学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として (RedQueen)
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01.姫焔邂逅
星導館学園


誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


ふわりと舞い降りてきたそれを、俺の親友である綾斗がほとんど反射的につかんでいた。

初夏の朝日を受けてまばゆく輝くその姿は、一瞬純白の羽のようにも見えたが__ただのハンカチだった。

 

「……風にでも飛ばされたのかな?」

 

「まあ繕い直したような跡もあるし、捨てたってことじゃなさそうだな」

 

だとしたら、一体どこから……。

そう思いながら二人は周囲を見回そうとして、苦笑する。

なにしろ綾斗も雅もついさっきこの都市へ__この星導館学園(せいどうかんがくえん)へ着いたばかりなのだ。予定よりも少しばかり早く着いてしまったので、約束の時間までの暇つぶしにと学園内を回っていたのだが、敷地が広すぎて現在地がどこなのかさえわからない。遊歩道をたどってきたので迷子とまではいかないまでも、そんな新参者に落とし主など探せるはずもなかった。

 

「仕方ない、あとで事務室にでも届けておこうか」

 

「それが最適だろう。下手に歩き回っても無駄そうだし」

 

綾斗がハンカチをポケットにしまった時、木々の向こうから、かすかに慌てた様子の声が聞こえてくるのに気がついた。

鈴のように透き通り、それこそ小鳥たちの歌声にも負けないくらいに可憐で、鮮烈な強い意志を感じさせる声。

 

「……ええい! よりにもよって、どうしてこんな時に……!」

 

間違いだった。一瞬でも“小鳥たちの歌声にも負けないくらいに可憐”と思ったのは。

もれ聞こえてきたのはあまり可憐とは言い難い悪態だった。

 

「とにかく、遠くまで飛ばされないうちに追いかけねば……!」

 

「……なるほど、彼女が」

 

「それの落とし主、だろな。こうも早く見つかるとは意外だわ」

 

「四階か……まあ、足場もあるし問題ないかな。雅もあの部屋に行く?」

 

「いや俺はいい。拾ったのは綾斗だし。俺はここらへんで待ってる」

 

そう言って鉄柵にもたれかかると綾斗は軽々と鉄柵を飛び越え、木の枝に手を掛けて登っていく。

そしてそのまま手頃な枝から一息で窓枠へと飛び移った。

 

「しっかし、この学園ほんと広いな。これから過ごす場所だし地理ぐらいは把握しといたほうがいいか」

 

そう呟いていると、先程綾斗が向かった部屋からある気配が漂ってきた。

そして次の瞬間には窓から飛び降りる綾斗と少し遅れて巨大な火球が空中で花と化し、蕾を開いていた。それはまさに灼熱の花弁を重ねた、爆炎の大輪だ。

 

「……いやいやいや」

 

「おい、直球に聞くぞ。何があったんだ、あれは何なんだ?」

 

「ほう……今のをかわすとは、中々やるではないか」

 

「ん、君はさっき部屋にいた……ってなんでそんなに怒ってるんだ?」

 

「へえ、あなたはそこの変質者の仲間なのね」

 

少女は声に怒気をにじませたまま話しかけてくる。

 

「おい綾斗、お前変質者だったのか。すまん、俺が気づいてやれなくて……」

 

「ちょっと! 俺は変質者じゃないし、それで謝られるのは精神的に辛すぎるよ!」

 

「私を無視するとはいい度胸だな。……いいだろう、少しだけ本気で相手をしてやる」

 

再び少女の星辰力が高まるのを感じた綾斗は急いで両手を上げてそれを牽制した。

 

「わわっ、ちょっと待った!」

 

「なんだ? 大人しくしていればウェルダンくらいの焼き加減で勘弁してやるぞ?」

 

「ちょっと寒いぐらいだしいいかもな」

 

「全然よくない! それになんで命を狙われるか理由を聞きたいんだけど……」

 

「乙女の着替えを覗き見たのだから、命をもって償うのは当然だろう」

 

そんな物騒なことを少女は平然と言ってのける。

 

「うむ、それはたしかにそうだ。綾斗、俺は決してお前を忘れない」

 

「そのジョークはもういいから少し黙ってて」

 

雅は返事をしてから二人から離れた位置に座った。

 

「それで、さっきお礼を言ってくれたのは……?」

 

「もちろんあのハンカチを届けてくれたことには感謝している。だが……それとこれは別の話だ」

 

「……そこは融通を利かせてくれてもいいんじゃないかな」

 

「あいにく、私は融通という言葉が大嫌いでな」

 

少女は微笑みながら、ばっさりと切り捨てる。

綾斗は取り付く島もない。

 

「お~い、話は終わっ__」

 

「「黙ってて」」

 

「は、はい」

 

二人の即答に怯む雅。

 

「そもそも届けるだけなら窓から入ってくる必要はないだろう? ましてや女子寮に侵入してくるような変質者は、それだけで袋叩きにされてもおかしくないのだぞ」

 

「……え? 女子寮?」

 

綾斗は鳩が豆鉄砲をくったような顔で、ゆっくり少女と建物を見比べた。

つつーっと綾斗のこめかみから汗が流れる。

 

「まさか……知らなかったのか?」

 

「知らないもなにも、俺とあのバカ『誰がバカだ!』は今日からこの学園に転入する予定の新参者で、しかもここにはちょっと前に着いたばかりなんだ。誓って嘘じゃない」

 

綾斗はそう言うと、真新しい制服を広げてみせた。

下ろしたての制服はまだ着慣れていないので、上着もズボンもいまいち硬い。

少女はそんな綾斗をしばらくいぶかしそうな目で見つめていたが、やがて大きく息を吐いた。

 

「わかった。それは信じてやろう」

 

「やっと終わったか、待ちくたびれたところだったわ」

 

「だが、やはりそれとこれとは話が別だな」

 

笑顔でそう言った少女の周囲に、再び火球が出現していた。先ほどのものより小型だが、今度は全部で九つ。

 

「咲き誇れ__九輪の舞焔花(プリムローズ)!」

 

「うわっ!」

 

「ちょっ!」

 

愛らしい桜草を模した九個の火球の内、五つが綾斗に、四つが雅へとそれぞれ違った軌道で迫ってきた。

二人が身をよじってかわすと、地面に着弾した火球は鈍い炸裂音と共に弾けて消えた。

 

「おい嘘だろ。コンクリートが……えぐられているだと。あんなのが直撃したら俺達どうなることやら」

 

雅が冗談混じりに話している間も残った火球が二人目掛けて攻め立ててきた。

 

「わわわわっ……!」

 

「おっとっと……」

 

しかし綾斗も雅も間一髪のところでその攻撃を凌いでいた。

時に飛び跳ね、時に身をかがめながら、ギリギリのところでかわしきる。

その動きに、少女は改めて驚いたように目を見開いた。

 

「なるほど、ただの変質者とその仲間というわけではないようだ」

 

お、これはなんとかなるんじゃないか。

 

「並々ならぬ変質者共だな」

 

ならなかった。てか、俺が“変質者の仲間”から“変質者そのもの”にランクアップしてるし!

 

「相互理解って難しいなぁ……」

 

「来園初日からこんなのってありなのか?」

 

ついついそんなぼやきが口をつく。

 

「ふん、冗談だ」

 

すると少女は綾斗を半眼でにらみながら、ばさりと髪をかき上げた。

 

「おまえが善意でハンカチを届けてくれたのは事実のようだし、私の、その……き、着替えを覗いたのも、ま、まあ、一応わざとではなかったと信じてやってもいい。あ、あくまで一応だぞ!」

 

「ほほう、この流れは……俺はお邪魔かな」

 

雅は二人に聞こえないくらいの小声で呟いた。

 

「……本当に?」

 

綾斗は何度もぬか喜びをさせられたせいもあり、さすがに慎重になって尋ねている。

少女は不承不承といった感じでうなずきつつも言葉を続けた。

 

「しかし、ここがどんな建物なのか確認しなかったのはおまえのミスだし、いきなり窓から入ってくるようなマネは非常識きわまりないし、わざとじゃなかったらなんでも許されるわけではないというのもわかるな?」

 

「それは……ごもっとも」

 

「よかったな綾斗、ようやく許してもらえたのか」

 

「おまえたちにはおまえたちの言い分があって、私は私でこのままでは怒りが収まらない。となれば、ここはこの都市のルールに従おうか。幸いおまえたちもそれなりに腕が立つようだし、文句はないだろう?」

 

少女はそう言って、綾斗と雅の顔をまっすぐに見つめた。

 

「おまえたち、名前は?」

 

「……天霧綾斗」

 

「俺は黒摩耶雅」

 

「そうか。私はユリス。星導館学園序列五位、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは汝天霧綾斗への決闘を申請する!」

 




今回は休みだったけど、平日になるとテスト勉強が厳しい。
時間がある限り、投稿は続けたいと心に誓います。


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決闘

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「決闘!?」

 

驚く綾斗をよそに、綾斗の胸の校章がそれに応じて赤く発光する。

 

「あちゃー、そうきましたか。まあ綾斗だけで済むならいいけど」

 

「それと天霧綾斗との決闘後に引き続き黒摩耶雅との決闘を申請する!」

 

「え? なんで俺まで!」

 

「おまえたちが勝てば、その言い分を通して大人しく引き下がってやろう。だが私が勝ったなら、その時はおまえたちを好きにさせてもらう」

 

ユリスは驚く雅をよそに話を続け、ニヤリと笑う。

 

「ちょ、ちょっと待った! 俺はそんな__」

 

「ここに転入してきた以上、いくらなんでも決闘くらいは知っているな?」

 

有無を言わせぬ問いかけだった。

 

「……そりゃ、一応は聞いてるけど」

 

「俺もそこそこは知ってる」

 

突き詰めてしまえば、このアスタリスクに暮らす全ての学生は闘うために集められていると言っていい。

世界最大の総合バトルエンターテインメント星武祭(フェスタ)。ここはその舞台であり、各学園の生徒は皆がその選手候補なのだから。

 

「だったら早く承認しろ。いい加減、人も集まってきている」

 

言われて二人は周囲を見回すと、確かにいつの間にか三人を中心にして人の輪ができはじめていた。

騒ぎを聞きつけてやってきたのだろうか、女子寮の敷地内のためかその多くは女子生徒のようだったが、チラチラと遠巻きに見ている男子生徒もある。

 

「ねーねー、なにごとなにごと?」

 

華焔の魔女(グリユーエンローゼ)が決闘だってよ!」

 

「マジで!?冒頭の十二人(ページ・ワン)じゃねーか! そいつぁ見逃せねーな!」

 

「んで、相手はどこのどなた様よ?」

 

「知らなーい。なんか見たことない顔ねぇ……ネットは?」

 

「今見てるー……けど、二人とも『在名祭祀書』(ネームド・カルツ)には載ってないなー」

 

「リスト外かよ。そりゃまた勇気あるチャレンジャーたちだ」

 

「どのくらい持つかしらねー。あのお姫様ってば手加減は一切しない性格だし」

 

「三分」

 

「一分」

 

「待て待て、もうすぐネットのオッズが出るみたいだ。……えーと、三分以内で二倍だな」

 

「もう開いてるブックメーカーがあるんだ。連中、相変わらず耳が早いわねー」

 

「すでに報道系クラブのライブ実況が入ってるからな。ほれ、そことかあっちとか」

 

そんな外野の声を聞きながら、綾斗と雅は困ったように眉をひそめた。

衆目を集めるのは苦手中の苦手なのだ。

 

「なんでこんなに注目されてるんだ……」

 

「ていうかここから今すぐ逃げたい」

 

「男なんだからもう少し胸を張れ、特にここではな。それに、集まってきた理由は二つ。一つ目は有力生徒の__つまり私のデータ収集目的だな。これでも私はこの学園の《冒頭の十二人》だし、隙あらば蹴落とそうと狙っている連中は少なくない」

 

「《冒頭の十二人》? 知ってるか、雅?」

 

「いや全く知らん」

 

「……そこから説明しないといけないのか?」

 

「いやー、知ってなくてすまない」

 

「まあいい、アスタリスクの各学園には序列制度があるのは知っているだろう? 学園によって細かいルールは違うが、それぞれの学園が有する実力者を明確にするためのランキングリスト__それが『在名祭祀書』(ネームド・カルツ)だ。枠は全部で七十二名。その中でも上位十二名は、リストの一枚目に名前が連ねられていることから俗に冒頭の十二人(ページ・ワン)と呼ばれている」

 

「ってことは、ユリスさんはその序列で五位に位置する学生……こりゃ凄いお人に決闘申し込まれたな、俺たち」

 

「そして二つ目の理由は単純明快、ここの連中はみんな野次馬精神旺盛な馬鹿ばかりだからだ」

 

……なるほど。

 

「まぁ、どうしても嫌だというなら仕方がない。おまえたちにも決闘を断る権利はある。ただ、その場合は女子寮の自警団に突き出すことになる。私としては自分の手で始末をつけたいので残念ではあるが」

 

つまり俺たちにはこの場でユリスと決闘をするか、自警団に突き出されて変質者として学園生活を送るかしかないのか。

 

「あー、でもほら、俺も雅も武器持ってないし」

 

自前の武器武装を持って入学してくる生徒もいるようだが、基本的には学園からの支給品をカスタマイズして使っている者がほとんどだ。綾斗も雅も必要であればそうしようと思っていたので、当然武器など持ち合わせていない。

 

「天霧綾斗。おまえ、魔術師(ダンテ)ではないな。使う武器は?」

 

「……剣」

 

「誰か、武器を貸してもらえないか? 剣がいい」

 

ユリスがギャラリーに向かってそう問いかけると、すぐに反応が返ってきた。

 

「おーらい、こいつ使えよ」

 

そんな言葉と共に、ギャラリーから綾斗に向かってなにかが投げられる。

それは片手で握るのにちょうどいい大きさの短い棒状の機械だった。そして、先端には緑色の鉱石__マナダイトがはめこまれている。

煌式武装(ルークス)の発動体だ。

 

「そいつの使い方もわからないとは言わせんぞ」

 

ユリスはそう言って不適に微笑んだ。

 

「はぁ……」

 

綾斗は大きく息を吐くと、手にした煌式武装を起動させた。

マナダイトに記憶させてある元素パターンが再構築され、鋭角で機械的な「鍔」(つば)が何もない空間から瞬時に出現する。さらに待機状態(スタンバイ)から稼働状態(アクティブ)へモードを移行(シフト)させると、万応素が集約・固定されたまばゆい光の刃が虚空に伸びた。

刀身の長さは一メートル程度。ほとんど調整らしい調整のされていない、ノーマルな煌式武装だった。

ユリスもそれを確認し制服の腰についたホルダーから発動体を取り出し、煌式武装を起動させる。

しかし綾斗のそれと違って、細くしなやかな光のレイピアだ。

 

「さて、準備はいいか?」

 

細剣を優雅に構えながら、ユリスの瞳が綾斗を見据える。

 

「綾斗、今のおまえじゃ勝つ確率は低い。死なない程度にがんばってくれたまえ。俺は先に生徒会室に行っとくわ」

 

そう言って雅は綾斗の視界から一瞬にして消えた。しかしその光景を驚く者は一人もいない。

なぜなら、雅は消える以前にユリスやギャラリーから『視認』されていなかったからだ。

 

そして綾斗は胸の校章に手をかざし、ため息混じりにつぶやく。

 

「……我天霧綾斗は汝ユリスの決闘申請を受諾する」

 

受諾の証として、綾斗の校章が再び赤く煌めいた。

 

 

 

 

 

《星武祭》とは世界最大のファン人口を誇る総合バトルエンターテインメントである。

北関東多重クレーター湖上に浮かぶ人工水上都市・六花(りっか)__通称アスタリスクを舞台として年に一度開催されるそれは、六つの学園それぞれの学生たちが武器を手に覇を競う過激なものだ。

といっても、実際に命のやり取りをするわけではなく、星武憲章(ステラ・カルタ)と呼ばれる取り決めに定められていて、わかりやすく言ってしまえば『相手の校章を破壊した方が勝ち』というものだ。意図的な残虐行為は禁止されているものの、戦闘能力を削ぐ目的であれば校章以外への攻撃も認められているし、武器を使う以上は当然怪我人も出る。時には怪我ですまない場合さえある。

それでもなお世界中からこの都市へ若者たちがやってくるのは、ここでなければ叶えられない望みがあるからだ。

そして、彼らが闘う機会は《星武祭》だけではない。

腕に覚えのある血気盛んな若者が同じ場所に集まれば、少なからずもめ事が起きるものだ。そのような場合、アスタリスクではルールに則った私闘である決闘が許可されている。

そして、特に同じ学園に所属する学生同士の決闘では、その勝敗によって序列が変動する。だから単なる私闘ではないのだ。

 

 

 

 

 

綾斗とユリスの決闘がはじまった頃、雅は平然と学園の廊下を歩いていた。

しかし、外で決闘がおきてるせいか生徒の姿はあまり見られない。

そのまま、歩いていると背後かわ急に声をかけられた。

 

「あの、あなたは黒摩耶雅さん、ですよね」

 

振り向くとそこには、しっとりと落ち着いた雰囲気の、ユリスとはまた違った美しさの持ち主だ。

目もくらむような金色の髪をなびかせた少女の美しさは、静かな湖のように深く穏やかだった。そのせいか年齢はユリスと同じくらいだろうに、ずいぶんと大人びて見える。

 

「そ、そうですが……って、あれ、なぜ俺の名を?」

 

「それはもちろん私がこの星導館学園の生徒会長、クローディア・エンフィールドですから。よろしくお願いしますね」

 

目を見張るような美人であるクローディアはそう告げた。

 




休みは今日を入れてあと2日。
刻々と迫るテスト。
心が折れないよう精進したいです。

なので、この休み中に時間ある限り投稿します。

絶対、絶対に。


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生徒会長、クローディア・エンフィールド

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「天霧辰名流剣術初伝__貳蛟龍(ふたつみずち)!」

 

剣閃らしきものが煌いたかと思うと、炎の花弁が十文字に切り裂かれる。

 

「なっ……まさか、流星闘技(メテオアーツ)__!?」

 

流星闘技とはマナダイトへ星辰力を注ぎ込むことにより、一時的に煌式武装(ルークス)の出力を高める技だ。

正式には過励万能現象と呼ばれるものだが、一朝一夕でできるようなものではない。

それ相応の修練と、なによりも煌式武装の綿密な調整が必須とされている。

ユリスが戦慄に近いものを覚えた次の瞬間、炎の切れ目から現れた黒い影が一息で間合いを詰めていた。

 

「こ、このっ!」

 

反射的に迎え撃とうとしたユリスを、綾斗の鋭い声が打つ。

 

「伏せて!」

 

その意味をユリスが理解する前に、体ごと押し倒された。

息がかかるほどの距離に迫った綾斗の顔に、ドクンと心臓が跳ね上がる。

その瞳に宿る光が、別人のように真剣だったからだ。

 

「お、おまえ、なにを……!」

 

それでも抗議の声を上げようとして__思わず目を見開いた。

今までユリスが立っていた場所で、一本の光り輝く矢と黒の光を放つ銃弾がぶつかり消えたのだ。

どちらも実体ではなく、煌式武装が作り出したものだろう。

煌式武装は万応素(マナ)を一時的に集約・固定して刃や銃弾を生成する。剣のように発動体の生成範囲内で維持されるような武器は問題ないが、射撃武器の場合は発射されれば長くは持たない。見る間に光の粒子となって消えていく。

 

「__どういうつもりだ?」

 

黒の銃弾はともかく、光の矢は明らかにユリスを狙った攻撃だった。

おそらく爆発にまぎれての不意打ちを目論んだのだろう。事実、どこから狙撃してきたにせよ、あのタイミングでは誰にも気付かれなかったに違いない。極めて不本意ではあるが、何者かの矢に対する狙撃か綾斗が助けてくれなければそれは完璧に成功していたはずだった。

 

「どういうつもりって……それは俺じゃなくて撃った本人に聞いてほしいな」

 

困ったように綾斗が答える。

持ち主も

「そうではない! なんでわざわざ私を__」

 

と、そこまで言って、はたと気付いた。

何者かがユリスの発展途上の膨らみを、思いっきり鷲掴みにしているのだ。

もっとも、何者かもなにもない。

今ユリスを抱きすくめるようにしてのしかかっているのは綾斗しかいないのだから、必然的にその手の持ち主も綾斗ということになる。

それを理解した途端、ユリスの顔がぼっと赤く染まった。

 

「……あ」

 

遅れてそれに気がついた綾斗も、あたふたと飛びのいて頭を下げる。

 

「ご、ごめん! いや、あの、俺は別にそんなつもりじゃ全然なくて!」

 

デジャヴであった。

 

「おお! なんだあの野郎、お姫様を押し倒してやがったぜ!」

 

「ひゅー! すげえ度胸だな!」

 

「情熱的なアプローチだわ!」

 

いつの間にか戻ってきていたギャラリーも勝手に盛り上がっている。

それがまたユリスの怒りに油を注いだ。

 

「お、お、お、おまえ……!」

 

ユリスの怒気に反応して、周囲に炎が吹き出す。

しかしその炎は次の瞬間には完全に消えてしまった。

ユリスがなにが起きたのか一瞬戸惑ったその時、ギャラリーの中から目もくらむような金色の髪をなびかせた一人の少女と、銃型の煌式武装を手にしている雅が現れた。

 

「お二人さん、残念ながらお楽しみ時間は終了~」

 

「そうですよ。確かに我が星導館学園は、その学生に自由な決闘の権利を認めていますが……残念ながらこの度の決闘は無効とさせていただきます」

 

「……クローディア、一体なんの権利があって邪魔をする?」

 

「それはもちろん星導館学園生徒会長としての権利ですよ、ユリス」

 

クローディアはにっこり微笑むと、自分の校章に手をかざした。

 

「赤蓮の総代たる権限をもって、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトと天霧綾斗の決闘を破棄します」

 

「あ、あと俺との決闘もね」

 

クローディアが言うと、それまで赤く発光していたユリスと綾斗の校章がその輝きを失う。

 

「ふふっ、これで大丈夫ですよ。天霧綾斗くん」

 

「はぁー……」

 

「よかったな綾斗。これで今回の決闘とはサイナラだ」

 

雅はそう言って、綾斗に手を差し出す。その手をつかみ、立ち上がると今度こそなんとかなったと綾斗は額の汗をぬぐい、大きく息を吐く。

 

「ありがとうございます……えーと生徒会長、さん?」

 

「はい。星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドと申します。よろしくお願いします」

 

三人はゆったりとした雰囲気だがただ一人、いかにも不満そうな顔でクローディアを睨みつける人物がいる。

 

「いくら生徒会長といえども、正当な理由なくして決闘に介入することはできなかったはずだが?」

 

「理由ならありますとも。彼らが転入生なのはご存じですね? すでにデータは登録されているので校章が認証してしまったようですが、彼らには最後の転入手続きが残っています。つまり厳密には、まだ天霧綾斗くんも、黒摩耶雅くんも星導館学園の生徒ではありません」

 

笑顔のまますらすらと説明するクローディア。

 

「決闘はお互いが学生同士の場合のみ認められています。だとしたら、当然この決闘は成立しません。違いますか?」

 

「くっ……!」

 

ユリスは悔しそうに唇を噛んだ。

言い返そうとしないところを見ると、どちらに理があるのかはわかっているらしい。

 

「はい、そういうわけですから、みなさんもどうぞ解散してください。あまり長居をされると授業に遅刻してしまいますよ」

 

その言葉に集まっていたギャラリーたちも三々五々に散っていく。

 

「あっ!」

 

そこで、綾斗はさっきの狙撃を思い出した。

ひょっとしたらユリスを狙った犯人がこのギャラリーの中にいるかもしれない。

だとしたらこのまま帰してしまうのはマズい。

 

「あの、ちょっと待っ……!」

 

そう思って声を上げかけた綾斗の肩を、ユリスがつかんだ。

 

「捨て置け。どうせもうとっくに逃げている」

 

「ユリスの言うとおりだぞ綾斗。矢を撃った本人はギャラリーが解散するとっくの前に、な」

 

「それに《冒頭の十二人》が狙われるのは別に珍しいことではない」

 

「ええ、残念ながらそういうケースは少なくありません。ですが、今回のはさすがにやりすぎです。決闘中に第三者が不意打ちで攻撃をしかけるなど言語道断。風紀委員に調査を命じましょう。犯人が見つかり次第、厳重に処分いたします」

 

へえ、クローディアさん気付いてたんだ。あの大勢の中から矢が見えたってことはこの人も相当な人物なんだな。

 

「ところで……先ほどは、その……あ、ありが、とう」

 

と、ふいにユリスがばつの悪そうな顔で綾斗に向き直った。

先ほどというのは、その不意打ちからユリスをかばった件のことだろう。

 

「ああ、うん、それはいいんだけど……もう怒ってない?」

 

思いのほか柔らかかった感触を思い出しつつ、おそるおそるたずねてみれば、ユリスは頬をわずかに染めながら視線をそらす。

 

「それは__まあ、怒っていない、こともないが……助けてくれたのは確かだからな」

 

いまいち釈然としない表情だったが、それでもしっかり綾斗に向かって頭を下げる。

 

「おお、これはまさしくあれですなー、クローディアさん?」

 

「ええ、そのようですね、雅くん?」

 

綾斗とユリスをよそに二人は不自然に笑みを浮かべていた。

 

「私とて、あれが不可抗力だったことくらいはわかる」

 

確かにハンカチを届けた時とはケースが違う。

実際、綾斗にとってもあれはギリギリのタイミングで、余計なことなど考えている余裕はなかった。いくら星辰力が防御力を高めてくれるとはいえ、不意打ちではそれもままならないからだ。

 

「だから、今後のことは貸しにしてくれていい」

 

「貸し?」

 

「ああ。わかりやすいだろう?」

 

「まったく相変わらずですね、あなたは」

 

「綾斗も少し、いや、だいぶ鈍感だからな」

 

クローディアはややあきれた様子で言った。

 

「もう少し素直になったほうが生きやすいと思いますよ」

 

「大きなお世話だ。私は十分素直だし、これで人生になんの支障もない」

 

「あら、でしたらタッグパートナー探しのほうもさぞかし順調なのでしょうね?」

 

「う……そ、それは……」

 

ユリスは言いづらそうに視線を落とした。

なんともわかりやすい。

 

「《鳳凰星武祭》のエントリー締め切りまであと二週間。あまり余裕はありませんよ」

 

「わ、わかっている! それまでに見つけてくればいいんだろう!」

 

ユリスはくるりと背を向け、肩を怒らせて寮へ戻っていく。

 

「あ、いや、雅。少しだけ後で話に付き合ってくれないか?」

 

「え、あ、ああ、わかった」

 

「でしたら私と綾斗くんは先に生徒会室に向かっていますわ」

 

クローディアはそう言って、綾斗と共に校舎に入っていった。

ユリスはそれを見届けると、少し間をあけてから言葉を発した。

 

「雅、おまえは何者だ?」

 

 

 




とうとう休みが明け、猛勉強期間開始。
仕方がないことだけど、頑張るしかいけない……のか。

精神崩壊しない程度に頑張りたいと思います。

「自分よ、ガンバレ!」


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一年三組、谷津崎匡子さん

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「ユ、ユリスさん、急にどしたの?」

 

あまりの唐突の質問に雅は逆に聞き直す。

 

「少しわかりづらかったなら言い直そう」

 

そう言ってユリスは雅の片手に握られていた銃型の煌式武装(ルークス)に目線を移す。

 

「まず、おまえがその銃で矢を止めたのか?」

 

「その通り。矢を撃ち落とすこと自体はそう難しくないんだけど……他人に見られないようにするのが大変だったな」

 

「それは魔術師(ダンテ)の能力を使っている時のことか?」

 

「大体正解ですよそれ。半分は見られたくない、そして半分はえげつないんだわ見た目が」

 

次の瞬間ユリスの表情がありもしない光景に一変する。

雅の銃を握っていた腕の手首から下が消えていた。

 

「みんな同じ反応なんだよ。まあこんな腕見たら仕方ないかもしれないか」

 

「い、いや、驚かないのか! 自分のう、腕が消えているのだぞ!」

 

「いや別に大変なことじゃないよ。これも能力を使ってのマジックだし、ユリスの影を見たら種明かしになるんですよ」

 

雅はユリスに影を見るよう促す。言われるがままに背後に振り向くと、自分の影から消えたはずの雅の右腕が飛び出ていた。

 

「な、なんだこれは!? わ、私のか、影にう、う、腕が!」

 

「まあまあ落ち着いて、これは能力だよ、能力。ただ今回はユリスの影を通過点として使わせてもらったんだ。まあ光が届かない場所しか通過点として利用できないのが欠点だけど」

 

雅は困ったように手で頭を押さえる。

 

「つ、つまりおまえの能力は『空間転移』の暗闇限定なのか?」

 

「ブッブー、残念でした。俺の能力は空間転移ではありません。それにどうせ星武祭(フェスタ)でユリスは綾斗と組むんでしょ。だったらいずれは俺とも闘う可能性もある。その時までには俺の能力は分かると思う」

 

「な、なぜ私があいつと組むことになっているのだ!?」

 

「あれ、そうじゃないの? あの流れじゃあ、って、あの、ユリスさん、その周りの炎は一体なんなのでしょうか?」

 

ユリスの周りには二度目の火球が出現していた。

止めようとしても、ユリスは聞く耳を持とうとしない。

 

「咲き誇れ__九輪の舞__」

 

「おーい、さっさと上ってこい。二人して罰受けたいんか?」

 

ユリスが言い終わる前にある人物によって止められた。

声の方向には目つきが悪い、教師らしくない人がいた。

 

「い、今行きます!」

 

「俺も行ったほうがいいかな」

 

先程までの闘いムード満載のユリスの姿はなく、二人は校舎へと早歩きで入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、とゆーわけで。こいつらが特待転入生の天霧と黒摩耶だ。テキトーに仲良くしろよ」

 

実におざなりな紹介だった。

新しいクラスにうまく馴染めるか不安になっている転入生には、もう少しこう、思いやりとか心遣いとか、そういうものがあってもいいんじゃないだろうか。

そんな気持ちを込めて綾斗は隣に立つ女性を横目で見た。雅はついさっき見たからかある程度のことは想定していた。

そして、一年三組担任・谷津崎匡子は「次はおまえだ」と言わんばかりに、あごをくいっと動かしただけだった。

目つきも悪く、口調も態度もあまり教師らしくないがなにより目に付くのは、その手に持った釘バットだ。見た限り、だいぶ年季が入っている。赤黒く変色したその染みがなんなのか、とても気になる反面できれば知りたくないような複雑な気分にさせる一品だった。

 

「ほら、さっさとしろ」

 

「あ、はい。えーと、天霧綾斗です。よろしく」

 

「俺は黒摩耶雅っす。よろしくでーっす」

 

綾斗は綾斗でそっけないことこの上ない挨拶、雅は元気ありげの挨拶を交わした。

そんな対照的な二人を見つめるクラスメートたちの視線は様々だった。

興味津々なもの、無関心なもの、探るようなもの、警戒しているもの……。

いやでも注目されるのが転入生の常とはいえ、これはちょっと過剰な気がする。

ただ一人だけ、なんとも複雑な表情のまま二人に視線を向ける少女がいたが、これについては綾斗も雅にもその理由が理解できた。

 

「席は……ああ、ちょうどいい。黒摩耶は夜吹の隣で……天霧は火遊び相手の隣が空いているから、そこにしろ」

 

「だ、誰が火遊び相手ですか!」

 

匡子の言葉にその少女__ユリスが顔を真っ赤にして立ち上がる。

 

「ふふん。おまえ以外に誰がいるんだ、リースフェルト? 朝っぱらから派手にやらかしやがって。売られたほうならまだしも、こんな時期に《冒頭の十二人》が気軽にケンカふっかけてんじゃねーよ。レヴォルフじゃねーんだぞ、うちは」

 

「ぐっ……」

 

しぶしぶと腰を下ろしたユリスの席は最後列より一つ前。

その隣の二席とその後ろの席が空いていた。

 

「まさか同じクラスとはね」

 

「いやーこれも何かの縁。よろしくお願い、ユリス」

 

「……笑えない冗談だ」

 

雅と綾斗が席についてそう声をかけると、ユリスは視線だけを綾斗の方に向けて言った。

 

「おまえたちには借りができた。要請があれば一度だけ力を貸そう。だが、それ以外で馴れ合うつもりはない」

 

それきりぷいっと顔を背けてしまう。

__と。

 

「ははっ、おまえら、振られたな」

 

隣の席から同情半分からかい半分といった感じの声がかかった。

確か谷津崎先生によれば、えーと、夜吹……だったかな。

 

「ま、相手があのお姫様じゃしかたないさ」

 

精悍な顔に人懐こい笑みを浮かべた男子が手を差し出してくる。

その手を握ると、その男子は嬉しそうにぶんぶん振り回した。

 

「おれは夜吹英士郎。一応おまえさんらのルームメイトってことになってる」

 

「ルームメイトって……ああ、寮の?」

 

「そういうこと。うちの寮は基本二人部屋だからな」

 

「ん、でも俺、綾斗、夜吹で三人だけど?」

 

「大丈夫だよ。それにおれはにぎやかなほうが好きなんでね」

 

英士郎はいかにも快活そうな少年だった。

座っているのではっきりとはわからないが、綾斗よりも頭一つ分くらいは背が高いだろうか。仕草は子供っぽいのに、体のつくりや表情はずいぶんと大人びて見える。左頬にやや目立つ傷跡があったが、それが少年のアンバランスな魅力によく似合っていた。

 

「あとどうせ相部屋になるなら、面白いやつがいいと思ったしな」

 

「……いや、俺は別に面白くはないよ?」

 

「またまた、転入初日の朝から《冒頭の十二人》相手に決闘しでかして、おまけにそのお姫様を衆人環境の中押し倒したやつが謙遜すんなって」

 

「うむ。あれはまさに絶景ハプニング時間だった。いやー思い出しただけで笑いが……くくっ」

 

雅は笑いをこらえきれず、少しだけ笑ってしまう。

この時、綾斗は一瞬思った。

雅と夜吹は少し、いや、もの凄く似たもの同士だと。

 

 

そして、ホームルームが終わるや否や、綾斗と雅のまわりにはちょっとした人だかりができていた。

 

「ねぇねぇ、天霧くんと黒摩耶ってば前の学校じゃなにかやってたの? こんな時期に二人も転入なんて普通じゃないよね?」

 

「つーか、どうしてまたお姫様相手に決闘なんてするはめになったんだ? そのあたり、ぜんっぜん情報が入ってこないんだよなー」

 

「いやいやいや、それよりもあの熱烈なアプローチのほうが問題っしょ? なに? なんなの? 決闘の最中にいきなり恋に落ちちゃったの? 禁じられた愛なの?」

 

「待てよ! そんなくだらないことより、お姫様の攻略法だ攻略法! どうやってかわしてたんだ、あれ?」

 

「確かにな。正直、あれだけ持つとは思わなかった」

 

質問責め(主に綾斗への)が数多も続いた。

その一方で、あからさまに冷淡な態度のグループもいる。

 

「はっ、そんなの《華焔の魔女(グリューエンローゼ)》が手加減してたに決まってるだろ」

 

「まったくだ。身のこなしにしろ、反応速度にしろ、この都市の基準にしてみれば凡庸の域を出ん。あれでは『在名祭祀書(ネームド・カルツ)』入りも難しかろうよ」

 

「なんであれが特待生なのかしら? うちのスカウトも見る眼がないわねぇ」

 

「どうせもう一人も同じぐらい低ランクだろなぁ」

 

などなど。

とにかく授業が終わるたびにそんな感じだったので、綾斗も放課後になる頃にはすっかり疲れ果てていた。

 

「ひゅ~ひゅ~……」

 

「はぁ~……」

 

「お疲れさん。人気者は大変だな」

 

「よく耐えたな~綾斗。今日の主役はおまえ、俺は裏。表は裏があるからこそ堂々と、裏は表があるからこそ自由奔放であれる。今の俺とおまえのように、な」

 

夕陽が差し込む教室でぐったりしていると、英士郎が綾斗の肩をぽんっと叩いてくる。

雅は相変わらず窓辺に寄りかかり、口笛を吹いている。

 

 




こんな微妙なところで終わってしまいました。

もう少し続けたいところですが就寝のお時間となり、諦めました。

あ、でも、投稿は続けますのでこれからもよろしくお願いします。


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孤高のお姫様、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「まあ、おかげでいろいろわかったよ」

 

「ほぉ、例えば?」

 

「まず、人気者なのは俺たちじゃなくてユリスだってことかな」

 

「ほとんどがお姫様目当てだったな、見事に」

 

綾斗は隣の席を見ながら、わざとらしく肩をすくめてみせた。

その席の主は授業が終わるなり出て行ってしまったので、すでにいない。

 

「みんな俺や雅に興味があるんじゃなくて、『ユリスと決闘した誰か』の話を聞きたいんだ。そうだろう?」

 

「おや、ご明察」

 

英士郎がぱちぱちと手を叩く。

よくできましたと言いたげな顔だ。

 

「でもそれならユリス本人に聞けばいいんじゃないか?」

 

「どうせそれ自体が難関なんだろこの学園では」

 

「そのとおり。それができれば苦労はないのさ。なにせ、あのお姫様ときたら人を寄せ付けない感じがあるだろ?」

 

「……確かに多少とっつきにくい感じはあるかな」

 

「ま、どんな理由かはしらんが、あのお姫様が他人と距離をとっているのは間違いない。そもそも……」

 

「ああ、ちょっと待って。いまさらだけど、そのお姫様っていうのはユリスのあだ名なのかい? みんなそう呼んでるみたいだけど」

 

「んー、あだ名っつーかなんつーか……正真正銘のお姫様なんだよ、彼女は」

 

「……は?」

 

「わぁお、そりゃすごい」

 

雅はすこし驚きながら賞賛の声を上げた。

 

「お姫様って……あの、おとぎ話に出てくるようなお姫様?」

 

「おうよ。悪い魔女に呪いをかけられたり、王子様のキスで目覚めたり、政略結婚をさせられそうになったり、魔法の国からやってきたり、オークやら触手やらに責められたりする、あのお姫様だ。つまりプリンセス」

 

「おい、最後のほうおかし__」

 

雅が変な箇所を指摘しようとしたところを、綾斗が言わなくていいと言わんばかりの視線を向けてきた。

 

「《落星雨(インベルティア)》以降、欧州のあちこちで王制が復活しただろ? まあ、実質的に政治経済を取りまとめている統合企業財体にとっちゃ、象徴としての王家ってのがいろいろ便利だったんだろうな。とにかく、その一つリーゼルタニアって国の第一王女が、あのお姫様ってわけだ。全名はユリス=アレクシア・マリー・フロレンツィア・レナーテ・フォン・リースフェルト。ヨーロッパの王室名鑑にも載ってるぜ」

 

「へぇ……やけに詳しいね?」

 

「もしかしてユリスのストーカー? だとしたら、綾斗と張り合える変質者ってことになるな」

 

「違う違う! 商売だよ、商売。これでも一応新聞部なんだぜ」

 

「っていうか、『綾斗と張り合える』って誤解されるようなワードが紛れてるし」

 

綾斗が溜め息混じりにそうつぶやく。幸い夜吹には聞こえてなかったらしい。

 

「で、なんでまたお姫様がこんなところで闘ってるのさ? 普通お姫様っていったら、もっとおしとやかにしてるもんじゃないの?」

 

「まあユリスって確かに、気品、威厳、風格が十分すぎるくらいそろってるよな。夜吹一応新聞部だし、なんで?」

 

「さすがにそこまでは知らねーよ。てゆーかおれが聞きたいくらいだ」

 

英士郎は真顔でうなずきながら「そしたらうちの一面記事間違いなしなんだがなあ」とつぶやいた。

 

「もちろんあれだけ可愛くて、強くて、しかもお姫様ときたら、誰だってほっときゃしない。彼女がうちに来たのは去年なんだが、それこそ今日のおまえさんなんて目じゃないくらいのフィーバーぶりだったんだぜ? あっという間に黒山の人だかりができて、質問攻めさ」

 

「目に浮かぶようだよ」

 

「俺も同じく」

 

「ところがだ。あのお姫様はそんな連中に向かってなんて言ったと思う? 『うるさい。黙れ。私は見世物ではない』だ」

 

「……目に浮かぶようだよ」

 

「……再び同じく」

 

「さすがにそれで大半は引いたんだが、当然そんな態度じゃ面白く思わないやつらも出てくる。んでまあ、ここのお約束としてその手の連中が次々決闘を挑んだんだが、見事にみんな返り討ち。おまけにあれよあれよという間に《冒頭の十二人(ページ・ワン)》入りだ」

 

それはそうだろう。

綾斗の二次被害として攻撃されたが、あの炎の力は他をしのぐほどだった。いくらアスタリスクとはいえ、あれより強い学生がそういるとは思えない。

 

「結果、誰もが一歩引いてしまう孤高のお姫様のできあがりってわけさ。今じゃあのお姫様に正面きって話しかけようなんて度胸のあるやつは滅多にいないぜ」

 

「ふぅん……ってことは、友達とかは?」

 

「少なくとも、俺の知る限りじゃ一人もいない……って、悪い、ちょい待った」

 

「ん、どした?」

 

英士郎は片手を上げて会話を止めると、ポケットから細かく振動している携帯端末を取り出した。

 

「はいはーい、なんすか部長」

 

『なんすかじゃなーい! 今日の朝一がゲラ校正の締切だって言っておいたでしょー! なにやってんのよ!』

 

空間ウィンドウが開くなり、ボブカットの女性が怒声を上げる。

 

「あー、すんません。朝はちょっち別件があったもんですから……」

 

『言い訳無用! いいからさっさと部屋に来なさい! 五分以内よ!』

 

ぶつっとウィンドウが消え、英士郎は苦笑いで鼻をかいた。

 

「……ま、そんなわけだから、おれは出頭しないとマズいっぽい」

 

「ああ、俺もそろそろ帰るよ」

 

「俺も帰る」

 

「おう、じゃあまた寮で」

 

「っと、その前に……矢吹!」

 

教室を出て行こうとする英士郎に、綾斗は手に握っていたそれを投げ渡した。

 

「おおっ?」

 

英士郎は驚いた顔で受け取ったが、ものを見るなりミヤリと笑う。

 

「なんだ、気がついてたのかよ」

 

「一応、ありがとうと言っておくよ。それがなければユリスも見逃してくれたかもしれないから、複雑ではあるけどね」

 

それは煌式武装(ルークス)の発動体だった。

 

「なんでおれだと?」

 

「うん? まあ、声かな」

 

あっさりという綾斗に、英士郎は一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。

 

「あの状況で、ただの一ギャラリーにすぎなかったおれの声を覚えてたってのか?」

 

「まあ矢吹がそれを投げてたのがはっきりと見えたし、それに」

 

「借りたものはちゃんと返すようにって、姉さんが口を酸っぱくして言ってたもんでね」

 

「と、いうわけだ」

 

雅は両手を小さく広げ、一礼するようにかがんだ。

 

「……ははっ! やっぱりおまえさんら、面白いぜ」

 

英士郎はにやける頬を押さえるようにして肩を震わせている。

 

「なぁ天霧。今朝の決闘、本当に勝てなかったのか?」

 

「……ああ、今の俺じゃ無理だろうね」

 

「今の綾斗じゃ到底無理かな」

 

「そこまで言うか」

 

雅は笑いながら「冗談だってば」と言っている。

 

「ふーん……今の、ね」

 

英士郎はその答えに満足したのか、軽やかな足取りで今度こそ教室を出て行った。

残された綾斗は扉を、雅は日に照らされてうっすらとまぶしい窓をしばらく見つめていたが、綾斗がやがて大きく息を吐く。

 

「思ってた以上に大変そうな学園だなぁ、ここ……」

 

「けど、なかなか楽しめそうじゃないか、ここ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? しまったな、ここ通れないのか」

 

「こっちが近道かと思ったんだけどな。やっぱ『急がば回れ』、だな」

 

寮への近道かと思って学園の中庭を抜けようとした二人は、閉ざされた鉄門の前で難儀していた。

どうやら夕方以降は一部のゲートが閉められてしまうらしい。

 

「これくらいなら飛び越えるか?」

 

「いや、やめておこう。別に急いでいるわけでもなし」

 

そもそも散歩は綾斗と雅の数少ない趣味だった。

中庭とはいえ中規模の公園くらいの広さはあり、樹木も手入れが行き届いている。

よくよく見回してみれば、のっぺりとした人形のようなフォルムの半人型ロボット__擬形体(パペット)が木々の剪定をいていた。軍用の擬形体は遠隔操作も可能と聞くが、一般的な擬形体は自動制御なので複雑な作業はできないし動作も遅い。今では過酷な労働環境での作業は大抵こうした擬形体が行っている。

とはいえ二人の住んでいたような地方都市では滅多に見かけない光景だ。

夕日が木々の影をくっきりと浮かび上がらせる中、そんな擬形体の作業を物珍しく眺めながら歩いていると、ふいに怒鳴り声が響き渡った。

 

 

 




テスト直前。

勉強しつつの投稿はさすがにきついかも。

でも、頑張りますよ! この身が朽ちるまでは!


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序列九位、レスター・マクフェイル

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「……なら、なんで新参者なんかと決闘しやがった!」

 

若い男の声。

気の小さい者ならすくみ上がってしまいそうな剣幕で、ビリビリと空気を震わせている。

(なにか揉め事か……?)

木陰に隠れるようにして様子をうかがえば、開けた場所にちょっとした四阿(あずまや)があった。

その前に三人組の男子学生が立っている。特に中央の学生はがっしりとした大柄な体躯で、遠目にも威圧感がものすごい。他の二人__痩せている学生とやや太めの学生は一歩引いていて、この大柄の学生に従っているような雰囲気だ。

四阿の中にも誰かいるらしいが、二人がいる位置からは確認できない。

 

「ふむふむ。取り囲まれてるのはお姫様だわ。それに、正面から拝見すると中央の男は鍛練を積んでそうな感じっぽい」

 

「ほんと雅の能力って役に立つよね。って、お姫様ってことはユリス!?」

 

雅の言うとおり、その男から発せられた名前は。

 

「答えろユリス!」

 

「答える義務はないな、レスター。我々は誰もが自由に決闘をする権利を持っている」

 

「そうだ。当然、オレもな」

 

こそこそと移動してみると、確かに四阿の中には輝く薔薇色の髪の少女が座っている。

レスターと呼ばれた大柄な学生とにらみ合っているその真ん中では、ばちばちと火花が散っているのが見えるようだ。

とてもではないが友好的な雰囲気とは言いがたい。

 

「同様に、我々は決闘を断る権利も持っている。何度言われようと、もう貴様と決闘するつもりはない」

 

「だからなぜだ!」

 

「……はっきり言わないとわからないのか?」

 

ユリスは大きくため息をつくと、立ち上がって真正面からレスターと向き直った。

 

「きりがないからだ。私は貴様を三度退けた。これ以上はいくらやっても無駄だ」

 

「次はオレが勝つ! たまたままぐれが続いたくらいで調子に乗るなよ! オレは、オレ様の実力はあんなもんじゃねえ!」

 

「そうだそうだ! レスターが本気を出せばおまえなんて相手にならないんだぞ!」

 

「じゃあ、俺が相手させてもらっていいかな?」

 

その声に、その場にいた三人どころかユリスさえも驚きの表情を隠せない。

突然、物音も近づく気配もなくユリスのすぐ背後から別の声が聞こえたのだから。

 

「誰だ! どこにいる!」

 

しかし、いくら周囲を見回しても声の主の姿はどこにもない。

ただ響くのは嘲るような笑いと風が吹き通る音だけ。

 

「まったく。こんな小細工をするな。おまえ、雅なのだろう」

木陰から出てきた。

「あちゃー、気付かれてましたか。さすが序列五位のお姫様」

 

すると一瞬にしてユリスの隣に、一人の人物が現れた。

それと同時、もう一人の人影が出てきた。

 

「あれ、ユリスじゃないか。奇遇だね、こんなところで」

 

「おまえまで、なぜここに」

 

「道に迷った、かな」

 

そのタイミングと台詞があまりにわざとらしかったせいか、ユリスとレスターは二人揃って眉をひそめながら綾斗と雅をにらむ。

 

「くくっ、俺も綾斗同様道に迷いました、でございます」

 

「ああっ! レスター! こいつら、例の転入生だよ!」

 

「なんだと……?」

 

より鋭さを増したレスターの視線が二人に突き刺さる。

視線に攻撃的があったとすれば、鉄板くらいは簡単にぶち抜きそうなくらいの迫力だ。

しかし綾斗は平然とそれを受け流してユリスに尋ねた。

 

「で、ユリス。こちらは?」

 

「……レスター・マクフェイル。うちの序列九位だ」

 

ユリスは腰に手をあてつつ呆れ顔で答えた。

 

「ほえー、序列九位。つまり君も《冒頭の十二人(ページ・ワン)》の一人。今日だけで《冒頭の十二人》の内、二人に出会えたってのは、いやー、なんだか嬉しいね」

 

「……」

 

「あ、僕は天霧綾斗。よろしく」

 

「俺は黒摩耶雅。よろしくっすわ」

 

綾斗が差し出した右手には見向きもせず、レスターは怒りに満ちた目で綾斗と雅を見下ろしている。

間近で見るレスターは並外れて大きく、身長は二メートル近い。肩幅も広く、その筋肉はかなり鍛え上げられている。

星脈世代(ジェネステラ)》の筋肉組織は常人よりも強靭かつしなやかで、鍛えてもそれほど外見的に発達しないのだが、よほどのトレーニングを積んだに違いない。

短く刈られた茶色の髪は逆立つようで、堀の深い顔立ちには憤怒の形相が浮かんでいた。

「こんな……こんな小僧と闘っておいて、オレとは闘えねえだと……?」

 

握った拳と声を震わせ、レスターがうめく。

 

「ふざけるな! オレはてめぇを叩き潰す! 絶対に、どんな手を使ってもだ!」

 

すでにレスターの目に綾斗も雅も映っていないようだった。

大きく腕を振り、ユリスに詰め寄る。

 

「ちょ、ちょっとレスターさん、落ち着いてください……! さすがにここじゃ……」

 

痩せたほうの男子生徒がなだめようとするが、まるで聞く耳を持っていない。

ユリスはこの年代の女子としては平均的な身長なので、レスターとの体格差たるや大人と子どものようだ。

それでもユリスは一歩も引かずに毅然と返した。

 

「不可能だな。少なくとも貴様がその猪のような性格を改善しない限りは、いくらでもあしらえる」

 

「なんっ……くそっ!」

 

レスターは一瞬怒りを爆発させそうになったが、ここでそうしたらまさにユリスの言葉を肯定するようなものだとわかったのだろう。

 

「お、おまえ! あんまりレスターを舐めてると後悔するぞ! きっと次こそは……!」

 

「やめとけランディ!」

 

小太りの学生を一喝し、苦虫を噛み潰したような顔で四阿を出ていくレスター。

 

「オレは諦めねぇぞ。必ずてめぇにオレの実力を認めさせてやる……!」

 

そう吐き捨てて去っていくレスターのあとを、残された二人があわてて追いかけていく。

 

「はぁ……やれやれだ」

 

その姿が完全に見えなくなってから、ユリスは再び長イスに腰を下ろした。

 

「負けず嫌いなのはいいことかもしれんが、あれはその域を越えてるな」

 

「あはは……余計なお世話だったかな」

 

「まったくだ。おかげで普段よりも余計に絡まれたではないか」

 

「それはごめん__って、普段からあんなことを?」

 

ユリスは答える代わりに小さく両手を上げてみせた。

 

「レスターはどうやら私が気に食わないらしい。その手の輩は少なくないが、こうまでしつこいのは初めてだな」

 

「だけど、序列九位ってことは相当強いんだよね?」

 

「けど三戦三敗なんだろ」

 

「強いか弱いかで言えばまあ強いほうだろう。だが私ほどではないし、そもそも序列なんてものは言うほどあてにならん。『在名祭祀書(ネームド・カルツ)』入りしていなくても実力のあるやつはいくらでもいる。相性もあるしな」

 

ユリスは顔を上げると、わずかに口角を上げた。

その問いかけるような視線に綾斗は逃げるように目をそらす。

 

「せっかくだ。綾斗、私からも一つ質問がある」

 

「ええっと……な、なにかな?」

 

「今朝の決闘で、おまえは流星闘技(メテオアーツ)を使ったな。無調整の煌式武装(ルークス)で一体どうやった?」

 

「あれ、綾斗って流星闘技使えたっけ?」

 

「今朝使ったのは流星闘技(メテオアーツ)じゃないよ」

 

「……なんだと?」

 

「そもそも俺、流星闘技は使えないんだ。どうも煌式武装(ルークス)と相性が悪いっていうか苦手でさ。できれば実体があるほうが使いやすい」

 

「だったら今朝のあれは……」

 

「あれはただの剣技だよ。うちは一応古流剣術の道場だから、そりゃ多少はね。っていうか、雅も道場にいたからわかるんじゃ……」

 

「ただの剣技だと……?」

 

ユリスの瞳が見開かれる。

 

「……確かに煌式武装の刀身ならば、私の炎を斬ること自体は不可能ではない。だがあそこまで見事に切り裂かれたのは初めてだぞ。おまえ、どんな腕をしている?」

 

「はは、たまたまさ」

 

「ほんとにそうかな? くくっ」

 

「……ふん、まあいい。そのとぼけた顔がいつまで続くか見物だ。ここはおまえたちが思っているほど甘い場所ではないのだからな」

 

「甘く見ているつもりは全然ないんだけどなぁ」

 

「俺も全然、かな?」

 

「そこなんで疑問形?」

 

ぽりぽりと頭をかく綾斗。

 

「そういうユリスはなんでそんな危ないところで闘ってるのさ?」

 

「こんなちょい危険な場所で闘い続ける理由ってのがあるのか?」

 

 

 




テストと投稿のため頑張っています。

投稿が遅れないよう、均等を守っていきたいです。



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案内のお約束

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「聞いたよ。お姫様なんだって?」

 

「確かに私はリーゼルタニアの第一王女だ。だが、それがなんだというのだ。ここにいる者は多かれ少なかれ、ここでしか手に入れることのできないなにかを掴むために闘っている。肩書きや身分など関係ない」

 

静かな言葉だったが、そこには揺るぎのない強い意志が感じられた。

 

「……ユリスが望むものって?」

 

そこまで踏み込んでいいものか少し迷ったものの、綾斗はあえて尋ねてみる。

 

「王女だから地位はあるし、意味深な理由でもある、とか?」

 

二人の疑問にユリスは意外にも素直に答えてくれた。

 

「金だ」

 

「え……?」

 

「わぁお……」

 

「私には金が必要なのだ。そのためにはここで闘うのが一番手っ取り早い」

 

……お姫様が金銭のために闘っている?

普通に考えればお姫様というのは裕福な身分のはずだ。

それがなぜ?

 

「あまり時間の余裕もなくてな。区切りもいいし、今シーズンの《星武祭(フェスタ)》を全て制覇する。それが私の目標だ」

 

「三つの《星武祭》を全部って……」

 

相当厳しいんじゃないのか。

 

「ああ、手始めは《鳳凰星武祭(フェニクス)》だ。最低でもここは押さえておかねばならん」

 

星武祭(フェスタ)》の賞金はそこで得たポイントで決定するが、一度でも優勝すれば一生遊んで暮らせるほどの褒賞が出ると聞く。

 

「……」

 

綾斗は理由を尋ねたかったが、さすがにそれはやめておいた。

ただ一人だけ聞きたそうにしているのは止めておくことにして、別の疑問がひとつ氷解した。

 

「ああ、それでパートナーを探しているんだ?」

 

「《鳳凰星武祭》はタッグ戦。ユリスだけじゃ出場さえできない、と」

 

「う……ま、まあそうなるな」

 

言葉を濁したところをみると、やはりパートナー探しに難儀しているというのは事実らしい。まあ、ユリスの性格からすれば仕方がないかもしれないが。

 

「べ、別にいまだにパートナーが見つかっていないのは、私に友人がいないからではないぞ? いや、この学園に友人がいないのは事実だが、それとは関係なく単純に私のパートナーとして合格基準に達した者がいないというだけだ」

 

__友達がいないのは認めちゃうんだ。

 

「ちなみにどんな理由がお望みで?」

 

「そうだな……まず私と同程度の実力者__というのはさすがに望みすぎなので、せめて《冒頭の十二人(ページ・ワン)》クラスの戦闘能力を持ち、清廉潔白で頭の回転が速く、強い意志と高潔な精神を秘めた騎士のごとき者だな」

 

「……それはまただいぶハードルが高いね」

 

「む、そうか? これでもかなり甘めにしたつもりなのだが……」

 

「さすがお姫様ってとこだな」

 

こういうところはお姫様っぽいかもしれない。

 

「だが確かにエントリーの期限も近い。そろそろ贅沢も言ってられんだろうな」

 

ユリスは自分に言い聞かせるようにつぶやくと、鞄を持って立ち上がった。

 

「さて、私はそろそろ戻るとするが__そういえばそもそもおまえたちはどうしてこんなところにいたのだ?」

 

「あー、それがなんとゆーか……こっちのほうが近道だと思ったら、向こうの扉が閉められちゃっててさ」

 

「そして、趣味ってことで散歩してたら急に怒鳴り声が聞こえてきたんだよ」

 

「それでか。中庭のゲートは夕方になると自動的に閉まるようになっているはずだからな。この時間ならまだ閉まるのは中等部側だけだと思うが」

 

あのまま越えていたら俺達はどうなっていたことか。

 

「あ、ところで自動的に閉まるってことはさ、もしかしてここでのんびりしてたらそのまま閉じ込められちゃう……なんてことはないよね?」

 

「は?」

 

「俺達、こんなところを散歩するのも好きだからさ。もし閉じ込められたら困るんだよ」

 

二人の言葉にユリスは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが。

 

「……ぷっ、あははは!」

 

次の瞬間小さく吹き出していた。

 

「あ、当たり前だ。まったくおまえたちは馬鹿なのか? 今朝あんな目にあったのだから、少しは学習して案内図を見るなりするがよかろうに。心配しないでも、ちゃんと高等部校舎側の門は夜間まで開いている」

 

からかうように言いながら、ユリスが柔らかく目を細める。

その顔は年相応の、ごく普通の女の子のようで__

 

「うん? どうした?」

 

「いや……そんな風に笑うんだなって思ってさ」

 

「なっ!?」

 

見る見るうちにその顔が赤く染まった。

くくっ、いい流れっぽい。

 

「な、なななにをいきなり! 私だって笑うことくらいはある!」

 

そしてすぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻ると、ぷいっと横を向いてしまう。

 

「だったら普段からもっと愛想よくしてればいいのに。もったいないよ?」

 

「うるさい! 大きなお世話だ!」

 

ユリスが噛み付かんばかりに言い返す。

 

「だ、大体おまえのほうこそその腑抜けた顔をもう少し引き締めたらどうなのだ! 顔の緩みは気の緩み! そうすれば今日みたいな間抜けな失敗をせずともすんだはずだぞ!」

 

……さすがにそれは飛躍しすぎではないだろうか。

 

「まあ、確かに半分は俺がうかつなせいだけど、もう半分は単に知識不足のせいだし……」

 

まあ、この学園ほんと広いもんな。迷うのも仕方ないと思う。

 

「あっ」

 

そこまで考えて綾斗はじっとユリスを見た。

 

「な、なんだ……?」

 

なぜだかユリスは顔を赤くしながら後ずさる。

 

「__ユリス、俺達に学園を案内してくれないかな? ああ、せっかくだから街のほうも」

 

「ほお、それはいいことで」

 

雅も案内に不満がないのか、綾斗の提案に賛同する。

 

「……はぁ?」

 

その申し出に、露骨に顔をしかめるユリス。

 

「なんの冗談だ? 私がどうしてそんなことをしなければならん」

 

「だってほら、俺達ユリスが言うところの『貸し』を持ってるでしょ? ユリスだって言ってたじゃないか。一度だけ、頼みを聞いてくれるって」

 

「そうそう」

 

「それは確かに言ったが……まさか本気なのか?」

 

「本気って?」

 

「そんなことでいいのか、という意味だ。はなはだ不本意ではあるが、私はおまえたちに危機を救われた。決して小さくはない借りだ。望むのならばある程度のことは__い、いや、もちろん破廉恥なことは不許可だが__例えば《冒頭の十二人(ページ・ワン)》としての私の力を貸すこともできるのだぞ?」

 

「つまり戦力としてユリスの力を貸してくれるってこと?」

 

「そうだ」

 

「それはいいや」

 

「俺も」

 

綾斗も雅もあっさりと首を縦に振った。

 

「まずはこの学園に慣れるほうが先だと思うしね」

 

「うん。それは重要だわ、ここでは」

 

「……」

 

あっけらかんと言ってのける二人を探るような目で見ていたユリスは、やがて苦笑して息をはいた。

 

「底の読めぬ男だ。あるいは本当にただの馬鹿なのか?」

 

「……その二択なら、まあ、どっちかと言えば後者じゃないかな」

 

「じゃあ俺も後者でいっか。綾斗ほどじゃないけど」

 

「ふん、よく言う。だがまあいい。そういうことなら案内してやる」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「どうもどうも」

 

「雅に言ってない」

 

「し、仕方あるまい、借りは借りだからな。学園内の案内は明日の放課後、街の案内は……そうだな、どこか休日の予定を空けておいてやろう」

 

「うん、よろしく」

 

「うん、よろし__」

 

「だからもういいって。それじゃ今度こそ寮に戻ろうかな……って、ぐぇ!」

 

そのまま歩き出そうとした綾斗の襟を、ユリスが背後からぐっと掴む。

 

「では早速一つ教えておいてやる。ここから男子寮へ向かうなら大学部校舎の横を抜けるのが一番早い」

 

「げほっ、ごほっ……! そ、それはどうも。ただ、できればもう少し優しくレクチャーしてくれると嬉しいんだけど……」

 

首が締まってむせる綾斗に、ユリスは小さく微笑みながら答えた。

 

「それはさっきの条件にはなかったので却下だ」

 

「うわー、こ、怖ぇ……」

 

 

 

 

 

 

 



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ルームメイト、矢吹英士郎

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


二人が男子寮についた頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。

女子寮とは校舎を挟んでちょうど反対側。あちらがクラシックな欧風式の造りだったのに比べて、こちらはごく普通のマンションタイプだ。

 

「えーと、二一一号室だったっけ」

 

「その部屋は……二階の角部屋…だな」

 

今度はしっかりと案内図を確認してから部屋に向かう。

棟が分かれているとはいえ、共有階には中等部や大学部の学生の姿もあってなかなかに新鮮だ。すれ違う学生がことごとく好奇の目で見てくることには面食らったが、綾斗はもう開き直ってにこやかに手を振って応え、雅は少々の笑顔と会釈で済ました。

二一一号室には、真新しいネームプレートの「天霧(あまぎり)綾斗」、「黒摩耶(くろまや)雅」の文字が入っている。

 

「よう、おかえり。遅かったじゃん」

 

「ちょっといろいろあってさ」

 

「うん。いろいろと」

 

一応ノックをしてから自室の扉を開けると、ベットに寝転がっていた英士郎(えいしろう)がひらひらと手を振って出迎えてくれた。

 

「へぇ、思ってたより広いんだなぁ」

 

「けど、三人となると狭くも思えるような。それに基本的に二人部屋なんだろ。矢吹、本当に二人も加わっていいのか?」

 

「いいっていいって。面白いやつなら大歓迎だ」

 

いまだに寝転がったまま、矢吹は答えてきた。

おおよそ十畳程度の室内には最近設計されたような新品の二段ベッドと二つの机。

それぞれの下ろしたてのシーツの上にはバッグが一つ無造作に置いてある。上段のほうはバッグに加え小さい古びた小箱がある。先に送っておいた荷物だろう。

 

「おまえら荷物はそれだけなのか? 少ないな」

 

「着替えくらいなものだから。矢吹こそあんまり物を置いてないんだね」

 

英士郎の机には手書きのメモが貼り付けられていたり書類らしきものが山をなしていたが、それ以外はいたって簡素なものだ。

 

「無趣味なもんでね。部活動くらいしかやることがないのさ」

 

「ああ、そうだ。その新聞部殿に聞きたいんだけど、レスターって男子学生はどんな人なんだい?」

 

「レスター? レスター・マクフェイルか?」

 

「うむ。鍛えられた筋肉は凄かったなぁ、俺も少しは彼を見習わないとな。序列も九位入りだし、目力も相当なもんだったし」

 

「見習うか見習わないかは知らんが、それなら間違いない。《轟遠の烈斧(コルネフォロス)》レスターだ」

 

英士郎は上半身だけ起こすと携帯電話を操作して空間ウィンドウを呼び出した。

そこに映し出されたのはまさしくさっき二人が会った大柄な男子学生だ。

 

「レスター・マクフェイル。星導館学園一年で序列九位の《冒頭の十二人(ページ・ワン)》。体格をいかしたパワーファイトを得意とし、接近戦闘では無類の強さを誇る。一方で《魔女(ストレガ)》や《魔術師(ダンテ)》といった能力者相手には苦戦することが多い。使用武器は斧型煌式武装(ルークス)《ヴァルディッシュ=レオ》」

 

「おおー、すごいな」

 

「ま、このあたりは普通にネットで拾える情報だけどね。これ以上のが欲しいってんなら、そっから先はまた別の話だ」

 

「と言うと?」

 

「これが必要ってことさ」

 

英士郎は人差し指と親指で丸を作ってみせた。

 

「お金を取るの!?」

 

「おいおい、当然だろ。この学園の生徒は__というより他所も大体似たようなもんだから、このアスタリスクにいる学生はだな、大きく二種類に分けられるんだ。一つはお姫様たちみたいに本気で《星武祭(フェスタ)》での活躍を目指してる学生。もう一つはおれたちみたいにとっくに《星武祭》なんか諦めてる学生だ」

 

「……矢吹は諦めてるのか、《星武祭》?」

 

「おうよ。同じ《星脈世代(ジェネステラ)》つっても、みんながみんなここで天下を取れるわけじゃない。ここにいるとな、嫌でも実力の差ってやつを見せつけられちまう。越えられない壁ってもんを自覚するわけだ。で、そうやって脱落していったやつらはなにをしてるかって話さ」

 

「それって、放課後矢吹が呼び出されてたやつなのか」

 

「そのとおり。《星武祭》以外のやりがいなり楽しみなり稼ぎ方なりを見つければいい。それがおれの場合は新聞部なわけだ」

 

「しかし、部活動で収入があるのか? あったとしても少しぐらいじゃないのか」

 

学生のクラブ活動からはどうにも「稼ぐ」というイメージがわかない。

 

「おいおい、失敬だな。こういっちゃなんだが、かなりなもんだぜ? おまえさんらもネットなりテレビなりでアスタリスクの映像を見たことあるだろ。あの手の映像で学園内が舞台だったら、まず学生の報道系クラブが撮影したもんだと思っていい。外部の報道機関は協定によって学園の敷地内には入れないからな」

 

それを聞いてピンときた。

 

「ははぁ、なるほど……。つまり矢吹たちはそういった映像なり情報なりを、外の報道各社に売っているわけか」

 

「そういうこった」

 

英士郎はにんまりしながら指を立てる。

 

「手に職をつけてるやつらは他にも多いんだぜ。クラブでいえば煌式武装のカスタマイズを請け負ってる落星工学研究会なんかは、装備局よりずっと腕がいい。ま、さすがに六学園随一の技術力を持つアルルカントとは比べられないけどな。あとは大きな声じゃ言えないが、学園内での決闘に関して開かれる賭場の多くは学生が胴元だ」

 

「……そういうのって学園側が取り締まったりしないの?」

 

「まあ、普通は取り締まられるだろうな。此処が普通な場所、ならだけど」

 

二人には学生の領分を逸脱しているのではないかと思えたのだが、英士郎は立てた人差し指を小さく振った。

 

「ちっちっち。今の世の中、金が動くのに文句をいうやつはいないさ。そもそも学園の上にいるのは統合企業財体なんだぜ?」

 

統合企業財体は経済活動が活性化し、発達することを最重要視している。

そのためにはお金が流動することが必須となるので、消費活動は世界的な風潮として推奨されていた。

このアスタリスクもそうした土台の上に成立しているのだ。

 

「それから……そうだな、簡単なとこでは有力学生の取り巻きになるってのもあるな。特に《冒頭の十二人(ページ・ワン)》クラスになるとおこぼれの旨味も多い」

 

「ああ、それってレスターにもいた二人のことか?」

 

雅はレスターの後ろに控えていた二人の学生を思い出した。

 

「あー、こいつらか?」

 

英士郎が端末を操作すると空間ウィンドウがさらに二つ展開される。

片方は痩せ気味、もう片方は小太りの男子だ。外見は対照的な二人だったが、その卑屈そうな目つきだけはよく似かよっていた。

 

「そうそう、この人たちだ」

 

「痩せてるほうはサイラス・ノーマン。一応《魔術師(ダンテ)》なんだが目立った戦績はないな。能力は物体操作。で、小太りのほうはランディ・フック。こっちは一度だけ『在名祭祀書(ネームド・カルツ)』入りしたことがあるが、今はリスト外。使用武器は弓型煌式武装だ」

 

「本当にぽんぽん出てくるんだね……」

 

「さすが新聞部。情報に関してのことはスペシャリストだな」

 

二人は正直閉口していた。

有力学生の情報だけならともかく、その取り巻きまで把握しているというのは並大抵ではないはずだ」

 

「へっへっへ、恐れ入ったか?」

 

英士郎はウィンドウを閉じると、そのまま勢いをつけてベッドから飛び降りる。

 

「さってと、そんじゃそろそろ飯にしようぜ。食堂まで案内してやるよ」

 

「その前に、レスターについてもう一つ聞かせてほしいんだけど」

 

「お?」

 

「彼、ユリスとなにか因縁でもあるのかな?」

 

その質問に英士郎は嬉しそうに笑った。

 

「なるほどねぇ。なんでいきなりレスターの話を聞きたがるのかと思ったら、そういうことか。おまえさん、本気であのお姫様狙いなんだな」

 

「綾斗は昔っから好意を持った相手の情報は掴んでおきたい性分だからな」

 

「ちょっ、変なことを、って矢吹何メモってんの!?」

 

雅の言い分は完全に間違っているが、あの少女がなぜか気になることは確かだった。

 

「ははっ、いいってことよ。ただし、さっきも言ったがこっから先は有料だぜ?」

 

「俺は払わ__」

 

「もちろん、雅にも払ってもらうからな?」

 

「はっ、にんで俺も__」

 

「も・ち・ろ・ん。払ってもらうからな。まあ綾斗よりかは安くすむからさ」

 

「わ、わかりましたよ。ったく、しゃあねえな」

 

仕方なくうなずいた雅を待って、英士郎が再び空間ウィンドウを開く。

今度は動画だ。画面では炎を駆使して戦う少女が華やかに舞っている。

それに対するは巨漢の男子。身の丈ほどもある巨大な戦斧を振り回してはいるが、一見しただけでもその劣勢は明らかだった。

 

「こいつは去年の公式序列戦だ。当時レスターは序列五位。お姫様は序列十七位だった」

 

「ということは……」

 

「そう、勝ったのはお姫様。これで晴れてページ・ワン入りした記念の試合さ」

 

「一方、レスターにとっては屈辱の試合ってことか」

 

「そうなるな。実際レスターはこの後も公式序列戦で二回お姫様に挑んで、見事に負けている」

 

公式序列戦とは一ヶ月に一回開かれる学園選抜試験だ。

決闘は双方の合意が不可欠なので、闘うことを拒否し続けることができる。一度上位にランキングされた学生がその地位を守ろうと逃げ続けることを防止するため、こうして一ヶ月に一度は闘わなければならない仕組みになっているのだ。原則として、公式序列戦では序列が下位のものから指名された場合拒否することはできない。

 

「もっとも同じ相手、同じ序列へ指名できるのは二回までだ。そうでないと八百長もできちまうからな」

 

「__ああ、だからレスターはあんだけユリスとの決闘にこだわってるのか」

 

「レスターはプライドが高いし、気性も激しい。どうしてもやり返さないと気がすまないんだろう……無理だとは思うがね」

 

英士郎はそう言って端末をポケットにしまった。

 

「おまえさんらはどう思う?」

 

「さっきの映像を見る限りじゃ、勝ち目がないわけでもないと思うよ」

 

「運も実力のうち。そのうちに勝てるときがあるかもな」

 

相性は悪いが、それでもレスターの強さはかなりのものだ。勝負は時の運もあるし絶対はない。

 

「ただ__目が違う」

 

「ほぉ」

 

ユリスの瞳はレスターを見ていなかった。

あれはもっと遠くの、遥か遠い場所を見定めている目だ。

一方でレスターはユリスしか目に入っていない。

あれではきっと、レスターがユリスに及ぶことはないだろう。

__そして綾斗にはユリスと同じような眼差しに、確かな覚えがあった。

 

「ありがとう、矢吹。で、情報料っていくらくらいかな?」

 

「お願いだから安く頼むぜ、矢吹さんよ」

 

特待生なので入学金も学費も無料の二人だったが、それほど資金に余裕があるほうではない。なにしろ綾斗の実家はほとんど潰れかけているボロ道場だ。雅は実家どころか記憶も失っていたところを当時の綾斗に出会し、道場で共に育った。

小遣い程度はバイトでどうにかしていたが、それとて節約しないといつまで持つかわからなかった。

 

「おしっ、んじゃ今度こそ飯だ飯! 行くぞ、天霧! 黒摩耶!」

 

しかし英士郎は綾斗、雅の首にがしっと腕を回すと、そのまま引きずるように部屋を出る。

 

「わわっ! ちょ、ちょっと矢吹」

 

「乱暴過ぎんだろ、おまえ」

 

「うちの学食は和食か洋食か選べるんだが、おまえさんらはどうする?」

 

「え、ええっとじゃあ和食で……」

 

「……俺は洋、いや、やっぱ和食で」

 

「和食なら今日の献立は鰆の幽庵焼きに厚揚げ豆腐、大根と竹輪の煮物だったな……。よし、じゃあ厚揚げ豆腐と煮物をもらっとくぜ」

 

「……は?」

 

「転入祝いだ。今回はそのくらいで勘弁しといてやるよ」

 

英士郎はニヤリと笑うと、首に回した手をほどいて二人の背中を軽く叩く。

 

「どうだ、おれっていいやつだろ?」

 

「自分で言わなきゃ、もっとね」

 

「そうそう。言わなきゃ、な」

 

二人は苦笑して、その背中を叩き返した。

 



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綺麗な幼馴染、沙々宮紗夜

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「ふわぁ~あ、眠い眠い……おはようさんっと」

 

大あくびをかましながら英士郎が無造作に扉を開く。

二度寝でも寝足りない英士郎とこれまた眠たそうな雅に綾斗は呆れつつ教室へと入る。

すでに大半の席は埋まっている。あちこちでわいわいと雑談に花が咲いているようで、一見すれば普通の学校と変わらない光景だ。

なんだかんだ言って出席率はちゃんとしているあたり、この学園の生徒も根は真面目なのかもしれない。

 

「おはよう、ユリス」

 

「おはよ~」

 

「……ああ、おはよう」

 

朝の挨拶をかけると、頬杖をついたままのユリスが短く返してくる。

__が、その瞬間クラスの喧騒がピタリと収まった。

 

「お、おい、今の聞いたか……?」

 

「……あ、あのお姫様が挨拶を返しただと……!?」

 

「聞き間違いじゃないよね……?」

 

「あいつら、一体どんな魔法使いやがった……!」

 

「いやまて、そもそもあれは本物なのか……?」

 

一転してざわめきだしたクラスメイトたちに、ユリスがバンと机を叩いて立ち上がる。

 

「し、失敬だな貴様ら! 私だって挨拶くらいは返す!」

 

ユリスは憤懣する方なしといった表情で宣言したが、ざわめきが収まる様子はない。

余程意外なことだったのだろう。

これだけでも普段ユリスがどのような立場にあるのかわかろうというものだ。

(さすがお姫様、朝っぱらからお元気なことで。これをきっかけに親睦を深めるとかいいんじゃねぇか)

雅は内心そう考えながら席につく。すると、昨日空席だった前席が埋まっていることに気がついた。

青みがかった綺麗な髪の女の子が、机に突っ伏すように寝息を立てている。

まさか昨日の今日でまた転入生ということはないだろうから、昨日は休んでいただけなのだろう。

雅は挨拶をかけるかどうか迷う。

寝ている間に声をかけられても迷惑かもしれない。

どうしたものかと悩んでいると、ちょうどその女の子がむくりと顔を上げた。

おっ、ナイスタイミング。

 

「おっはよ、美少女ちゃん。俺は昨日君の隣の天霧ってやつとこの学園に転入してきた黒摩耶み__」

 

しかし雅は最後まで口にすることができなかった。

 

「……え?」

 

その女の子の顔を見た途端、ぽかんとした顔のまま固まってしまったからだ。

 

「さ、紗夜…なのか?」

 

「……」

 

当の女の子は無表情に綾斗と雅を交互に見つめていたが、やがて小さく首を傾げてぼそりとつぶやいた。

 

「……綾斗? と、雅?」

 

「えええっ! な、なんで紗夜がここに!?」

 

「まじかよ! 久しぶりだな、紗夜」

 

間違いない。沙々宮(ささみや)紗夜だ。

驚きのあまり立ち上がった綾斗と、目を丸くして驚いている雅を見て目を輝かせた英士郎が身を乗り出した。

 

「なんだなんだ。おまえら知り合いなのかよ?」

 

「ま、まあな……知り合いというよりかは……幼馴染、かな」

 

「幼馴染ぃ?」

 

英士郎は疑わしそうに二人を見比べる。

 

「だったらなんでうちの生徒だって知らなかったんだ?」

 

「いや、幼馴染って言っても、紗夜が海外に引っ越して以来だから……もうかれこれ六年ぶりくらいになると思う」

 

「へー……そのわりに、こっちの反応は薄いようだぞ」

 

確かに紗夜は今なお少しも表情を変えていない。

 

「んー、そうは言っても昔からこんな感じだったからなぁ。これでもきっと驚いてる……はず。きっと」

 

「うん、たぶん、すごーく驚いてると思う。たぶん」

 

「本当か?」

 

「……うん。ちょおビックリ」

 

「……いや、全然そうは見えないけどな」

 

ピクリとも眉を動かさない紗夜に、英士郎が力なく突っ込みを入れた。

 

「でも、本当に久しぶり。元気だった?」

 

こくりとうなずいて返事をする紗夜。

 

「だが、それにしても変わんねぇな、紗夜は。なんか昔のまんまっつうか……」

 

すると、今度はふるふると首を振る。

 

「……そんなことない。ちゃんと背も伸びた。それにしても雅こそ変わりすぎ。昔は泣き虫で臆病、いつも綾斗の後ろにいた。でも今は雰囲気が全然違う」

 

「ん、そ、そうかな……ってか、昔の話はやめてくれ。トラウマしかねえわ、ほんと。」

 

雅は昔のことを思い出し、ぐったりとした物言いで言う。

そして、二人は偶然の再会を果たした幼馴染をまじまじと見つめた。

目はくりくりと大きく、顔立ちはあどけない。身長は最後に別れたあの日からほとんど変わっていないように見えるくらいなので、小学生と言っても十分に通用するだろう。表情がほとんど変わらないので、良くも悪くも人形のような可愛らしさがあった。

 

「やっぱりあんまり変わってないような……」

 

「違う。綾斗達が大きくなりすぎ」

 

すると紗夜はぷくっと頬を膨らませる。

 

「……でも大丈夫。私の予定では来年くらいには今の綾斗くらいにはなってる。二人もまだ背は伸びるだろうから、ちょうど釣り合いが取れるはず」

 

いや、無理だろ。綾斗と紗夜……三十センチ近くはあるぞ。

 

「しっかし世の中狭いもんだ。運命の再会ってやつかもな」

 

「運命の再会……。うん、矢吹はいいこと言う」

 

ぐっとサムズアップする紗夜。

こういうノリの良さも昔と変わってないんだな。

 

「そういえばおじさんたちは元気かい?」

 

紗夜の父親は落星工学の科学者__それも煌式武装(ルークス)の開発畑一筋__で、沙々宮一家が引っ越した理由もその仕事の関係だったはずだ。

 

「……元気すぎるくらい。自重して欲しい」

 

「その言い方だと相変わらずなんだろうな」

 

紗夜の父親に対する二人のイメージは、ずばり「マッドサイエンティスト」だ。

子どもの頃に遊びに行った沙々宮家で、研究室にこもって高笑いをしていた姿が思い出される。雅が恐怖のあまり泣き出すくらいだった。

聞くところによるとかなり優秀な人らしいが、性格に難ありという評価で仕事先を転々としていたらしい。

 

「私がここに来たのも、お父さんがそうしろって言ったから」

 

「おじさんが?」

 

紗夜は制服のホルダーから煌式武装の発動体を取り出した。

グリップ型の発動体が起動し、一瞬で大型の自動拳銃が現れる。その一連の動作にはよどみがなく、かなり手慣れていることをうかがわせた。

 

「お父さんの作った銃、宣伝してこいって」

 

「宣伝って、そんな理由で……」

 

「あの人らしいといえばそうだけど……」

 

命のやり取りをするわけではないとはいえ、アスタリスクは決して安全な場所ではない。娘を宣伝に使うために寄越したとなれば、あまり良いこととは思えなかった。

 

「うんにゃ。そう馬鹿にしたもんじゃないぜ。ここで有名になれば宣伝効果は計り知れないからな。実際、ここの運営をやってる統合企業財体だって半分はそれが目的みたいなもんだ」

 

英士郎が割り込んできてそう説明する。

 

「でも、紗夜はそれでいいのか?」

 

「私は私で理由があった。だから平気」

 

そんな雅の心配をよそに、紗夜はけろりと答えた。

 

「ほほう。で、その理由とは?」

 

英士郎はすっかり取材モードになっているようで、メモ帳を片手に真剣な表情だ。

 

「それは秘密」

 

そう言いつつも紗夜はチラリと綾斗を見た。

 

「でもその理由の半分は、もう……」

 

「ほほう」

 

英士郎はそれだけで察したらしい。

 

「そういや沙々宮は入学早々に外出許可申請を出してたよな。あれ、どうなった?」

 

アスタリスクは一応日本の領土内に位置しているものの、完全な治外法権エリアとなっている。そのためアスタリスクから出る場合には、正当な理由と所属学園の許可が必要だった。

 

「……まだ許可が下りてない。それがなにか?」

 

「いんや、もう必要なくなったんじゃないのかと思っ__」

 

英士郎がニヤニヤしながらそこまで言いかけたところでピタリと口をつぐんだ。

なぜなら紗夜がその喉元に銃口を突きつけていたからだ。

 

「……無粋な勘ぐりはやめたほうがいい」

 

「おーらい。了解した。ごめんなさい。すいません」

 

ぐりぐりとあごを銃口で押し上げられ、両手を上げて降伏する英士郎。

 

「なんだかよくわからないけど、紗夜は意外と過激だから気をつけたほうがいいよ」

 

「そのうち不意に撃たれるかもな……」

 

「そういうことはできれば先に言ってくれ」

 

「おらおら、さっさと席につけ。ホームルームはじめっぞ」

 

そうこうしていると匡子が眠そうな顔で教室に入ってきた。

引きずるように持った釘バットが床にぶつかり、がちがちと耳障りな音を立てているのが相変わらず無駄に怖ろしい。

 

「おらそこ、教室で得物振り回してんじゃ……って沙々宮じゃねーか」

 

「……おはようございます」

 

「てめー、昨日はなんで休みやがった。聞いてやるから言ってみろ」

 

ずかずかと紗夜の前までやってくると、匡子は腕組みをして見下ろした。

 

「……単に寝坊」

 

「はっはっはー、そうか寝坊かー」

 

がつん。

 

「……痛い」

 

「アホ! これで何度目だと思ってやがる! 次の休日は補習だからな!」

 

げんこつをもらった紗夜は相変わらずの無表情だったが、少しだけその目に涙がにじんでいる。

 

「あはは、朝が弱いところも変わってないみたいだね」

 

「……お布団には勝てない」

 

「それは同感だな」

 

「……」

 

そんな綾斗と紗夜のやりとりを、隣の席からどこか面白くなさそうな顔でユリスが見ていた。



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三十八式煌型擲弾銃ヘルネクラウム

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


その日の放課後。

雅は中庭のベンチで仰向けになりながら、休眠をとっている。

放課後ということもあり、人気もあまりない。

一人気軽に休むには最適な場所だな。

そう考えていたとき、背後から足音が聞こえてきた。

 

「あら、雅くん。こんなところにいたのですか」

 

声の主はクローディアだった。手には結構な枚数の紙が握られている。

 

「クローディアこそなんでこんな場所に?」

 

「それは、雅くんにこの書類を渡すためです。綾斗には先ほどお渡ししていますので。雅くんには申し上げていなかったのですが、純星煌式武装(オーガルクス)の選定及び適合率検査を明日行います。この書類に目を通していただいて、問題ないようでしたらご署名をお願いします」

 

「それを伝えるためにわざわざ足を運んだってことか。なんか申し訳ないな」

 

「貴方が気にする必要はありませんよ」

 

クローディアは笑顔でそう答えた。

 

「ふふっ、あなたは見た目に反してお優しいのですね……。ではこれで失礼いたしますわ」

 

クローディアは一礼し去っていく。

雅はクローディアの姿が見えなくなると眠気を払いながら立ち上がろうとしたとき__

 

「ん、雅、こんなところにいたのか?」

 

「あれ、ユリスじゃないか。それに、綾斗に紗夜まで、どうしたんだ?」

 

「どうしたもなにも綾斗に学園内を案内していたところだ。おまえこそこんなところでなにをしていたのだ?」

 

「ただの休息だけど」

 

「授業中居眠りをしていたやつに休息など必要ないだろう」

 

「まあまあ、いいじゃないか。雅はこんなだから。それよりも案内、俺も勉強になったし、本当に助かったよ」

 

そう言う綾斗はいつものようにのんびりとした笑みを浮かべている。

 

「そ、そうか、それはなによりだ」

 

「あ、なにか飲み物を買ってくるけどなにがいい? おごるよ」

 

「そうだな。では冷たい紅茶を頼む」

 

「……私はりんごジュース。濃縮還元じゃないやつがいい」

 

「了解」

 

「俺も選んでこよかな……綾斗、ちょい待ちや!」

 

綾斗と雅は大きな噴水を回り込むようにして高等部校舎のほうへ走っていった。

ここからなら中等部校舎にある自販機のほうが近いのだが、そのあたりもあとで教えておいてやらねばなるまい。

ユリスがそんなことを考えて苦笑していると、ふいに紗夜が口を開いた。

 

「……リースフェルト、もう一度聞きたい」

 

「なんだ?」

 

「なぜリースフェルトが綾斗を案内することになった?」

 

「おまえもなかなかしつこいな……まあいい、答えてやる。私はあいつに借りがあったからだ。それだけにすぎん」

 

「借りとは?」

 

その問いにユリスは一瞬口ごもったが、仕方なく素直に答える。

 

「……決闘の最中に助けられた。雅との決闘も後に控えていたのだがな」

 

「決闘? リースフェルトは綾斗と決闘をしたのか? 雅との決闘も」

 

「そうだ。知らなかったのか?」

 

冒頭の十二人(ページ・ワン)》の決闘はそれなりに話題になるし、昨日の夜にはもうニュースでも映像が流れていたはずだ。

どうやらこのクラスメイトはあまり序列に興味がないらしい。

 

「さすがにその理由までは答えんぞ。プライバシーの問題だからな」

 

「……結果は?」

 

「途中で邪魔が入ってな。不成立となった」

 

「……それはおかしい」

 

「なにがだ?」

 

「綾斗と闘ってリースフェルトが無事なわけがない」

 

唐突なその言葉にユリスは少々面食らった。

冗談かとも思ったが、紗夜の瞳はいたって真面目だ。

 

「これはまた過小評価されたものだ」

 

「……リースフェルトは強い。それは知ってる」

 

紗夜が淡々と語る。

それがさも当然の事実を諭すように聞こえて、ユリスは心がざわめくのを感じた。

 

「でも、せいぜい私と同程度。それじゃ雅どころか綾斗の相手さえならない」

 

「__ほう。今度はずいぶんと大きく出たな」

 

ピンと空気が張り詰める。

少なくともユリスの知る限り、紗夜の名前は『在名祭祀書(ネームド・カルツ)』にない。同じクラスの有力生徒くらいは頭に入れてある。

他人とは距離を置いてきたので確かとは言えないが、そもそも紗夜は公式序列戦にも参加していないはずだった。

無論、序列が強さの全てを表しているわけではない。それはユリス自身が綾斗に語ったことだ。注目されることを嫌い、《星武祭(フェスタ)》直前まであえて身を隠すようにしている生徒も少なからず存在する。

しかし、それでもユリスはこの暴言を見逃すわけにはいかなかった。

 

「いいだろう。試してみるか?」

 

「……」

 

紗夜が立ち上がり、無言のまま距離を取る。

それを同意と見たユリスも腰を上げ、胸の校章に手をかざした。

 

「我ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは、汝沙々宮紗夜へ決闘を__」

 

そこまで言いかけて、ユリスは反射的に跳躍していた。

ほぼ同時に、乾いた音が響いてベンチに光の矢が数本連続して突き刺さる。

 

「っ!」

 

攻撃は真横からだった。つまり紗夜ではなく__

 

「噴水だと!?」

 

いつから潜んでいたのか、黒ずくめの格好をした襲撃者がその上半身だけを水面からのぞかせていた。その手にはクロスボウ型の煌式武装(ルークス)が握られている。

 

「ふんっ、またもや不意打ちか」

 

おそらくは前回と同一犯。

嘲るように笑ったユリスは星辰力(プラーナ)を集中し、内なる炎を創起する。

 

「咲き誇れ__鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)!」

 

空中で顕現した炎の槍を、着地に合わせて解き放つ。

完璧なタイミングでの反撃だったが、相手を貫き焼き尽くすはずの炎槍は、間に入った黒い影によって遮られた。

 

「新手か……! いや、それよりも私の炎を防ぐとは……」

 

間に入った影も襲撃者と同じく黒ずくめの格好だった。両手で構えたその巨大な斧型の煌式武装(ルークス)を盾代わりにしたようだ。

そのセンスの欠片もない格好からして仲間と見てまず間違いないだろう。噴水に潜んでいたほうはややずんぐりした体格で、新手のほうはかなりがっしりとした大男だ。二メートル近くはあるだろうか。

その体格と装備には覚えがないこともないが、今はそれを気にしていられる状況ではない。どちらもまるで気配を感じさせなかったことといい、侮れる相手ではなさそうだからだ。聞きたいことは叩きのめしてからじっくりと吐かせればいい。

ところが、、ユリスがいざ星辰力(プラーナ)を集中させようとしたその途端。

 

「……どーん」

 

地面を震わせるような重低音と共に、大男が真横に吹き飛んだ。

十数メートルの距離を舞った大男はそのままきりもみするように地面に落下。

ピクリとも動かない。

 

「……は?」

 

荒々しい爆風が吹き荒れる中、唖然としながら目をやると、紗夜が自分の身長よりも巨大な銃を構えていた。

というより、もはや紗夜が銃を持っているのか、それとも銃に紗夜が付属しているのかわからない。

 

「……なんだそれは」

 

「三十八式煌型擲弾銃(てきだんじゅう)ヘルネクラウム」

 

「擲弾銃、ということは……まさかグレネードランチャー?」

 

こくりとうなずいた紗夜は、構えた銃口を無造作に噴水へと向ける。

 

「……《バースト》」

 

銃身がほのかに光を帯びた。

星辰力が急速に高まり、巨大な銃へ集まっていく。マナダイトが煌々と輝きを増す。

つまりそれは__

 

「__流星闘技(メテオアーツ)か!」

 

ずんぐりとした体型の襲撃者は噴水の中から身をおこし、あわてて逃げ出そうとしていたようだがもう遅い。

 

「……どどーん」

 

なんとも気の抜けるような掛け声で発射された光弾は着弾と同時に炸裂。

耳をつんざくような轟音を響かせ、噴水を木っ端微塵に粉砕していた。

わずかに残った基底部分から、猛烈な勢いで水が噴き上がる。それはまるでシャワーのように周囲へと降り注いだ。

爆発の規模としてはユリスの「六弁の爆焔花(アマリリス)」が上かもしれないが、純粋な破壊力だけを比べればこちらに軍配があがるだろう。

 

「見かけによらず過激だな、おまえは」

 

「……リースフェルトほどじゃない」

 

ユリスもそう言われると返す言葉がない。

 

「礼は言わんぞ。あの程度、私一人でもどうにかできた」

 

相手がそれなりの手練だったのは事実だが、撃退できる自信があったのも確かだ。

 

「必要ない。邪魔だっただけ」

 

紗夜は普段と変わらない素っ気ない口調で言うと、視線を上げてユリスを見る。

 

「……続き、する?」

 

ユリスは一瞬なんのことかと思ったが、それが決闘を指しているのだとわかると、思わず吹き出しそうになった。

 

「いや、やめておこう。おまえの実力は本物だ。非礼を詫びる」

 

「……ならいい」

 

すると紗夜はあっさりと煌式武装(ルークス)を解除した。

自分が言うのもなんだが、この少女もかなりの変わり者らしい。

 

「さて、それでは不埒者を風紀委員に突き出すとするか」

 

だがユリスの言葉を見計らっていたかのように、ごとりと瓦礫を押し退けて黒ずくめの姿が現れた。

ユリスと紗夜はとっさに身構えるが、襲撃者は軽やかな身のこなしで止める間もなく木々の中へ消えてしまう。

気がつけば大男のほうもすでに姿がない。

 

「なんとまあ、丈夫な連中だ」

 

「……びっくり」

 

あれだけの衝撃だ。直撃は避けたとしても、普通ならそうそう動けるようなものではないのだが……。

 

「まあ、逃げたものは仕方がない。迂闊に追いかけて待ち伏せされてもことだしな。それより沙々宮、学園の備品を破壊したのだからちゃんと申請しておけよ」

 

「……私が?」

 

「当然だ。おまえが吹き飛ばしたのだろう」

 

「……わずらわしい。リースフェルトに委任する」

 

「なんで私が。冗談ではない」

 

「おーい!」

 

二人がそんなやり取りをしていると、高等部校舎のほうから綾斗と雅が走り寄ってきた。

 

「なんかさっきすごい音が……って、うわ! なにこれ、どうしたの!?」

 

「噴水が抉れてるじゃねえか。おまえら一体なにやらかしたんだ?」

 

粉々になった噴水を見て、驚きの声を上げる綾斗と雅。

 

「ちょっとな、いろいろあったのだ。なあ、沙々宮」

 

「……うん。いろいろあった」

 

「……?」

 

もちろんそんな説明でわかるわけがない。

とはいえ一から説明するのも面倒なので、とりあえずそういなしておく。

 

「なんだかよくわからないけど、これじゃ……って、わわっ!」

 

「…………」

 

はてなマークを浮かべて周囲を見回していた綾斗の顔が突然真っ赤に染まり、気まずそうに視線をそらした。そんな綾斗の隣では雅が固まったまま微動だにしない。

ユリスはその態度に首をひねり__すぐさま理解する。

このあたり一帯は壊れた噴水から降り注ぐ水で水浸しだ。

当然、ユリスも紗夜もびしょ濡れなわけで。

そうなると生地の薄い夏服はこれもまた当然だが肌に張り付くようになり。

必然的に、透けてしまう。

ユリスが慌てて自分の格好を確認すれば、それはもうくっきりと下着が浮き出ていた。

 

「な、ちょ、み、みみ見るな! こっちを見たらただではすまさん!」

 

「み、見てない見てない! なっ、雅って、ちょっと雅どうしたの!?」

 

「……あわ…あわわ……」

 

「……むむ、すけすけ。これはエロい」

 

「ええい、沙々宮も少しは隠せ……って、お、おまえ、下着はどうした!」

 

同じように制服を貼り付けた紗夜を見てユリスが目を見開く。

ずぶぬれなのは一緒だが、致命的に違う場所が一点。

 

「……悲しいかな、私にはまだ必要ない」

 

平然と言ってのける紗夜にユリスは頭を抱えた。

 

「とにかくなにか羽織るものを用意してくれ! 今すぐだ!」

 

「わ、わかった! ほ、ほら、雅も行くよ!」

 

「……あ、ああ。わかったよ」

 

噴水を吹き飛ばすような騒ぎがあったのだから、ここの野次馬生徒がいつまでも見逃すわけがない。

駆け出していく綾斗達を見送りながら、ユリスは盛大にため息をついたのだった。

 



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純星煌式武装、適合率検査

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


翌日、純星煌式武装(オーガルクス)の適合率検査を受けるために生徒会室を訪れた綾斗と雅を、クローディアが笑顔で出迎えた。

 

「昨日は大変だったようですね」

 

ユリスが再び襲われたという一件は、昨日のうちに風紀委員会へ通報済だ。

当然クローディアの耳にもとっくに届いているのだろう。

ちなみにネットニュースにも話題があがっていたが、どれも「ユリスが謎の襲撃者を撃退」という点ばかりを取り上げていて、紗夜の名前はおろかその場にいたことさえ出ていなかった。やはり《冒頭の十二人(ページ・ワン)》と序列外の生徒では扱いが異なるらしい。

まあ、わかりやすいと言えばわかりやすい。

 

「どう、犯人は捕まりそう?」

 

「んー、正直なところ難しいかもしれませんね。風紀委員会にも本腰を入れて調査を行ってもらっていますが、ほとんど手がかりが残っていないようです」

 

「いくらアスタリスクでも、昨日のは明らかな犯罪行為にあたるんじゃないのかな? だったら普通に警察とかに任せてしまえばいいんじゃない?」

 

「それが簡単じゃないのが現状なんだろ。矢吹が言ってたじゃないか。「外部の報道機関は協定によって学園の敷地内に入れない」……って。警察でも似てるとこなんだろ」

 

「まあ、そうご理解していただいても結構です。アスタリスクにも一応警察に準じる星猟警備隊(シャーナガルム)という組織があるのですが、彼らは少々鼻が利きすぎるのですよ」

 

「というと?」

 

「彼らの警察権はアスタリスク市街地においてのみ発揮されるべきものなので、学園内に及ぶものではない__というのが各学園共通の見解です。余程の事件でもない限り、学園側は彼らを招き入れることをよしといません」

 

学園の意向は統合企業財体の意向であり、すなわちアスタリスクのルールだ。

つまり学園側が許可しない限り、星猟警備隊とやらは入ってくることができない、と。

 

「痛くもない腹を探られるのは嫌だってことか」

 

「探られると痛いから嫌なのでしょう」

 

クローディアはあっさりと認めた。

 

「私個人としては警備隊にお願いしたいところですが、こればかりは私の権限でもどうにもなりません。せめてもう少しユリスが協力的であれば打つ手もあるのですが……」

 

「まったく。なんでああも頑ななのかなぁ」

 

「まあ、しゃあねえだろ」

 

風紀委員会に一報こそしたものの、ユリスはそれ以上の関与を拒んでいる。

誰の助けも必要ないと言ってはばからないのだ。風紀委員は必要なら警護を付けることも可能だと言っていたのだが、「自分よりも弱い警護など不要だ」と一蹴していた。

 

「きっとあの子は自分の手の中のものを守ることで精一杯なのでしょうね。新しいものを手に入れようとすると、今あるものがこぼれ落ちてしまうと思っているのかもしれません」

 

「手の中のもの……?」

 

「とはいえ、それとこれとは話が別です。私としても今回の件を看過することはできません。そこでご相談なのですが__」

 

クローディアがそう言って身を乗り出したところで、生徒会室のドアが荒々しくノックされた。

 

「……と、すみません。今日はあなたたち以外にも来客があるのを忘れていました。この続きはまた後ほど」

 

クローディアが執務机の端末を操作すると扉が開き、思わぬ一行が入ってくる。

それは向こうも同じだったようで、揃って驚いたような顔で雅と綾斗を見た。

 

純星煌式武装(オーガルクス)の利用申請はいろいろと手続きが面倒なので、できれば一度に済ませてしまいたいと思いまして。えーと、こちらは……」

 

にこやかに紹介してくれようとしたものの、もちろんその必要はなかった。

なにしろ、やってきたのはレスターとその取り巻きたちだったからだ。

クローディアもすぐにその雰囲気を察したのか、不思議そうに首を傾げる。

 

「あら、もしかして皆さんすでにご存じでしたか?」

 

「まあ、一応ね」

 

「な、なんでおまえらがここに……?」

 

太ったほうの取り巻き__ランディがぽかんとした顔で二人を指差す。レスターはといえば、忌々しそうに二人を一瞥しただけですぐに視線をそらしてしまった。

 

「今回は綾斗、雅くん、そしてマクフェイルくんのお二人に適合率検査を受けていただきます。おわかりだとは思いますが、そちらのお二人は付き添いということなので保管庫には入れません。よろしいですね?」

 

「ああ、はい、もちろん了解しています」

 

痩せたほうの取り巻き__サイラスがこくこくとうなずいた。

 

「いいからさっさとはじめようぜ。時間がもったいねえ」

 

「ふふ、せっかちですね。ですが確かに時間は有意義に使うべきです。参りましょうか」

 

クローディアはそう言って立ち上がると、先導するように生徒会室を出た。

よく磨かれた廊下を進みながら、綾斗は気になっていた疑問をクローディアにぶつけてみる。

 

「それで、純星煌式武装(オーガルクス)の貸し出しって一体どういう手順になってるの?」

 

「手順としては単純ですよ。希望する純星煌式武装との適合率を測定して、八十パーセント以上であればそれが貸与されます」

 

「それだけでいいのか?」

 

「ええ」

 

なんだか拍子抜けだ。純星煌式武装のコアに使われているウルム=マナダイトは、とても金銭には換算できないほどの価値があるという。そんなものを気軽に学生へ貸し出してしまっていいものなんだろうか。

 

「はっ、なんも知らねぇんだな。純星煌式武装を借り受けるのは言うほど簡単じゃねぇんだよ」

 

すると雅の後ろを歩いているレスターが嘲るように言った。

 

「そもそも希望すれば誰でも通るってわけじゃねぇ。序列上位者か、《星武祭《フェスタ》》で活躍したやつ、あるいは特待生でもなきゃまず無理だ。その上で適合率が八十パーセントを超える純星煌式武装と巡り会えなきゃ意味がねえ。よしんば借りを受けられたとしても、そいつを使いこなせるかどうかはまた別問題だしな」

 

適合率とはその純星煌式武装の能力をどこまで引き出せるかの目安だ。誰でも簡単に起動可能で、威力もある程度調節できる煌式武装(ルークス)と違い、純星煌式武装はクセが強い。

ウルム=マナダイトは極めて純度の高い万応素(マナ)の結晶であり、限定的に《魔女《ストレガ》》や《魔術師(ダンテ)》のような特殊な力を発揮する。

つまりはそれを扱いきれるかどうかを測るのが適合率検査なのだが、言ってしまえば相性の問題なので、基本値自体は本人の努力ではどうにもならない部分が大きい。

 

「ふふっ、さすがにチャレンジも三回目となると説得力がありますね」

 

得意そうに語っていたレスターだったが、クローディアの言葉に一転顔をしかめる。

 

「けっ! 今度で終わりにしてやるさ」

 

そして苦々しそうにそう吐き捨てた。

 

「そうだよレスター! 今まではちょっと運がなかっただけだ! 今度こそやれるさ!」

 

「ふふん、当然だ」

 

ランディのお世辞は随分とあからさまだったが、レスターもすぐに気を良くする。

 

「二度あることは三度あるってか」

 

「ん、なんか言ったか?」

 

「いんや、なんも言ってへんよ」

 

危なかった危なかった。もし聞こえてたらこの男のことや、分殴られとったかもな。

 

「希望すれば何回もチャレンジできるってこと?」

 

「許可さえ下りれば可能ですよ。学園としても宝の持ち腐れでは意味がありませんからね。まあ、そうは言ってもその審査が厳しいのも事実です__《冒頭の十二人《ページ・ワン》》を除いては、ですけれど」

 

ほほう。それはさすがの特権だ。

 

「といっても《冒頭の十二人《ページ・ワン》》とて無制限ではありません。見込みがないと判断されれば許可が下りなくなることもあります」

 

そうこうしているうちにたどり着いたのは、高等部校舎の地下ブロックにある装備局だ。地下といってもアスタリスクは人工島なので実際は水中なのだが、窓らしきものは一つもないので中はそう大差がない。

職員と思しき白衣姿の人々が忙しそうに行き交う通路を、二人が物珍しそうに眺めながら進んでいると__

 

「や、やあ、この前はすみませんでしたね」

 

ふいに背後から小さな声で話しかけられた。

振り向いてみれば、サイラスが気の弱そうな笑顔を浮かべている。

 

「レスターさんも悪い人じゃないんですが……その、ちょっとばかり気性の激しいところがある方なので……」

 

そう言って恐縮した様子で頭を下げてくる。

 

「ああ、いや、別に気にしてねえよ、そんなこと」

 

「ランディさんもあの調子ですから、また何か不愉快な思いをさせてしまうかもしれませんが……本当に申し訳ないです。昨日も二人でなにか話してたみたいで……」

 

「おい、サイラス! てめえ、なにやってやがる!」

 

「そうだぞ! 早くこい!」

 

「は、はいっ!」

 

そこへ前を行くレスターたちから怒声が飛んできた。

サイラスはもう一度小さく頭を下げると、慌てた顔で二人に駆け寄っていく。

どうやら三人の力関係はレスターが一番上でサイラスが一番下らしい。

 

「ふむ……」

 

それから装備局フロアの最奥にあるエレベーターでさらに潜り、ようやく到達したそこは広めのトレーニングルームのような空間だった。地下なのにずいぶんと天井が高い。

片方の壁には六角形の模様がズラリと並んでいて、その反対側の壁は一部がガラス張りのようになっている。ガラスの向こうでは白衣姿の男女が何人か忙しそうに働いていたが、年齢的にも学生とは思えないので装備局の職員なのだろう。ランディとサイラスも今はそちらで待機している。



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純星煌式武装、《黒炉の魔剣》と《紅戒の呪爪》

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「先にはじめるぜ。いいな?」

 

「構いませんか、お二人とも?」

 

「ああ、うん。どうぞ」

 

「ご自由にあれ」

 

俺にとって一番二番は関係ない。残った純星煌式武装(オーガルクス)の中から俺に見合う一つがあればそれでいい。綾斗のほうもあの人が関連してる純星煌式武装を見つけることが主要目的だろう。

レスターは手馴れた様子で六角形が並んだ壁の隅に置かれた端末を操作しはじめた。巨大な空間ウィンドウがいくつも表示され、真剣な表情でそれと向き合っている。

 

「あれは?」

 

一歩引いたところで眺めていた綾斗が、隣に立つクローディアにそっと尋ねた。

 

「星導館学園が所持している純星煌式武装の一覧です。ちなみに現在の総数は二十二。これは六学園中トップなんですよ」

 

「へぇ」

 

「一覧には形状と名前、その能力が記載されていますので、希望するものを一つ選んでください。表示がグレーになっているものは現在使い手の元にあるものです。つまり貸し出し中というわけですね」

 

「ということは、ええっと」

 

「七人。そんだけ使ってるのか、この学園」

 

「ふふっ、雅くんのおっしゃるとおり、今うちの学生で純星煌式武装を使っている学生は七名。そのうち四名は《冒頭の十二人(ページ・ワン)》です」

 

つまり《冒頭の十二人》の三分の一は純星煌式武装の使い手ということになる。それだけで純星煌式武装がいかに強力な武器なのかわかろうというものだ。

 

「よし、これでいい」

 

やがてレスターは一覧から一つを選んでウィンドウを閉じる。

と同時に六角形の模様が一つ輝き、それは場所を組みかえるように滑らかに動きながらレスターの前にやってきた。さらには低い音を響かせて、模様が壁からせり出してくる。

どうやら模様に見えたものは収納ケースだったようだ。

 

「うふふ、無駄にこってますよね」

 

「それ、せめて設計した人たちの前で言うなよ」

 

「……ええ、わかっていますわ」

 

今の間はなんだったんだ。ほんとに言ったりしないだろうな、クローディア。

 

「あら?」

 

と、クローディアが驚いたように目を見開いた。

 

「マクフェイルくん、《黒炉の魔剣《セル=ベレスタ》》を選びましたか。これはまた……」

 

「《黒炉の魔剣》?」

 

「ええ、かつて他学園から“触れなば熔け、刺さば大地は坩堝と化さん”と恐れられた強力な純星煌式武装です」

 

「……ずいぶんと仰々しいね」

 

「確かにそれに見合うだけの力を秘めていますから。ああ、いえ、それはいいのですが、そうではなくてですね」

 

クローディアはそこまで言って、困ったように苦笑した。

 

「……あれが、履歴が改竄されていたという件の純星煌式武装なんです」

 

「ええっ!?」

 

「それって、まさか!?」

 

レスターはケースから発動体を取り出すと、部屋の中央に進み出てガラスの向こうへ合図を送っている。綾斗は思わずその手元を凝視した。雅も綾斗ほどではないが鋭い眼差しで発動体を黙視している。

 

「あれが……姉さんが使っていたかもしれない純星煌式武装……」

 

「……こんなタイミングでお目にかかれるとはな」

 

見た感じは煌式武装(ルークス)の発動体とほとんど変わらない。強いて言えばコアであるマナダイトの色が違うくらいだろうか。煌式武装のマナダイトは緑一色だが、ウルム=マナダイトには様々な色があるらしい。実際、今レスターの手にある発動体には鮮やかな赤色のコアが輝いている。

 

「さぁて、いくぜえ……!」

 

レスターが発動体を起動させると、まずはその柄が再構築されていく。かなりの大きさだ。そして間髪入れずにその柄の部分が開き、光の刀身が現れた。

《黒炉の魔剣》という名前の割に、透き通るような純白の刀身をしている。見た目には片刃のようで、巨大な光の刀といった印象だ。

もっとよく見ようと身を乗り出した瞬間、綾斗の心臓がドクンと強く脈打った。まるで得体の知れない化け物と目を合わせてしまったかのような戦慄。

 

「……お、おい、大丈夫か、綾斗?」

 

雅は綾斗の一瞬の異変を察し問いかける。

 

「う、うん、何ともないよ」

 

「……そうか」

 

もっともそれはほんの一瞬の感覚で、すぐに消え失せていた。

(今のは……?)

綾斗が首をひねったが、そこでどこからかスピーカー越しの声が響いてきた。

 

『計測準備できました。どうぞはじめてください』

 

それを受けてレスターは《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》を握ったまま吠えるような気合いの声を上げる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

爆発的に星辰力(プラーナ)が高まっているのが二人にもわかったが、《黒炉の魔剣》からはなんの反応もない。

 

『現在の適合率、三十二パーセントです』

 

スピーカーの声にレスターの顔色が変わった。

 

「なぁめるなあああああああああああああ!」

 

《黒炉の魔剣》を握る腕の筋肉が膨らみ、割れんばかりに歯を食いしばる。

それは何者をも圧倒的な力でねじ伏せようとする強い意志の具現だ。

だが《黒炉の魔剣》はそんなものは歯牙にもかけずといった体で、突然猛烈な閃光を放つとレスターの巨体を弾き飛ばした。

 

「ぐあああっ!」

 

どういう力が作用しているのかはわからないが、《黒炉の魔剣》はしばらく宙に留まったままそんなレスターを見下ろしている。

まるでうるさくまとわり付く虫を払ったかのようだ。

 

「拒絶されましたね」

 

「見事に拒絶されたな」

 

クローディアと雅が同時にぼそりとつぶやいた。

 

「話には聞いていたけど、純星煌式武装(オーガルクス)に意思のようなものがあるっていうのはこういうことか……」

 

「ええ、といってもコミュニケーションが取れるようなものではありませんけど」

 

『最終的な適合率は二十八パーセントです』

 

「まだまだぁ!」

 

壁際まで吹き飛ばされたレスターは猛然と体を起こし、めげずに再度《黒炉の魔剣》を構える。

 

「がんばるねぇ」

 

「ああいう、がむしゃらに力を追い求める姿勢は嫌いではありませんが……強引なだけで口説き落とせる相手ではないようですね」

 

「よくわかるね?」

 

「私も純星煌式武装の使い手ですから」

 

マジか。そいつは知らなかった。

 

「マクフェイルくんは前回、前々回とやはり名の知れた純星煌式武装を選んでいますが、どれも今回と同じような結果でした。強力であればなんでもいいという節操の無さを見抜かれているのかもしれません。その割り切り方は決して悪いことではないのですけど……」

 

クローディアはそこで言葉を切って、レスターに目をやった。

なんとか押さえ込もうとしているようだが、何度やっても弾き飛ばされてしまっている。

 

「くそがぁ! なんでだ! なんで従わねぇ!」

 

「少なくとも、アレはそういう態度をお気に召さないようです。まあ、気難しいことで知られた純星煌式武装(オーガルクス)ですし、無理もありませんが」

 

「俺もあれはちょっとなぁ……」

 

「アレは比較的古い純星煌式武装になりますが、使いこなせた学生は今までに二人__ああ、『彼女』を入れるならば三人ですね」

 

「姉さんが、あれを……」

 

そのうちに、レスターは《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》に触れることさえできなくなってきた。

近づいただけで跳ね飛ばされてしまうのだ。

 

『適合率、十七パーセントです』

 

適合率は低下する一方で、レスターももはや苛立ちを隠そうとしない。

 

「いいから……オレ様に従ええええ!」

 

怒号を上げて掴みかかったレスターだったが、今度は一際大きく吹き飛ばされた。

思い切り壁に叩きつけられ、さすがにがくりとひざを折る。

 

「ぐっ……!」

 

『適合率、マイナス値へ移行(シフト)! これ以上は危険です。中止して下さい!』

 

「ああ、これはいけません。本格的に機嫌を損ねてしまったようです」

 

珍しく慌てた口調でクローディアが一歩踏み出しかけたが、ピタリとその足が止まった。

理由はすぐにわかった。空中に浮かんだ《黒炉の魔剣》が猛然な熱を発しているのだ。

十メートルほどの距離があるのに直火で炙られているような気さえしてくる。

 

『た、対象は完全に暴走しています! 至急、退避してください!』

 

スピーカーから焦った声が響き渡った。

 

『対象の熱量が急速に増大中!』

 

言われるまでもなく、雅たちはその熱を感じている。

このままでは蒸し焼きになりかねない。

 

「アレは本来熱を刀身に溜め込む剣です。制御する使い手がいないので、少々外に漏れ出してしまっているみたいですね」

 

「こういうことってよくあるの?」

 

「純星煌式武装の暴走ですか? いいえ、記録では何度か見たことがありますが遭遇するのは私も初めてです。逃げますか?」

 

「そうしたいのは山々なんだけど……」

 

すでに室内はサウナのような状態だ。

 

「アレに背を向けたら背後から容赦なく刺されそうだな」

 

「そんな気軽に言わないでよ」

 

汗がひっきりなしにこぼれ落ちる中、《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》の視線は綾斗に向けられている。

その切っ先が綾斗に向けられる。

どういうわけか綾斗が狙われているらしい。

 

「はぁ、仕方ないか」

 

「……でも、これってチャンスかもしんねぇぜ。綾斗が《黒炉の魔剣》の暴走を止めさえすれば、だけどな」

 

「ほんと雅って他人任せだね」

 

「お褒めに与り光栄です」

 

「……褒めてないよ、まったく」

 

綾斗は緊張感のない雅はほっといて、その切っ先をしっかりと見据え、星辰力(プラーナ)を集中させる。

まあ、緊張感がないってのは俺が言えたことじゃないか。

《黒炉の魔剣》はしばらく綾斗とにらみ合ったあと、突如として襲い掛かってきた。

猛烈な速度で迫り来るそれを間一髪でかわし、異常な熱気に目を細めつつも柄に手を伸ばす。しかしそれを握ろうとした途端、《黒炉の魔剣》は空中で向きを変えるようにして綾斗の胴を薙いだ。

とっさに床を蹴って距離をとったものの、制服に一筋、焼き切れたような跡が走った。

 

「……これって弁償してもらえるのかな?」

 

「おいっ!」

 

緊張感のない台詞にレスターのツッコミが入る__と思いきや、それは注意を促す声だったらしい。

《黒炉の魔剣》は一瞬で天井一杯まで舞い上がると、綾斗の頭上から急降下してくる。

完全な死角からの攻撃だったが、綾斗はそれを待っていたかのように体をひねり、すり抜ける《黒炉の魔剣》の尻尾ならぬ柄をひっつかまえた。

 

「あっつ!」

 

想像はしていたものの、その柄はとてつもない熱さだった。

星辰力を掌に集中させてなお肉が焼けるのがわかる。

それでも綾斗は手を離さず__そのまま《黒炉の魔剣》を床に突き立てた。

 

「……悪いけど、しつこくされるのは嫌いなんだ。君と同じでね」

 

その途端、部屋に満ちていた熱気がかき消える。

《黒炉の魔剣》も今までの暴れっぷりが嘘のように動きを止めた。

 

「ふぅ……」

 

一同が唖然とする中、雅とクローディアの二人だけがパチパチと手を叩く。

 

「さすがは綾斗、お見事です__適合率は?」

 

その言葉の後半が自分たちに向けられたものだとわからなかったのだろう。

装備局の職員はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、はっと我に返った様子で報告した。

 

『きゅ、九十七パーセント、です……!』

 

「結構」

 

クローディアは満足そうにうなずいてから、レスターに視線を向ける。

 

「そういうわけです。あなたには残念ですが、異議はありませんね?」

 

「……」

 

レスターはまだ信じられないといった表情で綾斗を見つめていたが、やがて悔しそうに唇を噛んでその拳を床に叩きつけた。

そこで、クローディアが次に視線を雅に向けた。

 

「……さて、では雅くん、あなたの番です」

 

「さ、さっそくだねぇ、クローディア。ふぅ、そんじゃあはじめますか」

 

雅は軽い足取りでレスターが操作していた端末へと向かう。

そして、端末を操作して空中ウィンドウを開く。

 

「……ふむふむ、はぁはぁ……よし、これでオーケーだ」

 

数分後、雅は一覧から一つの純星煌式武装を選びウィンドウを閉じる。

と同時にレスターが選んだときのように、六角形の模様が一つ輝き滑らかな動きで雅の前にきた。そして低い音を響かせ、模様が壁からせり出してくる。

 

「やはり無駄に凝ってますよね」

 

「無駄って……」

 

生徒会長に言われてはこれを設計した人も立つ瀬がないだろう。

 

「まあ、雅くん、それを選びましたか。」

 

クローディアの表情が少し強張る。

 

「まさか《紅戒の呪爪(ヴェスペ=ヌヴァイ)》を再び目にすることになるとは……」

 

「《紅戒の呪爪(ヴェスペ=ヌヴァイ)》?」

 

「ええ、《紅戒の呪爪》は純星煌式武装の中でも最古の部類に入る純星煌式武装になりますが、《黒炉の魔剣》同様、使いこなせた学生は今までに三人です。いずれも特待生として招請され、相当の実力を持ち合わせた方々でした。……しかし……」

 

そこでクローディアは気まずそうに口ごもる。

そして、次の瞬間にはある現状を語った。

 

「しかし、三人とも使いこなせたのは多くて一週間程度。それを過ぎると急に性格があからさまに豹変し、人を襲うこともありました。おそらく、《紅戒の呪爪》に意識を飲まれたのでしょう。それが知れて以来、使おうとした者は誰一人いなくなりました」

 

「じゃ、じゃあ、なんでまだ保管されてるんだい? そんなに危険なら処分することはともかく、厳重に保管するべきじゃ……あっ」

 

綾斗はそこまで言いかけたが、ある一言を思い出した。

それは星導館学園にきた初日、生徒会室にてクローディアが言っていた言葉、「我が星導館学園が特待生としてのあなたたちに期待することはただ一つ、勝つことです」。そう、勝つこと、だ。

それに、アスタリスクでは危険は付き物。それを知ったうえで、彼らは登校し、純星煌式武装の適合率検査の書類の手続きを済ませた。つまり、彼らは危険を承知しそのような事態へとなってしまった。

クローディアはそれを自分の責任として感じているのだろう。

 

「もし、このまま雅くんが適合率検査を成功させ《紅戒の呪爪》の影響で暴走したら、私たちに彼を、雅くんを止められるのでしょうか?」

 

「それはないよ」

 

綾斗はきっぱりと答えた。

 

「え……?」

 

「雅は暴走なんてしないよ、絶対に」

 

「その根拠は……」

 

「それは、彼を信じているからだよ」

 

綾斗が導き出した根拠は意外にも単純だった。

しかし、どこか説得力もある。綾斗の笑顔がそれを物語っている。

クローディアはそんな綾斗を見て、安心したのかいつもの表情にもどる。

 

「……ふふっ、わかりました。私も彼を信じます。そもそも彼を特待生として招請したのは紛れもなく私自身なのですから」

 

 

 

雅はケースから発動体を取り出し、部屋の中央に進み出る。

《黒炉の魔剣》とほぼ同じで、煌式武装(ルークス)と見た目は変わらないし、コアであるウルム=マナダイトは柘榴色がよく目立つ。

雅が発動体を起動させると、手甲が再構築されていく。そして、それを装着すると手甲から瞬時に三本の白銀の鉤爪が現れた。こちらも《紅戒の呪爪》という名前の割に、透き通るような白銀だ。

 

『計測準備できました。どうぞはじめてください』

 

スピーカー越しの声に雅は目配せだけをして、星辰力(プラーナ)を集中させはじめる。

すると、雅からは類を見ないほどの莫大な星辰力の高まりを感じ取れた。

それに呼応してか、白銀の輝きが消え失せ、名前どおりの紅と化した。

それと同時、適合率が計れたのか、スピーカーから声が響いてきた。

しかし、その声は動揺を隠しきれていない様子だった。

 

『て、て、適合率は、九十九パーセント、です……!』

 

雅はその結果に不服だったのか、ため息をつきながら近づいてきた。

 

「あと一パーセントだったのに、おっしいなあ~、俺ってば」

 

「い、いや、十分だと思うよ」

 

「はい、これまでにないよい結果ですよ、雅くん」

 

クローディアは笑顔のままそう答える。

ほんとうに、彼なら《紅戒の呪爪(ヴェスペ=ヌヴァイ)》を使いこなせるかもしれませんね。

 

「ふふっ、これにて今回の適合率検査は終了とさせていただきますわ」

 

 

 

 

 



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明かされる犯人の影

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


「どんまいだったな、黒摩耶。補習受けてたんだろ」

 

隣を歩く英士郎の声に、雅は眠気を払うようにして顔を上げる。

 

「__そうなんだよ。なんで俺が補習なんか受けなきゃならなかったんだよ」

 

「いや、そりゃ毎回毎回授業中に居眠りしてたら目を付けられるだろ」

 

矢吹が指摘するとおり、雅は授業が始まると同時に眠り出す。それが瞬く間に匡子教師の耳に入り、綾斗とユリスの案内(デート)の日に補習を言い渡されたのだ。

 

「んで、それがどうしたんだよ。補習のことなんて聞いても面白くねえぞ」

 

「いや、今朝の天霧、様子が変だったからさ。黒摩耶ならなにか知ってるかと思ったんだが、補習受けてたんならわかんねえよな」

 

「綾斗が? 昨日はあいつ……」

 

「ん、なんだなんだ? やっぱ知ってんのか?」

 

「んー、知らん知らん。てか、そんなことより急がねえと遅刻しちまうんじゃ……」

 

「慌てなさんな、この時間なら滑り込みセーフでいけるって」

 

そうは言うが、廊下を歩く学生の姿はすでにほとんど見られない。

実際、俺たち遅い組が教室に着いたのはホームルームが始まる直前だった。

 

「おはー、綾斗。ユリスもおはよ」

 

「おはよう、雅」

 

綾斗とユリスに挨拶を交わしながら席に着くと、ユリスがなにやら考え事で頭がいっぱいなのか挨拶をしても無反応だった。

 

「……」

 

「ユリスさーん?」

 

「あ、ああ、おはよう」

 

雅の本日二回目の挨拶でようやく気づいたのか、ユリスが挨拶を返してきた。

 

「……?」

 

綾斗も首を傾げているあたり、どうやら綾斗もユリスの不自然さに疑問を抱いているようだ。

 

「な、なあ、ユリ__」

 

「おらおらー、席につけ席にー! 出席取るぞー!」

 

雅がユリスに話しかけようとした瞬間、匡子が殺気を振りまきながらやってきた。

な、なんだよ、釘教師。バッドタイミングだな、おい。

結局それ以降もユリスは上の空といった感じで時間だけが過ぎた。

 

「ユリス、どうかした?」

 

放課後になってようやく話ができると思ったが、ユリスは綾斗のほうを見ようともせずに席を立つ。

 

「__すまないが、今日は用事がある」

 

「え? ちょ、ちょっとユリス?」

 

制止の声も聞かずに、早足で教室を出て行くユリスを綾斗と雅は見送るしかなかった。

 

「どうしたんだろう……?」

 

「あ、あのユリスが綾斗を……珍しいこともあるんだなぁ」

 

「あらら、なんだかまた昔に戻っちまったみたいだな」

 

「昔?」

 

綾斗の質問に、英士郎は首をすくめて答える。

 

「あのお姫さん、おまえさんらが来る前はいつもあんな感じだったんだよ。頑なに『私に関わるな』ってオーラ振りまいてる感じでさ。せっかく雪解けしてきた感じだったのに、もったいないねえ」

 

「……」

 

「……昔、か」

 

ユリスの様子は気になるが、昨日の一件についてクローディアに報告しておかないとまずい。ついでにユリスのことも聞いてみよう。ついでのついでに綾斗にも教えとかないと。

 

 

「あら、ごきげんよう。どうかしましたか?」

 

生徒会室に入るとクローディアはいつものように笑顔で迎えてくれた。

 

「昨日、また連中がちょっかいを出してきてさ」

 

「ええ、話だけは聞いています。レヴォルフの生徒を使ったみたいですね」

 

「さすがに耳が早いね」

 

「まじか、昨日ってことは綾斗とユリスのデート(案内)だろ。それを邪魔したのか。許せねえやつらだな」

 

「ちょっ、ややこしいこと言わないでよ。、それにあれは俺が街の案内をしてもらっただけだよ。てか、そんなことじゃなくて……犯人の目星がついたかもしれないんだよ」

 

これにはクローディアも雅も目を見開いた。

 

「本当ですか?」

 

「ああ、たぶん間違いないと思う」

 

綾斗がその根拠をそっと二人に聞こえるくらいの声で話すと、クローディアはしばらくじっと考え込む。

 

「なるほど……。わかりました、ではこちらでも調べてみるとしましょう。これでうまく解決できればいいのですが……」

 

クローディアはいまいち浮かない顔だ。

雅のほうはなぜか顔色が悪くなっている。

 

「なあ、もし俺の考えが当たってたら、ユリスが危ねえぞ。ユリスが言ってた用事って……」

 

「……それって、まさか!」

 

ユリスのことだ。犯人の目星が付いたとしても自分だけでどうにかしようとするに違いない。

 

「……これは少々まずいかもしれませんね」

 

「でもまさか本当に直接問い詰める気なのかな? 向こうだって証拠がなければ白を切るに決まってるし……」

 

「いや、ここまできたんだ。向こうも悠長なこと言ってられねえだろ。確実に口を封じようとするはず。ユリスが相当な実力なのは知ってるだろうし、なにか考えがあるんだろう」

 

「っ! じゃあ今朝の手紙はひょっとして!」

 

「手紙?」

 

「今朝、ユリスが見てたんだ。隠すみたいにしてたからおかしいとは思ったんだけど」

 

クローディアの顔色が変わった。

 

「なにはともあれ、まずはユリスを探しましょう」

 

「だけど探すって言ってもどこを?」

 

人工島とはいえアスタリスクの広さはかなりのものだ。あてもなく探したところで見つけられるとは思えない。

 

「まずは寮に戻っているか確認を取ります。犯人がユリスを呼び出したのだとしたら、当然できるだけ人目につかないところにするでしょう。ならばある程度は限定できます」

 

クローディアがアスタリスクの地図を空中ウィンドウで表示させる。

 

「__あ、ちょっと待って」

 

と、綾斗の携帯端末に連絡が入った。

 

「ユリスからか?」

 

雅の問いかけより早く綾斗は空中ウィンドウを開く。

 

『……綾斗、助けて』

 

が、そこへ映し出されたのは困ったように眉を寄せた紗夜だった。

 

「紗夜? どうしたのさ?」

 

『道に迷った』

 

実に端的な返答に額を押さえる。

 

「またかい、紗夜……。てゆーか、ごめん。今はユリスのほうで手一杯で__」

 

『……リースフェルト? それなら、さっき見かけたような……』

 

その言葉に三人は顔を見合わせる。

 

「本当に?」

 

画面の向こうでこくりとうなずく紗夜。

 

「紗夜! どこで見かけたか詳しく教えて! いや、その前にまず今どこにいるの!?」

 

『……それがわかってたら迷ったとは言わない』

 

「た、たしかに……あ、それじゃ周りを映せば……」

 

「そうですね……。失礼。沙々宮さん、周辺の景色を映してもらえませんか?」

 

『……こう?』

 

突然割り込んできたクローディアの言葉に少し不思議そうな顔をしつつも、紗夜は素直に従ってくれた。

 

「再開発エリアの外れですね。ここからならかなり絞り込めそうです」

 

さすがはクローディア。伊達に生徒会長をやっていない。

 

「ありがとう、紗夜! おかげで助かったよ!」

 

『……私はまだ助かっていない』

 

「ああ、そっか。えーと……」

 

紗夜に手伝ってもらうとしても犯人はおそらく本気。危険すぎる。それに紗夜がたどり着けるとは思えねえし」

 

「では、沙々宮さんのほうは誰か迎えを手配しておきます。綾斗と雅はユリスのほうを」

 

「ごめん、頼むよ」

 

「堪忍な」

 

「いえ、お気になさらず」

 

クローディアは微笑みながら次々と該当箇所を地図上にピックアップしていく。

身を見張るようなスピードだったが、それでももどかしく感じられてしまうのはやはり余裕がないせいだろう。

 

「……それにしても、どうしてユリスはなにも言ってくれなかったんだろう」

 

「あんまり信用されてなかったのかな、俺たち」

 

「逆だと思いますよ」

 

そんな二人のぼやきに、目線は地図に残したままのクローディアが小さく苦笑する。

 

「え? どういうこと?」

 

「以前に言ったでしょう? あの子は、自分の手の中のものを守るのに精一杯なのだと。きっとあなたたちも、その中に入ってしまったのでしょうね」

 

「守る……? ユリスが、俺たちを__?」

 

その瞬間、二人の中でなにかが弾けた。

突然、目の前が大きく開けたような感覚。

 

「ああ、そうか……」

 

「なんでわからなかったんだろうな、俺たち」

 

あの夜の、命の恩人とも言えるあの人、綾斗の姉。

自分を守ると言ってくれたこと。

そんな人にいつか自分が守る立場になろうと誓った自分。

叶うことはなかったが、それでも俺は__。

 

「……こんなに単純なことだったんだ、雅」

 

「……そのようだな、綾斗」

 

二人にはわかる。

今、自らが『成すべきこと』が、なんなのか。

 

「できました!」

 

同時に、クローディアから携帯端末へ地図が送られてくる。

 

「よしっ!」

 

「行くかっ!」

 

まずは手分けして当たろう。

 

「ああ、お待ちください。その前に__」

 

弾丸のように生徒会室を飛び出そうとした二人に、クローディアから制止の声が飛んだ。

 

「__アレの用意ができています。どうぞお持ちください」

 

 

 

 

 

その頃、ユリスは再開発エリアの廃ビルを訪れていた。

解体工事中のそこは逢魔が時の薄闇が支配している。すでに一部の壁や床が打ち壊されているので広く感じるが、あちこちに廃材が積まれているため死角は多い。

それでもユリスはためらうことなく奥へと進んでいった。傾いた日が不気味な影模様を作り出す中、険しい顔で黙々と歩みを進める。

__が、一番奥の区画へ足を踏み入れた途端、吹き抜け状になっている上階部分からユリス目掛けて廃材が落ちてきた。少女一人を押し潰すには十分すぎる量だったが、ユリスは視線を上げることもなく感情を抑えた声でつぶやく。

 

「咲き誇れ__隔絶の赤傘花(レッドクラウン)

 

同時にユリスを守るように五角形の花弁が出現し、落下してきた廃材を全て撥ね除ける。それはまるで炎で作られた傘のようだった。

 

「今更この程度で私をどうにかできるとは思ってないだろう? いい加減、出てきたらどうだ__サイラス・ノーマン」

 

屋上まで貫いた吹き抜けの更に向こうには、うっすらとした月が浮かんでいる。

弾かれた強化鉄骨が床に突き刺さり、廃材が巻き上げた土ぼこりがもうもうと立ち込める中、一人の少年がゆっくりと姿を現した。

 

「これは失敬。余興にもなりませんでしたか」

 

痩せた少年__サイラスは、芝居がかった仕草で頭を下げる。

 

「それにしても驚きましたよ、よく僕が犯人だとわかりましたね?」

 

「昨日、貴様が口を滑らせたおかげでな」

 

「昨日? はて、なにか失敗しましたか?」

 

首をひねるサイラスに、ユリスは努めて冷静に答えた。

 

「昨日、商業エリアで顔を合わせた時にあいつがレスターを挑発しただろう? あの時、貴様はレスターを止めようとこう言ったのだ。『決闘の隙をうかがうような卑怯なマネ、するはずがありません』とな」

 

「……それがなにか?」

 

「なぜ襲撃者が決闘の隙を狙ってきたことを知っている。最初の襲撃__あいつとの決闘の隙を狙った狙撃はニュースになっていない」

 

「でも二回目の襲撃はニュースになっていたじゃありませんか。実際に僕も見ましたよ」

 

「そうだな、確かにニュースにはなった。だがあれらはどれも私が襲撃者を撃退したということを伝えていただけだ。沙々宮の名前どころか、彼女が現場にいたことさえ伝えていなかった。愚かしいことだ。あの時、貴様らを撃退したのは沙々宮のほうだというのにな」

 

「……」

 

サイラスは底の知れない目でユリスを見つめている。

 

「わかったか? あの現場にもう一人いたという事実さえニュースになっていないのに、『決闘の隙を狙った』と言い切れるのは、その状況を直接見ていたか、あるいはその状況を知らされたか__いずれにせよ、犯人かその仲間しかありえんのだ」

 

「これはこれは……僕としたことが迂闊でした。とすると、彼があの時レスターさんを挑発したのもわざとですか」

 

「だろうな。あれはそれくらいの腹芸ならやってのける男だ」

 

少し自慢そうにユリスが胸を張る。

 

「ふむ……だとするとやはり彼のほうへ狙いを変えたのは正解だったようですね。あなたを狙う上で、彼らはいかにも邪魔者だ。それに彼らが寝ている隙に狙ってみたのですが、逆に返り討ちにされましたよ。天霧綾斗。彼にも注意はするものの、やはり一番に警戒すべきは黒摩耶雅くんです。僕としても彼の、《魔術師(ダンテ)》としての能力は警戒せざるを得ない代物ですから」

 

「っ! 貴様……!」

 

「くくっ、わかっていますわかっていますよ。あなたがわざわざここに足を運んでくださったのは、そうさせないためでしょう」

 

余裕の表情で手を広げてみせるサイラスに、ユリスはぎりっと奥歯を噛み締めた。

今朝、ユリスの机に入れられていた手紙には「これからはさらに周囲の人間を狙う。それを望まぬなら以下の場所へ来られたし」とあったのだ。

 

「ならばさっさと用件を済ませようではないか」

 

「まあまあ、そう急かさないでください。僕としては話し合いですむならばそれに越したことはないと考えているのですよ。わざわざお呼び立てしたのもそのためです」

 

「白々しいにもほどがあるな。この期におよんでなにを言う」

 

「いえいえ、本当です。僕としては正面からあなたとやりあうのはできるだけ避けたいのが本音ですし」

 

そう言いながらもサイラスは余裕の態度を崩さない。

 

 

 



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導かれる三つの意思

誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


ここに来る前に軽く調べてみたが、サイラスは序列外だし公式序列戦に参加した経歴もない。その実力は未知数だ。

それに襲撃者は最低でも三人いた。あの黒ずくめの一人がサイラスだとしても、まだ他に二人仲間がいることになる。

 

「__わかった。話だけは聞いてやろう」

 

ここは相手の出方をうかがったほうが良いとユリスは判断した。

 

「そうこなくては。実は僕もあなたと同様、ここでの目的はお金を稼ぐことでしてね。気が合うはずだと思っていたのですよ」

 

サイラスも尊大な笑顔でうなずく。

 

「おわかりでしょうが、こちらの条件はあなたの《鳳凰星武祭(フェニクス)》出場辞退です。プラスして、今回の襲撃と僕が無関係であることを証言していただけると助かります」

 

「私のメリットは?」

 

「あなたと天霧綾斗くんの身の安全では不足ですか? もちろん、黒摩耶雅くんもいれて、ですが?」

 

「話にならんな」

 

ユリスはばっさりと切り捨てた。

 

「そんなものはここで貴様を叩きのめせばすむことだ。それに私が黙っていたとしても、すでに生徒会は貴様にたどり着いているはずだぞ」

 

「そっちはどうとでもなります。なにしろ僕がやったという証拠は一切ないのですから」

 

「大した自信だな」

 

「事実ですから」

 

ユリスとサイラスの視線がぶつかり合う。

と、そこへ割り込むように、低く怒りに満ちた声が響き渡った。

 

「これはいったいどういうことだ、サイラスッ!」

 

「……レスター?」

 

ずかずかと大股でやってきたのはレスター・マクフェイルだった。

ユリスは一瞬身構えたが、その怒りは明らかにサイラスへと向けられている。

 

「やあ、お待ちしていましたよレスターさん」

 

「ユリスが決闘を受けたというから駆けつけてみれば……今の話は本当なのか? てめぇがユリスを襲った犯人だと?」

 

どうやらさっきのやりとりを聞いていたらしい。

 

「ええ、その通りです。それがなにか?」

 

「ふざけるな! なんでそんなマネしやがった!」

 

「なんでと言われましてもね。依頼されたからとしか答えられません」

 

「依頼だと……?」

 

レスターは驚きと怒り、そして混乱が入り混じった表情をしている。

これが演技ならば大した役者だが、そんな器用さを持ち合わせていないことはユリスもよく知っていた。一つため息をつき、口を開く。

 

「こいつはな、どこぞの学園と内通して《鳳凰星武祭(フェニクス)》にエントリーした有力学生を襲っていたのだ。知らなかったのか?」

 

「……!」

 

レスターは言葉もないといった顔だ。

彼にとってはよほど従順な取り巻きだったのだろう。

そんなレスターを嘲るような目で見ながら、サイラスが肩をすくめる。

 

「僕はあなた方と違い、正面切ってぶつかり合うような愚かしいマネを繰り返すのはごめんなんですよ。もっと安全でスマートに稼げる方法があるのなら、そちらを選択して当然でしょう」

 

「それが同じ学園の仲間を売ることだと?」

 

「仲間? ははっ、ご冗談を」

 

サイラスは笑いながら首を振った。

 

「ここに集まっている者は皆敵同士じゃありませんか。チーム戦やタッグ戦のために一時的に手を組むことはあっても、それ以外ではお互いを蹴落とそうとしている連中ばかりです。あなた方のように序列が上位の人はよくおわかりでしょう? 必死で闘って、血と汗を流して勝って、ようやくそれなりの地位を手に入れたと思ったら、今度はその立場を付け狙われる。僕はそのようにわずらわしい生活は真っ平なんですよ。同じくらいに稼げるのであれば、目立たずひっそりとしていたほうが賢いと思いませんか?」

 

「……まあ、貴様の言い分にも一理あるな。確かに我々は同じ学園に所属しているが仲良しこよしの関係ではないし、名前が広まればわずらわしさも付いて回る」

 

「おい、ユリス……!」

 

心当たり抜群だったのか、顔をしかめるレスター。

 

「だが__決してそれだけではない」

 

「おや、これは意外ですな。あなたはどちらかと言えば僕に近い方だと思っていたのですが」

 

「こちらも心外だ。貴様のような外道と一緒にされるとはな」

 

ユリスはこれで話は終わりとばかりにサイラスをにらみつける。

 

「ぶちのめす前に聞いておくぜ。なんでわざわざオレ様を呼び出した? まさかオレ様がてめぇの味方をするとでも思ったのか? だったら大馬鹿野郎としか言えねぇな」

 

「いえいえ、あなたは保険のようなものですよ。もしユリスさんとの交渉が決裂した場合、誰か代わりに犯人役をやっていただく必要がありますからね」

 

「……てめぇ、本当に馬鹿なのか? オレ様がはいそうですかと引き受けるわけがねぇだろ」

 

「なに、お二人とも揃って口がきけなくなれば、あとは適当な筋書きをこしらえますからご安心を。ま、そうですね、お二人が決闘の挙句、仲良く共倒れというのが一番無難なところでしょうか」

 

その言葉にレスターの堪忍袋の緒は完全に千切れとんだようだ。

 

「おもしれぇ、てめぇのチンケな能力でオレ様を黙らせられるっていうなら、ぜひともやってもらおうじゃねぇか」

 

そう言って煌式武装(ルークス)の発動体を取り出すと、その巨体に負けないサイズの戦斧《ヴァルディッシュ=レオ》が出現する。

 

「レスター、あまり先走るな。なにを仕掛けてくるかわからんぞ。やつも《魔術師(ダンテ)》なのだろう?」

 

「ハッ、あいつの能力は物体操作だ。せいぜいそこらの鉄骨を振り回すくらいしかできやしねえさ。それよりユリス、てめぇは手を出すんじゃねえぞ!」

 

言うが早いかレスターは地を蹴った。一瞬でサイラスとの距離を詰めると、巨大な光の刃を唸らせて三日月斧を振り下ろす。

 

「くたばりやがれ!」

 

が、その寸前。

 

「なにっ!?」

 

突如として吹き抜けから降ってきた黒ずくめの大男が二人の間に割って入り、レスターの一撃を受け止めた。

__それも素手で。

 

「ぐうぅぅ!」

 

それだけでも驚異的なのに、大男はレスターが渾身の力を込めてもびくともしない。力では星導館学園随一を自負していただけに、これは衝撃だったのだろう。

驚いた表情を浮かべつつも、一度大きく距離を取る。

 

「へっ! そうかそうか、そいつがご自慢のお仲間ってやつか」

 

「仲間? くくっ、馬鹿を言わないでください」

 

サイラスがパチンと指を鳴らすと、大男に続いてさらに二人、黒ずくめの男たちが姿を現した。

 

「__こいつらは、僕の可愛いお人形ですよ」

 

男たちが黒ずくめの衣装を脱ぎさる。

その下から現れた体は、まさしく人形だった。

顔には目とおぼしき窪みがあるだけで鼻も口もない。関節は球体で繋がっており、全体的につるんとしている。

強いて言えばマネキンに近いが、それよりも遥かに不気味な外見だった。

 

「戦闘用の擬形体(パペット)か……?」

 

ユリスが冷静に観察する。

戦場では遠隔操作の擬形体が実用化されているが、それらを運用するには専門の施設が必要のはずだ。

 

「あんな無粋なものと一緒にしないでくださいね。こいつらに機械仕掛けは一切使っていませんよ」

 

それが本当ならば動くはずがない。

だが現実に、目の前の人形たちはまるで人のようになめらかに動いている。

 

「__なるほど、それが貴様の本当の能力というわけか」

 

なぜ襲撃者の気配をギリギリまで感じ取れなかったのかようやくわかった。単純に、相手が無機物だったからだ。最初から殺気が存在しないのであれば、感じ取りようがない。

 

「てめぇ、隠してやがったのか……! 自分じゃナイフを操るくらいが関の山だとほざいてやがったくせに……ッ」

 

「まさかそれを信じていたんですか? あははは! や、これは失敬。ですが冷静に考えてくださいよ。わざわざ手の内を見せてあげる馬鹿がどこにいますか?」

 

サイラスは大げさに肩をすくめてみせる。

 

「レスターさんの言葉通り、僕の能力は印を刻んだ物体に万応素(マナ)で干渉し操作すること。それが無機物である以上、たとえこの人形のように構造が複雑であっても自由に操ることが可能です。もっとも、それを知っている人間はこの学園に居ませんけどね」

 

これでユリスにもサイラスの自信の根拠が半分まで理解できた。

 

「貴様はターゲットをその人形共に襲わせていた。そして貴様が人形をコントロールできることを誰も知らないのであれば、なるほど貴様を捕まえるのは難しいだろうな」

 

綾斗の話によればサイラスには完璧なアリバイがあるのだという。それもこの能力なら当然だ。どの程度の距離まで能力が有効なのかはわからないが、状況さえ確認できれば現場にいる必要はない。それこそ人形にカメラでも持たせておけばどうとでもなる。

 

「くだらねえ! そんなものここでてめぇを張り倒して風紀委員なり警備隊なりに突き出せばそれですむことだ!」

 

「それはあなた方が無事にここから帰れたらの話でしょう?」

 

「いいだろう、だったら次は本気で行くぜ……!」

 

レスターが星辰力(プラーナ)を高めると、《ヴァルディッシュ=レオ》の光の刃が二倍近くに膨れ上がる。ユリスも何度か見たことがある、レスター必殺の流星闘技(メテオアーツ)だ。

それはもはや斧というより巨大なハンマーといったほうがいいだろう。

 

「くらいやがれ! 《プラストネメア》!」

 

裂帛の気合と共に振り下ろされたそれは、人形たちを三体まとめて吹き飛ばしていた。

派手な音を立てて柱に激突し、破片が飛び散る。受け止めた柱に亀裂が入るほどの威力だった。

その一撃で三体のうち二体は完全に破壊されたようだ。いずれも手足がもげて、あらぬ方向へねじれている。

もっとも大男タイプの人形はボディにヒビが入っただけですんだらしい。柱から体を引き剥がすと、何事もなかったかのように再びレスターと向き合った。

 

「ほう、ちったぁ丈夫なやつもいるらしいな」

 

それを見たレスターがニヤリと笑う。こちらも自信は十分といった感じだ。

 

「これは対レスターさん用に用意した重量型ですからね。ノーマルタイプとは防御力が違います。体格も武器もあなたに合わせてあるんですよ。いざという時、あなたの代わりを務めてもらうためにね」

 

「オレ様に罪を着せるためってらけか。ってことはそっちでクロスボウを構えてる人形はランディ役か?」

 

「ま、そんなところです」

 

「ふん、わざわざご苦労なこったが、残念だったな。そいつは無駄になりそうだぜ!」

 

再びレスターが《ヴァルディッシュ=レオ》を振り下ろす。

が、その刃が重量型に届く寸前__

 

「っ!?」

 

柱の陰から現れた新たな人形が二体、レスターに光弾の雨を浴びせていた。

 

「ぐああああああああああああああ!」

 

「レスター!」

 

ユリスが思わず飛び出そうとしたその瞬間、ユリスを囲むようにしていた人形が一斉にして崩れ落ちた。

その切り口からは黒い何かが生きているかのようにうごめいている。それらは人形から離れると次第に暗闇へと吸い込まれるように消えていく。

 

「……あなたがなぜここに?」

 

サイラスはユリスの背後を見据えてそう口走る。

 

「ここへ招待したのはこちらのお二方で、あなたのようなサプライズゲストはお呼びではないのですがね、黒摩耶雅くん」

 

「つれないこと言いなさんなよ、サイラス・ノーマン。そんなこと言われると俺、間違ってキミを殺しちゃうじゃないか」

 

ユリスの背後には見るからに鋭そうな得物をぎらつかせた雅の姿があった。いつもながらの軽い口調と緩やかな笑みを浮かべている。

 

「……天霧綾斗くんは一緒ではないのですか? まあ、一人や二人多くなったとしても、僕は構いませんよ。以前僕があなたの就寝を見計らって襲った際は返り討ちにあいましたが、今回はそうもいきません」

 

サイラスは相変わらず余裕たっぷりで雅を見下すようにしてから指を鳴らす。

すると、サイラスの周りにいた人形が雅とユリス、レスターへと銃やクロスボウを向ける。

レスター自身、闘志は失ってはないものの、膝を突き苦しそうな表情だ。皮膚は裂け、血をにじませている。

とっさに星辰力(プラーナ)を全て防御に回したのだろう。

もっとも星辰力は無尽蔵ではない。

それが尽きれば意識を失ってしまうし、この場でそうしなければ当然それだけではすまないだろう。

 

「この程度の数でいい気になるなよ。何体かかってこようと私の炎で全て燃やし尽くしてやる」

 

「何体かかってこようと? いいでしょう、お望み通りにしてあげます。僕が同時に操作できる最大数、百二十八体の人形でね」

 

「ひゃく……」

 

ユリスは驚きのあまり一歩後ずさる。

その直後、吹き抜けから一体、また一体と人形が飛び降りてくる。

その数は十や二十ではきかない。

サイラスは数体を自身の周りに配置し、残りの人形でユリスや雅を包囲している。

その手には剣や斧、銃といった煌式武装(ルークス)が握られている。 

と、そこでサイラスの目線がレスターへと移った。

 

「……今だ闘おうという強い闘志、さすがはレスターさんですね、ですがそれも終わりです。では__ごきげんよう」

 

サイラスが腕を振ると同時に、サイラスの周囲にいた人形がレスターへ向かって一斉に襲い掛かる。

 

「やめろ、サイラ__」

 

「安心しなよ、ユリス。あいつが来たからさ」

 

ユリスが叫んだ瞬間、雅がそれを遮った。

それと同時、風が疾った。

 

「ごめん、遅くなった」

 

現れた少年の右手には純白の大剣が握られている。

その少年の足元には胴から綺麗に両断された人形が散らばっている。

 

「沙々宮とクローディアのおかげでここを見つけることが出来たんだよ。それより雅さぁ、なんで場所が特定できたのに教えてくれないんだよ」

 

「ごめんごめん、忘れてたって言えば納得?」

 

「だろうね、雅のことだし……」

 

「……なんかひどくね、それ」

 

雅と綾斗は人形に囲まれた状態でも気軽に笑いを交わす。

そんな二人を目の前にしてユリスはため息をつく。

 

「おまえら、緊張感というものはないのか?」

 

いや、それよりも。

 

「さっさとこいつらを片付けるぞ。話はそれからだ」

 

ユリスは真剣な眼差しでそう告げた。

 

「……ああ、そのつもりだよ、ユリス。いけるね、雅?」

 

「おうよ、綾斗」

 

二人は返事を交わすと、この人形共の操者であるサイラスに向き直る。

 

「今のが《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》の力ですか……なるほど、確かに少しばかり厄介ですね。《紅戒の呪爪(ヴェスペ=ヌヴァイ)》と合わせるとさらに」

 

《黒炉の魔剣》や《紅戒の呪爪》といえばユリスも名前を聞いたことがある。星導館学園が誇る純星煌式武装(オーガルクス)の中でも、トップクラスに強力な能力を秘めた純星煌式武装だったはずだ。

いや、そもそも純星煌式武装は《魔術師(ダンテ)》である雅とは相性が悪いはず。これまでも能力者で且つ純星煌式武装の使い手となった者は、おそらく十人といないはず。雅、おまえは一体__。

 

「しかし使い手が二流ではせっかくの純星煌式武装も宝の持ち腐れというものです。綾斗くん、あなたの闘いぶりは何度か拝見しましたが、正直に言ってこの学園においては凡庸の極みといったレベルですね。今はうまくやられましたが、百体を超える僕の人形たちを相手に何ができると__」

 

「__黙れ。不意打ちしかできないのはあなただろう、サイラス・ノーマン」

 

 

綾斗らしからぬ、底冷えするような声だった。

その迫力に気圧されるように、サイラスが一歩後ずさる。

それに追い打ちをかけるように雅が言い放つ。

 

「自分が優勢に立ってると思ってるのがそもそものテメェの落ち度だぜ、ヒヨッコ」

 

「ヒ、ヒヨッコ……い、言ってくれますね。でしたら試してみますか?」

 

サイラスが指を鳴らすと、居並ぶ人形たちが一斉に煌式武装(ルークス)を構えた。

 

「これだけの数をたった三人でどうにかできるというならやってみるがいい!」

 

四方から光弾が乱れ飛び、その合間を縫って剣や斧、槍といった煌式武装を持った人形たちが飛び掛ってくる。

しかし。

 

「__内なる剣を以って星牢を破獄し、我が虎威を解放す!」

 

 



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本当の実力

第十五話、始まりました。

雅「久々の投稿だな。いやー長かった長かった」

あ、あの……。

雅「体がなまってきたー」

うぅ、すいません。

雅「そんなへこたれるな、主よ」

誰のせいでしょうかね。まあ、それはおいといて、たしかに久々の投稿です。

雅「おお、自ら認めた」

犯人が自首したような感じで言わないでくださいよ。

雅「ごめんな。では本編どうぞ」


「───内なる剣を以って星牢を破獄し、我が虎威を解放す!」

 

その刹那、ユリスの目に苦悶の表情を浮かべる綾斗の姿が映った。星辰力が爆発的に高まり複数の魔法陣が周囲に浮かび上がると、光の火花を散らして砕け散る。圧倒的な星辰力が解放され、光の柱のように立ち上る。

まるで固く縛り付けていた枷が外れたように。

 

「は……?」

 

サイラスが唖然とするのも当然、一瞬にして綾斗がその場所から姿を消していた。同時に襲いかかった人形もバラバラになる。その切り口は刃物で切ったというよりは、高熱で焼き切られたように赤熱していた。

 

「……なっ! ば、馬鹿な!? どこに消えた────!?」

 

「ここだよ」

 

「ひっ!」

 

綾斗はサイラスの斜め後ろに立っていた。

大剣を握ったまま、一瞬で回り込んだのだ。それも人形たちを一振りで薙ぎ払って。

ユリスには綾斗の動きが尋常な速度ではないことが理解できた。

 

「な、な、な……!」

 

サイラスは綾斗から逃げるように後ずさる。

 

「お、おまえは一体……」

 

人形と戦っていたユリスでさえ一瞬呆然と言葉を失っていたが、我に返るとすかさず綾斗に声をかけた。

 

「よそ見は駄目だよユリス。今は目の前の人形を一体でも多く片付けないと」

 

「そ、そうだな、わかった。ただし無理だけはするな。それを片手で……」

 

ユリスは綾斗から《黒炉の魔剣》へと視線を移す。

 

「ああ、これって案外軽いから大丈夫」

 

綾斗はそう言って《黒炉の魔剣》を振ってみせた。真っ白だったその刀身には、いつの間にか黒い文様が浮かんでいる。

 

「まあ、正直言っちゃうとあんまり長くは持たないんだけど───この程度ならどうとでもなるよ」

 

綾斗はそう言ってサイラスに視線を向ける。

 

「ぐっ……! た、多少はできるようですが、あまり侮らないでいただきたいですね!」

 

サイラスはなんとか冷静さを取り戻そうと努めているようだが、

 

「完全に動揺してるって表情だな。とうとう自分が不利だって気がついてきたのか?」

 

雅が挑発混じりの言葉をとばす。

 

「そ、その余裕がいつまで続くことやら。次はこちらも本気でいかしてもらいますよ……!」

 

と、今まで乱雑に並んでいた人形たちが整然と隊列を組み始める。

前衛は槍や戦斧といった長柄武器、後衛は銃やクロスボウ、その間を剣や手斧を持った人形が埋め、その最後列にサイラスが鎮座した。

 

「これぞ我が《無慈悲なる軍団(メルツェルコープス)》の精髄! 一個中隊にも等しいその破壊力、凌げるものなら凌いで────!?」

 

サイラスは最後まで言いかけようとしたが、ある違和感に気付きその目を大きく開いた。

 

「ど、どうした!? なぜ動かない!? う、動けよ!!」

 

サイラスの言葉通り、隊列を組んだ人形たちはサイラスが呼びかけてもピタリとも動かない。いや、動こうとしないのだ。そのあまりの出来事にサイラスは動揺を隠せないでいる。

 

「君には従えないってさ、サイラス・ノーマン。いやはや残念だったね。これでネタが尽きちゃったかな」

 

雅は薄ら笑いを浮かべながらサイラスへと視線を向けている。

 

「ふ、ふざけるな! お、おまえなんてこいつらにかかれば……」

 

「動かないんだからただのガラクタじゃないか。こんなのに俺らがやられる? 上等じゃねえか」

 

一瞬だけ雅の目つきが鋭くなり、サイラスはおびえるように後ずさる。

だが雅はすぐにふと何か思いついたかのような顔に変わる。

 

「……動けば文句がないってことだよな。なら、こういうのはどうよ?」

 

雅が片手を人形たちの足下へと伸ばす。

 

「お楽しみあれこの幻想を、祭りを、《遊戯狂の偽祭典(メッゾプラーヴィ・カーニバル)》」

 

その瞬間、人形たちが少しながら動き始めた。サイラスはようやく人形が動いたことに安堵したのか笑みがこぼれるが、それも次の瞬間には恐怖へと塗り替えられた。

 

「……あ、あ…」

 

人形たちがお互いを壊し合っているのだ。ある者は握られた剣で斬り、刺す。ある者は自らのボディを武器で壊しにかかる。

サイラスは余りの惨状に言葉も出ない。

 

「どうだろ面白いか楽しいか。この光景に感謝感激ってか」

 

「何が感謝感激だ! こんなの……!?」

 

「ひどすぎるって言いたいのか? 裏でこっそり隙をうかがい、相手に大怪我を負わせるのとあんまり大差なさそうだけどな」

 

雅が言い終わると同時、残った最後の人形が雅へと襲い掛かった。全体が傷だらけで今にも崩れ落ちそうだが、それでもなんとか体勢を保っている。

片手に握られた剣が雅へと向けられる。雅はそれを避けようとはせず、人形へと歩み寄る。

剣先が雅に触れようとした寸前、雅は《紅戒の呪爪》で人形を斬りつけた。ただそれだけで人形は音もなく両断された。斬りつけた瞬間、《紅戒の呪爪》の切っ先が紅く染まっていく。

 

「さ、お終いだ」

 

雅は鉤爪を無造作にぎらつかせながらサイラスに近づく。

 

「う、嘘だ……こんなことが……ありえない……ありえるはずがない……」

 

サイラスが後ずさりながら、言葉を発する。

 

「終わりだよ、サイラス」

 

「……ま、まだだ! まだ僕には奥の手がある!」

 

サイラスは腰砕けになりながらも大きく腕を振った。

すると背後にあった瓦礫の山が吹き飛び、中から巨大な人影が姿を現す。

 

「おお、これまたでかい代物ですな。よくもまあ、隠してたもんだ」

 

「は、ははは! さあ、僕のクイーン! やってしまえ!」

 

サイラスの命令に従い、巨体に似合わぬ素早い動きで雅に襲い掛かる。

 

「雅、俺もいいかな?」

 

「もちろんだとも、親友」

 

二人はお互い目配せをし、《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》《紅戒の呪爪(ヴェスペ=ヌヴァイ)》を構える。

巨大な拳がまさに二人を圧殺せんと迫る刹那───その剣が閃く。

 

 

「五臓を裂きて四肢を断つ────天霧辰明流中伝“九牙太刀”!」

 

「闇を纏い陰を秘めよ《崩神魔の暗因腕(ヴァルッシュ・イネイス)》」

 

 

刹那、巨大な人形は両手足を切断され地響きを上げて倒れた。それに追い討ちをかけるように地面から黒い物体が集合していく。それがどんどんと数を増し、巨大な腕となり、クイーンと同等とも思えるほどの大きさだった。その腕が振り落とされると同時、膨大な爆風が吹き荒れ、残骸は見る影もないほどに砕ける。

 

「────」

 

サイラスはもはや言葉も出ないほどになっている。

綾斗が近づくと、サイラスは顔を引きつらせながら逃げ出した。

 

「ひ、ひぃぃ!」

 

転がるようにしながら、半泣きの顔で人形の残骸の中を逃げ惑うサイラス。

 

「往生際が悪いなぁ」

 

綾斗が呆れたように眉をひそめていたが、ふいにその顔が険しくなる。

 

「あんま無茶しなさんな。その状態もそろそろ限界だろ。あいつは俺がどうにかする」

 

「ごめん、雅」

 

「なんで謝るんだよ?」

 

「おい、それよりもサイラスは逃げてしまったぞ」

 

ユリスに上空を見るよう促されると、サイラスは人形の残骸にすがりついたまま浮いていた。

 

「ちょっくら追いかけますか」

 

「追いかけるって、間に合うのか?」

 

「今の俺では厳しいだろうけど、一つだけ得策があるのはある」

 

「得策だと?」

 

雅は二人から離れた位置に移動すると、サイラスが浮いている上空を見据える。

次の瞬間、雅の星辰力が急激に高まる。その星辰力は綾斗の比ではなく、無尽蔵にも思えるほどだった。他者を寄せ付けない圧倒的な星辰力はユリスでも計り知れないなにかを感じ取れた。

 

「んじゃ、行ってくるわ」

 

そう言った途端、雅は地を蹴った。それだけ雅は一瞬にして屋上へとたどり着く。まさに人智を遥かに凌駕するかのような速さと脚力でサイラスを追いかける。雅がいた場所には少しながらクレーターらしき歪みができていた。

 

(くそっ! なんなんだよあいつら!? 一体何者なんだよ!?)

サイラスは残骸にすがりついたまま心の中で思考を巡らせる。

 

「サイラス!」

 

「っ!?」

 

背後から自分を呼ぶ声が聞こえ振り向くがそこには誰もいない。

 

(き、気のせいか。流石にここまで追いかけては……)

 

サイラスがそう思った途端、視界の前方に雅が映った。

 

「ようやく終了のお時間ですよ、サイラス・ノーマン」

 

「く、くる、くるなあああ───」

 

ただ一瞬瞬きをしただけで雅の姿が目の前に現れた。急な転回など出来るはずがなく、サイラスと雅はすれ違う。サイラスの叫びもむなしく、その瞬間に人形は粉々に引き裂かれ、サイラスは絶叫し廃ビルの谷間へと落ちていった。

 

「まあ、《星脈世代(ジェネステラ)》だし、落ちたぐらいじゃなんともないよな、うん」

 

雅は夕焼けに染まる空、一人納得する。

このまま夕焼けをめでようと思ったその時、身体に異変を感じ苦痛の表情を浮かべる。

 

「ちっ、もう時間切れか。どっかに降りねえと俺まで落ちちまうぜ」

 

雅は一番近い建物を探し屋上へと着陸する。安堵したのもつかの間、周囲の万応素(マナ)が集約されていく。

 

「ぐっ……うぅ…」

 

痛みに雅は懸命に耐える。これまでも幾度となく味わってきた痛みで慣れてきてはいるが、それでも耐えられない痛みが全身を縛り付ける。複数の魔法陣が取り囲み、その魔法陣から出現した光の鎖が雅の体を何重にも縛り付ける。

 

「う…………はぁ…はぁ」

 

ようやく痛みが収まってきた。なんとか意識は保っているものの、体が動けずにいる。

雅は屋上で寝そべったまま空を眺める。

 

「しっかし、俺はともかく綾斗のほうは無理だろうな」

 

そう口走った途端、とある屋上の上空に翼らしき焔が見えた。それは明らかにこっちに向かってきている。

まあ、焔といったら一人しかいないが。

 

「お、おい、雅! これはどういうことだ!?」

 

「まあまあ落ち着きなよ、ユリス。綾斗は大丈夫だからさ」

 

雅の顔は真剣そのものだ。とても嘘をついているとは思えない。

 

「……わかった。だが……」

 

「……だが?」

 

「説明してもらおうか?」

 

「説明って、どんな?」

 

「まずは綾斗を抑え付けているあの能力────《魔女(ストレガ)》か《魔術師(ダンテ)》のものだな? もしやおまえざかけたとは言わんだろうな?」

 

「違う違う。俺にそんな能力はねえよ。それに俺も綾斗同様かけられてる立場だし」

 

雅は不自由な腕をできる限り振る。

 

「そうか。なら一体誰にかけられたものだ?」

 

「それは綾斗の姉さんだよ。能力は万物を戒める禁獄の力、だったかな」

 

「……なら、サイラスを追いかけたときのあれが本来の実力なのだな?」

 

「それは違う。使いこなせていないし、それでは実力とは言えない」

 

雅はきっぱりと言い切る。

 

「俺は感謝してるよ。この力に、綾斗の姉さんに。それにさっきのように力を使えるのは精々四分。それを過ぎると、綾斗のように気絶しちまうんだよ。まあ、俺はなんとか耐えることができるけどな」

 

「おまえの力を抑える理由がわかったが、なぜ綾斗の力まで抑える必要があったのだ?」

 

「それは俺も綾斗も知らないよ。なんせ五年前に失踪しちまってるからな」

 

そう言って雅はどこかに立ち去ろうとする。

 

「おい、どこに行く?」

 

「どこって、寮で一休みするんだよ。それに俺はハッピータイムの邪魔をするほど馬鹿じゃないので」

 

「ハッピータイム……? なっ!」

 

ユリスはようやく雅の言葉の意味を理解したのか、綾斗を見て顔を真っ赤にした。

 

「ほんじゃあごゆっくりどうぞ、お・ふ・た・り・さん」

 

雅は満面の笑みを浮かべ、建物へと姿を消した。

 





はい! 第十五話完了~

雅「いやー、そうっすね♪」

おや、やけにテンションが高いですね。どうしました?

雅「俺が考え抜いた攻略ルートがうまい具合で進んでいるんでな」

と言うとあの二人のことなのですか?

雅「ご想像はお任せする」

お任せされます。ところで雅さんってどういう経路で綾斗さんと出会ったのですか。それに今回発動したあの実力、使いこなせていないってことは過去に……

雅「それは後々わかってくることだよ。それに、俺は過去を見ない。大切なのは今だ」

おー、かっこいい。まあ、気になることですが今は控えましょう。

雅「それが正しい。ってか、そこんところは考えないで気楽にいこうぜ!」

気楽にですか。それもそうですね。
では、そろそろお願いします。

雅「オーケー! 次回からはようやく彼女が……」

彼女とは、もしや?

雅「次回もよろしくする!」

よろしくお願いしますね。


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綺凛という名の銀髪少女

第十六話、ようやく到来······です。

雅「ようやく、ってのは単に主が遅えだけだろ」

ぐっ、痛いところをついてきますね。これはこちらにも諸々の事情があるからしてーー

雅「わかってるよ、進級だろ。進級やテストやらで忙しいんだろう」

うぅ、その通りです。こんなにも理解が早くて助かりーー

雅「あー、はいはい。そんなことはいいから、本編開始しよーぜ」

え、あ、はい。そうですね、では雅さん。

雅「えー、それでは本編をどうぞ」


七月の中庭。照ってくる日差しは一向に衰える気配がない。

そんな中庭を、雅が欠伸をかきながら駆けていた。

 

「ふわぁ······眠い眠い、眠すぎる···けど、付き合わなければならないし······過酷だぁ」

 

《鳳凰星武祭》開催まで残り一ヶ月。綾斗とユリスがタッグパートナーを組んで出場することになり、雅はその訓練相手として手伝い役を担っていた。

それで今日も、いつもどおり放課後に訓練をする予定だったのだが、襲ってきた眠気に負けてしまい熟睡してしまっていたのだ。

綾斗はともかくとして、時間厳守なユリスには別の理由を考えておかなければいけないな。

そんなことを考えつつ中等部校舎と大学部校舎を結ぶ渡り廊下を横切ろうとしたその時、考え事で油断していたのか、目の前の人の気配に気づくのが少し遅れてしまった。

ちょうど死角になっている柱の陰から、一人の少女が現れた。

 

「っ!?」

 

気づいてから速度を緩めようとするが、この距離では到底間に合わない。

向こうの少女もこちらの存在に気づいたようで、驚いた表情のまま視線を向けてくる。

このままでは正面衝突してしまうだろう。

切羽詰まったこの状況、雅は高い身体能力を駆使して避けようと試みる。

身体への負担をなるべく軽減しつつ、少女とぶつからない程度に方向転換をする。無理矢理なせいか、痛みが身体中に走るが、正面衝突よりかはまし······だ!?

それで回避に成功できたと思いきや、なぜか身をかわした先に少女の姿があった。

 

「なっ!?」

 

「きゃっ······!」

 

状況が状況なだけに想定外だったこともあり、今回ばかりは避けきれず、結局二人は正面から真っ向に思いっきりぶつかってしまった。

それでもかなり減速できていたこともあって、衝撃はそれほどでもなかったが、相手はあくまでも小柄な少女。体勢を少し崩しながらも雅は地面に座り込んだ少女のところへ駆け寄った。

 

「ご、ごめんっ······怪我はないか?」

 

「あ、はい······大丈夫、です」

 

恥ずかしそうに微笑みながら雅を見上げる少女が、小さな声でそう答える。

 

「本当にごめんな。ちょっと急ぎの用があったもんだから急いでたし、不注意が過ぎた······」

 

頭を下げながら手を差し伸べると、少女はしばらく戸惑うようにしてからおずおずとそれを取る。

立ち上がった少女は取り繕うようにスカートの埃を払うと、ぺこりとお辞儀をする。

この制服、中等部の生徒なのか。

くりくりとした大きな瞳に可愛らしくツンとした鼻、銀色の髪を二つに結び、背中に流している。

服の上からもわかるくらいの抜群とも思えるスタイル、その細い腰には実剣を収めているらしき鞘が差してあった。

 

「い、いえ、わたしのほうこそごめんなさいです。音を立てずに歩く癖が抜けなくて。いつも伯父様に注意されるんですけど······」

 

音を立てずに歩く癖、かあ。

気づけなかったのはそのせいなのか、それとも別のなにかか。

 

「······まあ、いっか」

 

「え······?」

 

考えるあまり独り言を呟いた雅に、少女は不思議そうに小首を傾げた。

 

「ああ、いや、なんでもないさ······って、それより、ちょっとじっとしててもらえるかな?」

 

「ふぇ······?」

 

よく見ると、少女の綺麗な銀髪には小指ほどの小枝が一本絡まっている。

雅は髪を傷めないよう動かないようにしてもらい、少女がじっとしている間にそっと小枝を取り除く。

 

「······はい、もう大丈夫。君の綺麗な髪が傷つかないでよかった」

 

「あ、あ······ありがとう、です」

 

少女はお礼を言ったのち、なぜか湯気が噴き出しそうなほどに顔を真っ赤にして、そしてもじもじと俯いたまま黙ってしまう。

時折チラッと視線が上がってくるが、こちらと目が合うとすぐにまた伏せてしまう。

人見知り、とまではいかないがそれに近いものなのだろうか。

こういう時はどう対応をーー

そう思っていたその時、ふいに中等部校舎のほうから大きな声が響いてきた。

 

「綺凛! そんなところでなにをやっている!」

 

「······は、はいっ! ごめんなさいです、伯父様! すぐに参ります!」

 

聞こえてきたかけ声にビクリと身をすくました少女は、焦った様子でもう一度雅にお辞儀をする。

 

「そ、それじゃ······!」

 

「あ、ああ···じゃあな」

 

少女の向かった先を見てみると、中等部校舎の入り口付近に壮年の男性が立っていた。少女はその男のところへと小走りで去っていく。

そこらの常人と比べるとわりと体格がいい感じの男性だが、星辰力(プラーナ)がまったく感じられないからして《星脈世代(ジェネステラ)》ではないのだろう。

少女が伯父様と言っていたこともあり親族で間違いないようだが、ここは親族といえども立ち入り禁止のはず、そう容易には立ち入れない場所だ。とすると、やはり学園の関係者という可能性が高い。

校舎を眺めながら考えていたが、はっとなにかを思い出したかのか、ふと時間を確認する。

 

「······ありゃりゃ、こりゃやばい。綾斗のやつ、説得してくれてーー」

 

約束していた時間はとうに過ぎ去っていた。

焦りを感じて駆け出した雅が言い終わろうとしたその時、ポケットに入れていた携帯端末が着信を知らせてくる。

溜め息をつきながらも、しぶしぶ空間ウィンドウを開くと、

 

「ねえみてぇ、だな」

 

もちろん最初から予想はできていたことだ。ユリスが、不機嫌そうな顔で睨んでくることは。

そのユリスの背後では引き攣った笑みを浮かべる綾斗の姿があった。

 

 

 

 

 

「咲き誇れーー赤円の灼斬花(リビングストンディジー)!」

 

凛とした声がトレーニングルームに響くのと同時、ユリスの周囲に紅蓮の炎が吹き上がる。

それはまるで竜巻のように渦を巻きながら、空中で円盤状へと姿を変えていく。その数は軽く見積もっても数十個。激しく回転する炎の刃はまさに、灼熱の戦輪(チャクラム)だ。

 

「行け!」

 

ユリスがそう命じると、それに呼応するように無数の戦輪が雅へと襲いかかる。雅は姿勢を低くして鍵爪を嵌めた腕を大きく広げて構える。白銀の輝きを放つ鋭い爪が、先陣を切って飛び込んできた戦輪を真っ二つに切り裂く。一瞬の間に両断された戦輪は、存在を保てなくなって消えていく。

と同時に雅を包囲するように頭上と左右から、そして正面から三つ、さらに背後からも三つの戦輪が迫ってくる。周囲を意図も容易く囲まれてしまい、逃げ場などない状況といえる。

三次元機動する物体を十数個同時にコントロールするのだけでも至難の技だというのに、ここまで見事に操りきるユリスやはり序列五位に君臨していることはある。

そう思っていた雅は左腕の手のひらで優しく地面に触れ、落ち着いた雰囲気で口を開く。

 

「華麗に咲き散れ、黒飛の狂蝶刺(ライネス・フィージ)

 

笑みを浮かべて言い放った雅を中心に魔法陣が浮かび上がり、その上空にきらびやかに羽を広げ宙を舞う蝶が現れる。その数は瞬く間に十、二十と数を増していく。その一部が重なるようにして集結していき、やがて複数の鋭く尖った槍が形成される。それらが襲いかかってきたいくつもの戦輪とぶつかり合ったかと思うと、先ほどまでの蝶という美しさとはほど遠く、凄まじい爆風と轟音が室内に鳴り響き、あまりの威力に壁や床に亀裂が走る。

それを目前で目の当たりにしたユリスが驚愕と呆れとが入り混じった表情で雅を睨む。

 

「おい、いくらなんでもやり過ぎではないか。直撃で喰らっていたら、たとえ私でも重傷を負いかねん威力だったぞ」

 

「まあ、これは歯止めがきかないやつの一つでさ。今度こそは、と思ったんだが······」

 

周りの惨状を哀れむように眺めながら、雅が不満げにそう言った。

魔法を操る魔術師(ダンテ)の立場であるがこそ、うまく使いきれない魔法が多々あるということに雅は納得できないでいるのだ。口振りからして過去に今回のような出来事は何度も数えきれないほど繰り返してきたのであろう。

 

「······まあ、失敗は成功の元と言いますし、挑戦あるのみだぜ」

 

鉤爪をぎらつかせて強気に言いはった雅がふとユリスのほうに視線を移すと、ユリスの周囲にはまだ十個以上の焔の戦輪が渦を巻いていた。

 

「挑戦あるのみ、か。なら私も······次も全て避けることができるものか試してみようではないか」

 

「あはは、こりゃまたご冗談を······って言っても無駄そうだなありゃ」

 

そう気軽に言いながらも、雅はしっかりとユリスが操る戦輪から目を離さずにいる。

その間にも戦輪はユリスによって立体的に展開されていく。

 

「まあ、いっちょ気張りますか」

 

姿勢を低くした雅が言うが早いか、ユリス目掛けて一気に駆け出した。

上半身を低く屈めながら駆けるその姿は、どこか平原を疾走する豹を思わす。

 

「なにっ!?」

 

意表を突かれたのか、ユリスの対応が一瞬遅れてしまう。

慌てた様子で配置した戦輪を動かすが、明らかに雅の速度に追いつけていない。

速度をつけ素早い身のこなしで戦輪を潜り抜けて、ユリスとの間合いを詰めようとしたその時、ふと異変に気づく。慌てた素振りを見せていたユリスが、ほくそ笑んでいることに。

 

「掛かったな―ー綻べ、()()()()()()!」

 

途端に雅の足元へ魔法陣が浮かび上がり、その行く手を遮るように炎の柱が立ち上がった。前後左右に合計五本。まるで鋭い爪を持つ巨大な怪物の手の中に囚われてしまったかのようだ。

(設置型の能力、久々に見たな)

魔女(ストレガ)》や《魔術師(ダンテ)》の能力には、ある一定条件を満たすまで発動しないものがある。今回ユリスが発動したような罠に使われるケースが主として多いのだ。

 

「ふふん、今回こそは勝たしてもらうぞ」

 

勝ち誇ったユリスの声が聞こえてくるが、炎の柱が邪魔をしてその表情までもは確認できない。

その炎の柱が雅を握りつぶそうと襲い掛かるようにして爪先を向ける。

それでも雅は焦るどころか、柱のほぼ真上に高く飛翔した。

 

「《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》ほどじゃないが、《紅戒の呪爪(ヴェスペ=ヌヴァイ)》も結構斬り味は誇れるもんだぜっ」

 

荒れ狂う炎の中枢で回転するように落下していく最中、白銀の鋭い爪の連撃が一瞬の間に炎の柱をいくつも切り裂く。雅が着地すると同時、五本全ての炎の柱は呆気なく掻き消えていく。

 

「な······」

 

ユリスが呆然と立ち尽くすのも束の間、一瞬で間合いを詰めた雅が爪先を突きつける。と同時、トレーニングルームに甲高いアラームが鳴り響いた。




完了~

雅「······だな」

おや、終わったというのに何か考え事ですか?

雅「まあ、考え事っていうまではいかないがな。少し気になることがあってな」

それって、雅さんの不注意でぶつかってしまったあの女の子のことですよね。

雅「ああ、そんなんだ」

あの子のことが気になると? やはり雅さんも男の子なんですね。

雅「なーんか違う気がするが、まあ気にしないでおいてやる」

······そうですか。なら話題を変えましょうか。雅さんの放った能力ってすでに三つとなりましたよね

雅「ああ、「遊戯の偽祭典」に「崩神の暗因腕」、それに「黒飛の狂蝶刺」だな」

この調子でどんどん増えていくのですか?

雅「さあ、それが気になるんなら次回からも閲覧することだな。もっとも主が投稿できればの話だが」

微妙な圧力とも思えましたが······まあいいでしょう。
では、また次回お会いしましょう。



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