クレヨンしんちゃん&ジョジョの奇妙な冒険 ハリケーンを呼ぶ 綱玉の示す路(ロード) (パタ百ハイ)
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prologue

非日常の始まりは常に日常から。


 

「…………」

 

 引き戸を開いた姿勢のまま、少年は動きを止めていた。

 本日は日曜日。通っている幼稚園は当然休み。両親も出掛けていて家にはおらず、この家には自分と赤ん坊の妹(そして飼い犬一匹)しかいなかった。

 絵本を読んだりビデオを見ていたりしていたが、飽きてきたので起きていたら一緒に遊ぼう。そのつもりで妹が眠っている部屋に入った。

 

 真っ先に目に入ったのは、知らない男で、その手には古ぼけた木の『弓』が握られていて――。

 

 そして、眠っている妹の胸に、『矢』が突き刺さっていた。

 

 男は少年へと顔を向け、微笑んだ。少年からは顔はよく見えなかったが、それだけは分かった。

 

「ウオワァアァァアァ!」

 

 普段の彼なら絶対に出さない叫び声を上げ、男に向けて飛び出した。この男が妹を殺した。この状況は彼がそう認識するにも、彼が男に襲い掛かるにも、充分過ぎるものだった。

 

 服の前が『引っ張られた』。それで体勢を崩し、転ぶ。立ち上がろうとしたが、『服が纏わり付いて動きを邪魔をして』出来なかった。

 

 男は少年の前に行って、座り込んだ。

 

「手荒な真似をしてゴメンね。用が済んだらすぐに『解く』から」

「お前……何を……」

「悪いけどそれを長々と説明してる時間は無いんだ」

 

 元から話なぞ聞くつもりは無い。この男は妹を殺した。たとえ内容がお菓子の食べ放題だとか、自分の好きな事でも、妹の仇のこの男の話なぞ耳に入れるつもりなんか無い。

 

「安心しなよ。君の妹……『生きてるよ』」

 

 柔らかな声色で、宥めるように信じられない事を口にした。

 そんな事信じられるか。嘘を吐くなら内容を選べ。何も言ってないが、心の中でこう罵ったのが表情や眼差し、雰囲気から見て取れた。

 男からすればそれは予想通りの反応で、だから立ち上がって妹の元まで歩いた。そして手を伸ばし、『矢』を掴んで引き抜いた。

 そこで初めて『矢』の全体を目にした。木の胴体部分に光沢のある石の鏃。

 男は『弓と矢』を床に置いて、手慣れた手付きで妹を抱きかかえて少年の顔近くまで持って行った。

 

 妹は安らかな寝顔で、何事も無いかのように可愛い静かな寝息をたてていた。

 

「ね? 生きてるでしょ?」

 

 妹を丁寧に元の位置に戻し、布団を被せる。『弓と矢』を持って再度少年の前に立つ。

 

「言っておくけど、これは催眠術による幻覚とかじゃない。実際に起こっている現実だ。そして彼女が『矢』で貫かれて生きているのは、彼女に『素質』があったからだ……」

「そしつって……植物の?」

「それはソテツ」

「判断ミスで傷付けた」

「過失」

「日本の夏は高温」

「多湿……ウォッホン、この『矢』に貫かれた者が辿る道は二つに一つ、『特別な才能』をその身から引き出されるか死ぬか……」

「つまり……『特別な才能』の『素質』があったから生きてるって事?」

「飲み込みが早いね……その通りだ……その『特別な才能』についてだが今は『常人では不可能な摩訶不思議な現象が起こせるようになる』と解釈してくれ……」

「『超能力』ってやつ?」

「それでも構わない……ここからが本題だ。この『素質』は遺伝する……つまり素質』ある者の血縁者には比較的高確率で『素質』がある。直系であれば尚更だ……だから僕は君を射抜く前に、『確かめる』為にこの子を射抜く事にしたのさ……」

 

 つまり、本来用があったのは自分で、妹はついで。そう、妹は『ついで』で傷付けられた。

 怒りが込み上げて来るが、どれだけ力を込めようと動けない。

 

「じゃあ用をとっとと済ませるね」

 

 少年はいきなり立ち上がる。好機と思って殴りかかろうとするが、これ以上の動きは出来なかった。

 そんな少年に『弓と矢』を引き、射る。

 放たれた『矢』は少年を貫く。そして少年は――

 

「な……え? え?」

 

 生きていた。

 男は即座に『矢』を引き抜く。少年の傷は同時に跡形もなく塞がった。

 少年の意識は薄れていく。男はそんな少年の頬を両手に添えた。

 

「おめでとう……君達は選ばれた……君達はいずれ変化した己に気付き、そして戸惑うだろう。安心しなさい、悪い変化じゃないだろうから……」

 

 手を放し、『弓と矢』を持って窓へと向かう。窓を開いて桟を跨いだ所で何か思い出したような仕草をして振り返った。

 

「君の『才能』を引き出した理由……次に僕が君の前に現れた時に教えるよ。もっともその前に知ってしまうかも知れないけど……だからそれまで好きな事を沢山してその『才能』を理解しておいてね……」

 

 男は靴を履いて出て行き、残ったのは、親が帰ってきて起こすまで眠っていた兄妹だけだった。

 少年の名は野原しんのすけ。これが彼の、自分の街、埼玉県春日部市に巣くう邪悪な『力を持つ者達』との戦いの序幕だった。

 



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瀬上除夜は普通の人 その①

この物語の主人公、登場です。


 

 埼玉県立星陵(せいりょう)高等学校。それが、俺の通っている学校の名前だ。

 時間は放課後。だから校門からは、部活動とか補習とか、残る用事の無い生徒が次々と学校から去っていく。

 ある者は歩いて、ある者は自転車に乗って、ある者は友達とお喋りをしながら。

 本当に何処にでも見られる、ありきたりな光景。

 俺はそのありきたりな光景を、校門に背もたれ眺めている。

 

 俺の名前は瀬上除夜(せがみ じょや)。今年度この学校に入学して間もない、成り立ての、極々普通の高校生。

 まあ、天然の金髪に180を越える長身、それで欧米系の顔立ちから初見の人は外人に間違われるが、れっきとした日本国籍を持つ日本人だ。こんな容姿なのは多分、先祖に欧米人がいて、その血が色濃く現れたんだろうと思う。

 勉強は、中学の頃は一学年百人の中で二十番内にはギリギリ食い込めていたからそれなりに出来る方だと思う。

 運動は球技が苦手で中学は陸上部に所属していたから、そっちが得意分野。

 後、家事も結構得意。家でよく家事やってたし、掛け持ちで料理部にも入ってたし。

 ついでに言うとキノコや山菜の類にも同年代と比較すれば詳しいと自負している。

 人付き合いは悪くはないけど良い方とは言い難いと思う。親友と呼べるのは保育園からの幼馴染一人、後友人も中学時代に複数、高校はまだ入ったばかりでそこからのはまだいない。

 補導歴とか、そう言ったものはなく、将来像も特に無い。

 まあこんな具合に、容姿とか今は言わないけど『他数点』以外は、性格的にも能力的にも良くも悪くも意識しない限り目立たないごく普通の人間と思う。

 

 閑話休題。

 

 俺はこの通り下校する生徒を眺めているが、趣味でやってるんじゃなく、同じくこの学校に進学した親友を待っている間暇だったから。けれど十分も経てば疎らになってきたし、特に楽しめなかったので、折り畳み傘と図書室で借りた『火の鳥』を鞄から取り出して――

 

「とりゃー!」

「痛!」

 

 頭に軽いチョップが叩き込まれた。

 

 反射的に掛け声のした方へと向くと、学校指定の制服を一切の乱れなく着た、薄目のブラウンのショートカットの、それなりにルックスの良い女子がいた。

 その女は腕を下ろすと俺に土まみれの手で指差した。

 

「瀬上君! 外で、それも立ちながら本を読んじゃダメでしょ!」

「最初に口でそれを言え!」

 

 頭に付いた土を払いのけながら反論した。

 こいつの名前は宝来瑪瑙(たからぎ めのう)。俺のクラスメイトでさっき言った中学時代からの腐れ縁の友人、そして一年ながら生徒会役員の会計職を務めている強者でもある。

 お節介焼きと評していい程面倒見が良くて、中学時代から俺達、特に俺を気にかけてくれるいい奴だ。まあこの通り少し口やかましい所あるけど。

 

「……確かに、特に邪魔にならない場所とは言え学校の出入口で傘開いて本読もうとしたのは悪かった。だけどいきなり暴力ってのもどうだと思うんだが」

「それはあたしが悪いわね。けど痛くない筈よ? 手加減したし」

「はいはいすいませんね反応がオーバーで……それよりお前、仕事いいのか? 今生徒会は花壇の手入れやってるんだろ?」

「もう終わった。後は用具の片付けだけって時に君を見掛けたからちょっとお願いして抜けてきたの」

「あっそ……ならいいけどな」

「おーい除夜ー」

「おっ来たか……」

 

 短い茶髪に中性的な顔立ちをした、俺の頭1つ低い、お洒落に赤いチョーカーを首につけた男が俺のもとにやってきた。

 こいつが俺の待っていた相手であり、さっき言った親友の沢登優太(さわと ゆうた)。宝来と同じく俺のクラスメイト。成績はいつも学年首席をキープしていて、家もかなりの金持ちだが、それを鼻にかけないいい奴。

 

「何で忘れ物取りに行くのにこんなに時間がかかったんだ?」

「ごめん、日直の仕事で」

「お前の当番は明後日の筈だろ?」

「どうせ押し付けられたんでしょ……」

「えへへへ、よく分かったね」

 

 性格は少し気弱で自己主張が苦手。それにどこか間が抜けている。

 

「でも俺待ってたの二十分以上だぞ? 机並べて窓閉めて電気消して日誌書いて出すでそこまでかかるか?」

「ついでに黒板汚れてたから拭いたり教室掃除したりしていたから」

 

 後、限度を知らない。事細かな配慮が出来るから周りからの信頼は厚いけど、俺からすれば目を離せない。

 それ聞いて俺と宝来は同時に溜息を吐いた。

 

「沢登君、そこまでする必要なんかないの。ちゃんと清掃時間があるんだから」

「でもどうしても気になって……」

「それに日直の仕事も他の人が当番なら断っていいの! 少しは自分の意志を言いなさい!」

「だからそれが苦手なんだって……」

「まあいい。帰るぞ。さっさと帰らないと義母さんウルサいからな」

「うん」

「宝来もどうだ? 一緒に帰らないか?」

「ううん、遠慮しとく。今から見回りだから。それじゃ、またね」

「おう、またな」

「さよならー」

 

 宝来と別れ、帰路についた。

 

 

 

 

 二人を見送った後、外の水道に寄って、袖を噛んで捲り上げて手を洗う。

 右腕の二の腕、手首と肘の中間の位置に、何か小さい刃物を刺したような、深い傷が1つあった。

 



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瀬上除夜は普通の人 その②

主人公同士が出会います。


 

 学校出て歩いて十分足らずの所にある優太の家と違って、俺んちは徒歩通学では少しキツいと思う程度に離れている。だから俺は用事がない限り下校中に時折途中の公園で一休みする事にしている。

 まあそれは買ったジュースを飲み終えたら終わりだが。

 

「子供……いないな」

 

 人っ子1人いない公園を見渡して、俺は呟く。

 俺の街春日部市では、今年に入ってから『妙な事件』が続出している。『妙』と言うのは、起こる事件の全部が全部じゃないが、途中で捜査が行き詰まって迷宮入りになってしまう、またはどう考えても普通の人間には不可能だと断定せざるを得ない状況だったのどちらかなのだ。

 だから、全体的に無用な外出とかを控える傾向にある。特に子供の外出には強い制限をかけている親もいるようだ。

 実際俺も「寄り道せずにさっさと帰れ」と言われる回数が増えたし。

 

「あ」

 

 こんな事を考えている内に、飲み終えた。なのでゴミ箱に投げ捨てる。思いっ切り外してしまった。

 ほっとくのはいけないのでベンチから腰を上げ、それを入れる。それで一休みは終了、公園から出た。その際幼児と母親と乳飲み子の親子とすれ違った。中身の詰まっていない買い物袋を提げている事から、これから買い物に行くんだろうか。

 そんなどうでもいい事を思うと、今度は大きな挨拶が聞こえた。ランドセルを背負った子供達が、集団でいた。

 集団下校。この春日部や近辺では普通になっている光景だ。

 ノスタルジーを感じながら、挨拶を返す。それを終えて顔を上げた時、とんでもないものが目に入った。

 中型のトラック。それは別に珍しくも何ともない。問題は運転席。ハンドルを握っている運転手は、昨日までの疲れがまだ取れてなかったのか、昨日の夜徹夜したのか、気持ち良さげに『居眠りしていた』。しかも、このままだとさっきすれ違った小学生の集団に激突する。

 呼び掛けても間に合わない。だから俺は――

 

(『使う』しかないな……)

 

 自分に秘められた『力』を使う事に決めた。

 強く念じて、全身が紅くヒョウ柄模様の、背後から首に黄色いスカーフを巻いて煤けたボロ布を纏い、首の所にボルトがついた人型の像を出した。

 そして、トラックを公園内に瞬間移動する。トラックは木にぶつかり、動きを止めた。

 

 さっき言った俺が他の人と異なる『他数点』の一つがこれ。

 俺は、世間一般でいう『超能力』とやらが使える。

 この力が何故俺の身に宿ったのかは分からないが、俺はこの力を生まれながらに使う事が出来る。

『俺を主軸として半径五メートル以内なら瞬間移動させられる』のが能力。但し自由に移動はさせられる訳ではなく、コンパスで円を描くような移動だ。

 その能力と像が紅いのにちなんで、俺はこの能力を『惑星の綱玉(プラネット・ルビー)』と呼んでいる。

 他にも能力はあるが、今は使う必要もないので別の機会に。

 因みに像の方も、レンガを拳で破壊したりそれなりの重量の荷物を持ち上げたりは出来る。因みに、この像は俺以外見える奴いないの小さい頃に確認済みだから、そんな事したらいきなり壊れたり浮かんだり見えるだろう。こんな能力を持っているからか、もしかしたらスプーン曲げも原理は同じなのかもと思っている。

 

「ふー……」

 

 公園には元々人はいない。トラックも破損はそんなになさそうだし、運転手もエアバックが作動しているから特に心配する事はなさそうだ。

 後は警察の仕事という事で帰ろうと足を動かした。

 

 

「ねえねえお兄さん、さっきお兄さんから出て来たのって何?」

 

 後ろからかけられた声に、俺は心底から驚いた。

 だから、俺はその顔のまま振り返ったと思う。

 この出会いが、『俺と同じ能力を持つ者達』との戦いが始まりだという事を、俺はまだ気付いてなかった。

 



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瀬上除夜は普通の人 その③

その出会いは、何をもたらすか?


 

 俺に今十五年の人生でトップに余裕で入る事を聞いてきたのは、『幼児』だった。

 黒髪の坊主頭に下膨れの顔に太い眉をした、先程すれ違ったあの親子の子供の方。多分トラックが木に衝突する音が聞こえてこっちに戻ってきたんだろう。そして親がいないのはこの子は走ってここに来たんだろう。

 どうするべきか迷った。こっちとしては今すぐにでも色々聞きたいが、じっとしていたら人が集まってくる。そしてこれはそんな場所で話していい内容じゃない。

 なので、後で別の場所で待ち合わせる事にし、一旦帰宅した。

 

 

 

 

 一旦帰宅した後、義母さんに適当にそれっぽい事言って外出許可を貰い、待ち合わせ場所に向かった。

 道中にはさっきの公園もあったので一瞥したが、やはり人が集まっている。それも大半が野次馬だ。この光景をテレビとかで見てると時折思うが、他にやる事が無いのだろうか。

 それともあれか。『人は好奇心に勝てない』というやつなのだろうか。

 まあそれなら少しだけ共感する。俺が生まれつき持っているこの『能力』の事を、俺は何も知らない。何で俺はこんな能力を持っているのか、どうして俺以外こんな能力を持った奴がいないのか、何も知らない。

『プラネット・ルビー』も他人に見えないし、能力も大した事のないものだったんで口外しなかったし人前で使うのは自粛していたのでバレなかった。あってもなくても便利にも不便にも思わなかったので特に調べたりしなかった。他人が持っていなくて見えてもいないから自分一人の問題だと自己完結していた。

 だから、生まれて初めて俺の『プラネット・ルビー』が見える奴がいた事知った時から、そいつがどんな奴なのか、かなり楽しみなのだ。

 そんな事を思っていると何時の間にか待ち合わせ場所に来ていた。あいつ――野原しんのすけだけでなく、一緒にいた母親らしき人も一緒だ。そして妹らしき前髪がカールした、同じく下膨れの赤ん坊が彼女に背負われている。

 出来れば二人きりのが好ましかったが、日は大分沈んでいて薄暗くなっているこの時間に、今日まで会った事のない人間が会う約束を取り付けたから自分の子供が単身そこに赴くなんて認める訳ないだろう。ましてや今春日部は他の所と比べて物騒になってきているんだし。

 

「ほっほーい、お兄さんまた会ったね」

「約束したから来たんだ。当然だ」

 

「しんちゃん、会う約束をしたっていうのこの人?」

「うん、死海で心中して箱根で駆け落ちする約束したの」

「どこの世界に会ったばかりの人間、それも幼稚園児と駆け落ちや心中の約束を交わす高校生がいるんだよ?」

 

 しかも「心中して駆け落ち」って矛盾してるよね? 逆ならまだ分かるけどさ。

 後何で箱根なんだよ。いつの新婚旅行だ。それに駆け落ち先が国内で心中先が国外って、統一しろ。

 

「すみませんこの子しょっちゅうこんなおバカな事言うんです。いちいち気にしないで下さい」

「いえ、別に……」

「ところで心中って何? 模型とかに使われる?」

「それは真鍮だ!」

 

 これ以上こいつに主導権を握られていると時間を無駄に費やして本題に入れぬまま夜になりかねないので、再確認の為『プラネット・ルビー』を出して指を指した。

 

「これ……見えてるんだよな? ボケは要らん、首を動かして答えろ、イエスなら首を縦に、ノーなら横に振る。それだけでいい。それ以外はするな」

 

 自分で何言ってるんだと思うが、念を押してないと不安だったので言ったのは正しいと思った。

 しんのすけはやはり首を縦に振った。みさえさん(さっきのやり取りの後自己紹介した)は見るからに俺達が何をやっているのか分からなさそうだ。当然だろう。俺があの立場だったら同じリアクションをまず間違い無く取る。

 

「母ちゃん、どうしたの?」

 

 但ししんのすけは理解出来なかったようだ。

 

「こっちが聞きたいわよ。あんた達何やってるの?」

「母ちゃん何言ってるの? ここにあのお兄さんの体から出て来た『何か』がいるじゃない」

「どこに?」

「母ちゃんの目は抜け穴か!」

「……『節穴』って、言いたいのか?」

 

 反射的に小声で突っ込む俺。しんのすけは「そうともいう」と答えた。

 

「もう、ひま」

「たや?」

「ひまはあれ見えるよね?」

 

『プラネット・ルビー』に指差すしんのすけ。ひまわりちゃんは首を縦に振る。みさえさんは先程と同じ反応。

 俺も驚いている。今までいなかった『プラネット・ルビー』が見える人間。それが今日突然二人も出会えた事に。

 

「すみませんみさえさん。突然で申し訳ありませんが、宜しければ本日泊めて貰って構わないでしょうか?」

「え? どうして? まさかオラのカラダを? イヤー!」

「えっと、どうして?」

「お宅の息子さんともう少し親密になりたいというか、何というか……無理なら断って構いませんが」

「う〜ん……まあいいわ。着替えとか大丈夫?」

「一日なら手ぶらでも大丈夫です。それに今日は宿題ないし。明日の学校は早く家に戻って荷物取れば間に合うかと」

 

 変な事をほざくしんのすけを無視する俺達。泊まる事をしんのすけに伝えるとこいつは「ケチな母ちゃんが見ず知らずの人のいきなり泊まるの許すなんて、明日の夜はオーロラが見れるね」なんて言ってみさえさんにグリグリされた。

 一応家にそれを伝えると、義母さんから着替え取りに来いと呼ばれ、一旦家に戻った。

 一時帰宅する途中、『明日また会う』という選択肢があった事を気付き、興奮して冷静さを無くしていた事に気付いた。

 



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瀬上除夜は普通の人 その④

野原家に来訪した除夜が待つのは……?


 庭付きの二階建ての新居。それが野原家の家屋だった。

 しんのすけは自分の父は安月給とか道中で言っていたが、駅とかと近いこの物件を持ち家にしていて、家族四人に犬一頭が満足に生活出来てるんだから安月給どころか同年代のサラリーマンの平均年収よりは稼いでいると思う。

 庭には飼い犬という、白い綿飴みたいな子犬がいた。あの犬には見覚えがあった。たまに肉屋で客の呼び込みで芸をやってたり、捨てられた子犬や子猫の世話をしているのを見た。首輪が着いているから飼い犬だろうと思っていたが、まさかここの犬だったとは。世界の狭さに驚いた。名前はシロというらしかった。

 シロの頭を撫でた後、家に上がった。キッチンに入った時、置かれていた買い物袋について疑問を持った。

 

「すみませんみさえさん。今日親族辺りが泊まりに来るんですか?」

 

 買い物袋一杯に詰め込まれている大量の食材は、明らかに一般家庭が1日2日で使う量を越えていた。だからそうだと思ったし、それならアポ無しで突然訪れた自分は迷惑にならないかと心配になったからだ。

 それに答えてくれたのは、しんのすけだった。

 

「母ちゃんね。よく衝動買いすんの。今日スーパー格安の日だったからつい買っちゃったんだぞ」

「……安いからって消費しきれない程買ったら無駄になるだろ」

 

『よく』って事は結構やってるって事か。

 放置しておくと痛むので、俺は冷蔵庫の扉に手をかけた。その際しんのすけは危険とか言ってたようだが、特に気にとめず開いた。

 

 ――途端、冷蔵庫の中身が雪崩れ込み、俺を巻き込んだ。

 

「だから危険だって言ったのに」

「聞き流してすみません」

 

 家計が苦しいとか言ってたが、これだとどれだけ実りが良くても家計苦しくなるよね普通。

 結局冷蔵庫の中身を点検する事から始まり、結果、中に詰まっていた内の四分の三が処分決定となった。賞味期限が切れて数日経っているのはまだいい方で、中には原型が何なのか分からない物もあった。

 ……それ等を目撃した時、どうコメントしていいのか俺には分からなかった。

 

「ごめんなさいね色々……」

「冷蔵庫時々確認した方がいいですよ。電気代の無駄です」

 

 

 

 

 俺は今、しんのすけと一緒に風呂に入っており、しんのすけは俺の背中を流している。

 あの後みさえさんに風呂に入るよう言われ、それでしんのすけと話そうと思って連れて行った。この時間にある番組「カンタムロボ」が観たいと駄々をこねて揉めたが、録画したのを上がってから観る事で納得してくれた。

 ひまわりちゃんも一緒のがいいかと思ったが、やめた。だって布団の上で雑誌から切り取ったらしい美少年、美声年の写真うっとりした様子で眺めていたんですよ? 怖くて近寄ろうとも思えませんでした!

 それで今こうなってる。しんのすけの洗い方は思わず感心する程上手かった。

 

「お前洗うの上手なんだな。お父さん相手にやってるのか?」

「ううん。お義父様にテコを教えて貰ったから」

「『テク』だろ」

 

 話によると、こいつには女子大生の好きな人がいて(何か色々言ってたがその人にとっては弟辺りの認識だろう)、その人の父親はベストセラー作家さんで、娘を非常に可愛がっており、娘の事になると締切間近でも仕事放り出す程らしい。……担当さん大変だろうな。

 途中、しんのすけの手が止まった。

 

「どうした?」

「星? これ?」

 

 しんのすけは俺の左肩の「ある部分」に指を押し付ける。

 俺が他の人と違う『他数点』の一つ。まあ、そう大袈裟に言う程のものでもないが。

 左肩に『星型の痣』が一つある事。かなり鮮明で、且つ形も整っており、ボディペイントや刺青の類と勘違いされた事もある。義母さんによれば、俺が赤ん坊の頃からあったらしい。

 小さい頃は気にしていたが、体に害はないらしいのもあって今は気にしていない。そう伝えるとしんのすけは洗うのを再開した。

 お湯をかけて泡を洗い落として貰うと、今度は俺がしんのすけの背中を洗う番だ。途中途中変な喘ぎ声を出してくるのでその度に止めさせた。

 

「しんのすけ。俺の『プラネット・ルビー』なんだが……どうしてお前らは見る事が出来るんだ? 何かあったのか?」

 

 泡を洗い落とすと、今回この家に来る事を決めた理由である『俺の能力を題材としたしんのすけとの会話』を始めた。質問内容に大した探りは無い。ただの勘だ。

 しんのすけは唸った後、答える。

 

「風間君に怒られた」

「……風間君?」

「オラの大親友」

「それ何時?」

「今日」

 

 絶対きっかけじゃねえなこれ。

 

「他は?」

「ネネちゃんにおままごとをさせられた」

「他は?」

「マサオ君とブランコで遊んだ」

「他は?」

「ボーちゃんとモズの早贄ごっこやった」

「他は!」

 

 段々声が激しくなってきた。その遊びは気になるが、大体想像がつくし、それが知りたい訳じゃないからスルー。

 

「あいちゃんが風邪でお休みだった!」

「……ごめん、質問が足りなかった。今日俺に会うまでに何かおかしい事が起きたか? 何でもいいんだ」

「んーとねぇ……あっ! 一昨日風間君ち行った時……」

 

 しんのすけは少し間を開ける。俺は唾を飲み込む。

 そして、言う。

 

 

「風間君のママが、すっぴんで出て来た……あれ? 何でお兄さん肩に手を置く……痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 爪! 爪立ってる! 爪食い込んでる!」

「俺の質問の仕方に問題があるの? 君の解釈の仕方に問題があるの? どっち?」

 

「離して離して離して離して! 昨日変な男が来てオラとひまがそいつの持っていた『弓と矢』で射抜かれた!」

 

 手を離した。

 

「痛かったぞ……」

「悪かった。その話詳しく聞かせてくれ」

「いいよー」

 

 話を聞くと、やはりとんでもない話だった。

 その『弓と矢』――正確には『矢』には特定の人物の超能力の素質を引き出す力を持っている事。『弓と矢』を持つ謎の男は何等かの目的でそれを使って能力者を作っている事。

 正直、自分が『プラネット・ルビー』の能力を持っていなければとても信じ切れない内容だった。実際、こいつも俺の能力を見るまで何か特別な事が出来るようになった訳ではなく、射られた際の傷痕もないのもあって夢を見たんじゃないかと思っていたようだ。

 

(今まで誰も見えなかった『プラネット・ルビー』が見えるって事は、その超能力は俺の能力と同類って事なのか?)

 

 同じ能力の持ち主なら見えたとしてもおかしくないが、まだそうだと言えない。

 そんな事より放置出来ない問題がある。

 

「そいつは能力者を現在進行形で作ってるみたいだが……その目的に心当たりはあるか?」

「そんなの分かる訳無いでしょ。何も教えてくれなかったんだから」

「だよな……」

 

 答えはそうだと分かっていても、やはり溜息は出るもんだ。

 顔を上げて、次の質問をする。

 

「そいつはまたお前の前に姿を現すって言ってたんだよな? もしその時が来たら、お前はそいつに手を貸すのか?」

「貸さないに決まってんじゃん!」

 

 即座にハッキリと、大真面目に答えた。

 

「そいつはオラだけじゃない! ひまも攻撃した! それも『確認』なんて理由で! そんな奴の目的がまともな筈がないぞ!」

 

 それだけじゃない! と言う。

 

「そいつが『弓と矢』でこうしてる今も誰かを射抜いているんなら、オラ達の大事な人達もその対象になるかも知れないぞ! そうなったら、オラとひまは生きてたけどもしかしたら死んじゃう人がその中から出て来るかも知れないんだぞ!」

 

 よし、決めたぞ! そして、その決意を言う。

 

「そいつを見つけて、目的を台無しにして、『弓と矢』を破壊するぞ! ここで会ったのも何かの縁! 除夜のお兄さん! 協力して!」

「…………」

 

 言葉の代わりに、俺は右手を差し出した。しんのすけは右手を伸ばし、そして握手を交わした。

 その時の俺達はまだ知らなかった。俺達の街に住む人の、そして俺達の身近にいる人の闇の存在を、まだ、分からなかった。

 

 

 

 

 二人が出会ったのと同時刻。

 路地裏で、一人の小柄でいかにも気弱そうな青年が、いかにもガラの悪そうな、そして明らかに堅気でない二人組に絡まれていた。

 堅気でないと分かるのは、片方が持っている白い粉の詰まった小さな袋。そう、麻薬だ。

 この二人は麻薬の売人。押せば楽に折れそうな奴を選び、やや強引に人目のつかない場所に引き込んだ後恐喝して、時として暴力を振るって買わせていた。

 人間は暴力に弱い。当たり前だ。特定の性癖の持ち主でない限り、好き好んで痛い想いをしたがるものか。そしてこの青年はそんな性癖の持ち主ではない。

 だから、今まで通り、今回もそうなると思っていた。

 

「買いませんよ。そんな大金持ってません」

 

 持ってたとしても買いませんが。と、真顔で口にした。それに腹を立てた男の一人は、青年の胸倉を掴み上げた。その手にはナイフが握られている。

 それでも青年は、表情を一切変えなかった。

 

「おい待てや兄ちゃん、こんな格安の栄養剤も買えないって、ちゃんと働いてるのか?」

「貴方達も真っ当な所に就職する事をお勧めします。こんな手段でしか売りつけられないなら貴方達は遅かれ早かれ冷たい鉄の檻に入れられますよ」

 

 それと――と続ける。

 

「これが本物の栄養剤だった場合、一袋十万円はどう考えてもぼったくりです」

 

 ごく常識的な事を顔を崩さず指摘した。それにより男はナイフを顔に振るった。殺すつもりは無い。傷付けて自分の今の状況を解らせる為だ。

 ナイフは振り切られた。だが、青年の顔に傷一つ付いていなかった。

 

 当然だ。ナイフの刃は『根元から消えていた』のだから。

 

 何がどうしてと思う事は無かった。青年の胸倉を掴み上げていた手が『消えた』。手首から綺麗にだ。

 支えていた物が無くなったので青年の体は地面に落ちる。青年が立ち上がると、消えていた手が何事も無いように『戻っていた』。痛みも何もない。錯覚ではなく、脈も体温もある、本物の自分の手首。

 青年は感情の無い笑顔を作り、言う。

 

「もう帰って宜しいでしょうか?」

 

 恐怖からか、矜持からかは分からないが、二人は青年に襲い掛かった。

 

 

 

 

 青年は歩きながら携帯電話を取り出し、電話を掛けた。

 

「もしもし、今言う所に重傷の方が二名いますので、救急車をお願いします」

 

 それと、と言って後ろを一瞥した。

 

「彼等麻薬の売人らしいので、警察もお願いしますね」

 

 あちこちに靴の跡があり、腕や足、肋骨が折れ、呻き声を上げて転がっている二人の売人が、そこにいた。

 

 伝え終えた後ポケットに入れ、何事も無かったかのように路地裏を出た。

 




遅れましたが、除夜の『プラネット・ルビー』に元ネタはありません。
スタンドの多くが洋楽から取られている事を知らなかった時期に命名したので。


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ハーレム・シャッフル その①


「除夜のお兄さん、母ちゃん達が寝静まったら一緒にテレビ見ない?」
「見ねーよ。俺明日も学校なんだ。深夜アニメ観てたら授業中眠くなる」
「除夜のお兄さん、そんな堅苦しく生きてて人生楽しいの?」
「少なくとも今はお前が思っているよりずっと楽しいし楽しんでるよ! てな訳でお休みなさい!」

 借りた布団の中に入って眠った。
 かなり後に、しんのすけが観たがっていたのがエロ番組と知り、頭が痛くなった。


 

 野原家で一晩過ごした後、言った通り俺は一度自分ちに戻ってから登校している。

 俺の『プラネット・ルビー』が見える奴に出会い、この春日部で妙な『弓と矢』を用いて人を襲っている男の捜索に協力する事をそいつと約束したとしても、それはあくまでも私事。日常は変化しない。一高校生に過ぎない俺は、学校のある日は学校に行かないといけない。

 

 ……はっきり言って、俺はしんのすけの話は信じているが内容に関しては半信半疑といった所だ。

 そいつは『矢』に射抜かれ生きていたら『能力』が発現すると言ったようだが、あの兄妹はそれを発現させていない。俺の『プラネット・ルビー』が見えているので他の人と異なる要素があるのは確かだが、それがその『矢』が関わっているという確証は無い。もしかしたらそれが『能力』なのかも知れない。だが、何故か『絶対に違う』と断言出来る。無論これはただの直感で、根拠は何もない。だからせめて後一人はその『矢』に射られた人間が出て来ないと何も進めない。

 そいつをどう確保するかだ。「『矢』に刺された事ある?」と聞き回る訳にもいかないし……

 接触の可能性が一番高いのは多分この春日部で多発している妙な事件。内容が真実なら、射られて『能力』を発現させた人間が犯人の可能性は十二分にある。そいつを捕まえれば……

 と考えたが、「多発」しているので数は多いし、事件の調書を全くの無関係な高校生に見せてくれるとは思えないし、大体警察が必死に捜査して手掛かりすら掴めないのに素人が何か分かるとは思えない。

 最近ので――と思い立ってみたが、今朝ニュースであったのは、もう何度も報道されている春日部を中心に蔓延している、原材料、ルート、成分、その全てが全く特定出来ていない謎の『麻薬』……どう考えても高校生の手に余る。

 やはり地道に射られた人間を捜す事から始めるのが一番だが、どう捜すかが問題だ。

 射られた人間はウチの学校にいても不思議はない。そいつがその後どう出るかだ。夢だと思ってせいぜい家族や友人に話して終わりとか、困惑して変な行動が目立つようになるか……判別が難しい。高校に入学したばかりでそれが分かる程仲のいい人間はまだいないし、同じ中学出身の人間もいるけどそいつ等と俺は優太と宝来以外は同級生、同学年という事柄以外に接点なんか無い。

 昨日まででクラスで変わった事と言えば、強いて言えば委員長が風邪引いて休んだ程度……平和だな。

 

「平和なのが一番なんだけ……うおっ!」

「わっ!」

 

 何のお約束なのか、曲がり角の地点で人にぶつかってしまった。考え事に気を取られ過ぎた。相手側は大丈夫なのだろうか。

 見下ろすと、光沢のある黒いボタンの黒い長袖シャツを着て黒い長ズボン、黒い安全靴を着用し、黒いオープンフィンガーグローブを着け黒い指輪を全ての指に嵌めた、童顔の、見た目中学生程の男の子が尻餅をついていた。横には彼の物だろう黒い帽子と、ソフトクリームのコーンが転がっている。

 見下ろすので必然的に自分の制服も目に入る。クリームがべったりとついていた。彼は立ち上がると頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした。前方不注意でぶつかってしまって服まで汚してしまい……」

「謝罪はいいよ。こんなの洗えば落ちるし、怪我なんかしてないし」

 

 俺も前方不注意だったから、俺にも非はあるし。

 彼はポーチからポケットティッシュを出し、制服に付いたクリームを拭い取ってくれた。

 その後、ポーチから切ったチラシとペンを取り出して数字を書いた。

 

「これが連絡先です。クリーニング代の請求は」

「いや、いいってだから……こんな事で、しかも年下相手に金取ろうとするなんてクズじゃないから」

「貴方、高校生ですよね? 制服からして星陵高校の」

「ああ」

「僕、こんな容姿をしていますが君より年上ですよ。多分」

 

 その証明としてポーチから『運転免許』を出した。それには普通自動車の所に1とついている。

 これ見た結論。この人少なくとも18歳以上。俺より年上。

 免許を返すと俺は深々と頭を下げた。

 

「すみませんでした」

「いえ……お気になさらないで下さい……勘違いされるのは慣れています故……」

 

 苦笑いしながら、須藤(すどう)琢磨(たくま)さん(免許証に記載されてあった)はこう言ってくれた。

 彼は表情を戻して免許証を戻す。その際、ポーチの中の写真が俺の足元に落ちた。

 

 しゃがんで拾い上げた瞬間、俺は動きを止めた。

 その動作をすれば裏返しになってない限り被写体が嫌でも目に入る。

 

「あんた……この写真は……」

「あちゃー、ちょっと気が緩んでいましたかね。こんなミスを犯すなんて。それで、その写真について僕にどんな事をお尋ねしたいのでしょうか? 『瀬上除夜君』?」

 

 言ってない筈の俺の名前をフルネームで口にした。表情はにこやかだが、纏っている雰囲気は明らかに変化していた。

 彼は思い出したように落ちた帽子を拾い上げ、被る。

 

「じゃあ質問だ。何であんた『こんな写真』を持っていて、俺の名前を知ってるんだ?」

 

 

 落とした写真――『中学時代の俺が写った写真』を見せた。

 

 

「君が僕の『標的』だからですよ」

 

 当たり前のように答えると同時、写真をひったくって乱暴にポケットに手首ごと入れた。向けられた敵意に体が反応し、足を動かして距離を取った。

 

 次の瞬間、俺は自分の身に何が起こったのか分からなかった。

 ともかく、首を絞められたかのように『息苦しくなった』。

 いや、喉に力を込めた指が『触れている』のは分かる。だが、誰が触れているのか分からない。

 指を外そうと喉に手を伸ばす。が、何の感触もそこにはなかった。触っている指はおろか、『自分の喉』さえも、そこには『無かった』。

 首を全体的に触ってみてようやく分かった。俺の首は今、『前半分が消失している』という事を。

 

「『何をされているのか分からない』ですか? 僕は君の首を自分で締めているだけですよ?」

 

 ……伝わる感触から事実だと頭が認めている。

 何が起こっているのかまだよく分からないが、俺は『プラネット・ルビー』を発現、須藤に殴りかかった。

 須藤はそれを強引に避ける。喉の感触や息苦しさが無くなった。首を触ると、消失していた前半分が元に戻っていた。

 俺は首が元に戻った、圧迫感から解放された事への安堵感より、あいつが『プラネット・ルビー』の攻撃を避けた事への驚愕で頭が一杯だった。

 

(こいつ……『プラネット・ルビー』が見えてんのか?)

「危ない危ない……僕の『スタンド』は肉弾戦――と表現するのは少し変ですが――苦手なんですよ」

 

 ここまでで俺は、こいつが俺と『同じ様な能力』を持っている事を、ようやく悟った。

 




次回、除夜の初めての戦いが始まります。


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ハーレム・シャッフル その②

 

「やはりこれでやられてくれませんか……仕方無い。覚悟を決めるとしましょう……」

「やる気か?」

「話し合いで解決する事はこっちの立場上出来ませんし、顔を見られて本名も知られましたしね……」

「逃げる気は無いみたいで安心したよ。お前には聞きたい事がある」

「合意のようですね。では場所を変えましょう。僕の能力は人目を引きやすいし、何より横槍は入れられたくない……構いませんか?」

「いいよ」

 

 寧ろ願ったりだ。俺の能力も人目につきやすい。

 

 

 

 

 通学路から少し離れた公園に入る。平日で朝だから人はいない。

 一応学校には遅刻すると連絡して、須藤と向き合い、『プラネット・ルビー』を発現する。

 

「さて、やるか……」

 

 正直、俺は『プラネット・ルビー』を喧嘩で使った事は無い。だが、純粋な拳でそれなりの太さの木を折る事は出来るし、スピードは自信がある。

 生身の拳を握り締めると、須藤は開いた掌を前に出した。

 

 

「何のつもりだ? 降参?」

「とんでもない。ただ、僕に何か尋ねたい事があるのですよね? それを今の内に聞いておかなくていいのですか?」

「それをお前を倒した後聞き出すつもりなんだが」

「『逆の結果になってしまったら』? または『その通りの結果になっても僕が喋る事が出来ない状態になってしまったら』?」

 

 言いたい事は分かった。確かにそうなるかも知れない。そうなったらこいつからの情報は得られなくなる可能性大だ。確実なチャンスが目の前にあるならそれに手を伸ばした方がいい。

 意図は分からないが、乗ってやろう。

 

「質問いいか?」

「……何なりと」

「じゃあ、お前がさっき言った『スタンド』って何だ?」

 

 この質問をすると、奴はずっこけた。

 

「そのリアクションは何だよ!」

「信じられないからですよ! 君自分の『能力』自覚して長いんでしょ?」

「物心ついた時から」

「調べた事無かったんですか?」

「見える奴なら分別ついてきた小学生の頃捜した事あるんだけどいなかった。で、自分しか持ってないんだと結論付けた」

「……色々言いたい事はありますが不毛な言い争いになるのが目に見えてますのでやめておきます」

 

 そんな事言って頭を抑え、溜息を吐いた。

 そして咳払いして説明を始めてくれた。

 

「『スタンド』は、僕や君のような能力の総称を言います。『スタンド』はどういう存在なのか――言わば『精神力』、『生命エネルギー』そのもの。それを具現化し、使役する事の出来る者を『スタンド使い』と呼びます。スタンドを主とするなら『本体』という呼び方もありますが使う事が多いのは圧倒的に前者の方ですね。そして、精神力であるスタンドは基本的に『スタンド使い』にしか見えないという特徴があります」

「あー成程」

 

『プラネット・ルビー』が見える奴が昨日しんのすけに出会うまでいなかったのは、単純にそれまで会った人間に『スタンド使い』がいなかったからか。

 終わったようなので一番気になった点を聞いた。

 

「何でお前は俺を『標的』にする? その写真は何処から手に入れたんだ?」

「……僕が『ある男』に出会った所からお話をした方が宜しいですかね」

 

 その単語を聞いてしんのすけの話を思い出したが、それを口にするのは今は堪えた。

 

「もう5ヶ月以上前の事です。バイトを終えて家に帰るとその男がいましてね……僕は突然彼が持っていた『弓と矢』で攻撃されたんです。それで『スタンド』が身に付きました。僕の『スタンド』関連の知識はその際に彼から教わって、後は独力で調べた物です」

「…………」

「暫くは接触は無かったのですが、二週間前に突然電話が来て、電話で「瀬上除夜を倒して欲しい。生死は問わない」と依頼されました。依頼料は振込で20万、成功報酬一千万。写真は投函受けに入っていました」

「それで俺の事を調べて発見して偶然装って接触してこうしてきたと?」

「調べていたのは認めますが接触は偶然です」

「そいつに言われたから俺を襲うつもりだったのか? 何でか分からず金目当てで?」

「僕は仙人ではないのですから霞を食べて生きているのではありません。それに彼、『ここ最近起こる妙な事件の数々は瀬上除夜が元凶』『瀬上除夜をどうにか倒す為の仲間を作るべくこの行いをしている』と仰ってました。勿論鵜呑みにはしておりませんがこうして名指しな以上可能性はありますので。ご理解いただけましたでしょうか?」

「ああ」

 

 沢山分かった。

 俺を「生死問わず」――最悪殺す為にそいつはスタンド使いを生み出していて、しんのすけ達はそれに巻き込まれた事も。

 春日部で起こる『妙な事件』が、『スタンド使い』による犯行だという事も、よーく分かった。

 

「それで……他に聞きたい事は?」

「『戦いは嫌だから退いてくれ』――と頼んでも了承してくれないよな?」

「ええ。君には暫く病院暮らしをして貰います。彼が仰った事が何処まで真実なのかは分かりませんが、依頼を承り、お金を受け取っている以上それは行わないとね」

「そうだな……それ聞いて少し安心したよ」

「安心? 何故です?」

「お前はこれから俺に対して明白な敵意を持って襲い掛かってくる訳だろ……だから、何の気兼ねも無くお前をぶちのめせると思うとな……」

 

「プ……ククククククク……」

 

 俺のセリフに、須藤は吹き出し笑った。

 

「失敬……随分と面白い事を口になさったので堪えられず……貴方が僕をぶちのめす……自分の能力の事をろくに知らなかった貴方がね……」

 

 須藤は自分の『スタンド』を出した。

 眉間をくり抜きそこから埋め込まれた琥珀を露出させている巨大なシーラカンスの上顎骨を頭に被り、その上に耳の部分にアンモナイトが一つずつ取り付けられ、首には幾つものサメの歯を紐で通した首輪が掛けられ、背中には巨大な三葉虫、胸にはサンゴと、あちこちに化石を装備し、肘や膝には緑色のテープでテーピングされていて、目の部分からスタンドの黄色い目が覗き込んでいる、灰色を基調とした人型。それがあいつのスタンドだった。

 何かする前に、俺は『プラネット・ルビー』でそのスタンドを掴もうとした。

 

 ――伸ばした右手が手首から消失した。さっきと同じ現象だ。しかも俺の手も同じ現象が起こっている。

 奴の右足も膝から下が同じ様に『消えた』。直後、消えている右手から『踏みつけられたような感触と痛み』が伝わった。その後も踏み躙られているような痛みも伝わってくる。

 

「先程述べた通り、『スタンド』は精神力……生物の精神から生まれるものですからね。その姿形も能力も正に十人十色。実際に君の能力は僕の能力と異なるでしょう?」

 

 自分の足と俺の手を戻す。俺の手には土が着いており、それを払った。

 土――? そうか。

 

「お前のスタンド……もしかして、『専用の空間でも持っているのか』?」

「そう言う根拠は?」

「人間の身体が一部でも痛みとかなく消えたり現れたりする筈は無い。だが、別の場所に移動させるなら簡単だろ?」

「…………」

「つまりお前は、『専用の空間を持っていて、そこに空間の一部を持って行く能力』。さっきのお前の攻撃のタネは、持って行かれた俺の一部に、お前の一部が攻撃していた……ただそれだけの事だった」

 

 そこまで言うと須藤は笑みを浮かべた。

 

「正解です。僕の『ハーレム・シャッフル』は能力射程にいる存在の一部を別空間に持って行く事が出来ます。因みに能力射程は自分を中心に半径50メートル。つまり、逃げようとしても仲間と連絡を付けようとしても容易く対処出来るという訳です」

 

 それと――と言って続ける。

 

「先程君のスタンドの手首を持って行った時、君の手首も消えた事で驚いていたようですが、それはスタンドの特性によるものです。『スタンド』は『生命エネルギー』でもある。よってスタンドはスタンドでしか攻撃出来ず、スタンドが受けたダメージは本体にフィードバックし、同様のダメージが本体へ伝わるのです。つまりスタンドの死はスタンド使いの死を意味し、その逆、スタンド使いの死はスタンドの消滅を意味するのです」

「…………」

 

 この『能力』の事を本当に何も知らなかったんだと実感出来た。

 そして、こいつが『凄く親切な奴』だと分かった。

 当たり障りの無い事とは言え聞いてもない事をペラペラ喋るし。さっき聞きたい事を聞いたのも、裏とか何もなくただの親切なんだろうなと、自分でもかなりズレていると自覚出来る事を思った。

 




元ネタはローリング・ストーンズの楽曲です。


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ハーレム・シャッフル その③

須藤戦決着!


 

 腕時計で確認した現在の時刻は8時48分。学校では既に一限目が始まっている時間だ。

 で、俺はこの時間、授業どころか学校にも到着していない。登校中に遭遇したこの男との戦闘が終わっていないからだ。

 どうなっているかと言うと、奴の攻撃を俺が受け続けている。俺の攻撃は全て避けられている。

 攻撃しようとすれば能力で持って行かれ、そちらの攻撃の時は防ごうとしてもガードの下と自分の腕か足を持って行って無防備にして攻撃している。

 

(今思えば能力の射程距離を教えたのは、単なる親切以外に俺を逃がさないようにする意図もあったんだろうな……)

 

 この戦いの間、俺は「逃げる」という選択をしようとは思わなかった。50メートルも能力が届けば逃げてる間に足を持って行かれるか、そうでなくとも何発も攻撃を受ける事になるか……そして遭って再起不能にされる。

 まともな感性の持ち主なら好き好んでこんな目に遭いたがらない。俺だってそうだ。だから今、あちこち怪我している。

 

「ゼー……ゼー……」

「ハー……ハー……」

 

 どちらも息を切らしている。一時間も戦闘を続けているんだから当然だ。

 もしかしたら、疲弊の度合いはあいつの方が上かも知れない。あいつは攻撃も回避も『能力』で行っている。使うタイミングを見計らう為に動きを随時注視しないといけない。『プラネット・ルビー』のスピードは相当だから尚更目を離せないだろうしな。

 

「質問……させて頂きます……」

 

 息を整えた須藤が、こんな事を言ってきた。

 

「貴男……何故『無事なのですか』?」

 

 質問の意図は分かってる。一時間も攻撃を受け続けた俺は、痣が出来たり腫れたりしてはいるが、身体その物は『全く無事』だからだ。

 俺が他者とは違う『他数点』の一つ、俺は「身体が頑丈」。その度合いは義母さん曰わく「鍛えたプロの格闘家より少しばかり下回る」レベルらしい。

 あいつの『スタンド』の攻撃力の低さも幸いした。奴の攻撃力は、多分常人より僅かに下と言った所だろうか。だから、あいつの攻撃では俺を倒すに至ってない。

 

「生まれつきの体質」

 

 隠す事もない事なので、素直に答えた。

 同時に、すぐに決着をつけなければならないと感じた。奴の攻撃にパワーはそこまでないが、それは奴が素手で攻撃している為だ。攻撃が刃物や鈍器に移行したら呆気なく一転するし、今まで以上に間を置かず攻撃されたら流石に持つか自信は無い。

 作戦は既に考え付いている。そして、「これが失敗したら負ける」。

 

「シッ!」

 

 掛け声と共に地面を蹴り、須藤に向かって走り出す。

 三歩進んだ所で前に出そうとした足が持って行かれた。

 

「『プラネット・ルビー』!」

 

 倒れそうになった所で残った足で跳んだ直後、『プラネット・ルビー』に足の裏を「蹴らせた」。力加減を考えてなかったから骨が砕けるかと思える程痛かったが堪える。

 蹴り飛ばされた勢いで一気に腕を伸ばせば触れられる距離まで詰め、左手を握り締めてそれを奴の顔面目掛けて放つ。奴は足を戻して左腕を持って行った。

 で、右手は既に拳を作っていて、こいつが左腕に能力を使った時には既に顔に向けて放っていた。

 

「『これ』がお前の能力の弱点だろ?」

 

 奴の能力は、『対象一つにつき一部分』が限定。現に今までも奴は回避も攻撃も一部分しか持って行っていない。何ヶ所も持って行く事が出来るならとうに「俺の負け」で決着は着いている。

 俺の拳はそのまま真っ直ぐと奴の顔に突き進む。が――

 

 奴の体は消え、俺の体はそのまま通過してしまった。

 

 宙に浮いている体を『プラネット・ルビー』で上から叩いて地面に落とす。立ち上がる時に『直立している下半身』が目に入った。

 足を動かすと同時に元に戻る。

 右腕持って行くとしたら左腕を戻さないといけない。自分の首を持っていったら残った体は俺の体と激突する。

 だから『上半身を持って行った』。あいつ身長低いし、そうしたら今の結果は生じるだろう。

 だがこれは「想定内」。奴が俺に体を向けると同時に、接近して右手を振るった。

 奴は左腕の肘から上を『半分』持って行って軌道上に割り込ませる。俺の手は『断面』に接触。そのまま止まった。

 

「僕の能力の使用により必然的に生まれる断面に何をした所で断面はおろか残っている部分に何の影響も与える事は出来ない……」

 

 こいつの能力、防御にも転用出来るのか。流石にそこは予想を越えていた。

 しかし、「何の問題もない」。俺は腕を引っ込め、必然的に接触している断面から離れた。

 

 

 

 

「…………」

 

 俺は右腕を振り切ったポーズをしており、足元には気絶した須藤が横たわっている。

 つまり、結果は俺の勝ち。

 何をしたか。後ろに回ってすぐにこいつに拳を叩き込んだ。『プラネット・ルビー』の「能力」によって。

『プラネット・ルビー』には、「俺の周りの物を瞬間移動させる能力」の他に、「俺自身が『軸』指定した物の周りを瞬間移動出来る能力」が存在する。そっちを使った。

「よし、取り敢えずこいつから色々話を聞こうか」

 




除夜最初の戦い、これで終えました。
しかし、『本日』はまだ終わってません。
次の話から学校に移ります


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委員長と遊ぼう! その①


「改めてアイス買いますけど、食べます? 奢りますよ」

「いらん! そんな時間ない!」


 

 二限目の半分に差し掛かる辺りの時間で、俺は教室に滑り込んだ。

 

「すみません遅れました!」

 

 日本史の教科担と級友達の視線が、一様に俺に向けられた。先生に言われるまま、自分の席へと向かう。

 事前に連絡を入れておいたお陰で怒られる事は無かった。だが、授業の内容が分からない。

 一限目の分含めて後で優太や宝来にノート見せて貰って、帰ったら復習しないと。

 

 あ、あれからどうなったかと言うと。

 

 須藤琢磨の事だが、気絶した後ほっとくのも何だったので、目が覚めるまで付き添った。

 色々話して、どうにか俺がこの春日部で起こる怪事件に関わっていないのは分かってくれ、騙されていたとはいえ襲ってきた事への詫びを含めて真の元凶の『弓と矢』を持つ男を捜す協力をすると申し出た。仲間が増えるのは喜ばしい事なので俺は了承した。

 

(事態は……思っていた以上に深刻だったようだ……)

「――み」

 

 琢磨から詳しく聞いた所、春日部で起こる怪事件は、可能性のあるもの含めてその全てが春日部以外では普通の事故や事件に『すり替わっている』らしかった。

 何故なら『スタンド使い』による事件が沢山発生していれば、その存在を知る「SPW(スピードワゴン)財団」が嗅ぎ付けない筈が無いらしい。実際に調べてみても調査員らしい人間が入った形跡や記録は見当たらなかったようだ。それをおかしいと思って更に調べてこの事実が判明したと言う。

 どうやら財団に来てほしくないから情報操作を行っていると琢磨は推測していた。何故なら財団が協力しているスタンド使いは厄介な能力者が多く、その中で特に「時間を感覚で数秒止められる」というふざけた能力を持つ、「史上最強のスタンド使い」と名高い男もいるだとか何だとか。

 

「――上」

 

 そんなのに来てほしくない気持ちは分かるが、別に俺にとって何て事はない。問題は、「マスコミに介入して情報操作」なんて出来る程の力のある奴が相手だという事だ。

 何より今もなお『スタンド使い』はその数を恐らく、いや、確実に増やしている。その全員が俺を悪人だと思って、いや、単純に金目当てで狙っていても何もおかしくない。その中には、俺の身近にいる人間もいる可能性だってある。

 

(たく……俺が一体何をしたんだよ……何がそいつをそこまでさせてるんだよ……)

「瀬上っ」

 

「うるせぇな今重要な事考えてんだよ! 後にしろ後に!」

 

 しつこく何度も声をかけてくる奴に、俺は思いっ切り怒鳴りつけた。

 因みに、その相手は先生で、それを確認するとクラス中から俺に視線が向けられているのに気が付いた。

 考えていたのは「俺にとっては」重要な事だが、「授業とは」何の関係も無い事なので俺の分は悪い。素直に頭を下げるとちょっとした注意で許してくれた。

 

 

 

 

 授業が終わって休み時間。優太にノートを見せて貰おうと思ったが、その優太は休み時間になると同時に急いで廊下に出た。恐らくお手洗いだろう。宝来にお願いしようとしたが、数枚の書類と睨めっこしている。多分生徒会関連だろう。邪魔するのも気が引けたので止めた。

 誰か他の奴を――と首を動かすと、突然視界が遮られた。

 

「だーれだ?」

 

 高い声と服越しの柔らかい感触から、相手は女だと分かる。そして『誰か』はすぐに分かった。高校生にもなって、しかもまだ大部分が緊張している中でこんな事をして来る奴はこのクラスでは、いや、俺の知る限りこの学校では一人だけだ。

 

「何の用だ? 稲庭」

「大正かーい!」

 

 視界が戻った俺が最初に見たのは、子供じみたイタズラをした張本人の朗らかな笑顔。

 黒くて綺麗な髪を首の所で赤いリボンで結った、袖と襟が配色が逆になってる制服を着ている同い年の少女だ。

 稲庭(いなにわ)早良(さわら)。それがこいつの名前で、このクラスの委員長。委員長の就任したのは入学式の後で、『クラスで一番元気だから』という小学校低学年レベルの理由で担任から選ばれた為。

 

「テンション高いな。病み上がりだろ? 無理すんなよ」

「ただの風邪でーす。それにもう完全に治って今は元気モリモリだよ」

「良かったな。それとノート見せてくれ。御存知の通り取ってない」

「あたしはコンビニで買ったプリンを食べるのに夢中で取ってません!」

 

 教室の隅のゴミ箱の一つに、プリンの容器が大量に捨てられていた。幾つもの容器のタワーが普通に視認出来る程高く積み重ねられてる。

 見なかった事にして稲庭へと向き直る。

 

「だからあたしも他の人に見せて貰う予定!」

「あっそ……」

「あれ? 服についてるその染み何?」

 

 今朝琢磨とぶつかった際についたソフトクリームの染みを指差した。

 

「人とぶつかってその人の持っていたアイスがな……拭いたんだが染みになったんだよ」

「災難だったね」

「さいなんです」

 

 教室全体が白けた。うん、ごめんね。下らない事口にしてごめんね。

 

「……話は終わりか?」

「違うよ。瀬上君にしか言えない事があるんだ!」

 

 教室全体に響く程の声量でそんな事を言い放つ。最初からそれを言え。

 

「……で?」

「はにゃ?」

「その俺への用件って何だ? さっさと話せ、休み時間ももう時間がない」

 

 そう言ったら稲庭が満天の笑顔を浮かべる。元々笑顔は可愛いが、この笑顔は格別だった。

 

「昼休み屋上に来てくれない?」

「まだ寒いぞ……」

「だから誰も来ないんでしょ? 誰にも聞かれたくないの!」

「分かったよ行くよ」

「ありがとー!」

 

 笑顔でギュッと俺の手を握る。不覚にも俺は思わず顔が少し熱くなったのを感じた。

 稲庭が自分の席に戻るのを見届けると、次の授業に使う教科書とノートを取り出そうとした。

 

「あれ?」

 

 その動作の途中、こんな言葉が思わず口から出た。

 教科書を取り出す時は必然的に視線を落とす。こうなったら制服の前の方が当然視界に入る。

 

 それで気付いた。染みが『消えている』。まるで最初から無かったかのように。

 最初は見落としただけかと思い、時間を空けて次の休み時間に改めて確認する。やはり無かった。

 

 全くの余談だが、直後に俺は同級生達に好奇の視線を向けられた。優太はにやけた顔を、宝来は少しばかり不機嫌な表情を、俺に対して向けていた。

 



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委員長と遊ぼう! その②

昼休み始め

「瀬上君どこ行くの?」

「パン買い」

「じゃあ一緒に行く」

「どれだけ食う気なんだよ!」


 

 四限目も終わって、昼休みに入る。

 それと同時に稲庭は弁当を包んだ風呂敷を持って教室の外に出た。サンタの袋みたいに大きいが、数日同じ光景を見ていれば慣れて特に何も思わなくなる。

 俺はというと、今日は弁当を用意していなかったので、昼休みはじめに購買で売られる、近くのパン屋からの提供の、賞味期限ギリギリで一個50円のパンを十個程買って自分の席で食べていた。二つ目のあんパンを食べ終え、次のソーセージパンに手を伸ばす。

 到達する前に、ソーセージパンが掠め取られた。顔を上げると、正面の椅子にはニコニコ笑顔の優太が自分の席でないのに座っていて、その俺から見て左隣には俺から奪ったソーセージパンを持っている宝来がいた。

 

「……何の用だよ」

「稲庭さんとの約束ほっぽりだしてのんびりパンを食べてる友人に少し文句を言いにね」

「優太もか?」

「傍観希望者」

 

 聞こえはいいがただの野次馬だそれは。

 溜息ついて説明する。

 

「……すぐに来いと言われてないからな。昼休みは長いから飯食ってから言っても充分間に合うだろ」

「話が長くなる可能性は?」

「もし飯代の立て替えだったらお前等の内のどっちかに回す」

「嫌! 高一で破産申告なんかしたくない!」

「僕も! お金あるけど先を見越して大切に遣いたい! 一気に十分の三くらい減るなんてやだ!」

 

 即座に返してきた。うん、だよな。

 それと優太、家族がお前に遺してくれた莫大な財産は稲庭の食事でも一回ならそんなに減らないからな。詳しくは把握してないが。

 

「……そうじゃないかも知れないから、早く行ってきなさい。女の子を待たせたら駄目」

「へーへー」

 

 ソーセージパンを返してもらってそれをかじりながら屋上へと向かう。その際教室のドアを開けたと同時にはまってたガラスが落ちて思わず腕で弾き、ドアにぶつかって割れて破片が額に掠ったが、大した傷じゃないし優太達が任せろと言ってくれたのでそのまま足を運んだ。

 

 

 

 

「よっ稲庭。待たせたか?」

「ううん、あたしも今来たばかりだよ」

「……デートの定番のやり取りだな」

 

 ずっと屋上にいたのは、隅に敷かれてあるブルーシートとその上に風呂敷越しに置かれてある幾つもの八段の重箱から確かだ。食べ終わって待とうと思ったのがつい今だったと考えれば稲庭のセリフは特に間違いでは無いだろう。

 

「ほえ? 額切ってるけど大丈夫?」

「大丈夫、昼休み終えてる頃には塞がってる。それより用件は何だ?」

「あたしにはそっちのが気になるよ! 何で絆創膏も張ってないの?」

「俺は傷の治り早いからこの程度はほっといても……」

「見てるこっちが痛々しく思うの! 手当てするから座って!」

「分かったよ手当て受けますよ」

 

 渋々膝を曲げて高さを調節する。自分は気にしなくとも相手はどうしても気にしてしまう事ってあるんだな。気をつけよう。

 そして稲庭は傷口に手を伸ばす。俺は稲庭にごく当たり前な質問をした。

 

「お前……絆創膏とか消毒液とかは?」

「あたしの手当てにそんなのいらないよ」

「じゃあどう治すんだよ? まさか魔法で治すなんて言わないよな?」

「安心して。あたし魔法使いじゃないから使えないよ」

「質問の答えになってない! お前の手当て受けるのは俺なんだから方法……くらい……は……」

 

 稲庭の手から『粘膜に覆われた並んだ小さなイボのある腕』が伸びてきて、俺の傷口に押し付けられた。

「痛い」と思ったが、すぐに汚れを『拭き取る』ようにそのまま手が動く。俺から離れると額の痛みは無くなり、屋上のドアの窓ガラスで確認すると、傷は最初から無かったかのように『消えていた』。

 

「おい……『今の』は……まさか……」

「やっぱり……『見えるんだね』……『イザベラ』が……」

「さっきの腕だろ?」

 

 コクリと頷く。

 

「この事でお話がしたかったけど……ダメ?」

 




スタンド名はジミ・ヘンドリックスの楽曲から。


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委員長と遊ぼう! その③

 

 正直な所、それを言われて反応に困った。

 琢磨から『弓と矢の所持者』の目的が俺を倒す事だと聞かされて、俺には「これから遭遇する『スタンド使い』は敵」という認識があった。

 その『敵』には身近な人間もいるだろうと思っていたが、いきなりそれが出て来るのは思わなかった。

 という訳で今の俺にあったのは、「驚き」と「戸惑い」で、何とか戦闘に意識を切り替えようと必死だった。

 

「相談?」

「うん……確認するけど、見えてるんだよね?」

 

 稲庭から出て来たのは、稲庭より頭一つ分程身長の低い、粘液に覆われた濃い灰色の皮膚に腕に並んだイボのある、頭にトゲの生えた赤いヘルメットを被った、口が耳の近くまで裂けているスタンドだった。

『オオサンショウウオがリアルに擬人化したらこんな感じだろうか』。それを見ての第一印象はこれだった。

 俺も『プラネット・ルビー』を発現させた。

 

「やっぱり……瀬上君も同じ能力を……」

「一応、生まれながらな。それとこの能力、『スタンド』って言うらしい」

「そうか……」

「……お前がその『スタンド』を身に付けた経緯を話してくれないか? もしかしたら、俺に相談したかった事が含まれているかも知れないからな」

「笑ったり……しない?」

「しない」

 

 不安げな表情で聞いてきた。だから即座にハッキリとそう返した。すると、いつもの笑顔を浮かべた。

 互いに『スタンド』をしまって話を始める。昨夜9時頃、お粥を食べている途中(因みに土鍋で二十杯目だったらしい。それを聞いた時、頭が痛くなった)、何者かが入ってきて、そいつが持っていた『弓と矢』に射られた。その時のショックで気を失っていて、起きた時には傷が治っていて、『イザベラ』が出せるようになったという。

 

「で、瀬上君とお話したかったのはこの『置き手紙』……目が覚めた時テーブルの上に置いてあったの」

 

 スカートのポケットから折り畳まれた紙を取り出し、広げて見せた。

 

『拝啓稲庭早良様 暑中お見舞い申し上げます』

 

 まだ春だよ。

 

『貴女様がこれを読むという事は、貴女はある素質があり、それが精神から引き出されたという事です。貴女にはやって貰いたい事が一つあります。それは、瀬上除夜を倒す事です。この春日部で近頃起きている妙な事件の数々、その元凶は瀬上除夜です。彼には「不思議な力」があり、倒せるのは同じ「力」を持った者だけなのです。どうか、彼を倒す仲間になって下さい』

 

 琢磨が言っていた事と変わらない内容だった。

 文章はパソコンで作成されている。今も後もこれを手掛かりにする事は不可能だ。

 

「瀬上君の名前が名指しで書かれていて、とても信じられなくて、だから……」

「ここに俺を呼んだ……か?」

 

 コクコクと頷く。

 首の運動を終えてすぐに俺は『スタンド能力』についての受け売りの知識を教え、俺が事件とは無関係なのを説明した。

 

「納得してくれたか?」

「うん。良かったー、瀬上君が悪い奴じゃなくて」

「じゃ、五限目まで後十分ちょいしか無いし、教室戻って授業の準備を――」

 

『イザベラ』の拳が俺の顔に迫る。それを『プラネット・ルビー』で受け止めた。その光景と掌から伝わった痛みから、稲庭に攻撃された事を認識した。

 

「何の真似だ?」

「戦おう」

 

 右肩から自分のスタンドの右腕を俺へと伸ばしている稲庭はそう返答する。その目と顔付きは、俺の知らないそれだった。

 

「……理由は?」

「これからの事を考えて、この『能力』でちゃんと戦えるか確かめたい」

「『断る』と言ったら?」

「嫌」

 

 瞬間、全体像を発現した『イザベラ』が俺に飛びかかってきた。

 



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委員長と遊ぼう! その④

『イザベラ』戦、終わりです。


 

 俺は『プラネット・ルビー』で『イザベラ』の首を掴んで持ち上げた。『イザベラ』の足は地面から離れ、体はブラブラと揺れていて動けないでいる。

 空いている手を握り締める。こんな状態の相手に攻撃するのは気が引けるが、相手は『スタンド』ならそう言ってもいられない。

 これから少し腫れる程度に数発叩き込む。挑んできたのは稲庭の方なんだから、その程度なら承知の上だろう。

 

「瀬上君優しいね。『拳を解いてくれる』なんて」

「!」

 

 稲庭の言葉に俺は拳を作っていた手を見た。

 

 ――言われた通り、手は「グー」ではなく、「パー」になっていた。

 

 もう一度握り締めた。しかし、すぐに解いた。

 

(少し信じられないが……間違い無い。俺の「攻撃する意思」が『無くなっている』!)

 

 動揺するが、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。まず分析だ。

 こいつは間違い無く俺から『攻撃の意思』を奪っている。じゃあ『意思を奪う能力』なのか? いや、傷治したよな? 能力は『一人一つ』の筈だから……

 

「!」

 

 一瞬アホらしい予想が浮かんだ。だが、それが当たっているか外れているかの検証はする価値はある。

 もう一度『イザベラ』を見る。『プラネット・ルビー』に掴み上げられて、その手は俺のスタンドの『手首に当てていて』……

 稲庭が俺の傷を治した時、傷口に掌を押し付けて……

 確認の為こいつを凝視しながらもう一度攻撃してみる事にした。今までと違って本気の攻撃。拳を作り、振り上げる。ここまでで「攻撃の意思」は消えていない。

 そして振り下ろす。同時に『イザベラ』も行動を起こした。

『プラネット・ルビー』の手首に当てていた手を、「そのまま左右に動かした」。それだけで俺は腕を下ろした。『攻撃の意思』も消えていた。

 

「瀬上君何がしたいのさ! やる気あるの?」

「白々しい……」

 

 稲庭の発言は他にも言いたい事があったが、取り敢えず堪えて『イザベラ』を突き付けた。

 

「お前のスタンド能力……『拭き取るんだろ』? 傷も、意思も。ついでに服とかのシミも」

 

 思い出してみると朝制服に着いたアイスクリームのシミが消えていたから、本来の能力がこれで、傷や意思を『拭き取る』のはこれの応用と言った所だろうか。

『滲み出ている想いを拭き取る』……前後を揃えれば笑えるかも知れないが、これは色々と笑えないな。

 よし、「逃げよう」。この勝負、逃げ切れば『俺の勝ち』だ。

 上着のボタンを一つ外し、自分の背後に投げてそれを『軸』にして瞬間移動した。『イザベラ』の射程距離はかなり短いようで、掴んでいた手から消え、稲庭の傍に戻っていた。

 

「あら?」

「射程距離……この場合スタンドが本体から離れて行動出来る範囲だが、『イザベラ』はそこからここまで来れないみたいだな」

「じゃあ近付けばいい話だよ!」

「無駄」

 

 俺を『軸』にしてボタンを少しだけ動かして、更にそれをまた『軸』にして移動。稲庭は腕を振り回して追い掛けてくるが、「鬼ごっこ」は瞬間移動の能力のある俺に分がある。一定の距離を置きながら逃げ回るなんて簡単だ。

 案の定暫くすると稲庭は疲労で止まった。俺も瞬間移動を止める。

 

「もう分かっただろ? 能力には驚いたけど、今のお前じゃ俺に勝てねぇよ」

「じゃあ後になったら瀬上君に勝てるようになると?」

「……趣旨変わってますよ。学級委員長さん」

 

 素直に言うと、俺がこいつにこう言えるの、相性もあるけど何よりこいつのスタンド能力が目覚めたばかりで経験が不足してたのが大きいし。

 そう言うと悔しそうに頬を膨らました。

 

「可愛いなお前」

「そんなのどうでもいいよ! あたしの『イザベラ』にはまだ出来る事があるよ!」

 

 コイツ……結構負けず嫌いなのか? うんざりした俺は溜息を吐いて顔を上げる。

 

 ――俺は目を見開いた。稲庭のその表情は、先程の膨れ面ではなく、自信に満ちた笑顔だった。

 

「鬼ごっこ」が終わった時互いに引っ込めたスタンドを発現させる。先に行動を起こしたのは『イザベラ』で、俺はその行動に『プラネット・ルビー』の操作を止めてしまった。

『イザベラ』は自分の右腕を左手で『切り離した』のだ。付け根から切り離された腕は当然落下する。落ちる前に肘の所に手を振るって更に『切り分けた』。

「何を考えているんだ」と稲庭に言いたくなって顔を上げたが、稲庭は『五体満足』だった。よく分からない。『スタンド』と「本体」は繋がっている。互いのダメージが互いに影響する筈なんだ。

 少ない知識であれこれ考えても時間の無駄と強引に思考を終わらせて視線を下げると、二つに切り分けられた『右腕』から足や頭、尻尾が生えてきて、『サンショウウオ』が二匹生まれた。

 

「『プラナリア』かよ」

「行け!」

 

 その指示に応じ、サンショウウオは近付いてきた。分裂する前より射程距離が長くなってる。引っ付かれたらマズい。

『プラネット・ルビー』で捕まえようとしたが、すばしっこくて捕まえる事が出来ず、二匹は『プラネット・ルビー』の右足にしがみついて一匹はそのままで、もう一匹は登ってくる。取ろうとしても足にしがみついてるのがその意思を拭き取ってどうする事も出来ない。首の所まで登るとそこで止まり、前足を押し付けた。

 直後に痛みがそこから感じて、出血した。

 

「『拭き取った』って事は「消えた」んじゃなくて「『イザベラ』に移した」って事だよ? 雑巾に移した床の汚れは水洗いすれば水に『移る』でしょ?」

 

 自信に満ちた笑みのまま説明する稲庭。

 甘く見てた……こいつの『スタンド』……恐ろしい能力だ……

 これでもう俺はこっちから攻撃出来ないし攻撃してきたら防御も回避も出来なくなった。射程距離から離れようとも何処までか分からない……そもそもさせてくれないだろうし……

 どうしたら……

 

「あー!」

 

 稲庭が何か驚くと顔の向きを変えた。何かと思ってそっちを向くと、そこに「蝶」が止まっていた。

『スタンド』を引っ込めてる。首に感触もないし、足にもいない。

 

「見てよ瀬上君! このチョウチョ『アサギマダラ』だよ! スゴい! あたし生きてるのを生で見たの初めてだよーっ!」

「ああ……そうか……」

 

 普段の感じに戻ったこいつを見て、もう戦意はないと分かった。

 はしゃぐ稲庭に呆れていたが、チャイムが鳴った。腕時計を見ると、その針は五限目の開始時間を指していた。

 これが示す確かな事実は、俺達は五限目は遅刻という事だった。

 

 

 瀬上除夜――傷を『イザベラ』に拭き取って貰って稲庭と共に教室に戻った。次の休み時間に何があったのかと聞かれたが、適当に誤魔化した。

 稲庭早良――次の休み時間に改めて『矢』の所有者の目的を聞かされ、除夜に協力を表明した。空腹を訴えたので除夜から残りのパンを全部貰った。

 

 To Be Continued…

 




稲庭が戦意あっけなくなくしましたが、元々除夜に敵意がなかったのも大きいです。じゃなかったらやられてました。


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追跡するはマイ・フレンド その①


五限目の後の休み時間


「瀬上君、稲庭さん何の用だったの?」

「食後の運動に付き合わされた」




 

 移動教室の六限目の授業が終わり、俺と優太は自分達のクラスに戻る為に教室棟の階段を上っていた(他のクラスメイト達は既に戻っていて、俺達が最後)。

 二階に到達し、更に上ろうと一段目に足を乗せると、優太は立ち止まって非常階段と繋がってる方へと目を向けていた。

 

「優太、何してるんだ? 早く戻らないと怒られるぞ?」

「いや、除夜……あれ」

 

 優太は設置されている消火器の下にある「ノート」に指差した。

 

「ノートだな」

「ノートだね」

「拾おう」

 

 落とし物を拾うのは普通の事だ。それにノートとかは大抵名前やクラスが書かれているから、すぐに届けられる。

 ……甘かった。これには全体に色とりどりの星やら鐘やらのシールが貼られているだけで、名前もクラスも、使う教科も書かれていなかった。書き忘れと思って、不本意ながら中を見る事にする。開いてすぐに指どころか体の動きを止めた。

 

「どうしたの?」

「いや……」

「悪いけど、ちょっとトイレ行ってくるね」

「行ってこい」

 

 優太を見送ると指を再び動かす。ページを捲る度に、俺の顔はどんどん引きつっていくのが分かった。

 最初の方は今放映されている特撮や魔法少女もののアニメ等合計10作品以上の世界観が半ページで収まる程かなり簡略に、しかも分かり易く纏められており、残りの半分を制作スタッフで埋まっていた。

 中盤からは主要登場人物が各半ページ毎に胸から上が描かれていて、空きスペースにプロフィールや担当声優、裏設定等が書かれている。

 

「もしもし」

 

 後ろから声を掛けられたので振り向く。そこには口元まで伸ばした前髪で顔を隠し、後ろ髪は腰まで伸ばした、首に直接スカーフを巻き、制服全体に茨の蔓の刺繍をした女子生徒がいた。

 

「それ、悪いけど見せてくれない?」

「あなたのですか?」

「多分そう思うわ」

 

 渡さない理由が無いので渡した。彼女はシールだらけの表紙から何ページか捲ると、ノートを閉じて俺達を見た。

 

「あなた……これを何処で?」

「つまりあなたの?」

「ええ……それより、これを何処で?」

「ここに落ちてました……」

「読んでいたようだけど……」

「名前が書かれてなかったので読んで何か手がかりがあればと……」

「ホント? それ」

 

 何か髪の毛ごしの視線に凄まじいプレッシャーを感じる。よっぽど他人に見られたくなかったのか?

 

「ほ……本当です」

「……ならいいわ」

「あら」

 

 凄まじいプレッシャーが一瞬で無くなり、少しずっこけかけた。その時優太も戻ってきて、俺達は教室に戻ろうと――

 

「振り向かなくていいからこれに答えて。私のノートを見たのは瀬上君だけ?」

「はい、俺だけです」

「そう……拾ってくれてありがとう。それじゃあ」

 

 する前にこんなやり取りがあったが、後は一度も足を止める事無く教室に戻る事が出来た。

 

 

 

 

 HRも終わって、放課後。どこにも所属していない俺は早々に帰宅する。優太の奴は今日は近くのドラッグストアで冷凍食品が安いからそっちに行ったので俺一人。

 

「帰ったら琢磨と稲庭の事、しんのすけに話さないとな……」

 

 本当に今日は濃密な一日だったよ。こんなに濃かったのは人生で……結構あるな。中学の「あの日」以来……

 

 そんな事を思いつつ、途中の歩道橋の階段を中段まで上ると、右手首を『砕けると思う程の握力』で握られ、そのまますぐ『後ろに引っ張られた』。

 バランスを崩した俺はそのまま後ろに転倒、その際目に入ったのは、緑色を基調とした体色、両腕の付け根から手首までと下顎が紫色の装甲で被われ、胸部から腰には青いサラシのような布が巻き付けられ、首にはバイクのランプのような飾りのある女性的な体つきの『スタンド』。それを視認すると同時に俺も『プラネット・ルビー』を出して手摺を掴んだ。

 その『スタンド』は手摺を掴んでいる手に自分の腕を伸ばした。強引に外す気のようだ。

 

 だから俺は、「外される前に自分で手離した」。

 

 当然俺の体は落下が始まる。そしてすかさず『プラネット・ルビー』の能力発動、瞬間移動でコイツの後ろに回った。

 

「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラァ!」

 

 敵スタンドが何か反応を見せる前にラッシュを叩き込む。スタンドは吹っ飛んで階段を転がり落ち、そして消えた。

 これなら本体は少しずつしか動けない筈。見つけ出して持ってる情報を吐き出させてやると意気込み10分。

 

 それっぽい怪我をした奴は見つからなかった。

 

 パワーからして遠隔操作とは思えないので、『プラネット・ルビー』の射程と同じ距離と推定して、通り道から人が隠れられる物陰がある場所とかを捜したが、全然だった。

 

「もしかして、まだ殴り足りなかったか……?」

 

 本体が並外れて頑丈で、殴られた後急いで「スタンド」引っ込めて逃げたとか……

 俺だけだと思ってた『スタンド使い』が他にも世界中に多くいた事を考えれば、別に有り得なくはないな。

 

「これじゃスタンドを「殴り飛ばす」んじゃなくて『殴った後捕まえ』とけば良かった……」

 

 そんな事を呟きながら歩道橋を渡って歩道を渡りきった。

 この時、隅に投げ捨てられた空き缶を見つけ、危ないから拾いに行こうと足を止めると、目の前に植木鉢が落ちてきた。それが砕ける音と同時に、俺は顔を見上げる。

 今の俺の横にあるマンションの7階のベランダで、あのスタンドは見下ろしていた。前に差し出されているその手には『植木鉢』が握られていて、俺と目が合うとそれを合図のように手離す。

 我に返ると同時に通っている車を『軸』にし瞬間移動。俺のさっきまでいた場所に植木鉢は落下し地面に激突、砕け散った。

 

(何か……『変だな』……)

 

 俺は助かった安堵感より、上手く表現出来ないが、あのスタンドの行動に何か「違和感」を感じた。

 



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追跡するはマイ・フレンド その②

 

「た……だ……今……」

「お帰り除夜君……て何その格好?」

 

 家に帰ったばかりの俺を出迎えてくれたのは、栗色の巻き毛を、額に巻いた鉢巻で後ろに束ねている若々しい容姿の女。俺の義母にして、俺が住んでいるこの孤児院の院長。

『若々しい容姿』と言ったが、どちらかというと『幼い』が正しいのかも知れない。どうしてかは、この人の外見は、制服着て女子中学生と言えば知らない人なら信じてしまう(昔やらかした)程で、どうやってかは皆目見当がつかないが、昔からずっとその姿を保っている。

 

「格好って……」

 

 俺自身を見渡してみると、俺が着ている制服はボロボロだった。

 実はあの後もあの『スタンド』が途中途中襲ってきた。

 平屋の前を通れば突然ガラスが内側から割られ、少し高い建物では瓦や外壁が落とされた。信号を待っていると後ろから突き飛ばされ、電線が切れてそれに触りかけたりした。

 どれも際どく、回避はギリギリだった。だから制服がボロボロになっても不思議はないと納得出来た。

 

「ちょっと引っ掛けて破けたみたい」

「……嘘つかないの」

「『嘘』はついてませんぜお義母様」

 

『真実』を言ってないだけだ。

 

「制服脱いで。これから文房具買いに行ってくるから、ついでで仕立て屋に持って行く事にする」

「ここで?」

「脱衣所で。それと風呂沸いてるから、ちゃっちゃと入っちゃって」

「お言葉に甘える……それと今日晩飯いらない。疲れていてさっさと寝たい」

「今日色々あったんだね……ま、まあ、今日嫌な事がいっぱいあったんなら明日が楽しみだね。明日はきっといい事ばかりが起こるから」

 

 お気楽な事を言うなこの妖怪(おばはん)は。

 普通の時ならその気遣いに喜ぶ所だが、生憎今はその気にならない。でもそれは口にも表情にも出さないようにして適当な着替え取って脱衣所向かった。

 

 

 

 

 体を洗った後、湯船に浸かって足を伸ばす。元々大勢が一度に使う事を想定して造られたから。浴場も浴槽もかなり広い。一人で入ると、銭湯を貸し切っている気分になる。

 いつもなら気が大きくなって悩み事とか忘れてしまうが、今は『あのスタンド』の事が頭の片隅にしっかりとこびり付いていた。

 

「考えればそれだけ……不気味になってくる……」

 

 感じた『違和感』は、今ははっきりしている。あのスタンドには、攻撃してくる「意思」が『無かった』。

 琢磨と稲庭、そして俺の『スタンド』とは明白に違う。俺は『スタンド』を動かす時その動きを基本頭でイメージしている。あの二人のも戦闘では本体の「攻撃してくる意思」は伝わってきた。

 だが、あいつに「それ」が感じられない。俺に攻撃を加える『プログラム』をインプットされ、ただその通りに動いているみたいで、言うなれば「ロボット」だ。そんな『スタンド』有り得るのか?

 明日琢磨に聞いてみよう。

 こう結論に至ると、引き戸が開く音がした。

 浴室には引き戸はここと脱衣所を繋ぐそこしかない。多分誰かが帰ってきて風呂に入ろうとしてるんだろうと思って、首を動かすと

 

 ――脱衣所には手に「シェーバー(職員用にある)」を持った『あのスタンド』がいた。

 

 そいつは桟を越えてこっちに入ると、シェーバーを持った手を掲げた。シェーバーのコードは延びていて、本体も動いている。何をするつもりかすぐに理解した。

 

「『プラネット……ぐっ!」

 

 立ち上がって『能力』を使う前に空いた手で俺の首を掴んで湯船に押し付ける。外そうとしてもパワーだとこっちの方が負けていてどうしようもない。そのまま奴はシェーバーを投げ込んだ。

 

 湯船に浸かる前に、それを『プラネット・ルビー』で払いのけた。

 

 よく見えないが奴がタイルの方に手を伸ばしたからあっちに落ちたのは分かった。そして、その瞬間首にかかった力が緩んだのも。

 この瞬間は逃さない。強引に振り払って『能力』を使って浴槽から脱出、脱衣所に飛び込んで急いで体拭いて服着て外に出た。

 

 

 

 

 俺は今、自転車に乗って家から離れている。あいつが家にも現れると分かった以上、俺が留まればあいつの特性から間違い無く俺以外も危険が及ぶ。

 あいつの攻撃は一見バラバラだが共通点がある。それは『事故として発生しうるもの』だという事。

 つまり、あいつは俺を『事故に見せかけて殺す』為に動いている。多分、俺が死ぬまで追跡は止めない。

 まずは比較的安全だと思える場所を探す事。やる事を決めるとペダルに乗せた足に力を込めた。

 





 高校入学前日

「義母さん、何で女物の制服まで購入してるんだ?」

「除夜君の参観日にあたしが着るの」

「冗談でもやめてくれ!」


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追跡するはマイ・フレンド その③

 

『もしもし須藤です』

「琢磨か? 俺だ、除夜だ! 聞きたい事がある!」

 

 孤児院を出た俺は、割と広くて電線とかが無い広場まで行き、そこの芝生の中心辺りに直接座り込んで琢磨に電話を掛けた。

 道中、あのスタンドは姿を現さなかった。「走ってる車を動かすかも」とか、「歩道を歩く人をぶつけるかも」とか、色々気を払ったが杞憂に終わった。良かった事は良かったんだが、お陰でここに着いた途端に凄い疲れが一気に来た。

 せめて疲れが取れるまで襲わないでくれと思いながら、琢磨に今俺を付け狙う『スタンド』の事を話した。

 

「という訳なんだ! 何なのか分からない! こっちから幾ら攻撃してもピンピンしてるし、執念深さが半端じゃない! まるで『俺を殺す為』だけに動いてるみたいなんだ! どんなタイプの『スタンド』なんだ? 本体近くにいないから近距離パワー型じゃないし、遠隔操作にしてはパワーが強過ぎる!」

 

『『遠隔自動操縦』――君を襲っているスタンドは、十中八九それです』

 

「『遠隔自動操縦』?」

『少しおさらいしましょう。『スタンド』は大きく分けて『近距離パワー型』と『遠隔操作型』があります。その違いは?』

「本体から離れられる距離。俺の『プラネット・ルビー』みたいな『近距離パワー型』は本体からあまり距離を置けない代わり相当の力を発揮する。『遠隔操作型』はその逆、本体から距離を置ける代わり力は弱い」

『その通り、これは『スタンド』の力と射程距離が反比例の関係にあるからです。勿論例外もありますが』

「その『例外』が『遠隔自動操縦』なのか?」

『「当たらずといえど遠からず」ですかね。『遠隔自動操縦型』もスタンドのパワー分類に入っていますし……』

「それ、なるだけ簡略して解説頼む」

『分かりました。『遠隔自動操縦型』は、「ほぼ無限の射程距離を持ち、尚且つパワフルな動きが出来る」んです』

「は?」

 

 ちょっと待て。それさっき言った事無視してんじゃねーか。

 

『理由は、一度放てば本体の制御から離れ、目的を遂げるか本体が死ぬか自分から解除するまで追跡を止めないからです。追跡中は本体から離れているのでスタンドにどれだけ攻撃を叩き込んでもせいぜい一旦中断するだけで特定条件を満たせばすぐ追跡を再開します』

 

 だから『自動追跡型』とも呼ばれます――と琢磨は言う。

 そういう事か。それなら、あいつに感じた『違和感』も納得だ。

 そしてあいつの対処法も分かった。一応確認を取ろう。

 

「琢磨、『遠隔自動操縦』のスタンドは「本体の制御から離れる」って事は、「本体はスタンドを操作する事が出来ない」のか?」

『ええ、そしてスタンドの周囲の状況の確認も当然出来ません。このタイプは、「自分の身を守る事」に向いてないんです。逆探知されて追い込まれたら無防備なんですよ』

「やっぱりか……で、逆探知の手段は?」

『除夜君を追跡しているのは間違い無く「特定の標的を追える」奴ですね。でしたらその前に本体と何等かの形で接触した筈です。今日何かありました?』

「朝お前に喧嘩売られて遅刻、昼休みクラスの委員長に喧嘩吹っ掛けられ五限目の授業に遅れた」

『意外と根に持つんですね……何時からそのスタンドに襲われているのですか?』

「下校途中から」

『それなら少なくとも放課後……またはその前後ですね……その時間帯に何かありましたか? 出来れば普段起こらない事で』

 

 すぐに思い付いた。六限目の授業が終わって教室に戻る途中、ノートを拾ってそれを先輩の女に返した。

 十中八九あの女が本体だ。あの女の所に行って解除させないとな。

 

『ある……みたいですね』

「ああ、今から『本体』捜しをする。ありがとな!」

 

 電話を切って学校の電話番号をプッシュする。

 

 番号を押して指先が通話ボタンに触った直後、後ろから飛んできた「野球ボール」が俺の右頬を掠ってバウンドした。

 

「一体何なんだよさっきの!」

「分かんねーよ俺が聞きてえよ!」

 

 グローブ片手の二人の子供が、俺のもとへ寄ってきた。このボールの持ち主だろう。

 

「はい。君達のだろ」

「すみませんでした」

「いや、いいよ。当たらなかったし」

「あ……あの……苦しい嘘に聞こえると思うんですけど、ボールがそっちに飛んでいったのは、僕が投げた直後に『ボールが宙に止まってそっちへと飛んでいったから』なんです」

「本当なんです!」

 

 話を聞いて俺はまだまだ奴の事を甘く考えていたのを痛感させられた。

 充分な程用心していたが、あいつに対してはどれだけしても足りないって訳か。

 

「信じる……君達に一切の非は無い。気にするな……だからこの事は誰にも言うな。分かったな!」

 

 そう言うと俺は再び自転車に乗り込み、ペダルを漕いだ。

 ロボットのように目的を遂げるまで何処までも追跡する……

 広場を出て少し走ると、広場の隣にある消防署から梯子車が出て来て先を塞いできた。

 妙だ。サイレンは勿論、エンジン音すら聞こえない。その答えは車体の後ろを見てすぐ分かった。あの『スタンド』が、車を押していた。

 スピードを結構出していて距離的にブレーキは間に合わない。なので体を傾けて急カーブし、歩道を出た。

 

 同時に、あのスタンドが更に車体を押し出した。結果、『左側の車線』が塞がってしまった。目的が分かったが、俺は『対向車線』に入ってしまった。しかも眼前には大型車が走っている。

 

「この程度なら……俺にとって何の問題にもならないな!」

 

 ペダルを力一杯踏んで、走ってくる車に向かって突き進む。見る余裕は無いけど、運転手はさぞ驚いているだろう。自転車が自分に迷いなく突っ込んでくるからな。俺があっちの立場でも驚くと思う。

 だが、事故は起きない。

 接触する寸前で横の梯子車を『軸』にして、梯子車のおかげでがら空きになってる車線へと移動。

 ……心臓に悪いから、これっきりにしよう。

 そう誓い、あの運転手に心の中で謝罪しながら歩道に戻った。

 



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追跡するはマイ・フレンド その④

 

「ここなら……電話するだけの時間取れるかな……?」

 

 サトーココノカ堂の屋上で、俺は携帯で学校に電話を掛ける。

 あれからもあのスタンドは執拗に襲撃してきた。店やビルの前を進めばガラスが割れて破片が降り注ぎ、電線の下を通れば電線を切られてそれに触りかけた。

 一番ヤバかったのは、このデパートの前の交差点だ。俺が渡っている最中に停まっていた車を一気に押してきた。

 迂闊な事に俺はここに向かうのに意識を傾け過ぎていて気付くのが遅れ、能力を使う間もなく追突された。

 おかげで自転車は再起不能(スクラップ)確定。俺も身体のあちこちが痛い。裂傷だけじゃなく、骨折とかまではいかないものの、骨や筋肉とかにもダメージを追っていて、病院行ったら医者は俺に安静にするよう言い放つだろう。行く余裕無いけど。

 数回のコール音の後、電話先は出てくれた。

 

『もしもし、埼玉県立星陵高等学校です』

「本校の生徒で一年の瀬上除夜といいます。すみません。大至急二、三年生で前髪を顔が隠れるようにしている髪型をした女子生徒の名前と住所を教えてくれませんか?」

『その生徒に何か』

「少しトラブルを起こしてそれで謝りに行きたいんです! 早く!」

 

 滅茶苦茶なのは承知だが、こんな事態で他人に納得させられるだけの嘘をつける程俺はアドリブに強くない。

 幸い向こう側は何か察してくれたのか、すぐに『彼女』の情報を出してくれた。その事情を訊かなかった辺り、少し不安になったが、目を瞑ろう。

『御厨山女(みくりや やまめ)』、在籍は二年四組、出身は長野県で現在は春日部のマンションに一人暮らし……。

 そのマンションが何処にあるかは知っている(ここに来る途中通り過ぎた)。問題は、『そこまでの距離』だ。

 別に遠くはない。ここから1キロもないんだから、近いといえば近い。

 そう、『1キロもない程の距離はある』という事なのだ。

 現在の時刻は7時20分を少し過ぎた所で、時間的に暗い。それに遠方に通勤通学している人達は帰宅している最中の人もいるだろう。

 

「……もういい。ウダウダ考えるのは時間の無駄だ」

 

 その時はその時だ。そう考えて階段へ向かう。階段の理由は「他と比べたら危険が少ない」から。エレベーターはワイヤーが切られたら洒落じゃ済まない。

 但し普段のようにではなく、『屈んで手摺をしっかり掴んだ上で』、だ。少し恥ずかしいが命には代えられん。

 やはりあのスタンドは途中で現れ、何度も足を引っ張られたり、背後から押されたりしたが、その度に少しバランスを崩しただけで『事故』には至っていない。他に階段を利用する人を突き飛ばして巻き添えを食らわせようとしてきたが、それは『プラネット・ルビー』で対処した。

 普段の何十倍もの時間をかけ、どうにかデパート内での最大の難関はクリア。後は多少のダメージは覚悟の上で出口までまっすぐ突っ切る――という真似はしない。

 辺りを見ながら一歩一歩慎重に歩いて、危険を感じたらそこから少しだけ走る。

 どう見ても挙動不審なので周りから視線を感じるが、こっちは命懸けなんだから気にしてられない。

 時間をかなり掛けてデパートから出た時には、時間は既に8時を過ぎていた。生きている事に感謝し、『本体』のいるマンションへと走り出す。

 

 

 

 

 1LDKのマンションの623号室。そこが、御厨山女が賃貸している部屋。

 リビングで、髪を後ろに括った彼女が、テーブルに置かれた一枚の『写真』を見ながらCDラジカセで流している音楽(魔法少女物のアニメのオープニング曲)を聴いていた。

 写真に写されているのは、中学時代の瀬上除夜。

 

「こんな偶然もあるのね……」

 

 カップに注いだミルクティーを飲み、HR前の事を思い出しつつ呟く。

 彼女は二ヶ月前、『謎の男』に『矢』で射抜かれ、それから暫くして『能力』に目覚めた。

 最初の発現は一ヶ月半程前で、一度目で『マイ・フレンド』と名付けた自身の能力の特性を粗方把握し、以降特に「条件」を満たすような事をした人物はいなかった。そして、今日それを満たした人間が現れ、その人物は『あの男』が言っていた相手だとすぐに分かった。

 

(という事は、「あれ」はやっぱり『あの男』の仕業かしら……?)

 

 そう考えている内にカップの中身を飲み干し、お代わりを注ごうとすると、閉じていたドア越しからでも聞こえる足音が耳に入った。

 

「来たか……」

 

 足音から相手は走っているのが分かる。こんな時間にここを走り回る変人はこのマンションにはいないし、音は徐々に大きくなっているので、間違い無くこっちに近付いてきている。そして彼女の知人にこんな時間に走って家に訪れるような人間はいない。

 以上の事から、『彼』がここに向かってきているのを確信した。

 

「せっかくここまで来てくれたんだし、お茶くらいおもてなししないとね」

 

 立ち上がって玄関へ向かった。

 




スタンド名はジミ・ヘンドリックスの楽曲から。

次回はマイ・フレンド戦決着!


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追跡するはマイ・フレンド その⑤

マイ・フレンド戦決着!


 

「今晩は。こんな時間に何の用なの?」

 

 チャイムを鳴らそうとした俺の前に、髪を後ろに束ねている女が俺を笑顔で出迎えた。髪型は違うが、一人暮らししているという情報だったし、何よりあの時の彼女と声が同じだったので同一人物だとすぐ分かった。

 

「あなたは……御厨山女先輩ですよね?」

 

 一応確認を入れる。彼女は「ええ」と、肯定の返事をした。

 

「外はまだ寒いから、中でお話しましょ」

 

 御厨はそう言って俺を中に入れてくれた。本当はすぐさま『プラネット・ルビー』で攻撃するつもりだったが、その前にこう言われてタイミングを逃してしまった。

 因みに、脱いだ時に気付いたが俺の靴は今日一日でかなりボロボロになってた……明日購買部に寄らないとな。

 

 

 

 

 言われるがままにリビングまで来た俺は、御厨の向かいに座って用意されたクッキーを食べていた。

 これまでに彼女からは何か攻撃らしい事はされていない。自分の『スタンド』の特性は本体なんだし把握しているだろうから、ほぼ確実に返り討ちに遭う危険は冒さないと言った所だろうか……。

 それにしてもこの部屋暑い。まあ4月はまだ中盤だし、時期的に暖房器具動かしててもおかしくないが、体を激しく動かした後もあってこれはキツい。

 

「暑い? ごめんなさい、私寒がりなの」

「いえ、お気になさらず」

 

 顔に出ていたのか、来客がこう思うのが通例なのか、思っていた事を言い当てる。

 目を合わせつつ、御厨の顔全体を見る。正直、あの髪型で顔を隠すのが勿体無いと思える程の美貌だと思う。今までに出会った女の誰よりもというのはオーバーだが、主観で順位付けをするなら上位三位に食い込む。

 俺のその視線に対してだろう。御厨は顔を顰めた。

 

「何をジロジロ見てるの? 私の顔に何か付いてる?」

「いえ……ただ綺麗だから思わず見とれちゃって……」

「ありがとう。だけど私は見世物じゃないの。だから必要以上に見ないで。そういう視線はアイドルとかモデルとかに向けてよ」

「すみません……」

 

 不快にさせてしまったのは確かなようなので謝罪する。

 クッキーを一枚食べ、気を取り直して御厨に質問を始める。

 

「この春日部で、『矢』に射抜かれて『スタンド使い』になったんだな?」

「ええ、君を追い掛け回しているのが私の能力……名前は『マイ・フレンド』……『瀬上除夜』が同じ学校に通っているのは「あの男」から聞いて知ってたけど、まさかあんな所であんな形で出会うなんて……」

「あのノートがスタンド発現の鍵なのか?」

「その答えはイエスでありノーね。『マイ・フレンド』は私の秘密にしたい事を私の許可なく知ったり探ったりした事を私が知って発動するの」

「じゃあ……あのノートは俺を倒す為に用意していたのか……?」

「違うわよ! 能力発動の為なら別の物を準備するわ! あのノート、持ってきた覚えないのに昼休みの頃に何時の間にか教室の机の上に置いてあった、それがこの一週間毎日続いていたの! それですぐ鞄の中に入れていた! だからあの時どうしてあそこにあったのか……」

「『俺を認識するまで分からなかった』……それでいいか?」

「正解……もっとも、認識してしまったらすぐに理解したけどね」

 

 そこまで言って茶を一口飲んだ後、俺に「君ももう分かってるでしょ?」と聞いてきた。俺はすぐに首を縦に振る。

 十中八九『矢』の男の仕業で、目的は俺を『マイ・フレンド』で襲わせる事。ここまで状況証拠を並べ立てられたら、この結論に誰でも至れる。

 そこまで考えると、御厨はまた顔を顰めた。

 

「やめてって言ったのにまた時々チラチラ見るのね……」

 

 ……バレてたか。

 

「すみませんね。一応自制しているんだけどやっぱり目がいくんだよ。さっきも言ったけど、あんたかなり綺麗だから」

「そういう台詞は彼女に言ってあげなさい。会ったばかりの人に軽々しく言うものじゃないわよ」

「俺彼女いないんで。ついでに言うといた事がないんで」

「それでもそんな事は簡単に口にしていいものじゃないわ」

「肝に銘じておきます……個人的な好奇心から尋ねるけど、どうしてそんなに顔を見られるの嫌がるんだ?」

「話してあげる」

 

 そう言って彼女は茶を飲みながら話し始めた……その内容は彼女の中学時代だったが、好奇心で訊いた事を後悔させる程酷いものだった。

 彼女はその頃所謂「いじめられっ子」だったという。きっかけは、当時の同級生が、彼女が秘密にしていたアニメ、特撮趣味を偶々知ってしまった事からだった(秘密にしていたのは恥ずかしかった為)らしい。まあ、その同級生は元から彼女の事が気に食わなかったらしいから、いずれいじめは始まっていただろうと言った。

 悪口や暴行は当たり前で、万引き等の犯罪行為の強要や性的暴行、更に階段から突き飛ばされたり水場で溺れさせられたりという明白な殺人行為も……嫌になってきた。

 

「学校は何も対処しなかったのか? 親は? 他の生徒は?」

「教師はみんな事なかれ主義だったし、主犯格のその同級生が地元の名士の娘ってのもあって形だけの注意だけで実質野放し。親はどっちも仕事人間で子供の事なんかほったらかしだし……同級生達も怖かったのと面白かったのもあってかいじめに加担しても助けてくれなかった……」

 

 凄惨だな……。

 俺も昔いじめを受けてはいたが、その経験を踏まえて他人のそれ関連の話を聞くと凄まじさがよく分かるものがある。

 

「『死んだらどれだけ楽だろう』……そう思った事も一度や二度じゃ無かったわ……」

「そうか……」

「まあ、死んだら好きなアニメ番組や特撮番組の続きが観れなくなるから自殺なんてやろうとは思わなかったけど」

 

 その台詞で俺はずっこける。それと重苦しい空気が切れた音が聞こえた気がした。

 

「生への執着テレビだけかい!」

「ああ、漫画やラノベを付け加えるの忘れてたわ」

「特に変わらん……?」

 

 焚き火とか焼き芋した時とかに生じる、『物が燃える音』が耳に入った。それも、かなり激しい。

 かなり近い……この部屋にガスコンロは無い。火鉢とかも無い。あったとしてもこんな激しい音を出すとは思えない。それに彼女との話にばかり気を向けていたけど、何かさっきより暑い……!

 

 彼女の『スタンド能力』を思い出して立ち上がった瞬間、『マイ・フレンド』が隣の部屋から現れた。隣の部屋は、燃え盛っていた。

 消火器とかで対応出来るレベルの火災じゃない。しかも『マイ・フレンド』は片手にポリタンクを持っていて、それも底に穴が開いているらしく中の灯油がポタポタと落ちていて、それに引火して火はこっちにも広がっている。

『マイ・フレンド』はリビングに両足を踏み入れると、タンクを上に放り投げ、殴りつける。タンクは破壊され、残っていた灯油はリビング全体にかかった。『マイ・フレンド』自身は勿論、俺と御厨もだ。

 引火する前に火災報知器を押し、御厨の腕を引っ張ってスタンドで扉を破壊して別室に移る。途端リビングに撒き散らされた灯油は引火する。『マイ・フレンド』は火達磨になりながら俺達と別方向の玄関へと移動した。

 これで玄関からの脱出は不可能になったな。そう思って入った部屋を見る。同時に、顔に熱風が当たり、目に入った光景に顔を引きつらせた。

 隣の炎上している部屋との境となる壁は破壊され、火が床を半分以上覆っていた。

 壁や天井も燃えている。窓はベランダと繋がっている。突破はしようと思えば出来なくもないから、そうしてベランダで救助を待つのが一番現実的な手段だろう。だが今の俺達は灯油まみれ、『プラネット・ルビー』の能力ならベランダまで行けるが、待ってる間に火達磨になるかもしれない。

 

(一か八か……ベランダに出て……)

「瀬上君、私を置いて逃げなさい」

 

 ここから助かる方法を実行するのに決意しかねてると、御厨はそんな事を言い出した。その顔は何処か達観している感じだった。

 

「君一人なら無事に逃げられるでしょ? 『マイ・フレンド』はもう解除してあるから、妨害の心配はないわ」

「あんた何言ってんだ!」

「私はもういい。『マイ・フレンド』の存在意義にして存在意味は『私の秘密にしたい情報の漏洩防止』……君が私の前に現れた時点でそれはどちらも失われているも同然……君が私の趣味誰かに喋らないとは限らないし、そうなったら中学時代と同じ目に遭わないとは限らない……せっかく故郷から離れたのに、そうなったら何の意味もなくなる……だから死ぬ……死んじゃえばどんな事思われようがどうだっていいし」

「生きていれば好きな番組の続き見れるぞ……」

「正直、中学の頃も限界に近かった……多分後一ヶ月も続いていたら死を選んでいただろうと今でも思える……また同じ目に遭ったらもう堪えられない……だからいい……早く逃げなさい……でないと君も死んじゃうわ……え?」

 

 俺は上着を脱いで御厨の腕を引っ張り、上着を投げる。部屋の中央辺りまで飛ぶとそれを「軸」にして窓の前まで移動、ガラスを割ってベランダに駆け込む。

 

「何やってるの? 私は助けてなんて言ってない、それに私は敵――」

「うるせぇ!」

 

 あれこれ言う御厨を一喝して黙らせる。

 

「俺は目の前で人が死なれて後味が悪くならない人間じゃねえんだよ! 死ぬだの生きるだのは助かってから考えろ!」

 

 押し黙った彼女を『プラネット・ルビー』で抱える。

 

「覚悟しといて下さいよ先輩……これから俺がやる事、心臓に悪いですから」

「へ?」

 

 返答を待つ余裕は無いので即座に御厨を空高く放り投げる。俺もベランダから飛び出す。

 二階にまで落ちたらそこのベランダの手摺に掴まり、壁を蹴って着地。落下する御厨を『プラネット・ルビー』でキャッチする。その際、両腕に凄い痛みがフィードバックした。

 痛みを堪えながら御厨を下ろし、腕を掴んでこの場から離れこのマンションの駐輪場まで移動した。

 

「あんな事するんなら事前に言ってよね。心臓が止まると思ったわよ」

「前置きは言いましたよ」

「あんなアクション映画顔負けの行動誰が想定出来るの!」

「俺だってもう二度とやりたくないわあんな事! 一か八かだったし……で」

「?」

「助かりましたけど……この後どうします?」

 

「フ……アハハハハ、ハハハハハハハハ……」

 

 突然先輩は堰を切ったように涙を流し、大声で笑い出した。暫く笑った後、息を切らして指で涙を拭った。

 

「『生きてる』……私今生きてるのよね……」

「当たり前だろ、助かったんだから」

「ええ……そうね……だから生きてる……ありがとう瀬上君」

 

 心からの笑顔を向けられ、俺は顔を少し熱くなったのが分かったので、顔を背けた。

 

「あら、どうしたの?」

「別に……それより、これからどうするつもりで……?」

「取り敢えず生きてみるわ。過去に引っ張られず、前を見て」

 

 きっと彼女はそれが出来る。それを聞いて俺はそう思えた。

 

「じゃ俺、今日の所は帰ります。それじゃ、また明日」

「ええ、また明日」

 

 一瞥もせずに帰ったので彼女の顔は見てないが、多分その表情は、輝かんばかりの笑顔だったと、根拠のない確信を俺はしていた。

 

 瀬上除夜――帰宅した後すぐ布団にくるまり熟睡。自転車は当然買い換える事になり、自発的に料金を出した。

 御厨山女――家財道具の大半が焼失。数日間のホテル暮らしの末、別のアパートに引っ越した。

 他の住人の被害状況――死人は出ず、怪我人も障害に残る程のものでは無かった。

 

 To Be Continued…

 




御厨は外見は除夜の好みにかなり近い女性です。

次はしんのすけも活躍します。


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しんのすけの日曜参観 その①

今回でいよいよしんのすけも本格参戦します。この話ではまだだけど。


 

 俺が琢磨に稲庭、御厨先輩と、スタンド使いと三連続で戦った日から早一週間が経とうとしていた。

 その三人が三人共俺に確かな協力の意思を示してくれている。それが、この春日部でスタンド使いを増やしている者の存在を知ったあの日から変わったと言える唯一の事だ。

 それ以外――『弓と矢』を持つ男に関しては一切掴めていない。

 野原兄妹のスタンド能力も発現する兆しはない。

 

『スタンドを発現させるだけの「きっかけ」に遭っていないからだと……』

 

 これについては、『スタンド』について一番の知識を持つ琢磨も、こう言うだけだった。

 ……曖昧過ぎだろと思った。

 その「きっかけ」とは、主に「『自分の身を守る』とか『相手に感情をぶつける』という気持ちが昂る機会」がそうらしい。実際俺も今まで基本こうして『スタンド』を発現させていたので説得力はあった。

 あの二人にそんな機会は来て欲しくないのが本音なんだが……

 これまでの事はここまでにして、俺は今、何をしているのかというと――

 

 しんのすけの通う『アクション幼稚園』にて、父兄代理として参観に来ていた。

 因みに本日日曜、学校は休み。

 

 理由は昨日に遡る。

 昨日、俺と琢磨と稲庭が野原家に集まって連絡会を行った。御厨先輩は友達と映画を観に行く約束を交わしていたらしく、欠席。

 まあ、前述したが進展してないんだから連絡会なんか名ばかりでかなり始めの方で切り上げてかくれんぼしたり、「アクション仮面」や「カンタムロボ」、「不思議魔女っ娘マリーちゃん」等のビデオを観たりと、完全にお遊びと化した。

 で、帰ろうとした時にしんのすけのお父さん――ひろしさんが帰ってきた。初対面の俺でも何となく分かる程気まずそうな顔をしていたと思えば、急にしんのすけに頭を下げてきた。理由は当日、つまり今日の日曜参観に行くと約束していたのに、突然接待ゴルフを命じられたからだ。

 しんのすけは目に見えて不機嫌になったが、琢磨がどうにか諫めた。

 みさえさんは当日は自称弟子のヤンママに料理を教えに行く約束を取り付けていたので行けない(その時しんのすけが「人様に教えられるような腕じゃないんだから逆に教えてもらえば?」と口走ったらグリグリ攻撃喰らわされた。思った事素直に言うのはいいが言葉選ばないといたずらに敵を作るだけだぞ)。

 それでしんのすけは少し寂しそうだったので、俺が代理を名乗り出た。以上。

 

 一時間とはいえ立ちっ放しは足に堪える。だからちょっとガラス戸越しに外を見た。

 

「あ」

 

 ガラスに水滴が次々に付く。時間の経過と共にそれは激しくなっていく。

 そう言えば天気予報で「八時から雨が降る」とか言ってたな。だから傘は持ってきてるが、激しい雨の中帰るのは嫌だから終わるまでには止んでほしいな。

 

「除夜のお兄さん」

 

 しんのすけに呼ばれたからそっちを向く。俺の前に立っているので、どうやらもう授業は終わって休み時間のようだ。そしてしんのすけの後ろには五人いて、全員が俺を興味深そうに見ている。

 当然といえば当然か。言えこんな得体の知れない人間が父兄の代理で来てるんだからな。

 

「ねえしんちゃん。このカッコいい人誰?」

 

 おにぎりを連想させる坊主頭の男の子が聞いてきた。

 

「オラの腹違いのお兄さ……」

「何の昼ドラだそれは」

 

 変な嘘口にしようとしたしんのすけの頭に弱いチョップをした。

 

「俺は瀬上除夜。コイツとは最近友達になってな。用があって来れない両親の代わりで来たんだ」

「外国の方ではないのですか?」

 

 一人だけ違う服着た、お嬢様然とした女の子が聞いてきた。

 

「よく間違われるけど日本人。れっきとした春日部市民」

「失礼致しました。では、宜しくお願い致します」

「宜しくお願いします」

「宜しく」

「よ、宜しくお願いします!」

「宜しく、お願いします」

「おぉ、宜しくな」

 

 簡単な自己紹介の後、彼等は俺に次々と質問を浴びせてきた。

 色々聞かれたが、「しんのすけとどういった経緯で出会って仲良くなったのか」を聞かれなかったのは意外だった。だからそれを逆に質問してみると、『しんのすけには高校生や大学生の友達がいるから』と返された。

 少し時間が過ぎたらしんのすけ達は席に戻る。席に着いた所で先生が来て、鐘が鳴った。

 

 

 

 

「あめあめふれふれかあさんが〜、じゃのめでおむかいうれしいなあ〜、ピッチピッチチャップチャップランランラン♪」

 

 日本人なら誰でも歌った事のある馴染み深い童謡「あめふり」を口ずさみながら、履いた長靴で水溜まりを踏みつけて水飛沫を上げながら。

 それは小文字のアルファベットのワッペンをあちこちに貼った茶色いレインコートを着込んだ男だった。その男は幼稚園の入口前に来ると一度止まる。

 

「『アクション幼稚園』……うん、ここだ……ここに『彼』がいる……」

 

 ポケットから除夜の写真を取り出し、幼稚園の敷地に足を踏み入れた。

 




『マリーちゃん』の他にも、『魔法少女もえP』も観た除夜。


「どうだった?」

「脚本家を心底尊敬した」


 観た内容、三十分間魔法使わず算数の宿題やってただけ。


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しんのすけの日曜参観 その②

平穏な日曜参観に訪れた刺客、その脅威が幼稚園を襲う!


 

 降り続ける雨の感触を掌で直接感じながら、既にぬかるんでいる地面の感触を長靴越しで感じながら、男は思う。

 激しい雨だと。

 そう、これなら――

 

「僕の『ストゥーピッド・ライク・ディス』の力を、遺憾なく発揮させられる……」

 

 背後から己の『スタンド』を発現させ、足を動かす。

 

 

 

 

 日曜参観は大抵午前中には終え、大抵月曜日が代休になる。この日曜参観も例外ではない。

 終わる予定の時刻まで後一時間程。雨の降るペースは落ちるどころか激しくなる一方。

 もしかしたら帰る頃にも降っているかもな。そんな事を憂鬱気味に考えながら外見ていると、しんのすけが寄ってきた。何か不満なのか、膨れっ面で。

 何かリスみたいでかわいいと不謹慎ながら思ってしまった。

 

「除夜のお兄さん」

「何だ?」

「お兄さんは今日何しに幼稚園に来たの?」

「日曜参観でひろしさんの代理で」

「じゃあどうして途中からずっとお外眺めてたの? お兄さんはお外見るのが趣味なの?」

「ちげぇよ。何時雨がやむのか気になったんだよ。俺、雨に当たるの好きじゃないから」

「除夜のお兄さん、晴れの日が嫌いじゃなかったっけ?」

「それは体質の関係上。雨は濡れたら冷えるし強いと見えづらくなるし」

「難儀だね除夜のお兄さん……まだ傘をさせば大丈夫だと思うけど……持ってきてたよね?」

「ああ。天気予報と星占いは見るようにしてる」

「オラも天気予報は必ず見てるぞ。キャスターのおねいさん美人し」

「それがメインだろお前の場合」

 

 何てこいつらしい理由だ。

 異性に興味を持つのは年齢問わず普通の事だからそれについては何も思わないが、だったらもう少し早く起きてやれよ。みさえさん朝はいつもお前のせいで苦労しているんだぞ。

 毎日のように幼稚園バス乗り遅れていて先生の間で賭の対象にされた事があったとトオル達からさっき聞いたが……つまりそれ程寝坊で遅刻しているんだろう……?

 

「どうしたの?」

「お前が産まれてからひろしさん達は退屈する間も無いんだろうなと思っただけだ……」

「何か照れますな〜」

「ほめ言葉として取ってくれ……?」

 

 ふと外を見たら、茶色いレインコートを着込んだ何者かが立っていた。この教室に体が向けられているからひまわり組の誰かの家族かと思ったが、すぐにその考えを打ち消した。雨でよく見えなかったが、そいつの後ろに『スタンド』が立っていたからだ。つまりあいつに用事があるのは俺だ。

 雨が嫌いだとか言ってられない。もしあいつが他人を巻き添えにするのを厭わない性格なら、ここにいたらしんのすけ達も巻き添えを食らう。だから外に出る為にガラス戸を開こうとした。が……

 

「開かない……?」

「え? 鍵かかってないよ?」

「分かってるよ! でも開かないんだ?」

「あれ? 何か寒くなってない?」

 

 一人の園児がそう言うと、周りも口々に「寒い」と言い出した。確かに、急に肌寒くなってきた。

 今は四月だからまだ日によって寒い事は寒い。だが、今日は暖かった。雨が降れば気温は変化するが、これは「し過ぎ」だ。

 もしかしてと思い、顔を下に向ける。言葉が出なくなった。

 

 戸の外側の桟は、『凍り付いていた』。これじゃ戸は開かない訳だ。

 

 桟だけでなく、雨も『ガラス戸に当たる度に凍り付いていて』、屋根にも『氷柱』が垂れ下がっている。

 

「除夜のお兄さん、これって……」

「スタンド攻撃だ。間違い無くやってるのは外にいるあいつだ」

 

 俺達以外もこの現象に気付き始めている。早く対処しないとパニックになる。

『プラネット・ルビー』を発現してガラス戸をぶち破った。

 

「これからこの現象が終わるまでここから一歩も出るな! 他の組にもそう連絡しろ!」

「え? ちょっ……」

「説明してる暇はない! 絶対に外に出るな! 出たら命の保証はしないからな!」

 

 矢継ぎ早に忠告して飛び出した。

 

 

「どうする?」

「どうするって……」

「従った方が、いいと思う」

「うん、そうして」

「おいしんのすけ! 何処行くんだよ!」

「オラも行く!」

「何言い出すのよ! さっき言われた事聞いてなかったの?」

「大丈夫! これが何なのか分かってるから!」

 

 

『スタンド』を発現させて兎も角突っ込む。

 今頭にあるのは、単純に「あいつに近付いて思いっ切り殴って気絶させる事」。顔にかかって視界がブレて距離感は掴めないが、いる方角は分かるから問題無い。最悪ぶつかってもすぐさまそこに拳を叩き込めばいい。そんな意気込みだった。

 

「づ……ッ」

 

 足が突然『動かなくなった』。正味で足下が『固定されてしまった』。上半身が前のめりになるが、咄嗟に『プラネット・ルビー』で支えた。

 足が『冷たい』、いや、『痛い』。

 見下ろすと、予想通り両足の、足首より下が『凍結』していた。こんな事なら長靴履いてくるべきだった。帰る頃には晴れると思って運動靴履いてきたのは失敗だった。

 

「危なかった……いきなり飛び出してくるなんて思ってなかった……後数秒認識が遅れていたら……あんたの足に触れた水を凍らせるようにするのが後少し遅れていたら……」

 

『生身』だと失敗か……なら、『スタンド』だ!

 お前は十分俺のスタンドの射程に入っている! 『プラネット・ルビー』のスピードは自信がある。能力で対応したという事はお前のスタンドは戦闘に向いたスペックは無い。

 飛び出した『プラネット・ルビー』はすぐに奴のすぐ前まで接近し殴りかかった。

 

 奴との間からあいつのスタンドが出て来て、それに『プラネット・ルビー』は投げ飛ばされた。リンクしている俺の身体も同様に宙に投げ出された。

 スタンドの操作も間に合わず、地面に落下。背中を強く打ち、更に能力で背中と地面を凍結させられた。

 身動きが取れなくなった俺を、そいつは見下ろす。傍に自分のスタンド――皮膚は緑色で関節部はロボットアームのようなそれが剥き出しになり、頭にバッファローのような角の生えた人型の像――を立たせているのは、万が一俺が攻撃してきた際の防衛策といった所か。

 

「何か僕に聞きたい事とか……ある?」

 

 それでもこいつは余裕と顔に書いてあるかのような笑顔をしている。

 動こうとしたが、大部分が凍り付いてしまったようで殆ど磔状態だ。『プラネット・ルビー』も同様で、今打てる手は無い。

 だったら、こいつの隙が確かにある内に情報を引き出してやろう。

 

「僕の名前は塩屋(しおや)常陸(ひたち)。スタンドは『ストゥーピッド・ライク・ディズ』。7月20日生まれの十三歳。春日部第二中学校に在籍中の二年生。O型。両親と二人の姉と父方の祖母。好きなアーティストはジミ・ヘンドリックス」

「お前何で質問求めておいて聞いてない事勝手にペラペラ喋ってんだ!」

「聞かれると思ったから前もって言っておこうかなと」

「勝手に話を進めるな! 今から質問するからそれまで何も喋るないいな!」

「はい……」

 

 若干引きながら弱々しく返事した。

 怒鳴ったら息切れしたので深呼吸した後、質問を始めた。

 

「その能力……どんな経緯で得たんだ?」

「二週間前に『矢』に射抜かれて」

「ここに来たのは『矢』の所持者の命令か?」

「命令じゃなくて依頼された。『あんたを襲え、生死は問わない』って。五十万円で。因みに成功報酬一千五百万円」

 

 琢磨から聞いていたより額は上だな……撃退したから金額を上げたのか?

 そんな事を思っていると、塩屋の方から質問が飛んできた。

 

「あんた……何でこんな事尋ねるんだ?」

「俺にとって一番の敵の情報を少しでも知りたいと思うのは当たり前だろ?」

「そうだけど……それは僕を倒した後に聞いてもいい質問で今する質問は……僕の能力とか?」

 

 一考するまでもない。そんな事聞くつもりは全く無かったよ。

 どうせ聞かれても教えるつもりは無いだろ。それに大体の見当はついてる。

 こいつの能力は……

 

「あんたの企ては分からないけど……考える余裕なくしてあげる」

「ぐがぁっ!」

 

 俺にかかる雨粒が急激に熱くなった。

 感覚的にはたとえると真冬、冷えていた体で熱い風呂に飛び込んだ時に似ているが、これは『熱湯』で、さっきまで凍り付いていたからそれとは比べようもない程に「痛い」。

 

「除夜のお兄さん!」

 

 ついさっきまで聞いていた声が俺を呼んだのでそっちに視点を向けると、案の定そこには声の主であるしんのすけがいた。長靴を履いて傘もさしてる。塩屋の奴もそこに顔を向けている。

 

「仲間か……可能性として聞いていたけど……その為の時間稼ぎだった訳だ……」

 

 違うよ。こいつの登場は想定外だ。

 だがこいつはしんのすけの存在を認知した。下手したらこいつはしんのすけを攻撃する。

 

(そうは……させるか……)

 

 身体を動かす。皮肉な事に現在進行で浴びている熱湯のおかげで、俺の拘束は解けている。

 二本の足で体を立たせ、『プラネット・ルビー』を発現――

 

「立ち上がっただけでなく『スタンド』を出すか……驚愕通り越して尊敬するしかないな最早……だけど」

 

 したと同時、奴は俺を両手で『押した』。

 

「それを受けてあげる程、僕に情はないよ」

 

 倒れる俺の身体。その背後から熱い『湯気』が突然発生し、ブクブクとお湯が煮えたぎる『音』が耳に入り。

 それに反応、対処をする間もなく、熱湯の水溜まりに背中から無防備で突っ込んだ。

 



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しんのすけの日曜参観 その③

 

「悲鳴すらあげないって……本当にタフなんだな……」

 

 立ち上がった俺に、顔でそんな事言ってきた。確かに驚いているようだが、それだけで少し頭にきた。

 俺の事で何を聞かされたのか知らんが、浅いとはいえ熱湯の中に突き飛ばされて大丈夫な人間がいるかよ。お前(敵)がいるから我慢してるだけだ。

 

「『水の融点と沸点を操る』……それがお前の能力……だろ?」

 

『凍結』と『沸騰』の共通点は『温度』。その自由度は少なくとも常温でそれを起こすのが出来る程。違うか?

 そこまで言うと、塩屋は拍手しだした。

 

「ほぼ正解……僕のスタンド能力はそれで正しいよ。訂正、補足するなら『能力射程内にある水を含めた液体全て』を『その液体の本来の融点と沸点の間』で操れると言った所かな?」

 

「除夜のお兄さん、『ゆーてん』と『ふってん』って何?」

「簡単に言うと融点は液体が固まったり固体が溶け出したりする温度で沸点は液体が気化したり気体が液体になる温度の事。物質ごとにそれは違って例えば水は摂氏零℃が融点で百度が沸点」

「よーするに、氷作ったりお湯を沸かしたりが自在に出来るって事?」

「うん、物凄く簡単に言えばそうなるね」

「これだけだと大した事無い能力って感じがするね」

「確かにね」

 

 しんのすけの言葉に、塩屋自身が相槌を打った。

 

「僕の能力はそれだけだと大した事はない。射程内に液体が一定量はないと何も出来ないからね……でも、逆に言えば『一定量の液体が射程内に満遍なくあれば』この能力はかなりのアドバンテージを得る! それが理解されていたから今日この日『彼』は僕を選んだんだ!」

 

 ああ、お前の言ってる事はもっともだよ。

 ここら辺は4月で氷点下になる事はまずないし、自然に百度以上になる地域なんか地球上の何処にも無い。雨なら降り続く限り水は絶えず、止んだとしても「水溜まり」として場に残る。

 そして俺の能力はこういったいっぺんに広範囲に影響を与える事の出来る能力とは相性が悪い。本当にいい人選だよ。

 悪態をついていると、また体が一気に凍えてきた。

 

「じゃあそろそろ再起不能になってもらうよ。言っておくけど僕のスタンド、パワーは無いけど射程距離は広いから。能力なら一キロ先、スタンド像は五キロ先まで遠隔操作出来るからね」

 

 逃げられるのなら逃げてみろと? 途中で行動不能になるだろうが。

 足に力が入らなくなり、俺はうつ伏せに倒れた。それでも降り注いでる雨は俺に打ち込む度に凍っていく。

 もう冷たい、熱いとかそんな感覚すらない。ぼやけた視界と割と大きな音、感じるのはその程度。そして、そんな俺に塩屋は鉄パイプを握って近付いてくる。それでボコボコにするのか……ま、スタンドにパワーが無いなら凶器で攻撃した方が手っ取り早いよな。

 俺にはもうスタンドを出す余力も無い。ここまでか……。

 

「止めろ! これ以上除夜のお兄さんに手を出すな!」

 

 しんのすけの声が、耳に入った。

 

「これ以上の好き勝手は許さないぞ! 能力を使うのを止めてここから出て行け!」

「何を言い出すやら……彼を倒すという用件を済ませたらそうするよ。僕の仕事はそれだけで、そしてそれももう終わる」

「だからそれを許さないって言ってるんだぞ!」

「許さないって、どういう風に?」

「除夜のお兄さんはオラの友達だ! だから許さないんだぞ!」

「立派だね……けど君には用はないの。僕の仕事はさっき言った通り。それに、幼児の前で人を殴る行為なんてしたくない。だからさっさと園内に戻りなよ」

「じゃあオラをやれ! オラを見逃してみろ! 絶対にお前の木の根を止めてやるからな!」

「それをいうなら……『息の根』だ……」

 

 力振り絞って間違いを指摘した。

 

「本当にしぶとい……これ以上馬鹿を相手にしていられない。さっさと済ませてお金貰お」

「だからさせないって、言ってるぞ!」

「だからもう君に構っ……!」

「………………」

 

 はっきりと『それ』は目に捉える事が出来た。

 しんのすけが塩屋に突っ込んできたその時、あいつの右肩から『腕』が出て来て、それが塩屋を殴り飛ばした。

 

「もう一度言ってやる! 除夜のお兄さんはオラの友達なんだ! その友達をお前は傷付けた! だからお前を許さない! お仕置きしてやるぞ!」

 

 そう啖呵を切ると同時、しんのすけの背後から『人型の像』が発現した。

 

「こ……これは……」

 




しんのすけの力が遂に発現する。

次回、その力が振るわれます!


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しんのすけの日曜参観 その④

発現したしんのすけの能力!


 

 しんのすけから出て来た『スタンド』に俺は目を向けた。

 濃い緑色の短い体毛に全身を覆われていて、上半身は裸で下半身は戦国時代の武将が身に着けていたような甲冑を纏い、腰には一本の日本刀が差しているイノシシだった。異形を強く感じたのはその顔。顔自体は図鑑やテレビで見た事ある普通のそれだが、後ろの歯が左右三本ずつが上顎を突き破っていて尖った先端が空へと伸びている。

 

「お前……こんな『スタンド』を……」

「後悔したってもう手遅れだぞ! 行け、オラの『スタンド』! あいつを懲らしめてやれ!」

 

 威風堂々と、しんのすけは自分のスタンドに命令した。

 だが、スタンドは全く動かなかった。

 

「……あれ?」

 

 やっぱり目覚めたてで扱い方を理解しきって無いのか……。

 

「スタンドの動かし方は基本的に体を動かすのと同じだ……難しく考えるな……どう動かすか頭でイメージして……」

 

 喋れてはいる。だが聞こえてないみたいだ。声が小さ過ぎて届いてない。これでも精一杯大きな声を出してるんだが……。

 

「ねえちょっと! 聞いてる? あいつとっととやっつけちゃおうよ!」

『怖いからヤダ』

 

 はい?

 

 あのスタンド、自分の本体に顔向けて本体の命令を拒否しやがった。

 あれ? スタンドが喋った? いや、確か琢磨が言ってたな。本体と独立した意思を持ったスタンドはあるって。そんで、そういったスタンドは大抵喋れるって……。

 いや、でもあれ、露骨に本体に逆らったよね?

 

「何言ってるのお前! さっきは動いたじゃない!」

『あれはまだ私の出し入れするのすら自覚してないのにあいつに突っ込むなんてバカな真似をしたからだ。全く……何で戦いの時に私を覚醒させるんだ! 言っとくが私はこんなヤバい奴と戦わないからな。分かったらとっとと私をしまえ』

「お前……オラのスタンド……なんだよね?」

『その通り。お前が「矢」に刺された事でお前の精神から生まれたのが私だ。だが私は自意識を持っている、だから「怖い」という感情があってもお前に文句を言われる筋合いは無い!』

 

 ……………………。

 うん、正しいんだけどさ……違うよね。琢磨も「自我のあるスタンドは必ずしも思った通りに動く事は無い」って言ってたけど、あれは本体がピンチだって解らないのか?

 

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 

 今日聞いた中で一番の笑い声が響く。発生源は塩屋の口で、あいつはしんのすけのスタンドを指差して大爆笑している。

 

「何それ何それ何それ! スッゴいスタンドだね! 自我が強過ぎて本体が制御出来てないって!」

『……もしかして私、バカにされてるのか?』

 

 うん、バカにされてる。

 

「褒められてるんだよ。だって、『スッゴい』って言われたし」

「意味……違う……」

 

 塩屋は笑いを止めると、俺としんのすけから距離を置いた。多分十メートル以上。

 判断としては正しい。俺の『プラネット・ルビー』は『近距離パワー型』で、しんのすけのは人一人殴り飛ばせたから多分同じ。それくらい離れ、且つキープしていれば攻撃を食らう心配は殆どいらない。俺が能力を使えばその程度の距離はあって無いようなものだが、今俺はそんなコンディションじゃない。

 

『しんのすけ』

「何? ぶりぶりざえもん」

『何だそのふざけきった名前は! 私をなめているのか!』

「オラの考えた救いのヒーローのお名前」

『そんなカッコ悪い名前はイヤだ! 名前を付けるんならもっとカッコいい名前にしろ!』

「もー、わがままだなぁ。役に立たないんだからあれこれ文句言わないでよね」

『何……だと?』

 

 何か声色変わった。

 

「だってそうでしょ? さっき色々言ってたのだって、あいつはお前じゃどうする事も出来ないから、あれこれ言ってそれをごまかそうとしてたんでしょ?」

『何を言うか! ふざけるな! 私の能力ならあの程度の奴苦もなく倒せるわ!』

「嘘くさ〜い」

『論より証拠だ! 私が奴を圧倒出来る程の性能を持っている事を貴様の意識に焼き付けてやる!』

 

 プライド高っ!

 お前ついさっき『怖い』って言ってたよね? 全く逆の事口にしたよね?

 

「じゃやってよ」

『やってやる。だがこの姿では無理だ。「変える」必要がある』

「それって……トノサマ? アマ? ガマ? もしかして、ウシ?」

 

 何だそれ……ああ、「蛙」か。

 

『話を脱線させるな。いいか、「これ」での私の射程距離はせいぜい二メートル程度で奴には勝てない』

「お前今勝てるって言ったじゃないの」

『最後まで聞け。私の能力を発動させれば、この距離を保ったまま奴に攻撃出来、お前自身がトドメを刺せる』

「ホントに!」

『本当にだ』

「じゃやって!」

『『お願いします』は?』

「……言わないと、ダメ?」

『人に何かを頼む時は「お願いします」と言うのが礼儀だろうが!』

「……お願いします」

『分かった。それと忘れるなよ。救いの料一億万円。クレジットも可』

 

 ……俺のスタンド、自我なくて良かったよ。

 

 次の瞬間、俺は目を疑った。しんのすけのスタンドがミニマムサイズに、しかも数を爆発的に増やしたからだ。

 迫ってくるそれらに塩屋は『ストゥーピッド・ライク・ディス』で対応。何体かは潰されるも、対処しきれず本体への接近に成功し、十体程は爪先を持ち上げ、残りは胸元に集まって一斉に後ろに押した。結果、転倒。同時にミニマムサイズのスタンドは全て消えた。

 しんのすけに目を向ける。解除した理由が分からなかったからだ。琢磨からの話だとあれは間違い無く『群体型』。複数体で一つという計算で、パワーは無いが数で攻める事が出来、元々の数にもよるが多少破壊されてもダメージはそこまでないという、戦闘において有利なスタンドだ。

 確かにあのスタンドはしんのすけ自身にトドメを譲ると言っていたから、スタンドに押さえつけられた塩屋をしんのすけが殴るのかと思った。

 その考えは、しんのすけの姿を見て変わった。

 緑色の革ツナギに金属製の胸当て、肩当て、肘当て、膝当てを装備し、腰に金色で楕円形のバックルに紅い大きな宝玉が埋め込まれたベルトを巻いて、見るからに頑丈な膝近くまでの白い光沢のあるブーツを履き、頭に目を覆う水色のバイザーのついた、イノシシの頭部を象ったフルフェイスメットを被っている。それが今のしんのすけの姿だった。

 

「オラ、参上!」

 

 上半身を起こしている塩屋に、決めゼリフを言ってポーズを決めた。

 




しんのすけのスタンドは、自我のあるスタンドです。性格はほぼぶりぶりざえもん。色んな意味で規格外です。

次回、決着がつきます。


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しんのすけの日曜参観 その⑤

塩屋戦、決着です!


 

『スタンド』は一人一体、能力は一体につき一つ。これは原則だ。塩屋のように一体のスタンドで複数の異なる現象を起こす事が出来るのは、起こした現象に何らかの『共通点』があり、それが『能力』であるからだ。

 しんのすけの場合もそれだ。最初出て来た時は『近距離パワー型』でさっきは『群体型』、今度はあいつの格好が変わってスタンドが傍にいない事からスタンドを「身に纏う」『装着型』。そして、それらの共通点は『型(タイプ)』。すなわち――

 

(『「型」を変える能力』……)

 

 随分とぶっ飛んでる能力だな……まあ、「一能力」である以上直接殴る蹴るしか出来ないけど……。

 

「ぶりぶりざえもん。お前を纏ったのはいいけどこれでどうすればいいの?」

『だから私をそんな名前で呼ぶな!』

「分かった分かった。んで、どうすればいいの?」

『この形態でのみ使える私の唯一の必殺技を教えよう。それを奴にぶちかませ』

 

 立ち上がる塩屋に向かって空高くジャンプ。そして右足を前に伸ばし、左足を曲げる。

 そう、『跳び蹴り』だ。

 

「『ワイルドボアキック』!」

 

 塩屋は『ストゥーピッド・ライク・ディス』で対処しようとするもパワー差でその腕が弾かれ、腹部に命中する。その体は吹き飛んで壁に激突した。確かにあのスタンド、本体にトドメを譲ったよ……。

 奴が動かない事を確かめると、しんのすけの身体に纏われていた『スタンド』は消えた。消え際に『今回は初回限定サービスで十億万円にまけてやる』と言い残して。……一桁増えてるぞ。

 

「お兄さん大丈夫? 救急車呼ぼっか?」

「いや……平気……なんだけど……30分でいいから、じっとさせてくれ……多分それで立って歩く程度は回復する筈だから……」

 

 

 

 

「ねぇ除夜のお兄さん、ホントのホントに大丈夫なの? やせ我慢は体によくないよ?」

「やせ我慢とかじゃなく本当に大丈夫だって何度言えば分かるんだよ……」

 

 さっきからこのやり取りを何度も繰り返している。気持ちは分かるが正直少し鬱陶しい。

 あの後、普通に動いて平気な程まで回復した後、説明して園にいた人達を誤魔化す事に成功(起こった異常事態がなくなった安心感が大きかったみたいで俺の事をそんなに気に留めてなかったようだが)。塩屋は気絶していて尋問は出来ず、救急車で病院に搬送された。それで今俺達は帰路についている。

 

「俺は傷の治りが早いんだって。確かにまだ所々痛むけど明日までには完治するから大丈夫だって」

「うーん……ホントならいいけどね」

「信じられない気持ちは分かる。俺の治りの速さは初見の人間は一様に驚くから」

「それにしても……こんなにハーブな参観日は生まれて初めてだぞ」

「『ハード』な。それだとミントやラベンダーとかだぞ」

「鳥を英語で」

「『バード』」

「あら、しんのすけ」

「ななこおねいさん!」

 

 前の交差路から、長い髪の俺より少し年上と思わしき女の人が手を振っている。しんのすけは目を輝かせ、嬉しそうに彼女へと駆け寄る。

 その様子からすぐ思い出した。こいつが時々話していた、大好きな女の人の事を。

 

「な、何でななこおねいさんがここに? も、もしかして、オラに会いに……」

「うん。だからしんのすけの家に寄ろうと……あれ? そちらの方は?」

「オラの新しいお友達の――」

「初めまして、瀬上除夜と申します」

「こちらこそ初めまして、大原(おおはら)ななこといいます」

 

 こんな月並みな挨拶を交わした後、一緒に野原家に行く事になった。道中のしんのすけとななこさんの二人の会話には、俺は時々相槌を打つ程度しか参加しなかった。彼女と話している時のいつもと違うしんのすけを見て、話に入るのに気が引けたからだ。

 それで今、俺達はそれを維持したまま野原家でお茶している。ななこさんが持ってきたクッキーをお茶請けにして。

 

「参観日か……楽しかった?」

「ううん疲れた。せっかくの日曜なんだから家でゴロゴロしていたかったのに幼稚園に行かないといけないなんて……」

「お父さんの愚痴だぞそれ」

「クス……そう。ねえしんのすけ。今度の土曜日にウチの大学で学祭があるの」

「学祭? こんな時期に?」

 

 俺は大学知らないが、今は四月の半ばだ。学祭なんて学校あげてのイベント、早過ぎるんじゃないか?

 そんな俺の疑問にななこさんは答えてくれた。

 

「それなんだけど……ホラ、最近春日部で変な事件が結構な頻度で発生しているでしょ? ウチの学校の生徒にも被害者がいて、それで学校が少し暗い雰囲気になっちゃって、それでって訳」

 

 成程。学校ぐるみのイベントを開催して暗い雰囲気を吹っ飛ばそうってハラか。

 

「けれど、開催日を考えて急に決めたイベントでしょ? それだと大した事出来ないんじゃ……」

「まあね……普通のに比べたらこぢんまりしているわね……一番の目玉は女子プロレス部の公開試合でね、今から楽しみにしている子もたくさんいるの」

「女子プロレス……忍(しのぶ)ちゃんも?」

「うん。忍ったらもうスッゴくはりきっててね。無様な姿は見せられないって今トレーニングやってるの。しんのすけも観てくれるのなら喜ぶと思うわよ」

「で、どうするんだ? 行くのか?」

「ふっ、グドンだね除夜のお兄さん」

「『愚問』な」

「行くに決まってるでしょ! 一体何年の付き合いなの?」

「まだ一週間」

「という訳で行くからね! 例え当日に幼稚園があろうとも!」

「幼稚園に行けよ」

「何言ってるの除夜のお兄さん! 愛は全てにおいて優先させなきゃだぞ!」

「幼稚園行かなくていいという選択は間違い無く意味を履き違えてる」

「除夜君の言う通りよ。幼稚園あるのならそっちに行かないとね」

「そんな〜……」

「『例え』って言ってたんだから実際は無いんだろ?」

「うん」

「ならそんなオーバーなリアクションしなくとも……」

「友達にオラの愛を否定されたらショックに決まってるでしょ! ちっともオーバーなんかじゃないぞ!」

「愛愛連呼するな気色悪いから」

 

 こいつ、『色』が絡んだらこんなにもおかしくなるのか……。

 負傷に加えこいつの変なテンションに当てられた俺は、凄く気が滅入った。そしてしんのすけはそんな俺の心境など構わず、ななこさんとの会話を楽しんでいた。

 耐えられなかった俺は、お茶を飲んだ後帰宅した。

 

 To Be Continued…

 




日曜参観での戦いはこれで終わりです。

忘れてましたが、塩屋のスタンドの名前の元ネタはダニエル・パウターの楽曲です。


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ミスター・ブライトサイド その①

非日常に関わっていても、日常を勤しむ以上日常は人に容赦しない。


 

 翌日、つまりは月曜日。

 俺はいつも通り朝早くに家を出て、優太と合流して一緒に登校した。

 正直言うと、かったるい。週初めの登校は元々嫌いだし、昨日塩屋との戦いで身体を全体的に痛めた。そのままだったら休めただろうが、夜になったら粗方治っているから理由にならない。無論現在完治している。

 怪我がなくともあそこまでボロボロになったんだから気分的に優れないし、疲れは取れてないから眠くて堪らない。傷の治りの早いこの身体が恨めしい。

 だから午前中の授業はその眠気から自分の意識を保つのが精一杯で、授業内容なんかロクに頭に入らなかった。一応ノートは取っていたが、ぐちゃぐちゃで役に立たない。今日は体育とか無かったから、合間合間の休み時間を仮眠に当てる事でどうにか昼休みの中盤までには本調子に戻れたので、優太にノートを借りて残りを写すのに使った。当たり前だが一〜四限の授業内容を全て写すのは大変だし、五限目は移動教室だったのもあり(昼食は義母さんがこうなるのを見越していたのか偶然かサンドイッチだったから作業にそんな影響はなかった)昼休みに全部書き写す事が出来ず、結局放課後までかかってしまった。

 作業がラストスパートに差し掛かった所で、突然目の前が真っ暗になった。背中に柔らかい感触がある事からも、理由は明らかだ。

 

「だーれだ?」

「稲庭」

「正解」

「今俺ノート写しているんだよ邪魔しないでくれよ」

「一日中ボーっとしてたもんね。ねえ瀬上君、帰り一緒にマックに行こ。ね」

「却下」

「どして?」

「俺の義母さん寄り道厳しいし。それに今日はこの後部活動の見学に行く予定なの。だから却下」

「瀬上君部活してる余裕あるの? 『弓と矢』探しは?」

「時間が許す限りは普通の学生生活を送りたい」

「なら瀬上君が学校から出て来るまで待つ」

「俺以外を誘えよ」

「みんな冷たい。誘っても断られる」

 

 ……両サイドに同情した。こいつは誰かと仲良く食事をしたいだけ。誘われた側はこいつの大食いぶりで他人から奇異な目で見られたくない、または寄り道をしたくないだけ。

 

「優太や宝来は? あいつ等なら」

「沢登君はHR終わったらすぐ帰ってった」

「え? そうなのか?」

 

 これは珍しい。俺といる時は基本的に一緒に行動する優太が、俺に何も言わずに帰るなんて。

 

「何か急用が出来たらしいよ。HRが始まる前にそう言ってた」

「それ、何で俺に言わないんだ?」

「ノートの書き写しの邪魔にならないように終わるか合間見て伝えてって」

 

 そう頼まれた奴が妨害するな。いや、それを果たす為か? ならあいつが言ってた通り終わってからでいいだろ。

 

「宝来さんは生徒会。もう一つ、ノートは明日返してくれればいいって」

「ああ分かった」

「それで終わったら稲庭さんと食事してあげてだって」

「それはたった今捏造しただろ」

「あっ分かった?」

 

 可愛らしい仕草をした稲庭を無視して、俺は書き写し作業を再開した。

 

 

 

 

 在校生の俺が言うのも何だが、俺の通うこの星陵高校は胡散臭い学校だ。そう思う理由の一つが、『部活動』だ。

 まず数だ。運動、文化系問わず、部と同好会の数を正確に把握している関係者はいないのではないかと言われている程多い。統計を取れば県内はおろか全国でも下手したらベスト3以内に入るという噂も聞いた事がある。勿論俺も把握してない。

 それだけの数なんだから、当然その全てがどの学校でも普通にあるものの筈がない。他の学校では聞いた事も無いのも存在する。

『アイロン掛け部』とか『モップ掛け部』とか、『凧揚げ部』とか『レジ打ち部』とかを、一つ二つならまだしもそれら全部を認めている学校は、全国でもここ含めて3〜4校あればいい方だろう。

 風の噂を耳にしただけだが、『暗殺研究会』という、名前だけ聞いてもかなり物騒なのもあるらしい。いや、「あった」だ。俺達が入学する前に騒ぎを起こして廃部になったらしいから。他にも一部の部活が時折『真面目に行動した上で』問題を引き起こしているらしい。

 何で俺が知っているのかは、宝来以外にも生徒会役員の友人がいて、そいつから色々聞いたからだ。

 取り敢えずそういう訳の分からない部活には寄らない。高校では新しい事したいから、中学の頃入ってた陸上部と料理部は今んとこ候補から外す。ボール関係も苦手だから除外だとすると、文化部に絞り込まれてくる。何より活動内容が健全な所。これはどうしても外せない。てか何があろうと外さない。

 閑話休題。

 本日は美術部を見学する事にした。美術部の理由は、単に何にしようか迷ってた時、ふと目に入ったのが第四美術室だったからという自分でもしょうもないと思える理由からだ。何故数字が割り振られているかは、ウチの学校美術室や理科室やらが複数あるからだ。本当何なんだろうこの学校。

 

「失礼します」

『失礼するなら帰って下さい』

 

 無視して扉を開き、中に入った。

 

「いや、君……ずかずか入って来ないでくんない?」

「その事は謝りますけど俺はあんな使い古されたやり取りをしにここに来た訳じゃないので」

 

 いちいち構ってられるか。

 それはさて置き、第四美術室を見渡してみたが、このやり取りを行った、大きな石をのみで彫っている、ボタンではなくジッパーの着いている、ジャケットのように厚みのある学ランを着た、伸ばした茶髪をゴムで纏めて三角巾を被った男子生徒一人しかいなかった。

 

「君、見学?」

「あ、はい」

「そうか……悪いね。今日部活休みなの。僕がいるのは大会に出展する作品製作の為なんだ」

「そうですか……すみません、休み返上しているのにお邪魔して……」

「いいよ、見学は自由なんだし。それよりさ、ちょうど一休みしたいと思っていた所なんだ。良ければ付き合ってよ」

「俺部外者ですが……」

「部員の僕がいいって言ってるんだから遠慮しなくていいの。それに部員も顧問もみんなこんな細かい事気にしないから怒られはしないって」

 

 この人意外と押しの強いんだな。

 部の詳細や活動内容の事を知りたかったし、お言葉に甘える事にした。

 

「自己紹介まだだったね。僕は逢坂(おうさか)氷雨(ひさめ)。クラスは三年三組。美術部彫刻部門に所属しています」

「あ、俺は……」

「瀬上除夜君だよね。知ってるよ」

 

 その言葉に思わず首を傾げた。俺達一年は入学して間もないし、俺はそこから今まで同学年は勿論、違う学年にも名前が知れ渡るような事はしてないし、事件にも巻き込まれてない筈だ。

 

「僕の出身中学と君のそれ、一応同じだから」

 

 察してくれたのか、答えてくれた。一応と言った理由は、親の仕事の都合でその年の八月に宇都宮から春日部に越してきたからだという。

 それ聞いて納得した。中一の今頃の俺は、決して良い意味じゃない方で有名人だったから、それを少し過ぎた辺りからでも在籍してたなら人伝に耳にしていても何もおかしくない。

 

「大変だの……あっごめんごめん。聞いただけの僕でも思い出しただけで気分悪くなるんだから、当事者の君にとっては触れられたくない事柄だよね」

「腫物みたいに扱わなくていいですよ。気にしてない訳じゃないけどもう三年も前の事だし。それより部活についての質問、宜しいでしょうか?」

 

 当時の事はあまり触れられたくないので、聞きたかった事に話の焦点を持っていった。

 

「分かる範囲でなら何でも答えるよ。興味のある部活動の事詳しく知りたいのは当たり前だからね」

「先輩は『彫刻部門』って言いましたが、美術部ってどんなシステムなんです?」

「ああ、そんな難しい話じゃないよ? 美術って言っても様々な分野があるでしょ? 単にその分野ごとに部門があるってだけ。ウチだと他に『陶芸部門』とか『染織部門』とか、『アニメーション部門』もあるんだ。絵画館系になるともういっぱいある。新部門の創立は四人以上集まって許可を貰うと認められる。新年度が始まって一人もいない部門は無くなる。演劇部や新聞部、料理部その他も同じシステムを採用してる。分かった?」

「分かりました」

「じゃ、他に質問は?」

 

 何を聞こう。

 そんなに部門があって部室は足りているのかだろうか。それとも、そんな細分化するんなら最初から別々の部にした方が良いのではないのかだろうか。

 

 色々悩んでいる内に、ふと『ある疑問』が頭に浮かんだ。

 これは部活に関係無い。だが、何の迷いも無く、口から出た。

 

「何であんた……『俺が瀬上除夜だって分かったんだ』?」

 

 曲がりなりにも同じ中学なら俺の事を聞いて知ってたとしてもおかしくない。三年前に聞いた事を覚えていたとしても記憶力がいいで済む。

 だが、俺はこの人とこの時まで一切の接点は無かった。三年前に人伝に聞いたっきりの人間が何の前触れもなく現れて、その人物の名前を言い当てる事が普通出来るだろうか。

 更に言えば「大変だね」と言った。「大変だったね」ではない。この人は俺が今「大変な事」に関わっている事を知っている。それを知っているのは『関係者』だけだ。つまり、この人は――

 

 ここまで考えていると、逢坂の右肩から『スタンドの拳』が飛んできた。

『プラネット・ルビー』を出して瞬間移動――出来なかった。

 切り替えて両腕をクロスしてガード。それ自体は間に合ったが、重い一撃に体は吹き飛び、そのまま壁に衝突する。

 逢坂は己の『スタンド』を発現させ、俺に近付いてきた。

 




そして非日常は、日常の陰に常に潜んでいる。

普通の学生やろうとして、新しい戦いが勃発しちゃいました。


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ミスター・ブライトサイド その②

 

 逢坂の『スタンド』は俺同様に人型のそれ。

 藍色を基調とした体色、自身の頭部一つ分の長さの首に、喉には能面のような顔が埋め込まれている。膝には大きめの鱗がびっしりと覆われており、手は常人の二倍近くある長さと普通の倍多い関節を持つ指に、その指と指の間には第三関節までの水掻き、肩甲骨の位置には一対の背鰭があり、頭部はサメ。特徴だらけのスタンドだった。

 俺は体を立たせるさっきは瞬間移動をしようとしたのに出来なかった。間違い無く奴の能力によるものだ。

 立ち上がった途端、足から痛みを感じる。足を上げると、巻き込んで壊れた椅子の破片が刺さっていた。スリッパが脱げていて靴下しか履いてないから、踏んだらこうなるのは当たり前か。

 殴り飛ばされた時にすっぽ抜けたかと思ったが、スリッパは『椅子に座っていた時の位置と変わってなかった』。何等かの『能力』で固定されたのは分かった。

 能力を推理しようとすると、スリッパを観察しているのを見破られ、逢坂は口角を上げた。

 

「どんな能力か分析しているのか……」

 

 そう頭を悩ませる必要は無いよ――と言って、逢坂の『スタンド』は、先程本体が彫っていた石の破片を拾い集る。

 

「僕の『ミスター・ブライトサイド』は、隠そうとするのが馬鹿馬鹿しく思える程とてもシンプルな能力なのだから」

 

『ミスター・ブライトサイド』は指を動かす。石の破片は粘土のように『変形』する。それの形が整えられ、中型のナイフが完成した。

 それを本体に手渡すと、今度は自分が彫っていたのとは別の石をこね始めた。させじと俺は接近するが、奴の手の動きのが早かった。

『ミスター・ブライトサイド』は作った『刺又』を突き、俺を捕まえようとする。『プラネット・ルビー』で先端に触って払う。

 成功したがかなり強引だったので腕にかなりの負担を感じる。それに気を取られ、『プラネット・ルビー』へとナイフを振り下ろしている逢坂への対応が遅れてしまった。

 自分のスタンドを体の中に戻す。フィードバックで右腕の付け根近くを結構深く切られた。物体がスタンドを傷付けた事に驚いたが、あのナイフは『ミスター・ブライトサイド』の「能力」で作られた物。それを用いての攻撃は「能力攻撃」になる訳か。

 一旦引っ込めたのは正解だった。もし「スタンドに物体での攻撃は通用しない」って高を括って何もしなかったら、最悪右腕を失う所だった。

 そして最初の攻撃の時何故瞬間移動が出来なかったのか。よく分かった。

 

「会話している隙にスリッパの底と床をこね合わせたのか……」

「その通り。作業中気付かれないか、足を動かさないかハラハラしていたけど、君が会話に意識を向けていたおかげで助かった。君集中力あるね」

 

 皮肉なのが丸分かりなので嬉しくない。

 今度は刺又の石突で突いてきた。当たる前に『プラネット・ルビー』の掌で受けるが、そのまま押されて体が宙に浮く。着地の際足を滑らせかけたが、何とか倒れずには済んだ。

 やはりパワーはあちらが相当上だ。スピードは勝っているがこの障害物だらけの空間じゃ直撃しないようにするのが精一杯だ。

 だから俺はある選択を取った。

 

「ゴラァ!」

 

 現在地が窓際だったので、窓ガラスを破壊してそこから外に出る。俺が外に出ればあいつは俺を追って外に出て来るだろう。「今回は諦める」という選択を取る可能性はあるが、俺に本体も能力も明かしている以上はかなり低い。俺が同じ立場だったら取らない。

 

 そこまで考えていると、裾が引っ張られる。まあ、敵がこっちに合わせてくれる訳は無いよな。

 壁にはソフトボール程の『穴』が空いていて、そこから『ミスター・ブライトサイド』の手が伸びていた。

 このまま戦闘を続ける事は出来なくもないが、不用意にそれを外で行ってしまえば誰かが目撃する可能性が増える。俺もだが奴にもそれは不都合だろう。だから美術室に戻ると、逢坂は意外そうな顔をした。

 

「わざわざ戻って来るの? 美術室(ここ)は君にとって不利だから外に出たんでしょう?」

「引き止めたのはあんただろ!」

「まあね。提案があるから引き止めたんだ」

「提案?」

「君を逃がしたくはないけど、『能力』で修理出来るとはいえ僕もこれ以上ここの備品や材料を破壊したり変形させたりするのは避けたい。だから屋上に行こう。放課後にわざわざ屋上まで足を運ぶ人はそういないでしょ?」

 

 こっちの返事も聞かず割れたガラス窓から外に出た。そこから顔を出すと、あいつは壁をヤモリのようによじ登っている。あれは多分能力の応用だろう。腕を伸ばす度に指先が引っ掛かる程度の穴を作っているといった所か。まあ、それらしき物が見当たらないのは、登った途端に元に戻してるんだろう。

 奴を追うべく美術室を出て、非常階段へ向かった。

 

 

 

 

 屋上の扉を前にした俺は『プラネット・ルビー』を発現し、ノックしてみる。

 直後、ガラス越しに人影が出て来た。ご丁寧に座って待っていたという事か。そしてすぐに扉に穴が空いてそこから腕が伸びてきた。

 捕まる前に扉を思いっ切り蹴り飛ばす。逢坂はそれに巻き込まれ、一緒に吹っ飛ばされるが、大したダメージにはなってないらしく、平然と立ち上がってきた。

 

「意外と容赦ないんだな……」

「それで負けるか降参するかしてくれればしてやるよ」

「じゃあ無理だね。なるだけ早く終わらせるか」

 

 逢坂は扉の加工を始めた。

 




スタンド名の元ネタはザ・キラーズの楽曲。

次回、決着です!


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ミスター・ブライトサイド その③

対逢坂戦、決着!


 

 奴が今度作ったのは、両端に打撃武器の付いた、五メートル程の長さの棒、所謂『メイス』だった。

 攻撃に移る前に俺は駆け出す。俺の能力の射程を考慮したんだろうが、あれ程の長さの武器は懐に入れば無力。スピードはこっちが上。屋上は美術室と違って障害物らしい障害物も無い。

『ミスター・ブライトサイド』はメイスを振るう。俺は一度立ち止まって接近するメイスの逆側に瞬間移動し、また走る。接近したら拳を握り締める。

 当然あいつも対応しようとする。美術室で作ったナイフが手に握られている。それを振るってきたが、瞬間移動で回避した。そして今度はこちらが攻撃を放つ。

 

 当たる前に脇腹に鈍痛が走った。それで動きを止めてしまう。その隙に逢坂はナイフを振り下ろしてきた。

 瞬間移動で避けるが、また鈍痛が。痛みを堪え見下ろすと、メイスが脇腹に食い込んでいた。攻撃してきたのは無論『ミスター・ブライトサイド』。見ると、持っているメイスはへし折って長さを調節されていた。

 打撃武器の付け根をへし折り、それを後方に投げて『軸』にして瞬間移動し、離れた。

 

「……これはあんたにとって想定内の行動か?」

「一応は。だけど後一〜二回攻撃出来ると踏んでいた。それで再起不能にするつもりだったんだが……そこは見誤ったよ。これは能力を駆使して戦いを潜り抜けてきた君と目覚めたばかりの僕の差かな?」

「俺の場合体質っていうのも大きいかな……それより、目覚めたばかりって今言ったが、あんた、『矢』に射られたのはいつだ?」

「今朝」

 

 嘘……じゃないな。こんな嘘つく理由なんかないし。

 だとすれば絶対に聞き出したい事が出来た。早くこの戦いを終わらせないと。

 

「距離を取れば大丈夫だと?」

 

 メイスを加工して手裏剣やチャクラムを作り出し、投げつけてきた。『プラネット・ルビー』でそれを捌くも、その隙に奴は壁に接近しそれを打ち壊して大量の瓦礫を生み出し、大小様々の飛び道具を沢山作った。

 無論これらの使い道はこの状況では一つしか無い。俺に投げるしかだ。そしてそうしてきた。

 しかも投げてくる範囲が広い。これは俺の能力の特性を考慮した上でだろう。

『プラネット・ルビー』でそれらを捌きながら考える。この飛び道具はあくまでも『建物の一部を加工した物』で、どれだけ上手に使おうと有限だ。攻撃が途絶えた所で瞬間移動して接近し、奴を倒す。だが、あいつもこの程度は思い至っているだろうな。

 飛び道具の後を追いかけるように、逢坂がかなり長い棒を持って飛び出してきた。くっ、選ばせる程余裕を与えてくれないか。俺の意識と身体よ。持ってくれ。

 突き出た棒は俺の喉に命中し、俺の体は押されて鉄柵にぶつかった。棒はまだ喉から離れていない。

 

「勝った! 残念だったな、僕の体が射程から離れていたとしても、足元に転がっている飛び出してきた飛び道具なりを『軸』にすれ……ば……」

 

 どうやら気付いたようだ。ここまで『俺の想定通り』だったのを。実際動揺してか棒に加えられている力が緩まった。

 この機を逃さない。俺は棒を払いのけてそれを掴み、逢坂を目前まで引き寄せた。

 

「この為に僕の攻撃が来るのを分かっておきながら無防備で食らったのか?」

「つってもその後意識があるかどうかは完全に賭けだったけどな。それに槍とかだったら流石に能力使って避けてたよ!」

 

 そうだったら気付かれていたかも知れないな。

 この距離なら互いに殴れば相手に届く。諄いがスピードなら俺の『プラネット・ルビー』が上回っている。加工も間に合わない。

 

「さっきあんた「僕の勝ち」だって言ってたが、それ、俺の科白になったな」

「え……ひ……うわあぁあああぁあぁぁあああ!」

「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラァッ!」

 

 瀬上除夜――逢坂を運んだ後、情報を聞き出し、帰宅。

 逢坂氷雨――除夜との話を終えた後、破壊したり変形させたりした物を修繕した。

 

 to be continued…

 




次回はみんな集まってお食事に行きます!


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瀬上除夜の推測

今回はクレしんでお馴染みの居酒屋での食事です。


 

 午後六時半、焼鳥屋『デスペラード』。

 この店の隅っこに位置するお座敷に、俺としんのすけ、琢磨と稲庭の四人が卓を囲んで大皿に乗せられた焼き鳥や並べられた料理を頬張っている(主に稲庭)。

 どちらかと言えば仕事帰りのサラリーマンとかが飲む為に来るような所謂居酒屋で、薄暗い時間に高校生二人、フリーター、幼稚園児という組み合わせが来るような店じゃないだろう。まあ、そんな組み合わせ滅多にないだろうけど。ちゃんとみさえさんに(当然要所ははぐらかしているけど)話したからしんのすけがいるのは問題無い。

 ここに集まったのは、逢坂先輩との戦いが終わって彼から詳細を聞いた直後まで遡る。早急にみんなに伝えなければならないと思い、召集を掛けた。

 

 ……笑える話、召集を掛けた後で場所探しに難航した。昔からよく行ってたお好み焼き屋に予約入れようとしたが、満席で無理だという返事が返ってきた。普段はそんなに客来ないのに。それで三人に「出来るだけ人が少なくて、この時間帯で学生とかが来ても特に何も言われない場所」の心当たりを尋ねた。

 稲庭は「無い」と即答し、琢磨はバイト先の一つであるカラオケ店に電話してみたが、同じ理由で無理だった。しんのすけがこの店をあげ、ここに来た。しんのすけ曰く、「お客さんあんましいないけど美味しい焼鳥屋さん」らしい。確かに客はあまりおらず、閑古鳥とまではいかずともガラガラではあった。そしてマスター(しんのすけが店長をそう呼んでいるのでそれに倣う)に幾つか注文して今に至る。

 因みに御厨先輩は苦手科目で「難易度が高い宿題が出たから来れない」と返事が来て、塩屋は入院中。まあ、明日知らせればいいだけだ。

 

「早速ですが本題に入りましょう。除夜君、僕達は君からの突然召集の電話でここに集まった訳ですが……何があったんですか?」

 

 レバ刺しを呑み込んで理由を訊いてくる琢磨。しんのすけはサイダーを淹れたジョッキを置く。稲庭は……ほっとこ。

 

「今日の放課後、俺は学校で『スタンド使いになったばかりの男』と遭遇し、戦った」

「え? 瀬上君大丈夫なの?」

「大丈夫だからこうして飯食ってんだろ」

 

 心配してくれてるのは嬉しいが食べながら喋るな飛び散るだろ。

 

「お兄さん生きてる?」

「そうでなかったら今ここにいる俺は何なんだ?」

「何故『スタンド使い』と戦ったとそのまま仰らず『なったばかり』という接続詞を付けたのですか?」

 

……話を戻してくれるのは有り難いけど唐突過ぎる。

「重要な話なのでしょう? ならサクサクと進んで欲しいのですが」

「うん、そうだね……」

 

 俺が同じ立場でもそう思うな。

 一息つく為に茶を飲んだ。

 

「戦闘は辛うじて俺の勝ち。その後詳細を尋ねた。結果そいつから得た情報は、『弓と矢』の保持者を絞り込めると判断出来る物があった」

「その『情報』とは?」

「能力を得た時間帯。そいつは『今日の朝』に射抜かれたと言った」

「何でそれが『矢』を持ってるのが誰か絞り込める情報になると思ったの?」

「すまん。詳しく説明するべきだった。そいつは大会に出展する作品を作る為にここ数日一人朝早くから登校していたんだと。で、今日突然『矢』で射られたと証言したんだ」

 

 そこまで聞いて琢磨と稲庭が納得いった顔をした。

 

「成程……」

「そっか……確かにそうなるよね……」

「え? 二人共何が分かったの? 除夜のお兄さんは何が言いたいの?」

「疑問の順序逆。なあしんのすけ……一つ訊くが、お前の通う幼稚園と何の関係もない奴が、人のいる中誰にも怪しまれずに園内に入り、園内を歩き回る事が出来ると思うか?」

「そんなの……そゆ事?」

「理解したみたいだな」

 

 そう、部外者がウロウロしていたら少なからず騒ぎになる筈だ。

 逢坂先輩から聞いた時間は確かに早いが特別にそうかと問われたらそうじゃない。彼のように個人的な用件で登校する生徒もいれば、部活の朝練で来る生徒がいても違和感がない時間帯だ。実際登校した時はそれなりの人数がいたと言ってたし。

 それだけじゃない。学校を開ける用務員の人だっているし教師だって来てる人は来てるだろう。そんな中部外者が全ての目を潜り抜けて一人でいる人間の元まで来れるのか? 現実味が薄過ぎるだろ。

 

「でも、『弓と矢』は? 実物見てるけど、あれ学校の鞄とかに入れられるようなサイズじゃないよ?」

「十中八九そいつもスタンド使いだろうから何等かの能力を用いてその問題をどうにかしたんだろうな。それで、射抜いた後は一度帰宅し家に置いてから改めて登校した」

「何でそんな手間かけるの? そんな能力あるんなら学校の何処かに隠しておけばいいんじゃない?」

「考えられるのは二つ。一つは単純にそいつの能力ではそんな事は出来ない。もう一つは万が一発見される可能性を恐れてそれをしない」

「一つ目は分かるけど、もう一つは? 仮に見つかったとしても、ごまかせそうな所、一つや二つは探せばあると思うけど」

「見つけたのが除夜君だったらどう対処するんです? 実物を見ていなくともどんな物なのかは大まかながら分かっているから誤魔化すのは難しいでしょう。それに稲庭さんや除夜君が遭遇したその人がそうだったように、学校内に射抜かれスタンド能力を得た人間が他にもいても不思議ではない。その中に『弓と矢』を欲しがる者が出て来たとしてもね。僕が『矢』の所有者だとしたらそんな場所に置きませんよ」

 

 ごもっともな疑問を、俺が答える前に琢磨が言った。俺が言いたかった事と寸分の違いもない。

 

「それらを踏まえると、『学校からそう離れていない所に住んでいる学校関係者』で、『学校ある日は基本的に登校、または出勤している人間』……そこまで限定出来るな」

「へ? 学校関係者はともかく、どうしてそこまで?」

「それはお前にある」

 

 そう言って俺は稲庭に指差す。

 

「あたし?」

「正確にはしんのすけ達も含む」

「オラ達も?」

「そこは分かりませんね。説明をお願いします」

「稲庭は風邪で休んだ日の夜に射抜かれた……だったよな?」

「うん」

「何で『夜』なんだ? 朝や昼でも問題無いだろ? いや、寧ろ夜だと夜勤とかでない限り大抵みんな家に帰ってる、つまり射抜く対象以外の人間に見つかる可能性高くなるだろ? 一人や二人なら対処出来るとしても、それ以上だったらどんな能力を持っていたとしても難しくなる。最悪近所から人が集まったりするだろうからな。そんなあからさまなリスク冒す理由は余程の考えなしかバカな目立ちたがり屋でもない限り「その時にしか動けない。どうしてかは何かやっていて時間を割く事が出来ないから」。そう考えるだろ?」

「オラとひまは昼間に射抜かれたけど」

「日曜だっただろ? 大抵休日なんだから部活とか、何かのイベントとか、そういったのがない限りは行く理由は無い。琢磨は?」

「土曜日の朝、バイトからの帰りの途中に」

「今は大抵の学校は休みだな。因みに御厨先輩は下校中、塩屋に至っては春休みだ。今の所だが授業のある日の時間帯に射られた奴はいないんだよ」

『分からんな。何故学校に時間を割いている? 行かずにスタンド使いを生み出す事に精を出していればそんなリスクをわざわざ冒す必要など無いではないのか?』

「平日の授業ある時間帯に射抜かれた奴が何人も出て来たら誰だって学校行かない奴を疑うわ。怪しまれない為には出来るだけ『普通』を心掛けてた方がいいんだよ」

「騒動の種を播いてる奴が周りと溶け込んでオラ達の身近に暮らしてるのか……なんか怖い」

「まあ一応これは全部『能力』とか、そういった要素取っ払って常識的に考えて出した推測でしかないけどな。何等かの『スタンド能力』を使って学校への侵入を果たした可能性も、別の意図があって行動時間を限定している可能性も充分ある」

「しかし……確かな根拠に基づいた、頭に入れておくべき推測ではありますね」

「そう思ったから伝えたかったんだが……何でお前いるんだよ!」

 

 しんのすけの隣に座って焼き鳥を頬張っている緑色の体毛の猪を指差した。

 

『食事中に大声を出すな。お前はマナーを知らんのか』

「喧しい! 俺の質問に答えろ!」

『全く……私はしんのすけのスタンドだぞ? しんのすけのいる所に私がいて何がおかしいんだ?』

「答えになってねえ! しんのすけ、お前いつの間にこいつを発現させたんだ?」

「オラ出してないぞ。ていうかこいつ時々勝手に出て来てご飯食べたり新聞読んだりしてるの」

『漢字はほぼ読めないのもあって何書いてるかチンプンカンプンだがな』

「だったら読むな!」

「凄くルール無用なスタンドですね……」

 

 俺もそう思う……あ。

 こいつにピッタリだと思う名前思い付いた。一応本体に確認は取っておこう。

 

「しんのすけ。お前、こいつに名前付けたか?」

「ううん、まだ」

「俺が名付けていい?」

「アイデアあるの?」

「ああ。『ハリケーン』だ!」

 

 この発現の直後静かになった。

 

『ハッハッハッハッハッハッハッハッ』

 

 猪はその静寂を己の高笑いで打ち破った。

 

「どうしたの?」

『いや、「ハリケーン」か……気に入った、実に気に入ったぞ! 除夜よ。お前は中々のセンスをしているな。私の手にキスしてもいいぞ』

「断る」

 

 ま、気に入ってくれて何よりだが。

 

「名前決まって良かったなぶりぶりざえもん!」

『私をその名で呼ぶなと何度言えば分かるんだ! 私の名前は『ハリケーン』だ!』

「えっと……もう用は済みました?」

「ああ。ありがとな、急な呼び出しにわざわざ来てくれて」

「ねえねえ瀬上君、焼き鳥大皿で注文していい? 二十皿までにしとくから」

「そんな量普通は「まで」じゃ……いやいい」

 

 

 

 

 時間は遡って瀬上除夜と逢坂氷雨が屋上での戦闘を開始したのとほぼ同時刻。場所は郊外の畑。

 一人の女性が鋏を片手に、実っているグリーンピースを、鼻歌交じりに収穫していた。

 

「今日はこのくらいか……四分の三は店とかに卸して、自分が食べる分以外は御近所さんに分けて――」

 

 コンテナの中の収穫物を見下ろしている所に、メロディーが流れる。彼女は手袋を脱ぎ、発生源である自分の携帯電話をポケットから取り出し、通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

『4ヶ月ぶりですね』

 

 電話から聞こえたのは、彼女にとって忘れ難い人物のものだった。

 

「あんたか……もしかしてあの件? もう何人かスタンド使いを差し向けたらしいけど」

『いえ、別件です。実は……』

「ちょっと待って」

 

 電話の向こう側の話を制止させ、グリーンピースの収穫前に種を播いた一角を見る。

 そちらには、種をほじくり出して啄んでいる鳩の群れがあった。

 

『という訳なんです。まあ「彼等」が動いた理由は大体見当がつきます。「彼」のしている事は僕は関与していませんが、僕が播いた種ではありますし。万が一「彼等」に僕の存在が発覚してしまったら多少面倒な事になるでしょうね』

「『多少』じゃ済まない事態になるでしょうね。春日部が」

『そうならない為にこの仕事を依頼しているんです。僕の目的はあくまで「瀬上除夜を倒す事」であり春日部を混乱させたい訳ではないので』

「あんたニュースや新聞読んでる? 言っとくけど説得力無いわよ」

『依頼料は少し色を付けて百万……既に振り込んでおきました。成功報酬は三百万。因みに途中瀬上除夜と遭遇し彼を倒した場合、その分の金額は別で振り込みます』

「了解……」

 

 通話を終えた携帯をしまって、コンテナを移動手段である軽トラの荷台に乗せ、畑に戻る。

 バラバラに切り刻まれた鳩を鋏で首と脚を切り、別のコンテナに詰める。そしてそれを荷台に乗せ、畑を後にした。

 畑の一角は、カラスが掃除するまで切り取られた頭と脚が積まれていた。

 




遂に決まりましたしんのすけのスタンド名。
元ネタはボブ・ディランの楽曲。



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歓迎準備の後片付けで

今年最後の投稿です。


 

「これはこっちでいいんだよな?」

「うん。それとこの玩具箱、あたしの部屋の適当な場所に置いてくれない?」

「……あればね」

 

『デスペラード』での会談の後、家に帰った俺は義母さんに言われて一緒に院内の片付けと広間の飾り付けを手伝う事になった。

 明後日から久し振りに新しい仲間がこの院に入ってくる事になったので、そいつを歓迎する為だ。

 そいつの経歴を簡単に聞いたが、両親が友人に騙されたか何かで財産失って、一家心中を計ったらしい。途中で発見されてそいつだけ助かったそうだ。

 因みにそいつの故郷は群馬だという。そっちじゃなくてわざわざ埼玉の施設に入居する事になるのは大抵そいつの身内が義母さんと縁がある(義母さんはかなり顔が広い)というパターンで、例に漏れず今回もそうだった。そいつの場合は母方の祖母(故)が友人で、そいつの両親は親族と疎遠だったので引き受けたという。

 

「それにしても……仲間が増えるのはいつも急だよな……」

「いなくなるのも結構唐突なんだけどね」

「うわっ!」

 

 後ろから声を掛けられた。いつの間にか義母さんがいた。

 

「除夜君遅いよ。玩具箱一つ部屋に置くだけでどれだけ時間掛けるつもりなの?」

「この空間に簡単に物が置けると?」

 

 素朴な質問を今いる部屋の主に投げ掛ける。この部屋を一言で表現する適切な言葉は、『汚い』で充分だろう。

 この人みんなが使う物や借り物とかは大切に扱うが、自分一人が使う物とかには大雑把な所がある。

 この部屋も、流石に食べこぼしとかそういうのは無いが、漫画やら衣類やらが足の踏み場もないまでに床を占領している。しかも整理『だけは』きちんとされているから下手に手を付けられない。昔一回見かねて勝手に掃除した事があるが、それで友達の結婚式のために用意していた祝儀が当日に見つからなくなって結果的に取り返しのつかない事になったので、もう了承を得ず手を付けないと心から誓った。以降義母さんもそういった類は別に保管するようになった。

 

「衣類しまうからそこに置いて」

「……」

 

 何か言いたかったが堪える事にし、言われた通り重ねられている古着を机の引き出しにしまった後に出来たスペースに玩具箱を置いた。

 

「いい加減新しい収納棚買えよ。学習机の引き出しに服を入れるな」

「買ってもいいんだけどこの部屋のスペースその分狭くなるんだよね。除夜君の部屋に洋服タンスとかを置かせてくれるんなら考えるけど」

「女物の、しかも義母の服詰まったタンスを自分の部屋に置く趣味はない。大体何で洋服タンスが真っ先に出るんだ」

「細かい事気にしていたら大物になれないZO☆」

「自分の歳考えてそういう事言ってくれ」

 

 外見年齢は違和感メチャクチャ無いけどな。

 

「じゃあ増改築したら? 新築より金掛かるみたいだけどあんたなら現金でポンと出せるだろ?」

 

 この人はかなりの資産を持ってる。詳しくは分からないが、春日部どころか埼玉全体でも五本の指に入るだろう。昔会社を経営していたとかは聞かないし、株の運営やギャンブルは嫌いと公言していて実際偶にパチンコ行く程度だからどうしてこれだけの大金を持っているのかは分からない(税金はきちんと納めている)。聞いた事があるが「秘密」の一点張りだった。たとえ家族でも立ち入られたくない領域があるのは理解していたのでそれっきり追及していない。

 

「よし、一休みしよっか。戻ってお菓子食べよう」

「分かった……ん?」

 

 ふと目にした、一冊の『アルバム』。分厚く、五百ページはあると思う。それだけでなく見ただけで年代物だと分かる程古ぼけた代物で、俺も見たのは初めてだ。所有者はこの部屋の主で間違い無いだろうが――

 

「ふーん、このアルバム興味あるの?」

「やっぱり義母さんのだったか。これどんな写真が載せてあるんだ?」

 

 別に中身に興味はないが、こんな風に尋ねないと鬱陶しいからなこの人。

 で、案の定この人はにこやかな笑顔を向けてきた。

 

「よくぞ聞いてくれました! これは君とあたしが運命の出会いをする前、つまり16年前までの写真を収録したアルバムなのでーす!」

「いつから?」

「中学時代から」

「ふーん」

「ちょっと除夜君! 何なのその淡白な反応は! この義母(はは)の全盛期で黄金期だった時代の姿に興味無いの?」

「『全盛期』で『黄金期』……ねえ」

「何その何か言いたくても何言えばいいか分からないって目は!」

 

 ……見るから黙っていてくれ。

 

 結論、写真は俺の想像通りの代物だった。

 背景は時代と場所の移り変わりを感じさせられるが、写っている被写体にはそれが全然感じられない。服装とか、装飾品とか、表情とか、髪型とかが違うだけで用意出来れば再現可能と断言出来る。更に背景のセットとカメラ(白黒写真もあるので)も用意すれば一人で写っているのなら同じような写真が撮れると思う。

 写真と見比べていると、被写体はハハハハと渇いた笑いをあげた。

 

「やだなぁそう写真(過去)と見比べないでよ。落ち込むじゃんか」

「……すいません。あんた過去を振り返るアルバム必要なんですか? 少なくともあんた個人の写真は意味無いと思われるのですが」

「何で突然敬語?」

「答えろ。必要あるのか?」

「あるよ当然。若かりし頃の自分の姿を見て、『ああ、自分にもこんな時代があったなぁ』って振り返るのに必要なの。時の流れは残酷なんだから」

「それには同意するがあんたはその『時の流れ』に取り残されているからその分のフィルム代とか現像代とか無駄だと思う」

「それどういう意味かな?」

「今の自分を鏡で見てこれらの写真とよく見比べてみろ。そうしたら言った事分かるだろうから」

 

 手鏡を取り出して写真に写ってる自分と鏡に映ってる自分を何度も見比べる。一分くらい経つと手鏡置いて溜息を吐いた。

 

「大違いじゃん。除夜君は一度眼科行って精密検査受けた方がいいよ」

 

 ……絶句した後、「今のセリフそのまま返す」と言い返した。

 うん、やっぱこの人地球人じゃない。それを今、更に強く認識出来た。

 

「昔を振り返るのはこれでおしまい。じゃ、一休みしようか。昨日カルピス買ってきたから飲もう。アルバムは机の上に置いといてね」

「さっきのは一休みじゃないのか?」

「小休止」

「……原液をコップ一杯注ぐのはやめてくれよ?」

「念押ししなくともあたしのと除夜君のは別で入れるって」

 

 念を押さないとあんたの好みで他の奴の分までこうなるから念を押すんだよ。という一言は敢えて口に出さず、言われた通り机の上に置こうとすると――

 

「うわっ!」

 

 体の向きを変える時に足を動かした際に積まれた漫画本に躓いてしまった。何とか机の際に手をついて転ぶのは避けられたが、その際アルバムを手離してしまった。アルバムは机の上に落ち、後の方のページを開いた。

 

 そこの写真は、今までと違った。

 このアルバムは、『三分の二』程までしか写真が載せていなかった。そこからは二ページ捲っても写真は無かったから、以降はもう無いだろうと思った。

 違った。これ等の写真は、「他のと違う思い出」だから分けていたんだ。

 開いているこのページの写真には『義母さんが写ってない』。代わりに、「二人の人物」の写真が一枚ずつある。

 一人は男。体格は胸から下は見えないが、かなり恵まれている事が一目で分かる。顔立ちや肌の色から日本人じゃないだろう。そして、写真からでも何か言葉では表せない「得体の知れない存在感」を感じる。そんな『金髪の男』。

 もう一人は老婆。こっちは全体が写っており、一見すると普通の小柄な老婆だ。だがよく見ると普通の人間には無い『特徴』がある。突然変異か別の要因か、左手が右手と同じ、言うなれば『両右手』だ。

 何なんだこの人達は? どうして義母さんはこの人達の写真を?

 好奇心が湧いた俺は、ページを捲ろうと端に指をかけ――

 

「除夜くーん、何してるの〜? 早く来ないとお菓子全部食べちゃうよ〜?」

 

 義母さんの呼び掛けで我を取り戻し、アルバムを閉じ、そちらに向かった。

 あの写真に関しての好奇心は抑える事にした。今まで一度も話さなかった事からして義母さんにとって簡単に踏み込んで貰いたくない事柄だと思うし、何も見なかった事にしてそのまま忘れてしまおう。

 そう思うと、自分の先程の行為が恥ずかしく思えた。

 

 

 

 

 時間は遡って昼過ぎの春日部駅。停車した下り列車から、外国人の少年が一人ホームへと降りた。

 

「ふわぁぁ〜……電車って、早くで時間通りに着くのがいい所だけど……カタコト揺れるから眠気誘うんだよねぇ……」

 

 欠伸をしながら駅員に切符を渡す。駅を出るとお茶を自販機で購入し、飲む。

 

「さて……まずは宿を探すとしますか……」

 

 飲み終わってペットボトルをゴミ箱に捨てると、トランクから地図を取り出した。

 




最後に出て来た少年の素性は次回以降に明らかになります。

それでは。


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イタリアからの来訪者

今年初の投稿です。今年も宜しくお願いします。


 時刻は早朝、場所は郊外にあるビジネスホテルの一室。

 閉めているカーテンの隙間から漏れた朝日を顔に浴びて、ここに寝泊まりしている少年は瞼を開く。

 

「もう朝か……日本の朝って早いんだな……」

 

 これから暫く住む事になるんだから慣れないといけないなと思いながら、目をこする。そしてベッドから降りて洗面台に向かい、顔を洗い、長めの銀髪を梳く。終わったら寝巻を脱いで、白いワイシャツの上にノースリーブの鱗の大きな蛇の皮を連想させる模様の上着を羽織り、両耳にピアスを付ける。身支度を整えると食堂に向かい、お茶漬けとお新香を注文。それを食べ終えると部屋に一旦戻り、財布等を用意し外に出た。 ロンディネ・カルデローニ14歳。国籍はイタリアで、とある組織の構成員。日本へはトップからの命により単身来日した。これがこの少年の簡単な人物紹介だ。

 彼の春日部の物語は、今日ここから始まりを迎える。

 

 

 

 

「本当に申し訳ありませんでしたぁッ!」

 

 約二時間後、アクション幼稚園の敷地にて、ロンディネは色付き眼鏡を掛けた中年男性へと何度目かの土下座をしていた。

 事の始まりは三十分前、彼が道を歩いていた時まで遡る。歩いている彼は、全体的にピンクで屋根に猫耳の付いていて、前にデフォルメされた猫の顔が描かれたバス――アクション幼稚園の送迎バスが目に入った。

 その時、「どんな人達がこのバスに乗っているんだろう」と、僅かに刺激された好奇心に従って顔をそっちに向けた。真っ先に飛び込んできたのは運転手――彼が現在頭を下げている男の顔だった。

 問題はロンディネが彼に『ある誤解』をしてしまった事だ。別にそれは彼にとってよくある事だ。彼は若い頃から人相が良くなく、そのせいで見ず知らずの人から「その筋の人」と間違われ、時に警察沙汰になった事もあり、ロンディネもそうしてしまった。

 更に後ろの座席に園児達が乗っているのを『子供を誘拐して外国に売り飛ばすつもり』と結論を出し、過ぎ去ると同時に急いで派出所に駆け込み(当然ながら地図は携帯している)、思った事を説明してバスのナンバーを伝え――今に至る。

 

「あの……頭を上げて下さい。いいですよ。勘違いされるの慣れてますし……」

「そそっかしい人だな」

「お前だって人の事言えないだろ」

 

 その後、この男――アクション幼稚園園長、高倉文太に「機会は滅多にないし、お詫びという事なら」と、園児達に自分の故郷、イタリアの話をしてやってほしいと頼まれ、ロンディネの方も騒ぎを起こしてこれで許して貰えるのならと了承した。

 

 

 

 

 今日は午前で終わりだったようで、昼食の時間はなく正午近くに園児達は帰宅した。それを見送り、ロンディネも改めて園長に謝罪して幼稚園から出て行き、任務を再開する。

 

「ねえねうお兄さん、これから何処行くの?」

「取り敢えず一人の人間が隠れて生活出来るような場所を」

「住むの?」

「住まない。人捜しの為……て、あれ?」

 

 後ろを振り向くと、幼稚園にいた坊主頭に太眉の少年がいた。

 

「えっと……野原……しんのすけ君? で合ってたよね?」

「合ってるよロンディネのお兄さん」

 

 名前を覚えていたのは、「イタリアはどんな大人のお店が流行ってるの?」という、生まれて初めてされた質問のインパクトが大きかったからだ。

 

「もう帰ったんじゃなかったの?」

「忘れ物あったの思い出して戻ったの。ロンディネのお兄さん外に出たから」

「君の家この先にあるの?」

「てんで別方向。このまま家に帰っても暇なだけだし、お兄さんを暫く尾行しようと思って」

「暇潰しで犯罪行為しないでくんない?」

「遊ぶ金欲しさで悪い事するよりずっといいでしょ!」

「された方は迷惑だよ! てかした事あるの?」

「無いけど。当然」

「紛らわしい発言しないでくんない? 仕方無い、家まで送るから案内して」

「家まで行って……何する気なの?」

「送り返すんだよ!」

 

「あの、すみませんそこの方……少しお聞きしたい事があるのですが……」

 

 濃い色合の茶髪の外ハネしたベリーショートにファー帽子を被った、黄色のシャツの前を寄せてボタンの代わりにクリップと安全ピンを交互に留め、朱色のカーゴパンツを履いた二十代半ば程の女性が、二人の前に現れた。

 

「おねいさん、僕に目を付けるとはかなりのお巡りさん……」

「何でここでお巡りさんが出て来るの?」

「え? オラの素晴らしさを一目で見抜くなんて、目の付け所が違うと……」

「それは慧眼でお巡りさんは警官!」

「ここから見える……」

「景観!」

「あの……もういい?」

「はいいいですよ」

「それで、僕に何の用ですかおねいさん?」

「ごめん。君に用はないんだ。あるのはそっちのお兄さんの方」

「え? このお兄さん中学生って聞いたよ? 他人の愛にあれこれ言うつもりは無いけど、流石に犯罪なん……」

「君の方がより犯罪。それに私は二十歳以上での年下が好みで子供に興味ないから」

「子供に興味ない? おねいさんのような人が増えてるから少子化問題が……」

「そういう意味合いじゃないから。頼むから君少し黙ってて」

 

 結構きつめに言われ、しんのすけはその威圧感に逆らえず、押し黙った。

 

「僕に何の用です? つい昨日春日部どころか日本に来て、しかもこれが初めての来日になるので地理とかさっぱりですが」

「私地元民だからそんなの聞こうなんて思わないわよ。単刀直入に尋ねるわ。貴方はどこの国から来たの?」

「イタリアです」

「そうか……じゃあ、『これが見える』?」

 

 数歩下がって右肘を曲げて掌をロンディネの顔へ向ける。

 

 掌から、規格外のサイズの『鋏』が先端から飛び出てきた。全て出た瞬間持ち手を握って開き、腕を伸ばし、閉じる。

 このままでは首が飛ぶ。ロンディネは身を屈めた。閉じた音が聞こえないので見上げると、しんのすけから出た『ハリケーン』が金属板を握って動きを止めていた。

 女は『鋏』を引っ込めて距離を取った。

 

「しんのすけ……その猪……」

「お兄さん、『ハリケーン』が見えるの?」

「緑色の猪がそれを指すなら……昔『ある事』に巻き込まれてね……それにしても、ミスで立ち寄った幼稚園の園児の中に『スタンド使い』がいたとは……これも『スタンド使い』の引力か……」

『のん気に愚痴ってる場合ではないぞ! お前は何者だ! あの女は最初からお前が狙いだったようだがどうして狙われているんだ!』

「それはちょっと違うわよ緑豚君。私の狙いは確かに彼だけどロクに情報が無くてね。瀬上除夜以外でヨーロッパ系の顔立ちをした人に片っ端からさっきのやるつもりだったの。一発でヒットはいい意味で想定外。お蔭で余計な体力使わなくて済んだわ」

「て事は、あんた片っ端から殺すつもりだったの?」

「私に殺戮の趣味は無いし持つつもりも無い。出身を訊くのもセットだし、さっきのも反応を試す為だったからどっちだろうと寸止めするすもりだった」

「だからこそあんな不意打ちの形だったのか……」

 

 少しでも匂わせたら、戦闘経験が豊富な者なら、「見えない人間のふり」をしやり過ごされ、油断した所を攻撃される展開も有り得ただろう。しかし、あれなら「見える人間」なら嫌でも反応するだろう。いや、せざるを得ない。

 

「……いい考えだけどこれ、相手が多くて二人の時しか使えないぞ。グループ相手にやったら途端に袋叩きだ」

「その時は別のやり方で識別するつもりだった」

 

 改めて彼女は己の『スタンド』を出す。ダマスカス鋼のような木目模様の、刃渡り一メートル程の巨大な鋏。それが彼女のスタンドの全容だった。

 

「『道具型』のスタンドか……」

「そうよ。言っておくけど、故郷の土を踏みたいのなら抵抗はお勧めしないわ。下手にしたら殺してしまうかもしれないからね!」

 

 切っ先をロンディネの胴体へ向け、突く。先程の『確認』と異なり、今度は本気だ。ロンディネは紙一重に避けるが、対して女は片手を離して三歩前に出て避けた方へと振るう。必然、鋏は遠心力で開き、刃がロンディネに迫る。

 

 金属同士がぶつかる音が鳴り響く。鋏が止まっていた。

 女は当然何もしていない。ロンディネもだ。障害物があったからこの現象が起こった。

 その障害物とは――しんのすけが握っている一振りの『日本刀』。

 しんのすけは当然帯刀などしていない。力負けをしている等を除けば、スタンドを受け止められるのはスタンドだけであり、この鋏は厚さ五センチの鉄板すら切り裂く切れ味を持つ。そして、彼の傍にいたスタンドは影も形も無い。

 

(『姿を変える能力』……)

「おねいさん!」

「な、何?」

「ハサミは切る方を人に向けちゃいけないんだぞ!」

 

 女とロンディネはこの発言に唖然となった。

 

「正しいけど、違うよね……」

 

 取り敢えずロンディネはその発言に対して頭に浮かんだ言葉を口に出した。

 




ロンディネの意味は『燕』です。


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アイアン・バタフライとサード・アイ・ブラインド その①

お久しぶりです。二年半以上ぶりに投稿します。


「お前……刀になれたんだな」

『『道具型』ならな。それより敵に集中しろ』

 

 そう言われてしんのすけは己の手にある刃渡り60センチ程の、柄と鍔が緑色の刀握り直した。

 

「あの女を敵と見なしたって事は……僕の味方になってくれるって事? どうして?」

「『困ってる人を見たら助けましょう』って、教わらなかった?」

 

 困惑気味のロンディネが口にした疑問を、しんのすけはそう当たり前のように答えた。

 

「使い所……違うような……」

 

 より困惑してどうにかツッコミを口に出せた。女性は溜め息を吐く。

 

「ねえ君。今立派な事を言ったけどさ……君がその子の側に着くって事は、私が困る事になるって分かってる?」

「だから?」

「決まってるじゃん。私を助けると思って帰ってくれない?」

「何言ってんの? このお兄さんはおねいさんが絡んできたから困ってるんでしょ? 帰るのはおねいさんでしょ?」

 

 それを聞いて鋏を構える。

 

「引いてくれないって事ね……取り敢えず自己紹介しておこうか。私の名前は杉江(すぎえ)実鈴(みすず)。スタンドは『アイアン・バタフライ』。四ヶ月前に『矢』で射られた事で発現した能力よ」

「やっぱり『矢』が関わっていたか……僕を狙うのは西高須(にしたかす)の指示か?」

「多分違うと思う」

 

 言ってきたのはしんのすけだった。

 

「だってあの人除夜のお兄さんの事知ってた。『矢』を持ってる人の狙いは除夜のお兄さんだし」

 

 どうやらこの春日部という街は思っていたよりややこしい事なっているみたいだ。そう思いながらロンディネはしんのすけから五歩後ろに下がった。その行為に『ハリケーン』は激しく反応した。

 

『おい待て! 何でそこで退いてるんだ!』

「ちゃんとした理由がある。それよりあいつに集中して!」

 

 杉江は突きを放つ。それに対してしんのすけは、刀を横に振るった。

 互いの得物の切っ先がぶつかり、その衝撃で突きの軌道が反れる。杉江は一歩踏み込んで勢い任せに鋏を振るう。しんのすけはその軌道に刀を挟む事で防ぐ。

 鋏から衝撃が伝わった次の瞬間、後ろに跳んでしんのすけから距離を取る。

 

「やるわね……」

「どうだ! オラの『ハリケー……ぶりぶりざえもん』はそんな大きいだけのハサミなんかに負けないぞ!」

『おいコラ! 何故途中で間違った呼称に言い直す!』

「そうね。幼稚園児相手だし、少し痛い目にあわせる程度にしておくつもりだったけど、そんな甘い考えが通用しないのが分かった」

「じゃあロンディネお兄さんの事諦めてくれる?」

「何言ってるの? 私は「自分の認識が甘かった」と言ってるだけで「あんたに勝てない」なんて一言たりとも言ってないわよ」

 

 そう言って『アイアン・バタフライ』を引っ込めると、右手で拳を作って殴りかかってきた。

 

「!」

 

 ロンディネは口を開く。杉江が何を企てているのかを理解し、それをしんのすけに伝える為に。

 

「しんのすけ! その女の手にはーー「来るか! 最初に言っておくけど、オラに生半可な拳骨は通用しない! 何故なら、いつも母ちゃんに頭に降り下ろされているから快晴は既についているから!」

「うおぉぉおいッ!」

 

 自身の忠告を被せた上でのバカな発言に、ロンディネは思わず奇声をあげた。

 何故攻撃箇所を頭と限定するのか、それを言うなら『耐性』だろとか、それは今言うセリフなのか……はもう突っ込まない。それ自慢になってないだろとか、頭に浮かんだ内どれを先に口に出せばいいのかちょっとだけ考えたが全部すぐに取り消し、しんのすけ目掛けて飛び込んで抱え込む。

 二人の頭上に『何か』が通過し、それに切られたロンディネの髪が数本宙を舞う。二人はそれを目にすると同時に顔を上げた。

 

『な……何だ? あれは!』

 

 杉江が手にしている、『刃が外側に向いている鋏』を目にして、『ハリケーン』は叫ぶ。明らかに『鋏』という枠から完全に外れていると言っても過言でない変形を遂げているそれに、しんのすけとロンディネの二人も目を見開いた。

 彼等のその反応を見て、彼女はつまらなさそうに溜め息を吐いた。

 

「あのさ……私の『アイアン・バタフライ』はただの大きな鋏じゃない。スタンドなんだよ? 何か『能力』があるって考えられないの?」

 

 鋏を開くと刃の部分が反転し、外側の刃が内側に向いた。そして再度引っ込める。その後、両手を合わせてどちらも拳を握る。

 

「助けてくれてありがとロンディネお兄さん……ところで、その『左目』……」

「僕のスタンドだよ。それよりあいつのスタンド……」

 

 ロンディネの左目は、中央に顕微鏡の対物レンズらしきものが三つ、正三角形を描く形でくっついている、黒い眼帯で覆われていた。

 当然杉江もそれに気付いている。そしてどうして今出してきたのかを考える。単なる「出し惜しみ」……は考えづらい。能力自体は戦闘向けでなく、使い方も限定されているからか……。

 

「……考える暇は与えてくれないか」

 

 しんのすけが飛び出してきた。ロンディネは止めているので、多分彼が「自分が何かをしようとしている」のが分かって、しんのすけは何かをされる前に自分を叩こうと動いたんだろう。

 判断自体は間違ってはいない。だが……。

 

「『何か』が分かってない内に行動するなら、『何をしようとしている』のかは少しは考えて動くべきじゃない?」

 

 刺突音の直後に金属音が鳴り響く。音源はどちらも『アイアン・バタフライ』で、それは『中心軸を外して二つに分けられていた』。片方を地面に刺し、もう片方を両手で持ってしんのすけの攻撃を防いだのだ。

 そして刃は高速回転し、弾かれる『ハリケーン』。その瞬間強く握ったので手離す事は無かったが、その隙に杉江は片方を右手で持ってから引っ込め、もう片方を左手で抜いて斬りかかってきた。

 しんのすけはそれを紙一重で避ける。彼女はもう片方も引っ込める。そして大股で一歩踏み込み、右腕を伸ばす。同時、ロンディネが動いた。

 右手から鋏が飛び出てきて、その切っ先はしんのすけの体に触れ、突き破った。 





大鋏のスタンド『アイアン・バタフライ』。元ネタはアメリカのサイケデリック・ロックグループから。


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アイアン・バタフライとサード・アイ・ブラインド その②

昨日の11時過ぎ一度間違って投稿してしまいました。


 先端を僅かに血で濡らした鋏の取手を握る杉江は、「脇から血が溢れている程の傷を負った」しんのすけを抱えたロンディネへと顔を向ける。

 

「中々すばしっこいのね……」

 

『感心』と『煩わしさ』両方を込めて言う。

 先程から行っているのは、スタンド力をコントロールしてのサイズの拡大縮小。スタンドの出し入れと違って変形を保てるという利点はあるが、数秒のタイムラグがどうしても出てしまう。それでも能力発現からこれまでの間の修業でかなり縮める事が出来たのだが。

 

(まだまだ修業不足か……にしても彼、明らかに『私が大きさを戻す前に動いてる』わね……)

 

 これはもう繰り返しやっている以上、バレるのは承知の上だ。だがロンディネは間違いなく自分がどの様な攻撃をしてくるかを、初めから理解して動いていた。実際何をしてくるか解らない最初の時点で何の躊躇いもなく適切な動きをした。

 

(『先読み』じゃ出来ない……間違いなくあの左目の『スタンド』の能力……! 『読心』か『未来予知』か……それとも……)

 

 

「大丈夫か?」

「へーきへーき。ちょっと切っちゃった程度だぞ」

『戦闘の続行は充分可能だ。それよりあいつ、何か慎重になっている気がするぞ?』

「悪い? そもそも私はロンディネって子を痛め付けるのが目的なんだし、その子が能力使って且つそれが解らないんだったら慎重になるわよ」

「何でロンディネお兄さんを狙うの?」

「『パッショーネ』の構成員……違う?」

「『パッショーネ』って、『情熱』だったよね? こーせいいんって事は、そういう組織があって、お兄さんはその一員って事? どういう組織?」

「……悪いけどしんのすけの質問は後ででいいかな?」

「じゃあ私の質問には答えてくれるの?」

 

 首を縦に振って応じた。杉江は取手をしっかりと握り、しんのすけも柄を握る手の力を強くする。

 二人は同時に距離を詰める。互いの得物の射程距離に入ると、鋏は少しばかり広がり、刃が外側に向いた。

 

「しんのすけ! そいつ鋏を二本に分け……」

 

 言葉を中断し横に跳ぶ。直後ロンディネのいた位置の後ろの塀に『片方』が深く突き刺さった。『もう片方』を今両手で握った彼女を見て、自分に向けて投げたんだと解った。

 杉江は『もう片方』を地面に突き刺した。直後に後ろから「風切り音」が聞こえ、直感で身を低くする。頭上に何かが通り過ぎ、すぐに金属同士がぶつかる音が響く。『アイアン・バタフライ』は元の鋏に戻っていた。

 

『おい! それは本当に鋏に入れていい代物なのか?』

「何処からどう見ても鋏でしょ。『アイアン・バタフライ』はスタンドで、「これ」が『能力』なだけ。それより……ロンディネ君。大まかながら分かったわ。あんたの左目の『スタンド能力』がね」

 

 地面から引き抜いてロンディネに刃先を向ける。しんのすけが「だから刃物の先を人に向けちゃダメなんだってば。聞いてるの?」と言ってきたが、互いに無視していた。

 

「『エネルギー感知』……でしょ? 『読心』『未来予知』も考えたけど、さっき『アイアン・バタフライ』を二つに分けたのは分かっても片方をあんたに投げる事、その後元に戻す事は分からなかったみたいだし、どちらかだったら事前に分かってより相応の対応が出来た筈。それが出来ないのはその場その時何をしているのかしか解らないからであり、ではそれはどういった能力なのか……そこまで考えれば、自然答えは出てこない?」

 

 その体勢を保って己の推測を述べる。言い終えた後、ロンディネは拍手した。

 

「正解……僕の『サード・アイ・ブラインド』はエネルギーを捉える力。スタンドその物は勿論、能力の影響を受けた存在に込められたエネルギーを捉えられる。因みに単純なサーモグラフィーに機能を切り換える事も可能」

「『温度感知』も兼ねてるのか……随分な能力ね。でもスタンド自体は戦闘は出来ないみたい。その意味ではあの子が味方になってくれて良かったわね」

「……お姉さん。いいの? 喋るのに夢中になってて」

「うおりゃあああああああぁッ!」

 

 刀を振り被ったしんのすけは背後から接近し、振るう。杉江はその場で後ろに向いて、鋏で受け止め、蹴り飛ばそうとする。それを屈んでかわし、左足を狙って突く。対してその体勢のまま跳ぶも、タイミングが遅れて掠ってしまった。

 着地と同時に再度鋏を二つに分ける。

 

「どうやら皮一枚で済んだみたいね……もう少し遅かったら左足やられてたかな」

「皮一枚で何? オラの方が重傷なんだけど」

「その位は重傷とは言わないよ?」

 

 左手の鋏が1センチあるかどうかまで縮まり、左手の方の取手を両手で握り、振り上げる。しんのすけは刀で受け止めるが、同時に鋏の刃が高速回転した事で、今度は間に合わず弾き飛ばされる。杉江はそのまま突こうとしたが、しんのすけは駆け出して懐に入ろうとする。相手の意図をすぐに理解し鋏の回転を止め、もう片方を懐刀サイズにして斬りかかる。しんのすけは『ハリケーン』を人型に戻して掴ませ、そのまま杉江を振り払う。杉江は尻餅をつき、それで持っていた方も手離した。

 ロンディネはすぐにおかしいと感じた。確かに『近距離パワー型』の腕力は生身の人間のそれを遥かに凌ぐ。結果自体は順当と思うが、自分のスタンドが奪われそうになったにも関わらず、抵抗がまるでなかった。

 何か狙いがあるのでは? そう思い『サード・アイ・ブラインド』を発現……する前に『アイアン・バタフライ』が何を出来たかを思い出した。しんのすけも同様ですぐに捨てさせようとしたが、手離された片方は既に『ハリケーン』が握ってる片方へ向かって飛んでいた。




ロンディネ君のスタンドの元ネタはアメリカのオルタナティブ・ロックバンドから。

次回で決着です。


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アイアン・バタフライとサード・アイ・ブラインド その③

少し?短いけど決着です。


「奥の手使って……あの程度か……」

 

『アイアン・バタフライ』は二つに分けた状態で本体から離れると一つに戻ろうとする特性がある。これは放っておけば発動するが、本体の意思で発動する事も可能だ。

 二つに分けた『アイアン・バタフライ』の内の片方が奪われた、または奪わせて、特性を発動させる。これが『アイアン・バタフライ』の奥の手。

 その奥の手を使った結果は、右手の甲についた切り傷一つ。『ハリケーン』がすぐに鋏を捨てた上で飛んできた方を殴り飛ばして、その際刃が向いていたので必然的についた傷だ。これはしんのすけの意思ではなく、『ハリケーン』の咄嗟の判断。更にロンディネもしんのすけの袖を引っ張って鋏から遠ざけてる。

 

「つまらないドジやっちゃったわ……」

 

 失敗した理由は事前に特性を見せてしまった事だと理解している。そもそもあれを「奥の手」にしてるのは、一度使えば警戒されて通じない初見殺しだからだ。種がバレていたら何してくるかすぐ検討つく。

 終わった事なので切り換えて再び鋏を拾い上げる。

 

「ありがとロンディネお兄さん、『ハリケーン』」

『礼はあの女を倒してから言え』

「あの『スタンド』はヤバ過ぎる。何としてもすぐにでも終わらせないと……」

 

 鋏を二つに分け、片方は体に収め、もう片方を両手で握る。

 

『おい、もう片方は小さくしたのか?』

「いや、あの鋏以外にエネルギーは感知出来ない。間違いなく違う手で……」

 

 言う間を与えず、思い切り投げつけてきた。しんのすけは『ハリケーン』を刀にしてそれを弾き飛ばすが、杉江は投げると同時に接近していて、投げた方も体に収めて、しんのすけを頭から押さえ付け、ロンディネへと手を翳す。その手から刃先が飛び出してきた。『ハリケーン』の足がロンディネの胴体ぶち当たり、吹っ飛んだ彼の身体は塀に激しくぶつかる。攻撃対象を失った鋏はそのまますっぽ抜け、その隙をついてしんのすけは押さえ付ける手を振り払った。

 

「行くぞ! 変身!」

 

『装着型』に姿を変えた『ハリケーン』を纏うしんのすけ。すぐさま必殺の飛び蹴り『ワイルドボアキック』を放つ。杉江が鋏を拾った時点で距離は十センチもなく、キックはそのまま彼女の胸部に命中、その身体は衝撃で吹っ飛んだ。

 

「ま……まだまだぁ……」

 

 ふらつきながらも立ち上がり、『アイアン・バタフライ』を杖代わりにして接近するが、十歩目で限界を迎え、倒れ伏した。

 

「ロンディネお兄さん大丈夫?」

「まあ……一応大丈夫」

 

 口から流れる一筋の血をハンカチで拭って、服の汚れを払いながらしんのすけのもとに足を進めるロンディネ。

 

『血を口から出しながら言っても説得力がないな。一度病院に行ったらどうだ?』

「口の中切っただけだ。こんなの傷の内に入らないよ。それよりお前、手加減無しで僕を蹴ったよね?」

『あの事態で力加減を期待するな。それより』

「何だよ?」

『助けたのは事実だからな。救いの料一千万ユーロ、分割払いも可』

「色んな意味で払えないって!」

『何? 払えないだと? 誰が助けたと思ってる!』

「しんのすけ」

『しんのすけだけか? 私はどうなる?』

「お前はしんのすけのスタンドだろ」

「えっとさ、こいつの要求は無視していいよ。コンビニか何かでお菓子でいいから買ってあげなよ。こいつ飲み食いするから」

 

 しんのすけが溜め息を吐きつつ割ってくる。

 

「それならいいけど……飲食するスタンドって、他にもいたのか……それよりしんのすけ。この春日部で『今何が起こってるのか』説明してくれないか? 出来れば知ってる限り」

 

 ロンディネがこの街に来たのは『調査』だ。『矢』が関与している可能性も注意事項として聞いてはいた。

 しかし、この春日部では頭に入れていた以上の出来事が起こっていて、目の前の園児はそれに程度はどうあれ関わっている。『あの男』とも無関係ではないだろうし、知っておく必要はある。

 

「いいけど、今ここで?」

「それが好ましいけど、長くなりそうだから今日中がいいな。それと、仲間も呼んで欲しい。最低一人はいるんだろう? 今起こってる事とかなり深く関与している仲間が」

「分かった。除夜のお兄さん達に知らせるね」

『という事は今夜はデスペラードで焼鳥か……おい、救いの料0割引してやるから今夜の代金はお前が負担しろ。いいな?』

「……出来たらこいつを連れて来ないで欲しいんだけど」

「ごめん、無理」

「だよね……」

 



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来訪者の要件

 学校から帰るとしんのすけから連絡が入ったので、いつものメンバーで焼き鳥デスペラードに集合。人を紹介したいとの事で何かと思えば、しんのすけが連れてきてたのは、俺達より少し年下の、外国人の少年だった。

 

「カルデローニ君……で良かったよね?」

「ロンディネでいいです」

「そう呼ばせてもらうね。四ヶ月程前からヨーロッパ各所で広がっている新しいタイプの麻薬の売人の大元がいるだろうこの春日部にそいつを捜しに来た……大まかに纏めるとそうだよね」

 

 ロンディネはコクりと頷いた。

 何故春日部にそいつがいる事が分かったのかは、所属する組織(『パッショーネ』というが、イタリアのギャング団と言うのは流石に驚いた)のボスを中心とした徹底的な捜査の末に突き止めた為らしい。

 

「それにしても……あるんだな。組織で『スタンド使い』を認知しているところ」

「SPW財団の事、話しませんでしたっけ?」

「お前の話で知ってるだけで構成員に会った訳じゃない」

「確かに、知識で知ってるのと実際に会うのとは違いますね……それにしても……そっち方面は詳しくはないですが、随分とお若いんですね」

「僕の世代より下は流石に少ないけどいない訳ではないし、少し上、十代後半の構成員は結構いるので僕が特別若い訳ではないです。ボスだって二十歳にも満たない若造だし」

「……話からするとそれなりの規模と力があるんだろ? そんな組織のボスが十代は流石に若過ぎないか?」

「口外しない事を条件に話してくれたけど、先代のボスを倒して簒奪したと」

「ボスを倒した? 何があったーー」

 

 しんのすけの口を塞いだ。『その時』何かしら言えない争いがあったのは間違いない。その場の好奇心でいらん災難に遭いたくない。

 

「しんのすけ。僕がこれを言ったのは僕を知ってもらう為に必要だと思ったから。話す必要がない事は話さない。解った?」

 

 俺の行動の意図を察してくれたようだった。しんのすけが納得したのを見計らい、琢磨が質問をする。

 

「君がギャングに入ったのは、君がスタンド使いになった理由と関係ありますよね? 宜しければ説明お願いできますか?」

「構いません」

 

 カルピスソーダを飲みながら説明してくれた。

 以前のボスはある幹部に『矢』を託していて、その幹部のスタンド能力は簡単に言えば『条件を満たした者を無差別に射抜く』能力で、組織の手足となるスタンド使いを増やす為にその能力を『入団試験』に組み込んでいた。そしてロンディネは『試験』に巻き込まれ、スタンド能力を覚醒させた。

 現ボスが就任して打ち出した組織の活動の一つにこの様に巻き添えの形でスタンド使いになってしまった人達の捜索、保護もあり、ロンディネも集められた一人らしい。

 

「スタンド使いの組織の所属は絶対なのですか?」

「いや、組織に属しているスタンド使い、もしくは外部から呼んだ指導者の教導である程度の能力制御が出来るようになって、尚且つ危険思想の持ち主とかでない限りは普通の生活を送れます。もっとも、定期的な現状報告はしないといけませんが」

 

 それは尤もだ。力の制御が出来たからと放逐して結果知らない内に敵になったら堪ったもんじゃない。

 

「つまり、お兄さんは危ない人だから組織は放っておけないって事?」

 

 ちょっとしんのすけ? 説明聞いてれば確かにそんな解釈は出来なくはないけど、それは失礼過ぎないか? ロンディネも苦笑いしてるし。

 

「いや、自分の意思でパッショーネに入ったんだ。ボスに乗せられた気もしなくはないけど」

 

 どんなやり取りがあったんだろう?

 

ふぉーひふぇふぁひったにょ(どーして入ったの)?」

 

 皮(塩)を両手で何本も持って口一杯頬張りながら訊ねる稲庭。こいつが今食ってるのは大皿で17枚目だ。

 

「それは勿論……パッショーネを僕が手に入れる為!」

 

 乗っ取り宣言? 異国の他人とは言え堂々と口走って大丈夫なのか?

 

「ご心配なく。入団決めた際ボスに『いずれこの組織は戴く』と言ったんで」

 

 ボス公認?

 

「それ……ボスから何も言われなかったんですか?」

「『君が成長し周りが僕より君が相応しいと思われるようになればそうなるだろう。その時は身を引く。但し、それまででもそれ以降でも組織を良くない方向に持っていこうとするのなら僕は全力で君を潰すからそれは肝に命じておいてくれ』と」

「どんなボスだよ」

「個人的な感想だけど……『得体の知れない人』。パッと見大した事無さそうで気を抜いたら軽く見てしまいそうなんだけれど、実際はとんでもなく恐ろしくて、相対するとしたら相当の心構えをしてないといけない……そんな人です」

 

 よくは解らなかったが、俺とそう変わらない年でギャング団乗っ取ってボスやってる人間だし、多少ぶっ飛んだ印象懐いてもそんな変じゃないか。

 取り敢えず、話の軌道修正はこの辺でしておこう。

 

「君が来た理由……そいつはどんな奴なんだ?」

「『西高須(にしたかす)章雄(あきお)』……それがそいつの名前です。元々はある麻薬売買組織のNo.2だった男だけど、その組織が壊滅した際一度は逮捕された。だけど護送中脱走し、そのまま潜伏。そして今に至ります」

「そいつが『スタンド使い』なのか?」

「その可能性が高いと踏んでます」

 

 その理由を説明された。奴が流している麻薬は、成分で見るなら砂糖や澱粉、蕎麦粉や蜂蜜と言ったありふれたものその物であり、こいつの能力もあって能力で作られた麻薬だと解った。判明し調査したところ既にヨーロッパ中に拡がっていて、物が物だけにルートの特定が容易くとも流れ込むのを止める事が出来ないという。

 

「今の所分かっているのはどんな品でもどんな量でも輸送の際は『冷蔵』されている事だけど、そんなの食料品運ぶのにおかしい事じゃない。判別手段も現状確実なのは僕の能力だけで、僕も当たり前ながら身体一つの生身の人間だから四六時中動き回る事なんか出来ない」

「確実な手段である君を敢えてここに送り込んだ事で君のボスがどれだけ本気か解りました。それで……君以外で何人か来ている、または来る予定が?」

「僕の任務は西高須を捜す事。勘づかれて逃げられた場合を考えてこの任務は僕一人に任されました。奴を発見した場合すぐに連絡を入れて、それから奴を抹殺する為の人員が送られる手筈になってます」

「その人員は今日本に来てないのか? 西高須が唐突に、それこそ店出てすぐに発見したとしてもすく近くーー少なくとも春日部近郊にいないと逃げられるんじゃないのか?」

 

 思った事を訊いてみた。極端な事を言ってる自覚はあるが、低いだけで有り得る可能性だ。それをこいつのボスが考慮してないとは思えない。

 

「僕は奴を発見してそれで終わりじゃない。奴の拠点とかそう言ったのも調べるよう言われています」

「ああ分かった。これは俺の考慮不足だ。そういうの調べて送られた人員にそれ伝えるって事ね」

「はい。因みにその連絡は一回限り。理由は僕が単身送られて来たのと同じ理由です」

「仮に……何処かで失敗したらどうなる?」

「ボスの事だし失敗した場合の予備プランはあるでしょう。僕は高確率で始末されるでしょうね。『命懸けで遂行しろ』と言われたし……ボス自身がそこまで考えてなくとも誰かがそう言い出すかも……僕、乗っ取り宣言したから一部の人達からよく思われてないから」

 

『抹殺』だの『始末』だの物騒な単語が口から平然と出てきている辺り、『世界』が異なる事を嫌でも理解させられる。だがここまでは『俺が気になった事』で『俺の知りたい事』じゃない。そこに踏み込む。

 

「西高須のスタンド能力ーー奴がスタンド使いである事が前提だがーーその覚醒は、『弓と矢』が関わってる……と、見ていいんだよな?」

 

 間違いないだろう。生まれながらなら奴が扱う麻薬の特性から組織が摘発された事には首を傾げる。生まれついてのスタンド使いでも俺みたいに物心ついた時から使える奴がいれば、何かしらの切っ掛けで目覚める奴がいるのは琢磨から聞いてる。気になったのは『四ヶ月前』という時期だ。これは俺達の知っている俺を狙ってる奴がスタンド使いを生み出している時期の中だ。潜伏場所も春日部なら無関係とは思えない。案の定パッショーネも同じ理由で『弓と矢』の関与を疑ってるという事だった。

 当然というべきかロンディネは俺達と『弓と矢』の関係について聞いてきたので、俺達の情報を提供した。

 

「そいつと西高須は、少なくとも連絡は取り合ってる……僕が来てからすぐに『スタンド使い』を出してきた点からして間違いない」

「事前に知っていた可能性は?」

「僕が送られる事が決まったのは二日前。日本にずっといる奴が動くには早過ぎる」

「となると奴は海外の敵対組織、少なくともパッショーネの自分への動きをある程度把握出来るだけの情報網はあるか……伊達に警察から逃げつつ麻薬売買をやってない……」

「でもさ、これってどっちかを捕まえればどっちかに近付ける可能性があるって事だよね? ねえ除夜のお兄さん、ロンディネお兄さんのお手伝いしてあげようよ。いいでしょ?」

 

 しんのすけの言っている事は一理ある。こいつの能力はかなり役立つし、地元民の俺達なら奴の情報を集めるのも比較的容易いだろう。互いに利はある。だが……

 

「俺個人としてはヤクザやギャングとの関わりは御免被りたい。ましてや貸し借りなんて……」

「え? そんな理由で?」

 

 十分過ぎると思うんだが……。

 

「えっと……なら、協力は『ロンディネ君個人』にするのであって、『パッショーネ』は関係無い……という形は出来ないでしょうか? もっとも、パッショーネが『矢』をどう扱うか、それ次第になりますが……何か言われてましたか?」

「最優先は西高須で『矢』の事は不確実だったのもあって何も聞いてません。それと、その案は呑めます。任務遂行の手段について大事にしない限りは僕の判断でいいと言われてます。定期報告も貴方達の事を言わなければいい訳だし……」

「大丈夫なのですか?」

「『最優先は西高須』。初めからそう聞かされてるし、貴方達との協力の条件と言えば後でバレたとしても問題はそこまで無いでしょう」

『『矢』を認知している組織にその事黙ってる時点で大問題な気がするけどな』

「話に口を挟むなクソ猪。黙って焼き鳥食ってろ」

 

 こいつ、『ハリケーン』に随分キツいな。

 

 今日の所は互いの連絡先を交換して終わりになった。帰ろうとしたらななこさんが友人の神田鳥(かんだどり)(しのぶ)さんと一緒に来店してきて、しんのすけの奴が一緒にいたがったので付き添いで俺も残った(余談だがしんのすけの態度の変化を初めて見た琢磨とロンディネは本気で引いていた。稲庭はお土産で串八十本頼んでた)。

 八時近くになって時間的にまずいと思い、しんのすけを引っ張って送り届ける事にする。憧れの人との時間を中断された事で、あからさまに不機嫌になっていた。

 

「悪い事したとは思ってるよ。だがこれ以上は俺も補導されかねんからな」

「じゃあ除夜のお兄さんだけ帰ればいいじゃない」

「そうしたいのは山々だが、そうしたらお前五歳だからななこさん達がお前送らないといけなくなるだろ。お前的にはいいだろうが、ななこさん達がそう思わなくとも余計な手間をかけさせる事になるからな」

 

 しんのすけは渋々だが納得してくれたみたいだ。俺も明日学校だし、早く帰らないとな。手を繋いで少し速足で帰ろうとすると、正面から何かが飛んできた。このままだとぶつかるので『プラネット・ルビー』でキャッチする。

 キャッチしたのは、『蝙蝠』だった。だが、普通の蝙蝠じゃない。体毛は明るい茶色で、蛾のような頭部にロボットのような翼。何より、よく見ると体が『透けている』。つまりーー

 

「『スタンド』か……しんのすけ、『ハリケーン』を出せ! スタンド使いが襲ってきた!」

「あんま感心せんな。スタンド出てきたら自分狙っとるて決めつけんの」

 

 後ろから声をかけられた。いたのはセミロングの髪を三つに束ね、何処かの学校の制服だろう紺色のブレザー服に迷彩柄のネクタイをつけ、灰色のスカーフを首に巻いた、しんのすけより少し年上ーー恐らく小学校低学年程の年代の少女。

 そして、その少女の周りには同じ姿の蝙蝠が数多く飛び回ってる。

 

「それより、ウチのスタンド返してくれへん? 瀬上さん」

「応じる事は出来ないな。スタンドを人に向けて飛ばして敵意がないと言えるのか? 第一俺とお前は初対面だ。俺の名前をさらっと口にして警戒するなは無理があるだろ。一応聞いておく。何の為に俺達の前に現れた?」

「ご察しの通り、あんたを倒しに」

 

 それを聞いて俺は手に握ってる『スタンド』を握り潰した。

 

 




ちょっとした裏設定。

ロンディネ君の指導をしたのはミスタで、今でも仲良いです。休みの日に一緒にレストラン行ったりとか。ピストルズとも仲は良いですが、時々おやつを盗られます。とは言え、ピストルズは彼の『目』からどう逃れられるか、そのスリルを楽しんでいて、見付けた場合彼等の昼食を半分戴きます(笑)

次回は間をおかず送られた刺客との戦いが始まります。では、次も宜しくお願いします。


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藤方莓花(スウィートハート) その①

久々に更新です。


「杉江さんが病院に搬送された……という事は、彼女は負けたのか……」

『向こうも本気なんだろうね……春日部(ここ)に来た調査員がどう動くか……仮に瀬上除夜と組まれたら?』

「……かなり厄介だけど、彼がギャングに積極的に協力するとは思えない。『パッショーネ』もあんたが目的だろうし、調査員については敢えて放置する事にするよ。藪を悪戯につついて大きな毒蛇が出てくるのは避けたいし」

『それは同感。出てくるのは毒蛇じゃなくて龍かも知れないが……僕も暫く静観する事にしておくよ。という訳で連絡はお互い暫くしないようにしよう。『依頼』は他のスタンド使いに回してくれ』

「最初からそのつもりだよ。既に新しい刺客は送り込んでる。目覚めてまだ三日だけど、かなりの有望株だ」

『動き早いね。それじゃまた』

 

 電話が切れたのを確認して、受話器を置く。通話相手である西高須章雄から『パッショーネ』が調査員を送り込んできた事を聞いた時は流石に驚いた。出してきた刺客と接触して組織が動いてないのを先程伝えられたのを聞いて、あくまで最優先は彼であって『矢』は二の次だと言うのは確信が持てた。

 だが、安心は出来ない。『矢』を用い、「スタンド使い」を生み出している自分が放置出来る存在じゃない事が解らない訳じゃない。

 

「変に怯えて活動を止めるのは寧ろ駄目だな……『選択肢』を増やすのにより力を入れた方がいいか……」

 

『弓と矢』を握って外に出る。更なる『スタンド使い』を生み出す為に。

 

 

 

 

「ちょ……あんた血も涙もないんか? 人のスタンド握り潰すって、ウチが物言わぬ奇怪なオブジェになるかもとか思わへんの?」

 

 そうならないのは解ってるだろ。白々しい。一匹潰した程度じゃ何のダメージも無いか。

 

「ま、解っとったからそうしたんやろうけど……何人も戦ったのは聞いとったし、ウチが把握しとる程度の法則はとうに理解済みか……」

「お前がどれだけスタンドを理解してるかなんて知るか」

「せやな。興味も無いやろうし、そんな時間も無いしな。はよう帰らんとウチママに叱られるから……さっさと終わらせるで」

 

 20匹程の蝙蝠が五メートル程の高さまで飛んだ。

 

「ま、死なんといて」

 

 脳が揺さぶられたかのような感覚に襲われ、立っていられなくなり、膝をついた。血がポタポタ滴り落ちてる。しんのすけはうずくまっていて、鼻血を流してるから、これは鼻血だな。

 

「先に謝る」

 

『プラネット・ルビー』でしんのすけの腕を掴んで、思いっきりあいつに向かってぶん投げる。あいつがしんのすけを避けるとしんのすけを『軸』にして瞬間移動、飛んでくるしんのすけをキャッチした。

 

「何すんの除夜のお兄さん! 寿命が百年も縮んだじゃん!」

「そんなに縮んで大丈夫か……どうやらあいつの能力の影響は抜けたみたいだな。調子はどうだ?」

「頭クラクラしてるだけ……」

「俺もだ。二手に分かれよう。相手は複数で一体計算の『群生型』で、距離を置いての攻撃が出来るんならそっちの方がいい」

「正解。ウチがあんたでもそう思うわ。そうはさせんけどな」

 

 取り囲むように蝙蝠が俺達の周囲を飛び交っている。

 

「一か八か突破試みる? ウチのスタンド、『この状態』やと脆いし、本体のウチまで突っ込んで一発入れれば勝てるで?」

 

 誰がそんな見え透いた『誘い』に……

 

「じゃそうする! 変身! オラ、参上!」

「しんのすけ待て!」

 

『ハリケーン』を纏ったしんのすけは俺の制止を聞かず必殺の飛び蹴りを放つ。あいつは笑いながら三歩大股で横に歩いた。

 

「んな大雑把な攻撃素直に当たってくれると思ったん?」

「思ってない! そして予想通り!」

 

 しんのすけのキックは地面に着弾。爆音が鳴り響き、衝撃であいつは吹っ飛んだ。

 感心している場合じゃない。蝙蝠は消えてないから意識はしっかりあるみたいだな。しんのすけももうこの場を離れてるし、俺も離れよう。

 

 

「痛つつ……ああ来るとは思わんかった……お蔭で逃げられもうたし……逃がさんけどな」

 

 

 

「逃がしてはくれないか……」

 

 蝙蝠が何十匹と辺りを飛び回ってる。しかも後から次々とやって来てる。しんのすけの方も同じだろう。

 ある程度纏まった数を潰せばダメージは与えられる。ここにいる全部を叩き落とせば、流石にダメージは来るだろう。懸念はコイツらの攻撃だ。俺だけじゃなくしんのすけも攻撃されてたから多分『面』の攻撃、俺の能力との相性……

 

「ぐッ……」

 

 またあの攻撃だ。しかもさっきより強い。

 相性だの考えてる場合じゃない。このままだと脳が壊れそうだ。

 足に力を入れて立ち上がり、蝙蝠が飛んでる高さまで三角飛び、散ろうとするが遅い。

 

「ゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラゴラァッ」

 

 群の端にいた奴等には逃げられ、他にも何匹か仕留め損ねたがそれでも多くを潰す事が出来た。生き残りが集まってまた同じ攻撃を繰り出してきたが、威力は最初の攻撃にも及ばない。あの攻撃は匹数の多さが威力に繋がってるようだ。

 逃げる事も選択肢に入れるべきかも知れない。どちらにせよしんのすけと合流しないといけない。あいつが何処にいるかは解らないが、どうにかなると今は楽観視する事にした。別方向からも蝙蝠が出てきた以上は動くしか無い。蝙蝠がいない道へと足を動かす。繰り返してると四方から来るようになって、数が少ない方へとーー。

 

「あれ? 除夜のお兄さん?」

 

 前からしんのすけが出てきた。勿論蝙蝠も周りに飛んでる。

 

「怪我はあるか?」

「全然。こいつら追ってくるだけで攻撃して来なかったぞ」

「俺は一度だけで後は無い……つまり、俺達ここまで誘導されたみたいだな」

「二人共薄情やな……夜中に一人外にいるか弱い女の子ほっぽいて自分等だけお家に帰ろうとするなんて……最近この街騒々しいの、越してきたばっかのウチでも知っとるのに地元民のあんた等が知らん訳無いやん。欠片も心配してくれへんの?」

 

 白々しい事を言いながら姿を現した。

 

「人に攻撃する為にスタンド飛び回す奴をか弱いとは思わないしそんな危機感あるんならさっさと帰ればいいだろ」

「逃げられて仲間にウチの事知らされたら面倒やん」

「越してきたばかりなのに随分ここら辺の道詳しいんだな。わざわざ事前に調べてたのか?」

「それはちょい能力を応用しただけ。四日前に引っ越してきたばっかでまだお家と学校の往復しか満足に出来へんよ。あんた等のとこ来るのにも随分苦労したしな」

「つまり、お友達いないの?」

 

 このしんのすけの発言にあいつはずっこけた。気持ちは分かる。

 

「おるわぎょーさん! 何でそんな質問が出てくんねん!」

「だって、お友達のお家に呼ばれた事もお友達とどっか遊びに行った事もなくて行かないといけない学校しか行ってないんじゃ……」

「まだ越してきたばっかなんやけどウチ……取り敢えず名乗っとくわ。ウチは藤方(ふじかた)苺花(まいか)、数えで七歳。スタンドは『スウィートハート』。宜しゅうな」

「オラ、野原しんのすけ五歳! 苺花ちゃんと違ってお友達いるぞ!」

「せやから友達おる言うとるやろ!」

「こいつの言う事いちいち反応しない方がいいぞ」




スタンド名の元ネタはボブ・ディランの楽曲から。『にじファン』時代と少し名前変えたのは、曲名勘違いしていたのを昨日気付いたからです(笑)


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藤方莓花(スウィートハート) その②

令和に入って初の投稿。これからも宜しくお願いします。


 逃げられないのは遺憾だが、こいつがわざわざ姿を現したのはチャンスだ。『群生型』はスタンド戦において有利な点は多いが、一体一体は非力で脆い。強力な攻撃を繰り出しては来るが、俺の能力を使えば本体を叩く事は出来る。

 

「なあ……あんた等が今考えとる事、当ててみせよっか?」

 

 小馬鹿にした感じで言ってきた。

 

「ウチのスタンドはそれ自体は弱くて直接的な戦いは向いてない……せやから姿見せとる今ならウチを叩ける……」

 

 正解。まあこれくらい本体だったら思い浮かぶだろうな。

 

「あんなぁ……ウチもそれくらい解っとるよ。『とっておき』が無かったらわざわざあんた等の前に二度現れようとせんわ」

 

『スウィートハート』にはまだ何かあるんだろう。気にはなるが「気に留める」程度にしてた方がいいな。そう思うと、蝙蝠が俺の真上へ覆うように飛んだ。

 

 左腕から突然凄い痛みがした。

 

「除夜のお兄さんどうしたの!」

「近付くな!」

 

 近寄ろうとしたしんのすけを一喝して、上空を見上げる。蝙蝠は俺へと体を向けて飛び回っている。全体で●になりそれが崩れないよう飛び交ってるが、よく見ると内部が中心に向かう程後ろに下がってる。

 それに気付いた途端、蝙蝠は藤方の周りに戻った。

 

「大丈夫?」

「ああ、骨にちょっとヒビが入った程度だ……」

「骨が折れる程には強くしたつもりやったけど……あんたが頑丈なんか設定が甘かったか……」

 

 何かぶつぶつ言ってるが、相手にせず攻撃を受けた左腕を見る。痣とか無いから内部破壊が出来るんだろう。スタンドは「一人一能力」で、最初の攻撃とやり方を変えてるのは解るんだが……

 待てよ……確か以前テレビであった……それに『スウィートハート』の姿と生態……

 

「『音波』だ……」

「え? コンパ?」

「『こ』じゃねーよ「お」だよ」

「人に呼び掛けてお金集める」

「それはカンパ」

「ビスケットみたいな保存食ぅ」

「それは乾パンだ! 『音波』! 音の波で音波! いいか。あいつが最初にした攻撃、多分『低周波音』ってやつだろう。テレビで聞いた事がある程度でよくは知らないが、人体に透過しやすくて長時間浴び続けると共振で体に害が生じるって。一匹一匹の出力は大した事は無いだろうが、数十匹が同時に放って増幅させたんだろう」

『理屈は解ったが、先程お前達の位置を把握していたのはどうしてだ?』

「『超音波』だ。『スウィートハート』の姿である蝙蝠は、反響定位で餌を探したり障害物の有無を耳で理解する事が出来るんだ。一帯に自分のスタンドを放ち、俺達の位置とここら辺の地理を把握し、俺達を自分のもとまで誘導したんだ」

 そしてさっきの攻撃も超音波だ。ガンマナイフだっけ。放射線を一点に浴びせて病巣を治療するというの。あれの超音波版だろう。

 

「ほぼ正解。付け加えるんならあんた等を誘導しとる時ウチがやったんは命じただけ。こんなぎょーさんのスタンド目の届かんとこで一匹一匹コントロールするなんて無理やし」

「コントロールしてないならオラ達を連れてくるなんて出来る訳無いでしょ!」

「『スウィートハート』はイルカさんと同じで超音波で会話出来るんよ」

「成程、お友達作るの下手だから一人会話が上手になったのか……」

『スタンドは本体の生命力で他人じゃないからな』

「あんた等、そんなウチを友達おらん奴にしたいんか?」

「だからこいつの言う事いちいち相手にするなって」

 

『スウィートハート』は再び上空に飛んだ。またさっきの攻撃をするつもりだろう。更に残ったスタンドが自分の周りを飛び交う。

 

「除夜のお兄さん! 跳んで!」

 

 唐突な指示を飛ばしたしんのすけへ顔を向ける。その表情はついさっきと違って真剣そのものだ。

 

「早く! ジャンプ!」

 

 ……何を考えてるか解らんが信じてみよう。言う通りにその場で跳ぶと、足の下に『ハリケーン』の両手、そのポーズは、バレーの「レシーブ」だった。

『ハリケーン』が腕を振り上げると、俺の身体は上空へと飛ぶ。高度は上に飛んだ蝙蝠の群れを突っ切り、今度は蝙蝠を見下ろす位置に

 

 て、高過ぎるだろおぉぅぅう!

 電柱の頭通り越してる、と言うか電柱の三倍は余裕であるぞ! しかもまだ上がってるし!

 驚いてる暇はない。蝙蝠は俺へと飛んできてる。しかも数も増やして。そして運動エネルギーが止まって落下が始まった。取り敢えず今は着地より迎撃だ。低周波音攻撃をしてきたが、耐えて瞬間移動で群れを出来るだけ分散させる。能力を使って蝙蝠を移動させる。

 

 ある程度散らせると、蝙蝠達は一斉に本体のもとへ戻っていった。あいつの前には『ハリケーン』を装着したしんのすけが飛び蹴りを放っている。さっき逃げた時と同じ思惑だろうかと思ったが、一度使った手にわざわざ乗ってくれる訳が無い。現にあいつは迫ってくるしんのすけに対して一歩も動こうとしていない。あの蝙蝠達は壁にならないというのはあいつ自身が暗に言ってるのに集めるのはーー

 

 飛び交っていた全ての蝙蝠が集まると、出現した『交差した二本の腕』がしんのすけの飛び蹴りを止めていた。

 

「ここからが『スウィートハート』の本領発揮や!」

 



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藤方莓花(スウィートハート) その③

お待たせしました。

『スウィートハート』戦、決着です。


 落下した俺は右手で電柱の頭を掴み、胴体を電柱にぶつけて飛び降りた。右腕は痛いが外れてはいないみたいだ。

 あいつの前に立つ『亜人型のスタンド』に注目する。頭部は蛾で体毛は明るい茶色、腕はメカニックで、『スウィートハート』が擬人化したかのような姿をしていた。いや、『ハリケーン』や『イザベラ』と同じ……

 

「それが『スウィートハート』の真の姿……なのか?」

「『群生型』として分散させとったエネルギーを一体に集めたんがこの姿……いや、『人型』として纏まっとったエネルギーを散らしとったのが『群生型』やったのかもな。ウチにもよう分からん」

 

 これが奴のスタンドの『取って置き』か。しんのすけの必殺技をガードしきった点から『近距離パワー型』相応の頑丈さと腕力を持ってるみたいだな……だが……

 

「あんた等ももう察しとる思うけど、これやとウチから二メートルしか離れられんし、フィードバックもそのまま来るんよ。数匹潰されたとしてもダメージが無く遠隔操作出来る『群生型』のが有利やろうな……せやけど、似合ったメリットもあんねん。『スウィートハート』!」

「ごぶっ!」

 

 俺の内臓にダメージが来て喀血した。

 

「分かったやろ! 『群生型』でこれやるには配置に気を使わんといかんけど、この姿なら目で狙い定めればええだけやからな! 出力も桁違いやで!」

 

 ……後一撃食らえば病院行き、いや、最悪死ぬな。低周波音も使えるだろうし、四方へ同時に放つ事だって出来るだろうな。出来ないのは本体のいる方向か。自分の能力と言えど能力からして無効にはならないだろうし。

 

「しんのすけ、あいつに向かって突っ込んでくれ。正面だ」

『囮か?』

「全力で安全を徹する。だから頼む」

「ブ、ラジャー!」

 

 気の抜ける返事をして、しんのすけは刀に姿を変えた『ハリケーン』を握ってあいつへと駆けていった。遅れて俺も走る。向かうのは藤方の右側。

 

「……こんな見え見えの作戦にうかうか引っ掛かる思ったんか? ウチも随分なめられたもんやな」

 

 俺の方へと体を向けて、『スウィートハート』を前に出して殴りかかってきた。その攻撃は瞬間移動で避けられたが、すぐに移動位置に顔を向けられ、低周波音を食らってしまった。その隙に『プラネット・ルビー』は転ばされ腹を踏みつけられた。勿論俺も地面に仰向けになり、腹に痛みを感じる。服で分からないが、足の形に凹んでるな。

 しんのすけは……足を止めてるか。

 

「わざわざあんたが接近してきたのはしんちゃんにウチを叩かせる為……あんたの能力は回避や不意打ちに打ってつけやしな。ウチに攻撃して対処させとる間にしんちゃんが……途中で勘づいて攻撃したとしてもあんたが避けさせればええし。どや? 当たらずとはいえ遠からずやろ? せやけどこうしてしまえばあんたは要となる瞬間移動は制限される……あんたの能力、自分に触れとるもんは個別に移動させる事は出来んのやろ? 振り払う? 出来んやろ? パワーはウチの『スウィートハート』のが上。しんちゃんに能力使うにもあんたの移動はあんたの周り。そして中心にはこの通りウチがいる。瞬間移動すれば……分かるわな」

『しんのすけ逃げるぞ! もう勝ち目はない! 除夜の事は天命だと思って諦めよう! 奴の本命は除夜でお前はどうでもいい筈、逃げれば追わないだろう!』

「ちょっと……除夜のお兄さん」

『我が身大事だ! 第一お前が傷付けば私も傷付くんだぞ!』

「そっちが本心なのね……」

 

 あの猪は後で覚えてろ……。

 

「俺の『プラネット・ルビー』は……俺自身の頭上や真下へは瞬間移動出来ない……」

「何やねんいきなり自分の能力の解説始めて……」

「まあ聞けよ三人共。俺の移動はあくまでも『周り』に限られる。移動の際高度はある程度変えられる。これは俺を『軸』にした場合も同様」

「だから何を……『頭上』……『真下』……!」

 

 上を向いたか。察しがいいな。『プラネット・ルビー』の移動の基点は俺。今みたいに身体が横になってれば、『俺の真上』に移動させる事は出来る。

 今回はやってないけどな。

 

「何や? 何もおらへんやん」

「当たり前だろ。『能力』自体使ってないからな」

 

 そして俺達の勝ちだ。

 上を向いた事で出来た確かな隙を、しんのすけは見逃さない。刀にした『ハリケーン』を持って接近し、俺を踏みつける足へと突く。『スウィートハート』は刀を蹴り上げる。『俺を踏みつけていた足』でだ。

 圧迫が無くなったと同時に飛び上がる。藤方は振り返ったがもう遅い。既に振るわれてる俺の拳は、顔に激突してこいつをぶっ飛ばした。

 

「ちょっ……女の子の顔にグーパンって……」

「先に手を出してきたのはお前だ。一歩間違えたら死ぬかも知れないのに加減は出来ねえよ」

「せやな……ウチが……負けただけ……か……」

 

 藤方は気を失い、『スウィートハート』も消えた。

 

「ほっとくのも何だし、こいつ交番に連れていこう」

『それは構わないが解っているだろうね』

「……何を?」

『救いの料に決まってるだろ。友達価格で一千万円ローンも可』

「てめえ俺を見捨てるつもりだったろうが! 聞いてたんだぞ!」

 

 厚かましい事を抜かす『ハリケーン』に文句を言うと、俺の携帯が鳴った。みさえさんからだ。

 

「もしもしみさえさん? しんのすけなら俺が……」

『除夜君! しんのすけに代わって!』

 

 切羽詰まった様子だった。何かが起きたのか? そう思いつつしんのすけに携帯を手渡す。

 

「どしたの母ちゃん?」

『大変よ! パパと幼稚園の先生達が襲われて大怪我しちゃったの!』

 

 To Be Continued……

 

 



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スタンド紹介 その①

登場したスタンドの紹介です。


スタンド名『プラネット・ルビー』

本体ー瀬上除夜

破壊力ーB スピードーA 射程距離ーC

持続力ーD 精密動作性ーC 成長性ーA

能力ー①自分を『軸』にして射程距離内の物体を円の軌道で瞬間移動させられる。

②射程距離内の物体を『軸』にして自身を同じ様に瞬間移動する。

 

スタンド名『ハリケーン』

本体ー野原しんのすけ

破壊力ータイプ次第 スピードータイプ次第 射程距離ータイプ次第

持続力ーA 精密動作性ータイプ次第 成長性ーA

能力ー人型近距離パワー型を基本とし、スタンドの『型』を変化させる。

 

スタンド名『ハーレム・シャッフル』

本体ー須藤琢磨

破壊力ーC スピードーC 射程距離ーB

持続力ーA 精密動作性ーA 成長性ーA

能力ー射程距離内にある存在の一部を『ハーレム・シャッフル』の空間に『持っていく』事が出来る。

①持っていった部分は残っている部分と問題なくリンクしている。但し持っていった部分は物理的には切り離されている。

②持っていったものには『断面』が出来るが、『断面』は空間を直接作用しない限りは触れる以上の干渉は出来ない。

③本体は持っていった部分が空間の何処にあるのかを問題なく把握している。

④一度能力を発動すると、その存在はもう射程距離に関係無く本体が解除するまでそのままである。

 

スタンド名『イザベラ』

本体ー稲庭早良

通常体

破壊力ーB スピードーD 射程距離ーE

持続力ーB 精密動作性ーC 成長性ーA

分裂体

破壊力ーE スピードーD 射程距離ーA

持続力ーA 精密動作性ーD 成長性ーA

能力ー汚れや染み、浅い傷や思考等を拭き取る。拭き取ったものは任意でどんなものにも絞り出せる。

 

スタンド名『マイ・フレンド』

本体ー御厨山女

破壊力ーA スピードーB 射程距離ーA

持続力ーA 精密動作性ーD 成長性ーE

能力ー本体が秘密にしている事を知った人間を追跡して事故に見せ掛け、または事故を誘発して口を封じようとする。

 

スタンド名『ストゥーピッド・ライク・ディス』

本体ー塩屋常陸

破壊力ーE スピードーD 射程距離ーA

持続力ーA 精密動作性ーA 成長性ーA

能力ー液体の融点と沸点をその間で自在に変化させられる。

 

スタンド名『ミスター・ブライドサイド』

本体ー逢坂氷雨

破壊力ーA スピードーA 射程距離ーE

持続力ーB 精密動作性ーB 成長性ーC

能力ースタンドの手に触れた物を、粘土のように形を変えられる。別の物体同士を混ぜ合わせる事は出来るが、一つの物体を複数に分けられない。

 

スタンド名『アイアン・バタフライ』

本体ー杉江実鈴

破壊力ーB スピードーA 射程距離ーC

持続力ーA 精密動作性ーD 成長性ーA

能力ー切れ味抜群の鋏。支点部分を取り外したり刃を外に向けれたりと変形させられる(時間が経ったり射程距離外に出ようとすると元に戻る)。

 

スタンド名『サード・アイ・ブラインド』

本体ーロンディネ・カルデローニ

破壊力ーE スピードーE 射程距離ーなし

持続力ーA 精密動作性ーE 成長性ーA

能力ー『熱』を可視化して見る。スタンド力も『熱』として見えるが、この場合通常の『熱』は見えない(切換は自由)。

 

スタンド名『スウィートハート』

本体ー藤方莓花

群生型

破壊力ーE スピードーC 射程距離ーA

持続力ーA 精密動作性ーC 成長性ーA

パワー型

破壊力ーA スピードーB 射程距離ーD

持続力ーC 精密動作性ーC 成長性ーA

能力ー音波を発生させる。



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追っていた者達との面談

「それで? しんちゃんのパパ達は?」

「ひろしさん達含めて命に別状は無いって」

 

 ひろしさんと幼稚園の先生達は、居酒屋で飲んでいたところ(寄った店が偶々同じだったらしい)店内に五人の男が押し込んできて暴れ出し、それに巻き込まれてしまったという。怪我こそしたもののそこまで大したものではなく、一応検査の為に一日入院する事になった。それもあって幼稚園は臨時休園になり、しんのすけはロンディネに知り合いの麻薬取締課の刑事さんに会わせる事にしたようだ。

 

「暴れた人達はどういう人達だったの?」

「俺はしんのすけの同伴で、連れていったのはもう夜でみさえさんからも言われたからあんまり聞けなかった。だけど、聴取に来ていた刑事さん達が妙な話していたのを聞いたんだ」

「妙な話?」

「加害者達は、強い『暗示』をかけられていたらしいんだ」

「もしかして、催眠術?」

「ああ、しかも公表はしていないが似たような事件が二件起こっているらしい。暴れた連中はすぐに捕まったが、一様にどうしてあんな事をしたのか分からないと言ってるって」

「瀬上君……もしかして、ずっと立ち聞きしてた?」

 

 稲庭の指摘に無言で頷く俺。結局刑事さん達の話が終わるまで盗み聞きしていて、気付いたら時計の長い針が一周以上回っていて、帰ったら予定より遅くなって義母さんから怒られた事を話したら苦笑いを浮かべていた。

 

「もしかして……その催眠術師は……」

「『スタンド使い』……かもな。狙いは俺で能力のトレーニングかも知れないし、単なる遊び感覚かも知れない」

「……「そのどちらでもない」可能性は?」

「充分有り得る。そして一番あって欲しくない可能性だ」

「瀬上君、今大丈夫?」

 

 宝来が声をかけてきた。隣には優太もいる。

 

「あー……大丈夫、だよな?」

「うーん……もう少し話したかったけど後ででいいや。あたしどっか行こうか?」

「気を遣わなくていいよ。ただの買い物のお誘い。今日の放課後お花買うから、一緒に行こうって」

 

 優太のその誘いを聞いて、気が重くなった。そうだった。そろそろだったな。

 

「お花? 沢登君、華道が趣味なの?」

「そうじゃない。こいつの家族、三年前に皆亡くなってるんだ。命日が近いんだよ」

「そ、そうなんだ。ごめんなさい」

「いいよ別に。もう三年も前だし……どうかな?」

 

 少し考えてみた。俺も墓参りはしたい。こいつの家族は周りから疎まれていた俺を受け入れてくれた数少ない人達だった。だが……。

 

「一緒に行ってあげたら? 沢登君、瀬上君と最近遊べなくて寂しかったみたいだよ」

 

 宝来がそう言ってきた。ああ、最近『スタンド使い』関連で、こいつ等を知らない内に遠ざけていたな。

 

「いいぞ。花買いに行こう。いつもの店でいいんだな?」

「うん!」

「宝来もどうだ?」

「残念だけど(まゆ)ちゃん達とカラオケ行く約束してたんだ。あたしはあたしでお花買うから行ってきなよ」

 

 少し残念だが先約があるんなら仕方無いな。この友達との約束でふと思い出した。

 

「最近友達になった奴が土曜に知り合いのお姉さんの大学祭に行くんだよ。俺も一緒に行くんだけど、お前等もどうだ?」

「いいの?」

「いいの。あいつもお前等も大事な友達だし、紹介も兼ねてな」

 

 こいつ等といた方が俺も離れやすくなるだろうし、そうなったら俺もこいつ等と祭りを楽しもう。

 

「瀬上君の新しい友達か……しんちゃんってどんな子だろう」

「お前は知己だろうが。無理にこいつ等に合わせようとするな」

「須藤さんやロンディネ君も誘おうよ」

「誘ってはみるけど、あいつ等忙しいし、断られるかもな」

「そうなったらそうなっただよ。誘わなかったら悪いよ」

「おーい、除夜、稲庭さん」

「どうした?」

「二人だけで話盛り上がってて僕達おいてけぼりになってるんだけど……」

 

 苦笑いしながら優太が指摘してきた。宝来に至っては目に見えて不機嫌になってる。

 

「瀬上君、稲庭さんといつの間に凄く仲良くなってるんだ……」

「仲良くなったのは本当だが何でそれでそんなあからさまに不機嫌になるんだ?」

「あたしが知らない内に共通の友達も一杯出来たみたいだし……」

「それは……訳は話せないんだが……えっと……」

 

 優太達が苦笑しながら俺達を見てる。見物してないで助けてくれよ……宝来はすぐに笑顔になった。どうやらからかわれたみたいだ。

 

 

 タウン署。

 

「京さん。この前捕まえた売人が所持していた麻薬の分析結果が出たんですが……ただの澱粉だったようです」

「またか……」

「はい。売人も例によって雇われただけで金と薬のやり取り以外は公衆電話での会話のみ、直接のやり取りも顔は仮面を着けていて服もかなり着込んでいて体格もよく分からないと……」

「つまり今回も何の手掛かりも得られなかったと……」

「はい……クソ、『あいつ』は間違いなくこの春日部にいて、麻薬をばらまいているのが分かっているのにその尻尾を掴む事すら出来ないなんて……」

「皆気持ちは同じだ。だが焦るんじゃねえぞ。俺達の目を掻い潜って悪事をやってる奴が相手なんだ。冷静さと忍耐を忘れれば奴の思う壺だと思え!」

「にがりや刑事、汚田刑事。二人にお客様です」

 

 取調室。

 

「いやあ久し振りだねしんちゃん……お父さんと先生達、大変だったね」

「父ちゃんも先生達もお怪我は大した事なくて明日からでもお仕事出来るから、そんなでも無いぞ。もっと酷い目に遭っちゃった人もいるんだし……」

 

 昨夜の襲撃事件、ひろし達は大した怪我はしなかったが、骨を折った者や針を縫った者、中には長期の入院を余儀無くされた者もいる。それ以上が出なかったのは奇跡的だというのが警察の意見で、別の件では死者が何人も出ているのだ。

 

「それで? 僕達に何の用?」

「用があるのは私の方です。しんのすけ君から貴方達の事をお聞きしてお話を伺いたかったので」

「お前さんは?」

「申し遅れました。私、イタリアの麻薬捜査課のロンディネ・カルデローニと申します」

 

 しんのすけの横に座っていたロンディネは警察手帳を開いて二人に見せる。勿論これは偽造品だ。調査の際必要になるかもと組織が用意した物である。しんのすけにはそれを事前に言ってある。

『麻薬捜査課』という単語に、二人の刑事は反応する。

 

「にがりや京介、こっちは汚田急痔……単刀直入で聞くが、イタリアの警官が何故わざわざ春日部に?」

「『(ヌーヴォラ)』……我々はそう呼んでいる麻薬がイタリアで広まっており、やっとの事で大元が少なくともこの春日部の何処かにいる事が突き止められ……」

 

 ここまで話すと汚田が勢いよく立ち上がり、座っていた椅子が倒れた。

 

「その『雲』って、分析しても澱粉とか、小麦粉とかしか思えないやつ?」

「はい……それが麻薬である事は解っていても普通の分析では麻薬ではないありふれた物、ある事は分かっていても流通を止める術が無い。それが呼称の由来です」

「京さん、すぐにこれを上の方に報告しましょう!」

「待て汚田。確かに重大な情報だが、この兄ちゃんの話はまだ終わりじゃねえ。取り敢えず、お宅が大元の事をどれだけ把握しているのか確認したいんだが……そのつもりで来たんだろ?」

「話が早くて助かります。我々が奴ーー西高須章雄について把握しているのは、お二方のご活躍により現在壊滅している麻薬組織『モルヒーネファミリー』のNo.2だった男で、一度は逮捕されたが逃亡し、潜伏中『雲』の製法を発見、製造し売り捌いている……ここまでです」

「間違いはねえな」

「宜しければ、奴についての情報を教えていただきたいのですが……」

「その前に確認がある。奴の麻薬がお宅の国にも流れている以上、お宅等が動くのは当然だ。だが俺達は何も聞いていない。聞かせてくれ。お前さん達の任務は何処までだ?」

 

 にがりやのこの質問は当然だとロンディネは思っている。いくら自分の縄張りで悪事を働いている奴がいても、そいつが他所にいればこっちがそこで好き勝手していい訳じゃない。最低限の道理は通そうとしなければ心境は悪くなる。

 

「来たのは私一人です。私の任務は奴の隠れ家やいるだろう協力者等の調査であり逮捕は入っていません。そちらに話が行っていないのは、この任務がウチのボスの独断だからです。ボスは新人の頃世話になった先輩が麻薬絡みで家族を失っていて、更にその先輩も麻薬を扱う組織のトップを捕らえる際に目の前で殉職なされたと聞いています。その為か麻薬を扱う者を相手取る時はかなりなりふり構わない判断を取る事もありまして。今回も「手順を踏んで行動していたら察せられて逃げられる可能性が高い。だから迅速で大胆な決断を取らないといけない。起こる問題の責任は全て自分が持つ」と」

 

 何も『嘘』は言ってはいない。自分の任務もボスの姿勢も全て『真実』だ。

 

「随分と過激な人なんだね……」

「そりゃギャングのボ……」

 

 余計な事を口走りそうになったしんのすけの口に思いっ切り平手打ちをかました。

 

「ギャング……?」

「いえ、ボスはギャングの潜入捜査で下っ端として入っていた事があって。しんのすけ君にはボスの事を話しているのでその事を言ったんですよ」

「しんちゃんには話しているみたいだけど、どうして?」

「私の勘違いがもとで知り合って、それで巻き込んでしまったので敢えて全てをお話したんです」

「そして俺達まで……という事か。分かった。仕事上の事は話さないが、奴の経歴や人間性といったものなら」

「ありがとうございます」

 

 

 聞き込みを終えての帰り道、しんのすけはロイヤルプレシデントチョコビを食べながら横のロンディネをジト目で見ていた。

 

「思い切り叩く事無かったんじゃない? 歯が折れるかと思ったぞ」

「だからお詫びにチョコビ(それ)買ってあげたじゃん……」

「まあ許してあげる。うだつな事を言ったオラが悪いし」

「『迂闊』ね」

「で、役に立った? 刑事さん達からの情報」

 

 無言で頷くロンディネ。彼が得れたのは対象がどんな人物なのかという情報だけではあったが、嘗て直に追っていただけはあり、こっちが持っている以上を持っていた。

 

「こっちが把握、予想している以上にヤバい奴だってよく分かった。すぐにボスに知らせる必要がある。僕はこれからホテルに戻るけど、しんのすけは?」

「オラ、これからかすかべ防衛隊の集まりあるから」

「かすかべ防衛隊? 自警団みたいな組織?」

「自警団って何? かすかべ防衛隊は、春日部の愛と平和を守ってるんだぞ!」

「主な仕事はみかじめか……だけど五歳児が入れるってウチよりヤバいんじゃ……」

 

 しんのすけに聞こえない小声で独り言を言うロンディネ。ごっこ遊びの可能性は頭の中に無い模様である。

 

「ロンディネお兄さん、ホテルに帰らなくていいの?」

「あ……じゃ、何かあったら連絡くれ」

「オラ達なるだけ手伝うから無茶しないでね」

「そっちもな」

『しんのすけ、さっさと行かないと風間がうるさいぞ』

「分かってるよ『ハリケーン』、すぐ行くぞ」



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公園での集まり

何かタイトルやっつけ感漂ってるけど、これしか思い浮かびませんでした……。


 春日部にある公園のベンチの周りに、しんのすけ以外のかすかべ防衛隊が集まっていた。

 

「全くしんのすけの奴……時間にルーズなのいつ治るんだ」

「まあまあ落ち着こうよ。しんちゃん、用事があるって言ってたじゃない」

「それが思っていたより長引いているかも知れない」

 

 集合時間を過ぎても現れないしんのすけに苛立つトオル。詳細は教えられてないものの用事がある事は聞いていたのもあってマサオとボーちゃんは彼を宥める。

 

「ごめんごめん遅くなっちゃった。お話長引いちゃって」

「もう二十分も過ぎてるぞ!」

「ホントごめん……で、今日何するの?」

 

 マサオは一枚の紙を見せてきた。メモ用紙大の大きさに切られたチラシで、裏面に今日の日付とこことは別の公園の名前、そして

 

『午後五時半、面白い事が起きます。興味を抱いた方は是非いらして下さい』

 

 と、一文が書かれてあった。しかも丁寧に漢字には振り仮名が振ってある。これを見てしんのすけはーー

 

「これ書いた人、字お下手だね」

 

 と思い口にした。四人は一斉にズッコケた。

 

「真っ先に思うのがそれか!」

「思わず気になっちゃって……これ、どうしたの?」

「今朝僕の家の郵便受けの中に入っていたってママが……悪戯だろうってママ言ってたけど、気になってネネちゃんに話したんだ。そしたら」

「ネネの家にも、同じのが……」

 

 そう言ってネネが見せたのは、同じ様に今日の日付と同じ公園の名前、そして同じ一文が同じ筆跡で書かれたメモ用紙大に切られたチラシだった。

 

「書いたのは間違いなく同じ人。その時間、その公園で、何かが起こるのは間違いない思う」

 

 二枚を見比べて意見を述べるボーちゃん。それは他の四人も同意見だ。こんな事をただの悪戯でやる暇人はそういないだろう。そしてしんのすけは、更に別の可能性が頭に浮かんでいた。

 

「おや? しんのすけ君?」

 

 通り掛かった琢磨がしんのすけに声をかけた。

 

「琢磨お兄さん! どうしたの?」

「バイトが終わったのでその帰りです」

「ねえしんちゃん、この人は?」

「申し遅れました。僕は須藤琢磨と申します。しんのすけ君とはふとした切っ掛けから友人になりました」

 

 深々と頭を下げる琢磨。続いて、かすかべ防衛隊も自己紹介を行う。

 

「あら、しん様ではありませんか」

 

 公園の入口に黒い車が停まり、そこからあいが降りてきた。続いて黒磯も降りてくる。琢磨は二人の姿を見ると、目を丸くした。

 

「あいちゃんどうしたの?」

「お義父様と先生方のお見舞いの帰りでしたの。大した事無さそうで何より……あら?」

 

 あいの方も琢磨に気付き、彼へと顔を向ける。琢磨はしんのすけに顔を寄せて小声で話す。

 

「しんのすけ君、どうして酢乙女家の令嬢がこんな所に?」

「オラと同じ幼稚園で同じひまわり組で、オラのお友達だぞ。琢磨お兄さんも、あいちゃんとお知り合い?」

「顔見知り程度ですが……」

「貴方、須藤琢磨さんですわよね?」

「貴女はどちら様でしょうか? 私のフルネームは確かに須藤琢磨ですが、同姓同名の人違いではないでしょうか?」

 

 思いっ切り目を泳がせながらしらばっくれようとする。あからさま過ぎてしんのすけ達は呆れてしまっていた。琢磨の様子に溜息をつくあい。

 

「同一人物か人違いかは『須藤琢磨』さんの御家族、御友人の方々に判別していただく事にしましょう。黒磯、連絡を」

「かしこまりました」

「待った待った待った待った待った待った待った待ったぁっ! はいそうですよ僕はその須藤ですよ! 認めますから『あの人達』に言うのは止めて下さい!」

「そうは言われましても、私達見つけたら連絡するよう頼まれているのですが……」

「くっ……(どうすればいいでしょうか? これについては僕に非があるから強く言えません。どうにかして口止めしなければ……何か……! そう言えば……)」

 

 しんのすけに一瞬視線を向けるとすぐに黒磯へと顔を向けた。

 

「黒磯さん。先程あいさんはしんのすけ君の事を『しん様』と呼びましたが、もしかして……」

「御察しの通りです。お嬢様はしんのすけ様に好意をお寄せしております」

「(やはり……つまり先程の『おとうさま』もひろしさんの事でしょうね……なら……)黙っていてくれたらしんのすけ君と一日デートを」

「それなら宜しいですわ」

「え? 何勝手に」

「お願いしますしんのすけ君! 訳はいつか話します! 身勝手は百も承知ですがどうか!」

 

 土下座して必死に頼み込む琢磨に、しんのすけは唸り声をあげた。

 

「どうしました?」

「明日から一週間サトーココノカ堂でチョコビ関連が一割引になるのを思い出して……デラックスロイヤルチョコビ……」

「……分かりました。一日一個で宜しいですよね?」

「え? 買ってくれるの?」

「買いますよ。いえ、買わせて下さい」

 

 このやり取りを見ていたかすかべ防衛隊と黒磯は言葉も出なかった。

 

「ところで皆さんは本日はどんな事を?」

「これが僕やネネちゃんの郵便受けの中に入っていたんだ」

 

 そう言ってマサオはチラシをあいに見せる。書いてある一文を目で読むと、途端に機嫌を悪くする。

 

「……これが二人の家に?」

「知ってるの?」

「それについては私が説明いたします」

 

 黒磯はひろしや先生達が巻き込まれた暴行事件について酢乙女グループが調査を行った事を初めに言って、事件の特徴に既に複数同じ様な事件が発生している事、そして殆どの加害者達の自宅には同じ様な一文が書かれたメモ用紙大に切られた折込チラシがあった事を説明する。

 

「勿論警察もそれを調べていますが、一枚に幾つもの指紋がーー恐らく資源ゴミとして出されたものを回収して使用していると……私見ですが、これで黒幕に行き着くのは困難と……」

 

 仮に行き着いたとしても捕まえる事は出来ないとしんのすけと琢磨は思っている。黒幕は間違いなくスタンド使いだ。今の警察に捕らえる事は出来ない。

 

「これが、先生達を怪我させた黒幕に行き着く、手掛かり」

 

 ボーちゃんは力強く言う。

 

「今日のかすかべ防衛隊の活動は決まりね!」

「この手紙に書かれた場所まで言って、黒幕を見つけよう!」

「あの……それは……」

 

 話の流れがまずい方に行ってると思った琢磨は口出ししようとする。気持ちは分かるが危険過ぎる。

 

「そんなの駄目! 危ないぞ!」

 

 しんのすけが大声で叫んだ。全員がしんのすけへと顔を向ける。

 

「黒幕がヤバい奴だって解るでしょ? そんなちょっかい出して、怪我したらどうするの? ううん、死んじゃうかも知れないんだよ!」

「勿論黒幕と直接戦うとか、そんな無謀な真似はするつもりはないよ。顔を見たらすぐに警察に……」

「駄目! こういうのは警察のお仕事でオラ達のやる事はそれを警察に届ける事! だから今すぐ……」

「しんちゃん」

「何? ボーちゃん」

「何か知ってる?」

 

 その指摘でしんのすけは固まる。

 

「ななななな何の事? おおおオラは天使でいいい一般論を言っただけでみんなに隠し事なんか……」

「『あくまで』でしょ?」

(アドリブが下手過ぎる……)

 

 あからさまに動揺しているしんのすけに呆れる琢磨。ボーちゃんは続ける。

 

「最近こんな噂が密やかに囁かれているの、知ってる? 春日部で超能力者が発生していて、近頃起こる変な事件は全て彼等が犯人だっていう噂。もっとも、犯人を捕まえられない警察を皮肉って誰かが言い出したものだって見方をしているのが大半で、本気にしてる人はそういないみたいだけど」

「お巡りさんも一生懸命頑張ってるのに不謹慎な奴もいたもんだね。ボーちゃんはそんな噂信じてるの?」

「日曜参観。その時来たしんちゃんのお友達の除夜さん、あの時起きた現象、何か知ってたみたいだった。あの人が外に出た後、しんちゃんも外に出た。そして『何が起こっているのか』知ってるって言った」

「それがどうしたの? 何の関係があるの?」

「今回の事件とあの時の現象は、『同じもの』が関わっていて、除夜さんはそれにかなり近い位置にいて、しんちゃんはそれを知ってる。でしょ?」

「しんちゃん、ボーちゃんが言ってる事本当? 一体何が起こってるの?」

「教えてよしんちゃん!」

 

 友達の追求に何も言えないしんのすけ。傍から見ている琢磨も何も言えなかった。大まかではあるがほぼ真実に行き着いているボーちゃんの勘の良さなら、下手に口を出せば更にややこしくなるだろう事は想像に難くない。

 助け船は思わぬ所から出た。

 

「みんなよせよ。しんのすけが困ってるじゃないか」

 

 見かねたトオルが口を挟んできた。

 

「でも風間君」

「みんなの気持ちは分かるさ。僕だって同じ気持ちだよ。だけどしんのすけはお父さんも巻き込まれているんだ。黒幕への怒りは僕達以上の筈だ。第一話さないのは意地悪でじゃなくて僕達の事を考えてだろ? 感情的になって強要するのはどうかと思うよ?」

「風間くーん!」

 

 感極まったしんのすけはトオルに抱き着いた。

 

「やっぱり、オラと風間君の間には、切れない愛の絆があるんだね!」

「気持ち悪い事を言うな! 離れろ!」

「えっと……」

「いつもの事です」

 

 若干引きながら戸惑う琢磨に、ネネはバッサリと言い切った。

 

「しん様と須藤さんが友人となった経緯は同じ『もの』関わっているから……と?」

「察していただきたい……とだけ言っておきます」

「ではしん様、しん様は『これ』について何をなさるつもりですか?」

「え?」

「しん様達が言いたくないのであればあいも言及はしません。しかししん様は先程「警察のお仕事」と申されましたし、あいもそうだと思います。ならあいも『警察でない』しん様がこの件に関与するつもりであるなら止めなければならなくなります。勿論『余程の事』があればその限りではありませんが」

 

 何一つ言い返す事が出来なかった。溜息を吐いて琢磨が言う。

 

「……行きましょうそこに。皆さんで」

「ちょっと、何考えてるの琢磨お兄さん!」

 

 発言内容に一番驚いたのはしんのすけだった。反応は予想していた琢磨は寄ってきたしんのすけの耳元に顔を寄せて小声で喋る。

 

「無理に帰したりしても納得いくとは思えません。この勢いだと僕達に反発して紙に書いてある場所に向かってしまうのも有り得ると……」

「否定出来ないけど、やっぱり……」

「勿論これがベストだなんて思っていませんよ。僕の能力を使えば巻き込まれずに済むと思いますが……」

「ちょっと、何話してるのよ」

 

 ネネに言われて振り返る二人。

 

「約束してほしい事が二つ。どんな結果になろうともそれで納得する事、危険な行為は決して取らない事。黒幕の前に姿を見せるとか言語道断です。これを、特に前者を守れないなら連れて行きません」

「お待ち下さい須藤さん。お嬢様達の身に危険が及ぶ事は、たとえお嬢様のお望みでも看過する訳には」

「分かっています黒磯さん。皆さんを危険な目に遭わせるつもりは一切ありません。考えています」

 

 黒磯は少し考えて返答した。

 

「分かりました。その言葉を信じましょう」

「ありがとうございます。では皆さん、約束出来ますか?」

 

 

 放課後。花屋にて、俺は墓参りの為の花を選んでいた。優太は、石鹸等の日用品を買いに雑貨屋に向かった為別行動だ。一緒に行くかと誘われたが、雑貨屋で買いたい物は無かったし、買う物を聞いて荷物持ちは必要ないだろうと判断して先に行った。

 

「……小父さん薔薇好きだったし、一本買っておくか」

「お邪魔します」

「いらっしゃいませ」

 

 一人来店してきた。青みを帯びた黒髪のミディアムヘアに、襟をタートルネックにした制服の上にフードがついた白衣を重ね着し袖を縫っていて、スカートの下に厚手の作業ズボンを履いているといった格好の女子だ。制服からしてウチの生徒。彼女は俺の持っている花卉に目を向け、俺に近寄ってきた。

 

「今日は」

「今日は。何の用ですか?」

「いえ、手に持っているお花を見て、少し気になって……」

 

 俺が持っているのは白い菊に榊、竜胆、カーネーション、そして赤い薔薇が一本。彼女の視線は薔薇に向けられている。

 

「お墓にお供えする花です。友人の家族の命日が近いので」

「供花に薔薇……」

「確かに薔薇は仏花(お墓にお供えする花)には不適切ですが、故人が生前好きだったお花であるならその限りではないんですよ」

 

 呆れた女子に対して説明をし出したのはここの店長だ。

 

「薔薇だけではなく仏花に不適切とされる花は幾つかありますが、仏花はお墓に眠る故人を供養する為のものでもあります。故人への気持ちが何より重要なのでしきたりに拘らなければ大丈夫なのですよ」

 

 店長の簡単な説明が終わると、深々と頭を下げてきた。

 

「すみません。私が不勉強でした」

「いや、謝らないで下さいよこんな事で。それより用を済ませなくていいんですか? 何か用があって来店したんでしょ」

「はい。用はありますよ」

 

 ーー但しこの店にではなく、貴方にね。

 

 白衣の右袖から『管』が出てきて、それを掴むと俺の方に向けてきた。



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南別府碧のボトル その①

2020年初投稿です。


「……何をするの?」

「それはこっちのセリフだ」

 

 何かをする前に『プラネット・ルビー』でこいつの右手首を掴んで店の出入口の方へと引っ張ってる。こいつの視線ははっきりと『プラネット・ルビー』へと向けられているし、持っている管やそれから伸びているチューブもよく見たら透けている。間違いなく『スタンド使い』だ。

 

「……離してくれない?」

 

 顔をしかめながら言う。力は込めてるし痛いだろうな。だがここで能力を使わせる訳にはいかないから却下だ。

 

「……聞いて。場所を変えようって言いたいの。店に迷惑はかけたくないし」

「説得力があると思っているのか?」

「無いのは承知。でもそれは貴方も同じでしょ?」

 

 ……本気で言ってるようだな。なら俺としても断る理由は無い。

 

「花の会計済ませていいか?」

「どうぞ」

 

 

「優太、今何処だ?」

『買い物終わって袋詰んでる。もう少ししたら向かうよ』

「俺は少し花屋を離れてる! 着いても俺がいないかも知れないがその時は店でじっとしてろ! 寄り道せずに花屋に行って待ってろよ! いいな!」

 

 返事を待たず電話を切る。携帯をポケットに入れると待ってくれていた女の方へ体を向ける。

 今俺達がいるのは花屋から少し離れた廃工場。会計を終えて店長に花卉を預かって貰って、この女に案内された。

 

「連絡は終わり?」

「ああ、待っていてくれて感謝するよ……で、分かりきった事を訊くが、何者だ、あんた」

「私は南別府(なんびゅう)(あおい)、星陵高校二年生で所属は園芸部化成部門」

「化成部門?」

「主に農薬や化成肥料の研究、製造、開発を行う部門」

「化学部じゃ駄目だったのか?」

「ガーデニング好きだから園芸部に入部したの。あ、ウチの学校化学部ちゃんとあるよ」

「凄いどうでもいいよ!」

 

 もしかして、トラクターとか造ったり修理したりする農機部門とかあるのか?

 

「三週間程前に『矢』に射抜かれて『スタンド使い』になった……そんな私が貴方の前に現れたのは……言わずもがなだよね? 瀬上除夜君」

 

 分かってるよ。刺客だろ? それは口に出さず頷いた。南別府は手早くゴム手袋を嵌め、フードとガスマスクを被って管を俺へと向ける。管から赤い液体が噴き出してきた。南別府を『軸』にして避ける。液体は俺の後ろにあった放置されているフォークリフトに掛かり、その部分を腐食させた。

 

(まともに浴びたら病院行きは免れんな……)

「余所見は感心しないな」

 

 赤い液体を噴き掛けてきた。瞬間移動で避ける。それを何度も繰り返す。

 やり取りして分かったのは液体を出す管は右手の一本だけ。そして出来るのは『出すだけ』。出した液体を操作する事は出来ない。

 攻撃も直線で南別府の動きもそんなに速くない。管の動きに注意して距離を詰めて叩き込む。これで行こう。

 決断して駆け出すと管を向けてきて赤い液体を放つ。それを避けると、管を斜め上に向けて、シャワーのように『散布』してきた。能力で回避しようとしたが、南別府がそのままターンして一回転し、周りに振り撒く。地面を蹴って後ろに跳んだので靴に少し掛かる程度で済んだ。

 

「何を思ったか当ててみせようか? 『管は一本だけで出来るのは出すだけ。攻撃も直線で私の動きも速くはない。管の動きに気を付けて距離を詰めて叩き込もう』……少し違うかも知れないけど、特に間違ってないでしょ? 初めの方と私の動きは合ってるけど、『攻撃が直線』という点は少し違う……」

 

 今度は『噴霧』してきた。直撃は避けたものの霧状のものを、しかも動かしたので広範囲に広まった為に避けきる事は出来ず、顔や服に幾らか浴びてしまった。

 

「とまあこの様に散水ノズルみたいに水形を変えられるんだ」

「……何で最初からそれを使わなかったんだ?」

「理由としては一回で浴びせられる量がどうしても少なくなってしまうから。このスタンド『ザ・ボトル』は戦闘に向いた能力じゃないし、私自身戦える訳じゃない。ダメージを無視して突っ込まれたらすぐにやられてしまうだろうと思って」

 

 言い分に納得する。今自分が受けたダメージは大したものじゃない。掛かった所は早目に洗わないといけないが、夜までには治るだろう。確かに初めからシャワーや噴霧を使っていたら言った通りにしていただろうな。

 

「納得した? なら再開するよ」

 

 再度管を俺に向けてきた。赤い液体が放たれる。

 

 ほんの少量だけ。ちょっとストローで飲み物吸い出して吹き掛けるのを思い出した。唖然として瞬間移動するのを忘れたが、俺に全然届かなかった。

 

「使い過ぎちゃった……」

 

『使い過ぎ』? 何等かの制限があってそれに引っ掛かったのか? 一度に使える量とか。

 どうでもいい。あの様子だと嘘じゃないようだし、攻撃が出来ないなら好都合だ。さっさと終わらせる。そう考えて接近する俺に管を向ける。こけおどしだと思い、足を止めなかった。

 

 管から『緑色の液体』が噴射された。

 

「……素早いね。偶々ながら上手く隙を作れたと思ったのに」

「一応『瞬間』移動が能力だからな」

 

 まともに浴びる前に能力で避ける事が出来た。完全に咄嗟でただ運が良かっただけだ。飛沫は掛かってしまっている。

 掛かった部分は何ともなってない。今の液体はさっきのと別のやつという事だろうか。

 

「考える余裕はあるのかな?」

 

 チャッカマンを取り出して管の口へと近付ける。火を着けると同時に『火炎放射』が放たれた。靴を脱いで後ろに蹴って、それを『軸』にして攻撃の射程から離れる。南別府はすぐに攻撃を止めて、先程放った緑色の液体へと管を向けた。

 何かをするのは解っていたので止めようと、もう片方の靴を半脱ぎして蹴り上げようとしたが、その前に管から『紫色の液体』が放出され、水溜まりに掛かると音を立て出した。そして目眩と頭痛、吐き気が同時に襲ってきた。

『ガス』を発生させたと気付いて袖口を鼻と口に当てたが、気休めにもならず、酷くなる一方だった。

 

「もう立つのも辛そうだね……重態で済ませてあげるし、救急車も呼んであげるからこのまま大人しくしててね」

 

 俺に管を向ける。『橙色の液体』が放射された。

 




能力名はアメリカのパンクロックバンド、ランシドの楽曲から。

次回決着。


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南別府碧のボトル その② そして……

南別府戦、決着します。


『橙色の液体』が放射される直前に力を振り絞って足を動かして半脱ぎの靴を放ってそれを『軸』にして工場の壁際まで移動する。地面に掛かった液体はそのまま『爆発』、俺は壁を殴って穴を二つ作り、一つに顔を突っ込んで外の空気を吸った。これで少しはガスは薄らいだだろう。

 

「よく足掻くね」

「大人しくやられてたまるか。というか俺を殺す気だっただろ」

「直に掛けるつもりは無かったよ。爆発衝撃でボロボロにするつもりだった」

 

 充分殺意あるだろ。そう思ったが口には出さなかった。

 管の口にさっき放った橙色の液体が滴として着いているのが見えた。それは重力に従ってそのまま落ちる。管から離れる直前に南別府もそれに気付き、慌てた様子でこの場から跳んだ。滞空中に地面に落ちて爆発し、煽りを受けて転倒した。

 

(待てよ……そう言えば……そうか……そうだったのか……)

 

 靴を拾って南別府へ投げ付ける。南別府はすぐ反応し飛んでくる靴に橙色の液体を掛けて爆発させた。

 

「能力使って接近するつもりだったんだろうけど、そんな見え見えで何もしないと……」

「何もしないと思っていない。だから囮だよ」

 

 接近はするつもりだったが「能力」でじゃない。「足」でだ。爆発する瞬間走って近付いた。そのまま南別府を押し倒し、スタンドで管を上向きで固定する。これでこいつは『薬品』を、少なくとも強酸や爆薬のような人体に直接被害が出るようなやつは出せなくなった筈だ。出して浴びたら自分もモロに被害を受けるからな。

 こいつの能力は『薬品を保管する能力』。多分服の下にタンクみたいなのがあって、それに薬品を入れている。入れた薬品は普通なら慎重に扱わないといけないものでも入れただけで品質はそのまま保たれるが、外に出せばその時点で能力の影響から離れる。これはこいつの格好が正しい事を証明している。厚手の服もゴム手袋もガスマスクも薬品から自身を防護する為の装備なんだから。

 

「何? もしかして私乱暴される?」

「しません。こっちの要求は一つだ。降伏しろ。そうすればこっちも何もしない」

「もう勝った気でいるんだ……私はまだ……」

「今の状態で使ったら自分も『薬品』浴びるぞ」

「……私の能力見破ってるのね。確かに、今使えばそうなるね。でも私はそれへの防護がある、一方君にはそれがない。被害がどっちが大きいかは考えるまでもないよね」

 

 管から『無色透明の液体』がシャワーで出てきた。俺はすぐに身体を起こして離れるが、まともに浴びた。南別府は直ぐ様起き上がる。

 

 と同時に、『プラネット・ルビー』の振り上げた拳が顎に命中し、ガスマスクは衝撃で外れ、彼女の身体は後ろへ吹っ飛んだ。

 単体では何ともない、若しくは被害が小さい薬品はまだあるだろうからそれを使ってくるとは思ってた。でも俺には何出してくるか分からない訳だから、流石に強酸や爆薬は使わなくとも、言った通り自分に害を被るのを承知で有害な薬品を使う可能性は否めないから『距離を取らざるを得ない』。だから離れた。立ち上がるまでの隙のある状況を作る為に。

 浴びた液体が口の中に入る。しょっぱいのでどうやら塩水みたいだ。

 

「……振りじゃなくて本当に気絶してるみたいだな」

 

 撒き散らしたのは彼女自身とはいえ薬品が散乱している場に放置するのはどうかと思い、外に連れ出して横において取り敢えず優太に連絡する事にした。

 

『もしもし除夜』

「優太、今花屋か?」

『うん』

「頼みがある。靴買って言う場所に来てくれないか? ちょっと靴駄目にして他の履き物も手近に無いんだよ」

『……今の靴買ってから一ヶ月も経ってない筈だよね?』

「駄目になったものは仕方無いだろ。頼むよ、代金は後で払うから。それと水、ペットボトルに入れて持ってきてくれると嬉しい。一本でいいから二リットルのやつを」

『何かやったの?』

「聞かないでくれると助かる」

 

 危ない薬品かかったから洗い流したいなんて正直に言えないし。

 

『……分かった。水道水でいいなら貰ってくる。それと除夜が買った花、お店に戻るの面倒だから持ってくるね。ああ、僕はもう買ったから気にしないで』

「……本当にゴメン」

「謝らなくていいよ。それより場所は?」

 

 

「さて、公園に行きましょう」

「ねえ琢磨お兄さん。風間君達に何したの?」

 

 場所は公園近くの駐車場。乗ってきた酢乙女家の車の外に出ているしんのすけは、車内で気を失っている六人を窓から見て、車から降りる琢磨へやや引きながら聞く。ここに車を停めてしんのすけがドアを開けた直後、二人以外が次々にこうなったのだった。

 琢磨の右腕が『消えていた』ので彼の能力がどう言ったものか知っているしんのすけは琢磨が何かやったのかを察した。

 

「能力で彼等の首回りを『持っていって』、腕を回して絞めました」

「いいの?」

「だから事前に言ったでしょ? 『どんな結果になろうともそれで納得する事』と。何か解らず突然気絶して起きた時全てが終わっていようと僕達は文句言われる筋合いはありません」

「除夜のお兄さん、どうやってこの人に勝てたんだろう?」

「危ないから真似してはいけませんよ」

「誰に向かって言ってるの?」

「さて、向かいましょう。そろそろ時間です」

「お……おう」

 

 琢磨とは喧嘩しないようにしようと思うしんのすけだった。

 公園の近くまで足を進める。公園には既に二十人余りの人間が集まっていた。

 

「これ、みんなあのチラシ見て集まった人達なのかな?」

「何人かチラシ持ってるので、恐らく」

「みんな他にやる事無いのかな?」

「やる事済ませて来ているんでしょう」

 

「お宅もチラシを見てここに?」

「ええ、わざわざこんな手の込んだ事をする人がどんな事をしてくるのか興味が出て」

「何が起こるんだろね。楽しみだなー」

「最近変な事件がよく起こって外出控える傾向にあるから楽しみ減っちゃって退屈気味だったんだよね」

「分かるー」

 

「……多分」

「呑気だね。あの人達……」

「そんなものでしょ。取り敢えずあっちに行きましょう」

 

 そう言って琢磨が指を指したのは入口から入ってすぐに植えてある低木だった。二人は気付かれないよう移動し、簡単に見付からないよう身を隠す。

 その一分程後に、マウンテンバイクが一台公園入口に停まった。乗っていたのは五分分けした黒髪に黒縁眼鏡を掛け、黒いスーツに身を包み、赤というより紅と表した方が良さそうな色合いのネクタイを着けた男だった。寄り道ならいざ知らず公園に直で来るには違和感のある格好の男の登場に、公園にいる者達は一様にその男に注目する。それはしんのすけ達も例外で無かった。

 

「ねえ琢磨お兄さん、もしかしてあいつ……」

「恐らく、あのチラシを配ったのはあの男でしょうね……しかしあの男、何処かで見たような……」

 

 注目を浴びている男は口角を上げながらマウンテンバイクから降り、公園の集団へと歩を進める。ある程度進むと足を止め、両手を挙げる。

 

「皆様、初めまして。私の稚拙な招待に貴重なお時間を割いてまで応じて頂き真に感謝致します」

 

 この言葉で全員が確信した。あのチラシを送り付けたのはこの男だと。

 

「何のつもりでこんなチラシを配ったんだ?」

「よくぞ聞いて下さいました。これは、私の『能力』を皆様に体感していただきたいと思った為です」

 

『能力』。この単語に大部分が怪訝そうな顔をするが、しんのすけは思わず体を大きく動かした。琢磨が抑えようとしたが大きな音が立った。男の背後から『スタンド』が出てきたのはそれと同時だった。

 腹部にスポットライトのような装置が組み込まれ、上顎の殆どを車のヘッドランプのような一つ目で占めた、ボディの大部分が剥き出しのアンドロイドのようなスタンドが出現し、それは両手を集団へと翳す。両掌にもライトが埋め込まれており、そこから強烈な光が発された。光を浴びた人々は次々と倒れていき、全員が倒れると発光が止んだ。

 

「さて……そこにいる姑息なネズミをどうにかするか……」

 

 男は二人が隠れている低木へと身体を向けた。

 




南別府さんの能力、書いてる途中で気付いたけど無効化能力にはかなり強いです。

そしてしんのすけ達はどうするでしょうか?


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光が見せる悪夢を醒ませ! その①

間を開けましたが更新します。


 男が足を動かす前に、しんのすけと琢磨は姿を現す。二人共既に自分のスタンドは出していた。

 

「『スタンド使い』か……射抜かれたのは俺だけじゃないとは思っていたし、何れは『引かれ合う』だろうと思っていたが……聞かせてくれ。君達は俺の敵か? 味方か?」

「昨日オラの父ちゃんや先生達を襲わせたのはお前か!」

 

 しんのすけの怒気のこもった問い掛けに男は眉をひそめる。

 

「見たところ幼稚園児のようだが、最近の幼稚園は質問に対して質問で答えなさいと教えているのか?」

『味方だと私に何のメリットがある?』

 

『ハリケーン』が割り込んできた。このままでは埒が明かない。そう判断した琢磨はしんのすけと男の間に入って男の方へ体を向ける。

 

「質問の答えですが、敵か味方か。どちらかと言えば敵ですね。僕達は貴方を倒す為にここに出向いた訳ですから」

「成程……その考えを改める気は?」

「有り得ないと思いますが、貴方の『目的』で変わるかも知れません。だからそれを教えて頂けないでしょうか? 柿枝(かきえだ)辰男(たつお)さん……ですよね?」

「知ってるの?」

「思い出しました。三年前に当時在籍していた大学の学祭である実験を行い殺し合いを誘発させ、結果六十七人の死者を出す惨事を引き起こした男です。かなりニュースになってました」

「オラ知らないぞそんな事!」

「君は当時二歳ですし覚えていなくともおかしくないですよ」

『どんな事をしたらそんな惨事を引き起こす事が出来るのだ?』

「『光を用いた暗示による心のリミッターの解除』……簡単に言えば催眠術で『理性』を外す事が出来るのか。それがこの柿枝辰男の研究だ」

 

『ハリケーン』の疑問へ返答を含めて発言した。

 

「どゆ事?」

「しんのすけ君は好物のチョコビがお店に並んでいても普通はそれを食べたいからとその場で買わずに封を開けて食べようとはしないでしょう?」

「何を当たり前な事聞いてるの? そんなの駄目に決まってるじゃない!」

「どうして駄目なのですか?」

「悪い事だもん。そんな事したら母ちゃん達から怒られちゃうし、迷惑かけちゃうよ」

 

 しんのすけから返された言葉に琢磨は頷く。

 

「そう、『やってはいけない』。それが『理性』、それが『良心』、それが『心のブレーキ』。それは程度や方向性の違いはあれど誰もが持っている筈のもの。人格に難のある人間性の持ち主の多い『スタンド使い』ですら大概持っていて、そしてそれは余程切羽詰まっている時でない限りは外れる事は無い」

「オラ達人格に難がある?」

「他人から見れば大抵の人間は大なり小なり人格に難はあると思われますよ」

「もし仮に『心のブレーキ』のない人間がスタンドを発現させたら?」

「途轍もなくおぞましい能力になるでしょうね、そいつのスタンド。想像したくもありませんが……話を戻しますね。この男は事件当日、つまり学祭に自分の研究成果である装置を敷地内のあちこちに無断で設置し、人が多く集まった時に作動させたんです」

「データは多く取りたかったからな。老若男女の集まる祭は打ってつけだったよ」

「その結果が、さっき言った惨状です。この男の実験は成功したと言えるでしょうね」

「成功はしてないぞ? 当時人間相手に行ったのはその一回限りだ。あくまで『成果』を出しただけ。『次』に向けて問題点を見出だそうとしたが、翌日俺は警察に突き出される形で大学を追い出された。どいつもこいつも俺を汚い犯罪者を見るような目で見ていたよ」

「実際犯罪者(そう)じゃない?」

「五月蝿い! 分かったように言うな! そもそも最初はちゃんと被験者を募ったんだ! 報酬もちゃんと出すつもりだった! だがどいつもこいつも報酬目的で乗り気だったのに俺の研究を知った途端逃げ出した! 時には異常者呼ばわりもされた! 被験者が必要なのに誰も手を貸してくれない以上ああするしかないだろう!」

「ねえ、あいつの言ってる事、オラ全然理解出来ないんだけど……」

「僕も全然理解出来ません。と言うよりしたいとも思えません」

 

 しんのすけと琢磨は完全に引いていた。

 

「それで……貴方は何をしたいんですか? 自分を追い出した大学への復讐でも?」

「それもしたいがまずは己の研究の完成……春日部に流れ着いて手に入れたこの『ビウェア・オブ・ダークネス』を活用しそれを成し遂げる。ここに集まった連中やこれまで『使った』連中や運悪く死傷した奴等はその為の礎だ!」

「つまり、昨夜の居酒屋の襲撃事件も、貴方の『実験』と?」

「察しが悪いな。その通りだよ」

「最後に……貴方の研究によって命を奪われたり心身に傷を負った人達……彼等彼女等に対して、貴方はどう思っているのですか?」

「……何か思わないといけないのか?」

 

 冷淡に言い放った。

 

「ああ、ポーズは取っておくべきだったか。今さっきの言葉は撤回するよ。『御愁傷様』。このくらいは言っておいてやるべきだった。さて、俺の目的を言ったぞ。聞かせてくれ。お前等は俺にとって『敵』か? 『味か……」

 

 言葉の途中で『ハリケーン』の拳が柿枝の顔にぶち込まれた。

 

「し……しんのすけ……君?」

「『敵』か『味方』か? そんな事でオラの父ちゃんや先生達を傷付けたお前に、オラが『味方』になると思っているのか! お前はオラの『敵』だ!」

 

 唐突なしんのすけの攻撃、続いて怒りの込めて放った言葉と、急展開に頭がついていけず呆然となる琢磨だったが、すぐに意識を現実へと戻す。

 

「僕もしんのすけ君と同じ気持ちです。お前の研究は、今日ここで終わらせます」

「ウグググ……そうか、そうか……なら、俺にとっても、お前等は『敵』だ……後悔しろ……軽率に俺を『敵』に回した事をな……」

 

 鼻血を出している鼻を押さえながら、涙目になりながらも敵意を向ける柿枝。スタンドも出している。『ハリケーン』は接近して柿枝へと拳を振り下ろす。柿枝のスタンドはその顔を『ハリケーン』の顔へと向ける。

 

「しんのすけ君! 目をガードして下さい!」

 

 先程あのスタンドが行った事を思い出して大声を挙げる琢磨。しかし、遅かった。

 上顎の大部分を占めるライトから、辺り一面の色を掻き消すかのような、先程とは段違いに強烈な閃光が焚かれた。

 

「く……うう……」

 

 ふらつきながらゆっくり目を開ける琢磨。

 ライトが光る直前に目を閉じるも、瞼越しでも強烈な閃光は充分届いたので目とその周りを『持っていった』。数秒開けて解除してみて暗かったので瞼を開いた。その琢磨の視界に真っ先に入ったのは、悶え苦しんでいるしんのすけ、そしてそのしんのすけを踏みつけようと右足をあげている柿枝の姿だった。

 

「『ハーレム・シャッフル』!」

 

 柿枝の右足を『持っていき』、琢磨は彼の腹部目掛けて体当たりを食らわす。バランスを崩した柿枝の身体はそのまま倒れた。

 

「大丈夫ですか?」

「琢磨……お兄さん? そこに、いるの……?」

 

 琢磨の顔が自分の顔の真上にあるにも関わらず、しんのすけはそれが分かってないようだった。

 攻撃の為に接近していて、琢磨も本当に咄嗟だったのでしんのすけまで『能力』を掛ける事が出来なかったのでダメージが大きかったのだろう。

 

「どうせもう分かっただろうし俺の能力教えてやるよ。非常にシンプルに『光を照らす能力』だ。電池が切れかけた懐中電灯程度も今みたいな強烈なのも俺の意思で自由自在。まあ光が強ければエネルギーはその分使うから今みたいなのはすぐに消えるけどな」

(見た目通りの『能力』か……スタンドについているランプ一つ一つを別個に同じ様に燈せると考えた方がいいか……)

 

 琢磨は考える。自分のこの考えは間違いないだろうと。そして自分は彼の『能力』相手では相性が悪いと。『ハーレム・シャッフル』の制限は『一つにつき一ヶ所』、出してくるのが光では対処は限られてくる。避ける事なんか出来ないし、先程行った対応もまた上手くいくとは限らない。戦闘中とずっと視界を封じるなんて論外だ。

 一番簡単なのはライトを全て潰す事だが、自分がやると一個一個潰していかないといけなくなる。全部潰すまで待ってくれる訳はないし、すぐに反撃食らってやられるのがオチだ。『ハリケーン』が『群生型』になれば全部を同時に潰せるだろうが、本体のしんのすけがこれでは無理だ。

 

「う……うー……」

 

 声がした方向へ顔を向ける。ここに集まった人達の内の一人である二十代前半程の女性が目覚めて起き上がろうとしていた。他の人達も次々と目を覚ましていく。

 

「一体何が……」

「何も聞かずにここから離れて下さい! 危険です!」

 

 大声で勧告する琢磨。女性は琢磨に近付いてきた。どうやら困惑しているようだった。(彼女等からすれば)突然現れた見知らぬ男から唐突にそんな事を言われれば当たり前だろう。

 

「ちょっと……君は何者? どうしてここが危険なの?」

「いいから早く!」

 

 事情を知らない者からすれば当然の疑問だが、『見えない人間』に上手く理解させる為に丁重に説明している余裕は無い。対して女性は琢磨への接近を続けーー

 

 琢磨の横っ面を、力一杯ぶん殴った。

 

 唐突だったのもあって反応が出来ず直撃し、転げてしまう。

 

「おいおい何やってるんだよ。いきなり殴るなんて……」

 

 恰幅の良い中年の男がその行為を見咎める。

 

「ぐえっ!」

 

 琢磨の腹を思いっ切り踏みつけてーー。

 その様子を見て、柿枝は愉悦そうに口元を歪めていた。

 

 

 

 

「あれ? 僕何時の間に眠って……て、え? 皆も? 一体何が……」

 

 いち早く目を覚ましたトオルは、まだ目を覚ましていない友人達と運転手を見て動転するが、すぐに『異変』に気付いた。

 

「しんのすけと須藤さんが……消えた?」

 

 





男のスタンド名はジョージ・ハリスの楽曲からです。


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光が見せる悪夢を醒ませ! その②

久々の更新です。


 目を覚まして二人が消えているのに気付いたトオルは、まず他の五人を起こして簡単に説明する。話を終えると、あいは溜息をついた。

 

「須藤さんにしてやられましたわね……」

「どういう事?」

「『どんな結果になろうと納得する事』……彼が示した条件ですが、つまり、あい達が与り知らない所で解決したとしても文句は受け付けない。そういう事だったんです」

「要するに、須藤さんは最初から僕達をこの件に関わらせる気はなかったの?」

「ええ、あい達が車内で突然気を失ったのも須藤さんが何かやったからに違いありません。須藤さんがこの様な手を使ってくるとは思いませんでした」

「お言葉ですがお嬢様、彼は」

「分かっていますわ黒磯、危ない目に遭わせないようにしてくれたというのは。彼には感謝するべきで、見抜けなかったこちらの落ち度です」

「それより……僕達はどうするべきかな?」

 

 マサオのその発言にトオルが続く。

 

「僕達に出来る事は三つ」

「三つ?」

「うん。『警察を呼ぶ』『そのまま帰る』『公園に向かう』。普通は最初の『警察を呼ぶ』が正しい判断だろうけど……」

「警察では、どうする事も出来ない可能性がある」

 

 ボーの返事にトオルとあいが頷く。それに黒磯が続く。

 

「そもそも警察ではどうする事も出来ないと判断したから須藤さんはああ行動したのでしょう」

「そう、私達が取れる選択肢は実質二つ……いかがなさいます? 皆さん」

 

 

「おい兄ちゃん、怪我はないか?」

 

 中年の男は心配そうに琢磨に声を掛ける。彼の腹へ踏みつけた足の力を強めながら。

 このままでは圧死すると思った琢磨は『能力』で自身の胸部から下を『持っていく』。中年の男の足は地割れが起きるのではと思ってしまう程の轟音を立てて地面を踏みつけた。男が靴の形に3㎝は凹んだ足跡から足を上げると、膝から下が力なくぶら下がっている。地面を踏みつけた衝撃に耐えられなかったと理解した。

 大怪我を負ったにも関わらず男は痛がっている様子は無い。痛みを堪えているのでなく、『痛みを感じていない』ようで、表情を全く変える事なく腕で這う琢磨へと身体を向ける。能力を解除して立とうとすると、女性が殴りかかってきた。腕を『持っていく』事で避けるも、今度は右足を蹴り上げてくる。命中する寸前にそこを『持っていく』事で防いだが、直後に後ろから脇腹を蹴られ、横転する。蹴ったのは集まっていた内の一人だった。

 琢磨は柿枝の『ビウェア・オブ・ダークネス』を見る。あれが何かをやっている事は解ってはいるが、体の各部のライトはどこも点いていなかった。

 

(いや……)

 

 よく見たら薄らと照っている。日の入りくらいだったらすぐに気付けるだろうが、まだ十分明るいこの時間帯ならまず気付かないだろう明るさだ。あの程度で催眠に掛ける事が出来るのだろうかと思ったが、催眠術について門外漢である自分があれこれ考えても意味はないとそれについての考察は止めにした。それより問題は現状だ。催眠に掛かった人達は痛みを感じず攻撃してくる。長引けば死人が出てしまう事だって十分有り得る。助けるには速やかに柿枝を倒さないといけないが、それを妨害してくる。

 

(除夜君か稲庭さんを連れてくるべきでしたか……いや、今からでも連絡して……)

「琢磨お兄さん!」

「しんのすけ君! 大丈夫ですか?」

「おう! もう大丈夫だぞ!」

「なら除夜君に助けに……」

 

 携帯を取り出した所で妙だと思った。これまで操られている人達は自分『のみ』に攻撃しており、しんのすけへは一切手を出していなかった。先程まで悶えていて絶好の機会だったにも関わらず、だ。

『ハリケーン』の右手が琢磨の首を掴み、そのまま地面に叩き付けんと右腕を振り下ろした。琢磨は浮遊感を感じたと同時に『ハリケーン』の右手を『持っていき』逃れられ、『ハリケーン』は自分の右手首を地面に叩き付けていた。

 

「ちょっと、何やってんの! オラ右手痛いんだけど!」

『大した事ないだろうが文句を垂れるな!』

「しんのすけ君……今、何で……」

 

 自分のスタンドと言い争いをしているしんのすけに、恐る恐る訊ねる琢磨。

 

「え? 『敵』を倒そうとしただけだよ? それが何か?」

『おかしい事を訊くものだな』

 

 当たり前のように、いつもの感じで返答した。確信した。しんのすけは柿枝の術中に嵌まってしまったのだと。

 柿枝を睨み付けると、彼はほくそ笑んだ。

 

「俺を睨んで何か状況が変わる訳じゃないだろう? いいのか、余所見をしていて」

 

 後ろから琢磨の肩に手を置かれる。指は肩に食い込み、そのまま握り潰さんとばかりに力が込められる。すぐに肩を『持っていく』が、同時に別の人が体当たりをしてきた。回避が間に合わず直撃する。

 体勢を崩し今にも倒れそうな琢磨の顔面に、『ハリケーン』の拳が迫る。ギリギリの所で拳が通過するよう『持っていき』、その通りになるが、『ハリケーン』は軌道を変えて腕を琢磨へぶつけた。

 

(このままだとやられるのも時間の問題……一度撤退して……除夜君達に……いや……)

 

 ここまで考えて『それ』は取ってはならないと思った。確かに『ハーレム・シャッフル』の能力をフル活用すればこの場から逃げる事は出来るだろう。だがそれは「柿枝を逃がす事」にも繋がってしまう。救援を連れてくるまで奴が待っている理由は何処にもない。その間にしんのすけを含むここにいる人間を連れていって何処かで犯罪を犯させ、雲隠れし、そして同じ事を繰り返す。奴の身勝手による被害者が更に増える。だから何としてもこの場で倒さないといけない。

 

(自分一人でしんのすけ君を含めた操られている人達に対応しつつあいつを再起不能にする……)

 

 その為の策が思い浮かばない。集団への対応は勿論の事、柿枝自身も的ではなく『スタンド能力』という攻撃手段を持っている、一挙一動を警戒しなければならない難敵なのだ。

『ビウェア・オブ・ダークネス』が琢磨へと手を翳す。すぐに両目周りを『持っていく』が、顔面に『ハリケーン』の一撃が入って後ろへと吹っ飛ぶ。地面に落ちた感触を感じると同時に能力を解除すると、『ある物』が目に入る。

 

(『これ』と自分の能力があれば奴を倒す事は出来る……問題はすぐに察せられて妨害される事……)

「そんなに鼻血出して大丈夫か? ほら、ハンカチ貸すから拭けよ」

 

 操られている男の一人がハンカチを取り出し近寄ってきて、押し倒して鼻と口をそれで塞ぎ、押し付ける力も強める。鼻と口を塞ぐ手を『持っていく』が、すぐにもう片方の手で塞がれる。更にしんのすけを含む他の操られている者達が近付いてくる。しんのすけは刀にした『ハリケーン』を、他は折った木の枝やらを手に持って。

 

「どうした? お前の『能力』なら脱出しようと思えば出来るじゃないか。それでこの場から逃げたらどうだ? ああ……しんのすけって目上の人に敬語を話せない礼儀知らずなガキの仲間見捨てられないか……いやー大変だな……」

「礼儀知らず? それは単に貴方がそれに値しないと思ったからでは?」

 

 突然の予想してなかった声に目を見開く琢磨。顔を上げると、酢乙女あいがそこにいた。更にトオル達春日部防衛隊もいる。彼等の登場に全員が動きを止めると、その隙に黒磯が琢磨を抱えて移動させた。

 

「貴方達……どうして……」

「元々場所は解っていましたので。それより須藤さん」

 

 目をつり上げて、あいは柿枝へ指を差す。

 

「あの男が、お義父様や先生達を傷付けた犯人なのですか?」

「なあ……初対面の人に指差すって無礼なんじゃないか? 俺は礼儀知らずのガキとゴミのポイ捨てをするバカが大嫌いなんだ!」

 

 苛立ちを露にして叫ぶが、あいは全く動じず、琢磨は頷く。

 

「ねえみんな、ここは危ないから今すぐ逃げた方が……」

 

 しんのすけが慌てた様子で駆け寄り、ネネの服を掴んで殴りかかった。すぐにマサオとボーがしんのすけにしがみつき、トオルがしんのすけの手を振りほどいた。しんのすけは二人を強引に振りほどき、二人は背中を地面に打ち付ける。

 

「しんのすけがこんな事をする筈がない! あいつに何をされたんですか?」

「奴は催眠術師でしんのすけ君を含めたここにいる人達はその術中に嵌まってしまっているんです!」

「そうですか……では須藤さん、あの男を倒す為に私達は何をすれば良いのか申して下さい」

 

 あいのこの発言に琢磨は絶句した。

 

「何を言っているのか解っているんですか? 危険ですから今すぐ逃げて下さい! 奴は僕がどうにかします!」

「でもさっきやられそうだったじゃない」

 

 ネネの指摘に言葉が詰まる。奴を倒す『策』なら頭の中にある。しかしそれは自分一人では机上の空論、人手はいる。

 

「分かりました。お願いします」

 

 悩んでいる暇はないので了承した。




次回、決着です。


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光が見せる悪夢を醒ませ! その③

ビウェア・オブ・ダークネス戦決着です!


「作戦を伝えます」

「それ長くなる?」

「少し」

 

 ボーは挙手した。

 

「作戦タイム!」

「認めよう」

 

 柿枝はこう即答する。琢磨は思わず転びそうになったが、奴の余裕ぶった顔からこっちが何をしてこようとどうにかなると思っているのは見て取れた。作戦を六人に伝えると、バラバラに散る。操られている者達は追うも、春日部防衛隊のすばしっこさに時折入る琢磨のアシスト(指示と能力)もあって捕らえる事が出来なかった。

 

(みんな思いの外運動能力高いのですね……)

 

 感心する琢磨。柿枝の意識も春日部防衛隊に向かっていて、これなら邪魔されないと踏んで次の『準備』に取り掛かろうとする。

 しかし、トオルがしんのすけの前に出てきた時、動きを止めた。

 

「何をしてるんですか! 危ないから止まるなと言ったでしょ!」

 

 声を荒くする琢磨。催眠術に掛かっている人間の中でもしんのすけには一般人には見えない凶器である『スタンド』を持っている。話してはいないがあの中で柿枝を除けばしんのすけが最も危険である事は言った。

 

「すみません須藤さん! でもどうしても今こいつに言いたい事があるんです! 僕はいいから他の皆を頼みます!」

「……分かりました」

 

 言葉に意思の固さを感じ説得は無理そうだと判断した琢磨はしんのすけを任せる事にした。

 

「しんのすけ! お前一体何やってるんだよ!」

「一体何で怒ってるの風間君。この前借りたゲームまだ返してないから?」

「いつの話だそれ。そしてそんな事じゃない! 何お父さんや先生達を傷付けた奴に思うように操られているんだ! お前あいつの事を許さないんじゃ無かったのか?」

「オラが操られてる? もー風間君ったら冗談がキツいなぁ」

 

 そう言いながらしんのすけはトオルに右フックを放った。トオルはそれを食らうも、しんのすけの胸ぐらを掴む。

 

「お前、今何した?」

「え?」

「お前今何したと訊いたんだ! 僕を殴ったんだよ! 冗談で殴ったのか? 違うだろ! お前が無闇矢鱈と人を傷付ける奴じゃないのはよく解ってる! そんなお前が簡単にこんな真似をした事が操られている証左だって言いたいんだ! それともなんだ? 僕の勘違いで元々お前は簡単に人に暴力を振るえる人間だったとでも?」

「ううん……違う……」

「そうか。じゃあ、許せない奴に言い様にされていいのか!」

「そんな訳ないに決まってるぞ!」

 

 しんのすけは柿枝へと顔を向け、睨み付ける。敵意を向けられても、柿枝は動じなかった。

 

「敵意でも殺意でも何でも向けろよ。お前が俺の催眠術の影響下である事は変わりはない。そしてもうお前等の狙いも解ってる。ガキ共は陽動で」

 

 近くの茂みへと身体を向け、スタンドから強烈な閃光を放った。そこから黒磯が両目を抑え悶えながら出てくる。サングラスを掛けていても光の強さが上回ったようだった。

 

「黒磯!」

「本命はこいつ。お前等に意識を傾けさせてこいつに俺を倒させるつもりだったろうが……残念だったな、失敗だ!」

「いえ、成功です」

 

 マウンテンバイクに跨がって直進しながら琢磨はそう返した。軌道にいる人間は当たらないよう『持っていって』いるのでスピードは緩めようとしない。車体はそのまま持ち主の身体を突き飛ばした。

 

「僕のスタンドの破壊力はたかが知れているから、あんたの自転車を使わせて貰いました。でも自分がただ実行しようとしてもすぐ察せられて目論見が駄目になるのは目に見えていたので彼等に陽動を頼んだんです。言うまでもありませんが他人の自転車を勝手に乗るのも人をはねるのもいけない事なので絶対に真似してはいけませんよ」

「誰に向かって言ってるの?」

「お……の……れ……」

 

 大怪我を負いながらも立ち上がる柿枝。ネネやマサオは「ヒッ……」と怯えるが、スタンドはボロボロでもう戦えないのは琢磨には分かった。

 

「無理はしない方がいい。催眠術を解いて大人しくするならばこちらもこれ以上は何もしない。警察を呼びますので警察病院で治療を受けて下さい。どちらにせよもうあんたに逃げ道は無い」

「まだ終わりじゃない……お前等の口を封じれば……」

「何とかなると思ってるの?」

 

 横から声を掛けられた。顔を向けるとしんのすけがいて、後ろに『ハリケーン』も出している。柿枝は身体中の激痛が感じなくなる程気分が高揚した。

 

「俺の勝ちだ! よし、コイツ等を……」

 

『ハリケーン』の拳は柿枝の顔面に当たった。そのまま飛んでくる拳が仰け反る彼の身体に叩き込まれる。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」

「が……何故……」

 

 放たれるラッシュを全て食らった柿枝は、催眠術の影響下であるしんのすけが自分に攻撃してきた事に疑問を口にしながら倒れた。

 

 

「本当に申し訳ありませんでしたぁ!」

 

 トオルや琢磨達に深々と土下座をするしんのすけ。あの後意識を失った柿枝を拘束して警察と病院に通報、やって来た警察官に柿枝を突き出して操られていた人達は病院に搬送、重傷者は入院し、無傷、軽傷の者も念の為検査を受けて貰う事になった。

 勿論しんのすけ達も聴取を受ける事になり、済ませて警察署を出た後しんのすけがこうしてきた。

 

「顔を上げてよしんちゃん」

「悪いのはあいつ。しんちゃんがそんな事をする必要はない」

「でも、オラはみんなを……」

「あーもー! 僕達は何も気にしてないって言ってるんだ! 何時までもウジウジするな! お前らしくないぞ!」

「許してくれるの? ありがとうみんな! オラは最高のお友達を持てて幸せだぞ!」

 

 今さっきまでの気落ちが嘘のようにいつもの感じに戻ったしんのすけだった。

 

「そう言えば、何で最後あいつの催眠術に逆らえたんだろう?」

 

 ふと思い出したしんのすけが疑問を口にする。

 

「催眠術は、相手の信頼度合が重要」

 

 それをボーが返した。聞いたしんのすけはトオルに抱き着く。

 

「つまりオラの風間君への愛は、あんな奴に介入しようがない程に強いものだという事ね!」

「誰がそんな事言ったんだ! 変な解釈するな!」

「信頼が重要な催眠術、それを用いる催眠術師が人の信頼を踏みにじる行為を繰り返すとは皮肉ですね……」

 

 黒磯がポツリと呟く。その言葉に全員が沈黙するが、少し経ってあいが琢磨に視線を向ける。

 

「須藤さん。あの時『何』をやったのですか?」

「あの時……とは?」

「公園で私達が陽動をしている時追ってきた方々の腕や胴体が何かに『持っていかれた』かのように抉れました。須藤さんがマウンテンバイクに乗っている最中直線上にいた人達にも同様の現象が発生している以上須藤さんが起こしたと考えるのが自然です」

「……手品?」

「素人考えでも出来ないと断言できます。須藤さんだけではありません。あの男は何もない所から光を出し、しん様は成人男性を文字通り殴り飛ばしました」

「あの閃光は何等かのトリックで、しんのすけ君は運動能力かなり高いから……」

「如何にしん様の運動能力が高かろうと幼稚園児が大人を吹っ飛ばす等出来ません。あの男もそういった物は何も持ってなかったと聞きました。下手な誤魔化しはもう止めにして下さい」

 

 全員の視線が琢磨へと向けられる。観念した琢磨は溜息を吐いた。

 

「もう無理ですね……分かりました。僕達が関わっている事、大まかでいいのなら話します」

「ちょっと、琢磨お兄さん!」

「もう話して分かって貰うしかありませんよ……言うまでもないと思いますが決して口外しないで下さいね」

 

 そこは全員が頷いた。

 

「まず、密やかに流れている「超能力者が発生していて事件を起こしている」という噂は真実です。これは人為的なもので、この春日部で何者かが精神に眠っている力を覚醒させて回っているんです。僕もしんのすけ君も、あの男もそれに巻き込まれました」

「須藤さんはその縁でしん様と出会った訳ですね?」

「そうなりますね。力を持つ者同士は引かれ合うので」

「その力を持った人、やっぱり他にもいるの?」

「はい。何人いるのか見当がつきませんが……彼等に対抗出来るのは『能力』を持つ者だけです」

「瀬上除夜って人、知ってますか? もしかして……」

「僕達の仲間です。察しの通り、彼も同じ能力を持っています」

 

 押し黙る春日部防衛隊。あの時しんのすけが自分達を必死に止めようとしていたのが良く分かった。

 少し時間をおいて五人は話し合い、終えるとしんのすけへ顔を向ける。

 

「僕達は今後こんな事件が発生してももう首は突っ込まない。今回は上手くいったけど、また上手くいく保証は無いからな」

 

 だけどーーと続ける。

 

「僕達に出来る事、やれる事があれば何でも言ってくれ。いつでも頼ってくれ」

「そうよ。何でもしんちゃんが背負う事なんか無いわ!」

「僕なんか大した事は出来ないけど、やれる事ならある筈だから!」

「僕達には力は無いかも知れない。だけど、友達の力になる事は出来る!」

「勿論、あいも気持ちは同じですわ。さてしん様、お返事は?」

「ありがとうみんな……その時になったらオラ、頼りにするぞ……」

 

 俯き、震えながら言葉を紡ぐしんのすけ。傍で見ていた琢磨は涙を拭っていた。その琢磨に、黒磯は声を掛ける。

 

「須藤さん。我々はどう動くべきでしょうか?」

「その言葉の意味は?」

「お嬢様がしんのすけ様にああ申している以上、私としても協力は惜しむつもりはありません。しかしその規模によっては、家の力を借りなければならない場合も……」

 

 黒磯の言いたい事は分かっている。酢乙女家がどれだけ力があろうとあい自身はあくまで令嬢に過ぎず、独力は限られている。それ以上になれば酢乙女家に自分の事が露呈する事になる。

 

「そうなったら仕方無いとしか言えません。僕の件は僕が勝手に行った事ですし、一個人の我儘と街と人命の危機、秤に掛けるまでもない。それだけの協力を求めないといけない事態が発生しない事を望むしかありませんね……」

「私もそこは同意です」

 

 

 トオルとマサオはレジ袋を片手に帰路についていた。解散した後はあいが車で家まで届けると言ってきた。琢磨は遠慮し、この二人はそれぞれ買いたい物があって家もその店から遠くないので店で降ろして貰った。

 

「春日部が裏で大変な事になっていたなんて……」

「そうなんだけど……よくよく考えたら、今に始まった事でもないかなって。特にしんのすけの周りだと」

「そう言えばそうだね……」

 

 心当たりがありすぎて思わず苦笑してしまった。

 

「しんのすけは一人じゃない。瀬上さんや須藤さんのような仲間もいるんだし、僕達がいる。だろ?」

「そうだね」

「助けてー!」

 

 突然の叫び声の直後、二人の前の十字路の右の道から仕事帰りのOLが飛び出てきた。必死の形相で走っており、今の叫び声を放ったのは彼女で、右の道の先で何かが起きていて彼女はそれから逃げようとしているのがすぐに解った。

 

 逃げてきた先から『矢』が飛んできて、彼女の喉を後ろから貫いた。彼女の身体はそのままうつ伏せで倒れる。二人が呆然としていると、『弓』を片手に握った男が彼女に近付いた。

 男は横たわる彼女の首に指を当てる。すぐに手を『矢』へと動かし、握った。

 

「彼女も『当たり』か……これで今日は八人目。この辺で……」

 

 独り言を呟きながら『矢』を引き抜く。そこで男は呆然と立っている二人に気付き、身体を向けた。

 

「折角だし射抜いておくか……大人しくしていてくれ。注射と同じで痛い思いは一瞬で済む」

 

 こっちに向けて弓を引いている男の姿に二人は我に返るが、動く事が出来なかった。

 

(何なんだ……? まるで服が拘束しているかのように……もしかして、この男も……!)

「何をしている分からないだろうが、既に『能力』の影響下だ。すぐに終わる」

 

 弦を引っ張っていた手を、放った。

 

 

 柿枝辰男(スタンド名:ビウェア・オブ・ダークネス)ーー再起不能。

 

 To Be Continued……

 




何気に始めて『再起不能』者が出た戦いでした。

襲われた二人の運命は……。

次回から学祭編が始まります! 大学はまだだけどね!



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学祭へ向かう人達

学祭編スタート! 新キャラも出ます!


 深夜帯。開いた分厚いファイルを机の上に置いて、その机の角に備え付けた電話の受話器を取ってボタンを押す。数回のコール音の後、掛けた相手が電話を出た。

 

『もしもし。どちら様でしょうか?』

「こんな時間に突然済まない。時間は大丈夫か?」

『あんたか……昼寝し過ぎて寝付けなかったし、何もやる事無かったし大丈夫よ』

「余計なお節介だが生活習慣は整えた方がいい」

『喧しい。わざわざ説教する為に電話してきたのか』

「勿論そうじゃない。貴女に『依頼』する為だ」

『……どうして私?』

「貴女の通う学校で行われる学祭に彼が向かうから。何より、貴女の『能力』を買っているから。どうかな?」

『折角だけど、断らせて貰うわ』

「……理由を説明して貰えないか?」

『耳に挟んだけど、あんたは既にもう何人ものスタンド使いを刺客として送り込んだのよね? 私に『依頼』が回ってきたという事は、そのスタンド使い達は全員やられたって事だよね?』

「その通りだよ」

『私の『スタンド』は戦闘向きとは言い難いし、私一人じゃ……』

「何時貴女一人を向かわせると言った?」

『違うの?』

「貴女と貴女の弟を含めた『12人』のスタンド使いを向かわせる。皆厳選した強力な能力者達だ」

『そいつ等と組んで事を当たれと? 無理。スタンド能力は友人間でも秘密にするもんなんでしょ? 初対面の赤の他人同士が易々と明かす訳無い』

「いや、ただ向かわせるだけ。後は各々が邪魔にならない範囲で自己判断で動いてくれて構わない」

『ダメ出ししておいてなんだけど、それ、人数送る意味ある?』

「貴女が言った通り他者には能力を隠す傾向が強いスタンド使いに連携なんか期待しない。そもそもスタンド使いは大概が人格に難がある。そんな連中が初対面同士でそれを期待するのは無理だろ」

『「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」ですか』

「否定はしない。それで、どうする?」

『……確認するけど、各々の邪魔にならない範囲で自己判断で動いていいんだよね?』

「構わないよ」

『なら、その為に他のスタンド使い達へあんたに伝言頼むのはOK?』

「お安い御用」

『分かった。引き受けるわ。弟にこの話伝えた方がいい?』

「変わってくれたらこっちが話すが……」

『弟は眠ってるわよ』

「なら明日の朝に連絡するよ。依頼料は明日中に振り込んでおく。それじゃ、早めに寝なよ」

 

 受話器を置いて椅子から立ち上がった。

 

 

「もー、除夜のお兄さん遅い!」

「待ってくれ。約束の時間まで後三十分はあるのにどうして怒られないといけないんだ?」

 

 土曜日、野原家。俺達はしんのすけを迎えに来ていた。みさえさんからこいつが酷い寝坊助なのは聞いているので、遅れないよう集合時間の少し前に迎えに来るのを約束したからだが、来てみると既に起きて準備も済ませており、玄関で仁王立ちしているこいつと顔を合わせると怒られた。

 

「怒るに決まってるでしょ! オラもう二時間も待ってたんだぞ!」

「早過ぎるわ。お前は今日何処に行くつもりだったんだ」

「ななこおねいさんとの学祭デート! 忘れたの?」

「忘れてはおりませんよ」

 

 妙なテンションなのはそのせいか。後ろでみさえさんが頭を下げていたが、そんな事される謂れは無いので手首を振った。

 

「あれ? 除夜のお兄さん、この人誰?」

「今聞くのかそれ。今週からウチに入った白帯(しろおび)咲良(さくら)。中一で12歳」

 

 俺が連れてきたかき上げた黒髪に団子眼の、何本かの赤のラインを染めた襟の無い銀色のワイシャツに黒いジーンズを履いている少年をしんのすけの前に出して紹介した。

 

「オラ、野原しんのすけ五歳! 宜しくね咲良君!」

「お兄さんのお友達のしんのすけ君だね。お兄さんからお話は伺ってます。宜しくお願いします」

「オラの事はしんちゃんでいいぞ。そんな他人行儀もいいから」

「うん、分かったよしんちゃん」

「ところで除夜のお兄さん、オラをお迎えに来るの、除夜のお兄さん一人だったよね? 咲良君が来るの聞いてないんだけど」

「それは事情があるんだが」

「ほうほう、それは大変でしたな」

「俺まだ何にも喋ってないんだけど」

「手っ取り早く言ってね」

「実はかくかくしかじかで」

「そんなんで分かる訳無いじゃん、馬鹿にしてるの?」

「少しふざけて悪かったな。真面目に話すよ。春日部を案内する為だ」

「オラ達がこれから行くのはななこおねいさんの大学だよ?」

「本当は義母さんがやるつもりだったんだ。だが朝早くにウチで預かっていた子が事故に遭ったって里親から連絡があって、その見舞いに。住所新潟だから一泊するって」

「それで除夜のお兄さんにアブが回ってきたという訳ですか」

ハチ()だろ」

「でもそれじゃ学祭行けなくない?」

「勿論春日部全体じゃなくてこいつが通う事になる学校とか、俺達がよく利用する店とか程度。それと学祭が終わってからでいいって言われてるしこいつもそれは了承してる」

「ほうほう……じゃあデートが終わったらオラも一緒に行く! 咲良君にオラのオススメ紹介したい!」

「ありがとう! 楽しみだよ!」

「それじゃ行くか。もうあいつ等も集まっているだろうし」

「行ってらっしゃい母ちゃん」

「行ってきますでしょ。除夜君達に迷惑を掛けちゃ駄目よ」

「失礼な! 一体いつオラが人様に迷惑を掛けているというのですか!」

「あんたにそのつもりが無くても掛けてんのよとっくに数えんのが馬鹿らしくなる程に!」

「落ち着いて二人共……往来ですよ……」

「北本さんって人から聞いたが、こんなやり取りは日常茶飯事らしいぞ……それじゃ行ってきます……」

 

 

「お早う除夜」

「お早う優太。俺達が一番最後か?」

「来る人がもういないのならそうなるね」

 

 集合場所に来ると、来る事を聞いていた面子は既に揃っていた。俺としんのすけ共通の知己で仲間である琢磨と稲庭、俺の同級生の優太と宝来、そして

 

「わざわざ誘ってくれてありがとね瀬上君!」

「こっちこそ来てくれてありがとな斜森」

 

 ウェーブがかった銀髪のセミロングの、ジッパーの着いた紺色のブレザー服にオレンジの地に緑の斑点模様の蝶ネクタイを着けて青い短パンを穿いた斜森(ななもり)緋音(あかね)

 

「今日は忘れられない一日にしましょう」

 

 腰まで伸ばした青みを帯びた黒髪に赤いフリルの着いたカチューシャを着けた、赤いジャージの上に黒いコルセットを嵌めて緑色の膝までの長さのフレアスカートを穿いた岡宮(おかみや)繭莉(まゆり)。どちらも宝来の小学校時代からの友人で、俺とは現時点含めて一度も同じ学校になった事は無いが、宝来との繋がりで知り合って時折つるんでいる。

 集まっていた面々で初対面同士の自己紹介は既に済ませているとの事で、しんのすけと咲良を紹介した。

 

「ところで瀬上君、知り合いを大勢呼んだって言ってたけど、来たのはあたし達だけ?」

 

 稲庭が聞いてきた事に俺は頷く。斜森と岡宮は何か意外そうな顔付きになった。

 

「瀬上さん……高校に進学して短い間にそんなにお友達が出来たんですね……」

「相当驚いてるみたいだな岡宮……気持ちは分かるが……」

「私達意外はどんな人達を呼んだの?」

「お前等もよく知ってる本荘や清水先輩は勿論、同学年の吉祥寺や尾花、有藤、茂地。しんのすけの友人の春日部防衛隊にロンディネ、後は御厨先輩に逢坂先輩、塩屋……どんな人達かは機会があれば紹介するよ」

「案外その機会は意外な形ですぐ巡ってきたりして」

 

 優太が笑顔でそんな事を言い出してきた。偶然会う事もあるだろうしそうなるかも知れないな。

 

「そろそろ行こっか」

「あれ? しんちゃんに瀬上さんやないか、何しとるん?」

 

 出発しようとすると、缶ジュース片手の藤方が声を掛けてきた。

 

「苺ちゃん、どうしたの?」

「散歩しとって偶々通りがかったんよ。で、何の集まりなん?」

「今日しんのすけのガールフレンドの大学で学祭があってそこに行くんだよ」

「除夜のお兄さん、ななこおねいさんとガールフレンドだなんて……オラ達まだそんな関係じゃ……」

「友達未満の関係じゃないだろ?」

 

 こいつの反応は本当に時々解らない。

 

「どうも、藤方苺花です」

「どうも、斜森緋音です。……瀬上君、この子は?」

「少し前に知り合ったんだ」

「しんちゃんや須藤さんもだけど、接点あるように思えないけどどうやって知り合ったの?」

「もしかしてしんのすけ達にも聞いたのか?」

「まあね。二人共『袖振り合うも多生の縁』的な感じで出会って仲良くなったって言ってたけど」

「ああ、特に間違いじゃないよ。偶々出会って友達になったんだ」

 

 琢磨とこいつはともかく、しんのすけは本当にそうだしな。斜森は「まいいや」と話を切り上げた。こいつなりに納得してくれたようだ。

 岡宮が少しだけ考え込む素振りをすると、藤方に話し掛けてきた。

 

「藤方……苺花ちゃんとお呼びしてもいいですか?」

「ええですよ」

「苺花ちゃんが宜しければ一緒に学祭に行きませんか?」

「へ? ん~……まあウチ今日暇しとったし、お祭りは好きやけど……ええんですか? お金使う予定無かったんで小銭しか持ってきとらんですが」

「そんな心配しなくともお金はこっちが出しますよ」

「なら行きます」

 

 話がついて出発しようとするとパトカーが目の前の道を過った。

 

「何か今日はパトカーよく見掛けるね。何かの強化期間かな?」

「早良おねいさんもそう思った?」

「お前等はニュース見てないのか?」

「料理番組とアニメと特撮しか視聴しないもん」

「ニュースはキャスターのおねいさん目当てだし」

「せめて埼玉のヤバそうなニュースは目を通すようにしろ。俺達にとって無関係じゃないかも知れないんだぞ」

「それどういう意味? 何で瀬上君達が関係あるの?」

 

 首を傾げながら斜森が訊いてくる。宝来と岡宮も同じ反応だ。もう少し小声で話すべきだった。

 迂闊さを悔いつつ理由を考えようとすると、優太が言ってきた。

 

「自分達が住んでいる所で起こっている以上は巻き込まれる可能性もあるから情報を仕入れといて損はないって事でしょ? 特にここ最近は変な事件多く発生してるし。そうでしょ? 除夜」

「あ、ああ」

 

 そのつもりは当人には無いだろうが結果的にフォローを入れてくれた事に、少しの戸惑いと申し訳無さを感じつつ相槌を打った。宝来達も納得してくれたようで、斜森は「ごめん私危機意識無かったよ」と謝ってきて心が痛んだ。

 

「で、何が起こったの?」

「近くの刑務所から十人以上の重犯罪者が脱獄したの」

 

 宝来が苦笑いを浮かべながら説明する。他の面々も同様で、多分俺も同じだろう。ニュースは全国は勿論外国にも流れたらしいし、何処の新聞にも一面で載っていて知らない奴がいるのはおかしいレベルだからな。

 俺はこのニュースを聞いてどうしても気になる点があった。脱獄した囚人の捜査や逮捕は警察の仕事で俺は関わるつもりはない。『脱獄の手口がどうしても解らない』という発表だ。脱獄に用意していた道具等は確認出来ず、更に看守や他の囚人の証言から脱獄した囚人達同士の関わりは薄く、少なくとも集団での計画ではないという結論が出たという。

 それを聞いてもしかしたらと思い琢磨に連絡を取り、俺の頭にあった答えをすぐに言ってくれた。「囚人達は同時期に『スタンド使い』になり、能力を用いて脱獄した可能性が高い」と。引き出したのが俺を狙っている奴と同一人物だろうから、遅かれ早かれ俺達とぶつかるだろう。

 

「除夜のお兄さんどうしたの? 置いていくよ?」

「悪いな。ちょっと考え事してた」

 

 まあ、今は学祭を楽しもう。そう思って走ってしんのすけ達との距離を詰めた。



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いざプロレス観戦へ!

お待たせいたしました。


「除夜、この学校随分活気あるね」

「そりゃ学祭だからな。開催の理由も理由だし活気づくだろ」

「ねえねえ、餡蜜の屋台があったけど買ってきていい?」

「好きにしていいが加減はしろよ? 見ての通り客は俺達だけじゃないからな」

「ちょっと瀬上君、女の子にそんな沢山食べるような言い方は無いんじゃない? 第一甘い物がそんなにお腹に入る訳……」

「沢山食うんだよ。ま、これは実際に見ないと分からないか」

「瀬上さん、ななこさんって人が来るまでお祭り回ってきていい?」

「駄目だ。数分程度だから我慢しろ」

「瀬上君」「瀬上君」「除夜君」「瀬上さん」「瀬上君」

「うるせーーーーーー!」

 

 何かと俺に話し掛けてくる面々に苛ついて盛大に怒鳴った。

 

「さっきからみんなして何かと俺に声掛けてきて、しかも返事したら間を置かずに別の奴が……」

「みんなじゃないよ。ホラ」

 

 そう言って斜森が手を差し向けた先には、滅茶苦茶不機嫌な様子でその顔を更に膨らませて俺を睨んでくるしんのすけがいた。それ見て何度目かの溜息を吐いてしまう。

 十分程前、大学に到着した俺達は校門から一番近いベンチで待ち合わせの手筈だったが、敷地内に足を踏み入れる直前にななこさんが俺の携帯に掛けてきて、「少し遅れる」と連絡した。徹夜で準備をしていた友人が倒れて保険センターに連れていくとの事で、それを全員に伝えて待ち合わせ場所で待つ事になったのだ。

 そしてしんのすけが拗ねてしまった。俺がななこさんのアドレスを知っている事に怒ったのだった。尚、俺の携帯のななこさんのアドレスはみさえさんが俺に彼女と連絡を取る為に教えてくれたものであり、ななこさんはみさえさんから説明して了承している。勿論それは言ったのだが……

 

「オラとはアドレス交換なんてしてないのに」

「お前携帯自体持ってないだろ」

「会ったばかりの除夜のお兄さんに簡単に教えるなんて……」

「必要だと思ったから教えてくれたんだろ。いい加減機嫌直せよ」

「ななこおねいさんにとってオラは、携帯持ってないからアドレスを教えてくれない程度の存在なんだ……」

「お前自分の言ってる事が支離滅裂なの解ってる?」

 

 機嫌直らないどころかどんどん面倒臭くなってくるな。

 

「瀬上君、しんちゃんって、いつもこんな感じなの?」

「いや、普段は違う方向で面倒臭い」

「どうにかならないんですか? お話にも乗ってくれないし……」

「さっきから何かと俺に話し掛けてきてたのそれ? なら直接しんのすけに……」

「除夜が一番しんのすけ君と付き合い長いから扱い方解ると思って」

 

 優太のこの発言から、全員がこのしんのすけの相手を俺に押し付けようとしているのは察した。多分示し合わせたのではなく、全員が同じ事を考え、そして同調したんだろう。

 確かに一番付き合いは長いし一番親しいと言えるがあくまで『この中では』だ。正直困る。

 

「俺にもどうする事も出来ない。だがどうにかなる心当たりはある」

「……何となく解りましたが、それまでこの空気に耐えろと?」

 

 それに無言で頷く俺。全員嫌そうな顔をしたが掛かっても30分も無いだろうしそれしか思い付かないから我慢して貰う。

 

「お待たせみんなー」

 

 稲庭が戻ってきた。餡蜜買うのに時間掛かったなと思ったが、片手に十袋提げていて(袋の膨らみ方からして入れてるのは一つじゃない)、作ってもらって時間食ったんだと理解した。あれだけの量を作り置きなんて出来ないだろうし。

 稲庭と初対面の斜森達はあいつが買ってきた量にやはり目を見開いた。

 

「稲庭さん……これは?」

「餡蜜」

「全部……ですか?」

「うん」

「それを一人で食べる為に……買ったんですか?」

「そうだよ。まだお祭りは始まったばかりだし、他のお店のも食べたいから40個に抑えた」

「食い切れるんか……そんなに……」

「やだな、こんなの余裕余裕。もしかして欲しいの? いいよ。一個ずつ分けてあげる」

 

 稲庭は餡蜜を俺達に一つずつ配り、終わったら袋から取り出して笑顔で食べ始めた。かなりのスピードで空になり、積み上げられていく容器に初対面の面々は戦いた。

 

「確かにこれは実際に視ないと分からないわ……」

「だろ?」

「見慣れている僕達も驚く時は驚くからねー……しんのすけ君は食べないの?」

 

 渡された餡蜜に手を着けようとしないしんのすけへ、優太は声を掛けた。

 

「優太お兄さんはオラを食べ物で怒ってるのを誤魔化せる安っぽい人間だと思ってるの?」

「そういう訳じゃないよ。折角稲庭さんが分けてくれたんだから……」

「悪いけど今食べたくない」

 

 取り付く島もないな。さっき多少は誤魔化せた雰囲気も元に戻っちゃったし。

 

「しんのすけ、除夜君、ごめんなさい。待たせてしまって」

 

 溜息を吐くと、ななこさんが来た。急いでいたのか息を切らしている。後ろには長身で筋肉質な女性がいるが、彼女が話にあった女子プロレス部の親友だろう。

 ななこさんの声を聞いてコメツキムシみたいに飛び上がった。

 

「ななこおねいさん! おはようございます!」

「おはよう。今日も元気一杯ね」

「ええ、元気で大変だったんですよ。ついさっきまで俺がななこさんのアドレス知ってた事で滅茶苦茶機嫌悪くなって手が付けられなかったんですから」

 

 ついさっきまでの事を簡単に話す俺。顔を写すものがないので分からないが、多分今自分の表情は満面の笑顔なんだろうなと確信してる。しんのすけは「余計な事を言うな」と言わんばかりの視線を送っているが、知ったこっちゃない。大人気ない? 解っていますよ。

 俺の言葉を聞いてななこさんは厳しめの顔になった。

 

「そんな事で除夜君達に迷惑を掛けちゃったの? 駄目でしょ」

「だって……」

「除夜君にアドレスを教えたのはしんのすけのお友達だからだよ」

 

 それは本当だ。教えてもらった時に会って日が浅く、関係の薄い俺にアドレスを教えて平気なのかと訊ねたが、「しんちゃんのお友達なら信用出来るから」と即答された。

 

「除夜のお兄さんがオラとお友達だったから……」

「しんのすけ? どうした?」

「なーんだ。除夜のお兄さんも最初からそう言ってよ〰」

 

 へらへら笑いながら腹を小突いてきた。俺は手首を掴んで止めさせる。優太や宝来達はしんのすけの様子に凄く困惑していた。

 その後はななこさんと一緒に来た女性、神田鳥忍さんと俺達は自己紹介を済ませた。

 

「しんちゃん、試合を観に来てくれてありがとう」

「忍ちゃん、試合頑張ってね」

「すいません、その試合なんですけど、こっちはいきなり二人加わっちゃったんですけど、席は大丈夫ですか?」

 

 斜森が突然こんな事を早口で言ってきた。確かに今日いきなり加わった人数分の席の準備は容易くはない。

 

「どう考えても無理でしょうし、こっちで二人外して別行動して貰うんで。と言う訳で瑪瑙、瀬上君、二人で気儘に学祭楽しんできなよ」

 

 返事を待たず、話し合いをかっ飛ばして決めてきた。俺は異議を申し立てた。

 

「ちょっと待て。俺は構わないがもう一人はちゃんと話し合って決めるべきだろ? 宝来も楽しみにしていたのに……」

「大丈夫ですよ。瑪瑙ちゃんが楽しみだったのは瀬上さんとのお出掛けですから」

「何言ってるの繭ちゃん!」

 

 誤解されるような言い方をする岡宮に赤面しながら飛び付く宝来。優太や稲庭はやれやれと言いたげな顔してるし、琢磨達は何かニヤついてた。

 

「緋音お姉さん、もしかして瑪瑙お姉さんって……」

「うん、しんちゃんのお察しの通り」

「ほうほう……除夜のお兄さんもまきに置けませんな」

すみ()だろ」

 

 どうやら議論の余地は無いようで、俺は溜息を吐いた。俺の顔を優太が覗き込んできた。

 

「どうしたの? 除夜は宝来さんと二人だけじゃ不服?」

「そんな事は無い。宝来は観戦終わるまでは俺と二人でいいのか?」

「全然嫌じゃない! 寧ろ嬉しい! 瀬上君こそあたしと二人でいいの?」

「ああ、俺も嬉しいが……」

 

 そう答えると宝来は素早く後ろを振り向いた。そして斜森と岡宮が寄ってくる。よく聞き取れないが二人があいつを茶化してるようだった。

 

「宝来さんの挙動や三人が何を話されてるか気にならないのですか?」

「昔からあったやり取りだ。気にしなくていい」

 

 昔訊ねた事はあったが「瀬上君聞かなくていい!」と強く言われたので以降気にしない事にした。他人に踏み込んでほしくない事なんて誰でもあるし。

 

「それじゃ、申し訳無いけど除夜君と瑪瑙ちゃんは別行動でお願いね。終わったら連絡入れるから」

 

 そう言った後ななこさんは俺に耳打ちした。

 

「しんのすけが戸惑わせちゃったみたいでゴメンね? あの子、私の前だと無理して『いい子』を演じようとするから」

「……気付いていたんですか」

「丸分かり。これでも『素』を見せてくれるようになってくれてるんだよ? 前なんて猫被りなんてものじゃなかったんだから」

 

『あれ』でも随分なのに前がどんななのか想像が付かない……。

 

「もー、二人で何話してるの?」

「お前の事だよ。それとしんのすけ」

「何?」

「変にいい子ぶらなくても、お前は間違いなく『いい子』だからな」

 

 頭撫でながらそう言うと、何言ってるんだと言いたげな顔になった。だろうな。俺も何言ってるんだろうと思ってるし。

 これ以上時間を食えば試合の時間に食い込んでしまうだろうし、一旦分かれようと言おうとした。その時、俺の目に「ある物」が目に入り、俺の足は動き出していた。

 

「ちょ、瀬上さん何処行くんや?」

「スリを見付けた! 捕まえてくる!」

「そんなの警察のお仕事……」

「現行犯なら一般人でも逮捕は出来る! 俺がどうにかするからお前等は危険だから付いてくるな!」

 

 

「行っちゃったね瀬上君……」

「あの……トイレは……何処でしょうか?」

「咲良君トイレに行きたいの? なら僕も一緒に行くよ」

「優太お兄さんもおトイレ行きたいの?」

「うん。急に催してきて……行く所同じなら一緒に行動した方がいいでしょ。と言うわけで、僕達も別行動でいいよ。もしかしたら長くなるかも知れないし……終わったら連絡ちょうだい」

「……瑪瑙、プロレス観戦、行く?」

「うん」

「何か、ゴメン」

「緋ちゃんは何にも悪くないよ」

 

 

 追い掛けてくる俺に対して、『あいつ』は人と人との間を掻い潜って逃げていく。かなり手慣れた様子で、恐らく初めてじゃないんだろう。このまま撒くつもりらしいがそうはさせない。

 確かに見た。あの男の手から『スタンドの手』が伸びて、ポケットに手を入れず添えただけで財布が手の中にあったのを。奴がスタンド使いで能力を使って悪事を働いた以上見逃す訳にはいかない。

 

 

「?」「あれ?」「何だ?」

 

 大学の敷地内にいる数人の携帯の着信音が同時になった。

 

『そろそろ始まる。試合会場へ向かうように』

 

 届いた一通のメールには、こう簡潔な指示があった。受け取った全員は、指示に従い会場へと足を動かす。

 

 



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学祭サバイバル開幕

久々の投稿です。


 除夜達と分かれたしんのすけ達は、試合会場の観客席にいた。後は試合開始を待つだけ。それまでの時間、観客達は各々雑談したり外で買った食べ物を食べたりして時間を潰しており、彼等も同様だった。

 

「どうしたの? 琢磨お兄さん」

 

 その中でこの場には不釣り合いな神妙な顔つきで黙っている琢磨が気になって声をかけるしんのすけ。琢磨は表情はそのままでしんのすけへと顔を向け、小声で言う。

 

「先程の除夜君の事で……」

「あああれかー。スリも空気読んで欲しいよねー、瑪瑙お姉さん落ち込んでたし」

「気になりませんでしたか? 確かに現行犯は一般人でも逮捕は出来る。しかし警察への通報を頼まずあの言い方……」

 

 そこまで言われてしんのすけも理解出来た。しんのすけが何か言おうとした時、ホイッスルの音が会場全体に響き渡った。

 太股まで届く程の長さの金髪を二結びにして頭に王冠のようなデザインのティアラを着け、茶色いレンズのサングラスを掛けた、ゴムを素材とした紅色のチューブトップを豊満な胸に覆い、白い短パンを履いて腰に黒い長袖のシャツを腰に巻いた女性がリングに立っていた。右手には笛が持たれており、レフェリーなのだろうと宝来達は思った。

 女性は笛を短パンのポケットに入れると、足元にあったマイクを拾い上げ、一気に息を吸う。

 

「ハイ観客の皆さん! 本日は貴重な時間を割いて我が校の祭りへ足を運んでいただき、真にありがとうございます!」

 

 目一杯肺に溜めた空気を一気に吐き出し発したその声量は、会場の他の音全てを掻き消さんとばかりな大声だった。言い終えた直後女性は何かやらかしたかのような顔となった。

 

「失敬。マイクの電源切ってました。では改めて」

『せんでいい!』

 

 彼女以外の会場にいたほぼ全員が全く同じタイミングで同じ言葉を放った。

 

「何なのあのファンデーションなお姉さん……」

「それを言うならハイテンション……」

「あの人は高橋(たかはし)一葉(いちよう)さん。私と忍と同期なの。時々同じ講義を受ける程度で親しくはないけどね」

「ほうほう……ねえ琢磨お兄さん」

「?」

「あの人おっぱいおっきいね」

「……突然何バカな事を言い出すんですか君は」

 

 顔を弛めたしんのすけの発言に呆れる琢磨。話に乗ってくれなかった事に不貞腐れるしんのすけだが、斜森が反応した。

 

「まあ大きいのは確かだしね。見た所F以上はあるし。因みにあたしや繭莉はEだよ」

「本当?」

「私は本当ですけど緋音ちゃんは自己申告の五つ上ですよ」

「まだ四つ上! 嘘言わないでよ繭莉!」

「先に嘘吐いたのは緋音ちゃんです」

 

 言い返せない斜森の胸を、目を丸くして見るしんのすけ。彼のみならず稲庭や藤方も視線を向けていた。

 

「本当にそんなに大きいの? そうは見えないけど」

「普段は目立たないようにしてるからね。知らない人にジロジロ見られるのも嫌だし」

「あー、お母さんも若い頃は胸に向けられる目が嫌やった言うとったな」

「オラの母ちゃんには一生分からない悩みですな」

「尚、瑪瑙も脱いだら凄いよ?」

「そして大きさなら比留川さんという人が中学時代で今の緋音ちゃんを上回って……」

 

 盛り上がりだした斜森と岡宮の二人の頭を宝来が小突いた。

 

「小さい子とどんな会話してるのよ」

「いやいや、幼稚園児でも男の子なんだし、そういうのに関心を持つのはおかしくないよ」

「場所は選びなさい!」

「何で私まで……」

「話に加わってここにいない人の事まで言おうとしたから」

「しんちゃんはおっぱいの大きい人が好きなん?」

「え? おっぱいが嫌いな男なんている訳ないでしょ?」

「言い切った……」

「ふーん……しんのすけも色を知る年頃になったのかぁ」

 

 ニコニコ笑顔をしんのすけに向けて言ってくるななこ。その言葉にしんのすけは首を傾げる。

 

「色ならいっぱい知ってるよ? 赤、青、黄色、白、黒、緑、オレンジ、紫、ピンク、茶色……」

「違います。異性、君の場合女性に興味を持つようになったと言っているんです」

「そんな! 言っておきますが、ななこおねいさんの魅力の前には、クレオパトラやマリー・アントワネットだって腐ったミカンにたかるハエの幼虫も同然です!」

「じゃああたし達蛆虫未満?」

「気に留めない方がいいですよ」

「腐ったミカン美味しいじゃない。よく食べるよ」

 

 稲庭の発言は全員がスルーした。

 

「では、今回勇姿を見せてくれる二人の選手に、リングに上がってもらいましょう! 皆様、大きな拍手で戦士をお迎え下さい! 赤コーナー、言わずと知れた我が校の女子プロレス同好会のエース、神田鳥忍ぅ!」

 

 忍がリングに上がると、大きな拍手と歓声が上がった。

 

「凄……」

「忍ちゃん本当に人気者なんだなぁ……」

「盛り上がるのは大歓迎だが、試合は相手がいて成り立つものだぞ! この祭り、この試合の為にわざわざ時間を割いて来てくれたのは! 我が校のOGにして注目の新人プロレスラー、青コーナー、ブラックレオパルト新寺ぁ!」

 

 黒いシングレットを身に着け、異名に反している精巧なユキヒョウのマスクを被った女性がリングに上がった。

 

「君と戦うの、もう半年ぶりになるんだね……」

「はい……先輩が在学中私は一度も勝てた事がありませんでした」

「こっちが早く生まれてその分長くやってるんだ。簡単に勝たれたら立つ瀬はない……勝ちを譲るつもりは、生涯無いぞ」

「譲ってくれなくて結構。勝利は掴み取るものですからね。私はここで先輩との対戦の初勝利を掴みます」

「おっと、どちらもやる気全開だ! これは熱い試合が期待出来るぞー! では、試合開始ぃ!」

 

 高らかに叫ぶと何処かからタンバリンを出して叩いた。

 

 

 

「ウィナー、神田鳥忍ー! 宣言通り勝利を掴みとったぞー!」

「変やな。ウチ等試合最初から最後まで観たけど何か時間飛んだような……」

「気にしない方がいいですよ……あれ?」

「どないしたん須藤さん?」

「足が何かにはまったような妙な抵抗を感じて……」

「何もないやん」

「はい、気のせいだったようです」

「では皆さん。我々に勇姿を見せてくれた二人の戦士に、今一度大きな拍手を!」

 

 その声と共に会場にまた拍手が鳴り響く。拍手が落ち着くと、一葉が口を開く。

 

「熱い声援ありがとうございました! 続きまして、私から会場の皆様へと余興をさせていただきます」

 

 途中から声のトーンを変えてこんな事を言った。リングにいる二人も、スタッフ役の学生達も観客達も困惑していた。そんな事予定に無かったからだ。

 

「これからやるのは演奏です……楽しんでいただける事をご期待します」

 

 一葉の手から『異形の楽器』が出現した。

 

 

 スリを人気の無い場所まで追い込んだ。学校の敷地の端の方の、建物と建物の間、幅が二メートル弱程の路地だ。

 

「お前がスった物を返して貰うぞ」

「スった物って、これか?」

 

 スリは着ているポケットがあちこちについている白い襟シャツの左脇腹のそこから財布を取り出して見せた。

 

「あ……うん……それだな……」

「どうした? まさか拍子抜けしているのか?」

 

 その問いにすぐに頷く俺。ここまで素直に出してくるとは思わなかった。

 

「こんな事に手を染める程稼ぎに困ってる訳じゃないし、遊び半分で人の物を盗む程腐ってはいないつもりだ。『用』が済んだら落とし物として届ける所に届けるつもりだったよ」

(……しまった!)

 

 それを聞いてこいつの『用』が分かった。こいつは最初から俺をここに誘い込むつもりで能力でスリを行ったのを見せたんだ。

 奴は『スタンド』の腕だけを出し、何処からか出した拳銃(オートマチック式のデカいやつ)を握らせ、俺に向けて引き金を引いた。

 

 

 会場に近い棟のトイレ。既に用を足し終えた咲良は、まだ籠っている優太を待っていた。優太は「先に行ってていいよ」と言っていたが、しんのすけ達と分かれた時に彼が言った言葉を引用した。初めて来た場所で一人で行動したら迷子になるかも知れないと付け加えて。

 チラッと時計を見る。多分試合はもう終わってる頃だろうなと思った。優太は一向に出てこない。幸いこの棟での出展は何もないのか人気は無く、トイレにも自分達の後に一人入ってきた程度だったので(多分)迷惑にはなってないが、割と長い。もしかしてお腹を下しているのかなと思った。

 試合はしんのすけ達から聞こうと思い、喉が渇いたので近くにあったフリースペースにある自販機でジュースを買おうと足を動かした。

 

 妙な音と感触がお腹からしたのでゆっくりと顔を下に向けると、『石の鏃が先端についた棒』が突き抜けていた。そこで意識を失い、倒れた。

 

「………………」

 

 咲良の後ろに立っている『弓』を片手に握っている男は、空いている手で脈を確認し、彼に刺した『矢』を引き抜いた。

 

「まず二人……あ、忘れてた」

 

 男はトイレに入り、半開きの個室のドアに挟まれている男の脈を確認した。

 それを済ませると『矢』についた血を水道で洗い流し、トイレから出ていった。

 

 



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ゼブラヘッド その①

「ちょ……一体何?」

 

 一葉の放った言葉からの、場の空気の変容を感じた斜森が言う。そんな彼女にしんのすけ達は構わず、一葉の手に出現した『ギター』を見詰める。

 メタリックな色合いの緑のボディに動物の背骨のネックに手の甲にビスを刺してペグにしている人間の手首(爪に赤のマニキュアが塗ってある)を突き刺してヘッドにしているというとんでもないデザインで、一葉が弦を動かすと連動して手首から血が滴る。しんのすけも稲庭も楽器に詳しくないし琢磨も多少知識がある程度だが、こんな悪趣味なギター何処も作っても扱ってもないのは分かる。というかギターに入れていいとも思えない。

 何より、彼女の身体から出てきてよく見たら透けている。間違いなく『スタンド』だ。

 

「まさかこんな所でもスタンド使いと出会すなんて……」

「何者かがスタンド使いを生み出している事を考えれば意外でも何でもないですよ」

「そりゃそうだけど空気は読んで欲しいぞ。ななこおねいさんとの折角のデートだったのに……」

 

 不貞腐れてしまうしんのすけ。頭では解っていても水を差されてその事での不機嫌が抑えられないのだろう。それに琢磨は思わず微笑むが、周囲が騒ぎ立て、その言動に現実に意識を切り換えた。

 

「何なんだよ……エアギターって……盛り下がるっての」

「は? 待ちなさいよ。あの悪趣味なギター見てそんな事言ってんの? 病院行って目の検査してきなさいよあんた!」

「ギターって何処にあんだよ! お前の目がどうかなったんじゃねえか?」

「あいつの手の中よ!」

 

「どうやって出したんだあのギター……手品かなんかか?」

「変な事を言うのは止めなさい。ギターなんて何処にもないわ」

「変な事を言ってるのはお母さんの方だよ! 見えてないの?」

「お兄ちゃんに乗っからない!」

 

「なあ……あのギター、オーダーメイドかな? よく作ってくれたよな……」

「お前変な冗談言う奴だったか?」

「そっちこそ冗談はよせよ」

 

(間違いなく『見えてます』ね……あの人達……)

 

 混乱が起こっている観客席を見渡し琢磨は思う。十中八九彼等は『これ』に関係はない。関係していたら違う行動を取ろうとするだろう。恐らく能力自体無自覚で、この場にいるのは単に引き寄せられただけだ。

 琢磨が気になったのは『人数』だ。スタンドの出現に反応し騒ぎ立てているだけで十数人。口にしなくとも狼狽えているのが分かる者も同程度はいる。まず間違いなく彼等が能力を有したのは自分達と同様『矢』によってだ。所有者の『活動』は、思っているより積極的なのかも知れない。

 

(……それは今考える事ではありませんね。問題は彼女だ)

 

 気を取り直して一葉に目を向ける。一葉はピックを持ち、弦に近付けた。

 

「耳を塞いで! 急いで!」

 

 両手で耳を塞ぎながら大声で指示する。周りの観客達が琢磨に注視するが、気に掛けていない。宝来達は困惑しつつも従った。

 

(あいつ……『ホット・シング』が見えていて……スタンドの事も理解しているわね……他の連中は外にいる筈だから同類じゃない……瀬上除夜の仲間? それとも引き合っただけのスタンド使い?)

 

 手の動きを止め、琢磨へと視線を向け、思考を巡らす一葉。

 

(まあいいか……障害になりかねない奴なのは間違いないし、悪いけど潰しておこ)

 

 そう結論を出して演奏を開始する。ギター、『ホット・シング』から奏でられる音は会場中に響き渡り、観客達は一葉に視線を送る形で落ち着きだした。

 

「分かったでしょ? ちゃんと音も出てる!」

「どっかにラジオでも隠しててそれを動かしてテープ流してんだろ」

「何でそうなるのよ!」

 

(音はスタンド使い以外にも聞こえるみたいですね……そして音を聴いてすぐにどうかなるものじゃない……)

 

 観客達のやり取りを唇の動きでおおよそ理解し、分析する琢磨。今はどうにもなっていないだけで、ここが危険なのは変わらない。ここから脱出、少なくとも宝来達を逃がさないといけない。それは効果が出ていない今しかチャンスはない。本当だったら観客達にも避難を呼び掛けるべきだろうが、直接的な危機が迫っている訳ではないので手短には言えないし、一から説明してる時間は無いし下手したら暴動さえ起こる可能性もある。

 ジェスチャーで逃げるよう指示をしようとするとーー

 

(何だ? この感触は……)

 

 足にまるで水を張った田んぼに入ったかのような抵抗感を感じた。足元を良く見ると、うっすらと白い『蒸気』が上から下へと流れていた。

 

(『三人』……学祭(ここ)に来た害意のあるスタンド使いは、少なくとも『三人』……)

 

 

 

 

 全面に火傷を負った左手の甲を押さえ、俺は奴を見る。奴が引き金を引いたと同時に俺は能力で後ろに回ったが、左腕を後ろに回して発砲してきた。咄嗟に『プラネット・ルビー』で弾いた途端、弾丸が炸裂した。

 

「言っておくが今のは『スタンド能力』じゃない……ただの炸裂弾だ。俺の『ゼブラヘッド』もだが近距離パワー型は銃弾を能力使わずとも容易く対処出来る奴は珍しくないって聞いたからそれを逆手に取って……てところだ」

 

 成程。スタンドは原則スタンドでしかダメージを与えられないが例外はある。自分から接触した場合の反作用だ。そしてスタンドのダメージはその本体にフィードバックする。

 

「まあ、俺はスタンド使いと戦う事自体が初めてだし、生身の人間の腕が吹っ飛ぶ程度の威力で十分と思って作ったが……見込みが甘かったか……」

「充分人を殺せる威力だよそれは……」

「だがお前の左手そのものは無事なんだろ?」

 

 その問いに俺は頷いた。火傷と衝撃でかなり痛いが、それだけだ。それで済んだのは俺の体質ありきでもあるだろうが、近距離パワー型に大きな損傷を与えるには火力が足りなかった証左でもあるだろう。

 

「解ると思うが炸裂弾はそんなに持ってきてないぞ。作るのに手間が掛かるから数を用意できるものじゃないからな。ここに持ってきてるのは大半が普通の弾丸だ」

 

 言っている事は本当だろうが、何一つ安心出来る情報じゃない。まだ銃器を隠し持っているのは確かだし、そのどれかに炸裂弾が込められている可能性は充分ある。

 炸裂弾はもう無いのでミスリードを誘っている可能性もあるが、憶測でしかないから迂闊に防御するのは危険だな。虚を突いて一旦逃げてしんのすけ達と合流して……

 

「言っておくが、俺から離れたら無差別に銃を乱射するよ? 銃声が俺の居場所を知らせてくれるから捜す手間は省けるだろうけど、再び対面するまでには大学に死体がどれだけ転がっているんだろうねぇ~? まあ武器は有限でその間消耗するからお前にとってはこれはこれでいい手かも知れないねぇ~? 強制はしないから判断は御自由に」

 

 考えを見透かされこんな事言い出してきた。冗談のような口振りだがもし逃げたら本当に実行するだろう。

 甘い考えだった。こいつは今ここで倒さなければいけない相手だ。でないと……

 

「悠長に物を考えている余裕あるかな?」

 

 奴のスタンドがその手に握ってる銃器の銃口を向けてきた。多分サブマシンガン。漫画や映画とかで見た事はあるが、実物目にしたのは初めてだ。

 撃たせる前に奪えばいい。そう思い立って引き金を引く前に蹴り飛ばした。片足を上げきった所で左手にいつの間にか握られていたナイフが襲ってくる。瞬間移動で奴の後ろに回ると、銃声が辺りに響いた。

 

「外したか……」

 

 右手に握られていた拳銃から硝煙が立ち上っていた。銃弾が命中していたのは俺から見て左側の壁だった。俺が目の前から消えた瞬間、銃口をそっちに向けて発砲したんだ。間違いなく適当、『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』を実践したのか。

 かなりシンプルだが故にかなり有効かも知れない。今だって当たらなかったのはただ運が良かっただけだ。

 

「これを続けて疲労を蓄積させるのも悪くないが、弾丸は勿論体力も無尽蔵じゃないし、何より気が長い方でもないからな……一番手っ取り早い手段を取らせて貰う」

 

 そう言って新しく取り出した代物を見てギョッとした。導火線が頭に付いた筒。俺が知る限り花火を除けば日本で恐らく最も身近で最も知名度の高い爆弾「ダイナマイト」。しかも束で。

 更に空いている手にライターを出し、着火し、一切の躊躇もなく導火線に火を近付け、火を着けた。

 奪う……いや手遅れだ。つまり俺が取らないといけないのは……。

 

「生き残れるならやってみろよ」

 

 導火線が尽きると共に、爆音が鳴り響いた。





久々の投稿になってしまいました。

悪趣味なギターのスタンド、『ホット・シング』。元ネタはプリンスの楽曲です。


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