!!」

 

物凄い剣幕で言う紅夜に、達哉は若干怯えながら言った。

 

「な、なら…………その罰ゲームとやらを言ってみろよ」

「では……………………

その1、『明日の戦車道のミーティングの時、皆の前でIS-2の上で、褌一丁で《コマネチ》をやる』

その2、『お前が一番怖いと思っている人に夜な夜な電話かけて、『お前の母ちゃんデベソ~』ってイタ電する』

その3、『町のあちこちにスピーカーつけて大音量で、『辻堂達哉はガチホモだぁ~!』と叫ぶ』

……………………さあ、何れにするィ!?」

「……………………選べるかァァァァアアアアアッ!!」

 

そう叫ぶと、達哉は操縦手用のハッチを勢い良く開け、外へ飛び出していった。

 

「クックックッ…………………さァて達哉、処刑からは逃げられねぇぜぇ~?……………………待ァちやがれやゴルァァァァァアアアアアッ!!」

 

紅夜はIS-2の砲弾を1発外に持ち出すと、化け物のような怒鳴り声を其処ら中に響かせながら、あまりの速度に衝撃波さえ発生させる勢いで達哉を追い始めた。

 

その後、町中を亜音速で追いかけっこしている2人を見た通行人によって、『夜、砲弾らしきものを振り回している青年と、それから逃げる青年の幽霊が亜音速で学園艦の町を走り抜ける』という都市伝説が流れることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数日後、公式戦で当たる高校の抽選会が始まった。

 

「なんで男が此処に…………?」

「場違いじゃないの?」

「あ、私知ってるよ。ホラ、結構前に消えたっていう同好会チーム」

「じゃあ復活して、どっかに所属したってこと?」

「顔は良いけど、やっぱ場違いよねぇ~」

「ねぇ~」

 

レッド・フラッグ代表として来た、紅夜と達哉を見た瞬間、他の学校の女子生徒達からそんな小言が漏れる。

 

「うへぇ~、あんま歓迎されてねえな」

「仕方ねえだろーよ、そもそも男が戦車道やってる事自体が前代未聞なんだからよ」

 

そう言っている間に、大洗女子学園の代表として、みほが呼ばれる。

 

『大洗女子学園、8番!』

『『『『『『『よっしゃー!』』』』』』』』

 

大洗女子学園と当たる、サンダース大学附属高校の生徒達が喜ぶ。

 

「なあ達哉、アレどう思う?」

「さあな………恐らく、無名校との試合だから余裕で勝てるぜイェーイ!とか思ってんじゃね?」

「成る程、強豪VS無名だからこその、『あるある』ってヤツか………つーか、俺等レッド・フラッグはガン無視みてえだな」

「まあ、ソイツ等については適当に畳んでやれ的な感じだろ。それよか、よく俺等の出場に連盟の連中が文句言わなかったよな~」

「ああ、それは俺も同感だぜ」

 

そう思いながら、2人は事のなり行きを見守るのであった。



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第3章~全国大会へ向けて~
第21話~2つの再会です!~


「う、ウメエ…………この喫茶店のケーキはうめえな…………」

「ああ…………こればっかりには同感だぜ」

 

抽選会が終わり、学園艦からの連絡を待つ間、生徒会チームは連盟への申請手続きをとるために本部へと向かったため、紅夜と達哉は真っ先に会場を抜け出し、戦車喫茶《ルクレール》で時間を潰していた。

 

真っ先に店に入り、頼んでいたケーキを頬張っていた2人は、そのケーキの美味さに感動していた。

そうして時間が経つにつれ、他校の女子生徒達がルクレールに入ってきた。

 

「お、他の学校の人がチラホラやって来たぜ?」

「皆、俺達と考えてる事は同じなんだな……………此処で暇潰ししようって魂胆が」

「魂胆って、人聞きの悪い事言うなよ…………」

 

達哉の言葉に、紅夜は苦笑いを浮かべる。

そうしている間に、みほ達Aチームも入ってきたが、変に合流しようとすると邪魔になるだけだと思った2人は、彼女等に気づいていないふりをする事にした。

 

「そういや、サンダースって金持ち学校なんだったよな?」

 

紅夜が言うと、達哉は口に運ぶケーキをフォークで取ろうとしていた手を止めると言った。

 

「ああ。おまけに戦車保有数も全国1位で、2軍やら3軍やらがあるらしいぜ?つーか紅夜、お前サンダースの学園艦には何回か遊びに行ったとか行ってたじゃねえかよ。おまけに、黒森峰とかプラウダとかにも行ったとか言うしさ」

「ああ、そういやそうだな……………にしてもその金、1割でも良いから此方に欲しいや」

「そんな卑しい事言うんじゃねえよ」

 

2人はそんな会話を繰り広げていたが、そうしていても、他校からの視線は突き刺さるばかりだった。

無理もない。今このルクレールには、紅夜と達哉を除けば、客は女性しか居ないのだから……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、紅夜達の席の近くに座っている、みほ達Aチームは…………

 

「ねぇ、アレって間違いなく…………」

「ええ、長門さんと辻堂さんですね」

「女子だらけの空間で、よくああやってのんびり出来るよな…………」

 

みほ達は既に気づいていたらしく、話している紅夜達の方を見ていた。

 

「あ、何やらゲームで遊び始めましたよ」

 

優香里が言うと、紅夜と達哉が3○Sを取り出して通信しているのが見えた。

 

「ねぇ、どうせだからあの2人も呼ばない?」

「え?」

 

沙織が言うと、それまでケーキに見惚れていたみほが顔を上げた。

 

「此方、比較的スペース空いてるからさ、麻子が此方に来れば、2人ぐらいは入れるんじゃない?」

「うん、そうだね」

 

そうして、沙織が2人を呼びに行こうとした時だった。

 

「…………副隊長…………?」

「え?」

 

不意に、その単語がみほ達の耳に入った。

声の主の方へと振り向くと、其所には黒森峰の制服を着た茶髪の女子生徒と、銀髪の女子生徒、そして黒髪の女子生徒が居た。

 

「ああ失礼、《元》副隊長でしたね…………」

 

黒髪の男性的な雰囲気を漂わせる女子生徒が、みほを小馬鹿にしたように言う。

 

「お姉ちゃん…………」

 

みほが小さな声で言うと、《お姉ちゃん》と呼ばれた黒森峰の制服を着た茶髪の女子生徒--西住 まほ--は、何の感情もこもっていない声で言った。

 

「まさか、まだ戦車道をしていたとは思わなかった」

 

そう言われ、みほは表情を暗くして俯く。

それを見た優香里は立ち上がると、彼女等に反駁するように言った。

 

「お言葉ですが、あの時のみほさんの行動は、間違ってはいませんでした!」

「部外者は引っ込んでてほしいね」

 

優香里の言葉を黒髪の女子生徒が一蹴すると、銀髪の女子生徒が悲しそうな視線を向ける。

そうしているうちに黒森峰の3人は歩き出したが、銀髪の女子生徒は立ち止まると、みほ達の方を向いて言った。

 

「1回戦、サンダース附属と当たるのよね…………?」

「は、はい」

 

その女子生徒が言うと、みほは小さな声で返事を返した。

 

「……………………相手がファイアフライを出してくるかどうかは分からないけど、可能性は十分に有り得るわ……………………気を付けた方が良いわよ」

「え…………エリカさん?」

 

みほはつい、現在の黒森峰副隊長--逸見 エリカ--の名を呼ぶ。

 

「まあ、無様な負け方をして、西住流の名を汚さないことを祈るよ」

「ちょっと、要!」

 

黒髪の女子生徒--謙譲 要(けんじょう かなめ)--が言うのをエリカが止めようとすると、その発言に怒った沙織と華が立ち上がった。

 

「ちょっと、何よその言い方は!?」

「失礼では!?」

 

そう2人は言うが、要は何処吹く風とばかりに言い返した。

 

「君達こそ、戦車道に対して失礼なんじゃないかい?無名校の癖にでしゃばって…………おまけに、男女混合チームまでも引き込むとは、どう言った了見なんだい?」

 

そう要が言うと、沙織と華は黙ってしまう。

 

「良いかい?この試合は、戦車道のイメージダウンに繋がるような学校は、参加しないのが暗黙のルールというものなんだよ。ましてや、《戦車道は女子の嗜好み》と言われている世の中で、男女混合チームが参加するなんてもっての外だ。よく連盟が許可したものだよ……………」

「…………強豪校が負けないように、示し合わせて作られた暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいだろうな」

「…………ッ!き、君ねぇ……………」

 

流石に耐えかねたのか、毒舌で言い返した麻子に、要は眉間にシワを寄せた。

 

その中、歩み寄る影が1つ……………

 

「……………………なあお前等、何時までもンなトコでギャーギャー喚かれたら五月蝿ェし、何より邪魔なんだけど」

 

一触即発の雰囲気の中、かなり不機嫌そうな声が聞こえた。

その声に、みほ達Aチームと黒森峰の3人が一斉に、その声の主の方を向くと、其所には不機嫌そうな顔で、腕を組んで立っている紅夜が居た。

 

「あ、貴方は…………ッ!」

「ッ!」

 

紅夜の姿を視界に捉えたエリカとまほは、信じられないとばかりに目を見開いた。

 

「君かい?戦車道の業界に混乱を持ち込もうとしている輩の総督さんは」

「か、要!止めなさい!彼は!」

 

見下すような視線でものを言う要に、エリカは声を荒げる。

 

「《戦車道は女子の嗜み》…………これが戦車道業界においての基本なんだよ。それを、屈強で戦車など必要ない筈の男が乗り込んでくるなんて、世も末だね…………何だい?女性から戦車を取り戻したいと言うのかい?」

 

呆れたとばかりに溜め息をつき、要はヤレヤレと首を横に振る。

思い切りバカにしたような言い方に、Aチームからの鋭い視線が要に突き刺さるが、紅夜は怒る事なく、逆に小馬鹿にしたような調子で言い返した。

 

「さあ、どうだろうねぇ…………少なくとも、俺は男でも戦車道が出来るような世界になるだけで十分だと思ってるよ。こうやってレッド・フラッグとして活動してたら、何かと最初は異端として見られたからねぇ………良い迷惑だぜ。此方はただ純粋に、男性でも戦車道を学ぶ事によって、色々と可能性を導き出せるって事を証明したいだけだってのによォ……………まあ取り敢えず、テーブルの方へ寄れや。通行の邪魔だよ」

 

困った困ったと言いながら、紅夜は首をポキポキと鳴らす。

その態度に腹を立てたのか、要は紅夜を睨んだ。

 

「君、少し言い方や態度が傲慢すぎではないのかな?別に敬語を使えまでは言わないけど、その言い方や態度は如何なものかと思うよ」

 

そう言うと、紅夜は興味もなさそうな声で言った。

 

「《傲慢》という単語が、今の俺を表す言葉だとしたら…………昔よりも、少しは進歩したと思うぜ……………………それとだがお前…………」

 

そう言うと、紅夜は目付きを要以上に鋭くして言った。

 

「随分と、ウチの隊長にキツい事ほざいてくれやがったじゃねぇかよ……………………『ああ?』」『『『~~~ッ!?』』』

 

最後にドスの効いた声を出し、殺気すら出し始めた紅夜に、一同が押し黙る。

その殺気は店全体を覆い、賑やかな雰囲気を一気に沈める。

 

『隊長が黒森峰で何したのかは知らねえよ…………でもなぁ、それでこの学校を……………それに隊長をバカにして良い理由になると思ってンのかテメエ?おまけに、此方が良い気分でケーキ食ってたのに喧嘩おっ始めようとしやがって……………迷惑甚だしいぜ』

「ッ!」

 

要は言い返そうとするが、紅夜の鋭い眼光に当てられ、何も言えなかった。

 

「取り敢えずお前等、喧嘩するなら出ていけ。ケーキが不味くなる。それから要とか言う女、ウチや隊長をバカにしやがったツケは高くつくぜ?……………覚悟しときやがれ」

 

そう言うと、紅夜は化粧室へと向かっていった。

 

「おーおー、紅夜の奴、思いっきり言いやがったな……………それもそうだが俺、何か空気になっちまったな…………」

 

その場に残された達哉は、そうボヤいていた。

 

 

 

 

 

 

「悪い、待たせたな」

「いや良いさ、気にすんな。にしてもお前、珍しくキレたじゃねえか。他の連中怯えてたぜ?」

「マジかよ……………こりゃやっちまったな」

 

あれから1分程達、みほ達が帰った後、化粧室から戻ってきた紅夜は達也に詫びを入れたが、本人はヒラヒラと手を振りながら言った。

 

それから2人は、もう一品ずつケーキを頼もうとしたが、ふと窓の外を見た達哉が、ある2人の少女に気づいた。

 

「ん?……………おい、紅夜。アレ見ろよ」

「あ?」

 

外を見ると、其所には誰かを待っているように、ルクレールの出入口付近で立っているまほとエリカの姿があった。

 

「あの2人、お前を待ってるんじゃねえのか?」

「あー……………知らね、覚えねえもん」

「お前なぁ…………」

 

我関せずとばかりに言う紅夜に、達哉は呆れた声を出しながら言葉を続けた。

 

「あの制服、どう見ても黒森峰の制服じゃねえかよ。最後に試合した学校の事ぐらい覚えとけよ」

「黒森峰?ああ、確か最後に試合したよな、一応俺等が勝ったけど…………そういや、あの時俺が助けたのも、黒森峰の人だったな」

「あの2人がそうだっつの。つか、直接助けた訳じゃない俺が覚えててお前が覚えてないってどうなんだよ……………」

「知らねえよンな事」

 

そう言って紅夜は、ツッコミを入れる達哉を無視してケーキのメニューへと視線を移そうとしたが、そのメニューは達哉に取り上げられた。

 

「あれはどう見てもお前待ちだ。今度奢ってやるから、今日はこれまでだ」

「へーへー…………」

 

紅夜は不満げな声を出しながら立ち上がった。

そうして、2人は会計を済ませると、外に出た。

 

「じゃ、俺はお先に」

「達哉テメエ…………後で覚えてやがれ…………ッ!」

 

そう紅夜が言った途端、達哉は一瞬、まほとエリカに目配せすると、目にも留まらぬ速さで立ち去った。

 

そうして、まほとエリカはゆっくりと、紅夜に近づいた。

 

「こう言う時って、『お久し振りです』って言えば良いんだっけか?」

「…………そ、そうだな…………」

「えぇ…………」

 

今も尚不機嫌そうな紅夜に怯えているのか、2人は声を震わせていた。

少しの沈黙の後、まほが恐る恐る話を切り出した。

 

「あの時、君に助けられた事には、本当に感謝している…………ありがとう」

「私からも礼を言うわ。あの時、貴方が来てくれなかったら、私と隊長は今頃、此処には居なかったと思うし」

 

2人がそう言うと、紅夜は目を瞑り、少ししてから再び見開いた。

その表情からは、先程の怒りなどの感情が一切消えた、穏やかな表情だった。

 

「いや、別に良いさ。それに元はと言えば、俺のIS-2でそっちのティーガーの後ろにゼロ距離射撃喰らわせたからだしな。それと不運が重なって、ああなっちまったんだ…………最低限の責任は取らねえとな…………」

「その責任が、火の中に飛び込んできて私達の救出?」

「何だよ、不満か?」

「まさか、そんな事はないわ。と言うより、命を救ってもらったのに不満を言うなんて、御門違いも良いところよ。バチが当たるわ」

 

そう言って、エリカは軽く微笑んだ。

其所へ、今度はまほが前に出てきた。

 

「それもそうだがウチの謙譲が、随分と失礼な事を言ってしまったな…………すまなかった。根は良い奴なんだがな……………やはり流派の人間は、大概がああ言う思想になるんだ」

まほが頭を下げると、紅夜は言った。

 

「いや、それももう気にしてねえよ。俺も言い過ぎた」

「それでもだ…………謙譲の事については、私の方からキツく言っておこう。だから取り敢えず、今回の事は水に流してくれないか?」

「…………ああ、そうしよう。西住さんにも、俺の方から伝えておくよ。んじゃ、気を付けてな」

 

そうして紅夜は帰ろうとしたが、まほが呼び止めた。

 

「待ってくれ」

「……………………どった?」

 

紅夜が振り向くと、まほはさっきより深く、頭を下げた。

 

「店であれだけキツく当たってからこんな事を言うのも、厚かましい事だとは分かっている。だが!…………みほを…………助けてやってくれ…………」

「私からも、お願いするわ…………」

 

そう言って、エリカも続いて頭を下げる。

 

紅夜は溜め息をつくと、何処からともなく取り出したメモ用紙に、これまた何処からともなく取り出したボールペンで、何やら番号らしきものを書き付けると、そのページのみを取ってまほとエリカの手に握らせた。

 

「これは…………?」

「俺の連絡先だ。月から土曜までは夕方5時以降、日曜は大概空いてるから、何かあったらその番号にかけてくれ。この際だし、お二人も何かあるなら、相談ぐらいなら乗るよ…………」

「良いの…………?」

 

エリカは不安そうな顔で言うが、対する紅夜は穏やかな表情だった。

 

「どうせだしな。……………それに2人は立場上、表立って西住さんを庇うような事は言えねえんだろ?流派の都合上」

「「ッ!」」

 

図星だったのか、2人はビクリと反応した。

 

「まあ、気が向いたらで良いさ。じゃあな」

 

そう言って、紅夜はまほとエリカの横を通り過ぎたが、それから2、3歩程歩いて立ち止まると、振り返る事なく言った。

 

「西住の姉さん……………お前の妹さんは、ちゃんと守って見せッから……………お前も出来る限りの事をしてやれよ」

 

そうして紅夜は、今度こそ2人の元を後にした。

 

その後には、紅夜への連絡先が書かれたメモ用紙を呆然と見ている、まほとエリカの姿が残された。



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第22話~公式戦への決意です!~

まほとエリカとの話を終えた紅夜は、大洗の学園艦へと戻るための連絡艦に乗っていた。

デッキに上って夕日を眺めていると、其所へみほがやって来た。

 

「長門君、こんな所でどうしたの?」

「ん?……………ああ、西住さんか。いや何、夕日を眺めて黄昏てたんだよ。お前さんは?」

 

適当な調子で紅夜が訪ねると、みほは少し恥ずかしそうに、顔を赤くしながら言った。

 

「うん…………その、長門君にお礼が言いたくて…………」

 

胸の前で指を絡めながら言うみほに、紅夜は頭に疑問符を浮かべた。

 

「俺にお礼?別に何もしてねえぞ?」

 

そう言うと、みほは首を横に振った。

 

「そんな事ないよ。私達が謙譲さんに色々言われてた時、割って入ってきてくれて…………庇ってくれたでしょう?」

「それか?別に俺、ただ単にトイレ行こうとしていた時にあの女が居て、マジで邪魔だと思ったから退かそうとしただけだぜ?」

 

紅夜がそう言うと、みほは紅夜の赤い両目を覗き込むようにして見た後、言った。

 

「嘘だね」

「…………ッ!」

 

その言葉に、紅夜は驚愕に目を見開いた。

 

「本当に謙譲さんが邪魔なだけなら、退かして直ぐに通り過ぎてる筈だよ。それに、態々退かさなくても、少し遠回りしていくと言う通り方だってあった。でも長門君は、態々謙譲さんを退かして、色々と言った……………そうだよね?」

「……………………んだよ、其所まで見透かされてたってのかよ」

 

そう言うと紅夜は、両手を上に挙げた。

 

「降参だよ、西住さん。お前さんの言う通りだ」

「じゃあこの勝負は、私の勝ちだね」

「え?これ勝負だったのか?」

「冗談だよ」

 

そう言って、みほは軽く笑った。

それを見た紅夜は、軽く微笑んだ後、また夕日へと視線を移そうとした。

 

「でも…………ありがとう」

 

そうみほが言うと、紅夜は夕日へ移しかけていた視線をみほへと戻した。

 

「あの時、長門君が割って入ってきてくれて…………庇ってくれて…………凄く、嬉しかった。あんな事を言ってくれるのは、長門君が初めてだったから…………」

「そっか…………」

 

そう言って、紅夜は少し考えるような仕草を見せた後、意を決したようにみほへと向き直った。

 

「なあ、西住さん…………」

「何?」

 

不意に話しかけられ、みほは紅夜の方を向く。

 

「いや、その……………………もし、お前さんさえ良ければ、なんだが…………」

紅夜は、言いにくそうにそう言う。

 

「えっ……………………ま、まさか!?」

「ん?」

 

みほは何を曲解したのか、いきなり顔を真っ赤に染め上げ、狼狽え始めた。

 

「だ、駄目だよ長門君!私達って会ってからそれなりに日は経ってるけど、ここここっ!…………交際なんて早すぎるよぉ~~ッ!!」

「……………………何かスッゲー誤解してるぞ、お前」

 

顔を真っ赤に染め上げ、イヤンイヤンと体を振るみほを見ながら、紅夜は呆れたような表情で言った。

 

 

 

 

 

「……………………落ち着いたか?」

「う、うん…………ゴメンね、急に」

「気にすんな」

 

あれから約10分後、漸くみほが落ち着いたのもあり、紅夜は話を切り出そうとしていた。

 

「それで、なんだけどさ…………お前さんさえ良ければ、お前さんが黒森峰に居た頃に何があったのか、教えてくれねえか?」

「ッ!」

 

紅夜が言うと、みほは表情を強張らせる。

 

「別に、何から何まで喋れとは言わねえよ。そりゃ、出来れば話してくれれば嬉しいんだがな」

「…………」

 

そう言うと、みほは少しの沈黙の後、ポツリポツリと話し始めた。

 

「私が、黒森峰から大洗に来た理由はね……………………戦車道をしないためだったんだ」

「………」

 

みほが言うのを、紅夜は何も言わずに聞いた。

 

「62回目の戦車道全国大会で、私達黒森峰は、決勝戦でプラウダ高校と当たったの」

「プラウダってのは、ロシア戦車ばっか持ってる、あの学校か?」

「そう。その時、私達は川沿いの道を走っていたんだけど、前方からプラウダの奇襲攻撃に遭ったの」

 

そういうみほは、徐々に震え始めていた。当時の様子が思い起こされてきているのだろう。だが、それでもみほは話を続けた。

 

「そんな時にね、私が車長を務めていたフラッグ車の前を走っていたⅢ号戦車が、プラウダの砲撃でバランスを崩して、川に滑り落ちちゃったの。それも、悪天候だったから増水して、荒れ模様の川にね」

「マジですか…………んで、どうしたんだ?」

 

そう紅夜が言うと、みほはゆっくりと頷く。紅夜は、話を続けるように促した。

 

「私は、その戦車の乗員を助けにいくために、フラッグ車から降りたの。それで川に潜って、Ⅲ号戦車のハッチを抉じ開けて、中の人達を引っ張り出したの」

「乗員はどうだった?」

「全員、無事だったよ。川に沈んでから、そんなに経っていなかったからね」

 

みほが言うと、紅夜は安堵の溜め息をついた。だがみほは、其所で表情を暗いものにした。

 

「でもね、さっきも言ったように、私はフラッグ車の車長だったの。だから、それでフラッグ車での纏まりが上手くいかず、フラッグ車は……………………」

「プラウダにやられちまったってか?」

 

そう紅夜が言うと、みほは暗い表情のまま、ゆっくりと頷いた。

 

「それだけなら、まだ良かったんだけどね。黒森峰って戦車道の顔とも呼ばれるような学校だから、試合に一回負けたぐらいでスポンサーから契約切られたりはしないんだけど、その時って、黒森峰は全国大会10連覇がかかっていたの」

「うわちゃー…………」

 

みほの一言に、紅夜は苦虫を噛み潰したかのような表情で声を発した。

 

「それに黒森峰って、私が居た西住流の家元の学校だし、流派では、『勝利のためなら多少の犠牲はやむを得ない』ってヤツだから、あの後お母さんに呼び出されて、怒られちゃった」

 

みほがそう言うと、紅夜の目付きが怒りを含み、鋭くなった。

 

「んだそりゃ?お前は何も悪い事してねえじゃねえかよ!人の命よりも10連覇が大事だってのかよお前ン家の流派は!?」

 

怒りを含み、荒れる紅夜の声に、みほは驚いた。

 

「そりゃ確かに10連覇がかかった試合なら、勝ちたいってのは分かるさ!だが!そのために川に落ちた連中を見殺しにするってのか!?お前が助けにいかなかったら、Ⅲ号の乗員は!全員溺れ死んでるってのに!自分の流派を殺人流派にしたいってのかよ!?ソイツ今何処に居る!?2、3発ぶん殴って説教だぜ畜生めが!」

「お、落ち着いて長門君!」

 

みほの話を聞いた紅夜が、怒りに我を忘れそうになっているのを見たみほは、紅夜に抱きついて止めようとする。

 

「わ、私なら大丈夫だから!だから落ち着いて!ね!?」

 

みほがそう言うと、怒り狂う紅夜の体の震えは徐々に収まってきた。

 

「……………………悪いな西住さん。どうも今日は、感情的になりやすい日だぜ」

 

落ち着きを取り戻した紅夜は、ばつが悪そうな顔で言った。

みほは首を横に振った。

 

「ううん、良いの…………それに長門君、私のために、そこまで怒ってくれてるんでしょ?」

「……………………まあな」

 

その事が照れ臭いのか、紅夜はそっぽを向きながら言った。

 

みほはそれをみて微笑むと、夕日を眺め始める。

すると、物陰から優花里が姿を表した。

 

「に…………西住殿、長門殿…………寒くないですか?」

「あ、うん。大丈夫だよ」

「……………………俺も同じく」

 

そう2人が答えると、優花里はみほの隣に立つ。

 

「それはそうと、今日は悪かったな」

「「え?」」

 

突然謝罪の言葉を口にした紅夜に、みほと優香里は聞き返した。

 

「いや、喫茶店での事だよ。結構俺、乱暴な事言ったからさ…………『喧嘩するなら出ていけ』…………とかさ」

「気にしてないよ」

「そうですよ!店の中だって事を考えてなかったのも原因でしたから」

「そっか…………」

 

そうしていると、優花里が不意に口を開いた。

 

「全国大会、私は出場出来るだけでも嬉しいです。他校の戦車も見れますからね」

「秋山さんって、マジで戦車好きなんだな」

「ええ、勿論!」

 

問いかけた紅夜に、優花里は嬉しそうな声で返す。

 

「なんなら今度、ウチの戦車に乗せてやろうか?」

「え、良いんですか!?」

 

紅夜が言うと、優花里は物凄い剣幕で詰め寄った。

 

「お、おぅ…………そんなに戦車が好きだってンなら…………」

「ほ、本当ですね!?や、約束ですよ!?」

「あいよ」

 

そう言うと、優花里は子供のようにはしゃぎ回る。

 

「全国大会、俺等が出られるかは分からねえが、取り敢えず重要なのはベストを尽くす事、それから、誰一人として大怪我をしない事……………………それさえ出来れば、俺は勝ち負けなんてどうでも良い。試合ってのは楽しんでナンボのモンだからな」

「その台詞、レッド・フラッグの全盛期に勝ち続けてた長門君が言っても、説得力なんてまるで無いよ?」

「おっと、そりゃそうだな」

 

そう言って、紅夜は軽く笑う。

 

その時、3人の背後からおちゃらけた調子の声が聞こえてきた。

 

「良い雰囲気の所に邪魔して悪いんだけど、勝ってもらわないと困るんだよねぇ~」

「ん?…………おや、角谷さん」

 

其所には、杏達生徒会の3人が居た。

 

「やあやあ紅夜君。喜べ~!レッド・フラッグ出場の許可が出たよー!」

「マジっすか!?」

「モチのロンロン!ただし、1回戦と2回戦までは1輌だけで、準決勝で2輌、決勝で漸く全車両投入出来るって事が条件だから、その辺り宜しくね?」

「りょーかいです」

 

そう言うと、桃が前に出てきて念を押すように言った。

 

「良いか?今回の全国大会は、絶対に勝たなければならないのだからな!我々には、優勝以外の選択肢なんて無いんだ!」

「そうなんです!負けたら我が校は…………」

「小山!」

 

何かを言いかけた柚子を、杏が黙らせる。

 

「どうしました?負けたら大洗女子学園はどうなるんです?」

 

怪訝そうな顔をした紅夜が聞くが、杏は苦笑いを浮かべながら言った。

 

「いやいや!何もないよ~?兎に角、何が何でも今回の全国大会で優勝すること。分かったかな~?」

「はあ…………まあ、やる以上は優勝狙いますけどね」

「うん、それさえ聞けたら十分だよ。それじゃねー」

 

そう言って、杏達は戻っていった。

 

「せめて、相手が出してくる戦車が分かれば…………」

 

みほがそう呟いているのを見た優花里が、何やら決心した表情になったのを、紅夜は見逃さなかった。



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第23話~潜入についていきます!~

ある日の早朝の事…………

 

「さぁ~て、今日は何しよっかね~…………っと、今日から朝練始まるんだっけか…………まあ、今日はレイガンとスモーキーが参加で、俺等ライトニングはねえから、実質上、今日はお休みなんだけどな…………って訳で、今日は私服な訳だが」

 

朝の道を、紅夜はのんびりと歩いていた。

 

「暇だしIS-2でも動かして…………ん?」

 

操縦手である達哉がこれを聞けば、黙っていないような台詞を呟いていると、紅夜は前方に、特徴的な癖っ毛頭の少女を見つけた。

 

「あれ、秋山さんじゃねえか。コンビニの制服なんざ着て、何処行こうってんだ?」

 

そう疑問に思いながら、紅夜は優花里の後をついていった。

 

 

 

 

 

優花里の後をつけること約10分、紅夜は港へ辿り着いた。

 

「港…………?あ、そういや今日って、コンビニの定期便が来る日だったな。って事は、秋山さんの奴、サンダースに潜入するつもりだな?まあ、試合前の偵察行為は許可されてるから良いんだが…………面白そうだし、ついていくか。前からやってみたいと思ってたんだよな~」

 

そう言いながら、紅夜は何食わぬ顔で定期便に乗り込んでいく優花里に続き、気配を消しながら乗り込んだ。

 

「さあて、久し振りにサンダースの学園艦に行く訳だが、昔と変わったかどうか、見せてもらおうではありませんか!」

 

そう言う紅夜の声は、定期便の汽笛の音に掻き消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「私は今、サンダース大学付属高校に来ています…………それでは、潜入開始です」

 

定期便から降りた紅夜は、小型ビデオカメラにリポートしながら学校へと入っていく優花里を見つけた。

 

「ほほぉ~、そのためにあの姿を…………まあ、その間俺は、のんびり観光しますか…………この辺だけだけど…………」

 

そう言いながら、紅夜はブラつこうとしたが、其所で突然足を止めた。

「(待てよ…………この辺りは確か…………あ!)」

 

紅夜が何かを閃いたような表情を浮かべた時だった。

 

「ハーイ!」

「?」

 

突然、背後から声をかけられた。

振り向くと、如何にもアメリカ人を感じさせるような、サンダースの生徒らしき少女が、手を振っていた。

 

「は、ハーイ…………」

 

突然の挨拶に戸惑いながら、紅夜も手を振り返した。

 

「さてと、思わぬ挨拶を戴いてしまったが、此処にはアレがあるではないか!」

 

紅夜はそう言うと、サンダースの敷地の壁に沿って走り、路地に来た。

 

「えっと、確か此処に…………よし、見つけた!」

 

紅夜が路地の行き止まりで見つけたのは、幾つかのプラスチックのゴミ箱と、2本のスティックだった。

 

紅夜はゴミ箱を1つに纏め、スティックも持ち上げると、そのまま道へと出た。

そして、そのゴミ箱を広げると、残った1つに腰掛けた。

 

「そういや此処に遊びに来た時は、よく此処で大道芸してたなぁ……………懐かしいぜ」

 

紅夜はそう言いながら、スティックを両手に構え、ゴミ箱を叩き始めた。

 

足で真ん前のゴミ箱を挟み、少し浮かせたりして、叩いた時の音色を調節する。

 

「さぁ、天才ドラマーの路上でのリターンライブだぜ!」

 

紅夜はその間、ご機嫌で演奏していた。

 

 

 

 

……………ドトトトトドンッ!

 

「ふうっ!」

 

演奏を終えた紅夜は、満足そうな息を吐いた。

 

「ブラボー!」

「良い演奏だったよー!」

 

サンダースの校門を潜っていく生徒達が、紅夜に声をかける。

 

紅夜も笑顔を向けると、右手を振る。

 

「HEY!其所の人ー!」

「ん?」

 

次の演奏をしようとしていると、今度は金髪の女子生徒が手を振りながら近づいてきた。

 

「何か?」

「HEY!そんなローテンションな返事はNGよ?せっかく凄い演奏してたんだから!」

「ああ、そりゃどうも…………」

 

演奏後は暫くテンションが低くなる紅夜からすれば、少しやりにくい相手であった。

 

「それにしても、見慣れない顔してるわね…………この辺の人?」

「いや、結構遠目の所だよ」

「へぇー、そうなんだ!でも、今までゴミ箱で大道芸する人なんて、見たことないわよ?」

 

そう聞いてくる女子生徒に、紅夜は咄嗟に言った。

 

「ああ!幼い頃は、よくこの辺りでやってたんだけど、段々とこの演奏の事を忘れていってな。今日になって思い出したから、久々にやりに来たのさ」

 

そう言って、紅夜は軽いパフォーマンスを見せる。

左手のスティックでゴミ箱を叩きながら、右手のスティックを投げ上げ、見事にキャッチする。

 

「おー!」

 

その様子に、女子生徒はおろか、気づけば、チラホラと人だかりが出来ていた。

 

「よっしゃ!んじゃあ思いっきりいくぜ!準備は良いかお前等ァ!」

『『『『イエーイ!!』』』』

 

そうして、紅夜の路上パフォーマンスに熱中していた生徒達は、遅刻ギリギリになって漸く気づき、大急ぎで学校へと入っていった。

 

「それじゃあ、また演奏聞かせてね♪」

 

そう言って、金髪の女子生徒--ケイ--は、紅夜にウインクすると、学校へと向かっていった。

 

「……………………さて、それじゃあ俺も行動開始するか」

 

そう呟き、紅夜はゴミ箱セットを元の場所に戻すと、忍者のように動きながら、学園の外側を廻って優花里の姿を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(くっ!迂闊でした。まさか、通路の段差で転ぶなんて…………ッ!)」

 

此処は、サンダース大学付属高校の学園艦の館内通路。

その通路を、2人の女子生徒に挟まれた状態で、優花里は手錠をつけられ、歩かされていた。

偵察行為は承認されているとは言え、相手側からすれば、知られたら最後、そのスパイを捕らえなければならない。

 

「残念だったわね。良いトコまで逃げられたのに、段差につまづいて転ぶなんて」

「まあ、そう言ってやるなアリサ…………兎に角、スパイは尋問の後に大洗側へ報告だな」

 

優花里の横を歩く女子生徒が、嫌味ったらしく言う。

 

「(西住殿…………申し訳ありません!)」

 

優花里が心の中で、尊敬する人物に詫びを入れた、次の瞬間だった。

 

「アッハハハハハッ!余裕ぶってますねぇお嬢さん方!さっすがサンダース!優勝候補の一角の余裕ってモンだ!だがその前に、引っ捕らえたソイツを奪還される方を心配すべきかどうか、神様に電話で聞いてみな!」

「…………ッ!誰!?」

 

アリサが言うと、突然壁がドアのように開き、其所から紅夜が現れた。

 

「呼ばれてねえけどジャジャジャジャーンッ!俺、参ッ上ッ!」

「な、長門殿!?どうして此処に!?」

 

まさか紅夜が来ているとは思わなかったのか、優花里が表情を驚愕に染める。

 

「いやな?お前コンビニの制服着てたじゃん?あの辺りから何か怪しいと思ったんで、付いてきてみればこれって訳さ」

「お、お前まさか!レッド・フラッグ!?」

 

銀髪の女子生徒が、紅夜を指差して叫ぶ。

 

「まあな……………………大洗女子学園戦車道特別チーム《RED FLAG》隊長、長門紅夜とは俺の事だ!後ついでに、人を指で指すな!失礼だと教わらなかったか!」

「す、すみませんでした!ってアレ?なんで私が謝っているんだ!?」

 

銀髪の女子生徒は、紅夜のペースに乗せられていたことに気づくが、それは最早、手遅れだった。

 

「んじゃ、この子は貰ってくぜ~!」

「きゃっ!?」

「ッ!しまった!」

 

アリサが声を発するが、その頃には紅夜が、手錠をつけられたままの優花里を抱き上げ、瞬きをする間もなく消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ~!アッハハハハハッ!スッゲー楽しかったぜ!もう最ッ高!」

 

サンダースから抜け出し、コンビニの定期便に飛び乗った紅夜は、物影に隠れると優花里を下ろし、楽しそうに言う。

 

「それにしても秋山さん、あんなに面白い事するなら俺も誘ってくれよ~。あんなにスリル満点な出来事なんて、この先無いかもしれねえんだぜ?」

「は、はあ…………」

「あ、そうだ。手錠外さねえとな」

 

紅夜はそう言うと、針金を取り出して手錠の鍵穴に差し込み、穴の中を弄り回す。

すると、1分としないうちに手錠は外れた。

 

「長門殿…………」

「ん?」

 

優花里が声をかけると、手錠が外れたことに安堵の溜め息をついていた紅夜が振り向く。

 

「その、助けてくれて…………本当に、ありがとうございました」

そう言って、優花里は頭を下げた。

 

「いやいや、別に気にすることはねえよ。大事な仲間が捕まったなら、助けるのがチームの務めってヤツだしな。まぁ、無事で何よりだぜ」

「…………ッ!」

 

紅夜が言うと、優花里は顔を真っ赤に染め上げた。

紅夜はコンテナの間から顔を出すと、遠ざかっていくサンダースの学園艦を見ながら呟いた。

 

「次は試合で会おうぜ、サンダースの戦車隊」

 

そうして、紅夜達を乗せた定期便が戻っていき、彼等は大洗の学園艦へと乗り移った。



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第24話~ちょっとしたお説教です!~

サンダース大学付属高校に偵察に行ったものの、ミスから捕まった優花里を無事に救出した紅夜は、優花里と共に、大洗の学園艦に戻ってきた。

 

「いやあ~、それにしても楽しかったなぁ~!なあ秋山さん、今度偵察に行く時は俺も誘ってくれよ!一緒にあのスリルを味わおうぜ!」

「あはは…………」

 

優花里の家へと一緒に向かいながら、紅夜は次に偵察に行くのなら自分も誘えと言い出し、それに優花里が苦笑いを浮かべる。

そして、優花里は表情を申し訳なさそうなものに変え、紅夜に言った。

 

「でも…………すいません、長門殿…………私のせいで、あんな事を…………」

「何言ってんだよ。西住さんがサンダースの情報を欲しがってたから、お前はそれを取りに行ったんだろ?それに、謝る相手は俺じゃねえぞ?」

 

そう言うと、優花里はならば誰だとばかりに紅夜を見る。

それを見た紅夜は、上を見ながら言った。

 

「西住さん達だよ」

「え?」

 

そう聞き返す優花里に、紅夜は言った。

 

「西住さん達には、今日はサンダースの偵察に行くってことを伝えたのか?」

「い、いえ。何も伝えていません」

 

そう優花里が言うと、紅夜は溜め息をついて言った。

 

「だったら尚更、俺じゃなくて西住さん達に謝るべきだ。何も言わずに欠席したなら、きっと心配してるぜ?」

「そ…………そうですね」

 

そうして、2人は暫くの間無言で歩いていたが、唐突に、優花里が呟いた。

 

「…………嬉しいな」

「ん?何が嬉しいんだ?」

 

そう聞くと、優花里が話を始めた。

 

「私、幼い頃から戦車が好きだったんです。お小遣いで買うのも、誕生日プレゼントも、クリスマスプレゼントも、全部戦車に関するものばかりで…………」

「相当な戦車マニアなんだな」

「ええ…………」

 

そう恥ずかしそうに答え、優花里は続けた。

 

「でも、今思えばそれが原因だったのかな……………………私は、西住殿や長門殿達に出会うまで、気の合う人が居なくて…………それまでずっと、クラスでも孤立していたんです。自分で言うのもなんですけどね…………それで、両親にも心配されてしまう始末でした」

そう自嘲するように言う優花里の言葉を、紅夜は何も言わずに聞いていた。

 

「初めて出来た友達が、西住殿達大洗の戦車道チームや、長門殿でした。だから少しでも、迷惑を…………心配をかけたくなかったんです…………でもそれが、かえって西住殿達を心配させた上に、長門殿にも迷惑をかけて……………………もう、私なんて…………ッ!」

「おい秋山さん、今直ぐその言葉を撤回しろ。それ以上言ったら本気で怒るぞ」

優花里の言葉を遮って、紅夜は低く、威圧するような声で言った。

 

「『自分なんて』…………なんて事は考えるな。俺が許せねえのは、他人を大切にしない奴、そして、自分を大切にしない奴だ」

「な、長門殿…………?」

 

優花里は、何を言っているのかとばかりに紅夜を見つめる。

 

「なら、もしお前が、そんな考えでこの学園から姿を消したとしよう。西住さん達はどうなる?戦車道に迷惑をかける以前に、西住さん達を悲しませることになるぞ」

「…………ッ!」

 

それに目を見開く優花里に、紅夜は続けた。

 

「それに、友達ってのはな……………迷惑掛けたり掛けられたりしてナンボのモンなんだよ。現に、俺だって現役時代は、達哉や他のメンバーに無茶ぶりして困らせたからな」

「例えば、どんなものですか?」

そう訊ねる優花里に、紅夜は答える。

 

「そうだな…………例えば、『IS-2で相手の戦車のフェンダー部分に体当たりして怖がらせてやれ』とかな」

「……………随分と滅茶苦茶なやり方ですね」

「ああ。今思えば、あれでよく他の戦車を横転させずに済んだモンだ。他にも、『俺が後ろ見るから、フルスピードでバック走行しろ』とかもやったな」

「ちょっ!危なくないですか!?」

「ああ、今となっては、かなり無茶な事言ったと思ってるよ。まあ、それのお陰で、達哉の操縦技術がエライ事になったけどな。恐らく、冷泉さんよりも運転は上手いぜ?彼奴は」

 

そう言って紅夜は笑うと、優花里に視線を戻した。

 

「まあ、こんな感じでやってたが、何だかんだ言いながらも、達哉はやり遂げてくれた。勿論達哉だけじゃない。静馬や大河のチームにだって無茶ぶりしたし、逆にされた事もあった…………そんな感じでさ……………無茶ぶりとか、相談とかを平気で出来る間柄で居られるのが友達ってヤツなんじゃねえのかって思うのさ…………だから秋山さん」

「は、はい!」

 

名を呼ばれた優花里は返事を返し、紅夜の次の言葉を待つ。

紅夜は少しの間目を瞑り、やがてゆっくりと開いた。その目は、何時か華に、百合に気持ちを伝えるように諭した時のように、優しいものだった。

 

「もっと迷惑をかけても良い。あの時、俺に迷惑を掛けたと思うのなら、それは止めろ。俺はこれからも、俺のチームやお前等大洗の子達に迷惑を掛けると思うし、逆に掛けられると思う。だがな、お前や他の仲間が窮地に立たされたってんなら、ぜってぇ助け出してやるさ」

「~~ッ!?」

 

そう言った途端、優花里は顔を真っ赤に染め上げた。

紅夜は優花里の顔が急に赤くなったことに疑問を感じながらも、何時ものように、呑気な調子で言った。

 

「まあ、そんな訳で説教は終わりだ……………んじゃ、さっさとお前の家に行こうぜ。もしかしたら、西住さん達が来てるかもしれねえぜ?」

「そ…………そうですね!」

 

優花里は満開の花のような笑みを浮かべて答えると、紅夜の先に立って歩き出した。

 

「秋山さんの奴、何か知らんが急に機嫌が良くなったな…………まあ、元気に越したことはないから、別に良いんだけどさ…………にしても立ち直り早ぇーな」

 

紅夜はそう呟きながら、優花里の後について歩いた。

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、秋山さんの家って床屋だったのか」

「ええ。では私は、2階の窓から入りますので、長門殿は正面からお願いします」

「なんでお前は2階の窓から入るんだよ…………まあ、良いけどさ」

 

そうして紅夜は、床屋のドアを開けた。

 

「こんにちは」

「おや、いらっしゃい」

 

紅夜が挨拶をすると、新聞を読んでいた男性が振り向いた。椅子を拭いていた女性も振り向き、紅夜に微笑みかける。

 

「すみませんが、自分は客ではなくてですね、秋山さんの友人…………なんですけど」

 

そう紅夜が言った途端、その男女が凍りついたかのように動きを止めた…………かと思いきや、男性が突然、紅夜に詰め寄ってきた。

 

「ゆ、優花里の男友達だって!?これは一大事だよ母さん!大洗の子に続いて、男友達が出来ていたなんて…………ッ!」

「お、落ち着いて!此方さんが困ってるわよ!」

 

慌てふためく男性を宥めると、女性は紅夜に話しかけた。

 

「ごめんなさいね、何せあの子が友達を、それも男友達を作っていたなんて事は聞いたこともありませんでしたから」

「そうなんですか…………」

「丁度さっき、大洗の子達がやって来て、今は優花里の部屋に居るから、上がっていって」

「はい、お邪魔します」

 

そう言って、紅夜は家に上がると、優花里の母から部屋の場所を聞いて階段を上がり、真ん前にあったドアを開けた。

 

「な、長門君!?」

 

突然開かれたドアから現れた紅夜に、驚いたみほが大声で言う。

 

「ウィーッス!Aチームの皆さんお揃いで」

「長門殿、お待ちしておりました!」

「おう」

 

優花里が言うと、紅夜も微笑んで返す。

 

「てか、何があったの?ゆかりんの格好とか、長門君が来たのとか」

 

疑問に思った沙織が言う。

 

「では、先ずはその事について、お話ししましょうか」

 

そう言って、優花里は先ず、サンダースの偵察に行った時のビデオを見せ、それから、自分がサンダースの偵察に行った時の出来事を話し始めた。

 

サンダースの生徒に捕まってから紅夜に助けられたという話辺りから、優花里は頬を赤く染めながらも嬉しそうに話しており、それを見た華は、優花里が紅夜に好意を抱いている事に気づいたのか、若干複雑そうな表情で見ていた。

そうとも知らず、紅夜は優香里達の話をのんびりと構えながら聞いていた。



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第4章~全国大会1回戦!VSサンダース大学附属高校!~
第25話~試合、開始です!~


さて、優香里のサンダース偵察の報告から数日明け、戦車道全国大会1回戦の日を迎えた。

会場は南方の孤島、森林地帯が広がり、緩やかな丘が幾つもある野戦会場だった。

 

観客席が設けられた場所では屋台が出回り、賑わいを見せていた。

 

会場に学園艦が着くと、大洗の戦車が続々と降り、会場の土を踏みしめる。

 

列の最後尾を進む、紅夜達ライトニングのメンバーを乗せたIS-2も、またその1輌であった。

「じゃあ静馬、俺達は先に、会場に行ってる」

『ええ。私達も後から、観客席の方に行くわ。頑張ってね』

「あいよ、んじゃな」

 

車長席に座りながら、静馬と電話をしていた紅夜は、通話を切ると携帯をしまう。

 

「静馬は何だって?」

 

装填手の勘助が、砲弾入れに持たれながら言う。

 

「ああ、後から観客席に来ると言ってたよ。それと一言、『頑張れ』だとさ」

「ほほーう、かなり淡々としたエールだな」

 

そうして会場に着くと、大洗側の戦車を停めておくスペースへと誘導されるのだが…………

 

「其所のIS-2、止まれ!」

 

クリップボードを持った、係の1人と思われる、何処かの学校の女子生徒に止められた。

それを聞いた紅夜は、達哉に戦車を止めるように指示を出す。

車体を揺らしながら戦車が止まると、紅夜はキューボラから身を乗り出し、そのまま車内から出ると、一気に地面に飛び降りる。

すると、その係の1人が近づいてきた。

 

「お前達、何者だ?此処は大洗女子学園のスペースだぞ。関係者以外は立ち入り禁止だ」

「悪いが、俺もその学園の所属だ」

 

警戒するような目で睨む生徒に、紅夜は言い返す。

 

「大洗女子学園所属、戦車道特別チーム《RED FLAG》隊長、長門紅夜だ。生徒会長、角谷杏より、我がチームの戦車を1輌、今回の1回戦に参加させる許可が降りていると聞いているのだが?」

 

そう言うと女子生徒は、通り掛かった他の女子生徒を呼び、何かを話す。やがて話が終わったのか、紅夜へと向き直った。

 

「確かに、レッド・フラッグが大洗女子学園に所属したと言う知らせはあった。通れ」

 

そう言って、女子生徒はそのまま去っていった。

紅夜はIS-2のエンジンルームに飛び乗ると、キューボラを叩いて達哉に前進させるように指示を出す。

そして、達哉はアクセルペダルをゆっくりと踏み、大洗女子学園のメンバーが待っている場所へと戦車を進めた。

 

 

 

 

 

 

「整備は終わったか~!?」

『『『『『はーい!!!』』』』』

 

自分達の戦車の整備を終えた、Eチーム改め《カメさんチーム》の桃が、他のチームに呼び掛ける。

 

「準備完了」

「私達もです!」

「Ⅳ号も、準備完了です」

 

桃の呼び掛けに、M3リーのDチーム改め《ウサギさんチーム》の1年生の面々や、Ⅲ突のCチーム改め《カバさんチーム》のカエサル、八九式Bチーム改め《アヒルさんチーム》の典子、そして、Ⅳ号Aチーム改め《あんこうチーム》のみほも返事を返す。

 

「ライトニングチーム、そっちはどうだ?」

「此方も準備万端ですよ、河嶋さん」

 

呼び掛ける桃に、紅夜がそう返した。

 

「よし!それでは試合開始まで待機!」

「あっ!砲弾忘れちゃった!」

「ちょっ、それ一番大切なヤツじゃん!」

「ゴメ~ン」

「「「ハハハハハハハッ!!」」」

「ちょっと、笑い事じゃないよー!」

 

1年生の方では、そんな感じで賑やかになっている。

 

「呑気なものね」

「それで良くノコノコと全国大会に出て来れたわね」

小馬鹿にするような声に全員が振り向くと、其所にはサンダース高校の制服を着た、ナオミとアリサが居た。

 

「はわっ!?」

 

偵察に行った時の事を思い出したのか、優香里は紅夜の後ろに隠れた。

 

「お前達、何しに来た!?」

前に出た桃が声を張り上げる。

その様子を何処吹く風と流し、余裕そうな顔をしたナオミが言った。

 

「試合前の挨拶も兼ねて、食事でもどうかと思ってね」

「おー、そりゃ良いねぇ~。んじゃ、お言葉に甘えようか」

 

挑発するような雰囲気で言うナオミに、杏は怒ることなく言うと、そのまま大洗のメンバーはサンダースの陣営へと向かっていった。

 

 

 

 

 

「チアリーダー居るとか…………やっぱサンダースの野郎、金幾らか此方に寄越せや畜生めが」

「な、長門殿?どうされたんですかぁ?」

 

そう紅夜が呟くと、紅夜の側に引っ付いて歩いていた優香里が怯え始めた。

みほ達アンコウチームの面々も表情を歪める。

 

「おい紅夜、お前の目が殺人鬼並に怖くなってるぞ。つか、あんま人前で金金言うな」

「金云々の問題で目付き変わるとか、何処の紅白巫女さんだよお前は…………」

「いや、そこは角刈り警察官だと思うんだがな……………つーか紅夜。お前、俺等の戦車の格納庫に大会で稼いだ賞金置いてんの忘れてんのか?あれ結構貯まってるんだがな……………」

 

サンダースの陣営に来るや否や、目付きを鋭いものにして呟いた紅夜に、達哉と翔、勘助の3人が呆れ顔で言う。

 

「それにしても、救護車やシャワー車、ヘアーサロン車まであるとは…………」

「これぞ正しく金持ち学校だな」

 

何とも言えないような雰囲気で呟く達哉に、いつの間にか側に来ていた麻子が言葉を続けた。

 

「おお、冷泉さん。何時から其所に居たんだ?」

「ついさっきだ」

「へぇー」

 

相変わらずの無表情で答える麻子に、達哉はのんびりした調子で声を出す。

 

「HEY!アンジー!」

 

其所へ、ナオミとアリサを引き連れたケイが、大洗チームに手を振りながらやって来た。

 

「アンジーって、『角谷 杏』だからアンジー?」

「馴れ馴れしい…………」

 

柚子と桃が思い思いに呟くが、ケイは気にせずに杏に近づいた。

 

「やぁやぁケイ、お招きどうもね~」

 

変わらず適当な調子で言う杏に、ケイは笑顔で答えた。

 

「良いのよ別に。そんなことよりも、何でも好きなの食べていってね!OK?」

「オーケーオーケー…………おケイだけにね!」

「アッハハハハ!何そのジョーク!」

 

サムズアップしてジョークを言う杏に、ケイは腹を抱えて大笑いし、ナオミとアリサはうんざりした表情を向けた。

するとケイは、優香里と紅夜を視界に捉え、近づいていった。

 

「HEY!オットボール三等軍曹!」

「あ、見つかっちゃった!」

「お、怒られるかな?」

 

優香里がサンダースの偵察に行った際、咄嗟に名乗った偽名で優香里を呼び、近づいてくるケイに、優香里と沙織は慌て出す。

その様子を見た紅夜は、優香里を庇うように前に立った。

 

「心配しないで。別にこの前の事なんて気にしてないから」

 

紅夜が優香里の前に立った理由を察したのか、ケイはそう言った。

その言葉が嘘ではないと悟った紅夜は、ケイに道を開ける。そのままケイは、優香里の前に立った。

 

「この前は大丈夫だった?」

「え?」

 

ケイは、優香里の偵察行為について言及することなく、逆に優香里を気遣う言葉を投げ掛ける。

 

「は、はい…………」

 

ケイが全く怒っていない事に戸惑いながらも、優香里は頷いた。

 

「また何時でも遊びに来てね?ウチは何時でもオープンだから!其所の彼氏さんと一緒に、ね!」

「そ、そんな!長門殿は彼氏なんかじゃ!」

「そうですよケイさん、俺に秋山さんは合わん。もっと良い男が居るでしょうよ」

「…………」

 

優香里が顔を真っ赤にして否定すると、紅夜もそれに同調するが、当の優香里は複雑そうな表情をしていた。

 

「そう言う割には、オットボール三等軍曹が満更でもなさそうな顔だけど?」

「ん?……………気のせいじゃねっスか?」

 

紅夜が言うと、優香里が頬を膨らませて紅夜の腕をつねった。

 

「イッテ!?オイコラ何しやがる!?」

「別にぃ~?何もないですよ~?」

「んにゃろー…………」

 

つーんとばかりにそっぽを向く優香里をジト目で睨むも、紅夜は直ぐに、ケイの方へと目を向けた。

 

「まあそれよりも、あの時の演奏は凄かったわよ?また演奏しに来てね!」

「りょーかい。今度はライトニング総出で演奏しますよ」

「そりゃ楽しみね!」

 

ケイはそう言うと、紅夜のパンツァージャケットを見て言った。

 

「…………今更なんだけど、ホントに居たのね。男女混合戦車道チームって」

「まあね。あくまでも同好会だったし、半年ぐらい前にはお払い箱にされましたから、今となっては忘れられたのか、あんま知られてないんですけどね」

「あら、そうでもないわよ?ウチの学校じゃ、先輩達が貴方達と戦ったとかで結構有名だったし、貴方が来た時だって、後から貴方がレッド・フラッグの隊長だって知って、ちょっとした騒ぎになったんだから」

「マジですか…………」

 

そうしているうちに、ケイ達はサンダースの持ち場に戻ることになった。

 

「それじゃねー!」

 

そう言って、ケイは手を振りながら戻っていった。

大洗チームからは、友好的で気さくな性格のケイに安心する声がちらほらと聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして時間は流れ、試合開始まで後数分と迫った頃、観客席前に置かれている、試合中継用の特大モニターでは、杏とケイが向かい合っている様子が映し出されていた。

 

『これより、サンダース大学附属高校と、大洗女子学園の試合を開始する!』

 

アナウンスが流れると、ケイと杏が握手を交わす。

 

「よろしくね」

「ああ」

 

そうして、2人は其々のチームの持ち場へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

『…………説明した通り、相手チームのフラッグ車を先に撃破したチームの勝ちです。相手の戦車は、ライトニングチームのIS-2を除けば攻守共に私達より上ですが、落ち着いて戦いましょう』

 

その頃、開始場所に来ていた大洗チームでは、今回の試合の作戦について、みほが全チームに伝えていた。

大洗側のフラッグ車は、生徒会メンバーのカメさんチーム、即ち38tだ。

 

『地形を活かして敵を分散させ、Ⅲ突の前に引き摺り出してください』

「だとさ、皆」

「ああ、バッチリ聞こえていたさ」

 

みほの通信を聞いた紅夜が3人に呼び掛けると、3人から返事が返される。

紅夜はそれから目を少し瞑ると、カッ!と見開いて言った。

 

それを見たライトニングの面々は、紅夜がやろうとしている事を察する。

そして、紅夜が声を上げると、3人も声を上げた。

 

「Nothing's difficult!」

『『Everything's a challenge!』』

「Through adversity……………………」

『『To the stars!!』』

「From the last tank,to the last bullet,to the last minute,to the last one,We fight!」

『『We fight!』』

「We fight!!」

『『we fight!!』』

「We fight!!!」

『『We fight!!!』』

 

そうして、ジープに乗った杏が戻ってきた。

 

「さあ、行くよ!」

『『『『『『おーー!!』』』』』』

 

そして、大洗のメンバーからの声が上がると…………

 

『試合、開始!』

 

上空に閃光弾が撃ち上げられ、試合の開始を告げるアナウンスが響き渡る。

 

そして、両チームの戦車が一斉に動き出し、戦車道全国大会の第1回戦が幕を開けた。



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第26話~盗み聞きされてます!~

試合の開始を告げるアナウンスが響き渡ると、大洗とサンダースの戦車が、一斉に動き出す。

その様子が観客席のエキシビジョンに映し出されると、観客が歓声を上げる。

 

その頃、観客席付近にある緩やかな丘陵の上では、まほ、エリカ、要と言った黒森峰の3人が、観戦にやって来ていた。

 

「始まりましたね…………」

「ああ、そうだな…………」

 

前進する、大洗の戦車がパンツァーカイルで進むのを、エキシビジョン越しに見ながらエリカが言うと、まほが複雑そうな顔で答える。

 

「まあ私としては、たとえ大洗には強力なIS-2があるとしても、物量的に負けている時点で大洗の詰みは確定していると見ていますがね」

「要、貴女ねぇ…………ッ!」

「エリカ、止めるんだ。謙譲も、変に煽るような口を聞くのは止めろ」

 

辛辣と言うよりかは、見下したようなコメントを試合開始早々に呟く要に、エリカは怒ろうとしたが、それはまほによって止められる。

流石に隊長に言われては何も言い返せないのか、2人は暫し睨み合った後、どちらともなくエキシビジョンへと視線を移した。

 

「みほ…………」

 

Ⅳ号のキューボラから身を乗り出すみほの姿を捉えたまほが悲しそうな表情で、エリカや要に聞かれないような声で呟いた。

その筈だったのだが、エリカには聞こえていたらしく、エリカも悲しそうな表情を浮かべ、まほを横目に見た。

 

 

 

 

 

 

 

「前進前進!ガンッガン行くよ~~!」

 

その頃、サンダースチームは荒野地帯を10輌で進撃しており、対する大洗チームは、森林地帯で進行し、今は身を隠すように、全車両が停車していた。

 

 

「ウサギさんチームは、右方向の偵察をお願いします。アヒルさんチームは左方向を」

『了解しました!』

『此方も了解!』

 

みほが言うと、2チームから返事が返される。

 

「我々あんこうとカバさんチーム、そしてライトニングチームで、カメさんを守りながら前進します」

『『了解!』』

「あのチーム名は何とかならなかったのか?」

「良いじゃん、可愛いし」

 

各チームからの返事が返されるが、桃はチーム名に対して、もう少しマシなものはないのかとボヤくが、杏がそれを鎮める。

 

「パンツァーフォー!」

 

みほの掛け声と共に、其々の戦車が自分の役割を果たすべく、動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ムシムシするぅ~」

「暑い~」

偵察をしているM3では、優季と桂里奈がボヤく。

 

「静かに!」

 

そんな中、梓が何かを感じたのか、静まるように言う。そしてM3が停車すると、梓はハッチから身を乗り出し、双眼鏡で周囲を見回す。

すると其所へ、向かってくる2輌のM4シャーマンが現れる。

 

「此方、B085S地点にて、シャーマン2輌を発見。これから誘き出します」

 

そうして、M3が砲撃体勢に移ろうとした時、突然2発の砲弾が、M3の直ぐ近くに着弾した。

梓が慌てて後ろを確認すると、其所には4輌のシャーマンが向かってきていた。

 

「シャーマン6輌に包囲されました!」

 

梓が通信を入れると、みほからの返事が返された。

 

『ウサギさんチーム、直ぐに離脱してください!南西から援軍を送ります!』

「了解しました!桂里奈!」

「あいっ!」

 

梓の指示で、桂里奈がM3を急発進させ、その場からの離脱を図った。

 

 

 

 

 

 

 

「ウサギさんチームの援護に向かいます!アヒルさんチームとライトニングチーム、ついてきてください!」

『はい!』

『Roger that!』

 

みほが言うと、八九式アヒルさんチームの典子と、ライトニングチームの紅夜から返事が返された。

 

「にしても6対1とか、数にものを言わせてリンチってか…………物量作戦でのあるあるだな」

「まあ、俺等だって敵車両を横から殴り付けるように体当たりしたりしてたから、まだ袋叩きはマシな方かな…………」

 

先行するⅣ号と八九式を追うIS-2の車内では、達哉と紅夜がそんな事を言い合い、それを聞いていた翔と勘助が苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

一方、6輌のシャーマンとの追いかけっこを演じているウサギさんチームでは…………

 

「ちょっと!付いてこないでよー!」

「エッチ!」

「ストーカー!」

「これでも喰らえ!」

 

車内で悲鳴に近い喚き声が上がりながらも、副砲塔が回転し、追ってくるシャーマン目掛けて37mm砲弾を撃つが、走行中だからか、その砲弾が当たることはなく、シャーマンの頭上を通過して後方に着弾するばかりだ。

 

「アハハハハッ!全然当たらないよー!」

 

先頭を走るシャーマンのハッチから身を乗り出しているケイが言うと、他のシャーマンからの集中砲火が始まり、M3の車内からは悲鳴が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

「流石はサンダース、数にものを言わせた戦い方をしますね…………」

 

此処は観客席エリアにある、黒森峰の3人が来ている丘陵とは、また別の小高い丘陵の上。

試合の様子を見ているペコが呟くと、ダージリンが口を開いた。

 

「こんなジョークを知ってるかしら?とあるアメリカ大統領が自慢したそうよ、『我が国には何でもあるんだ』って」

 

そう言うダージリンにペコが振り向くと、ダージリンは言葉を続けた。

 

「そうしたら、ある外国の新聞記者がこう質問したそうよ…………『地獄のホットラインもですか?』ってね」

 

そう言うとダージリンは、試合会場の一角に浮かんでいる、小型の気球のような物体に、チラリと視線を向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

その頃、サンダースからの執拗な攻撃を受けているウサギさんチームでは…………

 

 

「頑張って!」

「やれば出来る子だよ、桂里奈ちゃん!」

「あいーっ!」

 

操縦手である桂里奈をあゆみと優季が励まし、反撃しながらも逃走を続けていた。

 

 

 

その一方で、ウサギさんチームの救援に向かっている、あんこうチーム、アヒルさんチーム、そしてライトニングチーム一行は、周囲を警戒しながらも、最短ルートで救援に向かっていたが、突然横から砲撃音が響き渡り、Ⅳ号と八九式の間に砲弾が着弾した。

 

「オイオイ、誰だよ撃ちやがったのは?」

 

そう呟きながら、紅夜が砲弾の飛んできた方を睨み付ける。

すると、森の奥からナオミが乗るファイアフライを先頭に、3輌のシャーマンが向かってきていた。

 

「マジかよ…………おい隊長、コレ完全に囲まれたぞ!」

 

紅夜が無線機で、みほに通信を入れる。

 

「北東から6輌、南南西から3輌…………凄い!全10輌中9輌もこの森に投入ですか!」

「…………随分と大胆な作戦ですね…………」

 

殆どの戦車が森に居る事に気づいた優香里が声を上げ、華も呟く。

 

「ウサギさん、このまま進むと危険です!停車出来ますか!?」

『『『『『『無理で~す!』』』』』』

 

みほは停車出来るかを聞くが、即答で否の答えが返される。

 

「…………ッ!6輌から集中砲火を浴びてるって!」

 

通信手の沙織が、ウサギさんチームから知らされた状況を伝える。

 

「…………分かりました。ウサギさん!私達とは間もなく合流出来るので、その後は直ぐ、南東に向かってください!」

 

「…………フッ」

 

沙織からの報告を聞いたみほが指示を出す。それにウサギさん、アヒルさん、そしてライトニングからの返事が返される声を聞き、とあるシャーマン戦車の乗員の1人がほくそ笑んだ。

 

「南南西に、2輌程回してください」

「OK!」

その乗員からの通信に答えると、ケイは2輌のシャーマンに、南南西に回るように命令を出す。

その命令を受けた2輌が、直ぐ様急行した。

 

 

 

 

 

「あ、居た!せんぱーい!」

「はい!落ち着いて!」

 

安堵の声を上げるウサギさんチームにみほが答える。

そしてM3が合流を果たすと、直ぐ様方向転換して、南東へと進み始める。

 

「達哉、外側へ回れ。コイツを盾にしろ。翔、機銃掃射だ、ちょっとばかり怖がらせてやれ」

「「Yes,sir!」」

 

紅夜が指示を出すと、達哉がIS-2を外側へと回り込ませ、砲塔を左へ向けた翔が、砲身と同軸にある機銃による掃射を始める。

 

「クソッ!んだよ彼奴等、エスパーでも居んのか!?」

 

操縦席の小さな窓から退却先を見ていた達哉が、苛立ち気味に言う。

紅夜がその方を見ると、向こう側から2輌のシャーマンが向かってきていた。

 

「回り込んできた!」

「どうする!?」

「撃っちゃう?」

 

八九式アヒルさんチームの典子や、M3のウサギさんチームから声が上がるが、みほはそれに否の返答を返す。

 

「このまま直進してください、敵戦車と混ざって!」

「うえっ!?マジですか!?」

「了解!リベロ並のフットワークで!」

 

みほからの大胆極まりない発言に桂里奈は驚くが、八九式操縦手の忍は冷静に言う。

 

「了解したぜ隊長!先陣は任せな!」

紅夜は無線機に向かって叫ぶと、達也に言った。

 

「達哉!コイツをブッ飛ばして前に出せ!他3輌の盾にしろ!」

「Yes,sir!!」

 

紅夜の指示を受けた達哉がアクセルペダルを思いっきり踏み込み、3輌の前に出る。

元々、IS-2の正面装甲は100~160mm、そして主砲は122mmを持ち、現在参戦している大洗の戦車の中では、最高の火力と防護力を誇るのだ。

紅夜はそれを利用して、3輌をシャーマンからの砲撃から守ろうとしたのだ。

 

「翔!この際だから1輌ぐらい吹っ飛ばしとけ!」

「オーライ!」

 

そう答えた翔は、左側のシャーマンの履帯部分に砲塔を差し向けると、勘助が装填した122mm弾をぶっ放した。

飛んでいった砲弾は、見事にシャーマンの履帯に命中し、走行車輪や転輪の一部を粉々に吹き飛ばす。

 

「「「「「キャァァアアアアアッ!!!?」」」」」

 

バランスを崩したシャーマンは、そのまま右向きに横転し、行動不能を示す白旗が上がった。

 

「て、撤退しろ撤退ぃ~っ!私等もあんな感じで撃たれるぞ!」

 

シャーマン1輌を撃破しても、尚も速度を落とさずに突っ込んでくるIS-2に恐怖を覚えたのか、残りの1輌が逃げ出す。

そして大洗一行は、シャーマンの包囲網からの脱出に成功するのであった。

 

「いやあ~、何とか抜け出せたな!まあ、あのシャーマンの乗員には、少し悪い事しちまったけどな………………」

 

徐々に速度を落としながら達哉が言うと、紅夜も安堵の溜め息をつきながら言った。

 

「そうだな。それにしてもあのシャーマン、なんで俺等が向かってくるのが分かったんだろうなぁ…………ん?」

 

キューボラの角に頭を預けて空を見上げていた紅夜は、見慣れない物体に気づいた。

 

「アレは………………成る程、ああいう訳か、小賢しい真似するモンだぜ全く…………」

 

それを見た紅夜はニヤリと笑みを浮かべると、みほ達あんこうチームへと、隠れそうな茂みに戦車を停めるようにと通信を入れるのであった。



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第27話~逆手にとって仕返しです!~

「長門君、いきなりどうしたの?茂みに戦車を停めろなんて…………」

 

ウサギさんチームとアヒルさんチームを先に行かせ、みほ達あんこうチームと紅夜達ライトニングチームは、茂みに戦車ごと隠れて停めると、紅夜はライトニングのメンバーを車内に残してIS-2から降りると、Ⅳ号に近づき、みほに話しかけられていた。

 

「いや、さっき来やがった2輌のシャーマン野郎共を見て思ったんだ…………おかしいぜ西住さん。彼奴等が俺達の迂回先に気づいてて、あたかも待ち構えてたみたいに襲い掛かってくるなんてさ」

「え?…………ま、まさか?」

 

紅夜が何を言っているのか分からないとばかりに首を傾げるみほだったが、直ぐに察したのか、静かに声を上げる。

 

「ああ、そのまさかだよ…………上見てみろ」

 

そう言うと紅夜は、右手の人差し指を上に向ける。それと同時に、みほも上を見上げる。

 

「あ、あれは……………ッ!?」

 

みほの視線の先には、気球のような形をした物体が浮いていた。

「そう、通信傍受機だ…………彼奴等、此方の通信を全部盗み聞きしていやがった」

「成る程、だからあの時…………」

 

そうみほが呟くと、紅夜は頷いて言った。

 

「そういう事だ…………まあ、向かってきた2輌のうち、1輌は俺等が吹っ飛ばしてやったけどな…………まあ取り敢えず、通信傍受の対策会議でもしようぜ」

 

そう紅夜が言うと、みほは頷いてⅣ号のメンバーに呼び掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………確かに、ルールブックには通信傍受機を打ち上げちゃいけない、なんて事は書いていませんね」

 

戦車道公式戦のガイドブックを持った優香里が、項目とのにらめっこを終えて言う。

 

「そんなの酷い!いくらお金持ちだからって!」

「抗議しましょう!」

 

腹を立てたのか、沙織と華が声を上げるが、紅夜がそれを落ち着かせた。

 

「まあまあお二人さん、此処は落ち着こうぜ。それに、相手があんな真似してくるなら、逆に、相手を利用してやろうとは思わねえか?」

 

紅夜が言うと、2人は聞く体勢に入った。

 

「たった今、あの通信傍受機を利用する、良い手段を思い付いたんだが…………おっと。お前も、どうやら思い付いたみてえだな…………西住さん」

 

紅夜が言うと、みほが紅夜の方を向いて頷き、沙織達に視線を向けた。

 

「長門君、私の方から話しても良いかな?」

 

そう言うみほを少し見つめると、紅夜は頷いて言った。

 

「ああ、良いぜ。俺はただ、通信傍受機の事について知らせに来ただけみてえなモンだからな…………作戦決まったら、ケータイで教えてくれ」

 

そう言って、紅夜は自分の戦車に戻り、達哉に戦車を発進させる。そしてメンバーに、通信傍受機の事や、みほや彼自身が思い付いたと言う作戦について話した。

その頃みほは、あんこうチームのメンバーに、作戦の内容を話していた。

その作戦の内容が、2人同じ事だと言うのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

ある時、通信傍受のチャンネルを回していた、サンダースチームのフラッグ車、シャーマンA1型の車長、アリサは、大洗の通信を拾った。

 

『全車、0985の道路を南進、ジャンクションまで移動して!敵はジャンクションを北上してくる筈なので、通り過ぎたところを左右から包囲!』

 

みほの指示が飛ぶと、他のチームから返答が飛ぶ。

それが、サンダースチームを欺くために作られた、偽物の作戦だとも知らず、アリサはニヤリとほくそ笑み、ケイに通信を入れた。

 

「敵はジャンクション、左右に伏せてるわね…………なら、囮を北上させて!本隊はその左右から包囲!」

『OK、OK!でも、なんでそんな事まで分かっちゃうの?』

「…………女の勘と言うヤツです」

『アハハハハッ!それは頼もしいわね!』

 

アリサから伝えられた情報が、通信傍受によって得た……………それも、彼女等を嵌めるための偽物の作戦だとは知りもせず、ケイは笑いながら言う。

元々、潜入してきた優香里すらも気にしない大雑把な性格もあって、アリサの情報を簡単に信じ込んでしまっていた。

其所に少しでも、『本当にそうなのか?』と疑問を感じる事があれば、この試合の流れも変わったのかもしれないが……………それは今となれば、遅い事である。

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗一行はジャンクションを一望出来る丘の上にやって来ていた。

 

「北から3輌、南から4輌、そして西から2輌か…………マジで来やがったな。ある意味予想外だぜ」

 

IS-2のキューボラから身を乗り出し、双眼鏡で下の様子を見ていた紅夜は、みほにサンダースの車両の配置を報告する。

 

「さあ隊長、作戦決行の時が来たぜ?」

「そうだね…………」

 

そうしてみほは、一呼吸の間の後に声を上げた。

 

「囲まれた!全車後退!」

みほが指示を出すと、茂みに隠れていた八九式が、後ろに括り付けた丸太を引き摺りながら全速力で走り出し、土煙を上げる。大洗の戦車全車両が逃げていると思わせるためだ。

その土煙に気づいた、2輌のシャーマンが煙を追いかける。

 

『見つかった!皆バラバラになって待避!38tは、C1024R地点に隠れてください!』

「38t、敵のフラッグ車ね…………貰ったわ!」

 

みほの偽の通信を拾ったアリサは、他のシャーマンに通信を入れた。

 

「チャーリー、ロック、C1024R地点に急行!見つけ次第攻撃!」

『『はい!』』

 

アリサからの指示を受け、其々のシャーマンの車長からの返事が飛ぶ。

 

そして、指示にあった地点に辿り着いた2輌のシャーマンは、砲塔を回転させ、38tを探す。

其所で、片方のシャーマンの砲手が、茂みに何かを見つけた。

 

「ん?あれって…………」

 

そう、彼女がスコープ越しに見つけたのは、獲物である38tではなく、カバさんチームのⅢ号突撃砲の砲口だったのだ!

 

「Jesus!?」

「撃てぇぇぇい!!」

 

自分達が騙された事に気づいたが、もう手遅れ。エルヴィンの指示が飛び、Ⅲ突が発砲。

さらに、別の場所で待ち構えていたⅣ号やM3、そしてIS-2からの射撃を浴び、1輌のシャーマンが撃破され、それを知らせる白旗が上がった。

 

『ロ、ロックチーム、撃破されました!』

「ええっ!?」

「何だって!?」

「ホワーイ!?」

 

その通信に、アリサ、ナオミ、ケイの3人が驚愕の声を上げる。これこそが、大洗での作戦なのだ。

業と無線で通信して、敵に嘘の作戦を信じ込ませ、実際は携帯のメールでやり取りしていたのだ。

大洗が無線傍受に気づいていないと高を括っていたが故に喰らったしっぺ返し、と言った感じであろう。

 

 

 

 

 

 

 

「大洗女子が、合計2輌も撃破…………!?」

「そのようね」

 

黒森峰では、要がその様子に唖然とし、まほが淡々と答える。エリカは何も言わなかったが、少し嬉しそうな顔をしていた。

 

 

 

「やりましたね」

「ええ、相手の作戦を利用した作戦…………みほさん達らしいですわね」

 

聖グロリアーナでは、ダージリンとペコが、作戦での勝利に感嘆の溜め息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

「見事ね…………」

「ええ」

 

その頃、観客席にて観戦しているレッド・フラッグでは、静馬が大洗の作戦に対して、その様なコメントを付け、それに雅が答える。

 

「隊長さんか、それともライトニングが考えたのか…………だが、それでも最高に使える作戦だな」

 

何処から買ってきたのか、ポップコーンを口の中に放り込みながら、大河はそう呟いていた。

 

「フラッグ車を潰さなければ勝てないが……………それでも大きな一歩だな」

「確かに。サンダースは優勝候補の一角。そんな学校の戦車を、無名校の戦車が先に2輌も撃破したんだもの。それに今のところ、大洗で撃破された車両はゼロ」

「衝撃的っちゃ衝撃的ね」

 

大河の呟きに、新羅、深雪、紀子が言葉を付け足し、巨大なスクリーンへと目を向けるのであった。

 

 

 

 

 

「て、撤退しろ!撤退ぃぃ!」

 

チャーリーチームの車長が叫び、シャーマンは一目散に逃げ出す。

 

「あ!逃げちゃうよ!」

「撃て撃て!」

「おりゃあっ!!」

 

逃げ出したシャーマン戦車を、逃がさないとばかりにM3が砲撃するが、砲弾は惜しくも外れ、結局、そのシャーマンには逃げられる結果となった。

 

「惜しいっ!」

 

M3からはそんな声が上がるが、深追いはするなというみほの指示が飛んだ。

 

『上手くいったね、長門君!』

 

それから、みほからの通信が紅夜の無線機に入った。

 

「ああ…………それにしても、完全に同じ事を考えてたとはな…………偶然ってスゲーや」

 

紅夜はそう言って、軽く笑った。

 

「まあ、これで合計2輌撃破したのは大きな成果だが、最終的にはフラッグ車を潰さなきゃ意味はねえ。取り敢えずはフラッグ車を探し出すのが良いと思うが、次はどうすんだ?」

『うん。次はね…………』

 

そうして、フラッグ車を探し出すための作戦が、始まろうとしてるのであった。



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第28話~1回戦、白熱してます!~

大洗戦車道チームで次の作戦が開始されようとしている頃、相変わらずアリサは、無線傍受を行っていた。

 

「大洗め…………良い気になるなよ…………ッ!」

 

アリサはそう呟き、苛立った表情で傍受機のダイヤルを回していく。

元はと言えば、勝手に無線傍受機を打ち上げて、おまけに無線傍受を逆手に取られる事を心配しなかった彼女の自業自得なだけの話なのだが、気が立っているアリサは、そんな事など考えもしていなかった。

そうして、暫くダイヤルを回していると、傍受機がみほの声を拾った。

 

『全車両、128高地に集合してください。現在のサンダースの戦車で、一番の脅威はファイアフライです。危険ではありますが、先に128高地に陣取って、上からファイアフライを一気に叩きます!』

「く…………クククッ…………クハハハハハハハッ!!!彼奴等、捨て身の作戦に出たわね!」

 

突然高笑いを上げたアリサに、シャーマンの乗員は酷く驚いた表情を浮かべるが、当の本人は気にしていないようだ。

そのままアリサは、嫌味ったらしい笑みを浮かべながら無線機を手に取る。

 

「でも、愚かな判断ねぇ……………丘を上がったら、此方の良い標的になるだけよ……………………隊長、大至急128高地に向かってください」

『え?いきなり何?どういう事?』

 

突然のアリサの発言に、アリサが通信を入れた先のケイが、訳が分からないとばかりに聞き返す。

 

「敵の全車両が現在、128高地に向かっています。其所に全車両が集まる模様です」

『ちょっとアリサ、それ本当?どうしてそんな事まで分かっちゃうわけぇ?』

 

アリサの言う、あまりにも具体性が出来すぎている内容に、ケイは疑うような声色で問いかける。

 

「…………私の情報は完璧です、間違いありません」

『…………ッ!』

 

アリサの自信に溢れた一言に、ケイは目を見開く。

 

「…………OK!」

 

そう言ってケイは、他のシャーマンへも通信を繋げる。

 

「128高地に向かうわよ!全車、Go ahead!!」

 

そうして、無線機へと高らかに叫ぶケイを乗せたシャーマンを筆頭に、サンダースのシャーマン戦車隊が全速力で草原を突き進み、128高地へと向かっていった。

勿論、大洗の戦車が本当に居る訳がないのだが、それに彼女等が気づくのは、もう少し後の話だ。

 

 

 

そしてその頃、大洗側では…………

 

「アヒルさんチームは、サンダースのフラッグ車を探してください。見つけても、その場で撃破しようとは考えず、直ぐに戻ってきてください」

『了解しました!』

 

みほの指示により、アヒルさんチームの八九式が、サンダースフラッグ車の捜索に乗り出しているのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、早い段階で128高地にやって来たケイ達だが…………

 

「……………………何も無いよーーっ!!!?」

 

もぬけの殻と言わんばかりに静まり返り、戦車はおろか、戦車が居た痕跡すら見つかりもしない高地で、ただ無駄骨を折っただけとなった。

そして、視界に広がる、ただ開けた草原を見ながら、ケイが叫んだ。

 

「そ、そんな筈はありません!」

 

ケイからの通信に、竹林に隠れているシャーマンA1型の車長、アリサは驚きながらも声を上げる。

 

「もしかして…………嵌められた?なら、大洗の戦車は何処に…………?」

 

そうアリサが呟いた瞬間、直ぐ側の竹垣を踏み潰し、箱乗りした典子を乗せた八九式が姿を現した。

 

「あ…………」

「うん…………?」

 

いきなり互いの獲物の登場に、両者共に固まる。

そのまま時間が止まったかのように、暫く互いを見ていたが、典子はアリサから視線を外さないまま、八九式の砲塔を軽く叩いて操縦手の忍に合図を送った。

 

「右に転換!急げぇーッ!」

 

そう叫ぶと、八九式は直ぐ様展開を始め、M4A1の前からの離脱を図る。

 

「じゅ、蹂躙してやりなさーい!!」

 

漸く我に返ったアリサが叫ぶものの、砲塔を回転させようとした頃には、八九式は走り出していた。

 

「本隊に連絡は!?」

「するまでもないわ!撃てぇ!撃てぇぇーーっ!!」

 

最早自棄っぱちになったのか、アリサは砲塔が回転した状態でも、構わず発砲命令を出す。

そのままM4A1から砲弾が撃ち出されるが、そのタイミングは、砲塔の回転が止まろうとした瞬間。そのため、狙いが定かではないため当たる訳もなく、砲弾は八九式のエンジンルームを通り過ぎ、竹林地帯に着弾した。

 

「此方アヒルさんチーム!敵フラッグ車を0765地点にて発見しました!此方も発見され、現在撤退中です!」

 

箱乗りしたままの典子が、みほに通信を入れる。

そして、大洗本隊では…………

 

「0765地点ですね!なら逃げ回って敵を引き付けてください!0615地点へ、全車前進!」

みほがそう言うと、操縦手の麻子がⅣ号を動かし始める。

 

「武部さん、携帯で各チームに連絡を!」

「分かった!」

 

無線傍受をされないため、みほはサンダースを騙すために偽物の情報を流していた際、連絡手段として使っていた携帯で、沙織に連絡を入れるように言った。

 

 

 

 

 

 

その頃、M4A1を発見したアヒルさんチームは、みほからの指示通り、0615地点へと向かっていたが、後ろからは、自棄を起こしたような、執拗な砲撃が襲い掛かる。

 

「ええいっ!」

 

そこで、典子は発煙筒を取り出すと、フローターサーブでM4A1へと叩き込んだ。

発煙筒は空中で炸裂し、M4A1の操縦手用のスコープ辺りに乗っかり、其所から絶えず煙幕をぶちまける。

それでも尚、M4A1は発砲するが、視界が遮られている中で当たる訳もなく、命中しなかった。

 

「何をやっている!相手は八九式だぞ!」

「で、ですが視界が!」

「良いから撃て!」

 

此処まで来たら自棄っぱちも良いところである。アリサは視界が遮られているにも関わらず、攻撃を続行させる。

砲弾は外れはするが、やはり着弾の衝撃だけは伝わるのか、八九式は着弾の度に大きく揺れ、あけびが耳を抑える。

 

「キャプテン!激しいスパイクの連続です!」

 

典子に発煙筒を投げ渡しながら、あけびは言う。

 

「相手のスパイクを絶対に受けないで!逆リベロよ!」

「…………意味分かりません」

 

典子の言葉に、あけびは何とも言えないような表情で呟く。

そうぼやくあけびの事などお構い無しに、典子は次の発煙筒を投げつけていた。

 

 

 

 

 

「ええい!装填遅いわよ!何してるの!」

 

その頃M4A1の車内では、装填手に近い位置にある砲弾が底をついてしまい、奥の方にある砲弾に手を伸ばし、砲弾を取ろうとしている装填手に、アリサは苛ついたような声で言った。

 

「すみません、砲弾が遠くて…………」

 

装填手が言うと、アリサはすかさず言った。

 

「ならば機銃で撃ちなさい!」

「ええ!?戦車を機銃で撃つなんてカッコ悪いじゃないですか!」

「勝負にカッコ良いも悪いもあるか!手段を選ぶな!」

 

最早自棄っぱちに叫ぶアリサに、砲手は泣く泣く機銃掃射を始める。

背後から飛んでくる銃弾を弾きながら、八九式は大洗の戦車隊が待ち構えている0615地点にやって来る。

 

「来たぞ、八九式とシャーマン野郎だ」

 

IS-2のキューボラから上半身を覗かせ、八九式が来るのを見ていた紅夜がそう呟く。

横に並ぶあんこうチームのⅣ号から、みほの指示が飛んだ。

 

「全車、突撃します!但し、カメさんはウサギさんとカバさんで守ってください!ライトニングチームは、我々あんこうと来てください!」

 

そうして、Ⅳ号が全身を始め、IS-2も進み出す。

 

「翔、1発ぶちかまして恐がらせてやれ」

「イエッサー!」

 

そうして、翔はM4A1の横の姿がスコープに映った瞬間、引き金を引いた。

凄まじい爆音と共に砲弾が放たれ、M4A1の直ぐ前を通過していく。

 

「うわぁぁーーッ!!後退!後退ぃぃーーっ!」

 

キューボラから上半身を覗かせていたアリサは、物凄い勢いで目の前を通過していった砲弾に驚き、そのまま回りを見回すと、自車に向かってくる大洗の戦車全車両を視界に捉える。

『袋の鼠』という諺が似合うような状況に、アリサはすっかり怯え、直ぐ様車内に引っ込むと、操縦手に交代命令を出す。

そして泣き叫ぶような声で、ケイへと通信を入れる。

 

「き、緊急事態発生!大洗女子学園の戦車全てが、一斉に砲撃を仕掛けてきます!」

『ええ?』

 

アリサが握る無線機から、ケイの唖然とした声が聞こえた。

 

『ちょっとアリサ、それどういう事?さっきと話が全く違うじゃない。そもそも128高地に、大洗の戦車なんて1輌も居なかったのよ?どうなってるの?』

 

ケイはマシンガンの如く、アリサに疑問の声をぶつける。

 

「は、ハイ…………恐らく無線傍受を、逆手に取られたのではないかと…………」

『無線傍受ですってぇ…………ッ!?この、大馬鹿者ォォーーッ!!!』

「ヒィッ!?申し訳ありません!」

 

無線機からケイの怒号が響き渡り、アリサはすっかり縮こまった声を出す。

 

『アリサ!アンタ何て事してるのよ!戦いはフェアプレーでやるべきだって、何時も言ってるでしょ!?』

アリサはそれに答えようとしたが、続けざまに大洗の砲撃を喰らい、アリサの声は着弾の音に掻き消される。

 

『もう!こうなったら仕方無いわ!さっさと逃げなさい!Hurry up!!』

「い、Yes,ma'am!!」

そうしてアリサは、操縦手に全速離脱の指示を出し、M4A1を急発進させる。

それを大洗の戦車隊が追いかけ始め、またしても追いかけっこが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「全くあの子は…………それにしても、無線傍受なんて事やっといて全車両で反撃しに行くってのも、アンフェアよね…………」

 

その頃、他のシャーマンを引き連れてアリサの救援に向かっていたケイは、アリサの仕出かした事に呆れ、溜め息をつきながら呟いていた。

そして暫く走らせていると、彼女にとある案が浮かんだ。

 

「なら、此方も同じ数で行けば良いか!」

 

そうしてケイは、他のシャーマンに通信を入れた。

 

「敵は6輌だから、4輌は私についてきて!後はどっかで適当に待機!そしてナオミ!出番よ!」

「…………Yes,ma'am」

 

ケイからの指示に、ファイアフライの砲手、ナオミは淡々とした声で返事をする。

 

「では行くわよ!全車、Go ahead!!」

 

ケイの声を皮切りに、計5輌のシャーマンが土煙を上げながら前進し、アリサの援護へと向かった。

 

 

 

激戦の時間は、近い。



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第29話~形勢逆転でピンチです!~

ケイ達がアリサの援護に向かっている頃、大洗戦車隊は、1輌のみで逃走を続けるサンダースのフラッグ車、M4A1を全車両で追撃していた。

逃げ回るシャーマンに、大洗からの砲撃が雨霰と降り注ぐ。

だがライトニングは、戦車の携行弾数の問題から殆ど発砲しておらず、基本的に機銃掃射しかしていなかった。

 

「良いぞ良いぞー!」

「追え追えー!」

 

その事等いざ知らず、サンダースと言う強豪校に、少し前までは無名校だった大洗が優位に立っているからか、観客席からはそんな歓声が上がる。

その様子を、静馬達レイガンや、大河達スモーキーのメンバーは、アリサに合流しようと向かっている、本隊の方を心配していた。

 

「今のところ、大洗が有利だな…………これが何時まで持つことやら…………」

「あら、あの大河でもそんな事を言うのね?」

 

腕を組んでエキシビジョンを見ながら呟く大河に、静馬はからかうような視線を向けながら言った。

 

「俺だって心配事の1つや2つはするさ。特に、ああいう試合とかではな…………」

「まあ、そうね…………西住さん達がサンダースのフラッグ車を撃破するのが先か、サンダースの本隊が合流するのが先か…………これが問題ね。何せ向こうにはファイアフライが居るもの」

 

心配そうに言う静馬に、大河は相槌を打った。

 

「まあ、確かにな…………ファイアフライのを真っ正面から攻撃まともに喰らっても耐えられるのって、多分ライトニングのIS-2や、お前のパンターぐらいしかねえだろ…………まあ、その辺りは彼奴等に賭けようぜ」

「…………そうね」

 

そうして2人は、エキシビジョンへと視線を戻すのであった。

 

 

 

また、観客席エリアの小高い丘の上では、聖グロリアーナの2人、ダージリンとペコが居た。

 

「これはある意味、予想外の展開ですね」

「ウフフッ…………まるで鬼ごっこね」

そう呟くペコに、ダージリンは微笑みながら言った。

 

 

 

大会運営の陣営では…………

 

 

「アッハハハハハハッ!新鮮で良いわ!こんな追いかけっこは初めて見るわね!」

 

一○式戦車のキューボラの上で胡座をかいて座る亜美が、豪快に笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 

「これは予想外の展開ですね…………まさか、あんな学校が此処までやれるなんて…………」

 

黒森峰の陣営では、大洗が優位に立っている事が心外だと言わんばかりに、要が言う。

まほやエリカは何も言わなかったが、エリカの表情には、少しばかりの喜びの色が見えていた。

 

「……………………」

 

その一方で、まほは相変わらず、複雑そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、再び視点はアリサのシャーマンM4A1と、大洗戦車隊との追いかけっこの場面へと切り替わる。

 

「こ、このタフなシャーマンがやられる訳がないわ!」

 

砲弾が次々に、シャーマンの周りに着弾していく中、アリサは呟いた。

 

「な、何せ!5万輌も造られたと言う大ベストセラーだもの!丈夫で壊れにくいし、おまけに居住性も、あの長砲身の重戦車なんかよりも断ッ然高い!馬鹿でも扱える程操縦が簡単で、馬鹿でも分かるマニュアル付きよ!」

 

アリサはトチ狂った目で自車をべた褒めするが、其所へ大洗側からの砲撃が襲い掛かり、その砲弾がM4A1の砲塔に当たって弾かれ、車内は大きく揺れる。

 

「お言葉ですが、それ自慢になってませんか!?」

「五月蝿いわよぉ!!」

 

ツッコミを入れてくる砲手に喚くように返すと、アリサは未だに砲撃を続けている大洗の戦車を、車長のスコープ越しに睨み付ける。

 

「なんで私達が、あんなにもショボくれた戦車に追いかけ回されなきゃいけないのよォ!?」

 

M4A1の砲塔が回転する中、アリサは喚き散らす。

 

「其所、右!私達の学校は、アンタ達のような連中とは格が違うのよ!撃てぇ!!」

 

そうして主砲が火を吹くが、大洗の戦車はこれを予測していたのか、あっさりと砲弾を避けてしまう。

 

「なんなのよ、あの戦車!的にすらならないじゃない!当たればイチコロなのに!修正、右に3度!!」

 

アリサが喚き、砲手は泣きそうになりながら砲塔の向きの修正を行う。

 

「ホントに何なのよあの子達は!?こんな場所にノコノコやって来て、どうせ直ぐ廃校になる癖に!さっさと潰れちゃえば良いのよ!」

「…………ハア~」

 

最早現在のアリサには、物事を冷静に考えるだけの精神的余裕など残されていない。

車長でありながらも子供のように喚き散らすアリサに、装填手は溜め息をついていた。

 

 

 

 

 

その頃、フラッグ車を追撃している大洗チームでは、みほ達Ⅳ号のあんこうチームと、紅夜達IS-2のライトニングチームが先陣を切り、フラッグ車を追っているのだが、みほと紅夜が、M4A1の砲塔のハッチから、アリサが自分達に向かって何かを叫んでいるのを見ていた。

「…………何だ彼奴?何してんだ?」

「何か喚いてね?」

 

キューボラから前方の様子を見ていた紅夜と、操縦手用の窓から見ていた達哉が、どうコメントすれば良いのか分からず、ただ淡々とした声で言った。

其所へ、紅夜と同じように、暫く唖然としていたものの、直ぐに復活したみほからの通信が入った。

 

『敵フラッグ車との距離、徐々に縮まっています!現在の距離は、約600メートルです!60秒後、順次発砲を許可します!』

 

そうして暫く進むと、再びみほからの通信が入った。

 

『前方に上り坂です!迂回しながら進んで、目標に接近してください!』

 

その指示に、他のメンバーからの返事が返る。

「さてと、時が来たら吹っ飛ばすか…………翔、勘助、使用を抑えていた砲弾を撃ちまくる時が近づいてきたぜ?合図したら思いっきりぶち込んでやりな!あのシャーマン野郎に大穴空けてやれ!」

「「Yes,sir!!」」

 

物騒極まりない事を平然と言う紅夜に、翔と勘助は答え、達哉はただ、苦笑いを浮かべながらアリサ達に合掌していた。

 

 

 

 

 

 

一方、そんな事も知らずに逃走を続けている、シャーマンM4A1では…………

 

「なんでタカシはあの子が好きなの?どうして私の気持ちに、気づかないのよぉーっ!!」

 

今のアリサの精神は崩壊寸前、車長の席に頭を抱えながら座り、全くもって訳の分からない事を叫び、シャーマンの車内でも、諦めムードが充満していた。

 

その時、草原地帯一帯に突如として、凄まじい砲撃音が響き渡り、その爆音に驚いた鳥が一斉に飛び立っていく。

 

「あ~あ、遂に来やがったか…………あの長鼻野郎が」

疾走するIS-2のキューボラから上半身を覗かせ、その長い緑色の髪の毛を風に靡かせながら、紅夜は呟いた。

 

「5輌だけ…………?」

 

Ⅳ号のハッチから後ろを見ていたみほが呟く。

彼女の視線の先には、小高い丘の上で砲口から白煙を上げているファイアフライと、此方に向かってくる4輌のシャーマンの姿があった。

 

「距離は約5000メートル。ファイアフライの有効射程は3000メートル、まだ余裕があります!」

 

みほは他のチームにそう言うが、今の状況は、サンダースが優勢な立ち位置に戻りつつあった。

 

 

 

 

 

「来たぁぁぁぁーーーーッ!!!」

 

援軍の到着を知ったアリサは、先程までの精神崩壊一歩手前状態だったのが嘘のように、目尻に涙を浮かべながら歓喜の声を上げる。

 

「よっしゃあっ!!こうなったら100倍返しで反撃開始よ!撃てぇッ!」

 

すっかり調子を取り戻したアリサの指示が飛び、援軍に便乗してM4A1も砲撃を始める。

そうして、今度は大洗の戦車隊が砲撃の嵐に晒される。

「どうする?みぽりん!」

 

沙織が声を上げると、すかさずみほは、他のチームへと指示を飛ばした。

 

「ウサギさんとアヒルさんチームは、カメさんを守りながら後方の相手をお願いします!我々あんこうとカバさん、そしてライトニングチームで、フラッグ車を狙います!」

 

その指示を受け、カメさんチームの38tを中心とし、その真ん前に紅夜達のIS-2、その左右にⅣ号とⅢ突が出て、38tの後ろをM3と八九式で固める形で、全速前進する。

 

「今度は、絶対逃げないからね!」

「「「「「うん!」」」」」

 

M3車長の梓が言うと、他のメンバーも一斉に返事を返す。

 

「この戦いは、まるでアラスの戦いだな!」

「いやいや、甲州勝沼の戦いだろう」

「いや、天王寺の戦いで決まりだな」

「「「それだぁッ!!」」」

 

カバさんチームの歴女達は、相変わらずマイペースに昔の戦いに今の現状を例えているが、彼女等からも闘志が溢れ出ていた。

 

その頃、前方をあんこう、カバさん、ライトニングに守られ、後ろをウサギさんとアヒルさんチームに守られているカメさんチームでは…………

 

「絶対に勝たなければならないのだ…………負けたら、私達の学校は…………ッ!」

 

38tの砲手である桃は、まだ錯乱状態にあったアリサの発言の意味を濃くするような事を呟きながらスコープを覗き、引き金を引く。

だが、聖グロリアーナとの練習試合にて、零距離射撃であるのにも関わらず弾を外すような射撃センスで相手の戦車に当たる訳がなく、砲弾は全く別の方向へと飛んでいった。

 

「桃ちゃん、当たってないよ!」

「五月蝿い!それから桃ちゃんと呼ぶな、柚子!!」

「あははは…………まあ、どっちにしろ、これは壮絶な砲撃戦だねぇ~…………」

 

言い合う2人を横目に、杏は笑いながら呟く。

 

 

 

 

 

 

「にしても、あのフラッグ車のシャーマン野郎、いきなり調子を取り戻しやがったな…………」

「まあ仕方ねえだろ、さっきまで絶望的だった所へ援軍来たら、誰だってああなるってモンさ」

「んで、今は思いっきり調子コイてバカスカ撃ちまくってきやがるけどな……………」

「まあまあ、今此処でぶつくさ言っても仕方ねえだろ。兎に角、今の俺等でやれる事をやろうぜ」

 

調子を取り戻している、アリサ達の戦車を追いながら呟く紅夜、翔、勘助の3人に、砲手の達哉が言う。

それに3人は頷き、其々の役割につこうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「大洗女子、大ピンチですね…………レッド・フラッグのIS-2が味方に居ても、やはり無理がありましたか…………」

観客席エリアの小高い丘陵の上から、先程とはすっかり逆転して窮地を追い込まれている大洗の戦車隊を見て、ペコがそう呟く。

「…………ペコ、知ってる?」

「…………?何をです?」

 

突然話を切り出してきたダージリンに、ペコはエキシビジョンから目を離し、視線をダージリンへと向ける。

 

「…………サンドイッチはね、パンよりもキュウリの方が美味しいの」

「え?えぇっと…………それは、どういう……………………?」

 

ダージリンの言う事が理解出来ないペコは、そう聞き返す。

 

「つまりね、挟まれている方が、良い味を出してくるの。それに…………」

「それに?」

 

そう言いかけて目を閉じ、口籠ったダージリンに、ペコは視線を向ける。

そしてダージリンは、目をゆっくり開くと言った。

 

「たとえ大ピンチでも、みほさんなら上手く切り抜けられますわ…………それに、彼も居ますからね…………」

「それは…………ああ、成る程、そう言う事ですか」

 

ペコは、みほなら上手く切り抜けられるだろうと言ったきり、そのままエキシビジョンへと視線を向けて黙ってしまったダージリンを見て、エキシビジョンへと視線を向ける。

その大きな画面には、先頭を疾走するIS-2のハッチから身を乗り出している紅夜の姿が映っていた。

 

「貴女を惚れさせるような殿方なら、きっと大洗を勝利へと導いてくれるでしょうね。ダージリン?」

「ちょっ、ちょっとペコ!?貴女、いきなり何を言って…………ッ!?」

 

ペコがからかうように言うと、ダージリンは顔を真っ赤に染め上げ、淑女に似つかわしくない声を張り上げる。

 

その様子を、ペコは微笑ましそうに見ていた。



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第30話~逆転劇の始まりです!~

サンダースのフラッグ車を全車両で追撃している大洗は、後ろにケイが率いる援軍の到着により、前後からの砲火に晒されていた。

 

大洗のフラッグ車である38tのカメさんチームを、ウサギ、カバ、アヒルさんチームの3チームが守り、Ⅳ号のあんこうチームとIS-2のライトニングチームで前方のM4A1を狙う。

みほ達あんこうチームのⅣ号は、命中しないものの何度も砲撃を加えるが、携行弾数が少ないIS-2は無駄弾を撃てないため、数分に1発程度しか発砲出来ずにいた。

 

「撃てぇーッ!」

「「「アターック!」」」

 

そんな中、アヒルさんチームの八九式が38tの真後ろにつき、サンダースの本隊に砲撃を仕掛ける。

だが、その砲弾は命中せず、ケイのシャーマンの直ぐ横に着弾する。

その時だった。

 

「「「「キャァアアアーーーッ!!!?」」」」

 

仕返しと言わんばかりに、ファイアフライの砲弾が八九式のエンジングリルに叩き込まれる。

ドイツ戦車として有名なティーガーⅠを正面から撃破出来る程の威力を持つ17ポンド砲の直撃を受けた八九式は、エンジンから黒煙を上げながら徐々に速度を落としていき、地面から突き出ていた岩に激突、乗り上げて停まる。

 

「あっ!?」

 

それに気づいたみほが声を上げた頃には、八九式から白旗が上がっていた。

 

「アヒルさんチーム!怪我はありませんか!?」

『『『『大丈夫です!』』』』

 

沙織がすかさず安否を確認するべく通信を入れると、全員から無事を知らせる返事が返され、それを聞いたあんこうチームのメンバーが、安堵の溜め息をつく。

だが、そうして安心していられるのも束の間、ファイアフライの砲手であるナオミが、次の標的をウサギさんチームのM3に定めたのだ。

 

「…………」

 

表情1つ変えることなく、淡々とした表情でガムを噛みながら砲塔を回し、スコープを覗いてM3のエンジンへと狙いをつける。

狙いが定まると、ナオミはスナイパーの如く引き金を引く。

激しいマズルフラッシュや轟音と共に、ファイアフライの砲口から砲弾が飛び出し、そのまま一直線にM3のエンジン部分へと向かう。

そして、先程八九式が撃破された時のように、M3のエンジンに砲弾が叩き込まれる。

M3は黒煙を上げながら徐々に速度を落としていき、片側の履帯が外れていきながらも進み、最後は砲撃戦によって空いた穴に落ちて停まった。

 

『すみません!鼻が長いヤツにやられました!』

「ファイアフライですね…………」

「うん…………それにしても、まさかM3までもが…………」

 

梓からの通信が入り、優香里とみほが呟く。

 

 

 

 

 

 

「これはもう、大洗がやられるのは時間の問題ですね…………IS-2すらも役に立たないとは…………まあ、あれは携行弾数が少ない戦車だから、ああなるのは考えるまでもなかったか…………」

 

観客席エリアの小高い丘陵の上で、要はそう呟く。

それを横目に見ながら、エリカは誰にも聞かれないような、小さな声で呟いた。

 

「どうかしらね…………でも彼等が居るのなら、絶望的な状況でも何時かは這い上がってくるわよ…………」

「…………」

 

エリカはそう言い、まほも聞こえていたかのような表情でエキシビジョンを見ていた。

 

 

 

 

 

「オイオイ、マジかよ…………八九式はおろか、M3までやられちまったぞ」

「こりゃ、早いとこカタつけねえと此方が危ういな…………Jesus」

 

後ろで黒煙を上げて立ち往生する2輌の戦車を見ながら、紅夜とは達哉はそう呟く。

翔や勘助も、口にこそしないものの、同じ事を考えていた。

 

「つーか、隊長車は何してんだ?さっきから何の指示も飛んで来ねえぞ」

「一先ずは落ち着け。其所から始めよう」

「「「Yes,sir」」」

 

車内の状況を纏めるべく紅夜が言うと、色々と言い合っていた3人は頷いた。

 

何時もの活気は失われているものの、彼等の目にはまだ、闘志の炎が消えずに燃えていた。

 

 

 

 

 

「…………もう、此処までなの?……………何も、出来ないの……………?」

 

冷静になりつつ、未だに闘志は燃え上がっているライトニングのメンバーとは対照的に、あんこうチームのⅣ号の車内では、意気消沈したようなムードが流れていた。

沙織が呟くが、みほは言葉を返すことなく、ただ黙りこくるだけだった。

 

 

 

「ホーラ見なさい!やっぱりアンタ等なんて蟻でしかなかったのよ!ちょっと強い戦車を仲間に引き込んだからって、良い気になってたのが仇になって、私達サンダースと言う名の象に踏み潰される事になったわね!ざまあみなさい!」

 

M4A1では、すっかり調子を取り戻した--と言うよりかは、逆に調子に乗りすぎている--アリサが叫び、大洗を小馬鹿にしていた。

 

 

 

 

 

さて、サンダースの援軍から逃げ回るだけとなってしまった大洗戦車隊では、砲塔を持たない突撃砲であるが故に、下手に砲撃するよりも盾になることを選んだカバさんチームが、38tの真後ろに回った。

 

「まるで、弁慶の立ち往生だな…………」

「どんなに足掻いても、最早これまでか…………」

「蜂の巣に、されてボコボコ、さようなら」

「辞世の句を詠むな!」

 

カバさんチームの車内でも、諦めムードが広がっていた。

だが、この2チームのチームの諦めムードよりも、さらに濃いムードを放っている女子生徒が居た。

 

「もう、ダメだ…………何もかもが終わりだ…………」

 

38t、カメさんチームの桃だった。

その絶望した表情は、あたかも末期の癌で余命3日を宣告された患者か、はたまた1週間徹夜で猛勉強したのにも関わらず、受験に失敗した浪人生のような顔だった。

 

「…………ッ!」

 

諦めムードが漂うⅣ号の車内では、みほが無意識のうちに震えていた左手を右手で握る。

 

「(どうしたら良いの?もう、打つ手は無いの…………?)」

 

サンダースの戦車が、前後から容赦なく砲弾を浴びせる。Ⅳ号も砲撃し返すものの、命中すらしない。

 

そんな中、ケイのシャーマンから放たれた砲弾が38tの砲塔を掠って火花を散らし、耐えかねた桃が悲鳴を上げて泣き叫ぶ。

どうしようもない状況に、みほが頭を抱えて車長の席に蹲ろうとした時、通信が入ってきた。

 

『オイ隊長、次の指示はどうした?かれこれ長いこと待ってるぞ此方は』

「…………ッ!な、長門君…………」

 

紅夜だった。

 

みほが頭を上げ、Ⅳ号のキューボラから自分達の斜め前を走るIS-2を見る。

紅夜は操縦手の達哉に指示を出し、Ⅳ号の直ぐ横にIS-2をつけて走らせる。

 

『ホラ隊長、早く次の指示をくれ。此方の砲撃準備は出来てるぜ?』

 

そう言って、紅夜は親指を上に向ける。殆どのチームが絶望している状況でも、紅夜達ライトニングのペースは何時も通りだった。

 

「でも、もうどうしたら良いか…………ッ!」

 

みほは通信機で返すが、段々と声は力を失い、紅夜にも聞こえるか聞こえないかぐらいの小ささになった。

それを聞いた紅夜は、溜め息をついて言った。

 

『なァにシケた面で諦めたような事言ってんだコラ。まだ勝負は着いてねえだろうが』

「…………ッ!」

 

紅夜が言うと、みほはハッとした表情で紅夜を見た。

 

『あの調子コイてバカスカ撃ちまくってやがるシャーマン野郎も、後ろでバカスカ撃ってきやがる連中も走りながら撃ってんだ。そう簡単に当たりゃしねえよ』

「…………」

『俺等はお前の指示を待ってる…………お前の指示を必要としてる。撃って当てりゃ此方の勝ち、諦めりゃ此方の敗けなんだ…………次の指示を待つ。Over』

 

そう言って、紅夜は通信を切った。

 

「うん、そうだね長門君…………何時までもウジウジしてちゃ、駄目だよね…………ッ!」

みほはそう呟くと、大洗の全車両に通信を入れ、大声で叫んだ。

 

「皆さん!落ち着いて聞いてください!」

『『『『『!?』』』』』

 

突然大声を張り上げたみほに、ライトニング以外の全員が静まる。

Ⅳ号の華や沙織、優香里も驚いた表情でみほを見る。

麻子も表情を変えてはいないが、みほの話を聞く態勢になっていた。

 

「落ち着いて攻撃を続けてください!此方もそうですが、相手も走りながら撃って来るから、当たる確率は低いです!今はフラッグ車を撃破する事だけに集中してください!チャンスは今しかないんです!」

 

一旦言い終えると、みほは深く息を吸い込み、それを一気に吐き出すようにして叫んだ。

 

「当てさえすれば、私達の勝ちなんです!諦めたら、その場で敗けなんです!!」

 

「…………当てれば、私達の勝ち…………」

「諦めたら、私達の敗け…………」

 

みほの叫びを聞いたエルヴィンと柚子が、そう呟く。それでも桃が情けない声を上げるが、杏がそれを宥めた。

 

 

 

ああは言ったものの、それだけでこの絶望的な状況が変わるなんて、そんな都合の良い事が起こる訳でもなく、みほはまた震え出す。

 

だが、そんなみほの膝に置かれていた両手を固く握る者が居た。

 

「…………西住殿の、言う通りですね!」

「ええ!」

 

装填手の優香里と、砲手の華だった。

 

「そうだよね…………諦めたら、その場で敗けなんだよね!!」

「うん…………」

 

沙織が優香里と華に同調するように言い、麻子も小さく声を出す。

 

「皆…………」

 

元気を取り戻したメンバーに、みほが感激した表情を浮かべると、突然、Ⅳ号の真横から爆音が響き渡った。

慌てたみほがキューボラから外を見ると、其所には砲口から白煙を上げるIS-2が居た。

紅夜がずっと、IS-2を、Ⅳ号の真横につけさせていたのだ。

みほと同じように、キューボラから上半身を覗かせた紅夜は、みほへと通信を入れた。

 

『Whoo-hoo!!その言葉を待ってたぜ!つーか、やっと元気を取り戻したか!待ちくたびれたぞ隊長!!』

「!紅夜君!」

 

ハイテンションで叫ぶ紅夜に、みほも大声で紅夜の名を呼ぶ。みほは無意識のうちに紅夜を名前で呼んでいるが、本人は気づいていなかった。

 

『そう指示されたら、此方も本気出してやらねえとなァ!!よっしゃ隊長!後ろのシャーマン共は俺等に任せな!足止めしてやるよ!』

「え!?そんな事出来るの!?そもそもどうやるの!?」

『んなモン決まってんだろ!IS-2(コイツ)をUターンさせて、後ろからバカスカ撃ってきやがるシャーマン野郎共に突っ込むんだよ!後は好き勝手に暴れ手やらァ!』

「そ、そんなの無謀だよ!やられちゃうよ!?」

 

突然の紅夜の言葉に、みほは驚愕の声を上げた。

紅夜の言う事はつまり、後ろの援軍に単身で突っ込むという事。普通なら無謀だと叫ぶだろう。

だが、それでも紅夜は言った。

 

『安心しな!粗方潰したら援護に回るさ!つーか隊長、IS-2(コイツ)の頑丈さと長年戦車道やってきた俺等をナメんなよォ!?追い付けねえなら翔が遠距離射撃でも決めてくれるぜ!』

 

IS-2の車内では、紅夜の言葉に翔が力強く頷く。紅夜はそう言ってサムズアップし、みほに微笑みかける。

みほは一瞬顔を赤くしながらも、直ぐに表情を真剣なものに戻して言った。

 

「分かりました!ライトニングチームは、後ろの援軍をお願いします!絶対帰ってきてくださいね!」

『『『『Yes,ma'am!!』』』』

 

みほの無線機に、ライトニング全員からの返事が返され、それを最後に通信が切れた。

 

「…………うっしゃあ…………うおっしゃああああっ!!行くぞテメエ等ァ!!!彼奴等に一泡噴かせてやろうぜェ!!」

「「「「Yes,sir!!!」」」」

 

テンションが限界を振り切った紅夜が叫ぶと、達哉、翔、勘助が答える。

 

大洗の逆転劇が今、始まろうとしていた!



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第31話~カチコミ作戦です!~

さて、サンダースの援軍から逃げ回りつつ、先頭で逃走するサンダースのフラッグ車、M4A1を攻撃する、生き残った大洗の戦車隊の内の1輌の戦車--IS-2--、ライトニングチームでは、とある作戦が始まろうとしていた。

 

キューボラから上半身を覗かせて長い緑色の髪を靡かせ、後ろから砲撃を仕掛けてくるサンダースの援軍の戦車隊を赤く鋭い目で睨みながら、紅夜は車内のメンバーに声をかけた。

 

「さぁテメエ等、カチコミの時間だぜ?準備は良いか?」

「おうよ。ラフドライブの準備は万端だぜ」

「砲弾の装填も、既に完了だ」

「狙いさえ定まりゃ、何時でも撃てるさ」

 

紅夜の問いに、他の3人が答える。

その作戦の経験があるのか、メンバーの中の誰一人として、紅夜の作戦に異議を唱える者は居なかった。

全員の状態を確認した紅夜は、みほへと通信を入れた。

 

「んじゃあ隊長、ちっとばかりそっちを頼んだ」

『うん、分かったよ…………でも、本当にやるの?』

 

不安げに返事を返してくるみほに、紅夜は笑って言った。

 

「当たり前だ。取り敢えずは相手の戦力を潰す事が大事だからな…………そのための重戦車だと言っても過言じゃねえな」

『いや、過言だと思うし、そもそも重戦車って、そんな用途で使うのじゃなかったような気がするんだけど…………』

 

紅夜の発言に、みほは苦笑いしながらツッコミを入れる。

ツッコミを入れられた紅夜も、笑って言った。

 

「まあ細かい事は気にすんな…………じゃあ頼むぜ?隊長」

『うん…………気をつけてね』

「へーい、そっちもな~」

 

みほとの通信を終えた紅夜は、前を走るM4A1からの砲撃が止んだ瞬間、声を張り上げた。

 

「All right!作戦開始だ達哉!じゃじゃ馬を踊らせろォ!」

「よっしゃあ!」

 

達哉は返事を返し、アクセルペダルを思い切り踏み込むと、そのまま操縦レバーを操る。

IS-2は速度を上げてⅣ号の前に出る。そして、車体を激しく揺らしながらUターンする。

 

「うわっととと!?」

 

あまりの横Gに、紅夜は車内から投げ出されそうになった。

 

「どうだ紅夜ァ!ハッピーかァ!?」

「ふざけんなァ!!」

 

ハイテンションの達哉が叫ぶと、キューボラの縁に掴まって落ちないようにしていた紅夜が答える。

そのままIS-2は直進し、大洗の戦車隊と擦れ違う。

そして、38tの後ろを守っている最後尾のⅢ突と擦れ違うと、今度はⅢ突の後ろを守るように出ると、そのまま停車した。

 

「…………?ナオミはⅣ号を追って!後は停車!」

 

突然、自分達の前に立ち塞がったIS-2に疑問を覚えたケイが指示を出すと、ナオミが乗るファイアフライがIS-2の横を通り過ぎ、残った4輌のシャーマンが停車する。

そしてその場には、1輌のIS-2と、4輌のシャーマンが対峙すると言う光景が出来上がった。

 

「これで良いか?紅夜」

 

操縦レバーから手を離した達哉が言うと、先頭で停車しているケイのシャーマンを睨んでいた紅夜は答えた。

 

「ああ、良くやったぜ達哉。相変わらずのラフドライブをありがとよ…………全く、マジで振り落とされるかと思ったぜ」

 

紅夜は首をボキボキと鳴らしながら答える。

 

「さあて、後はアレだな…………」

「『相手は4輌一気にカチコミ大暴れだぜ!』…………ってか?」

「まあな」

「久々に戦車での乱闘だな、Hallelujah!」

 

呟いた勘助に翔が言葉を付け加え、達哉も呟く。

彼等4人の目は、最早暴れ出す時を今か今かと待ちわびている、狂戦士(バーサーカー)の目そのものだった。

 

「んじゃ、挨拶代わりに1発かましてやるぜ!」

 

スコープを覗いていた翔はそう言うと、照準を合わせていた1輌のシャーマン目掛けて主砲を発射した。

凄まじい音と共に放たれた122mm砲弾は、そのシャーマンの車体に叩き込まれ、そのまま有効と判定され、撃破を示す白旗が飛び出した。

 

「ッ!よくもやってくれたわね!全車、攻撃開始!Fire!」

『『『Fire!!』』』

 

ケイの指示で、残された3輌のシャーマンが一斉に砲撃を始める。

 

「連中が乗ってきやがった!此方も行くぞ!」

「「「Yes,sir!!」」」

 

紅夜が叫ぶと、達哉はアクセルペダルを思い切り踏み込み、向かってくる3輌のシャーマンに襲い掛かっていった。

 

 

 

 

 

『オオーッ!スゲー!』

『あんな激戦は初めて見るぞ!』

『良いぞ良いぞー!』

『やっちまえー!』

 

エキシビジョンに映る乱闘のような戦車戦に、観客が騒ぎ出す中、小高い丘陵の上では…………

 

「…………彼等は気でも狂ったのか?いくら性能でシャーマンに勝っているからって、3輌相手に単身で挑むなど…………長年戦車道をやっていた癖に、何も知らないんだな」

 

黒森峰では、要が紅夜達ライトニングの行動に、否定的なコメントを呟くが、それにエリカが口を挟んだ。

 

「分かってないのはアンタよ、要」

「…………どういう意味ですか?副隊長」

 

要はそう言うと、目を細めてエリカを見やる。

エリカは暫く目を瞑って黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「…………確かにアンタの言う通り、アレだけ見れば、『初心者が自棄っぱちになって特攻してる』としか思えないでしょう。それに、あの様子から見て、彼等は今、興奮状態にある」

「ええ、そうとしか言えませんね…………それが何だと言うのです?」

 

そう言う要に、エリカは言葉続けた。

 

「並の人間なら、あんな興奮状態になれば最後、小さなミスを繰り返すばかりで本来の実力の半分も発揮出来ずにやられるがオチよ…………でも、彼等は違っているわ」

「何処が違うと?」

「…………彼等は長い間、戦車道をしていた。その間に、体に染み付いた其々の役割のセンスが、紙一重の所で戦車をコントロールしているのよ…………まあ彼等は、『キレればキレるだけ強くなる』…………って感じかしらね?まあ、見てれば分かるわ」

 

それっきりエリカは何も言わなくなり、エキシビジョンへと目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、ケイ率いるサンダースの援軍とライトニングとの熾烈な戦いは続いていた。

サンダースの戦車隊は、何としてもIS-2を撃破せんとばかりに砲弾を浴びせるが、達哉の操縦技術によって避けられ、仮に当たっても、頑丈な装甲に阻まれて撃破に至らないのだ。

 

「撃てェ!!」

「発射!」

 

紅夜の指示が飛び、また1輌のシャーマンに狙いを定めた翔が引き金を引く。

凄まじい音と共に放たれた砲弾が、シャーマンの側面に命中、有効と判定され、撃破を示す白旗が飛び出した。

 

「け、計算外よ……………………まさか、4輌がかりでも圧倒されるなんて…………ッ!」

 

2輌目のシャーマンが撃破され、ケイは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

ナオミのファイアフライが、Ⅳ号及び他の戦車の撃破に向かったため、4輌居たシャーマンは今、たった2輌に減少してしまっていた。

 

「くっ!…………こうなったら仕方ないわ!離脱よ!」

 

ケイが指示を出すと、2輌のシャーマンがIS-2から逃げるように走り出した。

 

「おい紅夜!奴等逃げ出しやがったぞ!」

 

操縦手用の窓から外の様子を見ていた達哉が叫ぶ。

 

「勘助!砲弾は後幾つ残ってる!?」

「13発だ!結構減っちまったが、翔の腕なら何とかなる筈だ!」

 

勘助はそう答え、翔を見る。

 

「あいよ、その13発で仕留めてやるぜ!」

 

スコープを覗きながら言うと、翔は親指を立てる。

 

「そんじゃあ最後の仕上げだ!あの2輌を吹っ飛ばすぞ!」

「「「Yes,sir!」」」

 

そうして、達哉がアクセルペダルを思い切り踏み込むと、IS-2は激しく車体を揺らしながら走り出し、逃げ出した2輌を追い始めた。

 

 

 

 

 

その頃、サンダースのフラッグ車を追っている大洗の戦車隊では、あんこうチームが最後の作戦を決行しようとしていた。

 

「この先に丘があります。その上から、相手のフラッグ車を叩きましょう」

 

車長の席に座るみほがそう言うと、装填手用のハッチから後ろを見ていた優香里が叫んだ。

 

「敵のファイアフライが接近してきます!それに、そのさらに後ろから、2輌のシャーマンが!」

「ッ!」

 

優香里が言うと、みほは驚愕に目を見開いた。

 

「まさか…………紅夜君達が…………?」

 

紅夜達がやられたと思ったみほが呟くと、突然、みほの無線機に通信が入った。

 

『よぉ』

「ッ!紅夜君!」

 

淡々とした一言に、みほが声を上げる。

 

『悪いな隊長、2輌逃がしちまった。今ソイツ等を追ってるとこだよ。意外と逃げ足の速い奴等だぜ』

「良かった!やられた訳じゃなかったんだね!」

『アッハッハッ!そう簡単に俺等がやられる訳ねえだろ。絶対に戻るって約束したのを忘れたのか?』

 

みほが言うと、紅夜は豪快に笑いながら言った。

 

『んで、どうだ?フラッグ車をぶっ潰す案は出たか?』

「うん。それがね…………」

 

みほは、思い付いた作戦を紅夜に話した。

紅夜は何一つとして異議を唱えることなく、みほの話を聞いた。

 

『りょーかい。だが、そうとなりゃ相手のファイアフライが黙ってねえぞ?追っ掛けてぶっ叩きに来るかもしれねえ』

「うん、それも承知だよ…………ねぇ、紅夜君」

『おう?』

「…………私達あんこうが居ない間、カバさんチームとカメさんチームをお願い」

『…………』

 

みほが言うと、紅夜は暫くの沈黙の末に、短く答えた。

 

『Yes,ma'am』

 

そう言って、紅夜は通信を切る。

そして、あんこうチームのメンバーがみほを見た。

その視線で、彼女等の思いを察したみほは頷く。

 

「さあ、皆!後少し、頑張りましょう!」

「「「おーーっ!!」」」

「おー…………」

 

沙織、優香里、華が答え、遅れて麻子も答える。

 

「麻子さん!このまま丘に向かってください!最後の作戦を決行します!」

「ほい…………」

 

麻子は短く答え、Ⅳ号を丘へと向かわせる。

 

「Ⅳ号は丘の方へと向かった。追え」

スコープ越しにその様子を見ていたナオミは、操縦手にそう命令する。

その指示を受けた操縦手も、Ⅳ号を追ってファイアフライを丘へと向かわせた。

 

 

「おーおー、始めたか…………よっしゃ!此方ももう一暴れだ!達哉!一先ず前の2輌は放っておけ!カバさんの援護に向かえ!」

「Yes,sir!」

 

丘へと向かっていく2輌を、双眼鏡越しに見た紅夜が指示を出すと、達哉はアクセルペダルを思い切り踏み込んでIS-2を全速力で走らせ、逃走する2輌のシャーマンをごぼう抜きにする。

 

「…………?相手が何もしてこない…………?なら、攻撃再開よ!」

 

キューボラから上半身を覗かせたケイが言うと、2輌のシャーマンが砲撃を再開する。

勿論、前を走る紅夜達のIS-2が真っ先に標的となるが、達哉は上手い具合に蛇行させて避けていく。

 

「さあて、試合も最終段階だ!盛り上がってきたァアーーッ!!」

 

紅夜がそう叫ぶと、それに答えるように、IS-2のエンジン部分から白煙が上がる。

試合も大詰め!勝負の行方や如何に!?



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第32話~1回戦、決着です!~

「この丘の頂上の0920地点で、サンダースのフラッグ車を叩きます。麻子さん、急いで!」

「了解…………」

 

丘を駈け上るⅣ号では、みほが最後の作戦の内容を話していた。

双方共に走っている状態では命中が期待出来ないと悟ったみほは、丘の上で停車した状態で撃破することに決めたのだ。

だがみほは、何かを感じ取ったのか、突然叫んだ。

 

「ッ!停車!」

「ッ!?」

 

突然の事に驚きながらも、麻子はみほの指示に従ってⅣ号を横滑りさせ、無理矢理停車させる。

すると、Ⅳ号が進もうとしていた先に砲弾が着弾し、砂埃を巻き上げた。

 

「きゃあ!?」

「ッ!?一体何が!?」

 

着弾の衝撃がⅣ号を襲い、沙織と華が声を上げると、みほはキューボラから上半身を覗かせた。

その視線の先には、砲口から白煙を上げているファイアフライの姿があった。

 

「ッ!ファイアフライ!」

 

みほは、後方で砲口から白煙を上げているファイアフライを睨み付けた。

 

「IS-2の横をすり抜けてきたのか…………」

「麻子さん、急いで!」

「了解…………ッ!」

 

みほが叫ぶように言うと、麻子はⅣ号を急発進させる。

クラッチを蹴っ飛ばしてギアを上げ、アクセルペダルを思い切り踏み込み、丘の頂上を目指す。

 

「…………チィッ!」

 

スコープから覗いていたナオミは、砲弾を避けられた事に舌打ちをしながらも、ファイアフライを前進させ、Ⅳ号を追う。

 

「ファイアフライが次の弾を撃ってくるまで、この間で勝負を着けます!」

「はい!」

 

みほと華がそう言い合っている間にも、Ⅳ号は目的の、0920地点に到着した。

 

眼下には、サンダースのフラッグ車を追いながらも、後ろから追ってくる2輌のシャーマンから逃げる大洗の戦車隊が見える。

そんな時、IS-2が砲塔を後ろへと向け、後ろから追ってくる2輌のシャーマンのうち、1輌のシャーマンを撃破するのが見えた。

Ⅳ号は砲塔を旋回させてフラッグ車に照準を合わせようとするが、砲塔旋回だけでは間に合わないため、麻子が車体ごと旋回させる。

そうしている間にも、ファイアフライがⅣ号の後ろに付いていた。

 

「花を生ける時のように集中して…………」

 

そう呟きながら、華はスコープを覗いてフラッグ車へと狙いを定める。

 

「装填完了!」

「(貰った!)」

 

ファイアフライでは次弾の装填が完了し、ナオミは勝利を確信する。

そして、少しの沈黙の末に…………

 

「発射!」

 

華とナオミが引き金を引く。

 

「…………Feuer」

 

それと同時に、とある戦車の砲手も引き金を引く。

そして、3つの砲撃音が、草原地帯に響き渡る。

1つ目はⅣ号の、2つ目はファイアフライの砲撃音である。なら、最後の3つ目は…………?

 

そう、IS-2である。

IS-2から放たれた砲弾は、Ⅲ突の真上を通り過ぎ、38tの砲塔の直ぐ横を掠めていく。

そして、Ⅳ号から放たれた砲弾がM4A1のエンジン部分に被弾した次の瞬間、IS-2から放たれた砲弾がM4A1の防盾に命中し、爆発音が響き渡る。

そして、ファイアフライから放たれた砲弾も、Ⅳ号のエンジン部分に叩き込まれ、被弾による爆発音が其所からも響き渡る。

 

その様子がエキシビジョンでも映し出され、紅夜達大洗の戦車隊や、唯一生き残ったケイのシャーマン、の乗員達、そして観客席を沈黙が支配する。

 

紅夜はキューボラから出てくると、砲塔の上に立ち上がり、双眼鏡を取り出して目に押し当てると、黒煙を吹き上げながら停まっているサンダースのフラッグ車を睨み付ける。

操縦手用のハッチから出てきた達哉は、Ⅳ号とファイアフライが駈け上がった丘の頂上を見る。

勘助や翔もキューボラから出てくると、紅夜と達哉が見ている其々の方を見た。

そして暫くの沈黙の末に、M4A1から白旗が飛び出した。

 

『サンダース大学附属高校フラッグ車の行動不能を確認!よって1回戦は、大洗女子学園の勝利!!』

 

「「「「……………………WHOOOO-HOOOO!!!」」」」

 

大洗女子学園の勝利を告げるアナウンスが響き渡り、紅夜達ライトニングの面々は、暫く唖然として互いに顔を合わせ、次の瞬間には歓声を上げた。

 

「Gotcha!!やったぜ!」

「おお、勝ったぜリーダー!無名校の大勝利だぜ!Ha-ha!」

「「「「We fight!We fight!We fight!We fight!」」」」

 

達哉が喜びの声を上げると、ライトニングの面々が高らかに、自分達の戦前の誓いでの言葉を連呼する。

そして一通りはしゃいだ後、彼等はIS-2に乗り込み、Ⅳ号とファイアフライが駈け上がった丘へと向かった。

 

 

 

 

 

全速力で丘を駈け上がってきたIS-2は、エンジン部分から黒煙を上げ、白旗が出た状態で停車しているⅣ号の隣に来た瞬間、達哉のフルブレーキで急停車し、紅夜が一番に、IS-2から飛び降りる。

 

「よお、隊長!やったな!俺等の勝利だ!」

 

IS-2から飛び降りた紅夜は、あんこうチームのメンバーに囲まれているみほに近づき、声をかける。

 

「紅夜君!」

 

みほは紅夜を視界に捉えると、紅夜に駆け寄った。

 

「やったね、紅夜君!」

 

はち切れんばかりの笑顔で言うみほに紅夜も笑みを浮かべた。

 

「ああ、やったな!お前等は見事にやり遂げたんだ!やってくれると思ってたぜ!」

 

紅夜はそう言って、みほの両肩に手を乗せて労い、砲手の華も同様に労う。

そう言い合っていると、達哉達がIS-2から降りてきて、あんこうチームに駆け寄ると、其々のメンバーを労う。

 

『『『『『『『『西住隊長ーーッ!長門せんぱーーいっ!!』』』』』』』』

「お?」

「あれは!」

 

突然聞こえた声に、紅夜とみほが振り向く。

その視線の先には、撃破され、回収されたアヒルさんチームとウサギさんチームの面々が手を振っている。

 

『『『『大洗ーーッ!!!』』』』

 

すると、反対側から生き残ったカバさんチームとカメさんチームが向かってきていた。

Ⅲ突の天板に乗ったエルヴィン、カエサル、左衛門佐が手を振り、38tから体全体を乗り出した杏が笑顔を浮かべ、ピースサインを送る。

 

それを見たみほと紅夜は互いを見やると微笑み合い、駆け寄ってきた仲間と互いを労い合うのであった。

 

 

 

 

 

 

「やったな、静馬」

「ええ。何だかんだ言っても、結局は勝っちゃうのね…………まあ、紅夜達が居るなら、こうなるのも予測出来なくもない事だけど」

 

試合終了を知らせるアナウンスが鳴り響き、観客席が熱気に包まれてから数分後、Ⅳ号が回収され、回収車の荷台で騒ぐ大洗のメンバーと、その隣を徐行するIS-2を映し出すエキシビジョンを見ながら、大河と静馬はそんな事を言い合っていた。

彼等が居る観客席では、もう既に帰り始める見物客がちらほらと出てきているが、それでも殆どの観客が残っており、熱気は、未だに治まる気配を見せない。

席に座り続ける者も、帰っていく者も皆、今回の試合の話で盛り上がっている。

まあ、長い間戦車道の大会に姿を現さず、今ではすっかり無名校となっていた大洗女子学園が、優勝候補の一角とされていたサンダースに勝利し、さらに大洗には、一時期姿を消していた戦車道同好会チーム、《RED FLAG》のメンバーすらも居るのだから、熱気が治まらないのも無理はない。

 

「まあ、取り敢えずはこれで、俺等の2回戦進出が決まったな」

「ええ。まあ、私達レッド・フラッグ全員が出られるのは決勝戦だから、準決勝では私達レイガンか、貴方達スモーキー、このどちらかが出られるのよね……………………はてさて、どちらになるのやら」

 

フェンスにもたれ掛かった静馬に、大河は笑って言った。

 

「準決勝に進んだとして、選ばれるのはお前等レイガンだろうよ。何たって静馬、お前はレッド・フラッグの副隊長なんだしさ……………チームとしては、お前が一番、紅夜から信頼されてるしな」

「…………それもそうね。何て言ったって、私は紅夜の幼馴染みなんだもの…………まぁ、それもそうなんだけど…………」

 

そう静馬は言いかけると、エキシビジョンに映し出されている、みほと親しげに話す紅夜を見て、頬を膨らませながら言った。

 

「女の子の中で、紅夜と一番親しいのは私なのに…………なんか、苦労して手懐けた犬を横からかっ拐われたような気分だわ」

「まあまあ静馬、落ち着けよ。取り敢えずは彼奴等を労いに行こうぜ。もう他の連中、先に行っちまったぞ」

 

そう言って、大河と静馬は先に歩き出したメンバーに追い付き、みほ達を労いに行った。

 

 

 

 

「…………まあ、あれは相手の油断もあっての勝利…………と言った感じですかね。IS-2の実力も確かに見えましたが、肝心の大洗自体は、ちょっとね……………」

 

黒森峰が陣取っている丘陵の上では、要がそんなコメントを溢していた。

 

「まあ、あれだけ見ればそう思うでしょうね…………でも見てなさい。何れは彼女等が実力勝ちするのを見られるだろうから……………」

そう言って、エリカは先に歩き出したまほを追いかけていった。



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第33話~試合後のお話です!~

「一同、礼!」

『『『『『『『『ありがとうございました!!』』』』』』』』

 

両チーム集合場所へと集まった、大洗、サンダースの戦車道チームは、互いに並んで礼を交わす。

その次の瞬間には、観客席から惜しみ無い拍手が送られる。

 

「す、凄い拍手ですね…………」

「いやぁ~、勝った~!」

 

離れた位置にある観客席からでも聞こえる拍手の音に圧倒され気味の華が呟き、沙織が伸びをしながら言う。

 

「まさか、シャーマン相手に勝てるなんて………私、今でも信じられません…………ッ!」

 

今の状況が未だに信じられないのか、優香里は自らの頬をつねり、これが現実であると改めて実感すると、感激の涙を流す。

「あーあー、そんなにも涙流しちまって…………ホレ、これ使えや」

 

嬉し泣きする優香里を見て、紅夜は苦笑いしながら近寄ると、ポケットからハンカチを取り出して渡す。

優香里はハンカチを受けとると、滝のように流れ出る涙を拭う。

 

「まあ、初勝利が嬉しいってのは分からないでもないんだがな…………ん?」

 

自分達が、初めて勝利を掴んだ時の事を思い出した紅夜が呟くと、先程ハンカチを取り出した方とは、反対側のポケットに入れてある携帯が振動したのを感じ、携帯を取り出して電源を入れる。

画面がつくと、其所には…………

 

『初勝利、おめでとう。隊長の座に恥じない戦いぶりだったわよ』

『よっ!流石は俺等レッド・フラッグの隊長だ!次の試合も勝利をもぎ取りな!』

 

静馬と大河からの、祝いのメッセージが書かれてあった。

 

「…………ありがとよ」

 

小さく呟き、紅夜はメッセージを返した。

 

「紅夜君」

 

メッセージを返し、携帯をポケットにしまうと、みほが近づいてきた。

 

「…………ありがとう。あの時、紅夜君が励ましてくれなかったら、私は何も出来なかったと思う」

 

顔を赤くしながら、みほは紅夜に礼を言う。

だが、紅夜は首を横に振って言った。

 

「何言ってんだよ西住さん。それは違うぜ?」

「え?」

 

違うと言い張った紅夜に、みほは目を丸くする。それを見ながらも、紅夜は言葉を続けた。

 

「たとえ、お前があの時指示を出せたのが、俺が励ましたからだとしても、それを他のチームに伝えて、サンダースのフラッグ車を撃破したのは……………………西住さん、お前等あんこうチームだろ?俺に感謝する前に、お前自身に胸張れや。西住さん、お前はスゲー奴だよ」

「あ、ありがと……………………」

 

紅夜にそう言われ、みほは少し赤かった顔を真っ赤に染め上げる。

それから紅夜は、達哉達ライトニングのメンバーと世間話を始めていた。

 

「…………」

 

みほは、顔を真っ赤にしたまま胸に手を当て、紅夜に熱の籠った視線を送る。

すると其所へ、みほを見つけたケイが近寄ってきた。

 

「貴女が、大洗の隊長さん?」

「え?あ、はい!」

 

みほがそう答えると、ケイは興味深そうにみほを見る。

 

「ふむふむ、今年の大洗の隊長さんがこの人ね……………………それで」

 

そう言いかけ、ケイはライトニングのメンバーと話している紅夜を指差して言った。

 

「彼がレッド・フラッグの隊長にして、貴女の王子様って奴ね?見た目女の子みたいだけど」

「お、王子様!?そ、そんなのじゃないですよ~!」

 

突拍子もないケイの発言に、みほは顔を赤くする。

 

「え~?だって貴女、彼にhotな視線を送ってたじゃない。明らかに恋するladyの顔よ?あれは」

「はうっ!?」

 

ケイに指摘され、みほは顔を真っ赤にして目を回す。

 

「お?よお、ケイさん。お疲れッス」

「ええ、貴方もお疲れ」

 

ケイに気づいた紅夜が、メンバーの中から抜けて近づいてくる。

互いに労い合うと、紅夜は顔を真っ赤にしているみほを見た。

 

「ん?なんで西住さんの顔真っ赤なんだ?」

「乙女には、色々あるものなのよ♪」

「はあ…………」

 

ケイはウインクしながら言い、紅夜は訳が分からないとばかりに首を傾げつつも、取り敢えずは納得しておく事にした。

 

「ところで、さっきの貴方達の戦いだけど…………」

 

ケイがそう言いかけると、先程まで顔を真っ赤にしていたみほが復活し、紅夜と共に、次の言葉を待つ。

 

「フフ……………………エキサイティーングッ!!」

「はわわわっ!?」

「ぐえっ!?…………ぐっ…………ぐるじぃ…………放せぇ…………」

 

すると不意に、ケイは笑みを浮かべて、みほと紅夜をいっぺんに抱き寄せる。

みほは、突然抱き締められた事に真っ赤になって慌て出し、紅夜は潰れた蛙のような声を出し、苦しそうな表情を浮かべながら、ケイの腕を叩く。

 

「こんな試合が出来るとは思わなかったわ~~っ!!」

 

だが、紅夜の声がケイに届くことはなく、ケイは、より一層強く2人を抱き締める。

みほは、自分の体に紅夜の体が触れている事に気づいて顔をさらに真っ赤にし、紅夜は相変わらず、ケイの腕を叩く。

 

「あ、あの…………」

「ん?何?」

「うおわっ!?」

 

みほが声をかけると、ケイは突然腕を放し、逃れようとしていた紅夜は、そのまま勢いに任せて仰向けに倒れる。

そして地面に後頭部をぶつけ、目を回して気絶する。

そんな事を他所に、みほは話を切り出した。

 

「あの、5輌しか来なかったのは一体…………?」

「ああ、その事?」

 

特にどうでも良さそうな調子で、ケイは言った。

「貴女達と同じ車両数の戦車だけ使ったからよ」

「え?ど、どうして…………?」

 

みほがそう言うと、ケイは腕を広げ、高らかに言った。

 

「That's 戦車道!これは戦いじゃないの。道を外れたら、戦車が泣くでしょう?」

 

そう言うケイの顔は、求道士の顔だった。

だが、直ぐにその表情は、ばつが悪そうな表情になった。

 

「通信傍受機で盗み聞きなんてつまらない事をして、悪かったわね」

そう言いながら、ケイは後頭部を掻く。

 

「い、いえ。もし全車両で来られたら、間違いなく負けてました」

「あら、それはどうかしらね?」

「え?」

 

ケイが言うと、みほは首を傾げる。それを見て、ケイはニヤニヤしながら、起き上がる紅夜を指差して言った。

 

「どの道、彼が私達の戦車隊に単身で乗り込んでくるのは変わらなかったでしょうから、たとえ私達が全車両で向かっても、結果は変わらないと思うわ。なんたって、貴女のチームのために危険を冒して飛び込んでくるんだもの。危うく惚れるところだったわ♪」

 

ケイはそう言って、まだ意識がはっきりしていない紅夜の右腕に抱きつく。

 

「うおっ!?何だいきなり!?」

 

突然抱きつかれた紅夜は、ケイの行動に慌てふためく。

その反応を楽しんだからか、ケイは離れた。

 

「まあ何はともあれ、勝ったのは貴女達よ」

「あ…………ありがとうございます!!」

 

ケイが差し出した右手を、みほは両手で取って握手を交わす。

そして手を離すと、ケイは紅夜にも握手を求め、紅夜は快く受けた。

 

「それじゃあね、大洗の隊長さんと、隊長の王子様♪」

 

そう言うと、ケイは紅夜の頬にキスをする。

 

「…………ウェイ?」

「なっ!?」

 

紅夜は間の抜けた声を出し、みほは顔を真っ赤に染め上げる。

 

「それじゃ、バーイ!」

 

そうしてケイは、待たせているアリサの肩に手を置き、何やら囁く。その瞬間、アリサの顔から血の気が引いていき、それを見たナオミが呆れたように溜め息をつきながら、アリサの肩を、軽くポンポンと叩いていた。

 

 

 

 

 

その後、辺りは夕焼けに染まり、みほ達大洗戦車道チームのメンバーは、引き上げていくサンダースの戦車道チームを見送っていた。

 

「さあて、此方も引き上げるよ!記念にパフェでも食べに行く?」

「ほほう、パフェとな?」

「行くっ!」

 

沙織が言うと、達哉が興味深そうな声を出しながら話に加わり、麻子が何時もの物静かな様子からは考えられないような元気の良さで同意する。

 

「どうせだからさ、ライトニングのメンバーも一緒に行こうよ!」

「ん?」

「良いのか?」

「勿論!」

 

沙織の提案に、翔と勘助が自分達も加わって良いのかと訊ね、沙織が頷く。

そして、一行が出発しようとした時、突然猫の鳴き声が聞こえ始めた。麻子の携帯の着信音だった。

 

「麻子、誰からなの?」

「さあ…………私も知らない番号だ」

 

沙織の問いに、麻子は自分も知らないと答え、通話ボタンを押す。

 

「はい、もしもし……………………えっ?…………あ、はい」

 

其所で突然、麻子の表情に動揺の色が浮かぶ。

 

「麻子、どうしたの?」

「い、いや…………何でも、ない…………」

 

麻子はそう言いつつも、震えた手から携帯を落としてしまう。

 

「何もない訳ないでしょう!?そんなに手ぇ震わせて!」

「なあ、冷泉。取り敢えずは話してみろよ。何があったんだ?」

 

沙織と達哉が、麻子を問い質す。やがて麻子は、ポツリポツリと口を開いた。

 

「おばぁが倒れて…………病院に運ばれたって…………」

「「「「「!?」」」」」

 

麻子が言葉を絞り出すかのように言うと、その場に居たメンバーの間に緊張が走った。

 

「ちょ、麻子!大丈夫!?」

「す、直ぐにその病院に行かないと!」

「学園艦に寄港してもらうしか…………」

「そりゃ流石に無理だ。撤収に時間がかかりすぎる」

 

沙織達は麻子を病院に連れていこうとするが、勘助が無理だと言い、その場で立ち往生した状態に陥る。

 

「じゃあ、どうすりゃ良いってんだよ…………」

「ッ!!」

 

紅夜が呟いた瞬間、麻子は突然靴や靴下を脱ぎ始めた。

 

「ちょ、ちょっと麻子!アンタ何してるの!?」

「泳いで行く!」

 

麻子は完全に我を忘れ、沙織に言い放った。

 

「無茶すんな冷泉さん!溺れ死ぬか鮫の餌になるがオチだ!」

 

そのまま制服をも脱ぎ捨てようとした麻子を、達哉が止めに入る。

 

「ええい、止めてくれるな辻堂!」

「止めるに決まってんだろうがアホンダラ!ちったぁ落ち着け!」

「そ、そうだ!角谷さんに頼んで艦載ヘリを飛ばしてもらえば良いんだ!」

「おおっ!!そりゃ名案だぜ勘助!早速角谷さんを…………って、今あの人何処に居るってんだよ!?」

 

麻子と達哉が取っ組み合いになる中、勘助が閃いた案に紅夜が賛成するも、その場に杏が居ないと言う状況に頭をかきむしる。

 

その時、彼らの後ろから声がした。

 

「私達が乗ってきたヘリを使って」

 

その声に、先程まで騒いでいたメンバーが振り向く。

其所には……………………

 

 

まほ、エリカ、要の黒森峰のメンバーが居た。

 

「お、お姉ちゃん!?」

「西住の姉(あね)さん…………」

 

みほと紅夜が唖然とするが、エリカが声を張り上げる。

 

「ホラ、急いで!」

 

エリカがそう言って、ヘリがあるのであろう方向へと走り出す。

 

「た、隊長!彼女等にヘリを貸すなど…………ッ!」

「これも戦車道だ、謙譲」

 

反論しようとする要を一言で黙らせ、まほはエリカを追い始める。

「ちょっと何してるの!早くしなさい!」

 

中々来ない事に気づいて戻ってきたエリカが叫び、一同は試合会場のヘリポートへと向かった。

 

 

 

 

 

一同がヘリポートに着くと、其所には黒森峰が所有する《フォッケ・アハゲリスFa223 ドラッヘ》が、操縦席に座るエリカによって離陸準備に入っていた。

みほ達あんこうチームがFa223に近づき、紅夜達ライトニングは其所から少し離れた場所で、事の成り行きを見守っていた。

 

「2人共、操縦頼んだ」

『お任せください、隊長』

『分かりました…………』

 

操縦席に座るエリカが答え、それに少し遅れて、副操縦士の要も渋々答える。

 

「早く乗って!」

「…………ッ!」

「あ、私も行く!」

 

まほが急ぐように言うと、麻子が先にFa223に乗り込み、それに少し遅れて、沙織も付き添いとして乗り込む。

 

「…………ありがとう」

 

そして、離陸を始めるFa223から離れるまほに、みほは礼を言った。

 

「…………ありがとな、西住の姉さん」

 

近づいてくるまほに紅夜が言うと、まほは立ち止まって言った。

 

「私はただ、仮を返しただけ…………」

「…………それでもだ………ホントに感謝してる」

「…………そうか」

 

微笑みながら感謝の言葉を述べる紅夜に、まほは淡々と答え、立ち去った。

その顔は、夕日のせいか少し赤く染まっていた。

 

 

 

 

 

後日…………

 

 

黒森峰は千波単学園との試合で当たり、まほが車長を務める《ティーガーⅠ》が、千波単学園の主力戦車--九七式戦車--による戦車隊を壊滅させ、はたまたとある学園の戦車隊も、T-34等のロシア戦車を使う学校、プラウダ高校に圧倒された。

また、イタリア戦車を使うアンツィオ高校も、マジノ女学院との試合に勝利し、聖グロリアーナ女学院も勝利を収める。

そんな調子で、1回戦は着々と進んでいき、遂に第63回戦車道全国大会の舞台は、2回戦へと突入していくのであった。



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第5章~2回戦へ向けて~
第34話~日常の中の衝撃です!~


「ウワァ~ア…………久し振りに俺等の格納庫にやって来たぜ」

 

ある日の朝、山林の奥にある古びた建物--《RED FLAG》と書かれた板がある格納庫--の前にIS-2が停まり、キューポラを開けて車外に出てきた紅夜は、眠たそうに欠伸をしながら格納庫の前に立った。

この日は練習が休みで、紅夜を除いたレッド・フラッグのメンバーは各自、自宅で休養を取っていると言うのもあり、紅夜は前もって、杏に学校に入る許可を得て、格納からIS-2を持ち出すと、そのまま操縦席について運転し、元々レッド・フラッグの戦車が置かれていた格納庫へとやって来たのだ。

 

「俺等が大洗の戦車道チームに所属してから、随分と経つ訳だが……………………全く変わってねえな、この建物は…………」

 

紅夜はそう呟きながら、格納庫の中へと入っていった。

格納庫の中へと入り、電気をつける。すると、先程まで真っ暗だった格納庫の中が、明るく照らさせる。

壁に《コ》の字を描くようにして置かれている棚には、紅夜達レッド・フラッグの現役時代、勝ち取ってきたトロフィーやメダル、賞状等が、所狭しとばかりに飾られていた。

 

「そういや俺等、大会では結構優勝してたな…………最初こそは負けたが、その次からほぼ負け無しなんて事になるから、俺自身も吃驚だぜ」

 

紅夜はそう呟きながら、格納庫の中を歩き回り、置かれているトロフィーやメダル、賞状を眺めていく。

 

「あの頃は楽しかったなぁ……………そういや現役時代は、俺も破天荒が過ぎてたっけな…………達哉に、『敵戦車のフェンダー部分にぶつけて敵戦車の乗員を怖がらせろ』とか言ったり、他にも色々と、無茶振りしたモンだな…………今となっては懐かしいぜ」

 

紅夜はそう呟くと、格納庫から出る。そして、IS-2の操縦手用のハッチを開けて中に入り、操縦席に座ると、格納庫から出てきた時の記憶を頼りにIS-2を操縦し、IS-2の車庫入れを見事に成功させた。

 

「ふぅ…………やっぱこういうのは、達哉にやってもらうに限るな…………俺だったら他に誰か居てもらわねえと、やっぱ不安だ」

そう呟き、紅夜はハッチを開けて車内から出る。そしてIS-2と向かい合うようにして立ち、レッド・フラッグのトレードマークである、風に靡く赤い旗が描かれたフェンダーに手を置くと、優しく撫でた。

 

「お疲れ様だな、相棒…………久々に我が家へと帰ってきた気分はどうだ?まあ、他の戦車は大洗の格納庫にあるから、お前だけの里帰りになっちまったがな」

 

そう言って、紅夜は軽く笑う。

そしてIS-2の周りを歩きながら、装甲を優しく撫でていった。

 

「俺の指示だったものだとは言え、お前はよく、履帯を壊したりせずに付いてきてくれたな…………偉いぞ、それでこそ俺の相棒だ。次も頑張ってくれよな」

 

そう言うと、紅夜はフェンダーに飛び乗ると、そのまま軽くジャンプして砲塔の上に飛び乗る。

キューボラを開けて中に入り、車長席に座ると、背凭れに凭れ掛かり、目を瞑る。

それから1秒と経たないうちに、紅夜は寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

紅夜が寝息を立て始めてから数分後、突然、紅夜の前が光り出すが、紅夜は深い眠りについており、気にせず眠り続ける。

 

「偉い、か…………元々は殺戮兵器だった私なのに、嬉しい事を言ってくれるのだな、私の主は」

 

その光の中から女性の声が聞こえ、やがて光が消える。

すると其所には、紅夜や静馬と同じように腰まで伸ばされた、車体の色がジャーマングレーであるIS-2には似つかわしくない銀髪に朱色の瞳を持ち、装束のような衣服に身を包み、袖の手首辺りには、レッド・フラッグのトレードマークである、風に靡く赤い旗が描かれた腕章をつけ、反対側の袖には、『Lightning』と書かれている、比較的小柄な少女が立っていた。

その少女は、未だに眠り続ける紅夜に近づき、愛しげにそっと、頬に触れる。

 

「子供みたいに寝ておるなぁ…………試合の時の凛々しさは何処へやらって感じの寝顔だ。まぁ、そのような主など、もう何度も見てきたのだが、寄り添って寝てしまいたくなるような感覚には、どうしても慣れないものだな」

 

そう言いながら、少女は紅夜の頬から手を離す。

 

「『次も頑張れ』か…………ああ、良いだろう。お前がそこまで私を信頼してくれると言うのなら、その期待に応えてやろう」

 

そう言って、女性は再び光を放つと、その姿を変えた。

着ている服はそのままに、体つきが如何にも女性らしくなり、比較的短めの銀髪は黒髪長髪のサイドテールになり、何処か威風たる雰囲気から一転、人懐っこさを感じさせる顔つきに変わった。

 

「ふぅ、姿を変えられるとは言え、やっぱりこの姿の方が落ち着くなぁ……………今日のところは、この辺りでおいとましようかな……………じゃあ、またね。今度はちゃんと起きているのよ?私の愛しいご主人様♪」

 

そう言って、女性は光と共に消えた。

その後には…………

 

「ウワァ~ア……………………ん?何かあったのか?誰か居たような感じがするんだがなぁ……………」

 

眠たそうな目を擦りながら起き、視界がぼんやりしたまま車内を見回す、紅夜ただ一人が残された。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これからどうすっかね」

 

あれから暫くの間、紅夜はIS-2の車内に留まっていたが、次第に退屈になっていき、学園の格納庫にIS-2を戻し、適当に見つけたファストフード店での昼食を終えた後、学園艦の町を走り回っていた。

普通の人間なら暫く走れば息が上がるものだが、達哉と亜音速での追いかけっこを繰り広げたことがある紅夜からすれば、学園艦中を走り回るなど容易い事だった。

 

「そういや、いくら学園艦の町も広いと言えど、俺が興味ある店なんて大して…………ん?」

 

走りながら呟いていた紅夜は、突然足を止める。そして、自分の右にある店を視界に捉える。

 

「戦車ショップか…………こんな店があったとは知らなかったな」

 

紅夜はそう呟き、店の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…………まさか、自分のチームに関する雑誌を自分で買うなんてな…………他の人が買うなら未だしも、何か複雑な気分だぜ」

 

店の中に入った紅夜は、1時間程店の中を歩き回った後、自分のチームの事が書かれてある雑誌が目につき、暫く悩んだ末に購入した。

そして店から出ると、紅夜は買い物袋の中から雑誌を取り出して呟いた。

 

「まあ、家に帰って暇潰しに読むとするか」

 

そう言って歩き出そうとした時…………

 

「それはもしや、《RED FLAG》の雑誌ではないのかな?」

「え?」

 

突然、背後から紅夜に声をかける人物が居た。紅夜が振り向くと、其所には60代程の、一人の老人が立っていた。

 

「ええ、まあ…………興味が湧いたものでして」

「そうかそうか」

 

紅夜が答えると、老人は頷きながら言った。そして紅夜に近づくと、雑誌の表紙を見る。

 

「ほう、大洗女子学園が全国大会1回戦で勝利か…………やるもんだな」

「あはは、そうですね」

 

興味深そうに表紙を見る老人に、紅夜は雑誌を差し出して言った。

 

「良ければ、これあげますよ」

「おや、良いのか?買ったばかりなのでは?」

「立ち読みしてたから、大体の内容は覚えてるんですよ」

「そうか…………なら、ありがたく貰うとしよう」

 

そう言って、老人は雑誌を受けとる。

 

「そう言えば、君はレッド・フラッグのリーダーだよね?生で見るのは初めてだが、暫くは君達に関する情報を聞かなかったから、危うく忘れそうになっておったよ」

「は、はぁ……………まぁ、レッド・フラッグのリーダーなら、他でもなく俺ですが……………」

「そうかそうか…………いやはや、まさか2代目の男女混合戦車道チームの隊長に会えるとは……やはり、長生きはするもんじゃな」

「…………2代目?俺等が初めてなのでは?」

 

老人が言った『2代目』と言う単語に、紅夜は怪訝そうに聞き返す。

 

「おや、知らないのか?なら、ついてきなさい。少しばかり、話をするとしよう」

 

そう言って歩き出した老人に、紅夜は取り敢えず、ついていくことにした。

 

 

 

 

 

 

「まあ飲みなさい。粗茶だがな」

「あ、どうも」

 

老人の家へと案内された紅夜は、出されたお茶を啜る。其所へ老人は、紅夜に数枚の写真を持ってきて、卓袱台の上に置いて見せた。

 

「これは、ワシがまだ君ぐらいの頃…………否、それよりもっと若いかな…………中学生の写真じゃよ」

 

老人が見せる写真には、1枚目には、1輌のティーガー戦車と5人の青年が写っていた。

それから2枚目、3枚目となっていくにつれて、戦車数やメンバーも増えていき、最終的には5輌の戦車と23人の少年少女が写っていた。

 

それから老人は、恐らく其々の戦車毎の乗員を撮ったものなのであろう写真を見せてきた。

それらの写真に写る戦車には、紅夜達レッド・フラッグの戦車と同じように、砲身にチーム名らしき単語が書かれていた。

 

「あの頃は楽しかった…………男も女も問わず、戦車道をしておったからな…………今では、戦車道は女だけの武道と成り果ててしまったがな」

 

老人は、残念そうな顔でそう言った。

 

「…………まあ、此処で少し、昔話でもしようかな…………」

 

そう言って、老人は語り始めた。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

あれは大体40年ぐらい前…………さっきも言った通り、ワシが中学生の頃の話じゃよ。

 

『おい拓海(たくみ)!戦車乗ろうぜ!』

 

学校でワシに、そう言ってくる同期が居たんじゃよ。今こうして見れば、君とはほぼ瓜二つな奴じゃった。まあ君とは違って、髪の色は黒で目は蒼じゃったが、君と同じように、髪を長く伸ばしておったよ。それについては、君と同じぐらいの長さじゃったな。

君と彼奴の似ようは、一瞬、彼奴が生まれ変わってきたのではないかと錯覚するぐらいの似ようじゃよ。

それで、ソイツの名は八雲 蓮斗(やくも れんと)と言ってな、兎に角活動的な奴じゃった。彼奴の性格を一言で言い表すとしたら、『猛者』じゃな。

なんせ腕っぷしはメンバー1じゃったし、不良10人相手でも余裕で圧倒するような化け物じゃったしな……………

それに、顔も良いからかなりモテたんだが、彼奴は筋金入りの唐変木でな、何処かでフラグを建てては、大抵を勘違いで終わらせよったよ。

その都度、ワシがぶん殴って成敗したがな。

それもあるが、彼奴は何と言うか……………兎に角不思議な奴でな、操縦が難しいティーガーを、意図も簡単に動かしておったのじゃよ。

それに、初めてワシがティーガーを操縦させてもらった際、ティーガーはワシが思うように動かなかったのじゃ。そりゃ、初めてだから当たり前なのじゃがな……………それに、ある程度操縦を覚えても、今度は進む以前にエンストする事もあって、焦ったのを覚えとるよ。

 

まあ、それについては後で言うとして、話を戻そうか。

 

『ホラ!何ボサッとしてやがんだよ!早く行こうぜ!』

『はあ?ちょ、おい!?』

 

まだ行くとも行かないとも言ってないワシの意見も聞かずに、蓮斗はワシを、とある山へと引っ張って行ったんじゃよ。 それで其所にあったのが、写真に写っているティーガーⅠじゃった。

今思えば、あれはティーガーⅠの中でも初期のティーガーⅠじゃったな。

それもそうだが、ティーガーⅠにしては矢鱈とフェンダーが長いし、転輪等をサイドスカートが覆っておるじゃろ?戦時中でも見られなかった姿じゃ。おまけに、大概のティーガーは黄土色かジャーマングレーだったのに対して、このティーガーは、真っ白とは言えんが、結構白に近い色をしておるじゃろ?彼奴はその珍しさもあって、そのティーガーを気に入ったんじゃろうな。まあ、そこで何故ワシの元に来たのかは分からんが…………

それで、彼奴はワシを車長の席に座らせて、ティーガーを操縦しておった。

彼奴曰く、ワシを誘いに来る前からティーガーを見つけていて、暫くは1人で動かしていたらしいのじゃ。

それから何日かして、彼奴はよく一緒に遊んでいた仲間を3人集めてきたんじゃよ。

 

『この5人で役割分担して、この戦車を動かそうぜ!それから他の戦車道チームと試合するんだ!』

 

そうやって、楽しそうに言う彼奴を止められる者など、1人も居らんかったよ。まあ、ワシ含む他の連中もノリノリだったからな。

そして、蓮斗が車長、ワシが操縦手となった。

この時じゃったかな、戦後に戦車に乗る男が出来たのは…………何せ、その頃から戦車道は女だけの武道となっていたからな。

それからと言うもの、ワシ等5人は暇さえあれば集まり、ティーガーを動かして遊んでおった。

それから色々あって、ワシ等は始めてとある学校と戦車道の一騎討ち試合をすることになったんじゃよ。経緯は覚えていないんじゃがな。それが、戦車道廃止前の大洗女子学園じゃったよ。

 

結果は、ワシ等の勝利じゃった。ほぼ毎日集まって操縦訓練をしたりしておったから、後は実戦で活かせればオッケーじゃったからな。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

そう言うと、老人--拓海--はお茶を啜る。

 

「それからワシ等は、戦車道チームを立ち上げたんじゃ。《白虎隊(ホワイトタイガー)》とな。するとまあ、参加したいって言ってくるメンバーが集まるわ集まるわで、メンバーを募ったワシ等が一番戸惑ったよ」

「それはそれは…………」

 

楽しそうに言う拓海に、紅夜も笑って言った。

 

「それから、ワシ等は山に放棄されていた戦車をかき集めて、戦車道連盟に修理してもらえるように掛け合ったんじゃよ。最初は拒否されたが、一人の役人が修理すると約束してくれてな。いやぁ、あの時のメンバーが大喜びで跳び跳ねておったよ」

「目に浮かびますよ、その光景が」

 

昔を思い出しながら言う拓海に、紅夜が相槌を打つ。

「集めた戦車は、Ⅴ号戦車パンターG型とⅣ号J型、Ⅳ号駆逐戦車《ラング》にファイアフライじゃったよ。ファイアフライが唯一、ドイツ戦車ではなかったな」

「それから戦車道の試合に?」

 

紅夜がそう訊ねると、拓海は頷いて言った。

 

「そうじゃな。その日からは、毎日がワクワクの連続だったよ。なんせ、あちこちの学校や同好会チームと試合をしたんじゃからなぁ……………初陣で勝利を収めた嬉しさもあってか、ワシ等は積極的に、試合を受けてきた。当然負けもしたが、ある程度試合を経験したら、そこからは破竹の勢いで勝ち進んでおったよ。全盛期のワシ等なら、君のチームに勝つ自信があるな」

「それはどうですかねぇ?数は負けてますが、俺のチームだって結構試合してきたんですから、簡単には負けないと思いますよ?」

「ほっほっほっ!そりゃ違いないわなぁ」

 

互いに軽口を叩き合い、楽しそうな雰囲気となる。

 

「それで、ワシ等は其々の戦車毎にチーム名をつけたのじゃよ」

そう言って、拓海はチーム毎に写っている写真を順番に見せていった。

 

「先ず、ワシや蓮斗が乗ったティーガーⅠは《白虎》、Ⅳ号J型が《青龍》、パンターG型が《朱雀》、ラングが《玄武》、ファイアフライが《陰陽》じゃった」

「日本の四神とかの名前を使ったんですね」

「そう。蓮斗が考えたチーム名なのじゃが、態々チーム名を考えた理由は、『カッコいいから』の一言じゃったよ」

「別に良いじゃないですか。俺のチームの戦車にもチーム名つけましたけど、それだって似たような理由でしたから」

「ほっほっほっ!そうかそうか!」

 

そうして、2人は楽しそうに、現役時代の思い出を語り合う。

 

だが、ある程度話した後、拓海は表情を曇らせた。

 

「だがな…………そんな楽しい生活も、長くは続かなかったよ」

「…………?どういう事ですか?」

 

紅夜がそう訊ねると、拓海は立ち上がってタンスに近づき、其所から1つの箱を持ち出すと、小さく折り畳まれた、とある新聞を取り出すと、それを広げて見せた。

 

「あまりにも不運な事故があってな……………蓮斗が死んでしまったんじゃよ」

「ッ!?」

 

突然の重い話に、紅夜の赤い目が見開かれた。

 

「試合の時に、敵戦車の砲撃を至近距離で喰らってな…………相手はⅧ号戦車--マウス--じゃったよ」

「…………」

 

紅夜は沈黙するが、話を聞き続けた。

 

「強固な装甲を持ち、おまけに50トンを越える重量級のティーガーでも、マウスの砲撃には耐えられなかったんじゃろうな。何せ、至近距離からの砲撃じゃったからな………………ワシ等のティーガーは、横向きに軽く吹っ飛ばされ、不運にも、3メートル程の崖から落ちたんじゃよ。彼奴はその際、車外に放り出されたんじゃ。それに運悪く、打ち所が悪くて即死してしもうたよ…………」

 

そう言って、拓海はすっかり冷えてしまったお茶を飲み干した。

 

「………………」

 

それを見た紅夜も、何とも言えない気持ちを紛らせようとお茶を飲む。拓海が飲み干したお茶同様、すっかり冷えきっていた。

飲み干して空になった湯飲みを置き、次の言葉を待つ。

 

「それが引き金になったんじゃろう、ワシ等は戦車から離れていった。最初はファイアフライの乗員がチームを抜け、次にラングの、次にⅣ号の、パンターのと続き、終いには、ワシ等ティーガーの乗員も抜け、白虎隊は解散した……………彼奴は、ワシ等を繋ぎ止めるキーパーソン的なやつじゃったのだよ」

「そう…………なんですか…………」

 

紅夜は、項垂れるかのように俯いている。

 

「チームの解散後、ワシは戦車の車内を掃除しようとして、格納庫へと向かったんじゃが、其所に戦車は1輌もなかった。後で聞いた話では、連盟が勝手に持っていってしまったそうじゃ。それで、ワシ等の戦車は売りに出された」

「…………使わないと勝手に判断して、売り出したって事ですか」

「そうじゃな…………まあ、長い間ほったらかしじゃったから、そのせいでもあるがな」

 

そう言って、拓海は話を続けた。

 

「それから聞いた話じゃが、ワシ等の戦車は非常に売れ行きが良かったらしい。売りに出してホンの数日で売り切れじゃ。まあ、全部強力な主砲を備えていたし、ティーガーは珍しい形をしておったからな、それも、欲しがる学校が多かった理由じゃよ」

 

だが、と逆接を置き、拓海は一呼吸の間を設け、話を再開した。

 

「ティーガーは買い取り先が見つかって、数日したら直ぐに返却された。それも一件だけではない、ティーガーを買い取った全ての学校が、買い取って数日で返却したんじゃよ。なんでも、訓練中の車内で原因不明の怪我人が続出した上、エンジントラブル等が頻発したらしいのじゃ。まるで、ワシ等以外に触られるのを、ティーガー自身が拒否しているかのようにな……………ワシがティーガーを上手く操縦出来なかったのは、もしかしたらそのせいなのではないかとすら思ったね」

「所謂、《憑き》の戦車になったって事ですか」

「その通り。それでティーガーは、装備していたパーツの分解の費用などの問題もあったが、まあ大概は気味が悪いって理由で、何処かの山奥に放棄されたよ。その在処を知る者は、誰一人として居ないのじゃ……………ワシ等、白虎のメンバーすらもな」

 

そう言って、拓海は話を終えた。

 

「ありがとうね、最後まで聞いてくれて」

「いえいえ」

 

礼を述べる拓海に、紅夜は答える。ふと窓の外を見ると、何時の間にか夕方になっていた。

 

「んじゃ、俺はそろそろ帰ります。お邪魔しました」

そう言って紅夜が立ち上がると、紅夜の直ぐ近くにあった本棚から、1冊の本が紅夜の足元に落ち、さらにはかけられてあった帽子が落ちる。

紅夜はその本と帽子を拾い上げ、其々を見る。

 

「ティーガーの操縦マニュアルに、白虎隊の帽子か…………」

 

紅夜がそう呟くと、拓海は言った。

 

「その本と帽子、持っていきなさい」

「え?良いんですか?大事なものなんじゃ?」

「良いんじゃよ。雑誌をくれたお礼みたいなモンじゃ。それにもし、君があのティーガーに出会い、認められることがあったら、それが役に立つだろうしな」

 

そう言う拓海に礼を言い、紅夜は拓海の家を出た。

 

「…………この話で俺は、何をすべきなんかねぇ…………まあ、俺の目標は、男女問わず戦車道を出来る世界にする事だが…………それと拓海さん達の夢見た世界が同じか…………どうなのかねぇ…………取り敢えず、この事は他の奴等には黙っておくか…………言わなきゃならんときが来たら、言うとしよう」

 

紅夜はそう呟きながら、家路についた。

悩みながら歩く紅夜の表情には、何時もののんびりした色はない。

 

紅夜は家に着いても、何とも言えない気持ちは拭えず、そのまま適当に夕食や風呂を済ませ、何時も楽しんでいる夜の番組を見ることなく、布団に潜った。

 

それから紅夜が寝付くには、4時間近く掛かったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、拓海の家の前に、1人の青年が立っていた。

紅夜と同じ、腰まで伸ばされた髪の毛を、ポニーテールに纏めた黒髪の青年だった。

背面に、雄叫びを上げる白い虎が描かれている灰色のパンツァージャケットに身を包み、同じように、雄叫びを上げる白い虎が描かれている黒い帽子を深くかぶった青年は、やがて帽子のつばを上げ、街灯の光を僅かに反射して、サファイアのように煌めいている蒼い目で拓海の家の表札を見て言った。

 

「よぉ、拓海。蓮斗だ……………暇だからお前の家まで来てみたぜ……………と言っても、お前が緑髪のガキを家に入れるところからだがな」

 

そう言って、その青年--八雲 蓮斗--は夜空を見上げる。

 

「あのガキが、ティーガーの操縦マニュアル持ってくのを見たよ……………お前も何と無く、感付いたんだな……………彼奴は何れ、ティーガーに出会うだろうと……………」

 

そう言って、蓮斗は家の前を立ち去る。

 

「お前がそうするってんなら、俺もあのガキに賭けてみることにするぜ……………彼奴が、男女問わずに戦車道を出来る世界にしてくれるってな」

 

そう呟き、蓮斗は暫く、学園艦の町の中を歩き回る。すると、『長門』と書かれた表札が目に留まった。

 

「へぇ、此処があのガキの家か……………明かりが消えてんなら、もう寝てんだな……………まあ、精々頑張りやがれ、我等の後輩共。ここぞの時、テメェが力を求める時まで、俺はのんびり待ってやるよ……………だがな、待たせたら待たせた分だけ、暴れさせてもらうから覚悟しやがれよ?赤旗の戦車乗り……………まぁ、たまにちょっかい出すかもしれねぇが」

 

そう言って、蓮斗は体から光を放ち、そして跡形もなく消えた。

それを見た者など、誰一人として居ない。



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第35話~次はアンツィオです!~

「ヨッス紅夜、聞いたか?冷泉さんの祖母さん、回復したらしいぜ?昨日の朝方に目が覚めたんだとさ」

「マジかよ。案外早かったんだな」

 

翌日、学園へとやって来た紅夜は、既に来ていた達也から、麻子の祖母が回復したとの報告を受け、その回復の早さに唖然とする。

 

「んで、昨日は西住さんと五十鈴さん、それから秋山さんが見舞いのために本土に行ってたんだとさ」

「そっか…………まあ、意識戻って良かったな。冷泉さんも、安心出来ただろうな」

 

何はともあれとばかりに紅夜が言うと、達哉は同意するように頷いて言った。

 

「ああ…………聞いた話では、冷泉さんの肉親って、祖母さんしか居ねえらしいからな」

「あ?祖母さんしか居ない?そりゃどういうこった?両親はどうしたってんだよ?」

 

紅夜がそう言うと、達哉は言いにくそうな表情で言った。

 

「彼奴が小学生の頃、事故で亡くなったとさ…………」

「…………そか」

 

それから暫くの間2人は沈黙していたが、其所から話題を変え、他のメンバーが集まるのを待った。

 

 

 

 

 

 

数十分後、大洗の生徒や、紅夜と達哉を除くレッド・フラッグのメンバーが続々と格納庫の前にやって来た。

その場には、本土から戻ってきたあんこうチームのメンバー全員の姿もあった。

サンダース戦で撃破された戦車の修理が完了したため、今日から本格的に、2回戦へ向けての練習が開始されるのだ。

その前に、前に出た生徒会メンバーの桃が言った。

 

「えー、お前達。1回戦では本当にご苦労だった。サンダースは優勝候補の一角とも呼ばれる学校だ、そのような学校を破る事が出来たのは、諸君の努力あってのものだと思う」

 

そう誉める桃に、メンバーが嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「だが、油断は禁物だ。サンダース戦で撃破された戦車の修理は完了した。今日から本格的に、2回戦へ向けての練習を開始する!」

「「「「はい!!」」」」

「頑張りま~~す!!」

 

桃の渇に、アヒルさんチームの4人からの返事が返され、それから少し遅れてウサギさんチームのあやが、間延びした返事を返す。

 

「勝って兜の緒を締めよ!ダーッ!!」

「「「オーッ!!」」」

 

カバさんチームでも、カエサルが声を上げ、他の3人も続く。

 

「皆、気合い入ってるわね」

「ええ…………戦車道が始まった頃の連携の取れなさが嘘のようね」

 

雅が呟くと、それに亜子が答える。

 

「わあ~…………」

「凄いですね…………」

 

あんこうチームでも、ヤル気満々のメンバーを見たみほが軽く驚きを露にしている所へ、華が声を掛ける。

 

「うん…………まさか、ああなるとは思わなかったよ」

 

みほはそう返すと、チラリと紅夜の方を見る。

 

「…………?」

 

みほからの視線に気づいた紅夜は、自分が見られている事に内心首を傾げながら、取り敢えず微笑みかけた。

 

「ッ!」

 

急に微笑みかけられたみほは、顔を赤くして視線を逸らす。

それからチラチラと、紅夜に目を向けるのだが、紅夜と目が合う度に顔を真っ赤に染め上げ、目線を逸らす。

 

「…………俺、西住さんに嫌われるような事したかな…………?」

 

完全に誤解している紅夜は、出ることのない答えを探して葛藤していた。

 

其所へ、注意を引くためか、桃が2、3回程手を打ち鳴らす。

 

「さあ、訓練を開始するぞ!西住、指揮を執れ!」

「は、はい!」

 

桃が言うと、みほは返事を返して指示を出す。

メンバーが其々の戦車に乗り込み、訓練が開始された。

 

 

 

 

 

 

さて、それから時間は流れ、昼休憩に入った。

生徒達は其々、学食に行く者、買い食いしに行く者、そして持参した弁当を広げる者に分かれる。

そんな中、みほは一人、弁当箱片手に格納庫を訪れていた。

 

「2回戦、この戦車で勝てるのかな…………あのサンダースとの試合だって、紅夜君達が居たから勝てたようなものなのに…………」

 

Ⅳ号を見ながら、みほはそう呟き、もし、レッド・フラッグのメンバーが大洗の戦車道チームに来なかったら…………と考え始める。

そこで真っ先に思い浮かんだのが、サンダースのフラッグ車を追いかけながらも、後ろからの援軍の集中砲火を喰らっている光景…………

もしレッド・フラッグのメンバー無しでの試合となり、運悪く、援軍の砲弾が大洗のフラッグ車である38tに当たったら…………そこで思い付いたのが、敗北と言う漢字2文字の単語…………

 

それを考えていけば、2回戦、準決勝、決勝へと繋がっていき、キリがなくなる。

みほはその考えを振り払い、弁当を広げようとする。其所へ、格納庫に入ってきた一人が声をかけた。

 

「Hey,there」

 

流暢な英語で話しかけてきたのは、紅夜だった。

 

「ああ、紅夜君。どうしたの?」

「いや何、何と無く此処で飯食いたくなってな…………邪魔だったか?」

「う、ううん!別に良いよ!」

「そっかそっか」

 

みほが首を横に振ると、紅夜は安心したような声を出しながらみほの隣に来る。

 

「いやあ~、良かった良かった。てっきり俺、何か失礼な事してお前に嫌われたのかと思ったぜ」

「え?な、なんで?」

 

紅夜が言うと、みほが驚いた様子で聞く。

 

「いやだってお前、訓練始まる前に俺の事見てたろ?何か分からんから取り敢えず微笑んだら目線逸らされたし、その後もチラチラ此方見ては目線逸らすし」

「ッ!あ、あれは、その…………」

 

愚痴を溢すような言い方をする紅夜に、みほは顔を赤くしながら口籠る。

 

「まあ、嫌われた訳じゃねえなら良かったよ……………さて、飯にしようぜ。もう腹ペコで飢え死にしそうだぜ」

「う、うん…………」

 

紅夜が大して言及せず、話を切り上げた事に内心で安堵の溜め息をつきながら、みほはⅣ号によじ登ろうとする。

 

「あれ?西住殿に長門殿」

 

すると其所へ、弁当箱を持った優香里が姿を現した。

 

「おお、秋山さんじゃねえか」

 

優香里を視界に捉えた紅夜は、空いている左手を上げて会釈する。

 

「おーおー、んな所に居たのかよ紅夜、探したぜ?」

 

すると優香里の後ろから、ライトニングのメンバーが姿を現す。

 

「あ、居た居た!皆お揃いだね!」

「学食にも教室にも居ないから、きっと此処だと思って」

「飯だ飯だ」

 

ライトニングのメンバーが入ってくると、それに続いてコンビニ袋を持った沙織達がやって来る。

 

それから、みほ達あんこうチームのメンバーはⅣ号の上で、紅夜達ライトニングのメンバーは、Ⅳ号の隣に停めてあったIS-2の上で弁当を広げた。

 

 

 

 

 

「母がこれ、戦車だって言い張るんですよ」

 

Ⅳ号の上では、優香里がご飯の上に海苔で戦車が描かれてある弁当箱を見せながら言う。

 

「すごーい!キャラ弁だ!」

「これは、食べるのが勿体無いですね」

「そうだね~」

「…………」

 

優香里が見せた弁当に、沙織は携帯で写真を撮り、華とみほは弁当箱を覗き込む。麻子は大したコメントは述べないものの、感心したような表情で見ていた。

 

 

 

 

 

「そういや紅夜、昨日お前、勝手にIS-2乗ってたろ」

「あれ?なんで知ってんの?」

「サンダースとの試合の後、この格納庫に戦車戻した時、俺はコイツを端の方に置いたんだよ。なのに今日となれば、訓練の前もIS-2がⅣ号の隣に置かれてると来たモンだ。俺は昨日は翔や勘助と遊んでたけど、お前だけ居なかったし」

「…………許してヒヤsh……「他作品ネタ使用禁止!」あべしっ!?」

 

紅夜は冷や汗を流しながら許しを乞うが、何処からともなくハリセンを持ち出した勘助に殴られる。

 

 

「あ!そう言えば見ましたか?生徒会新聞の号外!」

 

弁当を食べ終えた優香里はそう言いながら、ポケットから小さく折り畳まれた新聞を取り出し、広げて見せる。

 

「お?何だ何だ?」

 

同じく弁当を食べ終えた紅夜はそう言いながら、IS-2からⅣ号のエンジン部分へと飛び移る。

 

「ウワッ!?此処まで飛び移れるなんて、長門君ってスゴい運動神経だね!」

 

沙織が驚いたように言うと、未だに弁当を食べている達哉が言った。

 

「武部さんよ、その程度で驚いてたらキリがねえぜ?俺なんてこの前、IS-2の砲弾振り回した紅夜に、ほぼ一晩中追い回されたからな……………あれは死ぬ程怖かったぜ」

「紅夜に聞いたが、それってお前が紅夜を気絶させたからだろうが」

「あー、そういや何か、お前等の追いかけっこがベースになったみたいな都市伝説が出来たんだが、あれ本当にお前等の事だったんだな」

「まあな……………それと勘助、あれはマジで仕方無かったんだぜ?紅夜の奴が他作品のネタ使おうとしてたから、つい……………」

 

おにぎりを頬張りながら、勘助が呆れたように言い、翔がふと呟くと、達哉は弁明するかのように言葉を返した。

 

「でもまあ、俺の運動神経とか、達哉との追いかけっこやら都市伝説やら云々についてはこの際置いといて、今こうやって見ると、改めて勝ったんだと実感するよな」

 

紅夜は新聞を覗き込み、大洗女子学園戦車道チームをべた褒めする一面を見ながら言う。

其所には小さいながらも、紅夜達ライトニングの事も書かれていた。

 

「凄かったよね…………」

「ええ。何せあの、サンダース大学附属高校に勝ったんですからね」

「『勝った』と言うよりかは、『何とか勝てた』の方が正しいと思うけどね…………正直、紅夜君達が居なかったら、どうなってたかな…………なんて思っちゃったし」

「確かにそうですね…………でも、勝利は勝利ですよ!私達がサンダース大学附属高校に勝ったと言うのは変わりません!」

 

みほの言葉に、優香里は納得するように頷くが、それでも勝ったと言う事実は変わらないと力説する。

 

「そう、だよね…………」

「え?」

『『『『『?』』』』』

 

突然、沈んだように顔を俯けるみほに、優香里や他のメンバーは首を傾げる。

 

「勝たなきゃ、駄目なんだよね…………」

「そうかぁ?俺はそうとは思わねえぜ?」

 

みほはポツリポツリと言うが、紅夜が真っ向から否定する。

 

「そうですよ!楽しかったじゃないですか!初めてやった模擬戦も、レッド・フラッグとの試合も、聖グロリアーナとの試合も、サンダースとの試合やそれからの訓練も、その後の寄り道も、全部…………全部!」

「うんうん!最初はお尻痛かったけど、何か戦車乗るのが楽しくなったよ!」

「私もです」

「ん…………」

 

優香里が腕を広げて、訴えかけるように力強く言うと、沙織達も同調する。

それを見た紅夜達も、頷いていた。

 

「そう言えば、私も何時の間にか、そう思ってたよ…………昔はただ、『勝たなきゃ』って一心でがむしゃらに乗ってたから、負けた時に、もう戦車から逃げたくなって…………」

俯いたみほが弱々しく言うと、優香里が声を張り上げた。

 

「私、あの試合をテレビで見てました!」

「!?」

 

突然声を張り上げた優香里に、みほは顔を上げる。

 

「え、何?何があったの?」

 

みほの戦車道事情については無知な沙織が詰め寄り、華も興味津々の眼差しでみほを見る。

 

「おいお前等、興味があるのは分かるが、あんま人の事情に首突っ込むのは野暮ってモンじゃ……「良いよ、紅夜君。私、話すから」……本気か?あんま知られたくねえ事なんじゃねえのか…………?」

 

既にみほから話を聞いていた紅夜は、下手に首を突っ込むとみほが傷つくと思い、2人を静めようとするが、みほに止められる。

自分が話すと言うみほに、紅夜は本気なのかと訊ねる。

 

「そうだけど…………沙織さんも華さんも、紅夜君達も、私の大切な友達だから…………良い機会だし、話しておいた方が良いと思うの……………」

「…………」

 

そう言われ、紅夜は暫く、黙ってみほを見つめていたが、やがてゆっくりと頷いて言った。

 

「分かった…………そこまで言うのなら、もう止めねえよ…………話すも話さないも、お前の自由だしな」

 

紅夜はそう言うと、大人しく引き下がる。

 

「ありがとう、紅夜君……………それで、私が黒森峰に居た頃なんだけど……………」

 

そして一行は、みほの話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

「……………………と言う事があって、私達黒森峰は負けちゃったんだ……………」

『『『『『……………………』』』』』

 

みほの話を話を聞き終えた一行は、その話の重さに黙り込む。

 

「私のせいなの…………10連覇も逃して…………それで、他の隊の皆にも、お姉ちゃんにも…………迷惑掛けて…………西住流も、戦車も、嫌になって……………」

「西住殿!」

 

みほが弱々しく言うと、優香里がまた声を張り上げた。

 

「前にも言いましたが、私は!西住殿がした事は、間違いではなかったと思います!」

「秋山さん…………」

 

大声で言う優香里に、みほは目尻に涙を浮かべる。

 

「ああ、全くもってその通りだぜ。たとえ流派のやり方に反する事だとしても、俺は正しかったと思う」

 

腕を組みながら、紅夜もウンウンと頷く。

 

「それに、西住殿に助けられた選手の人は…………きっと、感謝してると思いますよ」

 

優香里はそう言って、みほに微笑み掛ける。

 

「秋山さん…………ありがとう」

「ッ!?はわぁッ!?」

「うえっ!?どうした!?」

 

突然変な声を上げた優香里に、紅夜は驚き、振り向く。

 

「す、スゴいッ!私、西住殿に『ありがとう』って言われちゃいましたぁ~~っ!!」

「驚いたのってそれぇ!?」

 

紅夜はそう言いながら、漫画よろしく頭から格納庫の床に落ち、ずっこける。

 

「こ、紅夜君!?大丈夫なの!?」

 

頭から落ちた紅夜に、みほが声を掛ける。

紅夜は少しの間、足をピクピクさせていたが、直ぐに復活し、見事なヘッドスプリングで飛び起きると、そのまま元の場所に飛び乗る。

 

「やれやれ、驚く動機が動機だからビックリしたぜ」

「す、すみません長門殿…………」

 

首をボキボキ鳴らしながら紅夜が言うと、申し訳なさそうな表情を浮かべた優香里が詫びを入れる。

 

「いやいや、別に構わねえよ。驚かせて悪かった」

「でも、ホントに大丈夫なの?頭から落ちるなんて…………」

 

沙織が心配そうに言うと、達哉が笑いながら言った。

 

「それなら心配要らねえよ武部さん。なんせコイツは現役時代、戦車から降りて偵察する時に着地に失敗して、砂道に頭から突っ込んだり、岩に頭ぶつけても平然としてる程の石頭だからな、これでも」

 

そう言いながら、達哉は握り拳を作って紅夜の頭を小突く。

 

「んだよ達哉、小突くんじゃねえよ…………あ、そうだ」

紅夜は達哉に咎めるような視線をぶつけるが、何かを思い出したようにポケットに手を入れ、ハンカチを取り出してみほに渡す。

 

「西住さん、これで涙拭けよ」

「え?」

 

みほは間の抜けた声を出し、自分の目に触れる。そして手を離すと、その手には涙がついていた。

 

「私、知らない間に泣いてたんだ…………」

 

みほはそう言いながら、紅夜に渡されたハンカチで涙を拭く。

 

「ああ、そう言えば」

 

今度は華が声を出すと、あるハンカチを取り出して紅夜に差し出した。

 

「長門さん、これ」

「ん?」

差し出されたハンカチを見て、紅夜は首を傾げる。

 

「このハンカチがどうした?」

「お忘れですか?聖グロリアーナとの試合の日、長門さんが貸してくれたものなんですよ」

「…………ああ、あれか?そういやそうだったな、すっかり忘れてたよ」

 

紅夜はそう言いながら、華からハンカチを受け取る。

 

「ずっと返そうと思っていたのですが、言い出すタイミングが掴めなくて…………」

「別に良いって、忘れてた俺も俺だからさ」

 

申し訳なさそうに言う華に、紅夜は微笑みながら言う。

 

「紅夜君、ありがとう。もう良いよ」

「そっか…………」

 

紅夜はそう言って、みほが差し出したハンカチを受け取ると、あんこうチームのメンバーを見渡して言った。

 

「なあ、西住さん…………お前、良い仲間に恵まれたと思わねえか?」

「え?…………うん、そうだね」

 

突然話し掛けた紅夜に、みほは一瞬戸惑うものの、楽しそうに話すあんこうチームやライトニングのメンバーを見て、ゆっくりと頷く。

 

「良いか?確かに試合では、勝つ事も大切だ。だが、形ある勝利が全てなのか?目に見えない勝利があるだろう」

「目に見えない…………勝利…………」

「そう。現にお前は、その目に見えない勝利を掴んでるんだよ。ホラ、お前ん家の流派って、所謂『犠牲なくして勝利なし』ってヤツだろ?」

「うん…………」

「なら、お前は10連覇を犠牲にして、乗員の命と、西住流…………否、戦車道の未来を守ると言う勝利を掴んだんだよ。それは立派な事なのさ」

「戦車道の…………未来…………?な、何の話を…………?」

 

みほは、紅夜の言う事が分からないとばかりに首を傾げるが、ライトニングの面々は理解したらしく、頷いていた。

 

「まあ、今は分からなくとも、何れは分かる事なんだから、そう焦らなくても良いさ。まあ兎に角だ。戦車道ってのは、数学の定理とかのように、決まったものなんて無いってこと。人の数と同じだけ、戦車道の道はあるって事さ」

 

そう言って、紅夜は少しの間を置いて言った。

 

「元々居た西住流が嫌なら、お前の戦車道を見つけろ…………お前の思う、お前の西住流を作れ…………それを宿題としよう。期限は、この全国大会が終わるまでだ」

「う、うん…………が、頑張ります」

 

アニメでもありそうな台詞を言う紅夜に、みほは苦笑を浮かべながら言った。

 

「そうですね…………戦車道の道は、1つだけじゃないですよね」

 

突然、華が同意するかのように口を開いた。

 

「そうそう!私達が歩んできた道が、私達の戦車道になるんだよ!」

「お!武部さん、今の台詞は最高にカッコ良かったぜ!」

沙織が天井を指差して言うと、何時の間にかⅣ号の車体部分に凭れていた達哉が言った。

其所には翔や勘助も居り、腕を組んでウンウンと頷いている。

 

「えへへ~、そう~?」

 

誉められたのが嬉しいのか、沙織は頬を赤く染める。

 

「確かに、その通りだな…………」

「ああ、今のはどのアニメにも劣らない名台詞だったぜ。メモメモ…………」

 

翔はそう言い、勘助は沙織が言った事を何処からともなく取り出したメモ用紙に書き付ける。

 

「フフッ♪」

 

そんな彼等を見ながら、みほは軽く微笑み、天井を見上げる。

 

「…………こんな光景が見られるとは、このチームに来て良かったな、相棒」

 

何時の間にかIS-2へと飛び移っていた紅夜は、Ⅳ号の上で思い思いに言い合うメンバーを見ながら、自分の愛車に向かって言った。

 

『うん、そうだね……』

「ッ!?」

 

その時、紅夜には女性の声が聞こえ、怪しまれないように目だけを動かして声の主を探すが、それが見つかる事はなかった。

 

「もしかしてIS-2…………お前か?」

 

誰にも聞こえないよう、小声でそう言った紅夜には、心なしか、まるで彼の問い掛けに答えるかのように、IS-2の砲身の先にあるマズルブレーキが、一瞬ながらキラリと光ったように見えた。

 

 

 

 

そんな中では……………

 

「そう言えばみぽりん、ちょっと気になってたんだけど」

「ん?何?」

 

不意に、何かを思い出したかのような声色で話を切り出した沙織に、天井を見上げていたみほは、視線を沙織の方へと向ける。

 

「みぽりんってさあ、サンダースとの試合の後半辺りから、長門君を名前で呼んでるよね?」

「え?……………………あっ!!」

 

沙織が不意に言った言葉で、自分が紅夜の事を、無意識のうちに名前で呼んでいた事に気づいたみほは、顔を真っ赤に染め上げる。

 

「もしかしてみぽりん、長門君の事が…………」

「わーっ!わーっ!それ言っちゃダメぇ!!」

 

紅夜がIS-2を見ている最中、Ⅳ号ではそのような会話が交わされており、それを見ていた優香里や華が複雑そうな表情を浮かべていたとか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、生徒会室では…………

 

 

杏、桃、柚子の3人が昼食を摂りながら、2回戦の対戦相手--アンツィオ高校--の資料の読み合わせをして対策を練ると共に、大洗の戦力についての見直しをしていた。

 

「2回戦、これだけで勝てるのかなぁ……………」

「まあ、レッド・フラッグのメンバーが来てくれてるから良いとしてもねぇ…………」

「絶対に勝たねばならんのだ!」

 

柚子が不安そうに呟き、杏がそれに言葉を返すと、桃が握り拳で机を叩き、勝つ事への執念を見せる。

 

「でも、2回戦はアンツィオ高校だよ?」

「まあ向こう側って、ノリと勢いだけは、凄いからねぇ…………資料見てみたけど、まあ優勝は無かったとは言え、決勝まで行く事もあったらしいからねぇ……………まぁ、1回戦で敗退、なんて事あるから…………まあ言うなれば、その年の隊長とか、チームのコンディションでの調子の良し悪しの差が出やすいって事だねぇ~」

 

杏が言うと、落ち着きを取り戻した桃が頷いた。

 

「そうですね…………調子が良い状態の時のみに視点を置けば、その時の強さは我々を上回るでしょう。レッド・フラッグの面々が居るからまだ良いものの、居なかった場合を考えたら……………ですね」

「ええ…………調子に乗られると、手強い相手です」

「油断は禁物って事だねぇ…………まあ最終的に言えば、立ちはだかる壁は、私達に休みの隙をくれそうにはないって事だねぇ……………」

 

杏はそう言って、何時ものように干し芋を頬張るのであった。



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第36話~もう一度、戦車を探します!~

戦車道全国大会2回戦、アンツィオ高校との試合が日に日に近づいてきているある日の事、大洗女子戦車道チームの練習を始めようとしていた時だった。

 

「えー、急ではあるが、今日は練習を取り止め、第2次戦車捜索作戦を実行する」

 

何時ものようにメンバーが列になって並ぶ中、桃がそう言った。

 

「え?どういう事ですか?」

「諸君も知っての通り、アンツィオ高校との試合が近づいてきている。今後の試合の事を考えると、今の戦力ではレッド・フラッグを除けば心持たないと思ったのだ。それに、この大洗では、まだ戦車が何処かに眠っている形跡が確認されたのだ。よって今日は、その戦車の捜索を行う」

 

唐突な事に梓が訊ねると、桃がそう答える。

 

それから班分けが始まり、生徒会との待機班に華と翔、歴女グループに優香里と勘助が加わり、レイガンとスモーキーがチーム毎の捜索、1年生グループに沙織と達哉、そして、みほのグループには、麻子、バレーボールチーム、そして紅夜が加わることになった。

 

 

 

 

 

 

さて、場所を移して、此処は旧部室棟。長年使われないまま放置されていたからか、建物のあちこちが劣化し、廃墟と化しつつあるこの場所を、みほ達のグループは捜索していた。

 

「戦車なんだから、直ぐに見つかりますよねッ!」

「だと思うんだけど…………」

 

自信満々に言う典子に、みほは自信無さげに返す。

 

「手掛かりは無いのか?」

「確かにな…………このまま闇雲に探してたら、見つかるモンも見つからねえよ」

「冷泉先輩に長門先輩、刑事みたいです」

 

ごもっともな事を言う麻子と紅夜に、忍は言う。

 

「それが、部室が移動しちゃったみたいでよく分からないんだ」

「マジか…………まあ、それなら仕方ねえか」

 

みほが力なく言うと、紅夜はそう呟く。

 

そのまま一行は、戦車の捜索を続行するのであった。

 

 

 

 

 

 

その頃、歴女チームと優香里、そして勘助は、大洗女子学園の校舎の屋上に来ていた。

 

「…………ハッ!」

 

そんな掛け声と共にカエサルが手を離すと、八卦と太極盤のようなものの上に立てられていた杖らしき棒が倒れ、東の方向を指す。

 

「フム、東が吉と出たぜよ」

「え、コレで分かるんですか!?」

「八卦占いとは…………アンタ等らしいっちゃらしいが…………よくこんなの考え付いたよな…………こんなので見つかったら奇跡だが……………これが吉と出るか凶と出るか、どうなる事やら………」

 

棒が指す東を見ながらおりょうが言うと、優香里は驚きの声を上げ、勘助は八卦占いで捜索する場所を決めてしまった歴女チームのやり方に、只々苦笑を浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 

はたまた、1年生チームと沙織、そして達哉は、学園艦の深部へと入っていた。

 

「へぇ~、長門君に辻堂君って18歳なんだ。その割には皆、敬語使ってないんだね」

「ああ、高校で言えば、3年生辺りだからお前等よりも先輩だな。だからレッド・フラッグの中では、俺と紅夜が最年長で先輩なんだが、発足当時に紅夜の野郎が、『先輩っつっても、あんま年齢変わらねえから、タメ口で良くね?』とか言うモンで、メンバーは全員、年齢問わずタメ口なんだよ。つーか現に、お前さんもタメ口使ってるじゃねえか」

「あ、そうだったね…………何か、此方の方が喋りやすいし」

 

1年生の前に立って歩きながら、達哉と沙織はそんな会話を交わす。

 

「何なの此処、何処なの~?」

「凄い、船の中っぽい」

「いや、此処って『中っぽい』とか言う以前に船の中だし」

 

その後ろでは、優季、桂利奈、あやがそんな会話を交わす。

 

「そういや思ったんだが、なんで船なんだろな?」

「それって確か、大きく世界に羽ばたく人材を育てるためと、生徒の自立独立心を養うために、学園艦が造られたらしいよ?」

 

ふと、学園艦への疑問を呟いた達哉に、沙織がそう答えた。

 

「成る程な…………言うなれば、無謀な教育政策の反動ってヤツか…………今の世代の餓鬼は苦労するよな、マジで」

「あはは…………」

 

何時もの明るい表情は引っ込み、呆れたような表情で皮肉を言う達哉に、沙織は苦笑を浮かべる。

そうして暫く歩いていると…………

 

「お疲れ様でーす」

 

学園艦の運航係なのであろう船舶科の生徒達と出会した。

 

「あ、あの!戦車知りませんか?」

 

擦れ違いかけていた生徒に、沙織が声を掛ける。

 

「戦車かどうかは分からないけど、何かソレっぽいのあったよね?何処だっけ?」

「ああ、それなら、もっと奥の方じゃないかな?」

 

そう言って片方の船舶科の生徒が、普段は使われていないのか電気が消え、暗闇になっている通路の方を指差して言った。

 

「よし、行ってみよう!」

「そうすっか。ありがとな」

 

歩き出した沙織に続きながら、達哉は船舶科の生徒に礼を述べた。

そして、奥へ奥へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

その頃生徒会室では、杏、桃、柚子と言った生徒会メンバーに加え、華、翔の5人が待機していた。

杏が生徒会長の椅子をリクライニングさせてリラックスし、桃がソファーに座って机の上に置かれている携帯とにらめっこしている中、華と柚子、そして翔は資料を調べていた。

 

「戦車道って、随分と昔からやっていたのですね」

「そうね、1920年代頃からやってたらしいから…………」

「それ戦時中とかの辺りじゃないっすか」

 

そんな会話が交わされる中…………

 

「…………ッ!未だか!?未だ見つからんのか!?」

 

貧乏揺すりをしながら桃が大声を上げ、携帯を睨み付けている。

 

「まあまあ河嶋さん、少しは落ち着きましょうぜ。つーか、未だとか言ったって、1時間ぐらい前に始めたばっかじゃないですか」

「そ、それもそうだが…………」

 

翔が宥めるものの、桃はイマイチ腑に落ちないような表情で返す。

 

「う~ん…………捨てられちゃったかなあ?」

「いや、それならその書類も残されるでしょうよ…………つーか、資料少なすぎだろコレ。大洗が戦車道やってたのが20年前とか…………笑えねえよ…………」

「果報は寝て待てだよ~」

 

柚子と翔が呟くと、まるで他人事のように杏が言う。

 

「つーか先ずは角谷さん、アンタも働けや。何自分だけのんびりしてやがんだ」

 

翔のツッコミが炸裂したのは、そんなに間は空かなかったんだとか…………

 

 

 

 

 

捜索開始から数時間後、日は西へと傾き始め、学園艦の町並みをオレンジ色の光が照らす。

そんな中、みほ達一行は旧部室棟の捜索を続けていた。

 

「さて、此処が最後の建物か…………結局手がかりになりそうなのは出なかったな」

 

紅夜がそう呟く傍らで、みほは最後の建物のドアを開けようとする。

 

「~~~~ッ!」

「ん?どうした?」

 

必死にドアを開けようとしているみほに気づいた紅夜が、そう声を掛ける。

 

「こ、このドア…………開かないよ…………」

かなり奮闘したようで、みほは苦しそうに、肩で息をしながら言う。

そう言われた紅夜はドアの前に立ち、軽く横へと引くがビクともしない。

 

「あ~あ、長い間使われてないから、手入れとかもロクにされてねえんだな、コレ」

 

そう言って紅夜はドアから離れると、みほに向き直って言った。

 

「どうする西住さん?必要とあらば蹴破るけど」

「な、長門先輩、ソレは流石に無理があるのでは…………?」

 

心配そうな表情を浮かべたあけびが言うが、紅夜は尚も、表情を変えなかった。

 

「大丈夫だろ、これぐらいは…………んで、どうする?」

 

淡々とあけびに言うと、紅夜はみほに聞き直す。それを見たみほは、何も言わずに頷いた。

 

「許可戴きました~。つー訳で紅夜君キーック」

 

何とも間延びした声を出しながら、紅夜は回し蹴りでドアを蹴飛ばし、中へと吹っ飛ばす。

吹っ飛ばされたドアは、勢い良く壁に叩きつけられ、ガシャン!と音を立てながら床に倒れる。

 

「…………な?出来たろ?」

「は、はい」

 

満足そうな表情で言う紅夜に、あけびは苦笑を浮かべながら言った。

そして中に入った一行は、最後の捜索に乗り出すのだが…………

 

「手掛かりになりそうな物は…………出てきませんね…………」

「コレはもう、御手上げかなあ?」

 

部屋の中を粗方探し終えたものの、典子の言う通り、これと言って注目出来そうな物が出てこない状況に、忍も諦め気味の声を上げる。

「あ、ちょっと待って!」

 

突然、みほが声を張り上げ、埃まみれの棚に近づく。その棚の上には、何やら書類の束らしき物が積まれていた。

 

「うーん、うーん!」

 

みほは棚の出っ張りに足をかけ、取ろうとする。

すると…………

 

--カサッ--

 

「…………?」

 

突然聞こえた、何やら小さい物が移動するような音に、みほは書類の束を取ろうとしていた手を止め、他のメンバーも首を傾げる。

みほがゆっくりと、視線を音の主の方へと向けると…………

 

非常に細い2本の触角をユラユラと揺らし、窓から射し込む夕日の光に照らされ、反射して一部が艶っぽく輝いている、平べったいイキモノが居た。

 

「~~ッ!?キャァァァアアアアアアアアアッ!!!?」

 

数秒の沈黙の末、そのイキモノの正体に気づいたみほは、部屋の窓全てを割らん限りの悲鳴を上げ、激しく体を揺らし、足をジタバタと暴れさせる。

それが他のメンバーにも飛び火し、紅夜と麻子を除いたメンバーがパニックに陥る。

その大声に驚いたのか、そのイキモノは飛び立つ。だが、飛んでいった方向が悪く、バレーボール部のメンバーの元へと飛んでいってしまったのだ。

当然、バレーボール部のメンバーは悲鳴を上げながら逃げ回る。だが、メンバー4人揃って運悪く、未だにみほがしがみついている棚へと激突してしまったのだ。

 

バランスを崩した棚は、みほがしがみついたまま倒れ、バレーボール部のメンバーと紅夜をも下敷きにしようとばかりに襲い掛かる。

その拍子にみほは手を離し、地面に尻餅をついてしまう。慌てながら麻子が近づくものの、もう間に合わないだろう。

もうダメだとばかりに、みほ達は頭を抱えて蹲る。

そして棚が倒れかかり、彼女等を下敷きにしようとした瞬間…………

 

「コラァ、なァに人の仲間を踏み潰そうとしてやがんだ、このボケナス」

 

荒々しい口調と共に、棚に乱暴に足がぶつけられ、それに支えられて棚の動きが止まる。

みほ達がゆっくりと顔を上げると、動きが止められた棚と、その棚を支えるジャーマングレーのズボンが見えた。

 

「こ、紅夜君…………」

 

みほが弱々しく声を出すと、鋭い目で棚を睨み付けていた紅夜が視線を落とす。

 

「…………怪我は?」

「う、ううん…………私は大丈夫」

「そっか…………そっちはどうだ?」

 

みほの無事を確認した紅夜は、バレーボール部のメンバーにも声を掛ける。

 

「わ、私は大丈夫ですが…………忍が…………」

「イタタ…………」

 

紅夜の呼び掛けに典子が答え、足を抑えている忍を見る。

 

「挫いたのか…………分かった、取り敢えず全員、其所から離れろ」

 

紅夜が言うと、バレーボール部の3人が忍を引っ張って移動させ、みほも建物の外に出る。

 

「あらよっと」

 

紅夜は片足で棚を押し、元に戻す。ドスンと音を立て、埃を巻き上げながら、棚は元の場所に戻る。

それを見てから、紅夜は床に散乱した書類をかき集め、一通り目を通す。

 

「チッ!戦車の事なんて1個も載ってねえのかよ」

 

荒々しく吐き捨てると、紅夜は書類の束を棚の上に戻して外に出る。

 

「…………残念ながら、あの書類の中に戦車の事なんて書いてなかったよ…………骨折り損のくたびれ儲けとは、正しくこの事だな」

 

皮肉るように言うと、紅夜は忍に近づく。

 

「ちょっと挫いただけだから1日もすりゃ動けるだろうが、今のところは下手に動かさない方が良いな…………ちょっと失礼」

「え?…………きゃっ!?」

 

紅夜は断りを入れると、忍を横抱きに持ち上げる。

 

「悪いが、ちょっとばかり我慢してくれ」

「は、はい…………」

 

忍は顔を赤くしながら答え、それを見たみほが、複雑そうな表情を浮かべる。

 

「…………何処の部だ?こんな所に洗濯物干したのは?」

 

帰ろうとした際、麻子がそんな事をぼやく。その声に一行が目を向けると、其所には…………

 

「戦車の…………砲身…………?」

 

物干し竿になってしまっている、戦車の砲身らしき物を視界に捉えるのであった。



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第37話~捜索隊です!~

夕方、戦車の捜索を終えた一行は、格納庫の前に集まっていた。

みほ達が見つけた《7.5cm kwk40》の他には、歴女チームと優香里、そして勘助が、フランスの重戦車《ルノーB1 bis》を発見した。

 

「捜索班の数の割には、あんまり成果はなかったな…………俺の班なんて何も見つからなかったぜ」

「気持ちは分かるけど、大概そんなものよ?私の班だって、どれだけ探しても何も見つからなかったもの。紅夜達の班は、探しに行った場所が良かっただけよ」

 

残念そうに言う大河を、静馬が宥める。

 

「そう言えば、ルノーって重戦車だよな?スペックはどんなだ?」

「最大装甲厚60mm、車体に75mm砲、砲塔に47mm砲搭載だな」

 

ルノーに近づきながら疑問を漏らす新羅に、紅夜が答える。

それから、静馬がルノーについて色々と話している間に、紅夜はみほに近づいて言った。

 

「戦力の補強としては、先ず先ずの方か?」

 

そう話し掛けられたみほは、頷いて言った。

 

「そうだね。ルノーは弱点が多いけど、主砲の火力は高いし、良い具合に戦えると思う。後は誰が乗るのかが問題だけどね」

 

そうしている内にも時間は経っていくが、其所で華が、ある事に気づいた。

 

「そう言えば、1年生や沙織さん、それと辻堂さんの班はまだ帰ってこないのですか?」

「確かに、少し遅すぎますね」

 

優香里もそう言うと、突然、麻子の携帯が鳴った。

 

「遭難…………したそうだ…………」

 

携帯の画面を暫く眺め、画面を閉じた麻子が言う。

 

「おいおい、船の中で遭難とか聞いたことねえぞ。町中で迷子になったとかなら、まだ話は分かるがな……………」

「それよりも、何処で?」

「船の底らしいが、何処に居るのか分からない、と…………」

 

大河がそう呟く中、静馬が彼女等の居場所について訊ねると、麻子がそう答える。

 

「なら、何か目印になるものがある筈だ。それを探して伝えるように言え」

「ん…………」

 

桃が言うと、麻子は小さく頷く。

其所へ、みほに筒状の紙を渡す者が居た。杏だった。

 

「ほい、コレ」

「え?」

 

訳の分からないままに筒状の紙を受け取ったみほは、唖然とする。

 

「それ、艦内の地図だから。捜索隊行ってきて~」

「わ、分かりました」

 

何とも適当な調子で言う杏にみほは答え、華、優香里、麻子の3人を連れていく。

「いてら~」

 

船底へと向かうみほ達に、紅夜はそう声を掛けるが、杏が口を挟んだ。

 

「コラコラ紅夜君、なぁ~に残っちゃってるのかな?」

「ん?あの3人で行くのでは?」

 

首を傾げながら聞いてくる紅夜に、杏は言った。

 

「あのねぇ、いくら4人で行くとは言え、か弱い女の子達だけに暗い船底の廊下歩かせる気?其所は君が守ってあげるべきではないのかな?」

「……………………即ち、同行しろと?」

「その通り!つー訳でホラ、分かったらさっさと行った行った!」

 

そう言う杏に背中を押された紅夜は、みほ達の後を追って合流し、捜索の手伝いをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから学園艦内部にて、紅夜を加えたみほ達一行は、遭難した沙織達を探すべく、優香里が持参していた懐中電灯付きヘルメットの明かりを頼りに、暗い艦内を歩いていた。

 

「スゲーな…………俺、こんな所に来たのは初めてだぜ」

 

艦内を歩きながら、紅夜は辺りを見回して言う。

 

「な、何だがお化け屋敷に来たような気分です…………」

「さっさと探し出して出てぇが、彼奴等が何処に居るのか分からねえんなら、兎に角歩き回って探すしかねえんだよな…………コレ、心臓弱い奴にとっちゃ、ある意味拷問だな」

 

優香里が不安そうに言う中、腕を組み、ウンウンと一人で頷きながら紅夜が言うと、突然、金属製の何かが床に落ちる音が、甲高く廊下に響き渡った。

 

「「きゃぁぁぁあああっ!!!」」

「ぐえっ!?」

 

突然響き渡った音に驚いたみほと優香里は、紅夜の両腕に抱きつく。

突然抱きつかれた紅夜は、キツく締めるように抱きつかれる状態に潰れそうな声を出す。

 

「ちょ、落ち着け、お前等…………只、何かが落っこちただけ、だろが…………」

 

キツく抱きつかれる腕の痛みに耐えながらも、紅夜はそう言う。

 

「ほ、ホント?良かったぁ~」

 

紅夜の一言に安心したのか、みほと優香里は安堵の溜め息をつきながら、紅夜から離れる。

 

「大丈夫ですよ」

 

その横を、まるで何事も無かったかのような顔をした華が通り過ぎていく。

 

「い、五十鈴殿…………ホントに肝が据わっていますね…………」

 

全く動じない華に、優香里は感心したような様子で呟く。

だが、当の本人は…………

 

「私も…………怖がりだったら良かったかな…………」

 

等と呟いていた。

 

 

「さて、五十鈴さんに置いてかれないようにさっさと移動しよ…………って冷泉さん、大丈夫か?顔真っ青だが」

 

そう言った紅夜に反応して、優香里がライトを麻子に向ける。

明るく照らされる麻子の顔は、血の気が引いたかのように真っ青になっていた。

 

「お…………」

「『お』?」

「お化けは…………早起き以上に無理…………」

「そりゃ意外」

 

杏に似て、適当な調子で紅夜は言う。

そうしつつも、一行は捜索を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

その頃、遭難した沙織達一行は、行き止まりとなっている場所で固まっていた。

 

「捜索用で地図渡されたは良いものの…………全く分からん。何処だよ此処は?」

 

必死に現在地を割り出そうとしたものの上手くいかなかったのか、達哉はお手上げだとばかりに呟く。

 

「お腹、空いたね…………」

「うん…………」

「今夜は、此処で過ごすのかな…………?」

 

1年生のグループは、一人ポツンと、明後日の方向を向いて突っ立っている丸山 紗希(まるやま さき)を除いて、あや、桂利奈、梓が呟いた言葉が引き金となったのか、嗚咽が漏れ始める。

 

「だ、大丈夫!みぽりん達が絶対探しに来てくれるから!あ、そうだ!私チョコ持ってるから、皆で食べようよ!」

 

1年生グループが泣きそうになっている中、沙織は彼女等を落ち着かせようとする。

だが、かく言う沙織自身も不安を感じていた。

 

「あ、ホラ!辻堂君もおいでよ!一緒に食べよう!」

「ん?…………ああ、そうだな。貰うとしようか。腹減って死にそうだ」

 

達哉は冗談を含んだ言い方で言うと、沙織から小さな包み紙に包まれたチョコレートを1つ受け取るも、それを食べることなく、パンツァージャケットのポケットに入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、捜索を続けているみほ達一行は…………

 

「ああ、達哉からだ…………えー何々、『第17予備倉庫近くに居る』だとさ」

「それって、地図からすればこの辺りだと思うんだけど…………」

 

そう言いながら、みほは地図とのにらめっこを続ける。

そんな中、突然砲撃音が鳴り響く。

 

「ふえっ!?」

 

突然の砲撃音に麻子が驚くが、優香里は平然とした表情で携帯を取り出す。

 

「すみません。私の携帯の着メロなんですよ、コレ」

そう言いながら、優香里は通話ボタンを押す。

 

「あ、カエサル殿からですね…………はい」

『西を探せ、グデーリアン』

「西武戦線ですね。了解です!」

『うむ、武運を祈る』

 

そんなやり取りの後、優香里は通話を切った。

其所へ、紅夜がある事を訊ねた。

 

「なあ秋山さん、そのカエサルってのは、カバさんチームの一人だよな?」

「ええ、そうですよ」

「成る程な…………んじゃ、グデーリアンってのは?そもそもそれってハインツ・グデーリアンの事だろ?」

 

そう訊ねる紅夜に、優香里が答える。

 

「ええ。魂の名前を付けてもらったんですよ」

「ソウルネームってヤツか…………つーか、西を探せって言われても方角分からねえから意味ねえだろ」

「ああ、その辺りに関してはご心配なく。コンパス持ってますから」

 

そう言って、優香里は何処からともなくコンパスを取り出して見せる。

 

「用意周到とはこの事だな…………いや、そもそも何故西なんだ?」

「卦だそうですよ?」

「え?」

 

何時の間にか調子を取り戻した麻子の問いに優香里が答えると、紅夜は呆気に取られたような声を出す。

 

「所謂、『当たるも八卦、当たらぬも八卦』と言うものですね」

「それでよくルノー見つけられたよな、お前のグループは」

 

華がそう言うと、紅夜がつくづくとばかりに言った。

 

 

 

 

 

 

視点を戻し、此処は第17予備倉庫近く。

 

「先輩達、遅いね…………」

「そりゃ仕方ねえさ。俺等の居場所教えたとしても、こんな迷路みたいな所で目的地に簡単に着くのは、余程この通路の事を知り尽くしてる人にしか無理だろうしな…………まあ、少なくとも探すのすっぽかして帰るような真似はしねえだろうよ」

 

不安げに呟いた梓に、達哉は声を掛ける。

 

「だ、大丈夫!きっと、直ぐ其所まで来てるよ!あ、私ちょっと見てくるね!」

 

そう言って、沙織は立ち上がって歩き出す。

 

「お、おい武部さん!?一人で動くな!アブねえぞ!」

「大丈夫、大丈夫!!」

「その言葉が一番大丈夫じゃねえっつーのに…………仕方ねえな」

 

そう呟き、達哉は帽子を脱いで頭をガシャガシャと乱暴に掻くと、帽子をかぶり直して言った。

 

「悪い、彼奴連れ戻してくるわ。其所を動くなよ?」

 

達哉はそう言って、沙織の後を追い始めた。

 

 

 

 

 

「やれやれ、彼奴何処行きやが…………ん?」

 

達哉は愚痴を溢しながら沙織を探し始めたが、そこから5分と経たない間に、曲がり角で立ち尽くしている沙織を見つけた。

 

「おい武部さん、勝手に動いたらアブねえって…………ん?武部さん?」

 

沙織に声を掛けようと近づいた達哉は、沙織の様子がおかしいことに気づいて足を止める。

角が遮蔽物となって見えにくくなっているが、辛うじて見える左腕を右手で抱くようにして掴み、小刻みに震えているのを見る限り、達哉は、沙織自身も不安がっているのを悟った。

「成る程ね…………」

 

達哉はそう呟きながら、沙織に近づき、声を掛けた。

 

「よお」

「…………っ!?」

 

突然声を掛けられた事に驚いたのか、沙織は勢い良く達哉の方を向いた。

 

「あ、ああ辻堂君…………ど、どうしたの?」

 

不安なのを隠そうとしているのか、沙織は明るく振る舞うものの、達哉は態度を変えずに言った。

 

「隠すことはねえよ…………お前も怖いんだろ?」

「ああ、バレてたんだね…………」

 

沙織は、そう力なく言った。

それを見かねたのか、達哉はパンツァージャケットのポケットから、先程沙織から受け取ったチョコレートを取り出して包み紙を取ると、不意に口を開いた。

 

「武部さん、突然だが問題だ」

「え?」

 

何の前触れもなく放たれた言葉に戸惑う沙織を無視して、達哉は言葉を続けた。

 

「平仮名五十音で、一番最初の平仮名を答えよ」

「え?そんなの『あ』…「ホラよ」……むぐっ!?」

 

沙織が口を開けた瞬間、達哉はチョコレートを沙織の口の中に放り込んだ。

いきなりの事に暫く戸惑っていたが、放り込まれたものがチョコレートだと知ると、沙織はそれを食べ始める。

そして飲み込むと、ある事に気づいて口を開いた。

 

「あ、コレって私があげたヤツ…………」

「そう。念のために残してたのさ…………こんな場面で役に立つとは、やっぱ残しといて良かったぜ」

 

そう言って、達哉は帽子を脱いで凹んだ部分を直すと、それを沙織にかぶせた。

 

「え!?ちょ、ちょっと辻堂君!?」

 

突然の達哉の行動に、沙織は戸惑うような表情を見せるものの、達哉は気にせず、そのまま帽子に手を乗せる。

 

「まあ、こんな事しかしてやれねえし、言えねえけどさ…………大丈夫だろ。彼奴等がぜってぇ見つけてくれるさ」

「うん…………そうだね…………」

 

そう言う達哉に、沙織の顔から不安の色は消えた。そして、そのまま達哉に寄り掛かる。

 

「ん?どった?」

「ゴメン…………少しの間、このままで居させて…………?」

「…………ああ、別に良いけどさ」

 

そう言って、達哉は沙織の好きなようにさせた。

 

 

 

そして、そうしていること10分…………

 

「お!やっとこさ見つけたぜ!」

 

そんな声と共に、達哉達が見覚えのある、緑色の髪と赤い目を持った青年が、ひょっこりと顔を出す。紅夜だった。

 

「悪いな、探すのに手間取っちまったよ」

「気にすんな、手間取らせて悪かったな。つーか、この辺マジで迷路みてぇだよな」

「ああ…………ったく、こんな所彷徨くのは2度とゴメンだぜ畜生」

紅夜はバツの悪そうな顔で頬を掻きながら詫びを入れ、達哉もそれに答える。

そして、迷路のようだった通路の愚痴を溢し合う。

其所へみほ達も到着し、達哉と沙織の姿を捉える。

 

その後、声を聞き付けた1年生グループが駆け寄ってきて、全員が沙織に抱きついて喜びを露にしていた。

 

「武部殿、モテモテですね…………」

「本人の望まない形でだがな…………」

 

1年生グループに抱きつかれている沙織を見た優香里と麻子は、其々思い思いの一言を呟く。

 

「ふぃーっ、やっぱあの環境は俺にはキツいわ、かなり精神ヤバかった」

 

沙織が引き離され、自由が利くようになった達哉が首をボキボキと鳴らしながら立ち上がる。

 

「ああ、そうだろうな…………それにしても達哉、お前武部さんとラブラブしてたじゃねえか。どうやって彼処まで展開させてんだ?ええ?」

「どうやってって…………別に大した事はしてねえんだけどなぁ…………」

 

そうしている傍らでは、1年生グループから解放された沙織が、みほや華に、先程達哉に寄り掛かっていた事について聞かれ、顔を真っ赤に染めていた。

 

その時紅夜は、奥に進んだところで暗がりで姿が見えにくくなっていながらも、重厚感溢れる戦車を発見するのであった。

 

 

 

 

 

 

その後、戦車道チームの面々は銭湯へと向かったのだが、レッド・フラッグの男子陣が帰ってしまい、女子陣での銭湯になった。

 

「えー、お前達。本日の戦車の捜索、本当にご苦労であった」

 

大きな湯船の階段に腰掛ける桃がそう言って、メンバーを労う。

 

「本日の捜索の成果は、Ⅳ号の砲身と、ルノーB1 bis、そしてもう1輌の戦車だ。捜索に当たった班の数からすれば少ないのかもしれんが、それでも大きな一歩となりうるものだ。残念な事に、それらの戦車や砲身は、整備の都合上、2回戦には間に合わない。だがこれで、全国大会を勝ち抜いていくための希望が見えてきた。次の試合も、気合いを入れていくぞ!」

 

桃はそう言うと、一呼吸置いた後に、みほを見やった。

 

「では西住、〆を」

「え?は、はい!」

 

そう言うと、みほはゆっくりと立ち上がる。

 

「み、皆さん!……………つ、次も頑張りましょう!」

『『『『『『『オオーーーッ!!!』』』』』』』

 

その日、銭湯の女湯に元気な声が響き渡った。



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第38話~アンツィオ高校の指揮模様です!~

大洗女子学園戦車道チームが、来るアンツィオ高校との試合に気合いを高まらせている中で視点を移し、此処はアンツィオ高校。大洗女子学園と2回戦で当たる対戦校である。

1回戦にてマジノ女学院を打ち破ったこの学校では、今日、とある発表がされようとしていた。

 

「全員、気を付け!」

 

とある女子生徒の掛け声により、アンツィオ高校戦車道チームのメンバー全員が、一斉に気を付けをして、自分達の目の前の階段の上に立つ、薄めの深緑色の髪の毛をカールさせた少女、安斉 千代美(あんざい ちよみ)こと、アンチョビに注目する。

先程、掛け声でメンバーを纏めた金髪の女子生徒と、黒みの強いジャーマングレーの髪の毛をした女子生徒に、其々の端を持たれた白いシートに包まれた、大きなナニカの前に立つアンチョビは、1歩、2歩と、歩み出て言った。

 

「きっと奴等は言うだろう。『アンツィオ高校はノリと勢いだけはある。調子に乗れば手強い』と!」

『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』

 

アンチョビが高らかに言うと、メンバーから歓喜の声が上がる。

 

「聞いたか?強いってさ!」

「おう!褒められてるぜアタシ等!」

「いやぁ、照れるなぁ~!」

 

メンバーが其々、口々に喜びの声を上げる中、1人の生徒が言った。

 

「でもアンチョビ姉さん、『だけ』ってどういう意味ッスか?『だけ』って?」

 

そう怪訝そうな表情を浮かべながら訊ねると、メンバーの視線が一気にアンチョビへと向けられる。

そんな中で、アンチョビは視線に臆する事なく答えた。

 

「つまりはこう言う事だ。『アンツィオ高校は、ノリと勢いだけは強いが、逆に言えば、それ以外には大した取り柄は無い。調子が出なけりゃ総崩れ』と言う訳だ」

 

アンチョビがそう言うと、先程のワイワイした雰囲気は一転、メンバーから憤慨の声が次々に上がる。

 

「んっだとぉ!?」

「彼奴等ナメた事ほざきやがって!」

「ちょいと姉さん、ソイツ等に好き勝手言わせといても良いんスか!?」

「こうなりゃ、戦車でカチコミ行きましょうぜ!」

 

口々に言うメンバーに、金髪の生徒が声を掛けた。

 

「皆、落ち着いて?実際に言われた訳じゃないんだから」

「あくまでも、総師(ドゥーチェ)による冷静な分析の結果、その答えに至っただけの事だ」

2人がそう言うと、アンチョビは頷いて言った。

 

「そう。この2人の言う通り、全部私の想像だ」

「なぁんだ~」

「あ~ビックリした」

「妙に現実味があるから、危うく信じるトコだった」

 

アンチョビがそう言うと、メンバーから安堵の溜め息がつかれる。

 

「良いか、お前達。確かに、我々アンツィオ高校は代々、決まった成績を収めた事はなかった。調子が良い時は決勝まで上り詰め、逆に悪い時は、1回戦で敗退する、なんて事もあった。だが、だからと言ってそれが、『調子が出なけりゃ総崩れ』、なんて事を言われる理由にはならない。そんな根も葉もない噂に一々惑わされるな。なんせ、私達はあの、マジノ女学院に勝ったんだからな!もっと自信を持て!!」

「あ、そうだった!」

「言われてみりゃそうだよなぁ」

「何かそれ、つい最近の事なのに昔の事みたいに忘れてた~」

 

アンチョビが言うと、メンバーは1回戦での事を思い返す。

 

「まぁ、苦戦しましたけどね……………」

「勝ちは勝ちだから良いんだよ」

「うむ。今、我々は快調の波に乗っている。この波を2回戦に持っていくぞ。2回戦の対戦相手は、あの西住流が率い、最強と呼ばれた戦車道同好会チーム、レッド・フラッグが居る大洗女子学園だ!」

 

アンチョビは高らかに言うが、メンバーの反応はイマイチなものだった。

 

「西住流とかレッド・フラッグとかって、何か名前からしてヤバくないッスか?」

「アタシ、今回ばかりはマジで勝てる気しねえッス……………」

「西住流とかレッド・フラッグとかが居るとか、最早無理ゲーじゃん、積みゲーじゃん」

 

メンバーが口々に言うと、アンチョビからの檄が飛んだ。

 

「ええい、馬鹿者共!戦う前からそんな諦めムードになってどうする!?そんな及び腰になってどうする!?そんな状態で2回戦に挑んだら勝てないぞ!こんな状態で勝つ事自体が無理ゲーであろうが!!積みゲーであろうが!!」

 

その声に、先程まで不安げな声を出していたメンバーがハッとなってアンチョビを見る。

 

「それにだ!何のために1日3度のおやつを2度にして、コツコツ昔から貯金して、他の部活動からも義援金募ったり、昼休みや文化祭とかに片っ端から出店開いて、その売り上げすら回してきたと思っているんだ!?」

「はて、なんででしたっけ~?」

「アンタ知ってる~?」

「知らね」

「決まっているだろ!それは《秘密兵器》を買うためだ!」

『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』

 

アンチョビがそう言って白いシートに包まれた物を指差して言うと、メンバーは思い出したかのように声を上げる。

其所で、アンチョビは咳払いを1つして言った。

 

「この、長い長い年月を掛けて貯めてきた資金で漸く手に入れた、この秘密兵器と諸君等のノリと勢い、この快調の波、そしてちょっとの頭脳があれば、我々は悲願の準決勝進出を果たせるだろう!そして、この試合を勝ち進んだ我等に待っているのは、勿論優勝だ!」

 

そうして、白いシートの両端を持っていた2人が、シートを取っ払う態勢に入る。

 

「さあ、見ろ!これが我々の!必殺秘密兵器だァーッ!!……………《♪~》……………あ……………」

 

アンチョビの言葉によって、興奮気味になってきたメンバーのテンションを、昼休みを告げるチャイムがぶち壊しにしてしまった。

 

そして……………

 

「いヤッホーい!昼飯だ昼飯だァーッ!」

「あー腹減った~!」

「今日の飯は何にすっかな~♪」

 

チャイムが鳴り響いた途端、メンバーはアンチョビが解散の合図を出していないのにも関わらず、勝手に昼食を摂りに走り出してしまった。

 

「ええっ!?ちょ、おい!お前等!?」

いきなりのメンバーの行動に、アンチョビは戸惑いながらも声を掛ける。

 

「おい待て!まだ話は終わっていないぞ!」

 

アンチョビは大声を張り上げて制止を呼び掛けるものの、メンバーの足は止まる気配を見せない。

それどころか、階段を上る足の速度が増してくるばかりである。

 

「ええー!?早くしないと学食の飯売り切れになっちまいますよ~!」

「そーそー!今の時期って学食の日替わりランチの売り切れ早いんスよ!コレ逃したらウチ、今日の昼飯抜きなんですぜ!?弁当持ってきてねぇし!」

「いや、弁当ぐらいは持ってこいよ!と言うか、お前等そんなので良いのか!?」

「それよか総師!早くしないと学食の飯売り切れちまいますぜ!?」

「昼飯抜きになっても知らねッスよ~?」

「ああ!?おい待てコラ!いやもうホントに待ってよお願いだからぁ!」

 

戻るように呼び掛けるも無視され、ツッコミも尽くスルーされ、遂には涙目になってしまったアンチョビは必死に懇願するものの、とうとうメンバーが止まる事はなく、其所には、秘密兵器を包む白いシートの両端を持っていた2人の女子生徒とアンチョビが残された。

 

「はぁ……………まあ、自分の欲望に素直なのは良い事だし、私もそれについては、別にとやかく言うつもりは無いけど…………あのやる気を少しは、戦車道に回してほしいものだなぁ……………私も学食行こ……………グスッ」

 

アンチョビはそう呟くと、すっかりと肩を落としてトボトボと歩き出し、階段を上る。

 

「総師(ドゥーチェ)……………」

「姉さん……………」

 

哀愁を漂わせて歩いてくる、自分達の戦車道チームの隊長に、先程まで白いシートの両端を持っていた2人の女子生徒が近づいてくる。

 

「ああ、お前達も、もう良いぞ……………最後までありがとうな」

 

アンチョビが力なく言うと、2人は揃ってゆっくりと一礼する。

 

「では、私達も昼食にしよう。今日は一段と腹が減った」

「そ、そうッスね……………姉さん」

「総師(ドゥーチェ)、今日はスイーツ、私が奢りますよ」

「ああ、すまないな……………」

気遣ってくれる後輩の2人に、アンチョビは先輩として、そしてアンツィオ高校戦車道チームの総師(ドゥーチェ)として情けない、と自分で思いながらも、2人の後輩に慰められながら学食へと向かい、その日の昼食にありつくのであった。

 

「(秘密兵器の紹介は、また今度にしよう……………)」

 

昼食のパスタを口に運びながら、アンチョビはそんな事を考えるのであった。

 

だが、コレが災いした事により、アンツィオ高校戦車道チームの秘密兵器の情報が大洗女子学園戦車道チームへと知れ渡ってしまうのだが、それを今の彼女等には、知る由も無いだろう。



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第39話~副隊長の恋心(おもい)です!~

アンツィオ高校にて、アンチョビの盛大な空回りがあった日の夜。

夜空に満月が輝く中、紅夜は自室にて、眠れずにいた。

 

「んー……………何と無く今日は寝付きが悪い……………寝れねぇ」

 

ベッドの中で丸くなりつつも、1回2回と寝返りを打つものの、如何せん眠気は来ない。

普段は直ぐに寝てしまう彼でも、こうなる時があると言うものだ。

中々寝付けない状態を何とかしようとしていると、突然、彼のスマホがラインのメッセージの着信を知らせる音を鳴らした。

 

「ん?こんな夜遅くに誰だ?」

 

紅夜はそう呟きながら、手を伸ばしてスマホを手に取ると電源を入れ、メッセージの差出人を確認する。

 

「さて、誰からのメッセージ……………って、静馬か。こんな夜遅くにするとは珍しい」

 

そう呟きながら、紅夜はメッセージの欄を開く。

 

『こんばんは、紅夜。まだ起きてる?』

『ああ。今日は珍しく寝付けなくてな……………今は暇潰しを模索中だ』

 

紅夜が返事を返すと、その瞬間に既読を知らせるマークが、紅夜のメッセージの直ぐ横につく。

そして数秒後、再びメッセージが届く。

 

『そう……………なら今から、格納庫でお月見でもしない?私も寝れないから、行こうとしていたのよ。まあ、二人っきりで夜のデートね♪』

『夜のデートってお前……………まあ良いか。行く』

 

紅夜はそうメッセージを返すと、寝間着から普段のパンツァージャケットに着替え、家を出た。

 

 

 

 

 

「あれま、俺が早かったか」

 

レッド・フラッグの格納庫前に着いた紅夜は、まだ静馬が到着していない状況を見てそう呟くと、格納庫の壁に凭れ掛かり、満月を眺めながらスマホを取り出す。

スマホの時計を見ると、画面には午後11時15分と出ている。紅夜のように、学生でない者なら未だしも、静馬のような学生がこんな時間に外を出歩けば、そのまま補導ルート一直線となるのだが、こう言っても、世間ではそう言った学生が数え切れない程に存在していると言うのが現状である。

 

「時間の指定はしていなかったけど、少なくとも女性より早く来るのは良い心掛けね。異性との関係に疎い貴方からすれば、上出来だわ。デートでは高く評価されるわね」

 

そう評価する声に振り向くと、紅夜と同じくパンツァージャケットに身を包んだ静馬が、サワサワと雑草を踏む音を立て、微笑みながら歩いてきた。

 

「よお、静馬。お誘いありがとよ」

 

スマホをポケットにしまった紅夜はそう言いながら、右手を上げて会釈する。

 

「別に良いわよ……………それにしても、まさか貴方が寝付けないなんて、明日は私達のチームにティーガーⅠでもプレゼントされるのかしら?」

「おい静馬、俺が寝付けねえってのがそんなに意外か?」

「ええ」

 

皮肉っぽい声色で質問する紅夜に、静馬は涼しい顔をして返す。

静馬の反応に、紅夜は諦めたように溜め息をつくと、凭れている壁から離れ、持ち前の脚力で格納庫の屋根の上へと飛び上がる。

 

「ほら静馬、お前も来いよ。こっからの方が良く見えるぞ?」

 

紅夜が言うと、今度は静馬が溜め息をつく。

 

「あのね紅夜、貴方や達哉なら未だしも、私が貴方程運動が出来るような人間じゃないって事は知ってるでしょう?」

「おっと、そうだったな。悪い悪い」

 

呆れたように言う静馬に紅夜は適当な謝罪を入れ、1度屋根から飛び降りると、格納庫のシャッターを開けて中を覗く。

 

「なあ静馬、格納庫に脚立ってあったか?」

「無いわよ、そんなもの」

 

静馬がそう返すと、紅夜はシャッターを閉めて暫く考え込むような素振りを見せながら、静馬と屋根を交互に見やる。

 

「……………よし、これしか方法はねぇな」

 

そう呟き、紅夜は静馬に近寄った。

 

「それではお嬢様、ちょっと失礼」

「え?……………きゃっ!?」

 

突然抱き上げられ、顔を真っ赤にした静馬の悲鳴など気にも留めず、紅夜は静馬を横抱きに抱き抱えると、そのまま屋根の上へと飛び上がる。

そして屋根に着地すると、ゆっくりと静馬を下ろす。

 

「なーんだぁ、こんな簡単な手段があんなら最初っからこうすりゃ良かった」

 

そう言いながら、紅夜は屋根に寝転がると、目を閉じる。

其所へ、未だに顔が若干赤い静馬が、ゆっくりと紅夜に近づき、声を掛ける。

 

「ちょ、ちょっと紅夜……………」

「ん~?」

 

眠たげな返事を返すと、紅夜は閉じていた目を開ける。

其所には紅夜の横に座り、彼の顔を見下ろしている静馬の姿があった。

 

「貴方、さっきの抱き方に何の抵抗も感じなかったの……………?」

「さっきの抱き方ぁ……………?」

「だ、だから、その……………お姫様抱っこよ!」

 

眠たげに言う紅夜に、静馬は赤みが収まりつつある顔を、紅夜に抱き抱えられた時並みに真っ赤に染めながら声を上げる。

 

「あ~、あれ?別に何とも」

「なっ!?」

 

どうでも良さそうに返事を返し、再び目を閉じる紅夜に、静馬は衝撃を受けたような表情を浮かべた。

余談ではあるが、静馬は彼女自身のスタイルには、多かれ少なかれ自信を持っている。

女子高生であるため、一応は未だ『少女』として扱われるが、それでも出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいると言う体つきから言えば、もう『少女』と言うよりかは、『女性』と言われるようなスタイルだ。

顔つきも整っており、恐らく都会を歩けば、やれファッションモデルに、やれアイドルにとのスカウトもされるだろう。

だが、そんな静馬相手でも、この長門紅夜と言う青年は平然としている。

別に『ソッチの気』がある訳ではないが、交際経験が皆無で、ずっと戦車道一直線だった彼は、異性に興味を持つ頃合いである『思春期』と言うものを、何処へと置いてきてしまったのだろう。

彼に好意を寄せる少女の中の1人である静馬からすれば、耐え難いにも程があるものだ。

 

「(相変わらずの鈍感ね……………それなら、ちょっとドキドキさせてやろうじゃない……………《大洗のエトワール》と呼ばれた私の意地を見せてやるわ!)」

 

静馬は、そんな気持ちを紅夜に悟られないようにしながら、紅夜の頭の後ろへと移動して座る。

 

 

「ん~?」

 

目を瞑ったままでも、静馬が自分の頭の後ろに居る事を悟った紅夜は、少し顎を上げる。

 

「どーしたよ静馬、寝転ばねーのか?月見えねーぞ?」

「そう言ってる貴方なんて、もう目を瞑ってるじゃない」

 

静馬は呆れたように言うと、紅夜の耳の後ろに両手を添えて軽く持ち上げると、後頭部と屋根との間のスペースに膝を滑り込ませ、ゆっくりと紅夜の頭を下ろす。

 所謂、『膝枕』と言うものである。

 

「そんな固い屋根を枕にしてると、頭痛くなるでしょう?膝枕してあげるわ」

「ほ~、気が利きますなぁ、我が頼れる副隊長よ……………」

 

うつらうつらしながら言う紅夜に、静馬は微笑みながら返す。

 

「気が利く?フフン、当然でしょう?何せ私は、貴方の幼馴染みの1人なんだから」

 

そう言って静馬は、少しして寝息を立て始めた紅夜の頭を撫で始める。

 

「それにしても、男子で髪を伸ばしてポニーテールにしてるのが珍しいのは置いておくとしても、このサラサラ感は反則よ……………どんなシャンプー使ってるのよ……………」

「……………ん~………」

 

そんな事を呟きつつも、静馬は知らぬ間に紅夜の髪を手に取っていたらしく、紅夜は不快そうな声を出しながら身を捩らせると、拗ねたような表情を浮かべて横を向く。

 

「ああ、ゴメンってば紅夜。そんなに怒らないでよ」

 

静馬はそう言いながら髪を離し、再び頭を撫で始める。

暫く撫で続けていると機嫌を直したのか、紅夜の寝顔は穏やかなものへと戻った。

静馬は一旦撫でる手を止め、それに安堵の溜め息をつく。

そして、紅夜の頭を手を置いたまま、夜空に浮かぶ満月を見上げる。

その満月は、全体を照らすまではならないものの、少なからず反射する、この地の裏側にあるのであろう太陽の光を反射し、その僅かな光で、格納庫の屋根の上に居る2人を照らしている。

そして静馬は、紅夜の頭を撫でるのを再開しつつ呟いた。

 

「西住さんに五十鈴さん、そして秋山さんか……………ライバルは以外と多いのね……………紅夜って本人が知らない間にフラグ建てるから、キリがないのよね……………西住さんのお姉さんとか、昔助けたって言うプラウダの人とか、他にも練習試合で助けた知波単の隊長さんとか……………おまけに達哉に聞いたけど、聖グロリアーナの隊長さんやサンダースの隊長さんにまで好かれて……………ホント、女に惚れられるのはこれっきりにしてほしいものだわ……………まぁ、そんなあっちこっちでフラグ建てる癖に、その辺りについては全く気づかないような鈍感野郎だけど、一言だけ、変わらずに言えることがあるわ…………………I love you(愛してるわよ),紅夜」

 

そう言うと、静馬は紅夜の前髪を上に押し上げ、そのまま紅夜の額にそっとキスをする。

それから静馬は、紅夜が起きるまで、頭を撫でていようとしたのだが、彼女にも睡魔の誘いが訪れてそのまま寝てしまい、結局彼女等が起きたのは朝4時頃となり、其々大急ぎで家に帰る事になったのは余談である。



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第6章~全国大会2回戦!VSアンツィオ高校!~
第40話~2回戦です!~


久しぶりの前書きをする弐式水戦でございます。
一言で言うと、今回はスッゲー短いです。
一応、加筆はする予定ではいます。


さて、紅夜と静馬によるラブコメ的な出来事があってから数日経ち、遂に2回戦の日を迎えた。

アンツィオ高校の使用戦車は、3日前に偵察に行った優香里の活躍により、CV33カルロベローチェ、セモヴェンテ、そして、アンチョビがメンバーに紹介し損ねた秘密兵器--P-40重戦車--である事が分かり、それ以降は、Ⅳ号をP-40、八九式をCV33、セモベンテは、今回も不参加であるレイガンのパンターや、スモーキーのシャーマン・イージーエイトとすると言った、仮想敵での模擬戦での特訓を主としていた。

とは言え、アンツィオ高校で出されるであろう戦車の中では唯一、回転式砲塔を持つP-40以外の戦車は皆、カルロベローチェかセモヴェンテの2種類のみ。おまけに、カルロベローチェの武装は機関銃2挺。セモヴェンテの場合は、短砲身の75mm砲を持つが、自走砲であるが故に無砲塔戦車なのだ。

機動力は良いにしても、攻撃力や防護力には若干の難がある。

 

因にだが、偵察に行った優香里が撮影したビデオでは、アンツィオ高校の生徒や、鉄板ナポリタンの出店を出していた陽気な少女--ペパロニ--が、優香里の様子を怪しむ事なく、アンツィオ高校の金銭事情が良くない事や、アンツィオ高校に新型の重戦車が入った事をあっさりと喋り、おまけにコロッセオでは、生徒達に堂々と戦車を見せつけ、P-40の砲塔の上に乗ったアンチョビが、大洗に勝つと高らかに宣言し、その場でドゥーチェコールが始まっており、アンツィオ高校の生徒達の陽気さが表れていた。

また、そのビデオを見終わった後、紅夜が『何故連れていってくれなかったんだ』と駄々をこね始めたのだが、それは達哉と勘助によって鎮圧され、その後も暫く落ち込んでいたのは余談である。

 

「それじゃあ紅夜、頑張ってね」

「期待してるわよ、紅夜!」

「ああ、任せろ」

 

エールを送る静馬と雅に、紅夜は笑って言う。他のメンバーも、達哉や勘助、翔にエールを送っていた。

そして、ライトニング以外のチームメイトが観客席に向かい、各自待機と、桃の指示が出された瞬間、1台のジープが近づいてくる。

金髪の少女が運転する横で腕を組んで立ち乗りしている、ドリルタイプのツインテールが特徴的な少女--アンチョビ--が目立っていた。

 

「たのもー!」

 

アンチョビが高らかに言うと、杏が前に出た。

 

「よーっすチョビ子、相変わらず元気だねぇ~」

 

そう言い、干し芋を頬張りながら杏が歩いていくと、その真ん前でジープが停まり、停車する際の勢いで、ボンネットを足蹴にして降りたアンチョビは、不満げな表情を浮かべた。

 

「チョビ子と呼ぶな、アンチョビと呼べ!」

「それは失礼……………それで、何か用か、安斎?」

「コラ其所!だからアンチョビと呼べって言ってるだろ!と言うか、ついさっき言ったばかりだぞ!」

 

杏に便乗したのか、名字で呼ぶ桃に、アンチョビは不満げな表情のまま文句を言ったが、直ぐに表情を直して言った。

 

「私はアンツィオ高校戦車道チーム、総師(ドゥーチェ)アンチョビだ!そちらの隊長は誰だ!?」

 

ビシィッ!と言う擬音語が付かんばかりに指を指しながらアンチョビが言うと、桃はみほを呼び寄せた。

 

「西住、相手校の隊長、安斎からの挨拶だ」

「は、はい!」

「だからアンチョビと呼べって言ってるのに……………」

 

アンチョビと呼べと何度も言ったのにも関わらずにスルーされ、軽く落ち込むアンチョビを、取り敢えずと無視した桃に呼ばれたみほは返事を返し、アンチョビの前に出る。

 

「ほほぅ……………お前が大洗の隊長か……………」

「はい。西住みほです」

 

みほはそう言ってお辞儀をする。アンチョビも返すと、みほを下から上まで見て言った。

 

「ふむ、確かに西住流の雰囲気を僅かならがに感じるな……………だが、私の学校は、相手が西住流だろうが島田流であろうが、絶対に負けない……………じゃなかった、勝つ!」

 

強がりなのか、それとも否定的な事を言いたくないのか、ほぼ同じ意味として受け取れる言葉なのにも関わらず、態々『負けない』から『勝つ』に言い直したアンチョビは、そのまま笑顔で右手を差し出した。

 

「今日は正々堂々と勝負だ。良い試合にしよう」

「は、はい!」

 

そう言ったアンチョビから求められた握手を、みほは快く受ける。

その後、アンチョビは大洗の陣営を見回していた。

 

「それで、最近噂になってる、あの男女混合チームのリーダーは何処なんだ?試合が始まる前に挨拶しておきたいんだが……………」

「ああ、紅夜君が確か……………あ、居た!」

 

アンチョビが紅夜に挨拶したいと言い出すと、みほは陣営を見回し、IS-2の前に立っている紅夜を見つけ、紅夜を呼び寄せた。

 

「紅夜くーん!ちょっと良い!?」

「おー?」

 

みほに呼ばれた紅夜は、IS-2の元を一旦離れ、みほの元へと歩いてきた。

 

「どったの西住さん?」

「アンチョビさんが、紅夜君に挨拶したいって」

 

そう言うと、みほはあんこうチームの元へと戻っていった。

因みに、漸く『アンチョビ』と呼ばれた事が嬉しいのか、アンチョビは嬉しさで軽く涙目になっていた。

 

「おー!お前がかの有名な《RED FLAG》のリーダーか、会えて嬉しいよ!あ、申し遅れたが、私はアンツィオ高校戦チーム総師(ドゥーチェ)、アンチョビだ」

 

紅夜が前に出るや否や、アンチョビは涙を振り払い、嬉しそうに言いながら紅夜に近づき、握手を求める。

 

「ああ、どうもアンチョビさん。俺はレッド・フラッグ隊長、長門紅夜です」

 

そう言って、紅夜は求められた握手に応じ、差し出されたアンチョビの手を取る。

 

「お前のチームの事は、昔からよく知っている。私が頻繁に買う雑誌にも、何度も載っていたからな。卒業していった先輩達の間でも、お前のチームはかなり有名だぞ?」

「それはそれは、嬉しい限りですな」

 

そう答える紅夜に、アンチョビは何かを思ったのか、表情を真顔に変えて言った。

 

「それにしても、黒森峰との試合から暫くの間は全く雑誌に載らなかったし、おまけに知らない間に、レッド・フラッグの引退説まで流れる始末だったが……………何かあったのか?」

「え?あぁ……………それはまあ……ちょっとばかり、つーか………色々、ありましてね……………」

「そうか。まあ何にせよ、こうして戦えるのは嬉しいよ」

「そう言っていただけるのは光栄ですなぁ」

 

そうして、再び表情を笑顔に戻したアンチョビと紅夜は、楽しそうに話す。

 

「「「……………」」」

 

その様子を、みほ、華、優香里の3人は、複雑そうな表情で見ていた。

 

「なぁ武部さんや、あの3人はどうしたんだ?もしかして、アレか?」

 

それを遠巻きに見ていた達哉は、近くに居た沙織に声を掛ける。

「うん。あの様子は間違いなく……………」

「「ジェラシーだな(だね)!」」

 

声を揃えて言うと、達哉はニヤニヤしながら、親しげに話す紅夜とアンチョビ、そして、それを複雑そうな眼差しで見るみほ達を交互に見た。

 

「いやぁ~、この前のサンダースや、まだ俺等が現役時代だった頃の黒森峰やプラウダや知波単のみならず、ここまでになるとは……………彼奴、何時か誰かに背中刺されるかもしれねえな」

「それと、聖グロリアーナからも、何か手紙来てたよね~……………って、長門君ってそんなにモテるの?」

 

達哉が呟いた事に、沙織は過剰なまでに反応していた。

 

「まあな。まぁ、きっかけはどうあれ、結構相手チームからは好かれるぜ?何だかんだで、彼奴は陽気だし、親しみやすいんだろうしな。それに、誰かの危機を見て直ぐ様動くのは彼奴だからな」

「……………なのに、肝心の本人は……………」

「あぁ、まさか、連中が自分に好意を寄せてるなんて事は微塵とも思ってねえな。せめて、『良き好敵手』或いは『戦車道仲間』としか思ってねえよ……………ったく、彼奴の鈍感ぶりときたら筋金入りだな、惚れた奴は苦労するだろうよ」

 

そう言って、達哉は笑いながら、翔や勘助の元へと歩いていった。

 

「辻堂君だって、人の事言えないよ……………」

 

翔や勘助と談笑している達哉の背中を見ながら、沙織はそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

「……………それで、ペパロニなんて毎回雑誌を買っていたからな~。私が挨拶に行く時だって、付いていくとか言い出したんだぞ?私達が乗ってきた車は2人乗りだから、彼奴をあの場に残すのに苦労したよ……………」

「それはそれは……お疲れ様ですね………」

「ああ、全くだ。それでだが……………おっと、残念ながら、もう時間だからおいとましよう。まぁ、試合後にまた来るから、その時には、ペパロニの話し相手でもなってやってくれ」

 

そう言って、アンチョビは既に金髪の少女が乗っているジープに乗ろうとしたが、何かを思い出したのか、紅夜の方に向き直って言った。

 

「お前の戦車が強力でも、勝つのは我々だと、此処で宣言させてもらおう!では大洗戦車道チームの諸君、また試合後に会おう!」

 

そうして、今度こそ2人を乗せたジープは、アンツィオの陣営へと戻っていった。

 

 

実は、アンチョビがみほや紅夜に話し掛けている最中、アンチョビが乗ってきたジープを運転していた金髪の女子生徒と、大洗女子学園戦車道チーム、カバさんチームの1人、カエサル

とが友人関係にあり、互いに再会を喜び合っていたと言うのを、余談ながら付け加えさせていただこう。

 

 

そして、最後の打ち合わせの後、全員が戦車に乗り込んで指定の場所へと移動、待機し……………

 

《試合、開始!》

 

アナウンスと共に、2回戦が始まるのであった。




12月2日、加筆しました。


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第41話~敵が居るかと思ったら……………なのです!~

試合開始を告げるアナウンスと共に、両チームの戦車隊が一斉に動き出す。

速すぎず、かと言って遅すぎずなペースで進撃する大洗戦車隊に対して、アンツィオ高校の戦車隊は、ノリと勢い任せな速度で進撃していた。

 

「行け行け!何処までも進め!勝利を持ちうる者こそが、パスタを持ち帰る!」

 

自車であり、フラック車であるP-40のキューボラから上半身を乗り出したアンチョビが、インカムに向かって高らかに言い放つと、その横にペパロニを乗せたカルロベローチェが並ぶ。

 

「最ッ高ですよアンチョビ姉さん!流石はアタシ等の総師(ドゥーチェ)だ!テメエ等モタモタしてんじゃねえぞ!このペパロニに続けぇ!地獄の果てまで進めぇ!」

 

興奮気味にペパロニが叫ぶと、他のカルロベローチェからも雄叫びが上がる。

そのままアンチョビのP-40を追い越し、他4輌のカルロベローチェを引き連れ、あたかも暴走族のように爆走する。

 

「良し、このまま《マカロニ作戦》を開始する!カルロベローチェ各車、マカロニを展開しろ!」

「りょーかいッス姉さん!マカロニ特盛で行くぜ!」

 

既に森の中に入っていた5輌のカルロベローチェは、アンチョビからの指示を受けたペパロニの指示で急停車し、そのまま乗員が降車すると、車体後部にあるエンジンルームの上に積んでいた、《とある絵》が描かれた木の板を下ろし、立看板のように組み立てていくのであった。

 

 

 

 

その頃、大洗戦車隊では……………

 

「先行しているアヒルさん、状況を教えてください」

 

八九式のアヒルさんチームを、偵察として先行させていた。

 

「十字路まで後1キロ程です。今のところ、敵戦車の姿は見当たりません」

 

急斜面を登る八九式のキューボラから頭だけを覗かせた典子は、そう答える。

まあ、試合の状況や相手にもよるが、試合開始して早々敵と出会すなんて事は滅多に無いのだ。

 

『十分に注意しながら、街道の様子を報告してください。開けた場所に出ないよう、気を付けて!』

「了解!」

 

そう返事を返し、激しく上り下りする道を慎重に進んでいく。

「街道手前に到着、偵察を続けます」

 

そうしている内に、街道手前に来た八九式は停車する。典子はキューボラから身を乗り出し、双眼鏡を持ち出して辺りを見回す。

すると……………

 

「あっ!」

 

突然、典子は小さく声を上げ、1度、双眼鏡を目から離す。

 

「……………キャプテン?」

 

車内で怪訝そうな表情を浮かべるあけびが話し掛けるが、典子は何の反応も見せない。

そして再び、双眼鏡を目に押し付け、前方を睨み付ける。その視線の先には……………

 

「敵戦車、発見!」

 

セモヴェンテ3輌と2輌のカルロベローチェが停車していたのだ!

 

 

 

 

 

 

『此方アヒルさんチーム!十字路北側にて、敵戦車、カルロベローチェ3輌とセモヴェンテ2輌を発見しました!』

「十字路北側、セモヴェンテ2輌とカルロベローチェ3輌だね?了解」

 

通信を入れてきた典子に、沙織が答える。

 

「うへぇー、随分と早いな……………まぁ、連中は足速いから当然か」

 

通信を聞いていた紅夜は、キューボラに凭れ掛かりながら呟いた。

 

「なら、南から突撃だ!」

 

其所へ、カメさんチームの桃が口を挟んだ。

 

『ですが、全集警戒の可能性も捨てきれません。突撃はちょっと……………』

「他の学校なら未だしも、相手はアンツィオだぞ!?そんなチマチマした作戦をしてくるとは到底考えられん!此処は速攻で決めるべきだ!」

「そーそー、突撃イイねぇ~」

 

突撃を渋るみほに、桃が声を荒げる。柚子も反対する様子はなく、杏も干し芋を頬張りながら、桃の案に賛同する。

 

「分かりました、十字路に向かいましょう。ただし、進出ルートは今のままで行きます」

「直行しないんですか?その方が手っ取り早い気がしますが……………」

 

桃や杏の意見を採用し、予定していたルートのままで十字路に向かう事を決めたみほに、優香里が言った。

 

「ウサギさんチームのみ、ショートカットで先行してもらいます。まだP-40の所在も分かりませんから、我々はフィールドを抑えつつ、十字路へ向かいます」

 

みほがそう言っているのを聞いたウサギさんチームが、大洗戦車隊の列から外れて斜面を登る。

 

「ウサギさん、十分気を付けてください」

『はい、頑張ります!』

 

みほが言うと、M3リーの車長の梓が答える。それに間を入れず、アヒルさんチームからの通信が入った。

 

『此方、アヒルさんチーム。今のところは敵の状態に変化がありません、指示をください』

「本隊がそちらへ向かうので、そのまま待機でお願いします」

 

沙織からの返事を受けた典子は、相変わらず双眼鏡で偵察を続けていた。

 

「……………動きが無いな」

「エンジンも切ってますね、音が全く聞こえません」

 

典子と、キューボラから身を乗り出したあけびは、何の動きも見せない5輌の戦車に不審を募らせていた。

 

 

その頃、ウサギさんチームでは……………

 

 

「おー、速い速い!特訓の成果だね」

 

桂里奈の運転するM3が、かなりの速度で上り坂を爆走していた。

 

「もっとブッ飛ばして~」

「いやダメだよ、スピード出しすぎ!早く停めて!」

 

梓が言うと、桂里奈はM3を急停止させるが、速度が出すぎていたのもあり、十字路に出ての停車となった。

そして梓は、木々の間から4輌のカルロベローチェに2輌のセモヴェンテを見つけた。

 

「っ!後退!敵居たよ!?」

「っ!?」

 

梓が大声で言うと、桂里奈は大急ぎでM3を後退させ、茂みに隠れる。

 

 

『街道南側で敵発見!すみません、見られたかもしれません』

「敵からの発砲は?」

『まだありません』

「くれぐれも交戦は避けてください!」

 

ウサギさんチームからの通信を受けたみほは、直ぐに指示を出した。

 

「一番の要所を完全に押さえるなんて、流石はアンツィオですね。まぁ、ノリと勢いに任せて一気に攻めてくるかと思ったんですが、当ては外れましたね」

 

優香里はそう言いながら、膝に広げた地図を見る。

 

「それにしても、持久戦に持ち込むつもりでしょうか?」

『なぁ、それって態と中央突破させて、包囲する作戦じゃね?連中は機動力が此方より高いからさ』

 

みほ達が地図とにらめっこしていると、今度は紅夜からの通信が入った。

 

「なぁウサギさん、相手の正確な情報を教えてくれ。戦車は何輌居る?」

『カルロベローチェ4輌と、セモヴェンテ2輌が陣取っています』

「ああ?オイオイそれじゃ数合わねーじゃんかよ、数え間違いとかはねえよな?」

『はい、間違いありません』

 

梓からの情報を聞いた紅夜は、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「2回戦までは10輌まで、だよな?」

「ああ、そう聞いてるぜ」

「インチキか?……………いや、それは考えたくねえな」

 

それを聞いていた達哉達は、其々思う事を話し合う。

それはみほ達にも聞こえており、みほは何かを閃いたような表情を浮かべた。

 

「ウサギさん、アヒルさん、退路を確保しつつ、撃ってください。反撃されたら直ぐに下がって!」

『『了解』』

 

そうして、アヒルさんチームとウサギさんチームは、其々の前方に居る敵に向かって発砲するが、それで得た結果は撃破でなく、機銃掃射で貫かれたり、主砲・副砲で木っ端微塵に砕け散った木の板であった。

 

「ええっ!?看板!?」

「あれただの絵だよね!?」

「「「偽物だーっ!!」」」

 

自分達が長々と、その場で居座る原因となった『敵』の正体を知ったアヒルさんチームとウサギさんチームから、驚愕の声が上がる。無理もない。

なんせ、敵が陣取っていると思いきや、その正体がただの絵だったのだから。

 

『敵の正体はただの絵でした!あんなののためにずっと居座る羽目になるなんて……………ッ!』

「アッハハハ!ソイツはドンマイだなぁアヒルさんチーム!絵に騙されるなんて聞いたこともなかったろ?」

『そりゃそうですよ長門先輩!』

「まぁ、そう言う作戦を使ってくる敵も居るってこった!良い勉強になったじゃねえかよ」

 

悔しそうに言う典子に、紅夜が笑いながら言うと、ウサギさんチームの梓からも声が上がる。

それを宥めるように言うと、紅夜は腕を組んで、キューボラの角に頭を預けた。

 

「にしても、2チーム共に騙されるとは、どんだけ絵が上手いんだよ。ああまで言われると、どんな絵なのか気になってくるぜ」

紅夜がそう言うと、砲弾を肩に担いでいる勘助が口を開いた。

 

「そりゃ俺も気になるなぁ……………そうだ、どっちのチームに、その看板回収してくるように頼むか?」

「止めとけ勘助。変に目立つだけだし、第一持ってきてもらったとしても、その後どうするってんだ?俺等の絵じゃねえから大して使い道も無いってのに」

「冗談だよ、翔」

 

スコープ越しに前方を見る翔が言うと、勘助は笑いながら言った。

 

「まあ、それについては置いとくとして……………西住さん、こっからどうする?」

 

そう言って、紅夜はみほに指示を仰いだ。

 

「それなら、この考えでいきます……………ウサギさん、アヒルさん!」

 

そうして、作戦が始まるのであった。



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第42話~試合で大爆走です!~

「アッハハハ!今頃大洗の連中、十字路でビビって立ち往生してるだろうよ!戦いってのは火力が全てじゃねえ、オツムの使い方さ!」

 

大洗チームで、とある作戦が始まっている頃、自分達の作戦が、既に相手側に知られているのも知らぬまま、ペパロニ率いる5輌のカルロベローチェは、山道を爆走していた。

 

「にしても姉さんケチだな~、あのレッド・フラッグの隊長のダンナに会いに行くのに連れてってくれねーなんてさ」

「まぁまぁ、試合終わってから会いに行きゃ良いじゃないッスか」

「それもそっか」

『ペパロニ姉さん、大変ッス!ティープ89が!』

「んー?ティープ89がどうし……………ゲッ!?マジかよ、もう来やがった!」

 

ペパロニが車内の後ろにある窓から後方を見ると、坂を上って自分達の方へ向かってくる、アヒルさんチームの八九式の姿があった。

 

「なんであれが偽物だってバレたんだ!?……………まぁ良いや、ビビってんじゃねえ!アンツィオの機動力に、大洗の連中がついて来れっかっつーの!気にすんな、シカトしとけ!」

 

ペパロニは、後ろから追ってくる八九式など気にもせず、そのまま進撃する事に決めた。

その後の結末も知らず……………

 

 

 

 

 

 

その頃ウサギさんチームは、周囲を警戒しながら街道を直進していた。

 

「うーん、敵らしき戦車なんて1輌も……………あ!敵発見!セモヴェンテ2輌!」

 

キューボラから頭だけを覗かせた梓が言うと、副砲の砲手であるあやはスコープを覗きながら言った。

 

「またセモヴェンテ、しかも2輌!さっきと一緒じゃん、騙されるもんか!」

「え、ちょっとあや!?待って!」

「おりゃあ!」

 

梓の制止に耳も貸さず、あやは機銃と副砲のペダルを踏んだ。

銃弾と砲弾が、2つの敵影目掛けて飛んでいく。そして、砲弾は惜しくも外れ、幸運にも当たった1発の銃弾は、金属同士が擦れるような音を立てると共に弾かれた。

そう、あやが撃った敵影は、さっきのような絵ではない、本物のセモヴェンテだったのだ!

そして、銃弾を弾いたセモヴェンテは、もう1輌のセモヴェンテと共に向かってくる!

 

「ええっ!?今度は本物!?」

「もう!だから言ったのに、敵来ちゃったじゃない!」

偽物だろうと言う予想が外れ、驚くあやに梓は言うと、今度は桂里奈に指示を出した。

 

「桂里奈ちゃん、全速力で飛ばして!何としてもあの2輌を振り切って!」

「あいーっ!!」

梓の指示を受け、桂里奈はギアを入れてアクセルを思い切り踏み込み、M3を急発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

『こ、此方ウサギさんチーム!セモヴェンテ2輌発見、今度は本物です!』

 

みほ率いる本隊が進撃する中、ウサギさんチームからの通信が入った。

 

「おーどうした?もしかして、また偽物だと思って喧嘩売っちまったら本物だった~……………みたいなヤツか?」

『は、はい。勝手に攻撃してしまいました、すみません!交戦始まってます!』

 

通信を聞いた紅夜が冗談目かして言うと、梓から切羽詰まった声色での返答が返される。

 

「マジかよ、本気でやっちまったな…………隊長、どうするよ?」

 

紅夜は苦笑いしながら言うと、みほに言った。

 

「大丈夫です。此方はちょうど、敵の作戦が分かったところです。セモヴェンテとは、付かず離れずで交戦してください。もし2輌が西の方へと行動を始めたら、それは合流を意味します。その際には全力で阻止してください」

『は、はい!』

 

みほが言うと、追ってくるセモヴェンテからの砲撃をかわしながら通信を行っているのであろう、砲弾が飛んでいく音を背景に、梓からの返事が返される。

 

「我々あんこうとカバさん、そしてライトニングチームは、カメさんを守りつつ進撃します。主力が居ない間に、敵のフラッグ車を叩きましょう。当然ながら、その際には此方のフラッグ車は勿論ですが、火力が高いライトニングチームの戦車も警戒されるでしょうが、逆に囮として、上手く敵を引き付けてください!」

『あいよ、任せときな』

 

みほが指示を出し、それに紅夜が返事を返す。

 

「それでは皆さん、健闘と幸運を祈ります!」

 

その言葉を皮切りに、作戦が本格的に開始された。

 

 

 

 

 

 

その頃アヒルさんチームは、5輌のカルロベローチェ相手にカーチェイス並の追いかけっこを繰り広げていた。

さながら暴走族のような挙動で走り回るカルロベローチェに、八九式は機銃や砲弾の嵐を雨霰と叩き込むが、未だに1輌も撃破に持ち込めていない。

 

「あークソ、しゃらくせぇなぁ!後ろからドンパチ撃ちまくりやがって……………反撃だ!」

「Si!」

 

ペパロニは車内後部の窓を覗きながら、自分達に向かって主砲や機銃を乱射する八九式に悪態をつくと、操縦手に指示を出す。

すると、2輌のカルロベローチェは八九式の前に、残りの3輌は後ろにつく。

その次の瞬間、前を走っていた2輌が反転してバック走行を始める。

 

「Sparare(撃て)!」

 

そしてペパロニの指示で、5輌のカルロベローチェは一斉に機関銃を乱射する。

 

「イッテテテテテテ!?」

「痛いのは戦車ですから、兎に角落ち着いて攻撃してくださいよキャプテン!」

「いや、砲手はあけびだからね!?あーもう良いや、兎に角アターック!」

「は、はい!」

 

茶番のようなやり取りの後、あけびは前を走っていた2輌の間に主砲を撃ち込む。

2輌はまた反転して逃げ回る。

そのようなやり取りが何度か繰り返されていく内に、段々と八九式からの射撃が命中するようになっていった。

 

「よっしゃ!バレー部の時代来てるぞ!」

「「「おーっ!!」」」

 

砲弾が段々と命中していくのを見た典子が言うと、他の3人も興奮気味に声を上げる。

 

「次だ次、ティークイック!」

「そぉーれっ!!」

 

そして今度は、左前方のカルロベローチェに狙いを定め、あけびは引き金を引き、見事に命中させる。

 

「よっしゃ!じゃあ次は……………ん?」

 

そして、次の標的を決めようとした時、典子は怪訝そうな表情で辺りを見回した。

そう、先程から何発か当たっているのにも関わらず、自車の周りを爆走するカルロベローチェの数が、一向に減らないのだ。

1輌に命中させ、次の1輌に狙いを定めようとすると、またさっきの1輌が飛び出してきて攻撃を仕掛けてくる。

 

「豆タンクの数が、減っていない!」

「「「ええっ!?」」」

 

典子が叫ぶと、3人から驚愕の声が上がる。

撃破したと思っていた相手の戦車が、次々と復活して襲い掛かってくる。ある意味でホラーとも言えるような光景だろう。

 

「クソっ!兎に角撃て!」

「は、はい!」

 

自棄っぱちに典子が叫ぶと、あけびは次々に砲弾を当てていくが、それでもカルロベローチェの数は全く減らず、また次々と復活して襲い掛かってくる。

 

「西住隊長、これじゃキリがありません!」

「豆タンクが不死身です!」

 

操縦手の忍とあけびが、何度でも復活してくるカルロベローチェに悲鳴を上げる。

 

『大丈夫です。カルロベローチェは不死身な訳ではありません。白旗判定が出ていない車両を立て直してくるだけなんです!』

『つまりで言えば、車体の軽さで衝撃を緩和してるってこった』

「な、長門先輩!」

 

みほに続いて口を開いた紅夜に、典子が声を上げる。

 

『そっちの砲手さん、翔からのアドバイスだ、良く聞け』

「は、はい!」

 

紅夜が言うと、あけびがそう返事を返し、典子は紅夜の言葉があけびに聞こえやすいよう、あけびに近寄る。

 

『豆野郎のウィークポイント--エンジン冷却部--を落ち着いて狙い撃て。車体に当てても、またさっきのように復活してくるがオチだ……………だとさ』

「わ、分かりました!ありがとうございます!」

『良いって良いって。それに礼なら俺じゃなくて翔に言ってやんな……………んじゃ、頑張れよ!お前等ならやれる!俺等ライトニング全員で保証してやらぁ!』

「「「「はい!」」」」

 

そうして、紅夜からの通信は切れた。

 

「良し!じゃあ皆、1からやり直しだ!根性で攻めまくるぞ!バレー部ファイトォーーッ!」

「「「「そぉーれっ!!」」」」

 

メンバー全員の掛け声と共に、カルロベローチェを追う八九式は上り坂を越え、勢い良く飛び出す。

 

「長門先輩や風宮先輩のアドバイスを思い出せ!照準を安定させて狙い撃て!」

「はい!」

 

あけびは片手で引き金部分を押さえ、スコープ越しに前方を走る1輌のカルロベローチェのエンジン部分を睨み付ける。

 

「ウィークポイントは、エンジン冷却部……………照準良し!」

「撃てぇーっ!」

 

そう典子が叫んだ途端、突然前方を走る2輌のカルロベローチェが左右に分かれ、その間からセモヴェンテに追われているウサギさんチームのM3が現れる!

 

「うわぁっ!?」

 

突然現れた味方の戦車に驚くのも束の間、M3と八九式のシャーシ部分が擦れ合い、それを避けようとした八九式が片輪走行を始め、典子は危うく振り落とされそうになる。

 

そして体制を立て直し、目の前の獲物に狙いを定めるのであった。



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第43話~終わりに向かって大爆走です!~

大洗側で、其々が勝利へ向けて行動を開始している頃、とある地点の草影には、アンチョビのP-40に、セモヴェンテ、そしてカルロベローチェが控えていた。

キューボラから上半身を覗かせて周囲の様子を窺っていたアンチョビは、ペパロニ率いるカルロベローチェのグループからの通信が一向に来ない事を疑問に思い、インカムに呼び掛けた。

 

「おいペパロニ、作戦開始から全く通信が無かったが、《マカロニ作戦》はどうなっているんだ?上手くいってるのか?」

『すんませーん、今アタシ等それどころじゃないんで後にしてもらえますかー?』

 

インカム越しにペパロニから返された返事は、アンチョビが期待した《マカロニ作戦》の進み具合についての返答ではなく、『それどころではないから後にしろ』との返答だった。

その返答に、アンチョビはますます首を傾げた。

 

「なんで?」

『いやぁ~、実は今、アタシ等ティープ89と交戦中なんですよ~。ど~してバレちゃったのかなぁ~?絵はちゃんとしてるからバレないって思ってたのに~』

「お前等、ちゃんと十字路にデコイ置いたんだろうな!?不備なく置いたんだろうな!?」

 

適当な調子で状況を説明してくるペパロニに、アンチョビは声を荒くして言った。

 

『勿論、ちゃんと置きましたよ?全部!』

「そっか全部か~……………って、はあ!?全部!?あるだけ全部置いてきたのか!?」

『そっスよ?』

「『そっスよ?』じゃない!全部置いたら試合に参加する戦車のレギュレーションと数合わないから、ソッコーでバレるだろうが!おまけにインチキしてるとかで疑われるかもしれんのだぞ!」

 

そう、大洗チームに作戦の内容を知られたのは、試合開始直後に先行したペパロニ達カルロベローチェグループが、各十字路にカモフラージュとして置いた偽物のカルロベローチェやセモヴェンテを描いた看板を置く数を間違えたからなのだ。

その看板で相手を騙し、怯んでいる隙に包囲して攻撃を仕掛けると言う作戦は、何とも間抜けなミスで儚く散った。

だが、ミスを仕出かした当のペパロニ本人は……………

 

『あー、確かに言われりゃそっか!流石は姉さん、賢いッスね~♪』

 

この反応である。

どうやらペパロニは、良くも悪くも、アンツィオ高校の生徒の特徴を表している人物であるようだ。

 

「適当に言うな!それと私が賢いんじゃなくて、お前がアホなだけだ!この大馬鹿者!!」

 

そう怒鳴り散らすと、アンチョビは通信を切った。

 

「全く彼奴は、こう言う肝心なところで適当なんだから……………こうなったら仕方無い、私達も行くぞ、敵は直ぐ其所まで来ている筈だ!」

「はい!」

 

隣のセモヴェンテに乗る金髪の女子生徒に言うと、その女子生徒の返事を返す。そして、3輌が一斉に動き出した。

 

「それにしても彼奴等、『2枚は予備だ』ってあれ程言ったのに、なんで忘れちゃうかなぁ、もう!」

 

そう愚痴を溢していると、アンチョビ達は前方からやって来るみほ達の戦車と擦れ違う。

 

「全車停止!敵フラッグ車と隊長車発見!」

 

アンチョビが声を張り上げると、3輌は急停車する。

大洗の戦車も同じくであり、達哉の駆るIS-2は、速度を落としながら信地転回し、スライドしながら向きを180度後ろへ向ける。

「あのパーソナルマーク……………まさか、タカちゃんが!?」

 

その時、セモヴェンテのハッチから様子を窺っていた金髪の女子生徒は、ゆっくりと向きを変えるⅢ突の側面に描かれているカバさんチームのマークを見て何かを感じ取ったのか、Ⅲ突に狙いを定める。

 

「総師、あの75mm長砲身の戦車は、私に任せてください!」

『ああ、頼んだ!』

 

そしてセモヴェンテも向きを変えてⅢ突と対峙し、その間にP-40とカルロベローチェは坂を下り始めた。

 

「あの2輌を追います!全車前進!」

 

みほが言うと、麻子はアクセルペダルを踏み込んでⅣ号を急発進させ、カメさんチームの38tやIS-2も後に続く。

それからは並走して坂を下りながらの砲撃戦が始まった。カルロベローチェはP-40のシャーシ部分を守るように進み、カメさんチームの38tは、その直ぐ横を走るIS-2が、その巨体で隠す。

「こうなったら、せめてIS-2だけでも……………Fuoco(撃て)!」

 

大洗のフラッグ車を撃破するには、まずはそれを覆い隠すIS-2を排除しなければならないため、アンチョビは車内に引っ込むと、照準をIS-2に向けて引き金を引くが、そもそもIS-2の装甲は、現在参戦しているどの戦車よりも分厚い。P-40から放たれた砲弾は、IS-2の車体側面の装甲に当たって弾かれるだけに終わった。

 

「くっ!……………やはりウチの戦車じゃ火力不足………じゃなかった、限界があったか……………ッ!」

 

そうしているうちにも、両チームの撃ち合いは続く。坂を下り終え、開けた場所に出た両チームは、そのまま別々の方に別れた。

 

 

 

 

 

 

その頃、擦れ違った場所に残ったⅢ突とセモヴェンテは、車体をぶつけ合ったりと、殴り合いとも言えるような砲撃戦を繰り広げていた。

 

「向こうは側面は晒さない筈、正面なら防循を狙って!」

「何処でも良いから、兎に角当てろ!Ⅲ突の主砲なら何処でも抜ける!」

 

互いに装填手であるセモヴェンテの金髪の女子生徒とⅢ突のカエサルは、其々の砲手に言う。

2輌の車体や砲身が何度もぶつかり合い、激しい金属音と火花を散らす。

そして互いに撃ち合うが、ぶつけ合っている時に砲身が別方向を向き、そのまま砲弾が放たれ、其々の天板を掠れていくだけに終わる。

履帯同士も接触させ、それで切れないのが不思議なぐらいに、何度も車体のあちこちをぶつけ合い、撃ち合うのであった。

 

 

 

 

 

 

そして視点を移し、アヒルさんチームの八九式。

其所では、翔からの伝言を紅夜から受け取り、あけびはスコープ越しに前方を走るカルロベローチェのエンジン冷却部を睨み付ける。

 

「発射!」

 

その声と共に、あけびは引き金を引く。

すると、その砲弾は見事にエンジン部分に叩き込まれ、砲撃を受けたカルロベローチェは土手に乗り上げ、そのまま横転して止まり、車体側面から撃破を示す白旗が飛び出す。

 

「良し、次!バックライト!」

「はい!」

 

あけびが引き金を引き、薬莢が排出される度に、典子は次々に砲弾を放り込んでいく。

砲弾が当たる度に、あるカルロベローチェはスリップして止まり、またあるカルロベローチェは横向きにゴロゴロと転がって止まる。

そして瞬く間に、残ったカルロベローチェはペパロニの乗るものだけとなった。

 

「くっそー、彼奴等調子に乗りやがって!」

 

車内後部の窓から八九式を睨みながら、ペパロニはそう悪態をつく。

 

《カルロベローチェ4輌、走行不能!》

 

その後観客席では、そんなアナウンスが響き渡っていた。

 

 

 

 

 

《カルロベローチェ4輌、走行不能!》

「な、何だってー!?」

 

車内でアナウンスを聞いていたアンチョビは、予想だにしない事態に焦りを見せていた。

 

「包囲戦は中止だ!……………とか言ってる内にCVがやられた!?」

 

再び鉢合わせとなった大洗チームからの砲撃の中、インカムに向かって叫んでいたアンチョビは、IS-2からの砲撃をモロに受けて派手に吹っ飛ばされるCVを見て声を上げた。

 

「敵フラッグ車が単独になりましたので、そろそろ仕上げに掛かります」

 

焦っているのか、挙動が覚束なくなったP-40を視界に捉えたみほは言った。

 

「あいよ~、どうすんの?」

『取り敢えず、この決着は先にある崖の上から着けます。ライトニングチーム、お願い出来ますか?』

「All right,commander.Leave it to us(了解、隊長。任せろ)」

「おい紅夜、その英語使う癖は何とかならねえんか?」

「ならん!」

「即答かよ……………まあ、それがお前ってのは知ってんだけどな……………」

 

翔は、紅夜に英語を使う癖を何とかするように言うものの、即答で拒否される。

それを聞いていた勘助は、ヤレヤレとばかりに言いながら苦笑する。

 

「んじゃ、俺等は先に行っとくか……………達哉!」

「言われずとも分かってるって!そんじゃ、全速前進!」

 

紅夜の指示を受け、達哉はギアを入れてアクセルペダルを思い切り踏み込む。

IS-2は車体後部の両サイドに備えられた排気口から白い煙を吹き上げ、急な加速に車体前部を若干浮き上がらせながら、森林地帯を爆走し始めた。

 

 

「IS-2が離れていく……………なら、今しかない!」

 

そう呟き、アンチョビはインカムを握りしめて叫んだ。

 

「全車両に告ぐ!大至急フラッグの元に集まれ!戦力の立て直しを図るぞ!これより《分度器作戦》を発動する!」

『『了解!』』

 

ペパロニのカルロベローチェや、ウサギさんチームを追っていた2輌のセモヴェンテから返事が返され、其々がP-40の元へと向かい始めた。

 

決着の時は近い。

 

 

 

「ところでペパロニ姉さん、《分度器作戦》って何でしたっけ?」

「あー、知らん」

 

カルロベローチェ車内では、アンチョビに聞かれたら直ぐ様説教を喰らうような会話が交わされていたのは余談である。



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第44話~爆走劇の行く末です!~

皆さん、明けましておめでとうございます。久々に前書き書いてみた弐式水戦です。
新年1発目の投稿、漸く出来ました。

それでは、張り切っていきましょう!


「P-40が単独になりました。この間に決着を着けます!」

 

着々と相手戦車を撃破し、勝利へと王手をかけつつある大洗チームは、アンチョビの乗るP-40を守れる戦車が居ない隙に、撃破する事を決める。

 

その間にも、アンチョビが発動した《分度器作戦》を実行するため、ペパロニのカルロベローチェや、ウサギさんチームと交戦していた2輌のセモヴェンテは、全速力で凹凸の激しい道を爆走し、アンチョビの元へと急行していた。

スタントカーの如く走り抜けるカルロベローチェを、アヒルさんチームの八九式が追い、坂道をかけ上る2輌のセモヴェンテをウサギさんチームのM3が追っている。

 

「向こうが合流する前に、2輌共やっつけるよ!」

「了解、やっと撃てる!」

 

M3の車長である梓がメンバーに指示を出すと、主砲砲手のあゆみが、漸く自分も主砲を撃てる事に喜びの声を溢し、すかさず主砲と副砲を撃つが、2発共、セモヴェンテの直ぐ近くの地面に着弾するばかりで、命中には至らない。

 

「あーもう!」

「なんで当たらないのよ~?」

命中しないことに、砲手の2人がもどかしそうに言う。

それから、走りながら撃つよりも停車して撃つ方を選んだ梓の指示で、桂里奈はM3を停める。

 

「綾、取り敢えず1発撃って!」

「あいよ!」

 

そうして、綾は坂道を上るセモヴェンテの内、左の1輌目掛けて発砲するが、それもまた外れる。

 

「右に1メートル、上に50センチ修正してから撃って」

「はいよ……………えー、右1メートル、上50センチ……………良し、おりゃ!」

 

梓の指示通りに修正を終えた綾は、再び発砲する。

すると、砲弾は見事に命中し、セモヴェンテはエンジン部分から火を噴いて引っくり返り、そのまま白旗が飛び出す。

 

「もう1輌……………って、もう逃げちゃった!」

「大丈夫。追ってまた撃てば良いから、冷静になって」

「梓、西住隊長みたい~」

「それは後で。桂里奈、追い掛けて!」

「あいーっ!」

 

梓の指示で、桂里奈はM3を急発進させ、取り逃がしたセモヴェンテを追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、殴り合いのような一騎討ちを続けている、カバさんチームのⅢ突と、金髪の女子生徒を乗せたセモヴェンテの対決も、決着の兆しが見え始めていた。

 

「次で決着着けるよ!正面で撃ち合った直後に!」

「後ろに回り込んで!後は私と向こうの装填の早さ次第」

 

親友であり、同じ装填手である2人も、この次のぶつかり合いで決着を着ける事を決めた。

そして、双方の操縦手も、どちらともなくアクセルペダルを踏み込み、互いに突っ込んでいった。

そして、両者共に車体をぶつけてスライドし、互いの主砲の照準が安定し、獲物を捉えた瞬間、両チームの砲手が引き金を引き、その次の瞬間には、爆発と黒煙が巻き起こった。

そして数秒後、白旗が飛び出す音が2つ、同時に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

そして視点を移し、護衛の戦車を失って、現在は天涯孤独になっていたアンチョビを乗せるP-40は……………

 

 

 

「待ち伏せらしきⅣ号とIS-2の姿が見当たりません!総師、如何なさいますか?」

 

見つけた大洗のフラッグ車、38tを追い、逆転勝利を狙っていた。

 

「アンブッシュかと思ったが、考えすぎかな……………良いか、彼奴等に見せ付けてやれ!アンツィオは弱くない……じゃなかった、強いと言う事を!」

 

そう叫びながら、アンチョビはP-40の砲塔を38tへと向ける。

 

「目指せ、悲願のベスト4!って、それでもない!優勝だぁーッ!」

 

そうして引き金を引き、38tへと攻撃を仕掛ける。

すかさず、38tの砲手である桃が反撃するが、砲弾は当たらず、明後日の方向へと飛んでいくだけだった。

 

「外れ~」

「たまには当ててよ桃ちゃん」

「桃ちゃん言うな!それから今は挑発中だから当てなくても良いんだ!」

 

桃の外しッぷりに、柚子は落胆したような声で言うが、桃が反論する。

 

「まぁ、河嶋の言う事も一理あるんだけどね~。んで西住ちゃん、そっちはどうなの?」

 

2人の口論を他人面で見ながら呟くと、杏はみほへと通信を入れた。

 

「ライトニングチームと向かっており、間も無く到着します。誘導の方は宜しくお願いします」

『ほいほーい』

 

杏は適当な調子で返事を返し、交信を終える。

 

『んで、止めはどっちがやるんだ?距離的に、お前のチームでもやれると思うが…………』

 

杏との通信を終えるや否や、今度は横に並ぶIS-2の車長、紅夜からの通信が入った。

 

「念のため、両方撃ちます」

『了解、しかし容赦ねぇな~。さっき俺等、カルロベローチェ吹っ飛ばしちまったばっかなんだけどさぁ、そのままP-40も吹っ飛ばしそうだぜ』

 

苦笑いしながら言う紅夜に、みほはからかうような視線を向けて言い返した。

 

「紅夜君程でもないけどね」

『何だよそりゃあ?』

 

そう返し、紅夜は軽く笑った。

そうしている内に、2チームは目的地へと到着し、決着に備えて配置を決め、用意を済ませた。

 

 

 

 

 

「よーし、追い詰めたぞ!」

 

その瞬間、38tと、誘導に乗っかってきたアンチョビのP-40が目的地に到着し、アンチョビはすかさず発砲するが、おしくも外れる。

 

「クソっ、外れた!装填急……げ………や、ヤバイかも…………」

 

38tから放たれた砲弾がP-40の上を掠めて飛んでいき、それにうっかり目を取られて視線を上に向けたアンチョビは、崖の上からⅣ号とIS-2が、自分達の戦車に砲口を向けている事に気づき、その表情が固まる。

 

『総師、遅れてすみませっ、痛ぁ!?』

 

その時、運良くウサギさんチームから逃げてきたセモヴェンテが崖の上から現れるが、其所からガラガラと音を立てながら、派手に落下して地面に叩きつけられる。

 

「この馬鹿、無茶するな!怪我したらどうするんだ!」

 

そう叫び、アンチョビは操縦手に指示を出してセモヴェンテの盾にさせるが、それも叶わず、落下してきたセモヴェンテは動く事無く、ウサギさんチームからの砲撃を受けて撃破される。

 

「アンチョビ姉さーん!来ましたぜー!」

 

その直後、ペパロニのカルロベローチェが到着するが、今度は追ってきていたアヒルさんチームの八九式の砲撃をエンジン部分に喰らい、そのまま吹き飛ばされ、車体のあちこちを派手に地面に打ち付けながら飛んでいき、最終的には撃破されたセモヴェンテにぶつかって止まる。

 

「クソっ!これでも喰らえ!」

 

アンチョビは、最後の望みをかけて引き金を引くが、その望みが天に届く事はなく砲弾は外れ、代わりにⅣ号とIS-2からの砲撃を受け、撃破される結果となった。

 

《アンツィオ高校フラッグ車、P-40の行動不能を確認!よって、大洗女子学園の勝利!》

 

「Gotcha!」

 

自分達の勝利を告げるアナウンスを聞いた紅夜は、右手を強く握りしめてガッツポーズを取る。

その様子を、みほは微笑ましそうな顔で見ており、それに気づいた紅夜はみほの方を向き、右手の親指を立てて微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、試合開始前の待機場所へと移動し、大洗チームは其々の頑張りを労っていた。

その場には、試合には参加しなかったレイガンやスモーキーのメンバーも居り、大洗チームのメンバーやライトニングのメンバーに労いの言葉を掛けている。

 

「にしても、今回は祖父さんの暴れっぷりは見れなかったな」

 

IS-2の砲身に座る紅夜に、大河が話し掛けた。

 

「まぁな。場所が場所だったからっつーか、相手が相手だったからっつーか」

「でもまあ、敵の親玉さんの近くに居たCVド派手にブッ飛ばしたのには笑ったな。やっぱ祖父さんには及ばねえや」

「素直に褒めろよ大河」

 

そんな話をしていると、今度は静馬がやって来た。

 

「これが新聞に載るとしたら、《男性チーム、今回は大した出番無し》……………って感じかしらね?」

「一応ホントの事だが、それは言わないお約束だろうが、静馬」

 

からかうように言う静馬に、紅夜の代わりに大河が返した。

そして、大河は静馬が、紅夜とアンチョビが親しげに話しているのを見て嫉妬していたと言いかけて静馬に首を絞められ、それを見ていた紅夜が笑っていると……………

 

「おーい、紅夜ー!」

「ん?」

 

不意に、紅夜を呼ぶ声が聞こえた。

その声に紅夜が振り向くと、ペパロニを連れたアンチョビが、手を振りながら近づいてきた。

 

「よお、アンチョビさん。お疲れッス」

 

紅夜はそう言って、右手を軽く上げて会釈する。

 

「ああ。此方こそ、良い勝負をさせてもらった。まあ結局、お前の戦車にもやられてしまったな」

 

アンチョビはそう言って、IS-2に近寄った。

 

「ああ、忘れていたが」

 

何かを思い出したかのように言うと、アンチョビはペパロニを呼び寄せた。

 

「コイツがペパロニ。カルロベローチェの車長だ」

「よッス、長門のダンナ!」

 

アンチョビに紹介されたペパロニは、陽気に言った。

 

「おう、よろしくなペパロニ」

 

試合後でも元気一杯なペパロニに、紅夜は笑みを浮かべた。

 

「おろ?なあダンナ、もしかしてこの2人は……………」

 

ペパロニは大河と静馬に気づき、紅夜の方を向く。

 

「ああ、俺の同好会チームの副隊長をしてる須藤静馬と、その補佐である篝火大河だ」

「マジで!?スゲー!レッド・フラッグの小編成チームのリーダー勢揃いじゃねえか!サインくれ!」

「ああ!?ペパロニ姉さんズルいッスよ!」

ペパロニの大声が他のメンバーにも聞こえたのか、作業中だった他のメンバーが紅夜達の元へと殺到する。

 

「おい落ち着けお前等!」

 

口ではそう言うものの、紅夜は現役時代の事を思い出し、その表情には微笑を浮かべていた。

 

「ああ、それでだが紅夜」

 

そんな中、アンチョビが紅夜に声を掛けた。

 

「ん?」

「これから、皆で食事にするんだ。どうせだからお前達も来れば良い。お前の同好会チームのメンバー全員もな!」

 

その言葉に、静馬と大河は互いに顔を見合わせた。

 

「あの、私達は試合に参加していませんが……………?」

 

おずおずと言うが、アンチョビは知った事かとばかりに首を横に振った。

 

「そんなものは関係無い。この場に居る者全員で、其々の健闘を労うんだ!さあ行くぞ!宴会の始まりだ!」

 

アンチョビはそう言って、自分の背後へと腕を広げる。その先には、何台ものテーブルや椅子が並べられ、そのテーブルの上には豪勢な料理が所狭しとばかりに並んでいた。

 

「スッゲー……」

 

その様子を見た紅夜が、唖然としながら呟く。そうしている内に、彼等3人はアンチョビとペパロニに連れられて、既にアンツィオ高校の生徒や、彼女らと打ち解けたレッド・フラッグのメンバーや、大洗の生徒達が座るテーブルへと案内された。

 

「我がアンツィオ高校は、食事においてはどんなローンも惜しまないのさ!」

「そうみたいッスね………こんなにも豪華な料理見せられたら、誰だってそう思うでしょうよ」

 

案内されている最中、自慢気にアンツィオ高校の事を語るアンチョビに、紅夜達は笑って返事を返していた。

 

「でも、そのやる気が少しは、戦車道の方へと向けられたら良いんだけどな…………まぁ、それは追々やれば良い!先ずは宴会だ!皆揃ったか!?」

『『『『『『はーーい!!』』』』』』

 

アンチョビが呼び掛けると、その場に居る全員から返事が返される。

そうしてペパロニが自分の席へと戻っていき、アンチョビは静馬と大河を向かいの席に座らせ、自分はみほの隣に腰を下ろす。

そして、アンチョビを挟む形で、紅夜も腰を下ろした。

 

「では、せーのっ!」

『『『『『『いただきまーす!』』』』』』

 

そして、アンチョビの点呼と共に、賑やかな食事会が始まった。

 

 

 

 

 

「タカちゃんも、装填手だったんだね」

「ああ。やっぱり最後は、装填の早さが勝負を決めたな」

 

その頃、激闘の末に引き分けた2人の装填手は、盛り上がっている傍らで話していた。

 

「それじゃ、今回の勝負は、2人共装填の早さは互角だったって事だね」

「まぁ、そうなるのかな……」

 

そう言い合って、どちらともなく笑い出した。

 

「また、試合しようね。タカちゃん」

 

そう言って、金髪の女子生徒は右手を差し出す。カエサルはその手を握り返してから言った。

 

「タカちゃんじゃないよ」

「え?」

 

突然の事に、金髪の女子生徒は戸惑いを見せるが、カエサルは気にせず言った。

 

「私は、カエサルだ!」

 

そう言って、カエサルは首に巻き付けている赤いスカーフを翻し、宴会の場へと戻っていった。

 

「そうだね……………なら、私はカルパッチョで♪」

 

そう言って、金髪の女子生徒--カルパッチョ--は、カエサルを真似て自分の長い金髪を翻した。

 

 

 

 

 

 

「おーいダンナ!何か芸とか見せてくれよー!大道芸とかさぁ!」

 

その頃、宴会の場では、ペパロニが紅夜に注文を付けていた。

 

「おおっ!そりゃ良いや!」

「ダンナぁ!此処は1発決めてくださいッス!」

 

それは他の生徒にも飛び火し、紅夜に声を掛ける。

 

「あ~あ、全く彼奴等は直ぐ調子に乗るんだから……」

 

それを見ながら、アンチョビは溜め息をついた。

 

「構わねえッスよアンチョビさん」

 

そう言って、紅夜は立ち上がって言った。

 

「こ、紅夜君?」

 

急に立ち上がった紅夜に、みほが驚いたような表情を浮かべる。

 

「そんじゃ、ギターとかベースとかドラムとかを用意せよ!」

『『『『『『Si!!』』』』』』

 

その指示を受けた数人の生徒が飛び出していき、舞台にギター等の楽器を用意していく。

 

「やれやれ、彼奴やる気だな?」

「まあ、良いじゃねえか。久し振りに」

「ああ、勘助の言う通りだぜ」

 

その様子を見た達哉と翔、そして勘助は、紅夜の意図を悟ったのか、席を立って舞台へと移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ、行くぜお前等ァァアアッ!!」

『『『『『『イェーイ!!』』』』』』

 

数分後には、舞台上にライトニングのメンバーが揃い、各自が楽器を用意している。

バンドなら、紅夜はドラム演奏を得意としているが、今回の曲ではエレキギターを持っていた。

配置は、ドラムに勘助、ベースに翔、そして、エレキギターに紅夜と達哉だ。

 

「それじゃ行くぜェェ!」

 

その声を皮切りに、勘助のドラムを前奏に、ライトニングの演奏が始まり、宴会の場は盛り上がりを見せていた。

その宴会の場には、アンツィオ高校、大洗女子学園、そしてRED FLAGの3チーム全員の笑顔が溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「オオー、紅夜君達ってバンドとかも出来たんだねぇ……」

少し離れた位置では、杏、桃、柚子の生徒会メンバーが遠巻きに、紅夜達の演奏を見ていた。

 

「彼等男子陣が、ウチの学校の生徒じゃないのが非常に惜しいところですね」

「ああ……………」

 

紅夜レッド・フラッグの男性メンバーが大洗の生徒じゃない事について、柚子は残念そうに言う。

 

「まぁ、ウチは女子校だからねぇ~。共学化も面白そうだけど、ちょっとそれは無理っぽいかな~」

 

杏は、何時も頬張っている干し芋の代わりにパスタを口に入れようとしながら言った。

 

「どちらにせよ、優勝までは彼等に頑張ってもらうしかないねぇ………利用するみたいで嫌だけど、それもやむ無し……だもんねぇ」

 

そう言って、大盛り上がりの宴会の場を、生徒会メンバー3人だけが、複雑そうな面持ちで見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、そのどんちゃん騒ぎは試合会場貸し出し時間終了の知らせが来るまで止まらず、知らせが来てから、一同は時間が残されていない事に気づき、3チームのメンバー全員、大急ぎで撤収する事になったのだが、それは本当に余談である。



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第7章~準決勝に向けて………の前に~
第45話~迷子救出大作戦です!~


第63回戦車道全国大会2回戦、アンツィオ高校との試合に見事勝利した、大洗女子学園戦車道チームは、その土曜日、休みを与えられた。

「ふわぁ~あ……………眠い」

 

朝の7時にセットされた目覚まし時計のアラーム音に叩き起こされた紅夜は、髪を纏めていないため、女性のようなロングストレートになっていながらも、髪の長さ故か、寝癖でボサボサになった頭を掻き、眠気眼な目を擦りながらゆっくりと起き上がり、喧しいアラーム音を部屋一帯に響かせる目覚まし時計のボタンを押して、目覚まし時計を黙らせ、タイマーのスイッチをoffに切り替える。

 

それからのそのそとベッドから這い出た紅夜は、寝惚けて覚束ない足取りで1階に降りると、洗面所で顔を洗って目を覚まさせた後、自身の髪の色と同じ緑色のゴムで髪を何時ものポニーテールに纏め、そのままリビングへと移動すると、冷蔵庫を開けて食材を適当に引っ張り出し、朝食を作り始める。独り暮らしである紅夜は、何時の間にか料理スキルを身に付けていたため、料理の腕はそれなりに良いのだ。

 

顔を洗ったため、寝起きよりも目が覚めているのだが、それでも若干眠たそうな表情を浮かべつつ、紅夜は箸を動かして朝食を口に運んでいく。

傍らに置いてあるスマホの電源を入れ、紅夜はその画面をボーッと眺める。

 

「ああ、そっか………今日って練習休みなんだったな………」

 

そう呟いて電源を切ると、充電器に差し込んで朝食を再開する。

そして食べ終えて食器を片付け、2階の部屋に戻ると、寝間着として使っているジャージから普段着へと着替える。

 

黒い長袖のTシャツに、試合で使用するジャーマングレーのズボンへと着替えた紅夜は、2回戦を勝ち抜いた高校を調べ始めた。

 

「へぇー、グロリアーナ勝ったんか。まあ、何だかんだ言いつつ、あの学校って強豪だったしなぁ~。現役時代の初陣で負けたしな、俺等」

 

1人で苦笑しながら、紅夜は続けて見る。

 

「ふむ、黒森峰にプラウダか……………プラウダ?そういや、中1の頃に遊びに行った事があるような……………まぁ良いか」

 

そう呟きながら、紅夜は其々の学校の編成を予想し始める。

そして考えること1時間が経ち、10時になっていた。

 

 

「考えてたら体ガチガチになっちまった………ちょっくら外出てみっか」

 

紅夜は机の上に置いていた財布をポケットに押し込み、机の横に掛けてある、以前拓海から譲り受けた白虎の帽子をかぶり、クローゼットから上着代わりのパンツァージャケットを取り出して羽織り、1階へと降りて玄関に向かい、履き慣れた運動靴に足を入れると、そのまま家を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「さて、出てきたは良いが、何するかなぁ………」

 

家を出てから30分、特にやる事を考えていなかった紅夜は、行く宛もなく、学園艦の町を歩き回っていた。

 

「にしても、こうやって町を歩き回ってみると、自分が住んでいるのは陸ではなくて船の上だって事を忘れそうになっちまうよなぁ~」

 

そう呟きながら、紅夜は町中を見回す。

 

紅夜の視界に広がる町は、陸と同じように家やスーパーなどが立ち並んでおり、陸での生活と何ら変わりないのだ。

 

「さて、町に出てきたからには、何かやらないと気が晴れねえんだよなぁ、何かやれそうなものは………おっ!」

 

歩きながら辺りを見回していると、ゲームセンターが目に留まった。

日○橋や秋○原のアニメ通りにあるゲームセンターのように、出入り口としてのドアが無い吹き抜けとなっており、店の外にも、クレーンゲームの機械が3台程置かれている。

 

「どれ、せっかく見つけたゲーセンなんだから、適当に何かやってくか。たまには使わないと、財布の中の金が死んじまう……まぁ、実際に死ぬ訳ねーけどな」

 

紅夜はそう呟きながら、そのゲームセンターへと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

「へぇー、やっぱ色々置かれてんなぁ~。おっ!太○の達○やマ○カとかもあるし、外のヤツの他にもクレーンゲームが置かれてる。外見の割にはちゃんとゲーセンしてんだな」

 

感心したように言いながら、紅夜は店内を歩き回る。

其所で見つけたパンチングマシンで新記録を叩き出したり、店内対戦機能が付いたレースゲームで1位になったりと、店にあるゲームの中で、紅夜が興味を持ってプレイしたゲームは、店内記録が全て大幅に塗り替えられてしまい、後からプレイして自分のスコアと、紅夜が叩き出したハイスコアを確認した、他のプレイヤー達の顎が外れたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

「あ~あ。5000円持ってきたのに、気づいたら2100円しか残ってねえや。やっぱゲーセン行くなら、金を何のゲームに使うかを予め考えとかなきゃならんな」

 

そう言いながら、紅夜は店から出てきた。

 

「……………ん?」

 

店を出て、最後に外に置いてあったクレーンゲームでもしようと思っていると、3台の内の1台に張り付くように立っている、黒いカチューシャのようなリボンで左側の髪を結わえ、サイドアップにしている少女を視界に捉えた。

 

「(ふむ、この女の子は何を見てるのかな~)」

 

そう思いながらゲームの機械の前に来た紅夜は、その少女の視線の先にある景品を見る。

 

「(何々……………《ボコられグマのボコ》?何だそりゃ?)」

そう思いながら、紅夜は景品として置かれてあるものを一通り見る。

 

「(へぇー、何かと思えば縫いぐるみか……………にしてもコレ、名前の通りマジでボコられてるじゃねえか。あるヤツは目にアニメみてーなアオタン出来てるし、おまけに腕にギブスだし……またあるヤツはタンコブ出来てるし、他にも頭にバッテン印の絆創膏付けてるし……………何か知らんがおもしれぇ~。良し、最後に1回、これやってみっか!)」

 

興味が湧いた紅夜は、試しにそのゲームをする事に決めたのだが……………

 

「(こ……………この子が邪魔で出来ねぇー!)」

ゲーム機の前に張り付くかのようにして動かない少女が、硬貨投入口の直ぐ前に居るため、硬貨を入れられない状態にあった。

 

「あー、その……ちょっと良いかな?」

「………?」

 

少し屈んでからおずおずと声を掛けると、その少女はゆっくりと振り向いた。

 

「えっと……………俺、そのゲームをやろうと思ってるんで、悪いんだけど、退いてくれないかな?」

「……………(コクリ)」

 

少女は無言のまま頷き、その場を空けた。

 

「(それでも、結局はゲーム機から離れねえんだな……………)」

 

その場を空けたものの、実際にはゲーム機の正面から側面に移動しただけの少女に、紅夜は内心で苦笑する。

 

「1回100円か、ちょうど良いや」

 

そう呟き、紅夜は100円玉を取り出して投入口に入れる。

すると賑やかな音が鳴り、アームを動かすレバーと、アームを下ろすボタンが光り出す。

紅夜は適当に、ギブスのボコに狙いを定めた。

レバーを操作し、アームを狙った位置へと動かす。そして狙った位置へと到達した瞬間、紅夜はレバーから手を離し、アームを下ろすボタンを勢い良く押した。

アームはゆっくりと下りながら爪を広げ、ボコの下へと潜り込む。

 

「(まぁ、こう言うのって取れねえように出来てッから、無理なのは分かって……)……あるぇー?」

「お~……」

 

目の前で起こった光景に、紅夜は間の抜けた声を出してしまう。

紅夜が思っているように、大概のUFOキャッチャーは、景品を簡単には取れないように、アームは微妙な力加減に調整されている。だが今回は、その調整を忘れられているのか、はたまたその力加減で通ってきたのか、簡単に景品を取れてしまった。

ボトリと景品の取り出し口へと落とされた縫いぐるみを取り出した紅夜は、その縫いぐるみをどうしようかと頭を悩ませながら、家へと帰ろうとした----

 

「……………」

「……………」

 

----が、先程まで機械の中の景品に注がれていた少女の視線が、何時の間にか紅夜が抱えているボコの縫いぐるみへと向けられていた。

 

「……………」

「……………(え、何?くれってのか?)」

 

自分が抱える縫いぐるみへと視線を向けられている紅夜は、その後の行動に困った。

目の前の少女は、小動物感溢れる可愛らしい眼差しを向けている。

このような眼差しを向けられた事が無い紅夜からすれば、それは未知の領域であるため、耐性が無いのだ。

試しにボコの縫いぐるみを左へ移動させると、その少女の視線も、ボコを追い掛けるかのように左の方を向く。右へやっても同じ反応だ。

 

「(おもしれぇ~、いじりてぇ~)」

 

暫くやっている内に慣れてきたのか、紅夜の心には、そんな悪戯心すら生まれる程に余裕が出来ていた。

 

「(……………って、それやってる場合じゃなかった!)」

 

少女をイジるのに夢中になるあまりに忘れていた、家に帰ると言う予定を思い出した紅夜は、ボコの縫いぐるみを抱えて踵を返し、家に帰ろうとした。

 

「あっ……………」

 

----が、少女が引き止めるかのように、咄嗟に小さく声を出したため、紅夜は足を止めざるを得なかった。

先程までは小動物のような可愛らしい視線を向けていたのだが、今となっては、何処と無く必死に何かを訴えているような視線だった。

 

「あー、えっと……………お嬢ちゃん、もしかしてコレ欲しいのか?」

 

遂に根負けした紅夜は、その少女にゆっくりと近づき、その体にボコの縫いぐるみを近づけた。

 

「……………ッ!」

 

今更バレた事に気づいたのか、その少女は赤面して顔を逸らすが、その目は次第に、ボコの縫いぐるみへと注がれるようになっていった。

 

「やれやれ、素直じゃねえなぁ……………ホレ」

 

紅夜は呆れたように言うと、その少女にボコの縫いぐるみを渡した。

 

「えっ……………?」

 

いきなり渡された事に、その少女は紅夜を見上げる。

 

「別に良いよ。まさか取れるとは思ってなかったから、家に持って帰っても、その後どうしようって思ってたからさ……………そんな奴の家に飾られるよりも、お前さんに貰われた方が、コイツも嬉しいだろうしさ」

 

そう言って、紅夜は優しく微笑み掛けた。

その少女は、暫くボコの縫いぐるみと紅夜を見ると、ゆっくりとボコの腹へと手を回し、自分の方へと抱き寄せた。

 

「……………ありがとう」

 

恥ずかしいのか、ボコに顔を埋めながら、少女は礼を言った。

 

「いやいや、どういたしまして。そういや親御さんは?一緒じゃねえのか?」

「……………はぐれた」

「そっかー、はぐれたのかー……………ってオイ!それじゃ駄目じゃねーか!1人で来たって言われた方が遥かにマシだったわ!」

 

紅夜は、何時かアンチョビが見せたようなノリ突っ込みを披露しながら盛大にずっこける。そのこけ方は、よ○○と新○劇そのものだ。

 

「オイオイ、どーすんだよ?この学園艦は他のと比べたら結構小さいけど、それでも探すには広すぎるぜ」

「……………どうしよう」

 

そう呟き、その少女は不安そうに表情を歪める。

それを見た紅夜は、もどかしそうに後頭部をガシガシと掻きながら言った。

 

「あーもー、仕方ねえな……………俺も一緒に探してやるよ」

「……………良いの?」

 

そう言って、少女は紅夜を見上げる。

訊ねられた紅夜は頷いて言った。

 

「そりゃまあな。1人で来たってんなら話は別だが、迷子ってのは流石にマズイ。そのままどっかの馬鹿に誘拐されでもしたら目覚めが悪い……………ホラ、行くぞ」

「……………うん」

 

そう言って、少女は先に歩き出した紅夜の横に並んだ。

 

 

かくして、紅夜の《見ず知らずの迷子の子を親の元へ帰しましょう作戦》が始まった。



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第46話~解決とお知らせ、そして大発狂です!~

後半は勢い任せに書いた。
反省も後悔もしていない!(←しろよ!)


「そういやお嬢ちゃん。お前さんの名前、何て言うんだ?」

「?」

 

今は昼。紅夜はゲームセンター前で出会った少女が迷子であったため、《迷子の子を親の元へ帰しましょう作戦》を開始し、その少女を親の元へ帰すべく、彼女の親探しのために学園艦の町中を歩き回っていたのだが、不意に、その少女に名を聞いていた。

 

「いや、ホラ……………ずっと『お嬢ちゃん』とか『お前さん』呼ばわりするのも、如何なモンかと思ってな。出来れば教えてもらいたいんだが」

「……………」

 

紅夜がそう言うものの、その少女は無言を貫いている。

縫いぐるみをくれ、さらに親を探すのを手伝ってくれている青年であるとは言え、容易に名を名乗って良いのかと……………

 

「あ、別に名乗りたくなかったら、無理にとは言わんから」

 

ただ無言で紅夜の横を歩く少女に、紅夜はやりにくさを感じながら言ったが、その少女はゆっくりと口を動かした。

 

「……………愛里寿(ありす)」

「ん?何だって?」

 

小さく言ったからか、聞こえなかった紅夜は聞き返した。

 

「……………島田 愛里寿(しまだ ありす)」

「成る程、愛里寿ちゃんね……………りょーかい。俺は………」

「知ってる。長門紅夜お兄ちゃん」

 

名前の後ろに付け加えられた単語については一先ず無視して、紅夜は、愛里寿が自分を知っている事に驚いていた。

 

「……………なんで知ってんの?」

「試合、見てた……………大洗の試合も、もっと前の試合も」

「マジか」

 

現役時代の自分のチームの事を覚えている者が居た事に、紅夜は内心で喜んだ。

 

「紅夜お兄ちゃんのチーム、凄く強かった……………多分、私のチームとやっても、勝つかもしれない」

「へぇー、愛里寿ちゃんって戦車道チームの隊長してんのか」

「うん……………センチュリオンの車長もしてる」

「ま、マジですか……スゲーな………(つーか、それって使っても良いのか?大戦後の戦車じゃなかったっけ?この子のチーム、マジ半端ねぇ………どんなチームなんだ?)」

 

そう思いつつ、紅夜は表情をひきつらせながら言った。

 

「特に、知波単や黒森峰との試合………あれが一番凄かった……紅夜お兄ちゃん、相手の隊長助けるために無茶してた」

「あー、それも見られてたのか……………」

 

当時の事を思い出し、紅夜は照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「(つーか、知波単学園ってどんなトコだっけ?)」

「凄く、不思議だった」

「ん?」

 

突然、そのような事を言った愛里寿に、紅夜は目を向けた。

 

「下手したら、紅夜お兄ちゃんだって無事じゃ済まないのに……助けた……なんであそこまで出来るの?」

 

そう言って、愛里寿は紅夜を見上げる。

暫く悩むような仕草を見せ、紅夜は両手を後頭部に組みながら言った。

 

「『なんであそこまで出来るのか』、ねぇ……………正直、俺にも分かんねえ」

「分からないのに、助けたの?」

「仕方ねえだろ。あのまま放っといたら向こうが危なくなるんだ。つーか、そもそも人を助けるのに、理由なんぞ要らねえだろ……………まあ強いて言えば、『助けねえと』って思ったから助けた……って感じかな」

「………」

 

そう言う紅夜を、愛里寿は何も言わずに見上げていたが、不意に顔を逸らし、口を開いた。

 

「それじゃ……もし紅夜お兄ちゃんの目の前で私が困ってたら……助けてくれる?」

 

そう言って、愛里寿は再び紅夜を見上げる。

それを見た紅夜は何を今更とばかりに溜め息をついて言った。

 

「ああ、俺に出来る事なら何でもしてやんよ。お前さんが怖い目に遭わされそうになってたら、絶対助け出してやるよ」

「うん……ありがと……」

そう言って、愛里寿は顔を赤くしながらも満足そうに微笑んだ。

 

そうしている内に、一行は交番の前にやって来ていた。

 

「探し回ってもキリがねえから、お巡りに頼ろうぜ」

「うん……………大学なのに情けない」

「ええっ!?アンタ大学生だったんか!?」

「うん。でも飛び級だから、お兄ちゃんよりかは年下」

「何か俺、この世界の仕組みが分からなくなってきた……………つーかオイ、飛び級ってアメリカとかでしか無かったんじゃねえのかよ……………少なくとも、日本で飛び級制度あるとか聞いた事ねえぞ……………」

 

そんな会話を交わしながら、一行は交番に入った。だが、其所には既に先客が居るらしく、1人の警官と話をしている女性が居た。

 

「う~ん、何か長くなりそうだな。愛里寿ちゃん、仕方ねえから他の交番を……「お母様」……え?」

 

目の前にいる女性を母だと言った愛里寿に、紅夜は目を見開いた。

 

「……あ、愛里寿?」

 

愛里寿の声が聞こえたのか、『お母様』と呼ばれた女性は、警官との話を止めて愛里寿の方を向いた。

 

「お母様!」

 

その女性の顔を視界に捉えた愛里寿は、そのまま女性に飛び込んだ。

 

「愛里寿!」

 

飛び込んできた愛里寿を、その女性は受け止め、キツく抱きしめた。

 

「何処行ってたのよ!心配かけて!」

 

そう言いつつも、その女性は愛里寿を抱き締めていた。

それから警官が愛里寿の母親に話しかけ、その迷子が愛里寿なのかを確認している。

その様子を、すっかり蚊帳の外になってしまった紅夜は呆然と見ていたが、やがて、静かに微笑み、音を立てずに踵を返した。

 

「……………まぁ、何か知らんが一件落着だな。作戦終了」

 

そう呟きながら、紅夜は帽子を深くかぶって顔を隠し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで愛里寿、今まで何処に居たの?」

「ゲームセンター………ボコの縫いぐるみがあったから」

 

紅夜が交番を立ち去り、警官との話を終えた島田家の2人は、帰宅する準備をしていた。

愛里寿の母親--島田 千代(しまだ ちよ)--が椅子の後ろにかけていた上着を取り、愛里寿と話している。

 

「それで……………そのボコの縫いぐるみはどうしたの?」

「うん、其所に居る紅夜お兄ちゃんが……あれ?」

 

愛里寿は後ろを向いて、千代に紅夜を紹介しようとしたが、既に彼は居なくなっていた。

 

「お兄ちゃん…………何処?」

 

愛里寿はそう言いながら、交番の外に出て大通りを見回すが、紅夜の姿は見えなかった。

だが千代は、『紅夜』と言う名前に心当たりがあるのか、愛里寿を呼び寄せた。

 

「愛里寿、その紅夜と言う子は、もしかして長門紅夜君の事?」

 

その問いに、愛里寿は間を空ける事無く頷いた。

 

「そう………レッド・フラッグの彼が、ねぇ……………まぁ良いわ、そろそろ帰りましょうか。態々ヘリまで飛ばしてきたんだから、あまり長くは待たせられないわ」

 

そう言われ、愛里寿は残念そうに頷くと、歩き出した千代に続いて交番を後にするのであった。

ヘリポートまで歩いている間、愛里寿は紅夜から貰ったボコの縫いぐるみを大事そうに抱き締めており、千代には、紅夜と会った時の事や、千代を探すのを手伝ってもらっている時の話について嬉しそうに語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから何も無かった日曜日を飛ばして月曜日。大洗女子学園戦車道チームで、活動が再開された。

メンバーの前には、アンツィオ戦前の第2回戦車捜索作戦で発見された、Ⅳ号用と思われる砲身《75mm kwk40》に砲身が取り換えられ、D型からF2仕様となった、あんこうチームのⅣ号戦車と、同じく捜索作戦で発見された、《ルノーB1 bis》が、レストアを終えた状態で置かれていた。

 

「長砲身になったついでに、外装も変えておきました」

「F2型みたいですね」

「そうでしょう?」

 

そんな感想を溢す優香里に、自動車部のナカジマが嬉しそうに言う。

 

「ありがとうございました、自動車部の皆さん」

「いえいえ、此方としても、良い仕事させてもらいました。88mmの方は、残念ながら未だですけどね……………」

 

礼を言うみほに、ナカジマがそう答える。

 

「これで、次の試合に向けてそれなりに戦力の補強が出来たな……………」

 

Ⅳ号とルノーを交互に見ながら、桃が言った。

 

「あ、そういや」

「ん?どうした?」

 

ルノーの方を見て呟いた紅夜に桃が問う。

 

「ルノーは誰が乗るんですか?誰か勧誘するんですか?」

「ああ、それなら問題無い。もう直ぐ来る筈なんだが……………おお、噂をすれば何とやらだ。来たぞ」

 

そう言って、桃は格納庫の門を指差して言った。

紅夜が目を向けると、聖グロリアーナとの練習試合の際、紅夜にIS-2を退かすように言ってきたおかっぱ頭の少女--園 みどり子--と、彼女とは三つ子の姉妹かと見間違う程にそっくりな、おかっぱ頭の少女2人が歩いてきた。

 

「今日から参加する事になりました、園 みどり子風紀委員です。よろしくお願いします」

「同じく、風紀委員の後藤 モヨ子(ごとう もよこ)です」

「金春 希美(こんぱる のぞみ)です」

 

其々が自己紹介を終えると、完璧に揃って礼をする。

 

「其々略して、そど子、ゴモヨ、そしてパゾ美だ。仲良くしてやってね~」

「会長、名前を略さないでください!」

 

3人を紹介するかのように前に出た杏が、其々の名前を略したあだ名を言うが、そど子……『略すなって言ったでしょう!?』……失礼、みどり子は名前を略すなと叫ぶ。

 

「今、園さん誰かに怒鳴りませんでした?」

「さあ?私に聞くな」

 

そんな2人の会話は置いて、杏はみどり子の意見を無視してみほの方を向いた。

 

「それで隊長~、何チームにしよっか~?」

「え?う~ん……………」

 

チーム名をどうするかを聞かれたみほは、ルノーを見ながら暫く考える。

 

「B1って、見た目カモっぽくないですか?」

「ん~?……………確かにそうだねぇ。んじゃ、カモに決定~」

「ええっ!?カモですか!?」

 

みどり子達の意見は聞かず、相変わらず適当な調子での杏の決め方によって、みどり子達風紀委員チームの名前は、めでたく《カモさんチーム》に決定した。

 

「それじゃあ冷泉さん、操縦の指導はお願いしますね」

「分かった……………」

「わ、私が冷泉さんに教わるんですか!?」

 

柚子が操縦の指導に麻子を指名すると、みどり子はあからさまに嫌そうな態度を取る。

まあ無理もない。真面目に勉学に励んでいた彼女からすれば、普段から遅刻常習犯でありながら、学年首席を誇る麻子に教わるのは我慢ならないのだろう。

 

「成績が良いからって、良い気にならないでよね」

 

麻子に歩み寄りながら、みどり子はそう言い放つ。

それを見た麻子はヤレヤレとばかりに溜め息をついて言った。

 

「なら教本見るなり、辻堂に教えてもらうなりして何とかしろ……………」

「オイコラ冷泉さん、然り気無く俺を巻き込むのは止めようか」

「だってお前、操縦私より上手いだろ?だからだ」

「んなモン理由になってねーよ、お前が指名されたんだから、基本的にはお前がやりなさい」

「じゃあ手伝ってくれ。それなら良いだろう?」

「……………まあ、良いけどさ」

 

そんな話をしていると、置いてきぼりを喰らっていたみどり子が割り込んできた。

 

「ちょっとちょっと!何勝手に話進めてるのよ!まぁ、教えてもらえるのはありがたいんだけど……………兎に角冷泉さん?ちゃんと分かりやすく、懇切丁寧に教えてよね?」

「はいはい」

「『はい』は1回で良いのよ!」

「は~い……………」

 

そんな口論を繰り返す2人を、達哉は微笑ましそうに見ていた。

 

「ちょっと辻堂君?何ニヤニヤしてるのよ?」

 

見られている事に気づいたみどり子が、ジト目で睨みながら言った。

 

「いや、アンタ等仲良いなって思ったのさ」

「そんな訳無いでしょう!?」

「中々に良いツッコミだねぇ、漫才でもやらね?」

「やらないわよ!」

 

そんなコントのような会話を、今度は紅夜が微笑ましそうに見ていた。

 

「……………そうそう……………うん、りょーかーい」

 

そんな時、何処かに電話していたらしい杏がスマホをスカートのポケットにしまい、河嶋に目配せする。

それを見て意図を悟った桃は頷き、手を打ち鳴らして注意を引いた。

 

「全員、注目!会長からの連絡だ!」

 

その声に、メンバー全員が振り向く。

「えー皆、2回戦はお疲れ様。Ⅳ号のパワーアップや新しいメンバーが加わって、此方の戦力も結構ついたね。それでなんだけど、準決勝に挑む前に、聖グロリアーナ以来久し振りの練習試合をする事が決定したよ~」

 

その言葉に、メンバーがざわめき始めた。

それから杏に代わって、桃が前に出る。

 

「それでだが、相手校は知波単学園だ。試合場所については、追々連絡する。連絡は以上だ」

 

そうして、メンバーはいきなりの練習試合に困惑する。

やれ知波単とはどんな学校なのか、どのような戦車を使ってくるのかと、生徒が其々、思い思いのコメントや疑問を仲間に投げ掛ける。

 

「知波単か……………隊長誰だっけ?」

そんな中、IS-2に凭れ掛かりながら、紅夜は側に居た達哉に問いかける。

 

「お前なぁ……………黒森峰の2人に会った時にも言ったが、現役時代に試合した相手ぐらい覚えとけっつーの。高校じゃなかったけどさ……………」

 

達哉は呆れながら言った。

 

「ホラ、九七式戦車とか使ってきた特攻野郎共だよ」

「お前随分と口悪いな」

「戦法見たら誰だってそう言うだろ」

 

苦笑いしながら言う紅夜に、達哉はそう言い返した。

 

「それで隊長は確か……………西 絹代(にし きぬよ)さんだったような」

 

--ピシィッ!!--

今の紅夜の心境を表せば、この擬音語が一番相応しいだろう。

「西絹代って……………あの……?」

「ああ、『あの』西絹代さんだ」

「……………」

達哉がそう言った瞬間、紅夜は下を向いて震え始めた。

心なしか、達哉には、紅夜からドス黒い恐怖のオーラが立ち上っているように見えていた。

それを近くで察知した、達哉と紅夜以外のレッド・フラッグのメンバーは、ヤレヤレとばかりに溜め息をついて格納庫から出ていった。

 

「や、やべえ!おいお前等全員聞け!」

『『『『『『『ッ!?』』』』』』』

 

突然大声を張り上げた達哉に、メンバー全員の視線が集中する。

 

「今直ぐ外に避難しろ!紅夜のトラウマを抉っちまった!もう長くない内にコイツ発狂しやがる!死にたくねえ奴は今直ぐ外に出ろ!」

 

達哉がそう怒鳴ると、メンバーはパニックを起こしたように外へと逃げ出し、あっという間に、格納庫には紅夜1人のみが残された。

 

そして、メンバー全員が格納庫から外に出て門を閉め、さらに、既に紅夜と達哉以外のレッド・フラッグのメンバーが待機しているグラウンド中央に避難し終える。

 

「耳を塞げ!伏せろ!」

 

そして、メンバー全員が地面に伏せた瞬間……………

 

『嫌ダァァァァァァァアアアアアアアアッ!!!!あの学校だきゃあ勘弁してくれェェェェエエエエエエッ!!!』

 

紅夜の音響兵器のような大声がグラウンド一帯に撒き散らされ、格納庫自体がアニメの如く飛び上がり、ぐにゃぐにゃと曲がったり、縦横に伸びたり縮んだりと変形する。

そして、一通り変形を繰り返した後、格納庫は勢い良く地面に落ちた。

その時に地震が起き、メンバーが飛び上がる。

 

「ね、ねぇ達哉君……………あれは一体何なのかな?」

 

流石にこんな事になるとは予想外だったのか、杏が冷や汗を流しながら達哉に訊ねる。

 

「あー、詳しくは後で話すので、ちょっと待っててください。もう落ち着いて気絶してるでしょうし、ちょっくら、あの馬鹿連れてきますので」

 

そう言って、達哉はメンバーが不安そうに見つめる中、1人で格納庫へと入っていき、目を回して気絶している紅夜の首根っこを掴んで引き摺ってくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、知波単学園では……………

 

「遂に……………遂に彼に会える……………ッ!」

 

黒髪を伸ばした《和風美人》と言う言葉が似合う女子生徒--西 絹代--が、先程杏と連絡を取り合ったスマホを右手に握りしめながら、歓喜に震えていた。

 

「西殿?如何されたでありますか?」

 

其所へ、眼鏡をかけた気弱そうな雰囲気の小柄な少女--福田(ふくだ)--が近づいてきた。

 

「いや、何。実は先程、大洗女子学園から、練習試合の申し込みがあってな」

「おお、今やレッド・フラッグを仲間に引き入れ、ダークホースとすら言われている、あの大洗女子学園でありますか!と言う事は、昔、西殿を助けてくれたと言う人も…………?」

 

そう言う福田に、絹代は目を輝かせて答えた。

 

「ああ、勿論彼も居るさ!」

「じゃあ、この試合で彼とお近づきに………って感じでありますな?」

「そう言う事だ……………ああ、試合の日が待ち遠しい!」

 

そう言いながら、絹代は頬を染めて自分の体を掻き抱く。

 

「待っててください。必ずや、この恋情を受け止めていただきますからね……………旦那様(紅夜の事)!」

 

そう言って、絹代は右手を高らかに、空へと突き上げた。



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第47話~紅夜君と絹代さんの過去話です!~

勢い任せに書いたらスゴい事になった( ̄▽ ̄;)
だが、反省も後悔もしていない!(←しろよ!)

それと、西さんのキャラ崩壊に注意!


「本当にすみませんでした」

紅夜の大発狂から約30分。漸く気がついた紅夜は、格納庫ごと飛び上がり、扉を閉ざしても声が聞こえる程に発狂していたと言う事を達哉から知らされ、今現在、全力で土下座中である。

 

「い、いやいや、別に良いって。ホラ、顔上げなよ」

 

まさか土下座されるとは思わなかったのか、杏は苦笑いしながら言った。

 

「それにしても、紅夜君があんなにも発狂するなんて……………一体何があったのさ?」

 

そう言って、杏は興味津々な視線を向ける。

 

「あーっとですね……………それは……………」

「紅夜、止めとけ。また発狂する事になる」

 

達哉は、説明しようとしたものの、また震え始めた紅夜を落ち着かせようとする。

そして、レッド・フラッグのメンバーの方を向いて呼び掛けた。

 

「オーイ紅夜係、取り敢えずコイツ落ち着かせてくれ」

「誰が紅夜係よ」

 

達哉がメンバーの方に呼び掛けると、呆れたような表情を浮かべた静馬が歩いてくる。

 

「紅夜、取り敢えずは格納庫の方に行きましょう?」

「……………うん」

 

最早その表情には、試合中の凛々しさの欠片も無い。静馬は幼児退行しかけている紅夜を宥めながら、格納庫の方へと連れていった。

 

「……………それで、何があったのか、説明してくれるかな?」

 

紅夜が連れていかれるのを見届け、杏は達哉の方を見て言った。

 

「あれは、俺等が未だ現役だった頃の話なんですけど……………」

 

その言葉を前置きに、達哉は当時の事について話を始めた。

 

 

 

 

 

 

それは、今から約4年前-----まだ、紅夜達レッド・フラッグが現役だった頃にまで遡る……………

 

「ウーンッ!いやぁ、テスト明けの試合はやっぱ格別だな!鈍ってた感覚が戻ってくるような感じがするぜ」

「そりゃ同感だな。それで、テストはどうだったよ?」

「平均86点だ。90以上にならなかったのが残念だがな」

「そういや紅夜、今回の英語じゃ100点取ってたっけな」

 

その頃、未だ中学2年生だった紅夜率いるレッド・フラッグは、期末試験を経て直ぐ、絹代が隊長を勤めている、知波単学園--と戦車道での関わりが深い中学校--の戦車道同好会チームとの試合に挑んでいた。

 

『此方レイガン、敵フラッグ車を発見』

「はいよ。どっちに向かってる?」

『北よ。F26地点に向かってる』

「マジかよ、あの辺って下手したら、結構下までずり落ちるような土手沿いの道だぜ?否、傾斜も結構あるし、土手と言うよりかは崖だな」

 

彼等の試合の舞台は、アンツィオ戦の時よりも若干緩いものの、それでも凹凸の激しい山岳地帯。

大河が車長を勤めるスモーキーチームの戦車--シャーマン・イージーエイト--が撃破されたが、相手のチームはフラッグ車を残して全滅し、2対1の試合となっていた。

 

2輌が縦1列になって、フラッグ車である九七式戦車チハを追う中、双眼鏡で相手の様子を窺っていた紅夜は、その場で不思議な光景を目にする。

 

「ん?向こうの親玉さん、崖を背にして此方向いてから動かなくなったぞ?」

「はあ?マジで?」

 

車内からそんな声が上がり、砲手の翔がスコープを覗いてチハの様子を見る。

 

「ホントだ、此方向いてから全く動いてねえな……………何のつもりだ?」

 

スコープを覗いていた翔が、スコープから目を離して首を傾げる。

そんな時、同じように双眼鏡で見ていた静馬が通信を入れた。

 

『もしかして、フラッグ車同士の一騎討ちをご所望なんじゃない?いえ、それしか考えられないわ』

「マジかよ、チャレンジ精神の塊だな向こうは……………」

 

静馬に言われた紅夜は、一向に動く気配を見せないチハを見ながら呟いた。

 

「どうした?」

「静馬がさあ、向こうが一騎討ちを望んでるんじゃないかって言ってきたんだよ」

「一騎討ち?チハとIS-2(コイツ)でか?」

 

翔の質問に紅夜が答えると、勘助は驚いたような表情を浮かべる。

 

「まぁ、要はあれだろ。一応火力や防護力は俺等が勝ってるけど、起動面で言えばほぼ互角だし、コイツの弱点の砲塔リングを狙い撃ち出来れば一撃でノックアウト出来る。それが無理なら、コイツの履帯を先にぶっ壊してから後ろに回り込むなりしてエンジンに撃ったり、砲塔を旋回させてる間にありったけ撃ちまくって撃破しちまえ……………みたいな」

 

操縦席で話を聞いていた達哉が呟くと、メンバー全員が成る程とばかりに頷く。

 

『会議の方は終わったかしら?』

 

紅夜が通信を切り忘れていたため、話を徹頭徹尾聞いていた静馬が話し掛ける。

 

「ああ、終わったよ静馬。向こうの申し込み、受ける事にしたぜ」

『そう……………なら私達は、適当な場所で停車して遊んでても良いかしら?』

「遊ぶってお前……………観戦するって選択肢はねえのかよ?」

『冗談よ、冗談。ちゃんと観戦してるから、思いっきり暴れてきなさい』

「はいはい……………んじゃ、行ってくるぜ」

 

紅夜はそう言うと、今度こそ通信を切る。

 

「達哉、コイツをブッ飛ばせ。さっさとこの勝負にカタを着けようぜ。それから決戦の時は頼むぜ?」

「Yes,sir!」

「翔、何時でも狙えるようにしとけ!勘助は装填早めにな!」

「「Yes,sir!」」

 

紅夜は、自車の乗員達其々に指示を出し、決戦に備える。

達哉はIS-2のギアを上げてアクセルペダルを思い切り踏み込む。すると、IS-2は車体前部を軽く浮き上がらせ、速度を上げて突っ走っていった。

 

「……………やっぱり、こう言う時って一番元気が良いのよね、ライトニングの面々は」

 

自車を置いてきぼりにして突き進んでいくIS-2を見届けながら、静馬はそう呟く。

 

「そう言っておきながら、内心ではこう思ってるんでしょ?『そんな紅夜も大好き』ってね♪」

「ヒュウッ♪我が車長は恋する乙女だねぇ~。こりゃあ面白くなってきたぜ、Yeah!」

 

装填手の亜子がからかうように言うと、それを聞いていた操縦手の雅は男口調で良いながら、パンターA型をスタントカーの如く360度回転させ、静馬は危うく、車外に放り出されそうになった。

 

「亜子は変な事言わないで!それから雅!そんなスタントカーみたいな危険走行は、私がやれって言わない限りやっちゃ駄目って言ったでしょう!?放り出されそうになったじゃない!」

「ゴメンゴメン」

 

顔を真っ赤にして怒る静馬に、亜子と雅はニヤニヤしながら謝る。

そうして、丘を上りきった一行はパンターを停めて車外に出ると、ちょうど決戦の場に到着した2チームのフラッグ車へと目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

静馬達が向けている視線の先では、絹代の九七式戦車チハと紅夜のIS-2が対峙していた。

 

「改めまして、隊長の西 絹代です。今回はよろしくお願いします」

 

チハのキューボラから身を乗り出した絹代は、紅夜に挨拶する。

 

「《RED FLAG》隊長、長門紅夜です。此方こそよろしく」

 

そう言って、紅夜も挨拶を返す。

そして、両者共に不適な笑みを浮かべて相手を見る。

 

「いざ……………」

「尋常に……………」

「「勝負!」」

 

そして、両方の操縦手がアクセルペダルを思い切り踏み込み、互いの獲物へと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……………とまぁ、そんな感じで、俺等ライトニングと向こうのチハとの一騎討ちが始まったんですよ」

「ほほぉ~、そんな事があったんだねぇ~」

 

達哉は話を一旦区切ると、両腕を上に上げて伸びをして、首を左右に倒してポキポキと音を鳴らす。

そんな達哉を見て、杏は何時も通りに干し芋を頬張りながら感嘆の声を溢していた。

 

「それで、どうなったの?」

 

早く続きが聞きたいのか、急かすようにみほが訊ねる。他のメンバーも、早く続きを話せと言わんばかりの表情だ。

 

「恐らく、お前等が予想しているような戦いだと思うぜ?」

「と言う事は、それはもう激戦に?」

 

そう訊ねた優香里に、達哉は頷いた。

 

「そうだよ秋山さん。主砲、機銃を撃ちまくってのドンパチ戦だ。相手の砲弾がウィークポイントに当たったら敵わんから、IS-2をブン回す羽目になったな」

「履帯が切れたりはしなかったのか?ただでさえ重戦車だし、足回りには気を付けなければならんだろ」

 

何時もの無関心そうな麻子だが、今回ばかりは興味津々だ。

 

「いや、それがな?不思議な事にIS-2(彼奴)、今まで俺の走り方が理由で、と言うかだな……………試合中に履帯が切れた事なんて、1回も無かったんだよ」

『『『『『『『ええっ!?』』』』』』』

 

達哉から放たれた驚きの発言に、レッド・フラッグのメンバーを除いた一同が騒然となった。

 

「そんな事って有り得るんですか!?」

「普通、試合中に履帯が切れるなんてちょくちょくある事だし、そんなに言う程の危険走行してたなら、上手くやらないと履帯なんて直ぐ外れたり切れたりちゃうのに……………」

「よ、余程上手い具合に運転していたんだな……………」

 

優香里、ナカジマ、桃の順番に驚いた声を出す。

其所へ麻子が近寄り、達哉の肩に手を置いて言った。

 

「やっぱりそど子に教えるのはお前に丸投げする」

「ダメッ!ダァーメッ!」

 

納得してしまいそうな程に清々しい笑顔で麻子は言うが、達哉にあっさりと断られてむくれる。

 

「それで?その後の結末は?」

「ああ、そうでしたね」

 

話の続きを聞きたいのか、催促する杏に達哉は答え、また話を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「勘助!残りの砲弾は!?」

「今装填したのを除いて、後5発だ!」

「紅夜!車体の機銃はもう駄目だ!弾切れしちまった!」

「翔!ソッチの機銃は!?」

「もう直ぐ弾切れになる。長くは撃てねえ」

 

其々に状況を確認した紅夜は歯軋りする。

相手の戦車の操縦はかなり上手く、達哉でさえ、内心で舌を巻く程だ。

 

そうしているうちに、最初に対峙していた時とは場所が逆になり、IS-2が崖を背に追い詰められたような状況になった。

 

「これで止めだ、突貫!」

 

絹代は操縦手に指示を出し、チハが物凄い勢いで突撃してくる。

それを睨み付けながら、紅夜は言った。

「達哉、車体だけを横に向けろ。翔は何時でも砲塔を回せるようにしとけ。合図で全速後退、そして射撃だ」

「随分とギリギリな距離での射撃で勝負を着けるつもりなんだな……………んで、勝算は?あるんだな?」

 

そう言う達哉に、紅夜は不適に笑って言った。

 

「お前等の腕次第だぜ……………」

「あいよっと!」

 

達哉と翔はIS-2の車体のみを転回させ、砲塔だけがチハを睨む。

そして、翔は砲塔をゆっくりと回し、車体に合わせようとする。

 

「良し、やれ!」

「「Yes,sir!!」」

 

 紅夜の合図で、達哉はIS-2を後退させ、チハの突進をすんでのところでかわす。

それに間髪入れず、翔は引き金を引いた。

ゼロ距離からの砲撃をモロに喰らったチハは派手に吹き飛ばされ、地面に何度も車体を打ち付けながら転がる。

だが、幸運にも車体は元に戻り、そのまま後ろ向きで惰力走行に入るのだが、其所で不運が待ち構えていた。

先述にもあったように、彼等の決戦の舞台は、崖のような急勾配の土手を背にした場所。

 そんな危険地帯を操作の効かない乗り物が惰力走行などしたらどうなるか?答えは単純明快……………そのまま落ちるだけだ。

 

「「「「きゃぁぁぁあああああっ!!!」」」」

 

 ズルズルと落ちていくチハからは、乗員の悲鳴が上がる。

 

「ヤバい……………やっちまった」

 

 それを見た紅夜は、達哉に怒鳴った。

 

「全速前進!チハが落ちた土手の方まで急げ!」

「あいよ!」

 

 達哉がIS-2を急発進させる中、紅夜は車外へ出ると、エンジン部分へと乗り移り、装備されているワイヤー取り外し、再び砲塔へと移動すると、急停車の反動に備えてキューボラハッチにしがみつく。

 

「おら、停車だ!」

 

 達哉は紅夜が予想した通りに荒っぽい停車をする。

 だが、そのお陰でIS-2の車体は、土手を下るスレスレの位置で止まっていた。

 紅夜はワイヤーを片手に、そのまま砲塔を越えて砲身に掴まりながら、傾斜装甲となっている車体を伝って前部まで移動する。

 

「ふむ……………幸運にも止まっているか」

 

 出っ張っている何かに運良く当たったのか、土手の中腹辺りで動きを止めているチハを見た紅夜は、一先ず安堵の溜め息をつく。

 その後、紅夜はIS-2の車体下部にあるフックにワイヤーを引っ掻けると、一旦車内に戻って静馬に通信を入れた。

 

「静馬、今直ぐ来てくれ。緊急事態だ」

『ん?どうかしたの?』

 

 そう聞いてくる静馬に、紅夜は今の状況を説明する。

 

『分かったわ。直ぐに向かう』

 

 そうして通信は切れ、紅夜は数百メートル後方で、大急ぎでパンターに乗り込んで準備をするレイガンの面々を見た。

 程無くしてパンターが到着し、静馬がパンターから降りてワイヤーを持ってくる。

 静馬がパンターから持ってきたワイヤーをIS-2に繋いでいる間に、雅はパンターを信地転回させ、IS-2と背中合わせになるような配置にする。

 そして、パンターにもワイヤーが繋がれ、その間にIS-2の車体全部に移動し、其所のワイヤーを握って降りる準備を整えていた紅夜に、静馬が合図を送る。

 

「紅夜!繋ぎ終わったわよ!」

「了解!」

 

 紅夜はそう返事を返し、慎重にワイヤーを伸ばしながら土手を降り、チハの方へと近づいていく。

 

 車内からは、乗員達と思われる悲痛な泣き声が聞こえてきていた。恐らく、何時チハを支えているのものが持たなくなり、そのまま土手を滑り落ちるのか分からないと言う状況に怯えているのだろう。

 チハの車体下部にあったフックにワイヤーを引っ掻けた紅夜は、前面装甲を叩いて車内に呼び掛けた。

 

「おい!全員無事か!?」

 

 その呼び掛けに、車内は一旦静かになる。そして、キューボラから顔を出した絹代が、紅夜の姿を捉える。

 

「紅夜さん!?ど、どうして此処へ!?」

「そんなモン決まってんだろ、助けに来たんだよ」

 

 そう言って、紅夜は車体下部に引っ掻けたワイヤーを見せ、次に上を指差して言った。

 

「チハと俺等のIS-2をワイヤーで繋いだ。1人ずつ車外に出て、ワイヤーを使って上れ!残ったチハは、上に居る俺のチームの連中が引っ張り上げてくれるさ……………ホラ、急げ!時間はあまり残されてねえんだぞ!」

「は、はい!」

 

 絹代はそう答えると、車内に顔を入れて乗員に助けが来た事を伝え、紅夜が話した内容を伝える。その後、チハの乗員がゆっくりと、車外に這い出てくる。車体前部で待機している紅夜が乗員を引っ張って移動させ、後は乗員達がワイヤーを伝って上っていくのを見届ける。

 

「良し、最後はお前だな西さん。急いで上れ!」

「はい!」

 

 絹代は紅夜の手を借りる事無く車体前部へと移動し、ワイヤーを伝って上っていく。

 そして、紅夜は車内に誰も居ない事を確認し、スマホで達哉に連絡を入れる。

 

「良し……………達哉、チハの乗員は全員脱出した!引っ張ってくれ!」

『あいよ!』

 

 そうして通話が切れ、程無くして、チハがズルズルと音を立てながら、上で待機しているIS-2とパンターによって引っ張り上げられる。

 そして土手の稜線を越え、前部が地に着き、そのまま安全な場所まで引っ張られると、チハの乗員は安心したのか、涙線が崩壊して泣き叫ぶ。

 車外に出て、良くやったとばかりに親指を立てる仲間に、紅夜も親指を立てた。

 その後、ワイヤーを付けた救援車が駆けつけたが、既に終わっていたため、場の雰囲気が微妙なものになった。

 

 

 

 

 

 

 

「……………とまあ、そんな感じかな」

「成る程な……………だが、それじゃあ長門が知波単との試合を拒む理由が分からんぞ?」

「確かに。さっきの話だけでは、ただ長門君がチハの乗員を全員救出して、さらにチハも引っ張り上げたって事しか分かりませんね……………」

 

 言い切ったような表情の達哉に、桃と柚子が、いまいち腑に落ちないと言わんばかりの表情で言う。

「まあまあ、河嶋さんに小山さん。話は最後まで聞くものですぜ?」

「ま、未だ続きがあるのか!?」

 ニヤリとしながら言う達哉に、桃は大声を出す。

 

「当たり前でしょうが。でなきゃ、さっき小山さんが言ったような展開だけで終わっちまうからな………………んで、そんな出来事もあって試合が終わって、そこからが本題なんですけど……………」

 

 そう言葉を切り出し、達哉は話の続きを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「時間良し、そして忘れ物無し………………良し、それじゃあ俺等も撤収すっか!試合のDVDは今度送られてくるらしいから、その時に皆で見ようぜ!」

『『『『『おー!』』』』』

 

 帰り際の最終チェックを終えた紅夜が言うと、レッド・フラッグのメンバーはそう返事を返して移動用のバスに乗り込んでいく。

 試合後、紅夜は試合を見に来ていたと言う知波単中等部チームの通う学校の教員やチームメイトに囲まれて礼を言われ、あるチームの1人には握手を求められ、またある者には抱きつかれたりと、かなりもみくちゃにされたのか、髪の毛がボサボサになっていた。

 

「あ~あ、ボッサボサになっちまった」

 

 頭に軽く手を当てながら言うと、紅夜はバスに向かって歩みを進めていくが……………

 

「待ってください、紅夜さん」

 

 後ろから絹代に呼び止められ、紅夜はその歩みを止めて振り向いた。

 

「おお、西さん。チハの乗員はどうだった?怪我とかは?」

 

 紅夜は心配そうな表情で訊ねるが、絹代は笑みを浮かべ、首を横に振った。

 

「いえ。幸運にも、全員怪我はありません」

「おー、そりゃ良かった。誰か怪我してたらどうしようかと思ってたから安心したぜ」

 

 紅夜はそう言うと、搬送車で運ばれていく愛車を見た。

 

「IS-2のワイヤー、新しいのに換えといてくれるかなぁ?あのワイヤー、チハを引っ張り上げた際に切れかけてたらしいし………………」

 

 実はあの後、紅夜はワイヤーを回収していた際、IS-2とチハを繋いだワイヤーが切れそうになっていた事に気づいたのだ。

 その損傷具合からすれば、絹代が安全な場所へ到達してから切れ目が入り始めていたのだろう。

 そして、後少し引き上げるのが遅ければ、紅夜はチハ諸共その場に止まるか、足場がもたなくなって土手をずり落ちるかのどちらかの運命を辿る事になっただろう。

 

「あの……………」

 

 そんな物思いに耽っていると、絹代が近づいてきていた。

 

「ワイヤー、切れそうになっていたんですよね……………?」

「ん?………ああ、まあそうだな。やっぱ、あんな急勾配の土手の中腹辺りから戦車引き上げるのは、ちょっとばかりハードだったか……………」

 

 紅夜が言うと、絹代は顔を俯けた。

 それを見かねたのか、紅夜は絹代の肩に手を置いた。

 

「おいおい、そんなに気にする事はねぇよ。ワイヤーが切れかけてたとは言え、最終的にはお前の戦車も乗員も、そして俺も無事だったんだ。『終わり良ければ全て良し』、これで良いじゃねえか」

 

 そう言って、ゆっくりと頭を上げた絹代に、紅夜は微笑みかける。

 

「ッ!」

 

 その瞬間、絹代の顔が真っ赤に染まり上がった。もう既に夕方になっているが、それでも分かる程だ。

 

「あ、ありがとう……………ございます」

「そんなに何度も礼言わなくても良いって。もう何回も言われたんだかさ……………って、なァ~に何時までもシケた面してんだよ?ホラ、笑え笑え!美人さんに似合うのは笑顔だからな!」

 

 そう言って、紅夜は豪快に笑った。

 それを見た絹代も安心したのか、その表情に笑みを浮かべる。

 不意に、紅夜の耳にはバスのエンジンがかかる音が聞こえ、腕時計を見る。

 

「おっと、そろそろ行かねえと……………それじゃな西さん、また勝負しようぜ」

 

 紅夜はそう言って踵を返し、バスに向かって歩こうとするが、その瞬間、絹代は紅夜に駆け寄っていた。

 

「紅夜さん!」

「ん?未だ何か---ッ!?」

 

 

 未だ何かあるのかと言おうとした紅夜の口は、突然視界一杯に顔を映した絹代の口によって塞がれた。

 そして口に感じる、柔らかくてしっとりした感触……………

 

……………そう、キスである。

 

「ちょっと紅夜、さっきから何してるのよ?もう皆バスに……………乗っ……………て……………」

「おーい静馬、ドアの近くで何固まって……………ん……………だ……?」

 

 紅夜が中々来ない事に痺れを切らした静馬や、そんな静馬を追って達哉が出てきたが、その光景を見て、達哉は顎が外れそうな気分だった。

 

「あっ……………あぁぁ……………」

 

 静馬は言葉にならないような声を発し、遂には達哉に倒れ込んだ。

 

「んっ……………んぅ……ぷはっ」

 

 長い口づけを終え、絹代の唇が紅夜の唇から離れる。

 

「……………ッ!?」

 

 最初、自分に何が起こったのかを理解出来なかった紅夜は、目の前で妖艶な笑みを浮かべる絹代を視界に捉えた瞬間、顔が真っ赤になった。

 これを見た達哉曰く、『紅夜の赤面なんて、これ以外では見た事無い』とすら言わしめる程に。

 

「ちょ……………ちょっとちょっと!何してんだ西さん!?」

 

 状況を理解した紅夜は、顔が真っ赤になったまま絹代に詰め寄って両肩を掴んで揺さぶる。

 だが、絹代は妖艶な笑みを崩さぬまま、両腕を紅夜の首の後ろに回してしなだれ掛かる。

 紅夜は戸惑いつつも抵抗しようとするが、相手が女で、自分に敵意がある訳ではない手前、振り払うなどと言った手荒な真似は出来ない。

 

「ンフフッ♪離しはしません。このまま私と、ずっと一緒に居てください……………旦那様♪」

「……………えっ?……………えええぇぇぇぇえええええっ!!!?」

 

 その瞬間、紅夜の大絶叫が響き渡った。

 

「オイちょっと待てや西さん!アンタどうしたんだよ!?熱でもあんのか!?だったら今直ぐ病院に!」

 

慌てふためきながら、紅夜は徐々に、絹代から距離を取り始める。

「私は正常ですよ?旦那様……………」

「ちょっ!?ちょっと待とうぜ!?落ち着け……………って、なんで上着脱いでんだお前!?」

 

距離を埋めようと近づきながら、上着のボタンを外して脱いだ絹代に、紅夜は焦りながら言う。

 

「何故って……………男と女、やるなら伽以外に無いでしょう?」

「~~~ッ!!?」

 

そのまま近づいてくる絹代に、紅夜の頭の中で危険を知らせるアラームがけたたましく鳴り響く。

 

--ヤバい、何か知らんがやられる!--

 

 戦車道一筋でやってきた紅夜は、メンバーの中で一番、性的事情には疎い。そのため、今の絹代のような状態の女性への耐性は皆無。ましてや今の絹代のような女には会った事すら無い。

 そのため、紅夜の心に沸き上がってきたのは……………突然の状況への《困惑》と、絹代に『何かをされる』と言う《恐怖》だ。

 

「さぁ、私の元へいらっしゃい、旦那様……………」

「うわぁぁぁぁぁああああああっ!!?助けてくれェェェエエエエエッ!!!」

 

 阿鼻驚嘆の悲鳴を上げながら、紅夜は何処ぞの黄色いタコ型超生物顔負けの速度でバスに駆け込み、自分の席に座ってガクガクと震え出す。

 だが、中々バスが出発しない状態が続き、紅夜の精神は崩壊寸前にまで追い込まれていた。

 紅夜の性的事情への疎さと、それ故に妖艶な誘惑などに対する免疫が皆無な紅夜を誘惑した絹代で招いた結果がこれである。

 そして紅夜は、バスが中々出発しない事に焦れ、精神が崩壊寸前であるのもあってか、運転手に向かって大声を張り上げた。

 

「は、早く!早くバス出してくれ!!でねえと俺、彼奴(西絹代)に何かやられちまう!早くしてくれ!つーか今直ぐバス出せ!」

「は、はいぃぃぃぃいいいいいっ!」

 

 その気迫に押され、運転手はバスを発進させた。

 そうして港に着くまでの間、席で震えている紅夜を、静馬は膨れっ面で睨んでいたとか……………

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………とまぁ、そう言う事があって、紅夜は西さんがマジで苦手って訳なのさ……………まぁ、あれであんだけ怯えまくるのはどうなんだよって思うけどな」

 

 達哉は今度こそとばかりに言い終えると、またしても腕を上に上げて伸びをする。

 

「傍から聞いてると、かぁ~なりオイシイ話にしか聞こえないんだけどねぇ……………」

 

 杏の言葉に、大洗のメンバー全員が声を揃えて頷く。

 

「まあ、そうでしょうな……………取り敢えずはそう言う訳だから、紅夜の過去話は、これでおしまい」

 

 そうして、今日の活動は終了となった。

 それから、達哉が紅夜の過去について話している間、結局メンバーの元へは戻ってこなかった紅夜は、静馬に連れられて帰宅し、その日、静馬は長門家に泊まる事になったとか違うとか……………

 

 そして紅夜は、精神回復のために、次の日の練習を欠席したらしい。



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第48話~ウォーター・ウォー!その1です!~

紅夜暴走事件から2日明けた今日、大洗女子学園戦車道チームでは、とある話が持ち上がっていた。

 

「……………と言う訳で、知波単学園との試合会場は、南の島に決定しました~!勿論ビーチでも泳げるよ~~!」

『『『『『『『おおーーっ!!』』』』』』』

 

IS-2のエンジン部分にサマーベッドを置き、其所に寝転がった杏が言うと、メンバー全員から歓声が上がる。

 

「海かぁ~……………釣りとかモリで魚捕ったりして、食いてえなぁ~」

 

1日欠席を経て復活した紅夜はそう呟くと、腹の虫が嘶く。

 

「それもそうだけど、せっかくのビーチなんだから泳ごうよ!」

 

紅夜を押し退けるようにして出てきた沙織が提案すると、他のメンバーから賛同する声が上がる。

 

「……………」

 

そんな明るい雰囲気の中で、みほだけは1人、まるで会話についていけていないかのように辺りをキョロキョロと見回している。

 

「西住ちゃん、どったの?」

 

そんなみほの挙動を不思議に思ったのか、杏が訊ねた。

 

「私、その……………水着持ってなくて……………」

「あれま、そうなの?」

 

みほが答えると、杏は意外だとばかりに目を丸くする。

 

「そう言えば紅夜、お前も水着持ってなかったよな?男子の中でお前だけ」

「ん~?……あー、そう言われてみりゃそうだな」

「おーおー紅夜君、君も持ってないのか~。いやァ~、2人でお揃いだねぇ~」

「ふえっ!?」

「それもそっスね」

 

杏が冷やかすように言うと、みほは顔を真っ赤に染め、紅夜は大して気にしておらず、ウンウンと頷いている。

 

「それじゃ、皆で買いに行きませんか?アウトレットに良いお店があるんですよ」

 

優香里が提案すると、一同の視線が優香里に集まり、今度は互いに見やって頷き合う。

 

「良し!そんじゃ秋山ちゃんの提案を採用して、学園艦が寄港したら皆で水着買いに行くか!」

『『『『『『『おおーーっ!!』』』』』』』

 

場をまとめるように杏が言うと、メンバーから声が上がり、水着を買いに行く事が決定された。

 

「そんじゃ紅夜、行ってらっしゃい」

 

その時突然、達哉は紅夜の肩に手を置いて言った。

 

「ん?お前等も来るんじゃねえのか?」

「いやいや、お前さっき俺が言った事聞いてなかったのか?」

 

そう言われ、達哉が紅夜は水着を持っていないと言う事を伝えた時を思い出していた。

 

「あの時言ったろ?『男子の中では、お・ま・え・だ・け・が水着を持っていない』って」

「ああ、確かにそう言われたけど……………って、お前等まさか!?」

「そう……………お前1人で行ってこい♪」

「馬鹿野郎ォォォォオオオオオッ!!コイツッ!何を言っている!?ふざけるなァァァァアアアアアッ!!!」

「紅夜よ……………」

 

達哉がそう言いかけると、翔や勘助、そしてスモーキーの男子陣が集結し、畳み掛けるようにして言った。

 

「「「「「最終的に……………後でそのネタを使って、紅夜を面白可笑しくイジり回せたら良かろうなのだァァァァアアアアアッ!!!」」」」」

「テメェ等ァ……………ッ!」

 

その瞬間、紅夜から半透明のオーラが溢れ出る。

そして、紅夜はそのオーラを一気に解放し、そのオーラは金色となり、紅夜も金髪碧眼へと姿を変える。

 

『表出やがれやゴルァ!全員纏めてぶちのめしてやる!』

「「「「「上等!」」」」」

 

そうして、男子陣全員が格納庫の外へと出ていき、6対1の大乱闘が始まった。

格納庫の門が勢い良く閉まり、その場に沈黙が流れる。

その後、爆音や怒鳴り声が響き渡り、その場の温度すらも下がり始めた。

そとの喧騒を聞くこと数分、桃はおずおずと、話を切り出した。

 

「えー……………取り敢えず、これから詳しい予定について話す。外で喧嘩してる男子陣への連絡は……………須藤、頼む」

「りょ、了解しました……………」

 

そうして、話に加わってきた杏や桃が詳しい予定についてメンバーに伝え、その日の活動は終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、活動が終了しても外の喧騒は収まらず、それからさらに1時間程で漸く静かになり、メンバーが恐る恐る外に出てみると、紅夜を除いた男子陣が倒れており、紅夜も肩で荒く息をすると、程無くしてその場に倒れたと言う。

 

その後の話し合いで、結局達哉がついていく事になったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

そして、大洗町に寄港した学園艦から降り、陸の土を踏みしめた大洗戦車道チームの一行は、直ぐにアウトレットへと移動し、そのまま一直線に水着売り場へと直行する。

 

「さてと……………俺も適当に水着選んで買うか」

 

紅夜はそう呟くと、女性用水着売り場の向かい側にあった男性用水着売り場へと向かい、丈が膝までの、黒地に蒼白い稲妻が描かれた水着を買って、その2つの水着売り場のちょうど真ん中にある休憩スペースのベンチに腰掛け、スマホを取り出して時間を潰そうとした。

電源を入れると、画面には電源を切っている間にラインのメッセージが届いていたらしく、そのメッセージ画面が表示された。

 

「おっ!綾(あや)からだ。彼奴からラインしてくるなんて久し振りだな……………」

 

そう呟きながら、紅夜はメッセージを読む。

 

『兄様、試合の時はよろしくね。全力で来なさいよ?』

「へぇ~、彼奴知波単入って戦車道選んだんか……………つーか、アイツのキャラも相変わらずだな」

 

紅夜はそう呟きながら、妹--長門 綾(ながと あや)--について考える。

 

 

綾は陽気な紅夜と比べるとしっかり者で、若干気が強い少女だ。

紅夜の緑色の髪の毛に対して、彼女のは黄緑色。そして、何処と無くアウトドア派な雰囲気を感じさせる。

紅夜の事は『兄様(にいさま)』と呼んでいる。

普段は紅夜に対しては、若干トゲのあるような話し方をするが、紅夜を通じて彼女とも交流があったレッド・フラッグのメンバーは、それが好意の裏返しであると言うのがバレバレだった。

事実、紅夜と親しげに話している女性には嫉妬したような視線を向け、その後は紅夜にくっついているのが、達哉が度々目撃していた。

所謂、『ツンデレのブラコン』と言ったところである。

 

 

「コラコラ紅夜君?なァ~に休んじゃってるのかな~?」

 

暫く会っていない妹の事を思い起こしていると、まだ水着売り場に行ってなかったのか、売り場の外に居た杏が近寄ってきた。

 

「ん?俺、自分の水着買ったんスけど」

「そりゃそうだけどさぁ~。もっと、こう……………気にならないの?」

「何が?」

 

首を傾げる紅夜に、杏は徐々に言葉を詰まらせていく。普段はどのような相手にも調子を乱さない彼女でも、こんなにも筋金入りの天然を相手にしたら分が悪いようだ。

 

「オイ紅夜、何1人のんびりしてやがんだよ?とっとと来い。俺1人女性の水着売り場に放り込まれて居心地悪いんだよ」

 

売り場から出てきた達哉が、呆れたように言いながら紅夜に近づいた。

 

「へっへっへ~だ。俺1人に気まずい思いさせようとしやがった罰だよ~」

「聞く耳持たんわ!テメェも来やがれ!」

「うわー、おーぼーだー。俺には選択する権利があるんだ~」

「知ったこっちゃねぇわ、そんなモン。良いから来やがれ、お前の感想求めてる奴が結構居るんだよ。だからさっさと来い、何も言わずに来い、嫌とは言わせない」

「ンな無茶苦茶な……………」

 

紅夜のささやかな抵抗も空しく、達哉に首根っこをひっ掴まれてズルズルと引き摺られていった。

 

 

 

 

 

 

その頃、知波単学園戦車道チーム隊長の絹代も、寄港した先でのアウトレットて水着を買っていた。

黒いビキニタイプの水着やハイレグタイプ等を手に取って見比べては、それが自分に合うかどうかを考え、それを元の場所に戻しての繰り返しである。

だが、その表情には自分に合う水着が中々見つからない事へのイラつきを感じさせるような表情は無く、楽しそうな表情を浮かべていた。

 

「(この水着なら、旦那様も……………否、それなら此方も捨てがたい………ああ、想像が膨らんでいく♪)」

実際、自分が恐がられている事など知りもしない彼女は1人、そんな妄想に耽っているのであった。



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第49話~ウォーター・ウォー!その2です!~

「あー、居心地メッチャ悪い~」

「仕方ねぇだろ、此処は女性用の水着売り場なんだしさ……つーか紅夜、俺はお前が来るまでの間、ずっとこんな思いしてたんだぜ?おまえは少なくとも、俺よりもそんな思いする時間は少ねぇんだから、それだけでもありがたいと思え」

 

紅夜を女性用水着売り場へと連行してきた達哉は、店に入ってから大洗戦車道チームやレッド・フラッグの女性陣のメンバー以外の女性客の視線に、居心地の悪さを露にする紅夜に文句を言っていた。

とは言え、大概の視線に含まれる気持ちは好奇心なのだが、それでも、性別での人工比率は、言うまでもなく女性がダントツに多い。

視線に含まれる女性客の気持ちがどのようなものであれ、紅夜や達哉からすれば堪ったものではないのだ。

 

「それに、俺さっき言ったろ?『お前の感想を求めてる奴が結構居るんだ』って」

「俺みてえな奴の意見聞いたって何にもならんだろうに……………」

 

達哉が言うと、紅夜はガックリと肩を落としながら言い返す。

 

「あっ、達哉君!長門君は見つかったの?」

 

其所へ、達哉を見つけた沙織が近づいてきた。

 

「ああ、この通りにちゃんと捕まえてきたぜ」

 

そう言うと達哉は、肩を落として猫背状態になっている紅夜の首根っこを片手で掴み、持ち上げてみせる。プラーンと垂れ下がる紅夜を見た沙織は、達哉の常識はずれな腕力に目を見張る。

 

「えっ、これって武部さん、お前の差し金だったんか?」

「うん、ゴメンね~」

 

そう言って、沙織はイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべる。

そんな邪気の無い笑顔に、紅夜は怒る気にもならずに項垂れた。

 

「まぁ、もう連れてこられたんだから別に良いけどさ……………つーか達哉、いい加減にそろそろ下ろせ」

 

紅夜がそう言うと、達哉は紅夜を持ち上げたままで手を離すが、それを予想していたのか、紅夜は尻餅をつく事無く着地すと、背筋を伸ばした。

そして、先に歩き出した達哉と沙織の後に続く。

 

「ウーーンッ!やっぱ1度でも猫背になったら、背筋伸ばすのすらダルく思えてくるぜ」

 

そう呟きながら、紅夜は伸びをして閉じていた目を開ける。

 

「それにしても……………男のもそうだが、女の水着にも色々と種類があるんだな」

 

そう言いながら、紅夜は所狭しとばかりに並んでいる水着を見渡した。

大人しめの女性が着るようなタイプの水着は勿論の事、スポーツタイプの水着もあれば、『魅せる』タイプの水着もある。

 

欠伸混じりに辺りを見回しながら前を行く2人についていくと、其所にはみほ達あんこうチームのメンバーが居た。

まだ水着を決めていないらしく、全員、どれにしようかと悩んでいた。

 

「皆~、長門君が合流したよ~」

 

沙織がみほ達に呼び掛けると、みほと優香里、そして華が振り向いて微笑み、紅夜に小さく手を振る。

麻子も気づいたのか、軽く手を上げて会釈した。

「(つーか、武部さんってマジで達哉の事好きなんだな……心なしか、距離が近く見えるし、何時の間にか名前で呼んでるし)」

前を歩く2人の様子を見ながら、紅夜はそんな事を考える。そのままみほ達に合流した一行は、水着売り場を散策し始めた。

 

「おっ、何かさっき見たのとは、また違うタイプのだ……ホントに水着って、色々と種類があるんだな……」

 

立ち並ぶ水着をどうでも良さそうに眺めながら、紅夜はそんな事を呟く。

それに反応したのか、優香里が突然、紅夜に詰め寄った。

 

「そうなんです!此処は何と言っても、『水着と呼ばれるものなら、あらゆる種類を揃えている』と言うのが売りなんですよ!」

「へ、へぇ~………」

 

興奮気味に語り出す優香里に、紅夜は若干引きながら言う。

 

「例えばですねぇ~……これとか、これとか!」

 

そう言うと、優香里はハンガーに掛かった何着かの水着を引ったくるようにして持つと、近くにあった試着室に飛び込んでいった。

 

「ボンペイの壁画をイメージした最古のツーピースに、19世紀のスイムスーツ!そして何と言っても、お約束の縞水着!」

 

優香里はそう言いながら、彼女が言う水着の姿になってポーズを決めて現れる。

 

「お前、早着替えコンテストにでも出れば?」

カーテンを勢い良く明け閉めして、気がつけば別の水着姿になっている優香里を見て、紅夜はそんなコメントを呟く。

少なくとも今の状況で言うような台詞ではないのだが、強ち間違いでもないのでタチが悪い。

 

「更には!」

 

優香里はそう付け加えると、着ていた水着から制服姿に戻って、先程取り込んだ水着を元の位置に戻すと、今度はまた別の水着を何着か取り、再び試着室に飛び込んでいった。

そして数秒程度で、カーテンが勢い良く開け放たれる。

 

「古今東西の映画俳優デザイナーズブランドや、グラビアアイドル用に至るまであるんですよ!」

 

カーテンが勢い良く開け閉めされる度に、ピンク色のビキニや白いハイレグ水着姿になった優香里がポーズを決めて現れる。

 

「だからさぁ秋山さん、今からでも早着替えコンテストにでも…「それはさっき聞いた」」

 

またしても同じ事を言おうとした紅夜の口を、達哉が素早く塞いだ。

そうしている内に、制服姿に戻った優香里が試着室から出てきた。

 

「………と、こんな感じで説明させていただいた訳ですが………」

 

そう言いながら、優香里は若干頬を赤く染めて、紅夜に近寄った。

 

「どう、でしたか?私の、水着姿は……」

 

そう言って、優香里は紅夜を見上げた。

「ふむ…………似合ってたと思うぜ?案外ノリノリだったから余計にな」

 

そう言って、紅夜は微笑みかける。それを見た優香里は、花が咲いたような笑みを浮かべ、みほと華は複雑そうな表情を浮かべる。

 

「……………何コレ?」

 

そんな麻子の声に、一行の目線が集中する。麻子が持っているのは、最早ただの紐にしか見えないような水着だった。

それを視界に捉えた沙織は、その水着を指差して声を上げた。

 

「あっ!それは幻のモテ水着!」

「えっ、こんなのが!?」

「違うでしょう」

「どっからどう見たって、ただの紐にしか見えねえよコレ」

 

みほが沙織の言葉を信じそうになるが、華がそれにツッコミを入れる。

紅夜は呆れたような表情で、腕を組みながら言った。

 

「……………」

 

幾ら麻子でも、流石に紐水着を持っているのは恥ずかしかったらしく、そのまま元あった場所へと戻した。

 

「あっ!アレなんて良さそう!」

 

沙織はそう言って、近くに展示されている水着へと近づいていった。

 

「おおっ!これは女子の嗜みのフラワーね!やっぱ可愛い!此方はガーリー!やっぱ堪んない!ゴスも若い内に1度は着てみたいよね!」

 

様ざな種類の水着に近づいて眺めながら、沙織は興奮して言う。

他の一同が沙織を目で追う中、紅夜は捲し立てるように言う沙織のペースについていけずにポカンとしている。

 

「だけど、それより!」

 

そう言って、沙織は一同の方に振り向いて言った。

 

「今年はきっと、パンツァーが来ると思うんだ!ううん、絶対に来る!」

「パンツァー、ねぇ……………」

 

確信めいた表情で言うが、紅夜は『パンツァー=Panzer=戦車』が、『水着』に関連する理由が分からずに首を傾げた。

 

「豹柄ですよね?」

「おっ、それ良いね、それに1票」

「違う!それパンサー!」

 

華が出した答えに紅夜も賛同するが、沙織に即答で否定される。

 

「あっ、そう言えば昔、パンターは『パンサー戦車』って呼ばれてましたね」

 

その様子を見ていた優香里が、思い出したような表情で呟いた。

 

「そう!正にそれ、戦車だよ!」

「意味不明……………」

優香里の答えが正解だったそうだが、麻子は未だに意味が分からず、そんなコメントを呟く。

 

「だから、大胆に転輪をあしらったコレとかよ!」

 

そう言って、何時の間にか試着室に入っていた沙織が水着姿で現れる。

 

「パレオにメッシュを使って……………えっと、シュル、シュル……………何てったっけ?」

 

パレオになっている部分を捲りながら言うが、言おうとしている単語が思い浮かばないらしく、沙織は訊ねた。

 

「ああ、それってシュルツェンじゃね?ホラ、Ⅳ号とかⅢ突とかに付けてた外装式の補助装甲板」

「あーん!それ私が言おうとしてたのにぃ~!」

 

紅夜が答えると、優香里が泣きながら言う。

 

「そりゃすまねえな、秋山さん……………にしても、戦車っつったってそれぐらいしか無いんじゃね?」

「いえ、こんなのもありますよ!」

 

何時の間にか機嫌を直していた優香里が、ある水着に着替えて言った。

 

「へぇ~、南国風で良いなぁ……ん?秋山さんよ、それのマークもしかして………」

「はい!アフリカ軍団仕様です!」

 

紅夜が、優香里が着ている水着に描かれているマークを指差して聞くと、優香里はその部分を見せるようにして答える。

 

「それもそうだし、こう言うのも!」

 

そんな声が聞こえた一行が振り向くと、何時の間にか沙織に掻っ拐われて試着室に放り込まれ、カンガルーのマークがプリントされたピンク色の水着に着替えさせられた麻子が現れた。

 

「なんで私が………」

 

麻子は大して興味が無いのか、かなりウンザリしたような表情で言う。

 

「おっ、ソイツは知ってるぜ!確か英国第7機甲師団、通称《デザートラッツ》仕様だな」

「へぇ~、達哉ってそんなんまで知ってんのか」

「まぁな」

 

紅夜が話しかけると、達哉は得意そうに返事を返した。

 

「そう、そう言うのだよ達哉君!今年はそう言うのが絶対来るよ!」

「「ね~」」

 

沙織と優香里が盛り上がるが、紅夜、みほ、華の3人は……………

 

「来るのか?」

「どうだろう………」

「恐らく来ないと思います」

 

そんな冷めた会話が交わされていた。

 

そうしている内にも、麻子が『学校指定の水着で良い』と言った発言をして、沙織に何やら説教をされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、達哉……………女の流行ってのは分からねえモンなんだな」

「ああ、奇遇だな紅夜。俺もちょうど、そんな感じの事を考えてたところだぜ」

 

そんな会話を交わしながら、紅夜と達哉、たった2人の男は、彼女等の近くに居ながらも、まるで遠いものを見るような目をしながら見ていた。

 

「悪い、ちょっと手洗い行ってくる」

「あいよ、いてら~。チャラけた女に絡まれんなよ~」

「既に女に誘惑された事があるお前に言われたかねぇよ」

 

からかうようにして言う紅夜にそう言い返すと、達哉は水着売り場を出ていった。

 

 

「ふぅ……」

 

そんな中でも、麻子に何やら言い聞かせている沙織を見ながら、紅夜は微笑みを浮かべた。

 

「いやぁ~。結構施設とかが発展してきてるなぁ、赤旗の隊長さんよ」

「ッ!?」

 

突然横から聞こえた声に、紅夜はギョッとして振り向く。

紅夜の視線の先には、黒髪に蒼い目と言う違いを除けば、紅夜と瓜二つの青年が立っていた。

その青年はパンツァージャケットに身を包み、かぶっている帽子には、雄叫びを上げる白い虎が描かれていた。

 

そう。彼こそが、何時か紅夜が拓海から聞いた、今となっては、ほぼ誰にも知られていない、真の初代男性戦車道同好会チーム--《白虎隊(ホワイトタイガー)》--の隊長にして、試合中の事故によって、早すぎる死を遂げた青年――八雲 蓮斗(やくも れんと)――だった。

「え、えっと………………どちらさんですかね?」

 

紅夜は青年の正体には薄々勘づいていたが、取り敢えずは知らないふりをした。

 

「おろ?知らねえのか?拓海から俺について聞いてると思ったんだがな……………お前、結構前に拓海の家に居たろ?白虎隊の帽子とティーガーのマニュアル持ってったじゃねえかよ」

「そ、そうッスけど………………んじゃ、アンタが……………八雲蓮斗、さん……?」

「ああ。俺が白虎隊の隊長、八雲蓮斗だ……………はじめましてだな、会えて嬉しいぜ。赤旗の隊長--長門紅夜君--よ」

 

そう言うと、蓮斗はかぶっている帽子のつばを少し上げて微笑みかけた。

 

「……………何かしに来たのか?」

 

 その問いに、蓮斗は両手を振りながら答えた。

 

「いやいや、後輩が居たから挨拶がてらにおちょくりに来たのさ。どうだ?驚いたか?」

 

紅夜が首を横に振ると、蓮斗は『残念だ』とだけ言って豪快に笑う。だが不思議な事に、かなりの大音量なのにも関わらず、他の客には聞こえていないのだ。

 

「おっと、今回の接触はここまでだな……………じゃあな、赤旗の隊長さん。また今度にでも遊ぼうぜ」

「え、おい!?」

 

紅夜が呼び止めるのも聞かず、蓮斗はそのまま、誰にも見られる事無く店を出ていった。

 

「ただいま~」

 

それと入れ違いになって、達哉が戻ってきた。

 

「おい紅夜、聞いてくれよ。さっきさぁ、お前とスッゲー似てる人と擦れ違ったんだよ。偶然ってスゲーよな!どっかに住んでる人なんだろうが、何処の人なんだろうなぁ~」

 

達哉は興奮気味にそう言うが、紅夜は複雑な面持ちだった。

 

「(違ぇよ達哉……………確かに容姿は俺と瓜二つだが、後のお前の言葉、『どっかに住んでる』ってのは違ぇよ。だってその人は……………大昔に『死んだ』んだから…………)」「ん?どうした紅夜?」

 

そんな顔で考えていると、キョトンとした達哉が声をかけた。

 

「ああ、いや!何でも無い……………ホラ、行こうぜ」

「あいよ!」

 

そうして紅夜と達哉は、みほ達の元へと向かった。

 

この時紅夜は、今後も時々、あの八雲蓮斗と言う青年に会う事になるのを……………そして未来……………と言っても、そんなに大して遠くはない未来に、自分達に残酷な運命が襲い掛かると言う事など、考えもしなかった。



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第50話~ウォーター・ウォー!その3です!~

今は亡き者となっている筈の《白虎(ホワイトタイガー)》隊長、八雲蓮斗との接触を経た紅夜と、戻ってきて合流した達哉が水着売り場に戻ってきている中、みほは売り場を歩き回っていた。

 

「うわぁ~、秋山さんが言った通り、本当に色々な種類がある。これじゃ、どれにしようか悩みすぎて時間掛かっちゃいそう……………」

 

みほはそう呟きながら、立ち並ぶ水着の列を見渡す。

みほの視界には、様々な形や色を持つ水着がズラリと並んでいる。

ビキニタイプ、ハイレグタイプ、ボディースーツタイプ等の形もさることながら、赤、青、緑や黄色、花柄、チェック柄、迷彩柄等、色や柄も様々な種類が揃っている。

 

「(男の子も居るんだし、あまりセンス無いのは選びたくないな……………)」

 

そう思いながら歩き回っていると、ふと、その脳裏に紅夜の顔が浮かんだ。

サンダース戦以降から、紅夜に特別な感情を抱いていると感じていたみほ。それが紅夜への『恋心』だと知った時は、布団の中でのたうち回ったものだ。

 

「(そう言えば、紅夜君にも見られちゃうんだよね………私の、水着……)」

 

そう思うと、嬉しくも恥ずかしくも感じる。

そんな思いを紛らせようと、自分の水着探しを再開する。

 

「もう良い~か~い?」

「ん?」

 

そうして暫く歩き回っていると、試着室に呼び掛ける沙織の姿があった。

 

「おい武部さんよ、店の中でかくれんぼでもしてんのか?」

 

と、其所へ達哉と戻ってきた紅夜が、何とも場違いなコメントを呟き、達哉にツッコミを入れられている。

 

「もう良い~ですわ」

 

その様子を見ていたみほが苦笑を浮かべていると、若干間延びした声と共に試着室のカーテンが開かれ、水色で背中全開のハイレグタイプの水着姿になった華が現れた。

 

「こんなのは如何でしょう?」

 

そう言いながら、華はクルリと回ってみせる。

 

「うわぁ~、可愛い可愛い可愛い~ッ!!」

「うふっ♪」

 

誉められたのが嬉しいのか、華はパックリと開いた背中を見せ、その長い黒髪を靡かせる。

 

「はわわぁ~」

「背中全開……………」

 

それを見たみほは顔を赤くし、麻子は冷めた顔でコメントする。

 

「その次ですが……………これも如何でしょう?」

 

すると、華は試着室に引っ込んでカーテンを閉め、次の瞬間には、形がほぼ同じの黒い水着に着替えて出てきた。

 

「おお~ッ!それも可愛い~ッ!!」

 

本心なのか、それともどちらでも良いのか、沙織は先程とほぼ同じコメントをする。

 

「後方注意……………」

 

水着の形自体は先程とほぼ同じなので、麻子も似たようなコメントを呟いている。

 

「五十鈴さんも、秋山さんみてえに早着替えコンテストに……「取り敢えずは紅夜、一旦早着替えコンテストの話から離れようぜ?」……………はい」

 

達哉に凄まれた紅夜は、若干縮こまりながら答えた。

 

「あっ!2人共何処行ってたの?って、みぽりんも居る!」

「ちょっと野暮用で」

「同じく」

 

3人に気づいた沙織が声をかけると、紅夜と達哉はそんな返事を返す。

 

「それもそうだけど長門君、華の水着見てあげてよ!」

「ん?……………へぇ~」

 

そう言うと沙織は、紅夜が華へと視線を向けて感嘆の息をつき、華が恥ずかしがるのを見て何かの悪戯心が働いたのか、恥ずかしがって試着室へと下がり始めていた華の後ろに回り込んで押し出す。

「きゃっ!?」

 

だが、勢いが少し強すぎたらしく、華は前のめりになって転びそうになってしまう。

 

「おっと」

 

それを見た紅夜がすかさず前に出て、その胸板で華を受け止めた。

転ぶ勢いを抑えるためか、紅夜の両手は華の両肩に添えられている。華の両手は、その時の勢いで紅夜の腰に添えられていた。

 

「ふぅ、危なかったな……………おい五十鈴さん、大丈夫か?」

「……………」

 

紅夜はそう呼び掛けるが、華からの応答が無い。ただ、頬を赤く染めながら紅夜を見上げるだけだ。

 

「五十鈴さーん?おーい、返事しろ~」

 

何も答えない華を不思議に思い、紅夜はそう言いながら、華の両肩を軽く叩く。

 

「んぅ………」

「……………ッ!?」

 

すると、紅夜の腰に添えられていた華の両手が、紅夜の首の後ろへと移動した。紅夜が華を受け止めた時よりも一層、華が紅夜に抱きついているように見えていた。

そして華は、紅夜の胸板に顔を埋める。

 

「い……………五十鈴さん?」

 

いきなりの動きに戸惑いながらも、紅夜はまた、華に呼び掛ける。

すると、華は先程以上に顔を真っ赤にして顔を上げた。

 

「……………長門、さん………」

 

艶のある声で言うと、華は顔を少し、紅夜の顔へと近づけた。離れようとする紅夜だが、華が首の後ろをホールドしているため、最早逃げ道など皆無だった。

 

「長門さぁん……………」

 

熱に浮かされたような声を放ちながら、華の真っ赤な顔が近づいてくる。

 

「ちょ、おい五十鈴さん!?落ち着け!どうした、何があった!?」

 

顔を近づけてくる華の肩に添えている手に力を入れ、華を引き剥がそうとするが、思いの外強かったのか、中々離れない。

それどころか、余計に体を押し付けてくる始末だ。

 

「逃げちゃ、ダメですぅ……………」

 

その瞬間、紅夜はレッド・フラッグ現役時代に、絹代に誘惑された時のトラウマを思い出しかけ、体を震わせる。

 

「怖い怖い怖い怖い!メッチャ怖ぇーぞ五十鈴さん!?落ち着けっての、早まるんじゃねぇ!って、ちょい武部さん!お前見てねえで助けろよ!そもそもこうなったのはお前のせいだろうが!早く何とかしろ!」

「は、はい!」

 

紅夜の気迫に押され、沙織がその場に介入した。

 

こうして、華は無事に紅夜から引き剥がされ、沙織の手によって着替えさせられたのだが、それから正気に戻った華が、その場の光景を見ていた沙織や達哉に、沙織に押されて紅夜に受け止められた後、自分が何をしたのかを説明されて顔を真っ赤に染め上げ、そのまま近くに来た紅夜の頬をひっぱたいてしまったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ったく、なんで俺が殴られなきゃならねえんだよ」

 

アニメでお馴染みの紅葉を頬に拵えた紅夜は、真っ赤な手形がついた頬を擦りながら不満げに言った。

 

「ガハハハハッ!おもしれぇぐらいに真っ赤な手形だな、紅夜!」

「笑い事じゃねえよ達哉」

 

不機嫌な紅夜の横で、達哉は大笑いしながら歩き、その後ろでは、顔を真っ赤にした華が、みほと沙織に挟まれて歩いている。

 

「いやぁ~、華ってばダイタンだったね~。水着姿で長門君と密着しちゃって、そのまま勢いで胸押し付けてキス……って痛い!ちょっと華!?耳つねらないで!イダダダダッ!?」

「い、言わないでくださいっ!恥ずかしいんですから……………」

 

左手で沙織の耳をつねりながら、華は顔を真っ赤にして言う。

 

「私も……………受け止められたらああなってたかな……………」

 

そんな2人の会話を聞きながら、みほは誰にも聞き取られないような小声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても紅夜よ、まさかああなるとは予想外だったんじゃねえのか?」

「当たり前だ。あんな事になるなんて、誰が予想出来るんだって話だよ全く」

 

沙織や華が、先程の出来事についての話をしている頃、彼女等の前を歩いている紅夜と達哉も、先程の出来事を話題にしていた。

 

「まぁ、取り敢えずはよく耐えたな。西さんの場合は発狂しまくってたのに」

「あれはあの人が過激だったからだ」

 

笑いながら言う達哉に、紅夜はジト目で睨みながら言い返す。

「にしても、さっきの静馬に見られたら、それはもう弁明のへったくれも聞いてくれずに大変な事になりそうだったな……………あの場に彼奴が居なかったのは救いと言っちゃ救いだな……………」

「弁明って、人聞きの悪い事平然と言いやがるなぁ、お前は……………俺、別にお巡りに叱られるような事はしてねぇんだけど?」

「そりゃそうだ、お前はサツに手錠はめられるような事はしてねえよ……………だが、あの時お前と五十鈴さんが見せた光景はな、一部の人に見せたら大変な事になってしまうのさ」

「意味分からねえよ」

 

言い聞かせるような声色で達哉は言うが、紅夜はいまいち、腑に落ちないと言わんばかりの表情を浮かべている。

そんな時だった。

 

「ねーねー長門君、華の水着ってどうだった?」

 

何時の間にか背後に来ていた沙織が、紅夜の肩を叩いて注意を向ける。知らぬ間に背後を取られていた事に若干の驚きを見せながら、紅夜は振り向いた。

 

「ん?五十鈴さんがどうしたって?」

 

頬に描かれた紅葉が消えた紅夜は、振り向きながら訊ねる。

改めて紅夜の顔を視界に捉えた華は、先程勢いに任せて紅夜を誘惑した事を思い出して顔を赤くするものの、それを振り払って話を切り出した。

 

「そ、その……………先程の、私の水着の感想を聞きたくて………」

 

目線を紅夜に向けようとしつつも、チラチラと逸らしながら華は言った。

 

「あー、あの黒いのとか水色のとかの話か」

 

今思い出したと言わんばかりの声色で紅夜が言うと、華は顔を真っ赤にして頷き、紅夜のコメントを待つ。

 

「お前にしちゃ、意外だったかな」

「えっ……………?」

 

紅夜からのコメントに、華が首を傾げる中、紅夜はとある水着を指差して言った。

 

「お前の事だし、こんなの選ぶと思ってたんよ」

 

そう言って紅夜が指差したのは、水色のパレオ付きビキニだった。

 

「ふーん?長門君って、布地が少ない水着の方が好きなんだ~?」

「そうじゃねえ。雰囲気だよ、雰囲気」

 

沙織がからかうように言い、それを真に受けたのか、みほや華が顔を真っ赤にすると、紅夜はそう言い返すと、華と水着を交互に見ながら言った。

 

「何かこの水着ってさ、どっかの令嬢が着てそうな雰囲気じゃん?五十鈴さんって大人っぽいし、落ち着いた雰囲気からしてどっかの令嬢に見えるからさ、こんな水着の方が似合うんじゃねえかなって思ったのさ」

「そこまで、考えてくれてたんですね……………」

 

華はそう呟きながら、紅夜が指差した水着を手に取ると、試着室に向かう。そして数分後、着替えた姿を紅夜達一行に見せる事無く、制服姿で出てきた。

 

「ん?気に入らなかったか?」

 

紅夜がそう訊ねると、華は首を横に振った。

 

「この水着は、長門さんが選んでくれた、特別なものですから……………」

 

そう言いかけ、華は紅夜の耳元に顔を近づける。

 

「ですので、貴方と2人っきりの時に、お見せしますわ。その時までの、お預けです♪」

華はそう言って、耳元から顔を離すと、軽くウインクして会計へと向かう。

 

「……………そんなにも特別か?それ」

 

嬉しそうな足取りで会計へと向かう後ろ姿を見ながら、紅夜はそう呟いた。

 

「紅夜、お前五十鈴さんに何したんだ?今思えば、聖グロリアーナとの試合の後の彼奴のお袋さんとの一悶着以降、お前への態度が変わったように見えるんだが……………」

 

その隣に居る達哉が訊ねると、紅夜は首を傾げるだけだった。

 

「俺にも分からねえよ。何か様子がおかしいとは前々から思ってたが……………なぁ?」

「………やっぱコイツ、筋金入りの鈍感野郎だな……………」

 

頭に幾つもの疑問符を浮かべて尚も首を傾げる紅夜を見ながら、達哉は額に手を当てて呟いた。

 

「私も、華さんみたいに大人っぽかったら、紅夜君に見てもらえたかな……………」

 

そう呟きながら、みほは胸に手を当て、サンダース戦以降から感じていた『恋心』と言う思い故に、紅夜が他の女子生徒と仲良くしている事への胸の苦しさを感じていた。

 

「んじゃ、どうせだし他のメンバーの様子も見てみるか……………西住さん、お前も来るか?」

「うん!」

 

紅夜に誘われたのが嬉しいらしく、みほは元気に頷いた。

「そんじゃ、俺は此処で待ってるよ。五十鈴さん1人ほったらかしにしておく訳にはいかねえしな。戻ってきたら、俺の方から伝えとく」

「すまねえな、達哉……………そんじゃ、行くか」

「うん!」

 

そうして紅夜とみほは、他のメンバーの様子を見に行くのであった。

 

 

 

 

 

余談だが、先程から一言も話さない沙織は、紅夜が華の水着について付けたコメントの内容に、からかった自分が恥ずかしく感じるのと共に、自分が汚れていると感じるのであった。

 

「五月蝿い!ほっとけ!!」

「どったの沙織?」



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第51話~ウォーター・ウォー!その4です!~

最後で紅夜君がフルボッコされます(笑)


他のチームの様子を見に来た紅夜とみほは、彼女等の様子を見て開いた口が塞がらないとばかりに唖然としていた。

 

「赤ふん、赤ふん!歴史は赤ふん!やはり六文銭の赤ふんで!」

 

胸の晒と、六文銭の模様が描かれた赤い褌と言う、何とも歴史感溢れる水着を着た左衛門佐が、近くにあった椅子に右足を乗せると言うポーズを取りながら言う。

 

「いやいや、此処はアフリカ軍団仕様のヤシの木柄だな」

 

そう言って、ヤシの木が描かれた黄色のVネックタイプの水着を着たエルヴィンが、愛用している帽子をかぶったままサマーベッドに寝転がって言った。

 

「ローマ軍団は甲冑!そして赤マント!!」

 

カエサルが着ている、普通の水着に鎧を纏うと言う、何とも変わった組み合わせでありながらも、首に巻いている赤いマフラーや纏っている鎧が如何にもローマ帝国の騎士を感じさせる。

 

「海援隊の紅白模様で……………」

 

そんな中、かなり印象の強い水着を着ている他の3人よりかは無難な縞模様の水着を着たおりょうが、椅子に座って声をあげる。

 

「赤ふんも良いが、やはり真田紐も捨てがたいな……………」

 

今度は、体を紐で真田隠すと言う、何とも変わったタイプの水着を着た左衛門佐が、先程と同じポーズで言った。

 

「此処はドイツが開発した、『水に溶ける水着』を」

「止めなさい!」

 

エルヴィンはそう言うが、着ている水着が年齢制限ありのグラビアビデオに出てきそうなものであったためか、流石に見過ごせなくなった紅夜からのツッコミを受ける。

 

「この家紋入り腹掛け風水着で決まりぜよ」

「「「それだぁっ!!」」」

「「……………」」

 

おりょうが自らが着ている水着を見せると、3人は納得したらしく、一斉におりょうが着ている水着を指差して言った。

その様子を見ていた紅夜とみほは、互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

 

「他、見に行くか?」

「そうだね……………」

 

そうして2人は、他のチームの様子を見に行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………おい、何だアレは?」

「さ、流石はバレー部だね。水着にもそれが表れてる……………」

 

そんな会話を交わしながら、そのグループに近づいていく2人の視線の先には、アヒルさんチームの4人が居るのだが、1人を除いて着ている水着は普通なのだが、その姿が何とも言えない状態だった。

 

2つの大きなビーチボールを胸の前に持つ忍は比較的マシだが、水着の上からネットを絡ませているあけびや、車輪付きのボールカゴに妙子。

そして極め付きは、バレーボールのマスコットキャラの着ぐるみを来ている典子だった。

 

「お前等、またスッゲー事してるな……………」

 

苦笑を浮かべながら紅夜が言うと、アヒルさんチームメンバーの視線が一斉に、紅夜に向けられた。

 

「な、長門先輩!?それに西住隊長も!」

 

第2回戦車捜索作戦の時、紅夜に横抱きにされて以来、若干紅夜の事を意識している忍は、いきなり現れた2人に驚く。

 

「え、えっと……………これは、その……………」

 

流石にこの様な姿を晒したのが恥ずかしかったのか、忍は感情任せに、ボールを元々の売り場に投げ込んでしまう。

 

「コラコラ、売り物なんだから大事にしなさい」

「其所を気にするんだ……………」

 

忍に注意する紅夜に、みほはそんなコメントを呟く。

 

 

「時に磯辺さん、そんなの着てどうやって泳ぐんだ?つーか、まともに動けねえと思うけど……………」

「根性で乗り切ります!」

「さいでっか……………」

 

相変わらずの根性論な典子に、紅夜は関西弁で返事を返す。

 

「それよりも長門先輩、忍の水着はどうですか?」

 

そう言いながら、あけびが紅夜の前へと忍を押し出す。

急に押し出された忍は恥ずかしがるが、紅夜は暫く考えた後……………

 

「スポーティーなお前には、それが一番似合うだろうな」

「あ、ありがとうございます……………」

 

そうコメントし、忍は顔を赤くしながらも嬉しそうにする。

 

「紅夜君、次行こうよ」

 

そんな様子を見たくないのか、みほは先に行きかけながら紅夜に呼び掛ける。

 

「あいよ!そんじゃ、またな」

 

みほに返事を返すと、紅夜は4人に一言掛け、みほの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次もまた、なぁ……………」

「うん、何か怖い事になってる」

 

そう呟く2人の視線の先には、水着姿となったウサギさんチームのメンバーが居るのだが、そんな彼女等の姿もまた、変わったものとなっていた。

 

あやは人の足を加えているサメ型の浮き輪を持ち、優季はガスマスクそのものにしか見えないゴーグルを身に付け、桂里奈はチェーンソーをイメージしたビート板を持ち、紗季はイカの被り物をかぶっている。

 

「……………見なかった事にしよう」

「そうだね……………」

 

そんな彼女等を見て呆然としている梓を残し、2人は散策を続けた。

 

 

 

 

 

 

「ねえねえねえねえ!コッチとコッチだったら、みぽりんは何れが良い!?」

 

2人があんこうチームに合流すると開口一番、沙織が2着の水着を持ってみほに詰め寄った。

 

「それより、コレとコレのどちらが良いでしょうか?」

「お前まだ買うつもりか?」

 

沙織を押し退けてみほに聞く華に、紅夜は呆れ顔で言った。

必要以上にものを買わない主義である彼からすれば、水着など1着程度で十分だろうと言う考えなのだろう。

 

「SEALs仕様と英国SBSとフランス海軍コマンドとスペツナズ!西住殿なら何れを選びますか!?」

「金と銀じゃ何れが良い?」

「ええっ!?」

 

優香里に続き、らしくなく麻子にも訊ねられ、みほは戸惑う。

 

「「「「ねえ、ど~れ?」」」」

「あう~」

極め付きには4人一斉に聞かれ、みほはついていけずに混乱してしまう。

 

「オイお前等、少しは落ち着いたら……「どいつもコイツも弛んでる!!恥を知れ、恥を!!!」………あれま」

『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』

 

紅夜が落ち着くように促そうとすると、桃の怒声が響き渡り、メンバー全員が驚いて桃の方を見るのだが……………

 

「桃ちゃん、説得力無さすぎ……………」

 

白のビキニを着た柚子にそう言われていた。

それもその筈。何せ桃自身も水着を着て、さらには浮き輪まで持っている始末だ。説得力の欠片も無い光景だった。

 

「まぁ、こう言うのは楽しんでナンボだからねぇ~」

 

赤色のビキニを着て、相変わらずサマーベッドで寝転がって干し芋を頬張りながら、杏は言った。

 

「皆~、楽しんでる~!?」

『『『『『『『『オオーーッ!!!』』』』』』』』

 

杏が言うと、みほ以外の大洗女子学園の生徒達から声が上がる。

 

「(う、五月蝿ェ~~!!)」

 

至近距離で大声を出されているため、紅夜は耳を塞いでいた。

 

「もう一丁!」

『『『『『『『『オオーーッ!!!』』』』』』』』

「さらにもう一丁!」

『『『『『『『『オオーーッ!!!』』』』』』』』

「何回やるつもりなんだお前等は!?」

 

何度も繰り返す一行に、遂には紅夜からのツッコミが飛んだ。

 

「ちょいと西住さん!お前からも何か言ってやってくれ!」

「お、おー……………」

「お前もか!」

 

何だかんだ言いながらも、結局は叫んでいる側についたみほに、紅夜はまたツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅夜、なんで私達の方には来なかったのよ?ずっと待ってたのよ?」

「悪かったって静馬、そんなに怒らないでくれ」

 

そして時間は流れ、今は夕方。一行はアウトレットから出てきた。

あの後、風紀委員であるみどり子が『店の中で騒ぐな』と言い放ったのだが、パゾ美とゴモヨが何時の間にか杏達側に取り込まれており、結局みどり子自身も巻き込まれてしまったりと様々な出来事に見舞われたが、全員、無事に水着を購入し、満足げな表情を浮かべていた。

 

そんな中で、紅夜は大洗女子学園の戦車道チームにばかりかまけていたため、自分のチームの様子を見に行くのをすっぽかしており、現在進行形でご立腹状態の静馬に絡まれていた。

子供のように頬を膨らませて拗ねる静馬には、《大洗のエトワール》と呼ばれた面影は無い。

 

「もう……………せっかく良さそうな水着選んで待ってたのに、大洗の子達ばっかに構ってばっか……………私にも構ってよ」

「何か言った?」

「何でもないわよ!」

 

何やらボソボソと呟いた静馬に紅夜は聞き返すが、静馬は顔を背けてしまう。

 

「はぁ……………あ、そういや達哉、武部さん達が西住さんに詰め寄る前、お前何か疲れてるみてえだったじゃねえかよ、何かあったんか?」

 

拗ねる静馬に溜め息をつく紅夜だが、其所で思い出したかのように達哉に言った。

 

「ああ、沙織と麻子に、矢鱈と『水着見て』って言われてさ、お前が来るまでずっと付き合わされてた」

「へぇ~……………って、冷泉さんも名前呼び?」

 

達哉が麻子を名前で呼んでいる事に気づいた紅夜が訊ねる。

 

「ああ。何か知らんが『沙織を名前で呼んでるから』とかで張り合ってきてさ……………訳分からん」

 

そう言って、達哉はヤレヤレとばかりに首を振った。

 

「あっ!」

 

そんな時、突然みほが声を上げた。

 

「ど、どったの?」

「私……………水着買い忘れた……………」

 

いきなりの大声に及び腰になりながら紅夜が訊ねると、みほはそう答えた。

あれからみほは、その場の雰囲気でずっと他のメンバーと一緒に居たため、自分の水着を買い忘れてしまったのだ。

 

「なら、今からでも買ってくるか?」

「その必要はありません!私が買っておきました!」

 

紅夜が提案すると、優香里が割り込んできた。

 

「買った?……………って、ちょい待て、サイズどうすんだよ?適当に買ったんじゃねえだろうな?」

「勿論!西住殿のサイズなら、見ただけで分かりますから!」

 

そう言って、優香里はみほを上から下まで見て言った。

 

「先ず、バスト82!」

「ふぁっ!?」

 

最初にみほは胸を隠すように手を添え……………

 

「ウエスト56!」

「ちょっ!?」

 

今度は腰に手を回し……………

 

「ヒップ84!」

「いやぁ!」

 

最終的には屈み込んでしまう。

 

「ヒッヒッヒッヒッ!」

「スゲーな、どうやって知ったんだ?」

「身体測定だな……………」

 

優香里が何処ぞのオヤジのように笑うと、紅夜は優香里がみほの3サイズを知っている事に驚き、麻子が身体測定で知ったと言う事を教える。

 

「どうぞ!」

 

優香里は満面の笑みで水着が入った袋を差し出す。

みほは袋を受け取ると、紅夜に近寄った。

 

「……………聞いちゃった?」

 

そう訊ねるみほに、紅夜は目線を逸らした。

 

「……………聞かなかった事にします、ハイ」

 

紅夜はそう言うが、みほは顔を俯けて震えだし……………

 

「紅夜君のエッチ~~~~ッ!」

「たわばっ!?」

 

みほの左ビンタが決まり……………

 

「スケベ~~~ッ!!」

「ひでぶっ!?」

 

更に右ビンタが決まり……………

 

「スケコマシ~~~~~ッ!!!」

「あべしっ!?」

 

おまけに張り手が決まり……………

 

「唐変木~~~ッ!!!!マウスに踏み潰されて死んじゃえ~~~~ッ!!!!!」

「すいまボルボ!!?」

 

最後にボディーブローを決められ、紅夜は完全にノックアウトした。

 

 

 

 

 

 

その後、気絶した紅夜は置き去りにされ、学園艦出港ギリギリに乗り込んだとか…………




「作者ぶっ殺す慈悲は無い!」

って紅夜!?ちょいと何しにってうわおいなにをするやめ……………




その後、作者の姿を見た者は居ない……………


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第8章~第2回練習試合!VS知波単学園!~
第52話~海で遊びます!~


大洗女子学園の水着騒動から2日が明け、学園艦は、今回の試合会場である南の島へと向かっている。

試合当日の早朝であるためか、メンバーの表情が大会に臨む直前のようになっていた。

 

とは言え、杏からの連絡で、試合前に知波単学園戦車道チームと海で遊ぶ事が発表されたからか、何処と無く明るい雰囲気も漂っていた。

 

「へぇ~、そんな事があったのか、ソイツは災難だったな、祖父さん」

「笑い事じゃねえよ大河。もう少しで陸に置いてかれるところだったんだぜ?」

 

紅夜と大河は、先日の水着騒動の事を話題にしていた。

 

あの後、危うく乗り遅れると言うところで学園艦に乗り込んだ紅夜は、其所で待ち構えていたみほと静馬に捕まって散々説教をされた上に、みほからは『今度出掛ける時に付き合え』と、静馬からは『今日は家に泊まれ』と言われ、ある意味で気苦労が耐えない日であったのだ。

 

「でも、良かったんじゃない?あの《大洗のエトワール》の家に泊まるなんて、中学の男子が1度はやりたいとか言ってたわよ?」

 

2人の会話を聞いていた雅が話に加わってくる。

 

「その頃の静馬って《大洗のエトワール》とか言われてなかったよな?」

「そうだけど、男子にモテてたのは確かよ?何故か女子にもモテたらしいけど」

「我が副隊長が雲の上の人に見えてしまう件について」

 

そんな会話をしていると、桃の一声が掛けられ、メンバーが生徒会メンバー3人に注目する。

 

「えー、もうすぐ到着だから移動するよ~」

 

そうして、メンバーはウキウキと戦車に乗り込み、出発する。

今回は練習試合であるため、大会には出なかったレイガンやスモーキーも参加出来ると言う事を杏から伝えられ、そのメンバー10人が大喜びしたのはつい最近の事である。

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後、学園艦は島へと到着し、メンバーは島へと上陸していく。

そして、戦車を置いてやって来た彼女等を待っていたのは……………

 

『『『『『『『『海だぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!!』』』』』』』』

 

雲1つ無い、快晴の空のように青く澄んだ海だった。

 

「用意しておきました!」

 

そう言う優香里にメンバーが振り向くと、IS-2のエンジン部分にサマーベッドを置き、車体の側にビニールプールが用意されていた。

 

そうして、誰ともなくメンバーが海へと繰り出そうとするのだが、其所へ杏からの待ったが掛けられる。

 

「いやぁ~、せっかく海に来たんだから早く遊びたいのは分かるけどさぁ、今日は知波単学園の人とも遊ぶんだから、勝手に始めちゃダメでしょ」

 

杏がそう言うと、メンバーは渋々ながら了承する。

そうして待つこと20分、砂浜を歩いてくる音が聞こえた。メンバーがその音の主の方へと振り向くと、知波単学園の生徒が歩いてきていた。

 

「遅れてすみません。知波単学園戦車道チーム、只今到着しました」

 

そう言って杏の前に歩み出て、ヤマト式の敬礼をする黒髪の少女こそが、西絹代。紅夜のトラウマの種である。

その際、紅夜は現実逃避のためか、IS-2に凭れて転た寝しようとしていた。

 

そうしてみほが呼び出され、両チームの隊長同士の挨拶が交わされ、軽い交流が行われた。

その後、杏が前に立って言った。

 

「そんじゃ皆~!大変長らくお待たせしました!目一杯遊びまくれ~!」

 

その声を皮切りに、どのチームともなく水着姿になって海へと走り出す。

ある者は波と戯れ、またある者は砂で城や武将の像を作ったりしている。

 

 レッド・フラッグのメンバーも、達哉と雅が競泳を始めたり、深雪が恥じらいながら、大河に日焼け止めオイルを塗るように頼んでいたりと、彼等も彼等なりに楽しんでいた。

 

「皆若いなぁ、よくあんなにもはしゃぎ回れるモンだぜ……………」

 

水着姿になってパンツァージャケットの上部分をパーカー代わりに羽織った紅夜は、IS-2に凭れながら、海ではしゃぎ回る他のメンバーを見る。

其所へ、人影が1つ近づいてきた。

 

「こんにちは、兄様。久し振りね」

 

そう声を掛けられ、紅夜は声の主の方を向いた。

 

「……………綾?」

 

紅夜の視線の先には、緑色のハイレグ水着に身を包んだ黄緑色のロングヘアの少女、長門綾が立っていた。

 

「そうだけど?……………って、何驚いた顔してるのよ?私が此処に居るのが、そんなにおかしい?」

「いや、そうじゃないんだけど……………なんで居んの?」

 

不満げな顔で聞いてくる綾に、紅夜はそう聞く。

 

「なんでって……………知波単学園で戦車道してるからよ。それに、『今日の試合でよろしく』って、この前ラインで伝えといた筈だけど?」

「ラインで?言われたっけ?……………あっ」

 

紅夜は、先日水着を買いに行った際、自分の水着を買い終えて適当に時間を潰そうとしていた時、綾からのラインを受け取った事を思い出す。

 

「その顔、忘れてたのね?」

「……………ああ、すっかり忘れてた」

 

紅夜が返事を返すと、綾は呆れたように溜め息をついた。

 

「全く、もう……………兄様、そんなのでこの先大丈夫なの?その歳でもう認知症になったのか、ハッキリ言って笑えないわよ?はぁ、これだから兄様は……………」

 

そう言って、綾はまた溜め息をつく。

だが、そんな綾を見て、紅夜は微笑んでいた。

 

「ちょっと、何笑ってるのよ?」

 

そう言って、綾は紅夜を睨むが、それでも紅夜は笑みを崩さない。

 

「いや、長らく会ってなかったが、何時も通り、しっかり者のお前だから安心してさ」

「ッ!だ、誰のせいよ………」

 

紅夜がそう言いながら綾の頭を撫でると、綾は一瞬体を強張らせるが、撫でられていると知るや、顔を赤くしてボソボソと呟く。

 

「それもそうだが……………」

 

紅夜はそう言って、綾を見る。

 

「な、何よ?」

 

未だに顔を赤くしている綾はそう聞き返すが、目線を逸らしては、様子を窺っているかのようにチラチラと紅夜に目を向ける。

まるで、何かを期待しているかのように……………

 

「いや、何でもない。思い違いか何かだ」

「そう……………」

 

紅夜がそう言って話を切り上げると、綾はそう返事を返し、落胆したような表情を浮かべる。

「私、ちょっと泳いでくるわ」

そう言って、綾はトボトボと海へ歩き出す。

 

「冗談だよ、綾。お前の水着、似合ってるぞ」

「ッ!」

 

自分が期待した言葉がやっと来たからか、綾は嬉しそうに振り返る。

 

「フフンッ♪当然でしょう?結構頑張って選んだんだから」

 

そう言って、綾は再び海へと歩き出すが、その足取りは、先程とはうって変わって非常に嬉しそうだった。

 

「何と無くだけど、こんな展開になるとは予想していたわ」

 

そう言って、今度はパーカーを羽織った静馬がIS-2の影から現れた。恐らく、紅夜が凭れている方とは反対側に隠れていたのだろう。

 

「よぉ、静馬。お前未だ泳ぎに行ってなかったんだな。もう他の連中は遊んでるってのに」

「泳ぎに行ってないのは貴方も同じでしょう?………………まぁ、ちょっと海に行く前に、やらなきゃいけない事があるから行ってないだけなのだけれど……………何故だと思う?」

 

そう言って、静馬はからかうような視線を紅夜に向ける。

 

「ふむ……………準備体操だな。やっぱ体操せず海に入って溺れたら笑い者だし」

 

紅夜は暫く考えた後、そんな答えを出して笑う。

だが、紅夜がそう言った途端、静馬は不機嫌になった。

 

「なんでそんな答えになるのよ?まあ、確かに準備体操も、泳ぐ前にやるべき事なんだけど、今の私には、そんなのどうでも良いのよ」

「どうでも良いのかよ……………まぁ良いや。それで?違うってんなら、何だってんだ?」

 

そう言われた静馬は、綾を上回る程に盛大な溜め息をついた。

 

「貴方、本気でそんな事言ってるの?相変わらず鈍い上に、場の雰囲気を考えないのね。そんなだから、この前みたいに西住さんに張り倒されるのよ」

「その話題は止めてくれ。出来れば思い出したくない」

 

そう言って、紅夜も溜め息をついた。

アウトレットでの買い物のプチ騒ぎ(?)の後、出港しかけていた学園艦に大慌てで飛び乗った紅夜は、ドックの上で待ち構えていたみほと静馬から散々説教を受け、それを許す条件として、先に静馬が出した条件を飲んだのだ。

それにみほが嫉妬して顔を背けてしまい。みほの機嫌を取るのに一苦労したのは、今の紅夜の記憶からしても、そう昔の事ではない。

 

「んで、結局のところ、答えは何なんだ?」

「貴方ねぇ……………今海で遊んでる子と私を見比べてみなさいよ」

 

そう言って、静馬は海で遊んでいるメンバーを指差して言う。それに従って、紅夜もそちらへと視線を向ける。そして視線を静馬へと戻す。

 

「あ、そういやお前、パーカー羽織ってんのな」

「やっと気づいたのね……………」

 

紅夜が漸く気づいた事に、静馬は安堵の溜め息をつく。

 

「それでだけど、私の水着……………見たい?」

 

そう言って、静馬は顔を赤くしながらパーカーのファスナーへと指をかける。

 

「ふむ……………俺だって健全な男子だし、見たくないと言えば嘘になるな」

「何が『健全な男子』よ……………私を抱き上げたり、私が膝枕したりしても平気だったくせに……………まぁ良いわ。その余裕そうな顔、直ぐに真っ赤にしてやるんだから!」

 

静馬はそう言うと、ファスナーを一気に下ろして豪快に脱ぐ。

 

「フフッ…どう?」

 

そう言って静馬が見せたのは、いたってシンプルな白のビキニタイプの水着。

何の変哲も無い、兎に角シンプルな水着だが、着ているのが静馬だからか、何とも言えない雰囲気が漂っていた。

 

「へぇ~、結構良いじゃん」

「あら、私の体見ても、何も感じないの?これでもスタイルには自信があるんだけど」

 

そう言って、誘惑するかのように紅夜に擦り寄るものの、紅夜は何の反応も見せなかった。

 

「あのなぁ……………ガキの頃はお前の家に何度も泊まりに行ったし、一昨日と昨日なんざ久々のお泊まりさせられて、夜なんて一晩中抱きつかれてたんだぜ?今更緊張するかってんだ」

「そう……なら、今度はもっと過激に攻めようかしら?」

「勘弁してくれ」

 

そんな話をしていると、静馬はハッとした表情を浮かべた。

 

「ん?どうしたよ静m……ッ!?」

 

突然、紅夜の視界が真っ黒になり、それと同時に、紅夜は誰かの手が、自分の顔を覆っている事を悟る。

 

「だぁ~れだ?」

 

紅夜の耳元で、そんな色気を含んだ声がする。

 

「……………」

 

誰だかは思い出せない。だが、何と無く聞き覚えのあるような声に、紅夜は冷や汗を流し始め、体もガタガタと震え始める。

 

「だぁ~れだ?」

 

紅夜の顔を覆っている人物が同じ事を訊ねながら、紅夜の背中に自らの体を押し付けてくる。

 

「ま、まさかとは思うが……………西さん……………か?」

 

そう言うと、紅夜の視界が急に晴れ、その視界に、静馬と、相変わらず海で戯れている、自分のチームや、大洗や知波単の戦車道メンバーを映し出す。

そして、油の切れたロボットの玩具のようにぎこちない動きで振り向くと……………

 

「お久し振りですね、旦那様」

 

黒いVネックの水着に身を包んだ絹代が、妖艶な笑みを浮かべて立っていた。

 

「アイエエエエエエッ!?西=サン!?西=サンナンデエ!?」

 

阿鼻驚嘆の叫び声を上げながら、紅夜は絹代を飛び越えてIS-2の砲塔に飛び乗ろうとするが、そんな事などお見通しと言わんばかりに、絹代は紅夜の直ぐ前に移動して抱きつく。

 

「逃げてはいけませんよ、旦那様……………さぁ、私と二人っきりの夏を過ごしましょう?」

「止めてくれェェェェエエッ!助けてくれェェェェエエエエエッ!!」

 

紅夜は必死に抵抗するが、何故かこの時ばかりは、絹代を引き剥がす事が出来ずにいた。

 

「西さん、ウチの紅夜を誘惑するのは止めていただけないかしら?彼も怖がってますわよ?」

 

そう言って、静馬が紅夜の背中に抱きついて引き剥がそうとする。

 

「あら、これは私と旦那様の問題なのですから、部外者は口を出さないでいただきたいですねぇ……………」

 

そう言い返し、絹代も負けじと引っ張る。

 

「ちょっと隊長に静馬!私の兄様に何してるのよ!?」

 

其所へ、騒ぎを聞き付けた綾が飛んできて声を上げる。

 

「ギャハハハハハハハハッ!!紅夜君モッテモテ~!ヒューヒュー!」

『『『『『いよっ!モテモテ隊長!重婚しちまえYO!ついでに爆ぜちまえ!』』』』』

「馬鹿野郎ォォォオオオオッ!コイツ等ァッ!何を言っている!?ふざけるなァァァァアアアアッ!!」

 

達也を筆頭に、紅夜を冷やかすレッド・フラッグの男子陣に、紅夜の怒鳴り声が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

その後、試合の準備をする時間になるまで紅夜の取り合いが行われ、その間にみほや優香里や華までもが参加し、紅夜争奪戦が勃発したのは余談である。



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第53話~試合、開始です!~

「えー、そんじゃ、今回の練習試合の形式を発表するよ~」

 

海での紅夜争奪戦の終わりに伴って海での自由時間も幕を下ろし、更衣室で着替えて試合の待機場所に移動してきた、大洗女子学園戦車道チーム+α(レッド・フラッグのメンバー)は、戦車の用意を済ませ、作戦会議に入っていた。

其所へ杏が話を切り出してきて、今に至る。

 

「先ずは、準決勝のレギュレーションで試合するから、使用戦車の最大は15輌で、勝敗の決め方はフラッグ戦。相手の使用戦車は旧型砲塔の九七式戦車チハ3輌と、その新型砲塔バージョン4輌。それから九五式軽戦車、三式中戦車、四式中戦車に五式戦車が其々2輌ずつだね」

「対して我々は、Ⅳ号と八九式、Ⅲ突にM3、38t、それからルノーに………」

「レッド・フラッグの3輌。IS-2にパンターA型、そしてシャーマン・イージーエイトですね」

 

杏が相手の使用戦車を言うと、桃が大洗側の使用戦車を言い、柚子が付け加える。

 

「やはり、最大数の戦車を投入してきたか………」

「まぁ練習試合とは言え、態々試合で使える最大数以下の戦車出してくるなんてハンデはくれないし、そもそもそんなハンデ、君達なら拒否りそうじゃない?」

 

紅夜の呟きに、杏がからかうような視線を向けて言う。

 

「……………たりめーだ、試合にハンデなんぞ要らねぇよ」

 

杏の言葉に、紅夜は獰猛な笑みを浮かべて返した。赤色の瞳がギラリと光り、口調もかなり荒くなる。

 

「ワーオ、燃えてるねぇ紅夜君」

 

その様子に大洗側のメンバーが怯む中、杏は怯むどころか、満足そうな笑みを浮かべて返す。

 

「長門、試合に向けて燃えているのは分かったから、その妙なオーラをしまってくれ」

 

紅夜から溢れ出すオーラに圧されているのか、冷や汗を流しながら桃が言う。

 

「ああ、すみません河嶋さん。どうも俺、試合となったらこうなってしまう質でして」

 

紅夜はそう言いながら、溢れ出ているオーラをしまう。

獰猛な笑みは、何時ものように陽気な笑みへと戻り、メンバーは安堵の溜め息をつく。

 

そうして杏が時計を見ると、試合開始時間が間近に迫ってきていた。

 

「おっ、もう直ぐ始まるなぁ……………良し、それじゃあ行こうか!……………と、その前に、西住ちゃん!」

「は、はい!?」

 

いきなり名前を呼ばれ、みほが前に出てくる。

 

「隊長として、皆に一言どーぞ!」

 

杏が言うと、みほはゆっくりと頷いてメンバーの方を見る。

そして深い深呼吸の後に……………

 

「皆さん!これは練習試合ですが、頑張りましょう!」

『『『『『『『『オオーーーッ!』』』』』』』』

 

そうして、メンバーの士気が最高潮まで上り詰めた状態で、一同は観客席前へと移動した。

 

 

 

 

 

 

《これより、知波単学園戦車道チームと、大洗女子学園戦車道チームの練習試合を開始する。一同、礼!》

『『『『『『『『『『よろしくお願いします!』』』』』』』』』』

 

アナウンスの合図で挨拶を交わし、其々のチームのメンバーが自分達の戦車の元へと向かい、次々に乗り込んでいく。

「西住さん。改めまして、知波単学園戦車道チーム隊長、西絹代です。今日はよろしくお願いします」

「大洗女子学園戦車道チーム隊長、西住みほです。此方こそ、よろしくお願いします」

 

知波単側の生徒が戦車に乗り込んでいく中、その場に1人残った絹代は、みほに話し掛けていた。

試合開始前に、隊長同士で挨拶を交わしておきたかったのだろう、絹代は右手を差し出し、握手を求める。

みほはその挨拶を快く受け、差し出された絹代の右手を、自分の右手で掴んで握手を交わす。

 

「それにしても……………」

 

不意にそう言いかけ、絹代は目線をみほよりも奥の方へと向けた。

その事に、みほは首を傾げるものの、絹代の視線の先に居る者を視界に捉えると、納得したように微笑んだ。

 

2人の視線の先では、円陣を組もうとしているレッド・フラッグのメンバーに混ざろうとしていた紅夜が2人からの視線に気づき、手を振っていたのだ。

 

「今になっても、彼は変わりませんね。何時も陽気で、人を明るくして、それでいて頼れて……………」

 

そう言いながら、絹代は頬を赤く染める。それに気づいたみほは、おずおずと話を切り出した。

 

「あの、もしかして西さんは、紅夜君の事が……………?」

 

そう訊ねると、絹代は口で答える代わりにコクりと頷いた。

 

「ですが、何故か中学での試合以来、彼からは怖がられるんです。アプローチの仕方が悪かったのでしょうか……………」

 

そう言って、絹代は深く溜め息をついた。

 

「(まぁ、辻堂君から聞いた話だと、紅夜君に怖がられても無理はないと思うんだけど、絶対に気づいてないよね、その事に……………)」

 

そう思い、みほは内心で苦笑する。

 

「ですが」

 

そうしていると、何時の間にか絹代がみほの直ぐ目の前に居た。

 

「絶対に負けません。たとえライバルが多くても、私が彼に向ける恋情は、本物ですからね」

 

そう言って、絹代は自分のチームに戻っていった。

みほは絹代が戻っていくのを見届けると、自分のチームの方に戻っていった。

 

 

 

 

 

「父なる神よ、栄光の日に感謝します。陸を駆けるなら陸の神の、飛ぶ時は天使の加護をお願いします」

 

メンバー全員が目を瞑り、肩を組んで下を向き、十字架のネックレスを下げた静馬が《戦前の誓い》の最初の句を述べる。

 

「これまでの勝利が、全て神の計画であったものであると、自信はありますが……………力をお貸しください、勝利の神よ。そして、我等の視野と視力よ」

 

そう言って静馬は、間に大河を挟んでいるため、必然的に触れ合う事になる紅夜の左手を握った。

紅夜は一瞬ながら目を開けて静馬を見るが、軽く笑みを浮かべて再び目を瞑る。

 

「我等のスピードとパワーを、この試合の勝利のために、イエスの名において祈ると共に、全力を出す事を此処に誓います。Amen」

『『『『『『Amen』』』』』』

 

静馬の一言に続いて他のメンバーも言うと、紅夜が声を上げた。

 

「Nothing's difficult(困難は無い)!」

『『『『『『Everything's a challenge(全てが挑戦)!』』』』』』

「Through adversity(困難を乗り越え)……………」

『『『『『『To the stars(空へ飛び立て)!』』』』』』

「From the last tank,to the last bullet,to the last minute,to the last one,we fight(最後の1輌、最後の1弾、最後の瞬間、最後の1人になるまで、我々は戦う)!」

『『『『『『We fight(我々は戦う)!』』』』』』

「We fight!!」

『『『『『『We fight!!』』』』』』

「We fight!!!」

『『『『『『We fight!!!』』』』』』

 

そうして、レッド・フラッグのメンバー、総勢14人は、自分達の戦車へと駆け寄り、次々と乗り込んでいく。

そしてあっという間に、その場にはIS-2の前に立つ紅夜のみが残された。

 

「……………頑張ろうぜ、相棒」

 

IS-2に歩み寄った紅夜が、車体前部の装甲に手を触れ、小さな声で言う。

その瞬間、紅夜はIS-2の冷たい車体から、熱い鼓動を感じた。まるで、目に見えない手が、紅夜の手を包んでいるかのように……………

 

「そうか、お前も暴れてぇんだな……………良し、そんじゃあ思いっきり暴れてやろうぜ!」

 

紅夜がそう言うと、IS-2のエンジンが独りでにかかり、後ろから激しい白煙を噴き上げながら、搭載されている、513馬力を持つエンジン--液冷V型12気筒ディーゼルエンジン--が雄叫びを上げる。

自分の言葉に呼応するかのように、車体後部から白煙を噴き上げるIS-2の姿に興奮していると、キューボラから達哉が飛び出してきた。

そのまま転げ落ちるような勢いで出てくると、紅夜に詰め寄った。

 

「おいちょっと紅夜ァ!?何かIS-2のエンジンが独りでにかかったんだが!?コイツってアレなん?アレな戦車なん!?」

「知るかよ。それに、コイツがアレな戦車でも、俺等の相棒だろうが。勝手にエンジンかける程、コイツも暴れたくて仕方ねえって事だろうよ」

 

そう言って、紅夜は砲塔の上へと飛び乗る。

腑に落ちないような顔をしていた達哉も、気にしない事にしたのかそれ以上の言及はせず、IS-2のアクセルを吹かした。

 

その横で、2つのエンジンの始動音が鳴り響く。

キューボラから上半身を覗かせた紅夜が横を見ると、エンジンの唸りを響かせながら、試合開始の合図を今か今かと待ちわびている、パンターとシャーマン・イージーエイトの姿があった。

 

「そんじゃ、何時ものアレ、やろうかな」

 

紅夜はそう呟き、インカムを持って2輌に通信を入れた。

 

「此方、レッド1《Lightning》。レッド2《Ray Gun》、レッド3《smokey》、各車状態を報告せよ」

『レッド2《Ray Gun》、異常無し。皆ヤル気満々よ』

『レッド3《Smokey》、同じく異常無し。早く試合が始まってほしいぜ』

 

紅夜が言い終えたのと大した合間を入れず、2チームからの返事が返される。

 

そして紅夜は、IS-2の左隣に居るパンターとは逆、右隣に居るⅣ号を見た。

キューボラから上半身を覗かせたみほが紅夜の視線に気づき、微笑む。

紅夜も微笑み返すと、敵影の見えない遥か前方を見据える。

 

そして、上空に照明弾が打ち上げられ、大きな音を試合会場一帯に響かせる。

 

《試合、開始!》

「「Panzer vor!!」」

 

試合開始を告げるアナウンスが聞こえたみほと紅夜は、2人同時に声を上げ、大洗女子学園戦車道チーム、全9輌の戦車が動き出した。



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第54話~紅夜君のキャラ崩壊です!~

ちょっとばかりふざけてみました!


試合開始を告げるアナウンスと共に、打ち出されるかの如く走り出した、大洗女子学園戦車道チームは、開けた高原地帯を進んでいた。

 

「さてさて、西さんとは久々に試合する訳だが、今回の知波単学園は、どのような戦法を用いてくるのやら」

 

パンツァーカイルで進む、9輌の戦車の隊列の先頭を走る、今回のフラッグ車である、みほ達のⅣ号あんこうチームの直ぐ横を走るIS-2のキューボラから上半身を覗かせた紅夜が、長い緑髪を風に靡かせながら呟く。

 

「良く良く思い返してみれば、俺等が西さんのチームと試合したのって、現役時代の試合1回だけしかなかったからなぁ。今思えば、あれから約4年も経ったんだな」

 

砲手の席に凭れながら、翔はそう言った。

 

「俺は何度か、また西さんのチームと試合しようぜって言ったんだが、紅夜が頑なに拒否りまくるんだからなぁ……………つーか、窮地救ったら惚れられてキスされるなんて、どっかのアニメでありそうな展開だしなぁ~、羨ましいぞ、ハーレム野郎」

「あのなぁ達哉、あの時の西さんの様子はお前も見てたろ?まるで猛獣が近づいてくるような感じで、生きた心地がしなかったぜ。つか、誰がハーレム野郎だ、誰が」

「お前だよ紅夜。それに、あの程度で生きた心地がしないとか言いやがる奴に、チャラ男数人相手に除雪用の大型シャベルで大立ち回り出来るかっつーの」

 

達哉の呟きに紅夜が言い返すと、弾薬庫の砲弾に肘をついている勘助が口を挟む。

 

「おいちょっと待ちやがれ勘助。その話は誰から聞いた?少なくともお前等には話した覚えが無いんだが?」

「ああ、工場のオヤジさんに聞いた。おまけに紅夜、お前その時にまァ~たフラグ建てたらしいじゃねえか」

「あのオッサン、喋りがったな……………ッ!つか、フラグって何のフラグだよ?」

 

紅夜が言うと、3人はやはりと言わんばかりに溜め息をつく。

 

そうしている内に、一行は所々に大きな岩が転がっている地帯へと踏み込んでいた。

すると突然、Ⅳ号の直ぐ近くに砲弾が撃ち込まれ、激しい砂埃が巻き上げられる。

 

「とうとう来やがったか……………」

 

紅夜はそう呟きながら、双眼鏡を取り出して辺りを見回す。すると、一際大きな岩の影から車体の一部を覗かせた、三式戦車と四式戦車の2輌が居た。

 

「The first enemy.Let us beat them(最初の敵だ。俺等にやらせろ)」

 

戦闘モードになった紅夜は、何時もより低い声でみほに通信を入れた。

 

『分かりました。三式と四式はライトニングチームに任せます。ただし、単独では行かないでください』

「Yes,ma'am」

 

そう返事を返し、紅夜はシャーマン・イージーエイトの方を向いて、大河に通信を入れた。

 

「Smokey,come with us(スモーキー、一緒に来い)」

『Yes,sir』

 

そうして、IS-2とシャーマン・イージーエイトは、爆撃機を護衛する戦闘機が隊列から離れるかのような機動で列を離れ、岩場に隠れている三式と四式に襲い掛かった。

 

「て、敵来襲!レッド・フラッグの戦車2輌、此方に突っ込んできます!」

 

砂埃を上げて向かってくる2輌の気迫に当てられたか、操縦手用の窓から外を見ていた三式の操縦手が声を震わせる。

 

「相手はIS-2にシャーマン・イージーエイト。相手にするには分が悪いが、それでも背中を見せないのが、我が知波単魂!突貫!」

 

三式の車長がそう言うと、操縦手はギアを入れてアクセルを踏み込み、三式を急発進させてIS-2へと向かわせる。

 

『祖父さん、敵の三式が此方に向かってきてっけど、どうする?』

 

その様子を見ていた大河が言う。

紅夜は双眼鏡で、向かってくる三式を見ていた。

 

「……………Just watch(まぁ見てろ)」

 

淡々と言うと、紅夜は通信を切る。それだけで紅夜の意図を悟った達哉は、IS-2の速度をさらに上げて三式に向かっていく。

 

『おい祖父さん!何する気だ!?体当たりとかバカな真似は止めろよ!?現役時代の試合じゃねえんだ、万が一これで撃破されるとか相討ちになるとかふざけた結果になったら、静馬に殺されるぞ!』

「Relax,Smokey.Worrying too much will kill you(落ち着け、スモーキー。心配性がお前を殺すぜ)」

 

焦ったような声で言う大河に流暢な英語で答えると、紅夜は自車の乗員達に言った。

 

「達哉、敵が撃ってきた瞬間に左へ避けろ。翔、相手が次弾を撃つ前に仕留めろ。勘助は万が一に備えて徹甲弾を装填する用意をしておけ」

「「「了解!」」」

「それからスモーキー、お前等は四式の相手をしてくれ」

『あいよ』

 

すると、IS-2を追い掛けていたイージーエイトは向きを変え、恐らく三式の援護をしようとしているのであろう四式戦車へと襲い掛かった。

 

「あらよっ」

 

その時、三式がIS-2目掛けて発砲するが、達哉はその砲弾を避ける。

それによる振動の中でも、翔がスコープを覗きながら砲塔を回転させ、照準を三式へと合わせる。

 

「照準良し、何時でも撃てる!」

「良し……………Feuer!」

 

紅夜が言うと、翔は引き金を引く。122mm徹甲弾が三式の右の履帯に命中し、履帯や走行車輪、案内輪を粉々に吹き飛ばす。

 

「撃破にはならず……………ッ!?」

 

紅夜がそう言いかけるのも束の間、イージーエイトから逃げていた四式が、偶然進行方向に居たIS-2に砲撃を仕掛けてきたのだ。

砲弾はIS-2の砲塔側面に命中し、車体が揺れる。

だが、IS-2の砲塔側面の装甲厚は90mmで、おまけに若干カーブを描いているため、四式の75mm砲でも撃破に至らない。

 

「悪いが、ウチのチームは簡単にはやられないぜ!」

 

其所へ、後ろから追ってきたイージーエイトの76,2mm砲が火を噴き、放たれた砲弾は四式の車体後部に叩き込まれ、撃破を示す白旗が飛び出した。

 

「四式、撃破……………祖父さん、そっちは?」

 

エンジン部分から黒煙を上げ、動きを止めている四式を見ながら大河は言うと、紅夜の方を向いて言った。

 

「問題ねぇよ。ちょうど此方も撃破したところだ。そんじゃ、急いで本隊と合流……………って、居ねえし!?俺等だけ置いてきぼりかよオイ!?」

 

先程まで隊列で走っていた方を見ると、本隊が既に居なくなっているのを見て、紅夜は声を上げる。

 

「いや、そもそも俺等って、走ってる中を抜けてきたんだから、置いてかれるのは当たり前だろうが」

 

そんな紅夜を見ながら、大河は呆れたような声を出す。

 

「まぁ、本隊から抜けてきて敵の戦車を撃破したは良いものの、気づいたら置いてきぼりを喰らってるとか言うのは、よくある事よ。此処は落ち着くべきだわ」

 

副操縦手用のスコープから見ていた深雪は、落ち着き払った声色で言う。

 

「相変わらず落ち着いてるなぁ、深雪は」

「勝負で頭に血が昇る事ってよくあるけど、そんな一時の感情の高ぶりに任せっぱなしにするのは良くないわ。大事なのは『《興奮》と《落ち着き》のメリハリをつける事』よ」

 

深雪が言うと、一同は深雪を見る。

 

「な、何よ?」

 

一斉に見られているからか、深雪は若干、顔を赤くしながら言った。

 

「いや、お前が『メリハリつけろ』とか言ったら、最早学校の先生みてーだなって思っただけさ……………千早、取り敢えずIS-2の後ろにコイツをつけてくれ」

「はいはーい」

大河が言うと、千早はイージーエイトを発進させてIS-2の後ろにつける。

 

「おーい祖父さん、取り敢えずは本隊に合流しようぜ~。三式と四式以外には敵は居ねえっぽいし」

「……………そうすっか」

 

大河に声を掛けられた紅夜は、1度大河の方を向き、それから空を見上げてそう言うと、直ぐに沈んでいた調子から何時もの状態に戻った。

 

「そんじゃ、行くぞ!本隊に合流だ!Panzer vor!」

 

すっかり調子を取り戻した紅夜がそう言うと、達哉はアクセルを踏み込んでIS-2を発進させ、千早もアクセルを踏み込み、IS-2に続く。

 

「さて、先ずは戦果を報告するか……………」

 

そう呟きながら、紅夜はみほに通信を入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

『此方、ライトニングチーム。あんこうチーム、応答願う』

 

一方その頃、森林地帯に入った本隊一行は、草木や花が生い茂る森林を注意深く進んでいた。

そんな中、あんこうチームに紅夜からの通信が入る。

 

「此方、あんこうチームです」

『戦果報告。三式と四式の2輌を撃破、此方に損傷は無し。周囲に他の敵戦車が居る気配も無し。今から合流する』

「了解しました。現在、我々本隊は森林地帯を東へ進んでいます。森を抜けた085F地点で合流しましょう」

『森林地帯の東、085F地点で合流……………了解、交信終了』

 

そうして、通信が切れる。

 

「何だか長門殿、何時もと違っていましたね。まるで兵隊か何かのような感じでした」

「確かに……………何時ものような陽気さを感じませんでした。三式と四式を撃破しに行くって言った際も、かなり真面目そうな声色でしたし」

 

普段は陽気に話し掛けてくる紅夜が、まるで軍隊の隊長のような話し方をした事に、優花里と華は不思議そうに言う。

 

「うん……………そう言えば、紅夜君の過去を聞いた日だって、西さんの事を聞くや否や、柄にもなく発狂してたから、今だってそんな調子なのかな……………感情が昂ったり、逆に落ち着いたり……………」

「所謂、情緒不安定ってヤツ?」

「そうかもしれない………」

 

沙織が言うと、みほは自信無さげに答える。

 

「それにしても、長門殿があんなにも発狂するなんて、余程怖かったのでしょうか」

「ゆかりん、それは違うよ」

 

優花里の呟きを沙織は真っ向から否定する。

すると、優花里と華の視線が沙織の方を向く。その視線は、『違うなら、沙織はどう思うのだ』と無言のまま訴えているようだった。

 

「長門君は恋愛初心者(ウブ)なんだよ!だって長門君って結構顔つき整ってるんだし、そんな子に危ないところを助けられたら、普通の女の子なら一発で惚れちゃうじゃん?漫画とか小説とかでもよくある展開だし!」

沙織はそう断言すると、さらにと言葉を続ける。

 

「達哉君から聞いたんだけど、長門君って、恋愛よりも戦車道に打ち込んでばかりいたから、恋愛面には凄く疎いんだって。でも達哉君曰く、『恋愛面には疎いけど、彼女が欲しいとは言ってた』………だってさ」

「つまり、どう言う事ですか?」

 

華が言うと、沙織は声を上げた。

 

「鈍感な長門君相手でも、チャンスはあるって事だよ!」

 

沙織が言うと、みほ、優花里、華の3人はハッとした表情を浮かべる。

 

「(ヤレヤレ、これじゃあ長門も後々苦労するだろうな。まあ女を惚れさせたんだ、最後まで責任は取れよ……………)」

 

Ⅳ号を運転しながら話を聞いていた麻子は、そんな事を考えていたとか……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、その頃の紅夜は……………

 

「うわぁ~~~ッ!普通に話そうとしたら、何かスッゲー中二病みてぇな話し方しちまった~~~ッ!なんであんな話し方したんだよ俺って奴はぁぁぁぁああっ!!ぜってー気持ち悪がれてるよコレ!一生消えねえ黒歴史だよチキショー!」

「「「五月蝿ェよ紅夜!」」」

 

IS-2の砲塔上面に拳を何度も打ち付けて悶え、メンバーからツッコミを入れられていたと言う……………



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第55話~激戦への予感です!~

移動中に奇襲を仕掛けてきた、三式、四式の2輌を、ライトニングとスモーキーの2チームが難無く撃破し、本隊に戻ろうとしている中で紅夜が羞恥に悶えている間、みほ率いる本隊は、森林地帯を東へ進んでいた。後からやって来る紅夜達との合流を果たすためだ。

 

「それにしても、あの場で三式と四式を出してくるとは思いませんでしたね。2輌共、それなりに火力はありますから、温存しておいた方が良かったと思いますが」

 

何時でも砲弾を装填出来るよう、弾薬庫から砲弾を取り出して構えている優花里が言う。

 

「そうだね。まぁ、相手の目的が偵察と、可能なら此方の戦車を1輌ぐらい撃破する事なら、あの2輌を投入してきても不思議じゃないけど」

 

そう返し、みほはキューボラから上半身を乗り出して周囲を見渡している。

これまでに現れた敵の戦車は、先程紅夜達によって撃破された三式と四式の2輌だけ。万歳突撃作戦で黒森峰に破れて懲りたのか、集団でかかってくるような事は、今のところはない。

現在の戦況は、大洗チームの戦車9輌(全車両無傷)に対し、知波単チームの戦車13輌。

だが、現在は紅夜達2チームが本隊から離れているため、何処かで知波単チームが集団で襲い掛かってこようものなら、みほ達は、彼女等の本隊の戦車の約2倍の戦力相手に砲撃戦を繰り広げる事になる。

静馬率いるレイガンの戦車は、実際の戦時中は勿論、戦車道でも重視されている戦車の3要素--《走・攻・守》--のバランスが取れたパンターは非常に高いスペックを誇る上に、長年戦車道同好会チームとして戦ってきただけの事はあり、乗員の実力も非常に高いが、それだけでは心許ない。

そのため、みほ達は一刻も早い紅夜達の合流を願いながら、合流予定のポイントへと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、本隊への合流を急いでいるライトニングとスモーキーの2チームは、森林地帯へと侵入し、みほの指示があった地点へと向かっていた。

 

「それにしても、なんで向こうは三式と四式なんざ出してきたのかねぇ?それが囮作戦だったとして、囮にするなら九七式とか九五式とかにすりゃ良かろうに……………祖父さん、それについてどう思うね?」

 

紅夜のIS-2の横について走るイージーエイトのキューボラから上半身を乗り出し、大河はインカムに向かって呼び掛ける。

 

「さて、どうだかねぇ……………ちょっと前に知波単について調べたけど、やっぱ主な戦術は全員での万歳突撃で、偵察を出すとかはあんま無かったらしいから分からねえが…………やっぱ考えられるとしちゃ、偵察じゃね?」

 

右の肘で天板に頬杖をつき、左手でインカムを持った紅夜はそう答える。

 

「成る程、そう言う考えか……………だが、偵察にしちゃあ使用する戦車が強すぎねえか?それならさっきも言ったように、九七式になり九五式なり出しゃ良かったってのに、よりにもよって三式と四式だぜ?そこそこ火力の強い戦車を、態々偵察なんぞのために出す理由がさっぱり分かんねえぜ」

 

紅夜の答えにいまいち納得がいかなかったらしく、大河はそう言う。

 

「そんじゃ、偵察の他にも、何か『別の目的があった』と考えた方が妥当だな………ッ!停車!」

「ッ!?」

 

そう言いかけたところで何かを見つけたのか、紅夜は直ぐ様停車するように指示を出す。

突然の停止命令に驚きつつも、達哉はブレーキペダルを踏み込んでIS-2を急停止させる。

それに驚いたスモーキーのイージーエイトも遅れて急停止すると、少し後退してIS-2の直ぐ隣につける。

 

「ど、どうしたよ祖父さん?」

「……………」

 

大河はそう呼び掛けるものの、紅夜は何も答えない。ただ、取り出した双眼鏡で辺りを見回す。そして、何か気になるものを見つけたのか、周囲を見回していた顔の動きを止めると、其所からは顔を動かす事無くある一点を睨み付けるだけだ。

 

「……………?」

 

その行動を不思議に思った大河も双眼鏡を取り出し、紅夜が睨んでいる方を見る。

 

「祖父さんよ、そんなまじまじと向こう見て、一体何があるって………おいおい、マジですか?」

 

紅夜が見ているものを視界に捉え、大河はそんな声を溢す。

彼等が見ていた先には……………

 

 

 

……………恐らく、残った戦車を総動員したのであろう大群で、森林地帯を進撃し、紅夜達が向かおうとしている地点とは全く同じ方向へ進んでいる、知波単チームの戦車隊の姿があったのだ!それも、彼等からはかなり遠くの位置に!

 

「「……………」」

 

それを見た紅夜と大河は、双眼鏡を抱えて唖然としていた。

 

「結構遠くに居るな、向こうさん……………」

「ああ……………何か、嫌な予感がしてきた……………ッ!まさか、向こう側の目的って……………!?」

「ん?祖父さん、どうしたよ?」

突然目を見開いた紅夜に、大河は首を傾げながら訊ねる。

 

「こりゃマジでヤベエな……………急いで連絡だ!あの時、敵が九七式とか九五式とかを送り込まずに三式や四式送り込んできた理由が分かったかもしれん!」

「マジで!?」

 

紅夜が大声を張り上げると、大河も仰天して声を上げる。

 

「ああ!それに、もしこの予想が当たってたら、本隊が危ねえ!」

 

そう言って、紅夜は双眼鏡をインカムへと持ち替え、みほ達へと通信を入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉーし、到着~!」

「後は、長門さん達の到着を待つだけですね」

「うん。でも、敵が来るかもしれないから警戒だけはしておいて」

 

その頃、紅夜達との合流予定のポイントへと到着した、大洗チーム本隊は、戦車を停めていた。

四方を森に囲まれた草原の真ん中で、フラッグ車であるⅣ号を守るような形で他の戦車を配置させている。

 

「アヒルさんチーム、西方への偵察をお願いします。ウサギさんチームは東方を」

『『了解!』』

 

みほが指示を出すと、アヒルさんチームの八九式とウサギさんチームのM3が本隊を離れて、森の中へと入っていった。

その時だった!

 

『おい!ヤベエぞ隊長!』

 

切迫した声色の紅夜からの通信が飛び込んできたのだ!

 

「ど、どうしたの?」

 

切迫している紅夜の声色から、何かマズイ事態になっていると思ったみほが、緊張しながら聞く。

 

『お前等、今何処に居る?』

「え?もう合流地点に着いたけど……………でも、なんで?」

『さっき知波単の戦車の大群を見たんだよ!恐らくそっちに向かってる、連中は俺等レッド・フラッグのメンバーを本隊から外して時間稼ぎしてる間に、残ったお前等に残りの戦力全部回して総攻撃を仕掛ける作戦だったんだ!だから三式や四式があの場に居たんだ!』

「ええっ!?そんな!」

 

紅夜が言うと、みほはそう声を上げる。

つまるところ、知波単の作戦は大洗チームの後ろ楯的存在であるレッド・フラッグのメンバーを本隊から外させて戦力を削る事だったのだ!

 

『恐らくだが、今俺等が急いでも間に合わねえ。そっちに向かってる間に知波単の連中が到着して攻撃してくる』

「……………」

 

紅夜から知らされた《最悪な状況》に、みほは言葉を失う。

 

『だから、ちょっとの間持ちこたえてくれ。ホンのちょっとで良い。絶対にそっちに合流して助太刀すっから、それまで頑張れ!』

「う、うん!」

 

そうして、紅夜からの通信は切れた。

2人の通信を聞いていたあんこうチームのメンバーは、全員が緊張した面持ちだった。

 

そしてみほは、少しでも戦力を集中させるため、偵察に出たウサギさんチームとアヒルさんチームに戻ってくるように指示を出そうとした。

 

『こ、此方アヒルさんチーム!』

 

すると、今度はアヒルさんチームの典子が切迫した声色で通信を入れてきた。

 

『ち、知波単チームの戦車隊と遭遇!数は恐らく13輌!』

「「「「「ッ!?」」」」」

 

手遅れだった。もう既に最悪な状況へと向かっていたのだ。

 

「あ、アヒルさんチーム!なるべく交戦は避けて此方に戻ってきてください!」

『『『『は、はい!』』』』

「ウサギさんチーム、偵察を中止して今直ぐ戻ってきてください!」

『『『『『『りょ、了解です!』』』』』』

 

みほは2チームに指示を出すと、キューボラから上半身を乗り出して周囲を見渡す。遠くから、恐らくアヒルさんチームを襲っている知波単チームの戦車隊のものなのであろう砲撃音が立て続けに響いてくる。

 

みほはその場に残っている全てのチームに、何時戦闘が始まっても良いように準備するよう指示を出す。

 

そして、アヒルさんチームが偵察に向かっていった方を睨み付ける。

 

 

 

 

 

激戦の時は、刻一刻と近づいてきている。



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第56話~大苦戦と、大暴れの予感です!~

大洗女子学園戦車道チームと知波単学園戦車道チームとの練習試合は、紅夜率いるライトニングと、大河率いるスモーキーの2チームが、三式と四式を撃破した事以外では両チームとの大した接触が無く進んでいた。

そんな状態が長々と続くのかと思いきや、それは知波単チームの罠で、彼女等の目的は、大洗チームでは最強クラスの実力を持つ、レッド・フラッグのメンバーを本隊から少しでも外して時間を稼いでいる間に、知波単チームの本隊が大洗チームの本隊に奇襲攻撃を仕掛ける事だったのだ!

その作戦に気づいた紅夜は、その事をみほに伝え、スモーキーチームと共に大洗チーム本隊の援護のために急行するが、其所では既に、偵察に出ていたアヒルさんチームが知波単チームの本隊と遭遇し、集団で襲われていたのであった……………

 

 

 

 

 

 

 

 

「兎に角根性だ!せめて1輌ぐらいには当てろォーッ!」

「はいっ!」

 

知波単チームの本隊から逃げ、大洗チームが待っているポイントへと向かうアヒルさんチームは、相手の戦力を少しでも減らそうと、逃げながらの砲撃を試みていた。

比較的狙いやすい位置に居た五式戦車に狙いを定め、あけびは引き金を引き、57mm砲弾が放たれる。

だが、その砲弾は五式の側面装甲に擦れるような形で当たり、撃破には至らなかった。

そして、何処ぞの銀行員が言う倍返しならぬ13倍返しと言わんばかりに、知波単チーム本隊からの集中攻撃が始まり、アヒルさんチームのメンバーが悲鳴を上げる。

闇雲に撃っても無駄弾になるだけだと判断した典子は、操縦手である忍に、相手が自車を狙いにくいように蛇行しながら走るように命じ、本隊が待つ、紅夜達との合流予定のポイントへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗チーム本隊が待っている地点では……………

 

『先輩、お待たせしました!ウサギチーム、只今帰還です!』

 

偵察に出ていたウサギさんチームのM3が紅夜達との合流地点に戻ってきて、後はアヒルさんチームの八九式が本隊に合流し、続けざまに紅夜達も合流すれば、最後は知波単チームの戦車隊を殲滅するだけとなっていた。

 

「後はアヒルさんチームと紅夜君達が合流するのを待つだけ……………ッ!?」

 

近づいてくるM3を見ながらみほが呟くと、その次の瞬間には、突然飛んできた砲弾がⅣ号の近くに着弾した。

砲弾が飛んできた方向を睨むと、アヒルさんチームの八九式が茂みの壁を突き破って飛び出してきた。

これで、紅夜達ライトニングとスモーキーの2チーム以外の全チームが集結した。

 

「全車両、あんこうの周囲を囲うように配置してください!恐らく敵は四方八方から集団で攻めてきます。満遍なく、全方向に主砲を向けてください!」

『『『『『『了解!』』』』』』

 

そして、その場に居るⅣ号以外の戦車が動き出し、みほの指示通りにⅣ号を守る形で周囲を囲むように配置する。

その次の瞬間、アヒルさんチームが飛び出してきた茂みから、知波単学園の戦車隊が一斉に飛び出してくる。

 

「砲撃開始!」

 

みほの指示で、Ⅳ号、Ⅲ突、そしてルノーb1が発砲する。

 

「全車、四方へ散れ!周りから攻め込め!」

 

砲撃を喰らって黙っているような知波単チームではない。

絹代は、フラッグ車である自分のチハを停車させて他の戦車に指示を出し、みほ達の前へは九五式と五式、そして旧型砲塔のチハが1輌ずつ、さらに新型砲塔のチハ1輌が攻め込み、みほ達の後ろからは、九五式と五式1輌ずつに、三式と四式が1輌ずつ、そして左右を挟むように、新型砲塔のチハ2輌の小編成チームと、残った旧型砲塔のチハと新型砲塔のチハ1輌ずつのチームが攻め込む。

 

「アヒルさんチーム、ウサギさんチーム、カメさんチーム、レイガンチームの皆さんも、砲撃を開始してください!」

『『『『了解!』』』』

 

みほの指示を受け、Ⅳ号の後部を守るように配置した4チームの戦車も砲撃を開始する。

それに負けじと、知波単の戦車も砲撃を繰り出し、周囲を木々に囲まれた草原の真ん中を舞台に、激しい砲撃戦が繰り広げられた。

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、こりゃとうとう間に合わなかったな……………もう向こうではドンパチ戦が始まってらぁ」

 

相変わらず、どれだけ進んでも視界に見える景色が殆んど変化しない森林地帯を疾走している2輌の内、IS-2のキューボラから上半身を乗り出した紅夜は、遥か前方で聞こえる砲撃音を聞きながら呟いた。

この2輌の速度は、時速30km後半になり、そのスペック的に言えば、みほ達本隊と知波単チーム本隊が衝突している地点へは然程時間は掛からない筈なのだが、何せ彼等が進んでいるのは森林地帯で、当然ながら周囲には木々が生い茂っている。

それらを避けながら進んでいくとなると、必然的に速度は落ちる。それに蛇行して進む訳なので、余分な距離を走らせなければならなくなり、さらに時間が掛かる。

正に、木々が生い茂る南の島を舞台として試合をする際の『あるある』とも言うべき状況である。

 

「迂回して行こうにも、その合流地点って、周囲全部木で囲まれてる訳だから、この森の中を突っ切るしか、行き方が無いんだよなぁ……………」

 

紅夜が溜め息をつくと、隣を走るイージーエイトのキューボラから上半身を乗り出した大河が言った。

 

「祖父さんよ、其処で溜め息ついたって何も始まらねえよ。兎に角今は、あの場に着く事を考えようぜ」

「あいよ……………達哉、もう少しコイツを飛ばせねえか?もう少しで良い」

「ふむ……………まぁ、一刻を争うような状況だし、此処は1発、やってみますか、ねっとォ!」

 

そう言って、達哉はギアを上げてアクセルを踏み込み、IS-2の速度を上げていく。

 

「向こう側もやるなぁ……………千早、此方も行くぞ!」

「了解、任せといて!」

 

大河が言うと、操縦手の千早がそう答え、達哉がやったようにギアを上げてアクセルを踏み込み、イージーエイトの速度を上げていった。

 

 

 

 

 

 

『こ、此方アヒルチーム!五式に撃破されました!』

『西住隊長!M3の主砲が壊されました!』

『隊長!走行車輪がやられた!まだ戦えはするが、方向転換が出来そうにない!』

「くっ!」

 

その頃、紅夜達との合流予定のポイントで知波単チーム本隊との砲撃戦を繰り広げている大洗チーム本隊では、数で突っ込んでくる知波単の戦車相手に苦戦を強いられていた。

元々その場に居た戦車は、大洗側7輌に対して、知波単は13輌。ほぼ2倍の戦力が投入されているのだ。

おまけに、相手の五式戦車の主砲は88mmで、非常に高い火力を誇る。それが2輌も居れば、どのような状況なのかは考えたくもない。

だからと言って、大洗側だけが一方的にやられている訳ではなく、左右から攻めてきた新型砲塔のチハ3輌と旧型砲塔のチハ1輌、九五式全車両を撃破したのだが、それでも五式はしぶとく狙ってくる。

余談であるが、2輌ある五式の内の1輌の車長は、紅夜の妹である綾だ。

同好会チームとしては最強と呼ばれた《RED FLAG》の総隊長としてチームを引っ張ってきた紅夜に似ているのか、彼女の乗る五式戦車は、戦車道の精鋭揃いが乗っているが如く戦場を駆け回る。

因みに、アヒルさんチームの八九式を撃破し、ウサギさんチームのM3の主砲を破壊したのは、彼女が乗る五式である。

 

「西住殿!残りの弾数が少なくなっています!もう長くはもちません!」

「みぽりん!カメさんチームがやられたって!」

 

真ん中で他の戦車に守られているⅣ号も、もう自衛手段が無くなりつつあった。

そしてみほは、衝動的に喉頭マイクに手を当てていた。

 

「(お願い、紅夜君……………出て……………)」

 

そう願いながら、みほは通信が繋がる音と共に叫んだ。

 

「紅夜君!」

 

 

 

 

 

 

 

『紅夜君!』

「うわビックリした!西住さんか……………」

 

突然大声で呼ばれた紅夜は、驚きのあまりに後ろに倒れてキューボラの角で頭を打ちそうになるものの、それを何とか堪えて体勢を立て直し、インカムを持つ。

 

「どうした?」

『お願い、もっと急いで!もう此方だけじゃ長くは戦えない!』

 

そう言って、みほは捲し立てるように現在の戦況を早口で述べる。

その切羽詰まった声色が、その苦境を物語っていた。

 

『そ、そう言う訳だから、兎に角おねが……きゃあっ!?』

「え、西住さん?おい、どうした!?返事しろ!おい!」

 

突然通信が途絶え、紅夜は焦る。

 

「おい、祖父さん……………」

「あぁ、スッゲーヤバイ状況だ……………畜生、この木が無けりゃ……………ッ!」

 

そう呟き、紅夜が右に握り拳を作って振るわせ始めた時……………

 

『大丈夫だよ………』

「ッ!?」

 

突然、語りかけるような優しい声音が聞こえる。

紅夜は一瞬表情を固まらせるが、他の乗員が気づいていないのを見る限り、それが自分にしか聞こえていないのを悟った。

 

『このまま、木なんか気にしないで、突っ切って……………私なら、大丈夫だから』

「(……………良いんだな?後で傷出来て喚くんじゃねえぞ?)」

『うん……………さぁ、やって!あの時みたいに、思いっきり暴れようよ!』

「(……………おう!)」

 

その声に、紅夜は力強く頷き、達哉に言った。

 

「おい、達哉!このまま突っ切れ!木なんか気にすんな!行く手阻むヤツは全部薙ぎ倒しちまえ!!」

「うぇっ!?いきなり何て滅茶苦茶な注文付けんだよ紅夜!?危なすぎるぞ!」

 

達哉はそう言うが、紅夜は頑として聞かない。

 

「そんなモン言われんでも知ってらァ!だがな、今気にすんのはそれじゃねえだろ!このまま何も出来ず、彼奴等がやられる結果になっても良いってのか!?今の俺等がやるべき事は、一刻も早く彼奴等の助太刀をする事だろォが!!」

「ッ!」

 

その言葉に、達哉はハッとする。

 

「………そう、だな……………にしても今更な台詞だぜ。もっと早くにその台詞言いやがれやアホンダラ」

 

そう言って、達哉はアクセルを吹かしてエンジンの回転数を上げる。

車体後部の両サイドに付けられた排気口からは白煙が噴き上げられ、513馬力を誇る液冷V型12気筒ディーゼルエンジンの咆哮を響かせる。

 

その様子を見ていた大河は、紅夜達が何をしようとしているのかを悟ったのか、千早に指示を出してIS-2の背後にイージーエイトをつかせる。

 

「そんじゃあ……………行くぜェェェェェェエエエエエエッ!!!」

 

その雄叫びと共に、達哉はアクセルペダルを押せなくなるまで一気に踏み込む。

IS-2の両サイドの排気口は一瞬ながら火を噴き、アクセルを全開にされたIS-2は、加速の勢いで車体前部を軽く浮かせ、進行方向に立って行く手を阻む木々を薙ぎ倒しながら爆走を始める。

 

「うへぇ~、こりゃまたド派手に暴れてんなぁ……………良し、千早!俺等も続くぞ!祖父さんに遅れを取るなよォ!?」

「言われずとも了解ってね!」

 

そう返し、千早もイージーエイトのアクセルを全開にしてIS-2に続く。

 

「さぁ、戦場に着いたら思いっきり暴れてやるぜ!覚悟しやがれ、知波単の戦車共ォォォォオオオオオッ!!!」

 

迷いの無い紅夜の雄叫びが、森林地帯一帯に響き渡る。

行く手を阻む木々を薙ぎ倒しながら爆走するIS-2と、それに続くシャーマン・イージーエイト。

この2輌が爆走を始めたその時……………レッド・フラッグの大暴れと言う曲の前奏が始まったのであった。




タグを追加して思った。
『ファンタジー要素突っ込んで何が悪い!』と……………



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第57話~助太刀と大暴れ、そして終戦です!~

「進め進めー!知波単魂を世に知らしめろォーッ!!」

「知波単学園バンザーイ!」

『『『『『『バンザーイ!!!』』』』』』

 

紅夜達が決意を固め、行く手を阻む木々を豪快に薙ぎ倒しながら爆走する中、大洗チームと知波単チームの熾烈な砲撃戦は続いていた。

四方八方から攻めてくる知波単の戦車隊に、守りを固める戦術を取った大洗チームは苦戦を強いられていた。

アヒルさんチームの八九式やカメさんチームの38tが撃破されつつ、相手の戦車をそれなりに撃破したものの、大洗では、其々の戦車の弾薬の残りが心許なくなってきていた。

 

「(マズイ……………このままじゃ……………ッ!)」

 

弾薬が残り少なくなる中で砲撃を続行するⅣ号のキューボラにあるスコープで外を見ながら、みほは表情を歪めていた。

その時、五式戦車から放たれた砲弾がカモさんチームのルノーb1に命中し、撃破を示す白旗が飛び出す。

 

『ごめんなさい、カモチーム撃破されました!』

 

それに間髪入れず、みどり子からの通信が入り、みほは苦痛そうに表情を歪める。

カモさんチームのルノーb1も、それなりの火力を持つ。それがやられたとなると、大洗の戦力も大幅に削られたと言う事になる。

 

『西住さん…………』

 

それから少しの間を空け、静馬からの通信が入った。

 

「ど、どうしたの?」

 

辛そうな声色の静馬に、みほは心配そうな声で訊ねる。

 

『そろそろ、此方もやられそうよ……砲弾が残り少ないの………履帯やエンジンはやられてないから、まだ走れるとは思うけど……………それでも、もう、長くは持たないかもしれないわ……………』

「ッ!そ、そんな………ッ!」

静馬に伝えられた彼女等の戦況に、みほは狼狽える。

何せ、静馬が車長を勤める戦車はパンターA型で、パンターとしてはかなり古い部類に入る存在だが、それでも『走・攻・守』においては、現在、知波単チームとの激しい砲撃戦を繰り広げている戦車の中では、最も優れている。

流石に、そんなキーパーソン的存在を失うのは避けたいものだ。

 

「お願い、何とか持ちこたえて!もう直ぐ紅夜君達が来てくれるから、何とか頑張って!」

 

今のみほには、そう言うしか方法は無かった。

自車がフラッグ車である手前、下手な行動は出来ない。たとえ援護しようとしても、それで敵の的になって撃たれたら元も子もない。

そうしている間にも、知波単からの容赦無い攻撃が続く。何時の間にか、相手のフラッグ車である絹代のチハもが参戦している始末だ。

 

「に、西住殿!もう駄目です!砲弾が後10発もありませんし、装甲も長くは…………ッ!」

「ッ!?」

 

正に踏んだり蹴ったりな状況に、みほは頭を抱えて踞りそうになる。

 

「(どうしよう……………どうしたら良いの……………?)」

 

心の中で言うものの、それに答えてくれる者は居ない。

立て続けに聞こえる砲撃音、砲弾が戦車の装甲を叩き、弾かれる音、聞こえる悲鳴や辛そうな声……………この全てが、みほをさらに追い詰めていた。

 

「助けて……………紅夜君!!」

 

その場に居ないと知っていながらも、みほはそう叫ぶ。

そうして、1輌の五式戦車が砲塔をⅣ号に向ける……………その時!

 

「Feuer!」

 

何処からともなく聞こえてきた声に続いて轟音が響き渡り、Ⅳ号に砲塔を向けていた五式戦車が引っくり返り、撃破を示す白旗が飛び出す!

 

『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』

 

突然の出来事に、その場に居た全員が驚愕の表情を浮かべ、先程までゲキラ戦のように爆音続きだった砲撃戦がピタリと止み、全員の視線が森の方へと向く。

森の奥深くから、戦車のエンジン音が小さく響いてくる。その音は段々と大きくなっていき、それと同時に、メキメキと何かがへし折られ、終いには豪快に薙ぎ倒される音が立て続けに響いてくる。

そして今度は、2つの線を描いて機銃弾による横殴りの雨が、知波単チームの戦車隊へ雨霰と降り注ぐ。

突然の機銃弾の雨に、知波単チームが軽いパニックに陥る。

そして、彼女等からして一番手前の木を豪快に薙ぎ倒し、到着するまでに多くの木々を薙ぎ倒してきたのか、砲塔や車体の所々に傷や汚れが付きつつも、機銃を乱射しているIS-2が飛び出してきた。それに続いて、シャーマン・イージーエイトも飛び出してくる。

ライトニングとスモーキーだった。

 

『待たせたなァ隊長!レッド1《Lightning》とレッド3《Smokey》、只今帰還だ!』

そして、みほの元に紅夜からの通信が入る。

 

「ッ!紅夜君!」

 

Ⅳ号のキューボラから上半身を乗り出したまま、みほはそう叫ぶ。

それをIS-2のキューボラから見た紅夜はみほに向けて親指を立て、彼の乗員達に指示を出す。

 

『さあ、野郎共!今こそ大暴れの時だ!蹂躙しろォォォォオオオオオッ!!!』

「「「「「「「「「YES,SIR!!!」」」」」」」」」

 

紅夜が、その森林地帯一帯に響き渡る大声を上げると、レッド・フラッグのメンバー全員からの声が上がる。

砲弾も心許なくなり、窮地に追いやられていた静馬達レイガンのパンターも、調子を取り戻したかのように動き出し、IS-2とシャーマン・イージーエイトに加わる。

 

「ッ!ひ、怯むな!突撃だーッ!」

 

周囲を木々に囲まれた広場で、じゃじゃ馬の如く暴れまわる3輌の戦車に、知波単のメンバーは一瞬怯むが、それでも持ち前の突撃精神で気を奮い起こし、先程まで大洗の戦車に攻撃を仕掛けていた戦車は、その標的をレッド・フラッグの戦車3輌に変更し、一斉に襲い掛かる。

 

「来やがったぜ……………どうするよ、紅夜?」

 

広場の外周を走らせながら、達哉はそう聞く。

紅夜は鋭い目を達哉に向けると、何も言わず、ただコクリと頷いた。

 

『んなモン決まってらァ!全てぶちのめせ!!戦車1輌として無傷で帰すな!!』

 

そして紅夜は、声を荒ぶらせて言った。

久々の乱闘じみた戦闘で気が昂っているのか、その表情には狂気にも見えるような雰囲気が現れ、達哉には、紅夜の全身からドス黒いオーラが溢れ出ているようにも見えた。

 

「…………りょーかい、紅夜」

 

紅夜から返された、荒々しい返答で紅夜の意思を悟った達哉はそう言って、目を瞑った。

 

「そんじゃあ………………久々に、戦車同士の殴り合いと行こうぜェェェェェェエエエエエエッ!!!」

 

そして、目をカッと見開いた達哉は、IS-2のギアを最大にまで上げてアクセルを踏み込む。

IS-2は、車体後部の両サイドにある排気口から白煙を勢い良く噴き上げ、エンジンの雄叫びを響かせながら、向かってくる知波単の戦車に襲い掛かった。

 

「先ずは1輌目……………オラァ!!」

 

そうして達哉は、真っ先に向かってきた旧型砲塔のチハの1輌に突撃し、文字通りに『車体をぶつけ、弾き飛ばした』。

 

「「「「きゃあああああああああっ!!!?」」」」

 

車体を勢い良くぶつけられ、チハは右方向に傾く。その隙に、照準を合わせていたイージーエイトからの76,2mm砲弾が叩き込まれ、チハは傾いた状態から立て直され、同時に白旗が飛び出した。

 

「やるわね、兄様……………なら、今度は私が相手よ!」

 

その光景を見ていた綾は操縦手に指示を出して五式をIS-2へと向かわせる。

殆どが深緑の迷彩色である知波単の戦車に対し、綾が乗る五式は、あたかも綾のためのオーダーメイドかと言えるような感じの黄色だった。

五式はIS-2の車体に勢い良くぶつかると、そのまま重量の差で弾かれ、逃げるように離れていく。

これは、綾が考えた挑発作戦だ。

そんな事は、兄である紅夜は既に気づいていたが、あえて相手の作戦に乗る事にしたのだ。

 

「達哉!あの黄色の五式を追え!」

「Yes,sir!!」

 

紅夜の指示で、達哉は綾の五式を追う。

車体部分の機銃を乱射しながら追うが、綾の五式は上手い具合に銃弾を避ける。

 

『逃がすなよ、祖父さん!』

「I'm just toying with them(遊んでやってるんだ)!」

通信を入れてきた大河に、紅夜はそう返す。

 

「翔、仕留めろ!」

「Yes,sir!」

 

そうして、翔はスコープを覗いて砲塔を回転させ、逃げ回る五式に照準を合わせる。

 

「This is for you,pretty boy,with your bright yellow nose(黄色の鼻先野郎が)!」

「照準、良し!」

 

紅夜が呟いていると、翔が言った。

 

「All right……………Feuer!」

 

紅夜が言うと、翔は引き金を引く。爆音と共に122mm砲弾が放たれ、五式目掛けて飛んでいく。

 

「Come on,boy. Line it up. One shot(コイツを喰らえ)!」

 

紅夜がそう呟いている間にも、砲弾は五式へと吸い込まれていき、見事にエンジン部分に叩き込まれ、五式からも白旗が上がる。

 

『Felicitations(おめでとう)!見事に五式を撃破ね!』

 

静馬は流暢なフランス語で、紅夜達に労いの言葉を掛ける。

 

『Whoo-hoo!We can go back victorious(大逆転だぜ)!!』

 

それに続いて、大河も興奮した様子で流暢な英語を喋る。

 

そして、その光景を見ていた残りの戦車が一斉に襲い掛かり、レッド・フラッグの戦車達は、その全てを蹂躙する。

達哉が操縦するIS-2は、向かってくる知波単の戦車相手に次々と体当たりを仕掛けて知波単の戦車を撥ね飛ばし、乗員をパニックに陥らせ、その隙に自車やレイガン、スモーキーが砲弾を叩き込む。

 

「さぁ、後はお前が勝負を決めろ。あんこうチーム」

 

そうしてフラッグ車を除く全ての知波単の戦車を殲滅し、キューボラから上半身を乗り出した紅夜はそう呟き、絹代が乗るチハと対峙するⅣ号の方を見やった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅夜君達が頑張ってくれたんだから、絶対に此処で勝つ……………前進!」

 

みほがそう言うと、麻子はⅣ号を急発進させる。

 

「此方もお相手致しましょう……………突貫!」

 

それを見た絹代も勝負に出たのか、Ⅳ号へ向けてチハを突撃させる。

そして、両方の戦車がすれ違い様に、相手の戦車へと砲身を向け……………

 

「「撃てェッ!!」」

 

同時に放たれた掛け声を皮切りに、2輌の戦車から砲弾が撃ち出されて相手の戦車へと叩き込まれ、爆発が起き、黒煙が其処ら中に舞い上がる。

 

『『『『『『『『『『……………………』』』』』』』』』』

黒煙によって2輌の様子が分からなくなり、その広場は静寂によって支配される。

撃破された大洗や知波単の戦車の乗員は、其々の戦車から降り、ダメージが蓄積していたレイガンのパンターが撃破されながらも、襲いかかってきた絹代の乗るチハ以外の知波単の戦車全てを撃破したレッド・フラッグのメンバーも、同様に戦車から降り、黒煙を睨み付ける。

やがて、その黒煙はゆっくりと晴れていき、完全に視界が開けた時、彼等の目には……………

 

 

 

 

 

 

 

 

黒煙を上げ、白旗が出ているチハと、同じく黒煙を上げていながらも、白旗は出ていないⅣ号の姿があった。

 

『知波単学園フラッグ車、九七式戦車チハ含む全ての戦車の行動不能を確認!よって、大洗女子学園の勝利!』

 

其所へ、大洗チームの勝利を告げるアナウンスが響き渡るのであった。



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第58話~練習試合、終了です!~

『大洗女子学園の勝利!』

『『『『『『『『『『『……………』』』』』』』』』』』

 

大洗チームの勝利を告げるアナウンスが響き渡り、その場には暫くの静寂が流れる。

レッド・フラッグのメンバーは戦車から降り、黒煙を上げ、白旗が出ているチハと、同じく黒煙を上げていながらも、白旗は出ていないⅣ号を交互に見やる。

それは、中央部に固まっていた一行も戦車から降り、紅夜達と同じような反応をしている。

 

「わ、私達……………勝ったの……………?」

「そのようです…………」

 

Ⅳ号のハッチから外を見た沙織が呟き、華も唖然としながら返した。

 

「……………」

 

その様子を見ていた紅夜は静かに微笑み、IS-2の車内に戻ると、インカムを握って高らかに言った。

 

「やったぞ、お前等!俺等の勝ちだ!」

『『『『『『『『……………ヤッターーーッ!!』』』』』』』』

 

その通信を聞いた、あんこうチームからカモさんチームまでの、全てのチームのメンバーが歓声を上げる。

沙織と華、そして麻子の3人は、未だに自分達の勝利が信じられないとばかりに、口をあんぐりと開けている。

 

「あっ……………ああぁ…………」

 

装填手用のハッチから、黒煙を上げ、白旗が出ているチハを視界に捉えた優花里は、全身を小刻みに震わせている。

そして、キューボラから上半身を乗り出したみほの方へと向く。

 

「や……………やりましたね、西住殿!」

 

そう言うと、優花里はハッチから砲塔へと乗り移り、みほに抱きつく。

いきなり抱きつかれた事に、最初は戸惑いの表情を浮かべていたみほも、やがて自分達の状況を飲み込んだのか、優花里を抱き返した。

 

「友情だねぇ、青春だねぇ……………」

 

IS-2の砲身に腰掛け、抱き合って勝利を喜んでいる大洗チームのメンバーを見て、紅夜はそう呟く。

 

「おい、紅夜!大洗の連中労いに行こうって、静馬が言ってるぜ~!」

 

其所へ、ハッチから出てきた達哉が声を掛ける。

 

「ああ、悪いが先に行っててくれ。後から行く」

「あいよ!」

 

そうして、達哉達は大洗のメンバーへと駆け寄っていき、その場には、紅夜と3輌の戦車が残された。

砲身から地面へと降り、紅夜は、自らの愛車を真正面から見据える。

車体や、砲塔の側面にまで至る傷が、この場に駆けつけるまで何本もの木々を薙ぎ倒してきた事を感じさせる。

彼の愛車は、傷だらけになりながらも、堂々とした様子で佇んでいた。

 

「良く頑張ったな……………偉いぞ、我が愛車よ……………そして、お前等も、ご苦労さん」

 

IS-2のフェンダーを優しく撫で、それから他の2輌も同様にフェンダーを優しく撫でると、紅夜は達哉達と労い合っている大洗のメンバーの元へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「これで、大洗女子学園と、知波単学園の練習試合を終わる……………一同、礼!」

『『『『『『『『『『ありがとうございました!!!』』』』』』』』』』

 

審判の号令で、両チームのメンバーが一斉に礼をする。

 

その後、回収車によって、今回の試合で使用された戦車が次々と回収され、其々の学園艦へと運ばれていく。

それからは、両チームのメンバー同士での交流が行われていた。

大洗チームでは唯一の日本戦車である八九式を使うアヒルさんチームには、知波単のメンバーの多くが群がっている。

達哉達ライトニングや静馬達レイガンのメンバーは、その知波単チームのメンバーの中に、彼等が現役時代に試合をした時のチームメイトが居たらしく、当時の礼を言われていた。

そのメンバーが思いの外多かったのか、たじたじになっている達哉達を遠巻きに見ながら、紅夜は夕焼けの空を見上げ、試合に勝ったと言う余韻に浸っていた。

 

「ふぅ……………現役時代の戦歴と合わせたら、これで45勝目か……………今のところ、連戦連勝負け無しだな。これを何時まで続けられるのやら……………」

 

そう呟いていると、其所へ絹代が近づいてきた。

 

「だ……………こ、紅夜さん」

 

絹代は一瞬、試合開始前までのように『旦那様』と言いそうになったのを何とか抑え、言い直す。

 

「お、おぅ……………やっと、その名前で読んでくれるようになったか………西さん」

 

絹代の方へと振り向いた紅夜は、未だにトラウマが消えていないのか、若干表情をひきつらせながら言った。

警戒心が残っている事を悟った絹代は、苦笑を浮かべた。

 

「あー……………やはり未だ、警戒されてますか?」

「そりゃまあな。だってあの時のお前さん、メッチャ恐かったんだぜ?いきなりキスされたり、抱きつかれたり、挙げ句の果てには『旦那様』呼ばわりされたり」

「よ、『呼ばわり』って……そんな人聞きの悪い言い方しないでください………」

 

即答で答えた紅夜に、絹代は若干咎めるような視線を送る。

その様子に、紅夜は今の絹代には海で遊んだ時のように誘惑してこないと悟り、次第に何時ものペースを取り戻していた。

普段通りにおちゃらけた謝罪をして、軽く笑う。

それにつられて、絹代も軽く笑う。

少し笑うと、絹代は真剣な面持ちで紅夜を見つめた。

 

「……………?どうした?」

「いえ………改めて、あの時のお礼を言いたいと思いまして……」

「お前等を助けた事か……………未だ気にしてたのか?別に忘れちまっても良かったのによぉ……………」

「いいえ、それは出来ません。やはり私達は、貴方に窮地を救ってもらったのですから、忘れる訳にはいきません」

「義理堅ェなぁ、お前は………良いんだか悪いんだか……」

 

そう言って、紅夜は苦笑を浮かべる。その苦笑は、何処と無く嬉しそうに見えた。

 

「さて、それじゃあそろそろ戻ろうぜ。アッチの方でも、そろそろ交流が終わりそうだ」

「ええ、そうしましょうか」

 

そう言って歩き出そうとする紅夜に、絹代は名残惜しそうに返事を返すと、先に歩き出した紅夜の隣に並び、メンバーの元へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「ちょっと隊長!なぁに人の兄を独占しているんですか!?兄様と話したい事が一杯あったのに!」

「あ、ああ。すまないな、長門妹よ」

 

大洗チームと知波単チームのメンバーで交流が行われている場所へと戻ってくると、綾が絹代に詰め寄る。

 

「おい、綾。話ならラインや電話で幾らでも出来るんだから良いだろ?西さんに迷惑掛けちゃいけません」

「ちょっと兄様!隊長の肩持つの!?前までは名前聞いただけで取り乱しそうになるぐらいに怯えてたのに!!」

「今の西さんは安全だから良いの」

「どんな理屈よ、それは!?」

 

のんびりと構えて言う紅夜に、綾は堪らずツッコミを入れる。

 

「それよりも綾、お前五式戦車の車長になったんだな。ビックリだぜ」

 

紅夜は話題を変え、綾が五式戦車の車長になっている事についての話を切り出す。

すると、綾は得意そうに胸を張って言った。

 

「フフンッ!伊達に兄様のチームの練習についてったり、体験がてらに1日隊長やらせてもらったりしてないわ。今回はそれが生かされたわね」

「正にその通りだな、敵ながら天晴れだ」

「そうでしょう?もっと褒めてくれても良いのよ?」

「調子に乗りすぎるな」

「あいたっ」

 

紅夜が褒めると、天狗になったかのように得意気になる綾の頭に、紅夜はチョップを入れた。

 

「それじゃ、私はそろそろ移動車の方へ戻るわ。兄様、今度泊まりに行くから、その時はちゃんと準備しといてよね?」

「え?いやいや、泊まりに来るとか正気か?」

「勿論でしょ?………もっと話したかったのに……会えない間、私がどれだけ寂しい思いをしてきたと思ってるのよ………」

 

後半辺りから、綾の声は小さくなって紅夜の耳には届かなかったが、それはある意味、綾にとっての救いだった。

 

「と、兎に角!今度絶対に泊まりに行くわ!そのときは連絡するから、ちゃんと用意しておいてよね!」

 

そして綾は、顔を赤く染めながら走り去っていった。

 

「やれやれ、相変わらずよく分からん妹だこった………つーか、何が『兎に角』だよ……悪いな、西さん。彼奴、お前さんのチームで何か迷惑とか掛けてないか?」

「いいえ。彼女は五式戦車の車長として、頑張ってくれています」

「そっか………それなら良いんだがな」

 

紅夜の言葉に絹代が微笑んで返すと、紅夜の表情にも笑みが戻る。

 

「妹さんにも好かれるなんて……………恋敵は多いですね……………」

「ん?何か言ったか?」

「い、いえ!何も!」

「そっか……………まぁ良いか」

 

基本的に、あまり細かい事は気にしない性分である紅夜は、絹代の言葉をあっさりと信じて気にしない事にした。

 

「さて、そろそろ戻ろうぜ。アッチの方でも、そろそろ交流が終わりそうだ」

 

そう言って、紅夜は先に歩き出そうとするが、それを絹代が呼び止める。

 

「あの、紅夜さん……」

「ん?」

 

紅夜が振り向くと、絹代がスマホを取り出し、顔を赤くしながら近づいてきた。

 

「よ、良かったら………アドレスの交換を……」

「ああ、別に良いぜ」

「あ、ありがとうございます!」

紅夜は何の抵抗も無く、あっさりと承諾し、絹代は花が咲いたような笑みを浮かべる。

そして、互いのアドレスが電話帳に登録されると、ラインにも、其々が登録される。

 

「それではまた、連絡しますね」

 

嬉しそうにスマホを胸に当てた絹代が、顔を赤くしながら言う。

 

「あいよ、何時でもしてこい」

「はい!」

そんな会話を交わし、すっかり和解した2人は其々のチームのメンバーの元へと戻っていった。

そして別れの挨拶を終え、其々のチームが学園艦に乗り込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、今回の練習試合では、本当にご苦労であった」

 

学園に戻ってくると、メンバーの前に生徒会メンバーの3人が立ち、桃が代表して言う。

 

「今回の試合で勝利出来たのは、諸君等の頑張りと、ライトニングとスモーキーの2チームによる活躍あってのものだと思う」

 

桃がそう言うと、メンバーは嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「だが、油断は禁物だ。何せ今回の練習試合では全チームが参加出来たが、準決勝ではレッド・フラッグの参加チームが2チームに減らされる。今回のようにはならないと思え」

 

そして、桃は一呼吸の間を空けて言った。

 

「準決勝の対戦相手は、プラウダ高校だ、心してかかるように……………では、解散!」

 

そうして、メンバーは其々の家路につく。

紅夜も帰宅し、家に着くと、夕食などを済ませ、部屋のベッドに潜って眠りについた。



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第9章~準決勝に向けて~
第59話~プラウダ高校です!~


ある日の晩の事。流氷が至る所に浮かび、見るからに極寒の海を思わせるような光景の海を、1隻の学園艦が航海していた。

キエフ級空母に酷似したこの学園艦は、昨年度戦車道全国大会にて、10連覇がかかっていた黒森峰を破り、第62回戦車道全国大会の優勝校に輝いた、プラウダ高校が保有する学園艦である。

その巨大な学園艦に広がる甲板都市の中心に、そのプラウダ高校は存在する。

そして此処は、そんなプラウダ高校の応接室。其所では、3人の少女がテーブルを囲んでいた。

 

「準決勝進出、おめでとうございます。カチューシャ」

 

その3人の内の1人であるダージリンは、自分の向かい側に座る少女に向かって言う。

 

「フフンッ!まぁ、このカチューシャにかかれば、そんなの朝飯前ね!」

 

カチューシャと呼ばれた、金髪をショートボブにした非常に小柄な少女は、あの試合では自分達が勝つのが当然だったと言わんばかりの表情で豪語する。

 

「勝負は時の運と言うものでしょう?」

「私は、その運すらも味方につけるのよ」

 

ダージリンは言うが、カチューシャはそう言い返してあっさりと一蹴する。

 

「それにしても、ソッチは残念だったわね、ダージリン」

「ええ。流石はまほさん率いる黒森峰、今年もやられてしまいましたわ」

 

ダージリンはそう言って苦笑を浮かべる。

彼女率いる聖グロリアーナの2回戦の相手は黒森峰だったのだが、昨年はプラウダに破れたとは言え、西住流と言う流派の家元の学校であり、全国大会にて9連覇してきた実力は伊達ではなく、ダージリン達聖グロリアーナの健闘も虚しく、黒森峰に破れる結果となったのだ。

そんな会話を交わしていると、先程までカチューシャの傍らで冷静沈着な専属メイドの如く立っていた、黒髪で長身の少女が、ダージリンの前にロシアンティーの淹れられたティーカップと、ジャムの入った皿を差し出した。

 

「ロシアンティーとジャムです、どうぞ」

「ありがとう、ノンナ」

「いいえ……………」

 

ノンナと呼ばれた少女は、淡々と返事を返し、再びカチューシャの傍らへと戻る。

その光景を見て軽く微笑んだダージリンは、ジャムをスプーンで掬い、紅茶に入れようとする。

 

「違うの!」

 

 だが、それを見たカチューシャが突然、ダージリンの行動に待ったをかけた。

 

 

 

「そんなの、ロシアの作法としては邪道よ。紅茶が冷めちゃうじゃない……………良い?ジャムってのは紅茶の中に入れるのではなくて、舐めながら、紅茶を飲むものなのよ」

 

そう言いながら、カチューシャはスプーンで掬ったジャムを口に含み、続けて紅茶を飲む。

 

「付いてますよ」

「余計な事言わないで!」

 

ノンナは、カチューシャの口の周りにジャムが付いている事を指摘するが、カチューシャはそう言い返す。

子供っぽさを思わせるカチューシャの姿に、ノンナは微笑む。

 

「ピロージナエ・カトルーシカとペチーネもどうぞ」

 

ノンナは流暢なロシア語で言いながら、恐らくクッキーか何かなのであろう菓子が乗せられた皿を置く。

ダージリンは、その菓子に手を伸ばそうとしたが、何かを思い出しかのように手を引っ込める。

 

「そう言えば、もう直ぐ準決勝だと言うのに、貴女達は随分と余裕そうですわね……………練習しなくて良いんですの?」

 

ダージリンがそう言うと、カチューシャは思いっきり馬鹿にしたような調子で言った。

 

「ええ。燃料と弾薬、それから時間の無駄遣いとしか言えないわ。相手は聞いた事も無い弱小校なのよ?」

「でも、相手は家元の子よ?それも、西住流のね」

「えっ!?」

 

言い放ったカチューシャにダージリンが言い返すと、余裕綽々な表情を浮かべたカチューシャが驚愕に染まる。

 

「ちょっとノンナ!そんな大事な事を、なんで早く言わないのよ!?」

「先日から、何度も言ってます」

「聞いてないわよ!」

カチューシャは、傍らに立っているノンナに怒鳴るが、ノンナは相変わらず、落ち着き払った調子で言い返すものの、カチューシャは『聞いてない』の一言で一蹴する。

 

「ただし、妹の方だけどね」

「え?妹?な~んだ………」

 

相手の隊長がまほではないと言う事を知らされ、カチューシャの表情はホッとしたものに変わる。

 

「黒森峰から転校してきて、無名の学校をこの舞台にまで引っ張り上げてきたんですって」

「ふ~ん……………それで?そんな事を言うために、態々此処までやって来たの、ダージリン?」

 

カチューシャは大して興味が無いのか、そんな事をダージリンに問う。

 

「まさか。美味しい紅茶を飲みに来ただけですわ」

 

そう言うと、ダージリンは紅茶を飲む。

そしてカップを置くと、またしても何かを思い出しかのような表情を浮かべた。

 

「それとだけど、彼等も居るわよ」

「んー?」

 

ピロージナエ・カトルーシカを頬張っていたカチューシャは、もぐもぐと口を動かしながら首を傾げた。

 

「赤い旗を靡かせる、戦場の暴れ馬達がね」

「何ソレ?」

「……………ッ!」

 

カチューシャは訳が分からないとばかりに首を傾げるが、ノンナだけは違った。

 

「あら、貴女の副隊長さんは、もうお気づきになられたみたいだけど?」

「え?そうなの?」

 

カチューシャはそう言うと、ノンナを見る。

ノンナは視線をカチューシャへと向け、ゆっくりと頷いた。

 

「と言う事は……………ダージリンさん、彼等が居るなら、当然、《あの方》も居ると言う事に……………?」

「勿論、居りますわよ。何と言っても、そのチームの隊長が彼ですもの」

 

ダージリンが言うと、ノンナは先程までの無表情から一転し、花が咲いたような笑みを浮かべた。

 

「ノンナがそんな表情をするなんて……………ん?そう言えば……………」

 

その時、カチューシャは何か引っ掛かる事を思い出したのか、考え始める。

 

「どうかしたの?」

「あー、うん。2年ぐらい前に、ノンナの家に行った時の事なんだけど、その時ノンナの部屋に、矢鱈とサイズが大きいダウンジャケットがあったのよ。それに玄関の傘入れには、何故か除雪用シャベルもが置かれてたし」

「そう……………」

 

ダージリンは意味深な感じを含んだ声で言うと、ノンナの方を見る。当の本人は、顔を赤くして逸らす。

それを見たダージリンは、面白いものを見たとばかりにクスリと笑い、カチューシャに言った。

 

「その2つは、彼女ともう1人にとって、忘れられない殿方からの置き土産ですわ」

「だ、ダージリンさん!」

 

流石に冷静なノンナでさえ、あまり知られたくない過去を話されるのは恥ずかしいのか、珍しく大声を上げる。

 

「ノンナ、どうせだから話しちゃいさいよ。何があったのか、私も興味あるし」

「うぅ……………分かりました」

 

そう言って、ノンナは恥ずかしそうにしながらも話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、カチューシャが言った2年前のある日に遡る。

その日の午後6時頃、雑用で遅くなってしまったノンナは、普段行動を共にしているカチューシャではなく、試合で大抵乗っているT-34/85中戦車で、ノンナと同じく車長を勤める銀髪の少女--クラーラ--と家路を共にしていた。

季節は冬で、航海している場所が場所だからか、彼女らが家路につく数分前までは大雪が降り、道路には雪がつもり、所々には、除雪作業で屋根から落とされた雪が小さな雪溜まりを作っている。

 

「Разве я буду холодно этой зимой(今年の冬は冷えますね)……………」

「До.Я горек о короркой юбке только тогда(ええ。この時ばかりは短いスカートが恨めしいです).」

 

長い間この学園艦で過ごしているとは言え、膝より上と言う丈の短いスカートでは、幾らハイソックスやタイツを履いていても寒いのは必然。

そのため2人は、学生寮の近くにある自販機で温かい飲み物を買おうと、その自販機に近づいた。

 

その時、7人乗りなのであろう大きめのオフロード仕様の乗用車が曲がり角から現れ、2人の直ぐ傍で停車する。

それを無視して自販機に近づこうとすると、ドアが開閉する音と、足音が聞こえた。

 

「ねーねー、君等2人だけ?」

「これから俺達とどうよ?」

 

そんな声に振り向くと、20歳程の男5人が、2人を取り囲むようにして現れる。

 

「……………何なんですか?貴方達は」

 

クラーラの横に並んだノンナが、警戒して言う。

 

「まぁまぁ、そんな恐い顔しなくてもイイじゃん。別に俺等、怪しいモンじゃないんだぜぇ~?」

「そーそー、ただ遊びに誘ってるだけじゃんかよぉ~」

 

男2人が言うと、他の3人も同様の反応を見せる。

その時にノンナとクラーラは悟った。『この5人の目当ては、自分達の体だ』と……………

 

「……………結構です。行きましょう、クラーラ」

「До.」

 

その男達の目当てを知ったら、尚更ついていく訳にはいかない。

ノンナはクラーラに呼び掛け、自販機での飲み物は諦め、男達を無視して行こうとする。

だが、それで諦める程、男達の往生際は良くなかった。

 

「チョッとぐらいイイじゃん、別に変な事しないからさぁ~」

「ッ!?」

 

あろうことか、その内の1人がクラーラの腕を掴んだのだ。

 

「Не касайтесь его(触らないで)!!」

 

悲鳴に近い声を上げ、クラーラは掴まれた腕を思いっきり振った。

だが、それが不運の始まりだった。

 

「うわっと!?」

 

振るわれた腕を、男は間一髪の所で避けた……………と思いきや、若干ながら指が掠めたのか、右の頬が切れ、少量の血が流れ出た。

 

「ウッワー、お嬢さんヤっちゃったねぇ~。暴力振るったんだから、こりゃ慰謝料払ってもらわきゃねぇ~、君達のカラダで♪」

「さ、先に手を出したのは貴方達ではありませんか!」

 

男達はそう言って、揚げ足を取るかのように下劣な笑みを浮かべながら近づいてくるが、ノンナが行く手を阻んで叫ぶ。

 

「ああん?このアマ共優しくしてりゃイイ気になりやがって!!」

「年上に対する礼儀がなってないようだなッ!」

 

そう言って、男4人は2人の両脇を拘束する。

 

「ッ!?な、何をするのですか!」

「離してください!」

 

2人は抵抗するが、相手は男4人で、それにもう1人控えている。ノンナとクラーラには、最早勝ち目は無かった。

 

「さて、先ずは最初のお仕置き………だッ!」

「「きゃあっ!?」」

 

すると、4人の男達は、ノンナとクラーラの上着を剥ぎ取ると、制服姿になった2人を、そのまま雪溜まりへと放り投げたのだ。

背中から雪溜まりに突っ込むと、2人の体温で雪が少しずつ溶け始め、2人の制服へと染み込んでいく。

 

「ヒュウッ♪良く見たらコイツ等、中々良いカラダしてんじゃん!」

「プラウダ高校の女子って美肌美人が多いからなぁ。目ェ付けといて正解だったぜ」

「あー、もう待ちきれねえ!オイ、さっさとコイツ等を拉致って、ヤる事ヤろうぜ」

 

目の前に少女が居ると言うのにも関わらず、男達は卑猥な会話を交わしている。

 

「……………ッ」

 

ノンナは悔しそうに歯軋りし、クラーラは諦めたかのように項垂れる。

 

「そんじゃ、さっさと車に----ッ!!?」

「え?」

「お、おい、どうした?しっかりしろ、オイ!」

 

突然、固い何かで殴ったような音が響き、2人を車に連れ込もうとした男は俯せに倒れた。

 

『おいテメェ等、良い歳こいた男が、寄って集ってなァに女の子虐めてんだゴラァ』

 

男達の背後から、ドスの効いた声が聞こえてきた。

恐る恐る振り向くと、其所には男を殴ったのであろう、金属製の大型シャベルをバットのように肩に担いだ、ドス黒いオーラを纏い、漆黒の長い髪に赤い瞳を持つ青年が、大量の雪が積まれた荷車の前に居た。

 

『ったく、こちとらさっさとこの雪捨てて、オッチャンのトコ行かなきゃならんってのに、狭い道にデカイ車停めやがって、邪魔で仕方ねぇ………おまけに目の前で女の子拉致るとか不快極まりねぇ……八つ当たりがてらに、ボンネット抉じ開けて、適当なゴミぶちこんで車のエンジン潰して良いかな………………』

 

かなり機嫌が悪いのか口汚く言いながら、その青年は荷車の取っ手を持つ。

 

『まぁ良い、やってるだけ時間の無駄だ………………おら、ボサーッとしてねぇで、さっさと車退けて失せやがれ。ぶっ壊しても修理費払わねぇぞ』

「て、テメェいきなり現れて何言ってやがんだよ、ああ!?」

「そ、そうだ!それに1人やられちまったが、此方には未だ4人居るんだぞ!」

 

そう言うと、4人は青年を取り囲む。

 

『ハァー……………やっぱこーなるわな』

 

 そう面倒臭そうに呟き、青年が先程まで纏っていた謎のオーラをしまうと、髪が漆黒から鮮やかな緑に戻る。

 背負っていたリュックを下ろして、着ていたダウンジャケットを脱ぐと、それらをノンナ達に投げ渡した。

 そのダウンジャケットの下には、背中に風に靡く赤い旗が描かれ、両腕には《Lightning》と白字で書かれた、ジャーマングレーのパンツァージャケットを着ていた。

 

「悪いけどさぁ、ちょっくらそれ預かっといてくんね?直ぐにコイツ等片すから」

 

 その青年が言うと、ノンナ達は少しポカンとしていたが、やがて我に返り、頷く。

 

「た、たかが餓鬼1人に何が出来るんだ!やっちまえ!」

 

 1人の声を皮切りに、残りの3人も一斉に襲い掛かる。

 

「……………やれやれ」

 

その青年は呟くと、人間離れした脚力で飛び出し、シャベルをバトンのように振り回しながら応戦する。

「オラァァァアアアッ!!」

 

1人が雄叫びを上げながら右ストレートを喰らわせようとするが、青年はシャベルで受け止めて流し、倒れかかった男の横腹に回し蹴りを喰らわせ、さらにはカポエイラのように逆立ちして回転し、その男を勢い良く蹴飛ばし、自動車の方へと吹っ飛ばす。

大きな音を立て、その男は自動車へと叩きつけられる。

勢いが強かったのか、その自動車のヘッドライトの片方が割れている。

そんな男など気にも留めず、青年は地面を野球のランナーの如くスライドし、もう1人の足目掛けてシャベルを投げ、薄い側面をぶつける。

 

「ぐぎゃぁぁあああっ!?痛ェ!痛ェよぉ!」

「そりゃそうだ、シャベルの薄い側面が当たったんだからな……………さて、最後はテメェか……………どうすんだ?」

「す……………スンマセンでしたぁぁぁぁああああっ!!」

 

涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、残された1人は他の4人を車へと放り込み、逃げていった。

 

「ふぅ、張り合いねぇ連中だな……まぁ、その方が時間無駄にならないから良いんだが………さて、大丈夫か?」

「え?……………ああ、はい。大丈夫です」

 

急に聞かれたノンナは、おずおずと答えた。クラーラも頷いて答える。

 

「そりゃ良かった……………ほら、手ェ貸せ。引き起こすから」

「「ッ!!?」」

 

そうして手を差し伸べられ、2人の顔は若干赤くなる。

少しの間、青年の両手を見つめていたが、やがてゆっくりと手を取り、2人は立ち上がった。

 

「あ、ありがとうございます………」

「Спасибо.」

 

2人は頬を染めながら礼を言う。

その青年は、クラーラが言ったロシア語が分からなかったのか、一瞬首を傾げそうになったが、雰囲気からして礼を言っていると言う事に気づき、笑みを浮かべる。

 

「良いって良いって、こう言う時はお互い様ってな……………あ、荷物持っといてくれてありがとな」

 

そう言うと、青年は2人から荷物を受け取る。それから、剥ぎ取られた彼女等の上着を渡した。

 

「「……………クシュンッ!」」

「ん?」

 

そして、2人は可愛らしいくしゃみをすると、両腕で肩を抱き、寒そうに震える。恐らく、雪溜まりに突き飛ばされてから時間が経っていたため、溶けた雪が染み込んできているのだろう。

寒そうに震える2人を見た青年は、ダウンジャケットを着るのを止め、リュックからもう1着のダウンジャケットを取り出し、2人に差し出した。

 

「これ着ろよ。少なくとも役には立つだろうし」

「えっ……………ですが、それでは貴方が……………」

 

心配そうにクラーラは言うが、青年は笑って言った。

 

「大丈夫だって。こう見えても俺、寒さには慣れてるからさ。この程度で風邪引いたりはしねぇよ。それに………………目の前で寒さに震えてる女の子を、放っておけるかっての」

「「ッ!?」」

 

その青年が言うと、2人は頬を赤く染める。

 

「ホレ、何ボサッとしてんだ?早く着ねえと風邪引くぜ?」

 

そう言われ、2人はダウンジャケットを着始める。

 

「おっと、もう行かねえと2時間後の連絡船に間に合わねえ……つーか、さっとこの雪捨てて来ねえと………そんじゃな!」

「えっ!?」

「ま、待ってください!お名前だけでも!」

「時間がねえんだ!またにしてくれ!」

 

そう言って、引き留めようとする2人の声を無視して、その青年は荷車を引っ張って走り去った。

その後には、青年のものだと思われる大型シャベルが残されていた……………

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………と言う事があったんです」

「それで、あんなデカいダウンジャケットやシャベルがあったのね……………」

 

顔を赤くしたノンナが話を終えると、カチューシャは何やら感心したような声で言った。

 

「準決勝で彼等が居ると言う事は……………また、彼に会えますよね?」

「ええ、勿論ですわ」

 

ダージリンが答えると、ノンナは嬉しそうに微笑んだ。

 

「そう言えばノンナ。貴女方を助けたと言う殿方のお名前、聞きそびれたのよね?」

「ええ、私とクラーラが呼び止めようとしたのですが、もう既に居なくなっていて……………」

 

そう言って、ノンナは残念そうに顔を俯けた。

それを見たダージリンは、軽く微笑んで言った。

 

「その殿方のお名前は……………長門紅夜さん、ですわよ」

「……長門、紅夜………」

 

ダージリンがその青年の名を言うと、ノンナはその青年の名を復唱する。

その瞬間、ノンナは胸の奥での一際大きな鼓動を感じ、思わず顔を真っ赤にして胸に両手を添える。

そんな様子に、ダージリンはさらに微笑んだ。

 

「成る程……………その様子を見る限りでは、貴女も彼に恋をしたのですね」

「ッ!?」

「ええっ!?ちょっとノンナ!そうなの!?って言うかダージリン!?その言い方だとアンタもしてる的な感じに聞こえるんだけど!?」

 

 

ダージリンがからかうように言うと、ノンナは顔が真っ赤に染まり上がり、カチューシャは大層驚いた様子でノンナを見つつ、ダージリンにもツッコミを入れる。

 

「さあ、どうでしょうね?」

「……………」

 

ダージリンが惚けて言う傍らで、ノンナは顔を真っ赤にしながらも、ゆっくりと頷いた。

 

「はわわわわわ………………」

「あらあら」

 

カチューシャはアワアワとし出し、ダージリンは面白そうに見ている。

その日、プラウダ高校の応接室では、恋バナで盛り上がる3人の少女の姿が確認されたと言う。



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第60話~西住家と島田家です!~

プラウダ高校の応接室にて、3人の少女による恋バナが行われているのと同日、此処は熊本県のとある家。

『西住』と書かれた表札がある、古い流派の家を思わせる大きな家こそが、みほとまほの実家である。

そんな一室にて、黒森峰の制服を着たまほと、黒いスーツ姿の女性が居た。

鋭い目や座る姿が凛々しさを醸し出すその女性の名は、西住 しほ。みほとまほの母である。

2人が囲む机の上には、とある新聞紙が広げられていた。

その項目には、この準決勝で、大洗女子学園とプラウダ高校が対決すると言う事が書かれており、両チームの隊長名もが書かれている。

また、知波単との練習試合の事も書かれ、土壇場で現れて大暴れしたレッド・フラッグの事も触れられている。

その項目には、《姿を消した伝説のチームの降臨に、観客騒然!彼等の同好会チームとしての完全復活は目の前か!?》と書かれ、今では多くの人の目に触れられる事となっている。

 

「みほ……………」

 

だが、残念ながらその事は、今のしほの視界には入っていない。

過去を悔やんでいるような声で娘の名を呟く彼女の視線に捉えられているのは、みほの顔写真だ。

 

「……………」

 

その様子を見たまほは、顔を伏せる。

其所へ、しほの視線がまほへと向けられた。

 

「まほ、貴女は知っていたの?あの子が未だ、戦車道を続けていると言う事を」

「………はい」

 

まほは小さく答え、頷く。

 

「そう……」

 

そう言って、しほはまほの隣に空いている空間を見る。

数ヵ月前までは、まほの隣にみほが座っていた。だが、そのみほは今、大洗女子学園に居る。大洗女子学園戦車道チームの総隊長として……………

 

「……私は、間違っていたのかもしれないわね………」

 

自嘲するように、しほは呟いた。

そもそも、何故みほは黒森峰から大洗に転校したのか?それについて説明させていただこう。

 

 

 

 

 

事の発端は、昨年度の戦車道全国大会決勝戦、プラウダ高校との試合の時に遡る。

その時は雨が降っており、川が氾濫しかけている状況だった。

そんな川沿いの道を、黒森峰の戦車隊が1列で徐行していた。

その時、突然前方からプラウダの戦車隊が現れて奇襲攻撃を仕掛けてきた。

当時は副隊長を勤めていたみほの乗るティーガーはフラッグ車だったため、前を走っていたⅢ号戦車が盾になろうとするが、その直ぐ近くに砲弾が着弾し、Ⅲ号戦車はバランスを崩して土手を滑り落ち、川へと落ちてしまったのだ。

ティーガー等の重戦車なら話は別だったかもしれないが、Ⅲ号戦車は中戦車、激しい水流に太刀打ち出来る筈も無く、沈み始める。

それを放っておけば、戦車の乗員の命は呆気なく失われる事となる。

それを見放せなかったみほはティーガーから降りて川に飛び込み、Ⅲ号戦車のハッチを抉じ開けて中の乗員を救出した。

だが、その間にみほが乗っていたティーガーが砲撃を受けて撃破され、黒森峰は決勝戦でプラウダに敗れ、10連覇を逃してしまった。

それにみほの行動は、西住流に反する行為だとして、試合後、しほはみほを叱責したのだ。

勝つ事のみに囚われて、乗員の命を省みる事無く……………

 

 

 

 

 

 

 

「あの時、みほがⅢ号戦車の乗員を助けていなかったら、私達は10連覇を成し遂げのかもしれない。でも、それをマイナスに塗り替えてしまう程、多くのものを失っていたでしょうね……………あの時の彼の行動を思い出すと、そう強く思ってしまうわ……………あの時の私は、ある意味《人殺し》とか言われても、文句は言えない立場だったでしょうね………」

 

そう言って、しほは自嘲するかのように溜め息をつく。

まほも心当たりがあるのか、何も言わずにしほの言葉に耳を傾けていた。

 

「そう言えばまほ、覚えてる?貴女達がレッド・フラッグと戦った時の事を」

 

しほがそう言うと、まほはゆっくりと頷く。

 

 

 

 

 

レッド・フラッグとの試合で、まほが乗るティーガーが、紅夜のIS-2から擦れ違い様にゼロ距離射撃を受けた。

それもエンジン部分に受けたため、ティーガーのエンジンからは黒煙が上がり、当然ながら白旗が飛び出る。

だが、其所からが不運だった。

何の偶然か、漏れ出た燃料に炎が引火し、ティーガーは瞬く間に炎上したのだ。

まほは乗員を先に逃がすものの、1人取り残されてしまう。

危険を冒して、エリカがまほを助けようと飛び込んできたものの、火は勢いを増すばかり。そして、正にミイラ取りがミイラになったが如く、エリカも火柱の中に閉じ込められてしまう。

最早、消防車が来るのを待つしか方法は無いと誰もが思った時、火の外から紅夜が飛び込んでくると、パンツァージャケットを脱いで先に2人を纏めて肩に担ぎ、2人の顔にそのジャケットを被せると、そのまま火の中から飛び出して救出したのだ。

幸い、2人は足に火傷を負っただけですんだが、紅夜は火の中に飛び込んだ際に火が燃え移ったのか、腰まで伸ばされた緑髪の半分近くが焦げて、最早灰同然になっており、さらには何の装備も無しに火の中へと飛び込んだため、目や皮膚等に異常が無いかの検査を受けるようにと、遅れて駆けつけた消防士に強く言われ、そのまま問答無用で病院へと搬送される事になった。

駆けつけた救急車に乗せられる前に、まほは何故助けたのかを聞く。その時に紅夜は言ったのだ。

『試合で一番嫌な事は、死者を出す事だからだ』と……………

 

つまり、しほがみほを叱責したのは、紅夜が嫌がっていた事--試合で死者を出す事--を助長していると言う事にもなり得るのだ。

 

「もし、それを彼が知れば……………いえ、止めておきましょう。その場で殺戮嵐(ジェノサイド)が吹き荒れる事しか予想出来ないわ。火の中に飛び込むような度胸を持ってるんだもの、その場で肉片にされかねないわ……………」

 

そう言って、しほは額に冷や汗を浮かべつつ、苦笑する。

 

「まぁ、その事については追々、あの子と話し合っていきましょう……………先ずは、プラウダ戦の観戦にでも行きましょうか………」

 

しほはそう言って、その話を切り上げる。

その次の瞬間には、西住流師範としてではなく、まほとみほの母としての顔となっていた。

 

「それでまほ、あれから彼とは会えたの?」

「ええ。ルクレールで、偶然」

 

しほの質問に、まほは淡々と答える。

 

「そう……………それで、貴女の王子様と再会した感想は?」

「なっ、いきなり何を仰るのですか!?」

 

からかうようにして言ったしほに、まほは顔を真っ赤にして声を上げる。

 

「あら、窮地に陥っていた貴女を、自分の身を省みずに火の中に飛び込んできて助けてくれたのよ?正に王子様じゃない。それに今思い出せば、貴女、ルクレールから帰ってきた時、何処と無く嬉しそうにしていたそうじゃない。菊代(きくよ)がそう言っていたわよ?」

「ッ!?話されていたのか……………」

 

まほはそう呟き、ガックリと項垂れる。それを見たしほは、クスリと微笑んで言った。

 

「まほ、射止めるなら本気でかかりなさい。あれから暫く経ってるから、彼に好意を寄せる者が出てきてもおかしくないわ。はたまた、みほに取られるかもしれないわよ?」

 

そんなまほを、しほはからかうようにして見ていた。

 

「(それもそうだけど、彼にツレの子は居ないのかしらね……………居ないなら、此方側に引き込んでみるのも、また面白いかもしれないわね………人柄も良いし、娘2人を、『西住家の2人』ではなく、まほならまほ、みほならみほとして、ありのままの姿を見てくれそうだし……)」

 

まほを見ながら、しほはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母様……ちょっと良い?」

「ん?……………あら、愛里寿。どうしたの?」

 

場所を移し、此処は島田家宅。西住家よりかは小規模ながらも、それなりの広さを持つ敷地に建つ家の一室に座っていた千代を、愛里寿が訪ねていた。

紅夜から譲り受けたボコのぬいぐるみを、大事そうに抱いたまま部屋に入ってきた愛里寿は、千代の向かいに座って言った。

 

「大洗の試合、見に行きたいの」

「えっ?」

 

愛里寿からの頼みに、千代は呆気に取られたような返事を返した。

 

「急にどうしたの?前なんて興味無さげだったのに、今になって行きたいだなんて………」

「……………」

 

千代が聞くと、愛里寿は答える代わりにボコのぬいぐるみを抱きしめた。

愛里寿が抱いているぬいぐるみが、紅夜から譲り受けたものであると言う事を愛里寿から聞いており、それを覚えていた千代は、何かを悟ったような表情を浮かべて言った。

 

「もしかして、愛里寿……………彼に会いたいの?長門紅夜君に」

 

その問いに、愛里寿の頭が縦に動く。

 

「うん………紅夜お兄ちゃんに、あの時のお礼、未だ言ってないから……………」

「そう……………別に良いけど、会場は凄く寒いわよ?着れる限りの防寒着を着ても、寒いかもしれないわ」

 

千代はそう言うが、愛里寿は気にしないとばかりに首を横に振った。

 

「大丈夫……………お兄ちゃんのためだから……………」

「そう、余程彼に懐いているのね……………まぁ良いわ。なら、それまでに準備しておくのよ?」

「うん………ッ!」

 

そう言って、愛里寿は満面の笑みを浮かべて立ち上がると、相変わらずボコのぬいぐるみを抱き締めたまま部屋を出ていった。

それを見届けた千代はスマホを取り出し、次の大洗の対戦相手や試合会場を調べ始める。

 

「プラウダ高校……去年の優勝校が相手なのね………それもそうだけど、あの愛里寿があんなにも懐くなんて、彼は一体、どんな魔法を使ったのかしらねぇ………」

 

愛里寿が出ていった部屋のドアを見ながら、千代はそう呟く。

 

大洗の学園艦への外出を終えて家に帰ってきてからと言うもの、愛里寿は家に居る時は、紅夜から譲り受けたボコのぬいぐるみを四六時中抱いており、寝る時もそれを抱いて寝ていると言う。

大学の同級生(?)からも、『時々『紅夜お兄ちゃんがどーだこーだ』と言ってる』とさえ言われる始末。

紅夜の事について話す愛里寿は、何時もの無表情から一転して楽しそうにしていたらしく、ふざけた1人が、試しに『紅夜が好きなのか』と聞いてみたところ、少し顔を赤くしながらも、あっさりと頷いたらしい。

曰く、『紅夜お兄ちゃんの傍に居ると、安心する』だそうだ。

 

 因みに、それを聞いた彼女の同級生の内の3人は相当なショックを受けたらしく、機会があったら紅夜を捕まえて、彼女との関係について詳しく問い詰める計画を立て始めたらしい。

 

「そんなにも愛里寿の話題に出てくる程の人物なら……………1度、会ってみたい気もするわね…………それに、愛里寿があんなにも好いているなら、いっそ、あの子の婿にでもしてしまおうかしら?歳は愛里寿より上だろうけど、少なくとも20にはなっていないだろうしね……………少なくとも、西住流の家元には渡したくない逸材ね。彼のチームもかなり強いみたいだし……………」

 

千代はそう言いながら、テーブルに置かれたコーヒーを口に含む。

 

こうして紅夜は、自身が率いる同好会チームのチームメイトや大洗戦車道チームのチームメイト、はたまた相手校の隊長のみならず、2つの戦車道流派の師範に目をつけられた訳だが、それを彼が知る事は……………

 

「………あー、カレーライス……………マジかよ、もう食えねえよ静馬ぁ………勘弁してくれぇ~~……グーグー」

 

少なくとも、今の段階で知る事は、先ず無いだろう。



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第61話~何かありそうな予感です!~

プラウダ高校や西住家、島田家で紅夜の話題が持ち上がる中、準決勝を間近に控えた大洗チームでは……………

 

 

 

 

 

「もう直ぐ準決勝だね~」

「うん。まさか此処まで来られるなんて思わなかったよ~」

 

その日の練習を終え、戦車の整備を行おうとしていた。

1年生が気の抜けたような会話を交わす中、紅夜達レッド・フラッグでは……………

 

 

 

 

 

「えー、知ってるとは思うが、準決勝では俺等全3チームの中から2チーム参加出来るようになってる訳だが、その2チームを決めようと思う」

 

IS-2、パンター、シャーマン・イージーエイトが横1列に並び、その前に立つ紅夜が話し合いの司会を勤める形で、準決勝に出る2チームを決めようとしていた。

 

「俺等スモーキーは、祖父さん達ライトニングとレイガンに5票だな。つーか、そもそもライトニングが出るのは決定事項だろうよ」

 

大河がそう言うと、スモーキーのメンバーが一斉に頷く。

 

「マジか………まぁ、お前等がそうしろってんなら、俺もそうするつもりで居るが……………レイガン、お前等はどうなんだ?」

「私は構わないわよ?寧ろ、推薦されたんならトコトン暴れるつもりよ」

 

紅夜が問うと、静馬が開口一番に答える。

 

「そうだね~。まぁスモーキーが出ても良いとは思うけど、出来るなら私達が出たいわね」

 

亜子がそう言うと、雅や紀子、和美からも同様な意見が出る。

 

「プラウダってロシア戦車使ってくるトコでしょ?パンターってT-34にそこそこ近い形してるから、ちょっと色塗って砲塔にプラウダの校章描いて、彼奴等の列に紛れ込んでやるわ。そんでもって見方に砲撃したら、彼奴等絶対にパニクるわよ?そっからは大暴れね!くぅーっ!武者震いしてきたぜ!Hallelujah!」

 

女としての口調を保ちつつも、達哉と同じように危険走行を好む程に血の気盛んな雅はそう言って、右手に握り拳を作って左手に打ち付ける。

それを見た達哉は、興奮気味に雅に近づいて言った。

「分かる!分かるぜぇ、雅!やっぱ戦車と来たら!」

「ドンパチ撃ちまくりながらぶつかり合って……………」

「「大乱闘だぜ!」」

 

声を揃えてそう言うと、2人はハイタッチを交わす。

見慣れた光景なのか、メンバーは微笑ましそうに見ていた。

 

「達哉君って、草薙さんと付き合ってるのかな……………」

 

だが、2回戦アンツィオ高校との試合の前、戦車を探すために船の底まで行った際、不安がっていたところを励ましてもらってから、達哉の事を意識している沙織からすれば気が気でなく、複雑そうな表情で達哉を見ていた。

 

 

 

 

 

「それもそうだがスモーキーの皆、ホントに良いのか?今なら未だ変更出来るぜ?」

 

紅夜はそう聞くが、スモーキーのメンバーは首を横に振った。

 

「まぁ欲を言えば出たいけど、隊長と副隊長を参加させた方が良いに決まってるし、そうなれば、ライトニングとレイガンが参加するべきだと思うわ」

「それに、決勝まで進んだら、俺等も参加出来るようになるんだ。それまでのんびり待たせてもらうさ」

 

深雪の言葉に煌牙が続き、千早や新羅、大河も同様の意見を述べる。

 

「そっか。まぁ、お前等がそうしろってんなら、俺もそうするつもりで居るが……………そんじゃあスモーキーの皆、応援頼むぜ?」

「「「「Yes,sir!!」」」」

 

その場を纏めようとした紅夜が言うと、スモーキーのメンバーが一斉に返事を返す。

 

「良し……………んじゃ、会議は終了!戦車の整備を始めるぞ!」

『『『『『『『Yes,sir!!』』』』』』』

 

そうして、メンバーは其々の戦車の整備に取りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、連盟もケチだよな~。1回戦と2回戦は1チームだけ参加で、準決勝で2チーム参加。それから決勝戦でやっと全チーム参加出来るようにするなんてさ……………」

「ああ、全くもって同感だ。連盟の連中が俺等をどう見てるのかは知らねえが、流石に試合に参加できるチーム数に制限付けるのは止めてほしいぜ」

 

イージーエイトに凭れた大河が呟くと、煌牙が続けて言う。

其所へ、イージーエイトのエンジン部分のハッチを開け、其所から降りようとしていた深雪が話に入ってきた。

 

「まぁ、私達女子陣だけなら兎も角、全体としては男子も参加してるチームだから、その辺りは仕方無いんじゃない?体力的な差もある訳だし」

「そんなモンかぁ?」

 

深雪の言葉に、今度は新羅が聞き返す。

 

「あくまでも予想だけどね……………ホラ、貴方達もサボってないで、整備しなさいよ。私達女子にばっかやらせてるんじゃないわよ?」

「あいよ、直ぐ始める」

 

そうして、大河達スモーキーの男子陣も、重い腰を上げるが如く整備に取りかかるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、紅夜達ライトニングでは……………

 

 

「にしても、俺等を追い出しやがった連中だが、ちゃんと戦車の改修はするんだな」

 

知波単との試合で、車体や砲塔に多数の小さな傷がついていたのにも関わらず、今となっては無傷のまま格納庫に鎮座しているIS-2に触れながら、翔がそう呟く。

 

「まぁ、今の俺等は大洗チームとして活動してるから、逆に修理しなかったら苦情出るからだろうよ」

 

履帯等の足回りをチェックしながら、勘助がそう言った。

 

「それもそうだが、試合会場ってどんなトコだっけ?」

 

砲身の内部をブラシで掃除していた達哉が、その手を止めて言った。

 

「分からん。だが、多分相手が有利な場所になると思う。ホラ、時々あるだろ?そう言うの」

 

紅夜がそう返すと、翔が言った。

「あー、あるある。何の嫌がらせかと思うぐらいに敵が有利な場所に当たるってヤツだよな?それ」

「それに、試合会場って毎回ルーレットで決めるんだろ?細工とかしてたりしてな」

「流石にそりゃねーだろ」

 

勘助の一言に、紅夜が苦笑しながらツッコミを入れる。

そんな時、突如として紅夜の携帯から、重厚感溢れる管楽器や男声、そして女声によるロシア語の勇ましい曲--《ソビエトマーチ》--が流れ始めた。

紅夜のスマホの着メロだった。

 

「ああ、電話だ……………すまん、ちょっとの間頼む」

 

そう断りを入れて持ち場を離れると、紅夜はスマホの通話ボタンを押した。

 

「はい、もしもし」

『よぉ、ナガ坊。元気にしてるか?俺だよ、輝夫』

「おおっ!輝夫のおっちゃん!久し振りだな!」

 

電話の向こうに居る人物に、紅夜は嬉しそうな声を上げる。

紅夜に電話をかけてきた人物が、穂積 輝夫(ほづみ てるお)。紅夜の叔父的存在であり、未だ発足してから間も無く、当時、異端として見られていたレッド・フラッグの最初の理解者的存在である、筋骨隆々とした男である。

整備士等の資格を持ち、戦車の扱いもそれなりに心得ており、エンジンのオーバーホールやちょっとした改造などにも手を貸している。現に、レッド・フラッグの戦車の共通点である長めのフェンダーを取り付けたのは彼である。

 

『相変わらず元気そうだなぁ、ナガ坊』

「おうよ、おっちゃん。まぁ、次の試合会場は極寒地獄かもしれねーけどさ」

 

そう言って、紅夜は苦笑を浮かべる。

 

『ほほぉ~~?お前がそんなにも言うなら、お前等の次の対戦相手はプラウダとかだったりしてな!ガッハッハッハッハッ!』

 

そう言って、輝夫は豪快に笑い出した。だが、紅夜の表情は優れなかった。

 

「……………当たりだよ、おっちゃん」

『おう?』

「いや、その……………次の対戦相手プラウダなんだよ」

『マジか……………』

 

紅夜が言うと、予想外だとばかりに、先程まで豪快に笑っていた輝夫の笑い声が止む。

 

『ソイツぁ、ちと厳しい戦いになりそうだな。何せプラウダは、去年の全国大会で黒森峰破って優勝したトコだからなぁ……………なぁナガ坊。その辺考えたら、そろそろ《アレ》を付けるのはどうだ?もう直ぐ出来るぜ?』

 

輝夫は言うが、紅夜は首を横に振った。

 

「いや、未だ止めとくよ。アレは決勝戦まで置いといてくれ。時期が来たら取り付けてもらいに行くからさ」

『あいよ。ちゃんと代金持って来いよ?』

「金取るのかよ……………」

『ジョーダンだ、ジョーダン。んじゃ、そろそろ切るぜ。綾ちゃんやレッド・フラッグの皆にも、よろしく伝えといてくれや。また何時でも遊びに来い。美味いモン食わせてやっからよ』

「そりゃ楽しみだ」

 

そう言って、紅夜は軽く微笑んだ。

 

『またツラ見せに来いよ?じゃあな!』

 

そうして電話が切れ、紅夜は持ち場へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、お前等に整備全部押し付けちまって……………」

 

あれから持ち場に戻ったものの、その頃には既に整備が終わっており紅夜はライトニングのチームメイトに謝っていた。

「気にすんなよ。それよかお前、結構盛り上がってたじゃねえか。誰からだったんだ?」

 

手をヒラヒラと振りながら流した達哉は、紅夜に電話をかけてきた人物について訊ねる。

 

「ああ、輝夫のおっちゃんだよ」

「え、あの人か?うわぁー、良いな~」

「おい達哉、ちょっと退いてくれ……………それで紅夜、おっちゃんは何て言ってた?」

 

達哉を押し退けてきた勘助が、興味津々に訊ねる。

 

「『よろしく』だとさ。後それから、『また何時でも遊びに来い。美味いモン食わせてやっからよ』だとさ」

「そりゃ良いや、今度行こうぜ」

「おっちゃんのラーメンは絶品だからな!」

 

紅夜が答えると、達哉や勘助が嬉しそうに言い、翔もウンウンと頷いている。

 

「良し、そうと決まれば早速静馬達にも………「静かに!」……あれま、こりゃ伝えるのは後だな」

 

突然、桃からの一言が飛び、一同の視線が生徒会メンバーの3人に集まった。

 

「えー、本日の訓練、ご苦労であった。明後日遂に、プラウダ高校との試合がある。相手は昨年度の戦車道全国大会における優勝校だ。心してかかれ!」

『『『『『『『『『『はい!!!』』』』』』』』』』

 

すっかり士気が上がっており、メンバーから威勢の良い返事が返される。

 

「それと、長門!そっちはどのチームが出る?」

「俺等ライトニングと、静馬達レイガンが出ます」

「了解した!」

 

そう答えると、桃は再び、メンバー全員へと向き直った。

 

「良いか?お前達、この準決勝も必ず勝てよ?負けたら、我々はその時点で終わりなんだからな!」

 

もう次は無いんだと言わんばかりに、桃は言った。

 

「どうしてですか?」

 

其所へ、ウサギさんチームの梓からの質問が飛ぶ。

それを皮切りに、他の1年生からも声が上がり始めた。

 

「もし負けても、私達には来年があるじゃないですか」

「やるからには勝ちたいですけど、相手は去年の優勝校なんだし」

「来年に向けて、胸を借りるつもりで……「それでは駄目なんだッ!!!我々には勝つ以外の選択肢は無いんだッ!!!!」……ッ!?」

『『『『『『『『『『ッ!!?』』』』』』』』』』

 

次があると言うような言葉を遮るかのように、桃は怒鳴った。

すると、メンバーは一瞬ながら、ビクリと体を震わせる。

 

「……………勝たなきゃ、駄目なんだよね……………」

『『『『『『『『『『……………』』』』』』』』』』

 

何時もは陽気な杏も、この時ばかりは神妙な表情で言い、その格納庫内を静寂が支配する。

 

「……………すまん、取り乱した」

 

落ち着いたのか、桃はそう言い、みほの方へと向いた。

 

「西住、指揮を……と言っても、今日の練習は終わったがな」

「は、はい!では、解散します!」

 

その号令と共に、メンバーはそろそろと帰り始める。

 

「そんじゃな、紅夜」

「おやすみ、また明日ね」

「あいよ、Good night」

 

紅夜に挨拶をして行くレッド・フラッグのメンバーを見届け、紅夜も帰り支度を始めようとした時だった。

 

「紅夜君、ちょっと良い?」

「ん?」

 

帰り支度を始めようとしたところへ、杏とみほ、そして柚子と桃がやって来た。

 

「どうしました?」

「いや、その……………これから暇?」

 

珍しく歯切れを悪くしながら、杏はそう訊ねる。

 

「ええ、暇ですが……………何か?」

「君と西住ちゃんに伝えておきたい、大事な話があるんだ……………悪いけど、今から一緒に、生徒会室に行ってくれない?」

「……………?別に良いですよ」

 

そう言うと、紅夜は荷物を持って杏達に続き、来客用のスリッパに履き替え、生徒会室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「(なぁ、西住さんよ。大事な話って何だと思う?)」

「(どうだろう?私もさっき、『紅夜君にも伝えておきたい、大事な話があるから生徒会室に一緒に来て』としか言われてないから、よく分からないんだ)」

「(マジか……………)」

 

小声でそんな会話を交わしながら、紅夜とみほは、生徒会メンバー3人に続く。

その3人の顔が、あたかも余命3日を宣告しなければならない医師のように、辛そうな表情にになっている事にも気づかぬまま……………



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第62話~生徒会室での決意です!~

「さあさあ、食べて食べて!」

「「は、はぁ……………」」

 

杏達に案内され、生徒会室へとやって来た紅夜とみほは、部屋の真ん中に置かれた炬燵に入り、生徒会メンバーの3人と彼等5人で、杏が作ったと言うあんこう鍋を囲んでいた。

ガスコンロの火を受けて、鍋の中身がグツグツと音を立てている。

「いやぁ~、やっぱ寒くなったらあんこう鍋食べるに限るねぇ~」

 

上着を羽織った杏はそう言って、袖をヒラヒラと揺らす。

 

「あんこう鍋って、そんなにも人気なんですか?」

「そんなに言う程人気と言う訳でもないが……………まぁ、大洗はあんこうで有名だからな、殆んどの家庭で食べられている」

 

首を傾げて言う紅夜に、桃が答える。

 

「成る程ね……………それで角谷さん」

「ん~?何だい?」

 

既に具をよそおうとしていたのか、箸を鍋に近づけていた杏が紅夜の方を向く。

 

「俺と西住さんを此処に連れてきた理由って、何ですか?」

「「「……………」」」

 

紅夜がそう訊ねると、何故か杏だけでなく桃や柚子も黙りこくってしまう。そんな3人の様子に、紅夜の疑問はますます深まっていった。

その様子を見た杏は柚子に目配せし、その意図を読み取った柚子は紅夜とみほのお椀を取り、具をよそっていく。

当の2人はその事に気づいていないようで、未だに疑問を投げ掛けようとしていたが、杏がそれを阻むかのように話を切り出した。

 

「まあ、それもそうだけどさ……………やっぱ先ずは鍋っしょ、鍋!もう私等お腹ペッコペコだからさ!」

「え?いや、あの……………」

「はい、長門君の分。それから西住さんも」

 

納得出来ないとばかりに紅夜が言おうとするものの、具をよそい終えた柚子が2人のお椀を差し出す。

 

「あ、どうも……………」

「ありがとうございます」

いきなりの事に戸惑いながらも、取り敢えず礼を言った2人はお椀を受け取り、具を口に運ぶ。

 

「あ、これ結構美味いな……………」

 

気に入ったのか、具を口に運びながら紅夜がそんな感想を溢すと、杏が嬉しそうな表情を浮かべて言った。

 

「そうでしょー?あんこう鍋をより美味くするための隠し味でね……………」

「いや、レシピとかは良いですから、そろそろ本題の方を……………」

 

だが、話の内容を聞こうとしたみほが遮り、またしても場が微妙な雰囲気に包まれてしまう。

 

「えっと……………長門君、おかわりする?」

「あ、貰います」

 

場の雰囲気を変えようとしたのか、紅夜のお椀が空になったのを見た柚子がそう言うと、紅夜はそれを受け、お椀を渡す。

 

「え、紅夜君……………?」

 

その場の雰囲気も気にせず、あんこう鍋を楽しみ始めた紅夜に、みほは驚いたような表情を浮かべながら言う。

 

「まあまあ西住さん、取り敢えずはあんこう鍋を楽しもうぜ。結構美味いから、さっさとおかわり貰わねえと、お前の分も俺が食っちまうぜ?」

 

そう言い返し、紅夜は無邪気な笑みを浮かべた。

そう言われたみほは、取り敢えずは紅夜の言う事に従おうと、具を口に運んでいく。

みほの注意が杏が言った『話』から『あんこう鍋』に逸れ生徒会の3人は、心の中で、紅夜に礼を言った。

 

「それでさぁ、紅夜君」

 

其所へ、杏がまた話を切り出した。

 

「ん?何ですか?」

「紅夜君達の現役時代の話を聞かせてよ。私等って今年で戦車道始めたばっかだからさ~、ベテランからの意見を聞きたいんだよ」

「あー、まあ良いですよ」

 

そうして、紅夜は現役時代の思出話を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、そういやだけどさぁ~」

 

それから約2時間後、鍋の中身が空になり、一服しているところへ、杏が口を開いた。

 

「紅夜君、このチームに入ってから不満とかって無い?」

「え?いきなり何ですか?」

突拍子も無い質問に、紅夜は戸惑いながら聞き返す。

 

「いやさ……………紅夜君のチームってさ、連盟の勝手な判断で同好会チームのリストから除名されて、一時期は戦車道の世界から放り出されて、それが原因で戦車道の表舞台から全面的にシャットアウトしちゃった訳じゃん?」

「あー、そういやそんな事も言いましたね」

 

まるで昔の事を懐かしむかのように、紅夜は言った。

 

「其所へ私等がやって来て、『君等の実力が欲しいから此方のチームに入って』、なんて無茶言って、試合して、んでもって私が紅夜君に色々言って、結局此処のチームに入ってくれたじゃん?つまり私等、君等の事なんて考えずに自分等の事情に巻き込んじゃったんじゃないかなって……………そう思ってたんだ」

 

何時もの大物感漂う雰囲気は何処へやら、すっかり小さくなった杏はそう言い、紅夜の方を見る。

 

「君等だってさ、《大洗女子学園所属》なんて前置詞付けられて、まるで三国志とかみたいな客将みたく試合に出るより、ちゃんとした《RED FLAG》ってチームとして、独立して試合したいとか、思ったりしてたんじゃないの?」

「……………」

 

杏にそう言われ、紅夜は黙ってしまう。確かに、そう思う事もあった----否、現在もそう思っている。だが彼としては、今の状態も結構気に入っている。

そんな2つの思いもあり、紅夜は返答に困っていた。

 

「ゴメン、意地悪な質問しちゃったね」

 

そう言って、杏は謝った。

 

「あ、そういや私等の色々な写真とかあるんだよ。この際だから見てって!」

 

杏はそう言うと、沢山の写真が入ったアルバムを持ってきて広げた。

最初のページには、生徒会メンバーの3人が、笑ってピースサインを向けながら校門の前で写っている写真があった。

 

「おお、コレ見てよ!河嶋が笑ってる!」

「か、会長!そんなもの見せないでください!」

 

普段は見せない意外な表情を見られたのか恥ずかしいのか、桃は赤面しながら言う。

 

「ええ~?可愛いのにな~。あの時の桃ちゃん」

「だから!その名前で呼ぶなと昔から言ってるだろ!」

 

何時もの言い合いを繰り広げる2人を見て、紅夜は微笑ましげに笑っていた。

他にも、体育祭や校外学習、学園祭、合唱コンクール、修学旅行、はたまた何かの行事なのか、泥んこプロレス大会と言う競技で杏に技を決められている桃や、海に遊びに行ったのか、バズーカ砲のような特大水鉄砲で、杏が柚子に大量の水を浴びせ、その後ろでは大波で吹っ飛ばされている桃が写っている写真が続々と出てきた。

様々な表情が写っていたが、全員楽しそうな雰囲気が伝わってきていた。

 

「楽しかったな、あの時は……………」

「……………そうですね」

「本当に……楽しかった………」

 

何時もは口調のキツい無愛想な雰囲気を感じさせる桃でさえ穏やかな表情を浮かべ、3人は当時を懐かしんでいた。

 

「3人って、今年度で卒業……………なんですよね?」

 

紅夜が言うと、3人は頷く。

紅夜は写真に写る楽しそうな3人と、今こうやって、自分の前で過去の思い出を懐かしんでいる現実の3人を見比べると、少しの間、目を瞑った。

 

「……………長門?」

 

そんな紅夜の様子に、桃が不思議そうに声をかけるが、紅夜は何も答えず、ただ黙って目を瞑っているだけだ。

そして紅夜は、ゆっくりと目を開けた。

ルビーのように鮮やかな赤い瞳に、決意の炎を宿して……………

 

「……………全国大会、絶対に優勝しようぜ。俺もお前等のチームの一員なんだ、絶対に優勝の舞台に上げてやるよ。観客の歓声、思いっきり浴びようぜ」

 

先程までの敬語は消え失せ、紅夜は言った。

 

「「「……………」」」

 

そんな紅夜を見た3人は、互いに顔を見合わせ、誰からともなく頷いた。

 

「「「勿論!」」」

 

そうして、3人揃って返事を返し、その場に居る者全員が笑う。

家族の団欒のような空間が、その生徒会室に広がっていた。

 

「……………ありがとう、紅夜君」

 

そんな中で、杏は小さな声で紅夜に感謝の言葉を呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、すっかり遅くなっちまったな~」

「うん、あれこれやってる間に、もう8時半になっちゃってるよ」

 

あの後、杏達が後片付け全てを引き受けてしまい、そのまま帰る事になった紅夜とみほは、校門を出て家路についていた。

帰る方向が一緒と言うのもあるが、生徒会室を出る時に杏が、

『暗い夜道なんだから、か弱い女の子1人ぼっちで帰らせるなんて事しちゃ駄目だかんね~?王子様がしーっかり守ってやるんだよ~』

と冷やかすように言ったのもあり、紅夜は、みほを学生寮まで送り届けていたのだ。

その際、みほは顔を真っ赤にしており、それがトマトみたいだと笑った紅夜が、みほからコークスクリューブローを喰らって吹っ飛ばされ、生徒会メンバー3人に笑われたのは余談である。

「準決勝はプラウダ高校か……………やっぱ、IS-2は出してくるかな~」

 

IS-2が一番気に入っている紅夜からすれば、それはご褒美以外の何物でもなかった。

 

「紅夜君って、本当にIS-2好きなんだね……………」

「おうよ!何せ俺、レッド・フラッグの3チームが揃って、どのチームがどの戦車に乗るかを決める時なんざ、俺は真っ先にIS-2に決めたからな!まぁ、一目惚れってヤツよ!」

 

そう言って、紅夜は無邪気な笑みを浮かべた。

子供のような笑みに、みほも自然と笑みを浮かべる。

 

そんな時だった。

 

「よぉ、紅夜。また会ったな!」

「ッ!?」

 

突然背後から声を掛けられ、紅夜は勢い良く後ろを振り向く。

其所には、相変わらずのパンツァージャケットに身を包んだ蓮斗が立っていた。

 

「ええっ!?紅夜君が2人!?」

 

突然の出来事に、みほはそんな声を上げる。

まあ無理もない。何せ蓮斗は、黒髪に蒼い瞳である事を除けば紅夜とは瓜二つ、一方が髪を染めてカラーコンタクトを使えば、見分けが殆んどつかなくなるような容姿なのだ。

みほの反応は、寧ろ正常なものと言っても過言ではないだろう。

 

「ガハハハハッ!其所のお嬢ちゃんは随分と面白ェ事を言うなぁ!」

「蓮斗さんよ、今は夜だぜ?」

 

豪快に笑う蓮斗をジト目で見ながら、紅夜はそう言う。

 

「おっと、言われてみりゃそうだな、悪い悪い」

 

全く謝罪の意思も篭っていない様子で謝りながら、蓮斗は未だ笑っていた。

肌寒くなってきた今日でも、何十年も前と言う大昔に《猛者》と呼ばれた青年(?)は元気一杯のようだ。

 

「それから紅夜、流石に『さん』は要らねえよ。蓮斗で良い」

「あ、そうッスか。そんじゃ蓮斗って呼ばせてもらうぜ」

 

蓮斗が言うと、紅夜もそう答えた。

 

「んで、今日は何しに来たんだ?」

「ああ、それなんだが……………お前等、準決勝にまで進んだんだってな?」

「あ、はい」

 

蓮斗の問いに、今度はみほが答える。

 

「準決勝、俺も見に行こうと思っててな……………それを伝えに来たのさ。後は紅夜をイジッて遊んでやろうと思ってたんだが、彼女さんと一緒じゃあ悪いわな……………んじゃ、俺は帰るわ。お付き合いは程々にな~!」

 

そう言って、蓮斗は何処へと去っていった。

 

「彼女って……………俺と西住さんって付き合ってる訳じゃないんだけどなぁ……………まあ良いや。行こうぜ、西住さん」

「あ、うん!」

 

そうして、紅夜はみほを寮にまで送り届けると、レッド・フラッグのグループラインにある事を書き込み、メンバーから了解を得る返信を受けると、眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、言えませんでしたね……………あの事」

 

紅夜達が出ていってから、後片付けを終えられた生徒会室で帰る用意をしながら、桃はそう言った。

 

「これで良いんだよ、河嶋。西住ちゃんや紅夜君は、私達の我が儘に付き合ってくれてるんだから、せめてものお詫びとして、あのまま……………のびのびと戦車道をやってほしいからさ……………」

 

そう言う杏に、桃と柚子は何も言わず、ただ頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~、今日も今日とて疲れたよ~っと」

 

寮の部屋に戻ってきた杏はそう言いながら、ベッドに倒れ込んだ。

仰向けに寝転がり、笑った3人が写っている写真を見た。

 

「……………利用して、ゴメンね……………紅夜君、西住ちゃん」

 

杏のいつになく悲しげな声が、その部屋に虚しく木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2日後、準決勝当日を迎えるのであった。



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第10章~全国大会準決勝!VSプラウダ高校!~
第63話~試合前の挑発!怒り狂う紅夜君です!~


この話では、カチューシャのアンチがそこそこ入りますが、プラウダ戦後には改心させるのでご安心を……………


結局、杏が言った『大事な話』の内容を聞けぬまま2日経ち、遂に迎えた、大洗女子学園戦車道チームvsプラウダ高校戦車道チームとで行われる、第63回戦車道全国大会準決勝当日。

此処は、その準決勝の試合会場。北緯50度を越えた、雪の降る夜の雪原地帯。

「んじゃ、俺等は観客席で見てるよ。思いっきり暴れてやれよ?祖父さん」

「あいよ、大河。よォ~く見とけ?ロシア戦車同士の大乱闘を見せてやるよ」

 

大洗チームのスタート地点では、見学となった大河が紅夜にエールを送っていた。

杏達との食事会の後、紅夜はラインを使って会議を行い、その結果、今回の試合ではレッド・フラッグ3チームの中から、ライトニングとレイガンの2チームが参加する事になったのだ。

 

「紀子、やっと試合に参加出来るんだから、しっかりやるのよ?」

「もう、分かってるわよ……………」

 

念を押すようにして言う千早に、紀子が気だるげに言い返す。

他にも、新羅や煌牙が翔の勘助の2人と談笑していたり、深雪が静馬を冷やかしていたりと、レッド・フラッグの中では、和気藹々とした雰囲気が漂っているのだが、大洗チームでは……………

 

 

 

 

 

 

「寒ゥッ!?マジで寒いんだけど!」

「北緯50度を越えてますからね……………」

 

あまりにも試合会場が寒いからか、沙織がガタガタと震えながら言い、華も若干寒そうにしながら言う。

「こんな時はレッド・フラッグの人達が羨ましいな………」

「ホントにソレだよ!皆して長袖長ズボンだし、さらにジャケット着てるし!」

 

相変わらずの無表情で麻子が言うと、沙織が大声で賛同する。

2人の視線の先には、普段のパンツァージャケットに身を包み、さらに上から分厚いジャケットを羽織っているレッド・フラッグの女子陣が居た。

杏達との食事会から今日までの2日間で、レッド・フラッグの女子陣のパンツァージャケットはどうなるのかと言う話が持ち上がったのだが、静馬達女子陣は、一応は大洗チームの所属となってはいるが、それ以前にレッド・フラッグのメンバー。

そのため、パンツァージャケットは普段通り、レッド・フラッグで使われているパンツァージャケットを使用し、ジャケット等についてもレッド・フラッグ時代の規則に則れば良いと杏が言った事により、彼女等はレッド・フラッグのパンツァージャケットのさらに上に、防寒用のジャケットを羽織っているのだ。

 

「て言うか何なのよ~!レッド・フラッグの皆特しまくりじゃん!私達もジャケット持って来れば良かったのにぃ~!」

 

そう叫びながら、沙織は腕をブンブン振り回して駄々をこねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「各戦車の履帯は、冬季用履帯に換装してるんだな」

「ラジエーターには不凍液……………雪中戦に向けて準備万端って感じね。私のパンターにも、自動車部の人がやってくれてたし」

「自動車部の人達には、今度お礼としてお菓子でも買っとこうか」

 

紅夜と静馬はそんな会話を交わしながら、待機場所を自由に歩き回っていた。

彼等の行く先々では、大洗チームのメンバーが思い思いの時間を過ごしており、1年生達は雪だるまやかまくらを作ったり、雪合戦をして遊んでおり、カバさんチームの歴女達は武将の雪像を作っており、そのクオリティーの高さに感動した紅夜がスマホを取り出し、写真を何枚か撮ったりしていた。

 

 

 

 

 

「ああ、それもそれとしてだが……………静馬、例のヤツは持ってきてるよな?」

 

一通り歩き回り、自分達の戦車の元へと戻ってくると、紅夜は静馬に何かを確認していた。

 

「ええ。勿論持って来てるわよ?達哉や雅も、ちゃんと準備してくれてるからね。今は全部、私のパンターの車内にあるわ」

「そっか……………なら、何が何でもお前のチームを守らなきゃな」

 

紅夜はそう言うが、静馬は不満そうな顔をしていた。

 

「その台詞を日常生活でも言いなさいよ、バカ」

「いきなり何だよ……………」

 

頬を膨らませ、そのままそっぽを向いてしまった静馬に、紅夜は困惑していた。

そんな中で、達哉と雅が1年生達に加わって雪合戦を始め、翔や勘助は歴女達の元へと向かい始める。

 

「暇だなぁ……………俺、戦車の中でグダグタしとくわ。試合始まる時はヨロ」

「はいはい……因にだけど、寝たらキスするからね?」

「分かった、寝ない」

 

からかうようにして言う静馬に、紅夜はそう言う。

 

「このバカ!アホ!鈍感緑髪野郎!ティーガーに撃たれて死ね!」

「何だよいきなり……………って、痛ァッ!?」

 

その反応に怒った静馬は、罵声を浴びせながら、何処からともなく取り出した大型レンチを投げつける。

そのレンチはIS-2のキューボラから、車内へと綺麗に入り、頭部にその直撃を受けた紅夜は、車内にずり落ちていった。

 

「いってぇなぁ……………何すんだよも~」

 

頭に大きなたんこぶを拵えた紅夜は、その部分を擦りながら呟いていた。

 

 

そんな時、大洗チームの待機場所に、1台の車両--自走式多連装ロケット砲《カチューシャ》--が近づいてきた。

金属音を混ぜたブレーキ音と共にカチューシャは停車すると、両方のドアが開き、其所から2人のプラウダ高校の生徒が降りてくると、そのまま大洗チームの元へと歩みを進める。

カチューシャが近づいてくる音を聞き付けた紅夜も、IS-2の車内から出て砲塔に腰掛け、その2人へと目を向ける。

 

「あれは、プラウダ高校の隊長と副隊長……………」

「『地吹雪のカチューシャ』と、『ブリザードのノンナ』ですね!」

 

近づいてくる2人を見て、みほと優花里がそう言い合う。

そんな2人の会話を他所に、カチューシャとノンナは大洗チームの少し前で歩みを止める。

そして、カチューシャは大洗の戦車を一通り見回した。その際、IS-2が影に隠れて見えなくなっていたのは余談である。

 

「……………フ、フフフ……………アハハハハハハハッ!!」

『『『『『『『『『『……………?』』』』』』』』』

 

突然高笑いを始めたカチューシャに、大洗のメンバーは首を傾げる。

 

「このカチューシャを笑わせるために、こんな戦車用意したのよね!ねえ!」

 

明らかに大洗をバカにした発言をするカチューシャに、大洗のメンバーは表情をしかめる。

 

「やあやあ、カチューシャ。私は大洗女子学園生徒会長、角谷だ。今日はお手柔らかにね」

 

まるで気にしていないように、何時も通りの様子で出てきた杏が自己紹介しながら、若干屈んで握手を求める。

 

「……………」

だが、当のカチューシャは不満げに杏の手を睨み、暫くすると……………

 

「ノンナ!」

 

いきなりノンナを呼びつける。

すると、ノンナはカチューシャが何を求めたのかを悟り、カチューシャを肩車した。

 

「へっ?」

 

流石に驚いたのか、杏は間の抜けた声を出す。

 

「貴方達はね、全てがカチューシャより下なのよ!戦車も技術も身長もね!」

 

ノンナに肩車されたカチューシャは胸の前で腕を組み、見下したような声を上げた。

 

「……………」

「肩車してるじゃないか……………」

 

その様子に杏は言葉を失い、桃はボソボソと突っ込みを入れる。

 

「前2個は分かるけど、最後の1個は納得いかないなぁ~」

「元から背が高いなら未だしも、肩車されてるガキンチョに、『お前等は自分より背が低いんだよ』って言われてもねぇ~」

 

雪合戦を中断した達哉と雅は、明らかに口悪く言う。

 

「ッ!其所、聞こえたわよ!よくもカチューシャを侮辱したわね!!粛清してやる!」

 

そう言って、カチューシャは達哉と雅を指差した。

 

「指差してギャースカ喚いてんじゃねーよチビ、パンターの75mmでドタマ撃ち抜くぞ」

「怖っ!?」

 

眉間にシワを寄せて雅が呟くと、達哉がドン引きしたような表情で言う。

 

「まあ良いわ。行くわよ、ノンナ!」

 

その呟きは、カチューシャには聞こえていなかったらしく、肩車されたカチューシャはノンナにそう言い、その場を去ろうとするが、その際にみほを視界に捉えた。

 

「アラ?確か、貴女は西住流の……………」

「……………ッ」

 

カチューシャが呟いた『西住流』と言う言葉に、みほが表情を歪める。

カチューシャは、そんな様子を知ってか知らずか、フッと笑みを浮かべて言った。

 

 

「去年はありがとう。貴女のお蔭で私達、優勝する事が出来たわ。今年もよろしくね、家元さん」

 

そう言われ、みほの体が一瞬強張る。

 

『……………あの餓鬼、随分と調子に乗ってやがるな』

 

未だにIS-2の砲塔に、腕を組みながら腰掛けており、先程までの会話を目を瞑りながら聞いていた紅夜は、全身にドス黒いオーラを纏い、その緑髪を、まるで今の紅夜の心の色の如く漆黒に染め、ゆっくり開いた片目をギラリと光らせて呟いた。

そして砲塔から飛び降りると、そのまま大洗チームの元へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「ところで……………」

 

其所へ、ノンナが話を切り出すように口を開くと、最初に達哉を視界に捉え、今度は大洗の戦車を一通り見回した。

それから、ノンナは頬を少し赤くしながら言った。

 

「あの……………長門紅夜は、何処に居ますか?」

「え?」

 

そんな質問に、みほ含む大洗のメンバーが首を傾げる。

 

「んー?勿論居るけど……………紅夜君がどったの~?」

 

杏はそう訊ねるが、ノンナはますます、頬を赤くするだけだ。

 

「ちょっとノンナ、未だそんな奴の事気にしてるの?」

 

それが気に入らないのか、カチューシャが紅夜を『そんな奴』呼ばわりして言う。

 

『ギャーギャー五月蝿ェなァ……人様を『そんな奴』呼ばわりしてやがんのは何処の餓鬼だよ、アア?』

『『『『『『『『『『!?』』』』』』』』』』

 

突然聞こえた、ドスの効いた低い声に、その場に居た全員が身の毛が逆立つように感じる。

そのまま、まるで油が切れて滑りが悪くなったロボットの首の如く声の主へと視線を向けると……………

 

『つーか、随分と人のチームの戦車小馬鹿にしてくれやがったの居るよなァ……………アレ言ったの誰だァ?さっさと出てきてツラ見せやがれやゴラァ』

 

この上無い程に怒り狂っているのが丸分かりで、その怒りのあまりに全身からドス黒いオーラを撒き散らし、それだけに留まらず、鮮やかな緑髪を漆黒に染め上げ、両方の赤い瞳が、鋭いナイフの如くギラリと光っている紅夜が、ザクザクと雪を踏む足音を立てながら歩いてきていた。

 

「ヒッ!?」

 

その気迫に圧されたのか、カチューシャが涙目になり、一瞬仰け反る。

それもそうだ。何時の日かのルクレールで、紅夜は黒森峰の要のみを黙らせるつもりが、その場に居たまほやエリカのみならず、店に居た客全員を威圧したのだ。

それが今、何倍ものおぞましさを纏って立っているのだ、誰だって怯えるだろう。

 

「お、おい紅夜。流石にそれ以上は止めとけ。向こうさん泣きそうだぜ?」

『知ったこっちゃねェよ……………向こうから売ってきた喧嘩だ、高値で買ってやるよ』

 

最早怒り狂っている紅夜は、達哉の言葉にも耳を貸さない。

 

『テメエ、今さっき何て言いやがった?西住さんのお蔭で勝てただァ?あれでⅢ号戦車の乗員が、危うく全員溺れ死ぬトコだったんだぜ?西住さんは、別にテメエを勝たせるために試合を放棄したんじゃねえんだ………仲間を助けるためなんだよ……それでいてヘラヘラしたツラ下げて、『貴女のお蔭で勝てたわ』だァ?……………ふざけんのも大概にしとけや!このクソガキがァァァァァァアアアアアアアッ!!!!』

 

紅夜の怒鳴り声が木霊した瞬間、紅夜を中心に衝撃波が吹き荒れ、メンバーが吹き飛ばされる。

比較的重量の軽い、アヒルさんチームの八九式は、その突風で倒れそうになり、IS-2でさえ、その突風に煽られている。

吹き上がる怒りのオーラは、紅夜を死神のように包む。

 

「ジェ……………殺戮嵐(ジェノサイド)……………」

「こりゃマズイな……………相手の隊長さん、紅夜を本気で怒らせちまった……………」

「相手の隊長さん、紅夜になぶり殺しにされるだろうな……………ご愁傷さま」

 

そんな紅夜を見た達哉がそう呟くと、勘助や翔が言葉を続ける。

視線だけで人を殺しかねない程にまで成り果てた紅夜は、黒から炎のような赤に変わったオーラを纏い、終いには漆黒に染まった、元々緑髪だった黒髪を、オーラと同じような紅蓮に染めながら、カチューシャを今此処で殺さんとばかりに睨み付ける。

 

「~~~~~~ッ!?……………ひぅ」

 

その鋭い眼光に当てられたカチューシャは、声にならない声をあげて気絶した。

 

「ど、同志!?」

片の上で気絶したカチューシャに、ノンナは必死で呼び掛ける。

それすら意に介さず、紅夜は右手に握り拳を作って歩みを進める。

それが、紅夜がカチューシャを殴ろうとしていると言うのを意味していると悟ったノンナはカチューシャを下ろすと、紅夜に怒りを鎮めるように、必死で説得を試みるが、怒りで我を忘れている紅夜は聞く耳を持たない。

紅夜は喧嘩の腕では、此処に居る誰よりも強い。恐らく、不発弾状態の彼が爆発を起こして暴れたら、悲惨な結末は免れない。

そんな時だった……………

 

「紅夜君!もう止めて!」

 

吹き荒れる突風を掻い潜ってきたみほが、紅夜の体にしがみついて止めた。

 

『……………』

 

紅夜は何も言わず、自分をこれより先には行かせないと必死に抱きつき、紅夜が足を動かせないようにと、左足を懸命に踏んで足を動かせないようにしているみほを見た。

 

「私なら大丈夫だから!カチューシャさんを殴らないで!こんな所で、暴力なんて振るってほしくないよ!!そんな事しても、私は全然嬉しくない!!」

『……………ッ!』

 

みほが叫ぶと、先程までナイフのように鋭くなっていた紅夜の目がハッと見開かれる。

紅夜を包んでいた赤いオーラや、紅夜から吹き出ていた突風は徐々に弱まっていき、やがて、完全に消える。

紅蓮に染まった髪も、元の鮮やかな緑髪に戻り、紅夜は落ち着きを取り戻す。

 

「……………ゴメン、西住さん。もう直ぐでやり過ぎるトコだった……………」

 

そう言って、今度はノンナの方を向いた。

 

「プラウダの副隊長さん、だよな?いきなり悪かったな。カッとなっちまって」

 

バツが悪そうに言いながら頭を下げると、ノンナは首を横に振って言った。

 

「いえ、気にしないでください。それに此方こそ、隊長の無礼をお許しください」

 

そうして取り敢えずの和解は完了し、ノンナは気絶したカチューシャを連れて戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……………すまねえな、皆。怖がらせちまって」

 

プラウダ陣営に戻っていくカチューシャ達を見送り、紅夜は大洗チームのメンバーにも頭を下げていた。

 

「良いよ、怒った理由が理由だもんね」

「かなり怒りすぎな気もするが……………」

 

杏が微笑みながら言い、桃も苦笑しながら言う。

 

「わ、私達も大丈夫ですよ!」

 

ウサギさんチームを代表するかのように、梓が前に出てきて言う。

「ああ。西住隊長のためにあんなにも怒る貴殿の姿は立派であった……………やり過ぎでもあるが」

「ソウルネームは《ジェノサイド》で決定だな」

「何だそりゃ……………」

 

エルヴィンとカエサルが言い、紅夜は苦笑いしながらツッコミを入れる。

 

「それにしても紅夜、あんなに怒ったのって久し振りじゃねーのか?ルクレールでの時でも、あんなには怒らなかったろ」

「ああ、まあな……………」

 

そう言ったきり口を閉ざした紅夜だが、其所へ優花里が入ってくる。

 

「(やはり、西住殿の過去の事を……………?)」

「……………」

 

小声で訊ねた優花里に、紅夜は頷く。

その反応を見た優花里は微笑み、みほの元へと戻っていった。

 

「んじゃ、相手との仲直りも出来たし、作戦会議しよっか!」

『『『『『『『『『『『『『おーーーっ!!』』』』』』』』』』』』

 

そうして、試合に向けての作戦会議が始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、プラウダ陣営では……………

 

「ハッ!?わ、私は何を!?」

「起きたのですね、カチューシャ」

 

陣営に着いたところで、車内でカチューシャは目を覚まし、ノンナもそれに気づいて声をかける。

 

「ノ、ノンナ……………此処は?」

「我々プラウダの陣営です。あの後、カチューシャは気絶してしまったので、此処まで連れてきたのですよ」

「そう……………ありがとね、ノンナ」

 

そう言うと、カチューシャは憎々しげに歯軋りした。

 

「それにしても、何なのよ彼奴……………絶対に粛清してやるんだから……………ッ!」

 

そう言いながら、カチューシャはドアを開けて外へと出るのであった。



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第64話~準決勝、始まります!~

カチューシャの失言によって紅夜が怒り狂い、その場で暴力騒ぎが起こりそうになると言う、プラウダ高校とのいざこざも何とか解決し、大洗チームでは作戦会議が行われていた。

 

「兎に角、相手の部隊規模や戦術に呑まれないよう、落ち着いて行動するようにしてください」

 

集まったメンバーの前で、真面目な面持ちのみほが作戦を伝える。

 

「プラウダは引いてから反撃すると言う戦法を得意としていますので、仮に此方が有利になる時があっても、そこでさらに踏み込むなどの行動は控えるようにしてください。フラッグ車を守りつつゆっくり前進して、先ずは相手の出方を見る事から始めましょう」

「それが妥当だな。現役時代でもそれっぽいやり方してきやがったし……………迂闊に踏み込んだらあっさりと潰される」

 

みほの言葉に、紅夜は自らの体験を混ぜて賛同する。

 

「でも、それから紅夜達ライトニングが大暴れして、敵を全滅させたんじゃない。あの時の車長、悔しさやら恐ろしさやらで泣いてたわよ?『たった1輌の戦車にやられた~』とか叫びながら」

 

静馬はそう言って、当時の事を思い出したのかクスクスと笑っている。

その光景に、大洗チームのメンバーは改めて、紅夜達レッド・フラッグが自分達の味方である事に感謝した。

もし彼等が敵だったら、後はどうなるのか考えたくもない。

 

「ま、まぁ……………ジェノサイドの意見もあるのだが……………」

 

其所へ、カバさんチームのエルヴィンが話を切り出し、メンバーの視線が彼女に向けられる。

 

「ゆっくり進むのも確かに良いとは思うが、此処は一気に攻めると言うのは如何だろうか?」

「えっ?」

みほの考えた作戦とは全くもって対をなす発言に、みほは戸惑いを見せる。

 

「うむ」

「妙案だな」

「先手必勝ぜよ」

 

そんな中で、おりょう、左衛門佐、カエサルの3人がエルヴィンの案に賛同する声を上げる。

 

「おいおいカバさんチームの皆。気持ちは分かるが、もう少しリスクと言うのをだな……」

 

実際にプラウダの同好会チームとの試合を経験している紅夜は、エルヴィン達にリスクを考えるようにと促すが……………

 

「そんなの大丈夫ですよ!」

「私もそう思います!」

「こう言うのは勢いが大事です!」

「此処は是非、我々のクイックアタックで!」

 

紅夜の言葉を遮り、アヒルさんチームのメンバーが声を上げる。

 

「ちょっと貴女達、さっきの西住さんや紅夜の話を聞いてたの?実際に連中の戦法を知ってるのが此処に10人、観客席に行ったスモーキーのメンバーも合わせれば、15人も居るのよ?もう少し考えてからものを言いなさい」

 

厳しそうな表情を浮かべ、静馬は口を挟む。それは経験者だからこそ出来る表情であるのだが……………

 

「そんなの大丈夫ですってば!」

「それに私達だって、曲りなりにも準決勝までやって来られたんですし、このまま行けます!」

「うんうん!負ける気がしません!」

「それに敵は、私達の事を完全にナメてましたし、さっき長門先輩にあれだけ怒られたんだから、絶対怯えてますよ!」

「一気に攻め込んで、ギャフンと言わせてやりましょうよ!」

 

ウサギさんチームからも、そんな声が上がる。

 

「確かに勢いも大事だし、試合が長引けば相手が有利になるだけですからね……………」

「ああ、私も同感だな」

「こりゃ、一気にやる以外に無いねぇ~」

 

おまけに、生徒会メンバーの3人も彼女等の意見に賛同しており、現在、みほの考えた作戦に賛同しているのはレッド・フラッグのメンバーのみとなっていた。

 

「………はぁ……手に負えないわ」

 

溜め息をつき、疲れた様子で静馬は言うと、紅夜の元へと下がる。

 

「……………分かりました、一気に攻めましょう」

『『『『『ええっ!?』』』』』

 

そんな時、みほが作戦を変え、エルヴィンが提案した作戦へと変更し、それを聞いたレッド・フラッグのメンバーが驚愕の表情を浮かべる。

 

「ちょい西住さん、本気か?未だ早まる時じゃねえぞ?」

「そ、そうだよ西住さん。慎重に行く作戦じゃなかったの?」

「考え直した方が良いんじゃない?」

 

達哉、雅、千早の3人が詰め寄り、あんこうチームのメンバーが相槌を打つものの、みほは答えを変えなかった。

 

「小山先輩の言う通り、この戦いが長引けば、雪上での試合に慣れてる相手側の方が有利になる……………それに、皆がこんなにも勢い付いてるんだし……………」

「私達はそんなのを気にしてるんじゃなくてね!」

「雅、止めろ」

 

口調を荒げそうになった雅を、紅夜は落ち着かせる。

そして、そのままみほへと向き、見据える。

 

「……………本当に、それで良いんだな?」

 

その言葉に、みほはゆっくりと頷いた。

 

「……………分かった。お前がそうするってんなら、俺等はそれに従うよ」

「紅夜!?」

 

紅夜の言葉に、雅が声を上げる。

だが、紅夜に鋭い目を向けられ、何も言えなくなる。

 

「隊長がこうだって言うなら、俺等は従うまでだ」

 

紅夜はそう言い聞かせ、達哉の元へと歩き出そうとするが、その際、雅に耳打ちした。

 

「実際に連中のやり方を体験させりゃ、大洗の奴等も気づくだろ」

「ッ!成る程、そう言う事か……………了解。にしても、中々嫌なやり方考え付いたね」

 

からかうように言う雅に、紅夜は苦笑を返す。

 

「まぁ、孫子もこう言ったモンだしね。『兵は拙速になるを聞くも、未だ巧の久しきを観ず』……………ダラダラ戦うのは国家国民のために良くない。チャッチャと集中してやるのが良いってコト。ね?西住ちゃん」

 

そう言って、杏がみほにウインクする、

それを見たみほは頷き、再びメンバーへと向き直った。

 

「では皆さん!相手は強敵ですが、頑張りましょう!」

『『『『『『『『『『オオーーーーーッ!!!』』』』』』』』』』』

 

みほの言葉に、レッド・フラッグのメンバーを除く大洗のメンバーは拳を突き上げる。

紅夜達も顔を見合わせ、戦前の誓いを行う。

スモーキーが居なくても、戦前の誓いを行う彼等からは、かつて『伝説のチーム』とさえ呼ばれた《RED FLAG》の覇気が溢れ出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、観客席近くの小高い丘の上では……………

 

「この寒さに、プラウダよりも数が劣っている状態で、大洗はどうやって勝つつもりでしょうか……………」

 

丘の上に陣取っている聖グロリアーナの1人、オレンジペコが、エキシビジョンに映し出される大洗の様子を見て心配そうに言う。

その直ぐ横で紅茶を飲んでいたダージリンは、落ち着き払った様子で言った。

 

「確かに大洗は、数や練度の質ではプラウダより遥かに劣っている……………でも、そんなハンデを覆してくるのが彼女等よ。それに、『彼等』も居るから尚更ね」

 

そう言って、ダージリンはIS-2に乗り込んでいる紅夜を見る。

「追い詰められてからの爆発力……………大洗は其所が恐ろしいの。それに、『彼等』と言う起爆剤や火薬などがてんこ盛りな存在が居るんだもの。ある意味今回の大洗は、核兵器よりも恐ろしいわ」

 

そう言って、ダージリンは微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁーて、ガキ共はどんな試合を見せてくれるのかねぇ~」

 

観客席へとやって来た蓮斗は、観客用に用意された椅子に腰掛け、エキシビジョンを見ていた。

黒髪に蒼い瞳を除けば紅夜と瓜二つであるその容姿や、今は紅夜達レッド・フラッグの男子ぐらいしか着ていない、『パンツァージャケットに身を包んでいる』姿は、観客の視線を引き付けているのだが、当の本人は全く気にしていない。

 

そんな時だった……………

 

「紅夜……お兄ちゃん……?」

 

そんな控えめな声が後ろから聞こえ、蓮斗は声の主へと振り向く。

其所に居たのは、紅夜から譲り受けたボコの縫いぐるみを抱えた愛里寿だった。

 

「あ、違った………ごめんなさい……」

「別に良いって、気にすんな」

 

謝る愛里寿に、蓮斗は手をヒラヒラ振りながら返した。

 

「それよかお前さん、紅夜と知り合いなのか?」

「うん。大洗の学園艦で迷子になってたのを助けてくれた」

 

蓮斗の質問に、愛里寿はそう返す。

 

「愛里寿~!」

 

其所へ、愛里寿の母--千代--が合流した。

 

「もう、目を離したら直ぐに居なくなるんだから……………」

「うぅ………ごめんなさい……」

 

呆れたように言う千代に、愛里寿はシュンと俯く。

 

「まあまあ母親さん、そう怒ってやるな。そんだけ紅夜が好きなんだろうよ、この子は」

「は、はあ……………」

 

陽気に言う蓮斗に戸惑いつつ、千代は蓮斗の隣に座っている愛里寿の隣に腰かけた。

 

「ところで、紅夜お兄ちゃんとはどんな関係なの……………?」

 

突然、愛里寿は蓮斗にそんな質問を投げ掛けた。

 

「んー?俺と彼奴か?そうだなぁ……………」

 

そう言って、蓮斗は暫く悩むようなポーズを見せた後、軽く微笑んで言った。

 

「『戦車道で同じ夢を見ていた、2人の戦車乗り』……………ってヤツかな」

「同じ……………夢?」

「因みに、どのような夢なの?」

 

愛里寿の言葉に、千代が続く。

 

「今は……………否、昔から、戦車道ってのは女だけの武道だった……………だが、それに俺は、どうしても納得出来なかった……………『戦車道を通じて、女が何かを見つけられたなら、男にも見つけられるんじゃねえのか』って……………そう思ったんだよ……………そんな思いから生まれた夢さ」

「つまり、『男でも戦車道が出来る世の中にする』……………と言う事?」

「まっ、簡単に言っちまえばそうだな」

 

千代が話を纏めると、蓮斗はそう言って返す。

 

「だがまぁ、その夢を達成する事無く、俺は……………」

「「……………?」」

 

口ごもってしまった蓮斗に、2人は首を傾げる。

 

「いや、何でもない」

 

そう言って、蓮斗は『雄叫びを上げる白虎が描かれた帽子』をかぶり直した。

 

「あ、それとだがお嬢ちゃん。紅夜を狙ってるなら、早めに取っ捕まえといた方が良いぜ?前なんざ紅夜の奴、大洗の子と仲良く下校デートしてやがったからな」

「むぅ……………その人、ズルい」

 

そう言って、愛里寿はボコの縫いぐるみを強く抱き締め、頬を膨らませる。

その様子を見て、蓮斗は可笑しそうに笑っていた。

 

「彼奴、人気者だなぁ。やっぱこの世に留まっといて良かったぜ」

 

蓮斗はそう呟き、席を立ち上がった。

 

「んじゃ、俺ちょっとばかり用事思い出したからおいとまするぜ。紅夜に会ったら、よろしく言っといてくれや……………んじゃな」

そう言って、蓮斗はその場を立ち去った。

愛里寿はボコの縫いぐるみを左手に抱き、右手を小さく振っている。

 

「不思議な青年ね……………ん?」

 

その後ろ姿を見ていた千代は、怪訝そうに目を細めた。

 

「《白虎隊》……………?そう言えば、あんなのが描かれたパンツァージャケットを着ている学校や同好会チームなんて、あったかしら?それに、さっき彼は、『戦車乗り』を自称していた……………紅夜君もそうだけど、彼は一体、何者なの……………?」

 

そう呟きながら、千代は再び蓮斗の姿を探す。だが、その姿はまるで、『最初から、その場に居なかったかのように』消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「大洗、勝てるのかねぇ~?」

「さあ、どうでしょうね……………少なくともそれは、試合が終わらなければ分からない事よ」

 

自販機で買ったものと思わしきコーンスープの缶を片手に呟く大河に、深雪がそう言う。

新羅や煌牙、千早の3人は、彼等2人の直ぐ前の椅子に座り、談笑している。

 

「それにしても、彼処で紅夜が暴れなかったのは奇跡ね……………」

「ああ。下手したらカチューシャさんとやら、紅夜になぶり殺しにされてたかもしれねえからな……………まぁ、流石に人ブッ殺すような真似するような奴じゃねぇが、あんなにもぶちギレたんだ。落ち着いたように見えても、内心では未だ荒れ模様かもな……………」

 

そう言う大河に、深雪が返した。

 

「ええ、恐らくはそうでしょうね。紅夜って、仲間や仲間の頑張りを侮辱する者を本気で嫌ってるから……………あのカチューシャさんからの言葉への仕返しとばかりに、プラウダの戦車隊に突っ込んで行って、其所でプラウダの戦車がボロボロになるまで徹底的に暴れる、なんて事が起こらなければ良いのだけど……………」

「ソイツは保証されねえだろうな……………」

 

大河がそう言うと、深雪はヤレヤレと言わんばかりに溜め息をつく。

 

「おろ?あれって俺等が現役の頃に最後に戦ったチームの隊長さんじゃね?」

 

そんな時、煌牙が左を向いて言う。

スモーキーのメンバー全員が目を向けると、彼等から大した間を空けない所に、黒森峰の制服に身を包んだまほと、黒いスーツ姿であるまほとみほの母親--西住 しほ--の姿があった。

そのさらに奥には、華の母親--百合--や新三郎の姿もあった。

 

「結構来てるんだなぁ……………」

「そりゃそうでしょう。準決勝なんだから、嫌でも人は集まるし、注目するわよ」

 

どうでも良さそうに呟く新羅に千早がツッコミを入れる。

 

そして暫くの時間が流れ……………

 

《試合、開始!》

 

試合の開始を告げるアナウンスが会場一帯に響き渡り、両チームの戦車隊が一斉に動き出すのであった。



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第65話~雪中戦に向かって前進です!~

暗闇と静寂が支配する雪原に、地響きと野太い音が響き渡る。

その雪原では、15輌の白いプラウダ校戦車が進撃していた。

T-34/85が7輌に、T-34/76が6輌、カーベー2ことKV-2、IS-2が其々1輌ずつで編成されたプラウダ高校戦車道チームの戦車隊は、フラッグ車である1輌のT-34/76と、その後に続くKV-2とIS-2を、残りのT-34/85、76で守るような形で、矢印状の隊列を組んで進撃していた。

 

「良い!?彼奴等にやられた車両の乗員は、全員シベリア送り25ルーブル、あの赤旗の連中にやられたなら、さらに追加して50ルーブルよ!」

 

先頭を走るT-34/85のキューボラから上半身を乗り出したカチューシャが、そう言い放つ。

《RED FLAG》を赤旗と呼ぶ限り、先程紅夜にやられた事を根に持っているのだろう。

 

「……………日の当たらない教室で、25日間の補習。それに、もしレッド・フラッグに撃破された場合は50日間の補習と言う事ですね」

 

隣を走る同車のキューボラから上半身を乗り出したノンナが、カチューシャの言葉を要約する。

 

「行くわよ!敢えて相手のフラッグ車と、あの緑の奴の戦車だけ残して、残りは皆殲滅してやる……………力の違いを見せつけてやるんだから!」

『『『『『『『『『『ウラァァァァァァァァアアアアアアアッ!!!!』』』』』』』』』』』』』

 

カチューシャの言葉に、プラウダ全車両の乗員から雄叫びが上がる。

それから一行は、ロシア民謡--『カチューシャ』--を歌い出し、士気が最高潮にまで上り詰める勢いで進撃を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗チームが進撃している雪原では、カチューシャ達のよりも、さらに大きな地響きが響き渡っていた。

 

『『『『『『『~~~~♪』』』』』』』

 

大洗チームの戦車6輌の前を、紅夜達ライトニングのIS-2と、静馬達レイガンのパンターA型が走り、9人の少年少女が、紅夜や他のメンバーのスマホから大音量で流されている、とあるゲームの挿入曲--『ソビエトマーチ』--を歌っているのだ。

勇ましい曲想に加えて、先頭を走るIS-2のキューボラから上半身を乗り出した紅夜は、先程カチューシャ達に向けた紅蓮の炎のようなオーラを纏っているため、彼の声が一際大きく響いているのだ。

彼等の歌声は、恐らく現在もカチューシャを歌い続けている、プラウダ高校のメンバーの声も容易く掻き消してしまえるだろう。

寒さの中でも、彼等のチームの士気は最高潮にまで上り詰めていた。

 

 

 

 

「うぅ~、冷える……………」

 

阿修羅とも呼べるようなオーラを纏うレッド・フラッグのメンバーとは対照的に、大洗チームでは寒さに震え、歌どころではなくなっていた。

現に、手袋をはめている沙織がそう呟いている

 

「一気に決着をつけるのは、ある意味正解かもしれませんね」

「うん……………」

 

華の呟きに、みほは小さく答える。

そんな時、紙コップにポットのココアを注いだ優花里が、みほにその紙コップを差し出して言った。

 

「ポットにココアを淹れておきました。良かったらどうぞ」

「ありがとう」

 

みほはそう言って、差し出された紙コップを受け取ると、ゆっくりと口をつける。

 

「それにしても長門君、さっき滅茶苦茶怒ってたね……………」

 

不意に、沙織がそんな事を呟いた。

 

「そうですね。ルクレールでの時もそれなりに怒ってましたが、今回のは、前のと比べ物にならない程の怒り様でしたね」

 

華も、先程紅夜が怒り狂った時の事を思い出しながら言う。

「まぁ、他の人が皆吹っ飛ばされるような衝撃波まで出すのはやり過ぎだが……仲間のために怒ったと言うのは確かだろうな………」

「そうでしょうね……………それに、西住殿の事もそうですが、長門殿は、別の事に対しても怒っていたような気がします」

 

神妙な表情を浮かべながら、優花里が呟いた。

紅夜が何に対して、あんなにも激しい怒りと殺意をカチューシャに向けたのか……………あんこうチームの面子は、なるべく考えないようにしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『珍しい事もあったものね。紅夜があんなにも怒り狂って、挙げ句の果てには暴力騒ぎまで起こそうとするなんて……………向こうの隊長さん、怖がって気絶してたわよ?それに、正論に怒って何やら言うようなお子ちゃま精神なら、多分……………いえ、止めておきましょう。流石に女の口からは言いたくないわ』

 

そんな中、マーチを歌い終え、それからはボーッとしていた紅夜が持ち続けていたインカムが、静馬の声を拾った。

 

「ああ……あん時の俺は、怒りすぎて何が何だか分からなくなってたぜ……………何か、今となっちゃあ、二日酔いして無気力になったオッサンみてぇな気分だぜ」

 

そう言うと、紅夜は心底疲れたような溜め息をつき、天板に右の肘をつき、そのまま手で顔を覆った。

その姿からは、何時ものように陽気な雰囲気は欠片にも感じられなかった。

 

『怒りで我を忘れる事がある……………昔からの悪い癖ね。連盟にチーム除名を宣告された日なんて、貴方、役員さんの言い分に怒り狂って半殺しにしようとしたでしょう?』

「……………思い出させんじゃねえよ、畜生」

 

そう言って、紅夜はまたしても盛大な溜め息をつく。

そして、両腕を天板の上に投げ出し、まるで学校の机に突っ伏す生徒のようなポーズをとる。

 

『まあ、でも……………』

 

そう言って、静馬は言葉を一旦止め、その後は黙ってしまった。

 

「……………?どうしたよ静馬?何か言いかけてから黙っちまって」

 

気だるげな声色で言いながら、紅夜は天板にぐったりと突っ伏しながら顔を横に向け、インカムに向かって呼び掛ける。

当の静馬は、何故か頬をほんのりと赤く染めながら言った。

 

『やり方は酷かったけど、誰かのために怒った貴方は、その……………良かった、わよ?』

 

そう言って、静馬はプイッと顔を背けた。

 

「……………」

 

紅夜は暫くの間、天板に突っ伏したまま何も言わずに静馬を見つめる。

そうして、投げ出した右腕を顔の方へと引き寄せ、その手に持っていたインカムに向かって言った。

 

「……………ありがとよ、お前はやっぱ、最高(の副官)だぜ」

『ッ!?』

 

その言葉に、静馬は先程まで背けていた顔を、勢い良く紅夜に向ける。その顔は、紅夜の不意打ち同然な一言で真っ赤になっていた。

 

『えっ……………えっと、その……………』

 

顔を真っ赤にしながら、静馬は暫くワタワタと慌てるが、やがて落ち着いたのか、紅夜に微笑んで言った。

 

『De rien.Mon amant(どういたしまして。我が愛しい人)♪』

 

流暢なフランス語で告白染みた事を言うと、静馬は通信を終えた。

 

「……………今、彼奴何て言ったんだ?」

 

だが、日本語以外では英語しか話せず、ロシア語は歌でのみしか使えない紅夜からすれば、フランス語など未知の領域でしかなく、静馬の告白染みた言葉が空回りに終わったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな大洗の戦車隊を、丘の上から双眼鏡越しに見つめる人影が2つ……………

 

『敵は全8輌、北東方面へ前進中。時速約20キロ』

 

それは、プラウダチームのメンバーの偵察員だった。

彼女等は稜線に伏せ、双眼鏡越しに見た大洗チームの様子をカチューシャに送っていたのだ。

 

「ふーん……………彼奴等、一気に決着を着けるつもりなの?生意気な……………ノンナ!」

 

そんな中、1人軽食を摂っていたカチューシャは、偵察に出た2人からの報告を受け、ノンナに呼び掛ける。

 

「分かってます」

 

それに淡々とした調子で答えると、ノンナは他のチームメイト達へと視線を送る。

 

「Да!」

 

その視線に、既にT-34/76に乗り込んで準備を済ませていた1人のメンバーが答えると、他2輌のT-34/76を引き連れ、出撃していった。

 

「それじゃ、私達も行動を開始するわよ」

 

そして軽食を食べ終えたカチューシャは残りのメンバーへと呼び掛け、彼女等の作戦を開始しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

再び視点を移し、大洗チーム。

現在彼女等は、雪の丘を上ろうとしていた。

 

「達哉、足掬われないように気を付けろよ?」

「分かってるって。こんなの現役時代でちょくちょく経験してたんだ、今更足掬われっかってんだ」

 

紅夜の言葉に、達哉は余裕そうな笑みを浮かべて答えると、雪の丘を一気に駆け上る。

 

「流石はライトニング、悪路での運転や、危険走行のエキスパートが居るだけの事はあるわね」

「でも、私だって負けちゃいないんだから……………ねっ!」

 

丘を駆け上ったIS-2を見た静馬が感心していると、雅もパンターのアクセルを踏み込み、達哉がやったように、一気に丘を駆け上る。

それに続くかのように、大洗の戦車も丘を上っていくが、そんな中で、カモさんチームのルノーb1が上手く上れず、苦戦していた。

 

「おい、そど子。何をしている?モタモタしている暇は無いぞ?」

 

それを見た桃が、みどり子のチームへと呼び掛ける。

 

「ゴモヨ!前に進むのよ!?」

「進んでいるつもりなのよ、そど子」

 

上手く坂を上れず、ゴモヨは半泣きになっていた。

それを見たみほが、一旦後退するように指示を出し、b1が坂の麓へと下がる。

 

「悪い、ちょっとばかり助けに行ってくるわ。ちょっとの間頼む」

 

そう言って、達哉はIS-2から降りると坂を駆け下り、b1の操縦手用のハッチを開けて顔を覗かせた。

突然現れた達哉に、風紀委員メンバーがギョッとする。

 

「金春さん、ちょっと代わってくれ。坂だけ上ってやる」

 

達哉がそう言うと、ゴモヨは素直に操縦席を空ける。

 

「そういや、ルノーの操縦の仕方ってどうやるんだ?」

「え?知らずに来たの!?」

 

操縦席に腰かけてから、そんな事を言った達哉の言葉に、みどり子が驚いたような声を上げる。

それから、ゴモヨがアクセルペダルや操縦捍、ギアやクラッチなどについて簡単に教えると、達哉は軽くスイッチ・バックを行い、そこからはb1を意のままに操り、慣れた操縦で坂を上り始めた。

 

「ありがとうございますぅ!」

 

自分では上れなかった坂を上らせている達哉に、ゴモヨが礼を言う。

 

「辻堂君?助けてくれるのはありがたいんだけど、流石に操縦方法を知らないのはどうかと思うわよ?それから、出来れば来るって知らせてよね?」

 

礼を言いながらも、みどり子はそう言う。

 

「あいよ、次からは気を付ける」

「………何か、それなりに頼りになる冷泉さんを相手にしてるような気分だわ…………」

 

達哉が答えると、みどり子は何とも言えないとでも言いたげな表情で呟いた。

そして稜線を越えると、達哉はb1を停め、自信が本来操縦するIS-2へと戻っていったのだが、その際、b1の操縦手用のハッチを開けて外へ出て、ハッチを閉めようとした刹那、みどり子が照れながら、小さな声で礼を言ったのが、達哉の耳に入っていた。

 

 

 

 

「おかえりー、達哉。初めてb1動かした感想はどうだ?」

 

砲塔のハッチを開けて車内に戻ってきた達哉は、翔にそんな質問をされていた。

 

「あー、そのぉー………何つーか、だなぁー……………操縦捍が、車のハンドルみたい……ではなく、車のハンドルそのものだった」

「マジっすか。そりゃ見てみたいな」

 

達哉の答えに勘助が呟く。

その後、大洗の戦車が一時待機している場所へ、b1が到着する。

それから一行はみほの指示を受け、進撃を再開するのであった。



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第66話~絶体絶命へのカウントダウンです!~

プラウダチームの戦車隊が動き出そうとしている中、みほ達大洗チームは進撃を続けていた。

 

「やっぱ、雪積もってるなぁ……………」

 

周囲を見渡せば、大洗の戦車とレイガンのパンター以外には、雪で真っ白になっただけと言う世界を見渡し、紅夜はそんな事を呟いた。

 

「そりゃあ北緯50度越えてるからなぁ~、雪ぐらい積もってても、何の不思議もねえだろうよ」

 

何時でも砲弾を装填出来るよう、弾薬庫から砲弾を取り出して構えている勘助が、軽く笑いながら言った。

 

「分かってるんだけどさぁ……………こんなにも辺り一面雪だらけの世界なんて、大洗の学園艦じゃ殆んど見ねえじゃん?まあ、別に見た事が無いって訳じゃあないんだけどさ」

 

勘助が言った事に、紅夜も笑いながら言葉を返す。

 

「雪景色なんて、スキー場行けば幾らでも見れるぜ?」

「ソイツは人工の雪だから却下」

「そっか」

 

話を聞いていた達哉の提案は、紅夜によってあっさりと却下されてしまった。

 

 

そうして暫く進んでいると、一行は降り積もった雪によって出来た、巨大な雪の壁と出会した。

 

「雪の壁か、見るのは久し振りだな……………チームが同好会リストから除名された辺りに、オッチャンとプラウダの学園艦に、除雪作業のアルバイトしに行ったのを思い出すなぁ」

「んで、其所に除雪用のシャベル置き忘れてきたんだっけな?あれIS-2に付けてたヤツだってのによ」

「それについては悪かったっての」

 

紅夜達ライトニングで、そんな会話が交わされている中、あんこうチームでは……………

 

「華さん、前の雪を榴弾で撃ってくれる?」

「分かりました」

 

みほの指示に華が答えると、優花里がすかさず、榴弾を装填する。

華が引き金を引くと、激しいマズルフラッシュと共に撃ち出された榴弾は、前方の雪の壁へと吸い込まれていき、一瞬、その雪の壁にめり込んだかと思えば爆発して雪の壁を粉微塵に吹き飛ばし、大洗の戦車隊が通れる程度の道が出来た。

 

その道から、大洗の戦車隊が進撃を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥様!撃ったのはお嬢ですよ!」

 

その様子を観客席から見ていた新三郎は興奮気味に言い、拍手を送る。

 

「華を活ける手で、あんな事を……………」

 

だが、未だに華が戦車道を続けていると言う事を認めていない百合は、渋い顔をしながら溜め息をつく。

 

「……………せっかく此処まで来たんですから、応援して差し上げてください」

 

その様子を見た新三郎は、何とも言えなさそうな気持ちを押し殺して笑みを作ると、百合に応援するように促すが、百合の方は相変わらず、溜め息をつくばかりであった。

 

 

「雪の壁を榴弾で吹き飛ばす、か……………まあ、大概の連中ならやるだろうな」

 

2人のやり取りを、若干遠めの場所から見ていた蓮斗は、2人へと向けていた目線を、スクリーンに映る大洗チームへと向け直した。

 

「それにしても、プラウダねぇ……………確か、去年黒森峰を破ったって連中だったな」

 

そう呟き、蓮斗はかぶっていた帽子を脱ぐと、右手の人差し指でクルクルと回す。

 

「にしても、試合開始前の紅夜の怒りっぷりは凄かったなぁ。突風が此処まで来やがったし、近くにあった自販機のゴミ箱引っくり返してたからなぁ……………」

 

そう言って、蓮斗は笑みを浮かべながら柵に凭れ掛かると、スクリーンに映し出される大洗チームを見る。

 

「さてと……………そんじゃ、大洗のガキ共の頑張りを見つつ、もう少しこの辺を散歩してみるかね」

 

そうして、蓮斗はその場を後にし、観客用エリアを柵に沿って歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

視点を戻し、大洗チーム。

雪の壁を榴弾で吹き飛ばし、先へと進む一行は、景色が殆んど変わらない雪原地帯を進撃していた。

 

「……………ッ!敵、発見しました!」

 

そんな時、パンターのキューボラから上半身を乗り出し、双眼鏡で前方の警戒をしていた静馬がそう叫び、それを聞いたみほも、すかさず双眼鏡を取り出し前方を見やる。

彼女等の視線の先には、3輌のT-34/76が横1列に並んでいた。

 

「11時の方向に敵戦車の姿を確認、各車警戒!」

 

無線機に向かってみほが叫ぶと、アヒルさんチームの八九式を守るようにして、他の戦車が展開する。

 

「相手は3輌だけ………外郭防衛線かな……?」

 

みほが呟いた瞬間、相手のT-34が発砲し、その砲弾が大洗の戦車の周りに着弾した。

 

「気づかれた!長砲身になったのを活かすのは今かも!」

 

みほはそう呟き、車内に引っ込む。

 

「華さん、左端の1輌を狙って。カバさんチームは、真ん中の1輌に攻撃してください」

 

みほの指示を受け、華はスコープを覗きながら照準を合わせ、既に狙いを定めていたカバさんチームのⅢ突が砲撃を仕掛け、みほの指示通りに真ん中のT-34を撃破する。

 

「あんこうチームも攻撃します!」

 

そうしてⅣ号も砲撃を仕掛け、左端に居たT-34を撃破する。

 

「ほう……………」

 

キューボラ様子を見ていた紅夜は、感嘆の溜め息をついた。

 

「命中しました!」

「凄~い!一気に2輌も撃破出来るなんて!」

 

万が一に備え、次の砲弾を取り出していた優花里が命中を告げ、沙織は此方が先に、敵戦車を2輌も撃破すると言う先制点を取れた事に喜びの声を上げる。

 

「やった!敵の鼻を明かしてやったぞ!」

 

それを見ていたアヒルさんチームの典子は、嬉しそうに言った。

 

「昨年度優勝校の戦車を撃破したぞ!」

「時代は我等に味方している!」

 

カバさんチームのエルヴィンとカエサルも、自信に満ち溢れた声を上げる。

 

「試合開始から、此方が先制点を取れるとは……………これは行けるかもしれん!否、絶対に行ける!」

「この勢いでGoGoだねぇ!」

 

カメさんチームの桃と杏も歓声を上げ、自分達の優勢を確信したような表情を浮かべている。

 

「あーあー、皆して調子に乗っちゃってまぁ……………」

「仕方無いんじゃないの?何だかんだ言っても、相手は去年の全国大会での優勝校。そんな学校の戦車を、此方が先に2輌も撃破出来たんだもの。元々、戦車道初心者な彼女等からすれば、ある意味であれは、当然の反応と言った感じかしらね……………」

 

歓声を上げている大洗チームを見ながら、紅夜が呆れたように呟くと、IS-2の直ぐ隣にやって来たパンターのキューボラから上半身を乗り出した静馬が言った。

 

「ロシアのT-34を撃破出来るなんて、これは凄い事ですよ!」

「……………」

 

優花里が興奮して言うが、みほは難しそうな表情を浮かべ、ただ黙っていた。

 

「……………?」

「どうしたの?」

その様子を不思議に思った優花里が首を傾げ、沙織が訊ねる。

 

「何だか、上手く行きすぎてる……………」

 

みほがそう呟いた瞬間、1発の砲弾が撃ち込まれる。

みほがキューボラから上半身を乗り出すと、生き残っていた1輌のT-34が、大洗の戦車隊に背を向け、逃げ出そうとしていた。

 

「全車前進!追撃します!」

 

みほの指示を受け、大洗の全戦車8輌が一斉に動き出し、逃げ出したT-34を追い掛け始めた。

 

 

 

 

 

 

「おーおー、こりゃスゲェや。1対8での鬼ごっこが始まったぜ?」

 

その頃、観客席にて観戦しているスモーキーチームの大河は、エキシビジョンに映し出される光景を見て、笑いながら言った。

 

「仲間がやられたから、それに恐れをなして逃げてるのか、それとも罠に嵌めるために逃げるふりをしているだけなのか……………はてさて、どっちなのかしらね……………」

 

大河の傍らに立つ深雪が、興味深そうに言う。

 

「それにしても、先に2輌撃破したのは良かったわね。後の事を考えると、少しでも戦力を落としといた方が良さそうだもの」

 

大河と御幸の直ぐ前にある席から観戦していた千早が、そう呟いた。

 

「まあ確かにそうだが……………見ろよ。紅夜と静馬、それから大洗の隊長さんは、素直に喜んじゃいないみたいだぜ?」

 

そう言って、新羅がエキシビジョンに視線を移すと、其々の戦車のキューボラから上半身を乗り出して、逃げているT-34を見ている紅夜と静馬、みほの3人が、何やら複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「何か俺、嫌な予感がしてきた……………何が起こるのかは分からんが、兎に角嫌な予感がする……………」

「それが、貴方の考えすぎで終わると良いわね、煌牙」

 

煌牙の呟きに深雪が言うと、煌牙は全くだとばかりに頷いて、視線をエキシビジョンに戻す。

深雪が言ったように、煌牙が言う『嫌な予感』、煌牙の考えすぎである事を祈りながら、スモーキーチームの残りの4人は、視線をエキシビジョンに戻すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして再び視点は戻り、雪原地帯。

其所では、攻撃も何もせず、ただひたすら逃走するT-34を、大洗の全戦車が追い掛けると言う、何ともつまらない鬼ごっこが続いていた。

 

「逃げてばっかだねぇ~……………なんで逃げるだけなの?」

「向こう側の戦車が1輌だけなのに対して、此方が全車両で追い掛けているからじゃないですかぁ~」

 

何もせず、ただひたすら逃走するT-34に、沙織が疑問の声を溢すが、それに優花里が答えるようにして言う。

 

「そうだよねぇ~。何故か追うと逃げるよね、男って♪」

 

沙織がそう言うと、優花里は一瞬ながら、何とも言えないとでも言いたげな表情を浮かべつつも、取り敢えず苦笑を浮かべた。

 

そうして暫く追い続けると、その先にプラウダ本隊が、横1列に並んで待機していた。

 

「彼処に固まってる……………フラッグ車、発見しました!」

 

それを、M3リーのキューボラから双眼鏡で見ていた梓は、赤い旗を付けたプラウダのフラッグ車を視界に捉え、そう叫ぶ。

 

「千載一遇のチャンスだ……………良し、突撃!」

「「「「行けぇぇぇぇぇええええええっ!!!」」」」

「アターック!!」

 

みほの指示を待つ事無く、桃が独断で指示をだすと、カバさんチームのⅢ突やアヒルさんチームの八九式、他にもカメさんチームの38tやウサギさんチームのM3リーが速度を上げていく。

 

「ちょっと!?待ちなさい!」

「ああ!?カモさんチームまで進みすぎちゃダメです!」

 

みどり子が待つように言って、カモさんチームのルノーまでもが速度を上げる。みほは制止を呼び掛けるが、結局はみほ達あんこうのⅣ号もが速度を上げていく。

 

そのあまりの速度に、先程まで先頭で走っていた紅夜達のIS-2や静馬達のパンターは、あっという間に抜かれ、置き去りにされてしまった。

 

「あーれま、彼奴等、勝手にやり始めちまったよ……………紅夜、どうする?せっかくだから俺等も混ざるか?」

 

操縦手用の窓から様子を見ていた達哉は、紅夜に聞く。

 

「うん?そうだな……………」

 

紅夜はそう呟き、並走するレイガンのパンターへと目をやる。

キューボラから上半身を乗り出していた静馬と目が合い、紅夜はどうするかと視線で問いかける。

 

「……………」

 

静馬は何も言わずに目を伏せ、ただ首を横に振った。

 

「そっか……………分かった」

 

そう言って、紅夜は軽く頷いてから言った。

 

「達哉、取り敢えずは連中に合流するつもりで行ってくれ。それから、連中よりも2メートルぐらい後ろで急停止だ」

「Yes,sir!」

 

達哉が答えると、紅夜は静馬の方を向き、右手の薬指と小指を曲げて残りの3本を密着させて真っ直ぐ伸ばし、軽く振って、加速する事を知らせる。

速度を上げ、前に出たIS-2の後にパンターが続く。

 

暫く進んでいくと、既にプラウダの戦車隊に砲撃を仕掛けている、レッド・フラッグ以外の大洗の全戦車が居た。

既に撃ち合っていたらしく、向こうではT-34/85が1輌、黒煙を上げて白旗が出ているのが見えた。

 

「良し、この辺りで良いだろう……………停車!」

 

紅夜が言うと、達哉と雅は、ほぼ同じタイミングで一気にギアを落とし、ブレーキペダルを踏み込む。

急なギアチェンジで、IS-2の排気口が一瞬火を噴くと、若干スライドしながら停まった。

かなり派手な停車だったからか、大洗のメンバーが彼等に気づいた。

 

『長門先輩、須藤先輩、向こうにプラウダのフラッグ車が居ます!援護してください!』

 

ウサギさんチームの梓からそんな声が飛ぶが、その次の瞬間には、プラウダの戦車隊はフラッグ車を庇うようにしながら後退していく。

 

「逃がすか!」

「追え追え~!」

「ブリッツクリーク!」

「待てぇ~!」

「行け行け~!」

「ぶっ潰せー!」

「ぶっ殺せー!」

「やっちまえー!」

 

プラウダの戦車隊が後退し始めると、先陣を切って走り出した38tを皮切りに、Ⅲ突とM3リーが急発進し、プラウダの戦車隊を追い始める。

 

「ストレート勝ちしてやる!」

「ちょっと!待ちなさいよ!」

 

それに続いて、あろうことかアヒルさんチームの八九式も走り出し、それからカモさんチームのルノーも後に続く。

 

「ちょ、おいお前等!無茶すんな!つーかアヒルさんチーム!テメェ等フラッグ車だろうが!下手に敵陣地に乗り込んでんじゃねえ!戻れ!」

「そうよ!相手の罠かもしれないわ!戻りなさい!」

 

紅夜と静馬が制止を呼び掛けるが、プラウダの戦車隊を追い始めた一行は、構わず突き進んでいく。

「ちょ!?ちょっと待ってください!」

 

みほも言うが、メンバーはそれすらもお構い無し。プラウダの戦車隊が逃げていった廃村へと突っ込んでいく。

 

「ご、ゴメンね紅夜君。取り敢えず私達も行くよ」

 

すまなさそうに言って、みほは麻子に指示を出してⅣ号を発信させ、自分達も廃村へと向かう。

 

「ちょ、おい待て!……………あークソッ!何なんだよ今日の彼奴等は!?どいつもコイツも調子に乗って、後先考えずに突っ込んでいきやがって!!後でどうなっても知らねえからな畜生!」

 

紅夜はいつになく、荒々しく吐き捨てる。

此処まで荒れる紅夜は、静馬達でも初めて見たと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「紅夜、荒れてるなぁ~。あんなにも荒れてるのは初めて見るよ……………そんで静馬、これからどうする?」

 

操縦手用のハッチから、自分達が乗るパンターよりも数メートル前で停車しているIS-2のキューボラから上半身を乗り出し、荒れ模様で居る紅夜を見た雅は、静馬に訊ねる。

 

「……………取り敢えず、稜線ギリギリまで戦車を近づけて、上から様子を見ましょう。でも先ずは、紅夜に許可を貰いましょうか」

 

静馬はそう返し、紅夜へと通信を繋げた。

 

「紅夜、聞こえる?」

 

そう問いかけると、少しの間を空けて紅夜が応答した。

 

『おう……何だよ静馬………』

 

応答した紅夜の声は、完全にだらけたような声になっていた。

 

「かなりお疲れのようね……………いえ、今の貴方は……………疲れてると言うより、彼女等に呆れてるって感じかしら?」

『ピ~ンポ~ン、だ~いせ~いか~い』

 

完全にだらけたような声色で、紅夜は正解だと告げる。

 

『よく分かったなぁ、静馬~。でも、なぁ~んで其処まで分かっちまうのかねぇ?副隊長?』

「これでも貴方の幼馴染みなのよ?何年一緒に居たと思ってるのよ、隊長♪」

 

紅夜の質問に、おどけたような声で微笑みながら、静馬はそう返した。

 

「貴方との付き合いは、13年と少し。此処に居るメンバーの、誰よりも長いんだから……………貴方の考える事なんて、案外直ぐに分かってしまうのよ。ある意味、愛の力で為す技かしらね?」

 

そう言うと、静馬は恥じらいながら微笑む。

 

『何だそりゃ?つーか、一番長いったって、途中から達哉が入ってきたし、その差も数日程度しかねーけど?』

「そんなものはどうでも良いのよ」

 

そう言って笑う紅夜に、静馬はそう言い返した。

 

「それでなんだけど、稜線ギリギリまで近づいてみない?敵に見られないように気を付けながら」

 

紅夜の機嫌が少し良くなってきたのを察した静馬は、此処で本題に入る事にした。

 

『ん?別に良いぜ。行くか』

「ええ」

 

そうして、紅夜との通信は切れた。

 

「紅夜からの許可が出たわ。雅、エンジン音を響かせないようにし注意しつつ、パンターをIS-2の隣につけて」

「はいはーい、お任せあれ~」

 

雅はそう言うと、アクセルペダルをそっと踏んでパンターを静かに発進させ、紅夜達が乗るIS-2の隣につける。

そして、両戦車の車長が互いに顔を見合わせると、其々の操縦手に指示を出し、大洗の戦車8輌が突っ切っていった稜線までやって来ると、なるべく相手に自分達の戦車が見られないような位置で戦車を停め、降車して廃村での砲撃戦を見物しようとするのであった。



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第67話~絶体絶命と、絶望へのカミングアウトです~

「あ~あ、皆して先走っちゃってまあ……………」

 

離脱したプラウダの戦車隊を追い、制止を呼び掛け続けた紅夜達レッド・フラッグのメンバーを無視して廃村へとやって来た大洗チーム一行が、何故か単独で抜け出しているため、それからはちょこまかと廃村を逃げ回る、プラウダ側のT-34/76に総攻撃を仕掛けている様子をスクリーン越しに見ていた大河は、ヤレヤレと言わんばかりの表情を浮かべて言った。

 

「たとえ、祖父さん達や西住隊長以外が戦車道初心者だったとしても、少しは怪しいと思うヤツは居なかったのかよ?」

 

そう言って、大河は溜め息をついた。

 

「仕方無いんじゃねえのか?」

 

そんな時、不意に煌牙が口を開いた。

 

「確かに大河の気持ちも分かるが……………まあ、それについては、初心者揃いだからこそ気づけない事なんだろうよ」

「どう言う事?」

 

煌牙の言う事に、千早が聞き返す。

 

「大洗女子学園の戦車道チームって、俺等レッド・フラッグのメンバーと西住隊長を除けば、全員が戦車道初心者だ。そんな自分達が全国大会に出場して、サンダースやアンツィオと言った強敵を下してきた。それに、この前の練習試合で知波単をも倒した……………この勢いに乗れば、今回の試合も勝てるだろうと思ってるって訳さ」

 

煌牙がそう言い終えると、話を聞いていた新羅が、何かを悟ったような表情を浮かべ、アニメでよく見られる右手の拳を左手の手のひらに打ち付けると言うポーズを取って言った。

 

「成る程な……………つまり、勝ち続き故の慢心ってヤツか」

「そう」

 

どうやら正解だったらしく、煌牙は頷いた。

 

「それはそれとして、紅夜達は何してるのかな?」

 

2人の会話を聞いていた千早が、ふと呟いた。

 

「ホラ、見てみなさい千早。彼等なら稜線ギリギリの位置で高みの見物をしてるわよ」

 

紅夜達を皮肉るような言い方をしながら、深雪はスクリーンに映し出されている稜線ギリギリの位置で停めた戦車に乗って、廃村での様子を見物している紅夜達レッド・フラッグのメンバーを指差して言った。

 

「どうやら、祖父さん達は悟ったみたいだな……………あのまま深追いして、廃村へと突っ込んでいったらどうなるのかを……………」

 

その様子を見た大河は、目を細めて言った。

 

「それに、さっき煌牙が言った嫌な予感が、見事に的中してしまったわね」

 

大河の呟きに深雪が言葉を続け、苦笑を浮かべながら煌牙を見やる。

煌牙の方も、全くだとばかりに頷いて、同じように苦笑を浮かべた。

 

「これが、俺の考えすぎで終われば良かったんだが……………結局、本当になっちまったな……………」

 

そう呟き、煌牙は溜め息をついた。

 

「これから彼奴等、どうなると思う?」

 

其処へ、新羅がそう問いかけた。

 

「あのままプラウダのフラッグ車を撃破出来れば万々歳だが、ソイツに集中してる間に四方から囲まれて、反撃とばかりに集中砲火を喰らうルート確定だな。運が良くて全員無傷か、装甲が所々ベコベコになるだけで済む。悪けりゃ大洗側のフラッグ車ごと全滅させられて終わり……………負け方があっけないな」

「縁起でもない事言わないでよ。それに、それ本当に起こりそうで逆に怖いわ」

 

そう言って、千早が溜め息をつく。

そんな会話を終えると、一行はスクリーンに視線を戻すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、レッド・フラッグの制止を振りきって廃村へとやって来た大洗チーム一行は、プラウダのフラッグ車への集中攻撃を仕掛けていた。

撤退していく最中、何故か単独で逃げ出したフラッグ車は、暫く廃村を逃げ回り、それからは民家の影に身を隠したり、姿を現したりして大洗チームを挑発する。

 

「フラッグ車さえ倒せば……………」

「勝てる!」

 

単独で抜け出しているため、今のプラウダのフラッグ車は孤立状態。よって、自分達の誰かがフラッグ車を撃破すれば、決勝戦進出が決まる。

完全に自分達が優位に立っていると思い込んでいる大洗チーム一行は、兎に角フラッグ車を撃破しようと砲撃を続ける。

だが、それも長くは続かなかった。

みほの乗るⅣ号の後ろにあった民家から、2輌のT-34/76が現れたのだ。

 

『西住!後ろだ!』

 

その瞬間、稜線から様子を見ていた紅夜が、突然通信を入れて怒鳴る。

 

「ッ!?」

 

反射的に、みほは後ろを向いて、現れた2輌のT-34を見て驚愕の表情を浮かべる。

 

「ひ、東に移動してください!急いで!!」

「ッ!?な、何だ!?」

 

突然のみほの指示に、大洗チーム一行は戸惑いを見せながらも、取り敢えずと東へ移動しようとするが、向かおうとした先にあった民家から、今度は2輌のT-34/85が現れて行く手を遮る。

 

「そんな……………なら、南南西に方向転換……………ッ!」

 

東への退路が絶たれ、南南西に移動するようにと指示を出そうとしたが、今度は地下への通路か塹壕らしき所から、白いIS-2が飛び出してくる。

そうして、みほは他方向への退路を探そうと辺りを見回したものの、向かおうとした先々で、KV-2や他のT-34/76や85の集団が待ち構えており、大洗チーム一行は、プラウダの戦車隊に取り囲まれる結果となった。

これを見たレッド・フラッグのメンバーは、皆してこう言うだろう……………

『袋の鼠だ』と……………

 

「囲まれてる……………ッ!」

「周りに居るの、全部敵だよ!」

みほが周囲を見回しながら呟くと、沙織が声を張り上げる。

 

「連中の罠だったのか……………」

「ええっ!?」

「そんなっ!」

 

此処で漸く、自分達がプラウダの罠に掛かった事と知ると共に、紅夜や静馬が、彼女等に制止を呼び掛けた理由を知った一行は、今、自分達が置かれている状況を悟り、固まってしまう。

 

その瞬間、KV-2の砲撃を皮切りに、プラウダの戦車隊が一斉攻撃を仕掛け、砲弾の嵐を雨霰と大洗チームに浴びせ始める。

絶え間無く飛んでくる砲弾は、大洗の戦車の周囲や民家に次々と着弾し、家を吹き飛ばしたり、雪の飛沫を上げたりする。

そんな中で、1発の砲弾がウサギさんチームのM3の主砲に命中し、主砲を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

『しゅ、主砲が壊されました!』

 

梓からの悲鳴が上がると、みほは車内のスコープから、一際目立つ教会のような建物を見つける。

 

「全車両、南西の大きな建物に移動してください!彼処に立て籠ります!アヒルさんチームの戦車から先に向かってください!」

 

その指示を受け、八九式、M3、ルノー、38tが一目散に教会へと向かい、飛び込むようにして入っていく。

続くようにⅢ突も避難しようとするが、何処からともなく飛んできた砲弾が右側の履帯に命中して動きを止めてしまう。

 

「履帯と転輪をやられました!」

 

エルヴィンが声を上げる中、2輌のT-34/76が砲塔をⅢ突へと向け、さらに攻撃を加えようとする。

手前に居たT-34が発砲するが、其所へ後退してきたⅣ号がⅢ突を守るようにして割り込み、Ⅲ突と背中合わせになる形で接触すると、相手の砲弾を、角度を利用して弾き、反撃とばかりに発砲するが、命中したのが傾斜装甲となっている部分であったため、これも弾かれてしまう。

すると、今度は奥に居たT-34がⅣ号に向かって発砲し、砲弾は砲塔の左側面に命中し、その際の衝撃で砲塔旋回装置が故障したのか、砲塔が上手く回らなくなってしまった。

 

「砲塔故障!」

「後退!」

 

華が砲塔の故障を告げるが、みほは先ず、避難の方を優先させる。

麻子がⅣ号を後退させ、履帯を破壊されて動かなくなってしまったⅢ突を、無理矢理押し込むようにして教会へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「ホラ見やがれ。だから下手に深追いするなって言ったんだ。少し優位になってるからって調子に乗って、相手の戦法なんて考えずに突っ込んでいくからこうなるんだ」

 

その頃、稜線から様子を見ていた紅夜は溜め息をつきながら言った。

普段は大洗チームが窮地に追い込まれると、達哉に多少の無茶な運転をさせてでもその場にいち早く駆けつけ、敵陣地に乗り込んで暴れ回る紅夜だが、今回ばかりは全く動こうとしていなかった。

現役時代、プラウダの同好会チームとの試合を何度か経験している彼等は、プラウダの戦法をよく知っている。

それに、戦車道名門校である黒森峰出身で、プラウダとは全国大会でぶつかった経験があるみほが居るのにも関わらず、チームは勝手に突っ込んでいって、挙げ句の果てにはこの有り様。そんな状況に、紅夜は何とも言えない思いで一杯だった。

 

「見たところは、攻撃を受けた戦車はあっても、未だどの戦車も撃破されていないみたいね……………はてさて、その状況が何時までもつのやら……………彼処から出たら、プラウダからの集中砲火を喰らうがオチ。試合がどう転がるのか、観客やスモーキーのメンバーからすれば、良い見物でしょうね……………」

 

紅夜の傍らに立っている静馬が、双眼鏡で大洗チーム一行が避難した教会らしき大きな建物を見ながら言う。

彼等の横では、他のライトニングやレイガンのメンバーが、何とも言えないと言わんばかりの表情を浮かべて、大洗チーム一行が避難した教会らしき大きな建物を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

紅夜達ライトニングや、静馬達レイガンが見ている中でも、プラウダからの容赦ない迫撃は続いている。

大洗チーム一行が避難した教会らしき大きな建物に狙いを定め、建物を倒壊させて大洗チーム一行を生き埋めにせんとばかりに次々と砲撃を仕掛ける。

砲弾が着弾する度に、建物は大きな揺れに見舞われ、破片が天井から落ちてくる。

そのため、メンバーは車内に避難し、キューボラも閉められている。

そんな時、プラウダからの容赦ない迫撃が、突然ピタリと止み、静寂が訪れる。

 

「……………?砲撃が、止んだ……………?」

 

突然の静寂を不思議に思った大洗のメンバーは、自分達の乗る戦車のハッチを開けて外に出始めた。

其処へ、プラウダの生徒と思わしき2人の少女が、何故か白旗を掲げて教会に入ってくると、入り口から少しした場所で歩みを止めた。

 

「カチューシャ隊長の伝令を持って参りました」

『『『『『『『『『『『?』』』』』』』』』』

 

相手チーム隊長からの伝令と言うものに、メンバーは首を傾げる。

 

「『降伏しなさい。全員土下座すれば許してやる』……………だそうです」

 

突然の降伏命令に、メンバーは表情をしかめる。

 

「ッ!」

「何だと!?……………ナッツ!」

 

みほは目を見開き、桃は悔しげに悪態をつく。

 

「隊長は心が広いので、3時間は待ってやると仰有っています……………では、失礼します」

 

そう言い終えると、2人は揃って一礼をすると、これまた揃って回れ右をして出ていった。

それを見届けたメンバーの表情は、怒りで染まりきっていた。

 

「誰が土下座なんか!」

「全員自分よりも身長低くしたいんだな……………ッ!」

 

典子が最初に声を上げ、桃が静かに、されど怒りを含んだ声で言葉を続ける。

 

「徹底抗戦だ!」

「そうですよ、戦い抜きましょう!私達なら、未だやれます!!」

 

エルヴィンと梓も言葉を続けるが、みほの表情は良くなかった。

 

「でも、こんなに囲まれていてはもう……………それに集中砲火を受ければ、怪我人が出るかもしれないし……………」

 

そう言って、みほは抗戦を躊躇う。

自分だって戦い抜きたいが、戦車が傷つき、教会から出れば、その場でプラウダからの容赦ない集中砲火に晒される結果になるのは火を見るよりも明らかな事。

そこで、廃村へと突っ込んでいく自分達に、最後まで制止を呼び掛け続けた紅夜達レッド・フラッグのメンバーに頼ると言う手が浮かんだが、それすらも躊躇ってしまった。

彼等の実力は、同好会チームとしても戦車乗りとしても非常に高い。

今回参加している戦車も非常に強力だし、何より乗員一人一人のスキルも高い。

その上、知波単との練習試合では、土壇場で駆けつけて暴れ回り、絹代が乗っていたフラッグ車以外の戦車を瞬く間に全滅させてしまう彼等なら、非常に強力な切り札となり得るだろう。

だが、自分達は彼等の忠告を無視してプラウダのフラッグ車を追って廃村へと突っ込んできた身。

紅夜達も少なからず怒っているだろうし、そもそもレッド・フラッグと大洗女子学園戦車道チームとの関係は、ただ『偶然同じ学園艦に住んでいるだけ』と言うのが本来の関係。そのため、今救援を要請しても、彼等の怒り具合によっては、『お前等の自業自得だ』と言わんばかりに背を向けられるかもしれないと思う者も居た。

それでもと、みほは紅夜に通信を入れようとするが、自分達が廃村へ向かおうとするのを止めようとした紅夜の怒ったような声が脳内に響き、通信を入れるのを躊躇ってしまった。

 

「私は、みほさんの指示に従います」

「えっ……………?」

 

そんな時、不意に華が口を開き、みほは華の方を振り向く。

 

「わ、私も!土下座くらいしても良いよ!」

「元々無名校だった私達が、準決勝まで勝ち進めただけでも十分凄い事だ、無茶はするな」

「そうですよ!西住殿も、十分にご健闘くださいました!レッド・フラッグの皆さんも、ちゃんと話して謝れば、分かってくれる筈です!」

 

華の言葉に続けるようにして、沙織と麻子、優花里が言い、メンバーも落ち着きを取り戻して静かになる。

 

「駄目だッ!」

『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』

 

その静寂は、突然声を張り上げた桃によって破られ、メンバーの視線が桃に集中する。

 

「このまま敗けを認める訳にはいかん!徹底抗戦だ!!」

 

桃は肩を震わせながら、頑なに徹底抗戦の姿勢を取っている。

 

「で、ですが……………」

「勝つんだ、絶対に勝つんだ!勝たないと駄目なんだ!!我々にはもう……………勝つ以外の選択肢は、残されていないんだッ!!」

 

みほは何かを言い出そうとするが、桃はそれを遮って叫ぶ。

 

「どうしてそんなに、勝つ事に拘るんですか!?無名校だった私達が、準決勝まで勝ち進めただけでも十分凄い事なんですよ!?勝つ以外に、もっと大切な事が……………勝つ事よりも大切な事がある筈です!」

「そんなものがあるか!勝つ以外の何が大切だと言うんだッ!」

 

みほの言葉に耳を貸す事無く、桃は尚も叫ぶ。

 

「私、黒森峰に居た頃は、戦車道をやっても全く楽しくなかったけど……………この学校に来て、皆と出会って……………初めて戦車道の楽しさを知ったんです。この学校も、戦車道も大好きになったんです!だから……………」

 

そう言いかけると、みほは少しの間を空けて言葉を続けた。

 

「だから、この気持ちを大切にしたまま、この試合を終わらせたいんです!」

「ッ!……………何を……………何を言っているんだ、西住……………」

 

桃は肩を震わせながら言うと、みほの方を振り返った。

その表情は、絶望で染まりきったような、怯えたような色が支配し、目尻には大粒の涙が浮かんでいた。

 

「負けたら……………負けたら我が校は……………ッ!」

「ッ!?止めて、桃ちゃん!」

「止めろ河嶋!!それ以上言うな!」

 

柚子と杏が、珍しく声を荒げて言うが、桃は2人の言葉も聞かずに叫んだ。

 

「負けたら我が校は無くなるんだぞッ!!」

『『『『『『『『『『『ッ!!?』』』』』』』』』』』

 

悲痛な桃の叫びで、メンバー全員の表情が驚愕に染まる。

 

「えっ……………?学校が……………」

「大洗女子学園が……………無くなる……………?」

 

桃のカミングアウトに、メンバーは小さく言いながら、其々の顔を見合わせている。

 

「……………どう言う事なんですか?学校が無くなるなんて、嘘ですよね…………会長?」

 

みほが言うと、メンバーの視線が、今度は杏へと集中する。

 

「……………あ~あ、遂にバレちゃったか……………否、この場合は『バラしちゃった』って言った方が適切かな……………」

 

自嘲するような声で言いながら、杏はゆっくりと、メンバーの前に歩み出てくる。

 

「河嶋の言う通りだし、嘘じゃないよ、西住ちゃん……………」

 

そう言って、杏は顔を俯けた。

 

 

 

 

「この全国大会で優勝出来なかったら……………」

 

 

そして、杏は言うのだ。最後まで秘密にしておきたかった……………誰にも言いたくなかった……………

 

 

「我が校は……………」

 

 

最悪な事を……………

 

 

 

 

 

 

 

 

「廃校になる」



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第68話~追い込まれた私達です!~

「廃校になるって……………どう言う事なんですか?」

 

錯乱した桃によって、杏が秘密にしていた事実が……………桃達がやけに勝ちに拘る理由--今年度の戦車道全国大会で優勝出来なければ、大洗女子学園の廃校が決まる--が、遂に露見してしまった今、大洗チームのメンバーの中で静寂が訪れている中、みほは訊ねた。

 

「言葉通りの意味だよ、西住ちゃん……………」

 

杏は、何時ものふざけたような雰囲気を潜め、いつになく真面目な面持ちで答えた。

 

「言葉通りの意味って……………」

 

みほがさらに問い詰めようとしたが、それを杏が止めた。

 

「先ず……………レッド・フラッグの皆を呼ぼう」

『『『『『『『『『『『!?』』』』』』』』』』』

 

杏の言った事に、メンバーは目を見開いた。

 

「な、何故彼等を呼ぶんですか!?彼等は本来、無関係では!?」

「確かにそうだけど、レッド・フラッグのメンバーの中には、この学校の生徒も居る。須藤ちゃんとかね」

 

声を張り上げた梓に、杏は淡々と答える。そして、みほの方へと振り返って言った。

 

「西住ちゃん、紅夜君達に連絡入れてくれる?」

「は、はい!」

 

そう返事を返し、みほは付けっぱなしだった喉頭マイクを使って紅夜達に通信を入れた。

 

「此方、あんこうチーム。ライトニング、応答願います」

『……………』

 

だが、反応は無い。

戦車から降りて気づいていないのか、それとも……………

 

「西住ちゃん、取り敢えず出てくれるまで何度でもやって」

 

杏がそう言い、みほは必死に呼び掛けた。

 

「(お願い、紅夜君……………出て……………)」

 

何度も呼び掛けながら、みほは紅夜が通信に応答する事を願った。

すると……………

 

『此方、ライトニング』

「ッ!」

 

遂に、紅夜が応答した。

喜びのあまりに彼の名を叫びたくなるみほだが、それを何とか堪えた。

 

『何か用か?』

 

通信機の向こうから、紅夜の気だるげな声が聞こえる。

声色からして怒ってはいないようだ。

 

「うん……………紅夜君達って、今何処に居るの?」

『お前等が突っ込んでった稜線のエリアだ。此処からお前等の様子も見れる……………教会みたいな建物の中に居るんだろ?』

 

そう言われ、みほは頷いた。

 

「そう。プラウダの罠だったみたい……………」

『はぁ……………だから下手に突っ込みすぎるなって言ったんだよ』

 

紅夜は、盛大に溜め息をつきながら言った。

 

「ゴメンね。止めてくれたのに」

『もう良いよ、過ぎた事は変えられねえんだ。今此処でお前等に説教しても仕方ねぇしな』

 

そう言うと、紅夜は少しの間を空けてから続けた。

 

『んで?俺に通信入れてきたのは何故だ?あのガキ共の集団に突撃して暴れろってか?』

「ううん、そうじゃないの……………」

 

そう言って、みほは首を横に振ってから言葉を続けた。

 

「今、此処まで来れない?大事な話があるの……………」

『其所から言うのは無理なのか?』

 

紅夜が聞き返すと、みほは頷いた。

 

「うん。レッド・フラッグの皆に聞いてほしい事だから」

『……………分かった、今からそっちに行く』

 

そうして通信が切れ、みほはメンバーへと振り向いた。

 

「来てくれるそうです」

「了解。ありがとね、西住ちゃん」

 

杏は、弱々しい笑みを浮かべながら礼を言うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

視点を移し、此処は廃村手前の稜線エリア。

其所では、今回の準決勝に参加している、紅夜達レッド・フラッグのメンバーが集まっており、紅夜はみほ達が居る建物に全員で行く事を伝えた。

 

「あの建物に行く?マジで言ってんのか?」

 

そう訊ねる達哉に、紅夜は頷いた。

 

「ああ……………何でも、俺等にも伝えておきたい、大事な話があるんだそうだ」

「その話の内容って、何か聞いてる?」

 

静馬がそう訊ねるが、紅夜は首を横に振った。

 

「悪い、其処までは聞いてない。だが、余裕こいて聞くような話じゃねえってのは確かだな」

「そう、分かったわ……………皆、移動の準備を済ませなさい。30秒以内よ!」

 

静馬がそう言うと、紅夜と彼女を除いた残りの7人が戦車へと向かい、其々が持参したリュックサックを持って戻ってくる。

そして、プラウダのメンバーに見つからないように気を付けながら、みほ達が居る建物への移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな」

 

移動開始から15分後、紅夜達は建物に到着した。

流石に正面から入る訳にはいかなかったので、紅夜が横にあった、非常口と思わしきドアを蹴破って入ってきた。

 

「いやぁ紅夜君達、態々ゴメンね」

 

なるべく何時も通りのペースで振る舞いながら、杏が出てくる。

 

「別に良いよ。俺等が動いた方が良さそうだしな……………そんで、大事な話ってのは?」

「うん、それがね……………」

 

 

 

 

 

 

 

「大洗女子学園が廃校になる?マジっすか?」

 

杏から話を聞いたレッド・フラッグのメンバーは、驚愕のあまりに目を見開き、紅夜も驚きを隠せない様子で言った。

 

「うん、そう。まぁ、『この全国大会で優勝出来なければ』の話だけどね」

「でも、どうしてそんな話が?」

 

そう訊ねる静馬に、杏はポツリポツリと話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは、今から数ヵ月前。みほが黒森峰から大洗へ転校してくる事が、杏達生徒会メンバーに伝えられてから間も無い頃、文科省や戦車道連盟の役人に呼び出された杏達は、次のような事を言われたのだ。

 

『県立大洗女子学園は、近年の生徒数減少や、部活動やそれ以外の活動において、目立つような実績が挙げられていないため、今年度一杯での廃校が決定した』と……………

 

「『生徒数は減少の一途を辿るばかりで、おまけに目立つような実績が挙げらないような学校に出すお金は無い』って、文科省や連盟の役人さんがねぇ……………」

 

他人事のようにそう言って、杏は溜め息をついた。

 

「それでね、連盟の役人さんがこう言ったんだ。『戦車道の全国大会で優勝するような実績があれば』ってね」

「それで、今年度の戦車道全国大会で優勝出来れば、廃校の件は、取り敢えずは取り下げてもらえるって密約を結んでたの」

 

杏の言葉を柚子が補足する。

 

「成る程、だから戦車道を復活させて、人員を確保しようとしてたって訳なのね……………あんなにも滅茶苦茶な待遇も用意して」

 

その言葉を聞いた静馬が、納得したように呟く。

 

「そう。戦車道をやれば、助成金も出るって聞いてたし、何よりも、学園艦の運営費にも回せるからね」

「じゃあ、世界大会がどうとか言うのは嘘だったんですか!?」

「そ、それは本当だ。嘘ではない」

 

杏に梓が詰め寄ろうとすると、桃が割り込んで答える。

 

「でも、そんなのでいきなり優勝しろとか無理ですよぉ!」

 

桃が答えると、梓が声を上げる。

 

「いやぁ~、昔は結構盛んだったらしいから、もうちょっと良さそうな戦車があるかと思ってたんだけど……………予算が無くて、良いのは皆売っちゃったらしいんだよねぇ~」

 

杏からの衝撃的発言に、一同が一瞬押し黙る。

 

「じゃあ、今此処にあるのは!?」

「そう、全部売れ残ったヤツ」

 

典子が訊ねると、杏はしれっとした調子で答える。

 

「そんな……………ん?なら、ジェノサイドのは?」

 

そう言って、エルヴィンが紅夜の方を向いて訊ねた。

 

「相変わらずジェノサイド呼びは変わらねえのな……………」

そう苦笑いしながら言うと、紅夜は口を開いた。

 

「俺等、静馬達が高校に入るまでは、当然ながら陸に住んでてな。俺が小学校の中高学年辺りの頃に、山ン中で戦車見つけて、知り合いのおっちゃんと整備して、そっから達哉達に話して仲間に引き入れたんだよ」

 

紅夜は、昔を懐かしむような声色で言った。

 

「成る程な……………だが、ジェノサイド達が居るとは言え、そんなので優勝など、到底不可能では?」

「だが、そうするしか無かったんだ……………古くて何の実績も無い、平凡な学校が生き残るには……………」

 

エルヴィンが言うと、桃が肩を落として言う。

 

「無謀だったかもしれないけどさぁ……………後1年、泣いて学校生活送るよりも、希望を持ちたかったんだよ」

 

桃に続いて、杏も弱々しい笑みを浮かべながら言う。

 

「皆……………黙ってて、ごめんなさい」

 

そう言って、柚子が頭を下げた。

 

「そんな……………じゃあ、西住さんや私達が勧誘されたのって……………」

「ただ、全国大会で優勝するための戦力となる存在が欲しかったから……………って事?」

 

静馬と亜子が呟くと、レッド・フラッグのメンバーの視線が複雑なものへと変わる。

それを見た杏が、珍しく狼狽えているような表情を浮かべた。どうやら当たっていたようだ。

 

「お、オイお前等。んな縁起でもねえ事言うのは止めようぜ。あん時俺を説得してた角谷さん、そんな下心あるようなツラしてなかったんだぜ?」

 

そう言って、紅夜は杏達の方を向いた。

 

「なあ、そうだろ?」

 

杏達が、その問いに頷いてくれる事を願いながら、紅夜は言った。

だが、杏と柚子は何も言わず、ただ気まずそうな表情で目を逸らし、桃は俯いて肩を震わせるだけだった。

 

「……かた………ったんだ……………」

 

そんな時、桃が何やら呟く。

 

「え?今何て…「仕方が無かったんだ!!」ッ!?」

 

突然、桃が大声を張り上げ、紅夜は驚いて動きを止める。

そして振り向いた桃の目からは、大粒の涙が溢れていた。

 

「私だって、こんな形でお前等を入れたくなかった!利用なんてしたくなかった!だがッ……………あんな話を聞かされたら、もう……………お前等を利用するしか、方法は無かったんだッ!!」

 

桃の悲痛な叫び声が、建物内に響き渡る。

一頻り叫んだ桃は泣き崩れてしまい、同じように涙を流している柚子に抱かれ、その胸で嗚咽を漏らしている。

 

「……………」

 

その様子を、紅夜は何とも言えない気持ちで見ていたが、其処へ杏が近づいてきた。

 

「……………ゴメンね、紅夜君」

 

そう言って、杏は深々と頭を下げた。

 

「弁明するような言い方になるけど……………河嶋の言った事は、私達生徒会メンバーの本心なんだ。君等を利用なんてしたくなかったし、一緒に戦車道をする仲間として、チームに入れたかったんだ……………」

「……………なら、あの時俺に言ったのは……………俺等を騙して、お前のチームに入れるための嘘だったってのか……………?」

「そんな事はない!断じて!」

 

何時も以上に低い声で言う紅夜に、杏が珍しく声を荒げる。

必死な様子の杏を、紅夜は何も言わずに見つめていたが、やがて踵を返して静馬の方へと歩いていった。

 

「紅夜……………」

 

意気消沈しているような雰囲気で歩いてくる想い人に、静馬は何と声を掛けてやれば良いのか分からず、ただ名を呼ぶ事しか出来なかった。

 

「……俺なら………平気だ……………」

 

そう言って、紅夜は壁に凭れると、其処から何も言わなくなり、メンバーの中に気まずい沈黙が訪れてしまうのであった。



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第69話~チーム崩壊の危機です!~

大洗女子学園vsプラウダ高校とで行われている、第63回戦車道全国大会。

大洗チームが、先にプラウダの戦車を2輌、後に、さらに1輌を撃破し、一見、大洗チームが試合を有利に進めているかと思いきや、それはプラウダの罠だった。

 

制止を呼び掛ける紅夜達レッド・フラッグのメンバーを無視して廃村へとやって来た本隊は、フラッグ車に気を取られるあまりに周囲への警戒が疎かになり、プラウダの戦車隊に取り囲まれて集中砲火を受け、戦車が傷ついた状態で廃教会へと避難するが、其処へやって来た2人のプラウダ生徒から、降伏命令を告げられる。

降伏もやむを得ないと言う雰囲気になったところで、桃が頑なにそれを拒む。

プラウダに追い詰められ、さらに錯乱した桃によって、遂に杏達の秘密が露見してしまった大洗チーム一行。

おまけとばかりに、杏達が紅夜達レッド・フラッグを大洗チームへと引き込んだ理由が、学園廃校を免れるために利用していたと言う事が明らかとなった今、ショックを受けた紅夜が何も言わなくなってしまい、教会内で気まずい沈黙が訪れてしまった……………

 

 

 

 

 

 

 

 

大洗チームが立て籠っている、廃教会にて……………

 

 

 

「バレー部復活どころか、学校そのものが無くなってしまうなんて……………」

 

アヒルさんチームの典子が、未だに信じられないとばかりの表情を浮かべて呟く。

グロリアーナとの練習試合の際、八九式の車体に『バレー部復活!』と書くなどをするように、大洗女子学園のバレーボール部は、部員数の減少によって廃部しており、典子達はバレーボール部の復活を目的に、戦車道を選んだのだと言う。(戦車道とバレーボール部の関連性については別として……………)

 

「無条件降伏……………」

 

カバさんチームのおりょうも呟き、他のメンバーも何も言わず、ただ俯いているだけだ。

 

「単位取得は、夢のまた夢と言う事か……………」

 

麻子は明後日の方向を向き、ただぼんやりと呟き、その様子を、みどり子が複雑そうな表情で見ていた。

 

「学校が無くなったら、私達はバラバラになってしまうのでしょうか……………?」

「そんなのやだよー!」

 

華がふと呟いた最悪の結末に、沙織が嫌だと叫ぶ。

明るい雰囲気なんてまるで無い……………あたかも、この世の終わりを知ったかのように絶望しきった雰囲気が、大洗チームに重くのし掛かる。

「……………」

 

そんな状況でも、紅夜は何も言わず、ただ目を瞑って腕を組み、壁に凭れている。

何時も陽気で、チームのムードメーカー的存在である彼でも、流石に自分達のチームが利用されていたと言う事実を聞かされれば、嫌でもこのような状態にもなるものだと、大洗チームやレッド・フラッグのメンバーの大半がそう考えていた。

だが、そんな紅夜を見ている静馬は……………

 

「(紅夜、さっきからあのままだけど……………少なくとも会長達から知らされた事に怒っているようには見えないわね……………何か、別の事を考えているような……………紅夜、貴方は一体、何を考えているの……………?)」

 

そんな事を思いながら紅夜を見ていた。

 

「紅夜の奴、さっきから何も言わねえけど、何考えてるんだろうな……………」

 

先程から微動だにしない紅夜を見ながら、達哉は傍に居た雅に話し掛ける。

 

「私に聞かれても分かんないけど……………多分、これからどうするかじゃない?」

 

雅が返すと、亜子が話に入ってきた。

 

「『これから』……………って?」

 

亜子の問いに、雅は答えにくそうにしながら言った。

 

「『このまま大洗チームの味方で居続けるか、もう見限るか』……………だね」

『『『『『『『『『『『ッ!!?』』』』』』』』』』』

 

雅の言葉に、大洗チームの一行が凍りつく。

 

「お、おい草薙!幾ら何でもそれは…「テメェどの口でほざいてンだボケ!パンターで轢き殺すぞ!」……ッ!!?」

 

何時の間にか泣き止んでいた桃が雅に詰め寄ろうとするが、突然、雅が口汚く怒鳴り付け、殺気混じりの形相で桃を睨み付けると、ズカズカと足音を立てながら桃に詰め寄り、片手で桃の胸倉を掴み上げて怒鳴った。

そして桃を睨み付けている目には、大粒の涙が浮かんでいた。

 

「アタシ等を引き込むのに詐欺紛いの言葉で、ウチのチームの過去に漬け込んで隊長唆してチームに引き込んで、そんでから今になって、『今まで貴方達のチームを利用してました、ごめんなさい』だァ!?フザけんのも大概にしとけやゴルァ!今までこのチームで頑張ってきたアタシ等をッ!テメェ等と一緒に頑張ろうとしてたアタシ等の思いをッ!テメェが尊敬してる会長さんの言葉を信じようとした紅夜の思いをッ!!物の見事にぶっ潰してくれやがったなぁオイ!!!」

 

そう怒鳴るだけ怒鳴り散らすと、雅は掴み上げていた桃を、乱暴に地面へと放り投げる。

そのまま地面に倒れ込むところで、何とか柚子に抱き止められた桃は、胸を押さえてむせかえり、雅は目から大粒の涙をボロボロと溢しながら、桃達生徒会メンバーを憎々しげに睨み付けている。

 

「雅……………」

 

怒り狂っている自車のメンバーに、何て言ってやれば良いのか分からずに戸惑いながらも、静馬は雅へと近づき、優しく抱き締めた。

 

「~~ッ!~~~~~~ッ!!」

 

抱き締められた雅は、静馬の胸に顔を埋めながら、溢れ出る嗚咽を必死に堪えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、何か大洗側のチームがヤバくね?」

 

その頃、観客席で様子を見ていたスモーキーチームでは、教会内でのギスギスした雰囲気に気づいたらしく、大河が不安そうな表情を浮かべて言った。

 

「『ヤバくね?』と言うよりも、既に『ヤバイ』としか言えないわよ」

 

深雪はそう答えると、スクリーンへと視線を戻す。

 

「雅、何か河嶋さんに怒鳴ってたな……………何言われたのやら」

 

煌牙はそう呟き、新羅と千早は首を傾げる。

 

「何が起こっているのか分からないけど……………何か嫌な予感がするわ……………」

「今回の試合は、色々な意味での大波乱だね……………」

 

纏めるかのように深雪が呟くと、千早が同意だと言わんばかりに頷きながらそう言い、大河や煌牙、新羅の3人も頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こりゃ、大変な事になっちまったな……………」

 

観客席のとあるエリアから眺めていた蓮斗は、スクリーンに映る大洗チームの様子を見て呟いた。

 

「紅夜のチームが利用されてたってのが分かって、そのチームの1人が発狂……………なんでああなったのかは知らねえが、後でまた、大変な事になるだろうな……………」

 

そう呟き、蓮斗はスクリーンを見続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

視点は再び戻り、廃教会の中。

掴みあげていた雅から解放され、柚子に抱き止められてむせている桃に、静馬に抱かれて泣く雅。そして、この状況でも未だ、何も言わない紅夜…………………

この3つの存在で、場の雰囲気はさらに重いものとなっていた。

「(どうしよう……………どうしたら良いの……………?)」

 

そんなチームの様子に、みほは焦っていた。

自分達は、知らず知らずの内に紅夜達を利用していた身である事が判明した今、紅夜達に何をすべきなのか、何を言えば良いのか、自分に何が出来るのか……………どれだけ考えても、結局分からなかった。

ふと紅夜の方を見ると、相変わらず紅夜は何も言わず、壁に凭れている。一瞬、眠っているのではないかとすら思えてしまう程だった。

だが、みほは感じていた。自分の視線の先に居る、頼れる人にして、自分の想い人--長門紅夜--と言う青年から溢れ出る、目に見えない威圧感を……………

 

「(紅夜君達のもそうだけど、先ずは皆の意思を何とかしないと……………チームが本当に崩壊しちゃう!それだけは、何としてでも!)」

 

そう決心すると、みほは彼女の動きを封じようとばかりにのし掛かってくる、紅夜からの威圧感に抗いながら……………意気消沈しているような雰囲気のメンバーを元気付けるため、自分自身に冷静になるように、暗示をかけながら口を開いた。

 

「未だ、試合は終わっていません」

『『『『『『『『『?』』』』』』』』』』

 

その言葉に、紅夜を除くメンバーの視線がみほに集中する。

 

「未だ負けた訳じゃありませんから」

「に、西住ちゃん……………?」

「頑張るしかないです。だって、来年もこの学校で、戦車道やりたいから……………皆と」

 

みほが言うと、メンバーの雰囲気に微量ながら、明るさが戻り始める----

 

「ねぇ……………」

 

----が、其処へ冷たい声が挟まれた。

メンバーが声の主に目を向けると、其所に居たのは亜子だった。

 

「アンタが言ってる、その『皆』って……………どの『皆』なの……………?」

『『『『『『『『『『『ッ!』』』』』』』』』』』

 

その言葉に、大洗チームの表情が強張るが、亜子は構わず続けた。

 

「ねぇ、どうなの?その『皆』って何?私達レッド・フラッグの事?此処に居る全員の事?それとも……………レッド・フラッグ以外のアンタ達の事……………?ねぇ、答えてよ……………答えなさいよ!」

 

そうして、今度は亜子も叫ぶ。

 

「どんな心境でそんな事言ったのか知らないけど、利用しといて仲間面するなんて、虫が良すぎるわよ!」

「そ、そんな!私は…「五月蝿い!」…ッ!?」

 

みほの言葉を遮り、亜子は尚も叫んだ。

 

「何度も紅夜に助けられてるのに、恩を返すどころか利用して、挙げ句にこうやって仲間面して……………利用してた事への罪滅ぼしのつもり?ふざけんじゃないわよ!」

亜子は目に涙を浮かべて叫び、拳を振り回す。

興奮して精神状態が不安定になっているからか、言っている事すらも滅茶苦茶になっていた。

 

そのまま亜子は、みほに掴みかかろうと詰め寄ろうとして、後ろから達哉が羽交い締めにして止め、その前に両腕を広げた紀子が立ち塞がる。

そのままヒートアップして、チームが崩壊してしまうと誰もが思い始めた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

『さっきから聞いてりゃ、ピーピーピーピー五月蝿ェんだよ、テメェ等ァ……………もう少し冷静になれねえのかァ!?』

 

そんなドスの効いた声が響き、次の瞬間には爆発音が響き渡り、その声の主が居た場所が土埃に包まれた。

そうしたのも束の間、今度は突風が吹き荒れ、舞っていた土埃がメンバーを襲う。あまりにも強烈な風と土埃に、大洗チームやレッド・フラッグのメンバーも、堪らず腕や両手で顔を覆う。

そして風が吹き止むと、メンバーは恐る恐る、顔を覆っていた腕や手を退ける。

その視線の先に居たのは……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………』

 

無言のまま、炎のように赤いオーラを撒き散らして緑髪も紅蓮に染め上げ、その赤い瞳をギラギラと光らせている、『廃教会の壁に大穴を開けた』紅夜の姿があった。



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第70話~その場凌ぎの説得です!~

お気に入りが300以上になって喜ぶのも束の間、評価下がってしまった……………やはり小説って難しい……………

それと今日からテスト週間。イヤだよ~、テストしたくないよォ~・゜・(つД`)・゜・



大洗チームが有利に試合を進めているように見えた準決勝。だが、それはプラウダの罠だった。

制止を呼び掛けるレッド・フラッグのメンバーを無視して廃村へとやって来た大洗チームは、フラッグ車の撃破に集中するあまりに周囲の警戒が疎かになり、建物の影に隠れていたプラウダの本隊に取り囲まれ、集中砲火を浴びせられる結果となってしまう。

その集中砲火によってM3の主砲が破壊され、Ⅲ突は履帯を吹き飛ばされ、Ⅳ号も砲塔が故障すると言う痛手を負う。

そんな中で、やっと思いで廃教会へと逃げ込んだ一行は、プラウダチームの生徒から、カチューシャからの降伏命令を告げられ、さらに錯乱した桃によって、自分達の学校が廃校の危機に見舞われている事を知らされる。

おまけに、杏達がレッド・フラッグをチームに引き込んだのが、廃校を免れるための条件--『今年度の戦車道全国大会で優勝する事』-を達成するために引き込んだと言う事すらも露見してしまう。

 

その事実に、先ずは雅が憤慨し、桃を掴み上げて怒鳴り散らす。その後、チームの雰囲気が一気に悪くなるが、それを何とかして良くしようと、みほがチームメンバーを励まそうとするが、その言葉に、今度は亜子が怒って怒鳴る。

そのまま、みほに掴み掛かろうとする事態にまで発展し、チーム崩壊が間近に迫った時、紅夜が廃教会の壁を素手で破壊して大穴を開け、メンバーに怒鳴り付けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「こ……………紅夜……………?」

 

見る者全てを威圧するような、紅蓮のオーラを纏いながら自分達を睨み付ける紅夜に、静馬は戸惑いを見せていた。

大洗のメンバーや亜子達も、姿が変わった自分達のリーダーへと視線を移す。

大洗のメンバーは紅夜の姿に言葉を失い、亜子達に至っては、先程の怒り狂っていた様子が嘘のように静まり返っていた。

紅夜から放たれる威圧感にメンバーは怯み、建物内を沈黙が支配する。

その後、紅夜の口がゆっくりと動き出した。

 

『お前等、少しは冷静になれ……………今此処で騒いだところで、何も変わらねえ……………』

『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』

その言葉に、メンバーは驚愕に目を見開いた。

紅夜は杏達が利用していた、レッド・フラッグの隊長。本来であれば、桃を掴み上げて怒鳴り付けたり、みほに掴み掛かろうとするのは彼がやる事だろう。

だが、彼はそれをしなかった上に、『冷静になれ』とまで言う始末。そんな紅夜に、レッド・フラッグのメンバーは戸惑いを見せ、杏達も、彼の反応に唖然としていた。

紅夜のチームは、少なくとも大洗戦車道チームよりかは遥かに強い。恐らく同好会チームとしての編成での試合なら、プラウダはおろか、黒森峰でも相手取れるだろうが、それが彼等を利用して良い理由にならないと言うのは明確な事。それに、紅夜や他のメンバーだって、ただ『自分達のチームが強いから』と言う理由でのスカウトは嫌いな筈。それで雅や亜子が怒るのも、無理もない事である。これで『落ち着け』と言われてすんなり落ち着く事が出来る者は、余程の御人好しか何かだろう。

だが、だからと言って、紅夜の意見も真っ向から否定出来るものではない。

杏達がレッド・フラッグを利用していたのは事実だが、今それについての言い争いをしたところで、何かが変わる訳でもないのだ。

先程まで殺気すら感じさせるオーラを纏っていた紅夜の低い声に、メンバーが押し黙る。

 

「どうして……………どうしてそんな事が言えるの?紅夜!」

『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』

 

そんな沈黙が続くと思われたところで、雅が声を上げた。

突然の声に驚いたメンバーが雅に目を向けると、其所には血が出んばかりに両手を握り締め、俯いて震えている雅の姿があった。

そして雅は紅夜の元へと歩みを進めると、その胸倉を掴み、勢い良く顔を上げる。紅夜を見上げたその両目には、大粒の涙が滝を作っていた。

 

「『冷静になれ』ですって?なれる訳無いじゃない!だって彼奴等、アンタを利用してたのよ!?あの時のアンタの心情に付け込んでチームに引き込んで!それで今になってコレなのよ!?」

 

悲痛に叫びながら、雅は紅夜の胸板に拳をぶつける。

 

「あんなの、許しておけないじゃない!人の心を利用するなんて卑怯な事して!アンタを引き込むために尤もらしい言葉並べ立てて騙してたのよ!?ただ『戦力が欲しい』ってだけの理由で!!」

『……………』

 

マシンガンの如く捲し立てる雅を前に、紅夜はただ、黙って聞いていた。

 

「何よりも許せないのは……………アンタの心情に付け込んだ事よ!知ってたのよ!?あの連盟のアホ眼鏡野郎からチームを除名するって言われた時、一番ショック受けてたのも!口では表には出ないって言っておきながら、本当は出たがってたのも!大洗に加わって、また試合出来るって知った日、凄く嬉しそうだったのも!」

 

雅はそう叫ぶと、紅夜の胸倉を掴んで肩を震わせる。

何時もの陽気な彼女は何処へやら……………今では陽気な雅の面影など、全く残っていない。

 

「なのに……………ッ!それに付け込まれてたって知っても……………なんで、平気でいられるのよ……………ッ!」

 

マシンガンの如く捲し立てる雅の勢いも徐々に弱まっていき、言いたい事を全て言い終えたのか、それからはただ、顔を紅夜の胸板に埋め、肩を震わせて嗚咽を漏らすだけだ。

そんな様子の雅に、チームのメンバーは目を伏せている。

 

そんな中、静馬が紅夜の方へと目を向けると、彼の全身から溢れ出ていたオーラはすっかり引っ込んでおり、先程までの強烈な威圧感等は消え失せていた。

静馬からの視線に気づいた紅夜は、何かを伝えようとしているかのように視線を送り返す。

それで紅夜の意図を悟ったかのように、静馬はゆっくりと雅の背後へと歩み寄り、紅夜から引き剥がすと、振り向き様に叫ぼうとした雅の口を封じんとばかりに、自分の胸元へと顔を埋めさせる。

 

「もう良いのよ、雅……………もう止めなさい。これ以上やっても、紅夜が困るだけよ」

「ッ!」

 

静馬がそう言うと、雅がピクリと反応した。まさか、静馬もが紅夜の意見に賛同するとは思わなかったのだろう。

 

「でも……でも………ッ!」

 

尚も難色を示す雅だが、それは静馬が彼女の頭に手を置いた事で止められる。

そして静馬は、諭すような優しげな声色で言った。

 

「貴女がこのチームの事をどれだけ思っているのかは、良く分かったわ。《RED FLAG》は私が作ったチームじゃないけど、素直に嬉しいと思う。それに、貴女や亜子の意見も、真っ向から否定出来るものではないわ。でもね、だからと言って、河嶋さんや西住さんを一方的に責め立てるのは御門違いよ。それに、さっき河嶋さんや会長さんは言ったわよね?『利用なんてしたくなかった、一緒に戦車道をする仲間として迎え入れたかった』って……………まぁ、私達に話さなくても、せめて紅夜ぐらいには言っておけとは思うけど、その辺りについては、分かってくれるわよね?」

 

静馬がそう言うと、雅は反論しなくなり、やがて、ゆっくりと頷いた。静馬の言う事も一応は正論であるため、反論のしようが無くなっただろう。

 

「うっ……………うぁぁ……………」

 

そして、静馬の胸元から雅の啜り泣く声が聞こえ始める。

紅夜に取り付いていた時よりも肩の振動が大きくなった雅の頭を撫でながら、静馬は最後の一言を放った。

 

「これは亜子にも言える事だけど……………ありがとう。このチームや紅夜のために怒ってくれて」

「~~~~ッ!」

 

その言葉が引き金となり、雅は静馬の胸の中で泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……………これで良かったの?紅夜」

 

あれから20分程経ち、泣き叫んだ雅が少し落ち着いたのを見て、後を達哉に任せた静馬は、紅夜の隣に歩み寄り、そう言った。

 

「ああ、十分な程にな……………」

 

そう言って、紅夜は1つ溜め息をついてから言葉を続けた。

 

「すまねぇな、あんな事やらせちまって……本来なら、隊長の俺がやるべき事なんだろうが……………」

「良いのよ。それに、隊長のカバーをするのが副隊長の役目だもの」

 

静馬はそう言って、紅夜に微笑みかけた。

 

「そう言ってくれると、此方としても助かるぜ……………まぁ、それもそうだが…………」

 

そう言いかけ、紅夜は先ず、先程の自分の拳で人2人程通れそうな程の大穴が開いた壁に目を向け、次に、自分に視線を向ける大洗チームのメンバーの方へと目を向けた。彼女等は、話しかけようにも話しかけづらいと言わんばかりの複雑な表情を向けていた。

まあ無理もない。先程と比べると、紅夜の状態も落ち着きを取り戻しているのは一目瞭然な訳だが、それでも紅夜は、試合開始前の騒ぎでは衝撃波で自分達を吹っ飛ばし、おまけに戦車すらも吹っ飛ばしかけ、この廃教会では煉瓦の壁すらも拳で破壊したのだ。

それに殺気立ったオーラを纏いながら睨まれでもすれば、話し掛けにくくもなるものだ。

 

「思いっきりやらかしちまったな……………何か怖がられてるような気がする」

「『怖がられてるような気がする』じゃなくて、『怖がられてる』わよ。何せ貴方、試合前に暴力騒ぎは起こすわ、この教会の煉瓦の壁を壊して大穴開けるわ、殺気立ったオーラを纏いながら睨むとかをしたのよ?付き合いの長い私達なら未だしも、大洗の子達じゃねぇ………………」

 

そう言って、静馬は苦笑を浮かべる。

 

「まぁ、普通そうなるわな……………」

 

そう言って紅夜も苦笑を浮かべると、そのまま穴から外へと出ていった。

 

「ん?おい紅夜、何処行くんだ?」

 

突然の紅夜の行動を疑問に思った勘助が訊ねる。

 

「ああ、その……なんだ………今寒いから、そろそろ《アレ》を持ってこようと思ってな。それと……………怖がらせちまった詫びも兼ねて」

 

罰の悪そうな表情を浮かべながら紅夜が言うと、勘助は何かを思い出したような声を上げた。

 

「まぁ、あの時のお前、大洗の連中は滅茶苦茶怖がってたからなぁ~、詫びも兼ねるのも納得だな……………にしても、とうとう《アレ》の登場か……………そういやお前、何日か前にスーパー行きまくって、矢鱈と買い込んでたもんな」

「だが、あれって今此処に居る人数分数買ったんだろ?それじゃあ数多いから段ボール何個も使っただろうし、それ以外に器具とかもあるから、お前1人じゃ何往復もしなけりゃならんだろ?俺も行ってやるよ。人数も多い方が効率良いし、向こうさんも、まさか今になって廃村から《アレ》取りに行って戻ってくるなんて事しようとしてるとは到底思わねえだろうしさ」

 

そう言って、紅夜の後に翔と勘助が続く。

 

「あ、じゃあ私も行くわ。段ボールや他の器具の数的に、後1人要るわね……………紀子、悪いけどお願い」

「はいはーい、任せなさ~い」

 

そうして、また新たに和美と紀子をメンバーに加え、5人は穴から出ていき、レッド・フラッグのメンバーの戦車が置かれてある稜線地帯へと向かうのであった。



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第71話~意外なお助けアイテムです!~

紅夜達が《あるもの》を取りに出ている頃、観客席のとある丘陵エリアでは………………

 

「完全に囲まれてますわね………………それなのに、何故プラウダは攻撃しないのでしょうか?言って良い事なのかはさておき、大洗を殲滅するなら今がチャンスなのに」

 

オレンジペコがそう言うと、ダージリン溜め息をついて言った。

 

「カチューシャは、この状況を楽しんでいるのよ。相手から彼是と搾取するのが好きだもの」

 

そして、また溜め息を1つつくと、ダージリンは紅茶を飲もうと、マグカップを口に近づけ----

 

「へぇ~、今時のガキにはタチの悪い奴が居るモンだな」

「「ッ!?」」

 

----ようとしたその時、ダージリンの隣から、僅かに聞き覚えのある声が聞こえた。

ゆっくりと視線を向けると、其所には長い黒髪をポニーテールに纏め、ジャーマングレーのパンツァージャケットに身を包み、帽子をかぶっている蓮斗が立っていた。

 

「あの、貴方は………………?」

「ん、俺?俺はただの見物人さ。観客席のエリアを適当に歩き回ってたらお前さん等を見かけたから、ちょっと来てみただけだ」

「は、はあ…………」

 

そんな軽い答えに、ダージリンは反応に困る。だが、彼女には1つ、蓮斗の姿を視界に捉えた瞬間に芽生えた疑問があった。

 

「失礼ですが、貴方は紅夜さんのご家族か何かでしょうか?」

「ん?なんでそう思うね?」

「い、いえ、その………………紅夜さんと瓜二つだったので、ご兄弟か何かではないかと思ったので…………」

そう答えるダージリンを少し見やると、蓮斗は口を開いた。

 

「悪いが、俺は紅夜の兄でも弟でもねぇよ。つーかそれ、さっき愛里寿とか言う嬢ちゃんにも聞かれたなぁ」

 

そう言って、蓮斗は軽く笑う。

妙に掴めない彼の振舞いに、ダージリンは何時もの調子が崩されそうな気がしていた。

 

「ところでお嬢ちゃん方よ、この状況はどう思うね?」

「えっ、どうと聞かれましても………………」

 

オレンジペコは唐突な質問に戸惑いを見せるものの、ダージリンは違っていた。何時もの調子が崩されそうな気を何とか抑え、自分の答えを口にする。

 

「今の状況は、紅夜さんやみほさん達大洗側に非常に不利となっております。ですが、だからと言って、私は彼等が簡単に負けるとは思いませんわ」

「ほほ~、成る程ねぇ………………」

 

ダージリンの答えに、蓮斗は興味深そうに頷いている。

 

「それで?貴方はどう思っていますの?」

 

そして今度は、ダージリンが訊ね、視線を少しだけ蓮斗に向けると、そのままスクリーンへと戻した。

 

「ん?俺?そうだなぁ………………」

 

そう呟き、蓮斗は少しの間を空けてから言った。

 

「大洗のガキ共の本領発揮に期待………………だな」

「え?それはどう言う………………あら?」

 

ダージリンは、そんな答えがいまいち腑に落ちなかったのか、その答えの意味について訊ねようと蓮斗の方を向いたが、蓮斗は何時の間にか居なくなっていた。

まるで、『幽霊が居たかのように』………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから場所を移し、此処はプラウダの野営地。

其所では移動用として用意されていたのであろう軍用スノーモービル--RF-8--の操縦席に、毛布を被せながら座っているカチューシャがボルシチを食べていた。

 

「それで降伏の条件として、土下座に加えてウチの草むしりと麦踏み、ジャガイモ掘りを3ヶ月やらせて、あの緑の奴には特別棟の全フロア(1階~4階)までを1人で掃除を半年やらせるってのはどう?」

 

完全に捕虜扱いと捉えられてもおかしくないような事を言いながら、カチューシャはボルシチを口に運んでいく。

特に紅夜の扱いが他と比べて酷いのは、試合前に彼の怒気や殺気で気絶させられた事へのやっかみだろう。

 

「それもそうですが、口に付いてますよ」

 

ノンナはそう言いながらハンカチを取り出し、カチューシャの口に付いているボルシチを拭き取る。

 

「分かってるわよ!それから子供扱いしないでってば!」

 

そう言いつつも、カチューシャは素直に口を拭かれていた。

 

「ふぅ、ご馳走さま。食べたら眠くなっちゃったわ」

 

そう言いながら、カチューシャはRF-8に寝そべり、毛布を布団代わりにかぶる。

 

「敵に時間を与えたのは、お腹が空いて眠かったからですよね?」

「違うわ!カチューシャの心が広いからよ!シベリア平原のようにね!」

「広くても寒そうですよ」

「五月蝿いわよ。おやすみ」

 

からかうように言うノンナにそう言い返すと、カチューシャは会話を打ち切って寝てしまう。

そんなカチューシャを微笑ましそうに見ながら、ノンナはコサックの子守唄を歌い始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ雪積もってるよな~。動きにくいからスノーモービル欲しいぜ。他のソリ付けたら段ボールとか器具とか一気に持っていけるし」

「気持ちは分かるが、そんなモンある訳ねぇだろ」

 

廃教会から出て廃村地帯を抜け、彼等の戦車を置いてある稜線地帯へと歩みを進めている一行では、勘助と翔がそんな会話を交わしていた。

稜線地帯へと向かっている最中、今更ながらのアナウンスで、試合を続行するかの協議をしている事が伝えられ、そのタイミングの遅さに紀子が突っ込みを入れたのは、つい先程の事である。

 

「にしても、まさか紅夜が煉瓦の壁ブッ壊すとは思わなかったなぁ~」

 

勘助がふと、そんな事を呟く。

 

「確かにそうよね。まぁ、大洗の人達だけで聖グロリアーナと試合したって日の夜、IS-2の砲弾を片手で振り回しながら達哉と学園艦の町中でおいかけっこしてたとか、現役の頃に黒森峰と試合した日は、燃えてるティーガーに生身で飛び込んだりしてたぐらいだから、もしやとは思ってたけど………………まさか、素手でレンガ造りの壁を壊せる程になってるなんてね」

 

勘助の言葉に同調するかのように、紀子が頷きながら言う。と、つくづくと言わんばかりの表情を浮かべた翔が問い掛けた。

 

「紅夜、お前って何モンなんだ?」

「ん?ただの人間だが?」

「嘘ほざきやがれ!あんなの見せられて『人間だ』とか言われても説得力ねぇッつーの!」

「ヒデェや、せっかく答えたってのに………………それに、人間だってのは嘘じゃねえし………………」

 

紅夜は返事を返したが、今度は勘助に一蹴され、軽くいじけ出す。

それを見て笑いながら、一行は歩みを進める。

それから数分後、少し急な坂を上ると、一行の視界には、見慣れた2輌の戦車が横1列になって佇んでいた。

 

「さて、やっと着いたわね………………それにしても、教会の壁の穴から出た後は、敵に見つからないように大回りしてから坂を上る事になるなんて………………時間は掛かるし疲れる………………」

「紀子、文句言わないの」

 

気だるげに呟く紀子を和美が宥めたりしつつ、一行は戦車の元へと辿り着いた。

 

「んじゃ、俺が車内から段ボールとかを引っ張り出すから、ちょっとばかり待っといてくれ」

 

そう言うと、紅夜はパンターの砲塔の上に飛び乗ってキューボラを開けると車内に入り、積まれていた段ボールを持ち上げると、操縦手用のハッチから段ボールを出し、待機している勘助達に渡していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、廃教会では………………

 

「ねぇ辻堂君、紅夜君達は何を持ってきてるの?」

 

紅夜が開けた穴を見ながら、杏が達哉に質問していた。

 

「あー、悪いけど今は秘密ッスね。だが、今の状況からすりゃあ嬉しい品ッスよ?用意に時間掛かるけど」

 

達哉はそう答えるが、大洗チームのメンバーは、訳が分からず首を傾げるだけだった。

 

「用意に時間が掛かるけど、嬉しいもの………………?そんなのあるかなぁ?」

「私でも見当がつきませんね」

「でも、5人も向かうぐらいだから、炬燵とか毛布とか、その辺りじゃない?」

 

みほと優花里が呟き、沙織や他のメンバーも、一体何が持ち込まれるのかと想像していた。

 

「それがカップ麺だって知ったら、彼女等はどんな反応するのかしらね?」

 

そんな大洗チームの様子を見ながら、静馬は小声で、雅に話し掛けていた。

 

「さぁね………………まぁ、少なくとも嬉しいとは思うわよ?お湯入れてから3分は掛かるけど、温かいし、何より美味しいもの。それに、カップは小さく見えても、案外お腹一杯になるもの、特だらけね」

 

そう言って、雅は微笑んだ。

 

「水は私達のリュックに入れてるから、後はカップ麺本体と箸、ガスコンロにやかんよね?」

 

確認するように言う亜子に、静馬は頷く。

そんな彼女等を見ていた達哉は、ふと、紅夜が開けた穴とは反対側にある窓から外を見る。

彼の視線の先には、プラウダの生徒達が火を囲んでボルシチを食べたり、コサックダンスを踊ったりしていた。

 

「うへぇ~、これ見よがしと言わんばかりにやってやがるなぁ………………」

 

その様子を見ていた達哉は、苦笑を浮かべながら呟くと、穴の方へと視線を戻し、紅夜達の早い帰りを祈った。

 

「それで西住さん。本当に降伏はしないのね?」

 

そんな達哉達を見ながら、静馬は確認するかのようにみほに言った。

 

「はい。さっきも言いましたが、未だ此方が負けたって決まった訳ではありません」

 

そんなみほの言葉に、メンバーの視線が集中する。先程はみほの言葉に食って掛かった亜子も、今はみほの言葉を聞いている。

 

「来年も、この学校で戦車道をしたい………………この大洗チームと………………そして、レッド・フラッグの皆とも…………………」

 

みほがそう言うと、静馬は暫くみほの目を見つめ、それから微笑んだ。

 

「成る程ね………………紅夜が貴女に対して一目置いている理由が分かったような気がするわ」

 

そう呟き、静馬は紅夜が開けた大穴から外の様子を見た。

未だに冷たい風は吹き止まず、教会内の温度を奪っている。

 

「早く帰ってきなさいよ………………紅夜達」

 

そう呟き、静馬は中の方へと引っ込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

「良し………………車内にあるのは、俺のを除いてコレで最後だ。紀子、落とすなよ?」

「言われなくても分かってるわよ」

 

紅夜がからかうように言いながら最後の段ボールを渡すと、若干不満げな表情を浮かべた紀子がそう言い返しながら、その段ボールを受け取る。

 

「んじゃ、俺も自分の段ボール引っ張り出したら追っ掛けるから、お前等は先に行っててくれ」

 

紅夜がそう言うと、他の4人は頷いて、翔と勘助を先頭にして、例の廃教会へと戻り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっと出せた………やっぱこう言うのって、入れるのは良いけど出すのが難しいんだよなぁ~」

 

廃教会へと戻っていく4人を見送った紅夜は、自分が持っていく分の段ボール箱を引っ張り出してハッチを閉め、そのまま再び砲塔の上に飛び乗ってキューボラを閉め、そのまま段ボール箱を置いたまま、彼の愛車の元へと歩み寄り、車体を撫でた。

 

「よぉ、我が愛車よ。長々待たせて悪いな」

 

そう言って、紅夜はフェンダー部分に腰かける。

 

「にしてもプラウダとやるなんて、随分と久し振りだよな。確か、俺や達哉が未だ中3ぐらいの頃だったっけ?」

 

そんな問いかけに、IS-2が答える事は当然ながら無い。だが紅夜には、何故か自分が言っているのを、IS-2が聞いているような気がしていた。

 

「………………試合が続行されるなら、俺等の出番も来る。その時は、思いっきり暴れ回ってやろうぜ。あのフカしたガキンチョに、一泡吹かせてやろうや」

 

そう言うと、紅夜は自分の手が触れている装甲が、僅かながらに熱を持ったのを感じた。

 

「そうかそうか、お前も暴れてえんだな………………なら、もうちょっと待っててくれよな。また直ぐに戻ってくるからよ」

 

そう言うと、紅夜はパンターの操縦手用のハッチの上に置いてある段ボール箱を抱え、大洗チームのメンバーが待っている廃教会へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、廃教会は静まり返っていた。まるで戦意喪失したかのように、何時もの元気な雰囲気などまるで感じられず、大した会話も無いまま、メンバーは思い思いの方向を向いていた。

 

アヒルさんチームの4人は横1列になって体育座りをして、何やらスノーバレーがどうだなどと話しており、カモさんチームの3人は背中合わせで毛布にくるまっている。

 

「降伏時間まで、後どれぐらいだ?」

「………………1時間だよ」

 

桃が訊ねると、柚子が沈んだような声で返す。

 

紅夜が開けた大穴から外の風が吹き込み、最早建物内に居ようが外に居ようが、体感温度は変わらなくなっていた。

 

「やはり、これは八甲田山………………」

「天は、我々を見放したのか………………」

「隊長!あの木に見覚えがあります!」

 

カバさんチームの歴女4人は、今の状況と《八甲田山雪中行軍遭難事件》を重ね合わせていた。

 

「そう言えば、食料はどうなっている?」

「こうなるとは流石に予想出来なかったので、非常食程度の菓子パンくらいしか無いよ………………」

「それで後1時間、持つかどうか………………」

 

沈んでいるメンバーを見ながら、桃と柚子はそんな会話を交わし、杏は何も言わず、ただ立っているだけだった。

 

「そう言えば、プラウダの人達がボルシチ食べたりコサックダンス踊ったりしてたって、さっき達哉君が言ってたよ………………?」

 

沙織がそう言うと、あんこうチームのメンバーは、火を囲んでボルシチを食べたり、コサックダンスを踊ったりしているプラウダの生徒を窓越しに見た。

 

「美味しそうだな………………食べた事は無いが」

「ええ。それに暖かそうです」

 

それを見た麻子と華は、そう呟いている。

 

「学校、無くなっちゃうのかな………………?」

「そんなの嫌です………………私はこの学校から離れたくない!皆と一緒に戦車道やっていたいです!」

 

不意に沙織が呟くと、優花里が声を張り上げる。

 

「そんなの、皆同じだよ………………」

「でも、どうして廃校になってしまうのでしょうか………………?此処でしか咲けない花だってあると言うのに……………………」

「………………」

 

そんな優花里に沙織が返し、華が呟くと、麻子も複雑な表情を浮かべる。

 

「皆、どうしたの?元気出していきましょう!」

「うん………………」

 

そんな中、みほはチームを励まそうと声を上げたが、帰ってきたのは沙織からの力無い返事だけであった。

 

「さっき言ったじゃないですか!降伏せずに、最後まで戦い抜きましょうって!」

『『『『『『『『『『『は~い………………』』』』』』』』』』』

「分かってま~す………………」

 

何とか元気付けようと激励するみほだが、メンバーから返された返事はこの有り様である。

 

「これでは士気が下がる一方だ………………西住、何とか出来んのか?」

「ええっ!?いきなりそんな事言われましても………………」

 

それを見かねた桃がみほに無茶振りをして、みほが慌て出した時だった。

 

 

 

 

「あれ?紅夜は未だ帰ってなかったのか?先に此方に行ったものの、彼奴の事だから俺等の知らん間に戻ってきてると思ってたのに」

『『『『『『『『『『『?』』』』』』』』』』』

 

突然そんな声が聞こえ、その次の瞬間には、先程紅夜が開けた大穴から、大きめの段ボールやガスコンロ、やかんを抱えた翔と勘助、和美と紀子が現れた。

4人が抱えている荷物を見た桃が、怪訝そうな表情で近づき、訊ねた。

 

「お前達、そんなもの持ってきて何をするつもりなんだ?」

「あー、すみませんけど今は言えないんですよ。紅夜自らが言うって聞かなくて」

「そ、そうか………………」

 

翔がそう答えると、桃はいまいち腑に落ちないような表情を浮かべながらも、大人しく引き下がる。

 

それを見ながら、4人は持ってきた荷物を置く。

 

「あー、持ちにくいから砲弾より重く感じたぜ」

 

そうぼやきながら、勘助が段ボールの傍に座り込む。そして教会内を見渡し、雰囲気が良くない事に気づいた。

 

「ん?どうしたよお前等?完全に沈んじまって」

 

勘助がそう聞くが、誰からも返事が返されない。それに首を傾げていると、静馬が近寄ってきた。

 

「どう言う訳かは分からないけど、貴方達が出てからずっとああなのよ。降伏はしないって決めたのに………」

「あれま、ソイツはソイツは………………」

 

静馬が溜め息混じりに言うと、勘助が苦笑を浮かべる。

それを見た桃は、再びみほに向き直った。

 

「これでは試合どころではない。西住、何とかしろ」

「ええっ!?いや、だから!いきなりそんな事言われても困ります!」

「この状況を何とか出来るのはお前しか居ないんだ!隊長だろ!」

 

みほはたじたじになりながら言い返すものの、桃が畳み掛けてくる。

 

「おいおい河嶋さん、少しは落ち着いて………………」

「これが落ち着いていられるか!」

 

最早止めようが無い。そのまま、また言い争いに発展するのかと誰もが思った、その時だった。

 

「おいおい、こりゃ一体何の騒ぎだ?」

 

その喧騒を聞いて慌ててやって来たのか、若干息が乱れている紅夜が、段ボール箱を頭上に抱え上げた状態で穴から現れた。

そして紅夜は中に入ってくると、翔達が荷物を置いている場所に段ボールを置くと、メンバーの方へと向き直って手を打ち鳴らした。

そんな彼の行動に、メンバー全員の視線が殺到する。

 

「えー、その………………さっき怖がらせちまったお詫び………………的なヤツで、なんだが………………」

 

歯切れ悪く言いながら、紅夜は自分のリュックからカッターナイフを取り出し、段ボールの封をしているガムテープの中央に切れ目を入れていき、そのまま全ての段ボールの蓋を開けていく。

駆け寄ってきたメンバーは、段ボールの中身を見て表情を輝かせた。

なんと中には、人数分のカップラーメンが入っていたのだ!

その直後、今度は彼女等の背後から手を打ち鳴らす音が響き、そちらへと振り向くと、水が注がれたやかんがガスコンロの上に置かれ、そのコンロが火を噴いて湯を沸かし始めているのが見えた。

 

「こ………………これって………………?」

「ええ、見ての通りカップ麺ですよ?」

 

流石に驚きを隠せずにいた杏の隣に、静馬がやって来た。

 

「紅夜ったら、プラウダとやるって聞いた日から、ほんの2日で、人数分のカップ麺を買い込んできたんですよ。この学園艦の町を走り回って、片っ端からコンビニに入って買ってきたの………………こうなる事、予測していたみたいですね」

 

そう言うと、静馬は紅夜達の元へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

その頃、段ボール箱の前に集まったメンバーの前では、紅夜が声を上げていた。

 

「連中がボルシチ食って暖まってるなら、此方はカップ麺だ!好きなモン取ってけ!全部俺の奢りだ!」

 

そう声を上げる紅夜には、先程のような威圧感も、おぞましい怒りのオーラも無い。何時もの陽気な彼に戻っていた。

紅夜が高らかに言うと、メンバーは唖然として互いに顔を見合わせると、其々の気に入った味のカップラーメンを手に取っていく。

それから数分後、やかんの水が沸騰し始め、大洗のメンバーが列になって、カップに湯を注いでもらっている。

そして、レッド・フラッグのメンバーの分の用意も出来、食べ時になる。

メンバー全員に割り箸が配られ、皆が今か今かと待ちわびていた。

 

「では、食おうぜ!せーのっ!」

『『『『『『『『『『『いただきまーーす!!』』』』』』』』』』』

 

先程の意気消沈した雰囲気は何処へやら、すっかり元気を取り戻した大洗のメンバーで、カップ麺パーティが開かれた。

「………………ありがとね、紅夜君」

 

生徒会メンバーと共に、箸で取り上げた麺を口に含もうとしながら、杏はライトニングのメンバーと談笑している紅夜の方を見て、小さく呟くのであった。






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第72話~巻き返しへの前奏です!~

プラウダに追い詰められ、さらにチーム崩壊の危機にまで発展しかけて、意気消沈した雰囲気を醸し出していた大洗チームは、紅夜達が持ってきたカップラーメンで元気を取り戻しつつあった。

 

「それにしても紅夜、たった2日の間でよく人数分買ってこれたよな。普通に計算しても、1日で10何個か買わなきゃならんだろうに」

 

麺をズルズルと吸い込みながら、達哉が言う。

 

「そんぐらい、別に大した事じゃねえよ。それに、本当ならこれ、1日で全部買っとくつもりだったんだけどな」

 

そう返して、何時の間にかリュックから取り出していた、レジャー用の小さな椅子に座った紅夜は、残り少なくなりつつある麺を啜る。

まだ温かいその麺は、紅夜にホッとした溜め息をつかせた。

 

「にしても、今プラウダの連中がどのようにしてこの辺を囲ってるのかねぇ………………俺等の戦車なら未だしも、大洗側の場合はさっさとしねえと後先ヤバいぜ」

 

そう言って、達哉は不安げに溜め息をついた。

 

「まあまあ、そう慌てる事ァ無い」

 

だが、もう普段通りの調子を取り戻した紅夜は、呑気に言った。

 

「右へ行こうが左へ行こうが、敵さんの戦車の主砲が此方を向いてるってのには変わりねえからな………………今此処で下手に焦ったら、連中の思う壺ってこった」

「そう簡単に言うけどなぁ………………」

 

カップ麺の汁が残っているカップから立ち上る湯気を見ながら言う紅夜に、達哉は苦笑を浮かべながら言葉を返した。

 

 

 

「どう?直りそう?」

「何とか動くとは思うけど………………」

 

「何か、このままにするのも可哀想だよねぇ~」

「でも、流石に直すのは無理そうだし………………包帯でも巻いとく?」

「いや、意味無いから」

 

その傍らでは、典子とあけびが八九式の整備を行っており、ウサギさんチームでも、主砲が壊されたM3の周りに集まった1年生メンバーが、そんな事を話し合っていた。

紅夜達が持ってきたカップ麺が効いたのか、一応試合を続行しようと言う意思は見え始めていた。

だが、カチューシャから告げられた『3時間』のタイムリミットが迫ってくるにつれ、大洗チームに緊張の波が押し寄せてきた。

 

「残り何分だ?」

「ざっと、2、30分って感じかしらね………………試合が再開したら、当然ながら大洗の子達はこの廃教会から出て、プラウダの連中に突っ込まなければならない………………皆、それが不安なのよ」

 

時間を訊ねる紅夜にそう返すと、静馬はスマホの時計を見ながら溜め息をついた。

 

「………………」

 

表情に不安の色を見せ始める大洗のメンバーを見たみほは、その表情に焦りを見せる。

 

「(せっかく紅夜君達が持ってきたカップ麺のお蔭で元気が出てきているのに、またこうなったら紅夜達が態々持ってきてくれた意味が無くなっちゃう………どうしたら………?)」

 

そう考えていると、みほの脳裏にふと、ある光景が浮かんだ。

 

 

 

 

それは、1回戦でサンダースと当たった時の事。

単独になったフラッグ車を追っていると、隊長のケイ率いる援軍が到着し、ファイアフライの砲撃でアヒルさんチームとウサギさんチームが立て続けに撃破されてしまい、どうにもならないと思い込んでしまった自分の姿だった。

「(そう言えば、あの時紅夜君が通信を入れてきたんだっけ………………)」

 

そして思い浮かんだ、その時の紅夜の表情。

指示を催促してくる彼の表情は、あんこうのメンバーとは正反対な、笑顔を浮かべていた。

そして、自分がチームのメンバーに檄を飛ばした直後に入れられた、紅夜からの通信。その声色は兎に角明るく、楽しそうだった。

 

 

 

 

 

「(なら、皆の緊張を解くなら、アレしか無い!)」

 

みほがそう決意してメンバーの方を向こうとすると、右側の奥の方に放置されている、プラスチック製のバケツ3つが目に留まった。

そして次に、聖グロリアーナとの試合後、紅夜が杏に、罰ゲームでのあんこう躍りの太鼓を叩くように頼まれている光景を思い出した。

 

「(良し………………やるしか無い!)」

 

決心を固めたみほは、紅夜の方へと歩み寄ると、ちょうど残った汁を飲み干さんとばかりに口に含んでいる紅夜に話し掛けた。

 

「ねえ、紅夜君。ちょっと良い?」

「ん~?」

 

突然話し掛けられた紅夜は、ハムスターの如く頬を膨らませながら振り向き、それを見たみほは吹き出しそうになるのを何とか堪えて言った。

 

「お願いがあるんだけど、ちょっと来てくれない?」

「………ゴクンッ………おお、別に良いぜ」

 

口に含んだ汁を飲み込んだ紅夜は頷くと、空になったカップに割り箸を入れ、そのまま段ボール箱へと放り込むと、歩き出したみほに続いた。

 

そして行き着いたのは、みほが見つけたゴミ箱の元だった。

 

「おっ!まさか、大道芸グッズがこんな所にもあるなんてな!」

 

以前、優花里が行ったサンダースへの偵察についていった時、校門前で大道芸をしたのを思い出した紅夜は、嬉しそうに言ったが、それと自分が呼び出された理由との関係が分からず、首を傾げた。

 

「それでだが西住さんよ、このバケツと、俺を呼び出したのとではどう言う関係があるんだ?」

「うん、それがね………………」

 

そうしてみほは、紅夜の耳に顔を近づけ、自分が考えた案を伝えた。

 

「………………マジで?マジで『アレ』やるってのか?」

「うん。せめて、皆の緊張が少しでも解けたら、踊っても意味はあるかなって………………それに紅夜君、この前は戦車の移動があったから、太鼓叩いてないでしょ?なら、今やらないとね♪」

「何だソリャ………………」

 

微笑みながら言うみほに、紅夜は苦笑を浮かべながら言葉を返した。

 

「まあ、確かにお前の言う事も合ってるしな………………良いぜ、サンダースに行った時以来のドラム演奏を見せてやるよ。アンツィオとの時はエレキギターしかやってなかったからな!」

 

そう言うと、紅夜は何処からともなくドラム用のスティックを取り出して振り回してみせた。

そして、紅夜は3つのバケツを一纏めにして、先程まで居た場所に戻ると、椅子を掴んで窓側へと移り、バケツを並べ、その後ろに椅子を置いて座り、とある吹奏楽で使われる曲の前奏を演奏してみせた。

 

《♪~》

『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』』

突然の音に、メンバーが驚いて振り向く。その視線の先には、スティックを構えた紅夜と、その斜め前で立っているみほの姿があった。

 

「に、西住に長門………………一体、何を…………?」

 

いきなりの事に戸惑いを隠せない桃が、おずおずと訊ねる。紅夜は振り向くと軽く微笑み、みほの方を向いて言った。

 

「大洗女子学園戦車道チーム総隊長と、《RED FLAG》総隊長での、ちょっとしたサプライズショーさ」

 

そう返し、紅夜は振り向いたみほに微笑みかける。

みほも頷き返し、メンバーの方へと向き直った。

 

「さてと………………んじゃ、やりますかねっ!」

 

そして、4回のスティックカウントと少しの前奏を経て、みほが踊り出した。

 

そう………………『あんこう躍り』を………………

 

「み、みぽりん!?」

「あの恥ずかしがりなみほさんが、まさかあんこう躍りを………………それも、自ら………………」

 

引っ込み思案で、聖グロリアーナとの時では顔を真っ赤にする程の彼女が自ら率先して、しかも1人で踊っていると言う様に、沙織と華は驚愕で目を見開いている。

 

「西住殿、皆を盛り上げようとしているのですね………………」

「やり方は兎も角としてな………………」

 

優花里の呟きに麻子がツッコミを入れるが、それでも表情は優しげなものになっていた。

 

「良し!私達もやろう!」

「ええ!」

 

そうして、先ずは沙織と華が、その次には優花里と麻子が加わり、何時の間にか、大洗チームの全員があんこう躍りを踊っていた。

 

『『『『『『『………………』』』』』』』

 

その様子を、レッド・フラッグのメンバーは唖然として見ていたが、やがて、音頭を取り始めたり、躍りに交ざったりし始め、廃教会が一気に賑わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「お、お嬢が………………」

 

その頃の観客席エリアでは彼等の躍りがモニターで流れており、百合は頭を抱え、新三郎は驚きのあまりに言葉が出なくなっていた。

 

「おいおいおい!?一体全体何がどーなったらあんな流れになるんだ!!?つーか祖父さんよ!お前まで何してんだ!?」

「落ち着きなさい、大河」

「いやいや深雪よ、アレ見て落ち着けってのが無理だろうよ」

「まさか、紀子もが参加するなんてね………………」

 

当然ながら、その様子はスモーキーのメンバーにも見られており、盛大にツッコミを入れる大河に深雪は落ち着くように宥めるものの、新羅が苦笑を浮かべながらツッコミを入れ、千早は、あの常に気だるげにしている紀子が、あんなにもハードな躍りに身を投じている姿に意外そうな表情を浮かべていた。

 

 

「ガハハハハハハハッ!あのガキ共、中々に面白ェ躍りやってやがるじゃねえか!まさか、あんな面白ェものが見れるったァ、この世に留まってて良かったってモンだぜ!Hallelujah!!」

 

エリアから少し離れた場所でみていた蓮斗は、豪快に笑いながら拍手喝采を送る。

 

 

 

「これは、ある意味予想外ね………………あの引っ込み思案だったみほが、あのような躍りを………………」

 

観戦に来ていたしほが唖然とした様子で言うと、まほの方へと視線を向けて言った。

 

「これも、彼の影響かしらね………………まほ、急がないと彼、妹に取られてしまうわよ?」

「お、お母様!人前でそのような事を言わないでください!」

 

からかうように、ニヤニヤしながら言われたまほは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

 

 

他にも、愛理寿や千代が唖然としつつも、何処か楽しそうな表情で見ていたりと、観客席での反応は様々なものであった。

 

 

 

 

 

「………………」

「あらあら………これは正にハラショーですわね………」

 

小高い丘陵の上では、唖然としているオレンジペコの隣で、ダージリンがそう言う。

 

「そう言えば、先程豪快な笑い声が響いていましたね………………」

「ええ。恐らく、先程の殿方でしょう………………はてさて、此処から大洗が如何にして巻き返すのか、先程の殿方は何者なのか………………人生、楽しみが尽きませんわね」

 

そう言って、ダージリンは微笑みながらスクリーンへと目線を戻し、オレンジペコも視線を戻すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、廃教会での賑わいは、未だに止まる兆しを見せずにいた。

先程までの意気消沈した雰囲気は何処へやら、何時ぞやのあんこう躍りの時とは比べ物にならない程のドンチャン騒ぎへと発展しかけていた。

 

「あ………………あのぉ!」

『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』

 

其所へ突然、大きな声が割り込んでくる。

水を注された一行が躍りを中断して声の主の方へと向くと、3時間前にカチューシャからの伝令として、降伏を勧告しに来たプラウダの生徒が1人、入り口に立っていた。

 

「ん?誰だ彼奴?」

「ああ、長門達は知らないだろうな………………まぁ、彼女は見ての通り、プラウダチームの1人だ。恐らく、勧告の返事を聞きに来たのだろう」

 

プラウダの生徒が訪ねてきた事を疑問に思った紅夜が首を傾げて呟くと、桃が当時の出来事を簡潔に説明する。

「………………へぇ~、随分とナメ腐った真似してくれやがるじゃねェかよ」

 

桃から話を聞いた紅夜は、ポカンとした表情を引っ込めて獰猛な笑みを浮かべると、椅子から立ち上がって穴の方へと歩いていった。

そんな様子を背景に、プラウダの生徒はみほに言った。

 

「もう直ぐタイムリミットですが、返事の方は?」

 

そう聞かれると、みほは間を空ける事無く言い返した。

 

「降伏はしません、最後まで戦い抜きます!」

「ッ!?」

 

試合前のおどおどした雰囲気とはうって変わって大声で言ったみほに、プラウダの生徒は目を見開くが、直ぐに表情を戻した。

 

「分かりました。では、そのように伝えておきます」

 

そう言って、プラウダの生徒がプラウダの野営地に戻ろうとした時だった。

 

「ちょォ~ッと待ってはくれんかね?」

 

そんな声が響き、プラウダの生徒が振り向くと、其所には先程壁を破壊した時の破片なのであろう、煉瓦1個を持った紅夜が微笑みながら立っていた。

 

「な、何でしょうか?」

 

その微笑みからうっすらと見えるドス黒い雰囲気に怯みながら、彼女は聞き返した。

 

「ソッチの隊長さんに、伝えてほしい事があるんだよ………………」

「は、はぁ………………まぁ、お伝えしておきましょう」

「どーもな………………そんでだが、先ずは1つ。『試合前、怖がらせて気絶させちまって悪かった』って伝えといてくれ」

「………………良いでしょう。他には?」

 

そう聞き返してきたプラウダの生徒に、紅夜は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「そう………これが今一番言いたい………重要事項として伝えてほしい事なんだ………………」

「………………な、何でしょう?」

 

プラウダの生徒がそう聞き返した途端、紅夜は紅蓮のオーラを纏い、その赤い瞳をギラリと鋭く光らせて言った。

 

『ただ、こう伝えといてくれ………………『何時までも調子に乗ってると、殺戮嵐(ジェノサイド)が吹き荒れるぞ』ってな……………ッ!』

「~~~~~~ッ!!?は、はいぃぃぃいいいいいいっ!!」

 

悲鳴に近い返事の声を上げながら、プラウダの生徒は、何処ぞの黄色のタコ型超生物もビックリな速さでプラウダの野営地に戻っていった。

 

 

 

そうして、大洗女子学園とレッド・フラッグが、残された時間の間で、巻き返しへ向けての準備に取り掛かるのであった。



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第73話~『ところてん作戦』です!~

今回は少し短めです!


大洗で反撃に向けての準備が進められている頃、プラウダの野営地では、仮眠から目覚めたカチューシャの元をノンナが訪ねていた。

先程、紅夜からの覇気とも呼べるようなオーラにあてられて、半泣きで逃げ帰ってきた生徒からの報告を伝えるためである。

因みに余談ではあるが、その生徒はノンナへの報告を終えた後、直ぐ様自分の乗る戦車の乗員の元へと駆け戻り、その内の1人の胸に飛び込んで、ガタガタと震えていたとか違うとか………………

 

「それで、彼奴等は何て言ってたの?土下座?」

 

眠気眼な表情を浮かべながら、カチューシャは寝返りをうってノンナの方を向いて聞く。

 

「いいえ、降伏はしないとの事です」

「そう………………全く、待った甲斐が無いわね………………」

 

ノンナが淡々とした調子で答えると、カチューシャは溜め息混じりに言う。

 

「ああ、それとですが、長門紅夜からの伝言があるとの事です」

 

その言葉に、眠気眼な目を擦っていたカチューシャは聞く体勢になった。

 

「先ず、試合開始前に、貴女に対して怒鳴り散らし、挙げ句失神させた事への謝罪でした」

「ッ!?」

 

その言葉に、カチューシャは驚愕に目を見開いた。まさか、謝られるとは思わなかったのだろう。

そしてその表情は、驚愕から一転して得意気な表情に変わった。

 

「フフンっ!漸く自分のした事に気づいたようね~、何か気分が良いわ。そうね…………少し遅いとは言え、謝罪してきた事に免じて、さっき考え付いた校舎丸洗いは勘弁してあげようかしら」

 

どう転んでも、取り敢えずは紅夜をこき使う気で居たカチューシャは得意気な表情で言うが、その余裕に満ち溢れた表情は、一瞬にして崩れ去る事になる。

 

「それから、もう1つあるのですが………………」

「もう1つ?それって何なの?」

 

カチューシャがそう訊ねると、ノンナはかなり言いにくそうな表情を浮かべ、少しの間を空けてから口を開いた。

 

「3時間前、大洗に向けて出した降伏命令に、余程腹を立てたらしく………………」

「そう………………それで?」

「『何時までも調子に乗ってると、殺戮嵐(ジェノサイド)が吹き荒れるぞ』………………だそうです」

「さっきの謝罪の後にそれ?訳分かんないヤツね」

 

そう言いながら、カチューシャは起き上がって布団代わりの毛布を畳むと、移動する準備を始めた。

 

「それでカチューシャ、如何なさいますか?」

「愚問よ、ノンナ。先ず、考えてた校舎丸洗いについての撤回は止めにするわ。相手のフラッグ車と、あの緑のヤツの戦車以外を殲滅してそのまま集中砲火を喰らわせた後、きっちりこき使ってやるわ!兎に角。先ずはさっさとこの試合を終わらせて、お家に帰るわよ!」

 

そうして、2人は其々の戦車の元へと移動を始め、試合の再開に備えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、視点を移して、此処は大洗チームが立て籠っている廃教会。

其所では、状況打破のための巻き返し作戦--『ところてん作戦』--のための準備が始まっていた。

プラウダの生徒が逃げ帰った直後、優花里とエルヴィン、麻子と達哉とみどり子で編成した2チームが偵察に出てプラウダ戦車の配置やフラッグ車の所在を聞き出すために偵察に行かせたのだ。

それから、帰ってきた2チームの話を聞いて作戦を建て、そして出来た作戦が、その《ところてん作戦》なのだ。

 

因にだが、フラッグ車の所在や、その守備についての情報を、KV-2重戦車の乗員の1人--ニーナ--から聞き出した優花里やエルヴィンの口から、カチューシャが大洗の事を心底甘く見ている事を聞かされた紅夜が暴れそうになったのを数人がかりで止めたのは、彼等の記憶に新しい出来事である。

 

 

 

 

 

そして、肝心の『ところてん作戦』の内容はこうだ。

 

先ず、偵察に出た2チームからの情報を纏めた結果、プラウダの包囲網には1ヶ所だけ、防御が緩くなっている場所が存在している事が分かったのだ。

だが、それは戦力不足などの理由ではなく、『大洗チームを嵌めるための罠』なのだ。

それからの展開を予測すると、その防御が緩くなっている場所から脱出しようとした場合、別の場所で待機していた予備戦力が駆けつけて攻撃を仕掛けてくる。そうすれば、足止めを喰らっている内に本隊が到着し、再び包囲されると言う結末を辿る。

早めに決着を着けようと、フラッグ車を叩きに向かっても、恐らく同じ結果が待っている事だろう。

そのため、防御が緩くなっているその場所には行かず、敢えて、包囲網の中では最も戦力が集まっている、敵の本隊………………つまり、カチューシャやノンナが居る本陣へと突撃し、それに戸惑っている間に強行突破するのである。

その後、大洗側の戦車数輌で敵の気を引いている間に主力が反転して廃村地帯へと舞い戻り、プラウダのフラッグ車を撃破すると言う作戦である。

だが、紅夜達の戦車はこの場には無いため、彼等は基本的に独立行動する事になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………以上が、『ところてん作戦』の内容です。では、戦車に乗り込んでください!」

『『『『『『『『『『『『はいっ!』』』』』』』』』』』』

 

みほの一声で、メンバーが続々と戦車に乗り込んでいく。

レッド・フラッグのメンバーも持ってきた荷物を片付け、自分達の戦車の元へと走って向かっていく。

 

「んじゃ、俺も戻るとしますかね」

 

そう呟きながら、紅夜は廃教会を後にしようとしたのだが----

 

「紅夜君」

 

----杏に呼び止められ、その足を止めて振り返った。

 

「ん?どうした?」

 

何時もの優しげな声色で聞いてくる紅夜に、杏は少しの間を空けてから口を開いた。

 

「ありがとね。こんな私達を信じてくれて………………それから、ゴメンね。利用するような事しちゃって」

 

何時ものような、掴み所の分からない大物感が引っ込み、若干しおらしさを感じさせるような声色で言って、頭を下げる。

そんな杏に、紅夜は優しく微笑んだ。

 

「別に良いよ。それに、あの時俺を説得してたお前の言葉に、嘘が無かったってのは分かってた………………まぁ、出来れば早めに話してほしかったがな」

そう言うと、紅夜は穴から1歩外へと踏み出すと、また振り返って言った。

 

「それとだが、俺は何としても、この試合に勝ちたい理由があるのさ」

「………………それって、何?」

 

杏が聞くと、紅夜は不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「お前等を表彰台に上げて、隊長に優勝旗を持たせる。そして、観客から歓声を浴びる嬉しさを体験させたいからさ………………言ったろ?『絶対にお前等を表彰台に上げてやる』って」

「ッ!」

 

その言葉に、杏は目を見開いた。そして口を開く間も無く、紅夜が言葉を続けた。

 

「俺にまた、戦車道の世界に入る決意をさせたのは………………お前だろ?最後まで責任は取ってもらうから覚悟しとけよ?………………んじゃ、また後で会おうぜ!」

 

そう言って、紅夜は教会から出ていった。

杏は暫くの間、紅夜が出ていった大穴をボーッと眺めていたが、やがて調子を取り戻し、最後の準備に取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、大洗チームが立て籠っている廃教会を包囲しているプラウダチーム本隊では………………

 

「敢えて包囲網に1ヶ所だけ、緩いトコ作ってあげたわ。彼奴等は必ず、その場所にやって来る。そしたら挟んでおしまい。かなり早めに帰れそうね♪」

 

自分の考えた作戦の余程自信があるらしく、T-34/85のキューボラから上半身を乗り出して包囲網を眺めているカチューシャは楽しげに言った。

 

「上手くいけば良いのですが………………同志、油断大敵ですよ?」

 

そんなカチューシャに、ノンナはあまり乗り気ではなさそうな声で忠告する。

どうやらカチューシャ程、この作戦が思い通りに成功するとは思っていないようだ。

 

「カチューシャが考えた作戦なのよ?失敗する訳無いじゃない!」

 

だが、当の本人は完全に、自分の作戦が成功すると思い込んでいるらしく、ノンナの忠告を一蹴する。

 

「それに、万が一フラッグ車が狙われたとしても、その時は隠れているKV-2がちゃんと始末してくれる!用意周到且つ偉大なカチューシャ作戦を前にして、連中の泣きべそ掻く姿が目に浮かぶわ!」

 

最早勝った気でいるカチューシャだが、彼女は知らない。

 

この作戦が失敗に終わる事を………………そして、カチューシャの一番の獲物が、その場に居ないと言う事を………………



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第74話~其々の終盤と、迫り来る狂気の殺戮嵐(ジェノサイド)です!~

此処は、大洗チームが立て籠っている廃教会。

紅夜達レッド・フラッグのメンバーが出ていってから、戦車の配置が変更された。

杏達カメさんチームの38tを先陣に、Ⅳ号とⅢ突。その次にアヒルさんチームの八九式が配置され、その背後を守るように、M3とルノーb1が配置された。

 

「小山、行くぞ」

「はいっ!」

 

杏が言うと、柚子はゆっくりと38tを前進させ、他の戦車も後に続き、ゆっくりと前進する。

そして、出口が目前に迫った時………………!

 

「突撃!」

 

杏の掛け声と共に柚子はギアを入れて速度を上げ、教会から勢い良く飛び出す。

その途端、包囲していたプラウダの戦車隊からの集中攻撃が始まる。

容赦ない砲撃に晒されながらも、大洗チームは防御の薄い地点へと向かう。

 

「フフンっ!やはり其所に向かったわね。流石は私」

 

自分の作戦が成功したと思っているカチューシャは、得意気に自画自賛するが………………

 

「………………ん?」

 

なんと、防御が緩くなっている場所へと向かっていた大洗チームは突然方向転換し、フラッグ車である八九式を隊列の真ん中に配置して守るような陣を組むと、自分達が居る場所………………つまり、一番戦力が集中している場所へと突っ込んできたのだ!

 

「此方!?馬鹿じゃないの彼奴等!?敢えて分厚いトコに向かってくるなんて!!」

 

大洗チームがとったまさかの行動に驚き、そんな事を呟きながら、カチューシャはヘルメットを被る。

その瞬間、今までの仕返しとばかりに大洗からの砲撃が始まる。

 

「このっ!返り討ちよ!」

 

そう叫ぶと、カチューシャは直ぐ様車内に引っ込んだ。

 

「河嶋、砲手代われ。私がやる」

「はっ!」

 

そんな中、杏は桃に、砲手を代われと言い出し、桃は席を空けて装填手へと移る。

杏は砲手の席に座り、スコープを覗く。

 

「やっぱ37mmじゃ、まともに撃ち合っても勝ち目って殆ど無いんだよねぇ~。ヘッツァー欲しいよホントに」

 

そんな独り言を呟きつつも、杏は前から来ているプラウダの戦車を睨んだ。

 

「小山!ちょっと危ないけどギリまで近づいちゃって!」

「はい!」

 

杏の指示を受けた柚子は38tの速度を上げ、向かってくるプラウダの戦車に突っ込んでいった。

すると、1輌のT-34/85が砲塔を38tへと向ける。

砲身がゆっくり下ろされ、38tへと狙いを定めた時………………ッ!

 

「来るぞ!」

 

その言葉と同時に、柚子は38tを左へ流して砲弾を避け、相手が怯んでいる内に接近すると、杏が相手の砲塔基部目掛けて発砲し、行動不能にする。

その隙に、大洗の戦車が次々と向かってくると、プラウダの防衛ラインを突破する。

 

「やったな!後続、何が何でも阻止しなさい!」

 

段々遠ざかっていく大洗の戦車を睨みながら、カチューシャはインカムに向かってそう叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、独自行動として稜線地帯へとやって来た、紅夜達レッド・フラッグは、出撃準備を行っていた。

各自が戦車に乗り込み、紅夜からの指示を待っている。

 

「大洗チームは敵の包囲網を突破したら、敵の目を誤魔化しつつ主力が反転して、さっきの廃村地帯に戻って敵のフラッグ車を潰すつもりだ。その分、残りはフラッグ車の八九式の護衛に当たる訳だが……」

 

そう言って、紅夜が言葉を詰まらせると、静馬が口を開いた。

 

『『護衛するには戦力が足りない』って言いたいんでしょ?それぐらい分かるわよ』

 

そう言って、静馬は軽く微笑む。

紅夜は苦笑を浮かべると、言葉を続けた。

 

「そうだ。静馬の言った通り、八九式の護衛をするのはM3とルノーb1しかねぇ……………なら、俺等のやる事は決まってる」

『私達がM3達の援護に回って、貴方達は敵本隊に殴り込みして暴れ回るんでしょ?』

 

そう言われ、紅夜は頷いた。

 

「ああ、そうだよ静馬。その際は頼んだぜ?」

『………………Yes,sir』

 

そうして通信が切れ、紅夜はキューボラから上半身を乗り出す。

 

「さぁ、俺等も行くぞ!Panzer vor!!」

 

その掛け声と共に、レッド・フラッグの2輌が急発進し、大洗の戦車を追い始めたプラウダの戦車の方へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその頃、本隊を突破した大洗チームでは………………

 

「前方から敵4輌!」

 

Ⅳ号のキューボラから前方を見ていたみほが叫ぶ。

すると、最後尾で後ろの様子を見ていたみどり子から通信が入った。

 

『此方は最後尾!後方からも4輌来ています!それ以上かもしれません!』

「了解しました。なら挟まれないよう、10時の方向に転回します!」

 

みほがそう言うと、今度は杏から通信が入った。

 

『んじゃ、正面の4輌は私等が引き受けたよ!上手くいったら、後で合流するね!』

「か、会長さん!?」

 

突拍子も無い杏の発言に、みほは驚愕で目を見開いた。

 

『大丈夫だよ………………紅夜君達だって、サンダースとの試合でやってから、なるようになるさ…………ホラ西住ちゃん!良いから早く!』

「ッ!……分かりました、気を付けて!」

『あいよ、ソッチもね~!』

 

そうして、38tは前から来ている4輌目掛けて突っ込んでいき、その様子を、みほは心配そうに見ていた。

 

「T-34/76に85、そしてIS-2(スターリン)か………………全部固そうで参っちゃうなぁ………………」

 

そう呟きながらも、杏は自分の相方達に指示を飛ばした。

 

「小山!ねちっこくへばりついて!」

「はいっ!」

「河嶋!装填は早めにね!」

「了解です!」

 

2人の威勢の良い返事に、杏は満足げに頷き、スコープを覗いてプラウダの戦車に狙いを定めた。

 

「38tでも、ゼロ距離なら出来るかな………………良し、行くぞ!」

 

そして、その言葉を合図に、38tが4輌のプラウダ戦車に襲い掛かった。

1輌のT-34/76が砲撃を仕掛けてくるが、小回りの効く38tの特性を生かして難なく避けると、逆に至近距離からの砲撃を喰らわせて撃破する。

今度はIS-2を標的に定めて引き金を引くものの、自分も相手も動いていたためか、狙いが逸れ、後部のフェンダーに弾かれてしまう。

 

「おっと失敗………………気を取り直してもう一丁!」

「はいっ!」

 

すると今度は、他のT-34/76を標的とした杏は、桃が次の砲弾を装填し終えた直後、狙いを定めて引き金を引き、片方のマフラーを吹き飛ばす。

 

「よっしゃ、もう一丁!」

「はいっ!」

 

既に次の砲弾を弾薬庫から取り出して構えていた、桃が素早く装填を終え、柚子が車体を回転させて相手からの砲撃を避け、次々と攻撃を仕掛けていく。

あるT-34は履帯と転輪を吹き飛ばされ、さらに止めとばかりに砲塔基部に喰らって撃破され、またあるT-34は、両方の履帯と転輪を吹き飛ばされ、悪足掻きとばかりに攻撃するものの、柚子の操縦で避けられた後、ゼロ距離射撃を喰らって撃破される。

結果的に、杏達カメさんチームは、敵戦車4輌中、T-34を2輌撃破したのだ。

 

そして、大洗チーム本隊に合流しようと、その場を離れていった。

「よーし、こんなモンで良いだろ、撤収ぅ~♪」

「お見事です!」

「流石は会長です!」

 

車内でそんな明るい会話が始まろうとした次の瞬間、突如として横から砲撃を受け、38tは粉々に吹き飛ばされた履帯と転輪の破片をぶちまけながら派手に吹っ飛ばされると、逆さになって動きを止める。

そして底部から、行動不能を示す白旗が飛び出した。

 

其所から数百メートル程離れた場所では、1輌のT-34/85の砲口から白煙が上がっていた。

ノンナのT-34/85だった。

 

「………………動ける車両は、速やかに合流しなさい」

『Да!』

 

その指示に、生き残っていたプラウダ戦車の車長は返事を返し、本隊に合流しようと動き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやぁ~、ゴメンね~。2輌しかやっつけられなかった上にやられちゃった~。後頼むね~』

 

その頃、反転するための場所へと移動している大洗本隊、あんこうチームには、杏からの通信が入っていた。

 

「分かりました、ありがとうございます」

『後は頼んだぞ、西住!』

『お願いね!』

 

みほが礼を言うと、桃と柚子からの激励も入った。

「此処を脱出します!全車、あんこうについてきてください!」

『『『『『『『はいっ!!』』』』』』』

 

みほの指示に、その場に居る全チームからの返事が返され、速度を上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いぞ良いぞ~~!頑張れー!」

「未だ負けた訳じゃないぞー!」

 

その頃、観客席では形勢逆転に向けて動き出した大洗チームを応援する声が上がっていた。

 

「皆、大洗を応援してますね………………」

「ええ。判官贔屓と言った感じかしらね………………」

 

オレンジペコとダージリンも、そんな事と言い合っている。

 

 

 

「そういや、祖父さん達は何してんだ?大洗の本隊に合流してもいねえな」

 

大河は、普段なら大洗に合流して行動を共にする紅夜達が居ない事に疑問を抱いていた。

 

「彼等には彼等なりの考えがあるんでしょうよ………………ホラ、2輌が凄い速さで進撃してるわよ?」

 

深雪はそう言うと、スクリーンに映し出されている2輌の戦車に視線を移した。

そのスクリーンに映る2輌の戦車は、履帯後部から雪を巻き上げながら、全速力で進んでいた。

 

「彼らが何をするつもりなのか、楽しみにしておきましょう。きっと、凄いものが見られるわよ」

 

そう言うと、深雪は穏やかに微笑み、大河はいまいち腑に落ちないような表情を浮かべながらも、取り敢えずはスクリーンに視線を戻すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「麻子さん、2時が手薄になっています!一気に振り切って、この低地を抜け出すのは可能ですか!?」

「ああ、一応出来る。だが、かなりキツめに行くぞ………………」

 

みほの質問に、麻子は即座に答える。

 

「大丈夫です、やってください!沙織さん、他の戦車に伝えて!」

「わ、分かった!」

 

そう答え、沙織は他の戦車に通信を入れた。

 

「あんこう、2時の方向に転回します!フェイント入って難易度高いです!頑張ってついてきてください!」

 

『了解ぜよ!』

 

『かなりキツいって~、大丈夫なの?』

『大丈夫!やるっきゃ無い!』

 

『マッチポイントには未だ早い!気ィ引き締めて行くぞ!』

『『『オオーーーッ!』』』

 

『頑張るのよ、ゴモヨ!』

『分かってるよ、そど子』

 

沙織の指示に、其々のチームのメンバーからの返事が次々に返され、大洗本隊は急激な方向転換を行う。

 

「何なのよ彼奴等?チマチマと軽戦車みたいに逃げ回って……ッ!」

 

その頃、追撃していたプラウダの本隊では、先頭を走るT-34/85のキューボラから様子を見ていたカチューシャが呟いた。

 

「こうなったら………………機銃曳光弾!主砲は勿体無いから使っちゃ駄目!」

 

インカムに向かって叫ぶと、追撃していた本隊のT-34の軍団が、一斉に曳光弾を撃ちまくる。

大洗の戦車に向かって撃っていないのを見る限り、元から当てるつもりは微塵も無く、あくまでも照明弾としての使用だった。

 

「ッ!?」

 

自分達の遥か上から飛んでいく曳光弾の軌跡を視界に捉えたみほは、直ぐ様カモさんチームのみどり子に通信を入れた。

 

「カモさん!後ろから来るプラウダの戦車は何輌見えますか!?」

『えっと………………全部で6輌です!』

 

その通信に間を入れず、みどり子から返事が返される。

 

「その中にフラッグ車は見えますか!?」

『見当たりません!恐らく、さっきの廃村に居るままだと思います!』

「了解しました。カバさん!前方の丘を越えたら、あんこうと隠れて、敵をやり過ごしてください!相手の主力が居ない内に、敵のフラッグ車を叩きましょう!」

『心得た!』

 

みほがカバさんチームに通信を入れると、エルヴィンから返事が返される。

 

「ウサギさんとカモさんは、アヒルさんを守りつつ逃げてください!この暗さに紛れるよう、出来るだけ撃ち返さないで!」

『『『はい!』』』

 

作戦を伝えると、大洗の戦車は丘を上っていく。

Ⅳ号とⅢ突は、その丘を上り終えた直後に曲がって、両サイドの影に隠れる。

残りの3輌は前進していき、後からプラウダ本隊がやって来ると、両サイドに隠れた2輌の事に気づく事無く、フラッグ車である八九式を追う。

 

「追え追えーッ!」

 

フラッグ車を追い、撃破する事に集中しているカチューシャはそう叫ぶが、違和感を覚えたノンナが声を掛けた。

 

「カチューシャ、敵戦車が2輌程見当たりません。それに、廃村に来た時からずっと、レッド・フラッグの戦車も見つかっていません。警戒した方が良いのでは?」

「そんな細かい事はどうだって良いわ!兎に角彼奴等を永久凍土の果てまで追い回すのよ!」

 

だが当のカチューシャは、完全に頭に血が昇っており、その忠告など意に介さず、ただフラッグ車を追い回せと叫ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、反転して先程の廃村へと向かっているⅣ号とⅢ突では、みほがキューボラの上に立ち、周囲を見渡していたが、直ぐに車内に戻ると、優花里に声を掛けた。

 

「優花里さん、もう一度偵察に出てくれる?」

 

その頼みに、優花里は間髪入れずに頷いた。

 

「ええ!お任せください!」

 

そう答えるや否や、優花里は装填手のハッチを開くと、走行中のⅣ号から飛び降りて着地すると、みほ達に手を振り、廃村エリアを見渡した。

 

「何処か、高い所は………………あ、彼処なら!」

 

その時、少なくとも廃村エリア一帯を見渡せそうな建物を視界に捉え、優花里はその建物へと駆け寄り、大急ぎで階段を上り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、大洗の3輌を追っているプラウダ本隊でも、勝負に出る準備が整いつつあった。

 

『遅れてすみません!IS-2、只今遅参です!』

 

そう、現在のプラウダ戦車隊では最も高い火力を誇る、アンチティーガーとして製造されたソ連重戦車にして、紅夜の愛車と同じ戦車--IS-2スターリン重戦車--が本隊に合流したのだ。

 

「来たーッ!ノンナ!IS-2に移りなさい!」

「はい」

 

待ち望んでいた味方の到着に、カチューシャは歓喜の声を上げ、ノンナに搭乗車両の交代を指示する。

カチューシャの指示通り、IS-2に乗り移ったノンナは砲手の席に座ってスコープを覗くと、直ぐ様引き金を引く。

轟音と共に放たれた122mm砲弾は、八九式の直ぐ隣に着弾し、八九式は大きく揺れる。

 

「「「「うわぁぁぁあああっ!!?」」」」

 

その大きな振動に、車内は軽く混乱する。

 

「な、何なのよアレは!?反則よ!校則違反よ!」

 

IS-2の威力を間近に見たみどり子がそう叫ぶ。

 

「あわわわわわっ!!?どうしよう~~!?」

 

その振動が伝わったのか、M3操縦手の桂利奈が悲鳴に近い声を上げる。

 

「私達の事は良いから、アヒルさんを守ろう!」

「そうだよ桂利奈ちゃん!頑張って!」

「ッ!よっしゃーーッ!!」

 

そんな桂利奈をあゆみと優希が励ますと、桂利奈は力強く答え、八九式を守れるよう、自らの車体を盾にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな追いかけっこが繰り広げられている中、彼女等の元に近づいていく2輌の戦車があった。

その2輌の内、前を走る長砲身の戦車のキューボラから上半身を乗り出した、ポニーテールに纏めた緑色の髪を風に靡かせているその青年は、共通して白い車体を持つプラウダ戦車隊を視界に捉えると、狂ったかのように獰猛な笑みを浮かべ、その赤い瞳を鋭く光らせた。

 

『………There you are(見つけたぜ)………………』

 

そう呟いた青年の瞳は、月明かりの光を反射し、美しく、そして恐ろしい輝きを見せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで………………獲物を見つけた猛獣のような、狂気に満ちた輝きを………………



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第75話~吹き荒れる殺戮嵐(ジェノサイド)!そして決着です!~

第63回戦車道全国大会において、大洗VSプラウダによる準決勝は、最初こそ有利に試合を進めていたように見えた大洗がプラウダの策に引っ掛かって圧倒され、そこからの仲間割れがありつつも、何とか持ち直し、形勢逆転へ向けての準備を整えつつあった。

プラウダの包囲網を突破した大洗本隊では、みほ達あんこうチームと、エルヴィン達カバさんチームが反転して、未だ廃村エリアに駐留しているプラウダのフラッグ車を撃破するため本隊から離れ、M3のウサギさんチームとb1のカモさんチームが、大洗フラッグ車である八九式のアヒルさんチームの護衛を任される。

それで、後はアヒルさんチーム達が上手く逃げ切り、みほ達がプラウダのフラッグ車を撃破すれば事は解決するのだが、そうは問屋が卸さない。

反転して廃村エリアへと戻ったあんこうとカバさんチームを気にせず、ただ大洗のフラッグ車である八九式を撃破しようと追撃している、カチューシャ率いるプラウダ本隊に、ノンナの砲撃によって撃破された杏達カメさんチームによって、足止めを喰らっていたIS-2が本隊に合流したのだ。

そして、その砲手がノンナに交代され、ノンナは圧倒的な射撃スキルで、アヒルさんチーム達を追い詰めていく。

 

両者がフラッグ車撃破へのリーチをかけようとしていた時、プラウダ本隊には、狂気の殺戮嵐(ジェノサイド)が忍び寄っていた。

 

大洗チームがフラッグ車を撃破するのが先か、プラウダが大洗のフラッグ車や撃破するのが先か、はたまた、プラウダ本隊へと忍び寄る殺戮嵐(ジェノサイド)が吹き荒れるのが先か………………決着の時は、未だ先である。

 

 

 

 

 

 

 

「くぅぅうううっ!!相手のアタックが強すぎる!」

「それに、此方は闇雲には撃ち返せないからタチが悪いです!」

 

IS-2や、他6輌のT-34からの集中砲火に晒されながら逃げる八九式の車内では、典子とあけびがそう悪態をついていた。

今のところは、自車やM3、そしてb1は無傷のまま走り続けているが、それも何時まで続くかは分からない。

ホンの少しでも気を抜いた瞬間に、敵の砲弾が自分達に叩き込まれる。そのため、片時も気を抜けず、メンバー全員に緊張が走っており、冷や汗を流す者も居た。

 

そして、その最悪の時は無慈悲にも訪れた。

ノンナが砲手を務めるIS-2から放たれた122mm砲弾が、M3のエンジン部分に叩き込まれたのだ。

砲弾の直撃を受けたM3はコントロールを失い、エンジン部分から黒煙を上げながらスリップして後ろを向いて停車し、即座に行動不能を示す白旗が飛び出した。

 

「此方ウサギチーム!行動不能です!」

 

M3車長の梓が、みほ達あんこうチームに通信を入れた。

 

『怪我はありませんか!?』

「「「「大丈夫でーす!!」」」」

 

心配そうに怪我人の有無を聞く沙織に、M3のメンバーからの返事が返される。

 

「眼鏡割れちゃったけど大丈夫でーす!紗希も大丈夫だそうでーす!」

「カモさん!アヒルさんの事を頼みます!」

『了解!任せといて!』

 

梓がカモさんチームに通信を入れると、みどり子からの力強い返事が返された。

 

「さあ、ゴモヨ!パゾ美!大洗女子学園風紀委員の腕を見せる時が来たわよ!」

「「はい!」」

 

ウサギさんチームの役割を受け継いだかのように、ゴモヨはb1を八九式の真後ろにつけて盾になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、カチューシャ率いるプラウダ本隊にも通信が入っていた。

 

『カチューシャ隊長!此方フラッグ車、大洗に発見されちゃいました、どうしましょう!?』

廃村エリアでずっと残っていたプラウダのフラッグ車の車長が、口調に若干の田舎の訛りを含ませながら、切羽詰まったような声色で叫んでいた。

 

『今からソッチに合流しに行きたいんですけど良いですか!?てか合流させてくださーい!』

「Нет(駄目よ)!今になって広いトコに出ても良い的になるだけよ!許可出来ないわ!」

『んな事言われたかって、こちとら追い回されて大ピンチなんスよ~!』

 

フラッグ車の車長からの鳴き声に近い懇願を一蹴するが、それでも食い下がる。

 

『ホンの少しでも時間をいただければ、必ず、1輌残さず仕留めて見せます』

 

其処へ、スコープを覗いて照準を合わせていたノンナが話に入ってきた。

 

「ノンナもこう言ってるから、適当に廃村の中をチャカチャカ逃げ回って時間稼ぎして!頼れる同志の前に引きずり出したって良いんだから!」

 

カチューシャはそう叫ぶと、強制的に通信を終わらせる。

 

 

 

 

 

 

 

カチューシャからの通信を受けたプラウダのフラッグ車は廃村の中を逃げ回る。

車長はとある別の戦車の車長に通信を入れると、T-34/76が通り過ぎた後に、1輌の巨大な砲塔を持つ戦車--KV-2重戦車--が現れ、先へは行かせないとばかりに街道の真ん中に躍り出て仁王立ちする。

 

『出たぞ、KV-2(ギガント)だ!』

「大丈夫!初速は遅いから、落ち着いて避けて!」

 

エルヴィンの言葉に、みほはそう返す。

その直後にKV-2は発砲するが、みほの言った通り、初速の遅さ故に軽々と避けられる。

 

「停止!」

 

みほの指示で、Ⅳ号とⅢ突が横1列で停車する。

 

「KV-2は、次の装填までに時間が掛かるから、落ち着いて狙って!」

「はい!」

 

みほの言葉にそう返し、華はスコープを覗いて照準を合わせようとした。

 

「最も装甲が薄い所を狙って………………良し、照準、合わせました!」

『此方カバさんチーム!何時でも撃てるぞ!』

 

華とエルヴィンから、そんな言葉が飛ぶ。

 

「良し………………撃て!」

 

その指示と共に2輌の主砲が火を吹き、2つの砲弾はKV-2に真っ直ぐ叩き込まれて行動不能にし、みほ達は再び、フラッグ車撃破へ向けて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、プラウダ本隊との壮絶な追いかけっこを繰り広げているアヒルさんチームとカモさんチームにも、変化が訪れていた。

ノンナの砲撃によって、b1が撃破されてしまったのだ!

 

「カモチーム撃破されちゃいました!アヒルさんチームの皆さん!健闘を祈る!」

『『『『はい!』』』』

 

後ろを守ってくれる戦車が居なくなっても、アヒルさんチームの4人からは大きな返事が返される。

 

だが、どんなに威勢の良い返事を返せても、7vs1と言う圧倒的に不利な状態に、アヒルさんチームは為す術も無く、ただひたすらに逃げ回るしかなかった。

 

「フフンッ!コレで此方の勝ちは決まったようなものね………………さてと、楽しい追いかけっこも、そろそろお終いにしてあげようかしらね」

 

勝利を目の前にして、完全に得意になっているカチューシャ。だが、彼女は知らない。

その表情が数分後には、恐怖に染まりきる事を………………

 

 

 

 

 

 

 

それは、突然訪れた。

 

『此方レイガン。アヒルさんチーム、応答願います』

 

緊張が走っている車内に響いた、落ち着き払った女性の声。

その声に、典子は聞き覚えがあった。

 

「その声………………まさか、須藤さん!?」

「「「ええっ!?」」」

 

驚愕に満ちた典子の声に、メンバーが驚く。

 

『ええ、そうよ。さっきぶりね………………それと、キューボラから外を見てみなさい』

 

そう言われた典子は、キューボラを開けて顔を覗かせると、自分達の戦車に近づいてくる、1輌の長砲身の戦車が目に留まった。

《Ray Gun》のパンターA型だったのだ!

 

『遅くなってご免なさいね。でも、もう大丈夫よ。我々《RED FLAG》隊長、長門紅夜の命により、我々レイガンが、貴女達の護衛をするわ。後ろは任せなさい』

「あ、ありがとうございます!!」

 

典子は目尻に涙を浮かべながら礼を言う。

すると、静馬達のパンターが突然向きを変えてバック走行に入り、八九式とは背中合わせになる配置についたのだ。

 

「す……凄い………」

「コレが、レッド・フラッグの実力………………」

 

圧倒的な操縦スキルに、メンバーが感嘆の溜め息をつく。

 

「あ、そう言えば!」

 

典子はまた、静馬へと通信を入れた。

 

「長門先輩は!?彼はどうしたのですか!?」

『安心して、紅夜達なら大丈夫よ。もうそろそろ、プラウダへのカチコミを始めるわ』

 

そうして通信が切られ、典子はプラウダ本隊の方を見て思った。

 

『一体、何が始まるのだろうか』と………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、カチューシャ率いる本隊を見つけた紅夜達ライトニングでは………………

 

「さてと………………じゃあ乗り込みますか、ねっ!』」

 

その瞬間、紅夜を紅蓮のオーラが包み、鮮やかな緑色の髪を紅蓮に染め上げる。

 

「紅夜、マジでやる気か?」

『当たり前だ………………散々コケにしてくれやがったんだ………………落とし前はつけてもらうぜェッ!!』

「「「もう駄目だ………………もう誰もコイツを止められねぇ………………」」」

 

達哉の問いに紅夜が即答し、メンバー全員が同じ事を考える。

 

『さてと………………じゃあ行こうか、相棒!』

 

紅夜が言うと、まるで紅夜の言葉に答えるが如く、IS-2のマフラーが火を吹く。

 

『行くぞテメェ等!蹂躙しろォォォォオオオオオオッ!!』

「「「イ、Yes,sir!!」」」

 

そうして、IS-2は普通ではあり得ない挙動で向きを変え、プラウダの本隊に向かって突っ込んでいった。

まるで、羊の群れに飛び込む狼のように………………

 

 

 

 

 

 

その頃のプラウダ本隊では、予想だにしない事態に混乱していた。

 

「どうなってるの!?此処に来て助っ人登場なの!?」

 

せっかく追い詰めているのに、横槍を入れるかの如く参上したパンターに、カチューシャは歯軋りした。

だが、その顔も直ぐに、恐怖に染まる。

突然、1発の砲弾が横から飛んできて、自分達の前を掠めていったのだ。

 

「ッ!?だ、誰!?」

 

カチューシャはそう叫び、辺りを見回すが、何も見当たらない。だが、砲弾が飛んできたのは事実だ。

「クッ!何なのよ一体!」

 

そう悪態をついた、次の瞬間だった。

 

『見つけたぞォォォォオオオオオオッ!!カチューシャァァァァァアアアアアアッ!!!』

「ッ!?」

『『『『『『『『『~~~~~~ッ!!?』』』』』』』』』

 

突然、地獄の底から聞こえてくるようにドスの効いた怒鳴り声が響いてきた。

 

「なっ、何なのよいきなり……きゃあ!?」

 

その次の瞬間には、試合前に体験したのと同等レベルの突風が、雪道を抉りながらカチューシャ達を襲う!

その衝撃波のような突風の驚き、ノンナが乗るIS-2の後ろについていたT-34/85の車長であるクラーラは、反射的にキューポラを開けて外を見ると、その目が驚愕に見開かれた。

自分の視線の先から、巨大な火柱を上げた何かが突っ込んできているのだ!

 

『さぁ、蹂躙の時だ!覚悟は出来てるかテメェ等ァァァァァアアアアアアッ!!!』

 

その怒号と共に、火柱は弾けるかのような光を放ち、それらを撒き散らしながら消える。

それから飛び込んできた光景に、クラーラやノンナ、そして目を向けたカチューシャは目を奪われるような思いだった。

翻った紅蓮の長髪が月明かりに照らされ、その光を浴びた2つの瞳が、ルビーのような輝きを見せる。

自分達を殲滅しに来た敵であるのにも関わらず、クラーラは頬を染めて胸に手を当てていた。

 

「………………ハッ!?た、たった1輌に何が出来るのよ!叩き潰しなさい!」

『『『『『『『『『だ、Да!!』』』』』』』』』

 

我に返ったカチューシャの指示で、他のT-34の軍団が、一斉に砲口を向ける。

だが、向かってくるその戦車は臆する事無く、軍団に向かって突っ込むと、その内の1輌に強烈な体当たりを仕掛け、弾き飛ばしたのだ!

 

「う、嘘ッ!」

「ッ!?」

 

あり得ない光景に、カチューシャは戦き、ノンナやクラーラは言葉を失う。

その間にも、前を走るカチューシャのT-34は八九式とパンターに砲撃を仕掛けるが、全面装甲を向けているパンターに弾かれ、当たらずにいた。

 

「ッ!の、ノンナ!早く大洗のフラッグ車を仕留めて!」

「は、はいっ!」

 

ノンナは大急ぎで車内に引っ込み、砲撃を仕掛ける。

 

「へっへーだ!IS-2の砲撃でアタシ等がビビるのは紅夜のIS-2からの砲撃だけじゃボケェ!」

ノンナのIS-2による砲撃が命中しても、パンターの操縦手である雅はそう叫ぶ。

 

『此方4号車!やられました!』

『5号車、右履帯を破壊され、きゃああああっ!!』

 

圧倒的な蹂躙劇に、カチューシャは恐怖を覚えた。その視線の先には、たった1輌のIS-2に蹂躙され、はたまた撃破されている僚機の姿があった。

ある戦車は履帯や転輪を粉々に吹き飛ばされ、またある戦車は、横倒しになって黒煙を上げている。

次から次へと、悲鳴に近い声がインカムから響いてくる。

 

その時、キューポラから上半身を乗り出している紅夜とカチューシャの目が合った。

 

「ヒッ!?」

『………………』

 

月明かりに照らされ、鮮やかな光を放ちながらも、狂気に満ちた鋭い視線を向けられ、カチューシャは目尻に涙を浮かべた。

そして、紅夜の口がゆっくり開かれ、息を吸い込んでいるかのように見えた。

すると、IS-2の砲口がカチューシャのT-34に向けられる。

 

そして………………

 

『Feuer!!!』

 

怒号に近い声が上げられると共に、IS-2の砲弾がT-34の砲塔背面に直撃して車内が大きな揺れに襲われ、そこから機銃弾が襲い掛かる!

 

「~~~~ッ!!キャァァァァァアアアアアアアッ!!?」

 

遂に限界を迎えたのか、カチューシャは阿鼻叫喚の悲鳴を上げて車内に引っ込み、車長席に踞った。

 

「隊長!お気を確かに!」

「イヤッ!恐い!彼奴恐いよぉ!誰か助けて!」

 

尚もカチューシャは泣き叫び、車内のメンバーの声も届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、紅夜を乗せたIS-2では………………

 

「うっわー………………コレやっててなんだが可哀想に思えてきた」

 

操縦手の達哉がカチューシャがパニックに陥っているためか、コントロールが覚束無くなってきているT-34に目を向けた。

 

「砲弾の残りは10発か………………紅夜、そろそろ止めてやった方が良いんじゃねえのか?後先色々考えて」

 

装填手の勘助が、蹂躙劇の中止を勧めた。

 

『ん~、もうちょっとやってやりたかったが………………まぁ良いか。もう十分暴れたし、IS-2(コイツ)も満足そうだし』

 

そう言うと、紅夜は通常状態に戻り、紅蓮に染まり上がった髪も、鮮やかな緑髪に戻った。

その瞬間、1発の砲撃音が響き渡り、驚いた紅夜が前を見ると、前方で黒煙が上がっているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その同時刻、廃村エリアでは雪に埋もれたⅢ突が砲口から白煙を上げ、その真ん前では、プラウダのフラッグ車であるT-34/76が黒煙を上げていた。

 

 

そして………………アナウンスが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

《試合終了!大洗女子学園の勝利!!》



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第76話~決着後のお話です!~

《試合終了!大洗女子学園の勝利!》

 

『『『『『『『『ワァァァァァアアアアアアアッ!!!』』』』』』』』

 

アナウンスが流れると同時に、観客席では歓声と拍手喝采が上がる。

その場に居た大河達スモーキーの面々は唖然としていたが、状況が飲み込めると安堵の溜め息をつき、その表情に笑みを浮かべていた。

 

「それにしても、勝ったんだなぁ彼奴等」

 

しみじみとした雰囲気を醸し出しながら、大河は横に居た深雪に声を掛ける。

 

「ええ、そうね………………それもそうだけど、まさか土壇場で紅夜達ライトニングの大暴れが見られるなんて思わなかったわ。こうやって、観客目線で彼等の暴れっぷりを見ると、つくづく滅茶苦茶な連中だと思えてしまうわ」

 

そう答え、御幸は苦笑を浮かべた。

普段の静馬のように落ち着いた性格で、紅夜のように思い切った行動をする事が滅多に無い彼女から言えば、紅夜の戦術はそこまで言わしめる程に強烈なのだろう。

 

「それにしても、達哉や雅の操縦スキルも中々のものよね………………今度教えてもらおうかな」

「運転スキルは高いに越したモンはないからその方が良さそうだが、達哉や雅のような暴走族に加わるのだけは止めてくれよ?彼奴等の運転だけでも恐ェのに、そんな運転する奴がまた増えたら堪ったモンじゃない」

 

雅の操縦技術に感銘を受けた千早がそう呟くが、そこへ新羅からのツッコミが入り、千早は苦笑を浮かべる。

千早は操縦手の中では一番の常識人だ。そんな彼女が達哉達側に取り込まれたら、最早操縦手のストッパー役は居なくなったも同然だろう。

 

「それもそうだが、労いの一言ぐらいは掛けてやろうぜ」

 

そう言いながら、煌牙はスマホを取り出して紅夜達にメッセージを送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、カチューシャ率いる本隊と、それを蹂躙していた紅夜達は………………

 

「………………俺等、勝ったのか?」

「そう、みたいだな…………」

 

未だに信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている紅夜と翔が、IS-2のハッチから上半身を乗り出して前方を見ていた。

 

「つーか待てよ。それじゃあ、あの黒煙は誰のなんだ?」

 

車内に居た勘助はそう言うと、前方を指差す。彼が指差したその方向には、確かに黒煙が上がっていた。

紅夜は車内に戻ると、直ぐ様静馬達に通信を繋げた。

 

「此方、レッド1《Lightning》だ。レッド2《Ray Gun》、応答しろ」

 

そうインカムに向かって呼び掛けると、少しの間を空けて返事が返された。

 

『此方、レイガン』

 

返事が返ってきた事に安堵の溜め息をつき、紅夜は話し掛けた。

 

「取り敢えずはお疲れ様。良く頑張ったな」

『ありがとう、そっちもお疲れ様』

「ところで、そっちで黒煙が上がってるみたいだが、誰のだ?アヒルさんか?」

『ご免なさい、私達よ。蛇行した時、敵の砲弾が地面に着弾するタイミングと、運悪く重なってしまったのよ』

「マジか………………被害状況はどうだ?戻れるか?」

 

紅夜の問いには、溜め息混じりの返事が返された。

 

『残念だけど、もう走れないわ。走行車輪が吹き飛ばされたの。おまけに白旗まで出る始末よ』

「それはそれは…………」

 

その応答に、紅夜は苦笑を浮かべた。勘助から渡された双眼鏡で見ると、確かに白旗が上がり、左側の走行車輪が吹き飛ばされて立ち往生しているパンターの姿があった。

 

「此方からも確認出来たよ…………まぁ、なんだ。雅を叱ってやるな、偶々運が悪かっただけさ。拾いに行くから、其所で待ってろ」

『ええ、ありがとう』

「良いって良いって。んじゃ、交信終わり」

 

そう言って、紅夜は通信を切ってインカムを戻した。

 

「達哉、前進だ。レイガンの連中を拾いに行くぞ」

「あいよ、任せろ」

 

そう答えると、達哉はギアをいれてアクセルを踏み、IS-2をゆっくりと発進させ、プラウダ本隊から離れていく。

 

「あっ、ちょっと!」

 

それに気づいたノンナが引き留めようと声を掛けるが、IS-2のエンジン音で掻き消されてしまった。

 

「………………」

 

段々と遠ざかっていくIS-2を、T-34のキューボラから見ていたカチューシャは、未だ信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて唖然としていた。

だが、数百メートル程遠ざかった所で動きを止め、レイガンのメンバーをIS-2の車体後部に乗せ、アヒルさんチームと合流して、共にパンターから遠ざかっていくレッド・フラッグのメンバーが談笑しているのを見ると、頭に浮かび上がってきた、信じられなかった事が現実味を帯びてきた。

 

--自分達は、大洗に負けたのだ--と………………

 

「………クッ!………うぅ………」

 

その事実を知ると悔しさがこみ上げ、カチューシャは目尻に涙を浮かべる。

 

「どうぞ………」

 

その時、何時の間にかIS-2から乗り移ってきたノンナが、ハンカチを差し出す。

 

「な、泣いてないわよ!」

 

そう言って強がりながら、カチューシャは差し出されたハンカチで鼻をかむ。

 

「それにしても、こっ酷くやられたわね………………」

 

そう言って、カチューシャは後ろを見やった。

共に振り返ったノンナも、ただ無言で頷く。

彼女等の視線の先には、クラーラが乗っていたT-34と、自分達の戦車の3輌を除いた全車両が白旗を上げていた。

その光景は、正に台風の後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、廃村ではそんな事があったのか」

「まぁ何にせよ、良くやってくれたよ」

 

大洗の集合場所に戻った一行は、試合後の挨拶を終え、今回の試合の事で盛り上がりを見せていた。

達哉と紅夜が、みほ達あんこうとエルヴィン達カバさんチームを褒め、その両チームのメンバーは嬉しそうにしていた。

その後、当然ながら、ウサギさんチームやカモさんチームのメンバーも労っていたのだが、達哉がカモさんチームのメンバーに労いの言葉を掛けると、みどり子の顔が真っ赤に染まり、それを面白がった達哉がみどり子を弄ろうとして翔に拳骨を喰らわされて何処へと引き摺られていったのは余談である。

 

「今回の試合も、西住ちゃんと紅夜君の活躍あってのものだね。ありがとう」

 

杏がそう言うと、続いて桃も頭を下げる。

 

「フラッグ車を撃破したのは西住さん達なんだ。俺はプラウダの連中に殴り込みしただけだよ」

「謙遜しちゃって~」

笑みを浮かべながら言う紅夜を杏がからかっていると、其所へ、肩車をしているからか、1つに合わさったように見える2つの人影と、独立した1つの人影が近づいてきた。

 

「せっかく包囲網の一部を緩くして、そこに引き付けてぶっ叩くつもりだったのに、まさか正面突破されるとは思わなかったわ」

 

カチューシャとノンナ、そしてクラーラだった。

 

「あ、やべっ!」

 

紅夜はそんな声を上げると、目にも留まらぬ速さでIS-2の元へと走っていき、そのまま砲塔の上に一気に飛び乗ると、キューボラを開けて車内に飛び込んだ。

それに気づいていないカチューシャは、そのまま言葉を続けた。

 

「それに、あんな怪物を放り込むなんて、滅茶苦茶な事考えるわよね、アンタも」

「……怪物?」

 

カチューシャの言葉の意味が分からず、みほは首を傾げる。

 

「ホラ、彼奴よ、赤髪の彼奴!IS-2の車長よ!」

「えっと………………もしかして、紅夜君ですか?彼は緑髪で、赤髪じゃないですよ?それに、紅夜君達には何の指示も出していませんから、多分独断行動かと………………」

 

カチューシャが紅夜の事を言っているのだと気づいたみほだが、紅夜の髪が赤ではなく緑である事を話す。

 

「嘘でしょ?さっきの彼奴は確かに赤色だったのに………てか、独断って………まぁ、良いわ。そんな事言うために来たんじゃないし」

 

そう言って、カチューシャは咳払いを1つしてから話を切り出した。

 

「えっと、その………………と、兎に角!今回の試合はアンタ達の勝ちよ!それは認めるわ」

「いいえ、私達が勝てたのは運が良かったからです。もし、飛び出した瞬間に一斉攻撃を受けていたら、やられてました」

「それはどうかしらね」

「え?」

 

みほが言い終えた直後に口を開いたカチューシャに、みほは唖然とする。

 

「もしかしたら、えっと………………ああもう!兎に角アンタ達、中々のモノよ………………言っとくけど、悔しくなんてないんだからね!」

 

完全なツンデレ台詞に、大洗のメンバーは唖然とした表情を浮かべる。

 

「ノンナ!」

「はい………………」

 

それを余所に、カチューシャはノンナの肩車から降りてみほの前に立つと、無言で右手を差し出した。

 

「あっ………………」

 

その行動に、一瞬戸惑いを見せたみほだが、やがてその表情に笑みを浮かべて右手を取り、握手を交わした。

 

「決勝戦、私たちも見に行くわ。カチューシャをガッカリさせないでよね?優勝しなかったら、許さないんだから」

「!はいっ!」

 

その激励に、みほはしっかりとした返事を返した。

 

「あ、あの………………」

 

其所へ、ノンナとクラーラがおずおずと話に入ってきた。

彼女等の手には、2着のダウンジャケットと、金属製の除雪用大型シャベルが握られていた。

 

「あの………長門紅夜さんは何処に………………?」

「ああ、紅夜君なら其所に………………って、アレ?」

 

話に熱中していたからか、カチューシャが話し掛けてくる前から紅夜が居なくなっていた事に漸く気づいたみほは、辺りをキョロキョロ見回していた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃーっ、何とか逃げ切れた~」

 

その頃、スタコラサッサで逃げてきた紅夜はIS-2の車内に飛び込むと、車長席に座って黄昏ていた。

IS-2の車内には、先程まで散々暴れ回っていたからか、未だ落ち着かないと言わんばかりに、キンキンと小さな音が木霊していた。

 

「………………お疲れさん、相棒。学園艦に戻ってきたら、ご褒美やるよ………………決勝戦でも頼むぜ?」

『………………うん♪』

「ッ!?」

 

突然聞こえた返事に、紅夜は驚いて車内を見回すが、その声の主は現れなかった。

だが、紅夜はそれに恐がる事無く、逆に微笑んで言った。

 

「それと、前からちょくちょく話し掛けてきたお前にも、ちゃんと会いたいモンだな」

『………時期が来たら、きっと貴方の前に現れるから…………それまで』

「へいへい、それじゃお休みな」

 

紅夜がそう言うと、車内に木霊した声が聞こえなくなった。

それにフッと、軽く笑みを浮かべた直後、スマホが着信を知らせた。電話を掛けてきたのは静馬だった。

「おう、何だ?」

『紅夜、貴方今何処に居るの?プラウダの副隊長さんが会いたがってるから、さっさと出てきなさい』

「………………何か妙に刺々しくねぇか?」

『自分の胸に聞いてみなさい。それじゃあね!』

「あ、おい!?………………彼奴、一方的に話して一方的に切りやがった」

 

紅夜そう呟くと、IS-2のキューボラを開いて外に出ると、砲塔から飛び降りて大洗のメンバーの元に近づいていった。

 

「はいよ、お呼びかね?」

 

紅夜がそう言うと、ノンナとクラーラが前に出てきた。

 

「……ん?お前さん等とは確か……どっかで会った、よな?」

 

紅夜は見覚えがあるとばかりの表情を浮かべるが思い出せずに頭を捻らせていた。

 

「ええ………2年前、プラウダの学園艦で」

 

クラーラが言うと、紅夜はハッとした表情を浮かべた。

 

「あーあー思い出した!お前等あの時絡まれてた奴等か!いやぁ~、久し振りだな!あれからどうよ?元気だったか?」

 

彼女等の正体を知った紅夜は、陽気に話し掛けていく。

ノンナとクラーラは頬を赤くしながらも、紅夜が自分達を覚えていた事への嬉しさで、笑みを浮かべながら答えていた。

 

「それでなのですが、これを………………」

 

そう言うと、ノンナは先ず、綺麗に折り畳まれた2着のダウンジャケットを差し出した。

 

「お前さん、態々残して、しかも持ってきてくれたのか?」

 

紅夜の問いに、ノンナは恥ずかしそうに頷いた後、顔を俯けた。

 

「何か悪い事しちまったなぁ~。もう会えるとは思ってなかったし、若干小さくなってたから、お前等にあげたつもりだったんだよ、コレ」

「え?」

 

そんな紅夜の言葉に、ノンナは俯けていた顔を上げた。

 

「ふーむ………………どうせだし、コレはお前等にやるよ」

「「ッ!?」」

 

その言葉に、2人は驚愕で目を見開いた。

 

「持ってきてもらったのにコレ言うのもあれだけどさ………………まぁ、良い試合させてもらった礼的なヤツだよ、うん」

 

何処か説得しているような雰囲気で言う紅夜に、2人は笑みを浮かべた。

すると、今度はクラーラが前に出てきた。

 

「それとですが、コレ………………忘れ物です」

「ん?………………ッ!?お、お前………ッ!コレは………!」

 

差し出されたのは、金属製の除雪用大型シャベルだった。

 

「あれから学園艦のあちこちを探したのですが、結局会えず………………私とノンナで保管していたんです」

「んで、試合で俺等が出るから、持ってきてくれた………………って事か」

「ええ………………会えて良かったです」

 

そう言って微笑むと、クラーラは紅夜に、そのシャベルを手渡した。

「あー、えと、その………………」

「?何でしょう?」

 

急に口ごもった紅夜に、クラーラとノンナは首を傾げた。

 

「えっと、だな………………」

 

そう言うと、紅夜はスマホを取り出して何かを検索すると、辿々しいロシア語で言った。

 

「スパシィーバ」

「「………………」」

 

そう言われた2人は、互いに顔を見合わせると、微笑んでから紅夜に向き直った。

 

「「Пожалуйста(どういたしまして)♪」」

「………………ッ!」

 

言葉が通じた事に、紅夜は一層の笑顔を浮かべた。

 

「スッゲー!言葉通じた~!Whoo-hoo!!」

 

子供のように跳ね回る紅夜を、ノンナとクラーラの2人は微笑ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時間は過ぎていき、学園艦に戻る時間になったのだが………………

 

「私は、ちょっとばかりやる事があるから、先に失礼するわ。じゃあね、ピロシキ~」

 

そう言って、何故かカチューシャは先に帰り、ノンナとクラーラは、紅夜と向かい合って立っていた。

 

「……これ、どういう状況…………?」

 

場の状況が飲み込めない紅夜は、ただ呆然と辺りを見回していた。

ノンナとクラーラの2人は、顔を赤くしながら立っている。すると、ノンナは意を決したように歩き出すと、ポケットからスマホを取り出して紅夜に話し掛けた。

 

「あの、良かったら………アドレス、交換しませんか………?せっかく会えたんですから」

「ん?………………おう、良いぜ。やるか………………お前さんも」

「ッ!Да!」

 

紅夜はそう答えると、後ろに居たクラーラにも声をかけ、2人とアドレス交換をする。

 

「んじゃ、暇な時に連絡してこい」

「「Да!」」

 

紅夜が言うと、2人は嬉しそうに返事を返してプラウダの学園艦に向かおうとするが、突然戻ってきた。

 

「どったの?忘れ物でm………ッ!?」

 

その二の句が放たれる事は無かった。

紅夜は、両肩に軽く負荷が掛かったのを感じたが、その次の瞬間、両方の頬にしっとりした柔らかいものが触れるのを感じた。

驚いて目を動かし、両サイドを交互に見ると、其所には頬を赤く染めながら、紅夜の頬にキスをしている2人の姿があった。

2人は唇を離すと、笑顔を浮かべて言った。

 

「До свидания♪」

 

そう言って微笑みかけると、2人は顔を真っ赤にしたままプラウダの学園艦に乗り込んでいった。

 

「………………まぁ、別れの挨拶ってヤツか。ロシアでもやるんだな」

 

紅夜は相変わらずの鈍感ぶりで勝手に解釈すると、自分も大洗の学園艦に乗ろうとするが………………

 

「お兄ちゃん………ッ!」

「ん?」

 

聞き覚えのある声に呼び止められた。

振り向くと、数ヵ月ぶりのサイドアップの髪型の少女が駆け寄ってきた。愛里寿だった。

 

「よぉ、愛里寿ちゃんじゃねえか!試合見に来てくれてたのか!」

 

紅夜が声をかけると愛里寿は嬉しそうに微笑み、頷いた。

 

「うん。お兄ちゃん達が出てるから、お母様も連れてきた」

 

そう言うと、前方から、千代が息を切らして走ってきた。

 

「愛里寿!勝手に離れないでって言ったじゃない!」

「あう………ゴメンナサイ………」

 

その光景に、紅夜は苦笑を浮かべるが、千代は直ぐ様、視線を紅夜に向けた。

 

「貴方が、長門紅夜君よね?」

「あ、はい」

 

そう答えると、千代は微笑んで言った。

 

「愛里寿の母、島田千代です。先日は、家の娘がお世話になりました」

「いえいえ、別に良いんですよ。あの時は別に大した用事もありませんでしたからね」

 

頭を下げた千代に、紅夜は微笑みながら返した。

 

「貴方に会ってから、この子が『大洗の試合を見に行きたい』って聞かなくて」

「マジですか………………」

 

紅夜が嬉しそうな笑みを浮かべる傍らで、愛里寿は恥ずかしそうに、紅夜の右腰に抱きついていた。

 

「あら、あの人見知りなこの子がこんなにも懐くなんてね………………」

 

そう言いながら、千代は箱の菓子を差し出した。

 

「コレ、つまらないものだけど、差し入れよ」

「オオーッ、これはどうも」

 

そうしていると、愛里寿がアドレス交換を頼んできて、紅夜は快く応じた。

 

「お兄ちゃん、今度は家に来て。いっぱいお話………………しよ?」

「あいよ、その時にな!」

 

そう返事を返した瞬間、大洗学園艦の出港間近を知らせるアナウンスが響いた。

 

「やべっ!あれに乗り遅れたら大変だ!そんじゃまた!お菓子どうもでした~!」

 

紅夜はそう言いながら学園艦に乗り込んでいき、愛里寿は大洗学園艦が出港すると、学園艦の上に立つ紅夜の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かなくて良かったの?」

 

その頃、観客席を後にしたまほとしほは、そんな会話を交わしていた。

 

「ええ。連絡先なら聞いていますから」

 

そう返し、まほは紅夜のアドレスを登録した際に自動で登録されたラインにメッセージを送った。

 

「………………あの子には、あの子のやり方があるのね」

 

しみじみしたような声で言うと、しほはまほの方へと振り向いて言った。

 

「決勝戦では、貴女の西住流を見せてあげなさい」

「ええ」

「それから、射止めるなら早めにね」

「はい………………って、お母様!?」

 

そんな会話があったのも、余談として付け加えさせていただこう。



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第11章~戻ってきた学園生活の日常と、決勝戦に向けて~
第77話~其々の日常です! ~


波乱に満ちたプラウダ高校との準決勝は、見事、大洗女子学園の勝利で幕を閉じた。

勝利の嬉しさを噛み締めながらも、少しずつ近づいてくる決勝戦に向けて練習……………かと思いきや、大洗女子学園で行われるらしい《とある行事》のため、暫くの間、レッド・フラッグの男子陣には休暇が与えられた。

 

だが、大洗での戦車道の練習に参加する事を除けば大してやる事が無い男子陣からすれば、かなり退屈になるのだ。

紅夜も例外ではなく、自宅で暇をもて余していた。

リビングにてソファーにどっかりと腰掛けた紅夜は、やがてソファーで横になり、ニュース番組をどうでも良さそうに眺めていた。

 

「あ~、暇だなぁ~………………戦車帰ってくるのは明日だから、元々の格納庫に持ってって車内で寝るなんて事は出来ねえし」

 

ソファーで寝転ぶ体勢を変えながらも、紅夜は数分毎に暇だ暇だと呟いていた。

そうして過ごすこと1時間、突然インターホンが鳴った。

 

「ん?誰だ?」

 

気だるげにソファーから起き上がると、紅夜はモニターへと近づいた。

ボタンを押して応答する。

 

「はい、どちら様ですか?」

『おお、紅夜か?俺だよ、蓮斗』

 

なんと、来客は蓮斗だったのだ。

 

「蓮斗か………………あいよ、直ぐ行くから待ってろ」

 

そう言って通話を切ると、紅夜は玄関へと向かっていき、ドアを開ける。

ドアを開けた先には、家の前の門の直ぐ前に、何時ものようにパンツァージャケットに身を包んだ黒髪蒼目の青年--八雲 蓮斗--が立っていた。

 

「ウィ~ッス!元気してたかガキンチョ!」

「お前そんなキャラだったか?」

 

妙にハイテンションな蓮斗に、紅夜は戸惑いを見せながらも家にあげるのであった。

 

 

 

 

 

 

「まぁホレ、コーラでも飲めや」

 

リビングに連れてきた紅夜は蓮斗を椅子に座らせ、コーラを注いだコップを持ってくると、テーブルの上に置いた。

「悪いなぁ、喉カラッカラだったから助かるぜ」

 

そう言うと、蓮斗はコップを片手に持ってグビグビと飲み始める。

 

「プハァーッ!美味ェ~~!」

「お前、居酒屋のオッサンみてェだな」

 

豪快な声を上げる蓮斗に、紅夜は苦笑を浮かべながら言った。

 

「これでも俺ァ70歳ぐらいはいってんだぜ?年寄りは労りやがれ!」

「お前見た目は俺と殆ど変わらねえだろォが!」

 

酔っ払った年寄りのような事を言い出す蓮斗に、紅夜は堪らずツッコミを入れた。

 

「はぁ………………んで?俺に何か用か?」

「あー、別に大した用事はねェんだがよ………………お前、今って暇か?」

「ん?そりゃ暇だぜ?戦車道はお休みだからやる事無いし」

 

そう言うと、紅夜は退屈そうに頬杖をつき、溜め息をついた。

 

「大洗の学校って、よくよく考えたら女子校だもんなぁ~。つーか今考えたら、お前等レッド・フラッグの男子陣って、そんな学校にほぼ毎日出入りしてたんだな」

「あー、言われてみりゃ、確かにそうだわなぁ………………」

どうでも良さそうに返事を返すと、紅夜は椅子から立ち上がってソファーに移ると、そのまま飛び込むようにして寝転ぶ。

それを見ていた蓮斗は、付けっぱなしになっていたテレビへと視線を移す。

テレビの画面には、最近オープンしたと言う新しいアウトレットモールのコマーシャルが流れていた。

それを見た蓮斗は何かを思いついたような表情を浮かべると、コップに残っていたコーラを飲み干して手を打ち鳴らした。

 

「そうだ、アウトレットモールに行こう!」

「………………はぁ?」

 

突拍子も無い蓮斗の発言に、紅夜は間の抜けた声を出して振り向いた。

だが、1度やると言い出した蓮斗はもう止まらない。

 

「良し、そうと決まれば早速行くぞ!紅夜、30秒で支度しな!」

「え?オイちょっと待て、行くっつったってどうやって行くんだよ?少なくともアウトレットなんてモン、この学園艦にはねえぞ?本土なら別だが」

 

紅夜はそう言うが、それで諦めるような蓮斗ではなかった。

 

「じゃあ本土に行けば良いだけの話だ。つー訳で早く支度しろ」

 

最早何を言っても無駄である。紅夜は諦めると、先程まで着ていたジャージから、普段のパンツァージャケットに着替えてきた。

 

「お前、やっぱそのパンツァージャケット好きだなぁ」

「蓮斗よォ、それを言うならお前だって、毎回パンツァージャケット着てるじゃねぇかよ」

「おっと、それもそうだな」

 

そんな会話を交わしつつ、2人は家を出て歩き出した。

 

「それで蓮斗よ、どうやって本土のアウトレットに行こうってんだ?今日は連絡船も来ねえし、ましてや泳いで行くとか、艦載ヘリ飛ばしてもらうのとかは論外だぜ?」

「そりゃそうだ。俺は泳ごうが水上を走ろうが別に平気だが、紅夜の場合は持たねぇだろ」

 

何を今更な事をと言わんばかりの表情で、蓮斗はそう言った。だが、ならば尚更、如何にして本土のアウトレットに行くのだと、紅夜の疑問は募るばかりだ。

 

「なぁ蓮斗よ、どうやってアウトレットに行くってんだ?」

 

紅夜がそう訊ねると、先に立って歩いていた蓮斗は立ち止まると、紅夜の元へと歩いてきた。

 

「それは簡単、瞬間移動すれば良いだけの事さ」

「………………はあ?瞬間移動?何言ってんのお前?そんな人間離れした事出来る訳ねェだろ」

「お前なぁ………………プラウダ高校との準決勝で、怒鳴り声だけで観客席まで届くような突風巻き起こしたり、廃教会のレンガ造りの壁に素手で大穴空けたりしたのは何処のどいつだ?お前でそんな事が出来るなら、俺に瞬間移動なんてチョチョイのチョイだっての。んな訳で、ちょっと失礼」

 

遠回しに紅夜も人間離れしているとだけ言うと、蓮斗は紅夜の左の肩に手を添えた。

 

「それでは、さっきのアウトレットのある場所に、ワープ!」

「ちょっと待てコラ!お前何時の間にそんなわz………………」

 

其処から、紅夜の視界は目映い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃の大洗女子学園では、とある行事の話で盛り上がっていた。

そう、体育祭が近づいてきているのである。

 

この学校では、ちょうど秋に差し掛かっているこの時期に体育祭をするようになっているのだ。

 

「では、先ずは100メートル走に出る人~」

 

静馬達レイガンのメンバーや優花里が在席している2年C組でも、体育祭の話で持ちきりになっていた。

クラス委員の生徒が前に出て、黒板に競技種目や参加人数等を書き込んでいる。

 

「(ふむ、100メートル走に二人三脚に玉入れ、綱引きに500メートルリレー、綱引きに騎馬戦に借り物競争か………………体育祭の王道種目ね。他にも棒引きに大縄跳び、パン食い競争、部活及び必修選択科目別1000メートルリレー………あら、その内の幾つかは地域住民自由参加の種目にもなっているのね。下手をすれば、紅夜が私達の対戦相手になったりするのかしら?そうなれば最後、大洗の女子が全滅してしまうわね。おまけに、紅夜に惚れたりする子が出てこなければ良いんだけど………って、ん?ちょっと待って、1000メートルとか滅茶苦茶な種目考えたの誰?速攻で取っ捕まえて窓から投げ捨ててやりたいわ。まぁ、落ちてからどうなろうが、知ったこっちゃないけどね………………)」

 

落ち着き払った雰囲気のまま机に頬杖をついていながらも、静馬は物騒極まりない事を考える。

因にだが、その種目を考え付いた、常に干し芋を頬張っているK.A.氏は、『突然、死神が獲物を私に定めたような気がした』と語っていたらしいが、それは余談である。

 

そうして時間は流れていき、静馬は借り物競争と雅とペアを組んでの二人三脚に出る事が決まり、他のレイガンのメンバーも、足の速さが売りである雅が100メートル走に立候補したりと、出場する種目を決めていくのであった。

 

「(あ、何か眠くなってきたわ………………まあ良いわよね?今は授業じゃないし、私が出るのは2つだけに決めたし………ちょっと………ぐらい、は………………ンフフッ、紅夜ぁ~………)」

 

黒板の前に群がり、どの種目に出ようかと盛り上がったり、はたまた参加人数がオーバーした種目ではじゃんけん大会が開かれているのをどうでも良さそうに眺めている最中に睡魔に襲われた静馬は、やがて、ゆっくりと瞼を閉じ、想い人との夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ふわぁ…………あら、何時の間にか寝ていたのね、私」

 

抑えられた欠伸と共に目が覚めた静馬は、教室を見回していた。

寝ぼけ眼で視界がはっきりしていないが、教室が賑やかなのを聞く限りでは、休み時間に入っているようだった。

 

「(さて、皆は何を選んだのかしらね………………)」

 

そう思いながら、静馬は黒板へと近づいていった。

 

「(ふーん、雅は100メートル走にパン食い競争………………あの子らしいわね。和美は騎馬戦と棒引き、紀子は借り物競争とパン食い競争………………あの子、ちょっとでも楽しようとしてるわね?まあ何れを選ぶのもあの子の自由だから別に良いけど………………それで、亜子は100メートル走に500メートルリレーか………………あの子、意外と足が速かったりするのよね………………ん?)」

 

黒板を一通り見終わった静馬は席に戻ろうとしたが、其所で足を止め、再度黒板へと向き直った。

 

「………………」

 

そして、数秒間の黒板の文字とのにらめっこを経て………………

 

「何なのよコレはァァァァァァアアアアアアアッ!!!?」

『『『『『『『『『『『ッ!!?』』』』』』』』』』』

突然絶叫した静馬に、その場に居た生徒全員の視線が突き刺さるが、静馬はそんな事に構わなかった。

 

「ちょっとクラス委員!何処に居るの!?」

 

普段の落ち着き払った雰囲気は何処へやら、鬼気迫る勢いで静馬が声を張り上げると、委員長らしき眼鏡の女子生徒が歩み出てきた。

 

「あの………………何かありましたか………………?」

「あったも何も、ありまくりよ!なんで私が1000メートルリレーに出る事になってるの!?黒板に書いた覚えなんてこれっぽっちも無いわよ!?どうなってるのか説明して!」

 

そう叫びながら、静馬はその女子生徒の肩を掴んで激しく揺さぶった。

 

「えっと、その………………須藤さんが起きる前、生徒会長さんが教室に入ってきて、『須藤ちゃん含むレイガンのメンバーは部活及び必修選択科目別1000メートルリレーに参加してもらうから名前書いといて』って………………」

「オノレェェェェェェェエエエエエエエッ!!!あんの大馬鹿ツインテールのドチビめェェェェェェェエエエエエエエッ!!!!こう言う時にはちゃっかり利用しやがったわねェェェェェェェエエエエエエエッ!!!!!」

 

その大声で、教室全ての窓ガラスにヒビが入ったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに付け加えるが、その日の昼休み、何処からともなく取り出した大型バールや金属製の大型シャベルを両手に持って振り回しながら、静馬が杏を追い回している姿が校舎中で目撃されたとか違うとか………………



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第78話~遊びに行きます!~

大洗女子学園でちょっとした騒動が起こっている中、此処は、蓮斗がテレビで見たと言うアウトレットモール………………………………から数100メートル程離れた所にある細い道路。

その道を挟むようにして、1階建てや2階建ての家々が建ち並んでいるが、人通りは全くと言っても過言ではない程に少ない。と言うより、人通りが全く無い。

夜1人でその道を歩けば、何時誘拐されても不思議ではないような道に、紅夜と蓮斗の2人は転移してきた。

 

「ホイ、到着!」

 

紅夜の肩から手を離した蓮斗は、両手を腰に当てて言った。

目を開けた紅夜は辺りを見回すが、360度見回してもアウトレットはおろか、それらしい建物すら見当たらない状況に首を傾げていた。

 

「……?オイ蓮斗、此処ってアウトレットじゃねぇじゃんか。なんでまだこんなトコに来たんだよ?」

「こんなトコとは失礼な言い方だな。まぁ強ち間違っちゃいねえが………………まあ良い。此処に転移してきた理由は2つ。1つは他の奴等に見られないようにするためだ。大勢の前でいきなり人間2人が現れたら、大騒ぎじゃ済まねえからな」

「俺の家から出た辺りで瞬間移動使ったお前が何言ってンだよ」

 

蓮斗の答えに、紅夜は呆れたような声で言い返す。

蓮斗は気にする事無く、次の理由を言い始めた。

 

「そして2つ目にだが………………紅夜、試合中に纏ってたオーラ出してみろ」

「え?なんで?」

「良いから早く」

 

いきなりの無茶振りに戸惑う紅夜の声を無視して、蓮斗は急き立てる。

 

「………………まぁ、別に良いけどさ。ホレ」

 

そう言うと、紅夜はプラウダとの試合から纏うようになっていた紅蓮のオーラを纏った。

鮮やかな緑髪が、オーラと同じ紅蓮に染まり、紅夜の瞳とほぼ同じように、ルビーのような輝きを放つ。

 

「良し、其処でオーラを抑えろ。髪の色は、変えるなよ?」

『難しい注文だなぁ………………よっと』

 

そう呟きながら、紅夜はオーラのみを消した。

全身を覆っていた紅蓮のオーラは消えたが、髪の色はそのまま、瞳と同じ赤色になっていた。

 

「コレで良し!んじゃ、アウトレットに向かおうぜ~。前からそれっぽい建物を何度か見かけて、何時かは行ってみたいと思ってたんだよな~」

「やれやれ、コレじゃ声にドスが効いたまま………………って、何とも無いか」

 

しみじみとしたような雰囲気で言いながら、蓮斗が先に立って歩き出すと、紅夜も後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、蓮斗から準決勝での労いの言葉を受けたり、世間話をしたりしながら歩くこと15分、彼等はアウトレットモール『レゾナンス』に到着した。

 

「此処がレゾナンスか~、デケェなぁ~」

「そうかぁ?俺は大してデカイとは思わんけどな。前に行った事があるからかもしれねぇが………………つか、お前も来た事あったろ?初めて会った時にさぁ」

「そりゃそうだけどさぁ………………ホラ、アレ………改めて見るとデカく見えるってヤツだよ。まぁ、そんなモンどうだって良いや、早く行こうぜ」

「落ち着けよ蓮斗、はしゃぎ過ぎだ」

 

早く中に入りたいと言い張る蓮斗に苦笑を浮かべながら、紅夜もウキウキとレゾナンスに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、レゾナンスに入ってきた2人だが………………

 

「なぁ、蓮斗」

「ん?」

「俺等、何か矢鱈と見られてねぇか?」

「………………確かに」

 

2人は、擦れ違う客や店員からの視線の雨に晒されていた。

 

それもその筈だ。何せ2人は、髪や瞳の色を除けば瓜二つである上に、片方はレッド・フラッグの隊長。嫌でも注目されるものである。

 

「そういやお前、金どれだけ持ってきたんだ?」

「金?あー、大体5000ぐらいだな。飯とか食うならそのくらいで十分だろうしな。蓮斗は?………………って、聞くまでもねぇや」

 

紅夜がそう言うと、蓮斗はムッとした。

 

「オイ紅夜、俺が亡霊だからってナメてもらっちゃ困るぜ?コレでも財布に10000は入れてきてるからな」

「そんなに要らねえだろ………つか、そんな大金何処で手に入れてきたし………」

「それは企業秘密&ご都合主義だ。それに、その気になれば、高級ホテル2泊分用意出来るが?」

「お前マジでトンでもねぇ奴だな、何モンだよマジで。それからご都合主義言うな」

 

蓮斗の反応に苦笑を浮かべながら、紅夜はレゾナンスの中を見回す。

何時ぞやのアウトレットモールの時と内装は大して変わっていないが、以前のと比べると、やはり店内は広く、その分、店も多く開いていた。

 

「こうやって歩き回っても、行きたい店って案外無かったりするんだよなぁ」

「ゲーセンとかはどうよ?アウトレットならそれぐらいあるだろうし」

「それもそうだな………………良し、行くか」

 

紅夜の誘いに快く乗り、2人はゲームセンターへと向かった。

 

 

エスカレーターで3階へと上がり、CDショップや服や、家具屋等を横目に流しつつ、相変わらず擦れ違う客からの視線に晒されながら歩くこと数分、前方から賑やかな音楽や、メダルマシンがあるのか、ジャラジャラと大きな音が聞こえてきた。

 

「スッゲー音だな此処は!俺のティーガーより五月蝿いぜ!」

「それがゲーセンってモンだ!」

 

最早普通に喋っては聞こえないと判断したのか、2人は大声でそう言い合う。

それから、2人はゲームセンターの中へと入っていき、この世に留まっていながらゲームセンターに来た事が無いのか、ゲームのやり方も分からないと言う蓮斗に遊び方を教えていると、蓮斗は瞬く間に遊び方をマスターし、2人で対戦をすれば、2人揃って店のハイスコアを、圧倒的差をつけて更新したりしてプロゲーマー達を泣かせたり、クレーンゲームで熱中しそうになる蓮斗を、紅夜が必死になって止めたりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は流れて昼。ちょうど静馬と杏による壮絶なおいかけっこが繰り広げられているであろうこの時間、紅夜と蓮斗の2人は、昼食を摂ろうと、とあるレストランへと来ていた。

 

「いや~遊んだ遊んだ、大満足だぜ。3000円も使っちまったけどな」

「そうかぁ?ソイツァ良かったなぁ………………だが、こちとら途中から暴走しかけてたお前を止めるのに苦労して、殆んどゲーム出来なかったんだがな。ホレ見ろ、お前の半分しか使ってねぇよ。ドンだけやり込んでたんだよお前は」

 

蓮斗は満足げに言うが、紅夜は疲れているのか、やけにゲッソリして見えた。蓮斗に向かって言う言葉にも、いまいち力が無い。

 

「まあまあ後輩よ、そんなシケた面提げてンじゃねえよ。此処はレストランなんだぜ?楽しく飯食おうや」

「お前は俺以上に割り切るのが早いな。ある意味尊敬するぜ」

 

諦めたかのような声で言うと、紅夜は頬杖をつきながらメニューを開き、目に飛び込んでくる食品の数々に生唾を飲み込む。

 

「うーし、俺ァこの、カルボナーラとやらにするぜ。食った事ねェからな。お前は?」

「無難にオムライスだな……腹に余裕があったら、ピザでも頼むか」

 

そう言いながら、紅夜は店員の呼び出しベルを押す。

少しの間を空けてやって来た店員に注文をし終えると、ソファーの背もたれに凭れ掛かった。

 

「そういやお前のチーム、決勝にまで進んだんだろ?お前のチームの戦車もかなりのハイスペックだが、アレだけで行けるのか?相手は絶対20輌放り込んでくるぜ?」

 

コップに注がれていた水を飲み干した蓮斗が、コップに残った氷をカランカランと鳴らしながら言った。

そう言われた紅夜も、複雑な表情を浮かべた。

 

「それが問題なんだよなぁ………まあ、俺等の戦車は、修理から戻ってきたらちょっとばかり強化するけど、大洗チームがどうなるか、だなぁ…………どっかで戦車の叩き売りとかやってねえかなあ?」

「馬鹿こけ!ンな事やってる商人が居るモンか」

「だよなぁ………………ハァ」

 

紅夜の無いもの頼みを蓮斗が即座に否定し、紅夜は苦笑を浮かべながらも俯く。

それから溜め息を1つつくと、紅夜は胸元にかかり始めた紅蓮の髪を見た。あれから3時間も経過しているが、紅夜の髪が緑髪に戻る事は無く、無事に紅蓮のままを貫いていた。

 

「髪伸びたなぁ………そろそろ半分ぐらい切ろうかな?」

 

紅夜はそう言いながら、背凭れから一旦背中を離すと、胸元にかかり始めた髪の下に手を添え、背中へと一気に投げる。

そんな彼が窓側の席に座っていたからか、翻った紅蓮の髪の隙間に日光が入って髪が光って見え、それを見た若い女性客が食い入るようにして見ていた。

 

「………………ッ!」

 

そんな中、メニューに顔を隠しながら彼等を見つめる1人の女性客が居た。

黒のスーツに身を包んだ女性は、何処と無く大人になった紀子を思わせるような見た目をしており、そのスーツの胸元には、とあるカフェの店長である事を示す名刺のようなものが鋏まれていた。

 

そうしている内に料理が運ばれてくると、2人は食べ始める。

蓮斗はカルボナーラが大変気に入ったのか、フォークに巻き取った麺を一気に口の中に押し込んで喉を詰まらせ、それを見た紅夜が笑ったりしていた。

 

 

 

 

 

「それでだが紅夜、決勝戦ではどんな戦法を使うんだ?」

「それは言えねえな、機密事項だし」

「大袈裟だなぁ………………まぁ、試合で見るから別に良いんだけどさ」

 

食べ終えた一行はデザートを頼み、談笑していた。

 

「準決勝では降伏しろとか言われてたみてぇだが、今回はどうなんだ?それを考えたりはするのか?」

「ダァホ!俺等レッド・フラッグは、メンバーが大した傷も負ってない状態で、ただ敵に包囲されてるってだけの理由で試合を途中で放棄するなんて事はせんのだ!勝負が着くまで戦い抜く!試合が終わるまで、たとえ100年でも200年でも、頑張るのだ!」

「そんだけ経ったら、お前等余裕で死んでるっつ~の」

 

紅夜の力説に蓮斗が苦笑を浮かべてツッコミを入れた、その時だった。

 

「貴方達!」

「「(!?)」」

 

突然、自分達の真横から声を掛けられた。

 

--もしや、五月蝿いと店員が注意しに来たのだろうか?--

 

そんな事を考えながら恐る恐る振り向くと、其所にはメニューで顔を隠しながら紅夜達を見つめていた、カフェの店長である事が窺える女性が立っていた。

何を言われるのかと警戒していると、その女性は突拍子も無い事を言い出したのだ。

 

「ウチの店でバイトしてみない?」

 

 

「「………………え?」」

 

その瞬間、2人の間の抜けた声が重なった。



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第79話~バイトで大混乱!武装グループを殲滅せよ!なのです!~

此処で、白虎と虎狩りの逆鱗です!

勢いで書いた!後悔はしていない!反省もしていない!(←どっちかはしろよ!)


暇をもて余していたところに、突如として押し掛けてきた蓮斗に連れ出され、本土のアウトレットモールへとやって来た紅夜。

訳の分からないままに蓮斗と遊び回り、昼食を摂っていると、突如として、ある女性が話し掛けてくる。

その女性は、紅夜達をアルバイトに誘うのであった。

 

 

 

 

 

 

「アルバイト………………ですか?」

「うん!君達って、見た感じ高校生辺りでしょ?アルバイトに興味無いかな~って思ったの。それで、どうかな?」

 

おずおずと聞き返した紅夜に、その女性は明るい声で答えると、紅夜に顔を近づける。

紅夜は突然の事に驚くものの、一先ず女性から顔を離した。

その表情には、かなりの警戒心が含まれていた。

 

「まぁ、アルバイト云々についてはちょっと置いといて………………貴女誰ですか?」

 

その質問に、女性は目を丸くした。どうやら自己紹介を忘れていたようだ。

 

「ゴメンゴメン!いきなり訳分からない女に話し掛けられても、困るわよね~」

 

そう言うと、女性は胸元のポケットから名刺を取り出すと、紅夜と蓮斗其々に差し出して言った。

 

「改めまして、私は小日向 華琳(こひなた かりん)。カフェ《ロイヤル・タイムズ》の店長よ。よろしくね」

 

そう言って、華琳は2人に微笑みかける。相手が何者なのかを知ったからか警戒心を解いた紅夜は蓮斗と顔を見合わせると、華琳へと向き直った。

 

「えっと、俺は長門紅夜です」

 

紅夜がそう言うと、華琳はまたしても目を丸くした。

 

「長門紅夜君?それってあの、《RED FLAG》の隊長さんだよね?」

「?俺のチームを知ってるんですか?」

「勿論!」

 

紅夜の問いに、華琳は大声で言った。

 

「去年ぐらいまで結構有名だったし、いきなり理由も無しに消えちゃうし、それで今になって復活したかと思ったら、何か大洗女子学園の子達と一緒に全国大会に出てるし!あ、それもそうだけど決勝戦進出おめでとう!あの時見に行けたら良かったんだけど、生憎見に行けなかったのよね~。でも、最後の最後でプラウダの戦車7輌相手に単独で挑んで壊滅させたって聞いたわよ?」

「アハハハ。まぁ3輌ぐらい撃ち残しちゃいましたけどね………………」

 

紅夜は苦笑を浮かべながらもそう言うが、華琳はどんどん聞き込んでくる。

 

「それでも十分凄いよ!だって君の戦車、あんな無謀なやり方したのにやられなかったんでしょ?と言うか、無傷だったって聞いてるわよ?大洗の子も凄かったって聞いてるけど、やっぱり君のチームのが一番だね!」

「はぁ、どうも………………」

 

捲し立てるように言う華琳に、紅夜はたじたじになる。

流石に見かねた蓮斗は、今更ながらの助け船を出す事にした。

 

「えっと、小日向さん………………で良いですよね?此処レストランですから声を抑えめに」

「えっ?………………あ」

蓮斗の指摘で我に返った華琳は、自分が紅夜に詰め寄りすぎたせいで、店の客殆んどからの視線を浴びている事に気づいた。

 

「す、すみませんでした!」

 

我に返った華琳は、物凄い勢いで頭を下げて平謝りに謝り、何とか店員からの注意だけで済んだらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………………ゴメンね、巻き込んじゃって」

 

レストランから出てきた一行は、1階の広場で休んでいた。

すまなさそうに言う華琳に、紅夜は微笑んで言った。

 

「いえいえ、お気になさらず」

「にしても意外でしたよ。まさか、小日向さんがレッド・フラッグのファンだったなんてねぇ………………」

「ふぁ、ファンなんてモンじゃないわ!私は、その………………」

 

からかう蓮斗に、華琳は顔を真っ赤にして違うと言い張る。

だが、口ではそうやって否定するものの、顔が赤い時点で説得力など皆無に等しいものである。

 

「それよか、ホントに良かったんですか?俺等の代金まで払ってくれるなんて………………金払いますよ、俺」

 

そう言って、紅夜は財布を取り出そうとするが、それは華琳の手によって阻まれた。

 

「別に良いのよ。私が暴走しちゃったせいで、君達にも迷惑かけちゃったんだから。そのお詫びのようなもの、だから気にしないで」

「すみませんねぇ」

微笑んで言う華琳に、紅夜も微笑み返して言った。

すると華琳は、蓮斗の方を向いて言った。

 

「そう言えば、未だ君の名前聞いてなかったけど………………もしかして、紅夜君の兄弟か何か?」

 

その質問に、蓮斗は首を横に振った。

 

「いや、単に容姿が瓜二つなだけですよ」

「そうなんだ………………それで、名前聞いても良いかな?」

「ええ………………八雲蓮斗です」

「へぇ~、蓮斗君か~………………って、ん?八雲蓮斗?」

 

何か思い当たる節でもあったのか、華琳は表情を歪める。

 

「いや、まさか………………お父さんが昔やってたって言う戦車道チームの………………気のせいね」

 

何やら呟くと、華琳は2人へと視線を戻した。

 

「ごめんなさい、やっぱり何でもないわ……それで話を戻すけど………………バイトの件、どうかな?」

「あ~っと、そうですねぇ………………オイ蓮斗、どうする?」

 

言葉を濁しつつ、紅夜は蓮斗の方を向いた。

 

「其処で俺に聞くのかよ………………まぁ、俺は良いぜ?何時でも来れるし」

「そっか………………んじゃ、今日1日お世話になります、小日向さん」

 

蓮斗との話し合いを終えた紅夜は、華琳へと向き直ってそう言った。

 

「うん、よろしくね!それじゃあ早速、ウチの店に行こうか!」

そう言って立ち上がった華琳は、上機嫌で歩き出した。

 

「「(そんなに新人バイトが欲しかったのか?)」」

 

2人揃って同じ事を考えながらも、2人は華琳の後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人が案内されたのは、とある7階建てビルの3階だった。

 

「此処が、私が店長をして居る店--カフェ『ロイヤル・タイムズ』--よ。ホラ、入って入って!」

 

そう言って、華琳は2人を店内に引き入れた。

その店は未だ開店していないのか、従業員が忙しなく動いて準備をしていた。

 

「ウチの店は2時30分から開店だから、未だ時間はあるわね………………取り敢えず、2人は此方に」

 

そう言われ、2人は男性更衣室へと連れていかれた。

中に入ると、室内の所々に潰された段ボール箱が紐で縛った状態で置かれていた。

 

「この店、昔は男性従業員が多く居たんだけど、今は居なくなっちゃったのよね~。お蔭で重い荷物を運ぶ時は大変よ。この部屋だって、今では半ば物置部屋になっちゃってるし」

 

そう言いながら、華琳は奥のロッカー2つのドアを開けると、クリーニングに出して以来そのままになっているのか、ビニール袋に入ったままの制服を取り出して持ってくると、2人の前に置かれていた長椅子に置いて一旦出ていくとハサミを持って戻ってきて、そのビニール袋の上部分を切って中身を取り出し、2人に渡した。

 

「じゃあ、2人には早速だけど、接客とかをしてもらうから、その辺よろしくね。制服着る時に分からない事があったら、何時でも呼んでね?あ、今着てる服は、そのハンガーにかけてロッカーに入れといてくれたら良いから。それじゃ!」

 

そう言い終えると、華琳は更衣室から出ていった。

 

「「………………」」

 

説明を一方的に話されただけの2人は暫くボーッとしていたが、やがて我に返って着替え始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着替え終わったは良いものの、コレはコレは………………」

「少なくとも、俺に似合うようなモンじゃねえな」

 

制服に着替えた2人は、互いの服装を確認しながらコメントしていたのだが、その内容は良いものとは言えなかった。

2人が着ている制服は、黒のボタンが7個付いた白のポロシャツに黒のベルト付きズボン、それから黒の蝶ネクタイとなっており、陽気で自由気ままな2人からすれば着慣れない服装なのだ。

 

「こう言う着慣れねぇ服着て考えたんだが、俺って後2年もすりゃネクタイとか付いた服着なきゃならねぇんだよな。成人式とかで」

「そりゃ羨ましい。俺なんて18でお陀仏しちまったからな」

「その割には、結構元気そうだよな」

 

そんな会話を交わしながら、2人は更衣室から出る。

其所には華琳が立っていた。

 

「おっ、2人共似合ってるわね!この制服も、未だ捨てたモンじゃないわ!」

「そうですか?俺としては、パンツァージャケット的なモンの方が良いと思いますが………………」

 

紅夜が言うと、華琳は苦笑を浮かべながら言った。

 

「ウチって、ルクレールとかみたいな戦車の要素は取り入れていないのよねぇ……呼び出しベルも普通の音しか出ないし、店員が敬礼するとかも無いわね」

「それはそれは」

 

そうしていると、他の従業員がやって来て開店を知らせてくる。

 

「良し!それじゃあ早速、頑張ってね!」

「「Yes,ma'am!」」

 

そうして3人は入り口へと向かい、入ってきた客を出迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、蓮斗よ」

「おー?」

「男性客、殆んど居なくね?」

「『殆んど』と言うより、『全く』居ねえよ」

 

開店から約1時間後、かなりの客が入ってきて空席が無くなりつつあるこの時間、店内を見渡していた2人はそんな事を言い合っている。

何故なら彼等の言い合う通り、このカフェには今、女性客しか居なかったからだ。

 

客からの注文を受けに行ったり、注文されたものを持っていったりする最中に新しい客が入ってくるのだが、皆して若い女性客なのだ。

おまけに従業員すらも女性だけと言う始末で、どう考えても肩身の狭い状態だった。

 

「蓮斗~、今からでも瞬間移動で帰ろうぜ」

「馬鹿こけ、ンな事したらバイト代のへったくれも入ってこなくなっちまう」

 

そう言い合う2人は、店に居る客全員からの視線を集めていた。

容姿がほぼ瓜二つだからと言うのもあるが、整った顔つきに、2人の瞳の色、そして紅夜に至っては紅蓮に染まった髪が目立つ事この上無かった。

 

「昔は居たと言う男性従業員が辞めた理由が、もし人間関係だとしたら………………」

「言うな、それ以上は禁句だ」

 

そう言い合いながらも、2人は仕事を全うしていく。

物覚えが良かったのか、はたまた仕事が2人からすれば簡単だったからか、問題が起こるような事は何一つとして無く、このまま2人の出番終了として話をつけた6時まで続く………………筈だった。

 

 

 

 

 

 

………………そう、『筈』だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮斗、今何時だ?」

「そろそろ4時になる頃だな」

 

擦れ違い様に時間の確認や状況報告をし合っていた2人は、開店からそこそこ時間が経っている事に喜んでいた。

 

「後2時間か………………コレを乗り切りゃ、後は帰るだけだな」

「おう!………………おっ、8卓様がお呼びだ、ちょっくら行ってくるぜ」

 

そう言って、蓮斗が8卓の客の元へと向かおうとした、その時だった。

 

裏口らしきドアが勢い良く開け放たれ、大きな音が響く。

そして次に聞こえたのは、何と銃声だった!

 

『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』

 

本来なら、聞こえる筈の無い銃声に驚いた全員が振り向くと、其所には黒いマスクで目と口以外を覆い隠し、拳銃や軽機関銃で武装した男7人が乗り込んできていた!

 

「全員動くんじゃねえ!」

「騒ぐなぁ!」

 

拳銃を持った男がそう言い放つと、当然ながら、店はパニックに陥る。

それを喧しく思ったのか、マスクからはみ出している部分から、金髪である事が窺える男が、持っていた軽機関銃を向けて怒鳴り付ける。

 

「こりゃヤベエ」

 

少なくとも、彼等は今のところ、店の客や従業員を殺すつもりが無い事を悟った紅夜と蓮斗は、カウンターを飛び越えて隠れた。

その次の瞬間には、甲高いサイレンとスキール音が響き、スピーカー越しに、警察と思わしき男の声が聞こえた。

 

『君達は、完全に包囲されている!大人しく投降しなさい!』

「………………オイ紅夜、警察の小物台詞がハンパ無くて笑えるんだけど」

「うん、取り敢えず今は緊急事態である事を理解しような、蓮斗」

 

小声でそんな事を言い合っていると、窓ガラスが割られる音が響き渡った。

拳銃を持った男が発砲し、窓ガラスを撃ち割ったのだ。

 

「人質を無事に解放してほしいなら、逃走用の車を用意しろ!」

「ただし!追跡車や発信器とか付けんじゃねぇぞッ!」

 

そう言い放つと、男の1人が警察のパトカー目掛けて軽機関銃を乱射する。

 

「グヘヘッ!彼奴等ビビってやがるぜ!」

「日本の警察も腰抜けしか居ねぇのな!ギャハハハハハッ!!」

 

自分達が優位に立っていると思い込んでいるのか、その武装グループは下卑た笑いを浮かべる。

 

「せっかくなんだ、もっと怖がらせてやろうぜ」

「おー……ちょうどこの店には、弱ぇ女共が沢山居やがるからなぁ…………」

 

そう言うと、男の1人はゆっくりと歩き出し、目に留まった1人の女性客の胸倉を掴んで立たせる。

 

「ぐあっ!?」

「ッ!?ミカをどうするの!?離して!」

「五月蝿ェ!」

 

ミカと呼ばれた少女の友人と思われる少女が叫ぶと、男はドスの効いた声で怒鳴り付け、黙らせる。

そして、男はミカの頭部に機関銃を突き付けたままゆっくりと歩き、紅夜と蓮斗が隠れているカウンターに近づいてきた。

 

「オイ、お前等」

 

不意に声をかけられた2人が振り向くと、ミカの頭部に機関銃を突き付けた男が、小指で自分達を指していた。

そして、黒いバッグをカウンターに置いて言った。

 

「先ずは赤いの、其所のレジスターから現金あるだけ取り出して、このバッグに入れろ。それからもう片方の黒いの、喉が乾いた。何でも良いから飲み物持ってこい!逆らえばどうなるか………………分かるよな?」

 

そう言うと、男は心底下卑た笑みを浮かべながら、ミカに機関銃を強く押し付ける。

 

「(心底腹立つクソ野郎だなァ………………どうする?)」

「(………………任せろ)」

 

視線で話を成立させた2人は立ち上がり、蓮斗は厨房へコップ等を用意しに向かい、紅夜は、客を背にして守るように立っている華琳に目配せすると、レジスターの引き出しを開けて金を取り出し、不自然に思われない程度に注意しつつ、遅めにバッグに入れ始める。

肝心の男は完全に油断しており、他の男と顔を合わせてニヤニヤ笑っている。

紅夜はその隙に、ミカへと顔を合わせて微笑みかけた。

 

「(大丈夫だ、絶対助けてやる)」

 

視線でそう伝えると、カラカラと音が聞こえてきた。蓮斗からの合図だった。

「………………やっと来たか、チンタラやりやがって、あのガキ」

「(何がガキだよデブ。彼奴見た目は俺とタメだが、実際は70歳ぐらいはいってやがるぞ)」

 

内心で口汚く罵りながら、紅夜はバッグに金を入れ続ける。

硬貨を入れる際には、態と残して時間稼ぎをしていた。

 

男の前にやって来た蓮斗は、氷しか入っていないコップ7個を乗せたトレイを差し出した。

 

「ああん?何だコレは?」

「見て分からねえのか?水だよ」

「ああ?ナメてんのかこのガキ?」

 

近づいてきたもう1人の男が言うと、蓮斗は大袈裟に舌打ちをして睨み付けた。

ナイフのように鋭く光ったその目には、海のような蒼い瞳からは考えられない程の怒気が含まれていた。

 

「さっきから黙って聞いてりゃガキガキほざきやがってよォ………………『余程俺に殺されてェんだなテメェはァ!!!!』」

「がッ!?」

 

蓮斗ドスの効いた声で怒鳴り付けると、トレイを上に放り投げ、男の頭部に強烈な右ストレートを喰らわせた。

殴り飛ばされた男は壁に叩きつけられ、失神する。

投げられたトレイは失神した男に当たり、割れたコップの破片などがその男に命中する。

そうして、蓮斗は紅夜へと向き直って怒鳴った。

 

『紅夜ァ!もうコイツ等には何の加減も要らねェ!全員墓行きにしてやれェッ!!』

「言われなくても………………『そのつもりだぜクソがァ!』」

 

その言葉を受け、バッグに金を入れる手を突如として止めた紅夜は、再び紅蓮のオーラを纏ってカウンターを飛び越え、ミカに機関銃を突き付けていた男から機関銃を奪い、突然の事に驚いて見開かれた目を殴り付けた。

 

「グアアアアアッ!!?目が!俺の目がァ!」

『喧しい!黙ってろ!』

 

目を殴られ、阿鼻叫喚の叫び声を上げる男の頭に踵落としを喰らわせる。

 

『…………オイ、怪我はねぇか?』

「え?あ、はい………………」

 

紅夜に訊ねられたミカは、唖然としながらも頷いた。

 

『そりゃ良かった………………取り敢えずは店の外に逃げろ。コイツ等は俺が片付ける』

「え?でも、此処には友人が………………」

 

ミカはそう言うが、紅夜が遮った。

 

『大丈夫だ。お前さんの友人も、ちゃんと助けてやる。此処に居る奴誰一人として撃たせはしねえよ……………良いから逃げろ』

 

そう言い終えると、紅夜は殺気立った目で残りの5人を睨み付けた。

 

『さァて……テメェ等、せっかくのバイト台無しにしてくれやがったんだ…………遺書は書いたんだろうなァ!!容赦しねえから覚悟しとけやゴラァ!』

 

先程の男以上にドスの効いた声を上げ、紅夜は残りの5人に向かっていった。

 

「た、たかがガキに何が出来るってンだ!ぶっ殺せ!」

 

1人が叫ぶと、他の4人も紅夜に向かっていくが、其所へ突然、厨房から銀色の何かが飛んできて壁に突き刺さった。

ケーキを切り分けるためのナイフだった。

突然横槍を入れられた事で4人が怯んだ隙を狙い、紅夜は1人に向かって機関銃を投げつける。

多少の重さがあったからか、機関銃は男が持っていた拳銃を弾き飛ばし、先程の発砲で空けられた穴から下へと落ちていった。

 

「ッ!?こ、このクソガキ!」

 

自分の武器を使用不能にされた怒りからか、男は紅夜を殴り付けようとするが、紅夜は他の男に襲い掛かり、代わりに蓮斗が右腕を構えて現れた。

 

『テメェの相手は紅夜じゃねぇんだよなァ!!残念ながら!!』

「ゴバァッ!?」

 

蓮斗のアッパーが決まって殴り飛ばされた男は、そのまま天井に頭をぶつけ、そのまま床に落ちて気絶した。

 

『これで3人目か………………紅夜、ソッチはどうだ?』

『4人目と5人目の始末が終わる頃だ…………ぜ!』

 

蓮斗が目を向けると、ちょうど紅夜が胴回し回転蹴りを喰らわせて、2人纏めて壁に叩きつけ、さらに後頭部に纏めて蹴りを喰らわせていた。

 

その様子を見ていた残りの2人は、恐怖のあまりに腰が引けていた。

武装した自分達を、圧倒的且つ暴力的な力で容易く葬り去ると言う蹂躙劇を前にして、流石に勢いも無くなりつつあった。

 

「クソッ………ふざけんな…………こんなガキに!」

『ほぉ~う?未だ生意気な口訊くだけの余力はあるんだなァ?アア!?』

「がッ!?」

 

悪態をついた男に容赦無い蹴りを喰らわせると、蓮斗は紅夜の方を向いた。

その視線を受けた紅夜は頷くと、足元に転がっていた2挺の拳銃を手に持って構え、残された1人に突き付けた。

 

「うわぁ!?ちょ、ちょっと待て!」

 

銃口を向けられた男は機関銃を投げ捨て、両手を上げて叫んだ。

 

「マジ参った!マジ参ったから勘弁してくれ!ギブ!ギブ!ギブギブギブ!」

『Give? Give me what?(くれる?何をくれるってンだ?)』

 

突然、紅夜は流暢な英語を話し出し、紅蓮に染まった髪を揺らして近づいた。

 

「あ、アイキャンノットスピーク―――」

『You're gonna give me something,right? Well,come on! What the fuck are you trying to say,huh?(何かくれるんだろ?なら、さっさとしやがれや!何口ごもってンだよ、ああ?)』

 

怯えながらに叫ぶ男の命乞いを遮り、紅夜は銃口を突き付けた。

 

「いや待って!ギブだってばマジで!ギブ!ギブ!ギブ!ギ―――」

『Quit yapping,you goofball. You wanna give it to me,or not? Come on!(五月蝿ェんだよ間抜け面。くれるのかくれねェのかどっちなんだ?ホラ!)』

 

紅夜はそのまま引き金を引く………………と思いきや、流石に撃つのは憚られたのか、拳銃を投げ捨てて後ろに回り込み、首筋を殴り付けて失神させた。

 

『全制圧完了(チェックメイト)だ』

 

失神しているため、ピクリとも動かない武装グループ全員を見渡し、蓮斗からも頷かれた紅夜は、淡々と言うのであった。



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第80話~警察署にお泊まり!ミカさんとの接触です!~

ある日訪れたアウトレットモール『レゾナンス』のレストランで出会った、カフェ『ロイヤル・タイムズ』の店長--小日向 華琳--の誘いでアルバイトをする事になった紅夜と蓮斗は、バイト中に乱入してきた武装グループによる立て籠り事件に巻き込まれてしまう。

 

客の1人、ミカが人質に取られるものの、武装グループのメンバーの態度に堪忍袋の緒が切れた蓮斗が、怒り狂ってその内の1人を右ストレートで攻撃!

其処で紅夜にも飛び火し、彼等の蹂躙劇により、武装グループは瞬く間に壊滅。

誰一人としての犠牲者、怪我人も出さぬまま、武装グループによる立て籠り事件は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、こりゃ完全にやっちまったな………………」

 

自分達が暴れ回った事により、気絶した武装グループのメンバーが所々に倒れ、壁には蓮斗が投げたナイフが深々と突き刺さり、出入口付近のカウンターには、蓮斗が放り投げたトレイや、割れたコップの破片が散乱し、ぶちまけられた氷が溶けつつあると言う、まるで台風が過ぎた後のような光景に、落ち着きを取り戻した蓮斗は苦笑を浮かべた。

 

『『『『『『『『『『『………………』』』』』』』』』』』

 

店に居る客や、華琳含む従業員は、自分達の目の前に広がっている光景が信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。

それは当然の反応と言えよう。

何せ、突然入ってきた武装グループが、たった2人の青年によって、あっさりと葬られたのだ。

先程までは銃を自分達に突きつけて人質とし、優位に立っていると勝手に思い込んで警察に向かって発砲。さらにミカを人質に取り、その場に居た紅夜と蓮斗を脅しつけて、蓮斗には水を、紅夜には店の金を用意させようとして、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた集団が今、目の前で気を失っている。

恐らく、今彼等が起きて下手に抵抗しても、また紅夜と蓮斗からの容赦無い攻撃を受けるがオチだろう。

下手をすれば、本当に殺されかねない。

 

自分達よりも遥かに大柄な大人7人を軽々と葬り去った2つのハリケーンは、今、自分達の前で立っている。

 

それが自分達を救ってくれた救世主だとは、この場に居る誰もが思った事だろう。

やり方はかなり乱暴だが………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと………………蓮斗、これからどうする?結構派手にやっちまったが………………」

 

その後、やって来た警官隊によって運び出されていく武装グループを見送りながら、紅夜は横に居る蓮斗に話し掛けた。

 

「出来れば帰りたいが、此処で帰ったら話がややこしくなりそうだ………………下手すりゃ、帰るのは夜ぐらいになるかな。ホラ見ろ、もう夕焼けだぜ」

 

蓮斗はそう言うと、窓の方を見る。

その先では、夕日が地平線へと沈み始めているところだった。

 

「ちゃんと瞬間移動で帰してくれよ?俺等、今日は連絡船無しで此処に来たんだから、お前なら普通に帰れるだろうが、俺は何時帰れるか分からねえし」

「分かってるって、ちゃんと送り届けてやるっての………………ところで紅夜、さっき人質に取られてた女の子はどうした?姿が見えねえが」

「さあ?俺が外に逃げろって言った辺りから知らね」

 

淡々と返した紅夜に、蓮斗は転びそうになる。

 

「適当だなぁ、お前は……まあ、外に出て警官とかに保護されてたら良いんだが………………」

「まぁ、少なくとも殺されたりはしてねぇ筈だ。あの馬鹿共は全員薙ぎ払ったし、外に撃ったのは警官隊にだけで、後はずっと此方向いてやがったし」

 

不安そうに言う蓮斗に、紅夜はまたしても、淡々と答える。

 

その後、2人は客や従業員が唖然としている中、何事も無かったかのように更衣室へと向かうと、掃除用具入れから箒や塵取りを取り出し、床に散乱した銃の薬莢や、蓮斗がぶちまけたコップの破片や、溶けずに残った氷、はたまた壁に突き刺さったナイフを回収したり、溶けた氷で濡れた床や、パニックで中身が溢れて汚れているテーブルを雑巾で拭いた後、『バイト代は要らない』とだけ書いた置き手紙を残して更衣室へと向かい、普段の服装に着替えて出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ~ア、お遊びが途中からテロ集団殲滅戦になっちまった」

「タイミング悪かったな、俺等。まあ誰も死んでねえし怪我もしてねえから、これでプラマイ0にしようや」

「だな………………つーか俺等、あんな事あったのに良く平然としてられるよな」

「それ第三者の台詞だぞ、間違いなく」

 

そんな話をしながら、2人はカフェのあったビルから外に出てくる。

其所には、警官隊によって保護されているミカの姿があった。

 

「おっ、やっぱ無事に逃げてきたんだな」

 

紅夜がそう言うと、ミカは紅夜に気づいて近づこうとしたが、その前に1人の警察官が2人に近づいてきた。

 

「えっと、さっきのテロリスト集団を倒したのは君達だね?」

「ええ、まあ一応は」

 

流石に触れ回るのは好かないのか、紅夜は言葉を濁しながら頷いた。

その返事を聞いた警官は、敬礼して言った。

 

「私は、大洗警察署所長、杉原 弘樹(すぎはら ひろき)だ。今回は君達のお蔭で、誰一人としての犠牲者、怪我人も出さぬまま、テロ集団を捕まえる事が出来た。この警官隊を代表して、此処にお礼申し上げる」

 

そう感謝され、紅夜と蓮斗は照れ臭そうに後頭部を掻く。

 

「それもそうだが、今回の事について、君達に書いてもらわなければならない書類があるんだ。すまないが、これから署まで来てくれないかな?」

 

そう頼まれ、2人は顔を見合わせると頷き合い、それに応じた。

それから1台のパトカーに乗せられ、大洗警察署へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大洗警察署に着くと、先ずは署長室へと連れていかれ、今回の事についての感謝状を渡され、参列した他の警察官からの盛大な拍手を受けた。

その後、別の部屋へと案内され、手渡された書類に目を通し、事件の細かな状況、犯人の所持していた武器などを書いていた。

 

「書類作業とか、無茶苦茶めんどくせ~」

「そう言うなよ紅夜。こう言うデカイ事を成し遂げたら、大概の確率でこうなるモンだ」

 

そんな事を言い合いながら作業を進めていると、急にドアがノックされる。

紅夜が答えると、弘樹が入ってきた。

 

「作業中にすまないね、紅夜君。実は、先程我々が保護した、ミカと言う子が君と話がしたいと言って待っているんだが、来てくれないかな?」

「あー、了解です」

 

そう答えた紅夜は立ち上がり、弘樹の後に続いた。

 

案内されたのは、紅夜達が書類作業をしていた部屋とは向かい側の部屋だった。

椅子に座っていたミカは、紅夜を視界に入れると、軽く頭を下げて会釈した。

そうして向かいの椅子に座らされ、弘樹は部屋から出ていった。

 

「「………………」」

 

その瞬間、部屋に沈黙が訪れる。

時計がカチカチと言う音だけが木霊し、何とも言えない、気まずい雰囲気が立ち込める。

勿論、紅夜が彼女に如何わしい行為をした訳ではないと言う事を、蛇足ながら付け加えさせていただく。

 

「えっと………………友達とは会えたか?」

 

何とか会話を始めようと、紅夜は話し掛ける。

ミカはただ、コクりと頷いた。

 

「ええ。貴方がこの警察署に向かった直後、泣きながら飛び付いてきました。怪我もしていなかったので、何よりです」

「そっか………………」

 

安堵の溜め息と共にそう言うと、再び沈黙が訪れる。

途切れ途切れな会話に居たたまれないような思いをしていると、今度はミカが切り出してきた。

 

「あ、あの…………」

「んー?」

 

気まずさからか目を泳がせていた紅夜が視線を向けると、ミカは顔を赤くしながら言った。

 

「け、継続高校戦車道チーム隊長の、ミカと言います。この度は本当にありがとうございました」

 

そう言うと、ミカは深々と頭を下げた。

 

「継続高校………………って事はお前さん、高校生か」

「は、はい。今は3年生です」

 

その返事に、紅夜の表情は明るくなった。

 

「なぁんだ、俺とタメだったのか~。そんじゃ、もう敬語は使わなくても良いぜ。俺も18だからな」

「え?」

 

先程までの大人しそうな雰囲気は何処へやらとばかりに肩の力を抜き始める紅夜に唖然としていると、彼も名乗りを上げた。

 

「大洗女子学園所属戦車道特別チーム《RED FLAG》隊長、長門紅夜だ。よろしくな、ミカさん」

「あ、ああ。よろしく…………」

 

そう言って差し出された右手を、ミカは顔を赤くしながら握った。

 

「そんでミカさんよ。お前さんは何故、あのカフェに居たんだ?俺は高校行ってないから未だしも、一応今日って平日だろ?」

「ああ、今日はウチの学校の創立記念日で休みなんだ。それでアキが、『(陸の)大洗にケーキとかが美味しいカフェがあるから行こう』って誘ってきてね。それで彼処に居たのさ」

「へぇ~」

 

『創立記念日』と言う、学校に関わる日の事を話すミカに、紅夜は羨むような声を上げた。

高校に通っていない紅夜から言わせれば、学校に通っていなければ毎日が休みだが、その分退屈だし、休日へのありがたみが感じられないのだ。

 

「んで?そのアキさんって子はどうしたんだ?」

「彼女なら、もう学園艦に向かう連絡船に乗ったよ。私が先に行かせたんだ」

「成る程」

 

そうして話し込んでいると、弘樹が入ってきた。

 

「ミカさん、先程継続高校の学園長と話をつけたよ。今日はもう、君の学園艦へ向かう連絡船が無い。だから、今日は署に泊まっていきなさい。仮眠室が1部屋空いているんだ」

「そうですか………………ありがとうございます」

 

ミカがそう言うと、弘樹は微笑んで返し、今度は紅夜の方を向いて言った。

 

「君と蓮斗君もね」

「………………良いんですか?」

「それは勿論だよ。だが、そうとなると、君達を同じ部屋へと入れる事になってしまうのだが………………」

 

そう言って、弘樹は口ごもってしまった。

 

弘樹の言葉が意味するのは、紅夜と蓮斗、そしてミカを同じ部屋で寝かせる………………即ち、年頃の男女を同じ部屋で寝かせると言う事だ。

紅夜と蓮斗の2人はカフェの客や従業員の命を救ったとは言え、流石に今日会ったばかりの男と同室になるとは言いにくいものだ。

 

だが………………

 

「私は構いません」

「「えっ?」」

 

ミカはあっさりと許し、その平然と言える態度に、紅夜と弘樹は間の抜けた声を出してしまう。

 

「流石に、全くもっての赤の他人であれば断るかもしれません。ですが彼等は、あのカフェで私や他の客を救ってくれたのです。少なくとも、信用は出来ます」

「そ、そうか………………まぁ、君がそれで良いと言うなら、そうしよう」

 

そう言って、弘樹は部屋から出ていった。また直ぐにドアを開閉させる音が聞こえてくる事から、恐らく蓮斗にも伝えようとしているのだろう。

 

「………………本当に良いのか?別に気を使わなくても良いんだぜ?」

「気を使ってなどいないよ。これは、私の本心さ」

 

そう言ってミカは微笑み、紅夜は何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、仮眠室へと案内された3人は、布団に入って眠ろうとしていた。

蓮斗は何処でも眠れる質なのか、直ぐに寝付いてしまうが、今までベッドで寝ていた紅夜は、その違和感から中々寝付けずにいた。

ふとドアを見ると、未だ明るい。恐らく、残業で残っている警官が居るのだろう。

紅夜は布団から出ると窓際へと向かい、そのまま窓枠に凭れて月を眺めていた。

 

「………………眠れないのかい?」

 

其処へ、布団から顔を出していたミカが話しかけてきた。

蓮斗が既に寝ているためか、紅夜は頷くだけだった。

 

「そうか………………なら、少し話でもどうだい?私も寝付けなくてね」

 

その誘いに、紅夜は快く乗ると、ミカの布団の傍に座った。

 

「そういやお前さん、継続高校とか言う学校の隊長だとか言ってたよな?どんな戦車があるんだ?」

「BTー42自走砲。フィンランドの戦車だよ」

 

その返答に紅夜は興味深そうな表情を浮かべた。

 

「マジで?アレって確か114mm榴弾砲とか積んでたり、矢鱈と足速かったりするヤツだよな?おまけに生産数少ないレア戦車だって聞いてるし。スゲー」

「私達のより強力な戦車を保有してる君に言われても皮肉にしか聞こえないよ。ISー2なんて差し向けられた日には直ぐに終わってしまうね」

 

感嘆の声を漏らす紅夜に、ミカはそう返す。

 

「ん?俺がISー2持ってるって何処で聞いた?」

「聞いたんじゃない、知っていたんだよ。レッド・フラッグの隊長さん」

 

ミカがそう言うと、紅夜は唖然としていたが、やがて両手を床についた。

 

「マジかよ………それじゃ、あの時の自己紹介なんて全くの無意味じゃねえかよ…」

「いいや、そうとは言えないね」

 

紅夜の呟きを、ミカは否定する。

「前までは、君のチームの噂をよく耳にしていたよ。でも、君のチームの事を聞かなくなってから、もう1年になる。それからは試合や練習、学校行事に明け暮れて、君のチームの名前も、隊長である君の名前すらも忘れてしまった………………だから、あの時の自己紹介は、決して無意味なものではないよ」

「…………そうかい」

 

ミカが微笑みかけると、紅夜は照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「さて………………もうそろそろ寝ないと、明日は何時に起きなければならないか分からないから、寝ようか」

「おう。お休みな~」

 

そうして、紅夜は布団に戻ると目を瞑った。

 

 

午前0時、大洗警察署のとある仮眠室は、約7時間の静寂に包まれた。



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第81話~ミカさんとの別れと、パワーアップへの準備です!~

朝8時、大洗警察署前にて………………

 

 

 

 

「昨日は、良く眠れたかな?」

「俺はバッチリです」

「俺も、まあそこそこ」

「私もです」

 

紅夜達が帰る時間となり、弘樹が見送りに来ていた。

昨日の眠り具合を聞いてくる弘樹に、蓮斗は即答で答え、中々寝付けなかったため、0時まで話をしていた紅夜とミカは、少し言葉を濁して言った。

 

「昨日の事件の犯人には、犯行動機などを徹底的に調べた上で、裁判所にて然るべき罰が与えられるだろう。重ねて言うが………………長門紅夜君、八雲蓮斗君。昨日の君達の勇気ある行動に、感謝する」

 

そう言って、弘樹は2人に敬礼を送ると、今度はミカの方を向いて言った。

 

「ミカさん。君の通っている高校へ向かう連絡船が、9時頃に港に到着する。今から向かえば、十分に間に合うだろう。学校には話をつけてあるから、その辺りについては安心しなさい」

「ええ。ありがとうございました」

 

そう言って、ミカは深々と頭を下げる。

そうして3人は弘樹達に別れを告げ、港へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、途中からかなりのんびりしちまったが、間に合って良かったな」

 

港に着くと、既に連絡船が入港してきている最中なのを見て、紅夜はそう呟く。

 

「ああ、そうだね。でも、君達の連絡船はこれじゃないだろうから、別に此処まで来なくても良かったんじゃないかな?」

「まあな。だが、せっかくだから見送りぐらいはしてやらねぇと」

 

そう答えた紅夜に、ミカは微笑む。

 

「ありがとう………………優しいんだね」

「物好きなだけだよ」

 

礼を言うミカに、紅夜はそう返す。

 

「お前さんの友人に、宜しく言ってやってくれ」

「そうするよ蓮斗、ありがとう」

 

そんな会話が交わされていると、フラップが降りてきて港に居る者達が次々と乗り込んでいく。

 

「じゃあ、もう行くね」

「おう、達者でな」

「ジジ臭い挨拶だな、蓮斗」

 

紅夜がツッコミを入れると、それを見たミカが笑う。

だが、何時までもそうしては居られない。そろそろ行かないと乗り遅れてしまうからだ。

 

「それじゃあね、2人共。本当にありがとね。特に………………紅夜」

 

そう言うと、ミカは紅夜の両方の頬を手を添え、別れのキスを送った。

 

「これは、フィンランドでの挨拶の1種さ」

 

頬を赤く染めながら言うと、ミカは歩き出し、振り返って手を振りながら言った。

 

「また会おう。気紛れな風が、私達を再び巡り会わせてくれるのなら」

 

そう言って、ミカは連絡船に乗り込んでいった。

間も無くフラップが上げられ、出港を知らせる警笛が響き渡る。

船はゆっくりと後退を始め、港から出た所で方向転換すると、そのまま脇目もふらずに去っていった。

 

「さぁ~て、それじゃあ俺等も帰るか………………蓮斗、行こうぜ」

「………………」

 

船が見えなくなるまで見送っていた紅夜は蓮斗に向かって言うが、当の本人はニヤニヤしながら紅夜を見ていた。

 

「………………?どったの?」

 

蓮斗がニヤついている理由が分からず、紅夜は首を傾げた。

 

「いや、お前って女にモテるんだなぁって思っただけさ。あの時の嬢ちゃんの顔見たかぁ?赤くしてたぜ?」

「………………?フィンランドでの挨拶の1種なら、別に恥ずかしがる事も無かろうに」

 

尚も首を傾げる紅夜に、蓮斗は呆れたような溜め息をついた。

 

「コイツの鈍感は死んでも治らねえな」

「何故だろう、お前にだけは言われたくないと思えてしまう」

 

そんな軽口を叩き合いながら、2人は昨日転移してきた、人通りの少ない道へと舞い戻った。

 

「んじゃ、帰るぞ」

「おう」

 

紅夜が返事を返すと、彼の視界は目映い光で包まれ、その光が消えた頃には、彼等の姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホイ、到着」

 

その声と共に目を開けると、其所は紅夜の家の玄関だった。

ゴミ出し等で外へ行く時用のスリッパのみしか置かれていない、独り暮らしにしては広めの玄関に、2人は立っていた。

紅夜は靴を脱いで家に上がるが、蓮斗はその場に立ったままだった。どうやら、そのまま帰るつもりらしい。

 

「んじゃ、サンキューな紅夜。結構楽しめたぜ」

「そりゃ何よりだ………………ところで、決勝戦も見に来てくれるか?」

 

その問いに、蓮斗は右手を前に出し、親指を立てて言った。

 

「良いとも~」

「タ○リかお前は!」

 

そんなツッコミを受け、蓮斗は豪快に笑いながら消えた。

 

「やれやれ、扱いに疲れる幽霊さんだな」

 

口では呆れたようなコメントを付けつつも、その表情には笑みが浮かんでいた。

「そういや、もう俺等の戦車は返されたかな………………」

 

そう呟きながら、紅夜はスマホを取り出して時間を確認する。

 

「もう10時か………………確か静馬曰く、昼休みになるのが12時30分だったな。その頃に電話してみるか」

 

そう呟くと、紅夜はリビングへと向かってテレビを付け、ニュース番組を見始めた。

 

 

その際、紅夜と蓮斗が、バイトをしていたカフェに立て籠ったテロリストを叩きのめした事についてのニュースがあったのだが、その際タイミング悪く、ニュース番組を見飽きた紅夜が別のチャンネルに変えたため、それを見逃してしまった事を、余談ながら付け加えさせていただこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………お、そうしてる間に12時45分か………………予定より15分もオーバーしちまったが、良く考えたら、その辺りが電話しても良い頃だろうな。授業が何時も時間通りに終わるとは限らねえんだし」

 

そう呟きながら、紅夜テーブルの上に無造作に置いていたスマホを取り寄せ、電話帳を開いて杏の携帯に電話を掛けた。

暫くの沈黙の後、杏からの応答があった。

 

『ほいほーい、どったの紅夜君?』

 

何時も通りのおちゃらけた返事に、紅夜は微笑を浮かべる。

 

「ああ、いきなりで悪いんだが、もう俺等の戦車は返されたか?ちょっくら3輌全部持っていきたいんだが」

『それなら返されてるけど………………なんで?てか、全部持ってって何するの?』

「ちょっとしたパワーアップだよ。出来れば今から行きたい」

『う~ん、そうだねぇ………………』

 

そうして、杏は暫くの間を空けると、やがて口を開いた。

 

『まぁ良いよ。自動車部のメンバーに連絡して、裏口を開けとくように言っといてあげる』

「サンキュー。何時も苦労かけるね」

『良いって事よ………………ところでなんだけど』

 

軽い返事が返されたかと思ったのも束の間、突然、杏が神妙な声色で話しかけてきた。

 

「ん?」

『君、連絡船も無いのにどうやって大洗市なんかに行ったの?何か、君と瓜二つな人とでカフェに立て籠ったテロリストをフルボッコしたって新聞に書かれてたんだけど』

「(ギクッ!!)」

 

その問いに、紅夜は凍りついた。

 

「(い、言えない………………大昔に死んだ男女混合戦車道同好会チームの隊長さんが遊びに来て、ソイツの瞬間移動で大洗に遊びに行ったなんて言えない!)」

 

そう考えている紅夜の手は震え、顔中から冷や汗が滝のように流れ出ていた。

 

「た、多分俺と良く似た奴がやったんだろうよ。第一、連絡船とかも無しに陸に行ける訳ねぇじゃん。あ、取り敢えず今から戦車取りに行くんでその辺宜しく!」

 

一方的に言い終えると、紅夜は通話を切る。

 

「あ~、やっぱりニュースになってたか~………………まぁ、テロリストが立て籠り事件なんて起こしたんだ、そりゃニュースにも取り上げられるわな」

 

そう呟きながら、紅夜は自室に上がって机の横に掛けてあった、レッド・フラッグの帽子をかぶり、そのまま1階に下りて玄関で靴を履いて外に出ると、大洗女子学園の裏口へと向かいながら、とある人物へと電話を掛けた。

 

「輝夫のオッチャン?ああ、紅夜だけど。さっき確認したら、もう俺等の戦車が返されてたらしいんだ。そんで、今からそっちに戦車持っていこうと思うんだけど、いけそう?………………あいよ、そんじゃ、今から持っていくから宜しく~」

 

そう言って通話を切ると、紅夜はスマホをポケットに突っ込み、其処から勢い良く走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、長門君じゃん!こうやって話すのは結構久しぶりだね~」

 

大洗女子学園の裏口に着いた紅夜を、自動車部のナカジマが出迎えた。鍵を持っている事から、ちょうど裏口の鍵を開けていたのだろう。

 

「ああ、久し振りだなナカジマさん。それで、早速で悪いんだが、直ぐに戦車を持っていかなければならないんだ」

「分かってるって!ホラ、ついてきて」

 

そうして、紅夜はナカジマに案内され、格納庫の前に置かれている3輌の戦車の前にやって来た。

 

「イージーエイトは、準決勝には参加してなかったから直ぐに用意出来たけど、まさか、他の2輌もこんなに早く返されるとは思わなかったね。やっぱ、連盟の整備士の腕は大したものだよ」

 

ナカジマはそう言いながら、腕を組んでウンウンと頷いている。

それを横目に見ながら、紅夜も内心で同意していた。

 

「それでだけど………………一体何処に持っていくの?と言うか改造とかなら、部品さえあれば此処でも出来るのに」

 

作業着の上着を腰に巻き付けた少女--ツチヤ--が話し掛けてくる。

 

「ゴメンなツチヤさん。だが、こればっかりは他のトコには任せられねえんだ。整備なら未だしも、改造なら現役時代からの付き合いのあるトコでやるって決めてるのさ」

 

紅夜はすまなさそうに言うと、ISー2へと乗り込もうとするが、それを格納庫から出てきたホシノとスズキが呼び止めた。

 

「そういやだけどさ………………もしかして、その戦車を君が言う所に持っていったら、また戻ってくるの?」

「そりゃ、そうなるわな」

「でも、それじゃ時間掛かるじゃん。辻堂君とか呼べば?」

「まあな。だが、この事について、俺はメンバーにも詳しくは教えていない。ただ、『暫く戦車を使えない』としか言ってないんだ。サプライズのためにな。だから、パワーアップして戻ってきたコイツ等を見せて、彼奴等を驚かせてやりたいのさ」

 

そう言って、紅夜はISー2の砲塔の上に飛び乗り、キューポラを開けて下半身を車内に入れた。

それを見ていた自動車部のメンバーは互いの顔を見合って頷き、パンターにはホシノとスズキが、イージーエイトにはナカジマとツチヤが乗り込もうとした。

 

「ん?ちょ、オイ。何してんの?」

 

その問いに、ナカジマが振り向いて答えた。

 

「そんなに見られてマズイなら、少しでも早く持っていけた方が良いじゃん?」

「それに、君がそこまでの信頼を寄せている整備士さんが、どんな人なのか気になるからさ。何度か君達の戦車を整備した者として」

 

ナカジマの後にホシノも続き、紅夜に微笑みかける。

暫く悩むと、紅夜は頷いき、その顔に穏やかな笑みを浮かべた。

 

「………………ありがとよ」

そう言って、紅夜は車内に入り、普段は達哉が座っている操縦席に腰かけると、戦車のイグニッションを入れる。

V型12気筒ディーゼルエンジンが唸りを上げ、紅夜はアクセルを軽く吹かす。

そうしていると、パンターやイージーエイトのエンジンも掛かる。

一旦操縦席から離れ、キューポラから上半身を乗り出すと、パンターのキューポラからはナカジマが、イージーエイトのキューポラからはツチヤが上半身を乗り出していた。

 

「用意は出来たか!?」

「「準備良し!何時でもどうぞ!」」

 

即答での返事を受け、紅夜は再び操縦席に戻る。

 

「では、Panzer vor!!」

 

そうして、紅夜の操縦するISー2を先頭に、3輌の戦車が動き出した。



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第82話~信頼出来る整備士さん達です!~

今回、他作品のキャラやオリキャラが多数出てきます。
そして、以前からちょくちょく出てきた主人公の戦車が擬人化する兆しも!

他作品のキャラは、知ってる人は知ってるかも………………?


蓮斗と共にアウトレットへと遊びに出掛け、其所で知り合った、カフェ『ロイヤル・タイムズ』の店長--小日向 華琳--からの誘いを受けてバイトをした際に起きた、ロイヤル・タイムズ』におけるテロリスト立て籠り事件も無事に解決し、其所で知り合った継続高校の戦車道チーム隊長--ミカ--との一晩を経て、大洗女子学園学園艦へと戻ってきた紅夜は、自動車部のメンバーからの協力を得て、自分達のチームの戦車をとある場所へと運んでいた。

 

 

 

 

「彼処にコイツ等を持っていくのも、かなり久し振りだな………………」

 

一般車に混じって道路を走るISー2を操縦しながら、紅夜はそう呟いた。

 

「なぁ、相棒よ。お前はこれまで、良く戦ってきてくれたな。俺が達哉に無謀な運転させても、履帯切れる事無く頑張ってくれたし、試合でエンジントラブルも起こさなかった………………普通なら、何十回も試合したら、1回ぐらいはトラブってもおかしくはない。だが、お前は起こさなかった………………本当にありがとな。今日の改造は、そのご褒美だ。思いっきり誇れよ」

 

そう言いながら、紅夜はシフトギアを握っていた手を離して壁を撫でる。

 

『ご主人様、くすぐったいよ』

そうしていると、久々の声が紅夜の耳に入ってきた。

その声の主は、非常に嬉しそうな声色をしていた。

「その声を聞くのは久し振りだな………………そういやお前、プラウダとの試合では全く話し掛けてこなかったな。アンツィオ戦前とか知波単との試合とかでは話し掛けてきたのに」

『だってその時、私だって興奮してたんだもん。ご主人様がプラウダの戦車隊に向かって怒鳴った時なんて、特にね』

「へぇー…………まぁ、あの時のお前、マフラーから火ィ噴いてたもんなぁ」

『知波単との試合とかでも、何度か噴いてたよ?』

「あ、言われてみればそうだな………………って、そう言ってる間に着いちまったか………それじゃ、ご褒美を楽しめよ」

『うん♪』

 

嬉しそうな声がすると、それ以上は声が聞こえなくなった。

小さな窓から外を見ると、黒い車輪付きの門が2人の男によって開けられ、其所から、対向車が来ない事を確認し、道路の真ん中に出てきた筋骨隆々とした男が、その門から中に入れと、大型のバールを振って誘導しているのが見えた。

彼こそが、先程紅夜からの電話を受けていた男性--穂積 輝夫(ほづみ てるお)--だ。

 

「相変わらずだなぁ、輝夫のオッチャンは………バール持って交通整理する人が居るかよ………」

 

紅夜はそう言って微笑を浮かべると、ISー2を小刻みに蛇行させて後続の2輌に合図を送ると、左折して門を潜る。

続くパンターとイージーエイトも、ISー2に続いて入っていった。

敷地内に入った3輌は動きを止め、紅夜はキューポラを開けて上半身を乗り出し、地面に飛び降りる。

すると、輝夫が敷地内に入ってきて、2人の男が門を閉めると、3人で歩いてきた。

 

「ねぇ長門君、あの人達は?」

 

パンターのキューポラから上半身を乗り出すたナカジマが訊ねる。

 

「俺等レッド・フラッグが未だ現役だった頃、整備士をやってくれた人達だよ」

 

紅夜がそう言うと、小柄で眼鏡をかけた男が近づいてきた。

 

「よぉー、長門の坊っちゃん!ひっさしぶりやなぁ、元気してたか?」

「この通りにピンピンしてるよ。そっちも元気そうだな、沖(おき)兄」

 

紅夜がそう返すと、50代程の男も近寄ってくる。

 

「相変わらず背の高いモンやなぁ。輝夫と良い勝負やないのか?」

「未だ負けてるよ、山岡(やまおか)のオッチャン」

 

そして、輝夫が近寄ってきて、紅夜の肩を軽く叩く。

 

「オイオイ、俺を無視するとは酷くねぇか、長坊?」

「別に無視してねぇよ、オッチャン」

 

そうして4人で盛り上がっていると、パンターとイージーエイトから自動車部のメンバーが降りてきて、ナカジマがおずおずと話し掛けた。

 

「えっと………………長門君?この人達がそうなの?」

「ん?………………ああ、そうだよ」

「何や何や?何時から坊っちゃんはこんなハーレム野郎になったんや?」

 

ナカジマの質問に答えると、沖兄と呼ばれた男がニヤニヤしながら紅夜を小突く。

 

「そうじゃないよ沖兄。この4人は、大洗女子学園で俺等の戦車の整備をしてくれてる人達だよ」

 

そう言って、紅夜はナカジマ達を紹介していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ改めて………………俺は沖海 祐介(おきうみ ゆうすけ)や。2丁目のコンビニでバイトしとる。宜しくな」

 

そう言って、祐介は軽く右手を上げて会釈した。

 

「山岡 次郎(やまおか じろう)じゃ。この解体所で働いてる」

 

次郎が言うと、ナカジマ達は首を傾げた。

 

「解体所?」

「ん?何だ、知らなかったのか?此処は元々、解体所だったんだよ………………ホラ、向こうに廃車となった車が山積みになっとるだろ?」

 

次郎はそう言い、奥の方で山積みになっている廃車の山を見た。

それを見たナカジマ達は、納得したように頷いた。

 

「んで、その土地を買い取った山岡のダンナや輝夫のオヤジが、廃車の中でもまだ使えそうなのを製錬所に売っ払ってある程度のスペースを作って、そっから坊っちゃん等の戦車を整備するための建物を建てたって訳なんやわ」

 

そう言って、祐介が言葉をつけ足す。

 

「そんで、俺が穂積 輝夫(ほづみ てるお)だ。長坊とは親戚とかの関係じゃねえが、付き合いは長ぇから、もうコイツの叔父みてぇな感じだな」

 

そう言って豪快に笑いながら、輝夫は紅夜の肩をバシバシと叩いた。

 

「痛ぇよオッチャン。まァた何処かで鍛えてきたな?」

「へッへッへッ!最近は向こうにある廃車を持ち上げてトレーニングしてたぜ」

「はぁ………………やっぱオッチャンには敵わねえな」

 

紅夜がそう言って肩を落とすと、祐介が笑いながら言った。

 

「何言うてるんや坊っちゃん。新聞で見たけど、大洗市のカフェでバイトしてた時に、入ってきたテロリスト全員ぶちのめしたらしいやんか。流石に輝夫のオヤジでも其処までは出来んって」

「全くその通りじゃ………………それにしても、ワシ等の知らん間に、紅夜は化け物と化してたんだなぁ」

 

祐介の言葉に続けて、次郎がしみじみと言う。

 

「浸るのも良いが、時間は有限なんだ、さっさと作業始めるぞ!」

 

其処へ、何時の間にか工具箱を持ってきていた輝夫が呼び掛ける。

 

「おっと、確かにな………………良し、それじゃ早速始めるか」

 

そう言って、次郎は工具箱からスパナを取り出そうとする。

 

「それじゃ、私達はこれで失礼します」

「何や、もう帰るんか?どうせやから作業とか見てってもええのに」

「そうしたいのは山々ですが、此方の戦車の整備もしなければならないので」

 

ナカジマはすまさそうに言うと、祐介は仕方無いかと頷く。

 

「そっか………………んじゃ、学校まで送ったるわ。家から車取ってくるから待っとき」

「その必要は無いわよ、兄さん」

 

解体所の壁に作られたドアを開けながら祐介が言うと、開けられたドアから茶髪の女性が入ってきた。

 

「何や神子(みこ)、聞いてたんかいな」

「神子姉、久し振り~」

 

祐介に続いて、紅夜が右手を上げながら近づく。

 

「ええ、久し振りね紅夜君。大きくなったわね」

「………………」

 

そんな3人の会話を、ナカジマ達自動車部のメンバーは呆然と眺めていた。

 

「あの子は沖海 神子(おきうみ みこ)、祐介の妹でな、今のところは浪人生じゃ」

 

メンバーの隣に来た次郎が、神子を紹介する。

 

「因みに、君等の先輩でもある」

 

次郎がそう言うと、神子は自動車部のメンバーの元に近づいてきた。

 

「沖上神子です。何時も紅夜君達がお世話になっているようで」

「い、いえ!此方こそ長門君にはお世話になりっぱなしで………………」

「いや、俺何もしてねえぞ?」

 

ナカジマの言葉に、紅夜が場違いな発言をして、輝夫にツッコミを入れられる。

 

「失礼だけど、話はドア越しに聞かせてもらったわ。今から車取ってくるから、ちょっと待ってて」

 

そう言って、神子はドアの向こうへと立ち去り、暫くすると、7人乗りの商用バンに乗って解体所に入ってきた。

 

「さあ、早く乗りなさい。行くわよ」

「あ、はい!」

そうして、自動車部のメンバーは次々にバンに乗り込んでいった。

 

「そんじゃ長門君、また戦車道の授業で!」

「おう、今日はありがとな」

 

そんな会話を交わし、4人を乗せたバンは大洗女子学園へと向かった。

 

「よーし、それじゃ早速始めるか!」

「「「おー!」」」

 

輝夫の呼び掛けに、3人は返事を返し、内緒のパワーアップ計画が始まるのであった。



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第83話~パワーアップと、付喪神です!~

今回、遂にISー2が擬人化!
だが、その際に紅夜君がやらかします。

では皆さん、紅夜に投げつける石ころの準備を整えてくださーい(作者、石どころかクラスター爆弾を用意)!






追伸、沖上兄妹の名字を沖上から沖海に変更しました。


レッド・フラッグのメンバーにも内緒で、自分達の戦車を強化すべく、かつて整備士を勤めていた4人--穂積輝夫、山岡次郎、沖海祐介、沖海神子--の元を訪ねた紅夜は、彼等との再開の喜びを噛み締めつつ、戦車の改造に乗り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーライ、オーライ、オーライ………………はいストップ!」

 

解体所にしては大きな敷地を持つこの場に建つ建物に、エンジン部分の上に立って指示を出す輝夫に従って、紅夜が操縦するISー2が、後ろ向きに入れられる。

その横には、既に搬入されたパンターとイージーエイトが2メートル程の間を空けて停められている。

いよいよ、戦車の改造作業が始まるのだ。

 

 

「良し………………もう良いぜ、長坊」

「あいよ!サンキューなオッチャン!」

 

そんなやり取りを交わし、2人はISー2から降りる。

 

「さてと………………そんじゃ坊っちゃん、コイツをどんな風に改造するのか、最終確認と行こうやないか」

 

工具箱を左手に提げ、大型のレンチを右手に持って肩に担いでいる祐介が言う。

 

「おう」

 

そう言って頷き、紅夜は其々の戦車の改造についての説明を始めた。

 

「先ず、俺のISー2だが、コイツには履帯を覆う装甲スカートを取り付ける。それからフェンダーを少しばかり延長する予定だ」

「ほほぉ~、サイドスカート付けるんか~………………となると、イギリスのセンチュリオンやアメリカのエイブラムスとかみたいな感じになるな」

 

そう呟く祐介に、紅夜は頷いた。

 

「その通りだよ沖兄。それからパンターも、同じように両サイドに装甲スカート、それから砲塔に発煙弾発射器を取り付ける。イージーエイトには………………まぁフェンダーの延長だけで十分かな。スカート付けられねえし」

 

紅夜がそう呟くと、次郎が話に入ってきた。

 

「それなら、エンジンもちょっとばかりパワーアップさせといた方が良さそうだな。増加装甲を付ければ、その分重量も増加する。パワーアップさせといたら、少なくとも普段通りの出力で出場するよりかは良くなる筈だ」

「ああ、それじゃあそうしようかな」

 

3人でそんな話をしていると、奥でガラガラと音が響いた。

ISー2に取り付ける装甲スカートを乗せた台車を、輝夫が押してきていたのだ。

 

「長坊、お前さんの言う部品は、こんなモンで十分か?」

 

そう聞かれ、紅夜は台車に近づいた。

 

「取り敢えず、これがISー2に取り付ける装甲スカートだ。厚さは10ミリにしておいたぜ」

「マジで?結構分厚いな………………てか、センチュリオンの装甲スカートでも5ミリだぜ?その倍じゃん」

「それじゃあ結構重くなるな………………エンジンをボアアップして、馬力を2割増しにしておくか」

 

次郎が呟くと、紅夜はスマホの電卓で計算を始めた。

 

「十の位を四捨五入して計算しても600馬力で、細かく計算したら、約615馬力………………ヤベェ、ISー2(コイツ)がチートの塊になっちまう」

 

本来の出力を大幅に超える事に、紅夜は唖然とした表情を浮かべながら呟いた。

 

「パンターのエンジンはどないするんや?ISー2みたいな2割増しにしたら、840馬力になるで」

「発想が無茶苦茶過ぎるなァオイ!?せめてプラス20ぐらいで良いだろ!」

 

祐介の呟きに、紅夜は堪らずツッコミを入れる。

 

「イージーエイトはフェンダーを延長するだけだが、万が一に備えてプラス20ぐらいはボアアップしておくか」

「それでも十分チートになるな………………てか、エンジン改造するとかってええんか?」

 

イージーエイトのエンジンも強化しようと言い出した次郎に祐介が言うと、ISー2に取り付ける装甲スカートを運ぼうとしていた紅夜が答えた。

 

「さっき自動車部のナカジマさんからライン来たんだけど、向こうでもエンジンを改造する予定の戦車があるみたいだから、良いらしいぜ?」

「そうか………………なら安心して改造出来るな」

 

そう言って、次郎は工具箱からレンチやボルトを取り出し、改造作業終了後には傑作品となっているであろう3輌の戦車の姿に、期待を膨らませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗女子学園戦車道チームでも、戦力の増強が行われていた。

 

レッド・フラッグの戦車の運搬を手伝った自動車部のメンバーは、神子によって大洗女子学園へと送られ、その後、アンツィオ戦の前に行われた第2回戦車捜索作戦で、遭難した達哉と沙織、そして1年生チームが見つけたと言う88ミリ砲搭載の戦車のレストアが行われ、それが漸く終わったのだ。

 

因みに、この知らせを聞いた生徒会メンバーとみほはさぞかし喜んだと言う。

そして、東の空が、ほんのりと紅に染まろうとしている中、レストアが終了した戦車のお披露目が行われた。

 

 

 

 

 

 

「凄~い!」

「強そう~!」

 

1年生からは好評の声が次々と上がるが、生徒会メンバーとみほの表情は微妙なものだった。

 

「コレ、レア戦車なんですよねぇ~!」

 

1年生以外で嬉しそうにしているのは、優花里だけだった。

 

「ポルシェティーガー………………」

 

キュラキュラと音を立てながら進む戦車--VK4501(P)--を見て、桃が小さく呟く。

 

「戦車マニアには堪らない1品なんですよ!まぁ、地面にめり込んだり………………」

 

すると、突然ポルシェティーガーの進み具合が悪くなり、やがて空回りを始める。

 

「加熱して………………」

 

さらに言うと、キュラキュラと言う音が大きくなり、エンジン部分から黒煙が上がり始める。

 

「そして炎上したりで、壊れやすいのが難点ですけどね………………」

 

そう言うと、小さな爆発音と共にエンジン部分が火を噴き、遂にはガクリと動きを止めてしまう。

 

そもそも、このポルシェティーガーはⅥ号戦車の試作車であり、ティーガーⅠが、正式に採用されたものである。

このポルシェティーガーがボツになった理由は、先程優花里が言ったように壊れやすいからだ。

 

これを設計したフェルディナンド・ポルシェは独自設計に拘っており、この戦車の駆動系をガソリン=エルクトリックにしたのだ。

つまり、ガソリンエンジンで発電気を回し、それによる電力でモーターを回すと言う、今で言えばハイブリッド車で使われているような駆動系なのだ。

だが、当時の技術では無理があり、重量の割りには非力なエンジンを搭載する結果となり、足回りが非常に壊れやすいと言う欠陥を背負い、結果的に『失敗作』の烙印を押される事になったのだ。

その癖、車体は約100輌分製造され、ポルシェティーガーがボツとなったため、車体はエレファント重突撃砲へと流用されたと言う。

 

 

「あちゃ~、またやっちゃった~!おーいホシノ~!消火器消火器!」

 

キューポラからエンジンの惨状を見たナカジマが、車内に居るホシノに消火器を持ってこさせ、消火活動を始めた。

 

「戦車と呼びたくない戦車だよね、コレ」

 

流石に此処まで酷いとは思わなかったのか、杏でさえ肩を落としている。

 

「で、でもですね!足回りは弱いですが、88ミリ砲の威力は抜群ですから!」

「もう他に戦車は無いんでしょうか………………」

 

散々な言われようであるポルシェティーガーを優花里がフォローしようとするものの、その場には諦めムードが漂っていた。

 

「そう言えば、長門はどうしたんでしょうか?レッド・フラッグの戦車を全て持っていってしまったようですが」

 

と其処で、紅夜が戦車3輌を持っていった事を疑問に思った桃が言う。

 

「何でも、前からやりたかった事があるとかで、自動車部のメンバーと一緒に昼頃持ってったよ………………それにしても、何するつもりなんだろうねぇ~」

 

杏の呟きに答えられる者など居る筈も無く、一行はポルシェティーガーの修理をしている自動車部のメンバーに一言掛け、先に格納庫へと戻るのであった。

 

 

因みに、戦車を持っていかれたため練習が出来ずに居たレッド・フラッグのメンバーは、他のチームの練習に付き合っていたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長坊!A1って書かれたドライバー持ってこーい!」

「それ持ってったらこのパーツ押さえてくれ!」

「ラジャー!」

 

その頃、紅夜達一行は戦車改造計画を進めていた。

パンツァージャケットの上着を腰に巻き付け、紅夜は輝夫が言ったドライバーを持っていき、今度は祐介の方を手伝いに向かう。

次郎の方は、自動車部のメンバーの送迎から帰ってきた神子と共に、イージーエイトに新たなフェンダーを取り付けている。

元々は延長するだけの予定だったのだが、『どうせなら新しいのに変えよう』と言う輝夫の意見もあり、今に至ると言うのだ。

ドライバーでボルトを締めたり、溶接を行う音が響き渡る。

時に火花を飛び散らせたりを繰り返しつつ、作業は深夜まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、後はISー2(コイツ)のボアアップだけか……パンターとイージーエイトのボアアップは、案外早く済んだな」

 

深夜2時、輝夫達が帰り、その建物には紅夜が1人残っていた。

キューポラを開けて中に入り、車長の椅子に座って寝ようとしていたのだ。

「決勝戦、どんな試合になるのか楽しみだよな、相棒。今は兎に角休んで、試合の時は、思いっきり暴れてやろうな」

 

そう言って、紅夜はゆっくりと目を閉じ、やがて寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……て……起き……て」

 

小鳥の囀りが小さく聞こえる朝、紅夜の安眠は奪われようとしていた。

 

「(んー、誰だよ?もう少し寝かせろよ……)」

 

真っ暗な視界の中で思いながら、紅夜は首を横に傾ける。

すると、頬にひんやりとした柔らかいものが添えられる。それによって目が覚めてきたのか、周囲の音声が段々と聞こえるようになってきていた。

 

「ホラ、起きて。もう朝だよ」

 

紅夜の真ん前で、その声の主は軽く、紅夜の体を揺さぶる。

 

「んー、誰だよォ……つーか揺さぶるなっての………」

 

眠気が残っている時は機嫌を損ねやすいのか、紅夜は忌々しげに言いながら、その声の主を退かそうと、その声の主を押し退けようとする。

だが、目を閉じたまま押し退けようとしたのが不味かった………………

 

突然、紅夜の両手が2つの柔らかい『ナニカ』を掴む。

 

「んあっ…………」

「ヴェッ!?何事!?」

 

突然の声に、紅夜は反射的に両手を引っ込め、凭れていた状態から起き上がる。

だが、それも間違いだった。

先程触れていたのであろう2つの柔らかいナニカに、紅夜は顔を埋める結果となったのだ。

 

「んぅ………フフッ♪意外だね。ご主人様は、こう言うのとは無縁だと思ったのに………」

「………………?」

 

聞き覚えのある声にもしやと思いつつ、紅夜は顔を離し、目を擦ると、ゆっくりと開ける。

すると目の前には、紺色に近い色をした髪をサイドアップにした、紅夜と同い年ぐらいの女性が頬を染めながら微笑んでいた。

 

それを見た紅夜は、先ずこう言ったと言う。

 

「………………誰アンタ?」




何か出来映えが悪くなってきた?
き、キノセイデスヨ?

そ、それより!此処で紅夜に一言。

チクショウメェェェェエエエエエッ!!!(*`Д´)ノ!!!


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第84話~戦力強化と、お披露目です!~

戦車改造計画は、思いの外順調に進み、深夜にまで及ぶ作業の末、残りは紅夜のISー2のエンジンのボアアップのみにまで漕ぎ着けた。

その作業は次の日にまで持ち越しとなり、ISー2の車内で眠っていた紅夜は、翌朝、何者かによって安眠を奪われる。

そして目を開けると、其所には紺色に近い色をした髪をサイドアップにした女性が立っているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、『誰だ』なんて酷いなぁ。6年以上一緒に居たし、昨日とか試合の時だって、話し掛けてくれたのに………………」

 

そう言って、紅夜の目の前に居る女性は泣き真似をしてみせるが、肝心の紅夜は、ただ唖然としているだけだが、やがて、おずおずと口を開いた。

 

「もしかしてお前……………俺のISー2か……………?」

 

そう訊ねると、先程の泣き真似をしていた表情から一転し、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「うん!まぁ正確に言えば、ISー2に宿った魂………………所謂『付喪神(つくもがみ)』だね♪」

その言葉に、紅夜はまた唖然となった。

言い伝えでしか存在しない筈のものが、実は身近に存在していたのだ。コレで唖然とならない方が異常だと断言出来るものである。

 

「(前々から思ってたが、まさかそんなオカルトチックなモンが俺の戦車に宿ってたとは………………世の中って何が起こるか分からねえモンだな………………つーかコレ、達哉とかに知られたら大絶叫間違い無しだが、何れは知らせるべきだよな………………)」

 

そう思いながら、紅夜はパチクリと瞬きしていた。

 

「………………それでだが、俺は今後、お前をどう呼べば良い?名前はあるのか?」

 

紅夜がそう言うと、その付喪神は首を横に振って言った。

 

「ううん。私にはそう言った名前とかは無いの。ただ、『ISー2の付喪神』ってだけ。だから、名前はご主人様が決めて良いよ」

 

そう言って、付喪神は微笑みかける。

 

「うへぇー、何かスッゲー重要な役割課されたような気分だ。人の名前なんて決めた事もねぇし」

 

紅夜そう呟き、自分の目の前で微笑んでいる付喪神をまじまじと見つめる。

紺色に近い色をした髪をサイドアップに纏め、雪のように白い装束のような服に身を包んでいる。

 

「黒姫(くろひめ)………………なんてどうよ?」

 

そんな彼女を見ながら、紅夜は何と無く浮かんだ名前を口にする。

服装などを見ればミスマッチな名前だろうが、名前を言われた当の本人は嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「黒姫………………うん!気に入った!じゃあ、これから私は黒姫だね!ありがとう、ご主人様!」

 

そう言って、ISー2の付喪神--黒姫--は紅夜に抱きついた。

 

「んがんぷっ!?ちょい黒姫!苦しいから離れろ!」

「い~や~だ~!」

 

黒姫の豊満な胸に顔を埋められ、紅夜は苦しそうにしながら抵抗するものの、黒姫は尚も強く抱き締める。

 

「おーい長門の坊っちゃん、起きとるか~?朝飯出来たから食いにこーへんかって神子が………………って、何じゃこりゃあああああああっ!?」

「「あ………………」」

 

そんなやり取りをしていると、紅夜を起こしに来たのであろう祐介がISー2のキューポラを開け、その場で絶叫する。

その後、ISー2から転げ落ちて騒ぐ祐介を落ち着かせようと、紅夜と黒姫はISー2から降りて押さえるものの、騒ぎを聞いて走ってきた輝夫や神子、次郎にも黒姫の姿を見られ、大騒動になったそうな………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガハハハハハハハッ!まさか、長坊のISー2に付喪神なんて宿ってたとは知らなかったな!コイツは前代未聞だぜ!」

 

騒動も何とか収まり、現在は祐介の家で朝食を摂っている一行。

輝夫は豪快に笑いながら、茶碗に盛られたご飯を掻き込んでいる。

 

「紅夜は昔からモテてたが、まさか戦車にもモテるなんてな………………」

「そのハーレム運勢、ちょっとでもエエから俺にも分けてほしいわ」

 

次郎と祐介はそう言いながら、とある一点へと目を向ける。

 

「ご主人様、あーん♪」

「オイ黒姫、人前でそれは止めようぜ?つーか、神子姉?なんで不満げな顔してんの?」

「べっつにぃ~~?」

 

その視線の先では、黒姫と神子に挟まれた紅夜が、何とも言えない雰囲気の中に座らされて戸惑っていた。

大人びている神子でも、この時ばかりは子供のように頬を膨らませている。

 

「………………昔は『神子姉、神子姉』って甘えてきたのに、もう他の女にチヤホヤされて………………」

「それ10年以上前の話じゃんかよ!それからチヤホヤなんかされてねぇかんな!?」

「おーいお前等。イチャつくのは別に良いが、ISー2のエンジンのボアアップの仕事が残ってるってのを忘れんなよ~」

「イチャついてねぇよ!?」

 

冷やかす輝夫にツッコミを入れつつ、紅夜は残った料理を一気に掻き込んだ。

 

 

 

 

 

その後、紅夜は喉を詰まらせてのたうち回ったそうな………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、ラストスパートだ!《ISー2の馬力を600超えにしてやるぜ計画》だ!」

「計画名長くね!?」

 

その後、解体所の建物へと移動してきた一行は、早速行動に移った。

大型クレーンでエンジンが取り出され、黒姫も交えてのオーバーホールが行われた。

黒姫がメンバーに加わった理由としては、彼女曰く、『エンジンは自分の心臓であり、自分の心臓は、自分が一番よく知ってるから』との事である。

 

言葉通り、黒姫は自身が宿るエンジンのパーツや、その状態をあらゆる面まで知り尽くしていた。

クランクシャフトに負荷が掛かっていたとか、ボアアップに当たって、シリンダーボアやピストンストロークが、ボアアップ後を想定すると、今の状態では小さすぎるなどの問題点を次々と指摘したため、改造中に作業の手が止まる事は殆んど無く、順調に進んだ。

途中で、神子が差し入れとして軽食を作って持ってきたりしたお陰か、一行は徹夜すらものともせず、翌朝の7時頃に作業が終わってしまうと言う、ご都合主義満載な結果となった。

 

因みに、大幅なパワーアップを遂げたエンジンは、輝夫によって、『V型12気筒ディーゼルエンジン改』と命名された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、これで作業終わりやな。まさか3日程度で終わるとは思わんかったわ」

 

大型スパナを右手に持ち、腕で額の汗を拭いながら、祐介はそう言った。

 

「皆、ホントにありがとう。これで決勝戦では、思いっきり暴れられる!」

 

そう言って、紅夜は4人に頭を下げた。

 

「構わねえよ長坊。久々に大仕事が出来たから満足だぜ」

「それに、戦車の付喪神にも会えたからな。やっぱり、長生きはするモンだ」

 

輝夫は豪快に笑いながら言い、次郎は腕を組んで、ウンウンと頷いている。

 

「それもそうだけど………………エンジン掛けてみたら?出来映えを見たいわ」

「おっ!そりゃ良い!」

「やってみぃや、坊っちゃん」

 

神子の発案に他の3人も乗り気な反応を見せる。

 

紅夜は頷くと、黒姫を伴ってISー2の砲塔へと飛び乗り、キューポラを開けて車内に入ると、操縦席に腰かける。

 

「しかし黒姫よ、お前がやらなくて良いのか?」

 

その問いに、黒姫は頷いた。

 

「うん………………ご主人様にやってほしいの」

「そうか………………なら、ありがたくやらせてもらうぜ!」

 

そう言って、紅夜はイグニッションのボタンに指を触れる。

 

「さぁ、新たな目覚めだ!我が愛車よ!」

 

高らかに声を上げ、紅夜はボタンを押す。

 

低くモーターが唸りを上げ、やがてギュルギュルと音を立てる。

そして音は小さくなり、一同が首を傾げた瞬間、513馬力から615馬力に生まれ変わった、V型12気筒ディーゼルエンジン改が咆哮を響かせる。

マフラーから白煙を噴き上げる勇ましい姿に、建物内では歓声が上がった。

同様に、パンターやイージーエイトもチューンナップが施されており、エンジンが掛かる度に、一同は歓声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ、早速大洗の連中にお披露目だな!」

「「「「「おー!」」」」」

 

それから、3輌の戦車の出発準備が整えられる。

 

ISー2には紅夜と黒姫が乗り込み、パンターには輝夫と次郎が、イージーエイトには祐介と神子が乗り込んだ。

 

「そんじゃ………………Panzer vor!!」

 

紅夜はそう言って、ギアを入れてアクセルを踏み込む。

それに続いて他の2輌も動き出し、大洗女子学園へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗女子学園戦車道チームでは、行動不能となったポルシェティーガーを格納庫へと運び、自動車部のメンバーでの整備が行われていた。

それからみほの決定で、自動車部のメンバーがポルシェティーガーを駆り、決勝戦に参加する事が決まった。

 

そんな中、メンバーの中では、紅夜が帰ってこない事に不安を募らせている者も居た。

 

 

 

「それにしても、全員に秘密なんて、紅夜も水臭ェよなぁ~。せめて俺等には教えてくれても良かったろうに………………」

「そうだよなぁ~。だが祖父さん、こう言ったサプライズとかは徹底する主義だから、多分誰かに秘密で連絡してるとかも無いだろうな………………静馬、お前のトコに祖父さんからの連絡とかってあったか?」

 

達哉の呟きに付け加えると、大河は静馬の方を向いて言った。

そう聞かれた静馬は、首を横に振って答える。

 

「いいえ、全く無かったわ。試しに此方からラインしてみたけど、既読すら付かなかったもの」

「マジで?あの紅夜が既読を付けないなんて、珍しいわね~」

 

静馬の答えに、雅が意外そうな表情を浮かべて言う。

 

 

「紅夜君……………」

 

そんなレッド・フラッグのメンバーの会話を危機ながら、みほは不安そうな表情を浮かべていた。

 

そんな時、格納庫に1人の少女が恐る恐る入ってきた。

 

「に、西住さん………………」

「え?」

 

気弱そうな声にみほが振り向くと、其所には猫耳のカチューシャをつけたロングヘアの金髪を持ち、昔もののアニメでよくありそうなグルグル眼鏡を掛けた、若干猫背でありながらも長身である事が窺える少女が立っていた。

 

「あ、猫田(ねこた)さん」

「西住さん、知り合いなの?この猫田さんって人と」

 

みほの反応を見た静馬が訊ねる。

 

「うん。クラスメイトなの」

「あ、どうも………………僕ねこにゃーです」

『『『『『『ねこにゃー?』』』』』』

 

聞きなれない単語に、一同がそんな反応を返す。

 

「あ、僕オンラインの戦車ゲームやってて、そのユーザーネームです。気軽にねこにゃーって呼んでください」

「そ、そう………………それでねこにゃーさん、どうして此処に?」

 

微妙な反応をしながらも、取り敢えずねこにゃーと呼ぶ事にした静馬は、彼女が此処に来た理由を訊ねる。

 

「うん、その………………僕も今から戦車道、取れないかな?」

「え?」

 

猫田改めねこにゃーの思わぬ発言に、みほが声を上げる。

 

「是非、協力させてほしいの………………あ、操縦はね、慣れてるから………」

「本当!?ありがとう!」

 

思わぬ戦力の確保に、みほは嬉しそうに言うが、直ぐにその表情は申し訳なさそうなものと変わった。

 

「でも………………もう戦車が余ってないの」

「え?あの戦車は使わないの?」

 

申し訳なさそうにみほは言うが、ねこにゃーはそんな事を言う。

 

「『あの戦車』って?」

「駐車場に放置されてたんだけど………………」

「マジで!?行ってみようぜ!えっと、ねこにゃーさんだっけ?案内してくれ!」

「うん。此方です………………!」

 

そう言って、ねこにゃーが先に立って走り出し、一行はその後に続いた。

 

 

 

 

 

 

「へぇー、こんな所に三式中戦車があったなんて………………」

 

学園の駐車場に着いた一行は、屋根のある駐車スペースに放置されている三式中戦車を見る。

 

「え?コレ使えるんですか!?」

「ずっと置きっぱなしになってたから、使えないと思ってました…………」

「ってオイ!?」

 

どうやら1年生グループは、最初からこの戦車の存在は知っていたらしいが、使えないと思い、放置していたらしい。

そんな彼女等のコメントに、みほは苦笑を浮かべ、達哉はツッコミを入れた。

その後、ポルシェティーガーの整備を一時中断した自動車部のメンバーによって、三式中戦車も格納庫へと運ばれた。

 

 

 

 

「それでねこにゃーさんよ、他の乗員はどうなんだ?宛でも居るのか?」

「はい。もう仲間を呼んでますから、もうじき来るかと………………」

 

ねこにゃー以外の三式の乗員がどうなっているのかと言う達哉からの質問にねこにゃーが答える。

 

「「うわぁーっ!カッコいいーっ!」」

 

すると突然、格納庫の外で声がする。

一行が外に出ると、ピンクのカチューシャをつけ、右目に桃の眼帯をつけており、制服のシャツが短いのか、へそが見えている少女と、銀髪のロングヘアを後ろで束ねている少女が居た。

 

「あの2人がそうか?」

「はい。2人共オンラインの戦車ゲームしてる仲間です」

 

達哉の質問にねこにゃーが答えると、そんな会話に気づいたのか、2人が顔を向けた。

 

「あ、どうも。僕ねこにゃーです」

「あ、貴女が!?あ、私ももがーです!」

「私はぴよたんです」

 

ねこにゃーが名乗ると、ももがーと名乗った少女は慌てながら頭を下げ、逆に、ぴよたんは落ち着いた様子で名乗る。

 

「おおっ!ももがーにぴよたんさん!リアルでは初めまして」

「本物の戦車を動かせるなんて、マジでヤバイよねー!」

 

挨拶を交わした3人は、其々の心境を語り合う。

 

「いや、それはそれで良いけど、お前等リアルでは初対面なのかよ!?」

 

ねこにゃーの挨拶に、達哉は堪らずツッコミを入れる。

 

そんな様子にメンバーも苦笑を浮かべた、その時だった。

 

 

 

『諸君!我等は帰ってきたァァァァアアアアアアッ!!!!』

『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』

 

突然、空気をも揺るがす程の大声が響き渡り、その次の瞬間には、怪物のようなエキゾソート音が響き渡る。

 

一行が声の主の方へと目を向けると、その視線の先には………………

 

 

 

 

 

 

 

『待たせたなァお前等!長門紅夜とISー2、パンターA型とシャーマン・イージーエイト!派手にパワーアップして帰ってきたぜェェェェエエエエエッ!!』

 

両サイドに装甲スカートを取り付けられ、フェンダーも新しいものに換装されたISー2と、その砲塔の上に立ち、紅蓮のオーラを纏って雄叫びを上げる紅夜と、ISー2同様に、両サイドに装甲スカートを取り付けられ、フェンダーも取り換えられたパンターA型、そして、同じようにフェンダーを取り換えられたシャーマン・イージーエイトが裏口から走ってきていたのであった。



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第85話~お披露目とプチ騒ぎ、そして和解です!~

紅夜がレッド・フラッグの戦車3輌を秘密裏に改造し、それを持ってくる頃、大洗女子学園戦車道チームに、三式中戦車とポルシェティーガーが新たな戦力として加わった。

オンラインの戦車ゲームをしていたと言う3人--ねこにゃー、ももがー、ぴよたん--が三式中戦車に、そして自動車部の4人--ナカジマ、ホシノ、ツチヤ、スズキ--がポルシェティーガーを駆り、決勝戦に参加する事が決まった。

そんな時、紅夜が改造を終えた戦車を引っ提げて帰還してくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「お、おい……あれ、俺等のISー2だよな?…………何か、エンジン音がエライ事になってんだけど………………」

「それを言うなら、私達のパンターだって同じよ。前よりもエンジン音が大きいけど、何馬力にまで引っ張り上げたのかしら」

 

達哉は、今までとは比べ物にならない程の大きなエンジン音を響かせて走ってくるISー2に怯み、静馬も唖然とした表情を浮かべている。

そんな2人の会話を他所に、3輌の戦車は1列横隊の隊列を組み、大洗チームのメンバーの真ん前で止まった。

 

『よぉ!待たせたな!』

 

紅夜はそう言って、ISー2の砲塔から飛び降りる。

2,7メートルと言う高さから飛び降りても平然とした様子で、紅夜は大洗の面々に歩み寄る。

すると、パンターやイージーエイトのハッチも開き、他の4人が次々に降りてくる。

 

「おおっ!照夫のオッチャン!ひっさしぶりー!」

 

パンターから降りてきた輝夫を視界に捉えると、達哉は嬉しそうに言いながら向かっていった。

 

「達哉か!久し振りだなぁ!」

 

輝夫はそう言いながら、達哉の頭をクシャクシャと撫で回す。

他にも、次郎や祐介、そして神子も降りてきて、レッド・フラッグのメンバーが彼等に群がり、久々の再開を喜ぶ。

 

「えー、ちょっと良いですかね?」

 

だが、何時までもそうしてはいられない訳で、杏がすまなさそうに声を掛けた。

輝夫達4人やレッド・フラッグのメンバーはハッと我に返り、杏の方を見る。

 

「再開を喜んでる所に悪いんですけど………………どちら様ですかね?」

 

杏がそう訊ねると、輝夫が4人を代表するかのように前に出て言った。

 

「俺は穂積輝夫。長坊達レッド・フラッグの連中が、未だ現役だった頃に整備士をしていたモンだ」

 

そう言うと、他の3人も前に出て名乗りを上げる。

 

「ワシは山岡次郎。同じようにレッド・フラッグの戦車の整備士をしておったよ。今では解体所の主任だ」

「俺は沖海祐介。この近くのコンビニでバイトしてる」

「その妹の沖海神子。今は浪人生よ」

 

4人が名乗ると、今度は杏が前に出た。

 

「大洗女子学園生徒会長、角谷杏です。それで、アッチに居るのが、私達大洗女子学園戦車道チームの隊長、西住みほです」

 

杏がそう言うと、紹介されたみほは慌てながら頭を下げた。

 

「おう。長坊が何時も世話になってるな!」

「いえいえ、紅夜く………もとい、長門君達は、試合の時には何時も頑張ってくれてますからお互い様です」

 

輝夫が親しみやすい性格だからか、杏は敬語を使いながらも、すっかり何時もの調子を取り戻していた。

4人の中では唯一の女性である神子には沙織が真っ先に近づき、やれ『男にはモテるのか』などの質問をしていた。

 

 

 

 

 

「すっかり打ち解けちまったな」

 

そんな様子を見ながら、紅夜はISー2に凭れ掛かって呟いた。

 

『それで良いと思うよ?仲良くなるに越した事は無いもの』

「言われりゃそうだな」

 

返してきた黒姫に、紅夜も頷く。

 

すると、不意に杏が紅夜に言った。

 

「そういや紅夜君、君のISー2運転してきたのは誰なの?」

 

その質問に、大洗チームや紅夜以外のレッド・フラッグのメンバーの視線が集中する。

 

「(ヤバッ!そういや俺、あの時砲塔の上に乗ってたんだった!)」

 

紅夜は冷や汗を流しながら、作り笑いを浮かべて言った。

 

「お………………自動操縦(オートパイロット)です」

『『『『『『『『『『『嘘つけ!』』』』』』』』』』』

 

苦し紛れの言葉に、メンバー全員からのツッコミが炸裂した。

 

「紅夜ぁ~、お前何か隠しちゃいねえか?」

「(ギクッ!)い、イヤイヤイヤ、そんな訳無いじゃん?」

「ふーん?」

 

達哉に言い寄られ、紅夜の額からは冷や汗が滝のように溢れてくる。

そんな時………………

 

「隙あり!」

「あっ!?」

 

達哉が紅夜の気を引いている内に上ったのであろう、翔がISー2のキューポラを開けて車内に入ったのだ。

 

「………………」

『『『『『『『『『『『………………』』』』』』』』』』』

 

翔が車内に入ったきり、何の反応も返されない。

輝夫達4人が笑いを堪えている中で、大洗チームの面々には緊張が走っていた。

 

やがて、ISー2のキューポラがゆっくりと開かれ、其所から翔が出てきた。

翔は地面に降り立つと、体をガタガタと震わせながら言った。

 

「む………………無人だった………………」

『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』

 

そのコメントに、大洗の面々は凍りつき、紅夜は駄目だったかとばかりに、額に手を当てて溜め息をついた。

 

『失礼ねぇ、6年以上一緒に戦ってきた相棒が見えないって言うの?』

 

そんな声がすると、大洗の面々は辺りを見渡すが、何処にも声の主らしき姿は見当たらない。

 

「やれやれ………………黒姫、もうそろそろ出てきて良いぞ」

 

紅夜がそう言うと、ISー2のエンジンが独りでに掛かり、動き出す。

 

「うわぁぁぁぁあああああっ!!?幽霊戦車ぁぁああああっ!!!」

「いや、幽霊じゃねえよ!?」

 

幽霊などのオカルトチックなものが大嫌いな麻子は阿鼻叫喚の叫び声を上げながら、近くに居た達哉に抱きつく。

紅夜がすかさずツッコミを入れるが、パニック状態に陥った麻子は聞く耳を持たない。

 

「柚子ちゃぁぁあん!長門の戦車には戦死者の魂が取りついてるんだぁぁああっ!!」

 

桃でさえパニックを起こし、柚子に抱きついている。

 

因みに、それを見ている輝夫達4人は腹を抱えて大爆笑していた。

そんな傍らで、ISー2が紅夜に寄り添うようにして止まる。

 

『賑やかな所だよね、ご主人様♪』

「そんな呑気な事言ってる場合じゃねえよ黒姫!つーかマジで!誰かこの状況をどうにかしてくれやァァァァアアアアアッ!!」

 

そんな4人と黒姫に、紅夜はそう叫んだと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『『『『『『『付喪神?』』』』』』』』』』』

「そう。俺のISー2に、結構前から取りついてたみたいなんだよ」

 

あれから数分程経ち、パニックが何とか収まり、紅夜は黒姫の説明をしていた。

 

「凄いねぇ~、そんなオカルトチックな話が実在するなんて」

 

杏はそう言いながら、黒姫を物珍しそうに見ながら周りを歩き回る。

 

「そういや、この子に名前ってあるの?」

「ええ。黒姫って名付けてもらったわ。ご主人様にね♪」

 

名前はあるのかと質問した杏にそう答えると、黒姫は紅夜の右腕に抱きつく。

 

「戦車にも好かれるなんて………………どれだけ女を増やせば気が済むのよ、あのバカ紅夜は………………」

 

そう言って、静馬は不満げに頬を膨らませる。

 

「つくづく、祖父さんって何者なんだよって思っちまうよなぁ~。あんなの見せられたら」

 

後頭部で両手を組み、大河はそう言って、煌牙と新羅は同感だとばかりに頷いている。

 

 

そんな事もありつつ、紅夜はパワーアップした戦車の説明を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっとだ、先ず俺等ライトニングのISー2だが、見ての通り、両サイドに厚さ10ミリの装甲スカートを取り付けてる。それから、増加装甲による重量増加で低下する機動力を補うため、エンジンを改造して、615馬力にまで引っ張り上げた」

「大体、プラス100馬力にしたって訳か………………結構な事になったな」

 

ISー2のエンジングリルに触れながら、勘助がそう呟いた。

 

「それで、次はレイガンのパンターだが、先ずは俺等のISー2と同様、両サイドに装甲スカートを取り付けた。コイツの厚さは5ミリだ。それから砲塔に発煙弾発射器を付けて、馬力も730馬力に引き上げた。それから言い忘れたが、ISー2とパンターのフェンダーも少しばかり長くしてる。スモーキーのイージーエイトは、残念ながら増加装甲を付けれそうになかったから、フェンダーを新しいのに取り替えるだけになった。そんで、エンジンは440馬力にまで上げといたぜ」

「それを3日でやったの?凄いわね」

 

和美が言うと、紅夜は黒姫の頭に手を置いて言った。

 

「まぁ、それについてはコイツの知識を借りたって感じだな。オーバーホールの時なんてホントに助かったぜ」

 

そう言って、紅夜は黒姫の頭を撫で回し、黒姫は気持ち良さそうに紅夜に擦り寄った。

 

「とまあ、こんな感じで俺等の戦車のパワーアップは出来たって訳なんだが………………如何でしょう?」

「十分すぎるね」

 

紅夜の質問に、杏は即答で返した。

 

「でも、どうして其処までしてくれるの?一応私達、君等を利用してたんだよ?」

 

杏がそう訊ねると、雅と亜子の表情が険しくなる。準決勝の時の事を思い出したからだろう。

 

「どうして其処まで、か………そう聞かれると、答えるのが難しいな……コイツ等を改造するのは、プラウダとやり合う前から計画してたモンだし………………」

 

そう呟きながら、紅夜は後頭部を掻いた。

 

「まぁ強いて言えば、『この試合に勝ちたいから』………だな………」

「それだけなの?」

 

紅夜の答えに、静馬は怪訝そうに訊ねる。

紅夜は、そんな静馬を横目に見て言った。

 

「静馬よ。『それだか』とか言ってやがるが、そもそも良く考えたら、この学校が全国大会で優勝出来なかったら、此処は廃校になる。そうなれば、此処に居るメンバー全員がバラバラの学校に転入させられちまう」

「ッ!」

 

その言葉に、静馬や他のメンバーもハッとした表情を浮かべた。

 

「俺や達哉とかみてぇに学校に通ってねぇ奴なら、未だどうにかなったかもしれん。だがな静馬、お前等みてぇに学校に通ってたなら話は別だ。其々に新しい転入先が紹介されるとは思うが、その際に皆、同じ学校に転入出来る訳がねぇ。必ず誰かは、別の学校に転入する事になる。そうとなれば、俺等レッド・フラッグも解散って事になっちまう」

 

そう言い終えると、紅夜は深く溜め息をついてから言った。

 

「結局の所、どっちもどっちなんだよ。角谷さん等が廃校阻止のために俺等を利用してたなら、俺等はチーム解散阻止のために此処を利用してたって言っても過言じゃねぇ」

『『『『『『『『『『『………………』』』』』』』』』』』

 

紅夜がそう言うと、メンバー全員が目を伏せる。先程まで大爆笑していた4人も、こればかりには何も言わず、神妙な面持ちで聞いていた。

 

「………………なんて、これはちょっと前に気づいた事なんだけどな」

 

そう言って、紅夜は苦笑を浮かべながら後頭部を掻く。

 

「だからさ、角谷さん」

「な、何?」

 

突然声を掛けられ、杏はビクリと反応して、上ずった声で返事を返し、紅夜の方を向いた。

「もう、俺等を利用してたとか言って気にするのは止めてくれ。俺等だって知らん間に同じような事をしてたんだ、これで相子だ。謝るのも謝られるのもナシだ………………これで、どうだ?」

「………………ッ!うん!」

 

杏は目尻に涙を浮かべながら頷く。

紅夜も頷くと、雅と亜子に向かって言った。

 

「お前等も、これで文句はねぇな?」

「う、うん………………」

「あんなの聞かされたら、もう文句は言えないわよ」

 

2人の納得も得て、紅夜は再び頷いた。

他のメンバーも方を向いて視線で問いかけると、全員が頷いていた。

 

「そんじゃ………………此処に、大洗女子学園戦車道チームと、レッド・フラッグの和解を宣言する!」

『『『『『『『『『『『はい!』』』』』』』』』』』

 

かくして、2つのチームにあった微妙な空気は取り払われた。

そうして関係を結び直した両チームは、来る決勝戦に向けての準備を始めるのであった。



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第86話~決勝戦前最後の日常です!~

オンラインの戦車ゲームをしていたと言う3人--ねこにゃー、ぴよたん、ももがー--と、自動車部の4人--ナカジマ、ホシノ、ツチヤ、スズキ--が、其々三式中戦車、ポルシェティーガーを駆り、全国大会決勝戦に出場する事が決まったこの日、レッド・フラッグの戦車3輌の改造を終えた紅夜が戻ってきた。

IS-2の付喪神--黒姫--を仲間に加えつつ、準決勝以来からギクシャクしていた、大洗女子学園戦車道チームとレッド・フラッグの和解も成立する。

残すは決勝戦。彼等はどのようにして挑むのか………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、何とかチーム同士の和解は成立したな」

 

家に戻ってきた紅夜は、ズボンのポケットから家の鍵を取り出しながらそう呟いた。

 

「そうみたいだね。何があったのかは知らないけど、仲違いしてたなら、ちゃんと仲直りした方が良いよね」

 

紅夜の後ろに立っていた黒姫が、ウンウンと頷きながら言った。

 

彼女が紅夜と一緒に居る理由としては、練習が終わってからライトニングのメンバーが集められ、『黒姫をどうするか』と言う話し合いを行ったのだが、其処で彼女の世話役として、紅夜が真っ先に推薦されたのだ。

長年共に戦ってきた相棒だとは言え、流石にそれが人間の………………それも、女性の姿になって出てきたと来れば話は別だ。

それに、黒姫が紅夜に懐いているのを見る限り、他のメンバーでは無理だと言う結論に至り、黒姫は紅夜と共に生活する事が決定されたのだ。

この決定に、静馬やみほ、優花里、華が複雑な表情を浮かべていたのは余談である。

 

「さてと………………ホラ黒姫、入ろうぜ」

「うん♪」

 

ドアを開け、入るように促されると、黒姫は嬉しそうに返事を返し、中に入っていった。

そうして、紅夜は黒姫に家の中を案内して回った。

 

「………………最後に、此処が俺の部屋だ」

 

紅夜はそう言って、自室のドアを開けた。

 

部屋は8畳程の広さだが、その割には家具が少なかった。何せ、置かれている家具はベッドと机だけなのだから。

それに当然ながら、この2つの家具は壁にくっつくような配置となっているため、必然的に真ん中のスペースがガラ空きになるのだ。

 

「因みに、お前の部屋はこの向かいだ。綾が泊まりに来る時用の部屋だから、軽く掃除機をかける程度で十分だろう。それと着替えなら、綾のを使えば良い。彼奴、知波単の学園艦に住んでるのに何着か此処に残していきやがったからな………………その辺りに関しては、文句は言わせないさ」

 

そう言って、紅夜は部屋のドアを閉めた。

 

「さて、夕飯まで時間はあるから、テレビでも見て寛ごうぜ」

「うん」

 

そう返事を返し、2人は1階へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、黒姫さん?ちょっと近すぎではありませんかね?」

 

リビングに入り、テレビを付けてソファーに腰掛けたのだが、密着してくる黒姫に、紅夜はたじたじになっていた。

 

「そう?私はそうとは思わないけど」

 

そう言いながら、黒姫は紅夜の肩に頭を預けた。

 

「ところで、ご主人様の両親はどうしてるの?」

「本土で生活してるよ。この時期辺りで手紙が届いたりするんだがな………」

「そうなんだ………………そう言えば知波単に住んでる妹さんって、確か練習試合の時、五式戦車に乗ってた子だよね?」

「まあな。試合が終わってから、『今度泊まりに行くから!』とか言ってたなぁ」

 

知波単学園との練習試合の時を思い出し、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「彼奴はしっかり者でな、ちょくちょく物忘れをする俺とは大違いなんだよ」

 

紅夜がそう言うと、黒姫はクスリと笑みを溢した。

 

「確かに。ご主人様って、現役時代は点呼を取るのを忘れる事がよくあって、それを静馬が咎めてたもんね~」

「ああ。今思えば、そんな事もやらかしてたなぁ~」

 

黒姫の言葉に、紅夜がそう返す。そんな2人のやり取りは、まるで年寄りのようだった。

 

そうしている内に時間は流れ、2人は夕食を摂る。

その後、紅夜は黒姫を先に風呂に入れ、綾の部屋から着替えになりそうなジャージを持ち出すと、脱衣所に置いた。

 

 

 

「ふぃ~、まさかいきなり家族が増えるとは思わなかったなぁ」

そう呟いていると、紅夜のスマホがラインのメッセージの着信を知らせる。

 

「誰から………………おっ、静馬か」

『紅夜、新しい同居人との生活が始まる訳だけど、何か不安とかは無い?』

 

そのメッセージに、紅夜は直ぐ様返事を返した。

 

『まぁな。始まったばかりだから、未だ何とも言えねえがな』

『そう………………まぁ、順調なものになるのを祈るわ。それから………………』

 

そのメッセージが送信され、暫くの間が空けられる。

それに首を傾げていると、1通のメッセージが送られた。

 

『その子とお盛んになる事だけは………………ユルサナイワヨ?』

「恐いなオイ!?」

 

最後に片仮名で送られたメッセージに、紅夜は堪らずツッコミを入れる。

 

そんな時だった。

 

「ご主人様~」

風呂場から、黒姫が呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「おー、どうした~?」

ソファーに凭れながら、首だけを、閉められた脱衣所のドアの方に向けて問い掛けると、紅夜の耳を疑うような返事が返された。

 

「服のサイズが合わないの。ちょっと来てよ~」

「………………はあ?」

 

その言葉に、紅夜は間の抜けた声を溢してしまった。

 

「(オイオイ、服のサイズが合わないだけなら分かるが、来てくれとは言わねえだろ普通)」

 

そう思いながら、紅夜は一先ず、脱衣所へと向かった。

 

「服、キツいのか?」

「うん………胸が苦しいよ………ホラ」

「どわぁっ!?」

 

突然、脱衣所のドアが開けられ、紅夜は前のめりに脱衣所へと入ってしまった。

 

「危ねぇ危ねぇ、もう少しで顔面から床に倒れ込むトコだった………………オイ黒姫、いきなり開けたら危ねぇだろ……う………が…」

 

紅夜はそう咎めながら顔を上げるが、それが不味かった。

 

服のサイズが合わないとなれば、黒姫が服を着ていないのは明確な事。

そして紅夜の視界に飛び込んできた光景は………………

 

 

 

--未だにバスタオルを体に巻き付けているだけの黒姫の姿--だった………………

 

「………………スミマセンデシタ」

 

その後、紅夜は黄色のタコ型生物顔負けの速度で後方宙返り土下座を決めたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かった………………いや、もう………本当に悪かった………」

 

それから、紅夜は自分のジャージを貸す事になり、ズボンのゴムなどを黒姫に合うように調節した後、彼女とリビングに向かい、其所でも土下座で謝罪していた。

それを見た黒姫は、可笑しそうに笑っていた。

 

「ご主人様、私に会ってからエッチなハプニングによく遭うよね~。初めて会った時なんて、胸を揉んだ上に埋めてくるんだもん♪」

「ウグッ!………………誠に申し訳ありませんでした」

 

グサリと胸に刃物が突き刺さったかのように仰け反ると、紅夜はまた、深々と頭を下げた。

 

「フフッ、別に良いよ。あれが事故だって事は、私もちゃんと分かってるから」

「そう言ってもらえるのが、何よりの救いだよ」

 

苦笑を浮かべながら、紅夜は頭を上げる。

 

「それに……………」

「?『それに』………………何だ?」

 

不意に、黒姫が話を切り出そうとした。

紅夜は首を傾げ、話の続きを促す。だが、黒姫は一向に口を開かない。

時折、『あー、うー』と口ごもって目を泳がせ、紅夜と目が合っては、赤面して顔ごと目線を逸らす。

 

そうしていると、漸く決意を固めたのか、紅夜に向き直った。

 

「私はIS-2の付喪神。そして、この身はご主人様である貴方のもの………私の身も心も、全て、貴方にだけしか委ねられない………つまり、私は貴方の所有物………………そう、あの時みたいに胸を揉む事や顔を埋める事なんて、いくらでもさせてあげるわ」

「………………」

顔を赤くしながら言う黒姫に、紅夜は沈黙を返した。

目は丸く見開かれ、時折パチクリと瞬きをしている。

 

「………な、何とか言ってよぉ………」

 

流石に気まずくなったのか、黒姫は涙目で言う。

 

「あーいや、まさかそんな事を言われるとは思わなくてな………………」

 

紅夜はそう言って、照れ臭そうに後頭部を掻く。

 

「つーか、まぁ………………言い方は大袈裟だったが、お前が其処まで俺を信頼してくれてるってのは、良く分かった……純粋に、嬉しいって思えるよ………………ありがとな」

「~~~~ッ!?」

 

紅夜がそう言って微笑みかけると、黒姫の顔がトマトの如く真っ赤に染まり上がった。

 

「ちょ、おい!?顔真っ赤だぞお前!熱でも出たか!?」

 

そんな黒姫に、紅夜は大慌てでクローゼットへと飛びかかり、扉を勢い良く開け放って救急箱を取り出すと、何故かその箱の中に入れられていた冷えピタシートを取り出すと、黒姫の額に貼り付け、そのまま黒姫が何かを言い出そうとする前にお姫様抱っこで持ち上げると、2階の綾の部屋へとかけ上がり、ベッドに寝かせる。

 

「ふぅ………………そんじゃ、俺も風呂入ったら2階に上がるから、何かあったら呼べよな?」

 

そう言って、紅夜は部屋から出ていった。

 

「あ、ちょ!」

 

呼び止めようとする前に、ドアは閉められてしまう。

 

「はぁ~あ、ホントにご主人様は鈍感だなぁ。アレ、『本当に《襲・っ・て・も》良いよ』って意味だったのに。信頼してるって誤解しちゃって……まあ、信頼はしてるんだけどね………………」

 

黒姫はそう呟きながら、枕に頭を預ける。

 

「あの時、捨てられてた私を見つけてくれて、直してくれた………………また、試合で戦うチャンスをくれた、私のご主人様………………」

 

そう呟きながら、黒姫は右腕を天井へと伸ばし、目を閉じる。

浮かんでくるのは、自分と紅夜が初めて会った時の光景。

 

 

 

 

 

 

 

 

東京の田舎の山の中に、パンターやイージーエイトと共に放置されていた自分を紅夜が見つけ、輝夫達を連れてきた。

そして修理され、今のレッド・フラッグのメンバーが続々と加入してきたのだ。

 

「見つけてくれた時は……嬉しかったな………………」

 

そう呟くと、独りでに小さな涙が溢れてくる。

それを指で拭っていると、ドアがゆっくりと開かれ、紅夜が入ってきた。

 

「黒姫………未だ起きてるのか………?」

「ご主人様………?どうしたの?」

 

紅夜が自分の元を訪ねてきた事に、黒姫は疑問を覚える。

 

「いや、風呂から上がってきた訳だが、あれからどうだ?辛くないか?」

 

どうやら紅夜は、本気で自分が熱を出していると思っているらしい。

そんな紅夜を面白く思いながら、黒姫は首を横に振って言った。

 

「大丈夫よ、もう平気」

「そっか………………それを聞いて、俺も安心したぜ」

 

そう言って、紅夜は部屋のドアから一歩、廊下へと下がった。

 

「そんじゃ、俺も寝るわ。お前も早く寝ろよ~」

 

そう言って、紅夜がドアを閉めようとした時だった。

 

「ッ!待って!」

 

その行動に待ったをかけ、紅夜を引き留める。

 

「………?どったの?」

 

閉まりかけていたドアを再び開け、紅夜は訊ねる。

黒姫は掛け布団を顔の辺りにまでかぶると言った。

 

「1つだけ………………ワガママ、聞いてほしいの………………」

「ん?……まぁ、別に滅茶苦茶なモンじゃなければ聞くけど………………何だ?取り敢えず言ってみろよ」

 

紅夜がそう言うと、黒姫は顔を赤くしながら言った。

 

「一緒に、寝てほしいの………………駄目?」

「そんな事か………別に良いぜ」

 

そう言うと、紅夜はそのまま部屋に入ってくる。

部屋のドアは閉められ、常夜灯の僅かな光が部屋を照らす。

黒姫は壁側に寄り、紅夜を迎え入れる。

 

布団に入ると、紅夜は黒姫を抱き締めた。

 

「ご、ご主人様……!?な、何を………………!?」

 

突然抱き締められ、黒姫は赤面して慌て出す。

 

「んー?別に大した理由はねぇんだが………………何と無くこうした方が良いような気がしてさ。まぁお前が嫌だってんなら止めるけど」

 

そう言うと、黒姫は紅夜の胸板に顔を埋めたまま、首を横に振った。

 

「そうか………………それじゃ、お休みな」

 

そう言うと、紅夜は大して間を空けずに寝息を立てる。

それによって抱き締める力が緩むと、黒姫は顔を上げ、紅夜の寝顔をまじまじと見つめた。

 

「まさか、もう立場が逆転するなんてね。流石はご主人様と言うか………………でも、温かくて、安心出来るよ」

 

そう言うと、黒姫は紅夜にそっとキスをした。

 

「お休みなさい………………私の愛しいご主人様♪」

 

そう言って、黒姫も睡魔に身を任せ、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、紅夜は夢を見た。

 

 

 

 

 

 

近い将来、自分の身に降り掛かる、残酷な夢を………………

 

 

 

 

 

 

 

 

その夢の中で

 

 

 

 

紅夜は………………

 

 

 

 

死んだ



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第87話~遂に明日は決勝戦です!~

祝!
90話突破!



その日の夜、紅夜は夢を見た。

 

視線の先に広がるのは、黒煙を上げて行動不能を示す白旗が飛び出ている何輌もの戦車。

そんな中で、未だ生き残っている戦車が、熾烈な砲撃戦や、車体をぶつけ合っての肉弾戦を繰り広げている。

 

流れ弾なのであろう砲弾や銃弾が飛んでくるものの、自分に当たらないと言う時点で、紅夜はこれが夢の中であると悟った。

 

「(それにしても、随分と過激な夢だな………………)」

 

そう思いながら見ていると、その表情は驚愕に染まり上がった。

 

「(なんで………………なんでその場に、俺が居るんだ!?つーか、蓮斗も居る!?)」

その視線の先には、見覚えのある1輌の戦車と、その車長と思わしき、鮮やかな緑髪をポニーテールに纏めた1人の青年。そして、ティーガーと見える戦車と、黒髪をポニーテールに纏めた青年の後ろ姿。

そして、他の戦車を見渡した時、紅夜は目の前で戦っている戦車達の中に、自分のチームが交じっている事に気づいた。

 

「(一体、何がどうなったらこんな大規模な戦争になるんだよ………………)」

 

心の中でそう呟いた、次の瞬間!

 

「がッ!?」

「(ッ!?)」

 

突然、目の前に居るもう1人の紅夜が仰け反り、IS-2の砲塔から転げ落ちた。

それを見た紅夜は、反射的にもう1人の自分に駆け寄る。

 

「お、おい!どうした………………ッ!?」

 

転げ落ちたもう1人の自分を見た時、紅夜は固まった。

もう1人の自分の右の胸から血が流れ出ているのだ。

夢の中の紅夜は、自分に向かって呼び掛ける現実世界の紅夜の言葉が聞こえていないのか、紅夜の呼び掛けを無視して起き上がると、あろうとこか、IS-2の履帯を覆うサイドスカートを、己の腕力だけでもぎ取ったのだ。

 

「クソが……あの…眼鏡野郎………!」

 

喘ぎ喘ぎに言いながら、紅夜はもぎ取ったサイドスカート片手にIS-2へとよじ上る。

そして砲塔の上に立つと、前方の戦車のキューポラから上半身を覗かせた、眼鏡を掛けた中年程の男が下卑た笑みを浮かべ、拳銃を何発も撃つ。

 

「ぐっ!………………こんのぉぉおおおおお!イカれたクソ眼鏡野郎がァァァァァァアアアアアアッ!!!」

 

怒鳴り声だけで衝撃波すらも起こしそうな怒号を響かせ、夢の中の紅夜は、もぎ取ったサイドスカートを槍投げのようにして投げ、眼鏡を掛けた男に投げ当てる。

 

「Ha-ha!ざまあみやがれ!連盟のクソ野郎がァァァァァァアアアアアアッ!!!」

 

IS-2の砲塔の上で雄叫びを上げると、紅夜は血の泡を吐きながら、崩れ落ちるかのように車内に引っ込む。

暫くすると、紅夜を除くIS-2の全乗員が出てきた。

「(おい、夢の中の俺よ………………一体何をする気なんだよ?)」

 

そう思っていると、キューポラから紅夜が上半身を覗かせた。

 

「さて………………じゃあ、これが俺の、最後の試合だ!」

 

そう叫ぶと、紅夜を蒼い炎のようなオーラが包む。

すると、紅夜を乗せたIS-2は、目の前に居る戦車目掛けて突っ込んでいった。

 

「(おい、まさかとは思うが………………)」

 

紅夜は嫌な予感がするのか、額に冷や汗を流し始める。

そして、その時は訪れた………………

 

紅夜を乗せたIS-2が敵の戦車に激突した瞬間、大爆発を起こしたのだ!

 

「ッ!?」

 

その光景に、紅夜は言葉を失ってその場に崩れ落ちる。

燃え盛る炎の中から敵の戦車がキュラキュラと音を立てながら出てきて、動きを止めた。

その炎の中から自分の戦車が出てくる事は………………決して、無かった………………

 

あまりの光景に紅夜は、そのまま仰向けに倒れてしまい、意識を失った………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………人…ま……しゅ……さま…………ご主人様!」

「うわぁッ!?」

 

聞き覚えのある声が大音量で聞こえ、紅夜は跳ね起きる。

 

「きゃっ!?………………もう、ご主人様ったらどうしたの?寝る前は私を抱き締めて気持ち良さそうに寝てたのに、何か目が冴えたから起きてみたら、急に魘され出して、おまけにベッドから落ちるし………………て言うか、汗ビッショリじゃない!」

 

驚きながらそう言って、黒姫は紅夜が落ちたと言うベッドを指差した途端、その標的を紅夜の寝間着に変えて叫んだ。

黒姫の言う通り、紅夜の寝間着にはかなりの量の汗が染み込んでおり、灰色の生地が黒に近くなっている。

 

「これじゃ風邪引いてしまうわ!早くシャワー浴びないと!」

黒姫はそう言って、紅夜を無理矢理立たせて押し始め、そのまま1階にまで降りると、真っ直ぐに脱衣所へと向かい、ドアを開けて紅夜を押し込んだ。

 

「着替えは私が取ってくるからね!」

 

そう言って、黒姫は階段をかけ上がっていった。

 

「………………まぁ、取り敢えずシャワー浴びとくか」

 

紅夜はそう呟くと、汗を吸い込んだ寝間着を脱いで洗濯機に放り込むと、風呂場へと入るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪夢を見た?」

「ああ。それが壮絶なまでのモンでな………………何か、近い将来に起こりそうで、マジで恐かったぜ」

 

シャワーを浴び終わり、黒姫が持ってきたパンツァージャケットを着て朝食を摂った紅夜は、黒姫から何があったのかを聞かれており、昨晩見た夢について話していた。

 

その夢に、自分やレッド・フラッグのメンバーが登場し、何やら良く分からない集団と戦っており、自分が相手戦車の車長と思わしき男に拳銃で撃たれ、IS-2からもぎ取ったサイドスカートを投げつけ、挙げ句には相手戦車目掛けて特攻を仕掛けたと言う光景を目の当たりにしたなどと、その時の光景を語っていた。

 

語り終えると、紅夜は一瞬身震いする。

常に陽気で、どんな逆境でも平常運転で居られるような紅夜でも恐がる事があるのかと思いながら、黒姫は、昨日紅夜に抱き締められたように、紅夜を抱き締め、自分の胸に埋めた。

 

「むぐっ!?」

 

突然の事に、紅夜は慌てて抜け出そうとするが、黒姫は一層強く抱き締めてそれを阻むと、紅夜の頭を撫で始めた。

 

「大丈夫よ…………」

 

『大丈夫』………………ただ一言だけ放たれた言葉だが、長年の付き合いを持つ戦車からの言葉は、紅夜を安心させるには十分な効果があった。

 

「………ありがとよ………」

 

モゴモゴと言いづらそうにしながら、紅夜はそう言った。

 

「うん♪」

 

そんなやり取りもあり、2人は大洗女子学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅夜が悪夢で魘された?」

 

格納庫に着くと、生徒会メンバーの3人を除いた全員が集まっていた。

3人が来るまでの間、黒姫は静馬と話をしていた。

 

「うん。なんでも、ご主人様が相手戦車の車長から拳銃で撃たれて、それから特攻して自爆するって夢だったらしいよ。それに、その夢にはレッド・フラッグのメンバー全員居たらしいし」

「そう………………それで、今では大丈夫なのよね?」

 

その問いに、黒姫は頷いた。

 

「なら良かったわ………………おっと、生徒会メンバーがお出でなすったわよ」

 

静馬がそう言って格納庫の外を見ると、戦車搬入口から生徒会メンバーの3人が入ってきていた。

それを見た他のメンバーは、一斉に3人へと向き直る。

 

「えー、お前達。今日この時まで本当にご苦労であった。昨年までは無名だった我が校が此処まで上り詰めて来られたのは、諸君等の健闘、そしてレッド・フラッグの健闘あってのものだ………………そして、明日はいよいよ決勝戦。相手は黒森峰女学園だ」

 

桃が言うと、メンバーの中に緊張が走る。

 

「全校生徒や学園艦の人達からの期待も高まってきてるから、頑張ってよ~」

 

如何にも軽い調子で、杏が言う。

 

「今日は明日に備えて、戦車の整備に当たれ!」

『『『『『『『『『『『はい!』』』』』』』』』』』

 

そう返事を返し、メンバーは戦車の整備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇー、Ⅳ号をH型仕様にしたのか」

 

あんこうチームの元にやって来た紅夜は、小豆色に塗装され、砲塔と履帯にシュルツェンを取り付けられたⅣ号戦車を見て言った。

 

「ええ!マークⅣスペシャルですよ!」

 

戦車好きの優花里が嬉しそうに言う。

 

「大戦時にコイツを撃破したソ連軍の人が、『ティーガー撃破だ!』とか言って喜んでたのに、その大半はコイツだったんだよな」

「まぁ、この仕様となったⅣ号は、影だけ見ればティーガーにそっくりですからね」

 

紅夜がⅣ号を見ながら呟くと、優花里は苦笑を浮かべながら言う。

 

「そう言えば、カメさんチームの38tがヘッツァーになってたわね。小山先輩曰く、『結構無理矢理な組み上げだった』って………………」

「でも、ヘッツァーの主砲の威力は今のⅣ号のと同等ですから、多少無理矢理でも仕方無いとは思いますよ」

 

話に入ってきた静馬に、優花里が言った。

 

「ねぇ紅夜君、ちょっと良い?」

 

其処へ、自動車部のメンバーを連れたみほがやって来た。

 

「ん?どったの?」

話を止めた紅夜が振り向き、訊ねる。

 

「レオポンチームの人達が、ちょっと話があるって」

「………………レオポン?何それ?」

 

みほが言った『レオポン』と言う単語に、紅夜は首を傾げる。

 

「ああ、自動車部の人達のチーム名なの。ホラ、あれ見て」

 

そう言うと、みほは格納庫の奥を指差す。

其所には、砲塔にライオンが描かれたポルシェティーガーが停められていた。

 

「成る程、そう言う事か………………りょーかい」

 

紅夜はそう言うと、自動車部のメンバーの元へと向かった。

 

其所でナカジマから、自分達の戦車にある《モノ》を付けたいと頼まれ、紅夜は訳の分からぬままに受けた。

 

そんな事もありつつ、その日の活動は終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遂に、明日だね」

「ああ………………」

 

活動を終え、家に帰ってきた紅夜と黒姫は、リビングで寛ぎながら話していた。

 

「久し振りだよね………………『決勝戦前日』って日を過ごすなんて」

「ああ………………こんなの、ほぼ1年ぶりだぜ」

 

懐かしむようにして言う黒姫に、紅夜は頷いた。

自分のチームが戦車道同好会チームのリストから除名され、もう試合に出る事が叶わなくなった頃からは、想像もつかなかった事だ。

 

「そんじゃ………………久々に出られる決勝戦なんだ、《アレ》を使うか」

 

紅夜はそう言うと、一度2階に上がり、部屋のクローゼットにしまわれてあった大きめの箱を取り出して降りてくると、箱の中身が分からずに首を傾げる黒姫の前に箱を置き、自慢気に開けた。

 

「ッ!ご主人様……コレって………」

 

驚愕に目を見開き、紅夜と箱の中身を交互に見やる黒姫に、紅夜は微笑みかけた。

 

「そうだ。本当なら現役時代から着けようと思ってたんだが、結局着ける事が叶わなかったアイテム………………『タコホーン』だ!」

 

そう言って取り出されたのは、黒いコード付きのヘッドフォンと、そのコードと繋がっているスロートマイクだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日、遂に決勝戦が始まる。



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第12章~全国大会決勝戦!VS黒森峰女学園!~
第88話~決勝戦当日です!~


早朝。未だ太陽が昇ってこないこの時間、此処、北富士演習場の草原地帯に、数台の黄土色のジープとトラックが停車した。

サイドにピザのマークを付けた車………………そう、この車の乗員は、全員アンツィオ高校戦車道チームのメンバーなのである。

 

 

 

 

 

「よーし!我々が一番乗りだな!若干早すぎるような気もするが、まぁ問題無いだろう!」

 

ジープから飛び降り、自分達以外は誰も居ない草原を見渡して、アンチョビが言う。

他のメンバーは車から降り、トラックに積み込んでいた荷物を降ろし始める。

その荷物は、殆んどが大洗を応援するための横断幕や旗だった。

 

「あの………………『若干』と言うより、かなり早すぎるような感じがするのですが………………」

「何を言うのだカルパッチョ!こう言うのは、早すぎるぐらいがちょうど良いのだ!」

「さっすが姉さん!抜かりないッス!」

 

カルパッチョに反論したアンチョビを、ペパロニがおだてる。

 

「横断幕だって用意したし、旗だって用意した!」

「当然、大洗はあんこうで有名だから、そのプリントだって忘れちゃいねえ!」

「勿論、長門のダンナのチームの旗だって持ってきた、準備万端だぜ!」

「アタイ等って、ホント準備良いよな~!」

 

荷物を降ろした他のメンバーも、持参した応援グッズを自慢気に掲げながら言った。

 

「良し!時間もタップリあるし、さぁ宴会だ!者共火を焚け、釜を焚けぇい!」

『『『『『『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』』』』』』

 

アンチョビの一言で、その場ではアンツィオ高校の戦車道チームによるドンチャン騒ぎが行われた。

 

それは日が昇り始めるまで続き、明るくなってきた頃には、全員が騒ぎ疲れて眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全国!否、全世界の戦車道ファンの皆さん、おはようございます!第63回戦車道全国大会決勝戦の日がやって来ました!」

 

北富士演習場の観客席最前列に設置された席に座っている茶髪の女性が高らかに声を上げる。

 

「遅れ馳せながら、戦車道の世界へようこそ!私は今回の試合の実況を務める、杉原 香住(すぎはら かすみ)です!」

「同じく実況の、カレン・カートリップです」

 

香住とは違い、落ち着き払った雰囲気からダージリンを連想させるような、金髪の女性が淡々とした自己紹介を終える。

 

「いやぁ~、今年の全国大会では、驚きが沢山でしたね~。何と、言っても、黒森峰と大洗の其々に、西住流の家元さんが居るんですからね!」

「ええ。西住まほ選手率いる黒森峰と、西住みほ選手率いる、今回の大会で約20年ぶりの参加となる大洗。西住流vs西住流の戦いには期待出来ますね」

 

そう言って、カレンは席の前のテーブルに置かれてあるマグカップへと手を伸ばし、紅茶を口に含む。

 

「お~、やはり戦車道4大強豪校の1校としても有名な、聖グロリアーナ女学院OBであるカレンさんも、この大会には興味津々だ!」

「それもそうですが、レッド・フラッグの活躍も気になるところですね」

 

カレンがそう言うと、香住は目をギラリと輝かせ、机に置かれてあるマイクを引ったくるようにして持つと、マイク越しであるのも構わずに大声を上げた。

 

「そうなんです!今年度の全国大会では、大洗チームには何と!1年前までは非常に有名だった戦車道同好会チーム《RED FLAG》が参加しているのです!」

「戦歴、全戦46戦中、42勝3敗1分け。ただし、42勝は連勝と言った伝説のチームが加わっているとなれば、黒森峰には十分なまでに対抗出来るでしょうね。彼等の活躍にも期待したいところです」

 

そうしつつ、2人の会話は暫く続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、待機場所に案内された大洗女子学園チームでは………………

 

 

 

 

 

「ごきげんよう、みほさん」

 

聖グロリアーナチームの隊長、ダージリンやオレンジペコが訪ねてきていた。

 

「あ、ダージリンさん。オレンジペコさんも」

みほが気づき、ダージリンに近寄る。

 

「先ずは決勝戦進出、おめでとうございます。プラウダとの試合も見せてもらいました………………お見事でしたわ。敵の主力が居る防衛線に突っ込んでいくなんて、中々に大胆な行動を取りましたわね。それに、紅夜さんの戦車がカチューシャ達に単身で挑み掛かり、最終的には無傷で壊滅させてしまうとは、恐れ入りました」

「あ、いえ!見事だったなんて、そんな………………」

 

ダージリンに称賛され、みほは顔を赤くする。

 

 

その頃、紅夜は………………

 

 

 

 

「黒森峰とやるなんて、1年ぶりだよなぁ~」

「ああ。久々に大暴れ出来るぜ」

 

達哉と大河がそんな事を話しており、近くで聞いていた翔や勘助、新羅や煌牙が相槌を打っている。

また別の場所では、亜子や雅達が談笑している。

 

「………………」

 

そんな中で、紅夜だけはその輪に入らず、壁に凭れながら、待機している戦車の列に並ぶ、自分の愛車--IS-2--を見ていた。

IS-2を見る紅夜の表情は、さながら餌を前にして『待った』を掛けられた猛犬のような笑みを浮かべていた。

 

「紅夜、どうかしたの?何も喋らずに、ただIS-2を見てばかりで」

 

そんな紅夜を不思議に思ったのか、先程まで深雪と話をしていた静馬が近寄ってきた。

紅夜は静馬に視線を向け、答えた。

 

「ああ、静馬か………………いや何、早く試合が始まらねえかと思ってただけさ」

 

そう言うと、紅夜は再び、視線をIS-2に戻して口を開いた。

 

「IS-2(アイツ)がさ、駄々こねてやがんだよ………………『早く試合が始まれ………暴れたくて仕方無い』…………ってさ」

「IS-2って………………それ黒姫でしょう?それに、貴方も彼女と同じ意見なんじゃないの?」

 

紅夜の言葉に、静馬はからかうような笑みを浮かべて返す。

 

「おお、良く分かったな。大当たりだ」

 

紅夜がそう言うと、静馬は得意気に胸を張った。

 

「当たり前でしょう?14年も一緒に居るんだから………………私は、貴方の事なら何でも知ってるのよ」

「そっかそっか!」

 

そう言って、紅夜は楽しそうに笑う。

静馬の告白じみた言葉にもこのような反応をすると言う事は、彼の鈍感ぶりは筋金入りと言う事なのだろう。

 

 

 

 

「………ねぇ、紅夜」

 

そうしていると、静馬が話し掛けた。

その声には、何時ものような落ち着き払った雰囲気は無く、顔を赤くしていた。

 

「ん?どったよ?」

 

暇をもて余していた紅夜は、静馬の方へと振り向く。

 

「あ、その………この試合が終わったら………わ、私と………」

 

言おうとするにつれて口が上手く動かなくなり、段々とスムーズさが無くなりつつも、静馬が言葉を切り出そうとした時だった。

 

「ごきげんよう、紅夜さん」

 

みほとの話を終えたのだろう、ダージリンが話し掛けてきた。

 

「よぉ、ダージリンさん。久し振りだな。オレンジペコさんもご無沙汰」

「ええ………………フフッ、元気そうで何よりですわ」

「ご無沙汰しております、紅夜さん」

 

紅夜が挨拶すると、2人も如何にもお嬢様を思わせるような一礼で会釈する。

 

「それにしても紅夜さん。プラウダ戦では、随分と大胆な行動に出ましたわね。7輌の戦車相手に単身で乗り込むなどと………………」

「ああ、それか?いやぁ~、あの時の俺はハイテンションでさぁ………………ちょおーっとばかり、やり過ぎちまってな………………相手の隊長さん怖がらせちまったし」

「あら、カチューシャを?それはそれは」

 

紅夜が当時の事を話すと、ダージリンは苦笑を浮かべる。

 

そうしていると………………

 

「Hey!紅夜!」

 

ダージリンの後ろから、陽気な声が聞こえてくる。

其所には、サンダースのケイとアリサ、ナオミの3人が向かってきていた。

ケイは右手を振りながら、左腕で大量のポップコーンを入れた大型のカップを抱えており、それを見た紅夜が内心で苦笑を浮かべたのは余談である。

 

「あら、もう交代の時間のようですわね………………では最後に、こんな格言をご存じかしら?」

 

そう言って、ダージリンは少しの間を空けてから言葉を繋いだ。

 

「『4本足の馬も躓く』」

 

そう言い残し、2人は去っていった。

 

「………………良く分からねえな、格言ってのは」

 

紅夜はそう呟いてから、次にやって来たケイ達に視線を向けた。

 

「よッス、ケイさん。元気してたか?」

「Of course!私は何時でも元気よ!」

 

紅夜の問いに、ケイは元気一杯な様子で答える。1回戦で当たった時と全く変わらないケイの様子に、紅夜は自然と笑みを浮かべていた。

 

「それにしても、聞いたわよ紅夜。あのプラウダの戦車7輌相手に単身で乗り込んだんですって?超アグレッシブね!」

「それ、さっきダージリンさんにも言われたぜ」

 

やはり、あの時の行動は余程印象が強かったらしい。ダージリンに続いてケイもが言うこの話題に、紅夜は何とも言えない気分になった。

 

「まぁ私達と戦った時だって、あの時は4輌だけだったとは言え、それでも単身で喧嘩売ってきたものね」

 

ナオミは1回戦の後半で大洗チームを追いかけている時に、紅夜達のIS-2が突っ込んでくる光景を思い出した。

 

「まさに、ジェノサイドとしか言い様の無い戦いぶりだったらしいですね」

「あ、盗聴ちゃん」

「グハッ!」

 

アリサが通信傍受機を打ち上げていた事に気づいていた紅夜の一言で、アリサは大きく仰け反って仰向けに倒れる。

 

「あ~あ………………さっきの言葉、アリサからすれば禁句なのよね。今でもそれでイジられてるし」

 

そう言いながら、ケイは気絶したアリサを起こしてナオミに担がせる。

 

「アリサが気絶しちゃったから、私達は戻るわ………………それじゃあ試合、頑張ってね!」

「幸運を祈ってるわよ」

 

そう言い残し、3人(1人気絶状態)は去っていった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、2校の人を相手にしただけなのに、何か微妙に疲れてしまった………………あ、そんで静馬、お前結局何言おうとしてたんだ?」

「………………」

 

紅夜はそう問いかけるが、静馬からの応答は無く、ただプルプルと震えているだけだ。

「静馬?おーい」

 

そう声をかけると、静馬は突然振り返り、何処からともなく大型のハリセンを取り出して大きく振りかぶった。

 

「自分の胸に聞いてみなさいよ、この鈍感KY野郎!」

「あべしっ!?」

 

そうして放たれたフルスイングは紅夜の脳天に直撃し、紅夜はそのまま地面に倒れ込む。

その頭上では、数羽の雛が紅夜の頭の周りを廻っていた。

 

「な、何故こんな目に………………?つーか静馬………知らん間に雅達んトコ行きやがったし………」

 

 

そう言いながら起き上がり、立ち上がろうとしていた時だった。

 

「紅夜」

 

後ろから声をかけられ、紅夜はフラフラしながら立ち上がると、その声の主の方を向く。

 

「カチューシャが応援に来てあげたわよ」

 

其所には、ノンナと、彼女に肩車されたカチューシャ、そしてクラーラが居た。

 

「よぉー、準決勝ぶりだな~」

 

紅夜はそう言いながら、フラフラと揺れる。

 

「………………ちょっとアンタ、どうしたのよ?」

「さっき、ウチの副隊長にハリセンで殴られた」

「何したのよアンタは」

 

紅夜の言った事に、カチューシャは呆れたと言わんばかりの表情を浮かべながら言った。

 

「まぁ、それはそれとしてなんだけど………………ノンナ」

「はい」

 

カチューシャはそう言いかけ、ノンナから下ろされる。

その光景を疑問に思っている紅夜の前に立つと、カチューシャは頭を下げた。

 

「試合前、失礼な事言ってごめんなさい」

「………………」

 

頭を下げた後に出てきたのは、謝罪の言葉だった。

彼女が言う『試合前の失礼な事』とは、紅夜を『そんな奴』呼ばわりした事や、大洗チームの戦車を侮辱した事などだろう。

 

「本来なら、これって試合後に言う事だったんだけど、雰囲気的に言えなかったから、その………………遅れたけど」

 

そんなカチューシャを、紅夜は何も言わずに見ていたが、やがてフッと笑みを溢して言った。

 

「もう気にしちゃいねえよ。俺も言い過ぎたからな………………此方こそ悪かったな、気絶させちまって」

 

紅夜がそう言った途端、カチューシャは紅夜に詰め寄った。

 

「ホントにそれよ!あれメッチャクチャ怖かったのよ!?何なのよアレ!?アンタが怒鳴ったら衝撃波起きてメンバー吹っ飛ばされてたし、廃村の教会の壁を素手で壊したとか言われてるし!」

 

カチューシャは、あたかもマシンガンの如く当時の思いをぶつけながら、紅夜のパンツァージャケットの裾を掴んで紅夜を揺さぶるが、体格差もあり、紅夜はビクともしなかった。

 

「アハハハ………………まぁ、アレだ。我を忘れてリミッターが外れた………………的な感じ?」

「疑問系で言われても知らないわよ」

 

カチューシャがそう言っている傍らで、クラーラが近づいた。

 

「決勝戦、頑張ってくださいね………応援、してますから………………」

 

そう言うのが恥ずかしかったのか、クラーラは言い終えると顔を赤くする。

「ありがとよ………………ぜってぇ優勝してやるぜ」

 

そう言って、紅夜は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな会話を終え、カチューシャ達も戻っていった。

 

「………………『さぁて』」

 

そう短く呟き、紅夜は紅蓮のオーラを纏い、獰猛な笑みを浮かべながらIS-2の方を向いて呟いた。

 

『久々の黒森峰との試合だ………………暴れてやろうぜ、相棒』

 

そう呟くと、紅夜はオーラをしまって大洗チームの元へと歩き出す。

 

その時紅夜は、IS-2が自分の呟きに呼応するかのように、エンジンもかかっていない筈のマフラーから火を噴き上げるのを見たような気がした。



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第89話~決勝戦前、『戦前の誓い』です!~

久々の投稿な気がします。

最近エースコンバット買いました。

この勢いでストライクウィッチーズでも書こうかな………………

いや、書いては消してを繰り返してるハイスクも………………

紅夜「取り敢えずさっさと話を始めろよ………………」


大洗チームと黒森峰チームによる決勝戦の開始が近づき、両チームのメンバーが集められた。

 

《これより、県立大洗女子学園と、黒森峰女学園による決勝件を行う。両チームの隊長、副隊長は前へ!》

 

アナウンスが入り、大洗からはみほと桃が、黒森峰からはまほとエリカの2人ずつが出てくる。

 

「…………ルクレール以来ね、みほ」

「………………はい」

 

エリカの言葉に、みほは短く返事を返して一礼する。

それが試合前の緊張か、それとも黒森峰を去った事への負い目なのか、それは本人のみぞ知る。

 

「………………」

 

エリカは、そんなみほを暫く見つめ、やがて口を開いた。

 

「あの時、貴女に助けてもらった事については、本当に感謝してるわ」

「ッ!」

 

その言葉に、みほはハッとしたような表情を浮かべる。

まさか、エリカの口からこんな言葉が飛び出してくるとは思わなかったのだろう。

そんな表情を浮かべるみほを見て、エリカは微笑を浮かべた。

 

「不思議なものね……前までの私なら、こんな事は言わなかったのに………………これも」

 

そう言って、エリカはみほと桃の遥か後ろで、IS-2に凭れ掛かっている紅夜の方を見た。

 

「彼のお陰かしらね?」

 

そんな会話をしていると、其所へ亜美が近づいてきた。

 

「本日の審判を務める、蝶野亜美です。両チーム共、今日は頑張ってね」

 

そう言って、亜美が元々の場所へ戻ると、号令をかけた。

 

「一同、礼!」

『『『『『『『『『『『『『よろしくお願いします!!』』』』』』』』』』』』』』

 

そうして、エリカとまほはチームへと戻っていった。

それを見た桃が、みほに声を掛ける。

「西住、私達も戻ろう………………っと、どうやらお前に客が居るみたいだな」

「え?」

 

そう言われ、みほほ後ろを振り返る。其所には茶髪の少女が立っていた。

「では西住、用が済んだら戻ってこい。私は先に行かせてもらう」

 

そう言って桃は戻っていき、その場にはみほと黒森峰の少女が残された。

 

彼女の名は赤星 小梅(あかほし こうめ)。彼女はエリカと同様、昨年の全国大会でみほに助けられた、Ⅲ号戦車の乗員の1人である。

 

「「………………」」

 

みほ同様に彼女も引っ込み思案なのか、両者共に、中々話を切り出さない。

そんな静寂が続くかと思った時、小梅が口を開いた。

 

「あの時は………………本当にありがとう」

 

その言葉に、みほはまたもや目を見開いた。そして、乗員全員を助け出した時の彼女等の表情を思い出した。

そんなみほを前に、小梅は俯きながら言った。

 

「ずっと、お礼を言えないままだったのが、気掛かりだったの………………みほさんが黒森峰から転校しちゃって、もう会えないんじゃないかとすら思ってた………………でも!」

 

そう言って、小梅は俯かせていた顔を上げる。

両目に涙を浮かべていながら、表情は嬉しそうなものだった。

 

「みほさんが戦車道辞めてなくて、本当に良かった!」

 

そう言われたみほは、一瞬驚いたような表情を浮かべるものの、それは直ぐ、穏やかな笑みに変わった。

 

「私は、辞めないよ」

 

その優しげな一言で思いが爆発したのか、小梅はみほに抱きついて長い間の思いを吐露していく。

 

 

 

「………………」

「良かったですね、長門殿」

 

IS-2に凭れ掛かりながら様子を見ている紅夜に、優花里が話し掛けた。

 

「ああ………………結構前に、お前が言った通りになったな………………『西住さんが助けた乗員は、絶対感謝してる』ってのが」

 

そう話していると、IS-2から黒姫が現れた。

 

「ご主人様が助けた2人は、あんな事は言ってたの?他にも、あんな感じで泣きながら抱きついてくるとかは?」

 

その問いに、紅夜は首を横に振った。

 

「いや、ああまではならなかったよ。別に、俺等が戦車道の表舞台に出なくなったのと、あの事件は無関係だからな」

「でも、燃えてる戦車に飛び込んで助けたんでしょ?救急車呼ばれるぐらいにまでなったらしいじゃない」

「あれは事態が大袈裟になっただけだよ。つーか、連れていかれた病院で検査した結果、この髪の毛が半分ぐらい焦げた事以外での異常は、全く無かったんだしさ。肌も目も、健康そのものだったぜ。」

 

紅夜はそう言いながら、ポニーテール状の緑髪を手に持ってみせた。

当時は、火が燃え移った事で焦げて半分程失われた髪も、今では腰までの長さに戻っている。

其処へ吹いた一陣の風が、彼の髪を靡かせる。

靡き、翻る髪の隙間から日光が差し、その光景に、優花里と黒姫は心を奪われるような気分になる。

そうしている内に、小梅との話を終えたのであろうみほが戻ってきて、メンバー全員に召集をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手は恐らく、火力にものを言わせて一気に攻めてきます。ですので我々は、先ず有利な場所に移動する事を優先しましょう。其々のチームの出発地点は、相手チームとはかなり離れていますので、少なくとも、開始早々に出会すような事は無い筈です」

 

大洗チームのメンバーが、其々の小編成チーム毎に並んでいる前で、みほが作戦を伝える。

昨年度までは黒森峰に居た彼女の言葉には、どれも説得力があり、メンバーも真面目な面持ちで話を聞いている。

尤も、それはプラウダ戦の時でも言えた事であり、慢心が無ければ、その時の戦況も実際のよりかは良くなる筈だったのだが、それをこの場で言うのは野暮と言うものであろう。

 

「では各チーム、戦車に乗り込んでくださ………「あ、ちょっと待って西住ちゃん」…………?」

『『『『『『『『『『?』』』』』』』』』』

 

戦車に乗り込むように指示を出そうとしたみほに、杏が待ったをかけた。

みほも他のメンバーも、突然の待ったに首を傾げる。

 

すると杏は、何故か紅夜の方を向いて近寄ってきた。

 

「………………?どったの角谷さん?」

 

首を傾げながら訊ねる紅夜に、杏は言った。

 

「紅夜君のチームはさ、今日もやるの?」

「………『やる』って………何を?」

「ホラ、アレだよ。試合前に円陣組んでやってたヤツ」

「試合前に、円陣?………………ああ、『戦前の誓い』だな?勿論やるよ。試合前は必ずやるって、チームで決めてるからな………………でも、なんで?」

 

そう訊ねると、杏は気恥ずかしそうにしながら言った。

 

「あー、いや、その………………私等も、それに交ぜてほしくてさ」

 

その言葉に、レッド・フラッグのメンバー全員が意外そうに目を見開いた。

 

「ホラ、私等って、プラウダの時にちょっと………………ね?」

「………ああ」

 

杏が言葉を濁しながら言い、紅夜は気まずそうに目線を明後日の方向に向けて頬を掻く。

 

「だからさ、その………………まぁ、紅夜君が改造した戦車持ってきた時に和解した訳だけど、その時より、もっとチームの一体感を強めたいんだ………………内容は、ちゃんと知ってるからさ」

「成る程、そう言う事か………………お前等、どうする?」

 

紅夜はそう言って、レッド・フラッグのメンバーの方に向き直った。

 

「俺は構わねえぜ?たった14人だけでやるってのも、正直アレだったしな」

「私も良いわよ?」

 

達哉と静馬が答え、他のメンバーも頷く。

 

「良し、それじゃあやりますか!よっしゃお前等!円陣を組め!」

『『『『『『『Yes,sir!』』』』』』』

 

紅夜がそう言うと、レッド・フラッグのメンバーが一斉に走り出して円陣を組んで、目を閉じて下を向く。

大洗のメンバーも走り出し、彼等の周りで肩を組んでいき、上から見れば二重丸を描くようにして円陣を組み、彼等を真似て目を閉じ、下を向く。

 

紅夜は目を開けて周囲を見回し、戦前の誓いを行える状態である事を確認すると、静馬の肩に乗せられている手に力を入れ、そして直ぐに緩めて合図する。

 

そうして、静馬が戦前の誓いの最初の句を言い始めた。

 

 

 

「………………父なる神よ、栄光の日に感謝します。陸を駆けるなら神の加護を、飛ぶ時は天使の加護をお願いします………………これまでの勝利が、全て神の計画であったものであると、自信はありますが………………力をお貸しください、勝利の神よ。そして、我等の視野と視力よ………………」

 

そう言うと、静馬は紅夜の肩に乗せられている手に力を入れる。その力は、紅夜のように緩められず、ずっと入れられたままだった。

紅夜は、それに違和感を覚え、薄目を開けて静馬を見る。その表情が緊張していると知ると、安心させようとしたのか、少しだけ力を入れた。

静馬は目を開け、紅夜の方へと視線を移す。そして互いに見つめ合って微笑むと、静馬の表情は、先程のよりかは緊張が解れたようになっていた。

 

「我等のスピードとパワーをこの試合の勝利のために、イエスの名において祈ると共に、全力を出す事を此処に誓います。Amen」

『『『『『『『『『『『『『Amen』』』』』』』』』』』』

 

静馬の一言に全員が答え、紅夜も声を上げた。

 

「Nothing's difficult(困難は無い)!」

『『『『『『『『『『『『『Everything's a challenge(全てが挑戦)!』』』』』』』』』』』』』

「Through adversity(困難を乗り越え)………………」

『『『『『『『『『『『『『To the stars(空へ飛びたて)!』』』』』』』』』』』』』

「From the last tank,to the last bullet,to the last minute,to the last one,we fight(最後の1輌、最後の1弾、最後の瞬間、最後の1人になるまで、我々は戦う)!」

『『『『『『『『『『『『『We fight!』』』』』』』』』』』』』

「We fight!!」

『『『『『『『『『『『『『We fight!!』』』』』』』』』』』』』

「We fight!!!」

『『『『『『『『『『『『『We fight!!!』』』』』』』』』』』』』

 

そうして指揮が最高潮にまで高まった大洗チームは、其々のチームの戦車に乗り込むのであった。



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第90話~決勝戦、始まりました!~

「さぁ、遂に決勝戦が始まります!各チーム共に、メンバーが戦車に乗り込んでいきます!」

 

観客席の最前列に用意された実況席で、興奮している香住がマイク片手に叫ぶ。

 

「先程、大洗チームがやっていたのは、レッド・フラッグのメンバーがやっていた『戦前の誓い』ですね………………間近で見るのは初めてです」

 

そんな香住とは対照的に、カレンは落ち着いた声色で言うものの、その表情には驚きの感情が浮かんでいた。

 

「このような全国大会なら未だしも、同好会チームの試合なら実況は無いみたいですから、実を言えば私も見るのは初めてなんですよねぇ~。さて、そうしている内に、開始時間が目の前に迫ってきました!此処から先は目が離せません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、観客席エリアには蓮斗の姿があった。

何時も通りのパンツァージャケットに身を包み、雄叫びを上げる虎が描かれた帽子をかぶっている。

 

「あの実況してる奴等の片割れ、やたらとテンション高ぇな。俺でもあんなハイテンションな実況は出来ねえや」

 

観客席最後部の柵に凭れ掛かり、蓮斗はそう呟きながら辺りを見回した。

 

「はぁ………………それにしても、俺のティーガーは一体何処にあるんだ?結構探し回ってっけど全く見つからねえし、それどころかⅣ号やパンターすら見つからねえ………………」

 

そう言うと、蓮斗は溜め息をついた。

まぁ、彼のチームの現役時代は半世紀以上昔の事であるため、今探しても、見つかる可能性は非常に低いのだが………………

 

「まぁ仕方ねえ、取り敢えずは今日の試合に専念するか………………ん?」

 

巨大なモニターに視線を移そうとした蓮斗の目の動きは、一組の親子に留まった。

 

「おっ、アレは確か、愛里寿とか言う嬢ちゃんと、そのお袋さんか……今日の試合も来たんだな。紅夜、モテモテだねぇ~、試合終わったら、そのネタでからかってやるか」

 

そんなくだらない事を呟きながら、蓮斗は今度こそ、モニターに視線を移すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、大洗チームでは全員が戦車に乗り込み、試合開始の合図を今か今かと待ちわびていた。

紅夜は今、持ってきたヘッドフォンとタコホーンは外し、インカムを手に持っている。

 

「さてと、それじゃあ何時ものアレ、やりますかね」

 

そう言うと、紅夜はレッド・フラッグの他の戦車に通信を入れた。

 

「此方、レッド1《Lightning》だ。レッド2《Ray Gun》、レッド3《Smokey》、各車状況を報告せよ」

『此方レッド2《Ray Gun》。何時でも行けるわよ』

『レッド3《Smokey》、同じく準備万端。試合開始が待ち遠しいぜ』

 

インカムからは、静馬と大河からの返事が返される。

 

『大洗フラッグ車、あんこうチーム、準備完了です』

『カメさんチーム、何時でも行けるよ~』

『ウサギチーム、同じく準備完了です』

 

すると、大洗チームからも返事が返された。

最初の3チームに続き、カバさんチーム、アヒルチームと続き、最終的には、大洗の全てのチームからの返答が返された。

 

「これぞ、正しく『一体感』だな」

 

それを聞いていた勘助が言うと、IS-2の車内に居る他の3人全員が頷いた。

 

「そうだな………………さて、こっから先、インカムはお休みだな」

「あ?どう言う事だよ、スマホで連絡するってか?」

 

そう訊ねる翔に、紅夜は首を横に振り、足元に置いていたカバンから、レッド・フラッグの帽子と共に『あるもの』を取り出すと、それを身に付けた。

 

「ッ!?こ、紅夜……それって…………」

 

振り向き、驚いたような表情を浮かべながら言う達哉に、紅夜は不敵な笑みを浮かべながら頷いた。

 

「ああ、そうだよ達哉。何時かは付けようって思ってたけど、結局付ける事は出来なかった………………ヘッドフォンとタコホーンだ!」

 

そう言うと、紅夜はタコホーンから伸びているケーブルを端末ボックスに接続する。

 

「ソ連戦車でドイツの戦車兵みてぇな格好する奴なんて初めて見たよ………………」

「まあまあ、別に良いじゃねえかよ………………おーい静馬、聞こえるか?」

 

苦笑を浮かべながら言う達哉に言い返すと、今度は静馬に通信を入れた。

 

『どうしたの?………って紅夜、そのヘッドフォンとタコホーンって………………』

「ああ。決勝戦って事で付けてみたんだけどさ………………どうだ?」

『い、良いんじゃない?』

 

パンターのキューポラから紅夜の姿を確認した静馬は、顔を赤くしながら返事を返した。

 

「そっかそっか。アザッス、それだけだ」

 

紅夜はそう言って、通信を終える。

 

『似合うかどうかの確認のためだけに通信入れるとか聞いた事ねぇぞ………………祖父さんって、時折やる事が変だよな』

「そう言うなよ大河」

 

そんな会話を交わしつつ、一行は開始のアナウンスを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、今回の対戦校である黒森峰では………………

 

 

 

 

 

 

「相手は、今日初めて戦うチームだ。戦車の数は此方の約半分である上に、一部を除いた戦車のスペックは、然程強力なものではない。だが、相手はこの大会で初出場とは言え、サンダースやアンツィオ、さらにプラウダを相手に勝利したようなチームだ、決して油断はするな。先ずは迅速に行動せよ」

 

隊長車であり、黒森峰のフラッグ車であるティーガーⅠのキューポラから上半身を覗かせたまほが、他のチームにそう言う。

 

「それとだが、相手にはレッド・フラッグのメンバー全員が参加している。奴等は皆私達並みの実力を持っているが、特にレッド・フラッグ隊長車であるIS-2には気を付けろ。あの戦車の乗員は、レッド・フラッグの中でもトップクラスの精鋭揃いだ。現に去年、私達は同好会チームとしての編成で奴等に負けている。私のフラッグ車も、IS-2に撃破された」

『『『『『『『『『『『ッ!』』』』』』』』』』』

 

まほからの言葉に、他のチームのメンバーは息を飲む。それもそうだ。

 

何せ黒森峰は、昨年度の大会で負けるまでは、全国大会で9連覇してきた名門校。苦戦する事も確かにあったが、それでも勝ち進んできたのだ。

それが同好会チームとしての編成とは言え、それでも2輌分のハンデを抱えたチームに負けたのだ。

当時の試合に参加していたメンバーは兎も角として、それを知らない1年生や他のメンバーなら、驚いて当然だろう。

 

「(彼等のチームは、そんなにも高い実力を持っていたのか………まさか、同好会チームの試合とは言え隊長がやられたとは………これは、ルクレールで彼に啖呵を切ったバチでも当たったかな………………)」

 

1輌のティーガーⅡの車長席に座るボーイッシュな少女、謙譲要は、過去に戦車喫茶《ルクレール》で、みほに色々と言った挙げ句、割り込んできた紅夜に喧嘩を売った事を思い出し、額に一粒の汗を浮かべながら苦笑した。

 

「謙譲さん、どうしたの?」

 

そんな時、彼女の表情を見たティーガーⅡの乗員の1人が声を掛けてくる。

 

「え、何だい?」

「いや、何か汗かいてるから、大丈夫かなって………………」

 

そう言われ、要は額の汗を拭った。

手にネチャネチャとした感触を覚える。

 

「(まさか、こんなにも緊張していたなんてね………………)」

 

そう思いながら苦笑すると、要はその乗員の方を向いた。

 

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと緊張していただけさ………………ありがとう」

 

軽く微笑んで返し、要はキューポラから上半身を覗かせ、前を見た。

 

「(そんな精鋭を取り込んでいるとは思わなかったよ、元副隊長………………君の戦車道がどのようなものなのか、見せてもらうよ。そして、私達も全力で相手をする………………それが、一先ずのお詫びだ)」

今までは、やれ『弱小校』だ、『無名校』だと見くびっていた考えを止め、全力で迎え撃つ事を心に決めた。

そして、マイクから聞こえてきたまほの声に、自分の声を重ねる。

 

『「グデーリアンは言った。《厚い皮膚より速い足》と………………ッ!」』

「行くぞ!」

 

そして、まほがそう声を上げた瞬間、開始を知らせる証明弾が空高く撃ち上げられる。

 

《試合、開始!》

 

「「Panzer vor!!」」

 

まほ、みほの2人が同時に叫び、黒森峰の戦車20輌、大洗の戦車11輌。計31輌の戦車が、互いの敵を撃破せんとばかりに動き出した。



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第91話~激戦への前奏(?)です!~

「Panzer vor!」

 

みほの一声で、大洗の戦車11輌が一斉に動き出す。同様に黒森峰の戦車20輌も動き出し、観客席では歓声が上がる。

動き出した11輌の戦車は、1列横隊から矢印状のパンツァーカイルに隊列を変え、みほ達あんこうチームのⅣ号が矢印の頂点になるようにして進んだ。

 

 

 

「Halelluyah,the saints are marcing in(ハレルヤ、聖者の行進だ)!」

 

レイガンでは、使用車両であるパンターA型を操縦する雅が高らかに言い、隣の通信席に座る紀子に落ち着けと宥められている。

 

「雅って、こう言う時になると直ぐハイテンションになるのよね」

「ええ、現役時代での試合とか、体育祭とかなら特にね。去年の体育祭だって、雅が一番楽しんでたって言っても過言じゃないわ」

 

そんな光景を見ていた亜子と和美が、微笑みながら言う。

 

「まぁ、そうなるわよ。だって雅、紅夜や達哉と同じぐらいに血の気盛んだもの」

 

パンターのキューポラから上半身を覗かせた静馬も、言葉を付け加えた。

 

 

 

「にしても黒森峰と試合とか、久し振りだよなぁ~」

 

スモーキーでは、大河がしみじみとした雰囲気を漂わせて呟いた。

 

「ああ、大体1年ぶりだもんな………………それによく考えたら、俺等が現役最後の試合で当たったのも黒森峰だったよな」

「それで、ライトニングがトドメ差した訳だけだが、その時運が悪かったのか、敵さんのティーガー炎上しちゃって、相手の隊長さんと、その人を助けようとした副隊長さんが火の中に取り残されて、そんで紅夜が火の中に飛び込んで、その2人を助けた………………って流れだったよな?」

 

煌牙が大河の言葉に付け加え、新羅が当時の事を思い起こす。

 

「ええ。それで駆けつけた救急車に、相手の隊長さんと副隊長さんが乗せられたんだけど、その時紅夜も問答無用で病院に連れていかれたのよね」

「まぁ、消防隊の人みたいな服着てたら良かったけど、生身で飛び込んでたし、髪の毛も火が燃え移って半分ぐらい焦げてたものね。腰までの長さだったのにうなじ辺りまでになってたし………………まぁ、大事を取っての事だったんじゃない?髪の毛焦げてた事以外では何も異常は無かったらしいけど」

 

話を聞いていた深雪や千早も、当時の事を思い出して懐かしんでいた。

 

 

 

「………………まぁ、よくよく考えたら、髪の毛焦げてた事以外何も異常が無かったってのが有り得ないような気がするのは俺だけかな?」

「いや、お前だけじゃねえよ新羅……まぁ、それについては『紅夜だから』の一言で片付けちまおうぜ」

 

因みにその時、新羅と大河が、改めて紅夜の規格外さを感じていたらしい。

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくしッ!」

「うわビックリした!いきなり派手なクシャミしないでくれよ紅夜。ビクッた拍子に、スコープに頭ぶつけちまったじゃねえかよ………………」

 

その頃ライトニングでは、噂されているのを感じ取ったのか、紅夜が派手なクシャミをしていた。

いきなりの大声に驚いたのか、翔がぶつけた衝撃で赤くなった額を擦りながら、ジト目で紅夜を睨んだ。

 

「ズズッ………いや、悪いな翔。何かやたらと噂されてるような気がしてさ………………」

 

そんな翔に、紅夜は鼻を擦りながら言った。

 

「噂ねぇ………………お前が惚れさせた女にされてんじゃねえのか?」

 

冷やかすよう言う達哉に、紅夜は笑い、両手を振って否定の意思を表しながら言った。

 

「そりゃねえな、先ず俺に惚れる女が居るってのが有り得ねえ………………つーか、俺に惚れる女は余程の物好きだろうよ」

「紅夜お前、それ静馬や西住さん、五十鈴さんや秋山さんに言ったらマジぶっ殺されるぞ………………」

「いや、なんでだよ、訳分かんねぇよ………………」

「「はぁ…………(この鈍感野郎は…………)」」

 

達哉が溜め息混じりにそう言うと、紅夜は首を傾げ、翔と勘助はヤレヤレとばかりに溜め息をつく。

 

そんな時だった。

 

『祖父さん、聞こえっか?』

 

大河からの通信が入ったのだ。

 

「おう、大河か。どった?」

『いや、別に大した用はねぇけどさぁ…………お前、今日の試合でもやるつもりか?あのスゲー赤いオーラ撒き散らしての大暴れを』

 

そう言われ、紅夜は不敵な笑みを浮かべながら頷いた。

 

「Yeah,of course.Watch me become an ace today,you guys(ああ、勿論だ。俺の活躍を見てろよ).」

 

紅夜はそう言うが、大河はこんな返事を返した。

 

『Lightning,did you just say you're gonna become an ass today,or an ace?I couldn't quite hear what you………………Was it ass or ace?I couldn't hear(ライトニング、『俺のケツを見てろ』だって?よく聞こえねえよ。どっちなんだ?聞こえなかったんだよマジで』

『フフッ♪………………I think you heard him right,Smokey(スモーキーったら、聞こえてるクセに).』

 

そんな2人の話を聞いていたのか、静馬が笑いながら話に入ってくる。

レッド・フラッグのメンバーは、決勝戦でも何時も通りの調子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、みほ達あんこうチームでは………………

 

 

 

 

「沙織さん、各車に連絡を入れて」

「了解、みぽりん」

 

そう言って、沙織は通信機を操作して全戦車に通信を入れた。

 

「此方、あんこうチーム。現在私達は、207地点まで約2㎞の場所に居ます。今のところ、黒森峰の姿は見えません」

 

その言葉に、アヒルさんやレオポンと言った、レッド・フラッグ以外の大洗メンバーは安堵の表情を浮かべた。

相手とは比較的離れており、開始早々戦闘になる可能性は低いとは言え、完全にゼロだとは言えないのだ。

 

「ですが皆さん、最後まで油断せず、落ち着いて行動しましょう。交信を終わります」

「アレ?何時もと雰囲気違いますねぇ」

「ええ。何時もより落ち着いているような………………」

 

落ち着いており、何処と無く余裕を感じさせるような沙織の様子に気づいた優花里と華が声を上げると、沙織は少し得意気な表情を浮かべた。

 

「実はねぇ………………」

 

そう言いながら、沙織は胸のポケットに入れてある小さなカードのようなものを取り出して、2人に見せた。

 

「ジャーンッ!アマチュア無線技士二級の資格取ったんだ~♪」

「おおっ、凄いですね!二級って、結構取得難易度が高い筈なんですけど」

 

優花里が言うと、沙織は頬を掻きながら言った。

 

「えへへ~。実は麻子に協力してもらったの」

「そうなんだ」

「知りませんでした。何かプロみたいだったので」

 

みほと華がそう言うが、沙織は華の言葉に食いついた。

 

「ホント!?私、そんなにプロっぽい!?やだもー!」

 

そう言って、沙織は嬉しそうに体をくねらせた。

 

だが………………

 

「全然プロっぽくない………………」

 

麻子の一言で、あっさりと雰囲気がぶち壊されてしまう。

 

「ちょっと酷ォ~い!なんでそんな事言うのよ麻子~!」

「だってアマチュア無線だし………………」

 

そんな2人のやり取りに微笑んでいた、次の瞬間!

 

『『『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』』』

 

突然、真横から飛んできた1発の砲弾がⅣ号の近くに着弾する!

 

「ええっ!?もう来たの!?」

「嘘ォ!?」

 

突然の事に、他のチームが焦りを見せる中、みほは双眼鏡を取り出して辺りを見回し、目についた森林地帯を睨み付けた。

 

其所では何と、既に到着していた黒森峰の戦車隊が居たのだ!

 

蓮斗のチーム--《白虎》--にあるⅣ号駆逐戦車ラングやパンター、ティーガーⅡ、ヤークトティーガーやエレファントがゆっくり前進しながら次々と砲弾を撃ち込んでくる!

 

そんな中で、まほの乗るティーガーⅠも砲弾を撃ち出す。

 

「去年の恩もあるけど、これも試合よ、みほ………………全車両、一斉攻撃!」

 

エリカの指示で、他の戦車がさらに攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 

 

「って、来るの早すぎるよ!」

「まさか、森の中をショートカットして来たと言うのか!?」

「嘘ォ!?」

「有り得ない~!」

「何なのよコレ!?前が見えないじゃない!」

 

そんな事実に、他のメンバーがパニックに陥る。流石に、落ち着いて行動するように言われた直後に容赦無い攻撃を受ければ、誰でもこうなるものだ。

 

 

「うへぇ~、相変わらず情け容赦のねぇ攻撃だなぁ…………………」

 

IS-2のキューポラから顔のみを覗かせ、紅夜は着弾によって巻き上げられる土や石の雨を浴びないようにしながら呟いた。

 

『前の試合でも、会ったら速攻で仕掛けてきたものね。まぁ、アレが彼女等の流派のやり方なのでしょうけど』

『こりゃあ、避け甲斐がありそうな砲撃の嵐だねぇ!Whoo-hoo!』

 

静馬の言葉に続いて、雅の声も聞こえてくる。

 

「雅の気持ちも分かるが、こりゃあマジでキツいなぁ………………」

 

達哉はそう言いながらも、顔は余裕そうにしていた。

恐らく、黒森峰の操縦手達よりも何枚も上手なのであろう操縦桿捌きで砲撃の嵐を無傷で進んでいく。

 

「い、いきなり猛烈な攻撃ですね………………ッ!」

「凄すぎる………………」

「これが、西住流………………」

「………………ッ!」

 

Ⅳ号の車内でも、容赦無い攻撃にパニックになるのを通り越して感動しているような雰囲気すら漂っている。

 

「各車両、ジグザクに動いて前方の森に入ってください!」

 

自分達の進行方向に森林地帯を見つけたみほは、すかさず指示を飛ばす。

指示を受けた他のチームの戦車は、みほの指示通りにジグザクに動いて進む。

 

「コレじゃ、振り落とされるとか言ってる場合ではないわね………………雅!」

「ッ!あいよ、何だね車長!」

 

そう聞く雅に、分かってるクセにと内心で皮肉を言いながら、静馬は声を上げた。

 

「《ラフドライブ》を許可するわ!思いっきりブン回してやりなさい!」

「ッ!よっしゃぁぁぁぁああああああッ!!!任せとけェェェェエエエエエッ!!待ちに待ったこの時がやって来たぜェェェェエエエエエッ!!」

 

雅はパンターのエンジン音や砲撃音にすら引けを取らない声を上げながら、パンターの操縦桿を操作する。

するとパンターは、スタントカーのように2回連続の360度ターンを見せ、そのまま蛇行運転を始める。

 

「イヤッホォォォォォォオオオオオオウッ!!今私は!正にッ!テンションMAXだぜェェェェエエエエエッ!!」

 

雅は狂ったかのように高笑いしながらパンターのギアを上げ、アクセルを踏み込んでいく。

その反動でか、パンターのマフラーが一瞬火を噴く。

 

それを見た紅夜は、赤い目を鋭く細め、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「………………黒姫、やれるか?」

『ええ!隊長車である私達も負けてられないわ!』

 

紅夜の質問に、何処からともなく黒姫の声が響いてくる。

「よっしゃあ、達哉!此方も《ラフドライブ》を許可する!思いっきりブン回してやれ!!!」

「Yes,sir!!」

 

達哉も答えると、IS-2のギアを上げてアクセルを踏み込む。

 

「っしゃぁあ………………行くぞォォォォォォオオオオオオオッ!!!」

 

紅夜の雄叫びに呼応するように、IS-2はマフラーから3メートル程にもなる火柱を噴き上げ、615馬力にまで引き上げられた12気筒ディーゼルエンジン『改』の咆哮を響かせて加速し、雅の操縦するパンターのような挙動を見せながら砲弾の嵐をヒラリヒラリと避けていく。

 

「うわぁー、祖父さんもレイガンもおっ始めやがったぞ………………」

「大河、どうする?」

 

苦笑を浮かべながら呟く大河に、千早はそう問い掛ける。

 

「………………」

 

大河は、少しの無言の後に答えた。

 

「千早、無理しない程度にコイツを飛ばせ。無理しない程度にだ」

「ッ!…………了解、任せといて!」

 

千早はそう答え、ギアを上げてアクセルを踏み込み、イージーエイトの速度を上げる。

ただ直進しているだけでも、砲弾の雨を掻い潜るには十分な速度にまで達していた。

 

「うわッ、凄いよコレ!紅夜と輝夫さん達って、こんな魔改造を3日程度で終わらせたのね!」

「まさか此処までやれるとは、私でも計算外ね………………私が操縦している訳ではないけど、何処までも突き進んでいけそうな気がするわ」

 

千早は紅夜と輝夫達の腕の高さに感嘆の声を出し、深雪は副操縦手の席に座り、率直な感想を述べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎ、ギア固ッ!入んない!」

「ゲームだと簡単にギアが入るのに!」

 

その頃、戦車操縦経験がゲームでしか無いアリクイさんチームでは、ももがーが三式の操縦に苦労していた。

 

 

そうしている内にも、レッド・フラッグの3輌は砲撃地帯から脱出し、他の足の速い戦車も、そろそろ脱出出来そうな位置に来ていた。

 

 

「前方2時方向に、敵フラッグ車を確認」

「良し、照準を会わせろ」

 

その頃、森林地帯から砲撃を喰らわせていた黒森峰では、エリカの乗るティーガーⅡがⅣ号を捉えていた。

 

「車長、Ⅳ号の後ろを取りました」

「分かった。合図したら撃て」

 

要の乗るティーガーⅡでもⅣ号を捉え、砲撃準備に入る。

 

「装填完了、照準もフラッグ車に合わせました!」

 

そうして、エリカのティーガーⅡでも砲撃準備が整う。

 

 

 

「うぐぐぐぅぅぅううう………………この、動けぇぇぇ!」

 

そうしていると、ももがーが力の限りギアレバーを引き、それが実ったのか、ガクンと音を立てながらレバーが動く。

だが、三式は急停車して、あろうことか後退を始めたのだ!

 

 

そして………………

 

「「撃てェーッ!!」」

 

エリカ、要のティーガーⅡから同時に砲弾が撃ち出され、その2発がⅣ号のマフラー部分に撃ち込まれんとばかりに飛んでいくが………………

 

其処へ、急に後退してきた三式が割り込み、Ⅳ号の身代わりになって2発共被弾する。

 

「「「うわぁぁーーーッ!!?」」」

 

車内では3人の悲鳴が上がり、三式は同時に撃ち込まれた衝撃で、エンジン部分から黒煙を上げながら横転し、行動不能を示す白旗が飛び出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

《大洗女子学園、三式中戦車、行動不能!》

 

そして、そのアナウンスが響いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

大洗VS黒森峰

 

 

大洗10輌、黒森峰20輌



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第92話~取り敢えず逃げます!~

大洗女子学園と黒森峰女学園による、第63回戦車道全国大会決勝戦が、遂に幕を開けた。

 

レッド・フラッグが試合前には必ず行う『戦前の誓い』を全員で行う事によって士気を高め、スタート地点を出発し、目的地まで順調な歩みを進めていた大洗チームだが、目的地まで残り2㎞程の場所で、森の中をショートカットして来た黒森峰の戦車隊による集中砲火を受けてしまう。

 

既に彼女等との試合経験を持ち、操縦技術も非常に高いレッド・フラッグのメンバーは、常識外れの挙動で砲撃の嵐を切り抜ける。

他の大洗の戦車も続々と抜けていくものの、初出場である上に戦車操縦経験がゲームでしか無いアリクイさんチームでは、ももがーが三式の操縦に苦戦。

無理矢理ギアレバーを動かしたものの、三式は急停車して、あろうことか後退を始める。

ちょうどその時、黒森峰のエリカと要が車長を務める2輌のティーガーⅡが背後が無防備になっているあんこうチームのⅣ号に狙いを定め、発砲する。

飛んできた2つの88㎜砲弾が直撃するかと思われた所へ、後退してきた三式が割り込んで2発共被弾し、行動不能となってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリクイさんチームがやられたって?」

「ああ。Ⅳ号に向かって飛んできた砲弾に被弾したらしい」

 

先に砲撃地帯を突破したIS-2の車内では、紅夜と達哉がそんな話をしていた。

 

「先に逃げてきたのは良かったが、初心者が混ざってるってのを考えるべきだったかな………………」

 

紅夜はそう言うと、アリクイさんチームに通信を入れた。

 

「ライトニングだ。アリクイさんチーム、聞こえるか?」

『あ、長門君。どうしたの?』

 

その通信には、ぴよたんが答えた。

その声色は、何処と無く申し訳なさそうな雰囲気を感じさせた。

 

「あーいや、そっちがやられたって聞いたから、取り敢えず大丈夫か聞こうと思ってな」

『うん。大丈夫だよ………………それよりゴメンね』

「?」

 

いきなり謝ってきたぴよたんに、紅夜は首を傾げた。

 

「なんで謝るんだ?」

『いや、その………………もう、ゲームオーバーになっちゃったから』

「何だ、そんな事か…………別に謝る事はねぇよ。それよか此方も悪かったな、そっちのよか頑丈なのに置いてきちまって………………せめて、三式の操縦の仕方とか言っとけば良かったよ」

 

そう言った紅夜に、今度はぴよたんが首を傾げた。

 

『え?でも長門君の戦車って、IS-2だよね?操縦の仕方とかは違うと思うんだけど』

「いや、ちょっと前に三式の事調べてさ、ソイツの弱点とかも知ったんだよ。そっち、ギアが上手く入らなかったんじゃね?」

『うん、そうだけど………………』

「アレさ、多分トランスミッションが温まってなかったか、回転数を合わせてなかったんだよ。前者は分からんが、後者はⅣ号とかウチのパンターでも言える事だけど」

『そうだったんだ…………』

「まぁ、何だ。取り敢えず怪我が無かったなら良かったよ。そんじゃな」

 

そう言って、紅夜は通信を終えた。

 

「アリクイさんチームは何だって?」

「怪我は無かったみたいだ」

 

その直後に聞いてくる達哉に、紅夜はそう答える。

 

「そっか、それは何よりだな」

 

安心したように言うと、達哉は操縦の方に意識を戻した。

 

「お?前方に結構急そうな丘見つけたぞ」

「ん?」

 

達哉が言うと、紅夜はキューポラから上半身を乗り出し、双眼鏡を取り出す。

 

「あ、ホントだ。確かあの丘を上って、火山みてぇな山の頂上に行くのが作戦だったような………それと、確かカメさんチームが待ち伏せして時間稼ぎか………おっと、何だかんだ言ってる間に他のチームもやって来たぞ」

 

紅夜がそう言って振り向いた先で、大洗チームの戦車が向かってきているのが見えていた。

 

「レイガン、スモーキー、一旦速度を落とせ。大洗の戦車が合流するのを待つぞ」

 

紅夜が指示を出すと、IS-2を挟むようにして走っていたパンターとイージーエイトが、徐々に速度を落としていく。

 

そしてみほ達が合流すると、紅夜はレイガンとスモーキーに指示を飛ばし、大洗の戦車と速度を合わせて走らせると、今度はみほに通信を入れた。

 

「そういや西住さん、向こうに丘が見えるけど、彼処に向かうんだよな?」

『うん。それについて、これから指示を出します』

「あいよ………………達哉、アレの用意」

「Yes,sir」

 

みほとの通信を終えた紅夜は達哉に指示を出す。

すると達哉は、操縦桿に新しく取り付けられた赤いボタンに指を添えた。

 

『これより、《もくもく作戦》を開始します!全車両、もくもく用意!』

 

あんこうチームの通信手である沙織が言うと、他のチームから用意を終えたとの返事が続々と返される。

 

「レイガン、スモーキー。そっちの用意は?」

『Anytime,Lightning(何時でも良いわよ、ライトニング).』

『同じく』

 

2チームから返事が返された。

 

「良し………………レッド・フラッグ全チーム、もくもく準備完了」

『了解しました………………では、もくもく始め!』

『『『『『『『『『もくもく始め!』』』』』』』』』

 

その掛け声と共に、9輌の戦車の操縦手達が、指を添えていた赤いボタンを一斉に押す。

すると戦車の後部から白い煙が勢い良く噴き出され、それが風に乗って辺り一面に撒き散らされる。

 

 

 

 

 

 

「煙か………………向こうは忍者ごっこでもしているのだろうか?」

「どうしますか?」

 

双眼鏡で、前方に広がる煙を眺めていた要が呟くと、砲手の少女が訊ねてくる。

 

「出来れば撃ちたいところだが、それは隊長からの指示が無いと………『全車、撃ち方止め』………おや、どうやら聞く前から駄目だと言われてしまったみたいだね」

 

要は相変わらず、落ち着き払った様子でそう言った。

 

「ええっ!?しかし隊長、一気に叩き潰さなくて良いんですか!?」

 

元々短期戦を好む性格であるエリカは、まほにそう詰め寄る。

 

「下手に相手の作戦に乗るな、無駄弾を撃たせるつもりだろう。砲弾には限りがある。相手の出方を見てからでも遅くはない筈だ」

 

だが、まほは冷静なもので、的確とも言える事を言った。

 

「ふむ、的確な答えだ、流石は隊長だな………………それにしても、副隊長の短気ぶりも、また相変わらずだなぁ」

 

会話を聞いていた要は、まほの答えを称賛しつつ、エリカの性格に苦笑を浮かべていた。

そうしながら大洗の戦車を探していると、エリカのティーガーⅡが機銃掃射で辺りを探っているのが見えた。

 

「さっき無駄弾を撃つなと言われたばかりだろうに………………砲弾が駄目なら機銃に変えたのか?」

 

そうしつつも、エリカは大洗の戦車隊が居るであろう方角を割り出した。

 

「敵、11時の方向に確認しました!」

「あの先は急勾配の坂道だ。それに、向こうにはポルシェティーガーが居る。アレは足が遅いから、そう簡単には上れない筈だ、十分に時間はあるだろう」

 

まほがそう言うと、前方で広がっていた煙幕が段々と晴れてきた。

 

「なっ!?もうあんな所に!?」

 

煙幕が晴れ、大洗の戦車隊の所在を確認した要は目を見開いた。

大洗の戦車隊の所在は、彼女の予想よりも先に行っており、既に丘の後半辺りにまで差し掛かっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

要の視線の先では、最後尾のポルシェティーガーを、Ⅳ号とⅢ突、M3、そして、その3輌の前に配置されたパンターとイージーエイトで引っ張っていた。

そしてポルシェティーガーの後ろには、砲塔を後ろに向けたIS-2がついており、後ろから押している。

 

「うへぇー、流石はポルシェティーガー。730馬力あるコイツでも、やっぱ重いなぁ~」

「まぁ、仕方無いんじゃない?何だかんだ言っても、アレって一応ティーガーなんだから、重くて当然よ」

レイガンの車内では、ポルシェティーガーの重さについてボヤく雅を亜子が宥めていた。

 

 

 

「レイガンやスモーキーの2チームが………………否、レッド・フラッグが居て良かったな。3輌だけだったらもっと時間掛かってたぞ」

 

あんこうでは、Ⅳ号のアクセルを踏みながら麻子が呟いていた。

 

「それもそうですけど、長門殿が3輌の馬力を上げていた事にはもっと感謝ですね」

 

麻子の呟きに優花里が付け加えると、車内で同意の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、車重の重いポルシェティーガーをあのようにして引っ張るとは………………大洗チーム、中々考えましたね」

 

実況席では、その光景を見ていた香住がそう言う。

 

「ええ。ポルシェティーガーは、正式採用されたティーガーより1~2トン程重いですし、それでいて馬力は低いですから、それをカバーするには、あれだけ必要だったでしょうね………………」

 

カレンはそう付け加えて紅茶を飲む。

 

因みに、正式採用されたティーガーでは、戦闘時の重量が約57トン、馬力が700馬力なのに対して、ポルシェティーガーは57~59トン、馬力は640馬力(320馬力の空冷ガソリンエンジンを2基搭載)だと言う。

 

 

「それもそうですけど、黒森峰の奇襲攻撃を切り抜ける際、レッド・フラッグの戦車2輌が見せた挙動は凄かったですねぇ~。私、アレ見た時にスタントカーを連想しちゃいましたよ」

「ええ。しかも、それでいて例の2輌は、足回りに何の異常も出ていないみたいですからね………………余程高度な技術を持った操縦手なのでしょう」

「その辺りで言えば、レッド・フラッグは黒森峰を軽く上回っていますね~………………まぁ、それもそうですけど、私としてはIS-2のマフラーから火柱が立ってい事に驚きましたね」

「ああ、それについては私も同感です。あのまま火災が起きたりしないかとヒヤヒヤしました………………」

 

そんな会話を交わしつつ、2人はスクリーンへと視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

「『重い戦車を他の戦車で引っ張る』、か………中々面白い事考えたな、大洗の連中は………………」

 

観客席で見ていた蓮斗は、そんな評価を出す。

 

「(そういや、俺も現役の頃は色んな場所で試合してきたが、戦車を他の戦車で引っ張るなんて事は、した事も無かったな………………その点、今時の若い奴等の試合は見てて面白いぜ)」

 

蓮斗はそう思いながら、パンツァージャケットの胸ポケットに入っていた1枚の写真を取り出した。

その写真には、彼が未だ現役として『生きていた頃』に撮った、《白虎(ホワイトタイガー)》の戦車とメンバー全員が写っていた。

 

「(俺のティーガー………………今は何処にあるんだ?それにⅣ号やパンター、ラングやファイアフライの所在すらも分からねえ………まぁ、もう半世紀以上経ってるんだ、見つからねえのは当然かな……………せめて、ちゃんとした奴に使ってもらえてたら良いんだがなぁ………………)」

 

 

蓮斗は、自分の現役時代の頃を思い出しながら写真をしまい、柵に凭れ掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗チームから離れ、単独行動に入っていたカメさんチームは、茂みにヘッツァーを隠し、通過するであろう黒森峰の戦車隊を待ち構えていた。

 

「ニッシシ~。さぁーて、どの戦車をおちょくってやろうかなぁ~」

 

プラウダ戦以降、砲手を務める事になった杏がスコープを覗きながら呟いていると、黒森峰の戦車隊が通り掛かる。

「良ォ~し………先ずはお前だ、ヤークトパンター!」

杏はそう叫びながら引き金を引く。

激しいマズルフラッシュと共に撃ち出された75㎜砲弾は、彼女の狙い通りにヤークトパンターの車体に命中し、履帯を粉々に吹き飛ばす。

桃がすかさず次の砲弾を装填すると、杏は次の目標を定めた。

 

「良ォ~し………………次はお前だ、パンターG型!」

 

そうして放たれた砲弾は、パンターの車体に見事命中し、パンターは動きを止める。

 

「お見事です、会長!2輌共命中しました!」

「エヘヘ、私に掛かればこんなモンよ!見たか河嶋~、当たったぞ~」

「分かってます!」

 

苦労しながら砲弾を取り出した桃がそう答える。

 

「ッ!あのチビッコ戦車めェ~~!」

 

其処へエリカのティーガーⅡが急停車し、杏達の居場所を割り出したのか、砲塔を向けて発砲しようとする。

 

「会長、気づかれました。攻撃は此処までかと」

「そうするしか無さそうだねぇ~………………にしても2輌までが限界だったか~、撃破したいなぁ…………」

「もう少しの辛抱ですよ、会長」

 

ボヤく杏を宥めながら、柚子はヘッツァーを後退させた。

 

 

「全車両、深追いはするな。何れは正面から撃ち合う事になるであろう相手だ。先ずは本隊を追う事に集中しろ」

 

追おうとした他の戦車に、まほが制止を呼び掛ける。

「あのヘッツァーの砲手、中々の腕前だな。今年になって戦車道を復活させたばかりの初心者の集まりだと思っていたが………………これは手強い」

 

先陣を切ってヘッツァーを追おうとしたエリカのティーガーⅡに続こうとしていたものの、まほの制止で停車したティーガーⅡの車内にあるペリスコープから様子を見ていた要は、そんな事を呟いた。

 

そうしつつ、黒森峰の戦車隊は再び隊列を組み直して走り出すのであった。



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第93話~激戦です!~

遂に幕を開けた、第63回戦車道全国大会決勝戦。

 

大洗チームの戦車11輌VS黒森峰チームの戦車20輌と言う、大洗チームが2倍近くの戦力のハンデを抱えた状態で始まったこの試合。

目的地まで慎重に歩みを進めていた大洗チームは、森の中をショートカットして来た黒森峰の戦車隊による待ち伏せ攻撃を受け、激しい集中砲火に晒される。

 

アリクイさんチームの三式が撃破されながらも何とか逃げ延びた一行は、目的地への移動を続行。

そんな中で発動された、みほの《もくもく作戦》によって黒森峰の戦車隊に目眩ましを仕掛けたり、一旦チームから外れて単独行動を行っていた、カメさんチームによる足止めを喰らわせつつ、大洗チームは目的地へ向けて進んでいく。

急勾配の坂道で、あんこう、ウサギさん、カバさんチーム。そしてレッド・フラッグの戦車3輌で協力してポルシェティーガーを引っ張っていく。

ここまでする彼女等の目的とは一体………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう直ぐ坂を上り終えます。アヒルさんチーム、カモさんチームの皆さん、準備は良いですか?」

『此方アヒルさんチーム。準備オッケーです!』

『カモチームも同じく、準備完了しました!』

 

典子、みどり子からの返事が返されると、みほは指示を出した。

 

「では、これより《パラリラ作戦》を開始します!アヒルさんチーム、カモさんチーム。始めてください!」

『『了解!』』

 

その指示と共に、ポルシェティーガーの牽引には当たらなかった八九式とルノーが、再び煙を噴き上げながら散開し、やがて並列して走ると、そのまま蛇行運転を始める。

 

「何なのよ、この作戦は!?まるで不良になったみたいじゃない!」

 

風紀委員の中でも厳格なみどり子は、ゴモヨによる蛇行運転で、パゾ美と共に右へ左へと激しく揺られながら言う。

 

「終わったら手が腫れてそう~」

 

忙しそうにハンドルを切るゴモヨも気が気ではなく、そんな事を呟いていた。

 

 

「お尻が痛い……腕が、つるゥ………!」

 

八九式の車内でも、操縦手の忍がやりにくそうに呟いていた。

 

他のチームはポルシェティーガーを引っ張った状態で、蛇行する2輌の間を進んでいく。

 

 

「こんな広範囲に煙が広がるとは………………ッ!」

 

カメさんチームによる足止めを切り抜けた黒森峰チームの一行では、双眼鏡で様子を見ていたエリカがそう呟く。

 

「成る程、ああやって自分達の詳しい位置を特定されないようにしているのか………………西住流のやり方ではないにしても、中々に考えたじゃないか………………」

 

同じように、双眼鏡で様子を見ていた要は感心したように呟いた。

 

『全車、榴弾装填!』

 

其処へまほからの指示が飛び、各戦車の装填手が榴弾を装填する。

 

『目標は、あの山の頂上だ。撃て!』

 

その指示と共に、黒森峰の戦車の主砲が一斉に火を噴く。

飛んでいった砲弾は山の頂上近くに着弾し、土煙を巻き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレが、西住みほのやり方………………プラウダとの時から思っていたけど、やはり黒森峰でのやり方とは違っているのね」

 

その頃観客席では、愛里寿と共に試合を見に来た千代がそんな事を呟いていた。

西住流をライバル視している彼女からすれば、ライバルの家元の娘の1人が、流派とは全く異なったやり方をしているとなれば、やはり違和感を抱くものなのであろう。

 

「………………」

 

対する愛里寿は、ただ無言で千代の隣にちょこんと腰掛けており、持ってきていたボコのぬいぐるみを膝の上に置いていた。

 

「愛里寿はホントに、そのボコが好きなのね」

 

流派の後継者となる存在とは言え、娘は可愛いと言う考えを振り払えない千代は、そう言いながら愛里寿の頭を優しく撫でた。

 

「うん………お兄ちゃんがくれた、大事なものだから………」

「あらあら」

 

顔を赤くしながら頷く娘の姿に、千代は現島田流師範の肩書きなど放り捨ててでも娘を抱きしめたくなるような衝動に駆られそうになるものの、それを何とか抑えて微笑む程度で済ませた。

 

「よぉ、また会ったな」

「「?」」

 

その時、突然後ろから声を掛けられ、何事かと振り向くと、其所には蓮斗が立っていた。

 

「貴方は確か………………」

「蓮斗だ。八雲蓮斗」

 

蓮斗はそう名乗ると、かぶっていた帽子を一旦脱いで会釈すると、再びかぶり直す。

 

「お二人さんも、決勝の観戦か?」

「ええ。この子が行きたいって聞かなくて」

 

千代と少しの間を空けて腰掛けながら訊ねてきた蓮斗に、千代はそう答える。

 

「へぇ~、紅夜はモテモテだねぇ。マジで羨ましいぜ」

 

蓮斗はそう言いながら、軽く笑う。

それを千代は笑わず、蓮斗が着ているパンツァージャケットに目を向けていた。

 

「………………ん?どったよ?」

 

ジッと見られている事に気づいたのか、蓮斗は不思議そうに首を傾げながら訊ねた。

 

「前から気になっていたのだけど………………貴方の着ている、そのパンツァージャケットは何なの?」

 

そう訊ねられ、蓮斗は自分が着ているパンツァージャケットをまじまじと見た。

 

「それに貴方、プラウダ戦で会った時に『戦車乗りだ』って言っていたわよね?私が知る限りでは、少なくとも男で戦車道をしているのは、レッド・フラッグの子達だけだと思うのだけど………………」

「………………」

 

怪訝そうな表情を浮かべた千代がそう言うと、愛里寿もこの話には興味を持ったのか、観戦を中断して蓮斗の方へと顔を向ける。

蓮斗は暫く黙って横顔を向けていたが、やがて、ポツリと口を開いた。

 

「《白虎(ホワイトタイガー)》」

「「?」」

 

淡々とした単語に、2人は首を傾げる。

 

「俺が隊長を務めてたチームだよ。因みに戦車は5輌だ」

「………………どんな戦車を、使ってたの?」

「先ずはティーガーⅠ、それからⅣ号H型、パンターG型、ラング、そしてファイアフライだ」

「1輌だけ、ドイツ戦車ではなかったのね………………」

 

愛里寿にあっさりと教えた、かつての蓮斗のチームの編成に、千代は苦笑を浮かべながら言った。

 

「まあな………………まぁ、俺等は見つけた戦車を直して使ってたから、仕方ねぇわな」

「そう…………でも、白虎なんてチームは聞いた事が無いわよ?何時出来たの?」

「………………」

 

そう千代が訊ねると、蓮斗は言いにくそうにしながらも言った。

 

「…………それがもう、半世紀以上昔の話なんだよな、コレが……つーか俺、もう既に『死んでる』し………………」

「「え?」」

 

蓮斗からの返答に、2人の間の抜けた声が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、《パラリラ作戦》によって、黒森峰からの砲撃による被害を無傷で済ませた大洗チームは、火山らしき山の頂上に到着した。

足止めを切り抜けた黒森峰チームも麓に到着し、大洗チームに山の上から見下ろされるような配置についていた。

 

「思ったよりも早く、陣地を確保したと言う事か………………全車、散開しろ。横に広がれ」

 

まほの指示を受け、他の戦車が移動を開始する。

 

「黒森峰の戦車が行動を始めました、砲撃を開始してください!」

 

その指示と共に、大洗の戦車が立て続けに発砲する。

それに負けじと、黒森峰の戦車も攻撃を開始するが、そんな中で、1輌のパンターG型の車体上部にⅢ突の砲弾が命中し、黒煙を上げているパンターから、行動不能を示す白旗が飛び出した。

 

「よォーし!先ずは1輌撃破だ!」

 

一番最初に敵の戦車を撃破した事に喜びつつ、エルヴィンは次の目標(ターゲット)を定めた。

 

「良し、それじゃあ次!1時のラングだ!」

「ラングって何れだ!?」

「ヘッツァーのお兄ちゃんみたいなヤツ!」

 

ラングが何れなのか分からず、訊ねる左衛門佐に、エルヴィンは強ち間違ってはいないものの、何とも言えないような返答を返す。

 

 

「あ~あ、俺も主砲撃ちてぇなぁ~」

「翔、気持ちは分かるが我慢しろ。此方は携行弾数が28発しか無いんだ、無駄弾は撃てねぇんだよ」

 

砲手の席に凭れ掛かってボヤく翔を勘助が宥める。

 

『グスンッ……ヒック……ゴメンね、翔………………』

「おいコラ翔、テメェ何ウチの黒姫泣かせてやがんだゴルァ。試合終わったら《Hell Brast(ヘル・ブラスト)》喰らわせてやるから覚悟しとけよ?」

 

涙声で黒姫が謝ると、紅夜が口汚く翔に言う。

 

「ああ否!違うんだよ黒姫!別にお前を責めてる訳じゃねぇかんな!?つーか紅夜、お前マジ恐ェよ!?大体何だよヘル・ブラストって!?俺を殺すつもりかよお前は!?」

「此処がお前の死に場所だぁ!」

「達哉!勘助!助けてくれ!」

「「無理」」

「見捨てるなよテメェ等!」

 

顔面蒼白で達哉と勘助に助けを求める翔だが、2人からはあっさりと見捨てられる。

 

「グスンッ……ご主人様ぁ………………」

「あいよ黒姫。あのバカタレは後でぶち殺して大阪湾に捨てたるから安心しろ」

「何時の間に出てきたんだよ黒姫!?つーか紅夜!お前チームメイトにそんな扱いするのかよ!?大体どうやって大阪まで行くってんだよ!?」

 

翔は、紅夜の膝に跨がって抱きつく黒姫にツッコミを入れながら、物騒極まりない事を言う紅夜にもツッコミを入れる。

 

「え?瞬間移動するんだけど?」

「ドラ○ンボ○ルじゃねえんだぞ!」

「言い争ってるなら私が砲撃仕掛けちゃうよ~」

「言い争ってんのはお前のせいだよ黒姫!?」

 

最早言いたい放題にされている翔が叫ぶのを無視して、黒姫は光を放ってIS-2に戻ると、砲塔を回転させる。

 

 

「レッド・フラッグ隊長車、砲塔を此方に向けています!って来たァーッ!」

 

黒森峰のラングの車長が叫ぶや否や、黒姫の操作で独りでに砲撃を仕掛けたIS-2の122㎜砲弾の直撃を受け、ラングは撃破される。

 

「あら………………」

「コレは、先を越されましたね」

 

同じくラングに狙いを定めていたⅣ号では、スコープを覗いていた華に優花里が言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んだ?それってどう言う………………」

「おっ!それよか見てみろよ!彼奴やりやがったぜ!」

 

蓮斗が放った、『自分は既に死んだ』と言う言葉への疑問を投げ掛けようとした千代の言葉を遮り、蓮斗は言った。

その視線の先では、砲撃を仕掛けたIS-2によってラングが撃破される場面がスクリーンに映し出されていた。

 

「流石は紅夜のチームだ、砲撃スキルも馬鹿に出来ねえな」

 

黒煙を上げているラングを見ながら、蓮斗はそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤークトティーガー、正面へ」

 

その頃、2輌撃破された黒森峰では、まほがヤークトティーガーを前に出した。

淡々とした指示の後に、あんこうチームのⅣ号よりも赤みのあるレッドブラウンの巨体が、ガラガラと音を立てながらやって来て、大洗チームの前に出てくると、そのまま巨体を揺らしながら近づいてくる。

このヤークトティーガーは、車体の前面装甲150㎜、戦闘室の前面装甲250㎜と言われている。

まほは、反則級の装甲を持つこの戦車を盾にしつつ、大洗チームに近づいていくつもりなのだろう。

おまけに、その戦車の主砲は128㎜とあるので、下手に撃破しようと近づいて、撃たれたら人溜まりもない怪物だ。

尤も、大洗チームの戦車でそんな肉薄攻撃を仕掛けるようなチームはライトニングぐらいしか居ないが、試合開始から大して時間は経っていない上に、紅夜は未だ、そんな肉薄攻撃を仕掛けるつもりは無い。

そのため、IS-2は未だに、頂上に留まっていた。

ラングを撃破した後からは、何の攻撃も仕掛けぬまま………………

 

 

 

 

「ッ!試しに1発!」

そう言った和美が攻撃を仕掛けるものの、その強固な装甲にあっさりと弾かれてしまう。

イージーエイトの攻撃も当然ながら弾かれ、他の大洗の戦車が攻撃しても同じ結果である。

 

大洗チームの注意がヤークトティーガーに向いている内にも、斜面を上ってくる黒森峰の戦車隊からの、容赦無い攻撃は続く。

 

 

 

試合開始早々の強敵に、大洗チームはどう出るのか……………?




此処で思った。
付喪神によって勝手に砲撃する戦車は恐い。


それから紅夜、カワイコちゃんに抱きつかれやがって………………リア充爆発しろ!
カーッ(゜Д゜Ξ゜д゜)、ペッ




その後、作者は紅夜に《宿命の砲火》をくらいますた(´・ω・`)


全治半年(笑)


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第94話~おちょくってやります!~

大洗女子学園と黒森峰女学園による、第63回戦車道全国大会は、奇襲攻撃を仕掛けてきた黒森峰チームにより、大洗チームのアリクイさんチームの三式が撃破されると言う事からスタートを切った。

 

黒森峰の戦車隊の目眩ましのため、最初に《もくもく作戦》が決行され、大洗チームは煙幕を張って無闇に砲撃出来ないようにする。

さらに本隊から一時的に離れ、単独行動を行っていたカメさんチームが、パンターとヤークトパンターの其々1輌ずつに砲撃を仕掛けて履帯を破壊して、黒森峰本隊も一時的に足止めする事に成功。

その隙にポルシェティーガーを牽引して丘を上り、今度は《パラリラ作戦》を決行。

広範囲に煙幕を撒きながら進み、火山のような山の頂上に陣取って攻撃を仕掛ける。

 

その最中でパンターとラング撃破し、大洗チームの反撃が始まるのかと思われたところで、まほは大洗チームの正面にヤークトティーガーを投入、それを盾にしつつ、じわじわと本隊を迫らせていく。

 

大洗チームの運命や如何に………………!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーっと、此処で黒森峰がヤークトティーガーを真っ正面に投入です!」

 

実況席では、香住がマイク片手に興奮して叫んでいた。

 

「まさか、あの場で重戦車を盾に使うとは………………」

隣に座るカレンも、口許に手を当てて驚愕の表情を浮かべている。

 

「ヤークトティーガーの砲塔は回転式ではないので、その分より高い火力と防護力を得られる………無砲塔戦車の利点の典型例ですね………………」

「そうですね。それに黒森峰には、ヤークトティーガーの他にも、エレファントやパンターG型、ティーガーⅡやヤークトパンター、さらにはラングと言った強敵が居ますから、大洗側からすれば絶体絶命ですね………………ただでさえ、黒森峰フラッグ車であるティーガーⅠも強力なのに」

 

そんな会話を交わしながら、2人はモニターへと視線を移すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「黒森峰って、ホントに容赦ねぇのな」

「西住流の家元の学校だもの、ああなるのは誰でも考え付くわ」

 

観客席では、黒森峰チームの猛攻を見た蓮斗が唖然としながら呟き、それに千代が答えていた。

 

「やられる前に、有利な場所に逃げた方が良い………………」

 

持参したボコのぬいぐるみを抱き締めながら、愛里寿はそう言った。

 

「あの状態で逃げる、か………………因みに愛里寿ちゃんよ、お前さんならどうすんだ?」

 

蓮斗がそう訊ねると、愛里寿はモニターに映る黄色の軽戦車――ヘッツァー――を視界に捉えて言った。

 

「単独で行動してるあの戦車を、黒森峰の集団に突っ込ませて場を掻き乱す」

「ほぅ?その心は?」

「黒森峰は、隊列で行動する訓練はかなり積んでるけど、突発的な行動をとるチームには弱いから………………現に、紅夜お兄ちゃんのチームと戦った時は、それで圧倒されてた」

「へぇ~。レッド・フラッグって、同好会チームとしての編成なら黒森峰でも潰せるのか」

 

蓮斗がそう呟くと、愛里寿は頷いてから蓮斗の方を向いた。

 

「そっちはどうだったの?」

「………と言いますと?」

「………蓮斗お爺ちゃんの現役の頃」

「はいちょっと待とうか愛里寿ちゃん、今『お爺ちゃん』って聞こえたんだけど?」

 

お爺ちゃん呼ばわりされた事に反応した蓮斗は、愛里寿の話に待ったを掛けた。

 

「………………?」

 

だが、当の愛里寿は不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

「お爺ちゃんは大昔の人。ならお爺ちゃん」

「そう言う問題なのだろうか………………」

 

そう呟き、蓮斗はガックリと項垂れた。

 

「そりゃあ、さっき言った通りに、俺は既に死んだ存在だし、もうこの世に留まって半世紀以上経つけどさぁ………………流石にお爺ちゃんはねぇわ。紅夜みてぇに………「それは無理。紅夜お兄ちゃんは紅夜お兄ちゃんだから」……………さいでっか」

 

提案をあっさりと却下され、蓮斗はまたしても、ガックリと項垂れた。

 

 

「そう言えば蓮斗………さん………」

「妙な間が気になるが………………何だね、お袋さん?」

 

ゆっくりと顔を上げながら訊ねる蓮斗に、千代は言いにくそうにしながら聞いた。

 

「貴方、紅夜君とは親しいの?」

「俺と彼奴か?まぁな、ちょっと前に一緒に遊んだが………………なんで?」

「いや、その………………彼に恋人とかは、居ないのかしら?」

「彼奴に恋人か………………どうだろうな。プラウダ戦の前に、Ⅳ号の車長さんと一緒に帰ってたのを見たが、別に付き合ってるって訳ではなさそうだし………………それに、この前見せてくれやがったあの鈍感ぶりだ、恐らく居ねえな」

「何があったのかは知らないけど………………良かったわね、愛里寿」

 

そう言うと、千代はからかうような表情で愛里寿を見る。

蓮斗もつられて愛里寿を見ると、その顔は真っ赤になっていた。

 

「成る程な………………紅夜、お前、早く鈍感を直さねえと、何時かマジで大変な事になるぞ」

 

そう呟くと、蓮斗はヤレヤレと言わんばかりの表情を浮かべながら、澄み切った青い空を見上げた。

 

尤も、彼のティーガーの操縦手である拓海からは、『鈍感な奴だった』と言われていた蓮斗が言っても、説得力は皆無に等しいのだが………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶぇぇえええっくしょいッ!!」

「うわビックリした!いきなり何てクシャミしてんだよ紅夜!?」

 

その頃、噂されているのを悟ったのか、紅夜が盛大なクシャミをした。

あまりにも声が大きすぎたからか、勘助が驚きのあまりに跳ね上がって、弾薬庫から引っ張り出しかけていた砲弾を落としそうになる。

 

「ウィ~ッ………ズズッ………あ~いや、すまねえな勘助。何か、誰かに噂されてるような気がしてさ………」

 

声の大きさに文句をつけてきた勘助に、紅夜は鼻を啜りながら謝る。

 

「風邪じゃなけりゃ良いんだがな………………おっ、何だかんだやってる内に相手の隊列乱れてきてるなぁ」

そうボヤきながら車外に上半身を乗り出した紅夜は、此方側の反撃もあってか、上ってきている隊列に若干の乱れを見せている黒森峰の戦車隊を視界に捉えた。

 

 

 

 

 

 

「今の向こうと此方の差は18対10。それと、所々に列の乱れがある。これだけ崩せれば………………」

 

Ⅳ号のペリスコープから外の様子を窺っていたみほは、そう呟いた。

 

「良し、此処から撤退します!」

「ええっ!?ですが西住殿、前方から黒森峰が上ってきていて、退路は塞がれてます!」

 

撤退を決めたみほに、優花里がそう言う。

 

「大丈夫。黒森峰の列が乱れてきてるから、其処を突けば………………」

『西住ちゃん!例の《アレ》、そろそろ始める?』

 

そう言いかけた時、突然通信が入ってきた。

単独行動を行っていたカメさんチームだった。

 

「はい!」

 

杏からの問いに、みほは力強く答えた。

 

「《おちょくり作戦》、始めてください!」

『あいよ!お任せあれ!』

 

そうして、杏からの通信は切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ~し………………小山、河嶋。準備は良い?」

「「はい!」」

「良し、それじゃあ………………おちょくり開始!」

 

杏の指示で、柚子はヘッツァーを発進させて作戦を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、杏達の前を1輌のヤークトパンターが走っていた。そのヤークトパンターは、先程の杏からの待ち伏せ攻撃を喰らって本隊から置いていかれたものだった。

 

「ふぅ、何とか修理が間に合った~…………さて、早く本体と合流しなきゃ!」

 

キューポラから目の前に広がる戦場を見て安堵の溜め息をつくが、その後ろから聞き慣れない音が聞こえてくる。

 

「ん?何の戦車………………ってああ!?」

 

その視線の先に居た戦車は、先程自分の戦車の履帯を破壊した、大洗チームのヘッツァーだった。

 

「またあんな所から出てくるなんて………………7時の方向に例のヘッツァーよ!方向転換を急いで!」

「ほいっ」

 

ヤークトパンター車長の少女は操縦手にそう命じ、操縦手が大急ぎで方向転換しようとするものの、それも虚しく杏から砲撃を喰らい、再び行動不能に陥れられるのであった。

 

「うわぁーっ!コレさっき直したばっかなのにぃーッ!」

 

履帯を破壊されたヤークトパンターに、車長の少女は悲鳴を上げる。

 

「おのれェーッ、ウチの履帯は重いんだぞォーーッ!!」

 

その横を涼しげに通り過ぎていくヘッツァーに、車長の少女は腕を振り回しながら叫んだ。

 

「へっへーんだ、そんなの知ったこっちゃないね………………そんじゃ、突撃ィーッ!」

 

悲鳴をあげる少女をからかいながら、杏は相変わらず車内に持ち込んでいる干し芋片手に前方を指差して叫ぶ。

彼女等が向かっているのは、大洗チームに迫ろうとしている黒森峰の本隊。其所に乗り込んで隊列を徹底的に乱すのが、《おちょくり作戦》の内容なのだ。

 

「それにしても、あんな凄い戦車の軍団に単身で乗り込むなんて………………」

「長門達じゃあるまいし………今更ながら、無謀な作戦だな………………」

 

自分達偽を向けている黒森峰の戦車を前にして、柚子と桃の2人は若干の怯みを見せている。

 

「こう言うのって、敢えて突っ込んでいった方が安全なんだってよォ~?」

 

杏は何処からか持ち出した雑誌を片手に摘まんでみせた。

 

「それは後にしましょうか………………」

 

掴み所の無い会長に呆れながら、柚子はパンターとエレファントの間にヘッツァーを停めた。

 

「んなっ!?」

 

それを見ていた他のパンターの車長は、突然現れたヘッツァーに驚く。

 

「11号車、15号車!脇にヘッツァーが居るぞ!」

 

その指示を受け、ヘッツァーの左隣に居たパンターは一旦後退して、走り出したヘッツァーを狙おうとするものの、直ぐ傍にエレファントが居た。

 

「くっ!相討ちになるから撃てない!」

 

流石に同士討ち出来ない一行は、まるでプラウダ戦や知波単との練習試合で、相手の本隊に殴り込みを仕掛けて、その後はハリケーンの如く暴れまわったIS-2のように走り回る。

 

『此方17号車!自分がやりま…………ッ!』

 

1輌のラングがヘッツァーを狙おうと方向転換するものの、大洗チームからの砲撃を側面に受けて呆気なく撃破される。

 

『申し訳ありません!やられました!』

『な、なら私が………!』

『待て!Ⅲ突が向かってくるぞ!』

 

そう言い合っている間に、大洗チームの戦車が少しずつ前進しながら砲撃を仕掛け、黒森峰チームはパニックに陥る。

 

 

 

 

 

 

「面白~い!」

 

その頃、観戦しているプラウダの3人では、ノンナに肩車されたカチューシャがそう言った。

 

「次から次へと、よくこんな作戦考えるわね!」

 

興奮しながら言うカチューシャだが、肩車されている状態で動きすぎたのか、一瞬バランスを崩して落ちそうになるが、何とかノンナの頭にしがみつく。

 

「これで、17対10ですね」

 

そんな事があっても、慣れているのか微動だにしないノンナはそう言った。

 

「ええ…………」

 

短く答え、クラーラはモニターに視線を戻した。

モニターには、場を掻き乱されて撤退を始める黒森峰の戦車隊が映っていた。

 

「この場では、紅夜達の出番は無かったわね…………ん?そう言えば大洗って、ヘッツァーなんか持ってたっけ?」

「決勝前に改造キットを購入し、38tに取り付けたそうです」

 

何処からそんな情報を手に入れたのか、ノンナがそう答えた。

2人の会話を聞き流しながら、クラーラはモニターに映る紅夜を見ていた。

 

「(紅夜さん…………頑張って……)」

 

胸の前で手を組み、クラーラはそう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、黒森峰の連中が下がり始めたぞ。おまけに隊列も滅茶苦茶だ」

 

IS-2の操縦席から様子を見ていた達哉がそう言う。

 

「まぁ、黒森峰ってのは隊列で進んでくるけど、突発的な行動を取るような連中には弱いんだよ」

「成る程な………………マニュアルが崩れて対処しきれなくなるって事か」

「その辺りは、西住さんの方が一枚上手だな」

 

達哉の呟きに紅夜が返すと、翔や勘助も言葉を続ける。

 

『右方向に突っ込みます!全車両、全速前進!』

 

みほからの指示が飛び、大洗チームの戦車は一斉に坂を下り始める。

 

『レオポンさん、先行してください!』

『あいよ!盾ならお任せってね!』

 

みほの指示で、レオポンチームのポルシェティーガーがⅣ号の前に出て突き進む。

方向転換したラングが発砲するものの、前面100㎜と言う分厚い装甲によって弾かれ、砲弾は明後日の方向に飛んでいく。

 

そうして、大洗の戦車は続々と下ってきて、そのまま立ち尽くす2輌のラングの間を通過していく。

極め付きに、最後部のルノーが煙幕を撒き散らしながら進んでいくため、大急ぎで方向転換して後ろを狙おうとしても煙幕で阻まれて砲撃は出来ず終いに終わる。

紅夜達レッド・フラッグは、大洗の列には加わらなかったものの、暴走族のような運転をする達哉と雅、そして彼等2人程にはならないが、相手からの砲撃を見切った運転をする千早の操縦技術によって無傷で突破し、大洗本隊に合流する。

 

「いやっほー!」

「ヤレヤレ、アレはスリル満点だな」

 

ポルシェティーガー操縦手であるツチヤは歓声を上げ、麻子は無表情ながらもそんなコメントを呟く。

 

「Whoo-hoo!見ろよ亜子!彼奴等あたふたしてやがるぜ!」

「雅、ちょっとは落ち着きなさいよ」

「と言うか、雅って興奮したらホントに男口調になるのよね………………」

 

ハイテンションな雅に、亜子は落ち着くように宥め、それを横目に見ていた紀子は他人事のように呟いた。

 

 

 

 

『大洗戦車、全車両に逃げられました!』

『何やってるのよ!?せめて1輌ぐらいはやりなさい!』

 

その頃黒森峰では、カモさんチームのルノーが張った煙幕で視界を遮られ、上手く動けずにいた。

段々と晴れつつある煙幕から遠ざかっていく大洗の戦車隊を見たパンターの車長が言うと、エリカはそんな声を上げる。

 

『体制を立て直して追え、此方も直ぐに向かう』

 

エリカが叫ぶ中で、1人冷静なまほはそう言うが、エリカが先行すると言い出し、そのままティーガーⅡを向かわせる。

 

「ふむ、副隊長が向かったか………………それにしても、あんな道で無茶な走り方をすれば、ティーガーⅡが悲鳴を上げるぞ」

「副隊長、短気ですからね………………」

 

それを見ていた要や彼女のティーガーⅡの乗員達は、その後エリカ達のティーガーⅡが耐えきれなくなるだろうと予想する。

すると正に的中。真っ平らな道ではなく、多少の凹凸がある道を走り回っていたエリカのティーガーⅡは、ガクンと揺れたかと思った次の瞬間には、履帯が外れて、その拍子で転輪も外れて転がっていき、動きを止めてしまう。

その後、エリカ達はティーガーⅡから降りてきて、壊れた部分の修理を始める。

それを見ていたエリカは地団駄を踏みながら何か喚いている。

 

それを見た要や、彼女のティーガーⅡの乗員達は、皆してこう思ったと言う。

 

 

 

 

『やっぱりね』と………………



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第95話~たとえトラブルに見舞われても、皆で助け合います!~

祝!総合話数100話目!

だが、本編では96話目なので複雑だ………………( ̄∇ ̄;)


《もくもく作戦》、《パラリラ作戦》と言った2つの作戦を連続で発動。また、単独行動を取らせていたカメさんチームの待ち伏せ攻撃により、黒森峰との差をつけて有利な位置を確保し、2輌の黒森峰戦車を撃破した大洗チームだが、まほがヤークトティーガーを投入した事により、じわじわと差を詰められて行く。

だが、其所でカメさんチームが黒森峰の戦車隊に単身で乗り込んで隊列を乱し、突然の出来事にパニックを起こしている隙に、大洗チームは黒森峰のバリケードを脱出し、撤退に成功。

それをエリカが追うものの、足回りの弱いティーガーⅡを振り回したせいか、足回りが壊れてその場で足止めを喰らう羽目になる。

必死になって修理するティーガーⅡの乗員達を背景に、大洗チームは次の作戦へ向けて行動を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「快晴に加えて、見渡す限りの草原地帯………………試合じゃなければ、ピクニックでもしたいところだな」

 

辺り一面に広がる、自分の髪と同じ緑を眺めながら、紅夜はそう呟く。

 

「ピクニックか~、現役退いてからは全くやってなかったな」

「ああ。皆で集まって戦車動かした後も、昼飯はどっかのレストランで済ませるか、各自で家に帰って、飯食ってから再集合ってのが殆んどだったもんな」

 

その呟きを聞いていた翔と勘助が、そんな事を言い合う。

 

「2人共何の話してんだ?俺も交ぜろよ」

 

IS-2を操縦している達哉も話に入ってくる。

 

「いや、別に大した事じゃねえよ。ただ、この辺でピクニック出来そうだなって話をしてただけさ」

「成る程な………………まぁ、確かにこの辺は緑ばっかの草原地帯だもんな。俺等レッド・フラッグと大洗、それから黒森峰のチーム全員で遊べるんじゃね?」

「発想がかなり子供っぽいな。遠足じゃねえんだから………………だがまぁ、それが実現すれば、中々の光景になるだろうな」

「それを纏めりゃ、一種の理想郷(シャングリ・ラ)が出来上がるって訳だな」

 

口々に言うメンバーの言葉を、紅夜が『理想郷(シャングリ・ラ)』と言う一言で纏めると、達哉達はそれに頷く。

 

『あんこうチーム、左折します。ついてきてください』

 

其処へ、みほからの通信が入ってくる。

 

「左折?曲がったって見えるのは川だってのに……………まぁ良いや。達哉、あんこうチームが左折する。その後に続け」

「Yes,sir.」

 

左折して坂を下り始めたあんこうチームのⅣ号を追うようにして、IS-2も左折して坂を下り始める。

他のチームも後に続いて坂を下り、川の前で停車した。

 

「もしかして西住さん、この川を渡るつもりか?」

 

自車の隣に停車しているⅣ号のキューポラから上半身を乗り出したみほに、紅夜は訊ねる。

 

「うん。見たところ、川を渡れる橋は無さそうだから、此方の方が手っ取り早いからね」

 

そう答えたみほは、軽い戦車が流されないようにするため、上流側にレオポン、下流側にアヒルさんチームを配置するように指示を出す。

そうして並び替えを終えると、ゆっくりと川に入る。

 

横からの流れに揺られながらも、一行は川を横断する。そして半分まで来た時、異変が生じた。

ウサギさんチームのM3が、突如として動きを止めたのだ。

 

「桂里奈、どうしたの?早くしないと置いてかれるよ」

 

梓にそう言われ、桂里奈はアクセルペダルを何度も踏むが、M3はピクリとも動かない。

それどころか、エンジン音も力を失っていき、その音が完全に消えると共に、先程までの小刻みな振動も止まる。

それは、M3がエンストした事を現していた。

 

「?おい西住さん、M3が川の半分辺りから動いてねぇぞ」

「え?」

 

M3の異変に気がついた紅夜に言われたみほは、双眼鏡でM3の方を見る。

他の戦車が少しずつ動いているのに対し、M3は全く動いていないのだ。

 

「全車両、一旦止まってください!」

 

みほの指示で、M3に並びかけていた他の戦車が停車する。

 

「ライトニングだ。ウサギさんチーム、何があった?」

『な、長門先輩………どうしよう、私達………』

 

紅夜の呼び掛けに、梓からの不安げな返答が返される。

 

「大丈夫だ、落ち着け。先ずは何があったのかを言うんだ」

 

そう言われ、梓はM3がエンストした事を伝えた。

 

 

「マジかよ、こりゃあちょっとヤバいな…………分かった。取り敢えず西住さんに伝えとく。お前等はエンジンを再始動出来ないかやってみろ」

 

そう言って通信を切ると、紅夜はみほの方を向き、ウサギさんチームのM3がエンストした事を伝えた。

 

 

「そんな……こんな所で…………」

 

紅夜からウサギさんチームの異変を伝えられたみほは、そう呟いて狼狽える。

川に入って直ぐか、向こう岸に着く寸前にエンストするなら未だしも、真ん中でエンストされてはかなわない。

 

「うーっ、全然掛からないよ~!」

 

その頃ウサギさんチームでは、何とかしてM3のエンジンを再始動させようと躍起になっていたのだが、幾らレバーを動かしてもエンジンが再始動する兆しを見せないと言う状態に、桂里奈から悲鳴が上がる。

エンストすると言うまさかの事態は、1年生をパニックに陥れようとしていた。

現に、悲鳴を上げた桂里奈の両目には涙が溢れている。どうにもならない状態に怯えているのだろう。

 

「……こうなったら、仕方無い…………!」

 

その様子を見た梓は何かを決心したのか、みほへと通信を入れる。

 

「西住隊長、私達の事は良いから、先に行ってください!後で追い掛けますから!」

 

少なくとも、今のところはエンジンが再び動く兆しが見られないと悟った梓は、このまま自分達を置いて、先に行くように言う。

そんな声が通信機から聞こえてくる中、みほは判断しかねていた。

梓の言う通り、このままM3のエンジンが再始動するのを待っても仕方が無い。その上、下手をすれば追い掛けてくる黒森峰の戦車隊が追い付いて、今の状況などお構いなしに一斉攻撃を仕掛けてくるかもしれない。

そうとなれば、大洗の敗北は決定したも同然になるのだ。

 

そうしている間にも時間は過ぎ、川の流れがM3を横倒しにしようとばかりに、M3の側面装甲にぶち当たる。

 

「どうしよう、このままじゃM3が横転しちゃう!」

「それに、モタモタしてると黒森峰が来るぞ」

 

様子を見ていた沙織が言うと、麻子も付け加える。

 

「………………ッ」

 

みほは車長席に座り、膝の上に両手を置き、小刻みに震わせていた。

脳裏を過るのは、去年の試合………………雨で氾濫している川に沿った道を進んでいる途中、前方から奇襲攻撃を仕掛けてきたプラウダからの砲撃で、足場を失ったⅢ号戦車が土手をずり落ち、そのまま川に落ちる場面。

そして聞こえてくる、その時のⅢ号戦車の乗員からの悲鳴。

トラウマがフラッシュバックし、みほは目を固く瞑る。

それを見た沙織は、少しの間考えるような仕草を見せると、みほに声を掛けた。

 

「行ってあげなよ、みぽりん」

 

そう言われたみほは、目を見開いて親友の顔を見る。

沙織は無言のまま、ゆっくりと頷いた。

 

みほは意を決し、席から立ち上がると、優花里に声を掛けた。

 

「優花里さん、ワイヤーにロープを!」

「はいっ!」

 

みほからの指示を受けた優花里は目を潤ませ、嬉しそうに返事を返しすと、直ぐ様ワイヤーとロープを用意した。

そして、ロープを腰に巻き付けたみほは、Ⅳ号のエンジン部分に飛び乗って前方を見やる。

 

M3に辿り着くには、横に居る紅夜のIS-2や、ルノー、Ⅲ突、パンターやイージーエイトに飛び移らなければならない。

 

深く深呼吸すると、みほは少ないスペースで勢いをつけ、紅夜のIS-2へと飛び移ると、そのままルノーへと飛び移る。

通信手用のハッチから見ていた沙織は無線機を操作して、ある人物に呼び掛けた。

 

「紅夜君、聞こえる?紅夜君!」

『武部さん、そんなに叫ばんでも聞こえてるって』

 

呼び掛けられたのは紅夜だった。

大きな声で呼び掛けられたからか、紅夜はIS-2のキューポラから上半身を乗り出した状態でフラフラと揺れている。

 

「お願い、みぽりんを手伝ってあげて!みぽりんと一緒に、1年生の皆を助けて!」

 

今の沙織には、その一言しか言えない。だが、何時もみほの………否、誰かの支えになっていた紅夜なら………………と、微かな望みを賭ける。

 

『………………Roger that.Leave it to me.(あいよ、任せな)』

 

そうして、通信は切られた。

 

 

 

 

 

「さてと、それじゃあ行くとしますかね………………お前等、ちょっとの間頼むぜ?」

「「「Yes,sir.」」」

 

キューポラの上に立った紅夜はジャケットを脱いで腰に巻き付けると、数メートルある戦車同士の間を軽々と飛び越え、Ⅲ突からM3へ移ろうとしていたみほの隣に並び立つ。

 

「よぉ隊長、手伝いに来たぜ」

「紅夜君!?どうして………………」

 

いきなりやって来た紅夜に、みほは驚愕の表情を浮かべる。

 

「お前のチームの無線手さんに頼まれたんだよ。『手伝ってやってくれ』ってな………………落伍者を見捨てる事が出来ねえんだろ?」

「………………うん」

 

その問いに頷くみほを見て、紅夜は微笑む。

 

「なら助けようぜ。ワイヤーで引っ張ってる内に動くかもしれねえしな」

 

紅夜はそう言うと、前方のM3と、車体後部に出てきている1年生グループを見る。

 

今2人が立っているⅢ突とM3との距離は、今までのよりも若干離れていた。

無理にでも飛び越えようとするみほを手で制すると、紅夜はみほを横抱きに抱き上げた。

 

「ッ!?」

 

突然抱き上げられた事に、みほは顔を真っ赤にする。

 

「あのまま飛び越えようとしても川に落ちるがオチだ。ちょっとの間の我慢だ」

 

そう言って、紅夜はみほを抱き抱えたまま、M3へと飛び移る。

 

「西住隊長!長門先輩!」

 

目尻に涙を浮かべながら、声をかけてくる1年生グループ。

紅夜がみほに視線を移すと、みほは腰に巻き付けていたワイヤーをほどく。

 

「これを皆で引っ張ろう」

 

そう言って作業を始めようとするが、其処で紅夜が待ったを掛けた。

 

「悪いが、これは俺にやらせてくれ」

「えっ?」

 

そんな紅夜に、みほは目を丸くする。

 

「流石に、こんな力仕事を女の子にやらせる訳にはいかねぇよ。下手すりゃ輝夫のオッチャンや蓮斗にドヤされちまう。『こう言う力仕事は男1人でやるモンだろォが!』ってな……」

そう言って、紅夜は苦笑を浮かべる。

 

「だから、ただのカッコ付けだと思いたきゃそれで良い。少なくとも、ワイヤーを引っ張るのは俺にやらせてくれ」

 

そして紅夜は、みほや1年生のメンバーが呆然としているのを他所に、Ⅳ号の車体後部で纏めて置かれてあるワイヤーを伸ばす。

それがピンと張り詰め、逆にM3にワイヤーの纏まりが出来ると、今度は八九式へ、最後にポルシェティーガーへと飛び移ると、車体後部のフックにワイヤーの先をくくりつける。

そんな時、砲塔を後ろに向けた戦車の砲撃音が聞こえてきた。

 

「おいおい、何が起こってんだ?」

 

そう呟いた時、紅夜のスマホがメッセージの着信を告げた。

くくり終えてからメッセージを開くと、それはレッド・フラッグのメンバーからのメッセージだった。

 

『今、大洗の連中と俺等で援護射撃してる!焦ってしくじったりすんじゃねぇぞ、紅夜!』

『さっすが祖父さんだ、我等レッド・フラッグの誇り高き隊長だぜ!』

『翔のスマホでのメッセージになるけど、やっぱり最高だよ、ご主人様!』

『相変わらず優しいのね………………そんな所も好きよ』

 

レッド・フラッグのラインで、メンバー全員からのメッセージが届いている。

 

「………………ありがとよ」

 

目頭が熱くなるのを感じながら、紅夜は一言――『ありがとう』――とメッセージを返し、スマホをズボンのポケットにしまうとM3へと舞い戻るのであった。



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第96話~市街地で出会した強敵です!~

黒森峰を上手い具合に撒いた大洗チームは、新たな作戦を遂行するための場所へと移動するため、川を渡る事になる。

軽い戦車が流されないようにするため、重量級の車重を持つポルシェティーガーを上流側に配置して渡り始めた一行だが、ほぼ真ん中に差し掛かった所で、何とウサギさんチームのM3がエンストしてしまう!

 

M3の車長である梓は、自分達を置いて先に行くように言うが、過去の経験を思い出したみほには、それが出来ない。

だが、それを見た沙織の後押しで、みほはウサギさんチームの救出を決意。

自身の腰にワイヤーを巻き付け、反対側の端をⅣ号の車体後部にあるフックに付け、Ⅳ号とM3の間にある他の戦車を次々と飛び越えていく。

そして、沙織からみほの援護を頼まれた紅夜が合流し、2人はウサギさんチームの元へと辿り着く。

上流側に居るポルシェティーガーにもワイヤーを繋ぐ作業を始めようとするが、それに紅夜が待ったを掛け、彼1人だけで軽々と作業を終える。

そうしている間の援護射撃や、レッド・フラッグのメンバーからのラインのメッセージに感謝の言葉を述べ、紅夜はM3の元へと舞い戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~らよっと!」

 

八九式の車体後部から飛び上がった紅夜は、M3の砲塔上部に勢い良く着地する。

靴の裏が上面装甲に打ち付けられ、大きく、そして爽快な音を立てて着地した紅夜は、ほどけそうになっていた、腰に帯状に巻き付けられたパンツァージャケットの袖を結び直す。

 

「うむ、我ながら100点満点の着地…………なんちゃって」

 

独り言を呟きながら、紅夜はみほ達の方へと向き直る。

 

「よぉ、作業終わったぜ」

 

紅夜はそう言って微笑むが、みほ達は呆然と、紅夜を見ている。

 

「………………?おい、何だよお前等?まるで鳩が豆鉄砲喰らったようなツラ提げちまって」

「あ、いや………その………」

 

首を傾げながら聞いてくる紅夜に、みほは言いにくそうにしながらもこう言った。

 

「紅夜君って、つくづく人間としての常識から飛び出てるよね……………」

「そうかねぇ………………まあ俺としては、常識なんてブッ壊すためにあるようなモンだからな」

 

紅夜はそう言って、快活に笑う。何時もの陽気な紅夜が、其所に居た。

 

「さて、ワイヤー取り付ける作業は終わったし、とっとと戻ろうぜ。こうしてる内にも、黒森峰の連中は近づいてきてるからな」

「う、うん」

 

そう返し、紅夜とみほが戻ろうとした時だった。

 

「ま、待ってください!」

 

そう言って、梓が2人を呼び止める。

 

「ん?」

 

Ⅲ突へと飛び移ろうとしていた紅夜とみほが振り向くと、1年生グループが詰め寄ってきた。

 

「その………………た、助けてくれて、ありがとうございました!」

「一時はどうなるかと思いました!」

「色々とご迷惑をお掛けします!」

 

投げ掛けられる礼の嵐にみほが怯んでいる中、紅夜は微笑んでいた。

 

「良かったな西住さん、こんなにも感謝されてるぜ?」

「活躍したのは紅夜君だよね!?」

 

からかうようにして言う紅夜に、みほは堪らずツッコミを入れる。

 

「活躍なんてしてねぇよ。力仕事を女に任せるのに気が引けただけだ」

 

紅夜はそう言うと、ほどけそうになっていたジャケットの袖同士を結び直し、1年生グループを見据える。

 

「それにしてもお前等、ホントに強くなったな。グロリアーナとの試合の時とは大違いだ」

 

そう言って、紅夜は1年生グループの1人1人の頭に軽く手を置いて撫でる。

 

「多分、さっきのはグロリアーナ以上に恐かったろうが、よく耐え抜いたな…………この調子で頼むぜ」

 

紅夜はそう言うと、みほへと向き直った。

 

「さて、行こうぜ西住さん。そろそろ黒森峰の連中が来やがる頃だ」

「う、うん」

 

そうして、紅夜は再びみほを抱き抱え、他の戦車を飛び越えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「………………去年と変わらないな」

 

その頃、丘から様子を見ていた黒森峰チームでは、双眼鏡で一部始終を見ていた要がそう呟く。

 

「あの子はああ言う子なのよ。勝利主義な西住流では、珍しいと言うか何と言うか………………」

 

横のティーガーⅡから、同じく双眼鏡で見ていたエリカがそう返す。

まほは無言で2人の会話を聞いていたが、後ろから聞こえてくる小さな音に気づき、不意打ちがてらに攻撃しようとしているヘッツァーを視界に捉えた。

 

「後方7時に敵戦車だ。11号車、やれ」

 

その指示を受け、1輌のパンターがゆっくりと下がりながら砲塔を向け、ちょうどその後部を照準に捉えていたヘッツァー目掛けて発砲する。

砲弾はヘッツァーの真ん前の地面に着弾して砂埃を巻き上げ、その余波で、ヘッツァーは軽く後方に押しやられる。

 

「うへぇ~!流石に3度目は無かったか~、撤退撤退~!」

 

杏の指示で、柚子はヘッツァーを全速で後退させてその場から逃げ去った。

 

 

 

 

 

 

その頃、Ⅳ号とポルシェティーガーとの間をワイヤーで繋ぎ、そのままM3を引っ張って川を渡っている大洗チームでは………………

 

 

 

「動いてよォ~!」

 

操縦手の桂里奈は、何とかしてM3を動かそうと、イグニッションを何度も押す。

すると、車内に小さな振動が起こり、次の瞬間には大きな音を起こした。

M3のエンジンが蘇ったのだ!

 

「此方ウサギチーム!M3のエンジン、再始動です!」

 

梓からの通信に、メンバーから安堵の溜め息が漏れ出した。

調子を取り戻しつつあるM3は、桂里奈がアクセルペダルを踏み込んだ事により、ただ引っ張られるだけでなく、自力で動き出す。

 

「全車両、ウサギさんチームと歩調を合わせて進んでください」

 

みほはそう指示を出し、他のチームの車長達はキューポラからウサギさんチームのM3の様子を見ながら、其々の操縦手にアクセルの踏み具合を調節させる。

そして、向こう岸に辿り着いた頃には、M3はすっかり調子を取り戻す。

ワイヤーが回収され、大洗の戦車は次の目的地へと突き進んでいく。

 

彼女等が通り過ぎた直後、其所は黒森峰の戦車隊からの砲撃で地面が抉られ、土や小石が巻き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

「大洗チーム、見事に危機を脱しましたね!あのシーンは感動モノです!」

 

実況席では、香住がハンカチ片手に涙を拭いながら言った。

 

「ええ。西住流の家元からすれば、流派のやり方ではありませんが、落伍者を見捨てないと言う姿勢は素晴らしいものです」

 

カレンも、深く感心した様子でそう言う。

 

「それにしても、あの場で彼も出てくるとは思いませんでしたね」

「確かにそうですね。それに、女の子を抱き抱えた状態で軽々と数メートルの幅を飛び越えてしまうのですから」

「西住選手の意外な身体能力が見られた今回ですが、やはり長門選手も凄いですね。西住選手がやっとの思いで飛び越えた戦車同士の間を軽々と飛び越え、おまけに疲れた様子も全く見せないんですから」

「そして、西住選手を抱き抱えて戻っていく………………あんなのを見せられると、『彼はもしかしたら、人間ではないのではないか』とも考えさせられましたね」

 

実況席では、みほや紅夜の活躍について、2人が話していた。

 

 

 

 

 

 

「ほほぉ~、彼奴等やりよるなぁ。ああやってピンチを乗り切るとは………………」

 

観客席から見ていた蓮斗は、小さく拍手しながら言った。

 

「す、凄いわね………………西住流の子もそうだけど、女の子を抱き抱えて、しかも助走も殆んどつけられない状態で、あんなに軽々と」

 

蓮斗の右隣では、千代が信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「まぁ、紅夜だからな」

 

淡々とした答えだが、今の千代からすれば、ある意味で納得出来る答えだった。

 

「お爺ちゃんも、あんな事出来るの?」

 

左隣に座る愛里寿が、膝の上にボコのぬいぐるみを置いて蓮斗を見上げる。

 

「もう『お爺ちゃん』呼びで定着してるのな………………まぁ、出来るっちゃ出来るぜ?やった事ねぇけど」

 

そう言葉を返し、蓮斗はモニターへと視線を戻した。

モニターには、石造りの橋の前に来ている大洗チームが映し出されていた。

 

「大洗チームの連中、戦ってるより逃げてる方が多いような気がするなぁ…………一体、何をするつもりなのだろうかね………………」

 

そう呟き、蓮斗はモニターに映る大洗チームを見守った。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ~!カメさんチーム、只今合流~」

 

橋の前に来ていた大洗チームでは、先程まで単独行動を行っていたカメさんチームのヘッツァーが合流した。

 

「この橋を渡ります。レオポンさんは最後に……」

『任せといて~、ド派手にブッ壊しちゃうから』

 

レオポン車長のナカジマから物騒な返事が返され、大洗チームの戦車は、続々と橋を渡っていく。

最後から2番目に、紅夜達ライトニングのIS-2が橋を渡りきり、残るはポルシェティーガーただ1輌となる。

慎重に進んでいき、橋の真ん中辺りに差し掛かった、その時だった。

 

「さぁて、此処が腕の見せ所だぁ!」

 

ツチヤはそう言うと、何やら操作して操縦捍を前に倒す。すると、ポルシェティーガーのエンジン部分からジェットエンジンを小型化したような音が響き、次の瞬間には車体前部を軽く浮かせて急発進した。

ドスン!と音と立てて浮き上がった車体前部が橋に叩きつけられ、ポルシェティーガーが橋を渡りきった頃には、橋の真ん中が壊されていた。

それが、橋を渡る際の作戦である。

 

「うぉーい!?何してんだレオポン!?」

『これも作戦なんだよ、長門君♪』

「加速する勢いで橋ブッ壊すのを『作戦』と呼ぶ馬鹿があるか!」

 

通信に応じたナカジマに、紅夜は盛大なツッコミを入れる。

そうしている内にも、ポルシェティーガーは異常な速さで大洗の戦車をごぼう抜きにして、瞬く間に先頭へとやって来てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、橋が落とされた!?しかも車重で!?」

 

その頃の黒森峰チームでは、偵察に出したⅢ号戦車の車長から、大洗チームのレオポンが橋を破壊した事を知らされたエリカが驚いていた。

普通、橋を壊すなら渡りきってから主砲を撃ち込んで木っ端微塵にしてしまえば良い。

と言うか、それしか方法は無いと思われていた。だが、レオポンは加速する時の勢いと車重を利用して橋を破壊したのだ。これで驚かないのは蓮斗ぐらいだろう。

 

「分かった、橋は迂回して追うわ。貴女達は先回りしなさい!」

 

エリカはそう指示を出し、Ⅲ号戦車の車長から伝えられた事をまほへと話すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは予想外ですね。あんなやり方で橋を落としてしまうなんて………………」

「そうですね。私が現役の頃も橋を渡る時が何度かありましたが、流石にあんなやり方で橋を落とせる者は居ませんでした………………あのポルシェティーガーの操縦手は、かなりの操縦技術を持っているようですね………………」

 

実況席では香住とカレンがそんな会話を交わし、観客席でも、珍しいやり方で橋を壊した事に、観客は物珍しそうなものを見た時のような声を上げていた。

 

 

 

 

 

そして再び視線を移し、大洗チーム。

橋を渡るついでに橋を破壊した一行は、森林地帯を抜けて舗装された道路へと出てきていた。

 

「舗装された道路を走るのって、試合では初めてかもな………………黒姫、お前はどう思う?」

 

IS-2のキューポラから上半身を乗り出した紅夜はそう呟き、黒姫に訊ねる。

 

『ご主人様の言う通りだよ。サンダースやアンツィオ、知波単やプラウダとやった時だって、舗装された道路なんて見なかったもの』

「だよな~」

 

そう呟き、紅夜は車内へと身を引っ込め、車長席に座る。

すると、紅夜の真ん前が光を放ち、黒姫が紅夜の膝の上に座るような形で現れた。

その表情は、何故か不満を表しているかのように頬が膨らんでいた。

 

「どったの?」

「………………ご主人様、さっきⅣ号の車長をお姫様だっこしてたでしょう?」

「え?ああ、したけど………………それがどうした?」

 

紅夜が首を傾げながら訊ねると、黒姫はさらに、頬を膨らませた。

 

「Ⅳ号の車長ばっかりズルい。私にもしてよ」

「おいおい、お前さっき翔のスマホ使って褒めてくれたのにそれかよ」

「それはそれ、これはこれなの」

「納得いかねえ」

 

子供のような事を言い張る黒姫に、紅夜はどうしようもなくなった。

 

「つーか、あれは戦車同士の間を飛び越えるためにやむを得なかったからであって、別に頼まれてやった事じゃないんだぜ?」

「それは分かってるよ。でも、やっぱりズルいものはズルいの!」

「扱いがめんどくさい奴だな、お前は」

 

そう言いつつも、紅夜は黒姫からの我儘を聞く羽目になり、戦闘が始まるまでは黒姫を膝の上に乗せ、頭を撫で続ける事になった。

 

 

 

「大分時間を稼げた、これで市街地戦に持ち込める」

 

その頃、Ⅳ号のキューポラから上半身を乗り出したみほは、見えてくる町を視界に捉えてそう言った。

グロリアーナとの練習試合のように、市街地戦で決着をつけるつもりなのだろう。

その時、建物の影から1輌の黄色の戦車がひょっこりと顔を出した。

 

「あれはⅢ号だよ。H型かな?それともJ型かな?………………って、一目見ただけで戦車の車種分かっちゃう私ってどうなの………………?」

 

1人ツッコミを入れている沙織を置いて、一行は速度を上げた。

 

「Ⅲ号なら、私達の火力でも十分に突破出来ますし、機動力もあるから厄介です。後続が来る前に撃破しましょう」

『『『『『『『『『はい!』』』』』』』』』

 

そう。Ⅲ号戦車は、火力や防護力は然程高くはないが、その分機動力が高いため、下手に回り込まれでもしたら撃破される可能性も否定出来ない。

そのため、後続が居ない間に撃破する必要があった。

市街地を逃げ回るⅢ号戦車を追い回す大洗チームの一行。

カモさんチームのルノーが先頭に出てⅢ号戦車を追う。そして、とある角を曲がると、十字路の先で此方に背を向けて停車しているⅢ号戦車の姿があった。

 

「よぉーし、追い詰めたわよ!」

 

みどり子がそう言って主砲を撃とうとした時、地面が小刻みに揺れ始め、十字路の横から迷彩柄の巨大な物体が姿を現した。

 

「壁?いや、門?」

 

突然現れた物体に、みどり子は首を傾げる。

 

「………………おい、何かスッゲー嫌な予感がするんだが」

「奇遇だな紅夜、俺も同じ事を思ったぜ」

 

IS-2のキューポラから、迷彩柄の物体を眺めている紅夜がそう言うと、操縦手用の窓から見ていた達哉もそう言う。

 

そして、キュラキュラと音を立てながら、その物体の全貌が明らかになった。

 

「せっ、戦車ァ!?」

 

そう。十字路の横から現れた巨大な物体は、壁でも門でもない、戦車だったのだ!

 

「あ、あれは………………Ⅷ号戦車――マウス――です!」

 

Ⅳ号のハッチからその姿を見た優花里が声を上げる。

 

「す、凄い…………私、マウスが動いているところ、初めて見ました………………ッ!」

 

砲塔を動かそうとするものの、建物の壁に当たってしまい、もう少し下がろうとしているマウスを見て、優花里はそう言葉を続けた。

 

 

「………………」

 

紅夜は、そんなマウスを見ながら、過去に拓海から聞いた話を思い出す。

 

それは、蓮斗率いる《白虎隊(ホワイトタイガー)》の試合で、蓮斗が乗るティーガーがマウスの砲撃を喰らって軽く吹っ飛ばされ、3メートル程の崖から落ち、車外に投げ出された蓮斗が、その打ち所が悪かった事によって即死したと言う事。

たとえ、そのマウスが蓮斗のティーガーを吹っ飛ばしたものでなくても、紅夜からすれば、マウスと言う戦車は、『白虎を殺した鼠』に見えていた。

 

「た、退却してください!」

 

みほがタコホーンに叫び、紅夜も我に返って達哉に指示を出す。

その次の瞬間には、マウスが発砲。放たれた砲弾がヘッツァーの直ぐ傍を掠めていき、彼女等の死角に着弾、コンクリートの一部を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

「や~ら~れ~た~!」

 

あまりの衝撃で地面が揺れ、さらに着弾の余波でヘッツァーの車体が軽く浮き上がり、杏がそんな事を叫ぶ。

 

「やられてません!」

「そうですよ会長!ただ死角に着弾しただけです!」

「どっちにしろ、凄いパワーだねぇ~…………」

 

柚子と桃にツッコミを入れられながら、杏はそう言った。

 

「このっ…………デッカいからって良い気にならないでよ!こうしてやるわ!」

 

みどり子はそう叫びながら、主砲と副砲を撃つ。

だが、マウスからすれば危険なものでもなく、涼しい顔で砲弾を弾く。

そして、仕返しとばかりに主砲をブッ放してきたのだ。

マウスの主砲――128㎜――砲弾の直撃を受けたルノーは引っくり返り、そのまま行動不能を示す白旗が飛び出した。

 

「うわ~、何だよあの反則レベルの火力は………………」

 

達哉はそう呟きながら、IS-2を後退させる。

大洗チームの戦車が退却を始める中、マウスは彼女等を追いながら主砲を撃つ。

後退しながら反撃を試みるが、マウスの前面装甲は240㎜。どうやっても撃ち抜けるようなものではなかった。

ポルシェティーガーの砲撃でさえ、まるで蚊がぶつかったかのような何とも無い顔で弾いてしまう。

 

「か、カモさんチーム、怪我はありませんか!?」

『そど子、無事です!』

『ゴモヨ、元気です!』

『パゾ美、大丈夫でーす』

『皆、ゴメンね!』

 

沙織からの通信に、カモさんチームのメンバーから返事が返される。

 

そんな中、後退していたⅢ突が停車する。

 

「おのれマウスめ!カモさんチームの仇だァーッ!」

 

左衛門佐がそう言いながら引き金を引くものの、やはり効果は無く、逆に反撃されて横倒しになり、そのまま撃破されてしまう。

 

「2輌撃破された………………これで残り、8輌」

 

横倒しになったⅢ突の傍を通り過ぎようとするマウスを見ながら、みほはそう呟く。

 

その頃、市街地へ向かわせている2輌を除いて15輌も残っている黒森峰本隊が、パンツァーカイルの隊列を組み、市街地へと向かっているのであった。

 

 

 

果たして、大洗チームに打つ手はあるのか!?



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第97話~マウスをブッ潰します!~

 強力な戦車を差し向け、圧倒的な火力と練度で大洗を追い詰めようとしてくる黒森峰を、様々な作戦を駆使して切り抜けた大洗チーム。

 途中、川を渡っている最中に、ウサギさんチームのM3がエンストすると言う事態に見舞われるものの、前に進む事より仲間を救う事を取ったみほと、それを見た沙織からの要請で加勢した紅夜の活躍により、ウサギさんチームの救出に成功すると共に、M3のエンジンが蘇り、再び走れるようになる。

 そして、決戦の場となる市街地へとやって来た一行が出会ったのは、黒森峰のⅢ号戦車だった。

 火力や防護力は大したものではなくても、その機動力を危険視して撃破しようと追うが、其処で今度は、史上最大の戦車――Ⅷ号戦車マウス――が現れる。

 マウスは、その圧倒的な火力でカモさんチームのルノーを一撃で撃破し、反撃しようとしたカバさんチームのⅢ突の砲撃をあっさりと弾き、反撃して横倒しにしてしまう。

 一気に2輌の戦車を撃破される大洗チームだが、そうしている間にも、黒森峰の本隊が市街地へ向けて進撃してくる。

 追い詰められつつある大洗チームは、この後どう出るのか………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なのよアレは!?あんな図体しておきながら、何がマウスよ!?」

 

 引っくり返されたルノーの中で、みどり子が叫ぶ。

 

「残念です」

「無念です」

 

 みどり子に続き、ゴモヨとパゾ美もそう呟く。

 

「こうなったら………………冷泉さん、後は頼んだわよ!遅刻取り消しの約束は、ちゃんと守るから!」

 

 みどり子はタコホーンで麻子にそう叫び、それを聞いた麻子は目を輝かせた。

 

「マウス持ってるとか………黒森峰マジパネェって、つくづく思うぜ…………」

 

 操縦席の小さな窓から、マウスの巨体を眺めている達哉はそう呟いた。

 

 その後、みほの指示で一行は後退を始め、マウスから距離を取る。

 それを追おうとするマウスだが、巨体から生み出される188トンと言う車重から速度は遅く、忽ち差を付けられる。

 

「うっへぇ~。火力と装甲はチートなのに、足はスゲートロいのなぁ」

 

 パンターを後退させながら、雅が呟く。

 

「まぁ、重量が188トンもあるんだもの。これじゃあ、ライトニングお得意の体当たりは効かないし、IS-2の122㎜砲も弾かれるでしょうし……」

「パンターの75㎜砲やイージーエイトの76,2㎜砲も、当然ながら効かないわよね」

 

 キューポラから外を見ている静馬が呟くと、砲手用のスコープを覗いている和美が言葉を付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マウスかぁ~。見るのは随分と久し振りだな」

 

 観客席では、蓮斗がモニターに映し出されるマウスを見て言った。

 

「お爺ちゃん、前にもマウスを見た事があるの?」

 

 愛里寿が訊ねると、蓮斗は頷いた。

 

「あるも何も、マウスは俺が、最後に戦った戦車だからなぁ」

「………………それは、どういう意味なの?」

 

 そう訊ねる千代に、蓮斗は少しの間を空けてから答えた。

 

「言葉通りと意味だよ、お袋さん。俺は、マウスとやり合ってる時に死んだのさ………彼奴の砲撃を喰らって、吹っ飛ばされて崖から落ちたティーガーから投げ出されてな」

 

 その言葉は、2人に重くのし掛かった。

 自分達は、蓮斗の古傷を抉ってしまったのではないかと思ったのか、とでも思ったのか、2人は表情を曇らせた。

 

「だがまぁ、そんな事がありつつも、俺はこうやって、この世に留まってる………………不思議なモンだぜ」

 

 そんな2人の状態を知らずに喋っていた蓮斗だが、2人の表情が曇っているのを見ると、首を傾げた。

 

「………………?どったよ2人共?」

「いえ………………もしかしたら、嫌な事を思い出させてしまったんじゃないかと思ったのよ」

 

 千代が答えると、蓮斗は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、死ぬ原因となったヤツが現れて喜ぶ馬鹿は居ねぇだろうが、あのマウスが俺を殺したヤツだと言う証拠はねぇんだし、何だかんだありながらも、俺はこうやって、この世に留まってんだ。それで良いんだよ………………まぁ、白虎隊が解散しちまったのが悔いだがな」

 

 そう言って、蓮斗はモニターに視線を戻すが、試合の様子は見ず、そのまま目を瞑った。

 

「(挨拶無しでのお別れから半世紀以上経つが………………お前は今、何処に居るんだ?………………雪姫(ゆきひめ)」

 

 心の中でそう呟く蓮斗の脳裏には、腰まで伸びた、雪のように真っ白な髪を持ち、黒姫のように、巫女の装束のような衣装に身を包んだ女性の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃大洗チームでは、どうにかしてマウスを叩こうと、メンバーは躍起になっていた。

 相手より機動力が高いのを駆使して逃げ回りつつ、隙が出来れば攻撃を仕掛ける。

 先程から、その繰り返しとなっていた。

 

「何をしてるんだ、早く叩き潰せ!図体だけがデカいウスノロだぞ!」

 

 ヘッツァーの75㎜砲弾を装填しながら、桃が叫んだ。

 

「無闇に車体を狙っても意味はありません、砲身を狙ってください!」

 

 みほがそんな指示を出している最中、マウスの後ろではⅢ号戦車が挑発するように蛇行運転をしていた。

 

「お前達の火力でマウスの装甲が抜けるものか~、あっはっはっはっ………………」

 

 Ⅲ号戦車の車長が高笑いするものの、静馬の指示を受けた和美によって、パンターの75㎜砲弾を砲身に叩き込まれ、その50㎜砲が使用不能となり、さらに有効弾と判断され、そのまま撃破を示す白旗が飛び出す。

 

「フンッ、何時までも調子に乗ってんじゃないわよ。足の速さだけが自慢の雑魚野郎」

 

 双眼鏡で、Ⅲ号戦車の撃破を確認した静馬が口汚く罵る。

 

「此方も攻撃したいなぁ~」

「翔、気持ちは分かるが堪えろ。撃ちまくるチャンスは、後でちゃんと来るからよ」

「それに期待するしか無さそうだな」

 

 IS-2の車内でそんな会話が交わされている最中でも、マウスから放たれた砲弾がⅣ号の直ぐ前に着弾し、一行は再び後退する。

 

「市街地で決着をつけるには、やっぱりマウスと戦うしかない。放っておいたら、本隊が合流してからが怖い」

「ええ。ですが、やはりマウスは凄いですね。前も後ろも全く抜けません」

 

 立ちはだかる強敵に表情を歪めながら呟くみほに、優花里がそう言った。

 

「幾ら何でも大きすぎ………………これじゃあ戦車が乗っかりそうな戦車だよ!」

 

『戦車ブック』と書かれたノートを開いていた沙織が、あまりのマウスの大きさにそう叫ぶ。

 

『それは違ぇねぇな。何せマウスは、『史上最大の超重戦車』とか言われる代物だし。あのデカさだ、小さい戦車1輌乗っけても、平気なツラして走り回るだろうよ………………この際、おちょくって注意を向けてる内に、ヘッツァーか八九式をマウスの上に乗っけてみたら面白そうじゃね?どうよ隊長さん?』

 

 沙織の言葉にコメントし、紅夜はみほに提案する。

 

「確かに、その作戦は使えそう………………ありがとう沙織さん、紅夜君!」

『良いって良いって、礼には及ばねえよ。後それから、あのネズミ野郎をぶっ潰すのは俺等にやらせてくれよな!』

「………………?」

 

 みほが礼を言うと、笑いながら言う紅夜とは対照的に、沙織は何故礼を言われたのか分からないとばかりに首を傾げた。

 

 

「アヒルさんとカメさん、これから無茶な事を言いますが、指示通りに動いてください」

『了解しました!』

『何でもするよ~!』

 

 みほがそう言うと、典子と杏から迷いの無い返事が返される。

 

「少々危険を伴いますが、それでも良いですか?」

『今更何を言う!?良いから早く内容を言うんだ!』

 

 桃からの檄が飛び、みほは意を決したような表情で作戦を伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大洗の連中、何処に行ったんだ?」

 

 マンションに挟まれた狭い道路を移動しているマウスの車内では、車長がそう呟いていた。

 先程までなら、死角になる場所から一斉攻撃を仕掛けてくるものだが、今はそれが無い。

 それどころか、自分達の向かう先に居る気配も感じない。

 何処かに隠れてやり過ごそうとしているのか、それとも不意打ちを仕掛けるつもりなのかと、様々な仮説が思い浮かんでは消えていく。

 そうしている内に、マウスは大きな交差点に差し掛かると、一旦停車する。

 

「未だ見つからないか………………まぁ流石に、こんな開けた場所に連中が居る訳が………………あった」

 

 ペリスコープから周囲を見渡していたマウスの車長は、自分達の左側の装甲に向いている大洗チームの戦車を見つけた。

 

「交差点を左折しろ!大洗の全戦車を発見した、さっさと叩き潰すぞ!」

「了解!」

 

 操縦手はマウスを左折させて大洗の戦車と対峙させると、そのまま前進させる。

 それと同時に大洗の全戦車も動き出すのだが、その中でも、ヘッツァーが先陣を切るような速さで突っ込んできていた。

 

「まさか、こんなにも滅茶苦茶な作戦だったとは………………」

「やるしかないよ、桃ちゃん!」

 

 および腰になって呟く桃に、柚子が力強く言い放つ。

 

「うひょ~、燃えるねぇ~!それじゃあ行こうか!」

 

 杏はそう言って、ヘッツァーの砲身を下げる。柚子はアクセルをさらに強く踏み込み、そのままマウスに体当たりを喰らわせた。

 

 自動車同士が衝突したような音を立て、ヘッツァーの車体がマウスの下に入り込む。

 

「ッ!?な、何だ!何がどうなっている!?」

 

 マウスの車内で軽く混乱状態になっているのを無視し、その横にM3とポルシェティーガーが停まった。

 

「撃てるモンなら………………」

「撃ってみやがれ!おりゃあ!」

 

 M3の機銃弾がマウスの装甲スカートを叩き、ポルシェティーガーから放たれた88㎜砲弾が、追い討ちを掛けるようにぶち当たる。

 

「ッ!?コイツ等、ナメた真似を………………ッ!」

 

 砲手はそう言いながら、マウスの砲塔を回転させて2輌に狙いを定める。

 

「おおーっ、怒ってるよ向こう」

「にっげろ~!」

 

 砲塔の回転が止まると同時に撤退を始め、2輌はマウスからの砲撃を回避する。

 

 其処へ、アヒルさんチームの八九式が全速力で突進していた。

 

「さぁ行くよ!」

「「「はい!」」」

 

 典子の掛け声に、他の3人が返事を返す。

 

「「「「そぉーれっ!!」」」」

 

 そして、何と八九式はヘッツァーを踏み越えて、マウスの車体上面に乗り上げたのだ!

 

 そして、八九式はヌルヌルと車体上面を動き回り、横を向いたままの砲塔の隣に引っ付く。

 

「良し、ブロック完了しました!」

 

 砲塔を戻そうとする動きを遮っているのを確認した典子はそう言った。

 

「あいよ!頑張って何とか踏み留まってくれ!」

 

 紅夜はそう言うと、達哉に指示を出してIS-2を発進させる。

 

「おい、軽戦車!其所を退け!」

「嫌です。そもそも八九式は軽戦車じゃないし」

「中戦車だしぃ~?」

 

 マウスの車長が怒鳴るものの、典子とあけびは挑発するような言い方で返す。

 

 2人の言う通り、八九式は中戦車に分類される。

 そもそも『軽戦車』、『中戦車』、『重戦車』と言ったものは、単に戦車の重さで分類されるのではなく、其々の種類による任務の役割で分類されるのだ。

 

 一般的に、軽戦車は火力と防護力を犠牲にして、非常に高い機動力を持つ。そのため、基本的に偵察任務をこなすものだ。

 それから中戦車は、火力と防護力、機動力をバランス良く備え、主に主力を務める。

 そして重戦車は、軽戦車とは逆に機動力を犠牲にして高い火力と防護力を持ち、陣地突破や、パンツァーカイルで進む際、その先頭に立って、主力となる中戦車の盾になる役割を主な任務としているのだ。

 

 

「こうなったら、無理矢理にでも落としてやる!」

「やれるモンなら、やってみろ!」

 

 そうして、マウスは八九式を落とそうと、八九式はその場に留まろうとして、互いに押し合う。

 そうしている内にも、マウスの車重に加えて八九式の車体がのし掛かるヘッツァーからは、押し潰されてあちこちが壊れていくような音が鳴り響く。

 

「こりゃヤバイなぁ~………………紅夜く~ん、そろそろ限界だよ~」

『後少しだけ待ってくれ!』

 

 案ずの言葉に、紅夜からの返事が帰ってくる。

 

 そして、IS-2は斜面に乗り上げてマウスの隣をすっ飛ばす。

 

「あのネズミ野郎のデカいタンクを吹っ飛ばしてやる………………翔、狙いは増槽だ。ゼロ距離で叩き込んでやれ!」

「Yes,sir!」

 

 そうして、達哉は操縦捍を操作する。

 IS-2の左側の履帯は動きを止め、ドリフトのような挙動を描きながらマウスの背後に迫る。

 

「撃て!」

 

 その一言で、翔は引き金を引き、放たれた122㎜砲弾は紅夜の指示通り、マウスの増槽に叩き込まれる。

 激しい爆発音と共に黒煙が噴き上がり、撃破を示す白旗が飛び出す。

 

 

「白虎殺しの鼠、討ち取ってやったぜ」

 

 増槽があった部分から黒煙を上げるマウスを見ながら、紅夜はそう呟くのであった。



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第98話~後には退けない戦いです!~

 市街地で現れたマウスは、その圧倒的な火力でカモさんチームのルノーを一撃で撃破し、反撃しようとしたカバさんチームのⅢ突の砲撃をあっさりと弾き、逆に撃破してしまい、一気に2輌の戦車を撃破され、戦力が大幅に削がれてしまった大洗チーム。

 

 Ⅲ号戦車の撃破には成功したものの、どれだけ攻撃しても平然とした顔で迫ってくるマウスに成す術も無くなったと思われた時、沙織がふと呟いた言葉――『戦車が乗っかりそうな戦車』――で名案が浮かんだみほの作戦により、何と、カメさんチームのヘッツァーをマウスに突撃させて車体の下にめり込ませ、その上をアヒルさんチームの八九式が踏み越えてマウスの砲塔の動きを封じ、紅夜達ライトニングが後ろから砲撃を仕掛ける事によって撃破すると言う、何とも無茶な作戦が実行される。

 

 作戦は成功し、一行はマウス撃破を達成するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおー、スゲー!」

「あんなやり方見た事ねぇぞ!」

「あのデカブツを撃破しやがった!スゲーぜ大洗!」

 

 観客席では、マウスを撃破する様子がモニター全面に映し出され、それを見た観客からの拍手喝采が上がっていた。

 

「凄いわね。まさか、あんなやり方でマウスを撃破するなんて………………」

 

 千代もこれには驚いたのか、口許を押さえて目を見開いている。

 まさか、戦車を下敷きにして、さらにそれを足蹴にして車体に別の戦車を乗せて動きを完全に封じ、その隙に撃破に持ち込むとは思わなかったのだろう。

 

「あんな作戦を考えた隊長も凄いけど………………やっぱり、お兄ちゃんの戦車が一番凄い。あんな挙動、そう簡単には出来ない」

 

 愛里寿は、大洗の作戦よりも、紅夜のチームの操縦技術に驚いていた。

 

「確かにな………ティーガーよりも操縦性は悪いって言われてるIS-2で、あんな挙動を見せてくれるとは………………もしかして、何時ぞやの水着売り場での黒髪の奴かな?まぁ、あのIS-2の操縦手がソイツであろうがなかろうが………………紅夜(彼奴)が率いるチームは超強ぇーってこったな」

 

 愛里寿の呟きを聞いた蓮斗はそう言いながら、アウトレットの水着売り場で紅夜と初めて会った日、化粧室から戻る最中の達哉と擦れ違ったのを思い出した。

 

「(それにしても、あのIS-2………何処と無く俺のティーガーに似ているなぁ………普通なら出来ないような挙動をあっさりとやってのける上に、プラウダとの試合で見せた、あの火柱。タダモンじゃねえな………………)」

「………………?お爺ちゃん、どうしたの?」

 

 何も言わなくなった蓮斗を不思議に思ったのか、愛里寿が蓮斗のパンツァージャケットの袖を引きながら訊ねた。

 

「あーいや、何でもない。ただ、紅夜のチームは凄く強いって思っただけさ」

 

 そう言うと、蓮斗はモニターに視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

「凄いですよダージリン様!マウスを仕留めました!」

 

 此処は、観客席から少し離れた場所にある丘陵エリア。

 其所に陣取ったダージリンとオレンジペコは、大洗チームがマウスを撃破する様子を見て興奮していた。

 

「ええ。流石にあんなやり方はやった事が無いわ………………機会があったら、私達もマークⅥでやってみようかしらね?」

 

 興奮して叫ぶオレンジペコとは対照的に、ダージリンは落ち着いているような様子を見せているものの、マグカップを置いた事によって空いた右手は固く握られ、彼女も先程の光景に興奮しているのが窺えた。

 

 

 

 

 

 

「凄い。あのマウスを撃破するなんて………………!」

 

 別のエリアで観戦しているサンダースでは、アズサがそう呟いていた。

 

「恐らく、あの作戦を考えたのはみほね………………excitingよ!それに紅夜の戦車も、中々にcrazyな動きを見せてくれるじゃない!やっぱり、レッド・フラッグが加わった大洗の試合は、見てて退屈しないわね!」

 

 ポップコーンを口に放り込みながら、ケイはそう言った。

 

 

 

 

 

 

「………………ハラショーの一言に尽きるわね、アレ」

 

 プラウダでも、あの光景には驚きを隠せずにいた。

 流石に、戦車を下敷きにするなんて作戦、誰も考え付かないだろう。

 

 ノンナに肩車されているカチューシャは、淡々と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな………………マウスが、やられた!?」

 

 その頃、市街地へ踏み込もうとしている黒森峰本隊には、マウスの車長から、撃破されたとの報告を受けていた。

 

「嘘だろ……どうやって撃破したと言うんだ…………!?」

 

 通信を受け、驚きのあまりに大声を上げるエリカの言葉を聞いた要は、有り得ないと言わんばかりの表情を浮かべる。

 あの怪物を如何にして撃破したのか………………そんな疑問が、彼女の頭の中で駆け巡っていた。

 

「くっ………………これはのんびりしていられないわね。全車、速度を上げて!市街地へ急ぐわよ!」

 

 エリカが叫ぶと、黒森峰の戦車隊は加速して、市街地へと急行した。

 

 

 

 

 

 

 

「………やっぱり、もう来てる」

 

 土手を上がった所から黒森峰の様子を見ていた梓は、双眼鏡から目を離して呟くと、他のチームへと通信を入れた。

 

「此方ウサギさんチーム。黒森峰の本隊を発見しました。恐らく、後3分程で市街地に到着します!」

『マジかよ、はぇーな黒森峰………………否、あのネズミ野郎ブッ飛ばすのに、かなり手間取っちまっただけか………』

 

 アズサからの通信を聞いた紅夜からは、苦笑混じりのコメントが返される。

 

「でも、未だ一応時間はあります。全車、次の作戦に移ってください!」

『はい!』

『ほーい』

『Yes,ma'am』

 

 みほからの指示に、他のチームから次々と返事が返される。

 未だにマウスの下敷きになっているカメさんチームのヘッツァーも、ゆっくりと後退してマウスの下から出ると、着地の衝撃でドスンと大きな音を立てるマウスを他所に、みほ達に続こうとしたのだが………………

 

――――ッ!!

 

 エンジン部分から、何かが派手に壊れたような大きな音を立てながら、ヘッツァーは速度を落としていく。

 そして、バキッと一際大きな音を立て、ヘッツァーは完全に動きを止めてしまう。エンジンからは黒煙が上がり、遂には行動不能を示す白旗が飛び出す。

 

「ッ!?おい隊長、ヘッツァーが………………ッ!」

『ッ!?』

 

 紅夜が言うと、みほは後ろを振り返り、もう動かなくなったヘッツァーを視界に捉える。

 他のチームも、黒煙を上げるヘッツァーを視界に捉え、続々と停車して車外に顔を出す。

 

「ふぅ………良く此処まで頑張ってくれたな………………」

 

 先に車外に顔を出した桃が、その上面装甲を撫でながらそう呟いた。

 

「うん。やれる事は、もう十分にやったね」

「私達の役目も、これで終わりだな」

 

 その後、柚子と杏も出てきてそう言った。

 

「ええ………………西住隊長!」

 

 柚子と杏の呟きにそう返し、桃はⅣ号から降りたみほに声をかけた。

 

「すみません………………」

「謝る事なんて無いよ!」

「そうそう、良い作戦だったよ!」

 

 申し訳なさそうに言うみほを、柚子と杏が励ます。

 

「後はお前の頑張り次第だ、頼んだぞ!」

「………………はい!」

 

 最後に言った桃に、みほはそう返してⅣ号に乗り込み、前進の指示を出す。

 

「さて………………それじゃあ俺等も行くとしようか」

 

 他の戦車が続々と動き出すのを見て、紅夜もIS-2を発進させようとするが――――

 

「紅夜君!」

 

――――其処で、杏に呼び止められた。

 

「おう、どうした?」

 

 呼び止められた紅夜は、達哉に未だIS-2を発進させないように指示を出し、そのまま振り向いた。

 杏は、暫く躊躇うような仕草を見せるものの、やがて決心したのか、大声で言った。

 

「西住ちゃん達の事、お願いね!」

「………………」

 

 そう言われ、紅夜は少し唖然としたような表情を浮かべていたが、やがて、不敵な笑みを浮かべた。

 

「分かってるよ、絶対に優勝しようぜ!」

「ッ!」

 

 そう言って微笑みかけると、杏の顔が赤くなるのを無視して、紅夜はIS-2を発進させる。

 少しで遅れたため、達哉は速度を上げて本隊を追い掛け、何とか合流を果たした。

 

 みほは、その場に大洗チームの残りの戦車全てが居るのを確認すると、全車両に通信を入れた。

 

「此方は7輌で、相手の戦車は14輌。戦力の差が2倍もありますが、フラッグ車は両チームでも1輌しか居ません。敵の狙いは間違いなく、私達あんこうチームです」

 

 みほの言葉に、メンバーの間で緊張が走る。

 自分達の戦車が撃破されても試合は続くが、フラッグ車であるⅣ号が撃破されれば、試合は終わってしまうのだ。そうともなれば、嫌でも緊張すると言うものだ。

 

「相手は大軍で攻めてきますので、先ずは敵戦力の分散に努めてください」

『了解です!さぁ、敵を挑発しまくるよ!』

『『『おー!』』』

 

 無線機から、アヒルさんチームのメンバーからの返事が聞こえる。

 

「それと敵を分散する際は、火力と防護力が高いヤークトティーガーやエレファントに十分注意してください」

『了解です!それと隊長、最後尾は任せてもらえますか?必ず撃破してみせます!』

「分かりました、お願いします!」

 

 梓にそう返すと、今度はレオポンチームに向けて言った。

 

「あんこうは敵フラッグ車との1対1の状況を窺います。その際には、レオポンさんの協力が不可欠です!」

『了解』

『あいよ、任せといて隊長!』

『うひょー、燃えるねぇ~!』

 

 レオポンからの返事を聞いたみほは、最後にレッド・フラッグの面々に言った。

 

「レッド・フラッグの皆さんは、独立行動を許可します。その場の状況に応じて、此方の戦車の援護を。そして可能なら、レオポンチームの援護をお願いします!」

『『『Yes,ma'am!』』』

 

 IS-2車長である紅夜、パンターA型車長の静馬、そして、シャーマン・イージーエイト車長の大河からの返事を得る。

 

「それで、これより最後の作戦――《ふらふら作戦》――を開始します!」

『『『『『『はい!』』』』』』』

 

 みほが言うと、他のチームのメンバー全員からの返事が返される。

 

 こうして、この全国大会決勝戦は、決着に向けて動き出すのであった。



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第99話~他の人達の様子です!~

 今回は試合から外れて、今は登場していない人達の様子をお送りします。


 


 此処は、大洗女子学園の学園艦。

 巨大な船の上に広がる大きな町にある、とある解体所の隣にある家には4人の男女が集まって、リビングに置かれてあるテレビにかじりついていた。

 

「大洗チーム、あの黒森峰相手によぉやるなぁ~。一応大洗って、今年度から戦車道復活させたって言う、所謂初心者の集まりみたいなモンやろ?」

 

 その4人の中で最も小柄で、丸い眼鏡をかけた男――沖海 祐介――はそう言った。

 

「そうじゃな。何せ今回の試合の相手校である黒森峰は、あの西住流とか言う流派の後継者で、国際強化選手に選ばれたとか言われてる、えっと………………」

「西住まほちゃん、でしょ?」

 

 肝心の名前を思い出せずに唸った50代の男性――山岡 次郎――に、祐介の妹である神子が言葉を付け足す。

 

「そうそう、その子じゃ!それで、その子が隊長をしとる上に、去年の試合で負けるまでは9連勝しとった名門校じゃ。そんな学校を相手にして、あんなにも戦えるとはなぁ~」

 

 そう言って、次郎は腕を組んでウンウンと頷いた。

 

「それに何回戦かは忘れたが、綾ちゃんが通ってる知波単学園の戦車を速攻で片付けちまったって言われてるからなぁ………………何でも、メンバーの殆んどが黒森峰の戦車に突撃を仕掛けようとしたものの、遠距離射撃で返り討ちにされたって、この前綾ちゃんから連絡があったぜ」

 

 頭に白いタオルを巻き付けた、筋骨隆々とした男――穂積 輝夫――は、テーブルに置かれたお椀から煎餅を取り出し、バリバリと頬張りながら言った。

 

「綾ちゃんの戦車って、確か五式中戦車やったよな?綾ちゃんはどうなったんや?まさか、他の子等と同じように、突撃仕掛けようとしたんか?」

 

 祐介がそう訊ねると、輝夫は首を横に振った。

 

「いいや?綾ちゃんの五式戦車の乗員は、知波単戦車道のやり方から綾ちゃんなりのやり方に染まった精鋭揃いで、確かパンターとラングを2輌ずつ、計4輌撃破したらしいぜ?」

「流石、紅夜君達が未だ現役の頃、練習に参加してただけの事はるわね。もう、綾ちゃんが隊長をやった方が良さそうね………………」

 

 知波単の呆気ないやられ方にしては、大きな戦果を挙げた綾の功績に、神子は苦笑を浮かべながらそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久し振りに、大洗の試合を見るなぁ………………」

 

 場所を移して、此処は拓海の家。彼もまた、お茶を啜りながら決勝戦の生中継を見ていた。

 テレビの画面には、隊列を組んで市街地を突き進み、大洗チームを探している黒森峰と、大洗チームの隊列からレッド・フラッグの面々が離れていく様子が映し出されていた。

 

「ほぉ、紅夜君達のチームが本隊から離れていく………何か、物凄い事をやろうとしているように見えるなぁ………………」

 

 そう言って、拓海はもう一口、お茶を啜る。

 

「こんな感じで予想を立てられると言う事は、ワシも未だ、戦車道の腕は鈍ってないって事じゃな………………お?」

 

 昔の余韻に浸っていると、突然画面が切り替わり、観客席の様子が映し出された。

 

『おおーっと!?レッド・フラッグの3輌が、大洗チーム本隊から離れていきます!』

『彼等の戦力は非常に高いのですが、それが居なくなるとなれば、大洗チーム本隊で戦力になるのは、Ⅳ号とポルシェティーガー……に、なるのでしょうね。この行動が、後に吉と出るのか凶と出るのか………………』

 

 画面に映る実況席では、香住とカレンがそんな会話を交わしていた。

 

「ほう、こんな試合では実況も出るのか。ワシ等の頃は、そんなの全く無かったのになぁ………………ん?」

 

 そこで、拓海の目に1つの人影が留まった。

 幼げな少女と、その少女の母親らしき女性の隣に座っている、黒髪に蒼い瞳を持つ青年。

 

「あの帽子にパンツァージャケット………………間違いない、蓮斗じゃ!彼奴、幽霊にでもなってこの世に甦ったのか!?」

 

 拓海はそう言いながら、棚に置かれてある写真立てを手に取り、画面に映る蓮斗と見比べる。

 

「おぉ、やっぱり蓮斗じゃ………ったく、死んだ時と変わっとらんなぁ………今となっては、あの顔も、あのパンツァージャケットも、あの帽子も懐かしい………………」

 

 そして、両目からポロポロと涙を溢した。

 

「全く………………甦ったなら甦ったって、ちゃんと言いに来やがれ。この鈍感自己中なアホ野郎」

 

 若い頃の口調に戻りながら蓮斗を罵るが、その表情には、喜びの感情が溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミカ~、大洗と黒森峰の試合、結構終盤にまで来てるよ~?」

 

 またまた場所を移し、此処は継続高校の学園艦。

 フィンランドの町をイメージしたのか、その学園艦の上には緑が広がっており、一部は完全な森林地帯になっていた。

 そんな場所で、スマホ片手に木に凭れ掛かっていた、金髪で小柄な少女――アキ――は、木の根本に敷かれたブルーシートに腰掛け、フィンランドの民族楽器――カンテレ――を弾いているミカに声をかけた。

 

「………………」

 

 だが、一応聞いては居るのだろうが、ミカは目を瞑ってカンテレを弾いたままだった。

 

「………………?ミカ、大洗の試合ってどうでも良いのかな?この前大洗の喫茶店で助けてくれた人も参加してるのに」

「いや、そりゃ無いと思うよ?」

 

 そう呟いたアキの元に、スカートの下にジャージのズボンを履いている、赤茶色の髪を両サイドでアップさせている少女、ミッコが近づいてきた。

 

「よぉーく見てみ?ミカの表情を」

「んー?」

 

 ミッコに言われ、アキはカンテレを弾いているミカの表情を見たが、何処にも違和感は無かった。

 

「何時ものミカじゃない?カンテレ弾いてる時って、大体あんな感じでしょ?」

「いやいや、一見そう見えても、実は違うんだなぁ~。コレが」

 

 後頭部で腕を組んで木に凭れながら、ミッコはそう言った。

 

「ホラ、ミカの表情を見てみなよ。何時もカンテレを弾いてる時よりかは、若干顔が赤い………………きっと、2人を助けたって言う人の事を想ってるんだろうよ。勿論、LOVEの方向でね♪」

 

 そう言いながら、ミッコは組んだばかりの腕を解いて、両手でハートマークを作ってみせた。

 

「ミカが恋かぁ~、何か見た目からして想像つかないなぁ………………」

「失礼だな、私だって恋ぐらいはするさ。それに、見た目から分からない事なんて、幾らでもあるんだ。見た目だけで彼是決めるのは、愚かな事だと思うよ」

 

 何時の間に弾き終えたのか、ミカはチラリとアキの方を向く。

 

「あ~あ、アキったらやっちゃった~」

「え?これ私が悪い流れ?」

 

 からかうように言いながら、ミッコはミカの隣に腰掛けた。

 

「それでミカ、その人とはどんな出会いをしたの~?この際だから秘密にしないで言っちゃえよ~。聞いてるのはウチ等だけだしさ~」

「………………まぁ、良いよ。こうやって話してみるのも、また一興だ」

 

 そう言って、ミカはその時の出来事について話した。

 

 乱入してきた武装グループに人質として囚われた時に、紅夜と蓮斗が大暴れして、忽ち武装グループを壊滅させてしまった事や、その際に、自分に声を掛けてくれた事。また、警察署で一夜を明かした時の事を………………

 

 

「……月明かりに照らされてる彼は、輝いているように見えたよ。月の光も関係無く、彼自身がね…………一瞬翻った緑色の髪も、あのルビーのように赤い瞳も……宝石のようにね…………」

 

 それにと付け加え、ミカは適当に、カンテレの音を鳴らした。

 

「彼は、不思議な人だよ」

「………………?」

「不思議な人………って言うと?」

 

 ミカの言葉に、2人は首を傾げる。

 

「何故だろうね……戦車道をしていると、大概の人は、籠に囚われた小鳥のようなのに………………彼は違って見える。何にも囚われない、自由気ままな猫のようだよ。近づくと逃げる、拘束を嫌う猫のようにね」

 

 そう言って、ミカはクスリと微笑んだ。

 

「そんな一面を持ちつつも優しい彼に………私は、惹かれてしまったんだろうね………」「「………………」」

 

 頬を染めて言うミカを、2人はただ、黙って見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして最後に、此処は知波単学園の学園艦。

 その学生寮の一室でテレビを見ているのは、長門 綾。紅夜の実の妹だ。

 

「大洗、マウス戦で一気に戦力を削がれちゃった上に、兄様達が本隊から離れちゃったけど、大丈夫なのかしらね………………まぁ、突撃しようとして、私の五式以外が遠距離射撃でフルボッコされた此方が言うのもアレだけど」

 

 綾はそう言いながら、当時の事を思い出す。

 未だ隊長が絹代ではなかった頃、知波単学園は万歳突撃の戦法で全国大会4位にまで上り詰めた事があり、それ以来はずっと万歳突撃を行い続けていたのだ。

 それで当時の隊長は、当然ながら万歳突撃を敢行。そして、その指示を受けた他の戦車は全速力で黒森峰の戦車に襲い掛かったものの、ドイツ戦車の中でも非常に強力な戦車軍団を率いる彼女等を前にして、フラッグ車と彼女の五式戦車を除く殆んどの車両が一撃ノックアウトされたのだ。

 そして、どうせやられるなら最後の悪足掻きにと、柄にもなく自棄を起こした綾の指示により、彼女が駆る五式戦車が大暴れし、パンターとラングを2輌ずつ、計4輌撃破する事に成功するものの、結局フラッグ車が撃破されて敗北すると言う結果を辿ったのだ。

 

「まぁ、あんな事があってから、今の隊長に代わった訳だけど………………大洗との練習試合で思ったけど、結構突撃しまくってたわよね。特に、最後で兄様と大河さん達が乱入してきてからは」

 

 綾はそう呟き、土壇場で乱入してきて大暴れした紅夜達を思い出す。

 台風の如く暴れ回り、時には他の戦車に体当たりを仕掛けて弾き飛ばすなどと言う肉弾戦的な戦法すらも使ってくる彼等を前にして、自分達はあっさりと負けた。

 

「そして、此方の隊長と大洗の隊長との一騎討ちを経て、結局私達が負けたのよね」

 

 そう呟きながら、綾は画面に視線を戻した。

 

「頑張りなさいよ?これで負けたりしたら、許さないんだからね………………大洗の人達。そして………………兄様」

 

 そう言って、綾は画面に映る大洗チームを見守るのであった。



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第100話~各々の活躍です!~

「そんで紅夜よ。西住さんから独立行動の許可を貰ったって、何するってんだ?」

「やる事無かったら、やっぱ本隊に戻った方が良くねぇか?何の宛も無くウロウロしても意味ねぇし、俺等が離れたから向こうは4輌だぜ?相手14輌居るのに対して」

 

 静まり返った市街地を、レッド・フラッグの戦車3輌が進んでいた。

 

 《ふらふら作戦》開始後、みほから独立行動を許されたレッド・フラッグ一行は、そのまま本隊を離れて行動していたのだが、一向に黒森峰の戦車に会う兆しが見られずにいた。

 

「まぁ、お前等の言う事も分かるっちゃ分かるんだが、西住さんが作戦に要したのは、アヒルさんとウサギさん、それからレオポンなんだ。それに、俺等が離れているって事を連中が知ったら、そりゃ確かに向こう側は有利になると思うだろうが、同時に、何処から俺等が現れるかと言う警戒もするだろうから、もしかしたら、敵さんの戦力をさらに分散させられるかもしれないって考えてるかもしれないぜ?」

「成る程な………………つまり一部の奴等に、俺等を探させるかもしれないって事か」

 

 独立行動に否定的なコメントを呟く達哉と翔に言葉を返す紅夜に、勘助は言った

 

「まぁ、そう言うこった」

「そうなれば本隊への負担も減るから良いとは思うが、そう上手くはいかないと思うぜ?何せ、フラッグ車の数は同じなんだ、他のチームなんて無視して、フラッグ車をぶっ潰す事だけ考えるかもしれん」

「それがツラいんだよなぁ………………」

 

 勘助からの現実味溢れるコメントに、紅夜は苦笑を浮かべながら言う。

 

『黒森峰って練度はトップクラスだけど、結構火力任せな部分があるものね………………最初から私達の事なんて眼中に無かったりして』

「嫌な事言うなよ、黒姫」

 

 あまり考えたくない事を言う黒姫に、紅夜はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、紅夜達レッド・フラッグの面々や、黒森峰本隊最後尾の戦車を引き受けたウサギさんチームが離れた事により、たった3輌での行動となった大洗チーム本隊は、黒森峰本隊に見つかり、狭い路地を走り回っていた。

 

「麻子さん、次の角を曲がってください。其所にウサギさんチームが待機していますので、後ろのエレファントを撃破してもらいます」

「了解………」

 

 麻子は小さく返事を返し、開けた交差点を左折する。

 ポルシェティーガーと八九式が後に続いて左折すると、彼女等を追う黒森峰チームは、右に隠れているウサギさんチームのM3の事など構いもせずに左折し、大洗チームを追い回す。

 そうして一行は、再び道幅の狭い路地へと舞い戻った。

 

「レオポンさん、アヒルさん。道はかなり狭いですが、あんこうが隠れる程度で蛇行してください」

『『了解!』』

 

 みほの指示を受けた2チームは、狭い道で小さく蛇行運転を始める。これにより、黒森峰本隊からは、Ⅳ号の姿が全く見えなくなった。

 

「………………ッ、邪魔よ!」

 

 挑発するような蛇行運転に苛立ったエリカはそう怒鳴るが、ポルシェティーガーと八九式は、そんな彼女を嘲笑うかのように蛇行を止めない。

 そして、とある角でⅣ号は右折し、ポルシェティーガーと八九式は、そのまま直進する。

 

「成る程、そう来たか………………ポルシェティーガー達を追うんだ」

 

 先行するティーガーⅡの車内から見ていた要は、敢えてⅣ号を追おうとせずに直進させる。

 そして、その直ぐ後ろに居るエリカのティーガーⅡは、右折してⅣ号を追わせた。

 

「此方あんこう、103地点を右折します。レオポンは373地点を右折、アヒルさんは左折。その次の角を右折してください」

『了解しました』

 

 沙織が地図を見ながら指示を出し、2チームはその通りに動いた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、最後尾を走行していたエレファントは、その巨体故の車重からなる遅さにより、本隊からの置いてきぼりを喰らっていた。

 

「うわぁ~。隊長はおろか、もうヤークトティーガーの姿も見えないよ~………………」

 

 誰も居ないと言う景色を小さな窓から眺めながら、エレファントの操縦手は言った。

 

「隊長のティーガーなら、整地で時速約40キロ、副隊長や謙譲さんのティーガーⅡでも、30キロ後半は出せるんだものね………………」

「それなのに此方は………………」

「時速20キロ………はぁ………」

 

 その巨体から放たれる威圧感の割りには、車内では哀愁が漂っていた。

 

 

 

「来た!」

 

 それを待ち構えていたウサギさんチームでは、最後尾の戦車が近づいてきている事に気づいた梓が合図を送る。

 桂利奈は一旦M3を急発進させると、交差点への出口を塞ぐ形で躍り出る。

 

「ええっ!?」

 

 いきなり現れたM3に、エレファントの車長が驚いたのも束の間。綾は即座に副砲を撃ち、正面装甲の上部分に傷をつけると、そのまま一目散に逃げ出した。

 

「ッ!コイツ、よくもやってくれたわね………………ッ!」

 

 完全に喧嘩を売られたエレファントの車長はそう呟きながら、操縦手にM3を追わせる。

 

「ホーレホレ!遅いぞゾウさん!」

 

 挑発するように蛇行するM3にて、あやはそう言いながら再び発砲する。

 放たれた砲弾はエレファントの直ぐ横を掠めていき、お返しとばかりに88㎜砲が火を吹き、砲弾はM3の上を掠めて近くの電柱を粉々に吹っ飛ばす。

 

「おおーっ、怒ってる怒ってる!」

 

 電柱を粉砕するおとが響き、あゆみがそんな感想を溢す。

 

「桂利奈ちゃん、この次を右折ね!」

「あい!」

「その次も次も、そのまた次も右折!」

「あいあいあーい!」

 

 優季から立て続けに出される指示に、桂利奈も連続で返事を返す。

 

「昨日、徹夜で考えた作戦を実行する時が来たよ!名付けて………………」

「「「「「「《戦略大作戦》!!」」」」」」

 

 そんなやり取りを交わしながら、M3はエレファントを上回る機動力を活かして路地を走り回り、終いにはエレファントの真後ろに回り込んでいた。

 

「しまった、回り込まれたぞ!超信地旋回!」

 

 回り込まれた事に気づいたエレファントの車長が叫び、操縦手は大急ぎで方向転換させようとするものの、先述の通り、エレファントは巨大な戦車だ。路地を走り回るのがやっとの状態で方向転換など出来る筈も無く、車体前部の右側と後部の左側がコンクリートの壁にぶつかり、全く身動きが取れなくなっていた。

 

「よっしゃー、撃てーッ!」

「発射!」

 

 その隙を見逃さずにゼロ距離まで接近すると、あやとあゆみは同時に発砲する。

 だが、砲弾は其々バラバラの場所に着弾し、その成果も僅かに傷が付く程度でしかなかった。

 

「か、固すぎる………………ッ!」

「ゼロ距離で撃っても駄目なんて、もう倒しようが無いんじゃ………………ん?」

 

 正面も無理、背後からでも無理な状況に諦めかけていた時、誰かがあゆみの肩を突っついた。

 

「………………」

 

 これまで何1つとして言葉を発しなかった少女――丸山紗希(まるやま さき)――だった。

 

「薬莢、捨てる所………………」

 

 小さな声で、紗希はエレファントの背面装甲中心部にある薬莢投棄用のハッチを指差した。

 

「おおっ、その手があったか!紗希ちゃん天才!」

 

 それは考え付かなかったとばかりに、あやが声を上げた。

 

「よぉーし、そうと決まれば早速やるよ!」

「りょーかい!せーので決めてやろう!」

 

 あやとあゆみはそう打ち合わせをして、2つの砲口をハッチに向ける。

 

「行くよ~………………」

「「「「「「せぇ~のぉ~でっ!!!」」」」」」

 

 そして、同時に放たれた砲弾は狙い通りに命中し、エレファントはハッチから黒煙を上げ、次の瞬間には撃破を示す白旗が飛び出した。

 

「やった………………遂にやったよ、皆!」

「「「「「「イェーイッ!」」」」」」

 

 梓の声に、他のメンバーからの歓声が上がる。

 

「………………ッ」

 

 紗希も嬉しそうに、その感情の変化が乏しそうな頬を緩めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こ、此方エレファント!先程M3にやられました!』

「何ですって!?ちょっと何やってんのよアンタ達!!」

 

 エレファント撃破を確認し、次の戦車を撃破せんとばかりにM3がその場を後にした頃、黒森峰本隊には、エレファントの車長からの戦況報告のための通信が入っていた。

 あの重戦車が何回りも小さく、火力も防護力も格下な戦車にやられるとは思わなかったのか、エリカが声を荒くして叫ぶ。 

 他の戦車の乗員からも、予想外の事態に慌て出すような声が次々に上がる。

 

「落ち着け、冷静になるんだ!フラッグ車を狙う事に集中しろ!」

 

 自らの視線の先で逃げ回るⅣ号の背面装甲を睨みながら、まほは無線機に向かって叫んだ。

 

 

 

 

 

 まほの援護に向かっていたエリカ達は今、乱入してきた八九式とのカーチェイスならぬタンクチェイスの真っ只中にいた。

 八九式の主砲の威力は、今居る黒森峰の戦車からすれば紙鉄砲にしかならないが、それでも執拗に撃ちまくる。

 

「挑発に乗るな、落ち着け!」

 

 エリカは仲間の乗員に向かって言うが、八九式はエリカの乗るティーガーⅡの側面に体当たりを仕掛け、2輌の間で火花が散る。

 

「こんのォォ~~ッ!!八九式の癖にィィィッ!!」

『だからって、私のティーガーⅡにぶつけてくるなよ副隊長!そもそも挑発に乗るなとか言う以前にそっちが乗ってるじゃないか!』

「五月蝿いわよォ!」

 

 体当たりを仕掛けてきた八九式に大人気なく怒り、そのまま押し返そうとするもののアッサリと避けられたエリカのティーガーⅡは、八九式を挟んで走っていた要のティーガーⅡにぶつかる。

 それについて苦情を付けてくる要に、エリカは大人気なく怒鳴り散らす。

 

 そうしている内にも、八九式はエリカ達の列から出て短い坂を上ると、そのまま並走しながら主砲を撃つ。

 他の戦車は反撃するものの、八九式は急ブレーキで軽々と避け、さらに急加速して引き離していく。

 

「やーいやーい!捕まえてみろ~~!」

「待ァてェェェェエエエエエッ!!」

 

 聞こえない筈のやり取りを交わしながら、八九式vs黒森峰戦車隊のタンクチェイスは続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃て撃てーッ!」

 

 その頃、ウサギさんチームはヤークトティーガーに遭遇し、背後に回り込んで攻撃を仕掛けていた。

 放たれた2発の砲弾は戦闘室の背面に着弾し、ヤークトティーガーは、そのまま加速して距離を取ろうとする。

 

「あ、逃げたぞ!追え!」

 

 それを追おうと、桂利奈はM3の速度を一気に上げ、その頃には、ヤークトティーガーは交差点を右折して姿を消した。

 

「………………ッ!停止!」

 

 そして、交差点が近づいてきたところで異変に気づいた梓は、即座に停止命令を出す。

 

「ッ!?ぬぅぅううういッ!!」

 

 突然の停止命令に驚きながらも、桂利奈はM3を急停止させようとするが、速度が乗った状態で直ぐに止まれる訳が無く、M3は履帯とアスファルトの設置部分から激しい火花を散らしながら数メートル程地面を滑り、交差点へ少し顔を出した状態で動きを止める。

 そして、動きを止めた次の瞬間には、何時の間にか方向転換を終えて待ち構えていたヤークトティーガーの砲撃を受け、車体前部に大きな傷が付く。

 

「このままじゃ、やられる………………桂利奈、M3をバックさせて!早く!」 

「あ、あいーッ!」

 

 梓にそう言われ、桂里奈は大急ぎでM3を後退させる。

 すると、交差点からヤークトティーガーがヌウッと姿を現し、そのままM3を追い始める。

 

「ちょっと!ヤークトの128㎜砲チョー恐いんだけど!」

 

 徐々に迫ってくるヤークトティーガーの128㎜砲の砲口を目の当たりにしたあやはそう叫ぶ。

 

「離れても仕方無い………………じゃあ、くっつけば良いんだ!」

 

 桂利奈はそう言って、M3をヤークトティーガーの車体前部にぶつけ、主砲の下に潜り込む。

 暫くM3を押した後、今度は減速して距離を取ろうとする。

 

「あっ、今度は下がってる!」

「そうはさせるか!」

 

 すると桂利奈も速度を落とし、先程のようにヤークトティーガーの主砲の下に潜り込ませるが、今度は逆に押され始める。

 

「うわっ!今度は押してきた!」

「挑発しやがって~、1年ナメんな!」

「そーだそーだ!ナメんな!」

 

 押され始めて慌て出す桂利奈を他所に、あやとあゆみは砲撃を仕掛けるのの、ヤークトティーガーは意に介さず、さらに速度を上げてM3を押す。

 

「この後ろの方、ちょっとヤバイかも………………」

「何が!?」

 

 優季が切羽詰まったような表情で呟いた。

 実は、彼女等が押されている先はT字路になっており、そのガードレールを突き破った先は用水路となっているのだ。このまま押され続ければ、M3はその用水路へと真っ逆さまに突き落とされる結果を辿る事になるだろう。

 

「ヤークトを、西住隊長達の所に絶対行かせちゃ駄目………………此処でやっつけよう!」

 

 そんな状態でも、ヤークトティーガーをみほ達の元へは行かせないと言う決意を固めた梓は、この場で何としてでもヤークトティーガーを撃破すると言い出した。

 

「でも、どうやるのさ!?」

「一か八かだけど、合図で左に曲がって………………今!」

「くぅっ!!」

 

 梓の合図で、桂利奈はM3を左へ曲がらせるが、その一瞬の隙を突いたヤークトティーガーの砲撃を受けて吹っ飛ばされ、横倒しになって撃破と判定される。

 そのまま無駄死にになるのかと、ウサギさんチームの誰もが思った時、奇跡は起きた。

 何と、M3を押していた時にスピードが乗りすぎていたのだろうヤークトティーガーがガードレールを突き破って段差に車体の半分以上を乗り出し、そのまま重さと勢いに耐えきれずに用水路へと落下、主砲をへし折って裏返しになり、そのまま行動不能を示す白旗が車底から飛び出した。

 

 

 ウサギさんチームは、自らがヤークトティーガーにやられるのと引き換えに、ヤークトティーガー撃破を成し遂げたのだ。



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第101話~各々の戦況です!~

 熾烈を極める、大洗女子学園チームと黒森峰女学園チームによる決勝戦。

 この試合においての最後の作戦――《ふらふら作戦》――の発動により、レッド・フラッグの3輌が離れた本隊は、黒森峰チームの戦力分散のために個々で行動する事となる。

 最後尾の戦車を引き受ける事になったウサギさんチームは、狭い路地を利用した《戦略大作戦》によって、先ずはエレファントを撃破。

 その後、遭遇したヤークトティーガーにも攻撃を仕掛けるものの、撃破には至らない。

 だが、交差点でヤークトティーガーの罠に嵌められ、ヤークトティーガーの主砲である128㎜砲を突きつけられる。

 桂利奈は撃たれまいと必死に食いつこうとするが、その背後に用水路が迫ってきていたのだ。

 そのため、兎に角ヤークトティーガーをどのような形になっても撃破しようと考えた梓の作戦により、ヤークトティーガーを道連れにする形で、ウサギさんチームは撃破されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「………………成る程、そう言うやり方か」

『そう』

 

 ある時、紅夜はレオポンチームのナカジマと、とある打ち合わせをしていた。

 紅夜の呟きを、ナカジマが肯定する。

 

『とまぁ、そう言う訳だから。私達がやられたら、後はお願いね?』

「あいよナカジマさん。そっちの健闘を祈る」

『ありがとう。それと君達もね!』

 

 そうして、ナカジマとの通信が切れる。

 

『ウサギチーム、行動不能です!』

 

 その次の瞬間、ウサギチームからそんな通信が入ってきた。

 

「《ふらふら作戦》始まって初の犠牲だな………………大丈夫か?怪我は?」

 

 紅夜はそう言って、ウサギチームの安否を確かめようとする。

 

『『『大丈夫でーす!』』』

 

 そして、ヘッドフォンから聞こえてきた元気の良い返事は、紅夜に安堵の溜め息をつかせた。

 

『すみません、エレファントとヤークトティーガーは撃破したんですが、ヤークトティーガーとやってた時に、その………………』

「相討ち的な感じになっちまったってか………………良いんだよ澤さん。そもそも重戦車2輌を立て続けに相手取って撃破したってだけでも上等だ。誇って良いぜ」

『あ、ありがとうございます!』

 

 紅夜の言葉に、梓は嬉しそうに言った。

 

『あの、長門先輩………………』

「ん?どった?」

 

 真面目な声色で話を切り出そうとする梓に、紅夜は話を聞く態勢に入った。

 

『西住隊長の事、よろしくお願いします!』

 

 梓の言葉を受け、紅夜は暫時目を瞑っていた。そして、ゆっくりと見開いて言った。

 

「ああ、任せときな。絶対にお前等を表彰台に上げてやるよ」

 

 そう言って、紅夜は通信を終えた。

 

『祖父さん、そろそろ0017地点に着くぜ』

 

 それと同時に、今度はスモーキーの大河から通信が入る。

 双眼鏡を取り出して前方を見ると、何やら学校のようにも見える大きな建物が見えてきた。

 

「あれが、敵の親玉さんとウチの隊長がタイマン張る舞台だな………………全車、あの建物の直ぐ前に来たら右折しろ。あの建物の影に隠れる」

『『Yes,sir』』

 

 そうして、3輌の戦車は建物の前に移動すると、即座に右折して建物の壁に沿って移動し、さらに左折して隠れる。

 

「後は、時が来るのを待つだけだな」

 

 紅夜がそう呟いて椅子に腰掛けると、黒姫が実体化して現れた。

 紅夜の膝を跨ぎ、向かい合わせに現れた黒姫が不安そうな顔をしているのに、紅夜は首を傾げた。

 

「ん?どうしたよ黒姫?そんな顔しちまって」

「う、うん。その…………久し振りに黒森峰とぶつかるから、ちょっと緊張しちゃって………………」

「………あー、言われてみりゃ確かに」

 

 そう言う黒姫に、紅夜は同意するかのように頷いた。

 彼女が言うように、紅夜達も黒森峰チームとは久々にぶつかり合う。

 去年に彼女等との試合を経験している紅夜からすれば、黒姫の気持ちは分からなくもなかった。

 

「だから、その………暫く、こうさせて………………?」

 

 そう言って、黒姫は紅夜の胸元に凭れ掛かる。

 白い装束のような服の上からでも分かる大きな膨らみが、紅夜の胸板で卑猥にひしゃげる。

 普通の男なら赤面ものだろうが、離さないとばかりにさらに抱きつかれる状態では、胸が当たるのを考える以前に緊張を解そうと言う意思が勝ち、紅夜は彼女の頭を撫で始める。

 

 其処へ、キュラキュラと小さく音を立てながら、パンターとイージーエイトがIS-2に近寄ってきた。

 だが、完全に車内に引っ込んでいる上に、膝に黒姫を乗せているため、キューポラから上半身を乗り出す訳にはいかないため、何が近づいてきているのか分からない紅夜は、ペリスコープから覗こうとするが、抱きついている黒姫が首をホールドしているため、ロクに首を回す事も出来ない。

 そのため、紅夜は左手で黒姫の頭を撫でながら、右手でタコホーンのスイッチを入れ、静馬達に通信を入れた。

 

「おい静馬、大河。何か音が聞こえるが、敵の戦車か?」

『いえ、驚かせてごめんなさい。私達の戦車よ………………ホラ雅、パンターを下げなさい』

『私パンターを動かした覚え無いんだけど!?』

『今進んでるじゃない』

『私じゃないわよ!』

「……何か言い争ってやがるな………………ところで大河、そっちはどうなんだ?」

 

 やった・やってないの押し問答をしているレイガンを一先ず放置する事にした紅夜は、大河に通信を入れた。

 

『すまねえな祖父さん、俺等のイージーエイトだ。何故か勝手に動き出してさぁ…………もしかして、黒姫みてぇな戦車の付喪神ってヤツじゃね?まぁ、何か停まったし、大丈夫だろ』

「そっか。なら良し」

 

 そうして、紅夜達は建物の傍で時を待った。

 派手に暴れ回る、その時を………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこの頃、まほの駆るティーガーとのタンクチェイスをしていたみほ達あんこうチームは、最後の行動に出ようとしていた。

 

「此方あんこうチームです!レオポンさん、今何処に居ますか!?」

『此方レオポン。今野球グラウンドに来たところ。もう建物が見えてきてるよ~』

「了解です。至急0017地点に移動してください!」

『はーい、上手くやりなよ隊長~』

 

 ナカジマがそう返事を返すと、ツチヤはポルシェティーガーの速度を上げて土手を上りきり、みほに指示された場所へと移動した。

 

「おっ!やってるやってる~」

 

 ティーガーから逃げるⅣ号を視界に捉え、ナカジマはそう言った。

 そして、Ⅳ号とティーガーが建物の入り口に入った瞬間、ツチヤは方向転換させていたポルシェティーガーで入り口を塞ぎ、まほの援護をしようとしていたのであろう他の黒森峰戦車の前に立ちはだかった。

 

「さて、通せんぼ完了。後はどれだけやれるか、だね!」

 

 ホシノはそう言いながら、装填を終えたポルシェティーガーの主砲の引き金を引くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レオポンチームが入り口を塞いでいる間、その建物の中央広場と思わしき場所へとやって来た姉妹は、各々の愛車のキューポラから上半身を乗り出し、互いの敵を見据えた。

 今此処で、西住姉妹による壮絶な一騎討ちが行われようとしているのだ。

 

「西住流に逃げると言う道は無い。こうなったら、此処で決着をつけるしか無いな」

「………………」

 

 黒森峰チーム隊長として……そして、西住流次期師範としての威厳を持って言う姉に、みほは威圧されるような気分に襲われるものの、決心を固めて言い返した。

 

「………………受けてたちます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、此処から先へは行かせないよ~?」

 

 その頃、みほとまほの一騎討ちを邪魔させないために入り口を塞いだレオポンチームは、まほの援護に回ろうとしていた6輌の黒森峰戦車との砲撃戦を繰り広げていた。

 既に黒森峰側には、ポルシェティーガーに当たらなかった砲弾が1輌のパンターG型に命中して行動不能になると言う損害が出ていた。

 

「ほい、次はラングね~」

 

 全く緊張感を感じさせないナカジマの指示で、ホシノはその引き金を引く。

 放たれた砲弾はラングの正面装甲に直撃し、撃破にはならなかったものの、大きく退けた。

 

「ちょっと何やってんのよ!相手は失敗兵器なのよ!?」

 

 以前述べたように、ポルシェティーガーは『ティーガーになれなかった』戦車。 

 それを知っているエリカからすれば、たった1輌のポンコツ戦車に完全な戦車が苦戦させられていると思ってしまうのだろう。

 因みにエリカがそう言ったのと同時刻、優花里が一瞬、誰かを締め上げなければならないような気がしたらしいが、気のせいだと割りきったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 再び視点を移し、中央広場。其所では、両チームの隊長が睨み合っていた。

 外の喧騒とは全く逆の光景が広がる。

 そして、先にⅣ号が動き出した事から、西住家での姉妹バトルが始まった。

 

 中央の銅像らしいものの周りを1周して、建物同士の間の道を走り回る。

 とある角を右折すると、当然ながら、まほの駆るティーガーも右折して追いかけてくる。

 両者共に発砲しないと言う状況のまま、彼女等は建物の間の道を走り回った。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、ボチボチ当たり始めてきたなぁ………………長門君達の出番、ちょっと早まるかもしれないね~」

 

 黒森峰からの砲撃が、砲塔周囲の装甲に次第に当たるようになってきた中、被弾の衝撃で揺れる車内でナカジマはそう呟いた。

 

「砲弾は未だそれなりに残ってるから、どうせやられるなら、弾切れになるまで撃ってからにしたいねぇ~」

「んで、弾切れになる頃には何輌残ってるかなぁ?」

「さぁ?」

 

 そんな会話を交わしつつ、一行は砲撃を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アヒルさんチームでは、先程のように黒森峰の分隊を相手に挑発行為を続けていた。

 

「うーん………………やっぱり、はっきゅんの57㎜砲じゃあ、傷すら付かないなぁ」

 

 車両後方の窓から、自分達を追い回す黒森峰の分隊を見ながら典子は言う。

 

「相手の装甲は分厚いですからねぇ~………………あのティーガーⅡの正面装甲は180㎜って言われてますし」

「長門先輩のIS-2よりも守りが固いんだね」

 

 そう言い合いながら、彼女等は後ろからの砲撃を避けながら逃げ回る。

 

「くっ……八九式だと甘く見すぎていたか、中々砲撃が当たらない………………ッ!」

 

 分隊の先頭を走るティーガーⅡのキューポラから上半身を乗り出した要はそう呟いた。

 エリカのティーガーⅡを含む6輌の戦車がまほの援護に回ったため、今ある戦車は自分のティーガーⅡを含めても5輌だけに減ったのだ。

 

「早めに撃破して、副隊長達の応援に回らないと………………ッ!」

 

 そう呟きながら、要は砲手や他の戦車に指示を出し続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ~、やってるなぁ~。音が此処まで聞こえてくるぜ」

 

 その頃、建物の影に隠れて出番を待っているレッド・フラッグでは、レオポンチームとエリカ達による砲撃戦の音が響いてきていた。

 

「そりゃまあ、そんなに離れた場所じゃねえんだ。音ぐらい普通に聞こえてくるだろ」

 

 IS-2の車内でそんな会話が交わされている最中、黒姫が戦車に戻ったために自由になった紅夜は、キューポラから上半身を乗り出し、明後日の方向を眺めていた。

 傍から見れば、ただボンヤリしているだけに見えるが、長年の付き合いである静馬は、紅夜はただボンヤリしているのではないと気づいていた。

 

『ねぇ、紅夜。大丈夫?』

 

 砲撃音により、普通に話しかけるだけでは聞こえないため、静馬は無線で声をかけた。

 

「ああ、静馬か」

 

 そう答える紅夜は、何かを必死に抑えているような表情を浮かべていた。

 

『大丈夫なの?結構辛そうな表情してるわよ?』

「ああ。一応は大丈夫だが………………やっぱ辛ぇな。蛇の生殺しって気分だぜ」

 

 その言葉で、静馬は何故、紅夜が辛そうにしているのかを悟った。

 

「(成る程、早く暴れたいのね………………早く暴れたい、戦いたいと言う気持ちを抑えて、あんな状態に………………)」

 

 そう思いながら、静馬は再び話しかけた。

 

『紅夜、もう少しの辛抱よ。時が来たら、何も気にせずに暴れたら良いわ。だから、今は何とか堪えて?』

「ああ………………ありがとな、静馬」

 

 そう言って、紅夜は静馬に微笑みかけた。

 

 その時静馬は、一瞬ながら、紅夜の全身から蒼い炎のようなオーラが噴き上がり、その緑色の髪や赤い瞳が蒼く染まるのを見たような気がした。



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第102話~赤旗の戦車乗り、覚醒です!~

「さあ!第63回戦車道全国大会も、いよいよ大詰めとなってまいりました!!大洗チームフラッグ車のⅣ号と、黒森峰チームフラッグ車のティーガーによる一騎討ちです!」

 

 実況席にて、香住がマイク片手に興奮して叫ぶ。

 彼女等含む観客達の前に聳え立つ巨大なモニターには、西住姉妹による壮絶な一騎討ちが繰り広げられていた。

 建物の敷地内を全速力で逃げ回るみほのⅣ号を、まほのティーガーが追い回している。

 

 元々の用途が主力で、機動力のあるⅣ号はティーガーを引き離し、上手い具合にティーガーと擦れ違う形に持ち込んでは攻撃を仕掛けるものの、黒森峰チームの隊長車であるまほのティーガーの操縦手は、紙一重のところで攻撃を避ける。

 建物を挟んだ道路を並走し、隙間を見ては攻撃、隙間を見ては攻撃を繰り返す。

 

「両者共に譲らず、どちらかの砲弾が命中するような雰囲気は全く見られない!ですが、あんなにも撃ち合っていれば、何時当たってもおかしくない!正に、手に汗握る壮絶な姉妹バトルです!!」

 

 マイクが置かれていたテーブルから、そのままテーブルごと前のめりに倒れる程の勢いで身を乗り出し、香住は叫ぶ。

 

 モニターに映し出される一騎討ちの光景に、観客は言葉を失っていた。

 

「おーおー、派手に撃ち合ってやがるなぁ」

 

 その光景を見ていた蓮斗は、勝負の行方や如何にと緊迫した雰囲気の中で、のほほんとした様子で呟いた。

 

「貴方、結構平然としていられるのね?他の観客はあんな状態なのに」

「まぁな。あんなにもハラハラする試合は、現役時代に何度も経験してきたからな。今となっては、懐かしい光景だぜ。まるで、昔の俺等を見てるような気分だ」

 

 そう言って、蓮斗は目を瞑って当時の事を思い出す。

 

 《白虎隊(ホワイトタイガー)》を発足させて初の試合。

 その試合の終盤、残った戦車が、フラッグ車である蓮斗のティーガーと、相手チームのフラッグ車の2輌のみとなった時が、彼の脳裏に鮮明に甦る。

 

 56トンと言う巨体を揺さぶりながら走り回るティーガーと、それを追ってくる相手チームのフラッグ車。

 後ろから撃たれると言う状況に堪えかねた蓮斗は、操縦手である拓海にティーガーを反転させて相手チームのフラッグ車に向かわせる。

 700馬力のマイバッハエンジンの咆哮を響かせながら相手チームのフラッグ車に襲い掛かるティーガーは、その戦車の右履帯を粉々に吹き飛ばす。

 そのまま一旦通り過ぎ、再び反転して襲い掛かり、照準を相手に合わせる。

 だが、その時には相手の戦車の砲塔が蓮斗のティーガーへと向けられており、両者同時に撃ったのだ………………

 

「(まぁ、ダメージが蓄積してたのもあって、あの試合じゃ結局、俺等が負けちまった訳だが……勝ち負けよりも、あのハラハラする感覚が最高に気持ち良かったな………今になっても、忘れられねぇや)」

「………………?お爺ちゃん、どうしたの?」

 

 何も言わず、ただ目を瞑っているだけの蓮斗を不思議に思った愛里寿が話し掛けてきた事により、蓮斗の意識が現実世界に戻ってくる。

 

「あーいや、何でもねぇよ愛里寿ちゃん。ちょっと昔の事を思い出してただけさ」

 

 蓮斗はそう言って、モニターへと視線を移すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、要率いる軍団とのタンクチェイスを繰り広げているアヒルさんチームだが、そろそろ限界が近づいてきていた。

 たとえ相手に当てても撃破には至らないと分かっていたため、ただの挑発として使っていた砲弾が残り少なくなってきたのだ。

 

「くっ!砲弾が少ない………………こうなったら兎に角挑発だ!連続アターック!」

 

 典子の指示で、あけびが大急ぎで砲塔を進行方向に向け、さらに砲塔後部にある機銃を乱射する。

 だが、当の軍団は紙鉄砲とばかりに何とも無い顔で向かってくる。

 

「(八九式からの砲撃が緩くなってきている……それに、無駄だと分かっている筈なのに機銃を使ってくるなんて…………もしや、砲弾が少なくなってきたのか………?)」

 

 先程までは数秒に1回のペースで飛んできた砲弾が飛んでこなくなり、代わりに小さな機銃弾ばかりが飛んでくる状況に、車内のペリスコープから様子を見ていた要は、そんな予想を立てる。

 

「(なら、今こそ相手を仕留める時だ!)」

 

 そう思った要は、他の戦車に通信を入れる。

 

「全車、発砲を許可する!相手に逃げられる前に撃破せよ!」

『『『『了解!』』』』

 

 要の指示に、他の戦車の車長からの返事が返されるや否や、八九式目掛けて集中砲火を浴びせる。

 

「ッ!集中砲火だ、撃ち返せ!」

「はい!」

 

 あけびは、再び砲塔を後方に向けて発砲するものの、やはり強固な装甲に弾かれる。

 

「くそーッ!」

「もっと火力があれば…………ッ!」

 

 典子とあけびがそう言った、次の瞬間!

 

「撃てぇーッ!」

 

 要の乗るティーガーⅡから放たれた88㎜砲弾が、八九式のエンジングリルに直撃!

 至近距離での直撃を受けた八九式は、エンジンから黒煙を上げ、地面に車体のあちこちを派手にぶつけながら吹っ飛ばされると、そのまま車体の右側面を地面に擦りながら滑り、電柱に激突して動きを止める。

 

「うぅ………………此処までか」

《大洗女子学園、八九式中戦車。行動不能!》

 

 典子がそう呟いたのと同時に、八九式の行動不能を知らせるアナウンスが鳴り響いた。

 

「八九式を撃破だ!全車、0017地点へ急行!副隊長達を援護するぞ!」

『『『『はい!』』』』

 

 吹っ飛ばされた八九式には目もくれず、要達は速度を上げてエリカ達の援護に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~、相手も中々やるなぁ………………」

 

 その頃、エリカ達の足止めをしているレオポンチームにも、そろそろ限界が近づいてきていた。

 次第に当たり始める砲撃により、左履帯の転輪が粉々に吹き飛ばされ、砲弾を弾いた際の傷や地面に着弾した際の煤で、ジャーマングレーの装甲が黒っぽく汚れる。

 レオポンチームのエンブレムも、傷で消えかかっており、エンジン部分からも火が出ている。

 そんなレオポンチームに、エリカ達の容赦無い砲撃が雨霰と降り注ぐ。撃破されずに残っているラングやパンター、ヤークトパンター、そしてエリカの乗るティーガーⅡの主砲が次々に火を噴き、ポルシェティーガーにぶち当たっていく。

 そして、最後に1発撃った直後、砲塔の装甲に何発もの砲弾が直撃し、遂には爆発を起こして黒煙を上げる。

 その後、行動不能を示す白旗が飛び出した。

 

《大洗女子学園、ポルシェティーガー。行動不能!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよ、とうとうレオポンチームがやられたぞ」

 

 レオポンチームの行動不能を知らせるアナウンスを聞いた、スモーキーの大河がそう言う。

 

「決着が着くまでは持たなかったみたいだが、何輌かは撃破しただろうし、あんな角度で道を塞いだんだ。回収車が来るか、無理矢理退かすかしねぇと、黒森峰の連中は中には入れねぇだろうな」

「まあ、道を塞いでいる態勢が体勢だからな。こっからは見えねえが、無理矢理車体を捩じ込んでしまえば、一応は通れる程度の隙間………………なのか?」

 

 それに続いて、煌牙と新羅が言った。

 

「まぁ、黒森峰の戦車って矢鱈と図体デカいのが多いからな、多分通れねぇだろ………さて祖父さん、そろそろ動き出す準備をしようぜ」

「………………」

 

 大河はそう言うが、紅夜からの返答は無く、キューポラから上半身を乗り出した状態で辛そうに突っ伏していた。

 

「………………?祖父さん?」

「………?あ、ああ………大河か…………どうした……?」

 

 もう一度呼び掛けると、漸く反応した。

 

 振り返った紅夜の表情は、非常に辛そうなものとなっていた。

 

「おいおい祖父さん、『どうした?』は此方の台詞だよ。マジで大丈夫かお前?スッゲー辛そうな表情してるぞ」

「いや……大丈夫、だ……それに……後少しすりゃ……本調子に、戻れるからよォ………」

 

 紅夜がそう言うと、その体を蒼白いスパークがバチバチと迸った。

 

「ちょ、おい祖父さん!今お前の体がスパークってやがったぞ!バチバチって!お前、実は機械人間だったとかじゃねぇよな!!?」

「アホ、言ってんじゃねぇよ………俺は……純粋な…人間だっての」

 

 辛そうにしながらも、紅夜は冗談目かしたようにして言った。

 

『大河、ちょっと良いかしら?』

 

 すると、静馬からの通信が入ってきた。

 

「おー、静馬。どったの?」

『ちょっと話があるから、通信が入ったままにしておいて。あ、紅夜は休んでなさい』

『そうするよ……すまねぇな、静馬…………』

 

 そう言って、紅夜は通信を切って再び突っ伏してしまった。

 

「んで?話ってのは?」

『言わずとも、紅夜の事よ。彼を心配してるようだけど、それは必要無いわ』

 

 静馬の言葉に、大河は首を傾げる。

 

「心配する必要は無いってのか?あんなにも辛そうなのに?」

 

 尤もな質問だが、その質問には苦笑が返された。

 

『確かに辛そうだけど、合図があれば一気に回復するわ。だってあれ、ただ『早く戦いたい、暴れたい』と言う気持ちを抑えてるだけだもの………………言うなれば、大好物の餌を前にして『待て』と言われた猛犬みたいなものとでも言っておきましょうか』

「マジかよ、そりゃねぇわ祖父さん………俺の心配返せよ………」

『フフッ♪まぁ、仕方無いでしょう?紅夜の血の気盛んなのは今に始まったものではないのだから』

「だな」

 

 紅夜が辛そうにしていた理由に拍子抜けしながら、大河はヤレヤレと言わんばかりに首を横に振るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「突撃!中央広場へ急げ!」

 

 その頃、ポルシェティーガーを撃破したエリカ達一行は、そのまま中央広場へ行こうとしていた。

 だが、その中央広場への入り口は、たった今撃破されたポルシェティーガーが塞いでいる場所の1つしか無いのだ。

 

『副隊長!ポルシェティーガーが邪魔で通れません!』

「あーもう!回収車、急いで!」

「「ゆっくりで良いよ~」」

 

 もう少しのところで先に進めないと言うもどかしさから声を荒げるエリカの声が聞こえていたのか、ナカジマとホシノが声をハモらせて言った。

 

「くっ!こうしている間にも、隊長が………………」

 

 前に進みたくとも進めないと言うもどかしい状況に苛立っていると、八九式を撃破した要達が合流した。

 

「すまない、副隊長。遅くなってしまったかな?」

「いいえ、早いも遅いも無いわ。隊長と合流したくても、この状態では無理だもの」

 

 そう言って溜め息をつくエリカを他所に、要は当たりを見回した。

 

「(ラングとパンターの2輌が撃破されたか………………となると、エレファントとヤークトティーガーは撃破され、其処にラングとパンターが加わる訳だから、現段階で動けるのは、隊長を除いて9輌と言う事か………だが、戦力が揃ってもこの状態では……ん?そう言えば…………)」

 

 何かを思い出したような表情を浮かべ、要はエリカに声をかけた。

 

「副隊長、レッド・フラッグについてはどうなのですか?市街地へ来てからと言うもの、彼等の姿を全く見ていませんが………」

「ッ!?言われてみれば………!」

 

 要の言葉に、エリカは目を見開く。

 

「いやぁ~、漸く気づいたみたいだねぇ、黒森峰のお二方」

「「ッ!?」」

 

 その声に振り向くと、撃破されたポルシェティーガーのキューポラから上半身を乗り出したナカジマが居た。

 

「君が、そのポルシェティーガーの車長のようだね………中々手こずらせてくれるじゃないか」

「お褒めに預かり、光栄ってね」

 

 不敵に微笑みながら言う要に、ナカジマは呑気な表情を浮かべながら言った。

 

「さて、せっかくだから何か話をしようと思ったんだけど、残念ながら、そうしてる時間が無いんだよね~。もう爆発寸前だからさ」

「?一体、何の話を………」

「それは始まってからのお楽しみさ」

 

 そう言って、ナカジマはタコホーンに指を添えて通信を入れた。

 

「ああ、長門君?うん、私。ナカジマ………って、メッチャ辛そうじゃん、大丈夫?………そう?なら良かったよ………………うん、舞台は整ったから、後は好き放題に暴れちゃって良いよ~」

 

 そうして、紅夜との通信が切れる。

 このやり取りから、紅夜達レッド・フラッグが何処かに隠れている事に気づいたエリカ達一行だが、それに気づいた頃には、もう遅かった。

 

「………………?な、何?地震?」

 

 突然、地面が小刻みに揺れ始めたのだ。

 突然の出来事でパニックに陥る黒森峰チームだが、レオポンチームからは、そんな様子が全く見られない。

 そんな揺れが少し続き、そして揺れが治まった時だった。

 

ガァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!!!

『『『『『『『『ッ!!?』』』』』』』』

 

 突然、地獄の底から鳴り響くような大声が響き渡る。

 その声がした方へと振り向くと、向かって右の方で蒼い炎が上がっており、其処から建物に亀裂が入っていた。

 

「な………………何なんだ、あれは………………ッ!?」

 

 比較的距離はありながらも、何メートルの高さにも噴き上がる蒼い炎を視界に捉え、要はそう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建物の影に隠れた3輌の戦車。

 その内の1輌、ジャーマングレーの車体を持ち、砲身に白いペンキで《Lightning》と書かれ、車体側面に装甲スカートを取り付けられた戦車――IS-2スターリン重戦車――のキューポラから上半身を乗り出した1人の青年――長門 紅夜――は、その鮮やかな緑髪を蒼く染め上げた長髪を、噴き上がるオーラに靡かせ、閉じていた両目を見開く。

 左目は元の赤なのに対し、蒼く変色した右目に闘志の炎を燃やして声を上げた。

 

『………………All tanks,let's move out(全車、出撃)!!』




 結構無理矢理になったが、後悔はしていない!

 と言うわけで、次辺りでVS黒森峰は終わるかなぁ?


 覚醒した赤旗の戦車乗りの暴れッぷりにご期待ください!
 
 それと、近い内にレイガン(パンターA型)とスモーキー(シャーマン・イージーエイト)の擬人化もしようと思ってますのでご期待ください。

紅夜「それは良いんだけど………………取りあえず作者、先ずは春休みの宿題しろ。それから実力テストの勉強しろ」

………………すんません


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第103話~3VS9での大乱闘です!~

「な、何だアレは!?」

「あんなの今まで見た事ねぇぞ!」

「ちょ、おい!あのグレーの戦車の奴、髪の色が蒼くなってるぞ!?おまけに片目も蒼になってるし、建物にヒビ入れてやがるぞ!」

「一体何者なんだよ彼奴は!?」

 

 観客席では、何メートルにもなる蒼く巨大な炎のようなオーラを噴き上げる紅夜の様子がモニターの画面一杯に映し出され、それを見た観客達から驚きの声が次々と上げられていた。

 

「あ……あぁ…………」

「うへぇ~、彼奴やりよったなぁ~」

 

 モニターに映し出される紅夜の様子に圧倒される千代の隣では、蓮斗がマイペースにそう言った。

 

「お兄ちゃんの姿が……変わった…………?」

 

 普段は感情の起伏が大して無い愛里寿も、流石にこれには驚いたらしい。目を見開いてパチクリと瞬きしていた。時折、両手で目を擦って再びモニターへと視線を戻すが、目に飛び込んでくる状況は全く変わっていない。

 全身から蒼く巨大な炎のようなオーラを噴き上げ、髪の毛と右目を蒼く染めた紅夜の姿が其所にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれは………一体………?」

 

 同時刻、レオポンチームのポルシェティーガーを撃破した要達は、建物後ろから立ち上る巨大なオーラに威圧されていた。

 それに、建物の壁に亀裂を入れていると言う事まで加われば、そのオーラが単なる虚仮威しではないと言うのは鮮明だ。

 入れられていく亀裂は止まる事を知らず、遂にはレオポンチームのポルシェティーガーの頭上へと到達していた。

 

「うわー、凄いねコレ。建物が崩れそうだよ」

「長門君って、つくづく人間としての常識を超えてるよね~」

「エンジンフルスロットルって感じかな?」

「いやいや。フルスロットルって言うよりかは、秒速でブローかオーバーヒートする勢いだよアレは」

 

 今にも崩れそうな建物の真下に居るポルシェティーガーの車内では、レオポンチームのメンバーがそんな会話を交わしていた。

 少しだけ開けたキューポラの隙間から、天井に亀裂が入っていく様子を見たナカジマが言うと、他の3人も言葉を返す。

 言葉だけ聞けば、こんな状況でも全く動じていないように見えるが、実際はかなり動揺していた。

 その証拠に、彼女等の笑みは引きつっており、冷や汗も流している。

 

 ナカジマはペリスコープを覗き、黒森峰一行が未だに動きを見せていないのを見る。

 一瞬、その隙に反撃しようと考えるものの、撃破と判定された状態では出来る筈も無い。

 

「さて、此処から長門君達がどのように動くのか、この特等席で見させてもらおうかな」

 

 一旦ペリスコープから顔を離したナカジマは、車長の椅子に凭れてそう言うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ………紅夜………?」

 

 立ち上るオーラに黒森峰一行が戦いている中、紅夜達レッド・フラッグでは、姿を変えた紅夜にメンバー全員が驚いていた。

 パンターのキューポラから上半身を乗り出した静馬は、目を見開いて自分の幼馴染みの名を呟くが、彼からの返答は返されない。

 一旦、イージーエイトのキューポラから上半身を乗り出している大河の方を見るが、彼もどうすれば良いか分からないと言わんばかりに肩を竦めるばかり。

 そのため、一旦車内に引っ込もうと身を屈めた時だった。

 

『あ~、良い具合だ……溜まってたガスが一気に抜けたような気分だぜ…………これで、心置き無く暴れまくれるって訳だな………………』

 

 狂気に満ちた声で紅夜が呟き、静馬は動きを止める。

 先程と比べると、気だるげな声ではない様子から、オーラを撒き散らした事で不完全燃焼状態が治ったようだ。

 

『さて………………静馬、大河』

 

 そう言って、紅夜は2人へと振り向く。

 右目が蒼、左目が赤と言うオッドアイになった目が、2人を真っ直ぐ見つめる。

 その姿から感じられる威圧感に圧倒され、生唾を飲み込みつつ、2人は次の言葉を待つ。

 

『これから俺等は、黒森峰の軍団に突っ込んでいく。去年の同好会試合の時と比べりゃ、戦力は当時の3倍以上だ、下手すりゃ怪我するかもしれねぇ…………覚悟は出来てるか?』

 

 そう言われ、静馬と大河は互いに顔を見合わせる。

 少しの沈黙の後に頷き合い、紅夜へと視線を戻した。

 

「勿論よ、隊長」

「怪我するかもしれねぇだァ?上等じゃねぇかよ。そんなんで尻込みする程、俺等は小心者じゃねぇぜ!」

 

 2人からの返答に、紅夜は満足そうに頷く。

 すると、3輌の戦車其々のエンジンが、自分達のやる気を見せつけるかの如く咆哮を上げる。

 

「私のパンターも、やる気満々みたいよ」

「俺のイージーエイトもな。こりゃあ、大暴れする時は期待大だぜ!」

 

 自分達の戦車の咆哮を聞いた2人が力強く言い、それを聞いた紅夜は満足そうに頷く。

 

『さて………………それじゃあ、そろそろ大暴れしてやるか』

 

 そう言うと、紅夜は視線を前に向け、目を瞑る。

 緑から蒼へと変わった長髪が噴き上がるオーラに靡き、我が愛車――ISー2――のエンジンの唸りも聞こえてくる。

 そして、閉じていた両目をカッと見開き、紅夜は声を上げた。

 

『All tanks,let's move out(全車、出撃)!!』

「「Yes,sir!!」」

 

 紅夜の掛け声に、静馬と大河が同時に返事を返し、3輌の戦車が一斉に走り出す。角を右折すると、黒森峰の戦車隊が、出口を塞いでいるポルシェティーガーの前で足踏みしているのが見える。

 

『Charge(突撃)!!』

 

 その声と共に、3輌は一気に速度を上げて黒森峰の戦車隊に突っ込んでいった。

 

「ッ!?副隊長!レッド・フラッグが!」

 

 突撃してくる3輌の戦車に気づいたパンターG型の車長がそう言うが、真っ先に突撃してきた紅夜のISー2からの砲撃を受け、撃破される。

 

『Gotcha(よっしゃあ)!!』

 

 122㎜の砲口から白煙を上げるISー2のキューポラから上半身を乗り出した紅夜が、蒼いオーラを纏ったままそう言った。

 

「くっ!早速撃破されるとは………………全車、砲撃準備が整った車両から撃て!数の勝負なら、未だ此方が勝っている!!何としても1輌たりとも残さず撃破しろ!」

『『『『『『『りょ、了解!』』』』』』』

 

 通信を受けたエリカが指示を出し、他の戦車も砲撃準備を始め、出来次第に直ぐ様撃ち始める。

 

「簡単に喰らって堪るかってんだよォ!」

 

 次々に飛んでくる砲弾を見ながら達哉は言うと、操縦捍を操作してスタントカーの如く360度回転させながら砲弾を避け、再び突進する。

 

「なっ!?」

「ティーガーより機動力が劣ってるISー2で、あんな挙動を………………ッ!?」

「それに、あのISー2………速度が段違いに速い………ッ!」

 

 常識外れな挙動に戸惑っている中でも、紅夜達レッド・フラッグの猛攻は続く。

 今回ばかりは暴走族一歩手前の運転をしている千早が駆るイージーエイトの砲手である煌牙が引き金を引き、1輌のパンターの履帯や転輪を粉々に吹き飛ばし、破壊された履帯が吹き飛んで道に散乱する。

 

「踏み台にしてやるよ!このカメ野郎!」

 

 雅は、スコープに映るラングに向かってそう言うと、一旦フルブレーキでパンターの車体前部を沈み込ませ、次の瞬間にはアクセルを全開にする。

 急な加速による挙動で、先程まで地面と接触スレスレまで沈み込んでいたパンターの車体前部は浮き上がる。

 さらに、道に散乱していた履帯や転輪による段差に乗り上げたパンターは、雅がアクセルを一番奥にまで踏み込んでフルスロットルにまで引き上げ、さらにクラッチを乱暴に繋いだために車体前部が浮き上がり、ウィリーの要領でラングの車体側面に激突すると、そのままいとも簡単に乗り越えてしまう!

 その後、ラングは向きを変えて静馬のパンターを撃とうとするものの、横から襲いかかってきた紅夜のISー2からの砲撃を受け、あっさりと撃破される。

 

「Ha-ha!この雅様にやらせりゃあ、ざっとこんなモンよぉ!!」

 

 パンターを反転させて他の戦車へと向かわせながら、雅はそう叫んだ。

 

 

 

「さて、そろそろ1輌ぐらい吹っ飛ばしてやるか!」

 

 スモーキーチームでは、イージーエイトの砲手である煌牙がスコープを覗きながら気合いを入れていた。

 車長である大河も、キューポラから上半身を乗り出して撃破出来そうな黒森峰戦車を探す。

 すると、此方に背を向けている1輌のヤークトパンターに目が留まる。

 

「良し、最初の獲物は彼奴に決定だな………………千早、2時の方向に居る、あのヤークトパンターのケツに回り込めるか?」

「結構無茶だけど………………やってみせる!」

 

 意気込んでそう答えると、千早はイージーエイトを加速させ、例のヤークトパンターと擦れ違うと、そのまま一旦距離を取る。

 

「フフッ♪案外呆気ないものね!」

 

 10メートル程離れた場所でそう言うと、千早はイージーエイトを反転させてヤークトパンターへと向かわせる。

 

「煌牙!絶対に当てなさい!撃ち漏らすんじゃないわよ!?」

「分かってるって、任せとけ!」

 

 千早にそう返すと、煌牙はスコープを覗いて照準を合わせる。

 

「Let's give those newspapers something to write about(新聞に載せてやるよ)!」

 

 そう言っている内に、後ろから突撃してくるイージーエイトに気づいたのか、ヤークトパンターが一旦下がってから超信地旋回で正面から向き合おうとするが、その間にも、追い抜くタイミングを見計らっていた煌牙の行進射撃をエンジングリルに受け、そのヤークトパンターは撃破される。

 

「Tennessee says hello(テネシー流の挨拶だぜ)!」

 

 撃破されたヤークトパンターに、大河はそう言い放つ。

 

「嘘、だろ……?3倍の戦力があるのに、こんなにも追い詰められるなんて…………!」

 

 レッド・フラッグの3輌がハリケーンの如く暴れ回り、向かってくる戦車を車種問わず片っ端から撃破していく光景を目の当たりにした要は、そのエゲツない光景に戦いていた。

 全国大会1回戦における対戦校抽選会の日、戦車喫茶――『ルクレール』――にて自分が喧嘩を売った者が率いるチームが今、自分の目の前で、その猛威を振るっている。

 砲撃を受け、はたまた横から激突されて横倒しにされたり、弾き飛ばされる僚機からは、援護を求める声や悲鳴が、絶えず響き渡る。

 

「もう、5輌も撃破されているとは………………どうやら私は、トンでもない相手に喧嘩を売ってしまったようだな…………ッ!?」

 

 しみじみと呟いた時、突然、彼女のティーガーⅡが激しく揺れる。

 砲塔側面の装甲に、ISー2の122㎜砲弾が叩き込まれたのだ!

 砲撃を仕掛けたISー2は、そのままティーガーⅡの横を通り過ぎていく。

 

「ぐうっ!?………人が考え事をしている時に……………ッ!照準を、あのISー2に合わせろ!せめて1発でも撃ち返すぞ!」

「は、はい!」

 

 要の指示を受け、彼女のティーガーⅡの砲手が砲塔を回転させる。

 

「照準、敵ISー2に合わせました!」

「良し!撃てェッ!!」

 

 要の掛け声と共に、砲手が引き金を引く。

 強烈なマズルフラッシュや爆音と共に放たれた88㎜砲弾は、砲口転換しようとしていたISー2の砲塔側面にぶち当たり、その衝撃でISー2は曲がりきれず、そのまま建物に突っ込む!

 物凄い衝突音と共にISー2は砂埃の向こうに消える。

 それから間を入れずして、ガラガラと大きな音が聞こえてくる。

 恐らく、衝撃で建物の天井や壁が壊れたのだろう。

 

『ぐああっ!?』

 

 そして、落ちてきた天井の煉瓦などが、キューポラから上半身を乗り出していた紅夜の頭に直撃する。

 

『あークソッ!あの野郎、やりやがったなァ!?』

 

 落ちてきた煉瓦などで負傷し、頭から血を流しながら、紅夜はそう言う。

 

『達哉ァ!その壁を突き破って外に出ろ!!あの虎野郎を吹っ飛ばしてやる!!』

「あいよ!」

 

 紅夜の指示を受け、達哉はアクセルを踏み込む。

 それによって、ISー2は建物内の部屋にある机や椅子、ランプなどの家具や、部屋同士を隔てる壁など、全てを豪快に弾き飛ばし、はたまた履帯で踏み潰し、はたまた体当たりで突き破りながら速度を上げていき、終いには壁を突き破り、煉瓦や窓ガラスの破片をぶちまけながら外に出る。

 

『ティーガーⅡの車長!ツケを返しに来たぞ!!!』

 

 壁を突き破った事によって飛んできた、煉瓦や窓ガラスの破片などで頬に切り傷を作り、眉間に1本の血の筋を描いた紅夜は、要に向かって怒鳴る。

 

 傷だらけになりながらも、紅夜の闘志は弱まる事を知らず、寧ろ、さらに燃え上がっていた。

 心なしか要には、紅夜の身体中を蒼白い稲妻が迸っているように見えた。

 

 相変わらず噴き上がるオーラに威圧されるも、其処で及び腰になってなるものかと自分に鞭打ち、真っ直ぐに紅夜を見返す。

 

「上等だ、レッド・フラッグ!かかってこい!」

『そう来ねぇとなァ!!』

 

 狂気に満ちた笑みを浮かべながら言う紅夜を乗せたISー2は、615馬力へと引き上げられたエンジンの咆哮を其処ら中に響かせ、マフラーから炎を噴き上げながら、要のティーガーⅡへと襲い掛かるのであった。



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第104話~最後の大暴れ!そして、運命のアナウンスです!~

 みほとまほによる一騎討ちが行われている、中央広場へ通じる唯一の入り口の前では、紅夜達レッド・フラッグと、黒森峰の戦車隊による激しい戦車戦が繰り広げられていた。

 奇襲とばかりに突っ込んできたレッド・フラッグは、黒森峰の戦車隊にの中に飛び込み、そのまま台風の如く暴れ回る。

 

 次々と黒森峰の戦車が撃破されていく中、要の乗るティーガーⅡが発砲した砲弾が、旋回中だった紅夜のISー2の砲塔側面に命中。

 それによって、上手く曲がりきれなくなったISー2は建物へと突っ込み、それによって落ちてきた煉瓦などで、紅夜が負傷する。

 だが、それによって闘志がさらに燃え上がった紅夜を乗せたISー2は、建物の壁を突き破って外に出ると、要のティーガーⅡに襲い掛かるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『撃てェッ!!』

 

 その掛け声と共に放たれた122㎜砲弾が、要のティーガーⅡの砲塔側面を掠り、車内が大きく揺れる。

 

「ぐうっ!?…何て威力だ………ッ!」

 

 大きな振動で頭をぶつけそうになりながらも、要は砲撃の指示を出す。

 爆音やマズルフラッシュと共に88㎜砲弾が放たれるものの、それはISー2が瞬時に避けた事によって当たらずに終わり、先程、雅が駆るパンターに踏み台にされ、そのままISー2によって撃破されたラングの案内輪に命中し、案内輪を粉々に吹き飛ばす。

 

 2輌の戦車による乱闘染みた戦闘が繰り広げられている中でも、パンターやイージーエイトも暴れ回っていた。

 スモーキーのイージーエイトがエリカのティーガーⅡに近寄り、大して意味は無いと分かっていながらも、砲塔側面に向かって76,2㎜砲弾を叩き込みつつ、主砲同軸の機銃を撃ち、副武装であるブローニング機関銃――M1919――の7,62㎜弾を当てていく。

 副操縦手の深雪も車体部分の、機銃を用いて応戦する。

 深雪が撃つ機銃弾は、ティーガーⅡの転輪に命中し、小さな傷を作っていく。

 

 だが、ティーガーⅡの装甲は非常に頑丈だ。少なくともイージーエイトの主砲など、あっさりと弾いてしまう。

 はっきり言ってしまえば、履帯やエンジングリルに当たりさえしなければ、怖くも何ともないのだ。

 だが、既に自分のチームの戦車を4輌も撃破したのに加え、反撃しようとすれば、普通ではあり得ない挙動で逃げ回ると言う光景を見せられたエリカは頭に血が昇っており、兎に角目障りな敵戦車を撃破しようと言う事しか頭に無かった。

 

「何時までも………………調子に乗るんじゃないわよ!!」

 

 その一言と共に放たれた88㎜砲弾は、イージーエイトの車体側面に命中する。

 元々至近距離だったのもあってか、イージーエイトは派手に吹き飛ばされ、既に撃破された1輌のパンターに激突して動きを止め、やがて、撃破を示す白旗が飛び出す。

 

《大洗女子学園所属、レッド・フラッグ。シャーマン・イージーエイト、行動不能!》

 

 そして、それを知らせるアナウンスが響き渡った。

 

『クソッ!スモーキーがやられた!』

 

 動き回るISー2のキューポラから上半身を乗り出し、横倒しになって黒煙を上げているイージーエイトを見ながら、紅夜は声を張り上げた。

 

『すまねぇな、祖父さん。やられちまった』

 

 耳につけられたヘッドフォンから、大河の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

 それを聞いた紅夜は、首を大きく横に振って言った。

 

『そんなの別に良い!怪我は!?』

『大丈夫だって、全員無事だ』

 

 その言葉に、紅夜は安堵の溜め息をついた。

 あれだけ派手に吹き飛ばされたとなれば、怪我人が出てもおかしくはない。だが、今回はそれが出なかったと言うのは、幸運とも言えよう。

 

『見ての通り、イージーエイトはやられちまった、もう戦えねぇ………………つー訳で、仇討ち頼むぜ?』

 

 何時か、戦車道を復活させたばかりの大洗チームと試合をした時にも聞いた言葉に、紅夜は吹き出しそうになるのを何とか堪えつつ頷く。

 

『ああ、勿論だ………………任せろ』

 

 そう言って通信を切り、紅夜はエリカのティーガーⅡを睨んだ。

 

『ルクレールでの奴……確か謙譲とか言ったかな……彼奴のもそうだが、副隊長さんのティーガーⅡも、派手に吹っ飛ばしてやらなきゃな………………達哉!』

「Yes,sir!!」

 

 紅夜が言おうとしている事を察した達哉は、アクセルを踏み込んでISー2を加速させ、操縦捍を操作してUターンさせると、2輌のティーガーⅡへ向かって突っ込んでいく。

 

「副隊長!レッド・フラッグ隊長車が向かってくるぞ!!」

 

 それに気づいた要が叫ぶと、イージーエイトに次ぐ獲物としてレイガンのパンターを狙おうとしていたエリカは、正面から突っ込んでくるISー2へと向き直る。

 

「あの戦車だけは本当に厄介だわ………………片付けるわよ、要!」

「ああ!」

 

 そうして、2輌のティーガーⅡも動き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃の中央広場では、みほ達あんこうチームのⅣ号と、まほのティーガーⅠによるタンクチェイスが繰り広げられていた。

 逃げ回るⅣ号をティーガーが追い、比較的ティーガーよりも勝っている機動力を活かして差を引き離し、上手くティーガーと擦れ違う形に持ち込んでは発砲するものの、やはり避けられる。

 そうしている間にも、ティーガーの攻撃によって車体右と砲塔右のシュルツェンが破壊される。

 

「こうしている間にも、レッド・フラッグの皆が危ない………」

 

 後ろから追ってくるティーガーを睨みながら、みほはそう呟いた。

 彼女等は先程のアナウンスで、スモーキーのイージーエイトが撃破されたと言う事を知らされた。

 スモーキーが撃破される前に4輌撃破したのは良いが、それでも戦力は未だ、相手の方が優勢と言うのは事実。

 そんな中で戦車1輌を失うのは、相当な痛手となるだろう。

 

「このまま戦っても、何の進展も見られない……なら、此方から動くしかない!」

 

 みほは何かを決心すると、彼女の乗員に指示を出し、最後の勝負に出るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 中央広場への入り口の前では、紅夜のISー2が、エリカと要のティーガーⅡを相手に暴れ回っていた。

 達哉の常識離れした操縦捍捌きによって、ドイツ重戦車の中では最強と呼ばれたティーガーⅡを、2輌同時に相手取っている。

 携行弾数が少ないISー2は、厚さ10㎜の装甲スカートに守られているシャーシ部分をティーガーⅡのシャーシ部分にぶつけ、そのまま火花を散らしたまま通り過ぎていく。

 それを何度も繰り返す内に、彼女等の愛車は足回りに異常を来す。

 何度もぶつけられる内に、履帯や転輪が傷ついたのだ。それに黒森峰の重戦車軍団は、圧倒的な攻撃力と防護力を持つ代わりに、『足回りが壊れやすい』と言う欠点を抱えていたのだ。

 大洗チームが川を渡る前、それを追おうとしていたエリカのティーガーⅡの足回りが1度壊れたように、元々プラウダ高校への対策としていた重戦車運用が、此処でも裏目に出ていた。

 おまけに、《ふらふら作戦》によって逃げ回るⅣ号やポルシェティーガー、八九式を追い回したり、現在も、自分達を翻弄するISー2を追うために無茶な旋回や、急停車・急発進を繰り返しているのだ、足回りへの負担はかなりのものと言えるだろう。

 

「何度もぶつけられては、流石に履帯が持たなくなる………早めに奴を撃破しなければ………ッ!」

 

 そう呟く要を乗せたティーガーⅡは、傷ついた足回りに鞭打って向きを変え、さらに砲塔を旋回させてISー2を執拗に狙い、発砲する。

 

「また撃ってきやがったが………………そう簡単に当たるかってんだ!!」

 

 砲撃音に気づいた達哉はそう言うと、アクセルペダルから足を離し、ブレーキペダルを一気に踏み込む。

 ISー2は、車体前部を沈み込ませて速度を落とし、砲弾を避ける。

 その後も、彼等の行動を先読みした砲撃が次々と仕掛けられ、その砲弾は建物へと命中し、建物の壁を粉微塵に吹き飛ばし、それによる瓦礫の雨を降らせる。

 

『達哉ァ!あんな瓦礫に構う事ァねぇ!構わず突っ切ってやれ!!』

「Yes,sir!!」

 

 紅夜に言われた達哉は、指示通りにギアを入れてアクセルを踏み込み、瓦礫の雨目掛けて突っ込んでいく。

 砲塔や車体、砲身に瓦礫が当たる音を鳴らしながら、ISー2は瓦礫の雨を突っ切った。

 それにより、瓦礫の雨は紅夜に次々と当たる。

 

『イテテテテ………………やっぱあの中突っ切ったらクソ痛ェわなァ………………』

 

 紅夜はそう言って、瓦礫が当たった部分を擦った。

 頭や頬、手の甲からは血を流し、パンツァージャケットの袖を捲ると、腕は痣だらけになっていたが、彼は気にも留めない。

 再び達哉に指示を出し、要のティーガーⅡに襲い掛かる。

 要は、砲手に狙い撃つように指示を出すものの、指示を出す以前に、ISー2は装甲スカートをティーガーⅡの左シャーシ部分へと激しく接触させ、火花を撒き散らしながら突っ切っていった。

 その際に要は、紅夜がかなりの怪我を負っている事に気づいた。

 

「な、何て奴だ………あれだけの怪我を負いながら、未だやると言うのか………!?」

 

 突っ切った先で反転し、再び此方へと向かってくるISー2を見ながら、要はそう呟く。

 突っ込んでくるISー2の後ろでは、パンターが他の3輌の戦車を相手取っていた。

 傷だらけの紅夜とは対照的に、静馬は殆んど傷ついていなかった。

 

「和美!左に居るラングを吹っ飛ばしなさい!」

 

 静馬がそう指示を出すと、雅はパンターをラングの背後に回り込ませる。

 そして、和美が瞬時に照準を合わせ、間を入れずに引き金を引く。

 放たれた75㎜砲弾は、ラングのエンジングリルに直撃し、ラングは黒煙を上げて動きを止め、そのまま撃破を示す白旗が飛び出す。

 さらに、向かってきたパンターG型と正面からぶつかり合う。

 型は違えども、同じ車種である戦車同士の戦いは熾烈を極めていた。

 その際中で、G型の援護に来たヤークトパンターを撃破し、その後、向かい合った2輌のパンターは、互いの獲物目掛けて突進し、激突して後ろへと跳ね返った瞬間に、最後の1発を撃つ。

 爆発音と共に黒煙が噴き上がり、その後、白旗を上げている2輌のパンターが姿を現した。

 結果は相討ちだったのだ。

 

《大洗女子学園、レッド・フラッグ。パンターA型、行動不能!》

 

 その直後に、パンターの行動不能を知らせるアナウンスが響き渡る。

 とうとう、残されたレッド・フラッグの戦車は、紅夜達ライトニングのISー2、ただ1輌となった。

 

『遂に、残ったのは俺等ライトニングだけか………………』

 

 黒煙を上げるパンターのキューポラから上半身を乗り出し、此方へ向かってすまなさそうな表情を向ける静馬を、微笑み掛ける事で労った紅夜は、自分達に残された2つの獲物を睨みながら呟いた。

 

 2輌のティーガーⅡは、相変わらず此方へ主砲を向けている。

 

『こっから先は、コイツの出番はねぇな………』

 

 そう呟くと、紅夜はヘッドフォンとタコホーンを外す。

 

「俺等の、最後の大暴れだな………隊長」

『ああ……』

 

 そう声を掛けてくる勘助に、紅夜は頷いた。

 いつになく勢いを失い、先程まで溢れ出ていた蒼いオーラが消え、元の緑髪と赤い瞳に戻った紅夜に、檄を飛ばしてくる者が居た。

 

「そんなシケたツラ提げてんじゃねぇよ紅夜!さっきまでの勢いは何処行きやがった!?そんなシリアスなツラ、テメェには似合わねぇだろうが!現役の頃みてぇに、思いっきり無茶な命令かましやがれ!どんなに滅茶苦茶な運転だって成し遂げてやるぜ!!今の俺等には敵無しだァ!」

 

 ISー2操縦手の達哉だった。

 

 相変わらず乱暴な運転を続け、エリカ達からの砲撃を避けながら怒鳴ると、そのまま紅夜の方を振り返り、不敵な笑みを浮かべながら、親指を立ててみせる。

 

「達哉の言う通りだぜ、隊長」

 

 今度は翔が話に入ってくる。

 

「砲弾だって、散々ケチりまくったから半分近く残ってんだ、撃てるだけ撃ちまくってやるよ」

「それもそうだが、俺が装填しねぇと撃てねえってのを忘れんなよ?翔」

 

 スコープを覗きながら力強い声で言う翔に、勘助が言う。

 そんな光景に微笑み、紅夜は一旦車内に身を引っ込めると、置かれていたリュックサックからレッド・フラッグの帽子を取り出すと、深く被り、前を向いた。

 

「………………ISー2操縦手、辻堂達哉」

「おう!」

 

 紅夜の呼び掛けに、達哉は操縦捍を操作しながら答える。

 

「砲手、風宮翔」

「あいよ、隊長」

 

 引き金に指をかけたままにしながらも、スコープから顔を離した翔が振り向いて答える。

 

「装填手、藤原勘助」

「おう」

 

 そして、何時でも装填出来るようにと、弾薬庫から122㎜砲弾を取り出して構えていた勘助も答えた。

 

 長年共に戦ってきた親友達の顔を順に見終え、紅夜は最後に、ある人物の名を呼んだ。

 

「黒姫」

『うん!』

 

 明るい返事と共に、黒姫が紅夜の目の前に、実体化して現れた。

 勘助や翔が見えなくならないよう、宙に浮いた状態で………………   

 

「大洗女子学園所属戦車道特別チーム《RED FLAG》隊長兼、レッド1《Lightning》車長として命じる……敵戦車を殲滅しろ………………これが、この試合での最後の命令だ!」

 

 その言葉に、他の4人は互いに顔を見合わせる。

 そして頷き合うと、一斉に言った。

 

「「「「Yes,sir!!!」」」」

 

 その言葉に満足げに頷くと、紅夜は血が治まりつつある両方の頬を打ち、気合いを入れ直す。

 

「っしやぁ………………『行くぜェェェェェェエエエエエエエッ!!!!』」

 

 紅夜がそんな雄叫びを上げ、再び蒼いオーラを纏ったのと同時に、達哉はISー2を反転させて2輌のティーガーⅡへと向かわせる。

 

「先ず1発目ェ………………喰らいな!」

 

 翔はそう言って、瞬時に照準をエリカのティーガーⅡに合わせて引き金を引く。

 放たれた122㎜砲弾は、ティーガーⅡの砲口へと真っ直ぐ飛んでいき、あろう事か、そのまま砲口へと突っ込んだのだ!

 命中した砲口から砲身の半分近くまでが裂け、エリカのティーガーⅡは、砲撃不可能になる。

 

 それによって、エリカのティーガーⅡの車内が軽いパニック状態に陥っている隙に、ISー2はエリカのティーガーⅡの直ぐ横を突っ切っていき、再び反転してティーガーⅡの背後を取ると、再び発砲して122㎜砲弾をエンジングリルに叩き込む。

 爆発音と共に黒煙を噴き上げ、エリカのティーガーⅡから撃破を示す白旗が飛び出した。

 

『残り1輌!何としてもぶっ潰すぞテメェ等!!』

「「「Yes,sir!!」」」

 

 そんなやり取りを交わし、ISー2は要のティーガーⅡのシャーシ部分に装甲スカートをぶつけ、また激しく火花を散らしながら通り過ぎ、距離を取る。

 その直後、何度もぶつけていたためにダメージが蓄積していたのであろう、ISー2の右の装甲スカートが壊れ、車体から綺麗に外れた。

 地面に叩きつけられた後に倒れ、ガシャン!と大きな音が響く。

 それも意に介さず、ISー2は反転してティーガーⅡへと襲い掛かる。

 

 それまでの砲撃戦で破壊された建物の残骸を蹴飛ばし、615馬力のエンジンの咆哮を響かせ、車体後部の両サイドにあるマフラーから勢い良く炎を噴き上げながら向かっていくISー2は、先ず、ティーガーⅡと正面衝突する。

 その拍子にフェンダーが壊れ、左の装甲スカートも壊れて外れる。

 その後、直ぐに後退して若干の距離を取り、1発。

 砲弾は主砲同軸の機銃に命中し、破壊する。

 

 そしてティーガーⅡの横を突っ切って距離を取る。

 その行動を見た要は、紅夜達がやろうとしている事を悟った。

 

「副隊長のを撃破した時のようにやるつもりか………………だが、そう簡単にやられるとは思うなよ、レッド・フラッグ!」

 

 要はそう言うと、操縦手には、前進して距離を取り、砲手には、砲塔を旋回させるように指示を出す。

 その指示は直ぐに実行され、ティーガーⅡはマフラーから白煙を噴き上げながら動き出す。そして蛇行し、狙いを定められないようにする。

 それで時間を稼いでいる内に、砲手が主砲を後ろへと向け終える。

 

「ありがとう。もう此処で良い、停めてくれ」

 

 要がそう言うと、操縦手はティーガーⅡを停車させる。

 

「さて、後は君に任せたよ」

「はい!」

 

 要が言うと、操縦手の少女から返事が返される。

 後ろを向いた砲塔のキューポラから上半身を乗り出し、要は此方のエンジングリルを狙った状態で停まっているISー2へ向かって叫んだ。

 

「さぁ来い、レッド・フラッグ!最後の勝負だァ!!」

 

 その声と共に、紅夜のISー2が走り出す。

 そして、ある程度近づいてきた時………………

『「撃てェ!!!」』

 

 2人の車長が、同時に砲撃命令を出す。

 そして、同時に放談が放たれ、ISー2から放たれた122㎜砲弾は、ティーガーⅡのエンジングリルへ、ティーガーⅡから放たれた88㎜砲弾は、ISー2の砲塔リングへと叩き込まれる。

 互いに至近距離で発砲したからか、砲弾は両者共に命中する。

 その衝撃で、要のティーガーは車体後部が軽く浮き上がり、エンジングリルから黒煙を噴き上げ、遂に行動不能を示す白旗が飛び出す。

 紅夜のISー2は、砲弾が叩き込まれた砲塔リングから黒煙を噴き上げ、行動不能を示す白旗が飛び出した状態で車体前部が軽く浮き上がると、コントロールを失って建物へと突っ込む。

 衝突の音が大きく響き、突っ込んだ部分がガラガラと音を立てながら崩れ、砂埃が巻き上がる。

 

《黒森峰女学園、ティーガーⅡ。大洗女子学園、レッド・フラッグ。ISー2、行動不能!》

 

 そんなアナウンスが響いた直後、今度は中央広場から爆発音が響き渡る。

 余程凄まじい爆発だったのか、未だにレオポンが放置されている中央広場への入り口から、爆発によるものなのであろう黒煙が噴き出ていた。

 

 

 

 

 そして、運命のアナウンスが、その場に居る者全員の耳へと入ってくるのだ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《黒森峰女学園フラッグ車、行動不能。よって………………大洗女子学園の勝利!》 



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第105話~決着です!~

 試合終盤で大怪我を負う紅夜君。その安否や如何に!?


 ………………え?ツッコミ所が多すぎる?HAHAHA、ナンノコトカナァー?(すっとぼけ)


 そのアナウンスが響き渡ったのは、ホンの少し前の事。

 丁度、残された紅夜達ライトニングが、2輌のティーガーⅡを相手に暴れ回っていた時の事だ。

 

 まほの乗るティーガーⅠとの壮絶なタンクチェイスは、両チームが最初に対峙した広場に出てきた事で終わる。

 広場の中央に置かれている銅像を挟むようにして、両チームの戦車が睨み合う。

 この広場に出る前に、みほはティーガーⅠを撃破するにあたっての作戦を、乗員に知らせていたのだ。

 彼女等を囲む建物の向こうからは、怪物のようなISー2のエンジン音や砲撃音が響き、砲弾が命中した建物がガラガラと崩れる音が聞こえてくる。

 

 その最中、一際大きな音と共に、建物の壁が爆(は)ぜた。

 

「「!?」」

 

 その轟音に、姉妹は揃って音の主を見る。

 彼女等の視線の先で立ち上る砂埃が晴れると、両サイドの装甲スカートが外れ、それまでの激しい戦車戦で、砲塔や車体のあちこちが傷だらけになり、その壁を突き破ったからであろう、砲塔上部に瓦礫を被ったISー2が現れた。

 その次の瞬間には、行動不能を示す白旗が飛び出し、それを知らせるアナウンスが響き渡る。

 

「そんな……紅夜君…………ッ!」

 

 みほは、姿を見せないISー2の車長の名を呟く。

 すると、その声に返事をするかのように、瓦礫が押し退けられ、紅夜が姿を現す。

 気だるげな溜め息をつきながら突っ伏す紅夜だが、その際に此方を見るみほを視界に捉えると、半分を血で染めた顔で微笑み、親指を立ててみせた。 

 

 それは、『後は任せた』と言う、彼なりのメッセージだった。 

 

 みほは頷き、前方に居る姉を見据えた。

 

「この一撃は、皆の思いを込めた一撃………………ッ!」

 

 スコープを覗いた華が、そう呟く。

 

「前進!」

 

 そして、みほの指示と共に、操縦手の麻子はⅣ号を急発進させ、銅像の周囲を走らせる。

 そう。彼女等はグロリアーナとの試合で、ダージリンのチャーチルを仕留めようとした時と同じやり方で決着を着けようとしているのだ。

 

 みほの考えている事を察したのか、まほはティーガーⅠの操縦手に指示を出し、背後を取らせないように超信地旋回させる。

 

「グロリアーナとの試合では失敗したけど、今度は必ず………………ッ!」

 

 超信旋回によって、88砲の砲口を此方へと向けるティーガーⅠを睨みながら、みほはそう呟く。

 そして、麻子の操作でⅣ号が横滑りを始めた時………………

 

「撃て!」

 

 その指示を受け、華は75㎜砲弾をティーガーの車体前部の左側に叩き込む。

 

「撃て!」 

 

 それに続いてまほも指示を出し、放たれた88㎜砲弾は、残されていた砲塔左側のシュルツェンを吹き飛ばす。

 そして、横滑りしたままティーガーの背後を取ろうとするⅣ号の履帯と地面との接地部からは火花が飛び散り、挙げ句には右の履帯が千切れ飛び、案内輪も幾つか外れて飛んでいく。

 超信地旋回では追い付かないと悟ったまほは、今度は砲手に指示を出して砲塔を後ろへと回させる。

 そして、Ⅳ号がティーガーの背後を取り、エンジングリルに砲口を突き付け、まほのティーガーが、Ⅳ号の車体前部の装甲へ砲口を突き付けた直後、両者共に発砲。爆発音が響き渡ると共に、辺りを黒煙が包み込む。

 そして、その黒煙が晴れようとしている中、ジリジリと、何かが焼けるような焼けるような音が聞こえ始める。

 黒煙が完全に晴れると、被弾部から発火しているⅣ号とティーガーの姿が鮮明に映る。

 結果を見る勇気が無いのか、みほがキューポラに顔の半分を引っ込めている中、対照的に上半身を乗り出しているまほは、暫くの沈黙の後、その目を閉じた。

 みほが車外に身を乗り出すと、ティーガーの車体後部から白旗が出ているのが見えた。

 

《黒森峰女学園フラッグ車、行動不能。よって………………大洗女子学園の勝利!》

 

 そして、彼女等の勝利を知らせるアナウンスが響き渡り、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべながら、あんこうチームの乗員がハッチを開け、車外へと顔を出し、白旗が出ているティーガーを視界に捉え、自分達が勝ったと言う状況を飲み込んだ。

 

「凄い………………凄いよ、みぽりん!勝ったよ私達!」

 

 そして、感極まった沙織がみほへと抱きついたが、当の本人は、未だ唖然としている。

 

「か、勝ったの…………?」

「ええ!勝ったんですよ、西住殿!」

「そうですよ、みほさん!」

「ん…………勝った」

 

 そんなみほに、優花里、華、麻子が順に声を掛け、段々と、みほの表情に喜びの色が浮かび上がる。

 

『よぉ、隊長………俺だ………』

 

 其処へ、紅夜からの通信が入ってくる。

 

「ッ!紅夜君!」

 

 みほは声を張り上げ、先程壁を突き破って出てきたISー2の方へと向き直る。

 その視線の先には、先程まで外していた通信機セットを再び身につけた紅夜が、タコホーンに指を当てながら此方を見て微笑んでいるのが見えた。

 

「やったよ、紅夜君!勝ったよ!」

『おう、やったな………やってくれると、思ってたぜ………』

「………………?紅夜君、どうしたの?辛そうだよ?」

 

 興奮して言うみほだが、返される返答が喘ぎ喘ぎなのを疑問に思い、安否を訊ねる。

 

『さぁ、どうだろうなァ………………取り敢えず、生きてるとだけ……言っとくぜ』

「え?ちょ、ちょっと紅夜君!?」

 

 それだけ言って通信を切る紅夜に、みほは何度も呼び掛けるが、返事が返されない。

 

「みほさん、どうしました?」

 

 そんなみほを不思議に思った華が訊ねるが、その質問には、取り敢えず『何でもない』とだけ答え、やって来た回収車に引っ張られるⅣ号の車内で、互いの健闘を労うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、撃破された他のチームメンバーは、初めの待機場所に居た。全員、今回の優勝に、興奮の色を隠せない様子である。

 それもそうだ。何せ彼女等は、去年まで戦車とは全く無縁な生活を送ってきた、所謂素人集団。

 そんな寄せ集めの自分達が全国大会に出場し、戦力が相手より遥かに少ないと言う大きなハンデを抱えながらも数々の強豪校を打ち破り、最終的には優勝の座にまで上り詰めたのだ。これで興奮しない方がおかしいと言うものであろう。

 

 そんな彼女等の元へ、Ⅳ号を引っ張ってくる回収車が姿を現す。

 

「あ!帰ってきた!」

 

 それにいち早く気づいた典子が走り出し、他のメンバーもその後に続き、回収車の停車と共に動きを止めるⅣ号の周りに集まってくる。

 みほ達はⅣ号から降りると、夕日の光を受ける彼女等の愛車を眺める。

 

「この戦車でティーガーを………………」

「ええ」

「お疲れさまでした」

 

 Ⅳ号戦車でティーガーを撃破した事をしみじみと思い出す優花里に華が相槌を打つと、沙織がⅣ号へと労いの言葉を投げ掛ける。

 

「西住!」

 

 すると、背後から桃の厳格な声が掛けられる。

 振り向くと、微笑みながら見ている杏と、最早本気で泣き出す一歩手前状態な柚子、そして、何とか感情が爆発するのを堪えている桃が立っていた。

 

「西住………この度のお前達の活躍においては、何て言えば良いのか分からん………でも、本当に………本当に………あ、ありが………………うわぁぁぁあああああっ!!!」

 

 だが、結局は堪えきれず、桃は火がついたように泣き出す。

 

「もぉ~、桃ちゃんってば、泣きすぎだよぉ…」

 

 柚子は涙を浮かべながらも、大泣きする桃の目から溢れ出る涙をハンカチで拭った。

 其処へ、それまで何も言わなかった杏が、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「西住ちゃん………これで学校、廃校にならずに済むよ………」

「はい」

 

 そう言う杏に、みほは返事を返す。

 

「私達の学校、守れたよ!」

「………………はい!」

 

 続けて投げ掛けられる言葉に、みほは、より一層大きな声での返事を返す。

 その次の瞬間には、杏は小柄な体を力の限り跳び跳ねさせ、みほへと抱きついた。

 

「ありがとね……本当に……ッ!」

「いえ…………私の方こそ、ありがとうございました」

 

 礼を言ってくる杏にそう言って、みほは抱き返す。

 

「ん?そう言えば、ジェノサイド達は何処だ?」

 

 そんな中、紅夜達が居ない事に気づいたエルヴィンが言い、他のメンバーもそれを思い出す。

 

 メンバーが辺りを見回し始めると、もう1台の回収車に引っ張られてきたISー2が、彼女等の前に停まる。

 

 そして、先にレイガンやスモーキーのメンバーがISー2へと近づき、それに続いて、みほ達もISー2を囲むが、そこで彼女等は、損傷が激しいISー2の姿を目の当たりした。

 履帯を守っていた装甲スカートは両方共外れており、それらをつけていた部分には、千切れ飛んだ際の傷がついていた。

 さらに砲塔周囲や砲身、そして車体にも、瓦礫の雨の中を突っ切ったり、建物の壁を突き破ったり、はたまた敵戦車に体当たりを仕掛けた際の傷が刻み込まれていた。

 チームのエンブレムである、風に靡く赤い旗が描かれたフェンダーも、綺麗に外れてしまっており、砲身に白いペンキで書かれている《Lightning》の文字も、傷であちこち消えかけていた。

 

『『『『『『『『『『………………』』』』』』』』』』

 

 一同は、そんなボロボロになったISー2を前に言葉を失いながらも、紅夜達が出てくるのを待った。

 だが、キューポラは閉められており、中からライトニングの乗員が出てくる気配も感じられない。

 

 何かあったのではないかと、一同に不安が走った時、キューポラが開き、蒼い髪がひょっこりと顔を出す。

 次に、横顔を隠すように腕も出てきて、天板に乗せられる。

 そして遂に、紅夜が顔を出し、メンバーは安堵の溜め息をつく。

 

「こ、紅夜!?」

『『『『『『『『『ッ!!?』』』』』』』』』

 

 だが、その横顔を見た静馬が悲鳴に近い声を上げた事により、メンバーの表情は安堵から疑問へと代わり、次の瞬間には驚愕に染まる。

 何故なら、その横顔の、本来なら肌色である筈の部分が赤く染まっているからだ。 

 それも、夕日で赤くなっているのではなく、『血』で赤くなっているときものだから尚更だ。

 

「………………」

 

 紅夜は何も言わないまま、他のメンバーの方へと振り向く。

 顔の左半分が血で赤く染まり、左目も閉じられている状態で、彼は微笑み掛ける。

 そして、辛そうに唸りながら車外へと身を出して降りようとするが、上手く力が入らず、そのまま落ちて地面に叩きつけられる。

 

「イテッ!?」

「ッ!紅夜!」

 

 それを見た静馬は、呻きながら地面を這いずってISー2の履帯部分に凭れ掛かり、痛々しい姿を晒している、幼馴染みであり、想い人である紅夜の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫なの!?そんなに酷い怪我をして!」

 

 そして大声で呼び掛け、紅夜の安否を確かめようとするが、当の本人は、辛うじて開いている右目を閉じようとしていた。

 先程まで蒼く染まっていた髪も、今ではもう、元の緑髪に戻っており、右目も蒼から赤に戻っていた。

 

「紅夜!?ねぇ、返事してよ!紅夜!」

 

 これだけの怪我を負えば、死んでもおかしくはない。そう思い、彼が死ぬかもしれないと言う恐怖に駆られた静馬は、その声に涙声を含ませながら彼の名を叫び、揺さぶる。

 そして、漸く状況を理解した他のメンバーも不安げな表情を浮かべ始めた時………………

 

「おい、揺さぶんじゃねぇよ静馬………クソ痛ェじゃねえかよ………………」

 

 苦しそうにしながら、紅夜がゆっくりと右目を開ける。

 

「紅夜!紅夜ぁ!」

 

 彼が死んでいなかった事を喜び、静馬は紅夜をキツく抱き締め、泣き出す。

 

「良かった………………本当に良かった!貴方が、死ぬかと思ったじゃないの!馬鹿!馬鹿ぁ!」

「ハハッ、馬鹿ほざきやがれ…………俺が、死ぬ訳ねぇだろうがよ………………」

 

 そう言って微笑むと、紅夜は尚も泣き叫ぶ静馬を抱き返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても…………ホントにズタボロだな、祖父さん」

 

 救護テントにて、ベッドに寝かされている、頭や腕に包帯を巻かれている紅夜に近づき、買ってきたのであろうスポーツドリンクのペットボトルを渡すと、大河は言った。

 

 あの後、静馬が泣き止むのと同時に、達哉が呼んだ救護班の係員が2名、担架を持って駆けつけ、紅夜は救護テントへと搬送された。

 本人は強がって、『自分で立てる』と言い張るものの、メンバー一同から怒られ、そのまま連れていかれ、今に至るのだ。

 

「ああ………………今思えば、まさにその通りだぜ」

 

 渡されたスポーツドリンクのペットボトルの蓋を開けながら、紅夜はそう返し、一口、口に含む。

 

「それで、どうだ?表彰式には出れそうか?」

「当たり前だろ?寧ろ、脱走してでも表彰式には出るぞ」

 

 そう返す紅夜に、大河は溜め息をついて言った。

 

「そんな事したらお前、静馬や西住さん達にドヤされるぞ。黒姫もスッゲー心配してたからな」

「それは恐いな」

 

 そう言って紅夜は笑い、大河もつられて笑った。

 その後、表彰式の時間となり、救護班の係員に一言掛けると、紅夜は大河の肩を借り、表彰式の舞台へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中で視点を移し、此処は、とある山奥にある洞窟。

 その奥底に佇んでいる1輌の戦車――ティーガーⅠ――の砲塔に、1人の女性が腰かけていた。

 雪女を思わせるように白く、腹に紫色の帯が巻かれた装束に身を包み、その服と同じ白髪を持つ美女だった。

 彼女は目を閉じたまま、ただティーガーの砲塔に腰かけたままだったが、やがて、ゆっくりと目を開く。

 

「今日は、非常に懐かしい気分を味わいましたね………………」

 

 そう言って、彼女はティーガーの砲塔を撫でる。

 

「あの時のが『彼』の気配なのか、それとも別人の気配なのかは分からないけど………気持ちを昂らせる、あの感覚は………………今でも、忘れられない」

 

 そう呟くと、その女性はティーガーから飛び降り、洞窟の出口へと歩き出す。

 

「貴方がこの世を去って、もう半世紀以上の年月が経っています。もう、貴方はこの世には居ない、筈なのに………………私は、貴方の気配を、感じています」

 

 そう呟きながら、彼女は歩みを進める。

 そして外に出ると、夕日が彼女を照らし、フワリと吹く一陣の風が、彼女の長い白髪を、装束のスカートをはためかせる。

 そんな風を感じながら、彼女は再び呟いた。

 

「貴方は未だ、其所に居ますか?………………

 

 

 

 

 

 

………………蓮斗」




 次で全国大会編は最後です(予定では)


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第106話~全国大会、終了です!~

 黒森峰女学園と大洗女子学園による、第63回戦車道全国大会は、大洗女子学園の勝利に終わった。

 メンバーが優勝の喜びを噛み締めている中、重症レベルの怪我を負った紅夜がISー2の中から現れる。

 メンバー全員が彼の安否を心配するものの、彼は意識を持っており、当然死ぬ事も無かった。

 運ばれた救護テントにて大河と少しの会話を交わし、表彰式の舞台へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表彰台の舞台裏に着くと、既に他のメンバーが集まっていた。

 紅夜を見たメンバーは、彼が救護テントから脱走してきたのかと問い詰めるものの、係員からの許可を得ている事を知らされ、安堵の溜め息をついた。

 

 

 

「表彰台かぁ~、随分久し振りだなぁ~」

 

 パイプ椅子に座らされた紅夜は、腕を組んでウンウンと頷きながら言った。

 

「ええ。確か最後に表彰台に上がったのは、決勝でマジノチームとぶつかった同好会の大会だったから………………」

「ざっと1年ぶりね」

 

 紅夜が勝手に動かないように、寄り添うようにしてもう1脚のパイプ椅子に座っている静馬と、その前に立っている雅が言う。

 

「1年か………………もう、そんなに経ったんだな」

 

 しみじみと昔を思い出すように言いながら、紅夜は夕焼けに赤く染まった空を仰ごうとするが、その際、みほがまほと話をしているのが見えた。

 そして2人が握手を交わすと、今度は要が近づいてくるが、前のような敵意は感じられなかった。

 要は深々頭を下げ、みほはそれを見て慌てている。恐らく、ルクレールでの事を謝っているのだろう。

 そんな光景を見て、紅夜は満足そうに微笑んだ。

 

「西住さん、お姉さんや謙譲って奴と和解出来たんだな………ルクレールの時からは考えられん光景だぜ」

 

 そして紅夜は、挨拶を終えて歩いてくるみほに声を掛けた。

 

「よぉ、西住さん。姉さん達とは仲直り出来たのか?」

「うん!」

 

 その問いに、みほは自信を持った表情で頷く。そしてあんこうチームのメンバーの元へと向かおうとしたが、何かを思い出したのか、紅夜の前に立つと、スカートのポケットから、折り畳まれた1枚の紙切れを取り出し、紅夜に差し出した。

 

「これ、かなり前に出された宿題だよ」

 

 そう言うみほから紙切れを受けとると、紅夜は折り畳まれた紙を広げる。

 広げられたその紙には、『皆で勝利を取りに行きます!』と書かれていた。

 

「成る程……これが、お前の戦車道だな……?」

 

 そう訊ねると、みほは大きく頷く。

 それを見た紅夜はフッと微笑み、その紙をまた折り畳むと、みほに返した。

 

「お前の戦車道、見せてもらったぜ………………合格」

 

 その言葉に、みほは目を輝かせる。

 

「……………ッ!うん!」

 

 そして、今度こそあんこうチームのメンバーの元へと走っていった。

 

「紅夜、さっきのって何なの?」

「あれか?あれはな………………」

 

 不思議そうに聞いてくる雅にそう言いかけ、紅夜は楽しそうに話すみほ達の方を見て言った。

 

「俺が出した宿題だよ。『西住さんなりの戦車道を見つけろ』ってな」

「へぇ~」

 

 そんな話をしていると、係の1人が走ってきて、彼等は表彰台の舞台へと上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

「これが、貴女達の優勝旗です」

 

 舞台の上にて、みほは1人の女性から優勝旗を渡される。

 意外にも重いのか、若干よろけながらも紅夜に近づいてくる。

 

「おめでとう、西住さん………………さぁ、その優勝旗を思いっきり掲げな」

  

 紅夜はそう言うが、みほは首を横に振り、紅夜に旗を近づけた。

 

「紅夜君も、持つんだよ?」

「え?なんで?」

 

 突然、自分と優勝旗を持てと言われた紅夜は、間の抜けた声を出す。

 

「なんでも何も………………ね?」

 

 有無を言わさないような雰囲気に圧され、紅夜の断ろうと言う意思は一瞬にして折れる。

 

「そっか………………んじゃ、ありがたく」

 

 そう言うと、紅夜は優勝旗の上半分を持ち、みほと共に掲げる。

 

《優勝、大洗女子学園!!》

『『『『『『『『『『『ワァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!!!』』』』』』』』』』』

 

 アナウンスが流れると共に、観客からの歓声がドッ!と沸き上がる。

 試合の土壇場で本気を出した紅夜の雄叫びに匹敵する程の歓声を受け、表彰台に立つ、大洗女子学園戦車道チームのメンバー32人と、その所属チームとされた戦車道同好会チーム《RED FLAG》のメンバー14人。計46人の少年少女達は、自分達が優勝したと言う喜びを噛み締め、歓声を浴びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな場所から離れた場所にある丘陵では、1人の女性が立っていた。

 黒いスーツに身を包み、茶髪を腰まで伸ばし、みほやまほと何処と無く似た顔つきをしている女性だ。

 彼女の名は西住 しほ。みほとまほの母親である。

 

「………………」

 

 彼女は、何も言わぬまま歓声が上がる表彰台を見つめていたが、やがて小さく溜め息をつくと、微笑みながら拍手を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………こんな気分を味わったの、久し振りだなぁ………」

 

 その頃、試合開始前の大洗チームの待機場所には、今日の試合で戦った戦車が集められていた。

 車体のあちこちがボロボロになったISー2の車内では、黒姫が車長席に座り、試合を戦い抜いた事への達成感に浸っていた。

 本来なら、彼女も表彰台に立つ予定だったのだが、そもそも彼女は人間ではなく、戦車の付喪神。よって、選手として数えられていないため、あの場に立つ訳にはいかず、留守番する事になったのだ。

 

「まぁ、いっか。家でご主人様に、一杯褒めてもらえば良いんだし」

 

 そう呟くと、黒姫は車内に置きっぱなしになった紅夜の無線機セットを手に取ると、耳にヘッドフォンを、首にタコホーンをつけると、タコホーンを指で押して通信を入れた。

 

「此方、レッド1《Lightning》。レッド2、レッド3。聞こえますか?」

『此方、レッド2《Ray Gun》。ええ、良く聞こえてるわよレッド1』

『レッド3《Smokey》。此方もちゃんと聞こえるぜ』

 

 黒姫が身につけているヘッドフォンから、勝ち気な女性の声と、ボーイッシュな女性の声が聞こえてくる。

 返事を返した声の主もまた、黒姫と同じように、戦車の付喪神だ。

 

「2人共、今日はお疲れさま」

『ええ。レッド1こそお疲れさま。土壇場で思いっきり暴れ回ったわね』

『良いよなぁレッド1は。あんなに暴れられてよぉ………俺だってあんな感じで、戦場を暴れてみたいぜ』

『現役時代はよく暴れてたじゃない』

『それとこれとは別なんだよ、レッド2』

 

 そう言い合う2人の声を聞きながら、黒姫は笑った。

 実は彼女等は、試合が終わって、メンバーが自分達から離れた間を狙って互いを労い合っていたのだ。それも、今日が初めてではなく、現役時代からずっとである。

 

『それにしても、最後で隊長が大怪我したのには驚いたわね。あんな事は今まで無かったから焦っちゃったわ』

『まぁ彼奴、試合となれば無茶しまくってナンボな奴だもんなぁ~。俺は好きだぜ?ああいう危なっかしいのは』

 

 そう言うレッド3に、黒姫は目を細めながら問いかけた。

 

「レッド3。それは『貴女と性格が似ている者』として好きなの?それとも『1人の男』として好きなの?」

『両方だ』

 

 黒姫の問いに、レッド3から即答で返事が返される。

 

『良い機会だからレッド1、隊長を俺にくれよ。こんな口調だが、カラダはちゃんとした“女”なんだ。夜のお相手ぐらいは出来るぜ?一晩中ずっと、な♪』

「黙ってなさいよ!この独眼気取りの厨二痴女!!ご主人様は私だけのご主人様なんだから!」

『それは聞き捨てならないわね、レッド1。今でこそ私の車長(コマンダー)は静馬だけど、その昔のコマンダーは紅夜だったのよ?レッド3も例外ではなくね………なら、独占する権利は無いんじゃないかしら?』

『そーだそーだ!』

「ぐぬぬ………………」

 

 レッド2からの思わぬ援護射撃に、黒姫は悔しそうに唸る。

 

 その後も『紅夜は誰のものなのか?』の話し合いは続いたものの決着は着かず、そうしている内に表彰式を終えたメンバーが戻ってきたため、その話し合いは次の機会に持ち越しとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表彰式を終え、待機場所に戻ってきたメンバーは皆、今日の試合での健闘を労い合っていた。

 紅夜はISー2のエンジン部分に座り、夕日を眺めている。

 

 すると、其処へ杏が歩み寄ってきた。

 

「紅夜君、ちょっと良いかな?」

 

 そう声を掛けられ、紅夜は目を向けぬまま頷く。

 杏はISー2のエンジングリルに手をつくと、履帯や、無事だった後部のフェンダーを梯子代わりによじ登り、紅夜の隣に腰掛けた。

 

「「………………」」

 

 そんな両者の間に、少しの沈黙が流れるが、その沈黙は、杏が声を発した事で破られる。

 

「ありがとね、紅夜君………私達のために、こんなに傷だらけになっても、戦ってくれて」

 

 そう言って、杏は紅夜に寄りかかる。

 身長的にも座高的にも高さが足りないため、紅夜の肩に頭を預けるつもりが、腕に頭を預ける結果となるが、彼女は全く気にしなかった。

 杏は膝の上に置かれた両手を動かし、紅夜の右腕を取る。

 パンツァージャケットの袖から覗く右手には、白い包帯が巻き付けられ、チラリと見えた右腕にも、包帯が巻き付けられているのが見えた。

 直接瓦礫が当たった訳ではないが、痣だらけになった状態で放置する訳にはいかないと言う、救護係の係員の配慮だった。

 

「こんなに傷だらけになっても、君は、最後まで戦ってくれたね………………ありがとう」

「別に、礼を言われる程のモンじゃねぇよ。俺がやりたくてやっただけなんだからよ」

 

 紅夜はそう言うが、杏は首を横に振る。

 

「それでもだよ」

 

 そう言うと、杏は右腕を紅夜の腹に、左腕を背中に回して抱き締めた。

 

「本来、私等と君等の関係は、『同じ学園艦に住んでいて、メンバーの女性陣が同じ学校に通ってるだけ』な関係。でも、大洗廃校の話が舞い込んできて、それで君等と接触した」

「………………」

 

 紅夜は何も言わず、次の言葉を待った。

 

「最初は思いっきり断られちゃったけど、それで諦める訳にはいかなかった………………西住ちゃんを無理矢理な形で戦車道に引き込んだけど、それでも、より多くの戦力が必要だったからね」

「そういやプラウダの時も、それっぽい話をしたな……………」

 

 紅夜がそう言うと、杏は当時の事を思い出して苦笑を浮かべた。

 

「覚えてたんだね………」

「まぁな」

 

 淡々と返した紅夜は、視線で話の続きを促した。

 

「それから、教官の提案で一緒に試合して、私等がボロ負けしちゃって、その次の日君等が、自動車部が修理したイージーエイトを取りに来た時に、私は君を引き留めて、戦車道をやってほしいと頼んだ」

「ああ」

「今思えば、身勝手にも程があるよね。『私等が勝ったら大洗の戦車道チームに加わってもらう~』とか言っときながら負けたのに、やってほしいって頼むなんてさ」

 

 自嘲するように、杏は笑った。

 

「だが、そうしなきゃならん程追い込まれてたんだろ?なら仕方ねぇさ」

「…………君は、本当に優しいんだね………………そう言うの、私は結構好きだよ」

「そりゃどうもな」

 

 適当に返事を返すと、紅夜は後ろを向いた。

 

 その視線の先では、みどり子が麻子に抱きつかれてワタワタしていたり、アヒルさんチームのメンバーが、来年も戦車道をやる決心を固めつつも、雅に『バレー部復活はどうした』とツッコミを入れられていたり、カバさんチームの歴女4人が勝鬨の声を上げていた。

 

「波乱に満ちた全国大会だが、最終的には皆の笑顔が咲いた………………って感じかな」

「………………そうだね」

 

 そんな言葉を交わすと、紅夜は先に降りる。そして、ライトニングの面々の元へ行こうとしたが、杏が呼び止める。

 

「どうしたよ、角谷さん?」

 

 そう訊ねられ、杏は言いにくそうにしながらも話を切り出した。

 

「えっと、その……今までの事で、お礼がしたいんだ………………ちょっと、屈んでくれる?それと、目は瞑っといてね?」

「……?まぁ、別に良いけどさ」

 

 杏が言う『お礼』がどのようなものなのか皆目検討もつかずに首を傾げながら、紅夜は杏に言われた通り、目を瞑って屈む。

 すると、彼の両方の頬に小さな手が添えられ、顔の直ぐ前に何かが近づいてくるような気配を感じる。

 

「んっ………」

「ッ!?」

 

 突然、唇にしっとりとした柔らかい何かが押し付けられ、何と無く覚えのある感覚に目を開けると、其処には、紅夜の唇にキスをしている杏の顔があった。

 

 長いようで短いようなキスを終え、杏の顔が離れる。

 その顔は笑っていたが、夕日のせいか、それとも恥ずかしさからか、赤くなっていた。

 

「これがお礼だよ、紅夜君♪」

 

 そう言うと、杏は桃や柚子の元へと小走りで向かっていった。

 

「………何か訳分からんが………ま、いっか」

 

 本来なら赤面ものである状況も、彼はそんな言葉で纏めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「(あー、未だドキドキしてるよ………………)」

 

 自分のチームメイトにして、親友である2人の元へと歩きながら、杏は赤く染まった頬に手を添える。

 その頬は熱くなっているが、不快ではなく、寧ろ心地好かった。

 

「(どうやら私も、君に堕とされちゃったみたいだよ、紅夜君………………私にこんな感情を抱かせた責任、取ってもらうからね?)」

 

 内心でそう呟いた杏は、ライトニングの面々と談笑している紅夜の方を見やり、その背中に向かって小さく微笑むと、踵を返して桃達の元へと向かうのであった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日、自動車部のメンバーや、紅夜以外のレッド・フラッグのメンバーの徹夜での作業の末、自走出来る程度にまで直された11輌の戦車が、大洗の町にある、とある駅で降ろされる。

 駅から出てきたメンバーは、自分達が帰ってきた事を実感する。

 

「さて………………では隊長、何か言え」

「ええっ!?」

 

 いきなりの桃の無茶ぶりに、みほは戸惑う。

 そして、紅夜に視線で助けを求めると、彼は何も言わぬまま微笑んだ。

『何時ものようにやれ』と言う意思表示だった。

 

 それに頷くと、みほは右腕を空高く突き上げて声を上げた。

 

「Panzer vor!!」

『『『『『『『『『『オオーーーーーッ!!!』』』』』』』』』』

 

 その後、戦車に乗り込んだ一行は、大洗の町や、学園艦の町の住人からの歓声を受けながら、彼女等の居場所である、大洗女子学園学園艦へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが………………

 

「あのぉー、これは一体どう言う状況ッスかね?」

  

 学園艦に着くと、待機していた救急隊員に捕まった紅夜が救急車に乗せられようとしていた。

 

「いやぁ~、言い忘れてたんだけど………………紅夜君、試合でスッゴい怪我したのに抜け出したでしょ?だから、下手すりゃ悪化してるかもしれないから、一旦病院に行って、1週間ぐらい入院した方が良いって言われてさぁ~」

「そんな話聞いてねぇぞ!?」

「今言っただろうが………………」

 

 盛大なツッコミを入れる紅夜に、桃が返す。

 

「そんな訳で、ちゃんとお見舞い行くから、取り敢えず行ってらっしゃい♪」

 

 そうして、紅夜は有無を言わさず救急車に乗せられると、そのまま病院へと連れていかれるのであった。

 

 

「ぎゃああああああああああっ!!!少し良い話で終われば良かったのにッ!なんッッッでこうなるんだぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!!!!」

 

 サイレンを鳴らしながら走り去っていく救急車からは、そんな叫び声が響いてくるのであった。

 

 

 

 

 

 何とも言えない、終わり方である。




 (祝)!アニメ本編完結!


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第13章~紅夜君の入院生活~
第107話~紅夜君の入院生活、1日目です!~


「はぁ~……なんでこうなるんだよぉ~……………………」

 

 水戸市にある大きな病院の一室にて、紅夜はベッドに寝かされた状態で呟いていた。

 

 全国大会を終え、大洗へと帰ってきた大洗チームとレッド・フラッグのメンバーは、地元住民や学園艦の住民から歓迎されながら学園艦へと向かったのだが、いざ乗り込もうとした際に、誰が呼んだのか、既に待機していた救急隊員に紅夜が捕まり、そのまま救急車に乗せられると、有無を言わさず病院へと連れていかれたのだ。

 その後、試合終盤に負った怪我の様子を見るために様々な検査を受ける事になり、他にも治療室へと連れていかれ、応急措置として巻かれた包帯を一旦外し、治療薬を塗られて包帯を巻かれ直し、病室のベッドに寝かされて今に至るのだ。

 因みに、検査や移動の繰り返しで時間が掛かり、今はもう夕方である。

 

「俺の1日が検査と移動で殆んど潰されちまった………つーか、マジで暇だなぁ………はぁ~あ………………」

「溜め息ばかりついていると、幸せが逃げるって言うよ?」

 

 あまりの退屈さに溜め息をついていると、不意に、男の声が聞こえてきた。

 その声の主の方を向くと、其所には深緑の髪に眼鏡をかけ、白衣を着た男性が居た。

 

「やぁ、君が長門紅夜君だね?気分はどうだい?」

「…………あっちこっち連れ回されて滅茶苦茶疲れました。つーか、早く帰りたいッス」

 

 優しそうな口調で聞いてくる男性に、紅夜は心底疲れたような表情を浮かべながら返事を返した。

 

「あははは………まぁ、仕方が無い事だよ。あんな大怪我をしたんだから、検査のために、あの部屋この部屋へと連れ回されるのは当然の事さ。まぁ、怪我の具合が大きすぎたとは言え、もう少し君のペースに合わせるべきだったと思うけどね」

 

 苦笑を浮かべながら言い、その男性は、紅夜が寝ているベッドの直ぐ傍にあった机の椅子を引っ張り出して腰掛けた。

 

「自己紹介が未だだったね。僕は扇 元樹(おうぎ もとき)、この病院の医者だ。よろしくね」

「はぁ、ご丁寧にどうも。長門紅夜です」

 

 紅夜が名乗ると、元樹は軽く笑って言った。

 

「態々名乗らなくても、君の事なら知ってるよ。レッド・フラッグの隊長さん」

「おっ、知ってるんですか?俺のチームを」

「勿論だよ。何せ、戦車道史上初の、男女混合戦車道同好会チームなんだからね。ネームバリューが大きすぎて、嫌でも覚えてしまうよ」

 

 それにと付け加え、元樹は言葉を続けた。

 

「君達の保有している戦車は、第二次世界大戦の戦車の中でも有名な戦車ばかりだからね。他にも、戦歴は46戦中、42勝3敗1分けで、42勝ってのは、細かく言えば42連勝。同好会チームの編成なら、黒森峰やプラウダと言った、戦車道の強豪校とも互角以上に渡り合えるって言われてるんだから、尚更だね。国際強化選手とかにスカウトされないのが不思議なくらいだよ」

「戦歴とかは兎も角、国際強化選手とかは大袈裟ですよ」

 

 照れ臭そうに頬を掻きながら、紅夜は言った。

 不意に、元樹は真面目な表情を浮かべる。

 

「さて………取り敢えず、紅夜君の緊張も解けてきたところで、本題に入ろうかな」

「本題?」

 

 元樹の言葉に、紅夜は首を傾げる。

 

「ああ。元々僕は、君を検査した際の結果を伝えるために来たんだ」

 

 そう言って、元樹は先程まで膝の上に置いていたクリップボードを持った。

 

「検査の結果だけど………………」

「………………」

 

 そう言いかけてから、元樹は言葉を詰まらせる。紅夜は緊張した面持ちで、元樹の次の言葉を待った。

 

「結果は、何と言うか………………本来なら喜ぶべき結果なんだけどね」

 

 そう言うと、元樹はクリップボードに挟まれているプリントを紅夜に見せながら言った。

 

「結果から言えば、特に骨折はしていなかったね。煉瓦とかが降ってくる中を突っ切ったと言うのに、頭部は所々に裂傷ができただけで済んでる。おまけに、後遺症になるような傷は見られなかったよ。他にも、身体中に瓦礫が当たって、かなりのダメージを負っている筈なのに、大概が痣だけで済んで、悪くても一部の骨にヒビが入っているだけ………………そんなの、普通の人間なら有り得ないよ」

 

 元樹は溜め息をつきながら、何とも言えないと言わんばかりの表情で言った。

 

「まぁ、俺の体って、矢鱈と頑丈に出来てますからね。多少の無茶なら出来ますよ」

「それはそれで良いんだけど、だからって無茶しすぎるのは感心しないね。それで体が限界を迎えたら、取り返しのつかない事になっちゃうんだから………………少なくとも、君の友達を悲しませるような事にはしないようにね」

「うぐっ………………以後、気をつけます」

「よろしい。それじゃあ、僕は持ち場に戻ろうかな。もう少し居たかったんだけど、時間だからね」

 

 そう言って立ち上がり、病室を出ようとするが、其処で振り向いて言った。

 

「ああ。言い忘れてたんだけど、君の入院期間は1週間を予定しているから、その辺りはよろしくね。何かあったら、其所にあるボタンを押すんだよ?僕や他の看護婦が、直ぐに駆けつけるから」

 

 そう言うと、元樹はコードに繋がっている、小さなボタンが1つだけついたリモコンらしきものを指さした。

 

「それから、夕飯は基本的に18時からだけど、今日は僕が長々話しちゃったせいで過ぎちゃったから、持ってくるように頼んでおくよ。それじゃあね」

 

 そうして、今度こそ元樹は部屋を出ていき、ドアが閉められると、紅夜が1人寂しく残された。

 ふと窓の外へと目をやると、かなり話し込んでいたからか、もう暗くなっていた。

 

「この時間帯なら、家で黒姫と喋ったり、レッド・フラッグの連中とラインしたりしてたんだろうなぁ~………だが、今は出来そうにねぇ」

 

 そう言って、紅夜はボフンと布団に倒れ込んだ。

 実は、紅夜はISー2の車内に携帯などを入れたリュックサックを置き去りにしており、病院へ搬送される際に、そのリュックを持ち出すのをすっかり忘れていたのだ。そのため、今の紅夜は手持ち無沙汰。暇潰しのゲームも携帯も無いため、誰かが持ってきてくれない限りは、ひたすらベッドで寝転がっているか、病院内を歩き回る程度しか出来ないのだ。

 

「おいおい、これマジで暇すぎるだろ。どうすりゃ良いんだよ」

 

 紅夜はそう言うが、この病室には、彼以外の人間は居ない。そのため、彼の問いに答えてくれる者など、居る訳が無いのだ。

 

「はぁ………………やる事無いし、飯来るまでゴロゴロして待つか」

 

 そう言って両手を後頭部で組んで枕代わりにした紅夜は、天井を見ようとしたが、再び、病室のドアが開いた。

 

「(ん?もう飯が来たのか?)」

 

 そう思いながら振り向くと、其所には………………

 

「紅夜、調子はどう?」

「………………え、静馬?なんで居るの?」

 

 紅夜のリュックを抱えた静馬が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、親父達がこの病院まで?」

「ええ。貴方が病院に連れていかれて、少ししてから来たのよ」

 

 あれから、静馬を部屋に入れた紅夜は、その直後に運ばれてきた病院食を前にした状態で静馬と話していた。

 どうやら彼女は学園艦に乗らず、紅夜の見舞いをする事に決めていたらしい。

 それで、紅夜の怪我を聞いて飛んできた紅夜の両親に訳を話し、此処に連れてきてもらったと言うのだ。

 

「そっか………………んで、親父達は何処だ?一応来てるんだろ?」

 

 その問いに、静馬は首を横に振った。

 

「いいえ。何か、『時間が無いから出直す』とかで帰ってしまったわ。8時半ぐらいに、私の両親を迎えに呼んでおいてくれるみたい」

「親父とお袋、その辺りはちゃんと考えてんなぁ………………まぁ、それはそれとして」

 

 そう言うと、紅夜は目の前に置かれてある病院食に目を移す。

 

「冷めない内に食うとしますかね………じゃ、いっただっきm…「ちょっと待って、紅夜」………んだよぉ」

 

 食べようとしていた時に待ったを掛けられ、紅夜は不満げに頬を膨らませながら静馬を見やる。

 そんな咎めるような視線を無視し、静馬は紅夜が手に取っていた箸を取り上げると、おかずのオムレツを小さく切り、それを紅夜の口へと持ってきた。

 

「ほら、紅夜。あーん」

「え?いやいや静馬、態々食わせてくれんでも良いよ。自分で食うって」

 

 紅夜はそう言うが、静馬は首を横に振った。

 

「駄目よ。貴方、腕にも怪我してるんだもの。下手に動かして悪化したらどうするの?入院期間が延びちゃうわよ?」

「うぐっ……言われてみれば、確かになぁ………………」

「そうよね?なら、大人しく私に食べさせられなさい」

 

 そう言われ、紅夜は何も言い返せなくなる。

 幾ら頑丈な体を持つ紅夜でも、怪我をした状態で下手に動けば、症状の悪化は免れない。

 

「だが、それじゃあお前は、毎日此処に来るってのか?」

「ええ、そのつもりだけど?」

「あっさり言ったな、お前……………」

 

 キッパリと言い放つ静馬に、紅夜は上半身を起こした状態でずっこけそうになるのを何とか堪える。

 

「だから貴方は、退院するまでの間、私に食事のお世話をされていれば良いの」

「さ、さいでっか………………それじゃあ、お言葉に甘えるとしますかね」

 

 これ以上何を言っても無駄だと悟った紅夜は、諦めて静馬が運んでくるおかずを口に含むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ紅夜、また明日も来るからね」

「お、おう…………(マジで来るつもりなんだな………まぁ、入院となれば暇だから、そうしてくれた方がありがたいが)」

 

 8時半。静馬を迎えに来た彼女の両親を乗せた乗用車が、病院入り口の前に停まっている。

 乗用車の後部座席のドアを開け、乗り込もうとしながら言う静馬に、紅夜は返事を返す。

 

「ああ、そうそう。大事な事を忘れていたわ」

 

 そう言うと、静馬は開けていた後部座席のドアを閉めると、紅夜の直ぐ前に駆け寄ってくる。

 

「ん?どうしたよ、何か忘れ物でm……え?ちょい静馬、何をし………んんっ!?」

「んぅっ………………」

 

 紅夜の直ぐ前に駆け寄った静馬は、忘れ物でもしたのかと訊ねようとする紅夜の言葉を遮るようにして両方の頬に手を添えると、そのまま唇を押し付け、キスをする。

 静馬の突拍子も無い行動に戸惑った紅夜は引き離そうとするが、静馬は両腕を紅夜の背中と後頭部に回してホールドしているため、全く離れなかった。

 

「んっ………んぅっ………………ぷはっ」

 

 それから少し経ち、静馬は漸く唇を離した。

 

「ちょ、おい静馬?一体何を………………?」

「べ、別に良いじゃない。昨日だって、会長にされてたんだから。私にされても、何の問題も無いでしょう?」

 

 唖然としながら言う紅夜に、静馬は赤面しながら言い返す。

 

「と、兎に角!明日も来るから!それじゃあね!」

 

 最後に一方的に言うと、静馬は彼女の両親の車に駆け込む。

 そして、走り出した乗用車が車道に出て、そのまま姿が見えなくなるまで見送った紅夜は病院内に戻ると、自分の病室へと戻り、ベッドに潜って眠りにつくのであった。



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第108話~紅夜君の大赤面!恥ずかしさだらけの2日目です!~

 かなり無理矢理な展開。だが、反省も後悔もしていない!


「ううっ………グスッ………………紅夜ぁ………………」

「あーはいはい、よしよし」

 

 午後1時にして、此処は大洗市の港。其所では、静馬が紅夜に抱きついてグズっていると言う、何ともカオスな光景が広がっていた。

 

「まぁまぁ静馬、そう泣く事はねぇだろうよ。別に一生会えないって訳じゃねぇんだから」

 

 苦笑を浮かべながら、紅夜はそう言って宥めるものの、静馬は彼の胸板に顔を埋めながら首を横に振るばかりだ。

 

「やれやれ、全く静馬は、此処に来て未だごねるとは………………すまないね、紅夜君。我が儘な娘で」

 

 そんな彼女を見て溜め息をついた男性は、苦笑を浮かべながら紅夜に謝る。

 彼の名は須藤 隆盛(すどう りゅうせい)、静馬の父親である。

 

「いえいえ。まぁコイツ、1度やるって言い出したら本気でやるタイプですからね。昨日、『毎日食事の世話をする』って意気込んでたのに、それがたった1日でオジャンになっちまったモンですから、ねぇ………」

 

 紅夜が苦笑を浮かべながら返すと、銀髪に垂れ目の女性が歩み寄ってきた。

 彼女は須藤 葵(すどう あおい)、静馬の母親である。

 

「まぁまぁ2人共、そんなに言わないであげて?静馬はただ、紅夜君に付き添ってあげたかっただけなんだから」

「いや、それは分かっているんだがね…………」

「流石に此処までになると、ねぇ~」

 

 静馬の肩を持つ葵に、男性陣2人はそう返す。

 

 因みに、このような状況に至ったのは、今から数十分前にまで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「『学園艦に戻れ』って、どう言う事なのよ、お父さん!?」

「静馬、落ち着きなさい。此処は病院なんだぞ」

 

 昼12時半、昼食を終えたばかりの頃、病院の食堂を訪ねてきた隆盛達に、大洗の学園艦に戻るように言われた静馬は、勢い良く立ち上がって声を荒げるが、隆盛にたしなめられ、渋々腰かける。

 

「お前が彼に付き添ってやりたいと言う気持ちは分かるが、明日は学校なんだ。看病だけで学校を休む訳にはいかないだろう?」

「そ、それはそうだけど………でも………」

 

 そう言って勢いを失いながらも、静馬は尚も渋る。先日、『毎日来て食事の世話をする』と宣言したのに、それをたった1日で撤回しなければならなくなったのだ、こうなるのも、無理はないだろう。

 

「それにね、静馬。大洗の学園艦へ向かう連絡船は、今日を除けば来週の土曜日まで無いの。流石に、病気でもないのに5日間も学校を休ませる訳にはいかないの。分かってくれるわよね?」

「………………はい」

 

 葵にも言われ、静馬は項垂れながら了承した。

 その後、食器のトレイをカウンターに返し、静馬は隆盛達が乗ってきた車で港へ行くのだが、見送りにと紅夜もついていく事になり、計4人を乗せた車は、大洗の港へと向かった。

 

 

 

 

 

………………と言う経緯を辿り、今に至るのだ。

 

「うう~っ、やっぱ帰りたくないわよぉ~。毎日食事のお世話をしてあげたかったのにぃ~………」

「此処に来て未だごねるか…………なぁ静馬よ、気持ちは嬉しいが、やっぱ学校を優先しろよ。別に死ぬ訳でもねぇし、何時でも電話とかLINEとか出来るだろうが。それに、あんま駄々こねてたら、《大洗の星(エトワール)》の二つ名が泣くぜ?」

「そんなモン知ったこっちゃないわよぉ~。そもそも、その二つ名って他の皆が勝手に付けた名前じゃないのよぉ~………」

 

 ご尤もな事を言いながら、静馬は一層強く抱きつく。

 そんなやり取りをしている間にも、大洗の学園艦へ向かう連絡船が、ゆっくりと港に入ってくる。

 

「ホラ、静馬。連絡船が来ちまったぞ」

「うぅ……分かったわよぉ…………」

 

 渋々言うと、静馬は紅夜から離れる。

 すると、紅夜を見上げて言った。

 

「LINE、してくれる?」

「ああ、勿論だよ」

「電話も?」

「ちゃんとするって。つーか、コレさっきも言ったが、一生会えないって訳じゃねぇんだぞ?退院したら学園艦に戻るし………まぁ、前に親父から、『陸王渡したいからさっさと大型二輪の免許取れ』って言われてるけどな………それもさっさと終わらせて、戻れるようにするよ………」

 

 余程離れたくないのか、似たような質問を繰り返す静馬に、紅夜は呆れ半分に頷いた。

 

「ホントにホント?嘘ついてないわよね?」

「当たり前だろうが」

 

 そう答えると、静馬は少し考えるような仕草を見せ、再び口を開いた。

 

「じゃあ、キスして」

「何故にそうなる!?」

 

 突拍子も無いおねだりに、紅夜は堪らずツッコミを入れる。

 

「本当に約束を守るんでしょ?じゃあ、それを証明して」

「その証明の方法がキスだと仰有るので?」

 

 その問いに、静馬は何の躊躇も無く頷いた。

 

「はぁ………………分かった分かった、じゃあキスするから目ぇ瞑ってろ」

「え、ええ…………んぅ」

 

 静馬は頬を赤く染めながら頷くと、目を瞑って顎を少し上げる。

 

「(オイオイ、おでこじゃなくて口にやれってのかよ………………親父さん、お袋さん、こう言うのは駄目ッスよね?)」

 

 内心でそう呟きながら、紅夜は静馬の両親の方に顔を向ける。

 視線を向けられている須藤夫妻は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、何処からともなく取り出した白い画用紙に、これまた何処からともなく取り出した黒いペンで何かを書き込み、それを紅夜に見せた。

 

『ヤってしまえ紅夜君!君のキスで静馬をオトすのだ! by隆盛』

『未来の静馬のお婿さんとなる最初の儀式よねぇ~♪何なら、あっつぅ~くて深ぁ~いキスでも良いのよ?貴方のキステクニックで、静馬をビクンビクンさせちゃいなさい♪ by葵』

 

「(ふざけんなよテメェ等ァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッ!!!!此処でんな事したら、俺一生表歩けねぇだろうがァ!!!!つーか味方誰も居ねぇとかヒデェだろ!!!そもそも深いキスとかした事ねぇっつーの!!!)」

 

 内心で怒号の嵐を吹き荒らしながら、紅夜は今までであったかと言う程に顔を真っ赤にして須藤夫妻を睨む。

 

「紅夜ぁ、早くしてぇ………船行っちゃうじゃないのぉ………………」

「(お前が無茶なおねだりしてくるからだろうがァァァァァアアアアアアッ!!!!)」

 

 目をうっすら開けながら催促してくる静馬に内心でツッコミを入れると、紅夜はチラリと辺りを見る。

 気づけばかなり注目されており、その視線は、『早くしてやれ』と訴えていた。

 

「(この野次馬共、面白半分で見やがって!テメェ等は良いかもしれねぇが、する側はスッゲー恥ずかしいんだぞ!!)」

 

 そう思いながらも、紅夜は覚悟を決めた。

 

「分かった分かった!今やるから!!(クソッ!こうなったらヤケクソだ!後でどうなっても知らねぇからな!)」

 

 自棄を起こした紅夜は、静馬の後頭部に右腕を、腰に左腕を回して引き寄せ、彼も目を固く瞑ると、そのまま唇を押し付けた。

 

「んぅっ!!」

「ッ!」

『『『『『『『オオオーーーーーーッ!!!』』』』』』』

 

 その瞬間、野次馬達からの歓声と拍手が巻き起こった。

 

「んぅ………ちゅっ…んっ、んくっ…………ぷはっ!………はぁ…はぁ……!」

「あっ!……はぁ…はぁ………ッ!」

 

 キスを終え、乱暴に唇を離して息を荒くする2人。

 

「こ……紅、夜…………?」

 

 荒くなった呼吸を整えながら、静馬は紅夜を見上げる。

 紅夜は静馬へと視線を向けると、顔を更に真っ赤にした。

 

「こ、これで分かったろ!?俺はちゃんと約束は守るって!ホラ、分かったらさっさと行け!船行っちまうぞ!」

 

 そう言われ、静馬は顔を真っ赤にしたまま連絡船へと走っていき、デッキを駆け上がって入っていった。

 

「………あー、クソッ………超恥ずかしい………………マジで死にたい」

 

 頭を抱えて踞る紅夜だが、野次馬達からは、依然と拍手や歓声が飛んでいた。

 

『ヒューヒュー♪熱かったねぇお前等ァ!』

『ニーチャン、見せてもらったぜ!お前の生き様を!』

『バッチリ撮らせてもらったわよ!』

『中性的な爽やか系イケメンが顔真っ赤にして美少女とキスとかキタコレ!』

『体を抱き寄せての超熱烈キス!キマシタワーッ!!』

 

 その瞬間、紅夜を紅蓮のオーラが包んだ。

 

「『ウガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!言うなぁッ!何も言うんじゃねェェェェェエエエエエエッ!!!つーか最後から3番目ェッ!今直ぐムービー消しやがれェェェェェエエエエエエッ!!!つーかテメェ等マジで此方見るなやァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!』」

 

 2日前に重症レベルの傷を負い、傷の回復のための入院中だと言う事もすっかり忘れ、紅夜は頭を抱えて声を張り上げた。

 

 その後、紅夜は静馬にキスをしていた時の事をムービーに撮ったと言う者をしらみ潰しに探し、どうにかしてそのムービーを消させる事には成功したらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、アッハハハハハ!やるねぇ紅夜君!まさか彼処までやるとは思わなかったよ!」

「ええ♪私も見てて、体が熱くなっちゃったわ♪」

「止めろ、止めろおおぉぉぉぉぉ………………」

 

 その後、病院まで送られる道中、紅夜は須藤夫妻に弄られていた。

 車に乗るまでも散々歓声や拍手を浴びたため、紅夜は、18年の人生で一番の恥ずかしさから、精神崩壊一歩手前状態になっていた。

 

「もう駄目だ……もう婿に行けねぇ…………」

 

 後部座席に座る紅夜は、酔うのも構わず頭を抱えて項垂れていた。

 

「安心したまえ、紅夜君。行く宛が無かったらウチに来れば良い事だ」

「そうそう。貴方と静馬がくっつけば、万事解決よ♪あ、子作りは早めにね?早く孫が見たいわ♪」

「それは私も同感だな。さて、静馬の卒業祝は結婚式に決まりだな!」

 

 須藤夫妻が楽しそうに話を進める中、紅夜はふと、顔を上げた。

 ルビーのように赤い瞳は完全に光を失い、何時か、未だ戦車道を拒絶していた頃に生徒会メンバーから戦車道の履修を要求されて目が虚ろになったみほのようになっていた。

 

「………もう駄目だ、この時点から恥ずかしすぎて表歩ける自信ねぇ………………飛び降りて死のう」

 

 紅夜はそう呟くと、ドアノブに手をかけた。

 

「ちょっと紅夜君!?貴方、一体何してるの!?」

「ん~?此処から無限の彼方へ飛び立つんですが………………何か?」

「いやいやいや!!飛び立つ前にあの世目掛けて真っ逆さまよ!?」

「そうか、あの世に行って、過去に戻れば良いんだ」

「いやいや無理だからね!?」

「さよなら………………」

「しちゃ駄目ぇ!!?」

 

 そんなやり取りを交わしながら、一行は病院へ着くのだが、車から降りてきた紅夜は、覚束無い足取りのまま彼の病室へ向かうと、そのままベッドに倒れ込み、死んだように眠った。

 それを見た元樹は須藤夫妻から話を聞き、カウンセラーも手配しようかと考えたそうな………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、学園艦へと戻り、自宅に戻ってきた静馬は………………

 

「こ、紅夜にキスされた…………し、舌まで入れて………『ちゅっ』て……………~~~~~~ッ!!?!?」

 

 自室にて、私服に着替えた直後にベッドに飛び込み、悶えまくっていたとか………………

 

 

 

 

 

 

 

 その後、静馬に見舞いに行った時の事を聞くために訪ねてきた雅は、静馬の家からドタバタと大きな音が立っていた事を疑問に思い、鍵が開いていたために入って彼女の部屋に行ったのだが………………

  

 

 

「んっ、くぅっ!……紅夜……紅夜ぁ……んあっ!」

 

 其所で聞こえたのは、艶のかかった静馬の声だった。

 

「(1人で『お楽しみ』中でした、とか………………ってか、静馬のキャラが大崩壊しちゃってるんですけど………………見舞い行ってる時に何があったのよ………………)」

 

 そう思いながら、暫くリビングで勝手にテレビを見ていたのだが、その音声に気づいた静馬が降りてきて、記憶を消してやると言わんばかりの形相を浮かべた彼女に、ひたすらフライパンで殴られたとか違うとか………………   




 鈍感な紅夜君でも、赤面する時はあるんです。
 まぁ、それはそれとして………………








 おーい皆、(リア充撲滅用の)丸太は持ったか?







 その後、作者は紅夜から《宿命の砲火》と《シベリアの地獄吹雪(ヘル・ブリザード)》と《Hell Blast(ヘル・ブラスト)》を喰らいますた(´・ω・`;)


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第109話~長門一家大集合の3日目、前編です!~

 大洗港にて、紅夜にとっての《羞恥の公開処刑》から一晩明けた3日目。目が覚めた紅夜は、掛け布団をかぶったまま天井を見上げていた。

 

「あ………もう、朝か………」

 

 そう呟きながら、紅夜は起き上がる。

 

「何か、昨日は色々とスゲー事があったんだけど…………あれ?なんでだ?何があったのか全く思い出せねぇ………………」

 

 そう呟き、紅夜は昨日の出来事について思いだそうと唸る。

 

「ウーン………………あ、そういや静馬が、今日から学校だから昨日の内に帰る事になったんだけど渋って、それが矢鱈としつこくて、何とか帰らせる事は出来たんだが、その際に何かおねだりされて………………あれ?何おねだりされたんだっけ?」

 

 紅夜は、さらに頭を捻って唸るものの、如何せん思い出せない。

 どうやら、昨日発狂しすぎたのが原因か、静馬にキスを要求された時からの記憶が、綺麗サッパリ消えているようだ。

 

「………………まぁ、良いや。取り敢えず飯食おう。昨日は晩飯食った記憶も無いからな。多分食ってねぇや」

 

 其処からは、どれだけ思いだそうとしても何1つとして思い出せなかった紅夜は、一旦考えるのを止め、朝食を摂るために食堂へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。病院食にもボチボチ慣れてきたな」

 

 そう呟きながら、紅夜は自室に戻ってきた。ベッドに腰かけると、改めて部屋を見渡す。

 

「そういや病室って、何も無くて暇なだけだと思ってたが、意外にもテレビとかあるんだな」

 

 今更な事を呟きながら、紅夜はテレビのスイッチを入れる。

 

 その小さな画面には、戦車道の話題がデカデカと映し出されていた。

 次々と変わっている場面の中には、紅夜を乗せたIS-2が、エリカ達の戦車相手に大立ち回りしている場面も映し出されていた。

 当然ながら、砲撃を受けて吹き飛ばされた建物の瓦礫などが地上に降り注ぎ、その中をIS-2が突っ切って、紅夜に瓦礫が当たる場面も映っており、キャスターがその場面について、色々とコメントしている。

 中でも、最後に要のティーガーⅡを撃破した際、砲塔リングに攻撃を受けたIS-2がコントロールを失い、紅夜がキューポラから上半身を乗り出した状態なのにも関わらず、建物に突っ込んでいく場面には、キャスターも目を覆っていた。

 

「あー、見る人側からすれば、あれは刺激が強すぎたか………………まぁ、反省も後悔もしてないがな」

 

 そう呟き、紅夜はテレビの電源を切って寝転がろうした―――――

 

「よぉ、紅夜。元気にしてたか?」

「お見舞いに来たわよ、こうちゃん♪」

 

――――のだが、病室に入ってきた2つの声に、紅夜は動きを止める。

 声の主へと顔を向けると、外見が八雲蓮斗そのものである男性と、緑色の髪をショートヘアにした、赤い瞳を持つ女性が入ってきた。

 

 男性の名は長門 豪希(ながと ごうき)で、女性は長門 幽香(ながと ゆうか)。紅夜の両親である。

 

「親父にお袋、来てくれたんだな」

 

 寝転がろうとしていた体を起こし、紅夜は2人に声をかける。

 

「当然でしょう?可愛い息子が入院してるんだから…………ホントは一昨日に来ようとしたのよ?でも、時間が無くて………………ゴメンね?」

「あー、そういや静馬がそんな事言ってたな………………別に良いよ、お袋。それに、一昨日来なくたって、今日来てくれたじゃねえか。それがスッゲー嬉しいよ」

 

 申し訳なさそうに言う幽香に、紅夜は微笑みながらそう返した。

 

「やれやれ、紅夜のママっ子は直らねぇな~」

「ママっ子言うな」

 

 微笑ましそうな笑みを浮かべながらもからかうように言う豪希に、紅夜はそう言い返す。

 

「じゃあマザコン?」

「テメェぶっ殺すぞクソ親父」

「じょ、冗談だよ」

 

 ドス黒い笑みを浮かべながら拳を向ける紅夜に、豪希は冷や汗を流しながら苦笑する。

 それを見ている幽香が微笑ましそうにしているのを見る限り、これが長門家での風景なのだろう。

 

「ん?そういや、綾は未だ来てねぇのか?」

「え?綾も来るのか?」

 

 病室を見回しながら言う豪希に、紅夜はそう聞き返す。

 

「ええ。一昨日家に帰る最中に、私が連絡したのよ。丁度、今日は休みらしいから来るそうよ」

「今日って平日だよな?」

「細けぇ事ァ良いんだよ」

 

 そんな話をしていると、病室のドアが突然開かれ、綾が現れた。

 息を切らしているのを見る限り、病室まで階段を駆け上がって来たのだろう。

 そして、床に落としていた視線を上げると、驚いたような表情で此方を見ている紅夜の姿があった。

 

「ッ!兄様!」

 

 慕う兄の元気そうな姿を見られたのが嬉しかったのか、綾は駆け出すと、ベッドに座る紅夜に飛び付いた。

 

 だが、普段よりも運動能力が低下している紅夜に、いきなりの突進を受け止められる筈が無く………………

 

「ウボォエ!?」

 

 突進をモロに受けて背中を打ち付け、失神するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうちゃん、大丈夫?」

「おぉ、何とか大丈夫だよ、お袋………………うえっぷ」

 

 衝撃を強く受けた腹を擦りながら聞いてくる幽香に、紅夜は顔を青くして答えた。

 

「うぅ……ごめんなさい、兄様…………」

「別に良いって。そんなに落ち込むなよ、綾」

 

 シュンと擬音語が付かんばかりに落ち込む綾の頭を撫でながら、紅夜は優しく言った。

 

「やれやれ、綾の突撃癖は何とかならんのかねぇ?」

「まぁまぁアナタ。綾はそれだけ、こうちゃんの事が心配だったのよ」

「お、お母さん!」

 

 幽香は溜め息混じりに言う豪希をたしなめ、その際の言葉に、綾は顔を真っ赤にして声を上げる。

 

「それはそれとして………………こうちゃん、何時になったら退院するの?」

「あ~っと………………今日を除いて4日後だな」

 

 退院出来る日を聞いてくる幽香に、紅夜は右手の指を曲げて日数を数えて答えると、今度は溜め息をついた。

 

「やれやれ、漸く半分辺りにまで差し掛かったよ。この3日間、ロクに戦車乗ったり暴れたりしてないんだよなぁ~。もう俺等の戦車も修理を終えて返された頃だろうから、早く乗りたいってのに」

 

 そう言う紅夜を、幽香は微笑ましそうに見て言った。

 

「こうちゃんは本当に、戦車が好きなのね。それに、戦車と深い関わりを持って………その辺りは誰かさんと一緒なのだけど……………」

 

 そう言うと、幽香は視線を豪希に向けた。

 

「ん?」

 

 視線を向けられた豪希が不思議そうに首を傾げているのを他所に、幽香は再び、視線を紅夜の方へと戻した。

 

「なんでこうちゃんには、運命の相手が現れないのかしらねぇ?」

「………………?どう言う事だよ?」

 

 からかうように言う幽香に、紅夜はそう聞き返した。

 

「あら、言ってなかったかしら?私と豪希が出会ったのは、戦車道がきっかけだったのよ」

「………………え、そうなの?」

 

 綾が聞くと、幽香は頷く。

 

「豪希は学生の頃、整備科の生徒でね。私が所属していた戦車道チーム専属の整備士をしてくれていたのよ」

 

 そう言いながら、幽香はベッドと壁の間に置かれていた折り畳み式の椅子を引っ張り出すと、椅子を広げて腰掛け、話を続けた。

 

「そんなある日、私は彼が戦車の整備をしながら呟いていたのを聞いたのよ。『俺も戦車に乗ってみたい』ってね」

「あ~。そういや、そんな事も言ってたなぁ……懐かしいなぁ…………」

 

 紅夜と綾が意外そうに目を見開いているのを他所に、豪希は目を瞑って腕を組み、ウンウンと頷きながら当時を懐かしむ。

 

「だからね。日頃整備をしてくれているお礼に、1度だけ、彼を戦車に乗せたのよ。その時の豪希は、とても楽しそうだったわ。まぁ、当時の風潮は、今とよく似たものだったから、男で戦車になんて、中々乗れなかったものね」

「マジでか………………」  

 

 幽香から当時の状況を聞いた紅夜は、それからも続く話を聞きながら、自分が戦車道同好会チームを立ち上げた当時の事を思い出した。

 今でこそ、それなりに応援の声が上がっているが、チーム発足当初の周囲の反応は、親や輝夫達整備班のメンバーを除いて、良いものとは言えなかった。

 大抵マイナスな言葉をぶつけられ、試合で負ければ笑われるような状態だった。

 

「まぁ結局、豪希に非難の声が上がらなかったのだけど………………あれは、本当に良かったわね」

「ああ。何せ他の奴等が、それを黙っててくれたからな。今でも感謝してるぜ」

 

 もう1脚の折り畳み式の椅子を引っ張り出して幽香の隣に座り、互いに凭れ合う2人を見て、紅夜は当時の事を思い出している内に、何時の間にか話が終わっている事を悟った。

 

「(はぁ………途中の話聞き逃しちまった…………残念だなぁ………………)………………って、病院でイチャつくなや、このバカップルが!」

 

 何時の間にか抱き合っている両親を視界に捉えた紅夜は、何処からとも無く取り出したハリセンで両親(バカップル)を叩くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで紅夜、退院してからの話だが」

 

 それから暫く経ち、昼になった。

 食堂で家族揃っての昼食を摂っていると、不意に豪希が話を切り出した。

 

「んー?」

 

 昼食に出されたビーフシチューを口に含みながら、紅夜は豪希を見た。

 

「お前、一旦家に帰ってこい。ちょっとばかり、やってもらわなきゃならん事がある」

 

 豪希にそう言われた紅夜は首を傾げ、ビーフシチューを飲み込むと、それについての質問を投げ掛けた。

 

「?俺がやらなきゃ駄目なのか?」

「ああ」

 

 その質問には、即答で肯定の返事が返される。

 

「因みに、俺がやらなきゃならん事ってのは?」

「それはな……………」

「………………」

「「………………」」

 

 豪希が答えようとしたところで口を閉じたため、長門家の間に緊張した空気が流れる。

 やがて、その空気は彼等の周囲に居る患者や、その家族にも移る。

 食堂の空気全体が重くなったところで、豪希は漸く口を開いた。

 

「大型二輪免許を取ってもらう!」

「散ッッッ々引き伸ばしといて出た答えがそれかよッ!!?」

 

 豪希の答えに、紅夜からのキレの良いツッコミが入ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………と言う訳でだ。ぶっちゃけ、陸王邪魔なんだよ。変にデカいから場所取るし」

「邪魔って………………もう少しオブラートにだなn……「兎に角、退院したらさっさと大型二輪免許取って、学園艦に持ってってもらう!おk?」…………い、Yes,sir.」

「よろしい」

 

 満足げに頷いて、豪希は昼食を続ける。

 

 紅夜と綾は顔を見合わせると、何ら変わらない父親の姿にやれやれと苦笑を浮かべつつ、昼食を続けるのであった。




 さて、此処で紅夜の両親が登場しました。

 紅夜ママの容姿は、知ってる人は知ってる、あの………………USCです


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第110話~長門家大集合の3日目、後編です!~

「はぁ?『東京に帰ろう』?」

 

 昼食を終え、病室に戻ってきた長門家一行。

 其所で紅夜は、豪希に東京の自宅へ戻ってみないかと誘われていた。

 

「ああ、そうだ。お前、大洗の学園艦に移り住んでから、全く東京に帰ってきてないだろう?良い機会だし、1回ぐらいは里帰りしてみたらどうだ?」

「そうね。久し振りに、家族全員、実家で過ごしたいわ」

「私も賛成よ、兄様」

 

 豪希の提案に、幽香や綾も乗り気のようだ。

 

「う~ん………………」

 

 だが、その中でも唯一、紅夜はイマイチな反応を見せていた。

 そして少し考えた後、結論を出した。

 

「俺も出来ればやりたいが、流石に無理だ。外出許可は貰えても、此処から東京じゃあ、往復するだけで結構時間掛かるだろ。車にしても電車にしても」

 

 その言葉に、他の3人は残念そうな表情を浮かべる。

 

 紅夜も、出来る事なら里帰りしたいだろうが、往復の時間を考えれば、最悪の場合、ただ行き帰りだけで里帰りが終わってしまう可能性も捨てきれないのだ。

 

「ふむ、そう言われてみりゃ、確かにその通りか………………」

「残念ね…………」

「うん……」

 

 そうして、紅夜の病室の雰囲気が少し暗くなる。

 紅夜は、自分で雰囲気を悪くしてしまった事に焦り、何とか打開案を模索するものの、何も思い浮かばず、ただ俯くしかなかった。

 

 そして、豪希が紅夜達の里帰りを延期しようと提案しようとした、そんな時だった。

 

「え~っと、此処が紅夜の病室で合ってんのかな?」

「「「「?」」」」」

 

 突然、病室のドアが開き、其所から1人の青年が、ひょっこりと顔を出した。

 黒髪をポニーテールに纏め、蒼い瞳を持ち、それ以外では紅夜や豪希と同じ容姿をしている。

 パンツァージャケットに身を包み、白虎が描かれた帽子をかぶった青年――八雲 蓮斗――だった。

 

「ご、豪希が2人!?」

 

 蓮斗の姿を視界に捉えた幽香は、驚愕に目を見開く。

 豪希は何も言わなかったが、それでもかなり驚いていた。

 

「紅夜の次は、また他の奴と間違えられるか………………んで、豪希ってのは、其所の俺と同じ髪の奴の事か?」

「そうだが、初対面の相手に『奴』呼ばわりされたくないんだけとねぇ…………」

 

 蓮斗の問いには豪希が答え、皮肉っぽく言いながら立ち上がる。

 

「おっと、そりゃすまなかったな」

 

 蓮斗はそう言うと、何やら袋を持って病室に入ってきた。

 

「よぉ、紅夜。優勝おめでとう」

「ああ。サンキューな、蓮斗」

 

 右手を軽く上げて会釈する蓮斗に、紅夜も同様に会釈して返す。

 

「にしても紅夜。お前あんな目に遭ったってのに、よくそうやっていられるよな。骨とかイカれたりしなかったのか?」

「ああ、殆んど異常は見られなかったってさ。一番悪くても、骨の一部にヒビ入った程度らしい」

「マジかよ………………お前ホントにとんでもない体してんだな」

 

 そう言うと、蓮斗は持っていた袋を手渡した。

 

「これ、差し入れみてぇなモンだ。時間あったら食いな」

「お、マジで?サンキュー」

 

 袋を受け取った紅夜は、その袋の中に幾つかの菓子が入っているのを見て表情を明るくした。

 

「いやいや。決勝戦で良い試合を見せてもらった礼みてぇなモンだ、気にすんな」

 

 そう言うと、蓮斗は言葉を続けた

 

「そういやお前等、何かお困りのようだな。里帰りしようにも時間が無いとか」

「まぁな」

 

 蓮斗が言うと、紅夜は残念そうな表情を浮かべながら頷く。

 それを見た蓮斗は、頬を緩ませて言うのであった

 

「なら、良い方法があるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、蓮斗よ。どう言うつもりなんだ?」

 

 外出許可を得て病院から出てきた長門家一行だが、その方法を言わない蓮斗に紅夜は訊ねる。

 

「まぁまぁ、そう焦りなさんな。ちょっとついてきてくれりゃ良いんだから」

 

 そう言って歩みを続ける蓮斗に、長門家一家はついていく。

 そのまま歩き続けること20分。一行は前と両サイドをコンクリートの壁に囲まれた行き止まりに来ていた。

 

「さて、此処なら誰も来ねぇだろうな」

 

 そう言うと、蓮斗は豪希の方を向いて言った。

 

「豪希君よ、お前さんの家が何処にあんのか教えてくれねぇか?」

「ん?別に良いが」

 

 そう言うと、豪希はスマホを取り出して『Google map』のアプリを開くと、自分達の実家の場所を表示し、蓮斗に見せる。

 

「ふむ、其所か………なら、彼処に転移してからってヤツだな………………サンキューな豪希君。もう十分だ」

「おう………………つーか、流石に『君』付けは止めてくれねぇか?」

「そうか?じゃあ呼び捨てにさせてもらうぜ」

「………………おう」

 

 一瞬、『何故そうなる』と言いたくなった豪希だが、蓮斗の背後から感じる、ただならぬオーラを感じ取り、その言葉を引っ込めて頷いた。

 

「それで蓮斗よ。どうやって行くってんだ?」

「おいおい紅夜、お前なら分かるだろ?1回経験してんだから」

 

 蓮斗にそう言われた紅夜は、プラウダ戦の後日、遊びに来た蓮斗に連れ出され、陸の大洗市のアウトレットモールに行った時の事を思い出した。

 

「まさか蓮斗………………『アレ』をやるってのか?」

「そりゃ勿論な………………さぁ、皆。俺に掴まりな」

 

 蓮斗がそう言うと、紅夜は彼の隣に立って肩を持つ。

 他の3人も、そんな2人に戸惑いながら蓮斗の肩や背中に触れた。

 

「さてと………………それじゃ行くぜ!瞬間移動!」

 

 そして、5人を白い光が包み、彼等が居た行き止まりは、再び無人に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、着いたぜ」

 

 蓮斗にそう言われ、長門家一家は閉じていた目を開ける。

 彼等の視界に広がったのは、先程居た場所とはあまり変わらない行き止まりだった。

 

「……?蓮斗、場所が同じに見えるんだが?」

 

 そう訊ねる紅夜に、蓮斗は首を横に振って言った。

 

「確かにパッと見はそうだが、道に出れば分かるって」

 

 そう言って、蓮斗は行き止まりを逆送して道路を目指す。

 紅夜達も後に続き、大して歩くこと無く道路に出てきた。

 

「あ、此処って!」

 

 道に出ると、綾はその辺りを見渡して声を上げる。それを見た蓮斗は、得意気な表情を浮かべた。

 

「どうやら、其所の嬢ちゃんは分かったらしいな………………そう。お前等の家の直ぐ傍の路地裏だったんだよ」

「私達の家も見えるわ………………それにしても、凄いわね。瞬間移動なんて、アニメでしか出来ないものだって思ってたのに…………」

 

 自分達の家を視界に入れた幽香は、目を見開きながら言った。豪希も口をあんぐりと開けて驚いている。

 

「まぁ、世の中広いって言うか………………普通なら出来ねぇような事を成し遂げてしまう馬鹿が居たりするんだよ」

 

 蓮斗はそう言うと、紅夜達に背を向けて歩き出そうとするが、不意に立ち止まって振り返った。

 

「紅夜。お前病室には何時に帰る予定だ?」

「ん?そうだなぁ………………7時ぐらいじゃね?病院の夕飯の時間も、その辺りだし」 

「りょーかい。そんじゃあ、その辺りの時間に家の外に出ときな。拾いに来てやるよ」

 

 蓮斗はそう言って、再び歩き出した。

 

 彼等は、呆然としながら蓮斗が見えなくなるまで見送ると、そのまま彼等の実家へと足を踏み入れた。

 

 長門紅夜は、約3年ぶりの里帰りを果たしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、久し振りの我が家だ~」

 

 リビングにやって来た紅夜は、ソファーにどっかりと腰掛けて言った。

 

「兄様、3年間も実家に帰らなかったものね。お正月とかにはお母さん、凄く寂しがってたのよ?」

「そーそー。今年の1月なんざ、『こうちゃん今年も来てくれなかった~』とか言いながら泣きついてきたんだからな」

「あ、アナタ!それに綾も、それは言わないでってアレ程言ったのに!」

 

 幽香は顔を真っ赤にしながら声を張り上げた。

 

「あー、えっと、その………………ゴメン、お袋」

 

 それを見た紅夜は、シュンとした雰囲気を出しながら謝る。

 それを見た幽香は、反射的に紅夜を抱き締め、その豊満な胸に彼の顔を埋めていた。

 

「こうちゃん、やっぱり可愛い~♪」

「むがんぷっ!?」

 

 紅夜は抜け出そうとするものの、矢鱈と力の強い幽香から抜け出す事は叶わなかった。

 

「それに、普段は優しくてカッコいいし………綾はしっかりしてて美人だし………流石、豪希と私の子供達~♪」

「きゃっ!?」

 

 幽香はそう言いながら、傍に居た綾も抱き締めた。

 

「やれやれ、俺が心配すべきだったのは、親離れではなくて子離れの方だったか………………まぁ、幽香は昔っからああだったし、紅夜や綾が一人暮らしするのにもグズってやがったからなぁ」

 

 数年前までは、この4人で食事を摂っていた食卓の椅子に座り、冷蔵庫から取り出した缶ビールを口に含みながら、豪希は当時の事を懐かしんでいた。

 

「コイツ等も、ホントにデッカくなったんだなぁ」

 

 染々と呟きながら、豪希はもう一口、ビールを口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからは、家族団欒の時間だった。

 久し振りに長門一家全員が揃った事に大喜びの幽香が菓子を作り始め、それを他の3人が手伝う。

 そして、出来上がった菓子がテーブルに並び、使った道具などの片付けを終え、4人揃って食卓を囲む。

 他にも、テレビをつけ、タイミング良く放送されていたお笑い番組を見て全員が笑う。

 3年間見られなかった光景に、幽香は大層喜んでいたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、もう行くよ」

 

 午後7時頃、迎えに来た蓮斗の隣に立ち、紅夜は3人に言った。

 

「もう少し、ゆっくりしていけば良いのに」

「そうしたいけど、時間が時間なんだよ、お袋。まぁ、退院したら直ぐに来るから」

 

 寂しそうに言う幽香に、紅夜は苦笑を浮かべながら言った。

 

「『直ぐに来る』っつっても紅夜。お前、今って金持ってんのか?」

「………………」

 

 

 視線を反らした紅夜に、豪希はやれやれと言わんばかりに溜め息をついた。

 

「て言うか兄様。病室には静馬に持ってきてもらったリュックあるじゃない。あの中に財布入れてないの?」

「………レッド・フラッグの帽子と、タコホーン&ヘッドフォンの通信機セットしか入れてませ~ん………………」

「じゃあ、財布はこうちゃんの家にあるのね?」

「そう………」

「紅夜………………せめて財布ぐらいは常時持っとけや、このアホ」

「グハッ!」

 

 豪希の止めと言わんばかりの一言を喰らい、紅夜はノックアウトした。

 

「やれやれ………………まぁ良い。お前が退院する日は分かってんだ、その日は車で迎えに行ってやるよ」

「アザッス!」

「復活早いなお前!?」

 

 一瞬で撃沈状態から復活した紅夜に、豪希は堪らずツッコミを入れ、全員で笑った。

 

「紅夜、そろそろ時間だ」

「あいよ、蓮斗………………そんじゃあ親父、お袋、綾。また今度な」

「ええ。こうちゃんも、もう少しの入院生活、頑張るのよ?」

「またね、兄様」

「たまには連絡寄越せよ?」

「分かってるって………………んじゃ!」

 

 紅夜はそう言うと、蓮斗と共に歩き出し、先程出てきた路地へと消えていった。

 

「………………さて、そんじゃあ今日はすき焼きにでもするか!」

「うわっ、お父さんったら、兄様が居ない時を狙ってやったわね?」

「あらあら」

 

 そう言い合いながら、3人は家の中に入るのだが………………

 

「ああっ!?そういや思い出したが、病院に俺等の車置きっぱなしじゃねーか!」

「「はっ!?」」

 

 自分達が乗ってきた車を置き去りにしたままだと言う事を思い出した一行だが、それに気づいていた蓮斗が、彼等の車を持ち上げた状態で、瞬間移動で家の前の駐車場に現れたのは、それから間も無くの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、紅夜は………………

 

「(親父等、今頃『病院に車忘れた!』とか言って大慌てしてるだろうなぁ………………)」

 

 食堂にて、出された夕飯のハンバーグを口に運びながら、そんな事を考えていたと言う。



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第111話~米英来日&勧誘の4日目です!~

 長門家一同でのお見舞いから一夜明け、紅夜の入院生活も、4日目の朝を迎えた。

 朝食を終えた紅夜は、病室のベッドに腰掛けて備え付けのテレビを見ていた。

 

 この病院に入院してからと言うもの、紅夜はほぼ同じような生活を送っていた。

 朝に起き、朝食を食べ、暇をもて余していたところに誰かが見舞いにやって来る。

 基本的に退屈な入院生活において、話し相手となってくれる存在があるのは嬉しいものだ。

 入院生活1日目と2日目は静馬と、その両親が、3日目には身内全員と蓮斗が訪れた。

 そして迎えた4日目。今日も誰か来てくれるのか、もし来てくれるなら、誰が来てくれるのかと、紅夜は楽しみにしていた。

 

『最近、不良集団による被害が相次いでおり、夜中の喧騒やごみの散乱、はたまた夜勤帰りのサラリーマンが、金を盗まれると言う事件が多発しております』

「ふむ、最近の世の中は物騒だなぁ………………」

 

 まるで他人事のように呟く紅夜が視線を向けている小さなテレビ画面には、近頃、様々な地域にて不良集団による被害が相次いでいると言う、どのドラマの光景だと言いたくなるような問題が話題となっていた。

 

『さらに不良集団は、夜遅くの塾帰りや、部活からの帰宅途中である女子生徒を狙うと言う事もあるとの情報もあり………………』

「うへぇ~、汚ぇ事しやがるモンだなぁ………………これ、雅辺りが喜んで飛び付いてきそうだな。彼奴、結構喧嘩好きだし」

 

 そう呟くと、向かってくる不良達に向かって、金属バットを容赦無く振り回す雅の姿が容易に想像され、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、俺やレッド・フラッグの男子陣も喧嘩好きなんだけどな」

 

 そう呟き、テレビのチャンネルを変えようと立ち上がろうとした時、閉められていた病室のドアが、控えめにノックされる。

 

「ん?扇先生でも来たのかな………………どうぞ」

 

 元樹が様子を見に来たのかと思った紅夜は、入室を許した。

 ドアがゆっくりと開かれ、其所から2人の金髪の少女が現れた。

 

「ごきげんよう、紅夜さん」

「ハロー、紅夜!お見舞いに来たわよ!」

 

 ダージリンとケイだった。

 

「ダージリンさんに、ケイさんか。態々すまねぇな、2人共………………それとケイさん。此処病院だから、もう少し静かに」

「Oh,sorry(あっ、ごめんなさい).つい、何時もの調子で来ちゃったわ」

 

 紅夜に注意され、ケイは苦笑を浮かべる。

 紅夜はベッドから立ち上がると、椅子を2脚出して2人を座らせた。

 

「それもそうですが紅夜さん、具合の方は如何?」

「ああ、俺としては退院しても良いぐらいだよ。ホラ」

 

 具合を訊ねてくるダージリンに、紅夜は笑みを浮かべながら返し、右腕をぐるりと回してみせた。

 そんな紅夜を、2人は微笑ましそうに見る。

 

「でも、紅夜ってホントにイレギュラーよね~。あの黒森峰の戦車9輌相手に3輌で挑むなんて、ウチじゃあほぼ無理ね。近づく前に狙い撃ちされて終わりだわ」

「確かに。おまけに、砲撃によって建物が壊れ、その瓦礫が降り注ぐ中を戦車で……それも、キューポラから上半身を乗り出した状態で突っ切るなんて、ウチのローズヒップでも考え付きませんわ」

「あんな事が出来るのは、世界広しと言えど紅夜ぐらいしか居ないわね」

「あははは……」

 

 そんな2人からのコメントに、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「そう言えば紅夜さん、今日は私とケイさんがお見舞いに来たのですが、それまでにも、何方かお見舞いには来られたのですか?」

「ああ」

 

 そう言って頷くと、紅夜は言葉を続けた。

 

「えっと………1日目と2日目は静馬…………あ、俺のチームの副隊長なんだけど、先ずはソイツが来てくれたよ。2日目にはソイツの両親も来てくれたな。そして3日目は、身内全員と蓮斗が来てくれたよ」

「蓮斗?誰?」

 

 聞き慣れない名に、ケイが首を傾げる。ダージリンも聞き覚えが無い名に、ケイと同じ反応を見せていた。

 

「ああ、俺の友人でな。髪が黒くて瞳が蒼いのを除けば、後は俺と瓜二つの男だよ」

「ドッペルゲンガーってヤツ?」

「それとは違うな」

 

 ケイの質問に、紅夜は首を横に振って答える。

 

「髪が黒くて、瞳が蒼、後は紅夜さんと同じ………………もしかしたら」

「ん?ダージリンさん、どったの?」

「い、いえ。ただ…………私の記憶が正しければ、あの方ではないかと思いまして」

「ん?お前、もしかして蓮斗に会ったのか?」

「恐らくは」

 

 そう言って、ダージリンは大洗VSプラウダの試合を見に行った時、蓮斗らしき人物が話しかけてきた事を話した。

 

「紅夜さんが仰有った特徴と合致していますから、彼ではないかと思ったんです」

「うん、間違いなく彼奴だ」

「?」

 

 ダージリンと紅夜の話題に、蓮斗と会った事が無いケイはついていけず、ただ首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなありつつ昼になり、3人は食堂へとやって来たのだが………………

 

「さぁ、紅夜さん?あーん」

「いやいやダージリンさん、んな事してくれんでも自分で食うよ」

「何を仰有るのです?外見だけ見れば調子が良さそうでも、未だ完全に治っていない可能性も、十分考えられます。そのための『あーん』ですわ」

「紅夜、それが終わったら、此方も食べてね♪」

 

 紅夜は、目の前に座る2人の少女に迫られていた。

 3人の会話からして察した方も多く居ることだろう………………そう。《『はい、あーん』イベント》である。

 何時ものように昼食を持ってきた紅夜は、箸を持って食べようとしたのだが、それをダージリンが止めて箸を取り上げると、食べさせようとし始めたのが発端である。

 因みに、それを見たケイも直ぐに便乗し、カウンターから箸を1膳持ってくると、紅夜に食べさせようとし始めたのである。

 

「いや、2人共?腕は痣だらけになっただけだから、態々食べさせてくれなくても良いって」

「駄目よ、紅夜。こう言うレディーからの厚意は、素直に受け取っておくものなのよ?」

「そうですわ。遠慮するのも確かに大切ですが、し過ぎるのも良くありません」

「そう言われてもなぁ………………」

 

 1歩も退かない2人に、紅夜は戸惑いの表情を浮かべながら辺りを見渡した。

 

『『『『『『『………………』』』』』』』

「(し、視線が痛い!)」

 

 昼食を摂っている入院者達からの視線が、紅夜1人に突き刺さる。

 その視線の主の9割方が男性であり、その視線には妬みの感情が多く含まれていた。

 

「(食わせてもらうなら、さっさとしろよ!そうでないなら自分で食えっての!)」

「(見せつけてんのか、あの緑野郎は!ぶち殺してあの席を奪いたい!)」

「(自分1人だけ良い思いしやがって!リア充めが!)」

 

 若い男性陣からは、そんなどす黒い感情を含んだ視線が突き刺さり、残りの入院者からの視線は、微笑ましそうな視線だったり、女性からの視線だったりした。

 

「(ホッホッホッ、いやぁ若いのぅ。ワシが若かった頃だって、こんな事は1回も無かったわい)」

「(あの緑色の髪の毛した子、結構イイじゃない♪骨折してなかったら襲ってたかも♪)」

 

 そんな視線も突き刺さる訳で、紅夜の精神はガリガリと削られていった。

 

「(もうヤだこの病院)」

 

 内心でそう呟きながら、紅夜は食事を再開するのだが、それからも視線は向けられ続け、せっかくの昼食を味わう事も出来なかったとか………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……なんで飯食うだけで、あんなにサン値削られんだよォ~…………」

 

 病室に戻ってくると、紅夜はベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。

 

「紅夜さん、かなり注目されてましたね」

「それだけfamousな人物になったって事よ」

「(主にお前等のお陰でな)」

 

 昼食の間、ずっと紅夜に向けられていた視線の意味を知らないままに言う2人に、紅夜は内心でツッコミを入れた。

 

「そういや2人共、今朝のニュース見たか?」

 

 不意に仰向けになって起き上がると、紅夜は今朝見たニュースの話題を振った。

 

「ええ。何でも、『不良集団による被害が相次いでいる』と、寮の部屋で見ましたわ」

「私もよ。全くterrybleな話よね!unfairよ!」

 

 余程許せないのか、2人の表情は険しくなった。

 

「今のところ、私の学園艦で不良グループによる被害者は出ておりませんが、何時、生徒達が被害に遭う事やら………………」

「そう言われてみれば、私の方も、ちょっと不安ね。まぁ、私とダージリンだけで言える話じゃないけど」

「確かになぁ………」

 

 紅夜は相槌を打ちながらベッドから立ち上がり、備え付けのテレビをつける。

 丁度放送されていたニュース番組では、今朝と同様に、不良グループによる被害の話題が出ていた。

 

「あ~あ………入院してなかったら、レッド・フラッグの男子メンバー総動員して、ソイツ等を撲滅しに行けたのになぁ………………」

「「え?」」

 

 軽く放たれた言葉に、ダージリンとケイの、間の抜けた声が重なった。

 

「こ、紅夜?冗談よね?レッド・フラッグの男子メンバーって、確か7人だけよね?」

「おう」

「不良グループとなれば、少なくとも20人は居ると想定されますわ。撲滅するとしても、流石に7人では無理があるのでは………………?」

 

 ケイとダージリンはそう言うが、紅夜は首を横に振って言った。

 

「いやいや。俺のチームの男子陣って、全員結構血の気盛んで喧嘩に強いから、40人ぐらいなら潰せるんじゃね?」

「「なっ!?」」

 

 あっさりと放たれた言葉に、2人は驚愕に目を見開いた。

 

「まぁ、実際に不良グループによるレッド・フラッグの男子陣で喧嘩売りに行った事なんて無いから、未だ何とも言えんけどな………………まぁ要するにだ、簡単に負けたりはしないってこった」

 

 そう言うと、紅夜は視線を逸らして呟いた。

 

「それに、女性陣に1人、そう言った喧嘩が大好きな奴が居るからな………………少なくとも彼奴を連れていくのは避けたいな………………否、彼奴は未だマシな方だ。これが蓮斗だったら………………下手すりゃ死人が出る」

「「ッ!?」」

 

 そんな呟きに、2人はまたしても、驚愕に目を見開くのであった。

 

「……そ、そう言えば紅夜さん?少しお話があるのですが………………」

 

 流石に空気を変えなければマズいと思ったのか、ダージリンは別の話題を持ちかける事にした。

 

「ん?どったの?」

 

 紅夜は視線を窓から戻し、ダージリンへと向ける。

 

「貴方のチームの、今後の活動についてお聞きしたいのです」

「んな事聞いてどうすんのさ?」

 

 突然、今後どうするのかを聞かせてほしいと言われ、紅夜は怪訝そうな表情を浮かべてダージリンを見る。

 

「いえ、別に深い意味は無いのですが……その…………もし良かったら、今度は我々聖グロリアーナに来て、色々ご教授願えないかと………………」

「………………ファッ?」

 

 いきなりの勧誘紛いの言葉に、今度は紅夜が間の抜けた声を出す。

 

「ちょっとダージリン、抜け駆けするなんてunfairよ!ねぇ紅夜、聖グロリアーナも良いと思うけど、やっぱウチに来ない?ウチの学校は結構開放的な所だから、直ぐに受け入れられるわよ?」

「いや、いきなり何言ってんのお前………………」

 

 いきなり過ぎてついていけないと言わんばかりの表情で、紅夜はそう言った。

 

「紅夜のチームって、結構ハチャメチャな面もあるけど、そんな面が試合で使えるかもしれないもの。それに決勝戦を見て思ったけど、driverの操縦テクニックもウチの何倍以上も高いのよ!戦車でスタントカーみたいな動きなんて、あんな重戦車じゃ到底出来ないわよ?」

「それについては同感ですわ。走行中に、進行方向をそのままにしてバック走行に移るなんて、それなりの技術が無ければ到底出来ません。なのに貴方のチームには、そんな事を容易くこなしてしまう操縦手が居る。生憎、ウチの戦車は、チャーチルやマチルダと言った、動きが遅いものが多いですが、巡航戦車クルセイダーなら、あのような挙動も十分に出来ますわ」

「いや、そう言われてもなぁ………………」

 

 その後も2人からの勧誘は続いた。

 どうしようも無くなった紅夜は、一先ず所属チームの移籍については拒否し、空いた日に練習にお邪魔すると言う事で、上手く話をつけた。そして、2人が帰る頃には、紅夜は疲れ果てており、夕飯を終えた後は、そのままベッドに倒れ込み、眠りについたと言う。



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第112話~伊露来日の5日目です!~

 朝6時30分、カーテンに覆われなかった僅かな隙間から射し込んでくる日光が、未だに寝息を立てている紅夜の顔に当たり、紅夜は大きな欠伸と共に目覚める。

 寝惚け眼な目を擦り、モゾモゾとベッドから起き上がると傍らの棚に置かれている電波時計を視界に入れる。

 

「今日で、入院生活5日目か………………」

 

 電波時計に表示されている日にちを見て、紅夜は呟いた。

 

「住み慣れたこの部屋とも、そろそろお別れの日が近づいてきたんだな」

 

 部屋を見渡しながら再び呟き、掛け布団を畳む。

 そして、ベッドから降りてスリッパを履き、思い切り伸びをする。

 それからベッドに身を乗せ、カーテンを開く。

 未だ7時にもなっていないのに、外はかなり明るかった。夏が近づいてきているのである。

 

「夏、か…………プールとか海とか行きたいな………………」

 

 そう呟きながら、棚に置かれているテレビの電源を入れ、その日の天気などの情報を得て時間を潰す。

 

「そういや、静馬にLINEするって言っときながら全くやってなかったな。退院してからグズられてもアレだし………………しゃーねぇ、やっとくか」

 

 そう言うと、紅夜は充電器に差していたスマホを充電器から抜き、電源を入れる。

 LINEのアプリを開くと、『静馬』と書かれているアイコンをタッチし、メッセージ画面を開いた。

 

「無難に『おはよう』的なメッセージでも送れば良いか」

 

 そう呟きながら、紅夜は文字のアイコンをタッチしてメッセージを送り始めた。

 

『よぉ、静馬。俺が入院してから5日経ったが、そっちはどうだ?因みに此方は普通だ。病院では、休日と何ら変わらない生活を送ってるよ。後2日もすれば退院出来るから、変な心配はしなくて良いって、他の連中にも伝えといてくれ   PS.もうそろそろテストの時期だと思うが、頑張れよ』

 

 そうして、メッセージを送信する。直ぐに既読が付かないのを見る限り、恐らく支度中か登校中でスマホを見れないのだろう。

 

 紅夜はスマホの電源を切る際、既に7時になっている事に気づき、朝食を摂るためにベッドから立ち上がり、何時ものように、食堂へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた………………まさか、昨日の事が病院の患者中に広がってるとは思わなかったぜ。皆一斉に此方向いてきやがった………俺が飯食ってる間、ずっと見てきやがって………」

 

 病室に戻ってきた紅夜は、疲れきった声で溜め息をつき、ベッドに倒れ込むと、そのまま寝返りを打って仰向けになった。

 

 あれから、食堂へと向かった紅夜は、到着して中に足を踏み入れた途端、既に食堂に来ており、朝食を摂っていた他の患者からの視線を一斉に浴びたのだ。理由は言うまでもなく、昨日、ダージリンとケイに食べさせられていた事についてである。

 そのため紅夜は、朝食を摂っている間ずっと、彼等からの視線を浴び続けたのだ。

 

「お陰で全く飯の味楽しめなかったしなぁ………クソッ、人の妬みってのは恐ろしいモンだな」

 

 愚痴を溢すように言うと、両手を後頭部で組んで枕代わりにする。

 

 今の紅夜には、『今日も誰かが見舞いに来てくれるのか、また、来るとしたら誰が来るのか』などと考える余裕は無くなっていた。

 

「もう良いや、昼間で寝てやろうかな」

 

 そう呟き、そのまま両目を閉じようとした時、ドアがノックされた。

 

「はーい?」

 

 食堂での疲れもあって、かなり気だるげな声で返事を返す。

 

「ああ、紅夜か?私だ、アンチョビだ。見舞いに来たのだが……今、大丈夫か?」

 

 ドアをノックしたのは、アンツィオ高校の『安斎 千代美』こと、アンチョビだった。

 紅夜は起き上がり、そのままベッドに腰かけると、返事を返した。

 

「ああ、良いぜ」

「じゃあ、お邪魔するぞ」

 

 紅夜の返答を受け、ドアが開かれ、アンチョビが入ってきた。

 

「久し振りだな、紅夜。元気にしていたか?」

 

 病室に入ってきたアンチョビは、右手を軽く上げて会釈しながら近づいてくる。

 

「ああ、お陰様でな…………しっかし、サンキューな。態々見舞いに来てくれて」

「い、いや。私は当たり前の事をしただけだ」

 

 礼を言われる事に慣れていないのか、アンチョビは少し顔を赤くしながら言った。

 

「そ、そう言えば紅夜。さっきは矢鱈と怠そうな返事だったが、具合でも悪いのか?」

「いや、実はな?」

 

 そう言って、紅夜は先程、食堂に行った時の事について話した。

 

 

 

 

 

 

「………………と言う訳なんだよ」

「それはそれは、お疲れさまだな」

 

 話すにつれて、表情に映る疲れの色が濃くなってくる紅夜に、アンチョビは苦笑を浮かべながら言った。

 

「それもそうだが、怪我の方は大丈夫なのか?かなり酷かったらしいが」

「まぁな。怪我した日はスゲー事になってたよ。顔の半分が血で赤く染まった上に、腕とか痣だらけだったからな………………まぁ、今となっては平気かな。俺としては退院しても良いと思うんだが、後2日間は此処に居なけりゃならんのさ………………って、アンチョビさんよ。『らしい』って何だよ『らしい』って?」

「えっ?………………ハッ!?」

 

 紅夜にそう言われ、アンチョビはしくじったと言わんばかりの表情を浮かべ、両手で口を覆った。

 

「アンチョビさん。お前もしかして、試合に来てないのか?」

「あっ、いや!その………………」

 

 怪訝そうな表情を浮かべた紅夜に訊ねられ、アンチョビは狼狽えた。 

 

 そう。勘の良い方はお気づきだろうが、アンチョビ率いるアンツィオ高校戦車道チームの生徒達は、決勝戦の会場に来たは良いものの、肝心の試合を見ていないのだ。

 その理由は、会場に一番乗りした時、あまりにも来るのが早すぎたために、時間を潰すために軽く宴会を開いたのだが、その際に全員疲れて眠ってしまい、そのまま寝過ごしてしまったからだ。

 その日の夕方、丁度みほ達が優勝旗を受け取ったところで目が覚めた彼女等は、試合会場に一番乗りしたのに肝心の試合を見れず、そのまま肩を落として帰ったと言うのは、彼女等としても記憶に新しい。

 

 

 

「………と言う訳なんだ。ゴメン、紅夜………………」

 

 それから少しして、隠そうとしても無駄だと思ったアンチョビは、事の一切を打ち明け、すまなさそうに頭を下げた。

 

「あーいや。別に良いんだけどさ」

 

 紅夜はそう言うと、顔を背けて肩を震わせた。

 

――怒らせた――

 

 そんな予想が、アンチョビの脳裏に浮かぶ。それもそうだ。

 

 何か重要な用事で行く事が出来なかったなら未だしも、『試合会場に一番乗りして、暇潰しに宴会したら疲れて眠ってしまい、そのまま寝過ごしたから見れなかった』なんて言われれば、怒るのも当然だ。

 

 両目を瞑り、何時紅夜が怒っても良いようにと構えていたが、一向に怒号は発せられない。

 

「ぷっ………………ククッ」

 

 それどころか、笑いすら聞こえていた。

 

「こ……紅夜…………?」

 

 おずおず声をかけると、必死に笑いを堪えている紅夜が振り返った。

 

「いや、すまねぇ……まさか、そんな理由だったとは、思わなくてさ…………ちょ、ヤベェ。マジ笑える」

「………………え?」

 

 怒るどころか笑っている紅夜に、アンチョビは間の抜けた声を漏らした。

 

「お、怒らないのか?」

「怒る?なんで?」

 

 アンチョビの問いに、紅夜は首を傾げる。

 

「いや、だって!別に大した用事も無くて、お前達が試合してる最中、私達はグーグー寝てたんだぞ!?」

「いや、別に構わねぇよ」

 

 アンチョビはそう言うが、紅夜は一向に怒らなかった。

 

「試合中に寝てたとは言え、会場に一番乗りするぐらい、大洗の事を気にかけてくれてたんだろ?なら良いよ………………って、隊長でもない俺が勝手に言えるようなモンでもねぇがな」

 

 そう言うと、紅夜は快活に笑った。

 

「………フフッ…………変な奴だな、お前は」

「よく言われるよ」

 

 目尻に浮かんだ涙を拭いながら言うアンチョビに、紅夜は笑みを浮かべながら返す。

 そうして、2人は楽しそうに笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私はそろそろ」

 

 11時となり、アンチョビは椅子から立ち上がった。

 

「おっ、もう帰るのか?」

「ああ。昼御飯を持ってきてないからな」

 

 そう言って、アンチョビはドアの前までやって来るが、不意に立ち止まると、紅夜の方へと振り返った。

 

「なぁ、紅夜」

「ん?」

 

 声をかけられ、紅夜はベッドに腰かけたまま返事を返す。

 

「今度、ウチと練習試合をしてくれるか?お前のチームと、戦ってみたいんだ」

「えっ………?」

 

 いきなりの練習試合の申し込みに、紅夜は間の抜けた声を出した。

 

「私のチームは、他の学校と比べたら弱………じゃなくて、ちょっと劣ってはいるが、それでも引退する前に、1回ぐらいは、と思ってな………………駄目か?」

 

 そう言って、アンチョビは不安そうな目を向ける。

 

「駄目な訳ねぇだろ。寧ろ大歓迎だぜ」

 

 そう言って立ち上がった紅夜は、子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。

 

「それになアンチョビさん、お前のチームが強かろうが弱かろうが関係ねぇんだよ。大事なのは『チームが強いか弱いか』じゃなくて、『試合をする事』なんだ。チームの強さなんて気にせず、何時もの調子で挑んできてくれよな!」

 

 そう言って、紅夜は微笑みかけた。

 アンチョビは一瞬、顔を赤くするものの、直ぐに表情を戻した。

 

「ああ、そうだな!」

 

 すっかり調子を取り戻したアンチョビは、元気付けられた事の礼を言うと、上機嫌のまま病院を後にした。

 

「さて、久々に試合が出来るんだ、後で皆に連絡しとかねぇとな」

 

 建物からでて、そのまま駐車場を突っ切って去っていくアンチョビを病室の窓から見送った紅夜は、嬉しそうに呟いた。

 

 そして、スマホを取り出して電源を入れると、時間は既に、12時になっていた。

 

「おっ、もう昼飯の時間か………………んじゃ、連絡するのは、また後にするか」

 

 そう呟き、紅夜は食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、今日も今日とて美味かったな」

 

 昼食を終え、病室に戻ってきた紅夜は、朝とは違って満足そうな笑みを浮かべていた。

 朝食の時のような視線を浴びず、昼食に専念する事が出来たからだ。

 

 上機嫌でテレビの電源を入れるとベッドに腰掛け、丁度良く放送されていた喜劇番組を見始める。

 この5日間で、現在世話になっている病室にもすっかり慣れ、今では最早、自室のように寛いでいた。

 

「いやぁ~、何か此処が俺の部屋のように思えてくるなぁ~」

 

 小さなテレビ画面に映る喜劇の舞台では、とある老人が場を掻き乱して、観客を笑わせている。

 もう、この喜劇番組を見ているだけで時間が潰れるのではないかと思い始めた時、再び、病室のドアをノックする者が現れた。

 

「ん?アンチョビさんが忘れ物でもしたのかな………………まあ良いや、どうぞ~」

 

 適当な予想を立て、紅夜は入室を許す。

 ドアがゆっくりと開き、其所から2人の少女が現れた。

 両者共に背はスラリと高く、1人は黒髪で、何処と無くクールな雰囲気を出しており、もう1人は、金髪に蒼い瞳を持つ少女……………プラウダ高校の、ノンナとクラーラだった。

 

「おっ、お前等だったのか。久し振りだな」

「ええ。お久し振りです、紅夜さん」

「Очень рад вас снова видеть.」

 

右手を軽く上げて会釈する紅夜に、ノンナは嬉しそうに返す。

 続くクラーラも微笑みながら挨拶をするが、ロシア語で話すために、紅夜にはまるで理解出来なかった。

 

「………………なぁ、ノンナさん。クラーラさんは何て言ったんだ?」

「私と同じく、『お久し振りです』と言ったのですよ」

 

 首を傾げながら訊ねる紅夜に、ノンナはそう答えた。

 

「Поскольку Клара,он не может понять руссий язык,разговор на японском языке(クラーラ、彼はロシア語を理解出来ないから日本語で話しなさい).」

「Да(はい).」

 

 ノンナが日本語で話すように促すと、クラーラは短く返事を返し、咳払いを1つすると、再び口を開いた。

 

「改めて、お久し振りです。紅夜さん」

「お、おう。久し振りだな」

 

 いきなりロシア語から日本語に切り替わった事に驚きながら、紅夜は返事を返した。

 

「それにしてもクラーラさん、今更だが、ちゃんと日本語話せたんだな」 

「ええ。ロシアでも勉強していたので」

 

 クラーラが流暢に日本語を話せる事に、今更ながらのコメントを呟く紅夜に、クラーラはそう返した。

 

「それもそうですが…………紅夜さん、お怪我の方はどうですか?」

「あー、やっぱソッチにも、その情報行ってたのか」

「はい。そもそも、エキシビジョンで見ていましたから」

「ああ、確かにそうだな」

 

 そう言うと、紅夜は言葉を続けた。

 

「怪我の方は、俺としてはもう何ともないよ。早く退院したいところだ」

「そうですか、それは何よりです」

 

 紅夜からの返答に、ノンナは嬉しそうに言った。

 

「もしかしてお前等、そのために来てくれたのか?」

「ええ。先日カチューシャが、『紅夜のお見舞いに行ってあげなさい』って………………」

「マジで?カチューシャさんがそんな事言うなんて、想像つかねぇなぁ~」

 

 紅夜がそう言うと、2人は苦笑を浮かべた。

 

「お気持ちは分かりますが、それを本人の前で言わないようにお願いしますね?」

「ああ、そうだな………………それよか、すまねぇな。態々見舞いに来てもらって」

 

 紅夜はすまなさそうに言うが、2人は首を横に振った。

 

「いえいえ。私達は昔、貴方に助けていただいた身なのです。これぐらいの恩返しぐらいはしないと」

 

 クラーラがそう言うと、紅夜は苦笑を浮かべながら言った。

 

「もしかして、未だあの時の事気にしてたのか?別に忘れちまっても良かったのに」

「そういう訳にはいきません。もし、あの場に貴方が来てくれなかったら、私もクラーラも、今頃は………………」

「あー、もう良いって。分かったから落ち着け、震えてるぞ」

 

 最悪の状況を思い浮かべて体を震わせるノンナに、紅夜は優しく言った。

 

「すみません。中々忘れられないもので」

「まぁ、ありゃ放っといたら大変だったからな。下手すりゃ人生も滅茶苦茶になっちまうんだし、その時の印象だって、強く残るだろうしな」

 

 そう言い終えると、紅夜は2人の表情が暗くなっていくのを見る。

 

「(ヤベッ、何とか話題を変えねぇと)」

 

 そう思い、紅夜は世間話を持ちかける事にした。

 

「そ、それよかお二方。どうだった?俺等の決勝戦は」

 

 そう言われた2人は、顔を紅夜へと向けて言った。

 

「ええ。最後であんなにも暴れるとは、驚きました」

「カチューシャも驚いてましたよ?『3倍もの数の戦車を相手にして全滅させるなんて、やっぱりレッド・フラッグって、滅茶苦茶な連中ね』……と」

「う~ん、それは褒められてるんだか、貶されてるんだか……………」

 

 カチューシャの意図が読めず、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「あれでも、かなり褒めている方だと思いますよ?」

「そうである事を祈るよ」

 

 そう話していると、何時の間にか喜劇番組は終わっていた。

 

「にしても、もう直ぐ夏だなぁ。プールとか行きたいぜ」

「「ッ!」」

 

 紅夜がそう呟くと、2人はピクリと反応した。

 

「あの、紅夜さん……」

「ん?どったの?」

 

 其処で、クラーラがおずおずと話し掛け、紅夜はクラーラの方へと視線を向けた。

 

「そ、その………もし良かったら、今度……私達3人で、プールにでも行きませんか……?」

「おおっ、そりゃ良い考えだな………………だが、俺が一緒に行っても良いのか?邪魔じゃね?」

「どうしてですか?」

 

 表情を曇らせる紅夜に、クラーラは疑問を投げ掛けた。

 

「いやいや、女子2人の中に男子1人だぜ?場違いっつーか、何つーか…………」

 

 そう呟きながら言葉を模索する紅夜を見て、2人は微笑ましそうな表情を浮かべた。

 

「それなら問題ありませんので、気にしないでください」

「その自信の根拠は何処から……………ふわぁ~あ」

 

 微笑みながら返事を返してくるクラーラに、紅夜はそうツッコミを入れるが、突然睡魔に襲われ、欠伸が出る。

 

「眠いのですか?」

「あーいや、大丈夫だ」

 

 口ではそう言うものの、目はトロリと垂れ下がってきており、眠くなっているのが丸分かりだった。

 

「無理をしないで。眠いなら、そのまま眠ってください」

 

 そう言うと、ノンナは紅夜に近づき、両肩を優しく持ってベッドに寝かせると、掛け布団をかぶせる。

 

「悪いな、態々見舞いに来てくれたってのに」

「いえ。私達がいきなり来たのですから、お気になさらず」

 

 ノンナはそう言うと、無理に開けようとされている紅夜の目を優しく閉じさせると、その頭を優しく撫でる。

 

「……すぱ……しぃーば…」

 

 それだけでノンナの意図を察した紅夜は、唯一使えるロシア語で、途切れ途切れになりながら礼を言うと、そのまま寝息を立てた。

 

 

 

「………………眠ってしまいましたね」

「ええ」

 

 ベッドに近づき、スヤスヤと寝息を立てる紅夜の寝顔を覗きながら言うクラーラに、ノンナはそう返す。

 

「こんなにも可愛らしい寝顔で眠る人が、試合となれば別人に変貌して暴れ回る………たとえ、自分の身が傷つこうと、戦う事を止めないなんて………惚れ直してしまいましたよ」

 

 頬を染めながら言うクラーラは、無意識の内に、紅夜の額に唇を近づけていたのに気づき、慌てて離れる。

 それを見ていたノンナはクスクスと微笑み、クラーラに声をかけた。

 

「彼が眠っている今なら、キスぐらいしても良いと思いますよ?」

「え?で、ですが………」

 

 クラーラは、そう言いながら恥ずかしがる。

 だが、紅夜の額に顔を向けては逸らしてを繰り返している辺り、心の底ではキスしたがっているのが丸分かりだった。

 

「貴女がしないなら、私が」

「ッ!だ、駄目ですッ」

 

 からかうようにして、ノンナが紅夜の額に唇を近づけようとすると、クラーラはその間に割り込んで、紅夜の額にキスをした。

 

「フフッ♪最初からこうすれば良かったんですよ」

「~~~~ッ!?」

 

 ノンナにそう言われ、クラーラは顔を真っ赤に染め上げた。

 

「でも、私だって………んぅ」

 

 そんなクラーラを他所に、ノンナも紅夜の額にキスをした。

 

「私だって、彼が好きなんですから………………簡単には渡しません。彼のチームの副隊長にも、他のチームの人にも。そして………………貴女にも」

「ええ………………挑むところです」

 

 そう言い合うと、2人は再び、紅夜の方へと向き直る。

 

「「紅夜さん………………Ятебя люблю(愛してます).」」

 

 2人同時に言うと、今度は両方の頬にキスを贈り、2人は顔を赤くしたまま、病室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、紅夜の退院を待っているレッド・フラッグのメンバーは………………

 

 

「最近、俺等の出番少なくね?」

「確かになぁ~」

「仕方無いんじゃない?」

 

 非常にメタい会話を交わしていた。



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第113話~お姉さんと妹分が来た6日目、前編です!~

 紅夜の入院生活も、早いもので6日目となった。

 何時もと何ら変わらない朝を迎えた紅夜は、病室を自室と勘違いする程に寛いでいた。

 

「う~ん!………………あー、良く寝た」

 

 ベッドの上にて起き上がり、思い切り伸びをしながら、紅夜はそう呟いた。

 

「今日で6日目か~、早かったような、短かったような………………」

 

 そう呟きながら、紅夜はベッドから立ち上がり、棚に置かれているテレビの電源を入れる。

 パチッと小さな音が鳴り、真っ黒だった画面が、ニュースキャスターとスタジオを映し出す。

 

「この番組、昨日も見たよな………………チャンネルそのままにしてたんだろうな」

 

 そう呟きながら、紅夜はベッドに腰掛け、その番組を見ていた。

 そして7時になると、再びベッドから立ち上がり、電源を消すと、食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、部屋に戻ってきたは良いが、この後どうするか」

 

 朝食を終えた後、久し振りに話し掛けてきた元樹に連れられて検査室に行き、検査を終えてから病室に戻ってきた紅夜は、ベッドに腰かけてそう呟いた。

 

「静馬や親父達、蓮斗やダージリンさんにケイさん、それからアンチョビさんと、クラーラさんとノンナさんが来てくれたんだっけな」

 

 そう呟きながら、紅夜は窓から外を見る。

 今日は晴れており、外で遊ぶにはうってつけの天気と言えた。

 

「外の天気はああだが、俺、この辺の地理とか全く知らねぇしなぁ……………聖グロリアーナと練習試合やった日、武部さんにこの辺りの事とか聞いときゃ良かったなぁ」

 

 紅夜は溜め息をつき、そのまま仰向けに倒れ込む。

 白い枕は、勢い良く落ちてきた紅夜の後頭部に押され、ボフンと音を立てる。

 

「暇だなぁ~………………」

 

 そう呟きながら、紅夜は気分を紛らせようと、ベッドで何度も寝返りを打つが気分は晴れないままだ。

 

「………………良し、退院して学園艦に帰ったら、戦車を思いっきり乗り回そう。いや、どうせだから、退院して直ぐにアンツィオチームと試合でもするか………いや、流石にそれは無理があるか」

 

 呑気に呟きながら、テレビをつけて午後の番組を見ようとした時、何時ものように、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 

「ほーい、どうぞ~」

 

 閉められたドアに向かって、紅夜はそう返事をする。

 ドアがゆっくりと開き、其所から1人の女性が入ってきた。

 水色のワンピースを着ており、腰まで伸びた茶髪を持つ女性――沖海 神子――だった。

 

「こんにちは。久し振りね、紅夜君。神子お姉さんがお見舞いに来たわよ」

「おろ?神子姉じゃねえか」

 

 神子が来たのが意外だったのか、紅夜は驚いたような表情を浮かべた。

 

「あれ?そういや学園艦から此処に来る連絡船って、未だ無かったんじゃねぇの?静馬が大洗の学園艦に帰る際に、そんな事言ってたような気がすんだけど」

「ええ。此処に来る連絡船は、未だ無いわよ?明日……紅夜君が退院する日の夕方に来るわ」

「マジでか………………ん?ちょっと待て。じゃあどうやって来たんだ?まさか、艦載ヘリでも飛ばしてもらったのか?」

 

 紅夜がそう訊ねると、神子は首を横に振り、苦笑を浮かべながら言った。

 

「流石に、一個人の都合で艦載ヘリを飛ばしてもらう訳にはいかないわ」

「そっか。まぁ言われてみりゃそうだよな………………じゃあ、どうやって?」

 

 そう訊ねると、神子はベッドに手をつき、紅夜の耳元で言った………………

 

「………………泳いで来たのよ」

「嘘つけ」

 

………………が、あっさりと嘘を言ったのがバレた。それもそうだ。

 何せ神子には、遠泳の経験は無い。

 それに、学園艦から海に飛び込んだとしても、右も左も分からない状況ではどうしようもならず、そのまま引き揚げられるがオチである。

 

「フフッ♪冗談よ、冗談」

 

 そう言って、神子は言葉を続けた。

 

「実はね………………丁度静馬ちゃんが学園艦に帰る日、その時の連絡船に乗っていたのよ」

「………………マジで?」

「ええ。大阪の両親に、『久々に顔を見せろ』って言われていたの」

「へぇ~………じゃあ沖兄も?」

 

 紅夜がそう訊ねると、神子は頷いた。

 

「ええ。でも兄さんは、未だ大阪に居るわ。色々と回らなきゃいけないみたい」

「成る程な…………んで、神子姉が見舞いに来てくれたと」

「そう言う事になるわね」

 

 そう言うと、神子は壁とベッドの間に置かれている折り畳み式の椅子を引っ張り出し、ベッドの前で立てると、そのまま腰掛けた。

 

「それで、調子はどうなの?もう明日には退院なんだから、結構良くなっているんじゃないかしら?」

 

 そう聞いてくる神子に、紅夜は頷いた。

 

「ああ。入院1日目はかなり酷かったけど、今では平気だよ」

 

 そう言って紅夜は、今朝の朝食後の検査の事を話した。

 検査室にて、一度包帯を取り、肌の様子を見られたのだが、もう痣らしきものは残っておらず、レントゲンでの検査もしたが、完全に治っていたのだ。

 一応退院は出来るが、念のためと、退院する日は変わらなかった。

 

「………………と言う訳なんだよ」

「そう。じゃあ明日、迎えに来てあげるわ。学園艦に戻ったら、先ずは戦車道チームの皆に顔を見せないとね。皆、心配してるわよ?黒姫ちゃんなんて、特にね。連絡船に乗る前に会ったんだけど、私が本土に行くって言ったら追い縋ってきて、『私もつれていって!ご主人様に会わせて!』なんて言い出したんだもの」

「おお、マジでか…………」

 

 そう言って、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ、それから女の子2人に、家に連れ戻されたらしいけどね」

「女の子?なんでそんな曖昧な言葉使うんだよ?レッド・フラッグの女子陣の誰かじゃねぇの?」

「いいえ、少なくとも見覚えが無い女の子だったわよ?もしかしたら、パンターやイージーエイトの付喪神なんじゃない?フフッ♪紅夜君ったら、ホントにモテるのね♪普通の女の子にも、戦車にも」

「あははは、冗談は止してくれよ神子姉」

 

 苦笑を浮かべながら言う紅夜に、神子は微笑ましそうな眼差しを向けた。

 だが、その優しげな微笑みは、突然、妖艶なものに変わった。

 

「まぁ、それもそうだけど…………紅夜君……」

 

 頬を上気させた神子は、色気を含ませた声で言いながら、椅子から立ち上がり、ベッドに手をついた。

 

「え、何?ど、どったの神子姉?」

 

 急に態度を変え、誘惑するように迫ってくる神子に、紅夜はたじたじになりながら問い掛ける。

 

「ねぇ、紅夜君………久し振りに………『アレ』、してみない………?」

「ん?『アレ』?何だっけ?」

 

 神子が言う『アレ』の意味が分からないのか、紅夜は首を傾げる。

 

「あら、忘れちゃったの?昔、泊まりに来た時には毎朝してたのに………」

 

 神子は残念そうな表情を浮かべて言うものの、当の紅夜にはその記憶が無いらしく、ただ首を横に振るばかりだ。

 

「いやいや、マジで知らねぇって!何故か寝る時は何時も神子姉の部屋だったけど、特に何もされてな………………ん?」

 

 其処で何か引っ掛かるものがあるのか、紅夜の口が一瞬止まった。

 

「そう言えば、朝起きたら何故か、耳がベトベトに濡れてたような…………………いや、気のせいかな」

「いいえ。合ってるわよ、紅夜君」

 

 思い出した事を気のせいとして処理しようとした紅夜だが、神子が気のせいではないと言い張る。

 

「だって私………………紅夜君が寝てる内に、耳を舐めてたんだもの♪」

「ブフゥゥウウウッ!!?」

 

 そんなカミングアウトに、紅夜は盛大に噴き出した。

 

「うぉいっ!アンタ何してくれてんだよ!?あ、そういや思い出したが、ありゃ気のせいじゃねぇ!何かベトベトになってるって思ったけど、アレってアンタの仕業だったのかよ!?」

「ええ、そうよ。何か問題が?」

「問題大有りだっての!ありまくりで何から言えば良いのか分からんわ!」

 

 紅夜は、此処が病院であると言う事もすっかり忘れ、声を張り上げた。

 

「まぁまぁ紅夜君、黙ってたのは謝るから………それに、耳を舐めてた時の紅夜君、結構気持ち良さそうだったのよ………?」

 

 神子がそう言うと、紅夜はハイライトを失った目をして、頭を抱えてベッドに蹲った。

 

「その時の俺に、昔お袋に教わった《マスタースパーク》か、親父の《ビックバン・アタック》撃ち込んでやりてぇ……………!これで俺が変態キャラだって誤った認識が広がったら、マジでどうすんだよぉ………………!俺、一生外を歩けねぇよぉ……下手すりゃ自殺するかも」

「その時は私の家にいらっしゃい?ずぅ~っと愛してあげるから…………」

「もうヤだこの人」

 

 紅夜がそう言っている間にも、神子は迫ってくる。

 靴を脱いでベッドに上がり、紅夜の顔を上げさせると、その膝に左手をつき、右手で紅夜の左の髪をサラッと持ち上げる。

 

「相変わらず、可愛いわね…………病院だから、あまり大きな音は立てられないけど、少しだけなら、ね………?」

 

 そう言って、露になった紅夜の耳に唇を近づけようとした、その時だった。

 

 

 ドアをノックする音が聞こえてきたのだ。

 

「…………無粋な来客ね」

「そう言うなよ神子姉(助かった~、マジ助かった~)…………どうぞ~」

 

 口ではそう言いながら、本心では安堵の溜め息をつきながら、紅夜は入室を許した。

 ドアがゆっくりと開き、其所からボコのぬいぐるみを抱えた、髪をサイドアップにした小柄な少女――島田 愛里寿――が、ひょっこりと顔を出した。

 

「お兄ちゃん、お見舞いに来たよ……?」

 

 そう言いながら病室へ入ってくる愛里寿だが、神子が紅夜に迫っているのを見て動きを止める。

 

「おっ、愛里寿ちゃんじゃねぇか。見舞いに来てくれたのか?」

 

 そう言って、軽く右手を上げて会釈する紅夜だが、愛里寿からの返事は返されなかった。

 

「………………」

 

 暫く呆然としている愛里寿だが、やがて、紅夜と神子を交互に見て、不機嫌そうに頬を膨らませながら言った。

 

「お兄ちゃん……その女の人…………誰なの………………?」

「ちょい待とうか愛里寿ちゃん、何故に不機嫌なんだ?」

 

 紅夜はそう言うが、愛里寿はただ、不機嫌そうにしながら近づいてくる。そしてベッドの前で立ち止まり、紅夜に顔を近づけた。

 

「その女の人…………誰……?」

 

 まるで浮気現場に遭遇した妻のように言う愛里寿。

 紅夜は訳が分からぬまま、取り敢えず紹介する事にした。

 

「この人は沖海神子。俺のチームが現役だった頃、整備をしてくれた人なんだよ」

「はじめまして。えっと……愛里寿ちゃん、だったわよね?紅夜君が言ったように、私は沖海神子。レッド・フラッグ整備班のメンバーの1人よ。よろしくね」

 

 神子はそう言いながら、一旦紅夜から離れる。

 

「………島田…………愛里寿」

 

 神子が紅夜から離れたことに内心で安堵の溜め息をつきながらも、今度は人見知りな性格により、かなり小声での自己紹介となった。 

 そして愛里寿は、ぽてぽてと足音を立てながら紅夜に近づくと、そのまま抱きつく。

 

「………………?」

「ああ、ゴメンな神子姉。この子、かなりの人見知りなんだよ。最早コミュ症の域で」

 

 いきなりの愛里寿の行動についていけずに首を傾げている神子に、紅夜が冗談めかしてそう言うと、愛里寿は紅夜の服の袖を引っ張った。

 紅夜が目を向けると、愛里寿が不満げに頬を膨らませていた。

 

「私、コミュ症じゃないもん…………」

「あー、はいはい。悪かったって」

 

 適当な謝罪を入れながら、愛里寿の頭を優しく撫でる紅夜。

 

「んっ………………うぅ~」

 

 紅夜に撫でられ、気持ち良さそうに目を細める愛里寿だが、この場に居るのは自分と紅夜だけではない。(愛里寿からすれば)他人が居るのだ。それに気づいたら、流石に平常心を保ってはいられないだろう。

 それによる恥ずかしさを紛らせようとしたのか、先程よりも強く抱きついて顔を埋める。

 

「あらあら。照れ隠しに抱きつくなんて、可愛いわね………………」

 

 神子は頬に手を置き、微笑ましそうな眼差しを向けた。

 

「でも、こんな幼い子に対してやる事ではないけど…………」

 

 そう言いかけると、神子は愛里寿の反対側から紅夜を抱き締め、その豊満な胸に紅夜の腕を挟み込んだ。

 

「私だって、負けないんだから」

「………ッ!」

 

 宣戦布告とも呼べる神子の言葉に、愛里寿はハッとして顔を離すと、そのまま神子の方へと向ける。

 視線が合った瞬間、2人の間で火花が散った。

 

「いや、何の話?」

 

 間に挟まれている紅夜は、訳が分からず戸惑うだけだった。

 其処へ、ノックの音と共にドアが開き、元樹が入ってきた。

 

「失礼するよ、紅夜君。そろそろお昼ご飯の時間だから……って…………おやおや、邪魔しちゃったかな?」

「いえ、取り敢えずこの2人を何とかしてください」

 

 からかうようにして言う元樹に、紅夜は助けを求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、抱きつく2人を離す事に成功したのは、それから約20分後の事である。




 おーい皆、ダイナマイトは持ったか?


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第114話~お姉さんと妹分が来た6日目、後編です!~

「うぅ~、ご主人様ぁ………………」

 

 此処は、大洗女子学園学園艦の町の、とある一軒家の一室。

 その部屋は8畳程の広さを持っているのだが、その部屋にあるのは勉強机とベッド、そして真ん中に置かれた丸いテーブルぐらいしか無いため、部屋が実際の広さ以上に広く見えている。

 

 現在、その部屋に明かりはついていないのだが、ベッドの上には、枕を抱き締めて寝転がり、寝返りを打ったり、足をバタバタさせている少女が居た。

 黒髪の一部をサイドアップに纏め、白い装束のような服を着ている少女だ。

 彼女の名は黒姫、彼女が『ご主人様』と呼び慕う青年――長門 紅夜――が隊長を務めている戦車道同好会チーム――《RED FLAG》――における隊長車――IS-2――の付喪神である。

 

「うぅ~、寂しいよぉ……ご主人様ぁ…………」

 

 黒姫はそう言いながら、抱き締めていた枕に顔を埋める。

 そんなに言うなら、紅夜が病院につれていかれる際に、一緒に行けば良いと言う意見もあるだろうが、そうはいかないのだ。

 

 そもそも黒姫は、正式なレッド・フラッグのメンバーではない上に、普通の人間だとも言えない。

 それに『付喪神』と言うものは、『空想上の存在』と言うのが世間一般の考え。それが実在するとなれば、大騒ぎは免れない。世間での常識も滅茶苦茶になってしまう。

 輝夫達が平然としているのは、彼等の性格が特別だったからであろう。

 そう言った理由から、彼女は紅夜が救急車に乗せられる際に、いきなり姿を現してついていく訳にはいかなかったのだ。

 

「うぅ~……ご主人様ぁ………………」

 

 尚も慕う主を口にしながら、彼女は枕を抱いて寝返りを打つ。

 こんな姿を晒している少女が、決勝戦の前夜に悪夢で魘されていた主を抱き締め、安心させた者だと言われたら、誰が信じられようか?………………いや、恐らく誰も信じないだろう。

 

 黒姫はゴロゴロと、ベッドの上で寝返りを打ち続ける。

 それが永遠に繰り返されると思われた、その時だった。

 

「レッド1、入るわよ?」

 

 突然、閉められたドアの向こうからそんな声がすると、ゆっくりとドアが開かれ、1人の女性が入ってきた。

 腰まで伸びる金髪に青い瞳を持った長身の女性だった。

 

「ん~?何よレッド2」

 

 枕から顔の上半分を覗かせ、黒姫はそう言った。

 『レッド2』と呼ばれたその女性は、呆れたように溜め息をつきながら部屋の電気をつけた。

 

「そろそろ昼食の時間だから呼びに来たのよ………………それにしても貴女、まぁ~たコマンダーのベッドでゴロゴロしてたのね?今日で何度目なのよ…………」

「良いじゃない。ご主人様は未だ入院中なんだから、ご主人様成分が無くなりそうなのよ」

「あのねぇ………………」

 

 あまりにも理解不能な黒姫の言い訳に、レッド2は額に手を当てた。

 

「まぁ、兎に角1階に降りてらっしゃい。レッド3が待ちくたびれてるわよ」

「はーい」

 

 渋々返事をすると、黒姫はベッドから起き上がり、そのまま部屋を出ていった。

 

「やれやれ………あの子がコマンダーを慕う気持ちは分かるけど、毎日あんな調子じゃねぇ………まぁ、予定では明日に退院するから良いけど」

 

 そう呟きながら部屋を出ようとすると、バサッと音を立て、1冊のノートが床に落ちた。

 

「ん?」

 

 レッド2はそのノートを拾い上げ、表紙を見つめる。

 

「日記………多分コマンダーのね………何が書かれているのかしr…「おいレッド2!何してんだよ!腹減ったから早く食おうぜ!」……はいはいレッド3、今行くわよ!」

 

 1階から、黒姫のでもない女性の声が聞こえ、その声の主に返事を返すと、レッド2はノートを机に戻して部屋から出ると、そのまま1階に降りていき、3人揃ったところで昼食を摂り始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、紅夜君?あーん」

「お兄ちゃん、此方の食べて」

「ちょ、ちょっと待とうぜ2人共。少し休憩時間をくれ」

 

 その頃、此処は紅夜が入院している病院の食堂。

 其所では紅夜が、神子と愛里寿の両方からおかずを差し出され、たじたじになっていた。

 

「いやぁ~、ホントにモテるねぇ紅夜君。いやはや、この光景は見てて面白い」

「面白がってないで助けてくださいよ」

 

 笑いながら言う元樹に、紅夜はジト目で言い返した。

 

 両側から抱きついてくる2人を離す事に成功した紅夜は、元樹に誘われて、神子と愛里寿を伴って食堂へと来て昼食を摂っていたのだが、其所で、神子が紅夜におかずを食べさせ、それを見た愛里寿も対抗し、さらに神子が食べさせると言う連鎖が起こり、紅夜は立て続けに差し出されるおかずを口に詰め込まなければならなくなっていた。

 

 因みにその際、おかずを詰め込みすぎた事によって、紅夜の頬がハムスターのように膨らみ、それを見た元樹が面白がって写真を撮ったのは余談である。

 

「何度も言うけど、紅夜君ってホントにモテるんだねぇ。満てて面白いけど、羨ましくもなるねぇ………………あ、僕の卵焼きもどうだい?」

 

 そう言って、卵焼きが乗った皿を近づけようとする元樹だが、神子と愛里寿に睨まれる。

 

「扇先生?紅夜君に食べさせるのは私なので、余計な手出しは無用ですよ?」

「お兄ちゃんは……私のを、食べるの……邪魔、しないで……」

「はい、すみませんでした」

 

 2人に睨まれた元樹は苦笑を浮かべながら謝り、皿を下げて自分の昼食に戻る。

 

「ちょいと愛里寿ちゃん、『私の』とか言ってるけど、それ俺のおかずだからな?」

「そんなの……気にしちゃ、駄目…………はい、あーん」

 

 紅夜のツッコミを軽く流し、箸で取ったおかずのウインナーを食べさせようとする愛里寿。

 

「ちょ、待ってくれ愛里寿ちゃん。少しで良いから休ませてくれ………」

「………………」

 

 紅夜はそう頼むが、愛里寿は拒否されたと言わんばかりに落ち込み、潤んだ瞳で紅夜を見上げる。

 

「………………いただきます」

「ッ!うん………!」

 

 結局、根負けした紅夜は食べる事を決意し、それを聞いた愛里寿は、咲き乱れた花のような笑みを浮かべてウインナーを差し出した。

 

「(食べさせてもらうのは嬉しいんだが、こりゃある意味地獄だな………………はぁ、お家帰りたい……………)」

 

 内心でそう呟きながら、紅夜は次々差し出されるおかずを口に詰め込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた………なんで飯食うだけでこんなに疲れるんだよ………………」

 

 昼食を終え、病室に戻ってきた紅夜はグロッキーになっていた。

 あれから、次々差し出されるおかずを口に詰め込んでいった紅夜は、最早おかずを味わう余裕も無く、ただひたすらに、口に詰め込んだおかずを噛み砕いては飲み込みと言うサイクルを繰り返し、時には喉を詰まらせる事もあったのだ。

 おまけに周囲から突き刺さる視線の嵐と来たら、最早地獄の域だろう。

 

「お疲れさまだね、紅夜君」

 

 元樹は苦笑を浮かべながら、紅夜の背中を擦った。

 

「ご、ゴメンね?その、私…………」

「お兄ちゃん……怒ってる…………?」

 

 それを見た神子と愛里寿から、不安そうな視線が向けられる。

 愛里寿に至っては、紅夜を怒らせたと思っているのか、表情に怯えの色が見えていた。

 

「いや、別に怒ってねぇよ愛里寿ちゃん。心配すんな。それに神子姉、別に謝らなくても良いって」

 

 元樹に背中を擦られながら、紅夜はそう言った。

 

「紅夜君、女の子に甘いねぇ」

「目の前で泣かれたら目覚めが悪いじゃないですか」

「ははは、そりゃ違いない」

 

 からかうように言う元樹に紅夜が言うと、元樹は軽く笑って返す。

 

「そういや扇先生、さっきからずっと此処に居ますけど、仕事は良いんですか?」

「………………それは、君が知らなくても良い事さ」

「良くねぇよ!はよ仕事行け!」

 

 視線を逸らしながら言う元樹に、紅夜は盛大にツッコミを入れた。

 

 その後、やって来た1人の看護婦によって、元樹はズルズルと引き摺られていったそうな………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ紅夜君、また明日ね」

「あいよ神子姉。また明日」

 

 あれから暫く経ち、神子は病室から出ていった。

 特別な理由が無い限り、病室に泊まる事は許されないため、近くのホテルに泊まるためである。

 

「私も、もうすぐお母様が迎えに来るから、行く」

「おう、そうか。じゃあな愛里寿ちゃん。見舞いに来てくれてありがとな」

 

 そう言って、紅夜は病室から出ていく愛里寿を見送った。

 

「あー、今日も何とか乗り切った~」

 

 その後、仰向けにベッドに倒れ込んだ紅夜は、神子と愛里寿を不安がらせないために隠していた疲れを癒すため、そのまま目を瞑り、深い眠りに落ちようとするのだが………………

 

 

「(あ、バイクの免許取るから退院しても学園艦に戻れないって伝えるの忘れてた。今直ぐ連絡せねば………………)グゥー」

 

 一番伝えなければならない事を伝え忘れていた事に気づいた紅夜だが、睡魔には勝てず、微睡みに身を任せるしかなかった。



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第115話~退院の7日目、前編です!~

 紅夜の入院生活してから、とうとう7日目になった。今日をもって、紅夜は退院し、本土に戻ってくる(と、皆は思っている)のだ。

 

「それじゃあ2人共、行ってくるね」

 

 何時もの白い装束のような服を着て、紅夜の家の玄関から外に出た黒姫が、靴箱に立っている2人にそう言った。

 今日は紅夜が退院する日であり、尚且つ、本土へと向かう連絡船が出る日。そのため、黒姫は本土へと、紅夜を迎えに行くつもりなのだ。

 

「ええ。行ってらっしゃい」

「隊長によろしく言っといてくれよな、レッド1」

 

 金髪の女性に続いて、右目に赤い眼帯をした女性が言う。

 

「分かってるって。じゃあ行ってきます」

 

 2人に見送られ、黒姫は本土へ向かう連絡船への乗り場へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遂に………………遂にこの日がやって来た!」

 

 視点を移して此処は紅夜が入院している病院。

 ベッドの上に立った紅夜はカーテンを開き、その勢いで、未だ纏められていない緑髪を翻させる。

 

「おっ!朝っぱらから元気だねぇ、紅夜君」

「あ、扇先生。おはようございます」

 

 病室に入ってきた元樹が笑いながら声を掛けると、紅夜はベッドから降りて挨拶した。

 

「ああ、おはよう。入院生活最後の夜はどうだった?良く眠れたかい?」

「ええ、勿論。何時も通り、思いっきり寝てましたよ」

 

 紅夜がそう答えると、元樹は意外そうな表情を浮かべた。

 

「おや、そうなのかい?僕はてっきり、退院するのが嬉しすぎて眠れなかったとか言われると思ってたんだけどね」

「遠足や運動会を前にした小学生じゃあるまいし………………」

「確かに」

 

 そう言って、2人は軽く笑い合った。

 そうしている内に時は流れ、食堂が開く時間となり、2人は病室を出て食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、退院したら大型二輪の免許を………………」

「ええ。家に廃車状態から修理した陸王があるんですけど、親父が『場所取るから、早く免許取って持っていけ』って五月蝿くて」

「それはそれは、大変だねぇ………」

 

 食堂に着いた2人は朝食を摂りながら、紅夜が退院した後、何をするかについて話していた。

 退院したら直ぐ、大型二輪の免許を取る事になっていると話す紅夜に元樹が感嘆の声を溢すと、紅夜は苦笑を浮かべながら、そうなった理由を語る。

 それを聞いた元樹は、また苦笑を浮かべていた。

 

「それもそうだけど、君が退院するとなれば、君の友達は喜ぶだろうね。初日と2日目に来た娘は、特に」

「………ああ、静馬ですか………まぁ、彼奴は一番喜んでくれそうですね。だけど………」

「?」

 

 途中から表情を曇らせる紅夜に、元樹は首を傾げた。

 

「退院しても、直ぐ学園艦に戻るって訳じゃないからなぁ~。免許取るために、暫くは東京の家で暮らさなきゃならんし」

「あらら………………こりゃ、下手したら彼女、泣くかもね」

「ですね~」

 

 そんな会話を繰り広げながら、2人は朝食を平らげて返却口へと戻し、元樹は仕事へ、紅夜は病室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、視点を移して、此処は大洗女子学園の体育館。其所では今、全校集会が開かれており、みほ達あんこうチームが壇上に上がり、此度の戦車道全国大会決勝戦での活躍を表彰されていた。

 

《普通Ⅰ科2年A組、西住 みほ、五十鈴 華、武部 沙織、冷泉 麻子。普通Ⅱ科2年C組、秋山 優花里。以上の5名を、必修選択科目、戦車道の全国大会において、非常に優秀な成績を納めた者として表彰し、戦車道成績優秀者における特典を与えられる者とする》

 

 壇上に立っている学園長がそう言うと、集められた生徒全員から盛大な拍手が贈られる。

 5人を代表して、みほが表彰状を受け取った途端、拍手はより大きなものとなった。

 

《尚、この壇上には居ないが、普通Ⅰ科2年A組、六条 深雪、竹村 千早。普通Ⅱ科2年C組、須藤 静馬、草薙 雅、武内 和美、如月 亜子、水島 紀子の7名も、同様に優秀な成績を納めた者として、戦車道成績優秀者における特典を与えられる者とする》

 

 学園長が続けて言うと、また同じように拍手が起こるが、拍手を贈っている、戦車道を受講していない生徒達からは、静馬達が戦車道をしている事についての驚きを含んだコメントが漏れ出す。

 

「ねぇねぇ、須藤さん達って戦車道やってたんだね」

「意外だよね~」

「そういや須藤さん達って元々、昔有名だった戦車道同好会チームのメンバーだったらしいよ~」

「マジで?」

「うん。おまけにそのチーム、引退するまでの間に42連勝する程の凄腕チームだったらしいわよ?戦車道の雑誌買ってきた姉から聞いたもん」

「それなら、戦車道成績優秀者になるのも納得よね~」

 

 あちこちから聞こえてくるコメントに、レッド・フラッグの女性メンバーは、一気に有名になってしまった事について苦笑を浮かべていた。

 

「何か、一気に有名人になっちゃったわね~、私達。1学期始まったばかりの頃は、極々普通の女子高生だったのに………………」

「まぁ、そうもなるでしょうよ。だってあの決勝戦、テレビで生中継されてたんでしょ?それに優勝したんだし、そのついでとばかりにレッド・フラッグの事まで放送されたんだから、それ見て私等の事を知ったって生徒も、居ないとは言えないわ」

 

 話し掛けてきた亜子に、雅はそう返した。

 

「ねぇ静馬、アンタはどうおも………………あー、駄目だわコリャ」

 

 自分の斜め後方に座る静馬に話し掛けようとする雅だが、静馬の様子を見た途端に話し掛けるのを止めてしまった。

 当の本人は、三角座りで膝に顔を埋め、擦り付けていたのだ。

 

「ね、ねぇ雅。静馬は一体どうしたの?具合でも悪いの?」

 

 表情をひきつらせながら訊ねる亜子に、雅は苦笑を浮かべながら言った。

 

「あー、いや。別に具合悪いって訳じゃないんだけど、えっと………………ゴメン、亜子。それについては後で話すわ。此処で話したら他の連中に聞かれるし」

「オッケー」

 

 小声でそう言い合い、2人は残りの集会が終わるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ~、紅夜ぁ………………」

 

 教室に戻ると、窓側の席に座っている静馬は机に突っ伏していた。

 

 静馬とは反対に、廊下側の席に座っている亜子と雅は、そんな静馬を見ながら話していた。

 

「紅夜が暫く帰ってこない?なんでよ?今日退院でしょ?」

「そうなんだけど………………今朝、紅夜からLINEが来て、『バイクの免許取らなきゃ駄目だから、後2週間は帰ってこれない』って言われたらしいのよ」

「成る程、それであんなにまで落ち込んじゃってるって訳ね」

「そう。それに、ただでさえ退院直後の紅夜に会えないってのに、会えない期間がさらに延ばされたってなりゃ、静馬だったらああなるってモンよ」

 

 苦笑を浮かべ、未だに机に突っ伏している静馬へと視線を向けながら言う亜子に、雅はそう付け加える。

 

「そうそう。そういや学校に行く前の事なんだけど…………」

「ん?何かあったの?」

 

 その直後に話題を振りかけてきた雅に、亜子は視線を向ける。

 

「その時、黒姫から電話があったのよ。紅夜の家の電話でね。まぁ、スマホは紅夜が持ってるから、家の電話を使うってのが当然だけど」

「黒姫から?それで、あの娘は何て言ってたの?」

「えーっと、確か………………」

 

 そう言いかけ、黒姫が言っていた事を言おうとした時だった。

 

「へぇ~、面白そうな話をしてるじゃない。私も交ぜてくれないかしら?」

 

 2人の横から、そんな声が聞こえてきた。聞き違える筈の無い、彼女等の乗る戦車の車長からの声だった。

 

「ねぇ、雅?黒姫から電話があったそうじゃない。何て言われたの?」

「そ、それは………………」

 

 作られた笑顔を張り付けた静馬の顔が迫り、雅は額から大量の冷や汗を流していた。

 

「(どうしよう?言っても私に直接的害は無いんだけど、これ言ったら間違いなく、静馬は怒るわ……だってスッゴい明るい声で、『今日で退院するご主人様を迎えにいってくる♪』って言ってたんだもの……でも、言わなかったら言わなかったで後が怖い………………ゴメンね、黒姫。私も、命だけは惜しいのよ………………)」

 

 内心で、今は連絡船に乗っているであろう黒姫にそう謝り、雅は黒姫が言っていた事を話した。

 

「――――って言ってたんだけど………………ん?静馬?」

「ふっ…………フフフフフ………………」

 

 雅からの話を聞いた静馬は顔を俯けて肩を震わせながら、不気味な笑みを浮かべていた。

 そして、不意に廊下へと歩き出そうとする。

 

「ちょちょちょ!?ちょっと待ちなさいよ静馬!アンタ何処行くつもりなのよ!?」

 

 突拍子も無い静馬の行動に驚きながら、亜子は静馬の腕を掴んで引き留め、何処に行くつもりなのかと問い詰める。

 

「うん?別に大した事でもないわよ?ちょぉ~っと、悪い子乗せた船を他の乗員乗客もろとも海の藻屑にするだけだから。この対艦ミサイル――《ハープーン》――でね♪」

「おい、ちょっと待てぇぇぇぇえええええっ!!!お前なんでハープーンなんぞ持ってんだよ!?後そんなモンどっから出しやがった!?てか、なんで持てるんだよ!?いやいやいや、んな事言ってる場合じゃねぇ!先ず落ち着け!」

 

 何処からともなく取り出したハープーンをバットのように担いでいる静馬に、完全に口調を乱してツッコミの嵐をぶつける雅。

 だが、当の静馬は相変わらず笑みを浮かべていた。

 

「落ち着いてるわよ?この学園艦ごと連絡船を沈めてやろうと思える程に」

「全ッッッ然落ち着いてねぇよ!?誰かコイツを止めろぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!」

 

 最早ハイライトすら失った目で言う静馬に、雅は盛大にツッコミを入れた。

 

 

 その後、静馬を正気に戻すには、担任が教室に戻ってくるまで掛かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、紅夜は暇潰しのために、病院の裏に来ていた。

 其所では草木が生い茂っており、キャンプすら出来そうである。

 その中で一際大きな木を見つけた紅夜は、その木の真下に来ると、腰を下ろして木に凭れ掛かり、ゆっくりと目を閉じ、そのまま寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、こんな所で寝ていたんだね。君の病室に行ったら君が居なかったから、少し探し回ってしまったよ」

 

 紅夜が寝息を立て始めてから数分後、其所に1人の少女がやって来た。

 ジャージを思わせるようなシャツに、太股ぐらいの丈のスカートを履いて帽子を被った、ストレートロングの茶髪を持つ少女だった。

 彼女の名はミカ、継続高校戦車道チームの隊長にして、大洗市の喫茶店に来た際、テログループに人質に取られていた少女である。

 

 ミカは紅夜の隣でしゃがみ、眠っている彼の横顔を眺める。

 

「良く眠っているね。これなら、多少の悪戯をしても起きなさそうだ」

 

 ミカはそう言いながら、紅夜の頬を軽くつつく。

 頬をつつかれている紅夜は起きる気配を見せず、相変わらず気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 それを微笑ましそうに見ながら、ミカは紅夜の隣に座り込み、再び彼の寝顔を眺める。

 

「私を助けてくれた時や試合の時とはうってかわって、無防備な寝顔だね。これじゃあ、誰かに寝込みを襲われても、文句言えないよ?」

 

 そう言いながら、ミカは紅夜の肩に寄り掛かろうとするのだが、それよりも早く、紅夜の方からミカに寄り掛かった。

 

「あぁっ………………」

 

 いきなり寄り掛かられた事に、ミカは小さく声を上げて頬を染める。

 視線を横に向けると、紅夜が先程よりさらに気持ち良さそうに寝息を立てている。

 

「こ、紅夜…………んんっ」

 

 紅夜の息がくすぐったく思われたミカは、頬を染めながら身を捩らせる。

 流石に起こすのは悪いと思ったミカは、紅夜を起こさないように注意しつつ、紅夜の頭に優しく両手を添え、ゆっくりと、自分の肩から、柔らかい太股へと移動させた。

 所謂、膝枕である。

 

「ゴメンね、紅夜。流石にくすぐったかったから、少し移動させてもらったよ」

 

 ミカはそう言いながら、紅夜の頭を優しく撫でる。

 寝ながら感じ取っているのか、紅夜の頬が緩んだ。

 

「ッ!?」

 

 それを見たミカの頬が、一気に赤くなる。

 

「可愛い………可愛いよ、紅夜………」

 

 そう言って、ミカは紅夜への愛しさを募らせる。

 

「ああ、駄目だ………もう、我慢出来ないよ………」

 

 ミカはそう言うと、自らの顔を紅夜の顔へと近づけ、その唇にキスを贈った。  

 

「せめて、こうしている間だけは、君は私のものだよ」

 

 そう言って、ミカはもう一度、紅夜にキスを贈るのであった。



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第116話~退院の7日目、中編です!~

「♪~」

 

 本土へ向かう連絡船に乗った黒姫は、近づいてくる主との再会の時に想いを馳せながら鼻唄を歌っていた。

 彼女の視線の向こうには、本土が小さく見えている。館内アナウンスでは、昼過ぎに到着出来るとの事で、嬉しさが込み上げてきた黒姫は、つい鼻唄を歌っていたのだ。

 彼女の周りには人気があまり無いため、彼女の歌が聞こえる者は居ない。

 だが、彼女自身の声の質はかなり良く、もし誰かが居合わせていたら、少なくとも1回は彼女の方へと顔を向けるだろう。

 

「そう言えばご主人様、歌とか結構好きだったし、アンツィオと戦った時だって、ライトニングのメンバーでバンド演奏してたらしいから、今度、私も一緒に歌わせてって頼んでみようかな♪」

 

 そう呟きながら、黒姫は紅夜と共に歌っている自分を想像して頬を緩ませ、自分の悩ましい肢体を抱き締める。

 その場には誰も居ないのだから、これぐらいはと思っていたのだが………………

 

「人気が殆んど無いからと言っても、少し開放的すぎではありませんかね?」

「ッ!誰!?」

 

 背後から突然話しかけられ、黒姫は反射的に後ろを向く。

 其所には、紅夜よりも少し背が低い程度の白髪の女性が立っていた。

 自分の知らない間に背後を取っていた彼女に、黒姫は警戒の眼差しを向けるが、当の女性は笑んでいるだけだった。

 

「そんなに恐い目で睨まなくても良いじゃありませんか。別に喧嘩を売りに来た訳ではないのですから」

 

 そう言って、女性は1歩、黒姫に近づいた。

 

「はじめまして、私は雪姫(ゆきひめ)と申します。以後、お見知り置きを」

 

 そう言うと、雪姫は丁寧に一礼して会釈する。

 

「あ、これはどうも、ご丁寧に………黒姫です………」

 

 物腰柔らかな態度に戸惑いながらも、黒姫も挨拶を返した。

 雪姫はそれを見て微笑むと、船の柵に凭れ掛かった。

 

「こうして船に乗るのは、何年ぶりでしょう…………」

 

 そう呟く雪姫の白髪が向かい風に靡き、紫色のスカートがはためく。

 

「少なくとも、半世紀以上は乗っていませんね」

「えっ………?」

 

 そんな雪姫の言葉に、黒姫は目を見開いた。

 

「(み、見た目はこんなにも若いのに半世紀以上生きてるの!?この人、一体………)「『何者なんだろう』って顔ですね」……ッ!?」

 

 見透かしたような表情で雪姫は言い、黒姫は体を強張らせた。

 

「貴女なら分かる筈ですよ?何せ“同類”ですから」

「同類………………なら、貴女も?」

 

 そう訊ねる黒姫に、雪姫は微笑みながら頷いた。

 

「ええ。私も貴女と同じように、“戦車の付喪神”なんですよ」

「ッ!?」

 

 その言葉に、黒姫は驚愕のあまりに目を見開いた。まさか、自分や、家に居る2人の他に戦車の付喪神が居るとは思わなかったのだろう。

 

「フフッ♪かなり驚いているようですが、私が知っている中でも、後4人居るんですよ?付喪神が」

「ッ!?」

 

 可笑しそうに笑いながら言う雪姫に、黒姫はただ、驚く事しか出来なかった。

 

「ですが………」

 

 そう言葉を切り出し、雪姫は表情を曇らせて俯いた。

 

「私が慕う主は、もう半世紀以上前に、戦車道同好会チームの試合中に、事故で亡くなりました………………」

「……そう、なんですか…………」

 

 雪姫が気の毒に思えた黒姫は、声のトーンを落とす。

 だが、雪姫は何時の間にか顔を上げており、空を見上げていた。

 

「ですが最近、主は完全にこの世から消えた訳ではないのではないかと考えるようになったのです」

「え?でも、貴女も戦車の付喪神なら、その主さんが亡くなるのを間近で見たんじゃ?」

「ええ。確かに私の主は、落車した戦車としての私から投げ出され、打ち所が悪かったために即死しました。しかし今から1週間前、主と良く似た気配を感じたんです」

「1週間前………………」

 

 その時黒姫の脳裏に思い浮かんだのは、全国大会決勝戦、黒森峰との試合だった。

 

「因みに、どんな感じだったの?その、気配って言うのは」

 

 そう訊ねられた雪姫は、一旦黒姫へと視線を向けると、再び空を見上げて言った。

 

「……とても、懐かしいものでした………試合を心の底から楽しんでいる……彼から溢れ出るオーラが、その場に居る者全てを昂らせ、激戦の快楽に狂わせる……たとえ何れだけ傷つこうと、それを気に留める事すら出来なくなる………………ある意味、戦車冥利につきる気配でした。正直、あの場に私が居なかったのが、少々惜しいです」

 

 それっきり黙ってしまった雪姫の隣で、黒姫は彼女の主がどのような者だったのかと想像するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ッ」

 

 その頃、紅夜が入院している病院の裏にある木の根元で、スヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てる紅夜を膝枕しながら、ミカは顔を俯け、赤くしていた。

 あの後彼女は、キスをしても起きない紅夜を見てタガが外れたのか、唇だけでは足らず、頬や額にもキスをしていたのだ。

 そんな彼女を、彼女のチームメイトが見たら驚愕のあまりに卒倒するような光景だった。

 

「はぁ、やってしまった………どうも彼を見ていると、色々な想いが、込み上げてくる…」

 

 そう呟きながら、ミカは胸に両手を添える。早鐘を打つその鼓動が、彼女の手から伝わった。

 

「こんなにも、早鐘を打っている…………君1人にここまで狂わされるなんて……誰が思い付いただろうね」

 

 そう呟きながら、ミカは愛しげに、紅夜の頬に両手を添える。

 そして、再び顔を近づけようとした時だった。

 

「紅夜~、遊びに来たぜ~」

「ッ!?」

 

 駐車場の方から、蓮斗が手を振りながらやって来た。

 それを視界に捉えるや否や、ミカは紅夜から顔を離す。

 紅夜達が居る木に近づいてきた蓮斗は、其所でミカが居る事にも気づいた。

 

「おろ?ミカじゃねえか。久し振りだな!」

「そ、そうだね蓮斗。久し振り」

 

 なるべく平然を装いながら、ミカは挨拶を返した。

 

「………ん~」

 

 そうしていると、五月蝿いと言わんばかりに表情を歪める紅夜を見たミカは、紅夜の頭を優しく撫でながら、静かにするように促す。

 蓮斗は不思議そうにするものの、紅夜が寝ている事に気づくと、それに従う。

 

「いやぁ~、紅夜の部屋に行こうとしたら、何か此方に居るような気がしたから来てみたら、マジで居たとはなぁ………………」

 

 小声でそう言いながら、蓮斗はミカの隣に腰掛ける。

 

「あ、それとミカ。悪かったな」

「え?どうして謝るんだい?」

 

 突然謝った蓮斗に、ミカは不思議そうに訊ねる。

 

「いや、俺。お前の“お楽しみ”の時間を邪魔しちまったからさ」

「ッ!?」

 

 蓮斗がからかうように言うと、ミカは顔を真っ赤に染め上げた。

 

「おやおや、前会った時よか表情豊かになったな。お前、前はスッゲー落ち着き払った表情で、殆んど感情の変化なんて見られなかったってのに」

「………ああ、そうだね」

 

 そう言うと、ミカは紅夜へと目線を落とした。2人が静かに話しているからか、先程の不快そうな表情は引っ込み、今では気持ち良さそうに寝息を立てている。

 

「へぇ~、ガキみてぇに可愛らしい寝顔じゃねえか」

「それを言うなら蓮斗。君だって、紅夜と瓜二つの顔なんだから、君も寝たら、彼と同じような寝顔になると思うよ?」

「おっ、言われてみりゃそうだな」

 

 蓮斗はそう言って辺りを見回すが、探しているものが見つからないらしく、後頭部を掻いた。

 

「どうしたの?何か探し物?」

 

 ミカが訊ねると、蓮斗は短く頷いた。

 

「ああ。ちょっと時間を見てぇんだが、此処にはねぇんだな」

「ちょっと待って。私が見てあげるよ」

 

 そう言うと、ミカはスカートのポケットから器用にスマホを取り出すと、電源を入れて画面を見る。

 

「おや、何時の間にか11時半になってるよ」

「マジで?それじゃあ、そろそろ紅夜を起こさねぇとな。もうすぐ昼飯の時間だろうし」

「そう、だね…………」

 

 蓮斗がそう言うと、ミカは名残惜しそうな表情を浮かべながら紅夜の頭を下ろし、立ち上がる。

 それを見た蓮斗は苦笑を浮かべながら言った。

 

「まぁまぁミカ、そんなに落ち込む事ねぇって。それにコイツ、退院しても後2週間は学園艦には帰らねぇから、その気になれば会いに来れるって」

「……?それは、どういう事なんだい?」

 

 蓮斗が言った事に、ミカは不思議そうに首を傾げる。

 

「いやな?コイツ、退院したら免許取るために、一旦東京に帰るんだとさ」

「成る程ね………でも私は彼の実家を知らないから、どの道………」

「あー、確かにな………………でもまぁ、一生の別れってヤツじゃねぇだろ?それに、お前こう言ったじゃねぇかよ。『また会おう。気ままな風が、私達を再び巡り会わせてくれるなら』って」

 

 連とがそう言うと、ミカはハッとしたような表情を浮かべる。

 

「そうだね。全くもってその通りだよ」

 

 そう言って、ミカは蓮斗に微笑みかけた。

 

「ありがとう、蓮斗」

「いやいや、別に礼言われるような事はしてねぇよ。それよか、さっさと紅夜を射止めろよ?コイツ狙ってる奴、結構居るんだからな」

「そうだね、肝に命じておくよ」

 

 そう言うミカの表情は、すっかり明るさを取り戻していた。

 

「さて、シケたムードも何とかなったところで………………おい、起きろや寝坊助野郎」

 

 蓮斗はそう言いながら、あろうことか未だ気持ち良さそうに寝息を立てている紅夜の横腹を蹴っ飛ばした。

 

「グボェエッ!?」

 

 蹴っ飛ばされた紅夜は、何とも気持ち悪い声を出しながら意識を覚醒させる。

 

「おい誰だゴルァァア!俺の横腹蹴っ飛ばしやがったのはァ!!」

「俺」

 

 起きて早々、口悪く自分を蹴り起こした犯人を探す紅夜に、蓮斗はすんなり名乗り出た。

 

「おいテメェ!いきなり何しがや………………って、蓮斗?それにミカさんも」

「よぉ、紅夜。少しぶりだな」

「久し振りだね、紅夜」

 

 紅夜が2人に気づくと、2人は軽く手を上げて会釈する。

 

「お前等、なんで此処に?」

 

 紅夜は不思議そうに、2人を交互に見ながら訊ねた。

 

「私は、気ままな風に流されて来たのさ」

「俺は暇だから遊びに来た」

「そっか………………って、それもそうだが!」

 

 そうして紅夜は、蓮斗が自分を蹴っ飛ばした犯人であると言う事を思い出し、直ぐ様蓮斗に詰め寄った。

 

「おい蓮斗テメェ!なァに人の横腹蹴飛ばしてくれやがってんだコラァ!」

「いや、お前を叩き起こすにはこうするしか無いと思ってな」

「普通に揺すりゃ起きるっての!」

 

 何の悪びれも無く謝る蓮斗に、紅夜は堪らずツッコミを入れた。

 

「フフッ♪」

 

 ミカは軽く微笑み、漫才のような言い争いを繰り広げる紅夜と蓮斗を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、ミカさんが膝枕を…………」

「ああ。ミカの奴、スッゲー幸せようにしてたぜ?」

「ちょっ、蓮斗。その話は止めて………」

 

 あれから少し経ち、昼食を摂るために病院の食堂へとやって来た3人は、紅夜が寝ていた時の事を話題にしていた。

 

 蓮斗が、ミカが紅夜に膝枕していた時の事をからかうように言うと、ミカは顔を赤くしながら言った。

 

「にしてもまぁ、来てたなら起こしてくれても良かったんだがなぁ…………」

 

 紅夜はそう言うが、ミカは首を横に振って言った。

 

「そう言う訳にはいかないよ。あんなに気持ち良さそうに寝ているのを邪魔するなんて、私には出来ない」

「あははは、お気遣いどうもな」

「あ、ああ…………」

 

 紅夜が微笑みながら言うと、ミカは恥ずかしそうに顔を逸らした。

 

「まっ、紅夜から許可を貰えたんだ。これからは容赦無く蹴り起こしても問題ねぇな」

「問題ありまくりだろうがボケ、マスパで顔撃ち抜くぞ耄碌爺」

「あ?やるってのかこのガキ。上等だ、《宿命の砲火》で返り討ちにしてやんよ」

「お前は何処の帝王だよ」

 

 そんな軽口を叩き合いながらも、彼等の昼食は明るいムードに包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私はこれでおいとまするよ」

「そうか?もう少しゆっくりしていけば良いのに」

 

 昼食を終えた一行は、先程の場所へと向かおうとしたのだが、此処でミカが帰る事になった。

 紅夜が残念そうに言うと、ミカは微笑みながら言った。

 

「そうしたいけど、都合が都合だからね。また遊びに行くよ。その時は、君の家に行きたいね」

「何時でも来な、歓迎するぜ」

「ありがとう。それじゃあね」

 

 そう言って、ミカは帰っていった。

 

 それから2人は外に出て、再び病院の裏へと行こうとしたのだが、其所で………………

 

 

「ご主人様、愛しの黒姫が来たよ♪」

 

 ちょうど、駐車場から向かってくる途中だった黒姫と鉢合わせした。

 

 

 そして、もう片方でも………………

 

 

「ゆ、雪姫…………なのか……?」

「れ、蓮……斗…………?」

 

 此方では、半世紀以上ぶりの再会劇が始まろうとしていた。 



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第117話~退院の7日目、後編です!~

 これで、紅夜君の入院生活編は最終回です!


 紅夜の入院生活も、早いもので7日目………………即ち最終日を迎えた。

 後は迎えが来るのを待つだけとなった時に、遊びに来たと言うミカが昼食後に帰宅し、蓮斗と残りの時間を過ごそうとした紅夜の元へやって来たのは、何と黒姫だった。

 彼女がやって来た事に紅夜が驚いている傍らでは、蓮斗と雪姫が、実に半世紀以上ぶりの再会を果たしていたのだった。

 

 

 

 

「黒姫じゃねぇか。なんで此処に?」

 

 まさか黒姫が来るとは思わなかったのか、紅夜は目を見開いて訊ねる。

 

「なんでって………もう、決まってるでしょ?お迎えに来たのよ♪」

 

 黒姫はそう答えると、紅夜の右腕に抱きつき、自身の豊満な胸を押し付ける。

 

「ホラ、ご主人様。早く学園艦に帰ろうよ、皆待ってるよ?」

 

 黒姫はそう言って、紅夜の腕を引っ張る。

 暫く呆然としていた紅夜だが、漸く現在の状況を飲み込めたのか、ハッとして黒姫の方を向いた。

 

「あー、悪いが黒姫、俺は未だ退院は出来ねぇんだ。退院するのは夕方の予定だからな」

「え~?でもご主人様、もう腕とか大丈夫なんでしょ~?だったら早く帰ろうよ~」

 

 抱きついている紅夜の腕をブンブンと振りながら、黒姫はそう言った。さながら玩具を欲しがっている子供である。

 

「お前の気持ちは分かるが、病院の方から言われてるんだ。それに俺は………………ん?」

 

 退院しても、今度は免許を取らなければならないため、未だ学園艦には帰れないと言う事を伝えようとした紅夜だが、先程から静かな蓮斗が気になり、そちらへと視線を向ける。

 

 

 

 

 紅夜の視線の先では、蓮斗と雪姫が対峙していた。

 両者共に、驚愕のあまりに目を見開いている。

 それもそうだ。何せ彼等は、蓮斗が死んでから半世紀以上会っていないのだ。おまけに、普通死んだなら、もうこの世に現れる事は無い筈なのだが、蓮斗はこの世に存在している。

幽霊のように見えないのではなく、普通の人間としての肉体を持って………………

 

「れ……蓮斗…………なのですか…………?」

 

 目の前に居るかつての主の姿を視界に捉えた雪姫が、恐る恐る訊ねる。

 

「あ、ああ………………俺だよ、雪姫。《白虎隊(ホワイトタイガー)》隊長――八雲 蓮斗――だ」

「ッ!」

 

 雪姫の問いに、蓮斗は頷く。すると、雪姫の目がさらに見開かれたと思ったら、今度は両目に大粒の涙を浮かべ、その表情も、段々と歪んでいった。

 

「蓮斗…………蓮斗ぉ!!」

 

 慕う主の名を呼びながら駆け出した雪姫は、蓮斗の胸に飛び込んだ。

 

「うわっと!?」

 

 突然の突進に驚きながらも、蓮斗は雪姫を受け止めた。

 その胸板に顔を当てた雪姫は、顔を僅かに上へと向け、涙で視界が霞みながらも、自分が抱きついている青年の顔を見つめる。

 そして、それが自分の慕う主であると確認すると、その場の状況になど構う事無く、再び胸板に顔を埋めて泣き始める。

 

「良かった………………本当に、良かった!また………また会えた!蓮斗!蓮斗ぉ!」

 

 半世紀以上ぶりの再会を果たした嬉しさに、蓮斗の胸に顔を埋めて泣きじゃくる雪姫。

 もう離さないと言わんばかりに、彼の背中に回した両腕に力を入れて、彼の体を自分の方へと引き寄せ、顔を彼の胸に擦り付ける。

 

「雪姫……お前、なんで此処に…………?」

 

 自分の胸に顔を埋め、再会の嬉しさに泣きじゃくる雪姫を抱き止めながら、蓮斗はそんな声を上げた。

 

「れ、蓮斗……その人と知り合いか?」

 

 唖然とした表情を浮かべながら、紅夜がそう訊ねた。

 

「ああ。お前には、何れ言おうと思ってたんだがな…………」

 

 そう言葉を切り出すと、蓮斗は続けた。

 

「……コイツは、俺が現役時代に乗ってたティーガーの付喪神なんだよ。雪姫ってんだ」

 

 抱きつき、泣きじゃくる雪姫の頭を優しく撫でながらそう言うと、蓮斗は辺りを見回しながら言った。

 

「それもそうだが、何時までも此処で屯してる訳にゃいかねぇ。他の奴等に見られちまうかもしれんからな………………良し、また彼処に行こうぜ。ホラ、来いよ」

 

 蓮斗はそう言って、紅夜と黒姫に向かって手招きする。

 訳が分からず首を傾げている黒姫を他所に、その手招きの意味を悟った紅夜は、黒姫を連れて蓮斗に近づくと、右手で蓮斗の肩に触れ、左手で黒姫を抱き寄せる。

 

「きゃっ!?」

 

 突然抱き寄せられた黒姫は顔を真っ赤にするが、紅夜は気にせず、蓮斗に視線を向ける。

 それに蓮斗は頷き、瞬間移動で病院の裏へと転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい、到着」

 

 病院の裏に転移してきた蓮斗がそう言うと、紅夜は彼の肩から手を離す。

 

「ふぅ…………あ、黒姫。悪かったな、いきなり抱き寄せて」

 

 そう言うと、紅夜は黒姫の腰に回した左腕を離そうとするが、黒姫は腕を抑え、動かせないようにする。

 

「………黒姫?」

 

 その行動の意図が分からず、紅夜は問い掛ける。

 

「も、もう少しだけ………このままで、居させて………………」

 

 顔を真っ赤にした黒姫が、紅夜の肩に頭を預けながら言う。

 

「そ、それと………………」

「ん?」

 

 さらに言葉を続けようとする黒姫に、紅夜は目線を向けた。

 

「出来るなら……もっと、強く抱いてほしいの………」

「あいよ」

 

 紅夜は適当な調子で答え、腰に回した左腕に力を入れ、黒姫の体を、自分の体の方へと強く寄せる。

 

「ああっ………」

 

 強く抱き寄せられた黒姫は、艶を含んだ溜め息を漏らす。

 そして、顔を真っ赤にしたまま、表情を緩ませた。

 

「ははっ、ラブラブだねぇお二方」

 

 それを見た蓮斗が笑いながら言う。

 

「さて、それもそうだが………………」

 

 そう言うと、未だ自分の胸に抱きついている雪姫へと視線を向ける。

 

「雪姫、俺との再会を喜んでくれるのは嬉しいが、そろそろ離れろ」

「嫌です。もう離れません」

「お前なぁ………………」

 

 即答で拒否され、蓮斗は苦笑を浮かべる。

 

「すまねぇな紅夜。コイツと再会出来たから、紹介してやろうと思ってたんだが…………」

「気にすんなよ蓮斗。お前と再会出来たのが余程嬉しいんだろうさ、今は甘えさせてやれ」

 

 すまなさそうに謝る蓮斗に、紅夜は笑って言った。

 

 

 

 

 

 

 

 そうしている内に時間は流れ、空が赤らんできた。いよいよ、紅夜が退院する時がやって来たのである。

 談笑している4人の元へ、1人の白衣を着て眼鏡をかけた男性が走ってきた。

 

「おーい、紅夜く~ん!」

「あ、扇先生」

 

 元樹である。

 駆け寄ってきた元樹は、それまでずっと走っていたのか、暫く肩で息をする。

 そして呼吸が落ち着くと、改めて紅夜の方へと向き直った。

 

「いやぁ~、君が中々病室に帰ってこないから、何処行ったのかと思ったよ~。まぁ、見つかったから良しとしようか」

 

 どうやら、ずっと紅夜を探していたらしい。

 それを聞いた紅夜は、すまなさそうな表情を浮かべた。

 

「心配かけてすいません、扇先生」

「いやいや、気にしないで。さっきも言ったけど、見つかったんだから良しとしようじゃないか………………そんな事より!」

 

 そう言うと、元樹は両腕を思い切り広げて言った。

 

「おめでとう、紅夜君!今この時をもって、君は晴れて退院だ!1週間お疲れ様!」

「おーっ、とうとうこの時が来たんだな!待ちくたびれたぜ!」

 

 元樹から告げられた退院の時に、紅夜は嬉しそうに言う。

 

「君の両親が迎えに来てるよ。さぁ行こう」

「はい!」

 

 そうして歩き出した一行だが、其処で元樹が、黒姫と雪姫の存在に気づいた。

 

「おや?その2人は、君のお見舞いに来た人かい?」

 

 そう訊ねる元樹に、紅夜は頷いて言った。

 

「ええ。まぁ、それはコイツだけですよ。そっちの人は、ただついてきただけのようです」

 

 紅夜はそう言いながら、黒姫と雪姫を順に見る。

 雪姫は、幸せそうな表情で蓮斗の右腕に抱きついており、黒姫も幸せそうに、紅夜の左腕に抱きついている。

 

「それにしても僕、最後まで紅夜君のハーレムぶりを見せられて1週間を終えたなぁ~。何故か知らないけど、君のお見舞いに来た人は、皆して僕に、『紅夜君の部屋は何処ですか?』って聞いてくるんだよ?毎回毎回、教えるの大変だったよ」

「それはそれは………………扇先生もお疲れ様でした」

 

 心底疲れたと言わんばかりの表情を浮かべながら言う元樹に、紅夜は苦笑を浮かべながらそう言った。

 そして駐車場に出てくると、其所には1台の5人乗りの乗用車のドアに凭れ掛かっている豪希と、此方に向かって、嬉しそうに手を振りながら走ってくる幽香の姿があった。

 

「こうちゃ~ん!退院おめでとう~!」

「うわっぷっ!?」

 

 駆け寄ってきた幽香に抱き寄せられた紅夜は、彼女の豊満な胸に顔を埋められる。

 

「んふふ~♪1週間の入院生活、お疲れ様~」

 

 そう言いながら、幽香は抱き寄せた紅夜の頭をくしゃくしゃと撫で回す。

 

「やれやれ………………幽香。気持ちは分かるが、人前でそれは流石に止めといた方が……って、蓮斗?」

「おっ、豪希じゃねぇか」

 

 人前でも気にせず、息子を抱き締める幽香を見かねたのか、苦笑しながら向かってきた豪希は、蓮斗に気づく。

 蓮斗も豪希に気づき、軽く手を上げて会釈した。

 

「お前………なんで此処に?」

「なァに、ただ暇だったから遊びに来ただけさ。まぁ、そろそろ帰るんだがな」

 

 不思議そうに聞いてくる豪希に、蓮斗はそう答えた。

 

「まぁ、何だ。退院おめでとう、紅夜」

「おう、サンキューな蓮斗」

 

 今更ながらに紅夜の退院を祝う蓮斗に、紅夜は軽く笑って礼を言った。

 

「んじゃ、俺達はこの辺で………行くぞ、雪姫」

「はい!」

 

 そうして歩き出した2人だが、突然雪姫が踵を返して紅夜の元へと歩み寄り、その顔をまじまじと眺めた。

 

「ん?どったの?」

「………………」

 

 首を傾げながら訊ねる紅夜だが、雪姫からの返答は無い。

 暫く無言で紅夜の顔を見つめていた雪姫だったが、やがて口を開いた。

 

「成る程。1週間前に私が感じた気配は、貴方の気配だったのですね。これは興味深い」

 

 そう言って微笑むと、雪姫は言葉を続けた。

 

「失礼ですが、お名前を伺っても?」

「え?………ああ、長門紅夜だ」

 

 いきなり名を聞かれた事に戸惑いながらも、紅夜は自らの名を名乗った。

 

「紅夜殿、ですね………うん、覚えました」

 

 そう言うと、雪姫は1歩下がる。

 

「申し遅れましたが、私の名は雪姫。《白虎隊(ホワイトタイガー)》においての隊長車――ティーガーⅠ――の付喪神をしている者です。以後、お見知り置きを」

 

 そう言って、紫色で短めのスカートの裾を軽く摘まんで会釈すると、そのまま踵を返し、前方で待っている蓮斗の元へと歩き出す雪姫だが、ふと立ち止まり、紅夜の方を振り向いて言った。

 

「何時の日か、貴殿方と再びお会いし、貴方のチームと戦える日が来る事を、楽しみにしています」

 

 そうして、今度こそ歩き出した雪姫は蓮斗に追い付き、そのまま彼の瞬間移動で、蓮斗と共に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、お世話になりました、扇先生」

「ああ。今度は入院とは違う形で会いたいものだね」

 

 それから少し経って、紅夜が退院する準備が整い、見送りのために残っていた元樹に挨拶した紅夜は、黒姫を伴って豪希達が居る車の元へとやって来た。

 

「先生に挨拶は済ませたの?」

「ああ、勿論だよお袋」

 

 そう答えると、今度は豪希が話し掛けてきた。

 

「紅夜、取り敢えず明日は、家でゆっくり休め。教習所に行くのは、明後日からでも良いだろう」

「そうするよ、親父」

 

 そうして、紅夜は車に乗り込もうとするのだが、其処で幽香が待ったをかけた。

 

「ちょっと待って、こうちゃん。聞きたい事があるんだけど」

「ん?何?」

 

 ドアに手をかけたまま、紅夜は聞き返す。

 幽香は紅夜の傍に居る黒姫へと目を向けて訊ねた。

 

「こうちゃんと一緒に居るその子………………誰なの?」

「………………あっ!!」

 

 彼女の紹介を忘れていた紅夜は、2人に黒姫の事を話すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「“戦車の付喪神”!?」」

「そう。俺がレッド・フラッグの戦車を見つけた時からずっと宿ってたみたいなんだよ」

 

 あれから少し経った。

 付喪神と言う存在が実在すると言う事に驚愕の声を上げる2人に、紅夜は説明した。

 

「はじめまして、お父様、お母様。黒姫と申します。日頃からご主人様………もとい、紅夜様にはお世話になっております」

 

 そう言って、黒姫は丁寧に一礼した。

 

「あらあら、立派なお嬢さんね」

「ああ、全くだ。こんなにも立派なお嬢さんが紅夜の嫁さんになってくれりゃあ、我が長門家も安泰だな」

「そんな、お父様ったら話が早すぎますわ。お嫁さんだなんて…………」

 

 そう言いながら、黒姫は顔を真っ赤に染め、頬に両手を当てて体をくねらせる。

 

「おい、紅夜。こんなにも良い子を捕まえたんだ、悲しませたら《DEAD BLAST(デッド・ブラスト)》喰らわすからな?」

「恐ェよ!つーか止めて!デッド・ブラスト喰らった俺間違いなく死ぬから!」

「そうか………………なら《宿命の砲火》で済ませてやるか」

「相変わらず容赦ねぇなオイ!」

 

 そんな会話を交わし、4人は車に乗り込むと、元樹に別れの挨拶をして東京の家へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くして、神子が紅夜を迎えに来たのだが、既に東京へ帰ったと元樹に知らされ、泣く泣く学園艦へ向かう連絡船の乗り場へと向かったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「(あ、神子姉にこの事言うの忘れてた………………まぁ、良いか)」

 

 最後で適当な紅夜である。










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第14章~殺戮嵐(ジェノサイド)と鉄の竜騎兵~
第118話~実家に帰ります!~


 ダージリンやケイ、ノンナ、クラーラ等と言った戦車道強豪校の人物や、静馬や神子、愛里寿や蓮斗と言った友人。そして長門家全員が見舞いに訪れ、その最中に様々な出来事が起きた、1週間にも及んだ紅夜の入院生活も、無事に幕を下ろした。

 元樹とも別れた今、一行は豪希が運転する車で、東京の実家を目指していた。

 

 

 

 

 

「この前は無理だったけど、今日こそはこうちゃんに私の料理を振る舞えるのね?」

「ああ。そうだな幽香」

 

 助手席にて、子供のように嬉しそうな表情を浮かべながら訊ねてくる幽香に、運転席に座る豪希は頷いた。

 

「フフッ♪じゃあ今日の晩御飯は、何時も以上に美味しいのを作らないと………………それに、お嫁さん候補も居るものね♪」

「お、お母様……………」

 

 嬉しそうに呟く幽香が放った『お嫁さん候補』と言う単語に、黒姫は顔を真っ赤に染め上げる。

 

「………………」

 

 そんな黒姫の隣では、紅夜が窓に頭を預けて寝息を立てていた。

 

「こうちゃんも幸せねぇ~。こんなにも良い娘に慕ってもらえるなんて………あら?」

 

 からかうように言う幽香だが、紅夜の方へと顔を向けた時、彼が寝ている事に気づく。

 

「こうちゃんったら、もう寝てるわ……そんなに疲れたのかしらね…………?」

「どうだろうな?コイツ車の中ではしょっちゅう寝るから、疲れたから寝てるのか、単に寝たかっただけなのか……………その辺りは全く分からん」

 

 寝ている紅夜について問い掛けてくる幽香にそう答え、豪希は肩を竦めてみせた。

 

「ああ、そう言えば黒姫ちゃん」

「は、はい!?」

 

 不意に豪希に話しかけられ、黒姫はビクリと反応した。

 

「おいおい、そんな驚かなくても良いだろうに………………」

 

 豪希はそう言って苦笑を浮かべると、話を続けた。

 

「お前さんの部屋についてなんだが、一応、綾………………ああ、紅夜(コイツ)の妹の事なんだが、ソイツが使ってた部屋が空いてるんだ。寝る時は其所を使えば良い」

「あ、ありがとうございます。お父様………」

 

 黒姫は複雑そうな表情で礼を言う。

 本音を言えば、自らが慕う主と閨を共にしたかったのだが、泊めてもらう手前、そのような我儘を言う訳にはいかない。そのため、豪希の言う事に従おうと思って答えたのだが、其処で幽香が待ったをかけた。

 

「アナタ、流石にそれは無いわよ」

「ん?どういう事だ?」

 

 いきなりの幽香のダメ出しに戸惑いを見せる豪希。

 

「黒姫ちゃんはこうちゃんのお嫁さん候補なんだから、一緒の部屋で寝かせて上げるのが筋と言うものでしょう?本人もそうしたいって顔してるわよ?」

「ッ!?」

 

 自分の考えが読まれていた事に、黒姫は顔を真っ赤に染めて目を見開くが、暫くの無言の後、ゆっくりと頷く。

 

「ハハッ。何だ、そうだったのか?それならそうと、言ってくれりゃ良かったのになぁ……」

 

 豪希がからかうように言うと、黒姫は恥ずかしそうに俯いた。

 

「やれやれ、紅夜の奴。静馬ちゃんのみならず、こんな良い娘にも慕われて………………コイツ、一体誰と結婚するつもりなんだろうな?」

「さぁね……なんなら、こうちゃんに惚れてる娘全員と結婚させちゃうのはどう?」

「いやいや、んなモンどうやったって無理だろ」

 

 何を言っているんだと言わんばかりの表情を浮かべながら、豪希はそう言った。

 その後、紅夜に次いで寝てしまった黒姫と幽香を微笑ましそうに見ながら、豪希は世田谷の実家へ向けて、車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ着いたぞ。ホラ、起きろ起きろ」

 

 約2時間のドライブを経て、一行は家へと到着する。

 家の前の駐車スペースに車を止め、エンジンを切った豪希はスマホを取り出すと、時間を確認する。

 

「ふむ、7時半か…………」

 

 そう呟き、豪希はスマホをズボンのポケットに押し込む。

 その傍らで、眠い目を擦りながら起きた幽香と黒姫が、先に家に入っていく。

 そして、少し遅れて車から降りた紅夜が家に入ろうとした時だった。

 

「ああ、ちょっと待て紅夜」

「んー?」

 

 家に入ろうとした紅夜を、豪希が呼び止める。紅夜は眠そうな声で返事を返した。

 

「こうして帰ってきたんだ。久々に、“コイツ”のエンジン音を聞きたくねぇか?」

 

 豪希はそう言うと、車の隣に大きなシートをかけられている“モノ”を指差す。

 

「あー…………いや、今日は止めとくよ。今日は飯食って風呂入ったらさっさと寝る」

「お前、車の中でも寝てただろうが」

「それはそれ、これはこれ」

 

 そんな会話を交わしながら、2人も家に入っていった。

 

 

 

 

 

 

「さて、久々にこうちゃんにご飯を振る舞えるんだから、腕によりをかけなくちゃね!」

 

 車から降りてきた時の眠たげな表情は何処へやら、すっかり調子を取り戻した幽香は、エプロンを着ながらそう言った。

 

「お袋、急に元気になったな。さっきまでスッゲー眠そうだったのに」

 

 車から降りてきた時からは考え付かない程に元気の良い母親の姿に、紅夜は唖然としながら言った。

 

「だって、久し振りにこうちゃんにご飯を振る舞えるんだもの。眠気なんて、直ぐに覚めるわ♪」

「ま、マジですか………(高々俺1人家に来ただけで、あんなにも張り切るお袋って一体………)」

 

 そう答える幽香に、紅夜は何とも言えないような気分だった。

 

「まあまあ紅夜、取り敢えず席に座れや。これはお前の退院祝いみたいなモンなんだからよ。ホラ、黒姫ちゃんも座りな」

「で、ですがお父様。私も何かお手伝いを……………」

 

 自分も手伝うと言い出す黒姫だが、豪希は首を横に振った。

 

「良いって良いって。今日は幽香に全部任せな」

 

 そう言う豪希に椅子を勧められ、2人は言われるがままに、椅子に腰かけた。

 

 その後料理が運ばれ、紅夜は3年ぶりに、母親の料理を口に含むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………暇ねぇ」

「ああ、暇だなぁ」

 

 その頃、大洗女子学園の学園艦にある紅夜の家のリビングでは、2人の女性が退屈そうにソファーに座り、暇をもて余していた。

 

「レッド1とコマンダー、何時帰ってくるのかしらね?」

「さぁ?俺にも分からん」

 

 金髪碧眼の女性が訊ねると、左目を赤い眼帯で覆っている女性が肩を竦めてみせる。

 

「そういやレッド2。お前レッド1を呼びに行った時に、レッド1より少し後に降りてきたじゃねぇかよ。何してたんだ?」

「ああ、コマンダーの机からノートが落ちてね。それが日記だったから読もうとしてたのよ」

「………………そう言うモンって、勝手に見ても良いのか?」

「なぁに、バレなければ問題じゃないのよ。まぁ未遂に終わったけどね」

 

 そう言って、懐から日記と思わしきノートを取り出すレッド2。

 

「持ってきてたのかよ…………」

「さっきコマンダーの部屋に行った時に拝借したのよ………………さて、どんな事が書かれているのかしらね~」

 

 レッド2がそう言いながらノートを開くと、それに興味が湧いたのか、レッド3が隣に近づく。

 そして、レッド2が最初のページを開く。

 

「こ、これは……っ!」

「っ!」

 

 その文章を見た瞬間、2人の目が大きく見開かれた。

 何故なら、そのページに書かれている文章の内容が、紅夜が森の中に放置されていた自分達を見つけた時の事だったからだ。

 その次のページへ、さらに次へとページを捲っていく2人。

 そして、そのノートの全てのページを見終わると、レッド2はノートを閉じた。

 

「……全部、私達の事が書かれていたわね…………ホント、コマンダーの戦車好きときたら………………」

「ああ………俺等を見つけた時の事から、修理した事や、試合の事も………それに、大洗のチームに加わってからの事も書かれてたな………………それにしても彼奴、どんだけ俺等の事好きなんだよ………」

 

 言葉の割には嬉しそうに言う2人の顔は、赤く染まっていた。

 

「それにしても、日記とは言えあんな事書かれちゃ………………俺、彼奴が帰ってきたら襲っちまいそうだぜ」

「それについては同感よ、レッド3」

 

 そんな会話を交わしながら、2人は紅夜が帰ってくる日に想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ寝るか。明日は教習所に行くんだからな」

 

 東京の実家では、夕食を終え、さらに風呂を終えた紅夜が部屋に上がろうとしていた。

 

「黒姫、お前は誰の部屋で寝るんだ?」

「え?……そ、それは……その………………」

 

 顔を真っ赤にして視線を右往左往させる黒姫に首を傾げる紅夜だが、其処へ幽香が声を掛けてきた。

 

「こうちゃん。黒姫ちゃんは貴方と一緒に寝たいそうよ?」

「お、お母様!」

 

 恥ずかしさからか声を張り上げる黒姫だが、幽香は微笑ましそうに笑っているだけだった。

 

「あら、車の中では頷いてたじゃない。それとも、やっぱりこうちゃんとは別々の部屋で寝る?」

「ッ!?そ、それは………………」

「おい、お袋。あまり黒姫を苛めてやんなよ」

「フフッ♪ごめんなさい。でも、反応が可愛いんだもの♪」

 

 反省の色が見られない謝罪を入れる幽香に、紅夜は呆れたと言わんばかりの溜め息をついた。

 

「やれやれ、お袋の癖は治らねぇなぁ………………黒姫、もうこの際だから一緒に寝ようぜ」

「ッ!?う、うん…………」

 

 そうして紅夜は、顔を真っ赤にしている黒姫を伴って2階に上がっていった。

 

「若いわねぇ~」

「だな~」

 

 そんな2人を、豪希と幽香は微笑ましそうに見ているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっと……………良し、こんなモンで良いか」

 

 2階に上がった2人は、綾の部屋から布団を持ってきていた。

 ベッドは学園艦の家にあるため、紅夜も布団で寝るのだ。

 

「にしても黒姫、勢いで一緒に寝るとか言っちまったが、ホントに良いのか?嫌なら綾の部屋に持っていくが………………」

 

 紅夜がそう言いかけると、黒姫は首を横に振った。

 

「ううん。ご主人様と一緒に寝たいの………………」

「そっか。なら寝るか」

「うん!」

 

 そうして、2人は先ず敷布団を広げ、枕を置き、最後に掛け布団を広げる。

 暑くならないようにと、其々が寝る布団同士の間を空けようとした紅夜だが、黒姫の要望により、くっつける事にした。

 そして電気を消すと、2人は布団に入った。

 

「ふわぁ~あ…………そんじゃあ先に寝るよ……」

 

 入って早々大欠伸をした紅夜は、その言葉から大した間も空けずに眠りにつく。

 対照的に、中々寝付けない黒姫は、自分の身を紅夜の方へと寄せ、抱き締める。

 

「ご主人様………………愛してる」

 

 そう言うと、黒姫は紅夜の額にキスを贈り、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、黒姫ちゃんもお盛んねぇ~。結婚したての私達みたい」

「ああ、そうだな………………そんじゃ、俺等も2人のようにして寝るか」

「あら、それは良いわね♪私の体がイヤらしいからって、襲っちゃ嫌よ?」

「分かってるって」

 

 その光景が両親に見られている事に気づく事は、決して無いだろう。



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第119話~鉄の竜騎兵、覚醒の咆哮です!~

「んぅ~~!…………あー、良く寝た」

 

 午前6時、自然に目が覚めた紅夜は、寝転がったまま伸びをした。

 カーテンの隙間からは朝の日差しが差し込んでおり、小鳥の囀ずりさえ聞こえてくる。

 起きるにはうってつけのシチュエーションだった。

 

「さてと、起きますかね」

 

 紅夜はそう呟きながら、未だ眠気が残っているためか、上手く開かない目を擦りながら起き上がろうとする。

 その時だった。

 

「んぅ……あぁっ」

「………………ん?」

 

 自分の真横から、妙に艶がかかった声が聞こえてくる。

 声が聞こえた方へと顔を向けると、其所には自分を抱き枕にして寝ている黒姫の姿があった。

 

「(黒姫…………俺が寝てる間に抱きついてきたのか)」

 

 そう予想を立てた紅夜は、黒姫を起こさないように注意しつつ、布団から抜け出そうとするのだが………………

 

「んぅ……ご主人……さまぁ……行っちゃ…やだぁ………」

 

 まるで、寝ていながらも紅夜の行動を感じ取っているかのように、黒姫が回している腕に力を入れて、一層強く抱きついてくる。

 それによって、服の上からでも分かる豊満な胸が紅夜の脇腹に押し付けられ、卑猥にひしゃげる。

 

「(黒姫の奴、寝てるとは言え無防備すぎやしねぇか?これが俺だったから良かったが、他の男だったら間違いなく襲われてるぞ)」

 

 内心でそう呟きながら、紅夜は黒姫を起こさないように注意しつつ拘束を解き、ゆっくり起き上がると、横向きで眠る黒姫を仰向けに寝かせ、そのまま部屋から出て1階のリビングへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、こうちゃん。おはよう」

 

 リビングに着くと、既に起きていた幽香が朝食を作っていた。

 

「おはよう、お袋」

 

 紅夜はそう返すと、椅子に腰掛けた。

 

「昨日は良く眠れた?」

「ああ。今までベッドだったのから布団に変わったけど、案外直ぐに眠れたよ」

 

 朝食を乗せたお盆をテーブルに置き、其処から紅夜の前に並べながら聞いてくる幽香に、紅夜はそう答える。

 

「いただきます」

 

 そう言うと、紅夜は朝食を食べ始めた。

 

「………………うん。久々だからか、一層美味く感じるよ」

「そう?それは良かったわ」

 

 幽香は嬉しそうに言うと、台所に戻ろうとするが、紅夜の一緒に居る筈の人物が居ない事に気づき、不思議そうに言った。

 

「こうちゃん、黒姫ちゃんは?昨日一緒に寝たんでしょ?」

「ああ、黒姫なら未だ寝てるよ。俺が先に起きたんだけど、何かスッゲー気持ち良さそうに寝てたから、そのまま置いてきた」

 

 そう答え、紅夜はおかずの味噌汁を啜る。

 

「そうなの………………でもこうちゃん、黒姫ちゃんに抱きつかれてたんでしょ?良く抜け出せたわね?」

「ああ、別にあのくらい大したモンじゃなかったから、直ぐに抜け出せたよ………………てかお袋、なんで抱きつかれてたの知ってんだよ?」

「え!?……そ、それは…………その……」

「………………?」

 

 『昨日、2人が一緒に寝てるのを覗いてました』なんて言える筈が無く、幽香は返答に困った。

 

「そ、それよりこうちゃん、この後はどうするの?何処か出掛ける?」

「いや、誤魔化すなよお袋………………どうせ、昨日か朝のどっちかで覗いてたんだろ?」

「ギクッ」

 

 話題を摩り替えて誤魔化そうとしたものの、どうやら既にバレていたらしく、あっさりと図星を突かれる。

 

「うぅ~、分かってるのに聞くのは酷くない~?」

 

 不満げに頬を膨らませながら紅夜を睨む幽香。だが、その両目に小さく涙が浮かんでいるために恐さなど皆無で、寧ろ可愛く見える程だった。

 

「ゴメンゴメン。だってお袋、こう言う時の反応がスゲー面白いから、つい」

「『つい』じゃないわよ、もうっ」

 

 笑いながら言われた幽香はプイとそっぽを向き、台所に戻っていった。

 

「おいおい紅夜、あんまり幽香を苛めてやんなよ」

 

 そう言いながらリビングに入ってきたのは豪希だった。

 

「はよーっす親父。今日は何時もより寝坊助なんだな」

「ああ、今日は仕事が休みだからな」

 

 そう言うと、豪希は紅夜と向かい合う席に座る。

 

「あら。おはよう、アナタ」

 

 豪希がリビングに入ってきたのに気づいた幽香が、台所から出てきて豪希に近づく。

 

「ああ、おはよう幽香。今日も今日とて美人だな」

「フフッ、ありがと♪」

 

 そう言いながら、豪希の頬にキスをする幽香。

 

「待っててね?今から朝御飯作るから」

 

 そう言うと、幽香は再び台所に戻っていった。

 

「やれやれ、この激甘ペアレントは………見た目の割には歳いってんだから、少しは自重してくれねぇかな……」

「それは無理な注文だな」

「そうよ?愛しい人とは、何時までもラブラブで居たいもの♪」

「はいはい、そうですか………………ご馳走さま」

 

 何時もの事であるためか、紅夜は諦めたように言うと、空になった食器を纏めて流し台に持っていく。

 

「あら、偉いわねこうちゃん。ちゃんと自分で持ってくるなんて」

「あのなぁ………子供扱いしないでくれよ…………」

 

 紅夜の頭を撫でながら言う幽香に、紅夜は溜め息混じりにそう言うと、食器洗いを再開しようとする幽香の手を制して言った。

 

「それとお袋。食器洗いは俺がやっとくから、親父とイチャついてなよ」

「あら、そう?じゃあお言葉に甘えさせてもらうわね」

 

 そう言うと、幽香はタオルで手を拭いて台所から出ると、豪希の隣に座って料理を食べさせ始めた。

 

「………やれやれ………」

 

 口ではそう言いながらも笑みを浮かべながら、紅夜は食器洗いを再開しようとしたが、其処でドタドタと騒々しい音が聞こえてきた。

 

「(この音………………彼奴だな)」

 

 紅夜がそう思った瞬間、リビングのドアが勢い良く開け放たれ、黒姫が飛び込んできた。

 

「ご主人様!なんで起こしてくれなかったのよぉ!?」

 

 台所に立つ紅夜の姿を視界に捉えるや否や、真っ先に向かってきて問い詰める黒姫。

 

「い、いやぁ~、お前がスゲー気持ち良さそうに寝てるから、邪魔するのも悪いかと思ってな」

「嘘仰有い!学園艦に居る時は普通に起こしてきたのに!」

「………………」

「目を逸らさない!」

 

 台所で漫才を繰り広げる2人を、豪希と幽香は微笑ましそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くして食器洗いを終えた紅夜は、家に置いていた普段着に着替えていた。

 黒姫は普段通り、白い装束のような服を着ている。

 

「さて、それじゃあ彼奴に会いに行きますかね」

 

 半袖の黒いシャツにジャーマングレーの長ズボンを履いた紅夜は1階に降りると、そのまま家を出る。

 それに続いて、黒姫も出てきた。

 

「ご主人様、髪結んでないけど良いの?」

 

 黒姫はそう言って、ロングストレートになっている紅夜の緑髪を指差した。

 

 知っての通り、紅夜の髪は男性にしては非常に長く、普段は結んでポニーテールにしている。

 だが今日は結んでいないため、腰まで伸びる緑髪全部が風に靡いていた。

 

「あー、良いの良いの。家の直ぐ前だし、問題無いって」

 

 紅夜はそう言うと、車の隣に置かれている“モノ”にかけられている大きめのシートを取る。

 すると、其所から深緑の車体を持つ1台のバイクが姿を現した。

 

 

 

 

 

――九七式側車付自動二輪車――

 

 昭和12年、大日本帝国陸軍で正式採用されたサイドカー付き軍用バイクである。

 アメリカのハーレーダビッドソン社製品のライセンス生産品であったオートバイ――『陸王』――に改良が加えられたものだ。

 不整地走行性能を向上させるため、オートバイ本体のみならず、側車の車輪も駆動すると言う二輪駆動式サイドカーと言う変わったスタイルを持ち、側車を外して、オートバイ単体としても使用出来ると言う、柔軟な運用が可能なバイクである。

 

「久し振りに見るなぁ~、コイツの姿は」

 

 紅夜はそう言いながら、陸王の周囲を歩き回る。

 深緑の車体にサイドカー、ハンドシフトのレバー。そして、フロントフェンダーの真上に取り付けられた、覆い付きの前照灯………………

 

「どうだ?久々に見る相棒の姿は?」

 

 最後に見た時と何ら変わらない姿を眺めていると、豪希と幽香が家から出てきた。

 

「ああ、昔見た時と全く変わってねぇよ」

「そりゃそうだ。何たってお前が来ねぇ間、コイツのメンテナンスは俺がやってたんだからな。感謝しろよ?」

 

 そう言いながら、豪希は陸王に近づいてくる。

 

「それじゃあ、早速エンジン始動させてみろ。ペットコックを開けたりするのはやっといたから、そのままエンジンかけても良いぜ」

「あいよ。サンキューな親父」

 

 そう言って、紅夜は陸王のシートに跨がる。

 キーを差し込んで回し、次にタンク中央部にあるメインスイッチを入れる。

 スピードメーターの数値が僅かに光り、それに感動していると、豪希が肩を叩いた。

 

「ん?どったの?」

 

 紅夜が訊ねると、豪希は右手の人指し指を立てて言った。

 

「良いか?キックは1発だ。それだけで良い」

「ああ、分かった」

 

 そう返すと、紅夜は車体右にあるペダルを蹴り、下へと押し込む。

 その瞬間、陸王のサイドバルブエンジンが唸りを上げる。

 

「スゲー!ホントに1発でかかった!」

 

 子供のように叫びながら、紅夜はアクセルスロットルのグリップを回して吹かす。

 

「さぁ、紅夜。久々にコイツのエンジン音を聞いて感動するのも良いが、先ずは…………」

「ああ、分かってるよ親父」

 

 そう言うと、紅夜は少しの間を空けて言った。

 

「大型二輪免許、ぜってぇ取ってみせるぜ!」

「その意気だ。じゃあ早速教習所に行くか!」

「おー!」

 

 紅夜はそう言うと、陸王のエンジンを切って家に飛び込むと、階段をかけ上がって自室に入り、何時のポニーテールに髪を結ぶと、その間に用意されていた車に飛び乗った。

 

「それじゃあ幽香、ちょっくら行ってくる!」

 

 運転席の窓を開けて言うと、豪希はアクセルを踏み込んで家を飛び出していった。

 

「「………………」」

 

 その様子を、幽香と黒姫は唖然として見送った後、家に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、教習所に着いた2人だが、紅夜の本人確認のための書類の用意を忘れ、一旦家に戻る羽目になったのは余談である。




 紅夜君の新たな相棒――陸王――の姿は、《ザ・コクピット》の《鉄の竜騎兵》での陸王(古代一等兵による修理終了後の姿)と考えてください。


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第120話~免許を取ってる最中では………………なのです!~

「いやぁ~、まさか本人確認のための書類忘れるとは思わなかったなぁ」

「おまけに証明写真も要るとか………完全に忘れてたぜ………………」

 

 教習所に向かったは良いものの、肝心の書類を忘れた2人は、一旦戻って書類を用意し直し、再び教習所へと赴き、申請の後の入校説明会や適性検査を受け終え、帰路についていた。

 

「にしてもまぁ、教習所が家から近くて良かったな」

「確かにな。遠かったら親父かお袋に送ってもらうか、チャリで行くしか無かっただろうし」

「おいおい、お前は歩きかチャリだぞ?俺だって働いてんだ、何時も送るなんて出来るかよ」

 

 車の中でそんな会話を交わしながら家に到着した2人は、幽香と黒姫に教習所での事を話すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、ゼッケン4番の人。始めてください」

「はい」

 

 それから数日が経ち、技能教習が始まった。

 学科教習では、主に交通ルールや標識などについて学び、この技能教習では、実際にバイクを動かすのだ。紅夜からすれば、待ち望んでいた教習である。

 自分の前に立っていた男性が、倒れていたバイクを起こそうとする。

 

 そう。この技能教習でバイクを動かす際、先ずは倒れているバイクを起こさなければならない。

 その重さも、数㎏なんて軽いものではなく、200~約300㎏と言う重さを持つバイクだ。

 

「(うへぇ~、スッゲー重そう………………)」

 

 バイクを起こそうとしている男性が悪戦苦闘しているのを見ながら、紅夜は内心でそう呟いた。

 その後、漸くバイクを起こした男性は、そのバイクに跨がってエンジンをスタートさせ、コースへと入っていった。

 

「良し………………では次、ゼッケン5番の人、お願いします」

「あ、はい!」

 

 遂に呼ばれ、紅夜が前に出ると、目の前でバイクがゆっくりと倒される。

 

「では、先程の人がやったように、この倒れたバイクを起こしてエンジンを動かして、コースの外周を廻ってきてください」

「了解です」

 

 担当する教官に返事を返し、紅夜は少し屈むと、左手で手前側のハンドルグリップを、右手でアシストグリップ握り、引き起こす体勢になる。

 

「(えっと、ちょっと前に親父から聞いたように)………………おらよっと」

「「「「ええっ!?」」」」

 

 何の苦も無くバイクを起こした紅夜に、その場に居た者全員が声を上げる。

 

「………………何コレ?滅ッ茶苦茶軽いじゃん」

 

 紅夜はそう呟きながらバイクに跨がると、先程の男性がやったようにエンジンをかけ、コースへと入っていく。

 カーブも難なくこなして戻ってくると、他の教習者や教官が呆然としていた。

 

「君………凄いね。それ、車重270㎏のバイクだよ?」

「え、そうなんですか?何か凄く軽かったんですけど」

 

 そう答え、紅夜はエンジンを切ってスタンドを立たせると、腕を広げてバイクの車体下部分を持ち、そのまま軽々と持ち上げてみせた。

 

「「「「ええっ!?」」」」

「滅茶苦茶軽いじゃないですかコレ。起こす時に反対側に倒しそうになりましたよ」

 

 驚く他の面々を他所に、これまた何の苦も無くバイクを下ろしながら、紅夜はそう言った。

 

 この場で言わせてもらえば、学園艦での生活で色々と鍛えていた紅夜は、1発25㎏のIS-2の砲弾を片手で持って、振り回しながら延々と走り回る上に、喧嘩慣れしているレッド・フラッグの男性メンバー6人を相手にして圧倒したり、全国大会では、準決勝でレンガ造りの壁に素手で大穴を開けたり、決勝戦では、数メートル離れたら戦車同士の間を、みほを抱き抱えたまま軽々飛び越えたりと、常人離れした身体能力を持っている。

 そんな紅夜からすれば、普通ならとても持てないような重さ持つバイクでもあっさりと持ち上げる事が出来てしまうのだろう。

 

 

 戻ってきた他の教習車に乗った面々も、持ち上げていたバイクを下ろす紅夜を見て目を見開いていた。

 

「え、えーっと…………では、ゼッケン8番の人は………………」

 

 そうして再開される実習を、紅夜はただ眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、此処は大洗女子学園の学園艦。其所にある一軒家の前に、キャリーバックを傍らに置いた、1人の少女が立っていた。

 全体的に黄緑色で、へそが出たシャツに膝上のスカート。そして、ボタンやファスナーがつけられていないロングコートのような上着を着て頭にゴーグルをつけた、如何にも活動的な雰囲気を感じさせる少女だった。

 彼女がその家を訪ねてきた理由は1つ………………その家に泊まるためだ。

 

「えっと…………此処が、兄様の家、なのよね……?連絡もせず来ちゃったけど、大丈夫かな………………で、でもでも!私は他人じゃない訳だし、そもそも妹だし、何の問題も無いわよね、うん!」

 

 1人で勝手に弁明して、その少女――長門 綾――は、紅夜の家のインターフォンを押した。

 

「………………」

『………………』

 

 だが、インターフォンの向こうからは、全く返事が返ってこない。

 

「あれ、居ない?もしかして兄様、未だ退院してないのかしら?………いや、そんな筈は無いわ。『1週間で退院する』って聞いたし、私がお見舞いに行った日で、もう既に3日目だし、帰ってないのがおかしいのよ、うん」

 

 またまた独り言を呟き、1人で勝手に頷く綾。

 

「もしかしたら寝てるかもしれないし、もう1回………もう1回だけ………」

 

 そう呟きながら、再びインターフォンを押す。

 

「……もしかして、出掛けてるのかn………………ん?」

 

 出掛けているのではないかと予想を立てた綾だが、家の中から微かに聞こえてきた物音に反応する。

 ドアの前に来ると、その音は大きくなり、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてくる。

 

「フフンッ♪兄様ったら焦っちゃって。そんなに急がなくても良いのに」

 

 口ではそう言いながらも、頬を染めて口許を緩ませている時点で、喜んでいるのは丸分かりだ。

 そして、ドアが勢い良く開け放たれる事を予想して、2歩程後退する。

 その瞬間、綾の予想通り、ドアが勢い良く開け放たれた。

 

「(全く、兄様ったら。そんなにも私に会いたかったの?可愛いわねぇ。もう、もう♪)…「お帰りなさい、コマンダー!レッド1!」………………え?」

「………………あれ?」

 

 だが、ドアから現れた人物は、綾が期待していた人物ではなかった。

 

 恐らく静馬以上はあるであろう背丈に、ロングヘアーの金髪に加えて若干つり目気味の碧眼、整った顔立ち、スレンダーな自分とは対照的に、ナチス軍服のように見えるボディースーツの上からはっきり分かる豊満な胸。

 この状況で、綾は思ったであろう。

 

――誰だこの女は?――と………………

 

「「………………」」

 

 そして、両者の間で流れる沈黙。

 互いに、今の状況にどう対応すれば良いのか分からず、ただ立ち尽くすだけだ。

 そんな時だった。

 

「おーい、レッド2~。腹減ったから菓子貰うぜ~」

「ッ!?」

 

 家の中から、少なくとも綾の耳には全くもって覚えの無い女性の声が聞こえてきた。

 

「………………ハッ!?な、何なのよ貴女達は!?」

 

 此処で漸く我に返った綾は、レッド2を指差してそう叫んだ。

 無理もない。何せ暫くぶりに兄の元を訪ねてみれば、全く覚えの無い女性が現れ、おまけに未だ1人居るときたのだ、誰だってパニックを起こすものだろう。

 

「ええっ!?ちょ、それは此方の台詞…………「て言うか、家の中にもう1人居るわね!?ちょっとお邪魔するわよ!」……え?ちょっと!?」

 

 いきなり声を張り上げた綾に驚くレッド2を無視して、綾はズカズカと家の中に入っていく。

 

「全く!一体全体何がどうなってるのよ!?」

 

 玄関で靴を脱ぎ捨てた綾は、少女らしくもなくズカズカと足音を立てながらリビングへと向かっていき、ドアを勢い良く開け放った。

 

「うわビックリした!どうしたよレッド2?そんなズカズカ歩いて、何か嫌な事でも………え?誰お前?」

「………………」

 

 『それは此方の台詞だ』と言いたくなるのを何とか堪え、綾は目の前に映るレッド3を見据えた。

 背中辺りまで伸びるブロンドの髪に赤い瞳に加え、右目を覆う赤い眼帯。さらに、戦国時代の武将を女性にしたような服に身を包んでいた。

 

「単刀直入に聞くけど………………貴女達、何者なの?返答によっては警察呼ぶわよ?」

 

 そう言うと、綾は徐にスマホを取り出し、警戒の目を向けた。

 

「そもそも貴女達、此処が誰の家なのか分かってるの?少なくとも、兄様に貴女達のような同居人が居た覚えは無いのだけど?それに見たところ、貴女達はレッド・フラッグのメンバーでも、大洗女子のメンバーでもなさそうだし………………ねぇ、ホントに何者?」

「ちょちょちょ、ちょっと待て!矢鱈と凄んでくるけど、お前こそ誰なんだよ!?」

 

 綾から溢れ出る殺気とも呼べるようなオーラに怯みながらも、レッド3はそんな疑問を投げ掛ける。

 

「私は長門綾。この家の主、長門紅夜の妹よ!」

「「ッ!?」」

 

 大声で名乗る綾に、2人は驚愕に目を見開いた。まさか、家主の妹がやって来るとは思わなかったのだろう。

 

「さぁ、私が名乗ったんだから、貴女達も名乗るのが筋と言うものよね?」   

 

 そう言いながら、ユラリユラリと近寄ってくる綾。

 心なしか2人には、綾の背後から、ドス黒いオーラと共に、大釜を振り回す死神の阿修羅が出ているように見えた。

 

「(ぐぅっ!何だコイツは!?気迫が、強すぎる………………ッ!)」

「(この女、コマンダーの妹だとか言ってたわね……隙の無い動き、このオーラ………戦車の付喪神である私達でも勝てる気がしないわ……)」

 

 顔中から滝のように冷や汗を流す2人を見ながら、綾は言った。

 

「我が家、長門家の家訓ではね、『身内の家の中に居る不審者には、お帰り願う前に礼儀を教えてやれ』とされているのよ………………挨拶も無しに人ン家に上がり込んで、挙げ句自分の家のように寛ぎやがって………………許されると思ってンのかオイ?」

「「~~~~~~ッ!!?」」

 

 口調がガラリと変わった綾の様子に、2人は恐怖に震える。

 

「さぁ、選べ………大人しく正体を話すか、此処で私に叩き潰されるか………」

「わ、分かった分かった!話すから、そのおっかねぇオーラ何とかしてくれ!」

 

 何時の間にか金属製の大型シャベルを持ち出して肩に担いでいる綾に、レッド3は涙目になりながら懇願する。

 そして綾がオーラをしまうと、相当殺気を当てられ続けたからか、恐怖のあまりに乱れていた呼吸を整え、レッド3は自分達の正体を明かすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“戦車の付喪神”………………ですって?」

「そうよ。因みに私は、レッド2《Ray Gun(レイガン)》ことパンターA型の付喪神よ」

「俺はレッド3《Smokey(スモーキー)》こと、シャーマン・イージーエイトの付喪神だな。一応レッド1《Lightning(ライトニング)》こと、IS-2の付喪神も居るんだが…………生憎と、今は出払っててな。何時帰ってくるのかも分からん」

「そう………………」

 

 それから少し経ち、漸く落ち着きを取り戻した2人は、綾と向かい合って座り、自分達の正体を明かしていた。

 

「それにしても、驚いたわ。付喪神なんてウィキペディアでしか見た事無いし、そもそも、そう言うのは空想上の存在だとばかり思ってたもの」

「まぁ、普通の人の意見からすれば、そうなるでしょうね………………まぁ取り敢えず、これで私達が不審者ではないって事は分かってもらえた?」

 

 レッド2がそう訊ねると、綾はコクりと頷いた。

 

「ええ、まぁ………………それもそうだけど、ごめんなさいね。いきなり怒鳴ったりして」

「気にすんなって。俺等も勝手に上がり込んでたんだからさ」

「言われてみれば、確かにそうだったわね………………」

 

 罰が悪そうな表情で謝る綾に、2人はそう答える。

 

「それで、えっと………………綾、で良いのよね?コマンダーは居ないけど、此処には何の用で来たの?」

「コマンダー?………ああ、兄様の事ね。此処には泊まりに来たのよ。でも、兄様が居ないんじゃねぇ………………それにしても、なんで帰ってきてないの?私の予想が正しかったら、もう退院して、この家に居てもおかしくないと思うんだけど………………もしかして、買い物とか?」

 

 綾の問いに、レッド3は首を横に振った。

 

「いいや、俺等の隊長は、未だ本土に居るよ。理由は俺等にも分からん。追い掛けてったレッド1からの連絡が無いからな」

「そう………………まぁ、取り敢えず1泊だけ泊まってくわ。荷物置いてくるから」

 

 そう言うと、綾は2階に上がってキャリーバックを置き、1階に降りた。

 

「兄様め……今度会ったら☆O☆HA☆NA☆SI☆しなきゃね………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくし!!」

「あら、ご主人様。風邪?それとも誰かに噂されてるとか?」

「さぁな、その辺りは全く分からん………………だが、取り敢えず風邪でも噂でもなく、ただ鼻が一時的に詰まっただけだと言う事を祈るよ」

 

 教習を終えた紅夜が帰ってきた長門家実家では、そんな会話が交わされていたとか違うとか………………




 面白そうだし、陸王も擬人化してみようかなぁ………………いや、流石に無理があるかなぁ~………


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第121話~日常と、不穏な影です!~

「レッド1と連絡を取りたい?」

 

 1階に降り、暫くのんびりしていた綾は、レッド2から黒姫と連絡を取らせてほしいと頼まれていた。

 

「ええ。あの子が本土に行ってから暫く経つけど………………あの子ったら、その間何の連絡も寄越さないの。一応誰かに連れ去られたりはしない子なんだけど、流石に何日も音沙汰なかったら心配になってくるの。だから頼めないかしら?」

 

 両手を合わせ、少し不安げに見てくるレッド2を見ながら、綾は少し考える。

 

――そもそも紅夜は、黒姫は兎も角、他の付喪神の存在には気づいているのか?――

 

 それが、今の綾からして一番の疑問点であった。

 

「一応聞いておくけど………………兄様、貴女達の事は知ってるの?」

「知らないわよ?」

 

 綾の問いに、レッド2は即答する。

 

「し、知らないって………………どうするのよ?当然ながら、私もレッド1とやらの事は全く知らないのよ?会った事も無いし」

「そ、その辺は上手く………………な?」

「『な?』じゃないわよ、全く………………まぁ良いわ。適当にやっといてあげる」

 

 そう言うと、綾はスマホを取り出して電源を入れると、電話帳から東京の家の番号を選択し、通話ボタンを押す。

 大して待たない内に、電話が繋がる。

 

『はい』

「ッ!(兄様!)」

 

 慕う兄が電話に出た事に内心で喜びながら、綾は平然を装った。

 

「す、少しぶりね兄様」

『あれ、その声って綾だよな?どったの?親父かお袋に用でもあんのか?』

 

 その問いに、綾は首を横に振った。紅夜からは当然ながら見えないが………………

 

「いいえ?ただ、もう兄様が退院した頃じゃないかと思って遊びに来たら居なかったから、もしかしたら未だ本土に居るんじゃないかと思って電話してみたのよ。まさか、ホントに居るとは思わなかったわ」

『そ、そりゃあ何かスマン。退院してから大型二輪の免許取る事になってな。免許取得のために本土に留まってんだよ』

「成る程ね………………もしかして、『ずっと家に置いてる陸王を何とかしろ』的な事をお父さん辺りから言われたんじゃないの?」

『ご名答』

 

 綾が推測すると、即答で是の返事が返された。

 

「(さて、こうやって兄様と話していたいけど、やる事があるのよね………………)」

 

 内心でそう呟きながら、綾は先程から傍で聞き耳を立てている2人の方を見る。

 2人は綾からの視線に気づき、努めて笑みを張り付けながら後退りし、ソファーへと腰掛けた。

 

「(それにしても、レッド1とやらの事をどうやって言い出したものかしら………その人とは初対面な筈だから、知ってたら逆に疑われるし………………)」

 

 黒姫の事について訊ねるタイミングが思うように掴めず、どうしたものかと頭を悩ませていた、その時だった。

 

『ご主人様~、誰と話してるの~?』

 

 スマホの向こう側から、少なくとも聞き覚えの無い女性の声が聞こえてくる。

 

『うわっ、ちょ、馬鹿。通話中とかでは“ご主人様”と呼ぶなって言ったろ。聞こえるじゃねぇか』

「残念ながら、もうバッチリ聞こえてるわよ」

『……………』

 

 呆れ顔で言うと、紅夜は沈黙する。恐らく、『自分は女子に“ご主人様”と呼ばせる変態だと思われているのではないか』と思い、言い訳を考えているのだろう。

 

『え、えっとだな綾。違うんだ。これには、その…………深ぁ~~い訳があってだな……』

「へぇ~?」

 

 かなり切迫した声で話す紅夜に、綾の心に悪戯心が芽生える。

 

「ふーん?女の子に“ご主人様”って呼ばせる事に、どぉ~んな“深い訳”があるのかしらぁ?」

『あ、いや。だからだな。別にこれは、俺が言わせてる訳でもなくてだな………』

「ほぉ~………じゃあ何?アキバとかでお馴染みの“メイド喫茶”にでも行ってるの?」

『行かねぇよ!』

 

 即座に返されるツッコミに、綾は爆笑しそうになる。かなり楽しんでいた。

 

『それでな?別に俺が呼ばせてる訳でもなく、かと言って、メイド喫茶に来てる訳でもなくてだな………えー、その………お前からしたら…………いや、お前だけに留まらず、普通なら信じがたい事なんだが』

「勿体振らないで言ってよ」

 

 そう言って、綾は話すように促す。

 そして紅夜は、絞り出すような声で言った。

 

『実は、その………俺の………俺が乗ってるIS-2には、だな………………』

 

 そう言いかけると、紅夜は少しの間を空ける。

 何の声も聞こえなくなる状態から察するに、自分で話すべきか否かで葛藤しているか、若しくは近くに居る誰かに、話すべきか否かを視線で訊ねているかのだろう。

 そして、話す事に決めたのか、はたまた視線を向けられた相手が頷いたのか、紅夜は再び口を開いた。

 

『実は、その………………俺のIS-2には、だな…………………

 

 

 

 

……………付喪神が宿ってるんだよ!』

 

 最後に少し長めの間を置いて、紅夜は遂に言った。

 

「(あー、やっぱりね…………それっぽい事言い出すと思ったわ)」

 

 だが、既に付喪神に会っている綾からすれば、今更言われたところで驚く筈も無く、ただ黙って立っていた。

 

『……………あれ?』

 

 何時まで立っても、何のリアクションも返されない事に疑問を感じた紅夜が、間の抜けた声を発する。

 

『えっと……綾?』

「何?」

 

 スマホの向こうで、きっと表情をひきつらせているであろう紅夜が話し掛けると、綾は淡々と返事を返した。

 

『いや、『何?』じゃなくてだな…………驚かねぇのか?これ言っちゃナンだが、空想上の存在が実在するって言ってるんだぜ?』

「驚いてるわよ?“一応”ね」

『一応ってお前……此処、結構驚く場面だぞ……』

 

 先程までの緊迫した雰囲気は何処へやら、すっかり肩を落とした紅夜が綾の反応にツッコミを入れる。

 

「だって、『兄様ならそうなってもおかしくない』って思ってたもの」

『何だよそりゃ……はぁ…………』

 

 スマホの向こうから、心底落胆した紅夜の溜め息が聞こえてくる。

 

「それで兄様?その付喪神さんはどうしてるの?」

 

 此処で綾は、2人から聞くように頼まれていた事を訊ねた。

 

『黒姫がどうしてるってか?そう言われても………………普通に、一緒に住んでるぜ?親父等の家で』

「じゃあ、お父さん達も知ってるのね?2人はどんな反応したの?」

『………………』

 

 綾がそう訊ねると、暫くの沈黙の後に返事が返された。

 

『………………お前と、大して変わらなかったよ。親父達は直ぐに受け入れたし、黒姫だって、直ぐ懐いた』

「そう、なら良かったわ………それもそうだけど、何時免許を取れるの?」

『んっと…………卒業検定とかがあるから、1発合格すれば、後4日ぐらいで取れるかな』

「そう……それにしても、久し振りなんじゃないの?本土で2週間以上過ごすのは」

『言われてみりゃあ、確かにそうだな』

 

 すっかり何時もの調子を取り戻した紅夜はそう言って、快活に笑った。

 

「それにしても、付喪神に会ったって言うなら早めに言ってほしかったわ」

『悪い悪い。色々あったんでな。まぁ、もしパンターやイージーエイトの付喪神が現れたら電話してやるよ』

「楽しみにしてるわ。それじゃあ、私はそろそろ帰るから、切るわね。お父さん達によろしく言っといて」

『あいよ、綾。そっちも頑張れよ。何せお前は、知波単期待のエースなんだからさ』

「それ、私が知波単の戦車道チームに入った直後の二つ名じゃないの、もう……じゃあね」

 

 そう言って通話を切ると、綾は2人に向き直った。

 

「レッド1は兄様と一緒に、本土にある実家で暮らしてるわ。兄様、退院してから直ぐに大型二輪の免許を取る事になったから、それでついていったみたい」

「そう………まぁ、変な事に巻き込まれたりしなくて良かったわ」

 

 そう言って、レッド2は安堵の溜め息をついた。

 

「さてと………………それじゃあ、私はそろそろ帰るわ」

「あら、もう帰るの?」

「もっとゆっくりしていけば良いのに」

 

 綾が帰ると言い出すと、2人は少し残念そうな表情を浮かべる。

 

「明日は学校もあるからね」

 

 そう言うと、綾は2階に上がって帰り支度を済ませると、再び1階に降りてきた。

 

「それじゃあね。兄様達によろしく言っといて」

「ええ、分かったわ」

「また来いよな!」

 

 そんな会話を交わして、綾は家を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………今日も今日とて疲れたよ~っと………………ただいま~」

 

 夜、紅夜は今日の教習を終えて帰ってきた。

 

「お帰りなさい、ご主人様。今日も教習、お疲れ様」

 

 家に入ると、黒姫が立っていた。

 

「ああ、ただいま黒姫」

 

 紅夜はそう言うと、靴を脱いで家に上がる。

 

「今日もバイクに乗ったの?」

「ああ、学科教習はあまり無いからな。大半が実技だよ………………にしても、一本橋はかなりキツかったなぁ~。何とかクリア出来たとは言え」

 

 そう言いながら、紅夜はリビングにやって来た。

 

「あら、こうちゃん。お帰りなさい」

「ただいま、お袋」

 

 リビングに入ると、隣接する台所に幽香が立っていた。

 

「もうすぐご飯出来るから、座って待ってなさい」

「ほーい」

 

 そう返事を返すと、紅夜と黒姫は椅子に腰掛ける。

 

『次のニュースです。最近、学園艦に入ってくる不良集団による被害が相次いでおり、現段階でも、プラウダ高校、聖グロリアーナ女学院、黒森峰女学園にて、ごみの散乱、騒音と言った被害が出ています。下校途中の女子生徒にも手を出す危険性もあるため、各学校では、最終下校時間を早めると言った対策が練られています―――――――』

「うわぁ~、何かスッゲー物騒だなぁ………つーかこの話題、俺が入院してる時も結構やってたぜ」

 

 テレビを見ながら、紅夜はそう言った。

 

「現段階じゃあ大洗には被害が出てないんだろうが、その不良集団とやらが大洗を狙うのも、時間の問題と言うべきかな………………つーか、プラウダとか聖グロとか黒森峰って………………皆、大丈夫かなぁ?幾ら戦車道で強かろうと、普通の肉弾戦じゃなぁ……」

「いざとなったら、蓮斗に頼んで其々の学園艦に転移してもらって、その学園艦に居る不良集団を殲滅するって言うのもあると思うよ?」

 

 そう言う黒姫に、紅夜は小さく頷いた。

 

「まぁ兎に角、大洗にも被害が出る前に学園艦に戻らねぇとな。達哉達が居るが、やっぱ心配だ」

「優しいんだね、ご主人様は。そう言うの、私は大好きだよ♪」

「ははっ、ありがとよ」

 

 抱きついてくる黒姫に微笑みながら、紅夜はそう言った。

 

「あらあら、2人共ラブラブねぇ~」

 

 出来上がった料理を運ぼうとしている幽香は、イチャつく2人を微笑ましそうに見ながらそう言う。

 

「おっ、ご飯出来たみたいだな…………黒姫、もうご飯出来たから離れろ」

「はーい」

 

 そう言うと、黒姫は一旦離れ、出された料理を食べ始めた。

 それから数分後、仕事を終えて帰ってきた豪希も夕飯に加わり、一家団欒の空間が、そのリビングで広がっていた。



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第122話~取得と帰還です!~

「さてと………………んじゃ、行ってくる」

 

 綾が家を出るのとほぼ同時刻、紅夜は卒業検定を受けるため、教習所へ向かおうとしていた。

 

「忘れ物は無い?ちゃんと筆記具は持ったの?」

 

 玄関まで見送りに来た幽香が、忘れ物の有無を確認する。

 

「勿論。昨日の夜に用意して、さっきだって、もう1回確認したから大丈夫だって」

 

 そう言うと、紅夜はドアを開けて外へ1歩踏み出す。

 

「それじゃ、行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい。気をつけて行くのよ?」

「りょ~かい」

 

 紅夜は外へと踏み出し、教習所へ向かおうと歩き出す。

 

「おーい、ご主人様~!」

「……?黒姫?」

 

 見送りに来なかった黒姫の声が聞こえ、紅夜は声が聞こえた方へと振り返った。

 視線の先では、何処から持ち出してきたのか、チアリーダーの衣装を着た黒姫が居た。

 

「卒検、頑張ってね~!」

 

 そう言いながら、黒姫は両手に持っていたポンポンを振る。

 

「彼奴、あれやるために玄関まで来なかったんだな………」

 

 呆れたように言いつつも、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「応援ありがとよ、黒姫。サクッと免許取って帰ってくるぜ!」

 

 そう返すと、紅夜は教習所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………では、これより卒業検定の説明を始めます」

 

 教習所に着いた紅夜を待っていたのは、試験監督からの説明だった。

 

「えー、先ずはバイクを起こし、それからは、皆さん其々に配られた教習所の見取り図に従って、コースを走ってもらいます。では、各自にゼッケンを配りますので、それを着けてから、移動してください」

 

 監督が言うと、教室のドアの傍に立っていた男性が、1人ずつ名前を呼んでゼッケンを渡していく。

 大して待たない内に、紅夜の元にやって来た。

 

「えー、長門紅夜君だね?君はゼッケン8番だよ」

「了解です」

 

 差し出されたゼッケンを受け取り、紅夜は胸にゼッケンを着け、移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、卒業検定を始めます。ゼッケン1番の人、始めてください」

「はい」

 

 監督に呼ばれた男性が前に出る。

 彼の手がバイクに触れた瞬間、その者の試験が始まる。

 バイクを起こし、スタンドを上げてエンジンをかけると、コースへと入っていく。

 各課題をクリアして戻ってくると、エンジンを切ってスタンドを下ろし、試験は終わる。

 時間が経つにつれて、他の教習生達の表情に緊張の色が見えてきた。後になればなる程、彼等の動きはぎこちなくなっていく。ミスをする者も居た。

 

「えー、それではゼッケン8番の人、始めてください」

「はい」

 

 紅夜はそう言って、倒れているバイクに近づいた。

 

「(さて、先ずはコイツを起こすんだっけな……)……よっと」

 

 何の苦も無くバイクを起こす紅夜だが、監督や他の教習生からの反応は殆んど無い。

 恐らく日々の教習で紅夜の怪力ぶりを見せられてきたため、もう慣れてしまったのだろう。

 

「(さぁ、次はバイクに跨がって、ミラーの確認っと………)」

 

 紅夜は両方のハンドルについているミラーを調節し、スタンドを上げるとエンジンをかける。

 

「(後方確認、半クラッチとウィンカー良し)………ゼッケン8番、長門紅夜、行きます!」

 

 スムーズに走り出した紅夜のバイクは、最初の課題、スラロームの地点に来る。

 

「(チャリの感覚は通用しねぇ………だが、この2週間、技能教習を受けて、家でもコツを勉強してきたんだ、此処で失敗出来るかってんだよ!)」

 

 内心でそう呟きながら、紅夜はスラロームを鮮やかに切り抜け、次の課題、一本橋の手前で停車し、再び走り出す。

 

「(えっと、半クラッチにニーグリップ、そして視線は若干上に向けてと………)」

 

 一本橋を揺れずに通過した紅夜のバイクは、続くS字コーナーやクランクも難なくクリアし、波状路、踏み切り、急制動もクリアする。

 

「(よぉーし、こっからも行くぜ!)」

 

 此処で四輪車が走るコースに乗り入れた紅夜は、気合いを入れ直して各課題に挑んでいく。

 

 路上の障害物、交差点、右折・左折直後の一時停止や障害物………………これらをクリアすると、次に坂道発進が待ち構えていた。

 

「(半クラッチに後輪のブレーキを緩めて、下りは緩めたブレーキをかけ直して………………良し、クリア!)」

 

 全ての課題をクリアした紅夜は、無事にスタート地点に戻ってきて停車した。

 

 忘れずにブレーキを握ってギアをニュートラルに入れる。

 

「(それから後方確認、ブレーキ握って降りる、そしてそのままスタンドを下ろす)」

 

 そしてバイクを傾け、ハンドルを左に切って手を離すと………………

 

「はい。ゼッケン8番、試験終了です。紙に書いてある教室に移動して待っていてください。それでは次、ゼッケン9番の人は始めてください」

 

 こうして、次の教習生が試験を受けていくのを背に、紅夜は紙に書いてある教室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、今日の卒業検定、お疲れ様でした」

 

 教室に移動してから待つこと約1時間。教習生全員が教室に入ると、最初にやって来た監督が入ってきてそう言う。

 そして、2、3人程の教習生を呼んで何かを伝えると、今度は呼ばれなかった紅夜を含む他の教習生の方を向いて言った。

 

「では、今座っている人達は、全員合格です。おめでとうございます」

「………………ッ!(ッッッシャァァァァァアアアアアアアアッ!!!)」

 

 『合格』と伝えられた紅夜は、心の中で大きくガッツポーズした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、卒業証明書や記念品を受け取った紅夜は、それらを持ってきたサブバッグに入れて教習所を飛び出すと………………

 

『………………うぉっしゃぁぁぁぁあああああっ!!!』

 

 嬉しさのあまりに紅蓮のオーラを纏いながら、家に向かって勢い良く走り出した。

 

 

 この時、紅夜が教習所から家に着くまでかかった時間は、僅か5分だったとか…………

 

 

 

 

 

 

 

 その後、家に帰ってきた紅夜は、同じく家に帰ってきた豪希に合格した事を伝えた。

 

「おー、そうかそうか!1発合格を成し遂げたか!流石は俺と幽香の息子だ!俺は鼻が高いぜ!」

 

 豪希はそう言いながら、紅夜の頭をクシャクシャと撫で回した。

 

「こうちゃん、受かったの!?良くやったわ~!」

 

 豪希の声を聞き付けて飛び出して来た幽香は、そのまま紅夜を目一杯抱き締めた。

 

「おめでとう、ご主人様!」

 

 続いて出てきた黒姫も、紅夜の合格を祝う。

 

「良し、紅夜!早速免許センターに行くぞ!今日からお前は、戦車道同好会チーム《RED FLAG》隊長の他に、ライダーの肩書きを得るんだ!」

 

 そう言うと、豪希はポケットから車のキーを取り出してロックを解除すると、後部座席に紅夜を放り込み、自分は運転席に飛び込む。

 

「こうしてはいられないわ。アナタ、私も!」

「あ、私もご一緒させてください!」

 

 黒姫は、先に後部座席に乗り込み、幽香は戸締まりを済ませて助手席に乗り込む。

 

 そうして一行は免許センターへと向かい、紅夜は晴れて、大型二輪の免許を獲得したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「「「紅夜(こうちゃん)(ご主人様)、卒検合格おめでとう~!」」」

 

 その夜、紅夜の卒検合格を祝うパーティが開かれた。

 

「いやぁ~、まさかマジで1発合格しちまうとはスゲーな!俺ビックリしたぞ」

「そう?私は、こうちゃんなら絶対合格するって思ってたけどね♪」

 

 腕を組んで、ウンウンと頷きながら言う豪希に、幽香はからかうような笑みを向けながらそう言った。

 

「それにしても、ご主人様。これでバイク、学園艦に持っていけるね!」

「ああ。中学1年ぐらいで彼奴の修理を始めてから、もう6年。長かったぜ………色々あったらなぁ………」

 

 紅夜はそう言いながら、熱くなってくる目頭を押さえる。

 

「あら?こうちゃんったら、もしかして嬉し泣き?」

「へへっ。そうかもしれねぇな………」

 

 紅夜がそう返すと、幽香は微笑ましそうな表情を浮かべて腕を広げた。

 

「それならこうちゃん、ママの胸に飛び込んでらっしゃ………「ご主人様~、泣きたいなら私の胸で泣け~♪」……あらあら、先を越されちゃったわ」

「コラコラ黒姫ちゃん、一応今はご飯中なんだ。紅夜を抱き締めるなら、ご飯食べてから部屋でしなさい」

「は~い」 

 

 すっかり馴染んだ黒姫はそう言うと、豊満な胸に埋めていた紅夜を解放し、食事を再開した。

 

 その後、紅夜はレッド・フラッグのメンバーや綾に、卒検合格を知らせるメッセージを送り、黒姫に抱かれて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に………もう、行っちゃうの……?もう少し、ゆっくりしていっても………良いのよ……?」

「お袋、此処に来て泣かないでくれよ…………」

 

 翌日の夕方、此処は大洗の港。

 それまでに紅夜と黒姫の分のヘルメットを買ったり、陸王のガソリンを満タンにしたり、車検を通したりした紅夜達は其所で、大洗女子学園の学園艦へと向かう連絡船を待っていた。

 未だ自分達と一緒に居てほしいと言わんばかりに目尻に涙を浮かべ、紅夜に抱きつきながら言う幽香に、紅夜は苦笑混じりにそう言った。

 

「まぁまぁ紅夜、幽香の気持ちも察してやれ。長らく帰ってこなかった息子が、新たな家族連れて帰ってきて、暫く共に過ごしてきたんだ。もう少し一緒に居たかったんだよ」

 

 豪希はそう言いながら、紅夜と幽香の頭を撫でる。

 すると、今度は黒姫の方へと向き直り、紅夜を撫でていた手を黒姫の頭に乗せた。

 

「黒姫ちゃん。学園艦の家に戻ったら、まただらけた馬鹿息子に戻るかもしれねぇが………コイツの事、よろしく頼むぜ?それと、これは紅夜にも言える事だが………………何時でも、また遊びにおいで」

「………………ッ!」

 

 そう言われた黒姫は、力強く頷いた。

 

「はいッ!………また、必ず伺います、お父様………!」

「うんうん、お前さんはホントに良い子だ。紅夜とは大違いだぜ」

「親父ィ~、息子の旅立ちにそれはねぇだろ~」

 

 未だに抱き締められている紅夜は、咎めるような視線を豪希に送った。

 

「ははっ、悪い悪い」

 

 そう言っている内に、学園艦へ向かう連絡船が港に入ってくる。

 タラップが下ろされ、乗客達が乗り降りし始める。

 

「それじゃあね、こうちゃん…………また、何時でも…遊びに来て……良いんだからね?」

「ああ。お袋達こそ元気でやれよ?それから、何か嫌がらせしてきやがる奴が居たら言ってくれよ?そん時ァすっ飛んで、ソイツ等をかっ飛ばしてやるから」

 

 最後に、幽香を力の限り抱き締めると、紅夜は彼女から離れる。

 

「それじゃあ行こうか、黒姫」

「うん」

 

 そう言って、紅夜はヘルメットをかぶりながら、サイドカーのシートに置かれてあった黒姫のヘルメットを渡し、かぶらせる。

 

 そして、黒姫がサイドカーのシートに座ったのを確認すると、陸王のエンジンをかけ、両親へと振り返った。

 

「じゃあな紅夜、黒姫ちゃん!アッチでも上手くやれよな!」

「こうちゃ~ん!黒姫ちゃ~ん!体には気を付けるのよ~~!」

 

 そう言いながら手を振ってくる両親に、紅夜は手を振り返す代わりに、陸王のアクセルを煽って、エキゾソート音を轟かせて返事をする。

 そして、自動車用のタラップへと向かい、連絡船に乗り込んだ。

 紅夜は出港するまでの間に、レッド・フラッグや大洗チームのメンバーに、これから学園艦に向かう事を伝える。

 

 やがて、連絡船は出港し、紅夜達は、実に3週間ぶりの大洗の学園艦へと向かうのであった。



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第15章~RED FLAGの付喪神、全員集合の巻!~
第123話~船旅の後、新たな付喪神です!~


「大洗の学園艦か………久し振りだなぁ………」

 

 連絡船に乗り入れた紅夜は、中の駐車スペースを徐行しながらそう呟いた。

 

「そうだね。ご主人様が入院したのが1週間で、免許を取るのにかかったのが丁度2週間。計3週間だもの。皆心配してると思うよ?」

 

 サイドカーのシートに座る黒姫がヘルメットを両手で押し上げながら言った。

 

「ははっ、そりゃ嬉しいな。俺なんて何処でも生きていけるような奴だから、誰かに心配なんて、されねぇモンだと思ってたよ」

「でも、お母様にはあれだけ抱き締められてたじゃない。普通、彼処までしないよ?」

 

 黒姫がそう言うと、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ家のお袋、未だ完全に子供離れ出来てないからなぁ」

「“子供離れ”?“親離れ”じゃなくて?」

「ああ、“子供離れ”だ」

 

 聞き返してくる黒姫に、紅夜は頷いた。

 

「親父からは、『少し甘すぎる』って言われてたらしいぜ」

「私が言って良い事かは分からないけど………………激甘だよ、あれは」

 

 そんな会話を交わしていると、2人は誘導係の男性に会う。

 彼の指示に従い、紅夜はバイクの駐輪スペースに陸王を停めた。

 

「さて黒姫。今は午後6時で、大洗の学園艦に着くまで後5時間あるが………………どうする?」

「私は部屋に行きたいな。ご主人様と寝たい」

 

 黒姫がそう答えると、紅夜はガクリとずっこけそうになった。

 

「寝るってお前…………まぁ、一応休憩するための部屋があるにはあるんだが…………」

「じゃあ行こうよ!ホラ、早く!」

 

 サイドカーから降り、黒姫は紅夜の右腕を抱いて引っ張る。

 

「分かった分かった。キー抜くからちょっと待ってろ」

 

 紅夜はそう言って、前輪付近の鍵穴に差し込まれていたキーを抜いてズボンのポケットに入れると、黒姫に引っ張られて中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「此処が個室か~、何かホテルみたいだね~」

 

 受付で部屋の鍵を受け取り、2人は係員によって案内された個室へと足を踏み入れた。

 

「ホテルみたいって…………お前、ホテル行った事なんて無かったよな?」

 

 その問いに、黒姫は頷く。

 

「うん、無いよ?でも、ホテルの部屋もこんな感じなんでしょ?シャワー室があったり、テレビやベッドがあったり」

「まぁ、合ってはいるんだけどな」

 

 紅夜がそう言うのを他所に、黒姫は靴を脱いでベッドに飛び込んだ。

 

「フッカフカ~♪」

 

 黒姫はそう言って、気持ち良さそうな表情を浮かべながら何度も寝返りを打つ。

 紅夜はそれを見て微笑し、荷物を置いて椅子に腰かける。

 

「ふぅ~……落ち着くなぁ………」

 

 部屋を見渡しながら、紅夜はそう呟く。

 

「そう言えば、この船ってレストランとかは無いの?」

「あのなぁ黒姫。これはあくまでも連絡船で、豪華客船とかじゃねぇんだ。一応売店はあるだろうが、流石にレストランはねぇわ」

 

 レストランは無いのかと言い出した黒姫に紅夜が言うと、黒姫は残念そうな表情を浮かべる。

 

「そんな面すんなよ黒姫。帰ったら美味い飯作ってやるから」

「ホント!?」

 

 突然起き上がり、目を輝かせながら聞いてくる黒姫に驚きながらも、紅夜は頷いた。

 

「ああ、ホントだ。だからもう少し我慢しろよ?」

「うん!」

 

 元気良く返事をする黒姫に、紅夜は幼い頃の自分を重ねる。

 

「(俺もガキの頃は、こんなにも無邪気だったのかねぇ………その辺、親父やお袋に聞いときゃ良かった)」

 

 内心でそう呟きながら、紅夜はスマホを取り出して時間を見る。

 

「(未だ6時半か、大して時間経ってねぇな)……ふわぁ…………」

「ご主人様、眠いの?」

 

 ベッドの布団に潜っていた黒姫が、ひょっこり顔を出して言う。

 

「ああ、少しな…どうせだから少しだけ寝ようかな」

 

 紅夜はそう答えると、テーブルに突っ伏して寝ようとするが、ベッドから出てきた黒姫が阻んだ。

 

「そんな寝方じゃ駄目だよ。ホラ、此方来て。一緒に寝よ?」

 

 そう言って、黒姫は紅夜を立たせてベッドに連れていくと、そのまま押し倒した。

 

「うおっと!?………ちょい黒姫、急に押し倒すのはねぇだろ……ってオイ!?」

 

 紅夜が言い終わるのも聞かず、黒姫もベッドに倒れ込み、紅夜を抱き締める。

 

「お、おい黒姫…………」

「良いから良いから」

 

 そう言いながら、黒姫は掛け布団を自分達にかぶせ、再び紅夜を抱き締め、自分の胸に顔を埋める。

 

「このまま、学園艦に着くまで………寝よ?」

「………………分かった」

 

 時間になるまで解放される気配が感じられない紅夜はそう言って、ゆっくり目を瞑ると、やがて寝息を立て始めた。

 それを見た黒姫は、幸せそうな表情を浮かべながら紅夜の頭を撫でる。

 

「(スヤスヤ寝てるご主人様……可愛い………試合の時は凄くカッコいいのに、寝る時はこんなに可愛くなるなんて…)……んうっ」

 

 撫でられているのが気持ち良かったのか、紅夜は黒姫の胸に顔をすり付ける。

 それを感じた黒姫は、頬を赤く染めた。

 

「(今の私、凄く幸せだよ……ご主人様に、甘えられてる………大好きなご主人様を、こんな近くで、独り占めしてる…)」

 

 紅夜への愛しさを募らせ、さらに強く抱き締める黒姫。

 真っ赤に染まった頬は、だらしなく弛んでいた。

 

「んっ…ふわぁ~………」

 

 幸せそうに寝ている紅夜をみていたからか、黒姫にも睡魔の誘いが訪れる。

 

「未だ時間はあるだろうから、私も寝ようかな………おやすみ、ご主人様………愛してるよ」

 

 小さくそう言って、黒姫も微睡みに身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《皆様、間も無く大洗女子学園学園艦に連絡致します。お降りの方は、お忘れ物のこざいませんよう、お気をつけください。繰り返します。間も無く………………》

 

 

「んっ…んん~~っ!………もう直ぐ着くんだ~」

 

 艦内アナウンスで目が覚めた黒姫は、起き上がって伸びをすると、ベッドから降りて、未だに寝ている紅夜を揺する。

 

「起きて、ご主人様。もう直ぐ着くよ」

 

 そう言いながら揺すると、紅夜の両目がゆっくり開かれる。

 

「ん~?もう直ぐ着くってぇ~?」

 

 未だ完全には起きていないため、紅夜は若干寝ぼけながら言う。

 

「そうだよ。だから早く行こうよ…………ホラ、早く起きるの!

  

 そう言って、黒姫は掛け布団を剥ぎ取り、紅夜を起こす。

 

「おいお~い、寝起きの人間に向かってそれはねぇだろ~」

 

 そう言いながら、紅夜はゆっくり向きを変えてベッドから降りると、寝惚け眼な目を擦りながら部屋を見渡して忘れ物の有無を確認すると、サブバッグを持ってドアへと歩き出し、黒姫と共に部屋から出て駐車場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それでは行くか!」

「うん!」

 

 移動中に目が覚めた紅夜は、陸王のエンジンをかけてそう言い、黒姫も返事を返した。

 

 続々と駐車場から出ていく車の列に並び、ゆっくり進んでいく。

 そして遂に、紅夜が操縦する陸王は、初めて大洗学園艦の地を踏み締めた。

 

「よぉ~し!帰ってきたぜ~!」

 

 紅夜はそう言いながら、陸王のアクセルを吹かす。陸王のマフラーは大きく振動し、白煙が噴き出される。

 

「ご主人様、喜ぶのも良いけど早く家に行こうよ。お腹空いちゃった」

「はいはい、分かってるって」

 

 腹を擦って空腹を訴える黒姫にそう返して、紅夜は3週間ぶりの我が家を目指して陸王を走らせた。

 

 

 

 

 

 

「………………あれ?何かおかしくね?」

 

 家に到着し、空いているスペースに陸王を停めた紅夜は家を見てそう言った。

 

「そう?何もおかしい所なんか無いと思うんだけど」

「いやいや、何言ってんだよ黒姫。リビングに明かりが点いてる時点でおかしいと気づけよ」

 

 家にパンターとイージーエイトの付喪神が居る事を全く知らない紅夜は、黒姫にそうツッコミを入れる。

 恐る恐る家に近づいてドアノブに触れると、一応鍵はかかっていた。

 

「………鍵かかってる。もしかして、輝夫のオッチャン辺りが遊びに来たのかな?でも、オッチャン等に家の鍵なんて渡したっけ?」

 

 紅夜はそう呟きながら、サブバッグから家の鍵を取り出して鍵穴に差し込み、ドアのロックを解除して家に入る。

 

「(取り敢えず、もしリビングに居るのが泥棒とかだったら、ソッコーでぶちのめして家から叩き出せるようにしておくか)」

 

 最悪の場合を考えた紅夜は、玄関で靴を脱ぐと、戸棚から除雪用で使っていた金属製の大型シャベルを持ち出し、肩に担いだ。

 そのまま忍び足でリビングのドアに近づくと、中の者に気づかれないよう、ゆっくりとドアを開けた。

 

「あら、お帰りなさい」

「………………は?」 

 

 リビングに入ると、軍服らしき服に身を包んだ金髪碧眼の女性が紅夜に気づき、声をかけてきた。

 訳が分からず、紅夜はその場で立ち尽くす。

 

「ただいま、レッド2。ご主人様が帰ってきたよ~」

「そんなの見れば分かるわよ、レッド1」

 

 後からリビングに入ってきた黒姫は、その女性と普通に話をしている。

 

「ちょ、ちょっと待て黒姫。その娘と知り合い?」

「そうだよ?」

 

 紅夜の問いに、黒姫は平然と答える。

 

「………………もしかしてレッド1、コマンダーに私達の事話してないわね?」

「ゴメン、忘れてた」

 

 ペロリと舌を出して言う黒姫に、レッド2は額に手を当てて盛大に溜め息をついた。

 

「おっ、遂に帰ってきたんだなぁ。待ちくたびれて寝るところだったぜ」

 

 今度は後ろから声をかけられ、紅夜はその方へと振り向く。

 其所には赤い眼帯を着けているレッド3が立っていた。

 

「………取り敢えず、お前等………………誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“パンターとイージーエイトの付喪神”?」

 

 あれから少し経ち、撃退用に持ってきたシャベルを玄関の戸棚にしまって、黒姫含む3人と向き合って床に座った紅夜は、黒姫に2人の紹介をされていた。

 

「そう。因みにこの2人も、6年前からご主人様達の事見てたんだよ?」

「マジっすか………………つーか黒姫、なんで早く言ってくれなかったんだよ?」

「ゴメンね。ご主人様を驚かせたかったの」

 

 ジト目で見ながら言う紅夜に、黒姫はそう返した。

 

「成る程ね、まぁ良いけどさ………………ん?そういやお前等、何かレッド2とかレッド3とか言ってたな…………もしかして2人……ちゃんとした名前ねぇの?」

 

 紅夜がそう訊ねると、レッド2とレッド3は頷いた。

 

「私達付喪神の存在に気づいたのは貴方が初めてだったからね。自分で名前つけるのも微妙な気分だったから、こうやって呼び合ってたの」

「へぇ~……」

 

 相槌を打つ紅夜に、黒姫が提案した。

 

「ねぇ、ご主人様。どうせだから、この2人にも名前付けてあげてよ。私に“黒姫”って名前を付けてくれた時みたいに」

「おっ、そりゃ良いな!是非とも頼むぜ!」 

 

 黒姫の提案に、レッド3はかなり乗り気だ。レッド2も、名前を付けてほしそうな目を向けている。

 

「別に良いけど………俺で良いのか?自分等で決めたいとかは………?」

 

 紅夜はそう訊ねるが、2人は首を横に振った。

 

「そっか……分かった。それじゃあ少し考えさせてくれ。また降りてくるから」

 

 紅夜はそう言って、サブバッグを持ってリビングから出ていくと、自室に戻ってクローゼットに着替えをしまい、ベッドに腰かけて考え始めた。

 

「(それにしても、まさか此処でレッド・フラッグの戦車の付喪神が全員集まるとは思わなかったな……黒姫の時は何と無く思い付いたのを彼奴が気に入ったから良かったけど、2人がどんな反応するか分からんからなぁ。命名ってのは難しいモンだなぁ…………)」

 

 そうしていると、不意にレッド2の服装が思い浮かんだ。

 

「(そういやレッド2が着てた軍服みてぇなの、ドイツの軍服っぽかったな。なら、ドイツ人らしい名前付けたら喜んでくれるかな…レッド3は……シャーマンの付喪神なのにアメリカっぽくない。どうすりゃ良いんだよ…………)」

 

 紅夜は2人の名前に頭を悩ませた。

 時にはスマホを取り出して、彼女等の名前の参考になりそうなものを調べたりした。

 

 それを紙に書き留めていると、1人分の名前にノート1ページ分を使用していた。

 

「えーっと、レッド2のが“レーヴェ”、“ビスマルク”、“エリカ”“ユリア”………………って、ドイツの軍服みてぇなの着てたからか、殆んどドイツ人の名前になっちまった。日本人らしい名前なんて殆んどねぇじゃん」

 

 そう呟くと、今度は隣のページ、レッド3の名前候補が書かれてあるページへと視線を移した。

 

「えー、“七花(しちか)”、“シャーリー”、“アメリア”、“メイフィス”、“レイナ”………………服装が服装だからか、レッド2よりかは日本人っぽい名前が多いな。つーか一向に決まらねぇ………………ぬぉ~、どうすりゃ良いんだよ~!!」

 

 紅夜はそう言いながら、頭を抱える。

 黒姫の場合は、咄嗟に出た名前を黒姫が気に入ったためにあっさり決まったが、今は咄嗟の一言を出すような場面ではなく、真剣に考えなければならないのだ。

 

「こんなに悩んだの、レッド・フラッグでの小編成チームの名前考えた時以来だぜ」

 

 そう呟き、再びノートに目を向けようとすると、不意にドアがノックされた。

 

「ん?」

「ご主人様、私だけど入っても良い?」

 

 ドアをノックしたのは黒姫だった。

 

「おう、別に良いぞ」

 

 ドアに向かって言うと、黒姫達3人が入ってきた。

 

「どうかしたのか?皆して部屋に来るなんて」

「ご主人様、2人の名前を考えに行ってからは全然降りてこなかったでしょ?だから、様子を見に来たの」

 

 黒姫はそう答えると、ベッドに置かれていたノートを拾い上げる。

 2人もノートを覗き込み、自分の名前のために丸々1ページ使用されているのを見て目を見開いた。

 

「いやぁ~、その………悪いんだけど、未だ考え付いてないんだわ。中々良さそうな名前が決まらなくてさ」

 

 紅夜はばつが悪そうに言うが、当の2人は、ひたすらノートに書かれた自分の名前の候補に目を通していた。

 

 すると、レッド2が紅夜の方を向いて言った。

 

「ねぇ、コマンダー。赤ペンとか持ってる?」

「赤ペン?あるけど………………ホラ」

 

 紅夜は机に向かうと、筆箱から赤ボールペンを取り出して投げ渡す。

 レッド2は見事に受け取ると、何やらノートに丸をつけ、ボールペンを渡されたレッド3も、同様に丸をつける。

 

 そして、呆然と様子を見ている紅夜の前に、そのノートを見せた。

 

「私は、この名前が良いわ」

「俺はこれだな」

 

 そう言って、2人は先程渡されたボールペンで丸をつけた名前を指差した。

 

 レッド2は“ユリア”、レッド3は“七花”だった。

 

「…………本当に、それで良いんだな?」

 

 紅夜がそう訊ねると、2人は同時に頷いた。

 

「そうか………ならレッド2。今日からお前はユリアで、レッド3は七花だ。改めて、宜しくな」

 

「「ええ(おう)!」」

 

 こうして、2人の名前がめでたく決まり、黒姫とも、互いに名前を呼び合う事になった。

 

 

 

 

 その後、紅夜の事を“ご主人様”と呼ぶ黒姫と、“コマンダー”と呼ぶユリアに対して、七花が紅夜をどう呼べば良いのかと言い出し、自分の呼び方に大して拘りを持っていない紅夜は、『好きなように呼べば良い』と言ったため、『どのように呼ぶかが決まるまでは、“紅夜”と呼ぶ』と言う事で話をつけた。

 

 

 

 その後、ユリアと七花は綾の部屋に行き、紅夜は黒姫と共に眠りについた。



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第124話~顔を出しに行きます!~

 紅夜が大洗学園艦に帰ってきてから、一夜が明けた。

 紅夜の部屋には、カーテンの隙間を通ってきた日光が差し込む。

 

「う~ん……ふわぁ~…………」

 

 それに刺激されて目が覚めた紅夜は、欠伸しながら伸びをする。 

 

「えへへ~、ご主人様ぁ~……」

 

 その隣では、紅夜に抱きついて眠る黒姫が、頬をだらしなく弛ませて寝言を言っていた。

 黒姫を起こさないように注意しつつベッドから降りた紅夜は、1階のリビングへと向かった。

 

「Guten tag,Commander(おはよう、コマンダー).」

「ああ、ユリア。おはよう」

 

 リビングに着くと、既にユリアが居て朝食を作っていた。

 

「ユリアって、結構早起きなんだな」

 

 紅夜がそう言いながら椅子に腰掛けると、ユリアは朝食を作る手を一旦止めてから言った。

 

「ええ。コマンダーが居ない間、私達3人が交代で朝御飯作ってたから、その癖で」

「へぇ~、それはそれは……ん?」

 

 ユリアが言った事に不明点があったのか、紅夜は首を傾げた。

 

「“俺が居ない間”?いや、ちょっと待て。そういや俺が帰ってきた時には既にお前等が居たんだが、何時から俺の家に住んでたんだ?」

「3週間前よ?」

 

 朝食を作る手を再び動かしながら、ユリアはそう答えた。

 

「3週間前って………お前等、俺の入院生活初日からこの家に居たのか。それは知らなかったな」

 

 紅夜はそう言って、再び欠伸を1つ。

 

「それもそうだけどコマンダー、七花達を起こしてきてくれる?もう直ぐ出きるから」

「あいよ、行ってくる」

 

 そう言うと、紅夜はリビングから出て階段を上がり、先ずは七花が寝ている綾の部屋に入った。

 部屋は常夜灯のままで暗かったが、廊下の明かりで部屋が照らされ、寝息を立てている七花の姿を見つけるのは簡単な事だった。 

 

「それにしても七花…………普通に寝てるなぁ」

 

 紅夜の視線の先には、掛け布団をすっぽりかぶって寝ている七花の姿があった。

 男勝りな口調と性格を持つ彼女の様子から、てっきり布団を蹴っ飛ばして寝ているのではないかと思っていた紅夜は、彼女の寝相があまりにも良かったために拍子抜けしていた。

 

「こうやってスヤスヤ寝てるのを見ると、起こすのを躊躇っちまうんだが………仕方ねぇ、起こすか」

 

 そう呟き、紅夜は部屋のカーテンを思い切り開く。

 

「七花、起きろ~。朝だぞ~」

「んぅ……後、10分…………」

 

 アニメでもありがちな台詞を呟きながら、七花は窓から差し込んでくる日光を見ないよう、窓とは反対側を向く。

 

「10分も10秒も駄ァ~目。ホラ、さっさと起きろ。でねぇと朝飯食えねぇぞ」

「起きる」

 

 “朝飯”と言う単語に反応して、七花は掛け布団を蹴っ飛ばして勢い良く起き上がった。

 

「おはよう、紅夜。今日は良い天気だな!」

「………………ああ、おはよう」

「良し!そんじゃあ早く飯食いに行こうぜ!」

 

 そう言うと、七花は部屋を飛び出してリビングへと降りていった。

 

「………………彼奴のやる気スイッチは“飯”だな」

 

 紅夜はそう呟き、七花を追ってリビングへと向かい、朝食を摂った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、私達は先に行くね」

 

 朝食後、皿を洗っている紅夜に黒姫が言った。

 

「ん?もう行くのか?未だ7時半だぜ?」

「それもそうだけど、ユリアと七花の事もあるから………ね?」

 

 黒姫にそう言われ、紅夜は成る程とばかりに相槌を打った。

 

 現在、ユリアと七花の存在を知っているのは紅夜と黒姫しか居ない。そのため、大洗チームやレッドフラッグのメンバーへのサプライズにしたいと言う、黒姫の意思なのだ。

 

「りょーかい、俺も後から行くよ」

「うん」

「それじゃあ、お先にね、コマンダー」

「バイクで事故るなよ~?」

「んな事しねぇよ」

 

 そう軽口を言い合いながら、紅夜は一旦皿洗いの手を止め、3人が家を出ていくのを見送り、皿洗いを再開。粗方洗っていたのもあってか、ほんの2分程度で終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これで良しっと」

 

 皿洗いを終え、何時ものパンツァージャケットに着替えた紅夜は、洗面所で髪の手入れを済ませる。

 腰まで伸びた髪を、普段のポニーテールに纏め、洗面所を後にする。

 

「8時15分……まぁ、何時も通りの時間帯だな」

 

 そう呟きながら、紅夜は玄関に来て靴を履くと、下駄箱の上に置いてある陸王のキーを手に取って家を出る。

 鍵を閉めてヘルメットをかぶり、キーを差し込んで陸王に跨がる。

 メインスイッチを入れ、フットクラッチを蹴ると、1発でエンジンがかかる。

 

「さてと……それじゃあ、久し振りの大洗女子学園に、顔を出しに行きますか!」

 

 そうしてアクセルを捻り、陸王を発進させた紅夜は、3週間ぶりの大洗女子学園を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、大洗女子学園のグラウンドでは、未だ集合時間ではないのにメンバー全員が集まっていた。

 

「紅夜の奴、マジでバイクの免許取ったんだな~。俺等のチームで初めてじゃね?運転免許取った奴って」

「確かにそうだな……まぁ、かくいう達哉も、その気になれば免許取りに行けるんだぜ?大型二輪も、車も」

 

 達哉の言葉に、翔はそう返す。

 

「そうだなぁ……夏休み辺りにでも、車の免許取りに行こうかな」

「それは良いと思うが……金あるのか?」

「…………」

 

 勘助にそう聞かれ、達哉は目を逸らした。講習を受けられる程、資金に余裕は無いのである。

 

「それ言うなら翔、なんで俺等は学園艦で独り暮らし出来てんだって話になるぜ?そう現実的な事は言いっこ無しにしようや」

「そ、そうだな………………」

 

 丁度やって来た大河にそう言われ、翔は苦笑しながら頷いた。

 

「祖父さんって、一応バイクは持ってたんだよな?車種何だっけ?」

「陸王よ。未だ私達が陸に住んでた時は、よく見せてもらっていたじゃない」

 

 紅夜が持っていたバイクの車種を大河が訊ねると、それに深雪が答える。

 

「それもそうだけど……彼奴帰ってきたら取り敢えずブッ殺す事にするわ…………」

「いきなり何言ってんだ静馬!?」

 

 何時の間にか隣に居た静馬が物騒極まりない事を言い出し、大河が盛大にツッコミを入れる。

 

「フフフ……彼奴、この私に散々寂しい思いさせといて、自分は呑気にバイクの免許取ってたなんて…………ぜってぇ許さねぇ」

「ヤベェ、マジギレしてる」

「と言うか、静馬が乱暴な言葉遣いになるなんて余程の事が無い限りは………………」

 

 背後から阿修羅すら見えるようなオーラを放つ静馬に、大河と深雪は怯む。

 

「時にお二方、ちょっとちょっと」

 

 すると、2人の後ろに回り込んでいた雅が話しかけてきた。

 

「どうかしたの?」

「いやね?静馬って、紅夜が入院してから2日間本土に居たでしょ?」

「ああ、それから学校があるからとかで帰ってきたよな」

 

 雅の言葉に、大河が頷く。

 

「それでね?紅夜の様子を聞きに、静馬の家に行ったのよ。そしたら静馬、部屋のベッドで…………」

 

 ニヤニヤしながら言う雅の言葉は、此処で途絶えた。

 何故なら………………

 

「雅………紅夜を殺る前に貴女から殺った方が良さそうね」

「(あ、オワタ)」

 

 何時の間にか背後に回り込んでいた静馬に、頭を鷲掴みにされていたからだ。

 

「さぁ、ちょっと格納庫で☆O☆HA☆NA☆SHI☆しましょうね~」

「ちょっ!?大河、深雪!助けて!」

「「知りません」」

「この薄情者共ォォォォオオオオオオッ!!」

 

 雅はそう叫びながら、格納庫の方へと連れていかれた。

 

 その後、雅は『話せば分かる』と訴えたものの、聞き入れられずにお仕置きされたとか違うとか………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅夜君、今日で戻ってくるんだよね。長かったね~」

「ええ。本来なら1週間で帰ってくるのに、さらに2週間も帰ってこないと聞いた時は、何があったのかと思いました」

 

 雅が静馬にお仕置きをされている頃、あんこうチームではそのような会話が交わされていた。

 

「2週間余分にかかった理由がバイクの免許を取るためとは、これ如何に………………」

 

 相変わらず眠たげな麻子が、そう呟いた。

 

「…………」

 

 嬉しそうに話していた沙織と華の傍らでは、みほが複雑そうな表情で立っていた。

 

「みぽりん、どうしたの?紅夜君が帰ってくるのに、嬉しくないの?」

「そんな事無いよ、嬉しいよ?嬉しいんだけど………」

 

 沙織の質問を真っ向から否定すると、みほは再び複雑そうな表情で俯いた。

 

「こんなにも長い間、紅夜君に会わなかった事なんて、今までに無かったから、ちょっと………………」

「それ、分かりますよ西住殿。ちょっと気まずいですよね~。でも、長門殿の事ですから、普段通りに話せば、直ぐに気まずさなんて無くなりますよ!」

 

 優花里がそう言って、みほを励ました。

 

「ありがとう、優花里さん」

 

 みほはそう言って、裏口や校門の方を見たが、未だ、紅夜がやって来る気配は無かった。

 

「……………」

 

 決勝後の一件から紅夜を意識している杏も、若干落ち着きが無かった。

 お気に入りの干し芋を頬張りながら、校門の方向や裏門を交互に見ている。

 

「会長、落ち着いてください。彼奴は必ず来ますから」

「そうですよ、会長!」

 

 それを見た桃と柚子が、杏を元気付けた。

 

 その時、校門の方から野太いマフラーサウンドが響き、メンバーの視線が校門の方へと向けられる。

 視線の先からは、深緑の車体を持つ側車付きバイクが姿を現した。

 

「しょく~~ん!久し振りだな~~!!」

 

 そのバイクには、ヘルメットを取った紅夜が乗っていた。

 マフラーサウンドを上回る声でそう言いながら、紅夜が乗る陸王が近づいてくる。

 そして、メンバーの前でバイクは停車し、紅夜はバイクから降りるとエンジンを切る。 

 

「よぉ、紅夜!3週間ぶりだな!」

「おう、達哉」

 

 真っ先に達哉が紅夜に近寄り、再会を喜ぶ。

 それに続いて、他のレッド・フラッグの面々が駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

 

「あれ?そういや静馬と雅は?もしかして欠席か?」

 

 少し経って、静馬と雅が居ない事に気づいた紅夜は、辺りを見回しながら訊ねる。

 

「ああ、静馬ならさっき、雅を連れて格納庫に…「此処に居るわよ、紅夜」…って、何時の間に!?」

 

 先程の出来事について話そうとした大河だが、その後ろに静馬が居た事に驚き、飛び退いた。

 

「久し振りね、紅夜」

「ああ、静馬。久し振り。入院生活の初日辺りじゃ世話になったな」

「気にしないで。初日ぐらい付き添ってあげた方が良いと思ってやっただけだから」

 

 先程までドス黒いオーラを放っていたのが信じられない程に優しげな笑顔で言う静馬に、紅夜は微笑んだ。

 

「そう言ってくれると、此方としても気が楽だぜ………そういや、雅は?」

「格納庫よ。ちょっと立ち話をしたからね、疲れて休んでるんじゃない?」

「へぇ~」

 

 そんな返事を返すと、静馬は1歩近づいてきた。 

 

「それよりも紅夜、貴方にも少し話があるんだけど、良いかしら?」

「ん?別に良いけど………………何の話だ?」

「此処だと周りに聞かれてしまうから、格納庫に行きましょう」

「雅が居るじゃねぇか」

「出てもらえば良い話よ………………ホラ、行きましょう?」

「はいはい」

 

 そうして、紅夜は先に陸王のキーを抜いてポケットに入れ、静馬に続いて格納庫に入っていき、少ししてから雅が出てきて、格納庫の扉がゆっくりと閉められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私に散ッ々寂しい思いさせといて、バイクの免許取ってたですってぇ!?ふざけてんじゃないわよ!この馬鹿ァァァァァアアアアアアアッ!!!」

「すッ………スンマセンでしたァァァァアアアアアアアッ!!!」

 

 その後、格納庫の中から、そんな声が聞こえたとか違うとか………………



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第125話~付喪神との顔合わせと、黒姫さんの思いです!~

「紅夜~、生きてる~?」

「…………お~、何とかな~」

 

 あれから約30分が経ち、漸く解放された紅夜は格納庫から出てきた。

 雅は、フラフラと覚束無い足取りで歩いてくる紅夜に近づいて声を掛ける。

 すると、少しの間を空けてから力の抜けきった返事が返された。

 その後ろからは静馬が、やりきったと言わんばかりの満足げな表情で歩いてきていた。

 

 ライトニングの面々の元に辿り着く前に、手前にあった陸王のシートに跨がると、そのままハンドルに突っ伏し、盛大に溜め息をついた。

 

「よっ、大変だったねぇ祖父さん」

「他人事みてぇに言ってんじゃねぇよ大河。こちとらマジで恐い思いしたんだからな」

 

 ニヤニヤしながら言う大河に、紅夜はジト目で睨みながら言い返した。

 

「ハハッ、悪い悪い」

 

 大河は全く反省の色が見られない謝罪を入れ、陸王のサイドカーのシートに腰掛けた。

 

「ほぉ~、乗り心地は結構良いんだな、これ」

「そう思うか?」

 

 シートに腰掛けた感想を呟く大河に、紅夜はそう言った。

 

「ああ。俺の体格が体格だからか、広々とした感じで、ゆったり座れるよ…………なぁ祖父さん。この際だから、今日の練習終わったら家まで乗っけてってくれよ」

「あいよ、初乗り800円な」

「金取るつもりかよ、タクシーかこれは」

「冗談だよ、冗談」

 

 今度は大河がジト目で睨み、お返しと言わんばかりの表情で、紅夜は笑いながら言う。

 そうしている間にも、静馬はレイガンの面々の元に着いたのか、談笑していた。

 

「それにしても祖父さん、お前が居ない間大変だったんだぜ?」

「ん?何かあったんか?」

 

 唐突にそんな事を言い出した大河に、紅夜はそう聞き返した。

 

「あったも何もねぇよ。何日か前に、レッド・フラッグと大洗チームとで練習試合したんだけど、その際レイガンが大洗のチームを単独で全滅させやがったからな」

「………………マジで?」

 

 大河の口から放たれたトンでもない事実に、紅夜は間の抜けた声で言う。

 

「マジもマジ、大マジだよ。その後はあんこうチームの面々が暫く自信喪失するし、ウサギさんチームの連中は涙目で怯えるし、カバさんチームのエルヴィンなんか、静馬を“ハリケーン”って呼ぶぐらいだからな」

「そんなに荒れてたのかよ」

 

 自分が居ない間に起こっていた出来事は、紅夜を唖然とさせるには十分すぎる威力を持っていた。

 

「まぁ何はともあれ、祖父さんが帰ってきたから解決だな。これで静馬も落ち着くだろ」

「俺は先程、静馬に格納庫でエライ目に遭わされたがな」

「お前が早く帰ってこないのが悪いんだろうが。おまけに帰るのが2週間延びるって連絡は、お前が退院する日だったんだし」

「ウグッ」

 

 紅夜は反論しようとするものの、大河にあっさりと論破される。

 

「まぁ、そう言う訳だから祖父さん……諦めろ」

 

 諭すように言う大河に、紅夜は頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そういや」

「ん?どうしたよ祖父さん、何かあるのか?」

 

 不意に、陸王から降りてメンバーの方へと歩き出そうとした紅夜を、大河が呼び止めた。

 

「ああ、ちょっと俺のチームに加わる新しいメンバーを紹介しなけりゃならんのを思い出してな……お前も来いよ?」

「あたぼうよ」

 

 そう言って、大河はサイドカーから飛び降り、紅夜に続いた。

 

 

 

 

「あー、お前等。ちょっと聞いてくれ」

『『『『『『『『『『?』』』』』』』』』』

 

 紅夜が声を掛けると、メンバーの視線が紅夜に集中する。

 

「言い忘れていたんだが、俺等レッド・フラッグに新しいメンバーが加わる事になった」

 

 紅夜がそう言うと、メンバーの中でどよめきが広がる。

 

「おい紅夜、それマジな話なのか?」

「ああ、勿論だよ達哉」

 

 達哉からの質問にそう返し、紅夜は格納庫の方へと歩いていき、扉を開けた。

 

「良いぞ、出てこい」

 

 格納庫の中に向かって呼び掛けると、IS-2とパンター、イージーエイトのエンジンが独りでにかかり、ゆっくりと格納庫から出てくる。

 

「?何だよ、新入りっつっても未だ戦車ねぇのかよ」

「いやいや達哉よ、それ以前に気にするところがあるだろうが」

 

 落胆したように言う達哉に、翔がそう言った。

 

「“気にするところ”?何だよそりゃ?」

「パンターとイージーエイト運転してるのは誰だと思ってんだ?」

「あ?んなモン俺等レッド・フラッグの中の誰かか、自動車部の人とかに決まって………あれ?」

 

 達哉は翔に言いながら辺りを見回すが、レッド・フラッグのメンバーも自動車部のメンバーも、既に外に居る。

 そもそも格納庫は、紅夜と静馬、そして雅が出てきた時点で無人。つまりIS-2の付喪神である黒姫を除いて、現段階でパンターとイージーエイトを運転出来る者は、誰一人として居ないのが普通なのだ。

 

「つまり、紅夜が紹介したいって言う新入りは…………」

「ああ、そう言う事だ」

 

 そんな会話を繰り広げる2人を他所に、3輌はゆっくりと近づいてくる。

 そして、メンバー全員の前で停車した。

 

「さて、それではお披露目タイムと洒落込むか………………ユリア、七花。出てこい」

 

 紅夜がパンターとイージーエイトに向かって言うと、2輌が光を放ち、その光の中からユリアと七花が姿を現した。

 

「この2人が新入りだ。ホレ、自己紹介」

「ええ」

 

 そうして、先ずはユリアから自己紹介を始めた

 

「レッド2《Ray Gun》こと、パンターA型の付喪神、ユリアよ」

「俺は七花。レッド3《Smokey》こと、シャーマン・イージーエイトの付喪神だ。よろしくな」

『『『『『『『『『………………』』』』』』』』』

 

 2人は自己紹介を終えるが、当のメンバーは全員唖然としていた。

 

「ま、まさかレッド・フラッグの戦車全部に付喪神が宿ってたなんて………あ、あははは…こりゃたまげたね……」

 

 何とか何時もの調子を保とうとしている杏でさえ、苦笑を浮かべていた。

 

「これを他の学校や連盟とかが知ったら、大変な事になるだろうな」

「えっとぉ~、此処で私はどうすれば良いんでしょうか………………」

 

 その傍らでは、桃がこめかみを押さえながらそう呟いており、柚子は場の状況についていけずにワタワタしていた。

 

「あ~あ、カオスな状況になっちまってまぁ………誰だよ?こんな状況にしたのは……」

『『『『『『『『『お前だろうが!!!』』』』』』』』』

 

 その光景を見ながら、他人事のように呟いた紅夜にメンバー全員からのツッコミが炸裂したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、何とか状況が落ち着き、グラウンドにて、付喪神とメンバー達による、軽い交流会が開かれていた。

 それも兼ねて、紅夜が持ってきた陸王の展覧会擬きも開かれており、自動車部のメンバーが集まってきていた。

 “自動車部”なのにバイクに興味を示すとは、これ如何に………………いや、“乗り物”と言う観点で言えば、バイクでも良いのかもしれないが。

 

 

 

「案外、直ぐに打ち解けたな」

 

 格納庫の壁に凭れて様子を見ながら、紅夜はそう呟いた。

 

「そうだね………まぁ、私の時もそうだったし、そもそも付喪神があの2人で初めてって訳じゃないから、躊躇いもなかったんじゃないかな?」

 

 その隣に立つ黒姫がそう返すと、紅夜は頷いて言葉を続けた。

 

「確かに言えてるな…………さて、此処のメンバーには紹介したから、今度は輝夫のオッチャン等に紹介しに行かなきゃならんな」

「祐介さん辺りが、私の時みたいに発狂しなければ良いんだけどね」

「そうかぁ?俺としては、沖兄の反応は見てて面白いからな。俺個人としては、また発狂してほしいものだぜ」

 

 紅夜はそう言って、快活に笑った。

 

「輝夫さん辺りは、ご主人様を冷やかしそうだね。『何処でこんな美少女捕まえてきたんだ~?』って」

「ああ、オッチャンならやりかねん」

 

 そんな会話を交わし、2人は他のメンバー達へと視線を移す。

 

 その視線の先では、エルヴィンとユリアが意気投合していたり、何故か雅と七花がタイマンを張ろうとして止められていたりしていた。

 

 その光景を見て微笑んでいると、不意に、黒姫が紅夜に寄り掛かった。

 

「ん?どうしたよ黒姫?」

「ううん、何でもないよ。ただ…………」

 

 そう言い掛けると、黒姫は少しの間を空けてから言った。

 

「ご主人様に拾われて、一緒に戦えて、本当に幸せだなって思ったの」

「へへっ、何だよ急に?」

 

 紅夜は照れ臭そうに頬を掻きながら言う。

 

「私……ううん、私達はね…………ご主人様のチームに加わる前のチームでの記憶が、全く無いんだ」

「え?」

 

 そう言われた紅夜は、間の抜けた声を出して黒姫の方を向く。

 その視界に映る黒姫は、顔を伏せていた。

 

「私達の意識が目覚めた時には、ご主人様と最初に出会った森の中に居たの。燃料は空で、エンジンだって壊れてる状態でね」

「………………」

 

 そう語る黒姫の言葉を、紅夜はただ黙って聞いていた。

 

「自惚れるつもりは無いって言った上で言うけど……IS-2やパンター、イージーエイトなんて、火力や機動力からしてそれなりに戦力になるんだから、森の中に放置されるなんて、おかしな話でしょ?もし、私達が元々、何処かの学校か同好会チームで使われていた戦車だったとしたら、捨てると言う選択肢が浮かぶなんて考えられない。でも私達は、森の中に放置されていたの。自分達の意識が目覚める前に、何が起こったのか分からないまま、ね」

 

 そう言うと、黒姫は悲しそうな笑みを浮かべながら空を仰いだ。

 

「そうなってからは、もう、どうしようもなかった。ただ、雨風に打たれながら、暇潰しに3人で話すか、季節を追うごとに少しずつ変わる森の情景を眺めるしかなかった。そうやって、その場で全員朽ち果てるのを待つしかないんだって、そう思ってたの。でも其処で、私達を見つけてくれる人が居た。それが………」

「俺だったって事か」

 

 黒姫の言葉に続けるように紅夜が言うと、黒姫はコクりと頷いて言葉を続けた。

 

「ご主人様は覚えてる?私達を見つけた時の事」

「ああ、勿論覚えてるよ。確か、俺が小5になったばかりの頃だったかな」

 

 紅夜がそう言うと、黒姫は可笑しそうに笑って言った。

 

「あの時のご主人様、本当に面白かったなぁ~。私達を見た瞬間、驚きのあまりに、後ろ向きにステンと転んでたんだもの。それで起き上がって、私達が戦車だと気づいてからは、『戦車だ!』とか言ってはしゃいで………フフッ♪」

「し、仕方ねぇだろ?その頃から俺は、戦車ってのに興味があったんだ。その実物を拝めたら、誰だってはしゃぎたくなるってモンだろうが。それがガキだったら尚更だ」

 

 笑われたのが恥ずかしいのか、紅夜は若干、頬を赤く染めながら言い返す。

 

「はいはい、そうですね~」

「その言い方、メッチャ腹立つなぁ~」

「ごめんなさ~い」

 

 黒姫は楽しそうに言った。紅夜をからかって楽しんでいる表情だった。

 

「でも………ありがとう」

「ん?何だよ、いきなり礼なんざ言って」

 

 不意に礼を言われ、紅夜は首を傾げた。

 

「ご主人様に見つけてもらえて……現役時代の頃のように試合に出させてもらえて………凄く、嬉しかったの…………もし、ご主人様に見つけてもらえなかったら、私達はあのまま、森の中で朽ち果てるのを待つしかなかったと思う」

「いやいや、もしかしたら俺以外の誰かが見つけてくれるかもしれんじゃねぇか」

 

 紅夜はそう言うが、黒姫は首を横に振った。

 

「たとえ見つけてもらえても、今のご主人様と同じような態度で接する事は出来ないよ。その人が、ご主人様と同じように私達を大切にしてくれるって保証は無いんだからね」

「成る程な…………」

 

 黒姫の言う事に、紅夜は相槌を打った。

 すると、黒姫が紅夜の前に出て振り返った。

 

「だから、そう言った面でも、私はご主人様に拾われて良かったって思ってるんだ」

 

 そう言うと、黒姫は他のメンバーの元へと歩いていく。

 

「ホラ、ご主人様。行こうよ!」

「………………はいはい」

 

 そう返し、紅夜は黒姫に続いて歩き出し、他のメンバーに交ざって交流会を楽しむのであった。 



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第126話~怒りすぎには要注意です!~

 無視されて怒るのは分かるが、怒りまくるあまりに相手を泣かせるのは止めましょう。



「「「それじゃあ、これから宜しく!ご主人様(コマンダー)(紅夜)!」」」

「お~、此方こそ宜しくな~」

 

 夕方、1人疲れきったような表情を浮かべている紅夜と、彼とは裏腹に、交流会で騒いだ後とは思えない程に元気な3人が、紅夜の家に帰ってきた。

 その3人とは勿論、黒姫、ユリア、七花である。

 

「それにしても、まさかレッド・フラッグの全戦車の付喪神が俺の家に住む事になるとは、誰が予想しただろうか………………」

 

 そう言いながら、紅夜は駐輪スペースに押してきた陸王を停めた。

 

 あの交流会の後、新たに加わったユリアと七花が住む場所についての話になったのだが、レッド・フラッグのメンバー全員の推薦に加え、ユリアと七花も希望したために、彼女等2人も、紅夜の家に住む事になったのだ。

 

「こりゃ、飯代とか色々大変だろうな………沖兄みたいに、どっかでアルバイトでもしようかな………」

 

 ドアの鍵を開けながら、紅夜はそう呟いた。

 そして家に入ると、黒姫とユリア、そして七花は、寝床の相談のために2階に上がり、紅夜はリビングのソファーにどっかりと腰掛けた。

 

「あ、そういや最近話題になってる不良集団の話は………ん?」

 

 テレビをつけようとした時、テーブルに置いたスマホが着信を知らせ、紅夜はスマホを手に取る。

 

「ん~?一体誰から………親父か。はい?」

『よぉ、紅夜。俺だよ、豪希』

 

 電話を掛けてきたのは、父親の豪希だった。

 

『大体1日ぶりだが、元気にしてるか?』

「お陰さまでな」

 

 そんな話をしていると、2階から喧騒が響いてきた。

 

「だから!ご主人様と一緒に寝るのは私だって言ってるでしょ!?」

「何言ってるのよ!?コマンダーの専用車だからってイイ気になってんじゃないわよ黒姫!」

「おいおい、お前等落ち着けって。まぁ、この際だから俺が紅夜と寝れば万事解決な訳で…「「独眼気取りの中二病は黙ってろ!」」…んだとコラァ!やるってのかテメェ等!」

「「上等!」」

 

「………………」

『………………』

 

 2階から響いてくる喧騒に、紅夜と豪希の間で暫しの沈黙が流れた。

 

『紅夜、取り敢えず何があったのか話してみろ』

「ああ、それがな………………」

 

 それから紅夜は、黒姫の他に、ユリアや七花と言った付喪神が存在しており、その2人も、自分の家で暮らす事になったと言う事を伝えた。

 

 

「………………と言う訳なのさ」

『成る程、ソイツは大変だな………しかし、それじゃあ生活費とかが苦しくなるだろ?なんなら仕送り増やそうか?』

 

 そう言われ、紅夜の目は見開かれた。

 豪希の言う通り、今後の生活面での事を考えれば、その申し出は受けた方が良いだろう。だが、そう思う一方で、親に迷惑をかけたくないと言う思いもあった。

 そして暫く考えた後、紅夜は首を横に振って言った。

 

「いや、スッゲーありがたいけど、今は止めとくよ。未だ食材とかにも余裕はあるし、また輝夫のオッチャンに頼んで、仕事につれていってもらうさ」

『そうか………………分かった、それなら頑張れ。生活がマジで苦しくなったら言えよ?その時は多めに送ってやる』

「おう、ありがとな」

 

 豪希からの励ましに、紅夜はそう答えた。

 そうして話している内に時間は流れ、7時になろうとしていた。

 

「おっ、もう20分も話し込んでたのか………………それじゃ親父、そろそろ晩飯の用意するから切るわ。お袋にもよろしく伝えといてくれ」

『あいよ、任せとけ………………ところで紅夜』

「ん?どったの?」

 

 突然、先程までの陽気な雰囲気を引っ込め、真面目な声色で話す豪希に、紅夜は首を傾げた。

 

『最近、あちこちの学園艦で不良集団の被害が相次いでるらしいんだが、ソッチはどうだ?何か変わった事はあったか?』

「変わった事………………んにゃ、特に何も無いぜ?」

『そっか………………まぁ、それなら良かったよ。万が一ってのもあるからな』

 

 安堵の溜め息をつきながら、豪希はそう言った。

 

「此方は良いんだが、綾の方はどうなんだ?」

『ああ、それなら心配要らねえってさ。お前に電話する前に聞いてみたんだが、今のところ知波単では、それっぽい被害も無いらしい。現段階では、黒森峰とプラウダ、それから聖グロリアーナって所が被害を受けてるらしい』

 

 それを聞いた紅夜は、やっぱりと言わんばかりの表情で溜め息をついた。

 新聞やニュースで目にしているため、大して驚きもしなかった。

 

「あ~、やっぱその辺がやられてんのか………………」

『何だ、知ってたのか?』

 

 豪希の質問に、紅夜はテレビをつけながら頷いた。

 

「ああ。入院してる時に、テレビで見たからな。それに、今は丁度、それについてのニュースやってるよ。黒森峰で2人逮捕されたってさ」

『おっ、そりゃ良かったな』

「だが、全員捕まえた訳じゃねぇから、今後とも捜査をしていくってよ」

『まあ妥当だな………………そうだ、この際だから紅夜、レッド・フラッグの男子共で不良共を潰しに行ってみたらどうだ?ある意味、治安維持のアルバイトだ。謝礼金的なのが舞い込んでくるかもよ?』

「そりゃ良いが、なるべくそう言うアルバイトはやりたくねぇな。俺、不良じゃねぇし」

 

 紅夜がそう言うと、スマホの向こうで豪希の笑い声が聞こえてきた。

 

『おまっ、蓮斗と一緒になってテロリストを完膚なきまでにぶちのめした奴が言う台詞かそれは?』

「(なんで親父がその事知ってんだ?……まぁ兎に角)…………それはそれ、これはこれ」

 

 紅夜はそう言って、豪希からの質問をはぐらかした。

 

『ああ、そうかよ………まぁ、取り敢えず頑張れよ』

「おう」

 

 そうして、20分以上にも及ぶ通話は終わった。

 紅夜は通話終了のボタンをタップして電源を切ると、テーブルにスマホを置いて天井を仰いだ。

 

「さて、さっきまで騒いでやがった馬鹿共が静かだが、何してんだろうな」

 

 紅夜はそう呟きながら、2階へと上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「「「じゃんけんポン!あいこでしょ!あいこでしょ!!」」」

「………………何じゃこりゃ?」

 

 綾の部屋では、3人の付喪神によるじゃんけん大会が開かれていた。

 おまけに天井には、何時の間に作られていたのか、《長門紅夜と一緒に寝る付喪神を決めるためのじゃんけん大会》と書かれた横断幕が提げられている。

 横断幕を見た時、付喪神達のネーミングセンスの無さに溜め息をついた紅夜は悪くない筈だ。

 

「「「あいこでしょ!あいこでしょ!!あいこでしょ!!!」」」

「………………」

 

 紅夜が入ってきたのにも気づかず、あいこが続くじゃんけんをひたすらに続けている付喪神3人組。

 

「お~い、そろそろ飯の準備するから手伝ってくれ~」

 

 紅夜はそう言うが、じゃんけんに夢中になっている3人の耳には届かない。ただひたすらにじゃんけんを続けている。

 

「お~い、飯だぞ~」

 

 もう一度呼び掛けるものの、如何せん反応が無い。

 

「お~い、今日はユリアと七花の歓迎って事でのステーキなんだけど~………………」

 

 自分を取り合っていると言うのは男冥利に尽きると言うものだが、だからと言って、夕飯なのに放置する訳にはいかない。

 そのため、もう一度呼び掛けるものの、反応は同じ、全く反応しない。完全無視である。

 

「はぁ…………もう良いよ。知らねぇからな」

 

 暫く3人の様子を見ていた紅夜だが、やがて諦めたのか、その後は何も言わずに1階に降りていった。

 

 

 

 

「さて、もうこの際だから彼奴等の飯は抜きで良いか。食う気無さそうだし、食材に余裕が出るし」

 

 台所にて、エプロンを着けながら容赦無い一言を呟くと、紅夜は夕飯を自分の分だけ作ろうとしていた。

 調理中の匂いが上に行かないよう、リビングのドアは閉め、換気扇も回していた。

 

「やれやれ、せっかく今日は、ユリアと七花の歓迎会がてらに、お高い肉でステーキにしようとしてたのに、勿体ねぇなホントに」

 

 そう呟き、紅夜は冷蔵庫から高級牛肉を取り出して開封し、コンロに火をつける。 

 リビングのドアの方を向いても、誰かが降りてくるような気配は一向に感じない。

 

「もう良いよ、俺1人で楽しむから。今日はテメェ等飯抜きだぜ」

 

 吐き捨てるように呟くと、紅夜は夕食を作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「か~んせいっ」

 

 テーブルに料理を乗せた皿を置いて言う紅夜の前には、見るからに食欲を掻き立ててくるステーキがあった。

 もんもんと立ち上る湯気が、そのステーキの匂いを運ぶ。

 紅夜は、何れ降りてくるであろう3人への嫌がらせにと、リビングのドアを少しだけ開くと、食卓の方へと向かった。

 

「こりゃ良い匂いだ。それでは……と」

 

 ステーキの匂いを嗅いだ紅夜はそう言いながら、椅子に腰掛け、ナイフとフォークを持つ。

 

「では、いっただっきま~す」

 

 そうして、紅夜はステーキを切り分け、口に運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「あいこでしょ!あいこでしょ!!あいこでしょ!!!」」」

 

 一方その頃、未だにじゃんけんを続けてる付喪神3人組の勝負にも、決着が着こうとしていた。

 

「「「あい…こで…しょ!!」」」

 

 同時に繰り出される、3人の手。

 黒姫はグー、残りの2人はチョキだった。勝者は黒姫だった。

 

「やった!遂にやったわ!黒姫ちゃん大勝利!」

「くっ!此処でパーを出していれば、またあいこに持ち込めたのに………ッ!」

「くっそ~、負けたか~」

 

 両手の拳を天井に突き上げて喜ぶ黒姫の両サイドでは、敗者2人が残念そうにしていた。

 

「まぁ、何はともあれ勝負は着いたんだし、1階に降りよう。ご主人様が待ってるし」

「ええ、そうね」

「腹減った~。今日のご飯は何かな~♪」

 

 そう言いながら綾の部屋を出た3人は、1階へと降りていった。

 

「ん?何か凄く良い匂いがするわね」

 

 若干の隙間が空いているリビングのドアの前で、ユリアはそう言った。

 

「ん?…………あ、ホントだ。何の匂いかな?」

 

 七花がドアを開けてリビングに入ると、其所には既にステーキの大半を食べ終え、一切れ程度しか残していない紅夜の姿があった。

 

「ん?……よぉ、遅かったなお前等」

 

 3人の視線に気づいた紅夜は、ナイフを置いて右手を軽く上げて会釈した。

 

「え、ええ。ちょっとゴタゴタがあって」

「ふーん?“ゴタゴタ”ねぇ…………」

 

 どうでも良さそうに言うと、紅夜はコップに淹れていたお茶を一口、口に含んだ。

 

「んくっ………ぷはっ」

 

 飲み口を口から離した紅夜は、非常に満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「え~っと……ご主人様…………?」

「ん?どったよ黒姫?」

 

 黒姫がおずおずと話し掛けると、紅夜は視線を黒姫に向ける。

 

「えっと、その……私達の……ご飯は…………?」

「………………」

 

 黒姫が紅夜の分の夕飯しか乗っていないテーブルを見ながら言うと、紅夜は最後の一切れを口に運び、目を瞑って味わう。そして、それを飲み込むと、全身からドス黒いオーラを放ち、それによって鮮やかな緑髪を漆黒に染め、“絶対零度の冷たさを秘めた両目”を開いて言った。

 

『…………………あると思ってんのか?』

「「「ッ!?」」」

 

 その一言に、付喪神3人組は凍りついた。其所に居るのは、何時も優しい笑みを浮かべた主ではなく、激怒状態の主だった。

 

『俺は飯の用意をするから手伝えと、お前等を呼びに行った…………だがお前等は、じゃんけんに夢中になって俺の呼び掛けを3回中3回全部無視しやがった……何やら、“誰が俺と一緒に寝るかを決めるじゃんけん大会”とやらを開催してたそうだな…あれ、1階まで思いっきり聞こえてたぞ。まぁ、そうやって取り合ってくれるってのは男冥利に尽きるってモンだが、飯となれば話は別だ。それに、その決着は飯の後でも出来たんだからな』

 

 『だが』と付け加え、紅夜は止めを刺した。

 

『お前等は俺が3回呼び掛けても全部無視してじゃんけん大会に没頭した。これでも俺は、お前等に十分聞こえる声で言ったつもりだ。なのに全く反応せず、ただひたすらにじゃんけんをしていた………………つまりそれは、『私達はじゃんけんに夢中なので夕食要りません』と言ってるのと同じだ………つー訳で、今晩お前等は飯抜きだ。つーか、お前等全員綾の部屋で寝ろ』

 

 紅夜はそう吐き捨てると、駄々漏れにしていた黒いオーラをしまって後片付けを始める。

 

「ッ!そ、そんな………………」

 

 先程までのルンルン気分は何処へやら、ユリアはヘナヘナと座り込む。

 

「ご、ご主人様…………」

 

 黒姫が力なく声を出すものの、紅夜の足は止まらない。

 せっかく一緒に寝られると思ったのに、拒絶されるばかりか夕飯まで抜かれると言う始末。

 だが、それは自分達の自業自得であるために言い訳も出来ない。

 

「………うっ……グスッ…」

 

 慕う主に拒絶された悲しみか、黒姫の両目から涙が溢れ始める。

 そして、フラフラした足取りで、食器を洗い始めた紅夜の元へと歩き出した。

 

「く、黒姫………?」

  

 何時もの勢いもなりを潜めた七花が、そんな黒姫の後ろ姿を見ながら言う。

 

「………………」

 

 何も言わぬまま皿洗いをしている紅夜の背後に着くと、そのまま力任せに抱きついた。

 

「うおっと!?」

 

 不意打ちとばかりに抱きつかれ、紅夜はよろけて皿を落としそうになる。

 

「おい!危ねぇだろ……う……が…………?」

「……うぅっ……グスッ……ふぇぇ」

「(…………え?えええええええっ!!?)」

 

 まさか本気で泣くとは思わなかったのか、紅夜は驚愕に目を見開く。

 

「ごっ、ごめんなしゃい……えぐっえぐっ……!……みじゅでないでぇ………」

 

 黒姫、完全に大泣き状態である。

 

「…………はぁ」

 

 紅夜は溜め息をつくと、黒姫の腕を優しく解いて食卓へと連れていき、椅子を引いて座らせる。

 床に座り込んでいる2人も同様に、椅子に座らせた。

 

「………3人分作るから……ちょっと時間かかるぞ」

 

 それだけ言って、紅夜は冷蔵庫から例の高級肉を取り出して3人に見せた。

 

「…悪かったよ……怒りすぎた…」

 

 そう言うと、紅夜は3人分のステーキを作り始める。

 3つのコンロをフルに使い、3人分のステーキを1度に纏めて作ると、それを食卓へと持っていき、3人の前に置いた。

 

「ほら、食えよ」

 

 その言葉に、3人は紅夜の方へと視線を向ける。

 紅夜はばつが悪そうに頬を掻きながら笑みを浮かべていた。

 その表情に、怒りの色は全く無かった。

 

「「「ッ!い、いただきます!」」」

 

 そうして、3人はステーキにがっついた。

 

「……改めて、長門家にようこそ。レッド・フラッグの付喪神達………」

 

 3人に聞こえないように呟いた紅夜は、そのまま自分の食器洗いに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女等の夕食後、風呂を終えてから寝ようとしたのだが、怒りすぎたあまりに黒姫を泣かせ、ユリアや七花を怯えさせた責任を取ると言う事で、今晩は4人一緒に綾の部屋で寝る事になり、その際、黒姫が何時も以上に甘えてきたのは余談である。




豪希&蓮斗&作者「紅夜ァ!!テメェ女の子泣かせやがって!お仕置きだごるぁあ!!」
紅夜「す、すんませんでしたァァァァアアアアアッ!!」

 こんなやり取りもあったのさ。


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第16章~不良集団VS殺戮嵐(ジェノサイド) その1~
第127話~不穏な影です!~


「んっ………ふわぁ~………」

 

 あれから一夜明け、朝の日差しがカーテンの隙間から差し込むと、紅夜は目覚めた。

 その両サイドでは、ユリアと七花が気持ち良さそうに寝ており、極めつけは………………

 

「ンフフッ♪ご主人様~……」

 

 仰向けに寝ていた紅夜の上に、覆い被さるようにして寝ている黒姫だ。

 彼女の表情はだらしなく緩みきっており、そのまま紅夜の胸板に頬を擦り付けている。

 昨日の出来事から和解を済ませ、さらに甘えるようになっていた。

 

「(それにしても、まさかあの場で大泣きするとは思わなかったなぁ~………)」

 

 昨夜、皿洗いをしていると後ろから抱きついてきて、大泣きしながら謝ってきた黒姫の姿を思い出し、苦笑を浮かべる。

 

「(それもそうだが、先ずは起きて朝飯作らねぇとな)」

 

 紅夜は黒姫を起こさないように注意しつつ、黒姫を自分から下ろすと、そのまま仰向けに寝かせる。

 そして綾の部屋を出ると、1階のリビングに降り、髪を何時ものポニーテールに纏めて台所に向かうと朝食を作り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~…………グーテン、モルゲン……コマンダー」

「おう、ユリア。相変わらず3人の中では一番の早起きだな。ちょっと待ってろ、丁度出来たところでな」

 

 紅夜がそう言うと、ユリアは寝ぼけているからか覚束無い足取りで食卓へ向かうと、椅子に腰掛けた。

 

「他の2人は?」

「未だ、寝てるわよ」

 

 ユリアの分の朝食をテーブルに並べながら紅夜が訊ねると、ユリアはそう答える。

 

「そっか………おっと、もう7時か……ちょっと起こしてくる」

「その必要は無いよ、ご主人様」

 

 突然そんな声が聞こえたかと思うと、既に黒姫と七花がリビングに入ってきていた。

 

「お前等、何時の間に?」

「ん~……ユリアが降りて少ししたぐらいからだな」

 

 七花がそう答えると、黒姫を伴って食卓に向かい、椅子に腰掛ける。

 

「にしても珍しいな。お前等が自分で起きてくるなんて」

 

 台所から2人分の朝食を持ってきてテーブルに並べながら、紅夜はそう言った。

 

「へへっ。俺等だって、何時も起こされてばかりじゃねぇって事さ!」

 

 そう言うと、七花は朝食を食べ始める。

 それに続いて、黒姫も寝惚け眼な目を擦りながら食べ始めた。

 

「そういや紅夜、今日は練習に行くのか?」

 

 不意に七花が訊ねると、紅夜は首を横に振った。

 

「んにゃ、何やら大洗で体育祭があるとかで、暫くレッド・フラッグの出番は無さそうだってよ。まぁ、何か知らんが次に帰港する時は予定空けとけって言われたけど」

「次に帰港する時?なんで?」

「さぁ?」

 

 ユリアが続けて聞くものの、何も知らされていない紅夜は首を横に振るばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ~て、これで良しっと!」

 

 朝食後、家の前の駐輪スペースにて、スパナを持った右手の甲で額の汗を拭った紅夜は、目の前に鎮座する陸王を見て言った。

 陸王は側車とバイク本体が分離されており、その側車は地面に凭れるように置かれている。

 

「さて、分離作業は終わったし、出掛けるか」

 

 紅夜はそう言うと、一旦家に戻って玄関の戸棚からヘルメットを取り出すと、それを装着してから陸王に跨がり、エンジンをかける。

 

「ご主人様、出掛けるの?」

 

 陸王のエンジン音を聞き付けた黒姫が、家から出てきて言った。

 

「ああ、ちょっくらツーリングにな」

「そう………………気をつけてね?最近、何かと物騒だから。さっきテレビでやってたんだよ?また不良集団の被害が出たって」

「マジかよ………………何処で?」

「今回はサンダースだって」

「彼処で犯罪起きるイメージがまるで湧かないんだが………まぁ、聖グロやプラウダ、黒森峰ときて、今度はサンダースだ、近々大洗にも、その波が来るだろうな。まぁ気を付けるよ。それじゃ行ってくる」

 

 紅夜はそう言うと、陸王のギアを入れてアクセルを捻り、学園艦に戻ってきて初のツーリングに出掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、今度はサンダースかよ。ホント物騒になったな、この世の中」

 

 陸王を走らせながら、紅夜はそう呟いた。

 愛里寿と初めて会ったゲームセンターを通り過ぎ、学園艦の船尾へと向かう。

 

「そういや俺、学園艦の船尾って行った事無かったな……まぁ、大して風景は変わらないと思うが」

 

 そう呟く紅夜だが、実際に船尾に近づいていくと、家は少なくなり、未開発の森林や荒れ地が目立ち始めていた。

 それに、車や人の通りも少なくなっていき、休憩のために、荒れ地に乗り入れて陸王を停めた頃には、車や人の通りは完全に無くなっていた。

 

「うへぇ~、誰も居ねぇじゃねぇか。こりゃ完全にボッチになっちまったな」

 

 そう言いながらエンジンを切ると、紅夜は陸王から降りてヘルメットを脱ぎ、辺りを見回す。

 

「家なんて一軒も建ってねぇ…………これコンクリ舗装したら、バイクで走り放題だろうな」

 

 そう言って、紅夜はヘルメットをかぶろうとするが、其処へ1台の乗用車がやって来て、紅夜が居るのとは反対側に停車する。

 そして、中から柄の悪そうな男が4人降りてくると、道路を横切って紅夜に近づいた。

 

「ほぉ~………まさか、こんな人気の無いところにやって来る暇人が居るとは思わなかったなぁ」

「……………?」

 

 紅夜は訳が分からず、かぶろうとしていたヘルメットを陸王のシートに置いた。

 

「……何だよアンタ等?この学園艦を探検してるだけな奴ではなさそうだが」

 

 紅夜がそう訊ねると、リーダー格の男が答えた。

 

「別に大したモンじゃねぇよ。暴走族でもねぇしな…………だがなニイチャン、お前は俺等の溜まり場で、のほほんと休んでやがった……………それがどういう事なのか……………分かるよな?」

 

 その男が言うと、残りの3人が紅夜を取り囲む。

 

「………………くっだらねぇな」

「ああ?」

 

 紅夜が溜め息混じりに言うと、リーダー格の男が目を細める。

 

「『俺等の溜まり場』ァ?高々4人しか居ねぇのに何言ってんだテメェ?そう言うのって、『この公園は俺のものだー』とか喚いてるガキ大将気取りのバカと、その取り巻き共と同じレベルだぜ?良い歳こいて恥ずかしくねぇのか?」

「ああ!?テメェ俺等がガキだって言いてぇのか!」

 

 めんどくさそうに言う紅夜に、男の1人が怒鳴る。

 

「んだよ、事実だろうが。違うなら違うって言えば良いだけの話だろ?なんで其処で怒鳴るんだよ?それ、自分等がガキだって事を認めたくない三下野郎の台詞だぜ?」

 

 紅夜が呆れ顔で言うと、再びリーダー格の男が口を開いた。

 

「おいニイチャン、口の聞き方には気を付けろってお袋さんに教わらなかったのか?今此処で、お前を病院送りにしても良いんだぜ?何せ此方は4人、対してお前は1人……勝負は分かりきったモンだがな」

 

 男はそう言って、下卑た笑みを浮かべる。

 

「心底どうでも良いわ。つーか、もう帰る時間だから、さっさと掛かってこいや」

「……ッ!どうやら立場を分からせてやらなきゃならねぇようだな………テメェ等!やっちまえ!」

 

 男が言うと、手下らしき3人が一斉に襲い掛かってくる。

 

「死ねやクソガキ!」

 

 男の1人が、紅夜の頭部目掛けて右ストレートを喰らわせようとするが、それを瞬時に察した紅夜は上体を軽く逸らして避けると、男は勢いのままに前のめりになる。

 そのまま左手に拳を作り、アッパーの要領で、その男の顎を殴り飛ばした。

 

「ごべぇっ!?」

 

 殴られた男は2メートル程の高さにまで吹っ飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。

 そして、紅夜は後頭部が地面に当たる程にまで上体を逸らすが、後頭部が地面に当たる前に両手をつき、ブリッジの体勢になると、両足を一気に蹴り上げて後方に回転し、再び立ち上がる。

 

「こ、このガキ調子に乗りやがって!」

 

 余裕そうな紅夜の態度が癪に障ったのか、男の1人が殴りかかる。

 

「お前等はワンパターンの攻撃しか出来ねぇのか?」

 

 紅夜はそう言いながら、自分の顔面目掛けて突き出される相手の拳を右手で掴み、力を入れる。

 

「イデデデデデデッ!!?」

 

 紅夜なりに加減はしているが、それでも相手からすれば強すぎたらしく、拳を掴まれた男は情けない声を上げる。

 

「五月蝿ぇなぁ………もう少し静かに出来ねぇのかお前は?」

 

 鬱陶しそうな表情を浮かべながら、紅夜はそう言った。

 

「へっ!ソイツにばっか構ってて良いのかよ!?」

 

 すると、横から手下の1人が突っ込んできた。

 その右手には、蒼白い火花を散らすスタンガンを持っていた。

 

「幾らテメェでも、このスタンガン当てられたら耐えられねぇだろうなぁ!」

 

 自分の勝利を確信しているのか、思いきり下卑た笑みを浮かべながら、その男は紅夜にスタンガンを突きつけようとする。

 だが、紅夜は一瞬の隙を突いて、掴んでいる男を引っ張って相手の射程内に入れて身代わりにする。

 

「ぎゃぁぁあああああああっ!!」

 

 違法に改造されたのか、かなりの電圧を押し付けられた男は辺りに響かん限りの悲鳴を上げる。

 

「ッ!?」

 

 スタンガンを当てる相手を間違えた男が大慌てでスタンガンを離した瞬間………………

 

「ホラよ!」

「がっ!?」

 

 何時の間にか間合いに入っていた紅夜の右ストレートを頬に喰らい、そのまま横向きに殴り倒される。

 

「さて、最後はテメェ………………おろ?」

 

 残されたリーダー格の男に話し掛けようとした紅夜だが、既に男は居なくなっていた。

 車が無いのを見る限り、仲間を捨てて逃げたのだろう。

 

「やれやれ、コイツ等の始末どうすんだよ」

 

 紅夜はそう言いながら、3人を寄せて積み上げ、そのまま陸王に跨がり、エンジンをかけて帰宅した。

 

 その後、黒姫達と今日の事を話題にし、1日を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、とある学園艦にある廃墟の一室では………………

 

 

 

「……ああ、そうか…………分かった、取り敢えず手下共は回収したんだな?……………ああ。それじゃあな」

 

 椅子に座っていた大柄の男が、通話を終えて他の男達に目を向ける。

 

「大洗に向かったグループがやられた」

『『『『『『『!?』』』』』』』

 

 その男の一言に、集められた男達は驚愕に目を見開く。

 

「話を聞いたところ、彼奴等をやったのは2年前、俺等をやった奴と同じ特徴だ。長い緑色の髪に赤い瞳の男」

「それじゃあ番長、その男は…………」

「ああ、必ず仕留める。まぁ、それよりも前に、他の学園艦に行った奴等が“余興”をしてくれる。楽しみはそれからだ」

「しかし番長、あのガキは簡単に来たりはしないと思うんですが………………」

「安心しろ。彼奴を誘き出すためのダシになり得る奴が、この学園艦には居るんだからな……………まぁ、コイツ等はあのガキを呼び出すためのエサでもあるが、同時に俺の獲物でもある。あのガキの前でよがり堕としてやるよ」

 

 そう言う男の後ろの壁に貼られている写真には………………

 

 

 

 

 

“ノンナとクラーラの写真”が貼られていた。

 

 

 

 

 

 だが、彼等は知らない。否、知る由も無い。

 近い内に、その建物で殺戮嵐(ジェノサイド)が吹き荒れる事を………………



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第128話~アッサム誘拐事件です!~

 その事件は、とある平日の朝。聖グロリアーナ女学院が保有する学園艦にて、学生の殆んどが家を出て、学校へと足を運ぶ時間、人気のあまり無く、道幅の狭い一方通行の道で起こった。

 

 

 

 

 

「すみません、ちょっと良いですかね?」

 

 聖グロリアーナ女学院へと足を運ぶ少女――アッサム――の元に、3人の大柄な男が近寄ってきて、その内の1人が声を掛ける。

 

「…?何でしょうか?」

 

 怪訝そうな表情で訊ねると、その1人が話を始めた。

 

 

 

 その男曰く、彼等はこの学園艦に引っ越してきて間が無いため、友人と待ち合わせをしている店の場所が分からずに困っていたのだと言う。

 偶然にも、彼の言う店を知っていたアッサムは、その店への行き方を教えた。

 

「………………それで、突き当たりの角を右折すれば、その店に着けますわ」

「成る程、分かりました。ありがとうございます」

 

 道を教えられた男は、体格の割にはやけに丁寧な口調で例を言う。

 そして残りの2人の方へと向き直り、その店を目指そうとした時、黒い商用バンが近づいてくるのが見える。

 それを見た男の1人の反応からして、時間を過ぎていたからか、相手の方から拾いに来たようだ。

 

「おっ、まさか向こうから来るとは………………すみませんね、教えてもらったのに」

「いえ、お気になさらず。それでは、ごきげんよう」

 

 そう言って一礼すると、アッサムは再び、聖グロリアーナへ向けて歩き出す。

 

「ええ、もう本当に………………ありがとうございましたってなぁ!」

 

 突然荒々しい口調になった男は、背を向けて歩いていくアッサムとの間を一気に詰めながら、ズボンの右ポケットに隠していた剃刀状の物体――スタンガン――を取り出すと、ボタンを押してアッサムの背中に突きつけた。

 

「ぐあっ――――!?」

 

 突然背後から電気ショックを喰らい、アッサムは横向きに倒れ込んだ。

 

「ゲヘヘッ、上手くいきましたねぇ兄貴」

「そうだな。まぁ、ああやって何の警戒心も無しにテクテク歩いてく奴にコイツを当てる事なんざ容易い事よ」

 

 兄貴と呼ばれた男は、下卑た笑みを浮かべながらスタンガンをしまう。

 そうしていると、黒い商用バンが彼等の前で停まり、後部座席のドアが開く。

 

 男達はアッサムを放り込むようにして乗せると、自分達も乗り込んだ。

 車が発進した後に残されたのは、彼女の鞄だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?アッサムは今日休みかしら?」

 

 聖グロリアーナにて、戦車道の授業が始まり、愛車であるチャーチルに乗り込んだダージリンは、普段なら砲手の席に座っている筈の少女の姿が無い事に気づき、車内をキョロキョロ見回しながら言った。

 

「珍しいですね。今日は誰かが欠席しているなんて連絡は無かったのに」

「と言う事は、まさか無断欠席?それなら尚更珍しいわね。あのアッサムがそんな事をするなんて、到底思えないのだけど………………」

 

 弾薬庫にある砲弾の確認をしていたオレンジペコが言うと、ダージリンは一層不思議そうに返した。

 

 

 

 結局アッサムが来ないまま、教官から練習開始の合図が出された。 

 

「彼女が来ない理由が分かりませんが……仕方ありません、放課後にでも聞きに……ん?」

 

 アッサムの事は一先ず脇に置いて、練習を始めようとしたダージリンだが、車外から聞こえてきた喧騒で口を止める。

 キューポラから上半身を乗り出し手当たりを見回すと、校舎の方で何やら揉めているらしい。

 

「(何だか、嫌な予感がするわね……)……ごめんなさい、少し出てくるわ」

 

 そう言うと、ダージリンはチャーチルから降りて校舎へと向かっていく。

 

 

 

 

「そんな………まさか、うちの生徒が………!」

 

 校舎で揉めている人物が視界に映ると、ダージリンは歩み寄る足を止めた。

 彼女の視線の先では、茶色のスーツのような服装に身を包んだ男性2人の前で、1人の女性が嗚咽を漏らしながら、覚束無い足取りで後退りしていた。

 

「(あの女性は………もしや、教官?何故彼女が………ッ!?まさか!)」

 

 思い浮かぶや否や、ダージリンはそのまま、『教官』と内心で呼んだ女性に駆け寄った。

 

「教官!」

「………ッ」

 

 駆け寄ってくるダージリンの姿を視界に捉えた女性は、両目から滝のように涙を流しながら、彼女へと顔を向ける。

 そのまま地面に崩れ落ちそうになる女性だが、すんでのところでダージリンに抱き留められる。

 

「どうされましたか!?しっかりしてください、教官!」

 

 そう言いながら必死に呼び掛けるダージリンだが、その女性はショックのあまりに気絶しているのか、何の反応も見せない。

 

「すみません、少し良いでしょうか?」

 

 そんな彼女に、1人の男性が歩み寄ってきた。

 右手に持っているものから、彼が刑事である事が分かった。

 顔を向けたダージリンに、その男性はもう1人から、鞄と、ビニール袋に入れられた生徒手帳を受け取り、ダージリンに見せる。

 

「ッ!あ、アッサム………」

 

 それを見たダージリンは、アッサムの身に何が起きたのかを悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、2人の刑事と共に女性を保健室へと運んだダージリンは、アッサムの身に何が起きたのかを聞かされた。

 

「実に残念ですが……彼女は、誘拐されたとしか言いようがありません…………」

 

 ベッドに寝かされた女性を心配そうに見ているダージリンに、刑事は心苦しそうに言う。

 

「我々の方でも、既に彼女の捜索に乗り出していますが、直ぐに見つかるとは………」

「そうですか………」

 

 短く返して、ダージリンは俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、此処は聖グロリアーナ学園艦の昇降用ドックの近くにある、今では使われていない建物の一室。

 スタンガンによる電気ショックで気絶させられたアッサムは、其所に連れてこられた。

 

「(う………ん………?)」

 

 自分が横たわっているためか、頭部右側に感じる固くて冷たい感触でアッサムは目を覚ました。

 背中に回された両手や両足が動かせない事から、自分がロープで縛られているのを悟る。

 さらに、口許に感じる不快な感触から、ガムテープで口を塞がれている事も悟った。

 

「お?どうやら目が覚めたようだな」

 

 すると、彼女の監視をしていた男が気づき、下卑た笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

 

「――――ッ!?」

 

 何かを言おうとしたアッサムだが、口を塞ぐ形で貼り付けられたガムテープがそれを阻む。

 

「『俺達が何者なのか』って言いたげな表情だな」

 

 だが、その男はアッサムが何を言おうとしたのかは察していたらしく、低い声でそう言った。

 

「本来なら教えたりはしねぇんだが………まぁ良い、特別に教えてやろう…………………最近、不良集団による被害が相次いでいるってニュースでやってると思うんだが………あれの正体が俺等だよ」

「ッ!?」

 

 あっさりと正体を打ち明けた男に、アッサムは目を見開いた。

 

「(まさか、そんな奴等に捕まってしまうなんて………ッ!)」

 

 内心でそう呟きながら、アッサムは目を細めた。

 

 

 

 実際、彼女は不良集団による被害の事は、度々ニュースや新聞で報道されていたためによく知っていた。

 

 騒音公害、酔っ払いや夜遅くに帰宅するサラリーマンを襲って金品の強奪、祭り会場などでの恐喝など、彼等が何を仕出かしているかは、口で言うだけで億劫になる程だ。

 また、彼等の多くが各学園艦に潜伏しており、其所の女子生徒にも手を出していると言う話もある。

 何れも未遂に終わっているが、その女子生徒の心に傷をつけるには十分すぎるものだ。

 

「それにしても、つまんねぇなぁ……あれだけ騒いだんだから、ポリ公とかが派手に動き回ると思ってたんだが…………こうともなりゃあ拍子抜けってモンだ」

 

 めんどくさそうに頭部を掻きながら、男はそう言った。

 

「ついでに言わせてもらえば、今日お前を拐ったのは、とある“余興”のためさ」

「………(余興?)」

 

 訳が分からずに首を傾げていると、男はベラベラと喋った。

 

「約2年前の冬の事だ……ウチの兄貴が、ある女を捕まえるのに失敗してな。その時兄貴等の邪魔をしやがった小生意気なクソガキが、確か、大…大……まぁ良い、その大何とかってトコの学園艦に居るのが分かってなぁ、ソイツを誘き出して叩き潰すための余興さ。当然、それには俺等も参加する。そんでお前は、『クソガキを叩きのめす』と言うメインディッシュの前の前菜として犯させてもらう」

「ッ!?」

「時間は今日の夜だ。それまで残りの処女生活を満喫するんだな………まぁ、生活って言ってもホンの数時間しかねぇけどな!ギャハハハハハ!」

 

 下卑た高笑いを上げながら、男はその部屋を出ていった。

 

「――――ッ―――――ッ!」

 

 何の声も上げられぬまま、アッサムには涙を流す事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、上の空のまま練習に戻ったダージリンだが、練習後は家に帰らず、彼女が普段、オレンジペコとアッサムを伴ってティータイムを過ごしていた部屋に来て、置いてあった電話の受話器を左手でひっ掴み、ある電話番号のダイヤルを回していた。

 

 それは、ある人物に救援要請をするためである。

 

「(これは、私達聖グロリアーナ女学院の問題……でも、少なくとも私達だけでは解決出来ない!)」

 

 ダイヤルを回し終えると、後は相手の応答を待つだけ。

 呼び出し音を聞くこと数秒、相手からの応答が帰ってきた。

 

『ほいほーい、どったのダージリン?』

 

 電話を掛けた相手は杏だった。

 何時ものおちゃらけた調子で聞いてくる杏に、ダージリンは叫んだ。

 

「角谷さん!そちらに紅夜さんは居ますか!?」

『ちょいちょい、声大きいってダージリン………………んで、紅夜君?うんにゃ、居ないけど……』

「そ、そうですか………なら、彼の番号は!?」

『知ってるよ?教えたげるからちょっと待って』

 

 その後、杏から紅夜の番号を聞いたダージリンは、一言礼を述べると、戸惑う杏を放って通話を終え、直ぐ様教えられた番号をダイヤルしていった。

 

 受話器から聞こえてくる呼び出し音が、杏が応じるまでの時間より長く聞こえてくる。

 

「(紅夜さん、お願いです……助けて…………)」

 

 そう願いながら、紅夜が電話に出るのを待つダージリン。

 そして、相手が留守の時に流れる女性の声が聞こえる時間になりかけ、彼女の表情に諦めの色が見えそうになった時………………

 

 

 

 

 

 

『ほーい、どちらさん?』

 

 遂に、相手からの返事が返された。



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第129話~救助に向かいます!~

 それは、ダージリンが紅夜に電話を掛ける少し前に遡る。

 

 

 

「……へぇ~、白虎隊の戦車にも付喪神が居るのか」

「そうなんだよ。でも、今のところは雪姫にしか会ってなくてな…………はぁ……他の皆は、何処で何してんだか……………」

 

 此処は、大洗女子学園が保有する学園艦の船尾。

 建ち並んでいた家々が見られなくなり、未開発の土地や森林が視野一杯に広がる道路を走る陸王の上で、紅夜と蓮斗は話していた。

 

 因みに蓮斗が居る理由は、今からさらに数十分前の事………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇だ……ツーリングにでも行こうかな」

 

 自室でベッドに寝転がり、暇をもて余していた紅夜は、ベッドから起き上がって机の引き出しから陸王のキーを取り出すと、クローゼットから取り出した靴下を履いてリビングに降り、黒姫達にツーリングに行く事を伝えた時、突然インターホンが鳴った。

 

「ん?誰だ?」

「静馬達じゃねぇの?」

 

 ドアの方を向いて呟く紅夜に、煎餅を頬張っていた七花が言う。

 

「まぁ、その辺りが妥当だが、出来れば輝夫のオッチャン辺りが来てくれた方が良いかな。お前等を紹介しておきたいし………まぁ、取り敢えず出てくるよ」

 

 そう言うと、紅夜は玄関へ向かい、ドアを開ける。

 

「ほーい、どちら様で…………え?」

「よぉ、紅夜!」

「暫くぶりです、紅夜殿」

 

 ドアを開けた先に居たのは、蓮斗と雪姫だった。

 陽気に右手を上げる蓮斗の隣で、雪姫は丁寧に一礼する。

 

「蓮斗に雪姫さんじゃねぇか。どうしたんだ?何か用事?」

 

 そう訊ねる紅夜だが、蓮斗は首を横に振って言った。

 

「うんにゃ、暇だったから遊びに来ただけ」

「あ、そうッスか………………まぁ、お前の事だから、そんな理由だろうと思ってたけどね………」

 

 あっさり言った蓮斗に、紅夜は苦笑を浮かべながらそう言った。

 

 

 

「そういやお前………………バイク持ってんだな。これ、陸王だろ?俺が死ぬ前は、よく走ってるのを見たぜ」

 

 不意に、蓮斗は駐輪スペースに置かれている陸王に気づいてそう言った。

 

「ああ、退院してから東京に帰ってな。2週間で大型二輪の免許取って、此方に持って帰ってきた」

「ほぉ~、それじゃあ卒業試験は一発合格って訳か」

「まぁな」

 

 紅夜がそう言うと、蓮斗はバイク本体と、分離された側車を交互に眺めて言った。

 

「これ乗りたい」

「言うと思った」

 

 陸王を指差して言う蓮斗に、紅夜は予想通りと言わんばかりの表情でそう言った。

 

「すみません、紅夜殿。ウチの主がこんな調子で」

「ははは、別に良いって。こんなの慣れてるからさ………それじゃあ、雪姫さんはどうすんだ?暫くコイツ連れ出すんだが」

 

 紅夜が蓮斗を指差しながら訊ねると、雪姫は玄関の奥の方へと顔を向ける。

 

「久し振りに、黒姫さんと話したいですね」

「そっか………まぁ同じ付喪神同士、話も合うだろ。それに、今は黒姫の他にも……」

「ええ、分かってますよ。リビングから、黒姫さんとは違った人の気配を2つ感じますから」

「………雪姫さん、スゲー」

「それ程でもありませんわ………では、お邪魔します」

「おう、ごゆっくり」

 

 そうして雪姫は家に上がり、ドアが閉まる。

 

「それじゃあ、ちょっくら側車取り付けるから待ってろ」

「ほーい」

 

 そうして、紅夜は家に入り、玄関の用具入れから工具箱を引っ張り出し、バイクと側車を繋げ、蓮斗を側車に乗せてエンジンをかけ、ツーリングに出掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………このような経緯を辿り、紅夜と蓮斗は今、学園艦船尾を目指す旅をしていた。

 

「それにしても、学園艦に未開発エリアがあるなんてな…………」

「ああ。俺も初めて此処を通り掛かった時には、結構ビックリしたのを今でも覚えてるよ」

 

 そんな会話を交わしている時に、その電話は掛かってきた。

 

「にしても、こんだけ広い未開発エリアがあるんだ、戦車道での練習場所としても十分に使え………………ん?」

 

 蓮斗は、紅夜のズボンの左ポケットから聞こえてくるバイブ音で喋るのを止める。

 

「おい、紅夜。電話鳴ってるぞ」

「え、マジで?今出れねぇのに…………」

 

 そう言うと、紅夜は何かを思い付いたのか、ヘルメットのスクリーン越しに、視線を一瞬蓮斗の方に向けてから言った。

 

「なぁ、蓮斗。上手い具合にスマホ取り出して、俺がバイク停めるまで代わりに相手してくれねぇか?」

「別に今停めても良いと思うんだが………………まぁ良いよ、やっといてやる」

 

 そう言って、蓮斗は紅夜のズボンの左ポケットに手を入れると、器用にスマホを取り出して電源を入れ、かぶっているヘルメットをずらす。

 

「しっかし、誰からなんかな………………ほーい、どちらさん?」

『こ、紅夜さんですか!?私です、ダージリンです!』

 

 スマホの画面越しに聞こえてきたのは、ダージリンの切迫した声だった。

 

「(ダージリン?誰だそりゃ?)………あー、すまんが今、紅夜は電話に出れん状況にあってな、なんなら俺が代わりに聞くが…………」

『そんな………………では何時なら、紅夜さんは応じてくれますか!?』

「(代わりに聞くってのはスルーか……)………ちょっと待ってろ」

 

 蓮斗はそう言うと、スマホの画面を手で押さえて紅夜の方へ向いた。

 

「なぁ、紅夜。何かダージリンって娘から電話だぞ。お前に急ぎの用があるらしい」

「ダージリンさんが?」

「ああ。何か知らんが、スッゲー声が切迫してた。何かヤバイ事が起こってんじゃねぇのか?」

「その可能性が高いな………………良し、もうそろそろ良い頃だ、バイク停めるぞ。ダージリンさんには、もう少し待ってくれるように頼んどいてくれ」

「へーい」

 

 そうして、蓮斗が紅夜の言い分をダージリンに伝えている間に、紅夜は砂地に乗り入れて陸王を停め、エンジンを切る。

 

「サンキューな、蓮斗。後は此方でやっとく」

 

 紅夜はそう言って、蓮斗からスマホを受け取る。

 

「待たせて悪かったな、ダージリンさん。それで、何の用なんだ?」

『あ、はい。その………………今から、此方に来れますか!?』

「此方って………………もしかして、聖グロの学園艦にか?」

『そ、そうです!貴方にお願いしたい事が………!』

 

 ダージリンはそう言いかけるが、紅夜は微妙な表情を浮かべる。

 

「ソッチに行けるかって言われても………連絡船もねぇのに無理だろ」

『なら、学園の艦載ヘリをそちらに向かわせますわ!』

 

 どうやら相手には、兎に角紅夜を聖グロリアーナ学園艦に連れていかなければならないらしい。

 

「艦載ヘリって、無茶するなぁお前………」

 

 紅夜がそう呟くと、不意に、蓮斗の能力を思い出した。

 

「あ、ちょっと待っててくれ。逸早くソッチに行く方法を思い付いた」

 

 そう言うと、紅夜はスマホの通話を切らずに蓮斗の方へと向いた。

 

「蓮斗。確かお前って、瞬間移動使えたよな?それ使って、聖グロリアーナの学園艦に転移出来ねぇか?」

「ん?勿論出来るぜ?」

 

 側車のシートに凭れ掛かり、後頭部で手を組んでいた蓮斗が頷いて言う。

 

「それなら話は早いな、俺を聖グロリアーナ学園艦まで連れていってくれ。何か知らんが向こうさんが、俺が来るのをご所望らしい」

「ほぉ~う?態々相手から呼び出しの電話を貰うとは、モテるねぇ紅夜」

 

 冷やかすように言うと、蓮斗は額に指を当てる。

 

「まぁ了解だ、連れてってやるよ」

 

 蓮斗がそう言い終わる頃には、彼等と陸王はその場から消えており………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうちゃーく!」

『『『『『『『ッ!?』』』』』』』

 

………………聖グロリアーナ女学院のグラウンドに来ていた。

 突然現れた2人の青年と1台のサイドカー付きバイクに、その場に居た聖グロリアーナの生徒が驚愕に目を見開いている。

 

「さてと、何か色々と見られてるが、この際気にしてられねぇな…………ダージリンさん、聞こえるか?」

 

 紅夜は周囲の状況に構わず、スマホを再び耳に当てる。

 

『は、はい!聞こえて、ますわ!』

 

 走っているのか、ダージリンの声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

「艦載ヘリを飛ばす必要はねぇよ、もう聖グロに着いた。今はグラウンドだ」

『わ、分かりました!』

 

 そうして通話が切れ、話を聞いていた生徒達は、突然現れた2人に戸惑いを見せながらも、ダージリンの知り合いであるためか警戒を解き、そのまま帰宅していった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!はぁっ!……お……お待たせ…しましたわ………………」

 

 数分後、ダージリンがグラウンドに現れた。

 全力疾走してきたようで、辛そうに肩で息をしている。

 

「別に大して待ってねぇよ…………それで?俺を此処に呼んで、何の用なんだ?」

「はぁっ、はあっ………………ッ!」

 

 何とか乱れる呼吸を無理矢理整えると、ダージリンは紅夜へと視線を向け、声を張り上げた。

 

「お願いします!アッサムを………………友人を助けてくださいッ!!」

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言う事があって……………」

「成る程、そんな事が……」

 

 あれから、ダージリンはマシンガンの如く色々口にするが、友人を誘拐されたショックで気が動転しているのか、言っている事が滅茶苦茶になりかけていたため、先に彼女を落ち着かせ、2人は改めて、アッサムが誘拐されたと言う話を聞いた。

 

「警察に連絡はしたのか?」

「ええ、勿論しましたわ!練習前に、ウチの教官と2人の刑事が話しているのを聞いて、それで……それで…………あぁっ」

「うわっと!?」

 

 当時の事を思い出したらしく、そのまま地面に崩れ落ちそうになるダージリンの肩を紅夜が支える。

 そして、状況を察した蓮斗が席を空け、紅夜はダージリンを横抱きに抱き上げると、陸王のサイドカーのシートに座らせる。

 

「つまりお前は、連れ去られたお前の友人を助け出してほしいって事か」

「はい……警察の方々が捜索してくれていると思いますし、出来れば、そもそも住んでいる学園艦が違う貴方を巻き込みたくはなかった………でも………ッ!」

「『友人を一刻も早く助けるには、俺を巻き込むしか方法が無かった』………………ってか?」

「………………」

 

 紅夜がそう訊ねると、ダージリンはゆっくりと頷き、そのまま俯いてしまう。

 紅夜は暫くの間、無言でダージリンを見つめていたが、やがて小さく息をつくと、言葉を切り出した。

 

「その人が居るのは何処だ?」

「え?」

 

 その言葉に、ダージリンは顔を上げる。

 

「だから、その人が居るのは何処だって聞いたんだよ………………友人を助けたいんだろ?」

 

 そう言って、紅夜は軽く微笑む。

 

「く、詳しくは分かりませんが………………恐らく、この辺りが怪しいかと」

 

 そう言うと、ダージリンはスカートのポケットから学園艦の地図を取り出し、とある一点に指を当てて紅夜に見せる。

 

「どれどれ……ほう、昇降用ドック付近の建物か」

「ええ。今はもう使われていないので、監禁するとしたら、恐らく………」

「りょーかい。そんじゃあ、ちょっくら行ってくるわ………………蓮斗、頼むぜ」

「へいへい」

 

 そうして、紅夜がダージリンをサイドカーから下ろし、バイクに跨がると、蓮斗はサイドカーに飛び乗って瞬間移動の準備を始める。

 

「あ、アッサムの事、よろしくお願いします!」

 

 そう言って深々と頭を下げるダージリンに頷くと、紅夜は蓮斗の肩を軽く叩いて合図し、彼の瞬間移動で消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、此処は昇降用ドック付近の建物の一室。

 その部屋に縛られた状態で横たわり、ただ救援を待っているだけだったアッサムだが、突然、部屋のドアが開け放たれ、下卑た笑みを浮かべて入ってくる男を見て、自分の命運が尽きた事を悟る。

 

「(ダージリン様……申し訳ございません…………)」

 

 内心でそう言いながら涙を流し、アッサムは“運命の場所”へと運ばれていった。



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第130話~殺戮嵐(ジェノサイド)、現場に到着です!~

 聖グロリアーナ女学院の学園艦にて、アッサム誘拐事件が発生したその日の夕方、暇をもて余していたところへ押し掛けてきた蓮斗とのツーリング中にダージリンからの呼び出しを受け、蓮斗の瞬間移動で聖グロリアーナ学園艦を訪れた紅夜は、ダージリンから、誘拐されたアッサムの救出を頼まれる。

 それを引き受けた紅夜は、大体の目星をつけられていたと言う、学園艦の昇降用ドック付近の建物の前に赴くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、これが例の建物か…………」

「何つーか………古いな」

 

 蓮斗の瞬間移動で転移してきた2人は、彼等が居る場所から道を挟んで奥にある、若干古ぼけた4階建ての建物を見てそう言った。

 

「見た感じ………倒産して捨て置かれた、小さな株式会社の跡地ってトコか」

「どうでも良いが、跡地って呼べるのか?コレ」

 

 顎に手を当てて頷きながら呟く紅夜に、蓮斗は苦笑しながら言った。

 

「それもそうだが、この後はどうすんだ?」

 

 蓮斗がそう言うと、紅夜は一瞬蓮斗の方を向き、直ぐに建物の方へと視線を戻した。

 

「さぁな………あの建物の構造が分からんから、アッサムさんが何処に囚われてるのかも分からん」

「地図とか貰いに行くか?」

 

 蓮斗はそう言うが、紅夜は首を横に振った。

 

「時間が惜しい。それに、そもそもダージリンさんや他の奴等が、あの建物の地図を持ってるとも思えん」

「言われてみりゃ、確かにそうだな………それじゃあお前は、右も左も分からん状態で乗り込んでいくつもりだと?」

「そうするしかねぇだろ。お前にも一緒に来てもらうってのもあるが、陸王だけ残す訳にはいかねぇよ、パクられたら堪らんからな。コイツ古くてレアなヤツだし」

 

 そう言いながら、紅夜は陸王のハンドルを軽く叩いた。

 

「陸王パクる奴が居たら、お前ソッコーで潰しに掛かるだろうな………」

「そりゃそうだ………………さて、こうやって長々駄弁ってる暇もねぇんだっけな。ちょっくら行ってくる」

「あいよ。陸王の番は任せとけ」

「おう、頼んだぜ」

 

 紅夜はそう返すと、建物へと歩みより、正面にあった小さなドアの前に立つ。

 

「此処の鍵が開いてたら入れるんだが…………下手したら壁ブッ壊して入らなきゃならなくなるかもなぁ~」

 

 紅夜はそう言いながら、ドアノブに触れてゆっくり回す。

 するも、カチャリと音を立ててドアが開いた。

 

「おっ、鍵開いてたのか。壁ブッ壊す手間が省けたな」

 

 そう呟きながら、紅夜は建物に侵入していった。

 

 

 

 

 

 

「うへぇ~、暗ぇな此処は…………そりゃそうか、何せ昔潰れたって建物だし、今使ってんのはアッサムさん拉致ったバカ共だし」

 

 紅夜はポケットから取り出したスマホの灯りを頼りに、建物内を散策していた。

 元々何かの会社だったのか、机や椅子が置かれているのだが、規則正しく置かれているのではなく、あるものは倒され、あるものは脚が折れているなど、散々なものだった。

 

「おまけに、何か訳分からん書類もぶちまけられてるし…つーか、書類ぐらいは処分なり隠すなりしとけっつーの。企業の企画とか色々書かれてんだろうが……まぁ、もう潰れたから言っても仕方ねぇ事だが」

 

 やれやれと言わんばかりに首を振りながら歩いていると、奥から足音が聞こえてきた。

 

「(おっ、誰か来た。見回り的な感じの奴かな?)」

 

 そう憶測を立てた紅夜は、懐中電灯代わりに使っていたスマホをポケットにしまい、その場に立ち止まって足音の主が現れるのを待った。

 そして、不意に曲がり角から現れた懐中電灯の光が紅夜を照らし、それを持っていた男が紅夜に気づいた。

 かなりガタイは良く、紅夜よりも背が高い。

 何も知らない者に聞けば、間違いなく全員が、その男が強そうと言い出すだろう。

 

「おやおや、こんな時間に何の用かな?坊主」

 

 その男は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてきた。

 

「此処に囚われてるっつー聖グロの人を助けに来たんだけど」

「………」

 

 紅夜は馬鹿正直にそう答える。

 男は目を丸くして、暫く紅夜を見つめ…………

 

「ギャハハハハハッ!!」

 

………大笑いした。

 

「助けるぅ?お前がかぁ?はっきり言って無理無理!女みてぇに細い体してるお前に、俺等を倒して聖グロの嬢ちゃんを助けられると?寝言は寝てから言うモンだぜぇ?」

 

 そう言いながら、男は紅夜の頭を荒めに小突く。

 

「まぁ、どーしても通りたいってんなら、俺を倒せたら行かせてやるよ…………まぁ、そうする間も無くお前は病院行きだがな!」

 

 下卑た笑みを浮かべてそう言いながら、男は紅夜に殴りかかろうとするが、紅夜は動く事無く言った。

 

「ちょっとムカついた」

「は?」

 

 紅夜は、間の抜けた声を出す男の腕を掴むと、軽く引っ張る。

 

「うおっと!?」

 

 突然引っ張られ、男がバランスを崩した瞬間、紅夜はその男の腹に拳を軽く押し付けると、そのまま方向転換して、粗方壊された机と椅子の山の方へと向くと、押し出すようにして男を殴り飛ばした。

 

「ぐぉぉおおおあっ!?」

 

 殴り飛ばされた男は、派手に音を立てて机と椅子の山へと突っ込んだ。

 

「女みたいだからって甘く見てんじゃねぇよ、カス」

 

 そう吐き捨てると、八つ当たりがてらに、その場に置いてあった机を持ち上げて、先程男が突っ込んだ机と椅子の山へと放り投げる。

 その机は派手に音を立てて、机と椅子の山に叩きつけられた。

 

「あっ、そういや彼奴、懐中電灯持ってた筈なんだが………おっ、あったあった」

 

 紅夜は落ちていた懐中電灯を拾い上げると、足元を照らしながら散策を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼等が例の建物に向かってから1時間……アッサムも、彼等も…大丈夫でしょうか…?」

 

 聖グロリアーナ女学院の一室にて、ダージリンはそう呟いた。

 その時は紅茶を飲む気にもなれず、彼女に出来る事と言えば、ただ、椅子に腰掛けて夜空を眺め、3人の無事を祈る事だけだった。

 そうしている間にも、最悪の状況が次々と頭の中に浮かんでくる。

 

――もし、紅夜達がアッサムを救出出来ず、不良集団に返り討ちにされていたら?――

――もし、アッサムが不良集団によって、既に再起不能にまで追い込まれていたら?――

 

 様々な最悪の状況が、頭に浮かんでは消えていく。

 

「(これでは駄目………向かってくださったのは紅夜さんなのですから………今は、彼等を信じないと………ッ!)」

 

 頭を激しく左右に振って、脳裏に浮かぶ最悪の状況を振り払い、ダージリンは椅子から立ち上がると、その部屋の大きな窓の前に立ち、胸の前で手を組んだ。

 

 彼等3人が、無事に帰ってきてくれるのを祈りながら………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か知らんが、ガラスの破片も落ちてやがるな………靴の裏に刺さらないようにしないと」

 

 床を照らす懐中電灯の光を反射して煌めくガラスの破片を踏まないように気を付けながら、紅夜は建物内を歩き回る。

 暫く散策を続けているが、彼は未だに1階から動いていない。

 

「クソッ、この建物まるで迷路だな。どっかに行こうとしても、必ず壁やら倒れた戸棚やらが邪魔してきやがる。それで何度迂回した事か…………」

 

 そう呟きながら歩いていくと、目の前に1つの戸棚が立ちはだかった。

 その戸棚は倒れかかっており、上手く紅夜の行く手を阻んでいる。

 

「チッ!コイツ等、行く先々で出てきやがって……邪魔なんだよ………オラァッ!」

 

 忌々しげに言いながら、紅夜はその戸棚を殴り飛ばした。

 力任せの殴打を受けた戸棚は、深い窪みを作って吹っ飛ばされ、さらに奥で壁に叩きつけられたのか、派手な音を立てる。

 

「やれやれ、また探索しなきゃなら………ん?」

 

 紅夜はそのまま通過しようとしたが、懐中電灯の光が、とある段差を照らしていた。

 上へ上へと向けていくと、その段差は続いている。紅夜は遂に、階段を発見したのだ!

 

「よぉ~し!階段さえ見つけりゃ此方のモンだ、後は一気に上がっていくだけだな!」

 

 紅夜はそう言うと、懐中電灯をポケットに突っ込んで階段を上がろうとしたが、懐中電灯の光が、階段の側で銀色に光る鉄の棒を照らした。

 

「コイツは…………バールか」

 

 一旦懐中電灯をポケットに突っ込み、バールを拾い上げて右手に構えると、軽く振り回してみる。

 

「ほぉ~。この長さと言い重さと言い、中々使いやすいな………………良し、コイツを得物に貰っていくか!」

 

 そうして紅夜は、今度こそ階段をかけ上がっていった。

 

「さぁて、何するつもりなのかは知らねぇが、取り敢えず人拉致った馬鹿共をぶちのめさねぇとなぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、建物の最上階――即ち4階――の大広間では、手足の拘束を解かれ、口に貼り付けられていたガムテープを剥がされたアッサムが連れてこられており、既に来ていた10人程の男達の前で、見せ物の如く立たされていた。

 

「“運命の場”へようこそ、聖グロの嬢ちゃん」

「…貴殿方に“ようこそ”などと言われる筋合いは無いのですが……」

 

 アッサムの前に立つリーダー格の男が言うと、彼女は目を細めてそう言い返した。

 

「おやおや、つれないねぇ」

 

 苦笑しながら言うと、男は手下と思わしき他の男達へと視線を移す。

 無言の命令を受けた男達はゾロゾロと歩き出し、アッサムを取り囲んだ。

 

「………………何の真似ですか?」

「こうでもしねぇと逃げられそうだからな」

 

 リーダー格の男は下卑た笑みを浮かべてそう答えた。

 

「さて、お前が何故此処に来ているのか…………分かるよなぁ?」

「…分かりませんね…………と言うより、分かりたくもありません」

 

 あくまでも、彼等に対して反抗的な態度を取るアッサム。

 そんなアッサムに男の1人が噛みつきそうになるも、傍に居た別の男に宥められ、何とか落ち着きを取り戻した。

 

「それにしても、こんな女1人に対して殿方10人なんて…………理不尽な事をして恥ずかしくないのですか?」

「何言ってんだ?こう言うのは何人もの男で回し犯すのが面白いんだろうが………特に、お前等聖グロの連中みたいなお嬢様タイプの女は、な」

「…………これ程までに最低な殿方、見た事がありませんね」

 

 アッサムがそう言うと、リーダー格の男は眉間に欠陥を浮き上がらせたが、それよりも早く、階段付近に立っていた男が動いた。

 

「テメェ………さっきから黙って聞いてりゃ良い気になりやがって!」

「ッ!きゃあ!?」

 

 その男はズカズカと足音を立ててアッサムの背後に立つと、彼女の髪を掴み上げ、乱暴に向きを変えて自分の方に向かせると、彼女の制服を鷲掴みにして左右に引っ張り、あろうことか、そのまま引きちぎる。

 上着としての機能を果たせなくなった青い服を投げ捨てると、今度は白いシャツを掴み、先程同様に引っ張る。

 ブチブチと音を立てて、シャツのボタンが外れ、弾け飛んでいく。そして終いには、彼女の紫色の下着が露になった。

 

「ッ!イヤッ!」

  

 アッサムは悲鳴を上げ、腕を交差させて下着を隠そうとするが、男が先回りするかの如くその両腕を掴んで上に上げ、素早く両手に掴み変えて拘束する。

 

「ヒュウッ♪おい、見たかよ?紫だぜ紫」

「聖グロの連中も、中々エロい下着着けてるじゃねぇか」

「うひょぉ~ッ!早くヤりてぇなぁ!」

「おい、どうせだからスカートもやろうぜ」

 

 そんな卑猥な会話を交わし、さらに3人の男がアッサムに近づき、スカートを下げようとする。

 アッサムは抵抗するものの、流石に男3人相手には分が悪く、そのまま脱がされてしまう。

 

「ほぉ~………見るからに良いカラダしてるじゃねぇかよ、嬢ちゃん」

「くっ…………!」

 

 リーダー格の男がそう言うと、アッサムは悔しげに歯軋りした。

 

「それにしても、下のフロアで見回りしてる連中、全く来ねぇなぁ………まぁ良いや。さて、それじゃ前菜も楽しんだところで、そろそろメインディッシュに移ろうか」

 

 リーダー格の男がそう言うと、他の男が数名程動いて奥に置かれてあった、折り畳まれたマットを移動させ、リーダー格の男の元に持ってくると、それを広げる。

 

「良し…………おい、連れてこい」

 

 そうして、アッサムの両手を拘束している男に無理矢理歩かされ、アッサムはマットへと連れていかれる。

 

「さぁ~て、さっきまでずっと反抗的だったお前は、どんな声でよがるのかなぁ~?」

 

 そう言いながら、リーダー格の男がアッサムの下着に手を伸ばした、その時だった。

 

「ぐぉぉおおおあっ!?」

『『『『『ッ!?』』』』』

 

 突然、下のフロアから男の悲鳴が響き、次の瞬間には、階段から吹っ飛んできた男が壁に叩きつけられ、そのまま倒れる。

 それを見た一行が沈黙していると、下のフロアから、恐らく誰かが階段を上っているのであろう、ツカツカと音が聞こえてくる。

 

 そして、先程の男を下のフロアから吹っ飛ばした人物が階段から現れると、アッサムを取り囲んでいた男達の目は驚愕に見開かれた。

 

 何故なら………………

 

 

「やれやれ、あの大馬鹿野郎。人が階段上ってる時に向かってきやがって…………落っこちたらどうしてくれるんだっつーの。ただでさえ、さっさと連中を潰したいってのに」

 

…………階段から上ってきた緑髪の青年――長門 紅夜――が、バールを肩に担ぎ、倒れ込んだ男を踏み抜きながら4階の大広間に入ってきたからである。

 

 そして、紅夜は周囲を軽く見渡すと、アッサム達が視界に入ったところで顔の動きを止める。

 彼の目に映るのは、下着姿にされたアッサムと、彼女を取り囲んでいる手下らしき男達。そして、アッサムを裸にしようとばかりに彼女の下着に手を伸ばしているリーダー格の男だった。

 

「………ククッ………There you are(見つけたぜ).」

 

 それを見た紅夜は、獲物を見つけた猛獣のように、狂気に満ちた笑みを浮かべた。 

 

 

 

 

 

 

 大洗最強の殺戮嵐(ジェノサイド)、此処に見参。



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第131話~救出します!~

 時は夜。夏が近づいているとは言え、未だ若干肌寒い夜であるこの日、聖グロリアーナ学園艦の昇降用ドック付近にある、今では使われていない建物の4階にある大広間に、その青年――長門 紅夜――は、誘拐されたアッサムの救出と、不良グループ殲滅の任務を背負ってやって来た。

 4階へ向かう階段を上がる途中に突っ掛かってきた男を4階に殴り飛ばし、階段を上がり終えた彼は其所で、下着姿にされたアッサムと、今にも彼女を襲おうとしている、不良グループのリーダー格の男。そして、その手下である男達を見つける。

 

「……ククッ…………There you are(見つけたぜ).」

 

 探していた獲物を見つけ、暗闇の中故に不良グループの面々からは見えない、整った中性的な顔を狂気に染める紅夜。

 若干下を向いているためか、目を覆うようにして垂れた、鮮やかな緑髪の下で、彼の持つルビーのように赤い瞳が光る。

 今此処に、大洗最強の殺戮嵐(ジェノサイド)が君臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、誰だテメェは!?」

 

 紅夜を視界に捉えたリーダー格の男は、右手で紅夜を指差して叫ぶ。

 

「俺か?俺はな………………」

 

 紅夜はそう言いかけると、下を向けていた顔を一気に上げて緑髪を翻し、露になった赤い瞳で不良グループの面々を見据えて言った。

 

「………………趣味で戦車道をやっている者だ」

『『『『『………………はぁ?』』』』』

 

 紅夜がそう言うと、男達は間の抜けた声を出して互いを見合う。

 彼等の顔はあちこちに向けられ、恐らくメンバー全員と見合っていただろう。

 

『『『『『………………』』』』』

 

 そして、互いを見終わったのか、紅夜へと視線を戻した男達は………………

 

『『『『『ギャハハハハハハハッ!!』』』』』

 

………………下品な声で笑い出した。

 

「戦車道って、あの戦車道か!?」

「《女子の嗜み》って呼ばれてる、あれかぁ!?」

「女のスポーツなのに男がやるとか………やべっ、クソ笑える!」

「コイツ、体は男で心は女って奴かァ?」

「うっわ、キモッ!」

 

 腹を抱えて爆笑しながら口々に言う男達。

 紅夜率いる戦車道チーム――《RED FLAG》――の事を知っているアッサムは、大笑いする男達を睨み、今度は紅夜に、すまなさそうな視線を向けた。

 

「………………」

 

 紅夜は目を瞑って首を小さく横に振ると、右足を軽く上げ………………

 

「五月蝿ぇよ、少し黙れやテメェ等」

 

 短い一言と共に、右足をコンクリートの床に叩きつけた。

 右足は床にめり込み、其所から大笑いする男達の方へと亀裂が走っていく。

 

「うわっと!」

「な、何だこりゃ!?」

「お、おい!床に亀裂走ってやがるぞ!」

 

 自分達の方に向かってくる床の亀裂を見た男達は怯み、2、3歩程後退りする。

 それはリーダー格の男も例外ではなく、それによって出来た一瞬の隙を突いて、アッサムは勢い良く回れ右をすると、後ろを振り返る事無く走り出し、途中で落ちていた制服とスカートを拾って紅夜の後ろに隠れる。

 

 紅夜は目をアッサムの方に向けて訊ねた。

 

「………確認するのが遅れたが、怪我は無いか?」

「ええ。服が破かれましたが、体の方は無事です」

 

 アッサムがそう答えると、紅夜は安堵の溜め息をついた。

 

「そりゃ良かった。お前が傷物になってたら、ダージリンさん達が悲しむからな」

「…と言う事は………ダージリン様が、貴方を………?」

 

 そう訊ねるアッサムに、紅夜は頷いた。

 

「友人とツーリングしてたら、いきなり電話掛かってきてな。出たら急に、聖グロの学園艦に来てくれなんて言われるし、いざ行ってみれば、今度はお前を助けてやってくれと言われたよ」

「………申し訳ありません」

 

 そう言うアッサムだが、紅夜は首を横に振った。

 

「別に構わねぇよ。状況が状況だからな………………まぁ取り敢えず、これ羽織ってろ。流石に上から下まで下着姿じゃ、腹壊すからな」

 

 そう言うと、紅夜は羽織っていたパンツァージャケットを脱いでアッサムに羽織らせる。

 

「さてと………………そんじゃあアッサムさんも無事が確認出来たところで………………最初の任務を終わらせますかぁ!」

 

 紅夜はそう言うと、肩に担いでいたバールを捨てて走り出し、とある壁の一面へと向かっていく。

 壁が少しずつ近づいてくると、右手に握り拳を作って大きく振りかぶる。

 

「そぉ~ら、よっとぉ!」

 

 そして、壁がゼロ距離にまで迫った時、その拳で壁を殴り付けた。

 轟音と共に砂埃が舞い上がり、紅夜と壁が砂埃の向こうに消える。

 

「な、何だ彼奴?」

「気でも狂ったのか?壁殴っても意味ねぇだろうに………」

 

 そんな紅夜の行動に、不良グループの面々は不思議そうに首を傾げていたが、当の目的を忘れていない者も当然ながら居る訳で………

 

「お、おい。何か良く分からねぇが、今ならヤれるんじゃね?」

「た、確かにな。あのガキは砂埃の向こうに消えやがったんだ、ちゃちゃっと捕まえて、俺等をコケにしやがった分、思いっきり犯してやらねぇとな!」

 

 そんな卑猥な会話を交わした、ある2人の男が、1人残されたアッサムへと襲い掛かった――――

 

「おいコラァ、何してやがんだテメェ等」

「がはっ!」

「ぐぇえッ!?」

 

――――のだが、その砂埃の中から、あたかも壁を突き破るようにして飛び出してきた紅夜が彼等とアッサムの間に割って入り、その内の右側に居た男には強烈な右ストレートを喰らわせ、左側に居た男には、左腕でのラリアットを喰らわせる。

 右ストレートを喰らった男は、そのまま右方向へと吹っ飛ばされて横向きに倒れ、ラリアットを喰らった男は、その場に仰向けに倒れる。

 

「さぁて、邪魔物はブッ倒して、臨時の非常口も出来たところで………おいアッサムさん、行くぞ!」

「え?あの、行くってどちらヘ…………きゃあっ!?」

 

 最後まで言い終える前に、紅夜に横抱きにされたアッサムは、可愛らしい悲鳴を上げて顔を真っ赤に染め上げる。

 

「い、いきなり何を!?」

「ちょっと口閉じてろ!変に喋ったら舌噛むぞ!」

 

 そう言うと、紅夜はアッサムを抱いたまま、先程殴り付けた壁へと走り出した。

 彼の行く先に壁は無く、代わりに巨大な穴が開けられており、その先には、光り輝く満点の星空と学園艦に立ち並ぶ町並みが一望出来た。

 それに視線を下へ向けると、紅夜と蓮斗が乗ってきた陸王と、それの側車に座って退屈そうにしている蓮斗が見えた。

 

 紅夜は床の先のまで足をつけると、一瞬膝を曲げて勢いをつけ、そのまま穴から飛び出した。

 

「ッ!きゃあああああああっ!!?」

 

 その事に、アッサムは先程まで赤かった顔を青ざめさせ、そのまま甲高く悲鳴を上げた。

 それもその筈。何せ、今の紅夜の行動が意味するのは、“アッサムを抱いたまま、4階から飛び降りる”と言う事。

 2階からでも十分恐かろうに、4階から飛び降りて悲鳴を上げない者が居ようか、いや居ない。

 もし居たら、その者は余程度胸のある人間か、自殺願望者のどちらかである。

 

「死にたくない!死にたくありません!」

 

 アッサムはパニックに陥り、目尻に大粒の涙を浮かべて『死にたくない』と連呼しながら、紅夜の腕の中でじたばた暴れる。

 

「落ち着け、大丈夫だ!ちゃんと着地するから!」

 

 落ちながら紅夜は言うが、アッサムは聞く耳を持たずに首を横に振るばかりだ。

 

「そんなの出来る筈がありません!あんな高さから飛び降りるなんて、自殺行為以外の何物でもありませんわ!これで死んだら、どう責任を取って………………!?」

 

 ヒステリックに叫び、ただ暴れるアッサム。だがそれは、紅夜が彼女をキツく抱き締めた事によって一気に収まる。

 

「安心しろ!俺だって、その辺りもちゃんと分かった上で飛び降りてんだ!それに少なくとも、お前だけはぜってぇ死なせるか!俺が下敷きになってでも守ってやる!!だからッ………………俺を信じろ、アッサム!!」

「~~~~~~ッ!?」

 

 紅夜がそう叫ぶと、アッサムは声にならない悲鳴を上げて顔を真っ赤に染め上げ、完全に大人しくなった。

 

 そうしている内に、地面はどんどん近づいてくる。

 

「この速度じゃ、ちょっと厳しいか………………『ならッ!』」

 

 紅夜はそう言うと、知波単との練習試合があった時期、アウトレット付き添いでに行く男子を決める際のごたごたで見せた金色のオーラを纏い、そのまま両足の裏を地面に打ち付けた。

 轟音が響き渡り、砂埃が舞い上がる。

 

「おいおい、マジかよ紅夜…………死んでねぇよな?」

 

 それを間近でみていた蓮斗は、驚愕のあまりに目を丸く見開き、そのまま陸王の側車から飛び降りると、砂埃が上がっている場所へと駆け寄る。

 

「おい紅夜!聖グロの嬢ちゃん!無事か!?」

 

 もくもくと舞い上がる砂埃の向こうに居るであろう2人に、蓮斗はそう呼び掛ける。

 

「こりゃ、マジでヤバいな…………急いで聖グロの学校に行って、あのダージリンって娘に救急車を……『その必要はねぇよ、蓮斗』……ッ!紅夜!」

 

 瞬間移動で学校へと戻り、ダージリンに救急車を呼ばせようとした蓮斗だが、砂埃の向こうからそんな声が聞こえ、その次の瞬間には、舞い上がっていた砂埃が一瞬にして吹き飛ばされ、金色のオーラを纏って金髪碧眼に変わった紅夜と、彼に抱き抱えられたアッサムが姿を現した。

 

「おぉ、良かった!お前等、無事だったんだな!」

 

 蓮斗はそう言いながら、紅夜とアッサムの肩を叩いた。

 

『まぁな……だが、これが通常状態だったら、ちょっとヤバかったかもしれねぇな』

 

 紅夜はそう言うと、纏っていたオーラをしまって、何時も通りの緑髪と赤い瞳に戻す。

 そして、アッサムを地面にゆっくりと、地面に下ろした。

 

「取り敢えずアッサムさん、シャツの方はボタン新しく付けねぇと使えんだろうから、一先ず俺の使っとけ」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 アッサムはそう言うと、一旦シャツを地面に置き、紅夜から羽織らされたパンツァージャケットのファスナーを上げて、形の良い胸と、それを覆う下着を隠し、スカートを穿こうとするのだが、其処で紅夜達の方へと顔を向けた。

 

「あ、あの……すみませんが、向こうを向いてもらえますか…………?」

「ん?……あー、成る程ね。了解」

「あいよ、そんじゃ穿いたら教えてくれ」

 

 恥ずかしそうに言うアッサムにそう返すと、紅夜と蓮斗はアッサムが視界に入らない方向を向き、それを確認したアッサムは、スカートを穿き始めた。

 

「………良し………もう、良いですよ」

 

 大して掛からぬ内にそう言われ、2人は振り向いた。

 

「おっ、スカートは無事だったんだな。良かった良かった」

 

 多少汚れてはいるものの、大した傷が見られないスカートを見て、紅夜は腕を組んでウンウンと頷きながら言った。

 

「スカートが無事なのは良かったが、制服の上着がな……それに白いシャツも、ボタンが粗方どっかに弾け飛んじまったらしいし……」

 

 蓮斗はそう言うと、シャツの上に置かれている青い上着を気の毒そうに見る。

 その上着は左右に引き裂かれており、その損傷具合は、“ボタンを直したり、避けた一部を縫い合わせば何とかなる”程度の損傷ではなかった。

 

「えっと………ゴメンな、アッサムさん。もう少し早く来ていれば、何れもこれも無傷だったってのに」

「気にしないでください。そもそも貴方は、遠い大洗の学園艦から態々来てくださったのです。その辺りについての文句を言うのは、野暮と言うものですわ」

 

 すまなさそうに頭を下げながら言う紅夜に、アッサムは微笑みながらそう言った。

 

「さてと………………それじゃ蓮斗、後は頼んだぜ?」

「「えっ?」」

 

 突然の紅夜の言葉に、蓮斗とアッサムは揃って間の抜けた声を出す。

 

「『後は頼んだ』って………………何する気だよ?」

「決まってるだろ?」

 

 紅夜はそう言うと、4階に大穴が空いた建物へと視線を移す。

 その建物から、先程の男達がゾロゾロと出てきて此方に向かってきていた。

 

「彼奴等を片付ける。だから蓮斗、お前はアッサムさんを学校まで送っといてくれ」

 

 紅夜はそう言うと、アッサムへと視線を移す。彼女も紅夜の方を見ており、心配そうな表情を浮かべていた。

 

「おいおい、そんな顔しないでくれよ。別に死にに行くんじゃねぇんだから」

「ですが!相手は未だ8人居るんですよ!?貴方も逃げた方が…「何言ってんだよ」…ッ!?」

 

 紅夜に言葉を遮られ、アッサムは口を閉じる。

 

「今此処で全員ぶちのめしておかなきゃ、明日からまたやるかもしれねぇんだぞ?なら、今日中に潰しておく方が良い………………俺なら大丈夫だから、心配すんな」

 

 紅夜はそう言うと、蓮斗に視線を向けた。

 

「さぁ、蓮斗。行ってくれ」

「………………あいよ」

 

 蓮斗はそう言うと、アッサムの肩に軽く触れて、瞬間移動で学校へと転移していった。

 

「ふぅ………そんじゃ、此方の仕事も終わらせる」

 

 そう言う紅夜を、何時の間にか男達が取り囲んでいる。

 

「テメェ、よくも俺等の計画を邪魔してくれやがったな……生きて帰れると思ってんじゃねぇぞ!」

 

 リーダー格の男がそう言うと、手下の男達が、紅夜に襲い掛からんとばかりに構える。

 

「計画だぁ?ただアッサムさんの体や心に、一生消えねぇ傷をつけようとしただけの何が計画だっつーの」

「五月蝿ぇ!清楚ぶってるお嬢様に1発仕込んでやる事の何が悪い!」

「全部だよボケが」

 

 呆れたように言う紅夜に男の1人が反論すると、即答で返事が返される。

 

「やれやれ、こんな連中に使うのは惜しいが………………『ちょっとばかりお仕置きが必要みてぇだなぁ………………』」

 

 ドスの効いた声で紅夜が言うと、足元から炎が吹き上がるかの如く紅蓮のオーラが吹き上がり、紅夜を包む。

 それに伴って突風が吹き荒れ、紅夜が立っている地面が軽く沈んだ。

 

「ぐおっ!」

「な、何だいきなり!?」

「クソッ!何がどうなってやがる!」

 

 あまりにも強い突風に耐えきれず、男が数人吹き飛ばされる中、何とか堪えている男達は、腕で目を覆う。

 

 そして突風が止み、耐えきった男達は目を覆っていた腕をゆっくりと退け、吹き飛ばされた男達は続々と起き上がる。

 

「イテテテ……一体何が起こって………………!?」

 

 起き上がった男の1人は、紅夜の姿を視界に捉えて目を見開いた。

 

『………………』

 

 彼等の目の前には、紅蓮のオーラを纏い、鮮やかな緑髪をオーラと同じ赤色に染めた紅夜が、目を瞑った状態で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 殺戮嵐(ジェノサイド)、此処に君臨。



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第132話~殺戮嵐(ジェノサイド)の蹂躙です!~

 戦いにすらならない戦い(白目)


「あれから、暫く経ったわね…………」

 

 此処は、聖グロリアーナ女学院の校舎内にある一室。

 丸いテーブルを囲むように3脚の椅子が配置され、壁にはティーカップなどが入った戸棚が置かれている。

 その部屋の大きな窓の傍に立つダージリンは、窓に軽く手をついてそう呟いた。

 

 窓の外では、何時もと何ら変わらない夜の町並みが広がっている。

 明かりがついている家、ついていない家、街灯や店の明かり、夜空に輝く星屑の数々……

 それらは、今のダージリンの心境に構う事無く何時も通りの光を放っている。

 

「………………」

 

 ダージリンは、暫くその場に立ち尽くしていたが、やがて踵を返してドアの方へ歩くと、スイッチを押して部屋の明かりを消し、出ていった。

 

「………つくづく、情けない隊長ですわね、私は………」

 

 階段を降りながら、ダージリンは自嘲気味に笑みを浮かべてそう呟いた。

 

「親友(アッサム)が誘拐され、それを知った教官を保健室まで運んでからは、私もショックを受けて練習に身が入らず、ただ保健室で座っていただけ……それでいて、無関係な紅夜さんに助けを求めるなんて………」

 

 そう呟くダージリンの両目からは涙が浮かび、それは流星のように、彼女の頬を伝って床へと落ちた。

 親友を誘拐され、ショックのあまりに何も出来ず、終いには無関係な人物に頼らなければならないと言う自分自身への惨めさや情けなさが、未だ18歳程度の彼女の心を苛んだ。

 今まで、このような事件とは無縁な生活を送ってきただけあって、今回の事件は衝撃が大きすぎると言ったものだろう。

 

 降りていくに連れて、普段自分の隣に居てくれた親友の姿が思い浮かぶ。

 涙を拭い、ボヤけてくる視界を何とか鮮明な状態に保ちながら、ダージリンは靴箱へとやって来る。

 靴を履き替えて外に出ると、グラウンドにやって来た。

 広大なグラウンドに、ダージリンはただ1人、ポツンと立ち尽くす。

 

 其処へ、つぅっと撫でるように吹いた一陣の風が、彼女の金髪を揺らし、スカートをはためかせる。

 月明かりに照らされながら立ち、目を閉じて、胸の前で手を組んで祈るダージリンの姿は、状況によっては美しい光景ではあるだろうが、今はそんな悠長な事を言っている場合ではなかった。

 

「アッサム………………」

 

 不意に、目を開けたダージリンが親友の名を呟くと、自分の背後に人の気配を感じた。

 

「ッ!だ、誰………え?」

 

 勢い良く振り向いたダージリンだが、其処で目に飛び込んできた光景に目を丸くした。

 

 何故なら其所には………………

 

 

 

「よぉ、聖グロの嬢ちゃん。連れてきたぞ」

「………」

 

………………蓮斗とアッサムの姿があったからだ。

 微笑みながら右手を軽く上げて会釈する蓮斗の隣では、アッサムが気まずそうに立っている。

 まぁ、無理もない。何せ、誘拐されてから数時間、地獄のような時間を味わってきたのに、それが呆気なく終わり、我が家同然の場所へとすんなり帰ってきたのだ。

 無傷で帰れるに越した事はないが、こうも呆気なく帰れると、反応に困ると言うものだろう。

 

「あ……アッサム…………」

 

 紅夜のパンツァージャケットを羽織っているのを除けば、何処にも変わりの無いアッサムの姿を視界に捉えたダージリンは、ヨロヨロと歩き出してアッサムに近づいていく。

 

「ダージリン様………」

 

 対するアッサムも、ゆっくりと、ダージリンの元へと歩き出した。

 そして、どちらともなく走り出すと、そのまま抱擁を交わし、泣き出した。

 

「……まぁ、これで事件の1つは解決だな」

 

 そんな2人を見ながら、蓮斗はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫く経ち、ダージリンとアッサムは泣き止んだ。

 

「お、お恥ずかしいところを…………」

「良いって良いって。寧ろ、あの場面で泣かねぇ方がおかしいってモンだからな」

 

 顔を赤くしながら頭を下げるダージリンに、蓮斗は軽く笑い、胸の前で手をヒラヒラと振りながらそう言った。

 

「まぁ取り敢えず、紅夜の救出が間に合って良かったな。紅夜のジャケット着てたから、結構危なかったんだろ?」

 

 蓮斗がそう訊ねると、アッサムは頷き、当時の光景を思い出して震えながらも、男達に何をされそうになったのかを説明した。

 それを聞いたダージリンの表情は、恐らくダージリン自身も初めてと言える程に険しくなっていた。

 

「そんな酷い事をするとは……何て卑劣な輩なのですか………ッ!」

 

 そう呟いたダージリンは、両手に握り拳を作って怒りに震わせ、歯軋りすらしていた。

 

「そんな連中が、この学園艦に居るなんて………………許せませんわ!」

 

 そう叫び、ダージリンは両手を振り上げ、間を置かずに振り下ろした。親友を傷物にされそうになった事への、やり場の無い怒りが、其所にあった。

 

「………そう言えば、紅夜さんはどちらに?」

 

 其処で、紅夜が居ない事に気づいたダージリンは、蓮斗に訊ねた。

 

「ああ、彼奴なら誘拐犯共の根城に残ってるよ。俺に其所の嬢ちゃん預けてな」

「ッ!?」

 

 そう聞かされたダージリンは、驚愕に目を見開いた。

 

「そんな…………まさか紅夜さんは、あの誘拐グループを1人で殲滅しようとしているのですか!?」

「まぁ、そう言う事になるな………………でも、彼奴の事だから何の心配も要らねぇよ」

 

 蓮斗は軽い調子で答えるが、ダージリンからすればトンでもない事だった。

 

「(紅夜さん……どうか、ご無事で…………)」

「………………」

 

 ダージリンとアッサムは、胸の前で手を組んで、紅夜の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所を移して、此処は昇降用ドック付近にある建物の前。

 其所では、紅蓮のオーラを纏った紅夜と不良集団が対峙していた。

 紅夜が纏う紅蓮のオーラは、彼の足元から炎の如く噴き上がり、紅蓮に染まった髪を靡かせている。

 

『……………』

 

 今のところ、紅夜は目を瞑った状態で何も動きを見せず、ただ其所に立っているだけ。

 それを好機と見るかは人其々なのだが………………

 

「へっ!何かオーラみてぇなの纏ったかと思えば、何もしねぇってのかよ?だったら、さっさとテメェをぶちのめして、逃げやがった女を捕まえて犯してやるぜ!」

 

 紅夜が何の動きも見せない事を好機と思ったのか、不良グループの1人が駆け出し、紅夜に殴り掛かった。

 

『…………』

 

 だが、そんな状況でも、紅夜はただ、目を瞑って立っているだけ。

 そうしている内に、男が紅夜を殴れる射程内に入り、右手を思い切り振りかぶる。

 

「その粋がった顔をボッコボコにしてやるよ!」

 

 そう言って、男は紅夜目掛けて拳を突き出した。

 そして、その拳が紅夜の顔に当たる寸前で………………

 

『………………フンッ』

「なっ!?」

 

………………紅夜は、その男の視界から消えた。

 紅夜が突然姿を消した事に驚き、あちこちを見回す男。

 

「クソッ!あのガキ何処行きやがった!?」

『此処に居るだろうが』

 

 すると、男の背後から声が聞こえる。

 視線を後方に向けると、其所には自分と背中合わせになる形で立っている紅夜の姿があった。

 

「ッ!?て、テメェ何時の間n……『五月蝿ぇ、ギャーギャー喚いてんじゃねぇよ』…がっ!?」

 

 何時の間にか、紅夜が背後に居た事に驚く男だが、紅夜は振り向き様にアッパーを喰らわせ、男を殴り飛ばした。

 数メートル程の高さまで飛ばされた男は地面に叩きつけられ、顎を押さえてもがく。

 紅夜はそれを見ると、どうでも良さそうに鼻を鳴らした。

 

『さて、お前等……………』

『『『『『ッ!?』』』』』

 

 不意に声を発した紅夜に、残った不良グループの面々が視線を向ける。

 

『お前等、自分がやろうとしていた事が何れだけ卑劣な事か分かってんのか?大体、たった1人のか弱い女の子を集団で拉致って、そっから性的暴行を加えようとするなんて、正気の沙汰を疑うぜ………お前等には最早、男として生きる価値もねぇな』

 

 そう言うと、紅夜はずっと閉じていた量目を見開いた。

 ルビーのように赤い瞳が、月明かりを反射して怪しく光る。

 宝石のように光り、プラウダ高校との試合では、ノンナやクラーラを魅了したその目は、不良グループの面々に恐怖を植え付けた。

 

『さぁて……処刑の時間だ…………覚悟は出来てんだろうなぁ!』

 

 紅夜はそう言うと、姿勢を少し低くしたかと思われた瞬間、地を蹴って駆け出した。

 勢い良く駆け出した瞬間に足がめり込んだのか、アスファルトの一部が軽く砕けている。

 

『先ずは………テメェだ!』

 

 紅夜は左端に居た男を標的に定め、一気に詰め寄る。

 

「ッ!?こ、このクソガキ!」

 

 男は瞬時に振り上げた拳を紅夜に叩きつけようとするが、紅夜は体を左にずらして避け、その拳を掴むと、それを地面目掛けて勢い良く引っ張った。

 

「うぉっ!?」

 

 自分の勢いを利用され、男は呆気なく地面に倒れるが、幸い、両手を先に地面につけてために、顔面が地面に直撃するのは避けられた。

 だが、それだけで終わる訳が無い。

 

『これで終わると思ってんじゃねぇぞッ!』

 

 地面に手をつき、四つん這いになっている男の隣に現れた紅夜は、爪先で男の腹を蹴り上げたのだ。

 

「ぐぼぉっ!?」

 

 蹴られた男は軽く浮き上がり、その一瞬の隙を見逃さず、紅夜は回し蹴りを喰らわせて蹴り飛ばし、その先に居たもう1人の男にぶつける。

 

 蹴り飛ばされた男は、ぶつけられた男と重なりあって倒れ、気絶する。

 

「クソッ!こんなガキ風情に………………おい、集団で掛かれ!タコ殴りにしてやれ!」

 

 リーダー格の男が言うと、未だ倒れずに残っていた男達が紅夜目掛けて襲い掛かってくる。

 

 だが、それでみすみすやられる紅夜ではなく、紅蓮のオーラを纏ったまま、男達の方へと突っ込んでいく。

 姿勢を低くして空気抵抗を減らし、速度が上がっていく中で、右手に握り拳を作って腰に構え、タイミングを窺う。

 そして、真っ正面から向かってくる2人の男の間に体が入る瞬間、右手を引いて、瞬時に突き出した。

 

「~~~~~~ッ!?」

 

 真っ正面から向かっていく際の勢いを利用した攻撃に、男は声になら無い悲鳴を上げ、腹を押さえて倒れた。

 

「ッ!?しまった、後ろだ!」

 

 それに気づいた男が急停止して向きを変え、再び紅夜に襲い掛かろうとするものの、彼等の攻撃パターンを読みきったのか、今度は横から回り込むようにして向かっていき、右端に居た男を次の標的にする。

 弓矢の如く後ろに引いた右手の拳を、男の喉仏に叩き込んだ。

 

「ぐぇええっ!」 

 

 潰されたカエルのような声を上げながら仰け反った男だが、紅夜はその男の背後に回り込み、その背中に開かれた右手を添え、軽く押して向きを変えると、向かってくる残りの男達の方へと押し飛ばした。

 ボーリングの如く残りの男達を弾き飛ばし、リーダー格の男と紅夜を除いた全員が地面に倒れ伏す。

 そんな中でも、比較的ダメージが少なかった男が2、3人程立ち上がろうとしていたが、紅夜に首筋を殴り付けられて気絶する。

 

「う、嘘だろ……?たった1人の……それも、女みてぇなガキに、この俺等が…………ヒィッ!?」

『……ッ!』

 

 自分以外の面々が地面に倒れ府す状況に、リーダー格の男は震え上がるが、紅夜に鋭い視線を向けられ、あたかも蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなる。

 

『………………』

 

 そうして、紅夜はゆっくりと、その男に歩み寄っていった。

 

「ま、待て!分かった、俺が悪かった!もうしないから許してくれ!」

『………………』

 

 男は情けなく言いながら後退りを始めるが、足がもつれて尻餅をつく。

 

『“もうしないから許してくれ”?それで許されると思ってんのかテメェ?』

 

 歩み寄りながら、紅夜は男の謝罪を容赦なく切り捨てる。

 

『テメェがやろうとしてたのはな、下手すりゃ1人の女の子の命すら消えちまうかもしれねぇ程のモンなんだよ。それを、そんな安っぽい謝罪で許してもらおうとは、呆れるのを通り越して尊敬するね。ある意味スゲェよ、テメェは』

 

 そう言いながら歩み寄る紅夜と、そんな紅夜から距離を取ろうと後ずさる男。

 そんなおいかけっこの末、男は、彼が根城とした廃墟の壁に背をついた。

 

『どうやら、おいかけっこも此処で終わりのようだな』

 

 紅夜はそう言って、左手で男の胸倉を掴み上げた。

 

『未だ18程度の女の子の心に、消えない傷を植え付けときながら殺されずに済んだ事に、平伏して感謝するが良い』

 

 そう言って、紅夜は男の額を勢い良く殴り付ける。

 その直後にコンクリートの壁に後頭部をぶつけた男は、ズルズルと地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、聖グロリアーナ学園艦におけるアッサム誘拐事件は、慈悲なき殺戮嵐(ジェノサイド)によって幕を下ろした。




 何とか投稿出来た。
 クオリティーが低くなってる事については………………本当に申し訳ありません。


 もっと蹂躙劇を見せろと言う方は、ノンナとクラーラ救出編までお待ちください。




紅夜「作者、今回の話のクオリティー低すぎるから、後で裏に来いや」


………………皆さん、私の墓のお供えには板チョコ置いてくださいね(泣き顔)


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第133話~一件落着です!~

 聖グロリアーナ学園艦で起きた、アッサム誘拐事件。

 だが、その事件はダージリンからの救援要請を受け、蓮斗の瞬間移動によって駆けつけた紅夜によって、その日の内に呆気なく幕を下ろした。

 不良グループが根城としている建物に単身乗り込んだ紅夜によって、アッサムはすんなり救出され、彼を建物の前に送り届けた蓮斗によって、アッサムは聖グロリアーナへと帰される。

 1人残った紅夜は、後から出てきた不良グループの面々を殲滅。リーダー格の男も、紅夜に頭部を殴り付けられてあっさりと沈み、事件解決後には、紅蓮のオーラを纏ったまま、息すら切らさず立っている紅夜と、その周りで倒れている不良グループの面々と言った光景が広がっているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ!紅夜の奴、もう片付けたのか。案外早かったな」

「「え?」」

 

 聖グロリアーナ女学院のグラウンドでは、退屈そうに、後頭部で手を組んでいた蓮斗がそう呟いた。

 ダージリンとアッサムは、訳が分からず首を傾げている。

 

「あの、片付けたと言うのは………?」

「言葉通りの意味だよ。紅夜があのバカ共を叩きのめしたって事」

 

 訊ねてくるアッサムにそう言うと、蓮斗は額に指を当てて瞬間移動の準備を済ませる。

 

「あ、あの………一体、何を………?」

「うん?何をって………紅夜を迎えに行くから瞬間移動するんだが?」

「「………………」」

 

 おずおずと訊ねるダージリンに、蓮斗はまたしてもしれっと答え、ダージリンとアッサムは言葉を失った。

 無理もない。

 何せ、このグラウンドから昇降用ドックまでは離れているため、其所で何が起こったのか、普通なら分かる訳が無い。なのに彼は、それを何の苦も無く言い当て、おまけに、『紅夜を迎えに行くために瞬間移動する』などと言い出す始末。

 そう言った非科学的な事を平然と言い出す蓮斗に、2人がこんな反応を見せるのは無理もない事である。

 

「そんじゃ、ちょっくら行ってくる」

 

 蓮斗はそう言うと、瞬間移動で紅夜の居る昇降用ドック付近の建物へと転移し、その後には、ただ呆然と立ち尽くしているダージリンとアッサムが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さぁ~て、これで良しっと!」

 

 ドック付近の建物の前では、紅蓮のオーラをしまい、何時もの緑髪に戻った紅夜によって、不良グループの面々が、あたかもゴミ置き場に置かれているゴミ袋の山の如く積み上げられていた。

 全員ピクリとも動いていないが、死んではいないと言うのを念のために言わせていただこう。

 

「にしても、コイツ等どうすっかな…………」

 

 積み上げられた男達の山を眺めながら、紅夜はそう呟き、チラリと、建物の方へと視線を移した。

 

「……いっそ、コイツ等を一旦建物の中にぶち込んで、後から建物ごと葬ってやろうかな…………」

「おいおい紅夜、なぁ~に物騒極まりねぇ事言ってんだよ」

 

 背後から突然聞こえてきた声に振り向くと、其所には蓮斗が立っていた。

 

「よぉ、紅夜。そっちの用事終わったっぽいから迎えに来てやったぜ」

 

 軽い調子で言いながら、蓮斗は紅夜の隣に立つと、積み上げられた男達の山を眺める。

 

「うへぇ~、まるで瓦礫の山のように積み上げられてらぁ………お前ってマジで容赦ねぇのな、紅夜」

「まぁな。女の子を傷つけようとしたってのもあるが、こちとらツーリング邪魔されてんだよコイツ等に」

 

 紅夜がそう言うと、蓮斗はガックリと項垂れた。

 

「おいおい。前者だけなら未だカッコ良かったが、後者ので一気に台無しだぞ。まぁ事実だが」

 

 そう言うと、蓮斗は視線を男達から建物へと移した。

 

「にしてもコイツ等、思いっきりベタな建物を監禁場所に選んだな」

 

 そう言うと、蓮斗は建物に近づいて壁にそっと手を添える。

 

「やっぱコンクリの建物だよなぁ~。まぁ、昔でもそんな建物がそこそこあった訳だが……よっと」

 

 蓮斗は、壁に添えている右手に軽く力を入れ、その壁をぶち抜いた。

 

「……おい、いきなり何してんの、お前…………」

「いや、何と無くやりたくなった」

 

 唖然としながらツッコミを入れる紅夜にしれっと言い返すと、蓮斗は大穴を開けられた建物から離れ、ずっと停められていた紅夜の陸王の側車のシートに腰掛ける。

 

「それより紅夜、そろそろ行こうぜ。聖グロの嬢ちゃん達が待ってるからさ」

「はぁ…………あいよ、直ぐ行く」

 

 相変わらず変わり身の早い蓮斗に呆れながら、紅夜は陸王に跨がった。

 

「良し………………そんじゃ、戻るぞ!」

 

 そうして、蓮斗の瞬間移動によって、紅夜は聖グロリアーナ女学院のグラウンドに舞い戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、戻ったぜ~!」

「「ッ!?」」

 

 グラウンドで立ち尽くしている2人の真ん前に転移した蓮斗は、側車から飛び降りてそう言った。

 蓮斗達が突然現れた事に驚いたのか、2人は勢い良く顔を向ける。

 

「あー、やっぱ瞬間移動で転移したら誰だって驚くか………………おい、紅夜」

「ん?」

 

 不意に話し掛けられ、紅夜は視線を蓮斗へと向けた。

 

「取り敢えず声くらいは掛けてやれ。2人共、結構心配してたんだぜ?」

「マジっすか……………分かった、ちょっくら行ってくる」

 

 そう言うと、紅夜は陸王から降りてダージリンとアッサムの元へと歩み寄った。

 

「え~っとぉ………た、ただいま~」

「ッ!」

 

 何とか絞り出された紅夜の言葉に、蓮斗は吹き出しそうになる。

 だが、ダージリンは笑う事無く、あろうことか駆け出して紅夜に抱きついた。

 

「うわっと!?」

 

 突然抱きつかれ、紅夜は一瞬後ろによろけるものの、それを何とか持ちこたえる。

 

「良かった……アッサムも、貴方も無事で……本当に、良かった……」

 

 紅夜に抱きついたダージリンは、彼の胸板に顔を埋めて肩を震わせる。

 

「……えっと……心配かけたな、すまねぇ……」

 

 紅夜がそう言うと、ダージリンは胸板に顔を埋めたまま、首を横に振った。

 

「(やべぇ、こっから俺はどうすりゃ良いんだ?)」

 

 抱きついたまま一向に離れないダージリンに戸惑った紅夜は、蓮斗の方へと視線を向けて助けを求めるものの、蓮斗は面白そうに見ているだけだった。

 

「(おい、蓮斗!ニヤニヤしてねぇで助けてくれよ!)」

「(やなこった。面白そうだからこのまま見とく)」

「(この耄碌爺めが~!)」

 

 視線でそんな言い争いを繰り広げたものの、紅夜は結局、ダージリンが落ち着くまで抱きつかれたままだった。

 

「えっと……私はどうすれば良いのでしょうか…………?」

 

 誘拐された本人は蚊帳の外にされていたが………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お見苦しいところを…………」

 

 あれから少しして、落ち着きを取り戻したダージリンは、ゆっくりと紅夜から離れ、顔を赤くしながら頭を下げた。

 

「良いって良いって。それにお前、あの場面で泣く程、俺を心配してくれてたんだろ?」

 

 紅夜がそう言うと、ダージリンは小さく頷いた。

 

「此方こそすまねぇな、心配かけちまって」

「そ、そんな!謝らないでください!無理を言った此方が悪いのですから!」

 

 紅夜が謝ると、ダージリンは勢い良く顔を上げてそう言った。

 

「お、おう………まぁ取り敢えず、今回の事については、アッサムさん拉致ったバカ共が悪いって事で、この件は終わりな」

 

 そう言うと、紅夜はアッサムへと視線を向けた。

 

「聞くのが遅れたが……アッサムさん、体の方は大丈夫なのか?」

「え、ええ。先程も言いましたが、間一髪のところで貴方が来てくれましたから」

 

 アッサムがそう返すと、紅夜は安堵の溜め息をついた。

 

「そりゃ良かった………一先ず、この学園艦のバカ共は殲滅したし、アッサムさんも体は清いままで済んだ。なら、これにて一件落着だな」

 

 紅夜はそう言うと、陸王に跨がった。

 

「蓮斗~、帰ろうぜ~」

「今の状況でそんな事言えるお前の神経はどうなってんだ?」

 

 蓮斗は呆れたように言いながら、側車へと飛び乗った。

 

「あ、そうだ。アッサムさん、そのジャケット帰すのは今度で良いよ。一応1着予備あるから………じゃ」

「ッ!?ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 蓮斗に視線を向け、大洗の学園艦へ戻ろうとした紅夜だが、其処でアッサムが呼び止め、陸王へと駆け寄る。

 

「ん?どった?」

「い、いえ。その…………」

 

 少し言い淀むが、やがて意を決したような表情を浮かべ、アッサムは声を上げた。

 

「こ、この度は……助けてくれて、本当にありがとうございました!」

 

 叫ぶように言って、頭を下げるアッサム。

 紅夜はそれを見て、軽く笑った。

 

「いやいや、別に良いって。それに礼を言うならダージリンさんに言いな。あの人、態々俺に電話かけて此処に呼び出して、『アッサムを助けてください』って言ってきたんだからな?」

「こ、紅夜さん…………」

 

 紅夜に視線を向けられ、ダージリンは顔を赤くして俯いてしまう。

 それを見て面白そうに笑う紅夜に、アッサムはおずおずと訊ねた。

 

「ところで、その…………手や足は、大丈夫なのですか?」

「ん?手や足?なんでそんな事聞くんだ?」

「だって………壁を殴って穴を開けて、おまけに私を抱えて其所飛び降りるなんて無茶をしたら、流石に…………」

 

 アッサムがそう言うと、紅夜は彼女が言おうとしている事を悟った。

 

「成る程………つまりお前さんは、俺がお前さんを抱えて逃げるために、壁殴って穴開けたり、そっから飛び降りたりしたから手足の骨とかがやられてないか心配してたって事か」

 

 紅夜がそう言うと、アッサムは頷く。

 

「どうだろうなぁ………少なくとも足はなんともねぇんだが、手は………げっ」

 

 壁を破壊した右手を見た紅夜は表情を歪めた。何故なら、殴った際に酷く擦りむいたのか、手の甲から血が出ていたからだ。

 

「紅夜お前、そんな怪我してたのに気づかなかったのか?」

「仕方ねぇだろ。助けるのに夢中だったんだし」

「いやいや、そんな怪我したら普通、帰ってきてから気づくだろ」

「知らんがな」

 

 蓮斗にツッコミを入れられるものの、紅夜はしれっと言い返す。

 だが、アッサムは血だらけの手の甲を見て、表情を歪めた。自分のせいで怪我をさせたと思っているのだろう。

 

「あー、アッサムさん?別に気にしなくて良いからな?俺が勝手にやっただけだから」

「で、ですがそれは、私を助けるために壁を壊した際の傷なのでしょう?それに気づかず、私………本当に、申し訳ありません」

 

 深々と頭を下げるアッサムだが、紅夜はヒラヒラと手を振るばかりだ。

 

「だから、別に気にしなくて良いっての。こんなの勲章みてぇなモンだからさ。それに、お前さんや、お前さんの仲間の笑顔を守れたんだ、こんなモン安い代償ってモンだろ」

「「ッ!?」」

 

 紅夜がそう言うと、2人は顔を真っ赤に染めた。

 

「あ~あ…………紅夜の奴、またやりやがったか。これからどうなっても知らねぇからな」

 

 それを見た蓮斗は、ただ溜め息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、手当てしてもらって」

「いえ。これぐらい当然の事ですわ」

 

 あれから、彼女等を聖グロリアーナの学生寮へと送り届けた2人だが、其所で紅夜は、蓮斗を外で待たせ、ダージリンの部屋にて負傷した右手の手当てを受け、右手に包帯を巻かれていた。

 包帯を救急箱にしまい、棚に置いたダージリンは、礼を言う紅夜にそう返した。

 

「取り敢えず、アッサムは今夜、私の部屋に泊めますわ」

「それが良いだろうな………それじゃあ、今度こそ俺等は帰るよ。手当てしてくれてサンキューな」

「………あ、お待ちください」

 

 紅夜はダージリンに礼を言って、玄関に向かおうとするが、アッサムに呼び止められて立ち止まる。

 

「ん?何か用…………?」

 

 振り返った紅夜は、其処で口を止めてしまった。

 背伸びをしたアッサムが彼の頬にキスをしており、それを見たダージリンが、驚愕のあまりに口を手で覆っていたのだ。

 

 短くも、長くと感じられたキスを終えたアッサムは、紅夜の頬から唇を離し、頬を染めながら言った。

 

「また、何時でもいらしてくださいね?私の騎士(ナイト)様」

「お、おぉ…………んじゃな」

 

 反応に困りつつ、紅夜は靴を履いて外に出ると、蓮斗と共に、大洗の学園艦へと舞い戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ご主人様(紅夜)(コマンダー)(蓮斗)!帰るの遅すぎ(です)(よ)(だ)!」」」」

「「すっ………すんませんでした!」」

 

 帰ってから、紅夜の自宅にて帰宅が遅すぎた事について4人の付喪神から説教を受けそうになったが、訳を話すとあっさり許されたのは余談である。



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第134話~Midnight Talking 雪姫さんの思出話、前編です!~

「いやぁ~、何とか説教免れて良かったな」

「まぁ、理由が理由だからな。黒姫達も、その辺りは分かってくれたんだろうよ」

 

 深夜、帰宅が遅すぎた事についての黒姫達からの説教を免れた紅夜と蓮斗は、明かりを消された紅夜の自室で話していた。

 床で雑魚寝するかのように寝転がり、白虎隊のパンツァージャケットを掛け布団代わりにしている蓮斗が、ベッドで寝転んでいる紅夜に話し掛けると、紅夜は仰向けの状態でで頷いて言った。

 

「そういや黒姫ちゃん、包帯巻かれたお前の手ぇ見てスッゲー驚いてたな」

「ああ、あれについては俺もそう思ったよ。流石に驚きすぎだって思うがな」

 

 そう言うと、紅夜は包帯を巻かれた右手を顔の前に翳す。

 紅夜は、入浴時に一旦包帯を解いたため、包帯は黒姫によって巻き直されていた。

 

「まぁ、心配してくれる奴が居るだけ良いじゃねぇか。ユリアちゃんや七花ちゃんも、結構心配してたっぽいからさ」

「マジか………つーか、ユリアは兎も角、七花が心配する様子なんて思い浮かばねぇな」

 

 そう言って、紅夜は欠伸を1つ。

 

「何だ、眠くなってきたか?」

「ちょっとな………まぁ、ベッドで寝転んでるってのもあるだろうが………お前はどうなんだ?」

「床で寝てるからか、あんま眠くねぇな」

 

 そう言うと、蓮斗は起き上がって部屋を見回しながら訊ねた。

 

「そういや紅夜。お前、結構前に拓海から白虎隊の帽子貰ったろ?あれ何処にあるんだ?」

「ん?それなら机の横にかけてっけど………返した方が良いか?」

 

 紅夜がそう訊ねると、蓮斗は首を横に振った。

 

「いや、別に良い。聞いてみただけさ」

「そっか」

 

 紅夜は生返事を返すと、再び欠伸をして目を閉じた。

 

「そろそろ寝るわ。お休み~」

「おう」

 

 蓮斗がそう返すや否や、紅夜は寝息を立て始めた。

 

「寝るの早ぇなコイツ…………元々寝付きが良いのか、今日の事で疲れたのか」

 

 そう呟くと、蓮斗は一旦立ち上がって紅夜の机に向かうと、その横に引っ掛けられている帽子を手に取った。

 その帽子には、蓮斗のパンツァージャケットに描かれているように、雄叫びを上げる白い虎が描かれていた。

 

「そういや俺、雪姫と再開してからもあちこち旅して回ってたから、未だティーガーには会ってねぇんだよな…………明日、この家を出たら会いに行くか」

 

 そう呟くと、蓮斗は再び寝転がって目を閉じ、そのまま寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、雪姫ちゃんは蓮斗さんの何処が気に入ったの?」

 

 その頃、綾の部屋で寝る事になった付喪神4人組は、紅夜達と同じように常夜灯になった部屋で、雑魚寝する形で寝転がって話をしていた。

 

「蓮斗の何処が気に入ったのか、ですか……そうですね…………」

 

 そう言うと、雪姫は少しの間を空けて、再び口を開いた。

 

「私を、見棄てなかった事……でしょうか…………」

「……?どういう意味なんだ?」

 

 いまいち腑に落ちないと言いたげな表情を浮かべた七花が、そう訊ねる。

 

「私が主として認めているのは蓮斗ですが………………彼が“初めての主”だった訳では、ないのです」

「ッ!?」

「それって、つまり…………」

「その、蓮斗って奴より前に、主が居た……………って事か?」

 

 そう訊ねた七花に、雪姫は頷く。

 

「良い機会です。ちょっとした昔話、聞いてください」

 

 その言葉を皮切りに、雪姫は昔話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――今から50数年前――

 

 

 

「私達が負けたのは、今回の隊長が悪かったんだ!」

「隊長を代えろ!」

 

 白虎隊(ホワイトタイガー)………蓮斗が隊長をしていたチームの1号車になる前の私は、とある学園艦にある戦車道同好会チームの戦車でした。

 そのチームは、学園艦統廃合計画によって、他の学園艦と合併を果たした学校です。

 その際、合併した学園艦の人達と意見が合わなかったのか、チーム同士での言い争いが多々起こりました。

 試合はしょっちゅう負け、その度に言い争い…………正直、見るに耐えない光景でした。

 

 『試合で負けたのは誰かのせい』、なんて事は無い。私に言わせれば、チーム内での統制がまるで取れていない。各学園艦の人同士で喧嘩して、勝手に行動する。そんなので勝てる訳が無いのに、私は、あんな醜い争いを、ただ見ている事しか出来ませんでした。

 付喪神と言う存在である手前、無闇に人前に姿を現す事は出来ませんからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒姫、ユリア、七花からの視線が向けられている中でそう言うと、雪姫は上体を起こし、窓から見える月に視線を向けた。

 

「おまけに私の乗員達も、練度こそはそこそこあったのですが、試合に負けて言い争いが起こると、私の事などそっちのけで言い争いに参加する始末です。おまけに私の操縦手は、何時も無茶な動きばかりさせるので、足回りでのトラブルが絶えませんでしたよ」

 

 そう言って、雪姫は溜め息をつく。

 

「挙げ句、私の乗員の1人が、こんな事を言ったのです………『ティーガーがあれば勝てると思ったのに』、とね」

「「「ッ!?」」」

 

 雪姫の言葉に、3人は目を見開く。黒姫に至っては、あまりにもショックが大きかったのか、勢い良く起き上がっていた。

 

「私は愕然としました。あんな事を言うような人間が居るとは、思ってもいませんでしたからね」

「そりゃそうだろ。つーか、そもそも『ティーガーがある=試合に勝てる』なんて方程式が成り立つ訳がねぇんだから」

 

 むくりと起き上がった七花が、若干怒りの色を含ませた声色でそう言った。

 

「全くもって同感ね。もし、そんな方程式が成り立つような世の中なら、今年の全国大会では黒森峰が勝ってたんだから」

「そうそう。どんなに強い戦車でも、時には負けたりするものだよ。私の方なんて、最後の最後で相討ちになったし、その際ご主人様が、大会後に入院する程の大怪我したんだから」

 

 そんな七花に、ユリアと黒姫が言葉を付け加えた。

 

「それで………それから何があったんだ?」

 

 七花がそう訊ねると、黒姫とユリアも視線を雪姫に向ける。

 

「………………」

 

 少しの沈黙の後、雪姫は口を開いた。

 

「……逃げ出したんですよ…………学園艦からね」

「「「え?」」」

 

 予想外な雪姫の言葉に、目を丸くする3人。

 

「かなり驚いているようですね……まぁ、嘘だと思うかもしれませんが、これは、本当の事なんですよ?」

 

 そんな3人を見ながらそう言うと、雪姫は話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(良し、皆行ったようですね………)」

 

 ある日の夜、チームのメンバーが帰っていったのを車内越しに見届けた私は、脱走計画を実行に移したのです。もう、あんな無能共に使われるのは真っ平御免でしたからね。

 幸い、私は格納庫の外に置かれていたため、逃げ出すのは簡単な事でした。

 砲塔や車体側面につけられていたチームのエンブレムを剥がしてグラウンドに埋め、ティーガーに宿るとエンジンをかけ、学校の裏口から出たのです。

 その日は陸で試合があったので、学園艦は停泊状態にありました。そのため、人気の失せた道路を通って昇降用ドックに向かい、其所から陸に降り立ったのです。

 後は、人が絶対に来ないような所に着くまで、ひたすら走り続けるだけでした。

 

 それにしても、その時私は公道を走っていたのに、警察に止められなかったのは意外でしたね。自転車で走っていた警官の1人を追い抜いたのですが、ティーガーのような戦車が我が物顔で公道を走っているのに、人を呼ぶ気配も、追ってきて止めようとするような気配も感じませんでしたから。

 

 それから、ただ走りに走っていた私は、何時の間にか山の奥深くに入ってきており、終いには頂上のような所に来ていました。

 走っていた時は、全方位を見渡しても、見えるのは草木ばかりでしたが、やがて、草木の間から町が小さく見えるようになっていました。 

 

「(もう、この辺りなら見つからないでしょう)」

 

 そう思った私は、ティーガーを停めて車外に出ました。

 履帯の跡がついていると思っていたのですが、草の生え具合が深かったのもあってか、履帯の跡は綺麗に隠されていました。

 山の頂上から下界を見下ろした私は、日頃の疲れもあってか光景を楽しむ余裕も無く、車内に入って直ぐ様眠ってしまいました。

 

 其所で一夜を明かし、もう一度下界を見下ろすと、私が居た学園艦が、陸から離れていくのが見えました。

 遂に私は、あの居心地悪い空間から抜け出したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………と、まぁそのような事もあって、私は山での生活を始めたと言う訳なのです」

「「「………………」」」

 

 雪姫はそう言うが、何時の間にか起き上がっていた3人は、口をあんぐりと開けて雪姫を見ていた。

 

「………?皆さん、どうされました?口をあんぐりと開けて……何故、そのような反応をするのです?」

「いや、開けたくもなるわよ」

「付喪神としての意識が目覚めた時には、既に森の中に居た俺達からすれば、次元が違いすぎて頭がついていかないぜ」

 

 首を傾げながら言う雪姫にユリアと七花がそう返した。

 

「ほう…………どうやら、私と貴女達が目覚めたタイミングは、かなり異なっていたようですね」

 

 興味深いと言わんばかりの表情を浮かべながら、雪姫は言った。

 

「それで雪姫さん、あれから蓮斗さんとはどうやって会ったの?」

 

 黒姫がそう訊ねると、ユリアと七花も視線を向ける。

 

「そうですね………なら、最後にその話をさせていただきましょう」

 

 そう言って、雪姫は再び思出話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と蓮斗が出会ったのは、私が陸に逃げてきてから数ヶ月経った、春のある日の事でした。

 その間に、私が居た学園艦では、ティーガーが無くなったと騒ぎが起こり、ニュースにすらなっていましたね。

 

…………え?『山の中に住んでいたらニュースなんて見れる訳が無いのに、どうやった知ったのか』、ですって?

 ああ、それなら簡単な事ですよ。

 時折、私は山を降りて町に出る事もありましたから、その際店の外に並んでいたテレビを見て知ったんです。

 当時の彼女等は、見つかる筈のない犯人を探して大騒ぎしていたでしょうね。

 

 

 

 さて、話を戻しましょうか。

 

 その日、私は何時もと変わらず、ティーガーの砲塔に腰掛けて暇をもて余していました。

 陸に逃げ、山に身を隠してから数ヶ月経ちましたが、誰かが来る気配なんて、全く感じませんでしたね。

 ですが、そんな時でした………………彼が来たのは。

 

 

 

「うおっ!?コイツはティーガーじゃねぇか!」

 

 砲塔に腰掛けて転た寝していると、下から少年の声が聞こえてきたのてす。

 それに起こされ、声が聞こえた方を向くと、当時は13歳だったと言う蓮斗が居たのです。

 

「なあなあ、このティーガーってアンタのか?」

「え?……ああ、はい。そうですが」

 

 いきなり『アンタ』呼ばわりされた事には驚きましたが、私は頷いていました。 

 

「スッゲー!マイカーならぬマイタンクかよ、羨ましいなぁ~!」

 

 無邪気な笑みを浮かべて言いながら、蓮斗はティーガーの周りを歩き回っていました。

 

 それにしても、装甲スカートを取り付けているのにティーガーの脚回りが普通のとは違うのを見抜かれたのには驚きましたね。

 そして一通り見終わると、また私に話し掛けてきたのです。

 

「なぁ、ちょっと頼みがあるんだけど」

「何でしょう?」

 

 そう聞き返すと、蓮斗は少しの間、それを言うべきか否かと悩むような素振りを見せていましたが、やがて意を決したのか、声を張り上げたのです。

 

「1度だけで良い、そのティーガーを運転させてくれ!俺、前から戦車を動かすのが夢だったんだ、この通り!」

 

 そう言うと、蓮斗は深々と頭を下げました。

 

「あ、頭を上げてください。そんなの、貴方の気が済むまでさせてあげますから」

「本当か!?」

 

 頭を下げられた事に戸惑いながら言うと、蓮斗は物凄い勢いで頭を上げたのです。

 

「え、ええ。燃料にも余裕がありますし、そんなに遠くに行かないのであれば、構いません」

「マジか。ありがとう!」

「ッ!」

 

 そう言って満面の笑みを向けてきた蓮斗に、一瞬、胸がときめいたのは秘密です。

 

 そして、私は砲塔のハッチを開けて車長の椅子に座り、操縦手用のハッチを開けて中に入った蓮斗がエンジンをかけるのを見ていました。

 

「さてと…………では、Panzer vor!」

 

 威勢良く言うと、蓮斗は慣れた手つきでギアを入れて、ティーガーを動かしました。

 後で聞いたのですが、彼は興味本意で買った操縦マニュアルを読んで、それを覚えていたらしいです。

 

 夢が叶って嬉しいのか、運転中ずっと興奮している蓮斗を見ながら、私は内心で、彼を見下していました。

 何せ、彼は今日初めて戦車を動かしたと言う素人です。エンジンをかけて、前進させる事は出来ても所詮はその程度。ましてやスムーズに旋回させる事なんて出来る訳が無い、そう思った私は、少しばかり意地悪を言ってみたのです。

 

「すみませんが、1度戦車を停めてくれませんか?」

「ん?別に良いけど…………何だ、どっか行きたい所でもあるのか?」

 

 そう言って、蓮斗はティーガーを停めて聞いてきました。

 

「いえ、そう言う訳ではないのですが…………」

 

 そう言いながら、私はキューポラから上半身を乗り出して辺りを見回し、再び車内に引っ込むと、蓮斗に言ったのです。

 

「少し進んだ先にカーブがあります。其所をスムーズにクリアしてみてください」

「マジで!?俺、今日戦車を動かしたばかりのド素人だぜ?」

「ええ。知っているから言っているんです」

「………アンタ、性格悪いって言われねぇか?」

 

 そう言ってくる蓮斗に、私はほくそ笑んで返しました。

 すると、少しの間を空けて蓮斗は言いました。

 

「すまん、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言うと、蓮斗はハッチを開けて外に出ると、カーブの方へと走っていき、暫く道筋を眺めると、そのまま帰ってきました。

 

 ハッチを開けて車内に飛び込むと、そのまま操縦席に腰掛けて操縦桿を握りしめました。

 

「いきなりのミッションだが……………面白ぇ、やってやるぜ!」

 

 そう言って、蓮斗はティーガーを前進させ、かなりの速さでカーブに突っ込んでいきました。

 あの速度は、私の元・操縦手でも出来ない程。それが素人に出来る訳が無い。

 トンでもない無茶ぶりをしてしまった事に気づいた私は、蓮斗に止めるように言いましたが、彼は止める素振りを見せません。

 カーブが迫ってきます。

 それ程急なカーブと言う訳ではなかったのですが、操縦しているのは素人。曲がりきれるとは到底思えません。

 私は目を固く瞑り、覚悟を決めました。

 ですが………………

 

「そぉ~ら、よっと!」

「………え?」

 

 あろうことか、蓮斗はカーブを曲がりきってしまったのです。

 呆然とする私を余所に、蓮斗は曲がりきったところでティーガーを停め、私の方を向きました。

 

「どうだ、やってやったぜ!」

 

 そう言って、蓮斗は自慢気な笑みを見せてきました。 

 

「あ…………ひぅ」

「え?ちょ、大丈夫か?しっかりしろ、おい!?」

 

 それを見た瞬間、私は意識を手放してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………え?それからどうなったのか、ですか?

 

 

 それは、また後で語りましょう。



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第135話~Midnight Talking 雪姫さんの思出話、後編です!~

 さて、それでは話の続きを始めましょうか………………

 

 

 

 

 

「…い……きろ~……だぞ~………」

「んっ……うぅ………ん?」

 

 目の前が真っ暗闇な中で、誰かが呼び掛けてきているような気がした私は、うっすらと目を開けました。

 

「おっ、やっと起きたか。随分長い間気を失ってたな」

 

 目を開けると、其所には私の顔を覗き込む蓮斗の顔が映っていました。

 

「…あの……此処は……?」

「ん?俺等の出発点。アンタが元々居た所だぜ?」

 

 蓮斗にそう言われ、私は起き上がって辺りを見回しました。

 彼の言う通り、私は山の頂上に居り、その直ぐ傍にはティーガーの姿もありました。

 それから聞いた話によると、彼は私が気を失った後、一先ずティーガーを頂上に移動させ、車長席で気絶している私を車外に運び出し、そのまま私が目覚めるまで、ずっと看ていてくれたのだと言います。

 

「えっと、その………あ、ありがとうございます………」

「別に良いって…………にしても、無茶ぶりされた俺がケロっとしてて、無茶ぶりしてきた本人が気絶するってどうなんだと思うがな」

「ッ!」

 

 そう言われた私の顔が赤くなるのを余所に、蓮斗は笑っていました。

 

「でも、まぁ…………」

 

 そう言いかけて、蓮斗はティーガーの方を向きました。

 

「……?どうしました?」

「あー、いや。戦車傷つけずに戻ってこれて良かったなぁ~って思っただけだよ。何せこのティーガー、アンタのだからな」

 

 そう言うと、今度は蓮斗が寝転びました。芝生で寝転んでいるからか、気持ち良さそうな表情を浮かべていました。

 そんな彼を見ながら、私は、ある疑問を投げ掛けたのです。

 

「あの……1つ、聞きたい事があるのですが」

「ん?何だ?」

 

 そう言って顔を向けてきた蓮斗に、私は訊ねました。

 

「貴方はティーガーを………いいえ、戦車を動かすのは初めてだと言いましたよね?」

「ああ」

「ならば何故、あんなにも上手く操縦出来たのですか?あのカーブと言い、気絶した私を乗せたまま、此処まで運転してきた時と言い……」

 

 そう訊ねると、蓮斗は目をクルリと回しました。私の質問への返答を模索しているのでしょう。

 

「『何故上手く操縦出来たのか』、ねぇ……」

 

 蓮斗はそう言いかけて少し悩むような声を出すと、それっきり黙ってしまいました。

 それから暫くの間、私と蓮斗の間で沈黙が流れましたが、やがて、蓮斗が口を開きました。

 

「まぁ、興味本意で買った戦車の操縦マニュアルがあってな。それを覚えてたんだよ」

「ですが、操縦マニュアルを読んだからって、あの速度でカーブをクリアするのは、それなりの技術が求められます。マニュアルを読んだだけでは、到底走破出来るようなものではありませんが」

 

 彼の返答に納得出来なかった私は、尚も問い掛けます。

 

「ふーむ…結構深入りしてくるなぁ、アンタは」

 

 その後、少しの間を空けて、蓮斗は口を開きました。

 

「正直な話、俺にも分からねぇ。だが、強いて言えば…………」

 

 そう言うと、蓮斗はティーガーへと視線を向けました。

 

「俺のしょうもない操縦ミスで、戦車を傷つける訳にはいかなかったから……かな?」

「ッ!?」

 

 その返答に、私は柄にもなく目を見開いてしまいました。こんな答え、恐らく私の元の乗員達からも聞けなかったでしょう。

 彼の返答に驚く私を余所に、彼は続けます。

 

「俺はさ……戦車道の世界において、戦車ってのは相棒だと思うんだよ。乗員達と共に困難を乗り越えて、勝利に向かって突き進んでくれる、かけがえの無い相棒だと、な。だから、そんな存在をロクに扱えないなんて、情けないって言うか、何と言うか……兎に角そんな気分だったんだよ。それに……」

 

 そう言いかけると、蓮斗は立ち上がってティーガーの傍に立ち、フェンダーを撫でながら言いました。

 

「コイツはティーガーだ。恐らく、戦車の中で最も有名なのは何だと聞かれたら、間違いなくコイツが選ばれると思う。そんな奴に、あの程度のカーブを曲がり損ねて傷をつけちゃ申し訳ねぇからな」

 

 蓮斗の言葉を聞いた私は、彼を見下していた自分を恥じました。

 彼は何の考えも無く戦車に乗ったのではない。こんなにも、戦車の事を考えてくれている。

 そんな彼を下に見て、無理難題を押し付けるなんて………そう思うと、彼への申し訳無さが沸き上がり、同時に、彼にならティーガーを………そして、この身を任せられるのではないかと思うようになったのです。

 

「……あ、そろそろ帰らねぇと」

 

 不意に蓮斗が呟くと、私は反射的に空を見上げます。

 夕焼けで、空は赤く染まっていました。

 

「んじゃ、俺は帰るよ。操縦させてくれて、ありがとな」

 

 そう言うと、蓮斗は歩き出して私の横を通り過ぎ、山を降りようとします。

 

「…ッ……ぁ……」

 

 私は小さく声を出しますが、彼には聞こえず、遠ざかっていくばかりです。

 稜線の向こうへ行くにつれて、彼の体は下半身から消えていきます。

 

 段々見えなくなっていく彼の後ろ姿を眺めていると、ある感情が沸き起こりました。

 

――……行かないで………もっと、一緒に居て……――

 

 そんな感情が、胸の中で渦を巻きます。

 あの時に彼は言いました。『1度だけで良い』と……………

 なら、それが達成された今、もう、彼が此処に来る事は無いでしょう。

 私は、それが怖くなりました。

 

――せっかく、私の事を理解してくれる人に会えたのに………この身を、任せられるような人に会えたのに…………もう、会えないの…………?――

 

 そう思うと、私の脳裏に、独りで生活していた頃の光景が浮かびました。

 誰も話し相手が居ない。ただ、呆然とティーガーの砲塔に腰掛けて、空を眺めているだけの私が………………

 そんな退屈で、寂しい生活が戻ってくるなんて、嫌だ………………

 

「………ま……待って!」

 

 だから私は、遠ざかっていく彼に呼び掛け、そのまま走り出しました。

 斜面をかけ降りて、彼に追い付きます。

 

「ん?どうした?」

 

 それに気づいた彼は、振り返って聞いてきました。

 

 斜面をかけ降りてきた私は、少しの間肩で息をしていましたが、やがて呼吸が落ち着くと、彼に言ったのです。

 

「また……来てくれますか……?」

 

 そう訊ねると、蓮斗は一瞬目を丸くしましたが、直ぐに、その間の抜けたような表情は笑顔に変わりました。

 

「おう。アンタが来て良いってんなら、何度でも来るぜ!」

 

 そう言って、蓮斗は今度こそ、斜面を降りていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 それからと言うもの、蓮斗は天候が不安定にならない限り、私の元に来ました。

 ただ一緒にティーガーを乗り回すだけでなく、山を2人で歩き回ったり、1度山を降りて、町に出る事もありました。

 

 そんなある日、2人でティーガーの砲塔に腰掛けていた時、蓮斗がこう言い出したのです。

 

「そういや、俺等知り合ってから結構経つのに、未だ互いの名前知らなかったよな」

 

 蓮斗がそう言うと、私は焦りました。

 何せその頃の私は、ただ『ティーガーの付喪神』であるだけの存在。故に、誰かに名乗るような名前なんて、持っていなかったのです。

 そんな私を余所に、彼は名乗ります。

 

「俺は八雲蓮斗、戦車好きな中1だ。アンタは?」

「………」

 

 そう聞いてくる蓮斗に、私はどうやって答えたものかと、頭を悩ませていました。そもそも名前が無い私には、彼の質問に答えようがありません。

 だから私は、正直に言う事にしたのです。

 

「私には、名乗るような名前はありません」

「……はい?」

 

 私が答えると、間の抜けたリアクションが返ってきました。

 首を傾げる彼に、私は自身の正体を明かしたのです。

 “自分は普通の人間ではなく、ティーガーの付喪神である”と言う事実を………………

 

「…………」

 

 それを聞いた蓮斗は、黙って私を見ていました。

 一向に口を開かず、ただ目を丸くしてパチパチと瞬きするのを見る限り、未だ私が言った事をいまいち飲み込めていなかったのでしょう。

 そして私は、彼が私の言葉を理解した時、彼に気味悪がられる覚悟をしました。

 ですが、彼から返された反応は………………

 

「名前ねぇのか………良し、なら俺が名前考えてやるよ!」

「……え?」

 

 こんな反応でした。

 気味悪がられると思ってたら、彼は私を気味悪がる事無く、それどころか名前を考えてやるとまで言い出す始末。

 とんだ変わり者に出会ってしまったと、私はつくづく思いました。

 呆然とする私の隣で、彼はティーガーと私を交互に見やり、口を開きました。

 

「良し、決まった!アンタの名前は、雪姫だ!」

 

 そう言って無邪気な笑みを向けてくる蓮斗に流されるまま、私に“雪姫”と言う名が付けられたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………まぁ、そう言う事もあって、あれから蓮斗はティーガーの車長になり、彼は学校の同級生を次々連れてきて、他の戦車も揃い、白虎隊は発足した。これが、白虎隊の始まりと、私と蓮斗との出会いです………って」

「「「………………」」」

 

 話を終えた雪姫だが、既に他の3人は眠りについていた。

 

「やれやれ、人に話せと言っておきながら寝てしまうとは……失礼な方々ですね」

 

 溜め息混じりに言いながら、雪姫は目を閉じて寝転がる。

 

「(朱雀も、青龍も、玄武も陰陽も………今、何処で何をしているのでしょう………)」

 

 実に半世紀以上離れ離れになっている仲間を想いながら、雪姫は寝息を立てるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女等の再会、そして大きな戦いが、遠くない未来に訪れる事など、この場に居る者全員には、知る由も無いだろう。




 さて、次回は漸く、エンカイ・ウォー編に入ります。


 それもそうだがテスト習慣に部活って………………どうかしてるぜ

 紅夜「それよか少しはクオリティー上げろやボケ!」

 すんませんでした(´;ω;`)


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第17章~遅れに遅れたエンカイ・ウォー!~
第136話~宴会にお呼ばれ、前編です!~


 この話から、エンカイ・ウォー編に入ります。
 楽しみに待ってくれた方々、大変長らくお待たせしました。

 実は作者、劇場番に加えてエンカイ・ウォーとかもあまり知らないので、所々おかしかったり、オリジナルが含まれる事がありますが、ご了承ください。

 では、どうぞ!


「河嶋~、例のアレはどうなってる~?」

 

 アッサム誘拐事件から一夜明けた今日、大洗女子学園へと歩みを進めている、杏、桃、柚子の3人は、何やら話し合っていた。

 

「はい。明日の寄港後、港付近の宴会場で行います」

 

 杏に話を振られた桃は、鞄からある書類を取り出して答えた。

 

「それにしても、よくホールを貸し切りにしてくれましたよね」

「そりゃそうでしょ~。何せ私等、戦車道復活させたその年に、全国大会優勝を果たしたんだからさ」

 

 柚子が呟くと、後頭部で手を組んだ杏がそう返す。

 

「本来なら、全国大会が終わって直ぐに行う予定だったのですがね…………」

「だよね~。でも、紅夜君は試合中に大怪我して入院。それからバイクの免許取るとかで本土に残ったから、大体3週間帰ってこなかったしね~」

 

 書類を見ながら呟く桃にそう返すと、杏は不服そうに頬を膨らませた。

 

「それに紅夜君、入院してる時に色んな人にお見舞いに来てもらって、イチャついてたらしいもんね~。ダージリンとかチョビ子とかが見舞いに行ったらしいよ」

 

 そう言って、何処からともなく取り出した干し芋を頬張る杏。

 それを見た桃は、微笑ましげに笑みを浮かべて言った。

 

「ならば会長、私に考えがあるのですが………」

 

 そう話を切り出した桃は、隣で柚子が空気になっているのも構わず、杏に何やら耳打ちする。

 

「………と言うので如何でしょう?」

「ほぉ~、良いねぇ………」

 

 桃の提案を受けた杏は、かなり悪い笑みを浮かべた。

 

「良し、やっちゃおう!」

「え?何をですか?」

 

 話についていけず、ワタワタしている柚子を差し置いて、桃と杏の計画は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……スー………スー…」

 

 視点を移して、此処は長門家の一室。何も知らずにベッドで眠っている紅夜は、気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 

「んっ……ふわぁ~~あ………」

 

 その横では、床で寝ていた蓮斗が欠伸と共に目を開ける。

 

「あ~よく寝た。こんなに寝たのは久し振りだな」

 

 そう呟いて起き上がると、蓮斗は壁に掛かっている時計に目を向ける。

 

「8時半か………俺が学生だった頃は、この時間には学校に居たっけな」

 

 半世紀以上昔の事を懐かしみながら、今度は紅夜の方へと目を向けるが、彼は相変わらず、ベッドで寝息を立てていた。

 

「客を冷てぇ床で眠らせて、良いご身分だこった」

 

 そう言って苦笑を浮かべ、蓮斗は紅夜を起こそうとするが、そうする前に、彼は起きた。

 

「うわぁぁあああっ!?」

「ぬおっ!?」

 

 突然、紅夜は目を大きく見開き、勢い良く起き上がった。

 彼の首から下に覆い被さっていた掛け布団は、彼が跳ね起きた衝撃で軽く浮き上がる。

 

「鼻くそ付いた指で、あっち向いてホイ仕掛けてくるなァァァァアアアアアッ!!」

「………………は?」

 

 意味不明な事を喚く紅夜に、蓮斗は間の抜けた声と共に首を傾げた。

 

「………………あれ?」

 

 だが、冷静さを取り戻した紅夜は、部屋を見渡す。

 

「……夢か………にしてもスゲー夢だったな」

「いや、どんな夢だよ!?」

 

 両腕を上げて伸びをしながら呟く紅夜に、蓮斗は堪らずツッコミを入れた。

 

「ご主人様!何があったの!?」

「コマンダー、大丈夫!?」

「おい紅夜!何だよさっきの喚き声は!?あの声のお陰で一気に跳ね起きたぞ此方は!」

 

 蓮斗がツッコミを入れた次の瞬間、ぶち破るような勢いでドアを開け放った黒姫達が、部屋に押し入ってきた。

 

「ふわぁ~~あ……何事ですか………?」

 

 それから少し遅れて、寝惚けているのか枕を抱き抱えた雪姫が、欠伸をしながら入ってくる。

 

「……ふわぁ~~…あれ?お前等、どうしたんだ?そんな慌てて」 

「いやいや、何言ってるのよコマンダー!?」

「ご主人様がいきなり凄い声上げたから、皆跳ね起きて様子見に来たんだよ!?」

「そーそー!俺なんて眠気が一気に吹っ飛んだんだぜ!?一体何がどうなったらあんな声出せるんだよ!?」

 

 大欠伸しながら言う紅夜に、黒姫達は一気に詰め寄った。

 

「……あ~、その……ん~?」

 

 だが、当の本人は未だ寝惚けているのか、うつらうつらしながら記憶を辿る。

 すると、先程まで呆然としていた蓮斗がハッと我に返り、紅夜の肩を軽く叩いて注意を引いた。

 

「お前が変な声出しながら跳ね起きた事について聞いてんだよ。鼻くそ付いた指でどうだこうだと」

「………あ、あれか」

 

 漸く状況を飲み込んだのか、紅夜は言った。

 

「いやぁ、その…………ただの夢だった」

「「「………………」」」

 

 

 その後、紅夜が付喪神3人からの拳骨を喰らったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、食った食った。もう満腹だぜ!」

「ご馳走さまでした。美味しかったですよ、紅夜殿」

 

 あれから暫く経ち、一同はリビングに降りて朝食を摂っていた。

 朝食を食べ終え、椅子に凭れた蓮斗は満足そうに言い、雪姫は台所で食器を洗っている紅夜の元へ自分の食器を持っていくと、彼の作った朝食の感想を述べる。

 

「ああ、口に合ったようで何よりだ」

 

 付喪神3人に殴られた事によって出来た3つのたん瘤を頭に拵えた紅夜はそう返し、彼女の食器を受け取って洗い物を再開する。

 そんな彼を余所に、肝心の付喪神3人組はソファーに腰掛け、呑気に朝ドラを見ていた。

 

「あの、紅夜殿。何か手伝える事は………?」

「いや、良いよ。雪姫さんも蓮斗も客なんだから、寛いどけって。寧ろ、其所で呑気に朝ドラ見てる3人に手伝わせたいぐらいだ」

「あははは…………」

 

 紅夜がジト目で黒姫達を見やると、雪姫は苦笑を浮かべる。

 

「もう。何言ってるのよ、ご主人様。元はと言えば、ご主人様が朝っぱらから大声出すから悪いのに」

「そうよそうよ」

「あの大声が無かったら、もう少し気持ち良く起きれたんだがな」

「…………だそうです」

 

 黒姫達がそう言い返し、雪姫が苦笑混じりに、紅夜へと微笑みかける。

 

「はぁ~……まぁ、彼奴等の言う事も間違っちゃいねぇんだが…………流石に3人で頭ぶん殴る事はねぇだろうよ。お陰でたん瘤3つも出来ちまったんだから」

 

 何時の間にか洗い終えていた紅夜はそう言って、頭にある3つの山を擦る。

 そうして、台所から戻ってソファーに腰掛けようとした時、テレビが乗っている台の上に置かれていた紅夜のスマホが、音を立てて震えた。

 

「おい、紅夜。何か鳴ってたぞ」

「ん?……ああ、俺のスマホだな」

 

 そう言って、紅夜はスマホを手に取って電源を入れる。

 電源を入れて早々、真っ暗な画面の中央に、LINEのメッセージが表示された。杏からのメッセージだった。

 

『おっはよー、紅夜君。今日のお目覚めは如何かな~?最近練習に来てなかったから、寝坊助してたとかは駄目だからね~。さてさて、いきなりで悪いけど、今日は大事な話があるから、5時に学校のグラウンドに来る事。黒姫ちゃん達を連れてくるかどうかは任せるけど、少なくとも君は絶対に来るように!んで、もし来なかったらどうなるか………………ワカルヨネ?』

 

「恐っ!?」

「ん?どったの紅夜、顔色悪いぜ?」

 

 LINEのメッセージを見て顔が青ざめている紅夜を見た蓮斗が、怪訝そうに訊ねる。

 

「あー、いや。大丈夫だ、問題無い。ちょっと呼び出しを受けただけさ」

「(呼び出し受けただけで恐がるとか、一体どんなメッセージ送られてきたんだよ……)」

 

 蓮斗は内心でツッコミを入れつつ、それ以上の言及は避ける事にした。

 

「んで、何時なんだ?その約束の時間は」

「ああ、5時だ」

「5時?そりゃまた結構後の方なんだな。その頃にはもう夕方だぞ」

 

 蓮斗はそう言って、テーブルに頬杖をついた。

 紅夜も椅子に腰掛け、テーブルにスマホを置いて頬杖をつく。

 

「そういや蓮斗。お前、確かティーガーに乗ってたんだよな?」

「ん?乗ってたけど……それがどうかしたのか?」

 

 紅夜の質問に頷き、逆に聞き返す蓮斗。

 

「お前が死んでから、そのティーガーはどっかの山に捨てられたって拓海さんに聞いたんだけどさ………結局、見つかったのか?」

「…………」

 

 紅夜が訊ねると、蓮斗は黙って目を逸らした。

 

「あー、すまねぇ。聞いちゃいけない事聞いちまったな」

「謝る必要はありませんよ、紅夜殿」

 

 すまなさそうな表情を浮かべた紅夜が謝ると、何時の間にか蓮斗の隣に腰掛けた雪姫が話に割り込んできた。

 

「謝らなくて良いって………………どういう意味なんだ?」

「言葉通りの意味ですよ」

 

 怪訝そうに聞き返す紅夜に答え、雪姫は続けた。

 

「ティーガーなら、放棄された山の奥にある洞窟にありますし、半世紀以上経った今でも、誰にも見つかっていません。それに、その山は樹海のようになっている上に、熊や猪と言った危険な動物も居るので、そう簡単に入ってこれません」

「そっか…………なら、ティーガーは今も健在で、尚且つ自走出来ると?」

「ええ、勿論」

「そりゃ良かったな………ん?じゃあ蓮斗が目ぇ逸らしたのはなんでだ?てっきりティーガーは既に処分なり何なりされてて、それを思い出しそうになったから目を逸らしたと思ってたんだが」

 

 腑に落ちないと言わんばかりの表情で紅夜が訊ねると、雪姫はこっそり逃げようとしていた蓮斗の裾を掴んで無理矢理座らせ、言葉を続けた。

 

「この人、再会した時はティーガーの事を心配していたのですが、私がティーガーは無事であると伝えると、『じゃあ暫く遊んでても大丈夫か!』とか言って遊び回っていたんですよ」

「………………」

 

 雪姫が言うと、紅夜は蓮斗に冷たい視線を向けた。

 

「蓮斗……」

「お、おう。何だ?」

 

 低い声で呼ぶ紅夜に、蓮斗は冷や汗を流しながら答えた。

 そして、紅夜は勢い良く立ち上がって怒鳴った。

 

「今直ぐお前の相棒にちゃんと会ってこいやァァァァアアアアアッ!!!」

「い、YES,SIR!!」

 

 紅夜に怒鳴られた蓮斗は、ヤマト式の敬礼をしながら立ち上がり、そのまま雪姫を伴ってリビングを飛び出し、玄関で靴を履くと、外に出る事無く瞬間移動で消えた。

 恐らく、ティーガーがある山に行ったのだろう。

 

「…………ふぅ」

 

 それを見届けた紅夜は溜め息を1つつき、再び椅子に腰掛けた。

 

「………久々に大声出したな」

「「「(いや、大声で済むようなレベルじゃねぇよ……………)」」」

 

 そんな紅夜を見ながら、付喪神3人組はそう思ったと言う。



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第137話~宴会にお呼ばれ、後編です!~

「さてと…………それじゃあ行こうかな」

 

 蓮斗が帰ってから暫く経ち、時はもう4時半。紅夜はソファーから立ち上がり、出掛けようとしていた。

 

「ご主人様、何処か行くの?」

「ああ、ちょっと学校にな」

 

 首を傾げて聞いてくる黒姫にそう答えると、今度はユリアが話し掛けてきた。

 

「こんな時間から学校に?どうして?」

「実は今朝、角谷さんから呼び出しを受けてな。何か知らんが、大事な話があるから5時に来てほしいって」

「大事な話………まさか紅夜、告られるとかじゃないよな!?」

「「ッ!?」」

 

 テレビを見ていた七花が言うと、黒姫とユリアは紅夜へと視線を向ける。

 

「いやいや、流石にそれは有り得んわ。そもそも、俺みてぇなのに告るなんて、ソイツは余程の物好きだぞ」

 

 紅夜は笑いながら、手をヒラヒラ振って言う。

 

「それじゃあ、そろそろ行かないと約束の時間に遅れちまうから、ちょっくら行ってくる」

 

 そう言うと、紅夜は玄関で靴を履いて外に出ると、陸王のエンジンをかけて大洗女子学園に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、今日の練習はここまで!」

『『『『『『『『『『お疲れ様でした!!』』』』』』』』』』

 

 その頃の大洗女子学園では、何時もより早めに練習が切り上げられていた。

 

「今日は、意外と早く終わりましたね。何時もなら、後30分ぐらいは練習するのに」

「珍しい事もあるモンだね~」

 

 帰り支度をしようとするメンバーが居る中で優花里が言うと、沙織は同意する。

 

「それにしても、ライトニングの面々が居ないのは、何だか妙な感じだな。そんな日々が少し続いたが、未だに慣れん。物足りない感じがする…………」

 

 その傍らで、麻子が相変わらず眠たげな声色で呟いた。

 

「言われてみれば、確かにそうですね………」

「全国大会の時は、休みだと言われない限りは毎日来てたから、何時の間にか私達の中で、紅夜君達が居る日々が当たり前になってきてたんだね………」

 

 麻子の呟きに華が頷き、みほもそれに便乗する。

 

「それに今日は、ライトニングの皆って言うより、レッド・フラッグの男子全員来てないもんね~」  

 

 そう言って、沙織はメンバー全員を見渡す。

 確かに彼女の言う通り、今日の練習に参加したメンバーの中に、男子の影は見当たらなかった。

 

「まさかとは思うけど、このままレッド・フラッグの男子どころか、レッド・フラッグのメンバー全員が来なくなるなんて事は無いよね?」

 

 沙織が言うと、みほ達あんこうチームのメンバーの表情が曇る。

 考えたくはないが、もしかしたら………と言う事も、無いとは断言出来ない。

 

 だが、そんな時だった。

 

「流石にそれは無いわ。考えすぎよ、武部さん」

「ッ!?」

 

 不意に、沙織の背後から女性の声が聞こえてきた。

 突然話し掛けられた事に驚いた沙織が勢い良く振り向くと、其所には静馬が居た。

 

「す、須藤さん…………」

「全国大会が終わったから、暫くお休み気分で居るのよ。また集まれって連絡すれば、何時でも飛んでくるわよ?紅夜なら特に、ね」

 

 静馬がそう言った時、裏口から声がした。

 

「よぉ!呼ばれたから来たぜ~!」

 

 メンバーが帰り支度をする手を止め、声の主の方へと視線を向けると、達哉と翔、そして勘助の3人が手を振りながら歩いてきていた。

 

「あ、達哉君達だ!」

 

 沙織は嬉しそうに言うと、歩いてくる達哉達に手を振る。

 

「やーやー、辻堂君達。急に呼んでゴメンね~」

 

 達哉達が到着すると、杏が何時も通りの調子で声を掛けた。

 

「別に良いよ、角谷さん。どうせ普段は暇してるからさ」

「そんな事言うなら、練習に来ても良いんじゃないのかな?今日も昨日も来なかったし」

「ハハハ、そりゃ悪かった」

 

 そんな軽口を叩き合っていると、今度は校門側から、大河達スモーキーの男子陣が歩いてきた。

 

「よぉーっす!何か呼ばれたんで来たぜ!」

「大河、その台詞はさっき達哉から聞いた」

「いや、んな事言われても知らねぇよ」

 

 大河の挨拶に翔がツッコミを入れると、大河は何とも言えないような表情を浮かべて言い返す。

 

「2日振りね、大河。今まで練習来ずに何をしていたのかしら?んん?」

「よぉ、深雪。普通に家でゲームしたりって、~~~!?いひゃい!ほっふぇふねうな(訳:痛い!ほっぺつねるな!)」

 

 其処へ、黒い笑みを浮かべた深雪が何処からともなく現れ、大河の頬をつねり、そのまま引き伸ばす。

 

「おーおー、現役時代はよく見かけた光景だな。最近は見なかったから、何か新鮮な気がするぜ」

「それもそうだが………………紅夜は未だ来てねぇのか?もうすぐ5時だってのに」

 

 ニヤニヤしながら大河と深雪の様子を見ている煌牙の傍で、新羅はそう言った。

 

「ああ、言われてみりゃそうだな………なぁ、角谷さん。紅夜にもメッセージ送ったんだよな?」

「勿論。ちゃんと返事も貰ったよ」

 

 達哉の問いに、杏は即答で頷いた。

 

「彼奴、多分バイクで来るだろうから、信号にでも引っ掛かってんじゃねぇのか?」

「あ~、何かありそう」

「彼奴、くじ運ならぬ信号運悪いからな。西住さんと初めて会った時も、交差点で何かあったんだろ?」

「ああ~………そういや、それっぽい事もあったらしいな」

「なら、どっかの信号でそれっぽいのに巻き込まれてんじゃね?」

「んで、またどっかでフラグ建ててたりして」

 

 そんな話をしていると、校門側から野太いエンジン音が響いてきた。

 その音の方へと視線を向けると、紅夜が乗った陸王が近づいてきていた。

 

 紅夜は、校庭で此方を見てくる大洗の面々を視界に捉え、ハンドルから左手を離して振った。

 

「紅夜君……!良かった、来てくれた……」

「ほらね、やっぱり来たでしょう?」

 

 彼の姿を視界に捉えたみほは安堵の溜め息をつき、そんなみほに、静馬は言った。

 

「紅夜はね。1度お休みモードになっても、呼べばちゃんと来るのよ。何も言わないまま2度と来なくなるなんて事にはならないと、私が保証するわ」

 

 そう言って、静馬は自らの胸に手を当てる。

 

「須藤さん、凄い自信だな」

 

 麻子がそう言うと、静馬は自信に満ちた表情で返した。

 

「当たり前でしょう?伊達に13年間、彼の幼馴染みしてないわ」

 

 そう言っていると、紅夜を乗せた陸王がメンバーの前で停まる。

 紅夜は陸王から降りてスタンドを立て、エンジンを切るとヘルメットを外し、シートの上に置いた。

 

「よぉ、祖父さん。結構遅い到着だな。一応5時までには着いたみたいだが」

「ああ、今日は矢鱈と信号に引っ掛かってな」

「お前、ホントに信号運ねぇのな」

「何だよ信号運って……………」

 

 予想通りと言わんばかりの表情で言う大河にそう返し、紅夜は杏の方へと向き、声を掛けた。

 

「遅れて悪いな、角谷さん」

「いやいや、此方は5時までに来てって言っただけだから大丈夫」

 

 杏はそう言って、辺りを見回して全員居る事を確認すると、桃と柚子に視線を送る。

 2人は頷いて前を向き、桃がメンバー全員に呼び掛けた。

 

「全員、注目!」

 

 突然そう言われたメンバーは訳の分からぬままに、前に立つ生徒会メンバーへと視線を移す。

 

「えー、今更な事ではあるが、全国大会では本当にご苦労だった。我が校、大洗女子学園が今年度の大会で優勝を果たし、廃校の危機を免れ、こうして姿を留めているのは、諸君等の頑張りあってのものである」

 

 桃が言うと、メンバーは表情を引き締めた。大会当時の光景を思い出しているのだ。

 そんな彼女等を前に、桃は続ける。

 

「大会後、負傷した長門が入院していたためにタイミングを逃していたのだが、今此処には、我等大洗女子学園戦車道チームと、レッド・フラッグの両チームが集結している。よって、今此処で発表させてもらいたい事がある」

 

 そう言うと、周囲にざわめきが広がる。普段からクールな印象を与える桃が、その表情のまま話しているのだ、何かしら重要な事を話すのだろうと、誰もが思っていた。

 だが………………

 

「明日、学園艦が寄港するのは知っていると思う。停泊期間は、明日の朝から明後日の夕方までだ」

「それは知っているのですが、何をするのですか?」

「良い質問だねぇ、秋山ちゃん」

 

 優花里が訊ねると、先程まで何も言わずに居た杏が声を発した。そして、桃と入れ替わる形で前に出る。

 

「では、発表します!」

 

 その言葉を皮切りに、一同に沈黙が流れる。

 1秒1秒が長く感じられる沈黙の末、杏は言った。

 

「明日の夜、寄港する港付近のホールで、宴会をする事が決定しました~~!!」

『『『『『『『『『『…………はい?』』』』』』』』』』

 

 緊張した雰囲気を一気にぶち壊すような、明るい声色で言う杏に、メンバーは間の抜けた声を発する。

 

「宴会、ですか?」

「そっ、宴会!」

 

 聞き返す静馬にそう答え、杏は続けた。

 

「いやぁ~、今年になって急に復活させた戦車道で、皆には結構無理させちゃった訳だけど、皆、優勝目指して頑張ってくれたからね。その労いみたいなモンだよ、うん」

 

 そう言う杏を前に、一同は呆気に取られたような表情を浮かべていた。

 

「まぁ、そう言う訳だから皆、明日と明後日の予定は空けとくように。それとレッド・フラッグの皆に言っとくけど、付喪神の3人も連れてきて良いから、その辺りよろしくね~。では、連絡終了!」

 

 呆然としているメンバーを差し置いて、話を終わらせてしまう杏。

 

「あ、紅夜君は、悪いけど来てくれる?ちょっと話があるから」

「ほぉ~い」

 

 杏に呼ばれた紅夜は、陸王を押して、立ち去っていく生徒会メンバーの3人を追っていった。

 

 

 

 

「えっと………宴会?」

「みたいですね」

 

 沙織と華がそう言うと、一同の間に再び沈黙が訪れる。

 そして、互いに顔を見合い、話を飲み込んだ一同が歓声を上げたのは、その沈黙が訪れてから20秒後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それで角谷さん、話ってのは?」

 

 その頃、杏に呼ばれて帰路を共にしている紅夜は、陸王を押しながら杏に話し掛けた。

 

「うん、それなんだけどね……」

 

 珍しく、歯切れ悪そうに言う杏は辺りを見回し、誰も居ない小さな公園を視界に捉えた。

 

「こ、此処だと邪魔になるからさ、あの公園で話そうよ」

「……まぁ、別に良いけど」

 

 紅夜はそう答えると、3人と共に公園に入っていった。

 入り口前にバリケードが置かれているため、紅夜は入り口前の左端に陸王を停めた。

 遊具の近くに立つ紅夜の前に、3人が横1列に並んだ。

 

「さてと……紅夜君」

 

 そう話を切り出す杏に、紅夜は視線を向けた。

 

「取り敢えず、今までお疲れ様」

 

 そう言って、杏は深々と頭を下げた。

 

「我が校が大会で優勝し、廃校を撤回する事が出来たのは………長門、お前達レッド・フラッグのお陰だ。本当に、感謝している」

「ありがとね、長門君」

 

 杏の後に続けて言うと、桃と柚子も頭を下げた。

 

「ちょっ、止めてくれよ。何か気恥ずかしいじゃねぇか」

 

 そう言って、紅夜は照れ臭そうに笑いながら、視線を逸らして頬を掻いた。

 心なしか、顔が少し赤くなっている。

 それを可愛いと思いながら、杏は話を続けた。

 

「それでね、紅夜君………1つ、聞きたい事があるんだ」

「おう、何だ?」

 

 頬を掻いていた紅夜は、その指の動きを止めて杏に視線を戻す。

 その際、彼女の表情が真剣なものになっているのを見て、紅夜も表情を引き締めた。

 

「紅夜君達はさ……これから、どうするの?」

「え?」

 

 杏からの質問に、紅夜は首を傾げた。

 

「『これからどうする』って………どういう意味なんだ?」

 

 聞き返してくる紅夜に、杏は言った。

 

「プラウダと試合した時にさ、私等が紅夜君達を引き込んだ理由がバレちゃった時の事、覚えてる?」

「………ああ」

 

 紅夜は頷いて、当時の事を思い起こした。

 

「……私等は、この学園の廃校を阻止するために、今年度の大会で優勝しなければならなかった。でも、そんな話になるまで、この学園では、戦車道は廃止された状態だった」

「そうだな」

 

 ポツリポツリと話す杏に、紅夜は相槌を打った。

 

「そんな状態で全国大会優勝なんて、無謀にも程がある話だった。でも、そんな時に西住ちゃんが黒森峰から転校してきた」

「そうらしいな。それで、お前等は無理矢理引き込んだらしいけど」

「ありゃ、其処までバレてたか~。何処で知ったんだか」

 

 杏は苦笑を浮かべながら言い、話を続ける。

 

「でも、正直西住ちゃんを引き込んだだけじゃ心許なかった。大会で優勝するには、もっと多くの戦力が必要だった……」

「んで、あんこうチームの面々から俺等の存在を知らされて、レッド・フラッグがこの船に居る事を知り、接触してきた………そう言う事だろ?」

 

 そう言う紅夜に、杏は頷く。

 

「もしかしたら角谷さん、お前………『全国大会が終わったから、ある意味で用済みとなった俺等がチームから離れるんじゃないか』……って思ってたのか?」

「ッ!?」

 

 紅夜が言うと、杏はあからさまに反応する。

 彼女を両サイドから挟む形で立つ桃と柚子も、複雑な表情を浮かべていた。

 

「その様子だと、当たりみたいだな」

 

 そう言われた3人は黙って俯いてしまい、それを見た紅夜は、苦笑を浮かべながら言った。

 

「おいおい、3人揃ってそんな顔すんなよ。別に責めてる訳じゃねぇんだから」

 

 そう言って、紅夜は夕日へと視線を向けた。

 杏達3人の間で流れている暗い雰囲気など気にせず、海や学園艦に立ち並ぶ町を、オレンジ色の光が照らしている。

 

「………離れるつもりなんて、これっぽっちもねぇよ」

「「「ッ!?」」」

 

 紅夜がそう言うと、3人は顔を上げた。

 

「前にも言ったと思うが、俺等に、もう一度戦車道の場に返り咲くべきだって言ってくれたのは………角谷さん、お前だろ?なら俺等は、お前が『もう用済みだ』って言わない限り、この学校の特別チームとして戦うよ」

「紅夜君……」

 

 目を涙で潤ませる杏に、紅夜は微笑みかると、手を打ち鳴らした。

 

「さて、もうこんなシケた話は終わりだ、終わり!明日は宴会なんだから、思いっきり楽しもうぜ!!」

「「「ああ(うん)!!」」」

 

 紅夜が言うと、3人は返事を返した。

 彼女等の表情には、もう暗さなど残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、3人と別れて帰宅した紅夜は、留守番をしていた黒姫達に宴会の事を伝えた。

 自分達も参加出来ると知らされた3人は、それはそれは喜んだと言う。

 

 

 

 

 そして翌日、宴会の日がやって来た。




 


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第138話~宴会の準備です!~

『ほぉ~、レッド・フラッグと大洗のメンバーで宴会か』

「そうなんだよ。まぁ宴会って言うよりかは、祝勝会って言った方が適切だと思うがな」

 

 杏達による宴会の知らせから一夜明けた日の昼、紅夜は自室にて、豪希と連絡を取っていた。

 学園艦に戻ってから全く連絡をしていなかったため、豪希の方から電話を掛けてきたのである。

 

「本来なら、全国大会が終わってから直ぐやる予定だったんだとさ」

『え、マジで?あ~あ、やっちまったな紅夜。まぁ最初の1週間は仕方ねぇが、残りの2週間はなぁ………』

「陸王が場所取って邪魔だから、さっさと免許取って持ってけって言ったのは親父じゃねぇかよ………」

 

 からかうように言う豪希に、紅夜は溜め息混じりに言い返す。

 

『おお、言われてみりゃそうだな。あっはっは!』

 

 言い返された豪希は、そう言って豪快に笑う。 

 何ら変わらない父親に、紅夜は苦笑を浮かべていた。

 

『んで?あれから黒姫ちゃんとの同棲生活はどうなんだ?』

「同棲って……何か結婚前提で付き合ってるみてぇな言い方だな…………ああ、何時もと何ら変わりねぇよ。つーか住人増えた」

『…………は?』

 

 紅夜が言うと、豪希から間の抜けた返事が返された。

 

『おい、ちょっと待て紅夜。住人増えたってどういう事だよ?』

「言葉通りの意味だよ、親父。黒姫以外の付喪神が現れたのさ。それも、一気に2人。しかも両方女だ」

『マジで?そりゃ大変だな。食費とか大変になるだろうから、またバイトでもやったらどうだ?それに、足りねぇなら此方でも仕送りしてやるよ』

「そうするよ。サンキューな、親父」

 

 手伝いを買って出る豪希に、紅夜は礼を言った。

  

『良いって良いって。つーかスゲェな、正にハーレムじゃねぇか。どっかのアニメの主人公なら、血涙流して羨ましがるだろうな………まぁ、上手くやれよ?それと、女をオトすのも程々にな』

「最後のヤツは意味分からねぇよ。まぁ何だ、お袋にも宜しくな」

『あいよ』

 

 そんな軽口を叩き合い、電話は終了した。

 

「さて………宴会の時が楽しみだな」

 

 紅夜はそう呟き、LINEのアプリを立ち上げてメッセージ履歴を開く。

 

『学園艦の寄港は午後6時。その後から出発するんで、6時半にグラウンド集合って事でヨロシク~! PS.紅夜君、君は長い間学園艦に帰らず皆を寂しがらせた罰として、何か1つ、芸を披露するように!』

 

 履歴には、杏からのメッセージが残されていた。

 

「芸を披露、ねぇ………何かあるかなぁ」

 

 そう呟いてベッドに寝転がる紅夜だが、寝転がってから間も無く跳ね起きた。

 

「そうだ、アレがあった!」

 

 そう言うと1階にかけ降り、黒姫達が驚いているのを他所に、靴を履いて陸王の鍵をひっ掴むと、家を飛び出して陸王の側車を繋ぎ、ある所へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、大洗女子学園では昼休みに入っており、静馬は教室で昼食を摂ろうとしていた。

 

「(さて、どうしようかしらね………)」

 

 弁当の包みを机に出しながらも、静馬は悩んでいた。

 実は今日、静馬以外のレイガンのメンバーが弁当を持ってきておらず、揃って学食に行ってしまったのだ。

 

「(皆が学食のご飯食べてる中で、1人だけ普通のお弁当を持って交ざるのも微妙だから誘いを断ったんだけど………やっぱり交ぜてもらおうかしらね)」

 

 そう思い、静馬が席を立った時だった。

 

「あ、あの……須藤殿………」

「ん?」

 

 突然、背後から控えめな声で話し掛けてくる者が居た。

 聞き覚えのある声に振り向くと、其所には優花里が立っていた。

 

「あら、秋山さん。どうかしたの?」

「い、いえ。何時もはレイガンの方々と居るのに、今日は珍しく、お一人だったので……」

 

 そう言う優花里を見て、静馬に考えが浮かんだ。

 

「そうだわ………ねぇ、秋山さん」

「は、はい!?」

 

 声を掛けられた優花里は、一瞬体を強張らせる。普段はあんこうチームの面々としか話さないため、彼女等以外と話す事に慣れていないのだろう。

 

「せっかくだし、一緒に食べない?貴女もお弁当持ってるみたいだし」

 

 静馬はそう言うと、優花里が両手に持っている弁当の包みに視線を落とす。

 

「は、はい!」

 

 “あんこうチーム以外の人との昼食”

 

 それは、優花里からすれば初めての経験だった。

 それから、静馬は彼女の後ろの席に座る生徒に許可を得て、その生徒の椅子に腰掛け、優花里を自分の席に座らせて昼食を摂り始めた。

 

 

 

 

 

「それで秋山さん、テストの方はどうだった?」

「え!?」

 

 突然振られた話題に、優花里は箸を落としそうになる。

 実は、紅夜が本土で生活している間に、大洗女子学園では期末試験が行われたのだ。

 

「いやぁ、その………私は勉強が苦手で、平均も60を少し超えた程度です」

「未だマシな方よ。ウチの雅なんて、平均55なんだから」

 

 静馬はそう言いながら、試験1週間前になって雅が泣きついてきた事を思い出した。

 

「まぁ、今日は宴会なんだし、試験の結果は忘れて、楽しみましょう」

「はい!」

 

 そうして談笑する2人だったが、片方は《大洗の星(エトワール)》と呼ばれた存在、もう片方は戦車道の試合で活躍したチームの1人。当然ながら目立つ訳で、彼女等の周囲に居た生徒がチラチラと見ていたのだが、話に集中していた2人が気づかなかったのは余談である。 

 

 

 

 

 

 

 

 視点を移して、此処は山岡解体所。次郎の仕事場にして、紅夜達レッド・フラッグの整備場である。

 

「よぉ、長坊!スッゲー遅れたが、全国大会優勝&退院おめでとう!」

「サンキューな、輝夫のオッチャン」

 

 解体所に入ってきた紅夜を、輝夫が出迎えた。

 

「おお、紅夜か。戦車を改造しに来て以来じゃな」

「そうだな、山岡のオッチャン」

 

 輝夫に次いで出てきた次郎が紅夜に気づき、声を掛けた。

 

「神子から聞いたが、試合中に大怪我したらしいな。もう、平気なんか?」

「ああ。1週間で治ったぜ」

 

 そう言って腕を軽く回し、完治している事をアピールする紅夜。

 

「それにしても、今日はどうしたんじゃ?また改造したいのか?」

 

 そう訊ねる次郎に、紅夜は首を横に振って言った。

 

「ちょっとばかり、借りたいものがあるんだ」

 

 紅夜はそう言って、彼の考えを2人に話すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……………んじゃ、全員揃ったし、そろそろ行くか!」

「「「うん(ええ)(おう)!」」」 

 

 午後6時を少し過ぎた頃、紅夜は黒姫達を伴って、大洗女子学園へ向かおうとしていた。

 全員靴を履いて、家から出ると、紅夜は鍵を閉める。

 そして移動しようとした時、彼のスマホが揺れた。メッセージが届いたのだ。

 

「LINEでのメッセージか………誰だ?」

 

 紅夜はそう呟きながら、ポケットからスマホを取り出して電源を入れる。

 

「おっ、達哉からだ…………マジかよ、彼奴もう学園に着いたのか。おまけに、スモーキーの面々も既に来てるらしいし」

 

 そう言うと、紅夜はスマホをポケットに押し込み、そのまま学園へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよ、俺等以外来てたなんて………………」

 

 学園のグラウンドに着くと、紅夜は信じられないと言わんばかりの表情を浮かべてそう言った。

 グラウンドには、紅夜達以外の面々が、既に勢揃いしていたのだ。

 

「紅夜君、おっそ~い。もう皆来てたよ~?」

「いや、遅いって言っても未だ6時半になってねぇぞ?どんだけ楽しみだったんだよ」

 

 間延びした口調で言う杏に、紅夜はそう返した。

 

「んで?例のアレは考えてきたんだろうね?」

 

 杏がそう訊ねると、紅夜は不適な笑みを浮かべて言った。

 

「勿論だよ。もうそろそろ来る筈だ」

 

 紅夜がそう言った途端、裏口から紅夜を呼ぶ声が聞こえた。

 

「おっ、もう来たのか………悪い、ちょっと行ってくる」

 

 そう言って裏口へと走っていく紅夜を見ながら、杏は桃に言った。

 

「河嶋~」

「はい。此方の手配も整っています」

「ならば良し………………さぁ~て、学園史上最大の宴会になるぞ~」

 

 そう言う杏は、まるで悪戯を思い付いたかのような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 だが、彼女等は知らなかった。まさか、あのような事になるとは………………




文章力が欲しいです………………


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第139話~祝賀会、始まりました!~

 午後7時。此処は学園艦が寄港した港付近にある宴会場。

 その宴会場の広間に、彼等彼女等は集まっていた。

 

「うわ、スゲー。旅館とかでよく見る大広間だな」

 

 広間に着くと、紅夜は広間全体を見渡しながら言う。

 全員で雑魚寝しても未だスペースが余るような広さの広間に、両サイドを挟むように座布団を敷かれている脚の短い長方形のテーブルを幾つも繋げたような列が4列も出来ており、その上には豪華な料理が並べられている。

 さらに奥には少しの段差を設けた舞台があり、其所には画面が大きめのモニターと、白いシーツを敷かれた台、そして、その上に多くの花が置かれていた。

 

「今思えば、こんな感じの場所で優勝を祝った事なんて1度も無かったわね」

「そうなの?」

 

 紅夜の隣でしみじみ呟いた静馬に、沙織が訊ねた。

 

「それじゃあ、大会に勝った時はどうしてたの?同好会でも、一応大会はあるんだよね?もしかして、祝勝会とかはやった事無いの?」

 

 沙織に続いてみほが訊ねると、静馬はみほの方へと目を向けて答えた。

 

「いいえ。祝勝会自体は何度かやったわ。ただ、場所が違っただけ」

「何処でやったの?」

「解体所よ」

 

 静馬が答えると、その周囲に居た大洗のメンバーの表情が固まった。

 

「か、解体……所……ですか?」

「ええ」

 

 表情をひきつらせながら聞き返す華に答えると、今度は雅が言葉を続けた。

 

「流石に同好会での大会に勝った程度で、しかも当時はたった14人しか居なかったのに、こんな宴会場を貸し切りにする事は出来ないわ。だから、輝夫さん達が解体所で、私達の祝勝会を開いてくれたの。辺りに散乱していたスクラップの山を退かしてね。いやぁ~、あの時は流石の私も骨が折れたわ」

 

 そう言いながら、気だるげに肩を回して首を左右に倒す雅。

 そんな雅に、達哉がツッコミを入れた。

 

「雅よぉ、骨が折れたとか言ってるが、その時一番張り切ってたのはお前だろうが。『紅夜には負けない~』とか言いながら」

「あら、そうだった?もう昔の事だから覚えてないわ」

 

 口ではそう言うが、視線を明後日の方向へと向けている時点で嘘を言っているのが丸分かりだった。

 

「やれやれ、まぁたコイツは見え透いた嘘を………」

「止せよ、達哉。此処でギャーギャーやっても時間の無駄だ」

 

 額に手を当てて溜め息をつく達哉を勘助が宥める。

 

「ほら、お前達!何をしている?早く席に着け!」

 

 前方から、何時の間にか移動を済ませていた桃の声が飛ぶ。

 その右隣では、何処から持ち出したのかリクライニングチェアに伸び伸びと腰掛けている杏。そして左隣には、普段通りのおっとりした表情の柚子が立っていた。

 

 その後、桃が其々のチームに座る位置を指示していき、メンバーは、その指示通りの席に着いた。

 

 全員が座ったのを確認すると、桃が話を始めた。

 

「えー、これは先日も言った事だが、決勝戦では本当にご苦労であった。諸君等の活躍により、我が校は無事に優勝し、廃校を免れた。戦車道では無名だった我が校が多くの強豪校に打ち勝ち、優勝するとは誰が予想し得たであろうか?これは、高校戦車道史上に残されていくであろう快挙と言っても過言ではない」

 

 そう言って、さらに言葉を続けようとする桃だったが、柚子から長いと伝えられ、途中で打ち切る。

 

「それでは、祝賀会を始めたいと思う。会長、一言お願いします」

「あいさ~」

 

 相変わらず間延びした口調で返事を返すと、杏は桃からマイクを受け取った。

 

「いやぁ~、廃校にならずに済んで本当に良かったねぇ~。これも皆の……そして」

 

 そう言うと、杏は紅夜に目を向けた。

 

「……?」

 

 突然目を向けられ、紅夜は首を傾げた。そんな紅夜に笑みを向け、杏は続けた。

 

「紅夜君、君のお陰だよ」

「俺?別に何もしてねぇぞ。好き勝手に暴れただけだ」

「それも、結果的に勝利に繋がったんだよ」

 

 杏はそう言って、桃にマイクを渡すと、舞台から降りて紅夜に歩み寄った。

 

「ど、どったの?」

 

 戸惑う紅夜を無視して、杏は彼の顔の右側面を覆うように手を添えた。

 

「君は、ボロボロになっても戦い続けてくれたでしょ?覚えてるんだよ?試合後、運ばれてきたIS-2から出てきた君の姿」

「ッ!」

 

 杏にそう言われ、紅夜はハッとしたような表情を浮かべた。

 彼の脳裏に、血塗れになってメンバーの前に現れた自分の姿が鮮明に浮かぶ。

 

「あれだけの大怪我をしたのに、君は戦うのを止めようとしなかった………本来なら、止めるべきだったんだけどね。あれ、頭とかも結構やられたんでしょ?」

「……ま、まぁ少し」

 

 バツが悪そうに答えた。

 

「自分の体を省みず、ああなるまで戦ってくれた君には、本当に感謝してる。勿論、これはレッド・フラッグの皆にも言えるんだけどね………だから、ありがとう」

 

 そう言って、杏はそのまま、紅夜の頭を優しく撫でて舞台に戻った。

 

「んじゃ、ちょっと空気が湿気っちゃったけど、乾杯やりますか!さぁ皆~、ジュース持って~!」

 

 そうして、メンバーは次々と、ジュースが注がれたコップを掲げる。

 

「んじゃ、かんぱ~い!」

『『『『『かんぱ~い!』』』』』

「お疲れ様でした」

 

「「「「戦車道とバレー部に乾杯!」」」」

「「「学園の風紀に乾杯!」」」

「クロージット!」

「ティンティン!」

「「「「「「レッツ・ラ・ゴー!」」」」」」

「「「「イグニッション!」」」」

「「「シークエンス・スタート!」」」

『『『『『『『『We fight!』』』』』』』』

「「「イェーイ!」」」

 

 其々のチームが思い思いの歓声を上げ、コップを打ち鳴らした。

 

 

 その後少しして、桃がメンバーの注意を引いた。

 

「えー、大洗商工会及び町内会からは、花を沢山いただいている」

 

 そう言う桃の傍には、大量の花が飾られていた。

 

「拍手~!」

『『『『『『『『わー!』』』』』』』』

「止め~!」

「早ぇよ!?」

 

 杏の音頭で拍手をするメンバーであったが、次の瞬間には止めさせる杏に、紅夜は盛大にツッコミを入れた。

 

「続いて、祝電を披露する!」

 

 桃が言うと、運ばれてきた台車から柚子が1枚のハガキを手に取った。

 

「うわっ、見ろよアレ。スッゲー量の手紙だぜ」

「俺等もあれだけの手紙貰いたかったな。一応貰いはしたんだが、流石にあれ程ではなかったし………………つーか、大概紅夜宛だったし」

 

 台車の上に置かれている手紙の山を見た紅夜が言うと、達哉がそれに答えた。

 そんな2人のやり取りを他所に、柚子が手紙を読み上げた。

 

「『Congratulations!NextはWeがWinするからね~!』、サンダース大学附属高校のケイ様からでした!」

 

 柚子がそう言うと、傍には置かれていたモニターに、ピースサインをするケイが映し出された。

 

「サンダースらしい手紙だよね~」

「でも、日本語か英語で統一してほしかったな~」

「だよね~、あれじゃ逆に分かりづらいよ」

 

 どうやらケイからの手紙は、ウサギさんチームの面々から微妙な評価を下されたようだ。

 そして、柚子は次の手紙を読み上げる。

 

「おめでとうございます。私からはこの言葉を贈ります」

「(おっ、この喋り方からすれば、送り主はダージリンさんかな?)」

 

 柚子が読み上げる手紙の口調で、紅夜はそんな予想を立てた。

 

「『夫婦とは互いを見つめ合うものではなく、1つの星を見つめるものである』、聖グロリアーナ女学院ダージリン様代行、オレンジペコ様からでした」

「(ありゃ、予想と違ったか……つか、夫婦?)」

 

 モニターに映し出されたオレンジペコを見て、紅夜は少し残念そうな表情を浮かべつつ、オレンジペコからの言葉に首を傾げる。

 

「これは結婚式じゃないんだぞ」

「何方の結婚式だと思っていらっしゃったのでしょう?」

「ですが、私の心の名言集に入れておきます!何時か使えるかもしれませんし!」

「その言葉、私の結婚式で使って使って~!」

 

 そんな紅夜の傍では、あんこうチームの面々が口々に言った。

 

「『モスクワは涙を信じない。泣いても負けたと言う事実は変わらないから、もっと強くなるように頑張るわ!』…プラウダ高校のカチューシャ様でした!」

「後藤亦部も『次勝てば良し』と言っていたな!」

「世に生を承けるは事を為すにあり」

「部下に必勝の信念を持たせる事は容易だ。勝利の機会を沢山経験させる……」

「「「それだぁ!」」」

 

 柚子が読み上げたカチューシャからの言葉には、カバさんチームの面々が反応を示した。

 最後にエルヴィンが言うと、残りの3人が一気に叫んだ。

 

「その他、知波単学園の西絹代様、継続高校のミカ様、その他の方々からも祝電をいただいていますが、時間の都合により、省略させていただきます」

 

 柚子がそう言うと、桃が別の台車を押して舞台から降りる。

 

「なお、アンツィオ高校からは、全員にアンチョビ缶が届いている」

 

 そう言う桃から、全員にアンチョビの缶が配られた。

 

「これ、セール品だよ?」

「あの学校、あんまりお金無いからね~」

「お金は正直だねぇ~」

 

 缶が配られると、『セール品』と書かれたシールが貼られてあるのを見ながらウサギさんチームの面々が言った。

 

 それから、チームの面々は談笑を始める。

 

「ああ、そう言えば!」

 

 不意に、柚子が両手を打ち鳴らして声を上げ、メンバーが視線を向ける。

 すると柚子は、手紙の山の隣から小さな手紙の束を手に取ると、舞台から降りて歩き出す。

 彼女が向かった先に居たのは………………

 

「長門君、ちょっと良いかな?」

「うまうま………………ん?………え、俺?」

 

 美味しそうに料理を口に運んでいく紅夜だった。

 突然話し掛けられた紅夜は、目を見開いてぱちくりと瞬きしながら返事を返す。

 

「これ、長門君宛の手紙なの」

 

 そう言って、柚子は紅夜に手紙を渡す。

 

「それじゃ、確かに渡したからね」

「お、おう」

 

 紅夜が返事を返すと、柚子は舞台へと戻っていった。

 

「何だ何だ?もしかしてファンレターか?」

「お前って本当に、そう言った類いの手紙貰うよな」

「この手紙の中に告白文があったりして」

「何それ、面白そうね。私にも見せてよ」

 

 達哉、勘助、翔が冷やかすように言うと、『告白文』という言葉に反応した亜子が身を乗り出してくる。

 その傍らでは、静馬が面白くなさそうにジュースを口に含んでいた。

 

「あら、静馬ったら『告白文』ってのが出てきた途端にその調子ねぇ~……って、ちょっと、痛い痛い!止めてったら!」

「………」

 

 そんな静馬を雅がからかうと、静馬は無言でアイアンクローを喰らわせる。

 

「取り敢えず読んでみたら?流石に告白文ではないと思うけど」

「そうしようかな」

 

 紀子にそう言われ、紅夜は手紙を読み始めた。

 

「では1枚目。何々………」

 

 紅夜が目を通し始めた手紙には、こう書かれてあった。

 

『紅夜君、そしてレッド・フラッグの皆、優勝おめでとう!君達の活躍は、テレビでしっかり見てたよ。カフェの皆、君達の活躍見て大興奮してたよ!

 それと紅夜君、終盤でかなりの大怪我したみたいだけど、もう大丈夫かな?

 お見舞いに行ってあげたかったんだけど、行けなくてゴメンね?

 良かったら、レッド・フラッグの皆を連れて遊びにおいで!何時でも大歓迎だからね~♪       小日向 華琳』

 

 手紙の送り主は、何時か、紅夜と蓮斗が成り行きでアルバイトをする事になった際のバイト先――《ロイヤル・タイムズ》――の店長、小日向華琳からだった。

 

「小日向、華琳………?誰だその人?」

「紅夜、お前にそんな知り合いが居たのか?」

 

 手紙に目を通した紅夜が目を離すと、送り主の名を見た大河と煌牙が訊ねる。

 

「あ、ああ。ちょっと前に、陸の大洗に遊びに行った事があってな。その時知り合ったのさ」

 

 紅夜はそう言って、次の手紙に取り替えた。

 

『優勝おめでとう。テレビで見させてもらったよ。それにしても君達、派手に動き回ってたねぇ、ワシ等の現役時代を思い出すような戦いで、久々に気分が昂ったよ。

 そう言えば怪我をしたようだが、そちらの方は、もう良いのかな?

 また、君達の活躍を見れる日が来るのを楽しみにしているよ。良い試合を見せてくれて、ありがとう。

       遠藤 拓海』

 

「(拓海さんか、随分久し振りだな………機会があったら会いに行こう)」

 

 紅夜はそう思い、その手紙を華琳からの手紙の上に重ねて置いた。

 

 他にも、豪希や幽香、綾、元樹、そして、かつて同好会チームとして戦ったライバルチームの隊長からのメッセージも届いていた。

 

「ワーオ!何だかんだ言いつつ、私達も結構手紙貰ってるじゃない!やっぱ見てる人は見てるのね~!」

 

 重ねられた手紙の束を見ながら、雅は嬉しそうに言った。

 

「そうだな~。紅夜のお袋さん達や綾ちゃん、俺等の両親や、現役時代に試合した、他の同好会チームの人に………………お?」

 

 手紙の束を漁っていた達哉は、ある2枚の手紙に目が留まり、その2枚を束から引き抜いた。

 

「おい、アンチョビさんからの手紙があるぞ」

「マジで?」

「どんな事書かれてんのか、見てみようぜ!」

「おいおい、俺にも見せろよ?」

 

 達哉の言葉にレッド・フラッグの他のメンバーが反応し、一斉に、その1枚に顔を寄せる。

 

「何々………

『やぁ、レッド・フラッグの諸君。先ずは優勝おめでとう!諸君の活躍が見れなかったのは本当に残念だったが、大活躍だったと聞いているぞ!諸君等と戦った者として嬉しい限りだ!

 そして、この手紙を諸君が読んでいるという事は、その場に紅夜も居るのだな?紅夜、退院おめでとう!

 それから本題に入るのだが、紅夜には入院中に言ったが、君達に練習試合を申し込む!

 ちょうど7月○○日、大洗とアンツィオの学園艦が、同じ港に寄港する事が分かった。試合はその日に行いたい。

 我々は他の学校と比べると弱……じゃなく、多少実力は劣っているが、それでも簡単に負ける程ではない!

 受けてもらえるのなら、以下の先に連絡してくれ。良い返事を期待している。

 では、Arrivederci!

       アンチョビ』

………………マジですか」

 

 そう言うと、達哉は手紙を置いた。

 手紙の下の余白には、アンチョビへの連絡先が書かれていた。

 

「祝電と練習試合の申し込みね………紅夜、どうするの?」

 

 何時の間にか手紙を見ていた静馬が言うと、メンバーは紅夜に視線を向ける。

 視線を向けられた紅夜は、間を空ける事無く言った。

 

「受けるに決まってるだろ。久々にレッド・フラッグとして試合出来るんだ、『受けない』なんて選択肢は無いね!」

「………ふぅ………貴方なら、そう言うと思ったわ。皆はどう?隊長はやる気だけど」

 

 静馬がそう言うと、他のメンバーも力強く頷いた。

 

「んじゃ、決まりだな!アンチョビさんには俺の方から連絡しておくよ」

「宜しく頼むわ。さて、では次の1枚だけど………あら、プラウダからじゃない」

 

 手紙を見た静馬は、封筒に描かれているプラウダ高校の校章を見て意外そうに言った。

 

「もしかして、カチューシャさんから…………じゃなかったわね。ノンナさんとクラーラさんからだわ………って、クラーラさんって誰だったかしら」

 

 そう言って、静馬は便箋を取り出して内容を読み始めるのだが、間も無く、字を追っていた目は動きを止める。

 

「………………ねぇ、紅夜?これはどういう事なのか、説明してもらえるかしら?」

「んー?ふぁに(何)?」

 

 静馬に話し掛けられた紅夜は、再び料理の方へと向かっていたらしく、頬をハムスターのように膨らませながら返事を返した。

 静馬は、紅夜が口の中の料理を飲み込んだのを確認するや否や、彼の前に便箋を突きつけた。

 

「この手紙、最初の方はアンチョビさんのと全く変わらなかったけど、最後の方は何なの?プールですってぇ?随分と仲良くなったじゃないの」

「え、えっとぉ~、静馬さん?顔がマジ怖いんですけど」

 

 阿修羅とも呼べるようなオーラを纏い、ドス黒い笑みを浮かべながら迫ってくる静馬に、紅夜の顔は青ざめていった。

 

「さぁ、紅夜?此処では邪魔になってしまうわ。端の方に行って、じっくり話しましょう?」

「え?いや、ちょ、まっ…………」

 

 紅夜は、最早言葉にすらならない声を発する。そんな紅夜を無視して、静馬は彼の首根っこを掴んで広間の端へと引き摺っていった。

 

 

 

 その後、紅夜は手紙の内容について詳しく説明する事になり、その際は涙目でガタガタと震えていたらしい。



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第140話~隠し芸大会です!~

「あ~、マジ怖かった~。あんなにキレる静馬を見るのは初めてだぜ」

 

 静馬からの“お話”から解放された紅夜は、フラフラと席に戻りながらそう呟いた。

 

「ご主人様、大丈夫?」

 

 席に戻ると、心配そうな表情を浮かべた黒姫が聞いてくる。

 

「ああ、何とか大丈夫だよ」

「無理しないでね?辛かったら、何時でも私に抱きついて良いんだよ?」

 

 努めて笑みを浮かべながらそう言う紅夜に、腕を広げて受け入れる体勢を見せる黒姫。

 

「サンキューな、黒姫」

 

 紅夜はそう言って、黒姫の頭を優しく撫でた。

 

「わぷっ………えへへ」

 

 頭を撫でられ、黒姫は頬を赤く染めつつ、気持ち良さそうに目を細めた。

 

「全く………アンタって人は直ぐにそうやって…………と言うか、黒姫は紅夜を甘やかしすぎよ」

 

 だが、それに水を差すかの如く、紅夜の背後から、静馬の不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 紅夜が振り向くと、其所には不機嫌そうに料理を口に運ぶ静馬の姿があった。

 

「……なぁ、静馬?いい加減に機嫌直してくれよ」

「………別に、怒ってないわよ」

「嘘つけ。お前さっきマジギレしてたじゃねぇか」

「………ふんっ。そんなの知らないわよ」

 

 紅夜に言われた静馬はぶっきらぼうに返し、完全に背を向けてしまった。

 

「(……何が気に食わないってんだよ)」

 

 内心でそう呟き、紅夜も彼女に背を向けた。

 その後、彼女はジュースのおかわりを貰おうと席を立つのだが………

 

「………散々ほったらかしといて、今さら何よ」

 

 静馬は、誰にも聞こえないように小さな声でそう呟いた。

 彼女からすれば、誰にも聞かれていない筈だったのだが………………

 

「(静馬………)」

 

 地獄耳と言うべきか、雅には聞こえていたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁさぁ、皆さんご注目ぅ!」

 

 談笑しているメンバーに、突如として杏からの号令が掛かり、視線が杏に集中した。

 

「祝賀会も盛り上がってきたところで、そろそろ例の“アレ”を始めたいと思いま~す!」

「(“アレ”?何かやるのか?)」

 

 杏が言った“アレ”が何なのか分からず、紅夜は首を傾げた。

 

「拍手~!」

『『『『『『『『わー!』』』』』』』』

「止め~!」

「(相変わらず“止め”のタイミング早いな………)」

 

 柚子の言葉で全員が一斉に拍手をするのだが、その次の瞬間には、桃から“止め”の号令が掛かる。

 2度目だからか、紅夜がツッコミを入れる事は無かった。

 

「では、これより各チームによる隠し芸の披露を行う!」

 

 桃がそう言うと、舞台の天井から横長のプラカードが下がってくる。

 

「《チーム対抗隠し芸大会》?こんなのやるのか」

「お?紅夜は知らねぇのか」

 

 紅夜がふと呟くと、それを聞いていた達哉が言った。

 

「ああ。こんな行事やるなんて聞いてなかったからな」

「そりゃそうなるわな……まぁ、かく言う俺等も知らなかったんだが」

「静かに!」

 

 紅夜達が話している傍らで他のチームが盛り上がっていたのか、桃からの言葉が飛んだ。

 

「えー、これより隠し芸大会のルールを説明する」

 

 桃はそう言うと、懐から取り出したメモを読み上げた。

 

「今回は、各チームにおいての得意な分野は禁止とする。具体的には、レオポンチームは自動車ネタ禁止、アリクイチームはネトゲネタ禁止、カバチームは歴史ネタ禁止、アヒルチームはバレーネタ禁止。そして、あんこうチームはあんこう踊り禁止だ!」

「私達からネトゲ取ったら何が残るんですか!?」

「同じくレオポンから自動車を取ったら…………」

「歴史を取ったら!」

「バレーを取ったら何が残るんですか!?」

「お前等、其々の得意なもの以外に取り柄ねぇのかよ!?」

 

 口々に叫ぶ各チームに、紅夜は堪らずツッコミを入れた。

 

「私達からあんこう踊りを取ったら………………って、別に取られても困らないね~」

「そうですね」

「寧ろ禁止してほしい」

 

 どうやら、あんこうチームは然程困らないようだ。

 

「今思ったんだが………そもそも俺等って、禁止されるような特技ってあったっけ?」

 

 ふと考えた紅夜が、他の3人に問い掛けた。

 

「言われてみりゃ、別に無いような…………」

「同じチーム内でも、其々特技違ってるからなぁ……」

「チーム全体としての特技って、今思えばねぇな。レイガン、お前等は?」

 

 最後に達哉が答えると、今度は静馬達レイガンに言った。

 

「私達も同じよ。其々特技が違うの」

「俺等スモーキーも同じく」

 

 静馬が答えると、大河もそれに便乗する形で答えてきた。

 

「はいは~い!盛り上がってるトコ悪いけど、未だ説明終わってないからね~」

 

 そんな会話を交わしていると、杏からの号令が飛ぶ。

 メンバーが視線を向けると、舞台の端に何時の間にか設置されていた机の上に、其々1等から3等まで紙が貼られた箱が置かれており、その後ろの椅子に生徒会メンバーの3人が座っていた。

 

「優勝チームには、豪華商品を用意してるからな~」

『『『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』』』

 

 杏がそう言うと、メンバーから歓声が上がる。

 

「因みに、3位は大洗商店街のサマーセール福引補助券、2位は、学食の食券500円分。そして、1位は10万円相当の………『『『『『『『『オオーーーッ!?』』』』』』』』………詳しくは後程発表する!」

 

 桃が言った『10万円相当』と言う単語に、メンバーは一気に盛り上がる。

 

「10万円相当って、もしかして現金かな!?」

「10万円あれば、ティーガーの履帯が1枚買えます!」

「私、ボコのぬいぐるみ買っても良いかな!?」

「良いよ!ボコの何が良いのか分からないけど」

「それより、皆で温泉に行きましょうよ!」

「単位が欲しい…………」

 

「10万円相当って、現金じゃないんだろ?」

「なら、金券ショップで売れば良い!」

 

「よっしゃー、勝つぞー!」

「10万円あれば、ダイブEのカードやアイテムが買える~!」

 

 あんこう、レオポン、アリクイチームの面々は、其々思い思いにやりたい事や買いたいものを言っていく。

 約1名、成績を買収しようとしている者が居るのだが…………

 

「別に欲しいものなんて無いけど…………」

「他のチームに渡ったら、風紀が乱れるよね!」

「風紀を守るために勝ちましょう!」

 

 カモさんチームは、あくまでも『風紀を守る』と言う名目で優勝を目指すようだ。

 他にも、ウサギさんチームが盛り上がったりしている。

 

 

 当然ながら、レッド・フラッグでも盛り上がっている訳で…………

 

「10万円分の何か、か……現金じゃないなら、使い道もねぇよなぁ………」

 

 紅夜は現金じゃない事が残念なのか、大して興味を示していないような反応をする。

 

「金券的なモンなら、プラウダの2人とプール行く時の足しにでもしたらどうだ?」

「ダメダメ!それじゃあ俺1人で金全部使っちまうじゃねぇかよ。此処は皆で折半するべきだ!」

「お前、その辺りの配慮は出来るんだな」

 

 達哉からの提案を真っ向から否定する紅夜を見て、翔はそう呟いた。

 

「静馬。もし金券だったとしたら、アンタは何か欲しいものってある?」

「特に無いわ」

 

 ウキウキと目を輝かせながら聞いてくる雅に、淡々と答える静馬。

 

「静馬って、こう言う時って矢鱈と欲が失せるのよね。まぁいきなりだから無理もないけど」

「でも、紅夜が絡んだら………ヒイッ!?」

 

 ジュース片手に呟く和美に雅は何かを言おうとするが、静馬から鋭い目で睨まれ、蛇に睨まれた蛙のごとく動かなくなる。

 

「静馬の奴、余程紅夜がプラウダの2人とプールに行くのが気に食わねぇんだな………なぁ、深雪。お前は何か欲しいものってあるのか?」

 

 そんな静馬の様子を見ながら呟いた大河は、深雪に視線を向けた。

 

「いいえ、特に無いわ。貴方は?」

「ギターかな」

「大河って、ギター弾くの上手いわよね~」

「祖父さんには負けるけどな………千早は?」

「デジタル時計を幾つか買おうかしら?紀子を叩き起こすためにね」

 

 大河にそう答えると、千早は黒い笑みを典子に向けた。

 その時、紀子は突如として、悪寒に襲われたと言う。

 

 

 

「優勝したいかー!?」

『『『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』』』

 

 杏の問い掛けに、メンバー全員が拳を突き上げて答えた。

 

 

 

 そして、広間の明かりが全て消え、何時の間にか下がっていた垂れ幕にスポットライトが当てられた。

 

「それでは、チーム対抗隠し芸大会、記念すべきトップバッターの登場です!」

 

 元気の良い柚子の言葉と共に、チーム対抗隠し芸大会が始まるのであった。



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第141話~盛り上がる隠し芸大会、前編です!~

 大洗学園艦が寄港し、その港付近にある宴会場にて開催された祝賀会。

 紅夜と静馬の間で微妙な雰囲気が流れながらも、各チーム対抗の隠し芸大会が開催される。

 優勝チームには、10万円相当の何かが贈られると言うのもあり、盛り上がりを見せる各チームのメンバー達。

 其々が1位の商品に思いを馳せる中、チーム対抗隠し芸大会の幕が上がるのであった。

 

 

 

 

 

 

「トップバッターは、風紀を取り締まれば大洗一!厳しさの中に厳しさが滲む!地震雷火事風紀委員、カモさんチームです!」

「(おいおい、其処まで言うか?いや、一応本当の事なんだろうが…………)」

 

 風紀委員の厳しさをごり押しとばかりに強調するような紹介に苦笑を浮かべる紅夜を他所に、垂れ幕が上がる。

 すると、舞台中央で三味線を弾くみどり子と、その両サイドでクラシックギターを弾いているゴモヨとパゾ美が現れた。

  

「ほぉ~、園さんって三味線弾けるんだな。今度教えてもらおうかな」

「ん?達哉、お前三味線に興味あったのか?何か意外だな」

「まぁ、ちょっとな」

 

 風紀委員3人の演奏を聞きながら呟いた達哉に紅夜が訊ねると、達哉は少し照れ臭そうに頬を掻きながら答えた。

 そうしている内に演奏が終わり、彼女等の芸が披露された。

 

「それでは、ご覧にいれましょう!“奇妙奇天裂摩訶不思議”!」

 

 みどり子がそう言うと、ゴモヨとパゾ美はみどり子の背後に隠れる。

 

「先ず最初に、分身の術!」

 

 すると、みどり子の両サイドから、先程隠れた2人がひょっこりと顔を出す。

 

『『『『『『『『…………』』』』』』』』

 

 だが、メンバーからの反応は全く無い。

 

「次に、瞬間移動!」

 

 そう言うと、パゾ美は置かれていた台車の影に隠れる。

 

「『消えた!?』……と思ったら………………あんな所に!」

 

 みどり子がそう言うと、仰向けになったゴモヨがテーブルの下から顔を出し、ギターを鳴らす。

 

「あ、出てきた」

 

 それに興味を示したのは、黒姫だけだった。

 

 その後、ゴモヨは舞台に戻り、既に寝転がっていたパゾ美の上に重なるようにして寝転がる。

 

「幽体離脱~」

 

 そう言うと、ゴモヨは上体を起こす。

 姿が似ているからこそ出来る芸だが、最後までメンバーの反応は、『無』の一言に尽きるのは言うまでもないだろう。

 

「それでは皆さん!」

「「「さ~よ~う~な~ら~~♪」」」

 

 最後は3人同時に別れの挨拶をして、カモさんチームの芸は終わり、垂れ幕が下がった。

 

「それでは次に移ります!」

 

 柚子がそう言うと、再び暗転して垂れ幕にスポットライトが当てられた。

 

「汗はオイル、心はエンジン!カーブでもアクセルは緩めない!トップスピードで人生を駆け抜ける自動車部こと、レオポンチームです!」

 

 自動車部のメンバーをそのまま体現したような紹介を終え、再び垂れ幕が上がる。

 すると、其々の衣装に着替えたレオポンチームのメンバーが、ポーズを決めた状態で姿を現した。

 

「「「「It's show time!」」」」

 

 4人の掛け声と共に、レオポンチームの芸が始まった。

 どうやら手品らしく、ホシノは両手から花を、ツチヤは帽子から白い鳩を出してみせた。

 

「オーッ!」

「凄いです……!」

「コイツは凄いな」

「こんな手品、テレビとかでしか見られないと思ってた」

 

 かなり受けは良く、メンバーも感心した様子だ。

 

「では、最後の大技をお見せしましょう!」

 

 ナカジマがそう言うと、舞台にリフトのギミックでも付けられているのか、アヒルチームの八九式が競り上がってきた。

 

「あーっ!?」

「私達の八九式が!」

「い、何時の間に!?」

 

 突然自分達の愛車が現れた事に、動揺するアヒルチームのメンバー達。

 そんな彼女等を他所に、レオポンチームの大技が披露された。

 

「此処にあります八九式を、見事他の戦車に変身させて見せましょう!」

 

 すると、レオポンチームの面々と八九式を隠すように、白いボードがまたしても競り上がってくる。

 そのボードの後ろから、ドラムロールと共に改造しているのを思わせるような音が聞こえてくる。

 

「うわ~っ!?何て事するのよ~!?」

「私達の八九式~!」

 

 他の面々が緊張した面持ちで見守る中、アヒルチームのメンバーからはブーイングが飛ぶ。

 だが、どうやら時間通りには進まなかったらしく、ドラムロールが終わってもボードは消えない。

 

「あ、ちょっと待っててね」

 

 ボードから顔を覗かせたスズキがそう言って、ボードの向こうに戻っていく。

 そして作業は終わったらしく、ボードが撤去された。

 そして現れたのは、何とレオポンチームの愛車、ポルシェティーガーだったのだ!

 

「凄い!」

「ポルシェティーガーですよアレ!」

「何なのこれ!まさかイリュージョン!?」

 

 あんこうチームでそんな感想が飛び、他の面々も目を輝かせていた。

 これが本当なら、自分達は無料(タダ)でマジックショーを見れたと言う事に……

 

「ふざけんな~!」

「私達の八九式に何すんのよ~!?」

「返せ~!」

「私達の八九式を返せ~!」

 

………なるのだが、アヒルチームからのブーイングの嵐は治まらない。

 

 流石にここまでされては堪らなかったのか、ネタばらしが行われた。

 前に出てきたナカジマ以外の3人が、ポルシェティーガーの両サイドに分かれると、其々逆方向に引っ張る。

 そう。これはイリュージョンでもなく、ただ張りぼてを八九式の前に置いただけなのだ。

 

『『『『『『『『あ~あ………』』』』』』』』

 

 夢を潰されたと言わんばかりに、メンバーから溜め息が漏れ出す。

 

「え、なんでそんな残念そうな声出すの!?」

「ウチの八九式をバカにするな~!」

 

 そんな事もあり、垂れ幕も急ぎめに下ろされた。

 

「は、はい!それでは、3番目のチームの登場です!」

 

 若干焦りの色を見せながら柚子が言うと、暗転して垂れ幕にスポットライトが当てられた。

 

「2次元の戦いに命を燃やし、クリック、エンター、キー操作!指の動きは天下一品!アリクイチームの皆さんです!」

 

 その声と共に垂れ幕が上がり、横1列に並んだアリクイチームのメンバーが姿を現した。

 彼女等の出し物は………………『カエルの歌』だった。

 幼稚園や小学校の音楽では、誰もが経験するであろう、『カエルの歌』、しかも輪唱。

 それを延々繰り返すつもりのようだ。

 

「え、これだけ?」

「これだけみたいだねぇ………」

「え~………?」

 

 ただ歌っているだけの3人に、1年生達は酷く不満げだ。

 

「誰か止めてよ」

「もう良いよ~」

「終わり~!」

「退場!」

 

 アリクイチームの出し物は、ほんの数秒で強制終了となった。

 

「それでは4番手!『出来ない~!』『無理~!』『分からない~!』。年下だから許される!?若いは正義も今の内!1年生ウサギチームです!」

 

 垂れ幕が上がると、舞台上には、何時の間にか体操服に着替えたウサギチームの面々が立っていた。

 

 車長であるが故か、梓はホイッスルで合図を送り、宛ら運動会での組立体操のように、2人1組でのサボテン、6人が横1列に並んでの扇を披露する。

 

「お~、やるなぁ~」

「あんなの見るのは小学校以来だな。俺等は身長高かったから、ピラミッドとかでも土台部分やらされたけど」

 

 紅夜と達哉が、1年生達の演技を見ながら当時の事を思い出し、懐かしむ。

 

「頑張れ~、頑張れ~」

 

 そんな彼等とは違って、沙織は何故かハラハラしたような面持ちで成り行きを見守る。

 

「イェーイ!戦車やれ~!戦車~!」

 

 そんな傍らで、何故か酔っている優花里が無茶を言い出し、それを見たみほや華の表情はひきつっていた。

 

 そうこうしている内に、最後の大技なのであろう、ピラミッドが完成した。

 

「うわ~っ!やったやった~!」

「沙織さん、お行儀悪いですよ」

 

 1年生達の演技が成功して嬉しいのか、思わず立ち上がり、拍手しながら跳び跳ねる沙織を華がたしなめた。

 

「フフッ♪」

「つまらん」

「まぁまぁ、可愛いから良いじゃないの~」

 

 微笑ましそうに笑う柚子の隣で無表情のまま呟く桃だが、その隣に居る杏も、柚子と同じように微笑んでいた。

 

「さぁ!大洗チームでの隠し芸の披露も、折り返し地点に差し掛かりました!次はどのチームが披露するのでしょうか!」

 

 柚子が言うと、再び暗転する広間。そして、下がった垂れ幕にスポットライトが当てられると、また言うのだ。

 

「さぁ、お次は5番手です!」

 

 

 祝賀会は、未々続く。



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第142話~盛り上がる隠し芸大会、中編です!~

 祝賀会にて開催された、各チーム対抗の隠し芸大会。

 最初にカモチームから始まって、レオポン、アリクイ、ウサギと続いてきた。

 無反応、高揚からの落胆、ブーイングなど、かなり散々な評価を下されたチームもある中で、隠し芸大会も折り返し地点。

 5番手となるのはどのチームなのか………………!?

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、5番手の登場です!」

「次は誰だろうな~。カバチームかな?それともカメチーム?」

「それもそうだが、俺等一向に呼ばれねぇけど、何時やるんだろうな?そもそも出番あるのか?」

 

 翔が次のチームが誰なのかと予想を立てる隣で、勘助は、自分達が全く呼ばれない事に首を傾げていた。

 

「復活掲げて幾悽愴!どんな苦労もレシーブし、野次や嘲りブロックし、アタック道を切り開く!バレー部、アヒルさんチームです!」

 

 垂れ幕が上がると、アリクイチームのように横1列に並んだアヒルチームの面々が立っていた。

 

「それでは、物真似やりま~す!分かった人は手を上げて答えてくださ~い!」

 

 典子が元気良く言うと、レッド・フラッグの面々は意外そうな表情を浮かべた。

 

「ほぉ、物真似か」

「アヒルさんチームにしては、随分と可愛らしい芸だな」

 

 ジュースのコップを持った勘助が言うと、翔が付け加えた。

 

「確かにな。磯部さんって、よく『根性』とか言ってるから、此処で根性系の出し物してくれと思った」

「根性系か…………紅夜に喧嘩売るとか?」

 

 翔の言葉に達哉が相槌を打つと、話を聞いていた七花がトンでもない例えを出してきた。

 

「そんな事してみろ。アヒルさんチームはこの舞台からではなく、この世から退場させられる」

「失礼な奴だな。お前は俺をどんな風に見てるんだ?」

「泣く子がさらに泣く、ライオンや虎や鮫もビビって逃げ出すような化け物」

「………お前が俺の事をどう思ってるのか、1度じっくり話し合う必要がありそうだな」

 

 ジト目で睨む紅夜に、達哉がおちゃらけて返すと、紅夜は手をボキボキ鳴らし始めた。

 

「そ、それもそうだが紅夜!アヒルチームの物真似見ようぜ!」

「「(あ、コイツ逃げたな)」」

 

 話題を逸らそうとした達哉を見て、翔と勘助は同じ事を思ったと言う。

 

「わぁ~!面白そうです!」

 

 そんな中で、華は人一倍盛り上がっていた。

 

「五十鈴殿、何故そんなにもワクワクしてるのでありますか?」

 

 人一倍盛り上がっている華に、優花里が訊ねる。

 

「私、当てるの大好きなんです!」

「砲手だけに」

「あ~……」

 

 麻子が言うと、沙織は何処と無く納得したような声を発した。

 

「それでは、第1問です!」

 

 典子が言うと、ティーカップを持った妙子と忍が何かを飲む真似をする。

 

「分かりました!」

「いや、未だ物真似やってませんから!」

 

 直ぐ様手を上げて答えようとする華だが、典子がそれを押さえた。

 

「ねぇ、知ってる?」

 

 突然、妙子が普段の彼女とは思えない程に落ち着き払った声色で話を始めた。

 

「優秀な将とは芽のようなもので、其処から勇敢な兵士が枝のように現れるのよ」

「はい?」

「ダージリンさんとオレンジペコさんです!当たってますよね!?」

 

 妙子と忍のやり取りを見た華は改めて答え、正解を周囲に確認しようとする。

 

「当たってるけど、これ、逆に当てられない方がどうかしてるよ…………」

 

 そんな華に、沙織は白けたような視線を向けながら言った。

 

「では、次いってみよう!」

 

 典子がそう言うと、今度はあけびが片眼鏡を掛けた。

 

「分かりました!」

「すみまんが五十鈴さん、物真似の後にしてください!」

 

 またしても一番乗りで答えようとする華だが、典子にそう言われて大人しく引き下がった。

 

「良いか!?下手な芸をした奴は絶対に許さん!厳罰に処す!」

 

 あけびがしたのは、桃の真似だった。

 

「お~、河嶋の真似か~………似てるよな、小山?」

「そうですね」

「全然似とらん!」

 

 杏と柚子は笑っているが、まさか自分の物真似をされるとは思わなかったのか、桃は顔を真っ赤にしながら断固として否定した。

 

「桃ちゃん、そんなに怒らなくてもぉ………」

「“桃ちゃん”と呼ぶなぁ!」

 

 あけびに“桃ちゃん”と呼ばれ、桃は、普段柚子に言っている台詞をあけびにぶつけるが、当のあけびはそのままスルーしていた。

 

「もう駄目だよぉ~、柚子ちゃ~ん!」

『『『『『『『『あはははははは!!』』』』』』』』

「わ、笑うな!何故笑う!?」

 

 余程似ていたらしい。メンバー全員が大笑いしていた。

 

「や、止めてください!皆チームメイトなんですから!戦うのは味方とではなく、戦車なんです!」

「みほさん!」

「え、私!?」

 

「に、西住殿の言う通りであります!」

「秋山さん!」

 

「ぐー………」

「麻子さん!」

 

「女子はねぇ、下手にスペック高いのよりも、低い方がモテたりするの!ちょっとポンコツな方が可愛いでしょ?」

「沙織さん!」

 

 典子が続けざまに物真似をすると、華は的確に当てていく。

 このまま次も当てるのかと思いきや…………

 

「弾は1発で十分です。必ず当ててみせます!」

「これは、何方でしょう?」

「「「「ええっ!?」」」」

 

 最後のは当てられなかった。どうやら、自分の物真似だとは分からないようだ。

 

「「「「以上で~す!!!」」」」

 

 そして、アヒルさんチームの出し物が終わり、垂れ幕が下がった。

 

「もう終わりですか…………」

「残念そうにしてるの華だけだよ」

 

 物足りなさそうに呟く華に、沙織はやれやれと言わんばかりの表情で言った。

 

 

 

「次、6番手!未来は見ない、過去を見る!ロマン求めてなりきって、カバさんチーム!」

 

 その声と共に垂れ幕が上がると、ピアノを弾いているエルヴィンと、その隣の椅子に腰掛けるおりょう。鼻に洗濯バサミをつけている左衣紋佐、そして、その隣に並び立つカエサルが現れた。

 

「そんな事したって、鼻は高くならないわよ。エイミー」

「そんな事ないわ、ジョー」

 

 カエサルが言った事に、洗濯バサミを挟んでいるからか、鼻声で左衛門佐が返す。

 

「フフッ………」

「エイミーは今のままでも可愛いわ」

 

 おりょうがその光景を見ながら微笑んでいると、エルヴィンはピアノを弾きながらそう言った。

 

「ベスは優しいのね」

「メグお姉様の方がお優しいわ」

 

「…………何だこの劇?」

 

 それを見ていた紅夜が、小声で達哉に訊ねた。

 

「さぁ?俺にもよく分からん」

 

 だが、達哉でも分からないらしく、聞かれた達哉も首を傾げるばかりだ。

 

「見たところ、カエサルさんがジョー、左衛門佐さんがエイミー、エルヴィンさんがベスでおりょうさんがメグを演じてるようだが…マジで何だろうな………勘助、お前は何か知ってるか?」

「いや、全然」

 

 どうやら、ライトニングのメンバー全員が、この劇を知らないようだ。

 

「あー!私知ってるよ、この劇!“若草物語”だ!」

「何それ?」

 

 梓は知っているらしく、劇のタイトルを思わず口にするが、どうやらウサギさんチームの中で、知っているのは彼女だけのようだ。

 

「ぐあっ!?」

 

 突然、エルヴィンが演じるベスが吹っ飛び、地面に倒れた。

 

「ッ!?ベス!」

「どうしたの、ベス!?しっかりして!」

「は、早くベッドへ!」

 

 それを見た3人はパニックに陥り、ベスをベッドへと運ぼうとする。

 すると、一旦垂れ幕が下がり、数秒後には上がる。

 何時の間にか、舞台のセットも変わっており、ベッドにベスが寝て、他の3人が看病している場面から、誰かの寝室である事が分かる。

 

「お願い、ベス。助かって……!」

「私、良い子になるから!」

 

 ベッドに寝かされたベスに、ジョーとエイミーは言う。

 

「ああ、こんな時にお父様が居てくださったら………」

「お父様は、1861年から始まった南北戦争で、立派に戦っていらっしゃるのよ」

 

 どうやら父親も居るらしく、彼が居たらと願うメグに、ベスはそう言った。

 

「南民がサムスター要塞を攻撃したのがきっかけだったのよね?」

 

「おい、お前等!歴史ネタ禁止と言った筈だぞ!」

「分かってます、分かってます」

 

 歴史上の出来事を口にするメンバーに、桃の言葉が飛ぶが、カエサルはヒラヒラと手を振りながら答えた。

 そして、劇は再開される。

 

 

「ああ、お父様が居てくださったら!」

「お父様は立派に戦っていらっしゃるのよ!」

「戦争が長引くからいけないんだわ!」

 

 エイミーは涙声で言う。

 

「第一次ブルマンの戦いで南軍が激しく抵抗するから!」

「ロバート・エドワード・リーが、アメリカ史上屈指の名将だから!」

 

「お~ま~え~た~ち~!」

「分かってます、分かってますって」

 

 手をボキボキ鳴らしながら言う桃に、カエサルはまたしても、手をヒラヒラと振りながら言った。

 

 

「く、苦しい………」

「しっかりしなさい、ベス!」

「死なないで!私、良い子になるから!」

 

 苦しむベスに寄り添い、尚も言葉を投げ掛ける3人。

 

「リンカーンが大統領に就任したら戦争は終わる!」

「そうしたら、お父様も絶対に帰ってくる!」

 

「でもリンカーンは、ロバート・エドワード・リーが降伏した6日後に暗殺されるのよ」

「フォード劇場でね」

「ボックス席に座っていたところをデリンジャーピストルで撃たれたのよ!」

「1865年の事よ。その時は日本でも色々あったわ!雷門が焼けたり、長崎で蒸気機関車が走ったり…………」

 

「お前等、歴史ネタ禁止と言ったろ!強制終了だ!退場、退場!」

 

 遂に耐えかねたのか、舞台に乱入してきた桃によって、カバチームの劇は強制終了となった。

 

 

 

「それでは皆さんお待ちかね!まさかの戦い繰り広げ、戦車道史に新たなページを刻んだ、優勝の立役者!」

 

 そして垂れ幕が上がり、戦隊もののスーツに身を包んだみほ達あんこうチームの面々が現れる。

 

「野行き森行く、オリーブドラブ!」

「海は任せろ、ネイビーブルー」

「黒い森行く、ジャーマングレー!」

「砂漠に咲く花!デザートピンク!」

「錆から守る、オキサイドレッド!」

 

「戦隊ものか~。ガキの頃はよく見てたなぁ~」

 

 其々ポーズを取りながら名乗るあんこうチームの面々を見ながら、紅夜は呟いた。

 

「5人の力で戦車が動く!」

「「「「「我等、パンツァー5!!」」」」」

 

 5人が同時にポーズを決めると、彼女等の背景に、あんこうチームのエンブレムと『P5』と言う文字が現れた。

 

「「わぁ~っはっはっは~~!」」

 

 すると、何とも棒読み感満載の笑い声を上げながら、カジキの着ぐるみに身を包んだ桃と、貝の着ぐるみに身を包んだ柚子が、リフトの上に現れる。

 

「あーっ!彼処に敵が!」

「悪の組織、“生徒会”だ!」

 

「大洗は我々が支配した~!」

「此処は悪の本拠地になるのよ~!」

 

 指を指して声を上げる華と優花里に、桃と柚子はそう言った。

 すると、パンツァー5のメンバーは揃ってポーズを決める。

 

「そうはさせない!」

「私達が、お前達を倒す!」

「行くわよ、生徒会!」

「正義の拳を受けてみよ!」

「行くぞ……ッ」

 

 その声と共に、ヒーローショーでもよく見かけるようなバトルが繰り広げられる。

 因みに、それを見ていたウサギさんチームの面々は、かなり楽しんでいた。

 

「うぅ~、やられた~!」

「くそぉー!」

 

 柚子は倒れた際に、横幅の広い着ぐるみのせいで立てなくなり、桃はカジキの角が床に刺さり、抜けなくなっていた。

 

「どうでも良いが、穴空いたなら修理しとけよ~?」

「紅夜、その台詞は雰囲気ぶち壊しになるから言うな」

 

 紅夜がふと呟いた事に達哉がツッコミを入れると、別のリフトからあんこうの着ぐるみに身を包んだ杏が現れた。

 

「パンツァー5!この“あんこう怪人”が相手だー!」

 

 杏が言うと、それと連動するかのようにあんこうの着ぐるみの口も動く。

 

「今度はお前等が鍋になる番d……「とうっ!」……あ~れ~!」

 

 杏が言い終わるのも聞かず、みほがワイヤーアクションでの蹴りを喰らわせ、杏が演じるあんこう怪人を蹴飛ばす。

 

「お~、良いぞ良いぞ~!」

「やれやれ~!」

『『『『『『あんこうを倒せ!』』』』』』

『『『『『『あんこうを倒せ!』』』』』』

 

 それを見ていたメンバー全員、最早ノリノリである。

 そして止めを差す場面になるのだが………………

 

「むぅ~!」

 

 余程あんこうが好きなのか、自分が倒されると言う展開に納得がいかない様子の杏。

 

「そうはさせない!おらぁ!」

 

 すると起き上がり、あろうことかパンツァー5のメンバー全員を飛び蹴り1発で吹っ飛ばしたのだ!

 

「えええ~~~~~ッ!?其処までして勝ちてぇのかよあんこう怪人!?」

 

 それを見た紅夜が、堪らずツッコミを入れる。

 

「会長!」

「段取りが違います!」

「やられる筈だろ!」

 

 蹴り飛ばされた5人は文句を言うが、杏は聞く耳を持たない。

 

「五月蝿い!大洗は、あんこうが守る!」

『『『『『『『『オオーーーッ!』』』』』』』』

「いやいや!それで良いのかよお前等!?つーか劇滅茶苦茶になっちまったじゃねぇか!」

 

 観客達からの拍手の中に盛大なツッコミを混ぜながら、あんこうチームの出し物は終了した。

 

「………俺、この祝賀会終わったら角谷をシバき倒しとくわ」

「今のお前がやったら確実に角谷さんが死ぬから止めろ!」

 

 ハイライトを失い、最早ルビーのような赤い瞳にドス黒い雰囲気を含ませた目で言う紅夜を、達哉は思わず羽交い締めにした。

 

 

 

「さて次は、悪知恵猿知恵働かし、花も嵐も踏み越えて、どんな苦境も乗り切った、ご存じ生徒会、カメさんチーム!」

「ちょっと待て!今言ったの五十鈴さんだろ!?何時の間に移動してたんだ!?」

「紅夜、その辺りは気にしたら負けだ」

 

 達哉がそう言って宥めるのを他所に、垂れ幕が上がる。

 其所には湖の絵を背景に、白いレオタードを着た柚子が居た。

 

「生徒会の出し物は、“白鳥の湖”ですね。此処で、バレエに詳しいバレー部の佐々木さん、解説をお願いします」

 

 実況するような口振りで、典子があけびに言った。

 台詞の一部に駄洒落が含まれているが、気にしたら負けである。

 

「あれは、オデットが小山さんで、王子が会長と言った配役ですね」

 

 あけびがそう言う前で、杏がポーズを取った柚子を両手で持ち上げた。

 

「見事なリフトが決まりました!」

 

 あけびが言うと、今度は黒いレオタードを着た桃が現れる。

 

「恋敵役の黒鳥が河嶋さんですが、この次が見せ場です!」

 

 あけびがそう言うと、桃は高速で回り始める。

 

「うわっ、速っ!」

 

 あまりの回転速度に、紅夜は驚きのあまり、目を丸くする。

 

「これは素晴らしい!32回転フェッテ!軸足もブレる事無く、見事に成功しました!」

 

 あけびがそう言うと、垂れ幕もゆっくり下ろされた。

 これで、大洗の8チームの出し物が全て終了した。

 このまま結果発表に移る……と、思いきや………………

 

 

 

 

「んじゃ、次はレッド・フラッグの皆に出し物やってもらうよ~♪」

『『『『『『『……………はい!?』』』』』』』

 

 

 はてさて、この先どうなる事やら。



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第143話~盛り上がる隠し芸大会、後編です!~

 此処で、エンカイ・ウォー編にオリジナルが入ります。
 ノリと勢いで書きます!反省も後悔もしません!(←どちらかはしろ!)


「おいおい、俺等も隠し芸を披露するってマジかよ」

「その辺の知らせは全然聞いてなかったから、いきなり何か披露しろとか言われてもなぁ」

 

 祝賀会において、大洗チームの隠し芸大会で盛り上がりを見せている中、突如としてレッド・フラッグも隠し芸を披露する事が決まり、当のメンバーは戸惑いを隠せずにいた。

 

「練習全くしてねぇけど、全員でバカッコイイムービーを実践してみるか?」

「その発想はどっから湧いてきたんだよ大河…………」

「いや、この際だから紅夜にバイクでスタントやってもらうのは?」

「トンでもねぇ事言うなよ雅」

「達哉と紅夜の天下一武道会は?」

「翔、お前は俺に死ねってのか?」

 

 等々、出し物が思い浮かばずにもめるレッド・フラッグ一行。

 それを見ていた杏は、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべながら紅夜達に近づいた。

 

「いやぁ~、もめてるねぇレッド・フラッグの皆」

『『『『『『『誰のせいだ、誰の!』』』』』』』

 

 おちゃらけたように言う杏に、レッド・フラッグ全員からのツッコミが飛ぶ。

 

「まぁまぁ、そんなに怒らなくても良いじゃん。こんな事もあろうかと、用意してるものがあるんだよ!」

「“用意してるもの”?」

「何だそりゃ?」

 

 杏の言う意味が分からず、首を傾げるレッド・フラッグ一行。

 

「それじゃあ角谷さん、その“用意してるもの”ってのは何だ?」

 

 そう言って詰め寄る紅夜を、杏は手で制した。

 

「まぁまぁ、紅夜君。焦るのは良くないよ。先ずは恒例のをやらなきゃね」

 

 杏はそう言うと、目線で柚子に合図を送る。

 それに頷いた柚子は、マイクを持ち直して言った。

 

「さぁ、それでは始めてもらいましょう!」

 

 柚子がそう言うと、広間が暗転して垂れ幕にスポットライトの光が当てられる。

 

「常識なんて通じない!数のハンデも撥ね飛ばし、危険地帯にも平気で乗り込んでいく怖いもの知らずな最強チーム、レッド・フラッグにやってもらうのは、これです!」

 

 威勢の良い柚子の声と共に垂れ幕が上がり、舞台の照明がつく。

 其所には丸いテーブルの上に皿が置かれており、その上には、17個の栗饅頭が置かれていた。

 

「レッド・フラッグ、プレゼェ~ンツ!“ロシアンルーレット、栗饅頭バージョン”!」

 

 杏がそう言うと、天井からゲームのタイトルが書かれた横断幕が降りてきた。

 

「ん?あの横断幕の模様は………」

「……?横断幕の模様がどうした………あー、成る程」

 

 降りてくる横断幕を指差しながら呟く翔の隣で、勘助もその横断幕を視界に捉えると、とあるチームへと視線を向ける。

 

「「「「………………」」」」

 

 試験を向けられたのはカバさんチームで、エルヴィン達4人は一斉に目を逸らした。

 おまけに、皿に置かれている17個の栗饅頭も、大洗チームのメンバーが作ったものらしく、メンバーの何人かがエルヴィン達と同様の反応を見せた。

 

「やれやれ………どうやらこれ、大洗の連中も1枚噛んでるらしいわね」

「まぁ良いんじゃね?あんこう躍りやらされるよかマシじゃねぇか」

 

 溜め息混じりに呟く千早を、大河が宥める。

 

「栗饅頭か………俺、食った事1回もねぇんだよな」

「同じく」

 

…………約2名程、ゲームの内容に興味を示さない者も居るが、気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、このゲームの内容を説明しま~す!」

 

 あれから少し経ち、レッド・フラッグのメンバーと黒姫達3人の付喪神が舞台に上がり、そのテーブルを囲むようにして立つと、マイクを持った杏が言った。

 

「まぁ、ルールは普通のロシアンルーレット同様、全員1個ずつ好きな栗饅頭を選んで、皆一斉に食べてもらいま~す!」

「本当に普通のロシアンルーレットだな」

 

 内容の説明を聞きながら、紅夜はそう呟いた。

 

「17個中15個はセーフだけど、残りの2個に入ってるのは~………………秘密!」

「溜めてから言うのかよ!?」

「相変わらずツッコミ好きだなぁ、お前は」

 

 そんな事もありながら、レッド・フラッグのメンバーにはどの栗饅頭にするのかを決める時間として、2分間与えられた。

 

「この中で助かるのは15人か…………」

「助かる側は未だしも、当たる側は堪ったモンじゃないだろうな」

 

 皿の上に置かれている栗饅頭を眺めながら、大河と新羅はそう言い合った。

 

「俺、後で一人芸する事になってるから外れてほしいぜ」

「ん?そうなのか?」

 

 紅夜がふと呟くと、それに大河が反応した。

 

「ああ、そうなんだよ…………ほら、俺って全国大会が終わった後で入院したろ?」

「ああ、そんな事もあったな…………まさかとは思うが、それから1週間で帰ってくる予定だって言ったのに3週間も帰ってこなかったから罰を受けろ的な感じか?」

 

 大河がそう言うと、紅夜は苦笑しながら頷いた。

 

「良いんじゃないの?罰受けて頭冷やしなさいな」

「静馬ぁ、お前未だ怒ってるのかよ……」

 

 ノンナとクラーラからの手紙を読んでから、紅夜に対しては何かと突っかかってくるようになった静馬に、紅夜は溜め息混じりにそう言った。

 

「ほらほら、ウダウダやってないで早く決める!」

 

 杏に急かされたメンバーは、適当に栗饅頭を手に取っていく。

 

「ここまで来たら……」

「誰が外れを引こうと………」

「文句無しだ!」

『『『『『『『せぇーーのっ!!』』』』』』』

 

 そうして、メンバーは一斉に、栗饅頭を口の中に放り込んだ。

 

「…………ん?俺のは普通の栗饅頭か」

「俺もだ………うん、美味いなこれ」

 

 勘助と翔は普通のを引いたらしく、美味そうに食べていた。

 

「あら、私のも普通ね」

「同じく」

 

 続いて、静馬や紀子、和美も普通に食べている。

 付喪神3人組や、大河や深雪達スモーキーも普通の反応だ。

 

「だとすると………」

 

 それを見ていたみほが、残った紅夜と達哉に目を向ける。

 

「辛ァァァァアアアアアアアッ!!!?」

「あ~あ、達哉君やっちゃったね…………」

 

 今にも口から火を吐きそうな程のリアクションを取り、舞台の上でのたうち回る達哉を見ながら、沙織は呟く。

 

「彼奴が何時戻ってきても良いようにしておいてやるか…………」

 

 麻子はそう言って、コップに水を注いでいた。

 

「………………?」

 

 達哉がのたうち回っている中、紅夜だけは平然としていた。

 

「何だよこれ?何も起きねぇじゃんかよ」

 

 何も変化が起こらなかった事に落胆しつつ、紅夜は席に戻っていった。

 

「辛ェェェェエエエエエッ!!水くれェェェェエエエエエッ!!」

 

 後ろでのたうち回る親友を置いて………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ~て!出し物も終わった事だし、結果発表始めるよ~!」

『『『『『『『『『オオーーーッ!!!』』』』』』』』』

 

 杏が言うと、メンバーが歓声を上げる。

 

「それでは、結果を発表する!」

 

 桃が続けるとドラムロールが始まり、幾つものスポットライトの光が床をさまよう。

 

「第3位は………………ウサギチーム!」

 

 桃がそう言うと、スポットライトがウサギチームの面々を照らした。

 

『『『やったぁー!!』』』

 

「続いて2位………………あんこうチーム!」

「オオーッ!」

「やりましたね!」

「やったぁー!!」

 

「最後に、第1位!栄えある第1位は………………」

 

 その言葉に、メンバーは緊張した面持ちで結果を待つ。

 そして、ドラムロールが終わり、スポットライトが照らしたのは………………

 

「生徒会、カメチーム!」

『『『『『『『『『エエーーーッ!!?』』』』』』』』』

 

 桃の言葉に、メンバーからブーイングが飛んだ。

 

「まぁ、薄々勘づいてはいたが、まさかマジでこうなるとはな」

「最早1種の出来レースだな」

「まぁ会長が会長だからね」

 

 ブーイングの中、平然としているレッド・フラッグの面々は、呑気にそんな会話を交わしていた。

 

「…………」

「………ご主人様?」

 

 そんな中、テーブルに突っ伏しそうになっている紅夜に、黒姫が話し掛けた。

 

「………ん?どうした?」

「それは此方の台詞だよ。大丈夫なの?あのロシアンルーレットが終わってからのご主人様、何か変だよ?」

「そうかな………まぁ、大丈夫だと思うぜ?」

 

 そう言って、紅夜は視線を生徒会の3人に向けた。

 

「それじゃあ、優勝したのは私達って事で、優勝商品の発表をしま~す!」

 

 すると、再びドラムロールが始まり、その終了を知らせるシンバルの音が鳴り響くと、下がっていた垂れ幕が上がり、秘密とされていた優勝商品が姿を現した。

 

「最高級の干し芋1年分!やったな河嶋!」

「は、はぁ…………」

 

 優勝商品に大層満足している杏だが、話を振られた桃の反応はイマイチだった。

 

「(ど、どう反応すれば良いんだ?これ…………)」

「(どうしよう………凄く………………)」

『『『『『『『『『『(要らない)』』』』』』』』』』

 

 1人喜んでいる杏を見ながら、メンバー全員そう思っていたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ~て、隠し芸大会も終わっちゃった訳だけど…………次は何して遊ぼっか~?」

「え?お、おい角谷さんよ」

 

 未だ遊び足りないのか、次は何をするかと言い出した杏に、達哉は待ったをかけた。

 

「ん~?どったの辻堂君?」

「いや、もうそれなりに夜遅い筈なんだが…………俺等、何時まで此処に居れるんだ?」

 

 尤もな質問をする達哉に、メンバーはハッとしたような表情を浮かべた。

 達哉がスマホを取り出して電源を入れ、今の時刻を調べると、もう11時になっていた。

 だが、当の杏は平然としている。

 

「あ~、それならダイジョブ!明日の5時には出れば良いって、この宴会場を予約した時に話つけといたからさ」

「マジかよ!?」

 

 杏からのトンでもない返答に、達哉は思わず声を上げた。

 

「まぁ、そう言う訳だから!今日は夜通し遊びまくるぞ~!!」

 

 杏は、1度言い出したらもう止まらない。他のメンバーが呆然としている間に話は進み、一先ず、新しい遊びを考え付くまで各自自由行動となった。

 

 

 

………………だが

 

 

「…………ッ!?」

「?ご主人様、どうしたの?」

 

 突然、紅夜の体に異変が起こった。目を細め、表情を歪める。

 

 

「うぐっ!?……ア………アアァ………」

「ど、どうしたの!?しっかりして!」

 

 突如として苦しみ出した紅夜に、黒姫が飛び付く。

 他のメンバーもそれに気づき、紅夜に近づいていった。

 先程まで冷たく接していた静馬もこればかりには驚き、紅夜に駆け寄った。

 

「え、何?何があったの……って、うわっ!?紅夜君どうしたの!?」

「ぐぅ………ぅぅぅああ”あ”あ”あ”っ!!!?」

 

 床に倒れ、もがき苦しむ紅夜。

 

「紅夜………どうしていきなり…………ッ!まさか!?」

 

 もがき苦しむ紅夜に疑問を覚える静馬だが、思い当たる節があるのか、ある方へと視線を向けた。

 その視線の先には、杏達生徒会の3人が居る。

 こうなるとは思わなかったとばかりにオロオロしている3人を見た静馬は、そのままずかずかと歩き出し、杏の胸倉を右手で掴み上げた。

 

「…………会長、どういう事なのか説明してもらえますか?まさか、紅夜が食べた栗饅頭に毒入れたとかではありませんよね?だとしたら…………」

 

 そう言いかけ、静馬は空いている左手を杏の首に添え、今にも絞め殺しそうな目で睨む。

 

「ま、待って須藤ちゃん!ああなるとは思わなかったの!それに毒だって入れてないよ!」

「じゃあどうして!?なんで紅夜があんなにも苦しむのよ!?」

「私に聞かれても分からないよ!」

 

 静馬と杏の言い争いは激しさを増し、桃と柚子が慌てて2人を引き剥がす。

 

「アンタ、今直ぐ表出なさいよ!ぶち殺して海に投げ込んでやるわ!」

 

 暴走状態にある静馬は、最早止めようがない。

 だが、その時だった。

 

「おい!大変だ!」

 

 羽交い締めにしていた桃の拘束を振りほどいた静馬が杏に飛び掛かろうとした時、達哉がバタバタと駆け寄ってきたのだ。

 

「何よ達哉!?」

 

 頭に血が昇っており、冷静さを失っている静馬が振り向き様に怒鳴ると、達哉は叫んだ。

 

 

 

 

「紅夜の体が縮んだ!」

「………………は?」




 7/10(日)、午前9時頃、作者は17歳になっていた。
 休日と言う名の、良い夢を見させてもらったぜ。






 さてさて、ここで初の次回予告!


 突如として苦しみ出した紅夜は、なんと体が縮んでいた!
 何処ぞのアニメ染みた展開に戸惑う一行。だが、体が縮んだ紅夜は、心も無邪気な子供に変わり………………!?

 そんな紅夜に酔いしれる大洗一行!さらに、偶然居合わせた(←これ大事)他校の隊長達もこれを知り、その場は一気にカオスとなる!

 はてさて、この先どうなりますことやら。


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第144話~状況説明です!~

 隠し芸大会で盛り上がりを見せた、大洗女子学園戦車道チームとレッド・フラッグによる祝賀会。

 突如として出し物を披露する事になったレッド・フラッグだが、意見が纏まらなかった事もあり、結局出し物は、杏や他のメンバーで予め用意していたと言う、栗饅頭でのロシアンルーレットとなった。

 そのロシアンルーレットにてハズレを引いた紅夜と達哉だが、達哉が激辛の栗饅頭を食べ、あまりの辛さにのたうち回る傍らで、紅夜は何の反応も見せなかった。

 

 結局、そのまま紅夜に変化が訪れる事無く迎えた結果発表。

 3位は、1年生達ウサギチーム、2位は、みほ達あんこうチーム。そして、1位は生徒会、カメチームとなった。

 

 

 その後、杏がこの宴会場を翌日の午後5時まで使用出来るように話をつけていたのもあり、夜通しでの祝賀会が決まった訳だが、その時、紅夜の体に異変が訪れる。

 何と、紅夜は突然倒れ、もがき苦しみ始めたのだ。

 突然苦しみ始める紅夜を見てパニックになる面々だが、静馬は、紅夜が苦しんでいる原因が、ロシアンルーレットでの栗饅頭にあると見抜き、杏を問い詰める。

 だが、その時に達哉が話に割り込んできて、紅夜の体が縮んだと言い出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅夜の体が、縮んだ………?」

「そうなんだよ。それも、何処ぞの探偵アニメみてぇな小学生ぐらいじゃなくて、5歳とかその辺りだ」

 

 達哉から衝撃の事実を知らされた静馬は、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべて聞き返し、それに達哉は頷いた。

 その後、静馬は紅夜の元へと走り出した達哉についていった。

 

 先程紅夜が苦しんでいたのもあってか、既に紅夜の周りには、みほ達大洗チームやレッド・フラッグの面々が居た。

 そんな人だかりを掻き分け掻き分け、静馬は紅夜の元へと辿り着いた。

 

 体が縮んだ紅夜は、今は眠っており、黒姫に膝枕をされていた。

 

「黒姫、紅夜の状態は?」

 

 静馬は紅夜を起こさないよう、小声で黒姫に訊ねる。

 

「今のところは問題無いよ。体が縮んでからは、大分落ち着いたみたい」

 

 黒姫がそう言うと、静馬は安堵の溜め息をついた。

 

「それじゃあ、最初に紅夜が苦しんでいたのは…………」

「栗饅頭と一緒に飲み込んだ薬か何かが効いてきたんだろうな」

 

 達哉はそう言うと、杏達の元へと近づいた。

 

「なぁ、角谷さんよ。お前、紅夜が食った栗饅頭には何入れたんだ?……いや、まぁ紅夜の様子からして、大体の想像はつくんだが……………」

「あー、その…………」

 

 達哉が訊ねると、杏は言いにくそうにしながら目を泳がせる。

 

「ねぇ、達哉」

「ん?」

 

 だが、そんな時、眠っている紅夜を抱き抱えた黒姫が達哉に声を掛けた。

 

「ご主人様が起きちゃうかもしれないから、少し離れた場所で寝させてから話の続きをしてくれる?」

「え?……あ、そうだな。良いぜ」

 

 達哉が頷くと、黒姫は紅夜を抱いて、アリクイチームが座っていた場所に寝かせると、そのまま戻ってきた。

 因みに、黒姫が戻ってくるまでの数秒の間に、杏達生徒会メンバーの3人は、横1列に並んで正座させられていた。

 

「さぁて、会長?紅夜が何故あんなに小さくなったのか、洗いざらい全部話してもらおうかしら?」

「う、うん………それがね………………」

 

 静馬の気迫に圧されながら、杏は紅夜が子供になった理由を話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『『『子供になる薬?』』』』』』』

「ああ、そうなんだ」

 

 メンバーが聞き返すと、桃が頷く。

 

「これは、紅夜君がバイクの免許を取ろうとしている間の事なんだけどね……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

――数日前――

 

『――成る程、では、夏休みの――――では別の学校とチームを組む…………と言う事ですね?』

「そっ!」

 

 その日、杏は聖グロリアーナのダージリンと、夏休み中に行われる“ある行事”について連絡を取っていた。

 

『分かりました。では、私達もペアを組んでくださる学校を探すとしましょう』

「いやぁ、悪いねぇ」

『いえいえ、お気になさらず』

 

 受話器の向こうでは、何時ものように落ち着き払ったダージリンの声が聞こえてきた。

 

『ところで、角谷さん?』

「ん?どったの?」

 

 突然話題を変えてきたダージリンに、杏は聞き返す。

 

『貴女達、紅夜さんのお見舞いには行ったのですか?』

「……いや、残念ながら行けてないなぁ。まぁ、入院初日と2日目には須藤ちゃん……あ、レッド・フラッグの副隊長でパンターA型の車長やってる娘なんだけど、あの娘が行ってくれたよ………でも、なんでいきなり?」

『それがですね………』

 

 そう言うと、ダージリンは紅夜の見舞いに行った時の事を語った。

 紅夜の病室に向かう最中にサンダースのケイと遭遇し、そのまま2人で紅夜の病室を訪れた事や、ケイと共に、昼食を紅夜に食べさせた時の事を、楽しそうに語っていた。

 

『――それで、その時の紅夜さんときたら、本当に可愛くて……………』

「ほぉ~」

 

 相槌を打ちながら、杏は最早のろけ話になりつつあるダージリンの話を聞いていた。

 すると、受話器の向こうからダージリン以外の女子生徒の声が聞こえてくる。

 

『ごめんなさい、少し呼ばれたので、この辺りで』

「あいよ、じゃね~」

 

 そう言って電話を切ると、杏は元々座っていたリクライニングチェアに深々と凭れ掛かる。

 

「会長、やけに長く電話していましたね」

「そうなんだよ、ちょっとのろけ話聞かされてね………ダージリンがケイと一緒に、紅夜君のお見舞いに行ったんだってさ」

「それで、長門の様子は………?」

「良好だってさ。本人も元気そうだって言ってたよ」

 

 桃の質問に杏が答えると、桃と柚子は安堵の溜め息をついた。

 

 

 その後、3人は生徒会室を出て校内を歩き回っていたのだが、その間、杏の機嫌は良いものとは言えなかった。

 

 

「それにしても紅夜君、入院してる間に随分と良い思いしてるそうじゃん。私等が心配してる影でダージリン達に『あ~ん』とかしてもらったらしいし………」

 

 不機嫌そうに言いながら、杏は紅夜が帰ってきた後、彼に何かしらの悪戯を仕掛けようと画策したのだが、紅夜に対して有効な悪戯が思い浮かばずにいた。

 一応、紅夜は妖艶な雰囲気での誘惑を苦手としているが、少なくとも、杏の知り合いの中でそれが出来る者は居ない。

 レッド・フラッグの静馬などに頼んだとしても、スルーされるのが関の山である。

 

「う~ん、何か良さそうな悪戯は無いのかねぇ~?」

「落とし穴とかはどうですか?」

「それではスケールが小さすぎるだろ。第一、建物内に落とし穴など掘れんからな」

 

 そう言いながら歩いていた、その時だった。 

 

「遂に………遂に完成したぞ!」

「ん?」

 

 通り掛かった教室のドアの向こうから、何かの完成を喜ぶ声が聞こえてくる。

 教室のプレートを見ると、其処には“科学実験室”と書かれていた。

 

「科学部か~、こんな部活もあったんだねぇ……面白そうだし、ちょっと見ていこっか!」

 

 そう言うと、杏は2人を連れて科学実験室へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――んで、其所でちょうど子供になる薬作ってて、それが完成したらしいから、1錠貰ってきたって事なのさ」

 

 正座させられながら、杏はそう言った。

 

「そう言う事なのね…………それで?その薬の効果は何時まで?」

「24時間だ」

 

 静馬の問いに、桃は即答で答える。

 

「つまり、明日の夜11時頃まで、祖父さんはこのままって訳か」

「そうなるだろうな………まぁ、でも大丈夫だろ」

 

 大河の呟きに、何故か楽観したような返事をする達哉。そんな達哉に、他のメンバーは怪訝そうな視線を向けた。

 

「大丈夫って、何が大丈夫なんだよ?」

 

 そのメンバーを代表するかのように、大河が訊ねる。

 

「いや、だって明日になれば、俺等は此処を出て学園艦に戻る訳だし、そもそも明日は休日だからな。その辺は黒姫や静馬辺りが何とかするだろうよ。なんなら俺も手伝いに行けば良いし」

『『『『『『『『あ~~!』』』』』』』』

 

 達哉の尤もな意見に、一同は納得したように頷いた。

 『これで全てが解決する』と、誰もが思っていたのだが………………

 

「あ~、いや。その事なんだけどね……?」

『『『『『『『『?』』』』』』』』

 

 突然話を切り出してきた杏に、メンバーは視線を向ける。

 

「実は、紅夜君が薬飲んだ直後に、あちこちの学校にメッセージ回しちゃったから……」

「へぇ~…………だから?」

 

 静馬は黒い笑みを浮かべながら、杏の頭を鷲掴みにして続きを促す。

 

「少なくとも、サンダースや聖グロ、プラウダから“お客さん”が来るよ」

『『『『『『『『………………はぁ!?』』』』』』』』

 

 杏のトンでもない発言に、メンバーは驚愕のあまりに目を見開く。

 

 

 そんなメンバーを置いて、大洗の港に、ヘリや飛行機、そして船が全速力で向かってきているのであった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ミカ。なんで大洗に行こうなんて言い出したの?」

「…それはね、アキ。風が私に言ったのさ……『明日、大洗で面白いものが見えるよ』ってね」

「面白いもの、ねぇ~。そりゃ楽しみだな!」

 

 

 

 

 明日の紅夜の運命や如何に?



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第145話~ちびっこ紅夜君、その1です!~

 朝6時―――未だ殆んどの人は夢の中に居り、一部の人々が、先に1日を始めようとするこの時間。

 此処は、大洗女子学園戦車道チームとレッド・フラッグによって行われた祝賀会の会場。

 明かりの消えたこの広間では、47人の男女が雑魚寝状態で眠っていた。

 

 女性陣は全員浴衣姿で眠っており、寝相の悪さからか、浴衣がはだけている者もちらほらと見られる。

 

「……ん?もう朝か………」

 

 そんな中、後頭部で組んだ両手を枕かわりにしていた達哉が最初に目覚めた。

 ムクリと起き上がり、軽く伸びをする。

 

「う~んッ!………あ~よく寝た。布団でもベッドでもねぇのに、案外眠れるモンなんだな」

 

 達哉はそう呟きながら、未だ薄暗い広間を見渡す。

 聞き耳を立てずとも、眠っている残り46人の男女の寝息が聞こえてきていた。

………………特に、直ぐ隣から聞こえてくる、幼さを感じさせる寝息が。

 

「……く~…く~……」

 

 先日、杏によって子供になる薬を飲まされてしまった事によって体が縮み、5歳程度にまで体が縮んだ紅夜が、黒姫に寄り添われて寝息を立てている。

 

 傍から見れば、年の離れた仲の良い姉弟が眠っていると言う微笑ましい光景にしか見えないが、その肝心の少年が、“元々は18歳の青年”となれば、微笑ましさは半減すると言うものだろう。

 

「気持ち良さそうに寝てっけど………お前、これからスッゲー大変な目に遭うんだぞ?其処んトコ分かってんのか?」

 

 そう言いながら、達哉は紅夜の頬を軽く突っついた。

 子供になったからか、紅夜の頬は柔らかく、ふっくらしていた。

 

「(や、柔らけぇ………これ、他の学校の奴等がやったら一撃でノックアウトだろうな)」

 

 そう思い、達哉は紅夜の頬から指を離した。

 それからは特にやる事が無く、寝転がって天井を眺めようとした時だった。

 

「あら、辻堂君。休日でも早起きするとは、良い心掛けね」

 

 不意に声を掛けられ、倒しかけていた体を起こす。

 其所には、浴衣をキッチリ整えたみどり子が立っていた。

 

「おお、園さんか。おはよう」

「ええ、おはよう」

 

 達哉が言うと、みどり子も返す。

 

「園さんも早起きなんだな。流石は風紀委員だぜ」

「そ、そんなの当然よ。風紀委員として、平日休日問わずに早寝早起きを心掛け、常に節度ある生活を送らなきゃ、皆の手本にならないわ」

 

 達哉が褒めると、みどり子は少し頬を染めながら言った。

 

「それに比べて他は……はぁ………」

 

 そう言って、みどり子は呆れたと言わんばかりに溜め息をついた。

 

「まぁまぁ。今日は一応休日なんだし、多少寝坊助するぐらいは大目に見てやれよ」

「そうね…………でも、8時になっても起きないなら、その時は叩き起こすわよ?」

 

 情け容赦無く言うみどり子に、達哉は苦笑を浮かべた。

 

「別に構わねぇが、紅夜の場合は加減を…「んっ……んぅ~~!」…ん?」

 

 そう言いかけた達哉だが、不意に、誰かが伸びをする声が聞こえ、その声の主へと振り替える。

 其所には、短い両腕を精一杯伸ばしている紅夜の姿があった。

 

「長門君、起きたみたいね」

「どうやら、そのようだな………しっかし紅夜って、こんなに早起きだったかな…………」

 

 そう返した達哉は、両手で目を擦っている紅夜の元へと歩み寄った。

 

「よぉ、紅夜。気分はどうだ?」

「………ん?」

 

 突然話し掛けられた紅夜は両手を目から離して達哉の方へと視線を向ける。

 

「………………?」

 

 暫く達哉を見つめていた紅夜だが、突然首を傾げた。

 

「お兄ちゃんは……誰?」

「……え?」

 

 そう言われた達哉は、間の抜けた声を出す。

 

「それに此処………何処なの?」

 

 そう言って、紅夜は不安そうな表情を浮かべながら辺りを見回す。

 どうやら幼くなったのは体だけではなく、精神面も幼くなったようだ。

 

「(ガキの頃の紅夜って、こんなだったかな………もっとやんちゃで、誰が相手でも物怖じしないような奴だったと思うんだが……まぁ良いか)」

「ねぇ、ちょっと辻堂君」

 

 1人で勝手に解決していると、不意にみどり子に話し掛けられる。

 

「ん?」

「取り敢えず、適当な事を言って誤魔化しておいた方が良いんじゃない?彼、今にも泣きそうよ?」

「おいおい、流石に泣くとかは……って、うわっ、マジだ。今にも泣きそうな面してる」

 

 みどり子に言われて紅夜に視線を戻した達哉は、目尻に涙を浮かべてオロオロしている紅夜を視界に捉えた。

 

「ね?」

「………そのようだな。取り敢えず外に連れ出して、時間を潰しておこう」

 

 そのため、達哉は紅夜を落ち着かせ、何処からともなく持ち出した小さめの服に着替えさせると、みどり子と一緒に、紅夜を外に連れ出して時間を潰すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝9時頃………

 

「もう1回!もう1回だけ言ってみて!?」

「うん!あけびお姉ちゃん!」

「はうっ!?」

 

「………何このカオスな空間は?」

 

 散歩から帰ってくると、不安がっていた紅夜は笑顔を取り戻していた。

 達哉やみどり子にもすっかり懐き、この時ばかりは、あの厳格なみどり子でさえ頬を緩ませていた。

 そして現在、紅夜は起きた大洗チームの面々によって揉みくちゃにされていた。

 

 あけびを『お姉ちゃん』と呼んだ瞬間、あけびは胸に手を当てて床に倒れ、悶える。

 

「あ~あ、また倒れた………深雪~、これで何人目だっけ?」

「えっと……既にやられてる澤さんやアリクイチームの3人、アヒルチームの磯部さんと亜子の次だから、もう7人目ね」

 

 頬をだらしなく緩ませたあけびを見ながら、大河と深雪はそう言った。

 

「祖父さん達が散歩から帰ってきたタイミングで俺等が起きて、皆、そのまま祖父さんの方へと向かっていったもんな」

 

 大河がそう言うと、深雪は軽く笑って頷いた。 

 

「ね、ねぇ篝火君」

「ん?」

 

 すると、何時の間にか近くに居たみほが大河に話し掛けた。

 

「ああ、西住さんか。どうかしたのか?」

「う、うん………あの、これなんだけど………」

 

 そう言うと、みほはこれまた何処からともなく、1着の着ぐるみを取り出した。

 それは熊をモチーフにしたような着ぐるみで、所々に痣や包帯が模様として描かれている。

 

「………何コレ?」

「知らない?“ボコられグマのボコ”って言って、これはその着ぐるみなんだけど……」

「全然知らん」

「私も知らないわね」

 

 興味無さげに言われ、みほは軽く落ち込むような素振りを見せる。

 

「んで、その着ぐるみが何だ?まさかとは思うが、その着ぐるみを祖父さんに着せたいと?」

「う、うん……駄目かな?似合うと思うんだけど………」

 

 そう言うと、みほは不安げな表情で大河を見る。

 大河は、みほが大事そうに抱えている着ぐるみと、視線の先で雅に抱き上げられている紅夜を交互に見て言った。

 

「………まぁ、別に良いと思うが、着替えさせるなら男子陣に頼んどけよ?」

「ッ!うん、ありがとう!」

 

 はち切れんばかりの笑顔で言うと、みほは紅夜の元へと駆けていき、紅夜にボコの着ぐるみを着せたいと交渉を始めた。

 

 

 

 

 

 結論から言うと、その交渉はあっさりと成立した。

 反対する者は誰1人として居らず、寧ろ乗り気とも言えた。

 その後、紅夜は着替えのため、一旦達哉によって広間から連れ出された。恐らく、個室トイレ辺りで着替えさせるつもりなのだろう。

 

「ボコの着ぐるみを着た紅夜君…可愛いだろうなぁ~…えへ、えへへへ…………」

 

 みほは、今まで誰にも見せた事が無いと言える程にだらしなく頬を緩ませ、スマホを構えて広間のドアを見つめており、それを見たあんこうチームの面々は、軽く引き気味だったと言う。

 

 

 

 

「お待たせ~」

「ッ!紅夜君!」

 

 数分後、着替えを終えた紅夜と達哉が広間に戻ってきた。

 広間に入ってくる達哉の声を聞くや否や、みほは真っ先に駆け出した。

 

「よぉ、西住さん。ちゃんと着替え終わったぜ…ホラ、紅夜」

 

 紅夜が元々着ていたパンツァージャケットを持った達哉は、彼の右足にしがみついて隠れている紅夜に言うが、本人は恥ずかしがっているのか、中々動こうとしない。

 みほは屈んで、紅夜に優しく話し掛けた。

 

「大丈夫だよ、絶対笑わないから……ホラ、出ておいで?」

 

 そう促された紅夜は、達哉の足の影から恐る恐る姿を現した。

 

「……………」

 

 それを見たみほは、その場に固まって動かなくなった。

 

「みほ……お姉ちゃん……?」

 

 不安げな表情を浮かべた紅夜が、みほの浴衣を引っ張る。

 

「…………ッ!」

「わぷっ!?」

 

 すると、突然みほは紅夜を抱き締め、そのまま紅夜を抱き上げると、達哉に言った。

 

「辻堂君!紅夜君を私にください!」

「いやいやいや!いきなり何言っちゃってんのお前!?」

 

 突拍子も無い事を言い出すみほに、達哉は堪らずツッコミを入れる。

 

「ちょっと西住さん!貴女何言ってるのよ!?紅夜は私のよ!」

「西住みほ!ご主人様を独り占めするなんて、私は絶対に許さないから!」

 

 それから静馬や黒姫も乱入し、その場は軽く修羅場となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその頃、宴会場となっている建物の前では……………

 

「角谷さんからのメールによると…………この建物で間違いありませんわね」

 

 ダージリンとオレンジペコ、そしてアッサムの3人が居た。

 案ずからメールを受け、聖グロリアーナの学園艦から遥々やって来たのだ。

 

「子供になった紅夜さん、ですか………」

「会うのが楽しみですわね」

 

 ダージリンとアッサムがそう言った時だった。

 

「Hi,ダージリン!」

「…?あら、ケイさん」

 

 道路の方から、ケイとナオミが歩いてきたのだ。

 

「貴女も、角谷さんからのメールを受けてきたのかしら?」

「Of course(勿論)!アンジーから、『紅夜君に子供になる薬飲ませたから見においで』ってメールを受け取ってね。ナオミに頼んで、C-17でかっ飛んできたわ!」

 

 ケイは、どうだと言わんばかりに腰に両手を当て、得意気な表情を浮かべる。

 

「昨日の夜いきなりやって来て、『大洗まで飛ばして!大至急!』なんて言い出したんだから、あれは本気で驚いたわね………と言うか、隊長は何時もいきなりなのよ、何かにつけて」

「それはそれは…苦労してらっしゃるわね」

 

 心底疲れた様子で言うナオミに、ダージリンは同情の眼差しを向けた。

 

「あら、アンタ達も来てたのね」

 

 すると、道路側からカチューシャとノンナ、クラーラの3人が歩いてきた。

 どうやら、彼女等も杏からの誘いを受けてきたようだ。

 

「あら、カチューシャ。貴女もお誘いを受けたのね?」

「ええ。紅夜が子供になったから見に来てってメールが着たのよ………って、あれ?そう言えば私、大洗の会長とメアド交換ってしたかしら?」

「それもそうですがカチューシャ、早く行きましょう」

「ええ。私も子供になった紅夜さんの姿を、早く見たいです」

 

 スマホを取り出して首を傾げているカチューシャを、ノンナとクラーラは急き立てた。

 

「わ、分かったわよ2人共………ホラ、行きましょう」

 

 カチューシャはそう言って、残りの面々を伴って宴会場の建物へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「大洗の会長からメールが着たのだが……ふむ、此処か」 

 

 カチューシャ達が建物に入って少しすると、建物前の駐車場にまほの姿があった。

 

「誰も居ないが、私が一番乗りなのか?………いや、既に入っている可能性もある。取り敢えず行ってみるか」

 

 そう呟くと、まほも建物内に入っていった。

 

 その後、遅れて着いた絹代も向かうのだが、その描写は割愛させていただこう。

 

 

 そして、彼女等が広間に着いた時、その宴会場は一瞬にしてカオスとなるのだが、それは、今の彼女等には知る由も無い。



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第146話~ちびっこ紅夜君、その2です!~

 久しぶりの投稿です。

 今回、みほさんには盛大に暴走してもらいます。(←後でお仕置きも)

 相変わらずガルパン要素が皆無となってしまいましたが、それなりに楽しんでいただければ幸いです。
 それでは、どうぞ!


「キャーッ!紅夜君可愛い~!」

「ふえぇ~!みほお姉ちゃん怖いよぉ~~!」

「ちょっ、みぽりん落ち着いて!?紅夜君怖がって泣きそうになってるから!」

「もう泣いてる」

「西住殿!?お気を確かに!」

 

 宴会場では、カメラモードにしたスマホのシャッターを一心不乱に押しまくるみほと、それに怯える紅夜、そして、みほを止めようとする面々と言った、何ともカオスな空間が出来上がっており、男性陣は完全に蚊帳の外にされており……

 

『『『……………』』』

 

 最早ドン引きとも言えるような表情を浮かべ、涙目で怯える紅夜に内心で合掌を送りつつ、男性陣は事の成り行きを見守っていた。

 

「それにしても、西住さんがあんな事になるとは……ボコとか言うのが凄いのか、チビ紅夜が凄いのか………」

「ちょっ、達哉。何だよチビ紅夜って…」

 

 腕を組んで壁に凭れ掛かりながら呟く達哉に、翔が苦笑混じりにツッコミを入れる。

 

「祖父さんがもみくちゃにされてたトコまでは未だ許容範囲内だったんだが、流石にアレはなぁ~」

 

 胡座をかいてスマホを弄っている大河が、他人事のように言った。

 

「そういや達哉、紅夜の着替えはどうした?」

「ああ、これに入れてる」

 

 不意に訊ねた新羅に、達哉は足元に置かれていた紙袋を持ち上げて答える。

 

「園さんが持ってたらしくてな」

「それはそれは、用意周到と言うか何と言うか……」

「ご都合主義?」

「それだけは止めろ」

 

 そんな会話を繰り広げる男性陣を他所に、紅夜の周囲は異常な盛り上がりを見せている。

 だが、それが良い意味でないのは確かだが………

 

「……俺、ちょっくらジュース買ってくるわ」

 

 そう言って、達哉は紙袋を置いて出口へと向かう。

 ドアを開けて出ると、溜め息混じりに閉めた。

 

「やれやれ、角谷さんもトンでもねぇモン持ち込んできやがったな。お陰で宴会場がカオスと化したよ…これを紅夜が覚えてたら、宴会終わってからどうなる事やら……」

 

 そう言いながら、階段を下りる達哉。

 1階に着き、出口へ向かおうとすると………

 

「あら?貴方は………」

「ん?」

 

 不意に声を掛けられ、達哉は声の主へと視線を向ける。

 視線の先には、ちょうど階段に向かおうとしていたダージリン達が居た。

 

「よぉ、ダージリンさん。久し振り。他の皆さんもお揃いで」

 

 そう言って、達哉は右手を軽く上げて会釈した。

 

「お久し振りですわ。えっと、辻堂さん………でしたよね?」

 

 軽く一礼して会釈を返して訊ねるダージリンに、達哉は頷いた。

 

「おう。名乗ったのは練習試合の時だけだったのに覚えてくれてたのか、コイツは光栄だな」

「フフッ、覚えるのは得意なので」

 

 そう言って、ダージリンは淑女らしく微笑む。

 

「おっ、西住の姉さんも居るじゃねぇか。久し振り」

「ああ。こうして面と向かって会うのはルクレール………否、1回戦が終わってからか」

 

 まほに気づいた達哉が声を掛けると、まほも軽く微笑んで返した。

 

「何?アンタ達知り合いなの?」

 

 其処へ、ノンナに肩車されたカチューシャが口を挟み、達哉は彼女に視線を向ける。

 

「………」

「な、何よ?」

 

 視線を向けられている事に気づき、カチューシャが言う。

 達哉は、少しの間無言で彼女を見ていたが、やがて、左手に拳を作って右の手のひらにポンと打ち付けた。

 

「やっぱりな」

「…………?」

 

 突拍子も無い言葉に、カチューシャは首を傾げる。

 

「お前、カチューシャさんだろ?準決勝で紅夜に泣かされた」

「なんでそっち方面の覚え方するのよ!?私には“地吹雪のカチューシャ”と言う二つ名があr……「いや、知らねぇし」……う~」

 

 最後まで良い終える間も無く封殺され、カチューシャは不満げに頬を膨らませる。

 それを突っついてやりたいと言う衝動に駆られるが、達哉はそれを何とか抑え、本題を切り出す事にした。

 

「こうして来たって事は、角谷さんからのメールを受けたのか?」

 

 そう訊ねると、矢鱈とハイテンションなケイが躍り出た。

 

「Yes!アンジーから、『大洗の祝勝会の日、紅夜君に子供になる薬飲ませるから見においで~』って誘われたのよ!」

「そ、そっか………」

 

 いきなりの登場に驚きながら、達哉はそう返した。

 

「おっ、西さんもか」

 

 其処で、達哉は絹代に気づいて声を掛けた。

 

「ええ。ご無沙汰しております、辻堂さん」

 

 絹代はそう言って、ヤマト式の敬礼をする。

 

「おう、久し振り………って、何だ、綾ちゃんは来てねぇのか」

「ええ。どうも都合が悪いらしく」

 

 こう言う時にはすっ飛んできそうな綾が居ない事に気づいた達哉が言うと、絹代が残念そうな表情を浮かべながら答えた。

 

「そっか………まぁ、それはそれとしてだが」

 

 そう言って、達哉は何とも言えないような表情を浮かべて2階に目を向けると、直ぐに視線を戻した。

 

「なぁ、取り敢えず一言だけ忠告しておくんだが………」

「あら、何ですの?」

 

 全員を代表するかのように、ダージリンが問う。

 

「宴会場では、カオスな空間がお前等を待ってる……絶対に、場の雰囲気に飲まれてトチ狂った真似はしないでくれよ?」

「……?え、ええ」

「じゃあ、また後でな」

 

 そう言って、達哉は今度こそ、出口へと歩いていった。

 

「……彼奴、何が言いたかったのかしらね?」

「それは、宴会場に着いたら分かる事ですわ」

 

 まるで、この先何が起こるか全て見透かしているかのように言うと、ダージリンは先に歩き出す。

 それを見た他の面々も続いて歩き出し、階段を上る。

 そしてドアの前に来ると、ダージリンは意を決してドアを開け放つ。

 

「よぉ~!ダージリンに他の皆も!ホラホラ、早くおいでよ!こりゃ見物だよ~!」

 

 ステージのリクライニングチェアに腰掛けた杏に言われ、彼女等は靴を脱いで宴会場に足を踏み入れる。

 そして、ゆっくりと、紅夜を囲んでいるのであろう人だかりへ足を進める。

 

--一体、子供になった紅夜はどんな姿をしているのか?--

 

 歩みを進める度に、早く彼の姿を見たいと言う思いが強まっていく。

 そして人だかりが出来ている場所に着くと、必然的に肩車されているカチューシャが、最初に紅夜の姿を拝む事が出来るのだが…………

 

「………何アレ?」

『『『『………?』』』』

 

 カチューシャからは、何とも微妙なコメントが放たれた。

 そんなカチューシャのコメントを不思議に思った一行は、人だかりの中を掻き分けて進んでいく。

 そして、いざ彼の姿を視界に捉えると、彼女等は唖然とした。

 彼女等の視線の先では……

 

「うぇえ~~、怖かったよぉ~」

「よぉ~しよし、もう大丈夫だからね~」

 

 少なくとも見覚えの無い、紺色に近い黒髪を持つ女に抱き締められて泣きべそをかいている紅夜と……

 

「もうっ!みぽりんのボコ好きは分かったけど、だからってアレはやり過ぎだよ!」

「そうですよ、みほさん!」

「アンタ、あれで紅夜がトラウマになったらどうなるか分かってるでしょうねぇ!?体バラバラにして臓器売買に売り飛ばすわよ!?」

「ご、ごめんなさ~~い!」

 

 正座させられて、沙織と華、そして鬼の形相を浮かべ、手をボキボキ鳴らしている静馬からの説教を受けているみほの姿があった。

 

「………コレ、どういう状況?」

 

 先程まであれだけハイテンションだったケイも、目を丸くしている。

 

「おっ、他校からのお客さんか」

 

 其処へ、スマホを片手に持った大河が声を掛けてきた。

 

「あの………これは一体どういう状況なのでしょうか…?」

「ああ、それはな………」

 

 先程まで黙っていたアッサムに訊ねられた大河は、事の経緯を語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、1階に下りた達哉がダージリン達と鉢合わせした時の事、紅夜は相変わらず、みほによる撮影会の被写体にされていたのだが、ある時、みほはシャッターボタンを連打する指を止めた。

 

「う~ん、着ぐるみを着た紅夜君も良いけど、やっぽりボコの着ぐるみ着てるから、アレが必要だよね!」

 

 旅の恥は何とやら、撮影しまくっている内にリミッターが外れたのか、みほは普段の彼女なら絶対見せないような黒い笑みを浮かべる。

 

 そして、広間の隅に行って、置いてある鞄から包帯や絆創膏を取り出すと、気味の悪い笑みを浮かべながら戻ってくる。

 

「紅~夜君♪」

「ひぅっ!?」

 

 その間に、他の大洗のメンバーに懐いていた紅夜だが、みほが戻ってきたため再び怯え出す。

 

「ねぇ、ちょっと紅夜君につけてほしいのがあるんだけど」

 

 そう言って、みほは先程鞄から取り出してきた包帯や絆創膏を見せる。

 それに加えてみほの黒い笑み………これは、今の紅夜を震え上がらせるには十分すぎる威力を持っていた。

 

「ボコってね?他の熊さんにボコボコにされるからボコられ熊って言うんだけど、やっぱり着ぐるみでも、もう少しリアリティーを出した方が良いと思うんだよねぇ~」

 

 そして次の言葉が、紅夜を本気で泣かせる事になる。

 

「ちょお~っとだけ、ボコさせてくれないかな?」

「ッ!?」

 

 その言葉に、紅夜は一瞬絶句する。

 

「ちょっ、みぽりん!それ駄目だって!元のみぽりんに戻って!」

「みほさん!お気を確かに!」

 

 流石に看過しきれなくなり、沙織が割り込んでみほの肩を激しく揺さぶり、華も大声で呼び掛ける。

 

「……はっ!?わ、私は何を…?」

 

 そうして正気に戻ったみほだが、時既に遅し………

 

「うぅ……グスッ…ひっく……」

 

 完全に怯えきった表情で、紅夜がみほを見ている。

 

「ホラ見なよ!みほがやり過ぎるから紅夜君怖がってるじゃん!大体みぽりんは撮影する時から雰囲気怖すぎ!」

「うぅ……ご、ごめんなさい」

「私じゃなくて紅夜君に謝らなきゃ!」

 

 そう言われ、みほは紅夜の方へと振り替える。

 そして泣き止んでもらうため、謝ろうとした次の瞬間…………

 

「うぇぇえええええッ!!助けてぇぇぇええええッ!!!」

 

 紅夜は、まるで火がついたように泣き出し、そのまま逃げ出す。

 

「ええっ!?ちょ、紅夜君!?待って!」

 

 そう言って、みほはワタワタしながら追い掛けるものの、それは紅夜の恐怖心を余計に煽るだけ。

 

「助けてぇぇ~~~!黒姫お姉ちゃぁぁ~~~ん!!」

 

 そう叫び、紅夜は黒姫の豊満な胸に飛び込んで泣き喚き、みほは沙織と華に正座させられ、途中から飛び込み参加してきた静馬も交えての説教を喰らっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………と言う事があったのさ」

「そ、それはそれは……みほさん、恐ろしいですわ……」

「Wow……みほってボコが絡んだらshy girlからscary girlに変貌するのね」

 

 大河の話が終わると、ダージリンやケイがドン引きしたような表情でコメントを溢した。

 

 

 

 そんな会話が交わされる傍らでは、泣きじゃくる紅夜を黒姫があやし、沙織と華と静馬はみほを説教し、残りの面々は、暫く様子を見ていたものの、これ以上見ていても意味が無いと悟り、其々思い思いに過ごしていく。

 

「………取り敢えず、適当に寛げば?」

「ええ、そうしますわ」

 

 おずおずと出された大河の提案に、ダージリン達は一先ず乗る事にした。

 

 

 

 

 結局、沙織達の説教は、紅夜が泣き止んだ11時まで止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、ジュースを買うために外に出た達哉は、メロンソーダの入ったペットボトルを片手に、海風に当たって過ごしていたとか………



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第147話~ちびっこ紅夜君、その3です!~

 大洗女子学園の全国大会優勝を祝って、大洗チームとレッド・フラッグで開かれた祝賀会。

 大洗チームの出し物が全て終わり、レッド・フラッグの面々が出し物を披露する番になったのだが、彼等は出し物を考え付かず、杏が提案したロシアンルーレットをする事になる。

 だが、そのロシアンルーレットは、子供になる薬を紅夜に飲ませるために仕組まれた行事で、杏の思惑通り、紅夜は薬入りの栗饅頭を食べて子供になり、母性本能をくすぐられた女子陣が紅夜をもみくちゃにし始め、その場は一瞬にしてカオスと化した。

 さらに、杏はその事について他校の面々を招待しており、祝賀会2日目には、聖グロリアーナからダージリンとオレンジペコ、アッサムの3人が、サンダースからはケイとナオミ、プラウダからはカチューシャ、ノンナ、クラーラ。黒森峰からまほ、知波単から絹代が訪れ、彼女等は、紅夜が子供になったためによって起こったこの事態を目の当たりにして唖然とする。

 おまけとばかりに、とあるゴタゴタから紅夜を怖がらせ、挙げ句泣かせてしまったみほは説教を受け、午前11時、漸く祝賀会が動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前11時を少し過ぎた頃、自販機で買ったメロンソーダを飲み干した達哉は、ゴミ箱に空のペットボトルを放り込み、スマホを片手に海風に当たっていた。

 

「あ~、こうやって海風に当たるってのも、風流だなぁ………」

 

 軽く伸びをしながら言うと、ポケットからスマホを取り出した。

 

「さて、宴会場ではどうなってんのか、誰かに聞くとするかな」

 

 そう呟き、達哉は電源を入れる。

 電源が入り、画面に一番に映し出されたのは、レッド・フラッグ男子陣からの不在着信の数々だった。

 

「え~っと、翔、勘助、大河、新羅、煌牙………ものの見事に、俺と紅夜を除いたレッド・フラッグ男子全員からだな」

 

 そう呟きながら、達哉は適当に選んだ大河のアイコンをタップし、電話を掛ける。

 数秒もしない内に、大河が応じた。

 

『おお、達哉か?やっと電話してきたか』

「気づかなくて悪いな、ちょっくら海風に当たってたんだわ」

 

 呆れ気味に言う大河に謝ると、苦笑が返された。

 

『海風に当たるってお前………何処の大人なんだよ。少なくとも17、18の餓鬼がする事じゃねぇな』

 

 苦笑を交えながら、大河はそう言った。

 

『まぁ、それはこの際置いておこう………んで、達哉。今何処に居るんだ?』

「建物の直ぐ傍の自販機の前だ。誰も来ねぇからずっとグダグダしてた」

『そっか、じゃあ今直ぐ戻ってこい。祖父さんが大分落ち着いたからな』

「………?」

 

 大河の言葉に、達哉は怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げた。

 

「『落ち着いた』?何かあったのかよ?」

『それについては後で話してやるから、兎に角さっさと戻ってこい』

「ああ、分かったよ。じゃあ後でな」

 

 そう言って通話を切ると、達哉はスマホの電源を切ってポケットに捩じ込んで建物へと入り、宴会広間へと舞い戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「え~っと、大河は………………ああ、居た居た」

 

 広間へと戻ってきた達哉は、壁側で集まっている男子陣の中から大河を見つけ、近寄っていった。

 

「よぉ、お帰り達哉」

「ああ、翔」

 

 声を掛けてきた翔に返事を返し、達哉は大河に話し掛けた。

 

「それで大河よ、俺が居ない間に何が起こったのか、話してくれるよな?」

「おう、約束だからな」

 

 そう言って、大河は達哉が居ない間の出来事を話し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………てな事があってな」

「うへぇ~、ソイツはソイツは」

 

 話を聞いた達哉は、苦笑を浮かべながら言った。

 

「それにしても西住さん、確か『ボコられ熊のボコ』とか言ったっけ?それが絡むと思いっきり人が変わるんだな」

「『変わる』と言うより『狂う』って言った方が適切だろうな。本来のボコの姿に少しでも近づけるとか何とか言って、祖父さん痛め付けてから包帯巻いたり絆創膏貼ったりしようとしたぐらいだし」

「いやいやいや!ボコが好きだからって、普通其処までやらねぇだろ!マジでおっかねぇ話だなぁオイ!?」

 

 何とも無いように言う大河に、達哉は堪らずツッコミを入れた。

 

「はぁ~、ヤレヤレ……角谷さんも、トンでもない厄介事の種を撒いてくれやがったモンだぜ………んで、今は紅夜、どうしてんだ?」

 

 盛大に溜め息をついた後、達哉は紅夜がどうしているかと訊ねる。

 

「彼処だよ。他の学校の奴等にもみくちゃにされてる」

 

 大河がそう言うと、達哉はそちらへと視線を向ける。その先では大河の言う通り、紅夜はダージリン達に囲まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、これがレッド・フラッグの隊長?」

「そう!可愛いでしょ~♪」

 

 黒姫に抱き締められている紅夜を興味深そうに眺めながら言うナオミに、杏は何故か誇らしげに言った。

 

「Ах,как мило он(ああ、何て可愛らしい)………」

 

 クラーラは恍惚とした表情を浮かべて呟き、他の面々も同意するかのように頷く。

 当の紅夜は、時折黒姫から顔を離してダージリン達の方を向くものの、直ぐ様黒姫の胸に顔を埋めてしまう。

 

「あらあら、恥ずかしがっちゃって……可愛いですわね」

 

 軽く微笑みながら、ダージリンが呟く。

 

「それには同感だけど、紅夜がちっちゃい頃ってこんなだったの?」

 

 そんなダージリンの傍らで、何時の間にかノンナから降りていたカチューシャがそう言った。

 

「さあ、どうでしょうね………それより私としては、彼を抱き締めている彼女の方が気になるのですが……」

「あ、それは私も思ってた。レッド・フラッグの新入りか?」

 

 絹代の言葉に、まほが賛同した。

 そんな2人の会話など意に介さず、黒姫は幸せそうな表情を浮かべて紅夜を抱き締め、撫で続けており、そんな紅夜も、心なしか黒姫に甘えているように見えた。

 

「…………」

 

 そんな中、1人ウズウズしていたノンナが黒姫に話し掛けた。

 

「あ、あの………」

「……何?」

「………ッ」

 

 声を掛けられた黒姫は、紅夜を撫でながらノンナへと視線を向けるが、何処と無く睨んでいるようにも感じられる視線に、ノンナは一瞬怯む。

 

「あっ…そ、その………」

 

 口ごもりながら、ノンナは少しの間、何か躊躇するような仕草を見せるものの、意を決して話を切り出した。

 

「す、少しの間だけ……彼を……抱かせて、もらえないでしょうか……?」

 

 何時もの彼女らしくもなく、ノンナは歯切れ悪くしながらも頼んだ。

 

「う~ん、私としては良いんだけどなぁ~……」

 

 そう言って、黒姫は紅夜へと視線を落とす。

 

「………………」

 

 暫し紅夜を見つめ、彼女は紅夜の両脇に腕を通し、軽く抱き上げると、ノンナの方に向かせた。

 

「………?」

 

 突然向きを変えられた事に、紅夜は目をぱちくりさせている。

 

「えっと………紅夜、君………?」

 

 紅夜の目の前でしゃがみ、おずおずと話し掛けるノンナ。

 

「お姉ちゃんは…誰……?」

 

 先程、暴走状態にあったみほに恐怖体験をさせられたためか、紅夜は警戒したような目でノンナを見る。

 

「私はノンナ。彼処に居る人に誘われて来たの」

 

 ノンナは、紅夜を恐がらせないよう、優しげな声色で答える。

 

「……」

 

 彼女の自己紹介を聞いても尚、紅夜は警戒心を解かない。

 終いには黒姫の後ろに回り、隠れてしまう。

 

「…………」

 

 姿が変わったとは言え、想いを寄せる相手に警戒心を向けられ、ノンナは悲しそうな表情を浮かべる。

 

「うわぁ~、随分と警戒されてるわね、私達」

 

 苦笑を浮かべながら、ケイがそう言った。

 流石に見かねたのか、黒姫は自分の背中にくっついている紅夜に話し掛けた。

 

「ご主じ……げふんげふん、紅夜君」

「なぁに?」

 

 そう言って、紅夜は黒姫を見上げる。

 3歳にまで退行している紅夜は、座っている黒姫よりも低い。そんな彼を抱き締めたくなるような衝動を何とか抑え、黒姫は続ける。

 

「そんなに恐がらなくても大丈夫だよ。このお姉ちゃん達、さっきのお姉ちゃんみたいに悪い人じゃないから」

「ええ!?何時の間にか私、そんな悪役にされてる!?」

 

 聞こえていたのか、みほから悲痛な声が飛んでくるが、黒姫はそれを無視した。

 

「それに、このお姉ちゃん達は、私のお友達なの。だから大丈夫」

 

 そう嘘を言って、黒姫はノンナ達に目配せする。

 

「そ、そうそう!ホラ、大丈夫だからおいで!」

 

 黒姫の意図をいち早く察したケイが、そう言って紅夜を誘う。

 

「黒姫お姉ちゃんの言う通りよ、紅夜君。大丈夫だから……おいで?」

 

 ノンナは、普段の彼女ならカチューシャ以外には絶対にしないような、優しげな声色で誘う。腕を広げ、何時でも来いと言わんばかりに構える。

 

「………」

 

 紅夜は少しの間、黒姫とノンナを交互に見ていたが、やがて、恐る恐るノンナに近づいた。

 ノンナは、紅夜が腕の届く所にまで来ると、背中に腕を回して抱き寄せ、黒姫に匹敵する豊満な胸に、紅夜の顔を優しく埋めた。

 

「ホラ、紅夜君………ぎゅう~」

 

 普段、『ブリザードのノンナ』と比喩されるクールさはすっかり消え失せ、ノンナは、まるで母親のように紅夜を抱き締めた。キャラ崩壊も良いところである。

 

 最初は借りてきた猫の如く固くなっていた紅夜だが、優しく抱き締められている内に安心感を覚えたのか、顔を擦り付け、甘えるような仕草を見せる。

 

「んんっ………」

 

 それがくすぐったかったのか、ノンナは僅かに身を捩る。

 

「ワ~オ。紅夜ったら、すっかり懐いちゃったわね。私も抱きたいなぁ~」

 

 微笑ましそうな表情に、『羨ましい』と言う色を含ませて、ケイがそう言った。

 

「隊長がやったら彼、窒息するんじゃないの?加減一切無しで抱き締めそうだし」

「失礼ね、私だって加減ぐらい出来るわよ」

 

 ノンナに甘える紅夜を見ながらナオミが言うと、ケイは不満げに言い返す。

 

「あら、そうかしら?確か全国大会の1回戦が終わって、大洗の人達に挨拶に行った時、どっかの誰かさんが、大洗の隊長さんとレッド・フラッグの隊長さんを一纏めにしてキツく抱き締めてたんじゃなかったかしら?おまけにその時、レッド・フラッグの隊長さんは凄く苦しそうだったけど…」

 

 そう言って目を向けるナオミだが、ケイは知らないと言わんばかりに目を逸らした。

 だが、心当たりはあるのか、口笛を吹いて誤魔化そうとしている。

 

「はぁ~、ヤレヤレ。これだから家の隊長は…………」

「アンタ、隊員に溜め息つかれた挙げ句、『ヤレヤレ』とか言われてるわよ」

 

 盛大に溜め息をつきながらナオミが言うと、それを見たカチューシャが何とも言えないような表情を浮かべ、ケイに言った。

 

「それにしても、ちっちゃい紅夜ってホント可愛いわね~」

 

 だが、当の本人は紅夜を撫で回したりして、2人の話など聞いてもいなかった。

 

「ちょ、ちょっと皆さん!長門先輩は家のチームなんですから!」

「そ、そうです!独占は駄目です!」

「早く返してください!」

「そういや黒姫!アンタさっきまでコマンダーを独り占めしてたわよね!?今度は私にやらせなさい!」

「ちょ、オイ!俺にもやらせろよ!」

 

 そうしていると、今まで蚊帳の外とばかりに放置されていた大洗チームの面々や、ユリア、七花が割り込んできて、他校VS大洗チームVS付喪神での紅夜の取り合いが勃発した。

 

 

 

 一方その頃………………

 

 

 

「…………なぁ、俺等完全にほったらかしにされてっけど………どうする?」

 

 大洗チーム、他校、付喪神と言った三勢力による、修羅場とも言えるような光景を眺めている男子陣では、大河がそんな事を言った。

 

「どうするも何も、どうにも出来ねぇってのが現状だな」

「全くだ、ああなった女は手がつけられん」

 

 そんな大河の呟きに、翔と煌牙が答える。

 

「…そういや、腹減ったな」

 

 そう言って、勘助は腹を軽く擦る。

 

「言われてみれば俺等、飯食ってなかったもんな」

 

 そう言って、勘助の意見に同意する達哉。

 それから訪れた数秒程度の沈黙で、男子陣の今後の予定が決まった。

 

「取り敢えず俺、彼処で震えてる祖父さん回収して来るわ。そっからファミレスで飯でも食おうぜ」

『『『賛成!』』』

 

 こうして予定を決めた男子陣は、早速行動を開始した。

 先ず、大河は女子達による戦場の真ん中で怯えている紅夜を回収し、先に宴会広間から出ていた残りの男子陣と合流して建物を後にし、近くにあったファミレスへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、紅夜とレッド・フラッグの男子陣が居ない事に気づいた三勢力が、軽いパニック状態に陥ったのは余談である。




 争っていると別方向からかっ拐われる。正に、漁夫の利!



 さて、この話を見終わった皆さんの、紅夜に向けての台詞を当てて見せよう…………

『何をさらしとんじゃ!このエロ餓鬼がぁ!!(血涙)』だッ!!


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第148話~ちびっこ紅夜君、その4です!~

 大洗チームとレッド・フラッグによる祝賀会も、2日目を迎えた。

 杏の招待を受けた他校の面々がやって来て、紅夜争奪戦も熾烈さを増してきた頃、昼食時になったのを悟った男子陣は、女子陣が紅夜争奪戦に熱中している間に紅夜を連れ出し、昼食を摂るため、一旦建物を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、上手く祖父さん連れ出せて良かったな」

「ああ、全くだ。あのままずっと紅夜争奪戦眺めてたら、昼飯食えねぇからな」

「昼飯どころか学園艦に乗り遅れたりしてな」

「止めろよ煌牙、縁起でもない」

 

 ファミレスに入ったレッド・フラッグ男子陣一行は、席へと誘導する店員の後に続いて歩きながら、そのような会話を交わしていた。

 安心したような面持ちで語る一行に、紅夜は首を傾げていた。

 因みに紅夜は今、大河に抱き抱えられている。

 高校生程の青年6人の中に3歳程度の子供が混じっていると言うのは、見ていて何とも言えないものだ。

 

「では、お客様方の席は此方になります」

「ああ、どうも」

 

 そうして、一行は席に座る。

 1つのテーブル席に7人も入らないため、テーブル席を2つ取り、其々チーム別に分かれて座る事にしていたのだ。

 

 全員が椅子に座ると、達哉はメニューを紅夜に渡した。

 

「さぁ、紅夜。今日はお兄さん達の奢りだ。何でも好きなの頼んで良いぞ」

「本当!?ありがとー!」

 

 嬉しそうに言うと、紅夜はメニューを開いて何を頼もうかと考え始める。それを微笑ましげに見ていると、翔が話し掛けてきた。

 

「なぁ、達哉。今思ったんだが………」

「何だ?」

 

 若干気まずそうに言う翔に、達哉は聞き返す。

 

「コレ、色々とマズイんじゃね?」

「と言うと?」

 

 そう訊ねる達哉に、勘助が口を開いた。

 

「俺等、女子陣には何も言わず、しかも紅夜連れて出てきた訳だから、帰ったら彼奴等、鬼の形相で待ち構えてんじゃないかなって事だよ」

「………あ~、成る程ね」

 

 彼等が言う意味を理解したのか、達哉は相槌を打ちながら言った。

 

 あの時、大河は女子陣が紅夜争奪戦に熱中している隙に、紅夜をこっそりと連れ出した。つまり紅夜争奪戦に熱中していた彼女等に言わせれば、景品を横からかっ拐われたようなものだ。紅夜が居ないと気づけばパニックになるだろうし、それで彼が居ない理由が、自分達が連れ出したとなればどうなるか、少なくとも考えたくはないだろう。

 

「まぁ、大丈夫だろ。昼飯の事も考えず、勝手に争奪戦やってた奴等が悪い」

 

 だが、達哉は特に気にしていない様子で答え、もう1冊のメニューを開いて眺める。

 

「そうだと良いんだがな」

 

 翔はそう言うと、注文するものを決めた紅夜から受け取ったメニューを眺める。

 

 そのような事もあり、全員が注文するものを決め、呼び出し鈴を押すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、食った食った」

「久し振りだからかな……中々美味かったな」

 

 昼食を終え、レストランを後にした一行は、宴会場までの道を呑気に歩いていた。

 

「にしても祖父さん、スッゲー幸せそうに食ってたな」

「ああ。念のために紅夜のスマホ持ってきて良かったぜ」

 

 自分達の前をよちよち歩いている紅夜を見ながら大河が言うと、達哉も頷きながら、ポケットから紅夜のスマホを取り出し、左右に軽く振る。

 

「何だ、撮ったのか?」

「ああ、本人は大して気にしてないみたいだからな。いざとなったらコイツを使わせてもらうさ」

「成る程、もし帰ってから女子陣が絡んできたら、祖父さんが幸せそうに飯食ってる写真で女子を買収するって寸法か……悪いやっちゃなぁ、お前」

「まぁまぁ、そう言うなって」

 

 苦笑混じりに言う大河に、達哉はニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら言った。

 

 すると、不意に紅夜が歩みを止め、一同もそれに気づいて立ち止まる。

 

「……?紅夜、どうした?」

「………」

 

 翔が訊ねるが、紅夜は無言のまま答えない。気になった翔は、紅夜の視線を辿る。

 その先には、休憩するにはもってこいな、小さな公園があった。

 

「(成る程、遊びたいのか……あの薬飲んでから、ホントに餓鬼になったんだな)」 

 

 内心そう呟いた翔は、紅夜に声を掛けた。

 

「………ちょっくら、遊んでいくか?」

「……!うん!」

 

 そう言われた紅夜は、パッと笑みを浮かべながら振り向き、元気良く頷いた。

 

「そっか………」

 

 そう言うと、翔は達哉達の方を振り向く。翔が何を言おうとしているのか察した5人は、何も言わずに頷き、先に歩き出した紅夜に続いて公園に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………!」

「ん?ミカ、どうしたの?」

 

 木々の影に隠す形で、自分達が駆る戦車――BT-42――の砲塔に腰掛けてカンテレを弾いていたミカが突然演奏を止めた事に気づいた、小柄な金髪の少女――アキ――が声を掛けた。

 

「……風がね、私に語り掛けてきたんだよ。『海沿いの道にある、小さな公園へ向かえ』ってね」

「小さな公園?なんで?」

 

 今度は赤茶色の髪をツインテールに纏めたミッコが訊ねる。

 

「面白いものが見られるからさ」

 

 そう言うと、ミカはBT-42から降りる。

 

「それじゃ、行ってくるね」

「え?ちょ、ちょっとミカ!?」

 

 アキの制止も聞かず、ミカはそのまま歩いていった。

 

「『面白いもの』、ねぇ………何が見れるんだか」

 

 他人事のように言いながらも、ミッコは興味ありげな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、此処は公園。

 ベンチに腰掛けた煌牙と新羅は、楽しそうに公園内を走り回る紅夜を眺めていた。

 

「にしても、随分久し振りだなぁ。公園で遊ぶなんてさ」

「ああ……」

 

 ベンチに深く腰掛けた煌牙が言うと、新羅も染々とした様子で頷いた。

 

「そういや紅夜って、元から足速かったのかな………ライトニングの奴等、全然追いつけてねぇぞ」

「ん?………あ、ホントだ」

 

 新羅がそう言うと、煌牙は新羅が指した方へと目を向ける。その視線の先では、紅夜が他のライトニングの面々と追いかけっこをしているが、紅夜以外の3人が、すばしっこく走り回る紅夜に翻弄され、ロクに追いつけていなかった。

 

「3歳になって、精神も餓鬼の頃の状態になっても、身体能力だけは健在なんじゃね?」

「あ~、何と無く有り得そう」

 

 新羅が呟くと、煌牙は賛同するかのように相槌を打つ。 

 そんな時、ヘトヘトになった3人が歩み寄ってきた。

 

「おーい、のんびり座ってばっかいねぇで、お前等も紅夜の相手してやってくれよ」

 

 矢鱈と疲れた様子で、達哉がそう言った。

 

「よぉ、達哉。翔に勘助も、随分疲れてるなぁ」

「そりゃ疲れもするっつーの。彼奴スッゲーすばしっこいんだぜ?捕まえたかと思ったら、急に向き変えて走り出すしよぉ………ったく、お陰で何度転けそうになったか」

 

 達哉は心底疲れた様子で言いながら、ベンチにどっかりと腰掛ける。

 翔と勘助も、煌牙達の傍まで来ると、そのまましゃがみ込んでしまった。

 

「あの達哉達でさえこうなるとはな………」

 

 そう言いながら、新羅は立ち上がって歩き出した。

 

「おい、煌牙。俺等も行こうぜ」

「あ?行くって何処に?」

 

 不意に誘われ、煌牙は首を傾げる。

 

「紅夜のトコに決まってんだろ。暇そうにしてるぞ彼奴」

 

 そう言うと新羅は、木に凭れている大河の周りを、構ってほしそうにうろちょろしている紅夜の方を指さした。

 

「彼奴未だ遊び足りねぇんだな」

「外で思いっきり遊びたい年頃なんだろうよ」

 

 煌牙が溜め息混じりに言うと、新羅はそう返して紅夜の方へと歩み寄っていった。

 

「ホラ、紅夜。俺等が遊んでやるぞ」

「わーい!」

 

 新羅が声を掛けると、紅夜は嬉しそうに駆け寄っていく。

 それを見た大河は、そのまま木に凭れたまま転た寝しようとするが、結局は新羅に巻き込まれ、紅夜との遊びに付き合っていた。

 

 

 

 

 

 

「おーおー、俺等と追いかけっこしたばかりなのに、元気なモンだな」

 

 スモーキーの男子陣と追いかけっこをしている紅夜を眺め、勘助はそう呟いた。

 

「ああ。俺なんて見ろよ、汗だくだよ」

 

 そう言って、翔は額から流れ出る汗を拭った。それは勘助や達哉も同じ事で、3人は先程の自分達の如く紅夜に振り回されている大河達を眺めていた。

 

「あー、暑い……俺、ちょっくらジュース買ってくるわ」

「あ、それじゃ俺も」

 

 不意に勘助が立ち上がると、翔も続けて立ち、先に歩き出した勘助の後を追った。

 紅夜に振り回された疲れで立ち上がる気にもなれない達哉は、深々と腰掛けたベンチの背凭れに凭れ掛かっていた。

 そんな時だ。

 

「やあ」

「…………?」

 

 不意に、横から声を掛けられる。

 視線を声の主へと向けると、カンテレを抱えたミカが微笑みながら立っていた。

 

「隣、座っても良いかな?」

「ああ、良いぜ」

「ありがとう」

 

 軽く微笑みながらそう言って、ミカは達哉の隣に腰掛けると、カンテレを膝の上に置き、適当に弦を弾く。

 

「お前さん、変わった楽器持ってんだな」

「ああ、これはカンテレと言ってね。フィンランドの民族楽器なのさ」

 

 ミカが弾いているカンテレに興味を持った達哉が話し掛けると、ミカは答える。

 

「へぇ~。じゃあ、お前さんはフィンランドから来たのか?」

「いやいや、私は生粋の日本人さ」

 

 そう言うと、ミカは演奏を止めて達哉の方へと顔を向けた。

 

「自己紹介が未だだったね。私はミカ、継続高校戦車道チームの隊長だ」

「ほぇ~………あ、俺は辻堂達哉だ」

「そうか……よろしく、達哉」

「お、おう」

 

 いきなり名前呼びされた事に若干の戸惑いを覚えつつ、達哉は返事を返した。

 

「ところで達哉」

 

 それから少しの間を空けて、ミカが口を開いた。

 

「彼処に、子供相手に本気で走っている人が居るんだが、君の知り合いかい?」

「ん?……あ~あ」

 

 ミカが向いている方向を見た達哉は溜め息をついた。

 その視線の先には………………

 

「鬼さん此方、手の鳴る方へ~♪」

「待てコラァ!」

「お得意のフェイント攻撃は見切ったぞ祖父さん!」

「ぜってぇ取っ捕まえてやる!」

 

 無邪気に挑発しながら逃げ回る紅夜と、それを本気で追い回す3人の青年が居た。

 

「あ~らら、ムキになっちゃってまぁ……あれじゃ俺等の二の舞じゃねぇか」

 

 先程までの自分達と重ね、達哉はヤレヤレとばかりに首を振った。

 

「おーい達哉、お前の分も買ってきた………って、えぇ~………」

「彼奴等、3歳程度の餓鬼相手に何本気出してんのさ……」

 

 ちょうど帰ってきた翔と勘助も、そんな感想を溢したとか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、宴会場では………

 

 

「う~ん、達哉君出ないなぁ………」

 

 スマホを片手に、達哉へと電話を掛けていた沙織がそう呟いた。

 

「此方も駄目ね。大河に電話してみたけど全然出ないわ」

 

 話に入ってきた深雪も、お手上げと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「カチューシャ、紅夜さんを勝手に連れ出したレッド・フラッグの男子陣に粛清を」

「いやいや、何言ってんのよノンナ………」

「カチューシャ様、ノンナ様の言う通りです」

「ちょ、クラーラまで!?」

 

 プラウダ組では、目が据わった2人にカチューシャがたじたじになり………

 

「それでね、ボコの着ぐるみ着た紅夜君はね………」

「あ、ああ………」

 

 みほは、紅夜の写真をまほに見せびらかしており……

 

「彼奴等…勝手に私の紅夜を連れ出しやがって……帰ってきたら覚えとけよ……!」

「静馬!?アンタ恐い!スッゴい恐いから!つーかアンタ、最近キャラ崩壊しまくりじゃない!何があったのよ!?」

 

 最近、紅夜とのスキンシップを取れていないからか、不機嫌な静馬が禁断症状を起こしており、それを見た雅がドン引きしていたりと、かなりカオスな空間が広がっていたとか……



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第149話~ちびっこ紅夜君、その5です!~

 帰国後初の投稿です!


 大洗チームや他校の面々、そしてレッド・フラッグの女性陣や付喪神による紅夜争奪戦が行われている中、昼食を摂るために紅夜を連れ出す事に成功したレッド・フラッグ男性陣。

 近くにあったレストランで昼食を済ませ、自分達が紅夜を勝手に連れ出した事への女性陣の反応を危ぶみながら戻る最中、一行は公園で休憩する事に決める。

 大はしゃぎで公園内を駆け回る紅夜に疲れさせられる中、休憩していた達哉の元に、継続高校のミカがやって来る。

 談笑する2人の先では、スモーキーの面々が紅夜と本気のおいかけっこをしているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤレヤレ、なぁに餓鬼相手に本気出してんのさ彼奴等……………」

「ああ、全くだ」

 

 ジュースの入ったペットボトルを片手に戻ってきた翔が呆れ半分に言うと、同意だと言わんばかりの台詞を呟きながら、勘助が相槌を打つ。

 

「おいおい、他人事のように言ってやがるが、お前等もさっきまで彼奴等と同じだったんだからな?」

 

 ベンチの背凭れに深々と凭れ掛かった達哉が、苦笑混じりにツッコミを入れる。

 

「おっと、そうだったか?」

 

 そんな達哉に、翔は惚けてみせた。

 

「そういや達哉、そちらさんは?」

 

 そんな翔の隣で、達哉の横に座っているミカに気づいた勘助が言った。

 

「ああ、継続高校のミカさんだ」

「よろしくね」

 

 達哉が紹介すると、ミカは軽く微笑んで言った。

 

「ああ、俺は風宮翔。それでコイツが………」

「藤原勘助だ、此方こそよろしく」

 

 そんなミカに、翔と勘助も名乗った。

 

「それで達哉、話を戻すけど………」

 

 そう言って、ミカは紅夜を追い掛け回している大河達に目を向ける。

 

「彼等は、君達の知り合いなのかい?」

「………ああ、そうだよ」

 

 達哉はそう言うと、ベンチから立ち上がって4人に声を掛けた。

 

「おーい、お前等!ちょっと休憩しとけ!」

『『ほぉ~~い…………』』

「はーい!」

 

 大河、煌牙、新羅から気だるげな返事が返され、そのままよたよたと歩いてくる中、1人絶好調の紅夜は、小走りで達哉の元に戻ってきた。

 

「おいかけっこは楽しかったか?」

「うん!」

 

 達哉の問いに、満面の笑みを浮かべて答える紅夜。

 そんな紅夜を見て、ミカは目を丸くした。

 そして、おずおずと紅夜に声を掛ける。

 

「君はもしかして……紅夜、なのかい………?」

 

 そう声を掛けられ、紅夜はミカの方へと顔を向ける。

 

「お姉ちゃん、誰?なんで僕の事知ってるの?」

「え?ああ、それは………」

 

 そう言って、ミカは柄にもなく口ごもる。そんな彼女の様子を見た達哉は、助け船を出す事にした。

 

「紅夜、ミカは俺達の友達でな。お前の事は、以前から話してたんだよ。な、そうだろ?」

 

 そう言って、達哉はミカに視線を向けて同意を求める。

 それを察したミカは彼に話を合わせた。

 

「う、うん。そうなんだよ。それで、この公園に君達が居ると聞いてね。偶々近くに居たから見に来たんだよ」

「そうなんだ~。よろしくね、ミカお姉ちゃん!」

 

 丸い目をぱちくりと瞬かせ、納得したかのように頷くと、紅夜はニパッと笑みを浮かべてそう言った。どうやら信じているようだ。

 

「あ、ああ。よろしくね」

 

 無邪気な笑みを浮かべる紅夜に、ミカは頬を赤く染めつつ返事を返した。

 そして、紅夜が自分の言った事を信じている事に内心安堵の溜め息をつき、達哉に視線で礼を言った。

 

「んしょ、んしょ………」

 

 そんな中、紅夜はベンチをよじ上ってミカの隣に腰掛けると、彼女の膝の上に置かれているカンテレに目を向けた。

 

「それ、なぁに?」

「え?………ああ、これはカンテレと言ってね…………」

 

 好奇心を含んだ目で言う紅夜に、ミカはカンテレの説明を始めた。

 

 

 その傍らでは、達哉がポケットからスマホを取り出そうとしていた。

 

「さて、今は何時かな…………げっ、マジかよ」

「どうした?そんな険しい顔して」

 

 スマホの電源を入れた瞬間に表情をしかめた達哉に、勘助が訊ねる。

 

「………これ、見てみろよ」

 

 そう言って、達哉はスマホの画面を勘助に見せる。

 

「ん~、どれどれ……あ~、これはこれは…」

 

 画面を除き込んだ勘助は、納得したとばかりに相槌を打った。

 画面に写し出されているのは、沙織からのLINEの無料通話による着信履歴の数々だった。それも、1件2件と言う生温いものではない。数分~10分おきで掛かってきたため、必然的に10件以上掛かってきたと言う事になる。

 これを見れば、それだけ掛かってきたのに気づかなかった事が、逆に凄く思えてくると言うものだ。

 

「うわっ、スゲェな…………武部さん、こんなにも電話掛けてきたのか………」

 

 勘助の後ろからスマホの画面を覗き込んだ翔が、苦笑混じりに言った。

 

「それもそうだが、地味に冷泉さんからも電話掛かってきてたみたいだな………いやはや、モテるねぇ~達哉。よっ、色男!」

「お前等他人事のように言ってんじゃねぇよ」

 

 翔に続ける形で冷やかすように言った勘助に言い放つと、達哉はスマホを引ったくり、ポケットに押し込むと、小さく溜め息をつく。

 その傍らでは、何時の間にか紅夜を膝の上に乗せたミカが、紅夜の膝にカンテレを置いて一緒に弾いていた。

 小さな手を懸命に動かして弦を弾こうとする紅夜に、ミカは微笑ましげに笑っている。

 

「祖父さんもミカさんも、幸せそうだな」

 

 大河がそう呟くと、煌牙は相槌を打って言葉を続けた。

 

「ああ。こんな微笑ましい光景、出来ればずっと見ていたいところだが…………」

「そうもいかねぇんだよな、コレが」

 

 新羅も言葉を続け、楽しそうに笑っている紅夜に目を向けた。

 その後、スモーキーの3人は一旦其々を見合い、頷いてから一斉に言った。

 

「「「そろそろ戻らねぇと、女子陣に何されるか分からん」」」

 

 そうとなれば、やる事は1つだ。3人はそれを実行に移すべく、達哉達の方を向いて声を掛けた。

 

「なぁ、達哉。もう十分遊んだし、そろそろ戻っても良いんじゃねぇか?」

「同感だ、流石にこれ以上長居する訳にはいかんだろ。よくよく考えたら、未だ宴会やってる途中で抜け出してきたんだからな、俺等」

「あ~、確かにそうなんだがなぁ~………」

 

 そう言って、達哉は苦い顔をする。理由は言わずとも分かっていたが、此処は敢えて言わない。

 ふと、達哉は紅夜の方へと顔を向ける。彼は未だ、ミカの膝の上でカンテレを弾いている。

 一方で、紅夜を膝に乗せているミカは、然り気無く紅夜の腹に腕を回して後ろから抱きついており、大きな胸を紅夜の背中に押し付けていた。

 

「あんな幸せそうな空間に割り込むのは悪いしなぁ…………」

「コラ、あの2人を言い訳に使うんじゃない」

「イテッ」

 

 翔がツッコミを入れ、達哉の頭を小突いた。

 強めに小突かれたためか、頭を擦りながらジト目を向ける達哉を無視して、翔は紅夜に言った。

 

「紅夜。楽しんでるところ悪いが、そろそろ帰る時間だぞ」

「え~?でも未だ5時じゃないよ~?」

 

 そう言って、紅夜は時計を指さした。時計の針は2時45分を指している。

 

「確かにそうだが、俺等はさっきまで居た建物に帰らなきゃならないんだ。お姉ちゃん達が待ってるからな」

「うー………」

 

 翔にそう言われ、紅夜は俯いた。5歳程度にまで退行したのに正論だと分かるのか、何も言い返せなかった。

 やがて、紅夜は渋々頷くと、すまなさそうな表情をミカに向けた。

 

「ゴメンね、ミカお姉ちゃん。僕、帰らないと………」

「良いんだよ、紅夜。おかげで私も、それなりに楽しめた」

 

 謝る紅夜にそう返すと、ミカは紅夜の膝に置かれていたカンテレを退け、紅夜を地面に下ろす。

 そして、紅夜は寂しそうに肩を落としながらトボトボ歩き出し、出発する準備を終えていた達哉達に合流する。

 振り返ると、ミカは未だベンチに座っており、膝に乗せ直したカンテレを弾いている。

 

「ミカお姉ちゃん、ばいばーい」

 

 そう声を掛け、紅夜は小さく手を振る。

 

「ああ、バイバイ」

 

 ミカもそれに気づき、手を振り返した。

 

 そうして男子陣一行は、公園にミカを残して宴会場へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………行っちゃったか」

 

 段々小さくなっていく紅夜達の後ろ姿を見送り、ミカはそう呟く。

 

 あのまま、彼等についていくと言う選択肢も確かに存在したかもしれない。『自分も一緒に行きたい』と言えば、紅夜は快く迎えてくれるだろう。

 だが、彼女は敢えて、それをしなかった。

 

「どうせなら、元に戻った彼と…2人きりで…………」

 

 そう呟いて立ち上がると、紅夜達が歩いていった方へ向いた。

 

「また会おう。気儘な風が、再び私達を巡り会わせてくれるなら」

 

 今となっては、もう見えない紅夜に向けてそう言い、ミカは仲間が待っている愛車に向けて足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……とうとう帰ってきてしまったな…………」

「ああ………」

 

 その頃、宴会場に帰ってきた男子陣一行は、広間へと通じる扉の前に立っていた。

 その扉の向こうからは、紅夜争奪戦をしていた時のような騒がしさは感じられず、恰も無人であるかのように、不気味な静けさを感じさせている。

 

「……………?」

 

 達哉と手を繋いでいる紅夜は、彼等が中々広間へ入ろうとしない事を疑問に思い、キョロキョロと男子陣を見回している。

 

「ねぇ、どうしたの?早く入ろうよ~」 

 

 そう言って、紅夜は達哉の腕をプラプラと振る。

 

「あ、ああ………そう、だな………」

 

 歯切れの悪い返事を返し、達哉は扉へと目を向けた。

 一見、特に珍しい事も無いただの扉なのだが、紅夜以外の男子陣からは、それが地獄への入り口のように感じられていた。

 だが、何時までも其所で屯している訳にはいかない。覚悟を決めなければならない時が来ているのだ。

 達哉は深呼吸して、扉に手を掛けると、他の男子達に目を向ける。

 

『『『…………ッ!』』』

 

 目を向けられた紅夜以外の男子達は、力強く頷いた。

 

「良し…………では、いざ!」

 

 そうして扉を開け放った、その時だった。

 

『『『『『『『『『おかえりなさ~~い♪』』』』』』』』』

 

 列を2つ程作った女性陣が満面の笑みを浮かべて立っていた。

 コレが何も知らない男であれば良かったが、達哉達は違う。彼女等の後ろから溢れ出る、阿修羅とも呼ぶべきオーラが彼等に重く圧し掛かってくるのだ。

 

『『『た、ただいま~……(ああ、俺等生きて帰れるかな…………)………』』』

 

 紅夜以外の男子達は、冷や汗を滝のように流しながらそんな事を考えつつ、広間へと入っていく。

 そして、最後に紅夜が入ったところで、扉がゆっくりと閉められるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、レッド・フラッグの隊長さんが子供に?」

「ああ、とても可愛かったよ」

「私も見に行けば良かったなぁ~」

 

 一方、継続高校の3人は、今日のミカの体験談で盛り上がっていたとか………………



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第150話~ちびっこ紅夜君、その6です!~

 ここでトンでもない展開を入れます。そして、久々(?)にあの人が登場!


 昼食を終え、公園でのミカとの交流を経て宴会場へと戻ってきた、レッド・フラッグ男子陣。

 そんな彼等を待ち受けていたのは、紅夜争奪戦を繰り広げていた女子陣だった。

 表面上は笑みを浮かべているものの、その背後からおぞましいオーラを纏っている女性陣に、たじたじになる男子陣。果たして彼等の運命は………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ~てアンタ等、アレは一体何の真似なのか説明してもらおうかしら?」

『『『………………』』』

 

 女性陣を代表するかのように前に出た静馬の前では、紅夜を除いた6人の男子が正座させられている。

 全員顔面蒼白の状態で冷や汗を流しており、この宴会場に戻ってくる前までの楽しげな雰囲気は、すっかり引っ込んでいた。

 

 因みに紅夜はと言うと、彼等から少し離れた所でクラーラの膝の上に座っており、そのまま背後から抱き締められていた。

 幸せそうな表情で彼を抱き締めるクラーラを見る限り、どうやら今回の紅夜争奪戦では、彼女が勝利したようだ。

 

「ねぇ、クラーラお姉ちゃん」

「なぁに?」

 

 不意に話し掛けてきた紅夜に、クラーラは猫なで声で答える。

 

「静馬お姉ちゃん達、達哉お兄ちゃん達の前で何してるの?」

「それは………」

 

 その質問に、クラーラは答えかねていた。

 『自分達が紅夜を取り合っている内にかっ拐っていったので、それについての尋問をしている』と正直に答えてしまうのは簡単だ。だが、そうすると紅夜がどんな反応をするのか、想像もつかない。

 みほやノンナのように怯えられるのは、何としても避けたかった。

 

「その………ちょっとお話ししてるだけよ」

 

 クラーラは一先ず、それでお茶を濁す事にした。

 

「ふーん………」

 

 そう言ったきり、紅夜は黙ってしまう。

 

「と、ところで紅夜君。達哉お兄さん達とは、何をしていたの?」

 

 沈黙した雰囲気を変えようとしたのか、取り敢えず別の話題を持ち掛けるクラーラ。

 

「えっとね。お昼ご飯食べて~、その後公園に寄って~、ミカお姉ちゃんに会って~……」

 

 当時の事を楽しそうに話す紅夜。彼の話を聞きながら、クラーラは彼と時間を共にした達哉達男子陣や、ミカに嫉妬した。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?何処か痛いの?」

「え?な、何でもないわよ?」

 

 達哉達への嫉妬が表情に出ていたからか、クラーラは顔をしかめていたらしく、その表情からクラーラの体調が良くないと思ったのか、心配そうな表情を浮かべた紅夜に話し掛けられ、クラーラは即座に否定し、安心させようと笑みを浮かべた。

 

「そっかぁ~、良かった~♪」

「ッ!」

 

 そう言ってニパッと笑みを浮かべる紅夜に、クラーラは赤面しつつ、より愛しげに、紅夜を抱き締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「それで………紅夜とのお昼ご飯は楽しかったかしらぁ?」

『『『………(こ、恐ぇ~)』』』

 

 その頃、達哉達は静馬からの尋問を受けている最中だった。

 

「(おい達哉、お前レストランに入った時、『紅夜そっちのけにしてた奴等が悪い』的な事言ってたろ?あの台詞の出番だ、言え!)」

「(いやいや、ふざけんなよ翔!それ言った途端に俺の処刑確定するっつーの!)」

「(じゃあ他にどうしようってんだよ?)」

「(いや勘助よ、どうしようって言ったって、この状況じゃどうしようも…………って、ちょい待て。そもそもだがお前等、俺に全責任負わすつもりか?)」

「(そりゃまあ、な)」

「(だって言い出したの達哉だし)」

「(テメェ等マジふざけてんじゃねぇぞゴルァ!)」

 

 阿修羅とも呼ぶべきオーラを放つ静馬の前では、男子陣の中で誰を生け贄にするかの討論が行われていた。

 全員俯いていたため、多少視線を動かしても大丈夫だと高を括っていたのだが…………

 

「ところで皆さん、先程から目が小刻みに動いているようですが…………」

『『『(コイツなんで分かったし!?)』』』

 

 それがノンナにあっさりと見破られ、男子陣はビクリと体を強張らせる。

 

「フフフッ……これは、ボコの人形が一気に6つも手に入りそうな予感だなぁ………やっぱり包帯や絆創膏準備しといて良かった~………アハ、アハハハハ♪」

『『『(西住さんメッチャ恐ぇぇぇええええっ!!)』』』

 

 光の籠っていない目で笑みを浮かべながら言うみほに、男子陣の額から流れ出る汗は一気に増す。

 

「(おい、マジでどうすんだよこの状況!?何か良い方法ねぇのか!?)」

「んな事言われたって俺が知る訳ねぇだろ!」

 

 完全に窮地に追い込まれた男子陣は、この状況の打開案を必死に考えていたのだが、自分にばかり打開策を求められる事に対して遂に堪忍袋の緒が切れたのか、達哉が怒鳴った。

 

「つーかテメェ等、自分で考える事も出来ねぇのか!?俺にばっか言っても意味ねぇのは火を見るより明らかだろうがボケ!その黄緑の髪の毛刈り上げんぞ!」

「んだとゴルァ!やれるモンならやってみやがれ!ぶち殺して海に沈めてやらァ!!」

「まぁまぁ、達哉も翔も落ち着k……「「うっせぇよ蛇の目野郎!」」………テメェ等死にてぇのか?あ”あ”!?」

「大河までぶちギレてどうすんだよ!?」

 

 精神的に極限まで追い込まれていたからか、達哉と翔と大河は女性陣そっちのけで暴走状態に陥る。

 

「アンタ等何仲間割れしてるのよ!?そもそも今は私達が話してるんでしょうが!」

「五月蝿ェ!そもそもこうなったのはテメェ等のせいだろうが暴力女!」

「そうだそうだ!」

「俺等を責める前に、紅夜そっちのけで争奪戦してた自分等を責めろやアホ共!」

『『『『『『『何ですってぇ!?』』』』』』』

 

 注意を向けようとした静馬に、達哉達から反撃とばかりに罵声が浴びせられ、それが他の女性陣にも飛び火して女性陣が激怒し、この宴会場は、男子陣VS女性陣での戦場になろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あわわわ、何か大変な事になってるよぉ~」

 

 その光景を見ていた紅夜は、アワアワとした表情で、顔を達哉達男子陣と、静馬達女性陣の交互に向けながら言った。

 これが本来の紅夜なら、上手く打開案を考えられるかもしれないが、子供になっている今の状態では、ロクな考えが浮かばない。

 

「クラーラお姉ちゃん、どうしよう~」

 

 自分ではどうしようもないと悟った紅夜は、クラーラに助けを求めた。

 目尻に涙を浮かべ、縋るような視線を向けられたクラーラは、内心身悶えつつ、一先ず落ち着かせようと、彼を抱き寄せようとした。

 そんな時だった。

 

「なら、良い方法があるぜ?坊主」

「「え?」」

 

 横から突然声を掛けられ、紅夜とクラーラの声が重なる。

 その声の主へと顔を向けると、其所にはジュース入りのペットボトル(1リットルサイズ)を片手に、黒髪の青年、八雲蓮斗が座っていた。どうやら、瞬間移動で勝手に入ってきたらしい。

 彼の傍らには、此処に来る前に履いていたのであろう靴が、靴底を合わせて置かれてある。

 

「だ、誰ですかあなt……ヒッ!?」

 

 大声を出そうとしたクラーラだが、蓮斗に睨まれて怯む。

 

「悪いな嬢ちゃん、俺は其所の坊主と話してんだよ。それに、今此処で叫ばれたら困るんだわ。ちょっとばかり黙ってな」

 

 そう言うと、蓮斗は紅夜の方に顔を近づけた。

 

「んで、改めて問うが…………坊主、向こうで争ってる連中を止めたいか?」

「う、うん」

 

 クラーラを視線だけで黙らせた蓮斗に怯みながら、紅夜は頷いた。

 

「そうか………なら坊主、お前の出番だ」

「え?」

 

 蓮斗の言葉に、紅夜は首を傾げる。

 

「お前が、彼奴等を止めるのさ」

「そ、そんなの出来ないよぉ~」

 

 蓮斗が言葉を続けると、紅夜は無茶を言うなとばかりにブンブンと首を横に振る。

 そうなるのも当然だ。何せ蓮斗は、一触即発な雰囲気になっている男子陣と女性陣の間に入れと言っているようなもの。それを子供になっている紅夜にやらせようとしているのだから、紅夜がこんな反応を見せるもの、無理はない。

 それでも尚、蓮斗は言葉を続ける。

 

「そうは言うがな、彼処で争ってる連中を止めれるのは、お前しか居ねぇんだぜ?」

 

 蓮斗がそう言うと、紅夜はブンブンと振っていた首の動きを止め、蓮斗を見上げる。

 

「彼奴等は今、お前の事で争ってる。それに女性陣の方は、お前の争奪戦をする程お前を好いている。なら、そんなお前が一言、『止めろ』と言えば、彼奴等も鎮まるだろうよ」

「でも、恐いよぉ………」

 

 そう言って、紅夜は俯いて渋る。ならばとばかりに、蓮斗はズイッと、紅夜に顔を近づけた。

「坊主。そんなに不安なら、とっておきの方法を教えてやろう」

「え?」

 

 蓮斗の言葉に、紅夜は顔を上げる。先程まで蚊帳の外にされていたクラーラも蓮斗、の方に顔を向ける。

 

「“とっておきの方法”………そんなのあるの?本当に?」

「ああ、本当だ。それも、ただ一言言うだけで良い。これは、向こうで嵐の如く怒り狂ってる彼奴等を、手品のようにピタッと鎮める、一撃必殺とも言うべき魔法の言葉だ」

 

 そう言うと、蓮斗は紅夜に耳打ちする。

 

「………本当に、そう言えば皆、喧嘩を止めてくれるの?」

「ああ、勿論だ。賭けても良いぜ?」

 

 不安げに聞く紅夜にそう言って、蓮斗は不適な笑みを浮かべる。

 

「………………」

 

 そうして、暫く沈黙していた紅夜だが、やがて意を決したように頷いた。

 

「うん、分かったよ。お兄ちゃんを信じる」

「おう、まぁ頑張ってこいや」

 

 そんな蓮斗のエールを背に受け、紅夜は今にも取っ組み合いを始めそうになっている達哉達の方へと歩いていった。

 

 

「あ、あの………」

「ん?」

 

 そんな紅夜を見ていた蓮斗に、クラーラはおずおず話し掛けた。

 

「ああ、さっきは怖がらせて悪かったな嬢ちゃん…………んで、俺に何か用か?」

「紅夜さんに、何を言ったんですか………?」

 

 単刀直入に、紅夜に耳打ちした内容を問うクラーラ。

 

「何を言ったのかって?簡単な事さ」

 

 そう言って、蓮斗はペットボトルの蓋を開けて中身をラッパ飲みする。

 そして蓋を閉めて言った。

 

「『“今直ぐ喧嘩を止めて仲直りしなかったら、争ってる連中全員嫌いになる”と言え』って言ったのさ」

「……………」

 

 何と言えば良いのやら、クラーラは唖然とした。

 そんなクラーラなどお構い無しに、蓮斗は言った。

 

「変な事を餓鬼に言わせても、場をさらにややこしくするだけだ。なら、そんなに難しい事を言わせず、もっと簡単且つ、彼奴等がされたら困る事をすると言わせれば良い」

「その“困る事”と言うのが………」

「そう、あの坊主に“嫌われる事”だ。きっと彼奴等、喧嘩なんて速効で止めて坊主の機嫌を取ろうとするさ」

 

 そう答え、蓮斗は紅夜の方を見た。

 

「さぁ、面白い光景が見れるぜ」

 

 そう言う蓮斗の蒼い瞳が、キラリと光った。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、蓮斗に置いてきぼりにされた雪姫は、自販機で買ったコーンスープの缶を片手に建物1階のソファーに腰掛け、蓮斗が戻ってくるのを一人寂しく待っていたとか…………




 どうも、弐式水戦です。

 久し振りの投稿ですが、如何でしたか?

 まさか、こんな展開にするとは予想だにしなかったでしょう。


 さてさて、蓮斗から『魔法の言葉』を授かった紅夜君。彼の言葉に、争ってる達哉達はどんな反応を見せるのか、次回をお楽しみに。


………………さて、課題するか


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第151話~ちびっこ紅夜君、その7です!~

 紅夜争奪戦をしている女性陣を置いて紅夜を連れ出し、昼食を終えて帰ってきた男子陣を待っていたのは、阿修羅とも呼ぶべきオーラを纏った女性陣だった。

 紅夜がクラーラに抱き締められている中、男子陣は全員正座させられて静馬達からの尋問を受けていたのだが、男子陣の中で仲間割れが起き、達哉、翔、大河が喧嘩を始めてしまう。

 それが静馬達女性陣にも飛び火して、男子陣VS女性陣での睨み合いが起こってしまう。

 それを鎮めようとする紅夜の前に蓮斗が現れ、彼が喧嘩を止める鍵だと伝える。そして、蓮斗から『魔法の言葉』を受け取った紅夜は、今にも殴り合いを始めそうな男子陣と女性陣の間へと飛び込んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

「(うぅ~、やっぱり恐いよぉ…………)」

 

 達哉達の方へと歩みを進める紅夜は、内心そう呟いた。

 獣の如く唸りながら睨み合っている2つの勢力からは一触即発の空気が流れており、何時殴り合いの喧嘩が起きてもおかしくない状況だ。そんな中に5歳程度の少年が単身乗り込もうとしているのだから、彼の呟きは尤もな事である。

 雰囲気に圧倒されて、足取りは徐々に重くなってくる。此処で引き返すのは簡単だが、そうなるともう、男子陣VS女性陣による戦争を止められる者は誰一人として居なくなる。

 

「(僕がやらないと駄目なんだ。頑張らなきゃ!あのお兄ちゃんから、“魔法の言葉”も貰ったんだから!)」

 

 蓮斗から教わった、男子陣VS女性陣による戦争を止めるための“奥の手”。

 これに効果を持たせる事が出来るのは自分だけ。

 それらが、紅夜を奮い立たせた。

 

 そして紅夜は、未だ彼に気づかず睨み合っている達哉達の間近にやって来た。

 ふと後ろを向くと、数メートル離れた所に蓮斗とクラーラが座っている。

 胸の前で手を組み、心配そうな表情で見守るクラーラの隣では、何処か余裕そうな表情を浮かべた蓮斗が居る。

 紅夜からの視線を受け取った蓮斗は、無言で頷いた。紅夜も頷き返し、再び達哉達の方へと向き直る。

 

「すぅ~……はぁ~…………」

 

 其所で1つ深呼吸をすると、紅夜は目をカッと見開いて声を張り上げた。

 

「ね、ねぇ!」

『『『『『『『『?』』』』』』』』

 

 すると、先程まで一触即発の雰囲気を駄々漏れにしていた達哉達の視線が一斉に紅夜へと向けられる。

 

「おお、紅夜!お前もあの馬鹿共に一言言ってやってくれ!」

「何ほざいてんのよ達哉!アンタ等が紅夜を連れ出したのが悪いんでしょうが!然り気無く紅夜を味方にしようとしてんじゃないわよ!」

「肝心の祖父さんそっちのけにしてじゃんけんしてた奴が何言ってやがる!!大体テメェ等昼飯とか全然考えてなかったろ!」

「一言言ってくれれば良かったじゃない!」

「言える雰囲気じゃなかったからこうなってんだろうが!気付けやボケ!」

「何ですってぇ!?」

 

 最早売り言葉に買い言葉、男子陣と女性陣が、互いに罵声のぶつけ合いをしている。

 

「やれやれ、今時の餓鬼共は幼稚な奴が多いのな…………」

 

 遠くから成り行きを見守っている蓮斗は、溜め息混じりにそう呟いた。

 

「ホラ、紅夜からも何とか言ってやってくれ!」

「だから紅夜をそっち側にしてんじゃないって言ってるでしょうが!」

「取り敢えずご主人………げふんげふん、紅夜君、此方おいで?黒姫お姉ちゃんが抱き締めてあげるから♪」

「駄目だよ黒姫さん!紅夜君は私とボコのお話するんだから!」

「それで紅夜を怖がらせといて何言ってんだ!少し黙ってろボコオタク!」

「…………今何つった辻堂!!」

「ヒィッ!?西住殿のキャラが崩壊したでありますぅ!」

「カチューシャ、一先ず男子陣をシベリア送り50ルーブルの刑に」

「だから恐いって言ってるでしょ、ノンナ!?」

 

 紅夜が介入しようとすると、場の雰囲気はますますヒートアップし、手がつけられなくなる。

 

「(ど、どうしよう………凄く悪くなってるよぉ~)」

 

 両者から溢れ出す殺気に圧され、紅夜は涙目で後退りする。

 そして蓮斗の方へと振り返ると、視線で助けを求める。

 

「(お兄ちゃん、どうしよう~)」

「………」

 

 だが、蓮斗は何も言わない。どうしても紅夜に解決させるつもりのようだ。

 

「(うぅ~………でも、言わなきゃ……喧嘩を止めなきゃ!)」

 

 再び勇気を奮い起こした紅夜は、もう一度声を掛けた。

 

「ねぇ!もう止めてよ!!」

『『『『『『『『!?』』』』』』』』

 

 先程よりも遥かに強い口調で言う紅夜に、罵声を浴びせ合っていた面々が振り向く。

 

「喧嘩しないでよ!お兄ちゃん達とお姉ちゃん達も友達なんでしょ!?じゃあ、こんな事で喧嘩しちゃ駄目だよ!あの時、僕の遊んでくれた時みたいな、仲良しな皆に戻ってよ!!」

『『『『『『『『………………』』』』』』』』

 

 紅夜の悲痛な叫びが、この宴会場一帯に響き渡る。それにより、争っていた面々は先程までの勢いを失い、俯いた。

 

「このまま喧嘩が続いて、皆の仲が悪くなるなんて……僕、嫌だよぉ…………!」

『『『『『『『『ッ!!』』』』』』』』

 

 そう言って泣き始めた紅夜の姿は、達哉達に大きな衝撃を与えた。

 

「ウチの紅夜を泣かせるとは…………覚悟は出来てんだろうな女子共!」

「何ですってぇ!?どう考えたって達哉と翔と大河が喧嘩始めたのが原因でしょうが!」

「達哉君!こればっかりは私も須藤さんと同意見だよ!」

 

 すると、余計に話を拗らせていた。

 

 

「あの、これじゃ話がややこしくなる一方なのでは………………?」

 

 それを見ていたクラーラは、心配そうな面持ちで蓮斗に言う。

 

「まぁな。だが、それも直ぐに終わるさ。紅夜が“あの言葉”を言えば、直ぐにな」

 

 自信満々な表情でそう答えると、蓮斗は再び、紅夜へと視線を向ける。

 ちょうど紅夜も、蓮斗の方へと視線を向けている。話が拗れたため、どうしようもなくなっていたのだ。

 だが、それでも蓮斗の自信満々な表情は崩れない。

 蓮斗は紅夜を見据え、力強く頷いた。

 

「(さぁ、坊主。俺が教えた、“あの言葉”の出番だ!盛大にぶちかましてやれ!!)」

 

 その意図を読み取ったのか、紅夜も頷き返して達哉達の方を向くと、再び声を張り上げた。

 

「皆!ちゃんと聞いて!」

 

 紅夜がそう叫ぶと、罵声のぶつけ合いによる騒音がピタリと止み、達哉達の視線が紅夜に向けられた。

 

「い、今直ぐ喧嘩を止めて、仲直りしてくれなかったら、僕…………」

 

 そう言って、紅夜は一旦口を閉ざす。達哉達は何も言わず、次の言葉を待った。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 そして、1つ深呼吸をすると、紅夜は目をカッと見開いて言い放った。

 

「僕、皆の事、嫌いになっちゃうからねッ!!絶対絶対!ぜぇーーったい!口も聞いてあげないから!!」

 

 そう言い放つと、紅夜は小さな胸の前で腕を組み、プイと背を向けた。

 

『『『『『『『『ッ!!!?』』』』』』』』

 

 紅夜のその仕草は、地球を破壊出来る程の巨大隕石の衝突………………否、ビックバンに匹敵する程の衝撃を与えたと言う。

 

『『『『『『『『ご、ごめんなさ~~いっ!ちゃんと仲直りするから許してぇ~~~~!!』』』』』』』』

 

 先程までの怒り狂った様子は何処へやら、すっかり勢いを失った一行は、未だに背を向けている紅夜の方を向くと、一斉に土下座して謝り始めた。

 

「…………本当に?」

 

 そう言って、紅夜は土下座している一行へと向き直ると、腰に手を当てて上体を少し前に傾け、言葉を続けた。

 

「本当に、ちゃんと仲直り…………してくれる?嘘つかない?」

『『『『『『『『はい!ちゃんと仲直りします!!嘘もつきません!!』』』』』』』』

 

 紅夜が聞き直すと、土下座している一行は敬語で答えた。

 それにしても、16~18歳の青年少女達が、たった1人の5歳児相手に土下座して敬語まで使うと言う光景は、何とも滑稽なものである。

 

「じゃあ、今此処で仲直りして」

「い、今?」

 

 恐る恐る顔を上げて、静馬が聞き返した。

 

「そう。僕がちゃんと見てる前で仲直りしなかったら、許さない」

「うっ………でも……………」

 

 そう言うと、静馬は気まずそうな表情を浮かべた。

 先程まで罵声を浴びせ合っていた相手といきなり仲直りするように言われても、簡単には出来ないのが現実である。だが、それは紅夜が許さなかった。

 

「出来ないなら…………嫌いになっちゃう」

「ま、待って!するから!ちゃんと仲直りするから!」

 

 そうして、紅夜立ち会いの元、男女間での仲直りが成立したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、どうやら成功したみたいだな」

 

 クラーラと共に事の成り行きを見守っていた蓮斗は、やれやれとばかりに後ろに倒れかけながら言った。

 

「そうですね……凄くヒヤヒヤしました…………」

 

 額から流れていた汗を拭いながら、クラーラが返す。

 

「さて、面白いものを見せてもらったところで、そろそろ帰ろうかな…………じゃあな嬢ちゃん。くれぐれも俺の事は、あの坊主以外の連中には言わないでくれよ?それから、坊主への上手い言い訳も頼んだ」

 

 そう言って、蓮斗は姿を消した。瞬間移動で転移したのだ。

 

「………………」

 

 クラーラは呆気に取られたような表情で、先程まで蓮斗が座っていた場所を見ていた。

 

 其所に蓮斗が存在していた痕跡は、跡形も無く消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「蓮斗、遅すぎです!全く、何時まで遊んでいたのですか!」

「悪い悪い、そう怒るなよ雪姫。ちょっと面白い光景と出会してな、ずっと見てたんだわ」

 

 1階に転移してきた蓮斗を、長々待たされて立腹状態の雪姫が出迎えた。

 

「それにしても長すぎです。せっかくコーンスープで喉を潤したのに、また渇いてしまいました」

 

 盛大な溜め息を交えて言う雪姫に、蓮斗はポカンとしたような表情で言った。

 

「お前、コーンスープなんざ飲んでたのか?夏なのに」

「い、良いじゃありませんか。お気に入りなんですから」

「それにしたって、もう少し季節感ってのを考えようぜ?今は夏なんだから、冷たい炭酸ジュースとかさぁ」

 

 

 そんな軽口を叩き合いながら、2人は建物を後にする。

 

「それで?一体何を見てきたのですか?」

 

 少し歩いたところで、雪姫がそう訊ねた。

 

「ああ、それがな…………」

 

 そうして蓮斗は、あの宴会場に入った時の事を話した。

 

 紅夜が子供になっていた事や、紅夜を巡って女性陣で紅夜争奪戦(ただのじゃんけん大会)の最中に男子人が紅夜を連れ出した事について男子VS女子での大喧嘩が起こった事。

 そして、その仲裁を紅夜にさせたところ、喧嘩していた面々が一斉に土下座して許しを乞うと言う滑稽な光景が広がっていた事も………………

 

 

「最後辺りにかなりのツッコミ所を感じましたが…………それにしても、小さくなった紅夜殿ですか…………会ってみたかったですね」

「スッゲー可愛かったんだぜ?特にな…………」

 

 そんなこんなで、2人は小さくなった紅夜の話題に花を咲かせるのであった。




 男女戦争、紅夜の一言であっさり鎮圧~


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第152話~ちびっこ紅夜君、その8です!~

 男子vs女子での戦争は、蓮斗から“魔法の言葉”を授かった紅夜によってあっさり鎮圧された。

 それを見届けた蓮斗は、呆然とするクラーラをそのままにして帰り、宴会場には、蓮斗が来る前のメンバーが揃っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても、あのいざこざやってる内に、結構時間過ぎちまったな…………」

 

 取り出したスマホを画面を眺めていた達哉が、不意にそんな事を呟いた。

 それにつられて他の面々も、其々スマホを取り出して時刻を確認する。

 

「午後5時47分………何時の間にか、そんなに経っていたのね……全く気づかなかったわ」

 

 画面を見終わった静馬が、スマホをしまいながら言う。

 

「まぁ、何はともあれ、男子と女子で和解出来た訳だけど…………これからどうしよっか?」

 

 杏がそう言うと、一同は頭を捻った。

 “男女間でのいざこざ”と言う厄介事は無事に解決したが、皆してそれに熱中していたため、今後の予定など全く考えていなかったのだ。

 

「そう言えば私達、お昼食べてなかったよね」

 

 ふと、沙織がそんな事を言った。

 

「言われてみれば、確かにな………」

「長門さんの争奪戦に熱中していたあまり、すっかり忘れていました」 

 

 沙織の言葉に、麻子や華が同意する。

 そんな時、名案が浮かんだとばかりに、紅夜が勢い良く手を上げて言った。

 

「じゃあ、皆でご飯食べようよ!」

『『『『『『『『えっ?』』』』』』』』

 

 紅夜の発言に、メンバー全員の視線が集中した。

 何十もの視線を向けられている中でも、紅夜は構わず続けた。

 

「せっかく仲直りしたんだから、皆でご飯食べて、もっと仲良くなろうよ!僕、皆とご飯食べたい!」

 

 紅夜は目を輝かせて力説する。

 

「う~ん………紅夜君の考えも、良いとは思うんだけどねぇ~…………」

 

 だが、そんな中で杏が難色を示した。

 

「少なくとも、このホールでの食事は昨夜のヤツだけだし、この辺りで、大人数で入れるレストランは………」

「恐らく、簡単には見つからないかと……」

「名案だとは思うんですけど、この大人数では無理がありますね…………」

 

 桃と柚子が気まずそうに、杏の後に続けて言う。

 ただのレストランなら、探せばその辺に幾らでも転がっているだろうが、柚子が言ったように、今この宴会場に居る人数は、50人を軽く超えている。

 これだけの団体客が一度に入れるようなレストランなど、探せと言われて直ぐに見つけると言うのは流石に無理な話である。

 

「紅夜君には悪いけど、流石にこればっかりは無理かなぁ………」

「ええ~~~っ!?せっかくなんだから食べに行こうよ~~!」

 

 必死に言う紅夜だが、彼女等としてはどうしようもない。何とか説得して、紅夜を宥めようとした、その時だった。

 

『わぁーっはっはっはっ!!飯の事でお困りのようだな諸君!!!』

『『『『『『『『っ!?』』』』』』』』

 

 突然、高笑いと共にそんな言葉が、宴会場一帯に響き渡る。驚いた面々があちこちをキョロキョロ見回して、その声の主を探す。

 だが、姿形を見せず、その声の主は尚も続ける。

 

『飯の事なら我等の十八番!この統師(ドゥーチェ)アンチョビ率いるアンツィオ高校にお任せあれ!!』

 

 その声と共に、宴会場の扉が勢い良く開け放たれる。

 メンバーが一斉に振り向くと、其所にはアンチョビとペパロニ、そしてカルパッチョの3人が仁王立ちしていた。

 

「おー、チョビ子じゃん!ヤッホー!」

「だからチョビ子じゃなくてアンチョビと呼べって、前から口を酸っぱくして言ってるだろうがッ!!」

 

 出鼻を挫かれたアンチョビは、杏に盛大なツッコミを入れる。

 そして、仕切り直しとばかりに咳払いし、言葉を続けた。

 

「失礼ながら、諸君等の話は扉越しに聞かせてもらった!何でも、さらなる親交を深めるために食事会をしようとしていたそうじゃないか!」

「そうなんだよ~。でも、この大人数で行けるようなレストランなんて、そんなに無いからなぁ~…………」

「だからこそ我等の出番だと言う訳だ!ホラ、ついてこい!」

 

 そうして歩き出したアンチョビ達は、階段を降りていく。取り残されたメンバーは、暫時唖然としていたものの、一先ずついていく事に決め、アンチョビ達の後を追う。

 先に立って歩く3人に続くと、外に出ていた。

 そして………………

 

「っ!?こ、これは…………」

「マジか………」

「Wow!」

「Хорошо(凄いわね)………」

 

 外に出たメンバーは、駐車場で広がる光景に唖然としていた。何故なら、アンツィオ高校のトラックが数台停まっていたからだ。

 

「おっ!アンチョビ姉さん、お帰りッス!」

「大洗やレッド・フラッグの皆さんも、お久~!」

「うおっ!?聖グロやらプラウダやら、戦車道の強豪が勢揃いじゃん!」

 

 トラックの傍には、アンツィオ高校の生徒達が居り、建物から出てきたアンチョビ達を視界に捉えると、全員手を振って声を掛けてくる。

 アンツィオのメンバー達に手を振り返すと、アンチョビは大洗や他の学校の面々に向き直って言った。

 

「元々、資金稼ぎのために屋台を開こうとしていたんだが、偶然通り掛かった時に、大洗の祝勝会の事を思い出してな。未だ居るかと思って確かめに来た時に、先程のやり取りを小耳に挟んだのさ」

 

 そう言うと、アンチョビは他の生徒達に向かって言った。

 

「さぁ、お前等!今日は屋台を開く予定だったが、予定変更!此処に居る全員で宴会だ!」

『『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』』

 

 そうしてアンツィオ高校の生徒達は意気揚々と用意を始めるが、騒ぎを聞き付けた建物の者が出てきて駐車場で騒ぐのは止めてほしいと頼まれ、場所をどうするかと話し合った結果、大洗女子学園のグラウンドまで移動する事になった。

 因みに、紅夜が乗ってきた陸王は達哉が押していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では改めて………お前等!宴会だァーーッ!!」

『『『『『『『オオーーーッ!!』』』』』』』

 

 アンチョビが言うと、他のアンツィオ高校の生徒達から威勢の良い返事が返される。

 生徒達は一斉にトラックに駆け寄ると、元々屋台を開く予定だったのに何故用意していたのか、テーブルや椅子を次々に引っ張り出してくる。

 そうして間も無く、テーブルや椅子が並べられ、テーブルの上には豪勢な料理が所狭しと並べられた。

 

「全員、席に着いたかーッ!?」

『『『『『『『『『『『はぁーーいっ!!』』』』』』』』』』』

 

 アンチョビの問いに、席に着いたメンバー全員が返事を返す。

 

「それじゃあ始めるぞ!せぇーーの!」

『『『『『『『『『『『いただきまーーーすっ!!』』』』』』』』』』

 

 こうして、大洗、プラウダ、サンダース、聖グロリアーナ、黒森峰、知波単、アンツィオ、そしてレッド・フラッグでの大規模な食事会が始まった。

 

 

 

 

 

 

「そういや姉さん、さっきから思ってたんスけど」

 

 宴会が始まって少し経つと、アンツィオの生徒の1人がアンチョビに声を掛ける。

 

「ん?どうした?」

「今日、長門のダンナは欠席ッスか?姿見えないし、その代わりとばかりに、ダンナにスッゲー似てるちびっこが居るんスけど」

 

 そう言って、その生徒は紅夜の方に視線を向ける。

 

「ああ、そう言えばそうだな………少し聞いてみるか」

 

 そう言うと、アンチョビは達哉の方に近づいていった。

 

「なぁ、少し良いか?」

「ん~?」

 

 アンチョビに話し掛けられた達哉は食べ物で頬を膨らませた状態で振り向くと、それらを一気に飲み込んで答えた。

 

「どったのアンチョビさん?」

「ああ。今日、紅夜は来ないのか?姿が見えないんだが」

「あっ、そりゃあたしも気になってた」

 

 アンチョビが訊ねると、ペパロニも話に入ってきた。

 

「紅夜なら居るぞ?其所に」

 

 達哉はそう答えると、隣で小皿に盛られた料理を美味しそうに食べている紅夜を指差した。

 

「おいおい、冗談がキツいぞ。紅夜はこんなに幼くなかったろ?紅夜の歳が離れた弟じゃないのか?」

 

 その問いに、達哉は首を横に振った。

 

「いやいや、コイツは紅夜本人だぜ?なぁ、紅夜」

「むぐむぐ………ふぇ?」

 

 急に話し掛けられたため、紅夜は間の抜けた声で返事を返した。

 赤い瞳を持つ目は丸く見開かれ、ぱちくりと瞬いている。

 

「この人がな?お前が本当に紅夜なのかって聞いてきたんだよ」

 

 そう言って、達哉はアンチョビの方へと親指を向ける。

 

「むぅっ」

 

 それを見た紅夜は表情をしかめて言った。

 

「達哉お兄ちゃん、人を指差しちゃ失礼だよ。めっ」

「あー、悪い悪い」

 

 指をピッと立てて注意された達哉は軽く笑みながら謝る。

 そんなはさておき、アンチョビが紅夜の前に屈んで言った。

 

「1つ聞きたいのだが………君は、本当に紅夜なのか………?」

「うん!」

 

 アンチョビが訊ねると、紅夜は頷く。

 

「…………本当に、長門紅夜なのか………?」

「そうだよ!」

 

 また聞いても、答えは同じである。

 

「………………」

 

 アンチョビが沈黙すると、紅夜は再び食べ始める。

 それを見た達哉も食べようとするのだが、何時の間にか、アンツィオの生徒全員の視線が紅夜に向けられている事に気づいた。

 そして、少しの沈黙の後………………

 

『『『『『『『えええーーーーーーっ!!?』』』』』』』

 

 彼女等の叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「………………こう言う訳なのさ」

 

 あれから少し経ち、アンチョビ達が落ち着きを取り戻すと、達哉は杏を引っ張ってきて、紅夜が子供になった理由を説明させた。

 最初は驚いていたり、疑ったりするアンツィオ生徒も多く居たが、大洗の生徒やレッド・フラッグの面々と言った証人も居るため、段々と、信じざるを得なくなっていった。

 

「そ、それは何と言うか………凄いな」

「何かアニメみたいな話だな!スッゲー!」

 

 未だに、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべているアンチョビとは裏腹に、ペパロニは小さくなった紅夜を見て興奮していた。

 

 

 

 

 

「祖父さん、大人気だな」

「ああ、そうだな」

 

 やがて、アンツィオの生徒達は群がるように、紅夜目掛けて向かっていく。

 そうして揉みくちゃにされる紅夜を眺めながら大河が呟くと、煌牙が頷いた。

 

「子供になった紅夜って、あんなにも女に人気が出るんだな」

「元々それなりにモテる奴だが、子供になっても尚モテるとは…………」

 

 そう言うスモーキーの男子陣の視線の向こうでは………………

 

 

 

 

 

 

「ほ、ホラ、紅夜………あ、あーん…………」

「あーん!」

 

 まほが恐る恐る差し出したナポリタンを、紅夜が頬張る。

 それを飲み込んだ紅夜は小皿に取っていたナポリタンをフォークに絡めると、先程とは逆に、まほへと差し出す。

 

「はい、まほお姉ちゃん。あーん!」

「あ、あーん」

 

 顔を真っ赤にしながら、差し出されたナポリタンを口に含むまほ。

 

「美味しい?」

「あ、ああ、美味しいよ………ありがとう、紅夜」

「どういたしまして、まほお姉ちゃん!」

「ぐはっ!」

 

 まほが礼を言うと、紅夜は満面の笑みを浮かべて返す。

 それを受けたまほは、一瞬大きく仰け反り、胸を押さえて悶えたかと思うと、テーブルに置かれている小皿にフォークを置き、次にどの料理を取ろうかと悩んでいる紅夜を抱き締めた。

 

「わぷっ!?」

 

 まほの胸に顔を埋められ、もがく紅夜を他所に、まほは言った。

 

「この子はこのまま連れて帰る!一生借りていくぞ!」

 

 何処ぞの白黒魔法使いのような事を叫ぶまほに、静馬が真っ先に反応した。

 

「はぁ!?何言ってるのよ貴方!勝手にウチの隊長拉致ろうとしてんじゃないわよ!」

「お前は何年も一緒に居たから良いだろ!寄越せ!」

「全く理由になってないわよ!それに子供になる薬も、今日の深夜には効果が切れるわよ!」

「なら新しいのを今直ぐ持ってこい!」

「させるかぁ!」

 

 こうして、タガが外れた静馬とまほによる取っ組み合いが始まった。

 それを見たアンツィオの生徒達が囃し立てたり、先程のまほと紅夜のやり取りに嫉妬した他の面々が、紅夜に“あーん”をしようとしたりと、宴会は賑やかなものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、さっきから考えてたんだけどさぁ………………この学園艦が出港するのって、何時だっけ?」

『『『『『『『『『『『はっ!?』』』』』』』』』』

 

 その後、不意に達哉が溢した一言で全員が我に返り、大洗やレッド・フラッグ以外の学校の面々が、大急ぎで撤収していったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「そう言えば私、あまり喋ってなかったなぁ………………」

 

 あの宴会からの帰宅途中、絹代が背中に哀愁を漂わせながら、そんな事を呟いていたとか違うとか………

 

 

 

 絹代、ドンマイである。




 次の話で、『エンカイ・ウォー!編』は終わりです。
 この物語も、(第一部)完結の兆しが見えてきたかな。


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第153話~宴会、終了しました!~

「いやぁ~、色々あったが楽しかったな」

「ええ。あんなに盛り上がったのは初めてよ」

「ご主人様も、ずっと楽しんでたからね」

 

 チーム別の出し物大会や、杏の企画によって紅夜が子供になり、さらに杏の招待を受けた他校の面々がやって来ての紅夜争奪戦や、男女戦争、そしてアンチョビ率いるアンツィオ高校の介入もあっての大規模な食事会など、様々出来事が起こった、大洗女子学園&レッド・フラッグによる祝勝会は無事に幕を下ろした。

 他校の面々は、片付けが終わり次第直ぐ様学園艦を降りていき、其々の手段で帰っていった。

 学園艦が出港してから暫くの間、大洗やレッド・フラッグのメンバーは祝賀会の余韻に浸っていたのだが、段々と暗くなってきた上に、紅夜が陸王のサイドカーで眠ってしまったのもあり、解散となった。

 帰宅途中、黒姫とユリア、そして七花の3人が、祝勝会での出来事を楽しそうに話しているのを聞きながら、達哉はスヤスヤと眠っている紅夜を乗せた陸王を押していた。

 

「それはそうと達哉、ありがとね。陸王押してくれて」

「良いって良いって、このバイクそれなりに重いからな。3人居るとは言え、女の子に重いもの運ばせる訳にはいかねぇよ」

 

 達哉はそう言って、ハンドルから右手を離してヒラヒラ振ると、再びハンドルへと戻す。

 

「それもそうだが、今日泊めてもらっても良いか?コイツの薬の事とかもあるからさ」

「うん、良いよ。陸王押してくれたお礼もしないといけないし」

「私も構わないわ」

「俺も同じく」

 

 達哉が泊めてくれるように頼むと、黒姫達は快く受け入れた。

 

「しっかしまぁ、今回の宴会は、角谷さんの企画のせいで途中からトンでもない事になっちまったよなぁ~………紅夜が子供になったり、他の学校の人がワラワラやって来たり、男女戦争が起こりかけたり…………」

「ええ、そうね。よく考えたら、何れもこれも、あのチビッ子ツインテールがやらかした事から始まった訳だし………」

「ちょっとばかり、お仕置きが必要だよねぇ~………」

「取り敢えず紅夜が元に戻ったら、あのツインテールを締め上げてもらうか」

「いやいや七花よ、そんな事紅夜にやらせてみろ。角谷さん死ぬぞ」

 

 物騒極まりない事を言い出した七花に、達哉は苦笑混じりにツッコミを入れる。

 それから他愛もない話をしている内に、彼等は紅夜の家に到着した。

 

「そういや、家の鍵って誰か持ってるか?」

 

 達哉はそう訊ねるが、3人は首を横に振る。誰も持っていないようだ。

 

「マジか………じゃあさ、昨日鍵掛けた時に、紅夜が鍵を何処にしまったか覚えてないか?」

「あっ、それなら!」

 

 黒姫はそう言うと、サイドカーで眠っている紅夜の足元に置かれてある袋を持ち出し、中からズボンを取り出すと、ポケットを探り始める。すると、チャラチャラとキーホルダーが擦れる音を立てて、家の鍵が姿を表した。

 

「ホラ、あったよ」

「よっしゃ。それじゃあ鍵開けて、先に入っといてくれ。俺は陸王を置いて、紅夜を連れて入るから」

 

 達哉がそう言うと、黒姫は頷き、家の鍵を開けると、ユリアと七花を伴って先に入っていく。

 達哉は駐輪スペースに陸王を停め、サイドカーから紅夜を抱き上げると、そのまま家に入っていった。

 

 

 

 

 

「う~んっ!帰ってきたぜ~!」

 

 達哉がリビングに入ると、其所では七花がソファーにどっかりと腰掛けて寛いでおり、同じくソファーに腰掛けている黒姫とユリアも、足を投げ出している。

 彼女等は立場的には居候なのだが、暫く此処で暮らしていたのもあってか、すっかり自分の家のように振る舞っている。

 それについて若干微妙な気分になる達哉だが、これについて紅夜が愚痴を溢したりした事が1度も無かったため、最初から受け入れているものなのだろうと割り切る事にした。

 

「俺、コイツを部屋に寝かせてくるわ」

「あ、私がやるよ」

 

 黒姫はそう言って、部屋に向かおうとする達哉を引き留めようとするが、達哉は首を横に振った。

 

「別に良いよ、黒姫。それに、コイツを着替えさせなきゃならんからな。あ、コイツが着てた服入れてた袋取ってくれ」

 

 達哉がそう言うと、ユリアが床に置いていた袋を達哉に渡した。

 

「サンキュー」

 

 短くそう言って、達哉は袋を受け取り、紅夜を2階の部屋に連れていった。

 

 

 

 

 

 

「………さて、これで良しっと」

 

 2階にある紅夜の部屋にやって来た達哉は、一旦ベッドに紅夜を寝かせた後、彼を起こさないように注意しつつ、袋から紅夜の服を取り出し、宴会場で着替えさせてからそのままだったボコの着ぐるみから、何時ものパンツァージャケット姿に着替えさせる。

 今の紅夜は子供であるため、当然ながらブカブカなのだが、それも後少しで終わる。

 

「そう思うと、何か複雑な気分だなぁ……」

 

 達哉はそう言って床に腰を下ろすと、ベッドに凭れ掛かる。

 すると、部屋のドアが静かに開き、黒姫達が、そろそろと入ってきた。

 

「どうかしたのか?」

 

 紅夜を起こさぬよう、達哉は小声で訊ねた。

 

「うん、その……」

「…ご主人様を、見に来たの……この姿を見れるのも、後少しだから……何か、感慨深くて…」

「………」

 

 言いにくそうな反応を見せるユリアに代わって、黒姫が答えた。

 3人共、何処と無く寂しそうな表情を浮かべているのを見る限り、彼女等も、達哉と同じ心境に居るのだろう。

 

「そっか………」

 

 達哉はそう言って、ベッドで眠る紅夜へと視線を移した。

 

「………」

 

 彼等の気持ちなど知らず、紅夜はベッドの上で幸せそうに眠っている。

 

「………幸せそうだな」

「ええ、そうね」

「ご主人様、凄く楽しんでたもんね………」

 

 紅夜の寝顔を愛しげに眺めながら、3人は言った。

 

「どうせだし、寝顔の写真でも撮るか?」

 

 達哉はそう訊ねるが、3人は首を横に振る。

 

「ううん、良いよ」

「ああ。これは、俺達4人だけの特権だ」

「そうよ。私達で眺めていましょう」

「………そうか」

 

 そうして、4人は時間が来るまでずっと、紅夜の寝顔を眺めていた。

 そして、夜11時。薬の効果が切れる時がやって来た。

 紅夜の背や腕が伸びていき、ジャケットやズボンに膨らみを作っていく。

 顔にも変化が現れ、5歳児としての顔から、何時もの18歳の青年の顔に戻った。

 

「………さようなら、紅夜君」

 

 嬉しそうな、でも、寂しそうな表情を浮かべて、黒姫が言った。

 

「そして…………」

 

 達哉がそう付け加えると、付喪神3人組は、互いの顔を見合わせ、再び紅夜の方へと顔を向けて言った。

 

「「「お帰りなさい、紅夜(ご主人様)(コマンダー)」」」

 

 そう言うと、3人は部屋から出ていき、その直後に、ドアが開閉する音が聞こえてきた。

 恐らく、綾の部屋に入っていったのだろう。

 

「紅夜、お前は本当に幸福者だな」

 

 3人が部屋から出ていくのを見届けた達哉は、未だにベッドで寝息を立てている紅夜に向かって言った。

 

「目が覚めた時、お前はどんな反応をするんだろうな………まぁ、大方『なんで家に戻ってるんだ?』とか言いそうだが」

 

 そう言うと、達哉はそのまま床に寝転がった。

 

「勝手で悪いが、今日は此処で寝させてもらうぜ。餓鬼になったお前の面倒を見てたんだ、これぐらいは許してくれよな」

 

 冗談っぽくそう言って、達哉はそのまま目を閉じ、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、小鳥の囀りが学園艦上の町に響き、朝日が町を照らす。

 カーテンの隙間から入り込んでくる光が、紅夜を夢の世界から引き戻した。

 

「んっ……う~ん…………」

 

 もぞもぞと蠢きながらも、紅夜はゆっくり起き上がった。

 

「んっ………ふわぁ~あ………あーよく寝た」

 

 目を擦りながらそう言うと、紅夜はベッドから降りようとする。

 

「さぁ~て、今何時………………って、あれ?」

 

 だが、降りようとしたところで、紅夜は動きを止めた。

 

「此処、俺の家だよな?なんで帰ってきてんだ?確か俺、全国大会での祝勝会に参加してた筈なんだが……って、なんで達哉が俺の部屋に居んだ?つか、え?いや、ちょっと待て、マジで、一体全体どうなってんのコレ?」

 

 状況が全く理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべて、紅夜は部屋中を見回しながら自問自答を繰り返す。

 

「五月蝿ぇなぁ……もう少し静かに出来ねぇのかよお前は………」

 

 そうしていると、達哉が文句を言いながら起きてきた。

 

「いやいや達哉よ、お前何しれっと俺の部屋で寝てんだ?つか、なんで居んの?祝勝会は?祝勝会はどうなったんだよ?」

「ああ、もう終わった」

「………………え?今何て?」

 

 あっさり答えた達哉に、紅夜は間の抜けた声で聞き返す。

 

「だから、“既に終わった”って言ってんだよ」

「……………」

 

 そうして暫くの沈黙の後………………

 

 

 

 

「嘘ぉぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!!?」

 

 朝っぱらにも関わらず、紅夜の大絶叫が響き渡った。

 

 

 

 それから紅夜が落ち着くと、達哉達は事の全てを語った。

 

 薬を飲まされた紅夜が5歳程度の子供になり、杏が招待した他校の生徒達から揉みくちゃにされたり、みほにボコの着ぐるみを着せられて写真を撮られまくったり、女性陣の中で紅夜争奪戦が起きたり、その際中に男子陣が紅夜を連れ出したため、それに起こった女性陣と戦争が起こりそうになったりした事などを………………

 

 それを聞いた紅夜は、一先ず大洗に行って、杏を締め上げる事に決めたらしい。

 

 

 

 

 

 

 そして、取り敢えず何時ものように大洗女子学園に行ったのだが………………

 

『角谷ぃぃぃぃぃいいいいいいっ!!テメェちょっとツラ貸せやゴルァァァァァアアアアアアアアッ!!!』

「ご、ごめんなさ~~~~~~~いっ!!」

 

 大洗のグラウンドでは、決勝戦で見せた蒼いオーラを纏い、手から謎の光線を乱射する紅夜と、そんな彼から逃げ回る杏の姿が目撃されたとか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに、杏とのおいかけっこの最中、例の光線は何発も放たれたのだが、不思議な事に町を直撃したものは1発も無く、町は無傷ですんだのだが、何も知らない地域住民は、『謎の超低空流星群』と呼び、暫くの間、外出時には頭を低くして町を歩くようにしていたとか違うとか………




 これで、“エンカイ・ウォー!編”は終了です。長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。

 次で、本作での最終章に入ります。


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最終章~最強同士のぶつかり合い!赤旗VS白虎!~
第154話~積み上げてきたからこそ出来た光景です!~


 最終章です。

 それと最後の方で、ちょっと感動&ロマンチック(?)シーン入れました。


 大洗女子学園の存亡を賭けた全国大会や、波乱に満ちた祝勝会も無事に終わった今日。

 期末試験を終え、1学期で残された行事が終業式のみとなれば、どの学校も短縮授業期間に入る。それは此処、大洗女子学園でも同じ事だ。

 

 さて、今は午後12時30分。4時限目の授業を終えたこの学校は、終学活の真っ最中だ。

 本来なら、午後の時間をどう過ごそうかと胸を踊らせる時間なのだが、今日に限って、生徒達の顔色が優れない。

 その理由は………………

 

「さて、それでは朝学活で言った通り、通知表を返すわよ」

『『『『『『『『いやぁ~~~っ!!』』』』』』』

 

 そう、“通知表”である。

 自分の成績に歓喜する者、或いは絶望する者。この2種類の生徒が現れるこの時間、その少女、須藤静馬が在籍している2年C組の教室内では、生徒達から発せられる緊迫した雰囲気が充満していた。

 

「(そう言えば、今日は通知表を渡される日だったわね。すっかり忘れてたわ………)」

 

 机に頬杖をついた静馬は、内心でそんな事を呟いていた。

 暫くすると、担任の教師に通知表を渡された生徒達が、1人は喜びながら、また1人は落ち込んだ様子で席に戻っていく。

 

「あっ……あは、あははは…………こりゃ駄目だ、補習確定だ……オワタ」

「これは2じゃない、これは2じゃない。これは5、これは5、これは5…………」

「先生!私理数系には進まないので数学要りません!」

 

 等々、肩を落として席に着いた生徒からは、そんな声が漏れ出してくる。

 

「あぅ~、やっちゃいましたぁ~」

 

 こう言うのは出席番号順で呼ばれるものであるため、必然的に優花里が最初に呼ばれるのだが、席に着いた優花里は頭を抱えて、今にも机に突っ伏しそうな状態だった。

 

「(あ~あ、あの様子だと秋山さん、成績が良くなかったのね)」

 

 一際どんよりしたオーラを身体中から発している優花里に同情の眼差しを送っていると、静馬が呼ばれる。

 教卓の前に立つと、担任の教師が通知表を手渡す。

 

「1年の時から、相変わらずの好成績ね。A組の冷泉さんに届く勢いよ。この調子で頑張ってね」

「はい」

 

 そう答えて机に戻ると、他の生徒からの視線が集中する。

 

「1年の時から思ってたけど、須藤さんって凄いよね」

 

 静馬が席に着くと、その前の席に座っている生徒が話し掛けてくる。

 

「そ、そうかしら?」

 

 いきなり話し掛けられた事に若干戸惑いながら、そう聞き返した。

 

「だって須藤さん、戦車道やってるんでしょ?あれ、結構スケジュールがハードで勉強する暇が無さそうって、あちこちで噂になってるのよ?」

「そう?私としては、別に大した事ではないけど………」

「それは須藤さんが凄すぎるのよ!」

 

 力説するその生徒に、静馬はただ苦笑を浮かべるしかなかった。

 その際、視線をチラリと別の方へ向けると、紀子は気だるげに机に突っ伏し、雅は亜子や和美と談笑しており、雅の余裕そうな表情から、後で彼女の成績を聞いてみようと考える静馬であった。

 

 

 

 

 

「えー、これより戦車道の授業を始める。一同、礼!」

『『『『『『『『よろしくお願いします!!』』』』』』』』

 

 放課後、グラウンドに集まった一行は、午後から合流してきた紅夜達男子陣も交えて、何時も通りに戦車道の授業を始めていた。

 全国大会が終わった今、戦車道は最早部活動のような認識になっている。

 

「皆、全国大会ではお疲れさま!」

 

 チーム毎に並んでいる大洗チームの面々の前に立った亜美が、彼女等を称えた。

 

「今年で戦車道の授業を復活させたばかりなのに全国大会で優勝するなんて、きっと、史上初の快挙よ!本当に良くやったわ!」

 

 亜美がそう言うと、全員が嬉しそうな表情を浮かべる。そんな中で、亜美は紅夜の元へと歩みを進め、彼の手を取って両手で握った。

 

「彼女等が此処まで来れたのも、貴方達レッド・フラッグのお陰よ…………本当に、ありがとう」

「ちょ、止してくださいよ。照れ臭い」

 

 そう言って、紅夜は面映ゆそうな表情を浮かべる。

 

「おっ、これは珍しい。祖父さんが照れてやがるぞ」

「滅多に見れねぇ光景だな。写真撮って珍○景に応募するか」

「おい待て勘助、お前マジでそれやったらこの船から海に突き落とすからな?」

「おい止めろマジ止めろシャレにならねぇって!」

 

 そんな軽口を叩いていると、桃が歩み出てきた。

 

「この雰囲気に水を差すようで悪いが、私達カメさんチームは全員3年生だ。そのため、来年には卒業する。もう諸君等と共に、戦車道の授業で全国大会へ行く事は無いだろう」

 

 桃がそう言うと、メンバーの表情が曇る。

 

 そう、桃が言った通り、杏達生徒会チームは全員が3年生。時期的に、そろそろ受験勉強や就職活動のため、部活を引退する生徒も出始める頃だ。

 それは即ち、この戦車道チームからメンバーが抜けると言う事になる。

 分かってはいた事だが、いざ、その時が来ると、やはり思うところがあるのだろう。

 

「来年からは、諸君等現2年と1年、そして、来年入ってくるであろう新1年生で、このチームを動かしていく事となる。レッド・フラッグ、特に男子陣も、何時まで此処に居られるかは分からん。何時、何が起きようと対応出来るよう、今の内に準備をしておけ!」

『『『『『『『『はい!』』』』』』』』

 

 桃がまとめると、メンバーから大きな返事が返される。

 

「………」

 

 桃の演説を聞いた翔は、目をぱちくり瞬かせていた。

 

「ん?どうした風宮、私の顔に何かついてるか?」

 

 その視線を感じた桃が、そう訊ねる。

 

「あ~、いや………あのポンコツ染みた河嶋さんが、スッゲー立派な事言ってるなぁ~ってね」

「おい、風宮。お前が今まで私をどんな目で見ていたのか、今からじっくり話し合おうじゃないか。時間はたっぷりあるのだからな」

 

 そう言うと、桃は翔の首根っこを掴んで引き摺り始めた。

 

「ちょちょちょちょっ!?ちょっと待って河嶋さん!すんません今スッゲー失礼な事言いました!謝りますから許してくださ~~~いっ!」

 

 翔はじたばたもがきながら叫ぶが、桃は聞く耳を持たず、そのまま何処へと引き摺っていってしまった。

 

 

 

「え~っと、取り敢えず河嶋達連れ戻しに行ってくるから、私等が戻るまで、全員戦車の整備とか、基礎の復習とかやっとくようにね~」

 

 そう言い終えると、杏は柚子を伴って河嶋達を追い掛けていった。

 そして、暫く呆然と突っ立っていたメンバーだが、一先ず杏に言われた通り、各々で行動を始めた。

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ俺等も………って、ん?」

 

 練習を始めようかと言い出そうとした紅夜だが、ふと視線を向けた先で広がる光景に、その口を閉じた。

 

「辻堂殿」

「ん?おりょうさんか、俺に何か用か?」

 

 紅夜の視線の先では、カバさんチームのおりょうが達哉に話し掛けていた。

 

「ちょっと、教えてほしい事があるぜよ」

「おう、別に良いぜ」

「辻堂、そっちが終わったら私のも頼む」

「いや麻子、お前には必要ねぇだろ」

「良いから来い」

「あの……わ、私の方も良い、かな………?」

「ゴモヨさんもか」

 

 おりょうが達哉に頼んでいるところへ、麻子やゴモヨが寄ってくる。何気に、沙織やそど子……もとい、みどり子も居る。

 

「おーおー。達哉の野郎、こんな真っ昼間にハーレムっぷりを見せつけてくれちゃってまぁ………」

 

 おりょう達に囲まれてたじたじになっている達哉を見た紅夜は、ニヤニヤと笑みを浮かべながらそう呟く。

 勘助はカエサルに、砲弾の装填速度を早めるコツの伝授を頼まれている。その他にも、煌牙や新羅、大河のみならず、レッド・フラッグにおいては、紅夜以外全員が引っ張りだこ状態になっている。

 

「…………こんな光景、現役の頃じゃ絶対見れなかっただろうなぁ」

 

 あちこち連れ回されているメンバーを眺め、紅夜はそう呟いた。

 

「ねぇ、紅夜君」

 

 そんな時、後ろから声を掛けられる。振り向くと、其所にはみほが立っていた。

 

「よぉ、西住さん。お前は練習しに行かなくても良いのか?」

「う~ん……練習しようにも、皆個人で練習しちゃってるし……それに、さっきの言葉、今の紅夜君が言っても説得力無いよ?」

「ククッ………確かに」

 

 小さく笑って、紅夜はそう言った。

 みほは紅夜の隣に歩み寄ると、賑わいを見せているメンバー達の方へと目を向けた。

 

「皆、楽しそうだね………」

「ああ」

 

 みほの言葉に、紅夜は短く返した。

 

「私、この学校に転校してきて、本当に良かった」

 

 不意に話を切り出したみほに、紅夜は視線を向けた。

 

「この学校に転校してきて、あんこうチームや、他のチームの皆と出会って、紅夜君達レッド・フラッグの皆と出会って、紅夜君達レッド・フラッグやグロリアーナ、知波単と練習試合をして、全国大会に参加して、優勝して!」

「……………」

 

 段々と目を輝かせていくみほの話を、紅夜は黙って聞いていた。

 

「色々な問題もあったけど、全部………これで、良かったんだよね!」

 

 そう言って、満面の笑みで紅夜を見るみほ。

 それを見た紅夜は、軽く笑った。

 

「………ああ、そうだな」

 

 其処から練習が終わり、解散の時間になるまで、2人の間の会話は無かった。だが、この時の2人には、会話なんて、必要無かったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

「お帰りなさい、ご主人様!」

「お帰り、コマンダー」

「紅夜か、お帰り~」

 

 練習を終え、家に帰ってきた紅夜を、黒姫達が出迎えた。

 そしてリビングに向かい、ソファーに腰を下ろした紅夜は、その日の出来事を黒姫達に語るのであった。

 

 

 

 

………………余談ではあるが、桃に引き摺られていった翔は無事に発見され、柚子に保護されたとか違うとか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、とある山奥に1組の男女がやって来た。

 暗闇に溶け込みそうな漆黒の髪をポニーテールに纏めて、蒼い瞳を持ち、パンツァージャケットに身を包んだ青年--八雲蓮斗--と、装束のような服に身を包み、長い白髪を持った美女--雪姫--だった。

 何だかんだ言って、彼方此方を歩き回っていた彼等だが、蓮斗が漸く、彼の愛車を見に行く気になったので、雪姫と共に、それの居場所へと向かっているのだ。

 

「なぁ雪姫、本当に此処にあるのか?ティーガーが」

 

 自分にぴったりと寄り添うようにして隣を歩く雪姫に、蓮斗がそう訊ねる。

 

「ええ、勿論です」

 

 雪姫はそう答え、ただただ歩き、蓮斗も彼女に合わせて歩く。

 そうして暫く歩くと、2人は大きな洞穴の前に辿り着いた。

 

「此処、なのか?」

「ええ」

 

 そう言うと、雪姫は蓮斗を置いて、真っ暗な洞穴の中へと消えていく。

 雪姫の姿が暗闇の向こうに消えてから少しすると、暗闇の向こうで一瞬白く光り、その後直ぐに、猛獣の雄叫びのようなエンジン音が暗闇の向こうから響いてきた。

 

 ゴロゴロ、キュラキュラと重厚感溢れる音と金属同士が擦れ合うような音が重なって響く。

 やがて暗闇の中から、1輌の白いティーガーⅠが姿を表した。

 

「おお…………」

 

 蓮斗は感嘆の溜め息を漏らすと、ヨロヨロとティーガーに近づく。

 雪姫はティーガーから姿を表し、自分が宿っている戦車に近寄る主の姿を見守る。

 

 ティーガーの傍まで歩み寄った蓮斗は、フェンダーに手を添え、優しく撫でた。

 

 今では幻となったチーム、白虎隊の隊長と、その愛車が、実に50数年ぶりの再開を果たした瞬間だった。

 

 

 そんな蓮斗を見ていた雪姫も、何を思ったのか、ティーガーのフェンダーを撫でている彼の背中に抱きついた。

 

「ッ!?」

 

 突然抱きつかれた事に驚く蓮斗だが、それで身動ぎするより前に、雪姫が抱きつく力を強めた。

 

「………ッ…………ッ!」

 

 そして蓮斗は、自分の背後で啜り泣く声を耳に入れる。

 自分と愛車と、その付喪神…………ずっと一緒だった面子が、漸く揃ったこの瞬間に、雪姫も感極まっているのだろう。

 

「……すまねぇ、相棒…………長々待たせちまったな」

「……ッ……ッ」

 

 何時もの陽気な雰囲気を引っ込めて謝る蓮斗に、雪姫は首を横に振り、顔を彼の背中に強く押し付けた。

 蓮斗は何も言わずに背中に手を回すと、雪姫の頭を優しく撫でる。

 

 すると、雪姫は蓮斗の腹に回していた腕を解いて1歩下がる。

 蓮斗は、先程まで抱きつかれていたために若干前屈みになっていた姿勢を戻し、雪姫に向き直る。

 其所には、目から大粒の涙を溢しながらも笑っている雪姫の姿があった。

 

 

「…………お帰りなさい、蓮斗」

 

 雪姫にそう言われた蓮斗は、今度は彼の方から、彼女を抱き締める。

 

「………ただいま、雪姫」

 

 そうして抱き合う彼等の姿は、月明かりに照らされて輝いていたと言う。



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第155話~戦いの約束です!~

『続いて、戦車道の話題です。戦車道の世界大会が日本で開催される事となり、全国の高校、大学への戦車道の授業の推奨が行われ、高校や大学、同好会チームでの戦車道の活動が盛んになっている今日、文部科学省及び戦車道連盟では、高校、大学、同好会チームを対象とした交流パーティーの開催を計画しており…………』

「へぇ~、彼奴等は今、んな事やってんのか」

 

 日曜日の朝、テレビのニュース番組を見ている紅夜は、アナウンサーが述べた話題に他人事でコメントを溢した。

 紅夜も戦車道をしている身であるため、一概に無関係とは言えないのだが…………

 

「交流パーティーだって!ねぇ、主人様!行こうよ!」

 

 テレビを見ていた黒姫は、興奮気味に紅夜に抱きついてせがむ。

 それにヤレヤレと肩を竦めながら、ユリアと七花が話に入ってきた。

 

「気が早すぎるわよ、黒姫。未だやるって決まった訳じゃないんだから」

「そうそう。あくまでも“計画してる”って段階だろ?立ち消えになる可能性だってあるんだから、紅夜にせがむのは、もう少し後でも良いだろ?」

「うっ……それはそうだけど……」

「だけども何もありません」

「はーい………」

 

 2人に宥められ、黒姫は渋々引き下がった。

 何処と無く不満げな表情を浮かべている黒姫に、紅夜は内心で苦笑を浮かべていた。

 

 人懐っこくて好奇心旺盛な黒姫は色々なものに興味を持ち、やれ『海外に行ってみたい』、『スポーツをしてみたい』等と言い出しては紅夜を困らせ、その都度ユリアや七花に宥められると言うのを繰り返しているのだ。

 

「まぁまぁ黒姫?そんな落ち込まなくても、もしパーティーが本当に開催されるなら連れてってやるから」

「本当!?」

 

 紅夜が言うと、先程までの膨れっ面は何処へやら、黒姫は満面の笑みを浮かべて紅夜に詰め寄ってきた。

 

「お、おう。俺等は同好会チームとしては引退してるが、大洗所属チームとしては活動してる訳だから、参加する資格は一応ある訳だからな。もし参加出来るなら、ちゃんと連れてってやるよ」

「わーい!ご主人様愛してる!」

「はいはい………」

 

 大喜びで抱きつき、頬擦りをする黒姫の頭を撫でながら、紅夜はただ苦笑を浮かべるだけだった。

 

「コマンダー、苦労してるわね………」

「ああ、そうだな………」

 

 それを見ているユリアと七花は、紅夜に同情の眼差しを向けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そう言えば………」

「ん?ご主人様、どうかしたの?」

 

 あれから時間は流れ、昼の12時。昼食を摂っている最中、紅夜は箸を持った手を止めて呟き、それを見た黒姫も手を止めた。

 

「ああ、いや。そろそろ俺等の戦車を洗ってやらないとなって思っただけさ。全国大会では頑張ってもらったからな」

「でも、洗車なら自動車部の人が普段からやってくれてるわよ?」

 

 ユリアはそう言うが、紅夜は首を横に振った。

 

「確かにそうだが、一応あの3輌の所有者は俺だからな。大洗チームに加わって以降ほったらかしだった分、俺自らがキッチリ洗ってやりたいんだ」

 

 そう言って、紅夜は昼食を再開する。

 黒姫達3人は、暫時互いに顔を見合わせていたが、やがて誰からともなく微笑み、紅夜と同じように昼食を再開するのであった。

 その時の彼女等は、何時も以上に笑顔だったとか。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、こうやって休日を過ごしていて思うんだが………暇だなぁ~」

 

 昼食を終えて食器を洗い、乾燥機に入れてスイッチを押した後、紅夜はソファーにどっかりと腰掛けてそう言った。

 

「まぁ、大会の時は休む間も無く練習してたし、大会が終わってからも、ご主人様は結構外出してたからね。何もする事が無い日なんて、久し振りなんじゃない?」

「ああ、ホントに久し振りだよ」

 

 紅夜の隣に腰掛けた黒姫がそう言うと、紅夜は頷いた。

 

「でも、たまにはこう言う日も良いんじゃない?私はこう言う日、結構好きよ?」

「俺もユリアと同感だぜ、紅夜。今日1日ぐらい、こんな感じで4人揃ってだらだらしても、バチは当たらないだろ」

 

 食卓の椅子に座っているユリアと七花が言った。

 

「俺は兎も角、お前等は大抵だらけてるだろうが」

 

 軽く笑いながらツッコミを入れ、紅夜は天井を仰ぐ。

 

「そういや、お前等付喪神が3人揃って俺の前に現れなかったのはなんで?」

「「「え?」」」

 

 ふと紅夜が訊ねると、黒姫達は3人同時に聞き返した。

 

「ご主人様、それってどういう意味なの?」

 

 質問の意味がよく分からなかったのか、黒姫が言う。

 そう聞かれた紅夜は、例え話を切り出した。

 

「なぁ、黒姫。お前、俺と初めて顔合わせした日を覚えてるか?」

「うん。プラウダとの試合の後、戦車の改造をしに行った日だよね?」

 

 紅夜からの質問に、黒姫が答える。

 

「その通りだ。だがユリアや七花と顔合わせしたのは、全国大会が終わって、俺が退院してバイクの免許取って、この学園艦に帰ってきてからだろ?時間に差がありすぎるぜ」

「そ、それは………」

 

 紅夜の言う事は尤もで、ユリアと七花は言葉を失った。

 

「……………」

 

 紅夜は暫く、そんな2人を眺めていたが、やがて小さく息をついて言った。

 

「まぁ、何だ。変に考えなくても良いよ。ただ、ちょっと気になっただけだからさ」

 

 そう言うと、紅夜は立ち上がって、ズボンのポケットから陸王のキーを取り出し、そのままリビングを出ようとした。

 

「紅夜、出掛けるのか?」

「ああ。買い物がてら、陸王にガソリン入れてやらなきゃならんのでな」

 

 七花にそう答え、玄関へ向かおうとした紅夜だが、インターホンの音が、彼の足を止めた。

 

「ん?誰だ?」

 

 音を聞いた紅夜は、そのまま玄関へと歩いていき、スリッパを履いてドアを開け、来客を出迎えた。

 

「はいは~い、どちら様…………って、蓮斗?」

「よぉ、紅夜」

「御無沙汰しております、紅夜殿」

 

 其所に居たのは、蓮斗と雪姫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~、何だかんだでティーガーと再開出来たんだな」

「ああ。50年以上経った今でも普通に動くし、砲弾だって撃てる状態だったから驚いたぜ」

 

 蓮斗達を家に招き入れた紅夜は買い物を諦め、蓮斗にソファーを勧め、彼との話に没頭していた。

 

「ところで蓮斗よ、お前ティーガーに会うの遅くねぇか?俺は結構前にも、早くティーガーに会いに行ってやれと言った筈なんだが………?」

「そ、そうだっけか?」

 

 蓮斗はそう言って惚けるが、紅夜はジト目を向けていた。

 

「そ、それもそうだが紅夜よ」

 

 話題を変えようとしたのか、蓮斗が話を切り出した。

 

「ん?」

「前々から思ってたんだが…………お前、雪姫にどんな魔法使ったんだ?」

「…………はぁ?」

 

 蓮斗からの突拍子も無い質問に、紅夜の口から間の抜けた声が漏れ出す。

 

「どういう意味だよ?」

「どうもこうもなぁ………お前、雪姫と初めて会った日の事覚えてるか?」

「ああ。黒姫が俺を迎えに来た時、一緒に来てたろ?んで、お前とも再会した」

「そりゃそうなんだが…………お前、雪姫の態度見て何とも思わなかったのか?」

「……?普通に物腰柔らかな態度だったが?」

「そう、それだよ。それが問題なんだ」

 

 そう言って、蓮斗は食卓の椅子に座って黒姫達と話をしている雪姫の方に目を向ける。

 

「彼奴はな、その………何つーか、人付き合いが苦手と言うか、だな………」

 

 何と無く歯切れの悪い蓮斗に、紅夜は首を傾げる。

 

「まぁ、誰にでも敬語を使うのは、彼奴の元からの性格なんだが………彼奴があんなにも、それも初対面の人間に興味を示す事なんて、1回も無かったからさぁ」

 

 そう言って、蓮斗は雪姫の事について話した。

 彼女と出会ったきっかけや、蓮斗が雪姫から聞いた、彼女の身の上話を………………

 

 

 

 

 

 

「…成る程、そんな事があったのか………雪姫さんも雪姫さんで、苦労してたんだな」

 

 蓮斗から話を聞いた紅夜は、染々と言った感じで言う。

 

「でもまぁ、何だかんだで今こうしてやっていけてるんだから、良かったと思ってるよ」

 

 蓮斗はそう言って、話を切り上げる。

 それからは彼らしくもなく、暫く黙っていた蓮斗だが、ふと何かを思いつき、紅夜の方へと視線を向けた。

 

「なぁ、紅夜」

「おう、どうした?」

 

 暇潰しにテレビでも見ようとしていたのか、テーブルの上に置かれてあったリモコンに手を伸ばしていた紅夜は、蓮斗の方を向いた。

 

「今度、俺のティーガーと…………1対1で勝負しねぇか?」

「…………お前と?」

 

 いきなりの勝負の申し込みに、紅夜は目を丸くする。

 彼等の話を聞いていたのか、雪姫達も話を止めて紅夜達の方を見ている。

 

「そう、お前のIS-2と俺のティーガーⅠでだ。赤旗の代表VS白虎の代表、1対1でのぶつかり合いさ」

「ほぉ~う………」

 

 蓮斗が話を進めると、紅夜は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「…………どうだ?」

「ソイツは良いな、アンツィオとも試合する約束もしていたが…………俺としてもちょうど、誰かと戦いたい気分だったのさ…………良いぜ、その勝負乗った!」

「ククッ………流石は赤旗の代表だ…………そう来なくっちゃなァ!」

 

 2人して乗り気になったのだが、其処へ黒姫が口を挟んできた。

 

「勝負自体は面白そうだから私も賛成だけど、肝心の蓮斗さんの戦車はどうするの?この学園艦にあるの?」

 

 黒姫の問いには、蓮斗の代わりに雪姫が答えた。

 

「いいえ。戦車は今、この学園艦にはありません。ですが、心配は無用です。勝負当日に、蓮斗が瞬間移動で戦車ごと転移してきますので」

「マジかよ……………蓮斗、お前つくづくチートだな。流石、人間辞めてるだけの事はある」

「俺が何時人間辞めたんだよ、まぁ既に死んでるから合ってるっちゃ合ってるが……つーか、少なくとも紅夜、お前だけには言われたくねぇな」

 

 苦笑混じりに言う紅夜に、蓮斗は軽く笑いながら返した。

 

「どっちもどっちでしょうに…………」

 

 そんな2人のやり取りに、ユリアが呟いた。

 

「2人共、少なくとも戦車が行動不能になったら降りて殴り合いするとかは止めてくれよ?下手すりゃ、この船沈没しちまうからな」

「「「うんうん」」」

「「お前等、俺をどんな目で見てるんだよ!?」」

 

 七花の呟きに、黒姫とユリア、そして雪姫が同時に相槌を打ち、それに紅夜と蓮斗が同時にツッコミを入れた。

 

 

 

 その後、4人から一斉に『化け物』と言われ、2人は暫く落ち込んだとか………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしている内に夜になり、紅夜が勧めたのもあって、蓮斗と雪姫は、そのまま長門家で夕飯をご馳走になった。

 

「んじゃ、またな紅夜。ご馳走さん」

「ご馳走さまでした、紅夜殿」

 

 家から出た蓮斗と雪姫が、紅夜の方へと振り替えって夕飯の礼を言う。

 

「良いって良いって、また何時でも来な」

 

 そう言った紅夜に見送られて、2人は転移で帰っていった。

 

「今思ったんだが、俺も彼奴みたく瞬間移動が使えるようになれば、黒森峰とかサンダースとか、兎に角色々な学園艦を回れたんだろうなぁ……」

 

 そう小さく呟いて、紅夜は家へと入っていき、風呂を済ませると、黒姫達にリビングの明かり等を任せ、自室に戻って眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、蓮斗と雪姫は、今や彼等の家となっているティーガーを置いてある、とある山奥の洞穴に戻ってきていた。

 

「さぁ~て、彼奴と戦う日が楽しみだなぁ!」

 

 洞穴の奥へとやって来て、蓮斗は楽しそうに言いながら、ティーガーのフェンダーに腰掛けた。

 

「ええ、そうですね…………私も、久々に気分が高まっています」

「ほぉ?あの雪姫にもこう言わせるとは………やはり紅夜の奴、只者じゃねぇな…………マジで何者だよ、彼奴は」

 

 そう言って、蓮斗は洞穴の天井を仰いだ。

 

「まぁ、今はティーガー1輌しかねぇが…………何時か必ず、白虎隊の戦車5輌揃って、彼奴等と戦いてぇモンだなぁ……」

 

 そう言って、蓮斗は静かに目を閉じ、雪姫もティーガーへと入っていき、そのまま眠りにつくのであった。



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第156話~シリアス(?)なお話です!~

 皆さん、明けましておめでとうございます!
 今年もまた1年、よろしくお願い致します!


 紅夜が、蓮斗と1対1で試合をする約束を取り付けてから一夜が明けた。

 何時ものように、ベッドに潜り込んで自分を抱き枕にしている黒姫を叩き起こし、綾の部屋で寝ているユリアと七花を起こして朝食を済ませる。

 

「それでコマンダー、昨日の件だけど」

 

 朝食を済ませ、台所で食器を洗っている紅夜に、ユリアが声を掛けた。

 

「ん?」

「昨日の話には出なかったけど、試合する場所ってどうするの?大洗の子達と初めて試合した場所にするの?」

 

 その問いに、紅夜は首を横に振った。

 

「いや、この学園艦の船尾辺りにしようと思ってるんだよ。彼処、人気が無いどころか家も建ってない更地だからな。1対1で試合するには十分だろ」

「へぇ、それはそれで、何か面白くねぇなぁ。遮蔽物が無いなんてさ」

 

 ソファーにどっかりと腰掛けた七花が、つまらなさそうに言った。

 

「まぁ、別に彼処に決めた訳じゃないからさ、大洗の連中と戦った時の場所になるかもしれんし………それは、彼奴にも聞かないとな」

 

 そんな会話をしている内に、紅夜は洗い物を終える。

 その後、支度を済ませ、大洗女子学園へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「“1対1で試合をする”?」」」

 

 大洗女子学園に着くと、紅夜は既に来ていたライトニングの3人に話していたのだが、あまりにも唐突な話に、3人は目を丸くしていた。

 

「試合をするって、こりゃまた急な話だな。宴会の時に、アンツィオと試合するって話をしてから直ぐにコレか」

「そう言うなよ達哉。それに今回の相手は、かなりの強者だぜ?」

「ほう?」

 

 何処と無くヤレヤレ感を出しながら言う達哉だったが、『強者』と言う言葉にピクリと反応する。どうやら、話に食いついてきたようだ。

 

「あの紅夜がそんな事を言うとはな………んで?相手は何てチームで、どんな戦車を使ってくるんだ?」

 

 興味津々と言った様子で、達哉が訊ねる。

 

「順に答えると、先ず、チームは《白虎隊(ホワイトタイガー)》で、使用戦車はティーガーⅠだ」

「おほぉ~っ!」

 

 紅夜が言うと、達哉は歓声を上げた。ティーガーは、達哉の好きな戦車だったのだ。

 

「成る程、それは楽しめそうだな……………だが、白虎隊なんてチームは今まで聞いた事もねぇし、戦った記憶もねぇ………そのチームって、何時出来たんだ?大体、お前そのチームの隊長と、何時どうやって出会ったんだよ」

 

 怪訝そうな表情を浮かべて、勘助が訊ねた。彼の質問は尤もだ。

 現役時代なら、同好会トーナメントの割り振りで相手チームの隊長は分かる。だが、トーナメントや練習試合で白虎隊と戦った事は、当然ながら1度も無いのだ。

 

「ああ、実はな………」

 

 そう話を切り出し、紅夜は蓮斗と初めて会った時の事を話した。

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、こう言う訳なのさ」

「「「………………」」」

 

 紅夜が話を終えると、3人は唖然としていた。

 

「そ、そりゃ本当なのか?今の話からすると、相手チームの隊長は“男”って事になるんだが…………」

「ああ、そうだ。蓮斗は男だ。名前の通りにな」

「「「………………」」」

『『『『『『『『………………』』』』』』』』

 

 何の違和感も見せずに言う紅夜だが、ライトニングの3人と、何時の間にか話を聞いていたレイガンやスモーキー、そしてみほ達大洗チームの面々が、口をポカンと開けていた。

 

「………どうした?」

『『『『『『『『『『“どうした”じゃねぇぇぇぇえええええっ!!!』』』』』』』』』』

 

 首を傾げる紅夜に、事情を知っている付喪神3人組以外からの盛大なツッコミが炸裂したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 それから達哉達に詳しい説明を要求された紅夜は、蓮斗や白虎隊の事を洗いざらい喋る羽目になった。

 

 白虎隊が、半世紀以上前に出来たチームである事や、その隊長である蓮斗が、試合中に起こった事故で死んだ事。付喪神が、黒姫やユリア、七花の3人だけではないと言う事。

 そして何よりも衝撃的だったのが、紅夜の話から分かった事実--レッド・フラッグが、史上初の男女混合チームではなかったと言う事実--だ。

 それは、達哉達に大きな衝撃を与えており、現に今、達哉達は完全に沈黙している。

 

「…………とまぁ、こんな感じだな」

 

 先程と同じ調子で言い、紅夜は話を終わらせた。やはり彼等より遥か前から事実を知っていただけあって、彼は話している間、一切の戸惑いを見せていなかった。

 まるで、丸暗記した文章を読んでいるかのようにスラスラと話していたのだ。

 

「あ、あははは……こりゃ、たまげたね………まさか、こんな非現実的な事が、普通に起こっていたなんて……」

 

 紅夜が話を終えると、杏がそんな感想を溢す。何時ものように干し芋を持っている手がガクガクと震えているのを見る限り、彼女も酷く動揺しているようだ。

 麻子は、『死んだ筈の存在がこの世に存在している』と言うオカルトチックな話題に心底怯え、達哉に抱きついている。

 他の面子も、あまりにも非現実的な話題について、どのようにコメントしたら良いのか分からないと言った様子だ。

 

「ま、まぁ、取り敢えず、そう言う奴と試合する約束を取りつけたって事なんだよ」

 

 この微妙な空気を何とか変えようとして、紅夜は今までの話題を纏めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、練習出来るような雰囲気ではなくなってしまったのもあり、その日は自由行動となった。

 メンバー達は、紅夜から告げられたとんでもない事実を、中々受け入れられずにいる。

 此処で蓮斗本人が来たら未だ良かっただろうにと、紅夜はIS-2のエンジン部分に腰掛けて溜め息をついた。

 

「よぉ、紅夜。隣座っても良いか?」

 

 そんな時、達哉が紅夜に話し掛けてきた。

 

「おう、良いぜ」

 

 紅夜から許可が出るや否や、達哉はIS-2のエンジン部分に飛び乗ると、紅夜の隣に腰を下ろした。

 

「「………………」」

 

 それから暫くの間、両者の間に沈黙が流れるが、達哉がそれを破った。

 

「どうやら俺等の知らない間に、スッゲー事が起こってたんだな」

「ああ………」

 

 達哉の呟きに、紅夜が短く答える。

 

「………ククッ」

「………?」

 

 そんな時だった。達哉が突然、小さく笑い出したのだ。

 

「んだよ達哉?いきなり笑い出して…………気でも狂ったか?」

 

 怪訝そうな表情を浮かべて、紅夜がそう言った。

 

「クククッ…………いやいや、別に気が狂った訳じゃねぇよ。ただ………」

「『ただ』………何だ?」

「ただ…………面白いって思ってさ」

 

 達哉がそう答えると、紅夜は首を傾げた。

 

「何だ、達哉。お前あの事全部受け入れられたのか?」

「いや、そう言う訳じゃねぇ。未だ受け入れられてない部分もあるさ。付喪神の事については、もう既に黒姫達に会ってるんだから、彼奴等の他に居ても驚きはしねぇが………流石に、半世紀以上前に死んだ筈の人間が今も生きてるってなりゃ………なぁ」

「………………」

 

 そう言う達哉の言葉を、紅夜はただ黙って聞いていた。

 

「俺、思ったんだけどさ……………現役時代、IS-2が試合中にトラブらなかったのは、黒姫のお陰なんじゃないかな…………ホラ、ゲームとかではありがちな、“何ちゃらの加護”的な感じでさ」

 

 達哉の意見には、紅夜も思うところがあった。

 彼が言ったように、IS-2は現役時代、試合中に達哉の無茶な操縦による足回りの故障やエンジントラブルを起こした事が、1度も無かったのだ。

 それらは全て、黒姫によるものではないかと達哉は見ているのだろう。

 

「黒姫に限った事じゃねぇ。パンターならユリア、イージーエイトなら七花みてぇに………俺等は、付喪神に助けられてたんだろうな」

 

 紅夜が、話を纏めるかのように言った。達哉もその意見に賛成なのか、相槌を打っている。

 

「…………蓮斗と試合する前に、レッド・フラッグの戦車を全部洗うか?今までの労いを兼ねてさ」

「そりゃ良いな」

 

 そう言って、2人は笑みを溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、蓮斗って人とは何時やるんだ?」

「知らね、それは向こう次第だ。連絡先知らねぇし」

「そっか、向こう次第かぁ~………………って、オイ!?」

 

 最後の最後でこのような空気になるのも、お馴染みの展開と言ったところだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つー訳で、蓮斗と試合する前に、1回、戦車を洗ってやろうと思うんだ」

 

 帰宅して、黒姫達がソファーに腰掛けて寛いでいるところへ、椅子に座った紅夜はそう言った。

 

「………?洗車なら、自動車部の奴等が常にやってくれるから要らなくないか?」

 

 七花はそう言うが、紅夜は首を横に振った。

 

「確かにそうだけどさ………俺、思った事があるんだよ」

「「「…………?」」」

 

 紅夜が、いつになく真面目な表情で言う。

 

「大洗チームに加わってからは、整備とか洗車とかは、七花の言う通り、自動車部の人達が全部やってくれてる………でもさ、長年一緒に戦ってきた相棒達を、こうも簡単に、他人に全部任せてしまうのってどうなんだって、思うようになってな………それに現役時代もそうだったが、お前等には無茶させてばかりだからな。その労いも兼ねて…………って、感じなんだ」

「「「………………」」」

 

 紅夜の話を、3人はただ黙って聞いていた。

 

「だから、先ずは…………」

 

 そう言いかけると、紅夜は不意に立ち上がって3人の前に立つと、彼女等一人一人に、軽いキスを贈った。

 

「「「っ!?」」」

 

 突然の事に顔を真っ赤にする3人だが、紅夜は構わず言った。

 

「今までありがとう……そして、これからも………よろしくな」

「「「…………」」」

 

 その言葉に暫く沈黙する3人だが、互いに顔を見合わせて微笑み合うと、紅夜の方へと向き直った。

 

「「「此方こそ!ご主人様(コマンダー)(紅夜)♪」」」

 

 それからは、また何時もの賑やかさを取り戻すのであった。




 久々の投稿です。

 たまには、こんなシリアス的な話も入れた方が良さそうだと思ったのでやってみました。


 最近、『小説家になろう』の作品を見るのが面白くなってきたこの頃です。

 既に書籍化した作品を購入していたり、オリジナル作品を考えていたり……( ̄▽ ̄)


 これだからネット小説は止められないのです!( ・`д・´)キリッ


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