「私は生まれながらの社長である」
低く、大地を揺るがすような重苦しい声。うら若き少女のものとは思えない、渋みに偏った声。
「諸君らの知る通り、血筋の人間であり、唯の成り上がりであり、忌み嫌われる女である」
全社員の集められた会場内に困惑の色が広がる。その困惑の理由。それは単純なものではない。
「だが、それ以前に、私は───私達は【有澤】だ。炸薬を愛し、榴弾を愛し、履帯を愛し、分厚い装甲を愛し───「鉄の棺桶」と揶揄されようとも、私達はその全てを愛している。違うか?」
彼女は大人び過ぎていた。その声も、その口調も、選ばれる言葉も、全てが“少女”からかけ離れていた。
そして、そこには前社長に優らずとも劣らぬ、確かな重みがあった。
年端もいかぬ彼女に社長が務まる訳がないと文句を零した者も、女だという事だけで邪険に思っていた者も、目の前の現実とのギャップを受け入れられずにいた。
「だからこそ、社長である私自ら、諸君らにその道を指し示そう」
それを予期していたかのように、彼女は続ける。
「今は信じられないかも知れない。いや、信じなくてもいい。だが、何れは知る事になるだろう。私の言葉の意味を」
会場内の全てが息を呑む。
「前に進むしか能がないならば、前に進めばいい。前に進めないのなら、阻むその全てを焼き付くすだけだ」
一人、誰かが拍手すれば、それに誘われ、周りの人々も拍手する。それが会場内に伝播され、大きな拍手となって響き渡る。
「これより───」
背後のプロジェクタが起動し、その映像を映し出す。
「プロジェクト【雷電】を執行する!」
今まで無表情を貫いていた彼女の顔が三日月が歪み、それはうねりにも似た歓声と拍手に包まれ、溶け込んでしまった。
──────
織斑一夏。
俺は弱い。だから、何時も泣いてばかりだった。
俺は弱い。だから、何時も誰かが助けてくれた。
俺は弱い。だから、大切な人を守る力が欲しかった。
搾り滓なりにも、出来損ないなりにも一生懸命努力した。だけど、所詮俺は男でしかない。いくら強さを求めても、俺は性別の壁を越えられない。それは、俺が男として生まれてきた時点で定められていた運命なのだ。だから、限界の壁にぶち当たるのは早かった。
だからと言って、諦めるわけにはいかなかった。性別の壁くらいでウジウジと悩んでいる暇なんてなかった。
俺には夢がある。誰かを守れる位に強くなりたいという夢が。
大切なものを守る為なら、全てを捨てる覚悟がある。その力の為なら、修羅の道を歩む決意がある。
だから、俺の声にISが答えてくれた時、俺は人生で初めて神様に感謝した。全身が打ち震え、その奇跡だけで今までの努力が報われた気がした。
ようやく俺は誰かを守ることが出来る。その為の力を、誰よりも渇望していた力を手に入れる事ができる。
だから、俺は自ら望んでこの学園にやってきたのだ。
今はまだ弱いかもしれない。だが、すぐに強くなってみせる。この学園の誰よりも。そして、世界最強の名を欲しいままにした俺の姉、織斑千冬よりも。ずっと、ずっと。
まず、その第一歩として───
「‥はぁ‥‥‥」
深窓の令嬢よろしく頬杖をつき、陰鬱げに空を見上げる金髪碧眼の少女、セシリア・オルコット。
外から見ている分にはスタイルも良く美しい少女なのだが、その色っぽい口を開かせると彼女がいかに残念な人間かが分かる。あの時代に乗っかった男嫌いと高飛車な性格を直せば、マトモになると思うのだが。
昨日、俺はあの金髪に決闘を申し込まれた。どういった経緯だったかは覚えていないが、彼女とのISの試合が行われる事は確かだ。だから、俺は彼女に勝たなければならない。
聞いたところによると、彼女は国家代表の候補生、すなわち代表候補生だそうだ。まあ文字通りに読めば分かると思うが、「国の代表」の候補生だ。IS操縦の実力は凄まじいものなのだろう。初心者である俺が付け焼き刃の知識で挑んでも、まるで相手にならないのは目に見えている。
そこまでは分かっているのだが、どうすればいいのかわからない。取り敢えずISの基礎操縦を学ぼうと訓練機貸出申請書を提出してみたが、悲しいかな、三年生優先の為に数週間は訓練機を借りれないそうだ。
山田先生の「ごめんなさい‥‥今、訓練機は貸し出しできないんです‥‥」という言葉がリフレインする。決意した矢先に出鼻を挫かれてしまった。だが、そんくらいで折れる程俺はヤワではない。ISが無くてもできる訓練を考えなければ。
「ねぇねぇ、聞いた?」
「うんうん、転校生が来るって噂だよ?」
対セシリア・オルコット戦への対策を考えている俺の耳に、「転校生」という不穏な言葉が聞こえてくる。
なんだが嫌な予感がする。
思考を中断し、女生徒の会話に耳を傾ける。
「あの有澤重工のお嬢様らしいよ?」
「なんだ、有澤重工か‥‥‥期待はずれー」
有澤重工。日本の本拠地とする重工業系企業であり、その伝統を辿れば8
00年近く昔から続いている由緒正しき大企業である。ただ、ここ最近はISの登場による工業形態の変化に乗り切れず、営業不振が続いている。最近は少し持ち直しているらしいが、それでも全盛期には到底及ばない。
昔は日本三大工業の一角として名を馳せていたが、それももう懐かしい記憶でしかなく、今では「時代遅れ」と蔑まれるまで落ちてしまった。
何故俺がここまで有澤重工について知っているのかというと、まあ色々と訳があるのだが、それは今の話とは関係がない。
俺が言いたいのは、「転校生」が大企業の「お嬢様」という事だ。
「はぁあぁぁ‥‥‥‥」
先程まで俺の頭の中をぐるぐると回っていたあの金髪が再び蘇る。あんなのがもう一人増えたらたまったものではない。ストレスマッハで過労死する事間違いなしだ。
ふと、冷静になる。
よくよく考えれば、仮に噂が本当だとしてもワザワザこのクラスに転入してくるとは限らない。そもそも噂が本当かさえも分からないのだ。この考えも、どうせ杞憂で終わってくれる事だろう。
「はぁーい、席についてくださいね。SHRを始めますよ」
そう結論付けて俺の脳内会議を終えると同時に、山田先生が1年1組の扉を開いた。緑色のショートヘアを揺らし、ニコニコの笑顔を振りまきながら教壇に立つ。一つの席を囲って話に花を咲かせていた生徒達もワラワラと散り、各々の席に戻って行った。
普段なら、ここで千冬姉が号令をかけるのだが───
「あの、千冬n‥‥織斑先生は?」
千冬姉がいない。今朝も食堂で怒号を飛ばしていたはずの、千冬姉がいない。確かに千冬姉は朝が弱い。だが、教師としての千冬姉はまるで別人、朝の5時頃には起きている。だから、ここにいないのはおかしい。
最悪の想定が脳裏を過ると、そんな事は露ほども知らない山田先生が、
「織斑先生は今、転校生を案内してきているんですよー」
俺にトドメを刺した。クラス内は一気に騒がしくなる。
「転校生?」
「やっぱり噂は本当だったんだ!」
「ってことは、有澤重工のお嬢様?」
「お嬢様かぁ‥‥羨ましいなぁ。きっと専用機とか持ってるんだろーな‥‥‥」
「私も専用機欲しいな‥‥‥」
「はいはーい。あの、静かにして‥‥‥織斑くん?」
「織斑くんが燃え尽きてる‥‥」
「すごく‥白いです‥‥‥」
出鼻を挫かれたとかそういうレベルじゃない。骨がバッキバキに砕かれた気分だ。
「馬鹿者、起きろ!」
「いでぇっ!?」
頭に雷が落ちるのに似た強烈な衝撃が走り、はっと我に返る。
目の前には切れ目の、黒スーツの似合う女性。というよりもただの千冬姉だった。
なんだ、やっぱ杞憂じゃないか。千冬姉がいるって事は、転校生なんていな「では、入ってこい」
「はい」
転校生の存在を再認識し、絶望に打ちひしがれる俺の耳が、渋い「男の声」を捉える。
疑問を噛み砕く暇もなく、ガラッと扉が開かれる。
そこにいたのは───
「車‥‥椅子?」
だれが予想できただろうか。なんと、車椅子の少女だった。制服のロングスカートからチラリと見える足首は骨と皮しか残っておらず、まるで枯れ木のようだった。見ているこっちが痛くなってくる。
ふたつの車輪を両手で器用に動かし、滑るようにして教卓の横に移動した。黒くツヤのある長い髪が揺れる。
誰が見ても、彼女は可憐だった。それも、下品なものではなく、花の蕾にも似た、和の風流を感じさせる美しさがあった。
俺の幼馴染に篠ノ之箒という和を尊ぶ少女がいるが、またベクトルが違う。箒が力強く咲く椿だとするならば、彼女は朝露に濡れた朝顔だ。なんとも言えない儚さがある。
すると、俺がじーっと見つめていた事に気付いたのか、真っ黒な冷たい瞳がこちらを向く。目と目が合う。
そして、彼女は小さく微笑んだ。
刹那、心臓がズキズキと痛んだ。いや、そう錯覚しただけだ。俺の胸はなんともなっていない。その筈なのに───
『■■■■、■■』
頭にノイズが走り、胸の痛みが強まる。何か大事なものが、手の届くところまで来ている。本能が思い出すなと警告を告げる。
『■■■■■■■■■■■■』
───ダメだ、思い出せない。
『■■■■。■■■■■■』
意識が、掠れて───
「織斑!」
「は、はいっ!」
聞き慣れた鋭い声に、俺の意識が引っ張り戻される。
俺は今‥‥何を?すごく大事な事だった気がするんだが‥‥
「朝から居眠りとはいい度胸だな?」
「いや、そのですね‥‥ハハハ‥‥‥」
今はそれどころではない。我が姉(鬼の形相)が、俺の目の前に迫っている。この後の未来は誰にでも予想できる訳で───
「ふんっ!」
「うぎぃ!?」
本日二度目の出席簿アタックが脳天を揺らす。脳は物理的に活性化したが、脳細胞という尊い犠牲を払った気がする。
「では、自己紹介の続きを」
「ああ。私は有澤重工第43代社長、有澤隆文だ」
「転校生」の次は「社長」ときて、
「諸君、色々と迷惑を掛けると思うが、よろしく頼む」
短い挨拶だった。だが、俺にとってはそれで十分過ぎた。
有澤隆文という車椅子の少女。彼女との出会いは、俺の胸を波立たせ、その波が収まる事はなかった。
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食堂にて
「気を付け、礼」
「「「ありがとうございました」」」
昼休みになった。
授業間に挟まれる生徒の憩いの時間であり、各々で昼食を済ませる時間でもある。
勿論、俺も例外なくその一員だ。まだ一度しか食べていないが、IS学園の食堂で出す料理は安くて美味しい。ただ、女性向けに作られているせいか、少し量が少ないのが難点だ。まあ、少し余分に払って大盛りにしてもらえばいいだけの話なのだが。
という訳で、食堂に向かおうと立ち上がった俺に、ある提案が飛び込んでくる。
『そうだ、転校生を誘おう』
どこかの鉄道会社顔負けの名案を思い付いた俺だが、今は何をやっているのかと気になり、チラリと転校生を見やる。
特段特別な事をしているわけでもなく、教科書の整理をしていた。次の授業の準備も済ませてしまうなんて、とんだ優等生だ。俺も見習わないと。
そんな優等生さを発揮する美少女だが、なぜか周りに人は居着かない。他の生徒達も、少し距離を置いている印象を受けた。
まあ、無理もない話だ。本日付で転校してきたのだが、授業以外で一度も口を開いていない。休み時間はずっとキーボードを叩いているし、無表情のままだし、何とも話しかけ辛い雰囲気を醸し出している。
ただ、それだけではない。俺を含めたクラスの大勢が話しかけない理由は、きっと彼女が車椅子である事にある。
不思議な事に、「みんなと違う」という事はそれだけで疎外的に、悪化すれば迫害的に扱われる理由となるのだ。礼を挙げるとするならば、その「みんな」が「女性」となった結果がこの女尊男卑の世界という事が挙げられる。差別されている身としては、全くもって煩わしい。一体男が何をしたというんだ。
‥‥‥感情的になって話が逸れてしまった。兎も角、あの転校生が気になる‥‥‥別に好きとかそういう訳じゃない。ただ、感覚的に気にかかってしまうのだ。なんとなくというやつだ。
だから、飯に誘ってみたいという事なのだが、どうやって誘えばいいのかが分からない。箒みたいに元気溌剌な女の子なら気楽に誘えるのだが‥‥‥
最初の掴みは大切だ。初対面の印象が重要だと、テレビで見た事がある。取り敢えず、頭の中で数パターンをシュミレートしてみる事にした。
パターン①
「やあ、俺は織斑一夏。よろしくな!」
「ああ」
「その、飯に「すまない、今は忙しいんだ」
うん。駄目だ。印象が薄過ぎる。
パターン②
「よお、転校生。織斑一夏だ。これから食堂を襲撃する。付き合わないか?」
「誰だ貴様は。馴れ馴れしいぞ」
うーん‥‥‥襲撃しちゃ駄目だよな。もっと平和的にいかないと。
パターン③
「転校生、織斑一夏だ。よろしく頼む」
「ああ」
「何れまたな」
「ああ」
飯誘えよ!何やってんだよ俺!?
‥‥‥‥これはマズイ。良い方法思い浮かばない。何を言っても淡白にあしらわれる未来が見える。
そもそも男嫌いの可能性だって捨て切れない。それはないと信じたいが、十分あり得る話だ。
さて、どうするべきか。と顎に手を当てて考え込む俺の背中に、ツンツンと指でつつかれたような感覚が伝わる。
「あ、箒か。済まな───」
言いかけた言葉が止まる。振り向いた向こうには、見覚えのある幼馴染の姿。が、彼女は窓際で頬杖をつき、陰鬱げに空を見つめていたのだ。
対して、俺は教卓の目の前。どう考えても手が届く距離ではない。それに、箒以外が俺に話しかけてくるとは思えない。
周りからの視線がチクチクと刺さる。
側から見れば、俺が突然独り言を口走りはじめたようにしか見えないのだろう。
謎の心霊現象に戦慄しつつ、恐怖と恥じらいから逃げるようにして前を向く。が、こんどは制服の裾が引っ張られる。
恐る恐る、再び振り向く。が、誰もいない。恐ろしい。恐ろし過ぎる。IS学園の心霊現象が発生するなんて聞いてない。
「おい、こっちだ」
「ひいっ!?‥‥って、あれ?」
恐怖に慄く俺に、渋みのある声がかかる。音源は俺の斜め下。驚き混じりに視線を移してみれば、そこには噂の転校生、有澤隆文の姿があった。
「織斑一夏だな?」
「いや、え?あの、そうだぞ」
転校生が俺に話しかけてきたという衝撃に、思わずどもってしまう。というより、どうやって俺の背後に来たのか。さっきまで席に座っていたのに。
「私は有澤重工第43代目社長、有澤隆文。今日から君と学び舎を共にする事になった。学友として、よろしく頼む」
と言い、手を差し出してきた。色々とツッコミを入れたくなるが、気持ちを抑え、
「ああ、俺は織斑一夏だ。よろしくな」
迷わずに握り返した。その光景を目にして、生徒達は一気に騒がしくなる。
「あんなに堂々と織斑くんに話しかけるなんて‥‥侮れないわ」
「勇気あるよねー」
「うんうん、転校生の有澤さんだっけ?流石社長って感じ!」
「‥‥なんだか騒がしくなってしまったな」
申し訳なさそうにハハハ、と笑う転校生。
よし、今がチャンスだ。行くんだ俺!!
「その、有澤さん?」
「“さん”は不要だ。で、どうした?」
「分かった。有澤、もし良かったら、一緒に飯食わないか?」
「ああ、いいぞ」
拍子抜けする程簡単にOKが出てしまった。今まで悩んでいたのがアホらしくなった反面、結果オーライとはこういう時に使う言葉なのだなと思った。
「ところで、君の背中に睨みを聞かせているあの少女を誘わなくてもいいのかね?」
「え?あ───」
言われて振り向けば、眉を潜めて真っ黒なオーラを出している剣道少女がいた。おかしい。俺はなにもしてない。
‥‥‥‥飯に誘って誤魔化そう。
「おーい、箒!一緒に飯食おうぜー!」
「あ、う、うむ!」
途端、負のオーラが霧散する。もう、竹刀が飛んでくる事もないだろう。昨晩は酷い目に遭ったからな。俺は悪くない。
「さて、行こうか」
「ああ」
俺達は教室を後にした。
──────
食堂は予想してたよりもずっと空いていた。といっても比べればの話で、それなりには埋まっている。
「いただきます」
「「いただきます」」
手頃な席に座り、小学校の児童よろしく「いただきます」をした俺達は、一先ず食事に専念した。「話をしたい」とはやる気持ちもあるが、食べながら話すなど行儀が悪いと、千冬姉に散々教育され続けてきたのでそういう訳にもいかない。
有澤も空気を読んだのか、黙々と牛丼をかっ込んでいる。女子で牛丼、しかも大盛りなんてよく食うなあと感心しながら、俺は鮭のホイル焼きに箸を伸ばした。
うん、美味い。焼鮭のカリカリとした食感もいいが、このふっくらとした食感もまたいい。味噌とバターのふくよかな香りが食欲を増進させる。手先のかじかむ厳しい冬の食卓に出れば、それはもう美味しいとかそういう次元では済まないだろう。今が春なのが悔しい。というか春じゃなくて冬に出して欲しい。季節よ、冬になれ。
「ごちそうさまでした」
「む?‥‥‥んんっ、ぷはぁ!ごちそうさまでした!」
誰よりも早く箒が最初に完食した。それに負けじと、有澤が牛丼を水で流し込んで両手をパチリと鳴らす。自分でも食べるのは早いと自負していたつもりだが、上には上がいるとはよく言ったものだ。反応したくなる気持ちを抑え、飯をかっ込む。
「んぐっ、よっしゃきたあ!ごちそうさまでした!」
遅れて俺もゴールイン。箒の冷ややかな視線が痛い。何故だ、おかしいぞ。
「もう少し丁寧に食ったらどうだ」
「え?早食い競争的なノリじゃないのか?」
「誰もそんな事はしてないと思うのだが‥‥‥」
呆れて物も言えないという顔をされる。心外な、そこまで悪い事はしていないだろうに。
すると、有澤が「そういえば」と話を変えてくる。マジグッジョブ。
「織斑一夏と‥‥箒といったか?二人はどんな関係なんだ?」
「ど、どんな、か、かかか関係かだと!?」
「ああ、ただの幼馴染だぞ」
「そうか。仲が良さ気だったからてっきり恋仲だと思ったのだが」
「い、一夏と私はそんな関係ではない!」
そんなに大きく否定されるとさすがに傷つくという事を箒にもわかってほしい。
「そうか。つまらんな‥‥」
「いやいや、俺と箒が釣り合う訳ないだろ」
「ふむ‥‥‥なるほどな」
顎に手を当て、納得したように頷く有澤。この話はこれで終わりのようだ。箒がごにょごにょと口を動かしているが、何か言いたい事があるなら言ってくるだろう。スルーだ。
次は俺のターン。一つ、目の前の少女に聞きたい事がある。
「有澤って社長‥‥なんだよな?」
「ああ、有澤重工の43代目だ。尤も、半人前なのだがな」
「俺、社長って役職がどういうものかよく分かってないけどさ。どうしてIS学園に来たんだ?社長なんだからわざわざ学園に来なくてもいいんじゃないか?」
社長。会社の利益の為に方針を決定し、その最終的な責任を負う存在。テレビなどでは、椅子に踏ん反り返って部下に命令するという悪徳なものが多い。印象操作の結果かも知れないが、正直楽な仕事に見える。
有澤は即答する。
「私は社長としてここに来ていないからな」
「と、いうと?」
「分からないか?テストパイロットとしてISの操縦を学びに来たのだ」
「「え?」」
俺と箒の声がハモり、同時に視線が下に移ってしまう。直ぐに失礼な事をしてしまったと後悔する。
当たり前だが、彼女も視線に気づいていたのだろう。自分の弱々しい脚を見つめ、
「この脚のことか?」
「‥‥‥‥それは」
言葉が詰まる。誰にでも触れられたくない事はある。俺にだって、きっと箒にだってある。それに俺は無神経に 触れてしまったのだ。何て事をしてしまったんだろう。
自分で自分が恨めしい。
が、彼女は子を見守る母のように、優しく笑みを浮かべる。
「これは私の勲章だ。私が私である為に支払った対価だ」
彼女は続ける。
「結果的に両脚は動かなくなってしまったが、私は満足しているよ」
「‥‥その、すまなかった」
「謝る必要はなんてないさ。むしろ誇らしく思っているからな」
直ぐに理解できた。彼女は「俺達に」気を使ってくれているのだ。
俺達が脚の事を気にしている事がわかるから、気にしないでいいと言っているのだ。
きっと、有澤も気にされるのが嫌なのだろう。腫物のように扱われるのが、無駄に気を使われるのが心底鬱陶しいのだろう。俺も、そういう経験がある。
ならば、その思いを無下にする事はできない。それは、彼女に対する冒涜だ。
「‥‥すまない、ありがとう」
「なあに、心配はいらんよ。私のISは特別製だからな」
「なっ!?有澤も専用機を?」
「“も”という事は、君も持っているのかね?」
「いや、私ではない。持っているのは───」
俺に視線を向ける箒。
「成る程、納得だな」
「いやいや、まだ持ってないぞ?そうなる予定ってだけでだな‥‥」
「どこの会社だ?」
「確か‥‥‥倉持技研かな」
「倉持技研?」
首を傾げる箒。
「ほら、千冬姉の専用機を作った研究所だよ」
倉持技研。千冬姉の専用機「暮桜」を開発し、技術的な面で、現在日本で最も最先端を行く研究所である。日本三大IS開発企業の一つにも数えられるほどで、伝統ある二代企業ムラクモ・ミニレアム、キサラギと肩を並べている。
「最近はミサイルに特化した機体を開発していると聞いたのだが‥‥織斑一夏の専用機という事か?」
「そ、そうだったら嫌だな‥‥‥」
まだその原型すらも分からぬ専用機の噂を聞き、少しだけ落胆する。
まあ、どんな機体であろうと構わない。専用機を貰えるという事だけで、それがモルモット目的だったとしても何ら問題はない。専用機を貰える方が珍しいのだ。欲張るなんて以ての外である。
「あの、織斑一夏くんだよね?」
「おい、織斑一夏。誰か知らんが呼ばれてるぞ」
それにしても専用機か。言われていたのだが全く考慮していなかった。専用機が手に入るのはそれはもう嬉しいが、機体の装備が分からなければ練習のしようがないではないか。
「‥‥どうしたこいつは?」
「一夏は大事な考え事をする時、周りの声が聞こえていないんだ。昔からの癖のようなものだ」
「そうなのか。よく知ってるな」
「うむ、こういう時はこうするのだ」
まあ、そもそも訓練機を借りれないのだが。さて、本当にどうするべきか。こうなっては仕方がない、千冬姉か山田先生に───
「ふん!」
「痛い!何すんだ箒!」
いきなりチョップをかましてくるなんてひどい奴だ。千冬姉ほどじゃないが、箒のチョップもかなーり痛い。
「お客さんだぞ、一夏」
「え?」
見上げると、そこには見知らぬ顔。制服のリボンが青でないので上級生、つまりは俺達の先輩だ。先輩がわざわざこんなところに来て何の用だろうか。
「もう一回確認させてもらうけど、あなたが織斑一夏くんよね?」
「ええ、そうですけど」
「今度、イギリスの代表候補生と対戦するんでしょ?きっと、織斑くんが思ってるよりもずっと強いよ?」
「は、はぁ」
んな事知ってると思ったが、相手は目上の人だ。口を噤まなければ。
「もし良かったら、私が教えてあげようか?私三年生だし、今は暇だから」
知らない人からの誘いは断る口だが、悪くない提案だ。「教えてあげる」というくらいなのだから、訓練機を借りる手筈も付いているのだろう。
「‥‥‥それなら「いいえ、結構です」
「え?」
俺が受けようとするのを阻み、ぴしゃりと断る箒。断られると思っていなかったのか、先輩が眉間に青筋を浮かべる。
「ふーん‥‥一年生のこの時期、すっごく忙しいと思うんだけど‥‥それに入学したての貴方に、誰かに教えるほどの実力はあるの?」
箒は黙り込む。だが、直ぐに顔を上げ、
「私は篠ノ之箒です」
最強の切り札を切った。
俺の幼馴染である篠ノ之箒は、世界に467個しかないISコアの開発者、篠ノ之束の妹である。
もっとも、発表と同時に本人は雲隠れしてしまい、今現在はどこにいるのかわからない。血縁者である箒は重要要人として保護され、転校を繰り返したそうだ。きっと、保護という名の監視を受け、プライバシーも何もない生活を送っていたのだろう。彼女は姉を憎んでいるのだ。
そんな彼女が、こんな場面でそれを言うなんて‥‥‥
「この意味がどういうものか、分かりますね?」
「そ、そうね。それなら安心ね。では失礼するわ」
引きつった笑みを浮かべ、先輩は去っていった。箒は、どこか誇らしげだ。
「どうしたんだ箒。束さんの名前を出すなんて」
「な、なんとなくだ」
顔を赤くして俯く。
「箒、熱でもあるのか?」
「だ、大丈夫だ!熱などない!」
「いやだって顔が「ゴホンゴホン。君達、私を忘れていないかね?」
「「あ」」
ジトーっとした瞳がこちらに向けられる。大きくため息を吐き、
「で、イギリスの代表候補生とやらと試合をするというのに、断ってしまって良かったのか?」
「だ、だよな‥‥‥」
「そ、そんな顔をするな!」
んな事言われても‥‥本当にどうしよう。
「わ、私がISについて教えてやる!」
「ん?箒ってISについて詳しかったっけ?」
「ともかく教えてやると言っているのだ!」
なんてムチャクチャな‥‥と気圧されていると、
「織斑一夏」
低く短い声が響く。俺達の視線が有澤の顔に注がれる。
「私に考えがあるのだが」
「え?」
「織斑一夏が代表候補生に
「今「勝つ」って言ったのか?」
「ああ、そうだ」
彼女は不敵に笑う。
善戦をするだとか、負けない為だとかではない。「勝つ」と言って見せたのだ。
そんな事言われたら、乗らないわけにはいかない。俺の求めていたその言葉だけで、自然と笑みも溢れてしまう。
「それには篠ノ之箒の協力も必要なのだが‥‥大丈夫か?」
「う、うむ。別に協力してやらん事もないぞ」
「そうか。では、どうする?」
どうすると言われても、答えは決まっている。
「ああ、よろしく頼む!」
「まあ、もちろんタダではないがな」
「「え?」」
俺の顔から、おそらく箒の顔からも、笑みが削げ落ちた事だろう。
いつになったら雷電が出て来るんだ‥‥‥
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