水銀転生 (卵かけ御飯用醤油)
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プロローグ

まず感じたのは『感銘』――求めしものは無上の戦慄
ああ何と素晴らしき世界!女神の祝福も邪神の怨嗟も目に映るもの全てが愛おしい
しかし、総ては永遠ではないから、何時か壊れてしまうだから
故に願う あの輝きをもう一度味わう為に、次は更なる歓喜に震えると信じているのだから!
那由多の彼方まで消えぬ祈りを捧げよう
――永劫回帰!

作ってみたんですけどコレジャナイ感が…
と、取り敢えず始まります




 

  思えば数奇な生涯だった

 

 昔の私、いや今はもう面影すらなくなった前世の『私』と行った方が正しいか

 

 平凡な家庭に生まれ、平凡に人生を終えた私は気が付いたらこの世界に居た

 

 戸惑い、助けを求めたが誰も答えてくれるものは居らず、私は世界を彷徨った

 

 生憎とこの身は歳を取らなかったのでね、寂しさは時が誤魔化してくれたさ

 

 しかし、永く生きると娯楽などの楽しみが少なくなっていった

 

 全てに飽き、ある日私の世界は色を失ったのだ

 

 其処から先は周りに流されるまま無機質な生活を送っていたよ

 

 どんなものにも無感動、まるで地獄だった

 

 しかし、神が救いでも齎したのか私に転機が訪れる

 

 そう、彼女との出逢い。マルグリットとの出逢いだ

 

 抱きしめると首を刎ねてしまう、其れでも愛しているから抱きしめたい。願いと呪いのジレンマの末、彼女は来世を夢見た。次の生ではきっと誰かを抱き締めることができると希望を込めて

 

 その姿を見て私は、私の世界は色を取り戻した

 

 そして気付いた。人が何かを渇望する様はどんな宝石よりも美しく輝いているのだと

 

 なんと嘆かわしい、私はこんなに輝く世界を無機質に過ごしていたなんて

 

 ならば、此れから輝く原石たちを眺めに行こう。其れはきっと私に無類の感動を与えてくれるはずだから

 

 

 

 

 私の思う通り旅は素晴らしいモノだった

 

 栄華を極めたローマの皇帝達、覇を唱えた魔王と呼ばれた男、そして、今を生きる人間達

 

 今でも鮮明に思い出せるよ、彼らは正しく輝いていた

 

 だからこそ私はまだ消えたくなかった。輝く世界をもっと愛でていたかった

 

 しかし、死とは万物の終着点。さけることの出来ないこの世の真理

 

 故に願った。時よ逆流しろ、世界よ回帰せよ

 

 全ては愛しき輝きを、あの感動をもう一度味わうために。その末に既知の呪いに苛まれようとも構わない。人が未来を夢見る限り私の世界は輝き続けるのだから!

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、とまあ永劫回帰の世界はこの様に生まれたわけだが。馬鹿げたわがままを笑うかな?」

 

 其処は『座』と呼ばれる世界の深淵。黄昏の砂浜の空に四つの人影が有った。其処に居る全員が覇道神と呼ばれる己が渇望の末に至った者たち。黄金は愛を、刹那は不変の日常を、そして黄昏は抱擁を願った。そんな彼らが水銀の願いに否を唱える筈がなかった。

 

「其れは重畳。しかし、此処()にたどり着くとは…流石は私の愛した輝きたちだ」

 

 水銀は心から嬉しそうに告げる。そして、一人一人に言葉を贈る

 

「我が友、獣殿。回帰世界の中で貴方ほど愛を叫んだ人は居ない。総てを全力で愛すために壊す。愛ゆえの破壊、ああ何と甘美な響き。心からの喝采を送ろう」

 

 黄金は肌が痛くなる様なオーラを発しているが顔に薄く笑みを浮かべている。友からの賛辞が喜ばしいようだ。心なしか迸るオーラが濃くなった気がする

 

「我が息子、ツァラトゥストラ。時よ止まれ、愛しき刹那を永遠に。私と似て非なる渇望だ。其れに己の刹那を守るために立ち上がった勇敢な姿。親として鼻が高い」

 

 刹那は突然の賛辞にこそばゆい感覚に襲われる。思わず、うわぁ似合わないし何かうぜえ、と苦言を漏らしている

 

「そして女神、マルグリット。私の世界に色を取り戻してくれた恩人。世に降り注ぐ貴方の輝きはいつの世界でも我が至高だ。本当愛おしく思うよ」

 

 水銀の救世主でもある黄昏へ向けた言葉は短いものだが、其処には確かな重みが有った。黄昏は満面の笑みで返す。救われたのは此方もだと。

 

「さて、筋書、台本などない歌劇だが終わりが近いようだ。私の流出の起点はもう直ぐ其処。回帰世界を止めたいのならならば座に居る私を打ち倒せ。もう手放したくないと思えるほどの輝きを見せてくれ!其れこそが無限ともいえる回帰世界の私全員の願いなのだ!!」

 

 瞬間、覇道の鬩ぎあいが始まる。停止と回帰と破壊。それぞれの全力がぶつかる。日常の些細な変化から始まり果てには世界まで巻き込んだ舞台は黄昏が座に就き輪廻転生の世界に変わったことで終幕となった

 

 

 

 

 

「ああ、素晴らしき輝きだったよ。故に幕を下ろそう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ある日、気が付いた日から不快だった」

 

 其処はある薄暗い洞窟の中、ナニカが胎動し言葉を発している

 

「何かが俺に触っている。常に離れることなくへばりついてなくならない」

 

「何だこれは。体が重い。動きにくいぞ消えてなくなれ」

 

 誰に語り掛ける訳でもなく只の己の自白、自己完結した男の世界

 

「俺はただ独りになりたい。俺は俺で満ちているから、俺以外のものは何もいらない」

 

 其れがこの男の願い。最悪にして最凶の覇道神。極大の下衆、波旬の渇望だ。自己愛に始まり、自己愛に終わる決して流れさせてはいけない理。

 

「やはり目覚めたか邪神。自己完結しその生を終えると言うのなら放っておくつもりだったが、そうもいかないらしい」

 

 突然現れた影。即身仏の如き男に話を持ち掛けるが応じるどころか認識すらしていない様だ

 

「何だァ?煩いハエがいるな、喋るな口を閉じろ。俺が汚れるだろ」

 

「全く損な役割だよ、しかし此れは私の願いでもある。我が至高を糞と断じ、穢そうとするお前を生かしては置けないのだ。総ての輝きを受け入れる私でもお前の歪んだ輝きは承諾しかねる。故に不完全な今のうちに芽を摘み取らせてもらおう」

 

 

 

 怒りは短い狂気である

 Ira furor brevis est.

 自然に従え

 Sequere naturam.

 

 

 刹那、星をも焼き尽くす爆炎が巻き起こる。超新星爆発。巨大な星が長年燃え続けた末に起こる現象の事で新しい星が生まれたかの様な明るさからそういわれているがその実、星の死の瞬間のきらめきだ。もし、此れに巻き込まれる様なことがあれば只では済まないどころか、塵も残さず消える。実際、水銀が張った結界、次元をその空間だけ切り取るという技がなければ辺りは灰燼と化していただろう。しかし、この下衆に至っては話が違った

 

「煩いハエが塵を撒き散らしてるなあァ、煩い、煩わしい。アァ、ゴミか。ならゴミは掃除しなきゃなアァアァ!!!」

 

 

 滅塵滅相ォォ!!!!

 

 

 波旬が腕を振るう。たったそれだけの動作で先ほどの爆発と同等以上の衝撃が放たれる。其れのより避け切れなかった水銀は片足と片腕を無くすという甚大なダメージを受けた。しかも星を焼き尽くす爆炎でも波旬は全くの無傷だ。

 

「くくくく、はははは!!どうだァ俺の糞は美味かったかァ?」

 

「美味いはずないだろう。全く、あの爆炎を受けて傷すら付かないとは…些か自信を無くすよ。正に理不尽の体現者と言ったところか」

 

 満身創痍、誰もが波旬の勝利は揺るがないという状況で水銀の目は光りを失っていない。絶望していなかった。

 

「だが、折角の女神の治世。彼女の願う世界なのでね。引く訳にはいかんのだよ」

 

 彼が至高と信ずる女神の渇望(輝き)。其れがやっと叶った世界をこんな下衆に邪魔される訳にはいかなかった。例えその末に自分を犠牲にしても…

 

「さて、観客のいない独り舞台。私の最後の輝きをお見せしよう」

 

 Aut viam inveniam aut faciam.

 私は道を見つけるか、さもなければ道を作るであろう

 

 Ad augusta per angusta.

 狭き道によって高みに

 

 Alea iacta est!

 運命の賽は投げられた

 

 

 

 其れは正史の彼なら持っていなかった秘術。文字通り水銀の禁術だ。彼の秘術の一つ『暗黒天体創造』というものが有る。此れは彼の代名詞ともいえる回帰してきた世界総ての星を凝縮させ規格外のブラックホールを生み出すというトンデモ占星術な訳だが彼は思った。星を集めることができるのなら自分を集めたらどうなるか(・・・・・・・・・・・・)。しかし、リスクが大きすぎる。暗黒天体創造でもビッククランクに繋がる部分が有るというのに那由多のその先まで回帰した自分を総て集めこの体に凝縮するということはそれだけの数の神威と霊格をその身に宿すということ。当然魂が耐えられる筈が無い。持って数分、下手すれば発動した瞬間に爆死するかもしれない術を使う機会など無かった。

 

「地力が違うなら他から持ってきて届かせればよい」

 

 だが、今の彼は己の愛した輝きを守るため命など惜しくもないと自分の身を犠牲にする。

 

「此れで同じ土俵だ波旬。時間が無いのでね。早めに終わらせよう」

 

「煩い、煩い煩いウルサイィィ!!!!早く俺の前から消えてなくなれェェエ!!!」

 

 

 

 卍曼荼羅ァア・無量大数ゥゥウ!!!!

 

 

 

「存在すら消えて無くなれ!!!」

 

 

 始まりから終わりまで

 Ab ovo usque ad mala.

 時はすべてを運び去る

 Omnia fert aetas.

 

『素粒子間時間跳躍・因果律崩壊』

 

 

 

 波旬の万象の滅相と水銀の全平行世界からの根源の消滅が互いを撃ち滅ぼそうとぶつかる。同じ土俵にたった覇道神の鬩ぎ合いは拮抗していたが、波旬の力が段々減衰して行き、最後は消滅に飲まれた

 

 

「糞が糞がクソがクソがァアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

 

 呪詛の如き叫びと共に塵となる波旬。敗因は最後の最後で水銀を自分と渡り合う『他人』と認識したこと。畸形嚢腫によってつけられた自己愛の世界の罅。その隙間から入り込む水銀の毒。最悪の邪神は総ての世界から誕生するという可能性すら消し去られた。

 

 

「ゴフッ、やはりこの術の代償は消滅か」

 

 コップに海の水を詰め込んだ様な行為により、魂、体共にボロボロだった

 

 そして、水銀は落ちていく、堕ちていく。既に四肢、下半身は消し飛び、残った上半身も崩れかけ首はやっとの事で繋がっていると言ったところだ。

 流れに逆らうことなく、落ちていくとふと温もりを感じた。鉛の如く重くなった瞼を開ける。目に映るのは黄昏の彼女。どうやら座まで来ていたらしい

 其処には至高と信じた者が揃っていた。息子は涙を堪え、獣殿は涙こそ見せないがその美貌を歪めていた。聖槍十三騎士団、エインフィリア達の表情は様々だ。肝心のマルグリットは大粒の涙を流し、消えちゃダメと嗚咽と共に繰り返している。

 

「此れは何とも面妖な光景だ。ふむ、では消える前に一つ辞世の言葉でも」

 

 その言葉を聞いた瞬間マルグリットの抱き締めが強くなるが時間が無いので続ける

 

「息子、獣殿、そしてそのエインフィリア達よ。この先に逝く老いぼれの代わりにマルグリットを支えてあげて欲しい」

 

 女神の理では極大の下衆の様な奴も許容してしまう。総てを抱き締める。其れが彼女の願いだから。だからこそ守る者達が要る。護衛する騎士が

 

「マルグリット。貴方の行く末を見守れないのが残念だ。だが、貴方を守れたのだ、悔いは無い。だから最後くらい笑ってほしい。私の愛した笑顔をね」

 

 皆、女神を守ることを誓い、マルグリットは涙にぬれぎこちない笑みだが私にとっては最高の笑顔だ

 

「ああ、君たちと過ごせたことこれ以上ない至福だった。誇りに思うよ」

 

 水銀は笑った、どんな絵画にも勝る満ち足りた様な美しい顔で。水銀が瞼を閉じる。同時に体が光の粒子となって虚空に溶けていく

 

 

 

 その日世界は誰よりも人を愛した一人の男を失った

 

 

 

 

 

 

 

 此れにて私の歌劇は終幕だ

 

 未来は彼らが勝ち取ってゆくだろう

 

 では、さらばだ

 

 

 Acta est fabula (芝居は終わりだ)

 

 




初っ端からクライマックス感が(白目)
水銀じゃない……まぁ中身違うので
戦闘シーンはプロローグであまり長いとアレなんで削りに削りました
とても無理矢理でしたがお許し下さい、


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召喚

本当にすみませんでした
前の土日に更新しようと思ったんですけど、まさかの講習が入るというハプニングがあり、更新できませんでした。
今回は短めです。
次の更新は土日に出来る…………といいなー


 --漂っている

  マルグリットや友に看取られた後、水銀はまるで水に浮かべられた葉船の如くユラユラと暗い闇の中に浮いていた。前も後ろも分からないほどの暗闇だが自然と不快感などは感じなかった。寧ろ女神の抱擁の様な心地良さまで感じる。彼は疑問に思った。

 

  此処は何処なのか?

 

  水銀は禁術の副作用により、魂までもが傷ついたため消滅した。つまり、霊核の傷つき過ぎた彼は輪廻の輪にも乗れず文字通り世界から消えたのだ。

 消滅、其れは回帰し続けてきた彼にとって全くの未知。ふと浮かぶのは自分があの世界に来た時の事だが、期待はしていなかった。

 このまま自我すらも消え去り、メルクリウスという人物は泡沫の如く無くなると思っていた。しかし、現実は彼の予想を外れ死んだ時と同じ状態のまま、自我を残しこの空間に居た。

 

 

 

 

  水銀が此処に来てから多少の時間が経った。

  常人なら発狂するほどの時間を回帰してきた彼に取っての多少なので、人の一生が軽く三回終えるほど時が経過しているのだが、自分の記憶を反芻し感動に浸ることに夢中だったため少し経った、位の感覚だった。

 

(やはり最後が一番素晴らしかった。近しきものは幾つかあったがあれ程のモノは無かった。だがあの回帰の時はまた違った___)

 

  思い返す度に、頬が緩む。

 傍から見れば四肢に下半身が吹っ飛び、首が千切れかけの男が何も無い処でにやけているという不気味極まりない絵面なのだが生憎其れを指摘する者は此の空間には居なかった。

 

 

 

 

  また幾何かの時が経ち、そろそろ暗闇に飽きてきた頃彼の体に有る変化が訪れる。

 ボロボロだった身体は元に戻り、傷ついた魂も修復され全盛期と何ら変わらぬ状態へと変貌した。

 其れに伴って、黒一色だった世界はリバーシの駒を反転させたように真っ白に変わった。海を漂っている様な感覚から打って変わり、足がしっかりと地を捉えている感覚がする

  暗闇に目が慣れていた為、眩しくて目が開けられない。少しの間、白磁の如き世界に苦しんだが、やっと目を開けられた。

 やはり辺りを見渡すと自分以外誰もいない。味気の無い気分になりながらも足元に落ちている封書を手に取る。

 此れは空間の変化したときに落ちてきたものだ。好奇心から迷わず封を切る。

 

 

『悩み多し異才を持つ少年少女へ告げる。

  その才能(ギフト)を試すことを望むのならば、

  己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

  我らの"箱庭"に来られたし』

 

  書いてあったのは数行の文章。

 その中で水銀は『箱庭』という自分の知らない場所にとても興味を惹かれた。もしかしたら其処ではまた自分の尊ぶ『輝き』を見ることが出来るのではないかと期待も膨らんでいた。

  しかし、前の世界への未練も有る。女神の治世を見たいという想い、友や息子にまた逢いたいという想いが

  未来と過去。至高の既知と欲する未知。悩みに悩んだすえ天秤は未知へと傾いた。既に役目を終えた身というのも有るが、彼ら、特に獣殿は次元など容易く超え、逢いに来るかもしれないという淡い希望もあったからだ。

  そして、箱庭に行こうと思った瞬間、身体が何処かへと引っ張られる様な感覚に襲われる。

 

「ふむ、私に再び生を歩ませるとは外なる神も趣味が悪い。此度の御業にどんな思惑が有るかは察しかねるが……まあ輝きをまた味わえるのだ、礼は言っておこう。だがな、」

 

 誰も居ない空間に言葉を投げ掛ける。聞く人も返答も無い一方的なもので、所詮は独り言のなのだが水銀は続けた。

 

「私は決して少年という枠に当て嵌まる程若くはないよ」

 

 やれやれと肩を竦め、苦笑しながらそう言い放ち完全に転移した。しかし、この男。果たして老人ともいえるのだろうか?もはや、通り越しすぎてUMAだろう。

 

 

 

 

 

 ____同時刻、三人の問題児が同じく箱庭に招かれた

 

 

 

 




「貴方の歌劇、とても素晴らしいものでした。神々にも大好評でしたよ?ですので、次の世界でも期待しています
………………と言いたいところですが、何なんですか!あの霊核の傷つき方!!直すのにどれだけかかったと思ってるんですかーー!!!
もう働きません、疲れました。ああ其れと
…………次また同じようなことしたらカクゴシテオケヨ?」

とある一柱の独自


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遂にやって来たそうですよ?

更新長引いてすみませんでした
最近土日に休みが取れなくて辛い
今月も今日しか休みがないze!(錯乱)
合間にちょくちょく書いていこうと思います



「わっ」

「きゃ!」

 

 転移に身を任せ眩い閃光に呑まれた後、水銀の視界は直ぐに開けた。そして感じる浮遊感。急転直下、彼らはどうやら上空4000mほどの所から落下中の様だ。

 水銀と同じく召喚されたであろう少年少女は落下に伴う圧力に顔を顰めながらも眼前広がる光景に唖然としていた。

 

 

 世界の果てを彷彿させる断崖絶壁の地平線

 

 巨大な天幕に覆われた未知の都市

 

 

 少年たちが落ちていく中、水銀はその場に留まりその光景を眺めていた。

 その目は高価な玩具のショーケースを見つめる幼子の様に爛々と輝き、口角は吊り上がっていた。

 

「素晴らしい」

 

 自然と口に出していた賞賛の言葉。至高の既知を捨ててまで召喚に応じた水銀。全くの未知、完全なる異世界である光景に胸を躍らせる。

 地平線の先には何が有るのか、あの天幕の中はどうなっているのか。

 そして、

 

 この世界の人々はどんな輝きを秘めているのか

 

 己が至高に届きうるモノなのか

 

 はたまた矮小で淡いモノなのか

 

 

 見渡せば見渡すほど『初めて』であるこの状況に水銀は狂喜していた。知りたい、味わい尽くしたい。そんな事が頭に浮かぶ。

 人生とは未知を既知に変える作業、と彼は言ったことがあるが既知の呪いを疎ましく思うことは無かった。

 呪いについては自分の渇望の性質上受け入れていたことである。そして、水銀にはある信念のようなものがあった。

 未知の感動を味わうには先ずそれに触れなければならない。例え其れによって事象が既知変わろうと其の瞬間は何にも勝る幸福を与えてくれる。

 大事にし過ぎて遠ざけるなんて愚の骨頂。知りたいなら、絞り粕すら出なくなるほど知り尽くす。そして、その既知を背負いまた未知を探す。

 彼はどちらも愛していたのだ。両方とも自分に感動と幸福を与えてくれるから。

 此れは彼の友である獣殿にも伝えたこと。其の末に黄金は自らの愛を謳い、流出まで至った。

 この二人が仲がいいのは性質が似ているからかもしれない

 

 

 此れから知るであろう未知に思いを馳せていると、したからボチャン、と水音が聞こえる。水銀はすっかり彼らの存在を失念していた。

 下に居る者たちを追いかけるように降って行く。

 彼らの事も気になる。自分と同じく召喚された者たち。普通でないことは確実だが、中でも金髪の学ランでヘッドホンを付けていた少年は素晴らしい素質を備えていると感じた。他の二人も其れに準ずる可能性を感じる。

 水銀はまたも爛々と目を輝かせ彼らの元へ向かった。

 すぐそばの草むらにいる者(・・・・・・・・・・・・)を横目に…

 

 

 

 _____________

 ____

 

 とある草むら、一人?の兎が頭を抱えていた。彼女は只今絶賛混乱中である。

 

(なんか神格と霊格がトンデモない人来ちゃったのですよおおおおお!!!???)

 

 拝啓 ジン坊ちゃん

 黒ウサギ、現状を打破する起爆剤どころか勢い余って周りを消し飛ばす核兵器級の人召喚しちゃいました

 

 

 

 _____________

 _____

 

 

 

「し、信じられないわ!まさか問答無用で引き摺りこんだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜ。石の中に呼び出されたほうがまだ親切だ」

 

「……。いえ、石の中呼び出されては動けないでしょう?」

 

「俺は問題ない」

 

「そう。身勝手ね」

 

「此処……どこだろう?」

 

 水銀が降りてきてみたのはそんな光景だった。全員が五体満足、ただずぶ濡れになっているだけと言うのに目を疑った。普通、人はあんな上空から落とされたら即死モノだ。

 何かしらの特殊な力を持っているのは確実だが、あんな高さから落ちて無事という理由づけにはならない。特に赤いリボンを付けた少女は明らかに身体強化系ではないと踏んでいた。

 疑問に思い、湖を凝視すると幾重にも緩衝材の様な水膜が張ってあった。

 

(なるほど、安全は確保されていた訳か)

 

 天空からの落下とは何ともスリリングな召喚だと半ば呆れていた。何の説明もなければ動揺し、酷ければ失神する者もいるだろうに、と

 

(だがこの程度難なく受け入れる胆力が無ければどの道生きていけないと言うことなのだろう)

 

 しかし、呆れと同時に此れは最初の度胸試しでもあるのだろうと召喚者の意図、の様なモノを感じていた。

 そして、此れが序の口であるということから、この世界は壮絶な変化に富んだ場所だと期待が更に膨らんだ。

 

「で、其処の空を飛び、さっきから湖を見つめている軍服の貴方は……」

 

 ふと、後ろから声が掛かる。どうやら皆自己紹介が終わり、残すは自分だけの様だ。

 

「ああ、すまないね。何しろ『初めて』の光景だったもので。良ければ名を聞いても?」

 

「あら、人に名を訪ねる時は先ず自分からではなくて?」

 

「此れは失敬。……ふむ、サン・ジェルマン、パラケルスス、メルクリウス。様々な呼び名があるが、愛着のあるものでカール・クラフト。カールとでも呼んでくれ」

 

 水銀にとって名前など記号の様なものなのだが、此れと女神の呼ぶ『カリオストロ』には不思議と思い入れが有り、かなり気に入っていた。

 彼らは多くの名を持つと言うところに疑問を感じたが其れよりも何も持たずに空を飛んでいたことに興味津々だった。

 

「私は久遠飛鳥。よろしく、カールさん」

 

「…春日部耀。以下同文」

 

「逆廻十六夜だ。よろしくなカール」

 

 ケラケラと笑いながらもその目は確りと水銀を観察する十六夜。純粋な興味を見せる飛鳥と耀。

 その様子を見ていた黒ウサギは

 

(うあぁ…なんか問題児ばっかりみたいですねえ……)

 

 此れからの将来を考えて、陰鬱そうにため息を吐いたのだった

 

 




核兵器級と言うか水銀は単一宇宙するぶっ壊しますけどね
取り敢えず水銀はカール呼びでいきます
既知の中から未知が生まれる可能性だってありますから
この水銀は既知も未知も大好きマンになりました〜



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蛇は静かに牙を研ぐ

えー、更新が遅れた理由ですが…
すみません!ずっとゲームにハマってました!
FGOでガチャ引いたら

師匠来たーー!♪───O(≧∇≦)O────♪ってずっとやってました。
いまジャックちゃん来てるから当てたい!
サンタオルタ欲しい!
因みにパーティーは師匠、青王、破壊娘です。レベルが足らんから船長が入んねえ!

…更新頑張ります



 各々の自己紹介を終えた頃、十六夜が苛立たしげに言った。

 

「で、呼び出されたはいいけど何で誰もいねえんだよ。この状況だと普通説明する人間が出てくるもんじゃねえのか?」

 

「そうね。なんの説明もないままじゃ動きようがないもの」

 

「……この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」

 

(全くです)

 

 十六夜たちが現状に対して愚痴っているのを聞いて黒ウサギはこっそりツッコミを入れた。

 予想外の来客や招待した者たちがこれまた予想を外れ落ち着き過ぎていた為出るタイミングを完全に逃していたのだ。

 

(まあ、悩んでいても仕方が無いデス。これ以上不満が噴出する前にお腹括りますか)

 

 怖気づいてしまいそうな自分を鼓舞し、姿を現そうとした瞬間。

 

「ふむ、ならば其処の草むらにいる者がそうではないかな?」

 

 水銀の発した言葉に心臓を鷲掴みにされたように飛び跳ねた。余りの動揺に黒ウサギの素敵耳は伸び切り、その様は正に直立不動。

 其れに十六夜たちも続く。

 

「へえ、アンタも気付いてたのか」

 

「寧ろ貴方が気が付いてるとは思わなかったわ、十六夜君」

 

「俺はかくれんぼじゃ負けなしだぜ?お嬢様。そっちの猫を抱いている奴も気付いていたんだろ?」

 

「風上に立たれたら嫌でも分かる」

 

「……へえ?面白いなお前」

 

 軽薄そうに笑う十六夜の目は全くと言っていいほど笑っていなかった。

 水銀を除く三人は理不尽な招集を受けた腹いせに殺気の籠った冷ややかな視線を黒ウサギに送る。

 水銀はただ一人、見定めるように目を細めた。彼の目に映る感情は期待と興味。

 

「や、やだなあ御四人様。そんな狼みたいに怖い顔で見られると黒ウサギは死んじゃいますよ?ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じて此処は一つ穏便に御話を聞いて頂けたら嬉しいのですヨ?」

 

 お道化た様子で少しでもこの状況を緩和させようとするが、

 

「断る」

 

「却下」

 

「お断りします」

 

 問題児たちに一刀両断されてしまった。間髪入れずに帰ってきた応答に少しだけへこむが、主導権を奪われないよう笑顔を貼り付ける。

 

「あっは、取りつくシマも無いですね♪」

 

 バンザーイ、と降参したようなポーズをとる黒ウサギ。しかし、その目は十六夜たちが己、いや自分たちの悲願を叶えるのに足る人物なのかしかと値踏みしていた。

 

(肝っ玉は及第点。この状況でNOと言える勝気は買いです。まあ、扱いにくいには難点ですけど…後此方を凝視している方そんなキラキラした目で見ないで下さい!)

 

 そんなことを考えながら四人とどう接するべきか冷静に考えを張り巡らせていると耀が不思議そうに黒ウサギの隣に立ち、ウサギ耳を根っこから鷲掴み、

 

「えい」

 

「フギャ!」

 

 力いっぱい引っ張った。深く考え込んでいたのか全く気付かず不意打ちの痛みに思わず涙目になってしまう。

 

「ちょ、ちょっとお待ちを!触るだけならまだしも、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとはどういう了見ですか!?」

 

「好奇心の為せる業」

 

「なに?このウサギ耳って本物なのか?」

 

 耀が掴んでいた耳とは逆の右側を掴んで引っ張る十六夜。黒ウサギの悲鳴に耀は無表情で誇らしげに胸を張る。

 飛鳥も己の好奇心に耐え切れなくなったのか耳を触ろうと黒ウサギに近づく。

 

「ちょ、ちょっと待——— !」

 

 黒ウサギは最後の期待を込めて水銀の方へ救援の視線を送った。しかし、帰ってきたのは、

 

「私も良いのかね?では其の好意に肖ろうか」

 

  ニタリという顔と死刑宣告。至高と尊ぶものの一つである未知に対して自重という文字はこの男の辞書には存在していなかった。

  いや、在ったとしてもそんな物何処かの宇宙の最果てに投げ捨て、銀河ごと焼き尽くして何食わぬ顔で帰ってくるだろう。

  その顔表情から分かっていて言っているだろうと叫びたいが今にも引き抜かれそうな勢いで引っ張られる耳を護るのに必死な黒ウサギにそんな暇など無い。

 黒うさぎの悲鳴は森を震わせ辺りに木霊した。

 

  此れは余談だが黒ウサギは少しの間、背後から足音がすると目にもとまらぬ速さで逃げ出す様になったという。

 

 

 *

 

 

 

「あ、有り得ない。有り得ないのですよ。まさか話を聞いて貰う為だけに小一時間も費やしてしまうなんて。学級崩壊とはこのような状況を言うにちがいないデス」

 

「いいからさっさと進めろ」

 

 半ば本気の涙を浮かばせ、耳の痛みという対価を払ってやっと話を聞いて貰える状況を作ることに成功した。

 問題児三人が『聞くだけ聞いておこう』という程度に耳を傾けていることに少し文句を言いたいが一人『速く聞かせろ』と催促するような目をしてるので良しとしておこう。

 

「それではいいですか、皆さま。ようこそ"箱庭の世界"へ!我々は御四人様にギフトを与えられた者たちだけが参加出来る『ギフトゲーム』への参加させていただこうかと召喚いたしました!」

 

「ギフトゲーム?」

 

「そうです!既に気付いていらっしゃると—―—」

 

 此れより黒ウサギの長い説明があるが要約すると

 

 曰く、恩恵(ギフト)とは修羅神仏から精霊など数多の要因から生まれ与えられ行使するモノ

 曰く、ギフトゲームは恩恵を用いて競い合うゲームであり、箱庭は強大な力の保持者がオモシロオカシク生活する為のステージである

 曰く、『主催者(ホスト)』という存在が『ギフトゲーム』を開催し、チップには己の持ちうる全てを。

 曰く、勝者こそが正当であり総取りのシステム

 

 中々に愉快で自分好みなシステムだと水銀は思った。

 己の持てる全て。富も名声も知慧も権能も、総てがゲームを盛り上げる舞台装置でしかない。

 奪い奪われ、鎬を削る盤上世界。言うなれば弱肉強食。

 弱き者は強者を打ち倒さんが為に牙を研ぎ、強き者は其れ等を封殺する壁で在り続ける。

 苦難と逆境。試練というものが身近に存在している様は英雄が闊歩していた神代を思わせた。

 胸の躍るような話だった。早く探求したい、語らいたい。思考が興味で埋め尽くされていく。

 そして、主催者(ホスト)とは条件さえ満たせば誰でも成れるという。

 ならば、

 

 

 —-私が指揮棒を振る(ゲームを開く)のも悪くない

 

 

「この世界は……面白いか?」

 

 十六夜の放った問いは此処にいる召喚された者たち全員の心を代弁したもの。

 一人は空虚な世界に潤いを、一人は何人にも縛られない自由を、一人は他者との繋がりを。

 そして、もう一人は——

 

「——YES。『ギフトゲーム』は人を超えた者達が集う神魔の遊戯。箱庭は外の世界より数段面白いと保証致します♪」

 

 召喚された者は歓喜の表情で黒ウサギの言葉を飲み込む。此処には自分を満たすものがあると信じて疑わない。

 上機嫌な黒ウサギや問題児たちは落下中に目視した正体不明の巨大都市に足を向ける。だから彼の表情に気付けなかった。

 

 水銀は笑う。嗤う。ワラウ。心象に巣食う飢えた獣を宿して

 

 

 

 ——今宵、私は渇望を謳う。箱庭よ、君たちの魂の煌きで私の世界を震わせてくれ。何処までも色褪せぬ感動を与えてくれ。でなければ……

 

 

 

 

 其の者、咒を第四天・水銀の蛇

 ある時は傍観者として、またある時は魔王として白銀の双蛇は高みにて勇者を待つ

 前の世界で手にした至高の物語(dies irae)に次ぐ新たな英雄譚を求めて

 

 

 

 




箱庭に住まう全種に告ぐ。課されし試練を超克し己が輝きを彼に示せ。

立ち塞がるは回帰の理。廻り続ける円環の世界を打倒せよ

超えし者には最大の祝福を、敗れた者には次なる試練を

富、力、智慧、持ちうる全てを解放するのだ

ギフトゲーム『永劫回帰』

その遊戯、最悪にして最難関の命題


水銀がギフトゲームなんて開いたらとんでもないことになりそうですね


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未知との遭遇

覚えている人も少ないと思いますが、久しぶりの投稿です。
問題児の設定的にこの水銀よりやばそうな奴もいますね。
つまりはこの水銀が挑戦者となるわけです。
あとは———わかるな


  逆廻十六夜は歓喜していた。

  退屈のない非日常を、人生を彩る刺激を求めて手にした未知への切符。

  召喚に応じ、目にした宏大な大地に胸を躍らせた。空を飛ぶ胡散臭い男に兎耳の女、同じく召喚された者たちに期待を抱いた。

  凍りついた世界が、熱をもち、大きく胎動するような気さえしていた。

  そして、その感動は終わらない。

 

「ははっ、いいぜ。最高じゃねえか、この世界」

 

  落下の際に目についた世界の果てらしき場所。神話上の生物を目にしながら、鬱蒼と連なる樹木の間を駆け抜けた先にいたのは、

 

『む、これは珍しい。水神である我が住処へ赴くとは、試練でも受けに来たのか? 人の子よ』

 

  己の身長を優に超える巨大な体躯を持つ白蛇であった。背後に見える大滝とも相まってその様は壮観ともいえる。

  自然と口角が上がり、顔には獰猛な笑みを浮かべている。

  水神。所謂ファンタジーの存在との会合は十六夜の探求欲にさらなる火をつけた。

 

 ———もっとだ。もっと楽しませろ

 

  語らいか。知恵比べか。はたまた、決闘か。

  どれを選んでも面白そうだ。だが、ここで選ぶなら一つしかないだろう。

  せっかく、存分に暴れられそうな場所なのだ。この機会を逃すなど、損でしかない。

 

「試練ね、そいつも面白そうだが。まずは水神サマとやらに聞きたい」

「ほう、何を問うのだ?」

「実に単純な質問だぜ。———あんたは俺を試せるのか?」

 

 ———まずは、小手調べだ。

 

 心地よい高揚感と共に、十六夜は拳を振り上げた。

 

 

 :

 

「なんと未知と輝きに満ちた光景。ああ、素晴らしすぎる」

 

  そして、ここにも一柱。溢れんばかりの幸福感に包まれているものがいる。

  十六夜の魅力的すぎる誘いも惹かれたが、まずはということで街にきた水銀だ。

  彼は今、逸る気持ちを抑えきれず単独行動をしている。

  むろん、こっそりである。

  彼としては、案内を受け、他人の評価を交えながらというのも好ましく思うのだが、この時ばかりは抑えきれなかった。

  それだけ魅力的なのだから仕方がない。

  黒ウサギとジンは犠牲になったのである。

 

  して、水銀はというと、活気に溢れる街の人々の合間を通りながら、いたる所を観察していた。

  見慣れぬ文字、建造物。そして、住まう人々に目を引かれる。

  人間だけではない。獣人や精霊、天幕を見るに吸血鬼のような怪異まで居るのだろう。

  素晴らしき哉、素晴らしき哉。

 

「お、美形の兄ちゃん。一つどうだい? 今朝仕入れた新鮮なやつだぜ!」

「む?」

 

  水銀が賛美に耽っていると、近くの屋台から声をかけられた。

  彼が目をやると、人のよさそうな獣人の男が手招きをしている。見るに八百屋のようだ。

 

「ほう、これは中々」

「だろう! この辺りの土地は豊かでな。いいもんが仕入れやすいんだ」

 

  豊かな品揃えや、商品の一つ一つ、そして街の雰囲気から察するに、ここは農耕地としてよほど成功を収めているらしい。

  貧困に苦しんだかつての大戦時とは、雲泥の差である。

  さて、ここまで来たのだから、何か買わねばと思うのだが、

 

「すまない、店主。あいにく持ち合わせがなくてね」

 

  この水銀、無一文なのである。店主は少し残念そうにしながら、また寄ってくれと笑顔で送りだす。

  改めて、彼の人の良さを感じた。実に美しい輝きだ。

  店を後にしたあと、また辺りを散策する。

  フラフラ。フラフラと歩き回り、人気の少ない開けた場所に出た瞬間。

  水銀はおもむろに後ろを振り返った。

 

「して、私に何か用事でもあるのかな」

 

  そこにいたのは、奇抜な和服らしきもの着た白髪の幼子であった。

  しかし、それを認識したのは少ししてから。

  というのも、彼女を目に収めた瞬間———水銀の目は灼かれた。

  これは、比喩であるが、また事実でもある。

  それほどだったのだ、彼女の輝きは。

  太陽で在りながら夜を司り、精霊でありながら神威を宿す。

  未だ体験したことのない未知ではあるが。

  故に———水銀は勿体ない(・・・・)と思う。

 

「おんし、一体どこのコミュニティじゃ?」

 

  その体躯には似つかわしくない口調ではあるが、今はどうでもいい。

  彼は今、未知への高揚感で一杯なのだ。

 

「どこのコミュニティといわれてもね」

「惚けるでない。それほどの神格じゃ、何か目的があってこの外側にやってきたのじゃろ?」

 

  有無を言わさぬ剣幕。しかし、彼は飄々と疑問を呈する。

  知らないものは、知らないのである。来たばかりの水銀とって、この世界の知識は散策中に耳にしたことと、見たものしかない。

  謂わば、赤子と大差ないのだ。

 

「と言われても、召喚されたばかりで何もわからないのだが」

「なに?」

「先ほど黒ウサギというものに呼ばれてね。この世界にやってきた次第だよ」

 

  彼女、白夜叉は予想外の返答に面を食らう。というより、黒ウサギに呼ばれた?

  確かに、彼女はコミュニティの窮地を救うため召喚を行ったが、あれは人を呼ぶもののはず。

  なのに、こやつは呼ばれたといった。

 

「その話、真か?」

「もちろんだとも」

 

  胡散臭い雰囲気も相まって、謀っているようにも感じるが、嘘と断じるには判断材料が足りない。

  この男をどうするか迷った末、

 

「はあ、黒ウサギに直接確認するしかないの」

 

  放置するとはいかないので、黒ウサギを探すことにした。

  己が監視に付けば問題ないだろうという判断の元である。

 

「私は階層支配者(フロアマスター)の白夜叉じゃ。放置するわけにもいかんらの、監視させてもらうぞ」

「ああ、かまわないとも。私はカール・クラフト。よろしくたのむよ。———ところで」

 

  ガシ。

 

「語感から察するに、あなたはここに詳しいのだろう?」

「あ、ああ。というか近い! 近い!」

 

  とてつもない速さである。これも執念のなせる技であろうか、一瞬にして距離を詰める水銀。恐るべし、未知への執念。

 

「丁度よい。一人では限界があってね。この世界に明るい者を探していたのだよ」

「ま、まて。案内するとは一言も言って……」

 

  言い切る前に彼女は水銀に引きずられていった。

 

 

 




被害者一号


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