ある日、二柱の神様の間に一人の子供が生まれました。
二柱はとても感激し、その子を大切に育てました。たった二柱で愛情を込めた小さな子どもは、それに応えるようにとても元気な子に育って行きました。
ですが、その子はいつまで経っても立つことはありませんでした。
二柱はまだ生まれたばかりで、知識がまだ足りなかったのです。ですから、自分の子が立たないことを不思議に思った二柱は、とても偉い神様に相談しました。
すると偉い神様は突然二柱叱りつけて、なんと子どもを海へ流してしまえと言うのです。
この子は忌々しき不具の子。神聖なる神の地に置いていては、いずれ不幸が訪れる。
二柱はとても悲しがり、なんとかしようと頭を下げました。ですが偉い神様は良しとせず、いっこうに許そうとはしません。
結局、子どもは小さな葦の船に乗せられて、海へ流されてしまいました。何年間も海の上を漂って、孤独な旅を続けました。
そして、ある島へと辿り着いたのです。
◇
周りを覆う明るい照明が、彼女の長い白髪を煌めかせる。他から見るものにとっては綺麗な光景だろうが、本人の気分ははあまりよろしくなさそうだ。大方寝起きか何かなのだろう、眠たそうに目をこすって、とても大きな欠伸をした。
ここは幻想郷。
ある一人の妖怪が、消えゆく運命の者達のために作った楽園である。
ここには人間を含める数他の種族の者達が集まっており、妖怪、妖精、神仏、幽霊。
その中でも特に嫌われた者の集まる地底。そんな地獄に、完全に言われの無い、ただの仙人が住んでいた。
彼女の名前は天之ヒルコ。
長い白髪をうなじの上で纏めて、高そうな羽織を乱暴に腰に巻いている仙人。生まれつき右脚がなく、常に松葉杖を持って歩いているのが特徴だ。片足がないとは言っても、本人はその事をあまり気にかけてはないらしく、松葉杖があるから良いと言うが、その松葉杖もかなり年季の入っていそうな物だ。
「何時もの明かりが私には辛い……二日酔いとは怖いものね」
地底というわりには、ここはとても明るい。元は人間を裁くために設置された地獄だったらしいのだが、人が増えてしまったためにこれまでのやり方が困難となり、財政が傾いてしまうのを防ぐため是非曲直庁という組織が地獄のスリム化を図ったらしい。内容は、この地底を捨て、新地獄を別の場所に設置するというもの。そのため、ここは地底と呼ばれる他に、旧地獄とも呼ばれることがある。今では地上で恨まれていた危険な妖怪達の住処になり、その妖怪達の作った提灯やら屋台やらの光源が、暗い地底を緋色に彩っている。
それなりに長くここで済んで来たが故に、私はこんな地底の光景が結構好きだ。だが、何時もは風情がある、とかなんとか言って楽しめそうなものだが、如何せん今はそういうわけにもいかない。
「お、昨日ぶりだねヒルコ。また宴会しようじゃないか」
いつの間にか側にいた、額に立派な角を生やした金髪の鬼が私を訪ねてくる。鬱憤の溜まっていた私はその綺麗な顔に拳を叩き込んでやろうと思ったが、後が怖いのでなんとか踏みとどまった。
私が今こうも機嫌が悪いのは、この鬼が私の居る側でどんちゃん騒ぎをしたせいだ。私は基本家を持たないし、何処でだって寝ることができる。それは私がここに来る前に放浪の旅で身につけた特技だったが、今回はそれが仇となったようだ。
何時ものようにウトウトとしている途中、昨日は道端に置かれた長い腰掛けに横になっていたが、まさかそのすぐ側で宴会が始まるとは思わなかった。
最初はなんだか楽しそうで此方も混じって酒を飲んでいたのだが、どうやらこの鬼それなりに有名どころの鬼らしく、酒呑み勝負で勝てる筈がないと、結局酔い潰されてしまった。
この鬼の名前は星熊勇儀。だれもが恐れ戦くだろう、鬼の四天王の一人である。私がここに越して来たとき知り合いになってから、ずっと私にちょっかいをかけてくる変わった鬼だが、今日ばかりは鬱陶しい。
こいつのおかげで朝から頭がズキズキと痛む。ついでに吐き気も襲ってくるが、さっきあれだけ吐いたので、もう出てくることはないだろう。
「ヒルコ姉ちゃん!今日も面白い話聞かせてよ!」
「やめてよ少年。私は二日酔いで死にそうなの。そんな大声だして増援を呼ばないで」
少年の大声を皮切りに、目の前にこれでもかと子供達が集まる。生まれつき私には右脚が無いので、自然と左脚に子供が集まって来てバランスを取るのが大変だ。
私は酒を飲むための小銭稼ぎに、よく地底の路上で昔話をしたりする。最初は冗談交じりにしてみただけだったのだが、まさかここまで人気が出るとは思わなかった。私の話はどうやら子供達に大人気なようで、私が来たら毎回大勢寄って来てくれる。
此方は障害持ちだと言うのに、もう少し優しく扱って欲しいものだ。なぜか髪の毛が引っ張られるのだが、私の自慢の白髪が、ここに来て毎回数十本は抜けている気がする。
いつ見ても地底は騒がしい。ここの地理の特性故に、人口はそんなに多くない筈なのだが、何故こうもうるさいのだろう。
「ごめんなさいね。お姉さん、今日は昔話をしに来たわけではないの。ほら、酒臭いでしょ?酔いを覚ましにきたのよ」
「そんなこといわないでさぁ、面白いお話聞かせてよ」
「じゃあ今日は貴方が面白い話してよ。私死んでしまいそう」
「ええぇ、そうだなぁ…」
額を抑えながら適当なことを言っておく。どうやら少年は本気で面白い話を考えてくれているようで、此方としてはとても有難い。その間に呼吸を整え、この強烈な吐き気をどうにかしなくてはならないのだ。
すると少年は周りの子供らを巻き込んで、何やら論戦を開始した。おそらく私にする話を皆で考えてくれているのだろう。
その間ずっと隣にいる鬼が私の身を心配してか背中を執拗にさすってくるが、私は吐き気を我慢しようとしてるのだ。別に吐きたいわけではない。
「あ、そういえば姉ちゃん!少し前に変な人達が来てね、勇儀さんを倒して行ったんだよ!」
「へぇ。それは凄い。どんな人?」
今度は少年から変わって、綺麗な金髪の女の子が手を上げてきた。
妖怪はいつだって人間に倒されるもの。それはたとえ鬼の四天王でも変わらないらしく、何年ぶりかの鬼退治は、どうやら人間がやってくれたようだ。いろんな人間を見てきた身としては、その人間には少し興味がある。たとえ何年生きてきたって、そういう話は面白い。
「えっとね、赤と白の巫女服の人と、白と黒の変な格好の人が来たの」
「赤と白ってことは…博麗か。白黒の方は知らないな」
いつかの日に見た博麗の巫女。八雲がなんかしてたけど、あれとは幻想郷ができてから一度も会ってないから、もしかしたら私の知らない新参者がいるのかもしれない。
それにしても地上か…地底が居心地良すぎて何百年と出てなかったけど、久しぶりに出てみたくなってきた。
「皆、ちょっと今日はやることができたわ。少し出かけてくる」
「えー!結局お話してくれないの!?」
「そもそもお話しにここに来たわけじゃ無いんだけど」
寄ってきた大勢の子供達の目線を尻目に、踵を返してスタスタと歩き去っていく私。もっとも、松葉杖のせいでそんなに滑らかに歩けないのだが、こいつとの生活ももう慣れた。
最近地底で異変があったらしいから、少しは行き来がしやすくなっているはずよね。
いつまでも騒がしい地底の商店街を眺めながら、地上に少々思いを馳せる。
「よし、じゃあ今日はヒルコに変わって勇儀姐さんがお話をしてあげよう!」
「え〜勇儀姐さんの話はいつも源頼光じゃん。つまんなーい」
「…うぅ、そんなこと言うなよ」
〜少女移動中〜
地底から地上に上がるための大穴。その上に、彼女は浮かんでいた。
「飛んだのは相当久しぶりだけど、体は覚えているものね」
毎日ぐうたらな生活をおくっていたものだがら、私の人外としての力が使えなくなっているのではないかと危惧したが、全く問題なく飛ぶことができた。最低私の能力で飛んでやることも考えたが、無駄に疲労しなくてありがたい。
ふと周りを見渡してみると、そこは既に幻想郷の地上にあたる地域。その中でも私の出てきた場所は数他の妖怪が生息している危険極まりない山、妖怪の山と呼ばれる所らしい。上の方に途轍もなく高い力を感じるが、これは神力…いや、妖力も混じってるな。妖怪の山に神社を作るだなんて、中々根性のあるものだ。
さて、これから地上の世界を観光して行こうと思うのだが、流石に、この地底にも結構な思い入れがある。毎日酒を飲んで寝泊まりした場所、何百年も住んできたのだから、なにも感傷がないはずもない。
何日地上に居るかはまだ決まっていないが、少なくとも一日では帰っては行かないだろう。
ここは一つサヨナラの挨拶も兼ねて私を匿ってくれた地底に感謝を__
「__あれ、匿う?」
そういえば、すっかり忘れていた。
私は何故地底にいたのだろうか。いつかに八雲が説明してくれた時は、地底には危険な妖怪や悪霊が閉じ込められているのだという。
それは血気盛んな凶暴な妖怪への措置で、幻想郷を崩壊させないために人間の世界から隔絶したという話を八雲はしてくれた。
…では、何故私はそんな地底に閉じこもっていたのだろう。
「…そろそろ出て来る頃だと思っていたわ。ヒルコ」
「あら、八雲。久しぶりね」
目線の少し上に、突然開いた私の背丈程の大きさのスキマ。まるで空間に穴が空いたような光景で、中で蠢く無数の目玉がとても不気味だ。
そしてそこから這い出る一匹の妖怪。胡散臭さが鼻につく、天下の大妖怪八雲紫だ。
容姿はとても美しく、流れるような長い金髪を持っている。それを縛ったり伸ばしたりしているようだが、今日はどうやら縛っているようだ。
「どう、幻想郷はもう私を受け入れられそう?」
「そうねぇ、幻想郷にも新参が増えたし、もうそろそろ貴方を迎えても良いかもしれないわ」
「あぁそう、有難う。ところで、なんで私は受け入れられなかったんだっけ?」
「大切なことよ。貴方の出自は危険すぎる」
ふと空を見上げてみるが、そこにあるのは珍しくまん丸な満月。そこに彼奴らは住んでいるのか。
なんだか会いたくなってきたので、すぐにでも飛び立ってしまいたかったが、どうせ行けないし、入れない。
名前から分かるとおり、私の生まれた家系はあるとんでもないところの重鎮だ。
だけど私は捨てられたし、もう家系図からも排除されているはずなんだが、どうなっているというのか。
私の心の奥底にある一番古い記憶、三年間の年月。そこにいるのは、一人の男性と、一人の女性。
それ以外には一切覚えていなかった。
「龍神なんかじゃとても及ばない程の神格の持ち主達よ。全てを受け入れると言っても、限度があるわ」
「私はそんなにすごくないわよ。今は仙人やらせてもらってるし、彼奴ら程力もない」
「仙人なんて名ばかりね、いや、名なんて貴方が勝手につけてるだけじゃない。本当は仙人なんかじゃ無いくせに」
「あら、そうかしら?」
松葉杖を少し上にあげて、垂直に振り下ろす。
それは本来何もない空中で虚空に消えるはずの衝撃だったが、松葉杖は何かとぶつかり、カァンと軽快な音を響かせた。
「…」
鋭い目で私を睨む紫。
何を恐れているのだろうか、そんな怖い顔をして。
ほら、そうしている内にモクモクと私の身体を覆い隠すように謎の煙が浮かんできた。
どうやら普通の煙とは少し違って、黒みがかっていて伸びやすいような気がする。
私の能力は、『生贄を捧げる程度の能力』。私の出生に由来する、神々が授けた忌々しい能力。内容は言って見れば等価交換を操る能力のようなもので、ある物を犠牲にして、ある物を作り出す、もしくは操ることができる能力だ。
しかしこれには欠点があって、犠牲にする物は 『生きている物』 でないと行けない。例えば、石は生きていないので、生贄の引き合いに出すことができない。しかし木は生きているので、生贄にすることができる…と言った具合だ。だから、地面を盛り上げて蔵を作ったりだとか、安直なものでは石を金に変えたりだとか、そんなことはできない。
また、生贄と言うだけあって、代償が大きくなければ叶えられる規模は小さくなってしまう。あくまで等価交換なので、釣り合わないものはどうにもならないのだ。
ちなみに、今の煙は私にかかっている八雲の圧力を生贄にしてやった。八雲の発する『殺気』や『敵意』は言わば私に対して『生きている』。
だから、いとも簡単に交換できた。
「あら、煙が出てきたわ。素晴らしい松葉杖ね」
「…はぁ、貴方の能力は本当に油断ならないわ。何が起こるか分からないんだもの、対応のしようがない」
「煙程度で何ビクビクしてんのよ」
脚と違ってちゃんと二つある腕を翻し、煙を集めて頭上で遊ぶ。煙はコロコロと姿を変え、試しに仙人のように鶴の形の煙を作ってみた。
やがて黒い煙は私の身体の周りを舞い、密度を小さくさせて拡散する。
少し楽しくなってしまった私は、目の前で怪訝な表情をしている八雲を眺めてニヤリと笑った。空中で一回転して背を水平に地面に向ける。松葉杖に脚をかけ、口角を上げて腕を組んだ。これぞ私の何時もの体制。これをしていると自信が湧いて来るようだ。
「いやぁ、結構気に入ってるわよこの能力。貴方みたいな化物でも、驚かせることができるからね」
「博麗大結界が壊れかけたことは今でも忘れられないわ」
八雲は扇を出して口に添えた。なんだかよく分からないが、表情を読まれないようにしているのだろう。
あの時はほんのちょっとした悪戯心でやったことだった。丁度八雲に鼻を明かされたところだったので、仕返しの意を込めて博麗大結界を生贄にしてやったら、たちまちバランスを崩して傾き始めやがった。
こっちもビックリした。
「…まぁ、悪かったと思ってるわよ。そんなことより、もう用は終わった?」
「…くれぐれも暴れたりしないようにね」
「私は障害持ちよ?それに、貴方が相手になったら私に勝ち目ないし」
「能力のことよ」
目の前に突然開くスキマ。
私は松葉杖で何かをカツカツと叩きながら、意気揚々と中に入って行った。
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