ソードアートオンライン―泥中の蓮― (緑竜)
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設定集 ネタバレ防止加工済

 要望のあった設定集です。

 

※一部裏設定を含めます。

※ネタバレ等があるところは隠していきます。そこは反転にしますので、見る方は自己責任でお願いします。

※必要に応じて追加していく予定です。

 

 

 

 

ロータス スペル:lotus 本名:天川(あまかわ) (れん)

 

SAOクリア時レベル:90 ステータスバランス:STR-AGIに近いバランス型

 

スキル構成

 

 曲刀

 索敵

 投剣

 体術

 隠密

 武器防御

 刀

 短剣

 小太刀

 高速武器換装

 射撃

 アイテム作成

 

 小太刀:普通の刀より少し小ぶりの刀。短剣を使い込むことによって発生。短剣よりリーチも一撃も大きいが、短剣の良さであった取り回しの良さは無くなっている。かなり早い段階から発見されていたが、短剣の一番の利点をわざわざ潰した武器だったので、中途半端、役立たずの烙印を押された。

 これはその形状から、曲刀、短剣、刀、小太刀のすべてのソードスキルを発動することが可能なことが判明。だが、そんなに武器スキルを習得する人間はいなかった。が、ロータスに関してはその数少ない例外に該当した。故に彼は、その多数のソードスキルを使い分ける、PvPにおいて相手を読ませない破格の戦闘力を有することになった。

 また、小太刀のみ、刀と同時装備して、両手とものソードスキルを発動させることが可能。

 

 射撃:早い話が弓。普通の矢は無限。それ以外の特殊な矢は作成した分だけ。矢はアイテム作成または武器作成で作成可能。

以下、軽いネタバレがあるため反転

 発現条件は、「全プレイヤーのなかで、最高の投擲能力を持つこと」。ヒースクリフ曰く、「ジョーカー足り得る存在」。PK及びPKKを行う過程で投擲系統のスキルを多く使っていた彼にこのスキルが与えられた。

反転ここまで

 

 高速武器換装:事前に設定した武器・防具のセットに素早く変えることの出来るスキル。変える方法は、音声とメニューのショートカットの2つ。早い話がモンハンのマイセットを素早く呼び出せるようなもの。発生条件は派生武器スキル(刀、両手剣、小太刀など)を二種類以上習得すること。故にユニークスキルではない。が、上記の通り、そもそもそんなに武器スキルを習得する物好きはいないため、実質ユニークスキル。

 

 

 本作主人公。大学生。最初期から攻略組に参加しているプレイヤーの1人。戦闘スタイルは、片手に刀、もう片方はフリーか小太刀。体術なども織り混ぜた、非常に多種のソードスキルを使いこなすアタッカー。

 また、武器特性上、いち早く剣技連携(スキルコネクト)を習得している。

 

以下盛大にネタバレにつき反転。

 

学生時代いじめにあっていた。家は完全な亭主関白でいじめなんぞ自分で解決しろを地でいく家庭環境で、相談しても無意味。挙げ句の果てにいじめる側に嵌められて教師、父親からの信用も失墜させられ、学校にも家庭にも居場所を無くした。結果、家族も含め、能力面で信用することはあっても、基本的に誰も信頼しない。無論、友好関係も滅多に築かない。その上、会話の必要の無いゲームにどっぷり浸かることになる。

 彼の目的は、SAOにおいて救える人間を救うこと。つまり、1人でも生き残らせること。攻略組に入ったのも、ゲームを早期攻略して、一刻も早くプレイヤーを解放するため。

 PK集団(後のラフコフ)の事実を知ると、彼らに潜り込み、内側から彼らの壊滅を企む。その過程で、かつて自分を陥れた相手の存在を知ると、その相手に対して復讐をする。着実に組織内で古参として信頼を得た後、討滅戦において本格的にラフコフを裏切り、ジョニーブラックとザザの捕縛に貢献する。その後は攻略組に戻らず、レッドの残党刈りをしつつ、潜入時に用いたクリーンな内通者、クラディールの殺害を目論む。彼がKoBに所属し続けていることを確認すると、最前線に潜り続けて機会を伺っていた。

 その過程で、ユニークスキル“射撃”で援護することで、74層フロアボス撃破に貢献する。が、これは扉の外から射続けるという方法だったため、75層フロアボス部屋ではカーディナルがボス戦開始とともに扉をロックする対策をたてた。それにより、75層フロアボス攻略には直接参加する。キリト同様、ヒースクリフの正体を、PvPの経験で得た心理戦の応用で看破するが、タイマンデュエルは辞退する。が、最後の一撃をかまそうとしたヒースクリフの剣を射撃スキルにて援護することで、クリアに貢献する。この際、デュエルを行わなかった代わりの貸しとして、MHCP02を譲り受けた。

 ALO編では、須郷の手によって記憶を封印され、オベイロンの従者であるホロウとして、攻略に勤しむプレイヤーをPKして回っていた。が、レインの捕縛を命令されたことをきっかけとして、封印されていた記憶が蘇り、最終局面において須郷の実験の被験者になっていたSAO未帰還者のログアウトを行った。

 家族の理解を得られず、現実世界で居場所を失っていたところに、仮想課の役人からの依頼で、SAO帰還者の学校の教師として、レインたちの担任になる。馴れない教職の仕事に、再任用の先生方の助言も受けつつ、四苦八苦している模様。

 また、自分を助けようと奔走したレインに対しては、不器用ながらも距離を縮めようと努力している模様。

 ・・・仮想課の役人、一体何岡なんだ・・・(棒

 

 反転ここまで。以下作者コメント。

 

 序盤の感想でも書きましたが、案外情に篤いけど目的のためならどんな手段でも構わない冷酷性を併せ持ったキャラクターです。ユーリに似た感じになったのは、そういうキャラクターということで合う人物ということでした。序盤の感想の返信でわざわざあんな妙な書き方をしたのは、そういうほうが伝わりやすいかなー、って思ったから、というだけです。ま、個人的な彼の印象でもあるんですがね。

 

 レイン スペル:rain 本名:枳殻(からたち) 虹架(にじか)

 

 SAOクリア時レベル:103

 

 スキル構成はぶっちゃけあんまり考えてません。

 ステータスバランス:AGI-STR型、ただしAGIのほうが大分高めのスピード型

 

 本作ヒロイン。ロスト・ソングより。年齢はアスナ、リズと同い年(キリトの一つ歳上)。序盤でロータスに助けてもらったことがきっかけで、彼とはよくペアを組む。戦闘スタイルは、初期ロータス譲りの片手用直剣とフリーの片手による、体術を混ぜるアタッカー。

 

以下ネタバレにつき反転。

 

ロータスがラフコフに潜ってから少し経った頃、彼の目的を察して攻略組を一時離脱、異常なレベリングを実施する。結果的に彼の隣に立つことは75層フロアボス攻略まで無かったが、彼を再び表舞台に戻そうと努力していた。

半分なりゆきではあるが、ユイ関連の出来事に関わる。

 ALO編では主人公。ロータスこと蓮がALOに囚われていることを聞き、ALOにログイン。その過程で、ホロウがロータスであることを看破し、彼との一騎討ちに勝利。帰還後は彼と友好な関係を築いている。

 

反転ここまで。以下作者コメント。

 

 

 正直この子が結構引っ掻き回してくれました。でもそれが結果的にブレイクポイントになって新しい物語が生まれたりして、結構その辺複雑な心境だったキャラの筆頭。ちなみに、没になった設定で、LSで見せていた逆手の納刀というのが主人公から移った癖、というのがありました。かなり序盤のムービーなので忘れてる人も多いかもしれませんが。ですが、書いていくうちにこの二人が師弟というより相棒になって行き、その設定は自然消滅的に没になりました。正直、レベルはやりすぎ感がありましたが、鬼のレベリングをしたキリト君のレベルが90オーバーだったので、さらにそっから追加して100オーバーにしてみました。まあ、彼のレベリングしていた時期を考えると、彼女はかなり後のレベリングだったので、効率アップしていたということでここは一つ。

 

 

 

エリーゼ スペル:elise 本名:(たちばな) 永璃(えり)

 

 彼女に関してはスキルもレベルも特に考えてませんでした。

 

 元々は彼の復讐のために雇われた女傭兵。物語途中から、レインたちと関わっていくことになる。つかみどころのない飄々とした女性。カスタマイズで瞳の色がインディゴ(藍色)に近い色になっている。

 

 以下ネタバレに(ry

リアルでは、孤立している蓮に対して歩み寄ろうとしていた唯一の後輩。だが、当の本人が全く誰も信頼していなかったため、彼との距離は縮まらなかった。ロータスのたくらみを察知して、鬼のレベリングをしていたレインに接触。同じく彼を表舞台に戻そうと動く。第一層の教会孤児院にしばしば出向いており、その時にユイの一件に遭遇する。そのあとは、かつての通り傭兵として活動していた。

 リアルでは凄腕のハッカー。画面の見過ぎで視力を悪くしたのか、眼鏡をかけている。マジレスすると、軽い度の入ったブルーライトカット眼鏡。

 ALO編では、彼が復帰していないことを知ると、彼の搬送先の病院のアクセスログなどをハッキング、ついでに彼が茅場から報酬としてもらい受けた、MHCP02、ストレアを強奪、所持権を移す。その後、仮想課の役人から情報を聞き出し、虹架に接触。ALOにてともに冒険を繰り広げる。

 情報の聞き出し方は、相手が官僚であることを利用したスキャンダルばらしによるっていう裏設定があったりする。そんな官僚、一体菊何なんだ・・・(棒

 

 反転ここまで。以下作者コメント。

 

 引っ掻き回したってレベルじゃないよ本当にこの子は。本当に何度も言うけど一瞬だけ登場のモブキャラにする予定なのになんでこうなったんだよ本当に。俺が聞きたいレベルで追加設定もろもろが出まくった子です。本当にもはや原型とどめないレベル。

 

 

 セルム

 

 SAOに登場したNPC。ストレア(後述)をかくまっていた。

 エルフと人間が交わって生まれたハーフエルフという存在。その出自から疎まれ、世界の片隅でひっそりと世捨て人として暮らしていた。という設定。

 プログラムのバグから自我を持っているため、かなりNPCっぽくない。という裏設定。

 

以下作者コメント。

 主人公側のサポートキャラクター(キリトで言うユイちゃん)のような存在としてストレアを考案したけど、果たしてその流れをどうするよ。ということで編み出した子です。自我うんぬんの設定はPSUシリーズのツノを生やされたあの人関連から、人物像自体は風の谷のナウシカ(原作)から拾ってきました。本当に穏やかな世捨て人。個人的にもっと出番を増やしたかったキャラクター。

 

 ストレア

 

 ゲームより引用した、MHCP02。つまり、ユイちゃんの妹に当たる。ユイちゃんが黒白夫婦を重点的に監視していたように、彼女はロータスを重点的に監視していた。そのため、バグを蓄積させて、未使用アカウントを乗っ取って浮浪者のようになっていたところをセルムに発見され、彼に匿われていた。

 ALO編ではレインたちをサポート。最終的な世界樹攻略の時は、前衛の一助となった。

 

以下作者コメント。

 主人公側のサポートキャラクターとして編入させたはいいものの全く活躍させてあげれなかった不憫な子。これは本当に風呂敷広げすぎました。力不足ですね、はい。

 今後、活躍の場を与えていこうかと考えてます。




 今後展開とともに増やす予定です。


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SAO、序章
0.プロローグ


 はい、どうも。SAOにも手を出した緑竜です。相変わらず文章力はそこまでありませんが、精進してまいりますので、よろしくお願いします。


 2022年11月6日、昼前。少し早い昼食を済ませた俺は、バタバタとしていた。両親からしたら、「なんでお前はそんなにバタバタしてるんだ」、などと言いそうだが、俺にとっては大事なことだった。何せ、今日はソードアートオンライン、通称SAOのサービス開始日だからだ。そんなときに寝坊するのは・・・まあ、ある意味俺らしいというか、呆れた話である。

 今まであまたのゲームを買ってプレイしてきたが、これまでで一番ワクワクしている。自分も、本来狩猟や純粋なRPGが好きなのだが、こういうMMORPGはほとんどやってこなかった。しいて言えば、ずいぶんと前に動物―――空を飛べるものも含んで―――を乗って様々な土地を走っていけるというものがあったが、やはりそこまでやり込めずにすぐやめてしまった。だが、これは違った。誰もが夢見たであろう、画面越しのキャラクターに自分がなりきることができるというのは、食指を動かすには十分だった。

 ハードとソフトを買った直後にキャリブレーションを済ませ、あとはサービス開始と同時にログインするだけ・・・だったのだが、俺が今日起きたのは12時ジャスト。素早く着替えて食事をとって、そして今に至るというわけである。

 一応念のため書置きを横に置く。ゲームなどには疎い両親のことだ、万が一ログインしている最中に無理矢理落とすために外そうものならいったいどうなることか・・・想像したくもない。いろいろと考えて文面を書き終えてペンを置くと、すでにサービス開始まで5分を切っていた。携帯の電源を切る。どうせダイブ中は操作することなど、土台不可能なのだ。

 ナーヴギアの電源を入れて被る。あまり人が入らない場所だが、念のため邪魔にならない場所に寝転ぶ。

 ソフトの挿入を確認し、Wi-Fiの接続を確認する。電源が刺さっているかを確認してから、時計を確認する。現時刻は12:58。案外時間がかかったなと思いながら、俺はその辺の床に、邪魔にならないように横になった。この手のやつは座っていてもある程度大丈夫だが、案外ナーヴギアは重たい。仮想空間(フルダイブ)から戻ったら首が滅茶苦茶痛かった、などという事態はできるだけ避けたかった。

 やがて時間が来る。体内時計には昔から自信があった。だが念のため、残り20秒を切ってから目を閉じる。はやる心を押さえてカウントを終えると、その言葉をつぶやいた。

 

「リンク・スタート」

 

―――それが、自分を長い間囚われさせる、魔の言葉であるとも知らずに。

 

 

 

 

 ダイブした直後に俺が見たのは、大きな広間だった。駅前のロータリーのような近代的なつくりではなく、まるで中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたかのような趣のある街だった。

 

「すっげえな、こりゃ」

 

 正直に言えば想像以上の一言に尽きる。これほどまでとは思ってもいなかった。一応書置きには夜には戻ると書いたものの、これでは下手したら一日くらいはダイブしっぱなしになっていそうだ。

 何はともあれまずは武器だろう。初期装備すらもアイテムストレージにないというザル度合いだが、裏を返せば様々な武器を扱えるということでもある。そう思い、とりあえず街を散策することにした。

 今の自分は、事前に作ったアバターになっている。背も少々高めに設定したからか、視線が慣れない。が、こんなのは時間が解決するだろう。それに、この手のアバターは大量に見かける。アバターの自由度が高いゲームだと顔面偏差値が異常な高さになるのは、ある意味必然といえよう。

 

「んー・・・」

 

 ちなみに、今俺は絶賛悩み中である。シンプルなロングソードである片手用直剣は扱いやすさに定評があるが、それではつまらなさそう。短剣は取り回しがいいが、いかんせん至近距離での戦いには慣れていない。どちらかといえば柔道より剣道のほうが得意なのだ。槍はタンクが装備するイメージだし、何より狩猟ゲームでも槍系はほとんど使わないから論外。となると・・・

 

「これかなー・・・」

 

 そう言ってディスプレイしてある曲刀・・・所謂シミターを手に取る。リーチでは片手用直剣にわずかに劣り、刃も片側にしかついていない。

 

「でもこっちも捨てがたいよなー・・・」

 

 そう言いつつもう片手で今度は棍棒を手に取る。刃をいちいち意識しなくていい代わりに、ただ単純に重い。まあそれが取り柄でもあるのだが。

 暫く悩んだ末に、NPCにふと問いかけた。

 

「すんません、これって試し振りってできます?」

 

「おうできるよ。店ン中にスペースあるから使ってくれや」

 

 気前のいいNPCに感謝しながら入っていく。確かに、店の奥にはちゃんとそのようなスペースが用意されていた。

 

「・・・用意周到なことで」

 

 呟きながら、まず曲刀を手に取る。踏み込みながら基本的な振り方をして、感触を確かめる。直後に棍棒を取り、何度か振る。すぐに心は決まった。初期金額から勘案しても、かなりリーズナブルなお値段であることも確認し、試し振りスペースから出るや否や言った。

 

「おっちゃん、こいつくれ」

 

「おう毎度!気ィ付けてな!」

 

「ありがと」

 

 そう言うと、改めて相棒となった曲刀を鞘にしまう。どうやら店売りのアイテムは鞘もセットになっているようだ。それからいくつか店を回って回復薬を入手すると、俺は意気揚々と町の門をくぐった。

 

「さてと、んじゃま早速狩りに行きますか!」

 

 記念すべき初狩ということで、俺は本当に楽しんでいた。

 

 

 

 

 それから数時間後、俺は順調に戦っていた。最初こそ少々感覚がつかめなかったが、慣れてくると簡単だった。

 このゲームには、所謂魔法の類は一切存在しない。その代りに存在するのはソードスキルといわれるものだ。特定の体勢をプレイヤー側が意図して作ってやることで、それをシステムが認識、結果、誰でも簡単に強い攻撃が放てるという仕組みだ。それに、ソードスキルには様々なバフやデバフ付与効果があるとも聞いている。

 

「なーる。こいつは確かに楽だな」

 

 もっとも、俺の選んだ武器、曲刀だと“リーバー”という、突進系の技しか使えないようだが、何もないよりはよっぽどマシだ。

 

「ま、でも楽だな、これ」

 

 このあたりに湧くのは“フレンジーボア”という青色の猪だ。猪系の相手のセオリー通り、突進を躱して後ろから攻撃で大抵は対処が可能。実際、これまでだってそれ一辺倒で簡単に対処できた。が、これにはちょっとした面白いギミックもあった。というのも、脊椎動物というのは絶対に脳が存在する。そこを潰してしまえば簡単に倒せる。つまりだ、相手から真っ直ぐこちらに向かってくるのなら、わざわざよけて攻撃するより、その場で待ち構えて頭を一突きするとか、飛んで上から頭を裂くとか、はたまたその得物を投げるとかというのも有効なわけだ。実際どれでも有効で、クリティカル扱いになってその猪は例外なく死んでいった。哀れ猪。

 

「さてと、マップを見てみますか」

 

 如何せんこの第一層は広いと、マップを見て改めて思う。確かパッケージのイラストでは、この“浮遊城アインクラッド”は円錐形になっているようだから、事実上ここが一番広い層ということになるのだろう。が、これは広い。

 

「えっと、ここから一番近いのは・・・こっちか」

 

 大体の方向を覚えて、俺は歩き出した。

 

 

 

 暫く歩き、道中で出てきたモンスターを片っ端からぶっ倒しながら、俺は地図にあった村にたどり着いた。

 

「あ、そういえば」

 

 本当にふと思い出して、俺は剣を一回鞘から抜いた。軽く指でタップしてウィンドウを表示させ、その数値を見て顔をしかめる。

 

「うっわー、やっぱ耐久値結構やばいなー」

 

 耐久値、というのは、ざっくり説明すると“物の寿命”である。これがゼロになった瞬間、食物だろうと武器だろうと、ポリゴンのかけらとなって利用不可となってしまう。それが結構危ないということは、最悪この剣はなくなっていたということだ。

 

「よかった気付いて。さてと、んじゃま武器屋を探しますか」

 

 一言呟いて武器屋を探す。案外すぐそこにあった武器屋には、流石に最初期の街とは違い品ぞろえがよかった。それに、これまでさんざんモンスターをぶっ倒してきただけあり、コル―――この世界での通貨だが―――もそれなりにたまっている。何本か買うくらいは造作もなかった。

 

「さーてと、行くか」

 

 一言呟いて一歩を踏み出した瞬間に、鐘の音が鳴り響いた。リンゴーン、リンゴーンと響くその音に、言いようのない不穏な予感を覚えた。瞬間、自身を光が包む。それが収まったとき、俺は広場にいた。

 

(ここって、ログインしたときの・・・)

 

 よく空を見ると、幾何学模様のようになった空に何か書いてある。さらに注視すると、それが“Warning”“System Announcement”と書いてある。運営から何か通知があるのかとただぼんやりと考えた。

 そうこうしていると、空から何か液体が垂れてくる。明らかに粘性がありそうな赤いそれは、空中に巨大なローブのアバターを形作った。何人かが引き攣った悲鳴をあげたが、まあ無理ないだろう。当の俺は「わー悪趣味(棒)」という、超がつくほど味気ない反応だったが。だがそれはやがてひそひそとした話し声に変わった。

 

「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私は茅場晶彦、今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」

 

 未だにざわつきが収まらない広場に―――より正確にはそこにいるプレイヤーに向け、そのアバターは話しかけた。

 私の世界、なんていった瞬間にそうかなと思ったが、まさか開発者直々にとは。こりゃ驚いた。

 

「プレイヤー諸君は、もうすでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかしゲームの不具合などではない。繰り返す。これは不具合などではなく、ソードアートオンライン本来の仕様である」

 

 ・・・え、俺気付いてなかったんですけど。というか、今こいつはナントイッタ?ログアウト不可が仕様だと?欠陥ってレベルじゃねえぞ、おい。

 

「諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない」

 

 要するに、出たかったらクリアしろと。単純明快で結構。ってあれ、待てよ、ナーヴギアが外れたらどうなる?

 

「また、外部の人間によるナーヴギアの取り外し、あるいは破壊や停止が行われた場合、諸君らの脳はナーヴギアが発する高出力マイクロウェーブによって破壊される。

 正確には10分間の外部電源切断、2時間のネットワーク回路切断、ナーヴギア本体のロック解除、または分解、破壊のいずれかによって脳破壊シークエンスが実行される。

 現時点で、警告を無視して現実世界の人間がナ―ヴギアの強制除装を試みた結果、すでに、213名のプレイヤーがアインクラッドおよび現実世界から永久退場している」

 

 用意周到だなクソッタレが。てか213人って、マジかよ。

 

「だが安心して欲しい。この事に関しては各種メディアおよび政府に通達済みだ。以降、これによる退場はないと言っていいだろう」

 

 安心できる訳ねーだろコラ。今更何言っても無駄だけど。

 

「また、ソードアートオンラインはただのゲームではない。もうひとつの現実だ。

 そのため、ゲームクリアされるまで、ありとあらゆる蘇生手段は用いられない。HPがゼロになった瞬間、アバターは永久に消滅し、諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」

 

 ・・・もはや驚く気にもならない。つまり、こっちで死ねばあっちでも死ぬっつーことか。

 

「ここがもう一つの現実であることをここに証明しよう。今、君たちにプレゼントを贈った。アイテムストレージを確認してくれたまえ」

 

 あちらこちらで鈴を振ったような音がする。その音の一つを出しながら、アイテムストレージを確認した。確かに、見覚えのないアイテムが一つ混じっている。アイテム名は“手鏡”。とりあえず出現させると、そこにあったのは何の変哲もないただの手鏡だった。と思ったら、自分の体が光に包まれる。またどっかに飛ばされるのかと思っていると、景色は変わっていなかった。だがどこかおかしい。

 少々周りを見渡してすぐに気づいた。まず、女性が極端に少なくなっている。そして、美男美女ばかりだったのがありふれた顔も多くみられるようになっていた。ということは、

 

「やっぱりな」

 

 鏡に映るのは、先ほどまでの切れ長い目のイケメンではなく、現実世界での自分の顔だった。先ほどのアバターと似通っているところといえば、目が少し切れ長なことくらいか。細めの釣り目に怒り眉、少々鼻が高く、少し厚めな唇という、平凡なただの青年の顔だった。改めて顔を上げると目線も若干落ちて―――いや、戻っている。つまり、アバターを現実世界の体に置き換えたということか。キャリブレーションとヘルメット型というところがまさかこんな意味合いを持っているとは考えもしなかった。

 

「おそらく諸君は、なぜ私はこんなことをしたのか、と考えているのだろう。何故ナーヴギアの開発者たる茅場晶彦は、このようなことをしたのかと。その目的はすでに達成されている。

 この状況を作り出し、鑑賞する。そのためだけに、私はSAOというものを作った。そして、その目的はすでに達成せしめられた。

 ――――以上でソードアートオンライン、正式サービスチュートリアルを終了する。健闘してくれたまえ」

 

 そう言うと、そのローブは虚空へと消えていった。空の幾何学模様もなくなっていく。と同時に、怒号がその場を覆い尽くした。それもそうだろう、普通のゲームだと思っていたら、何の予告もなくデスゲームと化したのだから。

 だが、そんなことを俺はどこか他人事のように思っていた。こういったことが起こった瞬間、大抵の人間は安全なところに閉じこもるか、集団を組むことで安全性を高めるはず。だがもとより俺は集団に溶け込めるような性格ではない。なら、この先に取るべき行動は―――

 

 そこまで考えた瞬間に俺は走り出していた。広間からフィールドに出て、そのまま先ほどまでいた町まで走る。

 

(どっかで聞いたな、この手のゲームはリソースの奪い合いだって。だったら、おそらく始まりの街周辺のMobはさっさと狩り尽くされる。なら、この状況ですべきは一刻も早く違う街にとりあえずの拠点を置いてレベリングをすること)

 

 基本的にレベリングなどはしない主義だが仕方ない。今回の場合は死んだら終わりなのだ。死なないために一番簡単なのはレベルを上げることだろう。と思っていると、目の前に狼が湧く(ポップする)。走っている勢いそのまま抜刀して即座に軽く跳躍しながらリーバーを発動させる。そのまま刃は相手の右目を通って横腹を裂き切り抜けた。慣性に従って動く体を、技後硬直(ポストモーション)が解けるや否やさらに走り出した。今はとにかく一歩でも前へ。置いてきた人間のことなど、今は考えられなかった。

 




 はい、というわけで。

 あれ、結局どこかで見たような話になってしまった。創作力のなさが痛感されます。

 次はすぐに投稿します。ではまた次回。


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1.ホルンカ

 はい、どうも。

 宣言通りすぐ投稿しに来ました。今回さっそく改変その1があります。あと、ようやく主人公の名前が出ます。


 日没の前に何とか次の村にたどり着いた俺は、そこで奇妙なプレイヤーに出会った。

 

「ほらほら持ってけ持ってケ~。アルゴ印の攻略本、たったの500コルだヨ~」

 

 待った、攻略本?ってか、俺結構休まず全力で走ってきたほうなんだけど、それをやすやすと上回るってことはあのプレイヤー何者、と考えたところですぐに思い当たった。

 

(あ、そっか、SAOにはCBTがあったんだっけ)

 

 CBT、つまりはクローズドβテスト。サービス開始前にバグチェックやバランス調整、サーバー負荷などのデータ採取を目的としたβテストの中でも、人数などを制限したもの。確かSAOでは公募制だったはずだ。

 まあ、そんなことはともかく。おそらくCBTの経験を生かして近道とか効率的なレベリングとかをしたのだろう。要するに、おそらくその攻略本を生み出したアルゴなる人物はほぼ間違いなくβテスターなわけだ。そう思いながら、情報は大切だと遠慮なくもらうこととする。

 

「オ?おにーさん、早いナ」

 

「そうなのか?俺は合理的な手段を取ったまでだが」

 

「それを迷いなく選べるプレイヤーは一握りだと思うゾ」

 

「ま、褒め言葉と受け取っとくよ。それより、ここに書いてある情報ってCBTの情報か?」

 

「まあナ。確実性が保証できるものもあるけどそうじゃない情報も多い。だから基本は無料」

 

「ってことは、確実な情報は有料、結果として500ってわけか」

 

「そーいうコト。おにーさん、頭の回転早いナ。名前はなんていうんダ?」

 

「ロータスだ。俺は頭の回転がいいとは思わないけどな」

 

「にゃハハハ、ますます気に入ったヨ。ちなみにオレっちがアルゴだヨ」

 

「そうか、よろしくな」

 

 そう言いつつ500コルを手渡す。

 

「ほい、毎度」

 

「これに書いてあるなら払わないけど、この辺でおすすめのクエストってあるか?」

 

「んー、ここだとやっぱアニブレだナ」

 

「アニブレ?」

 

「おっと、これ以上はお代をいただくヨ」

 

「いくらだ?」

 

「アニブレのクエストなら・・・そうだナ、300もあれば十分だナ」

 

「OK、そんだけなら安いもんだ。ほい」

 

 即決で決めて、メニューを操作して300コルをきっかり取り出す。すると、相手は意外そうな顔をした。

 

「そんなに簡単に信用していいのカ?」

 

「俺、昔っから人を見る目はあるつもりなんだよ。で、あんたからはなんていうか、悪意で情報をばらまいているとは思えない。これも、このちっさな本って言っても価値は500どころじゃねえだろ?つまりはそういうことだ。

 で、アニブレ?にまつわる情報をくれ」

 

「そう急くなっテ。アニブレっていうのはアニールブレードの略で、ここらだとそれなりに使える片手剣のことだヨ。あそこの家、見えるカ?」

 

「道具屋の看板がある家から、向かって右の家か?」

 

「そうダ。とにかく、そこを訪ねてお茶をごちそうになる。それからしばらく待つと奥から咳が聞こえるから、それがフラグ。あとはあっちにある森に潜って、リトルネペントの胚珠を渡せばクリアダ」

 

「さらに100出す。リトルネペントについて教えてくれ」

 

「追加料金は要らないゾ。もともと教えるつもりだったからナ。リトルネペントは植物系で、隠蔽(ハイディング)は効果がナイ。あと、通常と実付きと花付きがあって、花付きからしか胚珠は落ちナイ。実付きの身を割るとリトルネペントがわらわら湧いて出て来るから注意ナ」

 

「ソロで囲まれた場合は?」

 

「AGIに物言わせて逃げるのが一番だナ。無理に戦うのはおすすめできないナ」

 

「そっか。アニブレは売れば金になるのか?」

 

「それなりにナ。エンドまで強化しようって考えるやつは少なくないから、予備としても持っておくプレイヤーの一人や二人、いても何ら不思議じゃなイ」

 

「おっけ、サンキュな」

 

「今後ともごひいきニ」

 

「そうさせてもらうよ。とりあえずフレ登録いいか?」

 

「むしろこっちからお願いしたいネ。正式サービスでのお得意様第一号ダ」

 

「ほう、そりゃありがたいな」

 

 そう言いつつフレンド登録を終わらせると、俺はその場を離れた。

 

「んじゃーなー、お互い気を付けようぜー」

 

「そっちもナー」

 

 お互いにそう言いながらその場を離れた。とりあえず、武器にはある程度余裕がある。なら防具を固めようと防具屋を目指した。

 

 

 

 言われた通り町はずれの森で狩る。リトルネペントというのはなんだか―――というかそれなり以上にグロテスクなモンスターだった。最初こそてこずったこともあったが、根元―――と言っていいのかは疑問だが―――の部分がHPを削りやすいと気付いたらあとは楽だった。

 移動しながら何頭目かのリトルネペントを倒したところで、遠くから人の声がした。もしかしたら自分より手練れのプレイヤーかもしれない。そう思いながら、そちらの方に向かった。

 その声がしたと思われる地点に来た瞬間、先ほどまでの様子見精神は吹き飛んでいた。流石に目の前でプレイヤーがモンスターの大群に襲われているのを、はいそうですかとスルーできるほど俺は薄情ではない。一瞬で抜剣し、リトルネペント数体一気に散らす。本来、他人の獲物を横から倒すのはマナー違反なのだが、緊急時だから仕方ない。

 

「動くな!」

 

 一言強い口調で押さえる。どうやら腰が抜けているようだが、念のためだ。振り返り様に腰からスローイングピックを抜いて投げる。もしかしたらと投剣スキルをとっておいて、そしてホルンカでもピックを多めに購入しておいて正解だった。十分な行動遅延(ディレイ)を与えたことを確認する暇も惜しく、さらに接近してきたリトルネペントを右下から斜めに切り上げる。何やらシステムメッセージが出てきたが今は無視だ。そのまま横にいたリトルネペントを倒し、残っていた数体も一気呵成に攻めて終わらせる。後ろから多分15体くらいのリトルネペントがわらわらと湧いて出て来る。

 

(・・・上等!)

 

 自信の口元が緩むのが分かる。俺の悪い癖だが、こういう時には役に立つ。ぼんやりとそんなことを考えながら、もう一度相手に突っ込んでいった。

 やがて一通り暴れると、周りから敵はいなくなっていた。が、こちらもかなり限界だった。切らした息を整える間もなくポーションをあおり、注意深く周囲を見渡してから、助けたプレイヤーのほうを向く。

 

「さっきはきついこと言ってすみません。大丈夫ですか?」

 

 せめて優しく声をかけながら手を伸ばす。よく見るとこのプレイヤー、なかなかどうして愛らしい見た目をしている。・・・というか、なんだろこの髪の色。染めているのか?銀髪に少し茶髪・・・じゃないな、金髪が混じったような柔らかみのある色は、―――いったいどういう配合をしたのだろうかこれ。

 そんなことを考えていると、そのプレイヤーは手を握り返してゆっくりと立ち上がった。手小さいなー。俺が大きいだけか。

 

「ありがとう、ございます。えっと、―――」

 

「ロータスです。とにかく間に合ってよかった」

 

「レインっていいます。それと、私のほうが年下だと思うので敬語はなしでいいですよ」

 

「あ、そうで・・・コホン。そっか、ならそうする。けど、そっちも敬語なしで頼むな、堅苦しいの苦手だから。見たとこ同年代だし。で、どうしてあんなことに?」

 

「この辺で狩りをしてたら、突然さっきの植物みたいなやつが群れを成して襲ってきて・・・」

 

 それを聞いたとたんに、俺は顔が険しくなるのがはっきりと分かった。群れを成して襲ってくる、というのは自然に発生するとは思えない。それに、戦っていて分かったのだが、こいつらは足がそこまで早いわけではない。全力で走り続ければ容易に振り切れる。アルゴによる情報と照らし合わせると、おそらく―――

 

「なら余計間に合ってよかった。PKされてからじゃ遅かった」

 

「え・・・?」

 

「聞いたことがあるんだよ。わざと大量にモンスターを引き連れて、そのタゲを近くのプレイヤーに擦り付けるっていう行為があるって。トレインって言って、一般的には非マナー行為。それを利用したMPK、そいつにあったんだろうよ」

 

 おおかた、実をわざと叩き割ってからレインにそのタゲを擦り付けたのだろう。その犯人が目の前にいなかったことに半ば以上本気で感謝した。―――もしいたら問答無用でぶった斬るだろう。

 淡々と話す俺に、レインは驚きに目を見開く。

 

「そんな・・・!この世界で殺すってことは、現実世界でも殺すってことなんだよ?」

 

「だけど、ここで殺したからって現実世界で裁くのは難しい。何せゲームの中なんだからな。ところで、そっちって胚珠は手に入れたの?手に入ってないのなら手伝うけど」

 

「胚珠?」

 

 俺の質問に首を傾げるレイン。一瞬目を奪われたが、すぐに気を取り直して説明しにかかる。

 

「その前に一つ確認。おたく、メインアームは?」

 

「これ」

 

 近くに落ちていた自分の剣を拾い上げて見せる。

 

「耐久値大丈夫か、それ」

 

「え?」

 

「俺も半分知ったかだけど、どうやら鞘とかなしに地べたに直接放置して暫くすると耐久値の減少が発生するらしい。念のため確認しときな」

 

「分かった。・・・大丈夫、あと6割くらい残ってる」

 

「そっか、ならよかった。それと、さっき言ってた胚珠についてだけど―――」

 

 一通りアルゴから得た情報を話すと、レインは完全に食いついていた。

 

「分かりました。私もやります」

 

「OK、いい返事だ。とりあえず、この辺のリトルネペント根絶やしにしますか。一応確認だけど、もう大丈夫?戦える?」

 

「もう流石に」

 

「結構。パーティ登録しときたいけど、このクエ、ソロ専だからな・・・。じゃ、行くか」

 

 そう言って歩き出す。定期的に後ろを確認することは忘れないようにして、俺は歩き出した。振り返った先にあるレインの顔に、怯えだとか恐怖の類は一切なかった。もし先ほどの光景がフラッシュバックしても、俺も先ほどの戦闘でレベルアップして今レベル5だ。守りながら戦うことくらいはできるだろう。そう高を括っていた。

 

 

 

 それからというものの、あたりのリトルネペントを二人で乱獲し、胚珠を二個取ったところで、俺は隣にいる少女に声をかけた。その間に、俺が一つ、レインは二つレベルが上がっていた。

 

「さて、これでクエの達成条件は満たしたわけだが・・・どうする?」

 

「どうする、っていうと?」

 

「出会ったばかりから考えるとレベルが上がってる。もう少しここでレベリングしてやれば、実をたたき割っても返り討ちにできるくらいのレベルになるはずだ。そうすれば、今後も戦いが楽になる。どうする?」

 

「いや、そこまで手伝ってもらえればありがたいけど・・・」

 

「なら決まりだ。もう少し付き合おう。俺は情報を買った口だからよくわからんけど、何回も受けられるのなら、何本も持っておくに越したことはないし」

 

 そう言うと、抜剣したままの自身の得物を片手でくるくると回す。そのまま周りを見渡すと、近くで物音がした。そちらを見てみると、

 

「うわぁ・・・」

 

 思わず声が出ていた。レインに至っては声すらない様子だ。

 その敵は、一言で表すなら“でかいリトルネペント”と言ったところか。だがただのリトルネペントでも十分に気持ち悪い。それが大きくなったとあればお察しだ。

 そこまで考えた瞬間に手が勝手に動いていた。レインに向けパーティ申請を行う。

 

「レイン、システムメッセージは?」

 

「来たけど、これって承認して大丈夫なの?」

 

「承認しろ、時間がない。あいつをぶっ倒すぞ」

 

「ええ!?」

 

 会話をしながらカーソルを飛ばす。“Big Nepenthes”・・・でかいネペント。うん、そのままだな。ボスの定冠詞はついてないし、HPバーは一本だけ。二人でかかれば十二分に消し飛ばせそうだ。

 

「見たところ警戒すべきはその図体と、あとは、リトルネペントよりさらに多い四本の、蔓みたいなやつが生えてるくらいか。慎重に行けば問題なさそうだ。なにより、あの頭を見てみろ」

 

 そう言われて、レインも頭を注視する。そこには、いくつかの花と実がついていた。

 

「実を割らないようにすれば大丈夫だ。花がいくつかついてるってことは胚珠もいくつか取れる可能性がある。なにより、経験値もたくさんもらえそうだしな」

 

「実を割っちゃったら・・・?」

 

「逃げる。敏捷に物言わせれば、今の俺らのレベルなら十二分なはずだ。だけど、あんたが嫌ならやめる。どうする?」

 

「・・・その顔見たら嫌とは言えないよ、まったく」

 

「決まりだ」

 

 返答をする前から、自身が獰猛に笑っていることには気づいている。昔からそうだ。強敵、難関相手だと委縮するどころか奮い立つ。今回はそれが悪い方向に行かなければいいが。返答と同時に、ふたりともが飛び出した。どうせ隠密など持っていないのだ、隠れていても仕方がない。―――かなり後になってから、この手の敵には隠密が効果を発揮しないということを知ったのだから、結果オーライというべきなのかもしれないが。

 

「うらぁ!」

 

 吠えながら横に曲刀を一閃。それにうめきながら、相手は頭を軽く後ろに反らせた。

 

「そら、よ!」

 

 溶解液のモーションを見て、即座に俺は左横に得物を持ってきた。システムが認識したことを確認した直後に一気に抜き放つ。システム外スキル「ブースト」―――という呼称は後で知ったのだが―――で加速された横一閃「真空破斬」が相手の下部に当たり、行動遅延が発生した。

 

「レイン!」

 

 俺の叫びに呼応して、はさみうちの構図から繰り出された片手剣のソードスキル「ホリゾンタル」が丁度俺が斬った反対側に炸裂する。二発ともクリティカル扱いになったのだろう、それだけでHPバーがやすやすと黄色に変化した。やっぱりこいつ、そこまで強くないな。

 

「気を付けろ!」

 

 声をかけながら、俺も相手の動きに注意する。ボスは突然暴れだすと、あろうことかその二本の蔓を鞭にして自身でその実を割った。

 

「んなぁ!?」

「え!?」

 

 二人そろって素っ頓狂な声を上げる。さすがにこの展開は予想していなかった。まあ確かによく考えてみれば、自分で実をたたき割ればプレイヤーを簡単に排除することができる。まあ、少し冷静に考えてみれば当然なのだが。

 

「くそっ」

 

 忌々しく吐き捨てながら、俺は片手剣系汎用ソードスキル「虎牙破斬」で一気にデカネペントをぶった斬る。あえて振り下ろしを両手で行ったことが功を奏したのか、二段目の振り下ろしはビッグネペントを文字通り両断した。が、そのHPを消し飛ばすことはなく、技後硬直(ポストモーション)の間に行われたレインの猛攻でようやくそのHPを消し飛ばした。

 

「で、どうするの、これから」

 

 あれを倒したことにより、俺はさらに二つもレベルが上がっていた。レインのほうもレベルが上がったことは確認した。ということは、レインのレベルは計算上最低で4なのだが、俺が二つ上がったということはおそらくレインも二つ、ないしは三つ上がったはず。となると、推定レベルは6ぐらいか。さらに、俺たちはここらのリトルネペントがRDBに載るのではという勢いで狩っていた。ざっと見た感じ、数は50、いや下手したら60を下らないが・・・

 

「行けるかもな」

 

 俺はもとより店売りの武器を使っていて、念のため予備として数本持っている。そのストックはまだ余裕があったし、このペースなら後々で一本二本売る必要があるかと思うほどだ。武器の心配はない。問題はレインだ。

 

「行くぞレイン、武器の貯蔵は十分か?」

 

「大丈夫、いけるよ。それと、それには思い上がったな雑種が、とでも返せばいい?」

 

 この年代にこのネタは厳しかったかと思っていたら、食いついてきたということに少々意外感を覚えた。その感覚から頭を素早く切り替え、軽く鼻で笑い飛ばす。

 

「そのくらいの余裕があるんなら大丈夫だ。行くぞ!」

 

 そう言って突っ込んでいく。下の細くなった部分を手に持った曲刀で両断していく。レベルが先ほど8になったことによる恩恵なのだろう、リトルネペントは容易く一撃で沈んだ。だがHPが減るスピードを見るに、結構ぎりぎりだ。時々向こうに行きそうになるリトルネペントを、剣とは別の手に持った複数のピックでこちらにタゲを移させる。そんなこんな戦いをしていると、いつの間にか周りのリトルネペントはいなくなっていた。たまたま位置が近かったこともあり、確認し終わると二人そろって背中合わせでへたり込んでしまった。

 

「さすがに、きちぃ・・・」

 

「まったく、誰よ、あんなの倒そうって言ったの・・・」

 

「俺だな、悪い。てか、お互い無事で何よりだ」

 

「本当にそれだよ・・・」

 

 少しして、ようやく上がった息も戻ってから街に戻り、さっさとクエストを終わらせた頃には、もう日が昇っていた。ということは、一晩中狩りをしていたということになる。

 

「悪いな、振り回しちゃって」

 

「いえ、私もだいぶ楽だった。レベルもだいぶ上がったし」

 

「そう、か。ま、今日はゆっくり寝なよ。俺は、まあ、どこでも寝られる口だし、男だし。でも君は女の子なんだから。ところで、君はどうするの?」

 

「攻略していきたいとは思ってるよ。ゲーマーなら当たり前でしょ。でもその前にひと眠りしたいかな」

 

「そっか。ならここでお別れだな。俺はもう少し先に進むから」

 

「そうなんだ・・・無理しないでね。あ、フレンド登録しとこうよ」

 

「そだな」

 

 そう言ってお互いにウィンドウを操作する。フレンド一覧にrainの名前を確認してから、俺は軽く手を上げた。

 

「んじゃな、また会う機会があれば」

 

「はい!」

 

 そう言われた笑顔に、不覚ながらも少し見とれてしまったのは秘密だ。

 

 

 

 結局アニブレはさっさと売り払ってしまった。だがその代金でポーションは今持つことのできる限界所時数まで購入できたし、ずっと装備していた曲刀の耐久値も回復させることができた。数本あるとはいっても、一本あるかないかはここ一番で影響するかもしれない。そして、街を歩きながら攻略本をざっと読み、一つの項目だけはじっくりと読んだ。

 曰く、ここからふたつ先の村近くで受けることのできる「年寄りと大猪」というクエストの報酬は曲刀で、この曲刀は限界まで強化すればこの先数層にわたってメインアームとして活躍できる性能とのこと。正直なところ、今のままでは火力不足が否めなかった俺にとって、これは朗報以外の何物でもなかった。

 改めてマップを開く。これまでの経験からすると、次の村まで約3km、その次まではざっくりで6、7kmくらいといったところか。どちらにせよ、一晩中狩りをしていた影響か、頭の回転が鈍くなってきていることくらいは気づいていた。

 

(とりあえずは次の村まで行って、そこでひと眠りしてから次の村で武器調達。そこかその先でもう一休みして、んでもってそっからはノンストップだな)

 

 迷宮区に一番近い村―――トールバーナというらしいが―――はここから数えて4つ先だ。2つの村を休息なしで駆け抜けることになるが、まあ仕方ない。もとよりここも何もなければスルーする予定だったのだ。そもそも、成行き上とはいえ俺がここまでレベリングしていることが異様だし。ポ○モンの四天王戦とか相手より平均レベル5か7くらい低い状態で初回クリアとかざらだったし。それはともかくとして、

 

「行くか」

 

 気合を入れる目的も兼ねて立ち上がった―――途端に、意識が遠のいていく感覚がした。まるで強制的に意識を落とされたような感覚。視界には“Disconnection”の文字。その文字を見ながら、ぼんやりと最初の茅場の言葉を思い出した。

 

『正確には、10分以上の外部電源からの切断、2時間以上のネットワーク回路切断、ナーヴギアのロック解除、または破壊や停止の試み。これらの行為がなされた場合に、諸君らの脳は破壊される』

 

 てことは、最短で10分、最大で2時間が俺の命のリミット、ってわけか。ただの、どこにでもいる人間だったはずなんだがなぁ・・・。大学、は・・・単位も危なかったし、留年するくらいなら中退させるって言われてたし。そもそも、こんなすれすれだったら就職先なさそうだし。ま、でもこんなことになっちゃったら、どちらにせよお先真っ暗か。でもよ、俺だってまだやりたいこととか、たくさんあるんだよ。だったら、こんなところで―――

 

「くたばっていられるか・・・!」

 

 再び戻った視界は、無様に地面に臥した状態だった。どうやら接続先を有線ではなく無線にして、保険としてポケットWi-Fiの設定も入れておいたのが功を奏したのだろう。これだけ時間があれば、ある程度その手の知識に明るい親父の指示も仰げたはずだしな。しかし、―――救急車の中とか病院の中ってWi-Fiは果たして大丈夫なのか?確かにどっかで電波の影響を受けにくくなったって見た気はするけどさ。ま、そんなの今はどうでもいい。とにかく今は、

 

「行くか」

 

 一歩でも先に進む。そんでもってこの世界から抜ける。それだけだ。

 




 はい、というわけで。

 プロローグでリアルネームが出ないのはともかくとして、キャラネームすらも出ないという。と言っても、タイトルからそのままなので、予想ついた方もたくさんいらっしゃると思いますが。

 そんでもってレインちゃん登場。レインって誰だよって方はぜひロストソングをプレイしてみてください(ダイマ。髪色の表現がものすごく悩みましたけど、こういう表現で落ち着きました。どうやって表現すればいいんだよって本気で頭抱えました。

 あと、投稿時にはすっかり忘れてしまった技解説。今後ほかの作品の技を使ったらここで紹介していきます。

真空破斬
 テイルズシリーズ、元使用者:クレス・アルベイン(TOP)、ガイ・セシル(TOA)など
 腰溜めからの横抜刀。抜き放ちざまに横に一気に薙ぎ払う。元ネタだと真空破が起こるが、そんなことはありません。

虎牙破斬
 テイルズシリーズ、元使用者:クレス・アルベイン(TOP)、スタン・エルロン、リオン・マグナス(TOD)、ロイド・アーヴィング(TOS)他多数
 飛び上がりながら切り上げて着地しながら振り下ろす。片手で切り上げて振り下ろすだけの、かなりノーマルな状態。中には空中で蹴りを入れたり、拳を入れたりする人もいるが、ここのもののイメージしているのはいたってどノーマルなもの。


 ほかにも、ネタを知っているような場合はそのネタを技の名前として採用する場合があります。ご注意を。
 
 以降、技を流用した場合、ここで紹介していきます。

 次は間が空きます。ではまた次回。


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2.武器と情報

 はい、どうも。

 間が空くという言葉はどこに行ったんだという連日投稿。と言ってもね、流石に2コマも空きがあると暇というもので。
 今回は完全にオリジナルです。

 では今回分どうぞ。


 そこから二つ先の村に着いたのは意外にも二日後だった。メダイ―――この前の村だが―――についてからはすぐに宿屋で休んで、結果的に半日近く潰すことになってしまったので、実質一日半で攻略してしまったことになる。確かにあそこでリトルネペントをさんざん乱獲したから、レベルには事欠かないだろうが、こんなに早く攻略できるとは思ってもみなかった。

 

「ま、とにかく、(くだん)のクエを探すとしますか」

 

 攻略本の情報が正しければ、クエの発生場所は村外れの小屋とのことだから、とりあえずそこを探すこととした。この手の基本は・・・

 

「聞き込み、しかないよなぁ・・・」

 

 もともと人と会話するのが得意ではない俺にとってはなかなかに苦行だ。が、仕方あるまい。

 

 

 

 憂鬱な気分で開始したクエ探しだったが、意外なほどあっさりと見つかった。というのも、“村外れの小屋にいる老人の家はどこか”と聞くと、NPCは揃って同じ場所を教えてくれたのだ。加えて、何人かのNPCは“偏屈爺”とか“変人”とか言っていたところを見ると、この村においては結構有名な設定なのだろうか。至極どうでもいいが。

 

「ま、とにかく、今は前に進むか」

 

 教えられた場所へと向かう。一応方向感覚にはがあるほうだ。

 その感覚を頼りに進むと、確かに小屋があった。だが、これは小屋というより、

 

「・・・あばら家?」

 

 結構割と本気でこれ本当に住んでいるのかよと突っ込みたくなるような、ぼろぼろのまさに“あばら家”だった。

 

「ま、ともかく入ってみるか」

 

 伊達に情報収集していたわけではない。その情報から、大方クエストキーは想像がついている。

 

「おお、なんじゃ。若いのがわしみたいな老いぼれに」

 

(偏屈爺って雰囲気じゃないよな、物腰柔らかいし)「不躾ながら、少々お力を貸していただきたくて参りました。俺のために武器を作ってはくださいませんか、おじいさん」

 

 その言葉を発した瞬間に、老人の頭の上にクエスチョンマークが表示された。クエストが起動したのだ。

 

(うし、ここまでは想定どおり)

 

「しかし、わしに剣を作らせたいのならば、それ相応の素材、腕前を見せてもらうことになる。それでもかまわんかの、若いの」

 

「問題ありません。どのような素材が必要なのですか?」

 

「その前に問おう。おぬしはどのような武器が欲しいのじゃ?」

 

「曲刀です。ちょうどこんな感じの」

 

 そう言って、腰に差した自身の得物を前に掲げた。それを見て、老人はそのあごひげに手を添えた。

 

「そうさな・・・。村はずれの大猪、そのヌシの牙なんかがよいかもしれんのう」

 

「分かりました。村はずれの大猪の牙、ですね?」

 

「そうじゃ。ヌシの体はほかのそれに比べて大きく、白い。見れば一発でわかるじゃろう」

 

「分かりました。では、行ってきます」

 

「くれぐれも気を付けよ。彼の者の突進を食らえばひとたまりもないだろうからの。くれぐれも、体は大事にすることじゃ」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言いながら小屋を出る。白くてでかい大猪・・・それってどこの乙○主だと思いながらも村を出発した。村はずれ、というのがどこを指すのかはちゃんと攻略本に概略が書かれていたので問題ない。そう思いながら、俺はまた歩き出した。

 

 

「そら、よ!」

 

 もう何頭目かの猪をポリゴンのかけらに変えながら歩く。平地であるというのはある意味楽なものだ。始まりの街あたりにいたフレンジーボアより体力も多ければ、どうやら攻撃力も高いようだが、突進しかしてこないのならばまったく脅威ではない。不安要素を挙げるのならば、こちらの武器の耐久値が心もとなくなってきたことくらいか。だが、こちらもまだストックは残っている。そのストックも、今装備しているものを除けば一本しかないわけだが。

 

「こりゃ、新しい武器の耐久値によっては新調の必要があるかもなぁ」

 

 そんなことをつぶやいていると、また再びモンスターがポップする。そちらに目をやると、明らかに大型のモンスターがポップしていた。

 

「・・・まあ、確かに、こっちも白くてデカい猪だけどさぁ・・・」

 

 その体毛は白いが、全体的に見ると茶色の体毛も見える猪。その体は先ほどまで戦っていた“ワイルドボア”よりさらに一回りか二回り大きい。そして、その鼻の両端には、反り返った、大きく、見るからに丈夫そうな一対の牙。・・・と、ここまで言えば察しのいい人は気づくかもしれないが、早い話がド○ファンゴだ。

 

「ま、でも無駄に知能があるよりこの手の相手のほうが楽か・・・」

 

 カーソルを飛ばすと、出てきた名前は“The Giant Wild Boar”。そしてそのHPバーは二本。

 

「げ」

 

 おそらく、あの雑魚猪を一定以上狩ると出現するタイプだろうが、どこからどう見てもソロで挑むタイプの相手ではない。が、ここまで行ったらもう後にも引けない。

 

「・・・仕方ねえ、か」

 

 呟くと、得物を水平に構えて走る。相手もこちらに気付いたのだろう、何回かその場で足を動かすと、そのまま突進してきた。くるりとその場で躱すことで事なきことを得る、が。

 

「確か本家だと・・・!」

 

 左回りで振り返ると、やはり大猪は大きな円を描いて、もう一度こっちに向かってくるようだ。落ち着いて動きを見切り横に躱し、その後ろを追いかける。丁度牙をこちらに向けて振るった瞬間に、俺は大きく跳躍して、そのまま得物を振り下ろした。丁度眉間―――といっていいのかはわからないが―――に、ほぼ垂直に振り下ろされた剣はクリティカル判定だったようで、ジャイアントワイルドボアのHPが目に見えて減る。今は何とか相手に跨っている状態なので、相手も振り落とそうと暴れまわる。が、そうは問屋が卸さないと剣をがっちりと握り、足を閉じて踏ん張った。さらに力を込めて深くまで得物を突き立てると、今度はわざと振り落とされた。吹っ飛ばされた直後に受け身を取る。高校の授業で柔道をやっていたことがこんなことに役立つとは思ってもみなかった。即座にウィンドウを開いて、アイテムストレージからもう一本剣を取り出す。出て来るか出てこないかくらいのタイミングで横に転んだ。立ち上がって剣を改めて握りなおすと、剣を正眼に置き、半身で構える。脳天に突き刺した剣はかなり深く突き立てたからだろう、痛そうに大猪ももがくが、まったく外れる気配はない。そして、動くたびに少しずつ向こうのHPは減っていっていた。もっとも、こちらとしてはそれが狙いだったわけなのだが。

 突き立てた剣は、そのままではダメージはない。が、動かすことで、武器の攻撃力と相手の防御力に応じたダメージが入る仕組みになっているのだ。つまり、ああして敵がもがくたびに、突き立てられた剣は中で動き、ダメージが入ることとなる。しかもクリティカルで。―――我ながらよく咄嗟にここまで考えられたものである。

 

「ま、それでもそんなダメージは微々たるもんだから、攻撃は必須だけど」

 

 そんなことをつぶやいていると、相手が突進を仕掛けてきた。それに対し、横に躱して腹を横一閃。突進している最中にもHPが削られているのを確認して、わずかながら口元が緩む。追撃しようとその後ろを追う。追いついたところで攻撃を敷かせようと思った矢先に、こちらに向かってその牙を振りかざしてきた。もっとも、その程度は予想済みだったので簡単に回避してリーバーを命中させる。そのまま後ろを取ると、技後硬直(ポストモーション)が終わるや否や振り返る。と、HPバーがちょうど一本消えた。このペースだと結構楽ができそうだ、と思いながら改めて剣を構える。再び突進してくる相手に対し、今度は左手に持った二本のピックを目に投げる。狙い違わず真っ直ぐに目に刺さったそれに、相手は突進を中断して盛大に暴れた。ピックはすぐにとれたものの、暴れたことによりHPはさらに減って危険域(レッドゾーン)一歩手前で止まる。その間に一気に潜り込み、ほんの少し前に習得した曲刀二連撃ソードスキル「双牙斬」を繰り出す。空中で技後硬直を終えると、その着地した先はたまたま、本当にたまたまだったのだが、眉間に突き刺さった剣の上だった。そのまま重力に任せて剣を蹴り、両手で剣を握ったうえで、大上段から目いっぱいの力で一気に振るいながら一回転して斬り、さらにゆっくりと一回転して着地。瞬間に、後ろで夥しいポリゴンが弾ける音がした。まさかと思いつつ振り返ると、そこに大猪の姿はなく、最後の最後までその命を削り尽くすのに尽力した自身のもう一つの得物とドロップアイテムが落ちていた。そして、その上空には少々大き目の“Congratulations”の文字。どうやら、こっちが想定していた以上に脳天の剣のダメージが大きかったようだ。

 

「ええ・・・」

 

 確かに最後は漫画か何かのようにきれいに決まったが、それ以外を考えれば、“あっけない”の一言に尽きる戦闘だった。もっとも、こんな最初からハードモードのクエストを要求されても難しいが。

 軽く血振りをして得物をしまう。アインクラッドで得物に血が付くということはありえないが、気分の問題だ。そして、その場に転がっているもう一つの得物を手に取って、プロパティを確認する。と、

 

「うっひゃー」

 

 思わず変な声が出た。耐久値、残り5。つまり、あと一秒でも戦闘が長引いて居ようものなら、間違いなくこの剣は消えていたということである。というか、耐久値残り一桁なんてかえってレアな状態なのではなかろうか。どちらにせよ、この剣はここでお別れだ。内心でお礼を言って、その地面に突き刺した。そして、もう一つのドロップアイテムを確認する。アイテム名は“大猪の大牙”か。ってちょっと待て、

 

「ストレージ格納不可!?」

 

 思わず大きな声が出る。ストレージに入れれないってことは、手で持って行けってか!?つくづくこれソロ向けのクエストじゃねえ!?そもそも、もう少し上に上がってから受けるべきクエだよなこれ!?

 とにかく、一対でドロップした大牙を両肩に担ぐ。ってこれ、両方とも結構ずっしり来るな。AGIのダウン補正はかからないと思うけど、気分的にきつい。雑魚猪が出てきたらひたすら逃げるしか手がねえな、などと考えながら、俺は爺さんの小屋へ向かった。

 

 

 なんとかエンカウントを避けながら小屋にたどり着いた時には、もう辺りは夕暮れだった。視界が狭い猪だったから良かったものの、もしこれが馬みたいな視野の広い動物だったら詰んでいるだろうという場面がいくつかあった。どちらにせよ、日が暮れればエンカウントする可能性が高くなるので、間に合って良かったと割と本気で思った。

 

「爺さん、持ってきましたよ、牙」

 

 戸をノックしながら小屋の中に声をかける。すると、中から戸が開いて爺さんが出てきた。

 

「おお、これが」

 

 目を見開いて牙を受け取った爺さんは、そのまま歩いて奥に入って―――行きかけて、こちらに声をかけた。

 

「二本とも剣にしてよいのか?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「うむ、任された。さぞかし疲れたじゃろう。その辺で寝て待っておれ、若いの」

 

 そう言って改めて奥に入っていった。確かにあの大猪相手はくたびれた。ゆっくり寝て待つとしよう。そう思って、そこにあった椅子に腰かけてそのまま眠ってしまった。

 

 

 

「ほれ、起きろ、若いの」

 

 爺さんから声をかけられる。目を開けて外に目を向けると、仄かに地上戦が明るくなっていた。ちょっと寝すぎたか。って、そんなのはどうでもいい。

 

「剣はどこに?」

 

「これじゃ。お前さんの目は節穴か、馬鹿者」

 

 ・・・我ながら、目の前の人間が持っているのに気付かないとは。不覚。あれだな、帽子被りながら帽子何処だとかいうあの類いだな。

 

「ほれ、鞘に入れておいたでの。大切に使うことじゃ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 プロパティを見るのは後だ。そのまま小屋を出ようとすると、爺さんが声をかけてきた。

 

「おお、そうじゃ。聞くところによると、この層を守る守護獣は、曲刀によく似た、細く長い片刃の剣を使うと言う。気を付けることじゃ」

 

「分かりました。頭にいれておきます」

 

 そういうと、その場を離れた。もうすでに、手に入れた剣、ボーンカトラスは既に装備されている。今の俺は、早くこの剣を振りたい思いで一杯だった。

 後に、この忠告をもっとちゃんと覚えておくのだったと、本当に後悔するとも知らずに。

 

 

 そうとも知らずに、俺はボーンカトラスで狩りをしていた。どうやらあの牙を削って、その上から金属を覆わせてつくられたと思しきその剣は、なかなか以上の性能と耐久値を持っていた。耐久値の消耗が早いとか、そう言ったこともない。こうして戦っていても、今までの武器とは一線を画すことがよくわかる。これまで戦ってきたモンスターも速攻で倒すことができた。重さもあまりなく、あの苦労に似合う報酬だ。

 

 そんなこんなで、次の村にはすぐにつくことができた。武器は先の村まで装備していたものに戻していた。あれほどのものだと少々もったいない気もしたからだ。それに、あの大猪は腐っても中ボス扱いだったのだろう、経験値をたんまりと落としていった。こちらもレベルが上がっているわけである。

 村にたどり着いてから、例によって武器屋で新たな装備を物色し、予備用も含めて三本購入。そして、ちょくちょく使っていたポーションを補充すると、アルゴの攻略本を買う。新たなそれを手に取って、歩きながらページをパラパラめくっていく。と、面白そうなクエストがあった。

 

(“逆襲の牝牛”。農場を手助けするだけの簡単なお仕事。途中に出現する牝牛の攻撃力はそこまで高いわけでもなく、レベリングにおすすめ。ただし、時間がかかるので注意。追記、クエスト報酬のクリームはなかなかに美味。―――へえ)

 

 ただでさえも娯楽が制限されているのだ。食の娯楽くらいは復活させてもいいだろう。そう思いながら、そのクエストの受注に向かった。

 

 クエスト内容を端的にまとめてしまうと、“牧場の牝牛―――もっと言ってしまえば乳牛が、何らかの影響で暴走して人を襲うようになってしまった。こうなってしまっては殺してしまっても構わないからどうにかしてほしい”ということだった。ま、それなら仕方ないか。と、思いながら牧場内に入った俺を待ち構えていたのは、異常に目をぎらつかせた乳牛だった。

 これだけ聞けばそこまで怖くはなさそうと考える人もいるだろう。だが想像してみてほしい。まだら模様の、見たところほとんど普通の乳牛が、こちらを食らい殺さんとばかりに睨んできているのだ。しかも闘牛かと思うように息が荒い。それがざっと数えて・・・10頭から20頭ほどいる。奥には難を逃れたであろう乳牛が遠巻きにこちらを見ている。シュールな恐怖である。

 

「あーもう、仕方ねえかな」

 

 ウィンドウを操作して、ボーンカトラスを装備する。そして、音をはっきりと立てながら抜剣する。生憎と突進してくるだけの能無しは先ほどまで飽きるほど相手にしてきたのだ。しかもうち一頭は中ボスというおまけつきで。この程度は楽勝の部類だろう。

 数歩歩いたところで一気にダッシュする。それに呼応するように向こうも走り出した。が、

 

「バーカ」

 

 嘲笑いながら跳躍、正面から突進してきた牛の背に手を当てながらロンダートの要領で飛び越す。そのまま体制を整えて、後ろにいた乳牛の上に跨った。すかさず片手で短いながらも存在する角を掴む。―――角切やってないのかここの牛は、とどうでもいいことを考えながら、がっちりと暫くつかんでいると、そのまま相手の群れへ突っ込んでいった。体勢を変えて、タイミングを見計らって跳躍。あの牛にはかわいそうだが、囮になってもらうしかあるまい。俺の予想した通り、あの牛はそのまま一頭に突っ込んでいき、そのままお互い動かなくなった―――ところで、他の狂った乳牛たちがその二頭の体に食らいついた。この手の動物で共食いというのはあまり聞かない話ではあるものの、これで狂った意味が分かった。おそらく、この共食いが原因なのだろう。だが、今はそんなことどうでもいい。

 傍観に徹していると、やがて二頭はその体をポリゴン片の集合へと変えた。直後に、抜き放ちざまに真空破斬を放つ。足元を狙ったそれは、狙い違わずに数頭の脚を刈った。それに、数頭の牛が群がって食らいつくす。その光景を無機質に眺めながら、俺は冷静に考えていた。

 

「やっぱり、こいつら・・・」

 

 大元の原因はともかくとして、おそらくこいつらは共食いしかしない。ならば、一頭でもいいから動きを止めてしまえば、あとは相手が食らい殺す。ということは、ソードスキルは必要ない。こちらが必要なのは、相手の行動を誘導することだ。

 

「ま、それなら簡単だわな」

 

 そう言いつつ剣を構えなおす。その顔はいくらか吹っ切れたように明るくなっていた。

 

 

 それから数時間後。

 

「ったく、どんだけ出てくんだこいつら・・・」

 

 武器をボーンカトラスから店売りのブレードに切り替えて、ひたすら足を刈って牛に食い殺させるということを繰り返していた俺は、次から次へと際限なく出現する敵に辟易としていた。ちらと後ろを見ると、どうやら牛舎のほうから次々と狂った乳牛が突進してきているようだ。

 

「なーんでこいつらはこんなに出て来るかなぁ・・・」

 

 時間がかかるとはこういうことかと割と本気でアルゴを恨んだ。おそらくあの情報屋はここまで掴んだ上で書いていた可能性がある。つくづく人が悪い。

 

「ま、でも楽に攻略できることは確かだよなぁ」

 

 なにせあくせくして殺す必要はない。足を刈りさえすれば、あとは相手のほうが勝手に殺してくれる。こちらが手を貸してもいいが、そうすると時間がかかる。普通のゲームならば、ある程度リスクを冒してでも相手に攻撃を仕掛ける。だが、死にかけるリスクと両天秤ならば、どちらを取るのかは火を見るよりも明らかだ。

 

「でも流石に飽きるな、こんだけ単調だと」

 

 一歩間違えば死ぬという局面でも、俺は戦うことに一種の快楽を覚えたいらしい。とことんゲーマーだなと我ながら思った。

 

「だけどあんまり時間をかけてもいられないよなぁ・・・」

 

 一刻でも早く攻略をする。それが、俺にとって目下一番の目標であり、行動原理だ。

 

「しゃーない、か」

 

 これだけの量を相手にすれば、耐久値は大きく減るだろう。下手すれば耐久値全損、などということがあり得るかもしれない。だが、こちらが今装備しているものを含めて、ブレードは三本ある。それだけあれば十分だ。

 

「んじゃ、行くか」

 

 喝入れのためにも声を出して、片手で抜剣して、右に剣を向けて水平に構える。そのまま群れに向かいながら、俺は自分の頬が自然と緩むのを感じていた。

 

 

 

 それから少しして。

 

「ったく、ようやく終わった」

 

 あの狂った乳牛どもの始末を何とか終え、ポーションを一気飲みしながら受注した場所である詰所に向かう。耐久値は何とか半分を少し切ったくらいで止まっていた。そもそも、最悪一本無くなるということを考えていたことを思えば、まったく余裕だった。

 詰所に入ると、夫婦の上のクエスチョンマークは消えていなかった。

 

「とりあえず、妙なことになった乳牛はどうにかしました。殺すしかなかったですけど・・・」

 

「それでいいわ。そう言ったのは私たちなのだから、あなたが気に病む必要はないわ。でも、別の問題が発生しちゃったの」

 

「別の問題、と言いますと?」

 

「牛が逃げちゃったんだ。どうやら、普通の牛が狂った牛に怯えちゃったみたいでね」

 

 これって、要するに捕まえてこいってイベントか。わあ面倒くさい。しかも牛って結構逃げ足早いらしいじゃん。

 

「どのあたりに逃げたのかとか、見当ってつきますか?」

 

「逃げた方向からすると、西の草原地帯かな。あそこは草も生えてるし」

 

「分かりました。最後まで付き合いますよ」

 

「本当かい!?いや、それはなんというか、ありがたいのだが・・・」

 

「問題ないですよ。乗り掛かった舟ってやつです。で、牛が逃げたのは西方の草原地帯、でしたね」

 

「ああ。僕たちもあとから追いかける」

 

 そう言うと、詰所を飛び出した。こういうのはさっさと終わらせるに越したことはない。

 

 やがて、牛の群れを見つけた。のんびりとしているその光景だけ見れば平和そのものだ。が、その遠く先に、何頭か猪がいることを索敵スキルが教えた。

 

「なるほどね、防衛戦ってわけか」

 

 こうなったら仕方ない。ボーンカトラスを取り出して抜剣する。そのまま一気にダッシュすることはせずに、そこで静かに待った。

 

 

 それから少しあと。俺のレベルとこれまで戦ってきた経験、そしてボーンカトラスの強さも相まって、さっさとぶっ倒した頃にNPCの夫婦が馬車に乗ってやってきた。

 

「ああ、やっぱりここにいた。って、剣を抜いて、どうかしたの?」

 

「いや、猪が襲ってきたので。ぶっ倒しただけです」

 

「そっか、ありがとう。乗ってください、送っていきますよ」

 

「お願いします」

 

 この手のやつは楽をしてさっさと移動するか、レベリングも兼ねて徒歩で移動するかというものだ。正直に言って楽をしたかった俺は、お言葉に甘えることとした。牛?しらん。後ろからついてくるんじゃね?

 

 

 戻ってクエスト達成を確認すると、もうすでに夕方になってきていた。が、移動中は眠ることができたから、眠気などはほとんどない。もともと俺は比較的どこでも眠ることのできるクチだ。揺れる馬車の上など、俺にとってはゆりかご同然だ。気づくと、俺はNPCに起こされて、詰所の前にいた。

 

「さてと、仮眠もできたし、とっとと次の街に行くか」

 

 次の街、トールバーナまでに夜明け前までに向かう。目下最大の目標はそれだけだった。

 




 はい、というわけで。
 まずは解説を。

双牙斬
 元ネタ:テイルズシリーズ、使用者:リオン・マグナス(TOD)、ルーク・フォン・ファブレ、アッシュ(TOA)など
 斬り降ろして飛び上がりながら切り上げる。イメージとしては虎牙破斬逆バージョン。ここでイメージしているのはTOAの二人のそれ。

 意外と丁寧な主人公。クエストなんかはこんな感じがいいかなーと適当にあたりを付けながら書きました。
 というか、垂直飛びしてから脳天に剣を突き刺すって主人公怖い。それにトールバーナまでの日数が分からず半分感なのですが・・・適当すぎるかなとだいぶ不安になっております。
 指摘等あれば感想なりメールなりでお願いします。

 ではまた次回。


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3.第一層フロアボス攻略会議

 はい、どうも。

 今度こそ第3話です。前回ナンバリング間違えました。申し訳ない。今(2015/10/16時点)はナンバリング訂正してあります。

 それでは今回分どうぞ。



 それから一月ほどした頃、俺は迷宮区にこもっていた。到着して拠点確保と補給を終えた俺は、そのまま宿屋で休息した。いくら仮眠をとったといっても夜のうちに移動を済ませたのだ。疲れもたまっていた。目が覚めてからは迷宮区に潜って雑魚を倒しながらレベリングをした。以降は宿屋と迷宮区を往復する生活だ。

 ここの迷宮区は全二十階の構成となっている。俺は今の最前線たる十九層で狩りをしていた。周囲のルインコボルド・トルーパーを一通り倒したところで、剣を鞘に納めて一息入れる。そこまで来て、ここに来てからずっとあった違和感を考えた。

 レベリングをあまりせずに、できるだけ途中の村でのタイムロスも少なくしながらここまで来た。この迷宮区に入ったのも、かなり早い段階だっただろうと自負している。が、最近になって迷宮区全体でのモンスターのポップ率の落ち込みがおかしい。というのも、少なすぎるのである。確かに、プレイヤーも増えた。迷宮区内で行き会って、軽い挨拶と情報交換を少しする頻度も多くなった。が、体の負担を覚悟でばらばらな時間帯に入っても、ほとんどポップ率が低い状態で安定しているというのは、俺も不審に思っていた。普通、この手のダンジョンは少し過剰なくらいにポップしているはずなのだが、そこまで多くないというあたりが異常を物語っている。

 考えていると、視線の先にまたもやトルーパーが湧いた。狩るために剣に手をかけながら歩く。と、先客がいたことに気付いて、素早く隠れる。その戦いを見て、こちらの背筋が寒くなった。

 ここらに出て来るコボルド・トルーパーは手斧を持ったMobだ。この攻撃を三回連続で空振ると大きな隙ができる。その隙を狙って倒すのが、こいつの基本だ。これはアルゴの攻略本にも書いてある情報だ。そこまではわかる。が、回避が危うすぎる。おそらく、本人としては“躱すことができればそれでいい”という思考回路なのだろうが、傍から見ればあまりに危うすぎて見ていられない。ソロではバッドステータスを食らったらすぐ危険コースだ。ただでさえも命がかかったこのくそったれなゲームで、そんな危険を冒す奴はなかなかいない。少し余裕を持った回避をするか、無難に防ぐのが一般的だ。が、まるであいつは卓越した武人が紙一重で相手の技を見切る様な距離で攻撃を躱していたのだ。少なくとも、俺はあんな紙一重の戦いを繰り広げようとは到底思えなかった。

 加えて、その後に繰り出された技のキレはすさまじいものだった。あまりの速度に、ソードスキルが発する燐光が尾を引いてかすかに見えた程度だった。その速度があるのなら、もう少し距離をとっても十分だろう。それに、最後の攻撃は、ソードスキルを使わずとも普通に斬るなり突くなりすれば削りきれるだけの量だった。技のキレ、見切りの正確さは凄まじく正確なのに、最後の攻撃はどこからどう見てもオーバーキルだし、そもそも見切りがあそこまで正確ならもう少し余裕の持った回避をすればいい。とてもちぐはぐな戦い方だった。フーデットケープで顔は見えないが、その目はさぞかし鋭利なのだろうと、ぼんやりと思った。

 

「さっきのはオーバーキルすぎるよ」

 

 どうやら俺が観察しながら考察している間に、さらに誰かやってきていたらしい。そいつ―――遠目なので確信は持てないが、おそらく少年―――は、その細剣使い(フェンサー)に向けて声をかけた。ゆっくりと近づくと、どうやら先ほどの言葉について少年が説明しているらしいということが分かった。ひとしきり説明を聞いたフェンサーは、平坦に言った。

 

「過剰で、何か、問題があるの?」

 

 それは、この体格にしては異常に高い声だった。明らかに女性、ないしは少女だ。それと分かるほどに息も上がっているし、声も弱弱しい。さすがにこのまま放っていけるほど、俺は冷徹ではなかった。足音をそれとなくはっきりと立てながら歩み寄ると、俺はなおも口を開こうとする少年を手で制した。

 

「俺も、さっきのあんたの戦いを見ていたよ。確かに、オーバーキルだからってシステム上問題はない。メリットも同等にないけどな。だけど、あんたのあの戦い方、もう少し改善しないと、帰る分のスタミナが持たないぜ?」

 

「それなら、問題はないわ。私、帰らないから」

 

「「は?」」

 

 思わず間の抜けた声が出た。それは隣の少年も同様だったようで、驚きの声がシンクロする。

 

「いやいや、帰らないって、睡眠は?」

 

 軽く動転して訳の分からない言葉を発する俺に向かって、少女は事もなげに言う。

 

「安全地帯に、モンスターは入ってこないもの。そこで睡眠はとれる」

 

「でも、ポーションの補給とか、装備の整備とか、そういうのは?」

 

「攻撃をもらわなければ、薬は要らない。剣は同じ奴を5本買ってきた」

 

 その言葉に、俺は思わず隣の少年と顔を見合わせた。少年はまるでUMAを見たような顔になっていた。俺の顔も似たり寄ったりだろう。確かにどんな攻撃も“あたらなければどうということはない”が、それを行うってどういうことだよ。無茶苦茶にもほどがある。

 

「どれくらい続けてるんだ?」

 

 恐る恐る少年が聞く。ゆっくりと壁伝いに立ち上がりながら、少女は弱弱しく答える。

 

「三日、か、四日くらい。もういいかしら?あっちにまた怪物がポップしてるから、行くわ」

 

 片手にぶら下げているのはレイピアだ。片手剣の中では軽い部類に入る。だが、少女はそれをとても重たそうに持っていた。

 

「死ぬぞ、あんた」

 

 老婆心などではなく、かなり本音で俺は忠告する。本人の勝手だとは言え、目の前で死なれたらさすがに気分が悪い。

 

「どうせ、みんな死ぬのよ。たった一ヶ月で、二千人が死んだわ。でもまだ最初のフロアすら突破できていない。土台クリアなんて無理なのよ。なら、どこでどんな風に死のう、と・・・早いか、遅いか・・・だけの・・・違い・・・」

 

 そこまでいったところで、その細剣使いの体が揺らいで、そのまま崩れた。とっさに反応した俺が彼女の体を受け止める。少年が剣を拾って、少女の鞘に入れる。

 

「・・・どうするよ」

 

 仰向けに受け止めたことにより、その顔は露になっていた。年は、見たところ高校生か、中学生かといったところか。幼いところがかすかに残っているが、十分に美人だ。黙っていれば、男の二人三人は簡単に引っ掛けるだろう。こんないたいけでかわいい女の子があそこまで自分を追い詰めるとは、人は見かけによらない。

 

「とりあえず、迷宮区の外に連れて行くぞ。安全地帯までだと、また勝手に死にに行きかねない」

 

「だな。見たところ、そっちのほうが背が高いみたいだから、運搬頼めるか?」

 

「OK。だが、ハラスメントコード使われたらどうする?」

 

「それについては大丈夫だ。寝袋がある」

 

「・・・なーる。その手があったか」

 

 確かに寝袋越しに運ぶなら大丈夫そうだ。問題は担ぐ俺は戦闘ができないことだが、そこは二人ペアの利点を生かすこととしよう。

 

「Mobとの戦闘は任せていいか?」

 

「もとよりそのつもりだ」

 

「そりゃ頼もしい」

 

 会話をしながら、少女を寝袋に詰めて、背中に背負った。

 

 

 

 迷宮区を出て少ししたところで、交代で休息をとることにした。お互い疲労していたが、俺を守るために警戒をしていた少年に最初を譲ることにした。少年が寝てから暫くしてから、後ろから微かなうめき声が聞こえた。それをはっきりと聞いてから、後ろに向けて声を出す。

 

「目が覚めたか。悪いな、こんな状態で」

 

 そう言いつつ、少年の肩を軽く叩いて起こす。少女が自分でもぞもぞと出てきたことを確認してから、少年が寝袋をしまった。

 

「どうして、連れ出したの?」

 

「マップデータがもったいなくてさ。どんな形とはいえ、三日四日ぶっ続けで潜ってたのなら、マップデータもかなり蓄積されてたはずだろ?」

 

「俺のほうはちょっと違うな。あのまま放置したら間違いなく殺されてた。し、よしんば迷宮区の安全地帯内に放り込んで、目の前で死なれたらさすがに寝覚めが悪い。ま、ある種エゴだと考えてくれ」

 

「・・・余計なことを」

 

「ああ、あんたにとってはそうだろうよ。だから言ったろ、エゴだって」

 

「そう」

 

 少女はウィンドウを表示させると、少し操作して羊皮紙をオブジェクト化して放り投げた。

 

「これであなたの目的は達したはずでしょ。なら、私は行くわ」

 

「そっか。そこまで死にたいのなら、もう止めない」

 

 もう俺は呆れて止める気にもならなかった。だが、ふらつきながらも去ろうとする背中を、隣の少年が呼び止めた。

 

「なああんた、そんなに攻略してるんだったら、会議に参加したらどうだ?」

 

「会議?」

 

「今日の夕方、街で第一層僕攻略会議が開かれるらしい」

 

「あー、あったなそんなの。それぞれで帰るより集団で帰ったほうが安全だし、あんたは疲労困憊だ。街に帰るっていうんなら、俺は少々無理矢理でもついていかせてもらう。無論、変なことをしたら即刻コードで牢獄送りも構わないっていう条件付きでな」

 

「好きにすれば」

 

 そっけなく言って少女は歩き出す。その方向を見て、軽くため息をついて俺は別の方向に数歩歩いてから「こっちだ」と言った。

 

「まったく、道わかんねえんなら言いやがれ。案内ぐらいするっての」

 

「そう。なら、私はあなたの後ろをついていくことにするわ」

 

 ・・・どうやら、とことんまで、意図的に一緒にいるということにはしたくないらしい。

 

「分かった、じゃあそのセンで行こう」

 

 そう言うと、俺らは歩き出した。

 

 

 

 その日の夕方、俺は攻略会議に出席していた。ざっと見渡したところ、全体の人数はざっくりで45人くらいか。そこまで多くもないが、少なくもない。どちらにせよ、俺は必要だからこうしているが、そうでないのなら、人海戦術など一番ナンセンスだと考える人種だ。

 

「はーい!じゃ、5分遅れだけどそろそろ始めさせてもらいます!全体的にもう少し前・・・そこ、もう3歩こっちに来ようか!」

 

 言われてしぶしぶ前に出る。おやつ代わりに、安い黒パンにクリームを塗って齧る。黒パン単体だとボソボソと粗くて、そこまでうまいとは言えないのだが、クリームを塗るだけであら不思議、ちょっとしたおやつになってしまうのだから驚きだ。ちなみに、このクリームは件の牝牛クエの報酬だったりする。確かに、これがこうなるのならやっておいて正解だったと割と本気で思った。

 

「今日は呼びかけに応じてくれてありがとう!知ってる人もいると思うけど、俺はディアベル、職業は気持ち的に騎士(ナイト)やってます!」

 

 その瞬間に最前列近くの一団がどっと沸いた。何だこのイケメン死すべし。てかなんでこんなイケメンがコアゲーマーなんだよおいこら。まあ、そんなのは置いといて。・・・なかなかのカリスマだな、あいつ。あれだな、生徒会とかやってたクチだろうな。常に人の先頭に立って引っ張っていくタイプ。これなら、初戦でいきなり空中分解なんていう無様をさらすことはなさそうだな。

 

「さて、こうしてみんなに集まってもらったのはもう言わずもがなだけど、今日、俺のパーティが最上階へ続く階段を発見した。つまり、もうすぐこの層のボス部屋にたどり着くってことだ。俺たちはこの層を攻略して、このゲームはいつか絶対攻略できるものであると示さなければいけない。それは、トッププレイヤーの義務だ!そうだろ、みんな!」

 

 そう言った瞬間に、再び喝采が沸き起こる。なかなかって言ったけど訂正。結構凄いわ、あいつ。しかしまあ、義務、ね・・・。大きく出たな。それがプレッシャーにならなければいいのだが。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 その場に濁声が響く。決して大きな声量ではなかったが、それははっきりと全員の耳に届いた。

 人の波をかき分けて前に出たのは、サボテン頭のプレイヤーだった。

 

「これだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはできへんな」

 

「その前に、意見をするのなら、まず名乗ってもらえるかな」

 

「そいつはすまんかったな。わいはキバオウってもんや」

 

 心なしか、謝罪の言葉にも棘がある。何か嫌な予感がした。こういう時の虫の知らせってやつは案外当たったりすることもあるからなぁ・・・。

 

「ここに、5人か10人、詫びぃ入れなあかんやつがいるはずや!」

 

「それは、誰にだい?」

 

「決まっとるやろ。死んでいった二千人に、や!奴らがなんもかんも独占したせいで、この一か月で二千人も死んだ!せやろが!」

 

 うわぁ面倒。内心のその本音をうまく包み隠しながら、俺は無表情を保った。微かに、隣に座る少年の気配が硬くなる。それにも気づかぬふりをした。やがて、ディアベルが厳しい表情で確認をする。

 

「キバオウさん、あなたの言う“奴ら”っていうのは、βテスターのことかな?」

 

「以外に誰がおるんや。

 奴らはこのクソゲーが始まったその日に、ダッシュで始まりの街から消えよった。始まりの街にいる、九千人以上のビギナーたちを見捨てて、や!その上、ボロいクエストやらウマい狩場やら独り占めして、ジブンらだけポンポン強なってその後もずーっと知らんぷりや。こん中にもおるはずやで、その手の、うまい汁だけ吸おうっちゅー小賢しいβ上りが!そいつらに稼いだアイテム、コル、すべてこの作戦のために吐き出して(もろ)て、土下座して詫び入れたらんと、同じメンバーとして、命は預けられんし、預かれん!」

 

 その言葉を聞いた後に、俺は立ち上がった。あのリーダーなら、

 

「君も、何か意見があるのかな?」

 

 やっぱりな。気づくと思った。ま、気付かなければそのまま消えるだけなんだけど。

 

「いや、こんな調子なら会議なんて出席する意味ないから、さっさと迷宮に潜ったほうがいいかなって思っただけだ」

 

 あまりにもあけすけな物言いに、周囲が軽く引くのが気配で分かった。

 

「差支えなければ、そう考えた理由を教えてもらえないかな?」

 

「生存率も勝率も下げるような考えを、あたかも当たり前のように振りかざす馬鹿がいるのなら、このゲームの難易度なんざ勝手に跳ね上がるってもんだろうが。だったら、ここらのMob狩り尽くしてレベルをガン上げした少数精鋭で殴りこんだほうがよっぽどか効率的だ」

 

「な、なんやと!さてはジブン、β上りやな!アイテムやら吐き出したくないっちゅー欲の皮張ったクソ野郎が!」

 

「ちげーよ。それにな、俺がもしβ上りでも俺はアイテムもコルも差し出さない。そうだな・・・あんたの言葉の中間をとって、7人ここにβ上りがいると仮定しようか。少しでも情報がある7人を含んだ45人前後と、まったく情報のない40人弱、おそらく37、8人。どっちの勝率が高いかなんて、火を見るより明らかってもんだろうが」

 

 暫く、俺はキバオウを真正面から睨む。やがて、その空気を裂いて挙手するプレイヤーがいた。それを見て、ディアベルは俺らに向けて声を発した。

 

「まあまあ、その辺にして。そこの君も、他に意見があるみたいだから、それを聞いてからでも遅くないんじゃないかな」

 

「・・・別にそこまで本気で言ったわけじゃなかったがな」

 

 ぼそりとつぶやきながらゆっくりと腰を下ろす。それを見てから、ディアベルは挙手をしていたプレイヤーに目配せした。そのプレイヤーがすっと立ち上がる。・・・ってでかいなこのおっさん。スキンヘッドに褐色の肌がよく似合ってる。背丈は、190くらいあるって言われても頷けるな、ありゃ。

 

「俺の名前はエギルだ。あんたは賠償をしろと言うが、金やアイテムならともかく、情報はあったと思うぞ」

 

 そう言って小さな本を取り出す。それは俺も見覚えがあった。

 

「この本、あんたにも見覚えがあるだろう。今までの村で無料配布されてたからな」

 

「・・・む、無料配布、だと?」

 

「・・・私も貰った」

 

「タダで?」

 

 囁き返すと、こくりと頷く。え、俺あれ金出して買ったんだけど。気配から察するに、少年もそうだったのだろう。

 

「貰たで。それが何や」

 

「これは俺が次の村に着けば必ずあった。情報が早すぎると思わないか?つまり、この情報を提供したのは確実にβテスターってことだ。情報は確実にあったんだ。それより、今後の方針がこの会議で決まると、オレは思っていたんだがな」

 

「キバオウさん、あんたの言いたいことも分かる。けど、あの青年君も言った通り、テスターを排除して勝率が下がってしまったら元も子もない。ここは収めてくれないか?ほかの人も、どうしてもテスターと戦いたくないというのなら、抜けてもらってもいいよ。こういうのは、チームワークが大事だからね」

 

 最後にディアベルがそう締めくくったことで、βテスター断罪の雰囲気はほぼ完全になくなった。・・・本当になんでこの手のイケメンがコアゲーマーなんだよおいコラ。こういうのは見た目残念でもある意味お約束だろうに。

 

 

 

 そんなこんなで、大した議論はできなかったが、士気を高める効果はあったらしい。というのは、それから迷宮区に暫く籠った時に分かったことだ。翌日の午後に、俺はフロア最奥にある巨大な二枚扉―――ボス部屋を見つけた。あとから、ぞろぞろと複数の音が聞こえる。振り返ると、ディアベルたちのパーティがそこにいた。

 

「悪いな、俺なんかが最初で」

 

「いや、別に謝る必要なんてないよ。で、どうする?」

 

「ボスのツラでも拝むか?それなら、こっちも一枚かませてもらいたいけど」

 

 そう言うと、ディアベルは少し悩んだように思えた。が、すぐに明るい顔に戻った。

 

「そうだね。これだけ人数がいるんだ。深追いせずに早々に撤退する方針でいこう」

 

「了解。んじゃ、行くか」

 

 そう言って、俺は片方の扉に手をかける。もう片方の扉に手をかけたディアベルと合図をしてその扉を開く。中は、最初は暗かったがだんだん明るくなってきた。

 

「・・・ボスは」

 

「奥にいる」

 

 心なしか少し怯え気味のディアベルに対して、俺は落ち着いている。奥のほうに鎮座するのは、犬顔の亜人種。ボスの名前は、“Illfang The Kobold Lord”。

 

「イルファングザコボルドロード、ね。邪悪な牙持つ亜人の王、ってところか」

 

「冷静だな!?」

 

 ディアベルのパーティメンバーの誰か―――おそらく俺と同じ曲刀使いのやつ―――が言うが、それを俺はあっさりとスルーして、あらかじめ自分以外不可視モードで展開してあったウィンドウを操作してから、ボーンカトラスを音高く抜剣した。

 

「さてと、・・・お手並み拝見と行きますか」

 

 その口元が綻んでいたのは自分でも気が付いていたが、もはやこれは俺の性だとあきらめることにした。そのまま突っ込んでいく俺の前には取り巻きと思える小さい亜人の姿。名前は“Ruin Kobold Sentinel”、ルインコボルドセンチネル。俺も英語そこまで得意じゃないけど、没落した亜人の歩哨、ってとこかな。得物は長柄。あの独特の刃先は斧槍(ハルバート)かな。てことは、

 

「懐に飛び込んじまえばこっちのもんだな」

 

 言いつつ一気に飛び出す。胸の前で剣先を左に向ける形でダッシュをかけ、敵の少し手前で左足を前に出して半身になる。左足で思いっきりブレーキをかけて静止し、体をねじって腕をさらに引く。ソードスキルが起動したことを確認すると、そこから突きを繰り出す。そのまま喉元の一点を剣が貫いた。

 重装備ということを考えると、ウィークポイントはおそらく首筋のわずかな一点のみ。ということは、曲刀のソードスキルで有効打を決められるソードスキルは、今のところは、今繰り出した“轟破ノ太刀”くらいだ。だが、俺はそれをブースト込みで食らわせられる自信があった。というのも、ここの層の雑魚コボルドどもは、俺は尽く首を飛ばすことで狩ってきたのだ。そうすることで何度も攻撃せずに済むし、何より効率が良かった。一発で首筋に当てるというのは十二分な集中力を必要としたが、慣れてくれば結構簡単だった。

 俺の予想に違わず、ボーンカトラスをその首にねじ込まれたセンチネルは、そのHPのほとんどを消し飛ばした。突き刺した剣をそのまま引き抜いてもう一回剣で斬ると、瞬間にその体を爆散させる。と、直後に飛んできたボスの攻撃を紙一重で躱した。

 

「大丈夫かい!?」

 

「大丈夫だ!そろそろ撤退する!」

 

 入り口からの声に叫び返すと、俺はそのまま背を向けて逃げ出した。後ろから来るボスの攻撃を避けながら、というのは神経を削る作業だったが、このくらいは問題ないレベルだった。

 俺がボス部屋を脱出したと同時にディアベルのパーティメンバーが扉を閉じた。それを見て、剣を収めながら思わず言ってしまった。

 

「おたくらも少しは突っ込めばよかったのに」

 

「君が突っ込み過ぎなんだよ。ところで、あの重装備のコボルド、どこかに弱点でもあるのかい?一撃で屠ってしまったようだけど」

 

「いくら重装備っていっても、関節部とかは隙間を作ってたり、比較的柔い素材でできてることが多いんだよ。そうじゃないと身動きが取れないからな。で、正面から真っ直ぐに狙えて、しかもなおかつその手の部位っていうと、あんまりない。と、ここまで考えたところで、首が弱点だろうとあたりを付けたらビンゴだった。狙うのならレイピアとか槍だろうな。もしくは、防御力を超える攻撃力で鎧の上から粉砕するとか」

 

「首筋をピンポイントで突く・・・難しそうだね」

 

「だな。雑魚は思い切ってランサーやフェンサーとあの得物のパリィ担当のやつで組ませて殲滅したほうが効率はよくなるかもしれない」

 

 そこまで言ったところで、ディアベルは少し考えた。大方、あの場にいた人間、自分のパーティ、それらから役割分担をある程度今のうちにシミュレーションしているのだろう。

 

「・・・分かった。忌憚のない意見をありがとう。名前は?」

 

「ロータスだ。またよろしくな、ディアベル」

 

 そう言ってその場をすたすたと去った。もともと多人数で長いこといるのは苦痛に感じる人種なのだ。それに、さっきの攻撃力から勘案すると、今の状態だと少し不安が残る。そのための準備も必要だ。俺は俺で考える必要がある。そう思いながら、俺はその日の迷宮区を後にした。

 

 

 

 準備が終わって、昨日の広場に行くと、ある程度人がもう集まっていた。俺が来たことを確認すると、ディアベルは声を張った。

 

「さて、みんな知っていると思うけど、今日の午後、ボス部屋を発見した。そして、街に戻った時に、例の攻略本の最新版が出版された。この攻略本によると、ボスの名前はイルファングザコボルドロード。取り巻きにルインコボルドセンチネルがいる。この情報はβテストのものだという明記されているけど、最初に行った軽い偵察の情報と、この情報は一致するところがあることも、また事実だ」

 

 その言葉に全体がざわつく。ボス部屋にたどり着くだけならまだしも、よもや軽くとはいえ偵察を行うというのはあまり考えていなかったようだ。

 

「みんな、今はこの情報に感謝しよう。なにせ、一番死亡率が高いのが偵察戦だからね。それを省けるっていうのは滅茶苦茶ありがたい」

 

 その言葉に、ほんのわずかに残っていた反βテスターという雰囲気もかなり薄まった。それはいいことだったのだが。

 

「じゃあ、パーティを組んでくれ。ボスにはレイドで挑むから、できれば7人くらいのパーティでお願い」

 

 ・・・なんと。歴代ゲームは殆どソロプレイ、学校だろうが部活だろうが上辺だけの付き合いしかしない万年ボッチにパーティを組めと。どうするよおい。とかと考えながら周りを見ると、見覚えのある人影が。

 

(ん、あのフーデットケープ・・・)

 

 それに、その近くにはあの少年。おそらく、いやほぼ間違いないな。

 そのまま近づいて行くと、やはり間違いなくあの時の剣士とフェンサーだった。

 

「よ。おたくら、もしやペア?」

 

 声をかけると、相手もこっちの正体に気付いたらしく、幾分か顔つきが柔らかくなった。

 

「ああ。人数少ないから、よかったらパーティに入ってくれると助かるんだが・・・」

 

「むしろこっちからお願いしたいくらいだよ」

 

 そう言いつつウィンドウを操作。目だけを動かして、左上にネームが表示されたことを確認すると、改めて目線を前に戻した。

 

「ロータスだ。改めてよろしく」

 

「キリトだ。こちらこそよろしく」

 

 そんな会話をしていると、遠くから息せき切って走ってきた小さな人影があることに気付いた。しかも、どことなく見覚えがある。その人影は、息を整えずにこちらに来ると、恐る恐るといった様子で声をかけてきた。

 

「あの、攻略会議って、終わっちゃいました?」

 

「大丈夫、今レイド組むとこだから。ギリギリセーフってとこだぞ、レイン」

 

「えっ・・・!?って、あなたは、ロータスさん、でしたっけ?」

 

「敬語はなしでいいって」

 

 笑いながら言うと、レインの顔も柔らかくなった。

 

「知り合いか?」

 

「まあね。この子はレイン。前、アニブレの件でちょっと、ね」

 

 キリトの問いかけに、軽くはぐらかしながら答える。まあ、嘘はついていないのだが。

 

「そっちのレベルって今いくつなんだ?」

 

「11、もうすぐ12」

 

「そっか。なあキリト、こいつも加えていいか?」

 

「そうだな。人手は多いに越したことはないし」

 

 短い確認を終えると、レインに向かって言う。

 

「なあレイン、ボス攻略のパーティ、俺らに入ってくれないか?丁度人手が足りなくてな」

 

「むしろこっちからお願いしたいよ。ほかのところには、なんとなく入り辛いし」

 

「一応顔見知りだしな、俺ら」

 

 そう言うと、お互いウィンドウを操作する。左上に改めてrainの名前が加わったことを確認して、レインが自己紹介を終える。が、終始フェンサーが無言だったのは、個人的にはどこか不安だった。―――また張りつめすぎていなければいいのだが。一段落ついたところで、ディアベルがこちらに来た。

 

「君たちはF隊になる。センチネルの相手をお願いしたいんだけど、いいかな」

 

「ああ、分かった。雑魚の相手は任せておいてくれ」

 

「そうだね。一人で雑魚を屠った人もいるしね」

 

 そう言いつつこちらを見やるディアベル。それに周囲が疑問の雰囲気を醸す。軽くため息を吐いて、俺はそれに答えた。

 

「あんたらに迷惑をかけるような真似はしないから安心しろ」

 

「はは、頼もしいね」

 

 一つ笑みを漏らすと、ディアベルは自分たちのパーティの下へと戻っていく。

 

「なあ、さっきの話、どういうことだ?」

 

「ああ、そのな・・・」

 

 あーもう、恨むぜディアベル。この空気どうしてくれんだよ。収めるけど。

 

「ここだけの話、ボス部屋最初に見つけたの、俺なんだわ」

 

「え、てことは、軽い偵察戦をやったのって」

 

「俺と、ワンテンポ遅れてきたディアベルのパーティメンバーの一部。で、その時に雑魚コボルドを一発で屠った、ってわけ」

 

「じゃあ、どこが弱点なのかもわかるんだ?」

 

「ああ。喉元が弱点だ。細かい作戦は道中で軽くやるとして、大まかな作戦会議と行くか」

 

 その言葉から、あっさりとその空気は収まった。おおよかったよかった。

 

 

 いったん解散になってから、俺は軽くアイテム整理をしていた。ボスが一体どんなアイテムを落とすのかはわからない。それに、いざというときにポーションがない、というのも間抜けな話だ。

 

「ヨ。やっぱり見込んだ通り、結構骨のある奴だナ」

 

 声をかけられて顔を上げると、そこには鼠色のフードを被り、頬に髭のペイントをしたプレイヤーがいた。

 

「久しぶりだな、アルゴ。そっちも元気そうなことで」

 

「まあナ。オレっちとしても、あの攻略本で一人でも死者が減るのなら本望ってモンだヨ」

 

「あっそ」

 

 確認を終えて、装備をオブジェクト化する。腰に確かな重みが加わったことを確認すると、感覚の確認のために一回静かに抜剣する。と、アルゴの目つきが変わった。

 

「なあ、それって、もしかしなくてもボーンカトラスか?」

 

「ああ、そうだが」

 

 冷静に応えると、アルゴの目に少なくない驚愕の色が浮かんだ。

 

「あれって今の状態じゃ相当な難易度に相当するはずだけど、クリアしたってことか?」

 

「そうじゃなきゃいま手元にないだろう」

 

 口調もおそらく素の口調であろうそれになっている。どうやらよっぽどか驚かせたらしい。

 

「で、相当な難易度、ってどのくらいなんだ?」

 

「レベルにして2、3層上だナ。βの時もそのくらいでクリアされたし」

 

「ふうん・・・」

 

 てことは、ここから数層くらいはこいつで行ける、ってことか。ラッキーだったな。

 

「どうやってクリアしたんダ?」

 

「脳天に剣ぶっ刺して、あとは斬りまくってたら終わった」

 

 我ながらなんとざっくりとした説明。だが、それだけでこの情報屋には伝わったらしい。あんぐりと口を広げた。

 

「キー坊もなかなかだけど、こっちもこっちで規格外だナ・・・」

 

「そうか?でもま、結構運が絡んだところがあったから、攻略本に載せるのはお薦めしないぜ」

 

 そう言いつつ立ち上がる。もうそろそろ時間だ。

 

「そろそろ時間だ。行くぜ」

 

「ああ。ボス戦頑張れヨ」

 

 その言葉に軽く手を挙げて返答としながら、俺は待ち合わせ場所に向かった。

 




 はい、というわけで。まずは技解説。

轟破ノ太刀
GE2、ロングソード、ゼロスタンスBA 元の名前:轟破ノ太刀・金
 元の技はゼロスタンスという、いわば”仕切りなおし”のような構えが変化し、直後の△の攻撃がなぎ払いから突きに変化する。□は変化しない。使い込むことでⅠからⅣまで開放され、順に威力が上がる。また、後半になるにつれてビームのようなものが出るようだが、こちらでは無論そんなことはない。
 ここで想定しているのは構えから動き、それと使い込むにつれて段階的に攻撃力が上がるという点。また、使い込むと硬直も長くなる。
 ちなみに、主はこの変化したゼロスタンスが性に合わず、まったくといってもいいほど使わないBAのひとつ。

 ちょっと長くなりましたね。以降BAもいくつか出す予定ですけど、基本的に一部を除いてBAはⅠからⅣがあります。例外として、途中から分岐することでⅠやⅡがないとか、Ⅳしかない(所謂黒BA)やつとかありますが、そのくだりは以後どのように変化するかということのみ記述することにします。


 それはそうとして、ストーリーの話をば。

 主人公は結構こんな感じで、もっと穏便に済ませれないのかということが今後多々出てきます。ご承知を。

 前話の大猪との戦い方はアルゴが素に戻るレベルという無茶苦茶でしたって言う。
 そしてレインちゃんが攻略組に。このあとこの子は結構健気にしたい。

 次はいよいよ第一層攻略戦です。ではまた次回。


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4.第一層フロアボス戦

 はい、どうも。

 やっぱり二コマも空きがあると暇です。どっかに無理矢理埋めるんだった。

 さて、今回はいよいよイルファングザコボルドロード戦です。原作とはいろいろ違いますが・・・その辺はご容赦ください。

 それではどうぞ。


 迷宮区の道すがら、アスナがぽつりともらした。

 

「ねえ、あなたたちは他の、エムエムオーゲーム?ってやったことあるの?」

 

 あー、やっぱりこいつニュービーか。てかそもそもゲームとは今まで縁がなかった人種か。

 

「俺はこれが二作目かな。でも、前やってたやつは総プレイ時間50時間にも満たないだろうし、ま、ほぼ実質これが初めて」

 

「私はこれが初めて」

 

「俺は何作かやったことあるな」

 

 上から俺、レイン、キリト。あの時の解説と言い、やっぱりこいつ根っからのゲーマーだな。

 

「そう。じゃあ、他のゲームだと、こういうときって会話をしたりするの?」

 

「そんなことはないかな。キーボードやマウスは操作のほうに使ってるから、基本的にチャットはしない、というより物理的にできない。ボイスチャットがあるのなら話は別だけど」

 

「そう。これからはどうなるのかしら?」

 

「さあな。でも案外普通になっちまうんじゃねえか?」

 

 俺の言葉に、フェンサーが反応する。首の後ろで腕を組みながら、さりげなくネームを確認する。えっと、Asuna、か。アスナ、でいいだろうな。・・・まさかと思うが本名じゃなかろうな。

 

「どういうことかしら」

 

「外食に行くとか、ダンジョンに潜るとか。そう言った感覚に近いものになるんだろうな、ってこと。早い話が慣れるんだよ。攻略するってことに」

 

「私はそうは思わないけど」

 

「少なくとも俺はほぼ確信してるぜ?このペースだ、攻略に年単位の時間がかかるのは確実だろうよ。だったら、慣れないほうが不自然ってもんだ」

 

「そうだな。ある種日常の一部になってるかもな」

 

 キリトがそう締めくくると、微かな笑い声が聞こえた。体勢を変えずにそちらを見ると、微かにフーデットケープが揺れている。

 

「おかしなことを言うのね。こんな非日常が日常になるなんて」

 

「そうかな」

 

 少しだけでも柔らかくなった雰囲気の中で、俺は切り出した。

 

「さて、改めて確認するぞ。基本的に俺とレイン、そっちふたりで行動。片手剣二人が相手の斧槍(ハルバート)をカチあげて、残りの二人が一気に特攻。HPを削るなり飛ばす。ダメージを受けた場合はアタッカー二人を優先してPOTローテ。これで大丈夫だな」

 

「ああ、それで大丈夫だ」

 

「ええ」

 

「うん。でも、カチあげるってよくわからないんだけど・・・」

 

「なあに簡単だ。振り下ろされた得物に対して剣を振り上げてぶち当てるってことだ」

 

「それ、ちょっと不安」

 

「大丈夫、簡単だ。(・・・多分)

 

「ちょっと待ってなんか聞こえた」

 

 そんなどこかコミカルな雰囲気に水を注すように、外から声をかけてきた人間がいた。

 

「おい」

 

 その声のほうを見ると、そこにはどうやったらそんな髪形になるんだろうというような男・・・キバオウがいた。

 

「ええか、ジブンらは大人し雑魚コボルドの相手しとれよ。ボスはこっちが相手するからな」

 

 なんか棘があるってレベルじゃねえなこりゃ。明らかに悪意しかねえぞ、これ。

 

「分かってる。それが俺たちの役目だからな」

 

 キリトのその返答に一つ鼻を鳴らすと、そのままキバオウは自分たちの隊に帰っていった。

 

「・・・何あれ」

 

「さあ?」

 

 当の本人もこの調子だ。ただ単に因縁つけただけならいいんだが・・・一応気に留めておくか。

 それに、心なしかキリトの顔が少し暗い気がする。

 

「ところでキリト、なんかあったのか?少し表情が暗いようだが」

 

「・・・まあ、ロータスになら教えていいか。俺の剣を買い取りたいって交渉を何度か持ちかけられててな」

 

「お値段は?」

 

「約40k。相場から考えれば、それだけ出せば同じくらいの性能にはなるはず、なんだけど・・・」

 

 40kっていうと、4万か。確かにそれは気になるわな。と、そんなことを考えていると、横からモンスターが突撃してきた。無造作に横一閃。それだけで、そのモンスターはポリゴンとなった。

 

「あれこれ考えるのは後だ。今は目の前のことに集中しろ」

 

「・・・ああ」

 

 その顔が少し明るくなっていたことに、俺は一つ笑んだ。

 

 

 

 

 

 特に何事もなくボス部屋前にたどり着いた俺たちに、ディアベルはこっちを向いて声を張った。

 

「ここまで来たら言うことは一つだ。勝とうぜ!」

 

 それに応じて鬨の声が上がる。ノリいいなお前ら、と例によって冷めたことを思いながら、俺は扉を開かれる様を無機質に見ていた。

 

 扉が開き切り、レイド全体が中に入る。光量が増え、ボスが大きく跳躍して目の前に来てから一つ大きく吠えた。同時に取り巻きが三匹ポップする。それを確認して、ディアベルはその剣を抜剣しながら宣言した。

 

「突撃!」

 

 その声を待っていたとばかりに、レイド全体が突撃した。雑魚の一頭に向けてレインが走る。振り下ろされる相手の得物に、一発でレインの剣があたり、相手の斧槍が跳ね上がる。さらなるレインの追撃で完全に相手の反撃が封じられたところで、俺が前に出る。打ち合わせ通り、横に避けたレインの横から狙いすました一撃を首元にお見舞いする。それにより相手が爆散したことを確認して、俺は二体目に相対した。

 

「スイッチ!ゆっくりでいいからな、レイン。貰わないことに重点を置いて、落ち着いていけ」

 

「それ、君の言えること?いつでも大丈夫だよ」

 

 返答を聞くや否や、俺は相手に真空破斬を当てる。硬直の間にレインが飛び込み、その喉元にスラントをぶち当てた。HPが一気に削れる。その時に、背後から会話が聞こえた。

 

「当てが外れたやろ。ええ気味や」

 

「なんだって?」

 

 これは、キリトとキバオウ?なんか気になるな。

 

「とぼけても無駄やで。ちゃーんと聞かされとんのや。お前がどんなあくどい方法でLAを乱獲してたかってな!」

 

「ロータス!スイッチ行くよ!」

 

 背後から絶句する気配。直後に飛んだレインの声で現実に引き戻される。だが、俺も少なからず驚いていた。あの時の言葉から察するに、キバオウも本サービスから始めたニュービーのはず。ならばなぜ。そんな疑問を覚えながら、俺はレインとスイッチした。淀みない動作で轟破ノ太刀を喉に突き立てる。その動きの間にも考えた。そもそもが、なぜキバオウが、キリトがβテスターということを知っていたのか。これは簡単に予想がつく。情報を買ったか、何らかの目的で提供されたか。買ったところでそう大したメリットはない。だが、提供されたとあれば話は別だ。提供した側にも何らかの目的があると考えるのが自然だ。そう考えながら剣を引き抜いて、左手で刀剣を投げつける。それもクリティカルで決まり、相手が爆散する。手の甲を前に向けて投げる“バックシュート”はその当てづらさもあって硬直が短い。すぐに次のセンチネルに向かおうと思ったところで、ボス攻撃隊から「ラスト一本!」の声がする。同時に、最後のセンチネルが三体ポップした。

 ボスが直後に武器を放り投げる。そして、腰に差した剣に手をかける。そこで、俺はどこか引っかかった。

 

(ん、どうしてだ?)

 

「ロータス!」

 

 考えることで沈みかけた思考がレインの声で浮上する。相手の斧槍を紙一重のところで躱して、その首にボーンカトラスを突き立てる。そのまま引き抜きながら蹴飛ばす。瞬間に、ディアベルがボスの前に出る。その時にちらりと此方を見た気がした。そのままソードスキルを発動する構えに入る。抜き放った剣を見て、俺の脳裏に一つの言葉がよぎった。

 

『聞くところによると、この層の守護獣は、曲刀によく似た、細く長い片刃の剣を使うと言う』

 

 そこで、気付いた。曲刀によく似たということは、曲刀ではないということと同義だということは簡単に想像がつく。そして、あの攻略本に書いてあったのは、湾刀(タルワール)、つまりは曲刀。これらが示す情報はただ一つ。

 

「悪いレイン、ちょっと任せた!」

 

 制止するレインの声を振り切って走る。その間に、ボスはその体をギリギリまでねじっていた。間に合えと心の中で願いながら足に力を籠める。

 

「駄目だ、全力で後ろに飛べー!」

 

 後ろからキリトの声が聞こえる。その声に、俺の足は一瞬だが止まった。それが功を奏して、ボスの全範囲攻撃をもらうことはなかった。が、曲刀という先入観から囲んでいたボス攻撃隊のほぼ全員の頭上に黄色のエフェクト。お約束ともいえるバッドステータスの一つである、気絶やスタンの類だろう。そして、ボスはそのうちの一人、先陣を切ってボスに突っ込んでいった青髪の騎士に狙いを定めて、その剣を輝かせた。地面すれすれから繰り出される下段のソードスキル。それに、俺は無意識のうちに強く地面を蹴って大きく一歩を踏み出していた。あえて体を一回転させ右足で踏み込み一瞬だけ溜めを作る。システムが起動すると、そこから一気にブーストをかけて、曲刀系ソードスキル“ドライブツイスター”を繰り出した。全力かつ最速で繰り出されたそれは、ギリギリながらもボスの切っ先の方向を変え、ディアベルのすぐ横を通り過ぎさせた。こっちが硬直で動けない中、短い硬直を終えた後に出された振り下ろしと突きは、カイトシールドできれいにパリィされていた。周りを見ると、陣形もリセットされている。

 

「まったく無茶をするね、君は」

 

「自分の利己心目当てにわざわざ戦力削ろうとする人間に言われたかないね」

 

 普通の声量のディアベルに対して、彼にしか聞こえない声量で答える。その瞬間にディアベルの表情が暗くなった。その後に、ボスが距離を取って左腰に剣を持っていく。それを見て、俺は剣を持った右手を八相より少し高いくらいの位置に持っていき、双牙斬の初段で相殺する。それにお互いがノックバックをする。その時に、ディアベルにしか聞こえない程度の声量で言った。

 

「話はあとで聞く。おそらくはあんたがβテスターだってことや、キバオウになにを吹き込んだのかとか、その辺も含めて、な。だが今はボスを討伐することが先決だ。今は戸惑ってる場合じゃない。

 ディアベル、刀スキルの詳細はわかるか?」

 

「刀?・・・ちらっと聞いたことはあるけど、実際に相対したことはないから、わからない」

 

「了解。なら、慎重にいこう」

 

 と、言っているそばから、キンという金属音。ボスのほうを向くと、キリトが敵の攻撃をパリィしていた。それを見て、元の声量に戻して言う。

 

「おそらく範囲攻撃は囲まなきゃ来ない。全範囲の、しかもあの感じだと高確率スタン攻撃を乱射されたら勝負にならないからな。とにかく、あいつらが時間を稼いでいる間にPOTと攻撃の見極めを頼む」

 

「あんたはどうするんだよ」

 

「俺も傷は浅いし、もともと俺の隊はあっちだからな。加勢してくる」

 

 そう言ってキリトたちの下に向かおうと数歩踏み出したところで、並走してくる人間がいた。

 

「センチネルは全滅させたよ。まったくもう、ヒヤヒヤさせないでよ」

 

「悪い。んじゃま、あいつらの援護に回るぞ」

 

「了解!」

 

 そう言って、俺たちはボス攻略を再開した。

 

 キリトの見事なパリィにより、ダメージは順調に入っていった。が、十何回目でそれも途切れた。

 

「しまっ・・・」

 

 上から来るところが、ぐっと起動を変えて下から襲い来る。咄嗟にソードスキルを停止させるが、それにより硬直をくらう。

キリトが吹っ飛ばされる。それを受けてアスナも吹っ飛ばされた。咄嗟に次の攻撃をパリィするために二人の前に出る。地面すれすれから切り上げるあれを食らったら、おそらくあの三連撃でお陀仏だ。ミスは許されない。虎牙破斬で反らす準備をしつつ、集中力を研ぎ澄ませる。すると、

 

「ぬおぉりゃぁ!」

 

 方向と見まがうばかりの声と共に、別のソードスキルがボスに炸裂する。確かこれは、両手斧のソードスキル“ワールウインド”。

 

「あんたらは暫く下がってろ。アタッカーにタンクやられちゃ立場ないからな」

 

「悪い、任せた」

 

「サンキュ、助かる」

 

 こちらに振り返りながら、その技を放った巨漢は言った。確か、エギルだったか。キリトの言葉をキーにして、俺たちは一旦下がった。

 

 下がってからも、キリトはその経験を生かして相手の攻撃を指示し続けた。その指示はどれも的確で、防御するタンクもその指示に従って完璧な防御を繰り返した。それに、あの限界戦闘が効果を発揮したのか、この場に至ってもアスナの技のキレは落ちなかった。やがて、邪魔そうにアスナがフーデットケープを掴んで放り投げる。露わになったその美貌に、男どもが見とれる気配がした。俺は一度見ているのでそんなことはない。

 

「おら、ぼさっとすんな!」

 

「次、右下からの切り上げ!

 

 俺の喝とキリトの指示で隊が元の動きを取り戻す。このままいけばいける。そう思った矢先に、タンク隊のうちの一人が武器を落としてしまった。とっさに拾いにかかる。だが、場所が悪かった。

 

「早く離脱しろ!」

 

 その場所が背後だと悟ったキリトがすぐに大声を出す。が、その声むなしく、ボスがそれを囲まれた状態と認識して、また例の全方向ソードスキルを繰り出しにかかった。ボスが垂直に飛ぶ。その瞬間に、キリトが飛び出した。

 

「届けぇーーーー!」

 

 その気合がシステムにも伝わったのか、キリトのソニックリープはソードスキルを発動する前のボスに命中。ボスが仰向けに落ちると、その手足をばたつかせた。それを見て、キリトがもう一つ指示を飛ばす。

 

「全員、全力攻撃(フルアタック)!囲んでいい!」

 

 その声に、今までの鬱憤を晴らすように全員が囲んで総攻撃を仕掛ける。だが、その甲斐もあと一歩及ばず、ギリギリHPが残るくらいになってしまった。

 

「レイン、ロータス、アスナ!最後の攻撃、一緒に頼む!」

 

「はい!」「おうよ!」「了解!」

 

 最後のキリトの指示に俺たちが追随する。

 

「せい・・・やぁ!」

 

「い・・・やぁっ!」

 

 まずはアスナとレインがそれぞれリニアーと瞬迅剣で牽制する。

 

「うっ・・・るぁ!」

 

「はあっ!」

 

 それに続いて俺とキリトが、それぞれ疾風ノ太刀と縦斬を浴びせる。が、HPは本当に1ドットだけ残った。それにお互い獰猛な笑みを漏らすと、キリトの刃が上に返る。

 

「う・・・ぉぉぉぉおおおおお!!」

 

 片手用直剣二連撃ソードスキル、バーチカル・アーク。その最後の一撃が、ボスのHPを刈り取った。ワンテンポ遅れて、ボスがその巨大な体を爆散させた。

 一瞬の静寂。その後に、部屋は割れんばかりの歓声に包まれた。

 

 




 はい、というわけで。まずは使用技解説。

ドライブツイスター
GE2ロングソード△攻撃系BA。NPCではリンドウさんが使用。
 元ネタだと、踏み込みの距離が伸びて、敵に接近すると一回転して斬り上げる技。その踏み込み距離とスタミナ消費がないということで移動用BAとしても優秀。こちらでは使い込むことで威力とクリティカル率が上がる。硬直はちょっと伸びる程度。ちなみに主はロングを使うと“困った時のドラツイ”レベルでよくお世話になるBA。

瞬迅剣
テイルズシリーズ、使用者:ロイド・アーヴィング、クラトス・アウリオン、ゼロス・ワイルダー(TOS)、ルーク・フォン・ファブレ、アッシュ(TOA)など
 踏み込んで突き一発。以上。シンプルイズベスト。

疾風ノ太刀
GE2ロングソードゼロスタンス系BA。NPCではピk・・・ジュリウスが使用。
 元ネタだと、ゼロスタンスの直後の△攻撃が多段ヒットになるBA。構えが変わるわけでもなく、結構便利なBA。だけど主はこれを使うのならドラツイを使う。こちらでは多段ヒットになることはないが、リーチと威力が少しづつ伸びて、硬直もわずかに伸びる。

 瞬迅剣の説明が雑?これくらいしか言うことがないんです許してください。


 ここではディアベルさんが生き残りました。彼を生かすか殺すかは悩んだところではあったのですが、結局生かしました。今後の登場ではほぼオリキャラとなってしまいます。だってほとんど人物像とか描写ないし。

 ではまた次回。


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5.戦いの後

 はい、どうも。

 今回はフロアボス討伐後のお話です。多分にオリジナル要素コミコミです。そして超短いです。

 それではどうぞ。


 一つ息をついて、剣をゆっくりと鞘に納めた。ゆっくりと目を閉じて顔を上に向けた。

 

「ありがとうな、三人とも」

 

 そんなことをしていると、キリトがこっちに来て話しかけてきた。それに俺も微笑みを返す。

 

「いいってことよ」

 

「パーティでしょ、私たち」

 

「そうだよ、キリト君」

 

「呼び捨てでもいいよ、レイン」

 

「あ、そう?でもなんか、キリトって呼ぶよりキリト君のほうが呼びやすいからそっちで呼ぶね」

 

「ええ・・・」

 

 それに俺が笑ったところで、近寄ってくるもう一つの影。そちらを向くと、褐色の肌をした巨漢がこっちに来た。エギルだ。

 

「Congratulation. 見事だよ、少年。間違いなく今回のMVPだ」

 

「言いすぎだよ」

 

 皆、ボス戦が終わったことで、一息つけるということもあって、リラックスしていた。それぞれが勝利の余韻をかみしめていた。

 だが、お祝いムードは長くは続かなかった。

 

「なんでだよ!」

 

 一気に視線が集まる。その視線を受けた張本人は、怯むことなど知らないといった風情でさらに言葉を続けた。

 

「なんでディアベルさんを見殺しにしようとしたんだ!」

 

「見殺し?」

 

「だってそうだろう!あんたはボスの使ってくる技を知ってた!あの調子なら、おそらくそのすべてを!そのうえで、あんたはこっちのことなんて知らない風にふるまった!これを見殺しにしようとしたと言わずしてなんというんだ!」

 

 それに、場の雰囲気が騒然となった。ちらちらとこっちを、より正確にはキリトを見やる視線も一気に増えた。

 

(嫌な雰囲気だな)

 

 その状況下で、考えうる最悪の状況を頭の中でシミュレートする。その方向に行かないことを祈りながら、その線が濃厚でありそうだというのも分かってしまった。

 

「きっとこいつ、βテスターだったんだ!だから、ボスのスキルとその軌道をすべて知ってたんだ!」

 

 ボス攻略中の言葉は、おそらく俺とディアベルしか覚えていないし、覚えていたとしても、全体から考えればごく一部に過ぎない。そして、この言葉が憶測を呼んだ。そこからさらに、憶測が憶測を呼ぶ。そして、俺の想定していた最悪の一つに踏み込む呟きを、俺ははっきりと聞いた。

 

「待てよ。あの攻略本、βテスターが書いたものなんじゃないか?」

 

「てことは、βテスターが俺たちをはめるために?」

 

「それが正しいのなら、あの情報屋とこいつがグルってことか?」

 

 止まらない。最悪だ。このままでは反βテスターの風潮は免れられない。

 

「ふざけた・・・」「あなたたち・・・」「お前ら・・・」

 

 俺とアスナとエギルが揃って反論しようとする。誰が先に言うかアイコンタクトを取った瞬間に、後ろから嘲るような笑い声が聞こえた。

 

「キリト・・・?」

 

 俺が疑問符を出しながら振り返ると、嗤った当の本人は、とてつもなくふてぶてしい表情で言い放った。

 

「元βテスター・・・?俺をあいつらと一緒にするな。SAOのCBT倍率は凄まじいものだった。その中にコアゲーマーが果たしてどれくらいいたと思う?平均の状態を比べれば、今のあんたたちのほうがよっぽどかマシだ」

 

「な、なんやと!?」

 

 その言葉にキバオウが噛みつく。だが、俺はキリトの言葉の本質が見えた。だから、これがおそらくキリトの想定通りだということも分かってしまった。

 ちらりとディアベルを見やる。彼はうつむいて唇を噛みしめていた。俺と同じで、この言葉の意図が読めたのだろう。そして、今自分がとるべき行動も。

 

「俺は常に攻略の最前線にいた。LAも数えきれないくらい取った。ボスのスキルを知っていたのは、βテストの時に、上層で刀を使うMobと散々やり合ったからだ。ほかにもいろいろ知ってるぜ。情報屋なんか、それこそアルゴが知らないような情報もな」

 

「な・・・」

 

 俺はレイドに背を向けた。おそらく、今の俺の表情は凄まじいことになっているだろう。

 

「そ、そんなのもはやチートや!反則や!」

 

「経験の有効活用と言ってほしいな」

 

 最後の言葉が火をつけた。キリトへの罵倒が容赦なく浴びせられる。やがてその響きは混ざり合い、“ビーター”という響きが生まれた。

 

「“ビーター”・・・、いい響きだな、それ」

 

 そういうと、キリトはウィンドウを操作する。すると、キリトの装備はひざ丈のロングコートになった。おそらくボスのLAドロップだろう。

 

「そうだ。俺はビーターだ。ほかのβテスターなんかと一緒にしないでくれ。

 これから俺は二層の転移門を有効化(アクティベート)しに行く。ついてきてもいいが、その時は初見のMobに殺されるくらいの覚悟は背負って来い」

 

 そう言って、キリトは背を向けて、次の層への螺旋階段を昇っていった。その姿が完全に見えなくなる前に、アスナが追いかけようとする。それを、エギルとキバオウが呼び止めた。

 

「なあ」「ちょっといいか」

 

 それに対して、エギルが一歩引く形で呼び止めた。

 

「あいつに伝えてくれへんか。“今回は助けてもろたけど、ジブンのやり方は認められん。わいはわいで、クリアを目指す”と」

 

「俺からも伝言頼む。“次のボス戦もよろしくな”って伝えといてくれ」

 

「分かった。確かに伝えるわ」

 

 そういうと、アスナはその敏捷度で螺旋階段を駆け上っていった。その姿が半分以上見えなくなったところで、俺は向き直りながら言った。

 

「ディアベル。覚えてるよな」

 

「・・・ああ」

 

 その言葉に、ディアベルは沈痛な表情のまま頷いた。

 

「さて、と。言うまでもないが、逃げるなよ?逃げたら、物理的に叩きのめす」

 

「逃げないよ。というより、逃げられないよ」

 

「そうか。ならいい。

 お互い疲れてるだろうから、単刀直入に聞くぞ。あんたもβテスターだな」

 

 俺のその確認の問いかけに、周りがざわめく。だが、俺はディアベルしか見ていなかった。

 

「沈黙は肯定と受け取るぞ」

 

「・・・いったいどこでそう思ったのかな」

 

「最初に疑問に思ったのは、ここに来るまでにキバオウが俺らに対して無駄なことを言ってきたことだ。それも刺々しく、な。俺らとしては、なんでキバオウがそんなに噛みついてくるのか、その理由の説明がつかなかった。それに、キリトがβテスト時代、LAボーナスを取りまくってたってことを知ってた、ということも不自然だ。キバオウにとって、そんな情報を知っても特にメリットはないからな。だけど、必要のために提供されたのなら話は別だ。例えば、キリトのメインアームを買い取るため、とかな。

 それに、ラスト一本になって突っ込んだ時、あんたこっちを見て得意げに笑ったろ?そこで鎌かけてみたらビンゴ、ってわけだ」

 

「ということは、あの時の僕はきれいに乗せられた、ってわけか・・・。

 うん、認めるよ。僕もβテスターだ」

 

 その言葉に、ざわつきは大きくなった。

 

「じゃあ二つ目の質問。どうして黙ってた?」

 

「それは、言うに言い出せなくて・・・。βテスターってことで嫌われたりしたら、って思うと、どうしてもね・・・」

 

「その辺は俺には理解できないんだが・・・、ま、パーティプレイに慣れた人間の思考ってやつなんだろうな・・・

 じゃ、もう一つ。キバオウにキリトのことを教えた理由は?」

 

「・・・LAボーナスを取るのに、キリト君が邪魔だったからだ。彼のやることは完璧だから、彼がいてはLAはまず不可能だ」

 

「だからあいつが鍛えたメインアームを買い取ることで、少しでもあいつの戦力を削ろうとした」

 

「だって仕方ないじゃないか!」

 

 今まで淡々と答えていたディアベルが、突然感情を吐き出すように大声をあげた。

 

「ゲーマーとして、LAを取りたいと思うのは当然だろう!?だけど、あのLAゲッターがいたらそんなことは無理なんだ!だったら、それを排除しようとするのは、そんなにいけないことなのかよ!?」

 

 それは、恐らく今までずっと我慢し続けてきた、青い騎士の本音だった。周囲が一気に静かになる。そのすべてを吐き出すような独白を聞いて、俺は一つため息を吐きながら苦笑した。

 

「いいのか悪いのかなんて関係ない。俺は真実を知りたいだけだ。欲望?んなの上等だ。俺だって、目的のために本当に合理的なら、どんなあくどい手も使うつもりだしな」

 

 そこまで言うと、くるりと背を向けた。

 

「ちょお待てや、ジブンこそ逃げるんかいな!」

 

 キバオウの声に、俺は足を止めた。だが、キバオウのほうを向くことはない。

 

「逃げるつもりはない。俺が聞きたいことはもう聞いた。俺はおたくらのパーティメンバーってわけでもない、ただのソロプレイヤーだ。ボス攻略のために手を組んだだけの、な。あとはあんたたちの話だ」

 

 そういうと、俺は二人が昇っていった螺旋階段を上っていった。

 




 はい、というわけで。
 なんでや!がないのは仕様です。誤字などではありません。じゃあキリトを糾弾したのは誰なんだ、と思う方がいるかもしれませんが、それはおいおい明かしていく予定です。

 ディアベルさんをだいぶ人間臭くしてみました。が、・・・果たしてこれでよかったのかと結構迷っております。でもこうなっちゃった以上このまま突き進む所存であります。

 次は閑話です。ストーリーにはまったくかかわらないと言っても問題ないレベルです。ちょっとだけ関わるところはあるのでナンバリングは連番にします。12/10までには絶対投稿します。そうじゃないと内容が完全にそげぶ食らいますので。

 ではまた次回。


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6.静かな大晦日

 はい、どうも。

 季節感皆無な今回。ついでに言えば話の中の季節感も皆無でございます。

 それでは今回どうぞ。


 ゲーム開始から二か月弱。最前線は五層まで到達していた。ここまで来るまでにいろいろあったが、何とかボス攻略での死人は今までゼロを保っている。それは、ディアベルのカリスマがもたらす前線指揮の的確さと、キリトの活躍によるものだろう。キリト自身が宣言した“ビーター”という呼称は殆ど使われることはなく、今では、第一層のフロアボスLAアタックボーナスドロップの黒いコートを強化、再利用して使っているため、その恰好から“黒ずくめ”とか“ブラッキー(先生)”とか呼ばれている。

 

「はあっ!」

 

 目の前の敵をぶっ倒して、ゆっくりと剣を左右に振って鞘にしまう。周りにプレイヤーはいない。それもそうだ。今日は12月31日。大抵のプレイヤーはホームに戻ってゆっくりと過ごしていた。攻略も今日は中止するというのが不文律となっていた。実際、第一層の一件以降呑み仲間となったディアベルに晩酌に誘われたが、俺は断って、こうして狩りに興じている。運営が年の変わり目などという時にイベントを発生させないわけはない、というのも事実なもので、俺はこうしてフィールドに繰り出しているわけだ。

 

「しっかしまあ、本当にいい剣だ」

 

 少し前にモンスターからドロップした曲刀のほうがプロパティとしては高いのだが、いまだに俺はボーンカトラスを使っていた。武器の特性上、インゴットに変換することは難しいらしいのだが、それを補って余りあるその使いやすさと性能があったし、何より長く握っていたことで俺の手になじんでいた。強化試行回数は4とかなり少ないが、元からステータスが高いのでそこまで気にしていない。ちなみに、この剣は丈夫さに3、鋭さに1を振るという極端な装備だ。もう一本は対照的に丈夫さ1に鋭さ3となっているので、うまい具合に使い分けができている。

 

「さてと、・・・ん?」

 

 何か物音がした方向を見てみると、そこには小さく、耳の長い動物―――兎がいた。それに対して、俺は疑問を覚える。ここらは俺が狩場にしているフィールドだ。ポップするモンスターもある程度記憶している。だが、こんなところに兎型の敵がポップした記憶はない。もともと俺が遭遇していないだけかもしれないが・・・

 

「行ってみるか」

 

 落ち着いて考えてみれば、もう明日からうさぎ年だ。ということは、何らかのニューイヤーイベントなのかもしれない。そう思ってそちらに行くと、兎は俺の先をピョンピョンと跳ねていった。やがて兎たちは穴を潜り抜けて、向こう側へ行ってしまった。その穴は、ちょうど横になれば通れそうなくらいの大きさになっていた。周りに人や敵がないことを確認すると、俺は剣をストレージにしまって、匍匐前進の要領で穴をくぐった。

 穴を抜けると、そこには大量の兎がいた。よく見ると、兎だけではなく、小さなリスのようなものや、小鳥もいた。周りの空気は澄んでいて、若葉独特の明るい緑に囲まれていた。さすがの俺もこの光景には言葉を失った。もともと動物がそこまで得意な質ではなかったが、こうもたくさん動物がいるとは思ってもみなかった。それに、ここの雰囲気は、穴をくぐって来る前のそれとは一線を画していた。

 

「こりゃ、結構あたりかもな」

 

 一瞬フリーズした思考回路を再起動させながら、しゃがんで集まった兎の一匹に手を伸ばす。逃げるかもしれないと思ったが、手が触れても逃げずにこちらを見上げるだけだった。兎がどこを撫でれば喜ぶのかはわからないが、とりあえず体を優しく撫でることにした。その一匹だけではなく、他の動物たちとも触れ合う。動物を撫でることなどリアルではなかったが、どれも毛はふわふわと心地よく、こういうことを好む人間の心理が理解できた。

 

「珍しいね、お客人なんて」

 

 その一匹に限らず、暫く感触を楽しんでいると、傍から声がした。どうやら自分が思っていた以上に夢中になっていたらしい。そちらのほうを向くと、NPCを表す黄色のカラーカーソルが見えた。

 

「勝手にお邪魔してすみません」

 

「何、気にすることはないさ」

 

 そう言って、その青年は近くの岩に腰を掛けた。その瞬間に、何匹かの兎が彼の傍にはねていった。

 

「人がここを訪ねこともあるけどね。大抵の人は、この子たちを攻撃していくんだよ」

 

「あー・・・」

 

 まあ確かに、この兎たちはモンスターだ。プレイヤーなら、モンスターを狩りにかかるというのは半分以上に本能的なものもあるだろう。

 

「大丈夫、その人たちを殺してなんてないよ。ちょっと驚かせて、お引き取り願うだけ。

 さてと、こちらこそ不躾で申し訳ないんだけど、僕もちょっと困っていてね。頼みを引き受けてもらえないかな?」

 

「あ、はい。俺にできることなら」

 

 そういうと、目の前の青年は柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう。僕はセルム」

 

「ロータスです」

 

「ロータス。あってる?」

 

「はい、そうです」

 

 おそらく、NPCのネーム確認ルーチンなのだろう。英単語と同じ名前にしておくとこういう時に楽だ。

 

「よかった、合ってて。もっと楽にしていいよ。君なら信頼できそうだからね」

 

 それはいったいどういう根拠があるんだ、と俺は内心で突っ込んだが、顔に出すことはなかった。

 

「あ、ああ。分かった。

 それで、頼みって?」

 

「ああ、うん。

 この動物()たちを助けてあげたいんだ。いつもと同じなら、多分あと5分も経たないうちに、また招かれざるお客人が来る。それも、―――」

 

「ここの動物たちを狩りに来る人間たちが、か」

 

「うん。人間といっても、普通の人間じゃなくて、所謂エルフと呼ばれるものだけどね」

 

 エルフ、か。魔法を使って来たら厄介だな。

 

「で、俺にしてもらいたいことって、もしかして、そいつらを殺すことか?」

 

 あえて濁さずにはっきりと言った。あとからアルゴにも聞いたが、NPCとの会話というものは、基本的に回りくどい伝え方をせずにストレートに言ったほうがいい。だが、今回はもう少しオブラートに包むべきだったのか、セルムの顔が曇った。

 

「・・・そうだね。僕ができるのなら、そうしたいのだけど・・・。僕は、どうにも生き物を殺すということに抵抗があってね。まあ、だからこそこんな空間を作ることができたともいえるんだけど」

 

「確かに、外とは一線を画してるよな、ここ」

 

 見たことのないような風景で、どこか幻想的だった。見たことのないような形の植物、キノコのようなものまである。おそらく、キノコの仲間、つまりは菌類なのだろう。

 

「どのくらい?見せしめに何人か殺すだけか、皆殺しか」

 

「できるだけたくさん。ここは大丈夫。この子たちがきれいにしてくれる」

 

 そこまで言ったところで、表情が一気に鋭くなった。それに応じて、俺も気を引き締める。

 

「敵の量がどのくらいか見当は付くか?」

 

「多くはない。今回も、ね。5人くらい、かな」

 

 それだけならこちらのほうがいいか。そう思いながら、俺は鋭さのほうに振ったボーンカトラスをオブジェクト化させる。ゆっくりと腰の剣に手を当て、いつでも抜剣できるようにする。

 

(どこから来る・・・)

 

「こっちだよ」

 

 セルムが一方口を指さす。そちらに向かって警戒心と、わずかながら殺気を―――うまくいっているかはわからないが―――放つ。どこからか、ガチョウのような鳥のような動物が俺を隠す。それにより、俺は冷静に気配を殺した。

 やがてその方向から出てきたのは、色が白い、耳のとがった人型Mob。それを、俺は近くにあった鏡のような何かで見た。確かこいつらは、少し上の層で出て来る“フォレストエルブン・ハロウドナイト”だ。少し上なのに知っているのは、このMobが3層で発生するキャンペーンクエストで登場するからだ。カラーカーソルは、・・・深紅に近い赤ってとこか。深紅のカラーカーソルの敵×5はなかなかにハードモードだぞおい。

 

「毎度のことで言い飽きたけど、入ってくるのならせめてもっと穏便に事を運んでほしいな」

 

「貴様と私の立場でそれは不可能な話だろう。―――さて、今日の獲物を差し出せ、セルム。そうであれば最小限で済ませてやる」

 

「その姿勢だから僕は嫌なんだけどな。そもそも、食料なんて他にもあると思うけど」

 

 セルムが会話をしている間に、音もなくピックを抜く。抜いていないほうの手で軽く鳥の背中を叩くと、鳥が静かに一声啼いた。それを聞くと、セルムは後ろに回してあった手で―――あえてやっていたのかもしれないが―――サムアップをして見せた。

 

「わざわざあくせくして狩らずとも、ここに楽に手に入れられる食料があるのならば、そちらを利用するほうが建設的だというものだろう。それに、狩りをする分では少々足りなくてな」

 

「それは数を増やしすぎたり、贅沢を尽くしすぎた君たちの自業自得だ。それを僕に押し付けないでほしいよ」

 

「生意気を」

 

 エルフが自分の獲物をセルムに突きつける。そのタイミングを見計らって、俺はあらかじめ大体図ってあった距離を狙ってピックを放り投げた。ソードスキルなしのそれは山なりの軌跡を描いて見事に首筋に命中した。それを確認せずに、音高く抜剣しながらうち一人の首を刎ねた。振り返って、ポリゴンが人一人分散っているさまを見ながら、俺は剣先を真っ直ぐエルフたちに向けた。

 

「今のやり取りだけ聞くと、俺もセルムに賛成だな」

 

「仲間か。生意気な・・・!」

 

 その言葉と共に、相手が一斉に抜剣する。それを見て、やはり俺は口元が緩むのを感じていた。

 

 

 そして、ざっくり30分後。

 

「ば、馬鹿な・・・」

 

 何とか最後の一人を倒し、パチンと音を立てて剣を納める。振り返ると、そこにはどこか申し訳なさそうな顔をしたセルムがいた。

 

「ごめんね。本来、僕がやるべきことなんだけど・・・」

 

「問題ねえよ。・・・また、ここに来てもいいか?」

 

「うん。君みたいな人なら大歓迎だよ。でも、僕はこの上の層にも同じようなところがあるってことを知ってる。そっちでも、君が来てくれれば、僕は現れるよ」

 

 現れるって、なんだそりゃ。

 

「セルム、君は一体・・・?」

 

「人とエルフが交わって生まれた、ハーフエルフとも呼ぶべき存在。でも、そういう存在はどちらからも迫害されるからね。こうして、動物や植物たちとのんびり暮らしているってわけさ」

 

「・・・そっか。いい人生だな。こういうのも」

 

「人は僕のような人を、変わり者って呼ぶけどね」

 

「違いない。それに、俺も変わり者だしな」

 

 そういうと、お互いに笑いあった。

 

「さて、助けてくれたんだ。ささやかでもお礼をしなくちゃね」

 

 そう言って周りを少し見渡す。すると、動物たちがざわざわと動いて、ある一つの衣服を持ってきた。

 

「これは、動物たちが拾ってきたコートなんだ。だけど、前に一度だけ僕が着たとき、まったく似合わないと言われてしまってね。君なら、似合いそうだから」

 

 そう言われて、俺はコートを受け取った。そのままゆっくりと袖を通す。鮮血を浴びたようなその暗い赤色のコートは、思いのほか俺に似合っていた。

 

「・・・やっぱりいい目をしてるな、セルム。センスがいい」

 

「気に入ってもらえたみたいで何よりだよ。さあ、動物たちに送らせよう」

 

 そういうと、俺の傍には、先ほど俺を隠した鳥のような動物が寄ってきた。セルムの言われるまま跨ると、なんだか妙な感覚がした。

 

「その子は頭がいいからね。そんなに強くしがみつかなくても大丈夫。むしろ強くしがみつくと痛がるから」

 

「分かった。またな、セルム」

 

「うん、また」

 

 そこまで言うと、鳥は俺を乗せて走り出した。しがみつく必要がない程度の速度は、今の俺では決して出すことのできない速度だった。そのまま揺られながら、俺はセルムのことを考えていた。

 NPCはNPCだ。あくまで、機械が作り出したAIに過ぎない。だが、不思議と俺は、またいつかセルムに会いたいと思っていた。イベントとかそういうのを抜きにして、だ。不思議な雰囲気を持っていて、ディアベルとは別のカリスマがあった。だからこそ、あいつの周りの世界は穏やかなのだろう。

 

「またいつか、か」

 

 相変わらず周囲には誰もいない。が、これまでにない、新鮮で楽しい年越しになったと思った。自然に零れた笑みは、よく見せる獰猛なそれとは対極に位置する、柔らかなものだった。

 

 




 はい、というわけで。

 先に行っておくと、このイベントは決していわゆるニューイヤーイベントではありません。

 セルムという名前と不思議な空間でピンと来た人々はそこそこいるのではないでしょうか。でも映画だけの人はわからないかもしれませんね。
 動物たちが戯れていた空間は、ナウシカの地下室をイメージしています。あれに囲まれたような状態を想像していただければ。
 本家でこんな場面あるわけないだろうというツッコミは仕方ないと思います。俺自身も、こんな場面があったとは記憶にありません。もっとも、原作を読んだのがもう5年ほど前になりますから、記憶も定かではありませんが。

 ドタバタしたり、なんか特別なクエストをこなしたりという、騒々しい年越しもいいかもしれませんが、ここはこういう、静かに年を越す感じが一番いいかな、と思い、これを思いつきました。
 最初は兎ということで、干将莫邪を絡めたお話にしようかなー、なんて考えたのですが、基本的に両手に剣もっちゃ駄目ってSAOのどこで干将莫邪使うんだよって話になって結局お流れになりました。そこからどうしてこうなった。

 次はまた時間がすっ飛びます。
 ではまた次回。


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7.第十五層フィールドボス戦

 はい、どうも。

 タイトル通り思いっきり時間が飛びます。俺ごときでは間の細かい所を書くほどの文才はありません。

 それでは今回分どうぞ。


 

 新年が明けてから3か月経った、2025年3月。最前線は15層にまで到達していた。攻略ペースもどんどん上がり、今では一週間ちょっとで一層攻略、ということも珍しくなくなってきた。だが、やることはほとんど変わらない。連日、迷宮を目指して、到着したら潜って、レベリングをしながら攻略する。基本的にソロで動いている俺は、レベルの上がり方も他に比べて若干早く、適正レベルを若干以上大目に上回っていた。

 そして、フィールドの雑魚と戯れつつ道を切り開き、俺は迷宮区に到着した。は、いいものの。

 

「やっぱり、か」

 

 迷宮区の前に居座る大きな影。この層は全体的に湿地帯で、出て来るモンスターはそれに関連したものも多かった。そして、今回目の前にいるのは、それは大きな牛だった。高さだけ考えても、人の背丈は軽く超える。少なくとも、俺よりはデカい。攻略組でもかなり背が高いエギルより大きいだろう。何より、その存在感が大きい。

 カーソルだけ飛ばすと、“The Boss of Buffalo”の文字。大きさや存在感からして、ただの雑魚ではないと思っていたが、やはり中ボスか。しかしなにより、この位置にいたのでは先に進むことは不可能だ。だが、HPバー3本を一人で削りきれると思うほど、俺は馬鹿でもない。少し前にクエストボスからドロップした今の得物“ブルードラゴン+5”は確かに優秀な武器だ。だが、あれを倒すとなると心もとない。スペア用の店売り武器のストックは一応あるが、それらをすべてつぎ込んでも無理だろう。最悪、第二層で習得したエクストラスキル“体術”を使って削りきるということもできるが、体術で与えられるダメージなど微々たるものだ。不可能ではないかもしれないが、倒しきる前にこちらの集中力が尽きて殺されるのがオチだ。だが、適当なところで切り上げて撤退に持ち込むのならば話は別だ。アルゴあたりに叩き売ってしまえばちょっとした小遣い程度にはなるだろう。

 

「そうと決まれば、行きますか!」

 

 自分への喝も込めて口に出すと、そのまま武器を手にボスに向けて走る。相手もこっちに気付いて吠える。その声の大きさも、雑魚とは一線を画す。だが、それで怯む理由などない。むしろ、俺の心のうちでは面白くなりそうだとほくそ笑んでいた。

 バッファローは俺の姿を見ると突進してきた。何とか回避ができたが、想像より予備動作(プレモーション)が短い。こりゃ結構初見殺しだな。俺は、この性分だから、強敵との戦いは慣れているから、反応もできた。けど、鈍足のタンクとかはきついだろうな。何せあの巨体の突進だ、一撃もさぞ重たいだろう。がっちりガードしてもかなりのダメージをもらうのは必至だ。横に回ったうえで、横から曲刀系体術複合ソードスキル“牙狼撃”を叩き―――こもうとして、すぐにバックステップで回避した。相手がその巨体で横にタックルを食らわせにかかったのだ。射程が短いながらも、予備動作は少ないわ、密着しているせいで読みにくいわ、そのうえこの巨体だから軽々押しつぶされそうだわと、厄介極まりない攻撃だった。

 

「こんなのありかこら!」

 

 思わずぼやきながら、右足前の半身になった状態から左手で体術単発重攻撃技“剛直拳”を放つ。ややアッパーカット気味に放つこの技は、射程も短く単発だが、防御力をある程度無視してダメージを与える上に、盾などの防御の上から叩けばまずその防御を崩す突破力と高い行動遅延(ディレイ)発生力から、発動可能以来愛用している技の一つだ。

 俺の予想に違わず、その大きな体を僅かながらものけ反らせた水牛から距離を取る。殴った左手の感触からすると、防御力もそれなり以上のようだ。全く厄介なことだ。もう一度側面から攻撃を仕掛けようとしたら、今度はその頭にある大きく立派な角を振り上げてきた。この間合いでは回避することは不可能と瞬時に断じ、咄嗟に後ろに飛んでダメージを軽減する。が、腹に入った、突き刺されたような感覚の大きさは俺の想像を上回っていた。

 

「こりゃ直撃貰うとそれなり、かな」

 

 HPの減少量から一瞬で判断する。直後に戦闘を再開する。向こうのHPバーは、先ほどの剛直拳では数ドットしか削れていない。せめてウィークポイントの一つ二つくらい見つけないと、ここでの戦闘は無意味になってしまう。そう思いながら、敵の動きをじっくりと観察する。相手が頭を下げ、足を何回か掻く。それを見て、相手から見えない位置でピックを二本抜いた。予想通り突進してきた相手に対して、バックシュートで両方とも投擲する。ピックは両方とも俺の狙い通り両目に突き刺さった。その時のHPゲージの減りは、先ほどとは段違いだった。

 

「ま、お約束だよな」

 

 目つぶしが有効というのはある意味お約束として、そこならある程度HPも減るだろうという俺の推測はビンゴだったわけだ。だが、相手はそれを受けて突進を注視し、その場で暴れだした。試しにその辺にあった小石を放り投げてみると、巨体に当たった瞬間にあっさりと砕かれてしまった。想像はしていたが、これでは近づけない。随分前のボス戦でチャクラムが使われたが、それくらいしか安定した攻撃手段がないだろう。

 あまり情報は得られなかったが、最初の偵察戦としては上出来だろう。そう思いつつ、俺は踵を返してそこから離脱した。

 

 

 

 

 その次の日、フィールドボス攻略のために、ボス攻略レイドがボスオブバッファローの討伐のため出発した。今回は、アスナとキリトはまとめてエギルのパーティに、俺はディアベルのパーティに、レインは聖竜連合―――ディアベルのギルドだが―――の一人であるリンド―――最初のフロアボスの時のディアベルのパーティメンバーの一人である曲刀使いだが―――のパーティに放り込まれていた。レイン以外はおおむねいつも通りといったところだ。レインに関しては、ボス攻略のたびにあちこちから声がかかるため、第一層以降レイドリーダーを務めるディアベルがその時の戦力バランスを鑑みて配置していた。

 

「にしても、単身でフィールドボス偵察戦なんて、相変わらず無茶をするね、ロータスは」

 

「うるせえ。そういう性分なんだよ、こちとら」

 

「とことん好戦的っていうか、悪辣っていうか・・・」

 

 呆れたようなディアベルの声もどこ吹く風と俺は受け流す。過去に俺は、少し下の層で出て来る人型Mobに対してレベリングをしていた。普通のモンスターと違い、得物を自由自在に振るってくる人型Mobは集中力を使う代わりに経験値も多い。だが、基本的にレベリングというものは一頭の質よりも数を狩ることを重視する。だが、俺はそれを無視して、質のいい人型Mobの攻撃をかいくぐってはその首を刎ねるという方針を取っていた。人型である以上、首が飛べば問答無用でHP全損だからだ。そんな折、ディアベルたちのパーティに遭遇して、彼らをとても驚かせた。というのも、普通あの手のMobは普通に斬ってHPを削り飛ばすのがセオリーだ。そこをひたすら首チョンパで倒し続けるという俺のスタイルは特異過ぎたらしい。それに、今までのボス戦で、俺はとことん死闘というものを愉しんでいた。それが分かっているからこそ、ディアベルも呆れしか出てこないのだろう。

 

「それによ、今までも大体そうだったろ?」

 

「・・・言われてみればそうだけどさ・・・、そのまま死地にも行きそうで怖いよ」

 

「死闘の末で負けて死ぬのなら、それもそれで本望って思ってるからなぁ・・・」

 

 俺のその言葉に、ディアベルはもう一つため息をついた。

 

「とにかく、今はわざわざ死に行くような戦い方をしないでよ?」

 

「へいへい」

 

 こんなやり取りもいつも通りだ。

 

 

 

 そして、その場に着く。見た目がただのでかい牛だからか、ボスレイドの面々はまったくと言ってもいいほど怯えはなかった。

 

「行くぞ。突撃!」

 

 ディアベルの号令でレイドが突撃する。俺も真っ先に突入した。突進を最前列のタンクががっちり受け止める。さすがはタンク、俺なんかとは比べ物にならない硬さ。その隙に、俺は横からリーバーでその腹を長めに掻っ捌く。短めの硬直が抜けるや否や、踏み込んで左手でアッパーを繰り出し、もう一回踏み込んでそのまま裏拳で振り下ろす。体術二連撃技“(あぎと)だ。剛直拳に比べて突破力は劣るが、ダウンのさせやすさと剛直拳より高い威力、そして長い硬直を与えることから、隙だらけならばこちらのほうが優秀だったりする。剛直拳と同時に使用可能になって以来、場面によってこの二つを使い分けている。少々長めの硬直に入ったところで、微かな横への体重移動に気付く。これはおそらく、横へのタックル。それを悟った直後に、後ろから光の帯が横腹に突き刺さる。これは確か、片手剣系突進ソードスキル「ソニックリープ」だったか。

 

「まったく、無理無茶無謀は禁止って何回言えばいいの?」

 

「たぶん、何回言われても治んないぜ?」

 

「まったくもう・・・」

 

 その技を放ったのはレインだった。どうやら、こいつも考える前に体が動く質らしい。俺がその最たるものだから、人の事は言えないが。

 

「俺はいったん下がる。頼んだぜ」

 

「了解!」

 

 俺と入れ替わりでレインが前に出る。闘牛士さながらに牛を誘導してはその突進を受け止めるタンクの横から、一気にアタッカーが攻めていく。特に労せず、HPバー二本が消し飛んだ。だが、問題は、

 

「ここからだな」

 

「ああ」

 

 俺もディアベルも、おそらくこの場にいる全員が分かっている。HPバーが最後の一本になってからが勝負なのだ。ここからひっくり返されかけた例は、今までのあまたのボス戦で数知れない。

 牛がひときわ大きく吠える。その次の突進を受け止めんとタンク隊が楯を構える。その通りに突っ込んでくるあたりは、まあ、モンスターだから仕方ないというところはある。が、問題は、

 

「ぐうっ・・・!?」「なんだこいつ・・・!」「重い・・・!」

 

 そのタンク隊が、そろってその重さにうめいたことだった。今まではそんなことはなかった。が、今は突進の勢いを完全に殺すどころか、数人がかりのタンク隊がまとめて押し返されている。

 

「おいおいまじかよ」

 

「うおぉりゃあぁ!」

「い・・・やあぁっ!!」

 

 絶句する俺をよそに、アスナの代名詞たる神速のリニアーと、エギルの豪快な斧系共通二連撃ソードスキル「翔月双閃」がわずかな時間差で炸裂し、何とか止まる。その瞬間に、俺は一気に走りながら口走っていた。

 

「今だ、全員フルアタック!HPを削り飛ばせ!」

 

 言いつつ、自分も疾風ノ太刀で切り裂く。それなりに使い込んだことで、これも威力が増大していた。俺と、一歩遅れたディアベルの号令で一気にアタッカーが突っ込む。だが、わずかながらも牛が頭を下げるのを見た瞬間、削りきれるだろうという俺の甘い考えは吹き飛んだ。このままでは間に合わない。そう判断する前に、体が動いていた。

 

「うるぁ!」

 

 縦に回転しながら、かかと落としを繰り出す。それを複数回繰り出す、曲刀体術複合ソードスキル「爪竜連牙蹴」が突き刺さり、ボスのHPを散らした。直後に、ボスがその巨体をポリゴン片に変えた。その場に歓声が響く。結果的に今回のLAは俺になったわけなのだが・・・LAドロップはなんだろなっと。と、本当に軽い気持ちで戦利品を確認した俺だったが、そのアイテムを見た瞬間に思わず凍り付きかけた。

 

「・・・どうしたの?」

 

「いや。・・・何でもない」

 

 何でもない風を取り繕って喜びの輪に混ざる。が、内心は決して穏やかなものではなかったのだ。

 

 第十五層フィールドボスのドロップ品の中に、「斬破刀」などというアイテムがあれば、心中穏やかではなくなるというものだ。

 斬破刀。つまりは刀。イルファングザコボルドロードが使った、あれとほぼ同質の物だろう。それが、今俺の手の中にある。その事実が、俺の心を穏やかならざるものにしていた。




 はい、というわけで。まずはもう恒例となったネタ解説。

牙狼撃
テイルズシリーズ、使用者:ユーリ・ローウェル(TOV)、ジャオ(TOX,TOX2)
 剣を突き立てて左手で吹き飛ばす。ダウンさせやすいということでこの段階ではそこそこ人気のあるソードスキルの一つ。武器種からも想像がつくとは思いますが、ここではユーリのそれを想定してます。

剛直拳 咢
 この作品数少ないオリジナル技。技の詳細はそのままです。

翔月双閃
テイルズシリーズ、使用者:プレセア・コンバティール(TOS)
 二回素早く斬り上げるだけ。本家では片手斧だが、ここでは無論両手斧。

爪竜連牙蹴
テイルズシリーズ、元技名:爪竜連牙斬、使用者:ユーリ・ローウェル(TOV)
 前方宙返りよろしく回転しつつ斬る→そのままかかと落としで蹴る、を三回繰り返して最後に斬って終わる。傍から見ていると目が回りそうな技。何故技名が変わっているのかというのはスキットで「あれでは双竜連牙蹴」という発言から。無論、双竜連牙斬もあとで登場します。

斬破刀
モンハン、太刀
 元ネタでは雷属性の太刀。フルフルの素材から作成可能。刃に青みがかかった長い日本刀を想像してもらえれば大体あってる。


 ディアベルとロータスくんは普通にしゃべり合う仲です。前話にあった晩酌云々っていうのも、実はあの時が初めてってわけじゃなかったり。
 レインちゃんとはお互いソロだけどときどきパーティを組む仲です。イメージとしてはくっつく前のキリトとアスナみたいな感じです。

 人型Mobに限らず、ここでは首チョンパ=急速にHP減少で終了ということにしてます。まあ、普通で考えて首チョンパされて生きて攻撃してくるとか何そのホラーってことでこういう設定にしました。そのあたりの細かい設定はかなり後のネタバレも少し含まれますので、ここでは省略します。
 ロータスくんは結構効率厨です。だからこそ、ある程度質を重視して人型Mobを首チョンパでぶっ倒し続けるというレベリングをしておりました。が、ひたすら人の首を飛ばし続けるというその光景は隣から見たら恐怖を覚えるもので。さらにそれをしている人間が淡々とそれを行っていたらそれはさらに増幅されるというもので。
 レインちゃんあんたパーティ違うだろっていうのはただ単に彼女が勝手に突っ走ったことが原因です。あとでディアベルにお小言をもらうというちょっとした裏設定がありますけど、ほとんど意味ないので省略。

 刀はドロップしたが、果たして・・・?そのあたりは今後にご期待。

 ではまた次回。



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8.第十五層フロアボス戦

 はい、どうも。

 先週は学校が休みだったのと、運転免許試験場に行っていたのとで結果的に投稿できませんでした。
 その分のボリュームがあるかと言われればないという回答になってしまいますが、今回分どうぞ。


 それから少しして、俺は人気のない時間を見計らって迷宮に潜っていた。その手に握られているのは、昨日のボスドロップである斬破刀。ソードスキルこそ発動できないが、装備することだけはできた。

 

「重たいな・・・」

 

 俺のスタイルは片手に持った剣と体術を合わせて攻撃していくというものだ。この斬破刀は、片手で振れないことはないだろうが、少なくとも今のステータスでは土台無理だ。両手で持っても、それなり以上の重量が存在感を主張してくる。片手で振るとなるとそれ相応のSTR値が要求されるだろう。実際、装備フィギュアを見ると、これは両手剣扱いだった。いったいどういう条件でスキルが解放されるのかはわからないが、その手の情報には今まで以上にアンテナを張っておくべきだろう。そう思いつつ、クイックチェンジを使ってブルードラゴンに装備を戻す。さっきの今では、手になじんだこの剣がまるで羽のように思えた。

 

「実際の重量は変わっていなくても、俺のほうで慣れがあるってことか」

 

 これを利用すれば、一時的に剣戟のスピードを上げることができるかもしれない。が、ソードスキルを一時的に封印してでもやる必要のあることではない。確かに斬破刀のプロパティは高い。が、DPSという観点で見れば、今のところはブルードラゴンどころか予備の店売り剣にも劣る。リターンに対するリスクがあまりにも大きすぎて現実的ではない、というのが俺の下した判断だった。

 

「さて、と。攻略を再開しますか」

 

 そういいつつ、俺は適当に歩いて行った。

 

 

「えっと、ここがこうなって、さっき俺はこう行ったから、こっちか」

 

 マップデータを頼りに進む。道中の雑魚は軽く蹴散らす。しばらく進むと、俺の目に大きな二枚扉が映った。

 

「意外と早かったな」

 

 少し気になって数えてみると、あのフィールドボス戦からは5日しか経っていない。5日で迷宮を駆け抜ける、というのはなかなか以上にいいペースだ。とにかく、

 

「行ってみますか!」

 

 そういいつつ、両開きの扉を押して開く。中に入ると、足元が微かに冷たかった。下を見ると、水位は決して高くないが、水が張っている。これでは、隠蔽スキルなどあってないようなものだ。もっとも、ボス戦で隠蔽スキルを使う馬鹿などそうそうはいないが。

 

 部屋が徐々に明るくなる。その奥に鎮座するボスの姿を見ようと、そちらをじっと見つめる。やがて、現れたシルエットは、平たく長い体と大きな顎を持つモンスターだった。平たく言えば、

 

「でかいワニだな」

 

 呟きつつ、抜剣。これなら偵察は比較的楽そうだ。そう思いながら、俺はそのワニ、“The Alligator of smash jaw”に向かって突撃した。こちらに気付いて吠える。とりあえずのあいさつ代わりとしてピックを放り投げる。吠えたことで大きく開いた口の中に突き刺さったそれは、相手のHPをわずかながら削った。だが、普通は主戦力たり得ないピックで目減りするほどのダメージが与えられるということは、

 

「なるほど、口の中は相当脆いと」

 

 もっとも、口の中を攻撃できる機会などほとんどないだろうが。そのまま素早く後ろに回る。それに気づいて、相手もこちら側へ転がってきた。さすがに、目算でも10m、いや20m以上あっても全く不思議ではないこの巨体が横に転がってこられたらどうしようもない。確か、現実世界での最大のワニは6mちょっとだったはずだから、大きさとしてその数倍に当たる。なるほど、スマッシュ―――砕くとはよく言ったものだ。だが、

 

「当たらなければどうということはない!」

 

 某赤い人の名言を言いながら、大きく後ろに下がって躱す。そのまま背中に回り込む。と、今度はその太い丸太のような尻尾を叩き付けてきた。何とか躱すことができたものの、数m離れているにも関わらず地面を叩いたことによる振動がこちらまではっきりと伝わってきた。ということは、

 

「タンクじゃなけりゃ下手すりゃ一撃死だな」

 

 火力は凄まじい。が、どれもこれも火力だけだ。素早さや予備動作の読み辛さはない。ならば、ある意味どのボス戦よりも楽な戦いになりそうだ。

 

「んじゃま、情報を取れるだけかっさらいますかね」

 

 そういいながら、俺は改めてブルードラゴンを構えた。右足前の半身で、右腕はぶらりと下げる。剣先は地面と平行に、左腕は畳んで、脇の少し下に拳を持ってくる。俺のいつもの構えであり、一番気が締まる構えでもあった。

 

「仕切り直しだ、化け物。かかってきやがれ!」

 

 俺のその声に呼応するように、相手が吠える。そのまま、俺は再び突撃していった。そのまま戦いながら、相手のHPゲージの減りを見て考える。

 

「これって、もしかしなくても・・・」

 

 単身撃破などということもできるのではなかろうか。というのも、案外相手のHPの減り方が早いのである。得物をここですべて捨てる位の気概があれば可能かもしれない。が、

 

「そんなことをする必要もない、か」

 

 俺のステータスポイントの振り方は、大体STR:AGI:VIT:DEX=1:2:1:1なおかつSTR>VIT≧DEXといったところだ。といっても、そこまでAGI特化というわけでもないが。何が言いたいかというと、この鈍足怪力ワニ相手なら、俺なら振り切ることは十分に可能ということだ。それでも、俺がそうしない理由は、この戦いをまだ楽しめているからだ。だが、

 

「これ以上やって本チャンの時にやる気失せてもなぁ」

 

 メインディッシュは後に取っておくべきだろう。そう考えた俺は、鍛えたAGIに物を言わせてボス部屋を離脱した。

 

 

 迷宮区から最寄りの街に戻ると、俺は真っ先に広場に向かった。帰り道の途中にメールを送ったから、AGI特化型のあいつならもうついているはずだ。実際、俺が広場に着いた時には、そいつはもうそこにいた。

 

「ヨ。元気そうで何よりダ」

 

「お互いな」

 

 待ち合わせをした人物―――アルゴといつも通り挨拶代わりのグータッチをしてから、俺はさっさと本題に入った。もともと、迂遠なことは嫌いな質だ。

 

「さてと、情報はフロアボスについてだ。さっき偵察戦をしてきたばっかなんだ」

 

「分かっタ。その情報はまだ入ってないしナ」

 

 その言葉に内心ほっとする。これで先を越されていたら、さっきの俺の苦労は何だったんだ、ということになる。

 

 一通り情報を話すと、アルゴはにんまりと笑った。

 

「それだけ情報を集めたのなら、そうだな、30kってとこかナ」

 

「それでいいよ。てか、情報の売値は言い値でいいって前言わなかったか?」

 

「これはオレっちのルールだヨ。騙し取るようなまねはしないようしないといけないからナ」

 

「そうか」

 

 俺には理解できないが、それが彼女の信条だというのならば仕方ない。

 

「それともう一つ。刀スキルの習得方法って出回ってるか?」

 

「うんニャ。少なくともオレっちは知らないゾ。どうしてそんなことを聞くんダ?」

 

「ちょっと前にドロップしたんだよ、刀と思われるやつが。もっとも、要求STRが高くて、装備しても到底実用的じゃないけど」

 

「そもそも刀スキルがない以上装備したところでソードスキル発動できないしナ」

 

「ま、そーいうことだ。とりあえず、情報が入ったら教えてくれ」

 

「なんとなくハスボーが最初の提供者になる様な気がオレっちはしてるけどな」

 

「なんだそれ」

 

 アルゴの言葉に思わず笑みがこぼれる。ちなみにハスボーというのは俺のことだ。ロータス→蓮→ハスボー、ということらしい。ハスブレロになることは・・・たぶんないと思う。ルンパッパはもっとない。・・・何を言っているんだ俺は。

 

「ま、とりあえず今んとこは以上。っつーわけで、またな」

 

「ああ。今後ともご贔屓にしてくれナ」

 

 その別れもいつも通りだった。

 

 

 

 その次の日、短いボス攻略会議の後に、俺たちは迷宮区のボス部屋に向かっていた。

 

「今回は一緒だね」

 

「そうだな。前一緒だったのは・・・どこだっけか」

 

「確か、十層の攻略戦だったはずだよ。あの時も、ディアベルさんのパーティメンバーから欠員が出たから、って」

 

「あー、そうだったけ。ま、今回は俺らにとっちゃ全部一撃必殺みたいなもんだ。貰うなよ」

 

「・・・やっぱり単身で挑んだんだ」

 

 呆れが多分にこもった半目でこちらを見るレインに、俺はふいと顔を逸らした。

 

「あー・・・それは、だな・・・。あのな、強敵との戦いって燃えるじゃん?遭遇したら戦いたくなるじゃん?」

 

「それで死んじゃったら元も子もないんだよ?」

 

「いやだってさ―――」

 

「だっても何もないから。まったくもう、相変わらず突っ走ってばっかなんだから」

 

「いやさ、これは性分ていうか、癖っていうか―――」

 

「意識すれば治るレベルでしょ。欲望に従って死なれたらこっちも迷惑なんだから」

 

「・・・はい、すみませんでした」

 

「分かればいいよ。次私の目の前で、ボス部屋に単身で突っ込んでいこうものなら無理矢理引っ張り出すからね」

 

「・・・りょ、了解、です」

 

 俺の反論はあっさりとレインに破られ、結果的に平謝りすることになった。明らかに年上の俺が叱られているという絵面がおかしかったのか、横でディアベルが笑う。

 

「ぐうの音も出ないというのはこういうことを言うんだろうね」

 

「ほっとけ」

 

「でも、今回はレインが正しいよ」

 

「分かってるっての。そもそも、俺が間違ってたって分かったから謝ったんだ。今更掘り返すな」

 

 どこかふてくされたような俺の答えに、もう一度ディアベルが肩を揺らす。

 

「まったく、そんな様子の君は珍しいよ。でも、いつも通りならそれでいいけどね」

 

「ああ。フロアボス戦だからな。・・・死ぬなよ」

 

「互いに、ね」

 

 軽く拳を打ち合わせて、ディアベルは隊列の先頭に戻っていった。

 

 

 そしてボス戦。

 

「えーっと、いつも言ってるけど、ここまで来たら言うことは一つだ。誰も死なせずに勝とうぜ!」

 

 それに対する鬨の声も、俺の冷めた目もいつも通りだった。そして、扉を開ける。その先には、俺にとっては再戦となる、巨大なワニが鎮座していた。その規格外の大きさに息を呑む気配がいくつか。

 

「突撃!」

 

 その声が早いか俺が最初の一歩を踏み込むのが早いかといったタイミングで一気に突撃する。もともとAGIにちょっと多めに振ってあることもあり、集団の先頭を一気に突き進む。正面にいた俺に対して一気に食らおうとしたその噛みつきをやすやすと回避すると、そのまま横に回る。そして、大人が何人か手を繋いで輪を作ってようやく抱えることができようかという太い足に自分の足をかけて跳躍。その勢いのまま予備の剣を突き立て、その柄をしっかりと両手で握り、全身の力を振り絞ってさらに上へ。すると、労せずにその背中に乗った。そして、クイックチェンジで手元に戻ったブルードラゴンを、そのまま背中に何回か突き立てる。ボスもこちらを落とそうと暴れまわるが、そんなことお構いなしにしがみつく。やがて暴れるのが少し収まったことを確認すると、ブルードラゴンを引き抜く。またひとしきり暴れだしたところで、今度こそ俺は飛び降りた。相手のHPバーを見ると、すでに一本目が削れていた。

 

「まったく、君の発想というのはいったいどうなっているんだい?」

 

「変人だって言葉はもう聞き飽きたよ」

 

 一旦引いてディアベルたちと合流、ポーションを一気飲みする。と、横からディアベルに呆れたように言われた。おそらく、こんな考え方をするから変人と言われるのだろうが・・・まあ、それは性だから仕方がないと、もうすでにかなりあきらめていた。

 

「まあ、今回はそれで助かったけど」

 

「ああ。余裕があれば口に麻縄でも括ってやろうかとおもったんだがな」

 

「それだとすぐちぎられやしないかい?」

 

「どっかで聞いた話なんだが、ワニってのは口を閉じる力は強いけど開く力はそうでもないんだと。だからたぶんちぎれない。どちらにせよ、背中に乗るだけで結構集中力いるから、普通はできない。死ぬかもしれないっていう状況の中だ、神経もすり減らす。最悪一人二人死人が出るかな」

 

「そうならないために僕たちがいる。そうだろ?」

 

「そう、だな」

 

 そう言っていると、ボスが再び吠える。HPバーを見ると、二本目が消失して色も黄色になっていた。そういう自身のHPバーは右端に近かった。まだ全快ではないが、HPバーの下のバフアイコンを見るに、このペースなら問題はないだろう。

 

「潮時じゃねえか?」

 

「そうだね。―――C隊、スイッチ準備!A隊は合図とともにC隊と交代!」

 

「「「了解!」」」

 

 直後に返事が返ってくる。俺も剣を構えなおす。

 

「スイッチ!」

 

 前から声が聞こえた。瞬間に、足に力を込めて一気に跳躍。同時に、一気に加速して直前で一回転し、斬り上げる。ここまでその使いやすさから使い込んだドライブツイスターは、ボスの巨体をもディレイさせた。続いてきた無数のソードスキルが一気にボスを切り刻む。それにより、ボスがのけ反りながらそのHPバーを赤くした。

 

「ラスト一本!気張れ!」

 

「おう!」「了解!」「うす!」「っしゃあ!」

 

 俺の喝にいろいろなところから返答が返ってくる。その直後に、ボスがその頭を下げ、大口を開けた。

 

「危ない、下がれ!」

 

 ディアベルの号令が飛ぶ。が、その瞬間は大抵技後硬直(ポストモーション)で動けない。

 

「くそが」

 

 一つ毒づくと、技後硬直から抜けた体を一気に加速させる。わざわざあんな大口を開けて何もないということは、

 

「うるらぁ!」

 

 左手で渾身の力を込めた剛直拳をさらに上に打ち上げる。それはボスの顎を半ば無理矢理閉じさせる。少し後に爆炎が横から吹き出す。俺はほぼ正面から拳を叩き込んだから食らわなかったが、あれを正面から食らったらそれなりに痛そう―――いや、黒こげになりそうだ。

 

「ブレスが来るかもしれない。正面にはなるべく立つな!」

 

 今まではただ体当たりや噛みつきという、シンプルながらも強力な攻撃を繰り返してきたが、ここからはやはり特殊攻撃を混ぜてきた。俺もディアベルも、HPゲージが赤くなったら何かあるというのは今までの経験則としてわかっていたので、注意喚起を忘れなかった。俺も、万が一を考えてすぐに対応できる状態にしておいた。だからこそ、あの局面で剛直拳をぶっ放すことができた。

 

「大丈夫か!?」

 

「何とか!」

「こっちも大丈夫だ!」

「おかげさまで全く問題ない!」

 

 ディアベルの確認に戻ってくる声にもまだまだ覇気がある。それを聞いて、俺は下から垂直に一閃。微々たるダメージしか入れられなかったが、ヘイトを引くには十分だ。案の定、ボスが俺に狙いを定め、体を水平に捩じる。

 

「・・・!?危ない、下がれ!」

 

 その変化を目ざとくディアベルが見つけ、号令を出す。が、俺はあまりにも近すぎた。この後に飛んでくるのは、あの尻尾による薙ぎ払いだろう。が、これでは回避はできない。ならば、

 

「躱すまで」

 

 一言呟くと、両足に満身の力を籠める。ボスの足が微かに動くと同時に、俺は跳躍し、そのまま()()()リーバーを放った。そのままシステムアシストに従い、俺の体は一気に加速する。その加速も相まって、俺の体の真下を尻尾が通り過ぎた。尻尾の巻き上げる風圧を背中に感じながら、何とか受け身を取ろうとする、が

 

「ぐぎゃっ」

 

 さすがに技後硬直から抜けた直後では不可能だった。微かな鈍痛とも取れる感覚と、ほんの少しHPが減ったSEを聞きながら、俺は変な声を上げつつ地面と激突する。ゆっくりと立ち上がると、横からただならぬ雰囲気が突き刺さった。壊れかけのブリキの人形のように恐る恐るそちらを向くと、

 

「ロータスくーん?」

 

 般若がいた。いや、般若を背後に伴ったレインなのだが、これは明らかに彼女レベルの美少女が纏っちゃいけないレベルの奴だろう。でもまあ、原因はなんとなくわかる。というかいやでもわかる。こういう場面では、

 

「・・・テヘッ☆」

 

「テヘじゃないよバカーーーーー!!!」

 

 笑ってごまかす、とはいかなかったようだ。

 ボス部屋全体に響く声でレインが雄叫びを上げる。いやいや、君も女の子なんだからちょっとは自重しなさい、と内心でツッコミを入れる。それを引き起こしたのは誰かって?知らんなあ。

 

「・・・とりあえず、夫婦漫才は別のところでしてくれないか」

 

「誰が夫婦か誰が!

 ・・・とにかく、今はボス戦が先だ。いくぞ、レイン」

 

「はいはい」

 

 ディアベルのため息交じりの言葉に噛みつきつつ、レインとコンビ宣言をする。それに答えたレインと俺が再び突撃をした。お互いスピード系の剣士で、ある程度以上に癖なども理解している。だからこそ、俺たちはうまくヘイトを管理しつつ、順調にダメージを与えていった。頃合いになったところで、キリトがアスナと合流し斬り込んできた。が、ちょうどソードスキルを立ち上げた瞬間に、ボスが大口を開く。その口からわずかではあるが火の粉が漏れていることに気付いた俺は、全身に鳥肌が立つのをはっきりと感じた。もっとも、アバターに鳥肌が立つのかはわからないが。

 

「「キリト君!!」」

 

 レインとアスナが同時に叫ぶ、アスナはステータス値のほとんどをAGIに振っているのか、現時点でもそれなり以上の素早さを誇るのと、彼女が得意とするソードスキル“リニアー”の硬直が短いこともあり、何とか離脱することができた。が、キリトは違う。何とか方向を変えて離脱しようと試みているようだが、どう考えても命中は免れない。

 自身のHPバー周辺をちらりとみる。そこには、剛直拳がクーリング中であるアイコンがあった。その下のゲージを見るに、間違いなくさっきの手は使えない。同じかち上げでも、虎牙破斬やドライブツイスターでは切断系だからうまくいく可能性は低い。

 そこで、俺の脳裏に一つの考えが閃く。直後にボスのHPバーを見る。そして、今自分が発動可能なソードスキルを脳裏に浮かべる。その上で、一瞬で思考した。瞬間に、俺は動いていた。一気にボスまでの間合いを詰めると、右上から袈裟懸けに斬り、そのまま進みながら真っ直ぐ突いて、左拳を振り上げる。最後に剣を振り上げながら飛び上がった。双牙斬と曲刀系体術複合ソードスキル“穿衝破”を使い込むことで使用可能となる、双牙斬の初段から穿衝破を出して最後の切り上げを見舞う、“斬影烈昂刺”がさく裂し、それによってボスのHPバーが消し飛んだ。ブレスを放つ寸前の体勢から断末魔を上げると、ボスはそのままポリゴンのかけらとなって爆散した。

 直後に歓声が沸き起こる。思わず俺は崩れ落ちていた。天を仰ぐ俺の目に、大きな“Congratulation!!”の文字が映る。

 

 正直に言って、最後のあれは賭けにも近いものだった。一撃の重さを重視するキリトとは違い、俺は一撃が軽くなってもそれを有り余る手数で補うタイプだ。だから、キリトならば削りきれても、俺に削りきることができるかと言えば、わからないとしか言いようがなかった。念のため、今のところ最大火力である斬影烈昂刺をぶちかましたのだが、それは正解だったようだ。

 ふと目線を前に移す。“You got the last attack!”という文字。

 

「あ、そっか。俺がLAか」

 

 こっちのLAドロップは・・・“Bloody Coat”、か。血まみれのコートって、なんでこんな怖い名前なんだよ。とにかく、名前から察するにコートらしい。さっそく装備してみると、その色は今まで装備していた色に近い、赤色に黒を少し加えたような―――まさに返り血を吸ったような色だった。

 

「よく似合ってるよ、ロータス君」

 

「そうか。そう言われるとうれしい」

 

 フロアボスLAドロップだけあって、プロパティも高い。これならば、暫く戦力となってくれるだろう。セルムには悪いが、あのコートは暫くしまっておくことになるな。・・・血まみれのコートが似合うって少々複雑だけど。

 

「さてと、有効化(アクティベート)、行きますか」

 

「あ、私もついてく!」

 

 そんな光景も、いつも以上にいつも通りなのだった。

 

 ちなみに、有効化して速攻で適当な宿屋を取るや否や、俺はレインに小一時間膝詰めで説教を食らうことになるのだが、それはまた別のお話し。

 




 はい、というわけで。まずは恒例ネタ解説。

穿衝破
テイルズシリーズ、使用者:ルーク・フォン・ファブレ、アッシュ(TOA)
 作中にある通り、片手で突きを繰り出し、それを引きながらもう片方の手でアッパーを繰り出す。瞬迅剣のちょっとした連撃バージョンということで使い分けのできる、比較的使いやすい技の一つ。

斬影烈昂刺
テイルズシリーズ、使用者:上に同じ
 作中にある通り、双牙斬の初段の振り下ろし→穿衝破→斬り上げ、という技。実用性はあまりないが、見た目がそこそこかっこいいので使う。この時点でのロータス君最大火力ソードスキル。


 刀はまだ装備できません。スキルカンスト近くならないとおそらく刀とか両手剣は使えないというのが自分の見解です。と言っても、五十層ちょい前でクラインが刀を装備しているみたいなので、多分900くらいで解放かなー、と思ってます。ならなんでこんなに早く落ちたんだよって話なんですけど、その辺はご都合主義ってことで。


 レインちゃんがここまで切れるというのはあまりどころかほとんどないです。でも流石にここまで突っ走ると切れました。

 あ、ちなみに免許はちゃんと取れました。帰ってきてさっそく夜の街を運転させられましたが。


 そんなのは置いておいて。ではまた次回。


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9.厳しい戦い、生きる理由

 ゲーム開始から早半年余り。自分たちが想像している以上にあっという間に過ぎ去った年月の間に、アインクラッド最前線は25層の地点に到達していた。全体の四分の一までの到達が半年ということは、単純計算で100層攻略に2年かかる計算だ。納得のボリュームだろう。これがもし普通のMMORPGならば、とてつもないやり込み度を持った、世紀の大ヒットゲームとなったに違いない。まあ、そんなのは置いておいて。

 

「ふう・・・」

 

 剣をしまったまま、フィールドを歩く。あれからSTRも上げて、何とか刀を片手で振ることができるようになっていた。

 あれから暫くして、ようやく刀スキルを習得することに成功していた。その頃には、最前線は20層を突破していた。だが、スキルを習得しても俺のスタイルに合わなかった。前にも言ったが、刀は両手剣で、俺は片手で剣を握って体術を織り交ぜていくスタイルだ。そのためには片手で両手剣を持つという矛盾したことをする必要がある。ちなみに、今の俺のスキル構成は 曲刀・投剣・索敵・体術・隠蔽・刀 といった具合だ。さらに言えば、投剣と体術はもうすでに800の大台に乗っていたりする。曲刀が750くらいだっていうのになぜ。というか熟練度の伸びが700くらいからガクンと落ちた気がするのは気のせいではないだろう。おのれ茅場許さん。

 そんなことを考えていると、近い位置にモンスターがポップする。顔をそちらに向けると、そこにはここらではそこそこ強い部類に入る蛇型Mobがいた。蛇型といっても、大きさはモンスターらしく、到底普通とは言えない大きさだが。

 

「ま、それでもこいつはそこそこいい素材落とす時があるんだよなぁ」

 

 そうなのだ。こいつ、確率で革系防具強化時に一定確率で防御力上昇バフを付けるという汎用性と実用性が高いアイテムをドロップするときがあるのだ。もっとも、一定確率なので使用しても何も起こらなかった、ということもしばしばだが。

 呟きながら、腰にある“鬼斬破”を抜き放つ。こいつは斬破刀をインゴットに変換し、さらに強化素材もろもろ含めて作成した俺の剣だ。作成者曰く、“このレベルはそうそう簡単にできるもんじゃないから、大切に使いなさいよ”とのこと。確かに、俺好みの軽く鋭利な刀だが、それはあくまで両手剣にしては軽いというだけで、曲刀と比べればやはり重い。それでも何とか片手で振ることはできる。その状態で体術を織り交ぜながら戦闘をするスタイルもなんとかできる。最初は武器に振り回されるだけだったが、刀の重心を感じて振る感覚を覚えてからは片手で振りまわすことができるようになっていた。もっとも、集中力をかなり食うが。

 

「さて、やりますか!」

 

 そういいつつ、俺は鬼斬破を構えて走り出した。

 

 

 

 その日の夜に、俺は迷宮区に潜った。は、いいものの、

 

「はあ、はあ、はぁ・・・」

 

 荒い息を整えながら、ずるずると安全地帯にへたり込む。正直なところ、かなり疲れていた。

 率直に今の俺の感情を表現すると、“なんだこれは”だ。ここに来て難易度がいきなり上がりやがったぞ。フィールドの雑魚レベルだとちょっと強いな、くらいだったのが、迷宮区だとはっきりそれと分かるレベルまで強化されている。これ相応のフロアボスが設定されているとしたら、それは―――

 

「死人が出るかもしれないな」

 

 何とか息を整えつぶやく。ここまでのフロアボスによる死者数は一貫してゼロを保っているが、今回でようやく出るかもしれない。出さないために自分たちがいるわけなのだが、そのあたりは努力しかないだろう。

 

「そろそろ切り上げるか」

 

 迷宮区は殆どマッピングできていない。が、ここは無理をすれば死ぬ。それは俺の本能的なもので分かった。今までの俺なら無理してでも次の安全地帯までマッピングをしてしまうのだが、今回はそう思わなかった。それに、あんまり無茶をすると、今度レインにあった時に何されるか分かったものではない。毎回のように説教を食らったり何か奢らされたりクエスト付き合わされたりと、結構振り回されている。が、最近になってようやくわかった。

 

「あいつといると、不思議と落ち着くんだよなぁ・・・」

 

 明らかに年下の、最初はフィールドで助けただけの少女。しかも第一声は“動くな!”なのに、なぜか俺に懐いて、共闘したことも数知れず。本当に不思議な少女だ。とにかく、目下最大の目標は、

 

「帰る。そんで寝る」

 

 いつぞやのアスナの真似をして、数日間迷宮に潜りっぱなしということも一度やってみたが、よくこんな生活を年端もいかない少女が3、4日も続けられたと感心したものだ。それほどまでに、迷宮での寝泊りというのは神経を削る。2日くらいならまだ大丈夫だが、いったん宿屋まで帰ってしっかり休んだほうが、かえって疲れが取れて効率が上がる、と俺は踏んだ。それゆえの判断だった。

 ゆっくりと立ち上がる。幸いなことに、頭はまだ冴えている。帰る途中で疲れ果てて死亡、などということはないだろう。

 

 

 

 街に帰ると、俺は露店として店を出す鍛冶屋を訪ねた。

 

「おーいリズベス、居るか?」

 

「だから、リズベットだって言ってんでしょうが。いい加減覚えなさいよ」

 

「綴りそのまま読んだらリズベスなんだからいいじゃねえか。細かいな」

 

 奥から、茶色の髪にそばかすが散った童顔の少女が出て来る。アスナに聞いたところ、彼女とほぼ同年代だというが、あの二人が隣に立っていたら、まず間違いなく俺はリズを年下だと思ったに違いない。

 

「細かくないわよ。で、今日は何?鬼斬破の耐久値がもうやばくなった?」

 

「違う違う。今日は投剣の定期購入。いいの、ある?」

 

「そうねぇ・・・。あんたは確かピック派で、念のためタガーもいくつか持ちたいってクチだったわよね」

 

「そーそー。よく覚えてんな」

 

「これくらい覚えられなくちゃ務まらないわよ。ちょっと待ってなさい、適当に見繕うから」

 

 そういいつつ、店番の少女は俺に背を向けて投剣につかう小刀を手にしながら考えだした。

 彼女はリズベット。といっても、名前の綴りが“Lizbeth”のため、俺は初対面で「・・・リズベス?」と呼んでしまい、以降、俺はからかいの意味も込めてリズベスと呼んでいる。アスナと同年代、つまり俺より少し年下なのにため口なのは俺がそうしてくれと頼んだからである。ちなみに、鬼斬破を鍛えたのは他ならぬ彼女で、腕はアスナも俺も信頼を置いている。

 

「そうね、これなら20本までは売れるし、タガーはこれが10本までなら売れるわ。今んとこ、うちの最高品」

 

「プロパティ見るぞ」

 

「どうぞ。てか、それすらもさせないほど狭量に見える?」

 

「念のためってやつだ、察しろ」

 

 気兼ねなくこうしてコミュニケーションを取りながら武器を選べるというのも選んだ決め手の一つだったりする。さて、肝心のプロパティは・・・っと、ピックのほうが20、タガーが25か。今使ってるのが10と15だから、十二分だな。残りストックは35と7ってとこだから、

 

「OK、流石はリズだ。ピックを15、タガーを10くれ」

 

「分かったわ。合計で22500コルね」

 

 確かに今使っているピックは店売りのものだが、それにしても合計25買って22500コルというのは安上がりだ。

 

「ほいよ」

 

「はい、確かに」

 

「また来るから、そん時はよろしく」

 

「武器折るんじゃないわよ」

 

 背中から聞こえる声にひらひらと手を振ってリズの店を後にする。ストレージに投剣類をしまいながら、俺は今日の夕飯のことを考えていた。

 

 

 

 少し仮眠を取った俺は、再び夜のフィールドに繰り出していた。最初は本当に“生きる”ということに必死だったが、今となっては半分生活の一環のようなものになってしまった。こんな非日常が日常になってしまうまでに半年というあたり、人間の適応能力の高さが分かる。そのまま進んで、迷宮区に入る。今は刀ではなく、曲刀を使っていた。刀より一撃の重さこそ劣るが、刀にはない片手で振っても落ちない鋭さと、何より俺の体が馴染んだことによるアドバンテージはそうそう簡単にはひっくり返らない。なので、俺は状況によって使い分けることにしていた。なんだかんだで、昼間の狩りは何度か経験があったからこそ、刀で行ってもそこまで不安はなかった。が、それはあくまで昼間の話で、夜はまだ慣れていない。だからこその曲刀だった。

 そんなことを考えていると、横からモンスターが飛びかかってきた。索敵スキルのチェックを怠っていたというのは慢心以外の何物でもないが、

 

「疾ッ」

 

 短い掛け声とともに振り抜かれた剣は、一発でその狼型モンスターの口を横に裂いていた。無造作ながらも一発で急所に入った一撃は、相手のHPを大きく減らした。改めて剣を構えなおす。左手はどういう対応でもできるように腰の近くに、右手は所謂正眼の位置に置いた。狼が遠吠えをする。と、周りを囲うようにモンスターがポップした。どうやら取り巻きを呼ぶタイプだったらしい。名前に定冠詞がない所を見るとボスではないが、

 

(雑魚相手でもこの量はきついかな)

 

 瞬時にそう判断すると、剣を左手に持ち替える。右手でメニューウィンドウを開くと、クイックチェンジのModを使って左手の武器を交換した。一瞬だけ左手を離して右手をタップ、そしてもう一度握る。その瞬間に、俺の左手には鬼斬破が握られていた。右足を前に出して、ぐっと体を捩じる。それにより初動を感知したシステムにより刀が光る。直後に、狼が同時に飛びかかってきた。俺の左手が一瞬で閃き、捩じられた体が元に戻る反動で刀が水平に一回転する。刀系範囲ソードスキル“旋車(つむじぐるま)”がさく裂し、狼たちがもれなくスタンする。それを見て、俺は刀で一体ずつ慎重に刀で殺した。

 

「ふう、焦ったー」

 

 さすがに今の場面は冷や汗ものだった。今回はもれなくスタンできたからよかったものの、まかり間違って数頭スタンし損ねていたら、まず間違いなく喉を食らいつくされていただろう。そうなってはこっちもただではすむまい。だが、そのような瞬間が何度も訪れるからこそ、このような死闘は麻薬なのだ。ソロを貫き通しているのも、そういう理由だ。そう考えれば、俺は立派な麻薬中毒者、ということになるが。

 とにかく、そろそろ迷宮区だ。ここまで来ればもうほとんど問題はないが、油断だけは注意しなくてはならない。そう思いつつ、装備を曲刀に切り替える。そのまま俺は歩いて行った。

 

 相変わらず薄暗い迷宮で、俺はマッピングをしていた。方向感覚には自信があるほうだが、いかんせんこの迷宮区は広い。体力的に疲れるということがなくとも、精神的な疲労は着実に体を蝕む。確かに俺は戦うこと大好きな戦闘狂(バトルジャンキー)だが、全力で戦って死ぬのならともかく、疲れ果てて殺されるなんてまっぴらだ。

 そんなことを考えつつ、順調に迷宮区をマッピングしていく。これはレベリングも兼ねているのだから、最短距離を見つけることなど二の次でいい。実際、ここまでも見つけられていない宝箱を見つけては開いて、中に入った結晶系アイテムを片っ端から頂戴している。もっとも、すでに先を越されたものも少しあったが、それはまあ、目をつむるとして。

 そんなことを考えていると、目の前にモンスターがポップした。人くらいの大きさの虎が二本足で直立して得物を持ったような敵の名前は、“Tiger Knight”。虎の騎士、まんまだな。得物は片手直剣、もう片方の手には一般的なカイトシールド。とりあえず、

 

「失せろ、虎猫」

 

 意味がないと分かっていながらも、冷徹に言い、まったく笑みを浮かべずに水平に曲刀を抜剣する。どうせ今装備しているのは店売りの安物だ、少々手荒く扱ったところでどうということはない。そう考えつつ、目の前の敵に向かって行った。どうせこの手の雑魚は楽しめない。なら、さっさと倒すだけだ。

 

 

 

 雑魚を倒しながらしばらく歩くと、四隅に今までと違う色の松明のある区画にたどり着いた。安全地帯だ。前回一休みしたところの次のため、マッピングは順調にできているということの証左でもあった。が、

 

「はあ・・・」

 

 ため息をつきながら、ゆっくりと壁際に腰を下ろす。ここの戦闘はやはり精神的に堪える。というのも、どいつもこいつも火力が高い上にそれなり以上に剣戟も鋭い。息つく暇ない戦闘は俺にとっては福音だが、冷や汗をかいたことも少なくない。最悪、通路でばったり出くわした、なんてときは壁を使って三次元戦闘で圧倒したくらいだ。今までも思いついてはいたが実際にやったのはこの層が初めてだ。それはつまり、実行に移さざるを得なくなったというのと、そこまで精神的にも追い込まれたということの証左だ。

 座ったまま、補給の水と軽食を貪るように食う。仮眠の時間を少しでも取っておかないことには、この先でうっかり死にかねない。せめて、目を閉じてゆっくりと休むくらいは必要だろう。そう思いつつ、一通り食べ終わると俺は目を閉じて体の力を抜いた。

 

 

 それから少しすると、別のプレイヤーが安全地帯までたどり着いたのが、足音で分かった。目を閉じてこそいるが、眠ってはいない。ここは圏外なのだから、PKも十分にあり得る。実際、寝ているところをPKに遭い、命を落としたというプレイヤーもいる。俺は幸か不幸か、その手のプレイヤーには遭遇していないが、警戒するに越したことはない。だが、俺は近づいてきた足音のリズムと重さで、相手に大体のあたりを付けていた。

 悟られないように薄く目を開ける。視界に映ったのは、俺の想定していた通りの人物だった。やはりこちらが眠っていると思っているのだろう。そのままこちらに向けて手を伸ばしてきたところで、俺はそのままの体勢で口を開いた。

 

「何してんだ、レイン」

 

「うわぁっ!?」

 

 突然俺が喋ったことに相当肝をつぶしたのか、レインは素っ頓狂な声を上げながら飛びのく。だが、それだけしか喋らずに静かにしていると、レインはこちらをしげしげと見て、やはり目が開いていなさそうだということを―――この時点で再び目は閉じたのだが―――確認すると、ぼそりと一言呟く。

 

「・・・寝言?」

 

「んなはっきりした寝言があるか」

 

 はっきりとツッコミを入れつつ片目を開く。目の前には相当泡を食ったと見える少女の顔。その顔を見て、思わず俺は笑ってしまった。

 

「なに?なんかおかしい?」

 

 それに対して、軽く頬を紅潮させながらレインが言い返す。それを受けて、ようやく俺は笑いを納めて言った。

 

「いやなに、想像以上に驚いた顔だったものでな。よしよしうまくいったしめしめ、みたいな」

 

「何それぇ!」

 

 そういうと、今度こそはっきりと顔を赤くする。それを見て、俺は笑みを安堵のそれに変換した。

 

「・・・今度は何?」

 

 表情の機微を鋭く悟ったレインがもう顔を隠そうともせずに問いかけて来る。それに対して、俺は素直に思ったことを口にした。

 

「そんだけ元気があるんなら安心だな、って思っただけだ」

 

「あ、うん、まあ、ね」

 

 こうして喋ったり、助け助けられ、その時の貸し借りで奢ったり奢られたりという仲だから、お互いのレベルは把握できる。そして、レインのレベルはほぼ常に俺より少し低い。その彼女がここまでくるには、少なからず集中力を削るはずだ。

 

「ま、それでも、そっちもそれなりに疲れてるだろ?休息の時の見張りくらいはするけど」

 

「え、でもそれはさすがに申し訳ないっていうか、なんていうか・・・」

 

「今更遠慮なんかいらん。それに、一応お前も女だしな。目の前でレイプされたりとか、あまつさえ殺されたりとかしたら、流石の俺も寝覚めが悪い」

 

 あまりにも俺の言い方があけすけだったからか、レインが少し顔を伏せる。

 

「ま、それに、ゆっくり休めたほうがいいだろ?」

 

「・・・分かった。じゃあ、お願いしようかな」

 

「おう、任された」

 

 そういうと、レインは俺の横に腰を下ろした。ストレージから軽食と飲料を取り出して口に運んでいく。

 

「そっちにとってどうだ、この迷宮区」

 

 本当に何の気なしに俺は隣の少女に問いかけた。口の中の物をちゃんと咀嚼してから、レインはゆっくりと答えた。

 

「一言で言っちゃうと、厳しい、かな。雑魚も今までにないくらいしっかりと攻撃してくるし、その攻撃が鋭い。重さはないけど、その分早いから、連撃をもらっちゃうと重たいのを一発貰ったのと同じくらいだし」

 

「やっぱそっちにとっても、か。そっちのレベルは、大体40前ってとこか?」

 

「うん、まあ、そんなとこ。そっちは?」

 

「ちょっと前に42だ。でもここらがいっぱいいっぱいかな。マージンは十二分のはずなんだが、余裕がない」

 

「そりゃ、ここはマージン云々以前に、プレイヤースキルを試されるよ。アスナさんみたいな高AGI型はこういうところでも簡単に回避できるだろうけど」

 

「アスナほどの手練れであればおそらくAGIが少々低かろうと問題ないと思うぜ。あいつは、見切りがすさまじくうまい。リアルで武術習ってたって言われても不思議じゃねえな」

 

「・・・?どういうこと?」

 

 これは俺が常々思っていることだ。アスナは確かにAGIが高いステータスをしている。俺も確かにAGI高めのステータスだが、アスナのAGIはその遥か上をいく。もっとも、これは俺が刀を片手で十二分に振るえるようにSTRも上げたことにも起因するところはあるのだが、それはこの際置いておく。何が言いたいかというと、もし俺とアスナが同じステータスで同じ相手と戦ったとして、回避に徹したら間違いなくアスナのほうがより正確に回避ができるという点だ。

 いまいち要領を得ないという様子のレインに、俺は「あくまで推論だが」と前置いて切り出した。

 

「アスナは―――どうやっているのかはともかくとして―――相手の攻撃を読んだり、見切ったりすることがうまいんだよ。それは、おそらく本人の頭の回転の速さと、武器特性、使ってくるソードスキル、その辺の豊富な知識に裏付けられたものだろうがな。それらをフル活用した際に何が起こるかと言えば、初見じゃない攻撃はよっぽど躱せられるってことだ。いや、もしかしたら初見でもある程度なら躱せるかもしれないな」

 

「うわあ・・・そりゃ凄いね」

 

「まあな。おそらくそんな真似ができるのは、攻略組でもキリトとあいつだけだろうよ。キリトの反応速度はもはや異常の域に達してるからな」

 

「それは確かにそうだね。PvPのデュエルでも負けたことほとんどないって聞くし」

 

「まあそうだよな。俺だって勝てる自信ない」

 

 その言葉に、ふたりして笑う。そこで、ふっとレインが軽く目を(しばた)いた。

 

「眠いんなら寝ていいぞ。会話させたのは俺なんだし」

 

「あ。うん・・・。じゃ、お言葉に甘えさせてもらうね」

 

 そういうと、レインは壁に頭をもたれかけて目を閉じた。すぐにその腹部が一定のリズムでゆっくり上下する。レインは普段胸式呼吸に近いようなので、完全に寝たということだろう。伊達にコンビを組んでいるわけではない。呼吸法など、教えてマスターさせるのは簡単だが、今はそこまでではない。もっとも、この層でここまで厳しいのならば、今のうちに教えていたほうがいいのかもしれない。現実世界での体とは違うから貧血というものは起きないかもしれないが、万が一ということもある。それに、これは実体験に基づくものなのだが、腹式呼吸のほうが運動する点において肉体的に楽なのだ。詳しいことはわからないが、腹式呼吸のほうが多く息を吸えるということなので、おそらく酸素供給量とかそういう話なのだろう。

 

(・・・って、いったい何考えてんだ、俺)

 

 考えながらも周囲の観察は止めない。もともと俺の役目はこいつの護衛だ。決してその、おそらく高校生だと思われる年頃にしては整った体型とか無防備な寝顔に見とれないようにとか、そんなことを考えていたわけではない、と信じたい自分がいる。普段は動きやすさ重視で選んでいるのか、比較的ゆとりのあるサイズで服を選んでいるように思える。首のあたりも、動いて邪魔にならないようなデザインを選んでいるようだ。少なくとも、俺は彼女がタートルを着ているところを見たことがない。肌寒いことは今まで何度もあったにも関わらず、だ。

 

(一般的に言って、そういう服って着やせするっていうよなー・・・)

 

 ということは・・・とあまりにも下心全開の思考に陥っていると、肩に微かな重みがかかった。そちらを見てみると、レインが頭を俺の肩に乗せてきていた。

 

「まったくこの娘は・・・」

 

 正直に言って、俺は彼女に対して恋愛感情など抱いていない。あるのは相棒として、攻略の意を共にする同志としての思いだけだ。もっとも、俺も男である以上性欲もあるのだが、最近は不思議とそういう感情は湧いてこなかった。

 とにかく、俺のやることに変わりはない。そう思いながら、俺はそのまま周りを見ていることにした。




 はい、というわけで。なんか前書きに書く内容がなかったので今回前書きはなしです。

 そして久々のネタ解説無し。旋車に関しては原作でもアニメでも出てきたソードスキルなんで省略します。

 今回はリズベット初登場です。原作を見るとどうやら第三層か四層あたりでもう既にリズベットらしき鍛冶屋が確認されているので、ここらでもうお店を開いていても不思議じゃないよなーと思ってやってみました。今後彼女もちゃんと物語に絡む予定。某DEBANさんがどうなるのかは未定です。

 それではまた次回。



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10.共同戦線―第二十五層迷宮区攻略―

 その体勢のまましばらくしていると、隣で軽く唸りながらゆっくりとレインが目を覚ました。微かな声にそちらを向くと、寝ぼけ眼でぼんやりと周りを見渡し、直後に見る間に顔を赤くした。

 

「ご、ごめん!」

 

「いいって。ゆっくり休めたのならそれでいい」

 

 なかなかかわいい反応が見られたし、という言葉は内心に留めておく。

 実際、ゆっくり休めるかどうか、というのは、効率に大きく響く。休息の充実度合いはそのまま、集中力に直結するからだ。十分な休息をとったうえでの行動かそうでないかで、DPS、被弾率、判断能力に影響が出るというのは、過去にデータを取ったことによる結果が示している。それはそのまま、生存率にも直結するということも、そこから体感していた。だからこそ、手間を承知の上で俺もわざわざ街に戻っているのだ。効率を重視するのなら、なぜパーティを組まないのか、というのは、俺の性格に起因するから、まあ仕方がないが。

 

「ところでよ、そっちじゃソロか?」

 

「え?ああ、うん、そうだけど」

 

「ならパーティ組まないか?さすがにここをソロで切り抜けるきつさは、お互い身に染みてるだろ」

 

「そう、だね。わかった、いいよ」

 

 その言葉を受けて、俺はレインにパーティ申請を飛ばす。少しして左上に再びrainの字を見て、俺は改めて自分の得物を確認した。できれば、刀スキルはさらしたくない。それに、体力的に余裕のある前半だったから使えたのであって、少なからず消耗している今の状況で慣れない得物を振り回すのは自殺行為だ。幸か不幸か、今使っているのは曲刀だから、わざわざ装備を変更する必要はない。

 

「そっちはどうだ、行けるか?」

 

「うん、おかげさまで大丈夫」

 

「OK、じゃ、行くか」

 

 そういうと、俺たちは立ち上がった。

 

 

 

 それからの攻略効率は飛躍的に向上した。それは、データを取るまでもなく体感することができた。二人いるから手数が増えるというのもあるのだが、何より戦闘に欠ける集中力が段違いだ。常に四方八方に警戒する必要のあるソロとは違い、二人掛かりで周囲を警戒すればいいコンビでは、効率も違えば集中の仕方も違う。それに、これが初めてならいざ知らず、ふたりともここまでに何度もパーティを組んで戦っている。お互いの癖もよくわかっていた。俺はかなり―――干支は違うが―――猪だし、レインはかなり堅実に見えて意外と度胸があるというか、捨て身の戦略も普通にとる。だが、お互いに死なれては困るからお互いがブレーキとなっている。だが、根本的な突撃戦法は変わらない。その結果何が起こるかと言えば、

 

「あーくそ、いい加減に途切れてくれねえかなぁ」

 

「そういいつつ楽しんでるくせに」

 

「たりめーだ。この状況を楽しまずしてどうするか」

 

「・・・普通は漠然と怖いはずなんだけどなぁ・・・」

 

 ため息交じりに言うレインだが、当の本人も怖がっている様子が毛頭ない所を見ると、相変わらず相当肝が据わっているようだ。

 トラップを踏んで敵に囲まれて絶体絶命。今の俺たちの状況を端的に説明するとそうなる。

 どうやらこの迷宮区、前半部分こそ今まで通りの迷路だが、後半部分は謎解きをしながらひたすらくねくねと長いつくりのようなのだ。その謎解きを失敗したり、考えるのに時間がかかりすぎる―――有体に言えばタイムアップとなってしまったりすると、こうして敵がわらわらと湧いて出て来るのだ。その場合、敵を全滅させればいいだけの話なのだが、いかんせんこれが面倒くさい。だが、途中から俺は考えるのは()()だけで、わざと戦闘に持ちこむようにしていた。まあ、隣の少女には敵が湧くたびにやる気を出す俺の様子を見て、途中から当てにしなくなったが。

 

「さすがにこのレベルで連戦はちょっと厳しいね」

 

「確かにな。楽しいけど」

 

「・・・たぶんそういう発想に至るのは君くらいのものだと思うよ」

 

「安心しろ、自覚はある」

 

「・・・だよねぇ」

 

 隣でため息を吐くレインをよそに、俺は戦うたびに顔色が明るくなっていっていた。巻き込まれる側としてはたまったものではないというのがレインの本音だろうが・・・この様子だとたぶん諦めているな。

 

「まあ、私だからこうして付き合うけどさ、他の人なら間違いなく愛想尽かされるよ?」

 

「そうだなー。ま、その辺も踏まえて俺はあんたと組んでるわけだし。その辺察しろ」

 

「それって果たして喜んでいいのかなぁ・・・」

 

 雑談しながら、迫りくる雑魚の群れを一掃し、お互いに剣をしまう。すたすたと先に歩く俺に続いて、もう一つため息をつきながらレインも歩く。今までの敵の様子を見るに、これはあくまで消耗させるためのものだ。いわば前哨戦に過ぎない。

 

「なあレイン、ここまで謎かけって覚えてるか?」

 

「え?・・・さすがにそこまでは覚えてないよ」

 

「なら質問を変える。ここまでで同じ謎かけってあったか?」

 

「なかった、と思うよ。あったらたぶん気づくと思うし」

 

 あくまで確認の問いかけ。だが、その言葉である程度パズルが組みあがった。だが、これを確証とするには複数回ここに潜り、深部まで到達する必要がある。

 

「最悪のパターンもあり得る、ってことか・・・」

 

「ボス部屋到着前にメンバーが減るってこと?」

 

「ああ。ここまで徹底して消耗させにかかってるんだ。ありえない話じゃない。それに、一般的には―――」

 

 そう言っていると、目の前に扉が現れた。ボス部屋のそれではないが、今までの扉とは一線を画している。

 

「いやな予感的中かな。当たってほしくなかったけど」

 

「一般的には、何?」

 

「よく言うだろ。“津波は最後が一番でかい”って」

 

「・・・てことは、」

 

「おそらく、ここが最後か、最後じゃなくても近い所であることは間違いない」

 

「で、さっきの理論に当てはめると・・・」

 

「ああ。・・・気を引き締めていくぞ」

 

 お互い、それ以上の言葉は必要なかった。先行する俺が扉を開ける。二人が部屋に入ると、その扉はひとりでに閉まった。これは今までにもなかったギミックだ。今までは謎解きに失敗した時のみに扉が閉まっていた。

 

(逃がさない、ってことか)

 

 ここまで来たら腹をくくるしかない。部屋の中には石碑が一つ、中央にあるだけだった。その前には、いくつかの像。近づくと、線香のようなものが横にあることに気付いた。文字が読める位に近付くと、その線香もどきに火が付いた。よく見るとこの線香もどき、紐がいくつか括りつけてあり、その先には重りがついている。その下には金属と思われる受け皿があった。

 石碑に書いてあった内容はこうだ。

 

  其は魔を退けるものにして、甘美なり。瑞々しきもよきものなりけるが、その干したるものもよし。そのものを象るものに触れよ。しからば、最後の道の鍵は現れん。

 

 ・・・これまた。謎かけっていうか、これ知識を問う類じゃねえか。

 

「これって、どういう意味だろう・・・?」

 

「それを考えろってことだろ」

 

 思わず隣のレインにツッコミを入れる。さすがにここを落とすと、命まで落とす可能性もあり得るかもしれない。ここは本気で当てに行く必要があった。

 

(魔を退けるもの・・・魔除けの類か?でも見たところ、お守りの類はなし。ま、そんなわかりやすいもんを置いておくわけもない、か。となると、それ自体が魔除けとなる、ゲン担ぎとかの類か・・・)

 

 見たところ、そんなものに縁のある様なものはなさそうだ。モニュメントはどれも現実世界にある様なものだ。林檎、梨、ミカン、柿、桃・・・どれも果物ということくらいしか思いつかない。

 ゴーンと一つ音が鳴った。思わずそちらを見ると、紐の一本が切れてその先の重りが地面に落ちて、その下の受け皿となっている金属に音が鳴ったのだ。そういえば昔、資料集でこんな時計があったと聞いたことがある。もっとも、これが盛んに使用されていたのは軽く一千年以上前の時代だったようだが。古臭いものを使うものだ。

 

(ん、待てよ、今何か・・・)

 

 何か引っかかった。線香というと、仏前に供える位しか思いつかない。その心は、確か線香の香りが成仏するまでの食事になるから、だったか。黄泉の国までの食事が線香の香りだけとは寂しいものだと思ったことをよく覚えている。―――ん、待てよ、黄泉の国?

 

「・・・そうか!!」

 

 思わず大きな声が出た。隣で驚いた表情をするレインをよそに、俺は迷わずに桃を象ったオブジェクトに触れた。瞬間、そのすべてが消え去った。

 

『賢しきものよ。その英知を称え、易しき試練を与えよう。あくなき向上心の前にのみ、道は開かれん』

 

 どこからかその声が響くと、俺たちの目の前に敵が現れた。HPバーは・・・2本。

 

「結局中ボス戦かよ」

 

「しかも二人で、ね」

 

 後ろの扉は依然として固く閉ざされている。もしかしたら内側からなら開けられる類のやつかもしれないが、今、目の前の敵から背を向ける勇気は俺たちにはなかった。

 

「ところで、なんで桃って分かったの?」

 

「その話はあとだ。まずはこいつをぶっ倒す」

 

「・・・了解!」

 

 そういうと、俺たちは同時に剣を抜き放った。ボスの名前は・・・“The Phantom scythe”。幻影の鎌、か。見たところ、武器は鎌一本。俺鎌の対処苦手なのによ、と内心で毒づきながら、俺はまっすぐ走り出した。続いてレインも走り出す。相手が威嚇するように鎌を振りかざす。それに怯むことなどは一切ない。

 垂直に振り下ろされた鎌を、わずかに体を捩じることで回避する。その回転のまま、裏拳を一発、剣を一回転しつつ切り払う。残心の要領で切り抜けてから構えると、続くレインは右の斬り払いを四回繰り返す、ホリゾンタル・スクエアを見事にクリーンヒットさせていた。レインの硬直より相手の行動遅延(ディレイ)のほうが若干ながらも短い。その隙をついて攻撃しようとする背中に、今度は俺の剛直拳が脇腹に当たる。この手のモンスター独特の軽い手ごたえと共に相手が大きく吹っ飛ぶ。続いて硬直から抜けたレインが走って高くジャンプし、その位置エネルギーを活用したバーチカルをお見舞いした。続く俺の牙狼撃で完全にダウンを奪う。瞬間に、相手のHPゲージのうち一本の半分が飛んだ。と、言うことは、

 

「こいつ、もしかしなくても・・・」

 

「滅茶苦茶弱い・・・?」

 

 俺とレインは思わずつぶやいた。少なくとも、これまでの中ボスや雑魚の群れ、フィールドを徘徊していた雑魚から考えれば異常なほど弱い。なるほど、易しい試練とはそういうことか。確かにこのくらいならば二人でも十分突破できそうだ。

 

「やるぞ、レイン。交互にソードスキルをぶちかまして一気にHPバーを削り飛ばす。こんなところに長居は無用だ」

 

「そうだね。それができそうな相手みたいだし」

 

 そういうと、俺ら二人は一気に突っ込んでいった。

 

 その後、その中ボス戦はものの3分で片が付いた。HPゲージが赤く染まると、その名の通り透過するという特殊技能を使ってきたが、完全に全力攻撃のみの攻めダルマ状態だった俺たちにとって、そんなものはほぼ無意味だった。というのも、透過するときはそこに棒立ちになるため、お互いそこに向かってピンポイントで攻撃を集中させて透過を強制的に解除させていたのだ。いくら雑魚中ボスといえど、さすがにこれは少し不憫になるボコボコ度合いだった。

 

「なんつー歯ごたえのない・・・」

 

「でも普通の雑魚に比べればあったほうじゃない?」

 

「仮にも中ボスだからな。でも、俺としてはもっと強くないとやりがいってのがなあ・・・」

 

「まったく、相変わらずの戦闘狂っぷりなんだから・・・」

 

 いつも通りの会話をしながら、お互いに剣をしまう。そのまま、また俺が先導する形でダンジョンを歩いていく。

 

「あ、そういえば」

 

「なんだ?」

 

「なんで桃が正解って分かったの?」

 

「あー、それな。

 “魔を退けるもの”、これは魔除けを表すってことはすぐに発想できた。その後の、“甘美なりて干したるものもよし”、だったか?これはおそらく干すことによる用途もあるってことだ」

 

「例えば?」

 

「今回の正解でもある桃とか、あとは柿とか芋とかは食用として使うよな。そもそもが、ドライフルーツっていうくらいだから、それだけだと果物全般はほぼOKだ。それ以外にも、稲を刈った藁とかは保温とかだけじゃなくて、納豆を作るのに使ったりとか、香りづけとかにも使うって聞いたことあるな」

 

「藁で香りを付けるの!?」

 

「所謂燻製ってやつだ。カツオのたたきとかに使う。俺も何回か食ったことがあるけど、結構いけるもんだぞ、あれ。

 と、話が逸れたな。とにかく、魔除けになって、かつ干しても使えるものを探せばいいわけだ」

 

「で、その両方に合致するのが桃だった、ってこと?」

 

「ま、そういうこった」

 

「・・・桃に魔除けの効果があるなんて、聞いたことないけど」

 

 いまだに疑問が晴れない様子のレインを見て、俺はもしかしてと思って聞いた。

 

「あー、もしかして、古事記とかって知らないか?」

 

「名前しか知らない」

 

「やっぱりな。

 俺も細かくは知らないんだが、その部分だけ抽出して説明すると、古事記において、イザナギがイザナミに会いに行って、その帰りにイザナミやらなんやらに追われることになるわけなんだが、その時に桃の実を投げつけて追っ払った、って逸話があるんだよ。転じて、桃の実には魔除けの力がある、なんて言われたりするってわけだ」

 

「・・・よく知ってるね?」

 

「その手の学部に通ってるやつなら知ってるようなことだよ。まあ、俺が知ってたのはたまたまだけどな」

 

 高校の授業がつまらないからと電子辞書でこの手のやつを読んでいたことがまさかこんなところで役に立つとは本当に思っていなかった。

 

「行くぞ。ボス部屋までは近い」

 

「うん」

 

 そういいつつ歩く俺たちの光景はいつも通りの物だった。

 

 

 俺の予想した通り、ボス部屋はすぐそこにあった。数分歩いたらすぐそこに、という具合だったのだ。

 

「さすがに二人だと危ないから、今はここまでで下がるよ」

 

 俺が何か言う前に、レインが言い切った。

 

「ちょっと待った、俺はまだ挑むとか言ってないだろう」

 

「どうせ挑む気満々だったんでしょ。伊達にコンビ組んでないよ。それに、前言ったこと、もう忘れたの?」

 

「いや、忘れたわけじゃないぞ。でも、偵察くらいは必要だろう?」

 

「それもそうだけど・・・分かった。扉明けて、姿を確認するだけだからね」

 

「おう、分かった」

 

 本音を言うと、それが一番生殺しできついのだが、それを口にした瞬間に間違いなくピックかタガー、最悪得物が飛んでくるので、言えるわけがない。

 二人でそれぞれ、違う扉に手をかける。アイコンタクトで一気に扉を中に押した。二人が一歩中に入ると、暗かった部屋に徐々に明かりがともり、中に鎮座するボスを照らし出した。

 ボスは、見たところ人型か。だが、腕の本数が4本と多い。ついでに言えば、頭も二つ付いていた。

 

「双頭の―――」

 

「巨人、か」

 

 冷静になろうとしても、今までと違う威圧が足を竦ませた。茅場は、4分の1という節目で何もないどころか、この迷宮区の雑魚相応に強力なボスを用意していたらしい。攻略組でも度胸があるほうだと自負している自分たちでこれなのだ。かなりの人数が竦んでしまうだろう。だが、それを奮い立たせるために自分たちがいる。それくらいは自覚していた。

 

「退くぞ、レイン」

 

 本音を言ってしまえば戦いたくて仕方がないのだが、ここでこの強敵に対して何も対策をせずに挑むほど、愚かでもなかった。ましてや今の自分たちは消耗しているのだ。

 

「・・・レイン?」

 

 だが、隣の少女の反応はない。不審に思いそちらを見ると、レインはひどく怯えた様子でボスを見ていた。よく見ると、体が小刻みに震えている。

 

「自分の言ったことも忘れたのか、レイン!退くぞ!」

 

 今度ははっきりと大声を上げながら言う。が、レインの震えは収まるどころか、酷くなっているように見えた。

 ボスが吠える。ボス部屋どころか迷宮区全体を響かせるのではないだろうかというその咆哮に、完全にレインは竦んでしまった。

 

「・・・くそっ」

 

 もはや手段を選んでなどいられない。そう判断した俺は、レインを抱えてボス部屋を離脱した。そのままの体勢で扉に体当たりしてこじ開ける。何とか通れるくらいの隙間から半ば飛び出すように離脱した瞬間、ボスが持つ両手剣の剣先が掠めるようにして過ぎ去った。が、何とか次の攻撃が来る前にボス部屋から離脱することに成功した俺は、ボス部屋の扉が閉まりながら、フロアボスが指定された玉座に戻っていく様をじっと見ていた。完全に閉じたことを確認してから、俺はゆっくりと息をついた。

 抱えていたレインをゆっくりと降ろすと、俺は彼女の目を真正面から見つめた。そこにあるのは、深い動揺と恐怖の色。その状態を見て、俺はもう一つ、先ほどとは違う意味でため息をついた。

 

「まったく、手のかかる娘だ」

 

 一つ呟きつつ、その手を取る。一瞬驚いたようにびくりと体が震えたが、それだけだった。それを確認して、その手を両手で包み込んで、俺はゆっくりと語りかけた。

 

「もう大丈夫だ。落ち着け」

 

 そのまま暫くしていると、徐々にその目の色がいつも通りに戻っていった。

 

「ごめん、足引っ張っちゃった?」

 

「全く問題ねえから気にすんな」

 

「・・・そっか」

 

 それに対するレインの表情は晴れない。が、ここはそのまま放っておくことにした。この手の問題は時間が解決するだろう。

 

「ま、とにかく。帰るぞ」

 

 言いつつすたすたと先を歩く。こんなところに長居は無用だ。時々後ろを振り返りながら、レインの様子をうかがう。何度か雑魚と戦闘になったが、戦闘だけなら大丈夫そうだ。なら俺がわざわざ介入する意味はどこにもあるまい。とりあえず、レインの異変は頭の片隅に追いやることにした。

 

 

 

 

 帰り道はどうにかなるだろう。そんな俺の甘い見立てはボス部屋から数えて二つ目にある謎かけ部屋であっさりと崩れ去った。というのもそこにはまた謎かけが、しかも行きとは違うものがあったのだ。

 

「まさかと思っていたけど、マジだったとはな・・・」

 

「でもこれってもとをただせば君のせいだよね?」

 

 肩を落とす俺の横から入った的確なツッコミに対して、俺はふいと顔をそむける。確かに戦闘をしたいがためにわざと謎解きを真面目にやらなかったところはいくつもあるが、俺だってこんなところでそれが響くとは微塵も思っていなかった。

 

「とにかく、今は目の前のことをやるだけだ」

 

「まったくもう・・・」

 

 謎かけの問題と思われる石碑に向かいながら、自然に話題を逸らした俺の横で、レインが呆れたような―――実際呆れているのだろう―――声を出す。できるだけ自然な話題転換を狙ったところだったのだが、やはりうまくはいかなかったようだ。

 

 結局、その部屋の謎かけは解くことができずに、行きと同じように雑魚の群れとの戦闘になった。それを切り抜けると、これまた同じように扉が開く。それを何回か繰り返し、何度目かで変化が訪れた。その先に人がいたのだ。それが誰、いや、どの集団なのかは均一に整えられた装備ですぐに分かった。

 

(これはまた、こういうところでは行き当たりたくない連中に・・・)

 

 この、比較的上層となって防具にも多様性が出てきてもなお、均一に整えられた装備と色。アインクラッド解放隊、通称“軍”の連中だった。軍というのは、第一層の自治方法と、その集団的特色ともいうべきものから生まれた、ある意味蔑称ともいえる呼称だ。

 

「アインクラッド解放隊だ」

 

「ロータス、ソロだ。こっちは一時的にコンビを組んでるレイン」

 

 お互いに名乗りを交わし、紹介されたレインが軽く目礼する。正直なところ、この慇懃無礼というか、妙に高圧的というか、そういうメンバーが多いこの組織を俺は嫌っていた。実際、現在攻略組でも最大の人数を誇り、その戦力としては無視できない域ではあり、その画一化された命令系統は乱れというものに無縁といってもいいのだが、それと個人的な感情は別だ。

 

「君たちは、マッピングを済ませているのか?」

 

「一応、な。そっちは?」

 

「今から済ませるところだ。よろしければ、マップデータを頂戴したい」

 

「俺は構わないが・・・どうする、レイン。これ、立派に商売になるぜ」

 

「うーん・・・。ロータス君に任せるよ」

 

「りょーかい。んじゃ、交渉と行こうか。いいか?」

 

「構わない。もとより、我々は要求する立場だからな」

 

「OK」

 

 思ったより話の分かる奴のようで何よりだ。ここで、所謂脳筋的なやつはただ寄越せとしか言わないだろう。無論、実力行使という最終手段込みで、だ。

 

「情報付きになる代わりに、そうだな、5000」

 

「少々高いな・・・もう少し安くできないか?」

 

「そうだな・・・4000、いや3700」

 

「・・・もう一息、頼めないだろうか」

 

「分かった、3000。言っておくが、ここが底値だ」

 

「・・・感謝する」

 

 そういうと、相手は金袋をオブジェクト化させ、俺に手渡す。プロパティでちゃんと3000あることを確認すると、俺はマップデータを羊皮紙にコピーし、手渡した。広げて確認し、「確かに」と相手が言ったことを聞いて、俺は口を開いた。

 

「じゃ、情報だ。マップのところどころに、少し広めの部屋があるだろ」

 

「ああ、ここから先もいくつかあるな」

 

「そこで謎かけがある。謎かけの種類はいままでダブったことがないから、おそらくストックは無数にある。だから答えを教えてやるとか、そういうことは無意味だ」

 

「謎かけが解けなかったら?」

 

「一定時間経つと雑魚が大量ポップする。閉じ込められるから脱出も不可。全滅させれば出れるから、目下有効手段はそれかな」

 

「・・・了解した。感謝する」

 

「いいってことよ。お互い困ったら助け合いってな」

 

 お互いやり取りを終えると、軍の連中はそのまま先に進んでいった。

 

「いいの?3000は安すぎたんじゃない?」

 

「問題ねえよ。ま、確かに3000ってのが底値だっていうのは嘘じゃないがな」

 

 そういいつつ、俺たちも今まで来た道を引き返す。軍はお堅いことで有名だが、あの頭はそこまで頭が固いわけでもなさそうだ。仮にも隊の安全を預かる立場だからある意味当然と言えるが、あいつなら大丈夫だろう。名前も知らない相手をそう断じながら、俺たちは街へと足を向けた。

 




 はい、というわけで。

 昨日投稿し忘れてました。すんません。

 今回はレインちゃんとロータス君、そしてこの層で転換期を迎える軍、ということでサブタイは速攻で決まりました。


 イザナギがイザナミ追っかけてった話って古事記でしたよね?日本書紀じゃないですよね?俺もちょっとだけ齧っただけなのでその辺曖昧極まりないんですが。間違ってたら指摘お願いします。

 それと、今回で書き溜めが事実上尽きました。なので、ここからは隔週になる可能性大です。申し訳ない。

 それと、私用なども重なり、来週の更新は厳しいとみております。モンハンが関係するだろうって?否定はしません。


 ではまた次回。


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11.紹介、情報、新技

 街に着いたことには、もうすっかり日が暮れていた。お互いこういう身だから、灯りには事欠かなかったが、それでも警戒すべきはちゃんとしていた。夜は特に、その目視距離の短さから、いつの間にか囲まれて一方的に、という例は後を絶たない。だがそのあたりは手練れの二人、そんなことはなかった。

 

「はー、ようやく息がつける」

 

「なにそれ。おっさん臭いよ」

 

「そっちに比べればもうおっさんだよ」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺はリズの店に足を向けた。さすがにこれだけ酷使した後だ、耐久値も相当減っているに違いない。

 

「で、今からはどこに行くの?」

 

「ん、馴染みの鍛冶屋にな。さすがにこれだけ酷使したんだから、メンテくらいしておかないと後が怖い」(いろんな意味で)

 

 今使っている武器は、すべて少なからずあの少女の手が入っている。これだけ酷使した時点で説教の一つ二つくらいはすでに覚悟済みだ。というか、その説教を恐れてぎりぎりまで使ったら割と本気で怒鳴り飛ばすだけでは収まらなくなる可能性がある。と、言うのは直感で感じていた。

 

「そういやあいつはおたくと同い年くらいだったな。紹介してやろうか?腕は俺が保証する」

 

「ロータス君のお墨付きなら信頼できるし、お願いしようかな」

 

「ん、んじゃついてこい。こっちだ」

 

 そう言って俺は歩き出した。

 

 

「で、なんでこんなに耐久値減らしてんのよあんたは」

 

「悪かったって。連戦続きでなかなか戻るに戻れなくてさ」

 

 リズの下にたどり着いて耐久値回復を頼んだのはいいものの、やはり小言は免れなかった。もとより覚悟していたのであまり気にはしていないが。

 

「得物を変えるってことは考えなかったの?」

 

「結構ギリギリの戦いだったからな。得物を変えるほどの度胸がなかった」

 

「それで得物が無くなっちゃったらどうしようもならないでしょうが。・・・はい、耐久値フル回復」

 

「おう、サンキュ」

 

 自分の得物を受け取って、ストレージにしまう。すると、リズの視線が俺の横に完全に固定された。

 

「ところで、その子は?」

 

「ああ、こいつな。お前と年近そうだし、紹介しようかなと思って連れてきた」

 

 言いながら、軽く背中を押して前に出す。

 

「初めまして。リズベットっていいます。見ての通り鍛冶屋です。メンテナンスが必要なら、今すぐにでもできますが、いかがいたしますか?」

 

「じゃあ、お願いします。あと、私はレインっていいます」

 

 そういいつつ、自分の得物を差し出した。それを受け取ると、リズは砥石にその刃を当てて研ぎだした。

 

「確かに年が近いとは言ってたけど、まさか女の子なんて思ってなかったなー」

 

「ちょいちょい噂は聞かねえか?腕のいい鍛冶屋のリズベットって」

 

「そういえば聞くような、聞かないような・・・」

 

「はい、お待たせしましたー。まったく、あんたもこれくらいで済むくらいにしておけばいいのにさ」

 

「いいじゃねえか。俺は俺のスタイルってやつがあるんだよ」

 

「はいはい。あと他に何か御用なら承りますが、よろしかったですか?」

 

「あ、今のところは大丈夫です」

 

「・・・てか、なんでお前らそんなに他人行儀なんだよ。ため口でも全く問題ないだろうに」

 

「いやいや、初対面の人にいきなりため口とかかえって難しいよ?」

 

「そうか?キリトなんか、クライン相手には初対面からずっとため口だって言ってたぞ」

 

「それは男同士だからじゃないの?あたしらは女だっての」

 

「同性同士ってことではどっちも一緒だろうが。年も近そうだし、ため口でいいだろ。俺が口出しするこっちゃないのかもしれないけどさ」

 

「ま、それもそっか。じゃあ、あたしのことはリズでいいから。リズベットだと長いでしょ?」

 

「あ、はい・・・じゃないや、分かった、リズ」

 

 やはりこの少女、人当たりはいいらしい。俺の時もため口に速攻で順応していたことを思い出しながら、俺はぼんやりとそんなことを考えた。

 

「うんうん、こんなにかわいい子と知り合いになれるとか、やっぱり生産職ってこういうところがいいわよね」

 

「え?」

 

 いきなりのこの言葉に、レインは素でかなり驚いたようだった。

 

「いやだってさ、かわいいは性別を超えた共通財産でしょ?ってわけでフレンド登録しよ」

 

「え、あ、うん、いいけど・・・」

 

 そういいつつ、メニューを操作するレインはいまだにペースがつかめていないらしい。俺の時は名前ネタで無理矢理こっちのペースに持っていったから、同じ真似は不可能だ。

 とにかく、この分なら心配はいらないだろうと思いながら、俺はぬるりとその場を後にした。

 

 この後あっさりと消えた俺に、二人が少々以上にドタバタすることになるのだが、それはまた別の話だった。

 

 

 

 そこから離れた後に、俺はある人物に会いに向かっていた。

 

「よ。相変わらず早いな」

 

「時間を守らない情報屋ほど信じられない者はいないと思っているからね」

 

 今の時刻は20時少し前といったところだ。待ち合わせの時間は20時だから、お互いに少し早いということになる。

 こいつは“ゲイザー”、情報屋だ。観測者という名前に恥じないほどの情報の詳細さ、そして特に個人やパーティ、ギルドの情報を得ることに長けていると有名な情報屋だ。アルゴが速度と正確さを重視するのに対して、少し時間がかかっても詳細な情報が欲しいときはこいつに頼る、というやつも少なくない。が、その反面、こいつの情報相場はやや高めで、しかも必要ならば売る相手は選ばないという悪辣さも秘めている。が、俺はそういうこいつのスタイルが気に入ってちょくちょくこいつから情報を買っていた。

 

「で、情報はいくらだ?」

 

「9000」

 

「少し高くねえか?」

 

「8000」

 

「・・・わーったよ」

 

 実際、結構危ない橋を渡らせるかもしれない情報を要求したのはこちらだ。文句を言う筋合いはない。内心ではわかってはいるが、情報量だけで8000というのは、想像していたより少々かさんだ出費だった。

 

(必要経費だから仕方ない、か)「で、情報のほうは?」

 

「少し量が多くなってしまってね。ここにまとめたから、あとで読んでみてくれ」

 

 そう言って手渡されたのは本。この世界では羊皮紙が一般的だ。羊皮紙一枚の厚さからすると、ここまで調べるのはそれなり以上に骨だっただろう。

 

「OK、サンキュ。それと、これ追加料金。受け取ってくれ」

 

 よもやここまで調べてくれるとは思ってもみなかった。安価に値切ったことを後悔しつつ、俺はさらに2000コル実体化させて渡した。

 

「いいのかい?」

 

「いいって。もともと頼んだのはこっちなんだし。受け取れないってんならボーナスとでも受け取っておいてくれ」

 

「・・・そうか。じゃあありがたく」

 

「ほんとサンキュな。またな」

 

「ああ、また」

 

 言いつつお互いその場を後にする。その後、俺は心のうちがまるで氷が生成されるように冷えていくのをはっきりと感じた。

 

 さっき受け取った情報はあるパーティ、いや、小規模ギルドの情報と、あるプレイヤーについてのものだった。数人からなるその小規模ギルドは、普通なら問題にならないはずだった。

 

「よもやこんなところで会えるかもしれないとは・・・。皮肉って呼んでいいのかねぇ」

 

 だが、その一般的な見解は、“俺の知り合いでなければ”という但し書きの元で、しかも対象が俺というかなり限定された条件下で例外足り得る。今は必要ないかもしれない。が、俺の嫌な予感が正しければ、いずれこれが重要な意味を持つ。外れてほしいと思う傍ら、外れてほしくないと思う自分がいることはもうとうの昔に自覚していた。

 必要なことなら、手段を選んでいる暇はない。俺たちがこうしている間にも、リアルの体がどうなってもおかしくないのだ。手段を選んでいる時間があれば行動すべきだ。

 

 

 拠点の部屋に戻ると、俺はさっそくゲイザーからもらった情報本を広げた。そこに書かれている情報は、俺が望んだ以上の情報だった。

 

「さすがゲイザー、名前は伊達じゃないな」

 

 まずはざっと一通り流し読む。そこに書いてある情報から、まずは目下必要なところをチョイスして読む。

 

「あった、こいつだ」

 

 そこにあったのはあるプレイヤーの情報だった。例の先ほどの小規模ギルドとは別口で頼んでいた情報だった。

 

 今から考えて、三か月ほど前の話だったか。武器の強化を装って強い武器を半ば強奪するという、強化詐欺が横行した時があった。その時に、強化詐欺の手口を教えたプレイヤーがいた。そのプレイヤーはどうやら、オレンジプレイヤー―――犯罪行為に手を染めたプレイヤーの総称だが―――にその手口を教えているらしい。今はその程度で済んでいるが、この手のやつというのは完全に穴熊を決め込むか、最終的に自分の手を染めるかだろう。どちらにせよ警戒しておくに越したことはない。そのプレイヤーは、四六時中ぼろぼろのフード付きポンチョということだから、身元の特定は楽だった。

 

 プレイヤーネーム、PoH(プー)。由来は今のところ不明。時々英語などのスラングが混じる喋り方からマルチリンガルと推測される。英語が多いこと、その発音や言い回しから、おそらくは渡米したことのある人間、ないしは在日アメリカ人と考えられる。

 ギルドやパーティに所属していない、完全なソロ。行動原理は不明。だが、どこかプレイヤーたちの憎悪や絶望といった、ネガティブな感情を煽って楽しんでいるような一面が見受けられる。

 メインアームは短剣。その扱いのうまさから、リアルでも短剣ないしはそれに準ずるものを使用する武道の一種を習得していたか、軍隊格闘術(アーミーコンバティブ)を習得している人間であると推測される。それゆえに、自衛官もしくは兵役経験者である可能性あり。

 

 そのほかにも、身体的特徴や推測される現時点での拠点など、ゲイザーが手を尽くしたというのが痛いほどに分かる情報量だった。これがほとんどのページにある、とは考えづらいが、それなり以上の情報量がつぎ込まれていると考えるべきだろう。さすがに俺もここまでとは考えていなかった。チップを増額しておくべきだったかと俺は半ば以上に後悔した。

 とにかく、相手はわかった。この情報は、今はこの手の中だけに留めよう。徒に恐怖を煽るのはよくない。ただでさえ今回は強敵揃いなのだ。その親玉が弱いはずがない。苦戦は必至だ。

 それ以外のデータにも目を通す。正直なところ、役に立ってほしいようなほしくないような、微妙な心境だった。俺がこの情報を入手しようと思った動機を考えれば、役に立たないのに越したことはないのかもしれないが。

 

 その本に目を通していると、眠気が襲ってくるのを感じた。視界の隅に表示される時間を見ると、読みだしてから数時間が経過していた。道理で眠くもなるわけだ。こういう時は欲望に従ったほうがいい、というのは今までの経験則だ。いったん情報書をストレージにしまうと、俺はベッドに寝転がった。その体勢でゆっくりと考える。

 

(今回のフロアボス、あいつは厄介そうだ)

 

 双頭の巨人。二対の腕には両手剣と両手槍。どちらもリーチのある武器だ。それにあの武器の振るスピードは、攻略組のような毎日剣を振るう人間の速度に通じるものだろう。そうやすやすと打ち破れる敵ではない。そして、レインが竦んだのも納得のいく、あの威圧感。データの集合である以上、威圧感などというものはこの世界には存在しないと思っていたが、それは俺の思い過ごしだったらしい。おそらく呼吸音の大きさ、姿勢、視線、その他諸々が合わさってそういったものになっているのだろう。俺はそういうのを感じると逆に奮い立ってしまうので大丈夫なのだが、いくら肝が据わっているといってもレインは女の子だ。竦んでしまうのも無理はない。

 有効な対策というのもなかなか思いつかない。しいて言えば、ダメージディーラーに攻撃の全回避を要求するとか言う無茶苦茶くらいだ。でも、そんなことを言おうものなら攻略人数は明らかに減るだろう。だとすれば・・・

 

「考えるのは後にするか」

 

 思考の泥沼にはまっていきそうな感覚を覚えた俺は、今度こそ自身の欲望に従って意識を手放した。

 

 

 

 その次の日、俺は迷宮区から少し離れた明るい森を歩いていた。ここは夜だと迷子になりやすいポイントで、狼なども出没する。囲まれて一方的になるときは大抵この狼モンスターたちの仕業だ。切り抜けるには、俺がやったようにスタンや麻痺で動きを止めて一気に撃破するか、一点突破で突破口を開いて切り抜けるか、森という地形を利用してアクロバットに回避しつつ飛び越えるというくらいしかない。もっとも、アクロバットなどリアルでその手の職にでもついていない限り成功しないし、広範囲スタン技なんてそうそうあるはずもなく、結果的に一点突破でぶち抜くのが一番確実でよく使われる手だ。そもそも囲まれる前にさっさと離脱するに越したことはないのだが、発見が遅れると即座に囲まれてしまう。煙幕の類を持っていれば話は別なのだが、その手のアイテムは現時点だとNPCから高額で買い取るか、その手のスキルを持っているプレイヤーに依頼して作成するしかない。そのリスクと表裏一体だからというのもあってか、ここはそこそこ以上にいい狩場だ。集中を切らせばお陀仏になること間違いないが。

 昼では、そこまで迷子にはならない。囲まれるリスクも少し低めだが、厄介な敵が出て来る。

 

「・・・来たか」

 

 かすかに聞こえる足音を耳が捉える。静かに俺の右手が剣に伸びた。ほとんど音を立てずに奇襲してきた人影に無造作に剣を振るう。軽い金属音と共に放たれた短剣を弾く。弾いてその先にいる暗い緑色の衣装の相手をはっきりと見る。

 厄介な敵というのはこいつだ。所謂アサシン、暗殺者の類だ。薄暗い森の中に溶け込むようなその迷彩は本当に見づらく、戦い辛い。夜でもおそらく出るのだが、狼のほうが遭遇(エンカウント)率が高いこと、遭遇してもプレイヤー側が逃げて終わらせることが多いことからあまり警戒をされていない。狼は追ってくるが、この暗殺者は追ってこないからだ。だが、カラーカーソルと音、それに単独行動することがほとんどという特性上、慣れてしまえばカモだ。それに、その戦い辛さからか、経験値はそこそこ落としていく。遭遇率はそこまで高くないのだが、経験値と狩りやすさから俺はここを狩場としていた。しかも、その特性からあまり他のプレイヤーが近づき辛いため、結構独占することができた。

 リーチが短い代わりに扱いやすさに長けた短剣を、まるで体の一部のように操り、こちらに攻撃を仕掛けて来る。それを見切り、すれ違いざまに首に攻撃を叩き込んだ。ソードスキルこそ使わなかったものの、背後で暗殺者の首が落ちる音と、続いてHP全損を示すポリゴンの炸裂音。念のため振り返って安全を確認すると、俺は剣を振って鞘にしまった。

 気を抜くことはできない。だが、それはソロである以上ほとんど常時だと言っていい。それに、幸いなことにここは静かだ。自分の音と他の音を聞き分けるのは、俺からしたら簡単なことだった。

 

 そのまま暫く歩いていくと、ガサガサと周囲から音がした。瞬間に、今までとは違うレベルまで警戒と集中を上げる。今までも何度か複数の暗殺者を相手取ることはあったが、この音は明らかに今まで同時に戦った最大数より遥かに多い。

 

(これは、ちっとばかしやばい、かな)

 

 いくら強い相手や逆境に奮い立つ俺でも、強すぎる逆境の前には怯える。それが今の俺だった。

 

「ビビってる場合じゃ、ねえよな」

 

 昨日パーティを組んで、はっきりと分かった。レインの存在というのは、思いのほか俺にとって大きかったのだ。あいつがいるから、俺は生きたいと思える。それを今ははっきりと自覚していた。自覚したからこそ、

 

「こんなところで負けるわけにはいかねぇんだよ」

 

 素早くメニューを操作し換装した刀を握る手に力を籠める。今の俺の筋力値、鬼斬破の切れ味とステータス、今までの経験、すべてをもってすれば、この場でも生き残ることは可能だ。何となくとしか言いようがないが、それをはっきりと感じていた。

 

 ただ静かな均衡は敵側から崩れた。飛びかかってきた相手を倒すのではなく、あえて体を右に捻って躱す。続いてかかってきた相手を投げ飛ばし、さらにかかってきた攻撃は横に飛んで躱す。追加で飛び込んできた敵をあっさりと鬼斬破で斬り捨て、そのまま包囲網をあっさりと突破した。この量の敵を殲滅するのはさすがに無理だ。適当に相手をして、撤退するのが吉だろう。先回りして仕掛けてきた暗殺者を素早く右左と刀を振って斬り捨てる。そのまま突っ走ると、目の前にさらに一人出てきた。今度は刀ではなく、左手で殴り飛ばす。想像していた以上にクリーンヒットしたレバーブローに相手が悶絶する。その隙に迷わず首を落とした。死んだことを確認せずにそのまま走る。すると、先に新たな影が現れる。軽く舌打ちをしつつ、後ろから飛びかかってきた三つの影の真ん中を潜りながら切り上げ、躱しつつ斬った。その時に、壮年というより老年の男の声が響いた。

 

「お前たちは下がっておれ。束になったところで、こやつには敵うまい」

 

 そこでようやく、俺は目の前に他とは違う人物がいることに気付いた。

 

「てことは、あんたが親玉か」

 

「いかにも。ハサンと呼ばれておる」

 

 ハサン。確か山の翁と呼ばれた暗殺集団の頭領だっけか。面倒な相手が出てきたもんだ。

 

「で、なんでわざわざ親玉直々に登場したんだ?」

 

「何、手塩にかけた部下たちを、こうもやすやすと倒されて、おめおめと隠居を続けるなどできんよ」

 

「なるほど。で、俺に何をしてほしいんだ?」

 

「知れたこと。わしと手合わせをする、それだけで構わん。さすればわしの秘法を一つ、教えよう」

 

 直後にハサンの頭上に“!”マークが出た。なるほど、隠しクエストの類いか。

 

「なるほど、そりゃなかなかいい話だな」

 

 技を教えるのはこの爺さんだろう。てことは生かさず殺さず、ってか。うまくいくかな。

 

「この身は確かに老いておる。だが、侮るのではないぞ、若いの」

 

「言われなくても慢心なんかしねえよ」

 

 そう言って構える。右足を前に、右手は体側に。刀は地面に触れない程度に下げ、左手は体の後ろに隠した。

 

「行くぜ、爺さん」

 

「いつでもかかってまいれ」

 

 その言葉に甘え、一気に肉薄して斬り上げる。が、それは隠し持った短剣によって容易く防がれる。もっとも、これくらいは俺も想定済みだ。だからこそ、俺は左手で間髪を入れずに正拳突きをかました。こちらはバックステップで回避される。その際に投剣をされるが、これは容易く防ぐことができる。が、俺はあえて大きく回避した。その判断は結果的には正解で、直後にもう一本短剣が飛んでくる。その位置は先ほどの攻撃を防いだり、最小限の動きで避けたりしていれば確実に当たっていただろうというのが分かるような位置だった。今度こそ攻撃を防ぐ。が、今度は防ぎつつ前に踏み込む。この刀はリーチがそこそこ長い。数歩踏み込めば確実に射程距離に入る。それが分かっているからこその判断だった。だが、相手も馬鹿ではない。後ろに飛んでそれを躱すと、再び投剣。片手で防ぎながらもう片手でこちらも投剣。相手の小剣が甲高い金属音と共に弾かれ、こちらの小剣が相手の膝頭に突き刺さる。

 

「ぬぅ・・・!?」

 

「はぁぁああああああ!」

 

 相手の動きが一瞬だが確実に止まった。その隙をみすみす逃がす訳はない。素早い踏み込みと共に大きく胴を斬る。斬り抜けて残心のように向き直ると、ハサンは片膝をついて、くつくつとその体を揺らしていた。

 

「いやはや、慢心するなと言っておきながら、こちらが慢心するとはな。

 誇れ、若人。これほどの一撃を浴びせたのはお主が初めてだ」

 

「へぇ、そりゃまた。で、これで終わりか?」

 

 正直、これで終わりではあまりにも呆気なかった。そして、その俺の予想は的中することになる。

 

「いやいや。ここからが本気の本気、というやつよ。使うとは思っていなんだが」

 

 そういうと、爺さんは短剣を取り出し、指の間に挟んだ。俺はただ単に複数本を、時間をおいて投げているからできているだけだ。それも二本持った状態が限界だ。だがハサンは四本も持っている。傍から見ればそれは意味の無いことだ。そんな持ち方でコントロールなどつけられるわけがない。しかも、スローイングタガーより少し大ぶりの短剣でそれをやろうとしているのだ。だが、この場面で出すということは少なからず意味があるということなのだろう。

 

「さて、では今度はこちらから行くぞ、若いの」

 

「ああ、いつでも来い」

 

 油断なく構える。突っ込んだところに数本一気に投剣が来る。信じられないことではあるが、そのすべてが命中コースであると直感した。すべて躱すのは不可能。ならば、

 

(致命傷だけ避ける。こうなったら少々のダメージは覚悟だ)

 

 頭と膝頭の部分だけを防ぎ、躱し、それ以外の体に当たるものはあえて防がずに突っ込む。行動遅延(ディレイ)が少し発生する中を強引に進んでいるからだろう、進む速度は想像以上に遅い。だがそれでも、一歩一歩確実に歩を前に進めた。投剣の雨をくぐり抜け、ようやく射程圏内に納め、こちらの攻撃を当てようとした瞬間に、俺の喉元に短剣が突きつけられていた。

 

「・・・参った。読まれてたってことか」

 

「左様。

 若いな。それが長所でもあり、欠点でもある。よく覚えておけ」

 

 短いやり取りの後にお互い武器を納める。

 

「さて、約束は約束だからの。わしの秘法を教えよう」

 

 そういうと、爺さんはこっちに歩いてきた。

 

「どうやらお主、投剣はそこそこやるようじゃな」

 

「ん、まあ、な」

 

「ならば、これがよいじゃろう。先ほどわしが使った技を覚えておるか?」

 

 言われて、俺の脳裏には指に複数の投剣を挟んで一気に連続で投げてきたのを思い出していた。

 

「ああ、あの一気に何本も投げるあれか?」

 

「そうじゃ。まさにそれを教えよう。難しい技ではあるが、お主なら使いこなせよう」

 

「そう、か」

 

 それから俺は、爺さんの教えの下に、短時間で気の遠くなるような本数の投剣を行った。正直に言って、ここまで投剣をしたのも、こんなに繊細にコントロールの訓練を行ったのもこれが初めてだった。なんとかあくせくしてこれをクリアしたころには、もうどっぷりと日が暮れていた。

 

「さすがじゃな。わしが見込んだよりよっぽどか早い」

 

「これで早いほうなのかよ」

 

 思わず地面に大の字になったところに、ハサンの声が降ってくる。半日で習得できたというのは早いのかもしれないが、神経はかなりすり減らした。確かにこれによって習得できた投剣のエクストラMod、並列投擲は便利だが、この消耗に似合う利益かといえば微妙なところだ。

 

「当然じゃ。普通なら日をまたぐからの。

 さて、再び手合わせしたいのであればまた来るとよい。新たな秘法を授けるかどうかは、その時のお主次第じゃ」

 

「ああ。そうさせてもらうよ」

 

 そう言って、俺は立ち上がった。結果的には今日一日レベリングをさぼったことになるのだ。明日から本気出す。その覚悟の下に、俺は森の外に向けて歩き出した。

 




 はい、というわけで。

 ハサンの見た目はFateのそれを想像していただければ。わからない人は"Fate ハサン"で検索をかければ出てきます。

 今回のサブタイは、まあそのまんまです。結構伏線張り巡らしたつもりなのですが・・・果たして回収できるのか俺。努力はします。

 そして、長らくお待たせしましたが、ようやく次回攻略会議です。次々回からフロアボスの攻略に入ります。今書いている途中なのですが、かなりこれは長引きそうです。自己添削する分も含めると、そこそこ以上に時間がかかりそうです。気長にお待ちください。

 ではまた次回。


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12.不穏と出会い―第二十五層フロアボス攻略会議―

 その次の日の昼、第二十五層攻略会議が開かれた。

 

「さて、いつもだけどみんなありがとう。知ってる人も多いと思うけど、俺はディアベル。第一層からずっと攻略レイドのリーダーを務めさせてもらってます。みなさんがよければ、また今回も務めさせてもらいます。よろしいですか?」

 

 その音頭に、そこかしこから拍手の返答が返ってきた。

 

「ありがとう。では、改めて攻略会議を。

 また今回も、多数の情報が寄せられた。これに関しては皆、特にその中でも多くの情報を集めてきてくれたALSの皆さんには感謝です。この場でプレイヤーを代表して言わせてください。本当にありがとう。

 今回のボスは“The Double Titan”。双頭と四つの手足を持つ巨人で、その腕には両手剣と両手槍が握られている。こちらの情報では、それぞれのソードスキルの重さは今までの比ではなく、しっかりと防御したタンクプレイヤーが一撃でゲージを警戒域(イエロー)まで落としたという情報もある」

 

 その言葉に周囲が騒然となった。防御をがっちりと固めているタンクで一撃警戒域ということは、その防御の分を攻撃に上乗せするビルトのダメージディーラーがクリーンヒットをもらったら、ほぼ確実に一撃危険域(レッド)、最悪一撃死もあり得る。もっとも、一撃死というのはさすがに考えられないが。

 

(・・・正直に言えば、考えたくないよな。そんなこと)

 

 その暗い雰囲気を悟ったのか、ディアベルが手を叩いた。

 

「はいはい、気持ちはわかるけど、あれこれ考えるのは後にして、今は話を聞いてくれ。

 確かに一撃は重たいけど、両方とも剣を振る速度にこちらと大きな差があるわけではないそうなんだ。つまり、片手剣並みの速度で両手剣が飛んでくるとか、そういうことはないといっていい。両手剣も両手槍も、それ相応くらいの速度でしか飛んでこない。ちゃんとモーションを見ることができれば、回避は十分に可能だ。

 敏捷性に関しては、見た目に違わずそんなに高くない。むしろ、一般的な基準で考えれば低い。最悪、レッドゾーンになったら足で無理矢理振り切ることは可能だろう、とのこと。

 

 俺が現時点でつかんでる情報は以上だけど、何か他に意見とか情報とか、あれば出してくれ。できれば明日にでもこの層は突破したいから、今日で話し合いは終わらせたい」

 

「ちょお待ってんか、ディアベルはん」

 

 最後の言葉に、キバオウが手を上げた。キバオウは攻略において、できうる限り多くのプレイヤーに分配すべきという考えを持っていたことで、その利をある程度独占しても仕方ないというディアベルと袂を分かち、今はアインクラッド解放隊(ALS)という一大ギルドの長となっていた。もっとも、ALSはその命令系統や規律の強固さなどから、半ば蔑称として”軍”と呼ばれているが。

 

「何だい、キバオウさん」

 

「今回は四分の一って節目や。茅場が何らかのギミックやなんやで、このボスの難易度をはね上げている可能性は十分にあり得ると思うんや。せやから、わいらALSボス攻略隊は今回、人員を大幅に投入する」

 

「へえ、確かに、人が多ければそれだけ生存率も上がる。それは助かるよ」

 

 ディアベルの言った通り、人が多ければいざとなった時のカバーなども含めて楽であることは確かだ。だが、多すぎると逆に命令系統が混乱し、かえって危険になる。が、軍ならあるいは・・・と、俺は思った。総じて、これは有効だという結論だ。ならば、なぜここで提案する?軍の連中が大量に人員を投入するなんて今に始まったことじゃなかろうに。

 

「正確には大幅増員、やけどな。できれば今回はツーレイドで挑めるくらいに投入したい、と考えとる」

 

 それに、ALS以外の攻略組がざわついた。

 

「無論、全体リーダーはあんさんに任せる。軍のリーダーはわいが務める。あんさんとの連絡役も、わいが担う。こっちがぐだったら、わいが全責任をとる。どやろか?」

 

 その言葉にディアベルは少し考えている様子だった。それもそうだろう。いくらなんでもツーレイドとなると最大100人近くがあのボス部屋に集中することになる。ある程度顔見知りならともかく、それだけぶち込むとなると知らない人間も大量に入ってくるだろう。そうなれば、連携をとるのは難しい。

 

「全体に聞いてみようか。今のキバオウさんの意見、反対だという人は手を上げてくれ」

 

 その声に手を上げたのはちらほら。やはり俺と同じ懸念を抱いた人は少なくないのだろう。だが、それはあくまでごく少数に過ぎなかった。

 

「そ、っか・・・。ありがとう、手を下ろしていいよ。反対の人には申し訳ないけど、ここはツーレイドということで納得してもらえるかな?」

 

 それに対する反対意見は出なかった。ディアベルのことだ、これでもし反対多数ということならば考え直しただろう。だが、反対意見が少ない状態でわざわざ却下するほどの理由はない。

 続くディアベルの言葉にも反対意見は出なかった。

 

「うん。なら、今回はツーレイドで挑もう。

 キバオウさん、ALSはどのくらいの人数を投入できる?」

 

「せやな・・・最大で50、ってとこや」

 

「増加分は30、か。よし、なら聖騎士連合(PA)も増員しよう。そうすれば、フルツーレイドに近い形で臨める。大抵の状況には対応できるはずだ」

 

 やっぱり慣れてない感じだな、ディアベル。聖竜連合から呼称を聖騎士連合にして日が浅いからか。ちなみに聖竜連合から聖騎士連合になったのは、今まで似合わなかったというのと、少し前にボスドロップでディアベルがマントを手に入れたことに起因する。

 ま、やっぱりそっちのほうがあんたには似合うけどな、聖騎士(パラディン)様?と軽く茶化すような目線を送る。と、向こうはそれに気づいたのか、微かに照れたような表情を浮かべた。

 

 それから参加するギルド、パーティの頭が集まって人員調整をした後、ディアベルが周囲に向けて号令をした。

 

「さて、では毎回恒例だけど、パーティを組んでくれ。その後で、どちらにつくかの希望を取りたい。数が揃わない分はこっちで振り分けさせてもらうけど、それは妥協してくれ」

 

 ディアベルの号令でプレイヤーが三々五々に分かれていく。今回もディアベルに加わろうかと思い彼に近寄ると、向こうからこちらに気付いた。

 

「ごめん、ロータス。今回君は別パーティになってくれるか?」

 

「・・・何があった」

 

 そのディアベルの表情がいつもより硬く暗いことに気付いた俺は声を潜めて言った。

 

「気になる情報があるんだ。例のPK集団が、こっちにもちょっかいをかけるかもしれないって。同じパーティじゃなくても全体の監視と情報共有くらいはできる。むしろ、今は―――」

 

「少しでも違う視点が欲しい、か。分かった。どこに入ればいい?」

 

「そこまで指定するほど面の皮が厚いわけじゃないよ。でも、」

 

 そこでいったん区切って親指で俺の視界の外を指差した。そちらには、こっちに向けて手を振る少女の姿。

 

「それを考える必要はないんじゃないかい?」

 

「みたいだな」

 

 短いやり取りの後に、俺は少女の下に歩いていった。

 

 

 近くまで来ると、向こうから俺に近付いてきた。

 

「ディアベルさんと何を話してたの?」

 

「ちょっと、な。今回は向こうの考えで、別パーティになってほしいらしい。そっちに空きは?」

 

「丁度こっちでもその話をしてたのよ」

 

 新たな声に顔を向けると、そちらには、新調したと思われる白に赤い縁取りがされたブレストプレートを付けた少女がいた。

 

「アスナか。久しぶりだな」

 

「ええ、久しぶりね、ロータス君。レインちゃんも」

 

 そう言ったアスナの表情は柔らかい。第一層であの捨て身の攻略を行っていた人物とは思えないほどだった。

 

「はい。どうなんですか、今度入ったギルドって」

 

「良いギルドよ。小さいけど精鋭揃いで、少なくとも今は私が女だからって侮られたり無駄に崇められたりってこともないし」

 

「おっと、おしゃべりはそこまでだ。

 で、アスナ。パーティメンバー云々の話、もしかしてそっちのギルド絡みの話か?」

 

 女子同士の会話をぶった切って推論を述べた俺に、アスナは顔を引き締めた。

 

「ええ、その通りよ。今回の攻略に私のギルドも参加するんだけど、人数が半端でね。今までのボス攻略ならそれでよかったんだけど、今回のこの様子だともう少し協力者が欲しいの」

 

「なるほどな。で、俺に目を付けたと」

 

「正確には君()()ね。二人が入ると、丁度よさそうだから。どうかしら」

 

 確かにそれだとかなりの少数精鋭だな。それなら、ある程度即席の連携もうまくいくかもしれない。

 

「俺としては断る理由がないな。あぶれ者だし」

 

 と、俺。

 

「私としても、アスナさんと一緒に戦えるのは久しぶりなので、楽しみです」

 

 それに続く形でレインもそれに従った。

 

「さて、じゃあ団長に言ってくるね」

 

 くるりと背を向けて去っていくアスナの背を見ながら、俺は変化を感じていた。まあ確かに、この世界に囚われてから早半年。変化は多かれ少なかれ起こるだろう。肉体的な変化はなくとも、精神的な変化は様々なところに影響を及ぼす。アスナにしても、俺にしても、おそらくキリトやレインもそうだろう。それでも、アスナは本当に前を見て歩き出している。それを改めて感じていた。

 

「・・・若者ばっか大人になってくねぇ・・・」

 

 ため息交じりにつぶやいた声が二人の耳にも入ったのだろう、レインが怪訝な顔をする。それに「なんでもない」と答えながら、俺はアスナのほうに目をやった。と、

 

「アスナが呼んでる。いくぞ」

 

 俺のその言葉に促されて、俺たちはアスナと彼女の言う団長の下に足を運んだ。

 

 

 アスナたちのギルドの団長は、長身痩躯で、どこか鋼のような雰囲気の男だった。俺もこうして間近で見るのは初めてだ。

 

「増援というのは、彼らかね?」

 

「はい」

 

 短いやりとりの後、団長はこちらに向き直った。

 

「私はブラッドアライアンス(BA)の団長、ヒースクリフだ。このたびは協力感謝する」

 

 ブラッドアライアンス・・・血の同盟、か。なかなかいい趣味をしている。

 

「ロータスだ。こちらこそ、パーティに入れて貰えて助かった」

 

「レインです。よろしくお願いします」

 

 それぞれの名乗りを聞いて、ヒースクリフは微かに笑みを深めた。

 

「なるほど、ね。アスナ君から話はよく聞いているよ。

 さて、と。君たちは、やはりといっては何だがダメージディーラータイプみたいだね。では、ステータスはどのように振っている?」

 

「結構AGI寄りです。アスナさんほどじゃないですけど」

 

「AGIに多め。だけど刀を片手で振れる程度にはSTRも上げてあるから、結果的にバランス型に近い。・・・やっぱりステバランスは違うか」

 

 レイン、俺の順に明かす。同じレベルだとすると、STRは俺>レインになるんだろうな、というのはある程度戦ったことからついていた推測だったから、これ自体にはあまり驚きはない。むしろ問題は、

 

「どういう風に組めばいい?」

 

 ということだ。これによって俺たちの戦略は大きく異なることになる。

 

「君たちはアスナ君の指揮するBA2隊に入ってもらう。アタッカー側の指揮は基本的にアスナ君に任せるから、アスナ君の指揮に従ってくれ。それで構わないかね?」

 

 ヒースクリフの言葉に、全員が首肯する。それを見て、ヒースクリフは改めて軽く笑んで声を発した。

 

「それでは、パーティ申請をしてきなさい。よろしく頼むよ」

 

「改めて、こちらこそ」

 

「はい。お願いします」

 

 ヒースクリフに続く形で改めてお互い挨拶をする。

 

 その日の攻略会議は、明日の昼13:00に、街の中央広場に集合するということを最後に確認して解散となった。

 

 

 

 解散となった直後、俺は即座に街を出て森―――ハサンの森とは違う場所にある―――に来た。今はまだ夕方だ。レベリングにはおあつらえ向きだ。

 目の前の大蜂をポリゴン片に変えて、周りに敵がいないことを確認すると、俺はゆっくりと剣をしまった。蜂や蛾の類は、その大きな見た目を抜きにすれば空を飛んでいることが厄介たる条件にあてはまるが、俺の装備する刀は本来両手武器。リーチがその条件をほぼ無効化した。周囲を警戒しつつ歩いていると、また蜂が数匹こちらに飛んできた。

 

「まったく、なんでここらはこんなに蜂々天国なんだよ」

 

 呆れながらもう一度剣を抜く。だらりと自然体でぶら下げ、敵の動きをうかがう。尻尾の針の突きをあっさりと躱してその羽の付け根に刃を当てて斬った。こういう使い方をするたびに、鬼斬破の切れ味の良さを実感する。羽根をもがれて地に堕ちた蜂を足で踏みつぶして俺は冷静に他の蜂の動きを見る。ほかの蜂は攻撃態勢に入ってこそいるが、今は威嚇にとどまっているようだ。

 

「なら、こっちから行かせてもらうか」

 

 素早くピックを左手で数本抜き、そのまま並列投擲で一気にバックシュート。それらすべてが吸い込まれるように複数の敵に命中し、ディレイを引き起こす。そこを刀で横薙ぎに二閃すると、あまりにもあっさりと蜂たちはポリゴンとなって消えた。こうしてみると、並列投擲というやつはなかなかに便利だと分かった。

 

「ま、この蜂が群れている分には、俺としてもまったく気にならないんだけど」

 

 しかもこの蜂、存外に経験値効率がいい。おそらく空に飛んでいるというのがその高めな数値の意味なのだろう。俺のようにカウンターを安定して成功させられるのなら、ここはいい狩場だった。そのうち、軍が管轄、もとい占領に入ると思うが。だが、

 

「あいつらがいるからこそ狩場の秩序が保たれているところはあるんだよなぁ・・・」

 

 アインクラッドでは、どういうからくりかいい狩場として広まると、そこの経験値効率が悪くなる傾向が高い。ならば、経験値効率が高いうちにその狩場に人が大量に集まるのは自明の理だ。だが少なくとも今のところは、軍が順番を作ったり時間を指定したりすることで狩場の秩序は保たれている。逆らおうものなら数の利をもって強制的にそのプレイヤーは排除されるため、実質的に逆らえない。大集団ならではの利点だった。

 そんなことを考えていると、目の前には大きな球体が現れた。まるでスズメバチの巣を異常に大きくしたようなそれから、先ほど倒した大蜂が次々に飛び出していた。すでにこちらの姿を認めて、何匹かが威嚇体勢に入っている。

 

「・・・あっちゃー・・・」

 

 思わずそんな声が出る。蜂々天国だったのはただ単純に巣が近くにあったからという理由だったのだ。この尋常じゃなく大きな巣にいったい何匹の蜂がいるのかは知らないが、これはゲームなのだから無尽蔵に出て来るだろう。

 さすがにこんな戦いを仕掛けるのは無謀というものだ。

 

「三十六計逃げるに如かずってなぁ!」

 

 こういうのは逃げるに限る。武器をしまう暇も惜しんで俺はさっさと逃げ出した。無論、蜂も大勢ついてくる。

 

「・・・なーんつって」

 

 ぼそりとつぶやきつつ、振り返りざまに腰だめに剣を構える。そのまま一瞬で踏み込みつつ放たれた斬撃は縦一列に近い状態で並んでいた蜂の群れをまとめて半壊させた。

 

「あっさり風味すぎて味気ないわー。つまんねーわー。てかああして逃げた時点で察しろよお前ら」

 

 もしこれが人型NPCやプレイヤーがいたら本当に完全に煽り文句だっただろう。だが、普段の鬱蒼とした攻略会議のストレスが溜まっている身としては、これだけでも十分すぎるストレス解消だった。

 結局、他の敵もあっさりと倒し終えたところで、蜂のテリトリー外に出たのか、ポップもほとんどなくなった。それを確認して、俺は森を出た。

 

 

 リズに武器のメンテを頼み宿屋に戻った俺は、再びあのボスの姿を思い浮かべていた。

 

(頭が二つだから腕とか足が多いのも、まあ理解できる。が、・・・足も四本必要か?腕は頭があるからどうにかなるかもしれないが・・・)

 

 それに、25というのは50の次に大きい100の約数だ。そんな大きな節目に、何もしかけてこないというのは考えにくい。少なくとも、ここまでは雑魚も中ボスもかなり強かった。

 

「ここで考えても仕方ない、か」

 

 そう思いつつ、俺はしっかりとタイマーをセットして眠りについた。

 

 




 一週間に間に合ってよかったです。
 というのも、今回の投稿分、最初はキリト君がいたんです。で、改めてSAO2巻を読んで見たところ、キリトと黒猫団の出会いはデスゲーム始まってから5か月ほどとのこと。ということは、そこから年内まではおそらくキリトは攻略組から一時的に離脱しているわけで。ここにいちゃだめじゃん!ということに気付いて大幅訂正。ついでにボス戦まで書き直す始末。グダグダここに極まれりですね!(白目
 たぶんこれで文の整合性は取れている。はず。

 PAのAはアソシエーションという意味を想定しています。ドラゴンっていうよりパラディンだろという勝手な判断で組織名変えちゃいました。こっちのほうがイメージ合いそうだし。
 BAの名称はオマージュです。別に隻眼の大男が出て来るわけではありませんのであしからず。もしかしたら幹部として出すかもしれませんが、いまのところ予定はありません。

 そして次回からようやくはっきりとしたバトルに突入します。いやー、詳細なバトルを書くのがここまで体力がいるとは思ってもみませんでした。先にも言いましたが、このボス戦、いかんせん長引きます。下手したら4、5話くらい消化してようやく終わるくらいのペースです。できるだけ駄長にならないような努力はしますが・・・果たしてどこまでうまくいくことやら。

 それではまた次回。


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13.序の口―第二十五層フロアボス攻略戦、1―

 ボス攻略当日。広場はいつも通りでもいつも通りではない雰囲気に包まれていた。具体的に言えば、いつもよりピリピリとしていた。当たり前だろう。ツーレイドでボス戦に挑むなど先例がない。それだけボス攻略レイドの緊張感も高まるというものだ。

 いつも通り15分前に来て、自分のアイテムなどを改めて確かめる。今ならまだ補給は間に合う。だが、日課のアイテム整理が功を奏し、回復アイテムなどが不足しているといったことはなかった。

 

「おはよ、ロータス君」

 

 後ろからかけられた声にゆっくりと振り返る。そこには、既にブレストプレートを装備したレインがいた。

 

「ああ。元気そうで何よりだな」

 

「もっちろん!強敵なんだから、準備はしっかりしないとね!」

 

 最初、リトルネペントの群れに囲まれて震えていた少女がこうなるとは、人の適応力とはたいしたものである。誰がそうしたかって?知らんなあ。

 

「そう、か。慢心だけはするなよ」

 

「言われなくてもしないって。案外心配性だね?」

 

「まあな」

 

 こういう時の度胸は俺よりこいつのほうがあるんじゃないか。今の自分とこいつを見ていると、そんなことさえ思えてきた。

 

「ちっとばかし、怖くてな。なんか起きそうで」

 

「珍しいね、強敵相手なのに」

 

「それとこれとは別だっての」

 

 今回俺が感じているのは所謂“嫌な予感”というやつだ。この戦いがボス戦だけでなく、もう一波乱起きそうな、そんな予感がしていた。

 

「・・・ま、予感的中しないことを祈るか」

 

 小さく呟いて立ち上がる。周りにはもうすでに多くのプレイヤーが集まっていた。

 

「さて、と。そろそろ行きますか」

 

「そうだね。最後の打ち合わせもやっておきたいし」

 

「そういえばそうだな」

 

 そんな会話をしながら俺たちは攻略レイドに合流した。

 

 

 

 最後の打ち合わせも終わり、総勢90名超という大集団がボス攻略に乗り出した。俺たちはヒースクリフも含めたタンク陣が受け止めたりパリングしたりした瞬間を狙って一気にブレイクポイントを作って攻撃のチャンスを作るという役割を担う。俺たちは完全なダメージディーラータイプばかりだから、おそらくその隙をつくということなのだろう。

 こうしてみると、アスナがBAは少数精鋭といっていた意味がよくわかる。メンバー数こそ少ないものの、その中で各々がしっかりと己の役割を果たし、無駄がない。俺好みの良いギルドだった。アスナとしても、このようなギルドに入ることができたのは僥倖だったに違いない。

 迷宮区までの道のりは、そんなことを考えていられる余裕があるくらいには楽だった。人数が多いのに、指令系統が混乱しないのは、軍のそれがあるからだろう。

 

 そして、ボス部屋の前までたどり着く。ディアベルとキバオウが合図をして扉を開けた。開き切った瞬間に、ディアベルが剣を前に突き出した。

 

「全員前進!」

 

 その声を待っていたと言わんばかりに、攻略レイドが突撃する。全体がボス部屋に入り、最初の突撃部隊が突っ込んできたところで、ボスが天高く吠えた。同時に、6本のHPゲージが出現する。相変わらず巨大なその咆哮の前に怯むことはない。いつぞやのレインのように、最初から恐怖を覚えている状態ならいざ知らず、普通の状態からこの程度を食らったところで怯むようなら、そもそもこんなところにはいない。

 

 戦闘のタンクが最初に振ってきた両手剣をパリングする。ジャストタイミングできれいにパリングしたにも関わらず、それを行った本人は軽く呻いた。続いて行われたソードスキルによる攻撃もあまり効果を発揮していない様子だ。

 

(やはり、そうそう簡単に勝たせてくれる相手じゃないか・・・!)

 

 確実にこれは長丁場になる。まだ戦いは始まったばかりでも、俺はそれを感じ取っていた。

 

 

 やがて、前線のHPゲージが少しずつ危なくなってきたのだろうというのがこっちにも感じ取れるようになってきた。少しずつポーションを飲む人間が増えてきたのだ。今はまだパーティ内でカバーできる範囲のようだが、

 

「よし、A隊両方スイッチ準備!B隊、突撃準備!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 B隊というのが俺たちだ。即座に帰ってくる返答は力に満ちている。

 

「さて、と」

 

 もう片手の扱い方を心得た鬼斬破に手を軽く添える。一斉にA隊が揃ってソードスキルを発生させ、ボスが行動遅延(ディレイ)する。

 

「スイッチ!」

 

 前から入ってきた掛け声に、俺は微かに抜いてあった刀をしっかり握って前へ一歩踏み出した。そこからもう少しだけ抜く。刀に光がともったところで、もう一歩。瞬間、システムアシストで体が前へと一気に進む。その感覚を自分の体の動きでブーストし、一瞬で切り抜ける。微かに斜め上へ放った、刀系ソードスキル“辻風”はボスのわき腹を切り裂いた。ぱっと見た限りでは紛うことなきクリーンヒット。が、俺は技後硬直(ポストモーション)の中で顔をしかめていた。

 

「ちっ・・・!」(硬ってぇ・・・しかも、浅い!)

 

 ここまでのHPゲージの減り方から推測はついていたが、想像以上に硬い。そして、今の斬り角から察すると、おそらく相当浅くしか斬れていない。

 だが、この俺の動きで行動遅延が上乗せされ、追撃を入れるには十二分な隙が生まれた。ヒースクリフを筆頭としたタンク部隊ががっちりと前を固める。

 

「こっちこいおらぁ!」「かかってこいやぁ!」「よそ見しとんなぁ!」

 

 俺が技後硬直から抜ける少し前に、タンク隊から揃って雄叫びが聞こえる。おそらく、一時的にヘイトを大幅に高めつつターゲットを移させるハウリングスキル“バトルシャウト”だろう。あちらがヘイトを引き受けてくれたようだ。実際にそれはうまくいき、明らかにこっちに向いていたボスはタンクのほうへと目標を移した。それをいいことに、俺は隊に合流する。直後に、あきれ顔のプレイヤーたちに出迎えられた。

 

「相っ変わらずの突撃思考ね」

 

「切り込み隊長は必要だろ?」

 

「事前打ち合わせというものも必要だけどね」

 

「いいじゃねーか、どういう風にやろうとよ」

 

「それで死なれたら困るんだけど?」

 

 アスナにあっさりと反論したはいいものの、最後のレインの言葉と目に強制的に黙らされた。

 

「・・・はい、すんません・・・」

 

 その反応を見て、アスナが噴き出す。それにツッコミを入れようとしたときに、ヒースクリフから号令がかかる。

 

「アタック隊、突撃!」

 

「先陣は私が」

 

「俺も手伝う」

 

 短いやり取りの後、アスナと俺が飛び出す。それぞれの剣には光がともっていた。

 

「やあぁぁぁっ!」「食らっと・・・けぇ!」

 

 アスナのシューティングスターと俺の疾風ノ太刀が両足に炸裂。ボスが派手によろけたところを、タンクを使った人間砲台で位置エネルギーをこれでもかと蓄えた一撃が襲う。あの動きはおそらく“バーチカル”だろう。もっとも、あれだけの高さからの振り下ろしとなると、振り下ろしというより唐竹割りに近い。どちらにせよ、相当な威力になることは疑うべくもない。

 技後硬直に入った二人を、俺とアスナが文字通り放り投げる。強制的に隊列の最後尾に飛ばされたレインは空中で体制を整え、きれいに受け身を取って着地した。だが、文句は言われない。直後に振ってきた剣と槍は、俺とアスナ、そしてタンクの面々で見事にその威力を削がれていた。

 

「・・・ありがと」

 

「構わねえよ。数少ないアタッカーだしな」

 

 後ろから聞こえて来る声には顔を向けずに答える。その目はまっすぐと目の前を見たままだった。

 後ろから見てもそれと分かるほどに、タンク部隊には余裕がない。やはりこのボス、攻撃が相当以上に重たいのだろう。しかも鈍重というわけでもないから性質が悪い。

 

「俺たちもいこう。危険を冒しても、いざとなった時に一呼吸でフォローできる間合いにいたほうがいい」

 

「私も賛成よ。このボスは一撃が命取りだから」

 

 俺の提案に、アスナが賛同した。もっとも、反対されたら余計に状況はこじれるのだが、

 

「反対するつもりはないよ。ここ一発の判断は信頼しても大丈夫そうだし」

 

 その心配はなかったようだ。

 

「よし、なら微前進だ。数歩距離を縮めれば十分だろう」

 

 その言葉で少し前に出る。瞬間に、パリングを微かにミスしたのか、タンクの一人が大きく体勢を崩した。

 

「ちっ!」(言わんこっちゃない・・・!)

 

 一つ舌打ちをして一気に飛び込む。おそらくアスナもあとから続いているはずだ。両手のふさがった状態で完全に転倒してしまったそのプレイヤーはなかなか立ち上がることができない。対して、ボスは数歩下がって両手剣を上段に構え、ソードスキルを放ってきた。確かあれは、アバンラシュ。下手に受けると高いノックバックを食らう。そうなると、このプレイヤーの命はない。ならば、やることは一つ。

 刀を腰より少し上、剣先を少し上にして体の左で構える。外すことは許されない、一発勝負。だが、そんなことは、

 

「・・・こちとら今まで何度も経験してんだっての!」

 

 気合とともに跳躍する。放たれた刀は、俺の動きに従って円軌道を描き、一の太刀は両手剣の側面を叩いて軌道を逸らし、さらに踏み込んだ二の太刀で腕を斬り裂いた。強制的に外された両手剣は、他のタンクプレイヤーががっちりと受け止めたのは、音ではっきりと分かった。刀系二連撃ソードスキル“桜花気刃斬”だ。本来はもっと呼吸を合わせ、溜めを作ることで威力をさらにブーストすることが可能なのだが、今回はその必要は全くなかったし、している余裕もなかった。続いて、

 

「いやあぁぁあ!」

 

 アスナの気合が入る。背中を向けているからどのソードスキルを放ったのかはわからない。が、俺の作った隙に叩き込んだのだろう。

 

「はっ!とう!せいっ!やあぁ!」

 

 さらに続くのはレインのリズミカルな掛け声。おそらくはホリゾンタル・スクエアかバーチカル・スクエアあたりだろう。だがボスもただ食らうだけではない。お返しとばかりに槍を放ってくる。が、それは、

 

「なめんなあぁ!」

 

 とうの昔に硬直から逃れた俺がソードスキルなしで逸らす。そのままレインを後方へ投げ飛ばす。アスナのほうはAGIで無理矢理離脱したようだ。ということは、

 

「・・・俺だけってか」

 

 ぼそりとつぶやく。この間合いだ、逃れることは容易ではない。それに、レインを投げ飛ばしている間に、向こうは剣を拾っていた。腹をくくるしかないか。そう思ったときに、

 

「どこ見とんだぁ!」「お前の相手はこっちだぁ!」「ふらふらしとんなぁ!」

「C隊、スイッチ準備!」

 

 後ろから聞こえるバトルシャウト。その声に混じったディアベルの声。それらを聞き分けた俺は、文字通り跳んで後ろに下がる。

 

「アスナ、悪いが一番槍頼む。俺、レインの順で続くぞ」

 

「「「了解!」」」

 

 実質的な指揮権はアスナのはずなのだが、当の本人が承認したのならば文句はないだろう。そう思いながら、俺は大きく踏み込んで得物を振りかぶったボスの足にドライブツイスターをかまし、行動遅延を起こさせた。ほぼ間髪入れずにアスナがカドラプルペインを命中させ、レインがバーチカル・アークを当てる。連続で当たったことによる長い行動遅延を食らったのを確認したところで、とどめとして俺が蹴りを入れつつ後ろへと飛び退りながら、「スイッチ!」と叫んだ。瞬間に、C隊の面々が一気に突撃していく。後ろでB隊のタンクとC隊のタンクの交代を見つつ、ポーションの種類、飲む量からHPの減りをおおよそで推測する。

 

(あれは普通のポーションだな・・・がぶ飲みしてる感じでもない・・・。ってことは、まだまだ行こうと思えば行けたってことか。なるほど、確かにこれは頼りになる戦力だ)

 

 本当にアスナはいいギルドに参加したものだ。そして、このようなギルドがいるということは本当に頼りになる。背中を預けるに足る相手だということを、ここではっきりと認識した。

 

 

 ボスのHPゲージが一本消えて、二本目も真ん中に差し掛かろうかといった頃に、ディアベルの号令が鳴り響いた。

 

「B隊、再スイッチ準備!C隊は念のためのカバーができるように準備してくれ!」

 

「「「了解!」」」

 

 思わず口元が緩む。鬼斬破だけでは耐久値が心もとない。念のため、携帯砥石を持ってきてはいるから、ある程度耐久値回復は見込めるが、刀も曲刀ももともとそこまで耐久値が高いわけではない。証拠に、俺の手には予備である店売りの曲刀をかなり強化したものが握られていた。ちなみに、こちらはどれを選んでもいいように、すべて鋭さと丈夫さを均等に、限界試行回数が奇数なら丈夫さ重視で鍛えている。

 そんなことを考えていると、目の前で息の合ったウェポンバッシュが一斉に命中、ボスを行動遅延させた。

 

「スイッチ!」

 

 その声に反応して俺が飛び出す。横で飛び出すもう一つの影、いや光がちらりと視界に見えた。

 

「いやあああぁぁぁっ!!」

 

 隣からアスナが一気に飛び出す。その光の色と軌跡からして、おそらくはリニアー。最初期のソードスキルにして、アスナの代名詞ともなったそれはまさに閃光。

 

「ぜやああぁぁぁぁあああ!」

 

 続いて俺もリーバーを使って突撃する。連続でソードスキルが入ったことによる長い硬直の間に、タンク部隊がハウリングスキルでターゲットを引き受ける。初期ソードスキルの硬直の短さを利用してさっさと離脱すると、そこにはタンク隊を指揮しつつ時折痛烈な攻撃を与えるヒースクリフが目に入った。

 

「すげえのな、あのおっさん」

 

「ええ。ペース配分、どこに誰を配置するか、どの攻撃に対してどのように対処するのか、反撃を入れるタイミングとその攻撃。常に流動的になりやすい中で、それを常に考えて動いている。きっと頭の回転がものすごく早いんでしょうね」

 

 何の気なしの呟きはアスナの耳に入ったようで、追随する形で肯定する。

 

「ま、じゃねえとあんなことできねえか」

 

「そうね。・・・アタッカーはカバーをいつでもできるように。タンクにほころびができたらウェポンバッシュやソードスキルで援護して!」

 

「「「了解!」」」

 

 やはり、俺なんかの付け焼刃の指揮より、アスナの冷静な指揮のほうがいい結果が出そうだ。いついかなる時も冷静に状況を分析できるからこそ、ヒースクリフもアスナに部隊を任せたのだろう。

 

 丁度俺たちは囲いすぎずに前線を維持しているタンクに均等に割り振られているような格好だ。こうしてみると本当にBAというのはかなりバランスよく、それでいて安全なレベリングシステムが構築できていることが実感できた。こうもタンクが崩れないのであれば、アタッカーは隙を虎視眈々と伺い、一撃必殺を狙うことができる。つくづく少数精鋭だ。

 

 まだ前線は崩れる様子はない。ボス戦は始まったばかりだ。

 




 はい、というわけで。
 スマホぶっ壊れて、バックアップ取るのに四苦八苦して、イベントは参加できそうになくていろいろブロウクンハートな緑竜です。なんでアンドロイドのバックアップはこんなに面倒なんだか。iphoneだとitunesでバックアップ取って終了なのに。公式でバックアップ取りやすくしてほしかった。せめてソフトバンクショップでバックアップ取ってほしかった。

 ・・・とまあ、主のリアルでのリアルな愚痴は置いといて。


 耳汚し失礼いたしました。

 今回は”序の口”です。本当にこんなのはふっつーに戦っているだけです。この後とその次あたりから、ようやくボス戦らしくなる&だんだん絶望させていく&少々無双風味です。

 さて、ネタ解説。

桜花気刃斬
モンハン、太刀狩技
 モンハンの太刀の狩技の一つ。本家だと後ろに飛び退ってからの二連撃だが、こちらはそんなことはない。ちなみに、こっちでは当てると暫く威力が上がるということもないです。こちらでは、前進しながら回転斬りというそこそこ範囲と威力の高い技ということで人気はそれなり。

 とまあ、こんなところですかね。

 それではまた次回。 


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14.変化―第二十五層フロアボス攻略戦、2―

 HPゲージの3本目が消える。

 

「パターン変わるかもしれない、いったん下がれ!」

 

 すぐに聞こえたディアベルの号令により前線が数歩後ろに下がる。その瞬間に、ボスが得物を放り捨てた。その剣の落下点には、

 

「ディアベル、上だ!」

 

 俺の咄嗟の叫びが功を奏し、ディアベルは振ってくる剣に貫かれるという間抜けを冒すことはなかった。槍もくるくると周りながら軍のほうに落ちる。こちらはあまり混乱が出なかったようだ。

 

「ありがとう、ロータス」

 

「気にすんな。・・・さて、」

 

 その時の俺の目には、どこに刺さっていたのか、背中から剣と片手槍を二本ずつ取り出したボスがいた。

 

「どう攻めるかねぇ・・・」

 

 今までは得物が大きいがゆえに助けられていたところもあった。得物が大きいということは、細かな操作がしづらいということでもあるからだ。これは俺自身が経験上でよくわかる。だが、今ボスが持っている剣は、サイズからしたら明らかに片手剣に近い。少なくとも、さっきの剣よりは小ぶりだ。それは槍に対しても言える。ということは、今までの守り方、攻め方は通用しないということに他ならない。

 

「全タンクプレイヤー、今後は危なくなったらすぐに下がれ!最終判断はこっちでする!そこまでは何とか持ちこたえてくれ!」

 

「「「了解」」」

 

 そこかしこから返事が返ってくるが、力はない。それもそうだろう。最終判断までは、さっきより早く息がつけない剣戟を捌き続ける必要があるのだ。

 

 俺の記憶が正しければ、今タンクを担っているのはエギルたちのE隊だ。だが、これでは長くはもたない。もともと、エギルたちは両手武器の使い手が多い。この攻撃を捌き続けるより、かえって一撃必殺を叩き込むダメージディーラーに回ったほうがいいかもしれない。

 

「A隊、行けるか!?」

 

「スマン、回復が終わっとらんのや!」

 

 即座に帰ってきたキバオウの声。人数が多い分、回復にも時間がかかるのは容易に想像ができる。これは仕方がない。

 

「了解、そのまま回復していてくれ。B隊は!?」

 

「問題ない」

 

「よし。なら、B隊突撃準備!E隊はスイッチ準備!」

 

「「「了解!」」」

 

 返答をしつつ、例によって俺は愉しそうに笑う。実際、このような相手は久しぶりで、楽しませてくれそうだ。そう思っていると、ちょうどいいタイミングでパリングとブレイクがかみ合った。

 

「スイッチ!」

 

 その声に、後ろから俺とアスナが猛チャージをかける。

 

「やあぁっ!」

 

アスナは突っ込みながら、最初の初段が当たると同時に神速の3連撃を叩き込み切り抜ける、突進系連撃という珍しいカテゴリのソードスキル“フューアファルケ”をぶちかます。

 

「そらよ!」

 

 その後ろから俺がソードスキル“カブトワリ”で追撃する。垂直に跳躍してそのまま振り下ろすだけの単純極まりないソードスキルだが、それゆえにコツを掴めばブーストもしやすいし、使い勝手のいいソードスキルの一つだ。長くない硬直を抜けた直後に、さらに体術系ソードスキル“バックキック”を叩き込み、後ろに下がる。バックキックは片足で蹴ってもう片足で後ろに下がるソードスキルだ。攻撃しつつ後退することができるが、ノックバックや行動遅延(ディレイ)の性能は低めのソードスキルだ。横を見ると、アスナももうすでに後ろに下がっている。

 

「アタッカー勢、ここからはきついと思うけど集中を切らさないように!積極的にフォローに入って!」

 

「「「了解!」」」「アイマム!」

 

 そこかしこから返事が返ってくる。雰囲気を和らげようとせめてものユーモアを聞かせてみるが、

 

「ふざけている余裕があるのなら大丈夫そうね、ロータス君?」

 

「・・・へっ、このくらい問題ないっての」

 

 この少女には効かなかったようだ。

 

「それより、肩の力抜いていけよ。メリハリが大切だ。いつも気を張ってると、最後まで持たない」

 

「余計なお世話よ。今までも大丈夫だったんだから」

 

「今回を今までと同じ物差しで測るべきじゃないと思うが?っと!」

 

 議論しながらも状況はちゃんと見ている。タンクの一部が崩されるところを見逃す俺ではない。即座に地面を蹴飛ばすと、タンクに剣が降ろされる前に横合いからこちらの得物をぶつけ、軌道を逸らす。続いて飛んできた剣には懐に潜って拳を振り上げることで無理矢理逸らしにかかるが、

 

(くそったれ、想像以上に重たい・・・!)

 

 手首を叩いて武器落とし(ディスアーム)を狙ったつもりだったのだが、そこはやはりフロアボス、簡単にはいかない。押しつぶされそうになったところで、

 

「ぬうぅんっ!」

 

 横合いからヒースクリフがタワーシールドによるシールドバッシュで吹き飛ばした。

 

「助かった」

 

「何、礼には及ばないさ」

 

 それだけ言うと、それぞれ自分の立ち位置に戻る。隊列はもうすでに元に戻っていた。優秀な人材をかき集めて作り、それをまとめ上げる。そしてあの指揮能力。・・・天は二物を与えずというが、あの男はある意味では例外なのではなかろうか。そんなことを考えながら、俺はポーションの蓋を指ではじき、中身を一気に飲み干した。徐々に回復していくHPゲージを確認し、俺はその空き瓶を投擲スキルでボスに放り投げた。所詮は空き瓶に過ぎないので大したダメージは与えられないが、それはまっすぐにボスの片方の頭に直撃した。ボスの片方の頭がこちらを捉え、俺にターゲットが向く。

 

「よし、じゃあ行きますか!」

 

 振りかざされる二本の剣。それに対し、右からの薙ぎをしゃがんで躱し、続く振り下ろしは一気に懐に入ることで躱す。そこから一気に踏み込み、次の一歩の着地と同時に振り返りつつ跳躍するために足に力を籠める。瞬間に剣に光がともる。そのまま空中で高速の連撃を叩き込む“飛燕瞬連斬”を発動する。攻撃が終わったところをボスが槍で串刺しにしようとするが、

 

「甘い!」

 

 至近距離から剛直拳を繰り出し、無理矢理攻撃を止める。と同時に、相手の重量が異常に重たかったせいもあり、相手ではなくこちらが後ろに下がる。ソードスキル二つ分の硬直が体を襲う感覚を味わいながら、俺は着地した。膝で衝撃を吸収することもできなかったので、足にかなりの衝撃が来たが、その辺は妥協だ。

 着地したときの足のしびれを何とか堪えた俺は、即座に横から声をかけられた。

 

「ちょっと、今の何よ!?」

 

 あまりにも驚いているのだろう、口調が素に戻っている。

 

「ただ単に、ソードスキルの硬直を、別のソードスキルを発動することで上書きしただけ。俺は剣技連携(スキルコネクト)って呼んでる。たまたま見っけたんだが、タイミングがえらくシビアでなぁ・・・。成功率は・・・そうだな、三割あればいいほうかな」

 

 きっかけとしては俺のバトルスタイルが影響している。片手がフリーとなっていることが多い俺にとって、もう一本の手の有効活用は目下大きな課題となっていた。もとより投剣スキルと体術スキルを手に入れたのはそれが理由だ。そこで、ソードスキルの硬直を、別のソードスキルで上書きするとどうなるのか、という半ば以上に無茶苦茶な発想から生まれたのがこれだ。この様子からすると、ほとんどのメンバーがその存在どころか、発想すらなかったらしい。

 

「それって誰にでもできるの?」

 

「ぶっちゃけ、よっぽど慣れないと安定して発動するのは不可能。さっきの俺も半分賭けだったからな。成功すれば儲けもの、ミスってもそんな大した被害にはならない。そういう判断だ」

 

 あの状況なら、さらに一つ二つソードスキルを連続で叩き込むことで行動遅延(ディレイ)の時間を大幅に伸ばすことができる。そうすれば、あの技の硬直時間が抜けてからも十分に離脱できる。それくらいはこいつらなら楽勝だろう。実行した時はそこまで考えていたわけではなかったが、今は冷静にそれくらい考えることができた。

 

「・・・凄まじいわね」

 

「言ったろ?慣れだって」

 

 俺もここまで、何千回と反復練習を繰り返してようやく成功率を三割ほどまで伸ばすことに成功したのだ。慣れでタイミングをつかむくらいしか有効な方法は思いつかなかった。それでも、

 

「三割じゃ実戦だと成功率低すぎで、今のままじゃ到底使い物にはならんけどな」

 

「てことは、使い物になれば・・・」

 

「戦闘の幅がぐっと広がる。めっちゃ楽になるだろうな」

 

 その呟きはかなりの説得力があった。確かに攻撃後はかなりの隙ができるが、倒しきってしまえば問題はない。連携を繋げるたびに全体的な成功率は一つの成功率の累乗という速度で一気に減っていくが、倒しきってしまえば問題ない。

 

「ねえねえ、ということは、今の場面では使う必要はなかったってことだよね」

 

「まあな。でもま、成功していたほうがより大きなブレイクポイントを作れたことも確かだ。現に、タンクがタゲを取り直すには十二分だっただろ」

 

「それはそうだけど・・・分かった。そういうことにしておく」

 

 微かに口角を上げる。内心ではここで大目玉を食らったら面倒だと思ってはいたが、取り越し苦労だったようだ。

 

「とにかく今は目の前に集中するぞ。さっきより特に息がつけないんだ」

 

 タンクの一人が背中に回り込み、一撃叩き込む。瞬間、信じられないような光景が飛び込んできた。何と、二本の剣に同時に光がともったのだ。

 

「なっ!?」「えっ!?」「嘘っ!」

 

 近くに固まっていた俺たち三人の声が見事にシンクロする。だが、それほどまでに信じがたい光景だった。このSAOにおいて、両手に剣を握ってソードスキルを発動できる組み合わせは、今のところ細剣と短剣の組み合わせで細剣のソードスキルが発動できることしか確認されていない(そちらは短剣をわざわざ持つより、盾で防御したほうが効率がいいという理由からほとんど使われていない)。片手剣を両手に持った状態でソードスキルを発動するなど見たことも聞いたこともなかった。右の剣で右半分を薙ぎ払い、左の剣でもう半分を薙ぎ払う。ほとんど体の向きを変えないで行われた全範囲攻撃に、一同は目を向いた。反射的に俺はメニューを開き、一瞬で今行われたソードスキルの名前を探す。幸いなことに、それはすぐに見つかった。

 

「・・・二刀流全範囲ソードスキル、エンド・リボルバー・・・」

 

「全範囲!?ってことは、あれで全部の範囲を!?」

 

 俺の言葉にレインが驚きの声を上げる。それはもはや悲鳴だった。

 

「そういうことだろうな。それに、あくまでスピードは片手剣程度。・・・厄介なものを実装してくれたなコンチクショウ」

 

 最後の一言は怨嗟とも取れるものだった。タンクたちもあまりに突然の範囲攻撃に戸惑い、一様にうめいている。

 

「くっそ、厄介なもんを・・・」「片手剣なのになんでこんなに重いんだよ」「てか片手二本に範囲技とかもはや半分チートじゃねえか」

 

 そこかしこから恨み節が聞こえて来る。続く形で、今度は残りの槍二本に光がともる。

 

「まずいっ・・・!」

 

 アスナが思わず呻く。今の状況でさらに槍による追い打ちを食らったらひとたまりもない。

 迷っている暇などなかった。というのは事実ではあるが、その後の行動は反射だった。ポーチに残っているポーションを一本適当に取り出し、一気に飲み干す。そのまま一気に突っ込んでいった。基本的にステータス強化ポーションは使わない人種だから、入っているポーションはおのずと回復ポーションのみだ。そして、ポーションの回復効果は一瞬で一定量回復するものではなく、一定時間をかけてじわじわと回復していくもの。

 隣で制止する声などどこ吹く風、一気に蹴りだしつつ飛び出した。同時にクイックチェンジを使って本命の曲刀に切り替える。この世界に来てから習得した縮地を使用し、懐に潜り込んだところで、一気に斬り上げる。曲刀系ソードスキル“顎狩り”だ。縮地を使う必要はないのだが、使うのはただ単に俺の趣味だ。微かにボスの攻撃が入って左腕を深く斬られる。だが、構っている暇はない。

 

「だらっしゃあぁぁいぃ!」

 

 訳の分からない掛け声を上げつつ、剣技連携で空中ソードスキル“飛燕連脚”を発動させる。この際、リスキーだからなんて言っていられない。剣が二本になったことによる手数の多さと片手剣のスピード、そして二本の槍だけでも十分に厄介なのに、これ以上ソードスキルを発動させられたら面倒などというレベルではない。

 

(まだだっ・・・!)

 

 気概と共にさらに虎牙破斬を出そうとするが、流石にそうは問屋が卸さない。さすがに十分の一以下の確率を引くというのはかなり難しかったようだ。だが、時間稼ぎには十二分だった。

 

「やああぁぁっっ!!」

 

 まずはアスナのパラレルスティングが突き刺さる。続く形で、

 

「いやあぁぁぁああっっ!」

 

 レインがさらにソードスキルを繰り出す。五連続の突きから斬り降ろしと斬り上げ、最後に全力の上段という組み合わせは、現時点での片手剣の最大ともいえる大技、ハウリングオクターブ。ソードスキルのオンパレードにボスが長い硬直に入る。もう一発ソードスキルを発動させる寸前、ディアベルにアイコンタクトをとった。一瞬だが、その意味を正確に理解したディアベルはすぐに声をかけた。

 

「A隊、行けるかい!?」

 

「もう大丈夫や!あんさんに命預けたで!」

 

「ありがとう!A隊、スイッチ準備!」

 

「「「了解!」」」

 

 瞬間に、俺は剛直拳からの爪竜連牙蹴でボスに長い行動遅延を与える。直後にタンク隊から息の合ったウェポンバッシュがかまされた。

 

「「スイッチ!」」

 

「了解!」

 

 技後硬直(ポストモーション)に入った俺を尻目に、A隊の面々が突入していく。当の俺も硬直が抜けるや否やすぐに後ろに下がった。落ち着いてボスのHPバーを見てみると、まだ5本目突入には程遠い。

 

(あれだけ叩き込んで、それでもこれだけか・・・)

 

 これは相当きつい。おそらく、最後のHPバーに入った時―――相手のHPバーが赤く染まった時に、もう一回パターンが切り替わる。その時、俺たちはどこまでやれるのか。それが肝だ。そして、その時まで最後のラッシュ分のスタミナを残しておく必要がある。落ち着いた頭で冷静に考えながら、俺はボスの一挙手一投足を見逃すまいと睨んでいた。




 えー、皆さんどのような年の瀬をお過ごしでしょうか。主は去年とは打って変わって、例年通りに近い年の瀬になりそうです。去年の正月は死んでましたが。いくらなんでも社員二人とバイト二人で飲食店の営業を回すのは土台無理です。 

 タイトル変更記念ということで、一話投稿です。意味合いが少し変化したようにも思えますが・・・気にしない。

 二刀流&二槍流という、なんじゃそりゃな展開。こういうことがしたいがためにボスの腕を二対にしていました。もっとも、双頭の巨人という時点で、なら腕も四本にしちゃえばいいじゃないかという発想に至ったのは事実ですが。

 それではネタ解説を。

カブトワリ
 オリジナルというか実在する(?)技。まっすぐ上からの振り下ろし。別に跳躍する必要はないのだが、今回は威力をブーストさせるために跳躍をした。

バックキック
 敵を蹴飛ばしながら後ろに下がる技。そう言えばSAOのソードスキルで後退する系の技ってなかなかないよなー、という発想から生まれたオリジナル技。

飛燕瞬連斬
テイルズシリーズ、使用者:ルーク・フォン・ファブレ、アッシュ(TOA)、ガイアス(TOX、TOX2)、エミル・キャニスタエ(TOS-R)
 通り抜けつつ横薙ぎ→反転しながら飛びあがりつつ斬り上げ→空中三連撃という大技。見た目がかっこいい。この時点では大技の一つであり、カウンターにも使えるロマン技。しかし最初の二つを外すと残りが発動せずに硬直というなかなか危険な技。


 さすがに二刀流スキルや二槍流スキルは盛りすぎたかなぁと思ってはおります。後悔はしてない。

 次の投稿は年明けになると思います。年内にボス戦終了まで一気に投稿するという手もありますが、望み薄です。せめてボス戦後に二話分書き溜めればあるいは、ですね。

 それではみなさん、また次回。よいお年を。  


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15.喪失―第二十五層フロアボス攻略戦、3―

 明けましておめでとうございます。
 本年も本作を宜しくお願いいたします。


 いよいよその瞬間がやってきた。HPバーも、残り一本と少し。ここまでに掛けた時間など図りたくもない。全員、もうそろそろ限界が近づいてきているはずだ。現に俺も、予備の曲刀を一本、この戦いだけで無くしている。メンテはきっちりとしていた。でもこうなるということは、それだけ相手が固いということだ。

 

「ようやく、か」

 

 HPバーが一本消える。その瞬間に、異変は起こった。

 

「うおおおぉぉぉぉおお!!!」「突っ込めーー!!」「倒せーーー!」

 

 突然、ALSの多くのプレイヤーがボスに突っ込んでいったのだ。

 

「ま、待てやお前ら!戻ってこい!」「危険だ!!下がれ!!」

 

 キバオウとディアベルの必死の号令もむなしく、レイドの実に半分近くが一気にボスに突っ込んでいった。隣でアスナがカバーに走ろうとするが、それを俺は制した。

 

「ここで俺たちが突っ込んでいったら、最悪二次災害が起こる」

 

「だったらどうしろっていうの!?このままここで、指咥えて見てろとでも言うの!?」

 

「そっちのほうが合理的だ。今は、より多くを生かす可能性より、少なくとも確実に生かしたほうが合理的だ」

 

「だからって!」

 

 なおも反駁しようとするアスナの目を、俺は真正面から射抜いた。その眼つきに、アスナが押し黙る。

 すぐにボスのほうに目線を移すと、ボスは頭を互いに反らし、その体を横に膨らませていた。考えられる可能性を即座に頭に思い浮かべる。四本ある足、片方の頭に対して、片方しか反応しなかったこと。そして、この行動。

 

「・・・まさか!」

 

 思いついた瞬間に、俺は敵の頭に向けて並列投擲。すべて吸い込まれるように片方の頭に当たるが、それで行動が止まるわけではない。そして、ボスは俺の恐れていた行動を実際にやってのけた。

 

 ボスの体が二つに裂ける。そして、片や片手剣二本が、もう片方は槍二本が、それぞれ両手に握られていた。

 連続でかわるがわるソードスキルを発動させていたALSの連中は、的がいきなり増えたことに驚き、一瞬動きを止めてしまった。その一瞬は、どう考えても致命傷だった。

 まず、前面に技後硬直(ポストモーション)で突っ立っていたアタッカーを蹴り上げる。まるで何かのボールのように高く蹴り上げられたプレイヤーは、ボス部屋の壁に叩き付けられ、そのままポリゴン片となった。

 

「防御ができなかったとはいえ・・・」

「・・・一撃死、だと・・・」

 

 いかに無抵抗なダメージディーラーが、壁に叩き付けられたことによるダメージ込みだといっても、現時点でトップクラスの集団に属する人間が一撃死。その事実は、十二分にレイドを揺るがした。そして、硬直をしていなかったALSのメンバーから、その恐怖は一気に伝染していった。

 

「う、うわああぁあぁあ!」「く、くるなああぁぁぁ!」「こっちくんなあぁぁ!」

 

 それはまさしく阿鼻叫喚。しかも、ボスが二体いるからそう簡単にも逃げられない。そんな中で、あるプレイヤーが不文律で禁じ手となっていた手を使った。使ってしまった。

 

「て、転移いぃ!始まりの街いぃ!」

 

 ところどころ裏返った声ははっきりと俺の耳に届いた。そして、おそらく前線で逃げ惑うALSの人間にも。

 

「て、てめえ!ずりいぞ!」「やってられるかぁ!転移、ロービア!」「転移、タフト!」

 

「ふざけんなやお前ら!てめえの後始末くらいしてけや!」「逃げちゃだめだ!ここに留まってくれ!」

 

 二人の制止もむなしく、次々にあちらこちらから「転移!」の声がしてきた。現時点で安くない転移結晶を使って、だ。そちらを止めるのも重要だが、今必要なことはもう一つある。

 

「クソが・・・!」

 

 予備の曲刀を持って一気に飛び出す。ボスに近いところまで来てから、俺は一気に息を吸いこんで、声を張り上げた。

 

「かかってこいやああ!!」

 

 今できる、俺の全力シャウト。バトルシャウトなどは取っていないが、この局面での俺の大声は十二分に代用になった。ボスのタゲが俺に向いたことを確認してから、俺はちらりとディアベルのほうを見た。一瞬ではあるが、確かに目が合う。瞬間に、俺はボスに対して正対した。

 圧倒的不利など百も承知。それでも、俺はこの役を買って出た。誰かが渡る必要のある橋ならば、俺が渡る。この世界に来てからできた、俺の信念だ。なすり付け合ってはどうしようもならない。

 

 一瞬で極限まで高めた集中力で剣を次々に見切っていく。何とか攻撃の合間に一太刀入れられるかと思っていた俺の予想は相当以上に甘かった。一撃の重みをある程度捨て、手数で勝負することによって得られる息つく間無い連撃は、少しずつでも確かに俺のHPを削っていった。完全に躱すことは不可能だというのはこの行動を起こした時から覚悟していた。だが、一発当たりで減っていくHP量が想像以上に多い。これでは最悪、時間稼ぎにもならない。そう思った直後だった。

 ガキイィィンという金属の音を立てて、横合いから迫ってきた槍が逸らされる。続いて飛んできた剣は俺がいなし、お互いにボスに一太刀入れる。手をしっかりと握り、接近してきた誰かと肩を合わせる。

 

「考えてみると、こうして君と戦うのは初めてだね」

 

「そういやそうだな」

 

 気を回す余裕などなかったが、どうやら援軍はディアベルだったらしい。ディアベルは普段レイドリーダーとして指揮役に回ることが多い。なので、こうして肩を並べて二人で戦うというのは、思い起こしてみると初めてのことだった。

 

「まさかこんな状況だとは思ってもみなかったけど」

 

「俺だってそうだっての。もう少し穏便に行きたかったってのが本音だがな」

 

 だが、事ここに至ってはもはや是非もない。目の前の敵に全力で立ち向かうまでだ。その覚悟を新たに、俺たちは再び踏み込んだ。

 

 戦いだしてすぐに分かった。やはり、このような手練れがいるというのは、とても頼もしい。特に、レインの場合は、攻撃重視で盾を持たない。それは俺にも言えることだ。だが、ディアベルは盾で防いできっちりとカウンターを返す堅実なスタイル。その戦術の違いが、俺にさらなる安心感を与えていた。だがそれでも、相手の手数の多さが、その安心感などほとんどないかのように感じさせていた。それほどまでに、ボスの二刀流、そして二槍流―――便宜上こう呼ぶが―――は脅威だった。

 

「くっ・・・!」

 

 時折、ディアベルからもうめくような声が漏れる。手数重視といってもそれだけ攻撃が重いということだ。こちらが受け持っているのは剣のほうだ。槍のほうが受け流すのが容易であることが多い。フロントヘビーであるからこそ、真っ向勝負ではなく、横の力に弱い。盾があるなら、真正面から受け止める結果になっても受け流すことができる。剣に比べて突きが多くリーチのある槍に剣はいささか相性が悪い。今のように懐に飛び込むことを許さない状況ならなおさらだ。そして、ディアベルなら受け止めて流すということはできるプレイヤーだ。それを絶え間なく続けるディアベルがいるからこそ、俺も奮い立ち剣を一発も逃さずに受け流すことができるのだ。

 

(不思議だ・・・)

 

 今まで、こんな風に背中を完全に預けることなどなかった。レインはどちらかというと俺が守るという意識があった。レベルは俺のほうが上だというのもあるが、何よりあいつは普通だ。いくら度胸があるといっても、度を過ぎた恐怖の前には竦んでしまう。が、俺はそういう状況で冷静になり、奮い立つ。だから、あいつがストッパーであり、俺の理性となりえた。だからこそ、守る必要があった。

 だが、今は違う。度を過ぎた危機だからといって竦んでいる暇などない。敵は待ってなどくれない。他の誰もが、おそらく今背中を預けているディアベルがその義務感や勇気で律している恐怖を強く感じる状況下でも、俺は冷静でいられる。それこそが重要なのだ。人は俺を異常という。そんな環境下で、どうしてそこまで冷静でいられるのか、と。だが、俺にとってはこれが普通なのだ。

 完全に背中を預けて、自分の全うすべきことをなす。それが、ここまで心地の良いことだとは思わなかった。その得も言われぬ快感が、俺を今駆け巡っている。それが原動力の一部となっていることは間違いない。二本の剣のうち、一本を手首への強打で叩き落す。続いて襲ってきたもう一本の叩き付けをパリングし、ボスが下がりながら得物を拾ったことを確認して、俺は横目で復活しつつあるボス攻略レイドの様子を見た。さすがはキバオウ、伊達に一つのギルドをまとめているわけではない。

 

 その直後だった。

 

「くっ・・・!?」

 

 突然後ろから聞こえた呻きが変化した。思わず後ろを振り返ると、そこには膝から崩れるディアベルの姿。

 

「ディアベル!?」

 

 同様の声が俺の口から洩れた。ボスの攻撃を受けていた時間は長くはないが、決して短くはない。攻撃パターンも、ある程度出し尽くされたはずだ。小細工なしの正面突破型、それがこいつらのはずだ。ならば、なぜ今更になって、こんなことが。

 その疑問は、すぐに解決した。浅くだが確実に刺さっていた、()()()()()()()()()()を見たことによって。

 

(麻痺ナイフ!?いったいどこから!?)

 

 その思考はボスの攻撃によって強制的に中断させられた。槍の軌道を逸らし、剣を受け流す。その中で、俺の耳が一つの怒号を捉えた。

 

「おいテメ、ジョー!いったいなんのつもりやワレェ!ここで答えェ!」

 

 それはまさに怒号だった。攻略方針で袂を分かったとはいえ、キバオウはずっと頭であったディアベルに彼は心酔している節があった。その彼が、俺と孤軍奮闘している中で、寄りにもよって自分の仲間によって一気に窮地に立たされた。それに対する怒号だった。

 俺の意識が一瞬でも逸れたその瞬間に、ディアベルはボスの足に蹴られ、一気にボスとの距離を離された。壁に叩き付けられなかった分だけ一撃死は免れたようだが、長期離脱になることは間違いない。

 

「・・・ちっ、くそっ」

 

 舌打ち一つと共にスイッチを切り替える。会話の内容を聞きたいところだが、今はそっちに集中力を割けるほど余裕がない。吹き飛ばされたディアベルへと視点を移すボスに向かい、俺はもう一発吠えた。

 

「よそ見してんじゃねえぞこのクソボケぇ!!」

 

 その大声に、もう一度ボスのタゲがこちらへ向く。俺に向かってくる刃を冷静に俺は見切りにかかっていた。

 

 

 

「おいテメ、ジョー!いったいなんのつもりやワレェ!ここで答えェ!」

 

 キバオウは理解ができなかった。何故ずっとここまで攻略集団の一員として戦ってきた、自分のギルドのメンバーがこんな凶行に及んだのか。理由が知りたいとかそれ以前に、目の前の人物が突然得体の知れない誰か、いや何者かになったかのような空恐ろしさを感じていた。

 

「なんで、って、決まってるじゃないっスか。楽しいから、ですよ」

 

「なんやとぉ!」

 

 キバオウが激昂する。対するジョーはへらへらと笑っていた。

 

「だって楽しいじゃないスか。見ました?ディアベルの、麻痺った時の、あの焦りと恐怖と不信が思いっきり前に出た顔!傑作だった!」

 

 その笑みを狂気に染める。そのまま発せられた高笑いは、哄笑と呼ぶにふさわしいものだった。その様に、あたりは静けさに呑まれた。そんな中、誰かが呟いた。

 

「狂ってやがる・・・」

 

 その呟きは、攻略組の総意といってもいいものだった。

 

「狂ってる?違うっしょ。こんな環境だからこそやれることを楽しんでるだけ。それだけだって」

 

「それがこの場にいる全員を危険に巻き込む、っちゅうことを承知の上で、それでもなおそういうことを()うとるんやな、ジョー」

 

 狂ったように嗤うジョーとは対照的に、先ほどまで激昂していたキバオウがひどく静かに言った。その静けさに、ALSのメンバーは一様に押し黙り、中には軽く震えるものもいた。というのも、

 

(((リーダー、めっっちゃ怒ってる・・・!)))

 

 この男、普段こそ熱血漢なのだが、怒ると一気に冷静になるのだ。

 

「ジョー、いや、ジョニーブラック。ここから今すぐ出ていけ。そして、二度とワイらに関わるな」

 

 それだけ絞り出すように言われると、ジョー、いや、ジョニーブラックはあきらめたように両手を広げた。

 

「へーへー、分かりました、よっと!」

 

 だが、置き土産としてナイフを投げていった。そのナイフは、見事にディアベルに突き刺さった。瞬間、キバオウたちが飛びかかる。が、直前でジョニーブラックは転移結晶を持ち出した。

 

「転移、―――」

 

 どこへ転移したのか、そこまでを知るすべはなかった。その声は無声音で、彼は口元を覆う装備を使っていたからだ。転移結晶を持ち出した瞬間にキバオウが飛びかかったが、それは間に合わなかった。

 

 いつの間に傍に来たのか、ディアベルの傍らにはロータスがいた。そして、ディアベルが何か呟いたその時に、蒼い髪の騎士はその体をポリゴン片と化した。

 歴代のフロアボス、レイドリーダー。その人がボス攻略中にPKされた、という事実に、周囲は茫然とした。その中で、彼が、ロータスだけが、その身すらも一振りの刃と化したかのような、冷たい顔でボスへと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 ボスの攻撃を、俺は正直自分でも驚くほど冷静に見切ることができていた。それはいったいどういうわけか、俺自身にも理解はできなかった。とにかく一つ確実なのは、このボスの攻撃パターンがある程度読めてきたという事実だ。だが。

 

「ぐうっ・・・!」

 

 思わず呻いてしまう。槍を防いだことによる一瞬の俺の硬直を、もう一頭が逃がさなかったのだ。そのまま、剣を振り上げる。何とか直前でガードに成功するも、下からの振り上げに俺の体は横に大きく吹っ飛ばされた。直後、隣から、何かが刺さったような音がした。何とかそちらを見ると、そこには二本目のナイフを突き立てられたディアベルがいた。

 

「ディアベル・・・!」

 

 即座に結晶を取り出す。時間回復のポーションではなく、瞬間回復の結晶を今使えばまだ間に合うかもしれない。が、その行為をディアベルは押しとどめた。

 

「ディアベル・・・?」

 

 彼も、もうわかっているのだ。自分がどういう状態なのか。

 

「頼む。ボスを・・・倒してくれ。願わくは、これからも」

 

 麻痺でしゃべりにくいだろうに、ディアベルはその言葉を押し出した。

 

「ああ。任せておけ」

 

 ならせめて、笑え。最後の最後で、安らかにこいつが逝けるように。その思いと共に、精一杯力強く笑う。その俺の顔を見てか、ディアベルは俺の手を取って、一つにこりと微笑むと、―――その体を、ポリゴンのかけらとした。その場に落ちた遺品を素早く回収すると、俺は体制の整っていないタンク隊に向かい攻撃を繰り出そうとするボスに向かい突撃した。

 

「何度も言わせんなぁ!!俺を倒してからそっちに行けぇ!!」

 

 もう何度目かもわからない、全力のシャウト。再び俺に向いたタゲを、もう耐久値が危ないであろう今の予備曲刀を放り投げることで確固たるものとする。想定していた通り、投げた曲刀は砕け、もう一本の予備を取り出しながら、俺は再び突撃していった。

 




 はい、というわけで。
 まずはネタ解説。前話で解説し忘れがありました。申し訳ない。

顎刈り
ゴッドイーター、ヴァリアントサイズ系BA
 大きく踏み込んでからの切り上げ。元はヴァリアント"サイズ"、つまり鎌なのだが、ここでは曲刀ソードスキル扱い。使い込むことによる強化は威力の上昇くらいで特になし。

飛燕連脚
テイルズシリーズ、使用者:ジュード・マティス(TOX)他
 蹴り上げからの空中で繰り出す足の連撃。ここで想定しているのはジュード君のそれ。数少ない空中で得物を持った状態で出すことのできる体術技。


 ディアベルさん、ここで離脱です。
 正直に言って、ここから先のロータス君の行動原理が思い付かなかったということで、ならちょうどいいキャラが残っているじゃないということになりました。

 あと、勘のいい人はどこが歪んでいるのかというのが分かったかもしれませんね。その辺は軍の暴走も含め、後できっちりと説明するつもりなのでご安心を。

 ボス戦もいよいよ佳境、迫り来る得物は合計4つ、1つでもクリーンヒット貰おうものなら即アウト、というハードモード。自分でも書いてて主人公無双になったかな、と反省しております。さて、この後どうなるのか。


 それではまた次回。


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16.終幕―第二十五層フロアボス攻略戦、4―

 俺が再びボスに突撃していった頃、その他のボス攻略隊は大混乱に陥っていた。全体のパーティーリーダーがPKされた、とあれば無理もない話ではある。みんなが茫然とした混乱の中にいる状況で、ただ一人立ち上がった人間がいた。

 

「お前らぁ!萎えとる場合かあぁ!」

 

 それは、2隊の、ALS主体のレイドリーダーであったキバオウだ。

 

「ディアベルはんのPKも含めた、ALSメンバーの暴走に関しては、後で()()がいかようにも責任をとる!これはここではっきりと()うておく!せやけどな!今わいらがすべきはなんや!」

 

 そう言って、今もボスの攻撃を見切り、たまに攻撃したり叫んだりしてボスのタゲを一手に引き受ける俺を指差した。

 

「あのアホウを援護して、ボスを倒すことや!それがディアベルはんの望みでもあるはずや!違うか!

 なら、ここで今俺らが萎えとるっちゅーのは、それに対する反逆とちゃうんか!」

 

 そう言って、自身の剣を真上につき上げた。

 

「僭越ながら、こっからの指揮は()()がとらせてもらう!議論している暇などあらせん!この意に従うのなら、わいに続け!!」

 

 その声に、ばらばらになりかけていた集団はまとめ上げられた。大きな鬨の声にキバオウが安心したような笑みを浮かべる。

 

「よし!ほんならまずA隊は前進!あのアホウと代わってき!」

 

「「「了解!!」」」

 

「B隊、C隊、カバーできるよう用意しときや!」

 

「「「了解!!」」」

 

「隊を二つに分けて、それぞれが剣のほうと槍のほうの防御に徹せい!受け損ねて味方に貰わせるっちゅー間抜けをすなよ!」

 

「「「イエス、ボス!!」」」

 

 こうして、おそらく誰もが思わない速度で、ボス攻略レイドは一瞬で立て直された。

 

 

 その頃、俺もかなり限界に近付いてきていた。何せ、一発直撃を食らったら即行危険、二発食らったらおそらく死亡、しかもそれを二頭分続ける必要があるという、難易度エクストリームもいいところの無茶苦茶をやっているのだ。俺が好きでやっているからまだ救われているが、そうでなければまず間違いなく罰ゲームだ。その思考すらも歯切れになり、すぐに散らばる。この頭が真っ白になっていく感覚が俺は好きだ。そんな人間はこの世界にもなかなかいないだろう。特に、平和を保ってきたこの国に、その手の人物は危険とみなされ、すぐに排斥される。そう、丁度俺のように。

 最小限の動きで攻撃を避け続けていた時だった。突然ボスが二頭ほぼ同時によろけた。それは明らかに行動遅延(ディレイ)のそれ。誰がやったのかは知らないが、数少ない好機を逃すことはしない。もうすでに完全に動きを見切れる段になっていた剣のほうに飛びあがりつつバックキックを叩き込む。仕切りなおそうとしたときに、後ろからALSのタンク隊が突っ込んできた。統制のとれた動きを見て、俺はボス攻略レイドが立て直したことを察した。何度か後ろに飛び安全圏まで離脱すると、今度はハイポーションを飲み干した。ハイポーションは今のところ高額なアイテムだが、仕方ない。ちらりとHPバーを見ると、そこに残ったHPバーはすでに三角形になっていた。間違いなく、後一発貰っていたらここにはいないだろう。クリーンヒットをもらわなかったといってもこの減りというのは、相手の攻撃力の証左だ。

 空になったポーションの瓶を投げ捨てると、肩を叩かれた。そこにはキバオウがいた。

 

「お疲れさん。めっちゃ助かった。おおきに」

 

「おう。・・・次のパーティーリーダーは、あんたが?」

 

「せや。言いたいことは後にしてくれんか」

 

「ここであれこれ言うほど、俺もあほじゃねえよ」

 

「感謝。ほんまに」

 

「礼も謝罪もあとだ。今は、ここにいる相手をぶっ倒す。それだけだ」

 

「せやな。とにかく、あんさんはゆっくり回復しとき」

 

 そう言うと、俺は目線を前に向けた。キバオウのビルトもダメージディーラータイプだったはずだ。ということは、キバオウは危険を承知の上で、前線指揮の役割を担っていることになる。この様子では、立て直したのも彼だろう。どうやら、俺は彼のことを正しく評価できていなかったらしい、とキバオウの評価を改めた。

 

「お手柄だったね、ロータス君」

 

 次のポーション―――こちらは普通のそれだ―――を飲んでいると、今度はヒースクリフ以下B隊の面々がこちらに来ていた。

 

「いや、なんつーか・・・。体が勝手に動いてた、ってやつだ。

 ごめんな、レイン。やっぱりこの性は直せないみたいだ」

 

 最後の一言は、しばしば相棒として共に戦ってきた少女に向けての言葉。おそらく彼女は激怒しているだろう。この言葉をかけたところで焼け石に水だろうが、やらないよりはまし、と、そう考えていた。が、返ってきたのは長い溜息だった。

 

「いいよ、もう。なんていうか、慣れてきたし。ただし、」

 

―――死なないこと。これが条件。―――

 

 レインの一言は厳しく、それでいて正しかった。当たり前だ、死んでしまったら何にもならない。

 

「―――おう」

 

 俺も、それに微笑んで返した。が、それで終わり、というわけではなかった。HPバーは同一パーティにならば参照可能なのだ。レインからこの言葉が出てきたのは、信じていたからこそである。だが、

 

「本当にそうよ。あなたの回復する前のHP量、100切ってたのよ?まったく、そこまでギリギリの戦いを続けてたら、いずれ死んじゃうわよ」

 

 パーティーリーダーでもあるアスナもHPバーは見ることができるわけで、しかもアスナにはそこまで信頼されていないと来た。それならば、叱られるのは当然だ。

 

「死にゃしねえよ。俺にはまだ、やるべきこともやりたいことも残ってるからな」

 

「それなら、もっと安全な戦い方をしなさい。見ていられないわよ、まったく」

 

 柔らかく微笑むレインも、そっぽを向くアスナも、どちらも本気で心配してくれたのだろう。

 

「・・・サンキュな、ふたりとも」

 

 ぼそりとつぶやく。二人が怪訝な表情をするが、それを「何でもない」とやり過ごす。今はこのボスを攻略することだけを考えればいい。それ以外は何も考える必要はない。軍のことも、ジョニーブラックのことも、そして今回も背後にいるであろうPoHというプレイヤーのことも。

 

 そして、今回死亡した、ディアベルのことも。

 

 何もかも捨て去って、今は目の前の強敵に集中しろ。それが今やるべきすべてのことだ。自分を一振りの刃と化し、目の前の敵を斬ることだけを考えろ。そう自分に言い聞かせる。幸いなことに、こんな状況でも頭に血が上ることはない。頭はいたって冷えている。

 

 

 そのままどれだけ時間がたっただろうか。冷静に見つめていると、前線でタンクのバランスが崩れた。片方の剣を受け止めている間に、別方向から来たもう一方の剣を受け止めて、二人がもつれ合う形で崩れたのだ。一点が崩れたことで、後も連鎖的に崩れていく。

 

 考えている暇などなかった。幸いなことに、剣の動きはもうすでに頭に入っている。ましてや、今の状況ならば、攻撃に入るのは容易い。

 

「ぜやああぁぁっ!」

 

 気合と共に、途中からここまで封印して、携帯砥石で切れ味と耐久値を復活させた鬼斬破を使い、刀系空中ソードスキル“韋駄天”を繰り出す。空中で縦に回転しつつ加速しながら前進し斬るというこのソードスキルは、終端部になればなるほど攻撃力が上がるが、空中でしか発動できないというトリッキーなスキルだ。だが、韋駄天の名前を冠するだけあって、移動能力は高い。なので、移動用ソードスキルとして割り切って使っているプレイヤーもいるほどだ。縦の傷を付けられたことにより、ボスが技後硬直(ポストモーション)の俺に攻撃しようとする。だが、それは強烈なウェポンバッシュによって防がれた。

 

「ラストおぉ!あんさんに任したあぁ!」

 

 大きなだみ声が俺にはっきりと届いた。一つ頷くと、俺は集中した。確かに、相手のHPゲージはもはやラスト1ドット。だが、相手はフロアボスだ。一撃で削りきれる保証はない。ならば、取れるソードスキルはただ一つ。確実に屠れる威力、今持てる最大威力をクリーンヒットさせることのみだった。

 呼吸を整え刀を頭の前に水平に掲げ、左手で峰を支えるように持つ。襲い来るはこれで終わらせると言わんばかりのボスの上段斬り。それを俺は刀で受け止めた。瞬間、ボスがその動きを止め、ポリゴンとなって消えた。あとに残ったのは、地面に叩き付けるように刀を振り切った体勢の俺だけ。

 

「刀系反撃ソードスキル、“鏡花”」

 

 このソードスキルの特徴は、反撃というその名の通り、構えの状態で攻撃を受けると発動するという点にある。が、この受けるというのは、文字通り刀身に受けなくてはならない。しかも、構えの位置から大きく刀の位置がずれていると発動しない。つまり、受けられる攻撃が極端に限られるのだ。だが、俺はこのボスに対し、暫くの間攻撃を見切り続けていたのだ。そのくらいは余裕というものだ。そして、このソードスキル最大の特徴、それは“相手の攻撃の攻撃力の一部を基礎威力に上乗せする”という特徴にある。つまり、今回のように異常なほどの攻撃力を持つボスの攻撃に対してこれを繰り出そうものなら、一撃の威力は途方もないものとなりえるのだ。先ほどのように、ごく少人数でこのボスを相手取る必要がある状況下では、技後硬直の間に切り刻まれるのは明白だったから使えなかったが、片方を大集団で食い止めている今なら可能だ。硬直が解けるや否や、後ろを振り返る。そこには、A隊が必死の防御を繰り広げていた。と、ボスが突然こちらと距離をとった。すると、手に持っていた槍のうち一本をこちらに投げてきた。

 

「うわっ!」「ありかそれ!」「ぐうっ!」「くそっ!」

 

 さすがにこの蛮行にはボスレイド全体が狼狽えた。よもや、自分が今まで戦いを共にしてきた相棒とも呼べる武器を、そのまま投げるとは考えづらい。俺が先ほどやったのは、耐久値の危ない予備の武器だったからこそできたことであって、あんな明らかメインアームの武器を投げるなどというのは、まず考え付かない。そして、その一瞬の隙をついて、ボスは地面に突き刺さっていた長槍を抜いた。しかも、その短槍はやはり相応の威力があったようで、受け止めた人間もまとめて吹き飛ばされた。

 長短二本の槍による、二刀流ならぬ二槍流。お前はどこのフィオナ騎士団一番槍かと内心でツッコミを入れながら、俺は再び状況を見守った。タンク隊は応急でD、F

隊のメンバーが入ったことで持ちこたえていた。

 先ほどのカウンターでわずかにHPを減らされていたので、改めてポーションで回復しようとした―――時に、ポーチにポーションが入っていないことに気付いた。どうやら、先ほど回復に使った分が最後だったらしい。急いでメニューを開いてストレージからポーションを取り出そうとしたところで、そこにポーションが一つも入っていないことに気付いた。回復結晶ならいくつか持ってきているが、結晶系アイテムは高額だから、あまり消費したくない。つまりこれは、

 

(後がなくなった、か)

 

 まさに背水の陣というやつだ。下がれば今までの努力は水泡と化し、攻めすぎればその命はない。攻めなくても、その命は怪しい。追い込まれたならば、鼠の意地というやつを見せてやるだけだ。

 

「C隊、スイッチ準備!全員、一斉攻撃準備!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 一斉攻撃。つまりキバオウは、これで終わらせる腹積もりか。ならば、こちらも相応の対応というやつをする必要がありそうだ。

 

「さーて、と」

 

 抜き放ち、構えて呼吸を整える。一種の精神統一だ。これにより威力を上乗せするとか、そう言ったことはないが、自身の集中力を一時的に引き上げることによるラッシュ力は何物にも代えがたい。

 

「スイッチ!」

 

 前方から声が聞こえる。瞬間に、全体が突っ込んでいく。色とりどりの光が舞い踊るようにボスを切り刻む。一歩遅れる形で、俺は韋駄天を繰り出した。着地してそのまま剣技連携(スキルコネクト)で体術系ソードスキル“列破掌”につなげる。前に出した手に熱が集まり、炸裂する。その直後、刀系四連撃ソードスキル“爪竜連牙斬”につなげる。それを出しながら、俺の頭に不安がよぎった。

 

(ここから先は、成功率が著しく落ちる。・・・どうする?ここで止めるか、一気に押し切るか・・・?)

 

 一回当たりの成功率が三割と仮定すると、四回目は0.81%、五回目の成功率は0.243%だ。お世辞にも高いとは言えない数値。普通で考えれば、その危険を冒すべきではない。だが、瞬間に俺の脳裏によぎる一つの表情。

 

『頼む』

 

 ディアベルは、俺に託した。ならば、俺が今するべきことは一つだ。

 

「・・・まだまだああぁぁっ!!」

 

 不安をかき消すように叫ぶ。左手に光がともる。あえて行動遅延重視の剛直拳ではなく、威力重視の咢を繰り出す。そして、低い位置に持っていった刀を大きく円を描くようにして振りかぶった。その構えから繰り出される技を分かってか、ボスが最後の一突き、いや二突きを繰り出しにかかるが、わずかにこちらのほうが早いことを俺は直感した。

 

「これで・・・」

 

 ボスの切っ先がこちらに来る。硬直が襲い来る一瞬手前に、強く踏み込み鬼斬破が光に包まれた。

 

「・・・終われえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

俺の全身全霊ブーストが乗った刀系単発ソードスキル“気刃斬”がボスに炸裂した。本来、気刃斬はさらに“気刃連斬”に、そしてそこからさらにシビアなタイミングで“気刃斬・三連”につながるのだが、そんなの関係なかった。間違いなく、外したりしようものなら確実にこの槍に俺は貫かれるだろう。そんな周囲の不安をよそに、鬼斬破の切っ先は吸い込まれるようにボスに直撃し、長槍はわずかに前進した俺の顔の左を通り背中側に抜け、短槍は俺の目の前で止まった。長槍と短槍の持ち手が逆だったならば、間違いなく死んでいた間合いだ。だが、その運にも恵まれたのか、お互いに硬直したまま、―――ボスはその体を膨大なポリゴンに変えた。壮大なポリゴンの炸裂する音が鳴り響き、ボス部屋が静まり返る。

 

「―――終わった、のか・・・?」

 

 誰かが小さく呟いた。呟いたという表現が適切なほどに静かで、低い声だったにもかかわらず、その声はボス部屋に反響した。そして、それに答えるように、先ほどまでボスが立っていたところに“Congratulation!”の表示が浮かび上がった。

 

「終わった、か・・・」

 

 俺も呟くと、どうと後ろに倒れ込んだ。カランと鬼斬破が俺の隣に転がる。鞘にしまうこともおっくうで、ブラインドタッチで鬼斬破をストレージに直接放り込む。大の字で見上げながら、俺は静かに拳を突き上げた。・・・仮想世界ではなく、現実世界の空の向こうにいるであろう、戦友に向かって。

 

(勝ったぜ、ディアベル。あんたのおかげで、な)

 

 いつも先頭に立って、フロアボスの攻略を共にしてきた。指揮官でありながら、全体の危機と知ったら迷いなく自ら突撃してかばう場面もあった。だからこそ、彼の下に集まる人間は絶えなかった。そんな彼はもういない。おそらくここにいる全員が、その空虚さを噛みしめていた。




 はい、どうも。
 大変長らくお待たせいたしました。

 活動報告にも書きましたが、パソコンを今修理に出しておりまして。親と資金面で交渉していたりなんやりでかなり遅れてしまいました。ちなみにまだパソコン治っておりません。今は学校のPCより投稿しております。One Drive万歳。家にあるPCで自分が使えるのが軒並みXPなもので、レポートも満足にかけないという。涙目。

 ま、とにかく、一回ボス戦だけでも完結させておこうと思いまして、こういう形での投稿となりました。

 次の投稿は未定です。

 それでは長い前置きとなりましたが、ネタ解説。

韋駄天
 GE2ロングソード系BA。空中でまっすぐ回転しながら移動するという技。わかりやすく言えば加速していきながら高さ落ちない裂空斬。ここでの性能は終端部の威力こそ高いもののあてづらい、もっぱら移動用ソードスキル。

鏡花
 モンハン太刀狩技。本家と構えが違うようだが、気にしない。実はもう一つ反撃系ソードスキルはあるのだが、基礎威力のみの比較でもこちらのほうが高い。

烈破掌
 テイルズシリーズ術技、使用者:ジュード・マティス(TOX,TOX2)、ユーリ。ローウェル(TOV)、ルーク・フォン・ファブレ、アッシュ(TOA)
 敵をつかんだ拳をそのまま炸裂させる技。それどういう原理なんだとかなんでこっちにダメージないんだという話はしない。

爪竜連牙斬
 テイルズシリーズ術技、使用者:スタン・エルロン(TOD)、フレン・シーフォ(TOV)、ガイアス(TOX、TOX2)他
 言わずと知れた四連撃。ここで想定しているのはガイアスのそれを少しだけ動く速度を落としたもの。

気刃斬、気刃連斬、気刃斬・三連
 モンハンシリーズより。太刀の気刃斬りの動きそのまま。ここではその直前に与えたダメージにより攻撃力が上昇していくという性能。今回、初段のみだったので本来はそこまで威力はないのだが、直前にソードスキル4連発という大盤振る舞いをしていたことにより、威力が上がっていた。


 とにかく、これにて第25層フロアボス戦、終了です。いろいろ波乱もありましたが、このストーリーは書いている途中に思いついて書きました。というより、SAOP4を読んで思いつきました。

 さて、この後はまた戦いの後を書いて、オリジナルストーリーに突入します。パソコンうんぬん以前にほとんどストーリーが書けないので更新速度は異常なレベルでガタ落ちになります。なにとぞご容赦ください。

 ではまた次回。


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17.幕引き―第二十五層フロアボス攻略戦後―

 

「ほんまに、おおきにな」

 

 回想にふけっていると、近くから声がした。ふと顔を向けると、そこには安堵、自罰、罪悪、混乱、おそらくその他諸々の感情がない交ぜになって、得も言われぬ表情のキバオウがいた。

 

「いや、いいよ。俺が好き勝手暴れただけだし。むしろ、フォロー助かった」

 

「そんくらい当然やっちゅーの。あんさんのおかげで、ここのボスを倒せたんや。もとはといえば、わいらの不始末が大本や。それで、攻略レイドが総崩れになってしもた。ほんまに、ほんまに、なんちゅーてええか・・・。ディアベルはんにも・・・」

 

 微かに声が湿ってくる。あちこちからねぎらいの声が聞こえるが、どれも活力があるとは言い難かった。俺もその例外ではない。だが、そんな状態でも思考する能力くらいは残っていた。

 

「そう、だな・・・」

 

 一度そこで声を区切る。ゆっくりと立ち上がると、俺は二つ手を叩いた。

 

「皆、ちょっと聞いてくれ!」

 

 こういう時に、声の響かせ方というのを心得ているというのは役に立つ。高校や中学時代に吹部だった俺にとってみれば、楽器を響かせる延長というだけだ。その声は、はっきりとボス部屋に響いた。

 

「今後のALSの件なんだが、ここでは何も言わずに、また機会を改めないか?」

 

「どうしてだ!今ここでそれを決めるべきだ!ALS側が逃げる可能性もある!」

 

 即座に噛みついた声はリンドか。確かに、彼の言うことにも一理ある。だが、俺には俺なりの考え方もある。

 

「俺がこういうことを言うのは、皆疲れていて、話し合いにならない可能性を危惧しているからだ。疲れていれば、理性も働かない。効くべきブレーキも効かなくなる。そうなれば、ヒートアップしていくばかりだろう」

 

「でもそれで!話し合いの場そのものが奪われたら!」

 

 確かにリンドの危惧はもっともだ。だが、俺にはもう一つの理由があった。

 

「リンド、あんた、PAのサブリーダーだろ?なら、PoHって名前に心当たりがあるはずだ」

 

「・・・誰だそれ。俺は知らないぞ」

 

「オレンジの黒ポンチョ男、っていえば分かるか?」

 

 俺の言葉に周囲がはっきりとざわついた。随分と前に当時の最前線近くで起こった強化詐欺に関して、その行った側に手口を教えた、と思われるのが、そのPoHなのだ。そして、俺はストレージから例の情報書を取り出す。

 

「ここに、俺がゲイザーに調査させた、PoHに関する情報がある。それ以外にも俺が私的に頼んだ情報もあるから、一概にはいどうぞって訳にはいかないが、ここにはっきりと書いてあるぜ。“取り巻きのプレイヤーにジョニーブラック、モルテというプレイヤーあり。また、最近彼らの一味に入った、刺剣(エストック)使いのザザはやたら腕が立つから注意”ってな」

 

 その言葉に、今度はPAがざわつく。PAがまだDKBと名乗っていたころ、そのモルテというプレイヤーはALS、DKB両ギルドに所属して、今日までの二大ギルドの対立要因を作り出した。ジョニーブラックについては言うまでもない。今回の騒動の火種だ。

 

「と、いうことは、だ。動機とかは一切わからないが、奴らはおそらくここで全員が潰し合うことを望んでる。もっとありていに言ってしまえば、殺し合いを望んでいる可能性があるわけだ」

 

 俺のあまりに飛躍した可能性を荒唐無稽だと笑う人間はいなかった。誰かが、このようなことをPK教唆の一種として、煽動PKと呼んだ。今回も、その手口である可能性は高い。それに、

 

「ブレイブスのときから、手口の本質は変わっちゃいない。だからこそ、一回クーリングが必要だ。違うか?」

 

 あの時もそうだった。もしあの時、ブレイブスの面々が揃って土下座による謝罪をしなければ、あの場で多数の合意の下、“処刑”という名目でPKが行われていただろう。

 

「・・・私は、その意見を支持しよう。私たちはブレイブスの一件、というやつを知らないが、彼の言っていることは至極まっとうだ。ここで疲れ果てた状態で何を言っても、感情論に終始するのが関の山だろう」

 

 少々劣勢かと思われていた状況下で、思いもよらぬ援護射撃が来た。声で分かってはいたが、ヒースクリフだ。だが、この状況を好転できるのなら―――

 

「だけど、そいつが何か企んでるとも限らないだろう!ここで裁決をとるべきだ!」

 

「あなたねえ―――」

 

「アスナ」

 

 ―――というのは、問屋が卸さないようだ。誰の声かはわからない。だが、その声にすぐさま反論しようとしたアスナを、俺が静かに声をかけて押しとどめた。このあたりは、理性的な彼女に感謝だ。

 

「確かに、俺が何か企んでいるかもしれないって疑うのは至極もっともだと思う。だけどさ、ここで俺が理性の判断を求めることに、何のメリットがある?むしろ、PKを止める側なんだぞ?」

 

「だからこそだ!暗躍する可能性もあるかもしれないだろう!」

 

 あー、その線があったか。すっかり失念していた。ならば、

 

「ならさ、キバオウさん。この件が一件落着するまで、俺があんたの傍にいる、ってのは?たくらみが成功しなかったことを知った奴らからの、直接の攻撃を防ぐ、って目的でな」

 

「なっ・・・!」

 

 気炎を上げていた張本人が、俺のその発言に絶句した。

 

「なんでだ?もし俺が何か企んでいるのなら、そういう状況で何も起きないほうがおかしい。違うか?」

 

 微かに微笑みすら浮かべる俺に、その男がさらに気炎を上げようとした矢先、

 

「落ち着きなさい、ご両人」

 

 これまた思わぬ援護射撃。

 

「ならば、第三者から護衛を受け持てばいいだろう。そして、それが必要ならば、その役目は我々ブラッドアライアンスが引き受ける。血の同盟の名に懸け、誠実を誓おう」

 

 その言葉に、俺は内心ヒヤヒヤしていた。そんなこと言っていいのかヒースクリフ。下手したらあんたまで疑われるぞ。と、内心ひやひやしているところに、別の声が上がった。

 

「ええわ。もう、ええ。ロータスが人柱まがいのことをするんも、BAの協力を仰ぐンもなしや。気持ちだけ、受け取っとくわ」

 

「キバオウさん!」

 

「ええんや。もともと、組織の腐敗と暴走を止められず、結果的にディアベルはんを死なせる原因を作ったのはわいや。その責から逃げるなんちゅう真似はせん。ここで、誓わせてもらうわ。もし破ったら、ギルドのストレージを公で可視化させて、すっからかんにする。これでどうや」

 

 ・・・キバオウ。あんた、すげえな。その覚悟、きっとみんなに伝わったぜ。

 もはや俺が声をかける必要はない。そこまで言われて反論する人間などいなかった。

 

「決まり、だな。なら、キバオウ、時が来たらあんたに通達する。それでいいか?」

 

「ええで。せやけど、事態把握のために、最低でも半月は欲しい」

 

「ま、妥当だな。よし、じゃあそうしよう。リンドさん、そういうことでいいか?」

 

「ここまで言われちゃ、何も言うことはねえよ。そして、仲介人の第三者は、あんたが担ってくれ」

 

「・・・了解した」

 

 なんで俺なんだよと叫びたいところではあったのだが、そんなことをしている場合ではないということくらいはわかっていた。キバオウとリンドに連絡のためのフレンド申請を行い、その場はお開きとなった。

 

「さて、と。それは置いといて、ボスドロップのことなんだが」

 

 その声に、全員の顔が怪訝なものになる。大抵、ボスドロップはワンオフものの高性能品で、暫くの間は十二分に活躍してくれる代物だ。だが、今回に限っては例外だった。

 

「使えるものもたくさんあるから、使えるものは俺がありがたく使わせてもらう。けど、問題は他にあってな。LAボーナスドロップが片手直剣と槍なんだ。俺はスキル取ってないし、今後使う予定もないから、誰かに譲りたい。どういう案がいいと思うか、みんなの力を借りたい」

 

 ボスドロップはLAじゃなくても十二分に使えるものばかりだった。どれもステータスが高いものばかりではあるが、装備できるものばかり。刀も曲刀もドロップした。両方とも相当に消耗して、メインアームの切り替え時はおそらくすぐ来る。それまでは、鬼斬破に頑張ってもらうしかない。しかしまあ、

 

(こりゃ後でリズにどやされるなぁ・・・)

 

 刀は両手武器である分丈夫ではある。アスナの細剣に比べればそれは確かだ。刀や細剣は、その刀身の細さから耐久値はお世辞にも高いとは言えない。耐久値の減りは両方ともほぼ同等である、というのは、情報で出回っている。というのも、誰かがまったく同じ金属から作った同じようなプロパティの武器を使用し耐久値テストなるものを行った結果である。とにかく、耐久値の減りがほぼ同等ということは、この後武器の整備に持っていったときに、アスナと俺の耐久値の減り方の違いが明白になるわけで。鍛冶屋である以上、その辺はしっかりしているわけで、小言の一つや二つくらいは仕方ないというところはある。

 

「ま、その辺も含めて考えておいてくれ。これに関しては、情報屋に掛け合って、ドロップした本人である俺を頭としたネットワークを構築してもらうことにするから、みんなの知恵を貸してくれ」

 

 そう言って俺は頭を下げる。その声に周囲がざわついたが、関係はない。

 

「頼む」

 

 静かな声。だが、その声にはしっかりと力が入っていた。これは心からの頼みだ。だが、もし仮に演技でも、このくらいは造作もない。

 

「むしろ逆に聞きたいね。そう言われて、ここにいるメンツが断ると思ってんのか、あんた」

 

 この声は、さっき気炎を上げていた男か。そしてそれに続くように、

 

「そーそー」「それな」「ほんとだよ」

 

「ロータス。俺はあんたとパーティを組んだこともある。だから、ある程度人柄も分かっているつもりだ。だからこそ言わせてもらう。―――その程度、屁でもねえよ」

 

 その言葉に、俺は改めて頭を一つ下げ、くるりと踵を返した。

 

「俺はまだ耐久値に余裕がある。次の層の有効化(アクティベート)に行ってくる」

 

「いーや、その役目はPAが担う。特にあんたはダメだ。疲れもたまってるだろうし」

 

「それには同意するで。さすがに、あんさんが行くンは反対や」

 

 二大ギルマス―――片方は仮だが―――に止められては、頷くしかなかった。歩き出した歩みを止め、再び攻略レイドに向き直る。

 

「でも、あんたをこのままにしておくのも忍びない。ここは、俺の指揮下で元ディアベル班があんたを護衛し、主街区まで送り届ける。何かあったら、俺が全責任を持つ。・・・それでいいか?」

 

「構わないよ。こちらから歓迎したいくらいだ」

 

「こちらとしても問題はない。が、こちらからアスナ君とレイン君を派遣しよう。彼女らは、ロータス君と懇意のようだからね。友人がいたほうが気が休まるだろう」

 

「・・・それもそうだな。じゃあ、行けるのなら声をかけてくれ」

 

「かけてくれも何も、俺は今すぐでも大丈夫だぞ」

 

「なら、少し待ってくれ。こっちも状況の確認をする。すぐに終わる」

 

 その後、本当に少しの確認の後、俺たちは出立した。螺旋階段を上がって、上がりきったところの扉を開ける。そこで、アスナたちがこちらに来た。

 

「お疲れ」

 

「おう、お疲れ」

 

「まったくもう、最後のはヒヤヒヤしたよ。確率低いんじゃなかったの?」

 

「確かにそうよね。一回当たり成功率三割だったら、四回だと9%、つまり0.09の二乗だから、1%を切る計算になるわね」

 

「そーだな」

 

「そーだな、って・・・。無茶苦茶だよ!?」

 

「でもさ、うまくいく気がしたんだよ。あそこで攻め切れる気がな。それに、ディアベルの顔が浮かんでな」

 

 会話で出たディアベルの名前に、周囲の雰囲気が変わる。

 

「さて、しんみりするのはいいが、今は目の前に集中だ」

 

 その俺の声に、幾分か吹っ切れた雰囲気にはなったものの、やはりしんみりした空気は変わらなかった。この雰囲気は、時間が解決するのを待つしかないようだ。

 

 

 

 第二十五層フロアボス攻略戦は、こうして波乱の火種を多数生み落としながら、ここに幕を閉じた。

 




 はい、どうも。お久しぶり、なのですかね。

 パソコンがようやく直ったのでリハビリ投稿です。といっても、本当に最低限しか直していない状態なので、バイトして新しいパソコン買おうかななんて考えている今日この頃。

 これにて第25層ボス戦、終了でございます。思いのほか前の話が熱血な感じで終わったので、文字数少な目でもこっちは別にすべきかなーと思ってこういう形にしました。前も一緒だったとかそういうことは言わない。

 この後はオリジナル展開を挟んで、今度こそ説明文詐欺にならない展開に持っていく予定です。

 ではまた次回。


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SAO、幕間
18.幕間、戦いの準備


 それから、一週間足らずのある日、俺はリンドとキバオウを呼んで会食をしていた。

 

「さて、と。まずは、忙しい中来てくれたお二人さんに感謝を」

 

「いや、構わないよ。一件が一件だからね」

 

「せやな。それに、わいとリンドはんを呼ぶってことは、それなり以上の大事(おおごと)なんやろう?」

 

「ええ、まあ」

 

 ・・・と、このやり取りからわかるように、今回の呼び出しは俺主導で行われた。というのも、

 

「本題に入る前に、まずは舌鼓と行こうか。乾杯」

 

 俺の声に、静かに三人が杯を上げる。中に入っているのは、もちろん酒だ。もっとも、酩酊感はないので、ノンアルコール飲料を飲んでいるような感覚に近いが。そして、肝心のお料理は、

 

「うまいな・・・」

 

「さすがは高級料亭やな・・・」

 

「うむ・・・」

 

 ちなみに、俺が会場として選んだのはSAOでも随一の高級料亭だ。見積もりなどを見ると、俺の想像以上のお値段で少々以上に驚いたものだが、一応予算の範囲内ということでOKを出した。それに、こちらとしてはもてなす立場で、呼び出した側だ。少々値が張ってもある程度は目をつむるのが吉だろう。

 

「いやはや、ごちそうさま。さすがは高級料亭だよ」

 

「せやせや。SAOやってこのかた、こんなにうまいもん食ったの初めてや。感動したわ」

 

「気に入ってもらえたようで何よりです」

 

「それより、ここまでおいしいと金額とかもかさんだんじゃないのかい?」

 

「そこはそれ、ソロプレイヤーの強みというやつですよ。稼ぎから必要経費差っ引いても常におつりが来ますから、貯蓄はそれなり以上にあるんです」

 

「そうかい?それじゃ、遠慮なく」

 

 この手のお約束通り、俺のおごりである。満足してもらえたところで、俺は本題に切り出した。

 

「さてと、じゃあ本題に入ろうか。メールでも言った通り、今回の用件は二十五層フロアボスLAドロップ品について、なんだけど。情報屋のつてを使って、あれこれと案を出してもらって、それに俺の考えを含めた折衷案として、考えたんだが・・・祭りを開こうと思う。で、二大ギルドには警備をお願いしたい」

 

 そこでいったん区切る。正直に言って、この案は少々のリスクをはらんでいることも確かだ。

 

「ま、祭り、やと?それは、いったいどうゆうこっちゃいな?」

 

 流石にこの説明だけではさっぱりわからなかったであろうキバオウが疑問の声を上げる。

 

「祭りのメインイベントで、闘技大会を開いて、その景品をラスボスのLAドロップとする、って手法だ。初撃決着にしてしまえば、PKされる危険は限りなく防ぐことができる」

 

「でも、PKがもし起きたら・・・」

 

「そんときゃそん時。と、言いたいところだが、ちゃんと参加者名簿を作って、そこで追跡してやればいい。SAOではまったく同じ綴りってのはないからな。ネーム変更クエの類も見つかってないし」

 

「なーるほどな・・・。攻略組には、槍も剣も、名人がぎょうさん居る。それに、おんなじギルドで、ギルメンに持たせたいと思って参加する輩もおる。参加者は相当見込める。参加費をかなり廉価にしても、そこそこの利益が見込めるわな 」

 

「それに、それに伴って露店とかも許可しようものなら、店側からしたら宣伝もできるわ利益も見込めるわでいいことずくめ、か」

 

「そーいうこと」

 

 流石は二大ギルマス、頭の回転が速い。にやりと俺は笑った。

 

「なるほど、な・・・。俺も思いつかなかったよ。どうやって思いついたんだ?」

 

「誰かはわからんが、デュエルで決めたらどうだ?って意見が出てな。そこから転じてこの案になった。ついでにリフレッシュにもなるだろうし」

 

 少し二人は考えたが、結論は早かった。

 

「青龍連合、略称DBは、その案を支持する。断る理由もないしな」

 

「ALSについても支持や。リンドはんの言う通り、断る理由がない」

 

「OK、サンキュ。・・・ところでリンド、DBってのは新しい名前か?」

 

「まあね。ディアベルさんの遺志を継いでいきたいから、青龍。四神の一角を冠するには、まだまだ未熟だと思うけどね」

 

「そっ・・・か。

 諸々の仲介は情報屋を通じよう。そっちのほうが情報が多く集まるし、より多くに拡散できる。どうかな」

 

「せやな。わいらが宣伝しても、限りあるしなぁ」

 

「そうだな。賛成」

 

 こうして、ラスボスLAドロップ争奪デュエル大会、通称デュエル祭りの開催が決まったのだった。

 

 

 

 それからの日々は目が回るようだった。言い出しっぺであり主催者でもある俺が何もしない、というわけにはいかない。人数に理があるALSには会場の警備、大会の取り仕切りを行ってもらい、DBには大会参加者などへの窓口となってもらった。普段はいがみ合っている、とまではいかなくとも、仲はお世辞にもいいとは言えない。これが融和の第一歩となれば、と俺は思っていた。

 

 そうして忙しい日を過ごしていた俺に、少々以上不穏な情報が飛び込んできたのは丁度忙しいさなかだった。メールが飛んできたことをシステムの通知で知った俺は、あとで見ることにして今のところは虫を決め込―――もうとして、すぐに開いた。

 

(このタイミングでゲイザーからのメール・・・?)

 

 今、ゲイザーに頼んでいる情報はない。だが、何か不穏な動きがあったらすぐに知らせてほしい、とは伝えてあった。つまりは水面下の諜報活動だ。ゲイザーは商品―――彼にとっては情報だが―――の仕入れもできるからという理由から二つ返事で引き受けてくれた。だが、依頼時に彼も言っていたが、この手の活動というのはある意味では役に立たないほうがいい。それは、俺と共同依頼者であるリンド、キバオウの共通認識だった。

 

(いったいどうしたってんだ・・・?)

 

 今の時刻は、皆比較的ゆっくりしている時間だ。そんな時間に送って来るというのは、おそらく重要な要件だろう。そう思いつつ、俺はメールを開いた。そこには、

 

(直接会って話したい。どこかいい場所はないか、って・・・)

 

 ここで言う“いい場所”というのは、つまりは人目につかないということと同義だろう。今の時点で人目につかないところ、というと・・・。

 

(第五層のボス部屋、とかかな。あそこなら、通る人も少ないはずだ)

 

 ボスを倒した後のボス部屋は空室だ。ただただ、広い空間がそこにあるだけだ。通る人間といえば、踏破目的のもの好きくらいのものだ。加えて、第五層は遺跡エリアとなっており、遺物拾いの“ヒロワー”で溢れてはいるものの、ボス部屋には何も落ちていない。上に、あそこはアストラル系、要するに幽霊の類も出てくればルーターMobも出て来るという、運営の悪戯心あふれたエリアでもある(だからこそ、セルムの一件は俺を大いに驚かせたわけだが)。それに、ヒロワーの数も、一時期に比べれば一気に減っていた。そもそもの拾うアイテムがどんどん減ってきたからだ。何が言いたいかというと、第五層に好き好んで潜り込み、あまつさえボス部屋まで行こうなどというもの好きなどそうそうはいないのだ。すぐにゲイザーからも了承の返事が返ってきた。それを確認して、俺は拠点としている宿屋の部屋を出た。

 

 

 俺が第五層のボス部屋にたどり着くとほぼ同時に、ゲイザーが現れた。すぐに俺は本題に切り込んだ。

 

「で、話ってなんだよ」

 

「いや、なに。ちょっと耳に入れておきたくてね」

 

 その言葉に、俺は思い切り眉をひそめた。こいつがわざわざこんな遠回しな言い方をするということは、少々以上に厄介事だろうということは簡単に想像がついた。

 

「何があった」

 

「PoHやジョニー、ザザ、モルテの情報をまったく聞かなくなった」

 

 その言葉に俺は片手で両方のこめかみを押さえた。その情報は確かに厄介だ。何も聞かなくなった、ということは、何も兆候をつかむことも、動機を推測することもできなくなった、ということだ。

 

「確かにそりゃ厄介だな」

 

「ああ。こちらも全力を挙げているが・・・」

 

「うまくいってたら、こうしていることもない、か・・・。心当たりは?」

 

「あらかた探したのだが、すべて空振りだ」

 

「なーるほどなぁ・・・。しっかし、情報屋が探し回ってもだめってのは、どれだけうまく隠れおおせていることやら・・・」

 

「ああ・・・。他のMMO系でも私は情報屋をやっていたことがあるが・・・こうなってしまったらもう読めない。おそらく、各地を転々としてたどらせないようにし、煙に巻く算段なのだろう。そして、こちらにはそれを防ぐ策がない」

 

「たまたまあいつらを捕捉できたところを追っかけるしかない、ってことか・・・」

 

「ああ。今回の闘技大会で直接PKをしようとするなら、新たなシンパを投入してくるしかない。そして、今回の相手は誰も一筋縄ではいかないプレイヤーばかり。はっきり言って、直接PKは難しいだろう」

 

「ああ。それは俺も思っている。景品がラスボスのLAドロップで、プロパティも公開してる。要求するステも高いし、端から上級プレイヤーの大多数が参加してくることが予想されるからな。中級以下プレイヤーはもっぱら観戦に徹するだろうからな。予選からそこそこ以上のハイレベルな戦いになるでしょ」

 

「そうだな。むしろ、それを狙ってプロパティを公開したのだろう?」

 

「そそ。わざわざしみったれた戦いを見に来る奴なんていないでしょ」

 

 この俺の言葉通り、この剣と槍はそこそこ以上にプロパティが高い。これを溶かしてインゴッドにして新しく武器なり防具なりを作るもよし、そのまま強化して使うもよし、といったところである。俺の場合、金属製の防具を使うわけでもないし、そのまま使うにもスキルを取っていないし取る予定もないから、速攻で誰かに譲ろう、となったわけである。が、問題は、

 

「でもまあ、プロパティ相応、といってはあれなのだが―――なかなかに癖のありそうな武器だな」

 

「それは認める。無茶苦茶だよ、こんなの」

 

「そうだな、使い手を選ぶという点ではこの上ない」

 

 微かに肩を揺らしてゲイザーは言う。その言葉に、俺も一つ笑った。

 槍のほうは明らかに両手槍のリーチを持っていながらも、全体的な重量は片手槍並に軽い。が、相当なフロントヘビーである上に、その鋭さはまさに蜻蛉切だ。そのため、下手に扱おうものなら武器に振り回され、斬った手ごたえすらも気づかずに地形に突き刺すことになる。剣のほうは、今のところで考えれば異常といってもいいほどに重い。代わりに、威力はそこらの両手剣を軽く上回る。それゆえに、両方とも要求ステ値が相当に高い。一度試し振りをした身としては、プレイヤースキルも相当に要求されるものだろう。確かに、システムアシストなしに何回か素振りした程度ではあるが、その扱い辛さというのはすぐに直感した。だからこそ、さっさとプロパティを公開して、最上級のプレイヤーのみが集まるように仕向けた。端から負けると分かったうえで勝負に挑むなど愚者の行いだ。力試し程度に挑む人間はいるかもしれないが、明らかな下級プレイヤーが挑んでくるようなことはないだろう。

 

「性能は一級品なだけになぁ・・・。

 まあとにかく、だ。これ、俺から個人的な追加報酬」

 

 1000コル分実体化させて手渡す。ストレージにしまうと、改めてゲイザーは問いかけた。

 

「で、この件はこの後どうする?」

 

「引き続き情報収集を頼む。ただし、今までみたいに全力を尽くす必要はもうない。片手間で構わない」

 

「了解した。こういうときはいい仕入れ時でもあるからね。こちらとしても好きにやらせてもらおう」

 

「おいよー。護衛が必要なら引き受けるけど、・・・ま、こんな下層なら必要ない、か」

 

「ああ。攻略組には遠く及ばないが、自分の身を守れる程度にはレベルは上げているからね」

 

「そっか。んじゃ、俺は先に帰るわ」

 

 それだけ言い残すと、俺はボス部屋の螺旋階段を昇っていった。まだまだまとめておく情報はたくさんある。きついが、ゆっくり休んでいる暇などない。宿に戻ってさらに情報をまとめる必要がある。そう思いつつ、俺は第六層の主街区に向かって走り出した。

 

 

 

 第六層の主街区から転移門を使って、拠点とした宿屋で、俺は大量の羊皮紙の前で考えていた。もともとアイテムストレージの限界は体積ではなく質量だ。羊皮紙というのはもとをただせば動物の皮であるとはいえど、厚さなどは殆ど紙と大差ない。そのため、体積と面積は殆ど比例する。単位によっては、面積のほうが体積より大きくなってしまうほどだ。元が皮であるといえど、密度が少ないのであれば相当な量の羊皮紙をぶちこんだところで、大した重さにはならないから、こうしてコンスタントにかなりの量の羊皮紙がストレージに入っている。そして、俺は大抵考えるときに書くものは殆どとりとめもないメモと化すことが多い。・・・ノートをきれいに取ることができる人間というのはどうしてああにも簡単にやるんだろうか、というのはさておき。その結果何が起こるかといえば、毎回のように考えをまとめるときに紙が悲惨なほどに散らかってしまうのだ。だが、俺はこのほうが考えをまとめることができるのだから仕方ない。もっとも、後から見てちゃんとどれがどれかわかるのなら、という前提があるが。

 

(とりあえず、PoHの件に関してはおいておく。今のままじゃユーレイ相手取る様なもんだからな。土台無理な話だ。んでもって、軍の警備は全体的にばらつかせて配置する。軍のほうの協定で、軍もそんなに大量の人員を割くことはない。調査もこの日には終了している予想だ。完全に終了していなくとも、この日だけは一時中断してこっちに兵力を回してもらえるように約束してある。リンドもいる場での協定だし、キバオウの性格からいって破るってことはないだろう)

 

 となれば、やることは一つだ。そう思った俺はまず大会の要綱をメモした用紙を探しだした。

 

 大会の会場、そして現状で使用できる戦力を鑑みて、どのあたりに警備役のプレイヤーを配置するかを決めていると、視界の端にメッセージの着信を知らせる表示が現れた。余裕もないので誰からだろうと思いつつメールを開けると、差出人はエギルだった。端的に言って、晩酌のお誘いだった。

 

(・・・別に否定する理由もない、か)

 

 幸いなことにまだ時間はあるし、自分が思っていたより計画を立てるペースも早い。了承の旨の返事をしつつ、俺は改めて書類の山と向き合った。

 

 

 その日の夜、現時点最前線の4層の転移門前で待ち合わせた俺たちは、エギル先導の元飲み屋へと行った。もっとも、ロービアは船で移動するため、“先導”というより“船頭”というべきかもしれないが(アスナ曰く、「ゴンドラなんだから船頭じゃなくてゴンドリーエでしょ」とのことだが、細かいことは気にしない)。連れて行かれたのは、海辺の景色のいいバーのようなところだった。

 

「お前にゃこういう雰囲気のほうがいいだろ?」

 

「ああ。助かる」

 

「いいってことだよ。こっちの仲間も、今度の大会は楽しみにしてるしな」

 

 目下アタッカーとしてもタンクとしても大きな戦力となっているヒースクリフはタワーシールドと重量片手剣では総重量が多すぎるという理由から今回の争奪戦には参加しないようだが、そう考えない人間もいるのだろう。そもそも、エギルたちはもともとタンクなのだから、総重量など今更なのだろう。

 

「さて、今日はゆっくり呑むか。呼びつけたのはこっちだし、おごるぜ」

 

「マジか、サンキュなエギル。実をいうと、最近懐がだんだん寒くなってきててな・・・」

 

「だろうと思った。それに、お前基本バトルジャンキーだろ。そんな人間が戦わずに書類とにらめっこし続けてたら、懐だけじゃなくてストレスで心も寒くなるぞ。今更かもしれんが」

 

「一言多いっての。・・・俺はこの、フルフィウス・ロゼってので」

 

「相変わらず注文決めるの早いのな」

 

 笑いつつ、店員NPCを呼び止めて注文を伝える。飲み物二つということもありすぐに来たグラスを持つと、二人とも軽く持ち上げた。

 

「乾杯」「乾杯」

 

 そういうと、お互いに一口飲む。ゆっくりとテーブルにグラスをつけると、俺はグラスを持っていないほうの手で軽く頭を掻き、まぶたをこすった。

 

「この世界の酒の酩酊感のなさっていうのは、まあ仕方ないのかねぇ・・・」

 

「ゲームである以上、その辺は仕方ねえだろう。てか、その言葉から察するに、もう成人してるのか?」

 

「一応、って言葉が前につくけどな。そっちは・・・聞くまでもないか」

 

「おいおい、そりゃ随分な物言いだな」

 

「エギルみたいな未成年がいてたまるか」

 

 言いつつ一口。こんな無駄話以外の何物でもない会話だが、絶え間なく会話していないと、すぐに大会のことを考えてしまう。そうならないようにこういう場をセッティングしてくれただろうに。

 

「まったく、こういう話でもしないと、考えちまうからって無理してんだろ」

 

「・・・悪いかよ」

 

 時間がないわけではないが、決して余裕綽々というわけでもない。最近はほぼ常に大会のこととかを考えていた。

 

「そんなんじゃ、ディアベルが泣くぞ?」

 

「あいつがそんなタマか」

 

「そうだな。でもま、俺が思ってたより深刻そうじゃなくて安心したぜ」

 

 疑問に思いつつエギルの顔を見ると、そこにはほっとしたようなエギルがいた。

 

「正直に言って、多くの人間が死んだからな。俺たちみたいに直接の知り合いが死んでない奴ならいいんだが、お前は目の前で死にざまを見ちまったからな。しかも、知り合いの」

 

「まあ、な。でも、立ち止まっているわけにはいかない。今回の大会は、強制的に前を向かせるためのものでもある。立ち止まってたら、それこそディアベルにどやされる」

 

「ハハハ、それもそうだな」

 

 そういうと、お互いに喉を湿らせた。

 

「それにな、俺は結構ああいう場でも冷静でいられるんだ。昔っから、な」

 

「そういえば、アスナが飛び出しそうになってた時、いさめたのもお前だったな」

 

「そゆこと」

 

 どうやらあのシーンを見られていたらしい。

 

「とにかく、だ。今はゆっくり呑もうぜ」

 

「ああ」

 

 そういうと、お互いにグラスを軽く打ち合わせた。

 




 はい、どうも。

 今回は完全に幕間です。いったんここで物語の雰囲気が変わるので、こういう話を挟んだほうがいいかな、と。

 ちなみに、これを思いついたのは、主人公が戦うことはあっても、主人公が主催者側に回ることって少ないよなー、という作者の完全なる思い付きの見切り発車。どうしてこうした。

 実はこの話、開催決定で一区切りという予定だったのですが、その次の話が想像以上に文字数不足だったためつなげちゃいました。それでも7375字なので、まあよしとする。

 ロータス君の飲み物の名前については、フルフィウスっていうのはラテン語で川という意味です。結構さっぱり目のロゼ(赤ワイン)と思っていただければ。現実で言えばかなりのライトボディな感じです。ロービアで飲んでいるんだし、こんな感じの名前でいいかな、というかなり適当なネーミング。

 この話の流れが終わったら物語の雰囲気がごっそり変わります。主人公の歪み、それが露わになります。すでにある種気づかれている方はいるかもしれませんが。

 それではまた次回。


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19.幕間、デュエル大会、前編

 大会当日。俺は本部にて警備の指揮をしていた。これは俺本人の希望だ。主催者である以上、大会に出場するわけにもいかない。かといって何もしないのは性に合わない。ならばということで、こうしてここで警備の指揮をしている、というわけだ。いつぞや読んだ本に、警備は予測不能のパズルのようなもので、頭を隅々まで使えるから楽しい、なんて一文があったが、今ならその事がよく分かる。確かにこれはこれでなかなか楽しいものだ。

 

「各箇所、異常はないか」

 

 開きっぱなしのボイスチャットに声をかける。そこかしきら異常なしの返答が聞こえてきたところで、俺は改めて警備の配置を睨んだ。

 ボイスチャットは電話のようなものだ。少し前のマイナーアップデートで導入された。俺たちのような若者はメールでも全く問題ないのだが、年寄りからしたらメールより電話、という人種もいる。そういう人間にとってはこれは楽だ。そして、これはグループチャットということもできるため、素早く多数と連絡を取りたいというときには本当に便利だ。

 

(あっちはどうなってるかねぇ・・・)

 

 そんなことを思いつつ、メインイベントが催されている方へ目をやる。何かとペアを組むあの少女も、今回の戦いに参加しているはずだ。彼女ほどの腕前であっさり負けるというのは考えづらいが、どれほど盛り上がることかと楽しみでもあった。

 改めて目を全体図に向ける。軍の面々には、たとえ子供のちょっとした万引き1つでも見逃さないようにして欲しいと言ってある。その辺は問題ないだろう。オレンジの襲撃も、追い返せるだろう。その辺り抜かるキバオウではない。

 

(ま、俺は俺のやるべきことってやつをやりますか)

 

 そう思い、再び意識を警備に向けた。

 

 

 

 時々遠くから歓声が上がる。今回は開催者側が親となって賭けも行われている。それも活気付けに一役買っているようだ。今回はキリトやレイン、アスナなど、攻略組プレイヤーや準攻略組といえる実力者が多数出場していた。それも大きいのだろう。

 今のところ、警備に異常はない。何もないのはある意味ではいいことなのだが、どこか薄気味悪いのもまた事実だった。まるでこれは、

 

(嵐の前の静けさ、ってか・・・?)

 

 だとすれば、連中の狙いはなんだ?そもそも、なぜこんなに静かでいる?そんなことを考えていると、部屋を誰かがノックした。

 

「はい」

 

 いつも通りに返事をする。が、念のためにと右手は装備している鬼斬破にかかっていた。

 

「わいや、キバオウや。そろそろ本戦やからな、迎えと交代に来たで」

 

 慎重にドアを開け、周りを警戒する。キバオウとその側近の二名のみであることを確認すると、俺は警戒をわずかに解いた。

 

「あと任した」

 

「おう、任された」

 

 参加者が思いの外多かったこともあり、デュエル大会は予選と本戦に分けて行われていた。そして、例のフロアボスLAドロップ品は盗難防止目的で俺のストレージに放り込んだままだ。つまり、景品の手渡しには俺が必要不可欠となる。その間、当然俺は警備の指揮などできないわけで、一番に言い出した人間がメインイベントを何も見ていないなどというのはさすがにかわいそう、ということもあり、本戦の開始から最後まではキバオウが警備の指揮をすることになっていた。

 

 正直に言って、俺もこの大会の本戦がどうなるのか、興味津々だった。

 

「大会の方は順調?」

 

「ええ。予選の方にも白熱した試合はたくさんありましたよ。しばしば番狂わせも起こって、賭けの方で財政も潤いそうです」

 

「そいつはよかった」

 

 半分ほど本音で言いつつ、俺は口の端で笑った。俺としても、大会を間近で見られるのは楽しみだったのだ。

 

 

 行く道すがら、屋台でつまみ食いをしつつ(もちろんお代は自腹で払っている)、本戦出場者の名簿を見ていた。そこにはアスナ、レインなど、攻略組の名だたる面々の名前が連なっていた。ときどき新興ギルドなのかソロなのか、とにかく聞きなれない名前もあったが、ここまで勝ち上がってくるということは実力者なのだろう。そして、もう一つ気になる事実も分かった。

 

「PKO集団と思われる連中の本戦出場は一切なし、か」

 

 隣にいる軍とDBの護衛に、どちらともなく話しかける。PKOとは、PKをするOrange(オレンジ)の集団、という意味だ。現実でのPKOとは平和維持活動のことを表す、ということを考えると、これはとてつもない皮肉だ、と俺は名付け親ながらにして思ったものだ。

 

「はい。そもそも、参加希望すら来なかったと聞きました」

 

「そう、か・・・」

 

 つくづく不気味だ。何もアクションを起こさないなど、俺なら考えない。こんな場なのだ、煙幕の一つでも焚くとか、参加してPKを狙うとか、やりようはいくらでもあるはず。

 

(ま、起こってねえことを気にしても始まらないか)「まあとにかく、ここにいるみんなは幸せそうだからな。それが安心の種だ」

 

「そうですね。皆さん本当に楽しそうです」

 

 その言葉に、もう一人の護衛も頷く。貼り付けたような笑顔を浮かべながら、俺はその光景をゆったりと眺めていた。

 

 

 

 会場は凄まじい熱気に包まれていた。今までこういうことが行われなかったということ、またプレイヤー主体のお祭りというのが久しぶりであることが重なって、ここにはすさまじい熱気が集まっているのだろう。

 

「ロータスさんはこちらへ」

 

 護衛に案内される形でついていくと、つれてこられた場所は他より少し高く、全体が俯瞰でき、席もゆったりしている場所だった。どこからどう見ても、特等席といって差し支えないものだった。

 

「・・・本当にこの席で間違ってないのか?」

 

「ええ。合っていますよ」

 

 開催者側だからというのはあるのかもしれないが・・・さすがに少し気が引けるレベルの席に内心戦きつつ腰を下ろした。

 

(いやま、確かにゆっくり静かに観戦できる場所にしてくれとは言ったけどさ・・・)

 

 席の希望を聞かれて“ゆっくり静かに見れるとこならどこでもいい”とは言ったが、まさかこんな席が来るとは思ってもみなかった。

 席に座って改めてゆっくりと本選出場者の名簿をみる。今回のこれは、欠員が出た攻略組参加者のある種スカウト的な意味合いもある。集まっているのはどれも実力者のみだ。それと、これを仕組んだのはもう一つの意味合いもあるのだが、これはいうべきではないだろう。

 

 ちょうど一通り目を通し終わったころに、大きな声が鳴り響いた。

 

「さあお待たせいたしました!ただいまより、第25層フロアボスLAドロップ争奪デュエル大会を再開いたします!」

 

 司会の声に会場は大いに沸く。というか、バトルシャウトか何かの応用か?・・・うまいこと考えるやつもいたものだ。

 

「まずは第一回戦、赤コーナー、ギルドBA所属、攻略組数少ない女性プレイヤーの一人、“閃光”、アスナ!」

 

「アスナ様ー!」「頑張ってー!」

 

 その声にアスナが応える。会場は沸きに沸いた。何せあのルックスに加えて剣の腕は最高と来た。こうもなるだろう。

 

「続きまして青コーナー、第一層からの攻略戦士ながら、今は商人もやっております!常にタンクを支える文字通り“大黒柱”、エギル!」

 

 こちらも歓声は上がる、が、どうしてもアスナには劣る。というか、むしろところどころブーイング、というより、ヤジが起こっている。その内容が「ぼったくり商人ー!」だとか、「も少し値切らせろー!」という内容であることから、どういう店であるかはお察しだ。ついでに言うと、この組み合わせの時点で結果は、というか過程までもう大体見えている。哀れ、エギル。

 

「それでは両者、デュエル申請!くれぐれも初撃決着にしてくださいよー!?」

 

 アスナとエギルがデュエルを申請する。二言三言交わして軽く握手すると、そのまま少し離れたところにお互い構えをとった。エギルは重そうな両手斧を下に、剣道でいう脇構えに構えた。対するアスナはレイピアの剣先をわずかに垂直上へ向ける、フェンシングのような構え。

 システムウィンドウに“DUEL!!”の文字が躍る。瞬間、アスナが一気に突っ込む。エギルが逆袈裟で迎え撃ちにかかるが、アスナはそれを難なく躱す。だが、その動きを読んでいたかのように、両手斧の重量を生かして横に躱す。アスナも横に斬撃をお見舞いしようとするが、その切っ先の先にエギルの両手斧があることに気付いてすぐに剣をひっこめる。直後にエギルが今度はスタンプを繰り出す。が、これは完全に見切って飛びのいた。そのあとの痛烈そうな突きは足で蹴り飛ばそうとする。が、アスナはそれをあっさりとバックステップで回避し、着地した瞬間に代名詞たる“リニアー”を繰り出し、それをきっちりと肩口に当てた。ウィナー表示を確認すると、ひゅんと軽く血振りをするような動きをしてから剣を仕舞った。

 

「さっすが、アスナだな」

 

 と、口では言いつつ、心の中ではやっぱりと思っていた。STR型のエギルに対して、AGI型のアスナ。アスナがスピードと見切りで翻弄して決めるというのは俺の想像通りだった。

 

「勝者、アスナ!」

 

 簡素であるがゆえにわかりやすい勝者コールに、会場がまたどっと沸いた。この組み合わせになった時点で勝敗が見えていた人間も少なからずいたというような感じの歓声の沸き方のように感じた。哀れ、エギル。

 

 

 

「続く試合は実力派同士の対決!赤コーナー、攻略組ソロプレイヤーの紅一点!“剣姫(けんひめ)”レイン!」

 

「かわいー!」「がんばれー!」

 

 黄色い歓声にこたえつつ、レインの顔は少々複雑そうだ。アスナは立場上広報のような役目を負うこともあるだろうからか完璧な愛想笑いだったが、レインは照れと苦笑と愛想笑いの混ざったような、まさに“複雑”としか言えないような笑い方をしていた。

 

「対する青コーナー、最近急成長中のギルド、風林火山がリーダー!“野武士”、クライン!」

 

 その声にこちらも歓声が上がる。が、こちらはやはりレインに比べれば見劣りするところはあった。だが、一般的に知られないギルドのメンバーであることを考えれば、この歓声は十分だろう。おそらく、全体的なプレイヤーの割合を考えれば、攻略組がかなりの少数派であることも影響しているのだろう。

 

 やがて、デュエル申請が終わり、カウントが尽きる。瞬間に、クラインが一気に踏み込む。レインはそれを鎬と体を最小限に動かして受け流す。背中越しに刃を返して背中に反撃をお見舞いするが、それは予測していたようにクラインも刀を立てて受ける。そのままレインが回転しつつ横に薙ぐ。クラインはそれを後ろに回避して反撃に備えた。瞬間に、レインが一筋の光となって突っ込んでいく。辛くもそれを防いだクラインだが、その顔は驚きと危機を乗り切った安心に染まっていた。

 

「なーるへそ。クライン、って言ったっけ。面白くなるかも」

 

「・・・え、今の攻防で、ですか?」

 

「うむうむ。今の中で、いくつか駆け引きがあったからね。まず、最初のクラインはソードスキルを使わなかった。初っ端だからこそ景気付けに突進系をかますかな、と思ったんだけど。んでもって、それをさばいたレインはしっかり攻撃を見切って、最小限の動きでカウンターまで繰り出した。クラインも、あの様子から察するに反撃がどこに来るのか読んでたっぽいしな。あの体勢で、殺さないのならば背中が一番確実だ。でも、PK覚悟でほぼ確実にクリーンになる首とか頭を狙ってくる可能性もあった。だから刀をあえて立てて受けた。そこからの回転しながらの薙ぎでクラインが下がったのは多分ホリゾンタル・スクエアの後の硬直狙いだったんだろうけど、あえてレインは普通の攻撃を出して、それを布石にしてソニックリープで勝負しにかかった。

 玄人受けする、駆け引きの多い戦闘だ。こりゃ面白くなるぞぉ」

 

 正直に言おう。組み合わせを見た瞬間に、ここも即効で終わりそうと思った。だが、こんな面白い番狂わせがあるとは。

 

「頑張れー、レイン」

 

 個人的にはレインを応援したい。たまにとはいえパーティを組んでいる身なのだ。

 

「あの少女に何か思うところでもあるのですか?」

 

「え?あー、まあ、ちょっとね。どうして?」

 

「いえ、今まで試合を見てきて、どちらかに肩入れするということがなかったので」

 

「あー、そういうこと。ま、一応攻略中にパーティを組むこともある仲だし、個人的には勝ってほしいってこと。それだけ」

 

 後ろから突然かけられた声に驚きつつ答える。これでも俺は攻略組の中でデュエルした時に確実に高い勝率を誇る人間だ。俺に安定して勝てるのは、アスナと、今は長期離脱しているキリトくらいのものだろう。それ以外の相手には、レインやリンドなども含めてかなり安定して少なくない勝ち星を積んでいる。

 

 戦いは完全に膠着状態にあった。お互い大体手の内が読めてきたのか、攻撃も防ぐより躱すことが多くなっている。だが、仕切り直しから仕掛けるのはクラインのほうが圧倒的に多くなってきていた。ここまでそう長い時間がたったわけではないが、会場の盛り上がりもここまでで一番のものになってきていた。

 

(さて、と。そろそろかましたれ、レイン)

 

 俺のその思いが伝わったのか、一度仕切り直しとなった戦いは焦れたように踏み出してきたクラインによって再開される。懐まで一気に飛び込み、なかなか勝負が決まらないことに焦って攻撃を繰り出したクラインに対し、レインは冷静だった。クラインの攻撃は単純な上段。それをあっさりと後ろに回避すると、レインは一歩踏み込んだ。その隙に斬り上げソードスキル“浮舟”を繰り出す。大抵の人間はレインが斬られる光景を予測した。が、

 

「勝負あったな」

 

 ぼそりと呟く。レインは、クラインの必殺の一撃すらも一歩引いて躱した。会場がどよめき、短いながらも確かな硬直に陥ったクラインに、レインは一発瞬迅剣を叩き込んだ。クラインのHPバーがきっかりイエローまで落ち、デュエルのウィナー表示が空に現れた。

 割れんばかりの拍手を送る観客に手を振って応えつつ、レインはこちらに向けてピースをした。それを見て、俺もサムアップで返す。

 

「ナイス、レイン」

 

 小声で小さく呟く。その声を聞いたのか、護衛の一人が不思議そうに聞いてきた。

 

「レインさんが勝つことを予見していたので?」

 

「戦ってる途中から、だけどな。

 あの二人、確かに技量としては互角といって問題ないだろうよ。おそらく、レベルもそう大差ないだろう。準攻略組っていっても問題ないレベルだ。近いうちに共闘するかもしれないくらいに、な。で、技量が互角ならどこで勝負が決まると思う?」

 

 突然話を振られ、ふたりの護衛は顔を見合わせた。

 

「武器の相性ですか」

 

「うんにゃ、それだったらもっと早々に決着がつくだろうし、技量が互角って時点でそんなのはほぼないと考えていい。第一、飛び道具が実質無いといってもいいSAOで、相性なんかないに等しい」

 

「・・・ならば、気合、でしょうか」

 

「惜しい、っちゃー惜しいか。

 正解は精神状態。いかに冷静でいられるか。平常心でいられるか。この手の戦いってのはその辺がキモ。戦いの最後らへん、明らかにクラインは焦れて攻撃が単調になっていた。だから、レインも自分から積極的に仕掛けることはなかった。相手のほころびをつこうとしてたんだろう。けど、なかなかボロを出さない。だったら、ブレイクポイントを作るまで、ってわけだ。最初ならともかくとして、焦れた状態ならばフェイントの一つ、引っかかってもおかしくないと踏んだんだろうよ」

 

「ならば、戦いの序盤であのフェイントは」

 

「効果なかっただろうね。よく見れば、あの踏み込みが浅いってことに気付いただろうし。その辺は、レインの読み勝ちだな」

 

 この手の化かし合いは俺もしばしばやるが、レインはそれをかなり直系で受け継いできている。例えば、視線を読むこととか。今でこそモンスターも視線で攻撃する場所を見て来るのでこの技術はかなり有用だが、俺は最初からそれを見抜いていたから、その精度は俺に次ぐレベルでレインは高い。読み合いならレインに勝てるのは俺くらいのものだろう。

 

「さて、と。残りの戦いはどうなるかねぇ」

 

 興味津々といった様子で俺は残りの試合を楽しみにした。




 はい、どうも。

 章をあえて区切りました。ここで区切ったほうがいいかなー、と。
 何度も言っているように、ここが終わると一気に雰囲気が変わります。できれば主人公の過去辺とか、その辺も書ければなぁ、と思っています。これ何回目だというツッコミは受け付けます。

 戦いの描写って案外難しいものですねぇ・・・。でも、この後PvPは大量に書く必要があるんだよなぁ・・・。どうしてこんな展開にしたんだ俺。後悔はしていない。

 今回の話はあくまで幕間、箸休め的なものですので、特に深い意味はないです。あとから読み直すのであれば、最悪この章は飛ばしてくださっても構いません。

 ではまた次回。


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20.幕間、デュエル大会、後編。そして―――

 その後の試合はたいしたものではなかった。レインやアスナも順当に勝っていったし、リンドやキバオウはそもそも大会運営側だったので不参加だったのだ。そんな強敵もいなかったので、危なげないのはある意味では予想通りだった。

 

「この組み合わせか、もうちょっと番狂わせとかあってもよかっただろうに」

 

「そうですね。やはり、一番盛り上がったのはレインさんのあの試合でしたが」

 

「だな」

 

 俺たちがそう言っているのは決勝の話だ。決勝の組み合わせはレイン対アスナとなった。俺からしたら意外性の欠片もない、よく言えば下馬評通りのマッチングとなった。

 

「まあ、あんだけ読み合いになるっていうのは珍しいしなあ。でもま、決勝はあの試合とは別の意味で盛り上がるだろうな」

 

「女性同士ですからね。しかも美少女同士」

 

「それな」

 

 アスナとレイン、両方とも見目麗しい女性だ。もっとも、二人ほど年をとっている印象はないので、美少女というべきなのだろう。

 

「それになにより、ふたりとも実力者だからな。あと、ああ見えて案外アスナは結構直情径行型だから、読み合い化かし合いっていうより、力と力の勝負になるんじゃねえかな」

 

「そうですかね?」

 

「ああ。最初にアスナと会ったときは、まあ、ある種諦めっていうか、思考停止っていうか、そういう状態にあったからかもしれないけど、基本的には戦いになったら自分の感覚を信じるタイプだ。きっちり思考して読みをするようになったレインとは年季が違う」

 

「その口ぶりから察するに、レインさんもそうだったのですか?」

 

「ああ。対人模擬戦で俺と何回もやり合って、その中で読み合いの技術をあいつは取得した。アスナも理論をある程度建てて、その上で戦いをコントロールしようとする。想定外のことが発生した場合、あいつは感覚を信じる。レインは、想定外のことしか起こらないという、極端な話、相手の動きを見て、その動きから相手の目的をある程度読むっていうことをする。だけど、アスナの速度と見切りの精度を考えると、そういうことをやすやすと許してくれる相手じゃない。そういうときは、あいつも感覚に頼らざるを得ない。あくまでクラインとの試合が読み合いになったのは相手がクラインだったからに過ぎない。ならば、最終的には感覚と感覚、力と力の勝負になる」

 

「よく読みますね・・・」

 

「まあな。戦いってのは実際に刃を交える前から始まってるんだよ」

 

 そんな会話を終えたころ、丁度二人は会場の中央でデュエル申請を終えていた。ほぼ同時に抜剣して、胸の中央あたりに手を置いて剣先を垂直に上に上げる。アスナは例によってフェンシングの構え。対するレインは、

 

「えっ!?」「そんな!?」「・・・ほう」

 

 二人が驚いたように声を出す。レインは左足を前に、左手を剣の下に添え、剣はまっすぐ水平正面に、その剣先はアスナの喉笛をしっかりと捉えている。それはかの有名なあの構えに酷似していた。もっとも、あちらは左手で剣、もとい刀を持つために左右反転しているが。

 

「あれって、あの構えですよね、あの、・・・なんでしたっけ」

 

 護衛の最後の言葉に思わずずっこける。知らないのかよ。

 

「“牙突”だよ、るろ剣の。確かに古い作品ではあるけど、有名な技だろ」

 

「あー、そうだそれだ!」

 

 名前を聞いてしっかり思い出したのか、大きな声を出す。その声を聞きながら、俺は前に顔を戻した。少しして“DUEL!!”の文字が現れる。瞬間、アスナが飛び出した。ソードスキルを使っていないにもかかわらずその速度は閃光の二つ名に恥じない速度だ。だがそれを、レインは右回りに一回転して躱しながら横薙ぎを放つ。だが、そのそれがアスナの胴を薙ぐより先に、アスナはそのままの勢いで駆け抜けることで攻撃を回避していた。即座にレインが追撃に入るが、それはあっさりと回避し、即座に高速の三連突きを見舞う。それは後ろに飛び退りながらの剣さばきでいなし、躱す。そのまま距離をとって、今度は半身気味に、腰のあたりに手を持ってきて、胸の中央あたりの高さに剣先を持ってくる。

 その光景を見ていて、俺は自身の口元がゆがむのを感じた。なるほど、構えを見て相手の最初の一手を読むことはしても、その先は感覚頼り、ってことか。あいつらしい突撃思考だ。っつっても、アスナも大概か。あいつもかなり感覚で動いてるみたいだし。明らかにあの回避とかたまたまだろ。

 

(ま、これはこれで面白い、か)

 

 そう言いつつ戦況を見守る。雰囲気からして、もう一度状況が動きだすまではそう遠くない。

 

 俺がもくろんだ通り、即座に状況は動いた。だが、傍目から見てアスナは劣勢だった。レインの攻撃は尽くクリーンヒット狙いなのに対し、アスナの攻撃は掠める程度に躱され、いなされている。これは観客の一部からもざわめきが起こっていた。だが、もっと頭の回る観客は即座に原因が分かったのか、冷静さを保っていた。

 

「なぜ、こうもレインさんが優勢に・・・」

 

「簡単な話。武器の相性を考えるのと、武器の特性を考えるのは別物ってこと。レイピアは基本的に“斬る”のではなく“突く”ものだ。斬ることもできるけど、最悪相手の鎧にクリーンヒットしたら折れたり曲がったりする可能性があるから、むやみに使えない。レインもそれを分かっている。だから時折繰り出される斬撃には、レインは刃をぶち当てることで処理している。親しい相手の武器をへし折るっていう罪悪感を抜きにすれば、相手の得物を奪うっていうのは有効な手段だからな」

 

「お言葉ですが、突きのほうが処理は難しいのでは」

 

「のんのん、そっちしか来ないって分かってるんなら話は別。突きっていうのはな、当てられる側からしたら躱し辛いものだけど、当てる側からしたら正確に当てれるところに攻撃しないといけないっていうプレッシャーもあるわけよ。だって、外したらその時点でカウンターが来るわけだからな。となると、腕や足に攻撃してくる可能性は低い。ってことは、武器落とし(ディスアーム)を狙ってくる可能性はほぼ切っていいわけだ。んでもって、相手の攻撃はおそらくほとんど当てやすい胴に集中するってことも併せて読める」

 

「体術による攻撃、というのは」

 

「あいつらもすぐに分かるだろうし、あのスタイルなんだから体術スキルにはかなり精通してるだろ。なら、まずその手のだまし討ちは意味がないって考えてるだろうな」

 

 その言葉に、少し考えてから護衛のうちの一人が呟いた。

 

「ならば、ミスディレクションを誘えばあるいは、ということですか」

 

「そだな」

 

 もう一人の護衛がぽかんとした表情を浮かべたのを見て、俺は解説に入った。

 

「ミスディレクションってのは、あえて間違った認識を与えることによる効果のこと。ここでレインはアスナからの武器落としはないって読んでるわけだ。アスナも、おそらく相手は体術と片手剣の複合で戦ってくると読んでる。ならば、その既成概念を崩しちまえばいい。・・・ってことまで頭が回るかねえ、あの猪娘二人に」

 

 見てわかるほどに、今の二人はヒートアップして固定概念に縛り付けられている。こうなってしまったら、天秤を傾けるのは意地とか気合とか、その手の“熱さ”か、いかに冷静でいられるかという“冷たさ”のどちらかだ。どちらになるかというのは状況にもよるが、今回の取り合わせからして、なんとなくだが“冷たさ”がキーになると踏んでいた。

 

「頑張れー、レイン」

 

 小声で声援を送る。柄じゃないとわかっていても、俺にできることはそれだけだった。

 

 

 その頃、レインとしてはかなりギリギリの状態になっていた。正直に言って、アスナの攻撃の苛烈さというのは想定していたそれよりさらに上をいくものがあった。

 

(これ、は・・・!想像、以上、に、キッツイ・・・!)

 

 もう少しまともに思考する暇でもあると思っていたが、そんなことを許してくれるほどアスナの連撃は甘くなかった。ある程度飛んでくるコースが読めているにもかかわらず、その攻撃は早く、正確だった。お互い、ソードスキルを使ったらいなされて、硬直の間に切り刻まれることなど百も承知だから、リスクを承知でソードスキル抜きの組み立てをする必要があった。硬直がないことをいいことに攻めに攻めるアスナの攻撃を防ぐだけでも手一杯だ。

 

「やあっ!」

「はっ!」

 

 気合と共に放たれる両者の攻撃。もはやそこにはPK覚悟の上の攻撃があった。現に、相手の突きははっきりと胸の中央から少し左寄りのところを狙ってきたし、こちらのカウンターも首を狙った。どちらもクリーンヒットしてしまえば急所一撃判定であっという間にHPバーが消し飛ぶ。だからこそ、この戦いはもはや死闘に近いものになっていた。

 

 何度目かの仕切り直し。最初は相手の突きの攻撃範囲を絞るために半身になっていたが、もはやそんな余裕すらない。相手も、ただこちらを倒すということのみに集中しているように感じた。

 

(あれ、ちょっと待っ・・・!)

 

 考えている暇などないと言わんばかりのアスナの攻撃。突きを防御しつつ、防御と回避、時折カウンターに徹しながら何とか思考する。

 

(アスナさん、もしかして、()()()()()()()・・・?)

 

 つまり、思い切って体術側の攻撃はないと踏んでいるわけだ。ならば、そこに突破口はある。

 

「やっ!せいっ!はっ!」

 

 迫りくる高速の三段突き。左右の布石からの正面の突きをすべて処理し、残心でレイピアを引いた瞬間に、少し大振り気味に右の剣を掲げる。瞬間、アスナの目に“獲った!”という色が浮かんだ。瞬間に、剣を持った右ではなく、左手を握りしめる。右手をコンパクトに畳んで突きを払い落とすと、左手で相手の右側の肋骨の下あたりをアッパー気味に振り抜いた。

 

「かっ・・・はっ・・・」

 

 思わずアスナの足が止まる。直後に、相手の首筋にこちらの刃を当てた。

 

「・・・参ったわ。降参」

 

 その言葉がアスナの口から洩れた瞬間に、デュエルのウィナー表示が、レインの勝利という形で表示された。

 

「・・・右の囮からのレバーブローとはね。完全にやられたわ。おめでとう、レインちゃん」

 

「いえいえ。アスナさんもさすがでした」

 

 そう言って二人は笑いあい、軽くハグをした。その光景を何人もの観客が記録結晶―――写真や動画、録音のできる結晶のことだが―――に納めていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「今のは!?」「うっはー、えげつねえー」

 

 驚く護衛に対し、少々面白げな俺。もう一人の護衛は、少し考えた後に呟いた。

 

「・・・レバーブロー・・・?」

 

「たぶんね。なんでそんなところまでリアルに再現されているのか、というのはさておくとして。・・・さて、行くか」

 

 そう言いつつ腰を上げた。この後は表彰式に入る。ならば、俺がいなくては話にならないだろう。件のアイテムが盗まれていないことはもう既に確認済みだ。

 レバーブローというのは、レバー、つまり肝臓の上をしたたかに叩く、格闘技の有効打の一つだ。ここは筋肉で保護されることがなく、きっちりと入ってしまえばほぼ確実に相手を悶絶させることができる。だが、それを承知でやることも多い格闘戦ならまだしも、見知った、しかもそこそこ親しい相手とのデュエルでそれをやるとは。

 

(確かに何度か対人戦で俺もレバーブローかましたけどさ。それはあくまで手段を選ばない俺だからこそ、ということもあったわけで、あのレインがそんなことをするとはなあ・・・)

 

 一応、有効テクニックの一つとしてレインにも知識だけ教えてはいた。が、まさか実行するとは思ってもみなかった、というのが本音だ。

 

 

 

 

 槍のほうの争奪戦は、正直に言って知らない名前ばかりだった。たいていがタンクに近い人間ばかりだったのもあるのだろう。

 表彰式も終わり、俺はまた圏外で狩りをしていた。時刻はもう深夜どころか、下手したらもう少しで明朝になってしまうくらいだった。が、今まで狩れなかった分の鬱憤を晴らすかのように俺はひたすらMob相手にバーサクしていた。

 一区切りついたところで、軽く刀を左右に振る。血など付くはずもないが、その辺はご愛嬌というものだろう。刀を鞘にしまおうとした瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。風邪だとかそういうものではなく、所謂いやな予感というやつだ。

 鬼斬破をしまわず、右手をただぶら下げる。左手でスローイングピックをすぐに投げられるように静かに抜く。すぐにどこにでも対応できるように警戒は全方向。それを悟ったのか、相手は暗闇の中から、俺の正面に姿を現した。その相手は、隠蔽スキルのブーストのためか、黒いフード付きのポンチョを着ていた。

 

「Oh、俺はhidingには自信があるんだが、そうも簡単に見破られちゃ形無しだな」

 

 相手の姿が見えたのならば世話はない。足と腕に力まない程度に力を籠め、いつでも飛び出せるようにする。幸いなことに、相手の名前も、得物も、もうすでに俺は知っている。

 

「・・・PoH」

 

「hmmm、どうやら俺も相当famousになったみたいだな」

 

 これまで、散々暗躍してアインクラッドを掻きまわしてきた問題プレイヤー。そして俺は、おそらくオレンジをたどれば大抵こいつにつながると思っている、わかりやすい“諸悪の根源”。

 

「しっかしまあ、いくら効率がいいからって、人型はすべて問答無用で首を飛ばすっていうのは、少々crazyだな」

 

「ちまちま削るほうが非効率だし、時間もかかる。これが俺のスタイルだ。悪いかよ」

 

「いやいや、悪くなんかない。むしろいい傾向だ。()()()()()()()()()()()()()()()だからな」

 

 その言葉に、俺は思わず黙り込む。この世界に来てからというもの、それは他ならぬ俺が実感していた。いくらMobといっても、相手は人によく似ている。それでも、俺は首を飛ばしたり、胸を貫いたり、両腕を斬り飛ばして倒していた。傍目から見たらそんな必要はなく、普通に隙を見つけてちまちまと攻撃を仕掛けて倒すのが普通だ。だが、俺は文字通り手段を選ばずに倒していた。

 

「それがどうした」

 

「それだけじゃない。お前さんはかなりbattle junkieのようだからなぁ。俺たちと一緒にamuseを追求できそうだ」

 

 その言葉を聞きながら、俺はもう一度周囲の警戒を厳にする。俺としたことが、こいつのみに注意を割きすぎた。今更だが、周囲の警戒も必要だというのに。

 

「そう警戒なさんなって。こちらとしても、危害を加える必要はないからな」

 

「逆の立場になれよ。そう言われて、はいそうですかって警戒解くか?」

 

「Hahaha、そりゃそうだ」

 

 笑いつつ、PoHは両手を広げた。敵意がないことのアピールだろうか。

 

「で、その口ぶりから察するに、お前が来たのはお誘い、ってことか?」

 

「Yeah」

 

 さっきから無駄に発音いいなこの野郎。なるほどこの発音ならネイティブだと言われても頷ける。

 

「そうだな、考えておく、と答えておくか。少なくとも、まだ時ではない」

 

「そう、か」

 

「ただし、もしかしたらあんたらの手を借りることがあるかもしれない」

 

「その時は喜んで手を貸すぜ。いい返事を待ってる」

 

「そうかよ」

 

 一応形式上とはいえフレンド登録を済ませると、俺はゆっくりと背中を向けた。納刀はしない。頭の中では、先ほどのお誘いを受けて浮かんだ一つの案を実行すべきかを練るということのみを考えていた。

 




 はい、どうも。

 デュエルの様子とか描くことにかなり四苦八苦した今作でした。アスナもなんだかんだでこんな思考回路かなー、というのは 想像です。
 SAOにレバーブローなどというものが実装されているというのはここだけなのであしからず。実装されてもおかしくないとは思いますが。

 槍のほうのデュエル大会がまるまるカットの理由はお察しください。槍使いって有名どころいないじゃん?つまりはそういうことだ。

 そして、最後の部分は今後に大きく響いてきます。この作品の紹介にもある“歪み”に関わってくることでもあります。この後は暫くオリストに入る予定です。


 どうでもいいですけど、SAO新刊が4月発売って本当ですか川原先生。今までの間はいったい何があったんですか。
 とにかく、少しピッチを上げないともしかしたら今後のプロットがまるまるそげぶされるのでどげんかせんといかん。まあその場合も強行するんですけどね。
 もっとも、どこをどういうふうにそげぶされるのかもうすでに察している人もいるかもしれませんが。

 ではまた次回。


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SAO、中章
20.5.暗雲


 それからというものの、俺は前線で戦い続けていた。時間は流れて、もう25層を攻略してから2ヶ月が経過していた。

 

「そい、そい、そおぉい!」

 

 自分でも奇妙だと思う掛け声と共に()()()()敵を切り刻む。やがて相手が爆散したのをみて、俺は手にもった得物を鞘にしまった。いつもよりかなり短い鞘に小気味良い音を立てて短剣が収まる。さらに別の敵を求めて、俺はまた歩き出した。

 例のPoHの“お誘い”の後、俺は短剣を使いだしていた。確かに、刀というのもそれはそれでよかったが、いかんせん少々重たいというのがネックでもあった。重量による威力と長い刀身のリーチを捨てて、軽量による手数の多さと素早さに欠けたほうがいいときも、少なからずとして存在する。それは、俺も経験則で分かっていた。

 

(何より、あいつを倒すのなら、刀を使うのは愚策だ)

 

 直接対峙して分かった。確かに、あれだったら元米軍兵と言われても納得がいく。口調はふざけていたが、纏っている雰囲気は一流と呼んで差支えないものだった。そして、あいつの得物は短剣。こっちの一撃必殺など、すべて躱されたうえでちまちまと削り飛ばされるか、その短いリーチを最大限に生かして腕を飛ばされるに違いない。あの手のやつは、その手の行動に躊躇など1ミクロンたりとも持たない。そういうものだ。

 

(最大多数の最大幸福。そんなの、いつも変わらないはずなんだがな)

 

 俺はまだ、PoHの“お誘い”に対して答えを出していなかった。内心苦笑しながら、少しずつ上がってきた短剣の熟練度を見ていた。今現時点で俺のレベルはすでに大台の50まで乗っかっており、その時にとった新規スキルが短剣だった。それまでにとったスキルはどれも廃棄することができず、結局こうなった。最近はフロアボス攻略戦にも参加せずに、ひたすら短剣の熟練度上げとレベリングに徹していた。幸いなことに、人型を好んで戦っていた影響か、短剣はドロップ品の中に大量にあった。無論、そのまま最前線で使うにはいささか物足りないものばかりだが、ならば最前線で使わないか、強化して使えばいいだけのこと。リズには大量の短剣の強化を依頼した時に露骨に嫌な顔をされたが、そんなのは些末なことだった。

 今現在、短剣の熟練度はようやく300に乗ったところだ。餌となる生肉を置いて敵をおびき寄せるという形でレベリングを行ってはいるが、その生肉もそろそろ在庫切れだ。倒したモンスターの肉を置いたこともあったが、見事にほとんど食いつかず、あっさりとあきらめざるを得なかったのだ。

 

(えっと、誘いの液薬は・・・そこそこ、か。しゃーね、いったん帰るか)

 

 誘いの液薬、というのは、自分に少量振りかけると敵をおびき寄せやすくなるというものだ。簡単に言ってしまうと、周囲のポップ率の上昇と、使用者のみへの敵の索敵強化といったところだ。餌を置いていたほうが確実性があるのでそうしていたのだが、こうなってしまっては仕方ない。液薬の効果と残りの道を考え、ルートを決定すると、俺はそちらに足を向けた。瞬間だった。

 一瞬で声を押し殺し、近くの茂みに身をひそめる。ついでに、茂みの色によく似た深い緑色のコートを素早く呼び出して、ハイディングをする。

 

(誰だ・・・!)

 

 俺がとっさに隠れたのは、人の声と音がしたからだ。この辺は人型モンスターがポップすることはなかったはず。ということは、ほぼ間違いなくプレイヤー。

 やがて聞こえてきたやりとりと、見えてきた顔立ちですぐに相手が分かった。何しろ、俺が情報を集めさせた、まさにその集団だったからだ。

 

 

「いやー、今回の相手は貧弱だったねぇ」

 

「そうね。最初は女だと思って強気に出てたのに、最後になったらみっともなく命乞いとか。貧弱な上にビンボーだし、ある意味最悪」

 

「でも何もないよりましじゃない?」

 

「それもそうね」

 

「ま、でも、次は実入りのよさそうなの選ぼうよ。それこそ、攻略組とか。あたしらからしたら敵じゃないでしょ」

 

「でもそうねぇ・・・、対人戦闘っていう点なら勝てるかも。デュエル祭りみたけど、そんなにレベル高くなかったし。剣のほうの決勝に進んだ二人は群を抜いてたけど」

 

「というか、ジャスミンだったら楽勝じゃない?碌に反撃させてないわけだし」

 

「簡単に言うわね、ヴァイオレット」

 

「だってみんな信頼してるし。ねえ?」

 

 その声に、そのほかのメンバーも同意する。が、近くの茂みに隠れている身としては、

 

(ねえ、じゃねえよクソボケ。・・・何はともあれ、間違いないな)

 

 攻略組はここ一発の度胸ということにかけては一級品の奴らばかりだ。舐めるな、というのが本音だ。

 正直なところ、こんなところで会うとは思ってもみなかった、というのは確かにあった。いくら調べてあったとはいえ、確認のために、一度直接言葉を聞く必要があった。それを、こうしてこんなところで達成できるとも思っていなかった。だが、その偶然のおかげで、今回確認がとれた。

 

(逃がさねえぞ、“女狐”どもが)

 

 だが、今回は間が悪い。一切、何も準備ができていない状況で飛び出すのは、どう贔屓目に見ても得策ではない。ここは退くのがベターだった。

 物音を立てないように、立ち上がらずに移動する。かなり距離の取れたところで、かなり適当に作ったワイヤー付きピックを投げる。それは十分に効力を発揮したようで、突然飛んできたピックに泡を食っている間に俺は全力ダッシュを持ってあっさりと離脱した。

 あのプレイヤーたちは、“ハーブティー”という名前の小規模ギルドだ。構成員に女性が多いことで知られている。そして、そのプレイヤーにしばしば植物の名前が付けられている。例えば、先ほど出たジャスミンは言うまでもなく、ヴァイオレットというのは英語で(すみれ)を指す。名前こそかわいいものだが、あまたのプレイヤーたちから略奪行為を行うオレンジギルドだ。しかも、システムの抜け道をうまく使い、ほとんどのギルメンがグリーンであることが多いという、質の悪いことこの上ないギルドだ。その行為から、ついたあだ名が“女狐”だ。

 

(どこに行っても、多分どれだけ時間が流れても、あの手の輩のやることってのは変わらねえのな)

 

 そして、俺にとっては少なからず因縁のある相手でもある。相手にとっては些末なことかもしれないが、俺からしたらかなり恨んでもいいはずだ。たとえ、それが些末な、他人から見たら笑い飛ばせることの一つだとしても。

 そして、彼女らを見て、俺の中ではっきりと一つの結論が出た。いや、自覚した。

 

(まったく、)「とんだ道化だな、俺も」

 

 そう思いつつ、俺は思い浮かんだ相手に連絡をとった。

 

 

 

 返信はすぐに来た。ふたりともすぐに来てくれるとのことだったので、すぐに打ち合わせをすることにした。

 すぐに目的地である、第一層ボス部屋に向かう。すぐにアルゴが来て、ゲイザーが来た。結論から言えば、俺の望んでいた情報と要求を二人は呑んでくれた。流石はアインクラッドでも大手の情報屋二人だ。

 

 

 そして、俺は久しぶりに、フロアボス攻略戦に参加した。その時のことが語られないのは、あまりにも終了後におこったことが衝撃的だったからだろう。

 

 ボス戦終了後、全体が疲れ果てている時に、ボス部屋に三人のプレイヤーが入ってきた。その一人が誰かというのを認識した瞬間、全体に再び緊張が走った。

 

「PoH・・・!」

 

 どこからか上がったその声に、PoHは片手を軽く上げた。

 

「おっとstopだ、お歴々。今俺たちがここに来たのは、返事を聞きに来た、ってだけだ」

 

「返事、だと」

 

 唸るようにリンドが言う。それを腕で軽く抑えて、俺は立ち上がった。

 

「俺に、だよ」

 

 決して声を張ったわけではない。が、その声は静かな部屋に、やけに大きく響いた。

 

「PoH。理由とか喋ってたら長いから結論だけにしてやる。

 誘いは受ける。ただし、条件がある」

 

 開口一番の俺の発言に、PoHは面白そうに目を細めた。

 

「なるほど。聞こう」

 

「前線でのPK、具体的には最前線の層を含めて上三層―――つまり、最前線とその一個下、さらにその下の層だが―――での、少なくともPoH集団によるPKの禁止。これを守る約束がなされない場合、誘いを受けるわけにはいかない」

 

 その俺の発言に、さらにPoHは口角を上げた。

 

「I’ve got it. お安い御用というやつだよ」

 

「そうか」

 

 それを受けて、俺は立ち上がる。もうすでに、刀は鞘に収まっていた。

 

「待てよ、いったい何が何だか」

 

 慌てたようにかかる声は、最近攻略組入りしたクラインか。新参者とはいえど、その度胸と技量は尊敬に値するものがあった。あのレインと張り合っただけはある。

 

「俺は、PoH(こっち)側につく」

 

 それだけ言い残すと、俺はPoHのほうに歩いていった。その姿に、その場にいた攻略組全員が言葉を失っていた。

 

「そういうことだ。よろしく頼む」

 

「歓迎するぜ、lotus君よぉ」

 

 完全なる静寂の中、俺とPoH、そして取り巻きたちはボス部屋を後にした。

 




 はい、というわけで。

 これよりSAO編、中章です。この話は中章プロローグということで20.5話としました。
 ここではまだありませんが、これ以降胸糞シーンが見られることがあります。ご注意を。一応あまりに胸糞悪い話だと前書きで警告をするようにはします。

 これを書く前から、こういう風なキャラがいてもいいんじゃないか、と思っていて、それをある程度練ったうえで投稿を始めたのがこの作品です。なので、これは決して思い付きではありません。

 これから先の話でも、基本的には主人公からの目線で書いていくつもりですが、ちょくちょく目線が変わります。でも、誰からの目線からというのを書いていると、区切りとかが自分でわからなくなりそうなので書きません。その辺はご了承ください。
 といっても、誰目線で書いているのかというのがわかるようにはしますが。

 ではまた次回。


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21.初殺しと逡巡

 今回少し胸糞シーンが入ります。ご注意ください。


 俺たちは、いや、俺はフィールドに出てきていた。今日は俺の初めてのPKだ。不思議なほどに恐怖心はない。ターゲットが狩場としているあたりに身を潜めつつ、ターゲットが通りかかるのを待っていた。もうすでに、黄緑色の刃をした“パラライスローイングピック”を抜いてあった。

 

(もうそろそろ・・・)

 

 今回は、こっちにターゲットを追い込んで、とどめを俺が刺す、というものだ。つまりは、お膳立てはするから後はしっかりやればよし、というわけだ。

 そんなことを考えていると、ターゲットがこちらに走ってきた。

 

(・・・ここ!)

 

 狙いを澄まして、シングルシュートを投げつける。ピンポイントで俺が投げつけたスローイングピックはきっちりと相手を捉え、相手は崩れ落ちた。

 

「・・・え・・・?」

 

 何が起こったかわからない、という様子の相手の前に、俺は刀を―――鬼斬破ではなく、替えのきくドロップ品だが―――肩に担ぎながら、口元には微笑すら浮かべて前に出た。

 

「あんたは・・・!」

 

 意外なことに、相手は俺が誰なのか知っているらしい。俺のカラーカーソルをはっきり見て、顔が驚愕に染まった。もうとうの昔に俺のカラーカーソルはオレンジになっていた。

 

「本当だったのか・・・」

 

「まあな。こういうことも、まあ悪くないって前から思っててな」

 

 そこで、相手も俺の浮かべる笑みの意味に気付いたらしい。

 

「なぜ・・・なぜ、こんなことを!」

 

「言っただろ?こういうことも悪くないって」

 

 言いつつ、刀をぶらりと振り下ろす。その刃は相手の右腕を、実にあっさりと斬り落とした。相手は一瞬何が起こったかわからなかったようだが、すぐにどういう状態になっているのかを悟って声を上げた。

 

「うわぁぁぁ!」

 

「んだよ、うっせーな。たかだか腕一本じゃねえか」

 

 そう言いつつ、俺は移動する。体の反対側に移動した俺は、俺は刀を返すように斬り上げながら、もう片方の腕も切り落とした。もう相手は恐怖のあまり言葉もないらしい。

 

「ま、こうやって両腕チョンパされたら、怖いのも納得だけど」

 

 そう言って、俺は足で無理矢理仰向けにした。こうすると、相手の表情がよくわかる。

 

「おーおー、いい感じに絶望してんなー」

 

 相手の表情は絶望に染まっていた。絶望と恐怖、少なくとも俺にはそれだけしか感じられなかった。表向きでは変わらず冷笑とも取れる微笑のままで、それが余計に相手の恐怖を煽っているらしい。相手は完全に言葉を失っていた。

 

「抵抗されるのも面倒だし、足も切っちゃおうか」

 

「やめ・・・!」

 

 ようやく怯えたように声を出すが、もう遅い。あっさりと両足を斬り捨てる。小さく確かなポリゴンの炸裂音と共に、あっさりと両方の足が消えた。

 

「んじゃま、あんたに恨みはないけど。俺らの標的になったことが最後だ。恨んでくれて構わないから死んでくれや」

 

 そう言うと、俺はその胸に刀を突き立てる。ピックによる追加ダメージに加え、先ほど両足を斬り捨てたことによってクリティカルダメージが入ったことで、かなりの深いダメージが入ったことでレッド一歩手前のイエローまで落ちていた相手のHPは、それで全損となった。人一人分のポリゴンが炸裂し、そのプレイヤーがそこから消える。完全にポリゴンのかけらが消えたところで、俺は刀を振って、静かに鞘に納めた。直後に、パチパチと静かな拍手が鳴り響いた。

 

「excellent! やっぱりお前は俺の見込んだ通りの男だよ」

 

「そりゃどうも。お眼鏡にかなったようで何よりだよ」

 

 暗闇から出てきたのはPoHだった。今までなら警戒するところだが、もうその必要もない。というか、同じギルドに入った以上、警戒したほうがかえって不自然だ。

 

「いやはや、ここまで躊躇がないとはな。正直、想像以上だったよ」

 

「そりゃ何よりだ」

 

 そう言いつつ、俺たちは同じ方向へと歩き出す。攻略した階層が増えたことで、拠点にできる村の数も必然的に増えた。その中で、最近発見されたのが通称“圏外村”だ。これは、犯罪防止機能(アンチクリミナルコード)が機能していないが、Mobが来ないのはもちろん、アイテムの販売や鍛冶屋、場所によっては簡易の宿屋まであるという、まさに“圏外にあるだけの普通の村”というものだ。おそらく運営側としては期せずしてオレンジになってしまったプレイヤーに対する、カルマのクエスト発見前の救済措置として設けたものだろうが、それがかえってオレンジや、殺人を積極的に犯すPoHたち、通称レッドの格好の補給場所となっている。

 不幸中の幸いなのは、PoHたちが行うのはあくまで快楽殺人のみということだ。つまり、狩りを行うのはフィールドのみということで、補給をしているプレイヤーからの簒奪は一切しない。つまり、運営が本来想定した目的である、たまたま事故でオレンジになってしまったプレイヤーが補給に立ち寄っても、少なくともPoH一派には殺される心配はないわけだ。もっとも、そこで目を付けられて勧誘も兼ねた対象に挙がってしまう可能性は否定できないが。

 

 圏外村を経由してとあるダンジョンへとたどり着いた。経由してきた圏外村はあくまでダミーだ。このダンジョンこそ、俺たちの本来のアジトだった。

 

「おー、ヘッド、お帰りなさい」

 

「その、様子では、大丈夫、だったようだな」

 

 迎えたのは細い目のジョニーブラックと、赤い目のザザがいた。この二人は大抵セットで動いているので、片割れだけいないということはほとんどない。

 

「Yeah、俺が思っていた以上にamazingだったぜ。お前らにも見せてやりたかった」

 

「それは、確かに、見てみたかったな。だが、こいつが、堪えられたかどうか」

 

「なんだよ、人をこらえ性がないみたいに」

 

「実際、そういった、節は、あるだろう」

 

「Haha、それは確かにな。お前さんはamuseを求めるあまりがっつく節があるからなあ」

 

 ザザの的確な指摘には軽くふてくされたが、PoHの同意には納得いかなさそうながらも声を押さえた。もっとも、表情はまだ不満が残っていたが。

 

「ま、とにかく、だ。これで本当の意味で仲間だな。改めてよろしく」

 

「ああ」

 

 そう言って、俺たちは手を取り合った。

 

 

 

 

 元攻略組で、現PoH一派のロータスが、中層においてついにPKを行った、という情報は、その日のうちに回った。ロータスがPKO集団側についてからもう2か月になる。そろそろ動きを見せてもおかしくないとみられていた矢先のこれだ。攻略組のみならず、普通のプレイヤーもこぞってこの情報に飛びついた。が、

 

(本当に何を考えてるんだ、ロータス・・・)

 

 このプレイヤーだけは違った。名前はアルゴ。アインクラッド1の情報屋で、その速度と正確さには定評がありお得意様も多いプレイヤーだ。

 彼女の武器はなんといっても嗅覚だ。といっても、五感の一つであるそれではなく、第六感的なものだ。要するに、“なんかここ怪しいぞ”というのをかぎつける能力の高さこそが彼女をアインクラッド1といわしめているものだ。だが、そんな彼女でも、彼の行動には謎が多すぎた。

 

 ことは2か月前、丁度ロータスがお誘いを受ける前までさかのぼる。

 

 

 突然、アルゴにメールが届いた。それ自体は珍しいことではない。が、件名はおろか、内容すらも珍しかった。

 

(できるだけ早く会って話しがしたい。都合のつく日を教えてくれ、って・・・。めっずらしーなー、あのハスボーが)

 

 ロータスという人間は、基本的にこういった待ち合わせはしっかりと準備できる期間を置いて行動する人間だ。しかも、件名にはご丁寧に【火急】の文字。本当に急いでいるのだろう。

 

(こっちはいつでも大丈夫。何なら今でもいいゾ。っと)

 

 思ったことをそのまま送る。返信は5分と経たずに帰ってきた。

 

「おいおい、マジかヨ・・・」

 

 返信された内容は“おっけ、なら今から第一層ボス部屋に来てくれ”だったのだ。確かに、もぬけの殻となった第一層ボス部屋に行くもの好きなどそうそうはいないだろうが、何せ今からである。リアルと違ってあれこれ準備する必要はないが、心の準備というものは必要だった。必要最低限の準備をして、アルゴは拠点としている部屋を出た。

 

 

 アルゴがボス部屋についたとき、もうすでにロータスはいた。だが、その表情はとても思いつめたようだった。向こうもこちらが入ってきてすぐに気づいたようで、

 

「悪いな、急に呼び出して」

 

 とだけ言った。だがすぐに元の表情に戻った。

 正直なところ、その時点でもうすでに意外だった。この男は、どんな状況にも飄々としてつかみどころのない、柔よく剛を制すという言葉を体現しているかのようなふるまいをすることが多かったからだ。それに不思議に思いながら考えていると、もう一人やってきた。そちらに目を向けると、アルゴにとっては商売敵のプレイヤーがいた。

 

「ゲイザーも悪いな、急に呼び出して」

 

「いいや、君がこんなことを言いだすなんて珍しいからね。

 それで、話とは?」

 

 表面上は本当に快く引き受けてはいるものの、ゲイザーもどこか訝しげだった。

 

「まず初めに言っておく。怒らずに最後まで聞いてくれ」

 

 最初に切り出されたその言葉に、言い様のない不安感を感じた。

 

「今、俺はPoHからこっちの派閥に来ないか、とお誘いを受けてる。で、結論から言っちゃうと、俺はこのお誘いを受ける。おたくらには、この情報をばらまいてほしいんだ。タイミングとしては、俺がお誘いを受けたその日の日付が変わるとき。引き受けてもらえるか」

 

 言っていることは無茶苦茶だ。それに、こんな情報を新聞に売ったらそれこそ想像を絶する価格で売れるだろう。だが、そもそも根本となる信憑性が怪しい。そのあたりまで考えていないこいつではないだろう。何より、

 

「・・・本気なんだな」

 

 あえて、いつものちょっとおどけたような口調ではなく、真剣な口調でアルゴが尋ねた。正直、本人から直接、こうして聞かなければ眉唾として斬り捨てていただろう。

 

「ああ。この先どうなろうとも、後悔をするつもりはない」

 

 一言に込められた、覚悟、決意、気迫。ただのデータの塊でしかないはずのそこに込められたものを感じ取り、アルゴの心は固まった。

 

「理由を聞いても?」

 

 だが、隣のゲイザーはそういうわけにはいかないようだ。

 

「今は言えない。いつかきっと言える日が来ると思う。それまでは、リスク軽減のためにも、言わないほうがいいと思う。何より、これ以上、巻き込めねーよ」

 

 ゆっくりと息をつきながらゲイザーは目を閉じた。そのまま暫く、まるで眠っているかのような沈黙を保っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「引き受けよう。そのお誘いを受ける日付というのはわかっているのかな?」

 

「ああ。今週、フロアボスの攻略が行われるのは知ってるよな?フロアボス攻略後、その返答を出す」

 

「攻略組全員の前で、ってことカ?」

 

「ああ。それなら、あいつらも余計なことはできないだろうし、こちらとしても手出しはできない。おそらくは、一番スムーズにことが進むはずだ」

 

 それは確かにそうかもしれない。今の時点でPoH側と攻略組側が戦ったらどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。ならば、ことが起こることはないだろう。

 

「攻略組が帰ってくる、その前に情報を広めればいいんだナ?」

 

「ああ。できれば、攻略組が広める寸前に。新聞屋とかに売りつければ高値で売れるはずだし、後は勝手に広まるはずだ」

 

 その理屈なら十分に理解できる。

 

「分かった。こっちとしても、十分に利益の見込める話だしね」

 

「“鼠”の名前にかけて、絶対にこの依頼は達成するヨ」

 

「・・・恩に着る」

 

 一つ頭を下げて、ロータスはメニューウィンドウを表示させた。だが、その瞬間に、アルゴが止めた。

 

「おっと、今回のお代は要らないヨ」

 

「でも、あんまりにも無茶な依頼だ。少しでも払っておかないと」

 

「あんまりにも無茶だからこそ、だよ。それに、今回の件は十分以上に報酬が見込める。お代などもらわなくとも十分な収益を見込めるさ」

 

 そう言うと、ゲイザーはアルゴの肩を軽く叩いた。

 

「さて、これからは打ち合わせだ。お互い情報の取引と、どちらがどこに売り込むかを決めなくてはならない」

 

「そーだナ。んじゃそーいうことだから、こっちは任せロ」

 

 そう言うと、お互いに出口へ向かって歩き出した。その背中に向かって深く頭を下げると、ロータスは逆側の出口に向かって歩き出した。

 

 それが、2か月前の出来事。

 

 

 

 あれからアルゴはロータスの動きをできるだけ注意深く追うことにしていた。あれ以来、ゲイザーとは商売敵でありながら共闘関係でもあるという、複雑という人子に尽きる関係になっていた。だが、ふたりの間での共通認識は、当面の間のロータスの動きを共有するということについてはほぼ同一といってもいいほどに共通していた。だからこそ、今回別件で手が離せなかったアルゴに代わって、ゲイザーが何とか情報を収集して報告したことで、いち早くアルゴがこの情報を知ることができたのだ。

 

(たぶん、あの時濁した“理由”・・・。それが、今回の行動原理であり、これからの行動指針になってくる・・・。逐一分析しないと・・・)

 

 暗く静かな部屋の中で、アルゴはずっとそれだけを考えていた。

 




 はい、というわけで。

 定例のペースからすると少し遅れました。
 べ、別にゴッドイーターのアニメ再開を機にまとめて見直してたとかディバゲやってたとかそんなのはないからな!(震え声

 今回はロータス君の初PKと、SAO中章のプロローグの裏話でした。
 ロータス君、あんまりにも人殺しに忌避感なさすぎでしょ。確かにこれはゲームですけども。
 プロローグ裏話は、これによって発生したことが後に響いてきます。中章は転換期ではありますが短めにまとめる予定ですので、頭の片隅で覚えておいてもらえるとあとで納得ということになると思います。

 今回はあんまりにもあっさりだったため“少し”胸糞でした。が、次の話は、主も一気に書き上げないとやってられないくらいの話だったので、今のうちにある程度覚悟しておいてもらえるとこちらとしては助かります。

 ではまた次回。


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22.狩り

 今回、かなり胸糞シーンと外道シーンがあります。


 俺が初めてPKしてからすぐ、俺は服装を変えていた。表向きは隠蔽だ。俺のことは俺自身がばらまいたから、今までと同じような恰好をしていたら、間違いなく一発で気づかれて逃げられる。特に、俺は何の因果か、この世界に来てからというもの、ほとんど臙脂というか、所謂暗い赤色系統の恰好ばかりしていたから、姿を変えるのは楽だった。

 今の俺の服装は、黒のインナーにそれより若干色の明るい外套を羽織って、それを革の色に近いベルトで前を留め、ダークグレーのズボン。かつてのイメージカラーである臙脂は口元を覆うマフラー状の布にのみ残ることになった。・・・結果的にどこかで見たような感じになってしまったが気にしない。

 そして、今俺は暗闇に紛れて待ち伏せをしていた。俺が初めてのPKを成功させてからもう1か月になる。その間に何人か殺し、完全に殺す感覚に慣れてしまった。今回は、完全に俺のみでの、完全に俺しか知らないPKを行うことになっていた。

 

「んー、なんでだろ、最近実入り薄くない?」

 

「そうだねー。なんでだろ?」

 

「それを聞いてんじゃん・・・」

 

「大方皆ビビってんでしょ。最近出てきたPKO集団とか言うのに」

 

「あーそうかもねー」

 

 いつものジャスミンとヴァイオレットのやり取りに加わって平坦に答えたのは古参メンバーの一人のウェスティリアか。他にも何人か見える。全員ではないが、そこそこの人数が集まっているようだ。―――そう、今回のターゲットはハーブティーだ。

 

(まあ、あとでまとめて壊滅させるから、俺としてはどうでもいいけど)

 

 そう思うと、集団と音をたてずに並走する。そのまま無音で愛用の少し大振りの短剣を抜き、もう片方の手で普通の投げナイフを抜く。普通の、といっても刃も含めて黒塗りである上に、俺の服装もほぼ黒ずくめなのでまず見えない。それを音も動きも悟られずに上に投げた。直後に対象にも投げる。

 まっすぐ投げたナイフは先頭を歩いていたジャスミンの膝にきれいに突き刺さった。突然襲った感覚に平衡感覚を崩したのか、あっさりとジャスミンが倒れる。そこに、あっさりと上から投げナイフが防具ともなっている衣服をきれいに縫い付けた。

 

「ジャスミン!?」

 

「おや、気付かなかったのですかな」

 

 うっすらと片頬に笑みを浮かべ低い声で語りかけながら、俺は奴らの前に出た。もっとも、そのあたりまで完全に覆われていたので、相手がこちらの笑みに気付いていたかどうかはわからない。

 

「あんた、何者よ!?」

 

「はてさて、こちらに名乗る義理などありますまい」

 

 言い切るが早いか、俺は一瞬で踏み込み、集団の後ろに抜けた。何も起こらないと思い、軽く笑いすら浮かべたメンバーもいる中で、ヴァイオレットだけが驚きに顔を染めていた。その理由は、―――俺が向き直る寸前にヴァイオレットの頭部から発生した炸裂音ですぐに分かった。

 笑いがすぐさま凍り付き、恐怖の悲鳴が喉をつき上げる。何人かは我慢できずに漏れたが、大半がこらえたのは意地か誇りか。

 

「リカバー、ヴァイオレット」

 

「なっ!?」

 

 俺の手の中にいつの間にか握られていたピンク色のクリスタル―――状態異常回復結晶、通称リカバークリスタルが砕ける。瞬間に、ヴァイオレットの首はもと通りとなった。

 

「この通り、首チョンパされても救済手段として、直後にリカバークリスタルを使えばHP減少も止まるし、死ぬことも避けられる。腕でも似たようなもんだけど、ま、HP減少がない分まだましかなー」

 

「何が言いたいの」

 

 相変わらず平坦な声でウェスティリアが問いかける。それに対して俺は笑みを深めて言い放った。

 

「ゲームを始めようってことだよ。あ、逃げようとしたら問答無用で殺すから」

 

 にっこりと擬音がつきそうな、柔らかいとしか言えない口調で言い放った。それは得体の知れない恐怖を内包した反感となって帰ってきた。

 

 まず飛びかかってきたのはウェスティリアだ。武器は短槍。無造作な突きをあっさりと躱し、首を狙う短剣は躱された。続いて飛んできた短剣数本はすべていなし、躱し、受け止めた。

 

「なっ・・・!?」

 

「甘い」

 

 一瞬で間合いを詰めると、俺はあっさりと投げた張本人であるヴァイオレットの首を飛ばした。

 

「リカバーヴァイオレット!」

 

 すぐに叫ばれる結晶の使用コマンド。その首が治るや否や、すぐにもう一度ヴァイオレットの首を飛ばした。振り返りざま、数本の投げナイフを一気に放り投げ、何人かの動きを止める。

 

「投げナイフを使うんなら、これくらいの技術は身に着けておけよ」

 

 ヴァイオレットに向かって不敵に笑いながら言い放つ。当のヴァイオレットは連続で首を飛ばされたことによる戦意喪失により、腰を抜かしてぺたんと座り込んでいた。

 

「や・・・」

 

 その顔は完全に恐怖に染まり、よく見ると微かに震えているようにも見える。

 

「なんだよ、口だけかよ。拍子抜けだな」

 

 これは本心からだった。あれだけ大口を叩いていたから、少なくとも、もう少しは度胸があると思っていたのだが、これではあまりにも拍子抜けだ。

 

「さて、次はどいつだ?」

 

 手の中で短剣をくるくると回して遊びながら、相手の様子を見た。各々自分の武器を構えてこちらに向けてはいるが、人によってわずかに差があるが、目には躊躇が微かに見える。やはり、人殺しというのは忌避感が強いのだろう。

 

「上等。全員まとめてかかってきな」

 

 右手で短剣を逆手で握ると、胸の中央の周辺で、空いた左手は左の一番下の肋骨のあたりに構えた。俺の返答を売り言葉に買い言葉と見たか、全員がまとめてかかってきた。だが、俺からすれば、その攻撃は連携こそできていたが、その太刀筋は甘いとしか言いようのないものだった。

 

「握りが甘い」

 

 まず袈裟に打ちかかってきた相手の手首を強打し、武器落とし(ディスアーム)を誘発すると、相手の右から首を半ば力任せに落とす。背中から迫る刃にはギリギリまで引き付けて躱すことで、同士討ちを恐れて硬直したところを素早く刃を振るって両腕を落とし、とどめとして仕込み靴の刃で足を落とした。

 

「ワーンダーウン」

 

 笑いながら語りかける。その様はさぞかし狂気に映っただろう。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 後ろから女性にあるまじき咆哮を上げながら、隠すということを一切せずに全力で打ちかかってきた刃を受け止める。

 

「よくも、よくも、ヴァイオレットを・・・ッ!」

 

「おやおや、うら若き乙女とは思えぬ振る舞いですなぁ」

 

「うるせえぇ!!」

 

 完全にそれ女性としてどうだよ?と思うような声と態度を表に出しながら、打ちかかってきた当人―――ジャスミンはさらに刃に力を籠める。

 

「てめえは、ここで、絶対に、殺す!」

 

「やれるもんならやってみな、腰抜けお譲さん」

 

 軽い挑発と共に、俺は力を受け流して相手と立ち位置を変える。ヴァイオレットは依然として戦力外、ウェスティリアはヴァイオレットを何とか再起させようとしているが、ほとんど効果がないようだ。他のメンバーも、臆したのか仕掛けてくる気配はない。その中の一人が、こちらに背を向けて走り出した。が、

 

「言ったよね?逃げようとしたら―――」

 

 そう言って、一瞬で回り込んで、胸にその刃を突き立てる。と同時に、もう片方の手で今度は黒に近い紫色の刃をしたピックと、黄緑色のピックを一種類ずつ抜いて突き刺した。

 

「問答無用で、殺すって」

 

 同時に点灯するのは、最高レベルの麻痺と毒を示すアイコン。胸でクリティカルヒット扱いになったHPに、その麻痺と毒が完全に追い打ちになった。俺がその体を無理矢理ぶん投げ、相手はなす術なく地面に叩き付けられた。そのダメージは残り僅かなHPを食らいつくし、体を爆散させた。それを追う形で、優雅とも取れる足取りで元の場所へと戻りながら、俺は言った。

 

「君ら程度のレベルで俺から逃げれるとは思わないことね。攻略組に匹敵するレベリングでもしてなけりゃ、俺のレベルには追い付いていないと考えて問題ないだろうし」

 

 俺が攻略組から抜けてからまだ二か月しか経ってない。加えて、ペースは落ちているとはいっても俺はレベリングを続けている。あれから10層以上攻略は進んだが、その間に俺のレベルも8ほど上がっている。攻略組の中でも俺はかなり高いレベルの部類に属していたため、こいつらが攻略組レベルのステータスと経験値を持っていない限り、俺がステータス負けすることはない。といっても、慢心などするはずもないが。

 

「まさか、ブラッディ・ロータス・・・!?」

 

「あれま、いつの間にか俺もずいぶんと有名人になったもんだな」

 

 攻略組からPKO集団の一員へと堕ちた俺は、攻略組に所属していたころからずっと暗い赤色の服を着ていたことから、今では血まみれの蓮、鮮血の蓮、という意味からブラッディ・ロータスと呼ばれるようになっていた。

 それほどまでに名前が売れていても、彼女らが気付かなかったということを責める理由にはならないだろう。基本的に俺たちは姿を悟られた相手は尽く葬るか“お話”の上での説得をしているのだから。しかも、ここまで俺は意図してキャラを思い切り変えているどころか、声域が狭いため若干止まりだが声の高さも普通とは変えている。むしろこの状態で気づくのは顔なじみの連中くらいだろう。

 

「てことは、こいつ、PKO集団の・・・?」

 

「そゆこと。ついでに言うと、あんたらは蜘蛛の巣にかかった蝶同然だと自覚して?」

 

 蜘蛛の巣に運悪く捕まった蝶は、やがてそれを知った蜘蛛に食われるだけ。逃げることも許されず、ただその身を食われる。ようやく女たちは、自分が狩る側から狩られる側へと回っていることに気がついた。

 

「さて、と。かなり興が削がれた感はあるけど、改めて、ゲーム再開と行こうか」

 

 相変わらず笑みを絶やさずに俺は語りかける。その直後、俺を囲んでいた雰囲気が明らかに変わった。今までの、強い反感や反発をはらんだものから、恐怖と、微かな覚悟をはらんだそれへと。

 

「んー、悪くない。やっぱり得物は活きがよくないとね」

 

 言いつつ、俺は改めてアプローチを考える。その時に、一人が突然叫びだした。

 

「わああぁぁぁ!!」

 

 駆け引きのかけらもない、ただ恐怖にかられただけの突進。稚拙以外の何物でもないその攻撃を、俺はあっさりと回避して、すれ違いざまに首をあっさりと飛ばした。

 

「リ、リカバークリサンセマム」

 

 ところどころ裏返ったコール。その結晶が砕けるのとほぼ同時に、もう一つの炸裂音が重なった。首が飛んですぐにもう一つコールが入る。

 

「リカバーアマリリス!」

 

 今度ははっきりとしたコール。だが、こちらも、今度は複数の炸裂音が重なった。そのコールした張本人の手足と首が一瞬で飛んだのだ。次のコールはなかった。

 

「まさかとは思うけど、もう在庫切れ?さすがに早すぎない?それとも、仲間を見捨てたの?」

 

 そう言いつつ、周りを見渡す。背後からする、人一人分のポリゴン炸裂音を聞きながら、試しに周囲に刃を向けてみるが、返ってきたのは腰が引けてただ自分の得物を握っているだけの、完全に恐怖に染まったそれだけ。

 

「・・・マジかよ。も少し粘ってくれるかなと思ってたのに、これでもう完っっ全に興が冷めたわ」

 

 本当に落胆した()()()()()()俺は短剣を納めた。それにより安心したのか、今まで張りつめていた空気が一気に緩んだ。それこそが、俺の狙いだった。いったん上着の中に手を入れて、腕を出しざまに振る。瞬間に、その場で俺に一番近いプレイヤーがその場に崩れ落ちた。

 

「え・・・?」

 

 その後も、次々とプレイヤーが崩れ落ちていく。やがて、ジャスミンが不思議そうにつぶやいた。

 

「どうして・・・?」

 

「どうしてってそりゃ、麻痺ったら倒れるに決まってんだろ。身動き取れないんだから」

 

 俺が行ったのはひどく単純な行為だ。上着に仕込んであった大量の麻痺投げナイフを、次々に投擲しただけだ。もっとも、投げる順番やタイミング、目標を間違えたりすると面倒なことにもなりかねないのだが、うまくいったのでそのあたりは考えないこととする。

 

「なんで、麻痺状態なんか・・・。Mobの気配もないのに」

 

「はぁ・・・恐怖で頭までおかしくなったか?Mobしか麻痺攻撃使わないって根拠はいったいどこから湧いて出てきた?」

 

 ため息をついて、俺はもう一本あった麻痺ナイフを見せる。

 

「で、あたしたちをどうするつもり?あんたは男だから、どうしようもならないわよ」

 

「そうだなぁ、面倒なことにもなりかねないし。でもな、()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言うと、俺は軽く右手を掲げて指を動かした。瞬間に、完全に見えない位置から深緑の迷彩ポンチョを着たプレイヤーが出てきた。

 

「ようやくお仕事ぉ?どれだけお預けにしてるのよ?」

 

「ほらほら、グダグダ言ってねえでやれ、エリーゼ。麻痺はさっきかけたばっかだし、何よりこの腰抜けどもなら大丈夫だろう。報酬はきっちり払うし、後はこっちで処理する」

 

「はいはい分かりましたよー」

 

 そう言うと、そのプレイヤー、もといエリーゼは麻痺で倒れているハーブティーのメンバーの右腕を操作し、メニューウィンドウを操作していく。一般的には他のプレイヤーには詳細を見ることはできないが、それはオプションで変更することができる。それはこの手の犯罪ギルドにとっては公然の秘密だ。もっとも、普通なら使う機会などほとんどないが。

 やがて、エリーゼがあるタブを見つける。それを、

 

「やめ―――」

「イ、エース」

 

 どこかあけすけすぎるほど陽気にタップする。警告ログとそのプレイヤーから上がる声を無視して、もう一度タップ。

 

「やだ、やだやだやだやだ・・・!」

 

 当の操作されたプレイヤーは、先ほどの怯えた表情のほうがまだましなのではないかと言うほどに泣き崩れ、絶望していた。明らかに一変したその様子に、ジャスミンがこちらに向かって強烈に睨む。

 

「何をした・・・!?」

 

「なあに、とあるタブを解除しただけだ。いずれあんたにもわかるだろうから、何を操作したのかはその時までのお楽しみ、ってことで

 悪いエリーゼ、急で悪いが一つ追加注文頼む」

 

「何よ?」

 

「あいつを最後にしてくれ。後は任せる」

 

「了解。そのくらいなら追加料金は1000でいいわよ」

 

「さんきゅ、じゃあ頼んだ」

 

 片頬のみをつり上げ、不敵に、邪悪に嗤った。

 次々とエリーゼが、ハーブティーのプレイヤーのメニューを操作し、操作されたプレイヤーは次々に絶望していく。泣き崩れるもの、声もないもの、唇を噛みしめるもの、様々なものがいた。

 やがて、ジャスミンの順番が来た。それまでも、まだ強気な態度を崩さない。

 

「いいねえ、そう言う表情のやつが絶望する瞬間が見られるっていうのは!いやはや、ここまで嬲った甲斐もあったというものだ!」

 

 今度こそ、俺は大口を開けて哄笑する。俺のその顔が不愉快極まりないのだろう、ジャスミンはこちらをさらに強くにらんだ。

 

「もうやっていいの?」

 

「ああ、やっちまえ。あ、そうだ。何なら、読み上げながら操作ってので」

 

「・・・5000。さっきとは別で」

 

「合計で追加6000ね、承知」

 

 そのやり取りを終えると、エリーゼはジャスミンの右手をとった。手始めにメニューを開く。

 

「さて、まずは可視状態に変更して」

 

 まず一回タップ。

 

「オプションタグを開いて、スクロール」

 

 さらにタブを送っていく。

 

「倫理コード解除設定、っと」

 

「え・・・!?」

 

 そこまでいって、ようやく何をされるのかを悟り、怯えたように声を上げる。だが、もう遅い。

 

「やめて・・・」

 

「全解除を選んで、警告なんて無視してイエスをタップっと」

「やめてえええぇぇぇぇ!!!」

 

 か細い声の抗議など耳を貸さず、あっさりと作業を続ける。絶叫とも取れる抗議すらもどこ吹く風で、無慈悲な処刑宣告が行われた。瞬間、ジャスミンの表情が絶望に染まる。

 

 倫理コード設定。それは、SAOの中において、所謂セクハラ、痴漢行為全般を防止するために設けられたものだ。具体的に言うと、異性のプレイヤー―――どちらからでもだが―――の一定以上の接触を続けると、まず軽く弾かれるような不快感が発生し、やがて強く弾かれ、最終的には強制的に牢獄送りになる。解除にはある程度段階があり、全解除をすればセクハラ行為で牢獄送りはなくなる。つまり、普通はシステム上不可能な性行為も可能となる。加えて、ステータスは俺のほうが圧倒的に上。これが何を意味するのか分からないほど馬鹿じゃないだろうとは思っていたし、実際そうだった。

 

「昔のアニメの台詞にこんなものがある。

『恐怖というものには鮮度があります。怯えれば怯えるほどに感情というものは死んでいくものなのです。真の意味での恐怖とは、静的な状態ではなく、変化の動態。希望が絶望へと切り替わる、その瞬間のことを言う』

 なるほど、実際に体感してみると優れた比喩だな。さて、その瑞々しく新鮮な恐怖の味はどうだ?殺されないと思ったら、一方的に、女としても凌辱されながら死んでいくかもしれない・・・。その感想は?」

 

 完全に恐怖に染まったその顔に、俺は傍から見れば穏やかそのものの口調で語りかける。だが、その顔は泣き崩れ、筆舌に尽くしがたい恐怖しか感じ取れなかった。

 

「ところでさ、もし俺は今後あんたらに何もせず、もちろんメンバーを殺すこともないって選択肢があるっていったら、どうする?あ、無論あんたも込みでね」

 

 一瞬表情を消してから、にこやかに再び笑った。だが、それは今までの嘲笑ではなく、本当に柔らかな笑みだった。だが、それだけで安心するほど相手も馬鹿ではなかった。だがそれは、平常時ならばの話だ。

 

「本当?」

 

「ああ、本当だ。俺は、()()()()()()()()

 

 さっきまで自分を殺そうとしていた人間の言葉だ。それでも辱めの限りを尽くしたうえで殺されるのと、何もせずに生きられるもののどちらがいいか、というのは選ぶまでもなかった。溺れる者は藁をもつかむ、という言葉の典型だった。

 

「よし、それじゃまず―――」

 

 そうして俺は笑みを崩さずに、その計画の一端を少しずつ話していく。こうなってしまったら後はマリオネットだ。こちらの掌の上で踊るしかない。内心ではこの上なく昏い笑みを浮かべていた。

 だが、1ミリでも考える余裕がこいつにあるのであれば、そして先ほどの言葉を覚えているのならば、俺が何もしないなどということがあるなど、果たして思っただろうか。もっとも、その精神的余裕を潰すことがこんなあまりにも回りくどい手段の一つでもあったのだが。

 

「さてと、あんたはもう帰ってもいいぞ。報酬の件はまた追って連絡する」

 

「ん、分かった。もし払わなかったら本気で殺しにかかるからそこんとこよろしく」

 

「分かってるっての。約束は守る。契約の類ならなおさらだ」

 

 そういうと、エリーゼは去っていった。ジャスミンが俺の指示した行動をするその隣で、俺は得意技でもある高速タイピングで、あるプレイヤーに連絡を取っていた。

 

 

 

 その後、俺はジャスミンの案内である場所に向かっていた。その後ろにはまるで葬式にでも行くような生き残りのハーブティーの面々。

 どこか暗く、絶望している。だがそれでもついてきているという奇妙な状況。その原因はほんの1時間ほど前にさかのぼる。

 

 

「じゃあまずは、君たちの本拠地の場所教えて?」

 

「知ってどうするの?」

 

「まあいいから。逆らったらどうなるか、分かるよね?あ、それも、矛先は君とは限らないわけだし?」

 

 その瞬間に、俺の“にっこり”の意味が分かったらしい。だが、脅しがまやかしでも何でもないと分かっている以上、選択肢はなかった。

 

「・・・第13層の圏外村、ネモスにあるわ」

 

「もっと具体的には?」

 

「大きな、洋館のようなプレイヤーハウス。そこが私たちのアジト」

 

「そっか。なら、今からみんなで向かおうか、そのアジトに。あ、待ち伏せとかは、少なくとも俺ら側はしないから安心して。

 あ、言い忘れてたけど、妙な行動起こすとか、可視モードの解除と倫理コードの再設定はしないでね。した瞬間に、気分で誰か選んで、インナー以外すべて装備全解除の上、フィールドに麻痺らせたまま放置するから」

 

 背中の気配を敏感に感じ取り、思い出したように言う。その言葉で、何人かがすぐにメニューを閉じる。それができないのならば、メニューウィンドウに意味はない。

 

「いい子だねー。

 それと、ギルメンを全員本拠地に集合させといて。いいね?」

 

 疑問とささやかな希望が混じった表情で、こくりとまるで人形のように頷いた。

 

「さて、行こうか。そろそろ麻痺も治ってるでしょ?ま、治ってなかったら引きずってでも連れていくけど」

 

 そう言うと、俺は立ち上がった。直後、他のメンバーものろのろと立ち上がった。

 

「えっと、ここが14層だから、一個下か。迷宮区抜けることになるけど、問題ないね?ある程度は、俺も護衛するし」

 

「信用できない」

 

「だろうね。でもまあついてきてよ。生きたいんでしょ?」

 

 生きたい。その言葉を出された瞬間に、少女たちは退路などなかったことに気付いた。

 

「・・・分かった」

 

「ん、よろしい」

 

 にこりと微笑んでこちらを振り返る青年からは何も読み取れず、それが空恐ろしさを加速させていた。

 

 

 やがて、彼女らのアジトに到着した。攻略組であった俺からしたらこのあたりになど敵はいない。遭遇した敵を片っ端から倒していっても、特に問題はなかった。見たところ周囲には誰もおらず、彼の言葉が正確であることを明確に物語っていた。

 

「中に入ったら、ギルメンを外に連れ出して」

 

「全員?」

 

「もちろん。あんまりにも出てこないようだったら中に乗り込んで血吹雪舞わすから」

 

 耳打ちでの会話を終えると、俺はジャスミンの背中を軽く押した。

 

 やがて間もなくして全員のギルメンが出てきた。

 

「で、次は何をすればいいの?」

 

「次が最後で、一番簡単。ここに署名して」

 

 そう言って取り出したのは一枚の紙。だが、その上には青白い炎がともっていた。

 

「こうすれば、俺という脅威から、君たちの命は保護される。システム的に、ね」

 

 そのアイテムは、一般にはなじみの薄いもの。だが、オレンジギルドの面々にとってはとてもポピュラーなものだった。

 

「ギアススクロール・・・!」

 

「そ。口約束だけじゃ信用されないだろうからね」

 

 正式名称、“誓約の巻物”。これに署名したプレイヤーは、システム的にその条文において制限されている行動の逸脱が不可能となるというアイテムだ。これは、このアイテムが損傷―――破られる、燃やされるなど―――しても、効力は持続する。その性質から、某英霊や魔術師が出て来る作品から、ギアススクロールと言われている。そして、この書物にはすでにlotusという名前が署名され、あと一つ署名欄が空いていた。

 

「条文を確認しても?」

 

「どうぞどうぞ。っていっても、本当に確認にしかならないだろうけど」

 

 そう言われ、紙を手に取り読んでいく。そこに書かれた内容はこうだ。

 

 lotusは、以降ギルド・ハーブティーに対し、傷害行為を働くことはできない。この契約は、このプレイヤーとギルドリーダー、双方のサインがなされた瞬間から効力を発揮する。

 

「・・・分かったわ」

 

 そう言って、ストレージからペンを取り出して署名する。jasmineという名前が署名されたものを、俺はそのまま差し出した。

 

「これにて契約は成立だ。現に、ほら」

 

 そう言って俺は手近なメンバーにスローイングタガーを突き立てようとする。が、それは、ここが圏外であるにもかかわらず反発のフィードバックと共に弾かれる。もちろん、HPは1も減っていない。

 

「そう。ならよかった」

 

 そう言って安心しようとした。だが、ジャスミンが背中を向けたときに、異変は起こった。俺が片手を上げ、その瞬間に無数の麻痺武器が周囲に降り注いだのだ。次々とハーブティーのメンバーが倒れていく。

 

「どう・・・して・・・?契約はちゃんと発動しているはず・・・」

 

「ああ。俺にあんたらを傷つけることはできない。()()()()()

 

 わらわらと出てきたプレイヤー。だがそれは、すべてPKO集団ではなかった。

 

「いやー、急用っていうから飛んできちゃいましたー」

 

「おう、無理言って悪かったな」

 

「いえいえ。むしろ、この状況ならおつりが来ますよぉ」

 

 そう言って話しかけてきたのはそのプレイヤーの頭だ。

 

「にしても、評判通りの上玉揃い。意外だな」

 

「ええ。いろいろと意外ですが・・・まあ、上玉であることに損などありませんしねぇ」

 

「それもそうだ」

 

 そう言って、俺は口の端で笑った。

 

「上玉・・・?どういうことよ・・・!?」

 

「ま、それはいずれわかるさ。んじゃ、後任した」

 

 そう言って、俺は頭の肩を一つ叩いてその場を去った。

 

「ふざけんな、この、クソ野郎、外道!地に堕ちろ!!」

 

 後ろから聞こえて来る叫びに、俺は一度だけ振り返った。そして、静かながらもよく通る声で言った。

 

「悪いがこちとらもうすでに堕ちてるんでな。あと、俺が外道でないといつから錯覚していた?」

 

 不敵に嗤い、俺はその場を去っていった。その心は、不思議とあまり晴れていなかった。

 




 はい、ということで。

 今回は大規模なPK(?)なんですが、かなり他作品成分が入っております。以下に少し解説を。
 まず、ロータス君の服装。これはTOVのユーリ・ローウェルの黒衣の断罪者をイメージしてもらえば大体あってます。
 台詞の引用(『恐怖というものには~その瞬間を言う』)はFate/Zeroのキャスターの台詞です。アニメだと2話ですね。
 ギアススクロールからの下りは同じくFate/Zero、アニメだと16話よりの下りのアレンジです。今回は殺しではありませんので、完全なコピーとはなりませんでしたが。

 今回、おそらくこの作品屈指の胸糞シーンと相成りました。しかも、文字数なんと10000字オーバー。いつの間にかこんな文字数になってました。何故。
 しかも我ながら不思議なのは、こういう胸糞シーンとかPKシーンとか、そう言うシーンのほうが筆が進みやすい不思議。普通は逆の人も少なくないだろうに。何故。

 実はこのシーン、設定時点でもうすでに書くことが決定していたシーンです。彼女らがこの後どうなるか、というのはまたのちに書きます。
 次の話で、主人公の過去話を書く予定です。その過程で、彼がどうしてこういうことをしたのか、というのもわかるようにするつもりです。


 ではまた次回。 


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23.蓮の蕾

 今回も胸糞シーンが存在します。前回ほどじゃありませんが。


 それからというもの、俺はPKを続けていた。そのまま年月は流れ、気が付いたらデスゲームが始まって一年が経とうとしていた。

 例によっていつもアジトにしているダンジョンに、俺たちはいた。もっとも、リーダーであるPoHはいない。あいつは、オレンジからグリーンに戻ることのできる、通称“カルマのクエスト”に出掛けていた。なんであいつがわざわざそんなことをしているかというのは、補給のためというのもあるのだが、もう一つ目的があった。

 微かな物音で目が覚める。一応ここもダンジョンなので、人が来るときもある。その時は、“お話”の上で丁重にお帰りいただいている。いったいどういうことをしているかというのはお察しだ。だが今回は、

 

(この足音・・・)

 

 お話の必要はなさそうだった。

 

「リーダー、帰ってきたか」

 

「え、マジ!?」

 

 俺のぼそりとした小声の呟きにジョニーが即座に反応する。間もなくして黒いポンチョの男が入ってきた。

 

「おう、今帰った。よくわかったな、ロータス」

 

「あんた、リアルだと自衛官か警察か、それか兵役経験者じゃないか?足音がかっちり揃ってるから、特にわかりやすい」

 

「なーるほどなぁ。何というか、やっぱりお前さんはcleverだな」

 

「褒めても何もでないぜ?」

 

 軽く微笑む。そして、俺は静かに尋ねた。

 

「で、俺たちの名前は?」

 

 そう。何故、わざわざカーソルを戻してまでPoHが行動していたのかというのは、ここに起因する。もっと言えば、とあるクエストをこなすためだ。そのクエストとは、

 

「まあそう急ぐな。

 今日から俺たちは、『Laughing Coffin』だ」

 

「ラフィン・コフィン・・・?」

 

「笑う、棺桶、か」

 

「なるほど。なかなかいい名前だな」

 

 いまいち得心の言っていないジョニーだったが、続いたザザの言葉で俺と同じような感想を持ったらしい。ちなみに、モルテは“狩り”に行っていていない。

 そのクエストとは、ギルド結成のためのクエストだ。かなり下層において受注可能なこのクエストを受けないとギルドの作成はできない。無論、パーティとして活動する、という選択肢もあるが、作っておいて損のないものであることは間違いない。

 

「さすがっすねヘッド!ネーミングセンス抜群っすよ!」

 

「気に入ったのなら何よりだ」

 

 そう言うと、PoHはウィンドウを操作した。直後に、俺たち三人にギルドの加入申請ウィンドウが表示される。即座に俺たちは揃ってYESの方を押した。三人のHPバーの横に、ギルドのマークが表示される。

 

「このマークは誰がデザインしたんだ?」

 

「補給がてらpainterとお話してな。少し時間は食っちまったが、まあno problemだ」

 

 棺桶を象った黒い下地に、ニタリと笑った目元と口。そして、骨の腕が片手だけ出ている。一言で言おう、悪趣味だ。だが、不気味さというのは俺たちに必要不可欠な要素なので、そういう意味では十分な効果を発揮するロゴだ。

 

「そりゃいいデザイナーを発掘したな」

 

「どいつもこいつも褒めるなよ。何にもならないんだから」

 

 そこまで言って、近くにどっかりと腰を下ろした。

 

「そういやザザ、お前結構頭いいのな」

 

「別に。家柄上、英語や、ドイツ語には、親しみがある、というだけだ」

 

「ふーん、医者一家なのか?」

 

 俺のその返答にザザが驚いたような反応をする。それに俺は平然と答えた。

 

「英語だけならかなり職種が多いけど、ドイツ語って時点で大体絞れた。医療用語にはドイツ語って結構使われるからな」

 

「・・・慧眼、恐れ入るな。油断も、隙もない。敵にいなくて、本当によかった」

 

「褒め言葉として受け取っとくよ」

 

 軽く目を伏せながら言われた言葉に、軽く手をひらひらと振って答えた。

 

「で、次のターゲットは何なんですか?ヘッド」

 

 ジョニーがにやにやと笑いながら問いかける。それに対して、PoHは悩んだ。

 

「まだ決まってない。俺たちの存在はそれなりにはpopularにはなっている。が、いかんせん人数が少ないっていうのがいただけないよなぁ・・・」

 

 PoHの言う通り、俺たちは人数が少ない。水面下での活動に終始せざるを得ない以上、大っぴらにメンバーを集めることはできず、結果として少人数でのこまごまとした活動に終始することになっていた。

 

「ならさ、思い切って大胆に宣伝しちまえばいいんじゃねえか?」

 

 俺の発言に、その場にいた三人の目が向く。

 

「確かに、そうすれば面子を集めるのも楽になる。こっちの情報屋とかはall greenなわけだから、街への情報拡散もno problemだ」

 

「そうだが、あまりにも、リスクが大きい。集めすぎて、首が回らなくなったら、意味がない」

 

「その辺は入る時点でふるいにかければ問題ないだろ。少なくともある程度はぶっ飛んだやつじゃないと意味がないしな」

 

 俺がそういっても二人はまだ納得していないようだ。

 

「ま、その代りに、宣伝方法は飛び切りぶっ飛んだ方法にしようぜ」

 

 不敵ににやりと笑った俺に、他の三人も似たような笑みを浮かべた。

 

 

 

 それから時間は過ぎ、X-DAYの前夜となった。そのX-DAYにおける俺の担当は、PoH、ジョニー、ザザ、モルテと共にパーティ狩りだ。狙う相手はKoB(血盟騎士団)。ブラッドアライアンスが組織の巨大化と共にその名称と形を変えたもので、アスナはここの副団長をしているらしい。

 話を戻そう。KoBはその組織の巨大さから、新人の教育として中層においてプレイヤーの育成兼レベリングを行っている。そこを狙うのだ。無論、その中には高レベルプレイヤーも少なからずいる。が、そのあたりは駆け引き慣れしている面子ばかりというのもあるし、そもそも高レベルプレイヤーが何人もいるとは考えづらいので、そのあたりはそれなり以上にレベリングをしている俺がいる時点で問題ないとの判断だ。

 俺は自分の短剣の手入れをしていた。システム上、こうして得物を、スキルを使わずに手入れしたところで変わるのは見た目だけなのだ。それでも、気分的にはしておきたいものだ。

 

(目的の一つは達成した。あと一つの目的。それをなすためには、相手の意識を、こちらの意図を悟られずに誘導する必要がある。

 決して簡単じゃない。だが、それができなければ、俺が外道になった意味がない)

 

 俺がこうしてここに所属することになった、その意味。それは、俺がかつて録音したメッセージクリスタルの暗号を解けば、それは察せられる。が、まだそれを渡すには時期尚早だ。

 達成したもう一つの目的。だがそれでも、俺の心は晴れているとは言い難い。そして、なぜそんなことをすることに至ったのか、というのには、俺の過去が関わってくる。

 

(いい機会だ。少し、ゆっくりと思いだすか)

 

 達成したとはいえ、当初の目的を思い出すことで気分を紛らわすことくらいはしてもいいか。そう思った俺は、ゆっくりと過去を思い出していった。

 

 

 

 

 

 事の発端は小学校の頃だ。その時の俺は、とことん自己顕示欲の強い、所謂“むかつくガキ”だった。勉強はそんなに必死にやらない、でも、どんなに悪くても平均より上には絶対にいる。音楽系の部活をやっていたが、他人よりも正確に、上手に曲を演奏することができた。それまではいい。問題はその先だった。

 中学校の時の俺は、お世辞にも真面目とは言い難いものだった。授業は毎回のように寝ている。もちろんノートは常に真っ白。課題は必要最低限。それでも、その内申ではかなり厳しいという高校を当たり前のように狙えるくらいのテストの点数を出していた。部活でも、そんなに真面目というわけでも不真面目というわけでもないのに、パートの誰よりも上手だった。

 ここまで聞けば、一つの都道府県どころか、まわりに一人や二人くらいはいそうな人間だ。教師陣からも聞こえはよくなかった(これ自体は理由も含め自覚していたし、よくなるものではないとして半ば諦めていた)。だが、それがいけなかった。突出した力というのは疎まれたのだ。

 やがて、俺をピンポイントで狙ったいじめが横行した。最初は違和感程度だった。例えば、筆箱から鉛筆が一本無くなっているとか、グループに入れてもらえないとか、その程度だったのだ。だが、それがどんどんエスカレートしていった。筆箱を隠されるとか、そのくらいだったらまだいい。教科書がなくなっているなんてことは何回もあった。大抵後から、教卓やら教室にある先生の机やら、考えもつかないところから出てきた。部活を始めようとしたら自分のチューナー―――楽器の音を合わせるための機械のことだが―――がなくなっていたなんてことは、少なくとも片手では数えきれない。やがて、パート練習に参加もさせてもらえなくなった。OBの先輩に会うことも許されなかった。自分の自転車の鍵を盗まれ、そのまま自転車を奪われて、家までいつもの倍以上の時間をかけて帰ったこともあった。その陰にはずっと、とある女生徒の邪悪な笑みがあった。

 

 ここまでの話を聞けば、“そもそも親はどうしてそこまでなっても気づかない?気づいたとして、なぜ行動しない?”と思うだろう。そこは、うちの家庭環境による、という一言に尽きる。うちの家庭環境は、一言で言ってしまえば、“時代遅れなほどの亭主関白”だ。俺は長兄だから、家を継がなければならない、などというセリフを、生まれてこのかた何回聞いてきたか(ちなみに父親は普通のサラリーマンだ)。

 学校から歩いてきた日には、事情を一通り話し終える前に、父は俺に怒鳴った。

 

「そんなもの、取られるお前が悪いんだろうが!もう一台自転車を買うなどということはしないから、これからは歩いて学校まで行け!」

 

 母親が反論することなどできなかった。それほどまでの亭主関白なのだ。もし逆らったら、最悪では誰かれ構わず父の鉄拳が飛んできた。

 

 そして、そんな折に、極め付けの出来事が起こった。

 修学旅行の日のこと。電車で移動する道すがら、俺は近くの席のやつとトランプをしていた。何せ移動中なのだから暇で仕方がない。そんな折、荷物検査が行われた。俺は疚しいものなど一切持ってきていなかったから、普通に差し出した。そして、俺の手荷物から、出て来るはずのないものが出てきた。

 

「おい、これはどういうつもりだ」

 

 担任教師が俺に向かって怖い形相で言ってきた。その手にあったのは、携帯ゲーム機。一瞬で頭が真っ白になった。

 

「え、・・・」

 

 人って驚くと言葉も何もなくなるのだ、と、この時初めて思い知った。真っ白の頭のまま、状況を聞かれた。何も知らない、なぜこんなものが入っていたのかもわからない。そう繰り返すしかなかった。渋々ながらも、他の手荷物検査に戻っていく担任。そんなタイミングで、俺はトイレに立った。本当に何が起こったのか、俺にもさっぱりわからなかった。だが、今まで続いていたいじめの延長線にあるものだ、ということはぼんやりと分かった。

 何とか心を落ち着けて、席に戻った俺を待っていたのは、般若すら生ぬるいと思えるほどに激怒した学年主任と学年副主任、そして担任の三人だった。いや、むしろ担任は残り二人があまりにも激怒していたから止めるために冷静になっていたか。

 

「お前は、とことんまで、この場をどういう場なのか勘違いしているようだな」

 

 副主任の言葉に、俺は思わずげんなりしつつ、きょとんとした。先ほどしつこいほどに事情を聞かれたのにも関わらず、また叱られるのか。だが、担任から事情は行っているはず。厳重注意レベルならまだしも、目の前の雰囲気はどう考えてもそれを明らかに通り越している。

 

「取られたから取り返す、か。なるほど、わかりやすいな」

 

 学年主任の呟きに、何が起こったのかを察しがついた。何者かが俺の鞄の中にあのゲーム機を入れて、あまつさえ担任が他の手荷物検査かなんなりで席を立ち、俺がトイレに立った隙を狙ってもう一度鞄の中にぶちこんだのだ。

 

「とにかくこっちにこい。話はそれからだ」

 

 引きずられるようにして連れられる。その直前に見えた、ある女生徒の不気味なほどのにやりとした笑みは、おそらく一生脳裏にこびりついて離れないだろう。

 それが初日の、本当に初っ端の出来事だったので、修学旅行の思い出など俺にとって無に等しいものとなった。だが、一つだけ。

『お前の人生そんなもんだ』

 誰かに―――声からしてたぶん教師の誰か―――に言われたこの言葉だけは、ずっと俺の心を縛る鎖となった。

 

 帰ってきてからも悲惨だった。先にも述べたような家庭環境だったから、玄関を開けることさえしたくなかった。しかも、帰ってきたのが土曜日、つまり父親がいるということも、それに拍車をかけていた。だがそれでも、ずっと棒立ちしているわけにもいかない。

 扉を開けて、中に入る。

 

「ただい―――」

 

 顔を上げずにその言葉を紡ごうとした瞬間に、父親から遠慮なしの鉄拳と投げが飛んできた。あまりの衝撃に旅行カバンが手から離れ、俺の体は玄関の外まで飛ばされた。茫然とする俺を見下ろしながら、父は扉を閉め、鍵をかけた。もう中三の俺にとって、それが何を意味するのかはすぐに分かってしまった。かといって、行き場もない。どうしようかと完全に途方に暮れた。何とかその次の日から家に入れて貰えたが、家での俺との会話は一切なかったものになっていた。本当に、生活しているだけだった。

 修学旅行明けの学校は休み、その次の日から学校に通いだした。

 いじめは前よりエスカレートしていた。それも、教師の前でやっているにもかかわらず、教師もまともに止めに入らない。なので、エスカレートは留まるところを知らなかった。部活のほうは、パート練習はおろか、合奏の参加すらもできなくなり、やがて自分の楽器すら隠される始末。このままではいやだと思い、帰ってきて一月と経たずして、部活を辞めた。高校の見学などにも行こうにも、修学旅行の一件で禁止されてしまい、体験入学の類は一切できなかった。このころは、周りに味方などいなかった。

 そんな環境の中、俺はひたすらに耐えるしか手段がなかった。ゲームやネットにどっぷりとつかるようになったのはこのあたりの頃だ。ろくな娯楽も何もなく、俺はそのくらいでしか憂さを晴らすことができなかった。どんどんとのめり込み、いつの間にかなくてはならないものになっていた。

 高校は、思い切って周辺の生徒があまり選ばないところに進学したから、特に問題はなかった。幸いなことに、内申はいまいちでも、肝心となる学力だけ見れば選択肢は山ほどあった。だが、それまでの経験の内容が内容だけに、人を信じ切ることができずに、友人と呼べる存在は一人もできなかった。

 

 勘のいい人はもうすでに、達成したもう一つの目的の中身に気付いたかもしれない。

 

 俺の人生をここまでひたすらに狂わせた、その諸悪の根源。―――ジャスミンへの復讐だった。

 本名などとうの昔に忘れた。だが、それでも記憶は痛烈に残っている。小さいと思うかもしれない。矮小だと笑うかもしれない。だがそれでも、俺にとって、それほどまでに、彼女は憎かったのだ。何度も夢で斬り捨てた。だが足りなかった。斬り殺し、殴り殺し、嬲り殺し、絞殺した。一通りの殺し方はすでに夢に見た。だがそれでも、想像だけでは到底足りない。それが、まさかこんな風に、実現できる機会が来るとは思ってもみなかった。そして同時に考えた―――彼女の心を、もはや立ち上がることなど許さないと言わんばかりに砕いてやりたい。そう思ってしまったのだ。

 あの時から俺の心は晴れてなどいない。いくらPTSDが残る様なことをしたところで、俺の心が晴れるわけではない。それを分かっていてなお、やらなければ気が収まらなかった。

 

 

 

 

 そんなことを思いながら、刃に映る自分の顔を冷静に見つめる。その顔は、ひたすらに冷酷だった。

 レベリングは効率重視で刀を使って、普段のPKには短剣を使っていた。片刃と両刃の違いもあり、慣れないところもある。が、PKということのみを考えれば、一撃ダメージは下でも、それを上回る手数によって秒間ダメージ(DPS)がほとんど同等である短剣を使っていたほうが、圧倒的に楽だった。それにより、今の刀スキルの熟練度は800を突破していた。そして、短剣も500を突破したのがかなり前のことだ。

 

(いよいよだ・・・)

 

 あくまで、完全に大っぴらにするのは俺の目的の中では通過点にすぎない。どのように行動するかというのはもうすでにシミュレーション済みだ。問題は、いつ行動するか。そのタイミングをしっかりと見極める必要があった。

 

(腹は括ってある。あとは、どこまで思いきれるかだ。

・・・生半可じゃ呑まれるか消されるかだ。本格的に覚悟を決めろ、ロータス)

 

 覚悟を改めて、俺は短剣をしっかりと鞘にしまった。




 はい、というわけで。
 さすがに前回分だけだと、ロータス君がただの外道なので、ある種の救済といいますか、なぜあのようなことをしたのか、という部分になりました。

 今回のサブタイトルはあっさりと決まりました。蓮の花が咲く前、つまり蕾の状態、ということです。

 あと、過去辺がやけにリアリティがあると思った人がもしかしたらいるかもしれません。多分気のせいじゃないです。何せ、この主人公の過去というのは、大分盛ってはいますが、主の経験が混ざっています。大体3、4割くらいは間違っていないと考えてもらって構いません。あ、間違っても俺はこういうことしませんよ?

 次はラフコフ結成宣言です。また、ここで原作キャラが新たに登場します。原作で伏線回収するような形にはなりますが。
 ではまた次回。


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24.Laughing Coffin

 少々外道シーンがあります。


 2025年元日。そして、X-DAY当日。俺たちは息を潜めていた。周囲に人気がほとんどないというのがそれに拍車をかけていた。もっとも、こんな日までフィールドに出て狩りをしている人間などほとんどいなかった。だが、何事にも例外はあった。その数少ない例外が、今回目の前にあった。

 まずはPoHと俺が行く手をふさぐ。逃げ道はジョニー、ザザ、モルテがふさぐ。後はいつも通りの流れだ。俺とPoHがまず姿を現すのは、姿をさらしても問題ない実力者が俺たち二人であるという点に尽きる。ジョニーもザザも悪くはないが、俺たちからしたらまだ見劣りするところはある。

 手筈通り、俺とPoHがまず目の前に姿を現す。一瞬相手は怯むが、各々得物を抜く。あらかじめこうなった時のために打ち合わせしてあったのだろう、後ろが何人か踵を返すが、その先にはジョニー、ザザ、モルテがいた。

 

「逃げようったってそうはいかないってなぁ」

 

 ジョニーが麻痺属性の短剣を片手でもてあそぶ。それを見て覚悟を決めたのか、相手も得物を強く握りしめる。俺も自分の鞘から短剣を抜いた。まっすぐ正眼に構え、相手の動きをうかがう。

 

「来ないのなら、こっちから行かせてもらうぜ」

 

 一気に踏み込む。想像以上の速度に驚いたのか、相手が少し焦りながら防御をする。が、そんな防御は、今の俺の前には意味を果たさない。あっさりと回避すると、左手で顎に掌底を叩き込む。一瞬スタンが発生した瞬間を見計らって、腹を横に薙いだ。続いてかかってきた相手の剣戟を受け止め、手首を巧みに回して首を掻こうとするが、これは躱された。

 

「あっちゃー、あれ躱されちゃったかー」

 

 正直、モンスターはしてこない攻撃だから対応しきれないだろうと踏んでいたのだが、これは少し意外ではあった。相手の目の光はまだ恐怖に落ちたそれではなかった。

 

「いい目だ」

 

 片頬をつり上げながら、俺は言う。後退しようとした数人はジョニーたちが、そして前衛のもう一人の高位プレイヤーはPoHが相手しているようだ。ジョニーたちが中層プレイヤーごときに手こずるとは思えないし、PoHもかなりの手練れだから、それこそアスナ、ヒースクリフ、そして最近名前を聞かないがキリトあたりでなければあいつと渡り合うことなどできないだろう。駆け引きということも含めれば俺も入るかもしれない。それでも、

 

(もう一人くらい担当してくれてもよかっただろうに・・・)

 

 確かにバックアップのメンツは十分すぎる。だからといって、ふたりを食い止め続けるのはさすがに厳しいものもある。腕前を信頼されているというのはうれしいが、若干重荷でもあることも事実だ。そんなことを考えていると、一人がかかってきた。片手剣にしては少し遅めのスピードを見るに、一撃は重めか。ギリギリまで引き付けて躱すと、ほんの少しかがんで右の下から短剣で右足を薙いだ。完全に切断とはいかなかったが、動脈に触れたと判定されたのだろう、一気にHPが減る。もう一人もかかってくるが、それはあっさりと受け止める。

 

「背後から襲ってくるのはいいが、ならせめてもう少し気配をひそめろ。奇襲というのはそういうもんだ」

 

 くるりと身をひるがえすと、左手のボディーブローからの短剣の袈裟をお見舞いする。もう一人のほうのHPバーが()()()と減った。

 再びリラックスして構える。対する相手は、まだ力が抜けきっていない。

 

「少しは気持ちも分からんでもないが、もう少し力を抜かないととっさには動けないぞ、っと」

 

 最後の掛け声と共に横に踏み出す。そのまま直後に前へ踏み込んで回り込む。

 

「こういうときに、な!」

 

 相手が振り返る前に、その首を掻く。その相手は音もなく、首から上を無くして崩れ落ちた。ちらりと周囲を見渡すと、PoHはとうの昔に戦闘を終えて、こちらの様子を見ていた。ジョニーたちも、ザザがこちらの様子に気を配っているのが分かった。

 

「もしかして、最初のあの踏み込みが全力だと思った?駆け引きも勝負のうちだよ。それに、こんなのアスナの踏み込みに比べれば随分遅いはずだけど」

 

 その言葉に、正確には“アスナ”という単語に、相手の眉がピクリと動く。目の色も微かに変わったことを、俺は見逃すほど甘くない。

 

「それに、中層プレイヤーといっても、ここで俺らから生き抜けばそれこそ英雄だよねー。あのアスナ様にも、見込まれるかもよ?」

 

 にこにこと笑いながら、俺は心にもないことを、まことしやかに言う。その声は、相手からしたら毒と分かっていても手を伸ばしてしまうようなものだった。だが、このままではまだ精神的な敷居をまたがせることはできない。

 

「・・・本当、か?」

 

「さあ?確証はないよ。でも、そういう可能性もあるんじゃない?ってこと。少なくとも、あの副団長殿に見込まれるには、どっかで大きい実績をぶちあげる必要がある。なら、俺らがその一つを担ってあげよう、って話。

 そのかわり、こっちの言うことも少し聞いてもらうけど、邪魔者を排除できるような、それこそ独り占めすることも不可能じゃないような技も教えてあげる。悪い話ではないと思うけど?」

 

 毒だ。そうわかっていても、その毒を飲み干して得られるものが大きいと判断したものは手を伸ばす。特に、今の、そしておそらくこれからもアスナの傍にはキリトがいる。ならば、アスナを手中に収めるにはキリトをどうにかする必要がある。そのキリトを排除できるのならば、十分にそれはメリットたり得る。ましてや、相手は良くも悪くもプライドの高い攻略組ではなく、準攻略組ともいうべき中層プレイヤーだ。ならば、

 

「何をすればいい」

 

 やはりな。普通にやっても決して落ちないものが、自分の手に落ちる可能性を手に入れられる。それだけで、毒を飲み干す覚悟などあっさりするだろう。異常に崇め奉る狂信者の類ならなおさらだ。

 

「んー、その辺はちょっとこっちでも考えさせてもらおうかなー。そういうことでいいですよね、リーダー?」

 

「Yeah、off course」

 

「っつーわけで、こっちのリーダーの承諾もとれたし。君とフレンド登録させてちょ、っと」

 

 言いつつメニューを開いてフレンド登録の申請を送る。すぐにフレンド登録完了の通知が来た。

 

「ほんじゃまよろしく、えっと、これは、“クラディール”、であってるのかな」

 

「ああ、合っている」

 

 PoHと俺との握手を終えると、ちょうどジョニーたちも戻ってきていた。背丈上ザザの背が一番高いからか、ザザの背中には一人のプレイヤー。

 

「終わりましたぜ、ヘッドー」

 

「・・・その、プレイヤー、は?」

 

「ん?ああ、新たな緑のお仲間よ。見ての通りKoBのギルメンだから、正式なギルメンにはなれないけど」

 

 俺が端的に説明すると、後ろでモルテが口の端を釣り上げた。

 

「なーるほど、仲間は必要ですからねぇ」

 

「てかもともとこれも仲間集めのためだろうが。で、ザザが背負ってるそいつは麻痺ってるだけ?」

 

「ああ。一人くらい、生かして、おくべき、だろうと、考えたからな」

 

 その言葉に俺は一つ指を鳴らした。

 

「グッジョブ。演出要素がさらに増えた」

 

 そう言うと、俺はあえて短剣で浅く斬ってポーションを飲ませ、さらに猛毒ピックを使ってHPを調整しにかかった。こうすれば、圏内につくかつかないかでこのプレイヤーのHPは消えるだろう。

 

「よぉし、クラディール。君に記念すべきFirst orderを与えよう。俺たちはここに、殺人ギルド『Laughing Coffin』の結成を宣言する。君たちはそのtargetとなり、彼はその毒牙にかかりかけた」

 

「毒で死んじゃうかもしれないけどね」

 

 横から一言付け加えるも、PoHは構わず続けた。

 

「だが君は彼を助け、命からがら逃げのびた。そういうsituationを伝えるんだ。いいな?」

 

「ヘッドー、ならこいつのHP、もうちょっと減らしておいたほうがいいんじゃないですかぁー?」

 

 俺の作業を、手と足を押さえつけることでサポートするジョニーが軽口を叩くように言った。

 

「そうだなぁ・・・。だが、俺の得物じゃちと威力が高すぎる」

 

 そういうと、PoHは自分の得物に目を落とした。彼の得物は“友切包丁(メイトチョッパー)”という、今のところ発見されている中でも最高クラスの魔剣だ。掠めただけでもかなりの威力を持っていくだろう。だが、すぐにその心配はなくなった。

 

「使ってくれ」

 

 状態異常処理を終えた俺が、PoHにストレージに入っていた適当な短剣で、しかもATK値がそんなに高くないものをひょいと投げた。きっちりつかむと、PoHはプロパティを見ると、満足そうに目を細めた。

 

「OK、niceだ。じゃあ、少し我慢だぜ」

 

 そう言うと、PoHはその短剣で腕を切り落とした。基本的に部位欠損で継続ダメージが入ることはない。欠損部位は、結晶系アイテムを使うか一定時間経過、宿屋のベッドで寝るなどの行為で、トカゲのしっぽよろしく生えて来る。なので、このままでも特に問題はない。

 そのまま数か所に切り傷を付けると、PoHは再び満足そうに微笑んだ。

 

「よし、これでいい。じゃあ、お仲間―――っていっても元だが―――を連れていきな」

 

 その言葉で、クラディールはもう一人のプレイヤーを担いで最寄りの街のほうへ向かった。その姿を見送ってから、PoHは俺に向かって行った。

 

「なあ、毒で死んじゃうかもしれない、っていうやつ。It’s lie,isn’t it?」

 

「ちょっと違う。嘘じゃなくて、本当のことを言ってないだけ。俺が計算したのは、あくまで()()()()()()最寄りの圏内までどれくらいかかるか、っていうのが前提だからね。あの状態なら、どう考えても圏内にたどり着く前に死ぬでしょ。それに、俺、今回ちと意地悪したし」

 

「それってもしかして、あいつに飲ませてたあの液体?」

 

「そそ。ザザならわかるんじゃない?」

 

 指名を受けて少し考え込んだザザは、少しして答えを出した。

 

「・・・遅効性の、毒物、か」

 

「せいかーい。具体的には一分後、今の毒の効果に加えて、さらに同じ毒の効果が加わるって寸法。その頃にはポーションの効果も切れるから、一気にHPバーが減っていってジ・エンド、ってわけ」

 

 そんな会話をしていると、モルテが聞いてきた。

 

「そういえば、クラディールさんが我々を裏切るという可能性は捨てているんですね?」

 

「狂信者っていうのは、信じていたものが手に入ると分かれば手段なんて選ばないもんよー。それに、万が一裏切ったらこっちの位置追尾で追っかけてってフィールドで殺すだけだし」

 

 あっさりと言い切った俺に、モルテも黙った。

 

「さて、目的は果たした。帰るぞ」

 

 PoHの鶴の一声で、俺たちはアジトへと歩を進めた。

 

 

 

 

 PoH一派改め、殺人ギルド「ラフィン・コフィン」のKoBメンバー殺害事件という衝撃的な事件は、こぞって新聞が一面を飾ったことによってアインクラッド全土に広がった。

 こうして、ラフィン・コフィンは一躍その名を轟かし、その組織の拡大にも成功したのであった。




 はい、というわけで。

 なんか中章開始以降、毎回毎回前書きが注意になっているような・・・。ちゃんと外道成分も胸糞成分もほとんどない回もあります。

 今回はラフコフ結成宣言回でした。ラフコフ結成宣言事態はこの日と定められていたので、後はどうしようかと考えた結果でした。あと、クラディールさんの寝返りは本編でもこちらでも少々キーになってくる要素ではあったので、思い切ってこういう形にしました。何よりセンセーショナルになりますし。

 書くことが特にないのでこの辺で。ではまた次回。


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25.暗示

 それから少しして、俺はある情報を耳にした。何でも、銀のなんたらとか言うギルドのほとんどのギルメンがPKにあったらしい。それだけならまだいいのだが、もしそれが使える人材だったらリクルートする必要がある。そう思った俺は、PoHにもその旨を承諾させたうえで暫く単独行動に出た。

 フレンド登録を解除していないものの、それはこちら側だけであって相手が解除していないとは限らない。が、あいつなら。そう思って送ったメールはすぐに返ってきた。それを見ると、俺は指定された場所へと向かった。

 

 指定された場所へと向かうと、すでに相手はそこにいた。俺はまだ覆面を付けているのでもしものことがあってもごまかしがきく。そのくらいは相手も判断で来たのだろう。もともと、金になるのなら相手は選ばないタイプだ。

 

「よう。久しぶりだな、ゲイザー」

 

「ああ。・・・まさか本当にこんな形になってしまうとは・・・」

 

「なんだよ、俺が冗談か何かであんなことを口走ったとでも思ってるのか?」

 

「・・・そう、だな。君はそういう人間だ」

 

 そう言うと、ゲイザーは一つため息をついて近くの壁に寄りかかった。

 

「で、今回こうして、ということは、情報かい?」

 

「ああ。てか、お前に頼むことで情報以外って考えられるか?」

 

「違いない」

 

 笑いながら言うと、ゲイザーはメニューを開いた。

 

「どのような情報をご所望かな?」

 

「最近、中層であったっていうPKについてだ。銀のなんたらだかってギルドがかかわったってやつ」

 

「銀の・・・?ああ、シルバーフラグスのことだね」

 

「あー、そう言えばそんな名前だったな」

 

「でもどうして?」

 

「有用な人材ならリクルートして来い、だと」

 

「なるほどね」

 

 そう言うと、ゲイザーはそのメニューを見ながら情報を言いだした。

 

「PKを行ったのは、タイタンズハンドっていうギルドだ。リーダーはロザリアという女ランサー」

 

 タイタンズハンドという名前になら聞き覚えがあった。俺が攻略組であったころから活動していた犯罪(オレンジ)ギルドの一つだったはずだ。だが、

 

「タイタンズハンドって・・・確か、下層から中層のこそ泥ギルドじゃなかったっけ?」

 

「稼ぎが少なくなってきたからなのかな、最近PKも行うようになったらしい。グリーンであるロザリアがターゲットの目星をつけて、“狩り頃”になったら追い込んで殺す、という手法を取っている」

 

「うっわー、古典的。までもいいや、次の狙いの情報は?」

 

「・・・すまない、そこまでは。ただ、迷いの森あたりを主にうろついている姿が目撃されている」

 

「いや、十分だ。しっかし、迷いの森か・・・」

 

 迷いの森は、森の中がある一定の範囲―――体感で十数メートル四方くらい―――で区切られていて、その区画から出るときに飛ぶ場所がランダムになるというマップだ。通常なら地図を持っていれば問題ない。俺もソロでやっていたから、地図はまだ持っている。出て来るモンスターは今となっては下層のモンスターばかりだから問題はないはずだ。・・・ってちょっと待て、

 

「ゲイザー、差支えなければなんでそんな正確な情報を持ってるか聞かせてもらっていいか?誰か買いに来たとか?」

 

「いや、実はな。そのシルバーフラグスのPKは完全じゃなかった。リーダーだけ残って、そのリーダーが最前線で毎日タイタンズハンドを牢獄に送ってくれと頼んでいるそうなのだよ」

 

「牢獄送り、って・・・どうやって?」

 

「全財産をはたいて回廊結晶を購入したらしい」

 

「なーるほどなぁ」

 

 回廊結晶は、集団で使える転移結晶のようなものだ。とても便利な代物ではあるのだが、レア度も恐ろしく高く、それに応じて値段もかなり高い。全財産をはたいたというのも嘘ではないだろう。

 とにかく、情報を持っていたのは、買われる可能性が高く、しかもそこそこ大口の客が見込める情報だから持ってたってだけか。しっかし、仕事はちゃんとしておかないと、こういう面倒なことになる。殺すのなら正確に、一人残らず最低限で、だな。・・・腕次第、か。

 

「とにかくサンキュ。いくら?」

 

「50000」

 

「・・・値上げしてね?」

 

「ある種の口止め料込だと思えば安いほうだろう」

 

 どちらにせよ、こちらはあまり金を使わなくなったので余っている。問題はないのだが、手痛い出費であることに変わりはない。

 

「ほいよ」

 

 きっかり50000コルを実体化して渡す。

 

「また頼むな」

 

「ああ」

 

 その短いやり取りを終えると、俺は歩き出した。ここからではいくつか迷宮区を駆け上がることになるが、まあ仕方がない。元よりそのあたりは覚悟の上だ。

 

 

 

フィールドを一気に駆け抜け、迷宮区をいくつか突破して迷いの森にたどり着いた頃には、もうすでにどっぷりと日が暮れていた。俺は地図を持っているから、どこをどういうふうにワープすればどのような場所に出るかというのがわかるからまだいい。だが、今重要なのは“どこにタイタンズハンド、ないしはタイタンズハンドの次のターゲットがいるか”である。ここまで調べさせるつもりはもとよりなかったし、あの様子だとその情報も持っていないだろう。

 

「・・・しらみつぶしに探すか」

 

 一番面倒だが、それくらいしか方法がないだろう。一つため息をつくと、俺は腹をくくって迷いの森の中へと入っていった。

 

 

 

 暫く狩りをしながら迷いの森を突き進む。もとより、俺からしたらこんな下層に敵などいない。もう何回目かもわからないワープで、俺の耳が人の声を聞きつけた。反射で隠蔽スキルを使うと、その近くまで物音を立てないように歩いた。

 

「君の友達を、生き返らせてあげることができるかもしれない」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ。第47層にある、思い出の丘っていうところに咲く、プウネマの花っていうアイテムがあれば、心アイテムになったモンスターを蘇生させることができるらしい」

 

(この声・・・キリトか?あと一人の子は、女の子っぽいってことしかわからんかな。声は幼い感じがするけど、果たしてどうだか)

 

 とにかく、キリトがいる状況で出ていくのはまずい。ここは暫く様子を見ることにして、俺は音を立てないようにその場に隠れ続けた。

 

 

 

 その夜、適当なところで圏外村を見つけて、一夜の寝床にしようと準備をしているときに、メールが届いた。差出人はゲイザー。ということは、

 

「・・・新情報かな」

 

 そう思いつつ見ると、そこにあったのはやはり新情報。次のターゲットが分かったらしい。

 

「ビーストテイマーが取りに行ったプウネマの花を強奪する、か。・・・プウネマの花!?」

 

 小さい声で驚く。ビーストテイマーというのならば、心アイテムを落としたというあの少女に条件が合致する。

 

「もしかして、そのビーストテイマーってロリっ子系の女の子か?っと」

 

 軽くふざけたが、このくらいのノリのほうがいいだろう。ゲイザーだって疲れているだろうし、このくらいのジョークは許してほしいものだ。

 返事はすぐに返ってきた。そこに書いてあったのは、俺の予想が当たっていたことと、ビーストテイマーの少女の名前がシリカで、その愛らしいルックスも相まって―――その手の趣味のやつも含めて―――ある種のアイドル的な人気を持つ“竜使いシリカ”であるということだった。

 

「て、ことは・・・」

 

 アスナの好意をいまだに気付いていないであろうことも含めて、恋心にはとことん疎いあいつでも、他のことは案外鋭かったりする。ゲイザーの情報も照らし合わせて考えれば、おそらくキリトはタイタンズハンド捕獲任務を受けたということになる。ということは、

 

(最悪、あいつとやり合うことになる、か・・・)

 

 あまり戦いたくない相手ではある。が、必要であるというのであれば仕方がない。手元に置いてある、短剣にも刀にも見える武器の刃に自分の顔を移した。冷静になれないときは、こうすると不思議と心が落ち着いた。

 

 この武器は“小太刀”だ。名を、“闇牙”という。あんが、とでも読めばいいのだろうか。とにかく、この剣が今の相棒だった。

 小太刀スキルは、短剣の上位スキルだ。曲刀を使いこめば刀が使えるように、短剣を使いこむと小太刀が使える。それだけならまだいいのだが、この小太刀スキル、刀と短剣、そして曲刀スキルを入れたまま使うと、曲刀、短剣、刀、小太刀という四種類のスキルがこれ一本で使えてしまうという、一種のバランスブレイカーでもある武器だ。だが、この隠し性能は、何を隠そう、俺が暴いたものだ。そもそも、武器の種類をそんなに変えまくる人間など、SAOにおいては存在しないといってもいい。つまり、片手直剣と両手剣や曲刀と刀のような、両手変化―――と俺は勝手に呼んでいるが―――の組み合わせでいれてあるのならともかくとして、短剣と曲刀と刀など取る人間がいなかったのだ。俺も、訓練も兼ねての戯れで、小太刀で刀の辻風やら旋車やらが発動できたときは肝をつぶしたものだ。それまでは、短剣より重たくなったことで、短剣の良さである取り回しの良さと手数の多さがなくなってしまい、完全な不人気武器であった。この隠し性能が分かった後も、スキルを取り熟練度を上げる手間から、挑む人間はほとんどいなかった。

 

「さて、と」

 

 今のうちに移動をしておく必要がある。休息は軽くしか取れていないが、仕方がない。それに、流石の俺でも一気に10層以上も上り詰めるというのはハードというものだ。確か、あの層にも圏外村はあったはずだから、最悪そこで休めばいい。

 

「転移、フローリア」

 

 ひっそりと転移結晶を握って呟く。瞬間に、俺の体は光に包まれ、第47層の主街区へと飛んだ。

 

 

 

 

 転移した直後の追っかけっこを終えて、圏外村にて俺はひっそりと息をひそめていた。ここに来た回数などたかが知れているから、この層に関しては“花たくさんのきれいな層”としか覚えていなかった。所謂観光スポットやデートスポットの類というのは、アインクラッドにおいて大量にあったから、そんなに印象深い所でもなかった。

 自力でマッピングした地図を見て、俺は考えていた。もともと、深く短く眠るタイプだから、そんなに睡眠時間は長くなくて大丈夫だ。

 

(狙いはプウネマの花。だけど、あれは確か、ビーストテイマーか近づかないと花が咲かない。ということは、取る方法はおそらく待ち伏せ。しかも帰り道だ。人を排除しやすく、しかもほぼ確実に回り込めるルート、となると・・・ここだな)

 

 思い出の丘から、最短経路。その中にある橋の前後。そのあたりだろう。おそらくそのあたりを待ち伏せするはずだ。そのあたりを狙って、

 

「殺す」

 

 もとより、こそ泥のギルメンなのだ。そうと分かれば生かしておく意味などない。これ以上殺しをする可能性がある以上、牢獄送りなどという程度で許すつもりはない。俺としては、そんなに恨みもないのだ。

 念のために索敵スキルを発動させる。周囲に誰もいないことを確認すると、俺は録音結晶を取り出した。メッセージを聞き、俺の思っていた通りの文言が録音されていることを確認すると、俺はそれをもう一度戻して、明日の予定を頭の中でシミュレーションしていた。

 

 

 

 

 

 朝、シリカを連れて思い出の丘へ行ったキリトは、帰り道に思いもよらぬ光景を目にする。

 

「何、あんた・・・!なんで、そんな・・・!」

 

「しいて言えば、慣れだな」

 

 その人物は、次から次へと打ちかかってくる相手を払って、次々に屠っていく。そして、その牙はあっさりと後方にいた女に向いた。

 

「ロザリアさん・・・!?」

 

 小声で、シリカが呟く。

 

「ね、ねえ・・・、あなた、私と組まない?」

 

 ちらりと後ろを向いた男だが、まったく歩調を変えずに、女―――ロザリアへと歩いていく。

 

「あ、あなたとなら、きっと、かなり稼げるわ!分け前は半々、いや、8割をあげるわ!だから―――」

「あいにくと」

 

 震えながら、己の得物である十字槍を握る手も、足どころか全身を震わせているロザリアとは対照的に、男は冷静に女の言葉を切った。

 

「俺はもとより、見返りを必要としない」

 

「じゃあ―――」

「その代わり、」

 

 そう言うと、その武器を自身の首の横に持ってきた。

 

「お前に要求するのは、死に際に俺を興じさせることだけだ」

 

 言いつつ、まず一閃。すると、女の両手首が落ちた。直後に、キリトは少女の耳をふさぎ、自分を壁として視界をふさいだ。いくら外道とはいっても、知り合いが自分の目の前で嬲り殺されるというのはあまり気分の良いものではない。

 

「え・・・!?いや・・・!!」

 

 得物を落としたことと、その一閃が見えなかったことに対する恐怖で、ロザリアはひどく怯えた。

 

「おいおい、そんなに怯えるなよ。()()()()()()()()()()()()

 

 そういって、その男は、また腕を何回か振った。すると、今度はロザリアの四肢が落ちた。その間に、キリトは静かにシリカを連れてその場を離れ、物陰に隠れた。

 

「ひっ・・・!」

 

 こうなってしまったら完全に怯えているだけの哀れな状態だ。しかも、救いなどそこにはない。

 

「うっわ、これだけでこの反応かよ。あの女狐たちのほうがまだましだったぞ」

 

 肩を自身の得物の峰でたたきながら、その男はその傍に立った。

 

「まあいいや。もう死ね」

 

 そう言うと、男は滑らかとも取れる手つきで、ロザリアの中央から少し左の胸―――心臓に突き立てた。直後に聞こえた、ポリゴンの炸裂音。それがいったい何を意味するのかなど、考える必要もなかった。

 

「ところでさ、いい加減出てきたらどうなんだ?言っとくけど、こっちはとっくの昔に気付いてたから」

 

 そう言うと、男はゆっくりとキリトたちのほうへ振り返った。その顔は、あまりにもいつも通り過ぎて、それがキリトには恐ろしかった。

 

「いったいどういうつもりだ、ロータス」

 

「どういうつもり、って言われてもなぁ・・・。俺が今どういう立場にあるかってことは、聞いてるんじゃないのか?」

 

 事情は聞いている。キリトが攻略組を離れている間に、ロータスが今のラフィン・コフィンに加入したことも。そして、今となってはラフィン・コフィンの古参メンバーの一人であるということも。だが、事情を聞くのと実際に目にするのとは違う。

 

「ああ、怯えなくても大丈夫だよ、お嬢さん。俺は君に危害を加えるつもりはない。少なくとも、今は、ね。それに、君のような子は、笑顔のほうがよく似合う。―――っていっても、効果ないかもしれないけど」

 

 苦笑を浮かべるロータスに裏は見えない。が、シリカはキリトのコートの裾をぎゅっとつかんでいた。

 

「まあ、俺はもう何もするつもりはない」

 

「信じろっていうのか」

 

「ああ。それと、あんたにちょっとした贈り物だ」

 

 そういって、ロータスはキリトにあるものを投げつけた。反射的につかむと、それは何かの結晶のようであった。

 

「ゆっくり考えてみな

 俺はもう行く。追ってくるのは構わんが―――その時は、決死の覚悟を抱いて来い」

 

 そう言うと、ロータスは道を迷宮区へ向かって走り出そうとした。ひとたびトップスピードに乗ってしまえば、もともとAGI-STR型だったあいつに、STR-AGI型のキリトが追い付ける道理はない。だから、すぐに声をかけた。

 

「なあ。どうして、お前はそっち側にいるんだ?」

 

 ずっと疑問に思っていた。ロータスという人間はこの程度で狂ってしまうほど弱くない。ならば、なぜこんなことをしているのか。それが気がかりだった。

 ロータスが振り返る。その顔には不敵な笑みが浮かべられていた。

 

「故あってのことだ。そこから先はneed not to know(知る必要のないこと)、ってやつだ」

 

 そういって。ロータスは振り返る気配もなく、走り去っていった。

 

「キリト、さん・・・?」

 

 声のほうを向くと、シリカが不安そうな顔でこちらを見上げていた。どうやら、無意識にきつい表情をしていたようだ。

 

「ああ、ごめん。大丈夫だ。ちょっと急ごうか。ピナも待ってるだろうし」

 

「はい」

 

 そう言うと、歩き出したキリトの横を、シリカが歩き出した。

 

「・・・あの、」

 

「ん?」

 

 突然、シリカが声をかけた。

 

「私に力になれることなら、何でも言ってくださいね!」

 

 そういって、天真爛漫な笑顔を見せた。キリトは優しく微笑んで、

 

「ありがとう、シリカ」

 

 言いつつ、頭を一つ撫でて、また再び街へと歩きだした。

 

 

 部屋に戻ってピナを生き返らせた後、キリトはさっそく先ほど貰った録音結晶を取り出した。そのまま再生ボタンを押すと、そこから流れてきたのは、意味不明とも取れるメッセージだった。

 

『それは木馬。大きな大きな木馬。木馬は大きすぎて街に入れない。だから人々は門を壊した。馬の中の虫に人は気づかず、虫たちに人々は食らいつくされた』

 

「・・・なんだこりゃ」

 

「さあ・・・?」

 

 さながら暗号だ。いや、意外に慎重なあの男だ、実際に暗号なのだろう。

 

「とにかく、俺はそろそろ前線に戻るよ」

 

「いろいろとありがとうございました」

 

「いいって。じゃあね」

 

 そう言うと、キリトは部屋を出た。

 

 

 出てからというものの、ずっとあのメッセージのことが気がかりだった。いったいどういう意図で、あんなメッセージを送りつけたのか。なんでわざわざ暗号にしたのか。わからないことだらけだった。

 そんな迷いを抱えながら、キリトは戦い続けていた。場所は最前線の迷宮区。最前線で少しよそ事を考えていても死ぬどころかイエローにすら落ちないのは、年末に行っていたあの異常なレベリングの成果だ。あれから、アスナにひっぱたかれて泣きながら説教され、ようやく攻略を続けていける精神状態までなった(それでも一番効いたのはサチからのクリスマスプレゼントだったが)。だからこそ、こうして攻略を続けている。

 よそ事をしていたのが祟ったのか、後ろに敵が来ていることに気付くのが遅れた。一発貰うことを覚悟の上のカウンターを出そうとしたとき、

 

「やああぁぁっ!!」

 

 後ろからまるで流星のような一筋の光が突っ込んできて、その敵を散らした。光を放った人物が誰かを悟った瞬間に横によけたキリトは、その風を肌に受けるだけで済んだ。今のソードスキル―――細剣の最上位ソードスキルであるフラッシング・ペネトレイターを放つことのできる人物など、両手で数えるほどしかいない。それに、この剣速と正確さなど、そう何人もいてたまるかという話である。

 

「横取りしちゃってごめんね」

 

「いや、今のは気づくのが遅れた俺が悪いんだし」

 

 鯉口を鳴らして振り返るアスナは、本気でキリトを心配していた。それもそうだろう。この男が戦闘において油断しているというだけでも珍しいのに、

 

「どうしたのキリト君?」

 

「ん?そんなに様子が変だったか?」

 

「だって、戦闘狂のキリト君が見える敵に飛びつかないなんてこと、珍しいから」

 

 普通の状態なら、見える範囲に敵がいるのに、バトルジャンキーであるこの男がほとんど反応しないなどということがあろうか。

 

「ちょっと、考え事をしててな・・・」

 

「何かあったの?」

 

「・・・ここじゃまずい。できれば、衆人環境の、しかもこんな音が響くようなところでは言わないほうがいいと思う」

 

「それは、どうして?」

 

「情報源と、後は何というか、予感?」

 

「どうして疑問形なのよ?

 まあいいわ。なら血盟騎士団の本部へ行きましょう。あそこの会議室は盗聴除けもしてあるし、大丈夫よ」

 

「そうだな。じゃあ、とりあえず一時的にパーティを組もうか」

 

「そうね。とりあえずよろしく」

 

 こうして、キリトとアスナは一時的にパーティを組んで、第55層主街区のグランザムにある血盟騎士団本部まで行くことになった。

 

 

 

「・・・なにこれ」

 

「それが分かってたら苦労はしてないさ」

 

 アスナに例の録音結晶を聞かせた最初の反応はこれだ。だが、キリトが気がかりなのはこの暗号が謎めいているというのと同時に、

 

「どっかで聞いたことあるんだよなあ、こんな話・・・」

 

「どこでよ?」

 

「それが思いだせていたら苦労はしてないよ」

 

 ため息交じりに呟く。そう、キリトはどこかで聞いたことがあったのだ。これと全く同一とはいかないが、これに似た話を、どこかで。どこで、どういう形で、の部分が思い出せないが。

 

「とにかく、これが気がかりだったんだ」

 

「そうね、確かにこれは謎めいているし・・・。でも、わからないことをうだうだ考えていても始まらないわ。いったん忘れましょ」

 

「そう、だな」

 

 こういうところは、アスナの強みだ。良くも悪くも真っ直ぐで、それに関係のないことならば、さっぱりと切って行動することができる。それは、自分にはないものだ。

 

「ところで、こんなものどこで手に入れたの?ロータス君の声が入っているようだったけど・・・」

 

「たまたまフィールドで行き会ってな。そしたら、こいつを寄越したんだ。そのまま当の本人は消えたが」

 

「・・・え・・・!?」

 

 椅子を蹴飛ばして立ち上がる。

 

「直接会った、って・・・どういうことよ!?」

 

「まあ落ち着け」

 

 キリトのその一言でようやく我に返って、今度はゆっくりと座った。

 

「・・・で、直接会った、っていうのは?」

 

 そう問われ、キリトは会うまでの経緯を話した。

 

 一通り話を聞き終えると、アスナは机の上で手を組んでゆっくりと息を吐いた。

 

「そう・・・。以前からロータス君のPKは何個か報告を受けてるけど、本当にやっているのね・・・」

 

「ああ。それに、最後に走っていったあの速さを考えると、少なくとも準攻略組と肩を並べる位のレベルはあると考えるべきだ」

 

「技量もレベルも高い水準で実現している、ということね・・・。かなり怖いわね」

 

 頭を軽く抑えて振るアスナに、軽く頷く。

 

「それに、あいつの去り際の言葉も気になるんだ」

 

「何、それ」

 

「なんでそっち側にいるんだ、って俺が聞いたら、故あってのことだ、ってあいつ答えたんだ」

 

「故あってのこと・・・?なんでわざわざそんな含みのある言い方をしたの?」

 

「俺に聞くなよ。

 とにかく、いろいろ謎めいているのは事実だ」

 

「でも、攻略をサボっていい理由にはならないからね」

 

「分かってるって」

 

 その会話だけで、今回はお開きとなった。だが、心に残ったしこりは消え切っていなかった。

 

 

 

 帰ってきた俺は、PoHたちに開口一番言い放った。

 

「使えなさそうだから殺してきた」

 

 それに対する反応はただ一言、

 

「そうか・・・」

 

 とだけだった。

 

「それにしても、少しいない間に随分人が増えたな」

 

「ああ。もっとも、これでも入試の段階で人を減らしたんですけどね」

 

「減ってこれかよ。おー怖」

 

「お前も、その、一人、だがな」

 

「いやまあ、その通りなんだけど」

 

 帰ってきたザザとジョニー、それからもともとこの場にいたモルテに、俺は軽口とも取れる口調で返す。これも、いつも通りの光景といっても差支えないものだった。だが、今までとは少し違っていたのは、この後のジョニーの言葉だった。

 

「そう言えばヘッド、殺しの依頼が来てるんですけど」

 

「ほう、どんなだ」

 

「それがー、グリムの旦那からなんですよー」

 

 俺たちは基本的に自発的に行動するから、依頼で殺すということは珍しい。グリムの旦那、というのは、どうやらこいつらの知り合いのようだが、比較的付き合いの長い俺ですら知らないというのは珍しい話だ。

 

「おっと、そうだった。お前さんはあの時まだmemberじゃなかったな」

 

「道理で知らない名前なわけだ。んで、誰なんだ、その、グリムっていうのは?」

 

「正確なplayer name はGrimlock。かつて俺たちに、自分のギルドリーダーの殺しを依頼してきた変わり種だ」

 

「ギルドリーダーを?クーデターの類か?」

 

I don’t give a damn.(知ったこっちゃないぜ) とにかく、そういう話があったってだけだ。

 で、あいつからどんな殺しの依頼だ?」

 

「えっと、何でも元ギルメンを殺してほしいとか。殺し方とかはこっちに任せる代わりに、知っている情報はすべて開示するそうです」

 

「へえ・・・」

 

 目的などどうでもいい。だが、

 

「つーことはさ、なんかほぼ確実に誘導できるような方法でもあるわけ?」

 

 それが問題だ。こいつらが殺しに飛びつかないということはないはずだから、この依頼は受けることになるだろう。ならば、その依頼が確実に成功できるような保証がなければ、受けるべきではない。

 

「それが、一つ事件を作って、そこにメンバーが集まるから、まとめてってことらしいです」

 

「どんな事件?」

 

「それがなかなか面白いんですよー」

 

 そういって、ジョニーは愉快そうに話しだした。

 

 

 のちに、“圏内事件”と呼ばれる、そのトリックを聞くと、

 

「Wow,It sounds so exciting!」

 

「同感。どこにもその手の頭が回る奴ってのはいるもんだな」

 

 楽し気なPoHのコメントと共に、俺は冷静に分析した。だが、

 

「それ、最初は滅茶苦茶な騒ぎになりそうだな。本来死なない圏内で死ぬ可能性が出て来るわけだから」

 

「それもそうですよねぇ。その辺、どうするつもりなんでしょうか」

 

「少なくとも、俺たちが、考えるような、ことじゃ、ない」

 

「そうだな。しかしまあ、二か月先かぁ。長いなぁ」

 

「案外あっという間だと思いますよ」

 

 俺の答えにモルテが突っ込み、その話はそこでなくなった。その後は無駄話に興じた。




 はい、どうも。

 主もまだ一応学生の身で、今日から丁度新学期でした。
 ここから、少なくとも夏ごろまでは月曜更新を目標にしていく所存です。

 まさかの二話連続の一万字オーバー。次からは字数が落ち着くので、ご安心ください。

 今回は本編で言う“黒の剣士”編の裏に当たる回でした。今更ですが、ここでは基本的に原作で起こったことで変化がない場合は説明しません。今回で言うと、ピナ死亡からプウネマの花獲得までの流れは一切変わらないので、そこまでの説明は完全に省きました。
 ロータス君が暗躍(?)し、タイタンズハンドは壊滅。ここではタイタンズハンドは壊滅としました。ここでしか役割ないんだし、因果応報ということで。
 録音結晶のメッセージは暗号です。暗号が何を意味するのか、というところは少しずつ明かしていくつもりです。

 アスナとキリトの関係は、今はこんなくらいかなー、という想像が多分に含まれています。この後に控える圏内事件の二人の思いを考えると、このころにある程度このくらいになっててもいいだろう、という判断です。

 小太刀スキルに関しては完全なオリジナルです。完全なバランスブレイカーですが、そんなスキル脳筋など滅多にいないのに加えて、多数のスキル発動の構えをすべてマスターする必要があるという難易度の高さがマイナーにさせていた、ということで。少々無理がある気はしますが気にしない。

 ちょくちょく伏線を入れていますが、もれなく回収するのでご安心を。
 ではまた次回。


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26.謎

 あれから一月、俺はモルテとフィールドに出ていた。今回の得物は定めていないが、規定に則ったギリギリの層での狩りだ。そこそこ大きな得物になるだろう。

 

「ロータスさんも物好きですよねぇ、わざわざ強い相手と戦いたいなんて」

 

「俺でも思うよ。でもさ、どうせ戦うんならある程度強くないとつまんないだろ?」

 

「それもそうですね」

 

 小声で会話を交わす。目の前にいたのは、俺も知っている、思いもよらない人物だった。

 

「・・・リンド!?」

 

「お知り合いで?」

 

「ああ。DBリーダーのリンドだよ。どうしてこんなところに」

 

「DB・・・そういえばそのギルドは、第50層攻略戦でそこそこ大きな打撃を受けたというギルドでしたね」

 

「そういえばそうだったな。まあハーフポイント、大きな障害になったことは間違いないが・・・」

 

 ということは、今ここにいる理由はおそらく、ギルド再建だろう。そのための戦力拡充が目的と見て、ほぼ間違いない。最前線ではないこのあたりで狩りを行っているのも、安全面に配慮した結果なのだろう。案外安全志向のあいつらしい。

 

「とにかく、思いもよらない大取り物だ。行くぜ」

 

「ええ」

 

 いつになく楽しそうな俺とモルテは、静かに物陰から飛び出した。飛び出した瞬間に、何人かがこちらに気付いて振り向く。だが、

 

「もう遅い!」

 

 一瞬で間合いを詰めた俺が手近な相手の腕を飛ばす。それによって相手の戦闘力を奪うと、後ろにいる相手の足を刈り、その背中に闇牙を突き立てる。そのように突き立てれば致命傷ではないが大きくHPが削れることを俺は知っていた。

 

「もちっと周囲に気を配ったら?」

 

 手の中でくるくると得物をもてあそぶ俺に、誰かが気付いた。

 

「ロータス・・・!?」

 

「おう、そうだ。俺はあんたの顔を覚えていないが、一応久しぶりといっておこうか」

 

 にやりと笑って答える。その笑みは相手にとって完全に不気味としか言えないものだった。

 

「お前は確か、モルテ!」

 

「おやおや、僕を覚えてくださっているとはありがたいですねぇ」

 

 モルテも自身の得物をぶら下げる。俺も、いまだにモルテを覚えている面子が生きているというのは驚きだった。だが、そんなことはもう関係ない。

 

「さてと、It’s show time!!」

 

 惨劇の幕を開ける一言と共に、俺は踏み込んだ。強烈な踏み込みで発生したSTR補正と、鍛えたAGI補正がもたらすのは電光石火の縮地。一瞬怯んだ隙をついて右から胴を薙ぎ、そのままの勢いで斬り抜けて回転の勢いそのままに闇牙を振り抜く。暗い赤色の刃の先は首筋を捉え、完全に斬り落とすまではいかないものの、大きくHPを削った。

 

「リカバーヒギンズ!」

 

 すぐに治癒結晶のコールがかかる。このあたりは腐ってもトップギルドの一角を担っているだけはある。対応は見事としか言いようのないものだった。そして、モルテも想像以上の戦力に押されているようだった。

 

(こういうときのためだ)

 

 戦いながら、相手の攻撃とこちらの攻撃をうまく誘導する。うまくある程度誘導することができたことを悟った俺は、相手の攻撃を受け止めた瞬間に振り返り、真後ろにいた()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!」

 

 一瞬こちら側のプレイヤーが固まる。瞬間に、相手のパーティのプレイヤーが、俺がさっき斬ったプレイヤーを斬った。それにより、こちらのプレイヤーが一人消えた。

 

「悪い、敵かと思って斬っちまった」

 

 微かに悪びれつつ謝る。このくらいの技術は身についていた。とどめを刺した当の本人は恐怖で固まっているが、こちら側のプレイヤーも驚きで固まっていた。それを俺が逃すはずもない。一瞬でジグザグに走りながら、小太刀と同じく装備していた刀である“黒刀”で斬り伏せる。

 刀との同時装備。これこそ、小太刀の最大の利点と俺が考えるところだ。それを生かした戦闘スタイルは、おそらく俺しか確立させていない。ならば、それに対抗する手段などあるはずもなく、本当に一瞬で目標のプレイヤー全員を斬り伏せた。残ったのは、()()()()()()()()()()D()B()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふう、これで終了っと」

 

 鯉口を二回鳴らして得物を両方とも納める。振り返ると、そこには恐怖と驚愕のない交ぜになったリンドがいた。

 

「ここであんたらは俺らに襲われたが、何とか返り討ちにした。俺一人だけ残って逃げた。OK?」

 

「あ、ああ・・・」

 

 いまだに驚きが抜けきっていないリンドを尻目に、俺はその場を去ろうとした。が、その背中にリンドは声をかけた。

 

「なああんた。どうして、あんたはそっち側にいるんだ?」

 

 その言葉に俺は足を止めずに言った。

 

「故あってのこと、ってやつだよ。あんたにはわからんだろうけど」

 

 それだけ言って、俺は片手を上げてその場を去った。

 

 

 

 

 彼はその次の日、待ち合わせをしていた。待ち合わせの相手は、ロータスを待たせていた。まあ、彼としてもそのくらいは想定していたから、それくらいは全く問題にならなかった。

 ロータスが相手に気付いて軽く手を上げると、相手は走ってきた勢いそのまま傍に来て、呼吸を整えることもせずに言った。

 

「ごめん、待った?」

 

「うんにゃ、ほとんど。

 でも、一つだけ言わせてもらうと、常時5分前行動くらいは心がけておいて損はないぞ?」

 

「あなたの場合、よっぽどのことがなければ、15分前以上は、余裕を、持たせるでしょう?」

 

 そもそも、ロータスが待ち合わせ場所についたのは彼女が来る15分ほど前で、彼女が来たのは待ち合わせ時刻の3分前。つまり、彼は待ち合わせ時刻から数えて20分ほど前に到着していた計算になる。ちなみに15分前行動が癖になっているのは、部活が音楽系で、部活開始時刻までに準備から音出し、チューニング、軽い基礎練習―――つまるところ運動のウォーミングアップに当たる行動を済ませておくためについたもので、直す必要がないのでそのまま放置となっているというだけだ。

 

「ま、癖でね。でもなエリーゼ、心がけなければそのあたりは身につかないぞ」

 

「ご教授どうも」

 

 相手の息が整うのを待って、ロータスは麻袋に硬貨を入れて手渡した。

 

「ほい、いつぞやの報酬と、追加分。確認してくれ」

 

 麻袋を受け取ると、エリーゼはそのプロパティを確認した。そこに表示された金額を見て顔色を変える。

 

「え、と、少し多いような気がするんだけど・・・?」

 

「そりゃチップ込だからな」

 

「チップにしても多いわよ!?さすがに、全体の、えっと・・・4割にも上るじゃない!」

 

 一瞬言葉が淀んだのは、計算に手こずったからか。でも、すぐに計算ができたところを見ると、案外頭は回るようだ。―――まあ、こちらが計算を面倒くさがって切り良い数字にしたのは事実なのだが。

 

「ま、そりゃな。胸糞悪い気分にさせたっていう詫び賃も入ってるし。こんなんじゃ気は晴れないだろうけど、受け取ってくれや」

 

「・・・分かっ・・・た・・・」

 

 そう言われてはこちらもそこまで突っ張る理由はない。引き下がるしかなかった。だが、今の言葉で、なおのこと一つの疑問が湧いた。

 

「ねえ。どうして、あなたは、そんなにも()()()()()()()()そっち側にいるの?」

 

 それに、ロータスは含み笑いを浮かべて言った。

 

「故あってのこと、だよ。今はまだ、その理由を言うべき時じゃない」

 

 じゃな、と軽く手を上げて去っていく背中に、エリーゼは一言叫んだ。

 

「必ず生きててくださいね、()()()()!」

 

 その声に足を止める。振り返った顔に浮かんでいたのは、今までの覆い隠すようなものではなく、どこか困ったような、不器用で嬉しそうな笑み。

 

「ああ。そっちも生きて帰れよ、()()()()()

 

 その口調も表情も、エリーゼが覚えている、そのままだった。

 

 

 

 

 ゆっくりと、俺は彼女の―――エリーゼのことを思い出していた。

 彼女は俺のリアルでの知り合いだ。もっと言ってしまえば、一個下の後輩だ。

 俺は部活では完全にのけ者扱いだった。だが、そんな俺でも慕ってくれる、そんな物好きもいたのだ。その物好きが、エリーゼのリアルだった。もっとも、俺はそれまでずっと邪険にされ続け、クラスでもあまり居場所がない状態だったことから、他人に興味というものが一切といってもいいほど湧かず、ほとんど覚えていなかった。よもやこんな形で再会するとは思ってもみなかったが。

 こっちで再会したのは本当に偶然だ。ハーブティー強襲の時に、女性で、ある程度汚れ仕事も任せられるような傭兵の紹介を頼み、紹介されたのが彼女だった。最初はどこかで見たような、といった具合だった。会う度に彼女のことを思い出していって、世の中似た人もいるものだと思ってはいた。正直なところ、真面目なやつが多かったうえに、リアルだとエリーゼは眼鏡をかけていたため、同一人物だと思わなかったのだ。よくよく考えてみれば、俺のようなヘビーゲーマーは少なくてもゲーマーはいてもおかしくないし、ナーヴギアはフルフェイスヘルメットに近い形なのだから、眼鏡をはずしていても不思議ではない。というのは、先ほどエリーゼからああいわれてようやく得心が行った話だ。とにかく、俺からしたら彼女はそういう存在なわけだ。

 

(まったく。よりにもよってあの子かよ。他のやつなら利用するだけって割り切ることもできたのに・・・)

 

 さすがに、自分を慕ってくれていた相手をただの利用相手と割り切るほどに情がないというわけではない。もとより、女性でなければならないものなど、もうやるつもりはない。やるとしても、彼女に頼ることはない。

 

(彼女まで、こちらに落ちる必要はない)

 

 それまでになかった感情に、一つ苦笑いを浮かべる。どちらにせよ、今までの消耗から言って、補給が必要なのは間違いない。アジトに帰るのはその後でいいだろう。そう思った俺は、圏外村へと向か―――おうとして、

 

(そういえば、あいつらはどうなったかねぇ・・・)

 

 向かう先を変えた。あそこも圏外村だったはずだし、補給ならちょうどいいだろう。しかも、あそこには転移門があったはずだ。だが、あまり大っぴらに移動をしたくはない。そう思うと、ウィッグと伊達眼鏡をかけ、ある程度の変装を行う。案外眼鏡と髪形で誰かわからなくなるというのはよくあることだ。

 

 

 

 

 

 俺が一応の補給も兼ねて訪れたのは、第13層にある圏外村だ。ここには、とあるギルドの拠点の一つがあるのだ。それまでの拠点は、彼ら曰く“一号店”らしいのだが、そちらよりこちらのほうが一号店らしい。少なくとも俺はそう思っている。

 今回用があるのは、ここに陣取っている連中ではなく、そいつらの手駒の状態についてだ。

 無言でドアを開ける。俺に一瞬目線が集中するが、俺が変装を解くと、すぐに一人が寄ってきた。

 

「これはこれはロータスさん。今回もご利用ですか?」

 

「うんにゃ、それはまたの機会にするよ。奴らの様子はどうよ?」

 

「いやー、今はいい感じになってきましたよ。ご案内しましょうか?」

 

「おう、頼むわ。あ、ちょっと待って」

 

 できれば、こういう形のパイプはあまりばれたくない。何より、今行われている―――行われていたかもしれないが―――ことと、その相手を考えると、顔はばれないに越したことはない。変装をもとに戻すと、俺は言った。

 

「よし、じゃ案内してくれ」

 

 そいつに続く形で、本来なら従業員側が入るほうに回る。その扉を開けた瞬間に、微かではあるがよろしくやっている声が聞こえた。

 

「この声・・・」

 

 生憎と耳はいいので、その声だけで大体その声の主が誰なのか、想像を付けることができた。

 

「ええ、あの子たちの中の一人ですよ。この声の子はかなり早く落ちたので、やり甲斐がなかったのはありますが」

 

「でも、あんまり落ちないと迷惑するところもあるだろ。商売なんだから、利益出してもらわないといけないんだし」

 

「そこが難しい所です。いやはや、人を使うというのは難しい」

 

 そのあたりをあっさりと素通りして、隠し扉の仕掛けを外して中に入る。そこは、部屋の中で行われている様子がよく見えた。が、

 

「これって大丈夫なのか?」

 

「そのあたりは問題ありません。大声を出さなければ、ですが。リアルでいう、マジックミラーのようなものだと思ってください」

 

 小声で問いかけると、相手も小声で答えた。なるほど、そんなものがあったとは。いや、作ったかもしれないな。そして、今俺の目の前で、所謂風俗的なサービスを行っている相手の顔には見覚えがあった。上辺だけかもしれないが、その顔はある種の恍惚すら浮かんでいた。

 

「しっかし、あの淡白で冷血な女がねぇ・・・」

 

「ウェスティリアさん、ですか。最初のほうは所謂マグロだったのですが、根気よくやっていれば、ある時を境にすとんと落ちました。もともとその辺の素質があったのか、今となっては良い稼ぎをしてくれますよ。スタイルがいいですからねぇ」

 

 そう、俺たちの前であられもない痴態を見せているのは、かつて俺が襲撃したギルド、ハーブティーの中でもおそらく実力者の部類であろうウェスティリアだ。調査していた時は、彼女は感情をなかなか表に出さない、良くも悪くもつまらない女だった。倫理コードの解除をしたときも、絶望しながらも、唇を強く嚙んで泣くまいとしていた。俺としては、あの中では一番殺してもいいと思った。

 勘のいい人は気づいたかもしれない。ここは、第13層にあるハーブティーの元アジトを、売春ギルドが新たな拠点としたものだった。

 

 惜しげもなく、暴力的とすら言える魅力を持つ体には、文字通り一糸たりとも纏っていない。自身の性器に相手の性器をあてがい、自身の欲望に従って腰を振る。そのたびに艶っぽく嬌声を上げた。

 

「ここはもういい」

 

「よろしいので?」

 

「ああ。こいつらの元頭はどうなってる?」

 

「ご案内いたします」

 

 そう言うと、俺たちは再び移動を始めた。

 

 

 再び仕掛け扉をくぐって外からは見えないように入ると、そこには恍惚として複数の男性器を手や口、挙句には自身の性器でも処理している女がいた。だが、彼女にとってみればそれはまさに貪るといっても差し支えの無いように思えた。その顔にはすでに、白い液体がついていた。

 

「また薬漬けにでもしたのか?」

 

「確かに、その類を使ったことは認めますが・・・この光景は、彼女自身が望んだことですよ」

 

「は?」

 

 思わず間抜けな声が出た。いやいや、AV女優じゃあるまいし、こんなプレイが好きとか、

 

「ただの変態じゃねえか、それじゃ」

 

「ええ、調教していく過程で、彼女の変態的な性癖が明らかになりましてね。ならばいっそ、突き抜けさせてしまおうということになりまして」

 

「性欲が強いとか?」

 

「それも多少はあるのですが・・・俗に言う、ぶっかけ大好きなクチだったようでしてね。しかも、多数の男から大量に、というのが一番いいそうです。あくまで本人談、ですが」

 

「・・・ああ・・・」

 

 そりゃ変態だ。しかも、“ド”がつくレベルの。女性の多くは顔に精液をかけられるのが苦手っていうのは有名な話だしな。それを、しかも多人数からやられて喜ぶとか変態の極みだ。

 

「ま、いいや。今日はこのくらいで」

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ。もともと、サービスを受けなかったのは時間があんまりないっていう理由だしな」

 

「かしこまりました」

 

 最後に俺は、男どもの射精を浴びて恍惚とする女に、精一杯の邪悪な笑みを浮かべてその部屋を出た。

 

 

 

 そこから出て、圏外村の中で補給すると、そこにある転移門に近付いた。圏外村にも転移門が設置されているところはある。ここは、その数少ない例外の一つだった。そこから、第47層の圏外村に飛ぶ。少し歩くと、すぐに花のいい香りがした。

 

「やっぱり、落ち着く」

 

 自分がしてきた業から逃げるようなことはしない。が、飲まれるような無様は絶対にさらさない。それは、俺が心に決めていたことだった。そして、俺が道を見失いそうなときには、この層に来ることにしていた。リラクゼーションの一環のようなものだ。

 暫く歩くと、俺がいつも来るところについた。が、先客がいた。

 

「誰ですか!?」

 

 警戒したように手を背中に回す。ここからでは得物がよく見えないが、手の回し方から見て、片手で扱える武器なのは間違いないだろう。だが、そんなのは今さしたる問題ではない。

 

「待ってくれ。怪しいもんじゃない」

 

 我ながら説得力の無い台詞を言いながら、俺は近くに腰かけた。その影も、それを見て警戒を解いたのか、隣にちょこんと座った。が、その片手はいまだに得物をすぐ抜けるように構えられていた。実際、俺の得物は刀で、相手の得物は見たところ短剣だ。すぐに抜いて防御だけでも取れるようにしておく必要があるというのは理解できる。だが、こうも警戒されてはこちらも落ち着かない。俺は一つため息をつくと、自身の得物を外して横においた。かしゃんかしゃんという音で俺が何をしたのか気付いた相手が、驚いたよな顔をしたのがはっきりと分かった。

 

「ここまでやって、警戒する必要はないだろ?」

 

 片足を伸ばして、もう片方は立て、その上に両腕を乗せた、完全に攻撃の意志がない姿勢に加えて、武装の解除。その意図を悟って、ようやく相手はゆっくりと警戒を解いた。

 

「あなたは、確か、この前、ロザリアさんたちを・・・」

 

 その言葉で、ようやくこの少女が誰なのかを悟った。鈴を鳴らしたような、はかない声は確かに聞き覚えがあった。

 

「ああ、あの時キリトと一緒にいた女の子か」

 

「はい」

 

 それで、一瞬言葉が途切れる。ゆっくりと花を眺める俺に、女の子は勇気を出したように―――実際そうなのだろう―――答えた。

 

「あの、どうしてここに?」

 

「気分を落ち着けたいときは、ここに来ることにしてるんだ。この花は、現実でも好きな花だからな」

 

「確かに、きれいな花ですよね」

 

 ここに、一面を埋めるように咲いている花は、黄色く丸い半球のような周りに白い花弁を持つ、はかなげな花だった。

 

「それに、いい香りもするし」

 

「林檎みたいだろ」

 

「あ、言われてみればそうですね!」

 

 そういって笑う。その笑顔はまっすぐ純粋だった。

 

「ま、俺が好きなのはその花言葉なんだけどな」

 

「え、どんな花言葉なんですか?」

 

「どんなだと思う?」

 

 質問を質問で返し、少女は悩んだ。ころころと表情を変える様は見ていて飽きず、純粋さが眩しく思えた。

 

「純潔とか、可憐とか、でしょうか?」

 

「こういっちゃなんだが、難しい言葉知ってるのな」

 

 俺のあまりにあけすけな物言いに少し機嫌を悪くしたのか、軽く膨れる。その頬を二本の人差し指でつついて、俺は言った。

 

「残念ながらどっちもはずれ。正解はな、“逆境に耐える”、“逆境で生まれる力”だよ。俺は、“苦難の中の力”って覚えてるけどね」

 

 自分の考えるまま、思うままにここまで進んできた。今がそうでなくとも、いつか振り返った時、今まで歩んできた道を、間違っていなかったと胸を張って言えるだろうか。いや、少なくとも間違っていなかったと胸を張って言えるほど、きれいな道を歩むつもりはない。それでも、どんな逆境でも、この花の花言葉のように、逆境に耐えるだけじゃなく、その中でも力を持って進む。その覚悟を確かめるために、俺はここに来ることにしていた。今日、自分のしてきた業を見た。その覚悟を改めるため、俺はここに来た。そして、気持ちは固まった。何があっても、俺は俺の道を進む。たとえそこが茨の道であってもだ。

 自身の得物を拾って、ゆっくりと立ち上がる。来た道を引き返すその背中に、女の子は声をかけた。

 

「あの!また、いろいろと教えてください!」

 

 ひらりと片手を上げて、俺はそれに返答した。

 

「機会があればね」

 

 そのまま、俺は圏外村から、今度こそギルドアジトへと向かった。

 




 はい、というわけで。

 ちとR18に片足突っ込んでるような状態なので、運営から警告来ないか心配です。
 その件のシーンはいかにエロいシーンをエロくないように書くか、というところがかなり難しかったです。どうでもいいか。

 今回はいろいろと伏線回でしたね。

 ハーブティーの面々は売春ギルドにまとめて売られました、っていう。これが、彼なりの復讐ということで勘弁してください。

 真ん中の下りとかは今後に生かす予定です。ALOとか。誰得?俺得。

 最後の下りはタイトル変えたことにより生まれたストーリーです。あと、主人公に対するシリカちゃんの好感度回復回。そうじゃないと今後つじつまが合わなさそうで怖かったので。
 シリカちゃん意外と言葉を知っているの巻。原作によると、シリカちゃんのお父さんはなんかライターとのことだったので、言葉自体は知っていてもおかしくないんじゃないか、という作者の勝手な推測です。
 二人が見ていた花の名前は、花言葉で検索すれば出て来ると思います。有名な花ですしね。

 ではまた次回。


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27.再会

 圏内事件実行が近づいたある夜、俺は寝袋に入って、静かに考えていた。

 

(圏内で人死にまがいのことが起きたら、絶対調査の手が入る。どうやら、50層の攻略で、DBもそれなり以上の痛手を負ったようだし、入るとしたら血盟騎士団のメンバーである可能性が高い。なら、最悪クラディールを介せば)

 

 だが、あくまでクラディールを介するのは最後の手段だ。それでクラディールがこちら側であることが露見してしまったらかなりの痛手となる。少なくとも今、クラディールを失うのは痛い。

 

「とにかく、そのあたりはゆっくり考えるか」

 

 今は睡眠を優先すべきかと考えた俺は、そのままゆっくりと眠りにつ―――こうとした、その前に、俺はメールフォームを立ち上げて、ある人物にメールを送った。タイプミスがないことを確認すると、送信を押す。送信を確認した後、今度こそ眠りについた。

 

 

 

 

 それから時間は経ち、圏内事件決行初日。ロータスは事前にメールを送って打ち合わせをしてあった相手との約束へと向かっていた。ラフコフ―――ラフィン・コフィンの通称だが―――には、今日は複数の人間と会うからという理由から、個人行動が認められていた。もうすでに彼はそれなり以上に古参メンバーの一人となっていたので、怪しまれるようなことはなかった。

 最初の待ち合わせの相手は、俺が到着する前に、待ち合わせ場所に来ていた。ロータスに気付くと、片手を上げた。

 

「やあ、ロータス。元気そうで何よりだよ」

 

「あんたみたいな立場の人間からすれば、俺みたいな人間はとっととくたばればいいって話じゃないのか?」

 

 相手―――ゲイザーの軽口とも取れる一言に、微かな笑みを浮かべながら返す。それに、ゲイザーも含みのある笑みを浮かべた。

 

「まさか。お得意様が死ねばいいなんて思うわけないじゃないか」

 

「ある意味人気稼業なのにか?」

 

「誰であろうと売れる相手には売る、それが私のスタイルだ。これはもう世の中に広まってしまっているから、ある種開き直るしかないね。それでも買い手がいるあたりがこの商売なんだが。

 それに、君がそちら側についた目的も、ある程度は推測がつくしね」

 

 最後に付け加えられた一言に、ロータスは苦笑いを浮かべた。

 

「察しが良過ぎる相手ってのは苦手だよ」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ。

 で、依頼の件なんだが」

 

「ああ。どうだ?」

 

「初動は、キリト君ともう一人。血盟騎士団の制服に栗色の長い髪、背丈はキリト君とほぼ同じか少し低いくらい、という特徴から推測すると―――」

 

「アスナか」

 

 ロータスの言葉に、ゲイザーは指を鳴らした。そのあたりが様になるのがこの男である。

 

「君の想定していた、最良のシナリオになりそうだよ」

 

「果たしてどうだか。後は俺次第、ってとこかな」

 

 目線を遠くにやって言う。キリトもアスナも絡むというのは、想定外ではあったが、ロータスにとっては悪くはない事態だ。

 

「とにかく、サンキュな。お代は?」

 

「10000」

 

「高くねえか?」

 

「7500」

 

「・・・ん、じゃあそこで妥協しとこうか」

 

 一応納得してコルを実体化させ、手渡す。もとより、ロータスにとっては手元にあってもどうしようもない金だ。

 

「んじゃあな。刺されるなよ」

 

「お互いに、ね」

 

 ひらひらと手を振ってその場を去る。そして、ロータスは次の相手との待ち合わせの場所へと向かった。その背中を、ゲイザーは静かに見送っていた。

 

 

 その翌日、俺たちは物陰に隠れて事の結末を待っていた。ある種の結末を迎えたところで俺たちが出ていって、真実を知る人間を皆殺しにして口を封じる。それが、グリムロックからの依頼だからだ。

 やがて、その簡素な墓の前に、一人のプレイヤーがやってきた。そのプレイヤーは、俺にも見覚えのある人物だった。

 

「シュミット!?」

 

「知り合い、か?」

 

「まあな」

 

 小声でやり取りする。攻略組にいた俺にとって、現DB副リーダーでタンクの主戦力の一人であるシュミットは見覚えのある人物だった。

 

「そろそろ行くぞ」

 

 俺とジョニーが麻痺ナイフを構える。ジョニーは手前で蹲っている―――というより土下座しているシュミットを、俺は残りの二人である男女を狙う手筈になっている。アイコンタクトと共に投げられた三本のナイフは、違わずそれぞれに当たって麻痺属性をいかんなく発揮した。

 あえて足音を立てて近寄る。女の傍に転がっている細身の剣を手に取ると、それをしげしげと眺めた。剣先とは逆の向きに棘が生えているようなそのデザインの剣は、

 

「へえ、エストックかぁ。これまためっずらしいものを。お前の好みなんじゃないか?これ」

 

 そういって投げ渡す。受け取ったザザは、その剣を鑑定するように眺めてから口元をゆがませた。

 

「確かに、デザインは、まあまあだな。俺の、コレクションに、加えてやろう」

 

 しゅうしゅうと息が漏れるような声でザザが言った。

 

「PoH・・・」

 

 震える声でシュミットが呟く。その声には恐怖しかなかった。

 

「ひっくりかえせ」

 

 その指示で、ジョニーがシュミットを仰向けにする。その顔を見て、PoHは眉を上げた。

 

「Wow、これは驚いた。タンク隊のリーダー様じゃないか」

 

 楽し気な俺たちに対して、相手は恐怖の表情を浮かべている。そのうちの一人―――女性プレイヤーを眺めて、俺は微笑を深くした。

 

「んー、決してスタイルがいいってわけじゃないけど、こういうタイプの美人もまた乙なもんがあるよなぁ」

 

「お前は、本当に、女好き、だな」

 

「美人さんが大好きじゃない男なんてこの世にはなかなかいないだろ。性格最悪ならともかくとして」

 

 俺たちのそんな会話をよそに、後ろでは楽し気に物騒な会話がなされていた。細かいことはそこまで聞き耳を立てていないからよくわからないが、要するに“どうやって殺そうか”という話らしい、ということはわかった。

 

「それに、あのギルドはきっちりリターンをしてくれることが多いからねぇ。貸しってのは作っておくに越したことはないし」

 

「理解、できないな。殺したほうが、楽しいときも、多いというのに」

 

「価値観ってのは人それぞれだから何とも言えないけど、あんまり怯えさせて殺すよりも、生きられるかもしれないって思わせてからもっと絶望させたほうが―――」

 

 そこで俺は言葉を切った。遠くから聞こえる蹄の音。しかも、こちらに向かってきている。一つ舌打ちをすると、俺は己の得物に手をかけた。

 

「どうした?」

 

 その問いに対する答えは必要なかった。人より明らかに早い速度で小高い丘を駆け上がってきたのは馬だった。それは俺たちの傍まで来ると、甲高いいななきと共に後ろ足で立ち上がった。一番近い位置にいたジョニーが馬を警戒して後ずさる。直後、落下音と共に「痛てっ」という、ちょっと間抜けな毒づきが聞こえた。

 

「キリト・・・」

 

 こいつが来ることは想定していなかった、といえば嘘だ。初動でこいつが動いている以上、この可能性は捨てていなかった。俺の目的を考えれば、ここでこいつを斬ることはあまりよろしくない。だがこうなっては仕方がない。意外と頭の回るこいつのことだ、おそらく真相をすべて見切ったうえでここに来ているのだろう。ならば、()G()A()()()()()()()()()()()()()()が依頼である以上、ここで俺がとる選択肢はただ一つだった。

 

(やむを得ん、か・・・)

 

 もとより、知り合いだろうと斬る覚悟はできている。たとえこの身を返り血で浸そうとも、俺はもう選んだのだ。

 

「キリト、一応言っておく。状況わかってないお前じゃねえよな?」

 

 低い、俺の問いかけ。それに続く形でPoHが言った。

 

「こいつの言う通りだ。格好良く登場したのはいいが、俺たち四人に対して勝てるとでも?」

 

「無理だろうな」

 

 腰に手を当ててキリトは即答した。その上で言葉を続ける。

 

「だが、対毒POT飲んでるし、ロータスに至っては手札も大体読める。十分くらいは耐えてやるさ。それだけあれば、援軍が来るには充分だ。さすがに攻略組30人に対してあんたらじゃ、厳しいものがあるんじゃないか?」

 

 その言葉に嘘は見られない。はったりを大げさにかますタイプではあるのだが、それがもし事実なら。そして、それを確かめるすべはこちらにない。

 

「Suck」

 

 舌打ち交じりの罵倒と共に、PoHが指を鳴らした。その合図で俺たちがゆっくりと武装を解除する。

 

「黒の剣士。お前は、絶対地に臥せさせてやる。お仲間の血の海でな」

 

 そういってPoHはくるりと背を向けた。それにジョニーが続く。

 

「今度は、俺が、馬で、お前を、追い回す」

 

「なら練習しとけよ。見た目ほど簡単じゃないぜ」

 

 それに()()()という呼吸音を一つ残して、ザザは去っていった。残ったのは俺一人。

 

「ロータス・・・」

 

 その目に宿るのは、・・・悲しみ?

 

「なんでそんな目をしてんだよ」

 

「こうして会いたくなかったからだ・・・!」

 

「あっそう」

 

 冷めた口調で言うと、俺はポーチに入っていたものを投げつけた。それは、四角錐を底面で合わせたような形の結晶―――録音結晶だった。

 

「どうせ来てくれたんだ、メッセンジャーくらいの役割は果たしてくれよ」

 

 それだけ言い残すと、俺も三人の後を追った。

 

 追いついた瞬間、隣のザザが聞いてきた。

 

「黒の剣士と、何を、話していた?」

 

「ん?まあ、宣戦布告、ってやつかねぇ」

 

 俺のどことなく濁した答えに、ザザは「そうか」と一言だけ言った。

 

 

 

 

 すべてが終わった後、キリトはアスナに一つ相談を持ち掛けていた。

 

「なあ、アスナ。ロータスから、また」

 

 その言葉と、手にある録音結晶で何があったのかを察したアスナは、一つため息をつくと、

 

「血盟騎士団の会議室に行きましょう」

 

 それだけ言って先に歩きだした。

 

 

 

『虫は狡猾。細かい網目を上手にくぐって潜り込む。潜り込んだら引っ掻き回して、大丈夫なのに大丈夫じゃないと嘘を吐く。そうしてだまして、人の大切なものを盗んで食らう』

 

「・・・これまた何だこりゃ」

 

「私に聞かれてもわからないわよ」

 

 二人して首を傾げる。訳が分からない暗号だが、あいつが無秩序にこんなことをするとは思えない。何か理由があるはずだ。

 

「何か理由が・・・」

 

「いったいどんな理由よ?」

 

 ぽろっと漏れた呟きにアスナがジト目で反論する。慌ててキリトは思考のスイッチを切り替え、

 

「・・・ダイイングメッセージ?」

 

「彼は死んでないでしょ」

 

 苦し紛れに出した意見は速攻で叩き潰された。

 

「とにかく、この件はいったん保留。いいわね?」

 

「あ、は、はい・・・」

 

 半ば気圧されるような形で、キリトは頷いた。このままお流れになると思ったところで、アスナが思い出したように言った。

 

「そういえば、前にも似たようなことがあったわよね?」

 

「ああ。あの時も、意味不明な暗号を・・・」

 

 そこまで言って、一つの可能性に思い至る。急いでメニューを開いてアイテムを探すと、もう一つの記録結晶を取り出して、再生した。

 

『それは木馬。大きな大きな木馬。木馬は大きすぎて街に入れない。だから人々は門を壊した。馬の中の虫に人は気づかず、虫たちに人々は食らいつくされた』

 

「共通する言葉は、人、虫、食らう、か」

 

 その上で考える。似たようなことなのだから、関連して考えるべきかもしれない。

 

「それって、前にロータス君からもらってた記録結晶のメッセージよね?」

 

「ああ。何か関連しているかなと思ったんだけど・・・」

 

「違うみたいね」

 

 一つ頷く。そのまま手を組んで考える体勢に入ったキリトに、アスナは一つため息をついて記録結晶を取り出した。

 

「キリト君、そのメッセージ、こっちにコピーしてもらえる?」

 

「え?」

 

 少なくともキリトにとっては突拍子もない提案に、キリトは軽く動揺した。

 

「こっちでも考えるって言ってるの。情報源が情報源だから、言いふらすわけにもいかないけど」

 

「アルゴなんか論外だな」

 

「こういっては何だけど、その通りね。情報屋のネットワークで伝染したら、私たちも危ない。ソロの時に襲われたら、ひとたまりもないから。だけど、一人で考えるよりましだわ。それとも、私が信用できない?」

 

 やや上目遣い気味の目線で問われた言葉をどうして否定できようか。しかも、相手はこのデスゲーム最初期からの知り合いの一人なのだ。少なくとも、背中を預ける位には信頼している。それだけ考えると、記録結晶二つを再生して、アスナの記録結晶に録音した。

 

「じゃあ、何か手がかりを掴んだら連絡するね」

 

「ああ。また」

 

 それだけ残すと、今度こそキリトは血盟騎士団本部を後にした。

 




 はい、というわけで、これにて圏内事件編、完結でございます。短すぎるって?いやだって書くことなんですもん。俺は悪く(ry

 本当にこの辺は原作の一方その頃みたいな状態になっていますね。

 暗号に関しては、今はわからなくても大丈夫です。ちゃんとあとで種明かしします。この辺のストーリー構成は迷ったのですが、自分なりに折り合い付けました。

 それと、先んじて言っておきますと、この後の展開は二通り用意してあります。最初に思いついたほうのルートを先に投稿し、SAO編完結後にifルートを投稿、その後ALO編へ、という流れを想定しています。そのあたり何か意見等ございましたら、気軽にメールください。感想欄でもいいですが、それによって運営から警告通達があった場合は即座に活動報告への誘導へと変更する所存です。

 ではまた次回。


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28.急転

 レインは異常としか言えないレベリングを繰り返していた。周りの制止も聞かず、ボス戦にも参加せずに、ひたすらに狩場でモンスターを屠っていた。いや、正確には最前に近い層で、対人戦に近い戦闘を繰り返していた。

 

(まだだよ・・・)

 

 背中から襲い来る一撃を、体を反転させて打ち払う。そのまま同じ呼吸で、胴を薙ぐ。バランスを崩したところで、頭を一突きしてHPを散らした。

 

(こんなんじゃ、足りない・・・!)

 

 ただただ、力を。それだけのために、彼女は戦い続けていた。

 今から10か月ほど前のあの日、彼がどうしてあちら側についたのか。それが彼女にはなんとなくわかった。長くパートナーとして戦った彼女だからこそ分かったことだ。これは、ずっと自分の中にある矜持のようなものだ。

 ゲイザーと彼が関係を保っているように、彼女とゲイザーも関係を保っている。だからこそ、彼に関するいろいろな情報はおのずと耳に入ってくる。ハーブティーの惨劇も、彼女の耳に入っていたのだ。おそらく、彼はもう、すでにその身を鬼と化させていることは容易に想像がついた。早く戻さないと、手遅れになる。

 そうこうしていると、狩場での持ち時間が尽きかけていた。現在のレベルはもうすでに大台の80に乗っている。だが、こんなのは数値に過ぎないこともまた、わかって居た。

 

 狩場で順番待ちをしていると、肩を叩く人がいた。怪訝にそちらを振り向くと、そこには美人とはいかなくとも、ある程度容姿の整った女性プレイヤーがいた。

 

「初めまして。あなたがレインさん?」

 

「そうですが」

 

 レインの声を聞いて、相手が少々苦笑する。

 

「私、エリーゼっていいます。いつでもいいから、少し一緒にお茶したいのだけれど、時間取れないかしら」

 

 正直なところ、初対面の人にそんなことを言われても、形の変わったナンパのようにしか思えなかった。それに今は、少しでも多くの対人戦闘の経験を積んでおきたい。

 

「ロータスのことで、少しお話したいなって思って。どう?」

 

 その名前を聞いた瞬間、微かに心臓がはねた。目の前の女性は相変わらず柔和な笑みを浮かべている。

 

「分かりました。特に用事とかもないですし」

 

「そう。なら、今からでも大丈夫かしら?」

 

「はい」

 

「なら行きましょう」

 

 それだけ言うと、二人は連れ立って歩き出した。

 

 

 

 第61層主街区、セルムブルク。その湖畔に佇む洒落た喫茶店“レディレイク”に、エリーゼとレインはいた。案内されたところはちょっとしたコンパートメントになっていて、それでなお景色もいいところだった。

 

「きれいな場所ですね」

 

「うん。落ち着きたいときとかは、ここに来るようにしてる。ここなら大声出さない限り、外には漏れないし。うるさいナンパとかも来ないしね」

 

 そんな会話をしていると、注文した飲み物が来た。ふたりともそれに口を付けたところで、ゆっくりとカップを置いて、エリーゼは言った。

 

「さて、改めて自己紹介させてね。

 私はエリーゼ。傭兵やってます」

 

「レイン、ソロです」

 

「うん、知ってるよ」

 

 レインの自己紹介への反応に、レインは驚いた。まさか、自身がそんなに名の売れた人間になっているなどとは考えていなかったからだ。

 

「君は、自分の知名度というものを理解したほうがいいよー。攻略組の数少ない女性プレイヤーで、盾無しの片手剣に体術の複合による攻撃的スタイル。華麗に戦場を舞い、的確に立ち回っていくその姿から、付けられた二つ名は“剣姫”、ヴァルキリー。熊みたいな女傑なのかなと思ってたらこんなかわいい子だとは思ってなかったけどね。

 そして、かつてとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなあなたなら、相談できると思ってね」

 

「彼は、裏切り者です」

 

「ええ、そうね。少なくとも、攻略という大局を見れば、彼はとんでもない大謀反人だわ。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 一言のレインの呟きに、エリーゼは、笑みを一瞬消して、静かに語りかけた。その一言は、レインを完全に沈黙させた。何故なら、

 

「あなたならわかるはずよ。最前線という、どうしても人柄というものが出る場で、長い間、彼と背中を預け、肩を並べて戦ったあなたなら。彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに」

 

 レインは、ただの一言として発しなかった。いや、発せなかった。この女傭兵の言葉は、どれも的確だった。そして、それが分かったからこそ、レインはこうして戦いに明け暮れていたのだから。きっと彼も、来るべき時のために粛々と力を蓄えているという確信があったから。

 

「知ってますよ」

 

 あの人は、そういう人だ。それがどんな無茶でも、無謀でも、地獄でも。合理的であるのならという言葉だけで、すべてを投げだして飛び込んでいってしまう。そういう人種なのだ。あの時の無念も、無力さも、悔しさも。すべて、今の鎖となっている。それを忘れたことなど、あの日から一日もない。

 その瞳を見て、一つため息をついた。テーブルの上に両肘を乗せて手を組んで、手の後ろに口を持ってくる。

 

「一つ、昔話をしようか」

 

 少し目を伏せて、エリーゼは雨だれのように話し出した。

 

「あるところの音楽系の部活に、青年がいました。その青年は、部活の中で誰よりも上手で、誰よりも孤独でした。だからこそ、彼を妬み、憎む人も少なからずいました。けど彼はそれを何も感じていないようでした。ある日、誰かが彼に聞きました。“あんなことをされているのに、どうして何もしないのだ”と。それに対する彼の返答は簡素なもので、『やり返したところでうまくなるなんて道理はない。なら、少しでも前進する努力をしたほうが合理的だ。まとまることが重要なのに、わざわざ足を引っ張る真似をする神経は理解できない』と。事実、良い成績を出すその一因は、彼にあったのです。―――もっとも、気付くのはもっと後になってでしたが。

 やがて、彼があまりにも酷な環境に、とうとう離脱しました。それは、彼なりの最後の抵抗だったのでしょう。たった一人、抜けただけ。それだけなのに、なんということでしょう、今まで当たり前のようにできていたことができなくなったのです。音は乱れ、素人でもわかる様な狂いが目立つようになりました。その結果、当たり前のように突破できていた、通過点に過ぎないと思っていた大会すら、突破することはできませんでした。そこで初めて、周囲の人間が、彼の力の大きさというものに気付いたのです」

 

 レインはその話を黙って聞いていた。話している間に、伏せられた目はやがて完全に閉じていた。痛い沈黙の中で、エリーゼはゆっくりと瞼を開けた。

 

「君なら分かると思うけど、一応言っておくね。この青年こそが、ロータス。あの人は、どんな逆境でも、自分が決めた目標や目的のためなら突き進む人なの。だからきっと今も、辛くても前に進む、って決めているから、誰にも連絡も取らない。おそらく、レインちゃんにも取ってないんじゃない?」

 

 膝に手を置いて、ゆっくりと頷いた。こちらを安心させようとする、柔和な笑みが痛い。

 

「だろうね。あの人、とことんまで冷徹になれるけど、人を思いやることのできる人でもあるの。

 私はね、実は、ハーブティーの惨劇に加担した人間の一人なの。傭兵として、彼に雇われてね。その時に彼はこういったの。『狂いたくないのなら、狂った自分を演じろ。あけすけに陽気になるか、逆に異常なほど冷静になるか。お薦めは前者だけどな』、って。そのおかげで、あの経験を思い出しても、冷静でいられるの。冷静に狂った自分を演じ切れたって自信が、狂わせないの」

 

 エリーゼの言っていることは、一見支離滅裂のように思える。だが、本質に少しづつ近付くという点では、この上ない技法となっていた。

 

「レインちゃん、分かってるんでしょう?彼が、どうしてあちら側についたのか」

 

「・・・そう言うエリーゼさんは、どうなんですか?」

 

 長めの沈黙の後、レインは一言だけ問いかけた。それに、一瞬考え込んだエリーゼは、

 

「心当たりはある。けど、信じられない。―――いや、信じたくないの間違いかな」

 

 自嘲気味に呟いた。

 

「たぶん、私もレインちゃんも、考えていることは一緒だと思う。だから、せーの、で言ってみない?」

 

 その言葉に、目を合わせる。小さなせーの、という合図と共に、二人の声が揃った。それに、レインは表情を暗くし、エリーゼは自嘲気味の笑みから、どこか物憂げな表情に変えた。

 

「私は、ロータスを助けたい。でも正直ね、私じゃ力不足なんだ。私じゃ、レン先輩を、あの地獄から引き上げることはできない。蜘蛛の糸を垂らすことすら、きっとできない。でもね、私でも、後方支援くらいの役には立つよ。

 手伝わせてくれない?ラフィン・コフィン壊滅に」

 

 少し涙交じりの嘆願に、レインはゆっくりと、組まれたままのエリーゼの手を両手で包んだ。

 

「約束します。―――あなたの力を借りて、あなたの思いを乗せて、あの人を修羅や鬼から、人に連れ戻して見せます」

 

 約束というより、誓うように。一言一言に重みを乗せて言うレインの瞳には、今までなかった強い光が宿っていた。その光を見て、エリーゼは一言、

 

「ありがとう」

 

 とだけ、漏らした。

 

 

 

 

 それから二か月後、事態は急変した。

 

 クリスタライトインゴッドを手に入れ剣を作り、その後諸々あって店に戻るときに、アスナは慌てて店から飛び出してきた。

 

「キリト君、ごめん!落ち着いて話したいところなんだけど、今すぐ血盟騎士団本部の会議室に来てくれる!?」

 

「ど、どうしたんだ、アスナ」

 

「詳しくは向こうで話すわ!ごめんリズ、話はまた!」

 

 それだけ早口で言うと、アスナは走っていった。

 

「悪い、もっと積もる話もしたいんだけど」

 

「いいわよ。あのアスナがあんなに焦るなんて、よっぽどのことだしね」

 

 それだけで会話を終わらせると、キリトもすぐに後を追った。

 

 

 

 血盟騎士団の本部につくと、門衛はすぐに俺を会議室の一室に案内した。会議室の中では、すでにアスナが難しい表情で考え込んでいた。

 

「今度のメッセージも暗号なのか?」

 

「ええ・・・。しかも、今回はKoBのメンバーから直接届いたの」

 

 それだけ言うと、もうすでにオブジェクト化してある録音結晶を操作して再生した。

 

『その虫は母体にあり、その中で肥大する。やがて肥大し過ぎた虫は、母体を食らいつくす』

 

「これだけか?」

 

「たぶん・・・」

 

 今までに比べると、少し短めのメッセージ。だが、不自然なのは、録音結晶の再生を示す光が失われていないことだった。

 

「母体にある虫、っていうと、寄生虫の類かな・・・」

 

「だろうなぁ・・・。でも、母体を殺す寄生虫って何種類かあるからな。特定はできない」

 

「そうよねえ・・・」

 

 二人して考え込む。そんなとき、

 

『考え込んでいるかな、お二人さん』

 

「うわあっ!?」「きゃあ!」

 

 突然流れてきた声に二人して驚く。その発信源は、

 

「これ?」

 

「だな・・・」

 

 暗号の録音されていた録音結晶だった。

 

『さて、と。そろそろびっくりが収まったところかな。ま、びっくりしてなかったら申し訳ないけど。あ、一人かもしれないわけか。そうだったら悪い。

 で、メッセージを合計三つ送ったわけだが、ここまでの展開として考えられるのは、メッセージの内容を全部理解しているか、まったく理解できてないか。ま、中途半端に理解してるってことはないだろ。しいて言えば二つ目が変化球だけど、一つ目が分かればわかるようにしたつもりだし。

 さて、今の言葉で分かったかもしれないけど、ヒントとしては、“全部を関連させて考えてみろ”ってことだ。特に、一つ目と二つ目、それから一つ目と三つ目。そしたら、多分見えて来る。二つ目と三つ目の関連性はほぼないって言ってもいいからな。

 俺からフレンド登録は解除しない。メッセージの意味が分かったら、俺に一報くれ。もし、そっちからフレンド解除しているようなら、ゲイザーって情報屋に伝言を頼む。そうすれば、俺につながる。もっとも、その時に、俺に手を貸してくれるというのなら、だけどな。

 それだけだ。精々悩めよ若人』

 

 それだけ残して、今度こそ録音結晶から光が消えた。その言葉に、キリトは二つの録音結晶を取り出して次々に再生した。だが、ふたりともわからなかった。

 

「とりあえず、この件は保留にしましょう。分かったらまた連絡を取る。いい?」

 

「そうだな。リズベットのところも飛び出してきちゃった形になるわけだし、一回戻るか」

 

「そうね。一回戻らないと。・・・いろいろ根掘り葉掘り聞かれそうだけど・・・」

 

「ま、その辺は割り切るしかないさ」

 

 少し肩を落とすアスナの肩を一つ叩いて、キリトは言った。アスナも、いつかはわかることなのだからと割り切ることにした。

 

 

 それから店に戻ったアスナとキリトを迎えたのは、満面の笑みを浮かべたリズベットだった。

 

「いらっしゃいませー、というよりお帰りバカップル!」

 

 その、どこと言うまでもないほどの言葉に込められた思いに、二人はそろって赤面した。

 

「ちょっとリズ、恥ずかしいよ」

 

「えー、いいじゃん。それとも何か、揃ってるとこを一目見た瞬間に分かるレベルでバレバレなのにまだくっついてないとか、そんなことがあるわけ?」

 

 なおも顔が赤くなったままのアスナが一言抗議するが、それはあっさりと一蹴された。どころか、さらに反論され、アスナはただ口をパクパクさせ、やがて俯いた。

 

「・・・そんなにわかりやすいか?」

 

「うん、モロバレ」

 

 キリトの半ば以上本気の呟きには、リズはあっさりと答えた。アスナとは対照的に天を仰ぐキリトとアスナの肩をやや強めにバンバンと叩く。

 

「まー、ゴールしたら指輪作ってあげるわよ。一応鍛冶屋だから、装飾品作成スキル取ってるし」

 

 もう二人の顔は熟れたトマトさながらの真っ赤になっていた。

 少々以上にからかいも入っているだろうが、祝福されたことは純粋に嬉しかった。

 

 そのあと、馴れ初めなどを散々根掘り葉掘り聞かれ、かなり恥ずかしいことになったのはまた別のお話。

 

 

 

 

 それから暫くして、キリトはレベリングのためにクエストをこなしていた。今回こなしているのは、指定されたモンスターを討伐するというものだ。そのモンスターはキリトも知っていて、大して手ごわい相手ではなかったはずだ。

 暫く歩くと、林の中に入った。索敵マップを開くと、それまでちらほらあった敵を表す光点がまったくなかった。その意味を考える前に、それは彼の前に現れた。まるでライオンとトラ、それぞれの特徴をほとんどそのまま受け継いだような、ライガーともタイゴンとも取れないモンスターだ。だが、今のキリトにとってみればただの虎猫同然である。向こうもこちらに気付いて一つ吠える。ゲージは二本。名前は、“The liger tigon”と表示された。ライガータイゴンとは、これまたそのままな名前にしたものである。幸いなことに、光点が一切消えたということは、インスタンスマップであれそうでないであれ、周りに人はいないということだ。ならば、出し惜しみする必要はない。そう判断すると、装備フィギュアを編集する。すぐに加わった背中の重みを感じると、背中から二本の剣を抜いた。二本なら攻撃力二倍、などということを言うつもりはないが、ラッシュ力が上がるのは確かだ。何より、これにキリト自身が慣れておく必要がある。その思いと共に、キリトは相手に向かって踏み込んだ。最初の右ひっかきを剣のパリィと体さばきでやり過ごし、左の剣でその腕を一発斬りつける。あの工房での試し振りでも思ったが、やはり重くていい剣だ。立ち位置を入れ替えてもう一度構えなおす。自身の一撃を躱され、さらに反撃まで加えられたことに怒りを覚えたのか、ライガータイゴンが吠える。とびかかってから体全体でののしかかりは前に飛び込むことで回避し、追撃をと思ったが、後ろ蹴りが来ることを悟ってすぐに横によける。そのまま蹴りを繰り出していないほうの足の関節と思われるあたりを斬りつけると、相手はキリトの想像通り短いダウンに入る。その隙を見逃さずに、キリトは二刀流のソードスキル“鳴時雨(なきしぐれ)”を発動させる。素早い連撃と比較的短めな硬直の直後に飛びのき、もう一度構えなおした。

 落ち着いてHPバーを見たときに、キリトは奇妙なことに気がついた。こちらがいれた攻撃は、右前脚へ一発と、先ほどのソードスキル一発のみ。確かに二刀流は手数が多いから、一発ソードスキルを入れるだけでも案外火力が出る。だが、いくらなんでも()()()()()()H()P()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こっちが大したバフをかけていない以上、考えられるのは、威力増強のデバフか、自動で毒などの自然HP減少のデバフが入っているか。だが、その疑問はすぐに解けた。少しの間攻撃せずに回避に徹していると、向こうのHPバーが微かだが確かに減っていることに気付いたのだ。つまりこれは後者だ。

 

(なら、無理に強行突破する必要はないな)

 

 何もしなくても勝手に相手のHPが減っていくのなら、無理して攻撃していく必要はない。完全な隙にちまちまと削っていくだけで十分だろう。それだけ思うと、キリトは戦闘を再開した。

 

 やがて、相手のHPがつきかけたとき、キリトは妙なことに気がついた。

 

(そういえば、こいつ、なんでバフアイコンがついてないんだ・・・?)

 

 普通なら、継続ダメージのバフアイコンが点灯しているはずなのだ。だが、目の前の相手にはそれがない。つまり、今タイガーライゴンは特に何の以上もないのに、勝手にHPが減っていっているということだ。普通ならありえない。

 

(なら、何か理由があるはずだ。何か・・・)

 

 そう考えているうちに、タイガーライゴンのHPゲージが消えた。同時に、タイガーライゴンが崩れ落ちる。それを見て剣を背中にしま―――おうとして、その手が止まった。

 

(待て、なんでこいつは()()()()()()()()()?)

 

 普通は、この手の討伐クエストなら、相手の体はHPを削りきった時点でポリゴンとなって散るはず。なのに、そのまま残っている。これの示すことは、

 

「まさか・・・」

 

 そして、予感というのは大抵、悪いときばかりに当たるものなのだ。タイガーライゴンの背中に当たるところから何かが出て、タイガーライゴンの死体を食い荒らした。そして、それを完全に食い切ったそれは、目の無い頭でこちらを見た。その姿は、タイガーライゴン並みの大きさの、ミミズのようなものだった。名前は、“The worm into liger tigon”。名前がそのまますぎるのは突っ込むだけ野暮というものか。

 

(獅子身中の虫、獅子を食らいつくすとは、まさにこのことか)

 

 その瞬間に、脳裏に一つの考えが閃いた。一瞬でその考えは頭の中を駆け巡る。

 

(くっそ、そういうことかよ・・・!)

 

 そうとなれば、時間をわざわざかける理由はない。剣を構え、全力で一気に踏み込んでいった。

 

 

 

 

 

 その日の夕方、キリトはアスナを呼び出していた。場所は、いつもの会議室だった。会議室に入ると、すでにキリトはその中にいた。だが、その顔は決して明るいとは言えなかった。

 

「キリト君、どうしたの?」

 

「分かったんだ。メッセージの意味が」

 

「え・・・!?」

 

 驚いたようなアスナの言葉に、キリトは机の上で手を組んで、静かに話しだした。

 




 はい、というわけで。
 まずは久しぶりの解説。

鳴時雨
 元ネタ:テイルズシリーズ、使用者:ルドガー・ウィル・クルスニク、ユリウス・ウィル・クルスニク(TOX2)
 両手の剣で素早く切り刻む連撃。元ネタは最後に蹴りが入るが、こちらは剣の連撃のみ。連撃の素早さなどから、主のお気に入りの技の一つ。


 今回はエリーゼとレインの出会いの回でした。この二人、なんだかんだでロータス君大好き娘なので、気が合うんでしょうね。自分で書いているのに他人事のようなのは、ただ単にこの子たちが突っ走っちゃうからです。俺は悪く(ry

 今回は本当に急転ですね。中章は起承転結でいう“転”に当たる部分と位置付けているのですが、その中でも特に事態が急速に動くところですね。もっとも、わかりやすい動かし方をしているつもりなのでそんなに目が回るってことはないとは思いますが。

 最後のキリト対ライガータイゴンの下りの前で切ってもいいかな、とも思ったのですが、こっちのほうが掴みがいいかなという主の偏見でここでの引きです。
 次回でようやくロータス君の暗号がすべて種明かしとなります。もっとも、ここまでヒントを出せば、おそらく多くの人がピンと来ているのではないでしょうか。まあとにかく、次回もよろしくお願いします。

 ではまた次回。


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29.直下

 

「一つ目はトロイアの木馬を表しているんだ。二つ目もトロイの木馬だけど、こっちは言葉じゃなくて、マルウェア―――一般的にコンピューターウイルスって呼ばれるものの一種だ。三つ目は、獅子身中の虫、ってことだと思う」

 

「なるほど、それで、一つ目と二つ目、一つ目と三つ目を関連させろ、って言ってたのね・・・」

 

 トロイの木馬という名前つながりで一つ目と二つ目、意味的なつながりで一つ目と三つ目が関連していた、ということだ。

 

「でもどうしてそういう風に考えられるの?」

 

「前にも言ったけど、一つ目は、どっかで聞いたことがあったんだ。実際、あのメッセージはトロイアの木馬の語源となったエピソードそのままといってもいい。俺の妹は神話系が好きで、俺も何度か読み聞かせをしたから、それで覚えてたんだ。二つ目は暗喩で、最初はさっぱりわからなかった。けど、俺はネットとかの知識があって、一つ目と関連して、ってとこで分かった。三つ目は、一つ目と関連して考えれば、似たような意味であるこれにたどり着くと考えた」

 

「なるほどね。でも、獅子身中の虫って、内通者とか裏切り者って意味よね?どういうこと?」

 

「それは、本人に直接聞いてみるしかないさ」

 

 それだけ言うと、キリトはホロキーボードでメッセージを送信した。

 

「メッセージは送れたの?」

 

「ああ。返信がすぐ来るとは限らないけど・・・」

 

 その言葉は少し不安げだった。

 

 

 

 その頃、俺はフィールドで狩りをしていた。こちらは普通にモンスター相手の狩りだ。右手には、最近ドロップした新しい刀を握っている。メッセージが届いたことも、その送り主がキリトであることも分かっていた。一通り狩り終えると、俺はそのメッセージを開いた。

 

(暗号が解けた、か。まったく、遅いっての)

 

 それだけ思うと、俺は歩きながら連絡をとった。ここから先は、見えない背中を追うスピード勝負だ。ここから先、タイムロスなどという単語は殆ど許されないといってもいい。まずは手始めに、連絡を取る必要がある。

 

 

 

 

 それから少しして、キリトとアスナはゲイザーに呼び出されていた。先に場所についていたゲイザーは、ふたりにあるものをふたつ手渡した。それは、ふたりにとっては見覚えが強すぎるもの。

 

「その中のメッセージは、万が一盗聴されても問題ないような場所で聞いてくれ。間違っても、衆人環境で再生することの無いように、とのことだ。中身は、両方ともまったく同じらしい。それと、」

 

 そういって、また別のものを取り出す。それは、何かの冊子だった。

 

「これは、いつか必要になると思って集めていたデータだ。もっとも、昨日時点で、の話だがね」

 

「中身は?」

 

「ラフィン・コフィン内部に関する情報、とだけ言っておくよ。それ以上のことは見ればわかる」

 

「ラフィン・コフィン内部のって、どうやって調べたんだ?」

 

「こちらにも伝手というものがあってね。それに、君たちならば、発信源が誰なのか、察しがついているのではないのかな?」

 

 そこに来て、ようやく二人は、あのメッセージの真の意味を知った。

 

(獅子身中の虫・・・。そういうことかよ・・・!)

 

 あまりにも無謀で、罪深き道だ。どんな人物でも、好き好んで渡ろうなどとは思わないだろう。

 

「お代はサービスだ」

 

「そう、ありがとう。いきましょ、キリト君」

 

「それと、」

 

 そう言って去ろうとする背中に、ゲイザーは声をかけた。

 

「これは、いち友人としてなのだが・・・彼のこと、よろしく頼む」

 

 おそらく、このアインクラッド中でもトップクラスに長い付き合いの人間の頼みだ。それに、茨どころか火の中を渡ろうというような覚悟を無下にするつもりはない。

 

「・・・はい」

 

「ありがとう」

 

 一言、呟くと、ゲイザーはキリトたちと違う方向から去っていった。その背中に読み取れるものはない。が、託された以上、受け取らなければ嘘だろう。

 

「いったん会議室に行きましょう。あそこなら見られる心配も聞かれる心配もないわ」

 

 その言葉に頷き、二人は会議室へと向かった。

 

 

 

 会議室で、二人はゲイザーからもらった録音結晶と冊子を取り出していた。

 

「まずは、貰ったデータを見ましょう。内容いかんによっては、冷静には聞けないだろうから」

 

 アスナの意見に異を唱えるつもりはない。もともと、こういうことの決断という点ではアスナのほうが上をいく。ならば、自分が逆らう道理はない。

 

「ラフィン・コフィンの名簿ね。あと、一部は死因も載っているわ」

 

「ラフコフのメンバーがPKにあってるってことか?」

 

「PKというより、返り討ちに近いのじゃないかしら。防衛に近いかもしれないわね」

 

 しかし、そのアスナの思いは、データを見た瞬間に間違いだったと分かった。

 

「なにこれ、状態異常によるスリップダメージが四割を占めてる・・・」

 

「斬撃ダメージが三割って、どういうこと・・・?他の武器ダメージによるとどめが一割程度なのも気になるし、Mobのとどめが残り二割も占めるかしら?」

 

「あまりにも、不自然な比率だよな。確かに、カテゴリに分類すれば、斬撃系に該当する武器種が一番多いのは事実だけど、あんまりにも不自然だ。それに、主にPKerであるラフコフがMobを相手にする確率自体高くないはずなのに、とどめをMobに刺されるなんてことはもっとないはず。それに、数が多すぎる。いくらなんでも、この名簿の四分の一から三分の一を占めているというのは、あまりにも多すぎる」

 

 ゲイザーは、おそらくこういう事態まで見越していたのだろう。でなければ、ここまで情報分析が終わっていることの説明がつかない。情報屋でありながら分析屋でもある。それが、彼の高い評価の源となっている証左だった。

 

「疑問はあとで、まとめて解消しよう。これだけのものを作れる人間が、無意味にこれだけ書くとは思えない」

 

「そうね」

 

 短いやり取りの後ページをめくると、そこにあったのは驚くべきデータだった。

 

「えっ・・・!」「嘘・・・!?」

 

 そこにあったのは幹部陣のステータスデータだった。それだけならまだしも、その得物や腕前まで書かれている。おまけに、それがどの時点でのデータなのかというのまで書かれている。

 

「これって、でもこんなものどこで・・・!?」

 

「・・・そういうことかよ・・・っ!」

 

 驚きを隠せないアスナに対して、キリトは手が白くなるほど強く握った。

 

「ロータスだ・・・。多分、寝ている時にやったんだろ・・・」

 

「そんな、でもどうして!?」

 

「そこまではわからない。けど、これを流したのはロータスだ。あのメッセージは、やっぱりあいつが、自分自身を指して言ったことだったんだ・・・!」

 

「でもどうしてこんなことを・・・。危険もあったでしょうに・・・」

 

「たぶん、録音結晶の中にその答えがあるんだろうよ」

 

 それだけ言うと、キリトは録音結晶を再生した。

 

『えっと、このメッセージを聞いてるってことは、俺の想定したシナリオの中では、可もなく不可もない、ってところをたどってる、ってことかな。上等なのは、俺と協力してとっととPKO集団を一掃しているってシナリオだけど、そうそううまくいくとも思えない。それに、おたくらは頭の回転がそこそこ速いクチみただから、おそらく時間がたちすぎて俺が直接行動してるって線もなさそうだしな。一応言っておくと、俺がPKO集団に入ってから、そうだな、待って二年。それまでに動きがなかったら、こっちで動く。もし俺の命が無くなろうとも、だ。ま、その場合このメッセージクリスタルは俺の手で粉砕されるか地面に埋めて自然消滅を待つか、ってなるんだが・・・。ま、そんなのはどーでもいい。

 先に言っておくと、俺はこのメッセージをPKO集団側につく前に録音している。ま、信じる信じないは勝手だけど。でも、俺はこれからやることを大体でも決めてあるし、変えるつもりも曲げるつもりもない。だからこそ、俺のしていくことを許せとも認めろとも言わない。特に、アスナは女性だし、これを聞いてる頃はもういい加減お前らくっついてるだろ。言っとくけどお前らお互いバレッバレだったからな。特にアスナ。わかりやす過ぎ』

 

 本人が目の前にいないとはいえど、あまりにもあけすけな物言いに、二人はそろって顔を赤くした。実際、キリトとアスナはもうすでに恋仲になっていた。

 

『ま、そんな無駄話はさておくとしてだ。

 さて、これから先について言わせてもらうぞ。まず、このメッセージを送っているということは、俺がPKO側についてからそれなりに時間がたっているってことだろ。案外俺は優柔不断で、決断できずにずるずる引きずっていくタイプだからなー。いい加減直さないといけないとは思ってるけど。俺の場所を特定することはそう難しくないはずだ。ゲイザーの伝手もあるしな。頭の回転の速いあいつのことだ、俺の位置追跡を怠るってことはないだろ。それに、万が一という手は打っておくつもりだ。

 ま、そういうわけで、遠からぬうちにアジトはばれるだろう。もし、場所が分かったら、全力で叩き潰しにかかれ。遠慮なんかするな。奴らは殺しに関してはまったく忌避感とかはないはずだ。俺と同じ異常者だからな。捕縛なんざできればラッキー程度に考えておけ。必要なら何人でも殺す。そのくらいの覚悟でかかれ。

 それと、特にアスナにはつらい話だとは思うが、隣人を疑え。俺が本気で相手を落としにかかるのなら、まずは情報が必要になる。相手がほぼ間違いなく迎撃に来るって分かってるんならなおのこと。なら、おそらくもっとも高いといってもいいほどの効果を得られるのは内通者を得ることだ。しかも、俺みたいに単独で動いて内側からぶっ壊しにかかるんじゃなくて、完全にスパイとなった人間を、だ。しかも、俺の予想が正しければ、そこそこ時間がたっているということになる。つまり、もうすでにスパイがいると考えたほうがいい。隣人を疑え。疑わしきは罰する覚悟を持て。

 ・・・っと、そろそろ容量がやばいか。じゃあな。こんな俺でも許してくれるってんなら、リアルでメシでも奢ってやるよ』

 

 それだけで、メッセージクリスタルは光を失った。容量ギリギリという言葉は嘘ではないだろう、その長いメッセージを聞いた二人は、完全に沈黙していた。

 

「・・・言ってなかったわね、理由」

 

「そう、だな・・・」

 

 それだけ呟くと、完全に黙り込んでしまった。許しを請うことはしないというその言葉に嘘はないだろう。それでも、彼はこのメッセージを託した。彼が直接行動に出ないのかも、なぜこのような行動に出たのかも触れていない。だが、大体察しはつく。

 

「どちらにせよ、ラフコフの活動はアインクラッド全域で見れば看過できないくらいにはなってきてるから、そろそろ具体的な行動に映るべきだ、という声はKoBとBDの中で大きくなってきているわ。これは、渡りに船よ」

 

「ああ。どちらにせよ、ゲイザーにもう一度連絡を取る必要があるな」

 

「いや、その必要はないみたいよ」

 

 アスナのその言葉に驚きつつ、指差す先を見る。そこには短く、“Find out Elise!”と書かれていた。

 

「直訳すると、エリーゼを探せ?」

 

「そのままの意味でしょうね。エリーゼさん、という方がキーを握っている、ということでしょう」

 

「で、誰なんだ、その、エリーゼっていうのは」

 

「聞いたことがあるわ。攻略組に匹敵しないまでも、準攻略組くらいの腕前の女傭兵“エリーゼ”って。私も何度か会ったことがあるし」

 

「本当か!?」

 

 ぽつぽつとした会話から突然食いついたことにアスナは肝をつぶしたが、落ち着いて会話を再開した。

 

「え、ええ。彼女、よく始まりの街の教会に通ってるみたいだから、多分あそこに行けば会えるんじゃないかな?」

 

「よし。なら行こう、アスナ」

 

「え、ええ・・・」

 

 いつになく積極的なキリトに半ば引きずられる形で、二人は始まりの街の教会に向かった。

 

 

 

 

 二人が始まりの街の教会に行くと、そこには女性三人が談笑していた。うち一人は、キリトもよく知る人物だった。

 

「レイン!」「レインちゃん!」

 

 二人が揃って呼びかけると、その人物はゆっくりとこちらに振り返った。その顔に苦笑が浮かんでいるのは気のせいではないだろう。

 

「今まで何してたの!?心配したんだよ!大丈夫?怪我とかない!?」

 

「アスナ、少し落ち着けって」

 

「あ、ごめん・・・」

 

「あはは・・・いいよ。心配かけたのはこっちなんだし」

 

 出会い頭に機関銃のごとく質問などを一気にぶつけるアスナをキリトはたしなめ、レインは苦笑いを浮かべた。その雰囲気に、残りの二人のうち一人が営業スマイルで話しかけてきた。

 

「お久しぶりです、アスナさん」

 

「久しぶりです!そんな硬い口調じゃなくても・・・」

 

「いえ、一応依頼主ですので」

 

「もうそんなの関係ないですよ。もっとフランクにしてください。そもそも、年上っぽい雰囲気の人に敬語使われるとむず痒くて仕方ないです」

 

 少々ハイテンションなアスナに押し切られる形で、その女性は少しだけ沈黙した。

 

「・・・分かった。じゃあ、いつも通り話すね。その代り、アスナも普通にしゃべって?年下とか先輩とか、そういうの嫌いなんだ」

 

「うん、分かった。ところで、今日の話なんだけど、場所変えていいかな?」

 

「そうね。ここでの用件は終わったし。じゃ、レディレイクで。アスナ奢ってね」

 

「えー、でもまあ仕方ないか。いいよ」

 

 完全に蚊帳の外に置いていかれた二人をよそに、女性二人組が転移門に向かって歩き出す。

 

「俺たちも行こうか」

 

「はい・・・。なんか、テンション高いですね、アスナさんとエリーゼさん」

 

「ああ・・・。純粋に女友達に会えたのがうれしいんだろうな・・・。ただでさえも攻略組は男所帯だし」

 

 それに続く形で、残りの二人も歩き出した。本来、完全にテンションが振り切り気味になっているアスナを本来なだめる必要があるかと思ったが、あまりにも楽しそうなので放っておくことにした。

 

 

 湖畔に佇むレディレイクで、四人は一つのコンパートメントで向かい合っていた。アスナの先ほどまでのハイテンションは完全に息をひそめ、雰囲気としてはどこか張りつめたものになっていた。

 一通り注文したものが届き、各々軽くカップを掲げて一口飲む。

 

「さて、改めて自己紹介させてください。私はエリーゼ。傭兵やってます」

 

「キリト、ソロだ」

 

「で、今回のお話は、ロータスについて、ね?」

 

「正確には、彼の所属するラフコフについて、だけど。まあ、そういうことね」

 

「そう・・・。で、何が知りたいの?」

 

「ラフコフのアジトの場所。それが分かれば、後はこちらで叩く」

 

「分かった。教えてもいいけど、一つ条件がある」

 

「何かしら」

 

「簡単なことよ。私たちを、ラフコフ討滅戦に参加させること」

 

 その一言に、アスナとキリトは黙り込んだ。ラフコフを攻撃するということは、最悪ロータスをも相手することになるのだ。また、PoHも相当な実力者で、ザザは彼らには及ばないものの実力者だ。そんな人間が、何の躊躇もなく攻撃してくるのだ。一般的に言えば、危険すぎる。

 

「危険なのは重々承知よ。この子もそれは同意してる」

 

 隣のレインの肩を軽く叩きながら、エリーゼは続けた。

 

「でも、・・・」

 

「それに、いい加減、血で血を洗う連鎖を途切れさせないと。きっと彼は、続けていくことになる」

 

 キリトの抗議の声をぶった切って、エリーゼは続ける。

 

「これまで半年以上、その日を待っていた。だからお願い。私たちにも協力させて」

 

 その目に映るのは、ただただ真摯な願い。それを見て、アスナは一つため息をついた。

 

「分かったわ」

 

「アスナ!?」

 

「こうなっちゃったら止められないわ。同じ女だし、エリーゼさんは友達だから。断っても勝手についてくるわ」

 

「ええ、そのつもりよ。どうせフレンド登録で位置追跡はできるのだし」

 

 にっこりとしか形容できない笑顔だが、そこには言葉にできない威圧感があった。

 

「さてと、本題のラフコフのアジトだけど、10層にある隠しダンジョン、“キジュの洞”内にあるわ」

 

「キジュの洞・・・?そんなのあったのか?」

 

 全体効率を優先して、不要なところはそこまで回らないアスナだけでなく、基本的にダンジョンはすべてマッピングするキリトも分からないということは、ほぼ未発見のダンジョンといってもいい。キリトの言葉に、一つため息をついてエリーゼは答えた。

 

「あのねえ・・・そう簡単に見つかったら“隠し”の意味がないじゃない。その中にある安全圏をすべて占領する形でラフコフのアジトになってるわ。運悪く迷い込んでしまったプレイヤーは殺されるか、“お話”の末のお引き取りで対処していたみたい」

 

 彼女の言う“お話”に含まれる意味をなんとなくだが理解した三人は、思わず黙り込んでしまった。

 

「あえて具体名は出さないけど、情報提供者によると隠し通路の類はごまんとあるそうだから、抜け道回り道は大量にあるそうよ。名前が名前だけに、NPCも含めて人なんて訪れないから、NPCのマップ販売もないみたい」

 

「そりゃ厳しいな。自力マッピングもほぼ不可能ってことは、完全な遭遇戦に近いってことか」

 

「その辺は仕方ないと割り切るしかないわ。ところで、名前って?」

 

「キジュの洞のキジュっていうのは、忌まわしい呪いで、“忌呪”。明らかに不気味な名前でしょ」

 

 確かに、そんな名前のところに好き好んでいきたがるようなもの好きなど、それこそここにいる黒ずくめの少年のようなヘビーゲーマーくらいのものだろう。

 

「それより、抜け道回り道がたくさんあるっていうのは厄介だな。いつの間にか回り込まれているとかってことも考えるべきか」

 

「そうね・・・。でも、そんなことは今考えても仕方ないわ」

 

 それだけ言うと、アスナは立ち上がった。

 

「さて、じゃあ私はいくわね。団長も含めて、血盟騎士団のほうでまず動くことにするわ。正式な打ち合わせの日程とかが判明したらまた連絡するわ」

 

「息まきすぎて空回りするなよ」

 

「折角開いた突破口よ?絶対ものにするわ」

 

 軽く忠告するキリトだが、アスナの強気の返答に一つ息をついた。こうなってしまったアスナは強い。それは、キリトがよく知っていった。

 

 

 もうすでに、最初のメッセージが送られてから早四か月余りが経過していた。

 




 はい、というわけで。

 メッセージに関してはこういう結末でした。正直、最初にこれを考えたときはどうしようかと思っていましたが、何とか一段落つけることができました。

 ここで、ようやくロータス君の目的がはっきりとしましたね。彼の目的はラフコフの内部からの攻撃でした。疑いの目を逸らし、信頼を得るためにわざわざ長い時間をかけていた、ということです。ようやく長い長い仕込みが終わって行動する段階に着ました。
 どうでもいいですけど、トロイの木馬に感染したら落ち着いて対処することが大切ですよっと。ソース俺。

 流れから行って察している方が大勢いらっしゃると思いますが、そろそろSAO中章も終わりです。ついでに言うと書き溜めももう尽きかけています。何とかSAO終了までは書き溜めてと思ったのですが、想像以上に時間がとれずにこうなってしまいました。もしかしたら月一更新に変わるかも、です。そのくらいならたぶんできると思いますので。

 次回は少々久しぶりのロータス君サイド。次の次あたりで分岐になります。

 ではまた次回。


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30.決戦前夜

 俺が最後のメッセージを送ってから少しして、クラディールから不穏な一報が入ってきた。それは、幹部陣の間に瞬く間に広がり、その晩に会議が開かれた。

 

「少し厄介なことになった。ここは攻められる」

 

「マジすか!?」

 

 即座にジョニーが声を上げた。ザザも顔をしかめた。表情を変えなかったのは俺と、連絡を受けて発表したPoHくらいのものだ。

 

「驚かないんだな、ロータス」

 

「ああ。一応約束はしたけど、いずれこうなることは予見してたからな。ま、少し遅すぎた感はあるけど」

 

 俺の淡々としたコメントにはもうツッコミは入らない。俺がこんなコメントをするということはもう珍しくないからだ。その手の印象操作も含めて、俺の思った通りにことが進みだしていた。

 

「で、だ。今日こうして集まってもらったのは他でもない。その襲撃に際して、どうするかということだ」

 

「逃げた、ほうが、いい。やつらは、ここの地形を、知らないだろうからな」

 

「セオリーで行けば、な」

 

 俺の一言に、ザザがこちらを向いた。その顔にあるのは純粋な疑問。

 

「確かに向こうのステータスとこっちのステータス、どっちが高いかなんて考えるまでもない。だけどよザザ、お前も言った通り、向こうはこっちの地形を知らない。ならば、計略で返り討ちにできる手段などいくらでもあると思わないか?」

 

「でもよロータス、相手は数もそこそこ動員してくるぜ?」

 

「だろうな」

 

 俺のその言葉に、全員の目がこちらに向く。それを軽く手で制して、俺はさらに続けた。

 

「だがな、過去の歴史が証明しているように、計略を練れば数の有利なんざ簡単にひっくり返る。ましてや、相手は殺すことをためらう腑抜けどもばかりだ。そんなのに、よりによって俺たちが後れを取ると思うか?」

 

「その計略はどうするんだ?」

 

 PoHの至極まっとうな質問に、俺は片頬を上げた。

 

「こういうときのための、グリーンの内通者だろうが」

 

「なるほど。クラディールにresearchさせて、それをもとに作戦を練るか」

 

「そゆこと。最低限、いつ攻めて来るのかくらいはわかるだろう」

 

 その言葉に、残りの三人も獰猛に嗤った。

 

「それじゃ、行動開始と行くか」

 

「そうっすね。決戦前夜ってなんかテンション上がるぅ!」

 

「落ち着け。冷静に、ならないと、やれるものも、やれない」

 

 四者四色な反応で、その場はお流れとなった。俺としては、かなり理想に近い形で持って行けたことになる。

 

(あとは、俺次第、か)

 

 自身の得物に目を落としつつ、俺は内心でひとりごちた。

 

 

 

 

 あの喫茶店での話し合いから数日、攻略組の全員が集合していた。その中には、もちろんエリーゼとレインも入っていた。全体を見てほとんど全員が揃っていることを確認したアスナは、話を切り出した。

 

「今日皆に集合してもらったのは、ある事案についてです。

 先日、ラフィン・コフィン、通称ラフコフのアジトの正確な場所が分かりました。つきましては、ラフィン・コフィン討伐戦の企画をここで行います」

 

 その言葉に、全員がざわめいた。それを制するようにアスナがそのよく通る声で言った。

 

「ラフィン・コフィンの活動は、もはや無視できるものではありません。ですがこれには、おそらくボス戦に比べ、より大きな危険が伴います。降りるという人は今のうちにお願いします」

 

 その声に、何人かが席を立った。それにつられる形で、さらに何人かが席を立つ。それもそうだ。命がけの戦いになると分かっていて挑むようなもの好きなどそうはいない。それも、相手はボスのように決まった行動しかしないのではなく、常に学習し新たな動きをする可能性のある敵なのだ。危険度など比べるまでもないだろう。だがそんな悪条件下でも、大半のメンバーは残っていた。

 

「ありがとうございます。あなたたちに、私は最大の敬意を表します。では、こちらで得た情報を、あなたたちに開示します。ですが、その前に、改めるまでもありませんが一つ言わせていただきます。この情報をもし外部に漏らした場合、その漏らされた人物をも危険にさらされる可能性があります。無理に漏らさないようにお願いします」

 

 それだけ言うと、あらかじめ用意してあったミラージュスフィアを起動させた。

 

「ラフコフのアジトの位置はここ、10層にある隠しダンジョン、“忌呪(きじゅ)の洞”内にあります。このダンジョンは、NPCによるマップなども確認されていません。また、ダンジョンらしく回り道抜け道がたくさんあるという情報もあります。つまり、殲滅戦が開始したら、いつの間にか回り込まれていたということまで気を配る必要があるということです」

 

 その言葉に、さらにざわつく。さすがに何も情報なしで殴り込めなど無茶にもほどがある。

 

「ですが、彼らの主力であるPoH、ザザ、ジョニーブラック、そしてロータスの情報はこちらにあります。他のメンバーについても、一角が死亡しているという情報も上がっています。

 今から、彼らの情報を開示するとともに、対策を立てていこうと思います」

 

 それだけ言うと、アスナは記録結晶を取り出し、近くの壁に投影した。そこに映ったのは、ゲイザーから渡された、例の情報本に書かれている情報だった。アスナは、それを事前に撮影することで今回の説明としたのだ。

 

「これは、事前に内部から寄せられた情報です」

 

「嘘だろ!そんなのありえない!」

 

「いいえ、嘘ではありません。ゲイザーという名前をご存知の方も多いと思いますが、かの情報屋から、私が買ったものです。彼も、これは信頼できる情報だといっていました」

 

 その言葉に、全体がざわついた。それを睥睨することで黙らせ、話をつづけた。―――そもそも女性としてその方法はいかがなものかというところはあるが。

 

 

 

 

 それと同時刻ごろ、俺は自分の部屋となった一室で武器の手入れをしていた。その武器はいつもPKのときに使っている暗い刀身の刀ではなく鬼斬破だ。本来対人戦で使うつもりはなかったのだが、偶にはストレージから出して手入れをしてやる必要があった。まあシステム的にそんなの必要ない、と言ってしまえばそれまでなのだが、気分だ。それに、

 

(アスナは決戦だ。あのアスナが、ゆっくり手をこまねいているとは思えない。会議が開かれた時点で、速攻を仕掛けて来ると読むべきだろ)

 

 連絡はクラディールからもうすでに受け取っていた。怪しまれる心配の無いよう、メールで届いた連絡は瞬く間に広まった。俺のあの一言で、ラフコフは完全に迎撃ムードに入っている。もうすでにメンテナンスが終わった二本を腰に差し、俺はゆっくりと目を閉じた。こういうときの休息以上に必要なものなどない。その冷たい集中とも取れる状態に、誰も話しかけることはなかった。

 

 

 

 

 会議が終わってから、レインはリズベットの工房を訪ねていた。理由は武器のメンテナンス。今まではNPCの鍛冶屋で済ませていたが、こういうときは念を入れて腕のいい人間に頼むのが一番だと感じたのだ。

 

「それにしても、いい場所に立てたわねー、この工房」

 

「いち早く目を付けて、他の人に買われる前に買っちゃったそうです」

 

「なるほどなるほどー。さて、どんな女の子なのかなー?」

 

 横で少々テンション高めに歩くのはエリーゼだ。レインが顔なじみの鍛冶屋に行くと言ったら、ぜひ紹介してくれと言われ、半ばなし崩し的にこうなった。

 

「エリーゼさんって、女の人が大好きな人なんですか?」

 

「違うよー、私はバイだからねー」

 

 少々遠回りな質問にドがつくほどの直球で返され、一瞬顔を赤くした。

 

「お、なかなかに初心ですなー」

 

 面白そうに言うと、エリーゼは素早くレインの前に回り、下あごをくいと持ち上げて目を半ば強制的に合わせさせた。レインはその突拍子もない行動に、思わず固まってしまった。

 

「私、そういうの好みだったりするんだけど」

 

 追い打ちをかけるように、突然我に返ったような真面目口調。カスタムされたのか、微かに青みが入った藍色と黒の中間のような色合いの瞳は、まるで吸い込まれそうな色合いを帯びていた。暫くの間、そうして呆けていると、エリーゼが笑いだした。

 

「ほんっとうにからかい甲斐がある子。ちなみに今のは半分冗談ね」

 

 それだけ言うと、顎の手を放して再び横に並んだ。

 

「さて、んじゃま改めて、そのリズベットちゃんのところに案内して?」

 

「あ、はい」

 

 そうして歩き出した時に、ひとつあることに気付いた。

 

「ちょっと待ってください、()()冗談ってどういうことですか!?」

 

「ん?別段深い意味はないけど?」

 

 口の端を上げて笑うエリーゼからは何も読み取れない。それを悟って、レインは一つため息をついた。どうやら、この女性の真意を読み取るのは至難の業らしい。

 

 

 水車の回るリズベット武具店を訪れると、エリーゼは店内をくまなく見渡した。傭兵という職業柄、こういったところを訪れるということは枚挙に暇がないのだろう。一つ一つの商品を見ると、その見た目をしげしげと見ていた。

 

「リズベット武具店へよう・・・こそ・・・」

 

 いつも通り―――といってもほぼ初対面なので何とも言えないのだが―――の営業スマイルで出迎えようとしたリズベットは、来店者が誰なのかを察すると、そのスマイルがそのまま固まった。言葉も尻すぼみになっている。少々ぎこちなく手を上げるレインに、文字通りリズベットは飛びかかって抱き着いた。

 

「わ、ちょっと!」

 

 さすがに鬼のようなレベリングを繰り返してきただけあり、リズベット渾身の飛びかかり抱き着きでも倒れるようなことはなかったが、それでも肝をつぶしたレインは完全に反応に困っていた。

 

「生きてるわよね!?亡霊なんかじゃないわよね!?てかいままでどうしてたのよ!?心配したのよ!連絡の一つも寄越さないで、しかもこっちから連絡してもなしのつぶてだし!得物を欠損とかさせてないでしょうね!させてたらこの場でぶっ飛ばす!」

 

「だ、大丈夫だって、だからその、落ち着いてもらえると助かるかなー、みたいな・・・」

 

「黙らっしゃい!これが落ち着いていられるか!まったくもうまったくもう、本当に、あーもう・・・言葉が出てこないー・・・!とにかく本当に―――」

 

 マシンガンどころかガトリング並みの言葉の嵐に、思わずレインは怯んでしまった。しかも、その嵐が距離30cmそこそこの距離から放たれるのだ。怯むなという方が無理だ。だが、それだけ心配させたということだ。

 

「・・・ごめん」

 

 一言だけ謝ると、リズはゆっくりとため息をついた。

 

「・・・はあ、まったく。もういいわよ。で、今回は何?手入れ?」

 

「あ、うん。これお願い」

 

「はいはい。んじゃその辺で待ってて、すぐ終わらせるから」

 

 レインから得物を受け取ると、リズベットは奥の作業場に入って行った。その光景を横から見ていたエリーゼはただ一言、

 

「来てよかったね。いろんな意味で」

 

 とだけ、呟くように言った。

 

「はい」

 

 少し目を閉じて、レインも一言答えた。すると、リズベットが出てきた。

 

「わ、本当にすぐだね」

 

「そりゃまあね。ほら、耐久値回復。ついでに見た目もちょっと手入れしておいたから」

 

「ありがと」

 

 この辺の細やかさが、リズベット武具店に客足が途絶えない理由の一つなのだろうな、とエリーゼは考えていた。そんな時に、リズベットはようやくエリーゼに気付いた。

 

「で、そちらの人は?」

 

「あ、初めまして、エリーゼです。傭兵やってます」

 

「店主のリズベットです。噂はしばしば耳にしてます。何かいい品があればどうぞ言ってください」

 

「なら、これをもらおうかしら」

 

 そう言って指差したのは少し長めの、レイピアに近いような細身の剣。名前を“ハイオプティマス”というものだ。

 

「分かりました。お代は最初なのでサービスってことで、23000コルです」

 

「あら格安。これでいい?」

 

「えっと、はい丁度ですねー。どうぞ」

 

「ありがと」

 

 正直なところ、ハイオプティマスは傑作品といってもいい。だがいかんせん、蓄積ではなく確率で睡眠にさせるという少々トリッキーな性質からなかなか買い手が見つからなかったのが泣き所だった。それをあんな格安で売るというのは少々気後れするところがあったのだが、値を釣り上げて売れないのならばもっと意味がない。そう判断した結果だった。

 

「うん、やっぱりいい剣だわ。大切に使うね」

 

「そうしてあげてください」

 

 リズベットは、ふたりの雰囲気がどこか違うことを感じ取っていた。だが、それは長くレインと会っていなかったことによる違和感だろうと決めつけてしまった。―――本来はもう少し意味が違ったことに気付くのは、もっと後のこと。

 

「では、またお越しください!」

 

「うん、またね。その時はご飯でも奢るから」

 

「そんなの必要ないって言ってるでしょ」

 

 その言葉に答えることはなく、二人は店を出ていった。工房に戻りながら、リズベットはまるで今の言葉が一種のフラグのようだとぼんやりと思っていた。

 

 

 

 

 レインとエリーゼがリズベット武具店を訪れていたころ、アスナとキリトは誰もいなくなった会議室に二人きりになっていた。

 

「とうとうこの時が来たわね・・・」

 

「・・・ああ」

 

 何せ、この二人はこの剣に関して、最も深い位置から関わっていたのだ。ここまで来た、その事実だけでも()()()()というものだ。

 

「もろもろ片付いたら、あの馬鹿をぶっ飛ばさないとな」

 

「そうね。さすがに、今回のことはいろいろと看過できないわ」

 

 特に、ギルメンを丸ごと売春ギルドへと売り払った、“ハーブティーの悲劇”は、同じ女性としてアスナは強い憤りを感じていた。最初はロータスがほぼ一人でしたと知って、ある種の戸惑いも感じていたようだが、追加で行われてきた所業の数々から嘘でないと判断して、だんだんと強い怒りに変化していたということを、キリトは痛いほどわかっていた。

 

「なあ、アスナ」

 

「なあに、キリト君。改まって」

 

 ちょっとおどけ気味に答えるが、いまだに深く沈んだキリトの横顔を見て改めた。

 

「俺たちは、ロータスをどうすればいいのかな」

 

 その言葉に、すぐに答えることができなかった。ロータスとは、アインクラッド第一層のフロアボス戦からの付き合いだ。50層は経験しなかったが、25層のボス戦は彼なしには成り立たなかっただろう。そんな、ある種戦友とも呼べる相手に形だけとはいえど刃を向け、ことが収まったら。それでも、ロータスを斬るべきなのだろうか。だが、

 

「それは、キリト君が決めるべきことだと思うよ。私も、そうするつもりだし」

 

「アスナは、どうするんだ?」

 

 その問いにすぐ答えることはできなかった。アスナにとっても、彼の存在というのは案外大きかったのだということを、ここで初めて実感した。

 

「そうね、私は―――」

 

 その続きは、キリトだけに耳打ちした。その答えを聞いて、細かい理由を聞きだすことはしなかった。

 

「・・・毅いな、アスナは」

 

「そんなに強くないよ。まだまだ弱いわ」

 

 それだけ言うと、アスナはキリトの手に自分の手を触れさせた。その時になって初めて、目の前の想い人が抱く感情に気付いた。あまりにもいつも通り過ぎて気付かなかった、ある感情。

 

「分かるでしょ?」

 

「・・・ああ」

 

 手から伝わる、微かだが確実な震え。それを少しでもと思って、キリトはその手を両手で握った。

 

「大丈夫だ」

 

 本音を言ってしまえば、キリトだって怖い。ロータスは斬ることにためらいを覚えるなといった。だがそれは、どうもできそうにない。

 何とか震えさせずに言ったその一言に、アスナは安心したように頭を最愛の少年の肩に預けた。

 

「信じてる」

 

 ただ一言。ふたりの間にはそれだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 

 

 

「・・・いよいよね・・・」

 

「・・・ええ」

 

 少女と、それより少し年上の女性が、覚悟を新たにする。

 

 

「行きましょう」

 

「ああ・・・!」

 

 少年と少女が、戦場へと向かう。

 

 

「・・・行くか」

 

 懐かしい血色の外套を着た少年が一人、自身の得物を持って立ち上がり、所定の場所につくために動く。

 

 

 

 形は違えど、全員のその思いは一つ。

 

「決戦の時だ」

 




 はい、というわけで。

 今回は決戦前夜のお話でした。前半のシリアス大目に比べて後半のシリアス少な目がかなり対比になった・・・ようななってないような。

 エリーゼの女の子の扱いのうまさといいますか、その辺は部活がかなり影響しているという裏設定。もう本当にね、高校の吹部とかは女子同士でハグとかしょっちゅうでしたから。ソース俺。

 リズの反応は至極まっとうなものだったと思います。そりゃね、流石に彼女のような人間ならレインが死んだらそれ相応にショックだと思うんですよ。生きてることを知ったというのもそれはそれでショックでしょうから、こんな感じに。
 んでもって閃光&黒ずくめ夫婦。お前ら末永く爆発しろ。

 最後の下りはペア二つに対する主人公一人という対比の構図を作ったつもりなのですが、お分かりいただけたでしょうか。

 まあそんなこんなで、次回、SAO中章最終回です。
 リアルの都合から、次々回、つまりは終章から月一更新に変更します。大体目安として第一月曜日位を目標としていますが、その辺は少しまだふわふわしてます。とにかく、今まで通りとはいかないです。やはりどうあがいてもリアル>こっちなので・・・。申し訳ないです。

 では次回、SAO中章最終回「決戦」にてお会いしましょう。


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31.決戦―ラフィン・コフィン討滅戦―

 俺は、アジトの最前線と言っていい位置で待ち構えていた。ジョニーやザザ、PoHは追撃部隊の指揮に回っていた。やがて、ぞろぞろと多くの足音が聞こえてきた。

 

 

「来たか」

 

 

 それだけ呟くと、俺はゆっくりと立ち上がった。得物はもうすでに両腰に構えられており、いつでも抜刀できるようにしてある。そのままの体勢で、俺は来るべき来客を待った。

 

 

 待つ必要などほとんどなかった。戦闘は、俺の想像していた通り、リンドとアスナだった。見たところ、ヒースクリフはいない。その事実に俺はひとまず安堵した。あのおっさんとはタイマンでもやりたくない。

 

 

「ロータスだけなのか?」

 

 

「まさか」

 

 

 リンドの言葉に、ただ一言だけで答える。右手で音高く抜刀すると、その刀を高く掲げた。瞬間に、それなりの量のラフコフメンバーがわらわらと湧いて出てきた。

 

 

「馬鹿な、どこからこれだけ!?」

 

 

「忘れたか、ここは、()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 マッピングのされていないダンジョンの最大の特徴は、隠し通路の類が一切ないことだ。そして、ここは俺たちにとっては文字通り家だ。隠し通路など、少なくともこちらで調べた分は調べ尽くしたといってもいい。ラフコフメンバー以上に、ここを知り尽くしている人間などいない。

 

 

「野郎ども、血祭りにしてやれ!」

 

 

 その声と共に、刀を真っ直ぐに突きつけた。瞬間、十人ほどが一気に飛び出す。それに合わせて、攻略組側が剣を抜いた。

 

 俺は動かない。もとよりそういう作戦だからだ。それに気づいた人間が、少人数で飛び出した。おそらくこの集団の将たる俺を獲ろうという腹だろうが、そうはいかない。今までずっとフリーにしていたの片手で小太刀を音高く抜刀し、掲げる。瞬間に、集団の両側面と後方からの強襲が攻略組を襲った。

 

 索敵スキルと単独戦闘能力が高い俺が小規模集団と共に待ち構え、機を見計らって残りの三幹部の指揮する待機部隊が強襲、勝負を決めるというのものだ。実際に、かなりこれはうまく行った。

 

 

「くそっ」

 

 

 誰かが毒づく。それは完全な全面戦闘への移行を示す合図だった。同時に、俺も両手の刀を構えて集団に突入していった。

 

 

 

 戦闘はすでに乱戦模様を呈していた。斬り込んでいる俺もそれは感じていた。といっても、悠長に思考などしていたら殺されることはもうすでにわかりきっていた。

 

 

「っと、危ね」

 

 

 今も、こうして考えている間に二人がかわるがわる斬り込んできた。ふたつの剣戟を両方の手でそれぞれ捌いて、最後の本命と思われる剣筋をがっちりと受け止める。

 

 

「どうしてだ、ロータス!」

 

 

 打ってきたリンドの、そのままでは何も伝わらない言葉。だが、俺にとってはそれだけで十分だった。

 

 

「言ったはずだ、故あってのことだと」

 

 

「それがたとえ、お前の手を血で汚すことになってもか!?」

 

 

「ああそうだ」

 

 

 受け止める刀に力を籠める。そのままはじき返すと、俺は右から斬りかかってきた相手を一発パリィする。その反対側から丁度のタイミングで飛んできた突きは小太刀で逸らして蹴り飛ばす。前後から同時に来た攻撃はジャンプして躱し、空中で納刀して体術スキル“衝波魔神拳”を発動させる。拳を地面に叩き付けることで発生する衝撃波で攻撃する技だ。その衝撃で周囲がよろける。俺にも硬直が入るが、至近距離で衝撃波を食らった相手はそれより若干ではあるが硬直が長い。その隙を逃さず、俺は小太刀を抜き放ち片手剣系汎用ソードスキル“ラウンドフォース”を発動する。使い込んだそれは周囲を巻き上げ、囲んでいたプレイヤーをまとめて吹き飛ばした。時間差で両側から斬りかかってきた相手を二本の剣で受け止め、はじき返す。もっとも、はじき返せるとは思っていなかったから、少々これには驚いた。

 

 

「その程度で、俺を殺せると?」

 

 

 俺のメッセージが全員に共有されている様子がないことは、ここまでの戦闘で分かりきっていた。だからこそ、俺も全力で攻撃する。

 

 その時、視界の端で何かがポリゴンとなって散っていった。細かい状況はわからない。が、その近くにはキリトがいた。

 

 

(くそったれ・・・!)

 

 

 見た目以上にナーバスで自罰的意識が強いあいつを、人斬りにするわけにはいかない。そうなれば、攻略ペースは大きく落ち込むことになる。何より、アスナのブレーキ役がいなくなるのだ。一時期といえど、行動を共にしていた俺だからわかる。あいつには、いや()()()()には、傍にお互いがいる必要がある。だからこそ、俺は自身最速の踏み込みを行った。が、一瞬遅かった。俺の剣があいつに届く前に、あいつはなし崩し的にラフコフのメンバーを斬っていた。

 

 過ぎたことを悔やんでも仕方がない。せめて、今だけでもこのことを考えないようしてやらなければ。柄にもない正義感と共に、俺は一気に踏み込んでキリトに斬りかかった。案の定、キリトは反応してこちらの攻撃を防御した。だが、その目にはいまだ迷いが若干あることを俺は一瞬で見抜いた。

 

 

「どうしたキリト、もう色は関係ない。躊躇う理由などないだろう」

 

 

「だけど・・・!」

 

 

「躊躇うな。じゃねえと、殺されるぞ」

 

 

 それだけ言うと、俺は弾き飛ばしながら飛び退った。すぐに飛び込んでもう一度、右で袈裟に斬りかかる。キリトはそれを剣でパリィして回避する。だが、俺は二本剣を持っている。そのまま左手でもう一度薙ぐ。これには回避が先立ったようで、キリトが飛び退る。そこを俺が追撃した。

 

 

「今更躊躇うな。俺たちは殺人者だ。殺すんだから、殺される覚悟もある」

 

 

 俺の構えは、構えとすら呼べない、ただぶら下げているだけのものだ。だがそれでも、どこに打ち込んでも確実に反撃されるような、えもいわれぬ隙のなさがあった。

 

 

「来ないのなら、こっちから行かせてもらう」

 

 

 一気に踏み込む。神速とも取れるその踏み込みは、キリトにとって見れば十分に反応できる範囲内で、即座に放ったガードは十分に間に合った。打ち合って、すぐに俺は力の加え方を変えてキリトの体を横にはじいた。直後の間合いで斬りかかってきたラフコフメンバーの足を刈った。タイミングからして狙いはキリトだったのだろうが、もう遅い。倒れたラフコフメンバーの頭を何度か突き刺し、HPを全損させる。アスナのほうを見ると、彼女は躊躇いなくラフコフの相手を戦闘不能にさせている。こういうときは女のほうが強い。

 

 

「さて、と。もう演技の意味もないかな」

 

 

 それだけ呟くと、俺は手始めに、アスナと対峙するジョニーブラックの背後に一瞬で回り込み、小太刀をしまったことでフリーになった左手でスローイングパラライタガーを抜いて一閃した。ジョニーが崩れ落ちたことに寄り硬直したアスナの背後に、別のラフコフメンバーが襲い掛かるが、それは俺の弧月閃で両断された。近くのラフコフメンバーが気付いて俺に向かって斬りかかるが、その程度、今更苦にする俺ではない。刀と小太刀で一気に切り刻みにかかる。まず一人目の胴を薙いで、二人目は足首を切り落とす。三人目は得物を持つ腕を切り落とした。だが、四人目は完全な死角からの襲撃で、反応することができなかった。

 

 

(しまった・・・!)

 

 

 気づいたときにはすでに遅い。その瞬間、横から誰かが飛び出し、その四人目の腹に剣を突き刺した。相手が崩れ落ち、それに驚いて刺された相手を見ると、どうやら寝ているようだ。それを確認して、その相手はこちらを振り返った。その時に、俺はようやくその相手が誰なのかに気付いた。

 

 

「エリちゃん・・・」

 

 

 思わずリアルネームで呼んでしまうほどに、その時は動揺していた。彼女は仮にも中層プレイヤー、こんなところに出張ってくるとは思ってもみなかった。それに、正直彼女はこんなことに関わってほしくなかった。なにより、その空洞のような瞳に、俺は動揺していることに気がついた。

 

 

(何を勝手なことを・・・)

 

 

 そもそも、こんなことを俺がしなければ、彼女がこうしてここにいることはなかったのだ。だが、そんなことは今言っても仕方のないことだ。と、ここまで来て、あることに気がついた。

 

 

(そう言えば、PoHの野郎はどこに行きやがった・・・?)

 

 

 追撃部隊の指揮に当たっていたはずのPoHの姿が見えない。てっきり俺はザザやジョニーたちが殴りこんできた段階で一緒にいるものだと思っていたのだが、落ち着いて周囲を見渡すと、あの黒ポンチョと中華包丁のようなタガーはない。そこまで考えて、俺はある可能性に思い至った。

 

 

(クソが、馬鹿か俺は・・・!)

 

 

 それだけ思うと、俺はエリーゼを睨みながらスローイングタガーを彼女の背後に投げ、すぐにPoHが指揮していたはずの追撃部隊の位置へと向かった。俺の索敵スキルはそこに敵が潜んでいることを伝えていた。

 

 

 

 追撃部隊がいた位置に、PoHはそのままいた。まるでそれは、何か見世物でも見ているかのようだった。いや、実際にこいつにとっては見世物なのだろう。

 

 

「趣味が悪いぜ、PoH」

 

 

「そっちもな。最初からどこかきな臭いとは思っていたが、まさかこんなことを企んでるとはな」

 

 

「ああ。お前たちに潜り込んでからここまで、この時を今か今かと待っていた・・・!」

 

 お互いに、もうすでに得物は抜いてある。

 

「さあ行くぞ、PoH。てめえの罪を数えろ」

 

 

「そっくりそのままお前に返すぜ」

 

 

 それだけで、俺たちは踏み込んだ。まず繰り出した俺の右下からの斜めの斬撃はきれいにパリィされ、そのままこちらに、向かって右下からカウンターの斬り上げが襲う。それを小太刀で防いで、勢いそのまま手首を返して左から薙ぎ払う。飛び退ろうとした瞬間を逃がさずに、俺は踏み込んで追撃にかかった。さらに飛び退ることで回避されたことにより、半身で俺は右手を正眼に、左手を体の後ろに構えた。

 

 少し呼吸を整えて、もう一度踏み込む。俺の小太刀と刀の二刀流は、あいつの短剣より手数で勝る。俺にとって小太刀は防御するためのものにあらず、二本の剣で完全に攻め込んでいた。だが、その分相手は体術とスピードで勝る。それでも、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。こちらの猛攻は殆ど躱し、いなされている。もっとも、相手の攻撃の殆どが有効打になっていない。だが、

 

 

(ちいっ、このままじゃジリ貧だ・・・!)

 

 

 それは、戦っている当事者である俺が一番よくわかって居た。このまま戦いを続ければ、間違いなくあいつのタガーは俺を斬り裂くだろう。だが、もう止めることはできない。こうなっては、もうなりふりなど構っていられない。

 

 無言でもう一度踏み込む。俺は小太刀を右腰に、刀を上段に振りかぶり、PoHも短剣を振りかぶった。ギリギリまで引き付け、俺は刀を()()()()()()()()()。結果的に、PoHの友切包丁(メイトチョッパー)が半身になった俺の左肩を斬り裂いた。あまりにも俺の異常な行動に、一瞬PoHが硬直する。その瞬間を俺は見逃さなかった。

 

 

「ぜやあぁっ!!」

 

 

 裂帛の気合と共に、まず、小太刀の“浮舟”が襲い、無造作な薙ぎ払いの刀系ソードスキル“吹柳(ふいりゅう)”を繰り出す。そのまま足で体術スキル“転身脚”を繰り出す。

 

 

「Damm it!」

 

 

 PoHも攻撃が途切れたところを見計らった横薙ぎを繰り出してくるが、

 

 

(かかった!)

 

 

 これは俺のトラップだ。もっとも、ある意味では賭けに近かったのだが、今回はきっちりとうまくいった。立てて構えた刀に、PoHの友切包丁が当たった瞬間に、俺の体が一瞬で横移動しながら右からの横薙ぎの斬撃を繰り出し、移動が終わると唐竹割りのような上段斬りを繰り出した。刀系反撃ソードスキル“断禍消穢(たんかしょうわい)”だ。そこまでガードされながらも連撃を当て、しかも最後はクリーンヒットだったが、そこで本当に長い硬直に入ってしまった。

 

 

「ククク・・・。すげえなぁこいつは。まさかソードスキルを連続で発動させるとは、そんな発想すらなかったぜ」

 

 

 こちらは剣技連携(スキルコネクト)の硬直で動けない。これを出すからには必殺である必要があったのだが、それは抜かった俺のミスだ。

 

 

「もっと楽しみたいのはやまやまだが、これでThe endだ。苦しまないように、一撃で決めてやるよ」

 

 

 PoHの友切包丁がゆっくりと上がる。構えで、何が来るか一発で分かった。短剣の最上位ソードスキルが一つ、“斬”。手数に重きを置く短剣にあるまじき、単発技。だが、その威力は凄まじい。加えて、あいつの武器は魔剣クラスの代物だ。あいつの宣言通り、俺の体は一撃で両断されるだろう。

 

 

(ここまで、か)

 

 

 目的のために何もかも捨てて、最低限光の中で生きていてほしかった人物ですら闇に堕とした。そんなどうしようもなく愚かな俺は、こうして目的を果たせずに終わるのがふさわしい。そう思って、軽く目を閉じた。

 

 

「やああぁっ!!」

 

 

 直後、その場に似合わない、高めの気合と共に、何か剣が振るわれる音がした。それを防いだと思われる甲高い音。ゆっくりと目を開けると、そこにはPoHと鍔迫り合いを繰り広げる姿があった。その後ろ姿を見た瞬間に、俺はもう一度ゆっくりと目を閉じた。

 

 

(ああ、本当に俺は、愚かだ)

 

 

 いくら懺悔しようとも足りない。そんなことはよくわかっていたつもりだった。だが、自分の業はもっと深かったことにようやく気付いた。

 

 

「なかなかにいい踏み込みをしてくれるな、嬢ちゃん」

 

 

 そのPoHの呟きには答えず、剣士は開いた左手でストレートを放った。それに対し、PoHは後ろに下がる。その頃にようやく俺の硬直が切れて、小太刀スキル“舞斑雪(まいはだれ)”を繰り出した。単発ながらもその出の速さとリーチの長さから使いやすいソードスキルの一つだ。だがそれも、PoHは後ろに飛びながら受け止めてやり過ごした。短い硬直を抜けて追撃を加えようとした矢先、煙幕があたりを覆った。

 

 

「また会おうぜ、ロータス君よ」

 

 

 その中でも俺は直感で動いた。こういう事態を想定して、ある程度目をつむって動けるくらいにはしてある。加えて、大体逃げるルートは推測がつく。

 

 

「逃がすか・・・っ!」

 

 

 即座に追いかける。だが、そうしようとした直後に、俺の首筋に刃が当てられた。

 

 

「意味は、分かるわよね」

 

 

 言われなくとも分かっている。俺は得物をしまうと、ゆっくりともろ手を挙げた。

 

 

「随分と早い到着だな、アスナ」

 

 

 そのまま振り返らずに俺は言った。どこか悪役のような口調の俺とアスナの会話は、盗み聞きされたところでその真意まで測れる人間は少ないだろう。

 

 

「レインちゃんのおかげでね。真っ先にどっか行っちゃうんだもの、その後を追ってきてみれば、ってとこよ」

 

 

「攻略の鬼恐るべし、だな。で、俺をどうするつもりだ」

 

 

 俺は一番尋ねたい部分を直球で問いかけた。

 




 はい、というわけで。

 少し久々の解説。今回は多いです。

衝波魔神拳
テイルズシリーズ、使用者:ジュード・マティス(TOX、TOX2)
 拳を地面にたたきつけるだけという無造作な技。だが、周囲の衝撃波の範囲がそこそこ広いため、かなり優秀。原作だと威力もかなり高いので、術技引き継いで二週目開始の時はこれを使うと雑魚は面白いように倒れていくという便利技。その代わりTP消費も激しい。
 こちらではTP消費ではなく硬直が長い。上に、使用にはSTR条件があり、使い手は限られる。

ラウンドフォース
モンハン片手剣系狩技
 一回転して切りつけるだけというシンプルイズベストなもの。Ⅲまで鍛えると打ち上げ効果があるため、今回はそれをそのまま応用したもの。本家だと切りつけている間は無敵だが、こっちではそんなことはない。硬直は短め。

吹柳
テイルズシリーズ、使用者:ガイアス(TOX2)
 左から右への無造作な薙ぎ払い。少し横に移動しながら薙ぎ払うだけという単純な技。

転身脚
テイルズシリーズ、使用者:ガイアス(TOX2)
 こちらも無造作な蹴り。おなかくらいの高さに二連発で繰り出すだけ。元ネタの使用者は長身な身の丈ほどの刀を使うため、この技はリーチが短すぎるのだが、こっちではそんなことはないため使いやすいソードスキルの一種になっている。

断禍消穢
テイルズシリーズ、使用者:ガイアス(TOX2)
 刀を水平に寝かせて構える鏡花に対し、こちらは柄を上に立てた刀に攻撃を受けることによって発動する反撃系ソードスキル。鏡花ほどの威力はないが、その代わりに連撃なことと移動すること、また鏡花より若干ながらも硬直が短いことから使い分けは十分に可能。誤発動が多いスキルではあるが、そこに目をつむれば使いやすいソードスキル。


テイルズシリーズ、元技名:斬!(斬!!)、使用者:マリー・エージェント(TOD、TOD2)、ラピード(TOV)
 マリーさんは強烈な四連撃を繰り出すもの。ラピ公は切り抜けてそのあと一閃というもの。両方とも秘奥義。
 ここでは名前だけ借りているようなもので、腰だめで短剣を長いこと構えたうえで薙ぎ払いで両断するというもの。ソードスキルの発動準備段階(剣だけ光って動かない状態)が長い上に単発である代わりに、その威力は短剣はおろかちょっとした両手剣のスキルにも匹敵する凶悪極まりないもの。

舞斑雪
テイルズシリーズ、使用者:ルドガー・ウィル・クルスニク、ユリウス・ウィル・クルスニク、ヴィクトル(TOX2)
 逆手に持った小太刀で素早い切り抜けを行う技。本文にもあるように、リーチと速さが優秀なことからかなり使いやすい術技の一つ。単発技にしては硬直が長いが、全体的に見れば十分に短い。

 TOX2大好きすぎ問題。

 前にも言いましたが、これで中章の幕引きとさせてもらいます。これとこの次回のどちらを境にしようか迷いましたが、この次で分岐があるのでここでいったん切ります。

 ようやくロータス君がおおっぴろげに行動する回でした。これの前のお話でわざわざ血色の外套を着ていたのはただ単に目印です。性能がいいとかそういうわけではありません。ただ単純に攻略組にとって、血色の外套を着た刀を使う強敵=ロータスという、わかりやすい構図を狙った結果です。直接書くことをしなかったので、あえてここで少し解説させてもらいました。

 最初は乱戦の中でPoHvsロータスを書こうかとも思っていたのですが、最新刊を読んで気が変わってこういう結末です。原作に沿った形にするのであれば、こっちが適切かな、と。ジョニーはこのまま投獄です。ザザに関しては、彼がいないとデスガン関連が発生しないので、原作通り捕縛して投獄です。


 と、ここまでは今回のお話にまつわることでした。ここからはこれからにまつわることです。
 ここまで、何とか週一ペースでの投稿ができる状況でしたが、少しリアルのほうが忙しくなったので、月一か月二くらいに変更します。できるだけ月の最初の月曜日あたりと、時間見つけて同じ月にもう一話投稿するとは思いますが、そのあたりはまだふわふわしてます。書き溜めにまた余裕ができてきたらまた週一に戻すつもりです。
 こちらの都合でご迷惑をおかけします。

 では、ここからはSAO、終章に入ります。果たしてロータス君はどうなるのか。

 ではまた来月。


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SAO、終章
32.決裂


SAO終章、始まります


「で、俺をどうするつもりだ?」

 

 俺の問いかけに、アスナはすぐに答えなかった。というより、答えられない様子だった。もっとも、俺は背中越しなので、雰囲気で察するしかないのだが。

 

「あなたがどうしてこんな手段をとったのかなんてわからない。だから、頭ごなしに否定はできない。それでも、私はあなたを許すことはできそうにないわ」

 

「そうか」

 

 かけられたのは拒絶の言葉。俺にとって驚きなどなかった。なにより、これなら何も知らない人間にとって嘘などないのだから、演技が演技でなくなる。わざわざ演技をした甲斐もあったというものだ。

 

「俺がこの手段をとったのは、ただ単にこっちのほうが効率的だったからだ」

 

「人殺しが効率的なんて、お笑い種ね」

 

「かもしれねえな。でも、ラフコフメンバーが殺すであろう数十人。俺が殺すであろう十数人。同じ命なら軽いがどちらかなんて考えるまでもないだろう。それに、ラフコフはもう空中分解。一石二鳥だ」

 

 俺の言葉に、アスナは黙り込んだ。やがて、アスナは俺に向かって、はっきりと言った。

 

「確かにあなたのやったことで救われた人はいたかもしれない。でも、それであなたのやったことがすべて許されるわけじゃない」

 

「目的は手段を正当化しない。ま、当然だわな」

 

 言いつつ、俺は右のつま先を一つ打ち付ける。このブーツは底に刃を仕込んだ特別製だ。底にあったものが移動する感触を確認して、俺は振り返りざまでアスナに後ろ回し蹴りを繰り出した。手を叩かれただけでなく、思わぬ感覚に一瞬アスナが悶絶した瞬間を見逃さずに、俺は即座にポーチの中から煙幕を取り出して地面に叩き付けた。

 一瞬で広がる煙に周囲が目を閉じた瞬間に、俺は移動した。こんな状況で、よくわからない地形を移動する馬鹿はいない。だがそれは、よくわからない場合のみだ。俺にとってここは、文字通り庭同然だった。直後に移動した俺は、レインがいたと思われる場所に移動すると、索敵のModである“視覚強化”を使って周囲のプレイヤーを探した。すぐにそれは見つかり、俺は首筋に手刀を下ろし、レインの意識を狩った。

 

「すまんな」

 

 一言だけ謝って、すぐに俺は隠し通路から飛び出した。

 

 

 

 

 煙幕が晴れたとき、もうすでにそこにロータスはいなかった。さすがにこのダンジョン内で追いかけたところで、迷子になる落ちしか見えない。実質取り逃がしたということになる。

 ワンテンポ遅れる形でエリーゼが合流した。エリーゼに気付くと、アスナはゆっくりと首を横に振った。

 

「あの人は、まったくもう、とことん馬鹿なのかねぇ・・・」

 

「男の子っていうのはそういうものでしょ」

 

「お、男を知った女の言葉ですなぁ」

 

「そんなんじゃないわよ!」

 

 思わず噛みついたアスナを軽くあしらうエリーゼに、アスナはどこか既視感を感じていた。

 

(やっぱりこの感じ、ロータス君に似てる・・・)

 

 そう、この二人はどこか似ているのだ。外見的なものではなく、雰囲気的な意味で。

 

「とにかく、もうここは出よう。用件はもう済んだんだし」

 

「そうね」

 

 あれだけ固執していた割に、エリーゼの反応は薄いものだった。それにどこか不審さを覚えたが、アスナはいったんそれを置いておくことにして、気絶したレインを抱えて移動した。

 

 

 

 

「撒いた、か」

 

 後ろを振り返りながら、俺は言う。念のため視覚強化を使って周りを見渡すが、追手はいない。きっちり撒いたことを確認して、俺は隠蔽スキルと集中を切った。

 

「これでもう、後戻りはできねえな。もともとないか、戻るところ(そんなもの)なんて」

 

 とにかく、これであの少女が俺と同じところまで落ちることは防いだ。

 エゴイストだと罵ればいい。独善者だと笑えばいい。()()()()()()()()()()()()()()。落ちるところまで落ちるのは、俺一人だけで十分だ。

 

「さて、とりあえずカーソルの色をもとに戻すか」

 

 このままでは動き辛い。幸いなことに、ほとんどの層のカルマクエスト開始の場所は頭の中に入っている。この層も例外ではない。グリーンに戻すまでには数日かかるだろうが、たかだか数日だ。

 




 はい、というわけで。
 今回は短めです。なので、先に投稿する形で。

 今回からSAO終章となります。このお話がある意味分水嶺で、ここでの分岐です。ちなみに、このルートの条件をゲーム風に言うと、「アスナの好感度一定以上かつアスナ、レイン、エリーゼの合計好感度一定以上ではない場合」です。つまり、「アスナの好感度一定以下またはアスナ、レイン、エリーゼの好感度一定以下」の場合です。ここでそれはそれはざっくりとカットしている日常パートで、いかに彼女らの好感度を上げておくか、というのがキーですね。ちなみに分岐条件の好感度は高めという、マジで意味の無い裏設定があったり。
 このルートに名前を付けるのなら、“血塗れの蓮”ってとこですかね。通称するなら“おひとり様ルート”といったところですか。

 今書き途中なのですが、このペースで行くと、かなり終章は早く終わりそうです。もしかしたら一回ALOまで終わらせるかもしれませんが、そのあたりは未定です。

 ではまた次回。


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33.新たな相棒と

 カルマクエストを攻略した直後、俺は情報をもとにリンダースの外れに来ていた。服装は黒いインナーに空色に近い色合いの明るいトップス、下は紺色を少しだけ明るくしたような色のロングズボン、そしてフレームが細めの眼鏡というスタイルだ。以前の俺では考えられないようなスタイルなので、パッと見では誰かというのはわからないだろう。実際、何人かそれっぽい服装のやつは見かけたが、誰にも声をかけられなかった。

 リンダースの外れまで足を延ばしたのは、ある人物に会うためだ。その人物は、川の近くに自分の店を構えているとのことだったので、わざわざこうしてきたというわけだ。もっとも、あいつのことだから、誰かわかった瞬間にグーパンか張り手の一発くらいは飛んでくるかもしれないが、そのあたりは覚悟の上だ。

 

(ここか)

 

 水車の回る、静かで落ち着きのある店構え。案外いいセンスをしていると思いながら、俺はゆっくりとドアを開けた。そこに店主がいないことを確認すると、俺は店番のNPCに声をかけた。

 

「店主と話がしたい。呼んできてもらえないか」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 それだけ言うと、NPCは奥に引っ込んだ。どうやら、奥に工房があるらしい。その間に俺は眼鏡をとった。

 

「お待たせし・・・!」

 

 用意していた台詞を最後まで言う前に、俺が誰なのか気付いたその店主は驚きで息を呑んだ。

 

「よう。久しぶりだな、リズベス」

 

「・・・リズベットだって言ってんでしょ」

 

 俺のいつもの―――といってもしばらくしていなかったわけだが―――のからかいに答える声に力はなかった。当然だろう、俺のことはもうアインクラッド全土に広がっているだろうから。

 

「無事そうで何よりだわ」

 

「おかげさまでな」

 

「そ。で、今日は何の用よ?」

 

「こいつを打ち直してほしい」

 

 そう言って、俺は腰に装備していた得物をリズに差し出した。

 

「鬼斬破・・・?これ、もう戦力外レベルの武器よね?」

 

「ああ。でもお気に入りなんだ。強化素材はたんまり持ってきたつもりだし、足りないのならまた出直す。それに、信じる信じないは勝手だけど、お前の作った武器で人斬りは()()()()()していない」

 

 なんとなく気分的に、リズの刀で人を殺すということには抵抗があったのだ。だから、ただの逃避と思っていてもずっと、鬼斬破は俺のストレージで眠っていたのだ。強化されることはおろか、鞘から抜かれることとして一度もなく。

 

「・・・ついてきて。店番お願い」

 

 俺とNPCに一言掛けると、リズベットは奥のほうに歩いていった。店の奥はやはり工房になっていた。

 

「あんた、レインに声かけたの?」

 

「いや、かけてない。というか、かけれない、かな」

 

「あっそ。あんたがどう思おうと勝手だけど、あの子の想いも酌んであげなよ」

 

 それだけ言うと、リズは溶鉱炉に向かいあった。強化素材を無言で出した俺に、リズは同じように無言で受け取って中身を確認する。と、すぐに驚きの声を上げた。

 

「あんた、これだけの量どこで・・・!?」

 

「最高層でレベリングしてて、その副産物でな」

 

 これは事実だ。もっとも攻略組が迷宮区に行きやすい時間帯をハイディングで調べ、その間にフィールドで素材集めに勤しんだのだ。加えて、俺は刀を片手で扱える程度にはSTRを鍛えてあるから、ストレージ容量が危なくなるということはあまりない。結果的に、俺のアイテムストレージには相当量の強化素材がため込まれることになった。

 

「最高層って、そんなところにいたら危ないんじゃないの?だってラフコフのPKの範囲は―――」

 

「攻略中の階層を含めて上三層、その通り。だけど、あくまで禁止しているのはPKだ。レベリングも含めた、侵入が禁止されているわけじゃない。それに、ここまで俺は特に誰にも気付かれずに来た。つまりはそういうことだ」

 

 その俺の理屈に、リズは呆れたようにこめかみを押さえた。実際呆れているのだろう。

 

「分かったわ。でも、これは時間がかかるわよ。今はそう大したことない刀だけど、仮にも当時の中では最高傑作の一つだったんだから」

 

「構わない。どのくらいかかる?」

 

「一週間あれば十分よ」

 

「そうか。なら頼む」

 

「はいはい。お代はふんだくるからねー」

 

「ぼったくり宣言かよ。まあ、俺も大して金は使わないから余ってるしな。じゃあ、一週間後にまた来る」

 

「ええ、待ってるわ」

 

 それだけで立ち去ろうとした俺を、リズベットは呼び止めた。

 

「ああ、それと。一つ約束して」

 

「何をだ」

 

「絶対もう一回、レインに会ってあげること。いい?」

 

 そこには、俺より年下とは思えないほどはっきりとした気迫があった。

 

「・・・分かった」

 

 少しため込んで答えた俺に、リズベットは表情を崩して一つ頷いた。

 

「じゃ、期限には絶対間に合わせるから」

 

「ああ。信頼してる」

 

 それだけ言うと、今度こそ俺は工房を出た。

 

 

 

 

 それからというもの、俺はひたすらに情報をかき集めていた。目標は、ラフコフの残党メンバー及びオレンジギルドのメンバーだ。ここまで来たらもう引き返せない。

 

「待たせて悪いな、アルゴ」

 

「そんなに待ってないから気にすんナ。で、今回はどんな危ない橋をおねーさんに渡らせる気ダ?」

 

「危ない橋前提かよ。そんなに信頼されてねえのか、俺」

 

「お前さんの依頼はあんまり碌なものがないって、もっぱらの噂だからナ」

 

「誰情報だ・・・いや、答えなくていい」

 

 この一年間でもっとも接触した情報屋など一人しかいない。あいつが拡散したのだろう。

 

(あんにゃろう・・・)「今欲しいのはオレンジプレイヤーの情報だ。ラフコフ残党の居場所が分かれば御の字なんだが・・・」

 

「ラフコフ残党はさすがにまだ情報が入ってないナ。でも、オレンジプレイヤーの情報なら分かるゾ」

 

「マジか!?」

 

 思わず身を乗り出してしまった。一瞬アルゴが引いてしまったところを見てすぐに頭を冷やして元に戻る。

 

「悪い」

 

「いや気にすんなっテ。で、オレンジプレイヤーの情報だナ」

 

「ああ」

 

「いったん場所を移そう。こんなところで話してたら明らかに怪しまれるしナ」

 

 その言葉に頷いて、俺はアルゴについてそこから離脱した。

 

 

 連れてこられた宿屋の一角で、俺はアルゴから話を聞いていた。

 

「・・・とまあ、今あるオレンジの情報はこんなもんだナ」

 

「サンキュ、アルゴ。お代は?」

 

「そーだな、このくらいだし、9000で手を打とウ」

 

「サンキュ。お前は良心的な値段なのな」

 

「それはまるで良心的じゃない値段の情報屋がいるように思えるナ」

 

「その辺は想像にお任せするよ」

 

 それだけ言うと、俺は部屋から出ていこうとした。その背中に、アルゴが声をかける。

 

「なあ、レインちゃんに声はかけたのか」

 

 いつものふざけたような口調ではなく、真面目な口調。それだけで、アルゴがどんな顔をしているのか大体想像がついた。

 

「これ以上あいつを巻き込めねえよ」

 

「本人がどんな形でも協力を望んでいるとしても?」

 

「ああ。あいつまで俺と同じになる必要はない」

 

 それだけ言うと、今度こそ部屋から出ていった。

 

 

「どうあっても一人で抱え込む気なんだな・・・」

 

 ロータスが去った部屋で、アルゴはひとりごちた。できるだけ力になりたかった。悔しいが、彼女の実力では彼と肩を並べて戦うことはできない。ならば、せめて彼を追いかけているあの少女ならばと思った。が、あの目を見た瞬間に、そんな説得も意味をなさないということを悟った。あの少女をこれ以上巻き込みたくないというは、嘘偽りない本音なのだろう。そこにあの少女の想いは考えられていない。いや、あえて考えていないのかもしれない。

 

(とんでもないエゴイストだな)

 

 それすらも本人は承知の上なのだろう。分かっているからこそ、一人を貫く。それがどれだけ孤独で辛くとも、曲がることはきっとない。

 自分の今持てるオレンジギルドの情報をほとんどすべて売ってしまったのは間違いなくミスだった。あの男が次に狙う相手が分からないからだ。それでも、何もないよりはマシだ。

 

(私には無理だ)

 

 そう思いながら、アルゴはある人物にメールを送信した。その中身はロータスに渡したものに、“この中のいずれか、ないしはすべてをロータスが標的にした”と加えたもの。それだけで十分なはずだ。

 

(だから頼んだよ。―――レインちゃん)

 

 年端もいかない少女にこんなことを頼むのは少し酷かもしれない。が、彼女以上の適任などなかなかいないだろう。だから、アルゴはレインに託すことにした。

 

 

 

 

 刀を鍛えて貰っている間、俺はクエスト巡りを続けていた。俺のレベリングはちょっとした攻略組に比肩するという自覚も自負もあった。なにせ、最前線が70層手前まで行っている状況で、俺のレベルはもうすでに80を超えている。よくアジトを抜け出してレベリングをしていた甲斐があったというものだ。

 俺が今来ているのは、鬼のように強いNPCがいるという噂のフィールドだった。何でも、そのNPCがクエスト開始フラグを持っているため何人もそいつに挑んでいるらしいが、尽く返り討ちらしい。そんな噂を聞いて、

 

「戦いたくなるあたり、俺も物好きだよなー・・・」

 

 軽く独り言ちつつ、俺は歩を進める。今は、その強さから断念する人物が多く、挑む人間は一握りなのだとか。そう聞いて、俺はPKの時によく使っていた二振りを携えて、NPCに向かって歩いていた。

 

 

「ふん、性懲りもなしにまた俺に挑むか」

 

 そのNPCの前にたどり着いて、ある程度近くまでよると、NPCはそう言った。それと同時に、手に持つ刀を八相で構える。要するに、

 

(問答無用、っつーことか。狂ってんなー)

 

 加えて、その刀はどこか禍々しさすらも感じられる紅色。見た瞬間に分かる。あれは妖刀の類だ。

 

「さあ行くぞ、精々楽しませろ」

 

「楽しむ余裕が果たしてあるかねぇ・・・!」

 

 ゆっくりと刀のみを抜く。台詞とは裏腹に、俺の口元は完全に歪んでいた。久しぶりにただ純粋に戦うことのみに集中できそうな、骨のありそうな相手だ。存分に楽しませてもらうとしよう。

 俺たちの踏み込みはほぼ同時。両方とも獲物は刀だから、本来は両方とも強く打ち合わずにパリィに入るところなのだが、俺たちは両方とも真正面から全力で打ち合っていた。向こうの目的はわからないが、こちらの目的はひとつ。打ち合ったときの力で、おおよその相手の実力を測ること。実際に、こうして打ち合ってみてひとつの事実に気づく。

 

「あんた、相当強いな・・・!」

 

「そういうお前も強いのだろう。気迫でわかる」

 

「あっそ、そいつは光栄だね!」

 

 それだけつぶやくと、俺は相手の力の向きを変えて、立ち位置を入れ替えた。そのまま片手で刀を持った状態で構える。小太刀は暫く使うべきではないと最初から俺の第六感が囁いていた。実際に、打ち合ったときの力の強さからして、うかうかしていると武器落とし(ディスアーム)を狙われかねない。いざとなれば小太刀のみでの応戦も視野に入れておくべきだろう。

 

(くそったれ、マジで厄介・・・!)

 

 これならある意味ラフコフメンバーのほうが戦いやすかったくらいだ。しかも、どこか自我が奪われているようでいて技量は高いというのだからなおのこと。某アニメに出てきた戦闘機をも自分の得物にしてしまうあの人と正面から渡り合うとこんな感じなのだろうなとぼんやりと思った。

 

(とりあえずは打ち合って、突破口を見つける!)

 

 それだけ考えると、俺は再び踏み込んだ。右上からの袈裟と見せかけ、右足で蹴りを繰り出す。それを相手は飛び退って避け、こちらに踏み込もうとするもそれは俺が放った複数の投剣が許さない。すべて弾かれたのは計算外だったが、そのくらいで怯む俺ではない。低い姿勢で飛び出すと、今度は右下から逆袈裟を放つ。これは剣先で防がれ、器用に剣先がくるりと上を向いて今度は上から斬撃が襲い掛かる。得物を素早く引き戻して右に打ち払うことでそれを回避すると、今度は左手でフックを顔面に叩き込もうとする。が、これは空いたほうの手で受け止められた。そこまで来て、相手の得物に見当がついた。

 

「あんたのそれ、小太刀か?」

 

「ほう、よくわかったな。だがそれが分かったところでどうにもなるまい」

 

「それはどうかな」

 

 それだけ言うと、膝にため込んでいた荷重を爆発させ飛びあがりながら膝蹴りを放った。着地と同時に放った上段は完全に読まれていただろうが、それでも飛びあがったこともあって威力が強かったのだろう、受けた相手を無理矢理下がらせた。

 

「何を言おうと同じこと。所詮はこの刀の錆になる一人にすぎん」

 

「そいつは困る。俺にはやるべきことってやつが残ってるんでね」

 

「ほざけ」

 

 ゆっくりと構えなおす。相手は再び八相に、俺は右手を鞘の近くに、左手は小太刀の柄に置いた。

 突破口は見えた。正面切った勝負では互角かこちらのほうが若干下。ならば、正面切った勝負をしなければいいだけだ。

 

「さて、行くぜ」

 

 一気に踏み込む。俺の下段を相手は上段で迎え撃つが、それが間違いだった。

 

(かかった)

 

 相手の一太刀は、俺が放った小太刀の居合で防がれ、届くことはなかった。直後に、俺は刀の柄頭でしたたかに相手の手を打つ。その強打にたまらず相手が得物を取り落とした。そのまま手首を返して袈裟を放とうとした瞬間に、

 

「ひいいぃぃっ!」

 

 相手が頭を抱えて蹲った。俺も呆気にとられて刀を止めてしまう。が、すぐに気を取り直して、首筋に刃を突き付けた。

 

「いったいどういうことか、説明してもらおうか?言っておくが、妙な真似したら速攻で首を飛ばす」

 

 ただの事実を淡々と述べると、その相手はぽつぽつと話し出した。

 

「私はしがない刀匠なんだ。ずっと自分の納得のいく刀を打つことは全くできなかった。だがある時、ようやく誰の目にも業物と映る刀を打つことができた。だが、それの試し斬りをしたとたんに、私は人を斬りたくて仕方ないような状態になってしまった。何とかその時は手放すことができたのだが、何人もの剣士がその剣の餌食となり、錆となった。恐れを覚えた私は、刀を取り戻すことにした。かつて衝動を制御で来た私ならと思ったからだ。何とかその刀を取り戻すことに成功したのだが、」

 

「今度は自分が呑まれた、か」

 

 俺の一言にうなだれた目の前の刀匠の言葉に嘘は見られない。が、一つ気になったことがある。

 

「解せんな。話を聞く限り、あんたはただの刀匠だろ?そんなに大した技術を持ってるとも思えないし。ならなんで俺と太刀打ちできたんだ?手前味噌になるけど、俺もそこそこ以上の実力者を自負してんだけど」

 

「あの刀には魔法をかけてある。使用者と対峙者の技術を吸収して刀に取り込み、それを使用者に反映するというものだ」

 

「てことは何か、あの刀には今、今までの持ち主と、今まで戦った人物の技術が宿ってるってことか?」

 

「そういうことになる。それに応じて、刀が血を求める力も強くなっていったようだが・・・」

 

「それで、最初に持った時は大丈夫だったのに今回は呑まれた、ってわけか。ざまあないな」

 

「返す言葉もない」

 

 その返答を聞きながら、俺は地面に転がっている刀をとった。こっちまでフィードバックがあったらどうしようかと思ったが、そういうことはないようだ。

 

「君、大丈夫なのか・・・?」

 

「みたいだな。俺も理由はわからんが」

 

 大方、その刀に関する設定が設定にすぎなかったことと、HP全損=死亡のSAOでそんなフィードバックを実際に与えたら、持ち主を止める=持ち主を殺すことになりかねないからという理由だろうなー、と俺は冷静に考えていた。

 

「なら、その刀は君に譲ろう」

 

「良いのかよ?」

 

「ああ、構わないさ。むしろ、私の刀でこれ以上人を虐殺されるというのは、作成者としては複雑な心地だからね」

 

「そうか。銘はなんていうんだ?」

 

「オニビカリだ」

 

「そうか。じゃあ、貰うぜ」

 

「ああ。ありがとう」

 

 視界の端に、クエストクリアを告げるシステムメッセージが表示されていることを確認して、俺はその刀、“妖刀オニビカリ”をアイテムストレージにしまった。とりあえずいったん圏内に戻ってプロパティの確認と、リズに鞘を見繕ってもらう必要がある。あいつには連続の依頼となってしまうが、彼女に依頼するのが確実だと判断した結果だった。

 

 

 

 

 

「な、んじゃこりゃ・・・!?」

 

 圏内に戻ってプロパティを見た瞬間に俺は思わず叫んでいた。何とこのオニビカリ、攻撃力が680-720という化け物剣であったのだ。ちらりと聞いた限りだと、魔剣クラスであるキリトの愛剣“エリュシデータ”のスペックが攻撃力700ちょいくらいらしいので、この剣は相当な化け物ということになる。それに、重さのほうはそこまで重たくなく、軽量片手剣と重量短剣の中間くらいだ。

 

「バランスブレイカーもいいとこだろ・・・」

 

 異常なスペックに軽く引きつつ、剣をアイテムストレージに入れて、俺は宿屋を出た。ここまでスペックが高いのであればなおのこと鞘は急務だ。

 

 

 

 翌日、リンダースの外れに、前と同じような変装で訪れた時に、俺以外に客はいなかった。そのままNPCに店主を呼んできてほしいと頼むと、リズは奥から出てきた。

 

「何よ、期限はまだでしょ?」

 

「まあな。今日は別件を頼みに来た」

 

 そう言うと、俺はアイテムストレージから妖刀オニビカリを取り出した。

 

「こいつの鞘を作ってほしい」

 

 オニビカリを見た瞬間に、リズの顔が目に見えて変わった。

 

「なにこれ」

 

「妖刀」

 

「いやそんなこと見ればわかるわよ」

 

 思わず漏れたコメントに短く返すと、リズはあっさりと突っ込んで、オニビカリのステータスを見た。瞬間、リズの表情が驚きに染まった。

 

「何このステータス!?化け物じゃないの!?」

 

「俺も思った。で、頼めるか?」

 

「お安い御用よ」

 

「OK、サンキュ」

 

「あ、ちょっと待ってなさいよ」

 

 それだけ言うと、リズはもう一度工房に戻った。すぐに戻ってきた手には、鞘に入った一振りの刀。

 

「銘は“鬼怨斬首刀(きえんざんしゅとう)”。あんた、武器の名前に呪われてるんじゃないの?」

 

 少しだけ鞘から引き抜いて刃を見る。その色と刃紋、そして手から伝わってくる感触で、俺はこれが間違いなく名刀であることを理解した。

 

「外で試し振りしていいか」

 

「もっちろん。というか、作成者として、使用者とのマッチングも気になるしね」

 

 その言葉を受けて、俺はリズベット武具店の前の道で鬼怨斬首刀を抜いた。ゆっくりと構え、素振りとソードスキル一発を放つ。やがてゆっくりと剣をしまうと、店の前で胸を張っている少女に振り返った。

 

「どうだった?」

 

「さすがはリズ、いい出来だ」

 

 そう言うと、俺は刀をストレージにしまった。本当にいい剣で、これなら命を預けられると掛け値なしで言えるものだった。

 

「料金はどれくらいだ?」

 

「それに関してね。実を言うと、あんたのもって来たあの素材、使いきらなかったのよ」

 

「マジで?」

 

「まあ、こっちも仕入れってものがあるし、ストックがある奴もあったからね。で、その素材をあんたが自分で引き取るかどうかで、値段も変わるんだけど」

 

「俺は要らない。俺の手元にあっても無用の長物だし、ストレージ整理の意味もあったからな」

 

「あけすけすぎるわよ。なら、そうね、大体74200コルってとこかしら」

 

「OK、了解」

 

 それだけ言うと、俺は皮袋に指定された金額をぴったり入れると、リズに渡した。

 

「ほらよ」

 

「えっと、はい確かに。店内適当に物色してて、鞘くらいは速攻で作るから」

 

「サンキュ」

 

 それだけ言うと、リズは店に戻った。俺が店に戻ると誰もいなかったので、奥の工房に潜っているのだろう。そのままそこで待つことにした。

 

 

 工房の奥に戻ったリズは、ゆっくりとシステムウィンドウを操作していた。そこで操作するのは、鞘を作るための素材を出すためでなく、あるメッセージを送るため。

 

(こういうことはしたくなかったんだけど・・・)

 

 状況が状況だ、仕方あるまい。それに、彼は根無し草だ。この機を逃せば、またどこぞへと去って行ってしまうのだろう。そうなっては、もうこちらに追いすがるすべはない。精々言って世間話で足止めするのが関の山だ。だが、ここにいるのなら話は早い。

 送信がされたことを確認して、リズは鞘の作成にかかった。彼女らなら、おそらく鞘を作っている間に来るだろう。

 

 

 どこかいやな予感がした俺は、店の中で改めて変装をしていた。軽いウィッグと眼鏡、それから服装も黄色系のインナーと暗い緑色の外套にオレンジ色系のボトムスという変装は、普段の俺からしたらまったく違う印象に変えていた。

 そのいやな予感は的中した。ドアベルがなったかと思いちらりとそちらを見やると、独特な色の髪を長く伸ばした美少女がそこにいた。その少女を俺が忘れるわけはない。ことこういう状況になってしまうと、周りに客がいないという状況が最悪のものに変わってしまう。

 

(ちっ、間の悪い・・・!)

 

 弁明などしようがない。わからないことを祈るだけだ。もっとも、そう簡単に見破れる変装であるとも思っていないが。

 その時に、奥の扉が開いた。

 

「できたわよ、ロータス」

 

 あえて少し強調するようにしてリズベットが言った。その手には、鞘に収まった妖刀オニビカリがあった。が、

 

(余計なことしてくれやがってこのド馬鹿)

 

 今の一言と、彼女の目で確信した。大方、こいつの連絡を受けてこっちに来たのだろう。

 つかつかと歩いて鞘を受け取ると、短く聞いた。

 

「代金は?」

 

「あの子としゃべることでチャラ。どう?」

 

 つくづくおせっかいなやつである。俺からしたら“物凄く有難迷惑なおせっかい”だが。

 

「分かったよ」

 

 それでタダになるのであれば安いものだ。振り返ると、そこには暗い表情の少女がいた。

 

「なんて表情してんだよ」

 

「だって、辛そうなんだもん」

 

「俺がか?まさか」

 

「本当だよ!」

 

 俺の自嘲を悲痛とも取れる声がかき消す。

 

「辛くないのなら、どうしてそんな暗い顔をしてるの?」

 

「暗い顔なんかしてねえよ」

 

「いいやしてる。それに、いつまで一人で抱え込むつもりなの?」

 

 その言葉に、俺はひとつため息をついた。どいつもこいつも同じようなことしか言わないのか。

 

「これ以上巻き込めるか」

 

「つまらない意地だね」

 

「つまらなくて結構だ」

 

 それだけ言うと、俺は店を出た。その背中に何か言おうとしていたようだが、わからないふりをした。

 




 はい、というわけで。今回はちと長め。

 今回は得物一新回でしたね。妖刀オニビカリはTOV(PS3版)において主人公の最強武器、鬼怨斬首刀はモンハンシリーズにおける斬破刀系の強化である武器です。画像がぱっと出てこないのが難点ですけど、両方ともかなり強力な武器です。

 後半のレインちゃんとの再会の下りは、ちょっと強引だったかなーと思ってます。が、ま、リズもなんだかんだでお節介焼きそうという作者の勝手なイメージで、こんなことを指せてみました。どちらにせよどっかでこの二人はエンカウントさせる必要がありましたしね。

 あ、次の更新は6/18を予定しております。以降更新は金曜日になるかと思われます。ころころ変わって申し訳ない。

 ではまた次回。


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34.目的のために

 ロータスが店を出た後、リズベット武具店の空気は妙なものになっていた。レインは行き場を失った言葉を何とか飲み込んだ。リズベットはそんなレインにかける言葉が見つからなかった。

 そんなときに、店のベルが鳴る。そちらへ目をやると、そこにはエリーゼがいた。

 

「もしかしなくとも一足遅かった?」

 

「まあ、ね」

 

 空気を察してそれだけで黙り込んだエリーゼは、レインの肩を一回だけ叩いた。

 

「ありがとね、リズちゃん」

 

「いえいえ、このくらいは。それより・・・」

 

 そう言って、リズはレインに目をやる。そこには完全に肩を落としたレインがいた。

 

「ほんっとうにこの大好き娘を泣かせるとか、どういう了見してんだか」

 

「それ、一部ブーメランですよ」

 

「自覚あるから大丈夫」

 

 それ果たして大丈夫なのだろうか。というか、

 

「自覚、あったんですね」

 

「随分前からね。リズちゃん、奥借りれる?」

 

「ええ。どうぞ。

 店番お願い。一番奥にいるから、もし対応できなくなったり、私が呼ばれたりしたら呼んで」

 

「かしこまりました」

 

 リズの言葉に反応したNPCが恭しく言葉を返したことを見て、リズは奥の扉を開けた。

 

 

 奥はまさに工房で、武器作成のための炉や鉄を打つ台、あとは強化素材のストックなどがあった。そんなところを抜けると、良くも悪くも女の子らしいが小ざっぱりとしたインテリアのところに出た。

 

「どうぞ。狭いし特に何もないけど」

 

 それだけ言うと、リズは奥のほうへと小走りで行って、帰ってきたときにはその手にティーセットを持っていた。気兼ねなくできる状況と分かったからか、レインは唇をかんでうつむいて、その目からは光るものが落ちていた。それを見て、エリーゼが優しく抱きしめ、ゆっくり優しく背中を叩いた。それがきっかけとなって、レインは静かに泣き出した。

 

 泣いているレインをあやしながら、エリーゼは事の一部始終をリズから聞いた。それが終わったころに、レインもひとしきり泣き止んだ。

 

「ほんっとうに、馬鹿な人」

 

 誰がとも言わなかったが、誰のことを指すのかなど明白だった。そこで、いったん言葉が消える。

 

「あの人は・・・」

 

 そんなときに、ぽつりとレインが漏らした。

 

「本当に、一人で落ちて行くつもりなんだと思う。たとえその底で朽ち果てることになっても」

 

「・・・そうね。そうなる前に止めないと」

 

 どうあっても止まらない。それをリズベットは改めて察した。

 

「あたしにできることがあれば手伝いますよ」

 

「ありがとうね、リズちゃん。でも、無理しなくていいよ」

 

「そんな、無理なんて・・・」

 

 するつもりはないし、そもそもがこの二人に比べれば自分の力なんて微々たるものだ。無理などできるはずがない。

 

「でも、本当に今日はありがとうね」

 

「おかげでロータス君の今も見れたし万々歳」

 

「そういう顔してないけど」

 

「それはそれよ」

 

 軽いリズの茶化しにもきっちりと反応してくるところを見るに、もうほぼほぼ復活したようだ。

 

「とにかく、今はやれることをやる!」

 

「ただ、無茶して得物折ったら今度こそぶっ叩くからね」

 

「なんか、リズが言うと迫力が・・・ナ、ナンデモナイデス」

 

 途中で言葉を一旦切ってどこか片言で言いなおす。どうしてそんなことになったのかは、言わないほうが本人のためというものだろう。

 

「とにかく、今日はありがと。もう行くね」

 

「無理はしないように・・・って、もう行っちゃったか」

 

 出されたお茶を飲んで飛び出すレインにリズが言葉をかけたが、彼女はすでに部屋の外にいた。

 

「まったくもう・・・」

 

 言葉とは裏腹な、穏やかな表情で自分もお茶に口を付けた。そこに、エリーゼが年長者らしい笑みで言った。

 

「思い立ったらすぐ行動、って子だもの。それに、恋する乙女は強いのよ」

 

「あー、それは間近で見ました」

 

 その強さを見ると同時に、彼女の場合は失恋もしたわけなのだから、よく覚えている。今でもたまに夫婦そろってこの店を訪れるが、あの間に割って入る勇気はない。

 

「あ、そっか。そういえばアスナちゃんのあのレイピアはリズベットちゃんの作品だっけ」

 

「そうなんですよ。あんな業物は何本に一本あるかわからないくらい」

 

「私も、この子は結構重宝させてもらってるしねー」

 

 そう言って腰の得物を一つ叩く。そこには、リズの打った業物で、確率で相手に睡眠のデバフを与えるハイオプティマスが入っていた。パーティとして考えるのなら、いきなり眠られたら、その次の攻撃のタイミングなどが計り辛くなる。が、ソロの彼女にそんなことはあまり関係なく、その業物度合いも相まって、現時点でのエリーゼ最大戦力となっていた。

 

「まあ、あいつの持ってきた武器はプロパティ見た瞬間にびっくりしましたけど」

 

「え、どんな武器持ってきたの?」

 

 そのまま二人はロータスの衝撃をまるでなかったことのように雑談に花を咲かせた。もっとも、話している内容が日常でよくある様な事ではなく、少々物騒な話になっているのはご愛嬌だろう。

 

 

 

 

 その頃、ロータスは複数回の転移の後に、目的地へとたどり着いていた。

 

「まったく、こんなことがあるとはな」

 

 正直言って予想外のエンカウントである。リアルで寿命が縮んだような心地だった。そのままの足で他の補給を終えてフィールドに出る。今いるこの林と森の間くらいの小さな森林地帯は、事前に得た情報をもとに来たものだ。今の俺は、ウィッグと眼鏡、それから服装で完全に変装しているうえに、装備しているのは妖刀オニビカリ。傍から見て、今の俺を見て誰かわかる人間はいないだろう。

 カサリと小さな音を俺の耳が捉える。気づきながらも歩調も表情も変えずに歩いていく俺の後ろで、ダン!という大きな音がした。

 

(足音と踏み込みの音、後は気配からして)「そこか」

 

 そのまま振り向きざまに居合を放ち、文字通り飛びかかってきた相手をはじき返す。相手が着地するかしないかくらいのタイミングで、俺は空いているほうを上に掲げた。

 

「今の、気付いてたのか・・・!?」

 

「ああ。ついでに言うと、あの茂みから出てきたあたりから気付いてたぜ」

 

 後ろの茂みを親指で指しながら言う。

 

「それだけの実力者なら楽しめそうだ」

 

「それはどうかな」

 

 その俺の一言に怪訝な顔をした襲撃者だったが、すぐに意味が分かることになった。俺が手を上げたのはしっかりと意味があってのことなのだ。襲撃者は突然襲った麻痺の感覚に、なす術なく崩れ落ちるしかなかった。

 

「俺はどんな装備でも、投剣の類を少なくとも20は仕込んであるようにしてるからね。その中には、麻痺属性のものもたくさんある」

 

「だが、今お前はまったく動いていなかったはず・・・」

 

「そうだね。だから、最初の会話の時点で仕込みを終わらせていたわけ」

 

 俺の言葉がいまいちわからなかった襲撃者だったが、すぐに一つの可能性に思い至った。

 

「まさか、上に放り投げたとでも言うのか・・・!?」

 

「そゆこと。襲う相手を間違えたね、ナイファー」

 

 ナイファーとは本来、FPSにおいてナイフしか使わない、ないしはナイフの技量が卓越したプレイヤーに与えられる、ある種の称号である。だが、このSAOにおいては使われない。短剣使いがすべてナイファーの圏内にあてはまってしまう可能性があるからだ。だが、俺の発言は間違っていない。何故なら、

 

「まさか、ロータスさん・・・?」

 

「そうだよ、ナイファー」

 

 こいつのプレイヤーネームがナイファーだからだ。大方、ここに来る前はFPS厨だったのだろう。

 

「てか、この状況でいまだに()()付けとか」

 

 そういいつつ、得物を一振り。それだけで、相手の片足が消えた。

 

「甘ちゃんすぎて反吐が出る」

 

 そこに至って、ようやく俺の目的が分かったのか、必死に体を動かそうとする。が、

 

「無駄だ。俺の麻痺ナイフは、すべて現状最高ランクに近いものしか使ってない。少なくとも、10分は動けんよ」

 

 その言葉に、ナイファーは不可解そうな表情を浮かべた。

 

「どうして・・・?」

 

「どうしても何も、最初から俺の目的は変わっちゃいねえよ」

 

 それだけ言うと、俺は頭と中心から少し左の胸を突き刺し、HPを全損させた。その場に落ちたスローイングタガーとピックを拾って装備ホルスターに戻すと、また再び歩き出した。

 

「この世界からラフコフの残党(クズ)を駆逐する。それだけが、今の目的で、生きがいだ」

 

 もうすでに消えつつあるポリゴンに向かって、俺はそう呟いた。

 

 ラフィン・コフィンの壊滅。あれから俺は、こうしてラフコフの残党狩りに回っていた。情報を頼りにひたすらに殺して回る。それが、今の俺の生きる目的であり、行動原理だった。空振りすることも多かったが、それはそれ。とにかく、今の俺は犯罪者(オレンジ)のみを狙うオレンジキラーだった。

 

(さて、この辺での発生件数を見るに、もう一つあると考えてまず間違いないはずなんだが・・・)

 

 このあたりには、ナイファーともう一つ、別件で物取り目当ての辻斬りが出没するという噂があった。だからこそ、滅多なことがない限りこのあたりを主戦場とする奴はここを通りたがらなくなったのだが、時たまそこそこ上の層のやつが素材集めの帰りにここを使ったり、下から来る奴がこの辺を通ったりしていたので、減らなかったのだ。今いる場所と街、それから狩場を結んだ時に、ここより少し狩場に近い所にそれがあったはずなのだが、

 

「・・・帰るか」

 

 それだけ呟くと街へと足を向け―――ようとして、懐に手を忍ばせた。このあたりの地形を考えると、考えられる可能性。

 

(ちっ、遮蔽物が多すぎる!)

 

 このフィールドの特性を軽く恨みながら、周辺を見渡して気を配る。すると、視界の端、右上くらいで何かが光った。

 

「そこか!」

 

 言いつつ、往復ビンタの要領で手を往復させる。パパシャンという連続した二つの小さなポリゴン炸裂音に続いて、どさりと何かが落ちる大きな音がした。大きな音のしたほうへ歩いていくと、その相手を見下ろした。

 

「考えてみりゃ不自然だったんだ。なんで人斬りが出るところの近くに物取りが出るんだって。だってそもそも、人斬りが出るって分かってんのに近づく馬鹿はいない。物取りでも似たり寄ったりだ。ならなんで、それでもある程度うまくいってたか。答えは簡単だ。―――お前ら、グルだったな?」

 

 俺の考えているシナリオは、まず片方が斥候となって張り込み、得物を見つける。見つけると、その後をつけ、もう片方がまず狩る。こちらは物取りだ。で、もう片方はその先で待ち構え、PKを行うという二段構えだ。これなら、ある程度ルートを変えられても対応ができる。そのためのタッグだったのだ。そして、もう一人の襲撃者の顔を見て、それを確信した。

 

「お前ら昔っから仲良かったしなぁ、クレイモア?」

 

 その俺の言葉に、襲撃者がゆっくりとこちらを見上げ、その顔が驚愕に染まった。

 

「ロータス、さん」

 

「よ、久しぶり」

 

 相手の驚きなどどこ吹く風と言わんばかりに、俺は声をかけた。あまりにも気安いその声は、相手にとっては絶望の対象らしく、驚愕に微かな恐怖が混じった。

 

「ま、ここで会ったっていう不運を呪いながら死んでくれや」

 

 首を一閃。少し遅れて体全体がポリゴンとなった。ゆっくりと刀を納めて、俺はくるりと踵を返した。

 俺の最後の言葉に嘘はない。これだけ殺すのだ。恨みの一つや二つ、増えたところで背負うものが少し増えた程度だ。こんな怨嗟の道に、あの少女たちを巻き込むわけにはいかない。それがどこまでも俺のエゴだとしてもだ。

 とにかく、今日の仕事はとりあえず終わりだ。ここから向かうとしても間に合わないだろう。となれば、ゆっくりと今日は体を休めるべきだろう。と思ってから、鏡で自分の顔を映して、一つの事実に気付く。それは、今のプレイヤーカーソルがオレンジになっていることだ。大方、あの二人のどちらかがカーソルの色を戻していたのだろう。こんなことは俺にとっては覚悟していたことだ。カルマのクエスト分でタイムロスが発生するが、それは避けて通れない道だから諦める他ない。こんな時にも俺一人というのは気楽でいい。

 こんなこともあろうかと、カルマのクエスト発生場所はすべての層で覚えている。その方向へ向かって歩き出した。

 




 はい、というわけで。

 6/18に更新するといったな、あれは嘘だ。
 ・・・という冗談はさておいて。いやー、なんでか知らないんですが、6/18(Fri)と思ってたんですよねー。なんでやねんっていう。

 今回は完全オリジナルなお話ですね。今まであとがきで軽く触れた程度でしたが、本文で触れたのは初めてな、二人のロータス君への思い公開ですね。

 PKerの名前に関しては完全に適当です。思いついた名前を適当に放り込みました。ちなみに、クレイモアというのはクレイモア地雷からとってます。


 これから更新はたぶん金曜の19:30前後になると思います。日としては、第一金曜日と、10を過ぎて最初の金曜日を目指します。なので、次の更新は7/1、その次の更新は7/15です。

 ではまた次回。


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35.新たな力、再会、対面。

 

 それからしばらくして、俺は相変わらずオレンジ狩りを行っていた。普段はおしゃれなどまったく興味の無い俺だが、変装のためにその手の知識はおのずとついていた。今日の獲物はいつもの刀と小太刀ではない。最近、俺のスキルリストに現れた、とある妙なスキルを試すためだ。

 武器を構え、狙いを付ける。俺の目標は、少し先にいるオレンジだ。俺は隠蔽スキルを完全習得していて、しかも俺が陣取っているのは完全に相手の死角の位置。相手がこちらを確認するには、頭を動かして俺のほうを凝視するしかない。そんなことをしている間には、俺は完璧に捕らえられる自信があった。そのくらいのトレーニングはしている。

 俺の手から離れた得物は過たず、相手の眉間を一撃でとらえた。続いて第二射を素早くつがえ、放つ。今度は右胸に命中した。その一撃がとどめとなり、目標はポリゴン片へと変化した。

 

(着弾点が20cmくらいずれたか。まだまだだな、俺も)

 

 俺はゆっくりと得物を背中に背負った。そのまま歩いて、先ほど一人の命が散ったところに転がっている二本の剣を回収した。本来剣はこんな使い方をするものではないというツッコミはさておく。

 

(しっかし、慣れは必要だが、これは結構使えるな)

 

 勘のいい人は気づいているかもしれないが、俺が新たに習得したスキルとは、その名も“射撃”だった。弓を使ったもので、威力は弓自体の攻撃力に、放つ物による攻撃力を上乗せするというもの。その特性上、スタン値はそんなに高くないのだが、行動遅延(ディレイ)を起こしやすい特徴がある。放つ物というのは、通常の矢なら特に大したことはないのだが、威力の上がる特殊矢だったり、状態異常を起こす矢だったりするとそれが付与される。また、本来の使い方ではないというツッコミはまあさておくとして、剣をつがえて撃つこともできる。その場合、威力は確かにかなり高くなるのだが、弓の弦部分の耐久値減少がかなり早くなるうえにコントロールが非常に難しくなるという諸刃の剣な性能となっている。それにそもそも、弓に剣をつがえる時点でそんなに重い剣は使えない。なので、攻撃力もそれ相応といったところだ。しかも、鍔の形状によってはよしんばつがえられたところで放てないから、放つことのできる剣はさらに限られる。リズに頼んで何本かその手の剣を作ってもらったはいいものの、定期的にメンテナンスが必要な上に、密度の大きな剣はストレージの要領を地味に圧迫するので結構俺のほうも考えることが多かったりする。主に素材。素材に関しては俺が拠点としているあばら家においてくるか、リズに半分押し付けで売り払うのでまあいいのだが、いかんせん狩りの実入りが良かったりするとどうしようもない。そういうときは素材を捨てて無理矢理スペースを作ることになるのだが、未練があることは変わりない。そもそも、普通の矢は一切補給なしで撃ち放題なので、わざわざ剣やら特殊矢やらを補給する必要はない。ただ一つだけ言わせてもらうと、剣をつがえて超長距離を百発百中の某弓兵は化け物。

 まあそんなのは置いておくとして、とにかくこれのおかげで俺は今まで得意としてきたロングレンジを、独壇場といってもいいものに進化させることに成功したのだ。結果的に何が起こったのかといえば、誰にも気付かれずに超長距離からの狙撃のみでキルするという、およそ一般的には考えられない所業をも可能としたのだ。今までの俺は遠距離からの攻撃で動きを止めて、その上で接近してとどめを刺していたため、接近する一過程が省略できるようになったのだ。これは地味にかなり大きい。しかも、完全なサイレント&ハイドキルができるというのも特徴。何せ、音らしい音といえば弓を放った時の弦が鳴る音くらいだ。そんな小さな音を、少なくとも30mは離れている距離で聞き取れる相手がいたら知りたいというものだ。

 とにかく、俺からしたらかなりこれは楽なことだ。何せ、今まで外したらそれで使い捨てだったところが、矢や剣が飛んできたとなれば一瞬でも固まる。その間に第二射で仕留めればいいのだからから、後は俺の練度次第だ。その練度もそんなに低いものとは言えなくなってきたので、ざっくり言ってしまえば二発あればほぼ確実に当てることができるのだ。

 

 とまあ、解説はこの辺にして。とにかく、俺は相も変わらずオレンジ狩りをやっていたわけだ。あれから時間も経って、季節は空きを通り越して冬一歩手前みたいなところまで来ているのだが、俺のやることは一切といってもいいほど変わっていなかった。あれから俺が殺したプレイヤーは数知れない。PoHの噂は最近聞かないから、俺のカウントではPoHが殺した人数より、俺が殺した人数のほうが上をいっていてもおかしくないところまで来ていた。

 

(こりゃ、どっちが化け物かわからないな)

 

 ここがもう一つの現実である以上、俺が殺人鬼であるという事実は変えようがないだろう。しかも、人を殺すという作業を、眉ひとつ動かさないどころか嫌悪感すらも抱かずに淡々とこなすことができるなど、それはもはや人の形をした化け物と呼んで差支えないだろう。なら、それができる俺は化け物以外の何物でもない。ゲイザーとアルゴにはこれでもかと言うほどの口止め料を積んで、レインとエリーゼに俺関連の情報がいかないようにしている。つまり、彼女らは俺が今どこで何をしているのか、俺がこれまでに何人殺したのか、どんな奴を相手にしたのか、それらが分からないということだ。俺が、服装だけでなくウィッグや眼鏡も使って変装しているということを知っているあいつらからすれば、俺とのエンカウント確率なんてそれこそちょっとしたレアモンスター並になるだろう。まあもっとも、俺が変装しているという()()()探すから見つからないのだが。というのも、今の俺の服装は昔懐かしの血色のコートだからだ。

 この血色のコート、名前を“カースドブラッディロゼコート”は、第十五層フロアボスドロップのブラッディコートと、セルムからもらった“ロゼコート”を合わせ、さらに強化したものだ。直訳すれば“呪われた血まみれで深紅の外套”である。これを作成したリズに「あんた本当に呪われてるんじゃないの?」と割と本気のトーンで言われたように、かなり物騒な名前である。直後に軽く脳天チョップして黙らせたが、俺も半分そう思っている。もう半分は、呪われてしかるべきという自虐だ。

 

 こうして行動しているのは、二つほど目的があった。一つ目は、ラフコフ残党の再結集の阻止。そもそも人間がいないのでは、再結集も何もない。もう一つは、PoH自身の殺害。ジョニーはあのまま投獄コースだろうし、どうやら捉え損ねたザザは捕縛、投獄されたようだから問題ないとして、一番危険なやつがそのまま野放しになっているというのは大いに問題だ。あいつは探し出して殺す必要がある。他ならぬ俺の手でだ。あいつとタイマンで勝てるかどうかはわからないとしか言いようがないが、このユニークスキルがあれば、少なくとも先手は取れる。それで死ぬのならそれまでということだ。これ以上は巻き込めないというのもそういう理由だ。あいつ相手では、生半可な実力の味方はかえって足手まといでしかない。これがある意味最善手なのだ。俺もあの時から強くなった。剣技連携(スキルコネクト)も、今となっては成功率が八割を超える。できる種類も多くなった。前回のように不意をつくことはできなくとも、その威力で押し切るくらいはできるはずだ。

 とにかく、今は我慢の時だ。焦らず一人ひとり殺していけばいい。正直に言って、このだだっ広いSAOの中でPoHを探すなどというのはかなり難しいと言わざるを得ない。見つかったらラッキー程度に思うべきだろう。だからこそ、一つ目の目的を遂行する必要があるのだ。一つ一つでも芽は摘んでいく必要がある。

 

(一回帰るか)

 

 射撃スキルは確かに便利なのだが、いかんせん集中力が持たない。現実でも弓道とかアーチェリーとかクレーとか、とにかく射撃系の類をやって居れば多少はなれというものがあったのだろうが、俺はそんなことをした覚えはない。必然的に弓で狙いを付けて放つというだけでも剣を振るうより神経を使う。まあもっとも、便利な上に合理的であるから使っているだけなのだが、そうでなかったらとうの昔に切っているスキルの一つだろう。時間は過ぎて、最前線はもう間もなく70の大台に突入するというところだ。そして、俺のレベルは相変わらず攻略組並の水準をキープしていた。

 

(今日はこのまま狩りに向かうか)

 

 定期的なレベリングも兼ねた、最前線でのフィールド漁り。もうすでに全体評価がストップ安の俺にとっては他人からのヘイトなど些細な問題に過ぎなかった。それに、腐っても最前線だから、ただフィールドで適当に勝っているだけでも、かなりレベリング効率は高かったのである。もっとも、場所によってはやはりポップしにくい場所というのもあったのだが、そのあたりはご愛嬌だ。加えて、俺は刀と小太刀の二刀流、しかもその得物も、刀は名刀、小太刀は妖刀という組み合わせ故に、DPSはおそらくこのアインクラッドでも一二を争う。狩場になりかけているところを見るや否や、さっくりとそのDPSで一気にレベリング、などということも結構ザラだったのだ。そして、俺は今からそれを実行しようと、転移門のある街に向かって歩き出した。

 

 

 相変わらず射撃スキルを使ってスニークハントを繰り返していた俺は、何度目かのリザルトメッセージを閉じた。この作業も、もはや慣れたものだ。すぐに次の目標を探しにかかるところで、微かな悲鳴を耳が捉えた。

 

(まったく、お人よしだよな)

 

 自分で呆れながらもそちらへ向かう。幸いなことに、ここは林とはいかないものの木はある。空中機動くらいは俺も習得しているから問題ない。スニーキングに関しては言わずもがなだ。

 手ごろな木に登って周囲を見渡す。リアルだとそんなによくない目も、こっちでは問題ない。すぐに目的の相手を見つけた俺は、普通の矢をつがえて、素早く狙いを付けて放った。狙いは、二人組で攻撃していると思われる片割れ。狙い通り、放たれた矢はそのまま相手に突き刺さった。もともと抵抗していてダメージが入っていたこともあったのだろう、そのまま相手はポリゴン片となった。突発的になぜかいきなり死んだ相棒に茫然としている間に、そのまま第二射をつがえ放つ。今度は少し外れて首筋に突き刺さった。それでようやく遠距離から射撃を受けていると気付いたのだろう、相手の意識がこちらに向く。が、どうやらその襲撃者は“窮鼠猫を噛む”という言葉を知らなかったようだ。自分の襲っていた相手の刃が、自分のとどめを刺すものになったということを、その死んだ相手が知っていたかどうかは、神のみぞ知るというものだ。そのとどめを刺したのが誰かというのは、考える必要もない。いや、考えたくない。

 

(何を考えているんだ、俺は。彼女をこんな道へと落としたのは俺だって言うのに)

 

 音を立てずに木から降りる。そのまま立ち去ろうとする前に俺の前に誰かがいた。いや、そんな気がしただけだろう。こんな偶然があってたまるか。その幻像の傍を通りすぎようとしたときに

 

「待って!」

 

 背中にかけられる声。だが、俺は気付かないふりをした。一時期とはいえ、背中を預けた相手だ。今でもたぶん、背中を預けるとしたら、この声の主たる少女以外にはいない。だが、

 

(俺に、あの子の傍にいる資格はもうない)

 

 俺のような外道に、わざわざ関わらせる理由などない。外道は俺一人で十分だ。

 

 

 

 

 何をするでもなく、私はただ、遠ざかっていく背中に手を伸ばすことしかできなかった。パーティを組んでいたからわかる。あの背中は、“追ってくるな”と暗に言っているのだ。もともとそんなに口数が多いほうじゃない。だから、こうして察することに慣れてしまった。あの、ラフコフ勢力についていったときのような背中を見ては、追うことなどできるはずもない。

 

「逃がしちゃった、か」

 

 いつの間にか、後ろにはエリーゼさんが来ていた。彼女は今回囮になってくれたのだ。作戦としては、彼女が囮となってPKerをおびき出し、それを殺しにかかるロータス君を捕まえる、というものだった。第一射で遠方からの狙撃を悟った私は、隠蔽スキルを発動させたまま、地面に突き刺さった矢から大体の方向を察知して、コンプリートした索敵スキルをフル活用してロータス君をあぶりだした、というわけだ。だけど、結果はこの通り。

 

「はい・・・。なんか、追えませんでした」

 

「ま、そういうもんでしょ。男ってなんでこういうときにこんなに面倒くさいかねぇ」

 

 腰に手を当てて呆れたように言うエリーゼさんは、どこか様になっている。というか、ロータス君にそっくりだった。似たのか似せたのかはわからないが、元が彼の癖であるのは間違いないだろう。

 

「まあ、仕方ないんじゃないですか、ロータス君ですし」

 

「まあねえ・・・」

 

 そう言ってため息を一つ。ぽりぽりと頭の後ろを掻いて、エリーゼさんはゆっくりと反転した。

 

「行きましょ。今日の目的はもう達したわけだし、彼を追いかけるにも情報が少なすぎるわ」

 

「はい」

 

 そう言われて、私たちは帰路についた。

 

 

 

 俺は相変わらず狩りをしていた。このままここで狩りをするというのはいくつか目的がある。一つ目は、言わずもがなレベリングや素材集め。二つ目は、情報集め。最前線だけあって、様々な情報の宝庫なのだ。これを逃す手はない。三つ目は、最前線に出て来るプレイヤーを狙ったPKer狩り。三つ目に関しては半分エンカウントのようなものなのだが、まあ案外これが大事だったりする。まあ、今日のエンカウントは想像以上に意外過ぎたが。

 

(まさかあいつらが最前線まで出張ってくるとはな・・・)

 

 俺に限った話で考えると、わざわざ最前線まで出張ってくる理由はない。それは彼女たちも共通しているはず。さらに考える必要があるのは、俺の射撃スキルに関して何らか情報が流れている可能性がある点だ。知っていてもやられる類のスキルがこれに当たるが、知っているのと知らないのとでは警戒の度合いが違う。必然的に、難易度も段違いになってしまう。まあ、そんなことなど関係ないくらいまでに俺の腕が上がりだしたから、そこまで問題ではないうえに、最悪クロスレンジでぶっ倒すという手がある以上どうにでもなるところはあるのだが。そちらのほうの鍛錬を怠る俺でもないから、腕も落ちていない。

 そんなことを考えながら狩りをしていると、システムメッセージが出てきた。どうやらレベルが上がったらしい。さすがは最前線、経験値の落ちる量が多い。だが、その代り消耗が激しいのもまた事実だ。

 

(今日のところはこのくらいにして帰るか)

 

 そう思って武器をしまった瞬間に、視界の端で何かが動いた。そちらを見ると、なにやら狐とリスを足して二で割ったような小動物がいた。そして、俺はそれに見覚えがあった。見た瞬間に、大体は察せてしまう程度には。俺はゆっくりとその小動物の傍に行くと、しゃがんで一言だけ言った。

 

「案内してもらえるか」

 

 言葉が通じたとは思えないが、その小動物は少しの間まじまじと俺を見て、すぐに背中を向けて歩き出した。何せ小さいので追うのには一苦労すると思っていたのだが、そんなことはなかった。というのも、そこそこ広い道しか通らないのだ。やがてたどり着いた小さな穴も、あの時とほとんど変わっていなかった。あの時と同じように、装備を解除して中に入った先は、まるでずっと変わらないかのような、神聖とも思える不思議な空間だった。

 

(変わんねえのな。変わったのは、俺のほうか)

 

 あれからここまで、本当にいろんなことがあった。いつの間にかこの手は血に塗れて、振り返ればそこにあるのは屍の山だ。寝れば絶えず断末魔が聞こえ、深くも眠れない日々。それでも、俺はずっとこんな生活を続けていく。それが俺自身の業だからだ。少なくとも、あの時にここに似た空間に訪れたときはこんなことになるとは、本当に夢にも思っていなかっただろう。

 そんなことを考えていると、後ろから足音が聞こえてきた。微かに振り返ると、そこには見覚えのある青年と、その隣には一人の少女がいた。

 

「よ、セルム。久しぶりだな」

 

「そうだね、ロータス」

 

 まるで久しく会っていなかった親友のようなやり取りをすると、セルムは俺の隣に座った。

 

「元気そうで何よりだ」

 

「そっちもね。君の様子は聞いてたよ」

 

 その言葉に俺は驚いた。彼はあくまでNPC、しかもこういう限られた状況下でしか会えないようなNPCだ。そんな彼まで情報が回るほど、俺も有名になっていたということだろうか。

 

「あ、いや、そういうわけじゃなくてね。この子に聞いたんだよ」

 

 そう言って、隣にちょこんと座っている女性の頭を撫でた。空洞に近いその瞳に何が映っているのか少し気になった。

 

「心が読めるのか?その子。いや、ちょっと待てよ」

 

 そこまで来て、少し考える。ナーヴギアは、脳波を観測して、それをアバターに反映させる端末だ。ということは、その中から感情のパラメータを読み取ることも可能なのではないか。また、それをもっと突き詰めれば、今誰がどういう思考をしているのか、というところまで推測することも可能なのではないか。つまり、この女性の正体は―――

 

「プレイヤーの精神面を観測、もしかしたら分析まで行う、AIか」

 

 一瞬NPCと言いそうになったが、こんな高性能なNPCがわんさといてたまるかというものである。ここまで来たら、もはやAIという表現のほうが適切だろう。

 

「その通り。彼女たちは分析を行うことはないけどね。もともとは、プレイヤーの精神状態を観測、問題のあるプレイヤーの下に赴いてカウンセリングを行うAIだ。M(メンタル)H(ヘルス)C(カウンセリング)P(プログラム)、というそうだ。彼女はその二つ目・・・いや、二人目らしい」

 

「らしい、っつーのは?」

 

「彼女自身がぽつりぽつりと漏らす情報をまとめるとそうなる。もっとも、何らかの影響でこのような状態になってしまっているけどね」

 

「その影響の原因が何か、ってのは・・・分かってりゃ世話ねえよな」

 

「そうだね。精神的な健康に関するプログラムの精神的健康を取り戻すために話すって言うのも、おかしな話だけど」

 

「まあ確かにな」

 

 セルムの言葉に、俺のひとつ笑みをこぼす。その顔を見て、セルムの表情は少しだけだが沈んだ。

 

「君も、いろいろあったみたいだね」

 

「ああ、まあな。・・・本来、俺みたいな人間がここに来る資格なんて、もうないのかもしれないがな」

 

「そんなことはないよ。君は優しいからね。この子達も、君が危ない人じゃないとわかっているからこそ、こんな風にいるんだよ」

 

 確かに、俺たちの周囲にはいつぞやと同じように動物がたくさんいた。兎は目を閉じて蹲っているし、猫は丸くなっている。リスは手に持った木の実を頬張っているし、木にとまっている鳥たちはこちらをじっと見つめたり、落ち着かないように体をぶるりと振るわせたりしている。どれも、警戒している様子はなかった。

 

「俺は何人どころか何十人と人を殺した極悪人だぞ?そんな人間が優しいわけねえだろ」

 

 俺の言葉に、セルムはゆっくりと首を振った。

 

「違うよ、君は優しい。そうでなければ、とっくの昔に、あの長髪の少女や、君の知り合いらしいあの女性の傭兵を巻き込んでいるはずだろう?」

 

「ただのエゴだよ」

 

「優しさなんてたいていそんなものだよ」

 

 まるで諭すように言われたセルムの一言に、俺は言葉を失った。そう言われてみれば、そうなのかもしれないと思ってしまう。

 

「・・・本当にお前って、不思議なやつだよな」

 

「変わってるってよく言われるよ」

 

「なんとなくわかる気はするがな」

 

 いつの間にか、俺の肩には先ほど俺を案内した小動物がいた。ゆっくりと指で頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。

 

「結構人懐っこいのな」

 

「そんなことないよ。今でこそこうだけどね。前会ったとき、僕があのコートを着たら似合わないって言われたって言ったろ?」

 

「あー、そんなこと言ってたなそういや」

 

「その論評をしたのが、その子の元の飼い主でね。その子も、最初は噛まれたって言ってたよ」

 

「へえ・・・。お前も丸くなったのな、テト」

 

 ぽろっと思わず漏れた俺の一言に、セルムが目を丸くした。

 

「その子を知っているのかい?」

 

「え?」

 

 一瞬、驚いたことに驚いたが、すぐに原因に思い至った。大方、さっきの一言だろう。

 

「ああ、名前ね。実を言うと、俺が好きだった本にテトに似たやつがいてな。そいつの名前がテトなんだ」

 

「なるほどね」

 

 そこまで喋ったところで、俺は場所を、例の少女の前に変えた。その目は完全に空洞で、何も考えていない・・・いや、何も考えられないような顔をしていた。

 

「この子、名前はなんていうんだ?」

 

「ストレア、って言うらしいね。意味は分からないけど」

 

「ストレア、ね」

 

 ストレスケアとかでストレアかな、などと少々余分なことを考えながら、俺はストレアの目を覗いた。その目は相変わらず空洞で、吸い込まれそうなほどだった。

 

「そういえば、ストレアはどうして俺に目を付けたか、って言ってたか?」

 

「言ってはいた、けど意味が分からない」

 

「とりあえず聞かせてくれ」

 

「一言、『白の花畑』と。そう言っていたよ」

 

「・・・なるほど」

 

 一瞬俺も意味が分からなかったが、すぐに理解した。

 

「たぶん、それは花言葉だろうな。俺は、ちょくちょく白い花が咲く花畑に足を運んでたから、おそらくそれを指しているんだろう。でも、なぜそれが理由となるのか、ということまではわからないが」

 

「なるほどね」

 

 あの花の花言葉は「苦難の中の力」で、他の意味はなかったはずなのだが、いったいどういう意味なのだろうか。確かにここまで平穏無事だったかと言われれば、決してそうではないという回答になるのだが、そこまでの逆境だろうかというところもまた事実だ。

 

「ま、とにかく、よろしくな、ストレア」

 

「・・・よろしく」

 

 やはり、声もどこかうつろだ。カウンセリングプログラムということは、言語モジュールもより高度なものが採用されているはずなのだが、こんな状態であるということは何かあったのかもしれない。

 

「何らかのバグの蓄積かな?それか、あんまりにも対象が多すぎてプログラムエラーを起こしたか、ってとこかな。どちらにせよ、正常な状態ではないことは確かだよな」

 

「暫く僕のほうで匿うことはできるけど、どうする?一度誰かに相談すべきだとは思っていたんだけど、ここまでくる人は少なくてね」

 

 その言葉を受けて、俺は暫く黙り込んだ。

 

「このまま放っておくわけにもいかないけど、いまGMコール使えないしなぁ・・・。悪いセルム、頼むわ」

 

「うん、お安い御用だよ。どうせこんな生活だから、食料とかも傷めることのほうが多くてね」

 

「そか、それならよかった」

 

 それだけ言うと、俺は立ち上がった。ここは確かに居心地がいいが、だからといってずっと居座るわけにもいかない。

 

「行くのかい?」

 

「ああ。また来るよ」

 

「待ってるよ。この子たちも、君が来るのを楽しみにしているようだ」

 

「・・・そか」

 

 一瞬間が空いたのは思わぬ言葉による驚きだった。

 

「またな」

 

「ああ、また」

 

 それだけ言うと、俺はその場を去った。

 




 はい、というわけで。

 19:30頃といったな、あれは(ry
 いやはや、時間計算をミスってしまっていて。申し訳ない。

 あと、一瞬だけ書きかけで投稿してしまいました。混乱させてしまいすみませんでした。

 それはさておき、今回はかなり長いですね。しかも、前半は地の文ばっかり。台詞ほとんどなし。これはひどい。
 実はこれ、前半だけ(4700字程度)で一話にする予定だったのですが、あまりにも時の分が多すぎるということで、長くなること覚悟で本来二話分を一気に投稿するという流れに相成りました。

 剣をつがえて放つというのは、ネタバレ防止につき名前は明かせませんが、原作でも整合騎士の一人がやってましたね。しかもあの人も赤いって言う。ここで例えとして挙げている某赤い弓兵と言うのは、あの「弓道の矢なんて当たると思えば当たるもの」とかいう、全世界の弓使いに喧嘩を売るあの人です。

 セルムって誰だよって方は6話を参照です。こういう、橋渡し的な役目であり、本来ならMHCPがやっていたであろうことを、もうちょっと彼にやってもらいたかったのですが、そこまできっちり動いてくれませんでした。ロータス君だし仕方ない(諦め。
 それと、ストレアとか誰それという方はSAOのゲームをプレイするといいです。HFもLSも、キャラのいろんな面が見れていいですよ(ダイマ。


 この次は一気に話が飛びまして、グリームアイズあたりです。ここから先、かなり視点が女子陣になることが多くなります。表舞台は彼女たちだし仕方ない。

 ではまた二週間後。


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36.凶兆

 それからさらに時は流れて、最前線は74層まで行っていた。想像以上のハイペースなので、俺もレベリングがかなりきついものとなっていた。ゲイザーからの情報によると、レインは攻略組に復帰して完全に最前線で戦っているらしい。エリーゼはエリーゼで傭兵をしながら、その収入の一部を第一層の教会孤児院―――とゲイザーが呼んでいたので俺もそのままそう呼んでいるが―――に寄付しているらしい。どちらも会わなくなってから相当久しい。元気そうだということが分かるから一種の安心はあるが、それだけでしかないのもまた事実だった。

 

(・・・他人の心配してる場合じゃないろうに、俺ものんきになった)

 

 暫くこんな生活をしていたから気付いたが、俺も賞金首扱いのようなものになっているらしい。もっとも、襲ってきた相手は尽く返り討ちにしたので、もう襲ってくる相手自体がほとんどいなのだが、警戒する必要があることには違いない。

 

「ま、どいつもこいつもスニーキングが下手過ぎてバレバレだけど・・・な!」

 

 最後の一言と共に、後ろから接近してきた襲撃者の攻撃を、腰に供えていた小太刀ではじき、いなす。当の襲撃者は気づかれていたことに驚いたような表情を浮かべたが、俺からしたら、

 

「尾行下手過ぎ、殺気殺せなさすぎ、ポイント悪すぎ、加えて音を殺せなさすぎ。暗殺としては落第点もいいとこだぞ」

 

 今の俺はまた変装をしているから、分かり辛いことは認める。というか、そうでなければ変装の意味がない。が、街中からずっとじろじろ見ているわ、一定間隔でずっとついてくるわ、フィールドに出たら出たで隠蔽スキルを発動させっぱなしにしてずっとにらんでくるわではさすがに気づく。加えて、時折ガサリと音を立て、しかも襲撃ポイントがちょっとした林に入ってから少ししたところという、殺しに行くから警戒していてくださいと言わんばかりの行動。その程度で俺を殺そうなど片腹痛いというものだ。

 

「で、どうすんの?俺の実力を知らないわけじゃないでしょ」

 

 最近射撃スキルの訓練ばかりしているとは言えど、近接の訓練を怠っているわけではない。俺は近接も十分に辛口だ。少なくとも、そんじょそこらの奴らでは、俺には文字通り傷一つ付けることすら許さないほどには腕を上げている。加えて、俺は対人戦闘のスペシャリストといってもいいほどに対人戦闘経験を積んでいる。対人戦闘という点において、俺の右に出るのはおそらくPoHくらいのものだろう。

 

「一応言っておくけど、ここで大人しく引き下がるって言うんなら、もう追わない。ただ、―――二度目はないと知れ」

 

 一気にトーンを落とした俺の最後の一言に、相手は一つ舌打ちをして、ゆっくりと街へ戻っていった。その光景を見て、俺はゆっくりと小太刀を腰へとしまった。

 

(まったく、いい加減にしてほしいぜ)

 

 確かに元をたどれば俺のせいだが、いい加減諦めというものを知ってほしいというものである。こうして迎撃警戒をする身としても、あまり精神衛生的によろしいものではない。しかも、今日はこれから迷宮へ向かう予定で、ただでさえも無駄な消耗は回避したかった。今日は大人しく引き下がってくれたからよかったものの、そうでなければいったん引き返して回復するか、転移結晶で無理矢理圏外村にでも移動させて補給させるかといった具合なので、それなりに大変なのだ。とにかく、今日の予定に変更はない。そのまま俺は補給のために街に戻った。

 

 

 街に戻ると、転移門の近くに見知った黒ずくめを見かけた。ファッションとか何それおいしいのと言わんばかりの年がら年中黒ずくめの少年剣士を、俺が見間違うことはない。だが、どこか様子がおかしい。具体的に言うと、誰かを待っているようだった。それに、ここは見つかるべきではないだろう。隠密行動は物事を平穏に終わらせる手段の一つとは誰の言だったか、今ならそれが言い得て妙だと思えた。

 やがて転移門が光を発すると、そこから一人の少女が飛び出してきた。一瞬捉えたその姿から見るに、その本人はこんなへまをやらかすようなドジっ娘じゃないはずなのだが、いったい何があったのだろうか、と考えている間に、もう一度転移門が光り、今度は男が出てきた。その男は、俺が良く見知った顔だった。

 

「アスナ様、勝手なことをされては困ります!ギルド本部までお戻りください!」

 

「嫌よ!今日は活動日じゃないでしょ!?そもそも、なんであなたは私の家の前で張り込んでるのよ!?」

 

「私はアスナ様の護衛です。それには、あなた様の自宅の監視も―――」

 

「含まれないわよ!!」

 

 思わず怒鳴り返したアスナを責める人間などいない。そして、俺はその男を知っている。

 

(こいつ、ストーカーにまでなり下がりやがったか)

 

 もとはといえば俺が原因の一端を担っているところはあるのだが、正直なところ、ここまでこじらせるとは思ってもみなかったというのもまた事実だ。

 どうやら今日パーティを組む予定だった少年剣士とデュエルをすることになったようだ。だが、正直なところ結果は見えている。俺も一応、あいつに対人戦闘の心得は教えたつもりだが、それはあくまで手ほどきレベルだ。あの少年レベルと当たれば分が悪いことは明白だ。

 俺が想定していた通り、戦いは少年の勝利で決着がついた。それだけ見届けると、俺は迷宮に足を運んだ。

 

 

 

 

 迷宮に足を踏み入れて暫くして、俺は戦闘音を聞いた。すぐに隠蔽スキルを発動、そのままゆっくりと伺うと、そこには深緑色のアーマーで統一した集団がいた。指揮官と思われるプレイヤーを筆頭に、まさに一糸乱れぬといった様子を見せる相手を、俺は思わず二度見した。

 

(まさか、軍か・・・?)

 

 軍は確か、第25層ボス戦で攻略集団が事実上壊滅した後、長らく攻略には乗り出していなかったはず。これより少し下で力を蓄えているという情報はあったが、最前線付近までは出てきていなかったはずだ。まさか、いきなり最前線に放り込んだとでもいうのか。そんなのはただの自殺行為だ。

 

(目の前であの大集団が死なれるとさすがに気分が悪いよなぁ。・・・ありえないとは思うけど)

 

 よもやあれほどの集団なら、余程の強敵か消耗がない限り、瓦解することはないだろう。ここに来るということはそこそこのハイレベルプレイヤーのはずだし、そのくらいの訓練は受けているはずだ。だが、いくら戦士が屈強でも指揮官がそのレベルまで到達していなければ意味がないし、その逆もまたしかりだ。その二つが高い水準で実現して初めて、この場を生き抜くことができる。最前線とはそういう場なのだ。ましてや、急ごしらえの部隊が生き抜くことなど至難の業だろう。

 

(しかたない、か)

 

 本来、得物の横取りというのはオンラインゲームではマナー違反に当たる。が、もうすでに俺の評判などストップ安なのだ。これ以上落ちることなどなかろう。そう決意した俺は、隠蔽スキルを発動させたまま、軍の後ろを追った。

 

 

 

 

「やあああぁっ!!」

 

 裂帛の気合と共に、私は光る左の拳を振り抜いた。自分の体が制止する寸前、意識を右手の剣に移す。

 

(・・・ここ・・・!)

 

 ソードスキルの硬直が発動する寸前のタイミングで、光った右手の剣が振り下ろされる。そのまま手が動き、左下からの水平斬り、右上からの水平斬り、左上からの垂直振り下ろしと繋がった。最後に放ったソードスキル“バーチカル・スクエア”に、相手の蜥蜴騎士は完全にHPを散らし、ポリゴンのかけらとなった。硬直が抜けたことを確認して、剣を鞘に納めた。

 私は、今日も迷宮区に潜っていた。でも、やはりキリトさんたちのようにはうまくいかずに、ずっと袋小路に入ってばかりだ。アインクラッドが円錐状になっていて、上に行くにつれてフィールド面積が少なくなっていっていても、迷宮区の面積は変わらないので、かなりこれだけで消耗することになった。しかも、今日はそんなに朝早く出たわけでもなかったので、これだけでもうそこそこいい時間だ。と思った矢先、安全区画があった。

 

(ちょうどいいや、一休みしよう)

 

 それだけ考えると、私は安全圏内でゆっくりと腰を下ろした。あのレベリングの影響で、もうすでにレベルは100の大台を突破している。そんな私でさえ、ソロで最前線に潜るのは少し辛く思えてくるほどに、最近は消耗を強いられていた。今持ってきている食べ物と飲み物も、全体的に少し甘めなものを優先的に選んでいた。疲れたときには甘いものという固定概念は、なかなかどうして抜けないらしい。

 ある程度補給を終えたところで、遠くから声が聞こえた。ふとそちらを見やると、ふたりのプレイヤーがまさに猛ダッシュでこちらに向かってきていた。もうそれはそれは、漫画なら後ろに砂埃がまきあがって居そうな雰囲気で、だ。最初は誰なのかさっぱりわからなかったが、やがてこちらに近づいてくると、誰なのかは分かった。その二人組は、勢いそのままに安全区画に転がり込むと、ふたりして肩で息をしていた。

 

「・・・何してるの、キリト君、アスナさん」

 

 割と本気の問いかけに、二人は顔を見合わせて、同時に噴き出した。その笑いが私にも移って、暫く私たちは笑いあった。

 ひとしきり笑いあって、キリト君とアスナさんはここに至るまでの事情を説明してくれた。特に、顔だけ見てきたというボスは確かに厄介そうだった。

 

「特殊攻撃の種類によるけど、タンクがたくさんほしそうな敵だね」

 

「ああ。盾持ちが10人くらいは欲しいな」

 

 その言葉に、アスナの目が細くなる。それに気づいたキリトが「な、なんだよ」と声をかけると、アスナさんはそのまま唐突に、

 

「キリト君、何か隠してない?」

 

 といった。考えもなくいきなりそんなことを言う人ではないので、「どうしてですか?」と横から一言言うと、アスナさんは理由を説明しだした。

 

「だって、片手剣の最大のメリットって楯を持てることでしょ?短剣とか、私の細剣(レイピア)とかなら、スピード重視のスタイルで持たないって人もいるけど、キリト君はSTR-AGI型で、そういうわけでもないし。・・・怪しい」

 

 最後の一言と共に、さらに目が細くなる。微かに冷や汗を流しだしたキリトさんは、傍目から見ていても明らかに何か隠していた。

 

「まあまあ、私みたいに体術を混ぜる人もいることだし、スタイルは人それぞれですよ、アスナさん」

 

「・・・それもそうね。それに、人のスキルを詮索するのはマナー違反だし。

 そろそろ時間もいい時間だし、お昼にしましょうか」

 

 それだけ言うと、アスナさんはメニューを操作しだした。その間にアイコンタクトで(すまん、助かった)(このくらいいいですよ)といったやり取りをする。やがて、バスケットがアスナさんのストレージから出てきて、その中身はサンドイッチがたくさん入っていた。

 

「わあ、おいしそう・・・!」

 

「レインちゃんも食べる?ちょっと多めに作りすぎちゃったから、少しくらいなら全然大丈夫だし」

 

「いいの!?」

 

「いいって。ほら」

 

 一個こちらに差し出してくるその顔を見たら、断るという選択肢は消えた。最初からおいしそうだから食べてみたい、という感情があったことは否定しないが。ちなみにキリト君はもうすでに一つ食べていた。

 

「おいしい!」

 

「これ、ちょっとした売り物になるぞ」

 

 一口食べたときに、私は思わず驚いていた。アインクラッドのNPCが販売している食事は、どこか物足りないというようなものが多かったものだから、これは驚きといってもいいほど美味しかった。キリト君の言葉も納得だ。私たち二人からの褒め言葉に、アスナさんは胸を張った。

 

「ここまでの研鑽の成果よ。味覚エンジンを解析して、調味料を自作したの。例えば、これは」

 

 それだけ言うと、手の中には何やら液体が乗った小皿があった。色は何とも言えないが、そこにあるものの味は、

 

「「マヨネーズだ!」」

 

 紛うことなきマヨネーズだった。

 

「あとこれは」

 

 そう言って、もう一つ出てきた小皿のものを指先につけて舐めると、

 

「「醤油だ!」」

 

 これまた疑う余地なく醤油だった。

 

「すごいです!」

 

「すげえよアスナ!」

 

 思わず驚嘆して私たちは声を上げた。キリト君に至っては、興奮したこともあってか、思わずといった様子でアスナさんの手を取った。突然手を取られたことに驚いたのか、アスナさんが赤面する。その光景を見て、思わず私はにやりと笑ってしまった。

 

「・・・ほほーう」

 

 今鏡を見たらさぞかし悪い顔をしているんだろうなー、などとぼんやり思考していると、遠方から足音が聞こえた。表情を引き締めて、必要とあらばいつでも抜剣できるように構えると、近づいてきたのは頭にバンダナを巻いた、武将のような赤い鎧を着た男を先頭とした集団だった。そのメンバーを私は知っていた。

 

「クライン!」

 

 先ほどのラブコメの波動はどこへやら、キリト君が気付いて声をかける。向こうはすでに気付いていた様子で、軽く片手を上げた。

 

「ようキリト。元気そうだな」

 

「そっちこそ、相変わらず冴えない顔してんな」

 

「そいつはひっでえなキリトよ・・・」

 

 そこでクラインさんが固まる。その視線は私とアスナさんをいったり来たりしている。と、突然クラインさんが気を付けをして、

 

「く、くくクラインと言います24歳独身―――」

 

 と、何やら訳の分からないことを口走ろうとしたところで、キリト君の見事なボディーブローがHPを減らさない程度の威力で炸裂。鳩尾に入ったようで、クラインさんが悶絶した。

 

「ひ、ひでえよ、キリの字・・・」

 

「いや、今のはリーダーが悪い」

 

 風林火山―――クラインさんたちのギルドだが―――のメンバーの誰かがいれたツッコミに、周囲がどっと沸いた。お互いの状況などを確認していると、遠方からやけに揃いすぎた足音が聞こえた。

 

 

 

 

 暫く後を付けると、軍の連中は小規模集団に会った。その一部は俺にとっても見知った顔だった。

 

(アスナと、キリトと、レインと、あのバンダナ武者みたいなやつはクラインっつったっけ?てことは、風林火山のメンバーかな)

 

 隠蔽スキルを発動させたまま、俺はうまく距離をとったままにしていた。俺のコンプリートした隠蔽スキルと、索敵スキルコンプリートでの索敵範囲を考えて、ギリギリ引っかからないだろう範囲で様子をうかがう。どうやら、何か取引をしているようだ。金銭的な取引をしている様子がないことから、おそらく、

 

(マップデータの譲渡、か。いくらなんでも気前良過ぎねえ?)

 

 これでも一応、過去には攻略組の一員として迷宮にほぼ毎日のように潜っていた身だ。マッピングという作業の地味さと大変さはある程度分かっているつもりだ。ここまで尾行して様子を見たところ、軍の連中はマッピングができていない。ということは、おそらくあの攻略ジャンキーなあいつからマップデータのほぼ全土といってもいいマップデータを譲渡されたと考え―――

 

「私の部下はこの程度でへこたれるような軟弱者ではない!!」

 

 と、突然、距離をとっているはずなのにはっきりと聞こえる声量で指揮官らしき男の声が聞こえた。俺としては、レインの様子も少しは気になるのだが、

 

(・・・いやな予感がしやがる)

 

 軍の尾行を続行すべきか、かなり迷っていた。何より、俺もマッピングが終わっていない身なので、高確率であいつらの索敵範囲に入る必要がある。

 

(仕方ねえか、あんまし使いたくないけど)

 

 うまく物陰に隠れると、俺はさっくりと装備を変えた。使うのは、リズベットに頼んで作った、隠密ボーナスがかなり高い値で付く装備だ。この装備と俺のフルコンプした隠蔽スキルがあれば、並大抵の索敵スキルは逃れられるはず。範囲に踏み込んで、サクッと軍の後を追った。念のため振り返ったが、全員が気付いていないようだった。

 

 そのまま尾行を続けると、何度かモンスターと遭遇した。遠くの敵は俺が狙撃キルしまくったからいいとして、近くにポップしてもそんなパニックを起こすこともなく、さっくりと討伐していった。このあたりは腐ってもハイレベルプレイヤー集団ということだろう。ちなみに俺は装備を変更していなかったので、その高い隠蔽スキルをフル活用して、細かい指示が聞こえる位の範囲で距離をキープしていた。どうやら、索敵スキルフルコンプの奴はいないらしく、気付かれた様子もなかった。だが、問題はこの後。

 集団は迷宮の最奥に到達した。迷宮の最奥に鎮座するもの、それはフロアボス部屋だ。普段なら扉を開ける程度が関の山だが、ここで指揮官は信じられないことを言いだした。

 

「これから我々は、フロアボスの討伐に取り掛かる!強敵だが、成功した時の利益は計り知れない!心してかかれ!」

 

(なっ・・・!?)

 

 大声を上げる寸前で止めたのは、我ながら奇跡的に近い。この指揮官は今の状況が見えているのか!?ここまで迷宮区を進んできて、メンバーは例外なくといってもいいほどが目に見えて消耗している。加えて、レベルが最高にも達しておらず、ボスレイドに比べればよっぽどな小規模集団で、フロアボスを()()ではなく()()するだと!?確かにできれば海老どころか釣り針だけで鯛を釣るようなものだが、こんなのは勇気や勇敢などではない、ただの無謀な特攻だ。その踏ん切りすらわからなくなったか!?

 一昔前の俺で、しかもなおかつこんな状況でなかったなら、俺はあの指揮官を膝詰めで小一時間説教していただろう。そのくらい、この行為は馬鹿げていた。だが、今の俺の状況では、飛び出していったところで逆効果だろう。俺はここで、指をくわえて見ているしかない。

 

(いや、そういうわけでもないか)

 

 俺に許された、一つの方法。だが、うまくいくかどうか。

 

(・・・やってみるか)

 

 俺が決意を新たにしたとき、指揮官がボス部屋の扉を押し開けた。

 

 

 

 

「まさかあいつら、ボス部屋に突撃とかしてないよな・・・」

 

「心配しすぎだぜ、キリの字。いくらなんでも、あの状況でフロアボス戦はねえって」

 

「・・・だよな」

 

 クラインの言葉にも、キリト君の表情は明るくならなかった。私も、あんな状態でのボス戦などというのはありえないと思っている。人数も状態も決していいといえない状況で、人数と状態がベストに近い状態でも危なくなることのあるフロアボス戦を仕掛けるなど、正気の沙汰とは思えない。だが、私にはさっきのコーバッツと名乗った指揮官の言葉が耳に残っていた。

 

『私の部下は、この程度でへこたれるような軟弱者ではない!!さっさと立て貴様ら!』

 

 あの様子に、自分たちの実力を過信している様子はなかった。最前線をなめているというのはあるが、それに加えて少しの焦燥と恐怖があったような気がする。恐怖はともかくとして、焦燥はいったいどこから来るものなのかというのかはわからないけど、なんにせよいい予感はしない。

 

「念のために奥に向かってみよう。なんか、嫌な予感がする」

 

「そうね。なんとなくだけど、よくないことが起きるような―――」

「うわあぁぁぁぁ」

 

 アスナさんと私がそう言ったところで、遠くから悲鳴が聞こえた。




 はい、というわけで。

 おひとり様主人公をどうやって関わらせたらいいものかと悩みましたが、ポジション決めたら勝手に動いてくれました。ありがとうロータス君、考える手間が省けた。いやー、でもこの子たまーに突っ走るから大変なんですけどね。でもま、こういうときも多いからよしとする。

 とま、今回はグリームアイズ戦前までですね。次の話でガッツリグリームアイズと戦います。キリト君二刀流初披露回ですね。
 原作をちょびっと改変することになりますが、まあ二次創作だし仕方ない。

 あ、言い忘れておりました。
 お気に入り登録50件突破ありがとうございます。こんな駄文ですが今後もよろしくお願いします。

 次の投稿は8月ですね。暑い。ただ、その辺は夏休みでバイトをかなり入れる予定なので、更新ペースが分かりません。一時的に不定期更新になります。永続になるかもしれませんが←おい

 ではまた次回。
 


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37.邂逅

 遠くから聞こえた声に、その場にいた全員が反応した。

 

「今のは!?」

「ボス部屋の方向だ!」

 

「キリト!・・・ちっ、クソッ!」

 

 特に反応が早かったキリト君、アスナさん、私が先行する。それに一歩遅れる形で風林火山が追従するが、最初の一歩が遅れた影響で湧いたMob複数につかまってしまった。

 

「ごめんなさい、先行きます!」

 

「おう、頼んだ!」

 

 戦闘に入ったクラインさんにそれだけ言うと、私も二人の後を追った。

 

 

 ボス部屋は混乱の中にあった。集団はぐちゃぐちゃで、もはや気力だけで何とか立っているような状態のプレイヤーがほとんどだった。

 

「まだ誰も死んでない・・・!」

 

 とっさに人数を数えたのだろう、アスナさんが呟く。

 

「何やってる!早く転移結晶を使え!」

 

「結晶が使えないんだ!」

 

 キリトさんの叫びには、悲痛な叫びが返ってきた。

 

(そんな、結晶無効化空間!?ボス部屋で!?)

 

 結晶無効化空間。それは、文字通り結晶系のアイテムの一切が使えない区画を示す。今まではトラップ部屋などでしか見かけられなかったギミックだが、それがとうとう一瞬の判断を要するボス部屋で採用されたということか。しかも、確認しやすいようにだろう、他者からも可視化されたHPバーは、黄色どころか何とか生きているような、赤でもギリギリのラインのプレイヤーが何人もいた。

 

「我々解放軍に撤退などという文字はない!戦え!戦うんだ!」

 

 コーバッツが手を前に出す。その声にこたえるように、ふらつきながら一人、また一人と立ち上がる。

 

「やめて!もう限界なら戦っちゃ―――」

 

「全体、突撃!」

 

「馬鹿、やめろ!!」

 

 私の言葉など聞こえないといったように、コーバッツが指示を出す。その指示にキリト君がすぐに打ち消すように大声を上げた。が、意味はなかった。それに、ボスの目が一瞬ながらも細まったような気がした。そのまま大きく息を吸い込むと、ものすごい勢いで吐き出す。

 

「ブレス・・・!」

 

 それで、集団は尽く地に臥せた。ボスの魔の手に一人がかかろうとしたとき、ボスが不自然に動きを止めた。その一瞬は確かに時間稼ぎにはなったものの、それだけだった。一歩一歩近づいてくるその様は、まさに悪魔に思えた。

 

「悪い、遅くなった!・・・ッ!こいつは・・・!」

 

 遅れて到着した風林火山の面々も、あまりの惨状に言葉を失った。

 

「戦わ、ねば・・・!」

 

 もう限界だというのに、何とか立ち上がろうとするコーバッツ。その時、私の耳が微かな音を捉えた。その時になって初めて、私はアスナさんの様子がおかしいことに気付いた。

 

「駄目ええぇぇぇぇ!!」

「「アスナ(さん)!!」」

 

 私たちの制止も聞こえない様子で、その高いAGIをフル活用して一気に肉薄すると、ソードスキルを叩き込んだ。だがそれだけでは気を引く程度しかできず、アスナさんはすぐに吹き飛ばされてしまった。

 

「アスナ!!」

 

「キリト君!」

 

「・・・あーもうどうにでもなりやがれ!」

 

 再び叫んでキリト君が突っ込んでいく。それに追従する形で私とクラインさんが突入した。なし崩し的に風林火山の面々も巻き込まれる形でボス部屋に突入した。

 感覚的に、今すべきことが何かというのはわかっている。今私たちがすべきなのは、ボスのヘイトを取り続けること。そうすれば、クラインさんたちが軍の人たちを安全圏まで離脱させてくれる。キリト君もそれが分かっているから、深追いをしていない。アスナさんと絶妙なタイミングでスイッチを繰り返して、二人でヘイトを取り続けている。何とか私もうまくヘイトを稼いで、ボスの目をこちらに向け続けた。

 だが、ここで異変が起こる。ボスがその巨体相応の大きな足を垂直に振り上げたのだ。そこから来るのは、

 

踏みつけ(ストンプ)・・・!でもこの距離じゃ!)

 

 直撃を回避できたところで、振動のデバフは避けられない。しかし、さらなる異変が起こった。ボスが突然転んだのだ。だが、すぐに立ち上がる気配を見せた。

 

(もう持たない、けど・・・!)

 

 今私たちは、ボスと部屋の中心近い所で戦っている。対して、軍のパーティは部屋の奥にいた。つまり、脱出するには大回りするか、ボスの近くを通るかの二択しかない。その時だった。

 

「アスナ、レイン、クライン!悪い、10秒だけ時間稼いでくれ!」

 

「了解!」「分かった!」「おうよ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、なぜか私は頭の中に、弓に似た何かを持った()の姿が思い浮かんだ。このソードアートオンラインにおいて、遠距離攻撃スキルは存在しない。ならば、彼の背負っていた()()は、果たして何だったのか。もしそれが、弓に似た何かではなく、()()()()()()()()()()。そして、そのような特殊なスキルがほかにもあるとしたら。そんな思考は一瞬だけ浮かんで、すぐにラッシュを叩き込むことに意識が傾いた。アスナさんとタイミングを交互にする形にして、剛直拳を繰り出す。その硬直が発生する寸前に、剣で“ハウリング・オクターブ”を繰り出した。剣技連携(スキルコネクト)は、最初はなかなかできなかったが、最近になってようやく少しタイミングをつかめてきた。彼のように変幻自在に繰り出すことはさすがにまだ無理だが―――というかそもそもあれだけ剣技連携のレパートリーがある時点で異常なのだが―――一部なら成功率もそこそこといったところだ。これだけがまだ限界だが、これだけで今は十分だった。私と入れ替わる形で、クラインさんが浮舟から刀系ソードスキル“緋扇”を繰り出す。それだけで、十分だった。

 

「よし!もういいぞ!」

 

 それだけキリト君が叫ぶ。私も硬直が抜け、キリト君がいる位置から考えて、道を開けるように動く。

 

「スイッチ!!」

 

 キリト君の号令で、クラインさんとキリト君がスイッチする。キリト君は襲い来る斬馬刀を剣で軽くパリィして、そして―――新たに背中に現れた、()()()()()()ボスの巨体をのけぞらせた。その後、振り下ろされた斬馬刀を、二本の剣を交差させて受け止めると、キリトさんの両手の剣がほぼ同時に輝いた。

 

「な・・・」「・・・んじゃ、ありゃ!?」

 

 クラインさんの言葉は、おそらくその場にいた全員の心情を代弁していた。

 そもそも、SAOにおいて、両手に剣を持った状態でソードスキルを発動させるということは不可能なのだ。システムが両手に剣を持つ状態をエラーと判定してしまうため、一切のソードスキルが発動しなくなってしまう。無論、盾系のソードスキルや、小太刀と刀、マイナーどころでは細剣と短剣(この場合細剣のみソードスキル発動可)といった例外は存在するが、そのくらいだ。少なくとも、片手剣を両手に持ってソードスキルを発動させるなどという話は聞いたことがない。

 外野の驚愕などどこ吹く風、キリト君は次々と連撃を叩き込んでいく。剣技連携の断続的なそれではない、明らかにシステムに設定されたであろうその動きはまるで星屑がごとく。それに怯まず、ボスも攻撃を繰り出す。お互いの攻撃が交錯し、キリト君のHPとボスのHPが減っていく。最後の一撃を前に、両者が交錯する―――瞬間、ボスが一瞬だがのけ反り、キリト君の最後の一撃が炸裂した。ワンテンポ遅れて、ボスがその体をポリゴンと変え、虚空に“Congratulation!!”の文字が現れた。それを確認すると、キリト君はどうと後ろに倒れ込んだ。

 それを確認すると、私はすぐにボス部屋の外に飛び出した。これまでの一連の流れを見ると、絶対にあの人が絡んでいるはず。そして、あの人の性格からして、こちらにいるはずだ。

 

 

 

(なんとかなった、か)

 

 ボス部屋の外で、俺は弓を背中に背負った。ボス戦前半は軍の連中を援護する形で攻撃し、キリトたちがボス部屋に入ってからは、ボス部屋の外から()()()()と矢を射ていたというわけだ。こんな身の上になったことで、使えるものは何でも使った超立体機動などとうの昔にマスターしている。壁キックからの曲射―――上に矢を放って真下に近い位置に時間差で攻撃する俺オリジナルの技だが―――や、壁走りしながらの射撃、ボスを蹴っ飛ばして真下撃ち、前転からのほぼノールックでの後方射撃などなど、仮想空間ならではとしか思えない変態機動を大量にやりまくった結果、何とか死人を出さずに済んだ。軍の連中からしたら、俺でなくとも誰かがいる位には気付いたはずだが、俺の高い隠蔽スキルと、高いハイディングボーナスがつく装備、そして鍛え上げたAGIのおかげで、俺の存在は気づかれずに済んだようだ。もっとも、キリトたちが殴り込んでからは、うまくボス部屋を離脱することでヘイトを完全消去しつつ、遠距離から攻撃を加え続けるという、いやがらせ以外の何物でもないような行動を繰り返していた。

 とにかく、状況が終了した以上、俺にできることは一切ない。ここからはさっさと立ち去るのが一番いいだろう。踵を返して引き返した時だった。

 

「待って!!!!」

 

 あまりにも必死なその声に、思わず俺は足を止めてしまった。ゆっくりと振り返ると、そこには膝に手を置いて肩で息をしている少女がいた。

 

「待って・・・!」

 

 まだ息が整っていないというのに、こちらを引き留めようとする少女の姿に、俺は一つ目を閉じ、限界まで冷徹な光を持って少女を見つめた。

 

「・・・何しに来た」

 

「それは、こっちの台詞・・・!そっちこそ、こんなところに用事はないはずでしょ・・・!?なんで!?」

 

「俺はただ、レベリングに来てただけだ」

 

「嘘ばっかり!どうしてそんなことを言うの!?」

 

「本当のことを言ったところで、大した意味はあるまい」

 

 それだけ言い残して立ち去ろうとした俺に、少女はさらに声をかけた。

 

「なら本当のこと言ってよ!ほとんど変わらないのなら、言っても言わなくても同じでしょ!?」

 

 その言葉に、俺は言いようのない苛立ちを覚えた。半ば無意識に、俺は頭を片手で掻きむしっていた。

 

「・・・どうしてそこまでして関わろうとする?」

 

 低い声で問いかける。突然降ってわいたこの苛立ちを押さえたくて仕方ないという思いが、一種の衝動となって俺を焼き焦がした。

 

「俺は大量殺人者だぞ?関わらないほうが得なことだって大量にある」

 

「どうしてって・・・」

 

 そこで一回、少女は言葉を切った。一回伏せ、再度上げると、勢いのままといってもいいほどに声を上げた。

 

「心配だからに決まってるでしょ!?なんで今更そんなこと言うの!?一緒に攻略してきて、背中を預けて!そうして戦ってきた相手がこんなことになって!今までみたいに笑わなくなって!それでも心配するなって言うの!?」

 

「ああそうだ!それがお前のためだ!」

 

 売り言葉に買い言葉とばかりに声を上げる。今になって、はっきりと俺の中の感情が変化した。今までの苛立ちではなく、はっきりとした烈火のごとき怒りに。

 

「背中を預けて戦った!?確かにそうだろうよ。でもそれだけだ!お前に俺の何が分かる!」

 

 堰が切れたらあとは止まらない。

 

「俺みたいな人間に好き好んで関わりたいなんて他に知られたら絶対面倒なことになる!俺は必要なら、何人だろうと、何十人だろうと何百人だろうと、たとえこの世界に生きる全員だろうと殺す覚悟がある!でもな!そんなのは俺一人で十分なんだよ!もうすでに何人も殺したから分かる、この道は想像を絶するほどに地獄だ!なんでわざわざそんな地獄に飛び込もうとする!?」

 

 止めなければならない。分かっている。相手の目だけでなく、頬にも光るものがある。分かっている。そもそもここは安全な場所ではない、すぐに移動する必要がある。分かっている!でも、止まらなかった。こんなことは初めてだった。

 

「お前までこんな地獄に来る必要はない!必要がないなら来るな!それがお前のためなんだよ!なんでわからない!なんでいつまでも関わろうとする!?いい加減吹っ切れよ!!」

 

 切れた堰から溢れるものが無くなって、ようやく俺の言葉は止まった。そこまで来て、ようやく俺は俺の制御を取り戻した。

 

「・・・頼むから、もう俺に関わろうとするな」

 

 それだけ言うと、俺は今度こそ踵を返した。言いたいことは言い切ったはずなのに、不思議と心は晴れていない。むしろ、苛立ちは募るばかりだった。

 

 

 

 私は泣いていた。あれほどまでに悲痛な叫びを上げるロータス君を見るのは初めてだった。でも、初めて見せてくれた心のうちだった。それに私は涙していた。その隣にいられないという事実にも。

 

(そんな地獄の中で、一人で背負わないでよ・・・)

 

 今は誰にも顔を見られたくない。その思いから、私は顔を手で覆った。今どんな顔をしているのかはわからないが、ぐちゃぐちゃであることは確かだ。

 

(決めた。―――あの人の傍に立つ。どれだけ時間を必要としても)

 

 あの人は、本来は優しいのだ。それに、そんなに精神的に強いわけでもない。一人で背負い続けたら、きっとつぶれてしまう。その決意を固めた直後、周囲でモンスターのポップ音がした。

 

「悪いけど、今私、すごく機嫌が悪いの」

 

 通じないと分かっていながら冷たく言い放ち、抜剣する。神速の踏み込みと共にラウンドフォースを使い、敵を打ち上げる。直後、右足を強く踏み込み、左手は拳にして脇腹に持ってきた。一瞬の溜めを作り、落ちてきた相手に添え、また更にそこで一瞬溜める。直後に振り抜かれた強力なアッパーは、先ほどの比ではないほど大きく敵を吹き飛ばし、ポリゴン片へと変えた。体術の最上位ソードスキルである“絶拳”は、正直いち雑魚敵相手にふるまうにはオーバーキルにもほどがある大技だが、今ならこのくらいしてもいいだろう。実質単発技で、しかも硬直が短めな体術スキルであることを考えると長すぎるとしか思えないほどの硬直を抜け、振り返りざまに剣を左から振りつつ斬りぬける。右手で片手の正眼に剣を置くと、相手と正対した。

 

 

 

 俺は迷宮区を抜け、片っ端からフィールドのMobを狩っていた。だが、いつまでたっても心の中のもやもやは晴れなかった。むしろそれは増すばかりで、それが余計に俺を苛立たせていた。

 

(いったい何だってんだよ)

 

 あえて射撃スキルではなく、例の二刀流で二本の刃を乱舞させつつ、俺は考える。俺のレベルは現時点で85という、ギリギリ攻略組水準といったところだ。だが、現時点でハイレベルプレイヤーの一人であることは間違いない。そんな俺が、しかも片や魔剣級の得物を振るい続けたらどうなるかというのは明白だった。

 

(ちっ、もう終わりかよ)

 

 一瞬でモンスターの湧きがなくなったことを確認すると、俺は再び移動を開始した。こうしていることかれこれ数時間、もうすでに日も沈んでいる。それでもまったく気分転換などできていない。いつもならこうして戦いに明け暮れれば何とかなるところはあったのだが。

 

(そういえば・・・)

 

 戦いに向かいながら、俺はあるプレイヤーを思い出した。今までなぜかわからないほどすっかりと忘れていた、一つの問題。そう、

 

(クラディール・・・あいつをどう処理する)

 

 今となっては、キリトとアスナのカップルなど公然の秘密。それを引き割くのは容易ではない。そう、()()()()()()()()()()

 

(あいつらを失うのは、かなりの痛手だ。片方が消えれば、それだけでもう片方が使い物にならなくなる。・・・厄介だな)

 

 加えて、クラディールはいまだに血盟騎士団に籍を置いている。あいつだけ排除するのは困難を極める。いっそのこと、ことを起こしてくれればこっちもやりやすいのだが、そんなことはまれだろう。秩序を重んじるアスナにあそこまで心酔しているのだ。わざわざ自分から秩序を乱すような真似はすまい。

 

(とにかく、まずは情報収集だな)

 

 其れなら気も紛れるだろうと思いつつ、俺は足を街へと向けた。

 

 

 血盟騎士団の本部のあるグランザムだけでなく、アスナの自宅があるセルムブルクでも聞き込みや、情報屋から情報を買ったところ、クラディールはアスナの半分ストーカーのようなものになっているらしい。ただのストーカーなら出るところに出れば解決なのだが、それが名目上とはいっても護衛なのだから性質が悪い。だが、それが表層化した先日の一件で、護衛から外され、今はグランザムにて待機という名の謹慎を行っているところなのだとか。このまま済んでくれればいい、というのはあくまで血盟騎士団側の立場から言えばの話で、俺からしたら、

 

(厄介なことになった)

 

 何せ、今や攻略組のトップギルドの本丸だ。そうやすやすと侵入を許すような場所でもないし、正面突破も難しい場所であることは明白だ。しかも圏内だから、殺すには麻痺させるか眠らせるか、それも攻撃以外の方法でそれらのデバフを付与し、その上で圏内デュエルのうえ片を付けるくらいしか方法がない。何か方法があればいいんだが・・・。

 

(まあとにかく、あいつが手を出すとすればキリトだ。キリトを付けていれば、確実にたどり着く可能性は高い)

 

 ラフコフの残党であり、隠れオレンジを仕留められるというのは大きい。時間はかかるだろうが、そこには目をつむるほかあるまい。四六時中張り付くとはいかなくとも、少なくとも気に掛けるくらいは必要だろう。これくらいなら仕方あるまい。まあどちらにせよ、情報収集は続けるべきだろう。グリーンになった影響で普通の宿にも止まれるため、一応の仮の拠点としている宿のベッドで、俺はぼんやりと次の一手を考えながら眠りに落ちた。




 はい、というわけで。

 まずは更新すっぽかして申し訳ありませんでした。いやー、テストの大群が襲ってきて、ようやくそれを撃退したところです。といっても、この後はお盆という、バイトの中では半分生き地獄を味わうことになるので、かなりきついです。下手したら今月の更新この一回こっきりかもしれません。別に討鬼伝やってたわけじゃありません。

 とまあ、その辺のいいわけはこの辺で。

 今回は紆余曲折合って最終的にレインちゃんとロータス君の邂逅でした。ま、なんだかんだ言って彼女、ロータス君大好き娘なので仕方ないね。というか、こいつら本当に俺を麻縄で括りつけてぶん回したり引きずったりするのやめてほしい。考えてたプロット通りに動いてくれなんでもしますから。

 この後は完全な暗躍です。最近筆が乗らないのが困りものですが、そこを何とかするつもりです。次の更新は一週間ないしは二週間内位にするつもりです。
 ではまた次回。


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38.表の剣士、裏の弓兵

 それから少しして、俺は興味深い情報を掴んだ。何でも、キリトとヒースクリフがデュエルするとか。片やHPバーをイエロー以下に落としたことのない、鉄壁の聖騎士。片や、二本の剣で圧倒する、黒衣の剣士。どこか魔王と勇者のような構図に思えたのは俺だけか。とにかく、そういう場なら、犯罪プレイヤーの一人や二人釣れてもおかしくない。まあ純粋に戦いが見たいというのもあるが、俺はそんな考えから見に行くことにした。

 

 舞台となる第75層主街区のコロセオは凄まじい熱気に包まれていた。商人プレイヤーはこぞって出店を開いているし、トトカルチョ―――要するに博打だが―――もきっちりと商売になっているようだ。加えて、ここはもともとそういう目的のためだったのだろう、兵庫県にある某有名屋外野球場の中のようになっていたから、やりやすそうだった。もっとも、俺もあそこには一回しか行ったことがないからよく覚えていないが。俺としては、これだけ人がいるというのはかえってありがたかった。中途半端に多いと目が多いだけになるが、これだけ多いと目が分散する。木を隠すなら何とやらというやつだ。加えて、俺は変装をしている。そうそう簡単にばれることはないだろう。

 案の定、誰にも気付かれないよう、俺は観客席についた。鏡をうまく使って、周囲を見渡しても、見知った顔はなかった。中央には、今日の主役たる二人が上がった。二言三言交わしたのち、デュエルの開始申請を行う。

 カウントがつき、まず挨拶代わりにキリトがソードスキルを放つ。両方が光っているところを見るに、二刀流のソードスキルか。二発ともきっちり防御するあたりさすがだな。立ち位置を変え、キリトがヒースクリフの盾側に回り込みつつ攻撃を仕掛ける。

 

(盾は基本的に攻撃には使えない。だから、盾のほうに回れば少なくとも攻撃が飛んでくることはない。ま、定石だわな)

 

 俺もそう思ったからこそ、次のヒースクリフの行動は驚いた。何と、ヒースクリフは向かってくるキリトに向かって盾をつきだしたのだ。よく見ると、盾が微かな燐光を放っている。つまりは、神聖剣のソードスキルに盾を使った攻撃があり、それを使っただけということだろう。

 

(鉄壁の防御に加えて、攻撃も辛口か。無茶苦茶もいいとこだな)

 

 現時点での最強プレイヤーと名高いだけはある。キリトも確かにやり手なのだが、こいつ相手では分が悪い。戦いを見ている限り、普通に戦ったらキリトの勝ち目は薄い。が、可能性があるとすれば、あいつが剣を二本持っていることだろう。とことんえげつなく、そしてあいつが自身の限界ギリギリの力を使えばあるいは。だが、果たしてキリトがそこまで()()()()()()()()()

 

(あいつがとことん非情になり切れれば、勝機はある。果たしてできるかねぇ、あの鉄壁相手に、豆腐メンタルのキリトが)

 

 俺ならやり切れる自信がある。だが、それでも成功するかは五分。あいつなら、おそらく成功する。俺の記憶にあるあいつは、そういうやつだ。

 戦いも最終幕、キリトがソードスキルを発動させた。構えなどから見て、おそらく第74層フロアボスに向けて放ったあれと同一の物。

 

(となると、超連撃の大技か。・・・決めにかかったな)

 

 確かに、連撃のソードスキルは息が吐けないだけでなく、その速さも大きな武器の一つだ。加えて、キリトはSTR型だが、反応速度が異常といってもいいほど早い。限界を突破することができれば、あの鉄壁もひとたまりもないだろう。

 連撃がヒースクリフを襲う。キリト自身がブーストしていることも相まって、かなりの速度の連撃となって襲ったそれは、終盤になってついにその防御を突破した。即座に盾を引き戻そうとするヒースクリフだが、その寸前でキリトの剣が顔を掠め、動きをそちらの回避に割いてしまう。加えて、キリトは最後の一撃を残している。

 

(抜いた!)

 

 大抵の常識通り、初撃決着モードになっているはずだ。次の一撃が首から上に決まれば、間違いなくキリトの勝利。勝負あったと思った瞬間、妙なことが起こった。

 一瞬だが、ヒースクリフの盾が瞬間移動したかのごときスピードで戻ったのだ。その盾は、本来クリティカルが決まるはずだったキリトの剣を受けた。直後、隙だらけとなったキリトにヒースクリフが一発浴びせ、それでデュエルは幕を閉じた。

 

(今のは・・・?)

 

 様子を見るに、気がついた人間は一握りどころか、居るかどうかも分からないほどにのようだ。とにかく、俺からしたらもう用はない。今は、ここを一刻も早く立ち去るほうがいいだろう。そう思った俺は、人目につかないようにひっそりとその場を去った。

 

 

 

 

 それから少しして、クラディールの謹慎が解かれ、団員と一緒に訓練に出掛けるという情報を掴んだ。場所に関して詳しいことはわからなかったが、そのあたりはクラディールの間抜けがフレンド登録を解除していなかった時点で筒抜けだ。それに、訓練というからにはフィールドを使うのだろうが、大きな街から発つことは容易に想像ができる。ここまで条件が揃えば追跡は容易だった。

 その訓練の日、俺はクラディールを追ってフィールドにいた。昼日中だから難しいところはあるが、こんなこともあろうかと俺は多彩な色のポンチョを用意している。その一つをかぶって、隠蔽ボーナスを付けたうえで隠れていた。一般的に考えれば距離が離れすぎているのだが、アイテム作成スキルで双眼鏡をを持っている俺からしたら何ら問題の無い距離だ。だからこそ、俺は驚きの光景を目にした。

 

(キリト・・・!?)

 

 それは、血盟騎士団の制服に身を包んだキリトだった。

 少し前に、キリトとクラディールはいざこざを起こしている。しかも、かなり面倒そうな。確かに、同じ組織に所属することになったらある程度の関係修復は必要だろうが、それはもう少し時が解決してからのほうがいい。少なくとも今は時期尚早だ。

 

(いやな予感しかしない・・・)

 

 クラディールは、曲りなりとも俺たちから殺しの技能を習得した人間の一人だ。もし、今回の水分などを、()()()()調()()()()()()()()。最悪のケースも免れない。俺はあいつらの後をつけることにした。

 

 一行は順調に戦闘を重ね、休憩に入った。場所も、決して見通しがいいとは言えないが、悪いともいえない場所だ。ただ一つ難点を挙げるとすれば、峡谷のような地形なのに上からの襲撃をほとんど警戒していない点だ。ロッククライミングがある程度できたり、あとは普通に上に乗ることのできる地形だったりする場合、上からの襲撃は可能なのだから、こういう地形は常に上から襲撃される可能性を加味しておく必要がある。そういう点からすれば、俺に言わせれば落第点もいいところだ。

 渡された食料と水分を、まず隊長格と思われる存在と、もう一人が口に含む。キリトは一口だけ口にしたところで、水の入った水筒を投げた。だが、すでに遅かったようだ。麻痺のエフェクトが全員を襲い、隊長格が結晶を使おうとするも、それは唯一麻痺していなかったクラディールによって蹴飛ばされた。

 

(クソが・・・!)

 

 即座に手に持った弓に手をかける。つがえてあるのは麻痺を付与する矢だ。そのまますぐに狙いをつけて放つ。まず一人を手にかけようとしたクラディールにその矢は突き刺さった。何が起こったかわからないような表情で崩れ落ちるクラディールを、そのほかのパーティメンバーもわけが分からないといった表情で見ていた。第二射で確実に仕留めようとした矢先、俺の索敵スキルが超高速といってもいいほどの速度で接近するプレイヤーを捉えた。この速度だと、俺が放って殺すより先に、この目標が到達する。あらかじめオブジェクト化してあった、変装用の深緑で迷彩柄のフーデットポンチョを着ているから、こちらを見られてもばれる心配はまずない。ちなみに、先ほどはなった矢は耐久値ギリギリの設定であったため、当たって効果が発生した瞬間に消滅している。が、用心に越したことはない。俺はいったん射撃を中断して、様子を見ることにした。

 接近してきたのはアスナだった。俺からしたら十二分に予想の範囲内な相手だ。そもそも、あれほどまでの速度で移動できるプレイヤーが早々いてたまるかという話である。アスナはキリトのみの麻痺を真っ先に解除すると、その体を抱きしめた。だが、その後ろでゆっくりと立ち上がる一つの影。

 

(クソッタレが、麻痺耐性付けてやがったか!)

 

 各種デバフには、対抗するバフがある場合が多い。おそらくあいつは、カウンターで状態異常を食らう可能性も見越して、対麻痺を自身に付与していたのだ。アイテムの効果なのか、何らかのエクストラスキルなのか、そのあたりはどうでもいい。とにかく、今重要なのは、クラディールが立ち上がってアスナもろともキリトを殺そうとしていることだ。即座にもう一度狙いをつけるが、手を弦から離す必要はなかった。

 背後に迫ったクラディールの両手剣を、アスナが振り向きざまに打ち払ったのだ。細剣の数少ない打ち上げ系のソードスキル“ディライトロール”が決まり、クラディールは吹っ飛ばされた。が、器用にも空中で受け身を取り、もう一度相対する。

 

「あ、アスナ様、これは、その、訓練・・・そう!訓練の一環で―――」

「問答無用」

 

 クラディールの弁明は、アスナの低いながらもよく通る声でぶった切られた。冷徹な光を以って繰り出されるのは、片手剣系汎用ソードスキルが一つ“散紗雨(ちりさざめ)”。素早い6連撃の刺突を見舞うソードスキルだ。もともと攻撃速度では神速ともいっていい彼女が出すそれは、まるで同時にいくつもの刺突が襲ってくるような錯覚を覚えるほどだった。

 

「ひいいいぃぃぃっ、もうやめてくれぇ!もうあんたたちには会わない!KoBもやめる!だからせめて命だけはぁ!」

 

 蹲ってみっともなく命乞いをするクラディールに、アスナのとどめの一撃が鈍った。突き刺さんとしていた剣を寸止めして、そのままゆっくりと後ろに下がろうとする。が、俺からしたらそれは悪手だ。それをするには、最低限相手の武装を解除しなければならない。そうしなければ―――

 と、考えているそばから、クラディールが直前で立ち上がり、アスナの細剣を叩いた。クラディールの得物は重量のある両手剣で、アスナの得物はスピード重視で軽いレイピアだ。いくらレベル差があっても、それが不意打ちに近い形で叩かれればひとたまりもない。現にアスナのレイピアは、宙を舞って離れたところに落ちた。

 

「アアアア甘エエェェェンだよォォ、副団長サァァァアン!!」

 

 狂っているとしか表現できない表情で、クラディールは両手剣を上段に掲げ、振り下ろそうとした。が、流石にそこまでは問屋が卸さない。番えたまま構えていた俺の手が離れ、クラディールの剣を叩き落とした。

 

(ちいっ、外した!)

 

 舌打ちを一つして、俺は第二射をすぐに番える。狙うは眉間ただ一つ。心臓でもいいが、ヘッドショットは一撃と相場が決まっている。だがその前に、キリトが自身の左手でソードスキルを発動させた。躱すことなど到底できない距離で放たれた、体術系ソードスキル“エンブレイザー”は、ピンポイントでクラディールの心臓を貫き、HPを刈り取った。

 後は俺のあずかり知らないところだ。そう考えた俺は踵を返して、カルマのクエストの発生場所へと向かった。




 はい、というわけで。

 なんだかんだでヒースクリフさんのチートアシストをきっちり看破してしまう主人公。まあ所詮は公式チートだからね、見る人が見ればね。

 今回、本当に表舞台には立ってないです。アスナさんも、どこぞの誰かさんがトンでも投擲能力&隠蔽スキルで援護してくれたようだ、くらいには思っているかもしれませんが、誰がしたのかというのはわかっていないです。

 次の更新はわかりません。本当にこれはわかりません。というのもですね、今ALO編を書き溜めだしているのですが、あまりに筆が遅々としてなかなか進まず、授業は果たしてどうなるのか分からず、加えてバイトがあるというトリプルコンボ。加えてさらに新しいやつ書き出すっていうとどめ。馬鹿ですね。
 そんなわけでこっちも不定期になりつつありますが、最低限月一は更新します。それは約束します。

 ではまた次回。


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39.教会の子供たち

 今回はロータス君ではなく、エリーゼちゃん目線です。


 キリトたちが血盟騎士団を脱退してから、私はいつものように始まりの街の教会へと足を運んでいた。もともと、私はここに、狩りや傭兵業で得た収入の一部を寄付していた。サーシャさん―――教会の代表者のような人だが―――はいつも遠慮するのだが、私が好きでやっているのだからと毎回受け取ってもらっている。それに、私としてもここに来るのは楽しみの一つでもあった。

 最近は、アスナも手伝ったりしてくれていたのだが、アスナは今血盟騎士団を脱退して新婚生活なので、流石に巻き込めない。というか私より年下で結婚生活とか何それけしか・・・うらやましい。あんまり変わってないって?やかましわ。

 

 教会の扉を開けると、その音に気付いたのか、まずサーシャさんがこちらを見て一つ会釈した。それで気付いたのか、子供たちの目がこちらに向く。

 

「あ、エリー(ねえ)だ!」

 

 トトトトといった感じに突撃してきた子たちを優しく受け止め、あやす。

 

「うん、元気そうで何より」

 

「そりゃそうだよ」

 

 元気そうな子供たちを見て安心する一方で、私は周囲をざっと見ていた。まだこの建物の中まで影響はされていないようだ。とりあえずサーシャさんに挨拶を使用とした矢先に、ノックの音が聞こえた。子供に気付かれない範囲で集中力を高める。得物に関しては自衛の意味も込めて装備したままにしてあるため、問題はない。サーシャさんとアイコンタクトをして、サーシャさんが扉を開ける。そこから覗いた姿に、私は警戒を解いた。

 

「なんだ、レインちゃんか」

 

「ええ。それと、扉越しにもある程度察せられるほどに練られていたら、流石に気づくと思いますよ」

 

「あっちゃー、そんなにわかりやすかった?」

 

「ええ」

 

 そんな会話をしていると、彼女の下には女の子が何人か寄ってきた。ここも全体のご多分に漏れず、比率としては男の子のほうが圧倒的に多いのだが、女の子もいる。だがなぜか、女の子の大半はレインのほうに行ってしまう。ちくしょう、お前らまで若いほうがいいって言うのか。

 

「レインお姉ちゃん!久しぶり!」

 

「うん!最近ちょっと来れなくてね」

 

「良いよ!元気そうだから許す!」

 

「何それ」

 

 笑いながら会話する私たちに、サーシャさんが近付いてきた。

 

「お二人とも、いつもありがとうございます」

 

「いえいえ、私もこの子たちには元気をもらってますから」

 

「そう、ですか・・・。何せやんちゃな子たちばかりなので、迷惑をおかけしていなければと思いましたが・・・」

 

「むしろこのくらいの子たちは迷惑かけてなんぼなところはあるでしょう」

 

 毒ともつかないレインの言葉に、二人はほぼ同時に噴き出した。

 

「言い得て妙ね」

 

「全くです」

 

 そんな会話をしていると、もう一度ドアがノックされた。静かに集中して、サーシャさんがゆっくりとドアを開ける。そこには、

 

「キリト君!?」

「アスナ!?」

 

 絶賛新婚生活満喫中なはずの二人がいた。

 

 

 二人から子供―――ユイについての事情を聞くと、三人とも唸った。

 

「ごめんなさい、私、そのような子供はわからないです・・・」

 

「私も分からないわ」

 

「私も知らない・・・。ごめんね、力になれなくて」

 

「いいよ、それくらい。ここにいると限ったわけではないしな」

 

 レインちゃんの言葉に、キリト君はあっさりとそれだけ言った。その時、バタンと音を立ててドアが開いた。

 

「サーシャさん、大変だ!」

 

 私が入ってきた子をジロリと睨む。その目に気付いたのか、その子の目がこっちに向く。

 

「それどころじゃないんだよエリー姉!ギン兄たちが、軍の徴税に引っかかって!」

 

「ッ・・・!」「えっ!?」「何!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、私とレインちゃんとサーシャさんは立ち上がっていた。

 

「軍って、あの軍?」

 

「それに、徴税って・・・?」

 

「話はあと!場所は」

 

「35番路地!ブロックされて、俺だけ逃げれたんだ!」

 

 こういうときやどこかで迷子になった時に備え、あらかじめそれぞれの路地に番号を付けていた。記憶が正しければ、35番路地は行き止まりだったはずだ。

 

「分かった。ごめんねアスナ、―――」

 

「私たちも行くわ」

 

 私が言い切る前に、アスナは返答していた。

 

「なら俺たちもいく!」

 

「それはダメ」

 

 追従するように声を上げた子供には、睨みと強い口調で止めた。この子たちまでついていくと、事態がこじれる可能性がある。

 

「このお姉さんたちは、私よりよっぽど強いから大丈夫。だけど、君たちまで来たら危ないから」

 

 それだけ言うと、サーシャさんがキリトたちに向けて言った。

 

「それでは、申し訳ないですが走ります!」

 

「レインちゃんはここに!万が一のことがあったら、防衛を最優先!」

 

 それだけ言い残すと、私たちは走り出した。

 

 

 

 35番と名前を付けた路地に入ってすぐ見えたのは、深緑の装備の集団だった。言い争う声を聞くに、おそらく向こうには3人いる。狭い路地を集団でふさぐことで脱出を難しくする、“ブロック”と呼ばれる行為だ。それで子供たちは完全に退路を断たれてしまっている。

 私たちが近づくと、一人がこちらに気付いて振り向いた。

 

「おっと、保母さんの登場だ」

 

「ギン、ケイン、ミナ!そこにいるの!?」

 

 軍の誰かが呟いた、嘲るようなセリフを聞き流してサーシャさんは言った。

 

「サーシャ先生!」

 

「こいつら、僕たちがとってきたものを出せって!」

 

 その言葉を聞いて、サーシャさんはほんの少し考えて言った。

 

「それだけなら渡してしまいなさい!」

 

「それだけじゃ足りないんだよなぁ」

 

 軍のメンバーの誰かがその言葉を聞いて。こちらに高圧的に迫ってきた。

 

「あんたらは随分と税を滞納しているからなぁ。装備も含めて文字通り、全部寄越してくれてようやく、ってところなんだよなぁ」

 

 この軍の連中の向こうには女の子もいる。装備を解除するということは、裸になるということと同義だ。明らかに下心があるというのが見え見えだった。

 

(下種が・・・)

 

 それだけ思ってからは早かった。少しだけ下がって、何度か小さくジャンプする。サーシャさんだと少し厳しいところはあるが、私からしたらこのくらいは余裕だ。そのまま助走をつけると、強く地面を蹴って飛び越した。その後から、ユイちゃんを背負ったアスナと、キリトも飛んできた。

 

「もう大丈夫。装備を戻して」

 

 努めて優しく言うと、子供たちは安心したのか、微かに目を潤ませながら装備を戻した。

 

「おいおいおい、何してんだぁ?」

 

 軍の集団の中でも、幹部と思われる人物がこちらに歩いてきた。その手には、抜剣された両手剣と思われる剣。

 

「この町で俺たち軍に逆らうってことがどういうことかわかってんのかぁ・・・?」

 

 どうやら威圧させて税とやらを取ろうという魂胆らしい。だが、こちらとしては怯える理由など一つもなかった。それは、装備を見た瞬間に分かる。使い込まれ、強化された装備や、明らかな業物にはそれ相応の輝きというものが宿るものなのだ。そして、目の前の相手の装備にはそれが一切ない。怯えるはずもなかった。

 怯えない理由はもう一つある。アスナとは、何回か一緒に会ってお茶をしたりしているから、大体雰囲気で相手の心理状態を読めるのだ。そこから察するに、この副団長様はたいそうお怒りになっている。それがかえって冷静にさせていた。

 

「エリーゼ。キリト君」

 

「はいよ。引き受けた」

 

「やりすぎるなよ」

 

 必要最低限のやり取りと、ユイを預けた後、アスナはいつの間にか実体化したランベントライトを引き抜く。しゃらんと抜剣音が清廉に響いた。

 

「おぉ?一戦交えるかぁ?何なら圏外行ってもいいんだぞ圏外にぃ、ああぁ?」

 

 目の前の男は、その抜剣が処刑開始の合図であることに気付いていない様子だ。いつもの柔和な雰囲気から、得物を狙う狩人が如き目つきに変えたアスナは、手始めにソードスキルなしで突きを放った。私たちからしたら目で追うことくらい余裕だが、相手の男からしたらあまりにも一瞬すぎて何が起こったのかわからないほどだったに違いない。突きの位置は眉間に寸止め。お見事と拍手したくなるほどのコントロールだった。

 

「圏外に行く必要なんてないわ。それと、圏内での戦闘でHPが減ることはないから安心して。その代り―――」

 

 続いてレイピアが輝き、繰り出されるのは彼女の代名詞となった“リニアー”。今度は寸止めではなく、きっちりと胸の中央に当てた。その衝撃フィードバックで相手が吹っ飛ぶ。当然だ、圏内でHPが減るなどということはありえない。それは、彼女らは誰よりも知っていた。

 

「圏内戦闘は、その体に恐怖の何たるかを刻み込む。骨の髄までわかるまで、いつまでもね」

 

 アスナはもう剣を構えておらず、ぶらんと下げていた。だが、不思議なほどに隙がなかった。そこまで来てようやく、男は自分が圧倒的な格上に喧嘩を売ったということに気がついた。

 

「お、お前らぁ!見てないで手伝えぇ!」

 

 そこでとった手段は、数による押しつぶし。だが、利口なやつなら、アスナが圧倒的な格上であることは明らか。だがそれでも、全員が形だけとは言っても抜剣した。どうやら、それほどまでに軍のメンバーにとって上官の命令は絶対のものらしい。

 

「あら、そっちがそのつもりならこっちも考えがあるけど?」

 

 そう言って、私もハイオプティマスを抜剣する。これは一応片手剣に分類されるらしいのだが、リーチは片手剣にしてはかなり長く、その割には刀身が細いからか軽量、しかもリズが認めるほどの業物だ。それに、それを扱う私も、それなりには腕に覚えがある。さらには、攻略組でも最強クラスであるキリトが奥に控えている。キリトはユイちゃんを負ぶった状態だが、この程度の相手に後れを取るほど落ちぶれてなどいるはずがない。だが、それでも軍の奴らは打ちかかってきた。それに、私たちは応える形で打ち合った。

 2分後。軍の連中は尽く伸びており、その前には私たち三人が余裕綽々といった様子で立っていた。

 

「まだやるってんなら相手になるけど、どうする?」

 

 脅しではなく本気を多分に含んだ口調で言う。すると、残ったメンバーは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。そこで、私たちはゆっくりと剣をしまった。

 

「さっすがエリー姉!」

 

「ありがと。でもま、ほとんどアスナのおかげだけどね」

 

 アスナの武器は刺突を主攻撃とするレイピアだから、一対多だとどうしても不利になりやすい。だが、それをものともしない戦闘は、圧巻としか言えないものがあった。その様、さながら狂戦士がごとく。その戦いっぷりを見て、子供たちは目をらんらんと輝かせていた。

 

「お姉ちゃん、めちゃ強!」

 

「そりゃそうよ。私よりよっぽど強いもん」

 

「エリー姉より!?」

 

 私の言葉に、ギンが目を剥く。この子たちに狩りの手ほどきをしたのは私だ。この子たちにとって、私はおそらく目指すべき目標。その人物より強いということが信じられないのだろう。

 

「うん。こっちのお兄さんもあっちのお姉さんも、私が戦ったらたぶん3分クッキングされるからねー」

 

「さすがにそれはないと思うけど」

 

 こちらに自身の得物をしまいながら歩いてくるアスナは、先ほど暴れてすっきりしたのか、いつもの柔和な雰囲気に戻っていた。

 

「どーだか。少なくとも、私より強いのは確定でしょ。それに、旦那の戦闘狂気質が少し移ってるみたいだし」

 

「そ、そんなこと、ないと、思う・・・」

 

「そこは言い切りなさいよ」

 

 思わず苦笑する。こんな美人で年頃の女子が大量の怪物相手にヒャッハーしている様子など誰得としか言いようがない。その手の筋には受けるかもしれないが、大抵の人物はドン引きだろう。

 

「ま、とにかく教会に戻りましょ」

 

 その言葉に、私たちは来た道を戻ろうとしたとき、ユイちゃんが何もない所じっと見つめた。

 

「どうしたの、ユイちゃん」

 

 アスナが問いかける。だが、まるでユイちゃんはその声が聞こえていないようだ。

 

「みんなの、心が・・・!」

「どうしたユイ!?」

「しっかりして、どうしたの!?」

 

「ううぅぅぅ・・・うわああぁぁぁぁっ!!!」

 

 慌ててとにかく状況を確認しようとする二人の声もまったく聞こえていないようだ。やがてユイちゃんは苦しそうにうめいて、それから大きな悲鳴を上げてから、気を失ってしまった。

 

「とにかく、一回教会に」

 

 その言葉に、一行は逸る気持ちを押さえて教会へと向かった。

 

 

 

 結局、その日のうちにユイちゃんの意識が戻ることはなく、全員はサーシャさんの好意も相まって協会に一泊することになった。曰く、「そういう場所を選んだことも相まって、部屋はかなり余っているんです」とのこと。そして、翌朝。

 

「ああ、それ俺のハンバーグ!」

 

「代わりに人参やっただろ!」

 

「それただ単にお前が食べたくないだけだろ!好き嫌いすんなよ!」

 

 こんな感じでやいのやいのとおかずの取り合いをしている子供たちに、レインと私はどこか暖かそうな、残りの三人は困ったような笑みを浮かべていた。

 

「騒がしくてごめんなさい」

 

「いえいえ」

 

「最初は私も注意してたんだけどさ、一向に収まんなくて。もうほったらかした結果がこれ」

 

「むしろ、子供らしくていいと思う、って、私も言ってるんですけどねぇ・・・」

 

「ある程度の節度は必要だと思うけど?」

 

「まあ確かにそうかもしれないが・・・」

 

 そんな会話をしながら、一同はお茶を飲んでいた。ちなみに、料理は子供のそれをサーシャが、大人分はアスナが、それぞれのサポートとしてレインとエリーゼが手伝ったため、かなりてきぱきと短時間で出来上がっていた。ちなみにキリトはその間、朝方に目が覚めたユイちゃんの相手をしていたそうだ。もう立派な親御さんである。

 

「で、昨日はユイのことで手いっぱいになっちゃってお流れになっちゃいましたけど、あの徴税って言うのはいったいどういうことなんですか?」

 

「俺からも聞きたいな。俺の知っている軍は、統一のとれた集団で、高圧的ではあるがあんなことをするほど腐ってはなかったはずだ」

 

 アスナとキリトが連続で尋ねた。軍が攻略を離れたのは25層の時。今からすれば大昔に等しい。だが、私たちからしたらある程度このようなことにはなれていた。

 

「こんな状態になったのは、キバオウ派が台頭してきてから、かな」

 

「キバオウ、って、あのキバオウか?」

 

「そ。あのイガグリ頭の関西弁野郎。それまでは、シンカーってプレイヤーがトップを張ってたんだけど、途中からキバオウと双璧をなすようになってきてたの。そのくらいかな。その頃はまだましだったけど、特に最近はひどい。シンカーさんを支持する人が、軒並み軍を去るか、力を失ってしまったから」

 

「そうだったんですか?」

 

「それに関しては私も初耳です」

 

 私の言葉に、サーシャさんも微かに驚いた顔をした。まあ、この辺の情報はもっぱら私が集めてきているから、大抵の情報は私からもたらされる。だから、レインもサーシャさんも驚かないけど、二人はその情報の詳しさに大いに驚いたようだ。

 

「どちらにせよ、キバオウ派が台頭するようになってから、軍は今までの治安維持だけでなく、一種の支配とも取れる真似を始めました

 最初は、それで治安が良くなっていったところもあったのでよかったんです。何せここは広いし、必然的といってもいいほど人も多いですから。でも、やがてそれが行き過ぎになりだしたんです」

 

「狩場の独占くらいならまだいいほう。横取りとかは日常茶飯事。それによって抗議が出たら武力威圧。加えて徴税と称したカツアゲ。これだけならまだよかった。けど、そればっかりになって、攻略がないがしろになりだした。それで末端プレイヤーはおろか、軍内部でも不満が噴出してね。ならばと今度はレベルの高いプレイヤーをまとめて前線に放り込んだ。フロアボスを狩ってこい、なんていう馬鹿げた指令と共にね」

 

 その言葉に、ふたりの表情が暗くなる。

 

「・・・コーバッツ・・・」

 

 キリトが微かにつぶやく。その言葉に、私は一つ頷いた。

 

「あの人も随分と丸くなったよ。“あの少年少女と、姿は見えないが助太刀してくれた奴のおかげで命拾いできた。ただ突っ込むだけが能じゃないと、身を持って自覚できた”って。おかげで、軍内部の情報もつかめるようになったんだけど」

 

「情報ソースはそこだったんですか。道理で耳が早いわけです」

 

「ちょっと脱線したね。とにかく、それが失敗したおかげで、キバオウ派は失脚しかけたらしい」

 

「ちょっと待て、()()()()?」

 

「そ、し()()()

 

 一つ指を鳴らして私はさらに言葉を継ごうとして、キリトの目が入り口に向いた。

 

「誰か来るぞ。一人」

 




 はい、というわけで。

 今回は朝露の少女編ですね。ここまで2巻の内容をこれでもかというほどカットしてきたので、たまにはまじめに書こうかと思った次第です。あと、この後女の子目線で書いていくので、その訓練の一環でもあります。
 女の子二人、ひと暴れするの巻。いやはや、この子たちは怒らせたらいけない。というか、このエピソードを書くにあたって、改めてSAO2巻を読み返していたわけなのですが、このころからアスナさん、バーサーカーの片鱗ありますよね。ってわけで、思いっきりやってみた結果がこれだよ(悟り。ちなみに、エリーゼちゃんもその片鱗は、ない、と思いたいなぁ。
 コーバッツに関しては、まあこのくらい丸くしても罰は当たらないかなー、と。

 まあそれはさておいて。
 今後しばらく、更新は月曜日になりそうです。というのも、また例によって考えなしな筆者が月曜日に2コマ連続で空きにしたことで暇な時間が生まれたもので。更新速度は今のところ未定です。

 ではまた次回。


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40.Yui

「誰か来るぞ。一人」

 

 キリトの言葉を聞いて、私はハイオプティマスを装備しながら立ち上がった。ほぼ同時に立ち上がったサーシャさんを手で押さえ、私が入り口に向かう。昨日の今日だ、報復くらいはありえる。だが、私が軍のプレイヤーごときに後れを取ることなどない。だが、私の心配は、扉を開けた瞬間に消えた。

 

「あら、エリーゼさん」

 

「ユリエールさんでしたか。連絡をくだされば迎えの一つくらいはいたしましたのに。まあとにかく中へ」

 

 凛とした美人であるユリエールは、グリームアイズの一件を機に、キバオウ派とシンカー派の懸け橋となろうとしているコーバッツから紹介された人物だ。シンカーの副官も務める才色兼備な姿は、軍のプレイヤーの羨望の対象の一つなのだとか。

 中に入ると、キリトとアスナは露骨に警戒の色を浮かべた。それもそうだろう、彼女はどうあがいても軍の人間だ。服も軍のそれである。

 

「心配しないで、この人はその手の人じゃないから。彼女はユリエールさん。見ての通りギルドALFの一員で、シンカーさんの副官である人よ」

 

「ALF?」

 

 その言葉を聞いて、私は少し意外な一面を見た気分になった。このくらいの言葉は知っていてもいいかと思ったのだが。

 

「Aincrad Liberation Force―――アインクラッド解放軍の略よ。あんまりこの呼称を好まない人もいてね、ユリエールさんもそうなのよ」

 

「はい・・・」

 

 そのくらいにして、ユリエールさんは席についた。そこで、私が話を切り出した。

 

「それで、話とは」

 

 その言葉で、ユリエールは顔を引き締めた。

 

「はい。今の軍の内情はご存知でしょうか」

 

「キバオウ派が失脚仕掛けていてるけど、リーダーであるシンカーさんが行方不明で、他に指導者もいないから完全失脚には至っていない。だよね?」

 

「・・・相変わらずお耳が早いことで・・・」

 

 私の言葉に、ユリエールさんは驚いたようだった。

 

「問題は、そのシンカーのことなんです」

 

「まさか、そのシンカーさんに何かあった・・・?でも一応ALFのリーダーなわけですし、確か碑に名前残ってましたよね」

 

 その言葉に、ユリエールさんの表情に影が差した。それを見て、エリーゼはまさかと思った。

 

「何があったのですか」

 

 短く問いかける。その声は、かなり抑えられていたにもかかわらずよく通った。

 

「知っての通り、キバオウは失脚しかけました。そこで、キバオウは強硬手段に乗り出しました。・・・シンカーは優しすぎたのです。丸腰で話し合おうというキバオウの言葉を鵜呑みにして・・・。転移結晶も持っていかなかったんです」

 

(・・・ポータルPK・・・。キバオウめ、そこまで堕ちたか)「・・・で、シンカーさんは今どうなっているんです?」

 

 ポータルPKとは、高難易度ダンジョンやMobの群れに置き去りにする、一種のMPKだ。少なくとも、一つの大ギルドの幹部たる人間がとる手法ではない。

 

「今、彼は高難易度ダンジョンの最奥にある安全圏内に取り残されている・・・と思います」

 

「その状態で、どのくらい・・・?」

 

「もう・・・三日ほどになりますか。私が助けに行こうにも、難易度が高すぎて助けに行けず・・・。そんな折、鬼のような強さで徴税部隊を撃退したという三人の噂を聞きまして。徴税部隊はあまりにもいきすぎなところがありましたし、本来私たちがやるべきことをやってくださったお礼と、依頼をするためにここへ参りました」

 

 そこまで話を聞いて、私は一つため息をついた。

 

「私は傭兵よ。依頼としてなら、基本的に対価をいただくことになるわ」

 

 その言葉に、ユリエールさんは困ったような顔をする。だが、そのくらいは想定内だ。

 

「でもさ、たまたま私がダンジョンに潜り込んで、たまたまそこにいた人を助ける分には全く問題ない、って決めてるわけ。OK?」

 

 その言葉に、ユリエールさんの表情が一転して明るくなった。

 

「で、では・・・!」

 

「あくまでたまたまよ。それに、あくまで傭兵なのは私だけ。そのほかの人間については、個別での相談次第、ってとこじゃない?」

 

「私は行きます」

 

 私の言葉に、レインは即答で言った。にやりと一つ笑って、横目でキリトとアスナを見る。だが、その顔ははっきり言って、

 

(信用してない、って顔してるわね・・・。ま、無理ないか)

 

 私からしたら、ユリエールさんがこんな嘘をつく理由もないだろうというのは簡単に推測がつく。彼女の人柄がそうさせているのだ。だが、ふたりからすればユリエールさんとは初対面といって差支えないはず。さすがに今さっき会った相手を信用しろというのは無理のある話だ。

 その不信を打ち払ったのは二人の間にいた少女だった。

 

「大丈夫だよ、パパ、ママ。この人、うそついてないよ」

 

 その言葉に、一時的とは言っても親代わりの二人が驚いた。

 

「分かるの?ユイちゃん」

 

「うん、なんとなくだけど、わかる!」

 

 その無邪気な笑顔にこそ、嘘は見られない。

 

「・・・行きます」

 

 小さいが確かな声でアスナが言った。その言葉に、キリトも頷く。夫婦そろって話し合いもなしに同意できるとは、本当に似た者同士な夫婦だった。

 

「ユイはここでお留守番な?」

 

「やだ!」

 

 キリトの言葉に、ユイちゃんは即答で拒否した。

 

「ユイちゃん、今から行く場所はとっても危ないから、お留守番していて?」

 

「やだやだ!ママたちと一緒に行く!」

 

「そうはいってもねぇ・・・。お留守番していたほうがいいでしょ?」

 

「やだ!!」

 

「おお・・・これが反抗期というやつか」

 

「キリト君も説得する!」

 

 キリトのどこか感慨深げな台詞に、すぐアスナが反論した。

 結局、ユイちゃんはまったく折れず、キリトたちと一緒に行くことになった。

 

 

 

 

「それで、そのダンジョンというのはどこにあるんです?」

 

 私たちが移動していると、アスナが切り出した。キリトが黙っているのは、こういったことはアスナのほうが向いているという認識の結果だろう。

 

「ここです」

 

「「は?」」「「え?」」

 

 ユリエールさんの下を指差しながらの答えに、私たちはそろって間の抜けた声を出してしまった。ここは最下層、下はない。つまり、

 

「街中の地下にダンジョンがある、ということですか?」

 

 私の答えに、ユリエールさんは頷いた。俄かには信じがたいが、それしか可能性がない。

 

「最初発見した時、キバオウは独占しようとしたそうなのですが、存外に難易度が高かったらしく、消費したアイテムの補充で赤字になってしまい、断念したそうです」

 

「・・・攻略の進行度合いに応じて解放されるタイプのダンジョンかな・・・」

 

「可能性はあります。開始当初は発見されていませんでしたから。我々なら難易度が高すぎますが、―――」

 

「この三人なら、最前線レベルがじゃんじゃん湧いてもある程度ならどうにかなりますね」

 

 レインの答えはもっともである。攻略組の中でもトップクラスの腕前を持つ閃光&黒の剣士に、レベルもさることながら実力も一級品の剣姫(ヴァルキリー)ことレイン。そして、三人には一歩劣るものの、準攻略組レベルの実力はあると自負する、実力があっての傭兵である私。よっぽど強いボスか、無限湧きレベルの雑魚が出てこない限りは大丈夫だろう。

 

「はい。頼りにさせてもらいます」

 

 それだけ言うと、私たち6人は始まりの街の隠しダンジョンに潜り込んだ。

 

 

 さて、ダンジョン攻略なわけだが。

 

「おりゃああああっ!!!」

 

 端的に言おう。もうあいつ(キリト)一人でいいんじゃないかな。だって、前線でひたすらバーサクしているし、本人めっちゃ楽しそうだし、私たち出る幕一切ないし。ユリエールさんとか引き気味の苦笑い。唯一ユイちゃんだけはめっちゃ楽しそうに顔輝かせているけど、それ以外は呆れの一言だ。

 

「すみません、完全にお任せしてしまって・・・」

 

「いいんですよ、本人好きでやってるんですから」

 

「というか、あれは一種の病気」

 

 さすがに少しは手伝おうと思っていたのだろう、ユリエールさんが申し訳なさそうに言う。だが、キリトはそんなのどこ吹く風と言わんばかりにバーサクを続けていた。そしてレイン、それは思っても口に出さないべき。

 

「ふーすっきりした」

 

 一通りポップしてきた敵を薙ぎ払ってキリトは言う。その顔がつやつやしているように見えるのは気のせいではないだろう。

 

「キリト、ちなみにさ、あのカエル何か落とすの?」

 

「ん?ああ、これを」

 

 私の問いかけに、キリトがアイテムストレージから取り出したのは、さっきのカエルの足のような形の肉。

 

「・・・なにそれ」

 

 アスナがかなり引き気味に問いかける。そういえばアスナはゲテモノとかお化けとか、所謂“気味の悪いもの”全般が嫌いという、女の子らしい一面もあったなぁなどと、完全に他人事のように思い出した。

 

「ああ、さっきのMobスカペンジトートの肉だよ。見た目はこんなのでも、結構いけるらしい。今度料理してくれよ」

 

「絶!対!嫌!」

 

 そう言うと、アスナはその肉を素早さパラメータを全開にして一瞬でひっつかむと、筋力パラメータ全開でスローアウェイ。この間一秒足らずにして、投げた肉は軽く50mは飛んで行った。何というステータスの無駄遣い。

 

「うわもったいない!それなら・・・!」

 

 というと、今度実体化したのは、―――そのスカペンジトートの肉山盛り。

 

「いやあああああぁぁぁ!!!!」

 

 絶叫しながらアスナはスカペンジトートの肉を次から次へと後ろに放っていく。ついでに私とレインもそれに協力する。この嫌がり方は結構全力の嫌悪だと同性の直感で理解した。その光景を見て、ユリエールさんはほほえまし気に笑った。

 

「あ、おねーさん、初めて笑った」

 

 ユイちゃんが無邪気にそれを指摘する。と、そこで私も初めてユリエールさんの顔を見た。正直に言って、この女性がここまで柔らかい表情を浮かべるのを見たのは初めてだった。

 

「いえ・・・。とても仲がいいのだな、と」

 

「ええ。・・・過去にいろいろありまして」

 

 意図してかせずしてかその懸け橋となった青年は、ここにはいない。というより、もう表舞台に出て来るつもりもないようだが、あの青年のおかげでこのような仲になったのもまた事実だった。

 

「そうですか・・・。うらやましいです。そういった仲は、もう軍の内部にはありませんから」

 

「無理のない話ではあると思いますけどね」

 

 私は直接その光景を見たわけではない。が、軍の内部に潜んでいたジョニーブラックの仕業で、当時攻略組のレイドリーダーが死亡し、軍も大幅な痛手を負ったというのは有名な話だ。だからこそ、軍は“常に隣人を疑う覚悟を持て”というような風潮が強い傾向にある。

 

「先に進みましょう。シンカーさんはこの先にいるのでしょう?」

 

「・・・ええ」

 

 それだけ言うと、私たちはさらに歩を進めた。

 

 

 

 しばらく進むと、Mobのポップがやけに少なくなった。いやな予感を覚えて、警戒のレベルをはね上げつつ進むと、キリトが一つ呟いた。

 

「少し先にプレイヤーが一人。・・・シンカーかもな」

 

 その言葉に、私たちの警戒は跳ね上がる。シンカーがいるということは、ダンジョンの最奥が近いということと同義だ。そして、―――

 

 やがて、私の索敵スキルにもプレイヤーの反応が引っかかった。目を凝らすと、かなり先に人が一人いる。それに気付いたのだろう、ユリエールさんが駆け出した。追随する形で私が駆け出す。

 

「シンカーーー!」

 

 やはりシンカーさんだったようだ。だが、当のシンカーの顔には焦り。

 

「ユリエール来ちゃだめだ!その通路には―――!」

(まずい・・・!)「ユリエールさんごめんなさい!」

 

 シンカーさんの言葉が終わる前に気付いた私は、ユリエールさんを全力で安全圏に向かって放り投げた。その勢いのまま一回転して抜剣する。シンカーがいたということは、やはりここが最奥なのだろう。そして―――

 

「は、はは・・・ちょっとこいつは・・・やばいかな・・・?」

 

 この手のダンジョンはお約束のように、最奥にボスが控えていることが多い。今目の前にいる、鎌を持った死神のように。

 頬から冷や汗が流れるのが分かる。識別スキルとか、実際に刃を交えなくとも分かる。こいつは、今まで出会った中でも規格外だ。

 

「アスナ、エリーゼ、ユイを連れて逃げろ」

 

「冗談。こんな強敵目の前にして逃げれるかっての」

 

 すぐ意図を察して、私は即断即決でその言葉を却下した。

 

「どうしてよ、キリト君」

 

「俺の識別スキルでもほとんど何もわからない。間違いなく80層、もしかしたらもっと上のボスだ。今の時点で勝てるとは思えない。―――逃げてくれ、アスナ」

 

「無理だよキリト君!君を―――」

「頼むから!」

 

 なおも言葉をつづけようとするアスナの言葉をぶった切って、キリトは続けた。

 

「逃げてくれ。俺もあとで行く」

 

 その言葉を聞いて、アスナは腹をくくったようだ。私たちがにらみ合いを続けている間に安全圏に脱していたユリエールとユイ、そしてシンカーに向かって一言、

 

「ユイちゃんを頼みます!」

 

 それだけ言うと、アスナもランベントライトの切っ先を向けた。その隣で、おそらく二人を送り届けた帰りであろうレインも得物を抜いている。それを見て、キリトは一言、

 

「死ぬなよ」

 

「互いにね」

 

「まったく。こんなところで死んでたまるもんですか」

 

 キリトの警告に、私とレインちゃんはそろって挑発的に答えた。まったくこの手の性分は死ななければ治らないらしい。

 死神が鎌を振り上げる。二人が揃って防御の体勢を取る―――が、二人はあっさりと弾き飛ばされた。直後に私が前に出た。それを見て、横薙ぎが来る。上に向かってパリィしにかかる。片手剣を両手で支えてようやく何とかパリィに成功したが、

 

(なにこれバッカじゃないの!?)

 

 想像をはるかに超える衝撃に驚愕を隠しきれないでいた。これは明らかに90層クラスだ。下手したら95より上かもしれない。どちらにせよ、こんなところで4人で相手取る相手ではない。

 

(でもま、)「ここまで来ておめおめと引き下がれるもんですか」

 

 改めて切っ先を前に向ける。まっとうに戦える相手ではない。なら話は簡単。まっとうに戦わなければいい。

 ゆっくり腰を落とす。さてこの均衡どう崩そうか、と考えている時、

 

「ユイちゃん!?」「ユイ!?」

 

 後ろからキリトとアスナの声が聞こえた。驚きつつ精神力で振り向かず、均衡を保つ。直後に繰り出された振り下ろしを、私はバックステップで回避した・・・直後に、

 

(しまった!)

 

 そこに黒髪の少女がいることに気付いた。死神の鎌は少女に向かう。斬り裂かれると思った瞬間に、その前に小さなシステムメッセージで“Immortal Object”と表示された。

 

(え・・・!?)

 

 その表示を見て、私は驚愕した。イモータルオブジェクト、つまり非破壊物質。プレイヤーには絶対に付与されない性質の一つだ。これがもしプレイヤーに装備されるようなことがあれば、間違いなくそのプレイヤーは不死身となる。そんなゲームの公平性を著しく欠くことはまずしないはずだ。なら、今目の前で起こっている事象はいったい何なのか。そんなことを考えていると、ユイちゃんはさらに虚空から燃え盛る大剣を取り出した。明らかに自分のSTR要求を超えているだろうそれを、ユイちゃんは軽々と振るって大上段から死神に振り下ろした。そのまま一刀両断にすると、死神はまるで最初からいなかったように掻き消えた。

 

「パパ、ママ・・・。全部、思い出したよ」

 

 そこには、今までの幼児のようなユイちゃんはいなかった。ただ、静かで理知的な女の子がいるだけだ。

 

 

 

 

 安全圏内には、他のそれとは一線を画すものが置いてあった。それは見た目には大きな石だ。そこにちょこんと腰掛ける形で、ユイちゃんは座っていた。シンカーとユリエールには一足先に離脱してもらって、軍のごたごたを収めてもらうように頼んだので、ここにいるのは5人だけだ。

 

「それで、思い出した、って、記憶をってこと?」

 

「はい。すべてお話します。キリトさん、アスナさん、レインさん、エリーゼさん」

 

 先ほどとは打って変わった冷静な言葉に、キリトたちの目に軽いショックが生まれたのを私は見た。

 

「この、ソードアートオンラインは、カーディナルという一つの巨大なシステムで運営されています。通貨、モンスターのポップなど、文字通りすべてをカーディナルが担っています。その中には、プレイヤーの精神状態の監視というものもありました。異常をきたした場合はその除去の努力も。そのためのプログラム、M(メンタル)H(ヘルス)C(カウンセリング)P(プログラム)01、コードネーム《Yui》。それが私です」

 

 淡々とユイちゃんは話した。その言葉に、私たちは大いに驚いた。

 

「プログラム・・・ってことは・・・」

 

「AIなの!?」

 

 こうして明かされなければ、私はユイちゃんをプレイヤーだと思い続けていたに違いない。どこから見ても、悲しみや喜びといった“感情”がユイちゃんには備わっていた。

 

「私たちには、プレイヤーと話して不自然でないように、感情模倣機能が搭載されています。―――偽物なんですよ、全部」

 

 いまだに驚愕が冷めきらなかった。よもや、こんなものまであったとは。

 

「なんであんな森の中にいたの?ユイちゃんの役割から考えれば、あの時あんな状態だったのは普通じゃないと思うのだけど」

 

 一つ軽く頷くと、ユイちゃんはゆっくりと語りだした。

 

「先ほども言ったように、私の役目はカウンセリングです。ですが、ゲームが始まってすぐに、おそらくはゲームマスターの手によって私たちはプレイヤーとの接触を禁止させられてしまいました。いつ解除されるかもわからないまま、私たちはずっとプレイヤーの監視を続けていました。その間、プレイヤーは負の感情をどんどん蓄積させていき、そこに行かなくてはならないという義務感と、いけないという閉塞感で板挟みとなった私たちは、エラーを蓄積させていきました。そんなときに、イレギュラーとも取れるプレイヤーを見つけました。悲愴でも絶望でもない、温かい感情。それを持った二人。そして、どんな状況であっても、自身の根幹となる感情パラメータをほとんど変動させない一人のプレイヤー。私は、その三人を重点的に監視し続けました」

 

 根幹となる感情パラメータ、おそらくそれは覚悟と同質の物だろう。それがほとんど変化しないというのは、ほぼ間違いなく()だろうと私は思った。

 

「その三人のプレイヤーを重点的に監視していると、私たちの一人が閉塞を打ち破ったんです。β時代に使われていて、本サービスで使われなかったアカウントを、半ば以上に乗っ取る形で無理矢理外に出たんです。それを見て、私はMHCPとしての姿を使って、ふたりのプレイヤーに近い場所のシステムコンソールから外に出ました」

 

「で、それがキリトたちの住んでいた森の近くだった、と」

 

 私の言葉に、ユイちゃんはこくりと頷いた。

 

「偶然ではないんです。何を隠そう、私がパラメータを重点的に監視していた二人とは、他ならぬキリトさんとアスナさんだったのですから。そして、そこからは、皆さんも知っての通りです」

 

 俄かには信じがたい。だが、気になるのは、

 

「ねえ。プレイヤーとの接触を禁止させられた、って言ったよね?ということは・・・」

 

 レインはあえてみなまで言わなかった。だが、その後に続くのがどのような言葉のなのかわからないほど、二人が馬鹿ではないと知っていた。

 

「あのままなら、問題なかったと思います。ですが、私は先ほどのボスモンスターを、システム権限の一部であるオブジェクトイレイザーを使って消去しました。それも、この石―――システムコントロールに触れたうえで、です。今、カーディナルが私を調べています。いずれ私は、プログラム側からエラー認定を受けて削除されるでしょう」

 

 その言葉が何を意味するのかなど言わなくとも分かる。プログラムの削除、つまりはこの世界から消えるということだ。

 

「嫌だよ!ユイちゃんがいないと私・・・!」

 

 アスナは、子供のように泣きじゃくった。だが、私は違った。

 

「昔のゲームの話だけどね、AIに自我が生まれるのは、AIのプログラム過程のバグによるものなんだって。もしそうだとしたら、エラーによるものだとしても、バグを生じて自分の意志があるのなら、プログラムじゃないよ。

 言ってごらん、ユイちゃん。君は何がしたい?」

 

 私の言葉に、ユイちゃんは一つうなだれて、ゆっくりと顔を上げて言った。

 

「私は、皆さんと一緒にいたいです・・・!」

 

 その顔は涙にぬれていたが、純粋な願いの込められた笑顔だった。

 

「私もだよ。大事な娘だもん・・・!」

 

「ああ。ユイは、俺たちの愛娘だ」

 

 そうして、三人は抱き合った。その光景を見ながら、私は一つの可能性に行きついた。

 

「ユイちゃん、これはシステムコンソールなんだよね?」

 

 私は、ユイちゃんが座る黒い石を指差しながら言った。ユイちゃんはそれに一つ頷いた。

 

「なら、可能性があるかもしれない。―――ちょっとごめんね」

 

 それだけ言うと、私は黒い石をペタペタと触りだした。ある一点でキーボードが表示された瞬間に、私は高速ブラインドタッチでコンソールの操作を始めた。その時に、後ろから声が聞こえた。

 

「どうやら、お別れのようです。・・・どうかお元気で、パパ、ママ」

 

 その言葉と共に、ユイちゃんは消えた。すぐにキリトが隣に来て一言、

 

「手伝う」

 

 とだけ言った。キリトが石に手をかざすと、もう一つキーボードが出てきた。不思議なほど息の合ったタイプが終わった時、私たちはそろって吹っ飛ばされた。

 

「大丈夫!?」

 

 その言葉に、私は手を上げて答えた。そして、キリトの手の中には雫型のペンダントがあった。

 

「これって・・・」

 

「ユイちゃんを消す時に、まず実体化を解除して、ってプロセスがあったのね。で、そこには少なからず運営側―――つまりGM(ゲームマスター)権限が入り込む。そこに、疑似GM権限とでも呼ぶべきもので無理矢理割り込みをかけて、削除される寸前のユイちゃんをシステムからパージ、簡易だけどオブジェクト化したの」

 

「・・・よくわからないけど、」

「つまり、これは・・・」

 

「ユイの、心とも呼べるものだ」

 

 ゆっくりとキリトが言うと、アスナはペンダントを抱えて泣き崩れた。

 

 

 

 私は、キリトたちを見送っていた。シンカーを救出できた時点でキリトたちの目的は達している。いったんホームに戻るという意見を、少なくともあの二人は認めてくれるだろう。まったく末永く爆散しやがれ。

 最初は同行を断った。誰があんなバカップル新婚夫婦の空間に入りたいと思うのか。邪魔しようとするやつはマジで死ねばいい、というかあまりにひどかったら私が殺す。だが、アスナに押し切られてしまって、半ば強制的に、表向きは護衛として同行している。レインは教会のほうに、一応お守りの手伝いも兼ねて置いてきていた。

 そんなこんなで、キリトたちのホームへ向かっていたアスナが、思い出したようにふといった。

 

「そういえばあの時、ユイちゃんをシステムからパージしたって言ったよね?ユイちゃんのデータってどこに保存されているの?」

 

「保存先は、キリトのナーヴギアのローカルメモリに設定したよ。最初はアスナとキリトどっちにしようか、ってなったんだけど、キリトが自発的に自分のほうを指定してたから、そのままにしちゃった」

 

「圧縮してもかなり容量がいっぱいになっちゃったし、もともとSAO内で活動すること前提のプログラムデータだ。そのまま現実世界で会えるのはかなり先になりそうだが・・・絶対会わせて見せる」

 

 そこには、確かな覚悟があった。それを見て、私は年下の成長に一種の感動を覚えていた。

 

 




 はい、というわけで。

 これにて、朝露の少女編、簡潔でございます。というか、まともに描いたサイドエピソードってこれが最初で最後な気が・・・。まあ仕方ないね。主人公のポジションがポジションだからね。
 自分はあまり原作改変したくない人なので、ユイちゃんに関しても処遇は同じということで。まあ、一人変わる子もいるわけですが、そのあたりはまた。

 次は本編です。なんとカウントしてみたら後2話でSAO編が終わります。びっくり。ンでもってダイジェスト極まりない。ifルートで反省ですね。
 この後はALOまでいったんやった後、SAOifルートをたどったうえでGGOに入る予定です。

 ではまた次回。


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41.激闘―第75層フロアボス攻略戦―

 カルマのクエストをクリアしてから、俺は最前線に潜り続けていた。理由はただ一つ、ボス戦への協力だ。俺の身の上からして、参加は難しいものがあるだろう。だが、協力くらいなら誰にでもできる。例えば、迷宮区を真っ先にマッピングして、そのマップデータを提供する、とか。

 俺がこだわるのには理由がある。それは、ここが第75層だからだ。ここまで、25の倍数層の攻略には犠牲を払うことが多い。第25層では軍の攻略部隊が壊滅する事態に陥り、第50層ではこれまたボス攻略の最前線を担っていた青龍連合が大打撃をこうむった。もう一つ付け加えるなら、ヒースクリフ及び彼が率いるKoBの名前を天下に知らしめたのもこの層だ。とにかく、ここで何も起こらず、すんなり通れるということはまずないだろう。なら、微力ながらも協力はすべきだ。もっとも、そこに眠っているレアアイテム狙いというのもあるのだが。

 

 迷宮区で狩りを続けていると、やがて攻略集団と思われる集団に遭遇した。俺の顔が割れているとは限らないが、用心に越したことはない。それに、今その攻略集団は、大きな二枚扉の前にいた。

 

(つまりは、そういうことだよなぁ・・・)

 

 ここがボス部屋ということだろう。74層が攻略されてから3週間余り。最近の攻略ペースを考えると、少し遅めな攻略となりそうだ。俺も戦っていて思ったが、ここはやはりかなり手ごわい。遅くなるのも納得だろう。

 やがて、攻略集団が二つに分かれた。どうやら、先遣隊が中に突入、何かあったら待機している後衛隊と合流するという流れらしい。過去にはボス部屋が水浸しになったということもあった。その対策も兼ねてだろう。これに関して、俺はまったく異存を覚えなかった。

 問題が発生したのはこの後だ。先遣隊が突入するや否や、扉がひとりでに閉まり、そのまましっかりとしまってしまったのだ。遠目から見るに、押して、引いて、横に動かして、という手段はすべて試しているようだが、扉はピクリとも動かない。考えられる可能性があるとすれば、

 

(俺、だろうなぁ・・・)

 

 ボスがボス部屋から出てこないことをいいことに、射撃スキルでボス部屋の外からちまちま撃ち続けるというあれは、完全に反則技だ。作戦と言ってしまえばそれまでだが、難易度を大きく落とすだけでなく、面白みもなくなってしまう。もともとその手の対策が速いSAOだ、早速その対策がなされたのだろう。

 

 やがて、扉が開いた。長く感じられたが、時計を見てみると10分しか経っていなかった。そして、扉の中には、何もなかった。ボスも、先遣隊も、何も。転移結晶で転移したような痕跡は一切ない。ということはつまり、

 

(死んだ、か)

 

 攻略集団10人が、10分という短い間に全滅した。その事実だけでも十分に脅威たり得るものだった。これは看過するわけにはいかない。俺の目的も考えれば、ここで助太刀に入るべきだ。だがおおっぴろげに入るわけにはいかない。そのために俺の頭は回りだしていた。

 

 

 

 

 

 その翌日の昼下がり、ボス攻略隊が75層攻略に乗り出した。そこには、キリト、アスナ、レイン、クラインだけでなく、エギルもいた。街中にもかかわらずハイディングをしてそこに紛れ込んだ俺は、まるであたかもボス攻略集団の一員であるかのようにふるまった。念のため仮面のような防具をして、素性を知られないようにしているから、一目では俺と分からないだろう。いかに強豪ぞろいの第75層迷宮区といっても、これだけ百戦錬磨の猛者たちばかりでは、間違いなく形無しだろう。まあ、フロアボスを除けば、だが。俺は弓を背中に担いでその場からするりと離脱した。

 

 

 相変わらずのハイディングと俺のスニーキングで、誰にもばれることなく俺はボス部屋前に到達した。ボス部屋の扉がゆっくり開くと、戦闘のヒースクリフが号令をかけた。

 

「全体、突撃―――!!」

 

 その声に、掛け声を上げつつ全体が突進する。俺もそれに追従する形で突撃した。何とか扉が閉まる前に俺も滑り込んだ。が、薄暗いボス部屋にボスの姿はない。はてさてどこにいる、と思った矢先、

 

「上よ!!」

 

 アスナが大声を上げた。その声に従い上を見ると、そこには天井に張り付くように骸骨のムカデのようなボスがいた。間違いなくこの部屋の主たるフロアボスだろう。銘は“The Scull Reaper”。骸骨の死神、ってところか。悪趣味なネーミングをしやがる。―――てちょっと待て、天井に張り付いているってことはこいつ・・・!

 

「逃げろ!!!!」

 

 俺は全力で声を張り上げた。正体とか今更どうでもいい。こうなったら死なないことが最優先だ。一泊遅れて周囲が動き出す。が、それを見てかフロアボスが降ってきた。最後尾の二人が遅れている。俺は一つ舌打ちすると、メニューをさっさと操作して適当な剣を一振り取り出して弓につがえた。こういうことも想定して、すぐに取り出せるところに剣を置いておいて正解だった。そのまま狙いは適当に放つ。だが、それはあっさりとボスの両手にあった鎌のうちの片方に弾かれ、もう一つの鎌が遅れていた二人のうちの一人を狩った。そのまま吹っ飛ばされたプレイヤーをキリトが受け止めようとするが、その前にそのプレイヤーはポリゴン片となった。つまり、

 

「一撃死・・・だと・・・」

 

「こんなの、無茶苦茶だよ・・・!」

 

 しかも、おそらくあの位置から遅れるとなると頑丈なタンクプレイヤーの部類だろう。そのプレイヤーが一撃死ということは、ダメージディーラーが食らったらどうなるかなど推して知るべしだ。加えて、あいつは俺の放った剣を鎌で弾いたのだ。高速で飛来する剣を弾く技量もある、ということに他ならない。アスナの言う通り、無茶苦茶もいいところだ。その火力に竦んだプレイヤーが固まっているところを見逃さず、スカルリーパーは鎌を振り下ろしにかかった。が、今度は距離が近かったこともあり、キリトがパリィしにかかった。が、勢いが殺しきれていない。そこにアスナが割り込むことで何とか止まった。

 

「横は任せて」

 

 レインはアスナたちにそれだけ言い残して、側面からの攻撃にシフトした。彼女はスピードタイプの剣士だ、あの重撃は受け流すこともままならないに違いない。早々に側面からの攻撃に切り替えるあたりさすがだ。そして、クラインやエギルも側面からの攻撃に切り替えたようだ。なら、俺のやるべきことは一つだ。そう思うと、俺は武器を弓から刀と小太刀に切り替えた。

 

「行くぞ」

 

 ダン!と強く地面を蹴る。キリトたちが受け持っていないほうの鎌をヒースクリフが受け止めたことを横目で確認して、俺は斜め上に辻風を繰り出し、空中でリーパーを繰り出した。二重の加速により爆発的な加速を得た俺は、さながら砲弾のようにスカルリーパーに飛びついた。そして、斬り込むときに丁度硬直が切れたことを確認して、俺は振り下ろしを繰り出した。予想通りというか、頭蓋骨に当たる部分は硬く、簡単にはじき返されたが、それによって空中に放り出さながら、俺は速攻でクイックチェンジ、弓に矢をつがえて連射した。もうこんな相手だ、出し惜しみなどしていられるか。軽く滑りつつ着地すると、スカルリーパーのヘイトは完璧に俺に向いた。振り向きざま鎌を薙いでくるが、そんな大振りの攻撃、

 

「当たるかよ!」

 

 言いつつバックジャンプしながらさらに矢をつがえて放つ。矢が光り輝き、スカルリーパーが目に見えて怯んだ。

 

「今だ!」

 

 ヒースクリフの号令が轟く。瞬間、その場にいた全員の得物が様々な輝きを放つ。一気にフルアタックを決めにかかった時に、俺も本数の少ない虎の子の矢を放った。そいつは足に刺さった瞬間に爆発を起こし、スカルリーパーを強制的に転ばせた。

 レベルが80になって取った、アイテム作成スキルを使って俺が作った、俺お手製その名も“爆裂矢”。文字通り刺さったら爆発するギミックを搭載した矢だ。はいそこ、そのまんまとか言わない。その後も、普通の矢を三連続で放つ。特に、最後のは大きく溜めての三本同時発射だ。俺がここ一番というときに決める、射撃スキルソードスキル“トリニティレイヴン”だ。だが、それを放った瞬間に、この一時的な転び(タンブル)がもうすぐ回復することを察した。瞬間、装備を操作して防具を最高級のものに切り替えた。おそらく誰もが見慣れた血色の外套と、露わになった俺の顔に、一瞬だがざわつきが生まれる。

 

「動揺しとんな死にてえのかっ!!!!」

 

 再びの俺の怒号に集団がまた動き出す。このあたりはさすが攻略組だ。その隣に、一人の少女がやってくる。

 

「前は任せた。頼むぜ、レイン」

 

「・・・うんっ!」

 

 俺の言葉に一瞬嬉しそうに笑みを浮かべ、レインは再び突っ込んでいった。俺にできるのは、その背中を守るだけ。申し訳ないが、正面は新婚ラブラブバカップルな黒白夫婦と最強()と名高い聖騎士様にお任せしよう。言葉に棘があるって?知らんなあ。だから、

 

「そう簡単に死なせやしねえっての!」

 

 言いつつ、思いっきり弓を引き絞って発射。ほとんどずれなく尾の剣に命中し、その軌道をずらした。

 

「横から攻撃する部隊は、尾の刃に注意!できるだけフォローはする!でもアテにすんなよ!」

 

「大丈夫だ、誰もお前なんか最初っから戦力の勘定にゃ入れてねえ!」

 

 そりゃひどい。が、言われつつ俺の頬は緩んでいた。さてと、

 

「楽しい楽しい狩りの時間だ」

 

 その一言と共に、俺は再び狙いを付けた。

 

 

 

 戦いの狼煙を上げてからどれだけ経っただろうか。とにかく、時間感覚がおかしくなるくらい戦っていたということは確実だ。そして、俺たちはかつてないほどの死者を出しているということも自覚していた。弓の耐久度もだいぶ落ちてきた。

 

(仕方ないか)

 

 前衛もかなり薄くなってきている。唯一の最後衛としては、前衛がいないと危険度は倍どころの話ではない。ならば、自分が前衛に出ればいいだけの話。その覚悟をすると、俺は装備を鬼怨斬首刀とオニビカリに変更して突撃した。丁度その時、尾の剣が一人を屠りにかかるところだ。その相手はあきらめたように動かない。ならばやることは一つ。

 

「そら・・・よっ!」

 

 ドライブツイスターを使って剣を弾き上げる。軌道は逸れて、俺にも後ろのやつにも当たらなかった。そのまま横に一回転して構えなおした。

 

「どうしたお前、援護するんじゃなかったのかよ」

 

「前がこんなに薄くなったら援護どこじゃないっての」

 

 事実、今はPOT休憩している奴が多い。加えてこの攻撃力だ、生半可な回避は役に立たない。

 

「お前は大人しく後ろでちまちま援護だけしてりゃいいのによ」

 

「なんだよその言い草は・・・よ!」

 

 会話しつつ、飛んできた攻撃を一発パリィ。うん、今のは会心。

 

「正直言って邪魔」

 

「正直上等だし邪魔なんざ百も承知だ。だからお前も死にかけてるって白状して回復しとけ」

 

「へいへい」

 

 それだけ言うと、俺と会話している奴もPOTローテに加わった。その代りに隣に立つのは長髪の少女剣士。

 

「前言撤回。背中預けた」

 

「預けられた。だから勝手に死なないでね?」

 

「互いにな」

 

 俺にはまだやることってのが残ってんだ。こんなとこで死んでなんかいられるか。

 短いやり取りの後、俺たちは同時にかけだした。

 

 戦っていると、不思議な感覚に襲われた。ボスの攻撃はよく読めるし、連携は今までとは段違いでとれる。本当に不思議な感覚だ。そんなときに、レインの右から攻撃が飛んできた。今の立ち位置から考えると、

 

―――右60、尾の剣の薙ぎ。しゃがみながら上30から40にパリィで凌げる!

―――了解!

 

(は・・・!?)

 

 驚いているまもなく、レインが俺の指示通りにパリィした。こっちに振り返ったレインと目があう。

 

―――ありがとう助かった!左120から鎌の突き!下がれば躱せるよ!

―――おう!

 

(いや()()じゃなくて・・・!)

 

 思いつつ全力のバク宙で躱す。俺くらいのSTRでの全力バク宙ともなると、比喩でも何でもなく数メートルはゆうに吹っ飛ぶ。そのまま空中で

 

(ああもう出し惜しみはなしって決めたろうに!)「ウェポンチェンジ、ボウ!」

 

 心の中で毒づきながら一言早口に叫ぶ。それだけで、俺の手には弓が握られていた。目の前には鎌を空振りして完全に隙だらけなスカルリーパー。そいつに着地と同時に矢をつがえて放つ。一瞬怯んだ隙に俺は両手を広げてもう一言、

 

「イクイップメントチェンジ、セットワン!」

 

 早口にそれだけ言うと、今度は両手に鬼怨斬首刀とオニビカリが現れた。

 俺が新たに習得したエクストラスキル、“高速武器換装”だ。どうやら、両手化を複数習得かつレベル一定以上で発生するものらしく、あらかじめ決めてあった装備セットを、ボイスコマンドで呼び出すことのできる便利スキルだ。その代りセットを間違えると悲惨なことになりかねないのだが、そのあたりは気を付けるだけだ。

 新たに現れた得物を握り込むと、俺は再び突撃した。

 

―――一気に叩く!足にホリスク!

―――了解!

 

(間違いない・・・)

 

 ひとまず、なんでこうなったとか、どうしてこんなことになったとかどうでもいい。とにかく、レインとはテレパシーもどきのようなことができるようだ。これなら連携も楽になると思いつつ、ホリゾンタル・スクエアを繰り出すレインの横で、俺は吹柳(ふいりゅう)を繰り出した。そのまま連続で転身脚につなげた。それでボスがこける。だが、その転びの時のボスがあがく。その時に、微かだが確実にパシャンという音が聞こえた。俺も、その音の回数を少なくするように努力はしてきた。が、全部防げたわけではない。現に、この音を聞くのは、このボス戦だけでも何回目かだった。数えることは少し前に放棄していた。

 

(・・・くそっ!)

 

 心の中で毒づく。だが、今のタンブルを起こした攻撃でボスのHPバーはラスト一本に突入していた。

 

「全員、突撃!」

 

 ヒースクリフの号令が轟く。ヒースクリフのユニークスキルである神聖剣ソードスキル“ユニコーンチャージ”を筆頭に、剣が様々な色に輝く。―――どうでもいいが茅場、ユニコーンは処女厨だぞ。と、まさにどうでもいいことを考えつつ、

 

―――これで決める!サポート任せた!

―――うん!

 

 それだけ通じ合うと、俺は勝負を決める覚悟を決めた。先の二つは硬直が短い。それを大いに利用して、硬直が抜けるまで待つと、俺は集中力のギアを上げた。ここからやる作業にミスは許されない。

 まず手始めに、小太刀で巻き上げるように飛びあがる。小太刀系ソードスキル“閃空烈破”だ。空中で体制を整えると、技の終わりに再び剣がきらめく。刀などの一部に見られる、連発で出すことのできるソードスキルの組み合わせが一つではないことは、何回も使ってわかっていた。そのまま、今度は斜め上にシステムアシストを得て吹っ飛ぶ。同じく小太刀系ソードスキル“空破特攻弾”だ。硬直が抜けるや否や、俺はその刃を今度は真下に向けた。俺も最初知った時は驚いたが、閃空烈破からはタイミングがシビアではあるものの三つのソードスキルの連発が可能なのだ。そのままさらに連続で小太刀ソードスキル“神縫い”を発動した。とここで、ボスが転びから復帰した。

 

(この体勢からだとちときついか・・・?)

 

 いや、いけ・・・!決めるんだろうが!

 

 強い意志を持ってさらに発動。転びから復帰して直後に、俺に攻撃を仕掛けようとしたスカルリーパーだが、そこには俺はいない。一瞬で背後に駆け抜け、切り払う刀系ソードスキル“幻狼斬(げんろうざん)”だ。直後に、俺は剣技連携(スキルコネクト)でさらに、左手で爪竜連牙斬を繰り出す。間髪入れずに爪竜連牙蹴。三連続くらいは余裕でつなげられるようになった。総ヒット数15という、三連撃ということを考えると、俺の中でも最大といってもいい手数。それが炸裂し、お互い長い長い硬直に入った。復帰は向こうのほうが早いが、こっちは一人じゃない。

 

「やああっっ!!」

 

 後ろから来たレインの剛直拳からのハウリングオクターブが炸裂。大技二つで再びボスが転ぶ。爪竜連牙蹴をかました俺の手に戻ってきた鬼怨斬首刀に、さらに光がともる。

 

「腹ぁくくれよ・・・」

 

 低い俺の唸りは、おそらく誰にも聞こえていない。その俺が繰り出す、単発としては相当なヒット数と威力を誇る、俺が出せる第二の大技、刀系九連撃ソードスキル“天狼滅牙(てんろうめつが)”が炸裂した。その代りこちらも硬直に入るが、なんということはない。

 

「うおおおおおっっっ!!」

「やああっっっ!!」

 

 正面で太陽のコロナさながらな二刀流の超連撃大技を繰り出し、助走をつけて神速にして必殺の一撃を叩き込む新婚夫婦のおかげで、大分時間が稼げた。その間に、俺の硬直が解ける。

 

「これで決める!」

 

 暗示にも似た宣言と共に、俺は小太刀を逆手でしまって刀を両手持ちし、横に跳んだ。呼応するかのように、刀が白い光に包まれる。この動きは、刀を両手持ちで振るわないと制御がかなり難しい。新婚夫婦でなく、それまでこれでもかと言うほどダメージを与えた俺にヘイトが向くが、なんということはない。何故なら、スカルリーパーが振り向いた位置に、俺はいないのだから。

 スカルリーパーの視界外から、横薙ぎと振り上げが見舞われる。そちらを向いても、次の瞬間にはもういない。背骨を飛び越しながらの一回転から、そちらを向いてもいない。史上最強といって間違いないフロアボスは、まるで道化のように見当違いの攻撃を繰り出すだけだ。残り少ないHPバーはどんどん減っていく。

 外から見ていれば、俺の人外じみた動きがよくわかったことだろう。俺は、ヒットアンドアウェイを繰り返しているだけだ。だが、そのスピードが異常に早いというだけだ。

 その刃は鮮烈で、まるで周りの闇を斬り裂くかのように、フロアボスを細切れにしていった。そして、この技の隠れ性能も引き出した結果、この技の最大ヒット数を引っ張り出す。

 最後に、斬りぬけた体勢から大きく飛びあがり、完全にダウンしたスカルリーパーに、振り向きざま大上段から振り下ろす。

 

「とどめだ!!」

 

 その一言で、ボスは膨大なポリゴンとなった。

 刀系()最上位ソードスキル、“漸毅狼影陣(ざんこうろうえいじん)”。そのヒット数は、単発技としては異常としか言いようのない40。その代り、ヒット数5以上のソードスキルを叩き込んで発動可能な天狼滅牙を発動し、その直後でないと発動できないという、厳しすぎるといってもいい制約がある。しかも、そういう完全にパーティ戦前提の仕様なくせに、動き回るという特性上一対一のほうが効果を発揮するというおまけつきが、それを果たすことができれば、このトンデモ技は最大の効果を発揮する。

 

「終わった、か」

 

 思わず、俺はその場に大の字で寝転んだ。というか、その場にいた全員がその場にへたり込み、寝っ転がった。

 




 はい、というわけで。
 とりあえず超お久な技解説。

トリニティレイヴン
 モンハン弓系狩技
 完全に書かれている通り。パクリ?オマージュだ。

閃空烈破
 テイルズシリーズ、使用者:クレス・アルベイン(TOP)、スタン・エルロン(TOD)他
 巻き上げながら上昇する技。読み方は“せんくうれつは”だったり“せんくうれっぱ”だったりするので、ご自由に。

空破特攻弾
 テイルズシリーズ、使用者:アニス・タトリン(TOA)、ラピード(TOV)他
 きりもみ回転しながら空にぶっ飛んでいくという、それ現実にやったら目を回すよねっていう技。

神縫い
 ゴッドイーターショートブレード系ブラッドアーツ
 空に飛んでいる状態で発動可能。真下に攻撃する技。ちなみに主はその真下攻撃がいまいち合わず、あまり使っていないBA。

幻狼斬
 テイルズシリーズ、使用者:ユーリ・ローウェル(TOV)
 一瞬で斬りぬけて背後から横一閃を放つ。その関係上、コンボの途中に組み込むと途切れても反撃をもらいづらいので、結構使っている技。

天狼滅牙
 テイルズシリーズ、使用者:ユーリ・ローウェル(TOV)
 バーストアーツと呼ばれる、一部上位技を発動した直後でないと発動できない技。十分強力な技なのだが、後述する裏最上位ソードスキルの引き立て役になってしまう。という事実に気付けている人物が果たしてどれだけいただろうか。

漸毅狼影陣
 テイルズシリーズ、使用者:ユーリ・ローウェル(TOV)、アルトリウス・コールブランド(TOB)
 ここでイメージしているのは完全にユーリのそれ。一瞬でヒットアンドアウェイを繰り返す秘奥義。ここでの威力はかなり強く、中ボス程度であればこれを出すまでの一連で一撃死を狙えるほど。だが、本文中にある通り、その発動条件が鬼畜すぎる仕様から、誰も気づいていなかった。主人公が気付いたのは完全な偶然。まさにハイリスクハイリターンなトンデモ大技。


 漸毅狼影陣はね、さすがにやりすぎかなと思いました。というか、ロータス君が前衛でここまで暴れまわる予定などなかったのですが。自分の頭の中ではアサシン的なアーチャーに徹して、ヒースクリフ戦の下りあたりで「お前いたの!?」って展開にしていくつもりだったのですが・・・。本当に麻縄でくくりつけてぶん回すのがそんなに楽しいかお前ら。

 更新が遅れたのは、まあ、もろもろの理由です。もう一つのほうにかまけていたのは否定はしませんが。


 あとSAO編は一話になります。お付き合いください。それにつきまして、活動報告に一つアンケを設けましたので、ご協力をお願いします。

 次は年の瀬なので、できれば半月くらいで投稿したいです。が、果たしてどうなるか。

 ではまた次回。


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42.そして―――

 ボス討伐後というのに、歓喜の声は一切なかった。周囲の様子はひたすらにぐったりしていて、それがこのボス戦がいかに過酷なものであったかを物語っていた。

 

「聞きたいことは山ほどあるが、後にしてやる」

 

「そいつはありがたい。そのまま忘れてくれるともっとありがたい」

 

「そいつぁ無理な相談だ」

 

「そうかい」

 

 誰とともない軽口のような問答に力はない。というか、入れる力もないというのが適切か。

 

「何人やられたんだ・・・?」

 

 誰かが呟く。それに、視界の端でキリトがメニューを開いてカウントしているのが見えた。

 

「10人、やられた」

 

 力なくキリトが言う。それに、周囲が絶望した。

 

「10人、だって・・・?」

「嘘・・・だろ・・・?」

「おいおいマジかよ・・・」

 

 それもそうだ。今回はフルレイドではなく、40名前後のレイド。しかも、俺が裏最上位ソードスキルと射撃スキルを使用して、それでもなお四分の一がやられたということだ。

 

「俺たち、このゲームをクリアできるのか・・・?」

 

 力ないバリトンでエギルが呟くように言った。それは、おそらくこの場全員の代弁だった。

 

「クリアするしかない。たとえ全滅することになっても、その最後まであがくしか方法はない。世界ってのは得てしてクソッタレなもんだ」

 

 俺はそれだけ言った。それに、周囲の雰囲気に意志が少しずつ戻った。そんな中、俺の瞳にある人間が映った。そこには、“どんな状況下でもHPゲージをイエロー以下まで落としたことがない”という、絶対神話を持つ聖騎士がいた。その目を見て、俺は気がついた。あの目は、ただレイドリーダーとして仲間をいたわる目ではない。そこにあるのは、冷徹といってもいいほどの観察だ。研究者か医者がレポートや論文を見るような、まったく感情のこもっていない目だ。

 周囲を見る。視界の端で、キリトが剣を握りなおしたのが見えた。その顔を見るに、キリトも同じ結論に至ったらしいというのはすぐに分かった。だから、俺は素早く武器を弓へと変更し、キリトのタイミングに合わせる形で、矢をつがえた。

 直後に、キリトがヒースクリフへ突進する。それを防御しようとしたヒースクリフだったが、ガードする前に俺の剣が盾を持つ手を貫いた。いや、()()()()()()、というほうが正確か。そのままの体勢でキリトと俺の刃を受けたヒースクリフの前に、ある文字が浮かび上がった。それを見て、

 

「“Immortal Object”・・・。やっぱりそういうことか」

 

 俺は当たってほしくない予想が的中していることに気がついた。

 

「キリト君何を・・・ッ!?不死属性・・・?どういうことですか、団長」

 

 キリトの突拍子もない行動をとがめようとしたアスナが、その表示を見て硬直しながら問いかけた。それに、俺は大体状況が読めた。

 

「簡単な話だ。どんなゲームでもGMはいる。このゲームならGMは茅場ただ一人だ。だとすれば、奴さんは今どこで俺らを監視してるんだろうな?」

 

 その言葉に、キリトも頷いた。

 

「そうだ。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考える人種も少なからずいる」

 

「ましてや、それが自分の開発したゲームであるならなおさらだろうな。だが、このゲームはHP全損が死だ。ならば、何かしらの工夫をするはず」

 

「ああ。だから、不死属性をかけたうえで自分もプレイヤーとして潜り込んだ。―――そうだろう、茅場晶彦」

 

 最後の一言に、周囲がざわめいた。若干ではあるが、眉がピクリと動いたのが俺の目に映った。

 

「・・・参考までにどうしてそう思ったのか、聞かせてもらえるかな」

 

「最初におかしいと思ったのはデュエルの時だ。最後の一瞬、あんたあまりにも速過ぎたよ」

 

「俺のほうは大体一緒。でも、決定的となったのはあんたの目だ。思えば今までずっと、あんたの目はプレイヤーがプレイヤーを見る目じゃなかった。それこそ神様が見下すような目だったんでな」

 

 俺の言葉に、ヒースクリフはかなり露骨に驚きを浮かべた。・・・そんなに驚くほどのことか?これ。

 

「それだけでわかるものなのかい?」

 

「ああ分かるとも。この世界は精巧にできているんでな、そのくらいは再現できる。それに、俺がこの世界でこれまで、どれだけの人間の表情を見てきたと思ってる」

 

「分かるのかい?」

 

「ああ。少なくとも、ボス戦が終わった時のあんたの顔は、プレイヤーがプレイヤーに向ける目にしては情ってやつがあまりにも欠けていた。それだけで十分ってもんだ」

 

 俺の言葉に、ヒースクリフは呆れ友驚きともつかない表情を浮かべた。

 

「慧眼恐れ入るな・・・。

 いかにも私は茅場晶彦だ。さらに付け加えるなら、君たちを第100層にて待ち受けるはずだった最終ボスでもある」

 

 そのカミングアウトに、周囲が完全に動揺したのがはっきりと分かった。それもそうだろう。まさかこんなところに、自分たちを閉じ込めたその元凶がいようとは思うまい。その上、

 

「最高のプレイヤーが最悪のラスボスに、か。趣味がいいとは言えないぜ」

 

「なかなか洒落たシナリオだと思ったのだがね」

 

 キリトの言葉にそれだけ言うと、微かだがヒースクリフは苦笑を浮かべた。

 

「キリト君のデュエルの時は痛恨事だった。不死属性を解除し忘れていた私の抜かりというのもあったが、思わずシステムのオーバーアシストを使ってしまった。

 “魔王”に対する、いわば“勇者”ともいえる立ち位置のキリト君はもちろん、いかな逆境の中でも己を曲げないロータス君も不確定因子で、特異点ともいってもいいような存在ではあると思っていたが、想像以上だよ。予定では攻略が95層、せめて90層に到達するまでは明かさないつもりだったのだが・・・こうなってしまっては致し方ない」

 

「ここで全員殺して口封じ、とか?」

 

「合理的ならばいかなる犠牲も払う君らしい発言だね。だが、そんなことはしない。第一、ここで君たちを殺してしまっては攻略が進まないし、流石にこれだけ苦楽を共にすれば情も湧く。それに、そんなことをしてはあまりに理不尽だろう」

 

 淡々と語るその言葉に嘘はなさそうだ。だからこそ、俺も斬りかからずにそのままだった。だが、

 

「貴様、今まで、私たちの忠誠を、よくも―――!」

 

 我慢できないやつもいた。そいつは己の得物である斧槍を振りかぶり、振り下ろそうとした。だが、それは左手を少し操作したヒースクリフによって阻まれた。その体は、独特の黄緑色に包まれていた。

 

「麻痺か・・・?」

 

 俺が呟く間に、周りのボスレイドの面々がこぞって崩れ落ちていく。その誰もが麻痺を起こしていた。その例外は、俺とキリトのみ。

 

「最速の反応速度を持つキリト君はもちろん、最高の投擲能力を誇り、遠距離からの暗殺に優れるロータス君は、最終的に私の最後の壁であり不確定要素になるえると思っていた。キリト君が魔王に対する勇者なら、魔王に対する、いわばジョーカーがロータス君、といったところか。その予感は、幸か不幸か合っていたことになるがね」

 

「そうかい。で、あんたはどうするんだ?」

 

「私は一足先に、100層のボス部屋―――紅玉宮にて君たちを待つことにするよ。ここまで手塩にかけて育ててきた諸君を放り出すのは忍びないが・・・君たちならきっと私の下にたどり着けるだろう。その前に、キリト君とロータス君には報酬をやらねばな」

 

「報酬、だと?」

 

 キリトの言葉と同時に、俺の目が極端といってもいいほどに細くなる。なんとなくだが、うさん臭さを感じたのだ。

 

「私と勝負するチャンスを与えよう。無論、不死属性は解除する」

 

「てか、解除しなきゃだめだろ」

 

「そうだね、それもそうだ。勝てると分かっている勝負など退屈以外の何物でもない。そして、君たちのいずれかが勝利を収めた場合、このゲームのクリアとみなし、全プレイヤーを開放する。どうかね?」

 

 その言葉を聞いて、俺は戦いを求める本能を制御した。隣の少年の雰囲気を見て、というのもあるが。

 

「キリト」

 

 肩を一つ叩いて、静かに首を振る。それだけで十分なはずだ。

 

「キリト君だめだよ・・・!ここで、君を排除するつもりだよきっと・・・!」

 

 痺れに似た不快なフィードバックの中で、アスナが必死に訴えかける。正直俺も同意見だ。魔王に対する勇者がキリトで、ジョーカーが俺だとあいつは言った。なら、排除したいと思うのは当然とすらいっていい。だが、俺はその横で、この少年の意志が固いことを悟った。なら、俺は俺の信条に従う。ここではなく、先を見据えた選択肢だ。そのために、俺は一歩下がった。

 

「俺は降りる」

 

「ほう、ここでゲームクリアのチャンスだというのに?」

 

「そうかもしれないがな。長い目で見たとき、ゲームクリアを目的とするのならば、あんたと戦うのは合理的じゃないと判断したまでだ。その代り、でかい貸し1ってことにしておく」

 

 俺のその言葉に、ヒースクリフは面白そうに笑った。このでかい貸し、というのがどこで使えるかというのはあるが、切り札の一つとして手元に置けるのは事実だ。

 

「よかろう。で、キリト君はどうするのだね?」

 

 その言葉に、キリトはまるで未練を絶つようにアスナを見た。

 

「いいだろう。決着をつけてやる」

 

「キリト君・・・!」

 

「ごめんな、アスナ。ここで退くわけにはいかないんだ」

 

「死ぬつもりじゃ、ないんだよね・・・?」

 

「ああ。勝ってこの世界を終わらせる」

 

 その言葉には強い意志が込められていた。そのことははっきりと分かった。ゆっくりと腕に抱えていたアスナを下ろすと、キリトは静かに二本の剣を抜いた、

 

「キリト!」「キリトー!」

 

 クラインとエギルが大声を出す。だが、その程度でキリトは止まらない。

 

「エギル。今まで、中層クラスの剣士のサポート、サンキュな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんど、そっちにつぎ込んでたってこと」

 

 その言葉に、エギルは驚いたように目を見開いた。大方知っているとは思っていなかったのだろう。ゆっくりとキリトはエギルに笑いかけ、キリトはクラインに目を向けた。

 

「クライン、・・・あの時、お前を置いていって悪かった」

 

 その言葉に込められた意味を、俺ははっきりと理解した。

 

「て、めえ・・・キリト!今謝ってんじゃねえよ!向こうで飯の一つでも奢って、それでようやくチャラにしてやる!」

 

「ああ。向こうで、な」

 

 なんだかんだで攻略組でも年長組の一人であり、粒ぞろいの実力主義な小ギルドの長であるクラインもそれを察したのだろう。俺が思っていたことをそのまま言ってくれた。

 

「ロータス。ここで全滅して終わるかもしれない、土壇場で駆けつけてくれてありがとう。お前のこと、ようやくわかった気がする。それにレインも、そんなこいつを支えてくれて、感謝してる」

 

「そうかよ。でもな、短い付き合いで勝手に分かったつもりになってんじゃねえ。人ってのは表層で語れないからな」

 

「だから面白いんだよ。付き合っていくうちに、いろんな面が見れるんだから。だからさ、これからも、みんなのいろんなとこを見てこ?」

 

 俺たちの言葉は、偶然か必然か同じといっていいものになっていた。

 

「死ぬんじゃねえぞ」

 

「ああ」

 

 俺の低い声に、キリトは頷いた。最後にキリトは、アスナに一つ微笑みかけて、ヒースクリフ(魔王)の前に立った。

 

「悪いが、一つ頼みがある」

 

「何かな?」

 

「簡単に負けるつもりはない。が、もし俺が死んだら。―――少しの間でいい。アスナが自殺できないよう、計らってほしい」

 

 その言葉に、ヒースクリフは少し片方の眉を動かした。それは驚きのようだが、微かに別の感情も交じっているように見えた。そして、軽く目を閉じながら言った。

 

「・・・よかろう。彼女は、圏外に出られないような設定にしておく」

 

「キリト君、そんなのだめだよ!そんなのってないよーーーッ!!」

 

 アスナの嗚咽交じりの絶叫が響く。が、キリトは振り返らなかった。ゆっくりと二本の剣が戦闘態勢に構えられる。その中で、ヒースクリフのHPバーがキリトとほぼ同値―――いや、実際同値なのだろう―――に変わる。そして、changed into mortal object(不死属性解除)の表示と共に、ヒースクリフは抜剣した。大きな盾を前に、剣を後ろにした、攻撃より守備を重視する、SAOではよく見られる構え。冷静で冷え切ったヒースクリフとは対照的に、キリトは冷えてはいるものの激情をたぎらせているのが後ろ姿でもはっきり分かった。

 

「殺す・・・!」

 

 一言、鋭く呟くと、キリトは低い姿勢で疾駆した。その剣に輝きはない。それもそうだろう。考えればすぐに分かることだ。この世界を一から作った張本人相手に、システムの補助を完全ともいっていいほどに受ける型―――ソードスキルを使おうものなら、攻撃はすべて読まれる。しかも、このあたりの練度になってくればコンボから締めでソードスキルは半ば定石だ。加えて、情報によればキリトは剣技連携(スキルコネクト)すらも使えるようになっているらしいが、それも所詮はソードスキル。つまり、キリトの勝利条件はただ単純に、その反応速度をフル活用し、しかもスタイルに合わない戦闘方法で無理矢理突破口を開き、ヒースクリフの絶対防御を括り抜けて剣を突き立てることなのだ。そしてヒースクリフはただ、相手が焦れてソードスキルを使ってくるまで防げるかどうかだ。加えて、ヒースクリフの盾は防御性能に優れたタワーシールドに近い大楯。その難易度の差は推して知るべしだ。

 お互い、先のデュエルで手のうちは明かし合っている。息つく暇も隙もないキリトの連撃は、正確無比なヒースクリフの盾さばきで尽く叩き落された。加えて、少しでもキリトが隙を見せようものなら容赦なく攻撃を仕掛けて来る。その瞳は、どこまでも冷静で冷徹だった。

 

(すげえな・・・)

 

 息つく間の無い連撃。しかも、それを一発クリーンヒットで即終了のHPで繰り広げる。それがどれほどの集中力を要するか。キリトはどうやらモチベーションを集中力に変換するタイプのようだから、ある程度熱くなってもある意味仕方ない。だが、ヒースクリフ―――茅場は対照的だ。静かに、集中力を高める。そのため、あいつの場合、極限まで集中すると逆に静かになる。その対比がはっきりすればするほど、お互いの集中力が増しているということになる。が、

 

(気づけよキリト、相手も決めどころがなくて困ってるはずだ・・・!)

 

 二刀流が最強の矛なら、神聖剣は最強の盾だ。なら、後は使い手次第。それにキリトが気付いているかいないか、そこが大きな分かれ目となる。が、俺は嫌な予感がしていた。というより、はっきりと予感していた。

 やがて、ヒースクリフの的確な反撃がキリトの頬を掠めた。それに、一瞬だがキリトの表情に焦りが見られた。

 

「いかん!」

 

 思わず声を上げるが遅かった。キリトの二本の剣がまばゆい輝きを放つ。それは、まぎれもなくソードスキルの輝き。その瞬間に、ヒースクリフが両頬を歪めた。それは、確信の笑み。それが何を意味するのかをすぐに理解したキリトは、しまったという顔をしていた。

 先も言った通り、製作者たる茅場、ひいてはヒースクリフにソードスキルの動きは通用しない。完全に読み切られる上に、あいつはその硬直を狙えばいいだけの話なのだから。

 完全にキリトの攻撃が防ぎきられ、その途中でキリトの左手の剣の先がぽっきりと折れた。最上位技の長い硬直に入ったキリトに、ヒースクリフはゆっくりと剣を掲げた。

 

「さらばだ、キリト君」

 

 だが奴は、一つ致命的なミスを犯していることに気付かなかった。俺は静かに身動きをとった。ヒースクリフにとって、この一太刀は外してはならない一太刀だ。だから、そこに集中する。そう、俺が何をしているのか、あいつの目には入っていない。それが、俺にはわかった。

 

「ぬかったな、ヒースクリフ」

 

 それだけ呟くと、俺は右手を静かに離した。直後、ヒースクリフの手から彼の剣が離れる。

 

「ぬうっ・・・!?」

 

 何が起こったのかわからないという顔で、ヒースクリフが手を押さえる。あいつが見た俺はいったいどういう顔をしていたのかはわからないが、第二射の準備をしている俺を見たというのははっきりと分かった。地面に落ちた自分の剣を構え、こちらを見据えた直後、

 

「「はあああぁぁぁぁっ!!!」」

 

 二つの少年少女の声と共に、その体に二本の剣が突き刺さった。その時、若干だがヒースクリフ―――茅場は笑ったように見えた。一泊遅れてヒースクリフの体がポリゴンになり、その場が静寂に包まれた。

 

―――ゲームはクリアされました―――

 

 無機質なシステムの声が、やけに大きくボス部屋に響いた。そして、俺たちの意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 次に俺が目を覚ますと、そこは夕焼け空だった。そういえば、ボスをクリアした時間を見ていなかったが、始まったのが昼過ぎで、あれだけの激闘があり、しかも今の季節が昼の短い冬であるということを考えるとこの空も納得だった。だが、まるで空に浮いているようだとはこれいかに。

 

 最後の瞬間、俺は、あいつが麻痺をかけ忘れていたことをいいことに、狙い定めたスナイピングをしたのだ。最後の一番いいところをかっさらっていくようでシャクだったが、まあもともと俺はこんな役回りだ。

 

 俺が疑問を浮かべる視線の先には黒白夫婦がいた。あそこに割ってはいる気はない。これが最後の光景だということは、俺にもおぼろげではあるが分かった。なら、最後の瞬間くらいお互いの想い人と二人きりにさせてやるのが人情というものだろう。

 

「君は最後まで、そのような考えを貫くのだな」

 

 やけに落ち着いた声が俺にかけられる。その口調は、声こそ違えどそのままだった。

 

「それが俺だからな。それに、最後くらい水入らずでいさせてやったほうがいいだろう。違うか?茅場晶彦」

 

 ゆっくり振り返って俺は言った。

 

「そう、だな。そういうものだな」

 

 その目がどこか遠くを見つめていることを俺はとっさに見抜いていた。

 

「あんた、恋人でもいるのか」

 

「―――ああ。明確な告白をしてもされていないし、どうしようもない人だが、―――私はあの人に心を許している」

 

 こいつにしては珍しく、かなり考えながらの回答だった。

 

「なら、傍にいてやれよ」

 

「それができるのならしている。だが、―――私にその資格はない」

 

 その言葉に、俺は微かに笑ってしまった。

 

「あんた、本当に荒野と崖のようなすさんだやつなんだな。少し驚いたよ。もう少し愛憎に狂って初恋相手とのその子供殺す、くらいのことはしてもおかしくないと思ったんだが。名前的に」

 

「私としてはそのようなマイナーなネタを君のような若者がいうことが驚きだがな」

 

 その言葉に俺は、微かに笑った。

 

「人は見かけによらないってことだよ。あんな細っぽっちの、幼さすら残る少年少女が勇者になっちまうようにな」

 

「―――そうだな。では、その勇者たちに声をかけることにするよ」

 

 それだけ言うと、茅場は俺の隣を通り抜け、キリトたちの下に向かった。

 

「おい、()()()()()()。俺がお前に貸しがあったこと、忘れてないよな?」

 

「ああ。忘れなどしないさ」

 

「ならその貸しをここで清算させてもらう。

―――MHCP02、あれをもらい受けたい」

 

 その言葉に、茅場は片眉を上げた。

 

「あれを、か。確かに、バグも大方消去されてきているようだ」

 

「ああ。いいか?」

 

「お安い御用だよ。アーガス本社サーバー内のデータはオールデリートするつもりだからな。ついでのついで、というやつだ。彼女のデータは、君のローカルメモリに保存されるようにしておこう」

 

「そうか。感謝する。

 ところで茅場、何人助かったんだ?」

 

「6508人、といったところだ」

 

「そうか」

 

 俺が助けられたのが何人なのか、助かるはずだったのに摘み取った命が何人なのか、そこまではわからない。だが、この場合は6500人が生きて帰ることができた、ということに感謝すべきなのだろう。

 

「それと、これで清算できたと思わなくてもいい。何か要求があれば言ってくれ。もっとも、叶えられるのなら、だが」

 

「覚えておこう」

 

 それだけ答えると、茅場は今度こそ黒と白の勇者たちの下へと向かった。その背中を見て、俺はゆっくりと空を見上げた。真っ赤な空は普通には綺麗と感じるのだろう。だが、俺には幾度となく見てきた傷跡のポリゴンの色を連想していた。時々見える黒っぽい赤い雲は、まるでそこから血が自分に滴ってくるのではないかと錯覚するほどだ。

 

「ロータス、君、なんだよね?」

 

 その声に、俺はゆっくりと目を閉じた。顔を一度下げ、もう一度ゆっくり上げながら目を開ける。そこに映ったのは、プラチナブロンドの長い髪に、可愛らしく端正な顔立ちの少女―――レインが、こちらに歩いてくるところだった。

 

「・・・こうしてゆっくり話すのはいつ以来だろうな、レイン」

 

「そうだね」

 

 それだけ言うと、レインは俺に倒れこむように抱き着いた。

 

「会いたかった・・・」

 

 それだけ、ぽつりと漏らした。

 

「そう、か」

 

 ここまで来て、ようやく俺はこの少女が自分に抱いていたであろう感情の正体に気付いた。いや、気付いていたことに気付いた、というべきか。

 

「心配、してくれてたんだな」

 

「当たり前だよ。あんなに、考えるまでもないほど重たいものを背負って、それで心配にならないほうがおかしいよ」

 

「そう、か・・・。サンキュな」

 

 そう言って、ぽんぽんと柔らかく背を叩いた。両肩を掴んで顔を見る。

 

「そんな優しい顔、初めて見た」

 

「そうか?」

 

「うん。でもそれで安心した」

 

 それだけ言うと、もう一度レインはゆっくりと俺の体に顔をうずめた。

 

「なあ、レイン。お前、名前はなんていうんだ?」

 

 その言葉の真意に、レインはすぐに気づいたのだろう。少しの間があってからゆっくり言った。

 

枳殻虹架(からたちにじか)。植物の枳殻に、虹が架かるって書いて、虹架」

 

「にじか、か。いい名前だな」

 

「ロータス君は?名前」

 

天川蓮(あまかわれん)、だ。天の川に、蓮」

 

 自分でも驚くほどあっさりと、その名前は出てきた。いつも自己紹介など、苦手の最右翼だというのに。

 

「れん、か・・・。それでロータスだったんだね」

 

「ああ。そう言うお前は、虹でレイン、か」

 

「うん」

 

 それだけ言うと、レインは真正面から俺の目を見た。

 

「またね」

 

「ああ。またな」

 

 それだけ言うと、甘えるようにレインはまた顔をうずめた。その背中に、俺はゆっくりと手を回した。

 

 ―――そして、世界は真っ白になった。

 

 

 

 

 

 次に目を開けたとき、見えたものはなかった。そこはただ真っ暗だった。

 

「いやー驚いたね。門番程度に使えるやつがつれれば儲けものと思っていたが、まさかこんな良い駒がとれるとは」

 

 どこからか、粘性すら感じる声が聞こえる。

 

「でもまあ、使える駒がとれたんだ。ちょうどいいし使わせてもらおうか」

 

 それだけ聞こえると、再び俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 

 再び少年が目を開けたとき、その部屋にいるのは下卑た表情を浮かべた金髪の美男子。だが、その表情がすべてを台無しにしていた。

 

「さて、と。私が誰かわかるか?」

 

「はい、妖精王オベイロン様」

 

「よろしい。ならば君は?」

 

「ホロウと申します。以後何なりとお申し付けください」

 

「よしよし」

 

 満足げに金髪の美男子―――オベイロンが嗤う。

 

「なら手始めに、アイフリードの狩場のサラマンダーを滅ぼしてこい。それだけの力は与えるし、技量も問題ないだろう」

 

「御意」

 

 それだけ言うと、青年はその場から掻き消えた。

 

 

 

 そんな会話をした直後、ネームドとの対戦に戦に備えていたサラマンダーの軍勢は、突然目の前に現れた、プレイヤーともNPCともつかぬ赤い外套の青年を見定めていた。

 

「あぁ?誰だあんた」

 

「私が誰など、関係はない」

 

 それだけ言うと、ゆっくりと剣を抜き放った。そこからは余裕以外に何も感じなかった。

 

「調子こいてんじゃねえぞ、クソ野郎」

 

 その様子に集団が次々に得物を抜いた。直後、その青年の姿が掻き消えた。訳の分からないといった様子の集団が、一人、また一人と消えていく。

 

「貴様・・・、何者だ!」

 

「言ったはずだ。私が何者かなど関係ないと」

 

 すぐに手首を返し、首を刎ねる。

 

「さて、次は誰だ」

 

 ゆっくりと振り返ると、そこには蜘蛛の子を散らすように逃げるサラマンダーの群れ。見逃してもいいが、俺が主から受けた命は「滅ぼすこと」。つまり、殲滅以外の選択肢はない。圧倒的ステータスで一気に踏み込むと、俺は次から次へとその刃を振るってリメインライトに変えていく。だが、俺にはリメインライトなどわからず、炎を斬っても変化がないことから、ようやくそれが、HPがなくなった証であると分かった。

 

「私の名はホロウ。王の影として裁きを下すもの。覚えておきなさい」

 

 それだけ言うと、ホロウは再び消えた。

 




 はい、というわけで。

 これにて、プロローグ込みで全44話にわたって続いてきたSAO編が終了でございます。前回書いていた長い奴が全56話を一年四か月くらいかかって、これがここまで一年とひと月くらいなので、まあ間違いなく俺の書きたいところまで書くと今まで最長になりますね。少なくともif編込みでGGOあたりまでは書くつもりなので。
 というか、一年以上たっていたことに結構自分でびっくりしてます。考えてみれば、車校通っていた時に書いていたのでそんなものですが。

 ヒースクリフ戦はこういう結末に。正直、ここはどうしようかかなり迷いましたが、こういう結末に。ま、最後にこういう風にかっさらっていくのがこの人なので、まあ仕方ないかな。

 ようやく、二人でゆっくりとさせてあげられました。察しがいい、大人のような、みたいな感じがコンセプトだったので、こういうところは目ざといんですよねぇ。
 はたして、これがどうなっていくのか。\ワカリマセェン!!/
 わからんのかい!ってツッコミが聞こえてきそうですが、本当にわからないんですよね。こうして書こう、っていう案はあるんですが、何せこの子たち自由に動くので。

 さて、幕切れが示す通り、ALO編はロータス君が敵サイドでお送りします。このシナリオ自体はかなり前から頭の中にありました。
 ALO編はレインたちからの目線でお送りします。姉が二人いる上に、小中高と音楽系の部活ということで、女性は結構見慣れているというか、思考回路がある程度読めるというか、というところはあるんですが、いまいちよくわかりません。はい。なので、違和感満載だと思います。その辺はご愛嬌ということで。

 今後ともよろしくお願いします。

 では、また次回。


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ALO編
43.蓮を探して


 ALO編、始まります。


「おはようございまーす」

 

 朝、いつものように私はバイト先に挨拶をして、着替えて現場に入る。

 SAOがクリアされてから数か月、私は生活に戻っていた。もっとも、学校に復帰するにはあまりにも中途半端だったから、学校へは復帰していないから、果たして私たちの年での“普通”とは言い難いが。

 いつの間にか年がまた変わっていた。そして、私の生活は、学校の有無だけでなく大きく変わっていた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様!」

 

 私は、SAOから帰還して、リハビリを終えると、今度はバイトを始めていた。バイト先はメイド喫茶だ。バイト先がメイド喫茶であることは、母には隠してある。来春からSAO帰還者のための学校が始まることはもう通達があって、それに伴って一人暮らしを始めていた。なけなしの貯金とSAOでの賠償金を使って、母は一人暮らしをする私に家電などを買いそろえてくれたから、衣食住に困ることもなかった。普通で考えれば、私くらいの女子高生で一人暮らしなんてしようものなら、家事全般が壊滅的なことになって目も当てられなくなるのがオチというものだが、私の家は母子家庭で、私もある程度以上に家事はできる。その辺はぬかりなかった。

 

「それではこちらへどうぞ!」

 

 笑顔で営業を続ける。それが、自分がSAOから帰ってきて来た私の日常、その一端だった。

 

 

 SAOから帰って、いろんなことがあった。それを一気にいろんな人から聞かされて、私は年甲斐もなく知恵熱が出るかと思ったほどだ。その中で、私は役人の人にある人物の行方を聞いた。それは、私が半分妄執のようにずっと追ってきた、ロータス君こと天川蓮さんのことだった(聞いてみて分かったことだが、彼のほうが年上だった)。

 彼は東京ではなく、愛知県のほうでダイブしているらしい。愛知の真ん中あたりの位置の場所でダイブして、そして、―――まだ目覚めていない。コツコツ溜めたバイト代の一部を交通費に当てて、私は彼のお見舞いに行った。だが、そこにいたのは、やせ細って、ナーヴギアをかぶり、ただ寝続ける彼の姿だった。

 

「レインちゃん、お客。ご指名」

 

「あ、はい」

 

 SAOが終わって、そんな生活をしてもう二か月になる。距離が距離だけに、そうそう頻繁に会いに行けるわけでもないが、目が覚めたら連絡してくれとは言ってある。それで連絡がないということは、―――つまりはそういうことなのだろう。

 

「あそこのお客様ね」

 

「分かりました」

 

 別のスタッフから私を指名された人を指す。その人は眼鏡をかけていろ女性で、どこにでもいそうな程度には整った容姿をしていた。

 

「お待たせしました、お嬢様」

 

「やっほー」

 

 静かながらも確かに親し気な声で話しかけてきたその客に、一瞬怪訝な顔をしてしまう。何故かといえば、自分は目の前の人物に心当たりなど―――、いや、待て。もしこの人物が眼鏡を取って、瞳を暗い青色にしたら。そして、その服装を、あの世界のようにしたら。

 

「―――エリーゼさん?」

 

「そ。おひさだね、レインちゃん」

 

 予想が当たっていてほっとした半面、驚きもかなり大きかった。

 

「どうしてここが分かったんですか?」

 

「ん?ちょっと、ね。ま、その辺は深く聞かないほうがいいよ」

 

 そんなことを言いつつ、私に向かって一枚のメモ用紙を渡した。

 

「連絡先。近いうちに連絡して?」

 

「何かあったのなら、ここで話せばいいじゃないですか」

 

「まあそれはそうなんだけどね。仕事の時間をこれ以上割いてもらうっていうのは、私としても罪悪感大きいし。何よりきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その言葉、そしてその雰囲気に、思わず私は息を呑んでしまった。この女性は、冗談は多いし時折本意が分からなくなる、本当につかみどころのない女性なのだが、無意味な嘘はつかない。そんなことをされたことがなくとも、なんとなくそれが分かる程度には、私はこの女性を分かっているつもりだ。

 務めて自然な動作でメモを受け取ると、それを普段は何もいれないポケットに入れた。それを見て、エリーゼは満足げに微笑んだ。

 

「うんうん、ありがとね。それだけ。またどっかでお茶しよ?」

 

「はい。では、失礼します」

 

 職業病といってもいいほどに身についた動きでその場を立ち去ると、私は普段の仕事に戻った。

 

 

 

 帰ってからも、エリーゼの一件は頭の片隅に残っていた。そして、部屋のベッドで腰かけ、私は渡された電話番号に電話をかけた。エリーゼさんはすぐに出た。

 

「もしもし?」

 

「もしもし、レインですけど」

 

「あぁ、レインちゃん。さっそくかけてきてくれたわけね」

 

「あ、はい」

 

「うんうん、お姉さんうれしいよ。それで早速だけどさ、どっか時間見つけれない?ちょっと積もる話もあるし、できればちょっと遠くまで、ね」

 

 遠く、という場所に込められたニュアンスを、レインは正確に感じ取った。

 

「・・・分かりました。でも、今ちょっとお金がないんですけど」

 

「いやいや、年下の女の子に払わせるほど私は人でなしじゃないよ。そんくらい出したげるって」

 

 交通費についても、これでクリアだ。その後、待ち合わせなどをしてその電話は切れた。電話を切って、携帯を横に放った。そのままベッドに身を預けると、額に手を当てた。

 

(遠く、か)

 

 彼の搬送先も、ここから考えれば十分に遠い。電車で行こうと思えば、新幹線という選択肢が真っ先に思い浮かぶ程度には遠い距離だ。加えて、連絡を取ってきた相手が相手だけに、無関係だと笑い飛ばすことは到底できなかった。とにかく、

 

(考えても仕方ない、か)

 

 それだけ考えると、適当なゴムボールを手にとった。リハビリでほとんど戻ってきているとはいっても、元の体力を考えればまだまだだ。加えて私はバイトもしているから、その分の体力もつけなくちゃいけない。だからこうして、今でもリハビリをしている。もっとも、気が向いたら程度でよくなった、ということを考えれば、十分に進歩ではあるのだけど。

 あれから数か月。数か月だ。いくら戻るときにラグがあるといっても、数か月以上もラグが発生するなど考えられない。そして、あの鋼鉄の魔城が崩壊していく様を見ていた私からすれば、SAOサーバーからのログアウトが完了していない、などということもないとはっきりと言いきれる。ではどうして、彼は戻ってきていないのか。そして、それを見計らったような、エリーゼの連絡。まず間違いなく、これはつながりがある。そのために、ゆっくり休むのが先決だ。そう思った私は、今度はしっかりと寝る体制に変えた。

 

 

 

 そして、約束の日。私が待ち合わせの場所につく前に、エリーゼさんはもうすでに居た。

 

「ごめんなさい、お待たせして」

 

「そんなに待ってないから大丈夫。それと敬語はなしだよ、レインちゃん」

 

「あ、は・・・じゃなかった、うん」

 

「よし!」

 

 一つ笑って頷くと、エリーゼさんは思いっきり手を取って引っ張った。

 

「ほらほら、電車はこっちだから。何、電車に乗ってる時間も長いから、積もる話はそこで」

 

「あ、うん、分かった」

 

 このどこか無理矢理さすら感じさせる強引さで私はこの人がエリーゼさんだということに気付いた。そして、それに不自然や不愉快さを感じさせない不思議さも変わらないと思った。

 

 

 

 新幹線で、私たちのほかにはほとんど誰もいなかった。半分貸し切りのようで、私は少し緊張した。

 

「なに、緊張してんの?」

 

「あ、はい、ちょっと・・・」

 

「ふっふっふ、可愛い奴め。ま、そう硬くなんなくてもいいよ。高々2時間前後だし、そのくらいなら喋ってたらすぐでしょ」

 

 そう言うと、改めて切符を確認しつつ席に座った。

 

 

 席に向かいあうと、エリーゼさんは真正面から私を見た。

 

「さて、改めて自己紹介するね。

 エリーゼこと、橘永璃(たちばなえり)。漢字は植物の橘に、永遠の永、瑠璃の璃。よろしく」

 

「レインこと、枳殻虹架です。植物の枳殻に、虹が架かるで虹架、です」

 

 改めて、リアルネームで自己紹介する。

 

「ふうん、虹が架かる、でレイン、ね。いいネーミングセンスしてるね」

 

「そんなことないで・・・よ」

 

「そんなことある。少なくとも、永璃だからエリーゼ、なんていう直球のネーミングセンスよりよっぽどかマシ」

 

「そうか、な・・・?」

 

「そういうもんよ」

 

 それだけ言うと、エリーゼさん改め永璃さんはバックから何やら資料を取り出した。

 

「まずこれを見てもらう前に。SAOを経営していたアーガスがどうなったのか、知ってる?」

 

「・・・知らないけど、あれだけの事件を起こしてただでは済まない、よね?」

 

「その通り。ま、そこから説明しようか。

 まず、虹架ちゃんが推測した通り、アーガスは多額の賠償を抱え、倒産した。正確には、開発費と賠償金で多額の負債を抱えて会社は消滅。でも、SAOに遭遇した人間を生かすには、サーバーを維持する必要がある。それの維持を請け負ったのは、レクトっていう企業。そこで・・・あった、これ」

 

 そう言うと、一枚の紙を見せてきた。

 

「何かの名簿ですか?」

 

「そ。正確には、SAOに巻き込まれた人物の一覧」

 

「・・・そんなもの、どこで?」

 

「ま、企業秘密ってことで」

 

 本当にこんなものどこで手に入れたんだろうと思うが、これ以上聞くと蛇は蛇でもキングコブラあたりが出てきそうなのでやめておくことにした。

 

「で、問題は、このサーバーの維持が切り替わった、っていう点。つまり、その間で何か介入があれば、ってお話」

 

「・・・まさか、その、レクト?が何か仕掛けた、ってことですか?」

 

「そのまさか。ま、私もここまで()()()が出て来るとは、思ってなかったけど」

 

 そう言うと、資料をさらに数枚めくる。そこにあったのは、カラーのスナップ写真が数枚。そこには、二人の男が写っていた。

 

「この人物は?」

 

「年配のほうは、結城彰三氏。さっき言ったレクトのCEO。有体に言っちゃえば社長さん。で、若いほうが、須郷伸之。レクトのフルダイブ技術研究部門、つまり、今SAOサーバーを管理下に置いている部署に勤めてる」

 

「随分と懇意のようですね」

 

「そうだね。こんな写真が何枚もとれる程度には懇意みたいだね。それに、その写真がとれた場所が場所のだけに、余計ね」

 

「どこなんですか?」

 

「所沢の病院。やったらセキュリティ厳しいし、そんじょそこらの病院じゃないだろうなー、と思って調べてみたら・・・」

 

 そこでいったん言葉を切って、もう一枚資料を取り出した。

 

「かなり大きな病院ですね」

 

「うん。それこそ、SAOに囚われて目覚めない社長令嬢が入院していてもおかしくないくらいに、ね。で、そこに父親が来るのはまったく不思議はないんだけど、」

 

「一社員がわざわざ見舞いに来るなんて、ということですか」

 

「そういうこと。加えて、アスナ―――結城明日奈は16歳。民法上、結婚も可能な年齢ときてる」

 

「まさか!」

 

 思わず声が大きくなる。それを見て、永璃さんは静かに唇に人差し指を当てた。その目つきがいつになく真剣なことに、今更のように気がついた。

 

「ありえない話じゃないよ。しかも、須郷はフルダイブ部門の主任と来ている。今SAO未帰還者の生死はこいつの手にかかっているといっても過言ではない。で、そこで後二個、決定的なやつが出てきた」

 

 そういって、今度は二枚紙を渡した。そこまでネットに詳しいわけではないからよくわからないが、

 

「・・・何かの接続先?」

 

「ん。正確には、今レクトサーバーに、頻繁に接続している人間のね。場所が場所だから、気付き辛かったけどね」

 

「どこなんですか?」

 

「レクトってゲームも経営してるんだけど、そのゲームサーバー。だから気づき辛かったのよ。ただ単に頻繁に接続してるだけならただのゲーマーで片づけられちゃうから。でも、いくらなんでも流石にこれは、ね」

 

 そういって、その資料に載っているものを指した。

 

「でもま、それだけだと分かり辛いにもほどがあるから、もう一個作ってきた。それがもう一枚」

 

 そういってめくると、そこには接続時間の長い順に、ある一定の塊で統計をとったデータが示されていた。

 

「さすがにいくらなんでも、記録にある範囲でさかのぼってイン率が80%どころか90%、一部は100%近いっていうのはあまりにもおかしい。飯いつ食ってんだ、そんなに長い間ほとんど眠らなくて大丈夫なのかって話になるし、何よりそんなにインしていたら生活にも支障が出る。で、そこでさらに調べてみたら」

 

 そういってもう一枚とりだした。そこには、先ほどのSAO遭遇者の名簿に、さらにいくつか蛍光ペンのしるしがあった。

 

「この通り。IPアドレスが一致したことも考えれば、そのゲームサーバー内に潜り込まされている可能性が高い」

 

「いったい何のために・・・」

 

「さあね。ただ、」

 

 そこでいったん言葉を切ると、永璃さんは目を細めた。

 

「ろくでもないクソッタレな臭いがするっていうのは、確かだね」

 

 その顔は、ただ真剣というにはあまりにも鋭さを帯びていた。

 

 

 

 それからは何とか、雑談で間を繋いだ。電車を降りて、それからは殆ど会話もなかった。ついた場所は、やはり蓮さんが入院している病院だった。

 

 病室について、さらに永璃さんは鞄の中から紙を取り出した。

 

「電車の中で言ったように、SAO未帰還者はレクトのゲームサーバー内にいる可能性が高い。けど、その決定打が見つからなかった。だけど、その決定打となったのはこれだったのよ」

 

 そこに映されていたのは、赤い外套に身を包み、弓を背負い、刀を手にした青年の姿。顔は斜め後ろからだからよくわからないが、顔をはっきり見なくとも誰か分かった。

 

「・・・ロータス君!?」

 

「そう。彼は、特に長いんだ。その反応から察するに気付いていなかったみたいだけど」

 

 そう言うと、電車の中で見せた資料をもう一度繰り出した。その中の、接続順に並べられた中のトップを指差した。そこに書かれてあった場所は、

 

「ここから・・・!?ちょっと待って、てことは」

 

「そう。間違いなく、彼は一番長くそのゲーム、アルヴヘイムオンラインに接続している。そして、まだ目を覚ましていない」

 

 そういって、ゆっくりと彼の肌を撫でる。その目は、慈愛に満ちていた。

 

「どんなゲームなんですか、その、アルヴヘイム、でしたっけ?」

 

「まあまあ落ち着きなさんな。順番に話していくから。

 アルヴヘイムオンライン自体は、潰れかかったVRゲームの中でも古参なものだよ。SAO事件があってもVRのブーム自体は衰えなかった。そこで、大手メーカーからナーヴギアの後継機が登場した。それ用のソフトも、ね。その中の一つが、アルヴヘイムオンラインってわけ」

 

「アルヴヘイム、ってどんな意味なんですか」

 

「平たくいっちゃうと、妖精の国とかそんな感じの意味」

 

「ファンタジー系のほのぼの系に、こんなのは似合わないと思うんですけど」

 

 彼の雰囲気は、写真越しでもわかるほどにSAOと似通っている。ついでに言えば、得物も似たようなものだ。どう考えてもほのぼの系ではない。

 

「いやー、それがね。羊の皮被った狼よろしく、まったく実物と題名の印象が違うんだよね。

 ドスキル制な上にPK推奨、プレイヤースキル重視っていうね。もうそれプレイする人間を選ぶって感じの雰囲気だよ。ファンタジーなのは世界だけ」

 

「・・・まるでソードスキルがないSAOみたいですね。あれも、ちゃんと動かないといけませんし」

 

「その代り、魔法とか弓はあるから、遠距離でちまちまやるっていうのもできるけど。まあその場合はそれに応じた立ち回りしてやんないと悲惨なことになるけどね」

 

 SAOでも、かなり男性向けの、人を選ぶジャンルだっただけに、それをさらにハードな内容にしてしまった、というのは間違いではないらしい。

 

「でも、それじゃ人気は出ないんじゃないですか・・・?」

 

「いやー、そうでもないのよね、これが。飛べるからっていう理由から遊んでる人は結構多いみたい」

 

「飛べる・・・って、飛行機みたいにですか?」

 

「飛行機っていうより、鳥に近いかなー。アルヴヘイムが妖精の国って話はしたでしょ?」

 

「あ、はい」

 

「あれ、プレイヤー自身が妖精になるのよ。つまり、プレイヤーの背中に羽が生えて、それでパタパタ飛べる、っていうからくりみたい。飛行機とは別物だから、これはこれで人気があるみたいでね。あと、世界がリアル、って結構評判。まるでSAOみたいだ、って、自称本サービスでログインできなかった元SAOβテスターが言ってた」

 

「SAOみたい・・・」

 

 SAOサーバー管理を引き継いだ会社のゲームが、まるでSAOのようだと言われる。それは、決して偶然ではない気がした。

 

「ま、偶然じゃないだろうね。SAOのサーバーからスキミングするくらいなら、ちょっと詳しい人間なら誰でもできるだろうし」

 

「ということは、SAOの根幹プログラム、えっと、ユイちゃんが確か言ってたやつ、だよね?」

 

「そ。それに、何人かSAO帰還者がALOをプレイしてるんだけど、SAOのデータの一部がALOにそっくりそのまま引き継がれてた、って言ってるんだよね」

 

「偶然、で片づけれる話ではないよね」

 

「そういうこと。で、百聞は一見に如かず」

 

 そう言って手渡されたのは、明らかに新しいソフト。その表紙には、“ALfheim Online”の文字。

 

「私のサブ垢があるけど、どうする?自分のアカウントで行く?それともそもそもいかない?あ、ナーヴギアで動くから、ハードは心配しなくて大丈夫」

 

 自分は止めない。その顔に書いてあった。だが、そんな顔をされなくとも、答えは決まっていた。

 

「私のアカウントを使う。ないのなら作る。そのまま、私はアルヴヘイムに行く」

 

 迷いなど、あるわけがなかった。

 




 はい、というわけで。

 あけましておめでとうございます(今更杉)。まあ、ほんの少し前にサブの作品を上げたときにも言ってますが、そこはそれ。

 新年からキリよく、ALO編の始まりです。といっても、ALO編、めちゃ短いです。幕間レベルで短いです。5話ぐらいで終わります。
  分かるとは思いますが、ALO編は主にレインちゃん視点でお送りします。たまーに別人の視点になりますが、その辺は今まで通りということで。

 はてさて、今回でとりあえずのオリキャラと主要キャラの本名が出たかなーって印象です。まだキーマンとなるべき人物の本名が出ていませんが、原作と同じなので省略します。まあ、少なくとも一人の出番は当分ありませんが。下手したら永遠にありませんが。
 実を言うと、永璃ちゃんは本名ではなくキャラ名が先に決まったキャラです。というか、書いてから設定で考えていた名前と苗字が違っていた問題。大した問題じゃないのでスルーしますが。←
 キャラ名の由来は、まあ、分かる人はわかると思います。今後、その由来がはっきりとわかるような言葉を出す予定です。


 次から本格的に、ALOでの冒険が始まります。GGOのほうからキャラを輸入する予定ですので、よろしければそちらも見るとより楽しめるかなー、といった印象です。

 ではまた次回。


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44.仮想世界で

 家に帰って、まだ回収されていなかったナーヴギアを取り出した。ソフトは永璃さんからもらったし、このソフト自体はナーヴギアで動くらしいので問題ない。とにかく、私はあの人にまた会いに行くために、自分の意志でナーヴギアを被る決意をした。それだけだ。

 永璃さんとは向こうで合流することになっている。あとは私がダイブして会いに行くだけだ。永璃さんにも、そして、―――蓮さんにも。

 

「リンクスタート!」

 

 そして、二年前のあの日以来使われなかった台詞を言うと、まるであの日のようにナーヴギアは接続を開始した。

 

 

 接続した直後、最初の設定画面に移った。名前は今まで通り、“rain”でいいとして、種族の選択画面で私は一瞬固まってしまった。エリーゼさんの種族はケットシーらしい。なんでも、見た目は猫のようにかわいらしく、テイミング―――モンスターを飼いならすことにたけているらしい。彼女に言わせると、猫のような敏捷性と視力の良さからケットシーにしたそうだ。正直、前線に出られない種族は私の肌に合いそうにない。戦闘の支援という点でウンディーネやプーカもいいが、私はそこまで器用ではないのでなし。インファイトがそこまで大好きというわけでもないのでサラマンダーも却下。宝探しが好きというわけでもないから、スプリガンも却下。と、ここまで考えたところで、一つの種族が目に留まった。

 

「レプラコーン・・・」

 

 鍛冶妖精レプラコーン。その名前の通り、装備を作ることを得意とする種族だ。考えてみれば鍛冶屋はリズさんくらいしかいない。それに、モンスタードロップの装備は、決して性能と見た目が一致しているとは限らない。むしろ、性能がいいのに見た目が、というものも結構多い。性能だけで装備を選ぶと妙な見た目になってしまうことも多かった。そのために、見た目だけのアレンジとして鍛冶屋に持ち込む人もいたくらいだ。無論、完璧に見た目をアレンジできることなどあまり、いやほとんどないといっていいが、それでも幾分ましになることは多かった。それに、私だって女の子だから、おしゃれの一つくらいしたいというものだ。それをタップすると、確認タブのYESを押した。

 

『では、ホームタウンに転送します。よい冒険を!』

 

 システムメッセージが聞こえた直後、私に襲ったのは転送の感覚―――ではなく、足元が崩れるような感覚だった。

 

「うわああぁぁぁああ!?!?」

 

 流石にこれは面食らって、自分でも情けないと思う悲鳴と共に私は落ちて行った。

 

(えっと、確か・・・!)

 

 一応事前にある程度、このゲームについて調べてはある。意志力だけで飛ぶことができる、らしい。そのための行動を起こしてみるが、なかなかうまくいかない。仕方なく、私はもう一つの方法―――コントローラーによる手動コントロールに切り替えた。何とかホバリングをしつつ周囲を見るが、街らしき影は全く見当たらない。どうやら何らかのバグのようだ。

 こうなってしまっては仕方がない。とりあえず今のステータスを確認しよう。そう思って左手でメニューを開く。SAOと何ら変わらないような、というよりほぼ一緒の作りに、私は驚いていた。似ているとは聞いていたが、ここまで似ているとは思っていなかった。ステータス画面に映ると、そこに映っていたステータスは、

 

(やっぱりというか、なんというか・・・)

 

 想定通り、SAOのステータスそのままだった。とここで、妙な通知が入った。

 

(メール通知?誰から?なんで?)

 

 さすがに開始数分で垢割れ―――アカウント情報漏えいを引き起こしたとは考えづらい。となれば誰だろうか?と思いつつ私はそのメッセージを開けた。どうやら何か添付されているようだ。そのアイテム名は“MHCP02”。なんだろうと思いつつ開けると、そこには一つ薄紫の滴があった。

 

(これって・・・)

 

 それには見覚えがあった。正確には、それに似たものに見覚えがあった。恐る恐るタップすると、目の前に現れたのは、薄紫でかすかにウェーブがかかった髪をした、見た目私と大差ないくらいの少女だった。その少女に見覚えはないが、心当たりはあった。

 目の前の少女は目をつむっていたが、やがてその目を開くと、私の顔を見て微笑んだ。

 

「やっぱり、あなただった」

 

 その言葉に、私は確信を覚えた。

 

「あなたは、ユイちゃんと・・・」

 

「そう。私は、元SAOのMHCP、その二号。コードネームはストレア、だよ。よろしくね!」

 

 予想はやはり当たっていた。そういえば、ロータス君はデュエルを受けなかったという貸しを利用して、MHCP02をもらい受ける、とか言っていた。そして、それに対してヒースクリフは、そのMHCP02を彼のローカルメモリに保存するようにしておく、と言っていたはずだ。ならば、

 

「君は本来、ロータス君のローカルメモリに保存されている、はずだよね?どうして、こんなところに?」

 

「あー、まあ、話すと長いんだけど・・・。その前に、プレイヤー反応。3人。こっちに向かっているところを見ると、PK狙いかな」

 

「PK、って・・・、そうだった、このゲームPK推奨だったね」

 

「そういうこと。加えて真っ逆さまに落ちて来たら、そりゃ目立つってものよ」

 

 それだけ言うと、ストレアは少し光ると文字通り小さくなった。サイズとしては手乗りサイズである。

 

「えぇ!?」

 

 さすがにこの変化は面食らった。

 

「ま、もろもろの説明はちゃんとするから、今は迎撃。お誂え向きに、初期装備は一括で片手剣だから、使いづらいってことはないはずだよ」

 

 そういわれて腰のあたりに目を落とすと、そこには確かに、いかにも初期装備というような片手剣があった。確かにこれなら、何もないよりはよっぽどかましである。それに手をかけて、空を見上げる。すると、やがて三人の女性プレイヤーがやってきた。

 

「およ?女の子がこんなところに一人きりとは不用心だよーっと!」

 

 その人物は、こっちに向かってくると、器用に空中で一回転して着地した。

 

「しかもレアアバターかな?かわいいね」

 

「あ、はい、ありがとうございます・・・?」

 

「いいのいいの、女にとって容姿は武器よ」

 

 かわいらしくウインクするその美人アバターの女性に、私は完全に毒気を抜かれてしまった。というか、ペースを完全に持っていかれてしまった。

 

「で、そんなバリバリ初期装備の格好で、どうして中立域にいるわけ?しかもソロで」

 

「あ、えっと、その、私にもよくわからないっていうか・・・」

 

「なにそれ、喧嘩売ってんの」

 

「あんたは黙ってな、話がこじれる。

 で、わからないっていうのは?」

 

 三人のうち、私のあまりにもあいまいな物言いにイラついたのか、一人が食って掛かろうとする。が、それは最初に話しかけた人の一睨みで黙り込んだ。どうやら、この人がリーダー格らしい。

 

「なんか、最初にログインして、ホームタウン?への転送の時に、落っこちたと思ったらここにいた、って感じです」

 

「・・・なるほど、つまりはバグか。君、種族は?」

 

「レプラコーン、です。一応」

 

「へぇー、女の子でレプラコーンかぁ、めっずらしい」

 

 それだけ言うと、しげしげとこちらを眺めた後で腰に手を当てた。

 

「よし、決めた!君をレプラコーンのホームタウンまで案内しよう。なに、心配することはないよ。私らそこそこ強いし」

 

「え、でも、私、会わなきゃいけない人がいて、」

 

「へえ、誰?」

 

「たぶんこっちだと、エリーゼ、って名前だと思うんですけど」

 

「エリーゼ、ねえ。綴りはわかる?」

 

「えっと、たしか、e、l、i、s、e、だったと思います」

 

 そこまで会話したとき、今までしゃべってなかった人が口を開いた。

 

「ねえ、もしかしてそのエリーゼさんって、ケットシーの女性で傭兵やってない?」

 

「あ、そうかもしれないです。前のMMOだと、傭兵やってた、って言ってたので」

 

「・・・ビンゴかな。

 フカ、もしかしたらそのエリーゼさん、私の知り合いかもしれない」

 

「マジ!?」

 

「こんなとこで冗談言ってどうすんの」

 

 まさかのまさか。こんなところで知り合いの知り合いに会う、いや遇うことになろうとは。

 

「なら、今すぐメッセ送って。向こうがどこにいるのかはわからないけど、レプラコーンのホームタウンならまず大丈夫でしょ。あそこ事実上の緩衝地帯だし」

 

「りょーかい」

 

 何気ないその呼吸から、かなり親しい間柄だということはわかった。確かに頼りになるらしい。

 

「なら、お願いしてもいいですか、護衛」

 

「いいってことよ。ついでにレクチャーもしてあげる。その感じじゃ、まだインして一時間もたってないでしょ」

 

「一時間どころか、30分経ったかどうか・・・」

 

「だと思った。ま、このお礼はいつか、ってことで。

 私はフカ次郎。フカでいいよ。で、最初に食って掛かったこの狂犬がシェピ。こっちの普段は静かなのがベリア」

 

「誰が狂犬か誰が!

 よろしく、シェピよ」

 

「ベリア。よろしく」

 

「レインって言います。よろしくお願いします」

 

 こうして、なりゆきで妙なパーティーが組まれることとなった。

 

 

「まず、随意飛行を習得しちゃおうか」

 

「ずいい、ひこう?」

 

「コントローラーなしの飛行のこと。こんな感じ」

 

 そういうと、フカは少しだけ浮かび上がった。その手には確かにコントローラーがない。

 

「便利そうですね」

 

「便利だし、何より楽しいよー。まあ、妙な疲れ方するのが玉に瑕だけど」

 

 それだけ言うと、フカはレインの後ろに回り込んだ。そして、静かにレインの背中を指一本でなでる。

 

「今指が触れてる場所、わかる?」

 

「あ、はい」

 

「ちょうどこの辺がフライトエンジン、要するに羽が生えるその付け根の部分。そこを大きく素早く動かすのが肝。リーファに言わせるとスピードが上がるとちょっと羽の動かし方が違うらしいけど、その辺はあのスピードホリックに聞くしかないか」

 

「リーファ?って誰ですか?」

 

「胸のおっきい少女アバターのシルフ。私もシルフのはしくれだからねー、一応知り合いなんだ」

 

「へえ。強いんですか?」

 

「そりゃもう。見た目かわいいからってなめてかかったら1分で沈められるよ」

 

「それはすごいです」

 

 それだけ言うと、レインは背中の動きに集中した。先ほどなぞられた部分は肩甲骨の少し内側から背中の中ほどあたりまで、縦に長くわたっていた。ということは、そのあたりの筋肉を動かしてやるイメージでやれば―――!

 

「おお、うまいうまい。結構筋がいいよー」

 

「ありがとうございます」

 

「うむうむ、素直なのも高ポイント。さて、飛び上がりはジャンプとかでどうにでもなるとして、問題は着地だね」

 

「難しいんですか?」

 

「コツをつかむまでは。ただ、失敗すると文字通り地面とキスする羽目になるから、きっちり習得する必要があるのも確か。

 レインちゃん、飛行機乗ったことってある?」

 

「ありますけど・・・すごく小さいころの話なので、あんまり覚えてないです」

 

「そっか・・・、ならそっからかな。

 飛行機とか鳥とかってね、着地時は翼を大きく広げるの。鳥はたたんでた部分も広げるし、飛行機は格納してある翼、フラップを広げて着地する。なんでかわかる?」

 

「・・・何でですか?」

 

「答えは簡単、減速するためだよ。でもただ減速するだけだと、今度は浮かび上がる力、揚力が足りなくなって、墜落する。飛行機っていうのは、前から流れる空気によって揚力を生み出してるからね。だから、それを補うために、翼を大きく広げて揚力を確保しつつ、減速して安全な速度で降下する。スピードが速すぎてもうまく着地できないからね」

 

「つまり、着地の時も、羽を大きく広げる必要がある、ってことですか?」

 

「お、飲み込み早いねー!その通り。正確には、横に大きく広げるの。さっき、羽を動かすときに使った筋肉。あれを思いっきり横に広げるイメージ。やってみ?」

 

 いわれて、そのままのイメージでやってみる。いつの間にかフカは正面に回り込んでいた。

 

「そうそうそう!ほんっと飲み込み早くて助かるわー!要点がわかったらさっそく実践、ってわけでさっそくレプラコーンのホームタウンへレッツらゴー!」

 

 元気に宣言すると、フカは私の手を取った。が、その背中から、ベリアが声をかけた。

 

「そうしたいとこだけど、もう少し飛ぶのは待ったほうがいいかも」

 

 その言葉に、フカの目が若干だが細くなる。

 

「敵?」

 

「たぶん。それなりに多い」

 

「距離にして300mくらい先に5人、だね」

 

 その言葉を受けてか、ストレアが初期装備の服の胸ポケットからぴょこと飛び出して言った。これにはその場にいた全員が面食らった。

 

「え、なにそれ、私初めて見たんだけど」

 

「あ、どうも。レインさんのナビピクシーのストレアです」

 

「あ、これはご丁寧に。フカ次郎です。・・・ってそうじゃない!なんでナビピクシー!?あれって確か初回特典の超レアものだったよね!?」

 

「レインさんは、初めてすぐやめて使われてなかったアカウントを使ってインしてるみたいで。私も中の人が違うと知ってちょっとびっくりしていたところなんだー」

 

「そんなことどうでもいいよ!300ってすぐそこじゃない?」

 

「っちゃーそうだったー!

 まとにかく、こんなところで堂々とPKなんていう、挑発まがいの行為をするとなったら、サラマンダーでほぼ確定かな」

 

 どこかふざけたように言うと、フカは自身の獲物であろう両手剣を抜剣した。

 

「さてと、無粋な邪魔者を迎え撃つよ」

 

「「了解!!」」

 

 本当に統制のとれたいいチームだ、とレインは分析した。今まで見てきたどのチームよりも、しっかりとしている。

 

「来るよ!」

 

 ストレアの声とともに、上空から突撃してくる影が4つ。それをフカはいなし、シェピは迎撃してさらに打ち返し、ベリアは防ぎ、私は躱した。見事なコンビネーションだ。

 

「なんだ、誰かと思えば犬猫どもか」

 

「犬という認識は改めてもらおうか。我々は鎖を食いちぎる狼だよ」

 

 どこかで聞いたようなフカの返答に、襲ってきた赤い部隊―――サラマンダーのリーダーは鼻で笑った。

 

「狼も犬の仲間だろうが、ドッグアンドキャッツのリーダーさんよ。そっちのニュービーは新入りか?」

 

「訳合って今は仲間。手を出すっていうのなら容赦はしないよ」

 

「そうか。ならこっちも遠慮はいらないな」

 

 そういうと、そのリーダーは手を軽く掲げてから前に出した。そこから放たれるのは、私たちを軽く呑み込むサイズの火の玉、つまり魔法。―――突撃してこなかった最後の一人はメイジか!

 

「回避!」

 

「させるか!」

 

 フカが即座に指示を出すが、それを阻むようにサラマンダー部隊が立ちはだかる。相打ち覚悟、ということかもしれない。

 

「くっそが、退けぇ!」

 

 シェピが大声で毒づく。が、それで退いてくれるような相手ではない。とにかく、これで退路は断たれた。―――ように見えた。そう、ここにいる全員が勘違いしていた。

 

「やあああぁぁっ!!!」

 

 レインが、ただのニュービーであると。

 SAOで培った圧倒的ともいえるAGI-STR型ステータスと、攻略組として戦ってきたことにより磨かれた戦闘センス、加えて彼女の鍛えられた対人戦闘能力。それが生み出すのは、神速の連撃。瞬く間に三人を斬り伏せ、

 

「今だよ!」

 

 一言それだけ叫ぶと、自分はその炎を紙一重で避けられるルートで飛行。あっという間にメイジに肉薄すると、首と胸を一瞬で斬って落とした。そのまま、羽を動かすことをやめたレインは、まるで軽くジャンプしたかのように軽やかに着地した。その背後で、先ほどの大火球が爆発して、まるで特撮のような演出を生み出した。

 

「で、まだやるつもり?」

 

 装備はただの初期装備だ。だが、あんな真似をされたらその初期装備が初期装備には見えない。口調は柔らかいし、その表情は穏やかとしか形容しようがない。なのに、そこには得も言われぬ威圧感すら漂っていた。

 

「くそが・・・!」

 

 それだけ吐き捨てると、残ったサラマンダーのリーダーは飛び去って行った。それを見て、私は剣を収めた。

 

「すっご、なに今の全然見えなかったんだけど!?」

 

「あ、えっと、・・・」

 

 なんて答えるべきだろうかと私は悩んだ。馬鹿正直に“私はSAO帰還者”、と答えるべきだろうか。

 

「まあ、その元のアカウント所持者が相当やりこんでたんでしょ。深く詮索する必要もないわよ」

 

「それもそっか。じゃあ改めて、レプラコーンのホームタウン向けてアイキャンフラーイ!」

 

 改めて、フカは私を連れて高く飛んだ。

 

「そーいえば、そのエリーゼさんとレインちゃんはどうして知り合ったの?」

 

 隣で飛びながら、フカが私に聞いてきた。

 

「前同じゲームやってて、それ関連でリアルでも知り合いになって、誘われたって感じです」

 

「へえ、てことはエリーゼさんは結構なプレイヤーなのかな?」

 

「いや、むしろエリーゼさんは新入りにあたる部類だよ。でも、護衛から何から実力行使ならなんでもござれ、っていうプレイスタイルと、とんでもない腕前のおかげで、一躍有名になったんだよ」

 

「てことは、私らもお世話になってたり?」

 

「しないね。ただ、本当に種族間抗争には興味がないらしくて、力のないスプリガンの護衛からサラマンダーと手を組んでのボス戦まで、本当になんでもござれって動きをしてるみたい。その代り、対価を払わなかった相手はことごとく斬り捨てるって話だけど」

 

「わーお、そりゃお近づきになりたいね」

 

 その話を聞いて、いよいよこれは人違いなどではないと確信を深めた。SAOでも腕利きの傭兵として鳴らしていて、そのうえどこまでも中立な彼女と、今の言葉はほとんど一致するといっていい。

 

「あ、そうそう、言い忘れてた。ALOについてある程度調べてきてるのなら知ってるかもしれないけど、ALOでの飛行は制限時間があるから注意ねー!」

 

「わかりましたー!」

 

 だんだんスピードが上がってきた。最初はついていくのもいっぱいいっぱいだったが、何となく感覚がつかめてきて、今ではもっと早くと思うようにさえなっていた。

 

「感覚つかめてきたみたいだね」

 

 いつの間にか真横を飛んでいたフカに話しかけられた。このあたりからも、彼女がそこそこ以上の手練れであることが察せられた。

 

「ええ。飛ぶって、こんなに楽しいんですね」

 

「うんうん、よきかなよきかな。

 よしみんなー、フルスロットル行くよー!」

 

 一つ宣言すると、フカが飛び出した。一泊遅れて二人も飛び出し、直後に私も飛び出した。

 

「おーおーおー、すごいすごい!たっのしー!」

 

「ちょっとフカー!レインちゃんおいてっちゃったらどうするのー!」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、この子センスいいからー!」

 

「どーしてそーいいきれるわけー!?」

 

「勘だけどー!?」

 

 その答えに、シェピは半分反射でこめかみを押さえた。

 

「ごめんね、あんなリーダーで」

 

「いえいえ。というか、やっぱりフカさんがリーダーだったんですね」

 

「うん。あんなんでも腕は立つから」

 

 それは見ていればわかる。何となくだが、立ち居振る舞いが若干違うのだ。攻略組の面々には及ばないが、教会の子供たちに比べればその動きは洗練されていた。そのくらいの目は養われていた。

 

「フカ、エリーゼさんからメッセが返ってきた」

 

「ん、なんて?」

 

「どうせ通り道なんだから、フリーシアで待ってる、だって」

 

「フリーシア、っていうと、ケットシー領の主都か。私らなら顔パスだから問題ないね」

 

「アリシャさんに感謝だよね、そこは」

 

 いつの間にかフカが速度を落として、私たちは横一線で飛んでいた。

 

「ごめん、目的地変更!目的地、ケットシー領首都、フリーシア!」

 

「「了解!」」

 

「てかフカ、ただ単に経由地が目的地になっただけでしょ」

 

「あ、ばれた?」

 

「方向感覚がいい人間ならすぐわかるわよ。だってこれ、ルグルーから央都抜けて行くんじゃなくて、わざわざ大回りしてレプラコーン領に行くルートでしょ。なら、ケットシー領は通り道じゃん」

 

「あっちゃー、もろばれだったか。

 その通り。私たちはこのままケットシー領に行くつもりだった。その人ケットシーだっていうし、好都合かなーって」

 

「あ、そっか。もうすぐだっけ、蝶の谷」

 

「そ。だから、レプラコーン領まで往復してる時間が惜しい」

 

 私の知らない話をしているが、どうやらほぼ予定通りということらしいということだけわかった。とにかく、私はこうして何とか合流地点へと急ぐことになったのだった。

 




 はい、というわけでね。

 本格的にALO編での冒険が始まります。今回は、まあ、あれこれ書きたいネタを放り込みすぎた感はありますが、すべてそれ相応に必要なキャラクターなので、目をつむってください。

 まず一つ目。ゲーム作品より、MHCP02ストレアさんです。SAO編でもちょこっとだけ登場した彼女ですが、ここにきて本格参戦です。ぶっちゃけ必要ないような気もしますが、そこはそれ。
 二つ目、SAOの派生作品、時雨沢恵一先生著の『ソードアートオンライン オルタナティブ ガンゲイルオンライン』(以下GGO)その二巻からの登場人物であるフカ次郎を出してみました。本家だと結構気さくな人っぽく感じたので、こんな感じで。フカ次郎は、GGOにおいて主人公の友人である人物です。ゲーム廃人です。ネットの環境があれば速攻でネトゲを始めるレベルのネトゲ廃人です。名前は飼っていた犬の名前から。

 ちなみに、ドッグアンドキャッツのほかのメンバーの名前は犬種からとってます。有名どころを少しもじっただけなので、結構わかりやすいかと。

 今回は少し早めに書き上げることができたので、早めの投稿です。あれこれいろいろといじりすぎた割には結構勢いで書いたところもあるので、正直あれこれおかしな論調になっているところはあるかもしれませんが、そうだったら教えてください。

 ではまた次回。


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45.再

 ケットシーの主都、フリーシアはとても賑やかなところだった。ケットシーは猫のような姿をした種族で、テイミング―――早い話がモンスターを使い魔にする技術に長けている。あの人は他人の力を借りるような性格じゃないから、なぜケットシーにしたのかというのは難しい所だが、それを考える必要はなかった。

 

「エリーゼさーん!」

 

 普段のもの静かさはどこへやらといった様子でベリアが声をかける。すると、少し先にいた白髪のケットシーが反応した。

 

「ベリア、久しぶり。元気そうで何よりだわ」

 

「そちらこそ。噂は耳にしてますよ」

 

「私は好きなことしてるだけよ」

 

 それだけ言うと、エリーゼさんは私の前に来た。

 

「ふーん、やっぱりあっちのアバターによく似た感じだね」

 

「そうなんですか?ここまで鏡見てこなかったから、自分だと分からないですけど」

 

「ぶっちゃけ、髪色が違うことくらいかな。あと、服装と。見る人が見れば一発で分かるよー」

 

「うへぇ・・・」

 

 一時期攻略から離れていた時も、注意しないとファンが群がってきたというのに、こちらでもそんな心配をしなければいけないのかと思うとげんなりした。言われてみてよく見れば、エリーゼさんも人のことは言えない。髪色を変えて猫耳と尻尾を生やせばそのままだ。

 

「あ、その手の美形アバターはこっちでは事欠かないから、そんなに心配する必要はないと思う」

 

「あ、そっか・・・って、それもそうだね」

 

 私の場合は少し特殊だからこうなっているというのもあるのだろう。が、本来アバターはランダム生成だ。つまり、長身の人がログインしたからといって、必ずしも長身のアバターが生成されるということはないわけだ。

 

「さて、改めて、―――ALOにようこそ、レインちゃん!」

 

 その言葉、手の上げ方、笑い方。それらすべてが一致していた。

 

 

 

 とにかく、いったん装備を整える必要がある。そのために、私たちはケットシーのホームタウンを回ることにしていた。

 

「でも、それってレインちゃん不利じゃない?」

 

「そんなことないって。もしそうなったら私らが盾になればいいっしょ。それに、この子なら、そんじょそこらのチンピラじゃ絶対歯が立たないし」

 

「あ、その腕前は見せてもらったわ・・・」

 

 何やらまた知らない話をしている。いまいちついていけていないことに気付いたのか、エリーゼさんが補足説明に入った。

 

「それぞれの種族の領地では、その種族は他の種族をPKできるけど、その逆はできないの。だけど、レプラコーンに関しては、どの領地でも、非戦闘状態にあるレプラコーンをPKしたら、その種族に対して一切の支援をしないって領主が宣言してるから、レプラコーンに関してはPKの心配はない。でもま、レインちゃんみたいなニュービーは知らないからね、たまーにPKしにくる馬鹿者がいるのよ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「そうそう。

 あ、言い忘れてた。レインちゃん、アイテムストレージ確認した?」

 

「言われてみれば・・・」

 

「してみな。私と同じなら大変なことになってるはずだから」

 

 そう言われて、おとなしくアイテムストレージを確認すると、確かに“大変なこと”になっていた。

 

「うわ、何この文字化けだらけ」

 

「やっぱりかぁ・・・。エラー認定で垢ロックされるかもしれないから、早々に全部処分しといたほうがいいよ」

 

「えぇ・・・」

 

 さすがにその言葉に、私は躊躇いを覚えてしまった。全処分ということは、SAOの思い出の品をまとめて処分するということだ。少々以上に後ろ髪を引かれる思いだが、このアカウントが使えなくなるかもしれないというリスクと両天秤なら、考える必要はなかった。

 設定タブを潜って、アイテムストレージの全処分をタップする。少しためらったのちに、警告タブの続行ボタンを押した。

 

「さて、と。で、もう一つ想定通りなら、レインちゃんの手元には並々ならぬ金額があるはずなんだけど」

 

 そう言われてステータス画面を改めて確認する。するとそこには、明らかに初期金額ではない所持金が記載されていた。

 

「・・・なんでこんなことに」

 

「私が聞きたいわよ。ま、そっちは処分することもできないみたいだし、そのまま放っておくしか手はなさそうかな。ま、バグとかはなさそうだから、その辺は安心だけど。ま、とにかく、今は装備を整えに行こうか。店売りでも、初期装備よりはましだと思うし」

 

「あ、はい」

 

 そういわれて、私たちは私の装備を手に入れに向かった。さすがに自分のホームタウンだけあって、エリーゼさんの歩みは早かった。そのまま、私たちは装備を整えた。どうやらエリーゼさんはかなりケットシーの中では顔が利くみたいで、かなりいろんなところにつながりがあった。それに、エリーゼさんの“在庫処分”でいくつか装備ももらった。結果として、

 

「んー、どう?ステの配分とかも考えてこんな感じがいいかなーって思ったんだけど」

 

「大丈夫です。ありがとう」

 

 私はエリーゼさんの手によってコーディネートされていた。性能としては、そこそこ以上の良品がそろったのだが、

 

「なんでこんな格好に・・・?」

 

「え、だってリアルでも着てるんだし、耐性あるかなー、って」

 

「だってあれはバイトだし」

 

 私の格好はいわゆる“メイド服”に近いものになっていた。色としては、赤基調に白が差した感じ。

 

「でもま、性能はそこそこよ?最初期の装備としては十二分の性能」

 

「それはそうなんだろうけど・・・」

 

「別にかわいいからいいんじゃない?」

 

「それと恥ずかしさは別だよ・・・。スカートも短いし」

 

 ストレアの言葉に、私はかすかにため息をついた。ちなみに、ストレアの存在に関してはナビピクシーということで話がついている。これでもソロプレイヤーとして結構長いことやってきた身だ。初期装備やその他諸々の装備の値から、この防具の性能がそこそこ以上位に位置することは大体想像がついた。

 

「あ、いたいた。エリーゼちゃーん!」

 

 その声に私たちが反応すると、その先にいたのは金髪猫耳の小柄な女性だった。猫耳ということはケットシーなのだろう。

 

「アリシャさん、なんであなたがこんなところほっつき歩いてるんですか・・・」

 

「それはこっちのセリフだよ!エリーゼちゃんが遅刻するとか珍しいから、探してたんだヨ!」

 

 そういわれて、エリーゼさんの視線が少し動く。たぶん、視界の端にある時間を見たのだろう。

 

「あ、ほんとだ。でも、わざわざ領主様がいらっしゃることはなかったのでは?」

 

「やだなあもう。ケットシーの切り札、って呼ばれている所以とか、もっと知りたいし。ところで、そっちの彼女は?」

 

「前同じゲームやってて、そのつながりで。ALOは今日始めたばかりですけど、フカにしごかれたみたいで」

 

「しごいたって失礼な。特訓したって言ってよ」

 

「ほとんど意味同じでしょ」

 

「フカ、ってことは、あなたがドッグアンドキャッツのリーダーさん?」

 

「はい、フカ次郎って言います!お呼びとあらば即参上するので、なにか御用があれば遠慮なく!」

 

「うん、そうさせてもらうネー!噂通り、ずいぶんと気さくな子みたいだし?」

 

「それが売りの一つですし」

 

「と、そんなことはどうでもいいでしょ。遅れたのは私のせいなんだし、行きましょう」

 

「うん、ソダネー。で、そっちのカワイ子ちゃんはどうする?」

 

「連れていきますよ。腕は私が保証します」

 

「私も私もー!目の前で見せてもらったけど、そんじょそこらの傭兵よりよっぽど手練れだよこの子!」

 

 我先にと立候補するように実力を保証されて、私は少し恐縮した。

 

「フーン?なら、ほんの少しだけ手合わせしちゃおっかー」

 

「領主!お時間が―――」

 

「ほんの少しだけ。すぐに終わるからダイジョーブ」

 

 それだけ言うと、彼女は己の獲物であろう短剣を取り出した。それを見て、私も抜剣して構える。しばらくそのままでいた後、おもむろに相手が剣を収めた。

 

「ウン、この二人に保証されるだけあるネ。全くスキがない」

 

「領主、ではそろそろ」

 

「ソダネー、さすがにこれ以上は制限時間オーバーかナ。

 キミ、名前は?」

 

「レインって言います」

 

「ならレインちゃん。私と一緒に来てくれない?」

 

 その言葉の意味を理解できず、私は少しの間固まった。

 

「この後、領主はシルフと同盟の会合に向かわれるの。場所は中立域、“蝶の谷”。そこにはもちろん、護衛が付く。私はケットシー側の護衛だし、―――」

 

「わたしらドッグアンドキャッツはシルフ側の護衛、ってわけ。つまるところ、護衛へのお誘い、ってとこじゃない?」

 

 その言葉を聞いて、私は心を動かされた。今は装備も整っている。腕に覚えなどなければ私はあの世界で最前線など張っていなかった。

 

「それは、世界樹を目指しますか?」

 

「あったりまえ!そのための同盟だからネ!」

 

「ならば、是非に。

 会わなきゃいけない人がいるんです」

 

「ウン、大歓迎だよ!」

 

「領主、そろそろ」

 

「分かってるって。エリーゼちゃんはお堅いなぁ」

 

「あなたが自由すぎるんです。・・・まったく、もう」

 

「じゃ、私らはこの辺で。

 レインちゃん、いい冒険を!」

 

「ありがとうございます」

 

「いいっていいって。またなんかあったら、傭兵ギルド“ドッグアンドキャッツ”をよろしく!」

 

 そういうと、彼らはそのまま飛び去って行った。それと同時に、私たちも蝶の谷へと向かうべく、二人の後を追った。

 

 

 

「ハァイ、みんな、お待たせ!」

 

「全くですよ、おかげで全速で飛ばなくてはならなくなりました」

 

「ごめんって。間に合うから大丈夫でしょ」

 

「全く・・・」

 

 おそらく副官なのだろう男性が呆れたように眉間を押さえる。その様子から察するに、こういうことは初めてではないらしい。

 

「そちらは?」

 

「今回の護衛の飛び入り参加。腕前はエリーゼのお墨付き」

 

「なら安心です。お名前は?」

 

「レインです。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく」

 

 どうやら、エリーゼさんはかなり信頼されているようだ。つかみがあっさりいったことにかなり安心しつつ、私は雰囲気を見た。

 

「正直物足りないでしょ」

 

 いつの間にか横に来ていたエリーゼさんが、こっそり私だけに聞こえるようにささやいた。

 

「ええ、まあ。まあ、最上級の人々に見慣れすぎただけかもしれないですけど」

 

「ま、あの白黒夫婦とかは特に別格だったし、仮にもその二人と並び立って紹介されるようなプレイヤーだったレインちゃんにとってみれば、ま、雑魚だろうね」

 

 それほどでもないのだが、まあ、否定はできないので、あいまいにごまかすことにした。

 

「そんなことは置いといて。

 領主、蝶の谷へ向かいましょう。このままでは、本当に遅刻しかねません」

 

「え~、もう少しおしゃべりしていこうよ~」

 

「それは飛びながらでもできるでしょう。早く参りませんと、シルフの領主にどんな無理難題を吹っ掛けられるか・・・」

 

「サクヤちゃんはそんな子じゃないから大丈夫だと思うけどねー」

 

 といいつつ、本人は背中に羽を出した。それを見て、私もあわてて羽を出す。

 

「さて、じゃあ蝶の谷へ向かおうか!」

 

 その言葉を皮切りにして、その場にいた全員が飛び上がった。

 

 

 

 ケットシー領主一行が首都フリーシアを発った頃、世界樹の上の謁見の間に、一組の主従がいた。玉座に座るのは、雰囲気がまともであれば万人が振り向く美男子。その名はオベイロン。この世界の王たる者である。

 

「今、ケットシー領主が首都を発った。シルフの領主も、もう間もなく首都を発つ。その目的は、同盟だ。手を組んで世界樹を攻略しよう、という算段らしい。漁夫の利を狙ってサラマンダーの集団が会合を強襲するらしい。その集団を殲滅しろ。簡単だろう?」

 

「御心のままに」

 

「ああ、それと。この二人は生かしておけ。この後の戦力になる」

 

 そういわれて、渡されたのは二人のプレイヤーの写真。そこには、レプラコーンと思しき赤色の髪の少女と、白髪のケットシーの女性が写っていた。

 

「・・・御意」

 

 従者は、一瞬の間ののち、いつも通りの返答をした。

 

「よし、下がれ。そして、迎撃に迎え。場所は蝶の谷だ」

 

「はっ」

 

 従者が下がったのち、オベイロンは玉座にて下卑た笑みを浮かべていた。

 

「さぁて、血濡れの蓮を手駒に加えるだけでなく、剣姫と手練れの女傭兵まで加えられる機会が来るなんて・・・。どうやら運が向いてきたらしい」

 

 その奥では、

 

「ぐうっ・・・」

 

 先ほどまで王と謁見していた従者が、頭を抱え激しい頭痛と戦っているとも知らずに。

 

(なんなんだ・・・。私は、オベイロン様の従者のホロウだ。かの王の影武者だ。ならばなぜ、この少女に対してこれほどまで心動かされる・・・!?)

 

 それが、崩壊(解放)の序曲だった。

 

 

 会合までは時間がある。それは、シルフ側及びケットシー側の双方が移動を開始したというだけでも十分に察せられた。それに、飛行時間に制限がある()()()()ではなく、アルフである自分は飛行制限もない。さらに言うなら、好きな場所への転移も可能だ。だから今はこうして、

 

「うわああぁぁ」

 

 氷の大地、ヨツンヘイムにおいて、邪神級モンスターを狩ろうとする集団を狩ることで、私は時間を潰していた。一瞬で断末魔の合唱は終わり、周りには残り火が微かに漂うだけとなった。

 

「はあ、はあ、っ・・・」

 

 しかし、戦いはいつもより苦戦で終わった。もっとも、いつもより苦戦したというだけで、ほとんど苦戦していないも同義なのだが。

 

(なぜだ。なぜだ、なぜだなぜだ、なぜだ・・・!)

 

 私の頭に回るのはそればかり。

 

(私はホロウだ。妖精王オベイロンの影にして、忠実な従者だ。決して、決してロータスなどという存在ではない。あの少女の名前を知っているなど、あるはずがない)

 

―――本当にそうか?

 

(ああそうだ!)

 

―――ならば、なぜお前()は思いだした?

 

(どこかで見たのだろう。私はこの立場上、王の補佐もしている。研究の協力もだ。その過程で―――

 

―――本当に、そうか?

 

 頭の中で声が響く。

 

―――研究を見てんならわかんだろうが。あんなの、まっとうな人間の所業じゃねえ。そして、その雛形が、お前自身にかけられているとしたら?

 

(うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい―――

 

―――目を背けるな。それは、俺がしてきたことへの最大の罰だ。それに、―――

 

 どれだけ頭を抱えようと、念じようと、頭の声はやまなかった。そして、

 

(黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ―――

 

―――()()()、《本当にこの世界の住人か》?

 

「うわああああああああああああああ!!!!」

 

 決定的なことを口にした。その瞬間、()の口からはこれでもかというほどの絶叫が迸った。その絶叫は、果たしてどこまで続くのかと思うほど延々と続き、やがて止んだ。そのまま暫くぐったりして、その後に、

 

「・・・ったく、面倒なことしてくれたなぁオイ。おかげで時間がかかっちまった」

 

 一言、そんなことをつぶやいた。

 

「いろいろ見させてもらった。手始めに、この世界のGMは、」

 

―――ぶっ殺す。

 

 それは、今までの“忠臣”ホロウではない、全く別人だった。




 はい、というわけで。

 気が付いたらこっち、前回からひと月以上もたっていて驚いた主です。

 レインの格好は、まあありていに言ってミニスカメイド的なものであると思っていただければ。性能もありますが、半分以上はエリーゼの暴走です。わかっていて止めなかった当たり、フカたちも確信犯ですが。

 後半にてロータス君覚醒です。正直もっと後にしようか悩んだのですが、このタイミングじゃないと考えているシナリオと整合性が取れないのでこういう形に。

 大体このくらいのペースで安定するかなと思います。するといいなぁ。ただスマホゲームがいろいろ配信されだしてるからなぁ・・・。頑張ります。

 ではまた次回。


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46.影

 ローテアウトしつつ、私たちは蝶の谷にたどり着いた。そこには、もうすでにシルフの一団がたどり着いていた。フカを含めたドッグアンドキャッツもそこにいた。

 

「遅いぞ、ルー」

 

「ごめんごめん」

 

「全くお前は・・・。調印を始めるぞ」

 

「はいはーい」

 

 そういって、二人が席に着こうとしたその時だった。

 

「悪いが、その会合は中止だ」

 

 第三者の声が鳴り響いた。そちらに顔を向けると、そこには赤い影があった。

 

「サラマンダー・・・っ!」

 

「しかもあの量、レイド一個分くらいはあるぞ」

 

 レイドひとつ、つまりは約50人。その人数が集まっているということは、

 

「どこからか情報リークがあった、って考えるのが自然か」

 

「そんな!」

 

 エリーゼさんのつぶやきに、私は内心で同意した。それに一言付け加えるならば、()()()()()()()()()()()()()()()、だ。100%確実な情報と分かっていなければ、これほどまでの人数は集まるまい。

 

「悪いけど、最低30人くらいは道連れにするよ」

 

「了解」

 

 フカの号令で、護衛全員が抜刀した。

 道連れにする。つまりは、玉砕覚悟で特攻するということと同義だ。つまり、ここで死んでもかまわない、ということの証左でもある。

 

「その心意気やよし」

 

 それだけ言うと、静かに指揮官が片手をあげた。その合図で、敵も全員が一斉に武器を構える。そのまま振り下ろそうとするときに、近くで轟音が響いた。まるでそれは、隕石でも落ちたのではないかと思うほどのものだった。

 

「双方、剣を引け!!!」

 

 とんでもなく大きな声で、その割り込んできた人物は言った。見たところ、黒いとしかわからない。黒系となると、影妖精スプリガンが該当したはずだ、と頭の片隅で思った。

 

「指揮官に話がある」

 

 あまりにも傲岸不遜な態度に、サラマンダーの中から指揮官が出てくる。

 

「あんたが指揮官か」

 

「ああ。そういうお前は何者だ」

 

 傲岸不遜な態度。それとともに、実力者にふさわしい風格。横に目線を移せば、そこにはおそらくあの少年の連れであろう少女がいた。

 

「あの子だよ、リーファちゃん」

 

「ああ・・・」

 

 いつの間にかそばに来ていたフカが小さくつぶやく。道理で強そうなわけだ。もろもろ終わったら手合わせしたいほどには強そうだった。

 

「俺はキリト。スプリガン・ウンディーネ同盟の大使だ」

 

 キリト。まさか、あの黒の剣士か。ならあの雰囲気も納得だ。が、その言葉が飛び出した瞬間に、リーファの顔が目に見えて固まったのが見えた。ということは、

 

(ブラフ・・・!?これが!?)

 

 ブラフとして切るにはあまりに大きすぎるカードだ。だが大きすぎるがゆえに露呈することも考えづらい。

 

「同盟の大使、か。護衛の一人もつれずにか」

 

「ここには貿易交渉のために来ただけだからな。それに、並大抵の護衛なら、俺にとっては逆に足手まといだ」

 

「・・・ほう?」

 

 最後に付け加えるように言われた一言に、相手の指揮官は目を細めた。

 

「そこまで言うのなら、試してやろう。30秒持ちこたえたら、お前を大使と認めてやる」

 

「随分気前がいいね」

 

 そういうと二人とも、己の獲物を引き抜いた。スプリガンのほうは、大きくて黒いとしか特徴のないような大剣。それを片手で振るえる時点で彼がかなりの使い手であることは明白だ。それに対するは、つばの部分に二頭の竜の装飾があしらわれた、こちらも大剣。

 

「・・・まずいな」

 

「え?」

 

 ぼそりとサクヤがつぶやいた。それに反応すると、サクヤは言葉を続けた。

 

「あの剣は、公式サイトでのレジェンダリーウェポン紹介ページで見たことがある。魔剣グラムだ。ということは、彼がユージーン将軍だろう。彼はサラマンダー中最強と言われている」

 

「つまり、ALOの最強クラス・・・?」

 

「と、いっても過言ではないだろう。さすがに相手が悪すぎる」

 

 サクヤの返答に、リーファに浮かぶのは苦渋。つまり、それほどの強敵ということだろう。

 まず仕掛けたのは、ユージーンのほうだった。突進からの上段に対し、スプリガンはしっかり剣を立て受け止めにかかる。が、その防御など意味がないといわんばかりにその一撃はスプリガンを軽々と吹き飛ばした。

 

「なっ・・・!?」「なんで!?」

 

「魔剣グラムには防御を透過して攻撃できる、エセリアルシフトっていう特殊能力があるんだヨ!」

 

「んな無茶苦茶な!」

 

 驚きに対するアリシャの解説に、絶叫するかのようにリーファが声を上げた。これは私も同感だ。防御という防御がろくに成立しないなど反則、チートもいいところである。だが、私の知っているキリトという人物は、

 

「はああぁぁっ!!」

 

 この程度でくじけるようなやわな人物ではない。実際、彼は猛然と突進してきた。その一撃はたやすく防御されたが、ユージーンは少なからず感心したように見えた。遠目からは何か言葉を交わしたとしかわからないほど二言三言交わして、すぐに打ち合いに戻る。だが、若干キリトがジリ貧だ。いかに彼の反応速度が凄まじいといっても限度がある。加えて、ユージーンの太刀は豪打にして連撃は苛烈。それを躱し続けるなど、さすがに不可能だ。やがて、一発の斬撃がキリトに命中する。そこで、キリトはいったん間合いを取った。

 

「おい、もう30秒経ったんじゃないのか」

 

「いや、こんなに楽しい勝負は久しぶりで、終わらせるのが惜しくてな。気が変わった。首を取るまでに変更だ」

 

「ったく、くそが」

 

 軽く毒づいてキリトは再び剣を構える。そこから一気にラッシュをかける。いったん距離を取るかに思えると、そのまま反転して距離を取った。すぐさまユージーンが追撃に入るが、いつの間にスペルワードを詠唱していたのか、あたりが煙幕に包まれた。

 

「ちょっと借りるぜ」

 

「え?」

 

 かすかな声が聞こえた。直後に、リーファのものと思われる素っ頓狂な声。その言葉で私は彼の狙いを察した。ならば、この先は目をそらすことなどできない。

 

「時間稼ぎの・・・つもりかァッ!!」

 

 ユージーンの気合とともに、煙幕が晴れる。おそらく、ユージーンが何かのカウンタースペルを使ったのだろう。煙幕が晴れる。だが、そこにキリトはいなかった。

 

「まさか、逃げた?」

 

「「「そんなわけない!」」」

 

 私の知るキリトという人間は、決して仲間を見捨てることをしない人間だ。普段はソロを貫き通しているが、パーティになったら不退転の覚悟を持って前衛で暴れまわる。そういう青年なのだ。そして、何も考えていないようで案外考えている。この状況で一番有利な場所。それは、

 

(上、太陽の中)

 

 一番光度が高く設定されていて、しかもなおかつ急降下での奇襲の狙える場所。そこ以外にない。その予想にたがわず、彼は、ユージーンの真上に構えていた。右手であの大剣を保持し、左手は大きく引き絞る。そんな見え見えの、ただはた目から見ただけでは破れかぶれの特攻にしか見えない一撃を、ユージーンは正確に処理した。そして、カウンターを叩き込もうとしたその瞬間、

 

「なっ・・・!!」

 

 驚愕に目を見開いた。そこには、左手に握られた長刀。それで、きれいに受け流していた。

 二刀流、というのは、知名度としてはあるものの、一般的ではない。というのも、ざっくり言ってしまえば“負けないかもしれないが勝てない”からだ。竹刀を片手で扱う筋力、技量、二刀を同時に扱う連携、身ごなし。それらすべてをそろえ、しかもなおかつ一刀を両手で振るう相手に有効打を与えなくてはならない。その難易度は想像を絶するものがある。だが、キリトに至ってはその例外中の例外だ。SAOで培った、STR寄りのステータス、そして技量。その二つが相当以上に高次なレベルで実現しているからこそ可能なのだ。それが実現すれば、手数は飛躍的に上昇する。これは相当なアドバンテージとなりえる。実際、先ほどまでユージーン優勢で合ったのが、今ではキリト優勢になっている。だが、ユージーンも負けていない。凄まじいキリトの連撃に、しかも反撃を試みてすらいるようにも見える。キリトの連撃のすさまじさの前に防戦一方となってはいるが、その目は隙を虎視眈々と狙っていた。だが、キリトの連撃には勝てず、そのままリメインライトへと姿を変えた。

 

「見事!!」

 

「すっごーい!ナイスファイトだヨ!!」

 

 その決着に、誰もが手をたたいて賛辞を送った。本来敵であるはずのサラマンダーの軍団をもたたえていることが、この戦いのハイレベルさを物語っている。確かに、このレベルの激闘はなかなかお目にかかれるものではない。これは後からリーファに聞いた話だが、この世界の近接戦はもっと不格好なものらしい。そうでないなら魔法の打ち合いになるだけ、という、ある意味ワンパターンなものだった。それに慣れた目からすれば、これは驚異的極まりないの一言に尽きるだろう。

 

「誰か、蘇生魔法頼む」

 

「分かった」

 

 周囲の歓声にこたえつつ降り立ったキリトは、周囲に対して声を張った。それにこたえ、サクヤがリメインライトに向かって詠唱を開始する。やがて、リメインライトからユージーンが復活した。

 

「大したものだ。今まであった中で、間違いなく最強のプレイヤーだ」

 

「そりゃどうも。で、俺が大使だと信用してくれたか?」

 

 その瞬間、ユージーンの目が細まる。ああいった手前、断ることも難しいのだろう。その背中に、一人のサラマンダーが寄ってきた。

 

「ジンさん、ちょっといいか」

 

「カゲムネか。どうした」

 

「いやなに。俺のパーティが昨日、壊滅されたってのは?」

 

「知っている。それがどうした」

 

「その壊滅させた張本人がこのスプリガン一行なんだけど。確かに、その中にウンディーネがいたよ。大使同士だと考えていいと思う」

 

 その瞬間に、キリトの眉が一瞬だけかすかに動いた。眼の光にも、一瞬変化が見られた。このカゲムネとかいうプレイヤーの行動は、私からしても分からないことだった。

 

(―――ブラフと分かって乗ってきた?いったい何の目的で?)

 

「それに、エスの情報で追ってたのも、確かこいつだ。結局、撃退どころか返り討ちにあったらしいけど」

 

「・・・そうか」

 

 私の思惑などいざ知らず、言葉は続いた。エス、おそらくスパイというのが気になったが、今はとりあえず置いておいていいだろう。やがて、少し目をつむってかすかに笑みを浮かべると、ユージーンは一つ頷き、キリトに向き合った。

 

「そういうことにしておこう。

 確かに、現状で4種族という大集団と敵対するというのは、領主の意にも反する。だが、それとは関係なく、貴様とはもう一度闘うぞ」

 

「望むところだ」

 

 キリトとユージーンが拳を交わす後ろで、小さくカゲムネがウィンクした。その視線の先にいたリーファは、それにかすかな笑みを返す。どうやら、貸し借りはここにあったらしい。

 

(とりあえずぶっ殺すっていうジェノサイダーとか脳筋さんばっかじゃないんだね)

 

 少しだが、私の中のサラマンダーの意識が変化した。

 

 直後。異変は起きた。

 

 ゴウ、と、エンジンを思わせる音が轟く。音のほうを向くと、そこには、竜の背に乗った銀色の羽の天使がいた。その手には、長さの違う、二本の日本刀のような得物が握られていた。

 

「銀の羽!?」

 

「いったい何の種族だ・・・!?」

 

 いわれてみれば、銀の羽持つ種族など聞いたことがない。私のリサーチした記憶にもなかった。

 

「私は、天の種族、アルフ。王の影たる、ホロウ」

 

「王の、影、だと・・・?」

 

 誰かが、つぶやいた。

 

「そうだ。私は、王に代わって試練の代行を担うもの」

 

「つまり、グランドクエストの前にお前をぶっ倒せってことか!」

 

 サラマンダーの、血気盛んな前衛が一気に切り込んだ。だが、刃が交わる寸前で、相手が一瞬で動き、そこにはリメインライトが残っていた。

 

「馬鹿な!?」「一撃!?」

 

 領主二人が驚く。それもそうだろう、瞬く間に、すれ違いざま的確に斬撃を当て一撃死させるなど、ステータスと技量が相当な高次で実現していなければ不可能な荒業だ。だが、その太刀筋を見た瞬間に、私は確信していた。

 

「ロータス君!!」

 

「全軍、撤退!」

 

 私の大声をかき消すような、ユージーンの掛け声でサラマンダーの軍勢が撤退を始める。そこを逃さず追撃をかけようとするところに、ユージーンが立ちふさがった。

 

「ほう?」

 

「悪いが、やらせるわけにはいかん」

 

「そうか。ならば、ここで一度死ね」

 

 それだけ静かに言うと、刀をはじき返してもう一度構える。が、その横合いから、ケットシーの女剣士が飛び込んできた。それを、今度は竜を踏み台にして避けた。

 

「貴様も死にたがりか、女」

 

「どうしてよ、ロータス!」

 

「私はホロウだ。ロータスなどではない。しかし―――」

 

 そういって、彼はこちらを見た。その瞬間に、気づいた。その目は、いつかのように鋼の冷たさを宿していたが、それが完全ではないことに。

 

「いささか状況が悪い。これほどまでに手練れぞろいとは思っておらなんだ」

 

 それだけ言うと、彼はこちらを見た。はっきりと、その目が私を射抜く。その目に、今までの明るさも、暗さも、先ほどまでのかすかな濁りも同等になかった。あったのは、怜悧な刃物を思わせる、冷たい光だけ。

 

「ロータス君!何もかも、忘れちゃったっていうの!?」

 

 目を見た瞬間に、私は思わず叫んでいた。

 

「私は何も忘れてなどいない」

 

 ただ一言、私の問いに、深い声で答えた後、全体を見渡していった。

 

「未だ天の高みを知らぬものよ。この世界を知らんと欲するか」

 

「・・・ええ。知りたいわ。どうしてあなたがここにいるのか。王の影とは何なのか。いろいろとね!」

 

 半ば挑戦的に、エリーゼさんが答える。私も同じ思いだった。

 

「さすれば、そなたが背の双翼の、天翔るに足ることを示すがよい」

 

 それだけ言い残すと、光の粒子を残して彼と竜は消えた。

 

「どういう、こと・・・?」

 

 その横で、アリシャはかすかに笑っていた。

 

「アリシャ、さん?」

 

「え?ああ、先ほどの意味?そういえば、君はニュービーだったネ。

 “さすれば、そなたが背の双翼の、天翔るに足ることを示すがよい。”これね、グランドクエストの起動文なのよ。つまり―――」

 

「グランドクエストに挑め、というわけか」

 

「そういうことだ。まさか、かなり悩んでいた問題が、こんなにあっさり解決するとはな」

 

 サクヤの横で、アリシャもうんうんとうなずいている。と、いうことは、

 

「彼、かなりの問題児だったんですか?」

 

「ああ。重要なクエストが終わったり、主力が集っているときに襲っては、問答無用で全滅させていく、とな。加えて、相対した者に言わせれば、リーファや私ですら白兵戦は少々きついかもしれんという始末。これでも私たちはシルフの中でも片手の指に収まる剣士だからな。それが無理ということは、それこそユージーン将軍の手でも借りざるを得んかもしれん、と考えていたのだ。最も、そんなことをすればサラマンダーをさらにつけあがらせる一因になるかもしれんというのは、百も承知だが」

 

「そうなんだ・・・」

 

 一瞬重たい空気になったところで、リーファが大きな声を出した。

 

「あ、そうだ!忘れてた!

 サクヤ、シグルドがサラマンダーと通じてたんだよ!」

 

「シグルド?」

 

「シルフの幹部だ。・・・そうか、あいつが・・・。だから、サラマンダーがここに来たんだな。大方、モーティマーに乗せられたか」

 

「だけど、それに何の意味があるんだ?」

 

「次のバージョンアップで転生システムが実装されるという噂。あれが本当ならば、それでサラマンダーに転生と、それ相応のポストを約束させたんだろう。ギアススクロールでもない限り、あの用心深いモーティマーが約束を守ったとは思えんがな」

 

「で、どうするの?シグルドは今留守を任せてるでしょ?」

 

「ああ。

 ルー。確か闇魔法上げてたよな?」

 

「うん。でも、これだけ日が高いと、月光鏡は長く持たないよ?」

 

「問題ない。長話をするつもりもないしな」

 

 その答えを聞いて、アリシャは詠唱を始めた。少しすると、虚空にある部屋が映し出された。そこにある椅子に座るのは、がっしりとした体格の偉丈夫。この男がシグルドなのだろう。

 

「久しいな、シグルド」

 

「なっ、サクヤ!どうして!」

 

「少し、な。そういえば、ユージーン将軍が君によろしく言っていたよ」

 

「・・・ッ!・・・ちっ・・・!」

 

 最初は焦った顔だったが、忌々し気な顔をするシグルド。だがすぐに、あきらめというより開き直った顔を見せた。

 

「それで?俺をどうするつもりだ」

 

「いやなに、シルフが嫌だ、というのなら、お望み通りにするまでだ」

 

 そういうと、サクヤはシステムウィンドウを操作した。直後、シグルドにも通知が発生する。その通知を見た瞬間、シグルドは血相を変えた。

 

「なっ・・・!追放、だと・・・!?」

 

「そうだ。レネゲイドとして、中立域をさまよえ。お前ほどの男だ、いずれどこかが拾ってくれるやもしれん。ではさらばだ、シグルド」

 

「貴さ―――!」

 

 何とかこちらにつかみかかろうとしたが、その言葉を言い終える前に、シグルドは部屋から消え失せていた。同時に、アリシャが月光鏡を解除する。一つため息をつくと、サクヤはリーファに向き直った。

 

「ところで、リーファ。君はどうするつもりだ?」

 

「私も、シルフ領を飛び出して、この人と一緒にアルンに行って、・・・そのあとは考えてなかったけど。いつか必ず、スイルベーンに戻るよ」

 

「そうか。待っているぞ」

 

 その話を聞きながら、私は一つの可能性に思い当たった。

 

「ねえ。この同盟って、もしかしなくてもグランドクエスト―――世界樹の攻略を目指してるのではありませんか?」

 

「ん?まあ、究極には、な」

 

「なら、それに私たちも同行させてもらえませんでしょうか」

 

「私からも、お願いします」

 

「俺からも、頼む」

 

 私に続く形で、エリーゼさんとキリトさんも頼んだ。

 

「むしろこっちからお願いしたい。だが、全員分の装備を整えるとなると、それ相応に時間がかかる」

 

「なら、これを足しにしてくれ」

 

 そういうと、キリトは麻袋を取り出して渡した。何の気なしに受け取ったアリシャは、その重さに驚いた。そして、その中身を見て、目を剥いた。

 

「凄、10万ユルドミスリル貨がこんなに・・・!?」

 

「ありがたい話ではあるが、本当にいいのか?一等地にちょっとした城が立つ金額だぞ?」

 

「いいんだ。俺が持ってても無用の長物だしな」

 

「そうか」

 

 それだけ言うと、二人の領主は中身をうまく折半してそれぞれ収めた。

 

「なら、私たちは一足先にアルンに行ってるね!」

 

「ああ。レインたちはどうするんだ?」

 

「私は護衛を全うしなきゃね。傭兵は信用第一だから」

 

「私も、そちらについていきます。皆さんには、あとから合流します」

 

「そっか。じゃあ、ここでいったんお別れですね」

 

 その言葉を交わすと、二人はさらりと去って行った。こちらとしても、ここに長居する理由はない。私たちはそのまま、行きと同じように分かれた。

 




 はい、というわけで。

 いやー、もう前回投稿から一か月もたってたんですね。驚きです。

 今回は蝶の谷ですね。サブタイトルは“影”妖精のキリトの活躍、王の“影”であるホロウことロータス君ということで、こうなりました。
 まあキリトVSユージーンは省略するとして、正直ロータス君強化しすぎたかなーってかすかに反省してます。まあでも、こういう立場で鬼ステータス与えられてるし仕方ないよね。

 次とその次くらいは一応オリジナルです。ほとんど原作の裏を突くような行動ばっかりですけど。


 あ、ちなみに。
 ALO編はあと5話くらいで完結予定です。このペースだと半年後くらいかな。ですけど、最近は家より学校のほうが筆が進むことがわかり、空きコマもそこそこあるので、そこで書き上げます。そうすると以前ほどとはいかないものの、月2くらいのペースにはなると思うので、そうなれば早まる、かも。

 前々からちらほら言っていたif編ですが、この続きで投稿することにします。願うことならこっちのUAが伸びてほしいなーっていう、個人的な願望こみこみです。主のモチベが持たないと打ち切りになると思いますが、その時はまたこっちで予告します。実は次回作の検討もしてあったり。

 ALO編だけでいいや、って方も、あと少しお付き合いください。

 ではまた次回。


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47.世界の裏側で

「―――以上が、このたびの不始末の全容にございます」

 

「そうか。それほどの手練れだったのか、ユージーンは」

 

 領主会談襲撃、そのグループを取り逃がしたことについて、俺はオベイロンに謁見していた。正直、こんな小物が王を名乗るなど分不相応にも程があると一笑に付したいのだが、俺の立場上そういうわけにもいかない。今までの従順な姿勢は崩さず、その裏での行動を考える必要がある。頭の使う作業だが、悪くない。もともと俺はこっちも得意分野だ。

 

「ユージーンだけならまだ遅れをとることはなかったでしょうが、彼に並び立つ猛者がさらに2人もいては、さすがの私も後れを取りました」

 

「ほう、お前をもってしても、か?」

 

「ええ。あれらに勝つことができるのは、純粋なステータスと物量の暴力のみでしょう。もしくは、よほど巧妙な計略を巡らせるか」

 

「そう、か・・・。わかった。お前は与えられた役目を遂行しろ。今回に関しては、大目に見てやる」

 

「ありがたきお言葉」

 

「よし、下がっていいぞ」

 

 そういわれて、俺は転移魔法でその場を立ち去る。転移した先は、世界樹の上だった。

 

(いつみても、この光景は反吐が出る)

 

 ここからもインターネットには接続できる。プロテクトがあったが、そんなものはこのアカウントに与えられた管理者権限でほとんど意味をなさなかった。そこで、この世界―――アルヴヘイム・オンラインが、表向きにはどのように宣伝されているのかも知っていた。それをする隙は十二分にあった。

 表向き、世界樹の上には豪奢な城がそびえたち、そこに鎮座する妖精王オベイロンに謁見することで、その種族は“アルフ”という転生体になり、飛行制限の解除をはじめとする恩恵を手にできる。と、されている。だが、実際に存在するのは、城などとは似ても似つかない、この世界にそぐわない建築物だ。

 オベイロンは、俺の洗脳が解除されていることを知らない。つまり、あいつにとって、俺の裏切りなどありえない、と思っているわけだ。俺からしたら、そんな推測など希望的観測に過ぎない。人を使う以上、いついかなる時も“最悪”とか“不測”には備える必要がある。確かに、いい大学を出て知識的な面での頭はいいかもしれないが、知性が全く育っていない。俺からしたら、ただの“机上の天才”に過ぎない。そういう点では、確かにそういった知識的な知性は感じられなかったが、頭が回るPoHのほうがよほど厄介だ。あいつは、常に不測に予測を立て、何かあれば即座に、必要ならその場でプランBを生み出し、実行することができたからだ。

 時計を見る。これも、本来はこの世界にはそぐわないものだ。だが、オベイロンは必要だからと俺に持たせている。そんな、常に自分が上に立っていようとする、そのくだらないプライドも、あいつが小物だと誇示している一因だろう。とにかく、その時計には、約束の時間が表示されていた。

 

(行くか。あまり行きたくはないが・・・)

 

 行きついた先には、“第2実験室”と書かれていた。静脈センサーのように手をかざし扉を開けると、そこには多数の円筒形の中に、脳のホログラムが浮かんでいる部屋に出た。その中には、先客がいた。まるでスライムに多数の目と触角がついたような、気味の悪い生き物だ。

 

「これはこれはホロウ様。こんなところにいらっしゃるとは、いかようにございますか?」

 

「ただ単に時間だから来ただけだ。確認してみたらどうだ?」

 

 俺がやや高圧的に言っても、このスライムもどきは文句ひとつ言わない。というのも、こいつらを操るスタッフは、同等どころか、邪神級―――つまるところ超強いボス―――相当のステータスを与えられたアバターを使っても俺には勝つことなど到底できないからだ。というのは、実際にやってみた結果によるものだ。まあ俺に言わせてみれば、この世界の白兵戦のレベルはあまりにもお粗末が過ぎるが。

 

「おや、こんな時間」

 

「早く戻らないと主任殿とやらにどやされるのではないか?」

 

「ですね。ではホロウさん、また」

 

「ああ、また」

 

 その言葉を最後に、スライムもどきは消えた。ログアウトしたのだろう。それを確認すると、俺はアイテムストレージから一つのバインダーを取り出した。そこに書かれている、本日の番号を確認する。その番号のついた円筒の機械をひとつずつ回って、ボタンを一回ずつおした。これは、記録のためだ。

 

 勘のいい奴はここでピンと来るはずだ。―――ここは、ただの実験場だ。しかも、思考回路や人格、感情といった、人間を構成する根幹ともいうべきところに手を出す。そんな、吐き気がするなどという言葉では生ぬるいほどの、悪魔の所業の結晶だ。

 記録というのは、定期的に情報を与えて、そのフィードバックを記録するのだ。もちろん、あまりに突然大量のデータを送られては、今度はALOサーバーが怪しまれることはおろか、そもそもサーバーが過負荷に耐えられず、動作が落ちてしまう可能性がある。だからこそ、ランダムに抽出してその結果を出す必要があるのだ。

 

 その作業が終わると、今度は近くのシステムコンソールを起動した。こちらも、管理者権限があるから簡単に操作できる。そこから、軽食を取り出した。仮想世界で食事は必要ないとは言っても、空腹感は存在する。だから、定期的にこうして食事をとる必要はあった。現実世界の俺は、きっと病院のベッドの上で点滴を打たれているから、解消するのはこちらのみで大丈夫のはずだ。そうでなければ、当の昔にこの身は餓死で現実世界からも含めてログアウトしている。

 

 次の行動はどうすべきか。そう考えているうちに、俺は半ば無意識に二人のプレイヤーを検索していた。

 

「まったく、この大馬鹿どもが」

 

 誰もいない部屋でひとりごちる。その言葉は誰にも届くことなく消える。動きを見るに、ケットシー領に飛んでいるのが二つだった。あの辺は俺の記憶が正しければそこそこMobのポップがあったはずなのだが、

 

(心配するだけ無駄か。レインだし)

 

 あの少女の腕前をもってすれば、Mobの技など児戯に等しいだろう。聞くところによれば、彼女は鬼のようなレベリングを繰り返し、SAOクリア時にレベルが三桁の大台にまで達していたとの情報もある。そこまで行けばもはや火力を上げて物理で殴っているレベルになるかもしれないが、SAOはプレイヤースキル―――そこまでのプレイヤーの技量が大きく試されるゲームだったから、火力というのはそこまで反映されることはなかった。

 

「まあ、それはいいとして」

 

 問題は、あいつらだ。もう一つ気になった名前を、あてずっぽうで検索してみる。と、あたりが出た。

 

(うし、ビンゴ)

 

 どうやら、順調に央都に向かっているようだ。だが、

 

(ここって確か、あのデカワームの・・・)

 

 今彼らがいる場所は、俺の記憶が正しければ、街一つ丸ごと擬態するという、とんでもない大きさのワーム―――ミミズ型モンスターの住処だったはずだ。二人が虫嫌いなら、もうそれは地獄以外の何物でもない。加えて、このワームから逃れたとしても、行きつく先はヨツンヘイム―――飛行もままならない極寒の地だ。これはミスだ。もっとも、それが見かけ上の最短ルートなのだから、そこを通りたくなる気持ちは痛いほどよくわかるのだが。

 その近くに、複数種族のパーティー、いやこれは小規模ながらもレイドが見つかった。どうやら、そのヨツンヘイムを闊歩する邪神級―――要するにでかい強敵を狩る目的らしい。これは、俺の目的に合致する。そう思った俺は、とりあえず様子を見守ることにした。

 少しすると、キリトたちが小規模レイドに接触した。それだけなら問題ないが、そのすぐ、その小規模レイドが戦闘に入った。俺としてはありがたいところだ。これで大義名分ができた。すぐ後に、俺はその付近に転移した。

 

 転移した直後に見たのは、色とりどりの魔法の光だった。どうやら、魔法を使って様子を見る作戦のようだ。だが、俺にそれが通用すると思ったら大間違い、としか言いようがない。

 息を漏らすような声で早口の詠唱をかける。すぐに、俺の刀に炎がまとった。そして、着弾点をそろえた魔法に、跳躍して舞うように刀を振るう。と、次々に魔法が掻き消えた。

 

「そこまでにしてもらおう」

 

「なにもんだ、てめえ!」

 

 俺のことを知らないやつが声を上げる。それを、知っている奴は咎めたが、知らないやつのために俺は名乗りを上げる。

 

「私はホロウ。王の影にして、王に代わり試練を与えるもの」

 

「試練、だと?」

 

「そうだ。早い話が、グランドクエストに挑むには、私を倒してからにしろ、と言っている」

 

「なるほど。なら、さっさと倒させてもらおうか!」

 

 血の気の多い奴が一気にかかってくる。

 

「馬鹿、やめろ!」

 

 すぐに後ろから静止がかかるが、時すでに遅し。俺はいわゆる無形の構えを取っているから、余計無防備だと思ったのだろう。だが、忘れてはならない。

 

「もらったぁ!」

 

 隙だらけのところに、と思ってきたのだろう、頭への一撃。確かにそれは、ある程度の実力を伴っているようにも見えた。だが、

 

「シッ」

 

 かすかな息を漏らしつつ、俺は無形の構えから首へ一閃。一撃に比べれば、それこそ閃きの速度で、俺は首を刈った。まだ炎のエンチャントが残っていたこともあり、一撃で相手はリメインライトとなった。

 おそらく、打ちかかってきた奴は、忘れていたのだろう。―――俺が、魔法で属性を付加した刀で、魔法のあたり判定を斬るという離れ業をやってのけた、という事実を。そこから導き出せる、俺の技量を。実際、俺からしたら先の一撃など児戯に等しい。構えをいちいち取らなくとも、対処などたやすいものだ。

 

「さて、どうする?ここで引くというのであれば、追いはしない」

 

「ちっ・・・!」

 

 忌々し気に舌打ちをひとつすると、リーダーは背を向けて歩き出した。それに従う形で、ほかのメンバーも歩き出す。だが問題は、この邪神級モンスターなのだが、なぜ、こいつは攻撃してこない。と、疑問に思っていると、シルフの少女―――リーファといったか―――が問いかけてきた。

 

「あなた、どうして助けてくれたの?」

 

「助けたわけではない。この手のモンスターを大量に倒されると、後々困るやもしれんからな」

 

 この世界のひな型となっているものが北欧神話であることは、少し調べればすぐに出てきた。そして、このヨツンヘイムにはスリュムという王の住む城がある。しかもこれは当初にはなく、あとから生まれたもの。そして、その城ができてから、ヨツンヘイムはこの氷の大地になった、ということも分かった。ここから導き出される結論はただ一つ。スリュムも含めた霜の巨人族が、このヨツンヘイムの支配に乗り出した、ということだろう。となれば、多分ここに跋扈する多腕型の巨人が、おそらく霜の巨人族。それらだけになると、どうなるか分かったものではない。しかも、スリュムの城ということは、そこにはほぼほぼ確実にミョルニルが眠っていることになる。ミョルニルはかの雷神トールが手にしていた武器なのだから、レアリティは計り知れない。奪還は容易ではないだろうが、もし奪還できればその時は大騒ぎになりかねない。確実に魔剣グラムレベルの武器が転がり出てきたなどというビッグすぎるニュースになるのだから。

 わざわざそこまで話す必要はない。そもそも、北欧神話自体の浸透率が日本ではかなり低い。細かく説明したところで、訳が分からないとなるのがおちだ。

 

「そう」

 

「ロータス」

 

 納得したようなしないような、というようなリーファの横で、キリトが呼び掛けた。

 

「私は―――」

「お前が誰だとかどうでもいい。本当に、何もかも忘れちまったのか?」

 

 まっすぐに、キリトは俺の目を見て問いかけてきた。

 その意味が分からないほど俺も馬鹿ではない。いくら体が覚えている動きでも、記憶を封印されるなど誰も想像はしていないだろう。ましてや、マインドコントロールを受けていたなど。

 

「何のことかわからないな。俺は何も忘れちゃいないのだから」

 

 その一言を残して、俺は世界樹の上へ再び転移した。




 はい、というわけで。

 気が付いたら前回投稿から一か月以上経っていて焦りました。いやはや、光陰矢の如しとはこういうことを言うのでしょうか。

 今回は完全に一方そのころですね。この話は果たしてどうやって書こうかと相当悩みながら書いていた記憶があります。なのでいつも以上につまらないかなー、とは思いますね。

 それにしても、この時点で魔法のあたり判定斬りを習得しているロータス君。これに関しては、ただの剣で斬れないのなら、剣に魔法纏わせて斬っちまえばよくね?っていう、単純極まりない発想です。念のため言っておきますが、この時点でそんな離れ業をやってのけれるのはこの人だけです。当たり前か。

 さて、次もまた踏み台みたいなものを挟んで、一気にクライマックスに入って行きます。

 ではまた次回。


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48.乙女の秘め事

 それからしばらくして、俺は興味深いものを見た。

 

「ティターニア様」

 

 ティターニア、つまりはアスナがラボ内を歩いていたのである。正確には、その中でも昨日俺が入った第2実験室に入って行ったのだ。アスナはラボの外にある、鳥かごの中に幽閉されているのだ。幽閉している張本人は寵愛しているだけのつもりだろうが、そんな生易しいものではないし、本人もどうやったら出ようかと四苦八苦している様子だった。どうやってか、鳥かごからは出ることに成功したらしい。本来は報告する必要があるのだが、ここは見て見ぬ振りが一番いいだろう。下手に手を出したらあの下種野郎に何されるかわかったもんではない。

 さらに少し歩いて、俺は第三実験室にあるシステムコンソールを操作した。ここも、例のラボの一つで、どちらかというと、こちらが予備だ。だが、システムコンソールがあるので、それで動向は推測できる。順に検索すると、まずレインはレプラコーン領のままだ。おそらく、装備を整えているのだろう。エリーゼもレプラコーン領に到着していたはず。こっちは領主の反応もあったから、きっと護衛だろう。キリトとリーファは、どうやらこの様子だとアルンへ向かっているようだ。が、

 

(こんなところに道などあったか・・・?)

 

 俺の記憶が正しければ、彼らが今いるところは、落ちれば即死間違いなしの大きな縦穴がぽっかりと開いているだけのはずだ。飛行不可能のヨツンヘイムで、そんなところを通ることのできる道理はないはずなのだが、

 

(ま、とりあえずそれは後回しだ)

 

 とにかく、今重要なのはアスナの動向、そしてこれら二組の動向だ。そう思いつつ、俺は数ある脳みその一つをみた。正確には、その計測数値を見た。

 

「壊れた、か」

 

 このような外道の産物は、えてして多くの犠牲を生むことが多い。それを研究者たちは“発展のために必要な犠牲”とか、“必要な失敗”とか考えるのだろう。その考えは理解できる。だが、もともと壊れているものを、ある意味さらに“壊そう”としたらどうなるか。結果が、その計測数値だ。

 その計測数値は、ずっとある一定の値で固定されていた。食事は与えているようだし、眠らせないなどということもしていない。だが、成人ないしは思春期のプレイヤーが多い中で、ほとんど解消されていないものがあった。だが、この個体に限り、一つだけは定期的に与えていた。そうでなければ発狂寸前に陥るからだ。

 つまるところ、“性欲”である。そして、こいつは常に性欲を発現させているようになった。それこそ眠っているときも、だ。これを現実に例えると、セックスする夢を毎日必ず見て、食事中も自慰欲求を押さえ続け、日中はひたすら性欲の発散相手を探し続け、見つけたら速攻で肉体関係を得る(迫る、ではない)、というようなものだ。娼婦も真っ青な性欲の権化、完全に性欲のためだけに生きているような状態だ。セックス依存症ですらかわいいものになってしまった、といってもいいだろう。

 

(とっとと上がってこい、キリト。このくそったれな世界を終わらせるために)

 

 きっと、ティターニアが逃げたことを知ったオベイロンは、鳥かごをより強固に閉じ込めるだろう。そのかごをぶち壊すことができるのは、きっとあいつだけだ。腐敗し、独裁を極めた王を倒すのは、英雄か勇者と相場が決まっている。ならば、適任は“魔王”ヒースクリフを倒した勇者(キリト)だ。何もできない自分に歯噛みしながらも、俺はただ漂い続ける脳と変動をつづける数値を見続けていた。

 

 

 

 

 私はかなり暇を持て余していた。レインちゃんはレプラコーンであることもあり、職人たちにスキル上げ、もといしごかれに行っているが、私は用心棒なのでこうして待っている必要があるのだ。だが、正直必要ない気がする。シルフの中でも名うての実力者のサクヤさんは言わずもがな、アリシャもそこそこ以上の実力者だし。用心棒はあくまで保険みたいなものだから、そこまで期待していない、というのが実情だし。だからこそ、護衛は索敵スキルがかなり高い、闇討ち防止的なものが多い。まあ私は、索敵スキルの高さとSAOで培った“勘”によるものが大きいのだが。

 

「随分暇してるね」

 

 そういって横に飛んできたのは、小さな手乗りサイズの妖精。人目に付くからとあまり出てこなかったが、

 

「ストレア。もう出てきていいの?」

 

「うん。まあね。何より、」

 

 そこで、テントの中に目を向けた。中ではレインがスキル上げをしているはずだ。

 

「あれだけ真剣だと、ね」

 

「そっか」

 ほんと、恋する乙女は強いね

 

 その本音は中にしまい込んだが、

 

「そうだね。感情からくる強さは、私たちにはない、人間の特権だよね」

 

 この子にはばれていたようだ。かすかに驚きつつ隣を見ると、ストレアは胸を張って言った。

 

「そりゃそうよ。私は、メンタルヘルスカウンセリングプログラムだよ?私のその辺の読みあいでは私に敵う相手はなかなかいないって」

 

「道理だね」

 

 ストレアの言葉に、かなり納得して私は言った。メンタリストがババ抜きで負けないのと同じ理論だ。

 

「ま、そっちも元気そうで何より、だね」

 

「最初は、まあ、思いつきだったけど」

 

「思いつきって・・・。それだけでもろもろプロテクトぶち壊すだけでは飽き足らず、そこにあるプログラムぶん捕って自分の力にしちゃうとか、普通は考えつかないよね」

 

「いいじゃん、別に」

 

「いや普通に犯罪だからね!?」

 

 しかも仮にも、アクセス記録とか患者のカルテとか、その辺も保管されているプロテクトも的確に壊し、必要な情報だけ抜き取って、痕跡すらも残さずなど、空恐ろしいというレベルではない。病院関係者涙目である。実際には情報関係の流出など、必要最小限でしかしていないのだが。

 

「どうだったの、レインちゃんは」

 

「聞きしに勝るセンスだね。だって、随意飛行なんて10分で習得しちゃったし」

 

「ええ!?」

 

 ちなみに、私が随意飛行習得にかかった時間は30分以上。数分ってことは、その三分の一程度で習得したことになる。

 

「マジか・・・。化け物じみてるね」

 

「ま、私からしたらあなたも十分化け物だけどね。本来できないことも半分ハッキングでどうにかしちゃうんだから」

 

「必要なのは技術だから」

 

 いい笑顔でサムアップしながらいう私に、ストレアは思いっきりため息をついた。彼女が言った通り、ストレアはもともとあの人に与えられたプログラムだった。だが、情報収集の過程で存在に気付いて、そのまま分捕ってきて、今に至る。ちなみに、本来プログラムを添付するなどという荒業は不可能なのだが、私の直感とごり押し、それからストレアのサポートで見つけたシステムコンソールで、もう一度ストレアをアイテム化することに成功して、それをレインのアカウントにつないでどうにかしてしまったのである。誰が使っているのか、という問題は、IPアドレスの照合でどうにかしてしまった。法律?ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ。

 

「で、どうなのよ」

 

「たぶんだけど、ソロで武器を整備できるように、鍛冶系スキルを少しとってたんじゃないかな?そのおかげで、ちょっとは楽みたい」

 

「納得できるけど、ちょっと意外だね」

 

「まあね。プラス、愛しの王子様に会いたいっていう思いがそれをブーストしてるみたいで」

 

「なるほどなるほど」

 

「からかっちゃだめだよ」

 

「はいはいわかってまーす」

 

 どうやら無意識に悪い顔をしていたらしい。ストレアにくぎを刺され、私はたくらみを心の中で没にした。

 

「ま、とにかく。早く行ってあげないとね」

 

「ええ。そのために、ここまでやってきたんだもの」

 

 空をゆっくりと見上げた。SAO帰還者をALOサーバーに接続させて何をしているのかなど知ったことではないが、何か嫌な予感がする。それだけは感じていた。

 

 

 それから数日後、俺はまた例によって三人の位置を見ようとした。瞬間に、俺は強制転移された。この反応は何度目かの出来事で、転移先にあったのは白い円筒空間。

 

(またグランドクエストに挑んだ馬鹿がいたのか)

 

 内心軽くため息をついて、俺は弓を取った。矢をつがえ、狙いを定める。そこにいたのは、黒い影が一つ。・・・一つ!?

 

「馬鹿め、ソロでクリアできるとでも思ったか」

 

 思わず声に出しつつ、ゆっくりと一撃必殺の機会をうかがう。待て、あの剣筋と腕は、

 

「キリトか!?」

 

 驚きのあまり、俺は一瞬動きが止まった瞬間を見逃してしまった。確かにあいつは、一騎当千という言葉をそのまま体現できる。だが、それだけではこのクエストはクリアできないのだ。決してクリアできない難易度に設定されているだけならまだいいのだが、このクエストのクリア条件である扉はGM権限でロックされている。つまり、あの下種野郎以外にクリアする術はないのだ。到達して、クリアできないという絶望を味わうのならいっそ―――

 その思いから、俺は弓を引いた。今度こそ生まれた一瞬の隙をついて、矢を射る。その一撃がブレイクポイントとなり、キリトの体に無数の剣と矢が突き刺さる。それらはそのまま、キリトのHPバーを削り切り、リメインライトに変えた。ゆっくりと背を向け、上昇をしようとしたときに、どこか違和感を覚えた。

 

(ガーディアンのポップが、止まない?)

 

 本来、クエスト失敗扱いになったら、その時点でガーディアンのポップは終了するはずだ。だが、現にガーディアンのポップはやまず、むしろ彼らは何かに対して攻撃を行っている。不思議に思い、もう一度目を凝らすと、そこにはシルフの少女がいた。記憶が正しければ、蝶の谷にキリトとともにいた子だ。

 

(是非もなし、か)

 

 第二射をつがえる。そのまま、狙いを引き絞って放ったが、相手は機動でそれを躱した。完全に手慣れた動きから言って、古参のALOプレイヤーなのだろう。そのまま何発も放つが、結局は逃がしてしまった。

 

「面白い奴もいるもんだ」

 

 俺はかすかに笑いながら、ゆっくりと上昇して引き上げた。が、すぐに転機が訪れた。というのも、それから本当に少し後に、またグランドクエストが受注されたのだ。

 

(いったいどこの馬鹿だ?)

 

 興味をもって下を見てみると、そこにはキリトと例のシルフの少女、そして少年が一人。順当に考えれば、キリトが前衛、シルフの少女は遊撃、もう一人が後衛と考えるのが妥当か。ならばまず、

 

(後衛を潰す!)

 

 前衛が手ごわい以上、後衛からの援護をまず先に断つことを念頭に考えた。本来、この手のクエストは前衛を中心に狙うため、後衛の能力が問われる。だが、このクエストは例外で、回復などを行う後方支援を行う相手にもタゲが向くようになっているのだ。見たところ、後衛の少年はビショップタイプではなく、メイジタイプ。回復技はなさそうだ。どうやら少女のほうは回復ができるようなので、おそらくそういう点での役割分担ができているのだろう。

 

(悪いが、こっちも役割なんでな。―――おとなしく尻尾巻いて、元の場所へ引き返しやがれってな)

 

 心を落ち着けて、ゆっくりと狙いを定める。ガーディアンどもが後衛を釘づけにしており、狙いは定めやすかった。その姿勢のまま、ゆっくりと手を放した。




 はい、というわけで。

 気が付けば、こっちは前回投稿からひと月以上が経過していました。驚き桃の木です。

 さて、今回も、相も変らぬ裏方でございます。
 というか、自分で書いておいてなんですが、ストレアちゃんの空気度合いがひどい。正直彼女いなくてもよかったんじゃないか。←
 あと、エリーゼちゃんがあまりにハイスペック過ぎた件。ALO開始の話で彼女が情報の出所をはぐらかしていたのはこういうことでした。つまりは犯罪行為ですからね。自分から犯罪で情報入手しました、なんてカミングアウトはしないというわけです。

 あ、if編はここに連続させる形で投稿します。着々と書き溜めていますので、ご安心を。

 次は、まあ、そのまんまですね。みりゃ分かります通り、グランドクエスト攻略本格突入ということでございます。ALO編もいよいよ大詰め、楽しんでいただければと思います。

 ではまた次回。


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49.世界の真相

 私は急いでいた。蝶の谷のキリト君は、どこか追い詰められているというか、焦っていた。アスナが目覚めていないことを知っていて、ここにとらわれている可能性まで知ったうえでのダイブならば、最悪一人で突っ走りかねない。そうなる前に防ぐため、エリーゼさんと私は二人の領主の許可をもらって先行していた。

 エリーゼさんに教えられたとおりに飛び、アルンの世界樹の根元にある扉にたどり着いたとき、その扉は、

 

「開いてるね」

 

「行くわよ」

 

 SAOで鍛え上げたステータスと感覚で飛び続けた結果、周りに言うと信じられないようなタイムで飛翔していた。そのため、正直少し疲れているところもあるのだが、関係なかった。エリーゼさんがなにやらポーションを一気に飲み干したところで、私たちは世界樹に飛び込んだ。

 世界樹を見上げると、そこには白い装備の敵がわんさといた。雲霞の如く、とはこういうことを言うのだろう。だが問題はその奥。真下に向けて狙いを定める、一人の弓兵。その狙いは、

 

(メイジ・・・!)

 

 すぐに狙いを悟ると、私は一気に垂直上昇をかけた。メイジの少年との距離を考えれば、十二分に間に合う・・・!

 前に躍り出た瞬間に、抜剣。確かな手ごたえとともに、放たれた矢は二つに分かれて落ちていった。

 

「「うそぉ!?」」

 

 後ろで二人分の驚愕の声が聞こえる。まあ、二人からしたら矢を剣で弾く、などというのは絶技にあたるのだろう。だが、碌な遠距離攻撃手段のないSAOで、矢の対処は躱すか弾くかだったのだ。しかも、私は限界ぎりぎりの戦いを潜り抜けてきた。このくらい、いうなれば普通だ。そのまま、勢いを殺さずに一気に上昇して彼の懐に切り込む。

 

「はあっっ!!」

 

 気合とともに、袈裟斬りをひとつお見舞いする。想像通りというか、相手はしっかりと刀でそれを簡単に受け止めた。はじき返すと、そのまま今度は円を描くようにまた近距離で突撃をかける。パリィとともに放たれたカウンターをしっかりと受け流し、もう一度突撃をかける。今度は一度ではなく、ラッシュを叩き込む。それをことごとく防ぎ、いなし、時にカウンターを入れる。仕切り直しの時に、私は彼に向かっていった。彼は、もうすでに自身の竜から降りていた。

 

「こうして刃を交えるのも、久しぶりだね」

 

 彼の返答はなし。だが、一層鋭くなった気配が、さらに高次な戦闘への合図だと分かった。

 

「そう、だね。ここまで来たんだもん。今度こそ、あなたを救って見せる」

 

 私も、無策でここまで来たわけではない。切り札はある。

 

「行くよ・・・!」

 

 もう一度。それでだめなら何度でも。そのために、私はここまで来た。

 突進をかける。繰り出すのは逆袈裟。次いで、左手の拳で殴りにかかる。両方とも、彼はいなした。そして、刀で反撃をかける。瞬間に、私もカウンターを合わせた。が、そのカウンターは小太刀で防がれる。下がりながら、私は手に持った剣を投げた。

 

「ッ!?」

 

 向こうが息を呑んだ音が伝わるのではないかと思うほど、はっきりと表情が変わる。直後に、エリーゼさんの突進が来た。こちらも奇襲になったようで、やや苦しめなガードになる。その間に、私はかすかな声で詠唱する。これは、短時間で鍛え上げた、レプラコーン特有の魔法。そのまま、私は無手のまま突撃する。それは、はた目から見ればただの無謀な特攻。だが、ちゃんと意味のあるものだ。

 

「馬鹿めが・・・!?」

 

 吐き捨てて、エリーゼさんを後ろへいなし、こちらを見据えた相手に驚愕が生まれる。それもそうだろう、私の手には()()()()()()()()()()()()()

 レプラコーンは鍛冶妖精の名前の通り、武器作成に長けた種族だ。その特性上、彼らには武器作成を支援する魔法やスキルが存在する。その一つが、“空間のはざまに武器を収納する”というもの。つまり、これを使えば、レプラコーンは前線武器庫となりえる。そして、それは自分に対しても例外ではない。加えて、キリトの支援の関連で出た、最上級じゃないにしろそれなり以上の武器というものが、軽く数十ほど入っている。数十程度ならすぐに使ってしまうと分かっているからこそ、この相手に使いつぶす気など毛頭ない。相手は、()()こうした飛び道具にかけては専門家といっていい。相手のフィールドで戦うのは愚策だ。

 

「なるほど、鍛冶妖精の魔法、か」

 

「まあ、ね。

 ・・・分かったところで、どうにかなる問題でもないでしょ」

 

「それもそうだ。今重要なのは、貴様らが俺の前にいる。それだけだったな」

 

 それだけ言い残すと、彼は左手の小太刀を逆手に前へ、右手の刀は半身気味の体に隠すように構えた。彼の、防御に重きを置いた構えだ。ということは、

 

「倒すことが目的じゃないんだね」

 

「さすがに、手練れを二人も相手に、攻めることに重きをおいては討ち取られかねんからな。ここを通さない、ということに重きを置かせてもらう」

 

 そう思った矢先、後ろで大爆発が起こった。後ろを向きたくなる意思を、鉄の意志で抑え込む。そこで、一つ彼は言った。

 

「自爆、か。死なないからできることとはいえ、なかなかどうして気骨のある真似を」

 

 その言葉に、私は一つの確信を得た。だが、それを証明するためには、おそらく先へ進む必要がある。

 

「はああぁぁっ!!」

 

 気合とともにもう一度突撃する。上に下に、目まぐるしく立ち回りが変化しながらも、お互いがお互いを読みあい、斬りあっていた。彼の乗っていた竜の相手をしてくれているのか、エリーゼさんの援護はないが、彼の竜の援護もない。不退転の覚悟で、私はひたすら切り結んでいた。

 

 

 

 二人がエアレイドを行っている間、私は下に降りて援軍の援護に回っていた。彼が乗っていたと思われる竜もいるから、かなり働く必要があった。全く、追加分の報酬をふんだくらなくてはやってられない。キリトは確かに一騎当千の戦士ではあるが、その理論でも万の軍勢を向けられては立つ瀬がない。だが、その心配はなかった。

 

「後ろ頼む!」

 

「任せて!」

 

 キリトとリーファが背中合わせで構える。二人が闘う呼吸は、まさに阿吽の呼吸だ。明らかに、援護は必要ない。ならば、

 

「露払いくらいは役に立たないと、ね!」

 

 言いつつ、投げナイフを投げる。過たずそれは上から狙いをつけるガーディアンの眉間に突き刺さった。私も結構この手の飛び道具は詳しくなった。魔法戦を仕掛けてくるメイジ相手に、飛び道具を持たない理由などなかったからだ。それに、あの人が飛び道具を扱うところにあこがれた、というのもある。あの戦い方は、アレンジされて私の糧になっている。近接して殴りかかってくる竜の動きを読んで、攻撃してきた彼の騎竜の攻撃をいなす。状況としてはやや劣勢。だが、私も、

 

「必殺技の一つや二つ、仕込んでるんだからね!」

 

 この世界に来てから戦う術を身に着けていた。肩の前で突きの構えを取り、詠唱を始める。入り口で一本、戦闘中に二本。ぎりぎり最初の魔力ポーションの回復力は残っているため、全部で三本分の魔力回復ポーションと、発動時に魔力が減る仕様。この二つが組み合わさった結果、魔力回復量は桁外れなものになっている。今までに消費した魔力量、発動する瞬間までの時間と、魔力の回復量を考えれば。

 むろん、この間は動けない。だが、問題ない。

 

「せいっ! そりゃっ! てやぁっ!」

 

 心強い相棒がいた。意外なことに、ストレアは前衛で暴れるタイプだったのだ。私の背とそんなに変わらない大きさの大剣を振り回すその姿は頼もしい。キリトと気が合いそう、というのは実際に口に出したらぶっ飛ばされそうなので言わない。口を止めずに目だけで礼を言うと、ストレアは意味ありげに一つウインクを飛ばしてきた。

 詠唱が終わる。あとは、ぶちかますだけだ。

 

「ストレアっ!!」

 

「おっけーやっちゃって!」

 

 ストレアがまるで悟っているかのように射線から逃れる。そこに向かって、突きを放つ。

 

「ぶっ飛べ!!」

 

 イメージするのは某運命なゲームのヒロイン、その少女剣士の技。風をものすごい勢いで打ち出すだけ、という技だ。だが、私が生み出したこれは一味も二味も違う。なにせ、私の魔力が、一発撃つだけで満タンからほぼすっからかんになるほどの大技なのだから。威力もそれ相応というものだ。たまらず竜がその攻撃をかわし、ガーディアンの群れに文字通りの風穴が開く。

 

「キリト!!」「おにいちゃん!!」

 

 私とリーファの声に、キリトが反応して上昇する。その手に、ピンポイントでリーファの長刀が投げ込まれた。―――てちょっと待て、お兄ちゃん?

 

「全軍反転、後退!」

 

 あの勢いのキリトならば、絶対最上までたどり着く。その確信があったからなのか、サクヤとアリシャから出た命令。ならば、

 

「しんがりは引き受けるよ!」

 

「追加料金は値切るからね!」

 

「いいわよ、踏み倒しなら容赦なく下剋上に行くからよろしく!」

 

「ワーオ、それは怖いネ!」

 

 おちゃらけたようなアリシャの声をよそに、私は刃を構えた。その隣で、両手剣を構えたストレアが並ぶ。

 

「さって、ここまで日陰者だったんだし、暴れてやろうじゃないの!」

 

「女の子がそういうこと言うんじゃありません」

 

「そういうことを大量の敵を目の前にしてバーサクする気満々な笑顔で言われても説得力皆無だよ?」

 

「ふふ、それもそっか」

 

 まあ、あとはあの二人に任せる。それしかない。その思いを胸に、私たちは散開して追撃にかかるガーディアンに切り込んだ。

 

 

 

 その時から少し時間を戻して。

 

「はあああぁぁっ!」

「シッ!」

 

 私たちはひたすらに切り結んでいた。ひたすらに打ち合い、離れ、もう一度打ち合いというのを繰り返していた。彼は防衛を専門としていたため、運動量としてはこちらのほうが圧倒的に上だった。だが、少しずつだが、私の思っている方向に立ち位置が変わっていった。具体的に言うと、高度が少しずつ上がっていっていた。

 

(この剣筋・・・!やっぱり間違いない・・・!)

 

 斬りあいながら、私はホロウと名乗る彼の正体がロータス君であるという確信を得ていた。というのも、過去に模擬戦や共闘で見た、彼の剣筋と寸分たがわぬそれ、そして戦闘スタイル。ここまで重なれば、嫌でも気付くというものだ。

 

「やはり、君は・・・!」

 

「そういう君も、やはり相当な手練れだな・・・!()()()()()()は、本当に久方ぶりだ・・・!」

 

 その直後、少し力の方向を変えて、彼はしっかりと受け流した。振り向きざま、彼は背負っていた弓を抜いた。その武装交換速度は一瞬で、まさに手練れだった。その弓が引き絞られ、放たれようとする寸前、轟音が響いた。それは私たちの少し横で、突風なんていうものではない。まさに、竜巻が打ち出されたようなものだった。

 私の目がとらえたのは、なにやら口が速く動き、右手の矢に光がともる光景だった。ならば、見てから回避する。剣を構え、左手でスローイングタガーを数本構える。やがて放たれた矢は、まるで私を避けるかのように8つに分かれ、そのまま背後にいた世界樹の守護者を一度に10は屠った。想定外の状況に固まっていると、彼は意味ありげに口角を上げた。

 

(本当に、不器用な人)

 

 それだけ思うと、私は一気に上昇した。いつの間にか彼はその場から消えていた。

 

 

 

「どういうことだ!?」

 

 私が天井に到達すると、そこには一回突き刺さった剣をもう一度天蓋の割れ目に突き立てるキリトがいた。すると、胸元からするりと小さな何かが出てきて、天蓋に手を当てた。

 

「これは、クエスト権限でロックされているのではありません。このロックは・・・GM権限でロックされています!」

 

「てことは、つまり、」

 

 私の信じられないといったつぶやきに、その小さな何かは続けた。

 

「はい。この扉は、プレイヤーが自発的に開けることはできません・・・!」

 

 これですべて合点がいった。このクエストの異常なまでの難易度は、この最後のからくりをばらされないためだったのだ。そして、そんなところにはやましいものが隠れていると相場が決まっている。

 

「ユイ、こいつなら・・・!」

 

 そういって、キリトは胸ポケットから何かカードを取り出した。ファンタジーなこの世界には似合わぬ、まるでカードキーのような何か。だが、それを感知したのか、ガーディアンがこちらに向かってきた。

 

「させないよ!」

 

 素早く剣を振り、襲い来るガーディアンを薙ぎ払っていく。直後、鈍い音を立てて割れ目が少しずつ開かれた。

 

「レイン!」「レインさん!」

 

 その声にこたえ、私は戦闘を中断して、キリト君たちに手を伸ばした。一回だけ大きく羽ばたいて、あとは羽を大きく広げて空気抵抗で制動をかける。何とか手が届いて、小さな手にかすかに触れたところで、私たちは光に包まれた。

 

 

 

 光が収まると、私たちは見知らぬところにいた。これまた、ファンタジーな世界に似合わぬ近代的な雰囲気だった。

 

「パパ、レインさん」

 

 かすかな、まどろみに似た覚醒が、はっきりとしたそれに切り替わる。

 

「ここ、は・・・?」

 

「座標から考えると、世界樹の上、と、推測されます。つまり、―――」

 

「公式でいう、妖精王の居城ってこと? どう考えてもお城って雰囲気じゃないよね」

 

 そんなことを言っていると、規則正しい足音が聞こえてきた。

 

「やはり、ここまで上がってきたか」

 

「てめえ・・・ッ!」

 

 そこにいたのは、ロータス君だった。どこか涼し気に、歩き出そうとする私たちの前に立ちはだかった。

 

「いやはや、あの開かずの扉をこじ開けるとは、驚嘆に値する」

 

「ここまで来てなお、邪魔するのか」

 

「ああ。だが、君たちを二人同時に相手するのは、いくら私でも手に余る。ゆえにどちらかは通そう。そして、丸腰の相手を斬る趣味もない」

 

「つまり、ユイと追加で一人は通す、ということか」

 

「ああ。最善は二人とも食い止めることだが、それはできない。ならば、次善を尽くす。それだけだ」

 

 その言葉に、私は一歩だけ前に出た。

 

「行って、キリト君」

 

「いいのか?」

 

「うん。それに、久々にこの人と戦いたいと思ってる自分もいるの。お願い」

 

 その言葉に、私は抜剣で、キリトは無言で示した。

 

「と、いうことは。少年のほうが先に行く、ということか」

 

「ええ。あなたの相手は私よ」

 

「そうか」

 

 それだけ言うと、キリトはその場を去ろうとする。その背中に、彼は思い出したように言った。

 

「ああ、そうだ、少年。宝物(ほうもつ)というのは、高いところにあるというのが定石だぞ」

 

 一言、それだけだった。その言葉で、キリトはようやく確信を得たようだ。

 

「早く()け」

 

「やっぱり、お前はよくわからないよ」

 

 その一言を残して、キリトはユイちゃんの手を引いていった。

 

「さて、やろうか」

 

「うん」

 

 それだけ言うと、私たちは刃を抜いて向き合った。




 はい、というわけで。

 気が付けばもう一か月ですよ。早いよ早すぎるよ焦るよ。いつも通りですが、実を言うと最近筆が進んでなかったり。主にFGOでの槍きよひー育成中で。石10連分貯めてその前に呼符使ったらそれで出てきて石なんに使おうってなる謎。結局波乗りモーさん狙って外しましたが。

 さて、今回はグランドクエスト編でした。何気にエアレイドの描写が難しかったです。主に自分で追加した竜騎士設定に自分で首を絞められました。あと、今回は登場人物側にははっきりとさせていなかった彼の正体にレインちゃんが確信をもって気付きましたね。ま、真っ先に感づかせるのは彼女と決めてはいましたが、さっさと気が付いてくれちゃったのでだいぶ楽だったり。

 次でALO編は実質最終回です。わお自分で書いててびっくり。そのあとはエピローグを一話挟んで、ifルートに入っていきます。今ifルートが案外長くなっていて大分焦ってはいますが、じっくり書き上げます。

 ではまた次回。正規ルートはもう残り短いですが、お付き合いくださいませ。


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50.終焉

 最初の一歩は同時だった。そのまま、先ほどのエアレイドと同様に、連続で斬りあいを繰り広げていた。お互いがお互いの剣筋を見切りあい、いなし、躱し、防ぎ、反撃し。向こうは小太刀も抜き、二刀を駆使して全力で連撃を繰り出していた。それに、私も追従する。緊迫した殺伐とした斬りあいのはずなのに、その中には得も言われぬ高揚と楽しさがあった。

 

(なんか変なのかな、私)

 

 思考は止めない。その中で、私は考える。

 

(こんなに、あなたと戦っていることが楽しいなんて)

 

 右手による左下からの逆袈裟。続いて右からの薙ぎ、唐竹割り。薙ぎを受け止めつつ前進して、逆袈裟で返す。と見せかけ、本命は拳。そこで、相手の右手首を強かにたたく。相手も、パリィの寸前で私の狙いに気付いたようだが、もう遅い。そのまま、獲物を取り落としてしまう。私はそれを見て、あえて少し下がる。相手は左手で斬りかかってくる。今度は前進しながら左からの袈裟。それを、切り抜けつつ受け止めにかかる。相手も、それを見てなお全く引く気はない。そのまま打ち合ったとき、私は自分の剣が手を離れていくのを感じた。回転して改めて向き合うと、そこには両手に獲物がない状態の彼がいた。

 相手の獲物がその手にない。もう一つの得物たる弓はもうすでに間合いではない。ここで踏み込まない手はない。筋力ステータスはほぼ同じか、向こうのほうが少し上。

 力勝負なら、相打ちがいいところか。うまく狙いを外すことができれば倒せるが、少しリスキーだ。ならば、剛直拳を狙い、絶妙のタイミングで下がって咢を繰り出し決める、というのが、まず私の描いたシチュエーションだった。相手からすれば、力ずくで突破できる可能性の高い剛直拳を使うのがセオリー。

 

 間合いに入る。相手は動かない。

 相手からすれば、相打ちで十分。

 ほんの少しだけ、私は動く。拳の初動のみを見せる。合わせる形で、相手はほんの少しだけ身をひるがえしつつ、アッパーカットの一撃を放った。

 それにカウンターで合わせるように、私はストレートをねじ込んだ。それは私の想定通り、剛直拳よりさらにアッパーに上がった彼の腕を強かにたたき、弾き飛ばした。完全に体勢を崩されたところに、私はマウントを取って投擲用のナイフを首筋に突き付けた。

 

「私の、勝ちだね」

 

「ああ。そして私の敗北だ」

 

 ゆっくりと息を整え、彼は一言、

 

「どうして、あの場面で咢が来ると思った?」

 

 とだけ聞いた。

 

「あなただからだよ。本当に記憶をなくしていたのなら別だけど、完全な君なら、裏の裏をかいてくる。私が、君の剛直拳を読んで咢を出すところまで読んでいるのであれば、さらにタイミングをずらして、完全な力勝負に持ち込むというのは、十二分にあり得ること。常に、相手の裏をかくということを考えてきたあなた相手だからこそ、取れた戦術だよ」

 

 私が言葉に込めた意味を、彼は正確に把握したようだ。どこか自嘲するように笑って、彼は言った。

 

「・・・そうか。ということは、もう嘘はいらないな。どこで気づいた?」

 

「剣筋を見せておいて、ばれないと思ったの?それに、“何も忘れちゃいない”って、そのままの意味でしょ。今までのこと、覚えてるって、そういうことでしょ。それに、おめおめと同じ手を二度も食うほど馬鹿じゃないよ、私」

 

「そうだったな。さて、んじゃま、お姫様と勇者様の援護に行く前に、ま、もろもろ説明しなきゃな」

 

「それは後でいいよ。アスナさんを助けよう?」

 

「・・・そう、か。それも知ってるのか。なら、そっちを先にするか」

 

 そういうと、彼は自分の得物を拾い、私の得物を放ってよこした。そのまま背を向けて、彼は言った。

 

「俺についてこい。大丈夫、あのバカな王様は、俺が裏切るなんてミジンコ一匹分として思っちゃいない」

 

 彼の後をつけると、扉の前にたどり着いた。その扉の横には、三角のボタンのようなものがあった。・・・ボタン?」

 

「そうだ、見たまんま。ま、その辺の積もる話は、まとめて後にする」

 

 どうやら、最後の一言は口に出ていたらしい。扉が開くと、彼は中に入るように促した。その見た目、中身、機能。それはまるで、

 

「エレベーター?」

 

「ああ。移動が楽で、技術力を誇示できるから、という理由らしい。・・・全く、ばかばかしい」

 

 そう吐き捨てる彼は、記憶あるままだった。やがて、一つの扉の前で手をかざすと、その扉はひとりでに開いた。その中には、スライムに目玉がついたような、おぞましいものがあった。

 

「これはこれはホロウ様。どうしてこのような場所に?」

 

「王の客人をお送りするためにな。しばらく二人で説明をしたい。少しの間、第一ラボのほうに向かってもらえるか?私がそのように頼んだ、といえば、貴様らに危害が及ぶことはないだろう」

 

「はっ。かしこまりました」

 

 それだけ言い残すと、そのスライムは部屋から出て行った。部屋から出る時も、どうやら一礼したようだが、すぐに見えなくなった。

 

「・・・よし、これでいい」

 

 そういうと、彼はシステムコンソールと思しきものを操作し始めた。その光景を見て、彼は問いかけた。

 

「これに見覚えがあるのか?」

 

「うん。ちょっと前に、ね」

 

「なるほど。扉を無理やり開けたところを見るに、何らかの高度なプログラムが働いていたのだろう、とは推測していたが・・・。

 とにかく、今この部屋は完全な密室空間にした。扉の前で聞き耳を立てていても、何も聞こえはしないし、扉はどうあっても開かない」

 

「そんなことができるの?」

 

「この身には管理者権限の一部が付与されているからな。このくらいは知識があれば誰でもできる。

 さて、いよいよ王の玉座に転移するぞ。あの下種王の前で、少し話を合わせてほしい。いいか?」

 

「・・・分かった」

 

「よし。じゃあ行くぞ。転移シークエンス、開始」

 

 そういうと、まるで一つの作業の終了の時に勢いよくエンターキーを押すように、彼はシステムコンソールに指をたたきつけた。瞬間、その画面に、『カウントダウン:5』と表示された。そのカウントが尽きるまでに、彼はスローイングタガーを私の首筋に突き付けていた。そのままの体制で、私たちは転移された。

 

 

 転移先は、真っ暗な部屋だった。光量は最低限しかなく、そこではアスナさんが鎖につながれ、キリト君はまるで何かに押さえつけられているかのように這いつくばっていた。その顔は、憤怒と憎悪に歪んでいた。その光景に、私は思わず顔がこわばった。対照的に、彼は転移直前の無表情のまま、目の前の男に話しかけた。

 

「オベイロン様」

 

「ホロウか、どうした?今は忙しい」

 

「以前申し付かりました小娘を連れてまいりました」

 

 彼の言葉に、オベイロンと呼ばれた金髪の偉丈夫は、視線だけで振り返った。

 

「そうか、ご苦労。下がって―――いや、そのままでいろ。せっかくのパーティだ、一人でもギャラリーは多いほうがいい」

 

 その言葉に、私は顔に力が入るのが分かった。パーティ?こんなものが?ただの欲望を暴走させた男によるレイプのようなものではないか。その時、彼の目つきが異常に細くなり、私に込められていた腕の力が緩んだ。

 

「パーティ、ねぇ・・・」

 

 ぼそりと、小声でそんなことを言った。オベイロンはアスナさんの服を破き、その目じりに浮かんだ涙に手を伸ばした。その瞬間、鎖が千切れとんだ。

 

「何者だぁ!!」

 

 大声を上げ、振り返る。その先にいたのは、恐るべき早業で背負っていた弓を構え、魔法を付加(エンチャント)した矢を射た彼がいた。

 

「ただ欲望を解放しただけじゃねえのか。そういうのは妄想の中だけにしたらどうだ、王様」

 

 オベイロンは、突然の彼の変化に、混乱の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 茶番は終わりだ。もうこの男に唯々諾々と従う理由はない。この世界を、一度終わらせる。腐ったものを直すとき、一度壊したほうが速い場合もある。とりあえず、この男の無駄に小物な性格、そしてキリトの反応からして、使ったと思われる手段は、

 

「システムコマンド、マギカコード、グラビティをリリーズ」

 

 その言葉に、キリトとアスナの顔から苦痛が幾分か消えた。どうやら俺の想定通り、テスト段階にあった重力加算の魔法だったようだ。さらにオベイロンは混乱し叫んだ。

 

「いったい、いったい何が起きている!?」

 

「黙れよ、裸の王様。もうここにお前の味方はいないぜ」

 

「黙れ、黙れ黙れ黙れ、黙れェ!システムコマンド、IDホロウのアドミニストレータ権限をオールデリートォ!!」

 

 その言葉を言った瞬間、俺が開いていたシステムコマンドウィンドウが閉じた。つまり、管理者権限がなくなったということだ。

 

「は、はは、ハハハハハ!!所詮君はその程度、王に従う臣下に過ぎないんだよ、シンカにぃ!図が高い、控えろォ!」

 

 ところどころ裏返りながら、オベイロンは手を前に出そうとした。が、その時、ガランと重々しい金属の落ちる音がした。そちらを見ると、キリトが立ち上がっていた。その背中に突き刺さっていたはずの剣は地面に転がっていた。先ほどの音はそれだろう。そして、憤怒と憎悪に歪んでいたキリトの顔に、幾分か冷静さが戻っていた。

 

「おかしいなぁ、オブジェクト座標を固定したはずなのに。まだ妙なバグが残っているのか。全く運営の無能どもめ・・・。ゴミはゴミらしく、無様に這いつくばっていろぉ!」

 

 それだけ言うと、オベイロンは拳をキリトに向かって振り上げた。工夫も何もなく、ただ殴り飛ばそうとしただけだ。だが、それはキリトからすれば片目をつむってでも受け止められるものに過ぎなかった。

 

「システムログイン。ID“ヒースクリフ”。パスワード―――」

 

 そのあとに、キリトは長い英数字の羅列を言った。その言葉が終わると、オベイロンはさらにうろたえた。

 

「な、なんだ、そのIDは!?」

 

 半分条件反射か、さらにあいつは()()()縦に振った。この世界で、一般的にメニューウィンドウは()()()開く。つまり、右手での操作が意味するところは、それとは別のウィンドウの表示。何かに恐れるように、オベイロンも右手でウィンドウを開く。だが、それによる操作は、

 

「システムコマンド。スーパーバイザ権限変更。IDオベイロンをレベル1に」

 

 その直後に放たれたキリトの言葉で無効化された。現れたウィンドウが、その言葉で消えたことに、オベイロンの動揺はさらに広がった。

 

「な、さ、さらに高位のIDだと!?いったいどうなっている!?ありえない、僕は支配者だぞ・・・!?この世界の帝王、神―――」

 

「そうじゃないだろう」

 

 オベイロンの動揺任せの叫びを、キリトの静かな声が打ち消した。

 

「お前は盗んだだけだ。この世界も、住人も。盗んだ玉座で踊っていただけの、泥棒の王だ」

 

「こッ・・・ッの、ガキがぁ・・・。後悔させてやる・・・!

 システムコマンド!オブジェクトID、エクスキャリバーをジェネレートォ!」

 

 怒りに任せたオベイロンの音声入力は、想定通りというべきか何も発生しなかった。

 

「システムコマンドォ!!いうことを聞け!!この、クソ、王の、神の命令だぞ!!」

 

「うるせえよ」

 

 ただ喚き散らす、そのみぞおちに、ピンポイントで俺の蹴りがさく裂した。SAOで鍛え上げられたステータスでの蹴りは、オベイロンを吹き飛ばすには十分すぎた。

 

「お姫様を助けてやれ、キリト。時間稼ぎくらいなら、俺ごときで十分だろう」

 

 背中越しの俺の言葉を、キリトがどう受け取ったのかは知らない。だが、

 

「システムコマンド!オブジェクトID、エクスキャリバーをジェネレート!」

 

 その言葉と、何かが生成される音とともに、俺たちの間に黄金の剣が落ちてきた。それに、俺は意図を察した。

 

「過程も何もかもすっ飛ばして、コマンド一つで伝説の武器を召喚、か。いいご身分だったこったな」

 

 自分もその一員だったことに、俺は嫌気がさした。剣を取って、オベイロンに放る。

 

「さて、裏切り者と無能な王、その戦いを始めようか」

 

 小太刀を突き付けて、俺は宣言した。俺のどこか傲慢な態度が癪に障ったのか、オベイロンは破れかぶれの型で斬りかかってきた。そんなもの、わざとでもない限り俺が当たるわけもない。だが、オベイロンにはそれがわからない。だから、狂乱して踊りかかるかのように剣を振り回すだけだ。無駄だらけの動きに、オベイロンは完全に肩で息をしていた。息を整えている間に、後ろから誰かが肩を叩いた。

 

「ありがとう、ロータス」

 

「おう。ここから先は勇者様のお仕事だ。やり返してやれ」

 

「ああ。・・・一応、管理者権限は戻してある。だから、それで先にログアウトしておいてくれ」

 

「あいわかった。と、言いたいのはやまやまだが、俺にもやるべきことがある。それが終わったら、向こうで会おう」

 

 その言葉が終わると同時に、俺たちは拳を合わせた。完全に蚊帳の外だと思われたレインは、どうやらつかの間の再会を楽しんでいたらしく、笑顔だった。

 

「さて、と。行こうか、レイン」

 

「うん。言いたいことたくさんあるんだから、覚悟しといてね」

 

「おお怖」

 

 あまりにもわざとらしすぎる芝居をして、そのまま俺たちは転移した。

 

 

 転移先は、第2実験室。そこのシステムコンソールに用があった。

 

「さて、事情を説明―――」

 

 その先の言葉は言えなかった。俺の唇に人差し指を当て、にこりと笑うレインの顔には、得も言われぬ威圧感があった。・・・いつの間にこんなもの習得してやがったこの小娘。

 

「分かった。とりあえず、ここは、最低限のことだけやるか。手始めに、全員のログアウトをさせる。もし、協力者が殴り込んできたら、問答無用で斬り捨ててくれ」

 

 それだけ言うと、俺はシステムコンソールを操作しだした。本来運営しか操作ができないようになっているはずなのだが、あいにくとこの身には管理者権限が付与されている。仮にこの動きに、オベイロンの協力者が気付いたところで、俺の横には、背中を預けるに足る相手がいる。安心して、俺はシステムコンソールを操作できた。少し苦労して、ようやくいくつかに分散して秘匿されたプレイヤーたちの解放に成功すると、俺はふうと息をついた。

 

「終わったの?」

 

「ああ」

 

 それだけ言うと、俺は隣の少女を見た。

 

「悪かったな、こんなところまで」

 

「そういうのはなし。私は好きでここまで来たんだから」

 

「・・・そう、か・・・」

 

 好きでここまで来た。その言葉を、ゆっくりと頭の中で転がす。

 

「積もる話はあと。そういうことだったでしょ?」

 

「ああ。そうだったな」

 

 それだけ言うと、俺は自身およびレインのログアウト操作一歩手前までたどり着いた。

 

「さて、じゃあ、ログアウトさせるぞ」

 

「うん。また、向こうで、ね」

 

「ああ。またな」

 

 それだけ言うと、俺は最後にシステムコンソールを操作した。




 はい、というわけで。

 気が付いたら一か月たってました。早すぎ。
 そしてこの作品のALO編実質ラストです。早すぎる。

 久々にFGOログインして試しに水着ガチャ引いたらメイドオルタさんが出てきました。びっくり。嬉しいけど。というか、これで自分の対キャスターパのスタメンがメルト・ライダーイシュタル・メイドオルタになりそう。全体宝具少ないなー。ちなみにサブにはサンタオルタがいる模様。
 で、なぜこの話をしたのか、というのは、まあ、あのやり取りに関連した話です。前半に出てくるアレです。わかる人にはわかりやすいですね、これ。ほぼほぼ台詞だけの引用ですが。

 バトル描写は結構苦手ですけど、楽しいです。書いてて楽しいけどどうやって書いたらいいか分からないこのジレンマ。特にこの二人は敵意のない純粋な戦いなので、結構書いてて面白いんですよね。書くときにたいてい自分で動きながらやっているので、家族とかに見られると結構恥ずかしかったりする。
 しかし、こうして書くとつくづく小物だなー下種郷。


 さて、先にも書きましたが、これで実質ALO編最終回です。というのもですね、次は完全エピローグ的な後日談に入るからです。if編は順調に執筆してはいるのですが、深夜のテンションで日常パート、というか雑談パート入れてしまったせいでかなり難航しております。いやはや、大学行っても週4以上ぐらいの頻度で誰とも喋らない日があるボッチに雑談パートは難しい。
 かといってここ削ると本当に日常パート皆無になりすぎて違いがほとんど出せないからなー・・・。


 以降、今後の予定などについて告知しておきます。

 ifパートは大体三人のターンです。誰かっていうのは、まあ、お察しください。

 あと、ALO編でいったん区切りになるので、その一週間後に“あとがき的な何か”と題して一つ小話を投稿するつもりです。そのあと、ある程度書き溜めができたところで、章を分けてif編を続編として書いていく、という予定です。
 あと、一応今主が大学三年生なので、そろそろ就活が始まります。その関連で、投稿速度が大幅に遅れることが想定されます。かなり遅れていても、気長に待ってくだされば幸いです。

 ではまた次回。


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epilogue : 現実にて。

 あれからしばらくして、俺は車を運転していた。というのも、東京のほうで働いてくれないか、と依頼を受けていたのだった。そこで、愛知県に住んでいた俺は引っ越しを余儀なくされた、というわけだ。そこで、ぎりぎり失効を免れていた免許を使って、愛知から東京までドライブ、とあいなった。半病み上がり、しかも運転は数年ぶりと来た。そんな状態で300キロ以上の距離は難しいので、途中で一泊することになったのだが。

 

『目的地・周辺です。この先注意して・走行してください』

 

 やかましわわかっとる。つかもう見えとる。という本音を包み隠し、俺は車をロータリーのほうに向けた。人の出入りが少なそうな時間を指定したこともあってか、その姿は目立っていた。その近くに向けて車を滑り込ませると、相手もようやく気付いたようだ。

 

「さすがというか、時間通りだね」

 

「当たり前だ。時間を守るってのは最低限のマナーだからな」

 

「ふふ、君らしい」

 

 そんな会話を終えると、その相手も乗り込んだ。

 

「さてと、道案内頼むぞ」

 

「うん。とりあえず、ロータリー出るところを左折したらしばらく直進ね」

 

「了解」

 

 それだけ言うと、俺は車を発進させた。

 駅から大体10分ほど車を走らせると、マンションについた。アパートかもしれないが、細かいことはどうでもいい。車を近くの駐車場に止めて、俺は改めて、虹架の実家へ向かった。

 

 何を隠そう、その途中一泊の場所が、静岡にある、レインこと枳殻虹架の実家なのである。

 

 

 

 

 

 正直、SAO帰還者ということで、色眼鏡に見られるのではと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。というのも、虹架が結構俺のことを話していたそうな。・・・いったい何喋ったんだあの娘、とそこはかとない不安を、向こう仕込みのポーカーフェイスで包み隠して、俺は挨拶をした。

 

「初めまして、天川蓮です」

 

「虹架の母です。しかし、あなたがロータス君とはね」

 

「ええ。まあ、キャラクターのネーミングは、そのまんまですけど」

 

「変にひねって妙な名前になるよりはいいと思うわ。それに、名前に関しては、うちの虹架も人のことは言えないし」

 

「ちょっとお母さん」

 

「はいはい、分かったわ。ご飯にしましょうか。時間もちょうどいいくらいだし」

 

 そういうと、虹架のお母さんはご飯の支度に入った。

 

「しっかし、こんな環境が再びとはね」

 

「え?」

 

「いや、何でもない。こっちの話」

 

 俺の独り言が聞こえたのだろう、虹架が聞き返してくるが、それはなんでもなかったように切り返した。俺からしたらこんな、純粋に温かい家庭といえる環境は本当にいつ以来だろうかと思うほどに久しぶりなのだ。

 

 

 SAOから帰還した俺を待っていたのは、まずリハビリだった。というのも、戻った直後は文字通り、腕を持ち上げるだけでも一苦労だった。医者に言わせると、疑似的な脳信号を筋肉に直接送り込むことによりある程度動かしていたからまだよかったらしい。それでも、喋り続けることも、気軽に手を上げるのもできない。そんな状況だったので、ひたすらにリハビリをしていた。

 リハビリを終えたはいいものの、俺の家に居場所はなかった。SAOに関する情報は十二分に公開されていたにもかかわらず、親からしたら「ただ2年間もゲームだけに明け暮れたバカ息子」という認識だったのだ。すぐに荷物をまとめ、俺はなけなしの金とともに家を追われた。その金も、いつの間にか独立させられていた携帯電話や、日々の生活に当てられ、ほとんど手持ちなどないに等しかった。そんな折、俺の携帯電話に連絡が入った。電話をかけてきたのは、俺の事情聴取を行った、仮想課の役人だった。彼はその中でもかなり上の部類のようで、俺がSAOでやってきたことから、直接話を聞いていた。そこで聞いたのは、東京のほうで働いてくれないか、ということだった。急な話でもあるので、住宅もこちらで便宜を図るということだった。どちらにせよ、親の支援が受けられない時点で、大学には通えない。俺からしたら、願ってもない話だった。

 で、そのリハビリ中、どこから知ったのか、虹架が訪ねてきた。そして、あれこれ事情を話すうちに、あれよあれよと連絡先を交換され、交友関係を築いて今に至る。SAO帰還者の学校への引っ越しが済んでおらず、いずれ越さなければならないというのは雑談の中で知っていた。そこで、一緒に移動しよう、と俺が言い出した。それを待っていたかのように、すべてを計算しつくしているかのように、これまた押し切られた。・・・いやはや、男より女のほうが計算高いというのは一般論だが、それを身をもって実感した瞬間だった。

 

 

「そういえば、虹架、お前ちゃんと宿題はやってんのか?」

 

 俺の無造作な問いかけに、虹架はうっと声を詰まらせた。

 

「ちゃんとやっとけよ。手伝ってやるから」

 

「・・・はぁい」

 

 むくれたまま顎をテーブルの上に乗せる。その様子がどこかおかしくて、俺は思わずその頬に人差し指を立てた。膨れていた頬に指が埋まる。そのからかいに、さらに頬を膨らます虹架だが、それで指をひっこめる俺ではなく、むしろくりくりと頬を指先でなでる。・・・うん、ぷにぷにして気持ちがいい。ある程度堪能したところで、指を離した。どちらともなく笑っていると、虹架の母親が料理を運んできた。

 

 

「そういえばさ、こっちでどんな仕事するのかとかって聞いてる?」

 

「詳しくは聞いてない。なんかSAO帰還者に関する話だってのは聞いたが」

 

「SAO帰還者に関する話っていうと・・・カウンセリングとか?」

 

「さあな。ま、俺にカウンセリングなんか勤まるとは思えんが」

 

 と、口では言いつつ、実はそうではない。実はそこそこ聞いている。だが、今現時点ではできるだけ誰にも漏らさないようにと言われているし、彼女の立場を考えると隠しておいたほうがいいだろう。・・・果たして知ったときにどんな反応をするのかは見ものである。

 

「ま、いずれ分かるだろうよ」

 

「そうだね」

 

 それだけ言うと、俺はゆっくりと手を合わせて、料理に箸を伸ばした。

 

 

 思いやりがある虹架の母親らしいというか、どれもきれいに味付けがなされていて、優しい味だった。というか、いろんな意味で娘を振り回した張本人である俺に対して、ここまで、おそらくではあるが、平常通りをできるのは、ただただ素直に驚きと尊敬に値するものがあった。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末様。お口に合ったかしら?」

 

「ええ。すごくおいしかったです」

 

「それはよかった」

 

 虹架は先に食べ終わって片づけと風呂洗いをしていた。こういう家庭だから、家事一般はそこそこ以上にはできるらしい。

 

「そういえば、ね、君にとって、虹架はどうなの?」

 

「どんな、と言われても・・・いい子だな、とは思いますが」

 

「そうじゃないって、分かってるでしょ?」

 

 思い切りド直球で聞かれて、何となく煙に巻こうとはしてみたが、きれいに返された。思わず苦笑して眉を掻いてしまう。・・・まいったな、あいつの妙な勘の良さはここがルーツか?

 

「正直、自分のしてきたことは許されないと思っています。俺があの世界でやってきたことを、包み隠さずすべて話したら、誰もが俺のもとを去って行くだろう。その確信もあります。でもそれでも、虹架さんはついてきた。なんというか、目を離すことを許さないというか、良くも悪くも懐にずっといるような、そんな子です」

 

「あの子の思いについては?」

 

「・・・うすうすとは」

 

 その言葉に秘めた思いに、虹架の母親は気づいたようだ。

 

「そう。

 あの子はね、幸せになってほしいと思ってるの。だから、どんな形であれ、あの子のこと、よろしくね」

 

 その言葉には、果たしてどのような思いが込められているだろうか。少なくとも、俺が思っているより、もっと複雑で、多くの思いが込められた言葉なのだろう。だからこそ、すぐに返事をすることができなかった。

 

「はい」

 

 少しの間をおいて、俺はしっかりと目を見て頷いた。

 

 

 

 その翌朝。ちゃんと引っ越しの準備を終えていた虹架の荷物をレンタカーに積み、俺たちは部屋を出た。少し名残惜し気に別れを告げて、俺たちは長めのドライブにでた。

 

『まもなく・右方向です。・その先、合流が・あります』

 

 淡々とカーナビが道を教える。それと、Bluetoothでつないだ端末から流れる音楽がよく聞こえた。

 

「そういえばさ、」

 

「え?」

 

「ありがとな。助けに来てくれて。まだ言ってないなー、って今思ってさ」

 

 完全に横顔だったから、どんな表情をしているのかは分かり辛い。だが、少なくとも、険しい顔はしていなかったはずだ。かすかに頬が上気して赤みが差してはいたが。

 

「そんなの、いいよ」

 

「お前がよくても、俺がよくない」

 

「律儀だねー」

 

「妙なところ妙な風に、っていうのがめっちゃ多いからな」

 

「面倒な人」

 

「ああ、自分でもそう思う」

 

 そういった彼の顔は心なしか明るかった。お互い口数が多いわけではないから、沈黙も短くない。だが、決してその沈黙が苦ではなかった。

 

 

 寮につくと、俺たちは虹架の荷物を下ろした。順に、先に指定されていた寮の部屋に運び込む。仮にも車に積める程度の量だったこと、最初からある程度のものはそろえられていたこともあって、引っ越しは想像以上にスムーズに進んだ。

 

「さて、と。こんなとこか」

 

「そうだね。ありがと」

 

「うんにゃ、大した苦労じゃないから安心しろ」

 

 手をひらひらと振りながら、俺は言った。実際、大した苦労ではない。さっきも言ったように、どれだけ言っても車に乗る程度の量しか載せていないのだ。しかも、車には俺の荷物も載っていた。虹架自身も働いていていたし、そんな苦労はなかったのだ。

 

「蓮さんは、どこに住むことになってるの?」

 

「俺は、・・・遠くはないみたいだな」

 

 すでに、周辺の地図と住所は渡されている。その住所は、決してここから遠いところではなかった。

 

「ま、何かあったら呼びな」

 

「あ、はい。頑張ってください」

 

「おう。しっかりな」

 

 それだけ言うと、俺は車に乗り込んだ。手を振り返しつつ、俺は車を運転した。

 

 実を言うと、俺はもうすでに仕事の詳細を聞いている。正直、俺に務まるのかわからないといったが、そこはちゃんとサポートをするらしい。そういわれて、俺は頷いたのだった。

 

 

 

 自分の引っ越しを終え、もろもろ終えたところに、俺の携帯に電話がかかってきた。

 

「もしもし」

 

『あー、よかったつながった』

 

 その声に、俺は本気でこめかみを押さえた。頭痛すらしてる気がするぞおい。

 

「・・・何で俺の番号知ってるわけ。教えてなかったよね」

 

『調べた。菊さんと仲良くなって』

 

 菊さん、というのは、例の役人のことだ。“菊岡”という苗字だから、俺は“菊”と呼んでいる。どうやら、電話をかけてきた相手―――永璃ちゃんも同じらしい。

 

「で、何の用、永璃ちゃん」

 

『ただ単につながるかどうかの確認。働き口が一緒になるみたいなのでよろしくという挨拶込みで』

 

「あっそう。よろしく」

 

『あらそっけない』

 

「じゃあどういう反応しろってんだ」

 

『もう少し驚くとかしてもいいなーって』

 

 本当にこの子はつかめない。後輩時代から、なんだか距離の取り方がわからない子の筆頭だった。

 

『あ、こっちも少しやることがあるので、また』

 

「ああ、またな」

 

 それだけ言うと、向こうは電源を切った。それを確認して電話を切って、俺は電話帳に“橘永璃”を登録する。と、部屋に気を利かせて積みあげられた本とノート、それから鞄の中から筆記用具を取り出し机に放って、レンタカーを返しに向かった。

 

 

 

 後日、生徒は着席していた。一応は学校なので、始業のあいさつなどがあった後、教室で顔合わせ、というわけだ。掲示に会った通りにクラスに入ると、見知った顔がちらほらあった。

 

「あれ、レインじゃん」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには茶髪にそばかすの女の子がいた。一瞬首をかしげるが、すぐに思い至る。

 

「リズベットさん?」

 

「やっぱりレインだ。久しぶり、元気してた?」

 

「あ、はい」

 

「そっか、ならよかった。あ、ちなみにアスナは隣のクラスね」

 

「てことは、結構多かったんだ、この学年」

 

「一番多かったみたいよ。SAOの年齢層考えれば納得はいくけど。ま、だからこの学年だけ2クラスなんだけどね」

 

「へえ。先生はどうなんだろ」

 

「年を取ってる先生が多そうだったから、再任用の先生が多いんでしょ。ま、少なくともSAOの帰還者ばっかだから、それなりに頭の柔らかい人をそろえてるでしょ」

 

「さすがに、帰還者の先生は、いない、よね?」

 

「いないでしょ、さすがに。だってさ、想像してみなよ。例えば、クラインとかが先生やってる姿」

 

 言われてみて、想像してみる。思わず吹き出してしまった。

 

「似合わない・・・っ」

 

「でしょ!」

 

 そのまま、しばらく肩を震わせていた。釣られてリズさんも笑う。しばらくして、笑いをひっこめたリズさんが肩をたたいた。

 

「ほら、いい加減笑いひっこめな。ぼちぼち時間だから」

 

「うん、分かった」

 

 何とかしてその笑いをひっこめ、席に着いた。

 

「ほーい、席につけー」

 

 タブレットでトントンと肩をたたきつつ入ってきたその人相を見た瞬間に、私は凍り付いた。

 

「嘘・・・」

 

 どこからか聞こえた、つぶやきは果たして誰のものか。

 

「さて、挨拶させてもらおうか」

 

 全員が席に着いたことを確認すると、その若い男は教壇に立って声を出した。

 

「今日から一年、君たちの担任を務めさせてもらう、ロータスこと天川蓮だ。まかり間違ってもキャラネームで呼ばないこと。よろしく」

 

 その言葉に、おそらくクラスの全員が絶句した。それだけは間違いない。




 多くは言いません。言いたいことは全部あとがき的な何かに全部回します。

 これにて、ソードアートオンライン―泥中の蓮― SAO&ALO編(正史)、終了です。



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SAO&ALO編 あとがき的な何か

 はい、というわけで。

 

 先ほどの最後にも書きましたが、これにてSAO&ALO編、終了でございます。

 

 まずは感謝を。

 作者の駄文に付き合ってくださった読者の皆様、ありがとうございました。お気に入りやUAの伸びは―――こういっては何ですが―――、前書いていた長編のやつに比べると大分伸び悩んでいたので、正直それがモチベーション不足に陥っていた時もありました。これを書いているのはエピローグ投稿直後なのですが、同じくらいの話数なのに、あちらのほうが両方とも倍以上多い、ということに、書きながらチェックして驚いています。ですが、決して多いとは言えないとは思いますが、高い評価をいただいたこと、非常にうれしく思います。

 

 この場を借りて、お礼をさせて下さい。

 

 ☆9評価を下さった、雨森さん、エンジさん、どざさん、亀宅さん、Bisyopさん。

 本当にありがとうございました。こんな駄文でも期待してくださっている方がいる。それが非常に大きな励みになりました。

 

 また、最終話投稿に重なる形になってしまったので、ここで。

 お気に入りが、前回の「終焉」投稿後、100件を超えました。ちょっとさすがに全部は長い上に、タイプミス、重複等考えられるので、というかそれが起こらないことが考えられないので、ここでの紹介は省略させていただきます。

 ですが、お気に入りの登録、ありがとうございました。微妙な浮き沈みだったので、正直あんまり気にしてませんでしたが、こうして一応の節目に乗ると感慨深いものがあります。

 改めて、ありがとうございました。

 

 

 この物語は、実を言うとゴッドイーターのアニメを見て思いつきました。ゴッドイーターアニメにて、何話だったかでちょうど、タイトルの「泥中の蓮」、っていうのがサブタイトルになっていて、どういう意味だろうと調べてみて。その意味から、物語の構想が浮かび上がってきました。

 

 泥中の蓮、という言葉の意味をググると、「汚れた環境の中にいても、それに染まらず清く正しく生きるさまのたとえ」というような意味が出てきます。

 主人公のモデルになったのは、TOVの主人公のユーリです。もともと主が家族の影響でTOVを好きになっていて、この言葉がまさに彼に当てはまると思ったのが由来です。これは、主人公が使う武器やソードスキルに、彼の技が多いところなどに名残がありますね。

 彼のように、どのような環境でも、明確な目的をもって、自分の信念を貫く。そのための手段を選ぶ。そんな、どこか闇落ちしたヒーローのような、そんな主人公像が広がって行きました。清く正しく生きるさまのたとえ、という意味のサブタイトルで、目的を正当化できない、清らかとはかけ離れた手段を取った、というところは、我ながら皮肉なものです。

 汚れた環境、というのが、作者の中ではラフコフしか出てきませんでした。そこで出てきたのが、彼のトロイの木馬作戦だったわけです。あの暗号、実は設定段階で考えていたのをそのまま使ってます。というか、あれ以上にうまいのが分からなかった。

 

 レインちゃんに関しては、ラフコフが途中で解体されることもあり、彼をそういう手段を必要としないところに戻す役割として考えたキャラクターでした。正直、自分にそんな女の子を描く自信はなかったので、当時プレイしていたLSからの引用という形になりました。これは同じくゲームから引っ張ってきたストレアにも言えますが、完全に描写不足に陥ってしまった感が大きいのは否定しません。これは本当に自分の力不足です。実を言うと、もう二つくらい理由があるのですが、ここではネタバレになるかもしれないのであえて伏せます。書けないな、と判断した場合、また別途公開します。

 

 設定集は、気が向いたら上げます。というのもですね、何度かあとがきで書いていましたが、この子たち想定したとおりに動かないので、起こした元の設定集とあれこれかけ離れているので、ほぼ全部書き直さないといけないんですよね。時間がかかるので、どうしても上げるまでに時間がかかりそうです。その辺の極めつけはエリーゼちゃん。本当にチョイ役で済ませる予定だったのに、本名つけて設定追加して、挙句の果てにはなんでか知らんけど苗字変わってるし。たぶん苗字はゴッドイーターの影響だろうなぁって思ってます。ちなみにもともとの苗字は椿でした。うん、どっちにしろゴッドイーターだね。

 

 

 さて、この後の物語についてです。

 まず、何度も言っている通り、if編を投稿します。ナンバリングで行くと「32.決裂」からの分岐です。早い話が終章ifおよびALOifですね。その後、まあ作者のエネルギーなどにもよりますが、GGO編以降へと入っていきます。

 

 何度かやっちまった的なことをあとがきでも言っている通り、日常パートが多めになってる、のか?って感じです。今までとはまた違った雰囲気をお楽しみいただければと思います。ついてきてくだされば幸いです。

 

 では、またif編にて。



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SAO、if編
32.理


かなり(個人的にも)早いですが、SAOif編、始めます

if編なぞいらない、という人はこちら。

※リンクを踏むと直接GGO編に飛びます


「で、俺をどうするつもりだ?」

 

 その俺の問いかけに、アスナは暫く黙り込んだ。その後で、アスナはゆっくりと言葉にした。

 

「確かに、あなたのとった方法は間違っているわ。でも、それによって救われた人もいるというのは紛れもない事実よ。だから―――」

 

「許す、と?」

 

「そういうわけじゃないわ。でも、ここであなたを見限るつもりはない」

 

「目的は手段を正当化しないぜ」

 

「分かってるわよそんなこと!」

 

 どこか達観したような俺の正論に、アスナはこらえきれなくなったように声を上げた。

 

「それでも、今ここであなたを放っておいたら、悲しむ人がいるわ」

 

「俺みたいな外道のためにか?ハッ、それこそありえねえだろ」

 

 鼻で笑い飛ばしながら目をつむった俺は、アスナとの会話に集中しすぎたことも相まり俺の目の前に一人回り込まれたことに気付かなかった。その人物は、俺の目の前に回り込むと、そのままの勢いで思いっきりひっぱたいた。

 突然ひっぱたかれたことに驚きながら目を開けると、そこにはプラチナブロンドの長髪をした少女がいた。少なからず驚きを感じていると、その本人はあけすけに抱き着いてきた。

 

(次から次へとなんなんだよ、ちょっとくらい喋ってくれても―――)

 

 そう言おうとした矢先、少女の体から伝わる震えに気付いた。それに交じって聞こえる、微かな泣き音。どうやら自分は、この少女に想像以上に心配をかけていたらしい。ゆっくりとため息をつくと、俺はそのままの体勢で言った。

 

「心配する必要なんてなかったのに」

 

 そう言うと、レインは片腕を外してぽかぽか殴ってきた。身体的にはまったく痛くないが、精神的には来るものがあった。

 

(ああ、そうか。そういうことだったのか―――)

 

 そこまで来てようやく俺は悟った。俺がレインたちを暗闇に堕としたくなかったように、レインも俺を光の中に戻したかったのだ。

 

「俺にはもう、光の中で生きる資格なんてないぞ」

 

「資格なんて関係ない。私はもう、あなたに人殺しをしてほしくないだけ」

 

 ようやくレインが口を開いた。自虐的な俺に対してそのまっすぐな声は、俺にとっては羨望の対象になりえるものだった。

 

「もう俺は散々殺したんだ。そんな俺が先頭に立つ資格はない」

 

「そんなことはないと思うけど」

 

 後ろから聞こえた声。そちらに振り向くと、そこにはアスナがどこか呆れた表情をして、こちらに歩いてきていた。

 

「それに資格なんて関係ないでしょ。攻略組は常に人員不足なんだし、あなたほどの腕前の人物が一人増えるか増えないかで大きく変わってくると思うけど。それに、」

 

 そこでいったん言葉を区切ると、アスナはレインの頭を優しく撫でた。

 

「この子をこれ以上悲しませることに、あなたは何も感じないの?」

 

 そう言われると反応に困った。俺だって血も涙もないわけじゃない。だが、

 

「これ以上、巻き込むわけにはいかない」

 

 ポーチの中には煙幕がある。この状況なら、煙幕を炊けば離脱には充分だろう。腕を外してポーチの中に手を突っ込んだ瞬間に、俺を強烈な眠気が襲った。

 

(睡眠の、デバフ、だと・・・)

 

 そのまま、抗うこともできずに俺の意識は眠りに落ちた。

 

 

 

「ごめんなさい」

 

 新たに表れたもう一人の少女は、それだけ短く呟いた。その手には、かなり細身の剣が握られていた。

 

「何をしたの?」

 

 アスナが驚いたように声をかける。問いかけられた当人であるエリーゼがしたのは、ただロータスの背中を切っただけだ。それだけで、あんなことになるとは誰が思おうか。

 

「この剣ね、ハイオプティマスって言って、蓄積じゃなくて確率で一発睡眠にするの。デバフ耐性全部抜きにして。だからこそちょっとした賭けだったんだけど、うまくいってよかった」

 

 ある意味いつも通り、どこか飄々と話すエリーゼに、アスナは軽くため息をついた。が、ともかく。

 

「何はともあれ、助かったわ。結果オーライなところはあるけれど。ここにいる三人なら、無理矢理でも運べるでしょう」

 

「大丈夫なの?討滅戦のほうは」

 

「もう下火になってきてるし、大丈夫でしょう。それに、彼が混乱を生んでくれたおかげで、少しではあるけれど時間を稼ぐことができた。今更私がいなくとも、どうにかなるわ」

 

 それだけ言うと、少女たちは戦いの終わった広間に、敵なのか味方なのかわからない青年を運び出した。

 

 

 

 予想通り、討滅戦は完全に終了の様相を呈していた。敵勢力のほとんどは撤退か、捕縛されていた。捕縛され、監獄送りになった中には、頭陀袋を被った麻痺短剣使いであるジョニーブラック、凄腕のエストック使いであるザザも含まれていた。ボスであるPoHは逃亡、そしてもう一人の幹部であるロータスも今、攻略組の花+女傭兵の三人が抱えて持ってきたので、これで少なくとも悪くはない結果にはなった、と言える。

 

「さて、撤収しましょう」

 

 撤退ではなく、撤収。その言葉が差す意味も、もう分かっていた。

 

 

 

 護送中に、俺は目を覚ました。背中や腕の感触、自分の姿勢から察するに、俺は縛られてどこかに運ばれているのだろう。一瞬どうしてだ、と思い、すぐに思い出した。

 

(そうだった。俺は確か、睡眠のデバフにかかったんだったか)

 

 ま、アスナがああいっても、俺の処罰は彼女の独断で決められるものではない。何かしらの会議が必要だ。それまでは、ということなのだろう。周りを探ると、俺に対して数人がいるようだ。VIP待遇というわけか。ま、一応俺はラフコフの中でも幹部格であったのだから、当然と言えば当然ではある。

 

「起きたか」

 

 俺の様子に気付いたのか、しんがりを務めていた剣士から声がかかった。この声は、

 

「リンド、か」

 

「ああ。いつぞや以来だな、ロータス」

 

「そうだな。モルテの一件以来、ってとこか」

 

 まさかこんな形になるとは。ま、俺の想像通りといえばそうなのだが。

 

「こんなこと企んでやがったとはなぁ」

 

「誰から聞いた」

 

「キリトからな。あのまっくろくろすけの後ろから斬りかかったザザと、ジョニーブラックをあんたが行動不能にした、ってのを見てたやつがそこそこいてな。で、あとはあの白黒夫婦の言葉からの推測だ。でもま、あんたのやったことはやったことだから、無罪放免というわけにもいかんがな」

 

「そもそも、俺は人殺しだぞ。それも、最悪の殺人ギルドの幹部だ」

 

「元攻略組で、現時点での攻略組最強クラスを相手にして、簡単にコケにできるレベルのな。そんな実力者はそうはいない」

 

 ああ言えばこう言う。それは、雰囲気からしても分かった。

 

「分かった」

 

 どういう意味なのか、それだけでは分からない。だが、リンドにはきっと伝わる。それは、何となくだが分かっていた。




 はい、というわけで。

 いやはや、あとがき的な何かがそういえば昨日予約投稿してあったなー、と思い出し、情報からアクセス解析に行こうとしたら、なんかお気に入りもUAもめっちゃ伸びてて驚きました。しかも、評価欄見たら☆10評価つけてくださった方もいらっしゃる。え!?って本当になりました。
 まさかランキング載った?まっさかねー。ってノリでランキングをスクロールしたら、見つかったんです。しかも一桁。2017年9/30、23:00頃時点で6位。本当にありがとうございます。いやはや、人間本当に驚くと完璧に固まるんですね。パソコンの前であそこまで見事に凍り付いたのは初めてでした。
 まあそういうこともありまして、かなり前倒しで始めます。正直、いつも通り一月後くらいに投稿する予定でした。

 あと、これの投稿寸前でお気に入りが150突破しました。100突破から150まで早!作者、かなり驚いております。本当にありがとうございます。

 今回の分岐は、彼が攻略組に合流するルートでした。正史32話にも書きましたが、こっちへの分岐条件は「アスナの好感度一定以上、かつ、レイン、アスナ、エリーゼの好感度一定以上の場合」、です。早い話が女の子に好かれとけ、って話ですね。
 サブタイトルに関しては、感情的に考えれば到底受け入れがたいが、実利面で考えれば、ということです。感情と理性、ということで、こういう意味になりました。・・・誰か主にネーミングセンスをください。
 ナンバリングに関しては、32からの分岐なので、32から新たに連番で書きます。いわばパラレルワールド的なものだと考えてくだされば。

 このストーリーを書いているとき、たまたま突発的にエースコンバットにハマっていたので、結構エスコンネタが出てきます。できるだけチェックして書くことにしますが、見落としていたらごめんなさい。わかる人には、あれこれセットで書くのでわかるかもしれません。

 それと、感想でご指摘があったことについて。
 この書き方は変えるつもりはありません。テイルズの術技やモンハンの狩技などを使っていくことに関しても、です。それを承知で読んでくださっている、とこちらで踏まえたうえで書いていきます。できるだけどんな動きなのかは、書ける範囲で正確に書くつもりです。


 次からの更新はまた月一くらいになる予定です。あれこれガラリと雰囲気が変わったこのルート、ついてきてくださると幸いです。

 ではまた次回。


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33.会議

 捕まってから少しして、俺は独房の中にいた。正確には最初数日はカルマのクエストをクリアさせられていたのだが、ま、この展開はおおむね俺の想像通りといったところだ。正直、こうでなかったらどうしようかと思った自分もいたほどだ。そこは疑うべくもない。いつもと変わらない、何もない一日。それが、今日も続くと思うと、何とも言えない心地だった。

 

「出ろ」

 

 その言葉を受けて、俺は立ち上がる。何かあったかと思い、視界の端の日付と時刻に目線をやり、そこで気づいた。

 

「そういえば今日だったか」

 

「忘れてたのか?」

 

「ああ。いかんせん、あんなとこに入ってると、時間感覚も狂うってもんでね」

 

「なーるほどねぇ」

 

 そこまで話して、俺は気づいた。

 

「あんたもしかして、25層のLAドロップ争奪戦の時に、俺の護衛についてなかったか」

 

「そうだ。だからこそ、俺が選ばれた」

 

「リンドも含めた幹部陣の考えそうなことだな。有効だが」

 

「自分は奇妙な気分だな。ああして護衛していたやつをこうして護送することになるとは」

 

「俺としては気楽でいいがな。初対面のやつよりはずっといい」

 

 それだけ言うと、俺たちはそのまま歩いて行った。

 

 

 

 連れてこられたのはどこかのボス部屋のようだった。最初は裁判所のようなところに連れてこられるかと思ったが、そうでも無いようだ。元から、俺の処遇をどうするかということだから、攻略組の面子が中心で決めればいいということなのだろう。よく見てみれば、ソロプレイヤーこそいないものの、リンドを筆頭としてDB(青龍連合)の面々から、KoBの主要面子まで、いやはやそうそうたる面々である。

 

「皆、集まっているようだね。では、始めよう」

 

 最後に入ってきて、席に着く道すがら全体を見て、KoBのリーダー、ヒースクリフは言った。

 

「事前に通達してあった通り、今日は、ロータス君の処遇についてだ。まず、意見のあるものは言ってくれ。KoBをまとめるものとして、無下にすることはないと誓おう」

 

 その一言に、まずはシュミットが手を上げる。無言の指名を受け、シュミットが発言をした。

 

「確かに、彼は何人ものプレイヤーを屠ってきた。だが、攻略組の戦力不足は、どんどん深刻になっています。彼の復帰は戦力としてありがたい。タンクとして、前線に出るものとして、前線の手練れが増えることは、間違いなく状況を好転させる切欠足り得ると考えます」

 

「その、何人ものプレイヤーを屠った、という事実が問題なのだろう」

 

 シュミットの言葉に、KoBの幹部が反論した。決して激昂することなく、シュミットは冷静に言い返す。

 

「だが、彼はジョニーブラックの捕縛に協力していたという情報もあるわけだが」

 

「見間違いという可能性も高い。何せあの乱戦だ」

 

「赤い外套で、小太刀と刀の二刀流の凄腕がそう何人もいると?」

 

「一瞬でそこまで見分けられるはずもあるまい。お互いが殺し合いをしていたんだぞ?」

 

 ヒートアップしてきた議論を、ヒースクリフは手をたたいて止めた。

 

「それに関しては、彼と直前で戦っていた本人に聞くのが速いだろう。アスナ君」

 

 その声を受けて、アスナは自身のシステムウィンドウを操作、反転させた。そこには、“Voice Chat:kirito”の文字。

 

「さて、聞こえるかね、キリト君」

 

『ああ、聞こえるぜ』

 

「さて、時間が惜しいから単刀直入に尋ねよう。キリト君、君は以前、ロータス君がジョニーブラックの捕縛に協力した、と言っていたね。それは事実かね?」

 

『事実だ。と、言いたいところだが、正確には、ラフコフを途中で裏切った、ということが確かなだけだ』

 

「では、その詳細を教えてほしい」

 

『まず、俺とロータスは、あの混戦の中で戦闘に入った。俺にあいつが斬りかかった。でも、多分、あいつは俺を本気で斬るつもりは無かった・・・と思う』

 

「それは、何を根拠に?」

 

 誰かが問いかける。これはボイスチャットの設定で変えているはずだ。その辺を抜かる面々ではない。

 

『斬りあいの最中、あいつは俺に話しかけたんだ。あいつはあれで、相当に合理的に行くタイプだ。なら、わざわざ話しかけることはしないはずだ。それに、本気ならあの程度の太刀筋では済まないはず』

 

「それは誉め言葉と取っていいのかな」

 

「余計な口は慎め!」

 

 俺が軽口をたたいた瞬間、怒声が聞こえた。軽く肩をすくめて、俺は口をつぐんだ。

 

『このくらいならいいだろ。それと、これは十分に誉め言葉だ。だって戦闘を短時間で終わらせるのなら、もっと無言で集中して殺しにかかる。そこが甘かった』

 

「そんなの、あんたの体感に過ぎない」

 

『それはそうだけど』

 

「その辺にしておきたまえ。キリト君、斬りあいになった後、どうなったのだね」

 

 脱線した議論がそのままヒートアップしていく矢先に、ヒースクリフが話を元に戻した。

 

『斬りあいの最中に、あいつが俺を横に飛ばした。その関係で、俺の後ろから斬りかかったラフコフのやつが空振りして、転んだんだ。足の位置からして、多分あいつが不意打ちで刈ったんだと思う。あいつの位置からなら、動きは丸見えだったはずだから。で、そのこけたラフコフメンバーを、あいつは容赦なく殺した。そのあと、俺は赤眼のザザとの戦闘に入ったからよくわからないけど、多分アスナのほうにあいつは向かっていったと思う』

 

 あーらら、俺の行動ドンピシャで当てられちゃったよ。よく見てたねキリトさんや。という俺の内心をよそに、キリトの言葉を受け、全体の目線がアスナに向かう。

 

「その通りです。私と戦闘に入っていたジョニーブラックを背後から奇襲、一撃で麻痺に陥れました。そのあとは数々のラフコフメンバーと戦闘になっているところを、私と私の隊員が目撃しています」

 

「裏を返せば、あんたの身内しか見てないってことだよな」

 

 DBの幹部であろう誰かの言葉に、アスナが黙り込む。こればかりはどうしようもない。だがそこで、さらに手を上げるものがいたようだ。

 

「俺も見たぜ」

 

 その声の主は、確かハフナーと言ったか。青龍連合の前身であるDKB発足当初からギルドを支える幹部格だったはずだ。得物は両手剣だが、その重さを感じさせないフットワークとキレが持ち味だったはずだ。なるほど、PvPであの冴えを受けるのであれば孤軍奮闘、獅子奮迅の活躍もきっちりできただろう。

 

「本当か、ハフ」

 

「ああ。あんだけ目立つ格好してりゃ、そら分かりやすい。加えて二刀流と来た。見つけようとしなくても見つかったわ」

 

「で、戦闘は行っていたのか」

 

「少なくとも、俺の覚えている顔じゃないやつと戦ってたぜ。装備も見覚えなかったしな。攻略組サイドじゃねえと判断していいと思う」

 

「そうか。情報提供、感謝する。

 で、それを踏まえ聞こうか。ロータス君、君自身は攻略組復帰に関して何か意見があるかね?」

 

「俺に拒否権があるとでも?ま、所感を言うんであれば、悪くないと思ってる、ってとこか」

 

「了承した。では、ほかに意見があるかね」

 

 ヒースクリフが事務的にそう述べると、全体を見渡した。

 

「では、情報はこの辺りでおそらく頭打ちと判断し、いったん決を採ろうと思う。意見、反対があれば聞かせてほしい」

 

 それにこたえる声はない。声はなく、手ももう上がらなかったようだ。

 

「よろしい。では決を採る。ロータス君を攻略組に復帰させることに賛成の者は」

 

 その声に、手が上がる。俺の角度からは振り返ることが難しいから後ろはよくわからない。だが、少なくない手が上がっていることくらいは分かった。

 

「では、反対の者は」

 

 その声で、入れ替わるように手が上がる。

 

「よろしい。では、復帰させる方針で行こう。これに対し、追加意見があるものはまた発言してほしい。ないのであれば、このまま閉会とする」

 

 その声に、彼の横に控えていたアスナが挙手をした。

 

「なんだね、アスナ君」

 

「確かに、彼は大きな戦力であるとともに、不安も抱えています。そこで、彼に一定期間、監視をつけてはどうかと提案します」

 

「ふむ・・・」

 

 ヒースクリフは顎に手を当てた。確かにアスナの意見はもっともだ。反対意見のほとんどは、俺が再びPKをしないか、という不安が理由のはず。それを払拭できるのであればそうすればいいだろう。

 

「だが、誰にそのような依頼をしようか・・・」

 

「情報屋に聞けばいいんじゃないのか。信頼できる傭兵の中で、そういう隠密能力と捜索能力、いざという時の戦闘力にかけたやつがいねえか、って」

 

 リンドの意見ももっともである。KoBから出しても、DBから出しても、互いが互いを癒着だと思うだろう。なら、お互いがそうしたほうがいいだろう。

 

「なら、鼠より観察者のほうがいいかもな」

 

「その意見にゃ賛成だ。速さと正確さ、それから情報量なら鼠だが、ことプレイヤーに対する細かい情報なら観察者のほうが一枚上を行く」

 

「それに関してはまた今度検討するとしよう。とにかく、彼はこのまま復帰させる。しばらくは監視をつける。以上二点、反対はあるかな」

 

 それに対する答えは沈黙。

 

「それでは閉会とする。集まってくれたことに感謝する」

 

 そのヒースクリフの一言に、三々五々に散って行った。

 

「さて、まずは縄を解かないとな」

 

 近くに寄ってきたリンドがそれだけ言うと、俺の後ろに回った。

 

 

 

 ロープが解放された後しばらく俺はボス部屋から出られなかったが、やがて行きの護衛、それからヒースクリフと出た。時間を見ると2時間と少しが経過していた。その出口で、

 

「では、また攻略で会う時には、よろしく頼みます」

 

「おう。またな。元気で」

 

 それだけ言うと、その護衛と別れることになった。その代りの護衛が出口にいるらしい。というのは聞いていたし、それと思しき人物はさっさと見つけられたのだが。

 

「その護衛がこのチョイスだとまた癒着とか心配されないか?」

 

「大丈夫だ。妙な行動をしたらもろとも粛清対象となっている」

 

「それに、私たちほどお互いの手の内がわかる相手もいないでしょ」

 

「それはそうだが」

 

 その相手がエリーゼとレインってどういうことなんですかねぇ。お隣のヒースクリフの口調が平坦なのはいつも通りとして、言っていることはもっともだから誰も反論できない。

 

「その前に俺が殺す可能性は」

 

「逆に聞こう。この子たちどちらか一人を素早く殺す、またはこの子二人を相手にして殺しきれる自信はあるのかね。それに、君ほど頭の回る人間が、そうしたらどうなるかわからなくはあるまい」

 

 本当に、正論しか言わない男だ。知っていたが、ここまで正論が無慈悲だと思ったことはなかった。

 

「・・・分かった」

 

 全く、俺にとって完全に退路というものはないらしい。俺に残されたのは手を上げて受け入れることだけだった。

 




 はい、というわけで。

 前回も言いましたが、今回は攻略組復帰ルートということで、レインちゃんとのコンビです。それプラスエリーゼちゃんですね。彼女はなんというか、こうやって取り上げた以上、もっと活躍してほしいキャラクターだったので、これには結構満足です。
 正直、レインちゃんとのコンビはもっと濃密に書きたかったところではあるので、このルートが正史でもよかったかな、とは思っています。

 気が付いたら書き溜めが案外溜まっていたので、放出もかねて投稿していく予定です。ちょっと前にも書きましたが、自分は家より学校のほうが筆が進むので、それまでに完結、できればなぁとは思ってます。無理か。ペースが回復してきたらもしかしたら月二に戻すかもしれないです。

 さて、今回からしばらく、彼らの物語です。この辺は俺が意識して書いた行動はほとんどないと言っていいので、俺の中での彼ら彼女らのイメージが前面に出た話になっていると思います。少しの間、非日常な日常をお楽しみいただければと思います。

 ではまた次回。


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34.相棒たち

 まず俺たちが向かったのはリズベット武具店だった。今の装備ではさすがに厳しい。なんでも、俺がラフコフに入っている間に、彼女は自分の店を開いたらしい。場所はリンダースのはずれ。リンダースは確か、48層の市街地の名前だったはずだ。ということは、転移門からもそこそこ近い場所にあるということだ。

 

「それ土地代とか高かったんじゃねえか?」

 

「実際結構な競争率だったって言ってたよー。アスナの話に聞くと、借金までしたって言ってたし。その借金相手も、今となってはお得意様らしいけど」

 

「たくましいな」

 

 なかなか気骨のありそうな子だとは思っていたが、想像以上だ。度胸が据わると女のほうが怖い時というのは往々にしてあるが、まさにリズベットはそのタイプらしい。そもそも女だてらに町に引きこもることもせず生産職でバックアップを担当するような子が度胸がないとも思えんが。

 

「ま、俺も打ちなおしてもらいたいやつもあるからな」

 

 それだけ言うと、俺たちはリズベット武具店へと向かった。

 

 

 その店は川のほとりにあった。水車が音を立てて回る、いい店だった。

 

「なるほど、こりゃ店の競争率も高いわな」

 

「だよねー。客足も上々らしいよ」

 

「へえ」

 

 それだけ言うと、俺は扉を開けた。そこにはたまたま、変わらずあの少女がいた。

 

「いらっしゃい、ませ・・・」

 

 一瞬いつも通りに接客しようとして、店主の顔が固まった。ま、このくらいは想像の範囲内だ。なんでもないように俺は手を上げた。

 

「・・・用件は何?」

 

 返された声はかなり固い。というか冷たい。ま、当然か。

 

「こいつの打ち直しを頼みたい。強化素材はそれなりにある」

 

 差し出された刀を見た瞬間に、リズベットはすぐにその正体を看破した。

 

「これって、鬼斬破よね?今のレベル考えれば、戦力外もいいとこの武器のはずだけど」

 

「それでもだ。お気に入りなもんでな。それに、おたくの作った武器で人斬りは一度としてしていない。信じる信じないは勝手だがな」

 

 これは事実だ。何故しなかったのか、と言われると、何となく嫌だったとしか言いようがない。自分でも説得力に欠けると思うが、事実なので仕方ない。

 

「分かった。で、強化素材はどんなもんあるの?」

 

「・・・どっちゃりやっちゃっていいのか?」

 

「それはやめて」「「ダメでしょ」」

 

 女子三人の声がきれいにシンクロした。俺自身、店の中で素材どっちゃりはないわーと思っていたから、これは想定内。

 

「ちょっと待ってろ、案外多いから」

 

 ある程度の範囲外に多く用意した大きめの袋に、素材を移していく。これがストレージ内でできるのだから便利だ。満タン表示になったそばから俺は実体化させていく。全部終えると、足元には50cm立方くらいで収まりそうな大きさの袋が3つほど転がっていた。

 

「ま、ざっとこんなもんか」

 

「どこでこんなに・・・」

 

「ラフコフメンバーは最上層でのPKを禁止されているだけで、侵入を禁止されているわけではない。それに、俺も一応変装くらいはするからな。そうそう簡単にバレなどせんよ」

 

 まあ最も、俺からしたら表に出る時と変装するときの服装が全くイメージの違うものにしていたというのも大きい。パッと見た程度では俺と分かる人のほうが少ないような工夫をしていた。あの年がら年中まっくろくろすけと違って一応俺は普段着も何着か持っていたから問題なし。でもって年月を重ねるごとにレイドボスやリポップするモンスターをソロで狩り、ドロップ品の防具を着ていればそんなに目立たない。防具のカラーや形状は十人十色で、誰がどんなものを使っているかなど気にする人はあまりいない。というかほとんどいない。圏外村でも加工屋がいることは珍しくないため、強化素材やらなんやらをちびちび使って作り直すことも繰り返していた。結果、俺の変装は誰にもバレることはなく、強化素材を集めることに成功していた。

 

「できるか」

 

「それなりに対価はもらうわよ」

 

「そのくらいは構わん」

 

 もとよりそんなに金は使わない口だ。現実世界ではすぐに使ってしまう口だったが、こっちでは無駄金を使いすぎようものなら死あるのみといって差し支えない。結果、俺の財布はほぼ常時温かめな状況になっている。それに、現実では給料日があるが、こっちでは狩りの実入りがそのまま収入になる。だから、結構収支計算はしやすかったりする。・・・家計簿なんざつけたことなかったから最初は戸惑ったが、やってみて分かった。これめちゃ大事。

 

「頼んだぜ、リズベス」

 

「任せなさい。絶対あんたをうならせてやるから。あとリズベス言うな」

 

 そいつは頼もしい。ならここは餅は餅屋、任せるとしよう。

 

 

 

 次に俺が接触した人物はアルゴだった。後ろの二人がいるが、俺はやることを変えるつもりは無い。

 

「待たせて悪いな」

 

「いいってことよ。で、その様子だと無罪放免、ってことカ?」

 

「無罪放免ってわけじゃねえな。執行猶予、ってとこか」

 

 そういって、俺は後ろを親指で差した。それでアルゴはすぐに納得した。

 

「へえ、なるほどナ。で、どんな情報をお望みダイ?」

 

「そうだな。手始めに、オレンジの情報をもらおうか」

 

「レッドの、ではなく?」

 

「もちろんレッドもだ。だが、俺からしたらレッドの手口なんざたかが知れてる。手口を見れば、オレンジかレッドかなんて簡単に見分けられる」

 

・・・複雑化していく手口をたかが知れてると言いきっちまうハスボーが恐ろしいよ・・・

 

「ん?」

 

「なんでもないヨ。オレンジの情報だナ?」

 

「ああ。あるか?」

 

 俺の言葉に、少しため息をついて何か言った後、アルゴはいつもの調子に戻った。その独特なフェイスペイントから鼠の愛称で呼ばれる情報屋は、俺の想定を上回るレベルの情報を持っていた。俺のほしい情報をあれこれ提供してくれた。

 

「ほかになんか知りたいことあるカ?」

 

「うんにゃ、もう大丈夫。いくらになる?」

 

「んー、そうだなー、面白い情報も手に入ったし8500で」

 

「8500な。ほい」

 

 適当な小さめの袋に実体化して、アルゴに渡す。渡されて中身を見ると、アルゴは一つ頷いた。

 

「しっかし、まさかハスボーがエリーとレインちゃんを連れてオレっちのとこに来る、なんて日が来るとはナー」

 

「執行猶予の見届け人みたいなところだ。色気無くて悪いな」

 

「フーン」

 

「にやつきくらい隠せ」

 

 結構本気でひっぱたこうかと悩んでいるときに、後ろから両肩に手を置かれた。全く、俺の思考は完全に読まれているらしい。

 

「またよろしく」

 

「あいよー。今後ともごひいきに。あと二人と仲良くなー!」

 

 そこに秘められた意味をしっかり理解した俺は、さくっと手を上げつつナイフを放り投げる。一見無造作に投げたように見えるが、ちゃんとコントロールされている。実際、

 

「のわぁ!?目の前に投げるなよ危ないな!!」

 

「んだよ。下手に避けなければ当たらないように投げたろ?」

 

「ギリギリすぎだ!」

 

 俺の予想では鼻先30cmから50cmの間を通って、股下少し前くらいに落ちるように投げたはずだ。が、どうやら少し奥にずれたらしい。

 

「20cmもなかったぞ!」

 

「あーそいつは悪かったな。じゃなー」

 

 棒読みで一応謝罪する。うん、10cmならある程度誤差と言い切れる範囲内。だけどさすがに危ないかな。まあとにかく、ここでの用件は済んだ。俺の目的に向かうとしよう。

 

 

 

 そのあと、新たな小太刀を入手するために強敵NPCを倒した後、試しにプロパティを見てみた。するとびっくり、

 

「な、んじゃこりゃあ!?」

 

「え、どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたも、こいつ化けもんだ。俺はSTR足りてるからいいものの、これ下手したら持つことすらままならんぞ」

 

「え、じゃ試しに持ってみていい?」

 

「ほい」

 

 そういって渡すと、渡されたエリーゼは一瞬驚いた顔をした。

 

「ねえ、これ一応、片手剣どころか小太刀扱いよね?」

 

「おう。One handって書いてあるし」

 

「下手したらこれ、重量片手直剣レベルよ?」

 

「そうだな」

 

「そうだな、って」

 

 俺のさも当たり前みたいな声にエリーゼは唖然とした。

 

「それだけいい剣ってことだろ。剣じゃなくて刀か」

 

「扱えるの?」

 

「俺以上に小太刀を十全に扱い切れるやつがいれば、手合わせしたいもんだ」

 

 俺の自信満々なコメントは完全に二人をあきれさせた。だが、俺からしたらそのくらい、自分の小太刀を扱う技量に対する自信があった。小太刀が、短剣、曲刀、小太刀、刀の四種類のソードスキルを発動できると知らしめたのは俺だ。その特性をしっかり理解し、扱い切れるのも俺だけだと自負している。

 

「ま、武器がこれだけいいと、腐らせないようにするのも一苦労だろうが」

 

「それもそうだね」

 

「おたくはもともと俺よりSTRよりAGI重視で、そんなにSTR強くないだろ。俺はこいつを扱える程度には上げてるけど、そうじゃないのなら重たく感じて当然だ」

 

 腰に備えられた得物をたたいて俺は言った。今までPK用に装備していた刀は処分した。今装備している武器はKoBやDBの在庫を使っている。もちろん最前線のレベルには劣る。だが、中層では十分すぎる性能を誇っていた。あの剣士相手だと苦戦しかけたが、その辺はどうにかした。

 

「ま、とりあえずリズんとこだ。鞘作ってもらわんと」

 

 それだけ言うと、俺たちは歩き出した。装備ができるのであれば、使わない手はない。そのためには鞘がいる。

 

「あ、なら私が作ろうか?」

 

「え?」

 

 レインの言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。傭兵で装備の手入れとかが必要なことも多いであろうエリーゼはともかく、完全にソロで生産職プレイヤーの援護が期待できるレインからそんな言葉が出るとは思っていなかった。

 

「一応、作製スキルはちょこっと取ってて。この鞘も自分で作ったし」

 

 腰にさしてある自分の剣の鞘を軽くたたきながら、彼女は言った。言われてよく見てみると、彼女の鞘はよくある味気ない感じのものではなく、ところどころ派手過ぎない程度に装飾が入っていて、それでいて装備に浮かないような作りになっていた。

 

「なるほどな。ならお願いしようか」

 

「うん!任せて!」

 

 俺の言葉に、レインは胸を張って答えた。―――そういえば、

 

「鞘って何から作るんだ?」

 

「私も最初知ったときびっくりしたんだけど、元の材質は木だよ」

 

「木製なのかよ」

 

「私も最初びっくりした。で、周りに革を張ったり、塗料を塗ったりするの。で、変わり種だと塗料とか革を特殊なものにして、その上からさらに鍛冶スキルの応用で塗装する人もいるみたい」

 

「ま、防水加工をしちまえば凝固の時、元の材質が変質するのを防ぐことができるからな」

 

 逆にそれをしないと、メッキ加工するための金属が凝固し体積が小さくなる時に発生する力で、木が変形してしまう可能性が高い。と思う。たぶん。俺もよくわからんけど。

 

「へえ、そういう意味合いなんだ、あれ」

 

「俺も、多分そうだろう、としか言えんけどな。じゃなきゃこんな面倒くさい真似をする理由がないだろう」

 

 コーティングする特段な理由がないのであれば、その過程は省かれてもおかしくない。なのにそういう風になっているということは、そういうことなのだろう。

 

「とにかく、まずは木か。トレント系が出てきそうなところは案外あるからなぁ・・・」

 

「あ、それなら私に任せて。いいとこ知ってる」

 

 材料集めを考えていたところ、エリーゼから声がかかった。なぜそのような情報を持ってるかというのはともかくとして、今回はその情報に頼るとしよう。

 




 はい、というわけで。

 今回は得物新調回ですね。本編にもあったので、だいぶ焼き直し感が否めませんが、そこはご容赦ください。
 あと、今回が短めなのはただ単にここぐらいしか切るところがなかったからです。再来週に予約投稿する予定です。思いのほか書き溜めがたまっているので。

 強敵NPCに関しては、本編の得物新調回を参照していただければ。ほとんど完全に焼き直しになるので、あまりに駄長になるという判断から省略しました。

 刀などの鞘って、これ調べた時に意外に思ったんですけど、木製らしいですね。てっきり鋳造かなんかで作られてると思ってました。・・・でも考えてみれば、金属だと固定してるときに鞘の内側と刃が接触を続けて刃こぼれとかの恐れがありますもんね。考えてみれば道理です。

 次はSAOでの日常回、みたいな感じです。かなり難産だった記憶があります。今学期が特にひどいとはいっても、週の半分以上大学で誰とも喋らないぼっちに雑談パートというのはハードルが高かった。

 ではまた次回。


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35.変化

 それから少しして、エリーゼの情報を頼りに俺たちは森に来ていた。ここに出るトレントからいい材質の木材が手に入るらしい。のはいいんだが。

 

「なあ、まさかあれか?」

 

「そうだけど?」

 

「あれって、普通に中ボスですよね?」

 

「大丈夫。私らにかかれば雑魚だから。なんなら私一人でも倒せるくらい。時間かかるけど」

 

 隠れている俺たちの前にいるのは、5mほどあろうかという巨体のトレント。焦点を合わせれば、複数のHPバーが表示される。確かに、これは中ボスだ。だが俺たちがいるのは最前線から離れた下層であることも事実だ。

 

「ま、ここまで来たら仕方ない。やるぞ」

 

 それだけ言うと、俺は飛び出した。オニビカリはすでに俺の手に握られている。今回は珍しく、オニビカリだけで片手が開いているだった。相手がこちらに気付いて威嚇してくる。その瞬間には、俺はもうすでに相手の懐に飛び込んでいた。

 この手のタイプは攻撃パターンが案外限られる。四肢があるだけに、そこからかえって行動パターンが読みやすい傾向にある。少なくとも俺はそう考えている。ゲームバランスの都合もあるのだろうが、SAOには不思議と飛び道具の類はあまりない。ならあとは度胸だ。久しぶりの片手フリーな状態でバランス感覚に若干の違和感があるが、この程度なら問題ない。腕を使った薙ぎ払いはかがんで躱し、虎牙破斬を繰り出す。硬直が抜けた直後に剛直拳から剣技連携でバックキックを繰り出して距離を取ると、その一瞬の行動遅延をついて背後に回り込んだ二人が攻撃を繰り出した。例のデカトレントの影になって分かり辛いが、二つのソードスキルが見えたから二人同時に攻撃したようだ。HPゲージを見ると、HPバーは早くも一本目が消えようとしていた。先にエリーゼが言っていた通り、こいつ、相当な雑魚のようだ。ならやることは一つ。

 

「押し切る!」

 

 それだけ言うと、俺はオニビカリを構えて再び向かっていった。

 

 

 そのあとは一瞬だった。本当に一瞬で片が付いた。時間にして1分あるかないかだろう。確かに雑魚だとは思っていたが、ここまで時間がかからないとは、最初は俺も思ってもみなかった。素材ドロップの中からいくつか漁ると、それらしきものがあった。

 

「カーシオクの木材、ってのがそれなのか?」

 

「そうそれ!よかったドロップして」

 

 どうやらお目当ての代物はドロップしたようだ。

 

「塗料とかその辺はこっちにあるからいいとして、どうする?何か希望とかある?」

 

「特にねえわ。その辺は任せる」

 

「分かった!」

 

 それだけ言うと、俺はオニビカリを預けようとした。が、横からエリーゼがそれを止めた。

 

「なら、ついでに今からレインちゃんのホームにお邪魔しちゃおうか。そっちのほうがやりやすいだろうし」

 

「つっても、さすがに急すぎねえか?」

 

 今思いついたように行ってもさすがに迷惑だろうと、俺はポーズ半分本音半分で言った。

 

「大丈夫。それに、今オニビカリがなくなっちゃったらメインアームなくなっちゃうでしょ。最初からその辺は考えてあったから」

 

 が、もうすでに囲われていたらしい。観念して俺はもろ手を挙げた。

 

 

 

 レインの家は39層の主街区のはずれにあった。緑豊かなこの田舎町には、グランザムに移転する前まで血盟騎士団の本部があったらしい。・・・案外いい趣味じゃねえかあの聖騎士様。

 

「へえ、いいロケーションだな」

 

「でしょー。ちょうどいいんだよねー。のどかだし、森もあるし」

 

 俺の言葉に、レインはかすかに胸を張った。俺好みのいい場所だ。それに、周りの木が常緑樹なら、それなりに環境も安定する。現実世界だと虫やら葉っぱやらで大変かもしれないが、そこはゲームだから大丈夫だろう。

 

「で、本当に私の好みで作っていいの?」

 

「ああ。しいて言えば、派手すぎるのは嫌だぞ。ピンクとか」

 

「しないよ、そんなの。第一似合わないでしょ」

 

「分かってんじゃねえの」

 

 それだけ言うと、俺はオニビカリを実体化させて、机の上に置いた。

 

「やっぱり結構重たいよねー、これ」

 

「で、それをなんで俺以上にAGIに振っているはずのおたくがあっさり持てるのか、ってのは非常に疑問なんだが」

 

 俺の至極まっとうな疑問に対しては、レインは笑うことでごまかした。ま、聞いてほしくないことはあるってことだろう。そこに、エリーゼが俺に耳打ちした。

 

「あの子、一時期異常なレベリングしてたのよ」

 

「え、マジ?」

 

「うん。噂では、もうすでにレベルが90超えてるってものもあるくらい」

 

「さすがに尾ひれつきすぎだろ。90オーバーはないだろ」

 

 現時点での最前線は67層だったはずだ。安全マージンは階層+10なので、今現時点だと77くらいだ。実際俺も79である。上げていて85か、プラス20で87ぐらいが精々だろうというところに、90はさすがにない。だが、それだけレベルが高ければ、俺よりAGIに振っているスピード系の剣士でありながらあの重たい刀をあっさりと持ち上げられることも納得である。

 

「それがありうるって言われるくらいだったってこと。少なくとも君より相当レベル高いよ?」

 

「みたいだな。やべえな」

 

「なに話してるの、二人とも?」

 

「なんでもねえ。で、採寸は終わったのか?」

 

「うん。ありがとね。作ってくるから、お茶でもして待ってて」

 

「じゃ、私がやろっかな。一応程度だけど料理スキル持ってるから。台所借りるよー」

 

「うん、ありがと」

 

 そういうと、エリーゼは台所へと歩いて行った。その間俺としては手持無沙汰で、監視が取れた後どうしようかと考えていた。まあ攻略組を抜ける前もソロだったし、また根無し草の流浪生活になるのだろうが、それでいいのか、という迷いができていた。というのも、PoH戦といい、少し前のあのデカトレントとの戦いといい、レインの踏み込みなどは相当なものだった。純粋な実力勝負という縛りのあるデュエルなら、もう俺は彼女には勝てないかもしれない。そう思わせるほどに、彼女は腕を上げていたのだ。レベルとかそういう次元の話ではない。こればかりは、本当に上達するために費やした“時間”が物を言う。正確にはそこには気合とか、そういう精神的な意味合いもあるのだが、今回は省略する。とにかく、彼女が強くなるために相当な時間を費やしていたのは、俺もうすうすとは感づいていた。じゃなければいくら下層の、リポップするタイプでステータスが控えめだったとはいっても、あんなに一瞬で中ボス戦が終わるわけがない。

「―――――――」

 もしかしなくても、それはおそらく俺のためだろう。俺をラフコフから助けて、俺の凶行を止めるために、彼女は力をつけた。レベルが90に達していると噂されるほどのレベリングは、あくまでついでだったのだろう。本当に欲しかったのは、戦闘経験と自身の体の感覚。手足のようにという言葉をよく使うけれど、本当に強く、ただ強くということだけを考えてやっていた。というか、そうとしか考えられない。

「――――、――、―――」

 そんな彼女を、ここで無常に放っておいていいのだろうか。巻き込みたくないというのは事実だが、それだけで勝手に姿をくらますというのは、果たしてそれはベストなのだろうか。

 と、考えていると、誰かが俺の肩をたたいた。振り返りつつ半ば以上反射で腰に手を持っていくが、そこに得物はなく、手はむなしく空を切った。が、その必要がないことに振り返ってから気づいた。

 

「お茶、入ったよ」

 

「おう、サンキュ」

 

 いかんいかん、圏外にいる時が多かったせいで、一瞬振り返りつつ抜刀ができる体勢にしようとしていた。警戒心が強すぎるのも考え物だ。と、顔には出さないようにしつつ、俺はお茶に口をつけた。どこか緑茶にも似た、紅茶とも緑茶ともつかない独特な味わいだが、香りはどこか嗅ぎ慣れたもので、非常に落ち着くことができた。

 

「さっきはどしたの、あんな小難しい顔して」

 

「いやなに、今後のことを考えていただけだ」

 

「攻略組にとどまる、ってやつ?別に、特段深く考える必要もないでしょ。前に戻るだけなんだし」

 

「で、済めばいいんだがな」

 

 と、それだけ言うと、かすかに(のみ)の音が聞こえるほうに目をやった。

 

「あれ、もしかして気づいてる?」

 

「ちょっとベクトルが違うかもしれんが、うすうすとはな」

 

「へー、ま、あれだけあからさまだとねぇ・・・」

 

「おいこら何か勘違いしてねえか」

 

「勘違いしてるのは君じゃないの?」

 

 そういわれて言葉に詰まる。なまじどこか違和感があっただけに、否定する要素がない。

 

「ほんと、あの時のレベリングはやばかったよー。私が止めないとひどかったんじゃない?一時期は鬼なんていわれたくらいだったから」

 

「鬼って、仮にも花も恥じらう乙女に使う言葉じゃねえだろ」

 

「そのくらい鬼気迫るものがあったってこと。たまーに辻デュエル挑む猛者がいたっていうけど、そういう人はことごとく一刀で斬って捨てられたらしいから」

 

 俺は完全に言葉を失った。あの子がそこまで余裕のない時期があったとは。

 

「ま、とにかく考えなよー。一応落ち着くような素材のハーブティーにしたから」

 

「・・・どっかで嗅いだような香りだと思ったらそういうことか」

 

 そういえばあの花、お茶にするとリラクゼーション効果があるとかだったか。あの独房の中だと瞑想ぐらいしかやることが無かったからすっかり忘れていた。そういえば、あの花畑にもしばらく行っていない。あの時出会った少女はまだ元気だろうか。キリトか、最悪アルゴあたりに名前を聞けば、少なくとも今生きているかどうかというのは分かるだろう。だが不思議と、今はまだその時ではない気がした。

 

「ま、考える時間はある、か」

 

「そうそう、そういうこと。それに、私も一回鞘作ってもらったことあるけど、案外あの子早業だから、そんなにめちゃくちゃ待つ必要はないと思うよ」

 

「あっそう、そりゃ退屈しないで何よりだ」

 

 それだけ言うと、俺は再びお茶に口をつけた。さすがに手持無沙汰すぎるので、何となくスキル画面を開いてみると。

 

(ん、なんだこれ)

 

 見覚えのないスキルが一つ。スキル名は“射撃”。遠距離など知ったことかというようなSAOにあるまじき代物である。射撃というと銃が真っ先に思い浮かぶが、この世界に銃などあったら世界観ぶっ壊しにもほどがある。となると、

 

(弓か、ボウガン、この世界に準ずればおそらく弩が精々か)

 

 ボウガンならぎりぎりセーフだろう。モンスターをハンターするゲーム世界のボウガンは、あれはボウガンという名の何かだ。俺としては、後方から支援できるというのはかなりありがたいし、慣れれば超長距離からのファーストアタックを決めて、もしそれで仕留められなくとも何もさせずに仕留めるという、効率のいい方法も可能だろう。慣れは必要だが。どちらにせよ、俺が習得した覚えはない。そもそもが、俺のスキルスロットはもうすでに全部埋まっている。SAOでは、スキルスロットは20までで5つになり、それ以降は10の倍数で1つずつ増える。さっきも言ったように、現時点での俺のレベルは79なので、スキルスロットは10個。内訳は、

 

曲刀

索敵

投剣

体術

隠密

武器防御

短剣

小太刀

アイテム作成(便利そうなので取った。実際重宝している)

 

 で、これできっかり10個埋まってしまっているのだ。さらに追加が入る余地などない。なのになんでここに表示されているのか、と、このスキルについての考察をしていると、

 

「お待たせ!できたよ!」

 

 レインが鞘に入れたオニビカリを持ってきた。その鞘は黒い革で覆われつつ、その装飾には金糸のような色で柄が彩られている。細身の得物だけに、少し柄がわかり辛いが、これは、

 

「蓮の花、か?」

 

「正解!ロータス君にはちょうどいいかなーって。どう?」

 

 よく見ると、鯉口の部分には、ほんの少しだけ赤く塗装がされている。これは俺がよく着る赤い布系の防具の色によく合うだろう。

 

「ありがとな。いい鞘だ」

 

 それだけ言うと、レインは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 その数日後。妖刀オニビカリを右腰に差して、俺はリズベットの店を訪れていた。もちろん鞘はレイン謹製のものだ。

 

「おーいリズベスー、いるかー?ってのわっ!?」

 

 店の扉を開けつついうと、俺めがけて何かが飛んできた。反射でキャッチしたはいいものの、危うく当たりそうになった。で、それが何だったのかというと。

 

「おいこらてめ、いきなりハンマーぶん投げてくるとかどういう了見だこら!」

 

「うっさいわね、私は()()()()()!いい加減覚えなさいよね!」

 

 レベル差を考えれば壁にぶつかった程度の衝撃しかないだろうが、それでも痛いことには変わりない。

 

「で、鬼斬破のうちなおしたやつね」

 

「おう。できてるか?」

 

「ちょっと待ってなさい。持ってくるから」

 

 持てるくらいの重さなわけか。そこそこいいレベルかなー、と思っていると、その刀をもって彼女は戻ってきた。

 

「銘は“鬼怨斬首刀(きえんざんしゅとう)”。なんというか物騒な名前ね」

 

「そんなこと言ったらキリないぜ」

 

 ほんの少しだけ鞘から刀を抜く。一目見ただけで業物だと分かる、いい刀だ。もう一度戻して、俺は問いかけた。

 

「外で試し振りしていいか」

 

「ええ。作った側としては、使用者の感覚というのも気になるしね」

 

 その言葉を受けて、俺は店の外に出た。鞘から抜くと、俺は刀を片手で構えた。そこからいくつか素振りをする。とどめとして一発ソードスキルを発動させると、俺は刀をしまった。

 

「さすがだな。いい刀だ。お代はいくらだ?」

 

「74200コル」

 

「安くね?」

 

「あんたのあの素材、使い切らなかったからね。どうせあんたが持ってても使い道ないでしょ。その仕入れ代を差っ引いた金額」

 

 なるほどそういうことか。ま、安いのなら文句はない。実体化して渡すと、リズはそれを確認して、自分のストレージに入れた。

 

「ところでさ、あんたの鞘、それありきたりのもんじゃなさそうだけど、どうしたの?」

 

「お前分かって聞いてるだろ」

 

 その辺の機微には聡いほうだと自分でも思っているし、その予想は間違っていないようだが、にやつきを隠そうともせずに問いかけてくれば、俺でなくとも分かる。

 

「レインが作ってくれた」

 

「そっかそっか、やっぱりそうよねー。あの子結構センスあるじゃん。うん、仲良さそうで何より」

 

「そのにやつきやめろふっとばすぞ」

 

「いいじゃないいいじゃない」

 

 俺の言葉を受けてなおにやにやを止めないリズベット。軽くぺしっとたたいてみるがあまり効果なし。

 

「仲良くやりなよ」

 

「ああ、そのつもりだ」

 

「あれ、いつになく素直」

 

「ちょっとした心境の変化、ってやつだよ」

 

 そういう俺の顔を見て、リズベットは穏やかに笑った。

 

「いい顔になったわね」

 

「どういう意味だよ」

 

「そういう意味よ」

 

 ・・・ったく、なんでこうも俺の周りのやつは妙に物わかりのいい奴ばっかり・・・。と、俺は内心呆れた。

 

「また来るわ」

 

「ハイハイ、せっかくの武器と鞘壊すんじゃないわよー」

 

 後ろから聞こえるリズベットの声に、俺はひらひらと片手を振ってこたえた。

 




 はい、というわけで。

 正史ルートでは、オニビカリの鞘はリズに作成してもらったわけなのですが、せっかくいるのならこの二人のどっちかにも活躍させてあげよう、ということで。レインちゃんはゲームではレプラコーンだったし、持っててもおかしくないよね、っていう。何より、女の子なんだからその辺のおしゃれに気を使うことに何の不思議があろうか。ましてやレインちゃんはロータス君に対して並々ならぬ感情を抱いてますしね。
 ・・・書いてから“怨”に“えん”って読み方がないって気づいたのはここだけの話。あえてここはこのままでいきます。武器の名前ってだけで、そこまで重要なポイントでもないですしね。

 カーシオク、に関しては、まあ、完璧な言葉遊びです。樫の木みたいな、丈夫な木が好まれる、みたいな記事を見かけたので。

 さて、ここで彼にユニークスキルが授けられました。正史でもこの辺で気づいてます。最も、その特性から今まで以上の警戒を余儀なくされる可能性から、彼にとっては悩みの種になってましたが。
 お茶に関しては、旧タイトルのあれです。俺は飲んだことないんですけど、柔らかな優しい飲み口らしいですね。飲んでみたいです。

 ロータス君の態度変化に関しては、この後で、うまく、描けたら、いいなぁ・・・。自信ないですが。

 次からはオリジナル階層攻略回です。原作で死亡者が出た、というあたりにいるはずなので、それ相応の強敵を用意した、つもりです。この場合、強敵、というより、難敵、という表現のほうが適切な気はしますが、そこはそれ。

 ではまた次回。


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36.再会と邂逅

 その次の日、俺は最前線の迷宮に向かっていた。もちろん、その後ろにはレインとエリーゼも一緒。

 

「さて、んじゃま、肩慣らしと行きますか。刀だけに」

 

「うまくないわよ」

 

 エリーゼのツッコミをよそに、俺は敵が視界に入ったところで、二人に声をかけた。

 

「手ぇだすなよ」

 

「無茶しないようにね」

 

「へいへい」

 

 適当に答えつつ、一気に向かっていく。納刀したままの状態で、ある程度間合いがある状態から、俺は一気に三歩踏み出す。最後の一撃は敵の懐に入って、少しダメージを受けつつ一気に切り上げた。小太刀系最上位ソードスキル“昇龍斬”だ。一撃の威力はぶっちゃけそこらの雑魚だと一発でオーバーキルになるレベルなのだが、三歩踏み込んでからぐっとため込んで一気に切り上げるという隙の大きいモーションと、脇構えないしは腰で吊るした状態からの抜刀からのみ発動可能という面倒くさい縛りから、なかなか使用されないスキルの一つだ。あえてオーバーキルなことを承知の上で使った理由はただ一つ。ソードスキルを発動したときの感覚をつかんでおきたかったからだ。その結果は、

 

「やっぱりいいな、これ」

 

 何度も振ったわけではない。決して手に持った時間が長いわけでもないのに、この刀は不思議と俺の手になじんだ。重量バランスもいいのだろう。おかげでスペックの割には相当に扱いやすい刀になっている。少し扱いづらくはあるが、それは本当に微々たるものだ。問題になるレベルではない。ピーキーなソードスキルほど、武器とのマッチングというのが顕著になる。ブーストはあくまで、ソードスキルとしてシステムに設定されている動きを正確にトレースすることでスピードを上乗せするというものだ。つまり、これによる伸び幅はどのソードスキルでもそんなに変わらない。要は運動と同じように、いかに正確に体を動かすことができるか、というのが肝なのだ。だが、最初期のソードスキルは動きが単調なものも多い。例えば、片手剣の最初期ソードスキルであるスラントは、いわゆる袈裟斬りか、その逆の動きの逆袈裟という、簡単な動きだ。曲刀の最初期ソードスキルであるリーバーも、前進しながら剣道の抜き胴のような動きなので、動き自体はそんなに難しいものではない。細剣のリニアーに至ってはただ踏み込みつつ突きを放つだけだ。が、昇龍斬にも代表されるように、上位ソードスキルになってくると、連撃が珍しくなかったり、動きが複雑であったりすることも多い。それゆえに、こういうソードスキルの時のブーストの感覚が一種の指標足りえるのだ。と、考えているとお誂え向きに敵がさらにリポップした。

 

「よし、んじゃま次はこれで行くか」

 

 次に現れた敵に対し、俺は刀を担ぐように構えた。そのまま袈裟を繰り出しつつ、足を振り上げる。そのまま回転しつつ蹴りと斬撃を織り交ぜる“爪竜連牙蹴”は、そのぱっと見どうやってるのかよくわからない動きから、ブーストを使おうとすると本当に慣れが必要だ。俺も()()にするまで相当の練習を要した。それに、いくら複合型といってもそこそこ連撃数が多いので、使いどころも限られてくる。最も、そのせいでこれだけ発動回数が多く、元の性能も上がるという、喜んでいいのか微妙な結果になっている。まあとにかく、その難しいソードスキルを違和感なく発動できるということは、使いやすいということの証左だ。さすがはリズといったところだろう。鞘に音を立てて刀をしまうと、エリーゼが寄ってきた。

 

「どう?」

 

「さすがだな。使いやすいいい刀だ」

 

 俺のコメントに、エリーゼは一つほほ笑んだ。

 

「・・・なんだよ?」

 

「いや、つくづく穏やかになったな、って。討滅戦の時とか、あとはハーブティーの時とかはもっと怖い顔してたからさ」

 

「背負いこんでたものが一つなくなったからだろ。俺にもうまく言えないけどさ」

 

「抱え込むものは増えた?」

 

「・・・まあ、な」

 

 否定はしない。というかできない。ラフコフ内という特殊な環境でポーカーフェイスを鍛えた俺でも、これに関してはうまく隠し通せる自信がなかった。ならいっそ、変に否定せずあるならあるといったほうがいい。こと、レインに対しては、何となくではあるが、隠し事ができない気がした。

 

「でも、なんつーか、重苦しくないっつーのかな、いや、苦しさは若干あるから、重苦しくないは不適当か?まあとにかく、悪くないって思ってる自分もいるんだよな」

 

「珍しいね、そんな歯切れの悪いコメント」

 

「なんだそりゃ。いつも好き勝手言いたい放題ってわけじゃねえぞ俺は」

 

 レインの言葉に、かすかに苦笑する。こういう、他愛ない会話に興じることができるというのは、案外気が楽だったりする。

 

「さて、今日は迷宮攻略にいそしむわけなんだが。基本的に俺が前衛な。レインは後ろを頼む。エリーゼは交代要員。それでいいか?」

 

「いいよー」

 

「私も大丈夫よ」

 

 二人の返答を聞いて、迷宮に潜っていく。入った瞬間、独特の暗さに一瞬踏みとどまりそうになることはない。もうこの手の暗さと緊張感には慣れてしまった。入って少しすると、横合いからモンスターがわいた音が聞こえた。

 

「ご挨拶だな全く」

 

 つぶやき、静かに鯉口だけ切る。ポップしたと思われる方向をじっと睨むと、静かにモンスターがこちらに歩いてきた。こちらに気付いたのか、威嚇のつもりで声を上げる。それをあえてそのままにして、かかってくる瞬間に辻風を合わせる。相手の動きが想定より少し早いことに驚きはしたが、狙い通りそれは相手の胴を薙いだ。硬直が抜けた直後に、振り向いて構えなおすと、相手はすでにポリゴンのかけらとなっていた。

 

「鮮やかなもんだな」

 

「まあね。なんだかんだで、ここ最近は一緒に行動することが多かったわけだし。呼吸くらいつかめるわよ」

 

「私としてはいつの間にか呼吸があっててびっくりってところが大きいけど」

 

「ま、その辺は間合いの取り方だろ。俺はそのつかみ方がわからんが」

 

「たぶんだけど、私がうまいんじゃなくて、二人があんまりうまくないんだと思う」

 

「悪かったな万年ボッチで」

 

「そういう意味じゃないわよ」

 

「冗談だ」

 

「・・・分かり辛過ぎるよ・・・」

 

 つぶやきをスルーしつつ、俺は歩く。目的は迷宮の中だ。こうして攻略するのはいつ以来だろうか。そう思いつつ、俺は迷宮に向けてもう一度歩き出した。

 と、俺の視界が端で何かをとらえた。そちらに目を向けると、小型のモンスターがいた。手のひらに乗りそうなくらい小さな、キツネにもリスにも見えるモンスターだ。カーソルは確かにモンスターなのだが、アイコンはノンアクティブ、つまり自発的に攻撃してこないことを示している。だが、俺はその姿に、どこか見覚えがあった。

 

(まさか、な)

 

 俺は静かにそのモンスターに近づいた。攻撃しようとする二人を手で押さえ、俺はゆっくりとそちらへ移動する。触れるくらい近づいても、そのモンスターはこちらを見上げるだけで、攻撃してこなかった。

 

「案内してくれるか。今回はツレもいるが」

 

 しゃがんでそれだけ言う。さあ通じてくれればいいが。と、そいつは俺の肩に乗って、ちょこちょこと肩の上を器用に移動した。感触から見るに、二人を見極めているのだろう。やがて軽やかに俺から降りると、背を向けて数歩歩いてからこっちを振り返った。

 

「ついて来いってさ」

 

「・・・心当たりがあるの?」

 

「まあな」

 

 あの出会いは忘れようと思っても忘れられない。純粋に感心したし、今の服装を決める決め手にもなった。あの空間に、もう一度行く資格がある、のだろうな、こうしてああいうやつが出てきたのは。

 あれこれ考えながらしゃべりながら進むと、あの時と同じように、ギリギリ匍匐前進でくぐれるくらいの大きさの隙間があった。あの時と同じように、武装を解除して俺がくぐる。

 

「二人ともついて来いよ」

 

 そういって、俺は穴をくぐった。後ろでメニューを開く音がしたから、多分大丈夫だろうと思いつつ、俺は穴をくぐった。

 

 そこに広がっていたのは、あの時と同じ不思議空間だった。

 

(ここは変わんねえな。変わったのは、俺か)

 

 そう思いつつ、二人を待つ。二人ともくぐって来るや否や、この空間の不思議度合いに目を丸くしていた。

 

「わあ・・・」

 

「すごい・・・」

 

 腰を下ろしてゆったりとする俺に、小動物が何匹か寄ってきた。あれ、数っていうか、種類が若干増えたか?と思っていると、胡坐をかいた足の上に、猫のような動物が上がってきた。足に顎を乗せているあたり、なでろということらしい。お望み通りゆっくりとその背を優しくなでると、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 

「え、モフっていいの?」

 

「嫌われん程度にしろよ?」

 

 俺の言葉を受けて、女子二人が怯えられない程度にその毛並みを堪能していると、奥から人影が二つ出てきた。・・・二つ?

 

「やあ、久しぶりだね」

 

「そうだな、セルム」

 

「NPC・・・?」

 

「俺ら風に言えば、な」

 

 突然現れたセルムに、俺は二人を示す。

 

「こいつらは初めまして、だよな?」

 

「そうだね。君が誰かと一緒にいるとは珍しい」

 

「ま、いろいろあってな」

 

「そうか。僕はセルム。君たちの名前を教えてもらえるかな、お嬢さんたち」

 

「あ、レインです」

 

「エリーゼです」

 

「レインさんと、エリーゼさん、だね?」

 

 二人がそろって頷く。一人ひとりしかできないと俺は思っていたのだが、どうやら二人同時でも十分に感知ができるらしい。・・・知らぬ間にちゃっかりこの辺バージョンアップしてるんだなぁ。どんなシステムなんだろ。

 

「ところでセルム、後ろの女の子はどなた?」

 

「ああ、この子ね。この子はストレア。MHCPだよ」

 

「なんだそりゃ」

 

 ここにきて、かれこれ1年以上が経過しているが、MHCPなどという単語は聞きなれない。

 

「おや、聞いたことが無いのかい?」

 

「ああ。知ってるんなら説明頼む」

 

「いいとも。彼女たちは、君たちが精神的な健康状態でいられるようにカウンセリングするプログラムだ。メンタルヘルスカウンセリングプログラム、彼女から聞いた略称がMHCP。もっとも、なぜか彼女は浮浪者のようにうろうろしていてね。そこを、僕が拾った、ってところさ」

 

「へえ」

 

 なるほどなぁ。ここまでくるとセルムマジでなにもんだってレベルだな。どんなプログラミングしてるんだ。

 

「君も、変わってないね」

 

「俺はあれこれ変わったと思ってるがな。お前さんこそ、変わりないようで何よりだ」

 

 そういうと、俺はストレアの目を覗き込んだ。どこかうつろというか、空洞というか。そんな感じの目だった。

 

「彼女は僕のほうで匿っておこうか。外に出すと、何があるか分からないから」

 

「そうだな。俺もやることが多いし。頼むぜ、セルム」

 

「お安い御用だよ。ここにいる子たちも、たまには来てほしいみたいだし」

 

「真新しいだけだろ」

 

 俺の言葉に、セルムはふふと笑った。

 

「そんなことはないかもよ。今君の肩に乗っている子だって、飼い主も最初は噛まれたと言っていたから」

 

「飼い主いるのか、お前さん」

 

 そういって、俺は肩の前に手を出す。腕伝いに器用にもう片方の肩に移ったのは、案内人になったあの小動物だった。

 

「うん。前、君に赤いコートをあげただろう?その時に僕に似合わないといった人が飼い主なんだ」

 

「へえ」

 

「彼女自身は赤も似合うんだけど、何分男物だったからね。ずっと使ってくれているようでうれしいよ」

 

 そういわれるとこそばゆい。今つけているコートは、あのコートに強化などを繰り返し施して使っているのだ。いつの間にか、これが一番使いやすいコートになっていた。

 

「あれこれ手を入れてるけどな」

 

「服というのは、そういうところも魅力だろう?」

 

「まあな」

 

 それだけ言葉を交わすと、俺は立ち上がった。それで、彼も察した。

 

「行くのかい?」

 

「ああ。まだやることが残ってる」

 

「そうか。君たちも行くのかい?」

 

「ええ。今、訳あって彼を監視しているので」

 

「そうか。また来てくれ。この子たちも喜ぶ」

 

「おう」

 

 それだけ言うと、セルムは背後に指をひょいと振った。すると、そこにまるでずっとあったかのように扉が現れる。

 

「元の場所に戻れるようにしてある。またね」

 

「ああ、またな」

 

 それだけ言うと、俺は歩き出した。今はやるべきことをやる。その決意を新たに、俺は前へ歩を進めた。

 




 はい、というわけで。
 まずは久しぶり、ネタ解説。

昇龍斬
元ネタ:ゴッドイーターロング系BA“秘剣・昇り飛竜”

 三歩踏み出して、思いっきりため込んで、全力の斬り上げ。作中でも書かれているが、一撃の威力こそけた違いなものの、異常なまでに使いづらい。ぶっちゃけ産廃。原作ゲームでもこんな仕様。面倒くさい。


 気が付けば年の瀬ですね。早いものです。本当に早い。

 今回は肩慣らしでしたね。ついでに、セルム君との再会回でした。というのも、もともとこの次の話の前に、この話のセルム君パートを差っ引いた部分が付け加わり、意外とも字数が膨らんでしまっていたので、どこかで削れないかなー、と思い。あと、ここで書いておかないと、彼がストレアのことを知らずに終わってしまう可能性が出てきたので。ならちょうどいいや、ってことで。
 正史ルートでも言いましたが、この話の案内役になっているのはナウシカのテトがモデルになってます。ま、分かりやすいかな、とは思いましたが。ということはつまり、赤も似合う飼い主の彼女の正体は、まあ、お察しください。母性溢れるあの人です。

 戦闘がぬるいのは、直接戦闘能力がかなり高いザザさんとPoHさんと模擬戦を繰り返していた結果だと思ってもらえれば。一応、この三人だと、レベルは準攻略組でそこまで本格的なレベリングをしていないエリーゼに次いで高い程度で、攻略組だと並み位を想定しています。どこぞのアルベリヒさんの逆パターンですね。


 さて、ここで一応お詫びと報告を。

 まずは更新遅れてごめんなさい。UAが順調に伸びていることは、私にとっても十分に励みになっています。更新を戻した矢先にこれとは情けない・・・。
 報告のほうですが、ここから先、就活&卒業研究で忙しくなる可能性が高いです。また、現時点でそれなりに書き溜めがたまっています。したがって、時間を見つけて先に予約投稿をしておこうと思っています。具体的には大体2018/6ぶんくらいまで。そこから先しばらく更新が途切れたら、就活ミスったとか卒研が進んでないとかそんなところだと思います。お察しください。
 とりあえず、就活が本格的に始まる前にif編の書き溜めを終わらせるのが当面の目標です。少なくともSAOクリアまではこぎつけたいと思ってます。

 これからも拙作をよろしくお願いいたします。
 ではまた次回。


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37.重なる呼吸―第67層迷宮区攻略―

 迷宮の中は、一言で言ってしまうと“退屈”だった。もう少し歯ごたえのある敵が出てきてくれればまだよかったのだが、どいつもこいつもお決まりの動きをするだけのAIだ。全体的に動きが早いので、慣れるまでは少し苦戦することもあったが、慣れてしまえばそれだけだ。実際、最初の安全地帯までは全く問題なく突き進むことができた。消耗も全く覚えていない。

 

「一応一休みしとくか」

 

「そうね」

 

 俺の言葉に反対意見は上がらなかった。だが、二人とも疲れている様子はない。戦闘は、こうして前線をソロでうろつくことの多かった俺と、攻略組でも抜きんでたレベルの持ち主であるレインがメインでやっている。でも、エリーゼもそれに足を引っ張らない程度には十分に活躍できているから、俺たち二人の負担はそこまで大きくない。

 

「最前線の迷宮での戦闘ってこんなに楽だったか」

 

「それはこっちのセリフなんだけど」

 

「そうなのか?」

 

 どうやら、これは俺の勘違いではなかったらしい。実際、二人もかなり楽そうな表情をしていた。

 

「今は三人だからじゃないの?この三人、普段はソロだから」

 

「それだけじゃない気がするんだよなー。うまく言葉にはできないけどさ」

 

「以心伝心の仲だから言葉を交わさずとも援護とか完璧、とか?」

 

「「それはない」」

 

「息ぴったりじゃん」

 

 エリーゼのツッコミは置いておいて、実際二人にも消耗はあまりに見られない。少なくとも、見て取れるほどの消耗はしていない。今俺たちが攻略するこの層が簡単だとしても、程度物というものがある。簡単すぎるのだ。

 

「魔物寄せの香水使っていいか?さすがに楽すぎる」

 

「私はいいけど・・・エリーゼさんは?」

 

「使っていいわよ。いくら戦闘がないほうが気が楽って言っても、ここまで楽だと退屈だし」

 

 魔物寄せの香水は、名前の通り、魔物を引き寄せる香水系アイテムだ。当然だが、戦闘が増えるため、リスクと利益の両天秤を考える必要がある。俺が持っていた理由は、効率の良いレベリングとMPKを行うためだった。最も、俺の場合MPKを行うのは、グリーンカーソルのまま潜入して謀殺したりする際、カーソルを変化させないようにする程度で、基本的には俺自身が手を下すことが多かった。謀殺などという手間を加えるより、俺自身が直接手を下したほうが効率的だったからだ。その分リスクもはらんだが、よっぽどな高レベルプレイヤー出ない限り、俺が後れを取るようなことはありえない。わざわざ策を練るとしても、それはどこから襲おうか、という程度だった。それで十分だった。魔物寄せアイテムは大きな需要があるわけではないので、そこまで値段も張らない。狩場ではなくとも、適量使って、効率よく刈ることができれば、それだけでも赤字にはならなかった。そして、そのストックはまだ十分に残っている。

 

「じゃ、休憩開けたら使うぞ。俺だけでいいな?」

 

「別に三人そろって使う必要はないでしょ」

 

 それだけ確認すると、俺はマップデータを広げた。迷宮区はたいていどこの層もほとんど同じくらいの大きさだから、今のマッピングの距離等から考えると、

 

「このペースだと、そろそろ次の階層への階段があるはずなんだが」

 

「え、もう?」

 

「ああ。あくまで計算に過ぎないが。どうする?次の階層で敵が手ごわくなることは十分に考えられるが」

 

「かまわないわよ。退屈しのぎにはいいんじゃない?」

 

 エリーゼの答えに、レインも一つ笑う。その笑みには隠し切れない獰猛さがあった。

 

「・・・ったくバトルジャンキーどもめ」

 

「人のこと言える?」

 

「違いない」

 

 レインのツッコミには苦笑するしかなかった。まあ、こんなものを使うと言っている時点でそうなのだから仕方がない。

 

 

 

「じゃ、使うぞ」

 

 そういうと、俺は香水の容器を取り出してうなじに持ってくると、底を一回軽くたたくことで一滴たらし、軽く手で伸ばす。それだけで、独特の香りが周りに漂った。

 

「さて、んじゃま行きますか」

 

「正しい香水のつけ方知ってるんだね」

 

「正確には教わったんだよ、レインに」

 

「だって、せっかくの香水なのにべたべたつけたらもったいないじゃん。匂い的にも」

 

「いいじゃねえか、ちっとは効果上がるかもしれないし」

 

「上がったところで精々ほんの少しでしょ。なら、ちゃんと香水つけたほうがいいじゃん。身だしなみ的にもさ」

 

「とまあ、こんな感じの会話をしてな。で、しっかりと教わった、ってわけだ」

 

「・・・ふーん・・・?」

 

「だからその()()()()やめやがれ」

 

 なんだかんだでおしゃれに気を配るあたり、やはり年頃の女の子だ。どれだけ前線で戦おうと、そこはこういう端々で否応なしに意識させられてしまう。・・・勝手に俺が意識しているだけ、という自覚はあるが。

 香水の容器をしまうと、俺を真ん中に据えて、前衛がレインで歩き出した。この布陣になったのは、ひとえに陣形の中心に魔物寄せ、つまり俺がいることで、湧きが出やすい範囲を均等にするためだ。実際、

 

「前に1、訂正2」

 

「後ろにも1。どうする?」

 

 こうして前後に均等に敵が湧いた。俺の判断は早かった。

 

「エリーゼ、後ろの時間稼ぎ頼んだ」

 

 俺の言葉に、エリーゼは低い声で答えた。

 

「時間を稼ぐのはいいが、別にあれを倒してしまってもかまわんのだろう?」

 

「ああ、がつんと痛い目に合わせてやれ」

 

「そうか。ならその期待に応えるとしよう」

 

 どこぞの赤い弓兵とのようなやり取りをしつつ、俺も抜刀、レインの右に立つ。呼吸を合わせ、俺たちは同時に踏み込んだ。ここまで一緒に戦ったことで、完全に俺たちの呼吸は戻ってきていた。ゆえに、多くは無用。最低限のやり取りで相手の行動を読み取る。相手はよく見る、近接の得物を持ったモンスター。この手のやつの急所はお約束通りだ。鎧でところどころ邪魔にはなっているものの、そこはうまく避けて滅多切りにすればいいだけの話。まず手始めに、右手の刀で相手の首筋を斬る。相手は右手で上段に得物を振りかぶった状態だったから、俺から見て右に斬り抜ける。直後、回転しつつ、追従してきた相手の得物、その手を逆手に持った柄で強かにたたく。俺の狙い通り、相応の衝撃があったと判定されたらしく、相手が一瞬怯んだところでそのまま首筋に突きを放ち、左に切り裂く。回転を利用して、逆手に持った小太刀をそのまま同じようなコースに一閃。これは防がれるが、ここまでは想定内。回転の間に納刀した刀で、今度は体術系ソードスキル“アームハンマー”を脳天に食らわせた。がっつりスタンが入って行動が完全に止まったところで、咢から虎牙破斬、さらに抜刀しつつ一気に斬り抜ける大技、“抜砕竜斬(ばっさいりゅうざん)”でフィニッシュ。

 

(しまった、オーバーキルだった)

 

 と、後悔するも、今はそんなに問題ではなかった。周りを見ると、ポリゴンが散っていた。どうやら、三人ともほぼ同時に撃破したようだ。まあしょせんは雑魚、この程度だろう。俺が明らかにオーバーキルだっただけだ。

 

「あーあー、この程度かよ」

 

「気持ちはわかるけど押さえよう?」

 

 俺のボヤキはどうやら三人とも感じていたらしい。苦笑されつつたしなめられ、俺は軽く肩をすくめた。といっても、つまらないものは仕方ない。俺からしたら中ボスでも出てきてくれないかなー、なんて思うくらいの難易度だ。

 

「とりあえず先進むぞ」

 

 ここでうじうじしていても仕方がない。何より、敵がいないとつまらない。

 

 

 そうして敵をなぎ倒して先に進む。相変わらずの歯ごたえのない戦闘ばかりを繰り返し、マップを見て俺は気づいた。

 

「そろそろまた次の階層への階段があってもおかしくないはずだ」

 

「そうなの?」

 

「俺の予想が正しければ、な」

 

「さっきも思ったけど、戦いながら進みながらよくそんなの考えるね」

 

「こういうことを考えてると戦闘が楽になんだよ。効率的に戦闘するのと、だらだら戦闘をするのは違うからな。あと、迷わない」

 

「へー」

 

 俺からしたら、マップデータは結構貴重なものだったのである。好き好んでレッドと取引するような奴はいないから、俺たちは基本的にその辺のアイテムや情報は自前で集めるしかなかった。基本的にラフコフは個人主義だから、自然と“その手のことは自分で考えろ”ということとイコールになる。だからこうして考えることが習慣化されてしまったのだ。それに、対人戦はつまるところ、情報戦だ。相手の得物は、構えは、間合いは、初動は、攻撃パターンは。SAOのクロスレンジで、いかに一瞬で、膨大なそれらの情報を処理し、選択し、判断できるか。それが本当に重要になる。ラフコフ同士の模擬戦だと、一番やり辛かったのはやっぱりPoHだろう。あいつは本当に読ませてもらえない。カチッときれいに読める時もあったが、うまく肩透かしを食らわされた時も数知れない。まあとにかくそういうことだから、自分で考えることが根っこから習慣化されているのだ。

 で、進んでいくと、そこにあったのは巨大な二枚扉。つまり、この先にフロアボスがいる。

 

「えー・・・」

 

「今回の迷宮は短いんだねー」

 

 レインのコメントはもっともなのだが、・・・つまんねー。マジで。

 

「よっし、偵察戦としゃれこみますか」

 

「そうね。さすがにこれで帰るんじゃつまらないし」

 

「ちょっと二人とも・・・」

 

 レインが止めるも、その前に俺とエリーゼが扉を開けていた。それでため息をついて二人の後についてボス部屋に入る。

 ボス部屋は、広さこそそんなにないものの、縦の長さが異常なほどだった。見上げても天井が見えない。おそらく、階層の最上部近くまであるのだろう。そこから降りてきたのは、翼を退化させたワイバーンのような、どこか爬虫類のようにも見える竜だった。その口からは琥珀色の牙が一対伸びている。前足の内側にある、翼と思われるものの端は刃のようになり、その少し内側にとげのようなものがついていた。固有名は、“The Wyvern of Mirage Edge”。幻の刃の竜、か。

 こちらの姿を認めると、相手は前足を少し踏ん張って一声吠えた。その声に、こちらの意思とは関係なく、射すくめられたようにアバターが硬直する。たまにボスが所有する、スタンにも似た一時的な行動阻害系のデバフを持つ咆哮、通称バインドボイスか。なるほど確かに雰囲気は強者のそれだった。

 

「行くぞ。援護を頼む」

 

 声をかけて切り込む。あくまで今回は偵察戦だ、無理をする理由はない。半分様子見のつもりで斬りこんだ瞬間、相手がこちらの視界から消えた。

 

(いったい何が・・・ッ!?)

 

 一瞬パニックに陥りかけるが、右に感じた気配の感覚に体が反応し、左に身を投げ出す。本当に反射に近い動きで受け身を取ることもままならないまま転がったため、体勢を立て直そうとし、正面を見て俺はその考えを放棄して速攻でさらに半分転がるように後ろに身を投げだした。直後、先ほどまで俺が転がっていたところを琥珀色の牙が通り過ぎた。回避していなければ間違いなく噛み貫かれていただろう。間一髪だった。

 今度こそ体勢を立て直すと、今度はその尻尾をまるで鞭のように振り回してきた。打点の低さを見切り、跳躍でこれを回避。そのまま前から飛び込んで攻撃につなげる。だが、相手に俺の刃が当たりそうになったところで、再び相手が視界から消えた。今度は完全に受け身を取って、そのまま立ち上がるところをさらに跳躍し、距離を取る。俺の想像通り、先ほど俺のいたところには攻撃が通り過ぎていた。着地して相手を見ると、その四肢に力を込めている。仕切り直しかと思いきや、相手は一気に飛び上がると、その尻尾を思い切りこっちにたたきつけてきた。これに関しては後ろで待機していた後ろ二人までリーチの圏内に巻き込んだらしく、

 

「のわっ!?」「あ・・・ぶなっ・・・!」

 

 後ろからも回避の声が泡を食った様子で聞こえてきた。

 ここまで来て、ようやく俺は相手の攻撃パターンの一部が読めた。おそらく、尻尾と翼の端の刃で相手を切り裂いていくのだろう。となると、飛び道具は警戒するに越したことはないが、ほとんどない。その近接こそ最大の脅威。名前にもなっているミラージュ、幻影というのは、その動きの速さが原因だ。正確には、ストップ&ゴーの加速度が非常に大きい。慣れないとこの速度にはついていけない。だが慣れてしまえば話は別だ。

 最初こそからくりが分からなかったが、二回目は至近距離から見えたから分かった。刃の内側のとげのような部分がブレーキとなって、ためられた力が移動の寸前で解放されることで、あの初見では消えたように錯覚すら起こさせるほどの加速が生み出されているのがよくわかった。こういうとピンとこないのなら、デコピンの要領と考えると分かりやすいかもしれない。あと、尻尾がどうやら伸縮性があるようで、勢いよく振り回すと、見た目以上のリーチが発生する。

 

(初見殺しにもほどがあんだろ・・・)

 

 だが、種が割れてしまえば対処は容易だ。動きの速度に関しては慣れてきた。尻尾はリーチこそあるものの、それに気を付ければいいだけの話だ。

 

「もう最初の様子見は十分だろう!撤退する!」

 

「しんがり引き受けるよ!動きはある程度見えてたから大丈夫!」

 

「OK任せた!」

 

 最低限の声掛けでレインがこちらに来る。相手がこちらに向かって、距離をとびかかりで詰めながら刃翼で斬りかかってくる。その攻撃はもうある程度見切っている。

 

「スイッチ行くぞ!」

 

「いつでも!」

 

 相手の攻撃は袈裟に近い斬撃にも似た機動。なら、これで大丈夫だ。顔の前に近い位置で刀を水平に構える。相手の攻撃が当たった瞬間に“鏡花”が発動。カウンターの強力な上段に、大きめの行動遅延(ディレイ)が入る。相手のそれが終わる前に、後ろからソニックリープが飛んできた。二連続のソードスキルで長い行動遅延に入ったことを確認して、俺はポーションを一気飲みする。すでにエリーゼは部屋からほとんど離脱している。俺もそれに続いて、一呼吸でフォローができるような距離を保ちつつ下がる。レインも、短い硬直を終えてバックステップで距離を取っていく。動きをある程度見切っているという言葉に嘘は無いようで、その回避は非常に正確だった。

 

「もう少し右方向に回避!」

 

「うん!」

 

 こんな感じで、俺の指示を受けつつバックステップを繰り返し、決して目をそらさないようにしつつ、回避しながら撤退する。それを何回か繰り返したところで、入り口近くで待機していたエリーゼから声がかかった。

 

「目測であと約10m!」

 

「OK了解!レイン、あと一回バックステップしたら反転撤退!」

 

「分かった!」

 

 その少し後にバックステップでレインが回避すると、俺の指示通りレインは反転して一目散に撤退した。エリーゼがそれに続く。俺も、それを確認して、後ろに注意しつつ一目散に撤退した。

 




 はい、というわけで。
 まずは、あけましておめでとうございます。といってもこの話、2017年に投稿しているんですが。(笑
 それでは二話連続、ネタ解説。

「時間を稼ぐのはいいが、別にあれを倒してしまってもかまわんのだろう?」
 本編にも書きましたが、某赤い弓兵さん。死亡フラグではない。

アームハンマー
元ネタ:ポケモン、タイプ:格闘
 拳骨を脳天にハンマーよろしく振り下ろす。別に素早さが下がったりはしないが、大ぶりのため当てづらい。スタンしやすい。

抜砕竜斬(ばっさいりゅうざん)
元ネタ:テイルズ術技、使用者:アスベル・ラント(TOG)
 抜刀しながら一気に斬り抜ける。原作ゲームだと多段ヒットするが、こっちでは強力な一撃のみ。

フロアボス
元ネタ:モンハン
 ナルガクルガとベリオロスを足して二で割った感じ。刃翼や尻尾を利用した動きはナルガから、スパイクや牙はベリオロスから。スパイクいらない?まあそう言いなさんな。

 はい、というわけで。

 どうしても迷宮区になると戦闘多めになりますね。書くのに時間かかるのが悩ましい。というのも、戦闘の動きは、相手の動きを想像しながら自分の体を動かして考えるので。
 今回のボスは一応没案が一個あります。でも、これさすがに射撃なしだと無理ゲーもいいとこだろということで没に。ちゃんと登場予定はありますのでご安心を。

 今回元ネタが多いなぁ。自分の発想力の無さが恨めしい。作中にも書きましたが、このフロアボス、初見殺しです。だってさっさと視界から消えるってそれやり辛い。初登場の2Gだとさっさと背後取られてやられてましたね。ベリオさん?クラコン勢だったから両手スティック操作とモンハン持ち併用で問題なし。いやそれでも面倒でしたが。

 最後に少しお知らせ。
 前のお話で述べた予約投稿ですが、来月は7日、それ以降は毎月10日の午前0時に予約投稿をしておく予定です。今後はきっかり月一更新になります。

 さて、次からはフロアボスです。お楽しみに。
 今後とも拙作をよろしくお願いいたします。ではまた次回。


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38.変わらぬもの、見守るもの―第67層フロアボス攻略会議―

 その数日後、俺たちはボスの攻略会議に出ていた。今回の敵はすばしっこいタイプだったので、俺たちがもたらした情報から念入りに偵察戦が行われたらしい。何とか死人を出さずに偵察戦をある程度終えたからこそ、こうして会議が開かれることと相成った。俺からしたら久しぶりの攻略会議だ。

 

 レインにつれられるようにして来た会議場は、やはりというか人が多かった。攻略参加予定の全員が参加しているから当然といえば当然か。俺が入った瞬間に何人かの目がこちらに向いて、ひそひそ話を始める。ちゃんとした説明くらいしとけよと思いつつ、その居心地の悪さに内心苦笑した。だが、このくらいの反応は予想の範囲内だ。俺の攻略組復帰を決めたのは、今の二大ギルド、KoBとDBの会合で決められたものだ。戦力を支える中小ギルドやソロプレイヤーの意見は、半ば以上に無視したこととなる。俺が脅したとも、攻略組がリスクヘッジを怠ったともとられかねない行為だ。

 

 少ししてから、ヒースクリフが入ってきた。全体を見渡すと、

 

「揃っているようだね。では、会議を始めよう」

 

 と、早速の開会宣言をした。

 

「まず、今回から懐かしい顔が戻ってきた。良くも悪くも有名だが、大きな戦力であることには違いない」

 

 そういって、こちらに目をやりながら軽く手招き。・・・全く、こういうのはあんまり得意じゃねーんだけどな。

 

「さて、初めましてのやつも多そうだが、一応久しぶりといっておく。俺はロータス。おそらくこの中の大多数が知っていると思うが、ラフコフの元幹部だ。もし俺に対して直接恨みがあるようなら、直接かかってこい。一時オレンジも辞さない態度でやってやる。ただし、俺は強いぞ。それ相応の覚悟を持ってこい。

 ステバランスと戦うスタイルについては省略する。どうせリサーチがなされてただろうからな。よろしく頼む」

 

 俺の挑発ともとられかねない自己紹介に、周りがざわついた。だが、これは本心だ。それくらいしなくては命など預けられまい。

 

「まあ、こういうことだ。これまでや、これからの素行は、もう一人新しく攻略の手伝いもかねてしてくれた、傭兵のエリーゼ君、そして、君たちもよく知るレイン君が監視にあたっている。監視を外すタイミングは未定だが、その時はこうしてまた諸君に話し、決を採る。それは、この場で宣言させてもらう。先ほどのロータス君ではないが、それを破ったときは、遠慮なく殺しに来たまえ」

 

 ヒースクリフがかなり格式ばったというか、固い口調で付け加える。その口調はいつものことなので問題ないのだが、

 

「なあ、俺が言えた義理じゃねえが、仮にもボスレイドリーダーがそんな啖呵切って大丈夫かよ?」

 

「君がことを構えなければいいだけの話だろう?それに、さすがにこの人数の攻略組相手に生き残れる自信があるのかね?」

 

「ねえな。うん」

 

 いやはや恐れ入るわ。少数精鋭を監視につけて牽制とし、やがて今度は攻略組を利用した圧力に変える。いざとあらば、その牽制に使った人員を斬り捨てて、圧力からの追跡、排斥にかかる。その最終手段を防ぐために、牽制要員は俺のよく知った人物にする。・・・たぶんここまで考えてたんだろうな。怖え。

 

「さて、では攻略会議と行こう。

 今回のボスは、“The Wyvern of Mirage Edge”。ワイバーン特有の、前足と一体化したような翼が発達せず、その端はまるで刃のようになっている。また、この刃の内側にはとげがある。刃はともかく、とげにそこまでの攻撃判定はないそうだ。

 主な攻撃方法は、その刃のような翼―――以降刃翼とする―――を利用した攻撃だ。また、その尻尾は伸縮性に富んだしなやかな部位で、これを鞭のように振り回したりたたきつけたりするという。その性質上、見かけ以上のリーチがあり、偵察班のタンクによれば、この尻尾を利用した攻撃もかなり重たかった、とのことだ。そうだね?」

 

「ええ、一つ付け加えると、縦方向のたたきつけは、一度大きく跳躍をするので、見てから回避でもなんとかなるかと」

 

「なるほど、ただし下手に下がろうものなら餌食になるわけだね?」

 

「そうですね。距離を取っていても、間合いによっては危ないです。想像以上にリーチがありましたから」

 

「なるほど、貴重な情報に感謝する」

 

 これくらいは俺らの最初の偵察戦で共有されていた。だが、俺からしたら足りない。

 

「あ、俺からもいいか?」

 

「なんだね?」

 

「初見であいつに対峙した身として言わせてもらうが、タンクみたいな鈍足プレイヤーは無理に回避せず、パリィしたほうがいいんじゃないか。結構あの攻撃、素早かった記憶があるぞ」

 

「あー、そうだな。言葉が足りんかった」

 

「いいって」

 

 先ほど補足した、偵察班の一員だろう人物の謝罪は鷹揚に受け流す。俺からしたら些末なことだ。

 

「だけど、AGI型のダメージディーラーみたいなすばしっこい奴は跳躍した瞬間に横に避けたほうが確実だ。最悪なのは隣同士でごっちんこしてまとめて終了、ってパターンだから、それだけ徹底してほしい」

 

 まあ、そんな無様をさらすようなやつはいないとは思うが、念のためだ。

 

「さて、では話を戻そう。名前の“幻の刃”、というのは、その加速度が非常に高いことに由来すると思われる。初見で相対したロータス君が、一瞬見失ったように見えた、と報告を受けている。事実かね?」

 

「いっこ訂正。見失ったよう、じゃない。初見の時は本当に見失った」

 

 俺の言葉に、周囲がざわめいた。特にそれは、古参の攻略組メンバーほど大きかった。古参メンバーは俺の戦闘力を知っているからだ。自慢じゃないが、俺の戦闘力はなかなかのものがある。そのダメージディーラーが完全に見失った。それは十分に共学に値するものだったのだ。

 

「その後の攻撃をかわせたのはただのカンだ。ぶっちゃけ、あれは本当に心臓に悪い。理想を言うのであれば、最初は偵察戦メンバーを何人か前線において、その速度に全員が慣れるまで待つべきだろうな。じゃねえと死ぬ」

 

「さすがにそれは酷だ。いくらなんでも、消耗からまだ立ち直っていない偵察班を投入することはできない」

 

「だろうな。あくまでも理想だから聞き流してくれ」

 

「次善として、タンクを前面において固め、ダメージディーラーが慣れるまで待つ、というものもあるが」

 

「第三の策もあるぜ」

 

 再び俺に視線が行く。

 

「この手のやつは、囲んでフルアタックするような人海戦術より、少数精鋭による攻略のほうが効率的だと思う。そんなにデカブツじゃないわけだしな。ましてや今回は、攻撃をしっかり見極めないと簡単に死ぬような相手ときた」

 

「回りくどいぞ。何が言いたい」

 

 ハフナーが結論をせかす。ま、俺も回りくどいかなーと思ってたし、ちょうどいいか。

 

「交戦経験のある俺がまず特攻、あいつの気を引く。そのまましばらく俺が交戦して、ほかの面子が慣れるまで待つ」

 

 俺の言葉に、全員が驚愕の色を見せた。真っ先に反対を示したのはヒースクリフだった。

 

「それはだめだ。危険が過ぎる」

 

「俺からしたらそれなりに面白い案だと思ったんだが」

 

「面白そう、ですべてうまくいけば問題ない。だが、君のそれは完全に命を捨てるとしか思えない」

 

「リスクは必要だろう」

 

「可及的に小さくできるなら、それに越したことはない」

 

「ならそれこそ、この理論ならそのリスクを最小限に減らすことができる。リスクを背負うのは俺一人だからな」

 

 俺の言葉に、ヒースクリフはしばらく黙り込んだ。やがて、長く息をつくと全体を見渡した。

 

「今のロータス君の策に、反対意見はあるかね?」

 

 それに、レインが真っ先に手を上げた。目顔でヒースクリフが指名すると、レインは即座に答えた。

 

「私とエリーゼさんを交代要員で回してください」

 

「おま、なに言って―――」

「いくら何でも、」

 

 俺の言葉を意に介さず、レインはさらに続けた。

 

「彼一人に背負わせるのは無理があると考えます。私も最初の偵察戦に彼と参加しました。動きは覚えています」

 

 その言葉に、再び長いため息をつくと、ヒースクリフはもう一度全体を見渡した。

 

「・・・改めて決を採る。ロータス君を中心に、彼とレイン君、そしてエリーゼ君が、動きを全員が見切れるまで持ちこたえ、そこから攻勢に転ずる。以上、反対意見等はあるかね」

 

 それに対する意見はなし。それを見て、ヒースクリフは改めて口を開いた。

 

「では、攻略会議を終了する。今から約3時間後、午後4時に最前線の主街区の転移門広場に集合してくれたまえ」

 

 その言葉に、三々五々に散らばっていく。正直、俺はレインとエリーゼが危険な前線に出てくると思っていなかった。少し不安だが、俺が一人で捌ききれば問題ない。

 

「ロータス君」

 

 そんなときに、レインがこっちに声をかけてきた。呼びかけた時の口調と、その目だけで怒っていることが分かった。

 

「悪い」

 

「命を捨てるような真似はやめてよ。もう分かってるんでしょ?」

 

「・・・悪い」

 

 それだけ言うと、レインは呆れたように笑った。

 

「よろしくね」

 

「ああ。やるぞ」

 

 それだけ言うと、俺たちは拳を打ち合わせた。それはまるで、かつてと同じような呼吸で、俺たちは同時に少し笑った。

 

 

 

「入れないわねぇ」

 

「そうだね」

 

 ロータス君たちが仲良くやり取りをしている横で、私は仕方ないなあとため息交じりに言葉を漏らしていた。思わず漏れたコメントに、隣に来たヒースクリスが同調する。いかに彼といえど、あの空気に入っていけるほどではないらしい。

 

「若いっていいなぁ・・・」

 

「エリーゼ君、そういう言葉は自分の年齢を考えて発言したまえ」

 

 どこかため息混じりにも、苦笑混じりにも聞こえる声でヒースクリスが言う。でも、間近であの二人を見ていると、たかが数年と笑えない自分がいる。

 

「彼らはどうだい?」

 

「なんか、本当に一年近くもコンビ解消してたのかって思うくらいに息ぴったり。熟年夫婦もびっくりレベルですよ」

 

「少し妬いているのかい?」

 

「少しじゃなくてかなり」

 

「そうか。私としては、先ほどの捨て身の作戦に、一応年上として一言言っておこうかと思ったのだが、あれではどうしようもない」

 

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある、とも言いますがね」

 

「身を捨てるにも程度というものがある」

 

「そういうことができるのは若者の特権ですよ」

 

「老い先短い年増の権利でもあると思うのだがね」

 

 その言葉に、私は少し笑ってしまった。確かにそうかもしれない。だが、彼がこんなことを言い出すとは、ちょっと意外だった。

 

「さて、んじゃま私はそろそろ行きます。準備もあるし」

 

「君たちの活躍を期待している。存分にやってくれたまえ」

 

「言われなくとも」

 

 その言葉に、私は獰猛に笑った。存分に戦える、それが、ここまで楽しいことだとは思わなかった。ロータス君の戦闘狂気質が少し移ったかな、と考えつつ、私は攻略の準備に向かった。




 はい、というわけで。

 今回は戦闘無しです。会議だけですね。この話はカットしようか迷いましたが、入れておかないとこの後の話で整合性が取れないので、ここで。
 前回でも言いましたが、今回のフロアボス、初見殺しです。元ネタたるモンハンで、ナルガが出てきた2Gにおいて、ターゲットカメラも右スティックもないPSPだと苦戦させられた方も多いのではないでしょうか。
 大盾と銃剣みたいな槍(ただし砲撃は射程ほぼゼロ)で倒せ、というミッションでは、アドバイスで待ち伏せが推奨されるほどすばしっこいですからね。慣れると回避性能でカモれるんですが、そこまで行くまでが大変。どうでもいいか。

 閑話休題。
 一応、ここで死者が出たのは、この初見殺し仕様のせい、という設定があります。なら初見ではなく、それ相応の実力持ったやつぶっこめばよくね?という発想でこうなりました。
 ちなみに、ボスの没案で採用されなかったものの一つとしては、ハンニバル神速種(GE)ですね。初見だと何回殺されたことか。見た目そんな変わらないから気楽に言ったらめっちゃ速くて非常に驚いたことを覚えてます。ま、今となっては慣れましたが。そのびっくり度合いが分からないという人は、動画をググって見比べるとよくわかるかと。
 ボス没案の一つは、第二回SJの裏側あたりで書く予定です。・・・そこまで続くかな、これ。続くといいなぁ。


 次回からは毎月10日更新となります。またお願い致します。
 ではまた次回。


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39.呼吸、重ねて―第67層フロアボス攻略戦、前編―

 フロアボスの前までは、今まで通りというか、まったく危なげなく進んだ。ま、今からフロアボスを討伐しに行くというのに、迷宮区の雑魚モンスターに手こずる道理はなかった。ボスの扉前へたどり着くと、ヒースクリフは振り返って、俺たちのほうに合図した。俺たちが扉を開けて飛び出して行けいうことらしい。ま、今回の役割を考えれば妥当か。

 

「開けるぞ」

 

 俺が一声合図をして、扉を開ける。全開になった瞬間、俺は一気に飛び出した。後ろに続く気配はレインとエリーゼ。最近まで一緒に行動してきたこの二人は、いちいちその方向を見なくとも足音などの音で察することができた。全力で走ると、上からボスが降りてきた。一度見た前足を踏ん張るモーションを見た瞬間、俺は全力に近い力で跳躍した。空中でバインドボイスを食らった俺は、前進力を失ってそのまま着地する。タイミングを間違うと意味がないが、バインドボイスは空中でこうしてやり過ごすことができるのだ。さて、

 

「いくぞ!」

 

 気合を入れるためもかねて一声吼える。そのまま前進すると、あの時と同じように視界から相手が消えた。気配を感じて、今度は投げ出さずに跳躍する。空中で身をよじって、ちょうど真下付近に来ていたボスに抜刀してカブトワリを繰り出す。これがちょうど刃翼の内側を支える筋組織の部分に当たった手ごたえがあった。そのまま剛直拳を繰り出し、転身脚からさらに虎牙破斬、バックキックとつなげて距離をとる。自分の領域(クロスレンジ)で好き勝手されたことに苛立ったのか、こちらにヘイトは完全に向いたようだ。カチリと牙を鳴らす音がはっきりと聞こえる。

 

「・・・上等・・・!」

 

 刀を前に突き付け、俺はそれだけつぶやいた。それに対し、相手は天に吠える。一瞬ディレイを食らうが、それだけだ。俺は再び、相手に向かって切り込んでいった。

 

 

 

 それを後ろで見つつ待機している私たちは、その光景に圧倒されていた。

 

「よくあんなの、あんなクロスレンジで戦えるよな・・・」

 

「ああ・・・最初見失ったって言ったの、あれ嘘なんじゃねえか・・・?」

 

 そのさらに後ろで見ている攻略組の面々も、その立ち回りに圧倒されている。何回か見て見慣れてきたといっても、加速度の大きいボスの横方向の動きは見失っても不思議ではないほどだ。それを一度も見失うことなく、一瞬遅れてでもきっちり回避をし、動きにカウンターを合わせる。その動きのどれだけ超人じみたことか。このまま任せられるのなら任せたいと思うほど、その動きは正確だった。

 

「ロータス君、そろそろスイッチ!」

 

 その声に反応はない。

 

「おいこら(はす)!」

 

 何の反応もないところにいら立ったのか、誰かが声を上げる。それを、エリーゼが振り返ってゆっくりと首を振った。その意味が分からなかったのか、眉をひそめたプレイヤーに、アスナが語り掛けた。

 

「たぶんだけど、彼は今、極限の集中状態にあるんだわ。だから、こっちの声掛けは基本的に反応ができない。自分の意識の外側に、それをはじき出しているから。だから、私たちがブレイクポイントを作るしかない。そして、動きを見るに、ブレイクポイントを作れるほど、まだ慣れていない。違う?」

 

 事実、その通りだった。動きを見切れるほど、攻略組は対応できていなかった。それを見て、アスナはさらに言葉を続ける。

 

「私たちが今すべきことは、彼を信じて一刻も早く動きを見極めること。たったそれだけ。いい?」

 

 かつて、攻略の鬼といわれたころを彷彿とさせるような、有無を言わさぬ口調でアスナは言い切った。それに対する反論など、上がるはずもなかった。

 

 

 ただ、相手との呼吸を合わせ、斬りかかり、いなし、躱し。それを何度繰り返しただろうか。それだけなのに、俺はとても心地よかった。その命のやり取りが、とても危険なもののはずなのに、俺は心躍っていた。

 相手のHPバーが一本消える。それはそれだけ俺が相手に手傷を負わせた証拠。そして、相手はそれを知ってか、もう一度足を踏ん張った。タイミングを合わせてジャンプし、再びバインドボイスを空中で喰らうことで隙を潰す。さて、こういう時は攻撃パターンが増えること請け合いなんだが。と、考えていると、まずは飛び掛かりつつ刃翼で斬りつけてきた。これはバックジャンプで悠々回避する。と、一瞬でまた視界から消える。が、その前の一瞬でどっちに飛んだのかは見切っている。そちらを見ると、今度はそちらから飛び掛かり。これはサイドステップで回避する。と、今度はそのまま噛みつきが飛んできた。さらにバックステップで回避、と見せかけて、腰の少し上あたりに、剣先を少し上に向けて刀を構える。そのまま円軌道を描いて“桜花気刃斬”がさく裂する。そこからさらに小太刀で抜刀しながらラウンドフォース、刀での“風牙絶咬”につなげる。そのまま斬り抜け、長めの硬直に入る。コンボが決まったから見た目はかっこいい。だが、

 

(しまった・・・ッ!)

 

 こっちは硬直で振り向けない。相手も硬直に入っているが、俺は背を向けている。そして、相手は尻尾も十分武器になる相手。これは俺の失策だ。だが、一つ同時に死なないという確証もあった。

 

「やあっ!」

 

 後ろから気合の入った声。さらに相手にディレイが入り、動きが止まる。直後、俺は振り返って何回か斬撃を加える。そのまま相手を踏みつけて元の位置に戻る。

 

「サンキュ」

 

「織り込み済みだからね。全く、何回言っても無茶するんだから」

 

 レインのコメントに苦笑で返して、俺は構えた。隣でレインも構える。その構えはまるで鏡のようだった。

 

「挟撃するぞ」

 

「合わせるよ」

 

 それだけで十分。お互いが反対方向に動いて斬りかかる。尻尾が少し横に振れる。

 

「跳べ!」

 

 それだけで十分だった。ほとんど同時に跳んだ俺たちは、低空で空を裂いた尻尾をちょうど飛び越した。紙一重の縄跳びだ。だが俺は嫌な予感がしていた。そしてそれは的中する。直後にかすかな足の動きを俺がとらえる。

 

「レイン!」

 

「了解!」

 

 着地と同時に切り上げる。再び水平に振るわれた、鞭のようにしなる尻尾がそこに当たり、ぴったりのタイミングでかちあげてパリィする。今のは結構焦った。

 

「全体的に連撃が追加されるってとこか」

 

「この速度の連撃なんて、正直手が付けられないよ」

 

「俺はこういうほうが楽しいがな」

 

「全くもう・・・」

 

 呆れつつも視線は外さない。

 

「俺が突っ込む。援護頼む」

 

「了解」

 

 その一言を受けて、俺は突っ込んだ。対する相手は、何回か見せた噛みつき。その顎を切り裂くように、小太刀で横に移動しつつ切り裂く。そのまま勢いのままに回転、上段を繰り出す。後退しようとしたようだが、そうは問屋が卸さない。さらに追撃として俺は小太刀を納刀して、仰ぐようにして投げナイフで追撃する。ピンポイントで両目に当たり、一瞬ではあるが視界をふさぐ。ここぞと踏み込み―――俺は戦慄した。

 

(見えている・・・!?)

 

 その双眸は、つぶされてなおこちらを睨んだのだ。右足を上げてたたきつけようとする。その一瞬の動きに、俺は思わず下がってしまった。直後、相手がその右足を軸に回転、こちらに横を向ける。何をしてくるかと思うと、相手はそのままショルダータックルを繰り出してきた。直前で何とか反応して下がることに成功はしたものの、そこそこのダメージが入ってしまった。軽く舌打ちをしつつ、体勢を立て直す。相手はそのまま尻尾の薙ぎを繰り出してきた。ここまでは想像通り。俺も即座に最低限の跳躍で躱す。振り返り様の噛みつきはさらにバックステップを重ねることで回避した。一度仕切りなおしになったことで一瞬間が入る。これは俺にとってはありがたかった。頭に上っていた血が降りてきて、いい感じに頭が冷えた。

 

(何であいつは目をつぶされた状態でこっちの位置を正確に把握できた?)

 

 真っ先に思い浮かぶのは―――、それが正解だと仮定した場合、俺のできる対策は。一瞬で頭が回る。今の所持品に、それにちょうどいいブツがあったはずだ。

 

「レイン」

 

「何秒?」

 

「30あればお釣りが来る」

 

「了解」

 

「スリーでいくぞ」

 

 俺とレインのやり取りに、後ろに控えている攻略組メンバーが疑問符を浮かべる。間合いが開いた俺に対しての攻撃は―――突進。

 

「スリー!」

 

 あわせて拳を握る。構えは横腹の辺り。

 

「ツー!」

 

 拳が光に包まれる。相手の間合いは合っている。ドンピシャで突進してきた眉間にこっちの剛直拳が突き刺さる。場所が場所だけに、相手が大きくのけぞった。

 

「ワン!」

 

 今度は足が光に包まれ、直後に前に振り出す。それはのけぞった下顎に直撃した。

 

「ゼロ!スイッチ!」

 

 バックキックで俺が下がるタイミングに、レインがあわせてきた。さすがレイン、ドンピシャだ。

 下がった俺は一瞬でウィンドウを操作した。目的のアイテムを取り出し、いくつか空の腰ポーチと懐に入れ、1個だけ手に持つ。

 

「レイン!目を!」

 

「了解!」

 

 俺の声に合わせ、レインがショルダータックルを右に弧を描いて躱す。正面に回り込み発動するのは、連続で突きを放つ片手剣系汎用連撃ソードスキル秋沙雨(あきさざめ)。これは的確に目を潰した。

 

「スイッチ!」

 

「あいよ!」

 

 左手にアイテム、右手には投擲用のタガー。俺の予想が正しければ、

 

「喰らっとけ!」

 

 左手でアイテムを放り投げる。それは俺の狙い通り頭上に放物線を描いて飛んでいく。それを、俺は右手のタガーで射貫いた。瞬間、耳鳴りをひどくしたような、不快な音が大きく響いた。相手はそれにのけぞった。

 

(やはり・・・!)

 

 直後に俺は足の内側に爪竜連牙斬からの爪竜連牙蹴をぶちかます。それにたまらず相手はダウンした。

 

「うし、突っ込め!」

 

 俺の号令とともに、後ろで控えていた攻略組面子も突撃する。ソードスキルの硬直をうまく考えながらのフルアタック。もともと俺一人でHPバーが一本消し飛ぶ程度しかHPがない相手にとって、これは大打撃になった。あっという間にもう一本HPバーが消えたところで、相手が起き上がる。立ち上がった相手は、俺の想定通りに前足を踏ん張った。

 

「バインドボイス来るぞ!」

 

 俺の一言で、全員が一歩下がる。俺はもうその攻撃は見切っている。だからこそ、もう一発、今度は鼻先に先ほどのアイテムをたたきつけた。鳴り響いた甲高い音は、今度は咆哮する寸前の相手が完全にのけぞらせた。

 俺お手製、名前そのまま“音爆弾”。ある程度以上の衝撃が加わった場合、雷管が作動して中に仕込まれた素材が大きな音を立てる仕組みだ。目をつぶされて、それでもこちらの位置を正確に把握してきた。真っ先に思い浮かぶのは、耳だ。戦闘中、暗殺でもない限りは音をしのばせるようなことはしないし、そもそもが忍ばせていてもかすかな音はする。その音を聞き分けたのではないか、と考えたのだ。耳がある位置を、オーソドックスに頭と仮定して、そのあたりにこの音爆弾を炸裂させてやれば、というたくらみだ。うまくいってよかった。

 

「いい加減慣れたか!?」

 

 俺の声は結構本音だ。贔屓目に見て、それなりには粘ったはずだ。動きを見切るのには十分な時間稼ぎのはず。

 

「悪い、もう少し―――」

「A隊、スイッチ用意!」

 

 誰かが言ったコメントをぶった切る形で、よく通る高い声が指示を出す。アスナの指示に攻略組メンバーは一瞬ひるむが、その気迫に圧されてそのまま了解の返事を返していた。その声を背に、俺はいったんラッシュを切って下がる。瞬間、赤い残光を残して相手が消えた。本能の警告のままにそのまま一回前転。背後に回った瞬間に見たのは、目の周りが赤く染まったフロアボスの姿。つまるところ、

 

「新局面ってか」

 

 残る体力は半分を切っている。今度こそ底力というやつが引っ張り出されたのだろう。―――上等、やってやらぁ!

 

「スイッチ中止!もう少し様子見てろ!」

 

「だけど!」

 

「どちらにせよ、こっからはパターンが変わる!初見のやつしかいねぇゾーンだ!なら少しでもなれているやつを前に置いたほうがいい!」

 

 俺の言葉に、アスナは黙り込んだ。あの反応から察するに、おそらくすべての動きがさらに一段加速されている。持ちこたえるほかない。

 にらみ合いを崩したのは向こうの右への横っ飛び。一瞬見えた残光から相手の動きを推測するが、そこに敵はいない。とすれば。俺は反転してバックステップをかける。その直後、先ほどまで俺のいたところを刃翼が通過した。直後、相手がその体制のままかすかに力をためる。そのモーションはもう見切っている。連続して飛んできた飛び掛かりは、今度は前に身を投げ出して地面すれすれを跳び、刃翼の下をかいくぐることで回避する。それを見てか、相手は尻尾を水平に振り回してきた。これは刀でパリィする。と、今度はそのまま空中に跳んだ。

 

「回避!」

 

 叫びながら、俺自身も躱す。想定通りの尻尾たたきつけ。だが、今回は雰囲気が違う。

 

「もう一発!」

 

 再び叫びながら、上を見る。タイミングを合わせて横に転がる。転がりながら左手を納刀、投擲用のタガーを放り投げて牽制とする。そのまま一気に間合いを詰めると、耐久値がギリギリ残っていたのであろう、突き刺さったままのタガーに向けて転身脚を繰り出す。それに相手が怯んだところで、もう一度バックキックで仕切り直しとした。HPバーを見ると、想定した量より減少量が多かった。

 

「やっぱり攻撃力も上がってやがるか」

 

 ここまでは想定通り。と、考えていると、後ろから声がかかる。

 

「ロータス君、いい加減後退して!」

 

「対応は間に合ったか!?」

 

「私が先行する!」

 

「俺も追従する!見切るまでには十分だ!」

 

 声からして黒白夫婦か。戦力には十分か。

 

「レイン!エリーゼ!ブレイクポイント作るぞ!スイッチ準備!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

 俺の言葉に、四人の声が重なる。相手は、俺に対して垂直に横になる。何度も見た、ショルダータックルのモーション。ほかの技に比べ、若干だが出が遅い。そこを突き、幻狼斬で回り込む。そのまま今度は、拳を何回もたたきつける体術系ソードスキル“噛烈襲(ごうれつしゅう)”をかまし、牙狼撃につなげる。何も言わずともレインが、今度はヴォーパル・ストライクで追従する。

 

「「スイッチ!!」」

 

 俺とレインの声に合わせる形で、後ろから一筋の閃光が飛んできた。その正体は、アスナの繰り出したフラッシング・ペネトレイター。もともと速度の速いソードスキルだが、それをアスナが繰り出せばまさにそれは相手を貫く閃光となる。その後ろから飛んできた光は、色合いとスピードから見てレイジスパイクか。それを使ったのは、防具から剣まで黒のまっくろくろすけ。硬直が抜けた直後、俺たちは即座に距離を取る。HPを見ると、とうの昔にレッドゾーンに落ちていたらしく、あまりHPは残っていなかった。どうやらこまごまとしたダメージをずっと喰らっていたらしい。もう二回ほどバックステップをして、俺は想定した以上に距離を取った。安全距離は見切っているが、念のためというやつだ。そのまましゃがんでポーチから回復ポーションを取り出すと、そのまま飲み干す。相手のHPはすでに半分以下に落ち込んでいる。

 

「大丈夫?」

 

「ああ。・・・だが、さすがにクるな、こりゃ」

 

 レインの問いに、頭を軽く抑えながら答えた。かすかであるが頭痛すら感じる気がする。無意識のうちにそこまで集中していたのだろう。

 

「ありがとな、レイン。やりやすかった」

 

「あったりまえじゃない。パートナーだから」

 

 その答えに、俺はふと笑って拳を突き出す。レインもそれにグータッチで答えた。

 まだボス攻略は続いているが、俺はこの感覚を楽しんでいた。やはり、この感覚は悪くない。そんなことを思いながら、俺は再び前に意識を移した。

 

 




 はい、というわけで。
 まずはネタ解説。

風牙絶咬
元ネタ:テイルズ、使用者:アスベル・ラント(TOG)
 長いリーチを持つ突き技。出だしに少し長めの溜めがあるが、そのくらいで使いやすい部類に入る。刀版ヴォーパル・ストライクのような感じ、と考えれば大体あってる。

転泡
元ネタ:テイルズ、使用者:ジュード・マティス(TOX)
 一回転しながら前に向かって足払いをかける。前方に半円を描くように150度程度をカバーするダウン性のの強いソードスキルという、リーチがあればトンでもな代物。加えて体術特有の使い勝手。非常に使いやすい。

音爆弾
元ネタ:モンハン、調合アイテム
 投げると前方でさく裂、独特の音を立てる。一部のモンスターはこれにて少しの間行動を停止させたり、誘導したりすることができる。だが、そんなに意味がない場合のほうが多い。・・・一部の例外を除いて。

秋沙雨(あきさざめ)
元ネタ:テイルズ、使用者:クレス・アルベイン(TOP)他
 連続で素早く突きを放つ。使いやすくはあるが、その動きからブーストがし辛いと評判。

噛烈襲(ごうれつしゅう)
元ネタ:テイルズ、使用者:ユーリ・ローウェル(TOV)
 拳を何度もたたきつける。使用回数などでヒット数が変化する。また、原作ゲームだとこの技だけは空ぶっても秘奥義が出たので、通称100倍天翔光翼剣で使用されまくることに・・・。


 ボス戦恒例、突撃する主人公。ダメージディーラーだから仕方ないのですが、ここまで突っ込んでいいのかね果たして。
 一応注釈しておきますが、主人公コンビは1年間コンビ解消していましたが、ここまで息が合うのは、本当に昔取った杵柄というやつです。それを、しばらく戻ったことで、呼吸を取り戻した、ってことですね。この子たちは、完全に背中を預け合い、共に歩む相棒というのをイメージしているので、その名残のようなものがあるのでしょう。このような構想になったきっかけはもう忘れてしまいましたが、こういう関係、個人的には大好物です。・・・まあ、自分のことだから、多分TOVのユーリとフレンでしょうが。
 あちこちで出てくるグータッチは、まあ、描いているとこういう絵のほうがしっくりくるんですよね。


 さて、次回はボス戦後半です。ここにきて、初見殺しがさらに追加されます。・・・我ながら、少し盛りすぎたかなー、というのが否めない。

2017/3/8 追記
 とりあえず二留は免れました。ギリギリですが。というわけで、就活本格始動します。感想返しなどできなかったらごめんなさい。
 情報欄にも書きましたが、随分先まで予約投稿が完了しております。何卒お付きあいお願い致します。

 ではまた次回。


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40.相棒―第67層フロアボス攻略戦、後編―

 白黒夫婦が前線で粘っている間、攻略組の面々はだんだん適応をし始めていた。そんな中、俺は隣の少女に声をかける。

 

「レイン」

 

「早くない?」

 

「そっちはきついか?」

 

「まさか」

 

「ならいいだろ」

 

 またもやはたで聞いていれば何を話しているかわからないような内容だが、当事者同士ならどういうことか分かるのだから仕方ない。

 

「それに、私たちが行く必要はないでしょ」

 

「まあそうかもしれんが」

 

 と、この続きでようやくわかった人のほうが多いと思う。つまりだ、そろそろ戦線復帰しないか、という俺の問いかけに、まだ早くないか、とレインが返し、レインはまだ回復終わってないのか、そんなことない、ならもう戻ってもいいだろう、といった流れだ。そんなときに、俺たちの後ろから声がかかった。

 

「ヒースクリフ」

 

「なにかね?」

 

「そろそろ出て行っていいか?あれは本来俺たちの仕事だろう」

 

「・・・よし、D隊スイッチ準備!」

 

 このバリトンはエギルか。それに、ヒースクリフが号令を出す。D班の面々がスイッチ準備をする横で、俺がさらに声をかけた。

 

「ヒースクリフ、俺たちにも許可を」

 

 その言葉に、ヒースクリフは片方の眉を少し上げた。だが、ほんの少しの逡巡の後、

 

「・・・よかろう」

 

 といった。

 エギルの隣に立って、俺は視線を前から外さずに言った。

 

「俺が先行する。援護頼んだ」

 

「いや、むしろそれはこっちの役目だ。さっきも言ったが、ダメージディーラーにタンクやられちゃ、本職の立場がない」

 

「分かった。じゃあ俺は後ろで構えとく」

 

 それだけでやり取りを終えると、エギルはふと笑っていった。

 

「懐かしいな」

 

「え?」

 

「第一層のボス戦もこんな感じだっただろう。キリトとお前さんが前線で粘って、あとから俺たちが回復するまで支えた」

 

「・・・だったな」

 

 確かにそうだった。あれからもう、二年近くが経過している。

 

「あれから二年か」

 

 早いのか短いのか、よくわからない。俺からしたらあれはもっと前の出来事のようにも思えた。それこそ、言われてもすぐにどうだったか思い出すことのできないほどに。今の階層は63層、残りは37層。二年以上たって、いまだに攻略率は7割を超えていない。それを考えれば、もう二年、と考えるのが妥当なのだろう。

 

()()二年だ。時間はある」

 

 顔に出ていたのか、エギルが言う。・・・それもそうか。というか、そうじゃなければやってられない。

 ああいうすばしっこい手合いは、エギルに代表されるタンクは天敵だ。ならば、少しは援護してやるか。

 

「よし、エギル、突撃準備。援護してやる」

 

「おう。って、なんだそりゃ」

 

 こちらをみたエギルが驚きの声を上げる。ま、握りこぶしみたいな状態で、両手の親指と人差し指の間以外のすべての指の間にタガーがあったらなんだそりゃにもなるか。

 

「もち、こうするんだ、よ!」

 

 まずは一本。左手の人差し指。バックスローで投げたそれは、吸い込まれるように相手の眉間に当たった。ほんの少しこちらに気が向いたところに、キリトのバーチカルスクエアが命中する。続けて左手の第二、三投は山なり放物線。先ほどのキリトのソードスキルで動きが鈍っているところに、アスナが細剣には珍しい、斬撃系三連撃ソードスキル“トライスラッシュ”で追撃する。動きが止まったところに、先ほどの山なりで放った二本が、ちょうど足に直撃。

 

「キリト、アスナ!スイッチ行くぞ!」

 

「「了解!」」

 

 手始めに、残った左手の一本をしっかり握り直し、回転しながらそのスピードを生かして放つ“スピニングシュート”でぶん投げる。威力を増幅された一撃が目に突き刺さり、完全に相手が怯む。

 

「エギル!」

 

「おうよ!」

 

 その後ろを、右手を左右に振ることで、それぞれ左右から弧を描くように強襲させる。投剣スキルの中でも、特にトリッキーで扱いづらいとされる、投剣上位スキル“ファニングシュート”が相手にそれぞれ突き刺さり、その直後にエギルのワールウィンドがクリーンヒットした。入れ替わる形で、キリトとアスナも後退する。そのまま近くまで来ると、アスナは眉間にしわを寄せた。

 

「無茶しすぎ」

 

「いいだろうが。俺の好きでやってんだ」

 

「見てるこっちの身にもなってよ。ねぇレインちゃん」

 

「私はこのくらい想定してるから、びっくりはないけど・・・」

 

 その言葉に、アスナは額に手を当ててため息をついた。

 

「ねえ、本当に君たち一年以上もコンビ解消してたの・・・?」

 

「ご存知の通り、な。でもま、誰かさんの策略のおかげで呼吸はばっちりだ」

 

「ばっちりってレベルじゃないよな、明らかに」

 

「やかましわまっくろくろすけ」

 

「まっ・・・」

 

 ツッコミを入れたキリトに対する返しに、女子三人が噴出した。

 

「確かに、キリト君いつも戦闘装備真っ黒だもんねー」

 

「いいだろ、黒好きなんだから」

 

「普段着も黒ばっかだしねー」

 

「「ほう、()()()といえる程には普段着を見たことがあると」」

 

「本当に息ぴったりだな!?」

 

 俺とレインのシンクロツッコミに、キリトは思わずといった様子で声が大きくなる。その肩に、エリーゼの手が置かれた。

 

「キリト君、この二人の息ぴったり度合いは突っ込むだけ野暮だよ」

 

「・・・みたいだな」

 

 完全に普段の雑談と似たり寄ったりの温度になったところに、アスナは前線を見て声を発した。

 

「そろそろ一本なくなるわね」

 

「はええな。ま、俺一人でも一本削れたんだから道理か」

 

 と、言っていると、その一分後くらいに、さらに一本削れた。怯ませに怯ませたからか、ボスは壁際近くまで追い込まれていた。ここからさらに厄介になることは、今までの傾向からも分かっている。さてどうなる。

 まず初手は前に踏ん張るモーション。それはもう見慣れた、

 

「バインドボイス来るぞ!」

 

 もっとも、それはタンクの面々も分かっていたようで、ガード体制を取ってバインドボイスを防ぐ。効果範囲は狭いようで、下がっているこちらは影響を受けなかった。さて、どうなると思った矢先に、前足に力を込めたと思うと、ボスは、

 

「飛んだ!?」

 

「ワイバーンなんだから当然だろうが」

 

 むしろ飛ばないワイバーンとか見てみたいわ。それもはやワイバーンじゃなくて、ただ単に羽根っぽい何かが付いたトカゲだから。ボスはそのまま壁に向かって後退すると、その壁に向かって突進した。その奇怪な行動に全員が首を傾げた直後、ボスはその刃翼のとげを使って壁を蹴っ飛ばしてきた。壁キックとかどこぞの赤い配管工かお前はと内心で突っ込みつつ、身を固くする。そのタゲは前線のタンク。位置エネルギーも利用した攻撃は重さもそれなりのはずなのだが、その辺はさすが歴戦のタンク、完璧に耐えきった。

 

「ははーん、とげはとげでもスパイクってわけか」

 

「スパイク?」

 

 俺の納得した言葉に、レインが疑問符を浮かべる。それに対して俺は答えた。

 

「スパイクってのはとげとかそういう意味でな。転じて、主に野外スポーツとかで、踏ん張りとかがきくように、靴の底に凸凹のとげが加工してある靴、スパイクシューズを縮めてスパイクっつーんだよ」

 

「へえ」

 

 壁をつかむときに、爪だけだと不安定になる。そこで、発達的にあのスパイクが生まれたと考えるのが妥当か。だがそれより、

 

「これは厄介だぞ」

 

「そうね」

 

 俺とエリーゼの言葉に、キリトとレインが疑問符を浮かべる。アスナはまさかという顔をした。

 

「この部屋、高さはかなりあるし、形は見たところ真円形に近い。つまり、」

 

「理論上、部屋の全域が射程・・・!?」

 

 アスナの言葉に俺は一つ頷く。

 

「そんな!」

 

「正確に言えば、部屋の本当に壁際は射程じゃないだろうけどな。尻尾をうまく使えばその問題もクリアだ。最も、そこまで殺しにはかからないとは思いたいが」

 

「あと、そんな凶悪な攻撃なんだから、何かしらの発生条件があると考えていいだろうな」

 

 キリトの言葉は道理だ。こんな攻撃、そうそうポンポン連発されたらたまったもんじゃない。SAOで、空中の敵に対する有効攻撃手段などほとんどないのだ。いや、正確には一つあるが、おそらく一つしかない。

 

「技の特性上、連発はできないはずよ。見極める時間はあるわ」

 

 エリーゼの言葉に頷いて、俺たちは観察に入った。

 

 

 

 しばらく観察して分かったのは、想定通り連発ができないということくらいだ。だが、いかんせん発動回数が非常に少なく、見極められるほど技の特性が見切れない。となれば、考えられる可能性は、

 

「発動条件がある、ってことか」

 

「どんな?」

 

「それは分からん。囲んでも発動しないし、一定HP以下にしては多い。一番シンプルなのは壁際か」

 

「一定以上壁際に追い込むと発動するってこと?」

 

「ああ。考えられるのはそのくらいだ」

 

 タンクの攻撃は、武器が大柄になりやすいのも相まって、ノックバック効果が大きい攻撃が多い。攻撃自体を観察することに集中していたから、その発動条件を見切るには至っていない。が、そのノックバックが積み重なり、壁際に追い込まれたときのみ、飛行して壁キック。ありうる話ではある。お互いに仕切り直しになるうえ、こちらからしたら直前まで攻撃を見切ることは不可能と来た。厄介極まりないが、攻撃の種が分かれば話は簡単だ。

 

「前衛タンク陣!おそらくあの壁キックは、壁際に追い込まないと発動しない。できるだけ壁際に追い込むことは避けて!」

 

「「了解!」」

 

 相手は紙耐久なのだ、種さえわかれば後はどうにでもなる。現に、もう一本HPバーは消し飛びかけていた。

 

「次がラストか」

 

 ここからはさらに厄介になる。HPバーが消えた瞬間に、俺は集中をさらに一段上げた。もう見慣れたバインドボイスが終わった瞬間、その姿が文字通り消えた。

 

「ちっ・・・!」

 

 迷っている暇はない。即座にスローイングタガーを構えると、あてずっぽうで投げる。それはなんと、()()()()()()()

 

「はあ!?」「嘘!」「どうなってんだ!?」

 

 俺だって、一瞬何が起こっているのか分からなかった。直後に俺たちの後ろに近い壁の中腹に砂埃のようなものが立ったことに気付いた。

 

「入口背にして7時方向!」

 

 半ば悲鳴のように叫ぶ。7時方向、つまりはほとんど背後に近い。とにかく無様でも回避する。その一心で前に身を投げる。受け身もくそもなかったからか、無様に地に伏せる。その直上を何かが通り過ぎた音と感覚がした。前転して前後ひっくり返った目の前には、フロアボスの攻撃を受け流し損ねたのか、体勢を崩したタンクの姿。やはり射程は前線のタンクか。かわるがわるタンク隊が前線を支えていたようだが、そろそろ限界のはず。

 

「そろそろ出番かねぇ」

 

「そうだね」

 

 腰を上げて準備する。それを見てか、ヒースクリフが号令をかけた。

 

「F隊、スイッチ準備!」

 

「OK!」

 

 F隊というのが俺たちだ。さて、お呼びもかかったし行くか。

 

 前線の数人が、一斉に武器で強打した。

 

「スイッチ!」

 

「あいさ!」

 

 交代で俺たちが前に出る。横で剛直拳を繰り出すレインに続いて、単発で浮舟を出す。本来はここから三連撃の緋扇につながるのだが、そこをあえてつなげず強引にバックステップをして、範囲から逃れる。体制を立て直したボスの双眸がこちらをとらえる。直後、相手はこちらに向かって咆えた。どうやら相当に恨まれているらしい。

 

「さて、かかってこい」

 

 刀を前に突き出し、挑発する。言われなくともといわんばかりに、ボスはこちらに飛び掛かってきた。その下のわずかな隙間を潜り抜ける。背後に回った直後に尻尾に切りつければ、触れるなと言わんばかりに振り回してきた。飛び退って回避すると、相手は垂直に大きく飛び上がった。上を見ると、そこには、ある種予想通り“何もない”。山勘で横に跳ぶと、さっきまで自分がいた位置を尻尾が通り過ぎた。

 毒づく暇もない。が、これで種は割れた。

 

「空中はステルスってか。全く厄介な真似を」

 

 不可視の一撃。それは、本当に厄介だ。しかも、相手はぴょんぴょんと飛び回る相手だ。空中にいる時間が多い。つまり、消耗戦は圧倒的に分が悪い。ならば、

 

「短期決戦を仕掛ける!レイン、エリーゼ!」

 

「了解!」

 

 俺の号令に二人が答える。たたきつけの反動から完全にその体制を整えたボスは、再びこちらに振り向く。こっちの手はもう決めてある。ここまで戦ってきたからわかったが、こいつはおそらく、ブレスや体の一部を飛ばす、いわゆる飛び道具がない。ならば、選択するソードスキルは一つ。

 ボスが突進してくる。が、途中で急停止して横っ飛び。その姿が再び消える。が、踏み切る寸前の動きと、足音で動きは読める。そして、たいていこの横っ飛びの後は、刃翼を使った飛び掛かり。俺はそこに、ドンピシャのタイミングで、横に構えた刀を当てた。瞬間、まばゆいばかりの光に包まれ、刀が振り下ろされる。25層のボスの片方を屠った、刀系反撃ソードスキル“鏡花”だ。続けて小太刀を抜きつつ、回転しつつ薙ぐ、片手剣系汎用ソードスキル“ラウンドフォース”。ここで俺の剣技連携(スキルコネクト)は終わるが、問題ない。

 

「はああぁぁっ!!」

 

 隣からレインが、轟音を響かせてソードスキルを繰り出す。長い射程距離と高い威力を併せ持つヴォーパル・ストライクがボスに炸裂、それまでの連撃もあって長い行動遅延(ディレイ)を生み出す。その隣からエリーゼが駆け込んできて、こちらは手堅くバーチカルスクエアで追撃。それが途切れたころに俺の硬直が解ける。小太刀をしまい、開いた手で剛直拳を繰り出し、体術複合スキル“牙狼撃”、さらに連撃で、足で回転しながら低い位置を薙ぎ払う体術スキル“転泡”を繰り出す。さすがにここまでダウン性能が高い技の連発には、たまらずボスがダウンする。

 

「全員フルアタック!終わらせるぞ!」

 

 俺の号令で、硬直で動けない俺を除いて全員が特攻する。ダウン状態でもがくボスに、色とりどりの光が斬撃痕を刻んでいく。長い硬直を抜けた俺も、爪竜連牙斬で追撃する。さらに硬直で抜けると、敵のダウンがちょうど終わるところだった。だが、HPは残り僅か。ちょうどいい、最近見つけたこれで終わりにしてやる。

 

「腹ぁくくれよ!」

 

 その一言とともに小太刀を逆手で納刀、刀を同じくらいの位置に持ってくる。そのままの体制でさらに踏み込み、拳をたたきつける。と、刀に光がともった。今繰り出すことのできる中では、掛け値なし最大級の大技、刀系上位スキル一つ、“天狼滅牙”の九連撃が突き刺さった。最後の一撃が終わったとき、ボスのHPはきれいに空になっていた。ちょうど硬直が抜けるくらいに、俺は納刀しながら膨大なポリゴンの雪を見上げ、その中にある“Congratulation!!”の文字を見上げた。

 

「終わったか」

 

「終わったね」

 

 思ったより薄い感慨に浸っていると、横にレインが来ていた。この辺の呼吸は本当に読まれている。

 

「思いのほかあっけなかったな。最後のあれはちと焦ったが」

 

「・・・ちょっとなんだね」

 

「まあな。こんな経歴だからさ、闇討ちするなんざほんとに日常茶飯事だったわけよ。だから、される側の警戒要素とかはもう叩き込んであるわけ。で、それが生きた」

 

「PKの経験、か」

 

 俺の言葉に、レインの顔が沈む。その反応を見て、俺は内心でため息をついた。

 

「ま、俺が特殊なだけだ。あんまり気落ちすんな」

 

「そう、だよね。うん、そうだね」

 

 その声のトーンで分かる。どうやら逆効果だったようだ。

 

「ま、やりやすかったよ」

 

「そりゃ、この数か月で呼吸を取り戻したからね」

 

 自信をもって言い切るレインに、俺は一つ微笑みを返した。

 

「ま、これからもよろしく頼むぜ、相棒」

 

 そういって、少しだけ手を前に出す。握手とは違うその差し出し方に察したのか、レインも笑って同じように手を出した。特に示し合わせることもなく、二人の手がちょうど中間くらいで鳴った。

 

 

 

 

 

 その翌日。アインクラッドのメディアは、こぞって最前線である67層攻略の報を伝えた。そのどれもが、たった一人で戦ってきた剣姫の、新たな相棒の存在を。かつてその前線を支えた、二人の復活を。誰もが認める、今回の攻略の立役者を知らせた。そして、ある一つのメディアが使った表現が、あまりに的を射ていたことから、彼らはこう呼ばれるようになった。

――――鬼神、と。

 




 はい、というわけで。
 まずはネタ解説。

トライスラッシュ
元ネタ:テイルズ、使用者:エステリーゼ・S・ヒュラッセイン(TOV)
 三角に斬る、本文中にあるように、細剣には珍しい、純斬撃ソードスキル。下手に振るうと、細い剣をへし折りかねない。

スピニングシュート
オリジナル
 トルネード投法よろしく一回転してぶん投げる。どれだけ回転のエネルギーをうまくいかせるかで、微妙に威力が変動する。ただし、上手く狙いを定めにくい。

ファニングシュート
オリジナル
 手を仰ぐように動かし、左右からブーメランのように投げた投剣が襲う。きれいにコントロールできる人のほうが少ない。

転泡
元ネタ:テイルズ、使用者:ジュード・マティス(TOX2)
 回転しながら前方を足で薙ぎはらう。ダウン性能が高い。攻撃範囲は少なくとも100°オーバーと、非常に広い範囲をカバーする。比較的序盤に習得する割には後半まで役に立つ、便利かつ使い勝手のいいソードスキル。

 はい、これにてフロアボス狩猟、もとい終了です。・・・思いっきり自然にタイプミスしましたが、元ネタ考えるとしっくりきた。
 フロアボスは、完璧ニコイチなんですが、両方ともこれモンハンにあるんですよね・・・。ナルガ希少種には何度泣かされたことか。空中ステルスに加えて軽微ながら毒が入ってたりするんですよね。ベリオ要素はもうちょい入れようかとも思ったのですが、もともと骨格や動きが似てるところがあるので、これ以上寄せようがないところはあるんですよね。

 途中の投剣大量持ちはウルヴァリンです。いや、本当です。まんまとは言いませんが、ほとんどあのまんまです。
 コンビ名に関しては、これを書いているときに思いっきりエスコンにハマっていたので、これで。・・・これが投稿される頃には、インフィニティサービス終了しているんですよね。エスコンという作品を知ったきっかけだったので、かなりさみしいです。
 というか、この子たち、本当に一年もコンビ解消してたの、ってくらい息があってます。書いてても怖いくらい息があっているので本当に、なんというか、驚きです。でも手は止まらない。し、止めません。このままこのルートは突っ走ってもらいます。

 さて、ここからは2話オリジナルを挟みまして、74層、そのあとまたオリジナルからのSAO編クライマックスとなります。なんだかんだで長くなるSAOif編、ようやくクライマックス。お付き合いくださればさいわいです。

 ではまた次回。


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41.会議

 ボス攻略の翌日は、たいてい休養日になることが多い。俺としては、休養日といっても強制ではないのだから、レベリングに励もうか、と思っていたのだが、やや遅寝坊した俺に届いていたメールで、その考えはおじゃんになった。というのも、今日の16:00頃、第一層の攻略会議が行われたところに集合してほしい、とのことだった。議題は、俺について。さすがに欠員裁判はまずいだろう、という、半ば義務感から、俺はのそりと、とりあえずの拠点の宿屋を引き払い、適当に外で時間をつぶすことにした。と、フィールドに出ようとしたところで。

 

「なんでおたくらここにおるん?」

 

「一応監視役だし、私たち」

 

 悪びれず答えるエリーゼ。つまり、俺の位置は大体フレンドで監視していて、俺がフィールドに出そうだったからついてきた、ってか。ここまでくると執念すら感じるぞ。

 

「ま、ちょうどいいや」

 

 そういうと、俺は踵を返した。

 

「レイン、今からお前の家に行っていいか?」

 

「え、いい、けど・・・、どうして?」

 

「暇つぶしにその辺で狩りでも、って思ってたからな。暇つぶせるんなら何でもいいや、って気分なんだよ」

 

「・・・そうなんだ」

 

 あれ、俺なんか変なこと言ったかな。レインの声が明らかに今数トーン沈んだんだが。

 

「ま、とりあえず行こうぜ」

 

「そうね。ほらレインちゃん」

 

「ああ、はい」

 

 エリーゼの言葉に、俺ら三人は移動を始めた。

 

 

 集合時間は夕方で、場所も転移門からそんなに遠くないと来た。このレインの家も、郊外といっても転移門と距離がそんなにあるわけでもない。ということで、

 

「レイン、なんかお茶菓子でもないか」

 

「はいはい、ビスケットとかでいい?」

 

「おー」

 

 雰囲気に合わせた木目調の家具に木の器が置かれ、そこにビスケットが盛られる。ちょうどいいタイミングでお茶も出てきた。軽く口をつけて、俺はかすかに驚きつつ笑った。

 

「よく覚えてたな、俺の好み」

 

「甘めのカフェオレ調、でしょ?」

 

 そう、俺の好みの味だったのだ。俺の言葉は本当に俺の本音だ。これだけ時間が経っているのだ、忘れていても全く不思議ではない。というか、俺としては忘れているもんだと思っていた。

 

「何となく覚えてた」

 

「記憶力いいのな」

 

「君にも覚えあるでしょ、なんでか分からないけど覚えてた、みたいなこと」

 

「結構あるな」

 

「そういうことよ」

 

 ま、そういうことにしておくか。とにかく、俺たちは完全にくつろいで完全にコーヒーブレイクをしている。もともと暇つぶしの延長だし、時間はかなりある。それに、ここ最近の俺らは攻略がほとんどだった。正直、ここらでブレイクも必要だろうとは思っていた。

 

「今日の話題は、ま、間違いなく俺だろうな」

 

「それ以外に何があるの、このタイミングで」

 

「だよなぁ」

 

 なんか話題ないかなー、と思いつつ口にした俺の言葉は、エリーゼのまっとうな突っ込みによってつぶされた。ま、道理だよな。と、昨日の夜のメディアを思い出した。

 

「そういえば、新聞見たか?」

 

「見たわ。毎度毎度、一つ階層クリアしただけでよくもまああそこまで書けるものだね」

 

「まあそういいなさんな。奴さんらも、この閉塞した環境下でネタ探しにはリアル以上に血眼なんだろうさ。

 それにしても、鬼神って。仮にも片方美少女に対して言う呼称じゃねえだろ」

 

「そうかなぁ。ぴったりじゃない?片方赤いし」

 

「おいおい、その理論だと俺は最後、大量破壊兵器でも使わなきゃいけないことになるぞ。それもこいつに対して」

 

「・・・何の話?」

 

「昔のゲームの話だ」

 

 完全に置いてけぼりを食らったレインに対し、俺は短く答えた。実際これは、もう20年近く前のゲームのネタだ。話せば長い。そう、古い話だ。さてどう要約しようか。

 

「戦闘機のゲームでな。主人公とその相棒がいて、その主人公の通り名みたいなものが、円卓の鬼神。で、その相棒が、片方の主翼を赤く塗ったイーグル、って言って分からんな。ま、戦闘機に乗ってるわけだ」

 

「イーグル、って、羽根が動くやつ?」

 

「そりゃたぶんトムキャットだな。あれこれ用途は違うけど、ま、その辺は省略するぞ。軽く2、30年くらいは第一線で飛んでた名機だよ。その片翼を赤く塗ってた、って話だって、その相棒が片翼で基地への帰還したに成功したって設定によるもんだしな」

 

「え、片翼で基地に帰還したってどういうこと?」

 

「そのまんま。実際にもあるんだがな、接触事故で片方の主翼の大半が千切れ飛んで、それでも戻ってきた、って話だ」

 

「可能なのそんなこと?」

 

「というかあれ、実話をもとにしてたんだ」

 

「まあな。ま、イーグルが特殊なんだが。詳細は俺もいまいち理解してないから省略するけど、このF-15イーグルって戦闘機は、理論上は主翼の半分を失っても水平飛行が可能なんだと」

 

「でもそれは理論上だし、片方の翼しかないんじゃコントロールは難しいんじゃない?」

 

「その通り。でもまあそこは世界最高峰の一角を長いこと占めていた名機だ。その辺の制御システムも並みじゃない。それに、イーグルに乗れることが一種の称号で、乗り手はイーグルドライバーって呼ばれる。つまるところ、腕利き。一級品の機体と、超一流の乗り手だからこそできる、常識はずれの技だ」

 

 嘘のような話だが、本当に実話を基にした設定なのだ。画像検索かけると片方の主翼が文字通り根元から千切れているのだから本当に驚きだ。

 

「で、この呼び方についてなんかコメントあるかね、鬼神殿」

 

「え?まあ、あんまりかわいくないなぁとは思うけど。そんなこと言ったら、アスナさんだってかつて鬼って呼ばれてたし」

 

「まあ、あの時は鬼だったな」

 

「ひどいこと言うね。アスナに言いつけるよ?」

 

「それは勘弁してくれ。マジでテーブルナイフが飛んできかねない」

 

 見た目は本当に可憐なのだが、怒らせると本当に怖い。実力、ルックスもさることながら、その温厚にして苛烈な性格が攻略組を束ねる一助になっているのは間違いない。あとから二人に聞いた話だと、“素のアスナはほんわかお姉ちゃんって感じ”らしい。本当に怒らせなければいいだけだ。ま、その場合矛先が向くのは俺じゃなさそうだが。

 

「そういえば、新聞にも載ってたけど。本当に一年もコンビ解消してたの?ってくらい息ぴったりだよね」

 

「ま、ここしばらく前衛でコンビ組んでたしな」

 

「それだけで呼吸って戻るもんなの?」

 

「まあ、私たちは長かったからね。過去の経験から大体こうだろうなー、って」

 

「そんな感じだな」

 

「・・・もうやだこの子たち」

 

 呆れたようにエリーゼが額に手を当てる。つっても、

 

「事実だからなぁ・・・」

 

「ねぇ・・・」

 

 俺たちの言葉に、もう一度深くため息をついた。ため息をつかれるのも何となくわからなくはないが、本当にそんな感じなのだからどうしようもない。

 

「アスナとキリトみたいに長い付き合いならともかく、こんなに長いことコンビ解消しといて、ちょっと組んだだけで呼吸が戻るって・・・そういうもんなの?」

 

「体が覚えてる、って感じだな。たぶんこう動くはずだ、っていうのがお互い分かる感じ」

 

「そうだねー。あと、ロータス君はすぐ突っ込んでいくから、ワンチャンスはたいていお互いがフォローに回ってラッシュになってることが多いかな」

 

「多いな、そういうこと。レインは比較的堅実なんだけど、たまーに突っ込んでいくからな。ま、どちらにせよ、HPの少ない中ボス程度だったら、そのラッシュでジ・エンド、っていうのも少なくないぜ?」

 

「もう少し守るってことも考えなよ」

 

「攻撃は最大の防御っていうじゃん?」

 

 サムズアップしながら言う俺に対し、エリーゼはもはやあきらめにも似た表情を見せた。

 

「そういえば、エリーゼは俺の監視が終わったらどうするんだ?」

 

「んー、そのまま攻略組に残ってもいいけど、正直それは私の性に合わないんだよねー。なんていうか、窮屈っていうのかな。ボス攻略だけ参加するっていうのも、それはそれでどうかと思うし。だから、多分今までの傭兵稼業に戻ると思う」

 

「・・・そうか」

 

「でも、もうちゃんと依頼は選ぶ。あの時みたいな依頼は受けない。いくら取り繕っても、私が犯罪の片棒を担いだことは変わらないけど、最低限、これから先、私の依頼で苦しむ人は生まないようにしたい」

 

「そうか」

 

「大変そうだね」

 

 レインの気遣うような一言に、エリーゼはあっけらかんと笑った。

 

「確かに大変だけど。女傭兵エリーゼ、っていう噂自体はアルゴさん経由で広めてもらったからね。実力だって、今回の一件で攻略組にも追い付けるってはっきりと分かったし。追いすがるのがいっぱいいっぱいなところはあるけど」

 

「最初は大体そういうもんだ。クラインたちだってそうだった。俺たちみたいに最古参の攻略組ばっかりってわけにはいかないからな」

 

「ロータスは?」

 

「攻略組に戻る。気楽にソロやりながら、時々レインとパーティ組みながらやっていくさ」

 

「・・・オレンジも、倒していくんだよね?」

 

 少し暗めなトーンで聞いたレインに、俺はふと少しだけ微笑んだ。

 

「コソ泥程度なら精々が軍に突き出すか監獄送りで終了だ。レッドの生き残りなら、殺す」

 

 大を殺して小を生かす。どちらかしか選択できないのなら、俺はレッドを殺して、そいつが殺すだろう何人かを救う。それが、俺の選択だ。

 

「やっぱり、どうあっても君は、自分の手を血で汚す道を選ぶんだね」

 

「選ぶんじゃねえ。もう選んだんだよ」

 

 どこか絶望にも似た諦観の言葉に、俺ははっきりと答えた。それに、レインは手を俺の手に重ねた。

 

「なら、今度は勝手にいかないでよ?」

 

「・・・ああ」

 

 ここまで思ってくれている相手を置いていくほど、俺も人でなしになったつもりは無い。さて、雑談つっても俺の種はなくなっちまったな。ま、もともと俺の雑談の種なんて底が知れてるんだが。

 

「あー、やっぱり俺、こういう雑談にゃ向いてねーなー」

 

「どうしたの急に」

 

「もうすでに話す種がなくなったんだよ。俺からの話題がもうない」

 

 俺の言葉に、二人はどこか納得したように笑った。

 

「まあ、それは・・・」

 

「ロータス君だし、ねぇ」

 

 その二人の言葉に、俺はため息をついて顔を掻いた。思い当たる節がありすぎる。もう人との距離の調整方法などというものを完全といってもいいほど忘れ、必要以上の接触をしないビジネスライクだけな関係ばかり積み重ねてきたせいで、俺はこの手の雑談の種になりそうなイベントにはとんと無縁になっていた。加えて、この世界に来てからは戦闘三昧。ひたすらに迷宮やフィールドで狩りを繰り返していた。この手の雑談の種になりそうなのは、戦闘でのことくらいのものだ。

 

「・・・ま、否定する要素がないわな」

 

「本当だよ。私たちが護衛についてから休息と補給以外で戦闘関連のこと、本当に何一つやってないんだもん」

 

「そうそう。観光すら一切しないってどういうことよ」

 

「いや、観光も少しはするぞ」

 

「て言っても、補給の時に街並みを眺めるくらいでしょ。そもそも、そんなに補給しなくて、食料はどうするの?」

 

「簡単な料理だったら出先でできるしな。空腹紛らす程度にはなるだろ。野戦食なんてそんなもんだ。味なんざ二の次」

 

「いや、そうかもしれないけどさぁ・・・」

 

「でもその食料は・・・モンスタードロップ?」

 

「おう。おかげでジビエがなかなかうまいということを発見できた」

 

「ジビエ・・・?」

 

「リアルで言えば、家畜とかじゃなくて狩猟した生き物の肉を利用した料理。鹿とか猪とか」

 

「君の腕なら、文字通り飛ぶ鳥を落とすことも可能か」

 

「その気になりゃ余裕」

 

「鍋とかどうするの?」

 

「適当にその辺でちぎっておいた適当な山菜を適当につぶすなりしてアレンジして鍋に一緒にドーン」

 

 そういうと、二人がそろってジト目になった。うん、俺も空腹を紛らせれば大丈夫って考えてたからなぁ。

 

「ま、雑なことは百も承知なんだがな」

 

「そもそも、料理スキル取ってないんでしょ?煮えるの?」

 

「あれ、知らねえのか?料理過程ってオプションをいじりまくればほとんど手動にできるんだぞ」

 

「・・・え、それほんと!?」

 

 身を乗り出して食いついてきたエリーゼに対し、少々のけぞりながら俺は答えた。

 

「そういう日常系オプションタブの羅列を見ていくと、料理に関するオプションがある。そいつをあれこれいじったり、隠してあるタブをやったりするとできる。最も、リアルに近い仕様になっているみたいで、あれこれタイミングがシビアだから、たいていデフォに設定するらしいけどな。何より楽だし」

 

 俺の回答に、納得したようにエリーゼは身を引いた。

 

「つまり、リアルで料理ができる人なら、かなり楽ってこと?」

 

「ま、そうなるな。料理スキルに依存するのかは、アルゴかゲイザーあたりに聞いてみないと分からんが。加えて、この世界はそろいもそろって妙な味や見た目が多いからなぁ。研究は必要だと思うぞ」

 

 正直なところ、俺はたぶん料理スキルの熟練度に応じてその辺のタイミングやらなんやらがシビアになるのだろうと考えている。あれだ、某モンスターのハンターなゲームで高級肉焼きセットと肉焼きセットでこんがり肉ができるタイミングが違うのと同じだ。つまり、料理スキルを取っていない=強制ゼロの俺はタイミングが最高にシビアというわけだ。

 

「ちょっと待って、タイミングがシビアなら、どうして食べられるレベルになるの?」

 

「知ってるか?料理を失敗するやつは三つに分けられる。レシピを見ないやつ、深く考えずにアレンジしだすやつ、味見をしないやつ。この三つだ」

 

 指を三本立てながら、俺が言う。これでAKを片腕で抱えていれば明らかにあいつ(片羽)である。

 

「つまるところ、細かく味見をしながら、大体どうすればどういう味になるかって考えながらやってた。最初は結構苦戦したんだが、パターン化できればなかなか野戦食の研究ってのも案外面白い」

 

「気持ちが分からなくもないのがなぁ・・・」

 

 実際、これ案外面白いんだ。ラフコフはそこらのフィールドにいるプレイヤーを狩ることが多い。その性格上、野戦、野宿がかなり多い。俺は楽しんでPKする口ではなかったから、何かしら楽しい要素を見つけて、それを目的として楽しそうな演技をするのが案外自然でよさそうというというのが経験則で分かったのだ。以降、実用性があることもあり、俺のささやかな趣味になっている。

 

「てことは、私たちと一緒にフィールドに出た時に食べていたものって」

 

「ほとんど俺の手作り。てきとーに宿屋の厨房を借りた」

 

「それってできるの・・・?」

 

「それなりに大きそうな所なら、NPCに交渉すれば案外あっさり貸してくれるぞ。最も、場所によるが。あとは、自作のレシピ使ってどうにでもする」

 

「もしかして、案外努力家?」

 

「たまたまそれにはまったってだけだ。この世界だと、戦闘か趣味くらいしかやることが無いからな」

 

「それは君みたいなボッチだけだと思うけど」

 

「やかましわ」

 

 途中で話題が尽きたとは思えないほど、案外次から次へと話題が出てきて、当初の懸念などなかったかのように時間はすぐ過ぎていった。

 

 

 

 俺たちは時間より10分程度早めについていた。だが、その時点でかなりの人数が集まっていた。フルレイドでもう45人を超えることは絶対になくなった。最近では、40人を超えないときもある。今集まっているのは、大体30人くらいと言ったところだろうか。この辺は、クラインはじめとする社会人連中の時間厳守がかなり浸透しているのだろう。ま、俺みたいに学生でもしっかり時間を守るやつも少なくないが。

 議題が俺についてなので、俺が後ろに座ってはいけないだろう。という、半ば義務感とともに、俺はすり鉢状になっている広場の真ん中近い位置に陣取った。

 攻略組が集まるということで、必然的に議長は現在攻略組の長を務めているヒースクリフになる。これは暗黙の了解だった。その彼は5分前に登場すると、全体を見渡した。そこにはすでに全員がそろっていた。

 

「時間にはまだ少し早いが、揃っているようだから始めよう。

 まずは、フロアボス攻略した直後に集まってもらったことを謝罪する。同時に、諸君の貴重な時間を、必要以上に使用しないことを剣に誓おう。

 さて、では早速。議題は一つだけだ。私は、ロータス君の監視を解いてもいいと考えている。理由は、監視をつけてからの行動と、前回の攻略での活躍によるものだ。反対意見があれば聞かせてほしい。そのうえで、多数決をもって決を採ろう」

 

 その言葉に、真っ先に手を挙げたのはリンドだ。手での指名を受け、彼がその場で起立する。

 

「俺が問題と考える点は二つ。一つは、時期尚早だ、ということだ。これに関しては、彼ほどの戦力を、監視という形で縛り付けるメリットのほうが少ない。それはよく理解できる。それを考えれば、あくまで俺の私見であるという前提の上で言わせてもらえば、特に問題ないと思う。全体の是非は、まあ、最後の多数決で分かるだろ。

 もう一つ。これはロータスにも聞きたい。それは、こいつの目的が分からないということだ。ここまで、PKのそぶりが全くなさそうというのは、Ccで送られた監視役のレポートにも書いてあった。それに、あの攻略戦での動きも、全力で戦っているように見えた。一時期はPKギルドに所属していたような奴が、今更わざわざ殊勝に攻略に全力で取り組む?裏があると考えるのが自然だ。そのうえで聞く。ロータス、お前、何が目的だ」

 

 ま、リンドならまっとうだよなぁ。ましてや、こいつは俺がモルテをPKするとこに居合わせてるわけだし。ま、ご指名とあれば答えないわけにもいくまい。挙手をしてヒースクリフの指名を受けると、俺は立ち上がった。

 

「俺の目的はただ一つ。このクソゲーの犠牲者を、俺が減らせる範囲で減らすこと。攻略組に入ったのは、ただ単にここから早く抜け出したいから。ラフコフに入ったのは、ラフコフのメンバーが殺す数十人と、俺が殺すラフコフメンバー十数人ならどっちが少ないか、って話の結果だ。それと、リンドから聞いてるかもしれないが、この際はっきりさせとく。モルテを殺したのは俺だ」

 

 突然のカミングアウトに、周囲がざわめいた。これは二人にも、直接俺の口からは言っていない。だが、俺の口ぶりからブラフなどではないことを瞬間的に悟ったのだろう、ほかと同様にぎょっとしたような顔を見せた。

 

「もともとモルテは抹殺対象だった。監獄にぶち込む、やむを得ないのなら殺す。そう思ってはいた。ちょうど50層を攻略し終えたくらいに狩りに出た時、たまたまリンドの集団とかち合った。50層攻略直後ってことで、戦力拡充を計画していたんだろうが、疲弊していてしかもなおかつ攻略組じゃないような集団だったにもかかわらず、俺たちは若干苦戦してな。で、たまたま間違えたふりをして、その場にいたラフコフメンバーの連れ全員を消した、ってわけだ。もちろん、モルテも含めてな」

 

「・・・マジかよ、リーダー」

 

 ハフナーが信じられないように問いかける。それに対する回答は、

 

「まさかこんなところでカミングアウトするとは思っちゃいなかったがな」

 

 意外感丸出しの肯定だった。それに、また周囲がざわついた。

 

「確かお前さんも含めて5人くらいのパーティだったと記憶しているが?」

 

「その通りだよこの野郎。何なら一人一人名前挙げていこうか?」

 

「よく覚えてんな、んなの」

 

「印象的過ぎて逆に忘れらんねぇんだよ」

 

 俺の言葉に、半分以上呆れたようにリンドは吐き捨てた。ま、それもそっか。敵だと思ったら、その敵が敵の仲間を躊躇なく斬り殺して、挙句の果てに口止めだもんなぁ。印象に残らないほうがおかしいか。

 

「ま、俺からの回答は以上だ。他に何か質問があれば答えるが?」

 

 その言葉に、手を挙げたものは一人。チョコレートの肌を持つ巨漢、第一層から攻略組でタンクを張り続ける両手斧使い、エギルだ。

 

「なら、もし攻略組に戻らなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

「知れたこと。オレンジ狩りだ。もっと言ってしまえば、レッド狩りだな」

 

「それは、レッドを殺す、ってことでいいのか?」

 

「ああ。俺は投剣スキルでいえば一日の長があると自負しているからな。それに、麻痺スキルに長けたやつ―――ジョニーブラックのことだが―――を間近で見てきたんだ。麻痺って動けないやつを殺すくらいは朝飯前なんだよ」

 

「加えて、あの白兵戦能力か・・・」

 

「ま、そういうこった」

 

 誰かのつぶやきに、俺が同意する。実際、この中でも俺に白兵戦で敵うやつはそんなにいないだろう。

 

「それがお前さんの選んだ道か」

 

「そうだ。曲げる気はない」

 

 俺の回答に、エギルは着席した。議場を見渡したヒースクリフは、挙手がないことを確認して、自ら手を挙げた。

 

「私からも質問させてくれ。それは、これからも曲げるつもりは無いのかね?」

 

「ない」

 

 即答だった。これは金輪際曲げるつもりは無い。監視が外れても、俺はラフコフの残党や、レッドを狩っていく。これが俺の流儀だ。

 

「・・・よかろう。では、ほかに質問、意見等はあるかね?」

 

 再び全体を見渡す。だが、挙手はなかった。それを見て、ヒースクリフは再び口を開いた。

 

「よし、では決を採ろう。賛成か反対か、挙手をしてほしい。彼の監視を解くことに賛成の人は」

 

 それに対する反応は、ほとんどの挙手。それを見て、ヒースクリフは決断を下した。

 

「反対の決を採る必要はなさそうだね。では、現時点で彼の監視を解く。時間を取らせて済まなかった。では、解散」

 

 その言葉に、全体が散会した。それを受けて、二人がこちらに話しかける。

 

「これで、私たちもある程度自由、ってこと?」

 

「そうなるな。ま、エリーゼとしても、傭兵業の関連で自由が奪われるのは正直よろしくないだろ」

 

「そうだね。でもま、この三人で組めないのは、ちょっと寂しい気もするけど。ほら、私基本的にソロだから」

 

「ま、そっちにもそっちの事情はあるだろ。仕方ない」

 

「そういってもらえるとありがたいけどね。また困ったことがあったら言ってよ。もしメールが届いても反応なかったら、第一層の教会孤児院に行ってみて。たぶんそこで子供の相手してるから」

 

 そういって手をひらひらさせて去って行った。攻略組だと、こういう別れはよくある。死と隣り合わせというのはそういうことだ。ここにいるのは、それこそ生粋のゲーマーか、命と隣り合わせの状況を楽しめる大馬鹿者、それか戦う理由というやつをはっきりと見つけたやつくらいだ。

 

 とにかくこうして、俺は晴れて(?)自由になった。去り際、彼女の手がほんの少しだけさみしそうに見えていたのは、気のせいであってほしいとも、そうでなくてほしいとも思っている。

 




 はい、というわけで。

 なんつーか、各所にエスコンやらテイルズやら仕込んだ回ですね。それぞれ解説は飛ばします。あれこれぐちゃぐちゃになると思うんで。 

 書くのに時間はかかりましたね、このお話。雑談パートとか本当に考えながら書いてました。雑談とかなに話せっちゅーねん。こちとら大学で誰とも喋らないとかザラだっての。・・・泣けてきた。

 ここでようやく彼の行動原理が全体にカミングアウト。ぶっちゃけ、この辺がこの物語の好みというか、受け付けるかどうかの分水嶺だと思ってます。こういう形の主人公って個人的に好物なので。ま、所詮は二次創作だしいいよね、と思って。

 これで監視は解けたわけなのですが、当たり前ですが縁がなくなったわけではありません。これ、必要なのです。少なくとも個人的には。

 さて、次回は一度オリジナルを挟み、74層へと進みます。そのあと、また更にオリジナルが挟まります。本編より長くなるSAO編、お付き合いいただければ幸いです。

 ではまた次回。


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42.一時の日常

 それから一週間くらい後。俺は下層のフィールドに出ていた。というのも、ここでPKやオレンジ行為が横行しているという情報を聞いたからだ。

 もともと、この辺はそういう噂は絶えない。下層ということも相まって、人も多いがそれと同時にほとんどレベリングをしていない人種も多い。アインクラッドは上に行けば行くほど面積が狭くなるような形をしているからだ。そのため、ここはその手のプレイヤーからすればいい狩場なのだ。俺にも心当たりがあるが、俺のチームは“そんなの全く手ごたえないからつまらん”という理由で全くしなかった。

 

 想定されるポイントで、俺は隠密ボーナスの高いフーデッドローブを装備した。適当な草むらに身を隠し、自分の姿をほとんど隠す。すると、町中から何人かプレイヤーが出てきた。それに呼応するように、何人かプレイヤーの気配を感じ取った。むろん、ここはVRなのだから、そういう第六感的なものが働くことは少ない。俺の言う“気配”とは、人が動いたことによって生ずる光の動きや衣擦れの音などの、外部の情報を総称したようなものだ。それを気配と呼んでいいのかというのは果たして分からないが、何となく大体この辺だろう、という推測であることが多い。その、何となく、が正解であることが多かったため、俺もその気配を信用している。そこから大体のあたりをつけ、索敵スキルと自身の注意から場所を特定する。それが俺の対奇襲スタイルだ。それに、俺は奇襲を仕掛ける側なので、大体俺からしたら奇襲のポイントは絞れるから、警戒もしやすい。で、今回の場合、奇襲のポイントとしてはベタもベタ。俺からしたら、一歩間違ったら奇襲にすらならないレベルだ。と、考えていると、俺の想像通り、敵がおそらくターゲットの背後から出てきた。

 こういう、ハイディングしている状況での最大の武器が今の俺にはあった。そう、射撃スキルである。ま、距離20mくらいなら俺は投剣でも9割がた命中させ撃ことができるのだが、射撃という専門スキルがあるのなら、それを使うほうがいいだろう。それに、そういうことをしているときは、第三者の介入というのは警戒するものだ。それを怠るのはただの馬鹿でしかない。この辺は実体験で分かる。

 弓に矢を静かにつがえる。すると、視界に曲線と、着弾点にレティクルのようなものが表示される。さすがに完全な初心者に対して弓は全く当たらない。というか、俺も当てる自信はない。だからこその命中アシストだろう。常に微少でも動いており、その一瞬を狙う必要がある。このレティクルのブレは、姿勢の制御などで抑制が可能だというのは、ここまでの試射で確かめられていた。その辺の癖はあるが、使いこなせば遠距離から攻撃し続けられる。

 射撃準備をしていると、相手が姿を現した。カーソルはオレンジで、人数は、3、か。ま、今回は無理にヘッドショットする必要もない。軽くビビらせるレベルでいい。気楽にその辺を狙って放つ。今回は鏑矢を使ったので、その音の効果もあったのだろう。一瞬動きが固まったところを逃さず、俺は装備を変更して左手で闇牙を抜き放ちつつ、前に躍り出た。

 

「狩りの出足に悪いな」

 

「ロータス、さん・・・!?」

 

「俺をさん付け、か。決まりだな」

 

 おれをさん付けで呼ぶ、そのうえでこんな手段をとる時点でほとんど確定だ。顔に見覚えはあるが、攻略組で見た記憶はない。―――決まりだ。こいつはラフコフの元メンバーだ。

 

「さて、じゃ、おっぱじめるか」

 

 そのまま俺はPK集団に斬りかかった。相手は一瞬面食らうが、すぐに気を取り直して切り返してくる。だが、それは俺からしたら大甘もいいとこの一発だ。手首で相手の上段を受け流し、背中に一撃入れる。左から薙ぎ払おうとした一撃は、体術で手首を押さえて封じてから、蹴りでダウン。追撃は不要と判断し、背後からの突進系の上段、おそらくアバンラシュは勢いそのまま一本背負い。たたきつけられることで先ほどダウンしていた相手もろもろ沈める。背中越しにターゲットになっていたプレイヤーに、先ほど背後に一撃入れたやつが攻撃しに行ったのを確認する。回転しながらナイフを投げ、その足を止める。走って行って勢いそのままライダーキックでその相手は撃沈。

 

「戦闘続行なら相手するけど、そうじゃないんなら監獄送りだ。どっちがいい?」

 

「そんなの、選ぶまでも―――」

「待て」

 

 その瞬間に、俺をさん付けで呼んだ奴が、武器を捨てて空になったもろ手を挙げた。

 

「ちょ、リーダー・・・!」

 

「あらら、ずいぶんと潔いことで」

 

「お前ら、抵抗は無駄だ。この人なら、ここにいる全員を殺すのなんざ朝飯前だ」

 

「そんなの、やってみなくちゃ・・・」

「やんなくても分かるんだよ。悔しいけど、強者多しといわれる世界でも、PvPでの白兵戦闘能力で、この人とタメ張れるのはかつてのボスを含めても、片手で数えられるくらいだろうよ。名高いKoB副団長様でも、苦戦するってレベルじゃないらしいしな。俺も、死ぬのは怖い」

 

 その言葉に、ほかの二人も降伏した。その反応を少し意外に思いつつ、ポーチを探る。念のため持ってきていたあれがあったはずなんだが。

 

「賢明な判断だ。お前さん、まだそんなに殺してないな?」

 

「・・・なんで、分かったんですか」

 

「今の言葉だ。ラフコフで狂っていくやつらってのは、たいていが殺した快楽に取りつかれた哀れな奴ばかりだ。お前は、多分最初に殺してから、ずっとうなされてた口だろう?」

 

 俺の言葉に、目の前のプレイヤーは目を開いた。少しだけ呼吸を置いて、彼が言う。

 

「よく、分かりますね」

 

「お前の目の前の男がそうだからだよ。・・・こんなことに懲りたら、二度とするなよ。コリドー、オープン」

 

 最後の言葉で、回廊結晶の扉が開いた。

 

「行先は監獄だ。さ、放り込まれたくなければさっさと行った行った」

 

 俺の言葉に、三人は意外にも素直に回廊に入った。案外これ高い出費だからあんまり使いたくないんだけど、ま、そもそも使用機会が少ないんだからいっか。三人が消えた後、そこには元はターゲットだった子がいた。今気づいたがこの子、かなり幼いな。若いではなく、幼いという言葉が真っ先に出てくるくらいには幼い。

 

「さて、と。大丈夫か?」

 

「うん。お兄さん、強いんだね」

 

「まあ、な。でも、どうして君みたいな子がフィールドに?」

 

「今日はお兄たちに代わって狩りに行こうって思って。お兄たちを除けば、おれが一番強いから」

 

「そっか。でも、一番強いかもしれないが、一人で行っちゃだめだ。さっきみたいな怖い人、もっとたくさんいるからな。たくさんなら戦えるかもしれないけど、一人ならどうしようもないだろう?」

 

「うん、気を付ける・・・」

 

「でもま、気概は買うよ」

 

「キガイ?」

 

「気持ち、ってことだよ。この場合だと気合と言い換えてもいい。とにかく、手伝うよ。どんな奴を狩りたいんだ?」

 

「え、いいの!?」

 

 子供らしくぱあっと顔を輝かせた少年に、俺は笑いかけた。

 

「おう、もちろん。お兄さん、めちゃ強いからな」

 

「ありがと!えっと、この先の森にいる、青いうろこのやつ!細くてすばしっこいけど、慣れれば狩りやすいから!」

 

「あー、あいつか」

 

 少年も言っていたが、青い体躯とすばしっこさが特徴の小型モンスターだ。少年の言う通り、動きを見極められれば狩りやすく、体力も多くないので、初心者向けのモンスターとして有名だ。その肉は鶏肉のような感じでなかなかおいしいらしい。

 

「じゃ、行くか。えっと、」

 

「あ、おれはショウ!」

 

「んじゃショウ、行くか」

 

「うん!」

 

 そうして、俺は二人で歩き出した。

 

 さて、そうして森の中に入ったはいいものの、今回は厄介なことが起こっていた。

 

「ねえお兄さん、なんかいつもと違うやつがいるよ?」

 

「あの赤いトサカのやつか」

 

「トサカ?」

 

「頭のてっぺんについてるやつだ」

 

「あ、それ!」

 

 それを聞いて、俺は少し顔をしかめた。これはまずいな。武器はまだ闇牙のままだが、このままだと少しきついかもしれない。

 

「さて、んじゃま、ちょっとばかし本気を出すかな」

 

「え、もっと強くなるの!?」

 

「おう。これでももっと上の層にいることのほうが多いからな。そういう時に使う装備を、ちょっとな」

 

 厳密にはPK装備からガチ装備に変えるだけだ。だが、そんなことは些細なこと。パワーアップするのは変わりないのだから、俺からしたら些末な問題だ。そして、俺の本来の二刀流装備になると、俺はショウに声をかけた。

 

「さて、俺が先に飛び出して、あの赤いトサカのやつを狩る。その周りの、お前で言う、いつものやつ、かな。そいつらの相手を頼んでいいか?」

 

「どうして?」

 

「あいつがこの群れの(かしら)だからだ」

 

「カシラ?」

 

「リーダー、ってこと。大人になればわかるけど、こういう集団っていうのは、リーダーを先に倒したほうが倒しやすいんだ」

 

「そうなんだ。だから、最初にリーダーを倒すんだね?」

 

「そ。理解が速くて助かる。でも、リーダーは強いし、その間に取り巻きが襲ってくる。だから、その取り巻きの相手をしてほしい。お前さんでも、取り巻きであるいつものやつなら狩れるだろ?」

 

「分かった!」

 

「よし、なら俺が合図したら飛び出してこい。行くぞ」

 

 その一言とともに、俺が飛び出す。それに気づいて、甲高い声で鳴く。その声に群れ全体の注意がこちらに来る。あえて最初のヘイト集中を俺にかまし、ボスの首元にアッパーをかます。下顎を強かにたたいたからか、少し相手の動きが鈍る。背後からくる飛び掛かりは、ほんの少しだけ軸をずらして裏拳で迎撃する。そのままオニビカリを抜きつつ、ショウの隠れ場とは対岸の方向を狙って一体を攻撃しつつ、囲みを抜ける。瞬間、完全な攻撃指令の鳴き声が響いた。

 

「今だ!」

 

 俺の声とともに、幼さの残る気合と奇襲がさく裂する。突然のことに陣形が崩れた瞬間を狙って、俺は鬼怨斬首刀を抜き放ち、完全な攻撃態勢で向かっていった。

 

 戦闘は完璧に省略する。というのも、9割がた俺の無双だったからだ。ま、俺からしたらこんな下層の中ボス以下レベルなど雑魚に等しい。

 

「すっげ、一瞬で・・・」

 

「だから言ったろ?俺はめちゃ強いって」

 

 逆手で鯉口を鳴らし、武器をしまう。もともと俺はあのオレンジ改めレッド集団を狩れればよかったので、俺からしたらこれは―――こういっては何だが―――いらない素材だ。なので、ドロップ素材をすべてリザルトでいじってショウに押し付ける。

 

「え、いいの?」

 

「俺の目的は、さっき君が街に出てくるときにいた、あのプレイヤーだったからな。俺はあくまでお手伝いだ」

 

「そっか、ありがと!」

 

「ところで、お前さん、どこを拠点としてるんだ?」

 

「キョテン?」

 

「あー、えっと、ここでの家はどこだ、ってことだ」

 

「はじまりの街の教会だよ。おれと同じくらいの子がたくさんいるんだ」

 

「同じくらい、って、年がか?」

 

 俺の素朴な疑問に、ショウは頷いた。これ、俺の記憶が確かなら14歳以上のレートだったはずなんだが。ま、今更か。

 

「そっか。なら、そこまで送ってってやるよ。転移結晶は?」

 

「なにそれ?」

 

 そもそも転移結晶を知らないらしい。ま、下層だとドロップしづらい上に、上層だと販売価格も結構なものだからなぁ。恒常的に中層以上で狩りができるまではそうおいそれとは手が出んか。

 

「なら、しっかり俺の手を握ってろ」

 

 そういって俺は手を差し出す。転移門もそうだが、この手の転移系はしっかり手を握っていると一回で済む。これは結構使い古された情報だ。だからこそ、この少年も知っていたのだろう、すぐに意図を察した。俺はポーチの中から転移結晶を出すと、一緒にはじまりの街に転移した。

 

 

 彼らが拠点としていたのは、俺の想像通り、といっては何だが、例の孤児院だった。エリーゼが入り浸っている孤児院だ。その建物が見えると、ショウはこっちを振り返った。

 

「ねえねえお兄さん、お兄さんも寄ってってくれよ。いろいろと話聞かせて!」

 

「んー、それはやまやまなんだが、こっちにもやることがあってな。ま、早く帰って安心させたれ」

 

「えー、詰まんない」

 

「わりいな。また今度、絶対行くから」

 

 それだけ言うと、俺はショウに背を向けた。俺はまだやることがある。そのために、俺は転移門に向かった。




 はい、というわけで。

 今回は閑話ですね。毎日とはいきませんが、こんな感じの日常を繰り広げています、みたいな紹介パートです。あと、伏線ですね。どこか、というのは、まあ、言うまでもなさそうですね。

 二人の狩ったのはランポス&ドスランポスです。どっちもモンハンで最初期に登場するやつですね。応用チュートリアルくらいで出てくる雑魚クラスとそのボスくらいの強さと考えて貰えれば。

 オレンジ狩りに関しては、正史よりだいぶ丸くなってます。正史でもオレンジ狩りのシーンはありましたが、正史だとあんな感じで“レッド死すべし慈悲などいらぬ”なので。ま、これは大体レインちゃんたちのお陰ですね。

 さて、このあとはいよいよ74層へと向かいます。中編で放っておいたあいつとも漸く決着へ。

 ではまた次回。


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43.変化

 ゲームが開始してから、はや二年近くが経過したころ。最前線は第74層まで迫っていた。残りは、約四分の一。だが、二年かけてようやく四分の三。長すぎると言わざるを得ないだろう。もっとも、こんなデスゲームじゃなければ、十二分のボリューム、ほとんど発生しないバグ、ゲーム内での自由度の高さ、VRならではの臨場感、高い完成度、どれをとっても最高傑作だろう。現に、最初こそ混乱も見られたが、半年もするころには、もう大抵のプレイヤーがこの環境に順応していた。

 

「つっても、先は長ぇなぁ・・・」

 

 軽くため息をつきつつ、木の上で一休みする。

 俺は森のフィールドに潜っていた。クエストボスを倒すためだ。クエスト受注の際、NPCは倒してくれれば守護獣に関する情報を渡す、みたいなことを言っていたから、これがある種キークエなのだろう。背中には、ようやく最前線での実践に堪えうる熟練度まで上がってきた射撃スキルの武器、弓を背負っている。で、下には今回の目標である、梟のようなモンスター。毒やら眠りやら麻痺やら、極めつけにはスタンや、動きに大きな支障の出る、混乱というデバフやら、これでもかというほどの状態異常オンパレードな嫌がらせ中ボスだ。最も、鱗粉やら羽毛やらを使うという設定の問題か、そのほとんどが距離を取っていればそんなに驚異的なものではないこと、鳥のような見た目の割に飛ぶ時間が短いことを見切った俺は、森というフィールド特性を生かして、木々を文字通り跳びまわることで相手をかく乱しつつ回避、またこちらの射撃スキルでちまちまとHPを削っていくことに成功していた。だがそこはさすが中ボスというべきか、なかなか倒れてはくれなかった。

 

「さっさと死んじゃくれませんか・・・ね!」

 

 弓をさらに引く。機動力重視でほとんど引き絞らず、ただひたすら、わずかなダメージを蓄積させていく。塵も積もればなんとやら、だ。だが、そんな戦いをかれこれ、30分くらいか?していると、さすがに飽きる。と、相手が翼の付け根を弓代わりにして撃ってきた。何が面倒くさいって、これが結構正確に撃ってくる上に予備モーションが短い。見切ってから回避までをかなりの速度でやらないと脳天に穴が開くということだ。ほとんど常に集中していないと全回避など不可能。もっとも、俺はこうして三次元戦闘を行っているから、回避率は必然的に高くなる。当たり前ではあるが、平面を動き回る敵と空間を動き回る敵、どっちに攻撃が当てやすいか、という話である。

 

 ソロでとは言っても、これだけ長いこと戦闘していれば必然的にHPは削れるわけで、すでにHPバーは一本しか残っていない。その一本も、目算で5、6割くらいまでには削っていた。さて、んじゃまそろそろフィナーレと行きますか。

 相変わらずぴょんぴょんと飛びつつ、相手のできるだけ直上を取り続ける。タイミングを見計らって、俺は中ボスに向かって跳んだ。

 たいていのモンスターでそうなのだが、相手の直上というのは互いにとって死角であることが多い。体の構造を考えれば当然の話なのだが、そもそもが飛行方法がないのにどうやったら直上を取るか、って話なんだが。それに、互いにとっての死角、つまりこっちからも死角なわけだ。回避以上の意味は、()()()ない。が、俺の武器は弓。つまるところ、

 

「ちょいとしっつれい、っと!」

 

 ボスを踏み台にしつつ、蹴っ飛ばしながらくるりと身をひるがえし、引き絞ってあった矢を放つ。

 つまるところ、飛び道具である以上、相手の死角=こっちの死角とは限らない。近接も使えるが、わざわざリスクを冒す理由はあまりない。うまく立ち回ってさえしまえば、こうして突破口を開くことはできるのだ。

 ちょうどうなじのあたりの弱点に当たったらしく、相手が怯んで、HPが減った。残りのHPは、ラスト一本のうちの半分以下まで減少。

 

「イクイップメントチェンジ、セットワン!」

 

 俺の叫びとともに現れるのは大小二本の刀。言うまでもなく鬼怨斬首刀とオニビカリだ。さぁて、行きますか。やっぱりラッシュ力だとこっちのほうが上だからな。一気呵成にたたく。

 手始めに繰り出すのは小太刀での舞斑雪。翼の付け根を斬り、さらに刀で空中も含めた珍しい連撃系ソードスキル“虎牙連斬(こがれんざん)”を繰り出す。名前からも分かるように、虎牙破斬の上位スキルだ。うまくタイミングを合わせて隠し性能を生かし、最大の6ヒットをたたき出す。続けて爪竜連牙蹴、真空破斬、爪竜連牙斬とつなげる。最後の爪竜連牙斬の時に刀を納刀、地面に拳をたたきつける。そこから、最後の大技である、天狼滅牙が突き刺さった。この超連撃にたまらずボスは断末魔の叫びをあげてポリゴンになった。

 

「いやはや、大変大変。もうボス単独撃破とかやめよ」

 

 言いつつ、ドロップアイテムの整理。キーアイテムである“影梟の群青羽根”があることを確認すると、俺はフィールドをあとに―――しようとしたところで、俺の耳が微かな音をとらえた。

 

(こーいうときには、こういう自分を恨みたくなるなぁ・・・)

 

 内心で一つため息をつきつつ、俺は腰の横に投げナイフが収まっているのを確認する。今は普通の投げナイフしかないはずだが、まあ問題ないだろう。

 あえて気づいていないふりをしつつ、俺はそのまま街に引き上げる。大体の気配を追いつつ、俺は普段通り、ではなく、足音を消して歩く。俺からしたらこのくらい朝飯前だ。より感じ取りやすくなった気配から、相手は俺を追ってきていることには気が付いていた。

 

(この距離だと、森の中で仕掛けてはこないな。おそらく、森から草原に出た、少し警戒が和らぐところ。となると、多分最初に音を立てたのは―――相手が俺と知ってかそうでないかは分からんが―――、おそらくわざと。・・・案外、手慣れてやがる)

 

 この手のPvPというのは、対Mob戦と決定的に違う点がある。それは相手が、血が通っていて、思考する人間であるということだ。これは俺も口を酸っぱくして言ってきた。いくらAIが発達してきたといっても、それは膨大な量の条件分岐が重なっているだけの話。人間独特の癖や、目の動き。それをもとにした、心理、思考、それらの分析。それを利用することがPvPにおいて重要視される。心理戦、というやつだ。それを、近接戦闘なら一瞬でこなす。感覚で全部こなす化け物じみたやつもいるが、そんなのは一握りしかいない。基本的にはこの思考をいかに素早く行えるか、それがPvPの神髄だと言える。と、俺は考えている。それを、こいつは身をもって実践している。

 AIに疲労などない。だが、人間なら。どうあっても油断する瞬間はある。そこを突けばいい。その突破口を開く手段として、使える手を使っているだけだ。なるほど、頭がいい。なら、

 

(わざわざ敵さんの手に乗る意味もないな)

 

 歩きながらMobの気配がないことを察すると、アンカー付きのロープを取り出す。手ごろな枝を見つけてそれを放ると、俺は木の上を移動しだした。さて、これで奴さんどう出るか。あえてストレージから石ころを取り出して、近くの木に当てる。さすがに俺でも、木から木に飛び移るときの音を殺すなんて言う超絶技巧は不可能だ。落ちた時のショックをどれだけ上手に吸収しても、どうあがいても枝葉のこすれる音がしてしまう。それを逆に利用する。だが投げナイフだと枝を切断する恐れがある。だからこその石ころだった。俺からすれば、もっと重たいものでないと音が軽すぎて違和感があるのだが、ま、その辺はうまく枝葉に当てることで多少なりともそれっぽくする。さて、これでどう出る。

 気配の主は少しの間迷っていたが、やがてほんの少しずつ下がって行った。どうやら撤退したほうがいいと判断したらしい。賢明な判断だ。俺のほうが有利な地の利を取っているうえに、―――相手が知っているかどうかは置いておくとして―――こっちは遠距離攻撃手段を持っている。無理に踏み込んでくれば、何が起こっているのかもわからないままハチの巣だ。だが、どちらにせよ、意味はない。なぜなら、長い間俺に姿を見せてしまったからだ。結果、俺は索敵スキルを使って、相手をはっきりと視認することに成功していた。素早く距離と速度を分析し、思考する。

 武器を素早く弓に変更し、追撃に入る。相手は追撃を警戒してジグザグに走っているようだが、それはこの森の中では悪手だ。俺からしたら、大体読める。何より、あくまで音を立てるのは()()()()()()()()()()()()()。相手は、動きの様子から見て気づいていないようだが、俺はもうすでに地面に降りて追撃に入っている。それに、相手は時々全方向を警戒するように振り返っている。俺からすれば、俺のような例外を除いて、こんな視界の悪いところで追撃を仕掛けるならば、かなりの正確性と俊敏性をもって追いかける必要がある。よほどのことが無ければ追撃に入ったところで追い付かないのだ。であるならば、無意味に警戒しながら逃走するより、わき目も振らず全力で前だけ見て逃げたほうが建設的だ。かく乱を入れているのであればなおさらだ。それによって接近されるリスクは甘んじて受け入れる。そのくらいの度胸がなければ。PKから逃走への選択の速さといい、俺の評価としては、

 

(チキンだな)

 

 腕の良し悪し以前に、PKには向いていない。ま、俺のやることには変わりないが。

 射程に入ったことを確認すると、素早く麻痺矢をつがえて放つ。今回使うのは、鏃に麻痺毒が塗ってあるもの。対毒POTなどで対策していなければ、掠っただけで麻痺に陥るようなものだ。カーソルはオレンジ。躊躇はない。俺の狙い通り放たれた矢は、そのまま狙い通り相手の胴をうがった。相手が倒れたことを確認して、俺は駆け寄った。

 

「ロータス・・・やっぱりあんたか」

 

「見覚えのない顔だな。てことは、お前さん、ラフコフメンバーじゃねえな?」

 

 俺の言葉に、相手はだんまりを決め込んだ。自慢じゃないが、俺はラフコフメンバーの顔は大体覚えている。俺の把握しているメンバーなら、少なくともどっかで見たような、くらい程度には記憶しているはずなのだ。その俺が覚えていないということは、つまりはそういうことだろう。

 

「なんでPKなんざしようとした」

 

「しようとした、じゃない。俺はもうしたんだ。殺しを」

 

「じゃあなんで殺し続ける」

 

 俺の問いかけに、相手は、かなりの間をおいて答えた。

 

「怖いんだ。夜眠るのが。未だに、最初に殺した相手の顔がちらついて。いっそ殺して殺して殺し続けて、狂っちまえばそれもなくなっちまうんじゃないかって、それで・・・」

 

 相手の独白を、俺は黙って聞いていた。武器はもうすでに刀に変えてある。まだ抜いてはいない。が、その手はすでに柄を握っていた。いつでも殺せる。

 

「賭けてもいい。その悪夢は、ずっと付きまとう。お前が生きている限りだ」

 

「どうして、そう言い切れる・・・?」

 

「俺がそうだったからだ。そういうやつをこの目で見てきた。そうして、怯えて、狂って。そういうやつも見てきた。そいつらがどれだけ哀れだったことか」

 

 その手の狂ったやつは、少し揺さぶればたいてい戻ってきた。その瞬間を見て、たいてい俺は殺した。それ以上道をたがえないように。だが、こいつの場合は違う。狂って揺さぶられて、そういう風ではない。狂おうとして狂えなかった、哀れな奴だ。

 いっそ殺したほうが救いになる。そう思い、俺は柄を握る手に力を籠める。その瞬間だった。

『私はもう、あなたに人殺しをしてほしくない』

 その台詞が脳裏をよぎった。一瞬手が止まる。だが、その一瞬は、思考の空白を作るのには十分すぎた。

 

「・・・選べ。監獄に送られて、この世界が終わるまでにそれと向き合う覚悟があるか。それか、ここで俺に殺されるか」

 

 俺の口から出てきたのは、そんな言葉だった。相手にとって、これほどまでに究極の二択はあるまい。俺もそう思った。が、このままただ黙って殺す気も失せていた。

 

「なんで、そんなことを・・・」

 

「殺したほうが救いになることもある。が、生きてりゃどうにかなる」

 

 そんなことをとっさに口走っていた。正直言って、なんでこんな問いを投げかけたのか。それは俺が聞きたかった。かつて、鮮血などという物騒な二つ名で呼ばれた俺が、あろうことか標的に情けをかけるようなことがあるとは。

 相手の男も迷っている。まあ当然っちゃ当然か。相手にしちゃ、文字通り究極の二択だ。

 

「監獄に送ってくれ」

 

「OK、後悔すんなよ」

 

 迷いに迷った男の選択を俺は即決した。こういうことを想定してか作られた、強制監獄送りのコマンドを使おうとメニューを開いたとき、男が口を開いた。

 

「あんた、甘くなったな」

 

「自分でもそう思う」

 

 俺の回答に、男はどこか、ふと笑った。

 

「でもまあ、悪くないって顔してるぜ」

 

「実際そう思ってる。でもま、それはあんたに救いを見たからだ。そうじゃなけりゃ問答無用で首を飛ばしてる」

 

「そっか。・・・感謝していいのかな」

 

「いいと思うぜ。さ、使うぞ。監獄に入った瞬間に麻痺は強制解除される。暴れても無駄だから暴れんなよ」

 

「分かっている」

 

 それだけ言うと、俺は準備が完了した監獄送りのコマンドを使った。転移結晶を使ったかのように、その場から男が消える。それを見て、俺は立ち上がった。件のクエストアイテムを納品して、情報を聞き出して、いったん帰る。明日は迷宮潜りになるから、準備も必要だろう。そんなことを頭の隅で考えていた。

 

 




 はい、というわけで。

 今回はまあ、前座ですね。これも閑話です。74層だから嘘ではない。
 自分でもなんでこうなったか分からないちょっと謎な展開です。今までPKer死すべし慈悲など要らぬだったのが少し丸くなった、というのを書きたかったのに、どうしてこうなった。

 今回出てきたボスは、モデルはホロロホルルですね。ただし、文章にも書いてある通りこれでもかというほどのデバフの嵐。嫌がらせです。なお本来はタンクが肉壁になれば雑魚の模様。・・・そもそもボス単独撃破するなよというツッコミは置いておく。


 さて、次からはようやく物語が動き出します。
 ではまた次回。

2018/6/28追記
無事に就職活動終了しました。今は卒研で使う道具を製作中です。加工場所の使用時間が限られているので、それまでにとりあえずALOifを完結させて、GGO編突入を目指します。


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44.不穏な気配

 さて、そんなことがあった帰り。久々に、何となく夜にアルゲートのエギルの店に来た。ここは、まあもちろん時間にもよるが、夜はたまにバーになっている。本人曰く、趣味らしい。趣味で夜遅くまでバーとは粋なものだ。ま、エギルのなかなか趣味のいい家具のチョイスにより、ここは大人の富裕プレイヤーの間で隠れ家的人気を博している。らしい。ま、当の本人ちょくちょく店空けてたりするから、そういう点でも本当に趣味なのだろう。

 

「よう」

 

「おお、お前さんか。あれか?」

 

「おう、あれだ。久々に飲みたくなってな」

 

 見た目こそいかつい黒人巨漢なので、初見だとどうしても腰が引けるのだが、俺が攻略組復帰したボス攻略でも全く嫌な顔をしなかった、数少ないメンバーの一人だ。

 俺の目の前に置かれたロックグラスに入っているのは、大きめの氷と明るい茶に似た液体。

 

「しっかしまあ、よくもまあこんな世界に酒なんざぶち込んだよなぁ。未成年も多いだろうに」

 

「現実で酔わないからいい、という考え方なんだろう。ガキンチョの舌に酒はまずいだろうしな。どちらにせよ、ゆっくり飲めるんならいいじゃねえか」

 

 そういって、エギルは店の外に一瞬だけ出てすぐに戻ってきた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、今日は俺もゆっくり飲みたいんでな。客も来なさそうだし、店じまいだ」

 

「おいおい、クライン当たり来たらどうするよ」

 

「また今度売値をサービスしてやるよ」

 

「売値つってもぼったくり価格なんだろ?」

 

「失礼な。ぼったくりはしねえよぼったくりは」

 

 そんな馬鹿話をしつつ、マスターも自分のタンブラーに酒を注ぐ。相手が軽くグラスを上げたのに合わせ、俺も軽くグラスを上げて一口。

 

「なんかあったのか?」

 

「それがな、聞いてくれよ。キリトがよう、ラグーラビットの肉取ってきたんだよ」

 

「ラグーラビットぉ!?」

 

 驚きから、思わず大きな声がでる。ラグーラビットといえば、こちらの世界では最高級品の肉だ。しっかり調理すれば、それはそれは美味だという。現実世界で言う最高ランクの和牛などがこれに位置する。

 

「最初は俺に取引持ちかけてきたんだがな、あいつ、アスナを見るや否やそっちに行きやがって・・・。畜生、食いたかった・・・」

 

「ああ、なんつーか、ドンマイ・・・。同情する」

 

 かなりご愁傷さまだ。極上の食材があるのに食えないとは、生殺しである。俺だって同じ立場なら地団太を踏むだろう。

 

「しかも、アスナもアスナで護衛振り切ってキリトの誘いに乗ってるし」

 

「わっはっは、若いとは良きかな良きかな」

 

「笑いごっちゃねえよ。そのアスナの護衛、かなりアスナに入れ込んでたみたいだしなぁ」

 

「へえ、どんな奴なんだ?」

 

「ん?かなり細い奴だったぞ。細いっていうより、痩せてるって感じだな。確か名前は、クラ、なんたらとか言ってたな」

 

 口元までもっていった、グラスを持った手が止まった。馬鹿話をして上がってた口角が下がる。

―――まさか。

 

「クラディール、か?」

 

「あー、そうそうそんな名前だった!」

 

 一気に酔いがさめ、頭が冷えた。

 

「ん?お前さん知ってるのか?」

 

「・・・昔のことだ」

 

 一回グラスを置いて、ゆっくりと氷を指で回す。こうすると少しだが、中身が冷える。そうか、あいつが。あいつが、アスナの、護衛。俺の昔の意味を的確に感じ取ったのだろう、エギルが少し黙った。

 

「しっかしまあ、なんでアスナに護衛なんざ。生半可な奴だったらかえって足手まといだろう」

 

 努めて元のトーンで話す。だが、先ほどの穏やかに飲んでいるような気分ではなかった。

 

「なんでも、最近何通か、殺害予告の手紙がKoBに届いたらしくてな。で、一応念のため、幹部陣に護衛が付くことになったんだと」

 

「へえ。かなり最近の話なのか?」

 

「ここ一週間くらい、だったかな。お前さん、その手の話聞かないのか?」

 

「興味がないからな」

 

「おいおい、しっかりしろよ若人。もう少し人生楽しむ努力したらどうだ」

 

「悪いが、そんな努力のやり方を知らなくてな。それと、若人なんて言ってると爺臭く見えるぞ」

 

 軽口の応酬をしつつ、冷静に頭を回す。あいつが、アスナの、護衛。なら、殺すチャンスはいくらでもあるはず。ただ、あいつも仮にも、レッドの生き残りのようなもんだ。俺たちの教え通り、殺すときは確実に、一発で。それを徹底するはず。とすれば、今は機をうかがっていると考えるのが自然。手紙もおそらく、そのための仕込みだろう。だが、大きな疑問がある。

 ごまかすように、俺は話題を変えた。

 

「なあ、そういえばキリトはどうするんだ?あいつのことだ、マイホームなんて持ってないだろ。厨房借りる、って思いつくような奴じゃねえだろ、あの戦闘バカは」

 

「そういえばそうだな。聞いてねえが、アスナの家に行くんじゃねえか。アスナは料理スキルコンプしたって言ってたし。案外押しの強いアスナだし、無理矢理パーティ組むくらいはするんじゃないか」

 

「やりそうだな、そのくらいは」

 

 最後の一口を飲み干す。その反応を見て、エギルが声をかけた。

 

「どうする、もう一杯飲むか?」

 

「いや、今日はもういい」

 

 それだけ言うと、俺はお代をテーブルに置く。―――考えることは山積みだ。ゆったり酒飲むのはまた今度。

 

「ごっつぉさん」

 

「おう、また頼むぜ」

 

 それだけやり取りをすると、俺は店を出た。

 

 

 

 店を出て、拠点の宿に戻って考える。やはり、疑問が残る。俺らの、仕留める機会をしっかり見極め、一発で殺すという教訓を守っている、と考えるのが、やはり自然だ。となると、この場合はアスナがターゲットと考えるのが自然。が。

 

―――アスナを殺す?アスナ信奉者のあいつが?

 

 それが、ずっと気になっている、大きすぎる疑問。妄信的に信奉している相手を殺す、というのは、なかなかない発想だ。護衛についたのはまだわかる。そうすれば、信奉している相手のそばにいる理由ができるからだ。だが、ならばなぜ。

―――いや。

 そばにいる理由が欲しい。そのためには、()()()()()()()()()()()()()()()()()。なら、ターゲットは、―――キリトか。アスナのキリトに対する思いは、少し見ていればバレバレだ。ターゲットにする理由としては十二分。

 しかし、キリトか。ならある程度機会をうかがうのも分かる。正面切って殺すというのも難しい。さすがに俺も、アスナの目の前で殺しをするほど命知らずじゃない。本気でブチ切れたあいつを相手取るのは怖い。攻略の鬼対鬼神の片割れ、字面はいいかもしれんが、当人からしたら本当に怖い。さすがにその時は、この命を散らす覚悟をする必要もあるやもしれん。

 

(・・・とりあえず、考えるのは後にするか)

 

 ならば、普通に接触できるタイミングを計るか。なら、どうせ明日は迷宮攻略の予定だった。そこでの接触を狙うか。そう思って、俺は眠りについた。

 

 

 

 翌日。74層の転移門広場に、意外な影が意外な状態でたたずんでいた。珍しいな、と思いながら、俺は近寄って声をかけた。

 

「よう、キリト。珍しいな、待ち人か?」

 

「ああ、ロータスか。・・・まあ、そんなとこだ」

 

「アスナか?」

 

「ああ。って、なんでわかったんだ?」

 

「昨夜、エギルんとこで一杯飲んでな。そん時に、ラグーラビットの一件を聞いたんだよ。ところで、その様子から察するに、アスナが待たせてるのか?」

 

「ああ」

 

「珍しいな、アスナが遅刻なんて。ま、お邪魔にならんうちに先行くわ」

 

「そっか。そっちは攻略か?」

 

「まあな。てか、装備みりゃ分かるだろ」

 

「それもそうだな」

 

 お互い、最前線に出ることを想定した、現状の最高装備。それは、見るやつが見れば一発でそれと分かるような、独特の雰囲気がある。

 

「んじゃ、俺は先行くぜ」

 

「おう、またな」

 

 そう言い残すと、俺はその場を離脱、するふりをして、物陰に隠れた。さっきも言ったが、アスナは基本的に時間をしっかりと守る口だ。そのアスナが時間を守らない、ということは、何らかの事情があるはず。もし万が一、クラディール関連であるのであれば。と、考えていると、転移門が光った。そのあと、なにやらキリトと交錯した。直後、悲鳴を上げてキリトが吹っ飛ばされた。アスナが胸の前で腕を交差させる形で肩を抱えているところを見ると、どうやらラッキースケベが発動したらしい。・・・つってもアスナ、ありゃ半分不可抗力だろ。あの至近距離はさすがに躱せないわ。揉んだのなら問答無用で鉄拳制裁待ったなしだが。と、再び転移門が光ったところで、アスナが素早くキリトの陰に隠れた。出てきたのはクラディール。

 

「アスナ様、勝手をされては困ります!ギルド本部までお戻りください!」

 

「嫌よ!今日は活動日じゃないでしょ!大体、なんであなた私の家の前で張り込んでるのよ!?」

 

「私はアスナ様の護衛です。それには、家の監視も―――」

「含まれないわよ!!」

 

 ・・・もともとアスナ信奉者だったが、こりゃひどくこじらせてんなー。はたから見りゃただのストーカーだぞこれ。どこぞの第四真祖の監視役じゃねえんだから。と、無理に腕をつかんで引きずって行こうとするその腕をキリトがつかんだ。

 

「悪いな。あんたのとこの副団長様は、今日は貸し切りなんだ。それに、あんたよりはましに護衛が務まると思うぜ。そんじょそこらのやつなんざ一ひねりにできるしな」

 

 その挑発まがいの―――いや、これは明らかに挑発か。とにかく、その言葉に、クラディールは顔面を朱に染めた。

 

「貴様ァ・・・それだけの大口を叩いたからには、それ相応の覚悟というものがあるんだろうなぁ・・・!?」

 

 あーあ、こりゃダメだ。ただでさえも実力者のキリト相手に、こんだけ血を上らせちゃだめだ。PvPは冷静さが肝だ、って俺言ったはずなんだけどな。ま、関係ないか。

 デュエルに関しては、キリトが一刀のもとにクラディールの得物をへし折った。幅の広い両手剣の(しのぎ)を重量片手剣で強打すれば、ま、ああなるわな。

 

「得物を変えて仕切りなおすなら付き合うけど、そうまでする意味は―――」

「くそがあああぁぁ!!」

 

 キリトの言葉は途中でぶった切られた。短剣を持ったクラディールが、怒りそのまま突進する。が、横合いからアスナが得物を弾いた。

 

「あ、アスナ様―――」

「クラディール。指示を告げます」

 

 動揺するクラディールをよそに、アスナは淡々と告げる。

 

「副団長権限で、現時刻をもってすべての任務を解除。以降、別命あるまで本部で待機。以上」

 

「そんな―――」

「これ以上は時間の無駄です」

 

 きっぱりと、淡々と言い切ったアスナに、クラディールはうなだれた。小声で何か言ったようだが、聞き取れなかった。が、空中にデュエルのリザルト表示が出たことで、クラディールがリザイン宣言をしたのだろうと気づいた。そのままクラディールはグランザムへと転移した。

 

(―――厄介だな。さすがにKoBの本部に乗り込むわけにゃいかん。だがま、何もできないって保証ができただけ、ましとするか)

 

 そう思うと、俺は迷宮へと向かった

 

 

 

 迷宮へ続くダンジョン―――昨日ボス狩りをやったあの森だ―――で雑魚を狩っていると、俺は妙なパーティを見つけた。見つけた、というより、妙な音を聞いた、というべきか。とっさにメニューから隠密用の装備に変えると、上手く物陰に隠れた。そのまま、索敵スキルの応用である遠視スキルでそちらの方向を見つつ、静かに隠れる。と、別の二人組。こちらは分かりやすい、白と黒。音をできるだけ殺しつつ、そちらに回り込んだ。

 

「よう、お二人さん」

 

 静かに俺は声をかける。と、二人が驚いて声を上げようとするのを、唇に人差し指を当てて押さえる。

 

「静かに。感づかれる」

 

 空いているもう片方の手で方向を指さす。それで二人とも、その奇妙なパーティに気付いた。で、ここで一つ問題発生。

 

「でも私、装備が・・・」

 

 アスナは、いつも通り、KoBの白基調装備。これではさすがに目立ちすぎる。さっと俺はメニューを操作した。パッと目についた隠密能力が高そうなやつって言うと、

 

「これでも使え」

 

 ぽいと俺は適当な黒いフード付きのコートを放る。それに袖を通して、三人で隠れた。ちなみに、俺はすでに某緑茶チックな装備になっている。顔の無い王は使えないが、十分な隠密性を備えているはずだ。

 最前線である以上、パーティを組むのは自然だ。俺やキリトのように、ほとんどソロで狩り続けている輩のほうが珍しい。だが、多すぎるパーティは、かえって首が回らなくなる。だから、普通に攻略するときは5、6人で攻略することが多い。だが、あの集団はそんなちゃちな集団ではない。見たところ、10名はいようかという、普通の攻略と考えれば大集団だ。仰々しすぎる。それに、動きがそろいすぎている。これでは、突発事象が複数発生したときに、かえって対応が遅れることが想定される。それに、一様にそろえられた、あの深緑の装備。

 

「軍、か?」

 

「やっぱりそう思うか。でも、軍は最近前線に出てきてないぞ」

 

「こっちでも、前線に出てくるなんて情報は聞いてないわ」

 

 どうやら俺の直感は当たっていそうだ。アスナが聞いていないということは、本当に今回は突発事象である可能性が高い。ここは、

 

「俺が尾行してみる。どうせ索敵スキルそんなに高くないだろうし、隠密ボーナスのある装備も大量にあるしな」

 

「そう、だな。悔しいが、俺たちよりその手のスキル、高そうだしな」

 

 キリトも適性を認めていた。ま、この辺はあれだな、昔取った杵柄というやつだ。こんな形で生きるとは思ってなかったが。

 

「つーわけで行った行った。俺だってお忍びデートにこれ以上介入する気はねーよ」

 

「「デートじゃない!」わよ!」

 

「息ぴったりじゃん。あ、それは返さなくていいぞ。その手のやつなんざ大量にあるから」

 

 俺の茶化しに、揃ってしかめっ面をする白黒夫婦。もうこいつら夫婦でいいだろ。いつまでラブコメ空間作ってる気だ全く。ま、そんなわけで二人を先行させると、俺はゆっくりと、一定距離を保ちつつ気配を殺してあとをつけた。

 

 

 

 そのまま一定距離でつけて、気づいたことがいくつかあった。一つは、少なくとも全員がそれなりのレベルには達していること。装備は業物とはいいがたいが、それなりでそろえている。が、その装備でやっているということを考えれば、討伐時間は長いとはいいがたい。そして、これは軍らしいと言えばそうなのだが、非常に規律正しい。足音はほとんど崩れないし、陣形の指示も比較的適切。だが、一番の問題は指揮官の性格だ。体力などの不足を気力でカバーしようとするきらいがありすぎる。こういうところで、体力不足は致命的だ。その辺はどうしても実践不足と言わざるを得ない。それを無理に気力でカバーしようとすれば、最悪死を招く。それを分かってやっている節がない。陣形は手堅く、無理な攻撃をしない。深追い禁止を厳命しているのがよくわかる攻め方だ。だからこそ、適度な休息が必要だろうに、この指揮官はそれを考えていない。というより、する余裕がない、の間違いか。それもおそらく、レベリングや経験の不足だろう。ま、はっきり言って、

 

(認識が甘い)

 

 もう少し練度を上げてから出直してこい、というのが本音。ましてや、慎重を期してというのは分かるが、高々迷宮区攻略ごときに2パーティ分もの大集団で人海戦術をしている時点でアホと言わざるを得ない。迷宮区攻略なんぞ、最悪ペアでもできる状態まで経験なり積んでから出直してこいというもんだ。かといって、今中断させるのは、それなりにリスクがある。

―――いや。これまでの傾向を考えれば、迷宮に入ってすぐに安全圏はないはず。それに、迷宮区はほとんど暗く、集中力を食う。なら。

 装備を変える。あえて木に近い色の装備から、くすんだ赤い色フードが付いた、顔の見えない装備に変える。相手の視界を分析しながら、上手く相手の死角を突いて静かに接近する。とうの昔に隠密スキルは最低限まで解除してある。そもそも、今の俺の装備は、くすんでいるとはいっても、森の緑の補色に当たる赤い装備。索敵スキルや周囲の注意を払えば十二分に感知できる距離にいるはずなのだ。それができないところからも、練度の低さがうかがえる。頃合いを見て、俺は一気に間合いを詰めつつ、スローイングタガーを投げた。もちろん、当てる気はない。だが、脅しには十分なる。実際、耳元で風を切る音がして、弾かれたようにこちらを向く。が、その時はもう遅すぎる。司令官の首級をとれる位置に、俺はオニビカリを添えた。寸止めではあるが、それがはっきりとわかる寸止めだ。ま、当然ではあるが俺のほうにはパーティメンバー数人から刃が突き付けられている。だが、俺は全く委縮などしなかった。する道理もない。

 

「全く、ここまで俺の接近に気付かないとは。反応したやつも半数いない。それに、反応したやつも、俺が寸止めする前じゃなくて、その一秒後くらいに反応してるだろう。その前にはスローイングタガーを外した音が聞こえてるにもかかわらずだ。本当に俺が首を取りに来ていたらどうするつもりだ?」

 

 俺の疑問に答えるやつはいない。そもそもが反応もできていないやつもかなりいるのだ。

 

「これだけ人間がいるのに、警戒も何もあったもんじゃない。出直してこい」

 

 距離を取って刀をしまう。もとより斬るつもりなんざ一切なかったから、装備はそのままだ。パチンという鯉口の音で、ようやく相手も警戒を解く。司令官だけ、その緊張の糸は切っていなかった。それに関しては正解だ。彼我のレベル差を考えれば、抜刀で腕の3、4本は飛ばせる。

 

「貴様、何者だ」

 

「なに、通りすがりの元プレイヤーキラーのごろつきだ。少なくとも一息入れたほうがいい。動きに疲れも見える」

 

「私の部下はそんな軟弱者ではない!!」

 

 俺の言葉に、司令官はかっとなって怒鳴り返した。が、俺は全く動じなかった。

 

「そういう意味じゃない。人間ずっと集中できるわけじゃないんだ。そういう点では、少なくともマックスの集中じゃないだろう。こんな緑だらけの場所で、普通なら目立って仕方のないこんな装備のやつに、あんたは首を取られかけたんだ。しかも、10人以上なんていうふざけた大集団でありながら。

 この先、すぐに迷宮区がある。幸いなことに頭数はいる。交代で見張りを立たせて休憩すればいい。少なくとも今よりはましになるはずだ」

 

 怒鳴り声に全く委縮しない、俺の静かな言葉に、司令官は黙り込んだ。

 

「貴様、なぜそんなことを言う」

 

「さすがにこんなに大量に目の前で死なれたら寝覚めが悪いのでな。警告はした。行くも帰るも、それはそちらが決めることだ」

 

 それだけ言い残すと、俺は迷宮に向かった。さて、これが吉と出ることを祈るか。

 




 はい、というわけで。

 今回から一気に原作介入です。
 クラディールと決着付けるはいいものの、情報源どうするよ。ということで考えたのが、エギルの店。別に本職もバーテンみたいなもんだから問題ないよねこの人。というか、このあとがきを書きながら思ったこと。・・・一応この主人公20代前半設定なんだがなぁ、なんで若干哀愁すらも漂うのか・・・。ま、そんなこと言ったらエギルだって30くらいだし。まあいっか。

 鎬、というのは、刃物の横っ面のところですね。横っ面って書いてもよかったんですが、ぴったりな表現があったのでそのまま採用。

 補色というのは、色円環での対岸に位置する色のことです。緑の場合は赤、黄色の場合は黒がそれにあたります。いわゆるトラ柵をイメージすると分かりやすいのですが、その組み合わせは非常に目立つ組み合わせとなります。要するに、ロータス君は自ら隠密性をかなぐり捨てたわけですね。
 あ、ちなみに格好としてはエミヤ[アサシン]を思い浮かべていただければ大体あってます。キャリコとコンテンダーはありませんが。それでもさっさと首を出せ状態にしてしまうあたり、実力差が相当だから帰れ、って話ですね。・・・これで折れないあたりさすがコーバッツさん石頭。

 さて、次回はいよいよ74層攻略となります。その後は、またオリジナルエピソードを少し挟んでからの原作沿いです。オリジナルエピソードが多いなぁifルート。
 ではまた次回。


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45.変わらない距離

 さて、そうして迷宮攻略をしていると、ある程度進んだところで安全圏にたどり着いた。そこにはすでに先客が腰を下ろしていた。が、それはあまりに無警戒だった。

 

(全くこの小娘は・・・)

 

 呆れつつ、となりに腰を下ろす。と、リラックスしたからか、欠伸が出た。どうやら思った以上に緊張していたらしい。思わず座った瞬間に目をしばたいてしまった。ちゃんとコンディション管理しないとな。

 

(人のこと言えんな、これじゃ)

 

 目頭をこすりつつ、そんなことを考える。と、隣から声がかかった。

 

「眠たいの?」

 

「まあな。寝不足にはなってないと思っていたんだが」

 

「なら寝れば?」

 

「そうしたいのはやまやまなんだがな・・・」

 

 場所が場所だけに、そこまで無警戒になるわけにもいかない。と、言おうとして欠伸が出た。と、レインが足を伸ばして、自身の太ももをぽんぽんとたたいた。意味は分かる。が、さすがにそこまで甘えるのはな、なんだかなぁ。

 

「大丈夫だって、私も強いし」

 

「知ってる」

 

 ・・・そういう問題じゃないんだっての。いろんな意味で。と、もう一度強く瞬きをした。・・・あかん、これじゃ今後にも支障が出るな。

 

「じゃ、少し、お言葉に甘えるわ・・・」

 

「うん、ゆっくりね」

 

 そういうと、俺はゆっくりと眠りに落ちた。眠りに落ちる寸前で、体が優しく寝かされたように感じた。

 

 

 

 それから少しして、俺ははっきりと目が覚めた。どうやら結構しっかり寝れたらしい。体勢は、ま、想像通りっちゃあ想像通りの膝枕。

 

「悪いな。わざわざ」

 

「いいよ、今更だし」

 

 見上げる体勢から、上半身を起こす。視界の端の時計に目をやる。大体30分くらい寝ていたらしい。

 

「誰か来たりしなかったか?」

 

「特に誰も。君が来る前に、アスナさんとキリト君が来たけど、そのくらい」

 

「そうか」

 

 とりあえず、クライン当たりに殴られるようなことはなさそうだ。あいつ、俺がこういうの(膝枕)されてるの見たら血涙流しそうだからな。比喩でもなんでもなく。・・・そんなにがっつくから女が寄ってこないんじゃねえの、とは本人の名誉のためにも言わないでおく。

 

「思い出すね」

 

「なにをだ?」

 

「25層攻略の時。同じようなことしてたなーって。立場は逆だったけど」

 

 言われて思い出す。そういえばそうだった。

 

「膝枕まではしなかった覚えがあるがな」

 

「ま、そこはそれだよ。ねえ、またパーティ組まない?」

 

「ま、こっちとしても断る理由はないな」

 

 そういってメニューウィンドウを表示させる。そのままパーティ申請を送ると、自分のHPの下にもう一本別の表示が加わった。

 

「さて、早速攻略に行くか?」

 

「そうだね。フォーメーションはいつも通り?」

 

「おう、いつも通りだ」

 

 いつも通りの感覚で攻略再開と行こうとしたところで、俺が一つの異常に気付く。

 

「なあ、あれなんだ?」

 

 それは、真正面から迫ってくる人影。数は二つ。だが、その様子は。

 

「なんていうか、なんであんな必死?」

 

「つか、どっかで見覚えねえか?」

 

「奇遇だね、私もそう思った」

 

 その影は安全圏に入ると、急停止をかけた。その二人を見て、呆れて俺が声をかける。

 

「なぁにしてんだお前ら」

 

 俺の一言に、二人は顔を見合わせて笑った。その笑いがこちらにも移り、しばらく笑い合っていた。

 

 

 

 で、その笑いが収まった後、事情を聞いて。

 

「で、それであんなふうに走ってきた、と」

 

「はは・・・」

 

 ごまかしたように笑うキリトに、俺は呆れが多分に混じったため息交じりの苦笑を浮かべた。全く、現状攻略ツートップも一皮めくればただの少年少女か。ま、当然っちゃ当然か。

 

「で、どんな感じなんだ、そのボスって」

 

「名前は、確か、グリームアイズ、って名前だったな。見た目は、山羊頭みたいなほうの悪魔で、大剣を持ってた」

 

「となると、力で押してくるパワータイプって考えるのが自然か・・・。盾持ちが大量にほしいな」

 

「ブレスとかにも警戒しないとね」

 

「盾、ねえ・・・」

 

 キリトの言葉を受けて、さらに俺たちは分析をかける。そのあとに、アスナが怪訝な顔を向けた。

 

「・・・なんだよ?」

 

「キリト君、何か隠し事してない?」

 

 それにかすかに表情の変わるキリト。・・・全く、それじゃばれるぞ。

 

「どうしてだ?」

 

「だって、片手剣の最大の長所って、盾を持てることでしょ?私の細剣(レイピア)とかなら、スタイル重視で持たないって人も多いけど・・・怪しい」

 

「それこそスタイルだろうよ。仮にもキリトも体術持ってるわけだし」

 

 疑いの目を向けるアスナを、俺はため息交じりに諌める。その言葉に、アスナも追及をあきらめたようだ。

 

「それもそうね。そもそも、他人のスキル構成を聞くのはマナー違反だし。

 そろそろいい時間だし、お昼にしましょうか」

 

「あれ、そんな時間・・・だな」

 

 視界の端で時間を確認すると、確かに昼過ぎになっていた。気づかなかった。

 

「そういえば、二人は今から攻略しようとしていたのか?」

 

 キリトの疑問に、俺たちは揃って黙り込む。うん、全く反論できないぞー。

 

「昼飯抜きで攻略する気だったのか?」

 

「黙れ小僧(戦闘狂)

 

 某白い狼みたいな声になったが、仕方ないと思う。すっかり忘れてただけだ。

 

「なら、私たちも腹ごしらえしよっか。どうせ作ってきてるんでしょ?」

 

「俺かよ!?ま、作っては来てるが、粗雑極まりないからな」

 

 思わず突っ込みつつ、ストレージから今日の昼食を広げる。横からの視線にはもうすでに気付いていたので、俺はうち一つを放った。

 

「えっと、これは?」

 

「鹿肉っぽいものの蒸し焼き香草包み。その葉っぱは皿っつーか包み紙代わりにもなるが、食えんからな。どうせこれ目当てだったんだろ?」

 

 言われた通り包み代わりの香草を開けると、焼かれた肉独特の色合いのものがそこにあった。隣で咀嚼する俺を見て、レインも口にする。

 

「おいしい」

 

「うん、いい出来だ。個人的にはもっとレアぐらいがちょうどいいが」

 

「ねえ、私にも食べさせて」

 

 俺たちの様子を見てか、アスナが横から顔を出してきた。レインから差し出されたそれを一口かじって、アスナは驚いたように声を上げた。

 

「確かロータス君って、基本的に戦闘スキルばっかだったよね?」

 

「だな。ほんの一部例外はあるが。どうしてだ?」

 

「普通、料理スキルがないと、料理って体をなさないよね・・・?」

 

「ほとんどマニュアルに切り替えてやった。ましてやこれなんざ適当な串にぶっ刺して焼いたやつを、臭み消しになりそうな香草で包んでアイテム設定しただけのモンだ」

 

「適当な串にぶっ刺して、焼き加減は?」

 

「練習だ」

 

「いや普通それじゃ済まねえからな!?」

 

 キリトからツッコミが入った。が、俺からしたらそうだからどうしようもない。かの赤軍の白い悪魔だって射撃のコツは練習らしいし。練習ってすごい。

 

「・・・驚いたわ。スキルなしの料理なんて無理のはずなのに」

 

「無理じゃねえ。タイミングがやたらシビアなだけだ。だったら見切っちまえばいい」

 

「・・・そういう問題?」

 

「そういう問題だ」

 

 俺の返答に、アスナは額に手を当てた。・・・うーん、俺からしたら本当にそういうもんなんだがなぁ。

 

「ところで、アスナのそれは、サンドイッチか?」

 

「うん。一つ食べる?」

 

「ならありがたく」

 

 言葉に甘えて一つ口に放り込む。と、想像以上にうまい。

 

「めっちゃうまいな。金取れるぞこれ」

 

「そんなに?」

 

「どうやって作ったのか気になるレベルだ」

 

 少なくとも、ポッと適当にレシピに放り込んだだけ、なんて馬鹿な話はあるまい。そう思っての問いかけに、アスナは胸を張った。

 

「これまでの味覚エンジンの分析データの賜物よ。その結果、あれこれ作り出せたんだから。例えばこれ」

 

 そういわれて三人が手を出す。ぺろりと舌でひとなめしてみれば、それはまごうことなき

 

「「「醤油だ」」」

 

 見た目の色があっていないのは、まあ、ご愛嬌というか、仕方ないというか。そもそもがここまで再現できた時点で驚きだ。

 

「ほかにもあるわよ」

 

 そういわれてまた三人とも手を出す。と、

 

「「「マヨネーズだ」」」

 

 これまた驚き。ここまで再現できるもんなのか調味料の味って。このままだとポピュラーな調味料は一式そろえられそうだ。

 

「こりゃ本格的に金がとれるぞ」

 

「すげえよアスナ!」

 

 俺の感心した、冷静な言葉とは逆に、キリトは興奮してアスナの手を取っていた。突然のことだからか、頬を赤らめるアスナに対し、俺は思わず口角が上がるのを自覚した。

 

「ロータス君」

 

「へーへー、分かってますよー」

 

 何をしようかを先回りされて、俺はあきらめたように声を上げた。ちっ、からかうと面白そうだったのに。

 

「だ め だ か ら ね?」

 

「分かったっての」

 

 言外の圧力に、俺は本格的にからかうのをあきらめた。と、そんなことをしていると、遠方に感。半ば反射で目をやりつつ、いつでも抜刀できる体勢に移行する。見えた人影に、俺は再び力を抜いて体制を戻した。

 

「なんだ、あんたか」

 

「なんだとはご挨拶だな。いきなり斬りかかることも辞さない雰囲気を一瞬でもだされたら、こちとら警戒するしかねえじゃんか」

 

 俺の言葉に、寄ってきた相手、風林火山のクラインはため息をついた。

 

「それもそうだな。悪い」

 

「いや、いいってことよ。キリトも。元気そうで何よりだ」

 

「だな」

 

 と、そこでクラインの視点が行ったり来たりした。その先はアスナとレイン。と、突然気を付けをして、

 

「くくくクラインと言います24歳独身―――」

 

 と、最後まで言い切る前にキリトの腹パンで強制終了。HPは全く減っていないもののダメージフィードバックはしっかり入る。うん、お見事。

 

「ひ、ひでえよキリの字・・・」

 

「「いや、今のはリーダー(クライン)が悪い」」

 

 クラインの抗議が俺と、風林火山の誰かのツッコミで笑いに変わったところで、改めて世間話になろうとした。ところに、索敵にもう一度引っかかった。

 

「多いな」

 

「え?」

 

 レインの言葉には反応せず、俺は反応のあったほうを睨む。

 

「ん、どうしたよ?」

 

「集団が来る」

 

「みたいだな。二つぶんか?」

 

「いや、多分一つだ」

 

 俺の様子に気付いたクラインが俺に問いかけ、返答にキリトが乗じる。想像通りであるなら、あいつらのはずだ。横目で索敵の光点を数える。どうやら死んではいないようだ。

 

 想像通り、近づいてきたのは軍だった。指揮官を先頭に、集団は俺たちの近くまでまっすぐに来た。どうやらやり過ごす、ということはできないらしい。

 

「休め!」

 

 その号令で、集団が崩れ落ちる。だが、指揮官はこちらに向けて言い放った。

 

「私はアインクラッド解放軍、コーバッツ中佐だ。君たちは、マッピングを済ませているのかね?」

 

「俺はボス部屋前まで済ませてある」

 

「結構。ならば、そのデータを提供してもらいたい」

 

 その遠慮のない物言いに、俺は眉を動かした。

 

「もう少し言い方ってもんがねえか、あんた」

 

「そうだぜ、マッピングの苦労が分かってんのかよ」

 

 俺の言葉に、クラインも同調する。その反応に、指揮官は毅然と反論した。

 

「我々はゲームクリアのために動いている。君たちがプレイヤーである以上、我々に協力する義務がある!」

 

「お前―――」

「いいよ、クライン」

 

「キリト!」

 

「もともと街に戻れば公開するつもりだったんだ。少し早まるだけだ」

 

 そういうと、メニューをスクロールする。そのままマップデータを確認すると、指揮官は社交辞令のように―――実際そうなのだろうが―――「協力感謝する」といった。その反応に何か思うところがあったのだろう、キリトが声をかける。

 

「ボスにちょっかいだすのはやめといたほうがいいぜ」

 

「それは私が判断することだ」

 

「他人の忠告も聞いたほうがいいと思うがな。それに、人数が足りない上に、メンバーの疲労もたまっていると見える」

 

「私の部下はそんな軟弱者ではない!!貴様ら、さっさと立て!!」

 

 俺の指摘に、指揮官はかっとなって怒鳴った。俺はその様子に、一つため息交じりに言葉を漏らした。

 

(またそれか)

 

「ん?なんか言ったか?」

 

「いや、あんたが他人の忠告を聞かない、ってことを再認識したってだけだ。さっきといい、な」

 

 俺の言葉に、指揮官は怪訝な顔をした。どうやら、本気で心当たりがないらしい。

 

「装備を変えなきゃわからんか」

 

 そういうと、俺はメニューをスクロールした。先ほど使っていた、顔の隠れるくすんだ赤色のフードを身に着ける。そのまま、顔を隠している部分をスライドさせ、露出させる。

 

「これで、ようやくわかったか?」

 

「同一人物という確証がどこにある!?」

 

「なら、これでどうだ」

 

 そういうと、俺は一歩で間合いを詰めてオニビカリを首筋に当てた。それに、部下の何人かは反応できたようだ。

 

「さっきよりは反応が良くなってるっぽいな。だが、まだ遅い。俺が間合い詰めた時点で反応しないと間に合わないぞ。それに、反応したはいいけど体が動かなかったやつもいる。へばりだしてる証拠だな。何より、この刃紋は覚えてるだろ?」

 

 峰を肩に乗せ、ゆっくりと目の前を通過させつつしまう。それに、軍のメンバーも得物をしまった。

 

「赤装束に二刀流・・・まさか、鮮血の蓮・・・!」

 

「あら、まだその通り名残ってたんだ」

 

 俺の言葉に、軍の何人かがおののいた。いつもは微妙な反応になることが多いのだが、今回ばかりはこの物騒な通り名に感謝だ。

 

「馬鹿な、やつはラフコフに所属していたはず・・・!」

 

「いつの話してんだよ」

 

 呆れて声を出す。俺がラフコフに所属してたのなんざ相当前だぞ。ラフコフが討滅された、なんてすでに情報が出回ってるはずなのに。

 

「ま、だからこそだ。今のおたくらはぶっちゃけ隙だらけ。その気になれば5分で全員殺せるね」

 

「ならばやってみろ。この数相手にそれができるかどうか」

 

 その指揮官の声に、何人かが抜剣する。それを見て、俺は目を細めた。

 

「ほう、よく吠えた」

 

 言いつつ、俺は右手を刀にかける。周囲は思わぬ一触即発に動揺するが、

 

「止めるな!」

 

 俺が一言言い放つ。

 

「でもよ・・・!」

 

「なに、ちょっと灸をすえるだけだ。それに、こいつらの口ぶりから察するに、こいつはボスの首級をお望みのようだからな。ここらで俺一人に負けるようでは、おとなしく引き下がったほうがいいってもんだ」

 

 何より、こいつらの底はもうすでに見切っている。俺からしたら、これは本当に灸をすえるだけだ。

 

「全員、突撃!」

 

 その言葉に、部下がそろってこちらに向かってくる。それに、俺は抜刀せずに近寄った。まず手始めに、上段から得物を振り下ろそうとした一人を、その手首を取って勢いそのままにぶん投げる。囲むように背後から来た相手は顎を殴ってから当身で黙らせる。そのまま回転させて時間差で近寄ってきた相手数人に向かって投げると、そのままそのあたりの集団は崩れた。

 

「さて、と。これで半数くらいはやったかな。で、まだやる?」

 

 あっという間、それも得物を使わずに、HPを一ドットも減らさずに、だ。手加減できる相手っていうあたり、練度の低さがうかがえる。

 

「なにをしている貴様ら!さっさと立たんか!」

 

「OK、後悔するなよ。言っとくが、俺は一時オレンジなんざ気にしないから」

 

 ラフコフの時といい、今といい、オレンジの時期は長かった。俺からしたら今更拘泥する理由がない。あえて刀ではなく、取り回しのきくオニビカリを左手で抜き放つ。それだけで、数人が委縮した。

 

「前衛、攻撃開始!」

 

 その声で、大体4人ぐらいの盾持ちが突貫する。装備から言っておそらくタンク。だが、俺からすれば、

 

「ぬるい」

 

 まっすぐ走るように見せかけ、直前で跳躍して、正面のやつに膝蹴りをかます。相手は驚きつつ防ぐが、俺からしたらこのくらい想定内。勢いそのままタンクを飛び越して、その後ろに突貫する。

 

「なにをしとる!攻撃隊、攻撃開始!」

 

 その号令で構えるが、その時にはすでに遅い。俺はもう懐に飛び込んでいた。

 向かって右のやつはオニビカリで得物を叩き落とし、正面のやつは振り下ろしてきたところに得物を側面から思いっきり蹴とばし、振り返りざまオニビカリを納刀して突き出された槍をもってぶん回して投げる。これにさらに数人巻き込まれたことを確認せず、俺は最後衛に近いところに踏み込んだ。

 

「全員―――」

「遅い」

 

 指揮官が指示を飛ばそうとするが、その時にはすでに遅い。俺はその兜の目の前にオニビカリの切っ先を突き付けた。

 

「もう一度聞くぞ。まだ、やるか?」

 

 静かに問われた問いかけに、相手は完全に固まった。ここまで、俺は攻撃らしい攻撃を一切していない。にもかかわらず、約半数ずつも戦闘不能にし、一度は指揮官の首級を取るところまで行っている。実力差は火を見るよりも明らかだ。

 

「ならば、ここは退こう。だが、貴様とボスの強さの質が違う、ということは間違いがあるまい?」

 

「あんた、まだそんなこと―――」

「そうか。そこまで言うんなら、止めはせん」

 

「ロータス君!」

 

 キリトの言葉にかぶせるように言った俺の言葉を、アスナが驚愕の声で追従する。

 

「そこまで言うのなら、止める理由はない。ただ、―――死んでも後悔するなよ」

 

 俺の言葉に、指揮官は背を向けて去って行った。その集団が向かうのは、奥の方向。どうやら、忠告を聞き入れる気はなかったようだ。

 

「全く。あそこまで頭が固いとは」

 

「それよりなんで止めさせなかったのよ!?」

 

「ああも意固地になってる相手を説得するほど暇じゃない。死ぬのなら勝手に死ね。と、言いたいところだがな。さすがにあそこまで言った手前、放っておくってのもな。そういう相手には、古今東西これのほうが効くだろ?」

 

 軽く拳を作りながらの言葉に、アスナは呆れてため息をつきながらこめかみを押さえた。

 

「何たる脳筋思考・・・」

 

「でも、そっちのほうが速そうだなー、っていうのは、賛成かな」

 

「レインちゃんも!?」

 

「だって、話を聞かない相手に対して対話なんて無理なんだし。だったら一回無理矢理でもおとなしくしたほうが早そうだし」

 

「あいつら、よもや本当にフロアボスに挑むつもりじゃないだろうな・・・?」

 

「俺が後をつけよう。何、あの練度を考えれば、索敵スキルをコンプリートしてるやつはおらんだろう。隠密っていう点では、俺が一番だろうし。それに、あれだけ言った手前、俺なら様子を見ても不自然ではないし」

 

「私も行く。隠密スキルなら、私もコンプリートしたし」

 

「俺としてはレインが来てくれることは万々歳なんだが・・・」

 

 ちら、とキリトたちをうかがう。キリトはサムズアップで、アスナは目線で返した。

 

「攻略の鬼神、幸運を祈る」

 

「俺は核ミサイルの再突入でも阻止せにゃならんのかよ」

 

 クラインに至ってはこのノリだ。ま、問題はないだろう。

 

「よし、なら行くか。こっちも索敵で探りながらにはなるが、ま、あれだけの大集団だ。どうにでもなる」

 

「そうだね」

 

 それから、俺たちの追跡が始まった。

 




 はい、というわけで。
 今回は74層迷宮区でのお話でした。

 なんていうか、主人公コンビのやり取りが結構面白いです。微笑ましいというかなんというか。

 料理のマニュアル設定に関してはオリジナルです。そういうのがあってもいいよなー、っていうちょっとした遊び心です。

 そしてコーバッツさん、石頭度合いが増している気が。気のせいじゃない、ですよね。ま、この人のおかげで少々この後の展開が少しばかり楽になりそうなので、ま、このくらい石頭でもいいかなー、と思わなかったり。

 最後のほうのクラインのセリフはエースコンバットゼロのセリフですね。最終決戦の途中のムービー内でのAWACSの台詞です。結構このセリフ好きなんですよね。

 さて、次回は74層ボス攻略です。当たり前ですが主人公たちがいるので違う展開になります。その関連でこの先のオリジナルエピソードにつながるわけですが、それは次回のお楽しみということで。

 ではまた次回。


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46.唯一性(ユニーク)

 俺たちはマッピングが済んでいないこともあり、あっちやこっちやと半分さまよいながらだったから、追い付くのには時間がかかった。そして、そのタイミングが悪かった。

 俺たちが追い付いたとき、フロアボスの扉はすでに開いていた。ならば、中にいる集団は察せられる。実際、ちらと見えた装備は想像通りの物だった。

 

「レイン、前を支えろ!」

 

「了解!」

 

 とにかく、今はキリトたちに伝えるのが最優先。迷宮区内ではメールの送受信は不可。ならば。

 アイテム欄を素早くめくる。見つけてタップしたその手に出てきたのは、文字通りの角笛。それを思いっきり吹き込んだ。とたん、大きな音が周囲に響いた。アイテム名はそのまま、角笛。パーティではぐれた時など、これを使えば目印になると同時、ヘイトが吹いた人間に向く、といったものだ。最も、俺はパーティなんざ組まないから、無用の長物としてストレージの肥やしになっていた。こういう時に役に立って何よりだ。とにかく、これでキリトも異常事態に気が付いたはず。何せ、ボス部屋の方向から角笛の音が聞こえる、という時点で、何かあった、ということに他ならない。

 前は何とかレインが支えることで、盛り返すレベルにはなっている。だが、いかんせん一人では手が足りない。キリトが来るまで持たせなければならない。ならば、こちらも出し惜しみは無しだ。

 

「イクイップメントチェンジ、セットツー」

 

 音声認識にそれだけ叩き込む。瞬間、隠密重視に振ってあった装備がいつもの赤装束になり、背中には長弓が背負われた。手始めに、俺はうなじに向けて湾曲に射撃する。普通は攻撃されないような場所に攻撃を受けたことでいら立ったのか、相手がこちらを向く。その間に、俺は第二射をつがえ、振り向いた眉間に放った。新たな乱入者に、相手がはっきりとこちらを見据えて吠えた。

 

「やかましい」

 

 一言それだけつぶやくと、俺は本格的に走り回った。ここから先は時間稼ぎだ。無理をする必要はない。振り下ろされた大剣を横っ飛びに躱す。そのまま間合いを詰めて、相手の拳は身をひねって躱す。そのまま適当に狙いをつけて矢を放ち、ほぼ真下に大剣を突き立てるような攻撃は股下をスライディングの要領で潜り抜けた。その先にいたのは軍のメンバー。

 

「なにをしている。早く転移結晶で離脱を!」

 

「それが、結晶が使えないんだ!」

 

 誰かから帰ってきた、絶望的な答えに、俺は舌打ちをしたいのをこらえた。ここまで、ボス部屋で結晶が使えなかったことなどない。本格的に、このゲームの難易度を上げるための措置だろう。

 

「ならばせめて、生き残れるだけの努力をしろ。壁際まで下がれば、生存率は上がろう」

 

「なにを言っておるか貴様!」

 

 俺の言葉に、即座に怒鳴り返したのは例の指揮官だ。この期に及んでまだ考えを改めないらしい。

 

「我々解放軍に撤退の二文字はない!戦わねばならんのだ!わきまえろ!」

 

 その言葉に、何人かが立ち上がる。くそ、どうする。その瞬間、

 

「ロータス君!」

 

 レインの悲鳴のような声で意識が引き戻された。矢をつがえて振り向きざま全力で射る。狙いもくそもあったもんじゃないが、気迫が矢にこもったのか、一瞬だがボスが怯んだ。その一瞬をついて、レインが絶妙に合わせる。心の中でグッジョブを送りつつ、俺は怒鳴った。

 

「わきまえておらんのは貴様だたわけ!!貴様は指揮官だろう!?部下の命を預かる者が、そんな訳の分からん、合理性のかけらもないような理論でどうする!!」

 

 俺の怒声に、どんな顔をしているか分からない。俺はボスに目線を戻して言い放つ。

 

「俺とレインで前衛をやる。その間に考えろ。このままここで犬死するか、逃げて生き延びて再戦の機会をうかがうか。てめえの頭で考えろ」

 

 それだけ言うと、俺は彼女に叫んだ。

 

「レイン!キリトたちが来るまで持たせるぞ!生存第一!」

 

「了解!」

 

 短いやり取りで、俺たちは左右に分かれる。熟成された連携に、コミュニケーションはそんなにいらない。真に必要なのは、互いの呼吸。その点で行けば、俺とレインほど呼吸の合ったペアなどそうはおるまい。今回の場合初見のボスなので、その点が少し不安だが、二足歩行に得物持ちという時点で大体攻撃パターンは読める。その辺はどうにでもなるだろう。ましてや、今回俺は遠距離攻撃手段も持っている。おそらく、周囲が思っているより自体は深刻ではない。ましてや、今回の目的は時間稼ぎであって討伐ではないのだから。

 素早く矢をつがえて放つ。俺に注意がいったところで、レインが足元から斬り上げる。相手の振り下ろしは横に避けた。リーチ的に、後ろの軍までには届かないだろう。その腕伝いに俺は走る。

 

「イクイップメントチェンジ、セットワン」

 

 走りながらボイスコマンドを叩き込み、使い慣れた二刀装備に変更して、顔面に特攻する。ここから先はラッシュだ。まずは手始めに、右手で刀を抜き放ち、そのまま返す。左手で拳を叩き込み、さらに追撃を仕掛けようとしたところで、剣を持っていないほうの手がこちらに来た。回避して、うなじに一閃しつつ背後に着地する。ほとんど間髪入れずにレインが攻勢に入り、ボスが煩わしそうにストンプをかける。が、この辺はさすがレイン、ギリギリを見極めて回避する。その背後から、今度は俺がとびかかる。斬り上げて、ボスの背中を使って三角跳び。左手でレッグホルスターから投げナイフを数本抜き、一気に投擲。左のレッグホルスターには、麻痺ナイフを入れてある。今日は最前線に出ると分かっていたので、レベルは最上級の代物だ。ただでさえも、投げナイフは状態異常が高めに設定されていることが多いから、いくらボスといえどただでは済まない。実際、こっちを見たボスは明らかにヘイトがたまっている。そこにさらに、俺は麻痺ナイフを連続で投擲する。それに、ボスの動きが止まった。

 

「今のうちだ、逃げろ!」「好機!全員、突撃!」

 

 俺の声と指揮官の声が重なった。一瞬動きが止まりかけた集団が指揮官の声で突撃する。隠さず舌打ちしつつ、俺も突撃した。まず、空中にアッパーをかまして足で複数回蹴り飛ばす連続体術系ソードスキル“哭空裂蹴撃”をかます。そのまま、空中で発動すれば振り下ろしと斬り上げだけになる刀系ソードスキル“月下柘榴(げっかざくろ)”につなげる。地上で発動すると、飛び上がりを挟むので使い勝手がいまいちなのだが、空中だと飛び上がりを省略して二連撃だけになり、使いやすいソードスキルとなる。そのまま、小太刀を抜き放ちつつ、幻狼斬を出し、バックキックを繰り出す。

 

「あと頼んだ!」

 

「任せて!」

 

 入れ替わりでレインとスイッチ。後ろにいるのは気付いていた。間髪入れずに轟音が響き、深紅のエフェクトが突き刺さる。リーチとそのエフェクトから、おそらくヴォーパル・ストライクだ。そのまま剛直拳からの虎牙破斬。いやはや鮮やかなもんだ。きっと本人に言ったら「それ、君が言える?」と返されるのだろうが。

 ボスの麻痺が終わる。後ろで見ていると、それが分かった。

 

「レイン!麻痺が終わる!」

 

「了解!」

 

 もっとも、本人もそれは分かっていたようで、ちゃんとソードスキルの硬直を合わせて離脱していた。

 後ろを振り返る。素早く数え、撤退した数は―――ゼロ。

 

「馬鹿が・・・ッ!」

 

 毒づいても仕方ない。とにかく、今俺ができるのは時間稼ぎのみ。俺だって碌な戦力が相棒ただ一人でフロアボス討伐などという無茶苦茶を企む気などない。少なくとも、こいつらを撤退させるまではもたせる。

 

 

 と、思っていた。そう、思っていた。

 時間が経てば実力不足を実感して撤退するものだと考えていた。それまで時間稼ぎをすれば十分だとも。だが、あの石頭は撤退する気など毛頭なく、その代りに無茶な攻め方ばかり指示をした。その都度俺とレインがフォローに回っているが、精神的にもHP的にも回復させていない攻略はもはや体をなしていなかった。それに、この援護ですら俺たちのような練度の高い連携ができるゆえの賜物であり、並みのペアなら速攻で全滅ルートだ。

 人間誰しもミスをする。使い古された言葉だ。だが、この場では致命的なミスをした。俺が背後に回って挟み撃ちをしているときに、ボスのブレスモーションを見逃したのだ。レインはちょうどソードスキルの硬直に入っており動けない。彼女なら、たいていの攻撃は問題ないだろう。ダメージディーラータイプにもかかわらずそれだけで済むほどに、彼女のレベルは高い。だが、問題は。

 

「まずい・・・!」

 

 後ろには軍の集団。しかも、その寸前に指揮官は全員突撃の指示を出していた。俺も飛び出すが、ブレスには間に合わない。彼らでは、あのブレスは耐えきれても、その直後の追撃は到底耐えきれない。かといって、もう止められない。案の定、ブレスでレインたちが吹き飛んでいく。そして、ボスは追撃に、その斬馬刀を振り下ろした。その先には、―――軍の司令官と、レイン。

 ギリギリのところで間に合う。軍の司令官を突き飛ばし、何とかパリィにかかる。が、重い。見た目通りの重さに、腕が悲鳴を上げる。正面から受け止めず受け流し、小太刀をしまっていた左手も使って、両手を使うことでようやく強引にパリィした。

―――鬼怨斬首刀を代償として。

 鍔に近いところからぽっきりと折れた、自身の相棒を見る。素人目に見ても、根元から折られた刀が、もう元に戻らないことは分かった。元をたどれば、15層でドロップし、25層の激闘を戦い抜き、今のスタイルを確立するきっかけになった刀だ。思い入れもある。が、仕方ない。

 

「ありがとな、斬破刀」

 

 かつての名前をつぶやき、右手のメインウェポンを捨てる。地面に落ちるか落ちないかといったところで、刀がポリゴンになった。オニビカリに左手をかけたところで、首筋に閃光が見えた。カウンターで迎撃されて吹っ飛ばされたが、その時一瞬見えた紅白装束から見るに、おそらくアスナだろう。ならあいつも―――と思ったところで、想定通りその影が前衛に躍り出る。

 

「おっせえぞまっくろくろすけ!前頼んだ!」

 

「了解!」

 

 俺の声にこたえ、黒い影が前線で動く。それを確認して、俺は下がってポーションを飲む。そのままの流れで鞘をストレージにしまう。先ほどの攻撃でそれなり以上のダメージを負ったのだろう、ぐったりしていた軍の集団を、どこか和風な鎧に身を包んだ集団が介抱していく。言うまでもなく風林火山だ。だが、彼らはどうあがいても1パーティの小ギルド。2パーティ分もの大集団を介抱するにはあまりに人手が足りない。それに、アスナと、消耗した俺とレインが下がっている以上、前衛はキリトのみ。いくら攻略組トップの実力を持つキリトといえど、さすがに一人では無理がある。

 

「くそったれ・・・!」

 

 走って集団を離脱しつつ、メニューを速攻で操作して、再び装備を弓に戻す。出し惜しみは無しだ。弓を使って、まずは眉間に一発。回転して位置をずらしつつ、さらに矢をつがえ、片目に一発。完全にヘイトはこっちに向いた。一本矢をつがえ、ほんの少しだけ強く引く。放った直後にもう一本、さらに今度は三本。弓の中でもなかなかの威力を持つソードスキル“トリニティレイヴン”がさく裂するも、ボスは止まらない。ソードスキルの硬直は、俺を蹴っ飛ばすには十分だった。その間にキリトが何とかパリィするも、かなり重そうだ。俺も戦列に復帰したいが、ポーションの回復まで待ったほうがいいほどにダメージを負った。レインも、さっきの直撃がかなり効いている。

 絶体絶命。どうする。俺の頭を考えが巡る。

 

「すまん、アスナ、クライン!10秒だけ持ちこたえてくれ!」

 

「お、おう!」

「了解!」

 

 キリトの声で、避難誘導をしていたクラインと、回復に徹していたアスナが切り込む。その声に、俺は一本の矢をつがえる。

 

(無策であんな無茶ぶりするやつじゃない。何か策があるはず・・・!)

 

 ならば、俺の役目は前線を崩壊しないように支えることのみ。普段より強めに引いた矢に光がともる。そのままクラインが吹っ飛ばされた一瞬の隙に、俺はそいつをこめかみに放った。貫通する一本の矢を放つ、射撃ソードスキル“ピアシスライン”で俺にヘイトが向いた瞬間に、アスナが足元から攻撃する。足元のアスナをボスがつぶそうとした瞬間に、キリトから声がかかる。

 

「よし、もういい!」

 

 その声を聞いて、俺が後ろからもう一発ピアシスラインを撃つ。今度は得物を持っていた手首を貫き、その一瞬の空白をついてアスナが得物を弾く。その一瞬でアスナとキリトがスイッチする。そのまま返ってきた得物を躱したキリトは、背中に現れたもう一本の剣を全力で振り下ろした。もう一度振り下ろされた剣を、二本の剣を交差させることで受け止め、はじき返す。その直後に、その両手の剣が同時に光を放った。それは、紛うことなきソードスキルの光。

 

「な、」

「なんじゃありゃあ!?」

「なに、あれ」

 

 外野の驚きも何のその。普通、そんな真似をしようものなら、システムがエラー判定を起こしてソードスキルが発動しない。両手にそれぞれ武器を持った状態でソードスキルが発動するのは、盾を除けば、俺の変則二刀のような、数少ない例外だけだ。

 どうやらキリトは大技を発動させたようだ。その連撃はまるで流れる星屑の如く。なら、こっちも出し惜しみは無しだ。最近発見した()()は、キリトを巻き込む可能性があるので却下。それに、鬼怨斬首刀とオニビカリを除けば、最前線で使える刀などないので、二刀流も却下。となれば、使える手札は限られる。

 もう一発トリニティレイヴンを放つと、今度はあえて虚空に転身脚を挟んで、矢をつがえて一発撃ちながら体を回転させつつ、瞬時に強くため込んだ矢を放つ。“ダッジショット”という、これまたソードスキルだ。そして、これだけ短期間で連発したのなら。

 矢をつがえて、放つ。と思うと、さらに放つ。三発目からは、手と手に持った矢に光がともるようになった。瞬時に狙いつつ、俺が止めるまで連続で矢を射出し続ける射撃系上位ソードスキル“ミリオンシュート”が連続でさく裂する。その連撃に、ボスはたまらず爆散した。

 

 ソードスキルの発動を終了し、上位ソードスキル相応の長い硬直が解けると、俺は思わず片膝をついた。荒くなった呼吸を隠すことなく、肩で息をする。駆け寄ってくる足音に、俺は片手を上げて無事を示した。

 

「軍の連中は・・・?」

 

「全員無事。なんとか、って形容詞がつくけどね」

 

「何とかだろうが、水際だろうが、生き残れたんなら御の字だ」

 

 とりあえずの懸案は去った。何はともあれ、

 

「フロアボス攻略完了、だな」

 

「こんなの攻略って言える?」

 

 レインのツッコミはもっともだ。正直、俺もこれが攻略といえるか、といえば、疑問符が残る。と、重々しい足音が近づいてきた。

 

「助力に感謝する」

 

「それは風林火山、って言って分かんねえな、あのバンダナ武者のギルドのやつらに言ってやれ。俺は敵を排除しただけだ」

 

「そう、だな。我々にはその力がなかった。君の言う通りであった」

 

「なら、今度からちょっとは他人の忠告に耳を貸すこった。毎回俺らみたいなのが守り切れるとは限らん」

 

「そう、だな。では」

 

 そういって、指揮官は去って行った。

 

「ところで、刀、どうするの?」

 

「どうすっかなぁ。前線で使えそうな刀は、俺のストレージにゃねえし。どっか、手ごろなクエストでも行くか、インゴットから打ってもらうか」

 

「どちらにせよ、探索が必要だね」

 

「だな」

 

 そういうと、俺たちは笑いあった。

 

「それはそれとして。それ、なに?」

 

「・・・言わなきゃ―――分かった分かった言うっての」

 

 弓を指さして、レインが問いかける。答えを渋った俺だったが、レインの笑顔の圧力に押され、俺は喋ることにした。

 

「エクストラスキル、射撃。おそらくは、ユニークスキルだ」

 

 その言葉に、レインは驚いたように目を見開いた。

 

「出現条件は不明。つか、分かってたら公表してる。全く、どこが“ソード”アートだよ。ぶっちゃけ奥の手っつーか、半分反則みたいな技だから、使わなかった。何せ、至近距離じゃなくて遠距離攻撃を可能とする代物だからな」

 

「そ、っか。でも、至近距離まで潜り込まれたら、その時点で終わり、ってことだよね?」

 

「そういうことだな」

 

「なら、もう少し、パーティ継続、ってことだね」

 

「ああ。よろしく頼むぜ、相棒」

 

 その答えとともに、俺たちの手がいい音を立てて鳴った。

 




 はい、というわけで。
 まずは久しぶり?のネタ解説。

月下柘榴
元ネタ:ファンタシースターオンライン2 カタナ系PA
 まあ、本文にある通りです。本家のPAは全部カタカナの名前なのですが、カタナ系のPAは全部漢字変換しやすいような名前なので、それっぽいのを当てました。PSO2には空中に一発斬り上げながら飛び上がるPAもあるんで、そこからつなげることで非常にスムーズなコンボが取れます。

ミリオンシュート
元ネタ:ファンタシースターオンライン2 バレッドボウ系PA
 術者が止めるか、PPが尽きるまで矢を連発し続けるPA。若干ですが一発一発にノックバックがあります。つっても、そんなにヒット数はないので。でも弓系ではかなり優秀なスキルです。

 今回は74層ボス戦でした。彼のユニークスキルもここで露見します。展開の都合上仕方ないところはありますが、主人公組の無双感がひどい。武器をぶっ壊してでも勝っていくとか、基本ボッチとかっていうスタイルっていうのは某鉱脈さんの影響かなー、って思ったり思わなかったり。
 というか、ロータス君も言っていますが、射撃スキルって本当に使いこなすと凶器ですよねー。だって相手は近接しか使わないわけですから。

 安定の関係継続の主人公コンビ。この後、新しく得物を新調することになるわけですが、果たしてその得物やいかに。ましてやこの鬼怨斬首刀は正史も含め、ずっと使い続けているわけですし。

 これ関連のオリジナルエピソードを挟みまして、いよいよ物語は1巻の佳境に入ります。この後果たしてどうなるのでしょうか。そして就活開始までにSAOif編を完結できるのでしょうか・・・!

 ではまた次回。


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47.周囲

 その次の日。俺は迫りくるプレイヤーの群れから逃げていた。というのも、例の射撃スキルが記事で話題になったのだ。同じく二刀流スキルもかなりの話題を持っていたから、おそらくキリトのほうにも追手―――という表現が果たして適切かどうかは分からないが―――が行っているはずだ。あっちはきっとエギルの店あたりに逃げるだろうが、俺は果たしてどこに逃げようか。と、考えながら森の中を疾走していると、見覚えのある動物の影。どうやら今はツイているらしい。素早く装備を隠密ボーナスがふんだんにつく装備に変え、その上から隠密スキルを使う。攻撃せず、あえて静かに待ちながら、相手の後をつける。と、いつも通りというか、ぎりぎり潜り抜けられるくらいの大きさの穴があった。そこを潜り抜けると、想定通りというか、セルムと会ったあの空間に出た。

 

「よし、ここなら・・・」

 

「ここなら、なん―――ああ、君か」

 

 一瞬聞こえた敵意満載の声に身構えるが、その声の主が警戒を解いたことで、こっちも警戒を解く。

 

「驚かせてくれるなよ、セルム。思わず警戒しちまった」

 

「すまない。ちょっと外が殺気立っていてね。僕も警戒しているんだ」

 

「あ、多分それ俺のせいだ。すまん」

 

「・・・どういうことだい?ことと次第によっては―――」

 

「ちゃんと説明する。だからとりあえず話を聞いてくれ」

 

 とりあえずセルムをなだめることに成功した俺は、彼に事情を説明した。事情を説明し終わると、セルムは半ば呆れたように言った。

 

「なんだ、そんなこと。それなら、君は悪くないじゃないか」

 

「騒ぎを持ち込んだことに変わりはない。すまん」

 

「いいって。それに、君自身だって被害者みたいなものじゃないか。むしろ、ほとぼりが冷めるまでゆっくりしているといいよ」

 

「なら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 

 そういうと、俺は近くに腰掛けた。すると、この前に出会った、あの狐のようなリスが膝伝いに肩まで上がってきた。前も思ったが、器用なものだ。

 

「正直、あのままなら見せしめに何人か攻撃してたかもしれんな」

 

「そんなこと言ったら、またあの子たちが悲しむよ?」

 

「わーかってらぁ、そんなこと。だから、それは本当に最終手段。俺だって、伊達に何人も斬ってきたわけじゃない。どこを斬れば、どのくらいHP減少に補正があるか。なら、HPの減りからから逆算して、どのあたりを斬ればギリギリで済むか。それくらい分かる」

 

 その言葉に、セルムは深くため息をついた。と、そこで気づく。

 

「そういえば、君は確か、両腰に刀を身に着けていなかったかい?」

 

「おう、よく覚えてんな。その通りだ。片方は前の戦いで、ボス―――階層の守護獣に叩き折られてね。もう手元にない」

 

「修理は?」

 

 そういったセルムに、俺は今残っているオニビカリを抜いた。そのまま、俺の顔の前に持ってきて、根元のあたりを指さす。

 

「縮尺に当てはめれば、大体この辺からぼっきりと叩き折られてね。修理とかそういう次元のもんじゃなくなってたんだよ」

 

「・・・そうか」

 

「まあでも、折られたほうは、本来両手で持って振るうような得物だからな。俺みたいに、片手で振るうほうが珍しい。それに、もともとこういう得物にも心得はあるから、どうにかなる」

 

 言いつつ、オニビカリを鞘に納める。そこでさらに言葉を続けた。

 

「ま、そんなだからさ。新しく得物を持ってきたい、っていうのが本音ではあるんだが。・・・さっさとどっか行ってくれないかねえ、追手」

 

「君を完全に見失っているんだろうね。追ってきた人々は、この辺りをうろついているようだよ」

 

「そっか。そもそも、おとなしくあきらめるようなら、ここまで追ってこないしなぁ」

 

 決して長い時間じゃないが、こうしてゆっくりと腰を落ち着けて喋るくらいには長居している。それでも、捜索の手は緩めていないらしい。俺からしたら、そんなときはすでに転移結晶で離脱したと仮定してさっさとあきらめるほうが建設的だと思うのだが、そうはいかない連中ばかりらしい。全くもって厄介なものだ。

 

「君が良ければ、僕のできる範囲で、君の望むところに送り届けることもできるけど。どうする?」

 

「そいつぁありがたい。なら、下層に白い花の花畑がある。そこに転移することは可能か?」

 

「白い花の花畑・・・ああ、真ん中より少し下くらいのところかな?」

 

「そうそう、そこ。頼めるか?」

 

「お安い御用だよ。朗報を祈ってるよ」

 

「おう、ありがとな」

 

 そういうと、セルムは魔法を使って俺を転移した。転移の光が収まると、俺の目には花畑が広がっていた。想像はしていたが、さすがの転移精度である。とっさに周りを見渡すと、ひとりの少女がいた。思わず腰のオニビカリに手をもっていきそうになったが、相手が気付いておらず、敵意もないことに気付くと、俺は警戒を解いた。

 俺が近づいていくと、相手の少女も気づいた。ローティーンと思われる、少女というより幼女というような頃合いの子だ。

 

「あれ、あなたは・・・」

 

「ん、どこかで会ったかな。ま、俺は悪名もあるみたいだから、そっちかもしれんが」

 

「えっと、この前ここでお会いして・・・」

 

 頭の中で記憶を引っ張り出す。とりあえず手当たり次第に記憶の引き出しを開けていくと、一つ、それらしき記憶が見つかった

 

「ああ、ずいぶん前ここで会ったっけ」

 

「あ、はい、多分それです」

 

 それで関連して思い出した。前、スカウトもどきの時にオレンジギルド一つ壊滅させたとき、キリトといた子だ。

 俺の答えに、少女の声が沈む。ま、目の前で鏖殺を繰り広げたやつが目の前にいるわけだ。自然体でいろ、というほうが無理だろう。そんな俺に、少女のそばを飛ぶ水色の竜は、変なことをしたら噛みつく、とばかりの目線を飛ばしてきていた。というか、完全に威嚇していた。

 

「それは、君の相棒か?」

 

「え、ああ、はい」

 

「あー、さっきのつながりで思い出した。だから、プウネマの花で君を狙ったわけだな、奴さん」

 

「はい。正直、あなたがいなければどうなっていたか・・・」

 

「ま、これでも、PvPはそこそこ強い自負があるからな。つっても、キリトは攻略組トップクラスだ。あいつでも全く問題はなかっただろうな」

 

 プウネマの花はビーストテイマーが思い出の丘に行かないと咲かない花だ。売り飛ばす側としては垂涎ものだろう。俺は小太刀を左手で持って、そのままストレージに格納する。

 

「ポーズも兼ねるけど、これで警戒を解いちゃくんねえか。俺も小動物は好きでな」

 

「あ、はい。こらピナ、もういいでしょ」

 

 主でもある少女の言葉に、ようやく幼い竜は警戒を解いた。

 

「いい子だな」

 

「はい。大事なパートナーです」

 

「そうだな。・・・パートナーは、大事だよな」

 

「ロータスさん、で、あってましたよね?」

 

「おう、そうだ。てことは、知ってるのか?」

 

「ええ、知ってますよ、攻略の鬼神の噂」

 

「・・・その言い方はやめてくれ」

 

 俺はピクシー(妖精)なんて柄じゃないし、ましてやサイファー(英雄)なんてもっと合わない。

 

「ま、俺はそろそろ退散するかね。ここを突き止められたらたまったもんじゃない」

 

「お気に入りなんですね、ここ」

 

「まあ、ね。この花が好きでね。って、これは前話したか」

 

「そうでしたね。花言葉は、苦難の中の力、でしたよね」

 

「そそ。よく覚えてるな」

 

「親譲りの本好きなんです」

 

「そか。大切にしなよ、そういう趣味は。

 んじゃな、嬢ちゃん。またどっかで、な」

 

 頭をひとつ叩いて、俺は歩き出した。オニビカリに不満があるわけではない。というか、むしろこんな魔剣クラスの得物など、そうそうありはしない。だが、これでは俺の本来の戦い方はできない。新しい得物がほしいところだ。

 

 

 

 得物がほしい、といっても、特に情報などあるはずもなく。とりあえずはアルゴに頼ることにした。

 

「強い武器か、良質なインゴット?」

 

「ああ、無いか?」

 

「いくつか心当たりはあるガ・・・ぶっちゃけオニビカリでジューブンじゃネ?」

 

「威力はともかくとして、手数が、な」

 

「ぜいたくな悩みだこと・・・」

 

 ため息交じりに言うと、アルゴは少し考えだした。

 

「パッと思いつくのはあれダ、何層だったかのクリスタル。確か67層だったはず。ただあれ、戻るのが面倒らしいんだよナァ」

 

「どういうこった、それ」

 

「めっちゃ深い縦穴のドラゴンの巣を漁るとあるらしイ。その深さから、ロープで降りていくにも面倒。ダンジョン扱いで、メッセなども無理。取ってきた奴に言わせると、ドラゴンが戻ってくるのを待って、背中に剣をアンカー代わりにぶっ刺して戻ってきたんだト」

 

「ドラゴン本体は?」

 

「ドロップ無しダ。あれこれ考えられる手は尽くしたんだがナ。したとしても超低確率と考えるのが自然で、狙うのは非現実的、と言わざるを得ないナ」

 

「・・・あーれま」

 

 正直、手間がかかるのは勘弁だ。ドラゴンを倒してドロップしない、というのであれば、

 

「ならほかに何かないのカ、って顔してるナ」

 

「あるのか?」

 

「一応、ナ。ただ、これは半分噂、情報料はまけてやるヨ」

 

「教えてくれ」

 

 俺がなかば食い気味に聞くと、アルゴは落ち着いた口調そのままに話した。

 

「オレっちが聞いたところによると、火山の中に、剣でできたボスがいるんだト。やたら強くて、くたくたになって逃げてきたってそいつは言ってたナ」

 

「その気になれば撤退できるタイプのボスなわけか」

 

「そうみたいだナ。そいつの前に行くと、強制的にタイマンデュエル。パーティ組んでるとランダムで一人だけ選ばれるらしい。しかもこのボス、鬼強。特にフラグ立てた覚えも、クエスト起動させた覚えもないんだト」

 

「つまり、今俺が行ってもそこにいる可能性は十分あるわけだな?」

 

「そういうことになるナ。そいつとは別に、雑魚も含めて全体的に敵は強いし、突然現れるタイプのボスもいて、そこまでたどり着くのも一苦労らしくてナ。まだこのボスに関しては情報が薄くて、こっちも把握できてないんダ」

 

「わお、天下の鼠様が珍しい」

 

「オレっちだって知らないことの一つや二つあるっテ。マ、これだから情報屋はやめられないんだけどナ」

 

 そういって彼女はニャハハと朗らかに笑う。ま、とにかくだ。

 

「剣でできたボスってことは、ドロップも剣だろうな」

 

「マ、順当に考えれば、そうだろうナ」

 

「なら、話は早い。俺なら大丈夫だろうしな。タイマンなのは確定なのか?」

 

「探索の過程で出会ったらしいゼ。そのパーティメンバーはものの見事に全員数回ずつやられたそうダ。全損デュエルって言っても、降参(リザイン)はできるらしい」

 

「わっほい強そう燃えるねぇ」

 

「ま、ハスボーならよほどの強敵じゃない限り、少なくとも死なないだろうしナ」

 

「とりあえず、情報料。いくらだ?」

 

「今回に関しては特別サービス、ツケだ。その代り、その情報をしっかりバックしてくれ」

 

「あー、なるほど、そういうこと。了解」

 

 それだけ言うと、俺はその場を離れた。

 




 はい、というわけで。

 お久しぶりの登場、セルムさんです。この次の話はむしろ、文字数をどう削ろうかって話になったので、ならオリジナルエピソードを挟めばいいだろう、という判断になりました。セルムさんは、正直、どっかでもう一度出番が欲しかったので、今回ここで登場と相成りました。

 そして思い出したように出てくる白い花畑。さすがにDEBANさんの出番が少なすぎたので、ここらで登場です。MOREさんは出番ちょくちょくあるから問題ないって判断です。

 さて、次こそ本格的な得物習得イベントです。ボス戦もあるのでご心配なく。そして、関係継続って言っておきながらいないじゃんと思っている人、ちゃんと出番はありますんで大丈夫です。

 ではまた次回。


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48.変わる関係、変わらない関係

 さて、情報を頼りに、俺は例のボスを狩りに来たわけなのだが。

 

「・・・あちぃ・・・」

 

 もはやこのセリフ、何回言ったかもわからない。そう、このボス、火山地帯にいたのである。落ちたが最後、溶岩に煮られて死ぬ、なんていう、超レアな死に方ができること請負だ。いや全くシャレにならないが。しかも、ところどころ道が狭くなっているうえに、そういうところでも敵はお構いなしでやってくる。難易度だけで言えば下手な迷宮区以上だ。

 

「全く、敵が強いのはいいけどよ、それ以外で神経削っていくって、それどう、よ!」

 

 振り返り様、弓を構えて、後ろにいた蝙蝠の頭をぶち抜く。ヘッドショットを決めたものの、一撃とはいかなかった。落ちないようにバックステップで距離を取り、あえて敵を誘い込む。突進に合わせて回り込むようにステップし、蹴とばす。突進の勢いもあって、その蹴とばしで相手は溶岩に触れて、HPが減った。とどめに矢を連射し、戦闘終了。目的地の祭壇は、もう少しのはずだ。

 

 次々に来る雑魚をなぎ倒す。とりあえず、右から噛みついてきた狼は、右ステップで躱しつつ弓を右手に持ち換えて、左手でぶん殴る。一瞬のディレイの瞬間に、素早く矢をつがえて、足を狙って撃ち抜く。こけた瞬間に、一気に詰め寄る。

 

「イクイップメントチェンジ、セットワン」

 

 鬼怨斬首刀がなくなったことで片手が開いたことで、オニビカリだけになった近接武器に変える。肘鉄でかすかにディレイを奪うと、柄頭で突いて一瞬動きが固定されたところに、手首を返して斬り上げる。左足で一瞬溜めを作って転身脚を繰り出す。一回転して体制を立て直し、剣技連携(スキルコネクト)でZ字を描くように切り裂く短剣ソードスキル“説破”で撃破。ソードスキル二つ分の硬直の後、振り返らずとも感じた気配で横に飛ぶ。と、つい先ほどまでいたところに、太い双腕がたたきつけられた。あれを食らってはひとたまりもない。振り返ると、そこにいたのは、見上げるほど大きい燃え上がる熊。カーソルを合わせると、名前は“The Blaze Claw”、HPは二本出た。定冠詞がついているところと、HPバーが複数あること。そして何より、先ほどのパワー。間違いなくボスだ。

 

「全く、逃がしてくれそうにもないとは困ったな」

 

 この後ボス戦が予定されているっていうのに、これはきつい。とにかく、そのまま戦闘に入ることにした。

 まず相手の繰り出した攻撃は、その巨体相応の重量を最大限に生かすボディプレス。これは横に避けることで躱す。と、素早く装備を弓に変え、とりあえず一矢放つ。想像はしていたが、ほとんどHPバーは減らなかった。やはりというか、巨体相応のHPがあるらしい。削り切るには少々以上に骨が折れそうだ。というか、それ以前に、武器が持つかどうか。さすがに補給なしでボス連戦はやったことが無い。となれば、体術で削っていくくらいか。幸いなことに、ここの敵は最前線ほど強くない。ならば、予備の武器を使い捨てるくらいの気概で行けば倒せるはず。そう思った俺は、とりあえず武器を、ステータスが高い代わりにあまりに大きい、というか長いので使っていなかった刀、“白波”に変更する。野太刀に分類されるこいつは、その大きさから俺も両手で持たざるを得ないので、今までのスタイル通りとはいかないだろう。が、どうにかする。白波を構え、俺は再びボスに向かっていった。

 

 

 何とかゲージの一本目は削り切った。が、まだあと一本ある。かなりの強敵だ。これは、正直、きつい。何より、ボスは後半が本番であることが圧倒的に多い。改めて、白波を正眼に構え、相手と向き合う。相手は怒ったように咆える。踏み込みとともに放たれたストレートを横にステップして躱し、その腕を斬りつけようとして、左から飛んできたフックを跳躍しながら刀で受けて下がる。と、その下がった先には、先ほどストレートを繰り出した腕があった。先ほどのあれはおそらくジャブ。本命はおそらく、このフック。つまり、

 

(誘い出された・・・っ!)

 

 後悔してももう遅い。こうなったら、一撃を甘んじて受け、反撃の一手を図る。こういうパワータイプに対しては最悪に近い一手だが、仕方ない。覚悟した瞬間だった。

 

「やあああぁっっ!」

 

 甲高い気合とともに、その腕が弾かれる。できた一瞬の隙をついて、一気に反対側にかけ抜けつつ、白波を振り抜く。俺の勘違いでなければ、あいつのはず。あいつならきっと―――

 

「はああぁぁっ!」

 

 ―――ソードスキルで、追撃する。

 甲高い、ソードスキル特有の音。斬られた回数は4回。おそらく、バーチカルスクエア。振り返り様突きを放つ。抜きながら回転しつつ、浮舟から緋扇を出す。ディレイが入っている間に、金属のジェットエンジンを思わせる音が轟く。ディレイが抜けきる前にさらに爪竜連牙斬で追撃した後、転身脚を挟んでから風牙絶咬につなげる。その向こうで、加勢してきた相手はバックキックで距離を取っていた。

 そこにいたのは、やはりというか、想定通りレインだった。なぜ彼女がここにいるのか、というのはまた後で聞けばいい。先ほどの攻勢で、HPは残りゲージ8割といったところか。とにかく、一気に片を付ける。

 言葉を交わさずとも、二人は揃って逆方向に動いた。散開した俺たちに、ボスはその腕を振り回した。俺たちはいったん距離を取り、俺は装備を素早く変更して弓で牽制する。俺のほうにヘイトが向いた瞬間に、レインが跳躍してとりつき、うなじを削り取る。ボスが煩わしそうに背中に腕を回し、投げられる前に離脱する。その間に俺が斬りかかる。俺の袈裟に対して、相手は肉を切らせて骨を切る選択をしたらしく、俺の攻撃を受けながらその爪のひっかきを繰り出してきた。俺もあえて同じ選択をした。爪のひっかきは十分痛いが、このくらいなら余裕で耐えられる。胴を一文字に切り裂くと、追撃で突きを繰り出し、蹴とばして距離を取る。バックキックじゃなかったので硬直はない。だから、次に飛んできたストレートは紙一重で回避に成功する。そのまま腕を切り裂き、返す刀でさらに斬り払って少し後ろに下がる。その間に、ボスを挟んだ向こうからソードスキルの音。少し間が開いて、それより少し長いソードスキルの音。ヒット数からして、二回目は連続。ボスの陰で見えないが、バーチカルアークあたりだろうか。なら、もうこっちとしても出し惜しみする理由はない。ソードスキルで一気に片を付ける。旋車でスタンをとって、剛直拳で長めのディレイを入れる。爪竜連牙蹴で追撃したところで、今度はレインが反対側からソニックリープで飛んでくる。あえて硬直を受け入れたのち、硬直の抜けた俺が相手のストレートを受ける。その間に、レインが懐に入って剛直拳をぶっ刺す。そこに、俺が拳を地面にたたきつけ、天狼滅牙を出した。今なら、ここにはレインしかいない。情報漏えいのリスクは少ない。なら、()()で決めるか―――!

 

「レイン離れろ!」

 

 一つ叫び、目の前で刀を垂直に構える。最近見つけた、刀系裏最上位ソードスキル。繰り出している本人すら目を回しかねない、超速の超連撃。漸毅狼影陣(ざんこうろうえいじん)が突き刺さったことで、相手のHPはゼロになった。白波を腰に納刀しようとして、そこに鞘がないことに気付いた。仕方なく、白波を握ったまま手を下ろす。

 

「お疲れ」

 

「おう。どうしてここが?」

 

「君が武器の情報を買った、っていう情報を買ったんだよ。全く、水臭いよ。そういうことなら言ってくれれば協力したのに」

 

「そういうことか。これは俺のことだから、巻き込むのもな、って思ってな」

 

「そ、れ、が、水臭いって。私だって、もっと君の力になりたいんだから」

 

「そ、っか。そうだな。相棒だしな」

 

「うん!」

 

 満面の笑みでレインが肯定する。つられて俺も笑った。

 

「んじゃ、改めて、よろしくな」

 

「うんっ!」

 

 拳を突き出すと、レインも拳を当てる。ま、これにていつも通りだろう。

 

 

 ボスのところに行くと、そこには一振りの剣が突き刺さっていた。その周りは祭壇のようになっていた。だが、俺にとっては祭壇とは程遠く、

 

「なるほど、決闘場、ってわけか」

 

 道中で、レインに事情は説明した。この舞台には俺しかいない。おそらく、これがフラグだろう。そのまま手をかざしたところで、剣が光った。光が収まると、目の前には剣でできたボスがいた。いわゆる人型タイプの形だが、四肢はすべて剣、胴体にも剣のような意匠が見える。ボスの名前は、“The Sword Dancer”。事前情報通り、レインは場から弾かれ、俺だけのタイマンだ。

 

「上等・・・!」

 

 武器を白波からオニビカリに変える。片手フリーの状態で半身になり構える。空中のカウントが終わる寸前、全力で飛び出した。極端な話、0秒でなければ、一万分の一秒でも一兆分の一秒でも攻撃判定にはなる。自分の移動速度、カウント、距離。それらから逆算して、ぎりぎり超えないくらいでの踏み込みを行ったのだ。卑怯この上ないと俺でも思うし、普通はこんな手は使わない。が、俺からすれば、この手を知っている奴はその数十秒後にはポリゴンにしているつもりなので、ほとんど問題ない。

 俺の読み通り、空中のカウントが“DUEL!!”に切り替わった直後に、俺がまず一太刀入れることに成功した。が、想定通りというか、手ごたえが非常に硬い。あえて振り抜かず、当てた反動でくるりと体を回転させ、もう一太刀入れようとしたところで、相手が右腕を後ろに振ってきた。回転のエネルギーの乗ったかち上げでこれをいなし、胴体にストレートを入れ―――ようとして、そのまま通り過ぎて反対側に回った。というのも、

 

(ち、胴体も刃ってこういう弊害があるのかよ・・・!)

 

 直前で気づいたから何とかなったが、あのまま殴っていたら、殴ったこっちの拳は果たしてどうなっていたことやら。最悪、腕の欠損が発生していたかもしれない。オニビカリは確かに強力だが、これだけに頼るわけにはいかない。今オニビカリを喪失したら、痛手などという言葉では済まない。一瞬で距離を取り、武器を白波に戻す。拳が使えないというデメリットはあるが、あえて拳を封じたほうが、こちらの自傷防止にもなっていいだろう。こういう相手には体術のほうが効きそうだが、その辺はうまく加減するしかあるまい。正眼に構え、相手の動きを見る。すると、相手が垂直跳びから、かかと落としの要領で剣を振り下ろしてきた。横に回避し、薙ぎ払う。硬質な感覚をよそに、そのまま蹴とばして距離を取り、メニューを操作。白波をしまって、片手に現れたのは、いわゆるガシャポンのカプセルサイズの黒い球体に、紐のついた棒が貫通しているもの。正直あまり使いたくない虎の子だが、このまま文字通り殴っていてもキリがない。どれほどの効果が期待できるか。でも、このまま斬ったり殴ったりするよりまだましだろう。

 予想通りというか、距離を取った俺に対し、相手は距離を詰めてきた。バックジャンプしつつ、球体のほうをできるだけ回転させないように放る。球体に十分相手が近づいたところで、俺は紐を思いっきり引っ張った。その瞬間、見た目からは少し驚くくらいの爆発が発生した。

 俺特製、手投げ爆弾。手榴弾のようなものだ。67層ボス戦で使った音爆弾は、衝撃を与えると音を発生させる素材を用いたもので、これとは関係ない。というか、あれにつけたら威力がどのくらいになるか。文字通りの手のひらサイズだったのにもかかわらず、相手のHPは7割ほど減少した。手榴弾と大きく違うのは、純粋に紐を引っ張るだけでさく裂することだ。正確には、紐を引っ張り、それに連動した棒と、内部の火薬との摩擦で着火、高い圧力の火薬に引火してドカン、というからくりだ。・・・試作したときの威力が思いのほか大きく驚いたのは今でも覚えている。最も、紐が安全レバー(信管)の代わりになっていることを考えれば、これもある種の手榴弾か。

 先ほどまでの攻撃で、大体残りは1割。どうやら見た目通りの紙装甲らしい。あえて武装は戻さず、俺は徒手空拳のまま突進した。たいていの人型には、人に似ているから生まれる行動の読みやすさだけでなく、もう一つ大きな弱点がある。それを有り余る攻撃の多彩さが厄介なのだが、そこは俺の読みで何とかする。できるからこそ、攻略組を離れていてなお、俺はトッププレイヤーとして君臨できる。まず、俺から見て右からの袈裟はあえてかがむことで回避。直後の片足の斬り上げはあえて内側に回避し、側面部分を強打。想定通りというか、剣先という非常に小さな面積でその体を支えていた相手はたまらずタンブルし(コケ)た。普通だったらマウントを取ったうえでタコ殴り。だが、今回はそうはいかない。相手が剣の体である以上、できれば自傷は避けたい。だから、今回に関しては特別ケースだ。

 人型エネミーの大きな弱点。それは、自分たちの体と構造が似通っていること。つまり、どんな人間でも、もっと言ってしまえば動物である以上絶対ある弱点。早い話が、関節の位置である。動物でもある以上弱点ではあるのだが、同じような身体構造をしている人型エネミーには特にその部分は弱点となる。何せ自分の体なのだ、分からないほうが逆におかしい。今回みたいなのは特にイレギュラーだが、甲冑で固めたような相手でも、その関節の部分には柔軟性と伸縮性に富んだ素材を使う。つまり、強度があまりない。で、俺の予想が正しければ、この敵の関節に当たる部分は―――

 倒れた敵の肩の部分を踏み砕く。と、少しズレる感触がした。物理的に言えば、電磁力か何かなのだろうか、剣先と柄に当たる部分でつながっていた肩関節が外れる。人間ならば靭帯などに大きな負担がかかるものの、何とか応急処置として元の位置に戻すことはできるし、リハビリでちゃんと完治させることもできる。だが、この敵には靭帯も何もない。ならば、この敵の関節に当たる部分は、要する力が非常に大きいというところはあるものの、文字通り腕を外すこともできるはず。実際、俺の推測にたがわず、かなりの力を要したものの、腕を文字通り外すことに成功した。指に当たる部分のナイフを数本もぎ取り、両手に構える。そのころには相手も立ち上がって体制を整えていた。上等、相手が固かろうが知ったことか。こうなったら短期決戦、そのためには、

 

(手数に物言わせて潰す!)

 

 両手のナイフで、隻腕となった相手の攻撃をいなしつつ、とにかく斬って斬って斬りまくる。―――そばにいたレイン曰く、「なんかどこからかオラオラオラオラオラって聞こえてきそうだった」とのこと。ま、とにかく、そうして俺はレイドボスを討伐することに成功した。ポリゴンの中に出た“You’re Winner!!”という大きな表示とともに、俺にウィンドウが表示される。予想通りというか、ドロップしたのは大量の剣。防具、アイテム類すらなく、本当に剣しかない。一つ一つは精査していくほか―――と考えていると、俺の周りにガランガランと複数の重たいものが落ちる音がした。周りを見ると、ドロップした武器の一部が転がっていた。もう一つ出てきた通知ウィンドウには、“ストレージ格納限界を超えました。周囲にドロップします”との表示が。それを見てか、レインがこっちに来た。

 

「お疲れ」

 

「おう、なかなか楽しいというか、毛並みが違って面白かった」

 

「その周りは?」

 

「格納しきれなかった剣だ。格納限界を超えたらしい」

 

 言いつつ、一つ一つを精査していく。どれも、十分前線で使える名剣レベルばかりだ。

 

「手伝ってもらえるか?」

 

「もっちろん!」

 

 そういうと、片っ端からドロップした剣を拾っていく。一瞬でドロップした剣は、手分けして俺たちのストレージに入ることになった。ちなみに、ストレージ格納容量は自身のSTRに影響する。つまり、これを格納しても何も問題なさそうなレインのSTRはかなり高いことになる。やはりというか、相当にこの子のSTR、その大本のレベルは高いらしい。

 

「さて、帰るか」

 

「そうだね」

 

 そういって、俺たちは転移結晶で戻った。

 

 

 

 さて、そうしてリズベット武具店に来たわけなのだが。

 

「で、この量をインゴットに変えてほしい、ってこと?」

 

「ま、全部とは言わん」

 

「あったりまえじゃない!この量全部インゴットにするのにどんだけ時間かかると思ってんの!?」

 

「さあ?」

 

「さあ?じゃないわよ!」

 

 さすがにこの要求は無茶だったらしい。ま、ざっと見積もって名剣クラス数十本。手間も相当のはずだ。

 

「じゃ、鍛冶屋チョイスで俺に合いそうなので」

 

「え?」

 

「何となくあんだろ、どんな武器からどんなインゴットができるか、逆にどんなインゴットからどんな武器ができるか。そんなあやふやな感覚でいい。選んでくれねえか?」

 

「自分で選べばいいじゃない」

 

「俺にその手の目はないんでな」

 

「なら、その手の目がありそうで、あんたのことよーく知ってる適任が、あんたの隣にいるじゃない」

 

 そういわれて、隣の少女に目を向ける。と、彼女は少し拗ねたような表情になっていた。

 

「レイン」

 

「なに?」

 

 若干だが声も拗ねている。あれ、なんか俺やらかしたかな。

 

「頼めるか、剣の選定」

 

「分かった」

 

 あれ、本当に俺なんかやらかした?こういっては何だが、怒るところは怒るが、拗ねるという反応は珍しい。正直、対処に困る。

 

「あんたバカねー」

 

「・・・?突然なんだよ」

 

 隣に立ったリズが俺にだけ聞こえるくらいの声量で突然切り出した。俺も同じくらいの声量で答える。

 

「思い、酌んであげなさいよ」

 

「やっぱりなんかやらかしてた?」

 

「あ、そのくらいは分かってたんだ」

 

「何となくな。なんであんな拗ねたみたいな態度になってるのかわからんから謎なんだが」

 

「そこまで分かってんなら上出来ね。拗ねてることに関しては放っておけばいいわ、本人が折り合いつけるだろうし」

 

「そういうもんか?」

 

「そういうもん。同じ女の感性、信用しなさいって。で、問題は」

 

「・・・問題は?」

 

「あんたが気付いてないってことよ。待つだけっていうのも、それはそれで辛いんだからね」

 

「・・・よくわからんが分かった」

 

 どこか釈然としないが、そもそも俺が物の原因が分からないのが悪い、というのが分かっただけで、今は前進とする。と、レインのほうも決まったらしい。

 

「お待たせ!これなんかどうかな?」

 

 そこまで話したところで、レインが剣を持ってきた。俺の白波に匹敵する長さを誇る、明らかに両手剣と思われる大型武器。剣先に返しのようなものがついている、どこか錨を思わせる武器だ。ウィンドウを開くと、そこにあった説明文を読む。

 

『アンカーソード

 Range: Two Hand

 伝説の海賊が使ったとされる両手剣。海賊は義賊であったが、とある事件に巻き込まれ、悪党として語られるようになった。だがその信念は、剣として残った」

 

「なんか、似てるなーって」

 

「誰に?」

 

「あなたに」

 

「俺にか?どこが?」

 

「あー、何となくわかるわ」

 

「いやいやどこが!?」

 

「何となくだってば。でも、いいのね?」

 

「こいつが選んだ剣だ、間違いはないだろう。頼む」

 

 俺のツッコミをいなし、確認したリズに俺は言いきった。それに少しだけ笑うと、彼女は鍛冶屋の顔つきになった。

 

「見ていくなら構わないけど、長いわよ」

 

「かまわん」

 

「なら私も」

 

 俺たちの返答はおそらく聞いていない。というより、耳に入っていない。

 炉に剣がくべられる。見る見るうちに剣が赤熱し、それをハンマーで成形していく。少しして、剣はインゴットになった。近くにある、冷却用の水につけて、リズは一言、「・・・奇麗・・・」とこぼした。俺も、おそらくレインも、そのインゴットに見とれてしまった。そのくらい、そのインゴットはどこか星空のように澄んでいた。

 

「やるわよ」

 

 おそらくは自分に向けて、一声かかる。今度は先ほどの逆だ。インゴットを炉にくべて、赤熱したインゴットにハンマーを振り下ろす。カーン、カーン、と音がする。それを俺たちは、息をすることすら忘れる勢いで見つめていた。と、インゴットが輝いて、みるみる刀の形をかたどった。

 形状はいたって一般的な打刀。刃紋はなく、刀身は澄んだ水色―――否、氷色をしていた。

 

「はい、手に取ってみて」

 

 言われて手に取る。不思議としっくりきた。ウィンドウを表示させ、銘を見る。

 

『幻日

 Range: Two Hand(Usually)

 その刀身は在りし日を映すと言われる刀』

 

「試し振りしてもいいか?」

 

「ええ、もちろん」

 

 その言葉を受け取ると、俺は店の外に出た。集中して構える。相手が上段から振り下ろしてくることを想定し、抜き胴の要領で胴を薙ぐようにして振り抜く。一発で十分だった。

 

「さすが、いい仕事だ」

 

「お代はいいわよ。あの分の剣、全部インゴットにするだけで素材代がかなり浮くから」

 

「ねえ、なら私の剣も打っておいてもらえない?また今度取りに来るから」

 

「お安い御用よ。そっちは彼氏チョイスじゃなくてもいいの?」

 

「彼氏ちゃうわ」

 

「いいよ、リズさんに任せる」

 

 俺の言葉はスルーして、リズは笑った。

 

「OK、いい剣打ってあげる。期待しておいて」

 

 その言葉を受けて、俺は改めてリズに礼を言った。

 

「ありがとな、リズ。レインも」

 

「いいって」

 

 そのまま店を去ろうとする背中に、

 

「末永くお幸せにねー」

 

「やぁかまし」

 

 そんなリズの冷やかしを受けつつ、俺たちはリズベット武具店を後にした。

 

 




 はい、というわけで。
 まずは久しぶり、ネタ解説。

説破
元ネタ:テイルズ術技、使用者:リチャード(TOG)、ベルベット・クラウ(TOB)
 技の動きとしてはこうなのですが、イメージとしてはリチャード。彼はレイピア系なのですが、そこはそれ。ベルベット版でもいいかな、とは思いましたが、彼女は足なので。

熊のボス
元ネタ:ブレイジークロー(TOX2)
 デカい燃えてる熊。説明としては以上です。といっても、本当にパワーは力を地で行くタイプです。そのパワーがバ火力だから性質が悪いのですが。そこそこ以上の強敵のはずなのですが、主人公コンビの前には問題なかった模様。

白波
元ネタ:テイルズ武器、使用者:ガイアス(TOX2)
 説明にある通り、非常に大きな刀です。使用者のガイアスは185cmと非常に長身なのですが、その彼がキリトっぽく背負うと大体足の付け根くらいまで行くレベルの長さ。具体的には全長2m弱くらいを想定しています。

 ちなみにロータス君の基本戦術は躱して斬っての連続です。・・・ボス単独撃破しない宣言はなんだったのか。

ソードダンサー
元ネタ:TOVにおける同名のボス
 そのままですね。TOVを知ってからSAOの原作を読みだしたので、アンダーワールドのあの戦いは「これTOVのソードダンサーやん」って思ったのはいい思い出。あ、ちなみにこれは初戦のやつなので、翼とかはないです。純粋に体術(?)だけです。

アンカーソード
元ネタ:TOVの彷徨う骸の狂戦士の大剣
 はい、PS3版TOVの涙腺崩壊系イベのあれです。なんで狂戦士のボスなのにこんな武器なのか、というのは、まあ、プレイしてください。

幻日
元ネタ:モンハン太刀
 元ネタは氷属性なのですが、SAOの武器に属性なんて話は聞いたことが無いので、ただの奇麗な刀です。個人的に、見た目的な意味で、モンハンの太刀の中で一番好きな一振りです。

 RangeのところにUsuallyってついているのは、小太刀を装備すると片手、つまりOne Handになるからです。“普通は”両手持ちだよ、ってことなので、こういう表記です。

 今回はボス戦でした。ボス戦二連発かよと思ったあなた、いつ私が一回といった?ちゃんと前回に伏線は張ってあるのでへーきへーき。

 それにしても、安定の単身突撃していく主人公。というかそれに全幅の信頼を置いているレインちゃんもレインちゃんです。いろんな意味でこの二人、書いてて楽しいです。

 武器に関してはかなり迷いましたが、こういうことで。なんでこういうチョイスになったかっていうのは、まあ、ここまでつきあってくださってる読者の皆様は何となくわかるかと思います。

 ・・・長いなぁ、if編。確実にこれ正史のALO編含めた話数超えるし。
 あともう一つ、これ予約投稿かけているのがバレンタインなんですよね。しかもまだ書き溜めがあるっていう。ここまで書いていた俺がいろんな意味で怖いです。


 さて、次回は75層のお話・・・、の前に、ユイちゃん回がありますね。ようやくここまで来ました。最後までどうかお付き合いをお願いします。

 ではまた次回。


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49.表と裏

 それから数日後、俺はレインとともに75層主街区コリニアにある、ローマのコロッセオのようなところに来ていた。というのも、ヒースクリフとキリトがデュエルすることになったらしい。今や攻略組トップといってもいい二人がデュエルするとなれば、自然と耳目は集まる。それは分かる。が、

 

「はーい、串焼き一本200コル!安いよー!」

「バタービール一杯100コル!味は保証するよー!」

「勝敗予想はこっちだよー!一口10コルか、一発儲けようぜぃ!」

 

「・・・何でこんなお祭り騒ぎになってんだ?」

 

「なんかね、KoB側の経費回収と、こういうお祭り騒ぎが最近なかったプレイヤーの要望と、いい加減ネタが尽きかけてきたマスコミ陣営の利害が一致した結果なんじゃないか、って、エリーゼさんが」

 

「あー、なるほどな」

 

 俺の疑問に、既に答えを出していたエリーゼの理屈に納得した。ましてや主役は有名人なのだ、どうあっても話題にはなる。何より、傭兵としてあれこれいろんなプレイヤーを見てきたりしているエリーゼの分析は的確である場合が多い。今回もきっとそうだろう。

 

「さて、どうする?」

 

「観客席行かない?」

 

「そうだな」

 

 レインの言葉で移動しようとした矢先、俺たちに声がかかった。

 

「あー、お二方もいらっしゃっておりましたか」

 

 声のほうを向くと、たいそうな腹をお持ちな男がいた。確か、

 

「ダイゼンさん、でしたっけ」

 

「そうです。覚えてもらっていてうれしいですわ」

 

「で、何か用事があったんじゃないですか?」

 

「ああ、ワシとしたことが。

 いやはや、前座でもう一つ、大きなデュエルをやろか、という話が、急に持ち上がりましてな。となると、ビジュアル的にもうちの副団長さんに協力を願ったんですがな、旦那さんと一緒にいたんで、ま、拒否された、ということにしようかと思いましてな」

 

「長い。三行」

 

「前座っちゃあなんですが、デュエルしてもらえやしまへんか。何せ、攻略組を支えてきて、ここ一番で復活した鬼神コンビ。そのデュエルとなれば、客目は集まりましょう。・・・前座、というのが申し訳ありませんが、後程報酬はお渡ししますし、今日の席は特等席をご用意します」

 

 俺の端的な要求に帰ってきたその言葉に、俺はレインと顔を見合わせた。お互いの顔に、どうする?と書いてあった。

 

「私としては、場所はともかく、久しぶりに手合わせしたいとは思ってたから、願ったりかなったりですけど・・・」

 

「OK、なら決まりだ。

 ダイゼンさん、その代りひとつ条件。報酬は直接もらいに行く。その時に、クラディールっていう団員について、本人には内密にして情報をもらいたい。頼めるか?」

 

「ええ、そのくらいお安い御用ですわ。こっちです」

 

 そういって、腕で指し示す。そちらに俺たちは歩いて行った。ダイゼンさんの言葉が真実なら、おそらくそこまで時間的余裕があるわけではないだろう。

 

 

 

「こうしてじゃなくても、デュエルするのって久しぶりだな」

 

「そうだね。戻ってきてからデュエルしてないもんね」

 

「前はちょくちょくやってたんだがな」

 

「その時から全然勝てなかったけどね」

 

「あの時とは状況が違うだろ。もう俺のほうがレベル低いし」

 

「まあ、ね。でもその代り、PoHとかザザとかとPvPの練習してたわけでしょ?」

 

「それは、そうだな」

 

「なら、そういう意味じゃ負けるかもね。悔しいけど、あいつらはPvPに関しては強いだろうから」

 

「そんなこと言ったら、こっちこそ。俺のほうがレベル低いからな」

 

「レベルがすべてじゃないでしょ?」

 

「ま、そうだけど」

 

「手加減したら怒るからね」

 

「誰がするか。てかできるか」

 

 そう言いつつ、手を出す。意図を察して、レインも手を出して、何も言っていないのに示し合わせたように二人の手が中間で鳴る。

 

「お二人かた、そろそろお願いします」

 

 KoBの伝令役の声で、俺たちは決闘場に入場した。そこから見上げた観客席は、想像以上に人が入り、熱気があった。

 

「こうしてみると圧巻だな」

 

「本当にちょっとしたお祭り騒ぎだね」

 

 俺たちも、その光景と雰囲気に思わず圧倒される。だが、やることは同じだ。

 

「さて、いつも通り、お互いの剣先が当たらないくらいの距離で、初撃決着モード。時間制限は、今回は無し。それでいいな?」

 

「うん、いいよ」

 

「よし」

 

 そういうと、俺は幻日を抜いた。レインも、自身の剣を抜く。切先を落とした、細身の剣。一目で業物だと分かる。あの後リズに打ってもらった、と言っていた剣だ。名は確か、

 

「フェアーソード、だっけか。こうしてみるのは初めてだな」

 

「すごくいい剣だよ。素直で扱いやすくて」

 

「そうか。さて、このくらいか」

 

 そういうと、俺は幻日を左手にいったん持ち替え、メニューを操作する。少しして、空中に60のカウントダウンが始まった。それを見て、俺は幻日を再び右手に戻して、オニビカリを抜き放つ。

 

「最初から二刀で行くんだね」

 

「お前さん相手に、手加減も隠し玉もいらんだろう」

 

 何より、隠すような手札がない。俺は右手を正眼に、左手は手元に、胸元に剣先が来るような構え。対するレインは、剣道の中段に似た、少し俺から見て左側に剣を傾けた構え。左手は体側。仮にもお互い相棒だ、手札はある程度以上に読めている。ここの駆け引きは実質無意味として、お互いあえて一番考えられる攻撃パターンが多い手札を切った。

 カウントが10を切る。

 

「行くぞ」「行くよ」

 

 同時に俺たちがつぶやく。カウントダウンが終わった瞬間に、俺たちは同時に踏み込んだ。俺はあえて胸元に寄せたオニビカリで押すよう斬りかかる。レインは左手で柄頭を軽く押しつつ、右にステップして軸をずらしつつ俺の攻撃をいなす。直後にその陰から右手で振るった振り上げは横のステップで躱す。左手での俺の追撃はバックステップしつつ距離を取る。すかさず追撃に入る俺に、レインは逆に踏み出しつつ突きを見舞う。ほんの少しの体捌きで躱し、あえて急ブレーキから、刀を握った手でバク転の要領で繰り出したサマーソルトキックで得物を弾きにかかる。が、これはレインが素早く得物を引き戻したことで躱される。着地でしゃがんだ俺には薙ぎ払いがお見舞いされるが、これに関しては逆に着地時に交差させた腕を利用して、居合の要領で二段の飛び上がりの斬り上げで攻勢防御。これは素早いレインの太刀捌きでいなされる。降り際に二刀同時の振り下ろしはバックステップで躱される。そこまで読んでいた俺は、着地と同時に二刀で交互に4回突きを見舞うが、これは下がりつつの回避しつつ両手でいなされる。ただし、最後の一太刀はいなしつつ前進し、斬りかかる。最後のいなしの構えを見た時点で俺はすぐさまに相手の意図を読んで、右手の刀を盾にレインの拳を防御しつつ後退する。続いてきた相手の袈裟を、左手でたたき落とし、続く右手の胸元への突きは左手でいなしつつ後退され、お互い距離を取る。仕切り直しだ。

 

「お互い、なまってはいないようだな」

 

「そっちこそ。隙あらば攻める姿勢、変わってないね」

 

 構えたまま笑い合う。だがその目は一厘たりとも笑っていない。

 ここまで、レインは突きを多用している。突き技というのは、ピンポイントで攻撃できるので当たり所さえ正確にコントロールできれば、一撃で比較的高い威力を、しかも簡便に得ることができる。だが、その反面、当てづらく躱しやすい。あえてそれを細身の剣で正確にやってのける技量には舌を巻くばかりだが、それだけの技量があってなお、ここまで突きを多用する理由が読めない。何より、突きはモーションが独特で読まれやすいわりに、引き戻してから次の動きにつなぎにくい。かといって突きっぱなしから薙ぎ払いにつなげても牽制程度にしかならない場合も多い。これに関しては腕を伸ばした状態では始動位置の違いやら力の入り方の違いやらが影響するからだ。あと、左手をほとんど防御に使っていることも気になる。俺の記憶が正しければ、彼女は俺と同じで、片手がフリーになったら、拳による体術をフル活用した攻撃をやってくることが多い。ましてや俺は今二刀。彼女の体捌きを見れば、鎬の部分をわざわざ触れるというリスクを冒すより、普通に躱したほうが幾分楽だ。となれば、次は薙ぎ払いを多く使った打ち合いか。と、俺は読む。

 再びの踏み込みと同時に、レインは突きを放つ。左手でいなしつつ、あえてそのまま左手で切り返しつつ左手を狙う。下がりつつこれは回避し、切り返した左手はかがんで回避。右手を封じる狙いを読み、拳の警戒もかねて少し後退する。その隙を逃さず、すかさずレインが追撃に入る。それを読んでいた俺は、刀を納刀してわき腹にあるホルスターからスローイングタガーを抜いて投げる。が、これは先に足の前に構えられたレインの剣で防がれる。突進のエネルギーも載せた振り下ろしは、あえて飛び込みつつ放った掌底で攻める。当たった感覚は確かにあったのだが、

 

(浅い・・・っ)

 

 当たる寸前、自分で後ろに飛ぶことで回避していた。それは、俺が掌底に込めた力の割に大きく吹き飛んだことが証明している。今の攻めは我ながら結構意表をつけたと思ったのだが、とっさの反応は攻略組に長くいたせいか。その手のステータス的な意味での速度は相手のほうが見慣れているはずだ。限界速度域での戦闘は向こうのほうがいろんな意味で上手(うわて)。できるだけPvPの範囲内で戦うことがこちらの勝利条件の一つだと思っていたのだが、少しそれは訂正する必要がありそうだ。

 小太刀を右手に持ち替える。右手を前に出して少し斜めに、左手は胸の前に構える。それは、かつて俺が刀のみを使っていた時の構え方。今でこそ小太刀との二刀流と使いこなす俺だが、オニビカリの鞘づくりの時もそうであったように、この構えもまだまだ現役として使える。二刀でブレイクポイントが作れないのなら、片手をフリーにさせてみればいい。それだけの発想だ。あえてそのままにじり寄るようにして踏み込むと、フェンシングのように少しだけ軸をずらすように突く。滑り込むような、間合いを図り辛い突き方を意識したつもりだが、レインはなんということはないといった風に体をひねりつつ躱しながら左の拳をねじ込んでくる。素早く回転して腕を取り、そのまま腰を落として無理矢理投げる。投げると言っても振り回すといったほうが適切な投げ方だ。体勢が崩れたところに、さらに投剣を()()()素早く投げる。すでにオニビカリは逆手で納刀していた。これは予想通りというかいなされる。が、そこまでは俺の想定通り。俺の予想通り、レインはセオリー通りいったん距離を取り、一気に距離を詰めつつ勝負を決めに来た。ならば。

 

「―――ライトウェポンチェンジ、“白波”」

 

 ぼそりとつぶやく。高速武器換装で右手の刀を幻日から白波に変える。あまり使わないが、こうやって一部の武器だけを変えることも可能だ。その場合、変更のボイスコマンドは装備している側を指定する。つまり、今回、幻日は右手装備扱いだったので、ライトウェポンになる、という理屈だ。

 そのまま柄に添えた手を抜き放つ。元から剣道の脇構えは、その刃の長さが見切り辛いことが大きな利点とされていた。ましてや、先ほどまで対峙していたのは刀よりさらにリーチの短い小太刀(オニビカリ)で、今変更したのは野太刀(白波)。レインはその間合いの変化に対応できず、俺の刃は過たずその首をとらえた。躱して完全に断ってはいないものの、想定通りクリティカルヒット扱いになり、俺の勝利となった。斬られたことと無理な回避を行ったことで崩れ落ちたレインは、思わず拳で地面をたたいて悔しがりつつ、俺に抗議した。

 

「やっぱり反則じゃないそのスキル!?」

 

「取得条件が厳しいってだけで誰でも習得可能らしいぞ」

 

「いや、そうじゃなくて。ほとんどノーモーションで武器入れ替えれるとか、突然間合いが変わるってことじゃん!」

 

「つっても、これをそもそも使いこなせるだけの技量があれば、の話でもあるんだがな」

 

「それを使いこなせるだけの技量があれば厄介この上ないんだけど?」

 

「それは、まあ、俺だし?」

 

「まったく、それが問題なんだけど」

 

 俺の半分開き直ったようなコメントに、レインは半ば以上に呆れたようなため息をついた。

 

「さて、最後のファンサービスだ。観客に軽くてでも振ってさっさとおさらばと行こうぜ」

 

「そうだね」

 

 そう言って、俺はレインに手を差し伸べて笑いかける。素直に俺の手を取って立ち上がったレインと俺は並んで観客に手を振った。

 

 

 

 

 ダイゼンさんは約束をきっちりと守ってくれた。特等席の言葉に偽りはなく、きっちり双方の動きが見える位置にいた。加えて、座る席も快適そのもの。お互い、不満はなかった。

 試合展開は、思った通りというか、キリトの猛攻を冷静に受け流すヒースクリフという展開で進んだ。見た目にはキリトが優勢だが、こうも完璧に受け流されると一概にそうとは言い切れない。二刀流は確かにそのラッシュ力こそ魅力だが、それ相応に消耗もすれば区切りの隙も大きいはず。それは、変則といえど同じ二刀を扱う俺だからわかる。消耗しやすい戦術に消耗戦を強いらせるというのがおそらくヒースクリフの狙い。現に、ヒースクリフから若干余裕がなくなりつつある。それを見切ってか、キリトがソードスキルを繰り出した。その光は、あの時フロアボスに繰り出したのと同一のそれ。最後の一撃の前、ヒースクリフの防御が抜かれた。

 だが。その直後。()()()()()()()()()()()()()。それで最後の一撃をぱりぃされたキリトは、その直後の反撃できっかりとクリティカルをもらい、決着。

 

「なあ、レイン」

 

「やっぱり、気のせいじゃないよね?」

 

「あんな気のせいあってたまるか」

 

 正直かなり怪しいが、今はそれしか疑う要素がない。確定にするにはあまりに情報が少なすぎた。

 

「今のところは頭の片隅に置いておくのがせいぜいだな」

 

「・・・そっか。なら、私もそうする」

 

 そんな会話を最後に、俺たちはその場を去った。

 




 はい、というわけで。
 まずはネタ解説。

フェアーソード
元ネタ:テイルズ武器、使用者:ミラ=マクスウェル(TOX)
 ミラのパッケージ武器。細身の直剣。ググるとグラブルばっかり出てきますが、そのくらい代表的な武器。TOXの続編であるTOX2において、とある重要なストーリーの船内においてこの武器が宝箱からドロップします。その直後、なぜこのタイミングだったのかを知ったときに、比喩でもなく鳥肌が立ちました。
「―――その剣を、貸してくれるか」

 あけましておめでとうございます、なのかな。といっても、これを投稿しているのは、まだ2017年の前半も前半なので、全くその実感がわきません。果たしてこれ投稿されるころの自分はどうなっているのだろうか・・・。

 今回はデュエル回でしたね。サブタイトルに関しては、まあ、例によって例のごとくエスコンですね。英語のセリフを直訳したものから抜粋しました。どこか分からないって人は、没サブタイトルが「ZERO」とかだった、というと大体見当つくのではないでしょうか。
 実はこれ、実はもっと早く決着がつく予定だったのですが、あんまりあっさり過ぎた上に、彼のPvPの極意がなかった。なので、彼にしかできないだろう、PvPの技術ということで、こういう結末にしました。
 いまいち最後の展開がピンと来ていない方のために解説しますと、打刀は大体刃渡り70cmくらいを想定しています。で、白波はめっちゃ長い刀です。個人的に想定している刃渡りは150cm以上。わからない人は「Fate 佐々木小次郎」で画像検索すると分かりやすいかな、と思います。Fateの佐々木小次郎が身長176cmらしいので、画像を見ればその長さがよくわかるかと。突然武器の長さがそんなに変わったら、いかにレインちゃんといえど対応しきれないのも無理はないです。が、それ以前に、それほどの長刀を正確に片手で振るえるロータス君が規格外ともいえましょう。
 脇構えがよくわからないという人は、一般的な居合の構えから、抜刀済みにして刀の位置を左右逆にした状態と考えればわかりやすいかな、と思います。Fate/Stay nightが分かる人なら、青セイバーがよくやってる腰に構えた状態が近いですね。もっと剣先がまっすぐ背中側に抜ける感じです。
 そして、目の前でこれを見れたことにより、二人があの事実に何となくでも感づきます。ま、これがないとSAOif編ラスト付近で進めなくなりますんで。

 次はユイちゃんのお話です。書きながら、原作と大きくストーリーが逸脱したなぁと思っていたストーリーになっております。お楽しみに。

 ではまた次回。


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50.影踏み

 それから数日後。俺は血盟騎士団の本部に来ていた。例の報酬を受け取るためだ。応接室に通されてから少しして、でっぷりした巨漢のダイゼンが入ってきた。

 

「お待たせしましたな、ロータスさん。まず、こっちが金銭的な報酬ですわ」

 

 そういわれて、目の前には麻袋が現れる。中に入っていたのは、ちょっと俺の想像を超えるレベルの臨時収入だった。

 

「急だったこと、また、かの鬼神の決闘を見られたこと、勝手に見世物にしたこと。それらを勘案して、前線での狩りの収入から算出した金額です。不満ならお出しできる範囲で追加します」

 

「いや、十分だ。で、情報のほうは?」

 

「こちらに書面でまとめました」

 

 そういって、ダイゼンさんは羊皮紙と思われる冊子を取り出す。それをこっちに渡しながら、さらに言葉を続けた。

 

「ですが、簡易で口頭説明させてもらいます。

 彼は、そこそこ前からのKoBメンバーですわ。加入時期からして、ラフコフとは関係がないだろう、というのはすでに調査が出ておりました」

 

 だろうな。その辺はラフコフ主要幹部四人が口を酸っぱくして跡がつかないように言っていたからな。どうやらかなり真面目にそれを遂行していたらしい。

 

「ラフコフ討滅戦にて、犠牲は出ましたが、ラフコフメンバーの一部をキル、および捕縛に成功しました。これに関しては、釈迦に説法、という奴ですな」

 

「ああ。何せ当事者だからな」

 

「重要なのはその後です。あなたの処遇に関する打ち合わせと並行し、これ以上攻略組がPKされたりすることによるボスレイドの損失は防ぎたかった。そこで、KoBは幹部陣にそれぞれパーティプレイを勧告しました。あくまで()()なので強制ではないのですが、それに伴い、一部の幹部には護衛が付くことになったんです」

 

「それでか。クラディールの名前を聞いたのは、俺の知り合いの店にアスナがそんな名前のプレイヤーを連れてきていた、って言ってたからなんだ」

 

 当然ながら、もっと早くからクラディールのことは知っている。だが、改めて知ったのは知り合いことエギルの話を聞いてからだ。知っていても、名前を最近聞いた、という点で、嘘はついていない。

 

「ああ、それはこっちにも報告が上がってます。黒の剣士殿と夕食を楽しんだ、と」

 

「あー、そういえばあいつ、ラグーラビット手に入ったって言ってた、って言ってたっけな」

 

「そうらしいですな。かのSS食材、私も口にしたいもんですわ。・・・っと、話がそれましたな。

 ある程度お察しの通り、アスナさんにも護衛が付くことになりました。特に彼女はあの美貌ですからな、逆ハニートラップのような真似は、まあ、本人の性格的に引っかからんとは思いますが、念のため、というものもありますんで。で、そこに立候補したのがクラディールだった、っちゅーわけですわ。もともとアスナさんの、一種の、シンパというか信者というかおっかけというか、ま、そんなとこだったんで、危害を加える恐れもなかろうと幹部陣もこれを承認、今に至っていたんですわ」

 

「至ってい()?」

 

「そう、至ってい()、です」

 

 過去形になっていることに気付いて指摘すると、ダイゼンさんもそれを大きく肯定した。

 

「ですが、その翌日、黒の剣士とコンビで攻略に繰り出すことになったとき、彼が・・・」

 

 そこで一瞬ダイゼンさんが言いよどむ。大体何を言いたいかは分かってはいるが、さすがにおおっぴろげに自分のギルド員の悪口を言うのは憚られるらしい。案外いい人なんだな、とぼんやりと思った。

 

「隠さず言いましょう。ストーカー化してたことが露見しまして。黒の剣士さんなら、アスナさんともお似合いだし、実力も申し分ない。クラディールがその体たらくなら、護衛の交代はやぶさかではない、という判断になりまして。しばらく謹慎になっとったんです」

 

「なっとった、って、これまた過去形ですか」

 

 俺の再びの指摘に、ダイゼンさんは頷いた。

 

「このまま()()()()()()()()()()アスナさんの傍にいる分には問題なかったのでしょうが、前の一件でキリトさんがKoBに入られましたやろ?そんで、一応形式上でも入団の、プレイヤーとしての適性も含めたテストを今日行うことになっとりまして。で、それを担当する幹部が、“同じギルドメンバーである以上、ずっと仲たがいしたままというのはよくない”といって、謹慎を解除して連れ出しとります」

 

 その言葉に、俺は椅子を蹴倒した。突然の俺の行動にダイゼンさんが面食らう。

 

「それは、どこで?」

 

「え、74層の迷宮区で行うと聞いとります」

 

 それを聞いて、すぐさま俺は転移結晶を取り出した。無礼は承知だが、今はそんなこと言っていられない。

 

「すんません、ダイゼンさん。用事が出来ました。―――転移、カームデット」

 

 前、ちらと聞いたことがある。こういう緊急時の応対に備え、KoB本部はあえて、本部によくある結晶無効化を行っていないらしい。だからこそ、俺は即座にこういう対応をしていた。即座に俺はアスナにボイスチャットをつないだ。すぐにチャットはつながった。喋りながらメニューを操作して、魔物避けの香水を取り出す。

 

『ロータス君、どうしたの?』

 

「アスナ、時間がないかもしれんから単刀直入にいくぞ。今どこにいる?」

 

『KoBの本部だけど、どうして?』

 

「今日のキリトとクラディールに関しては?」

 

『知ってるわ。参照してる感じは特に何も―――ちょっと待って、なんでロータス君がそれを?』

 

「事情は後だ、時間が惜しい。キリトは今迷宮か?」

 

『その前のフィールドにいるみたい。ここは・・・峡谷に入って少ししたところじゃないかな』

 

 峡谷エリアは、森エリアの前に位置する。となれば、今追撃に入れば追い付く目は十分にある。

 

「了解した。俺が先行する、アスナも後から来い」

 

『ちょっと待って、本当にどうしたの?』

 

「さっきも言ったろ、時間が惜しいんだ。切るぞ」

 

『え、ちょっ―――』

 

 チャットを切断しながら、魔物避けの香水をつけ、走る。迷宮区でやるというのなら、大体の方向はわかる。問題は峡谷エリアのどこにあいつらがいるか。フレンドの表示だけではそこまで追跡するのは不可能。ならば、自力で読むしかない。だがそこはそれ、俺の実力でカバーする。

 

 

 峡谷である以上、侵入点は限られる。その性質を利用し、あらかた先に目星をつける。そのあとはしらみつぶしだ。あらかじめ索敵スキルのModである追跡機能を起動しっぱなしで走り続ける。隠密スキルを使われると効果範囲が狭まるが、パーティを組んでいるときにわざわざ隠密スキルは使用しないはずだ。

 ある程度走ったところで視界に足跡が反応した。追跡機能に反応があった証拠だ。一気に方向転換して走る。ひたすら走る。キリトたちに追いつく寸前に、メニューで装備を操作。装備を山吹色系の色にする。周りが砂色に近い色だから、このような色だと隠密にボーナスが乗る。何とか追い付いたとき、キリトたちは休憩に入っていた。クラディールから水が全員に配られ、メンバーが飲む寸前に、クラディールの顔がはっきり見えた。走りながら一気に矢をつがえ、急停止の慣性を利用して、強く弓を引く。素早くキリトが飲もうとした水瓶を撃ち落とす。と、クラディールが驚いたような顔をした。が、このパーティのリーダーは一足遅かった。麻痺にかかって崩れ落ちた直後に、キリトが叫ぶ。

 

「結晶を使え!」

 

 その言葉に、パーティリーダーが動かない腕をポーチに伸ばす。一瞬でメニューを操作しつつ、弓に矢をつがえ放つ。その矢は、ポーチをおそらく蹴とばそうとしたクラディールの足元に突き刺さった。

 

「回復を阻害する行為をむざむざ俺が見逃すと思うか?」

 

 何か別途目的がない限り、回復を阻害するのは基本だ。敵の戦力を苦労して削ったのに、その苦労を水泡に帰すような真似をむざむざ見過ごすなんて言う愚は犯さない。俺にクラディールの意識移っている間に、パーティリーダーが麻痺を回復した。体の自由が戻ったことを確認してから、パーティリーダーが問いかけた。

 

「クラディール、どういうことだ。この水はお前が調達したはず・・・!」

 

「簡単だ。その水に麻痺毒を入れたんだろ。その手のノウハウなんざ、麻痺のスペシャリストたるジョニーにかかればなんとでもなるからな。で、それをそのまま教わった通りに実行した。

―――そうだろ、ラフコフの残党さんよ」

 

 俺の推理に付け加えられた一言に、場が凍り付く。それは、言われた本人であるクラディールもそうだった。

 

「それを覚えているなら、なんで、あなたは・・・!」

 

 信じられないというようなクラディールの問いかけを、俺は一笑に付した。

 

「ハッ、この期に及んで、俺の目的が読めてねえのか?それとも、分かったうえで目を背けているのか。どちらにせよ、愚か者の一言に尽きるな」

 

「どういうことだよ。クラディールが、ラフコフの残党って・・・!」

 

「そのまんまの意味だ。クラディールは、グリーン側の情報源として、ラフコフの仲間だった。俺が討ち漏らしてた。それだけだ」

 

 俺のあまりにあっさりしたコメントに、違う意味で周囲が凍る。

 

「でも、なんでこんなことを・・・」

 

「こいつが、アスナの信奉者だからだ。それこそ、ストーカー化するレベルの、な。それは、お前もよく知っているだろ。何せ、本人から聞いただろうからな」

 

「・・・そばにいる俺が邪魔だった、ってことか・・・」

 

「ま、端的に言っちまえばそういうことになる」

 

 あわよくば傷心のアスナに取り入ろうとした、ってところもあるかもしれないが、とにかく第一目標はキリトの排除だっただろうことはまず間違いない。ここまでしゃべったところで、俺の索敵に反応があった。

 

「っと、ようやく来たようだな」

 

 そういって、道を開ける。そこには、非常に険しい顔をしたアスナがいた。

 

「あ、アスナ様・・・」

 

「事情は聴きました」

 

「え・・・?」

 

「俺はちゃんと言ったはずだ。PvPでは、どれだけ多くの情報をつかめるかがキーになる。俺は会話をしながら、時々メニューを触ってたろ。その時に、アスナにボイスチャットを開通しておいたんだよ」

 

 その言葉に、クラディールの顔が若干青ざめる。完全に俺の術中にはまっていたということに、ようやく気付いたのだ。

 

「ちなみに、トリックを明かすくらいで俺はボイスチャットを有効化していた。ぶっちゃけ、こんなに早く到達するとは思ってなかったが」

 

 これは本音だ。俺にとって、今の種明かしは時間稼ぎで、それ以上でも以下でもない。俺が喋っていた時間など、時間にすればたぶん数分。下手したらカップラーメンすら作れない時間だ。よもやこんなに早い到着だとは思ってもみなかった。が、

 

「ま、俺からしたらこれはうれしい誤算なんだけどね。

 で、どうする、こいつ」

 

 視線はクラディールに固定したまま問いかける。念のためというか、手は太ももにある投げナイフホルダーに添えられている。射撃のほうが攻撃面では上回るが、こういうとっさの使い勝手はやはり投剣のほうがいい。

 

「こればかりは会議にかけたほうがいいと思うわ。でも、とりあえずは監獄に送るのがいい、かな。

 ロータス君は・・・、って、聞くまでもないわね」

 

「おう、そういうこった。だから、なんか意見があれば、って思ったんだ。が、困ったな、回廊結晶のストックがねえんだ」

 

「て、ことは・・・」

 

「監獄エリアに行くには、こいつをここで縛るほかない。それか、・・・いや、やっぱ却下」

 

「やっぱ却下、の内容が知りたいのだけれど?」

 

「・・・アスナにハラスメントコードを発動させる」

 

 言いづらいが、そういいだすと、アスナは軽く身を震わせた。

 

「だよな。なら―――」

 

 言い切る前に、俺は少しだけ手を滑らせ、腰のホルダーから投げナイフを一本取りだすと、小さいテイクバックで放る。それはクラディールが躱すも、その直後に俺が間合いを詰め、いつもは使わない背中の矢筒から一本抜きとって一閃、躱されることを読んでいたので、そのままつがえて放つ。今度は避けきれずに刺さった。そのままマウントを取ると、アスナにアイコンタクトした。その意味を正しく理解したアスナは、手早くクラディールを縛った。

 

「殺さないのね」

 

「前の俺だったら殺していた。俺が殺しをしたら悲しむやつがいるんでな」

 

 俺の答えに、アスナはどこか意外そうな顔をした。だが、俺からしたら当然だ。あそこまでしてくれた相手に義理立てしない理由はない。

 

 

 

 

 この後、クラディールはKoBを永久追放、死刑がないこの世界における極刑である無限役を言い渡された、というのは、あとからアルゴ経由で聞いた。

 




 はい、というわけで。

 今回はクラディール処理回でした。どうしようか迷った挙句の果ての解決方法がこれだよ。いやはや、自分でもなんというか、これでいいのかなぁなんて思ってました。が、作者の場合悩んで悩み抜くとかえって大変なことになるんで許してつかぁさい。

 ダイゼンさんに関しては本当にただただイメージです。関西弁とかもこれ似非になってますね。
 ここはifルート最大の違いですね。いくら相手がラフコフの残党でも、今死ねすぐ死ね骨まで砕けろにしないあたり。

 さて、次はユイちゃん回ですね。どうしようかと考えるのに苦労しました。大体そういうのは変なことになっていることが多いのですが、果たして。

 ではまた次回。


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51.はじまりの街にて

 それから少しして、俺は第一層の教会孤児院に来ていた。一応、今は一段落しているし、先日のあの少年との約束も果たさなくてはならない。ま、今なら時間もあるし、問題ないだろうという判断だ。

 プレイヤーに聞きながらその場所に行きながら、どこか奇妙な感覚をぬぐえないでいた。プライバシーとかの観点だろう、建物の内側からの音は、ノックぐらいしか通さないというのは分かる。だがそれにしても、静かすぎる。数値化、文章化できるものではない。だが、俺が積み上げてきた感覚がおかしいと訴えている。どこぞのグラールの白いキャストじゃないが、その何となくが正解であることが多いから、俺もそれを信用することにしている。

 教会についてからは、別の意味で奇妙な感じがした。具体的には、どこか見慣れたような気配がするのだ。ま、そんなことで尻込みする俺じゃないので、普通にノックする。と、ほんの少し覗いた顔は見知った顔だった。

 

「お、エリーゼか」

 

「ロータス君、どうしたの?」

 

「いや、ここのガキンチョにちょっと前、今度来るって言っといて来てなかったなー、ってふと思い出したからな。入っていいか?」

 

「ああ、うん」

 

 それだけ言うと、俺は中に入った。そこには、子供が多い中で、一人20代と思われる女性がいた。

 

「あの人は?」

 

「ああ、ここの管理人さん、ってとこかな」

 

 俺の素朴な疑問に、隣でエリーゼの解説を入れる。ふうん、てことは、この人がここの子供たちを束ねているわけだ。なかなか見上げた志の持ち主だ。

 

「エリーゼさん、その方は・・・?」

 

「ああ、えっと、ロータスって言います。前、フィールドでここの子だと思う子に、今度また来る、って言って―――」

「あー、あの時の兄ちゃんだ!」

 

 俺が言い終わる前に、あの時の少年がこちらを見つけて走ってきた。

 

「よう、元気にしてたか少年」

 

「おう、元気だったぜ!」

 

 うん、元気で何より。

 

「ああ、あなたが、ショウを助けてくださったという・・・」

 

「ありゃ、本人から聞いてました?」

 

「ええ。ものすごく強いお兄さんに助けられた、と。私はサーシャと言います。子供を助けていただき、ありがとうございます」

 

「いえいえ、成り行きで助けただけですよ」

 

 そんな会話をしていると、俺の索敵に反応があった。街の雰囲気が怪しかったので、隠密で発動を悟られないようにしつつ、索敵スキルを発動させておいてそのままだったのを今思い出した。

 

「誰か来るぞ」

 

「一人?」

 

「ああ」

 

「だったら多分あの子だわ。私出ますね」

 

「すみません、お願いします」

 

 そういってエリーゼが席を外す。その間に、こちらに目線が来る。

 

「あの、失礼ですが、ロータス、というプレイヤーネームを聞くと、どうしても別の名前が出てしまうのですが・・・」

 

「かまいませんよ。同一人物ですし。色眼鏡で見られるのには慣れていますから」

 

「と、いうことは・・・」

 

「ええ、そういうことです」

 

 俺の言葉に、サーシャさんが驚いたような顔をする。ま、俺のほうからカミングアウトしたら驚き桃の木山椒の木だよなぁ。

 

「ま、今はこうして攻略組に戻ったわけです。幸運なことに、ですがね」

 

「そうなんですね」

 

 俺の言葉にサーシャさんが相槌を打った時に、エリーゼがレインを連れて戻ってきた。

 

「あれ、レインどうしたん?」

 

「言ってなかったっけ。私、ちょくちょくここに来てるの。ロータス君こそ、どうしてここに?」

 

「ちょっと前にここの少年に会ってな。今度来る、って言っておきながら、ずっと来れてなかったから、こうして今日来てる、ってわけだ」

 

 そんなことを言っていると、まだ切っていなかった索敵スキルに反応。

 

「また誰か来るぞ。今度は二人」

 

「二人?」

 

 俺の言葉に、エリーゼがどこか警戒したような声を出す。その言葉に、やはりこれは想定外のことなのだろうと気づいた。

 

「念のため俺が出る。万が一荒事だったら俺のほうがいいだろう」

 

「そう、ですね。お願いします」

 

 俺の異名を知っているということは、俺の悪名を知っているということと同義。またそして、俺の対人戦で実力も、たとえそれが噂の範囲内だとしても十分にわかっているはずだ。

 入口のほうに向かいつつ、俺は気取られないように集中力を練る。ノック音がしたのを確認してから、俺は少しだけ扉を開ける。そこにいたのは、

 

「キリト、それにアスナもか。どうした?」

 

「ああ、少し用事があってな。入っていいか?」

 

「少し待ってくれ。ここの管理者に聞いてくる」

 

 本当に意外な二人だったのである。

 

 

 

 二人が来たのは、二人が連れていた子供が原因だった。新婚生活を満喫していた二人だったが、近くの森で女児のプレイヤーと思われる少女を保護したそうだ。

 

「で、この子供に見覚えがないか、ってことか?」

 

「うん。どうでしょうか?」

 

 二人に言われ、その子供―――ユイちゃんの顔をサーシャさんがのぞき込む、が、すぐに首を横に振った。

 

「ごめんなさい、少なくとも私は見覚えがないです」

 

「私も見覚えないや」

 

「ごめんなさい、私も・・・」

 

「そう、ですか・・・」

 

 そういった瞬間に、バタンとドアが開いた。

 

「サーシャさん、大変だ!」

 

「こら!お客様の前で―――」

「それどころじゃないんだ!ギン兄たちが軍の徴税に引っかかって・・・!」

 

 その言葉に、サーシャさん、エリーゼ、レインが勢いよく立ち上がる。

 

「場所は!?」

 

「35番路地!ブロックされて何とか俺だけ逃げ切れたんだ!」

 

「35番路地は袋小路・・・!レインちゃん!」

 

「はい。ごめんなさいアスナさん、先に―――」

「私たちも行くわ」

 

「俺も行こう。荒事なんだろ」

 

 アスナの即断に俺も応じる。話の流れからそのくらいは察せられた。

 

「なら俺たちも―――」

「それはダメ。この人たち、私があっさり負けるくらいだから。レインちゃん、お願い」

 

「分かりました」

 

「それでは、申し訳ですが走ります!」

 

 サーシャさんの言葉に、俺たちは一斉に走り出した。

 

 

 

 35番路地の前には、深緑の装備をした軍団が居座っていた。その光景に、俺から我慢できない舌打ちが漏れる。普通の町中では、アンチクリミナルコードという、平たく言ってしまえば犯罪防止コードが発動するため、そう簡単に人を押しのけたりすることができない。突き飛ばそうとすると、突き飛ばそうとした側にフィードバックが来るからくりだ。もちろんこれは素手の場合で、得物を用いれば、相手側にそれ相応のフィードバックはある。が、それだけでHPは減らない。だが、一般的な良識があれば、そもそも街中で大ぶりな鈍器や、短くても刃渡り30cmはあろうかという刃物を取り出そうなんて考えない。その良識と、このアンチクリミナルコードを逆手に取り、大勢で路地などをふさぐことで退路を断つ、通称ブロックと呼ばれる半マナー違反行為を、おそらくは常習的に行うそのことに、強い不快感を覚えた。

 

「おっと、ここで保母さんの登場か」

 

 軍の誰かが嘲りに満ちた声を出す。それを無視して、サーシャさんは声を張った。

 

「ギン、ケイン、ミナ!そこにいるの!?」

 

「先生!こいつら、僕らが取ってきたもの出せって!」

 

「それなら渡してしまいなさい!」

 

「それだけじゃ足りねえんだよなぁ」

 

 サーシャさんの言葉に、別の軍のメンバーが数人がかりで高圧的に迫ってきた。それでもブロックをほどけないほどに人数を使ってきているということの証左に、俺は顔をしかめそうになるのをこらえた。

 

「あんたら、ずいぶんと税を滞納してるからなぁ。装備とかも含めて文字通り全部よこしてくれてようやく、ってところなんだよなぁ」

 

 このSAOにおいて、防具を変えるのには、外套だけを変えるような場合を除いて一回裸になる必要がある。明らかに下心があることが見え見えの言動だった。

 

「下種なうえに変態な奴らが編隊組んでやってきてたわけか。救えねえな」

 

「あ゛ぁ?誰だ、お前」

 

「俺が誰かなんざどうでもいいだろ」

 

 言いつつ、後ろに組んだ手で合図を出す。キリトたちには通じないかもしれないが、レインになら通じるはずだ。その証拠に、本当に少しだけ俺の手に触れると、少しだけ下がって助走をつけた。で、そのまま跳躍。楽々といってもいいほどに、軍の集団を飛び越えた。続いてキリトとアスナも飛び越える。

 

「おいおい、なぁに勝手なことしてんだぁ、あぁ・・・?」

 

 中にいるレインたちに向かってだろうか、高圧的に迫る軍幹部と思われるプレイヤー。

 

「この街で軍に逆らうってのがどういうことか分かってんのかぁ・・・!?ああ!?」

 

 その言葉はこちらにも来る。サーシャさんを手で下げながら、位置関係を確認する。後ろには軍の集団はいない。あくまで俺の前だけだ。回り込む隙はいくらでもあったろうに、なぜ回り込まなかったのか、という疑問はあるが。ま、それならそれでやりようがある。

 

「知ったこっちゃねえよ。最大のギルドだか何だか知らねえが、最下層で引きこもってるだけ集団の何が怖いって?」

 

 俺の挑発に、迫ってきた軍のメンバーが一瞬怯む。が、すぐにまた高圧的に言った。

 

「何なら実力行使してもいいんだぜ!?」

 

「やれるもんならやってみろ、引きこもりが」

 

 俺のさらなる挑発に、相手は俺たちを囲みにかかる。右手で鯉口を切りつつ、水平に構えた腕はそのままにする。と。

 

「貴様らは、まだこんなことをしておるのか」

 

「これはこれは、コーバッツ中佐殿。前線から逃げた臆病者がどうされたのです?」

 

「こんなことをしておる暇があれば、ほかにもやることはあろう。と、私は言っていたはずなのだがな」

 

 後ろから来たのはコーバッツだった。意外な援軍に、俺は少し意外な顔をする。

 

「特に、この方は私たちの恩人だ。侮辱するというのであれば、私たちも相手になろう」

 

「そうですか。なら、―――そんな口、二度と聞けないようにしてやる」

 

 その言葉とともに、相手の軍側が抜刀する。

 

「コーバッツさん。サーシャさん・・・そこの女性を頼んだ」

 

「承知した。全員防衛態勢」

 

 その声に、サーシャさんがコーバッツ派の軍に保護されたことを確認すると、俺は鯉口を切ってあった小太刀を左手で素早く数閃。相手側の軍の数人が得物を取り落とす。あっけにとられている間に、俺は蹴りを叩き込み、左手にいた一人を吹き飛ばす。驚いている暇を与えず、一人に近づいて一人に肘鉄を放ち、小太刀で後ろに回ってきていたやつの首に向かって強打。

 

「まだやるってんなら付き合うけど?」

 

 小太刀を突き付けつつ宣言する。ちなみに、俺がダウンさせるまでに費やした時間はたぶん10秒程度。たった10秒で数人をダウンさせたのだ。ましてや、コーバッツ派の援軍もある。問題ないだろう。その後ろでは、おそらくレインたちを相手にしていた軍のプレイヤーが文字通りちぎっては投げられている。おそらく、あちらもなんか不用意なことを言って逆鱗に触れたのだろう。もともと、少なくともレインは、若干怒りモードだったのだ。攻略組の中でもトップクラスである彼女たちにかかれば、軍ごときどうなるかなど推して知るべしだ。

 

「後ろのお仲間も、どうやらあっさりとやられたっぽいしね」

 

 その言葉に、慌てて軍の幹部が振り向く。そこには、無様に腰の抜けさせられた軍のメンバーが。その光景に、無様に軍のメンバーは撤退していった。その光景を目で追いつつ、俺は小太刀をしまって振り返る。

 

「ごめんなさい、サーシャさん。怖い思いさせましたね」

 

「いえ・・・。レインさんも、すごくお強いんですね」

 

「ま、俺の相棒ですから」

 

 俺の返答に、サーシャさんは少し笑った。その路地から、少女の悲鳴が聞こえた。何も言わずに二人そろって走り出す。路地に入ると、そこには変わらずアスナにおぶられたまま、気を失っているユイちゃんがいた。キリトがおろおろしていることから、どうやらあれこれ突然のことだったらしい。サーシャさんも突然のことに何が起こっているのかわからず、一瞬ではあるが確実に固まる。あとの女子二人も軽い混乱状態になっているようだ。

 

「とにかく、今は孤児院に」

 

 俺の言葉に、フリーズしていた面々が動き出した。

 

 

 

 結局、その日でユイちゃんの意識は戻ることはなく、その日は全員教会に泊まり込むことになった。サーシャさんは「そういう場所を選んだということもあるのですが、場所はかなり余っているんです」と言っていた。ま、それもそうか。

 で、翌朝の朝食は、まあ、にぎやかであった。おかずの取り合いやらなんやらのやんややんやである。

 

「ごめんなさい、騒がしくて」

 

「いえいえ」

 

「私の最初は注意してたんだけどねー。一向に聞く気配がないから、もう放置」

 

「これはこれで、子供らしくていいんじゃね?」

 

「私もそういっているんだけど」

 

「ある程度の節度というのも必要でしょ」

 

「それはそうだが。教え込むのはもう少し後でもいいだろ」

 

 そんなことを言いつつ、俺たちは奥のほうの部屋へ移動した。

 

 

 

 奥の部屋へ移動したとき、俺はさっそく切り出した。

 

「で、サーシャさん。あの徴税とかかこつけたカツアゲはいったい何なんだ?」

 

「あ、それは私から」

 

 俺の質問に答えたのはレインだった。

 

「知っての通り、軍は25層で壊滅して、ここ、第一層のはじまりの街で力をためてる。ここまでは、問題ないよね?」

 

「ああ、まだ戻ってきてなかったのか」

 

「うん。で、そのあとは下層の狩場を管理したりしてたんだよね?」

 

「そこまではよかったのよ」

 

 そこまで言ったときに、キリトがつぶやいた。

 

「誰か来るぞ。二人」

 




 はい、というわけで。

 今回はユイちゃん回の導入部分でした。しばらく前に少年と約束していたのを覚えていらっしゃる方は、前回のあとがきで分かったのではないでしょうか。

 軍との衝突は避けられないとして、このままいくと完全に戦力が過剰すぎるよなぁどうしようかなぁと考えていた時に、そもそも敵も増やしちまえばいいんじゃねって発想に行きつきました。
 コーバッツさんがどうしてこうなってるとか、その辺の話は次回にしますのでお楽しみに。

 さて、次回はユイちゃん回完結です。その後、説明回兼つなぎを挟みまして、いよいよSAOif編のクライマックスです。

 ではまた次回。


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52.事態解決

「誰か来るぞ。二人」

 

 その言葉に、俺は即座に臨戦態勢になった。むろん、他人に気取られないようにだ。何せ昨日の今日だ、報復というのは十分にありうる。

 

「私が出ます」

 

「お願いします」

 

 レインが対応を申し出て、それをサーシャさんも了解した。念のため、その後ろに俺が、気配を消してついていく。レインが扉を開けた時、少しではあるが確かに、レインの警戒が和らいだ。

 

「コーバッツさん?」

 

「お久しぶり、いや、昨日ぶり、ですかな、レインさん。お話があってうかがいました」

 

「それは、昨日の徴税関連ですか?」

 

「無関係ではありません」

 

 その言葉に、俺はできるだけ扉の死角になるような位置からのぞき込んだ。

 

「とりあえず入れてもいいんじゃないか。その代り、妙な真似を見せたら・・・」

 

 そこまで言って、俺は鯉口を切る。それだけで、十分意味は通じる。が、コーバッツは動じなかった。

 

「大丈夫だよ。この人は信用におけるから」

 

「そうか。お前がそういうんなら、大丈夫だな」

 

 レインがそういうということは、大丈夫なのだろう。俺も刀を改めてしっかり納刀して、二人を中に招き入れた。

 

 

 その後、俺たちは奥の応接間に会していた。どうしてもこの人数が集まると少し手狭に感じるが、そこはまあ仕方ない。

 

「それで、彼女は?」

 

「彼女はユリエールさん。ALFのリーダーであるシンカーさんの副官さんよ」

 

「ALF・・・ああ、そういうことか」

 

 納得した俺と、一瞬の間の後に理解したアスナとは対照的に、キリトだけが理解してなかった。

 

「Aincrad Liberation Force―――早い話が軍だ。その様子だと、この呼称は内部でも嫌うやつがいるみたいだな」

 

「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

「いったいどこの綴命(ていめい)の錬金術師だお前は」

 

 エリーゼのまぜっかえしにはしっかり反応しつつ、先を促す。

 

「で、ギルドマスターの副官様がこんなところに来る、ってのは、一体どういう事態なんだ?」

 

「その前に確認しておきたい。エリーゼさんとレインさん以外の方々は今の軍の状況をご存じだろうか」

 

 口火を切ったコーバッツの言葉に、俺はかぶりを振った。白黒夫婦も、どうやら同じような状況のようだ。

 

「私から説明しましょうか?」

 

「いえ、私から説明します」

 

 レインの申し出に、ユリエールさんはやんわりと断った。その口から語られた内容は、なかなかに刺激的だった。

 

「今、軍の内情は、キバオウの独裁による暴走状態です。いつからか、あなたがたが目にした徴税行為は日常的に行われるようになってしまった。そこで、軍の内部からも出た、攻略をないがしろにしすぎているという不満を解消するために、一部上層部は軍のトッププレイヤーを最前線に送り込んだのです。フロアボスを討伐してこい、などという、無茶な命令とともに」

 

「それが、あんただったわけだな、コーバッツさん」

 

「・・・ああ。意固地だったのも、命令を守らなくてはという義務感が先立ちすぎていたから、というのは否定しない。もっと大切なものがあると気づくまでに時間がかかりすぎた。迷惑をかけてしまったな」

 

「いいって。で、その一件から何とか生存したコーバッツさんは、シンカーさん、だっけ?とにかく、ギルマスを中心人物とした、穏健派に与するようになったわけだよね?」

 

 エリーゼの確認に、コーバッツは頷いた。となれば、

 

「その努力があってなお、あのカツアゲ行為は止まらないほどに、肥大しているわけか」

 

「その通りです、キリトさん。・・・なるほど、あなた方なら、確かに徴税部隊など一ひねりでしょう。

 とにかく、コーバッツさんの遠征が失敗したことで、キバオウはさらにムキになりました。シンカーと丸腰で話し合おうと言って、自分だけ転移結晶で離脱したのです」

 

「シンカーさんは・・・?」

 

「彼はいい人過ぎました。キバオウの言葉を信じて、転移結晶も持たず・・・。今彼は、ハイレベルのモンスターがいる地帯にいると思われます」

 

「・・・ポータルPK・・・。ここまでの大ギルドの頭がやることじゃねえな」

 

 思わず舌打ちする。俺の苦々しい表情を見てか、コーバッツの眉間に皺が刻まれた。

 

「ああ・・・。私も、初めて知ったときには耳を疑った。同時に、こんな人物には従えないと思った。目的のために手段を択ばないと言っても、限度というものがあるだろうに・・・!」

 

 コーバッツの言葉には完全に同意だ。先ほども言ったが、大ギルドの頭がやる行動ではない。

 

「なら、やることは二つ。一つはシンカー救出。もう一つは、キバオウの脅迫」

 

「きょっ・・・!?」

 

 俺の口から出た物騒な言葉に、サーシャさんが怯えたような声を出す。でも、

 

「目には目を、歯には歯を。外法には、外法を。―――先に道を外したのは向こうだ。無理やりにでもゲロらせる。軍の中でも、できるだけ公なところで、な。これは俺が適任だな」

 

 あまりの俺の過激度合いに、サーシャさんとユリエールさんがドン引く。他の面子は、俺はやる気になればそういう手段に出ることもある、ということを、実体験をもって知っているため、少々の怯えはあっても驚きは薄い。真っ先にその手段に協力を申し出たのはコーバッツだった。

 

「では、私も協力しましょう。一応、軍の定例会議は、キバオウ派とシンカー派の両方が出席しますからな。その場をもって、襲撃すればよろしい」

 

「そうか。じゃ、その辺の手筈は頼んだ」

 

 俺の言葉に、コーバッツが頷く。コーバッツも俺の脅しをその身をもって体験したクチだ。その後に、レインが胸を張って宣言する。

 

「じゃあ、シンカーさんは任せて!」

 

「おう、頼むぜ相棒」

 

 そういって二人で手を叩く。その後に、レインが状況確認に入った。

 

「シンカーさんは、その状態で、どれくらい・・・?」

 

「もう、三日ほどになります。私が来たのは、徴税部隊をあっさりと打ち倒した人々が、今教会に滞在しているということ。それから、コーバッツさんから、その人々は信頼に置けるという言葉を聞いてだったので」

 

「なら、できるだけ早い救出が必要ですね」

 

「コーバッツ、次の会議は?」

 

「確か・・・明日の夕方からだったはずだ」

 

「よし、なら最速そこで人質救出からの脅迫続行が最善かな」

 

「ま、私としても、たまたまダンジョン見つけて救出する分には問題ないし」

 

「いえ、この件に関しては、あとできちんと対価をお支払いします。特に、あなたは、いわゆる“騙して悪いが”をしたら、しかるべき報復を行うことでも有名ですからね、エリーゼさん」

 

「・・・なら、こっちとしても断る理由はない。・・・ところで、戦力は多いに越したことはないんだけど」

 

 かなりとんとん拍子に進む話の中で、エリーゼが横目に白黒夫婦を見た。それに対する二人の反応は、正直信用にならない、というものだった。ま、こんな少しのやり取りで信じろ、なんて無理な話か。

 

「大丈夫だよ、パパ、ママ、この人、うそついてないよ」

 

 その判断の背を押したのは、意外にもユイちゃんだった。

 

「・・・本当?ユイちゃん」

 

「うん。なんとなくだけど、わかる!」

 

 笑顔とともに放たれた言葉に、アスナが折れた。

 

「では、私たちも協力させてもらいます」

 

「ユイはここでお留守番な」

 

「やだ!」

 

 キリトの言葉に、ユイちゃんは即座に拒否という反応を見せた。

 

「そうはいってもね、危ないから、ここで待ってて、ね?」

 

「やだ!パパとママと一緒に行く!」

 

「おお・・・これが反抗期か・・・」

 

「感心してないでキリト君も説得してよ!」

 

 こんな小芝居のようなやり取りはあったが、結局、エリーゼとレインという戦力を鑑みて、連れていくことになった。

 

 

 

 さて、場所は変わって、はじまりの街の中の、国鉄宮に来ていた。ここの上層部分が、丸ごと軍の本部と化しているらしい。その中を、コーバッツと、軍の正式装備をした俺が歩いていた。

 

「こんなにあっさり通るものなんだな」

 

「門番にも通達はしてあったからな」

 

「それって一種の懐柔じゃないのか?」

 

「そんなことはしていない。私はただ、出先で帰る途中の隊員と合流した、と言っただけだ。そもそも、人数が増えすぎて、ギルド員同士でも、装備くらいしか見極める術がない。かくいう私もだが、な」

 

 なんだそりゃ、と言いたいところだが、どこぞの金ぴかも、増えすぎて己の把握できる範疇超えてる、みたいなこと言ってたし、それと似たようなものか。

 

「さて、改めて確認するぞ。俺は、コーバッツの後ろで護衛として振る舞う。で、レインから連絡が来たら行動開始。てことで、いいな?」

 

「ああ。例のダンジョンはここの真下、転移結晶が使えることも確認済みだ。転移門からの距離も遠くない。レインさんにエリーゼさん、加えて、黒の剣士と閃光までいる。戦力としては過剰なくらいだろう。この場合はむしろ、私が会議に参加しないことのほうが怪しまれる」

 

「仮にも佐官だもんな。そういえば、キバオウは階級的にはどうなるんだ?」

 

「一応、中将ということになっている」

 

「ま、その辺は現実に即してるか。幕僚長、だっけ?自衛隊の頭も大体そのくらいだろう?」

 

「らしいな。私はよくわからん。ミリオタのやつに言わせるとこのくらいが妥当だそうだ。初期階級はそこから逆算で与えられた」

 

 そんな会話をしていると、コーバッツが部屋の前で止まった。

 

「ここか?」

 

「ああ」

 

 俺の言葉にそれだけ返答すると、コーバッツは三回ノックの後に部屋に入った。続いて俺も入る。

 

「コーバッツ中佐、到着しました」

 

「ご苦労、中佐。後ろが、例の護衛だな?」

 

「は。何分、人見知りがある故、いささか無口ではありますが、腕は立ちます」

 

「・・・まあいいか。護衛は中佐の後ろで待機したまえ」

 

 その言葉には頷きで返し、コーバッツの後ろで休めの姿勢で待機する。すでにウィンドウは不可視モードでメールの受信欄を開いている。他人からすれば、俺がメニューを開いているように見えないことはすでに教会内で実証済みだ。やがて、何人かの佐官があるまると、玉座のような椅子に座ったキバオウが口を開いた。

 

「さて、全員集まったところで会議を始める。といっても、いつも通り、定例報告ばっかやけどな。まずは、管理班。特筆することはあるか?」

 

「いえ、特にありません。最近は特におとなしいもんです」

 

「よし。なら次、高レベル隊。こっちに関しては、何か進捗はあったか?」

 

「はっきり申し上げて、ありません。あえて申し上げるとすれば、これだけ開いた経験値の差はそうそう簡単に埋まるものではなく、定例会議で特筆すべき報告があげられるようになるまでは時間がかかる、と、繰り返させていただくだけです」

 

「・・・ま、しゃーないか。あのビーター野郎にはシャクやけど、こればっかりはどうにもならん」

 

「それでよいのですか、キバオウ中将!」

 

「そうです!街の面々からも、軍は下層に引きこもってばかりの臆病者呼ばわりされているのですぞ!?」

 

「それはそれ、や。戦力を拡充するには人手がいる。でも烏合の衆じゃ意味ないから、訓練さしとる。練度が上がるには時間がかかる。それは説明したやろ」

 

「しかし!」

「最前線は甘ない。レベルだけじゃどうにもならん。なんとか安全マージン少し下くらいやったコーバッツがあっさりあしらわれたんや。それ相応の準備をする必要があるやろ。さっきも言ったように、シャクやけどどうにもならんからしゃーない」

 

 反論はあっさりと押しつぶした。なるほど、思ったより腐ってはいないみたいだな。

 

「場合によっては、街の人には、そのために協力をしてもらう必要がある。そこに、変更はありませんね」

 

「あくまで穏便に、好意的に、な。強引な手段はあかんで」

 

 ・・・なるほど、な。ある程度ぼかしたキバオウの指示を、部下が暴走した、ってとこか。

 

「ここまで来たら、さすがにワイも、青龍連合に追いつこう、なんてことはもう言わん。そんでも、中層から支援していくレベルにはする。そのための軍や。幸い、人手はあるからな」

 

 そう言いつつ、手の前で組んだ後ろの口元がほんの微かにゆがんだことを、俺は見逃さなかった。それで、何となく察した。コーバッツがあからさまに派閥の動きと反した行動をしていても、特にこれといったお咎めがなかったこと。あまりにも強引過ぎる手段による、シンカーの排除。それらから、キバオウの意図が何となく読めた。

 と、ここでレインからメールが来た。内容は、“シンカーさん救出完了。今から軍本部に向かうね”とあった。それを見て、コーバッツにそっと近寄って耳打ちした。

 

「連絡が来た。状況を開始する」

 

「了解した」

 

 それだけやり取りをすると、俺はぼそりとつぶやく。

 

「イクイップメントチェンジ、セットワン」

 

 瞬間、俺の全身が転移にも似た光に包まれる。突然のことに全員が驚いている隙に、俺は一気に上座に走り、キバオウの首筋に後ろから左手に握った刀の刃を突き付けた。突然のことに、全員一歩も動けなかった。

 

「全く、佐官クラスともあろう面々が情けない。コーバッツ隊のほうがまだ反応速かったぞ」

 

 その言葉に、ようやく一部が腰を上げる。

 

「で、この程度のあおりで反応するあたりが雑魚の証。

 圏内ではHPは()()1たりとも減らない。ノックバックは発生するけど」

 

 そういって、俺は右の逆手で小太刀を抜いて、逆手から準手に持ち替え、全体を見渡しつつ突き付ける。

 

「つまり、ここで俺が得物で打倒したところで、せいぜいがあんたらが気絶するだけ。最も、俺からしたらこの状態でも、ここにいる半分くらいは伸せる自信があるけど」

 

「・・・鮮血の蓮・・・!」

 

「な・・・!そんなはずは・・・!」

 

「おや、引きこもり集団でもそのくらいは知ってたか」

 

 否定の声は、俺の間延びした声で打ち消される。それにピクリと動いたのはキバオウだった。

 

「なんでや、貴様はその手のことはよー知っとるはずやろがい」

 

「おう、知ってるよ。もっと言えば、圏内でも経口摂取なら麻痺をはじめとした状態異常にならかかるってことも、麻痺した状態で他人に腕を動かされてもメニューは操作できるってこともね」

 

 その言葉に、キバオウが凍り付いた。現実なら確実に冷や汗が流れているだろう。だが、軍の面々は理解していなかった。

 

「言ってる意味が分からない?なら教えてやる。―――口の中に麻痺毒突っ込んで、無理矢理メニュー操作して、全損デュエルでPKすることも、もっと直接的に毒殺することも可能って言ってる。これでOK?」

 

 そこまで言って、ようやく理解した。ま、もっともその気はないんだけど。

 

「何がしたいんや。こんな事したら、お前さん、攻略組にフルボッコにされるで・・・!」

 

「その前に、自分がやったことを考えたらどうだ。例えば、シンカーさんを、未遂とはいえ、ポータルPKしようとしたこととか」

 

 俺の言葉に、軍の面々がざわつく。キバオウ派としては、なぜそれを知っているのか、ということで。穏健派は、どういうことだ、ということで。

 

「うすうす疑問には思ってたんだよ。そこまでの強硬手段に出る理由とか、コーバッツが、おそらくあんた側の集団である徴税部隊に対して、なんで真っ向から歯向かえるのか、とか。軍の主導権を握りたいのは分かるが、わざわざここまで強硬手段に出る理由はない。それに、コーバッツは、最前線に行けっていうあんたの指示にあっさり従ったところを見ると、もともとはあんた側の人間だったはずだ。だったら、派閥を裏切る行為を何度も繰り返すってことに対し、なんかしらでペナルティがなきゃおかしいはずだ。なのにそれがない。

 でも、今の会議の流れを見て、ようやく合点がいった。

―――自分たちが胴元になって、ねずみ講か博打でもやる気だったんだろ。いくら人数が多いっつっても、ここは最下層。搾り取るにも大本の資金が乏しい奴らからじゃ量なんざたかが知れてる。上層のいくつかを使えば、それだけ搾り取るのは容易になる。徴税がなくなるから、はじまりの街の住人からも、軍の内部からの不満も少なくなる。オッズをちゃんと管理できれば、自分たちには利益が出続ける。いいことずくめだ」

 

 さらに続いた俺の言葉に、また周囲がざわつく。

 

「いったい何を・・・。第一、ポータルPKってなんのことや」

 

「あら、とぼけるんだ」

 

 それだけ言うと、俺は周囲を見渡して言い放つ。

 

「この様子から察するに、メンバーにもそれは通達してなかったみたいだな。

 三日くらい前、シンカーさんと丸腰のサシで話したい、って騙して、この近くの高難易度ダンジョンの奥深くに置き去りにしたそうじゃないの」

 

「そんな馬鹿な!」

 

「貴様、侮辱も甚だしいぞ!」

 

 俺の言葉に、叫びだす面々。黙っている一部は、冷静になっているのか、シンカー派の面々か、はたまた中立か。

 

「でも、確かにそのくらいから、シンカーさん見ないよな・・・」

 

「それがどうした!遠方へ遠征に行っているかもしれないだろう!」

 

「遠方って言っても、この世界なら、その気になればアイテムやらなんやらで、数分で数キロメートル単位を行き来できるんだぞ?」

 

 俺を置いてけぼりにして、めいめいに議論に入る軍の幹部の面々。そこに、俺の索敵スキルに反応があった。近づいてくる速度から即座に到達時間を分析し、俺は切り込んだ。

 

「なああんたら、少しいいか?なんでわざわざ俺がこんな真似してると思う?ましてや、わざわざこんな長ったらしくおしゃべりする理由。思いつくか?」

 

 俺の言葉に、全員が考え込む。ま、まっとうなやり方じゃないし、一発じゃ思いつかないか。

 

「だったら、聞き方を変えてやる。

―――わざわざこんな目立つやり方やるってのに、単独でやると思うか?それ以前に、こういう手段で来た時点で、なんで俺一人で動いてるって考える?」

 

 その言い方で、ようやく全員が感づいた。そりゃそうだ、だって俺がこの部屋に入ったときの名目は、コーバッツの護衛だったのだから。その時点で、俺の単独犯という可能性はゼロといっていい。護衛がすり替わっていたとしても、普通に考えて気づく。どこかで誰かと示し合わせる必要があるのだ。

 

「なにが言いたいんや」

 

「なに、初歩的なことだよ、諸君。―――視野を広げろ、ってこと」

 

 俺がそう言い切った直後、扉が開け放たれた。そこにいたのは、ユリエールさんと護衛としてついてきたであろうレイン、そして見覚えのない優男。おそらく―――

 

「シンカー大将・・・!」

 

 やはり、彼がシンカーさんだったようだ。しかし、大将とはずいぶんとたいそうな役職だ。

 

「遅くなって済まない」

 

「いえいえ。ちょうど尋問も佳境に入ってましたから」

 

 俺からしたら、このおしゃべりは狼煙であると同時に、時間稼ぎだった。長ったらしくしゃべる必要がないことを即座に察知した俺は、ここにつなげるためにああして楽しいおしゃべりに興じていた、というわけだ。

 

「さて、と。役者は揃ったことだから、改めてシンカーさんに問いかけましょう。この三日間ほど、何されてました?」

 

「この下にあるダンジョンの安全区画に避難していました」

 

「何故そんなところに?」

 

「キバオウさんに置いてけぼりを食らってしまって・・・」

 

「でも、当のキバオウさんはここにいますよね?なぜあなただけ?」

 

「キバオウさんから、丸腰で話がしたいと言われ・・・。転移結晶も、まあ大丈夫だろうということで、持っていかなかったんです。ダンジョンを突破しようにも、武器もない状態では突破できず・・・」

 

「つまりは、高難易度ダンジョンに、丸腰かつ転移結晶もない状態で放置されたわけだ。で、その話を持ちかけたほうは転移結晶でさっさと逃げた、と」

 

 俺の言葉に、シンカーさんは頷いた。

 

「そこでは気づかなかったのですが、しばらくして、ようやく騙されたと気が付きました」

 

「ありがとうございます。ま、警戒を怠ったのは油断といえるかもしれませんが、仕方ないかもしれません。俺がレインにそんなことされたとしても、すぐには騙されたと気が付かないでしょうから。何より、ここまでの強硬手段に出るとは思いづらい。しかも、よりによって大ギルドの副リーダーが。

―――で、なんか反論あるか?」

 

 俺の言葉に、キバオウは顔中に脂汗を書いているのではないかと思うほどに青ざめたまま、ピクリとも動かなかった。

 

「さて、俺の仕事はここまで、ですかね」

 

 そういって、俺は鯉口を二回鳴らした。静まり返った部屋に、チン、チン、と、その音が響いた。

 

「あとはあなた方の分野です。では」

 

 皮肉を込めて慇懃に一礼する。そのままレインを連れて退室した。

 

 

「・・・ねえ」

 

「ん?」

 

 本部を出る途中に、レインが静かに声をかけた。

 

「私は、絶対裏切らないから。何があっても、君をだますような真似はしないから」

 

「おう、分かってる。信じてる」

 

 それだけで十分だ。何せ、こいつは、人殺しに身を窶した俺を助けに来たような女だ。そんな奴を信頼しない理由などない。

 




 はい、というわけで。

 悩んだ挙句、若干というレベルじゃない無茶苦茶な解決法になりました。でもま、彼らしいっちゃ彼らしい。

 さて、この時点で想像以上に書き溜めが溜まっていることに気付いて、主、非常に驚いております。具体的にはif編投稿しているのが2018年なのに、2019年末くらい分まで投稿しきるくらい。いくら何でも多すぎ。

 さて、次は説明回からの繋ぎです。・・・後半は自分でもどうしてこうなったな展開がありますので、できればブラックコーヒーかカカオ配合率高めなチョコレートを手元に用意しておくことをお勧めします。

 ではまた次回。


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53.凶報

※後半に向けて、ブラックコーヒーを用意しておくことをお勧めします。


 それから少しして、俺はレインとエリーゼを呼び出していた。というより、レインに頼んで、三人でレインの家に集まっていた。というのも、あの後、一応教会のほうにもあいさつに行き、キリトたちにもこっちの事の顛末は話した。その時に、二人が保護していたユイちゃんがいなくなっていたのだ。アスナは「おうちに帰った」と言っていたが、明らかにそういう感じではなかった。絶対あれは何かを隠している。こっちも、あの後軍の内情がどうなったのかは知りたいし。

 

 三人集まったところで、レインが三人分の飲み物を出した。今回は今まで出していた品ではなさそうだ。ま、それはどうでもいいことだ。

 

「で、どうなったんだ、あの後」

 

「って、いうのは?」

 

「あの、ユイちゃん、だっけ。キリトとアスナが連れてた女の子のことだ。あいつらは何を隠してる?」

 

 俺の言葉に、エリーゼははっきりと言いよどんだ。言いづらいことなのか。

 

「んー、先に言っておくけど、びっくりしないでね。それから、今から話すのは、私が勝手に分析した推論を多く含む、ってことを念頭に置いておいてね」

 

 なんだそりゃ、と思ったが、その次の言葉でその意味がよく分かった。

 

「ユイちゃんはね、MHCPだったの」

 

「MHCPって、ストレアと一緒、ってことか?」

 

「そ。あれから少しして、依頼の帰りにセルムさんに会いたいって思いながら、森のマップを歩いてたの。そしたら、テイミングできないモンスターなのに非好戦的(ノンアクティブ)な奴が出てきて、ついていったらセルムさんに会えた。そこで、改めてストレアさんについて聞いたんだ。その時に、改めて、元は同じMHCPだったストレアさんの状態について、いくつか確認したの。それも踏まえて、あれこれ推察してみた。

 まず、彼女らMHCPは、本来は文字通り、私たち、プレイヤーの精神的健康状態―――メンタルヘルスを観察して、極限状態に陥ったプレイヤーの前に現れて、カウンセリングを行うプログラムだったの。おそらく彼女たちには、いわゆる病んだ状態の人の、更生成功例データや、逆の悪化した事例の膨大な量のデータがプログラムされていて、個人個人に合わせて適切なカウンセリングを行うプログラムだったんだと思う。現代のAIっていうのは、一言で言ってしまえば、とんでもない量の条件分岐の塊だからね」

 

「条件分岐?」

 

「ある一つの命題に対し、イエスかノーかによって行動を変えさせるプログラムの事。例えば、あるロボットに直進しろって命令を出して、壁があるかないか、って条件分岐を出して、無いならそのまま直進、あるなら、高さを見極めて、乗り越えるか避けるかを選択させる。これも一つの条件分岐を使ったプログラムの例だね。つまり、今回の場合、精神的な問題の根底を、おそらく簡単な問答から、その膨大な条件分岐の末に導き出して、解決の手段を探るプログラムだった、と考えられるわけ。

 でも、ここで一つの問題が発生するの。意図は不明だけど、彼女たちは、この世界の基本プログラムからの命令で、プレイヤーとの接触を禁止されてしまった。精神的に限界のプレイヤーがどこにいるかを知っていて、しかも力になれるのに、力になることを禁止された彼女らは、大量のバグを蓄積させていった。その中で、彼女たちは、あるイレギュラーともいえるプレイヤーたちに焦点を合わせる。悲愴でも絶望でもない、温かい感情。それを持った二人。そして、どんな状況であっても、自身の根幹となる感情パラメータをほとんど変動させない一人のプレイヤー。彼女たちは、その三人を重点的に監視し続けた。前者の二人は、キリトとアスナ。そして、後者は―――」

 

「俺か」

 

 俺の言葉に、エリーゼは頷いた。自分でもわかっている。あんな状態なら、狂ってもおかしくない。実際、遊び半分でラフコフに入って、最初は何ともなくとも狂っていったやつらを、俺はこの目で見てきた。そのあたりのやつの一部は、せめてもの慈悲、そして俺の目的のため、首を落とした。そんな中でずっと、俺は目的のためと、悪行をいくつも見逃したし、俺自身もこの手を血で染めた。自分でも、そんなことをずっと続けて正気でいられてよかったと思っている。一歩間違えば、確実に俺は血に渇いた獣になっていた。

 

「で、ストレアさんは、CBTで使われたけど正式サービスでは使われてなかったアバターを使って、強引に外に出た。でも、そうなったら、今度は対象のプレイヤーがどこにいるか分からず、放浪することになった。プレイヤーアバターを使ったから、システム的には一応プレイヤー扱いになっちゃった、その弊害だと思う。そんなところを、セルムさんに見つかった、ってわけ。おそらくセルムさんは、かなりイレギュラーなプログラムだったんだろうね。で、今は彼の保護下にある。そのおかげで、消滅を免れた。最も、バグはそのままだから、あのままだと、私たちがあったような、お人形状態のままだろうけどね。

 

 ユイちゃんの場合は、とにかくキリトとアスナに会いたい一心で、今キリトたちが暮らしている家の近くのコンソールから外に出た。けど、あまりにバグが多すぎて、幼児退行と記憶喪失を起こした。そんなときに、キリトたちに保護されて、あの協会に来た、ってわけ。

 ユイちゃんがこれを思い出したのは、あの地下ダンジョン内に、システムコンソールがあったからなの。で、そこに触れて、すべての記憶がフラッシュバックした。私らがそんなこと起こしたら、確実に頭痛で気絶コースだけど、彼女はもともとプログラムだから、そんなこともなかったわけ。で、プログラムとしての力を使って、私たちの窮地を救った。それによって、例の基本プログラムがユイちゃんに気付いた。ユイちゃんに対するファイルチェック、バグ認定されて消去されるまでの数少ない時間を使って、彼女は自分の事を話してくれたの。消去される寸前、キリトが、そこに絶対GM権限が介入するはずだから、割り込んで、ユイちゃんというプログラムをパージできるんじゃないか、ってことに気が付いた。で、その気付きに私が気付いて、何とかユイちゃんのパージに成功した。ユイちゃんは、キリトのナーヴギアのローカルメモリに保存されてる。

 

 これが、あの日、地下で起きたこと、それからMHCPに関しての考察」

 

 そこまで言い切ると、エリーゼはほんの少し冷めた飲み物に口をつけた。いやはや、分かることにはわかるが、にわかには信じがたい話だ。でも、しっかりと一本筋は通っている。

 

「そうか。で、軍はあの後どうなった」

 

「それに関しては、私が説明するね」

 

 俺の質問に対し、今度はレインが答える体勢になった。目線で促すと、一つ頷いてレインは続けた。

 

「あの後、君が取った手段も相当に強硬だったけど、そもそもがキバオウさんが強硬策っていうか、そういう手法に出なければそんな事態は発生しなかった、って結論になったの。まさにあの時君が言った、“目には目を、歯には歯を。外法には、外法を。先に道を外したのはそちらだ”って言う言葉が、そのまんま周囲の賛同を得たらしいね」

 

 なんと。正直ただの思い付きで言った言葉が、説得のキーワードになってしまうとは。言うは銀、沈黙は金だな。

 

「ま、でも、今の状態、キバオウがいなけりゃ軍がまとまらないっていうのもまた事実。シンカーさんは文官タイプだから、将軍にはなりえないしね。だから、副リーダーから部隊長の頭に降格させられたの。この立場は、システム的なものではないから、また同じようなことをしたら、今度こそシンカーさんが黙ってないし、何より副リーダーの権限は別の人になったから、そんなことをしたらキバオウもただじゃいられない。だから、って言ったらなんだけど、キバオウもおとなしくしているみたい」

 

「ま、妥当か。腐っても鯛っつーか、あいつの現場指揮能力は俺も目の当たりにしてきたからなぁ・・・。あれは一朝一夕に身につくもんじゃない」

 

 現場では、戦場では、ほんの少しのことが死につながる。そんなことは珍しくない。陣形の選択。プレイヤーの状態。攻撃の予備モーションから推測される敵の行動。取り巻きのポップ位置、その強さ。武器の特性。間合いの長さ。それぞれが判断しなきゃならないこともあるが、指揮官の役割としてパッと思いつくだけでもこれだけある。キバオウ自身、最前線から離れて久しいだろうが、超が付くほどの大部隊の指揮能力という点で、キバオウには昔取った杵柄がある。いくら取ったのが昔でも、付け焼刃よりはよほどマシのはずだ。と、そんなことを考えていると、扉の向こうからでもはっきりわかるほど急いだノックの音が聞こえた。家主であるレインが席を立ち、出迎えに向かう。戻ってきたレインと一緒にいたのは、少し以上に意外な人物だった。

 

「あれ、ゲイザー?」

 

「久しぶりだね、ロータス君。それに、お二人も」

 

 その人物は愛想よくふるまおうとしていたが、どうも隠し切れない焦りが見られた。

 

「・・・何があった」

 

「どうした、とは聞かないんだね」

 

「あんたは仮にも情報屋だ、隠すことはうまいはずだろう。そのあんたが、ほんの少しでも焦りを見せてる。ということは、それなりの事が起こった、と考えるのが妥当だ。・・・違うか?」

 

「そう、だね。それなり、どころではない。

―――フロアボス攻略の先遣隊が全滅した」

 

 ―――その言葉に、その場の空気は凍り付いた。

 

「偵察に行って、全滅、か」

 

「ああ。第一報を聞いて、私なりに情報を集めてみた。フロアボスと交戦した先遣隊だったと思われる―――つまり、死亡したメンバーの武器、ステータス傾向、そこから推測される戦い方・・・どれも、攻略組の名に恥じない、高次なものだ。それに、タンクを中心とした、非常にバランスのいいパーティであったことも推測される。そのチームが、おそらくは5分程度で蹴散らされた」

 

「人数は?」

 

「10人だ。最も、偵察は20人で行われ、そのうちの半分を使ったから、まだそれが分かったらしいのだが」

 

「・・・一人30秒計算・・・」

 

 笑えない冗談だ。おそらく、交戦してからの時間だから、正味の戦闘時間で考えれば、一人当たり死ぬのにかかった時間は20秒、いや、もっと短いかもしれない。と、ここで、俺は一つのことに気付いた。

 

「あれ、そもそも、残りの10人は何してたんだ?」

 

「不測の事態に備え、扉の前で待機していたそうだ。最も、先行した10人が入った時点で、フロアボス部屋の扉は完全に封鎖された。鍵開けスキル、直接打撃など、思いつく手段の限りが尽くされたらしいのだが、全く扉は開かなかったらしい。転移結晶による離脱が行われなかったはずはないから、おそらくは結晶無効化空間であることが推測される。

 事態を重く見たヒースクリフは、既に長期休暇に入っているアスナ、キリトへの協力打診を決定した。君たちにも声がかかるはずだ。おそらくは、エリーゼさん。あなたにも」

 

「・・・ま、仕方ないわね。今回は存分に死合えるみたいだし、良しとしましょうか」

 

 エリーゼのその言葉に、ゲイザーはため息交じりの苦笑が漏らした。俺も、ため息をついてから言葉を吐き出す。

 

「俺からしたら、ここまで危険なボス戦は参加してほしくないんだけどな」

 

「自分も参加するのに?」

 

「俺からしたら、これが為すべきことだからな」

 

 それ以上でも、以下でもない。それだけだ。

 

 

 

 

 レインの家をエリーゼと二人で去ってから少しして、俺にメッセージが飛んできた。送信者はレイン。何だろうと思い開いてみると、「また後で家に来て」とあった。三人ではなく、何かサシで話したいことでもあるのだろうか。ま、とにかく、呼ばれたのならいくしかあるまい。

 

 

 その少し後、拠点で少し体制を整えてから、俺は改めてレインの家へ向かった。中に招き入れた当の本人は、少し緊張しているように見えた。

 

「どうしたんだ、改まって」

 

「うん、ちょっと、ね・・・」

 

 やはり、少し緊張しているように見える。というより、これは、

 

「焦らなくていいぞ。まだ時間はある」

 

「いや、今言わないと、もしかしたら言えなくなるかもしれないから」

 

 その言葉に、俺はある程度、どうしてこのタイミングだったのか察した。なおもどこか踏ん切りのつかない彼女に、俺は声をかけた。

 

「あー、なんつーか、こういう時、どうすればいいか分からないんだけどよ・・・。

 ・・・大丈夫だからよ。俺は死なない。お前も死なせない」

 

「でも・・・」

 

「だから、な。大丈夫だ。根拠はないが、その気概がないと、そもそもできるものもできん。

 んでもって、生きて帰って、リアルで会おうぜ」

 

 そういうと、俺が腰を下ろしている横に、彼女も座った。心なしか、少し距離が近いように感じるのは、気のせいだろうか。

 

「ねえ。少し、甘えていい・・・?」

 

「・・・ああ」

 

 その言葉で安心したのか、彼女はこちらに体を預けてきた。その肩を、俺はできるだけ優しく抱いて、とん、とん、とたたいた。

 

「ねえ。さっきの、本気?」

 

「リアルで会う、ってやつか?本気も本気、大まじめだ。

 だからよ。その言葉は、再会したときに聞かせてくれ」

 

 我ながら、小恥ずかしいセリフだな、と思った。できるだけ赤面させないようにしているが、果たして効果はいかほどか。と、レインが肩に頭をのせてきた。

 

「・・・約束」

 

「ああ、約束だ」

 

 きっと二人とも、今の顔を見られたら問答無用で抜剣案件だな。そんなことを考えてしばらく、彼女からは寝息が聞こえてきた。まだ若干幼さの残る顔に、アイテムストレージから大きめの毛布を取り出して、自分ごと掛けた。

 

 その後、俺も寝てしまって、翌朝二人して赤面したのは、また別のお話。

 




 はい、というわけで。

 今回は完全に説明回でしたね。だってこうでもしないとちゃんとこの辺説明ないんだもん。で、紫の彼女はif編だと重要キャラになりますので。

 今回の後半については何も言うまい。一応自分はワードを使って書いているのですが、その時のコメントに、
「この辺り、自分で書きながら砂糖吐きそうになった。なんだこれは(驚愕と困惑」
 って書いてありましたからね。一体どんな状態で書き上げたんだ当時の俺。

 さて、次は75層です。長かったSAOifもこれにてクライマックスです。

 ではまた次回。


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54.骸骨の死神

 その次の日の午後。75層フロアボス攻略レイドが、第75層主街区コリニアの転移門前に集まっていた。だが、俺たちは、本当に少しだが、どこか照れというか、気恥ずかしさが隠せないでいた。というのも、その前の晩の()()の余韻が、まだ少し残っている。と、そこに、エリーゼが合流してきた。

 

「おっはよー」

 

「おはよ」

 

「おう。今日はよろしく頼む」

 

「うん、よろしくねー」

 

 うん、何とかいつも通り挨拶できたかな。

 

「ところでお二人さん。なんでそんな付き合いたて初々しいカップルみたいな距離感になってんの?」

 

「「なっ・・・!そんなことない!」よ!?」

 

「おーおー、いつもに増して息ぴったり」

 

「「だからそんなことないって!な!?」」

 

 まさか二連続で完璧にシンクロするとは思っておらず、その反応にまたエリーゼがツボに入る。

 

「まー、いつもに増して息ぴったりだことで・・・。その息ぴったり度合い、ボス戦で存分に発揮してね」

 

 言い残して、そのまま別の人にあいさつに向かった。その言葉に、隣にいるレインはさらにどこか恥じ入るような態度になっていた。ほんの少しだけ勇気を出して、その手を取る。と、驚いたように―――いや、実際驚いてこちらを向いたレインと目が合った。

 

「堂々としてればいい。俺たちの関係が変わったからなんだってんだ。やることは一緒だ。二人とも、一緒に帰る。それだけだ」

 

 俺の言葉に、レインは目を瞬かせた。嬉しそうな微笑みと手を握り返すことが、その返答となった。

 

 やがて、ヒースクリフが来た。周りを見渡し、ゆったりと宣告する。

 

「欠員はないようだね。よく集まってくれた。状況はもう知っていると思う。厳しい戦いになると思うが、諸君の力をもってすればきっと切り抜けられる。解放の日のために!」

 

 それに対する返答は鬨の声。改めて、この極限の状況で戦士の士気を上げる、その事実に、この男のカリスマというものを感じた。

 ヒースクリフは、キリトに何かささやくと、今度はこちらにきた。ふと一つ笑うと、奴は俺に向かって言った。

 

「君にも期待している。射撃スキル、その力で援護してくれたまえ」

 

「あんまり頼るなよ。俺も人だ」

 

「ああ。だが、守るもののある人の強さ。それを信じている」

 

 そういって、今度はこちらに背を向けて歩いていく。と、ここで俺はようやく、レインとの手をつないだままだったことを思い出した。思わず制御しようとしていたが、少しだけ赤面する。この場面で、どのように言おうか。そう考えた時、隣から声がかかった。

 

「大丈夫。私がいる」

 

 少し驚く。できるだけ顔に出さないようにしつつ、ゆっくりと隣の相棒の顔を見た。俺と目が合うと、相棒はしてやったりとでも言いたげに、にやっと笑った。

 

「ああ」

 

 空いている手を握って、突き出す。相手も軽く握った手で応えた。開いたコリドーで、俺たちは移動する。その扉が開いた瞬間に、抜くように手をほどき、弓を構える。レインも、右手で剣を抜き放った。

 扉が開く。その瞬間に、盾から剣を抜き放ち、ヒースクリフが命じる。

 

「戦闘、開始!」

 

 その声に、全員が声を上げてボス部屋になだれ込む。が、そこには何もなかった。そう、ボスの姿さえ。ポップが遅れているのか、と、俺も考えた。が、微かに耳がとらえた音に、俺は目を向け―――即座に叫んだ。

 

「上だ!退避!」

 

 エリックなんてプレイヤーは、いてたまるか、という話だが、実際に上にいた。即座に矢をつがえて放つ。それを当然のように、鎌になった双腕の片方で弾く。俺の号令に、俺をかき分けるように全員が部屋の後方へ退避する。が、二人逃げ遅れていた。その瞬間、即座にメニューを操作、適当な剣を実体化させ、つがえて放つ。ソードスキル無しといっても、矢ではなく剣を放ったことによる威力上乗せを警戒してか、また片腕でボスは弾いた。が、もう片方は逃げ遅れたプレイヤーの一人に襲い掛かり、大きく吹っ飛ばした。それをキリトが受け止め―――ようとした寸前、その体はポリゴンとなった。それが意味するのは。

 

「一撃、だと・・・!?」

 

「なんて、デタラメ・・・!」

 

 直後に、またボスが両腕の鎌で攻撃を仕掛けてくる。名前は、“The SkullReaper”。骸骨の狩り手、いや、ここは骸骨の死神、が正しいか。真っ先にキリトが動き、パリィしにかかるが、そらしきれてない。と、アスナがそこに加わることで、何とかパリィした。もう片方の鎌はヒースクリフが受け止める。それを確認した直後に、俺は側面に回って攻撃を加える。幸いなことに、こいつはスケルトン系―――つまり、動きの節である関節がよく見える。そこを狙えば、上手くいけば効率よく行動遅延(ディレイ)をとれるはず。

 

「手伝うよ」

 

「前任せた」

 

 その一言で十分。レインが俺の前に躍り出ると、ムカデのような足でつっついて来ようとするのをうまく回避しつつ、足の関節のいくつかを斬っていく。俺はその直後に、そのうちのいくつかを狙って射っていく。そうしているうちに、俺は一つの事実に気付き、慌てて狙いを変えた。それが集団を襲う寸前、透き通った細身の片手剣、“ファントムピアス”がそれをパリィし、そらした。その持ち主であるエリーゼに、俺は心の中で感謝しつつ、大声で注意喚起をすることにした。

 

「尾に刃がある!側面から攻撃するときはそちらにも注意しろ!」

 

 俺の言葉に、ようやくほとんどがその脅威に気付く。その火力、隙の無さ。なるほどこれならいかに攻略組の偵察隊といっても簡単に蹴散らされる。ましてや、今回は結晶使用不可の戦い。厳しい戦いになることは、開始から1分と経たずして、容易に判断ができた。

 

 

 

 

 まさに、激闘と呼ぶにふさわしい戦いだった。俺とレインとエリーゼが幾度となく隙を作り、攻め、フォローし、というのを繰り返していた。幾度となく、こめかみのあたりから変な汗が出てくるのを感じる。何とか抑えているのはただ一つ、外せば終わるという、脅迫にも似た義務感によるものだ。

 だが、俺たちも人間だ。どうあっても限界はある。何とか捌き続けていたが、俺の援護射撃が一瞬だけ鈍ったその隙に、尾の刃がアタッカー集団を襲った。エリーゼのパリィも、俺の援護も、レインの援護も間に合わない。

 

「回避!!」

 

 何とか後ろから声を張る。が、到底間に合わないやつが何人かいることは、俺もしっかり認識していた。一瞬、そちらを向きたくなる。が、―――小を殺して大を生かす。今まで取ってきたその道が、それを許さなかった。的確に、次の攻撃を防ぐための射撃に集中する。そのための攻撃を放った直後、聞きなれたポリゴンの破裂音がした。

 

(くそっ・・・!)

 

 内心で毒づきながら、次の攻撃のために俺は矢をつがえた。

 

 

 

 俺とレインとエリーゼが完全にサポートに回り、他が、視界外から奇妙な軌道で飛んでくる攻撃に警戒しつつ削る。そんなことを、果たしてどれだけ繰り返しただろうか。ポリゴンの破砕数は、カウントしていない。俺は端から、この戦いは犠牲なくしては通れないと考えていた。だが、それでも。破砕音が聞こえるたびに、思わず顔をしかめていた。

 何度目かのフォローの際、俺は少し近めの距離にいた。少しずつ、相手の攻撃によってPOTローテが回らなくなってきて、前衛が手薄になっていた。それによるフォローを一息でできる間合いにいたのだ。だが近づくということは、ワンミスが命取り。そして、そのワンミスが発生した。尾の刃のターゲットは、―――俺の目の前。

 

「イクイップメントチェンジ、セットワン!」

 

 叫びながら飛び出す。手に持っていた弓は消え去り、代わりに俺の両腰に慣れ親しんだ重みが加わる。目の前のやつの前に立ち、そいつを右手で押しのけながらオニビカリを抜刀、“弧月閃”でパリィする。オニビカリを構えて、振り返らずに言う。

 

「あんた、下がってな。俺が前を支える」

 

「・・・すまん」

 

「いいって。こいつが規格外すぎるだけだ」

 

 そんな会話の後に、俺は飛び出した。目標は、レインの斬っている足の、さらに頭に近い部分。尾に近い部分にはエリーゼがいたので、上手くいけばやれるはずだ。走りながら俺は、左手のオニビカリはそのままに、右手を柄にかける。そのまま、走った勢いのまま、抜刀しつつ斬り抜ける、“抜砕竜斬”を繰り出す。硬直が抜けた直後に、振り返り様に刀で、空に勢いよく飛び上がってその場で回転するソードスキル“断空牙”を繰り出し、小太刀で短剣空中連撃ソードスキル“ダンシングザッパー”。とてもシビアなタイミングを合わせて、高速で移動しながらの10連撃などという、規格外の連撃を達成する。続いて飛燕連脚、さらに少し溜めてから、飛び込むような動きの強力な突進を放つ短剣系ソードスキル“アストラルダイブ”、降りた直後の硬直は刀の旋車でキャンセルする。すると、ボスがダウンした。

 

「全軍、突撃!」

 

 ヒースクリフの号令が届く前に、俺は再びソードスキルを発動させていた。相手の股下から逃れるように幻狼斬を繰り出し、その場で飛び上がりながら斬り上げる刀系ソードスキル“月見山茶花(つきみさざんか)”。さらにオニビカリで月下柘榴につなげ、さらに刀で“竜刃翔(りゅうじんしょう)”を発動。飛び上がりながら、俺はオニビカリを納刀、空中から衝破魔神拳を出す。刀を担ぎ、拳をたたきつけた状態は、さらなる大技につながる。刀系上位ソードスキル、天狼滅牙。その大技を繰り出し、今度こそ俺はとてつもなく長い硬直に陥った。そして、その硬直が抜ける直前、ボスが復帰の兆候を見せる。

―――やるか、アレ。

 

「レイン!」

 

「了解!」

 

 阿吽の呼吸で通じ合うと、俺は硬直の抜けた体を即座に動かす。瞬間、幻日に、太陽と見紛わんばかりの、白い光が宿った。しっかりコントロールできる人のほうが少ない、というより、使い手そのものが少ない刀系裏最上位ソードスキル、漸毅狼影陣。その超連撃が突き刺さった。最後の振り下ろしが決まった直後に、ボスが一瞬膨れ上がり―――膨大なポリゴンをまき散らした。

 ボスを撃破した。俺がラストアタックを取った。そんなことより、今回は疲れた、という感情のほうが先だった。それは全員同じだったのだろう。そこら中から、武装が床に落ちる音が聞こえてきた。かくいう俺も、恥も外聞も気にせず、大の字になった。

 




 はい、というわけで。
 まずはネタ解説から。

エリックなんて~~
ゴッドイーター無印冒頭のシーン
 主人公に先輩風を吹かせようとして出オチをかましたエリックに警告する台詞から。アニメでも似たようなシーンになってますが、こちらはだいぶかっこよくなってます。

ファントムピアス
GEB、GERショートブレード系武器
 オレンジ系でステンドグラス風の質感、色合いの片手剣。
 GEBでの追加ストーリーで味方としてストーリーに関わるレンの武器。性別不祥な彼の出自を知ると、この武器の説明がなかなかに沁みます。ネタバレになるかもしれないし、調べれば出てくると思うので言及は避けます。

月見山茶花
PSO2カタナ系フォトンアーツ
 飛び上がりながら斬り上げる単純な技。ここで使われた、ツキミサザンカ→ゲッカザクロのコンボは個人的に鉄板だと思ってます。

竜刃翔
テイルズ系術技、使用者:ユーリ・ローウェル(TOV)
 本家は拳でたたきつけて斬り上げですが、ここでは完全な切り返しです。確実にのけぞらせて空中に持って行くことができる使い勝手のいい技。


 今回は75層ボス、スカルリーパー戦でした。若干以上に焼き直し感が出てしまったのは否定しません。
 正史と比べた最大の違いはレインちゃんとの連携ですかね。正史は火事場の馬鹿力的な感じでしたが、こっちは完全にうまい連携でした。

 ではまた次回。


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55.決闘

 疲れた。そんな言葉以外になにを発しようか。そう思うくらいに、俺たちはくたくただった。

 

「何人、やられた」

 

 誰かが発した、その言葉。それに、誰かがメニューを開く。おそらく、索敵スキルを使ってプレイヤー数の照合を行うのだろう。誰がやっているのかを確認する気力すら俺にはなかった。

 

「8人、やられた」

 

「俺たちのサポートがあってなお、8人か・・・」

 

「マジかよ・・・。あのサポート込みで・・・」

 

 全員が絶句する。それだけ、俺たちのサポートがうまかった。そこは十二分に誇れる。だがそれ以上に、それがあってなお8人も犠牲を出した。それが、全員にとって大きなショックだった。

 

「こんなので、本当にゲームクリアできるのか、俺たちは・・・」

 

「するしかねーよ。手足もがれてでも戦う以外、俺たちに選択肢はない。それが俺たちのなすべきことってやつだ」

 

 それは俺の本心だ。たとえ、攻略組が俺一人になったって、俺はきっと戦い続ける。何より俺は、そうしなくては―――そうしなくても、だろうが―――地獄の底で延々と怨嗟の声を聞き続けることになるだろう。

 

「よう相棒、まだ生きてるか?」

 

「うん、なんとかね」

 

 寝ころんだままの問いかけに、静かだが確かに、隣から声が返ってくる。その声は、確かに俺の相棒たる女子の声。

 

「まったく、たった一人でも戦える、とか思ってるんでしょ」

 

 まさにさっき考えていたことを見抜かれ、俺は思わず声のほうを向く。と、そこには若干むくれ気味の顔をしたレインがいた。

 

「やっぱり。君は死なないよ。私の相棒なんだから」

 

「なんだそりゃ。『あなたは死なないわ。私が守るもの』ってか?」

 

「似てる」

 

 俺の物まねに、レインはふと笑った。上半身を起こして周囲を見ると、想像通りというか、みんなが崩れ落ちていた。と、その中にたった一人、得物を杖にすることもなく立って周囲を見渡すやつがいた。

 

「すげえな」

 

 立っているたった一人、ヒースクリフのHPゲージは、レッド寸前ではあるがイエローの中にとどまっている。あれほど苛烈な攻撃にさらされ続けながら、いまだに“HPバーがレッドに突入しない”という伝説は健在だった。だが、俺はどこか引っかかりを覚えた。

 疲れ切った頭に鞭を撃ち、もう一度集中する。姿勢―――自然体。不自然な緊張は無し。目線―――全体を見渡している。観察。表情―――無、ではない。ただ観察。手を差し伸べるでもなく、ただ状態を見ている。どこかで見たことがある。これに似た表情を。どこだ。思い出せ。頭の中を片端から検索をかける。と、近い記憶で見つかった。そして、その瞬間にピースがハマった。

―――まさか。だが、そうすれば、つじつまは合う。と、かちゃりと、かすかな音を耳がとらえた。そちらを見ると、キリトが自分の得物を手にしていた。それを見た瞬間、ある程度悟った。

 

(腹くくるか)

 

 いつも着ているこの上着の内側には、いくつか投げナイフが収納できるように改造をしてある。静かにそのうちの一つを握る。

 

「ロータス、君?」

 

 俺の動きに気付いたレインが、少し声をかける。直後、キリトがヒースクリフに向かってチャージをかけた。ヒースクリフは驚きつつも防御姿勢。その瞬間を俺は見逃さず、懐から手を抜きながらナイフを眉間に放った。そのナイフが突き刺さるのと、キリトの剣が心臓に突き立てられるのがほぼ同時になる―――はずだった。その二つは、紫色の障壁に阻まれ、ヒースクリフに突き刺さることはなかった。障壁には“Immortal Object”の文字。

 

「やっぱりかよクソッタレ」

 

 俺は仮説が当たったことに対して舌打ちした。これほどまでに嬉しくない予想的中など初めてだ。おそらく、後にも先にも。

 

「あなたたち何を・・・!?不死属性・・・!?これは、一体どういう・・・」

 

「暴かれた伝説、ってとこかねえ」

 

「いやいや、なに暢気に構えてるの!?」

 

「とりあえずは暢気で大丈夫そうだからな」

 

 俺の気楽なコメントに思わずツッコミが入った様子のエリーゼに対し、俺は冷静に返す。

 

「だってよ、俺の予想が正しければ、やろうと思えばこいつはここで俺たちを皆殺しにできる。な、キリト」

 

「ああ。というか、お前はどこで気が付いたんだ?」

 

「あいつの顔だな。お前は?」

 

「俺は、いつも疑問に思ってたんだ。すべての始まりで、あいつはこの世界を作り上げ、観察することが目的だと言った。なら、あいつはいったいどこで俺たちを見ているのか、って。そして、他人がやっているゲームを、ただ横から眺めるだけ、ということほどつまらないものはない。なら、プレイヤーとしている、と考えるべきだ。そして、自分には何かしらの予防線を張っている。それに賭けた。で、その予想が的中した。―――そうだろう、茅場晶彦」

 

 キリトの宣言に、全体がざわついた。それは俺の予想通りで、ヒースクリフはそれを否定しなかった。

 

「参考までにどうしてそう思ったのか、聞かせてもらってもいいかな?」

 

「最初におかしいと思ったのは、デュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんたあまりにも速すぎたよ」

 

 その言葉に、ヒースクリフは苦笑した。

 

「いやはや、あれは私にとっても痛恨事だった。思わずシステムのオーバーアシストを使ってしまったからな。

 ロータス君、君は?」

 

「俺もデュエルの一件は気がかりだった。でも、決め手となったのはあんたの目だ。あんたのさっきの目は、安全圏から高みの見物を決め込んだ目だ。ラフコフ討滅戦の時に、PoHのクソ野郎がそうしていたようにな。そんな目をこんな場面でできるやつはいったいなんだ?って考えれば、答えは一つだ」

 

「なるほどな。君のその目、警戒を怠っていたよ。

 いかにも私は茅場晶彦だ。そして、君たちを待ち受けるこのゲームの最終ボスでもある」

 

「最強の味方が、最強の敵か」

 

「趣味がいいとは言えないぜ」

 

「なかなか洒落たシナリオだと思ったのだがね」

 

 そんなことを言いながら若干笑うこいつに、確かに悪意は感じない。むしろ、驚き、呆れ、そんな感情ばかりが読み取れる。

 

「二刀流を持つキリト君は、魔王たる私に対する勇者として。そして、射撃スキルと、多量のソードスキルを扱いきるロータス君はいわばジョーカーとして。二人とも、最終的に私の壁になるとみていた。その予感は、幸か不幸か当たっていたことになるね。

 私の正体に関しては、もう少し後まで引っ張る予定だったが・・・こうなってしまっては致し方あるまい」

 

「ここで全員、殺すか?」

 

 言いつつ、俺は片手で鯉口を切りながら、隣にいるレインを見る。確かに攻略組は壊滅することになるが、あまりに遅すぎるボス撃破報告に訝しんだ一般プレイヤーが真実を知る日は、おそらくそこまで遠くない。となれば、ここで真実を知る全員の口を封じてしまえばいい。情報漏えい防止なら、それが一番だ。

 

「目的のためならいかなる犠牲もいとわない。だが、その信条には少し変化があったみたいだね」

 

「言ってろ」

 

「とにかく、私としてもそれはしない。ここまで一緒にいれば情も湧くし、なによりあまりに理不尽だろう」

 

 その言葉に、嘘はなさそうだ。対人で培われた直感が、高確率で嘘をついていないと言っている。ならどうする気だ。考えつつ、俺はヒースクリフから目線を外さず、鯉口も戻さずに考える。と、その背後のKoB団員が動きを見せた。

 

「貴様、俺たちの忠誠を、よくも―――!」

 

 馬鹿め。心の中で毒づく。気持ちは分かるが、そういうの(不意打ち)は気づかれないように細心の注意を払うものだ。叫びながら斬りかかるなんざもってのほか。実際、ヒースクリフは落ち着いた様子でメニューを操作する。と、その斬りかかった団員を皮切りに、次々に黄緑色のエフェクトに包まれる。

 

「麻痺、か」

 

「ああ。大丈夫、しばらくすれば解けるし、ここにはモンスターは出ない。私は一足先に、この城の頂点である紅玉宮で君たちを待つことにしよう。だが、その前に。

―――見事正体を看破した君たち二人には、報酬を与えねば」

 

 その言葉に、俺は顔をしかめた。

 

「報酬・・・?」

 

「私と一騎打ちをするチャンスを与えよう。当然だが、不死状態は解除する。そして、二人のうちいずれかが私を倒した場合、その時点でゲームクリアとみなし、全プレイヤーを開放する。・・・どうかな?」

 

 その言葉に、俺は一瞬悩んでしまった。これは、おそらく、この場で最大の脅威たるキリトと俺を排除したいというところだ。だが、それにふさわしいほどの報酬だ。

 隣を見る。そこにいるのは、俺の相棒。そして、―――どこか不安そうに見つめる、少女だった。それを見た瞬間、俺は理性の判断を振り切った。

 

「上等。受けてたつ。が、その前に頼みがある」

 

「何かな?」

 

「MHCP02。あれをもらい受けたい」

 

 俺の言葉に、ヒースクリフは少し意外そうな顔をした。

 

「彼女の状態を知ってなお、かね?」

 

「あくまであれは、対話が仕事なのに対話を禁じられた、その矛盾によるエラー蓄積が原因のバグだろう。なら、対話しながら長い目で付き合うなりなんなりで、症状はかいぜんできるはずだ」

 

「・・・了解した。彼女は、君のナーヴギア、そのローカルメモリに保存されるようにしておこう」

 

 その一言を聞いてから、俺は鯉口から刃を抜き放った。幻日の刃に自身の顔を映し、一度目を閉じる。―――すまん、リズ。結局お前の刀に血を吸わせることになるかもしれん。

 静かに、無形で構える。はたから見ればただの棒立ちなのに、そこには隙らしい隙は無かった。それを見てから、ヒースクリフはキリトに目を向けた。その間に、俺はレインを見つめる。

 

「いいだろう。決着をつけてやる」

 

「キリト君・・・!」

 

「ごめんな、アスナ。ここで退くわけにはいかないんだ」

 

「死ぬつもりじゃ、ないんだよね・・・?」

 

「ああ。勝ってこの世界を終わらせる」

 

 その言葉には強い意志が込められていた。そのことははっきりと分かった。ゆっくりと腕に抱えていたアスナを下ろすと、キリトは静かに二本の剣を抜いた。レインは、しばらく俺を見ていたが、やがてゆっくりとほほ笑んだ。それに笑い返し、俺は再びヒースクリフに対峙した。

 

「キリト!」「キリトー!」

 

 クラインとエギルが大声を出す。だが、その程度でキリトは止まらない。

 

「エギル。今まで、中層クラスの剣士のサポート、サンキュな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんど、そっちにつぎ込んでたってこと」

 

 その言葉に、エギルは驚いたように目を見開いた。大方知っているとは思っていなかったのだろう。ゆっくりとキリトはエギルに笑いかけ、キリトはクラインに目を向けた。

 

「クライン、・・・あの時、お前を置いていって悪かった」

 

 その言葉に込められた意味を、俺ははっきりと理解した。

 

「て、めえ・・・キリト!今謝ってんじゃねえよ!向こうで飯の一つでも奢って、それでようやくチャラにしてやる!」

 

「ああ。向こうで、な」

 

 なんだかんだで攻略組でも年長組の一人であり、粒ぞろいの実力主義な小ギルドの長であるクラインもそれを察したのだろう。俺が思っていたことをそのまま言ってくれた。そして、二刀を引き抜き、俺の横に立つ。そして、ぼそりと問いかける。

 

「お前は、レインに言う言葉はないのか」

 

「舐めるなよ。俺とあいつの間に言葉など要るものか」

 

 俺の言葉に、キリトはふと笑った。そして、ゆっくりとキリトが深呼吸する。目を開いて、キリトはヒースクリフに突進していった。

 ソードスキルは使わない。いや、使えない。剣技連携(スキルコネクト)を使えるのは、SAO全プレイヤーの中でも、俺とレインを含めたごくごく一握りの人間のみ。開発者である茅場晶彦(ヒースクリフ)はその予備モーションからソードスキルの動きが読める。勝機があるとすれば、キリトが純粋な剣の腕だけで圧倒するか、俺の剣技連携でぶち抜くか、連携を取るか。三つ目の選択肢が一番現実的ではあるのだが、問題は俺とキリトのペアで、連携の練習をほとんど積んでいないというところだ。こればかりはどうしようもない。となれば、俺のとれる手段は一つ。

 素早くメニューを開く。そのまま、武器を弓へ変更。キリトは頭に血が上っているのか、回り込むという手段をほとんど使わず、正面からの連撃のみでの突破を狙っている。なら。

 矢をつがえる。照準をしっかり見つめ、息を止める。やがて、ヒースクリフが一撃だけだが確かに反撃した。それはキリトをかすめ、いったん距離を取ってから、キリトはソードスキルを発動させた。瞬間、ヒースクリフがにやりと口元をゆがめた。キリトも自分の失策に気付くが、もう遅い。だが、―――直後にその頭部めがけて飛んできた矢を交わして、笑みが消える。俺がその矢を放ったのだ。そして、当の俺は直後に第二射の体制に入っている。だが、そのあたりさすがはこの男。キリトのソードスキルに反応しつつ、俺の矢も正確に対応してのけた。やがて、キリトの連撃が終わる。それを悟った俺は、即座に突進した。

 

「イクイップメントチェンジ、セットワン」

 

 腰に慣れた重みが伝わる。この場合は、取り回しのいい小太刀。そう判断し、俺は左手でオニビカリを抜く。水平の居合に、即座に返す形でもう一発水平に。それを正確に盾でヒースクリフはいなす。このくらいは想定内。右手にオニビカリを持ち替え、盾に左の肘鉄、と見せかけて左の上段回し蹴りで弾き飛ばしにかかる。が、これを想定したヒースクリフは盾で蹴りを受け止める。それを読んだ俺は、蹴りの反動で距離を取りながら、即座に左手で抜いた投げナイフを引き抜き様に放つ。掲げた盾で若干視界が悪かったのかただの用心か、投げナイフを丁寧に防いだヒースクリフだったが、それは俺にとって僥倖。一気に体勢を低くして今度はアキレス腱を狙ってオニビカリを振るう。が、これはその体に似合わぬ飛び込み前転の要領で回避する。お互いに体勢が崩れたところで、仕切り直し。そのころには、キリトの体制も整っていた。ヒースクリフを挟んで、キリトと俺が一直線上に並んだ形になった。

 今度は俺が突進する。まずは左手で盾をぶん殴る。盾を使ってひらりといなされる。次は右の肘によるフックで盾の縁を叩く。が、これは相手が下がったことによって躱される。左手に持ち替えた小太刀を前に出したまま、俺はさらに突進する。次は小太刀での斬り上げ。これを盾も防ぐ。それは、俺の想定通り。右の拳が光って、強くその盾を叩く。俺の十八番の一つ、剛直拳。だが、この程度では揺るがない。体術系二連撃ソードスキル双竜脚(そうりゅうきゃく)、小太刀ソードスキル“魔皇刃(まこうじん)”のたたきつけにつなげる。が、これでも揺るがない。そして、オニビカリから光が消えた。

 

「・・・この場においてミス、か。確かにそれは理論上、どこまでも連撃を続けられる。そして、その連撃は私の読みの先に至る、かもしれなかったが。・・・この土壇場において、失態を冒すとは。

 ―――さらばだ、ロータス君。君には、期待していたのだが」

 

 どこか落胆を込めた声。俺は何も言わない。ヒースクリフの剣が、青い光をまとう。そこから繰り出されるのは、おそらくはスラント。だが、その軌道から言って、それは俺の首を飛ばすには十二分だった。

―――それが、すべてなら。

―――どうやら、俺は賭けに勝ったらしい。

 

「潮は満ちた」

 

「何?・・・!?」

 

 ソードスキルが俺の体を切り裂くのと同時に、隠れていた俺の光る拳から重たい一撃がその盾に突き刺さる。体術系最上位ソードスキル、“絶拳”。とてつもないチャージから強力無比のダメージとノックバックを発生させる、まさに大技。それは問答無用でヒースクリフの盾を弾き飛ばし、大きく体勢を崩した。

 

「キリトぉおおおお!!」

「ぁぁぁぁああああ!!」

 

 俺の声に、金属質の轟音とキリトの絶叫が重なる。ヴォーパル・ストライクが突き刺さり、ヒースクリフのHPを削り切った。

 

「見事」

 

 その声は、はっきりと俺の耳に届いた。その直後、ヒースクリフはポリゴンになった。

 

―――ゲームはクリアされました―――

 

 無機質なシステムの声がやけに大きく響き、俺たちの意識はいったん闇に落ちた。

 




 はい、というわけで。まずは久しぶりネタ解説。

双竜脚
テイルズシリーズ、使用者:ソフィ(TOG)
 飛び上がってから、左、右の順番で挟むように蹴とばす技。空中でどうやって方向転換してるんだっていうツッコミはしてはいけない。

魔皇刃
テイルズシリーズ、使用者:フレン・シーフォ(TOV)
 振りかぶってたたきつけるだけの技。実は同一作品に似たような技が少なくとももう一つ存在するが、ここではこちらを採用した。

 前の話はほとんど焼き回しでしたが、ここはかなり変化しましたね。正直、ifルートは書けなかった王道ルートって意味合いもあるつもりだったので、この展開は書きたかったものでもあります。
 実はifルートが生まれたのはそういう理由でもあります。たまには主人公らしい主人公を書きたいっていう理由ですね。

 さて、次はSAOifエピローグです。何故かまた糖分多めなお話になってしまったので、コーヒーの準備をお勧めします。

 ではまた次回。


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56.消える境界線

※コーヒーの準備をお勧めします


 俺が再びその意識を覚醒させた時、俺は不思議な場所にいた。まるで、夕暮れの空にいるようだ。比喩でもなんでもなく、俺は空に立っていた。いや、どういう状況だよ。と、ツッコミを入れるより先に、俺は後ろを振り返った。そこに、彼女がいると確信しているように。そして、彼女も、俺が振り返ることを信じていたように、胸に飛び込んできた。

 

「よかった・・・」

 

「たりめーだ。俺はもう死ねねぇからな」

 

「それは、私がいるから?」

 

「ああ。後ろにお前がいるってことが、俺にとって重要になったからな」

 

「そっか・・・」

 

 俺の言葉に、彼女は腕を回して少し力を籠めることで返答とした。

 

「その・・・名前、教えてくれねえか」

 

「え?」

 

「リアルで、会いに行くからよ。教えてくれ」

 

 んー、今までこんなに恥ずかしい思いの質問ってあったかなぁ。たぶんないなぁ。なんて、軽い現実逃避をしながら、ほんの少しだけ視線を下に向ける。と、彼女はゆっくりと答えた。

 

「枳殻虹架。花の枳殻に、虹が架かる、で、虹架」

 

「虹架、か。きれいな名前だな。お前によく似合う」

 

「君も。名前、教えて?」

 

「天川蓮。天の川の蓮だ」

 

「蓮、か。何となく、君らしいね」

 

「そうか?」

 

「そうだよ。泥の中でも色あせない蓮の花。どんな状況でも自分の信念を曲げない、君らしい」

 

「そう、かな。考えたことなかった」

 

 それだけ言うと、俺は我慢できずに少し強めに抱きしめた。レイン―――虹架に、俺は耳打ちした。

 

「何があっても会いに行く。待っててくれ」

 

「うん。信じてる」

 

 答えるように強くなった虹架の腕の力を、俺は心地よく思った。そして、改めて、視線を違う方向に向ける。

 

「こうして見るのは初めてだな」

 

「そう、だね」

 

 レインも、同じ方向を見る。そこには、円錐状をした鋼鉄の城が浮かんでいた。―――浮遊城アインクラッド。俺たちがこの2年半過ごした、このゲームの舞台であり、もう一つの現実。

 

「なかなかに絶景だろう?」

 

 その声に、俺たちは思わず離れる。が、その手はほとんど無意識につながれていた。声のほうを見ると、そこにいたのは白衣の男性。

 

「茅場晶彦・・・」

 

 思わずつぶやく。彼はヒースクリフとしてではなく、茅場晶彦としてここにいた。

 

「ああ。MHCP02のバグはもうすでに除去してある。―――原因は、君の推察通りだったよ。彼女は、ロータス君のローカルメモリに保存されるように設定した。今は、データ転送の真っ最中だろう」

 

「そうか。感謝する」

 

「このくらい、どうということはない」

 

 その会話が一区切りつくと、虹架がぽつりと聞いた。

 

「あの。・・・何人、生き残ったんですか?」

 

「今現時点で、ログアウトシークエンスが進んでいる対象人数は、6486人、だな」

 

「そう、ですか・・・」

 

 その返事を聞いて、茅場は何か言いかけた。が、その言葉は発せられることなく、彼は別の言葉を紡いだ。

 

「―――ゲームクリアおめでとう。レイン君、ロータス君。私はもう一人の勇者の元へ向かうとする。あとわずかな時間だが、ゆっくりするといい」

 

 そういうと、彼はまた歩き出した。

 

「何を言いかけたんだろうね、茅場さん」

 

「さあな。ただ、―――俺としては、あのままレッド殺しをしていた場合の救済人数、っていうのも、少し興味はあるがな」

 

「もしそうだったら、私たちはこうしてはいなかったね」

 

「ああ。最後の攻略が75層なのか100層なのかはわからんが、ギリギリまで俺は攻略に参加しなかっただろうな」

 

「それで、もっと暗殺技術とか鋭くなってたり」

 

「ありうる。虹架とどこかで会っても、きっと俺は突き放してるだろうな。俺みたいに闇堕ちして欲しくなくて」

 

「だと、私はもっと意地を張って追いかけていくだろうね」

 

「何となく想像つくな、それ」

 

 轟音が響く。鋼鉄の城が音を立てて崩れ落ちていく。この2年間で駆け抜けた、その場所が落ちていく。空の底、という表現が果たして正しいのかは分からないが、どこまでも落ちていく。

 

「なあ、虹架」

 

「何、蓮さん」

 

「リアルで会えたら、その・・・できれば、でいいが・・・俺と付き合ってくれねえか?」

 

 ここまで顔を見られたくないと思ったのは初めてだ。表情や目線がPvPで役に立つと知ってから、俺はポーカーフェイスが得意になっていた。だが、今ははっきりと頬が紅潮しているのが分かった。この調子だと、文字通り耳まで赤くなっているに違いない。だが、隣の少女はかすかに笑いを漏らすと、正面から見上げる角度で俺の顔を見た。

 

「あーあ、私から言うことになると思ったのになぁ」

 

「は?」

 

 素っ頓狂な声が出る。一瞬本気で、相手が何を言っているのか分からなかった。が、一泊遅れてようやく理解する。

 

「えっと、それってつまり・・・」

 

「私も。きっかけとかよくわからないけど。それでも、あなたのことが好きです」

 

 そんなことを言った。言いやがったよこの娘っ子。まだ赤みが消えない顔を下げると、そこには同じく照れた虹架がいた。そこに感じた何とも言えない感情のままに、俺は先ほどより数段強く彼女を抱きしめた。

 

「・・・ちょっと苦しいかな」

 

「やかましい。・・・お前が可愛すぎるのが悪い」

 

「なにそれ」

 

 笑ったような、呆れたような声とともに、彼女も俺を抱きしめる。

 

「会いに行く理由が増えたな」

 

「会いに来なかったら私から会いに行くから」

 

「そうか。すれ違いにならないようにしないとな」

 

「思い込み激しそうだしね、蓮さん」

 

「やかまし。って言いたいけど、否定できないのが悔しいな」

 

 そんなことを言い合う。そんな中で、轟音が止んだことに気が付いた。

 

「そろそろ、だな」

 

「そうだね」

 

 もはや言葉など意味はない。またしっかりと抱き合って、―――俺たちの意識はゆっくりと落ちていった。

 

 

 

 

 

 再び目を覚ます。そこで、俺はゆったりと横になっていた。

 

「・・・知らない天井だ」

 

 思わず、そんな言葉が漏れる。ふざける余裕くらいはあるのかと、思わず笑いが漏れた。自分の力の無さが、ここは()()()()ではない、と教えていた。みぞおち付近に力を込めて、体を起こす。

 

(頭が重い。―――ナーヴギアがあるからか)

 

 何とか腕を持ち上げてナーヴギアを取ろうとするもうまくいかず、仕方なく俺は頭を下げてナーヴギアを頭から落とした。大昔のゲーム機だったかゲームソフトだったかは、強い衝撃を与えるとセーブデータが吹っ飛んだそうだが、今時そんなヤワなつくりはしていないだろう。

 落とした衝撃でかなり足は痛い。が、その痛みが、現実世界へ戻ってきたという実感

 

(虹架に会いたいな・・・)

 

 どうしても、そんな思いが湧いてくる。だが、とりあえずはこの体をどうにかしてからだろう。そう思った俺は、とりあえず近くにあったナースコールと思われるボタンを押した。

 




 はい、というわけで。

 エンダァァって言葉は受け付けない。
 正史より一足先に結ばれましたこの二人。ifルートになった最大の要因は、彼女に対する彼の感情と、彼女から彼に向けられる思いに気付いちゃってこうなる未来しか見えなかったからなんですよね。あと、当時久しぶりに有川浩作品熱がぶり返した主が糖分多めな文章を書いてみたくなったというのもあります。

 ちなみに、一応原作、正史、if編それぞれの生存者数を挙げておきます。
原作:6147人
正史:6508人
if  :6486人
 彼がよしとした行動は、結果だけ見れば間違っていなかった、ということでしょうか。個人的には、この辺は判断が分かれるところかなーと思います。

 さて、次はALOifです。長かった。ここからはロータス君視点になります。なんで彼女の方じゃないのか、というのは、ちゃんと描写されますんでご安心を。

 ではまた次回。


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ALO、if編
57.虹を求めて


 SAOから帰還して数か月。俺は今日の宿を探していた。というのも、これには少し込み入った事情がある。

 ま、端的に言うと、“家を追い出された”。SAOにどんな事情があったと言っても、父親にとって俺はたかがゲームで2年間も棒に振った馬鹿者に過ぎなかったのだ。・・・これを理解するまでに、一週間くらいかかったが。リハビリ明けの俺に待っていたのは、自分で代金を払う羽目になった携帯と、おそらく一定期間は暮らせるだろう金、それからある程度の服だけだったのだ。家も家族も、俺には許されなかった。で、俺はその日暮らしの半分、いや、ほぼ完全にホームレス生活になっているわけだ。一応、ナーヴギアは俺の手元にある。両親が管理を拒否したからだ。気持ちとしては分かる。ナーヴギアを被ることで、また死にかける羽目になったら。そう考えたのだろう。だが、俺としては、使うところもないから、ただのバラストと化していた。

 虹架に会いに行こうにも、これでは合わせる顔がない。ため息交じりに俺はネカフェに入った。

 

 

 ネカフェに入ってから、携帯に着信があった。手に取ってみると番号が表示されていた。登録していなくとも覚えている番号なら分かる。この番号は見たことがある。だが誰だったか思い出せない。とりあえず電話に出てみることにした。

 

「もしもし」

 

『あ、天川くんかい?』

 

 その声は、どこかで聞き覚えのある声だった。頭の中で軽く検索をかけると、胡散臭そうな眼鏡の役人が頭に浮かんだ。

 

「菊岡さん、だったっけ」

 

『そう、仮想課の菊岡です。で、早速だけど用件ね。君が探していた枳殻嬢なんだけど、若干厄介なことになっていてね』

 

「厄介なこと?」

 

『彼女も、SAO未帰還者のようなんだ』

 

「・・・なんだそりゃ」

 

『あれ、ニュース見てないの?』

 

「あいにくそれどころじゃなくてね。で、そのSAO未帰還者ってなんぞや」

 

『君たちがSAOをクリアし、SAOプレイヤーは死亡者を除いて、ほとんどが現実世界への復帰に成功した。が、一部がまだ仮想世界から戻ってきていないんだ。彼ら彼女らを便宜上、SAO未帰還者と呼んでいる。加えて、SAOサーバーはまだ正体不明の稼働を続けている』

 

「きな臭いな。ま、とりあえず調べてくれてありがとう」

 

『それだけじゃない。彼女自身は浜松の中央病院に入院している。君のいる名古屋からはそこまで遠くないから、お見舞いに行ってあげたら?』

 

「行ける状況ならな。それじゃ」

『ちょっと待った待った。もう一つ要件っていうか確認っていうか』

 

 用件が終わったと判断して電話を切ろうとしたとき、菊岡は慌てて待ったをかけた。それにもう一度携帯を戻す。

 

「・・・なんだよ」

 

『君の連絡先を知りたい、ってSAO帰還者がいるんだ。念のため、本人に確認を、って思って』

 

「相手の名前は?」

 

『橘―――いや、プレイヤーネームで言おう。エリーゼさんだ。何度か接触ログがあったし、知ってる、よね?』

 

「まあな。

 あ、それと、相手に連絡とりたければ携帯にかけてこいって言っておいて。今俺住所不定だから」

 

『ああ、わか―――・・・ちょっと待ってそれは一体どういうことだい!?』

 

 一瞬普通に返事を仕掛けた菊岡だったが、たっぷり数秒の沈黙の後、慌てたように大声を出した。おーおー取り乱してる面白い。

 

「そのまんま。家追い出された」

 

『いやいやいやいやいや、ついでに伝えといて、ってレベルであっさり言うことではないだろう!?』

 

「そうか?」

 

 しばらくして、電話口からため息が聞こえてきた。どうやら、議論は無駄だとあきらめたらしい。

 

『・・・はあ。ちょうどそっち方面に行く用事もある。こっちで住むところは用意する。とりあえずはそこで暮らしてくれ』

 

「いいのかよ?」

 

『このくらいは協力するさ。というか―――・・・』

 

「・・・というか?」

 

『いや、何でもない』

 

 それは絶対何かあると直感したが、何となく地雷のような気もしたので、聞くのはやめた。

 

『まあとにかく、住居はどうにかする。もしかしたらちょっとばかし暮らしづらい環境になるかもしれないが、その辺は理解してくれ』

 

「ま、ぜいたくは言わんよ。せっかく用意してくれるってんなら、お言葉に甘えるまでだ」

 

『そうしてくれると助かる。じゃあ、先方には情報提供のOK出しておくね』

 

「ほいほい、了解」

 

 そういって俺は電話を切る。と、少しの間をおいて俺の携帯に着信。番号は俺の身に覚えのないものだった。いやいやまさか、こんな速攻でかかってくるわけないだろうと思いながら電話に出た。

 

「もしもし」

 

『あーよかった出てくれた』

 

「・・・いくらなんでもレス早すぎやしませんかねぇエリーゼさん」

 

 あきれながら俺は答える。それに相手―――エリーゼこと橘永璃(たちばなえり)はすねたように答えた。

 

『何よ、こういうのの反応は早いほどいいでしょ?』

 

「早すぎるっつってんの。俺が菊からの電話切ったの数分前だぞ?」

 

『そう?ある程度話の流れは読めたし』

 

「そもそもなんで話の流れを知っているんですかねぇ・・・」

 

『いやー、そこのネカフェさ、監視カメラとかのセキュリティ関連が案外ザルなんだよね。パソコン自体は、それぞれの対策とサーバー対策でどうにかしてるけど、店自体のセキュリティ関連だけサーバー分けてるのが仇になってるみたい』

 

「いやだからそもそもセキュリティかいくぐってカメラ映像ハッキングするなよ」

 

 俺のツッコミはもっともだと思いたい。というか、おそらく一定以上の強度があるであろうセキュリティを“ザル”とまで言い切るとは、この子はいったいどんなレベルのハッカーになっているんだろうか。

 

『さすがにこれだけ足取りがつかめないとこういう手段にも出るよ。ご丁寧に、あなたのお父さんは、携帯の名義だけお父さんで、引き落とし口座はあなたのバイト先にしているみたいだし。ほかに辿る手段もないし』

 

「あっそ、妙なところで律儀なやつもいたもんだねぇ」

 

『他人事だね』

 

「他人のことだからな。自分を捨てたやつをもう親とは思わん」

 

 これは本音だ。古くから勘当というのはそういうものだ。俺もあの家に戻るつもりはないし、父親も母親もあくまで()()()()()()()()に過ぎない。

 

「で、本題は?」

 

『レインちゃんがどうなってるか、知りたい?』

 

 レイン。その単語に、俺は軽く鳥肌が立つのを自覚した。そして、この発言が出るということは。

 

「SAO未帰還者で、浜松の中央病院に入院中。そこまでは知ってる。―――その先を知ってるのか?」

 

『もちろん。そうじゃなきゃこうまでしてコンタクト取ろうと思わない。

 端的に言うと、レインちゃんはまだVR空間にいる。と、思われる』

 

「なんだと?」

 

 思わず眉をひそめた。その反応を見て、永璃はさらに言葉をつづけた。

 

『レインちゃんの入院してる病院の接続ログを追ったの。セキュリティいくつかぶち破って痕跡も消してたから、さすがに相当時間がかかったけど。恒常的につながっている接続先は、レクトプログレスってところ。さっきの反応から察するに、おそらくSAOがあの後どうなったかも知らないよね?』

 

「ああ。そこから関連するんだな?」

 

『もちろん関係大有り。まず、SAOの運営のアーガスは、あの後多額の賠償金を抱えて倒産。で、それが私たちが戦っている間の出来事。それで、SAOのサーバー維持を請け負ったのが、当時IT系企業としてそれなりの実績を築いてきたレクト。その傘下に、レクトプログレスがある』

 

「・・・待てよ、さっき、レインは()S()A()O()()()()()ではなく、()()()()()()()()()接続してる、って言ったよな?」

 

『その通り。さすがロー・・・じゃなかった、蓮さん。

 で、このレクトプログレスは、文字通りSAOの生存者の管理を一手に引き負ってた。医療施設の手配なんかは大体国の行政府と協力してやったから特に問題なし。彼らがやっていたのは、私たちの行動ログの管理と、万が一でもサーバーのダウンが起きないようにする、いわゆる保守管理。ソフト的なメンテナンスに関しては、根幹プログラム―――カーディナルが自動でなすようにプログラムされてたから、ハード的なメンテがメインだったみたい。

 で、―――今そのパソコンは、これか。ちょっと確認だけど、今マウスポインタ動いてる?』

 

「は?何言って―――」

 

 突然何を言いだしたんだ、と思いきや、画面内でマウスポインタが勝手に移動していた。

 

「・・・円を描くように動いてる」

 

『よーし大成功。じゃ、ちょっと画面見てて』

 

 そう言うと、彼女はさらに通話の向こうでパソコンを操作したようだった。どうやら遠隔操作しているらしい。・・・つくづくこの子はいったいどこまでの技量を持っているのだろうか。と、考えていると、画面に画像が表示されていく。

 

『まずゲームのパッケージのやつ。これはレクトプログレスが運営するVRMMO、アルヴヘイムオンライン』

 

「アルヴヘイム・・・妖精の国とか、そんな感じの意味か」

 

『その通り。ゲームの詳細をかいつまんで言うと、魔法ありソードスキルなし、完全スキル制PK推奨のSAOみたいなもの』

 

「人を選びそうだな」

 

『そうでもないのよ、これが。プレイヤーが妖精になって、自由に空を飛べる。これが結構気持ちいい。ま、延々と飛び続けられるわけじゃないけど。そんなんで、順調にプレイ人口は伸びていってる。で、このゲームの最終目標、グランドクエストは、世界樹の攻略。これが鬼難易度で、サービス開始から1年経過した今でもクリア者ゼロ。世界樹を攻略すると、妖精王に謁見が叶って、飛行制限が解除できる種族に転生させてもらえる。つまり、今まで飛行に制限があったところが、その制限が解除されてより自由に飛び回れる、ってわけ』

 

「そりゃ、こっちが飛行に制限があって、相手にその制限がなかったら、戦闘はすごくやり辛くなるな」

 

『それ以前に、もっと気持ちよく飛んでいたい、っていうのが根幹なんだけど・・・。ま、とにかく、その世界樹の上を一目見ようと、とあるプレイヤーたちが策を練った。で、それで世界樹の上にある、とあるオブジェクトが発見された』

 

 そう言って、彼女は新たな画像を表示させた。引き伸ばされているのか、かなり画質が粗い。

 

『私もこれじゃ満足じゃないから、画像ソフトを改造したりしてさらにこいつをきれいにしてみた。そしたら、ま、案の定、こうなった』

 

 そして、その処理後の画像が表示される。そこから得られた結果は、俺の想定通りだった。純白のドレスのような衣装に身を包んではいるが、長い栗色の髪、そして、遠目ながらでも整っていると分かる顔立ち。それは、俺の記憶にしっかりと残っていた。

 

「アスナ、だよな?」

 

『ええ。先に言っとくけど、ここからちょっとばかし脱線するからね。

 現実の彼女―――アスナについて、少し調べてみた』

 

「少し?洗いざらいの間違いだろ?」

 

『結果的に洗いざらいになっただけだってば』

 

 否定しろよ。と、思わず内心で突っ込んだ俺は悪くない。と思いたい。まあ、もともとこの子はこういう子か。と、思っていると、さらに画像が表示された。

 

「これは、病院、か?」

 

『そ。菊岡さんもびっくりしてたね。しかもそこに寝ているのは、レクトの社長令嬢―――結城明日奈だっていうんだから、さらにびっくり』

 

「結城、明日奈だと?」

 

『うん。それが、彼女―――“閃光”のアスナのリアルネーム。本名をそのまま名前にしてたんだね。せっかくだからってことで、レクトの社長さんである父親がこの病院に入れたらしい。で、彼女も例によって例のごとく、SAO未帰還者と来ている。これはちょっときな臭いぞと思って、さらにALOとレクトを調べてみた』

 

 そういって、また更にいくつか画像が表示される。一つは、二人の男が写った写真。もう一つは表形式にしたセルデータだ。

 

『まず写真のほうから。年配のほうが結城彰三氏、アスナの父親。もう一人は須郷伸之、レクトのフルダイブ部門の主任。撮られたのが、さっき画像で出した、この病院。こんな写真が何枚もとれるほどには懇意なんだろうね』

 

「父親ならともかく、いち社員ごと気がわざわざ社長令嬢の見舞いに行くか?」

 

『私もそう思った。それに、結城明日奈は16歳。民法上、結婚も可能な年齢。そして、フルダイブ部門っていうのは、今も不明の稼働を続けるSAOサーバーの保守点検を行ってる。で、さらに調べてみたら、決定的な奴が出てきた。それが、その表データ』

 

 そういわれて、表データを食い入るように見つめる。表題は、“レクトプログレスサーバー(ALO)接続時間”となっている。

 

『端的に言うと、IPアドレスごとのALO接続時間の統計データ。同一IPで二人が同時に一時間ログインしても一時間で表記される。それはまず頭に置いておいて。で、これを接続時間でソートすると、こうなる。で、そこからさらに逆探知をかけて、SAO未帰還者の接続IPと照合した結果、こうなった』

 

 そういうと、表の行に色がつく。端的に言えば、上位のほとんどのIPに色がついた。つまり、

 

「接続時間の上位のほとんどが、SAO未帰還者のIPだった、ってことか」

 

『その通り。もちろん、この中にはレインちゃんの接続IPもあった。

 どんな形であれ、ALOにログインするのが一番手っ取り早いと思うよ。こっちでもあれこれ調べてみるけどね。その辺は菊岡さんに頼んだから』

 

 こうも二十歳(はたち)超えたか超えないかの若者に、仮にも将来有望な官僚がパシられてていいのか、と内心思ったが、とりあえず今は考えないことにした。

 

「初心者アバターで、できるだけ迅速な事態収束か。なかなか厳しいねぇ」

 

『あ、その辺は大丈夫。今、手元にナーヴギアがあるでしょ』

 

「・・・何でそれ知ってるんだよ。かなりマジで」

 

『菊岡さんから聞いた』

 

 ここまで来て、ようやく、菊岡が先ほど一瞬言いよどんだ理由が察せられた。大方、彼の弱みを握っているのだろう。何かしらのスキャンダルネタ、と考えるのが妥当か。ご愁傷さまだ。同情はしないが。

 

『とにかく、ナーヴギアを使ってALOにログインしてみて。規格とかほとんど一緒だから、問題なくログインできるはずだよ』

 

「なんでナーヴギア?新品の新型ハードもあるんだろ?」

 

『まあ、そっちでもいいけど・・・ま、それはログインしてからのお楽しみ、ってことで』

 

 何となく、嫌な予感がした。が、まあ、この子は本当に危ない案件なら警告してくるはずなので、とりあえずは無視しても問題ないと判断した。

 

「分かった。とにかく、環境が整い次第ダイブしてみる」

 

『ん、そうしてみて。私はALOで、ケットシーのエリーゼって名前で傭兵プレイしてるから』

 

「また傭兵か。好きだな」

 

『いやー、最初は稼ぐためだったけど、すっかり気に入っちゃって。やっぱり性に合うみたい』

 

「そうか。じゃあな」

 

『ん、またね』

 

 そんなことを言って、電話は切れた。いつの間にか、表示されたウィンドウは残らず消されていた。

 相変わらず、こちらまで明るくなるような、陽の雰囲気のある子だな、とぼんやり思った。せっかくネカフェにいるのだから、少し調べるか。そう思って、俺は目の前のパソコンのインターネットを開いた。

 




 はい、というわけで。

 帰還後のお話でした。自分で書いておいてなんですが、ロータス君の親クズ過ぎない・・・?いくらなんでもこんな風に放り出すって、そんなことあるのか・・・?
 エリーゼさんのハッキング能力に関しては、創作物だからってことで一つ。ぶっちゃけこんなレベルのハッカーって、現実にいるのか・・・?って書きながら思ってました。が、彼女の能力は、特にこのif編においてキーになってきます。

 今回は、レインちゃんのほうが囚われているので、彼がその救出に向かうというお話です。次からは本格的にゲームの中の話になります。個人的に出番を増やしてあげたかった彼女も登場、メインキャラクターの一角として活躍してもらう予定なのでお楽しみに。

 ではまた次回。


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58.再び、仮想世界へ

 住まいのほうは案外あっさりと用意された。名古屋のはずれだ。もう少し突っ込んで言うと、ナゴヤドームのあるあたりから少し東に行ったあたりだ。近くには、陸上自衛隊の駐屯地があるらしい。最も、俺はミリオタでもなければそこまで野球が好きなわけでもないので、そんなに興味はない。荷物に関しては、誇張でもなんでもなくボストンバック一つ分だったので特に問題はなかった。大きめのボストンバックから、半ば押し付けられるようにして渡されたナーヴギアを接続する。パソコン、テレビに冷蔵庫と、一回りそういったものは揃っていた。これは後で礼を言っておくか、と考えつつ、部屋に“なぜか”ぽつんと置いてあった、“ALfheim Online”というソフトを手に取った。中を開けてみると、確かにナーヴギアの規格にも一致している。

―――このゲームの中に、あいつが。

 思わずにはいられない。気を抜くと、俺の隣で笑いかけてくれたあいつの顔が目に浮かぶ。戻ってきてからずっとそうだった。

 

 何があっても会いに行く。俺はそう約束した。ならば、会いに行かなくては。その決意が、再び俺にナーヴギアをかぶらせた。―――どうせもう失うものなんてほとんどないんだ。あいつに会えるのなら、助けられるのなら。―――それは、この命を懸けるに(あたい)する。

 

「リンクスタート」

 

 そうして、俺は久しぶりのフルダイブに突入した。

 

 

 初期のセットアップに移る。名前は、今まで通り“lotus”。種族に関しては、既に下調べをしてあった。俺の性格的に、後方支援がメインになるレプラコーン、プーカは合いそうにない。音楽はまだ好きだし、一応まだ楽器持てばある程度は吹けると思うから、やるとすればサブアカでプーカかな、とは思うが。ケットシーも申し訳ないが却下。理由としては、そこまで敏捷性もいらなければ、テイマー志望でもないし、何よりエリーゼと被る。宝探しなんざ誰かに任せとけ、ってことで、スプリガンもナシ。サラマンダーは、なにやら素行の悪いプレイヤーがいることが多い、ということで、こちらも却下。となると、残ったのはシルフ、ノーム、ウンディーネ、インプ。この中で考えると、せっかく魔法があるのなら、魔法を使ったプレイをしたい。ということは、魔法に長けた種族、ということで、シルフかウンディーネなのだが、どちらかというとウンディーネのほうがバフなどの支援や付加魔法に長けている、らしいので、ウンディーネにするとあらかじめ決めてあった。

 

 迷いなく名前を入力して、ウンディーネを選択する。種族選びで速攻で決めたからか、微かにどこからかジョインジョイントキィみたいな音が聞こえたが無視することにする。と、

 

『では、ホームtttt転sssしmmmss。ggggドrrrrrr』

 

 ・・・おいおい、開始一分でバグに遭遇かよどーなってんだこのゲーム。と、独り言ちていると、突然足元が崩れた。転送されたのは、どこぞの街中などではなく、どう見ても森の()。そう、上、つまり上空。で、そのまま何もしなければどうなるかと言えば―――加速度9.8メートル毎秒毎秒で落ちていくことになる

 さすがにこれは俺もあわてた。このままでは開始10分足らずで、非常に豪快な地面にキス(墜落)をやらかす羽目になる。その頭の中で、何とか予習した“飛行補助コントローラ”の出し方を思い出し、ホバリングに突入する。

 

「・・・あっぶねぇ・・・」

 

 いやはや焦った焦った。さすがにこれはびっくりだ。さて、初期ステータスはどんな感じだ、っと。と、プロパティを開いてみて、さらに驚いた。

 

「なんだこんな高ステータス・・・」

 

 少なくとも、こんなのは初期ステータスではない。短剣、曲刀、投剣、索敵、隠密、体術、武器防御はカンスト。刀、射撃、小太刀は900オーバー、高速武器換装は800オーバー、アイテム作成は650程度。そして何より、初期値とはいえ、サポーターに適した種族に関わらず魔法系のスキル熟練度が全く設定されていない。・・・ちょっと待て、これって、

 

「SAOクリア当時の、俺のステータス?」

 

 いやいやいや、そりゃないだろう。と思ったが、間違いなくそのままだ。てことは、アイテムはどうなってるんだ?と思い、ストレージを開くと、こっちはこっちで驚きの光景が。

 

「Oh・・・」

 

 ものの見事な文字化けの山。これって大丈夫なのか?と思いながらスクロールすると、メールが届いた。ログインしてからまだ30分経ってないからなんかの間違いだろうと思って開くと、空メールで一つの添付ファイル。そのファイル名を見て、間違いではなかったことを察した。添付されたファイル名は“MHCP02 strea”。すぐさまファイルを展開すると、俺の目の前に紫の滴型のクリスタルのようなものが現れた。それをタップすると、目の前にはあの時に会った少女がいた。ゆっくりと彼女は目を開けると、その目を見開いた。

 

「久しぶり、で、いいのかな」

 

「はい、それでいいですよ。ロータスさん」

 

「堅苦しい。ため口聞いてくれ、ちょっとむず痒い」

 

「わかり―――分かった。これでいい?」

 

「おう、それで頼む」

 

 そこまで言ったところで、周囲にプレイヤーがいないことを確認して、俺はさらに口を開いた。

 

「早速で悪いが、いくつか聞きたいことがある」

 

「この状況について、だよね?」

 

「ああ。俺のステータスはSAOのままだし、アイテムは文字化けだらけだし、加えて本来、何かしらの操作が必要なはずなのに、君は普通に展開できると来た。正直、なんでこんなことになってるのか、理解ができない」

 

「それに関しては、一言で済むよ。この世界とあの世界を形作る根幹が同じだから」

 

「根幹?ベースプログラムが同じ、ってことか?」

 

「そう。たぶん、こっちのほうが幾分かバージョンが古いけど。それでも十分すぎる性能だね」

 

「バージョンダウンして十二分な性能か・・・。つくづく化け物だな、茅場晶彦ってやつは。で、一種の混線のようなもので、俺のアカウントデータが引っ張ってこれちゃった、と」

 

「うん。本来、射撃スキルはユニークスキルなんだけど、この世界には弓もあるからね。たぶん、そっちの上位互換になったんじゃないかな?」

 

「・・・いわゆる強くてニューゲームか、半分チートもいいところじゃねえか」

 

「ただ、アイテムは全部破棄したほうがいいと思う。幸いなことに、今の装備自体は初期装備で廃棄されない設定だから、遠慮なく捨てられるよ」

 

「遠慮なく、って・・・。あー、でも、そのままにしておくとバグ認定で大変なことにもなりかねんか」

 

「そういうこと。ましてや、SAOクリア時の武器まであるから。開始してすぐにそんな武器持ってたら、チート認定されるかも」

 

「そうなったら、よくて一時凍結、最悪BANだな。・・・仕方ないかぁ・・・」

 

 言いながら、アイテム全廃棄を選択、実行する。きれいさっぱりアイテムストレージから物が消えたことを確認すると、俺はメニューを消して質問を続行した。

 

「そういえば、ストレアはここではどういう扱いなの?MHCPなんて、この世界にゃないだろ?」

 

「それはもちろん。私たちはあくまで機械であって、機械にも限界ってものがあるから。それは本職の生身の人に任せるよ。

 この世界の抽選特典で、ナビピクシーっていうのがあるんだけど、それに該当しているみたい」

 

 そういうと、彼女が光に包まれた。一瞬目くらましを食らったものの、すぐに気を取りなおす。と、そこには手乗りサイズになったストレアがいた。

 

「これが、ナビピクシーとしての姿。でも、上手くちょろまかしているから、私単独で戦闘することもできるよ」

 

「へえ。戦闘スタイルは?」

 

「それは―――実践したほうがよさそう。近寄ってくるプレイヤーがいる」

 

「何人だ?」

 

「3人」

 

「種族は?」

 

「ケットシーと、これは、シルフだね」

 

「混合種族パーティ?珍しいな、このゲームで」

 

「ま、その辺は直接戦ってみれば分かると思うよ」

 

 そういうと、再びストレアが光に包まれる。と、彼女は紫色の装束に身を包み、両手剣を手に持っていた。俺も、装備を取ろうとして、面食らった。

 

「ワンドかよ。せめてメイスにしてくれればよかったのに」

 

 そういうと、俺は早々に武器をしまって臨戦態勢。

 

「素手なんだ・・・」

 

「武器があれじゃ仕方ないだろう。大丈夫、俺は体術もカンストさせてある。並みの相手に後れは取らん」

 

 迎え撃つ体制を整えたときに、遠方から風の魔法が飛んできた。風の刃を飛ばす魔法なのだろうが、俺からしたら遠方から見える時点で回避余裕だ。実際、俺は簡単に回避できた。が、ストレアのほうは、その両手剣を盾にすることもなく、その身で耐えた。―――いや、これは。

 

「だらっっしゃあああぁぁぁいい!!」

 

 両手剣上位ソードスキルが一つ、“震怒竜怨斬(しんどりゅうえんざん)”。噂には聞いていた。やたら溜めが長い代わりに、受けたダメージの10倍を上乗せして放つ、まさに一撃必殺を体現したソードスキル。だが、そこは魔法のあるALO。その斬撃はどういう理屈か、斬撃を打ち出し、先ほどの魔法を放った術師に向かって、先ほどのダメージを上乗せした超強力な一撃をぶっ放した。

 

「ワオ」

 

 思わず声が漏れた。なんという攻撃。もともと、震怒竜怨斬は威力がかなり高い。それに加えてカウンター倍率がかかっているから、一撃必殺どころか一撃蒸発になってやしないかと心配するほどの威力だ。なにも来ないことを不審に思っていると、上から風を切る音が聞こえた。―――この音の大きさ、近寄ってくる速さからすると、敵の攻撃とタイミングは。

 タイミングを読んでサイドステップで相手の攻撃をかわす。一瞬見えた得物の大きさから察するに、相手の武器は両手剣。―――いや、待て。

 

「奇襲としては三流だな!」

 

 後ろから滑空するように斬りかかってきた相手は、くるりと回転しながら反転、一瞬見えた槍は上体を反らせて躱して、巴投げの要領で投げ捨てる。このコースなら、先ほど突貫してきた両手剣もちに重なるはず。そこを狙う。ブレイクダンスさながらの身ごなしで、さらに交錯したポイントに向かってぶん殴りにかかるが、これはさすがに避けられる。

 

「そりゃそうだよな!」

 

 相手が回避して、仕切り直し。素手なら、俺のポーズは決まっている。腰のあたりを一回叩いて、左足を一歩分だけ前に出し、手は体側に近い自然体で構える。

 

「素手!?」

 

「初期装備があまりに肌に合わないものだったもんでな」

 

 相手の驚きは律儀に返す。こっちの相手は、初手で降ってきた大剣持ちのシルフ、それから、さっき突撃してきた槍使い、こちらはケットシーか。おそらく、こいつらは魔法を使うとしても、そこまで魔法に比重を置いた戦い方はしてこないはず。こちらが素手で戦う以上、飛び道具があるのなら、遠距離から封殺するのがセオリー。それは俺がよく知っている。相手の得物が近接武器であり、武器変更の様子が見られない以上、遠距離は魔法のみ。となれば、最初のあれをやった本人はストレアが相手をしている、ということになる。と、考えていると、ほど近いところで、轟音とかなり大きい砂埃が上がった。そこで、相手のシルフが問いかける。

 

「ベリア、大丈夫!?」

 

「大丈夫、一応・・・。こっちも結構きついかも・・・」

 

「ベリア、私たちの後ろで援護。シェピと私で前。仕留めるよ」

 

「「了解!」」

 

 どうやら、向こうは前衛二人と後衛一人のようだ。―――在りし日を思い出し、少し懐かしく思った。

 

「ストレア、後衛の魔法に注意しながら、まず前衛を潰すぞ。俺は、槍持ちが来るところをクロスカウンターで迎撃する。自由にやれ」

 

「ラジャ!」

 

 短い作戦会議とともに、俺はさらに集中する。背後で魔法の詠唱が始まる。おそらく、魔法の到達とほぼ同時か、少し前後するタイミングで突貫が来る。俺の読み通りのタイミングで前衛が突貫してきた。素早さとしては、若干ケットシーのほうが上か。だが、俺からしたら、

 

「アスナよりは遅いな」

 

 あの、最初から目にもとまらぬ速さのレイピア捌きよりは格段に遅い。それに、これだけ距離があれば対応を考える時間もある。スピードは確かに速いが、対応はたやすい。直前で少し軸をずらし、左手でみぞおちをぶん殴る。相手が高速で突っ込んでくるのだから、その分のエネルギーも上乗せされる。結果、ただの素手とは思えないほどHPが削られた。逆手で、俺の背中側にあった相手の槍を右の逆手でつかむと、そのまま相手の得物を分捕り、蹴とばす。どうやらさっきの一撃でスタン判定になったらしい相手はまだ動かない。そこに、俺は槍を肩に担いでそのままぶん投げた。見事に頭部直撃(ヘッドショット)を食らった相手は、そのままリメインライトになった。空中では、ストレアとシルフがいい勝負をしていた。力と力のぶつかり合いとは、かくも見ごたえのあるものか、と、俺は一種の感動すら覚えた。再び補助コントローラを出すと、そのまま俺は空に舞い上がった。鍔迫り合いで吹き飛ばされたシルフの後ろに回り、俺はそのまま首を絞めながら頭を強引に傾けた。しばらくそのままにしておくと、ゴキンという音とともに力が抜け、HPがあっという間になくなった。

 

「・・・エグっ」

 

 思わずストレアが漏らす。それに俺は疑問を覚えていると、ストレアの目の色が変わった。俺も警戒して後ろを向くと、そこには先ほど倒したはずの槍使いと、最後衛に控えていた魔法使い。おそらく、後衛の魔法使いが蘇生魔法を使ったのだろう。

 

「しまった、抜かった」

 

「珍しいね、油断するなんて」

 

「あ、や、意外と手ごたえ無くてさ」

 

「これはひどい」

 

 俺の会話を驚いたように、呆れたように下の二人は見ている。と、

 

「あ、そうだ。

 なあお姉さんがた、俺がやっといてなんだけど、あのシルフの子、復活させることってできる?」

 

「「「・・・は?」」」

 

 俺の突拍子もない発言に、敵味方合計三人の驚きの声が重なった。

 

「いやいや、なんで?」

 

「早い話がさ、俺にチュートリアルつけてほしいのと、案内してほしいんだよ。

 知り合いがケットシーで傭兵プレイしててな、チュートリアル終えたら会いに行こうと思ったらバグに巻き込まれて、気が付いたらこの森の中。どーしよってなってた時、あんたらが襲撃してきたから迎撃したんだよ」

 

「ケットシーで傭兵・・・名前は?」

 

「エリーゼ。スペルは、e、l、i、s、e、だ。あんたらケットシーだろ?なら、ってことで。どうせならお仲間も一緒のほうがいいだろ?」

 

 俺の言葉に、魔法使いのほうが動く。先ほど倒したシルフのリメインライトに近づくと、何か詠唱を始めた。詠唱が終わってから少しして、シルフの子が復活した。

 

「いやー、おにーさん、面白いね!」

 

「誉め言葉として受け取っておくよ」

 

「うんうん、そんな反応も面白い!てなわけで、その頼み引き受けた!」

 

「ちょ、フカ、そんな速攻で!?」

 

「そいつはありがたいが・・・説明は、いらないよな?」

 

「うん、リメインライトの状態だったけど、話は聞かせてもらった!」

 

 腰に手を当てて胸を張る女性のシルフ。ま、美人なのはある意味当たり前だな。この手のゲームだと顔面偏差値どーなってんだっていう場合がほとんどだから。SAOみたいな例外は除く。アスナ?いやあれは特例。レインが可愛いのは当たり前。

 

「それに、バグでこんなところに来た、って言葉に嘘はなさそうだからね。ウンディーネがここまで来るには、アルンとルグルー抜けてくるのが近道だし、そこなら比較的初心者向けの武具屋はあるから、MobというMobを全部トレインとかいうクソ野郎じゃなければある程度のユルドもたまってるはずだし。お兄さんとそこのお姉さんほどの手練れなら、そこらのMobなんざ初期装備どころか防具なしの徒手空拳だろうと雑魚同然だろうから、トレインする理由もないし。バグである、とすれば納得がいくけど、そうでないとすると若干不自然なところがちらほらあるからね」

 

「お宅らをPKしようとしているかもしれないぜ?」

 

「だったらもうとっくの昔に殺されてる。今のは油断してたから蘇生されたけど、普通に正面切って戦えば負けるんだもん」

 

「違いない。じゃ、よろしく頼む」

 

「オッケー!あ、私はフカ次郎、長いからフカでいいよ」

 

「俺はロータス。こっちはストレア」

 

「よろしくね、フカちゃん」

 

「うん、よろしく!というか、お姉さんが教えるっていう選択肢はなかったの?」

 

 素朴なその質問に、一瞬ストレアが固まる。が、俺としてはこの質問は想定内だ。

 

「こいつの説明は分かり辛いんだよ。背中から羽が生えるから、ばたばたすれば飛べる、って言われたって、いったいどういうこっちゃって話だ」

 

 俺の回答に、フカは爆笑した。

 

「それは確かにその通りだけど、確かにそれじゃ全くわからんわ!」

 

「フカ、笑いすぎ。あ、私はシェピって言います。後ろのはベリア」

 

「おう、よろしくお二人さん。ところで、なんで三人は異種族パーティを組んでいるんだ?」

 

「もともと、ケットシーとシルフは仲がいいんです。で、たまたまサラマンダーに襲われているときに助けてもらって。その時をきっかけに一緒にクエストしたりする中になって、ギルドを組みました。めったにはないですが、ギルドで種族を一致させなくてはならない、なんて物はありませんから」

 

「なーるほどねぇ。ギルド名は?」

 

「ドッグアンドキャッツ、です。もともと、フカの名前は愛犬の名前らしくて。で、ケットシーは猫妖精族ですから」

 

「そのままだが、悪くないな」

 

「いやー、笑った笑った」

 

 と、ここでフカが復帰した。と、ここで、静かだったベリアが口を開いた。

 

「ロータスさん、ちょっといい?」

 

「ん、どうした?それと、さん付けはいらんよ?」

 

「分かった。用件だけど、たぶん、探し人が見つかった」

 

「え、エリーゼがか?」

 

「うん。私、フレだから。メッセだしたら返信が返ってきた。事情を説明したら、多分そうだろう、って」

 

「なんかほかに、俺に伝言ってあるか?」

 

「あなたに、っていうか、私たち全体に。場所的に2時間もあればつけるだろうから、フリーシアで落ち合おう、ついたら教えて、だって」

 

「なんだその裏切る宰相みたいな名前の場所は?」

 

「君と紡ぐ空の物語!って違う!」

 

 俺のボケに、フカが律儀に乗ってきた。そのまま真面目に答える。

 

「ケットシー領の首都だよ。確かに、レクチャーも込みで2時間あれば余裕だね」

 

「よし、じゃあ頼む」

 

「よし来た!」

 

 先ほどから察していたが、フカはどうやら相当にノリのいい部類らしい。幸先のいいスタートに、俺はラッキーを感じていた。

 




 はい、というわけで。まずはネタ解説。

震怒竜怨斬(しんどりゅうえんざん)
モンハン大剣系狩技
 そのまんま。元ネタからしてこんな感じ。受けたダメージに対する与えるダメージ倍率を調節したくらいですが、衝撃波とかそういうものはありません。ロマン砲って、いいよね・・・!

 素手でも強いロータス君。ま、いくら相手も対人戦のゲームやってたって言っても、彼ほど濃密な死線というわけじゃなかったのでこんな感じ。というか、いくら肌に合わなかったからって素手ってどうなのよ君ィ・・・。

 さて、次はエリーゼさんと合流してからのお話になります。本格的にALOでの冒険譚ですね。

 ではまた次回。


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59.片羽

 さて、無事にレクチャーを受けて、フリーシアについた。と、ベリアが白髪のケットシーに声をかけた。

 

「エリーゼさん、お久しぶりです」

 

「久しぶり、ベリア。後ろは・・・いや、いいわ。何となく察した」

 

 その雰囲気で、俺は彼女―――エリーゼに話しかけた。

 

「ああ。久しぶりだな」

 

「そうね。リハビリ明け以来だから、ざっと半年ちょっとくらい?」

 

「そんなに・・・なるな」

 

「うん。元気そうで何より」

 

 そこで言葉をいったん区切り、彼女はさらに後ろにいるストレアに目を向けた。

 

「あなたも」

 

「・・・はい。会ったことは覚えれてないですけど」

 

「元気な姿を見れただけで、私としては十分に満足よ?」

 

「・・・お知り合い?」

 

「ま、いろいろと、な。そのあたりはま、おいおい話す。

 ところでよ、他種族の武器屋でも装備ってのは整えられるのか?」

 

「そのあたりは問題なし。今の私のクライアントに話を通しておいた」

 

「依頼中かよ。そりゃ悪いことしたな」

 

「いーのいーの。武器に関してはまあいいけど、防具はさすがにフィーメールの装備はつけられないし」

 

「よしんばできたとしても願い下げだ。俺に女装癖はねえよ」

 

「あ、そういえば。アイテムストレージは大丈夫?」

 

「ああ、あれか。問題ない、対処済みだ」

 

「そっか、ならよかった。

 んー、性格の問題からすると、これなんかどうよ」

 

 そういわれて手渡されたのは、白い柄の、あまり特徴のない打刀。

 

「銘は?」

 

「ニバンボシ。すごく使いやすそうな刀なんだけど、私は使わないから。コレクションとして腐らせておくより使ってくれたほうが刀としても本望でしょ」

 

「確かにな」

 

 そういわれて、俺はその刀を腰に装備した。なるほど、これなら。

 

「申し訳ないけど、ことと次第によっちゃぶっつけ本番になるかもしれない」

 

「全く問題ないね。ま、最初は戸惑うかもしれないけど、二分もすれば慣れる」

 

「さすがの順応力・・・」

 

 エリーゼが呆れていると、遠方からケットシーの一団がやってきた。

 

「あれ、領主、どうしてここに?」

 

「どうして、じゃないヨ!時間になっても来ないから、フレンドの位置追跡使って追ってきたんだヨ!」

 

「時間・・・あ」

 

「その様子だと、気づいてなかった?」

 

「・・・申し訳ありません」

 

「報酬1割減で手を打つってことでいい?」

 

「寛大な処罰に感謝します」

 

「そういう固苦しいのはいいって。

 そちらの方々は?」

 

 どうやら、先頭を歩いていた金髪のケットシーがケットシーの領主らしい。で、エリーゼとはそこそこ親しいようだ。その領主に目を向けられ、フカがまず自己紹介した。

 

「あ、私、ドッグアンドキャッツってギルドのリーダーやってます、フカ次郎です。後ろのケットシー二人はメンバーのベリアとシェピ」

 

「あー、ドッグアンドキャッツって君たちかー!今度依頼したときはよろしくねー!」

 

「はい、こちらこそ」

 

 一通りフカの紹介が終わったところで、今度は俺が切り出した。

 

「で、俺とこっちは、エリーゼが前やってたゲームの知り合いです」

 

「へー!てことは、腕前のほうは・・・気にするだけ野暮だね。その刀を使える時点で」

 

「あ、これ、彼女から譲り受けたんですけど、結構な業物だったり・・・?」

 

「結構な、っていうか、ALOでもこれだけデザインと性能が両立されたものはなかなかないって一振りだヨ!」

 

「・・・エリーゼ、そんな代物とは聞いてねえぞ」

 

「そりゃだって言ってないもん」

 

「おい」

 

 俺の抗議に、一切の悪びれもなしにエリーゼは答える。

 

「でも、そのくらいじゃないと不足でしょ」

 

「・・・まあ、否定はせん」

 

 何はともあれ、一線級の武器を手に入れていた。

 

「でも、初期防具じゃ防御力が不安じゃない?」

 

「当たらなければどうということはない」

 

「・・・それができるのは君くらいだから」

 

 領主の質問に対する俺の回答に、ストレアが呆れた。といっても、俺からしたら、この世界の近接攻撃など雑魚もいいところだ。じゃなければ、フカを背後から首をへし折ってHP全損なんて真似はできない。そもそもあそこまで接近することが不可能だからだ。

 

「で、エリーゼちゃん、その子、どうするの?」

 

「本人が構わないなら、護衛に加えようか、と考えていました。腕前は保証します」

 

「なら、護衛への装備拡充ってことで、問題ないネ!君、名前は?」

 

「ロータスです。こっちはストレア」

 

「ウン、ロータス君ね!早速だけどさ、防具は軽金属と布系、どっちが好み?」

 

「個人的には、布系のほうが」

 

「オッケー!じゃ、これかな!」

 

 そういって、彼女は一つのコートをこちらによこした。それは、雨上がりの青空を彷彿とさせる澄んだ水色をしていた。

 

「名前は、コートオブアフターザレイン。物理防御はそんなにないけど、魔法耐性が結構高めで、特に水属性の耐性が高いネ」

 

「そうか。なら、ありがたく」

 

 受け取って、早速装備する。俺好みのそんなに重くないものだ。しかし、コートオブアフターザレイン、か。あいつを追ってこの世界に来た俺にとって、これほどまでにぴったりな名前もなかなかない。と、ここで俺は一つの疑問を覚え、聞いてみることにした。

 

「そういえば、魔法に対抗できるような飛び道具って他にないんですか?銃、はこの世界観だとないだろうから、弓とかボウガンの類とか、無ければ投げナイフとかでもいいですけど」

 

「弓はあることにはあるけど、正直魔法のほうが手っ取り早いヨ?」

 

「いや、個人的には魔法より弓とかのほうが性に合うので。弓とかなら、近接戦でも取り回しやすい小さめのやつがあればなおいいんですが」

 

「それなら、面白い武器があるヨ」

 

 そういって、領主さんはある武器を取り出す。それは、曲刀の刀身が二つ平行についたような、少し不思議な形状の武器だった。

 

「銘は“アローブレイズ”。ALOには非常に珍しい変形武器。見てて」

 

 そういうと、領主さんは逆手に持ったその武器を短い弧を描くように軽く振った。と、折りたたまれた刀身が展開されて、両刃剣のようになった。

 

「で、さらにこれに手元のスイッチを押すと、」

 

 というと、緩やかに弧を描いた二つの刀身の端に光るひものようなものが伸びた。

 

「こうなって、魔力の弦が張られるから、矢をつがえて放つ、ってわけネ。MPをちょこっと消費するけど、そんなに気にするほどの物じゃないよ。今は装備してないからないけど、装備すると矢筒が出てきて、普通の矢は無尽蔵になるから」

 

「なるほど。面白い武器ですね」

 

「どうせあっても使える人がいないから肥やしになってたの。せっかくだから使ってあげて」

 

「ええ。こちらには逆手持ちの心得もありますし」

 

 ありがたくもらって、装備オプションから腰の後ろに、左の逆手で抜けるように装備する。矢筒は右肩の後ろにセットした。

 

「さて、いい加減出発しないといけないのでは?」

 

「あ、すっかり忘れてた!ありがとネ!君、随意飛行は?」

 

「先ほど、フカたちに教わりました」

 

「なら話は速い。飛ぶヨ!」

 

 そういうと、彼女はフリーシアの中にある高い塔へと向かった。

 

「ああ、高度を稼ぐのか」

 

「よくわかったね?これ、初見で見破る人少ないんだけど」

 

「要はハングライダーやパラグライダーと同じ原理だろう。動力があるかどうかの違いだけで」

 

「ま、そういうこと。なら話は速いわね」

 

 そういうと、俺たちもついていくことにした。

 

 

 

 道中で話を聞くと、今エリーゼは領主の護衛をしているらしい。なんでも、他の種族の頭と同盟を結ぶために、中立域にある蝶の谷というところまで行く道中らしい。フカたちとは、塔の麓で分かれた。彼女たちは、シルフの領主側の護衛につくらしい。彼女ら三人はたまたま早くにログイン、離れた場所で遊んでいたところを、俺たちに遭遇した、とのこと。残りのメンバーはシルフの領主の護衛にすでに当たっているらしく、彼女らも、フレンド検索機能を利用して合流する予定だ、と言っていた。

 

「しかし、なんでわざわざ同盟なんだ?協力協定くらいでもいいだろう」

 

「君はグランドクエストの難易度を知らないからそんなことが言えるんだよ。サービス開始当初から挑戦できるのに、いまだかつてあの木のてっぺんにたどり着いた種族はない。単独種族での攻略は無理、って判断がなされたのよ。それに、最近、妙なプレイヤーもいるみたいだし、そっちの対策でもあるかな」

 

「妙なプレイヤー?」

 

「精鋭の前にふと表れて、黒い雷のようなエフェクトの魔法とともに剣術と体術でなぎ倒していくプレイヤー。身長自体はそこまで見たいなんだけど、AGIとPスキルが高いのなんのって。ALO最強クラスで、ようやくタメに持ち込めるだろう、って実力らしい」

 

「へえ・・・ま、それなら、いっそのこと同盟関係になっておいたほうが都合がいいわけか」

 

「そういうこと。シルフとケットシーは領土も隣通しだしね」

 

 その言葉に、俺はとりあえずの納得をした。その謎のプレイヤーは今の脅威でないのならとりあえず捨て置いていいだろう。

 

 

 蝶の谷までの戦いは非常にスムーズだった。傭兵として雇われた護衛は、俺、ストレア、エリーゼくらいの物だったが、正直言ってSAO帰還者である俺とエリーゼ、そしてそれとタメを張れるストレアにとって、中近距離戦での敵は無いと言っていいほどの物だった。はっきり言って、この程度なら60層を超えたくらいの難易度のほうがよほど難しかった。俺としては、変形武器のアローブレイズの練習もできたので万々歳もいいところだ。自由度の高すぎる三次元的戦闘にはすぐに順応できそうにないが、ある程度のレベルなら全く問題はなかった。

 

 蝶の谷へ着くころには、シルフの一団がついていた。両者交渉の席について、そのまま同盟成立と相成る、と思われるときに、俺の視界の端にきらりと光るものが見えた。とっさに使い慣れた武器種であるニバンボシの鯉口を切る。それを合図に、全体が警戒に入る。俺の目線の先には、かなりの集団がいた。

 

「赤い、ってことは、サラマンダーか。人数は・・・」

「ざっと50、ってところかな」

 

 俺の後の言葉を引き継いで、ストレアが言う。50ってことは、フルレイドか。

 

「どこかにSがいる可能性が高いね」

 

「付け加えろ。ここまで正確な情報ってことは、おそらく領主側近がSだ」

 

「あ、やっぱり?」

 

「そうじゃなきゃここまでの軍勢は出さん。スカを考えてないとしか思えないからな」

 

 さらりと会話する俺とエリーゼの言葉に、他がぎょっとする。が、フカたちは冷静だった。

 

「ドッグアンドキャッツ、抜刀。少なくとも30は道連れにするよ!」

 

「「「了解!!!」」」

 

 フカの掛け声で、シルフの護衛から10人ほどが抜刀する。俺も、ニバンボシの柄に手をかけた。と、ここで、サラマンダーの前に堂々と立ちふさがる、黒く小さな影があった。同時に、シルフの領主に、シルフの少女が駆け寄る。

 

「双方剣を引け!!指揮官に話がある!」

 

 おーう、大胆な奴め。敵さんがこれに素直に乗ってくれればいいけど。と、考えていると、大柄な剣を装備したサラマンダーが一歩前に出た。

 

「俺が指揮官だ。話とは?」

 

「俺はキリト。スプリガン・ウンディーネ同盟の大使だ」

 

 ・・・Oh・・・お前さんかまっくろくろすけ(キリト)。で、おそらく連れと思われるさっきの少女の表情が明らかに固まった。と、いうことは。

 

(ブラフかよ。ばれたらどうするつもりだこのバカ)

 

「大使が護衛の一つもつけないのか」

 

「たいていの護衛は足手まといだからな。こっちからお断りした」

 

 俺の思惑をよそに、二人は話を進める。その言葉に、俺はうつむき、ため息をついてキリトの横に立った。―――こういう馬鹿は嫌いじゃない。

 

「ま、そういうこと。俺がウンディーネ側の大使。で、俺のほうは、まあ一応念のためってことで、一応頼れる伝手の護衛を頼んだ、ってだけ」

 

「ほう・・・。なら、それ相応の実力はあるのだろうな?」

 

「そりゃもちろん。なら、やるか?」

 

 そういって、俺は柄を握る強さをほんの少し強くする。

 

「なら、30秒俺の攻撃を耐えきったら、大使と認めてやる」

 

「そういって、首を取るまで、とかいうつもりだろう?」

 

「お望みとあらばそうするが?」

 

「端からそのほうが楽でいい」

 

「そうか」

 

 そういうと、相手が抜剣した。見た目は、柄に相当の竜があしらわれた大柄な剣。おそらく両手剣。このゲームはPK推奨。なら、わざわざデュエルを申請する必要もないだろう。

 

「いつでもどうぞ」

 

 俺の余裕綽々な態度に業を煮やしたのか、相手が突進してきた。構えは中段に近い位置。となると、

 

(おそらく突きはない。小手もないだろうな。セオリーで行けば大上段から真っ二つ狙い、次点で袈裟、ないしは薙ぎ。大穴でかち上げ。なら―――)

 

 右手はニバンボシに、左手は逆手でアローブレイズに。ある程度のところで、相手はその両手剣を大きく振りかぶった。瞬間、俺は左手を鞘に持ち替え、間合いを計る。そのまま、ニバンボシの居合で、抜き胴の要領で胴を斬り払う。即座に納刀、反転から一気に接近して、アローブレイズを抜き放つ。本来なら、対応されてもそのままパリィ気味に、左下から斬り上げるように一閃できる、はずだった。が、どういうわけかこちらの刀身は相手の刀身に当たらず、通り抜けるような軌道を描いた。とっさに手首を反時計回りにねじったことで手首の端を切り裂いたが、こちらは完全にクリーンヒットが入った。

 

(なん・・・だと・・・!?)

 

 さすがにこれは成す術もない。ある程度体勢を立て直しつつ吹っ飛ばされる中で考える。

 

(おそらく、何かしらのスキルによるもの。クーリングタイム、ないしは使用回数制限があると考えるのが妥当だが・・・分からない以上、完全無制限の仮定の下で行動を逆算するのが適切。とすれば、パリィはほぼ不可能。やれるとすれば、持ち手の部分。ここ一発のみだな。

 クリーンヒットといえど、ここまでがっつり吹っ飛ばせるってことは、間違いなくSTR型のパワーアタッカー。魔法のステータスは分からんが、とりあえず、AGIはそこまで高くないと仮定して問題ない)

 

 STR型のアタッカーに対する対策。それはすでにある。そして、武装は十分整っている。

 

(さて、反撃開始。―――ここからは俺のターンだ)

 

 アローブレイズを弓状態にして、吹っ飛んだ方向から推測した方向に矢を放つ。そのまま背面飛行に移行し、一発放つ。少し間をおいて、もう一発。そのまま小さな径で右旋回をして、一気に上昇する。その間に、曲刀状態で突進する。それに対し、相手はその両手剣を盾にして防御しにかかる。瞬間的に、かつ得物の持ち手である、こっちから見て左側で対応できるあたり、やはり白兵戦に優れた人物なのだろう。モンスターを狩るより、対人戦に特化したような感覚か。俺に似ていると言えば似ているが、俺の場合はMob戦のほうに戦い方が寄っているように思える。

 相手の両手剣のガードを、右手のフックで躱す。そのままもう一発ミドルキックをかまして距離を取る。もう一度アローブレイズを弓状態にして、数発放つ。

 

「猪口才!」

 

 矢を斬り払って相手が突進してくる。それに対し、俺はさらに数発放つが、これは斬って捨てられる。ま、距離を開けた戦いというのは、いかに接近させないか、もしくは撃ち合いを制するかにかかっている。自身が近距離を、相手が中遠距離を得意とするなら、相手と同じ土俵に立つか、クロスレンジの白兵戦で圧倒する。つまるところ、セオリー通り。早い話が、

 

(読んでるっての)

 

 ラストと決めて、もう一発。これは躱して突撃してくる。軸を変えつつもほとんど速度を変えないあたりはさすがといったところだが、それがかえって俺の思惑にばっちりハマった。

 相手からしたら、俺は矢を放った体勢で、即座に白兵戦には移れないと踏んでいるのだろう。大上段に剣を掲げ、完全に“獲った”という顔をしている。実際、普通ならこれは完全に詰みだろう。だが。それは、()()()()()()()()()、の話。

 カシャンと手を振って、弓を逆手持ちの曲刀に変化させる。相手の上段が動き出した瞬間を狙って、ほんの少しだけ前進。その首に刃を突き立てた。頭を揺さぶる殴り方をしてから、横に薙ぎ払って刃を抜く。とどめに腹をけ飛ばして、一発弓を放つ。完全にそのHPを削り切った。

 

「ま、ざっとこんなもんか」

 

 ユージーン将軍は確かにかなりの手練れだったが、同格以上の、しかもAGI-STRないしはAGI極への対策が甘かった。そこが、俺の一番の勝因だろう。その証拠に、俺の決定打となった一撃の前に相手が出そうとして来た攻撃は両方とも大上段からの攻撃だ。確かに、高STRで放たれる上段はかなりの有効打であることは認めよう。だが、どんな攻撃にも弱点というものはある。俺からしたら、上段は連撃の中で使うことはあるが、ああして一気に初段で使うことはほとんどない。むしろフェイクとして使うことのほうが大きい。

 なぜかと言われれば、上から振り下ろすだけの上段はシンプルかつ強力だが、振りかぶる以上、カウンターはどうとでも取れる。要するに、予備動作が大きすぎるのだ。フェイクとして使うことが多いのは、まさにこのカウンターをカウンターで返すことを狙っての事。実際、俺は何度か成功させている。成功率が極端に低かったのは、あの赤眼の馬鹿くらいだ。あいつは決定的に才能の使い方を間違えている。

 

 敵味方なく周りから上がる歓声を背に、俺はそんなことを考えていた。

 

 

 空中に浮かんでいるリメインライトを拾って、俺は二人の領主の元へ向かって行った。両軍から上がっていた歓声には片手をあげて答えつつ、声をかける。

 

「誰か蘇生魔法を。このままじゃ交渉もままならん」

 

 

 

 

 蘇生されたサラマンダーの将軍、ユージーンは、俺を見据えていった。

 

「強いな。間違いなくALO最強のプレイヤーだ」

 

「そいつぁどうだろうな。キリト―――スプリガンの大使とは何度か戦ったが、あいつと俺は五分ってとこだから」

 

 エリーゼと俺なら、ほぼ間違いなく俺が勝つ。だが、キリトは何度か模擬戦で刃を交えたが、キリトの武器破壊(アームブラスト)なしでの模擬戦だと、ほぼ五分、若干俺のほうが勝っている。ちなみに、武器破壊有りだと7:3でキリトのほうに軍配が上がる。

 

「俺はちょいとばかし特殊な事情でPvPは強くてね。だから、俺は別格として考えたほうがいい。

 で、大使の件、信用してくれる気にはなった?」

 

 その言葉に、ユージーン将軍は押し黙った。ああいった手前、そうやすやすと翻意するわけにはいかない。それに、いくら多勢に無勢とはいっても、ALO最強格が二人はいる状況。よしんば首をとれたとして、採算が合うかどうか。これほどの大部隊、壊滅させられたら復活させるのにも時間がかかるはずだ。その間に首を取られたらたまったものではない。と、ここで、後ろからサラマンダーの一人が声をかけた。

 

「ジンさん、ちょっといいかい?」

 

「なんだ、カゲムネ」

 

「思い出したんだよ。俺のパーティを壊滅してくれたのが、そこの二人と、後ろにいるシルフの嬢ちゃんのパーティだ。それに、エスの情報で追ってるのも、このスプリガンだった。確か、メイジ部隊が追撃して、返り討ちにあったはずだ。そのウンディーネも法螺吹いてるわけじゃないだろうよ」

 

 つらつらと出てくる言葉に、俺は内心で驚いていた。このカゲムネとかいう男に貸しがあるわけではない。が、これはラッキーだ。

 

「・・・そういうことにしておこう。二人とも、今度は立場抜きのタイマンだ」

 

「望むところ」

 

「歓迎しよう、盛大にな!」

 

 そういって、俺たちそれぞれに握手を交わし、サラマンダーは去って行った。その背中を見送りつつ、俺は安心した。

 大集団を完全に見送ってから、俺は隣のキリトの頭を全力で殴った。

 

「殴るぞ」

 

「・・・殴る前に言え・・・」

 

「普通あんなドでかいブラフかますか。ブラフかますにしても、規模を考えろっての。全く、二年前から後先考えずに話をデカくするのは変わってねえな」

 

「でもいい手ではあっただろ!」

 

「俺らならあの手の有象無象くらい蹴散らせただろうが。あの将軍も、二人でかかれば倒せただろうし」

 

 目の前で始まった俺たちのやり取りに、二人の領主の目が点になる。

 

「・・・ブラフだったのか」

 

「俺だってなーに言いだしてんだこいつって本気で思いました」

 

 と、そんなやりとりをしつつ、俺はふと先ほどの言葉を思い出す。

 

「そういえば、エスがどうとか言ってたな」

 

「エス?」

 

「一般的には、スパイや内通者を示すスラングだな」

 

「あっ、そうだ!サクヤ、シグルドが裏切ってたんだよ!」

 

「シグルド、ってのは?」

 

「シルフの幹部だ。そうか、あいつが・・・。大方、モーティマーに乗せられたか・・・」

 

「つっても、寝返ったとして、なんかメリットあるのか?」

 

「次のアップデートで、転生システムが実装されるという噂がある。あいつは、サラマンダーの後塵を拝する今の状況に不満を持っていた。おそらく、私の首の代わりに転生させてそれ相応のポストを約束したのだろう。用心深いモーティマーが、その約束を守ったかどうかは分からんがな」

 

「ましてや、どう出し抜くかが肝になってくるんなら、牙を抜いたうえで領主の首を取れる。一挙両得だ。ま、俺からしたら、そもそもそれを利用されるってセンを考えなかったのか、って思うけど」

 

「・・・と、言うのは?」

 

「そういう外部戦力、っていうのは、内通するのにはうってつけ、ってこと。で、そのシグルドって人は、今どこに?」

 

「留守を任せている。

 ルー。確か、闇魔法上げてたよな」

 

「ウン。でも、これだけ日が高いと、月光鏡も長くはもたないヨ?」

 

「問題ない。長話をするつもりもないからな」

 

 その答えを聞いて、ケットシーの領主さんはスペルを詠唱する。そこに現れたのは、巨大な鏡と、どこかの部屋。どうやら、テレビ電話のようなものらしい。

 

「久しいな、シグルド」

 

「なっ・・・サクヤ!?どうして!?」

 

「少し、な。そういえば、ユージーン将軍が君によろしくと言っていたよ」

 

 その言葉に、一瞬しかめっ面をしたシグルドだったが、即座に開き直ってふてぶてしい表情になった。

 

「それで?俺をどうするつもりだ?」

 

「なに、そろそろ代替わりの時期だと思っていたところなのだ。シルフが嫌というのであれば、お望みどおりにするまでだ」

 

 そういって、彼女はなにやらウィンドウを操作した。直後、シグルドにもなにやら表示が出て、その直後に彼の顔色がみるみる変わる。

 

「なっ・・・!追放だと!?」

 

「そうだ。レネゲイドとして、中立域をさまよえ。お前ほどの男だ、いずれどこか拾ってくれるやもしれん。ではな」

 

「貴さ―――!」

 

 何とかこちらに向かって跳びかかろうとしたが、その直後、彼はどこかへ転移されていった。それを見てか、アリシャは魔法を解除した。その後、シルフの領主はキリトの連れになにやら話し込んでいる。その間に、アリシャはこちらに話しかけてきた。

 

「いやー、ただものじゃないとは思ってたけど、ここまでとはネ」

 

「ちょいとやんごとなき事情で、特にPvPは得意になったんですよ」

 

「フーン・・・?」

 

 やや目を細める領主さんに、俺は何食わぬ顔で続ける。

 

「とりあえずはこのまま護衛を続けさせていただきますよ。依頼の完遂は傭兵の基本ですから」

 

「ならさ、その後、私専属の護衛にならない?待遇は保証するヨ?」

 

「ありがたい話ですが、丁重にお断りさせていただきます。俺は縛られずに自由にプレイしたい人なので」

 

「・・・彼女に負けず劣らず変わり種だネ君」

 

「え?」

 

「エリーゼちゃんにもそうやって断られたんだ。知り合いみたいだし、似た者同士だなーって」

 

 なんというか、それはたぶん、たまたまじゃなかろうか。いや、一つ心当たりがなくはないのだが、・・・いや、まさかな。

 

「護衛を完遂した後は、こっちとしてもやりたいことはありますがね」

 

「そっか。もし、だまして悪いが、をしたら?」

 

「誰であろうと、その首をもらい受けましょう。今回に関しては、俺はただ乗っかっただけです。この剣が報酬、ってことで」

 

「・・・本当に似た者同士だね」

 

 そういって領主さんは笑った。きっとそれに感じた俺の感覚は、間違いではないと思いたい。

 




 はい、というわけで。まずはネタ解説。

ニバンボシ
テイルズオブシリーズ、ユーリ・ローウェル(TOV)専用武器
 一番はあいつのためにとっておいてやるさ・・・ってワケでもないが意味深な名前を持つ刀。 というのは、原作の解説文。パッケージ武器でもあり、グラブルコラボでも彼の武器として登場する、彼を象徴する刀。

 アローブレイズは特に元ネタはありませんが、bloodborneという作品の「シモンの弓剣」という武器にインスピレーションを得ました。あとはTOGのヒューバートの第二秘奥義。名前はエースコンバットインフィニティの部隊名から。

・・・サブタイトルに関しては何も言うまい。しいて言うのであれば、TACネーム的に考えて、というところ。もう片方は、まあ、彼女です。


 実を言うと、当初ニバンボシはSAOif編の最終局面で彼が使う刀でした。ですが、この後の展開から、悩み抜いた末に変更してこの形。

 ユージーン将軍戦でかなり文字数を食って、歴代でも最長クラスの9700字オーバー。でも切るところなかったんですごめんなさい。白兵戦に関しては、もともとそんな強くない相手を斬ってきたユージーンに対し、互角以上の相手と模擬戦をしていた彼にとってみれば、このくらいは楽勝といったところでした。原作からしてこんなんだったんだ、俺は悪くねえ。

 この後の繋ぎの展開が思いつかなかったのと、あまりに長すぎたのとで、ここからは急展開になります。お見逃しなく。

 ではまた次回。


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60.世界樹攻略

 蝶の谷での同盟が締結され、無事にフリーシアまで戻ってきた俺は、そのままの足で央都アルンの方向へ足を進めた。目的はもちろん、グランドクエストの攻略だ。

 

「でも、サービス開始されてから一回も突破されてないクエストなんて、どうやって攻略するつもり?」

 

「古今東西、この手の挑戦回数無制限の高難度クエストの攻略法なんて一つだろ。―――トライアンドエラーで、膨大なデータを積む。それだけだ」

 

「・・・脳筋」

 

「うるせえ」

 

 そんなやり取りをしつつ、俺はグランドクエストに挑戦した。もちろん、いわゆる“死に戻り”をしているような時間はないから、少しずつのトライアンドエラーだ。その結果として分かったのは、

 

「あれ本当にクリアさせる気あんのか・・・?」

 

「予想だけど、あのまま行くと、天井付近では過剰なほどの数的戦力を投入してゴリ押すくらいしか手がない」

 

「俺たちには到底無理な真似だな」

 

 そんな話をしつつ、横目で時間を見る。意外と長い時間ログインしていたことと、もう間もなくメンテナンスに入ることに気づき、俺は一旦ログアウトすることにした。

 

「んじゃ、俺はこの辺で落ちる」

 

「分かった。私はあなたのローカルメモリにいるから」

 

「ほいよ」

 

 了承の返事を得ると、俺はログアウトの処理を行った。

 

 

 現実世界で携帯を見ると、メールが届いていた。相手のメールアドレスに覚えはないが、件名に“至急 from elise”と書いてあった時点で差出人は察した。・・・全く、どこからこんな情報・・・菊岡か。どんな爆弾握られてんだあの胡散臭眼鏡。

 本文にはただ一言、「重要な情報をキャッチ。可及的速やかに連絡されたし」とあった。おそらく誤字を防ぐための物だろう、堅苦しい文章。どうやらかなり重要らしい。俺はすぐさま、彼女の連絡先にかけた。比較的遅い時間だったにもかかわらず、彼女はすぐに電話に出た。

 

『もしもし』

 

「あ、ロータスだ」

 

『リアルでそれ?』

 

「念のためだ。で、あの情報ってのは?」

 

『すごく大事なこと。

―――あのクエスト、クリアできない仕掛けになってる』

 

「どんだけ高難易度設定だよそれ・・・」

 

『そういう意味じゃない。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「・・・は?」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。トリガーが起動できない?ゆっくり思考し、ようやく分かった。その瞬間に、思わず携帯を握る手に力が入った。

 

「仮にあの守護騎士の群れを突破したところで、()()()()()()()()()()()、ってことか!?」

 

『そういうこと。クソゲーってレベルじゃないわねこれ』

 

 そして、自分の頭が冷えたことで、ようやく気付いた。―――彼女も、かなり怒っている。怒りが熱ではなく、冷たい方向に向かっているだけだ。

 

「あの門の先は、よほど見られたくないものがあるようだな」

 

『ええ。私もそれを探してる。でも、想像以上に強固なプロテクトでね。ちょっと本腰を入れないと難しそうだから、また後で突貫するつもり』

 

「お前が手を焼くプロテクトか。一体何があるってんだ」

 

『さあね。・・・っ!』

 

「・・・どうした?」

 

 唐突に、電話口で息を呑む音がした。

 

『・・・いや、今はまだ、確証がないから・・・』

 

「そうか。喋れるような時になったら、また教えてくれ」

 

『うん。内容によっては、確約できないかもだけど』

 

「なら、この場で確約しろ。たとえ真実がどれほどまでに残酷だろうと、俺には包み隠さず教えろ」

 

『・・・分かった』

 

 少しの逡巡の後、彼女は確かに肯定の返事を返した。

 

「今ALOは、メンテ中か」

 

『そうだね。あ、こっちは手伝わなくていいからね。ゆっくり寝てて。どちらにせよ、この後協力してもらうことになるだろうし』

 

「了解。おやすみ」

 

『うん、おやすみー』

 

 それだけ言い残して、俺は電話を切った。と、同時に欠伸が出た。いくら身体的には休息していても、頭はかなり働いていたのだ。眠気が飛んでいたのは、アドレナリンか何かのせいだろう。・・・久しぶりに、かなりしっかりとしたPvPもしたことだし。

 

(・・・寝るか)

 

 携帯を充電スタンドにおいて、俺は眠りについた。

 

 

 

 

 

 メンテナンスが明けてからも、俺はログインできずにいた。クリア不可能。すべての前提をひっくり返すその言葉に、俺はどうしようかと柄にもなく打ちひしがれた。と、手元の携帯電話が着信を告げた。相手も確認せず、とりあえず電話にでる。

 

「もしもし」

 

『よかった出てくれた。最終ログイン地点どこ?』

 

「央都アルンだが」

 

『ちょうどいいや。すぐにインして。プレゼントがあるから、それをもって突破さえできれば行けるはず。ストレアちゃんにそれを渡せばモーマンタイ』

 

「突破さえできれば、って、あれを単騎で突破するのはさすがに無理があるぞ」

 

『その辺は大丈夫。両領主の援軍が到着することになってるから、一時間あれば十分だから、しばらく粘って』

 

「無茶言うねぇ」

 

 あの大軍を相手に、一時間。かなりきつそうだ。

 

『大丈夫。信じてます』

 

 その言葉に、俺は思わず息を呑む。―――なんだかなぁ、それはずるいだろう。

 呑んだ息を吐きだす。

 

「やれるだけやってみる。持たなくても文句言うなよ」

 

『十二分』

 

 それだけ言うと、電話は切れた。あっちもあっちで、かなり厳しいものなのだろう。なら、俺は俺のやることをやるまでだ。

 

 

 ALOにインすると、メールに添付される形で、ひとつのアイテムが付属していた。アイテム名は“カードキー”。現実世界のそれそのままだ。

 

「こんな世界に、カードキー・・・?」

 

「ちょっと見せて」

 

 俺のインと同時に隣、というか肩にナビピクシー状態で乗ったストレアに、そのカードを触れさせる。と、彼女の顔色が変わった。

 

「これ、GM権限の一部だよ!?どっからこんなもの・・・」

 

「エリーゼだ。・・・そうか、突破できたら、ってそういうことか・・・」

 

 全部つながった。いちプレイヤーではあの扉は開かないということも、だ。ということは、

 

「あの先に、レインがいる。悪いがストレア、付き合ってもらうぞ」

 

「任せて」

 

 そういうと、彼女は俺の肩から降りて、いつも通りの大剣装備になった。

 

「ストレア。これはお前が持ってろ。あんな天蓋にカードキー差込口なんてあるわけないから、お前が持ってたほうがいい」

 

「分かった」

 

「絶対行くぞ、世界樹の上に」

 

「うん!」

 

 そうして、俺は十何回目かの世界樹攻略へと出かけた。

 

 

 その入り口で、俺たちはあることに気が付いた。

 

「どうやら、先客がいるようだな」

 

「なら、続こうか」

 

 同感だ。俺はアローブレイズを抜き、彼女は背中の大剣を抜いた。そのまま並走してクエストを始める。上を見上げると、そこにいたのは見覚えのある黒い影。

 

「あいつなら、前衛としては十二分」

 

「ヒーラーはいないけど?」

 

「当たらなければどうということはない」

 

「了解。行くよ!」

 

「OK、前頼んだ!」

 

 アローブレイズを弓形態にしている間に、ストレアがキリトを援護する形で突撃する。キリトは突然の援護に驚きつつも、ちゃんと対処をしているようだ。俺も弓でちまちまと射ながら、接近してくる相手には蹴りをお見舞いしている。それに、キリトの連れの少女が驚いていた。

 

「どうした?」

 

「普通は、こういうのは前衛だけを狙ってくるものなの。こんな風に、後ろまで狙ってくるなんて初めてだから・・・!」

 

「なるほど。後衛にもちゃんとヘイトが入るようなアルゴリズムか。まったく、本格的に殺しに来てるな。

 嬢ちゃんたち、白兵戦は行けるかい?」

 

「私は大丈夫だけど、レコンはダメ」

 

「レコン、ってのは、そこのメイジ君だな?了解した。よし、なら前衛三枚で行こう。万が一なら、どっちかに守ってもらいながらヒールで」

 

「無茶言うね」

 

「それだけの腕前をあいつらはもってる。背中は任せな」

 

 その言葉が契機になったのだろう、彼女が上昇する。

 

「さて、メイジ君。頼むぜ?」

 

「は、はい!」

 

 話の流れに一瞬ついていけなかったメイジ君だったが、即座にスペルの詠唱を始める。頭の切り替えはできるタイプなのだろう。後衛職としては少し心もとないが、無いよりましだろう。

 

 いくら優秀な前衛がいて、若干力不足ながらも後衛もいると言っても、数の暴力には耐えられない。少しづつだがジリ貧になっていた。横のメイジ君にも、焦りが見られる。その中で、俺はちらりと視界の端に目をやる。そこに表示されている時間からして、彼女の言っていた援軍がそろそろ到着するはず。

 と、ここで俺に打ち漏らしがあった。背中からストレアを狙う。仮に彼女が避けたとして、キリトかあの少女も狙える位置にいた。

 

「ストレア!後ろに敵(チェックシックス)!」

 

 彼女も対応しづらい位置からの奇襲。俺の声は気休め程度にしかならない。―――万事休す。そう思った直後、火の玉が後ろから飛んできて、その敵を落とした。

 

「すまない、遅くなった!」

 

「これでも超特急で来たから、勘弁して?」

 

「シルフのメイジ隊に、ケットシーのドラグーン隊!?」

 

 シルフの少女が驚いている。両領主、正確にはシルフとケットシーの合同軍の到着だ。遅い、と、言いたいが、この際ぜいたくは言えない。それに、精鋭をこれだけ引き連れてきたんだ、援軍としては十二分。精鋭がこれだけいれば、彼女の言っていた、“過剰なまでの数的戦力によるごり押し”が利く。

 

「メイジ君は後ろのお仲間に合流しな。ストレア!押し切るぞ!」

 

「了解!」

 

 俺にとって弓は“たまたま手に入った有効手段だから使っていた”だけであり、本来の領分はクロスレンジだ。援護は十二分であるのなら、前衛で一気に蹴散らす。

 全力で上昇しながら、アローブレイズを曲刀形態にして左手の順手に。そして、ニバンボシを抜刀する。二刀の状態で、連続で襲い来る敵をひたすら切って落とす。無限湧きなのではと言いたくなるほどに多い敵に辟易しつつ、俺は動きながらの詠唱に入った。シルフの少女は、俺のやりたいことが分かってぎょっとしているが、この際無視だ。

 

「ストレア!」

 

 俺の叫びの意味を、彼女はすぐに理解した。そして、自身の剣をためらいなく背中に背負い、俺の前に立った。直後、俺から強力な水魔法が放たれる。高圧水流で押し流すようなものだ。そして、彼女はそれに逆らうことなく流されていく。だが、天井には届かない。ここまでは、十二分に計算通り。

 

「そこを、退きなさい!!」

 

 怒号とともに道をふさぐ守護騎士に放たれたのは、“震怒竜怨斬(しんどりゅうえんざん)”。俺の魔法の威力分も上乗せされた一撃は、天井までの道を確かに開いた。その間を、魔法を撃った直後に上昇した俺と、押される形で初動を与えられ、上昇を始めたストレアが続く。天井には想像通り、何もない。続いてキリトが上がってきたことを確認して、俺は声をかける。

 

「コードを!」

 

「了解!」

 

 即座に、ストレアがコードを天蓋に転写する。

 

「転移が始まる・・・!手を!」

 

「来いキリト!」

 

 ストレアの声と同時に、俺はキリトにも手を伸ばす。三人の手がつながり、俺たちは転移されていった。

 




 はい、というわけで。

 エリーゼさん、超ファインプレー。彼女がなぜ息を呑んだのか、というのは、後々解説する予定です。

 レコン君は自爆しませんでした。まあ、彼レベルのプレイヤーが二人もいれば、彼がわざわざ自爆するほどの物でもなかったってことです。一騎当千×2なので、残当。

 ちなみに、ロータス君が放った技は、ありていに言ってしまえばハイドロポンプです。彼がブレイクポイントを作って、それをストレアがこじ開けて、そこを彼らが突破したって形ですね。

 さて、ここからは急展開ということもありいつもの三倍速投稿でお送りします。次の更新は2019/12/20です。お楽しみに。
 ではまた次回。


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61.蓮の上に架かる虹

 転移された先は、どこかの回廊だった。だがそれは明らかに城のようなものではなく、むしろ無機質なものだった。俺の直後に二人―――いや、ユイと思われる黒髪の少女も含めて三人も気が付く。

 

「ここ、は・・・?」

 

「順当に考えれば、世界樹の上、だな。明らかに世界樹(ユグドラシル)城って雰囲気じゃねえが」

 

 やはり、あのゲームのうたい文句は大嘘だったということだ。何が世界樹攻略だ笑わせる。

 

「とにかく、侵入がばれているって前提で動くべきだろう。君がユイちゃんだね?」

 

「え、あ、はい」

 

「ということは、プレイヤーの座標照会くらいはできる?」

 

「可能です、えっと―――」

 

「時間がない。アスナの元まで、このまっくろくろすけを案内してやってくれ。俺はまた別件がある」

 

「で、こっちのサポートは私だね」

 

「ああ。頼む」

 

「もちろん」

 

「パパ、ママはこっちです!」

 

「分かった。・・・無茶すんなよ」

 

「てめーが言うな」

 

 その言葉を最後に、俺たちは散開する。しばらく走ると、ストレアが奇妙なことを言い出した。

 

「ここ、すごく気味が悪い」

 

「っていうと?」

 

「たくさんのプレイヤーがいる。でも、全く動いてない。なのに活動はしてる。まるで、肉体データを奪われて意識だけ活動してる、みたいな」

 

「夢を見てる状態ってことか?」

 

「夢にしては活動が激しすぎるの。意識だけ起きてる」

 

「・・・先を急ぐ。とにかく今はレインの元へ」

 

「うん」

 

 嫌な予感はするが、後回しだ。まずはここに来た目的を果たす。

 

 どこまで行っても研究所然とした、無機質な回廊を駆けていく。と、ストレアはある扉の前で止まった。その扉には、“主任室”とあった。

 

「・・・この奥。だけど・・・」

 

「・・・どうした?」

 

 ストレアの様子が目に見えておかしい。具体的には、歯切れが悪すぎる。

 

「先に言っておくね。いざとなったら、()()も覚悟して」

 

「・・・了解」

 

 最悪。彼女の言うそれが、何を示すのかは分からない。中で何が起きているのか。まずはそれを確かめる。

 

「コード、転写」

 

 ストレアが扉を開ける。そこには、見覚えのある長いプラチナブロンドの少女。

 

「・・・レイン、か?」

 

 だが、彼女はぐったりとしていた。心なしか、軽く汗ばんでいるようにすら思える。

 

「・・・誰?」

 

 声が聞こえる。どこかうつろではあるが、間違いなく、聞きたくてたまらなかった声だ。

 

「俺だ。ロータスだ。迎えに来た」

 

「・・・誰なの?」

 

 ・・・おかしい。一体何が起きている。と思うと、隣にいたストレアがうめいた。

 

「ストレア!?」

 

「来ないで!」

 

 絹を裂くようなストレアの声。初めて聞く強い語調に足が止まる。

 

「一時的にローカルメモリに退避する。気を付けて、何か―――」

 

 早口にそれだけ言い残し、彼女は消えた。考える間もなく、俺も転移を受けた。

 

 

 転移した先は、真っ暗な部屋。だが、互いの顔くらいははっきりと見えた。だからこそ、先ほどと違ってはっきりと分かった。

 

「・・・レイン」

 

 もう一度、彼女に呼びかける。反応はない。そして、その目はいったい何を映しているのだろうかと思うほどに、何もなかった。そして、純白のドレスに身を包んだアスナと、相変わらずのキリトも同じ場所にいた。

 

「うん?さっきまで妙なプログラムが動いてたけど、そんな様子はないね。でもま、僕のおもちゃに手を出したんだ、それ相応の罰を受けてもらわないと」

 

「おもちゃ?私はあなたのおもちゃなどではないわ。彼女もね」

 

「君に関しては徐々に堕とそうと思っていたんだよ。そこにいる彼女は、いわばその踏み台、といったところか」

 

「・・・何?」

 

「おや、気づいていないのか?なら教えてあげよう―――」

 

―――黙れ。

 

「彼女はね、僕の実験の成功例のおもちゃさ。そら、お前の主人は誰だ?」

 

―――頼む、黙っていてくれ。

 

「私はオベイロン様の忠実な(しもべ)です」

 

 だが、俺のそんな希望はかなわなかった。

 

「は、はは、ハハハハハハ!!聞いたかいロータス君、君がどんな風にここまでたどり着いたのかは知らないけれど、救おうとしたお姫様が自分のことを忘れていて、しかも敵の王様の手下になっていた!いやあ、本当に最高の奴隷だよ彼女は!

 殺してこいと言えば殺してくるし、なにより抱き心地がよかった!

 ここで目障りなガキも排除できる!最高のストーリーじゃないか、なんていい日なんだ・・・!」

 

「須郷・・・貴様・・・!」

 

 うめくキリトに、目の前の男は歩いていく。

 

「ここではそんな名前ではない。妖精王オベイロン様、と、そう呼べぇ!」

 

 何かを叫びながら、キリトの顔をけ飛ばす。その首に向かって、俺は歯を食いしばって、震える手を何とか押さえつけて、アローブレイズの矢を放とうとした。だが、矢を放つ寸前にその左手首を正確に投げナイフが貫いた。

 

「よくやった。お前はそこのウンディーネの相手をしていろ。ただし、殺すなよ」

 

「御心のままに」

 

 うつろな声で答えた彼女は、ゆっくりと片手剣を抜いた。斬りかかってくる彼女の剣を、ニバンボシを抜刀して受け止める。その状態で、ハイライトの消えた目と、うつろな声で、彼女は話し出した。

 

「これ――、誰か―――――る―に、お願い―――」

―――。

 

 はっきりと聞こえた、その言葉。SAOにいた時には、絶対彼女が発することが無いはずの、その言葉。誰よりもそれを忌避していた彼女が、こんなことを、しかも俺に向かって言うはずなどないとは、俺が一番知っている。

 

 歯を食いしばり、刀の峰に左手を添えて、押し返した。その反動も利用して、間合いを取る。逆手で刺さった投げナイフを捨て、やや半身になり、ニバンボシは担ぐように、左手は体側に構える。

 

「―――今、楽にしてやる」

 

 お前は俺を繋ぎとめて、引っ張り出してくれた。今度は俺が、お前を助ける。俺の言葉が聞こえたのかは分からないが、彼女は正面から突撃してきた。

 

 

 

 俺たちの戦いは苛烈な拮抗を続けた。俺のジャブの剣は通らず、相手の攻撃のことごとくを、俺は素手も使って受け流した。連撃を受け流し、いったん仕切りなおす。この間合いの次の一手が、俺には何となく読めていた。

 彼女の剣は俺には届かない。他ならない俺には。何故なら、彼女が培った剣術は、俺とペアを組んでいた時のそれがベースにあるからだ。いわば、俺とあいつの剣はコインの表と裏。似ているところもあるかもしれないが、同じ方向性になることは決してない。初めて彼女の剣と正面から向かい合ったとき、俺は初めてそれに気づいた。俺が回避と攻撃の手数に重きを置く超攻撃的スタイルなのに対し、彼女は、相手の攻撃は極力回避するというアプローチこそ同じでも、手堅く反撃の糸口を探るタイプだ。相手が彼女で、なおかつ手続き記憶に基づく剣術は忘れていなくとも、エピソード記憶―――俺の剣筋を忘れている彼女だからこそとれる手段。

 

 離れた間合いにいることを嫌ってだろう、彼女が接近してくる。牽制で投げナイフを投げてくるが、すべて弾き落とす。―――剣を下げた構えと彼女の剣術スタイルから見て、高確率で胸元への突き。俺の予想にたがわず、普通ならクリティカルになるであろう場所へ、彼女は突きを繰り出した。

―――ドスン、と、音がする。それは、突進してくる彼女を、俺が抱き留めた音。あの突進は、俺の想像通り、胸の中心よりほんの少し左側―――心臓を狙ってきていた。そのため、ほんの少しだけ横にステップして、彼女の腕ごと抱えることに成功したのだ。

 

「―――帰ってこい、レイン。俺はただお前のために、ここに来た。お前は何も悪くない。俺はただ、お前が生きていたならそれでいい。だから、」

 ―――殺して、なんて言うな。ましてや俺が、お前を殺せるわけがないだろう・・・!

 

 俺の言葉に、腕の中の少女が初めて、人らしい反応を見せた。それほどまでに、彼女は人形のようだったのだ。

 

「あな、たは―――」

 

「ロータス、

―――いや、天川蓮、だ。現実世界じゃないが、―――約束通り、会いに来たよ、()()

 

 名前を呼びながら、腕の力を強める。

 

―――頼む、伝わってくれ。

―――そうでなければ、俺は今度こそ、つなぎとめるものもなく転落していってしまう。

―――俺はそれが、一番怖い―――

 

 ただ念じる。何秒だったのか、何分だったのか、それは分からない。だが、確実に、彼女はその武器を手放し、ゆっくり抱擁を返した。

 

「本当に、ロータス君・・・?」

 

 その声に、俺は息を呑んだ。

 

「―――ああ」

 

 さらに少し、腕に力を籠める。歯を食いしばって、それでも少しだけ、嗚咽が漏れた。

 

「ごめんね」

 

「馬鹿。違うだろう」

 

 なんとかこみ上げるものを落ち着けて、腕の力を緩めて、彼女の顔を真正面から見つめる。その目には、はっきりと光が戻っていた。

 

「―――ただいま」

 

「―――おかえり」

 

 その時の俺は、上手く笑えていたと信じたい。

 

 ゆっくりと、抱擁を解く。そこには、須郷はすでにいなかった。

 

「そっちも終わったみたいだな」

 

「ああ。お互い、な」

 

 そういっていると、俺の元にナビピクシー状態のストレアが戻ってきた。

 

「やっぱり戻ってこれた」

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「うん、大丈夫。エリーゼさんのお墨付き。無事、助け出せたみたいだね」

 

「ああ。全部終わった。あとは未帰還者をログアウトさせるだけだが、その辺は、あの子だし抜け目ないか」

 

「うん、想像通り。じゃ、お二人のプロテクトを解除するね」

 

 そういって、彼女はまずレインに触れる。

 

「あなたは、まさか、あの時の・・・?」

 

「そう。こちらでは初めまして、だね」

 

「元気になったんだね」

 

「うん。バグも取り除かれたし、もう大丈夫。―――よし、プロテクト解除完了。じゃ、えっと、アスナさん、でいいのかな」

 

「ええ。お願いします」

 

 アスナの合図で、彼女のほうの作業にも取り掛かる。と、キリトがこちらに聞いてきた。

 

「なあ、彼女、誰?」

 

「うん?んー、いうなれば、ユイちゃんの妹?」

 

「ユイの・・・ああ、そういうことか」

 

「そういうこと。俺だって、よもやこんな形で役に立つなんて思っちゃいなかったがな」

 

 この説明だけで分かるキリトは、やはりかなり頭の回転が速いほうなのだろう。―――その能力がゲーム廃人にしか行っていない、というのは、否定できないかもしれないが。

 アスナのプロテクトも解けると、俺たちはログアウトした。

 

「じゃ、また、向こうでな」

 

「ああ」

 

―――こうして、俺の短いような長いようなレイン救出は、幕を閉じた。

 

 




 はい、というわけで。

 ようやくここまでこれた・・・。長かった・・・。というか、本編より長いってどういうことよ・・・。完全にこれおまけが本編だよ・・・。

 主役二人のこのやりとりがしたいが故のニバンボシでした。元ネタ作品は、これが投稿される頃はリマスター版が発売されているころでしょうね。
※2019/11追記
予約投稿時点ではまさかここまで延びるとは思ってなかったんです許してください。

 レインちゃんのシーンのセリフは、一応反転でこの下に書いておきます。原典でのかなり重要なシーンのネタバレになりますので、見る方は自己責任でどうぞ↓
これ以上、誰かを傷つける前に、お願い。殺して。
反転ここまで

 というか、自分で書いておいてなんですが、なんでこうも全体的に糖分多めになっているのでしょうか・・・。いや本当に。自分でもどうしてこうなったです。

 さて、次回でSAO&ALOif最終回です。胸糞というか天罰というか天誅シーンも入れる予定ですが、大半は今回以上にどうしてこうなったと言いたくなるほどのゲロアマシーンですので、ブラックコーヒーを多めに用意しておくことをお勧めします。
 次回更新は2019/12/30です。お楽しみに。

 ではまた次回。


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epilogue.変化した現実

※前半に若干の胸糞?があります。
※後半に向け、ブラックコーヒーを準備しておくことをおすすめします。


 ALO事件が完結してから少しした、拘置所にて。そこには、とある一対の影がいた。

 

「―――こんばんは、須郷信之さん」

 

「誰だ?」

 

 突然のあいさつに、獄中の人物―――須郷信之は目を上げた。

 

「何者でもありませんよ。あなたの研究を知っているものです」

 

「なんだと・・・!?」

 

 青年と思われる影の言葉に、須郷は目の色を変えた。

 

「ということは、僕の支援をしてくれる、と言うことか・・・!?」

 

 青年は答えない。そのまま、彼はただ、無言で近づいていく。

 

「お、おい、何とか言ったら―――」

 

「うるせえよ、クソボケ」

 

 突然、声が低くなる。と、須郷の声が途切れた。声を出そうとしても出ず、ただ溢れるのは生暖かい液体だけ。その事実に、須郷は助けを求めるような目を向けた。

 

「もし仮に、お前の研究が評価されて、法がお前を許したとしても、―――俺がお前を許さねえ」

 

 そういうと、彼はゆっくりと、手に持った刃を目へと持ってきた。怯える須郷をよそに、そのままナイフを一突きする。それを最後に、須郷はこと切れた。そのまま、彼を殺した人間は、着てきた服を鞄にしまって、何か小型の物を耳につけながら獄を出た。

 

「終わったぞ」

 

『分かった。できるだけ早くね』

 

「ああ」

 

 そういうと、彼はほとんど音を立てずに廊下を歩く。ポケットからハンカチを取り出し、返り血をぬぐう。帰り道の中、彼は自身の手を軽く見つめた。

 

(人殺し、か)

 

 

 

 その翌日、拘置所にて殺人が起きた、という記事が、朝刊をにぎわせた。犯人は防犯カメラなどに映っておらず、謎の犯行として様々な憶測を呼んだが、結局手掛かりなしで迷宮入りすることになる。その記事を見ながら、彼女は俺に問いかける。

 

「よかったんですか、先輩」

 

「何が?」

 

「彼女が、誰がこれをやったかを知ったら、きっと悲しみますよ」

 

「・・・だろうな。でも、こうでもしないと、俺が俺を許せない」

 

 彼女から、あいつが彼女に何をしたのかを聞いた。マインドコントロールだけならまだよかった。だが、彼の言葉通り、あいつは考える限りの凌辱を彼女にしていた。性的にも、精神的にも、仮想世界の肉体的にも。彼女のあれは、マインドコントロールと凌辱の末の物だったのだ。と、いうのは、目の前にいる天才ハッカーがすべて暴き出した。グランドクエスト前に言い淀んだのは、その時にこの可能性に思い当たったからだそうだ。今回の行動は、それを見てから、俺が3Dプリンターで作ったナイフを使って、彼女のサポートを受けたうえでやった行為だった。

 彼女にとって不幸中の幸いだったのは、マインドコントロール下にあったということ。つまり、彼女はどこか夢を見ているような状態で、強い実感がなかったということだ。だがそれでも、()()()()()()を受けた記憶は残っているようで、最初のほうはどこか怯えたように俺にべったりだった。今は大分緩和されてはいるが。というか、―――そんな姿もかわいいと思ってしまう俺も俺だが。

 

「ま、そうですよね。私も、ここまではやばいな、と思いましたから」

 

「そうか」

 

 そう言いつつ、俺は彼女への報酬で付き合って入った店のコーヒーを手に取った。

 

「でも、君にやらせるよりは、俺のほうがいいだろう。慣れてるからな」

 

「・・・そう、ですか」

 

 彼女が目を伏せる。その目の中に映る感情に、俺は顔に出さないレベルのざわつきを覚えた。

 

 

 

 それからしばらくして、俺たちは東京のマンションの一室で荷解きをしていた。というのも、廃校になった校舎を再利用する形で、SAO帰還者向けの学校が開設されることになったのだ。そして、あのままでは住所不定無職になりかねなかった俺に対し、菊岡が気を回して講師職という形での雇用を約束してくれた。ついでに言うと、これは特例実習扱いにもするらしく、あとは教員採用試験さえ受かれば教員免許が取得できるとのこと。と、いうのは本人から聞いた。その手の教育周りは文科省の管轄で総務省では手が出せないはずだが、その辺はうまくねじ込んだらしい。こればかりは感謝の一言だ。

 

 で、学校なので、もちろんレイン―――虹架も、そこの生徒になる予定だ。前から、アイドルなどに憧れていたから、そっち系の学校でもいいのでは、とは言ったが、何も知らないバカ丸出しはさすがに恥ずかしいと思ったらしい。SAOのネトゲという性格上、遠方からの生徒向けの寮に入ることもできたのだが、彼女の希望で俺とルームシェア、もとい同棲をすることになったのだ。ま、俺としても、こんな可愛い彼女と同じ部屋で暮らせることに文句はない。

 

 

 

「さて、とりあえず飯にするか」

 

「そうだね。手伝うよ」

 

「お、そりゃありがたい」

 

「だって、こと家事に関しては、私のほうが上だし」

 

「なにおう。俺だって一通りはできるっての」

 

「私は一通りくらいとうの昔にマスターしましたけど。しかも現実で」

 

 そんな言い合いをして、どちらともなく笑って。結局、二人ともがほとんど同じくらいの負担でご飯を作って、笑い合いながらそれを食べる。それが、俺はとても心地よかった。

 

 

 

 虹架はそこまで大荷物というわけでもなく、俺に至ってはボストンバッグ一個分という超軽量だったので、荷解きはその日のうちに終わった。むしろ軽く掃除をする暇すらあったほどだ。お互い寝床にそこまでこだわりはなく、普通に布団だった。布団も含めた家具家電あたりは菊岡が手配してくれたらしい。そのおかげで荷物が超軽量で済んだのだが、布団はダブルサイズが1セットのみ。つまり何が起こるかと言えば、

 

「実際にやってみると、結構ドキドキしない?これ」

 

「そうだな。でも、虹架の顔が見れるのなら、それでいいかな」

 

「・・・いきなりそういうこと言わないでよ」

 

 俺の不意打ちの言葉に、虹架は薄暗い部屋でも分かるくらい頬を染めて、顔の半分を掛布団で隠した。かわいい。じゃなくて。

 まあつまり、横で寝ることになるのだ。おのれ菊岡、謀ったな!GJ!じゃなくて。

 

 その、なんだ。俺だってまだ20代の男なわけだ。で、相手は17歳の、それなりに()()()()()少女なわけで。―――つまりは、そういうことである。

 

「ねえ、その、蓮、さん」

 

「・・・なんだ?」

 

「あの、さ、その、蓮さんも男の人だから、・・・そういうこと、したいの?」

 

 ・・・思わず生唾のみ込んだ俺は悪くねえ。だって、目の前で可愛い彼女が照れながらこういうこというわけだぞ?何も思わないような奴がいたらそれはおかしい。

 

「・・・まあ、正直なところ、したい」

 

「なら、その、・・・いい、よ?」

 

―――その後のことは推して知るべしである。

 

 

 ただ、ご丁寧にちゃんと()()()()()()まで揃えていたあのドぐされ眼鏡は絶対一回以上ぶん殴る。

 

 

 

 

 ALO事件が終結して、新学期が始まって少しした5月。エギルことアンドリュー・ギルバート・ミルズ、およびリズベットこと篠崎里香の主催で、SAOクリアの打ち上げオフ会が行われることになった。場所は、エギルがリアルで経営している喫茶店兼バーのダイシーカフェ。奥さんと二人で開いた店で、亭主がSAOにとらわれている間、奥さんはこの店を守り抜き、隠れ家的人気を博していたというのだから、いい夫婦だなぁとつくづく思う。その中で、俺はレインから少し離れて、カウンターのほうにいた。

 

「おまかせでハイボール一丁」

 

「いいのかよ、仕事は?」

 

「今日の分はもう仕舞いだ」

 

「そうか。ほい」

 

「サンキュ」

 

 グラスを受け取って、一口飲む。ウィスキーの香りと炭酸のバランスのいい、いい仕上がりだ。

 

「そういえば、お前さん、レインとはどうなんだ?」

 

「どう、とは?」

 

「付き合ってんだろ、お前ら」

 

 エギルの言葉に、ロックを飲んでいたクラインがむせた。

 

「てめ、ロータス、お前うらやましいぞ!」

 

「つってもよ、最近は相手できてなくてな。寂しい思いさせてないか不安なんだよな」

 

 と、言いつつさらに飲む。喪男相手にこんな話題とか酒無しでやってられるか。

 

「それに関しては大丈夫だ」

 

「何をもってして」

 

「いいか、女ってのは、惚れた男がいると魅力が三割増しになるんだよ。今のレインはまさにそうだ。幸せでたまらない、って顔してる」

 

「だといいがな。次、スコッチのロックで」

 

「はいよ」

 

 さらに追加を頼み、レインのほうを見る。我が彼女ながら、確かにかわいくなっている気がする。気がする、じゃなければいいな、と思ってしまった。

 

 

 

 ほろ酔い加減で、俺たちは帰路についた。エギルの話を聞くと、未成年側にもほんの少しだがアルコールの入った飲み物を提供していたらしい。「ほぼほぼジュースだから、バレないだろうし問題ない」とのこと。それでいいのか。と思った俺はおかしくないはず。

 並んで歩いていると、虹架は唐突に、つないだ手を恋人繋ぎにしてきた。驚いていると、レインはさらに腕を絡ませてきた。

 

「珍しいな、今日は」

 

「だってさ、ああやってみんなとわいわいするのも楽しいけど。・・・私は、あなたのそばにいたいもん。甘えたいもん」

 

「いつももっと甘えても・・・っていうのは、今の俺が言えることじゃないな、ごめん」

 

「いや、分かってるつもりなの。でも、・・・もっとって思っちゃうの。キリ―――じゃないや、和人と明日奈見てると余計に、さ」

 

 まあ、あの白黒夫婦は本当にお似合いだろう。いろいろかみ合っている。何より、互いが互いを強く思っている。あの二人を見ていて、プラスして若干のアルコールも相まって、今のこの状態なのだろう。

 

「虹架」

 

「何?」

 

 その先、何を言おうとしたとしても言わせない。不意打ちのキスだろうが知ったことか。俺だって、こんな可愛い状態を見せられて、何も思わないはずもない。それに、―――入っている酒の量はこっちのほうが数十倍上だ。こっちも理性の限界ってものが低くなっている。ゆっくりと唇を離すと、少し切なそうな声が聞こえた。

 

「伝わった?」

 

「十分に」

 

 それだけで十分だった。

 

「帰るか」

 

「そだね」

 

 そうして二人はゆっくりと一緒に進みだした。

 




 はい、というわけで。
 とりあえずはこの話のあとがきを。

 前半というか、冒頭はゲ須郷への天誅でした。いやね、流石にね、惚れ込んだ彼女にあそこまでされたらブチギレ不可避ですわ。防犯カメラとかなかったのかよ、って話は、彼女が暗躍してた、ってことでひとつ。

 で、後半はひたすらこの二人のイチャコラでした。爆発しやがれテメーら。そもそも誰だよこんなの立案したやつ←

 明日に、全体のあとがきを投稿予定です。その後、正史のGGO編に入ります。
 ではまた明日。


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if編 あとがき的な何か。

 はい、というわけで。

 

 正史より10話ほど膨らんだifルート、漸く完結でございます。ここまで読んでくださった方には本当に感謝の念のみです。ありがとうございます。

 

 このifルートは、もしもロータスが攻略組に戻っていたら、というところに全ての分岐が生じます。その場合、後輩&未来の恋人とトリオになり、もっと丸くなるということですね。で、作者も謎の糖分大量発生になる、と。こんな可愛い彼女が欲しい人生だった(吐血

 

 ALOif編は完全にロータス君のターンでした。ストレアも沢山出せたし、個人的には特大満足です。

 エリーゼちゃんもハッカーとしての本領発揮でしたね。彼女も大好きな先輩のため、全力投球でした。若干やり過ぎなところは否めませんが、創作ものということで(ry

 

 ちなみにですが、これがなぜ正史ではなくifだっのかと言いますと、

・ここで物語が終わる

・邪道主人公ものなのに王道回帰とはこれいかに。

・いろいろ回収しきってないところがある

・書きたいシーンが書けてない

 といった感じの理由です。物語が終わるのはまあ、嬉しいような寂しいようなって感じなのですが、後は、ねえ・・・。という感じです。元々邪道なのに王道に回帰ってタイトル詐欺だし、特に何よりこのままだと―――(以下は重大なネタバレにつき消去されました)

 

 エースコンバットネタは結構随所に放り込んでましたね。SAO後半は特に。あとはTOVネタも。

 主人公のモチーフの一人が某黒衣の断罪者なので、入ってきました。ALOの最後のあのシーンは、完全にあそこですからね。気になる方は投稿時には絶賛発売中のテイルズオブヴェスペリアにてどうぞ!(ダイマ

 古い作品じゃないかって?この作品はリマスター版がPS4にて発売中です。好みが別れる作品だとは思いますが、ここについてきて下さる方々なら大丈夫でしょう。

 

2019/12/13 追記

SAO帰還者学校って必須じゃなかったんですね・・・まあ、ここではレインちゃんが地元ではなくそっちを選んだ、ってここで何卒ご了承願いたく思います。

 

 

 さて、この次は大変長らくお待たせしたGGO編でごさいます。次回更新から通常営業、2020/1/10から月一です。

正直、GGOでどうやってキャラを動かそうか悩み、全く思い付かなかったからif編に逃げたら、おまけが本編になっていた始末なので、どこまで書けるか・・・。時間がかかるかと思いますが、今のところアリシまでプロットは組んであるので、ゆるりとお待ちくださればと思います。

 

 さてさて、字数稼ぎも兼ねて、嘘になるかもしれない次回予告風のものを投下して、一旦お別れと致します。ではまた次回。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

「で、そいつの名前はなんていうんだ?」

「―――死銃(デスガン)

 

 束の間の平穏、そこにもたらされた依頼。

 

「―――このくらい、検討済みなんだろう?」

「だからこそ、こうして君に聞いているんだ」

 

「結論はいたってシンプル。―――こいつは、()()()()()だろう」

 

―――彼の目から紐解かれる、本来ならあり得ざる解決。

 

「久しぶりだな、赤目の」

「貴、様―――!」

 

―――再びの邂逅、その手にはキョウキ。

「―――貴様は、ここで、殺す」

 

次章

  ソードアートオンライン―泥中の蓮―死銃編

coming soon...



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GGO編
51.新しい日常-prologue-


大変長らくお待たせいたしました。
GGO編、始まります。


 正直に言おう。教職ってこんなに大変なのか。なーにが「電子化された教育のモデルケースだから多少は楽だと思うよ」、だ。毎日資料作りに追われるわ、質問もあるからちゃんとコメントには目を通さないといけないわ、半分趣味レベルになるっつっても課外活動もあるから、それで時間を奪われるわで結構大変だ。だがそれを、機械の扱いをたまに俺に聞きながらも平然とこなしてしまう再任用の先生方には本当に頭が下がる。

 

 教職についてから少しして。結構俺は大変だ。資料がなかなかうまいこと作れずに帰ったら日付が変わってた、なんてこともそこそこ以上にある。

 

「よっし、終わった」

 

 だから、今日のように思いのほか筆が乗ったりして資料作りがさっさと終わる日は貴重だ。こういう日に限って誤字脱字祭りになってたり、自分でもよくわからんことを書いていたりするから注意なのだ。

 

「あれ、天川君、資料作り終わったの?」

 

「あ、はい。一応ですけど。今は、セルフチェックです」

 

「ふーん。こっちにも転送してくれる?手伝うわ」

 

「すいません、ありがとうございます」

 

 それだけ言うと、俺はその先生に今できた資料を転送する。この先生も、御多分に漏れず再任用のおじいちゃんである。だが、亀の甲より年の劫とはよく言ったもので、俺がなかなかできないことをあっさりとやってしまったり、気づかないところを気付いて指摘してくれたり、表現などのアドバイスをしてくれたりと、本当に助かる先生である。それでもしっかりと自分の仕事はしてしまうのだから、本当に頭が下がるというか、上がらないというか。

 

(誤字はなさそうだな)

 

「誤字はないし、悪くはないけど、色の説明は言葉だと分かり辛いんじゃないかな?その代り、映像資料とか、画像資料を持ってくればいいと思うよ」

 

「となると、実際に一回実験したほうがいいですかね・・・」

 

「可能であるならそうだねー。実体験が入れば、授業もやりやすいし。まあ、大変だから難しいとはと思うけど。どっかから映像資料もってきたほうが楽だと思うよ」

 

「・・・がんばります」

 

「ま、悩め悩め若人よ」

 

 はっはっはー、なんて笑いながらその先生はマグカップ片手にどこかへと行ってしまった。たぶんコーヒーでも注ぎに行ったのだろう。

 

(ま、やるか)

 

 そう思った俺は、学校のネット回線につなげた。

 

 

 

 あれから、結構速攻で動画は見つかり、家で何とか授業のプランニングを終えると、俺は近くに置いてあったアミュスフィアを手に取った。これはここでの労働、それからナーヴギアの回収の対価として、国から支給されたものだ。俺はそれを頭につけると、

 

「リンクスタート!」

 

 いつも通り、その言葉を口にした。

 

 

 降り立った場所は、SBCグロッケン。今俺は、ガンゲイルオンラインというゲームにログインしている。これは、簡単に言ってしまうと、銃のMMOだ。普通、MMOというとファンタジーなものがほとんどだ。だが、このガンゲイルオンラインは、その名前にある通り、銃を使う。舞台は、宇宙まで巻き込んだ世界大戦の末に滅びた地球をイメージしているらしい。そのため、登場するのは実在する銃ばかり。最も、そうでない銃―――光学銃と呼ばれるレーザーを撃つタイプのものなんかはその顕著な例だ―――もたくさんあるが。

 

 

 SAOの後、ALO事件と呼ばれるその一連の騒動は、かなり世間を揺るがせた。

 

 まず、VRに関して。これは、須郷に対してだけでなく、これを利用しているすべてのVRゲーマーにとって大スクープと呼んで差し支えないものだった。俺が見た通り、半ば精神崩壊まで言っている人間もいたのだから、ある種自明の理ともいえるが。とにかく、これでVRの火は完全に消えた。―――かと思われた。

 だが、ここで一つの変化が生じる。世界中の様々なサーバーに、あるフリープログラムがアップロードされたのである。その名前は、ザ・シード。種子の名を持つこれは、VR世界のひな型ともいえるものだった。そこから一気にまたVRは盛り返し、今となってはあまたのVRゲームが世界に産み落とされた。そして、ザ・シードの基礎規格が同一であることを利用し、コンバートのネットワークが成り立っている。その陰にはまた例によってあのまっくろくろすけがいるらしいのだが、ま、真相は本人に聞くしかない。聞く気はないが。

 

 その火種となった須郷はいまだに裁判中である。いったんは釈放も考えられていたらしいが、懇意の医者と結託して精神鑑定を申請しようとしていたことが明るみになり取り消されたとか。ざまぁ。

 レクトはいったん倒れかけたものの、何とか持ち直した。が、それは相当数のリストラやらなんやらを行った末だ。それを行ったレクトのCEO、結城彰三氏は敏腕と言わざるを得ない。それを間近で見ていたアスナに言わせると、本当に辛そうだったらしい。毎日毎日家で頭を抱えていた、という話は、虹架と永璃ちゃん経由で聞いた。まあ、あんだけの不祥事が起これば当然か。

 ちなみに、キリトこと桐ヶ谷和人を含めた一団は今、新しく生まれ変わったALOの中で大暴れしている。この辺は元SAOトッププレイヤーの面目躍如といったところだ。そうそう、俺を助ける時に一枚噛んだ、ドッグアンドキャッツの面々は、レインを通じて親しい付き合いになっている。俺のほうも、半分傭兵のようなプレイングをしているし。共同戦線を張ったこともあれば、逆に敵対したこともあれば。どちらにせよ、相手は俺レベルとはいかなくとも、そこそこ以上のレベルのメンツがそれなりの数でいるため、ほとんど相討ち状態になる。お互い“こいつ(ら)とは戦いたくないと思っている”というは、結構親しくなったリーダーのフカことフカ次郎とのゲーム内での会話からだ。最も、会話の言い回しから、フカは道産子であることが判明したため、リアルでそうそう簡単に会うことはできない。

 

 俺がこうしているのは、何か新しいゲームを始めたいと思って、休日に足を運んだゲームショップでこれを見つけたからだ。ちょうどFPS系も始めてみたいと思っていたところだったからちょうどよかった。

 

 

 コンバートのシステムは、コンバート先のステータスは元のゲームのステータスに依存する。それに関しては、俺と永璃ちゃんがうまいことやらかした結果、俺のアカウントを二つ作ることに成功。俺はSAOのステータスが大きく反映されたアカウントで、今GGOにログインしている。これにはちゃんと理由があって、コンバートするとアイテムの類は一回リセットされてしまうからだ。所有権がリセットされるということと同義のため、一度どこかに預ける必要がある。ギルドなどの共有外部ストレージや信頼できるフレンドがいる場合は問題ないが、自身が購入したホームなどに預けた場合どうなるかは実験してみないと分からないため、その危険回避という意味合いもある。はいそこボッチ乙とか言わない自覚あるから。

 が、まあ金額は初期金額の時点でお察しというわけで。だがこれは全く問題がなかった。

 

 GGOにログインしてから、俺は習慣のようにあるところに通っていた。というのは、

 

「よっし、荒稼ぎするかね」

 

 早い話が、カジノである。対人戦で飽きるほど心理戦や読むことに慣れてしまった俺にとって、これはもう楽勝だった。つか、あの場所顔に出るやつ多すぎ。ま、最初は安パイで手堅く稼いだんだが、ある程度手持ちが増えると思い切った手を打つようにもなった。で、俺をカモと思ってやらかす馬鹿が続出。俺が読み勝ちを続け、やつらが懲りたころには、もう手元には十分すぎるほどの軍資金が集まっていた。ま、でもカジノは結構稼ぎがいいから、今でも入り浸ってんだけど。

 カジノに入った瞬間、俺に目線が集中する。ま、ここで俺はちょっとした有名人だからな。席に着けば、何人かが続いて席に座る。誰もいないところを狙ったのにもかかわらず、だ。

 

「今日こそ勝ってやるぜ、ギャンブルメイジ」

 

「勝てるものなら勝ってみるっぽい」

 

 それだけ言葉を交わすと、俺は規定通りに配られたカードを手に取って思考に入った。

 

 

 

「さーて、今日も稼いだ稼いだ」

 

 カジノから出てきた俺はホクホク顔だった。ま、いつも通りほぼ負けなしだったからである。これをいくらかリアルに送り、弾を補充。ゲーム内でのマイホームに転移して、準備を整えると、俺はフィールドへ繰り出した。

 

 

 今回は、適当にモンスターを狩ることにした。そのため、装備もそれなりだ。俺は大口径の銃でも容易に扱いきれるが、今現時点ではそこまで大口径の武器はあまりない。噂だと、超絶レアドロップで対物ライフル、つまりは50口径、もしくはそれ以上の大口径弾を使用する、超強力なライフルが手に入る、らしい。だがあくまで噂は噂。ドロップなんぞせんだろうと、俺も思っていた。そう、()()()()()

 

(まっさかほんとにドロップするたぁねぇ・・・)

 

 しかも、FPSに関しては素人に近い俺に、だ。

 最初はモンスター狩りで腕を磨こうと思っていた矢先、トラップに引っかかってダンジョンの奥深くに迷い込んだ俺は、明らかにボスとみられるデカブツに遭遇したわけだ。そこからは無我夢中。当時のメインアームはおろか、こういうゲームだからか耐久値が異常なほど高めに設定されていたナイフと、そこまでに倒したMobからのドロップ銃、それから自分で弱点と思しき部分をぶん殴るという、そういうゲームじゃねえからこれを地で行くプレイでなんとか倒した。そうしてドロップした銃が、今背中に担いでいるこいつだ。名を、「アキュラシーインターナショナル AS50」という。セミオートの対物狙撃銃だ。弾はNPCショップで調達できたから問題なし。試し撃ちはもう済んでいる。

 サブアームとしてはレッグホルスターで収められるSMGサイズの銃ということでMP7A1になった。似たような性能のP90はホルスターがないため、スリングで使うか、ホルスターを作ることになるからだ。スナイパーを主武装とする俺だとスリングが邪魔になる。ホルスターを作る手間も考え、MP7A1を採用することで落ち着いた。

 

「お、いいところに」

 

 と、遠方に敵影を見た。周囲に何もないことを確認すると、すかさず背中から得物を抜いて伏せ撃ちの姿勢を取る。

 

(距離は、1000ってとこか。・・・やってやる)

 

 はっきり言おう。いくらスナイパーといっても、一般的なスナイパーライフルの射程は精々800くらいが限度。1000は遠すぎる。だが、こいつは違う。

 息をつめ、引き金を静かに引く。凶暴な咆哮とともに.500BMG弾が空を裂いて飛び、哀れ何もわからぬままその頭部に直撃したモンスターを一撃で爆発四散させた。

 

「うっし、ヘッドショット!」

 

 リザルトを見つつかすかにガッツポーズ。そのまま、俺はもう一度背中に得物を背負った。ちなみに、スナイパーに関してはいちいちストレージにしまうのも面倒なので、背中に固定できるように特製の代物を用意している。狙撃銃はボルトアクションであることも珍しくないのだが、さっきも言ったようにこの銃はセミオートだ。連射がしやすい点が最大の利点だ。その分整備もしっかりしなくてはいけない。このでかさの銃で排莢不全が起きたことに気付かず撃ったらなんて、考えるだけで恐ろしい。・・・ったく、わざわざジャムなんざ再現しなくていいっての。ま、その分連射できるからいいんだけどね。・・・と、そこで、俺の耳はかすかな音をとらえた。この音から察するに、後方、距離にして200くらいか。

 

(しつこいなあ・・・)

 

 内心ため息をつきつつ、俺は自然な動作で右足の太ももあたりと左の腰を探る。そこに、現在のサブアームであるMP7A1とトーラス・レイジングブルが入っていることを確認して、俺は再び歩き出した。グロッケンへ引き返す道の途中にある市街地まで引っ張ったのち、曲がり角を曲がる。角を曲がってすぐのところで呼吸を押さえていると、俺の想像通りプレイヤーが来た。すかさず、すでに抜いてあったMP7A1を足に軽く連射。MP7A1はPDWだからこそ、最初期から俺を支えている一丁だ。奇襲をかけるつもりが奇襲をかけられ、その上機動力を奪われて泡を食っているところを、左腰からレイジングブルを引き抜いて、足で頭を固定したうえで眉間に一発。どうやらソロのようで、完全にこれで終わりのようだ。

 

「懲りないねえ・・・」

 

 俺がさんざんカジノで荒稼ぎした金を狙ってきた奴は本当に後を絶たない。さすがに至近距離からスナイパーをぶっぱなす趣味はないから、弾をよけつつサブアームでさっくりと殺すことが多い。これはクロスレンジで瞬時の判断を求められるSAOで培ったものが大きいと言って差し支えない。特に俺はPvPを多く経験しているし。そもそも、分かる人ならわかると思うが、対物ライフルを普通に立って振り回してぶっ放そうもんなら肩が外れかねない。銃の重さが重さなので、銃自体が吹っ飛ぶというシュールな光景はないだろうが、確実に肩や腕はしばらく使い物にならない。というか、そもそも重さ10kg、長さ1mは当たり前のように超えるデカブツを立った状態で撃とうと考える人間もなかなかいないだろうが。ま、俺ならやれそうだけど。SAOで鍛えたSTRと技術なめんな。いくらスコープ覗かないとどこ行くかわからない代物でも両手持ちしてゼロ距離射撃なら問題ない。はいそこ、そういう銃じゃねえからって言わない。やらないし。

 

 えっと、ドロップはっと、・・・これまたレアなものを。なんだってトンプソン・アンコールなんざ持ってんだこいつ。まあ欲しい銃だったからいいんだけど。

 トンプソン・アンコールは、トンプソン・コンテンダーの後期型だったか、再販売だったかのモデルだ。中折れ式の単発銃で、装填して射撃したら、空の薬莢を手で一回抜いてもう一度装填する必要がある銃だ。だがこいつ、拳銃くらいのサイズでありながら、カスタム次第でライフル弾も普通に撃つことができる。もちろん銃身を変更する必要はあるもの、世の中には60口径を撃てるようにした馬鹿もいる。まあ、さすがにそこまでしようとは俺も思わないが。そこまでは。

 というのもだ。わかる人にはわかるとは思うが、今、俺が主力で使っている銃は全部銃弾が違う。せめてどれか一つ、というか二つでも弾頭を共通化したかったのだが、BMG弾を扱う拳銃などあるはずもなく、MP7は使用弾薬が特殊なせいで使用する拳銃がなかった。P90にはFive-seveNがあるのに、なんでMP7で似たようなのがないんだよと思って調べてみると、どうやら弾が特殊なせいで拳銃サイズだとうまくいかなかった。で、結果的に台数もほとんどない超マイナー銃になってしまった、ということらしい。もちろんそんな銃がGGOに採用されるはずもなく、結果的に違う弾薬の銃を何種類も持ち歩くという、あまり効率的ではないことになってしまった。・・・.45ACPっていう拳銃弾を使うことでマガジンまで一緒になって、しかもホルスターもある、なんてモン知ったのはこれよりさらに先の話だったりする。

 時間を見てみると、って、もう2時間以上もたってんのか。こっちに潜ってると時間がたつのが速くて困る。と、俺はさっさとホームへとやや急ぎ足で帰った。

 

 これが、俺の新たな日常の一コマだった。

 




 はい、というわけで。

 冒頭にも書きましたが、大変長らくお待たせいたしました。正直に言うと、これはあとがき的な何かでも言った気がしますが、あそこまでif編が長引くとは思ってなかったです。よもや本編の話数を大幅にオーバーすることになろうとは・・・。
 ついでに、卒研の余った時間を使って書いていた書き溜めがかなり溜まっていたので、登校です。

 さて、GGOについてなんですが。
 はっきり言って、分からないことも結構多いので、独自設定多めで行きます。銃に関しては調べながら書いていますので、間違っていたらなにとぞご容赦を。

 主人公の容姿は、ここでは書きません。次で分かる人は絶対分かるっていう書き方をします。まあ、この時点ですでにヒントがあるので、もしかしなくともアレか?って思う人は多いのではないでしょうか。

 さて、自分でも若干どうしてそうなった、という展開になったGGO編、お楽しみいただければ幸いです。

 ではまた次回。


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52.銃の世界

 さて、慣れない仕事に若干苦戦しながら暮らしているときに、俺はBoBに参加するために酒場にいた。

 BoBとは、個人参加型のバトルロワイアルだ。なかなか豪華な大会で、第一回は碌な持ち込みなしでキルしては奪って無双するなんていう無茶苦茶なUSプレイヤーが優勝だったはずだ。それ以外は結構いい勝負で盛り上がったらしい。日程を見てみると、そこはフリーの日だったから、とりあえずエントリーしてみるか、と、参加してみることにしたのだ。予選に関しては、MP7A1とAS50、なにより牽制用に数本持っていたダーツが大活躍だった。何故ナイフじゃないのかは、単純に安定性と距離の問題だ。どちらにせよ、その手の武器は異常なまでの高威力設定なので問題はない。

 

 周りでおっぴろげにメインアームと思しきものを手入れしていたりコッキングしていたりするやつもいるが、俺からしたら、

 

(馬鹿かこいつら。わざわざ自分の手札見せてどうするんだ)

 

 銃は重たい。わざわざメインアーム二挺持ちなんてことをする奴はいない。俺だって、街を歩くときにAS50を背中に持つなんて言う馬鹿はしない。そんなことをしていたら、“私はスナイパーです”と言っているのと同義だからだ。対人戦というのは、どれだけ手札を隠したまま切れるかにすべてがかかる。実際、俺はレイジングブルとアレをまだ抜いていない。わざわざ最初からフルオープンなんていう技は、よっぽどそれに自信のあるやつか、大馬鹿者かどちらかだ。

 

 一分前になり、控室へ転送される。そこで俺は、服の下にあったアレ以外を素早く装備する。レッグホルスターにMP7A1が入り、腰のホルスターにレイジングブルが、背中にはAS50が装備された。レイジングブルはリボルバーだし、もう一つも射出可能な状態になっている。新たに装備された二つもすぐに撃てるようにして、俺は開始を待った。

 

 スタート地点に転送されて―――すぐに俺は舌打ちをしながら走り出した。俺が転送されたのは、ところどころに岩がある程度の荒野だ。碌な遮蔽物は見えない。走りながら予備のスコープだけを取り出してざっと周りを見渡す。ぱっと見たところプレイヤーはいない。後ろにもだ。パッと見えた近くの身を隠せそうな岩に隠れ、死角じゃないところに敵がいないのを改めて確認してから、俺はサテライトスキャン端末を取り出した。現在地だけは表示される設定なので、さっと現在地を確認し、―――心配したことを馬鹿らしく思った。

 GGOの世界観設定は、宇宙戦争の末に荒廃した地球だ。太陽などの環境設定は基本的に現代のそれがベースになっている。今回は夜明けくらいが世界観設定のため、太陽は東側にある。その太陽は今、俺の右手にあるから、俺は北を向いて座っていることになる。そして、俺がいるのは北東の端に近い部分で、マップ全域の幅を鑑みると、端まで1kmない場所。BoBにおいて、プレイヤーの初期位置は1km以上離れているため、少なくとも北と東に敵はいないとみていい。今の季節から太陽の位置を逆算し、南西方向に体を向ける。そのまま反転して、AS50のバイポッドを立て、狙撃体勢になった。こいつのキルレンジを考えると、運が良ければ・・・いた。

 距離は目算2000。少し苦しいか。でも、相手からこっちは見えていないはずだ。なにせ2000も距離が離れているのだ。スキルか道具を使ってようやく見える程度の距離だ。なら遠慮なく、しっかりとシステムアシストを使っていける。バレットサークルをしっかり合わせ、指をゆっくりと引き金にかけ、息を吐ききって止める。轟音とともに放たれた一撃は、正確に頭部へ吸い込まれ、その頭蓋を破裂させた。文句なしのキルである。素早くAS50をしまって、予備のスコープを取り出して索敵する。とりあえず、こいつのキルレンジに敵はいなさそうだ。一旦はここで15分まで待って、サテライトスキャンを見て行動することにした。

 遠方から聞こえる銃声と、回り込んでくるやつの警戒をしながら、俺はただ時間が過ぎるのを待った。こいつの銃声は大きいなんてもんじゃないから、寄ってくるやつの一人や二人はいそうなものだが、最初はやはりというかスキャンで位置やマップを確認してからということらしい。定石通り過ぎてつまらないと言われればそうだが、まあ当然だろう。行き当たりばったりは基本的にうまくいかない。手元の時計を見て残り14分であることを確認し、俺はスキャン端末を手に取った。サテライトスキャンはマップ右下、南東方向から始まり、直線的な軌道で北西へ、対角線を描くように抜けていく。俺が今いる北東の端にはもう敵はいないようだ。最寄りの敵は大体南西方向、距離的には、目算で3000mくらいか。このくらいなら、ゆっくりと見つからないように細心の注意を払って移動すれば、十二分にキルレンジに入る。そう思い、俺は周りの色に同化する上着を羽織ってゆっくりと移動しだした。

 

 さて、ゆっくりとある程度周囲を警戒しつつ移動してみたはいいものの。

 

(さすがにもう少しエンカウントがないとつまらん)

 

 あれから結局、俺はマップの北の端をゆっくりと走って移動しているわけなのだが、一切敵に出くわさない。10km四方のフィールド、そうそうポンポン出くわす広さじゃないことは分かってはいるが、つまらん。と、時間を確認して、ちょうどサテライトスキャンの時間であることを確認し、俺は端末を見た。最寄りの敵はあまり座標を移動していない。俺が移動したことにより、俺から見て南南西方向になっている。距離はそんなに縮まってはおらず、目算で2500以上。ここまで遠いと、さすがのAS50でもキルレンジ外だ。

 その周囲に灰色と白の点がいくつかあるところを見ると、その敵が周囲の敵を一掃しているのだろう。AS50は一旦ストレージにしまい込み、スキャンの表示が消えたことを確認してから、MP7を構えた状態で南西方向への移動を開始した。

 

 移動を始めてからしばらくして、スコープにぎりぎり影が見えた。方向としては東に近い方角。小高い丘のようになった岩の上にプレイヤーがいた。ぽつぽつと転がる岩の陰にいくつか、プレイヤーの影。その岩のプレイヤーは、銃を完全に固定させた大型銃を構えていた。すこし戦闘を見守って出された結論から言うと、

 

(芋かい。待ちかまえてマシンガンばらまくって、ただのアホか)

 

 “芋”というのは、一点にとどまり続けるプレイスタイルの事。全く動かず、待ち伏せするスナイパーは、スナイパーを示すスラングである“砂”と組み合わされ、“芋砂”なんて呼ばれたりする。

 確かにマシンガンは強力な銃弾を恐ろしい発射レートでばらまく反面、異常なまでに重い。そういう点では、見晴らしのいい場所でひたすらばらまく待ち伏せ戦法は確かに合理的な戦略の一つだ。が、おそらく“攻め手”であるアサルターも分かっているだろうが、

 

(発射レートが高いということは弾薬の消耗も激しいということ。そして、銃も弾も重いマシンガンは、持ち込める弾数には限りがある。追い込まれているのはあのマシンガンナーの方だ)

 

 これはいわば我慢比べだ。アサルターが少し頭を出したところを仕留め切れればマシンガンナーの勝ち。弾切れを起こすまで粘り切ればアサルターの勝ち。射撃制度の悪さを弾幕で補うマシンガンがいかに早く決められるかが勝負になるだろうが、俺からしたらそんなのは関係ない。何せ、あのマシンガンナーが陣取っているのは、()()()()()()()()()()()()()

 ゆっくりと悟られないように背後に回る。この間に、AS50を取り出して背負う。お互い闘っている最中なのだからスキャンは見ない、つまりこっちの位置はばれないはず。その間に、俺はスキャンを見た。すると、ここの周囲に残っているプレイヤーは二人だけ。つまり、この二人をぶっ倒せばとりあえずは安全なわけだ。念のためにMP7A1はしまわず、左手に上着の裏に仕込んであった麻痺毒付き投げナイフを取った。背後を取ってから、俺は静かに忍び寄り、撃ち合いに集中しているマシンガンナーの首にナイフを投げた。その直後、AS50を伏射体勢で構え、顔だけ出したアサルターが隠れている岩ごとアサルターを吹っ飛ばした。デッドアイコンが出たのを確認して、改めてマシンガンナーのお相手。ナイフを抜いてひっくり返し、そのまま今度は普通のナイフで目を一突き。俺の想像通り即死判定が出たのを見て、俺は一つ息をつくだけで走り出した。これだけの状態なら、即座に敵が寄ってくるだろう。それまでにどれだけ移動できるかが肝だ。

 

 

 そのあとは特に何事もなく走った。確か、ここから南に走れば都市部跡に入ったはず。スナイパーにとってはなかなかにきつい案件だが、俺からしたら大した問題ではない。AS50は既にストレージに入っていて、今のメインウェポンはMP7だ。この死角が多い状態でスナイパーを担ぐ馬鹿はいない。とりあえず、目下俺の目標は移動手段だ。AGI-STR型の俺にとって、移動速度は精々並み程度。これでは背後を取られる恐れがある。この廃都市に高い建物がない以上、俺の戦闘スタイルとここの相性は決していいものではない。が、それは一般的に言えば、という話で。加えてここは、都市跡と表現はしているが、周りはまだまだ未開の荒野な印象がある。つまり、ちょっとした狙撃スペースくらいならいくらでもあるのだ。それを利用し、隠れながら少しづつ位置の微調整をかけること、はや20分。ようやく獲物がやってきた。最低限の顔出しで見えたのは、ちょび髭とカウボーイハットにアサルトライフルを担いだ姿。こちらに向かってきていたのはギャレットとダインというプレイヤーだったはずだから、どちらかとみるのが妥当か。―――まあ、どっちでもいい。今俺は建物の影に隠れており、相手はアサルター。距離は目測で700から800といったところか。アサルトでは遠いが、あいつならむしろ近いくらいだ。素早くAS50を窓枠に引っ掛け、即座に狙いをつけてぶっ放す。仮に距離800とすれば、音速の3倍、つまり秒速1000メートルで飛ぶ物体のかかる時間は0.8秒程度だ。反射的に躱そうとしたようだが、弾丸のまき散らす衝撃波までは躱せなかったらしい。俺の狙い通り足をぶった切られ這いつくばったアサルターを、さらに追撃でもう一発。今度こそアバターが完全に粉砕され、もう一度ポリゴンで固まってからデッドアイコンが出た。なるほどアバターが粉砕されるとこうなるのか。と思いつつ、弾詰まり(ジャム)を防ぐために手動で次の弾を込める。弾丸に関しては、このゲームはマガジンに所定の操作をすればマガジンに直接入る。また、ストレージに入れる時にストレージ内のマガジンに入れるような操作をすれば、自動的にマガジンに入る仕組みになっている。俺も替えのマガジンはストレージに放り込んであるので、弾丸は直接ストレージ内のマガジンに補充される。そもそもそのストレージはSTRが多いほど増えるが、俺ほど装備が多いとそんなに弾丸を持てるわけではない。ま、そこは弾丸の強力さで補うスタイルだ。さて、さっきのスキャンの結果を信じるのならもう一人はいるはずなのだが、さてどうか。AS50のバイポッド付近を左手で、右手は引き金のあたりを持ち、なおかつ右手が腰のあたりに来るように構える。とりあえず、ここからは早く移動する必要がある。

 

 それからまた少しして、俺はうまく高所を取ることに成功した。入り口にはいくつかブービートラップを仕掛けておいたが、ぶっちゃけ気休めだ。こういう場所にトラップが仕掛けていない場合、大体敵はいない場合のほうが多い。ここはいくら建物が少ないと言っても、少しはあるのだ。トラップをデコイとして隠れるのも一つの手だ。だが、相手はいない。そろそろ60分のスキャンであることを確認して、スキャン端末を見る。と、比較的近くに二つの敵影があり、それ以外は灰色。つまり、残りは俺も含め三人だけだ。残りの二人の名前はそれぞれ闇風、それからXeXeeD。闇風はともかく、アルファベットのほうはなんて読むんだこれ。赤眼が確か、XaXaでザザって呼んだはずだから、これは・・・ゼゼードとか?

 問題は、先ほどの距離を考えると、闇風の移動範囲が明らかにAGI型のそれであることだ。仮称ゼゼードさんのAGIは俺と同じか、少し落ちるか、ってとこか。問題は闇風。移動距離から考え、全力を出していない可能性も考慮すると、アスナのステバラのまま、レベルだけレインくらい上げたような状態か。闇風のほうは見えなくても武器は大体見当がつく。大方ナイファーかサブマシンガンの類だろう。超近距離戦闘になる前に片を付ける必要がある。ゼゼードは・・・見たことないな、あんなの。大きさから言ってアサルトライフルっぽいが、上の四角くデカいのは、グレラン、か?こっちは中距離型か。近距離は最悪、俺はアレがあるから大丈夫か。

 おそらくAGI極である闇風を狙い撃つのは至難の業。ならば、ゼゼードから狙う。が、闇風に途中で邪魔されるのも癪だ。相手も動いているので、その動きを読み、俺は偏差射撃で撃つ。若干狙いは甘いが、この武器なら直撃じゃなくともダメージが入る仕様だ。目の前に落ちた弾丸に、闇風はとっさに近くの物陰に隠れた。次はゼゼード。こちらも偏差射撃で狙う。だが、相手は俺に気付いた様子もないのに回避してのけた。即座にもう一度狙いをつけ、今度はしっかり狙い撃つ。が、これは躱される。バレットラインは射程距離を忠実に守って表示されるから、他の武器でライン牽制をするのは不可能。なら、

 

(一か八か・・・!)

 

 もう一発。今度もしっかりと基本に忠実に。息を吐き切って止める。先ほどの弾道は目に焼き付いている。()()()()()()()()()()()()()()()、狙い撃つ。が、これは外れる。というか、むしろ当たったら俺が驚いていた。そして、撃たれた側はおそらくもっと驚いている。予想通り、これならばバレットラインはギリギリまで出ないらしい。その分正確に狙い撃つ技量が必須だが、その技量は先ほどの二発から風などを推測することで補った。

 相手は驚いている様子だが、やはりそこまでHPが減っている様子はない。考えられるのは、何かしらの防具をつけている場合。現実で衝撃波に防具が役に立つのか、というのは疑問が残るが、これはあくまでゲームなので、その効果は十二分だ。もちろん、これは掠る程度であることも影響している。そこそこVITにも振っているのか。アサルトライフルを持てることから、STR、VIT、AGIあたりにバランスよく振ったタイプか。もう一発、今度は隠れているあたりにもう一発叩き込む。が、デッドアイコンがともった感じはない。軽く舌打ちをしながら、マガジンを交換する。と、トラップが発動した。残りは三人で、ゼゼードは建物の影に隠れている。ということは、かかったのは闇風か。古いマガジンをそのままに、俺はAS50をストレージにしまった。そのまま、アンカー付きのロープを取り出し、固定を確認してから、俺はロープを伝って下に降りた。音からして、発動したトラップはそれなりに下の方のはず。リズミカルに壁をけ飛ばしながら下に降りる。闇風のAGIからして、一瞬で上がってくるはず。建物の中から聞こえるトラップの爆発音から、上手くすれ違いになっていることを確認して、俺は下がって行った。

 降りきったところで、俺はロープをストレージにしまう。はてさて闇風は今どこまで行ったのか。AGI極ではHPなんてたかが知れている。飛び降りるなんて真似をしたら自殺間違いなしだ。幸いなことに、闇風はおそらくかなりの数のトラップを起動させている。なにより、自分で自分のトラップに引っかかる間抜けはいない。ゆっくりとMP7A1でクリアリングをしていく。AGI極相手にこのレンジの戦闘は避けたかったが仕方ない。何より、オープンフィールドでのスピードを生かした戦闘で真価を発揮するAGI極である闇風も、屋内という閉所空間での戦闘は避けたかったはずだ。地の利は五分五分。

 やがて、俺が隠れていた部屋のあたりにたどり着いた。闇風もこの辺りを中心に調べているのだろう。微かな音が聞こえてくる。呼吸すらギリギリまで抑えて、お互い探し合う。と、ある部屋に入る影を見つけた。どうやら、ツキはこちらにあったらしい。相手を追って部屋に向かい、入ろうとした瞬間に―――闇風とかち合った。相手の顔には露骨な驚き、そしてこちらにはいら立ち。舌打ちをしながら、MP7をばらまく。ある程度の遮蔽物をうまく使いながら、壁を蹴っての三次元行動を行いながら、ひたすらアクロバティックな戦闘で撃ち合う。あっという間にマガジンを一つずつ使い切り、俺は内心で顔をしかめる。

 相手の得物は、おそらくキャリコM900系統の銃。これは特殊なマガジンを使用しており、最大装填数は確か50発。対して、こちらのMP7A1の装弾数は40発。相手は9mmパラベラム弾を使用するはずなので、こっちのほうが一発ごとの威力は高い。が、こんな場所ならばらまける相手のほうが有利だ。あまり切りたくない札ではあったが、仕方ないか・・・!

 MP7を持ち替えながら、上着の内ポケットから円筒の缶を取り出す。軽くバックステップをしながら、缶についたピンを歯で引き抜き、足元に転がしながら片目をつむる。瞬間、閃光と爆音があたりを包む。フラッシュバンではなくスモークと思ったのか、闇風は幻惑される視界の中、ランダムな回避行動を行う。対して俺は、閉じていた片目を開きながら、上着の中にあるショルダーホルスターからある拳銃を取り出す。一発勝負でぶっ放すが、かすめるだけで終わる。闇風のHPは間違いなく減ったはずなのだが、食らいつくすには至らなかった。軽く舌打ちをしながら、お互いは回復した視界でお互いの得物を撃ち切る。結果として、俺のHPはなくなり、闇風のHPは残った。

 これは後から聞いた話だが、この時、闇風のHPも数ドットしか残っていなかったらしい。闇風も、「あ、これ俺負けたわって思った」とのこと。勝敗を決したのは、俺が危惧していた通り、お互いの装弾数の差だったのだろう。

 

 ま、とにかく。そこで俺は奮戦むなしく負けたわけだ。まあ、それはいいとして、ひとこと言わせてほしい。

―――なあ優勝者のゼゼードさん改めゼクシードさんよぉ。レアもの、地の利、加えて俺との戦闘で消耗した闇風をただボコって終わりなのを威張るって、それってどうなのよ・・・?

 

 

 

 さて、それから数日後。俺はMMOストリームの中の「今週の勝ち組さん」という番組に出ていた。理由は、第二回BoB上位三名。

 

「そういえば、ロータスさんは普段の資金源がカジノということでも有名ですが」

 

「なんていうか、もともとそういう心理戦とかちょくちょくやってたから、そういう表情を読んだりするのが人より優れてるっぽい」

 

「へえ、そうなんですか!」

 

「一部プレイヤーでは有名ですよ。下手に仕掛けたら、文字通り身ぐるみはがされる、と」

 

「こっちとしても稼ぐためにカジノ行ってるわけで、相手が絶えないってことはいいことっぽい」

 

「そうですねー。どんなゲームも相手あっての物ですからねー」

 

「そうそう、お姉さんは分かってるっぽい!」

 

 リアルでは絶対使わない口調で元気に言い切る。俺からしたらこんな口調は甚だ不本意なのだが、まあ仕方がない。こういうのも一種の楽しみとして割り切ることにする。

 

「ロータスさんは、今回参戦者の中でも多様な武器を扱っていましたね」

 

「そうっぽい?」

 

「そうですよー。AS50、MP7、投げナイフ、ダーツ、それから、最後の銃は、トンプソン・コンテンダーに見えた、という情報が有力ですね」

 

「私も、最後の戦いではそれで攻めきれなかったのですよ。バリスティックナイフでも飛んで来やしないかと・・・」

 

「バリスティックナイフは好きじゃないっぽい。あれ、狙いづらいっぽい」

 

「へえー、それは意外―――」

「それに、自分で狙ったほうが早いし」

 

「・・・Oh・・・」

 

 完全に司会者の女の子が黙り込む。あっちゃーやっちゃった。でもまあ、事実だしなぁ。・・・あ、

 

「そういえば、装備と言えば。ラックに任せた激レア武器と地の利を生かして、手負いの相手を穴ぼこにした人もいたっぽい」

 

「いやいや、それは―――」

「そもそも、記憶が正しければ、あなたは前、AGI極最強説唱えてたっぽい。当の本人はAGI-STRとか、それもはや詐欺っぽい」

 

「それは心外ですよ。私だって、XM29がドロップしなかったら、AGI極にしてたでしょう。ぎりぎり、あの武器のSTR条件を満たすまでSTRを上げたんです」

 

「―――ふーん。そういうことにしておくっぽい」

 

 俺としては、ここは追及したかったところだ。AGI極最強説、というのはあながち間違ってはいないことは事実だ。実際、第二位の闇風はAGI極だし。ま、それには絶対条件としてクリアしなきゃいけないものがあるんだが、それはそれ。

 

「では、それぞれ、なぜここまでのし上がれたのか、その要因を聞いてみることにいたしましょう。まずロータスさんから」

 

「私は、何よりコンバートしたステータスのところにAS50がドロップしたのが幸運だったっぽい」

 

「ついでに言うと、その容姿も幸運でしたね」

 

「・・・まあ、そう、っぽい」

 

 ・・・うん、まあ、ランダム生成でこのアバターはまあ、幸運だったな。―――個人的に好きかどうかは別として。

 

「その代り、あのダンジョンは辛かったっぽいー・・・」

 

「どんな感じでドロップしたんですか?」

 

「当時はMP7がメインアームだったから、とにかくMP7を弾切れになるまでばらまいたっぽい。それでも削れなかったから、ナイフやら道中でドロップした銃やらで削ったんだけど、それでも届かなかったっぽい」

 

「え、じゃあどうしたんですか?」

 

「殴ったっぽい」

 

「「・・・は?」」

 

「・・・殴った、って、素手で、ですか?」

 

「それしか手段なかったから仕方ないっぽい」

 

「・・・えっと、なんていうか・・・」

 

 俺の回答に三人が固まる。ま、こうなりますよねー。ですよねー。でもさー、本当のことだから仕方ないんだ。完全に言葉を失った司会に、俺はさらに振った。

 

「闇風さんは、この好成績はどこに幸運があったっぽい?」

 

「そうですねぇ・・・なにより、あの閉所空間であなたに殺されなかったことでしょうか」

 

「あの空間じゃ、AGI極の素早さを十全に生かすことはできませんからね。あの戦いは見ごたえがありました」

 

「ありがとうございます。といっても、あれは、あのタイミングで見つかってよかったと思いますがね」

 

「と、言いますと?」

 

「あなたがおっしゃったように、僕のようなAGI極にとって、閉所空間のような完全に逃げ場のないフィールドは泣き所なんです。ロータスさんの装備、特にあのコンテンダーの弾丸は、相当強力なものを装填していたんでしょうね。若干掠っただけでもかなり持っていかれましたから。僕への最初の狙撃は牽制だったからあの程度でしたけど、あの後の後ろの取り方は完璧でした。背後からズドン、とやられていたら、こちらとしては防ぎようがない。最も、最後の掃射は、本当に死んだと思いましたがね」

 

「結果的に、闇風さんは首の皮一枚繋がって、それまで使っていなかった応急処置キットを二つとも使い切って回復。ロータスさんはここで脱落となったわけですね?」

 

「そもそも、コンテンダー最大の長所は強力な弾丸を込められることっぽい。なら、それを生かさない手はないっぽい」

 

「確かにそうですねー。

 そういえば、お三方はどうしてこのステータスバランスに?」

 

「さっきもちらっと言ったけど、私はそもそもコンバート組だから選択肢なんてなかったっぽい」

 

「私は、彼のAGI極が強い、という言葉を信じ、やってみようか、と思ったので、ですね」

 

「僕もAGIを中心に上げていたんですが、今のメインアームがドロップしてSTRを上げましたね」

 

「で、自分がでっちあげたAGI極最強説を覆すことにした、ってことでいいっぽい?」

 

「そんな、悪意あってこんなことをしたわけではありませんよ。ただ、今後はロータスさんのAS50のように、高いSTR値を要求する強力な武器の実装も大いに考えられますから、STRとVITをメインに上げていくバランス型が猛威を振るうことになるでしょうね!」

 

「そもそも、レア武器レア防具が落ちなきゃ意味ないっぽい」

 

「なら、最後はリアルラックが重要になるかもしれませんね」

 

 と、ここまで会話したときに、俺は違和感を覚えた。ゼクシードが突然、胸を握りしめて苦しみだしたのだ。それはまるで、心臓を一突きされたように。そのまま、彼はディスコネクト、いわゆる切断された。

 

「あれま、落ちちゃいましたね。ですが、番組はまだまだ続きます。チャンネルはそのままで!」

 

 司会者の女の子は何食わぬ顔でそのまま司会を続ける。俺と闇風もそのままトークを続けた。が、俺の胸の内は、何とも言えない感情が渦巻いていた。

 




 はい、というわけで。

 これだけ語尾が特徴的なら、まあ、見た目は説明なくてもバレる気が。

 今回は第二回BoBのお話でした。どうしても彼をBoBプレイヤーにしておきたいと思ったので、ならこのイベントは外せないでしょう、と言うことで。あ、ちなみに、サトライザーとロータス君は戦ってないのであしからず。

 MMOストリームは、ゼクシードがただどや顔するだけではなくなってます。それはそれとして、今回主人公何回「ぽい」って言った!?って自分でも思います。(笑)

 あと、エスコン7やってると思いますけど、宇宙戦争とかやってると、衛星のスペースデブリとか大丈夫なんでしょうか・・・。ちょいとネタバレになっちゃうので言いづらいんですけど、破壊・破損した衛星のスペースデブリがほかの衛星傷つけるくらいはあると思うの。あ、だから荒廃したのかもですけどね。

 さて、次からは本格的にデスガンの話です。これからも定期更新は頑張るので、よろしくお願いします。
 ではまた次回。


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53.依頼

 さて、いろいろと忙しい日々を送っていると、仕事の合間を縫う形で菊岡が会いに来た。俺としても、こいつにはそれなり以上に恩義があるのでむげにはできない。

 

「いやあ、忙しいとこ悪いね」

 

「悪いと思ってるのなら帰ってくれ」

 

 むげにはできない。が、信用はしていない。なんというか、こいつは、―――うん、胡散臭い。俺のあまりに礼を欠いた態度に対してどう思ってるのかわからない程度には胡散臭い。

 

「それに関しては申し訳ない。さて、早速本題なんだが。―――事前に送った資料には、目を通してくれたかい?」

 

「ああ。変な落ち方したなー、ってのは覚えてたからな」

 

 菊岡が言った“資料”というのは、近々会いに行くから目を通してくれ、というメールに添付されたものだ。そこには、茂村保というプレイヤーが、俺がMMOストリームに出演していた時間とほぼ同時刻に死亡していた、というようなことが書かれていた。それと、もう一つ。似たような事例があった、と言うことも。こちらは、薄塩たらこ、ってプレイヤーだったはずだ。

 

「つまりはこういいたいんだろう?

―――実際問題、アミュスフィアで殺人は可能なのか、と」

 

「さすが、察しがよくて助かるよ」

 

「よく言うよ」

 

 あれを見れば、どんな馬鹿でも一目で分かる。SAOという先例がある中で、VR殺人なんてものが世の中に広がっては面倒くさい。

 

「スキャンダルや、こういう無駄に世論を騒がせる面倒くさい事件ってのは、日和見主義の権化たる日本の政治家は一番嫌う。違うか、エリート官僚様?」

 

「違わないね。いやあ手厳しい」

 

 俺の言葉に、菊岡はくつくつと笑った。俺がこいつを嫌うのはこういう、妙に煙に巻こうとするところだ。何かにつけて“記憶にない”で逃げる日本の政治家らしいといえばそうなのだが、そういうのをうまく隠そうとするのが気に入らない。

 

「で?その犯人はなんて言うんだ?」

 

「―――死銃(デスガン)。死の銃。そう名乗っているよ」

 

「死銃、ねえ」

 

 ストレートなネーミングだな。ま、分かりやすくて結構だ。

 

「じゃ、その死銃さんが使った可能性のあるトリックをひとつずつ潰していこうか。

 まず、アミュスフィアのスペック上、脳みそレンチン(SAOと同じ手)は使えない。致命的に出力が足りないし、仮にやろうと思ったら今度はアミュスフィアに何らかの異常が出てるはずだ。回路が焼き切れるとか、そんな感じのやつ」

 

「そんな跡は残ってないね」

 

「その時点でこの手はありえない。じゃあ、死銃はどうやってゼクシードとたらこを殺したのか。真っ先に思い浮かぶのは暗示の類。でも、こいつはありえないと言って良い。ゼクシードに不審な点はなかったからな。これは闇風もそういってた」

 

「闇風、というのは、えっと・・・」

 

「ゼクシードが殺されたときに出てた番組に、俺と一緒に出てたプレイヤー。第二回BoBの準優勝者」

 

「ああ、なるほど」

 

 俺の説明で、菊岡は理解したらしい。全く、こういうところの理解は早くて助かる。

 

「俺が暗示の類を無いと思っているのは、それだけじゃない」

 

「と、いうと?」

 

「暗示の類―――具体的に言っちまえば、催眠、洗脳、マインドコントロール、っていうようなものってのは、仕込みに時間がかかるものなんだ。現実世界においても、だ。で、ここで肝になってくるのは、現実世界で時間がかかるってこと。まずこれが大前提。ここまでOK?」

 

「ああ、なんとなくわかる」

 

「なんとなくで結構。で、現実世界と仮想世界の一番の違いは情報密度の違いだ。もうちょっと言うと、現実世界のほうが、格段に情報密度が高い。匂い、音、触覚、味覚、視覚。どれをとってもだ」

 

「情報密度・・・?」

 

「一言で言っちまうと“リアリティ”。仮想世界っていうのは、あくまで仮想的に作り上げたものに過ぎない。だから、どれをとっても、こういっちゃなんだが、パチモンだ。―――話を戻すぞ。

 で、暗示とかで必要になってくるのが、この情報密度だ。要は、相手に対してより正確にフィーリングを伝えることで、暗示を確たるものにするわけだ。ここがあやふやだと、かかるものもかからない。で、相手を死に至らしめるほどの暗示ってのは、過去に証明が為されている」

 

「そんなものあるのかい?」

 

「古き大戦の研究の中に、な。確か、水が垂れる、ピチョンって音を聞かせ続けて、これはあなたの血が落ちる音です、って思いこませた場合だ。被験者は、失血死から程遠い出血量で、死に至った。で、ここで大前提として話した話に立ち戻る。要するに、この手の仕込みで殺せるとしても、仕込みにやたら時間がかかるし、そもそもリアリティに劣る仮想世界だと不可能に近い、っていうこと。ここで大きな矛盾が発生するわけだな。とまあ、パッと思いつくのはこれくらいだが、そもそもだ。

―――このくらい、検討してきてるんだろ?」

 

「だからこそ、こうして君に聞いているんだ。こういう異常者の類を間近で見てきただろう君に、ね」

 

「なるほどね。今回の俺の役目はプロファイラーか」

 

 全く、人使いの荒いことで。でもまあ、人殺しの心理が分かるのはそういうのを見てきた人間、というロジックは理解ができる。

 

「ま、俺の結論は、この資料を見て考えた時から変わらないがな」

 

「え?」

 

「結論はいたってシンプル。―――こいつは、()()()()()だろう」

 

「なんだって・・・!?」

 

「信じられないのなら何度だって言ってやる。これはただの殺人事件だ。

 ()()()の時はどうだか知らないけど、ゼクシードの時はMMOストリームに出てたわけだ。示し合わせは十二分にできたはずだしな」

 

「ちょっと待って、複数犯だとでもいうのかい?」

 

「というかそもそも、仮想世界で殺せない、って分かった時点で、なんで犯人が一人だと決めつける?共犯がいると見てしかるべきだ。死銃Aが仮想世界でアバターを操作、合図とともに、死銃Bが現実世界の茂村を殺る。そんなとこだろ。トリックとしては三流だな」

 

 そういって、一応は来客なのでもてなすために置いてあったコーヒーをすする。そんな俺を、菊岡は不思議な目で見ていた。

 

「・・・にわかには信じられない。殺人に手を貸すなんて」

 

()()()()()そうだろうよ。でも、この手の奴らは()()()()()()()()()()。そういう相手には、一回常識って枠を取っ払って考えたほうがいいぜ」

 

 自身を落ち着けるためか、菊岡は少しだけゆっくりとコーヒーを飲んだ。カップを置きながら一つ息をつき、菊岡はゆっくりと俺に問いかけた。

 

「君が考える、次の犯行は?」

 

「ゼクシードの時といい、こいつは目立つ行為を意図的にしている。ということは、何らかで人目を引きたがるパターンだ。であれば、次のターゲットはおそらくこれだろう」

 

 そういって、俺はメール画面を見せる。そこには英文のメールがあった。翻訳されていないが、こいつには朝飯前だろう。

 

「えっと、第三回バレットオブバレッツ開催のお知らせ・・・?」

 

「そ。前回ゼクシードが優勝したアレだ。俺も参加する予定だったが、今の話を聞いて気が変わった。今回は見送って、お前に協力してやる」

 

「いいのかい?」

 

「もともと腕試し的に出場してるだけだしな。それに、この手のケースなら、多分、犯人の割り出しは容易だ」

 

「本当かい!?」

 

「ああ。BoBってのは、景品送付のために、リアルの情報を入力するからな。犯人がBoBに出るっていうのなら、その中から絞り込んでケリだ。それに、何も自称死銃としかわからんわけじゃないんだろう?」

 

「あ、ああ。見た目だけ、だけど」

 

「十二分」

 

 見た目というのは重要だ。同じ人間でも、全く違う服装をしているだけで別人に見える。これは俺の体験談だ。

 

「目立つことが目的ならば、変装してくる可能性は低い。それにBoBは中継されるから、容姿からプレイヤーネームと一致させることはたやすい」

 

「分かった。こちらも協力者を使って調べてみよう」

 

「ああ、頼んだ」

 

 今回の話はそれだけで終了した。だが、俺はこのような手口に、どこか妙な既視感を覚えてならなかった。

 

 

 それから数日後。いつも通り仕事を進めていると、相談を受けた。

 

「天川先生、少し相談したいことがあるんですけど」

 

「ん、桐ヶ谷か。どうした?」

 

「いや、ここだとちょっと・・・」

 

「分かった。ちょっと待ってな」

 

 キリトこと桐ヶ谷和人は俺のクラスじゃない。が、もともと面識があるので、たまにこうして俺に相談を受けに来ていた。それ自体は珍しいことではないのだが、俺としても今のタイミングは少し嫌な予感がした。

 調べてみると、今は面談室が空いていた。さっさと使用申請を済ませ、俺は仕事用のタブレットと筆記用具をもって立った。

 

「面談室の使用を申請した。場所変えるぞ」

 

「了解です」

 

 俺の言葉に、桐ヶ谷は後ろからついてきた。

 

 

 

 面談室に入ってから、俺はさっそく聞き出した。

 

「さて、何が聞きたい?」

 

「GGOについてだ。とりあえず、ロータス君に聞けばいいよ、って、菊岡が言ってたから」

 

「・・・あんのドぐされ役人め・・・」

 

 思わずつぶやいた俺の恨み節に、桐ヶ谷は苦笑を漏らす。

 

「違っちゃいないがな。仮にも俺はBoB前回大会三位入賞者だ。軽いレクチャーくらいはしてやれる」

 

「助かる」

 

「いいって。その代り、今度ALOで一回分依頼代上乗せってことで」

 

「・・・(したた)かだなお前」

 

「強かでがめつくなきゃ傭兵なんてやってらんねーのよ。

 時間がないからキリトアバターをコンバートする必要があるな」

 

「あー、やっぱりか・・・」

 

「アバターコンバートに伴うアイテムロスト防止対策は省略するぞ。そんなの分かり切ってるだろうからな。

 ステバラはSAOの時と変わってなかったよな?」

 

「ああ。STR-AGI型だ」

 

「となると、適性は砂なんだが、コンバートしたてだと資金が調達できないな・・・」

 

「高いのか、その、砂?って」

 

「砂ってのはスナイパーを示すスラングだ。スナイパーライフルってやつは大型銃に分類されるから高価なんだよ。ついでに言えば、砂を担ぐのならサブアームもほしいから、かなりの額が必要になる。・・・あ」

 

「どうしたんだ?」

 

「裏技があるの忘れてた。そっか、あれならキリトでも十分にクリアが見込めるな・・・」

 

「なんだよ、教えてくれ」

 

「GGOの最初はグロッケンって街なんだがな、そこの一番大きなマーケットにミニゲームがあるんだ。名前はアルファベットでアンタッチャブル」

 

お触り禁止(アンタッチャブル)?」

 

「そそ。端的に言っちまえば、弾避けゲーム。お前でも、少なくともいいところまでは行けるだろうよ」

 

「それで稼げるのか?」

 

「ああ、まあな」

 

「攻略法は?」

 

「誰かが挑むのを待って、ちゃんと見てやればすぐにわかる。俺が攻略してから、挑戦者が増えてるらしいから、ま、大丈夫だろうよ」

 

「なんだそりゃ」

 

「口で説明するより、実際に見たほうが早いからだよ。

 デカいマーケットだから、道行く人に適当に聞けばすぐにわかる。今回俺は基本的に裏方に徹するから、行き会えないと思ってくれ。

 で、他に聞きたいことは?」

 

「とりあえずはそれだけかな」

 

「了解。じゃ、健闘を祈るぜ」

 

 それだけ言って、俺たちは拳を合わせた。

 

 




 はい、というわけで。

 なんか今回、久しぶりにこういう生々しい話をした気がします。
 主人公がこの手の心理戦に強いのは、ひとえにそういう環境にいたからです。前、確か冤罪で投獄されてた主人公のドラマがやっていたと思いますが、同じようなものだと考えてもらえれば。ちなみに、環境が環境なので、一般的な人がこういうことになったらSAN値がピンチ。

 当然っちゃあ当然ですが、学校ではキリトにもアスナにもレインにも苗字呼びかつ職業口調です。プライベートは相手によります。ちなみにレインちゃんは名前呼び。不自然ですね(ニヤリ

 さて、次は調査パートです。ついでにGGOでの主人公の姿も分かります。え?モロバレ?そんなー。

 ではまた次回。


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54.下ごしらえ

今回、一瞬だけキリト視点があります。


 さて、それから数日後。俺は永璃ちゃんと会っていた。彼女には、菊岡経由である頼みをしていた。

 

「それっぽい名前はいくつかあったが、ま、そこまでだな」

 

「え、どういうこと?」

 

「第一候補として上がったのは、ラフコフ残党。こんな馬鹿げた計画をする奴として、俺が真っ先に思い浮かべるのは奴らだからな。だが、さすがにラフコフの悪名の高さを警戒したのか、これに該当するのは無し。これは、仮にもラフコフの元幹部として断言する。

 第二候補は二つ。まず一つはBoB初出場者。例の死銃は黒星(ヘイシン)持ちの骸骨面ボロマントなんだろ?そんなやつ、俺の記憶にある限り誰もいない。となれば、今回に合わせてアバターをコンバートなり作成するなりして、今回に臨むはず。なら、初出場と考えていいはずだ。だけど、こっちは今までは全く違う格好をしていた可能性も高いから、可能性の範囲内。もう一つは、“死”や“殺し”に関する名前。これに関してはぶっちゃけないと思ってた。が、結びつけようと思えばいくつかある。けど、そもそもこんな血腥いゲームなんだから、特に何も思わずそういう名前にしている可能性は高い。だからこっちもそういう線もあるだろうな、程度。

 それに、そもそもBoB予選受付は終了してないんだから、まだ登録してない可能性もあるしな」

 

「確定はできないわけね」

 

「結論だけ言えばな」

 

 蓋を開けてみないことには、奴さんが誰なのかは分からない。が、見た目が変わらない可能性が高いのならば、

 

「蓋開けてみれば簡単だろうな。プレイヤーネーム特定できれば簡単だ。俺もストリーミング見ながら特定するつもりだ」

 

「出場しないにしても、君も潜るかもしれないわけだよね?」

 

「まあな」

 

「なら、サポートはお任せあれ!ってことで。私なら、菊岡さんのデータベースにもアクセスできるし」

 

「・・・くれぐれも無茶はしてくれるなよ」

 

「データベースに関しては菊岡さんの許可とってるので大丈夫です」

 

「そうじゃなくて。くれぐれも慢心しないように、ってこと。戦いにおいて、後方支援から叩くのは基本だろう?」

 

「全く。私のことばっかでいいの?」

 

「俺は自分の身は守れるからな」

 

「・・・そういう意味じゃないですけど・・・」

 

 ため息交じりの永璃ちゃんの言葉に、俺は首をかしげることしかできなかった。

 

 

 

 キリトのコンバート日は菊岡から事前に聞いていたので、俺はそれに合わせてログインした。おそらく先にインしてマーケットにいるだろうキリトを追いかけ、マーケットに向かった。

 

―――Side キリト

 

 シノンに連れられてきたマーケットで、俺は彼女に案内される形で、例のミニゲームについた。と、そんな俺たちに、一人の小柄な影が近づいてきた。

 

「やっほーシノン。珍しいね女二人連れって」

 

「あ、ロー・・・じゃなかった、エヴォーラさん」

 

「そそ。ありがとね、そっちで呼んでくれて」

 

 話しかけたプレイヤーは女の子だった。すっぽりとフードをかぶっていたから、直視するまでは気づかなかった。柔らかな色合いの、ちょっと癖毛な長い金髪は、先に行くにしたがってピンクのような色合いになっていた。目はぱっちりと赤い。控えめに言って可愛いアバターだった。―――胸はないが。

 

「私は、この人が、グロッケンで一番大きなマーケットにある、アンタッチャブルってミニゲームを知らないか、って聞いてきたもんだから、案内してたの」

 

「へえ。てことは君、やる気なの?」

 

「え、まあ、知り合いに、“お前なら少なくともいいところまでは行ける”って言われて」

 

「へえ・・・」

 

 どうやら興味を持たれてしまったらしい。おそらく、この人も同じ女性プレイヤーとしてのシンパシーを感じているんだろう。好き好んでこんなアバターになったわけではないが、こういう時は役に立つ。

 

「あ、名乗り忘れてた。私はこういうものですよっと」

 

 そういって、彼女はメニューをさっさと操作した。こちらに表示されたアバターカードに表示された名前は、“lotus”。・・・ん?

 

「普段はばれるのが嫌だから、エヴォーラって名乗ってるだけ。よろしくっぽい?」

 

 可愛くウィンクされて、俺はあっけにとられるしかなかった。

 

―――Side キリト Out

 

 

 いやー、面白い。完全に注文通りの反応じゃん。で、今の反応でほぼほぼ確定。この黒髪の子、キリトだな。

 

「え、ていうか、男!?この見た目で!?」

 

「俺もこの見てくれはびっくりしたんだよなー。というか、そこの彼女も最初びっくりしてたから安心して?」

 

「ほんっと詐欺よねこの見た目。本人のふるまいも相まって、下手な女より女らしいわよ、こいつ」

 

「それより、新たな挑戦者が現れたみたいだぜ?」

 

 俺の言葉に、二人の顔が前を向く。突進していった挑戦者は、突然ぴたりと奇妙な体制で静止する。それは、NPCガンマンから出てくる赤い線をよけるように。そして、その線をたどって弾丸が飛んで行った。

 

「あれ、今のって」

 

「気づいた?あれが防御向けシステムアシスト、弾道予測線。通称、バレットライン」

 

「長いから、ライン、って呼ばれてるな。引き金に指をかけた瞬間に、そのラインが弾道を示して伸びる。つまり、狙った方向にラインは伸びるわけだ。だけどま、あのガンマンはインチキじみた速さの射撃能力があってだな、ラインが見えた時には、ご覧の通りってわけだ」

 

 俺が喋っている間に、今のチャレンジャーはあっさりと負けていた。

 

「・・・なるほど。見たほうが早いって、そういうこと」

 

 そういって、キリト(仮)はミニゲームに進む。その様子を、シノンは不安げに見つめていた。

 

「え、大丈夫なの、彼女」

 

「たぶん大丈夫だ」

 

「・・・どうして言い切れるわけ?」

 

「質問に質問を返すようで申し訳ないけど、なんであいつ、このミニゲームがあるって知ってたと思う?」

 

 俺の言葉に、キリトの動きを見ながらたっぷり数秒考え、思い当たった。

 

「・・・ああ、知り合いって、そういう・・・」

 

「そういうこった」

 

 そんな会話をよそに、キリトはサクサクと進み、かなりあっさりとクリアしてのけた。戻ってきたキリトに、俺はさっくりという。

 

「な、簡単だろ」

 

「確かに、コツが分かればイケる」

 

「・・・あんたら、どうやったらこんなゲームクリアできるのよ・・・?」

 

「あのなシノン。俺らスナイパーには馴染みないかもだけどさ。このゲーム、基本的にはラインが見えた時には手遅れ、ってことはそんなに珍しくないわけ。そんな状態で回避するにはどうすればいいと思う?」

 

「は!?見えた時には遅いものをどうやって回避しろって言うの!?」

 

「頭が固いよシノン君。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、これはどこに撃ってくるかを予測するゲームってわけだ」

 

「はあ!!??」

 

 シノンの驚きに、俺たちは首を傾げた。

 

「そんなに驚くことですか?」

 

「驚くわよ。そもそも、そんなのどうやってやるのよ!?」

 

「それはすぐ考えれば分かる話。実践でも役立つ技術だから、そう簡単には教えないけどね」

 

 俺の言葉にシノンはあからさまにむっとしたが、何も言わずにおとなしくしていた。

 

 

 

 さて、武器選びなのだが。

 

「あれだけプールされてれば、よっぽどの武器は買えるから、選び放題だな」

 

「おすすめは?」

 

「重めのアサルトがあればいいけどなー。もしくはLMG」

 

「あるわけないでしょ。ここは基本的に、初心者から中級車向けの武器を扱ってるところなんだから。精々言って、低STR向けの安価で軽量なものでしょうよ」

 

「それもそっか」

 

「あの、お二人さん。なんでアサルトライフル、って、拳銃弾より口径が小さいのに威力が高いんですか?」

 

「説明してもいいけど、炸薬量やら弾丸形状やらっていう、長ったらしい上にえらくマニアックになるわよ?」

 

「え、遠慮しておきます」

 

「賢明な判断だ。で、武器の希望ってあるか?」

 

 俺の質問には答えられないようで、キリトは適当に周囲の棚を見る。と、ある一つに視線を注いだ。

 

「この世界にも剣ってあるんですね・・・」

 

 その言葉で俺は大体察した。と、同時に呆れた。

 

「ジェダイにでもなるつもりかお前は」

 

「ジェダイ?」

 

「・・・分からんならいい」

 

 呆れる俺たちをよそに、キリトはあっさりと光剣を購入。

 

「残金どれくらいだ?」

 

「え、っと、2万くらい・・・」

 

「つーことはハンドガンくらいか・・・アサルトやSMGだとマガジン考慮すると足らないからなぁ・・・」

 

 てことは、必然的にメインは光剣になるわけで。・・・あんなのメインウェポンにする馬鹿はこいつくらいだろうなぁ・・・。

 

「何がいいと思う?」

 

「こいつなら大抵の銃は扱えるから、極端な話デザートイーグル50AEとかでも問題なさそうだな。だけど、あれって意外とリコイルがきついから、光剣と併用するってなると不向きかな。お手頃なレイジングブルとかはそもそもおいてないし・・・。何か希望があればこっちもそれを考慮するけど」

 

「あ、お任せします」

 

 とのことだったので、適当に選ぶことにした。さて、光剣と併用するという前提なので、いちいちコッキングの必要なリボルバーは却下。セミオートハンドガンでそこそこの威力とリコイルっていうと、

 

「ファイブセブンなんかよくね?」

 

「P90の弾丸使う奴よね?」

 

「そそ。お手頃で威力もそこそこだし」

 

「いいかもね」

 

 

 

 俺たちの一存で装備を整え、射撃練習も終えられたのはいいものの。

 

「やっべ、時間」

 

 俺の言葉でシノンの顔も凍り付く。時間は既にBoB受付終了間際になっていた。

 

「走っても間に合わないわね・・・!」

 

「シノン!ヴィークル!」

 

「その手があった・・・!でも私は運転なんて・・・!」

 

「俺ができるから問題なし!」

 

 俺たち三人とも走りながら会話を済ませる。GGOには、急ぎのためのそういうものも完備されているのだ。俺が先行して車のエンジンをかける。二人が乗り込んだのを見て、俺は車を走らせた。

 

 

 

 ま、結論から言うとぎりぎり間に合ったことには間に合ったのだが。キリト(仮)を女と思っていたシノンが控室で着替えだし、その関連でキリトの頬にはきれいなモミジが刻まれるに至った。ちなみに俺は、かつてのアスナと同じように、装備の上からフーデットケープをかぶっているだけなので着替えはいらない。というか、俺の場合ここにいるというだけで人が集まってくるので、これは本当に欠かせない。

 

「さて、俺はちょいとやることがあるから落ちる。二人とも頑張れよ」

 

「はいはい」

 

「そっちもな」

 

 二人の言葉を背に受けながら、俺はログアウト処理を行った。

 

 

 さて、それから少しして、俺の携帯に着信があった。

 

「もしもし」

 

『BoB予選出場者名簿が出来上がったので、送るね。一応私の方でざっと見てみましたけど、ラフコフ幹部はいなかったよ』

 

「やっぱりか。それ以外の可能性は?」

 

『死にまつわる名前でパッと目についたのは、ステルベン、って名前。おそらく、今回がBoB初出場』

 

「ほう。ドイツ語か何かか?」

 

『ご明察、ドイツ語。意味はそのまま、死』

 

「ドストレートだなこれまた」

 

『とりあえず、引き続き調査を続けます』

 

「おう、頼んだ」

 

 それだけで電話は切れる。俺としては、ドイツ語というのがとこか引っかかってならなかった。

 




 はい、というわけで。

 主人公の見た目→もしかしなくても:ぽいぬ(胸はない)
 偽名の由来?ほかの候補がエランとかエスプリだった、っていう時点で察してください。

 今回は調査回でした。
 見た目がアレなので、初見の人の前では女っぽく振る舞っているだけです。知ってる相手ならそれ相応の対応になります。なお例の毒鳥さんには男と見抜かれた模様。

 乗り物設定はオリジナルです。でもレンタバギーがあるのなら車もあってしかるべきだと思うの。

 さて、次はBoB観戦&分析編です。ゲストキャラが出てきますのでお楽しみに。

 ではまた次回。


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55.状況開始

 GGOにログインして、俺はBoBの予選を眺めていた。はっきり言って、まずキリトのようなスタイルはあちこちで話題を呼んだ。まあそうだろう。飛び道具がこれでもかというほど充実しているゲームにおいて、わざわざあんな武器を選ぶもの好きなど他にいてたまるかという話である。他に気になったのは、初出場組。この手のゲームのご多分に漏れず、いわゆるネカマプレイはできない仕様になっている。もし仮に、今回の事件に備えてサブアカを作っていたとして、明らかに男性の声のアバターを使用していた死銃は女性アバターを使うことはできない。というか、GGO界隈の中では、死銃なんて眉唾モンだろうという意見がほとんどだ。ま、当然だな。ゲームの中で撃ったら現実の人間も死ぬなど、眉唾物にもほどがある。俺だって、現実に死人が出ていると思われる情報がなければ、そんなのウソの情報だろうと思っていたに違いない。その中で、気になる格好をしていたプレイヤーがいた。プレイヤーネームは、“Sterben”。一瞬、スティーブンのスペルミスかと思ったが、すぐに気付いた。

 

(ああ、こいつか、ステルベン)

 

 ボロマントにドクロ仮面。使用武器はスナイパー。俺はそこまで銃に詳しいわけではないから、どの銃を使っているのかまでは分からなかった。精々が、雰囲気がAS50(俺の銃)と似てるなー、という程度だ。だが、それより、俺は気になることがあった。

 

(マントにどくろ仮面・・・。まさか、な)

 

 と、そんなことを考えていると、見知った顔が酒場に戻ってきた。確かこいつ、さっきステルベンと戦ってたな。と思い、近寄って行った。

 

「よっす、デビット。お疲れ」

 

「ああ、お前か・・・。見てたのか?」

 

「まあね。ちょいと聞きたいことがあってさ。一杯くらいはおごるよ?」

 

「ここでいいのなら」

 

「OK、交渉成立」

 

 俺が話しかけたのはデビッド。GGOの古参プレイヤーで、俺の正体を知っている数少ないプレイヤーの一人だ。

 

「しかし、いつみても中身男とか詐欺だよなお前」

 

「誉め言葉として受け取っとく。というか、これ結構苦労したんだよ?」

 

「・・・マジで詐欺だわ」

 

 笑いながらの返しに、デビッドは心底呆れて返す。

 

「それより、お前こそ出てないのかよ、BoB」

 

「ま、一身上の都合、ってやつよ。じゃ、お互い次の大会へ向けて、ってことで」

 

 俺の一声に、二人ともそろってカップを上げる。一口飲んでから、再び画面に目を移す。

 

「当然っちゃ当然だけど、これってフィールドによってはなすすべなく終わるよね」

 

「実際俺がそうだったからな」

 

「あれま、それは失敬」

 

「で、聞きたいことってなんだ?」

 

「おたくが負けたステルベン、ってプレイヤー。どんな銃を使ってたのかなーって」

 

「お前、見てたんじゃねえのかよ」

 

「いやー、ほら、俺ってそこまで銃に詳しくないからさ」

 

 俺の言葉に、デビッドはため息をついて、少し考え込んだ。

 

「移動時間から鑑みて、かなり射程距離の長い銃だな」

 

「デビッドの銃って、確かアサルト、だったよね?」

 

「まあな。グレランつけたアサルトだ。そのレンジ外からやられた。つまりは砂だな」

 

「砂かぁ・・・」

 

「でも、一つ妙なところがあるんだよな」

 

「妙なところ?」

 

「聞こえなかったんだよ、銃声が」

 

「は?砂なのに?」

 

「ああ。砂なのに、だ」

 

 そう言いつつ、二人して中継画面を見る。おのずと行きつく先は一つだった。

 

「あれ、俺の銃と似てる?」

 

「こいつは・・・!なるほど、それでか」

 

「知ってるの?」

 

「知ってるも何も、お前の銃の系列銃だよ」

 

「俺の銃?AS50の?」

 

「ああ。型式名は確か、L115A3、だったかな。弾丸はラプアマグナム」

 

「ラプアマグナム、ってことは、確か33口径くらいだっけ」

 

「ああ。サプレッサー付きの狙撃銃だ。最大射程距離は、確か世界記録で2400m超だったはずだ」

 

「わーお、俺並みじゃん」

 

「お前はスペックの暴力だけどな」

 

「ま、ツイてただけだよ」

 

「・・・マジでお前男とか詐欺だわ」

 

「唐突な理不尽!」

 

 適当に話していると、突然呟かれたコメントに思わず反応する。でもま、こいつがこう思うのはある意味仕方ない。

 

「こんな見た目だからね。それっぽくみられるように努力したんよ」

 

「ナンパされたりしないのか?」

 

「そもそもフーデットケープかぶってたら、見た目が分からないからね。ナンパも合わない」

 

「なるほどな」

 

「ま、一部の変態には見破られたけどね」

 

「は?お前を男と見破ったっていうのか?」

 

「正確には、なんかおかしいなー、って思ってただけみたいだったけど。カマかけられて俺がばらした形。デビッドも知ってるでしょ?あの毒鳥(ピトフーイ)だよ」

 

「ああ、あいつか・・・」

 

 ピトフーイは、古参のGGOプレイヤーの一人だ。女性なのだが、こいつ、相当にイカれている。筆舌に尽くしがたいレベルでイカれてる。古参プレイヤーはそのイカれっぷりからほとんどが知ってるくらいにイカれてる。特に、詳しく聞いてはいないものの、デビッドは彼女となにやら因縁があるらしく、すごく反応が微妙なることもしばしばだ。

 

「さて、俺はちょいとリアル側の用事で落ちるわ。傭兵稼業は廃業してないから、何かあったらまた頼ってよ」

 

「ああ。願わくばお前とは、敵として会いたくはないからな」

 

 そんなことを別れのあいさつに、俺はメニューからログアウトの処理を行った。

 

 ログアウト処理を終え、俺はすぐにスマホを手に取った。そのまま、菊岡の番号にダイヤルする。

 

『もしもし』

 

「俺だ。すぐに参照してよこしてほしいデータがある」

 

『死銃の手掛かりかい?』

 

「確定じゃないがな」

 

 そのまま、俺は、あの世界で俺が知っているそいつの情報をしゃべった。過去、この妙に回転の速く覚えのいい頭を恨めしく思ったこともあったが、こういう時は感謝だ。

 

『分かった。すぐに調べて転送するよ』

 

「頼むぜ」

 

 それだけ言い残して、俺は電話を切る。菊岡にこの話を持って言った時点で、おそらく永璃ちゃんにもこの情報は行くはず。持ち帰った仕事を機械的に進めるが、どうにも進まない。俺の最悪のルート通りになった場合、俺はリアルで殺人を犯す必要がある。

 

(・・・今更か)

 

 ふ、と息を吐き出す。今日は無性に、強い酒でも欲しい気分だった。

 

 

 

 

 翌日。俺の予想通り、そいつは速いタイミングで酒場に現れた。俺が想定していた通りの格好だったから、すぐにわかった。

 

「久しぶりだな、赤眼の」

 

「・・・誰だ、お前は」

 

「おいおいおい、連れねえな。って、まあ、この見てくれじゃ、威厳も何もないがな」

 

 いつものこっちの声より、意図して低くしている。いつもの口調のほうは、意図して高くしゃべっているから、余計に低く聞こえるはずだ。

 

「・・・貴様・・・!」

 

 こいつはなんだかんだで観察眼が鋭い。殺したいが先立って比較的パーなジョニーではなく、クレバーなこいつなら、おそらく気付く。そう踏んだからこその接触だ。

 

「やっぱりお前か」

 

「・・・さすが、だな。クレバー度合いも、変わらずか、(はす)

 

「てめぇに言われたくねえな」

 

 そして、見事に俺のカマかけにこいつはかかった。俺に対するこいつらの恨みなら、少しのカマかけでも乗ってくる可能性が高い。その俺の目論見に、見事に引っかかった形だ。

 

「だがまあ、本当にお前だとはな」

 

「たまたまだがな。残念だったな、殺害対象にできなくて」

 

「こちらの、手段まで、おみとおしか」

 

「細かい手段までは分からん。が、大体読める。あんたは確か医者の息子だろう。それなら、必要な道具は簡単に揃えられるはず。鍵しかり、現実の凶器しかり、な。あとは簡単だ。住所に関してどう調べたのかは知らんが、そこさえどうにかなれば終わりだ」

 

「それでも、お前に、何ができる」

 

「ああ確かに、俺一人じゃ何ともならん。だがな、お前がそうであるように、俺が一人だとなぜ決めつける」

 

「・・・フン。あの小娘ごとき、簡単に殺せる」

 

「―――やれるもんならやってみろ。その時は俺がお前を殺す」

 

 自分でも特に意識はしていなかったが、はっきりと分かるほどに俺の声は低くなった。俺はそのままログアウト処理をし、すぐに連絡を取った。

 

『どうだったんだい?』

 

「ビンゴだ」

 

『了解だ。さすがだね』

 

「支援を頼むぜ」

 

 それだけ言い残し、すぐに電話を切る。上着と車の鍵、携帯とペアリングした小型ヘッドセットを手に取り、即座に外に出る。今となっては珍しいものになったPHVのエンジンをかけた。通勤用に安い中古車と言うことで、俺が給料を前借りする形で買ったものだ。運転席に座ってヘッドセットをつけ、一言つぶやく。

 

「ストレア」

 

『はいはーい、状況はエリーから聞いたよ?』

 

「相変わらず手の速い子だ」

 

『それ、本人が言ったらむっとしそう』

 

「そういう意味で言ったわけじゃねえよ」

 

 少し前から、バレないようにではあるが、ストレアが俺と永璃ちゃんのサポートに入っていた。最も、電子系において、彼女にサポートが必要かどうかというのは、少々以上に疑問符が付くが。

 

『Mストは全部の視点で見てるよー。さっきの会話から察して、ザザさんをちゃんと見ればいい?』

 

「厳密にはステルベンだ。ドイツ語でステルベン」

 

『へえ、お医者さんだったりするの?』

 

「・・・なんでそうなる」

 

『ステルベン、っていうのは、医療現場においては、患者の死亡を示すんだよ。だからそうかな、って』

 

 それで、俺の引っかかりが解決した。そうか、だからなんか引っかかったのか。

 

「・・・そういうことか。ザザは医者の息子だよ」

 

『そ、っか。・・・!動いた!』

 

「どうした!?」

 

『例のザザさんが動いた。撃たれた相手は動けないみたい!撃たれた相手の住所までナビするよ!』

 

 直後、俺は車を動かした。

 

 

 ストレアのナビに従って、法定速度を少しオーバーするくらいで飛ばす。監視カメラの情報や交通情報から、最速ルートで車を飛ばす。なんとかたどり着いた場所は、既に鍵が開いていた。部屋に入ると、そこには誰もいない。部屋の主は、既に回線切断されていることは、運転中に知らされていた。

 素早く脈をとる。俺の想像通り、脈は既に止まっていた。軽く合掌し、遺体を改める。相手が動かないと動けない以上、殺人を未然に防ぐことはほぼ不可能に近い。だから、俺の目的はこちらにあった。

 

『バイタルデータ参照、完了。回線切断寸前に、心停止に近い反応あり。おそらく本人、かなり苦しみながら死んでいっただろうね』

 

「人工的な心停止の誘発か」

 

 遺体は死後硬直が始まっていない。それを加味しても、かなり遺体は柔軟性があった。

 

「筋肉の硬直はなし。出血は見たところなし。内出血もなさそう。硬直もないところを見ると、使われたのは筋弛緩剤か何かかな」

 

『でも、直後に亡くなったのなら、薬剤注入時の注射痕があるんじゃない?』

 

「その辺は、ザザが一枚噛んでる時点でどうにでも説明はつく。例えば、注射痕のない特殊な注射器を使ったとか、注射痕を消したとかな」

 

『精密検査してみないと分からないね。次のターゲットは誰だと思う?』

 

「分からんな、こればかりは。この付近に住んでいるBoB出場者、なんていう、都合のいい物件があれば話は別だが」

 

『さすがにこの付近にはいなさそうだね。今住所を照会したけど、最寄りでも、少なく見積もっても10kmは離れてるよ?』

 

「10km、か。平均時速60kmで飛ばしたとして、現地到着まで10分。一般道や路地、その他諸々を勘案して、移動時間は15分から20分くらいか。自転車だとしたら移動だけで30分くらいは覚悟しないといけないな。BoBは大体1時間ちょっとくらいで終わる上に、最初の10分は動かないのがセオリーだから、実質行動できる時間は50分くらいか。ゲームの中の準備を整えてから、ってことも考えると、あまりにも時間が足りなさすぎる」

 

『ということは、やっぱりもう一人いる、ってこと?』

 

「十中八九な。今、ステルベンを操作しているのはおそらくザザの野郎だろう。となれば、協力関係として真っ先に名前が挙がるのは、ジョニーか」

 

『現実でのコンタクト・・・確認。それっぽい人影がちらほらと散見されたよ』

 

「仕事の速いことで」

 

『エリーがまとめてたの。もしかしたら役に立つかも、って』

 

「さすが」

 

 あの子は、この状況で俺が何を求めるのかを分かっていたらしい。とにかく、欲していた情報は手に入れた。

 

 

 車に戻って、俺はゆっくりながらも一つの家に向かった。ストレアの情報から、今回のターゲットの場所は割れていた。おそらく永璃ちゃんが暴いたものだろうが、・・・うん、彼女のこの手の技術にツッコミは無用だな。というか、下手に藪をつついたらキングコブラあたりが出てきそうで怖い。

 

『ここだよ』

 

「おう、サンキュ」

 

 その言葉とともに、俺は道端で車を止める。かなり大きな家であることは、事前情報として仕入れていた。

 

『でも、どうするの?これじゃ侵入は難しいよ?』

 

「そうだな。こっそりお邪魔するのは難しそうだ」

 

『え?無策でここに来た、ってわけじゃないよね?』

 

「なわけねーだろ。こっそりお邪魔するのが難しいなら、堂々とお邪魔するまでだ」

 

 俺の言葉に、唖然とした雰囲気のストレアをよそに、俺は大きな玄関へ歩く。チャイムを鳴らすと、すぐに反応があった。

 

『はい』

 

「すみません、総務省仮想課の者です。少々ご子息についてお話をお伺いしたいのですが」

 

『分かりました。少々お待ちください』

 

 その返答とともに、玄関の鍵が開いた。それを歓迎の合図と見て、俺は営業用の笑みの下に暗い笑みを浮かべた。

 

「これなら、万が一があっても、菊が口裏を合わせるだろうさ」

 

『なるほど、確かにね』

 

 ぼそりとつぶやかれたコメントに、ストレアはため息交じりで同意を示した。

 




 はい、というわけで。

 ゲストキャラはデビッドさんでした。普通に強いキャラのはずなのに、主にピトさんのせいで半分くらいネタキャラになってる悲しいお人。砂にやられたらしいので、今回はステルベンさんにやられてもらいました。ステルベンさん強いっぽいし。

 SAOクリアしたときにはMFゴーストみたくガソリン車ほぼ全滅にはなってないでしょうから、PHVくらいは残ってるだろうと思ってこういう車種選択です。PHVもガソリン車じゃないかって?一応あれ、区分的にはEVです。自分も驚きましたが。

 さーて、次はようやくリアルでのラフコフ関係者とのご対面です。長かった。
 あと、ぶっちゃけ次は人を思いっきり選びます。書いた自分が言うのもなんですが、気分が悪くなったから読むのやめる、というのも結構です。読み直して「これちょっと頭おかしくね?」って思いましたから。他にうまい筋書きが思い浮かばなかったのでそのままでしたが。

 ではまた次回。


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56.赤眼

 案内された応接室で、俺は周りを見渡した。決して派手ではなく、しかして飾りすぎない。地味ではなく、それでいてよく見ると良い物を使っていることが分かる。いわゆる成金ではなく、ちゃんと見るものを見て買っているのがよくわかる。下手な骨董品が置かれていないあたりその証左だろう。だがおそらく、戻ってきた奴にとってみれば、

 

「くそつまらない部屋だっただろうな」

 

『へ?』

 

「なんでもないよ」

 

 あいつはSAOで、完全と言ってもいいほどに倫理観やモラルというものを破壊された。あいつは、あのPoHとかいうふざけた男には、それができるだけの能力があった。そんなことを考えていると、一人の女性がカップをお盆にのせて持ってきた。

 

「ごめんなさいね、ちょっといろいろあったものですから」

 

「いえ、約束も無しに、ぶしつけな真似をしたのはこちらですから」

 

 そんなことを言ってほほ笑む。出された紅茶を一口飲む。その光景を見てか、相手が問いかける。

 

「すみません、昌一はいま、VRゲームの大会だとかで」

 

「あれまあ、そうでしたか。ちなみに、どのようなゲームの?」

 

「弟の恭二がやってる、えっと、ガンゲイル・オンライン、だったかな」

 

―――大当たり(ビンゴ)だ。完全に札は揃った。

 

「あの、昌一が何か・・・?」

 

「順序だてて説明する必要があります。まず、親御さんは、息子さんがSAOの中でどのようにしていたか、ご存知でしょうか?」

 

「え?えっと、プレイヤー相手に戦っていた、とは・・・」

 

「それだけでしょうか?」

 

「はい」

 

 長く息をつく。確かにあいつなら、自分が人殺しだと伝えたらどうなるかなど想像することができるだろう。ならば、本当を交えた嘘をつくはず。だが、これはさすがに、本当の事を包み隠さず話さなければ先には進めない。

 

「・・・まず先に、大前提として。今からお話しすることは、すべて事実です。驚かないでください、とは言いません。が、頭ごなしに否定して思考停止するようなことはなさらないよう、お願いします」

 

 俺の少し大げさともとれる言葉に、少し顔を青ざめさせながら、相手は頷いた。

 

「ゲームにおけるプレイヤー同士の戦闘、通称PvPは、大きく分けて二つあります。ある程度の安全が伴った状態で行われる、いわば模擬戦のようなもの。普通に模擬戦と呼ばれる場合もありますが、一定の条件が伴えば、デュエルと呼称されます。そして、―――安全性の全く伴わない、相手を殺す可能性の高い、あるいは完全に殺しきるための戦闘。SAOもあくまでゲームでしたから、この、相手を殺すための戦闘が一定数発生していました」

 

「・・・まさか!」

 

「ご存知でしょうが、“あちら”で死ねば、“こちら”でも死ぬことは、プレイヤーにも通達済みでした。SAOでのプレイヤーキルが、現実世界における殺人だと同義だと、プレイヤーの全員が理解していました。それでもなお、その人の道を外れる行為を推奨した、狂っているとしか思えないプレイヤーがいたのですよ。“これはゲームであるのならば、PKするのも楽しみの一つだ。それに、ここでの人死には、そのすべてが茅場晶彦という狂った技術者のせいなのだから、自分たちのせいではない”、とね。その男は、自分に賛同するプレイヤーキラーたちを集めて、一つのギルドを結成します。名前はラフィン・コフィン。SAO史上最悪の、殺人ギルドでした」

 

「まさかとは思いますが、うちの子が・・・!」

 

「ええ。ラフィン・コフィンの中でも、幹部格のプレイヤーでした。昌一君はしばしば、カウンセリングを受けていたはずです。これは、SAOで積極PKを行ったプレイヤーに対するものです。彼は、合理的に、殺せる相手を選んでしっかり殺すこと。そして、得物がエストックという、使用者の少ない癖が強い武器であるということで有名でした」

 

「・・・そんな・・・」

 

 頭を振って、何とか混乱した頭を整理しようとする。少し間をおいて俺は続けた。

 

「話を続けさせていただきます。

 彼のほかに、ラフィンコフィンの幹部は三人いました。先ほど申し上げた、諸悪の根源である男。残りの二人のうち、一人は内部からラフィン・コフィンの壊滅を狙っていたことが判明しています。残るもう一人のプレイヤーと、昌一君はよく組んでプレイヤーキルをしていたそうです。そのプレイヤーとは、現実世界でも、面識があったようなんです」

 

「息子が、人殺しで、その仲間と今でもつるんでいる、と・・・?」

 

「ええ。そして、ここからが重要です。私がここに来た理由でもあります。

 まず、こちらを」

 

 そういって、俺はいくつか書類を見せる。それはどれも、死銃事件にかかわるもの。

 

「これは、仮想世界のアバターと示し合わせて行われたであろう、殺人事件と思われるものの資料です。この事件に、息子さんたちが大きくかかわっている可能性が高いとみています」

 

 さらりとにおわせるように言い方を変えても、やはりそこは母親。信じられないようにかぶりを振った。

 

「そんな・・・!息子が、現実でも、殺人を・・・!いったいどうして!?」

 

「それはお二人に聞いてみるほかありませんな。もっとも、主犯共犯含め二人で済めば、と思ってはいますが」

 

「済めば?まさか、こんなことに三人以上かかわっているとでも!?」

 

「そこまでは分かりません。が、可能性は高いと思います。そして、その中に、ご子息たちが含まれている可能性が高いとも」

 

「たち・・・?まさか、恭二まで!?」

 

「こんなことの片棒を担がせられる人物などそうはいない。ですが、それこそ、あの男がそうしたように、もし万が一、昌一君が恭二君を煽動させることに成功したなら。可能性は十分にあり得ます」

 

 俺の発言に、彼女はかぶりを振るのをやめ、俺の目を見て、黙り込んだ。

 

「徒に、口から出まかせを言っているわけではないのね・・・」

 

「ええ。死因はいずれも心不全。しかしこれは、遺体の腐敗が進んだ状態での死因推定結果です。それに、仮想空間で空腹を紛らわし続け、現実世界で栄養失調による体調不良、ひいては死亡、という事例がいくつか確認されていることは、ご承知の上だと思います。

 救急設備のある病院なら、緊急時に使用される、医療用マスターキーが存在するはず。また、放置すれば検出が困難になる劇薬も、同等に入手可能です。どちらも、身内のいる病院からなら、入手は容易でしょう」

 

 ここで、俺は黙り込む。あとは、この人の良心にかけるしかない。

 

 正直、これは分の悪い賭けだ。

 まず、いくら事実のみ話すから信じろ、と言われても、自分の子がそんなことをしている、と言われて、はいそうなんですか、と頷くような奴はなかなかいないということだ。どうあっても、自身の子を信じる親がおよそ一般的だ。ぽっと出の第三者にそんなことを言われても、信じない可能性のほうが高かった。

 次に、病院から物品がなくなるということを、部外者である俺に伝える可能性が低いということだ。もし俺の推理が正しいのであれば、昌一は病院から何らかの筋弛緩剤と、医療用緊急マスターキーを入手して、今回の凶行に及んでいる。俺からしたら、身内という精神的な穴をついた合理的作戦だと思うだけだ。だが、これが、病院組織の一員であり、自分の身内が行った可能性があるとすれば。信じられない以前に、病院としての汚点を表に出したくない、という心理が働くはず。それを、俺のような若造に話す可能性は低いと思っている。

 どれだけよく見積もったとして、可能性は五分五分。はっきり言って分が悪すぎる。でも、俺はこの手にかけるしかなかった。

 

 しばらくの沈黙の後、彼女は長く息をついた。

 

「直接病院に関わっているわけではなくとも、情報は入ってきます。ですがそれだけです。そのわずかな情報でも、漏らすことは許されていません。私の立場はそういうものです。

 なので、ここは私の独り言です。信じるも聞き流すも、あなたの自由です」

 

「分かりました」

 

―――どうやら、俺は賭けに勝ったらしい。この部屋の盗聴器は、ストレアが調べ上げて全部無効化してある。

 

「最近、病院で、緊急用のマスターキーと、筋弛緩剤であるサクシニルコリン、そして無針注射器が3つ、消失しているのが確認されたそうです。あくまで致死量すれすれで投薬すれば、という仮定に基づけば、ですが、7、8人ほどは死に至らしめる計算です。もともと、サクシニルコリンは即効性の高い、筋弛緩性の作用をもたらす劇薬。少量でも十分に人を死に至らしめます。それに、この資料によれば、亡くなったお二人はどちらもかなりのヘビーゲーマーだったようですね。痕の残り辛い無針注射器で致死量のサクシニルコリンを注射し、その遺体が腐敗の進んだ状態で発見されれば、“現実での体調管理を怠ったことによる栄養失調からくる心不全”という死因推定が出ることは、全く不自然ではありません」

 

 吐き出される言葉を、俺はゆっくりと飲み込んだ。この母親は、俺の前でこの発言をする、その意味が分かっている。でもそれでも、この言葉を吐き出す選択をした。純粋に頭の下がる思いだった。

 

「・・・息子さんの部屋を拝見してもよろしいですか?」

 

「ええ。でも、いま息子は・・・」

 

「承知の上です。でも、もし彼が犯人の一員なら、その証明となるものが確実にその部屋にあるはず。年頃の男の子である以上、母親が部屋に入ることは忌避感を覚えるでしょうが、自分なら多少は大丈夫でしょう」

 

「赤の他人というのも、それはそれで・・・」

 

「問題ありませんよ。私は彼と、SAOで面識がありますから」

 

「・・・と言うことは、あなたも、その、殺人を・・・?」

 

「・・・小を殺して大を生かそうとして失敗した、ただの道化ですがね」

 

 俺の自虐的な言葉に、彼女は息を呑み、目を伏せた。この一言で察せられるとは、なかなか聡いお人らしい。

 

「ならば、SAO被害者家族として、また母親として一言ずつ、言わせてください。

―――恨まれることが怖くはないのですか」

 

「怖くない、と言ったら嘘になります。が、これは自分で選んだ道です。後ろ指さされようと、石を投げられようと、選んだ時点で覚悟など済ませてあります」

 

「そうですか。

―――そこまで覚悟ができていたのに、どうして、息子を止めてはくれなかったのですか」

 

「止められなかった、というのが本音ですね。

―――生け捕りなどというのは、偶然が重ならなければ起こりえなかったでしょう。彼らは、自分が死ぬか相手が死ぬか、それしか考えていない節がありましたから。真正面から殺すのも難しい以上、私には何もできなかった。言い訳はしません」

 

「・・・狂ってる」

 

「ええ、狂っていました。私も気が狂いそうだった。でも、何を言っても、もう言い訳に過ぎません。死者は戻ってこない。目的が手段を正当化することもない。それが真実であり、それ以上でも以下でもない」

 

 俺の言葉に、じっと真正面から彼女は俺の瞳を見つめた。俺もまた、目をそらすことはしなかった。

 

「少々準備をしてまいります。そのあと、息子の部屋へ案内します。・・・どうか、お願いします」

 

「・・・分かりました」

 

 その言葉に込められた意味を、俺は明確に読み取った。

 

 

 

 昌一―――ザザの部屋に入る前に、夫人は思い出したように声をかけた。

 

「もし、あなた」

 

「どうされました」

 

 振り返った俺の手に、手袋をはめた手で小さな機械が渡された。

 

「無針注射器です。中身は、―――お分かりですね」

 

「・・・あなたは、」

 

 思わず絶句してしまった。俺がためらっている間に、彼女はゆっくりとかぶりを振った。

 

「あなたなら託せる。それに、あの子は、大会は大体1時間くらいで終わると言っていました。そろそろ、戻ってきても不思議ではありません。

―――本来なら、私たちがすべきことなのかもしれませんが―――」

 

「いえ。

―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうか、お気に病まぬよう」

 

 それだけ言うと、俺はポケットに、無針注射器を忍ばせて、扉を開けた。

 

 部屋はいたって殺風景だった。あいつらしい、必要なものだけを置いた部屋。パッと見たところ、キーになりそうなものはない。だが、それはこちらが生身だけの話だ。

 部屋に置いてあるパソコンの電源を入れ、ケーブルを使ってスマホを接続する。

 

「頼むぜ、ストレア」

 

『全く人使いの荒い・・・』

 

 ぼやきながらも、電源の入ったパソコンの中に彼女が侵入する。解析結果はすぐにもたらされた。

 

『やっぱりこれ、SAOのザザのアカウントをそのままコンバートしたものだよ。ステータスバランスもそのまま。名前だけがステルベンに変わってるね』

 

「やはりか」

 

『芋づるで情報が出てきた。参照・・・完了。第三回BoB出場者のリストの一部と完全合致。都心だけに絞ってあるみたい』

 

「ということは、犯人は複数犯で、なおかつ何らかの移動手段があると判断してよさそうだな」

 

『そうだね。都心全域とまではいかないけど、徒歩で移動できる範囲を・・・!後ろっ!!!』

 

 ストレアの言葉に、俺は弾かれたように振り向く。後ろには、ダイブしているはずの人間が、アミュスフィアを外しにかかっていた。

 静かに、ポケットの中の無針注射器を握る。姿勢は低く、いつでも飛び出せる状態になった。ザザは、こちらを向くと、あからさまに敵意をむき出しにした。

 

「よう、赤眼の。邪魔してるぜ」

 

「貴、様・・・!!」

 

 俺を見てそれだけ言うと、あいつは枕元から、俺がポケットに忍ばせているものと同じ物を取り出した。―――なるほど、ここまで想定していたか。

 

「現実世界の死銃、か」

 

「知って、いたのか」

 

「確信があったわけじゃなかったがな」

 

 俺の言葉に、ザザは舌打ちした。ま、ここまできれいにカマに引っかかったら、舌打ちのひとつもしたくなるだろう。

 

「おとなしくしてくれないか。俺としても、無用な争いは避けたい」

 

「どの、口で・・・!そもそも、貴様の、目的など、分かっている・・・!」

 

 俺のとりあえずの勧告も、ザザを逆上させるだけだった。ま、こいつには、なんで俺がわざわざこんなところまで来たのか、なんて分かり切っているだろう。

 

「あ、そう。でも、あえて宣言させてもらう。

―――貴様は、ここで、殺す」

 

 その言葉に、あいつは飛び掛かってきた。ポケットから出してある左手でそれを打ち払い、注射器を離した右手で掌底を打ち込む。手ごたえはあったが、おそらく決め手にはなっていない。意地もあるかもしれないが、相手が無針注射器を手放していないのがその証拠だ。決め手になっていたのなら、それはきっと衝撃などで手から離れている。だが、俺からしたら問題ない。

 よろりと後ずさったザザに、さらにもう一歩踏み込む。左手で相手の無針注射器を持った手首を抑え込み、みぞおちに拳を叩き込む。今度こそ決め手になったらしく、相手は完全に悶絶した。その瞬間を狙って、左手をひねり上げて注射器を奪い取り、相手の首筋に打ち込んだ。打ち終えると、そのまま相手は崩れ落ちた。念のため、俺は自分のハンカチで、使っていない預かったほうの無針注射器を念入りに拭く。崩れ落ちた―――いや、こと切れたザザは、完全に動かない。

 

「先に地獄に行ってろ。安心しろ、(じき)に他の奴も送り届けてやる」

 

 それだけ言うと、俺はスマホの後片付けをして、部屋を後にした。

 

 

 部屋の前には、ザザの母親がいた。

 

「あの子は・・・?」

 

「襲われたので、返り討ちにしました」

 

 俺の言葉の意味を、母親は正確に理解したようだ。

 

「そう、ですか・・・」

 

「これはお返しします」

 

 俺は、彼女に渡された無針注射器を返した。

 

「預かった方は一応拭いてはおきました。念には念を入れたほうがよろしいかと。凶器は枕元に。

 それはそれとして。―――なぜ、私に?」

 

「私だって、一人の親です。あの子を―――昌一と恭二をここまで育ててきたんですもの。SAOから帰ってきた昌一がほとんど完全に狂ってしまったことくらい、分かっていました。それに影響される形で、恭二まで・・・。SAOで昌一だけが狂ってしまったのであれば、完全に浸ってしまった昌一に何かあれば、恭二はまだ戻れるかもしれない。そう思ってはいたのです。

―――でも、私には、息子を殺すことはできなかった・・・!」

 

「それが当然ですよ。一体この世の誰が、血のつながった自身の子をやすやすと殺せましょう。彼だけでなく、私のように狂ってしまわねば、そんな恐ろしい真似は出来ますまい」

 

「・・・ありがとうございます」

 

 ただ静かに泣きながら頭を下げる新川夫人に、俺はどんな反応をすればいいか分からず途方に暮れた。

 




 はい、というわけで。

 なんていうか、今までで一番狂った回だったかもですね。いろいろ頭おかしいだろこいつら。百歩譲って主人公はまあいいかもですけど。
 前もチラッと言ったかもしれませんが、俺は親心とか分からないですけど。さすがにこれはおかしいかなーって思ったり思わなかったり。でも、このくらいしか策思いつかなかったんです許して下さい。

 if編の最後でもそうでしたけど、主人公は殺すと決めたら割と真面目に容赦ないです。今回は半分成り行きなところもありましたけど、本来は殺したいと思っていたので、ある意味本望だったりします。

 さて、次はGGOエピローグとなります。はやくね?と思ってますが、これ以上書くことが無い。つらみ。

 ではまた次回。


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epilogue.友人

 そんなことがあってから少しして、俺は仕事を休んで刑務所に向かっていた。目的は、とある少年に会うため。まだあの事件が終結してから日が浅いが、早く会わなければ、俺の用件が満たされない可能性がある。落ち着くのを待つ間もなかった。

 新川邸によるものは、正当防衛による事故死と言うことで片が付いている。もともと、死銃を名乗っていた三人が、凶器としてサクシニルコリンと無針注射器を病院からくすねていたこと。消失していた無針注射器が、三人に一個ずつ渡っていたこと。そして、部屋の状況と、凶器である無針注射器に、新川昌一の指紋がべったりとついていたことが決め手となった。

 

 アクリル板を挟んで向かい合った恭二は、俺が思ったよりはるかに落ち着いていた。いや、それはきっと、俺の正体を知らないからだろう、と俺は思った。

 

「さて、初めまして、だね。新川恭二君」

 

「あなたは・・・?」

 

「俺は天川蓮。今はSAO帰還者の学校で教師をやってる、しがないVRゲーマーだ。

―――ロータス、といえば、君も聞いたことがあるだろう?」

 

 俺が自身のプレイヤーネームを出した瞬間に、恭二の目の色が変わった。

 

「お前が・・・!お前が、兄さんを・・・!」

 

「確かに、俺がお兄さんの命を奪ったことは事実だ。非難は甘んじて受けよう。一発殴らせろ、と言われても、俺は抵抗をしない。殺しにかかられたら、流石に抵抗させてもらうがね。

 ・・・っと、そんな話をしにきたんじゃない。俺は君に聞きたいことがあってきたんだ。聞きたいこと、っていうより、お願い、のほうが近いかな」

 

「お前のお願いとやらを聞く義理はない・・・!」

 

「いやまあ、そういわれちゃ確かにそうなんだけど。ま、とりあえず聞いてくれ。

 君のGGOアバター―――シュピーゲル、だったっけ―――、少し借りることはできないかな」

 

「借りてどうする気だ」

 

「遊ぶ以外に何かある?」

 

 俺の言葉に、完全に勢いが緩む。

 

「このままなら、シュピーゲルは長期ログインなしによるアカウント消滅が発生する。君がこのままここを出たとして、もう一回シノン―――君には朝田さんと言ったほうがいいか―――とプレイするときに、一からキャラビルトをする必要があるわけだ。それはなかなかに手間だろう。それに、君にとっても、愛着のあるアバターを捨てるのは惜しいはずだしね。悪い話じゃないと思うんだけど」

 

 さらに畳みかける。俺の言葉に、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「・・・ログインIDは―――」

 

 彼の言う言葉をしっかりとメモしていく。確認をして、俺は改めてもう少し質問することにした。

 

「OK、ありがとう。育成方針はどうする?このままAGI極で育てるか、それともちょっと強引でもステータスバランスをいじるか」

 

「あんたは、どうすべきだと思うんだ?」

 

「んー・・・。こればかりは好みだからなぁ。AGI型はプレイヤースキルさえ極めてしまえば、これに勝る武器はなかなかない。でも、必然的にメインウェポンはSMGやPDWに代表される軽量武器だけになるから、アサルトライフルとかを使いたい、っていうのであれば、せめてAGI-STR型に振る必要がある。要は、当たらなかければどうと言うことはないをやるか、ある程度喰らっても安定して火力を出せるようにするか。どっちが強いとかはない。実際、闇風はAGI極だけど、俺はSTR-AGIで、シノンはAGI-STRだし。思い切ってVITに振るっていうのも一つの手かな。さっきも言ったけど、好みだよ」

 

「なら、AGI極のままで頼む」

 

「あい分かった。少しだけほかのステータスにも振るけど、そこは勘弁してね。使用武器の希望とかは?」

 

「特にはない。あんたがいいと思ったものを使ってくれ」

 

「了解。ありがとうね」

 

 それだけ言い残し、席を立つ。と、そこで俺は付け足した。

 

「あ、それと。シノンから伝言。“落ち着いたら今度は直接会いに行くね”、だって。

―――皮肉とかじゃなくてさ。いい友人を持ったね、君は」

 

 緩やかにほほ笑んで俺は改めて出口へ向かう。同じく部屋を出る恭二は、一体どういう顔をしていたのだろうか。

 いい顔をしていてほしいと、俺は切に願った。―――ターゲット候補になりえた相手にこんなことを思ったのは、きっとこれが最初で最後だろう。いや、そうであってほしいものだ。

 

 

 

 さて、シュピーゲルとしてログインしていると、驚いたような声をかけられた。

 

「シュピーゲル!?」

 

「お。よ、シノのん」

 

「え、っと、どなたですか・・・?」

 

「大体想像つかないっぽい?」

 

 若干あざとさを狙った振る舞いに、ようやく声をかけた相手―――シノンが気付いた。

 

「まさか、ロータスさん!?」

 

「大当たり。これの持ち主に交渉してね、一時的に借り受けたのよ。俺としても、AGI型の世界ってものを見てみたかったし、ちょうどよかったってわけ」

 

「確かあなたは、SAO帰還者でしたよね?なら、プレイヤースキルは高いはずだし、もともとサブアームはSMGだから使いこなせるとは思いますが・・・」

 

「SAO帰還者って、誰からそれを・・・って、一人しかいねえな。今度依頼量を吊り上げてやる」

 

 俺の言葉に、シノンは乾いた笑いを浮かべる。

 

「ついてはさ、ちょいと協力してくれない?具体的にはキャラの成長ってことで」

 

「私は大丈夫ですけど・・・時間が合うでしょうか・・・?」

 

「勉強の心配があるっていうのなら、こっちにある程度資料持ってきてもらえれば、俺の教えれる範囲で教えるけど。俺のリアルがそういう風だから」

 

「そうなんですか?」

 

「ちょいと特殊な事例でね。融通利かせてくれたのよ」

 

 俺はまだまだ、教師としてはひよっこ同然だ。働いていると、周りが再任用の大ベテランばかりだから特にそれを感じる。どんな形であれ、指導する機会が増えるというのは、俺にとってもプラスなことだった。

 

「さすがにさ、このアバターで地下迷宮入るのは辛いのよ。でも、俺もともとソロだからさ、手伝い頼める奴はいなくてね」

 

「ほかの古参プレイヤーの方々は・・・」

 

「あー、クランとかスコードロン入ってる連中ばっかだからね。例外はピトフーイくらいなんだけど、あいつはさすがに勘弁かな、って」

 

「確かに、あの人は、さすがに・・・」

 

 シノンもソロだが、古参プレイヤーの部類ゆえか、かの毒鳥のイカれっぷりは耳にしていた。追加で言えば、開口一番「ヘカート売って!」なんて言うのはあいつだけだったらしい。というのは、後から聞いた話。

 

「つーわけでさ、お願いできない?もちろん、時間があるときで構わない」

 

「・・・分かりました」

 

「OK、サンキュ。フレンドは・・・送ってあるんだったな」

 

「はい、大丈夫です」

 

「そっか、んじゃ、早速今って大丈夫だったり?」

 

「あ、はい」

 

「よかった。じゃあ、早速フィールド、の前に装備整えないとな。俺のアカウントのホームにいくぞ。ドロップ品で使えそうな装備がしこたま置いてあるから」

 

 そういって、俺たちは歩き出―――す前に、一言声をかける。

 

「それとな、シノン。これは知ってからずっと言いたかったことなんだがな。

 俺は、ただ俺のエゴを通すために何人も殺した。誰かを守るために銃を取ったお前を、俺は心から尊敬する」

 

 その言葉にシノンがどんな顔をしたのか、俺はきっと聞くことはないだろう。だが、それでいいとも思う。

 




いろいろ思うところは、例によって次の「あとがき的な何か」にて。


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GGO編 あとがき的な何か

 はい、というわけで。

 GGO編、完結でございます。

 

 まずはお詫びを。

 GGO編が書けないからとif編に逃げ、結果的に長くなりすぎ、非常にお待たせしたこと。また、その割にはGGO編の内容が薄かったこと。ここにお詫びいたします。ひとえに私の力不足です。

 

 ロータス君の見た目がアレだったのは結構適当です。なんかいいキャラないかなーって適当に探してたら、一番イメージ近かったのがあの子だったんです。ついでに言うと、キリトのアバターが、プレイ時間がどうのこうのって話だったので、じゃあちょうどいいや、ってなったのもあります。

 偽名に関しては、確かこれを書いているころにリアルのレースでロータスのエヴォーラが参戦、って聞いて、これだ!ってなったのが決め手でした。エスプリはポケモンで同名のキャラクターがいますし、エリーゼは名前使ってるし、どうしようってなっていたのもありましたので、これは本当に渡りに船でした。

 

 この話、実はオチを何パターンか考えていて、そのうちの結構危ない路線をとることになりました。ザザはここで殺すつもりだったのですが、どうやって殺そうか苦戦した挙句の果てがあれです。ちなみにこれ、どこぞの仕事人よろしく首筋から長い針を心臓にプスリとかあれこれ考えてこれになってたりします。自分で書いてて、「あれ、よく考えなくてもこれ母親頭おかしすぎね?」って思ってました。でも本当にこれくらいしか思いつかなかったんです。許してください。

 正当防衛って言ってるけど殺す気マンマンってツッコミは受け付ける。ㅤ

 たぶんあれだな、これ書いてた時にFateのHFが映画化するって話聞いてレアルタやり直してたからだな!鉄心エンド付近のミシシッピシステムデッドエンドを覚えていたに違いない!(白目

 

 シュピーゲルに関しては、ただ単に「ある程度育ててあるキャラを、どんな形であれロストするっていうのはなー」っていう作者の気まぐれです。あと、たまには全く違う感じのキャラ使ってみたくなるじゃん?そういうことです。普段はご飯ばっかりでもたまにはパンも食べたくなる、的な。

 ついでにいえば、新川君は思いのベクトルがアレすぎるけど、ちゃんと立ち直って向き合ってあげればいい子になると思うの。環境に恵まれなかったのと、あの年頃特有の憧れ的なものが最悪に噛み合っちゃっただけで。

 

 さて、次はキャリバーを挟んですぐにマザロザに入ります。アニメ二期同様、キャリバーを挟んでマザロザに入ります。ですが、自分のプロットだとマザロザではなく思いっきり脱線する方向にある、とあるのですが、大丈夫だろうか・・・。

 ま、たぶんどーにかなるでしょう。一応温めておいてたネタもあるしたぶんヘーキヘーキ。

 

 

 ではまた次回。



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キャリバー編
57.聖剣はいずこへ


「エクスキャリバー?」

 

 死銃事件から少しして、俺はキリトから電話で相談を受けていた。

 

「エクスキャリバーって、あれか?伝説級武器(レジェンダリーウェポン)の」

 

『そう、それ。前から場所は分かってたんだ』

 

「じゃあなんで・・・いや、取りに行けなかったのか。パーティ制限とかで」

 

『パーティ制限じゃない。というか、お前、俺をボッチか何かだと思ってないか?』

 

「え、違うの?」

 

『違うわ!』

 

 明らかに俺とこいつは年の差があるが、お互いSAO(あっち)からの付き合いと言うこともあり、こういう砕けた口調になっている。

 

『つっても、普通は見つからないから不思議ではあるんだけど』

 

「どんなとこにあるんだ?」

 

『えっと、ヨツンヘイムの上にある、逆ピラミッド型のところにぶっ刺さってた』

 

「ヨツンヘイム・・・ああ、あそこか。て、ことは、今回は黒天の出番だな」

 

『黒天・・・ああ、あのドラゴンの名前だっけ』

 

「そそ」

 

 ヨツンヘイムは一面氷に覆われた世界で、飛行能力は完全に制限されているエリアだ。それで高所に入り口のあるダンジョンだと、確かに黒天の出番になるだろう。

 

「ちょいと疑問に思うのは、見つけた誰かはいったいどうやってそんなものを見つけたのか、だな。

 ま、それはそれとし、だ。あいつはタンデムできるから、メンバーは、いつもの面子に加えて、俺とあと一人か?」

 

『あ、エギルに関しては店があるからパス。その代わりシノンに協力の手筈を整えた。で、あと一人はレイン』

 

「OK、理解した」

 

 て、ことは、おそらく俺の後ろにレインで、残りの面子は―――

 

「あれ、ちょっとまて、残りの面子の移動手段はどうするんだ?」

 

『言ってなかったっけ?邪神級の奴と友好関係にあってさ。そいつの背中に乗る』

 

「はあ!?」

 

 さすがに驚きのあまり声が大きくなった。なんじゃそりゃ。邪神級モンスターはテイムできないはずだろ。そもそも、こいつはテイマーじゃないし。

 

「いったい何があったんだよ」

 

『えー、と・・・人、じゃないから、モンスター助け?』

 

 その言葉を聞いたときに、俺は思い出した。―――そういえば。

 

「あの時の、あれか?」

 

『そうそう。・・・って覚えてたのかよ!?』

 

「あの時は、それより前の記憶にブロックがかかってた、ってだけだ。それに、あの時は既に俺は思い出してたぞ」

 

『そうなのか・・・。まあとにかく、そういうことで』

 

「OK、時間は?」

 

『できれば今晩。後はお前だけだ。実を言うと、最初はレインに伝えてもらおうか迷ったんだけどな』

 

「よかったな直接伝えて。そうじゃなきゃ5回上乗せ料金だったぜ」

 

『・・・だと思ったんだよなぁ・・・』

 

 電話口でため息をつくキリトに、俺はふふっと笑った。

 

「ま、とりあえず、だ。こっちでもキャリバーのクエストについてはちょいと調べてみる。伝手もあるしな」

 

『分かった、頼む。集合場所はリズの店な。じゃ、また後で』

 

「おう。またな」

 

 そういって、俺は電話を切る。直後に俺は電話を繋―――ごうとして、アミュスフィアに手を伸ばした。あのネトゲ廃人のことだから、こっちのほうが連絡を取れる確率は高いと踏んだ結果だ。

 

 

 さて、インしたときに、俺は即座にフレンドリストを呼び出した。さーて、あいつは・・・やっぱりインしている。メールでボイチャを繋いでいいか聞くと、近くにいるから飛んでくるということだったので、待ち合わせることにした。

 ユグドラシルシティの酒屋―――他ならぬエギルの店だ―――で一杯ひっかけていると、待ち人はやってきた。

 

「ごっめん、お待たせ」

 

「そんなに待ってないから大丈夫だ。ほい、駆け付け一杯」

 

 そういって、彼女―――フカ次郎に一杯差し出す。彼女自身の年齢は果たして成人しているかどうかは分からないが、場酔いできる彼女にとってみればこれは十二分だったらしい。直接受け取って、一気に飲み干す。そのままグラスを置くと、彼女は切り出した。

 

「で、聞きたいことって何さ」

 

「エクスキャリバーについてだ。なんかクエストがあるそうじゃん?どんなのかなーって」

 

「あー、あれねー・・・うちは参加しないよ。いろいろ事後処理が面倒そうだから」

 

「なんじゃそら」

 

「そっちにも依頼が行きそうなもんだけど・・・来てないんだね、その様子じゃ」

 

「ああ」

 

 事後処理が面倒くさいタイプのクエスト?となると、大体想像がつく。まあ、伝説級武器の獲得となれば競争になることは間違いないが、事後処理が面倒となると―――

 

「採取かスローター、か?」

 

「ご明察、今回はスロータークエ」

 

 スロータークエストとは、指定ターゲットを一定以上狩りまくるクエストの事。漢字だと「虐殺」と書く。俺はあまりこの漢字を好きではないので、大体スローターと言うことにしている。で、特定モンスターを一定数狩ることが条件のクエストなら―――

 

「ポップの取り合いになってるわけか。確かに面倒だな、後が」

 

「そ。特にうちみたいな完全中立の傭兵ギルドは、ね」

 

「ついでに言えば、実力が認められてるがゆえに、か。有名人は辛いな」

 

「いやー照れるなー」

 

 照れたようなフカに、俺はふっと笑って、エギルの奥さんにもう一杯、飲み物を注文した。

 スロータークエのようなものは、結果と数的有利の因果関係が強いクエストの一つだ。一騎当千の奴を数人集めるより、ある程度以上の実力者を十数人揃えておけば、ポップの取り合いにもカバーできる範囲も大きく広がる。フカ率いるドッグアンドキャッツは中立の小規模傭兵ギルドで、実力は旧ALO時代からよく知られていた。今でも、縛られたくないからという理由でどこの派閥にも所属していないが、引く手は数多だろう。今回のスロータークエも、おそらく複数の組織から依頼が来て、そのすべてを断っている、とみた。

 

「そのクエストの詳細って分かるか?」

 

「ん、ちょっと待って」

 

 そういうと、彼女はメニューを操作して、一枚の羊皮紙を取り出した。それをテーブルに広げると、そこにはクエストの詳細が書いてあった。

 

「それ上げる。どうせ私たちには必要ないし」

 

「おう、サンキュ。場所はヨツンヘイムで、対象は動物型邪神か。そういえばあそこには人型の邪神と動物型邪神が入り混じってたっけな」

 

「そうそう。ついでに言うと、敵対してるのも変わらない。で、今回に限ってかもだけど、人型と動物型が戦ってるところに、人型を支援して動物型を倒しても、攻撃されることはない」

 

「なーるほど。全滅するならいざ知らず、って話か。クエストのNPCは、スィアチでいいのか。発音しづらいな」

 

「私も調べてみたんだけど、こいつは北欧神話の巨人の一人、だって。たぶん、氷の巨人だと思う」

 

「なるほどね」

 

 氷の巨人が力を借りるために、こちらにクエストという形で依頼を出してきた、と言うことか。なるほど、その筋書きは理解できる。が、

 

「・・・解せないな」

 

「え?」

 

「動物型邪神と人型邪神が真っ向からタイマンやったら、大体人型邪神が勝ってた印象なんだよ。ごく一部の例外はあるけど、それは大体なんかしらのイレギュラーがあってのものだし。となれば、わざわざこっちに依頼せずともいいんじゃないか、って」

 

「言われてみれば、確かに。なんていうか、まるで狩りだよね」

 

「狩り、か。それなら納得がいく。PKってのは、基本的に9割がた成功するときに仕掛けてなんぼだからな」

 

「残りの1割は、何かしらのイレギュラーってやつ?」

 

「ご明察」

 

 イレギュラーと一口に言うが、これは相当いろんな要素がまじりあっている。例えば、足元が突然崩れるとか、予期せぬ乱入者とか。枝を踏むとかいう凡ミスは除くし、そのくらいなら俺は殺しきる。と、ここで思い出した。

 

「なあ、北欧神話って確か、オーディンが出てくるやつだったよな?」

 

「え?あ、多分。・・・いやそうだね。ギリシャ神話がゼウスだから」

 

「て、ことは、フェンリルとかヨルムンガンドとかも出てくるはずだよな」

 

「なの?」

 

「・・・人選ミスったわ」

 

「突然の罵倒!?」

 

「自分の頭の出来を考えてからその反応は言え」

 

「うぐ」

 

 俺の反論に、フカがうめく。こいつはサボって遊んで単位が危なくなっているクチで、知識的な意味で頭がいいほうではない。どちらかと言わずとも体に叩き込むタイプだ。まあとにかく、

 

「確か、北欧神話の最終幕って、ムスペルヘイムからスルトが出てきて世界を焼いて終わったはずなんだよな。で、焼かれた世界には、ニブルヘイムっていう氷に覆われた世界もあったはずだ」

 

「氷の世界ごと炎の世界が全部焼き尽くした、ってこと?」

 

「ああ。俺も北欧神話について詳しいわけじゃないんだが、確かその前にフェンリルって氷の狼がオーディンを殺してるはず。なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とも考えられるんじゃないか?」

 

「えっと・・・それがどうつながるの?」

 

「つまりだ。このままいくと、人型邪神のみが残って、氷の世界が強くなる。で、これとさっきのことを当てはめると、その後に世界が焼き尽くされる可能性がある。そうなれば、マップデータが大きく書き換えられることになるから、今まで俺たちが積み上げてきたものが、最悪全部パーになる」

 

「ごめん、それはさすがに深読みしすぎじゃない?それに、そんな大規模なマップデータ書き換えなんて―――」

 

「ありうるんだよ、これが。この世界はSAOと同じ基本データで構成されてる、って知り合いのハッカーが言ってたからな。SAOの最後はあの城の解体、つまりマップデータのオールデリートであったらしいんだから、この程度わけないだろうさ。

 ま、フカの言う通り、深読みしすぎであってくれ、とは俺も思うがな」

 

 俺の最後の言葉に、フカは思わず黙り込んだ。その反応を見て、俺は一つの羊皮紙を取り出す。そこには、ヨツンヘイムへの近道が書かれていた。

 

「・・・これって!?」

 

「俺の知り合いが見つけた、ヨツンヘイムへの近道だ。こればかりはマンパワーがいる。最悪、こっちの俺には黒天がある。伝言にはあの手段を使うから、万が一の時は頼む」

 

 フカはしばらく黙って熟考する。彼女もギルドの長だから、いろいろ思うところはあるのだろう。

 

「分かった。何かあれば教えて」

 

「おう、頼んだ。俺はこれから、知り合いに協力することになってるから、ここらへんで失礼する」

 

「そっちに私たちが加わることは?」

 

「すまん、これ以上の追加は人数オーバーだ」

 

「ありゃそりゃ残念」

 

 それを最後に、俺は席を立った。

 

 向かう道すがら、俺はぼそりと問いかけた。

 

「どう思う?」

 

「きな臭いけど、ありうる話ではあると思うよ」

 

「・・・だよなぁ・・・」

 

 胸ポケットからの返答にため息交じりにつぶやきつつ進む。やれやれ、長い一日になりそうだ。

 

 

 そのまま、俺はリズの店へ向かった。武器はあらかじめ預けてあったので、その回収も兼ねて、だ。

 店にはすでに全員集合になっていた。アイテムの補充に行っていたはずのアスナたちまでしっかりと集まっている。ありがたく回復アイテムと武器を受け取る。

 

「おう、サンキュな」

 

「どうだったんだ?」

 

「クエストはスローター系。人型邪神を援護して動物型邪神を狩るタイプ。で、クエストのNPCはスィアチ。北欧神話でいう、氷の巨人だってよ」

 

「なるほどなぁ・・・。自分たちの力を強くしたいから協力しろ、見返りに宝剣をくれてやる、ってところか」

 

「たぶんそんなところ」

 

 例の世界を焼き尽くす、という俺の仮説は、今は黙っておくことにした。フカは部外者だが、協力の可能性も高かったから、煽る目的も含めていっただけだ。今回の場合に関しては、無用な混乱を生むだけだから喋るのは愚策と判断した。

 

「さて、俺は打ち合わせ通り先に行くぜ」

 

「おう、向こうでな」

 

 俺も一緒に移動したかったのだが、いかんせん黒天(ワイバーン)はあまりに大きすぎて、あの通路からでは通れない。と言うことで、必然的に俺だけ別ルートを通る必要があるわけで。つまりは、例の近道を通ることができないということでもある。黒天の翼はヨツンヘイムでも凍り付くことはないので、このイグシティから一気に急降下することで速度をブーストしながら急行することができる。ちなみに、レインも同じく後ろからついてくることになっている。

 

 そういうわけで、一足先にヨツンヘイムに来たわけだが。

 

「ひっでえなこりゃ」

 

 ポップの取り合いな上に、やれ俺が先だ、いいやこっちが先だ、なんて状態になっている。ところどころで小規模なPvPも始まっているようだ。俺の方は、特にどこに加わるわけではないことと、そもそもシノンのような奴じゃなければ攻撃が届かない高度にいることもあって、特に問題はなかった。

 

「こりゃ参加を見送った判断は正しいっぽいぜ、フカ」

 

 ここにはいない友人へ、そんな言葉をかける。確かにこれは、彼女たちが与したことで勢力争いに巻き込まれかねない。彼女としても、それは本意とは程遠いはずだ。

 

 トンキー―――例の動物型邪神のことだ―――を待っている間、集合した他の面々に、俺は声をかけた。

 

「フライパスしてきたが、ひでえもんだぜ。こりゃフカたちが関わりたくないのも頷ける」

 

「そんなに殺伐としてるのか?」

 

「ところどころ、小規模PvPがあるくらいにはな。フカにも言われたが、俺に依頼が来なかったことが不思議なくらいだ」

 

 そんなことを言っていると、トンキーと呼ばれた邪神が来た。

 

「んじゃま、おたくらはそっちだな。俺の後ろは、レインだな」

 

「ほかに適役がいるとでも?」

 

「違いない」

 

 そういうと、俺は黒天の手綱を握りなおした。その後ろにレインが乗り、腕を俺の体に回す。トンキーの背に他の連中が乗ったことを確認して、俺は手綱を握りなおした。

 

「さーて、しっかりつかまってろよ!」

 

 俺の言葉に反応してか、腕の力が強まる。それを確認して、俺は飛び立たせた。

 さて、その後は普通に飛んでいくものだと思っていた。が、突然トンキーが急降下を始めた。

 

「悪いレイン!黒天!」

 

 それだけ言うと、俺はトンキーに並びかける。その図体からか、機動性はこちらの方が上だ。すぐに追いついて、低空でフライパスする。

 

「うわ・・・」

 

「見たくないならあんまり見るなよ」

 

 後ろから聞こえた声に、俺は静かにそれだけ答える。俺はさっき見たから大体どんな状態か分かっているが、積極的に見たいものではないこともまた事実だ。と、トンキーに乗っている面々から疑問の声が上がる。

 

「あれ、なんで動物邪神を倒した後、攻撃されないんだ?」

 

「マスターテイマーが装備でフルブーストしても邪神型モンスターのテイムはできないはずですよ!?」

 

「言ってなかったっけか。今回に限っては、人型邪神を援護して動物邪神を倒しても攻撃されないんだってよ。今回のクエストの仕様なんだろ」

 

「変な仕様だな」

 

 そんな会話をしていると、俺たちの前に大きな女神然としたNPCが現れた。その女神(仮)は、俺たちに向かって言った。

 

「私は、湖の女王ウルズ。我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ。 そなたらに、私と二人の妹から一つの請願があります。 どうかこの国を霜の巨人族から救ってほしい」

 

 その言葉を言った直後に、俺の胸ポケットからささやきが聞こえた。

 

「この人、言語エンジンモジュールに接続されてる」

 

「一種のAI化されてるってことか?」

 

「そういうこと。・・・いよいよきなくさくなってきたね」

 

 声の主は他ならぬストレアだ。戦力は増えるに越したことはないので、こうしてナビピクシー状態で連れてきていた。さっき、ここに来る前に話していたのは、ほかならぬ彼女に対してだ。

 

 そうして、ウルズはヨツンヘイムの成り立ちについて話し出した。

 曰く、ここはもともと、緑と生命に満ちた場所だった。が、すべての鉄と樹を断つエクスキャリバーをウルズの泉に投げ入れたことで、世界樹からの恩寵が失われ、氷に閉ざされた。そして、この氷の世界の主は、彼女の眷属を皆殺しにして、自身の支配を絶対のものにしようとしている、とも。

 

「そのままヨツンヘイムの力が強くなれば、スルトが出てきてラグナロクかねぇ」

 

「ちょ、シャレになってないわよそんなの!第一そんなのできるわけが―――」

 

「いえ、あり得ると思います。この世界はSAOと同じ、オリジナルのカーディナルを使っていて、SAOにおける最後の命令は、あの鋼鉄の城の解体でしたから」

 

「極端な話、極端なクエストを使ってラグナロク起こすことも十分に可能、ってことでいいわけだな、ユイちゃん」

 

 俺の言葉をとっさに否定したリズを、ユイちゃんが補強する。ウルズはそのまま、一つのメダリオンをリーファに渡した。

 

「そのメダリオンから光が失われたとき、この世界から私の加護は完全に消滅するでしょう」

 

 真っ黒になるまでにケリをつけろ、ってことか。

 

「一つ聞かせろ。下の人型邪神の勢いを緩めることができれば、黒ずむ速度は落ちるのか?」

 

「できるのであれば」

 

「なら話は簡単だな。レイン、少し手綱を頼む」

 

 それだけ言って、俺はレインに黒天の手綱を握らせた。即座にメニューを開いて、羊皮紙を取り出して文章を打ち込み、フカとの共通アイテムタブに放り込んだ。

 彼女とは、敵対もしないが共闘することも多い。というか、お互いに大きな損害が出ると分かっていてぶつかるバカはいない。それならば、落としどころがあればいい。そのために考えたのがこの手段だ。普段は何も入れない共通タブを使って、文章を記録した羊皮紙やアイテムを放り込むことで交渉とする、というものだ。お互い、何かアイテムが入ったら通知ですぐにわかる上に、普段何も入れないでおけばそれがどういう意図の物かも分かるというわけだ。

 

 件のダンジョン、スリュムヘイムについたとき、俺は声をかけた。

 

「ストレア」

 

「はいはーい。下で時間稼ぎね?」

 

「おう、頼むぜ。フカたちにも協力依頼を出した」

 

「OK、任せて」

 

 それだけ言うと、俺はキリトたちを追ってスリュムヘイムの中に入った。

 




 はい、というわけで。

 ALO編で登場したフカさん、ここで登場です。どうしてもキリトたちだけだとマンパワーが足りないので、そこを補うという点で彼女たちに暴れてもらいます。
 北欧神話のラストに関してはテキトーな個人解釈です。なんとなくこういうことなんじゃないかなー、みたいなところなんで、話半分で聞いてください。

 さて、次からは両面作戦です。二組の暴れっぷり、というか自由っぷりにご期待ください。
 ではまた次回。


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58.哀れ牛二匹

今回、視点変更があります。

◆   ◇   ◆


↑このマークがあるところを境に視点変更となりますので、よろしくお願いします。


 さて、やることは分かっているんだけども、これはさすがに。

 

「全く、軽く無茶言うよねあの人」

 

「本当にね」

 

 私の声にこたえるのは、彼から借りた黒天の後ろに乗る形で回収したフカさん。彼の言葉通り、彼女のギルド、ドッグアンドキャッツのメンバーは、この事態の援護に回っていた。

 

「ごめんなさいね、あの人の無茶ぶりのせいで」

 

「いいってことよー。私だってさすがに、ギルド本部をぶっ壊されるわけにはいかないしね」

 

 スリュムヘイムは、位置的には央都アルンの直下に当たる。そして、ドッグアンドキャッツは数少ない旧ALOから存在する混成種族ギルドである以上、レネゲイドの集まる央都アルンに拠点を持つ。何かあれば、最悪は免れない。

 

「でも、どうするの?」

 

「もちろん、こうするよ」

 

 言いながら、ストレアは武器を変えた。それは、驚くことに、

 

「ボウガン・・・!?存在したの!?」

 

「たまたまドロップしたんだー」

 

 これは本当の話。仕事柄、ただでさえもロータスのログイン時間は少なく、さらに彼はGGOにもログインしているため、ALOでエリーゼとログイン時間が重なることは稀と言って良い。そのため、エリーゼのインするときは大体ストレアが協力していた。そして、彼女らが挑んだクエストの中で、遠距離攻撃ばかりしてくるボスを撃破するものがあった。彼女たちからしたら、遠距離攻撃を得意とする相手など、近くで飽きるほど見てきた。遠距離と近距離、その二つをまた平等に制するような馬鹿げた人間を近くで見ていれば、対処など問題にならなかった。で、その結果として手に入れたのがこれだった。普通の弓と比べると、手軽さと精度はこちらが上、射程距離と威力、そして連射速度は普通の弓が上、といった具合だ。というのは、ロータスに使い心地を聞いたときのお話。

 

「まずはあれ、行くよ」

 

「了解」

 

 そういうと、彼女は背中から大剣を抜く。ねじれた二つの角をそのまま使ったような武器は、はっきり言って私のそれより重そうだが、彼女曰く、「パワーは力」、だそうな。脳筋と言ってはいけない。

 まずはフカが飛び降り、大剣を振り下ろす。切り切る前に邪神を蹴っ飛ばし、そのまま受け身を取って間合いを開く。フカさんにタゲが行ったところに、私がクロスボウを撃つ。一瞬人型邪神の動きが止まったところで、共闘をしていたパーティの方にフカさんが素早く動いた。

 

「ほらほらほらほら、鬼さんこちら、手のなる方へー!」

 

 さらにフカさんが挑発したことで、邪神はフカさんの方に攻撃をした。ということは、必然的に共闘していたパーティも巻き込まれるわけで。といっても、そのあたりはトッププレイヤーパーティ、問題なく回避する。ところに、さらに私がクロスボウで追撃する。足の遅い一人に向かって撃ったそれは、狙い通りヘッドショットとなり、一撃死を誘発した。その一矢で、下のパーティも私の存在に気付く。魔法を放つが、私たちの高度には届かない。その間に、フカさんは追い付いた援護部隊の力を借りて、プレイヤーたちと戦闘に入った。その隙を狙って、私はちょっと特殊なボルトを装填したクロスボウをさらに遠くに構えた。私は元MHCPとして、ある程度マップやプレイヤーデータにアクセスすることができる。それの応用だ。

―――直撃しなくていい。かく乱できればそれで十分。

 しっかり狙いをつけて、放つ。山なりに放たれたボルトは、着弾と同時に爆発した。ロータスの持つ特殊な矢の一つである、爆裂矢から着想を得た、名前そのまま“爆裂ボルト”。混乱をしている隙に、黒天を飛ばす。狙ったポイントで飛び降りると、飛んでいる間に変えた、いつもの大剣を抜刀しながら振り抜いた。着地しながら受け身を取り、即座に立ち上がる。私にタゲが来たことを確認してから、ステップで回避する。距離を取ってから、私は指笛を吹いた。その音に合わせて飛び込んできた黒天の背中に飛び乗る。黒天は私の思った通り、爆裂ボルトの爆発でまだ混乱が抜けきっていないプレイヤーの上を低空でフライパスした。その私を追う形で、邪神のタゲがこっちに向いた。

 

「上に!」

 

 私の掛け声で、黒天が上昇する。攻撃可能圏外に出たことで、タゲは下のパーティに移った。はたから見たら完全にトレインだが、こちらの目的を考えると仕方ないと割り切るしかない。

 

(時間稼ぎにも限度ってものがあるからね・・・!)

 

 私は上空でクロスボウをまた構えながら、そんなことを思ってスリュムヘイムを見上げた。

 

 

◆   ◇   ◆

 

 

 ゲーマーとしては、こういう未踏破ダンジョンは隅から隅まで見てみたいというのが本音だが、時間がない。今回は初見RTAモードで行くほかない。で、こういう場だと特に、魔法攻撃と物理攻撃、もしくは物理防御と魔法防御がバランスよく配分されているプレイヤーは重宝される。理由は至極簡単、どんな敵が出てきても一定以上で戦果が挙げられるから。俺の場合、物理攻撃力と、属性付加魔法を併用した近距離魔法攻撃、弓を利用した中長距離物理攻撃、弓に属性負荷魔法を組み合わせた中長距離魔法攻撃と、自分で言うのもあれだがまんべんなくどんな状況でも対応ができるステータスバランスになっている。だが問題は、今回のパーティ、致命的に魔法攻撃力に欠けているという点だ。アスナはあくまでヒーラーなので、魔法攻撃力はお世辞にも高いとは言えない。アップデートで追加されたソードスキルには魔法攻撃力も付与されているが、あくまでメインは物理で、本職に比べれば雀の涙もいいところ。一般的に考えれば、このパーティの突破力を考えれば全く問題はないレベル。だが、それは()()()()()()()()()、のお話。つまり―――

 

「くそが、やけくそみたいな物理耐性しやがって」

 

「どうにかならないかロータス!」

 

「無理だ。つーかやれてたらやってるっつーの」

 

 キリトの問いかけに、苛立ち交じりに俺が返す。今相手にしているミノタウロスタイプの邪神は二体一組。うち一体は魔法耐性が高く、もう一体は物理耐性が高いのだ。幸いなことに、両方共耐性が高いということはなく、物理は魔法で、魔法は物理で殴ればいい。攻撃魔法を一応の実用レベルまで仕上げているのは俺だけなのだが、いかんせん俺だけでは突破力が致命的に足りない。レインも一応それ系統は習得しているが、そもそも彼女の魔法用途は若干特殊なので、直接火力としてはカウントしづらい。

 なら物理耐性の低いほうをタコ殴りにしようと思っても、ある程度HPが減った段階で後方にさがり回復、その間に物理耐性が高いほうが前に出てきてタンクの役割を果たす。時間があればゆっくり料理することも考えるのだが、今回は時間がない。

 

「お兄ちゃん!メダリオン、だいぶ黒くなってる!死に戻りしてる時間はなさそう!」

 

 リーファから声がかかる。と、いうことは、時間的余裕は少ないということか。こうなったら仕方ないか。

 

「レイン!あれやるぞ!」

 

「え!?この状態じゃ―――」

「かまわん!こいつらはあれくらい躱す!」

 

 俺の言葉に、他は疑問符を浮かべる。というか、レインの反応のほうが正しい。

 レインが詠唱を開始する。その詠唱の意味が分かるリズベットだけがぎょっとした。まあ当然と言えば当然で、この魔法はもともと()()()使()()()()()()()()からな。

 

 背後から大量の剣が降ってくる。その直後に俺が走り出した。それは例のミノタウロスに突き刺さる。もちろん、刺さらないものも多いが、そこは問題ない。地面に突き刺さった武器から刀を二本、つかんで引き抜く。まずは幻狼斬で足元を切り裂き、哭空裂蹴撃につなげる。さらに断空牙につなげ、冥斬封につなげる。そこまでつないだところで、次々に剣がこちらに飛んできた。

 

「ロータス君!」

 

「了解!」

 

 手持ちの刀を投げつける。それによって、完全にヘイトが俺に向くと同時、回復が阻害されてほんの少しだが確実に、目に見えてHPが減る。そのまま、俺は突き刺さった剣を持ち替え続け、突撃系ソードスキルを連続発動する。最後の俺のチャージと、アスナのとどめが空中と地上ですれ違う。その間に、ボスだったポリゴンが散った。がら空きの俺の背中に攻撃しようとしていたもう一体のミノタウロスは、相棒が撃破された瞬間に、その動きを止めた。

 

「よし牛野郎、そこに正座」

 

 寒さからか、若干歯を鳴らしながら放たれたクラインの言葉に、俺たちは各々の得物を構えた。

―――ちなみに、それからは5分もかからなかったことを追記しておく。さすがは脳筋パーティである。

 

 

 

 さて、撃破した後はすぐに移動、の予定だったのだが。

 

「おいおい、レインにロータス、さっきのは何だよ!?」

 

「言わなきゃ・・・ダメだよなぁ・・・」

 

「たりめーだ!」

 

 俺の言葉に、俺たちは揃って顔をしかめた。

 

「私のは、オリジナルの、・・・なんて言ったらいいんだろ、これ」

 

「さあ?一応は魔法でいいんじゃね?」

 

「じゃあ、オリジナル魔法、ってするね。名前はサウザンドレイン」

 

「あれって、聞き間違いじゃなければ、レプラコーン専用魔法よね?」

 

「うん」

 

「レプラコーン専用?ってことは、鍛冶に関するものか?」

 

「正確にはその応用。リズならわかると思うけど、大成功ってわけじゃないけどそれなりの成功品って結構たくさんあるのね。それを空間のはざまにあらかじめ潜ませておいて、射出する魔法」

 

「で、俺の方は、サウザンドレインとの連携を前提としたOSS《群》、“ワイルドコンビネーション”」

 

 俺の言葉に、その場にいた全員が絶句する。

 

「それってつまり、剣技連携(スキルコネクト)使えることが前提、ってことですよね?」

 

「もちろん。というか、そもそもこれはレインとの連携を前提として作ったOSSだから、他の誰かが使えるとは思ってない。実用性なんざ完全に度外視した、超イロモノOSSだ」

 

 ついでに言うと、試し打ちをしてみたところ、条件付きで30連撃を超えたところまで行ったことを確認している。これはSAO時代の二刀流最上位ソードスキル“ジ・イクリプス”を超えるものだ。漸毅狼影陣(ざんこうろうえいじん)みたいな変態技を除けば、ヒット数は現行ALOの中でもぶっちぎりクラスのトップだ。もっとも、運が悪いと10ヒットすらしない。今回もぶっちゃけ半分ギャンブルだったが、的がデカかったので問題ないと判断、強行した。

 

「つーかそもそも、味方巻き込むこと前提でお前使わせたな?」

 

「だってこのくらいだったら躱せるじゃん?」

 

「躱せなかったときは?」

 

 さっきも言ったが、最大で30連撃以上繰り出せるということは、それだけの量の剣が飛んでくるということ。それを躱せなかったら・・・まあ、うん。お察し下さい。

 

「目をそらすな!」

 

「まあ、時間もないし、先急ぐぞ」

 

「話題をそらすな!・・・時間がないのは事実だけど!」

 

 追及を逃れながら、俺たちは先を急いだ。

 




 はい、というわけで。
 まずは久しぶり、ネタ解説。

フカの大剣
元ネタ:角大剣アーティラート、モンハンシリーズ
 会心率の低さと攻撃力の高さに定評のあるディアブロス武器の一つ。抜刀大剣使い御用達装備の一つ。もともと両手武器使いって設定はあったので、いっそのこと見た目にもインパクトある武器にしちゃえ、ということで。
 GGOでフカさん、ツヴァイヘンダーのフカ次郎なんて呼ばれてるらしいので、投稿するときに若干ほっとしてる自分がいる。

ワイルド・コンビネーション
テイルズオブエクシリア2秘奥義「我威留怒・魂微音維紫苑」
 ガイアスとルドガーの共鳴秘奥義の名前変更版です。読み方は同じです。本家は光の剣をガイアスが降り注いで、そのうちの二つをルドガーがつかんで、二人で駆け抜けながら〆る技。
 今回のロータス君の動きはアルトリウスの漸毅狼影陣の動きが一番近いのですが、技名がかぶるのと協力技なのでこちらの名称を採用。

 さて、今回はスリュムヘイム攻略のお話でした。
 時に女の子二人、君ら両手剣でバーサークとか下手な男より男ムーブしてない?大丈夫?あ、だからフカちゃんはフラれ(この先は血しぶきで読むことができない
 一応ストレアはゲーム準拠で、ノームのアタッカー、にもなれるナビピクシー状態です。この設定、意外と面白い感じで生きるので案外便利だなーと思ってます。

 スリュムヘイムの方は主人公コンビが暴れてますねー。ここまで暴れさせる予定はなかったのですが・・・今更か。

 さて、もう一話キャリバーを挟み、そのままマザーズロザリオに突入します。ちょこっとだけネタバレしますと、原作にはほとんど出てこないキャラクターが主要キャラとして登場します。お楽しみに。

 ではまた次回。


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59.聖剣

今回も視点変更があります。視点変更の境目は前話の前書きを参照ください。


 さて、RTAモードだから、こっちは急ぎ足だ。と、そんなときに、あからさまに檻が置いてあった。

 

「誰か・・・誰か、助けてはくださいませんか」

 

 儚い声でしゃべりかけるのは、中にいる女性。真っ先に助けに行こうとしたクラインを、残りの全員が目顔で止めた。

 

「罠だ」

「罠ね」

「罠です」

 

 即座にキリトとシノンとシリカが声をかけた。ま、俺もそう思う。だが―――

 

「なあ、あんた、どうしてこんなところにいるんだ?」

 

「私は、スリュムに奪われた秘宝を取り返しに来たのですが、捕まってしまって・・・」

 

 そこまで話を聞いたところで、ユイちゃんがこちらに向かって話しだした。

 

「この人、言語モジュールに接続されているだけでなく、HPがイネーブルになってます」

 

「AI化された、共闘もしくはぶっ倒せるNPC、ってわけか?」

 

「はい。ただ、この場合だと―――」

 

「罠よ」

「罠ね」

「罠だと思う」

「罠だと思います」

 

 それを聞いて、さらにリズとアスナとリーファが続ける。普通に考えれば罠以外の何物でもないんだが―――

 

「あからさま過ぎない?」

 

「そうなんだよなぁ・・・」

 

 レインの言葉には頷きを返す。基本的に罠はバレないように張ってナンボだ。

 と、少し考えたところで思い出す。

 

「なあ、ユイちゃん。ここって確か、スリュムの城だったよな?」

 

「え?ああ、はい」

 

「あんた、名前は?」

 

「私はフレイヤと言います」

 

―――まさか。

 

「なあ、あんた、連れがいなかったか?確か、えっと、ロキだっけ?」

 

「それが、お恥ずかしいことに、はぐれてしまって・・・」

 

 その言葉に、俺はにやりと笑った。―――ビンゴ。

 

「俺たちの目的は、スリュムをぶちのめして、エクスキャリバーを引き抜くこと。あんたの目的は、スリュムに奪われた秘宝を取り戻すこと。スリュムぶちのめした後、攻撃してこないと約束してくれるなら、一緒に行こう」

 

「それは願ってもないことです」

 

「決まりだ」

 

 それだけ言うと、俺はニバンボシを一閃した。格子がきれいに切り取られ、人ひとりが出られるくらいの空間ができる。そこから、彼女は外に出てきた。

 

「え、いいのかよ!?」

 

「安心しろ。今のやり取りで確信した。俺の予想があっていれば、こいつは心強い援軍だ。ぶちのめした後、攻撃しない約束も取り付けたし、さすがに協力した相手をプチっとやるほど不義理でもないだろ、仮にも神様が」

 

「え、神様なの!?」

 

「元ネタ通りなら、確か豊穣の女神のはずだ。まあ、―――いやなんでもない」

 

「なんだよ、気になるじゃねえかよ」

 

「なあに、今回に関しては、土壇場で知ったほうがたぶんいろいろ爆発してやる気出ると思うから」

 

 クラインの言葉はさらっと流す。その直後に、リーファが思い出したような顔をして、すぐにジト目になった。

 

「人が悪いですよロータスさん」

 

「安心しろ、自覚はある」

 

 その言葉にため息をついたリーファの肩を、レインが後ろからポンと叩いた。

 

 

◆   ◇   ◆

 

 

 何とか低空で回避をしながら、私は何とか時間を稼いでいた。それでも限界はあり、何とか回避を繰り返しても、下の動物邪神狩りパーティの攻撃をかすめることが多くなってきた。黒天のHPは私にはわからないが、そこまで高いわけでもないだろう。

 

「ごめんね、もうひと踏ん張りお願い」

 

 高空に退避して黒い背中をゆっくりと撫でながら語り掛ける。と、グルルと低い声で黒天は鳴いた。もう一度両手剣に変えて、私は黒天から飛び降りた。空中で両手剣を持ちなおし、ちょうどいいタイミングでカブトワリを繰り出す。ソードスキルの着地扱いで大きく着地ダメージが軽減されることは、過去に検証を済ませてある。私の攻撃は人型邪神の背中をざっくりと切り裂いた。簡単なソードスキルだったため、ソードスキルの後の硬直時間は短い。すぐに振り返って、相手の魔法に合わせて、私は二回担ぐようなモーションを起こして、ソードスキルの溜めを作る。お構いなしに何人か魔法を放つが、すぐに一人が気付いた。

 

「撃ち方やめ!やめろ!」

 

―――だが、気が付いたところでもう遅い。

 

「だらっっしゃあああぁぁぁいい!!」

 

 掛け声とともに、私がソードスキルをぶっ放す。両手剣上位ソードスキルが一つ、“震怒竜怨斬(しんどりゅうえんざん)”。非常に長い溜めの後、受けたダメージの10倍を上乗せして放つ一撃。セオリー通りタンクが前面にいたが、もともと強力なソードスキルが、先ほどの魔法ダメージを上乗せして放たれた結果、タンクは何とか残ってもその後ろが少なからずリメインライトになった。

 

「くそアマ・・・!」

 

 タンクの一人が毒づく。確かに、いくら受けて10倍返しするソードスキルと言っても、これだけの被害だとさすがにそれも納得できるお話。だけどこっちも絶体絶命だ。なにせこのソードスキル、溜めも長いが、上位ソードスキルゆえに硬直も長い。その間に袋叩きにされる。―――とは思っていなかった。その後ろから、槍系ソードスキル“クリムゾングライド”や、片手剣系ソードスキル“ヴォーパル・ストライク”、両手剣系ソードスキル“アバランシュ”、その後ろから両手剣系ソードスキル“クラッシュチェイサー”、両手槌系ソードスキル“ハードチェイサー”などが色とりどりの光を散らしながら残った数人を食らいつくした。

 

「さすがフカさんたち。ありがと」

 

「というか、あんた、ここまで計算に入れたうえでやったでしょ」

 

「あ、バレてた?」

 

「バレないと思った?」

 

 フカさんの言葉に、私はただ笑うしかなかった。実際、おそらく彼女たちはやってくれるだろうという計算の上でやったことなので何とも言えない。

 

「さて、ここは終わった。次行くよ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 フカさんの号令で、彼女たちは素早く離脱する。私も、残った人型邪神の攻撃をよけて、もう一度指笛を鳴らした。

 

 

◆   ◇   ◆

 

 

 さて、急いでダンジョンを進むと、いかにもな場所に出た。

 

「これってもしかしなくてもそうだよな」

 

 俺の言葉に、ユイちゃんが頷く。直後、アスナとリーファが詠唱して、バフをかける。それからさらに、フレイヤがバフをかける。と、左上のHPが増えた。

 

「こんなのあるのか」

 

「私も始めてみました」

 

 一同驚きも冷めやらぬうちに、ボス部屋の扉を開けた。

 

 ボス部屋に入ったとき、真っ先に目に入ったのは、黄金に輝く宝の山だった。

 

「うわぁ・・・」

 

「ストレージに入れて持ち帰りたいところだけど・・・!」

 

 そういうと、俺は詠唱を始める。同時に、左手のアローブレイズのギミックを発動、弓状態にした。詠唱が終わると同時に矢をつがえて放つ。それは財宝の近くに着弾し、電気をまき散らした。

 

「羽虫めが・・・我が財宝に手を出すか!」

 

「興味ないからな。こっちの目的の一つに、その山の中に埋もれてるだろう物があるんだよ。ま、今ので大体の目星がついたがな」

 

「ほう・・・ならばそういえばいいものを。頭を垂れるというのであれば、宝物など一つや二つと言わず持てるだけくれてやる」

 

「どうだか。あんたはそうそう気前よく手放すような奴じゃない。そうだろう?スリュムさんよ」

 

「わしを誰か知っていて、羽虫の分際で歯向かおうとするとは愚かな。

―――ん?そこにいるのは、もしやフレイヤ殿では?いよいよわしに嫁ぐ気持ちは固まったのか?」

 

「と、嫁ぐ!?」

 

「無礼者!我が一族の秘宝を奪っておいて、まだそのような世迷言を!」

 

「だよ、な!」

 

 無理矢理、俺は金色の槌を引っ張り出した。―――雷に反応したのは、間違いなくこいつのはず。

 

「うるぅぅらあああ!!」

 

 見た目の数倍はあろうかという重さのそれを、ハンマー投げよろしくぶん投げる。それは放物線を描いて、フレイヤの近くに飛び、彼女がそれをキャッチした。

 

「っしゃあ!!」

 

「しゃあ!じゃないよ危ないよ!?」

 

「それはすまん。でも、これで、―――本来の持ち主の手に帰ったわけだ」

 

 俺の言葉を全員が理解する前に、フレイヤの体が数倍に膨れ上がった。その顔は元の顔立ちはかけらもなく―――

 

「「おっさんじゃん!!」」

 

 キリトとクラインが驚きのあまり絶叫する。知ってた。それもそのはず、これの元ネタ、結構有名なお話なのだ。

 

「って!蓮野郎は知ってたんだろ!?」

 

「おう。有名な話だからな、トールが女装してミョルニル取り返しに行くってやつ。さっきの問答でもあったロキは、その時の連れ」

 

 信じられないかもしれないが、原典からしてこんなストーリーが存在するから仕方ない。まあ、それはそれとして、だ。

 

「今ならトールにヘイトが向いてる。やるぞ」

 

 さっきみたいな化け物耐性を持っているのならいざ知らず、こいつはおそらく全体的に高いステータスをもつ、というだけのはず。なら、出し惜しみは無用。

 

「ロータス君!使って!」

 

 その声とともに、ボスの近くに剣が降ってきた。誰の物かなど、確かめるまでもない。相変わらず気の利く娘だ。

 

「サンキュ!」

 

 この状態なら、遠慮なくやれる。スリュムの足元を狙って、俺が剣をとっかえひっかえしてソードスキルを連発する。たまにストンプが飛んでくるが、俺自身剣を投げて再利用しているうえに、レインも剣を回収しながらなので、弾数は実質無限だ。そんなことを繰り返していると、スリュムは膨大なポリゴンとなった。

 ふう、と、長くため息をつき、俺は刀をしまう。シュピーゲル(AGIの高いキャラ)でひたすら走り回ってSMG撃ちまくるのも大変だが、これはそれとは違う大変さがある。特に剣技連携は結構集中力を使うので、これだけ連発すれば余計に、だ。

 

「協力に感謝するぞ、妖精たちよ。おかげで余はこの雷槌を取り戻すことができ、宝を奪われた恥辱をそそぐことができた。そして、私をフレイヤとしてではなく、トールと分かって戦っていたおぬしには、褒美を取らす」

 

「そりゃありがたいこと。して、その中身は?」

 

「まあ急くな。

―――この雷槌ミョルニル、正しき戦に使うがよい。では、さらばだ」

 

 そういって、トールは姿を消した。と、ここで気が付く。

 

「なあ、エクスキャリバーはどこにあるんだ?」

 

「皆さん!玉座の後ろに、階段がジェネレートされています!」

 

「と、いうことは、そこに!?」

 

 返答を聞く前に、キリトを先頭に走り出した。

 

 

 階段を駆け下りると、そこには黄金の剣が鎮座していた。深々と黄金の剣は突き刺さっており、なかなか抜けそうにない。

 

「キリト、頼むぜ」

 

 俺の言葉に、キリトが進み出る。STRで勝るのはレインかもしれないが、ここでレインに任せるのも変な話だ。だがまあ、想定はしていたが、なかなか抜けない。全員の応援の甲斐あってか、なんとか剣は引っこ抜けた、ものの。直後に、ドガン!と、不穏な轟音が響き、城が振動しだした。

 

「なあ、これ、もしかしなくとも―――」

 崩れる?

 

 と、言い切る前に、地面が崩れた。

 

「スリュムヘイム全体が崩壊します!脱出を!」

 

「脱出って言っても・・・!」

 

 戻るための階段には、断層のような大きなズレが発生していた。普通で考えれば戻れない。

 

「ちっ、しゃーないか!」

 

 舌打ち一つ、俺は指笛を吹いた。かなりの間の後に、遠雷のような咆哮が聞こえた。

 

「リーファ!トンキーを!」

 

 俺の声に、リーファがトンキーを呼ぶ。と、ここで思い出す。

 

「メダリオンは!?」

 

「全然大丈夫!一割くらいは残ってる!」

 

「そいつは重畳!」

 

 そんなことを言っていると、まず黒天が到着した。真っ先に俺が飛び乗り、直後に阿吽の呼吸でレインが飛び乗る。その後に駆け付けたトンキーに、残りの全員が乗る。・・・のだが、

 

「キリト!早く!」

 

 そんなことを言ってられないのは、キリトの様子を見ればわかる。今の状態では、明らかにエクスキャリバーが重すぎるのだ。

 

「まったく・・・!」

 

 それだけ毒づくと、キリトはエクスキャリバーを放り投げた。その直後にトンキーに飛び乗り、離脱する。

 

「黒天!」

 

 それをみた俺の一言に、黒天は正確に応えた。即座に最高速でダイブすると、一気に剣に追いつく。だが、ここで問題が一つ。キリトのSTRでギリギリなら、それより低い俺のSTRでは確実に保持できない。

 

「私が剣を!」

 

「頼んだ!」

 

 後ろから聞こえた声に、俺はノータイムで応えた。俺なら無理でも、レインなら問題ないはずだ。最も、それはステータス上のお話。

 

「分かってるとは思うが、チャンスは一回だけだからな!」

 

「了解!」

 

 正確に、回転する剣に追いつく。追い越した直後に「獲った!」の声。そのまま、何とか上昇する。

 

「すまんな、重いだろうが頑張ってくれ・・・!」

 

 手綱を握りながら語り掛ける。人で言えば気合を入れるように、黒天は少し長めに吼える。その声と同様に少しずつ上昇し、その高度はトンキーに追いついた。

 

「はい、これ。重たいから注意して」

 

 それを、身を乗り出してキリトが受け取った。・・・やけに静かだが、大丈夫か?

 

「ふ・・・」

 

「ふ?」

 

「「「二人ともマジかっけーー!!」」

 

 と、思っていたら、全員が唱和する形で応える。

 

「なんですか今の!?」

 

「一気にダイブして追い付いただけだ」

 

 言いながら、俺は黒天の首筋を撫でる。そもそも、こいつが答えてくれなければ、この無茶な作戦は成り立たなかった。と、ヨツンヘイムに早くも変化が現れた。

 今まで氷に閉ざされた銀世界だったヨツンヘイムに緑が戻った。光が戻り、緑が萌えていく。これが、世界樹の恩寵の満ちた世界、ということなのだろう。ところどころで、トンキーに似た邪神がくおぉーんと鳴いていた。

 トンキーの前に、またウルズが現れた。

 

「見事に成し遂げてくれましたね。エクスキャリバーが取り除かれたことにより、木の恩寵は地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これもすべて、そなたたちのおかげです。

 私の妹たちからも、そなたらに礼があるそうです」

 

 そういうと、今度はプレイヤーと同じくらいの大きさのNPCが両脇に一人ずつ現れた。

 

「私はヴェルザンディ。ありがとう、妖精の剣士たち」

 

「私の名はスクルド。礼を言おう、妖精の戦士たちよ」

 

 その言葉とともに、二人からそれぞれクエストの報酬が振り込まれた。・・・こりゃ相当だな。

 

「私からは、その剣を授けましょう」

 

 その言葉で、キリトの腕から力が抜けた。ようやく装備品扱いになって、その重量が抜けたのだろう。

 

「決して、ウルズの泉には投げないように」

 

「そうしようとしたらぶん殴って止めるからご安心を」

 

 俺の若干おちゃらけた口調に、女神たちはほほ笑んで、別れの挨拶を告げた。その背中に、クラインが声をかける。

 

「スクルドさん、連絡先をーーー!!」

 

 ・・・うん、そうだった。こいつはこういうやつだった。その言葉に、スクルドはもう一度振り返り、優雅に手を振った。

 

「クライン。あたし今、あんたの事心の底から尊敬してる」

 

 リズの感想に、俺は呆れたように笑った。

 




 はい、というわけで。
 これにてキャリバー編、終了です。まずはネタ解説。

クリムゾングライド
GE2、GE2RB、チャージスピア系ブラッドアーツ
 元ネタが長くなった。オーラをまとった突撃。溜めて突進するだけの、シンプルなもの。

クラッシュチェイサー
GE2、GE2RB、バスターブレード系ブラッドアーツ、元ネタ名前「CC・チェイサー」
 一気に突進してそのまま振り下ろす技。突進中からソードスキル判定で、ある程度横幅の移動には自由度があるが、ある程度の範囲内なので過信注意。

ハードチェイサー
GE2、GE2RB、ブーストハンマー系ブラッドアーツ
 一気に突撃して、こちらは横殴り。本家ではハンマーにブースト機構が付いていて、それをアフターバーナーよろしく一気にふかして突撃するのだが、今回はソードスキルなので、普通に突進するだけです。モンハンの狩技にもこういうのあればリーチの短さ補えると思うのに何でないんだろう、って主は思います。ワールドにあったらごめんなさい。


 これにてキャリバー編終了です。短い。まあ原作からして一巻分ないからね、仕方ないね。

 フレイヤさんのあれは明らかにあからさますぎるだろーってアニメ見て思ったので、ロータス君が早々に看破した設定に。元ネタにこれあるって知ったときの驚きは今でも忘れられません。
 最終戦ではさすがにワイルドコンビネーションは決めませんでした。一応トールさんも味方だからフレンドリーファイア防止です。どこらへんが“フレンド”なのかはさておくとして。
 せっかく主人公がドラゴンライダーになってんだから、拾ってもいいよね。という、主の勝手な思いにより、シノンさんの活躍はなくなりました。番外編でGGO編書いたら活躍させられるから勘弁してください。

 さて、この後はこのままマザロザに入るのですが、この期に及んで書き溜めが尽きかけてます。そもそも問題これ予約投稿してるのが2019年3月なので、まだ余裕あるかなーって思ってますが。目標、アニメ終了までにアリシ突入。

 ではまた次回。


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マザーズロザリオ編
60.絶剣


 お待たせしました。マザーズロザリオ編、始まります。


 キャリバーの話が終わってからしばらくして、俺はとあるうわさを聞きつけて、何とか昼間にダイブしていた。そのまま、キリトたちが暮らす、ログハウスを訪れていた。

 

「ようキリト。課題進んでるか?」

 

「ああ、大丈夫だ。・・・つーか、こっちまで来てわざわざそんなこと言うなよな」

 

「ハハ、悪い悪い」

 

 笑って言う。ここには全員、お互いのリアルをある程度知っている仲の連中しか来ないため、問題なかった。

 

「で、なんだよ、話って?」

 

「なんでも、超絶強い辻斬りプレイヤーがいるらしいじゃねえか。どうなのよそこんとこ」

 

「ああ、あれか・・・」

 

 そういうと、キリトは遠い目をした。

 

「強いのか?」

 

「そりゃもう。戦うルールはこっちに一任なんだが、そのかわりにとんでもなく強い」

 

「ほう。リーファとかは戦ったのか?」

 

「戦ったってさ。というか、キリトもリーファちゃんから聞いて、だったでしょ?」

 

「して、結果は?」

 

「全く歯が立たなかったです。空中戦得意だったのに、デフォ技だけで押し切られちゃいました・・・」

 

「そりゃ相当手練れだな・・・」

 

 俺の質問には、リズと本人が答えた。リーファはリアルで中学剣道全国クラスの強者だ。加えて、古参ALOプレイヤーということもあり、空中戦で彼女の白兵戦闘能力で勝る相手はそうそういない。それがデフォ技のみで負けた、となれば、遠距離で封殺された可能性もあるが、

 

「絶“剣”、っていうくらいだから、白兵戦が強いのか?」

 

「AGI高めなスピード剣士タイプで、白兵戦一本。あんたみたいに魔法も交えるタイプでもないわ」

 

 ちょっと待て。白兵戦一本だ、というのなら、

 

「空中白兵戦()()で完全にリーファが押し切られたってのか!?」

 

「お恥ずかしながら・・・」

 

「・・・いやいや、それは相手が悪いわ」

 

 俺ですら、空中限定でリーファと当たったら、油断したら簡単にやられる。それが、あっさりと負けた、というのは、にわかには信じがたいほどだ。

 

「つかそもそも、それだけ強いと挑戦者いないんじゃないの?」

 

「いや、それが、報酬が片手剣系汎用の11連撃OSSなんですよ」

 

「・・・ワーオ」

 

 思わず絶句した。これまでのOSSの最大は、確かユージーンの8連撃だったはず。それでも破格なのに、11連撃というのはトンデモもいいところだ。俺たちのワイルドコンビネーションとか、漸毅狼影陣(ざんこうろうえいじん)とかは縛りがキツ過ぎて到底実用レベルじゃないロマン砲だが、汎用性の高いOSSとなれば、その価値は破格だ。

 俺が普通に真っ向からデュエルをやったときの実力は、大体上の中ぐらいにあたる。ぶっちゃけ、キリトが負けるレベルとなれば相当なものなのだが、って、

 

「キリトは戦ってないのか?お前なら、この手の話は真っ先に飛びつきそうなものだが」

 

「戦ったさ。で、負けた」

 

「負けたぁ!?!?」

 

 思わず声が大きくなる。キリトは、サラマンダーのユージーン将軍と並んで、ALO最強の一角に名を連ねる。そんな奴ですら負かす相手がいるとは。

 

「俄然興味が出てきたな・・・。俺も当たってみるか」

 

「確かに、お前ならワンチャンだな」

 

 ことPvPや等身大クラスの人型ボスと限定すれば、俺はキリトにすら勝ち越す。であれば、俺なら勝てるかもしれない。かなり興味が出たので、連れて行ってもらうことにした。

 

 

 さて、その辻デュエルが行われてる場所に来てみた、はいいものの。

 

「おい、あれ、マジか?」

 

「マジだ」

 

「人は見た目によらんなぁ・・・」

 

 そこにいたのは、可憐なインプの女の子だった。ぶっちゃけ、ゴリゴリヘビーゲーマーのおっさん、つまり男だと思っていたので、これは意外過ぎた。

 

「さて、誰もいないのなら、次は俺でいいか?」

 

 次の対戦相手を探す相手の子に向かい、俺は進み出ながら周りに問いかける。どうやらいないようなので、そのまま対戦という流れになった。

 

「お、次はお兄さん?」

 

「ああ。対戦スタイルはこっちに一任と聞いていたが、間違いないか?」

 

「うん、そっちに合わせるよ。ボクはこれ一本、だけどね」

 

 そういって、腰に刷いた剣を叩く。その様子に、俺は目を細めた。リーファの言っていた通り、白兵戦一本らしい。

 

「なら、空中戦も地上戦も、魔法の有無もなんでもあり。その場に応じて、適切な判断を取る。どうだ?」

 

「へえ!大体片方、っていう人のほうが多いのに、そんなの初めてだよ!面白そう!最初は?」

 

「地上で」

 

「分かった」

 

 目を輝かせて返答すると、彼女は翼をたたんだ。俺の方も、全く警戒をしていない。少しすると、デュエル申請がこっちに来た。プレイヤーネームは“Yuuki”。ユウキ、でいいのかな。即座に受諾ボタンを押すと、カウントダウンが始まる。即座に剣を抜き放ったユウキに対し、俺はギリギリまで抜かなかった。10を切ったところで、ようやく俺は左手でアローブレイズを抜き放つ。そのまま、ぶらりと両手を下げただけの状態。構えとも呼べない、隙だらけの状態。それに、ユウキはただ怪訝な表情をしていた。

 

 カウントダウンが尽き、デュエルが始まった。直後に、ユウキが突撃してきた。ま、思いっきり隙だらけだからな。構えを取る前に、というのは分かる。だからこそ、その動きは見えやすい。

 ほんの少しの動作で、抜き胴の要領で横なぎを繰り出す。が、これは即座に反応された。・・・反応速度が速いな。即座に、右の拳で追い打ちをかける。それに、ユウキは間合いを取った。いったん間合いの外に逃げよう、という思考は理解できる。が、それは俺の思う壺だ。

 間合いを取る動きをした瞬間に、俺はアローブレイズを弓形態に変更した。即座に速射する。仕切り直しと思っていたユウキが驚愕に目を見開きながら迎撃にかかる。と、その矢は彼女が迎撃する寸前に小さな爆発を起こした。その陰に紛れ、今度は俺が突撃する。完全に回避に入るユウキだが、ほんの少しだけ、俺の()()()()()()刃が届いた。彼女が間合いを見誤ったわけではなく、武器が変わったことによって広がった間合いが届いたというだけだ。さらにバックステップで躱し、直後に突撃してくる彼女に、俺はスローイングタガーを投げた。それを弾いてなお突っ込んできた彼女に、俺は軽く受け止めながら後ろに下がって受け止めた。今度こそ仕切り直しだ。

 

「すごいね、お兄さん」

 

「そっちこそ。このくらいまでやれば、首を取れる場合も多いんだがな」

 

 俺の言葉は偽らざる本音だ。相手が白兵戦で無双の強さを誇るなら、わざわざ相手のフィールドである白兵戦で戦う理由はない。俺のもっとも得意とするフィールドも白兵戦だが、俺の場合は中距離もかなり得意だからな。加えて、相手が白兵戦一本というのなら、手の内の広さで俺の方が上を行くはず。ならば、間合いをかく乱してやればあるいは、と思ったのだが・・・認識が甘かったか。

 

(ちょいとギアを上げるかね)

 

 これだけの強敵となれば、出し惜しみは無用。俺は左足を少し引き、ニバンボシを中段付近に、拳を脇に持ってきた。構えの変化に、絶剣もギアが上がったことを察したのだろう。お互い、構えなおした。

 まずは、改めて小手調べ。一気に間合いを詰めて、そのまま上段から振り下ろし。これはいなされ、カウンターをさらに俺が左肘で合わせる。これはバックステップ。即座に間合いを詰めに来るユウキに、俺は左手でスローイングタガーを投げた。これはきれいにいなされ、そのまま突進してくる。今度こそ、俺は右から降り抜く形の、抜き胴の要領での薙ぎで斬り払おうとした。その寸前で、相手はひらりとこちらの斬撃を躱す。反撃を振りかぶってきたときはさすがに焦ったが、裏拳を使って何とかいなした。・・・初手で分かっていたつもりだが、

 

(なんつー反応速度・・・。こりゃキリトに匹敵、あるいはそれ以上か?)

 

 明らかに、今の胴の躱しは、想定していた一つの返しをされて、見てから回避した反応だ。俺だってPvP最強クラスとして、このくらいの返しはできるだけ読ませないような斬撃を心がける。なのに、それを見てから躱し、あまつさえ反撃までしてのけた。―――見かけによらない、とは言ったが、ここまでとは。

 

「非礼を詫びよう、絶剣。どうやら、俺の想像以上に、俺はあんたを見くびってたらしい」

 

「それは仕方ないよ。大体びっくりされるからね、ボク」

 

「だけど、報酬がどうだとか、そんなの関係なく、俺はただ、負けたくない。だからここから先は―――」

 

 息をついて、構えなおす。刀は担ぐように、左手は体側に。その状態で、宣言する。

 

「―――本気で、獲りに行かせてもらう」

 

 俺の言葉に、絶剣は顔色を変えた。はっきりと、俺の中のスイッチが切り替わったことが伝わったのだろう。―――それで十分。

 強く地面をけ飛ばす。ほんの少し早い俺の踏み込みに、相手が若干驚く。それもそうだ、俺は今まで、全力の踏み込みをしてなかったのだから。虚を突かれた一瞬で、俺は一気に詰め寄り、左手の拳をまっすぐに突き出す。これはバックステップで躱される。それを見越した俺の袈裟はいなされるが、続く逆袈裟は防がれ、逆に手首を返した薙ぎが来る。胴体を狙ったそれは、逆に間合いを詰めたことにより止められる。脳天を狙った唐竹割りは、薙ぎの腕を伸ばし、俺の後ろに肘を当てた反動で、回転するように逃れられた。左回りで反転し、俺は即座に脇構えから足元を斬り払おうとした。同じく下段で受けられ、即座に俺は前中するように飛び、そのまま後ろから上空へのがれた。追撃してきた絶剣を、俺は力で強引にたたき落とした。思った通り、インプという軽種族であり、なおかつAGIが高めなスピードタイプだから、バランスの取れたSTR-AGI型の俺がこうやって位置エネルギーも利用してやれば、叩き落とせる可能性は十分にあった。そのまま急降下し、追撃に入る。これは転がって避けられるが、即座に投げナイフで追撃する。何とかかすめながら躱される。が、俺からしたらそれは想定通り。そのまま、俺は左手を振り回した。と、先ほど投げた投げナイフが、曲線を描いて再び絶剣へと迫った。これにはさすがの絶剣も泡を食って逃れる。その光景に、周囲がどよめいた。

 俺がやったのは、リトリープアローをもとにしたオリジナル魔法を、投げる時に付与しただけだ。その魔法は、魔力で作った糸を、投げナイフの柄から俺に向かって伸ばす、というもの。これにより、俺は投げナイフを即席のペンデュラムに変えることに成功した。なかなか扱いが難しいが、槍以上弓以下という貴重な間合いの武器だ。これには、さすがの絶剣も回避に徹さざるを得ない。そこに、俺は片手でアローブレイズに武器を変え、ペンデュラムをくるりと二周させてたたきつけた。好機とばかりに飛び込んでくる絶剣だが、俺からしたら想像通りだ。そのままバックステップで間合いを取り、地面に向かって爆裂矢を打ち込む。それは、絶剣の速い踏み込みに重なり、彼女の足を確実に止めた。

 

(ここで決める!)

 

 覚悟を決め、アローブレイズを曲刀形態に変える。バックステップの反動と踏み込みの初速を羽根でブーストし、俺はリーパーを繰り出した。俺のその攻撃を好機とみて、バックステップで受けてから反撃しようとした絶剣だが、そうはいかない。十八番となった剣技連携を使い、転身脚につなげる。驚きながら受け、下がる絶剣をしり目に、俺はさらに左手のドライブツイスターへとつなげる。いなして攻撃をしようとする絶剣だったが、それは俺の抜刀とともに放たれた旋車に阻まれる。さらに左手の弧月閃につなげたが、これはいなされる。と、同時に、絶剣の剣が光った。俺の覚えのない構え。そこから来るのは、俺の知らない片手用直剣か、片手剣系汎用ソードスキル、そして―――片手剣系汎用ソードスキルである、絶剣の11連撃。

 まばゆい純白の光を見て、俺は即座に察した。間違いない、これこそ絶剣の11連撃。俺が剣技連携を止めたら、俺は長い長い硬直を強いられる。なら、剣技連携をフルに使ってしのぎ切るしか手はない。

 爪牙連牙斬、真空破斬、そのまま刀を納刀した裏拳で獅子戦吼(ししせんこう)を放つ。それでもなお彼女は止まらなかった。もう一発しのぐ気になればしのげるが、俺はそれをしなかった。

 

(こりゃ勝てねえわ)

 

 端的に言えばお手上げだ。俺の剣技連携にここまでついてこられた上に、初見の技に対応できるだけの能力。これだけされては勝てない。どちらにせよ、11連撃のうちの数発をもらっている時点で、俺のHPはかなり怪しい。が。

 

「・・・どういうつもりだ?」

 

 彼女が放った最後の一撃は、俺の胸の前で止まっていた。先も言ったが、とどめを刺そうと思えば刺せる。なのに、彼女は止めた。思わず混乱して、最後の体勢で固まる俺に、彼女はにこにこと笑って、そのまま俺の手を取った。

 

「おにーさん、強いね!うん、気に入った!」

 

「いや、だから、えっと、全く話が見えないんだが」

 

「ちょっとついてきてもらえる?」

 

 そういうと、彼女は俺の手を取ってそのまま上昇した。俺もあわてて上昇する。ギャラリーもあっけにとられている間に、俺たちは上昇していった。

 




 はい、というわけで。
 まずはあっさり流したネタ解説。

獅子戦吼
 テイルズオブシリーズ
 使用者:クレス・アルベイン(TOP)ほか多数
 獅子の頭を模した闘気を放つ。原作だと、総じて大きなノックバックやダウンを伴うことが多い技。ここだと一応魔法属性強めな体術スキル扱い。SAOでも出したかったんですが、その性質上、世界観的に若干無理があるかなー、と思いここで。


 正直ここはレインちゃんが主人公でもいいかなー、とは思ったのですが。あれこれ考えた結果、ロータス君主人公で行きます。

 初回はロータスvsユウキでした。どうせ二次創作ならね、オリ主vsユウキは書きたいなー、と思っていたのですが、これが難産でした。なまじ特化型にしなかったから、まあ難しいのなんのって。

 ペンデュラムみたいな例のオリジナルは、TOZおよびTOBのザビーダ(デゼル)の武器を参考にしました。そういえばああいう武器ってないなー、と思ったのがきっかけです。そういう武器を作るのではなく、オリジナル魔法を作っちゃうってあたりがロータス君クオリティ。

 ユウキの拉致()は原作通りですが、ここから思いっきり脱線していきます。正直どこまで書き切れるか、自分でも自信がありません。なにとぞよろしくお願いします。

 ではまた次回。


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61.スリーピングナイツ

 彼女に連れられてきたのは、新生アインクラッドの中にあるギルドハウスだった。そこには6人が、種族のかぶりなくいた。

 

「紹介するね!ボクのギルド、スリーピングナイツの仲間たち!」

 

 そういって、一人ひとり自己紹介を聞く。だが、誰がどういう役割なのかという考察は、その次の言葉でどこかに吹っ飛んでいった。

 

「あのね、ボクたち、この層のボスモンスターを倒したいんだ。ここにいるメンバーだけで」

 

「・・・・・・はあぁぁ!?!?」

 

 たぶん、たっぷり5秒くらい黙っていたと思う。で、その後に大声出した俺は悪くないとも思う。それもそのはず、

 

「フロアボス、って、フルレイドの大体50人弱くらいで挑むもんだぞ!?その7分の1とか、さすがに無理じゃねえのか?」

 

「うん、無理だった。現に、25層と26層は6人で挑戦したんだけど、あれこれ工夫してるうちに大きなギルドに先を越されちゃった」

 

 その言葉に、俺はとあるうわさを思い出した。・・・まさか、な。いや、今はそれが重要じゃない。そんなことを考えているときに、どこかでログイン音が聞こえた気がしたが、それも一旦は無視だ。

 

「そもそも、なんでこんな無謀に近いようなことを・・・。どこかに協力するとか、そういうのはダメなのか?」

 

「ユ~ウ~キ~?あなた、やっぱりろくに説明せずにつれてきたのね?」

 

「ゲッ、姉ちゃん!?」

 

「ゲッ、じゃないです!あ、私、ユウキの姉のランといいます」

 

「こりゃご丁寧に。俺はロータスだ」

 

「ロータスさん・・・!なるほど、ユウキが気に入るのも納得です」

 

 ウンディーネの彼女、もといランは俺の名前を聞いて納得したようにうなった。どうやら、先ほど聞こえたログイン音は彼女の物だったらしい。で、この反応を見るに、

 

「ランさんは俺の事知ってたわけ?」

 

「ええ。あなたのことは有名ですからね、マジックアーチャーさん?」

 

「その名前はやめてくれません?大げさすぎて好きじゃない」

 

「ふふ、わかりました」

 

 柔らかに笑うランさん。もともと、ふわりと柔和な雰囲気の彼女に、その笑い方は非常に似合っていた。

 彼女がいるのでは、俺が入ると中途半端なレイドにならないか、と思っていると、それはユウキが補足した。

 

「姉ちゃんはちょっとリアルの事情で戦えないんだ。だから、ボクたちだけになる」

 

「いやだから、なんでこんな超絶少数精鋭・・・あ、剣士の碑か?」

 

 俺の言葉に、一同は相当に驚いた顔をした。それを代弁するように、最初からいたウンディーネのシウネーが声を上げる。

 

「よくわかりましたね・・・!?」

 

「何となく察しただけだ。この人数じゃなきゃいけない理由、っていうのを一つ一つ考えると、一番もっともらしい理由がそれなんだよ。ボスドロップ独占するのなら、わざわざ複数階層に挑む理由がない。ランさんがいることで人数が合わないからおかしいな、とは思ったが、彼女が戦えないのなら話は簡単だ。あれは、ワンパーティだけで撃破することができれば、全員の名前が刻まれるからな。違うか?」

 

「ご明察です。すごいですね」

 

「なに、半分くらいは勘だ」

 

 そういうと、もう一度パーティを見渡した。パーティの種族内訳は、サラマンダー、シルフ、スプリガン、ノーム、ウンディーネ、そしてインプ。うん。条件によるかな。

 

「確認するぞ。おたくらが苦戦してる間に、大ギルドがフロアボスをぶっ倒したんだよな?」

 

「うん。さすがに2回続けてこうなるってなると、助っ人が欲しいよね、ってなって」

 

「そうか。なら、すまんが、俺は直接協力できそうにない」

 

 俺の言葉に、彼女たちが肩を落とす。

 

「理由は、俺の知り合いにもっと適任そうなやつがいるからだ」

 

「え・・・?」

 

 俺の言葉に、ランが驚いたような嬉しいような声を漏らした。

 

「このパーティ、種族から考えて、おそらく、ノームのテッチはタンク、ウンディーネのシウネーがヒーラー兼バッファー、タルケンは支援兼アタッカー、後は純アタッカーってところが妥当だと思うんだけど、違う?」

 

「タルケンは支援というより、純アタッカーに近いですが、大体そうです」

 

「だろうな。なら、この人数になってくると、圧倒的に支援職が足りない。ランさんなら分かると思うが、俺は広い間合いに対応できるオールラウンド型のアタッカーっていうのをコンセプトとして戦ってる。今でさえ、シウネーだけでは若干ヒーラーとバッファーが心もとないのに、アタッカーがさらに増えたら、多分、支援が足りなくなってテッチが死に戻って、後は押し切られるっていう展開が見える。むろん、押し切っちゃえればそれでいいんだけど、全員が全員ユウキレベルっていうわけじゃないんだろ?」

 

「なるほど、押し切るには火力不足で、定石なら支援不足、ということですか・・・」

 

「そ。なら、俺みたいな、魔法を併用するオールレンジアタッカーより、支援を行えるタイプの方がナンボか楽のはずなんだ。その心当たりの奴は、家族の方に帰省しててインできないんだが、年明けなら帰ってくるだろうし。

 黒ずくめのスプリガンとも戦わなかったか?片手剣の超強い奴」

 

「ああ、いたけど、あの人はダメだよ?」

 

「理由は聞かんぞ。あと、あいつはユウキと同じ白兵戦脳筋タイプだから、同じ理由で却下な。

 ま、とにかくだ。あいつより少し弱いくらいで、少なくとも平均以上の白兵戦能力を持つヒーラータイプなんだよ」

 

「へえ、そんなに強いのなら、戦ってみたいな!」

 

「・・・もしや、バーサクヒーラーさんですか?」

 

「合ってるけど・・・それ本人に言うなよー、地味に傷ついてるから」

 

 バーサクヒーラー、というのは、アスナにつけられたあだ名だ。もともとALO月例大会でもトップクラスに名を連ねていたころからその片鱗はあった。が、21層のフロアボス討伐の際、SAOでも暮らしていたあのログハウス風のマイホームのために、「ああもうまだるっこい!」と言わんばかりに、支援を投げ出して前衛でキリトとともに大暴れした彼女の様に、畏敬の念を込めてつけられた。・・・本人はかなり気にしているらしい。でもまあ、旦那に似て戦闘狂なところもあるから残念だが当然。彼女らしい評価ともいえる。というか、

 

「ランさん、意外とプレイヤー知ってるのね」

 

「一応、私がリサーチしましたから。それと、呼び捨てでいいですよ?」

 

「そっか、ならありがたく。

 ま、とにかくだ。奴さん、そのあだ名に傷ついてるけど、若干戦闘狂な部分があるから、多分誘えば乗ってくるはずだ。その辺はこっちで手を回しておく」

 

「すみません、何から何まで・・・」

 

「いや。・・・俺としても、いろいろ思うところはあるからな」

 

 個人的に、気になるところがあるのだ。傭兵というのは、こういう時に動きやすいからいい。

 それから、これからの大まかな相談し、俺は分かれてログアウトした。

 

 

 ログアウトすると、俺はアスナにメッセージを飛ばした。即座に返信が来たあたり、彼女も年頃の女の子なんだなー、と再認識する。そのまま、手を止めずにダイヤルした。

 

『もしもし?』

 

「あ、俺だけど。今大丈夫か?」

 

『うん。ちょうど眠れなかったとこなの』

 

「そっか。ならいっかな。で、こうして電話したのは、ちょいと要件っていうか、耳に入れておきたいことがあってな」

 

『何かALOであったの?こっちだとインできる場所がなくて・・・』

 

 場所がない、ということは、おそらくアミュスフィアは持って行っているのだろう。と、すれば、

 

「あれまあ、今時無線すらないとは珍しい。ま、あったっていうか、出たっていうか」

 

『とんでもない強さのボスが出てきたとか?』

 

「んー、惜しい。

 なあアスナ、キリトが辻デュエルで負けた、って言ったら、信じられるか?」

 

『・・・えぇ!?!?』

 

 電話口でアスナが驚きの声を上げる。ま、だろうな。彼女は、キリトの強さを横ではっきりとみている。それを踏まえて考えれば、キリトが辻デュエルで負ける、というのは、少なからず衝撃のはずだ。

 

「まあ、本人曰く、例の似非二刀流は使わなかったらしいがな」

 

『それでもキリト君を負かすって、すごいわね』

 

「おう。俺も実際に戦ったが、まあ、ありゃ負けだな、うん」

 

『・・・?妙に煮え切らない表現ね』

 

「ま、その辺はまたおいおい。スピードタイプの剣士だから、アスナならワンチャンあるかなー、って」

 

 俺の回答に若干の疑問を覚えたアスナだったが、全く問題ない。このくらいならごまかしきる。それより、

 

「ところで、アスナももういっぱしのゲーマーだから、ALOにインできないのはきついんじゃねえか?愚痴くらい、俺でよければ聞くぞ?」

 

『いや、今のところは大丈夫。ある程度は予想してたことだから』

 

「そっか、まあ大丈夫ならいいんだが。吐き出せるときに吐き出しとけよ」

 

『そっちも、私とこんなに話してていいの?』

 

「いいの、って?仕事なら、あらかたもう終わらせたし問題ないぜ?」

 

『そうじゃなくて。レインちゃんとか、エリーゼさんとか』

 

「・・・なんで今その二人の名前が出てくるんだ・・・?あいつらなら心配ないだろ」

 

 俺の言葉に、電話口の向こうから盛大なため息が聞こえた。・・・ため息?

 

「ま、課題とかはおたくなら心配ないか」

 

『帰省する前にほとんど終わらせたわ。そのくらいは織り込み済みだったんじゃない?』

 

「織り込み済みというか、想定済みだな。おたく、もともとそういうタイプだろう?」

 

『さすがね。立場が違えば、参謀に抜擢したいくらい』

 

「やめてくれ。采配振るうのなんざ性に合わん」

 

『自分で言っておいてなんだけど、全く想像ができないわ』

 

「だろうな。俺もそうだ。じゃあ、また年明けな」

 

『ええ、また』

 

 それだけ言うと、俺は電話を切った。直後、アミュスフィアとパソコンを接続して、設定を少しいじる。GGOのシュピーゲルアカウントに設定しなおすと、俺はGGOにログインした。

 

 

 グロッケンにログインして、直後にメッセージを送ろうとしてやめた。すでに相手は一足先にインしていたのだ。

 

「悪い、待ったか?」

 

「いえ、そんなに。さ、行きましょ」

 

「おう」

 

 そういいながら歩くと、小耳にはさんだ気になる話題を切り出した。

 

「そういえば、エッグいプレイヤーキラーが出たって?」

 

「そうね。正体は不明。気が付いたら目の前にいて、スナップショットでハチの巣」

 

「わーそりゃエグいな。場所は?」

 

「夕暮れの砂漠で固定されてるとこ。あそこなら、上手く色を調整してさえしまえば、ほとんど見えないでしょうね」

 

「完全擬態したカメレオンよろしく全くわからんだろうな。スナップショット、ってことは、AGI極か。武器は?」

 

「発射音とレートからして、Vz61じゃないか、って」

 

「スコーピオンか。まさに砂漠のサソリだな」

 

 Vz61、別命スコーピオンはチェコかどこかのSMGで、非常に小型かつ軽量なのが特徴の銃だ。俺がシュピーゲルとして活動する際、使用武器候補の一つとして上がった銃でもある。ま、それはそれ。

 

「つっても、俺だとちょいときついかもな。万が一があると怖いからやめておくか。俺の武器もこれだから、純粋な腕勝負になるし」

 

「クリスヴェクター、だったっけ」

 

「そそ」

 

 シュピーゲルの武器は、あれこれ迷った末にクリスヴェクターというアメリカ製のPDWに決まった。若干リコイルが独特だが、MP7と同じPDWであるがゆえに、取り回しの良さと威力のバランスがいい銃だ。それに加え、サブアームがグロック21で固定されるものの、同じマガジンが使用できる拳銃があることが最終的な決め手になった。

 

「で、見た目で風景とほとんど同化してるAGI極相手なら、シノンのスナイピングもかなりきついか」

 

「そうね。あそこ、遮蔽物少なすぎるし」

 

「いくら1000mオーバーの射程でも、あっという間に詰められてハチの巣だろうからなぁ。AGI極のスピードってかなりトンデモなものがあるし」

 

「なら、無理にいかないのが吉?」

 

「ご明察。そこにしか出ないんだろう?」

 

「ええ。他のフィールドに出てきたって話は、少なくとも私は聞いてない」

 

「なら話は簡単。そのフィールドに特化したPKなら、わざわざそこに行く必要はない。こちとらステータス上げがメインの目的なわけだから、PKじゃなきゃダメ、ってことではないわけだし」

 

「ということは、今まで通り、地下ダンジョンに行くのね?」

 

「おう」

 

 そんなことを話していると、GGOにある俺の―――厳密にはロータスアカウントの―――拠点にたどり着いた。ここにはガレージも併設されていて、その中には移動用の車もある。俺の運転技術もあって、ダンジョンまでの移動はこれ一つで非常に楽かつ快適なものとなっていた。

 

「しかし、AGI型ってのは使いこなさないとつらいな」

 

「そうなの?」

 

「砂も大概だけど、AGI極もつらい。ベクトルは違うけど、難易度の絶対値的にはどっこいどっこいってとこじゃねえか?」

 

「スナイパーも難しい職種だけどね」

 

「だろ?俺も使うからわかるけどさ」

 

「で、難しい、っていうのは、どういうこと?」

 

「VITに振らない分、HPは相当に低い。で、STR型とは違って、どうしても超クロスレンジで戦うしかない。武器がマシンピストルとかSMGとかになるからな」

 

「コンテンダーはダメなわけ?」

 

「ダメダメ。あんなの、低STRの貧弱握力じゃ、銃が吹っ飛んで行って自分がケガする。そういう目的で使うのなら別だけど」

 

「誰得って話ね」

 

「そういうことだ。俺はSAOで飽きるほどこっちのアバター動かしたから、最初はともかくすぐ慣れた。そうじゃないやつはかなり難しいと思うぜ?」

 

 つまり、力がない分軽い武器しか使えず、軽い武器ということは必然的に射程距離が短くなるということと同義、ということである。例えばだが、ロータスのサブウェポンであるレイジングブルは拳銃としては相当大きいが、有効射程は精々言って5、60m前後と言うところだろう。限界射程距離を試すような武器じゃないので不正確だが、そんなに的外れな値でもないはずだ。このクラスの武器しか扱えないAGI型は、つまりそのレンジで戦わざるを得ない。対してアサルトライフルとなれば、200mくらいでもある程度の威力と精度があって当然だ。つまり、この時点で間合いを制されているわけだ。その中で勝つには、相手の弾をよけたうえで、クロスレンジで相手をぶち抜くしかない。だが、ここに大きな問題がある。

 

「そもそも、それ以前に早すぎて制御ができないんだよな」

 

「どういうこと?」

 

「自転車くらいなら乗ったことあるよな?」

 

「それくらいならあるわよ」

 

「OK。ならたぶん、それより少し早いくらいの原チャリくらいなら運転できると思うんだよ。そんなに力ないし」

 

「まあ、そうでしょうね」

 

「だけどさ、いきなり大型二輪とか乗りこなせ、って言われても無理ゲーでしょ?そういうことだ」

 

「自分の力が大きすぎる、ってこと?」

 

「その通り」

 

 早すぎて制御ができない、とはそういうことだ。速度が上がる、ということは、その分精密な体の制御を求められる、ということと同義。加えて、瞬間情報量も増える。自分で使ってみて痛感したが、使いこなせる人間が少ないのも納得のいくお話だ。と、そんなことを話していると、目的地のダンジョンについた。

 

「ま、だからこそ、そのPKの中の人は、相当運動ができるタイプだろうな」

 

「いわゆる、動けるオタクとか?」

 

「かもな。さて、やるぞ」

 

 そういうと、俺たちは車を降りた。車の方は、自動運転モードにして、自分の家に送り返した。

 

「さて、頼むぜ、相棒」

 

「ええ、後ろは任せて」

 

 そういって、俺たちはグータッチを交わした。

 




 はい、というわけで。

 あくまでスリーピングナイツが本編ですが、後半はちょっとした伏線でもあります。調べた結果、時系列的にはそんなに問題ない、という判断になりました。
 ランちゃんは敬語キャラじゃなさそうなんですが、ここではこれで通します。というかある程度そんな感じでキャラ立てないと読み返してこんがらがるというメタ的理由のほうが大きいです←
 あと、「ああもうまだるっこい」のネタが分かった人がいたら感想欄にぜひ。分かる人のほうが少ないと判断して解説はすっ飛ばします(オイ

 本編のほうでは、ロータス→レインorエリーゼ に対する評価は「命に値する信頼」であり、「明確な恋慕、愛情」ではないので、こういう反応。アスナは、if編でもちらっと書きましたが、ある程度レインの気持ちを察しているのでため息です。道は長いですねぇ。

 シュピーゲルの武器、実はすでにほんのちょこっとだけ解説が書いてあります。GGO編の最初のほうに書いた、.45ACP弾を使うことでマガジンまで共通化される~ってやつですね。一応PDWって括ってよさそうと判断してPDWと明記しましたが、厳密にはSMGではないかと考えてます。
 グロックの21はグロック17系のハンドガンです。本編にも系列武器が登場してますね。映画とかでたまーに拳銃をフルオートでばらまくシーンがありますが、あの手の武器と思ってもらえれば大体合ってます。APEXでいうRE-45みたいな感じです。

 さて、次回はもろもろ複線回です。しばらく話は止まって説明やらなんやらになりますがご容赦ください。

 ではまた次回。


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62.状況開始前夜

 年が明けて、アスナがALOに帰ってきた。その時に、早速俺は切り出した。

 

「そういえば、アスナ。例の絶剣だけどさ」

 

「え、もしかして私のこと話したの?」

 

「と、いうより、相手が知ってた。で、戦ってみたいってさ」

 

 さすがにこの言葉には面食らったようで、一瞬アスナがぽかんとする。

 

「たぶん説明してなかったから、この際まとめて前後関係とか説明すると、だ。

 まず、俺は絶剣と辻デュエルをして、まあ、俺が最終的にリザインする形になったんだが、そのまま俺は絶剣のギルドホームに、・・・拉致られた?」

 

「なんで疑問形・・・?」

 

「いや、あれは拉致られたって表現でいいのかな、って自分でもおもうから」

 

 はた目から見たら拉致られたって表現が一番適切だろうが、半分とはいかなくとも4割くらいは俺が自発的についていったところもあるわけで、この辺の事情は微妙なラインだ。

 

「で、まあ、端的に言うと、絶剣のギルドにちょいと手を貸してほしい、って話だったんだが、俺は断った。で、アスナを推薦した」

 

「え?なんで私!?」

 

「俺らレベルで白兵戦強いっていうのもあったけど、最大の理由はアスナがヒーラーとバッファーもできるって点。絶剣のパーティ、キリトたちに負けず劣らずの脳筋パなんだよ」

 

「え、そうなの?」

 

「種族内訳が、インプ、シルフ、ウンディーネ、サラマンダー、スプリガン、ノーム、っていえば、大体想像がつくだろ?」

 

 ランが戦えていた、もしくは戦えるのであれば、彼女をアスナ、もしくはシウネーのポジションに回すことで、もう少しパーティとしてのつり合いが保てるはずだ。だが、彼女を除いたスリーピングナイツのメンバープラスひとり、と考えると、あのパーティはアタッカーよりヒーラーもしくはバッファーが欲しい。

 シルフは回復魔法を使うタイプのビルトも考えられるが―――ちなみにリーファがこのタイプだ―――、基本的にはAGIと攻撃魔法を組み合わせたスピードタイプのアタッカーが一般的だ。サラマンダーは回復魔法の覚えづらい種族だし、ノームに至っては完全にタンクだ。スプリガンとインプは暗視など軽いバフの魔法が精々の種族だし、なによりユウキ(インプ)はガッツリ脳筋タイプと来た。この辺は二人とも分かっているから、俺の説明にはあいまいな表情で頷いていた。

 

「なんていうか、その・・・」

 

「確かに、私たちに負けず劣らずなパーティだね・・・」

 

「全員と軽く手合わせしたところ、んー、シリカより強いくらいのレベルがゴロゴロいる感じかなー。目標達成は、できないことはないだろうけど難しい、ってとこ」

 

「というか、あんた、よくここまで手を貸そうと思ったわね?自分が無理って時点で断ることもできただろうに」

 

「いや。ちょいと気になることがあってな」

 

 最悪、俺は目的のためにあの子たちを利用することになる。だがそれでも、一回ここで誰かがやらなければならない。もっとも、―――そんな行為が行われているのなら、だが。

 

「ま、とにかく、だ。いっぺん戦ってみてくれや」

 

「戦ってみてくれや、って・・・」

 

「それとも何か、戦ってみたくないの?キリトが負けた相手」

 

 俺の言葉に、うっ、と短く詰まる時点で、本音は見えている。というかさ、そんな気質だからバーサクヒーラーって呼ばれ続けてるんじゃないのおたく。

 

「それは、戦ってみたいけど・・・」

 

「よし、決まりだな」

 

 答えを聞くと、俺はユウキにメッセを飛ばした。彼女がインしているのは会話する前に確認している。すぐに返信が帰ってきた。

 

「いつでもいいってよ」

 

「今でも?」

 

「今でも。どうする?」

 

 俺の言葉に、アスナは迷ったうえで、「行く」と答えた。

 

 ユウキは、表向きはあの辻デュエルを続けていることになっている。むろん、勝てたやつにはOSS譲渡、というのもだ。俺は、表向きには、実際に見せてもらったら俺のスタイルに合わなさそうだったから断った、ということになっている。実際、こっそり見せてもらったが、彼女のOSSである“マザーズ・ロザリオ”は、俺には使えないと思った。だから、譲り渡す相手を探して、まだ続けている、ということに“表向きは”なっている。

 俺がOSSの受け取りを拒否した、ということで、仲間内からもあれこれ言われた。ぶっちゃけ、俺だって11連撃のOSSと聞いて、名残惜しくなかったといえば嘘になる。が、それ以上に、俺はあの剣を受け取ることはできなかったのだ。

 

 で、その辻デュエルにアスナを連れてきた、わけだが、

 

「え、絶剣、って、女の子だったの!?」

 

「おう。あれ、言ってなかったっけか」

 

「聞いてないわよ!?」

 

 言われてみれば、言っていないかもしれない。でも、そんなのは関係ない。

 

「ま、行ってきな」

 

 そんなことを言いながら、次の相手を探すユウキに向かって、俺はアスナの背を押した。つんのめるように人の輪を抜けたアスナに、ユウキの視線が向いた。その後ろで、俺のアイコンタクトにユウキが返したのを確認すると、俺はスリーピングナイツのホームに飛んだ。

 

 

 

 さて、それから少ししてから、スリーピングナイツのホームには、アスナを連れたユウキが来ていた。

 

「その様子だと、お眼鏡にかなったみたいだな」

 

「うん!」

 

 満面の笑みで頷くユウキ。

 

「紹介するね!ボクの仲間のスリーピングナイツのメンバー!」

 

「ウィズ俺、ってな。ていうか、この感じからして・・・」

 

 そこまで言ったところで、あ、手遅れと思った。ギルドホームの入り口には、ちょうど買い出しを終えたもう一人のメンバーが戻ってきていたからだ。

 

「ユ~~ウ~~キ~~?」

 

 低い声に、ユウキがあからさまにビクッ!と震えた。そのまま、ゆっくりと振り返る。そこには、ニコニコ笑顔で怒っているランがいた。

 

「・・・ね、姉ちゃん・・・」

 

「ま、た、あ、な、た、何も説明せずにつれてきましたね・・・?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「謝るのは私じゃないでしょう!」

 

「はい!ごめんなさいアスナさん!」

 

「いや、そこはいいわよ。あと、アスナでいいわ」

 

「すみません、うちの妹が」

 

「いえいえ」

 

「二人とも、そろそろ事情説明」

 

「あ、そうでした」

 

 俺が小声で声をかけたことで、ランとユウキが説明に入った。

 

 全部事情を説明し終えると、アスナは少しだけ考えた。

 

「ねえ、ロータス君」

 

「ん?」

 

「前、目標達成は難しいけどできないことはない、って言ってたわよね?」

 

「言ったな」

 

「目標っていうのは、フロアボスの撃破?」

 

「ああ、もちろん」

 

「それは今も変わってない?」

 

「むしろ全員の腕はある程度上がってるはずだから、相対的に難易度は下がってるんじゃないかな」

 

 俺はラフコフの時からのノウハウで、対集団戦には慣れている。だから、俺対スリーピングナイツっていうことも何回かやっている。最初期でも、もちろん全員でかかられるとさすがの俺も瞬殺待ったなしだったが、4人くらいなら逆に俺が反撃できるほどだった。でもそれは、普段リズ、シリカ、それに援護役となるリーファないしはアスナ、多いときはさらに一人追加されたうえで、互角で戦える俺に対しての評価だ。現行ALO有力ギルドの一つに数えられるフカたちドッグアンドキャッツとやむを得ず正面からぶつかった場合、たいていの場合、ドッグアンドキャッツが3から5割死亡したくらいで俺が押し切られるレベルで戦える俺基準での評価。まあつまり、およそ一般的な評価じゃない。ちなみに、ここまでくるとお互いのデスペナのほうが痛いレベルだから、大体は話し合って落としどころを決めている。

 

「じゃあ、引き受けるわ」

 

「ほんと!?」

 

「この人、この手のことで嘘はつかないから。それに、そういう戦いも嫌いじゃないし」

 

(安定のバーサーカー・・・」

 

「なにかいいました?」

 

「いやなにも」

 

 ぼそっと心の声が漏れていたらしい。でも、仮にもおしとやか系の女の子がそういう戦いも嫌いじゃないとか言うべきじゃないと思う。旦那も旦那だから今更か。

 

「さて、そろそろリアルの時間がだいぶ怪しいな。一旦今日のところはお開きにしねえか?」

 

「あら、もうそんな時間でしたか」

 

「おや、意外とゲームに熱中しすぎて時間忘れるクチ?」

 

「・・・まあ、そんなところです」

 

「リアルへの過干渉はマナー違反だからあんまり強くは言わないけどよ、ほどほどにしなさいよ」

 

 こんなことを言うようになったのは、仮にも教師になろうとしているからだろうか。悪い変化ではない、と思う。それはそれとして、・・・いや、これは言うべきことではないか。

 

「アスナは明日まで冬休みだから、明日の昼でいっか」

 

「随分急ね?あなたのことだから、一回様子見とか言うかと思ったけど」

 

「思い立ったが吉日、っていうだろ?」

 

「なにそれ?」

 

「いいことを思付いたら早く行動すべき、って感じの意味だ。ちゃんと勉強しなさいな若人よ」

 

 正確には、俺には俺の思惑があっての行動なのだが、そこまで説明する必要はないだろう。

 

「さて、じゃあまた明日」

 

「ええ、また」

 

 俺の言葉に、シウネーは柔らかく返した。別れた直後に、俺はアスナにくぎを刺した。

 

「アスナ、リズたちに連絡とっておけよー。どうせユウキが拉致ってきたんだろ?」

 

「その感じからすると、ロータス君も?」

 

「やっぱり拉致って来てたのかあの娘っ子は」

 

 半分くらいは想像通りだから驚きはあまりないが、あまり褒められた行いではないことも事実だ。と、ここでアスナが突然落ちた。直後にDISCONNECT(通信切断)の文字。珍しいが、これは仕方ないか。ネトゲだし。まあでも、ユウキたちと話し合うことはもうないし、俺も落ちるか。

 

 俺はそれから、()()()を済ませてから現実に戻ってきた。戻ってきてみたはいいが、実は大してやることが無い。仕事関連の物は年末に済ませてあるし、部活を受け持っているわけでもないから学校に行く用事もない。電子化された教育のモデルケースということもあり、わざわざ学校に行かなきゃいけない仕事というのは意外と少ないのだ。煙草でも吸ってくるか、と立ち上がって気づく。

 

「いけね、煙草切らしてら」

 

 大体一箱くらいは余分にストックしているのだが、今回に限って怠っていたらしい。買ってくるか。

 

 

 

 煙草を買って、いつもと違うルートで帰る。と、道端の公園に見慣れた栗色の髪が見えた。もしやと思って近づいてみれば、俺の思い過ごしではなかった。

 

「結城?どうしたんだ?」

 

 年が明けてそんなに間もない寒空の、それも夜だというのに、彼女は時間に似合わぬ薄着だった。結構しっかり防寒している俺ですら寒く感じるくらいなのに。

 

「あ、ロータスさん」

 

「リアルじゃキャラネームは禁止、な」

 

 そういって、横に座る。さすがにスルーという選択肢はなかった。

 

「煙草、いいか?」

 

「ここで、ですか?体に悪いですよ」

 

「分かってる。でもな、それでやめれるのなら、とうの昔に煙草なんてこの世からなくなってるよ」

 

 言いつつ、俺は電子煙草の電源を入れる。一つ煙を吐くと、俺は聞いた。

 

「どうした?」

 

 俺の言葉にも、彼女は暗い顔のまま何も語らない。こういう時は深く突っ込むべきではないのだろう。

 

「ロ・・・天川さん。あなたは、ラフコフにいた時、どうして自身の正気を保ってたんですか?」

 

 そういわれ、俺は考え込んだ。どうして、と言われても、はっきり言ってそれで俺がしてきたことが正当化されるわけではない。むしろ、それゆえに断罪されてしかるべきだろう。

 

「最初はただ、自分の選択のため。途中からは、選んだ過去のため。あの時言った、ラフコフが数十人殺すのなら、俺はその実行犯である十数人を殺して、最大多数の最大幸福のために動く、っていうのは本当だ。で、途中から、そうして手にかけてきた人間がいるって過去のために、一本筋を通すため。それだけだ」

 

「強いん、ですね」

 

「強くねえ。俺にはそれしかなかった、それだけだ。それしかなかったから、それにすがるしかなかった。そういう点だと、あいつのほうがよっぽど大人になっちまった。本当に、ガキだと思ってたんだが、いつの間にか俺よりいろいろもの考えられるようになってる気がするようで、情けないやらなんやらって」

 

 そういって自嘲するように笑う。なんだかんだで、虹架とは友好的な関係をキープしている。と、いうより、キープさせられている、というべきか。でも、決してありがた迷惑だとか、面倒くさいとかそういうことはない。自分としても、彼女とはずっといい関係でいたいと思っているからだ。むしろ、彼女がいない、と考えると、違和感がひどい。

 

「レインちゃんは、あなたにもうこれ以上人を殺してほしくない、って。そればかり言ってました」

 

「彼女らしい」

 

 全く持って彼女らしい言葉だ。きっとあの子は、ただ、俺が人を殺し続けることが嫌で、一人きりでも切り込んで助けられるために力をつけたのだろう。そこにどれほどの思いがあっただろうか。

―――だからこそ、俺がするべきことに、彼女を巻き込むわけにはいかない。

 

「それにな、俺からしたら、おたくのほうがよっぽど強いと思うぜ」

 

「・・・私には、もう、よくわかりません」

 

「そうか?でもな、忘れちゃいかんことがある。おたくには、頼れるパートナーがいるだろう。背中どころか、全部預けていいとすら思える相手が、よ」

 

 俺のこの言葉は、どうやらアスナにとっては逆効果だったらしい。少しうつむいて、ぽつぽつと話し出した。

 

「キリト君が、私は強い、って言ってくれたんです。ここで弱さみせちゃうと、その言葉を裏切るように思えちゃって・・・」

 

「んなわけあるか。って、ことじゃないんだよなぁ」

 

 これはかなりデリケートな問題だ。他人があれこれ言って解決する問題じゃない。

 

「ほとぼりが冷めるまで待って解決するような問題じゃないのなら、なんかしらで向き合わなきゃならん。すまんが、俺はそういう手段があるとしか言えん。実体験してないし、何よりその問題を抱えてるのは俺じゃないからな。

 とりあえずは送ってやるから帰るぞ。着替えも何も無いし、こんな中でそんな薄着じゃ風邪を引く」

 

 そういうと、アスナは素直に立ち上がった。

 

 

 

 結城明日奈の家は、想定はしていたものの大きな家だった。まあ、仮にもレクトの社長邸宅だ、これが普通の一軒家だったら逆に拍子抜けする。まあとにかく、これは親御さん案件だろう。仮にも同じ学校の教師だし。

 何があったのか、というのは、帰り道の途中で本人から聞いた。まあ、親御さんが厳しいっていうのも、ご家族がVRに対していい印象を持っていないということも珍しくない。だが、それ以上に、俺からしたら、自分の親と重なるところがあって、思うところも多いのだ。

 おそらく、俺の元親が、俺がSAOに囚われたことを汚点と感じていたように、彼女の母親もそうなのだ。最大の違いは、彼女の母親は、これ以上娘に苦労をさせたくないと思っているのだろう。それならまだ、立て直す余地はある。

 

 とりあえず、呼び鈴を押して、親御さんに事情を説明する。と、間もなくして、母親が出てきた。

 

「娘がご迷惑をおかけしたようで、すみません」

 

「いえ。むしろ、私でよかったです。ご息女とは、あちらからの付き合いですので」

 

 俺の言葉に、相手は驚かず、どこか合点がいったような顔をした。

 

「SAOから戻ってきて、すぐに教職ですか。見たところ20代前半くらいかと思いましたが」

 

「ええ。お恥ずかしながら、二年もゲームに明け暮れた馬鹿者に帰ってくる家などない、と、追い出されてしまいまして。仮想課の人の手助けを得て、こうして先達の教えを請いながら、なんとかやっている身です。もっとも、青二才故、上手くいかないことも多いですが」

 

「自信を未熟である、と知ってなお、続ける理由はどこに?」

 

「自分にはこれしかありませんので。下がる場所がないのであれば、進むしかありますまい。最も、どのように進むかくらいは、自分で決めたかった、というのが本音ですが」

 

 最後は本音半分諫言半分だ。確かに、キリト、じゃない、和人より、家柄も学歴もいいという人はいるだろう。だが、明日奈がそうしたい、という意思があるのにもかかわらず、親が一方的に子の幸せを決めつける、というのは、あまりよくないことだと俺は思う。

 

「ほかの道を探すこともできたのでは?役人に紹介してもらったのなら、他の選択肢を斡旋してもらうこともできたでしょうに」

 

 その言葉に、俺は少しためらった。実を言うと、菊岡に事情を話した段階で、教職以外の選択肢も提示されていたのだ。その中から、俺は教職を選んだ。ついでに言えば、虹架と関われるように便宜を図れないか、と、頼みもした。ここまでうまくいくとは思っていなかったが。

 

「かなり長い話になる上に、お恥ずかしい話になります。あなたがもし、SAOのことを詳しく調べていらっしゃるというのならば、すぐにもろもろをお分かりになることでしょう」

 

 俺の言葉に、隣にいた明日奈が明らかにぎょっとした反応をする。それもそうだろう。俺の身の上話をするということは、必然的に俺の汚名までも話すことになる。娘のそんな反応を見て、相手は言葉を発した。

 

「であれば、また日を改めて、お話を伺いましょうか」

 

 ・・・なるほど。どうやら、想像以上に娘の身を案じているようだ。身の上を話してもいいと思った俺の判断は正しかったようだ。

 

「では、また学校にご連絡ください。日程を折衝の上で、お話ししましょう」

 

 俺としても、一人の教師として、そしてアスナの友人の一人として、親がどう思っているのか、というのは気になるところだから願ったり叶ったりだ。若干順調すぎるような気がしなくもないが、今は考えなくてもいいだろう。

 

 




 はい、というわけで。
 伏線回っていうか説明回ですねこれ。

 自分で言っておいてなんですが、いくらSAO勢といえどALO古参勢のフカたちを3割から5割殺してようやく止まるソロプレイヤーってなかなかひどいですね。生半可なパーティだったらあっさりソロで返り討ちに合います。単騎で止めれるのはキリトとか、純ALO勢だとユージーン将軍とかレベル。悪夢やん()

 回線問題は、グランツーリスモスポーツプレイヤーとしてはもう諦めがついているというかなんというか。
 あのゲームこの手のバグとか多いんですよねー。レーススタートしようとしたら、よーいドンスタートだとその場から動かなかったりとか、ある程度助走ついた状態でのスタートだとその場でくるくる回りだしたりとか、ピットロードから出ようとしたら壁に突撃してったりとか。後は回線相性が悪くてプレイヤーが見えてなかったりとか、他のプレイヤーとの同期が切れて一人称だと単走みたいな状態なのに他人から見ると超絶ゴーイングマイウェイ状態になってたりとか。全部ウソみたいな本当のお話。

 ロータス君が喫煙者っていうのは俗にいう死に設定です。ぶっちゃけあんまし関係ないし、ここで出かけさせるための口実に近いですね。電子タバコがプルームテック系かアイコス・グロー系なのかはご想像にお任せします←
 ちなみに主は紙巻派です。どうでもいいですね、はい。

 次はいよいよフロアボス回です。意外と早かったですね。蛇足が多い自分にしては珍しい←

 ではまた次回。


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63.臆病者へ天誅を

 さて、アスナにとっては冬休みの最終日、こちらにとっては授業日が近づいてきていた。だがそんなことは関係ない。授業のための用意は当面分済ませてある。少なくとも、この学期分くらいはどうにかなるはずだ。昔ながらの紙とノートとペンでやる勉強ではないから、わざわざ印刷する必要はない。それに、課題に関しては、コツコツ真面目にやるリズ―――じゃないや篠崎も問題なさそうだし、虹架に至ってはちょくちょくここ教えてと電話がかかってきていたりALOで教えていたりするから、問題ないことは俺が分かっている。明日奈に関してはまあ言わずもがなだろう。

 俺の方は、まあ、軽い打ち合わせくらいしかやることが無かったので、半日上がりだ。そのまま速攻で帰ってスリーピングナイツのギルドホームへ向かう。時間には何とか滑り込みでセーフだった。

 

「すまん、遅れた」

 

「え、時間には間に合ってるよ?」

 

「集合時間より少し前に現着、これ基本な」

 

「えぇ!?ボク、結構ギリギリなんだけど、誰にも何も言われなかったよ!?」

 

「ユウキはいつもギリギリだから何も言われなかっただけです」

 

 俺の言葉にはランが追撃した。相変わらずの辛辣度合いだが、これは姉だからこそなせる業だろう。

 

「ほかの面子は?」

 

「アスナさんも含めて、全員集合してます。私はいつも通りお留守番です」

 

「そっか、じゃあ行くか」

 

「いってらっしゃいです。いい報告を待ってます」

 

 そういうと、俺たちは揃って羽根を展開して飛び立った。

 

 迷宮区の道のりはまあ順調なものだった。メインの攻略班であるスリーピングナイツの消耗を抑えるため、道中の雑魚掃除は俺がほとんど受け持った。そこはまあ、元SAO攻略組の面目躍如というか、はっきり言ってヌルゲーだった。後ろのアスナは“これ私本当に必要だったのかしら”というような顔をしていたが、道中の露払いは俺の役目でアスナの役目はボス周りの時のヒーラー兼バッファーなのでということで納得してほしい。

 さて、問題のボス部屋前までは順調に進んだ。

 

「ちょっと一旦ストップ」

 

 俺の一言で全体が止まる。怪訝な顔をするユウキをよそに、俺はアローブレイズを弓形態に変える。俺の予想が正しければここらにいるはずだ。矢をつがえて、問答無用で詠唱開始。と、慌てて前から声がかかった。

 

「ちょ、待った待った待った待った!」

 

 そこから現れたのは、ボス部屋前で透明化していた二人組。さすがにいきなり殺されるのは勘弁といったところなのだろう。種族はインプとプーカ。なるほど、インプが透明化の魔法を、プーカがそれをアシストしてたってとこか。

 

「じゃあなんだってわざわざ姿隠すハイディングまでしてボス部屋前にいたんだ?普通にそこに棒立ちしてればいいだろうに」

 

「俺たちは味方を待ってたんだ。無用なトラブルを避けたいから透明化してたってだけ」

 

「・・・ふぅん。ならそういうことにしておく」

 

 相手のHPの傍にあるギルドアイコンを一瞥して、俺はさらに続けた。

 

「そっちのお味方とやらはまだ来てないんだろ?なら、先に俺らが挑戦していいか?」

 

「ああ、いいぜ」

 

 その言葉を聞き、アスナとシウネーが全体にバフをかけ、MPポーションを飲む。それを確認してから、ボス部屋の扉を開けた俺を先頭に、俺たちは戦闘に入った。

 

 

 ボスとの戦いは苛烈を極めた。だが、はっきり言って初見とは思えないほどいい戦いだった。と、思う。全員がそろって死に戻りしたのちに、俺はすぐインスタントメッセージを飛ばした。

 

「みんな、すぐに再挑戦したほうがいいかも」

 

 戦いの余韻も冷めぬうちに、アスナが全体に声をかけた。

 

「気づいたな?」

 

「ということは、ロータス君も?」

 

「うすうすとは感づいていた。とにかく、全員飛ぶぞ。事情は道すがら話す」

 

 結局利用することになっちまったか、と若干の罪悪感を覚えながら、俺も一緒に飛び立った。

 飛び立ってすぐ、俺は口を開いた。

 

「まず、ボス部屋前にいたのは攻略ギルドのスカウトだ。本来なら一番槍としてある程度ボスの攻撃パターンとか弱点とかをあぶりだす役目を担うんだが、おそらくそれだけじゃない。トレーサーか何か使って、ボスに挑む他のパーティを通して、ピーピングをしてたんだろう」

 

「間違いないと思うわ。テッチの傍に蜥蜴がチョロチョロしてたから」

 

「やっぱり覗き見野郎だったか。問答無用でハチの巣にしてやるんだった」

 

「て、ことは、ボクたちが挑んだ直後にボスが倒されちゃったのって、偶然じゃないってこと?」

 

「偶然じゃないどころか、必然って言ってもいいな。おそらく、その時もユウキたちは結構ギリギリまで削ってたんだろ?なら、それをピーピングで共有すれば、必然的に最新に限りなく近い、しかも正確な情報が手に入るわけだ。自分たちで苦労してボスのHP削って、デスペナ食らうことなくな」

 

 俺のその言葉に、ユウキは隠さずむっとした。俺もさすがに頭に来ている。

 

「一応まだ年始だし、真昼間からインしてるような人は少ないはず。すぐ大規模な攻略レイド編成はできないはずよ。だから、攻略するなら今しかない」

 

 もっと怒ってらっしゃる方がそばにいたわ。ま、彼女からしたら、先遣隊がどんな思いでボスの情報を得てきていたのかを分かっているから、こんな真似をする相手は怒りどころか憎悪の対象だろう。

 

「やけに攻略ペースが速かったうえに、同じギルドのパーティばっかりが剣士の碑に刻まれてたからな。なんかおかしいなとは思ってた。ここまでゲスな真似してるとは思ってなかったけどな」

 

 俺の予想は、死に戻りした奴の後を追って、作戦会議してるところを盗み聞きしてるんじゃないかと思っていたが、まさかボス部屋前で堂々とトレーサーつけてピーピングとは。

 

「でも、それくらい大きなギルドなら、ある程度はインしてる可能性もあるわけだよね?」

 

「おう。だからそのためにちょいと援軍を頼んである」

 

 さっきインスタントメッセージを送ったのは、ドッグアンドキャッツのリーダーであるフカだ。今、メインアカウントでログインしているのに、黒天がいないのもここにつながる。

 

 

 昨晩、アスナがログアウトした直後、俺はその足でアルンにあるドッグアンドキャッツのギルドホームを訪れた。向こうも、こっちに頼みたいことがあると相談を持ち掛けてきていたのだ。

 ギルドホームには、リーダーのフカ、そして情報屋としてエリーゼがいた。

 

「待たせたな」

 

「段ボールはないの?」

 

「残念ながらな」

 

 開口一番で和ませながら、俺は近くの椅子に座った。

 

「で、頼み事って?」

 

「ロータスって、最近スリーピングナイツってギルドの子たちと仲いいよね?」

 

「ん、まあな。やっこさんら、自分たちだけでフロアボス討伐したいらしくてな。支援するつもりだ」

 

「へぇ、なら都合がいいや」

 

 その言葉に、俺はある程度察した。

 

「剣士の碑か?」

 

「その様子だと、察してた?」

 

「ああ。その感じだと、本当みたいだな」

 

「ええ。―――大規模ギルドのボススカウトは、おそらく実力ある複数パーティの戦い方をピーピングし、傾向と対策を即座に練り上げて、早期攻略を行っている、と、考えられる」

 

 やはり。想像通りではあったが、いい気分はない。

 

「おかしいと思ってたんだよ。ここんとこ連続で、大規模ギルドのギルドマークしか剣士の碑に刻まれてない。キリト、アスナ、俺、クライン、エギルあたりの、元SAOでパーティーリーダー務めたことのあるような奴らなら、絶対どこかで名前が上がるはずなんだ。なにより、攻略に声がかかるはず。なのに、それすらもない。大規模ギルドっつってもマンパワーに限界はある。ギルメンだけで十分なほどの情報を、しかも、これだけのハイペースで得る方法は人海戦術くらいだ。でも、そんな方法を取ってたら、いずれ破綻する。こんなに連続で続くはずがない。と、すれば、他のところのリソースを使ってるとしか思えない」

 

 先遣隊という時点で、パーティ構成はタンクとヒーラーがメインになることが多い。一回の挑戦で少しでも多くの情報を持って帰る必要があるからだ。それに加え、アタッカーを編成するとなると、物理か魔法に偏重させない限りは火力不足で時間がかかりすぎる。かといって、ユウキやキリトたちのような脳筋アタッカーパーティでは情報を持って帰れるかすら怪しい。先遣隊の時点でほぼフルレイドなんて投入したら今度はデスペナで大赤字になるのは目に見えるから、できるだけ少ないパーティ数で挑もうと思うと、火力不足での長期戦になるか短期決戦でのデスペナか、どちらにせよ赤字覚悟でなくてはならない。そんなものすぐに破綻する。が、破綻せずにここまで来ている。何か裏があると思ってはいた。

 

「私たちとしてもさ、フロアボスのボスドロップって結構うまみのある話なのね。それを一切おこぼれもらえずに独占されていい気分はしないわけ。だからさ、もし万が一、そういうことをしているってはっきりしたら連絡頂戴。ぶっ潰すのに手貸すから」

 

「おう、その時は頼んだ」

 

 フカも腹に据えかねているところがあるらしく、かなり言動が荒っぽくなっている。まあ、俺としてもかなり腹が立つ。フカたちが味方に付いてくれるのは大歓迎だ。そこに、俺たちが加われば、不可能を可能にすることは十分に可能だろう。

 

 

 今頃、フカとエリーゼが黒天の背に乗って先行している頃合いだろう。その後から、彼女のギルドメンバーで来ることのできる人は来ると言っている。ドッグアンドキャッツのメンバーは精鋭ぞろいだから頼もしい限りだ。

 

 

 ボス部屋前に、今回サポートとして連れてきていたストレアが、ナビピクシー状態で警告を発した。

 

「ボス部屋前にプレイヤー多数!」

 

「人数は?」

 

「19人、多分何か打ち合わせをしてる」

 

 19人も咄嗟に集まれるのかよ、廃人の鑑だな。その人数となると、多分フカたちは多分来てないな。なら、ダメもとで交渉するか。

 集団に追いついたときに、まず俺が交渉に入った。

 

「なああんた、これってどういう状況だ?」

 

「仲間を待っててな。悪いがここは今通行止めだ」

 

「つまり、先に挑戦させるつもりは無いからおとなしく待て、と?」

 

「ああ。たぶん1時間もかからないから待っててくれ。文句があるのなら、イグシティに俺たちの拠点があるから―――」

 

「それこそ1時間くらいたっちゃうわよ!?」

 

 アスナが思わずといった様子で遮る。その通りだ、片道でもそこそこの時間がかかるっていうのに、交渉なんてしていたら確実に1時間くらいかかる。俺一人ならここの面子を半壊くらいはさせられる。もちろんその代償としてデスペナをもらうことになるが、俺一人なら問題ない。だが、ここにいるのはストレア除いても総勢8人。巻き込むわけにはいかない。

 

「どうしてもっていうのなら押し通るくらいしか手がないけど」

 

「そっか、なら仕方ないね」

 

 相手のその一言がトリガーだった。俺が反応する前に、隣のユウキが前に出た。

 

「戦おっか」

 

「おいおい、嬢ちゃん正気か?」

 

「そうよユウキ、流石にこの人数は―――」

 

「アスナ」

 

 たしなめようとするアスナを、ユウキが静かな口調で遮った。

 

「ぶつからなきゃ伝わらないことだってある。例えば、どれだけ自分が真剣なのか、とかね」

 

 振り返ってそういうユウキは笑顔だった。・・・まったく、仕方のない小娘だ。

 俺も進んで隣に立つ。まだ得物は抜かない。抜く必要がない。この間合いは、既に俺の間合いだ。ユウキが先陣を切って突っ込む。それに対応する、おそらくタンカーのノームである相手の防御は、確かに攻略ができるレベルのギルド員にふさわしく高い。が、最大の誤算は―――

 

「はあっ!」

 

「つうっ・・・!?」

 

 相手の得物が弾かれた隙に、俺は狙いすましてヘッドショットを決めた。矢は眉間に突き刺さり、一発でポリゴンになった。ユウキに気を取られている間に、俺がアローブレイズを持ち替え、矢を放ったのだ。

 確かに、これが普通の前衛と中衛なら時間稼ぎくらいは容易だっただろう。だが、ここにいる連中は()()()()()()()()()()()()。相手の最大の誤算はこちらの力量を見誤ったことだ。

 

「盾無し片手剣のインプ、それにこの剣筋・・・まさか、絶剣じゃないか・・・?」

 

「目がいいな、あんた。間違いなく絶剣その人だぜ。

 ところでユウキ、一つ確認していいか?」

 

「なに?」

 

「ああ。時間を稼ぐのはいいが・・・別に、殺しつくしても構わんのだろう?」

 

 俺の言葉に、ユウキは一瞬驚いたようなようだった。だが、すぐに笑い声が聞こえた。

 

「もっちろん!遠慮はいらないからね!」

 

「そうか。なら、―――期待に応えるとしようか」

 

 たぶんネタは通じてない。だがまあ、俺としても全力で暴れたい気分だ、存分にやらせてもらおう。

 

『後ろからプレイヤー多数!おそらく前にいる集団のお仲間!』

 

 接敵するまでに、あらかじめポケットの中に隠れていたストレアから声が聞こえる。前、ユイちゃんも警告モードで声をーとか言っていたから、おそらく同じことをしたのだろう。まあとにかく、

 

「そこにフカたちは?」

 

『少し離れて黒天の反応があるから、ぎりぎり追いつけるくらいだと思うよ』

 

「十二分・・・!みんな、おかわりと援軍だ!」

 

 その言葉に、一瞬アスナが顔をしかめた。

 

「ごめんね、ボクの短気に付き合わせちゃって」

 

「全く以って問題ない。一回こういうクソどもは痛い目見るべきだからな」

 

「私こそ、役に立てなくてごめん!ここでダメでも、次は一緒に倒そう!」

 

 そう言いつつ、アスナはいつものレイピアに装備を変えた。口には出さないが、そういう隠れた超好戦的な部分があるからバーサクヒーラーって呼ばれるんやであんた。

 

「往生際が悪い―――」

 

 その一言を言ったやつは、即座に眉間に片手剣をプレゼントした。

 

「こっちが往生際が悪いのなら、おたくらは性根が悪いな。こいつら以外にいくつのパーティが挑戦したのかなんざ知ったこっちゃないけど、デスペナもらわずにこっそり盗み見して情報入手して、自分たちはMPポーションくらいしか痛い目見ずにうまい汁だけ吸ってたわけだからな」

 

 俺の言葉に、何人かが顔をしかめた。―――かかった。

 

「おっと図星か?すまんね、思ったことは隠せない性分なんだ。覗き見スキルがどれだけ高いのかとか、それでハラスメントもらわなかったのかとかは知らないけど、自分で挑戦するような度胸すらないチキンの覗き魔なんでしょ君ら。なら俺たちが負ける道理はないよ?自分たちが弱いとは思わないしね。少なくとも、ワンパーティくらいでボス挑戦する度胸は、こっちにはあるんだし」

 

「・・・貴様ぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」

 

 叫びながらアタッカーと思しき奴がかかってくる。そいつをあっさりと弓で機先を制して、一瞬動きが鈍ったところをたたきつけて、足で頭を踏み砕く。SAOから培ってきたステータスだから、防御されてない頭を踏み砕くなんざ朝飯前ってとこだ。

 

「ほら弱い」

 

 その言葉に、今度は魔法が飛んできた。が、横からソードスキルで、その魔法は叩き切られた。こんな反則(チート)ができるのは一人しかいない。

 

「相変わらずの精度だな、キリト」

 

「そっちこそ、煽り上手くて若干引いたぞ」

 

「煽り性能マックスの奴の傍に半年もいたんだ。多少はうまくもなる」

 

 それに、この手の馬鹿は少々付け上がってくれた方がやりやすい。実際、怒りに任せて飛び掛かってくれたから対処がやりやすかった。そして、そういうやつらばかりだから本当にやりやすい。

 突然、俺は独特な抑揚をつけて指笛を吹いた。その直後、援護してきた部隊の後ろから炎のブレスが襲い、最後衛を焼き殺した。

 

「おっせえぞフカ!」

 

「無茶言わないでよ、腕によりをかけて大急ぎだったんだから!」

 

 俺だって本気の言葉じゃない。直後に、俺の周囲に剣が落ちてきた。さすが、恐ろしいくらいドンピシャ。これで戦力は十分。

 

「アスナ、ユウキ!先に行け!ここは俺たちがぶっ潰す!」

 

「でも!」

 

「でも、じぇねえだろうがよ!てめぇにゃあ時間がねえんだろうが!さっさとボスをぶん殴り倒してこい!」

 

 俺の喝に気合が入ったのか、ユウキがこちらに背を向けて走り込んだ。そして、何も言わずとも隣に立った少女の肩を叩き、近くの剣を引き抜く。

 

「さあ、蹂躙の時間だドぐされチキンども。ここにあるは剣戟の極致。恐れずしてかかってこい!」

 

 俺の挑発に、多数の敵が向かってくる。が、俺からしたらこんな前衛が歯向かってきたところで大して問題でもなんでもない。それに、

 

「やあっ!」

 

―――今は、頼もしい相棒もいる。

 隣でレインが防ぐ。その横から上から後ろから、攻め手を交代しつつ上手く立ち回りながら二人で戦闘不能に追い込んでいく。俺たちに加え、一騎当千のキリトや、十分に名の売れた傭兵ギルドのドッグアンドキャッツなど、精鋭がかなり揃い踏みした状況で、戦況はこちらに傾いてきていた。

 

「くそ、撤退―――」

 

「させるかよ」

 

 これはまずいと逃げの一手を決め込もうとした相手を見て、俺は即座にアローブレイズを弓形態で抜刀した。抜きながら早口で詠唱しつつ、引き絞る。最速クラスの速さで放たれた、俺のマジックアーツ―――俺は勝手にマギアと呼んでいる―――の中でも最上級技、“ヴァンフレーシュ”が下がろうとした敵を片端から射抜いた。のけ反りだけで済んだ幸運な奴もいたが、大概の奴はノックバックを食らったり、転倒したりさらに不運な奴はヘッドショットで一撃リメインライトになった。そこを逃すこいつらではない。

 

「全員、食らいつくせぇぇ!!!」

 

 フカの号令で、ドッグアンドキャッツの面々が攻略ギルドメンバーに襲い掛かる。続いて、他の面々も完全攻勢に回った。

 

「ボスドロの恨みぃ!」「勝手に独占しやがった分け前よこせぇ!」

「全弾いくわよ!」「泣いたところで許してあげない!」

 

「―――おー(こわ)

 

 ネトゲプレイヤーの嫉妬は怖い、とはクラインだったかキリトだったかが言っていたが、これは怖い。でも残念ながら当然。よって―――

 

「一撃じゃ生ぬるい!」

 

 前衛に一気に詰め寄り、魔法で何人か拘束する。後ろを巻き込むかもしれないが、まあまとめて吹っ飛ばしてくれるだろうから問題なしか。事前に魔法で攻撃範囲と炎属性をエンチャントし、このソードスキルの長いチャージを終えた一撃をぶっ放す。名付けて―――

 

絶破(ぜっぱ)・・・滅焼撃(めっしょうげき)ィ!!!」

 

 ちなみに、エンチャントした元の技は絶拳である。ただでさえも威力の高いそれに範囲が加わればどうなるか、という、一種の威力テストだったのだが、―――想像以上の結果に俺が驚くことになった。

 

「ちょっとー?そっちがやりすぎたせいで暴れたりないんですがー?」

 

「悪い、正直ここまでの威力とは思ってなかった」

 

 結果、ある程度もともとHPが削られていた状態だったとはいえ、残った敵のHPを軒並み致死域寸前近くまで削るレベルの威力を発揮した。俺の反対側でも何人か戦っていたが、余波の範囲で、削ったHPでよろけているところに追い打ちをかけて殲滅完了。

 

「それに、あれこれたまってたのは俺もだ。殺したかっただけで死んでほしくなかったんだが」

 

「圧倒的矛盾!」

 

 そうは言われても、流石にこんな真似されたら腹も立つというものだ。

 後に聞いた話だが、ことの顛末を聞きつけたSAO帰還者のスレでは、偵察隊が文字通り死ぬ思いで情報を取ってくるからこそ攻略ができるというのに、その苦労をせず、しかも一般的には忌避されるピーピングを使ったうえでの暴挙ということで、まあ特大炎上だったらしい。同情はしないが。

 

「それで、大丈夫なの?つっこんでった子たち」

 

「大丈夫だろ、あいつらなら」

 

 そんな会話をしていると、ボス部屋の閂が音を立てて外れた。それを見て、フカがこっちに向けて言った。

 

「行って来たら?」

 

「・・・じゃ、お言葉に甘えて」

 

 そういうと、俺は自分の得物を納刀して、ボス部屋に向かった。

 




 はい、というわけで。
 まずは元ネタ解説


ヴァンフレーシュ
テイルオブグレイセス、ヒューバート・オズウェル第二秘奥義
 元ネタは、物語に出てくるとある力を使って放つ技なんですが、ここでは弓があるのでそのまま使用。元ネタはいわゆる単体攻撃なんですが、ここではある程度拡散させて対集団向けにしてます。

絶破滅焼撃
テイルズオブベルセリア、ベルベット・クラウ第二秘奥義
 復讐を誓った彼女の、怒り、恨み、殺意モリモリの秘奥義。元ネタは彼女の持つ(?)“業魔手”と呼ばれるものを使うのですが、ここでは普通にチャージしてぶっ放すだけです。その代り、威力と範囲はまあ、ご覧の通りです。

独特な抑揚の指笛
獣の奏者シリーズ、「闘蛇の指笛」
 獣の奏者シリーズには、特定の強力な生き物を操る「奏者の技」というものがあるのですが、それの一つである指笛がモデルです。物語ではとある歴史的背景から禁忌とされ、ごくごく一部の語り部の一族が語りつないでいます。

 今回はタイトル通りでした。そりゃあねぇ、命がかかってる場所で文字通り命がけで情報とってきてくれてからの攻略をしていた人たちですもの。こんなことされたらブチギレ不可避。プラスして全く分け前よこさずにうまい汁だけ吸っていたということでフカたちも怒髪天。ま、戦力が大幅増強されればそりゃまあオーバーキルになりますわね。
 ちなみに、リアルのネトゲだとこういう場面は順番待ちするのがマナーらしいですね。まあ、それはあくまで“良識あるプレイヤー同士”でのお話ですし、交渉次第ではあるとは思いますが。ま、その辺は原作もこんな感じだしってことでお許しいただきたいと思います。

 さすがに主人公無双させすぎたかなぁ、って気がしなくもないですが、あまり気にしないでいただけると幸いです。ほら、タグにも主人公無双風味って書いてあるし()

 さて、次回はまた水面下で事態が動きます。どっちかっていうとその手の展開のほうが描きやすいってあたりやはり自分ってひねくれてるんだなと←

 ではまた次回。


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64.戦いの後で。

 ボス部屋は静まり返っていた。中には、疲れと達成感の入り混じった、スリーピングナイツの面々。そして、ボスが倒されたことを示す、明るいたいまつがともっていた。

 

「やったんだな」

 

「うん、やった!」

 

 若干疲れを見せながらも、満面の笑みでピースをこちらに向けるユウキに、俺は思わず笑みをこぼした。

 

「例のクソどもは皆殺しにしておいた。ま、デスペナとかもあるだろうし、少しは鳴りを潜めるだろ。それに、今回の一件は情報屋あたりにも伝えてあるしな」

 

「今までやってきたことも?」

 

「そりゃもちろん。本来ボス攻略ってのは、斥候係が苦労してデスペナもらって、掲示板とかで情報交換して、レイドをいつ組むか段取りして、ドロップとかも決めたうえでやるようなことだぞ。それを、他の斥候を覗き見て痛い目見ずにうまい汁だけ吸って利益独占してたんだ。まあ、控えめに言って袋叩きだろうな」

 

「でしょうね。それでも生ぬるいけど」

 

「まあ、アスナからすればそうだよな。SAOの斥候なんざALOとは比にならないくらい危険だったわけだし」

 

 その言葉に、スリーピングナイツの面々が思い出したような表情になり、納得する。アスナやキリト、俺のような有名どころは、SAO帰還者としてすでに名が売れていた。

 

「さて、外の連中に協力取り付けてくる。おたくらはくたくただろうから、次の転移門の町まで護衛を頼めば何とかなるだろ」

 

「でも、向こうも消耗してるんじゃない?」

 

「バーカ、ALO最古参の有名傭兵ギルドに、SAO攻略組トッププレイヤーが集結してたんだ。あんなチキンどもに遅れなんざとるかよ」

 

 実際、あの光景はまさしく蹂躙と呼ぶにふさわしいものだった。途中からクラインも合流してたから、まあ当然だ。

 

「つーわけで、もちっとのんびりしてろ」

 

「うん、そうする」

 

 疲れがぶり返したのか、それだけ言い残すとユウキは再び大の字になった。それを確認して、俺はもう一度ボス部屋の外に向かった。

 

 

 

 その後は、フカたちの協力もあり、無事に転移門のアクティベートを終えた。件のギルドの評判は、俺がアルゴや復活したMMOトゥデイの管理人であるシンカーに情報を流し、裏付けをキリトやアスナがとったことにより暴落。俺の予想通り“控えめに言って袋叩き”になった。俺らがやった横紙破りの順番抜かしは、“外法には外法を”ということでおとがめなしという結論になった。

 

 

 さて、それから少しして、アスナたちのホームで祝勝会が開かれた。これはアスナの提案だ。その場には、直接戦闘に協力したアスナや、間接的に協力することになった俺も呼ばれ、ささやかながら豪勢な会になった。料理のほうは、補正無しのマニュアルで料理してしまう俺に料理スキルカンストのアスナがいるため、手間ではあったが問題なく終わる―――と思ったら、空気を読んでキリトがごちそうだけ用意してホームだけを提供してくれたようだ。細かいところに気が利く一面に、俺は意外に思いながら、心の中でお礼を言った。

 と、祝勝会途中で、思い出したようにシウネーが思い出したように声を発した。

 

「そういえば、私たち、お二方への報酬をご用意してなかったです・・・」

 

「俺はいい。別にそういうのが欲しくてやってたわけじゃない」

 

「私も、そういうのはいいかな。でも代わりに、お願いがあるの。

 私、もっとユウキと話したい。いっぱいいろんなこと聞きたい。だから、私をスリーピングナイツに入れてくれないかな?」

 

 その言葉に、俺とアスナ以外の面々がはっとしたような表情になり、沈んだ表情になった。もちろん、できるだけ心配をかけないようにだろう、あまりそういう表情を表には出さないようにしていたが、俺にはバレバレだった。

 

「ごめんね、アスナ・・・。スリーピングナイツは、・・・たぶん、春までには解散しちゃうと思うんだ。それまでは、ボクも含めてインできるとは思えないし・・・」

 

「それでもいいの。私、みんなと友達になりたい」

 

「・・・ごめん」

 

 絞り出すように、ユウキが小さく謝る。

 

「あの、アスナさん、」

 

「シウネー。いい」

 

 その反応を見てだろう、シウネーがさらに言葉を継げようとする。が、それは俺が押しとどめた。―――それで、スリーピングナイツ、か。

 

「さて、そろそろ頃合いだろうから見に行くか」

 

「見に行く、って、何をですか?」

 

「剣士の碑、だよ。俺たちはそのためにここまでやってきたんだろ?」

 

 その言葉に、若干湿っぽかった雰囲気が吹き飛んだ。

 

 そのまま、みんな少し駆け足気味に、黒鉄宮の剣士の碑に向かった。そのまま、碑石の前で集合写真を撮った。みんな笑顔だった。その後、ユウキはもう一度碑石に向き合い、一言つぶやいた。そこから少し離れたところで、俺とランが碑石を見上げた。

 

「本当にやりやがるとはなぁ」

 

「ええ。妹ながら誇らしいです。これで思い残すことはありません」

 

「なんだよ、今にも死ぬみたいに」

 

 俺の言葉に対するランの返答は、少しの間があった。

―――我ながら、こういう駆け引きで情報を抜き取ろうとする自分の性格に反吐が出る。

 

「・・・そう、ですね。まだ、先がありますからね」

 

「そーいうこった」

 

 だが、おかげで、疑惑が確信に変わった。と、そんなに遠くないところでログアウトの音が聞こえた。そちらに目を向けると、若干オロオロしているアスナがいた。そして、その横にいたはずのユウキはいなくなっていた。

 

 

 

 それから数日間、ユウキはログインしていなかった。ランはもともとかなり安定しないログイン状態だったのだが、ユウキの方はこれまでずっとログインしていたのに、それがぱたりと途絶えた。そこで、俺は、ランがインしていることを確認した瞬間に、フレンドのインスタントメッセージをランに送信した。シウネーでもいいような気はしたが、ランのほうが確実だろう。

 

『突然すまん。今、会えるか?』

 

 件名も入力しない、これだけの内容。だが、十分だろう。

 

『大丈夫です。場所はいかがしますか?』

『そっちのギルドホームに誰もいないのであれば、お邪魔したい。そうでないなら、こっちで適当な宿屋を探す』

『今は誰もいません。問題ない設定にしておきますので、どうぞ』

『了解した』

 

 チャットかと思ってしまうほどの即レスの応酬で、俺たちが会うことが決まった。そのまま、俺はスリーピングナイツのギルドホームへ向かった。

 

 ギルドホームには、ランが言っていた通り、ランしかいなかった。俺としては好都合だ。

 とある部屋に俺を案内すると、ランは扉に何か特殊設定をかけたようだった。すぐに俺の前に戻ってきて、椅子に腰かけた。

 

「いま、扉はパスワード設定に変えました。よほどのことが無い限り、誰も入ってこれないし、会話も聞こえません」

 

「ありがとう。じゃ、早速聞くぞ。

 ユウキが最近インしてないのは、前の剣士の碑でのとこでの一件が原因だな?」

 

「はい。どんな顔したらいいか、って」

 

「何があったんだ、あの時」

 

「ユウキ、無意識で、アスナさんのことを“姉ちゃん”って呼んでたそうなんです。それが、本人的にすごくショックだったみたいで・・・」

 

「あー・・・確かに、ランとアスナはどこか雰囲気が似てるからな。わからなくはない」

 

 一瞬何か言おうとしたようだったが、すぐに顔を伏せた。その原因は、俺には大体読める。

 

「―――あと、アスナには・・・いや、俺たちには当たり前のようにあって、ランたちにはない何かがある。それは、おそらく、俺たちにとってみれば、当たり前すぎて疑問すら持たないレベル。で、それが原因で、スリーピングナイツは俺たちと一定の距離を取り続けることにしている。違うか?」

 

 俺の言葉に、ランは弾かれたようにこちらをみた。その顔を見ただけで、俺は、自身の推論が九分九厘的中していると確信した。―――外れていて欲しかったが。

 ポーカーフェイスを保ったまま、俺はさらに続けた。

 

「悪いな、俺は人間観察が得意でね。今までのことを照らし合わせて、あの打ち上げでの感じからざっくり推察できたんだ。

 責めるつもりは無い。そっちとしても、傷つけたくないから言わなかったんだろ?特にユウキあたりは嘘とか誤魔化しとかは無縁の人種だからな。俺とは正反対の奴ばっかりだから、距離を取ったほうがいいって結論は、俺も合理的だと思う。

―――だから、ここからは確認だ。たぶん、今のやり取りで、ランも俺がある程度気付いていることに気付いたと思う」

 

「・・・はい」

 

「うん。じゃ、改めて、だ。―――春先まで続かない、というのは、()()()()()()、なんだな?」

 

 回答は、無言の首肯。

 ランは怯えているようにも見えた。当然だろう。隠して、隠し通して、墓まで持って行くつもりだったのに、気づかれていたのだ。一体どんな風に思われたのだろう、と、不安で仕方ないはずだ。ゆっくりと立ち上がると、俺は椅子ごと、ランを優しく抱きしめた。

 

「よく、頑張ったな。隠し通す意思、貫き通す覚悟。これまでのすべての努力を、俺は肯定する」

 

「そういうことは、言わないでください。折れそうになっちゃいます」

 

「十分に頑張ったことを、頑張ったって言うことが悪いものか。折れていいとは言えないけど、誰かを頼り、寄りかかるくらいはしていいんだよ」

 

 ゆっくりとあやすようにやさしくランの頭を叩く。それに安心したのか、ランはさめざめと泣いた。

 

 

 少しして、ランは目元をぬぐいながらこちらを見上げた。

 

「・・・すみません、お見苦しいところを」

 

「いいって。むしろ、気を張りすぎて疲れてたろ」

 

「いえ、そんなことは・・・」

 

「無理すんなって。自分でも感心しない特技だと思うけど、集中してなくてもそれくらいは分かるんだよ、俺」

 

 ひとしきり泣いて落ち着いたのだろう、ランは目元をぬぐいながらそんなことを言った。

 

「ありがとうございます。なら、少し、隣に座ってもらえますか?」

 

 そういわれ、俺はランの横に移動した。すると、ランは俺の肩に頭をのせてきた。

 

「私たち、両親はもういないんです。だからかもしれませんが、私はお姉ちゃんなんだから、ユウキを見守らなきゃ、って。ほら、ユウキは目をつけていないと、何をするか分からないですから」

 

「良くも悪くも、な。あいつはつむじ風みたいなやつだからな」

 

「ふふ、言い得て妙ですね。だから、あんなふうに言われたのは初めてで。正直に言うと、私、さっき、なんで泣いたのかわからないんです。でも、ロータスさんの胸なら、いくらでも泣ける気がします」

 

「そっか」

―――いつか、俺の傍以外でも泣けれるようになればいいな。

 

 そんなことを口走りかけ、何とか口を閉じた。―――俺の推論が正しい可能性が非常に高いと分かった今、“いつか”、などと地雷を踏みぬく必要はない。

 

「気を使わなくても結構ですよ?」

 

「悪いな、そりゃ無理な相談だ。目の前に精神的に不安定かもしれないやつがいて、そいつが気を遣うな、っていっても普通に接するとかできないだろ?」

 

「それもそうですね」

 

 そういって、ランは小さく笑った。

 

「正直、こんなに自分が弱いとは思ってませんでした」

 

「意外と人間、自分は大丈夫って思ってても大丈夫じゃないんだよ。自覚がないだけ。だから誰かに寄っかかって、頼って、時には甘えて。そのくらいでちょうどいいんだ」

 

「でもどうしましょう、私、誰に頼ればいいのか、あんまり心当たりがないんです」

 

「んなもん誰でもいいだろ。シウネーとか、ノリとか」

 

「あなたでも?」

 

「ああ。ま、俺は、リアルで疲れ果ててたりとかするとインできなかったりするがな」

 

「なら、遠慮なく甘えさせてもらいますね?」

 

「そそ。ガキンチョなんてそのくらいのほうがちょうどいいってもんだ」

 

 言いつつ、優しく頭を撫でる。その感触が気持ちよかったのか、かかる体重が少し増えた。

 




 はい、というわけで。

 ロータス君はスリーピングナイツという名前と、春先にどうこう、って話だけで、おそらくどういうことなのか、というのは察しました。忘れがちですが、彼、結構頭が切れる人なので、このくらいはちゃんと頭が回りさえすれば察せちゃいます。人間観察能力も高いですしね。

 この前の話や、このお話でのこの辺のスキルの高さは、ラフコフ時代に培われたものです。昔取った杵柄、というやつですね。ある程度手段を選ばないあたり、なかなか人が悪いですが、今回はその後の、隠し切れない面倒見というか人の良さが出ました。
 自分はワードで書き溜めたものをコピペして投稿しているのですが、最後の行に「堕ちたな」ってコメントしてる時点でいろいろお察しください。

 次回はリアルのお話です。意外と話が進みませんがご容赦ください。

 ではまた次回。


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65.彼女らの真実

 それから少しして、ゲームもしながら仕事もしながら、という傍ら、俺は目的の物を見つけた。ユウキは、先日の一件からずっとログインしていない。それは、ランからも聞いている。ラン曰く、「あの子のことだから、どんな顔して合えばいいのかわからないのでしょう」、とのこと。全く、いらん遠慮をするガキだ、と俺は思ってしまう。が、まあ仕方ないと言えば仕方ない。

 だが、その空白期間のおかげで、俺は手掛かりをつかむことに成功した。それを知った俺は、昼休みに、おそらくお目当ての人物がいるであろう屋上へ向かった。

 

 俺の予想通り、その人物は屋上にいた。

 

「よう、頑張ってるか?」

 

「あ、はい。結構難しいですけど」

 

『こんにちは、ロータスさん』

 

「おう、こんちゃ。結構苦労してるっぽいな」

 

「反応とかのバランスをとるのが、結構難しくて・・・機械的な減衰だと限界があるのかな、とか思ったり・・・」

 

「あー・・・ユイちゃんならまだしも、汎用的に使おうと思うと、確かにきついよな」

 

 MHCPであるユイちゃんは、仮にも、稀代の大天才である茅場晶彦の傑作、そのひとつである。ぶっちゃけ、今でも俺はユイちゃんがAIであるということを忘れることがある。

 

「で、天川先生は、どうしてここに?」

 

「ああ、忘れてた。確証はないが、もしかしたら頼みごとをするかもしれん」

 

 遠慮する仲でもないから、横にどっかり座る。その状態で、持ってきたタブレットの電源をつけた。

 

「メディキュボイド、って知ってるか?」

 

「メディ・・・なんですって?」

 

「端的に言うと、フルダイブ技術を医療に応用した代物だ。こういう技術自体は、結構昔からあったらしい」

 

 そういうと、俺はその装置の概要を見せる。

 

「アミュスフィアはセーフティや利便性のために、出力及び感覚遮断レベルをあえて減衰させている。でも、ナーヴギアがそうであったように、本来フルダイブマシンってのは、信号インタラプトレベルを100%近くまで引っ張り上げることができる。こうすると、全身麻酔とほぼ同等レベルに、肉体の感覚を遮断することができるわけだ」

 

「加えて、本人はその間、VRゲームにダイブしたり、恣意的に作り出した仮想空間に退避してもらえば、麻酔によるリスクも防げそうですね。電磁波の問題はありそうですけど、クリアできる範囲でしょうし」

 

「その通り。そうして生まれた、超高出力特殊医療用途フルダイブマシン。それが、メディキュボイド。だが、麻酔というところに目を付けた桐ヶ谷なら、おそらく、他の用途にも心当たりがあるんじゃないか?」

 

「さすがにそこまでは・・・医療に詳しいわけじゃないですし」

 

「さっきも言ったけど、完全に感覚を遮断するということは、感覚がマヒして何も感じないって状態と同じ、ってわけだ。体内部の痛みも、な」

 

「それって、つまり、強力な麻酔薬や鎮静剤を使わなくて済む、ということですか?」

 

「そういうこと。モルヒネとかは、どうしても意識混濁が起こるからな。加えて、被験者は仮想世界で暮らすことができる。適当なネトゲをしてもいいし、本を読むことだってできるだろう。こいつを使えば、QoLを大きく引き上げることができる。だが、モルヒネに代表される強力な鎮静剤や鎮痛剤を使うということはつまり、当該患者が末期症状に陥っているということと同義、ということになる」

 

「ホスピスの代わりに、VRを使う、ということですか」

 

「イメージとしてはそれで合ってる。金も場所もかかるから、問題も山積みだろうけどな」

 

 さすがは桐ヶ谷、頭の回転が速い。話が速くて助かる。と、ノートパソコンから鈴を鳴らすようなかわいい声が聞こえた。

 

『パパ、メディキュボイドの被験者に関してなんですが、本名が分かりました。ですが、これは・・・』

 

「ユイちゃん、そこから先は俺が言う。

 メディキュボイドは、横浜港北総合病院ってとこで試験運用されている。万全を期すため、被験者は殆ど無菌室から出ることが無いそうだ。そして、被験者の名前は、紺野(こんの)木綿季(ゆうき)、および紺野藍子(あいこ)の二名、だそうだ」

 

「・・・ユウキ・・・!?」

 

「状況証拠に過ぎないが、俺はこれが彼女らであるんじゃないか、と、睨んでいる。記録を参照するに、試験運用期間は、少なくともSAO終了前からだ。それなら、あの強さにも頷ける。となれば、ユウキの全力を受けたであろうキリトに話を聞かないわけにはいかないだろう?」

 

「・・・なるほどな」

 

 俺の言葉に、桐ヶ谷は少し黙り込んだ。無理もない、こんなところで思いがけずして真実を知ったのだ。あれこれ考えることがあってしかるべきだ。

 

「俺は、ユウキと戦ったときに思ったんだ。ユウキの反応速度は、おそらく俺以上だと。ならば、ユウキがSAO帰還者である可能性はありえない。条件からいって、ユウキがSAOにログインしていたら、確実に二刀流は彼女のものになっていたはずだから。でも、アミュスフィアでこれほどまでのアバター操作精度と反応速度をたたき出すには、それ相応のフルダイブ経験が必要になるはずなんだ」

 

「SAO帰還者みたいな、長いことあっちで暮らしていたやつらならまだ分かる。でも、SAO帰還者でない以上、ユウキレベルでアバターを操作できるような人物は、本人の素養抜きにしても、土壌がなければ育たない。アミュスフィア程度の出力では、それを実現するのは不可能だろうな」

 

 続けた俺の言葉に、桐ヶ谷は頷いた。仮にアミュスフィアで実現できたとして、おそらくそれはSAO帰還者と比べても数倍以上の時間が必要になるに違いない。しかし。

 

『メディキュボイドのスペックデータを参照しました。ナーヴギアすら上回る出力です。これほどの出力なら、本人の素養にも左右されるところはありますが、パパたちくらいダイブすれば、パパと同等かそれ以上のアバター操作精度を獲得することは不思議ではないと思います』

 

「ユイちゃんがそういうのなら、ほぼ確だな」

 

 基本的に嘘はつかない子だ。加えて、この手の支援にはユイちゃんが最適と言える。次点でストレアとエリーゼ。ただし後者二人が組んだらまあ、どんなブロックもザル同然だろうが。

 

「結城は、いや、アスナとユウキはお互いに浅からぬ思いを抱いてるはずだ。これだけ長期間ログインしていないとなれば、おそらく結城はお前さんを頼るはずだ。その時はこの情報を渡してほしい。それと、もしかしたらそのプローブ、ユウキたちのために使ってもらうことになるかもしれん」

 

「分かった、約束する」

 

「その代り、ひとつ条件な。もし、そこに行きたいって話になったら、俺に声をかけてくれ。まだ結城は未成年だ、保護者として俺がついてたほうが、話が通じることもあるだろう」

 

「そう、だな。分かった」

 

「頼んだ。

 そろそろ休み時間も終わりだ、根を詰めすぎるなよ」

 

「あ、はい」

 

 背を向けて、自分も授業の準備に向かう。顔を見られなくてよかったと、かなり本気で思っていた。

―――結局俺は、こうして誰かを利用し続けるんだろうな。

 

 返すものもなく、ただどっちつかずにうわべだけの付き合いを続けていく人生に、俺は我ながら反吐が出る思いだった。

 

 

 

 それから数日後、俺は結城を連れて、例の病院に来ていた。受付までまっすぐ向かうと、俺は受け付けの人に声をかけた。

 

「すみません、小児科の倉橋医師をお願いできますか?」

 

「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

「天川蓮と結城明日奈です。もしかしたら、ロータスとアスナ、と言ったほうが分かるかもしれませんが」

 

 俺の言葉に、直接受付をした若い女性ではなく、少し奥にいた年配の方が反応した。

 

「ロータスさんとアスナさん、とおっしゃいましたか?」

 

「ええ。私がロータス、彼女がアスナです」

 

「なるほど、ということは、あなた方が・・・!」

 

「その反応を見るに、彼女たちは僕たちのことも伝えていたわけですか」

 

「ええ。倉橋先生を通じて、ですけど。あなた方の話ばかりだった、と」

 

「そうですか。よかったな」

 

「・・・はい」

 

 少し返答まで間があったのは、彼女なりにあれこれ思うところがあったのだろう。まあ無理もない。嫌われていたら、忘れられていたら。そんなことばかり思うものだ。それに、今、結城は若干精神的に不安定な状態にある。余計な負担になるリスクが一つ減ったことは、純粋に安心材料だった。

 

 少しして、倉橋医師がこちらに来た。

 

「初めまして、えっと、天川さん、と呼んだ方がいいんでしょうか?」

 

「ええ。リアルではそちらで」

 

「では天川さん、と。それに結城さんも、お待ちしておりました」

 

「急なアポだったのに応じていただき、感謝いたします」

 

「いえいえ、私こそ、まさかあなた方がここまでたどり着けるとは思っていなかった、というのが本音なのですよ。

 場所を変えながら、道すがら話しましょうか。こちらです」

 

 そういって、倉橋医師は俺たちを案内した。

 

「木綿季くんや藍子君―――君たちにはユウキとラン、といったほうが分かりやすいでしょうが―――彼女たちから、あなた方がここに来るかもしれない、とは聞いていたんです。でも、病院のことも、メディキュボイドのことも伝えていないという。ロータスさんはうすうすと何か感づいたようだ、というのもいっていましたが、流石に情報が少なすぎるよ、と答えました。ですから、先日、天川さんから連絡を受けた時は、それはそれは驚きましたね」

 

「ユウキは、私たちのことを話してたんですか?」

 

「ええ。

 藍子君は、仲間の事と、・・・あえて、ここはロータスさん、と呼びましょうか。あなたの事を、それはそれは楽しそうに話してくれました。でも、あなたに秘密を知られてしまった、突然距離を取られやしないかと怖い日があった、と。今は、あなたに会いたい、と、ことあるごとに言っていました。

 木綿季君はアスナさんのことばかりで。ただ、あなたの話をした後は決まって泣いてしまって。会いたいけど会えない、姉ちゃんにもどんな顔すればいいか分からない、と。弱音を吐くことなどめったにない子なんですがね」

 

「ユウキも、彼女のVRでの仲間も、同じことを言っていました。なぜ、会えないんですか?」

 

「・・・まずはこちらにおかけください。長い話になります。コーヒーを取ってきましょう」

 

 そういうと、倉橋医師は一瞬席を外した。その間に、俺は隣の結城に声をかけた。

 

「結城。いや、アスナ。()()()()()?」

 

「ええ。知らないままなんて、このままユウキと会えないなんて、そんなのは嫌だから」

 

「分かった」

 

 彼女の覚悟がここまで固まっているのならば、俺が言うことはない。と、三人分のコーヒーを持って戻ってきた倉橋医師が、自分も座ってから口を開いた。

 

「お二人は、メディキュボイドのことはどれくらいご存じで?」

 

「自分は、スペック、用途の一通りを。結城は?」

 

「私は、医療用フルダイブマシン、ってことくらしか・・・」

 

「では、まずメディキュボイドがどのようなものか、というところからご説明いたします。天川さんには若干退屈な話になるかもしれませんが」

 

「いえいえ。自分は書面で一通り情報に目を通しただけですから」

 

 その言葉を皮切りに、倉橋医師は話し出した。

 

「メディキュボイドは、特殊医療用途のフルダイブマシンです。通常、アミュスフィアをはじめとするVRゲームに使用するマシンは、ここに―――」

 

 そういって、倉橋医師は自分のうなじ―――脊椎の上を静かにたたいた。

 

「微弱な電磁パルスを当てることで、感覚を麻痺させる。これはつまり、全身麻酔と同じ効果がある、ということなんです」

 

「アミュスフィアでは、この電磁パルスの出力を落とすことにより、利便性を高めると同時に、安全装置(セイフティ)とした。だけど、理論上では、感覚インタラプトレベルはもっと100%ギリギリまで上げることができる。100%まで上げるには、それ相応の細かい設定やらなんやらが必要。それを万人に対して可能とするナーヴギアを作った茅場は、まさに天才の一言でしょうな」

 

「ええ。そして、そこに目を付けたのが、メディキュボイドです。

 VRゲームは、視覚や聴覚などに障害を持つ人にとっては福音にもなりえる。リアルでは障害を抱えていても、VRゲーム内では問題ない、ということも珍しくない。なにせ、直接脳と情報の交換を行うわけですから、肉体に異常があっても関係ないのです」

 

「ゲームを医療にって研究は、結構古くからあるんでしたよね?」

 

「ええ。少なくとも、2010年代には試験的に運用されていた、という実績があります。

 ですが、これをしようとすると、ナーヴギアの出力でもまだ足りない。そこで、メディキュボイドはベッドと一体化させて、脳から脊髄をカバーできるようにしました。これが実用化できれば、医療は劇的に変わる・・・!いずれ、カメラと連動させたARも可能でしょう」

 

「ですが、これは、()()()()()()()()()()()()()。・・・そうですね?」

 

「・・・ええ、()()()()()()()()

 

 倉橋医師は、俺の言葉を正確に読み取り、深く頷いた。俺と違い、いまいち意味が分かっていない結城に向かって、倉橋医師はさらに言葉を続けた。

 

「痛みは取り除けるが、あくまで病気を治せるものではない、ということですよ。ゆえに、これが期待されている用途は、ターミナルケアです。

―――日本語では、“終末期医療”、といいます」

 

「いわゆる、ホスピスとかの類ですね?」

 

「・・・その通りです」

 

 そのやり取りに、結城は明確に息を呑んだ。

 

「終末期や中長期治療の、ベッドに横にならざるを得ない期間のQoLを大幅に引き上げる狙いがあります。

 結城さん、あなたには、あなたが望むのなら、すべてを話してほしい、と言われています。あなたにとってつらいこともあるでしょう。知らなければよかった、と思うことも。その覚悟があるのであれば、彼女たちの下へご案内します」

 

「―――お願いします。どんな事実でも、知らないまま()()()()のほうがつらいです。それに、知るために私はここへ来たんですから」

 

 ようやく、会える。リアルのユウキとランに。覚悟していても、不安は消えなかった。だが、結城―――いや、アスナの言葉で、俺も腹を括ることができた。

 

―――まったく、あいつといいこいつといい、知らないうちに大人になってるもんなんだな―――

 

 案内されながら、俺はそんなことを考えていた。

 




 はい、というわけで。

 自分が見た限りでは、原作でキリトがメディキュボイド関連の情報ソースを話してないはずなんですよね。大方ユイちゃんに調べてもらったか、ユイちゃんが調べてキリトに教えたか、なんでしょうけど、ここではロータス君が調べてきた、ってことで。

 念のため、今回何度か出てくる“QoL”という単語について補足しますね。
 これは、“Quality of Life”の頭字語で、“生活の質”などと和訳される言葉です。人生における、幸福度合いというような意味合いでとらえていただければ結構です。原作のユウキなどのように、闘病して寝たきり、などという状態は、このQoLが大きく下がった状態といえます。そこで、メディキュボイドを使って、電脳世界で自由に生きる選択肢を与えることで、このQoLを引き上げることができる、というわけですね。
 この手のものが現実になって、いわゆる“昭和の古い考え方”の人々に受け入れられれば、もっと楽な世の中になりそうなもんなんですが、難しいでしょうね。これを投稿しているのがちょうどコロナ騒動の最中なんですが、テレワークの概念が理解できない人もいるそうですし。

 途中、あえてキャラネームで呼んだのは、結城明日奈としてではなく、電脳世界を生き抜いてきたアスナとしての覚悟を問うたわけですね。それでも、彼女の覚悟は揺らぎませんでした。この辺、彼女の芯の強さですね。

 次回はようやくのご対面です。まだ原作通りですかね。
 ではまた次回。


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66.覚悟

 案内された先は無菌室だった。そこに併設されている小部屋に、俺たちは案内された。そこには、ベッドと一体化し、頭をすっぽり覆うように設置された大きな機械が二つあった。そこ入っている体は小柄で、どう見積もってもローティーンレベルの子供だった。だが、機械のサイズを勘案すれば、大人でも問題なく運用できるサイズであろうことは想像がついた。その子供には点滴などと思われるホースなどが密につなげられていた。

 

「向かって左側が紺野藍子くん、右側が紺野木綿季くんです。二人は双子で、帝王切開で生まれてきました。その時に、母体に感染、気が付いたときには家族計4人全員が感染していました」

 

「帝王切開、ってことは、もしかして、彼女らは・・・!」

 

「おそらく、ご推察の通りだと思いますよ。

―――彼女らが感染したのは、ヒト免疫不全ウイルス。略称はHIV。通称、エイズです」

 

「でも、血液製剤なんて検査がかかるはずなんでしょう・・・?どうして・・・」

 

「・・・ウィンドウピリオド」

 

「よくご存じですね」

 

 苦々しく吐き出された俺の言葉を、倉橋医師は肯定した。

 ウィンドウピリオドは、分かりやすくいってしまえば潜伏期間のようなものだ。目に見える結果としては出てこないが、感染力はある状態。その期間にある血液を検査しても、潜り抜けてしまうことがある。

 

「母親を介して父親に感染、その後二人の双子に感染しました。通常通り、薬剤による症状緩和を試みましたが、彼女らが感染したのは突然変異的に薬剤への耐性を得たウイルスでした。複数の薬剤を組み合わせた投薬治療も試みられましたが、思わしい結果は出ませんでした。HIVの偏見、薬の副作用、好転しない状況。まさに彼女らにとっては地獄のような日々だったでしょう。事実、お母様は事実を知って、一家で死を選ぶ道も考えられました。ですが、結果として、闘病される道を選ばれました。そのまま、特にこれと言って何もできずに、今から2年ほど前に、彼女らのご両親は他界されました。

―――が、彼女らには福音が訪れた」

 

「福音?薬剤耐性型に効く薬が開発された、とか?」

 

「確率的には、おそらくもっと非現実的なものでしょうね。

 彼女らがHIVを発症してから、2年ほどたったころ。今から3年ほど前、メディキュボイドのプロトタイプが二機製造されました。ちょうど、お二方が目にしているこれが、それです」

 

「3年前・・・ちょうど、デスゲームの熱が収まらない頃、ですか」

 

「ええ。それゆえに、電子レンジの要領で脳を焼き、人を殺すことのできるナーヴギア、その数倍の出力が、人体にどのような影響を及ぼすのか。誰にも想像はつきませんでした。一歩間違えば死に至るかもしれない、そんなリスクを承知のうえで被験者になろうという患者さんもなかなか表れませんでした。それを知った私は、紺野一家に打診をしました。もし、被験者になることができれば、無菌室に入り、日和見感染のリスクを大幅に減らすことができる、と。正直、今でも私は、その選択が果たして本当に正しいものであったのか、迷う時があります。

 ご両親、当人たちともにとても悩まれていたようでした。ですが、バーチャルワールドという未知の世界への興味、憧れが背を押したのでしょうね。彼女らは被験者となることを承諾し、この部屋に入りました。以降、彼女らはずっとメディキュボイドの中で暮らしています」

 

「ずっと、というのは・・・?」

 

「文字通りの意味です。彼女らがリアルに帰ってくることはほとんどない。今は苦痛緩和のために、メディキュボイドの体感覚キャンセル機能を使用しています。24時間、ずっとダイブしっぱなし、というわけです。それを、3年間ずっと。

 さらに幸運なことに、ええ、本当に大変幸運なことに、彼女らには光明が差しました。彼女らに、奇跡的なドナーが、SAO被害者の中に見つかったのです。それは、HIVへの抗体遺伝子を持つドナーでした」

 

「それって、白人のごくごく一部しか持たないっていう、アレですか?」

 

「まさに。そのドナーさんは、ロシア人と日本人のハーフで、片親の遺伝子が強く表れた結果ではないか、と推察されています。SAO被害者の、命にかかわらないドナー提供は、親族の同意で可能になっていました。即座に、被験者から彼女らに骨髄移植が行われ、成功しました」

 

 そこから、今まで冷静だった倉橋医師は、強く顔をゆがめた。

 

「木綿季くんは、順調に快方に向かっていました。ですが、藍子くんの方には、拒絶反応が出た。このままでは、仮に彼女の体からHIVが駆逐されたところで、彼女は遠からぬうちに、その拒絶反応で死に至ります」

 

「そんな・・・!」「ッ・・・!」

 

「彼女らの母親は敬虔なクリスチャンだそうですが、あの時ほど私は神とやらを恨んだことはありません。一体、神というのは、彼女らにどれほど苦しい試練を課すのか、と・・・!」

 

 ゆがめた顔そのままに、倉橋医師は頭を片手で強く握りしめた。

 沈黙の後、俺は静かに倉橋医師に聞いた。

 

「ひとつ、聞かせてください。藍子さんは―――ランは、今どのような状況なんでしょうか」

 

「一言で言えば末期です。もとより、体内の細菌やウイルスを排除することはできませんから。藍子くんの寿命は、HIVによる免疫不全によるものか、拒絶反応によるものなのか、そのどちらが先に来るかだけです。今は、HIVの動きを抑える方向で治療をしています。ですがこれは、活発に拒絶反応を起こしている抗体の動きを抑えることをあまりしない、ということと同義であり、遠回し的には彼女の寿命を縮めかねない行為であるともいえます。どの治療が正しいのか、というのは、おそらく誰にもわかりません。

―――木綿季くんが、あなたの前から姿を消そうとした理由は、もうお分かりのことだと思います」

 

―――覚悟はしていた。していたつもりだった。が、実際に聞くと、流石に(こた)えるものがあった。そんな状況で、あいつは、それでもユウキの姉であらんと踏ん張っていたのだ。その覚悟たるや、想像することすら難しい。

 思わず天を仰ぐ。これほど神とやらを恨んだことはないという、倉橋医師の言葉ももっともだ。わずかに見えた光明すらも奪われる、その絶望たるや。想像を絶するものがある。しかも、それは二人に一人にしか与えられない。どうあっても、早すぎる別れを余儀なくさせられるということだ。

 

『そんな顔をしないでください』

 

 その時、声が聞こえた。声こそ、あちらとは少し違う。だが、この丁寧語口調には心当たりがあった。

 

「ラン、いや、藍子さん、か・・・?」

 

『・・・どうぞ、ランと呼んでください。藍子さん、なんて呼ばれると、少しこそばゆいです』

 

「こっちが見えてる・・・ってことなのか?」

 

『はい。最も、厳密には取り付けられたレンズ越しに、ですけど。

 話には聞いていましたが、本当にリアルと同じ顔立ちなのですね。私のことを察してくださっていたあなたなら、ここに来ること自体、かなりの覚悟が必要だったことでしょう。それでも来てくださって、本当にうれしいです。直に顔を見れないことが残念なくらいに」

 

 直に顔を見れない。それはつまり、そういうことか。そこまで彼女の病状は末期である、ということか。

 

『倉橋先生、お二人に隣の部屋を使わせてはもらいませんか?』

 

「分かりました。

 お二人とも、あちら側にある隣の部屋に、私が面談で使っているアミュスフィアがあります」

 

「私は自分の物を使います。こうなるかもしれないことは予見していましたから」

 

「分かりました。少々お待ちを」

 

 そういうと、彼は白衣のポケットからメモ帳を取り出し、何か短く書いて、メモを破ってこちらによこした。

 

「アクセスポイント名とパスワードです」

 

「ありがとうございます」

 

 それを受け取った時に、ランから声がかかった。

 

『お二人とも、ユウキがデュエルをしていた、あの木のたもとで、また』

 

「ああ、向こうでな」

 

 それだけ言い残すと、俺はすぐに隣の部屋に向かった。

 

 

 設定を速攻で終わらせて、ユウキとデュエルした木のたもとへ向かった。ランは俺より先についていた。そこにはユウキもいた。

 

「よう。久しぶり、だな」

 

「ええ。ほら、ユウキ」

 

 ランに促されて、ユウキがゆっくりこっちを向く。そちらはアスナに任せることにした。

 

「私は信じてました。あなたなら、私たちの下にたどり着いてくれる、と」

 

「買いかぶりだよ。蜘蛛の糸にしがみついたのが俺だけだった、ってだけだ」

 

「そうかもしれません。ですが、現にこうして、あなたは私たちの前にいる。それに、アスナさんをユウキの下へ導いてくれました」

 

「仮にも、そういう立場だからな、俺は」

 

 大して年が違うわけじゃない。精神的には、むしろアスナの方が大人かもしれないと思うこともある。だが、今の俺は、そのほんの少しの歳の差も利用した立場の違いで、彼女らを導く義務がある。

 

「私は純粋にうれしいです。アスナさんがスリーピングナイツに加わりたい、と申し出てくれたことは、本当にうれしいことでした。

 私たちは、セーリンガーデンという、バーチャルホスピスで出会いました。若いメンバーが多かったこともあり、たまには戦闘系のゲームを、ということで、様々なゲームにコンバートを繰り返していました。もともとは9人いたんですが、ふたり、既に亡くなられています。その矢先、私も長くない、と分かりました。だから、みんなと話し合い、私がそうなったときに、スリーピングナイツは終わりにしよう、と。そう決めたんです」

 

「だから、姉ちゃんがまだ生きている間に。どこかに、ボクたちがいた、って証明を残しておきたかった。最後に、この世界で、とびきりの思い出を作りたかったんだ。だから、あのモニュメントに、どうしても名前を残したかった。でも、なかなかうまくいかないうちに、姉ちゃんが思うように動けなくなっちゃって。それで、手伝ってくれる人を探してたんだ」

 

「それで、あんな辻デュエルを・・・」

 

「うん。だから、ロータスさんの言葉は本当に目からうろこだった。パーティのバランスって考えたことなかったし。考えてみれば、ボクと同じくらい強い姉ちゃんが積極的に前線に出てきたことなかったなーって、その時初めて思ったんだ。その時になって姉ちゃんの大切さを改めて思い知ったつもりだったんだけど・・・やっぱだめだなボク。もうとうの昔に覚悟なんてできてるつもりだったのに」

 

「なーにが覚悟か14、5の小娘が。悟った気になってんじゃねえぞ」

 

「でも・・・アスナにも、ロータスさんにも、迷惑かけちゃったし」

 

「迷惑くらいかけろ。それがガキってもんだ。それくらいでちょうどいいんだって。それと。

―――忘れろっていうのなら、俺はまとめて二人とも思いっきりひっぱたく」

 

「ロータスさんはこういってるけど、さ。私たち二人とも、ユウキたちのことを忘れるなんてできないよ。今でもまだ、スリーピングナイツに入れてほしいって思ってる」

 

 アスナの言葉を聞いて、ユウキの目に涙が浮かんだ。

 

「あぁ・・・ボク、この世界に来てよかった。アスナと出会えて、本当にうれしい。・・・今の言葉でもじゅうぶん。じゅうぶんだよ・・・」

 

 さめざめと泣きながら言うユウキに、俺は頃合いかと思い提案した。

 

「なあ、ユウキ、ラン。外の世界を見てみたくないか?」

 

「え?でも、ボクたちは―――」

「メディキュボイドから出られない。ああその通り。だがな、それ以外にも手はあるんだ」

 

「それって、どういう・・・?」

 

「メディキュボイドには、遠隔でカメラの映像を使ったAR機能が期待されている、と倉橋医師が仰ってた。それを応用する」

 

「もしかして、ユイちゃんの・・・?」

 

「そ。試験運用データが増えることはあいつにとってもプラスになるはずだ」

 

 キリトが、AIであり愛娘のユイちゃんと現実世界でも暮らせるように、と調整を行っている双方向通信プローブ。あれの接続などをいじってやれば、上手くいくはずだ。

 

「じゃあ、お願いしたいかな」

 

「それって、二機用意することってできますか?」

 

「どうだろ、聞いてみないとわからん」

 

「できたら、二機お願いしてもいいですか?別々の景色を見てみたいんです」

 

「わかった、頼んでみる」

 

 それだけ言って、とりあえずその場は分かれた。

 




 はい、というわけで。

 ちょっとHIVウイルス周りについてちょこっとだけ補足というか解説しますね。
 ウィンドウピリオドというのは本文中そのままです。原作のユウキのお母さんもこれで感染しています。そこからお父さん、母乳を介して姉妹へ、という感染経路ですね。この辺は原作通りなんで説明省略しました。
 HIVウイルスへの抗体をもつ遺伝子云々って話はマジです。すでに確認がされてます。非常に低確率で、はっきり言って現実的でないというのは重々承知の上です。ましてやハーフにそんなものが残るのか、というのは疑問視されてしかるべきではあると思いますが、遺伝の関連で残った、という設定です。
 双子の姉妹で片方のみ適合というのにも一応根拠はあります。というのも、ドナーの適合率というのは、兄弟姉妹では30%程度だそうなので、同一ドナーに適合したとしても片方だけ拒絶反応が起こる、というのも、確率的にはありうるだろう、という判断です。
 医学というのは日進月歩というので、もしかしたらHIVへの特効薬も生み出されているかもしれませんが、ここでは生まれていない、という前提です。
 繰り返しますが、かなり現実的でない、はっきりいってファンタジーもいいところ、というのは百も承知です。が、創作物ということで一つご容赦いただきたいと思います。

 さて、そんなこんなで、彼女らとの現実ルートに入ります。難しいところではありましたので、あまりうまく書けてないとは思いますが、平にご容赦ください。
 ではまた次回。


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67.真実を知る。

 ランのリアルに会った翌日、俺は結城家の邸宅を訪れていた。表向きは、親御さんとの話し合い。もともと、別の学校へ編入させたいという話は聞いていたから、そのあたりの折衝だ。だが、結城がそれを望んでいないことは、本人から直接聞かなくとも分かっていることではあった。事実、最近特に彼女はかなり気落ちしているようにも見えた。それゆえ、年が近いということ、結城とSAOの時から面識があるということから、俺が交渉役に選ばれたのだ。

 ゆっくり一つ息をつき、呼び鈴を鳴らす。応対に出た家政婦さんに話を通すと、そのまま応接間に通された。少し待っていると、すぐに結城夫人が姿を見せた。

 

「お時間をいただきありがとうございます」

 

「いえ、こちらとしてもあなたとは話したいところでしたから。あなたのことを調べたうえで、ですが」

 

「と、いうことは、私がSAOで行ってきた愚行も、あなたは理解されている、と?」

 

「あくまで書面上で、です。あなた自身の口からお聞かせください。そうでなければ、理解したとは言えないでしょう」

 

 ある程度覚悟はしていた。俺のやってきたことは到底許されることではない。目的が手段を正当化するようなことはあってはならない。色眼鏡で見られることも、十分にあり得ることなのだ、と。だが、この人は違う。あくまで自分が知っていることは紙の上に書かれていることに過ぎない。直接話を聞いて初めて理解することができると知っている。知ったうえで、俺をここに呼んで話を聞きたいと言ってきたのだ。ここまでされては、腹を括るほかない。

―――まあ、もとより。隠すつもりなど毛頭ないのではあるが。

 

「分かりました。お教えします」

 

 俺は洗いざらい話した。SAOで俺がやってきたこと、見てきたこと、感じたこと。すべてだ。話し終わるころには、淹れたてで熱かった紅茶はすっかり冷めていた。

 

「―――これが、自分のしてきたことのすべてです」

 

「ありがとうございます。少しだけ、時間をください」

 

「ええ、どうぞ。簡単に飲み込めることではないでしょうから」

 

 ある程度端折ったと言っても、2年半の俺のログだ。情報量としては相当なものだ。それも、俺ほど数奇なプレイログを持つプレイヤーなどいるわけがない。紅茶を飲み干し、少しカップを見つめてから、結城夫人は口を開いた。

 

「すみませんでしたね。さて、では質問をしていきます。

 まず、一つ。その抑止力的行為は、他にもっと合理的な手段はあったのではありませんか?例えば、もっと大人数を投入する、とか」

 

「人数による人海戦術は期待できる状況にありませんでした。ただでさえも攻略の最前線は常に人手不足で、結果的な最終ボスになった75層時点では40人強程度しか残っていなかったと言います。そこからさらに、75層では、偵察隊を含めて20人の犠牲者を生みました。仮に、最終的に100層まで上り詰めることができたとして、そこに立っているのは十数人程度しかいない、ということも考えられます。あるいは十人を割り込んでいたかもしれない。そのトッププレイヤーか、それに準ずるレベルでしか太刀打ちできず、彼ら彼女らの力をおいそれと借りるわけにもいかなかった状況では、人海戦術など取れる方法ではありませんでした。それ以外の合理的方法は、少なくとも私は思いつきませんでした」

 

「では、次に。それは、あなたがやらなければいけないことでしたか?ひいては、誰かを頼るという手はなかったのですか?」

 

「私がやらなければいけなかったのか、という点については疑問符が残り続けると思います。ですが、誰かを頼るという手はありませんでした。たとえ相手が何人も殺した大罪人といえど、誰が人殺しの片棒を担ぎたいと思うでしょうか。でも、誰かがやらねば、絶対にどこかでラフコフが障害となる日が来る。現に、中層プレイヤーは、ラフコフが討滅されてから活動が活発になった、と、知り合いが言っていました。そういう点では、誰かがやらなければいけなかっただろうが、自分でなくてもよかったかもしれない、という回答が適切かと思います」

 

「なるほど。で、その状態でも見捨てることのなかった子に少しでも恩を返したい、と?」

 

「恩返しなんて大層なものじゃないです。少しでも借りを返したい、ってだけです。年下の女の子に借りを作ったままでは、自分が釈然としないので」

 

「・・・なるほど。

 では、今度は娘についてです。SAOの中で、娘はどんな存在だったのですか?」

 

「ひとことで言ってしまえば旗頭ですね。ですが、一時期はとにかく攻略となっていた時期ことも多かったように思います。それを、キリトがうまく仲裁していたように思えます」

 

「とにかく攻略とは?」

 

「最低限の犠牲で、最速で攻略を進める以外に価値などない、という感覚です。ここでいう犠牲は、プレイヤーのことを指して、世界に設定されたNPCは範疇にありません。プレイヤーではないキャラクターをボスに殺させて、その間にプレイヤーがボスを攻撃して攻略をする、という立案をしたこともありました。高速攻略を至上命題とする彼女にとって、キリトの、だらける時はとことんだらけるというような態度は、その時には看過できなかったようですね。また、最初に彼女とまともなコンタクトを取ったのは自分とキリトだったのですが、その時彼女は店売りの武器を複数本買って、ただひたすら最前線で戦い続けるという状態でした。もっとも、自分たちと会った直後に限界になったようで、寝袋にくるまれ担がれて最前線から離脱するまで完全に気絶していましたが。それが、キリト―――ここではあえて、桐ヶ谷と呼びましょうか―――彼と関わることで、大きな変化があったように思えます」

 

「それは、あなたの目にはいい変化のようでしたか?」

 

「ええ。少なくとも、一人の人間としては確実にいい変化だと思いますよ」

 

「そう、ですか・・・」

 

 それから少し、結城夫人は考え込んだ。

 

「実は、編入に関して、本人の同意を得られていません。同意を得られ次第、そちらに連絡します。窓口はあなたでいいんですね?」

 

「はい。ご息女からでも、あなたからでも構いません。結論がどちらでもご連絡ください。期限は今学期くらいをめどに」

 

「分かりました」

 

 それだけ言葉を交わし、俺は結城家を後にした。

 

 その気になれば、無理矢理にでも転入させることはできるだろう。それをしないのは、自分の諫言が届いたからなのか、どうなのか。どちらにせよ、結城の望む未来になってくれれば、と、俺は祈っていた。

 

 

 さて、あれこれ交渉などが終わり、昼休みに俺は桐ヶ谷たちメカトロニクスコースの部室(?)に俺と結城は来ていた。用件は、例の視聴覚双方向通信プローブの最終調整。細かい調整はあれこれやはり議論の的になっているようで、そのたびに俺が諌め、というのを繰り返し、何とか調整を完結させた。機材としては、予備機としていくつかあったストックのうちの一台を突貫で設定をコピーすることで対処した。最終調整が終わったところで、桐ヶ谷から「念のため激しい動きは慎んでくれ」と釘を刺さされ、とりあえずその場は解散となった。ちなみに、プローブの“中の人”は、俺側がラン、結城側がユウキである。なんとも紛らわしいが、本人の希望なので仕方ない。

 結城たちに連れ添う形で国語総合の先生にあいさつに言った。特にこの国語総合の先生は非常に柔和で、あれこれ現代的なことにも理解のある先生だったから、俺は全く緊張していなかった。挨拶が終わって、自分のデスクから次の授業の用意を持ってくると、俺はそれとなくランに言った。

 

「なあラン、本当に俺のほうでよかったのか?」

 

『またその話ですか?むしろこんな体験のほうがめったにないんですから、こっちのほうがいいですよ』

 

「ま、そういうんならいいが。レインとかのほうがよかったんじゃないか?」

 

『その、蓮、さん、が一緒だからいいんです』

 

「そっか」

 

 なら、これ以上は何も聞くまい。確かに、ランの言う通り、先生の立場から見る教室というのもなかなか珍しいものだろう。

 

 

 その日の授業は全く問題なく終わった。ランも基本的に静かだったし、分からないところは空き時間を使って直接俺に聞いてきた。というか、今日俺が教えていたのは大体中学・高校の物理、化学分野だったのだが、よくついてこられたものだ。ぶっちゃけ並みの生徒ならわからないとお手上げ状態になるはずだが、その辺はさすがというかなんというか。

 特にその日は残業をするということもなかったので、少し引け目に感じながらお先に失礼することにした。

 

 車に乗り込んでから、ランがこちらに声をかけてきた。

 

『あの、蓮、さん。行ってほしいところがあるんですけど、いいですか?』

 

「お安い御用だ。どのへんだ?」

 

『道案内するので大丈夫です。まず、星川駅までお願いします』

 

「星川駅な。ストレア」

 

『はいはーい、ナビにポイント完了したよ』

 

「サンキュ」

 

 その言葉を聞き、俺はゆっくりと車を出した。

 

『蓮さん、は、その、なぜ教師に?』

 

「ま、まず一つはとにかく職と衣食住の確保かな。SAO事件のあと、家を追い出されちまってどうにもならない状況だったからな」

 

『追い出された、って』

 

「親だった人が頭の古い人でね。俺はどうあがいても、“2年もゲームごときに浪費したバカ”でしかなかったんだよ。SAOがクリアまで脱出不可、死んだら終わりのデスゲームだったってさんざん報道されていてたはずなのにな」

 

『そんな・・・』

 

「人ってな、意外と自分を守るためにはどこまででも排他的になれるもんなんだよ。それが血縁であってもな。・・・すまんな、こんな話して」

 

『いえ・・・。ところで、まず一つ、ということは、他の選択肢もあったんですか?』

 

「もう一つは、虹架・・・レインの存在かな」

 

『レインさんの、ですか?』

 

「俺のSAOでの略歴を話さなきゃ、まずそれは始まらない。ぶっちゃけ信じられない話だとは思うが・・・聞くか?」

 

『聞かせてください』

 

 俺の話に、ランは即答した。それに俺は驚きつつ答えた。

 

「まず、SAO開幕直後、俺はいわゆる攻略の最前線にいた。それが、確か30層ぐらいまで。それまで、レインは俺の相棒みたいなもんだったんだ。そこから、俺は笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の一員となって、ラフコフの構成メンバーともどもPKを行っていた」

 

『え・・・』

 

「正直な話、途中から俺も数えるのを忘れてたけど、俺のPK数はトップクラスのはずだ。つまるところ、SAOで最も人を殺したプレイヤーの一人、ということだな。ラフコフ討滅戦の後、俺は流れのプレイヤーとなって、あちこちでオレンジ―――もっと言っちまえばラフコフの残党殺しまでやってたしな」

 

『それに、レインさんはどう絡んでくるんですか?』

 

「ぶっちゃけ、俺の思想に共感するヤツなんざいないって、俺自身が諦めてたんだ。それもそうだよな、俺がやってたのは、大を生かすために小を殺し続けるってことなんだから。でも、あいつは、それは間違ってるって、止めようとしてくれたんだ。神出鬼没もいいとこな俺を追いかけてきて、な。で、75層のボスがヤバ気って聞いて、俺はこっそりボス部屋に入って、ボス攻略に参加した。そんな俺でも、レインは背中を預けて戦ってくれた。その後、普通に帰れるはずがすったもんだあって、そんな中でもレインは俺を見つけてくれた。あいつがいなけりゃ、間違いなく俺はこうしてここにいることはない」

 

『ALO事件、ですか?』

 

「そそ。博識だな

 ALO事件に際して、俺は洗脳を受けていた。洗脳が解けるトリガーになったのは、ほかならぬレイン関連だった。ほんと、あいつには借りが多すぎるからな。ここらで少しくらい返却しておかないと、なんていうか、性に合わん」

 

『律儀なんですね』

 

「変なとこで、な」

 

 そうして車を走らせると、目的地に近づいてきていた。

 

 

 ランに言われるままたどり着いたのは、少しさびれた一軒家だった。

 

「なあ、ここって、もしかして―――」

 

『ええ、そのもしかしてで合っていると思いますよ。私たちの家です。住んでいたのは一年足らずでしたが』

 

「中に入らなくていいのか?よっぽどなもんじゃなければ大体の鍵はどうにかなるが」

 

『ここで十分です。というかどんな技術ですかそれ』

 

 俺の返答に、ランは穏やかに笑った。

 

『短かったからなのか、ここで暮らした日々は本当に、鮮烈に覚えています。きっと最後の瞬間まで忘れることが無いだろう、というくらいに。庭で木綿季と遊んだり、バーベキューしたり』

 

「うらやましいな。本当に楽しそうだ」

 

『ええ。だから最後に見ておきたかったんです。取り壊されてしまうそうですから』

 

「ここをか?」

 

『親戚はここを売るか、コンビニにしたいそうなんです。フルダイブして交渉しに来た人もいました。ハンコ押すだけでいいから、と。現実での私は腕どころか指一本自由に動かせませんが?って言ったときの顔は見てもらいたいくらいに傑作でしたね』

 

「そりゃさぞ愉快だったろうな」

 

 今度は俺が笑う番だった。

 

『木綿季にいい人でも見つかればいいんですが・・・』

 

「スリーピングナイツの中にはいないのか?」

 

『本人曰く、“仲間の時間が長すぎて、そういう目で見る気になれない”そうです。もう少しお淑やかになれればモテそうなものなんですが』

 

「そりゃ無理だろ。全く想像つかないし。それに、おしとやかな木綿季とか木綿季じゃねえわ」

 

『確かに、ああやってみんなの前で笑い続けていないとあの子って感じがしませんね』

 

 そういって、少しためらいがちにランが言葉を続けた。

 

『ここまで来たら、あんまり手をかけすぎてはいけない、と、分かってはいるんです。でも、どうしても目が行ってしまうんですよ』

 

「それが姉ってもんだろ。俺にはもう肉親ってやつがいないけどさ。手をかけすぎちゃいけない、かまいすぎちゃいけないって分かってても、どうしても行動してしまう。それでいいんだよ」

 

『でも、それではもしも私に何かあったら、あの子は・・・』

 

「それこそ杞憂ってやつだ。あいつは一人じゃないんだ。忘れることはないだろうが、時間が解決してくれるだろうこともたくさんある」

 

『そう、ですね。

―――私も、最近気が付いたんです。ためらってる時間がもったいないんだ、って。最初から、さらけ出してぶつかって行けばいいんだって。蓮さんが、ロータスさんが私を見つけてくれたから。私も遠慮なくぶつかって行けたんです。だから、こうして行動ができるくらい、仲を深めれたんだと思います』

 

「そういってもらえると嬉しいな」

 

 そういって、俺はゆっくりとプローブを手で覆った。直接触れることはできなくても、これで伝わる思いもあるはずだ。

 




はい、というわけで。
予約のストックがなくなったので残弾をリロードしました。いつの間にかSAOのアニメも終わり、拙作のドン亀度合いに驚いております、はい。

今回はいろいろ暴露回ですね。
結城母、もとい京子さんがもとより実際に話を聞いてみたかった理由は、過去のことをロータス君自身がどう思っているか、というのを知りたかったということですね。もし悪びれていない真正のサイコパスなら容赦なく切ってました。
まあそうじゃないのでレインちゃんもエリーゼちゃんもついてきているわけですけどね。

そのあとはランちゃんの過去ですね。原作本編でのユウキの実家イベです。まあ、ロータス君にもこの手のイベントは必須かな、と思い入れました。改変入りまくる前のプロットにはこれが重要な伏線とあるんですけどどういうことでしょうか。果たしてそれは実現するんでしょうか。自分にもまだわからないです(オイ

ではまた次回。


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68.決戦前

 それから少しして、俺はまたスリーピングナイツのホームに転がり込んでいた。というのも、俺が特定のギルドホームを持たないこと、職業柄どうしてもレインも含めた面々とはログインのタイミングが合わないことが最大の理由だ。それに、最近では木綿季の容体も安定してきたので、中学からの編入に備えて彼女の家庭教師的立場にもなっている。スリーピングナイツのリアル事情もあり、スリーピングナイツのホームに行けば大体誰かいるのだ。なので、スリーピングナイツ以外の知り合いがいないと確認したら、大体俺は彼女らのギルドホームに行くことにしている。そこで軽くデュエルをしたり、勉強教えたり、ただ駄弁ったりしている。今日はランとデュエルをしていた。

 

「デュエルトーナメント?ああ、もうそんな時期だったか」

 

「忘れてたんですか?」

 

「それだけ大変ってことだよ。俺のリアル、知ってんだろ?」

 

「あぁ・・・」

 

 教職というのが大変だ、というのは聞いてはいた。が、聞きしに勝る大変さで、よほどのことが無ければイベントごとなど頭から抜け落ちてしまうのだ。

 

「今年も出るんですよね?」

 

「時期があってれば出る。けどぶっちゃけ難しいかもな」

 

「えぇ・・・私、ロータスさんと戦えるかも、って楽しみにしてたのに」

 

「・・・ん?ランも出るのか?」

 

「ええ。最近身体の調子がいいですから」

 

 そういう彼女は確かに最近かなり調子がよさそうだ。何も知らない人からすれば、よもや彼女が末期の患者なんて思う人のほうが少ないだろう。最近では俺とデュエルしても悪くない戦いをするほどだ。ALO最強格のキリトと互角以上の戦績を誇る俺と悪くない、という時点で、その実力たるや推して知るべしである。

 

「て、ことは、スリーピングナイツからはユウキとランの姉妹かー。かなりきついな。キリトとアスナも十分に強敵だっていうのに」

 

「その二人相手なら、ロータスさんのほうが戦績勝ってますよね?」

 

「少し前の話なら、って前提条件が抜けてるぞ」

 

「今なら負けるかもしれない、ってことですか?」

 

「あり得る話ではある。ダイブの時間も違うだろうし、俺はALO以外のゲームにも手を出してるし」

 

「そういいながら、私とは戦えてますよね?」

 

「そうそう簡単に負けるほど鈍っちゃいないさ」

 

 そんな会話をしながら、俺たちは刃を交えていく。最終的に、俺がランの突きをこすり上げるようにいなし、戻せなくなったところで二刀によるラッシュでケリがついた。

 

「参りました」

 

「相変わらず強いな。これで本気じゃないってんだから末恐ろしい」

 

「あなたが言いますか?」

 

 笑いながら健闘をたたえ合っている構図、なのだが、ランの目は全く笑っていない。たぶんそれはこちらもだろうが。俺の言葉は心の底からの本音だ。大体両方共こうして雑談も交えたかなりカジュアルなデュエルをしているから、本気とは程遠い。だが、俺からしたら、その程度で並大抵の相手に後れを取るようなヤワな鍛え方はしていない。なにせ、こちとら文字通り殺し合いを潜り抜けてきた身だ。

 

「というか、そもそもなんで二人とも喋りながら模擬戦できるのさ?」

 

「俺の方は、まあ、スタイル的にできなきゃお話にならないからな」

 

「私に関しては、主にユウキのフォローで周りを見ながらヒールとバフをかけれるようにしながらなので。一対一ならこのくらいは」

 

「そもそもできるほうがおかしいと思わないの?」

 

「「慣れたら案外楽」ですよ?」

 

 俺とランの揃った回答に、揃っているスリーピングナイツの面々は一様にため息をついた。

 

「そういえば、ランねーさんってスタイル変わった?」

 

「え?まあ、心機一転というか」

 

「そうなのか?」

 

「今までは盾持ちの片手剣。で、防ぎながら援助して、時には攻撃して、って感じだったんだよ」

 

「へえ」

 

 ジュンの言葉に、俺は少し意外に思った。今のランの剣は軍刀、俗にいうサーベルと呼ばれるものだった。一応片手剣という扱いになっているが、レイピアのように使うこともできる。実際、ランのファイティングスタイルは斬撃のみならず刺突も少なからず使用するものだった。両手に武器を持ち、攻撃のほとんどが斬撃か体術で構成される俺からしたら、かなり新鮮な戦い方だった。慣れないうちは苦戦させられる。

 

「でも、俺が想像するに、今のランのスタイルは補助魔法でバフとヒールをかけて、回避とパリィをメインとして一気呵成に攻め切る超攻撃的スタイルだろ。そのスタイル特性上、必要があれば後衛に回ることもできるが、その真価は前線で暴れているときに発揮されるはずだ。ま、どうあっても血は争えん(ユウキの姉)ってこったな」

 

「えー、それじゃボクが突撃思考の脳筋みたいじゃん!」

 

「俺が指摘するまでヒーラー不足の超脳筋パでフロアボス攻略できるって考えてたのはどこの誰でしたっけ?」

 

 ユウキの抗議は、俺の回答がすべて物語っている。ま、大体中の人の年齢がアバター通りだとして、後衛で援護するより前線でギッタバッタしたいという気持ちは分からなくはない。

 

「ま、ユウキはそのくらいがちょうどいいんだよ。で、やるか?」

 

「やる!」

 

 刀の柄を叩きながらの言葉に即座に乗ってくるあたり、こいつの性格が見える。キリトほどではないが、ユウキも大概戦闘狂だ。そんな彼女が抜剣して正対したのを確認して、俺は戦闘態勢に入った。

 

 

 そんないつも通りの日常を送りながら、俺はGGOにログインした。いつも通り適当に散策するだけの予定だったが、

 

「あ、エキシージちゃんじゃん、やほー!」

 

「うげ」

 

 厄介な奴に捕まることになった。振り返った先には、頬にレンガ色のタトゥーを入れた、長身の女性プレイヤー。

 

「何の用だ、この毒鳥め」

 

「毎回ひどいわねー」

 

「自分の評判見てから言おうかそういうセリフは」

 

「失礼しちゃうわー、私は健全にゲームを楽しんでるだけなのに」

 

「味方もろとも巻き込む規模の自爆特攻するようなプレイのどこが健全じゃどこが」

 

 俺と同じ、GGOの最古参が一角とされているピトフーイだ。ピトフーイ、というのが、南国の毒鳥なので、俺は遠慮なく毒鳥と罵ることにしている。古参なら誰しもが一回はその名を聞いたことのある、イカレたプレイヤーである。

 

「で、何の用だくそアマ」

 

「んー、ちょーっと協力してもらいたくてねー。場所移していい?」

 

「長い話なのか?」

 

「少なくとも立ち話レベルじゃないわね」

 

 一瞬迷う。確かにこいつのプレイングは常軌を逸したものがあるが、俺なら何とかなるか。そもそも、第二回BoB3位という実績のせいで勘違いされがちだが、俺のこのゲームに対するスタンスは“手加減無し、全力で楽しむ”というものだ。ぶっちゃけデスペナは痛いが、俺はゲームで生計を立てているタイプの人種じゃない。さすがにAS50をロストしたらがっくり感も強いだろうが、それ以外の武器なら大して痛手ではない。なにより、グロッケンから出ないのであれば、HPは絶対に減らない。

 

「話だけなら聞く。ただし妙な真似をしたら試し斬りの実験台になってもらうからそのつもりで」

 

「大丈夫、今回は仮にも依頼だから」

 

「なら仲介料はふんだくらせてもらう」

 

「ええ、そうして?」

 

 この女にしてはあまりに珍しい殊勝な態度に、俺はそのまま後ろをついていった。

 

 

 

 

「スクワッド・ジャム?ああ、なんか運営のお知らせにそんなのがあったっけな」

 

「ある程度予想はしてたけど、やっぱりチェックしてなかったのね」

 

「あのな、自慢じゃないが俺は基本的にソロだぞ?小隊(スクワッド)、なんて銘打たれてる時点で地雷認定、ナシだナシ」

 

「そっか、それもそっか、ボッチだもんね」

 

「流れの傭兵って言ってくれ」

 

「流れの傭兵なんて長いじゃない。じゃあソロボッチで」

 

「パワーアップさせてんじゃねえよ」

 

 この辺まで来て、明らかに面白がられていることに気付き、話を先に進めることにした。

 

「で、そのスクワッド・ジャムがどうしたって?」

 

「私が最近一緒にプレイしてる子がいるんだけど、肝心の私が本番出れそうになくて。付き合ってくれないかなって」

 

「ほかに当てはねーのかよ。俺も結構忙しい身なんだが」

 

「だいじょーぶ、腕の立つのをもう一人用意してるから。三人なら楽勝でしょ」

 

「つってもスクワッドってことはワンパだろ?最悪倍の人数相手にすることになる」

 

「私が見込んだ子と、私からみて腕が立つって判断した相手とあなたが組んだら、並みの相手なんて鎧袖一触よ」

 

「そりゃ光栄なことで。

 結論だけ言うと、即答はできん。詳しい話を聞いてから決める」

 

「結構!」

 

 結局受けることになるのだろうが、金になるからいっか。そんな気持ちで俺は案内されるままついていった。

 

 

 案内された先にいたのは、巨漢の男と小柄な女の子だった。

 

「紹介するわね。ちっちゃい子がレンちゃん、デカいのがエム。二人とも、こちらロータスさん。何とか協力こぎつけれた。じゃああとは本人たちでごゆっくりー☆」

 

・・・やっぱりそういう話になったか。ま、とりあえずそっちの方向で話を合わせたほうがいい。

 

「ロータスだ。よろしく」

 

「ロータス、というと、ギャンブルメイジか」

 

「よくご存じで」

 

 そんな風に口先では言うものの、ある種当然かとも思う。

 

「お知り合い、なんですか?」

 

「その言葉が出る、ってことは、君、もしかして最近始めたクチ?」

 

「あ、はい」

 

 その言葉に、俺は内心愕然とした。

 

「ガチ勢の巣窟の大会にまさかのニュービーとは・・・。あいつ、ついに判断力までイカれたか?」

 

「ピトに気に入られている時点で実力はあるんだろう。それに、彼女が一時期噂になっていた砂漠のPKerらしい」

 

「・・・マ?」

 

 砂漠のPKerと言ったら、間違いなく夕暮れの砂漠にいると言われるスコーピオン使いだろう。と、なれば。

 

「AGI極か。武器はSMGかマシンピストルかPDW。戦法は一気に肉薄してからのスナップショット。問題は武器だが・・・」

 

「それはピトが教えてくれた。P90だそうだ」

 

「てことは、サブアームはFive-seveN?」

 

「いや、P90一丁持ちです」

 

「なるほど。ま、わざわざ持ち替えるだけのメリットもないか」

 

 俺の言葉に、レンちゃんはごまかすように笑った。なるほど、拳銃射撃が苦手なタイプか。

 

「じゃ、俺のスタイル、と言いたいとこなんだけど。俺の正体知ってるってことは、多分ご存知よね?」

 

「基本スナイパーのオールラウンドタイプ。全距離対応型、といったところか。ステータスはAGIとSTRのバランスだったな」

 

「そりゃあ把握するよねー。俺も名がある程度売れてる身だし」

 

「エムさんすごい・・・」

 

「や、これはちょいと事情があるのよ。っと、俺はちょいと用事があるんでな、この辺で失礼するよ。もともとピトフーイに連行されただけだし」

 

「時間を取らせてすまなかった」

 

「いいってことよ。ちょいとリアルが忙しいから時間合わないかもだけど、インしてるときに合いそうだったらまた連絡するねー」

 

 そういって、俺はその部屋を後にした。適当に散策する予定だったが気が変わった。このアバターのリハビリがてら、地下のダンジョン探索に行くことにする。ただでさえも最近はシュピーゲル垢で半分パワーレベリングをしていたところなのだ。こっちの感覚との乖離は無くしておきたい。仮にも傭兵として仕事を受け持った以上、自分の仕事には責任を持たなければ。とりあえず、俺は準備のためホームに向かった。

 




はい、というわけで。

今回はデュエルトーナメントの前の回でした。

先にイカジャムのことについて触れておきます。
さらりとここでぶち込みますよー、的なイベント書いてますけど、ここでは書きません。時系列ぐっちゃぐちゃになるなー、と思うので、いったんマザロザまで書いてから、if編として別で話書きます。あと想像以上にレンちゃんとエムさんが自分の手に負えなかった。うまくつなげられる自信がなかったです。

追記
マザロザの後と書きましたが、一回SAO編をアリシまで完結させてから書く予定です。イカジャム編は結構先になりますが、お待ちいただければと思います。

ちなみにランの剣についてですが、イメージとしてはモンハンのテオやナナの太刀みたいな感じです。サイズはあれよりだいぶ小ぶりになりますが、形としてはアレです。あれと、鍔が大きい短剣を組み合わせるイメージです。
調べてみて初めて知ったんですけど、中世とかだとレイピアやサーベルと短剣って割とメジャーなスタイルだったらしいですね。拙作でもこれを使っています。

さて、デュエルトーナメントがどういう戦いになるかはこうご期待、ということで。

ではまた次回。


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69.師弟対決

 GGOとALOを行ったり来たりする日々を過ごしながら、俺はデュエルトーナメントの日を迎えた。幸い、仕事も少しずつ慣れてきて精神的にも肉体的にも負担が少なくなっていたのが幸いだった。かなりベストに近い状態で本番に臨むことができる。ぶっちゃけ、生半可なコンディションだと勝てなさそうなやつが結構身近にゴロゴロいるからなぁ。

 

「あ、ロータスさん」

 

「よ。元気そうだな」

 

「ええ、最近は特に調子がいいんです。だからこうしてこっちにダイブする機会も増えてて」

 

「なるほどな。無理はするなよ」

 

「はい、ありがとうございます。そちらは、トーナメントはどんな感じですか?」

 

「あのな、よっぽどなくじ運じゃない限り、こんな序盤で俺が負けるわけないだろう。こういっちゃなんだが、そこらの雑兵に負けるほど落ちぶれちゃいないと思ってるぞ」

 

「ふふ、そうですね」

 

 穏やかに笑うランだが、彼女も油断できない参加者であることに変わりはない。少し気を抜けば確実に首を取られる。経歴が経歴だから過去の対戦成績が当てにならない分余計たちが悪い。

 

「今回は結構参加者も観戦者も多いんだな」

 

「多分、ユウキの影響でしょうね」

 

「あーなるほど。例のOSSか」

 

 ユウキのOSSは、初お目見えの時と、俺、そしてアスナにしか使っていない。一目見よう、と詰めかけるのは、不思議ではなかった。でもまあ、

 

「ぶっちゃけ見る機会ないだろ」

 

「そうでしょうね」

 

 はっきり言って、あのOSSを使うレベルの相手という時点で限られる。そうじゃないのなら、ユウキはデフォルト技のみで押し切ることが十二分に可能だからだ。ユウキがOSSを使うということは、それ相応の実力の相手ということになる。ユウキと白兵戦でやり合える、という時点で、旧ALOでは最強とはいかなくともかなりの強豪プレイヤーに分類される、リーファやフカたち以上の実力は最低ラインということになる。その時点で、キリトやアスナ、俺、あと可能性があるのはランとユージーン将軍くらいしか候補がいない。で、大会運営もバカじゃないだろうから、ユウキと強豪クラスが当たるのは必然的に準々決勝以上レベルの、もうどうにも相手がいないときに限るはず。そもそも、そういう試合でもユウキがOSSを使うとは限らない。ユウキなら、俺やキリトの剣技連携(スキルコネクト)が使えても不思議じゃないだろうし、そうなればわざわざ大技をかまさなくとも小技の連携で十分凶悪だ。むしろ、大技の後の隙が怖い。ほとんどしのぎきった俺やアスナは見切られる可能性があるし、キリトもユウキの反応速度に合わせて超速ギア(《オーバードライブ)に入ったら凌げる可能性は十分にある。使う理由のほうが少ないのだ。

 

「ま、関係ないがな。相手が誰であろうと斬り捨てるまでだ」

 

「あなたらしいですね」

 

「どーだか。俺、巷だと権謀術数高めって評価っぽいし」

 

「あなたは立ち回りに特化した権謀術数ですから、こういったことはむしろ正々堂々やるタイプなんですけどね」

 

「全くもってお説の通り。必要に応じて闇討ち不意打ちもやるけど、真っ向からやるってんなら一定のルールは必要だろう。てか、そういう点において、俺はランが怖いんだがな」

 

「あら、随分と買ってくださってるのですね」

 

「たりめーだ、最大クラスの驚異を勘定に入れないほど俺はバカじゃない」

 

 正面からぶつかると考えると、キリトとユウキが最大の脅威だが、二人とも魔法を使わない、いわゆる脳筋タイプなので、中距離をうまく使えば勝機は十分。だが、ランはなまじ俺のスタイルに似ているぶん、立ち回りのみならず戦闘能力でも勝機を手繰り寄せなくてはならない。真正面からやりあいたくないのは、どちらかといえばランの方なのだ。本人には言わないが。というか言わなくてもバレるが。そんなことを話していると、次の組み合わせが発表された。

 

「お、出たな」

 

「出ましたね」

 

 対戦回数から見るに、そろそろどこが勝つかというのが読めてくる頃合いだ。対戦相手は毎回ランダムで抽選結果が発表される、とされているが、果たして。

 

「って次がランかよ」

 

「えぇ、その反応は少し寂しいんですが。戦いたかったのでは?」

 

「あんまし直接的には戦いたくないんだって。いつものアレはかなりカジュアルなやつだし」

 

「私としても、底が見えない相手と戦うのはなかなか怖いんですが」

 

「よく言うよ」

 

 底を見せていないのはお互い同じ。なら、ある程度カードが割れている可能性の高いこちらのほうが事前準備という点では不利だ。情報握ってないと死にかねない状況で、これは結構痛い。

 

「ま、とにかく、今度こそ全力だ。覚悟しとけ」

 

「そちらこそ、首洗って待っててくださいね?」

 

 そういうと、俺たちはそれぞれの控室へ向かった。

 

 

 

 啖呵を切ったはいいものの、正直なところ、俺はランに絶対に勝てる自信などなかった。今までの俺がとってきた戦術は、要するに相手の土俵で戦わず、いかに自分のフィールドで戦うかを重視したものだからだ。だからこそ、どんな相手にもだいたい勝てるが、悪く言ってしまえば器用貧乏で、どの分野をとってもその道のエキスパートには勝つことなど到底無理なのだ。近接のみでキリトやユウキを制することはできないだろうし、遠距離狙撃でシノンに比肩するなど烏滸がましい。近接脳筋のキリトには中遠距離で、近距離苦手なシノンなら中近距離で戦う戦術が、俺に高い勝率をもたらしているのだ。

 

 

 

「さあ、トーナメントもいよいよ佳境!次は注目のカードです!まずはぁぁ!

 言わずと知れたマジックアーチャー、全ての間合いを制する対人戦闘のエキスパート!鮮血、ローーーーーーターース!」

 

 コールを受けて、片腕を上げて応えつつ入場する。笑みを浮かべてはいるが、内心相当ヒヤヒヤだ。

 

「対しますはぁ!単独パーティでのフロアボス撃破を成し遂げたスリーピングナイツ所属!その腕前はこれまでの戦いで証明済み!驚異の新星がベテランに牙を突き立てるか!?ラーーーーンーーーー!」

 

 その声に、向かいからランが入場する。見た感じ、装備はいつも通り、サーベル系の片手剣。おそらく後ろには鍔の広い、いわゆるマンゴーシュに似た形状の短剣があるはずだ。

 

 下馬評は俺も見た。多くのプレイヤーが、俺が勝つと踏んでいるようだ。だが、忘れてはならない。

 俺に対する最大のジョーカーは、ちょうど自分のように、すべての間合いを制するコンセプトの相手であるということを。

―――そう、ちょうど、今目の前にいるこの少女のように。

 

 大会専用メニューであるデュエル準備完了の操作をしながら、この戦いについて考える。

 

(タフな戦いになるな、間違いなく)

 

 簡単な戦いではない。間合いを取り過ぎれば魔法が、近距離なら妹同様、超速の反射速度から繰り出される攻撃が待ち受ける。となれば、俺の勝ち筋は限られる。

 

(魔法も近距離も泣きどころな間合い・・・剣の外、魔法の内でなんとか押し切るか、相手の得物が片方であることを利用して、二刀のラッシュでなんとかケリをつけるか)

 

 普通で考えれば、定石は前者。敵の間合いに踏み込まず、アウトレンジから仕留める。だが、俺の中で技量を比べた時、弓と剣なら剣に軍配が上がる。SAOでの経験の差がありすぎるからだ。それも踏まえると、おそらくどちらを選んでも確率は五分と五分。ならば。

 左手で鯉口を切り、ニバンボシを抜刀する。左手を前に斜に構え、刀は片手で担ぐように構える。左手自体は体側に、ぶらんと下げた自然体。

 

「意外でした。こちらの知らない手札からくるものだとばかり」

 

「意表をつくのが戦術ってもんだ。教えたはずだが?」

 

「そうでしたね」

 

 俺の言葉に応えるように、ランも自身の得物を抜く。サーベルを持った右手は中段に、腰の後ろから抜いた短剣は胸元で逆手に。うん、

 

(攻めづらい構えだな)

 

 カウンターも、先制もありうる構え。うかつに飛び込むのは危険だろう。かといって、初手で詠唱が必要な魔法を使うのはリスキー。と、すれば、ほんの少しだけ様子を見てから攻め込むのがベターか。

 

 カウントダウンが終わり、二人の真ん中に“DUEL!!”の文字がでる。俺が様子見する腹積りなのがバレたのか、ランがまず突撃してきた。走りながらの構えは、ヴォーパルストライクに近い、剣先を前に、担ぐような構え。想定されるのは突きだが、こいつは他ならぬ俺の教え子のひとり。そんなストレートな手を打ってくるだろうか。そこまで想定し、攻撃の寸前で軽くバックステップ、カウンターにかか―――ろうとした。俺の想定を嘲笑うかのように、彼女は勢いそのまま突きを繰り出したのだ。狙いは、バックステップで一度正面を向いた俺の体の胸中央。

 

(まずっ―――)

 

 なんとかニバンボシでの打ち落としが間に合った。そのまま苦し紛れ気味に巻き上げにかかるが、これをランはジャンプすることで力を逃した。普通は粘ろうとして、巻き上げの力に負けて隙を晒すことが多いのだが、この辺りはさすがといったところだ。だが、今度こそ全力で間合いを取る。これで、仕切り直し。だが。

 

(まずいな、これは)

 

 意外に思われるかもしれないが、俺に対して正攻法というのは一定の効力がある。俺が実際に手合わせした相手にとって、それは特に顕著になる。つまり、俺ならこう出るだろうことを知っているからこそ、裏をかかずに正攻法で行った方が、深読みしすぎた俺の裏をかくことになる、というわけだ。

 実際に、その読みは当たっている。実は、俺の天敵はもう一人いるのだが、それが他ならぬレインなのだ。なぜなら、お互いが“この動きならこう来るだろうが、ストレートには来ないだろうから、その裏をかいてやろう”と思って、かえって正攻法の攻撃をもらいかけたり、実際にもらったりするのである。まさに、今のように。どうやら、ランは早々にそれを悟っていたらしい。となれば。

 

(追い込まれた、か)

 

 これで、下手に搦手を使うことを封じられたに等しい。うまくハマればいいが、外したら待っているのはラッシュだ。それも、こちらを上回る反応速度での、だ。食らった瞬間、こっちは負ける可能性が高い。

―――仕方ない。できればレインかキリトあたりと戦うまで伏せておきたかったんだが。

 

「こっちにも、師匠の意地ってやつがあるもんでね!」

 

 開いて睨み合いになっていた間合いを一気に詰める。マギアどころかエンチャントすら使わない、本当にただの突撃。驚きつつも、ランは俺の袈裟を短剣で受け、右からの薙ぎを繰り出そうとする。カウンターを読んでいた俺は、左足でローキックを繰り出す。それを想定していたランが、受け止めた短剣をそのまま打ち払うようにして剣筋を逸らしつつ、サイドステップ。回避した先に俺が投げナイフを放つ。あわやヘッドショットになるそれをランが短剣で防ぐ。その瞬間こそ、俺が狙ったもの。

 俺は投げナイフを投擲するとき、ニバンボシを納刀していた。そして、ランが防いだ瞬間に、俺は素早くアローブレイズを弓に変え、矢を()()()()()放った。直前で俺が詠唱しながらバックステップしたのを見て、俺お得意の曲射だと、ランが見切って突っ込んでくる。が、突っ込んでくるその進路上に降り注いだ矢の雨に、すぐさま回避行動を余儀なくされた。回避した先に、さらに俺の爆裂矢が刺さる。飛んできた瞬間に判断したランがバックステップを取るが、今回はそれが悪手だった。

 爆裂矢は威力も十分だが、矢に細工をしてある分、見切りやすい。ランくらい反応速度高いやつなら、見てから回避がある程度できる。そこを、逆手にとる。

 俺が放った爆裂矢は、ランがいた近くの地面に突き刺さりかけて、爆発した。そのまま、その一帯は、一瞬だが煙幕を焚いたように視界が無くなった。当然、ランも、こっちの様子を見ることはかなわない。煙幕を嫌ってか、突っ込んでくるランだが、そこに俺はいない。即座に周囲を見渡すが、どこにも俺の姿は無い。当の俺は、爆裂矢の爆発を煙幕がわりに飛び上がっていたからだ。ランの直上、ピンポイントで矢が飛んでくる。風切り音で回避に成功したランは直後に上を見上げるが、そこにもいない。その背後より迫る刃は、紙一重で短剣にはね上げられた(パリィされた)。だが、それは俺にとって想定内。はね上げられた勢いそのままサマーソルト。カウンターの出だしを潰す。空中で身動きがとれなくなった俺に突きが飛んでくるが、それを俺は羽で飛んで回避。そのまま距離を取りつつ、矢で牽制。だが、ランも即座に詠唱しつつ羽を展開、跳躍で勢いをつけて飛んで突っ込んできた。変わらず牽制はいれているが、そんなの構わないと言わんばかりに、詠唱しながら打ち落としつつ肉薄する。詠唱文は聞き取れないが、おそらくエンチャント系。となれば、基本スペックはランそのまま。ゼロ距離での魔法ブッパもなし。

 

(ある程度距離を調整しながら、剣の間合いの外をキープして立て直す。それでも間合いは詰められるだろうから、間合いを見計らって居合一閃)

 

 それで、とりあえず一発はクリーンヒットするはずだ。あとは時間切れを狙いつつ、ダメージを稼ぐ。もとより、時間制限ありで殺し切れるとは思っちゃいない。お互いダメージディーラータイプなのだから、一発のクリーンヒットは相当に有効なはずだ。

 ランが短剣での攻撃モーションに入る。間合いにはまだ遠い。俺の野太刀ですらまだ届かない間合いだ。直後、俺は即座に回避運動に入った。その直後、俺がいた位置を水で出来た刃が通り過ぎた。あと一歩、回避が間に合わなかったら、確実に一撃貰っていた。それも、おそらくかなり重たい一撃だ。

 

(策士め、狙ってやがったな・・・!)

 

 彼女があの攻撃を仕掛けた間合いはまさに泣き所。弓にしては近く、白兵戦よりは遠い。その場合、俺なら居合で決めにかかる。その一瞬、攻撃に空隙が出来る。そこを、ランは狙ってきた。短剣に水を纏わせ、ウォーターカッターの要領で振るうことで、間合いを伸ばす。俺が弓では決めにこないと見て、この間合いでの一撃で決めにきた。そして、

―――避けたとしても、その先を読んでおけ。常に相手の先手を打っていると、打てなくても思わせろ。

 俺が教えたことだ。他ならぬ教え子であるこいつが、それをやらない道理はない。

 飛んできた投げナイフをあえて躱し、その次にくる水の刃の狙いを逸らす。躱しながら、間合いを取る。離れ過ぎた間合いを詰めに来るランを、俺は投げナイフで牽制する。エンチャントが切れたらしく、ただの短剣になっていたそれで打ち落としつつ突っ込んでくる。ランに直接遠距離攻撃を叩き込める手段は、おそらく存在しない。だからこそ中距離でなんとか、と思ったのだが。

 

(見積もりが甘かったな)

 

 こういう時、SAO組の方が戦いやすい。俺も含め、SAO組はもれなく近接戦闘を好む。間合いのコントロールさえ見極めれば勝機は十分。うまくいけば、キリトでさえ封殺できる自信があった。・・・今は無理に近い難しいだが。魔法を斬り落とすような馬鹿野郎に遠距離攻撃が通じるとは思えん。

 それはそれとして。問題は、こちらの矢もナイフもほとんど全てを打ち落とし、近接戦でも実力を示していて、こちらの間合いの痛いところを突ける相手が、今、目の前にいるということ。

 

(こちらの手札はおそらくほとんど見切られてる。ならば、あとは真っ向勝負!)

 

 エンチャントが切れた直後の今、クーリングタイムで同じ手は使えない。ならば、似た手合いがない限り、間合いは詰められる。アローブレイズを曲刀形態に変えて、俺は突撃する。

 

(このまま近接で押し切る!)

 

 ゴリ押しはあまりしたくないが仕方ない。向こうも牽制でナイフを投げるが、回避と打ち落としを組み合わせて間合いを詰め切る。逆手持ちになったアローブレイズでまず一撃、これは短剣で防がれる。右のジャブ。サーベルで防がれる。反動で少しだけ間合いを開けて瞬時に順手持ちに変える。ワンツーの要領で突き、これは短剣でいなされて、カウンターは申し訳程度につけていた籠手でいなして左足でハイキック。その足をピンポイントで短剣で突き刺しにきたが、俺はお構いなしに振り切って痛み分け。むしろ向こうはこちらの足に突き刺した短剣を奪われて片手落ち。だが、近接戦である以上、こちらも弓は使えない。第一、例のエンチャントが短剣でしか使えないという保証がない以上、間合いを開けたらあれが飛んでくると考えていい。片手落ちはお互い様。

 先ほどの回し蹴りの当たりどころがよかったらしく、一瞬吹き飛ばされたまま硬直したランに、俺は風牙絶咬を繰り出す。貫通せず、そのまま次のソードスキルに剣技連携(スキルコネクト)しようとしたとき、頭が強く揺さぶられ、蹴飛ばされた。なんとか開けた目に映ったのは、空になった掌底を振り上げたランの姿。

 

(つまりあれか、掌底を下顎にぶち当てられて頭を揺さぶられてスタン入ったのか。ってちょっと待て、この間合いはマズい!)

 

 こちらは動けないが、ランは詠唱しながら間合いを取っている。ということは次に飛んでくるのはおそらくあの大技。スタンが抜けた瞬間に回避行動をとるが、その先に飛んできたのはウォーターカッターにも似た水の刃ではなく、投げナイフ。一瞬突っ込もうかと思ったが、直感で回避を選択。結果、その選択は正しかった。直後、その投げナイフが竜を模した水を纏い襲いかかってきたからだ。

 

(ナイフを起点にした水魔法か!よく考えるもんだ)

 

 おそらく、俺との対戦ということもあり、ランもマギアを編み出していたのだろう。加えて、初手であのウォーターカッターを見せたこと、ナイフを撃ち落としつつ接近戦を挑んだことから、これが通じるとみたのだろう。まんまと嵌るところだった。

 

―――だが。

 

「一手、足りなかったな」

 

 直後、俺が瞬時に詠唱しつつ弓を展開、ヴァンフレーシュを放つ。怪訝な顔をしつつ回避するランだが、その行動こそ、俺が狙ったこと。正直なところ、こういう決着というのは望まないところだが、仕方ない。アローブレイズを納刀、居合いの構えを取り、詠唱を開始。発動した魔法は水系統。だが、見たところ大きな変化はない。魔法を警戒したエンチャント。カウンター狙いが見え見えだが、ランは突っ込んできた。

 俺なら軽いエンチャントをした一閃で魔法を斬れる。大技ならあるいは。だが、先のアレといい、MP残量、クーリングタイム、いずれをとっても、中距離のジョーカーは、おそらくもう切れない。

―――故に、ランがとる選択は近接のみ。()()()()

 一歩遅れたカウンターを掻い潜り、ランがひと突き。だが、ランの顔は浮かばない。

 

 直後、ランが突き刺した俺が、人魚姫が如く、水の塊となって崩れる。直後、背後からの俺の一閃が、ランの首を刈りとった。これでランのHPは全損、こちらの勝利となった。

 

 

 

 

 

 何が起こった。

 ランが浮かべた表情を端的にまとめるとそうなる。まあそうだろう。斬った時に手応えはなく、気がついたら後ろから首を一閃。軽いパニックにすら陥りかねない。冷静で済んでいるのは、ひとえに相手が俺である、ということだろう。

 

「新技、“うつし雨”。お前さんが斬ったのは、水鏡に映った影。本体は、お前さんの背後でハイディングしてた、ってわけだ」

 

「なるほど。いかに札を隠しておくかが対人戦の肝。文字通り、身を以て実感しました」

 

「まだまだ弟子に負けるわけにゃいかんのよ、こちとら」

 

 そんなことを言っているが、内心ヒヤヒヤだった。特に、剣技連携(スキルコネクト)の間隙をついて、あえて一発目を受けてカウンターをもらった場面。ほんの少しだけタイミングが違えば、首を取られていたのは俺だったかもしれない。ダメージディーラータイプのビルトを組んでいるランがよもやあんな捨て身の手段に出るとは思っていなかったのが最大の失態だった。

 

「私もまだまだ、ということですね。お見事です」

 

「割と真面目に負けたかと思ったけどな」

 

 札を隠していたのも、相手の間合いを潰す戦略も、相手を出し抜こうという読みも、全部お互い様。なんとか、こちらが一枚上手だった、というだけだ。それに、俺としては、うつし雨での一撃は、決まればいいなー、程度に過ぎない。斬る前か後かは置いておくとして、この囮が見破られることも、反撃に対処されるのも計算のうち。最大の目的は、見破られるまでの時間稼ぎ。こちらは、ランの短剣による防御によるダメージのみ。対して、相手は風牙絶咬含めて、クリーンヒットが複数。少しでも時間が稼げれば、後は時間切れを待って、HP残量での判定勝負に持ち込めれば十二分に目的は達成したことになる。

 

「負けてしまったものは仕方ありません。頑張ってくださいね、ロータスさん」

 

「ああ、ありがとう」

 

 お互いに握手を交わした。が、その眼にはお互い、「次があれば絶対に勝つ!」と書いてあった。

 




はい、というわけで。
まずは元ネタ解説。といっても一個だけですが。

投げナイフを起点にした水魔法
家庭教師(かてきょー)ヒットマンREBORN!
技名:九頭竜・川崩れ 使用者:初代ファミリー雨の守護者(アニメオリジナル)
アニメオリジナルストーリーでの戦いで、初代ファミリー(REBORN主人公の祖先の仲間)が、試練の戦いの最中に編み出した技。元ネタは小刀を起点とする。

うつし雨
家庭教師ヒットマンREBORN!
使用者:山本(たけし)
巻きあげた水に自分の影を映し、それを囮として攻撃する技。原作だと水に似た高エネルギー物質なのだが、ここでは水魔法で生み出した水を使用。


今回はデュエルトーナメント初戦でした。最初からいきなりこの組み合わせというなかなか吹っ飛ばして行きます。というかあまりダラダラ進めるのもアカンというのは流石に学んだんでね・・・(苦笑

組み合わせとしては、そういえばこの二人の対面ってキッチリ書く機会なかったなぁ、というもの。あと自分が書きたかった(結局そこ)

今回は最初で最後のリボーンが元ネタでした。どうしようかって考えた末がこれです。なんでリボーン元ネタにしようと思ったんだろ書いてた時の自分(知らんがな

さて、デュエルトーナメント自体はさくっと終わらせていきます。流石にそろそろ話を進めないといけないので。

ではまた次回。


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70.黒の剣士

 次の戦いのカードは、俺たちが戦った直後に発表された。そのカードは、キリトvsレイン。勝ち上がったほうが、4分の1の確率で、その直前で勝ったユウキか俺と当たる。内心ではレインに勝って欲しい、とは思う。だが、レインはサウザンドレインという最大の切り札をキリトに見せた状態。加えて、生半可な遠距離攻撃なら、あいつは迎撃してのける。近接でキリトと互角に斬り結べるプレイヤーなど、ALO広しといえど10人いるかいないかだろう。レインの勝算は低いと言わざるを得ない。

―――だが、俺は知っている。

 

(あいつがその程度で膝を屈するようなヤワなタマか)

 

 この程度、喰らい破ってやる。やると決めたらやり切る。あれは、そういう意志の強い女だ。

 

 

 

 組み合わせご発表された瞬間、思わず顔をしかめた。ロータス、アスナ、ユウキと並んで、真正面からサシではやりあいたくない相手。ロータス仕込みの対人戦テクニックに、飛び道具も近接もいける。こちらとしては、近接でゴリ押すだけ。間合いに飛び込んだとして、上手く逃げられたら勝機は薄い。懐に飛び込んでクリーンヒットさせられればいいが、言うは易し行うは難し、というやつだ。だが、なんとか勝つしか無い。

 

「さあさあさあ、先の戦いの余韻をそのまま、次もまた凄まじいカード!まずはあぁぁ!

 言わずと知れたブラッキー先生!魔法をぶった斬ってのけた変態剣士!魔法?知らない子ですねと言わんばかりの脳筋構成ながらも、その剣の錆になったプレイヤーは数知れず!本日もその剣で道を斬り開くか!?キーーーリーーートーーーーー!」

 

 名前を呼ばれ、入場。精々片手を上げ、強気にアピールする。そこまで大それたことをした覚えはないのだが、この期待には応えねばなるまい。

 

「続いててはぁ!

 かの鮮血に並び立つ、SAOクリア時最高レベルプレイヤーと名高い美少女剣士!後方支援役のレプラコーンだからと舐めてるとあっという間に膾にされるぞ!レーーーーーイーーーーンーーーー!」

 

 目の前に立つは、対人戦ならば最強クラスの相棒にして、おそらく最大のジョーカーが一角。ボス戦でも、サウザンドレインは殆ど使わない。それでもALO最強格に食い込んでくるのは、ひとえにその卓越した剣技と、相棒譲りの対人戦テクニック。手強い相手だ。さらにいえば、中近距離の間合い調整が絶妙にうまい。ソードスキルも、ここぞと言うときに的確に使ってくる。それに、元から盾なし体術ありの片手剣スタイルで、なおかつ相棒が剣技連携の産みの親。

 

使()()()と踏んで問題ないだろうな)

 

 迂闊に攻め込むのは危険。されど攻める以外に勝機なし。彼女が誇る鉄壁の間合いをどう制するか。

 さらにいえば、彼女はいつものスタイルだけでなく、背中に何やら大柄の得物を背負っている。それに、腰の得物も、普段見慣れたシンプルな片手剣ではなさほうだ。迂闊に近付くのは危険かもしれない。

 

(ええい、それがどうした!案ずるより生むが易しだ!)

 

 ここまできたらなるようにしかならない。やることは一つ。どれだけ弾幕を展開されようが、

 

「たたっ斬るのみ!」

 

「上等!」

 

 その応酬が終わると同時に、2人の間にDUEL!!の表示。

 なにやら詠唱しているようだが、構わず飛び込む。もとより脳筋ビルドであることもあり、魔法はほとんど分からない。と、突如レインが詠唱を中断し、見慣れない得物を抜いた。青い、少し反り味の刀身を持つバスタードソード。大きさとしては、ちょうどリーファが愛用する剣より少し大きい程度。だが、レインの今持っているそれは一般的なそれに比べ若干機械的機構が見える。具体的には、刀身の付け根あたりに、なにやらリボルバーのシリンダーのようなものが付いているのである。だが関係ない。分からない手の内があろうと、道閉ざす敵は斬り崩す。と、意気込んだ矢先、唐突にレインが飛び出してきた。あまりの加速度に、一瞬反応が遅れる。なんとか後ろに倒れ込みながらサマーソルトでカウンターを仕掛けるが、これはうまく威力を殺され、有効打にはならなかった。むしろ、派手にふっ飛ばされたところをうまく立て直してきた。こちらが体勢を立て直し切るまでに、相手は空中からの急降下で追撃する。それは防御し、今度はこちらがわざと吹っ飛ばされて体勢を整える。

 

(空中発動可能な突進系ソードスキル・・・よく見えなかったがソニックリープあたりか)

 

 ともかく、これで振り出し。詠唱を開始したレインに対し、とりあえず横に動く。このタイミングで詠唱となれば、十中八九アレが来る。ほんの少しでも狙いを逸らす。その想像に違わず、レインの背後に無数の剣が出現、ほぼノータイムで面射撃が始まる。その想像を超える範囲は、狙いを逸らすという考えすら馬鹿らしく感じられるものだった。一か八か突撃の選択を取った瞬間に気付く。

 

(砲火に穴がある・・・!?)

 

 ライン一本分。確かにそこだけ空隙がある。迷わず突っ込んだ。が、そこには両手に剣を持ったレインが待ち構えていた。つまるところ、

 

(誘い出された・・・!)

 

 てっきり、ロータスと組むときのために、彼のために残した道だと思った。おそらくそれ自体は真実だろう。だが、あえてそれを残すことで、誘い出すための罠に使うとは。やはり侮れない。

 ソードスキルを伴わない、バスタードソードでの唐竹。少しだけ軸をずらし、返し胴。読まれていたようで、片手剣のほうで防御される。片手剣での切り抜けるような胴への一閃は、前進してくるレインごと跳び越える跳躍で回避。背中を向けているレインに斬りかかるが、当たる寸前で今度はレインが飛んで躱した。

 

(羽の展開はなかった)

 

 ならば、相対位置で後ろにいる。そう思い振り返るも、そこには誰もいない。即座に羽を広げたにしても、重力加速度で視界には収まるはず。

 

(どういう―――)

 

「どこ見てるの」

 

 声と共に、胴体に剣を突き立てられる。その直後、胴体が吹っ飛ばされた。HPは残り3割以下。なんとか助かった。軽いパニックのまま、間合いを詰める。離せば、またあの面射撃が飛んでくる。インファイトで押し切る以外、こちらに勝機は無い。

 レインが詠唱を開始。しかし、この距離なら間に合わない。問答無用、斬り捨てるまで。と、レインがバスタードソードを両手で持ってこちらにまっすぐ伸ばした。おそらく、自分が知らないマギア。

 躱すべきか。だがしかし、だ。こんな見え見えのワナを、こいつが仕掛けるか?その一瞬が命取りとなった。カチリ、という小さな音と共に、2人とも吹っ飛ばされた。直後、レインのサウザンドレインが炸裂。レインはなにやら作業をしていて動きはない。が、今度は誘い出しの穴はない。なら、

 

(叩き落とす!)

 

 剣に力を込める。魔法のように判定が極小なわけでも、対物ライフルの弾ほど速いわけでもない。当たるものだけ、当たらないよう逸らせばいい。最小限の動きでパリィし、弾幕が薄くなった頃合いで再び突撃。先ほどの作業の状態は、根元のシリンダーを交換していたようだ。それも終わり、再び真っ向勝負。レインの構えは、向かって左、つまり彼女の右側に剣を構えた、所謂脇構え。となれば、打ちどころは限られる。しかし、もう一度、耳が先ほどと同じカチリという音を拾った。直後、彼女が静止状態からとは思えない加速を見せる。薙ぎを咄嗟に防御して、今度は踏ん張る。受け止めたままボディーブロー、直後に繰り出したバーチカル•アークがクリーンヒットした。逆袈裟に斬り上げて開いた体を利用して、左足で転身脚。左足を下ろして、バーチカルスクエア。と、終わったタイミングで再びカチリという音とともに吹っ飛ばされる。剣技連携(スキルコネクト)の合間をうまく狙われた。使いこなしているからこそ分かる、コンマ数秒の隙を見逃さなかったのだ。そして、至近距離で見せられて、ようやく原理を理解した。

 

(おそらく、シリンダーになんらかの弾丸のようなものが装填されていて、手元にあるトリガーで作動する機構。作動すると、刀身に強力な風魔法かなにかが発生して吹っ飛ばす、って仕組みか・・・!)

 

 さしずめ、魔力放出、といったところか。考えてみれば、数多のファンタジー系作品でよくある、魔力や風魔法の応用での高速移動は、このALOではほとんど見られない。なぜなら、

 

(よく御しきれるな!?一歩間違えば得物ごと自分も吹っ飛ぶぞ!?)

 

 レインも、SAOからのコンバート組。ならば、SAOでおそらく最高レベルを誇った彼女の鍛え上げられたSTRがそれを可能としている。だが、それ以上に、発生する巨大すぎる力をよほどうまく御しきらなければならない。ノームのような大柄の種族でも御し切るのが難しいものを、軽量級に分類されるレプラコーンで御す。技量は推して知るべしだ。

 吹っ飛ばされている間に、レインが突撃してくる。その手元を、剣で強かに叩いた。本当に微かな、ピシリという音。それを聞いて、レインが舌打ちとともにバスタードソードを投げ捨てつつ距離を取る。それこそ、こちらが狙ったこと。素早く構えを取り、ソードスキルを発動。光を見てか、レインがしまった!という顔をするが、もう遅い。

 

「獲った!」

 

 単発重突撃ソードスキル、ヴォーパルストライク。なんとか逸らされたが、それが精一杯。左手で剛直拳を出し、ハウリングオクターブ。剛直拳の長い硬直に、大技が突き刺さり、HPを刈りとった。

 

 

 

(なるほど。考えたな)

 

 控え室で2人の戦いを見ていた俺は、キリトの戦術に感心した。

 確かに、レプラコーンでもある彼女は前線武器庫と言ってもいいほどの武器を持っているだろう。彼女が今回使ったバスタードソード、スティールハーツ以外にも多様な武器がある。が、武器が壊されて、次の武器にスイッチするまでには間がある。そのわずかな間隙を狙ったのだ。もっとも、スティールハーツに限らず、強度的に弱点になりやすい機構部に、的確に強打をプレゼントできるからこそできることであり、誰にでもできることではない。それに、そもそも問題、レインはあのド派手なオリジナル魔法、サウザンドレインに目が行きがちだが、近接戦闘で俺が背中を預けられるレベルの腕前を持つ。サウザンドレインを封印しても十分強敵であることに変わりはない。だが、スティールハーツの機構を見切り、対応し、脆弱性を見抜くその慧眼。恐るべしとしか言いようがない。

 さて、これで、俺の次の相手はキリトかユウキということになった。どちらにせよ、やることは同じ。強いて言えば、ユウキがスピードタイプ、キリトがパワータイプで、少しだけ立ち回りが変わるだけだ。

 

―――さあ、気になる組み合わせは。

 

(一体いつぶりかな。模擬戦以外で、こいつとやりあうのは)

 

―――lotus vs kirito。

 

 キリト。久しぶりの、キリトとの実戦。いかに間合いの外で戦えるかが肝要になるが、お互い札は晒した状態。となれば、苦しいのは、同じ間合いでの技より、より広範な札を持つことが切り札になる俺だ。

 

(ま、負けるつもりはねーけどな)

 

 こちらとしても、なんとかするまでだ。

 

 

「さあ長かったトーナメントもクライマックス!当然ながら今回も豪華なカード!まずはぁぁぁぁ!

 遠距離?なにそれ美味しいの?全部ぶった斬ればいいんでしょ?を地で行く皆さんご存知ブラッキー先生!此度もその剣で斬り捨てることはできるのか!キーーーーリーーーートーーーー!!」

 

 対面からコールを受けて立つは、SAO、そしてこのALOでも最強格。相手にとって、不足なし。

 

「対するはぁ!

対人戦なら最強格!近距離、中距離、遠距離なんでもござれなオールラウンダー!相方の仇、ここで討てるか!ローーーーターーーース!!!」

 

 やることは変わりない。相手の不得意な間合いで、うまくカードを切って戦う。短期決戦ができればいいが、そんな甘い相手ではない。

 

「敵討ち、なんて柄じゃないと思うんだがな」

 

「実際そうだよ。仇を討つとか、そんなのは関係ない。相手が誰だろうと、どんな状況だろうと、目の前の敵は倒す。それだけだ」

 

「ま、あんたはそういう奴だよな」

 

 言いつつ、キリトが抜刀。対する俺は抜かない。手札は伏せる。ある程度バレているとはいえど、どの札が飛んでくるか分からない状況を作ることで、少しでも先手を楽に取る努力はする。

 

 真ん中に閃く“DUEL!!”の文字。その瞬間に、キリトは突っ込んできた。読み通り。おそらく、初手からソードスキルを使うことはない。タイミングを合わせて、踏み込みながら居合で薙ぎ一閃。この攻撃は読まれていたようで、キリトは直前で迎撃行動をした。キリトの拳一閃はあえて吹っ飛ばされることでダメージを最小限に抑える。今のは運が良かっただけだ。

 

(やはり、近接格闘戦だとかなわんな)

 

「イクイップメントチェンジ、セット()()()

 

 間合いを取った状態で、俺が宣言する。それは、俺の十八番の一つである高速武器換装の式句。だが、最後に宣言された番号は、今までのどの番号とも違うもの。そもそも、アローブレイズという武器を持ってから、高速武器換装はほとんど無用の長物になっていたはずだ。弓であり剣であるアローブレイズを持ったことで、弓による中距離戦と剣による近接格闘戦を装備よって切り替える必要がなくなったからだ。パーティ戦においては、どちらかに特化させる目的で使うことはあったが、この場面で使う理由はない。すなわち、

 

「いったいいつから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 新たな武器は、アローブレイズの弓形態のような、和弓の短弓に似たシンプルな形態ではない。洋弓に似た見た目のものだ。つまり、

 

「近距離を得意とする相手へのメタか」

 

「相手の得意分野(土俵)で戦う道理はないだろ?」

 

「確かにな!」

 

 キリトがやってくることに変わりはない。突撃してくるキリトに対し、何発か射るが、すべて叩き落される。予想通り。接近してきたところで、右の逆手で背中にセットした短剣を抜剣、迎撃する。その間に左手の弓を変形させる。変形した後の弓は、刃渡り30cm程度ので反りのない剣―――短剣になった。

 意外と見落とされがちだが、キリトには遠距離以外にも苦手な間合いがある。それが、あいつのメインウェポンたる片手剣の間合いより短い超接近戦。基本的には剣士で、体術はどちらかというと護身術的に扱うキリトに対し、こちらは戦闘の中で積極的に体術を使う。加えて、剣を振るには狭すぎる間合い。間合いに入れなければいいだけの話ではあるのだが、うまく懐に飛び込めばキリトは身動きが取れなくなる。うまく間合いを取ろうとするキリトだが、そうは問屋が卸さない。見切って詰め続ける。超至近距離でのインファイトという、およそ事前の予想とはかけ離れた戦い。短く間合いを取っていては埒があかないと悟ったキリトは大きく間合いを取る。それを見て、詠唱しながら弓に戻す。発動するのはピアシスラインに似た、炎をエンチャントした貫通する矢。だがこれを、キリトは狙いすましたスラントで斬り捨てた。それこそ、俺が狙ったもの。キリトの足元に爆裂矢を打ち込み、ほんの少しだけだがブレイクポイントとする。一気に間合いを詰めてラッシュを叩き込む。だが、大人しくやられるキリトではない。うまく間合いを調節して、合間合間にカウンターを挟む。両方とも少しずつダメージは入って入るものの、これでは千日手だ。

 

(やむをえん、か)

「イクイップメントチェンジ、セット()()()

 

 次の札を切る。これではラチが開かない。切り替わったのは、かつてSAOでサブとして使っていた白波に似た野太刀。しかし、その刀身は赤黒い。銘は、天上天下無双刀。純粋な威力だけなら、ニバンボシを抑えて手持ちでぶっちぎりの最強格。リズ曰く、プレイヤーメイドとしては頂点に立つレベルの代物とのこと。本来なら長過ぎて扱いに困るものだが、そこはそれ。そのリーチの長さを生かすことができるのなら、話は別というものだ。一気に詰め過ぎず、時折体術の間合いまで密着するという戦法で攻め立てる。野太刀の長さと体術の短さの合わせ技という、キリトにとって泣き所の間合いを見計らったチョイスだが、キリトは捌ききるどころかカウンターすらいれてくる。普通は刀のみで制圧できるか、野太刀と体術の間合いの違いに戸惑って削り切れるが、

 

(ここまでしてもなお決め手にならんとは・・・!)

 

 黒の剣士、恐るべし。

 いかに俺でも、鉄を溶断できるほどの炎を纏わせることは不可能。生半可な魔法は斬って捨てられ、大魔法は詠唱完了まで時間がかかりすぎる。なにより、

 

(残存MPからして、大魔法を放てるとしてもあと一発のみ。果たしてどうする)

 

 一応魔法剣士のビルトを組んでいる俺のMPは、純粋なメイジのそれに比べて低い。MPだけなら、おそらくリーファの相棒であったレコンにすら劣る。ならば仕方ない。

 どこか舞うように剣と拳を振るいつつ、口は歌うように詠唱を開始。剣舞の真似事を俺なりにアレンジした、戦闘と並行した詠唱。完了する寸前、俺は大きく下がった。追撃に来るキリトの前に現れたのは巨大な大波。これでは斬り捨てることもままなるまい。予想通り、キリトが飛び上がる。当の俺は波に隠れ、接近する。三歩踏み込み強力な攻撃を見舞う“昇龍斬”をくりだす、が。

 

「珍しいな、ド正攻法の一撃必殺とは」

 

 完全に読まれた。絶妙なスウェイとプレモーションで繰り出されたのは、落下系ソードスキル“ライトニングフォール”。惚れ惚れするほどきれいなクリーンヒットをしたそれは、俺のHPをピッタリ削りきった。

 後から考えれば、あのまま泥仕合のような戦いを続けたほうがまだ勝ち目はあったかもしれない。おそらく、焦りすぎていたのだろう。ランとの戦いで“うつし雨”を使っていたのも仇になったか。まあとにかく、俺らしくない敗戦であった。

 




はい、というわけで。
まずはネタ解説。

レインのバスタードソード(スティールハーツ)
ファンタシースターユニバースシリーズ、ナギサの剣
根元にリボルバーのシリンダーのような機構を備えたバスタードソード。元ネタだと両手剣ですが、ここでは少し小ぶりにしてバスタードソードになってます。バスタードソードはリーファの剣くらいの大きさの西洋剣の総称と思っていただければ大体あってます。シリンダーの交換はAPEXのウィングマンのリロードと似たような感じだと思っていただければ。

魔力放出
Fateシリーズ アルトリア・ペンドラゴン
おそらくこの手のネタは大量にありますが、自分がインスピレーションを受けたのは青セイバーの魔力放出、ひいては風王鉄槌(ストライクエア)です。まあでも、キリトが評している通り、制御しきれなければ得物ごと吹っ飛びます。

ロータスの洋弓
テイルズオブヴェスペリア レイヴンの武器
元ネタの作品にて、いつぞや感想で触れられた「おっさん」こと、レイヴンが使う武器。彼を操作するときには毎回こんな武器なので、具体的にどれがモデル、というのはありません。カテゴリがモデルになっている、というようなものだと思っていただければ。

天上天下無双刀
モンハンシリーズ 大剣→太刀
最初期は太刀というカテゴリ自体がなく、大剣だったのが、のちに太刀カテゴリができたことで太刀となった武器。ちなみに自分はMHWIだと無属性汎用武器として導きの相棒になってました。何が来ても戦えるのでね・・・w

さて、今回は一挙二本立てとなりました。最初は一個ずつ行こうかなと思いましたが、文字数の関係で二本立てになりました。
キリトvsロータスくんはマジでオチを悩みました。まあ戦績的にはもともと五分五分なんでね。今回はこういう幕引きになりました。あと、必要以上の原作改変はしたくない人なので、決勝のマッチアップを考えると結果は変えたくなかったって言うのもあります。
実をいうと二戦目が相当難産でした。近接戦闘でのやりあいっていうのが全然かけなかったんですよね。なまじトリッキーなキャラクターにしただけに、書くのが不可能と断じてこういうことになりました。

さて、次はデュエルトーナメントとしては最後ですね。そのあとデュエルトーナメントのエピローグが入って、その次にもう少し閑話を挟んで物語の本筋に入っていきます。話が進まねえ()

ではまた次回。



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71.弟子の戦い

「普通はあれだけ札を切れば倒せるんだがな」

 

「俺が普通じゃないって言ってるのか?」

 

「魔法をソードスキルでぶった斬れるよーななつを普通とは言わんわい」

 

 至極当然である。俺はエンチャントで少々判定をブーストしているうえに動きの自由度もあるからまだわかる。が、この目の前の男はそういったブーストがない上に動きが固定されてるソードスキルで魔法をぶった斬る。控えめに言って常人ではない。

 

「俺からしたら、そっちも大概尋常とは言い難いがな」

 

「安心しろ、その辺も鑑みたビルトだから。それに、これ、SAOとか別のゲームからコンバートしたからこのステータスだけどさ、そうじゃなかったらステータスだけでも揃えるのは一苦労だし」

 

「ま、とにかく。次、頑張れよ」

 

「ああ!」

 

 互いの健闘を称え合うハイタッチとパフォーマンスを交わして、俺たちは退場した。

 

 

 

 さて、敗者となった俺たちは観客に回ることになったのだが。

 

「あれ、ロータスくん?」

 

「レイン、それにランもか」

 

「ここなら、他人に聞かれたりするリスクは低いですし。」

 

「さあさあさあお立ちあい!短いような長いような、激闘ばかりのデュエルトーナメントもいよいよ決勝戦!!まずはあぁぁ!!

 その腕はALO随一!辻デュエルでは連戦連勝!美しい花には刺がある、その言葉に違いなし!!

 ALO最多連撃OSS保持者!!絶剣!!ユーーーーウーーーキーーーー!!!」

 

 もう一つのブロックは順当にユウキが制したらしい。まあ、ユウキを倒すためには、あの反応速度を掻い潜って攻撃を当て、なおかつ彼女の苛烈極める攻撃を凌ぎ切る技量が必要だ。そんなことができるのは、手の内を知り尽くした双子の姉であるラン、間合いを自在に切り替えて戦う俺やレイン。あとは、

 

「対しますはぁぁぁぁ!!

 皆さんご存知黒尽くめ、弾丸より遅い魔法ならSSでぶった切る脳筋の極み!魔法など惰弱惰弱ゥ!!

 デュエルトーナメントディフェンディングチャンプ、キーーーリーーートーーー!!!」

 

―――近接戦において少なく見積もって互角の戦いができるこのまっくろくろすけくらいのものだ。

 

「ロータスくんはどうみる?この戦い」

 

「お互い脳筋ビルトの純粋なインファイターだが、キリトはSTR-AGI、ユウキはAGI-STR。ユウキがキリトをどう斬り崩すか、またキリトがどう対処するか、ってのは一般論。キリトは投げナイフも使えるから、中距離の間合いを牽制して自分のフィールドに持ち込んでゴリ押せれば有利。ユウキは持ち前の反応速度でキリトのガードを躱して攻撃を叩き込めれば勝ち。どちらにせよ、ある意味では俺たちと同じだ」

 

「より多くの札を温存しつつ決め切るか、ってこと?」

 

「そ。そう見ると、戦い方がある程度割れてるキリトの方が若干分が悪いかな」

 

 キリトの戦い方は、SAO帰還者のみならず、ALOトッププレイヤーでも知っているものは多い。名が売れるということはそれだけ知られるということでもあり、メタを張られやすいということと同義である。数少ない例外は、俺のようにメタを張るだけ馬鹿らしくなるだけの手札を持つ相手か、ユウキのように一気に名を売るなどで、二つ名などだけが先行して有名になりすぎた相手のみ。

 キリトに関しては、二刀流、片手剣での剣術、さらには大まかなステータスバランスまで。対策などいかようにもなる。

 装備を見る限り、キリトはおそらく二刀を使わない。クイックチェンジのMODにしろ、一回メニューを開いて操作する必要があり、そんな悠長な暇をユウキが与えるはずもない。となれば、現時点で一本しか剣を持ってない時点で一刀のみ。二刀流を使えば、ユウキとしてもなかなか難しいところがありそうなものだが、なにか矜持のようなものでもあるのだろう。

 ユウキはいつも通り、に見えるが。

 

「珍しいですね、ユウキが硬くなるとは」

 

「あ、やっぱり?」

 

「ええ。分かりづらいですが、あの子は間違いなく平常心ではありませんね」

 

 姉のランがいうのなら間違いない。具体的には、ほんの少し力みすぎているように見える。

 

「緊張というより、気負いすぎって感じだな」

 

「肩の力が入りすぎてる、ってこと?」

 

「その通り」

 

 前回とは違う、絶対に勝たなくてはならない、という気迫が透けて見える。たしかに、ユウキのようなタイプはそれでもいいかもしれない。だが、相手はキリトであるということよ意味が重い。

 

「キリトは、SAO最終幕で冷静さを欠き負けている。それに、こっちで、俺の対人戦の相手は、キリトであることも結構多い。心は熱く、頭は冷たく。SAOでの一件はもちろん、俺と模擬戦をすることが増えてからはそれを痛感してるはずだ。感情的になれば、動きに感情が乗る。いい方向に働くこともあるが、大体はうまいかない。特に、俺みたいな、相手の感情やらも利用するタイプや、ユウキのように、“なんとなく”で対処しきれちゃうやつ相手にそれをやっちまった日にゃ目も当てられん」

 

「と、なると、比較的冷静に戦えそうなキリト有利?」

 

「んにゃ、一概にそうとも言えん。キリトをして、キリト以上と言わしめた反応速度があるからな。少々気負っててもそれは変わらん。少なくとも見応えある戦いにはなるはずだ」

 

 ビルトこそ違えど、盾なし片手剣の脳筋タイプ。両方ともと模擬戦をやった俺からすれば、どういう戦いになるかはみえている。だがそれは言わないべきだろう。

 

(俺の教えを思い出せよ、二人とも。戦いは―――)

 

 

 

(実際に刃を交える前から始まっている、だったっけか)

 

 それは、対人戦闘の極意として、ロータスが教えたこと。俺自身が、ロータスと対人戦を積み重ね、より昇華させたもの。だが、それはおそらく向こうも同じ。向こうも、ロータスの教え子に変わりはないのだから。

 

 装備から考えられるスタイル。構え。表情や目線、利き手利き足、速攻で思いつくだけでもこれだけある。分かっているつもりだったが、あいつはそれをより高次な次元に昇華させている。騙すのではなく、利用する。まして、一回戦った相手。それを踏まえると、表情が固いように見える。それはおそらく、気負いからくるもの。

 ユウキがテスターをしているメディキュボイドは、ターミナルケアに重点を置いたもの。となれば、おそらく気負いの原因は、ラン、もしくは自身か。

 家族とは最大の追い風にして重荷である、とはよく言ったものだ。()にとってスグ()がここまでの存在かと問われれば、間違いなく違うだろう。剣道をやめた俺の背を追って剣道全国クラスの腕前になったスグにとって俺がそういう存在になることはあるかもしれないが、その逆はない。

―――故に、ただそのあり方は美しく。ある種の羨望すら覚えるものがあった。

 

 しかし。いや、だからこそ。

 

「簡単に負けてやるわけにはいかない」

 

「そうこなくちゃ。今日は、今日だけは、絶対に負けられない!」

 

 カウントダウンは始まっている。その中で、ユウキは音高く抜剣した。やや半身、剣は中段。いわゆる万能型な構え。

 

(まあそれが一番読みづらいわな)

 

 迷ったら定石通り。これも彼の教え。

『よほど奇策が得意というわけでない限り、万能型が一番読みづらく対処しやすいもんだ。だから迷った時は王道や定石通りにすればなんとかなる、ってのは少なくない』

 

 それに対し、俺が取る構えは。

 

「片手上段・・・!?」

 

 どこからか声が聞こえる。それもそうだ、これは隙だらけに見える構えだ。だが、俺は明確な狙いをもってこの構えをとった。

 実は先の構えの教えには続きがある。

 

『奇策ってのは、定石にならなかった理由ってのがあるんだよ。その顕著な例の一つが、脆さだ。ハマれば強いが、外すと極端に弱いギャンブル性。なればこそ、その癖が強すぎるゆえの長所をうまく使えれば、あるいは定石を変えられる、かもしれん。見誤るなよ』

 

 今こそ、それを活かす時だ。ただ剣を持つ手を上にあげただけの、普通に考えれば隙だらけな構え。

 

カウントダウンが終わる寸前、ユウキは腰を落とした。

 

(突き、もしくは斬り上げ系統。定石通り)

 

 俺が思うに、この構えに対する最善解のひとつ。小さめのバックステップを入れ、ギリギリまで引き寄せてからヴォーパル・ストライクで切り抜ける。狙いすまし、直前でソードスキルのプレモーションを起動、タイミングギリギリで発動する。仮に見切れたとしても、普通なら回避できない間合い。長めの硬直が入ると言っても、受ければヴォーパル・ストライクもヴォーパル・ストライクのリーチの長さゆえに反撃も難しい。なにより、初手でソードスキルを切ると言うのもどちらかといえば奇策の部類。

 

(加えて、今のユウキは緊張している。思考が固まって、感覚頼りの戦闘になっている可能性が高い。決まるはず・・・!)

 

 躱すのが難しいギリギリでプレモーションを起動、ソードスキルを発動する。金属質のジェットエンジンを思わせる轟音とともに、キリトの体がカタパルトから射出された戦闘機が如く打ち出される。なんとか反応を間に合わせるあたりは、絶剣の異名をとるだけある。それに、

 

(手応えが軽すぎる・・・!直前で急停止して勢いを殺したのか!)

 

 突進系ソードスキルの、意外と知られていない、というかそもそもできない対処の一つ。突っ込んで来る軌道に合わせバックステップし、わざと吹っ飛ばされる対処法。もっともこれは、ある程度の威力があるソードスキルを的確にパリィすることができる技量があってなせる技。タイミングよく、同軸上にバックステップを合わせ、きっちり威力を軽減した上で、吹っ飛ばされたあとに体制を崩さずきっちり着地なり受け身なりとる必要があるからだ。だが、そこは絶剣とまで称された剣士。やすやすとやってのけた。

 目立ちはしない。傍目から見たら、ユウキがヴォーパル・ストライクでふっ飛ばされたように見えるだろう。だが少し冷静になれば分かる。そもそもヴォーパル・ストライクは突いて斬り抜ける技だ。キリトのSTRを以って、吹っ飛ばされるような状態になるのなら、ユウキのようなダメージディーラータイプのビルトを組んでいれば一撃死すらあり得る。それを2割と少しの減少に留めている時点でお察しである。上位ソードスキルゆえの長い硬直に、カウンターとして繰り出したユウキのラッシュが突き刺さる。キリトのHPは、目算で8割弱、と言ったところか。途中で硬直が抜けパリィしたが、決して少なくないHPを持っていかれた。間合いも開き、これで仕切り直し。

 

(やはり、いつも通りじゃない)

 

 いまのやりとりで確信した。ヴォーパル・ストライクの硬直は決して短いものではない。後出しでソニックリープやレイジスパイクといった、硬直が短めの突進系ソードスキルを切ってもいい場面だ。だがそれでも、ユウキが選んだのは硬直がない、手数重視の連撃だった。確かに、あいつはここぞという時や誘い出しの時を除いて、積極的にソードスキルを使うのを嫌う傾向にある。が、今回はその“ここぞという時”だったはずなのだ。加えて、ユウキの反応速度を鑑みれば、ソニックリープやレイジスパイクなどの短い硬直のソードスキルなら、硬直後の対応も間に合うはず。にもかかわらず、大ダメージを狙わず、確実な連撃をとった。無論、三味線を弾いている可能性もある。が、どこか、より確実な戦い方に固執しているように見えた。ならば敢えて。

 

(賭けに出るのも一興か)

 

 右手の剣を肩に担ぐように、左手は体の横に、軽く握り拳を握って、足は肩幅に。いつもと違う構え方。だが、それに対し、ユウキはあからさまに顔色を変えた。もともとポーカーフェイスが苦手な人柄ではあるが、これはあからさますぎる。それもそうだ、これはまるっきり―――

 

(あいつの構えと同じだからな!)

 

 片手をフリーにして、体術と剣術を織り交ぜるのは、あいつの近接格闘戦における一つの基本形。俺も同じようなことはできる。いつも通りなら、俺は相性が悪い。が、今ならあるいは、と思いついた策だ。

 

『お前の最大の強みにして最大の弱みはそのステバラだ。STR-AGIであるお前は、手数タイプではなく大砲タイプってことになる。当たればデカいが、当てなければ意味がないってことだ。故に、パターン化されていない相手の極みであるPvPにおいて、大砲タイプは適性がない、と俺は思う。対人戦はカスダメを積んでやればそれで勝ちなんだ。でもすばしっこい相手や読みづらい相手は当てることすらままならんからな。

 が、逆を言えば、一発逆転が狙えるってこと。読み誤った瞬間に、お前は負けると思え』

 

 読み誤ったとは思わない。

 ユウキのような、感情が剣に乗るタイプは、乗せてしまえば手に負えないが、こちらの術中に嵌めてしまえばこちらのものだ。生まれた相手の気持ちの揺らぎを、こちらが利用する。

 そのまま突撃する。繰り出すのは無造作な袈裟斬り。ユウキが選択したのは防御ではなくパリィ。だがそこは読んでいる。突撃した勢いのまま、左手でボディーブローを繰り出す。ユウキはその一撃を受けてなお、こちらにカウンターの袈裟を当ててきたが、ボディーブローの一撃は無視できるものではなかったようで、短くない硬直が入る。その一瞬の間に、連撃を積む。その瞬間だった。

 

「硬くなってんじゃねえぞユウキ!!!いつも通りやれ!!!」

 

 観客席から少し過激ともとれる激が飛んできた。瞬間、ユウキが復活して残りの連撃をさばき切った。これでダメージレースはほぼ互角。残り時間は多くない。

 

「ハハハ、師匠に激飛ばされるまで気が付かないなんて。ほんと、なにしてんだろうね、ボク」

 

「なんだよ、今更気が付いたのか」

 

「師匠にいわれなかったら気が付かなかっただろうね。だからさ、―――ここからは、本気で取りに行かせてもらうよ」

 

 その一言とともに、雰囲気ががらりと変わる。いつかのSAOでの、あいつとよく似た雰囲気。

 先に動いたのはユウキ。その剣筋が示す狙いは、胸の中心への突き。サイドステップで躱す。カウンターの斬り上げは読まれていたようで、同じく斬り上げで合わされた。胴体がガラ空きになった瞬間、左手のストレートが飛んできた。逃げられないと判断し防御したが、僅かだが致命的な硬直が入る。一瞬見えた光からして、

 

(剛直拳か!)

 

 他ならぬあいつの十八番(おはこ)剣技連携(スキルコネクト)で剣に灯るは純白の光。なんとか抜けるまでの数発は甘んじて受ける。残りはパリィにかかる。力みが入ったからか、少しだけ連撃の速度が遅い。後半の5発はなんとか間に合った。最後の胸の中心へ放たれる突きは、上空に吹っ飛ばされることでいなした。空中で宙返りして、ソードスキルの硬直で動けないユウキに一撃を与える。それで勝ちだ。

 

 

―――だが。

―――攻撃が当たる寸前、無常にも試合終了のブザーがなった。

 

―――結果は。

 

「負けた、か」

 

「きわどかったけどね」

 

 本当に僅かな差ではあるが、ユウキの与えたダメージが、キリトのそれを上回っていた。

 




はい、というわけで。

ランvsロータスと比べてこの二人の対決の書きやすいこと書きやすいこと。書きやすかったのはやはり二人がシンプルゆえなのでしょうか。主人公コンビがあまりにトリッキーなのもありますが・・・(苦笑
原作でもかなり辛勝だったようなので、こういう形に。これ以上仕上げるのは無理でした。

さて、次はデュエルトーナメントのエピローグを一話挟んで旅行編挟んでからマザーズロザリオ編のオーラスに入ります。相変わらずの牛歩進行ですがお付き合いいただければと思います。

ではまた次回。


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72.真剣勝負の後で

 中央にウィナー表示が出た瞬間、ギャラリーはスタンディングオベーションで激闘を繰り広げた2人を称えた。無論、俺たちもその中に含まれていた。

 

「ユウキおめでとーー!!」

 

 隣でレインが讃える。それに反応してか、少し照れているユウキの右手を、キリトがとって挙げた。その動きに、歓声がさらに高まった。

 

「いやはや、2人とも見事」

 

「そう、ですね・・・!」

 

 少しだけ震えたランの声。見ずとも分かった。

 

「しっかり見てやろうぜ。お前の自慢の妹だろ?」

 

「・・・はいっ!」

 

 きっとランは、いや、藍子はこの光景を目に焼き付けているに違いない。木綿季が、正真正銘自分の力で勝ち取った名誉なのだ。これは、その報酬の一端に過ぎない。

 

「ロータスさん」

 

「ん?」

 

「ありがとう、ございます。本当に」

 

「急にどうしたってんだよ?」

 

「きっとあなたの言葉が無ければ、ユウキは負けていた。あなたのおかげで勝てたようなものです」

 

「そいつぁ買いかぶりってもんだ。最後は明らかにユウキの策だしな」

 

「・・・え?」

 

「あいつ、最後のマザーズ・ロザリオ、()()()()()()()()()()()()()。キリトの反応速度をもってすれば、ブーストで速度を上げたとしてもなお、パリィし切られることも想定に置いてたんだろう。だから、わざと速度を落として、ソードスキルの後半を全部パリィ()()()。仮に最速で撃って凌ぎ切られたら、カウンターで終わりだったからな。時間的にカウンターが間に合わないよう、速度を落として、ダメージレースに持ち込んだ、ってわけだ。いやはや、あんな使い方があるとはな」

 

 システム外スキル、ブースト。その対となる、わざと速度を落とす技。こんな使い方は俺の想定にも入っていない。当然、教えてもいない。これは正真正銘ユウキの策であり、確実に勝つためにユウキが切った最後の札。

 

「急速に進化するあいつに、いずれ俺は勝てなくなるんだろうな」

 

 はっきりと知覚する。今はまだ勝てても、いずれ俺はあいつに勝てなくなる。

 

「―――でも、それは今じゃない」

 

 まだまだ、俺には作れる札がある。より深く使いこなせる札がある。そうそう簡単に負けてはやらない。負けてなるものか。

 

「珍しくやる気だね」

 

「そりゃまあ、あんなもん見せられたらな。ましてや、手札の量を武器にしてるって公言してる俺の前で、俺の考えつかない札を見せられたら、燃えるなってのは無理な相談よ」

 

「と、いうことは、伸びしろはあるということですね」

 

「当然。ユウキにも、キリトにも、俺にも、な。

―――陳腐な言い回しにはなるがな。成長の余地がない、まさしく完璧、なんつーもんが存在したとしてだ。そこにはありとあらゆる想像の余地はないんだよ。常に、なにかしらの穴ってもんが存在する。だからこそ、高みを目指そうと躍起になれる。

 安心しな、ラン。あいつはもう、1人で歩いていけるだけの力がある」

 

「そう、ですね。そのようです」

 

 俺の言葉に、ランは心底安心した声でぽつりと漏らした。

 

 

 もろもろ一段落した後、俺たちはゲーム内でのエギルのバーで打ち上げをしていた。早くもユウキとキリトはお互いが“次は(も)負けない”と張り合っているところを見て、どこか歳の離れた兄妹のようだな、などと感想を抱いた。そんな時に、横にはエリーゼがすと近寄ってきた。

 

「最近モテモテですねー、おにーさん?」

 

「イヤミか?」

 

「まさか。というかむしろ、先輩は今までボッチ過ぎたんですから、ちょっとくらい女難の相があるくらいでちょうどいいってもんです」

 

「女難の相があって嬉しいってやつもそうそういないと思うが?」

 

「誰も彼も寄り付かないよりはマシでしょう。人間は社会的動物ですから。悪名は無名に勝る、ってやつなんですかね?」

 

「別に俺は1人でも一向に構わんがな」

 

「そういうこと言ってるといずれ泣かれますよ?」

 

「すまんがその辺の機微には疎くてな」

 

「ならせめてその辺考えてるようにしてください。手遅れになってからじゃ遅いですからね」

 

「ああ」

 

 それだけ言い残すと、エリーゼはレインの元へ向かった。女同士、積もる話でもあるのだろう。

 

()()()()()()()()()、か)

 

 エリーゼ、いや、永璃ちゃんの言葉は少しチクリと来た。流石の俺も、そこまで朴念仁ではない、と思っている。少なくとも1人、伝聞なんぞ気にせずついて来てくれる相手がいる。その事実に今まで甘えていたのだろう。何より俺は1人でも別に構わない。ついて来るならそれもそれでよしとする。そんなスタンスだったのだ。

―――いい加減、向き合わなきゃならんな。

 心の中で少しだけひとりごちた。

 

 

 それから少しして、俺はユウキに呼び出されていた。もちろん、ALOに、だ。だが、その呼び出された場所に俺は引っかかりを覚えた。その場所が、アインクラッド下層にあるカフェだ。普通ならスリーピングナイツのホームのはずだ。そうではない、ということは、メンバーに聞かれたくないということだろう、と、あたりは付けていた。

 

「あ、来た来た。こっちこっちー!」

 

 待ち合わせ場所にいくと、ユウキは大きく手を振ってきた。その横には、比較的長身痩躯な男性のシルフがいた。

 

「こちらでは初めまして、ですね、ロータスさん」

 

「もしや、倉橋先生ですか?」

 

「ええ。こちらではブリッグスと名乗っています」

 

 丁寧なブリッグスの対応は現実世界での倉橋医師のそれそのままだ。

 

「立ち話もなんです。中に入りましょう」

 

「そうですね」

 

「はーい」

 

 ブリッグスに続く形で、俺たちは店の中に入った。その背中を見ながら、俺は内心でため息をついた。

 

(まったく、無意識にやっちまうってのは本当に考えものだな)

 

 倉橋先生のことを、俺は全くと言っていいほど知らない。それでも、面識がある程度の相手であったとしても、本当に少しの違いですら、俺の観察眼には映ってしまう。まあ、それは呼び出された場所の時点である程度察してはいたわけだが。その分析を覆い隠し、俺は店に入った。

 

 それぞれの注文の品が届いたところで、ブリッグスが静かに切り出した。

 

「さて。単刀直入に言いましょう。

―――ランさん、いや、藍子くんの推定される余命について、です」

 

 その言葉を聞いた時、俺の隣のユウキは少しだけ息を呑んだ。

 

「ロータスさんは、それほど驚かれないのですね」

 

「ある程度予感はしてましたから。感心しない癖だなとは思いますが」

 

「そういえば藍子くんも言ってましたよ。下手な隠し事は出来ないと。

―――藍子くんの余命は、長くて2ヶ月程度だと思われます」

 

 2ヶ月。その言葉を口の中で転がす。少し前に月が変わったことを踏まえると、

 

「本当に春先、ということですか」

 

「はい。残念ながら。・・・すみません」

 

「いや、先生は悪くないよ。これも主の思し召し、って、きっと母さんなら言ってる」

 

「でも、私は藍子くんを救えなかったことを後悔して生きていくと思います。きっと最期まで」

 

「部外者が言うべきではないかもしれませんが、あえて言います。それが現代医学の限界であり、その中で最善を尽くした。そこは誇るべきだと思いますよ。あなた自身が私に言ったように、あなたの選択が正しいのかそうでないのかは、きっと誰にも分からないと思います」

 

 俺の言葉に、倉橋先生は少しほっとした顔を浮かべた。どこか安心したようで、それでいて迷いの残る、微妙な表情だった。と、隣のユウキが静かに口を開いた。

 

「先生。ボクは、先生がどれだけ悩んだのか、少しだけ知ってるつもりです。先生はボク達に、あまりに大きなものをくれました。感謝こそすれど、恨みなんてしません」

 

「・・・でも、私は、」

 

「ボクを助けてくれて、姉ちゃんと一緒に素晴らしい世界を見せてくれた。ただベッドに縛り付けられる生活じゃない、かけがえのないものを」

 

 ユウキの静かな、されど温かみのこもった言葉に、倉橋先生は一言、「ごめん」とだけ呟いて俯いた。静かに嗚咽するその姿を、俺は静かに見つめることしか出来なかった。

 頭の中には、永璃ちゃんの言葉が響いていた。

 

(近いうちに、どこかでキッチリ、ケリつけないとな・・・手遅れになる前に)

 

 果たしてどうしたものか。俺から本当に言い出していいものか。返答するとして、どういう答えを出すべきか。先延ばしにしている時間はもうない。

 

 

 2人と別れた後、俺はフィールドでちょっとした実験をやっていた。この世界での魔法の詠唱は祝詞のようなもので、単語のそれぞれに意味があり、組み合わせて力を発揮する仕組みだ。つまり、うまく単語を文法通りに組み合わせることができれば、新しい魔法を生み出すことも不可能ではない。現に、俺やランが多用するマギアの多くは、新生ALOで編み出された技法、とは古参勢に聞いた。誰か先にやっていそうなものなのだが、そもそも近接戦闘をしながら魔法を使うということ自体相当な難易度で、断念した人がほとんどだったそうだ。それなら、エンチャントを組み合わせた程度で十分、という理由だった。それもそうだ、普通なら物理なら物理、魔法なら魔法で特化させればいい。今の新生ALOでは、物理型でもソードスキルを使って魔法を付与した攻撃ができるようになっている。純魔法特化はその分火力に優れる傾向にあるし、そもそも昔から、魔法職はパーティを組んで真価を発揮する傾向が強く、ALOもその一つだ。そんな器用なことをあくせくして使うより、おとなしくソードスキルを使うか、パーティ組んで純魔法職で火力を上げたほうが効率がいいのだろう。それに、使い手からすれば、詠唱の一部や展開から使ってくるマギアの傾向は、ある程度予想することが可能だと思う。だからこそ、こうして一人で行動することが多い。

 

「精が出ますね。新技の実験ですか?」

 

 だからこそ、こんな風にいきなり声をかけられると、反射で投げナイフを投げてしまう。矢を放った方が威力は高いのだが、即効性も含めた手っ取り早さという点ではナイフのほうが使い勝手がいい。それに、俺の場合、どっちの手でもある程度狙った位置に投げられるし、何なら短いエンチャントでホーミングの真似事も、ある程度は可能だ。投げられた相手はあっさりと叩き落してのけたが、牽制の意味合いが強い速度重視の投擲に対し、即座に反応できる時点で大体予想は付いた。

 

「すまん、反射で投げちまった」

 

「いえ、こちらこそ驚かせてすみません」

 

 そこにいたのはランだった。どうやら、普通にフィールドで見かけて声をかけただけらしい。おそらく彼女も同じようことをしていたのだろう。種族もスタイルも似通っているのなら、特訓場所が似通っていても不思議ではない。

 

「よろしければお付き合いしてもいいですか?」

 

「別に俺は構わんし、なんならありがたいくらいだが・・・いいのか?」

 

「それはどちらかというと私のセリフなんですが・・・手の内を見せることになりますが」

 

「切り札ってのは、見せておくってのも大事なんだぜ?」

 

「なるほど、勉強になります」

 

 そんなことを言いつつ、俺の中では打算が多くを占めていた。先のデュエルトーナメントで、俺の技レパートリーもまだまだ広げられることは、目の前の少女が証明した。その発明者本人と直接共闘できるのであれば、発想のルーツ、その一端を知ることができるかもしれない。俺の心の内を知ってか否か、こちらが飛ばしたパーティ申請を、ランは即決で呑んだ。

 

「じゃ、少しの間よろしく」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 そんな言葉を交わし、俺たちは前に歩を進めた。

 

 もとより、俺が実験場所として選ぶところは、その時に研究しているマギアの特性に大きく依存する。今回実験していたのは中距離の間合いを埋めるマギアだったため、中距離戦を仕掛けてくる敵が多い場所だ。俺が開発した中距離での間合いのマギアの多くは、基本的に森など、射線を切りやすい場所での使い勝手を重視している。それゆえに、複雑な軌道だったり大技であったりというものはレパートリーとしては少ない。対して、ランがデュエルトーナメントで使ってきたマギアの多くは、俺が開発を渋っていた大技系など、閉所空間では使い勝手が極端に落ちるものばかりだった。使い勝手重視の俺に対し、一撃で戦況を変えるランといったところか。俺は燃費重視で、とにかく多くの手札を切ることを重視するのに対し、ランは少ない手札を生かし切って、一撃で戦況を変える。究極の一と無限の手札、現状は俺のほうが強いが、いつひっくり返ってもおかしくない。研究材料としてのみならず、相手にとっても、相棒としても不足はない。この組み合わせだと、前で支えることは俺のほうが上をいく。回復術をあまり習得していない俺に対し、回復も含めた支援能力に長けたランを後ろに置いた方が安定するからだ。俺が遠距離からまず仕掛け、ランが起点を作り、俺が最後ダメ押しして終わる。その繰り返しだ。

 

「右の弓使いロー!」

 

「とどめさします!」

 

「頼んだ!」

 

 まあこんな具合で、ある程度情報がそろえばこのくらいの連携は即席でも組める。加えて、エリーゼやアルゴといった情報を多く持つプレイヤーが知り合いにいるというのも大きい。情報がなければ死ぬ、それはおそらく大体の事象において共通する事項だ。そして、情報に対応する手札という点において、この組み合わせ以上に最大効率をたたき出せるデュオはそうそうおるまい。

 

「倒しました!」

 

「こっちも終わった。おつかれー」

 

「お疲れ様です」

 

 ポリゴンを背中に、お互いの働きをねぎらう。一人より二人のほうが効率は上がる。もちろん、特に言葉を交わさなくとも阿吽の呼吸でお互いのフォローに入ることができるレイン相手のようにはいかないのだが、それはレインが特別なだけだ。戦闘スタイルが似ている時点で、ある程度お互いの動きも読める。しかもフォローも文句のないものだった。自分が削った後に、確実に一枚落としていってくれるのは大きい。サシの勝負なら俺はそうそう負けないし、集団戦でもある程度なら十分粘れる。ソロだと勝てないかもしれないと踏んだら玉砕覚悟で突っ込んでいくのだが、デュオなら粘っていれば相方が倒してくれる。どの敵を優先して攻撃すればいいかだけの連携だけでどうにかなるのは大きい。

 

「そういえばロータスさん、少しお話があるのですが」

 

「ん?」

 

「今度、あのプローブを使って、アスナさんたちと旅行に行こうという話が出ていまして。いっしょに行けませんか?」

 

「ん-・・・行きたいのはやまやまだが、俺も仕事があるしなぁ・・・」

 

「そう、ですか・・・」

 

 明らかにしょんぼりするランに、俺は少しの罪悪感を覚えた。

 

「まあ、でも、アスナたちってことはほとんど未成年なわけだよな・・・さすがに未成年の女子だけで旅行ってのもリスキーだし、かといって下手な人選だと純粋に旅行を楽しめないしなあ・・・」

 

 その言葉に、ランの顔が少し明るくなる。

 

「まあ、こっちでもいろいろ策を考えてみるよ。見習いみたいなものとはいえ教職についてる以上、保護者を伴わない生徒だけの旅行ってのは注意せざるを得んからな」

 

 これは本音だ。だが、はてさてどうしたものか。とにかく、あれこれ手を考えてみるほかあるまい。ある程度の算段を頭の中で立てつつ、俺たちはもう少し進むことにした。

 




はい、というわけで。

デュエルトーナメントが終わった後には少しシリアスな話を挟ませていただきました。
というか、こういう話を挟まないと、自分のことだから終わらないので苦笑

ランとの関係はうまいこと書けないので、こういう形に。
ちなみに、物語中に出てくる「ロー!」というのは、HPをある程度削って瀕死状態を指します。瀕死だからそっちから倒そう、って感じですね。

さて、次はアスナたちの旅行話がらみから始まります。
もう間もなく終わりますが、マザーズロザリオ編、引き続きよろしくお願いします。

ではまた次回。


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73.楽しい時間は

 ランにああは言ったものの、そうそう当てなんてあるわけもなく、はてさてどうしたものか、と考えていきついた結果。

 

「こうして、私を頼った、と」

 

「いやはやお説の通り。面目ない」

 

 俺の返答に、永璃ちゃんはなんとも言えないため息をついた。彼女なら、同性なうえに、結城たちと面識もある。加えて、ギリギリといえど成人しているとくれば、この上ない適役だった。

 

「まあいいけどね。明日奈ちゃんからも同じような頼み事引き受けてたし」

 

「そうか。ま、よく考えてみれば、結城がそこまで考えてないはずもない、か」

 

「そういうこと。もうちょっと生徒を信用してあげなさいよ、天川先生?」

 

「肝に銘じとく」

 

 どうも人生ソロプレイヤーからすると、その辺の発想が甘いらしい。しかもそれを、年下である永璃ちゃんに指摘されるまで気がつかないとは。

 

「人間観察は得意なのに、人を信じるのは苦手っていうのも、どこかちぐはぐな気はするけど・・・ま、それが先輩か」

 

「ひでぇ言い草だな、と言いたいところだが何も言えねえな」

 

 ゆっくりとコーヒーカップを傾ける。と、ここで一つ疑問が浮かぶ。が、それはすぐ解決した。

 

「あ、旅費とかは明日奈ちゃんのお母さんが負担してくれるって」

 

「ほう、それはなんつーか、意外だな」

 

「そう?」

 

「ティーンエイジャーの娘と友達が旅行に行く、ってのに賛成するかな、と思ってたもんでな。実際会った感じ、話は分かるけど堅物な印象だったし」

 

「むしろ父親の方が反対してたけど味方についてくれたくらいらしいわよ。年頃の娘らしいことが今まであまりなかったから、って」

 

「あー、それは分かるかもしれん。今でこそああだが、初期のアスナとか、ザ・堅物だったからな」

 

「あー、ちらっと聞いた。和人くんとも衝突してたんだっけ?」

 

「そーそー。なんだかんだでコンビ組むようになって、徐々に軟化してった感じ。今にして思うと、あの時既にバーサーカー気質あったな」

 

「本人に言おうか?それ」

 

「反論されたら、初対面だったときに予備武器と最低限の回復と寝具だけでダンジョン潜りっぱなしなんて時点でかなりイカれ判定だって言っといて」

 

「・・・なんか、全く想像つかないんだけど」

 

「あの時のアスナと今のアスナを同一人物視しない方がいいんじゃないかと思うくらい別人だったぜ?」

 

 これは偽らざる本音だ。どこであの堅物がほだされたのかわからないが、とんでもないお嬢さんだ、というのが俺の第一印象だ。

 

「・・・ますます想像つかないわ」

 

「やけっぱちっていうか捨て鉢っていうか、それとバーサーカーを足して2で割らない感じだな」

 

「よく助けたね?死にたいなら勝手にしろ、くらい言いそうなもんだけど」

 

「目の前で死なれても寝覚めが悪いからな」

 

 これもまた事実。こういってはなんだが、助けた理由は、気紛れとその場に居合わせたキリトとの意見の一致以外の何物でもない。後悔はしていないし、ああなってくれたのはいい傾向だと思う。

 俺のその言葉に、永璃ちゃんは少しだけ笑った

 

「・・・んだよ」

 

「いーや?やっぱりなんだかんだ言っていい人だなーって」

 

「そんなこというのはお前だけだよ」

 

「その台詞を言うべき相手は他にいるんじゃない?」

 

「―――そうだな」

 

 いい加減、向き合わにゃダメだよな。

 心の中で静かにひとりごちた。

 

 

 さて、旅行の間、当然と言えば当然だが、寝る間やお風呂の間はスリーピングナイツのメンバーは仮想世界にいることになる。その間は、できるだけ同行できなかった面々が話し相手になることにしていた。

 

「京都なんて久しく行っていなかったんですが、やはりいいですね」

 

「そうなの?なんか地味だなーって思っちゃったんだけど」

 

「ああいうのは趣がある、っていうんだよ。年取ってくるとああいうのの良さがわかる」

 

「ジジくさい」

 

「ほっとけ。というか、シウネーは京都に行ったことあったんだな」

 

「こちらに来て少しした時、友人に連れていってもらったんです。日本の歴史を学ぶためにうってつけだと」

 

「そりゃそうだな。東京、古い言い方だと江戸は、現代でいうウォール街のようなもんで、古さや歴史でいえば京都や奈良のほうが深い」

 

「その友人も似たようなことを言っていました。さしずめ、アメリカにおけるフィラデルフィアのようなものだと」

 

「なかなか言い得て妙だな」

 

「フィラデル・・・?」

 

「フィラデルフィア。アメリカ独立宣言の地だ。今でも、アメリカの歴史にまつわるものがたくさんある都市だな。歴史の勉強が足りんぞ若人よ」

 

 どうやらフィラデルフィアが分からなかったらしいユウキに対し補足を入れつつ、先を目顔で促した。

 

「解説されると、昔の人は本当にすごいとつくづく思いますね。五重塔の建築理論には驚かされました」

 

「あー、あれな。地震の多い日本人ならではだよなあ、ああいう発想」

 

「あれを、コンピューターなど一切ない時代にやるというのは、本当にすごいです」

 

「なー。いったいどういう発想だったんだろうなぁ」

 

「それに、そういった建物の周りに近代的な建物は少なく、近代化された建物の区画と歴史的な区画がはっきり分かれているのも印象的でした」

 

「あー、あれは条例だったかで規制されてるんだよ。景観を壊さないように、ってな。だからコンビニとか自販機も、景観を壊さないようなデザインになってるはずだ」

 

「ですね。なので、統一感がある。奇妙なちぐはぐさがない」

 

「和を以て貴しとなす、ってやつだな。現代まで生き続ける精神だ」

 

「信心が浅い人も、どこか背筋が伸びるというか、そういう雰囲気がありますよね。神々しいっていうか、厳かっていうか」

 

「だな。日本人としてうれしいよ」

 

「京都ならここ行っておいた方がいい、って場所ってほかにある?」

 

「んー・・・多すぎて一概には言えないな。清水寺とかメジャーどころは抑えてると思うし・・・。多分アスナならその辺しっかりしてるんじゃないかな」

 

「なんか、アスナって本当にお姉ちゃん気質だよね」

 

「アスナ自身は妹らしいがな」

 

「え、そうなの!?」

 

「あ・・・プライベートな情報だから言わないでほしいんだが。兄貴がいるらしい」

 

「会ってみたいなあ」

 

「すでに社会人かもしれないし、そうでなくても忙しい可能性は高いがな」

 

 あぶねえうっかり口滑らした。俺にとっては、生徒の情報だからまあ把握していて当然なわけだが、一般的にはリアルのプライベートにかかわるもの。本来漏らしてはいけない情報だ。まあ、アスナがそういう家庭ってことを知れば、そこからレクトの社長一家、なんて調べればわかることではあるが。

 と、内心冷や汗ダラダラ状態の俺をよそに、ユウキが明るい声を上げた。

 

「そうそう、アスナがね、こっちで京都の料理、できる範囲で再現してくれるって!」

 

「マジか。アスナならやれそうだな」

 

「本気でやりそうなあたりがアスナさんらしいですね」

 

「やるとなったらとことんガチるタイプだからな」

 

「楽しみにしていましょうか」

 

「そうだな」

 

 料理スキルカンストな上に、SAO時代に味覚エンジンの解析という荒業を成し遂げた彼女のことだ。ここでも素材さえ集まればやれるだろう。

 

「必要な素材リストアップしてくれたら協力するかね」

 

「ロータスさんも手伝ってくれるんですか?」

 

「そりゃもちろん。俺も興味あるしな、本家本場の味ってやつ」

 

 ランの言葉に返答はしたものの、ある程度見当はつく。京都の料理といえば純和食、代表的なものといえば湯葉などだろう。となれば、香草類など、あまり香りの強いものはないはず。同様に、肉類はあっても鶏肉くらいで、牛や豚もおそらくない。問題は、

 

「どこから料理作るかなんだよな」

 

「素材のお話ですか?」

 

「そそ。原材料から再現するのか、ある程度食感や味覚が似てるもので代用するか。ま、アスナなら前者な気がするがな」

 

「それは、なぜ?」

 

「さっきも言ったが、ガチるとなったらとことんガチるんだよあいつは。なにせ、SAO時代に味覚エンジンの解析をした女だぞ?調理エンジンの解析くらい、副産物でデータ化されていてもおかしくない」

 

 おかしくない、とは言ったものの、やっていて当然かもしれない。

 俺は感覚と経験で、なんとなくこんな感じ、というものはある。が、それは俺が、SAOでオレンジの期間が極めて長く、碌な調理場どころか、ショップすらも使うことのない、野戦が基本であったが故のことでもある。極論、腹が満たされればそれでいいのだが、味がいいのならそれに越したことはない。フルマニュアルでならスキルなしでもある程度はなんとかなる、と見つけてから、自分で簡単な料理をするようになっていた。その過程で、フルマニュアルの調理エンジンの解析というのはやってしまった。俺が必要に迫られてフルマニュアルでの解析を行なったように、アスナも同じように、味覚エンジンの解析過程において、必要だったからという理由で調理エンジンの解析もやっている可能性は大いにありうることだ。

 

「やれるものなのですか?」

 

「やる気になれば、な。恐ろしく面倒であるのに変わりはないと思うが」

 

「しかし、不可能ではない、と」

 

「そーいうこった」

 

 もともと地頭がいいアスナのことだ、やる気になれば、能力的には十分可能だろう。意欲も、あの性格を考えれば十二分。

―――問題は。

 

()()()()()()()()、だな)

 

 口に出すことはしない。が、アスナもそれは承知の上だろう。それは、無論俺のことも、だ。

 そんなことを思いつつ、目線をさりげなくランに移す。この中で、おそらくランはリアルの()()がもっとも悪い部類に入るはずだ。

 

「さて、今日はこのくらいでお開きにしようか。そろそろアスナたちも風呂から出てくるだろうし、ゆっくり寝ておかないと旅路に差し障る」

 

「そう、ですね」

 

「えー?まだまだ話し足りないよー!」

 

「わがままを言うんじゃありません。明日眠くなっても知らないですよ?」

 

「それは・・・困る」

 

「なら寝ろ。んでもってたっぷり、しっかり見てこい。話なら、帰ってきてからでも、いくらでも聞いてやるから」

 

 俺とランが宥めすかしたことで、ユウキも静かになった。それにつられるように、他の面々も静かになる。

 

「では、私たちはこれで」

 

「おう、おつかれさん」

 

 本音を言えば、ゆっくり寝ろよ、とでも言いたい。が、その言葉を口にする勇気は、俺にはなかった。

 

 

 それから数日後、俺はアスナに呼び出された。傭兵として仕事を依頼したい、と言われた時点でなんとなく察しはついていたから、合流してすぐに要件を切り出した。

 

「ユウキたちとの約束か?」

 

「うん。もしかして知ってた?」

 

「本人から聞いた。で、どこから作るんだ?小麦から?」

 

「小麦が原材料にあればやってもよかったかも」

 

「ってことは、原材料から作るのか?」

 

「いや、ある程度似ているもので代用するつもり。本当は完全に再現したいんだけど、時間がないから」

 

「あー・・・」

 

 タイムリミットまで長くない以上、手間をかけすぎるのもよくない。それはアスナ自身が百も承知だったようだ。というか、

 

「時間があれば、って話か」

 

「それはもちろん。で、うってつけの協力相手がいるとなれば、人手を使うのは当然でしょう?」

 

「道理だな。で、アイテムの共有はどうする?俺の共有タブはフカと繋いでるから、できれば解除したくないんだが」

 

「それについては、私専用のボックスがあるから大丈夫。そっちに入れてもらえばいいわ」

 

「なら俺側からは入れるだけ状態の設定にしてるってことだな?」

 

「厳密には、私以外取り出せない状態になってる、と言った方が適切ね」

 

「OK、了解した」

 

 まあ確かにそうなっていても不思議ではない。アスナとキリトはSAOの時から、結婚システムを使ってストレージの共有化を行っていた。が、それはつまり、衣類なども一緒くたになるということと同義なわけで。親しき中にも礼儀ありというか、さすがに下着とかまで見られたいとは思わないだろう。となれば、それぞれ専用のストレージがあっても不思議ではない。そうなれば、必然的に個々人専用の外部ストレージになるわけで。だが、片方が入れることも不可能な状態では、それはそれで不便だろう。保存はできるが取り出しはできない状態にしておけば、その辺も解決する。

 

「で、どいつをぶっ殺せばいいんだ?」

 

「あ、それについてはこのリストを見て頂戴。ある程度はこっちで受け持つから、とりあえずはそのリストにある分で十分」

 

 そういわれて手渡された羊皮紙には、きっちりとリストアップされた原材料リスト。アスナらしいというか、かっちりと分量も書いてある。しかもこれは、

 

「基本的に深夜帯に出没する奴をやればいいってことか」

 

「そういうこと。お昼はこっちでなんとかする」

 

「さすが、その辺はしっかりしてんねぇ」

 

 要は彼女らと俺とでインできる時間が違うことからの配慮だろう。ちゃんと持ち回りのメリットを生かし切る采配ができるあたりは流石元血盟騎士団副団長といったとことか。

 

「ん、今ポップするやつもいるな。じゃ、早速行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

 そういって、ある程度マップの状況を確認したところでアスナから声がかかる。

 

「そういえば、ランさんとはどうするつもりなの?」

 

「・・・痛いとこついてくんね、お嬢さん」

 

「つまり、まだ決めかねてると」

 

「まあ、な。どう向かい合ったらいいかわからんのよ。好意を向けられた経験があまりに少ないもんでね」

 

 本気でどうすればいいのか分からないのが本音だ。レインとの関係が今なお曖昧なままのように。

―――彼女が、いや、彼女()()が抱いているであろう想いに、どう向かい合えばいいのか。

 

「なにかしらでトリガーがあれば吹っ切れるかもしれんが、このまま有耶無耶になるかもしれんな」

 

「・・・本当にどうすればいいのか分かっていないのね」

 

「分かってりゃあ苦労はせん」

 

 案外、待つのが正解かもしれない。だが、“期限”を考えると、そうのんびりと構えるわけにもいかない。かといって、こちらからアクションを起こしたところで、という感覚もある。とりあえずは様子見が安定か。

 

「まあ、そんなのは置いといて、行ってくる。サクッと一定数集めてくるわ」

 

「お願いします」

 

 それだけ言い残すと、俺は拠点を後にした。

 




はい、というわけで。

今回はお料理回でした。そういえば、旅行中ってお風呂の間とかはスリーピングナイツのみんなってなにしてるんだろ、って思ったのが始まりでした。で、そういうときって誰かにそういう話したくなるのでは?と思いこんな感じに。

後半はロータスくんの傭兵業のお話のつもりです。そういえば、ロータス君って仮にも傭兵って設定なのにその手の話書いてないなー、ということで。まあ、ざっくりとしたお話なわけですが。本来なら、ここの報酬が金銭的なお話になることが多いです。今回は一緒に手料理振るまってくれる、というのが報酬に当たりますね。

さて、こんな流れですが、あと二話でマザーズロザリオ編はラストとなります。そのため、去年同様、次の更新は12/20の午前0時です。
一気に急展開みたくなりますが、まあその辺はいつもの自分ということで大目に見ていただければと思います()

ではまた次回。


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74.えてして、すぐ終わってしまうもので。

 それから数日で、順調に素材も集まり、レシピもしっかりまとまった。そのタイミングで、スリーピングナイツと俺を集めて食事会が開かれる運びになった。正直、ここまで早くレシピが仕上がるとは思えなかったが、少々の出費は覚悟で、俺も含めて複数の傭兵ギルドに素材集めを依頼して、自身はレシピ研究に徹していたようだ。流石はSAO時代に味覚エンジンの解析をやってのけた才媛、同一のエンジンが使われているALOでもその才覚は健在だったらしい。素材が集まるのが先か、レシピが完成するのが先か、といった度合いで完成したらしい。もはやさすがと言うほかない。

 そのレシピが完成されたという連絡を受け、俺たちはアスナたちのホームにやってきた。

 

「はい、おまたせ」

 

「おお・・・!」

 

「すごい、見た目まできれい・・・!」

 

「そりゃ、そこまでこだわりましたからね!」

 

 ふんすと胸を張るアスナに、ただ俺は感心するしかなかった。箸を手に取り、いったん合掌してから口に運ぶ。口に広がる優しい風味は、まさに京料理のそれだった。

 

「うまいな・・・!」

 

「優しい味ですね・・・。どこかほっとするような」

 

「濃い味付けなわけじゃないのに、ちゃんと口に残る・・・不思議だねぇ」

 

「口にあったようでうれしいわ」

 

 嬉しそうにするアスナをしり目に、俺たちは個々人に用意された分に次々に箸を伸ばす。会話がほとんど発生せず、ただ淡々と食べ進める風景は、いつものスリーピングナイツとは違う光景だったが、この味ならそれも納得だ。歓声が上がるとか、そういうものではない。ただ静かに、ゆっくりと素材の味を楽しみたくなってしまう。そういった類の料理だった。

 そんな調子だったのもあり、すぐに出された料理は無くなってしまった。

 

「ごちそうさまでした」

 

「おそまつさま。どうかしら?」

 

「普段、少し味付けが濃いものを食べていただけに、非常に新鮮でした。素朴に、素材の味をそのまま生かした料理というのもいいですね」

 

「肉もいいけど、こういうのもなかなかいいよなぁ」

 

 ほかのメンバーにもかなり好評だったようだ。実際その通りで、味のみならず、見た目、食感、どれをとっても、かなりの精度で再現されていたように思える。

 

「アスナさん、こんな特技があったんですね」

 

「まあ、ね。SAOだと、最初のほうのNPCショップの味付けが微妙だったから、自分で作るようになったらのめりこんじゃって」

 

「で、挙句の果てに調味料一式まで再現できたんだっけ?」

 

「メジャーどころはなんとかね」

 

「なんとか、って、それだけでも十分偉業ですよ!?」

 

「いやいや、これくらいなら研究すれば行けるわよ。ロータスくんやランさんだって、マギアの研究をしたりするだけでしょ?方向性が違うだけ」

 

「方向性が違うだけって話でもねーとおもうんだけど・・・」

 

 ノリのツッコミは至極まっとうなもので、隣にいるタルケン、テッチ、ジュンも無言で頷いた。

 

「そもそも、ランねーさんだって、マギアの研究するとき相当苦労してた覚えがあるぜ?ロータスさんに放ったあの水魔法だって、どれも数日かかってなんとか形にしたものばかりだし」

 

「あぁ、道理で。狙いも威力も絶妙だと思った」

 

「僕も何度か受けましたが、最初の命中率はあまりよくなかったですね」

 

「だろうな。むしろアレを一発で成功させれたらたまったもんじゃないわ。俺でもうまくいくかわからないっていうのに」

 

 まあでもそれでも何とか返すことができたのはひとえに経験値だ。対人経験があったからこそ、“なんか危ない”という直感がすぐに働かせることができた。

 

「そんなのはともかく、非常においしい料理でした。今度は現実世界でも食べてみたいですね」

 

「それまあ、自分たちで何とかしてくれ、としか言えんな」

 

「そうね。それに、本場の本物を自分の目で見てほしいし。私は、まあ、ある程度見慣れたって言うか、そういうところもあるけど」

 

「お父さんの実家が京都なんだっけか」

 

「そうね」

 

 決して嫌味ではなく、そういう機会に訪れることも何回かあったのだろう。結城本家は結構由緒正しい家のようなので、アスナ本人はあまりいい思い出はないかもしれないが。

 

「まあ、それは私たちでなんとかします。今日はありがとうございました」

 

「全然大丈夫!またこういうことしてほしい、みたいなことがあったらどんどん言ってね!」

 

「それについては同感だ。特に俺なんかは、仮にも傭兵って肩書名乗ってるわけだからな。頼ってもらってナンボってもんだ」

 

「ありがと!じゃあ、そういうことがあればまたよろしく!」

 

 そういって、スリーピングナイツの面々は席を立った。満足してもらえて何より、といったところだ。

 

 

 

 それから少しして、俺はスリーピングナイツに雇われた。スリーピングナイツでやりたいクエストをやりたいと思ったが、ランの体調が思わしくなく、代役として俺が雇われた、という形のようだ。こちらとしても却下する理由はなく、引き受けることになった。

 俺が待ち合せの場所に到着すると、ランを除いたスリーピングナイツの面々が勢ぞろいしていた。その表情を見て、俺はある程度察した。が、あえて顔と口には出さなかった。

 

「悪い、待たせたみたいだな」

 

「いや、そんなに待ってないから気にしなくていいよ。じゃ、行こうか」

 

 そういって、ユウキはくるりと背を向けて先陣を切る。本来、俺は前衛をこなしつつ、攻撃的な後衛にも入り、全体的に火力の底上げを図るスタイル。ユウキという絶対的ともいえる前衛がいるスリーピングナイツにおいて、俺の役目はおそらく火力支援程度だろう。それに、先にユウキにも言った通り、本来スリーピングナイツに協力するのなら、俺のような純粋なアタッカー型より、バフやヒールを使いつつ支援するタイプのほうが効果的だ。それでもこの振る舞い。

 

「ユウキ。死に急ぐなよ」

 

「わかってるって」

 

 背中からかけられた俺の声に、ユウキは振り向かずに答える。その反応を見て、俺は自身の推察がおそらく間違っていないであろうと確信を抱いた。

 

(おそらくランがらみだな。・・・まったく、この小娘は)

 

 いつ来るかわからない最期に向けて、自分のできる最大の姉孝行をしたいとでも考えたのだろう。なら素直にそういえばいいのに。意外と聡いユウキのことだ、おそらく俺なら気づいていても黙っていてくれると思ったに違いない。そちらの方が気楽だ、とも。

 

「まあ、察しているとは思いますが、よろしくお願いします」

 

「つーことは、やっぱり?」

 

「ええ。私たちも、クエストに協力してほしい、としか」

 

「まったく、いらん気をまわしよってからに、あの小娘め」

 

「まあまあ。たった一人の肉親ですから」

 

「それもそうか」

 

 小声で、同じく最後衛のシウネーと話す。やはり、シウネーは気づいていたらしい。しかし、下手に口外する理由もない。ここはおとなしくクエストに協力することにした。

 

 今回のクエストは、森の中にいる神、フレイヤから依頼を受け、森の中に巣食ってしまった毒を浴び、狂暴化し、植物を食らうようになってしまった植物モンスターのみを倒す、というものだった。ある程度狩ったところでフレイヤに報告に向かい、次の標的がいる場所に向かい、倒し・・・と、いうことを繰り返してほしい、とのことだった。

 俺のポジションは、やはりというかシウネーの護衛も兼ねた、殿での後方警戒と、後衛からの火力支援だった。いくらユウキが一騎当千の強者とはいえ、あまりユウキだけに負担をかけるわけにもいかない。ゆえに、ジュンやタルケンも前衛に出るが、やはりユウキには一歩劣る。そこを、俺が後ろから射貫く、といった格好だ。登場した敵Mobは主に、植物をかたどったものが多く、その多くが花をモチーフにしたと思われるものばかりだった。サラマンダーであるジュンが新たに会得していた、火属性のエンチャントで切り込んだところに、ほかのメンバーが切り込んでいくことで、道中はすんなりと進んだ。

 

 何度目かのフレイヤへの報告で、フレイヤは静かに告げた。

 

「森に平穏が再び訪れたようです。感謝します、妖精の戦士たちよ」

 

「いえいえ、こちらとしてもいきがかりだったもので」

 

「お礼として、ささやかではありますが、こちらをお受け取りください」

 

 フレイヤはそういって、指を軽く振った。その瞬間、全員にメニューが表示された。俺のメニューには、クエスト報酬として「グラシアスの花束」というものが贈られた、というアナウンスが表示された。

 

「みなさまにお贈りしたのはグラシアスの花束。ここから遠い地方では、その花束を感謝の気持ちとして贈り物にするそうです。今回、この働きに対して、私から皆様への感謝の気持ちとしていただければ幸いです」

 

「ありがとう、フレイヤさん」

 

「いえ。それに―――」

 

 そこで言葉を区切り、フレイヤは俺のほうを見た。

 

「あなたには、同胞もお世話になったようですし」

 

「あれに関しちゃ、いわゆる利害の一致ってやつだ。礼を言われる筋合いはないよ。当の本人から、ありがたい贈り物ももらってるしな」

 

「それでも、です。トールが認めた戦士など、そうはいません。頼りにさせていただきます」

 

「そこまでいわれちゃ、期待に応えないわけにゃいかないな」

 

 少し諦めを含んだ声音で肩をすくめる。

 

「では、また会うときまで、一旦はさよなら、と言わせていただきます」

 

「うん、またね」

 

 そういって、ユウキはフレイヤに背を向けた。その花束は、本来手に持っておくべきものなのだろう。でも、そのアイテムの名前の名前こそ、ユウキにとっては大きな意味を持つことを、俺は分かっていた。

 

「ランがまた戻ってきたら、渡してやろうな」

 

「そうだね」

 

 ユウキに優しく声をかけた。それにこたえるユウキの声は、落ち着いていた。

 

 

 

 さらに数日後。俺は家で仕事の準備をしていた。軽めに資料を調べ、頭の中で、大まかな授業の流れや、授業で使うレジュメの方向性を決めていた。その時、俺の携帯がメールを告げた。その文面を見た瞬間に、俺は椅子を倒して立ち上がった。直後、俺は叫ぶように指示を飛ばした。

 

「ストレア!結城・・・アスナにコール!」

 

『OK!』

 

 打って響く応答と、続くコール音。通話はほどなくつながった。

 

『もしもし?』

 

「あ、結城か?天川だ。メール届いたか?」

 

『ええ。こちらも準備しているところで―――』

 

「ちょうどいい。家で待ってろ。俺も速攻で身支度して迎えに行く。車のほうが早いはずだ」

 

『わかりました。お願いします』

 

「頼まれた。じゃあ切るぞ」

 

『ええ、また後で』

 

 通話が切れた瞬間に、俺は即座に行動を開始した。簡単な身支度を素早く整える。少々乱暴に自分のアミュスフィアをケーブルごと引っこ抜くと、すぐに車へ向かった。車に乗り込み、エンジンをかける。

 

『結城邸にポイントしたよ!案内するね!』

 

「おう、頼んだ!」

 

 慌てず急いで、俺は車を飛ばした。

―――携帯の画面には、倉橋医師から届いた、藍子の容態が急変した一報の文面が表示されていた。

 

 

 

 結城を連れ、病院に到着する。結城は先にエントランスで降ろし、俺はできる限り早く駐車を済ませる。そのあとは走って、メディキュボイドのあるクリーンルームへと向かう。病院の中でいい年をした大人が走っているとなれば、咎めるような目を向けられもしたが、今は構っていられない。

 クリーンルームの扉は開かれていた。それはつまり、その必要がなくなった、ということと同義である。それだけ、木綿季の容態が回復している、ということと同時に、藍子が今際の際にいるということであると、すぐに察した。

 

「倉橋先生・・・っ!」

 

「天川さん・・・よかった、間に合ってくれましたか」

 

「なんとか」

 

 結城も隣にいた。藍子のメディキュボイドはすでに機能を停止していることは、素人目で見ても明らかだった。

 

「藍子さんは・・・?」

 

「もうこれ以上持ちません。いつどうなっても不思議ではない状態です。・・・手を握ってあげてください。感覚はまだ生きているはずです」

 

 感覚()まだ生きている。その言葉の意味を、俺は正確に理解した。ゆったりと、あまりに細すぎる手を俺は取った。必死に握り返そうとするその筋肉の動きが、俺の手から伝わってきた。少し目を閉じ、俺はゆっくりと口を開いた。

 

「倉橋先生。メディキュボイドを稼働させることは可能ですか?」

 

「・・・可能です。隣の部屋は今、無人のはずです」

 

「ありがとうございます」

 

 俺の意図を正確に理解した倉橋先生に、俺はただ感謝の念を告げた。

 

「藍子、いや、()()。あの木の下で待ちあわせよう」

 

 それだけ言い残すと、俺は手を離した。結城も、それに続いてくれた。

 

 

 持ち込んだ私物のアミュスフィアの設定を手早く済ませる。ログインすると、即座に俺は待ち合わせ場所に飛んだ。これでも、ALO随一の飛行速度を持つプレイヤーの一人だ。その全力飛行を以てして、なんとか間に合った。

 

「お待たせ。待たせたか?」

 

「いえ、全く。ちょうど、見せたいものもあったので」

 

 振り返って、ゆるりと微笑むランは、見た感じいつも通りだった。こうしてみると、本当に、あまりにもいつも通りだった。

 ランはおもむろに、スローイングタガーを両手に構える。本数は四本。その状態で、静かに詠唱を始める。俺にはわかる。これは、デュエルトーナメントで見せた技だ。何もないところに四本同時に投擲し、詠唱完了と同時に、腰に刷いたサーベルを抜き放つ。瞬間、その四本それぞれから二つずつ、竜の頭を象った水魔法が放たれ、サーベルからはひときわ大きな竜を象った水魔法が放たれた。間違いなく、今まで見たマギアの中で一番の大技。それはただ、美しかった。

 それを放った直後、ランは崩れ落ちるようにその場に倒れた。即座に俺が支える。

 

「どこも痛くないのに、体に力が入らないです・・・」

 

「そう、か。綺麗だな、今の技」

 

 俺の言葉に、ランは優しく微笑んだ。そして、アイテムストレージから羊皮紙を取り出し、俺に託した。

 

「私の開発したマギアです。あなたに託します」

 

「・・・託された」

 

 俺の言葉に、ランは安心したように笑った。直後、俺たちの周りに、アスナとスリーピングナイツの面々が駆け寄ってきた。

 

「あなたたち・・・」

 

「メリダとクロービスの時とは違って、今回はこうして看取れるんだ。来ない理由がないでしょ?」

 

「そういうこと。今まで、ランにはさんざん、苦労もしたし、かけられたし・・・っ!」

 

「ダメ、ですよ、ノリさん。最後は、みんなで、笑って、って、決めたじゃ、ないですか・・・っ!」

 

 今まで縁の下でパーティを支えた縁の下の姐御であるノリの涙に、タルケンもテッチももらい泣きしてしまう。みんながさめざめと泣いていた。

 

「ランさん。私も、あなたに見せたいものがあるんです」

 

「え・・・?」

 

 そういうと、アスナは天に向かって魔法を放つ。シンプルな水鉄砲だ。だが、それだけで十分だった。

 

 その合図で、空に虹がかかる。いや、虹ではない。そこにいたのは無数のプレイヤーだった。プレイヤーの種族ごとに色が違うため、虹のようになっていた。

 

「あなたたちの生きた軌跡。その一端を、最後に見せたかったんです」

 

「私の、生きた・・・」

 

 それだけ言うと、ランは再び俺に顔を向けた。視線を感じ、俺も目線を落とす。

 

「あぁ、私も、この世界に、少しでも軌跡を刻むことができたのですね・・・。みんなと出会えて、この世界にきて、剣士の碑に爪痕を残しただけではないのですね」

 

「ああ。陳腐な言い回しだが、お前は、お前を覚えているものが忘れられることができないようなことをしてのけたんだ」

 

「ああ、うれしい。本当にうれしいです」

 

 それだけ言い残すと、ランは静かに俺とユウキの手を取った。

 

「ユウキ。あなたはもう一人ですが、一人ではありません。大丈夫、あなたなら大丈夫です」

 

「ねえ、ちゃん・・・っ!」

 

「だからそんな顔はしないの。お姉ちゃんの後を追いかけてはだめですよ」

 

「うん・・・っ!分かった・・・っ!」

 

 涙交じりに応える妹に、姉は少し安心した表情を浮かべた。そして、今度は俺に顔を向ける。

 

「ロータスさん。短い間でしたが、あなたと一緒にいられて、本当に楽しかったです。あなたとの時間は、かけがえのない思い出になりました」

 

「そう、か。そういってもらえると、俺もうれしい」

 

 俺の答えにランはさみしそうに笑った。そして、握った手を頬に向けた。

 

「さようなら、私の、最初で最後の、大好きなひと―――」

 

―――そこから先の言葉は続かなかった。するりと抜ける手と腕の力に、俺は、その時が来たことを悟った。ユウキの、二度と握り返すことのない手を握りしめたままの泣き声が、ただ静かなその場所に響いていた。

 




はい、というわけで。

細かいことは言いません。次の次、そのあとがき的な何かで書こうと思います。

次回、マザーズロザリオ編最終回は12/30午前0時更新です。お楽しみに。

ではまた次回。


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epilogue.藍の花散る桜の下で

 それから数日後、俺はランの葬儀に来ていた。喪主は本来木綿季が務めるのだが、彼女は未成年な上に、到底外出できるような体調ではない。親族との関係が良くなかったことは周知の事実なので、彼女のメディキュボイドと接続したプローブを使用して、書面上では倉橋医師になっていた。

 葬儀には多くのALOプレイヤーが詰めかけ、弔電も大量に届いた。想像をはるかに超える量に、倉橋医師や葬儀関係者も驚いていた。あとから倉橋医師に聞いた話だが、100名を超えるプレイヤーが最後の別れを惜しんだという。弔電も含めた人数は数えたくないほどだったとの話だ。それだけ、ラン、ひいてはスリーピングナイツがプレイヤーに支持されていた、ということだろう。

 

 葬儀が一段落して、桜を見ながら、俺はひとり静かに物思いにふけっていた。

 結局、ランの思いには応えられなかった。それをランがよしとしていたかどうかは、もうわからない。せめて、彼女を笑顔で送り出すことができたのなら、と思う。

 

「天川さん」

 

「倉橋先生」

 

 そんな中、倉橋先生がこちらに声をかけてきた。いったん思考を中断して、彼に向き合う。

 

「この度はお悔やみ申し上げます」

 

「いえ、恐れ入ります。木綿季くんから、藍子くんの最期を聞きました。やはり、あなたがたに託した私の選択は正しかった」

 

「結果論にすぎませんよ。先生の英断に感謝します」

 

 本当に、この人にはいくら頭を下げても足りない。彼女らに引き合わせてくれたのも、この人があってこそのものだった。ランの最期に関しては、アスナたちのほうで手をまわしてくれたようだが、それについても、この人の英断なくして実現しえなかったことだ。

 

『ボクからも言わせて。蓮さん、いつもボクたちに力貸してくれて、姉ちゃんのために尽くしてくれてありがとうございます』

 

「かしこまらなくていい。俺も、スリーピングナイツと出会えてよかったと思ってる。これからもよくしていきたいと思ってる」

 

『こちらこそ、だよ。こんなところでくよくよしてたら、姉ちゃんに怒られるからね』

 

「ま、あいつはそういうやつだよな」

 

 少し口角を上げながら答える。

 

「天川さんは、慣れてるんですか?」

 

「慣れるなんてそんな。そんなことはあってはいけません。どんな形であれ、自分とかかわった人が亡くなったということについては思うところはあります。ですが、そういう時にはある言葉を思い浮かべるようにしています」

 

「と、いうと?」

 

「悲しみは海にあらず、すっかり飲み干せる。ロシアのことわざだそうです」

 

「・・・なるほど。深いですね。ですが、どれほど深くとも、飲み干せるならば、止まり続ける理由はないですね」

 

「ええ」

 

 それだけ言うと、俺はまた桜の木を見上げた。

 

『きれいだね』

 

「ああ、そうだな」

 

『ねえ、みんなが元気になったらさ、ここじゃなくてもいいから、桜を見に行かない?』

 

「ああ。いいな、それは」

 

 どうやら、この若人は、俺たちよりも先を見ているらしい。

 

「なら、私は今よりも頑張らなくてはいけないですね。メディキュボイドの研究も、医療も。少しでも、救われぬものに救いの手を差し伸べられるように」

 

「ええ。あれほどの機材、改良もなかなか難しいでしょうが」

 

「かの茅場氏の先輩にあたる研究員の作品です。なんとしてでも活かして、ひいてはVRの発展にしなければ」

 

 その言葉に、俺は言葉をなくしてしまった。

 

「―――今、なんと・・・?」

 

「え、VRの―――」

「その前です」

 

「・・・茅場氏の先輩にあたる研究員の作品、ですか?確か名前は、神代凛子さん、だったかと」

 

 その言葉に、俺は絶句した。つくづく、あの男はいったいどれほどまで先を見ていたというのか。いや、あの世界を作り上げることこそが、あの男の目的だったのであれば、ある意味では目先のことしか見えていなかったのかもしれない。目的がどうあれ、あの男が残した遺産は、想像以上に膨大なものであったということは間違いない。

 

(なら、せめて、その灯台守くらいにはならないとな)

 

 火を絶やしてはいけない。前を向いて、あいつらを見守り、続くものを導こう。ガラではない気はするが、もう俺は選んだのだ。

 




ここでは何も言いません。
明日、12/31午前0時更新のあとがき的な何かですべて言いたいことは言います。



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マザーズロザリオ編 あとがき的な何か

 はい、というわけで。

 これにて、キャリバー編およびマザーズロザリオ編、完結でございます。

 

 

 

 まず、ここまで読んでくださった読者の皆様に感謝を。

 かなり紆余曲折もありました。正直、筆が止まる時間が一番長かった章だと思います。その関連から、おそらく一番書き方がコロコロ変わり、読みづらいところも多い話ばかりだったと思います。

 また、原作におけるこの章は、個人的に「もっとも現実とゲームの境目に焦点を当てた章」だと感じたので、その感性のまま書きました。必然、かなり生々しい話も多かったと思います。

 

 そんな中で、ここまでついてきてくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。

 

 

 

 さて、まずは74話のあとがきから。アスナが京料理(再現)をふるまう回ですね。

 

 序盤のお料理は地味に書くのを苦労しました。意外とおいしくお料理を食べる、という描写が難しいといことに気が付きました。まあ、個人的には来るかもしれない経験になったからこれはこれでよかったのかなぁ、って思っています。端折りすぎとかそういうツッコミは受け付けます。

 

 中盤はユウキなりの恩返しですね。花束の元ネタはポケモンに登場する「グラシデアの花束」です。正直、グラシデアの花束の元ネタを参考にしてうまいことやれないか、と思いましたが、元ネタ見つからなかったため致し方なくそのまま流用。名前の「グラシアス」は、スペイン語で「ありがとう」を意味します。ポケモンでも、この花束は感謝の意を伝えるために渡す、ということだったので、そういうことです。この花束がどうなったのかはご想像にお任せしたいと思います。

 

 そしてこの話のラストです。正直、この着地は本当に悩みました。一瞬でもランちゃんを幸せにすべきなのだろうか、でもそうするとレインはどうするよ、ほかの人間関係はどうなるよ、と。悩みに悩んだ結果、当初からの想定そのままに、こうして最後の最後まで彼女は恋する乙女でした。

 

 正直、この話が書いていて、これまでで一番悩みました。流れも、着地も、これでいいのか、と何回も思いました。ですが、「これ以上のものを書けるか」と言われると、わからないとしか答えようがないので、こういう形で。

 

 

 

 次に最終話のあとがきです。

 

 ランの葬儀に関しては、原作におけるユウキの葬儀にできるだけ寄せたものにしました。前の話の着地が急展開のような形になったので、できるだけ軟着陸にしたかったんですよね。なので、原作に寄せたほうがきれいに着地できるかな、ということでこういう形に。次に書く内容とかにもつなげられるし、ということでこういう形の幕引きで。

 

 どこかで言いましたが、ロータス―――もとい、蓮はなにも教職しか道がなかったわけではありません。が、その中でも、虹架への、彼なりの義理立てというのもあり、教職を選びました。最初は虹架への義理立てという意味合いが強かったですが、こうしてSAO帰還者の年下たちを見ているにつれ、仮にも年長者として彼ら彼女らを導くのも、そういう立場に立った人間の役目だろうと考えるようになっていきました。そういう点は、キリトに対してのメディキュボイドのくだりとか、アスナの絡みとかで表現したつもりです。が、たぶんうまいこといってないですね。うーむ、難しい。

 

 

 

 

 最後に、この章全体のあとがきです。

 

 どこかで書いた気もしますが、できるだけこの作品は原作に沿わせたいと考えています。ランのくだりだけは、ユウキにするとどうしても話の整合性がうまく取れないという理由からこうなりました。が、それ以外はできるだけ原作通りに進めたいと考えています。そういう点では、まあある程度うまくいったんじゃないかと思っています。もっと改善点はあるでしょうが、まあその辺はおいおいというか。精進します。

 

 気が付けば、GGO編開始からちょうど2年で区切りとなりました。想像以上にドンピシャということに気が付き驚いております。

 

 この後、アリシゼーション編に突入していきます。劇場版は書こうか迷いましたが、もともと原作の構想にはなかったので蛇足感が大きすぎるのと、そこまで書いたら体力持たないな、という理由からカットです。

 ・・・が、これを書いているときにまだ書き溜めが全くありません。具体的に言うと二話くらいしかありません。こりゃひでえ。

 書き溜めは作ります。一応これ書いてるのがまだ夏場、投稿されるまではあと4か月、書き溜め二話分放出したら猶予はまだ半年ある。少々ゲームサボってでもとにかく書きまくります(笑)

 

 次回更新は来年、2022年1月10日午前0時の予定です。そこからまた、月一間隔で投稿していきます。

 アリシゼーションもお付き合いいただければ、それにてようやくこの作品は完結です。ユナリンは感想の返信でも書きましたが、書きません。当初の構想になかったのと、時間も体力もないので、なにとぞお許しいただければと思います。

 

 

 それではまた次回の更新にて。



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アリシゼーション編
76.天才少女との出会い


 新年あけましておめでとうございます。
 早速アリシゼーション編、始まります。


 仕事を続けていると、菊岡から連絡があった。なんでも、新しいVR筐体のプロトタイプが完成したから、テスターになって欲しい、とのことだった。断る理由はない。ない、のだが。

 

(なんでわざわざ菊岡がこんなことを・・・?)

 

 SAO開発元のアーガスも、当然ながらレクトも、ハード周りの企業も完全に民間だったはずだ。役人である菊岡、もっといってしまえば、政府が動く理由は、大きな騒動が起きなければ無いはず。と、なれば、VRであることのメリットを見てのことなのだろう。考えられるとすれば、

 

(兵器の無人化か)

 

 古くから、世界各地の空軍で運用されている無人偵察機など、兵器の無人化は既に少しずつ進んでいる。しかし、それはあくまでその程度だ。一人当たりの負担が大きい艦船や、その場で柔軟かつ機敏な判断をする必要のある歩兵には到底向かない。

――――が、しかし。あの技術なら、あるいは。

 

(・・・流石にそれはないか。うん、そこまで外道じゃないだろう)

 

 思いついた考えうる限りの最悪はすぐに頭から消し去った。それを行える人間は、もはや人間ではない。文字通り悪魔の理論だ。

 とにかく、俺としては断る理由もない。承諾の返信を送り、日程調整に入ることにした。

 

 

 

 約束された日時に指定された場所まで行くと、案内役がいた。そこには菊岡と、明らかにローティーンの女の子がいた。

 

「久しぶりだな、菊」

 

「そうだね、まだ1年と言うべきか、それとも、もう1年と言うべきかは分からないけど」

 

「そうだな。ところで、そちらはどちらさまで?」

 

「あぁ、紹介しよう。こちらは七色・アルシャービン氏。いわゆる飛び級をして博士号を取った才媛でね、今回のマシンに携わって下さった」

 

「プリヴィエート、天川さん。お噂はかねがね」

 

「あまり聞かれたくない話もあるがな」

 

 少し屈んで握手をする。手をほどき背筋を伸ばすと、その奥には大柄の機械が鎮座していた。大きさ的には、メディキュボイドと同等といったところか。

 

「七色博士は、VRを使用した研究をしていらっしゃるということで、協力を仰いだんだ。より高性能なマシンの開発に成功すれば、互いの利になるとね。そうして生まれたのが、このソウルトランスレーターさ」

 

「“魂の翻訳機”たぁ、随分とご大層な名前で」

 

「この機械の機構を知れば、そう大それた名前じゃない、ということも分かるよ」

 

 いつもの胡散臭さのなかに、自信を多分に含んだ口調。こう言ってはなんだが、良くも悪くも閣僚らしく煙に巻くような口調の菊岡らしくないものであった。気になったので、二人に目顔で先を促すと、七色博士が口を開いた。

 

「魂はどこにあると思う?あ、脳のどこかって回答はなしで」

 

「分からないが・・・推察するとすれば、脳の中枢や前頭部にある、感情や性格を司る部分あたりか?」

 

「んー、惜しいといえび惜しい。まあざっくり言ってしまうと、脳内の細い管の中にある、光の集合体。それが、私たちが魂と呼称しているもの。私たちはこれを、フラクチュエーティングライト、通称フラクトライトと命名した。そしてこのソウルトランスレーターは、それを解析するものなの」

 

「なるほど。魂の情報を読み取り、データ化し、可視化する。故に、魂の翻訳機、か」

 

「そういうこと」

 

「理屈はだいたい分かった。が、それがどうしてVRに?」

 

「――――魂を、そのまま電子世界にダイブすることができたら?」

 

「つまり、今まではハードからサーバーやらなんやらで処理されたデータを脳に入力していたところを、逆に・・・フラクトライト、だったか。それを仮想空間内に直接放り込むようなもの、ということだよな。

 仮想空間での演算を担当するものが処理落ちとかを引き起こさないと仮定すると・・・。信号がより直接的に書き込まれるから、よりリアルなものに変わる、とかか?」

 

「もちろん、それもある。けど、最大のメリットは、“体感の処理速度を上げることができる”と言う点よ」

 

「なるほど、書き込みと読み出しを高速化することで、強引に体感速度を加速させることができる、というわけか。体、というか脳は持つのか?」

 

「そちらについては問題ないわ。脳細胞の内部にアクセスする特性上、生理的プロセスをスキップすることができるから。理論上の上限はないの。けど、あくまで理論上の話だから、加速には上限を設けているけどね」

 

「なるほど。となると、電力と演算能力が目下の課題か」

 

「そうね、その通り。今までのVRデバイスだと、そのあたりは演算能力とかの兼ね合い以上に、信号の密度という意味でも難しいところがあったけれども、ソウルトランスレーターなら話は別。クオリティを全く落とさずに、体感時間のみの加速する、なんて荒業ができる」

 

「まあ小難しい理屈はなんとなく理解した。で、まだ開発途上で、テスターが必要だった。俺のようなSAO帰還者のような人間はうってつけのテスターってわけだ」

 

「その通り。しかも、この手の理屈がわかる人なら特上ってわけ」

 

「OK、まあもともとテスターって話だったし。乗るぜ、その話」

 

「ありがとう。じゃあ、そこで横になってもらえる?起動と準備はこちらでやるわ」

 

「服を脱ぐ必要は?」

 

「バイタルのモニタリングは着衣状態でも可能なものを使用するから、必要ないわ」

 

「了解した」

 

 必要な準備を終え、俺はテストに臨んだ。

 

 

 

 テストが終わり、マシンから起き上がると、菊岡から声をかけられた。

 

「そういえば、天川くん。枳殻嬢とはどうなんだい?」

 

「どう、とは?」

 

「まあ、平たく言ってしまえば、進展、かな」

 

「なにもねーよ。第一、見習いみたいなモンっつっても、教師と生徒が恋愛、ってのはまずいだろ。外聞的に」

 

「そうかな?ちらほら聞くけどね、教え子と恩師の夫婦、とか」

 

「そりゃまあ、そうかもしれんけど」

 

「要するに踏ん切りがついてないだけだろう。君のことだ、とうの昔に気づいてはいるんだろう?」

 

「だからこそ、って感じなんだよ。俺なんかでいいのか、ってな」

 

「そもそもそんなことを考える相手にそんな感情は抱かないと思うけどね。陳腐な表現だが、守るもののある人は強い、とは真理だよ」

 

「ほう?まるで実際に見てきたみたいに言うじゃないか」

 

「そりゃまあ、君より長く生きていればそういう経験の一つや二つあるってものさ」

 

「ふうん」

 

 それとなく探りを入れてみたが、さらりと流すあたりは相手が上手か。これ以上の追及は無意味だろう。と、そんな会話をしていると、七色博士がそばに寄ってきた。

 

「あの、枳殻嬢、って」

 

「ああ、彼がSAO時代、パートナーとして行動を共にしていた女性だよ。さしずめ、バディといったところかな」

 

「もしかして、枳殻虹架さん、ですか?」

 

「―――なぜそこまで知っている」

 

 半ば反射的に声がワントーン低くなる。それに、びくりと七色博士が肩を震わせた。

 

「天川君」

 

「・・・すまない、おびえさせるつもりはなかったんだ。ダメだな、あいつのことになるとどうもナーバスになってしまう」

 

 即座に菊岡がとりなしてくれて助かった。おそらく、雰囲気としても相当鋭くなったのだろう。

 

「いえ・・・。少し、こちらの事情もあったから」

 

「いや、俺もぶしつけな真似をした」

 

「無理もないわ。ほとんど初対面の相手の交友関係を洗っているような素振りがあったら、警戒するのも当然だし」

 

「ま、それはそれとして。なんで虹架のことを?」

 

 俺のその問いに関して、七色は少し考えこんで口を開いた。

 

「菊岡さん、人払いをお願いしていいかしら。それか、会議室の使用許可を」

 

「了解した。

 今、第三会議室の使用申請を出したよ。しばらくは大丈夫。七色博士、飲み物はココアでいいかな?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 長い話になりそうだ、と察して、菊岡が素早く手配する。案内されるまま、俺は会議室へ向かった。

 

 

 会議室の椅子に腰を下ろして少しして、菊岡が三人分の飲み物をとってきた。俺にはコーヒー、七色博士と菊岡は見たところココアのようだ。

 

「さて、こうしてゆっくり話を聞くのは初めてだね」

 

「そうね。プライベートの話になるから、あまり他人に話すこと自体が少ないし」

 

「やはりそういう話か」

 

「ええ。長い話になるわ。

 まず、私はロシアで生まれたの。物心つく頃には、お父さんしかいなかったわ。でも、知識を付けるにつれ、母親の存在がないことに違和感を覚えたの。それで、お父さんに聞いてみたの。その時に、いろんな話を聞いたわ。そこで、両親が離婚していて、生き別れた姉が日本にいるということを知ったの。名前も聞いたけど、会いに行くほどの時間的な余裕はなかったわ。そうこうしている間に、菊岡さんからソウルトランスレーターの話をいただいてね。これ幸いと来日したのはいいものの、肝心の姉が今どうしているのかまではリサーチできなかった」

 

「で、その姉っていうのが、虹架なわけか」

 

「その通り。

―――天川さん、姉に会うことはできますか?」

 

「わからん」

 

 一通り話した後での頼みを、俺はいったん蹴った。むろん、理由はちゃんとある。

 

「俺だって会わせたいのはやまやまだ。だがな、会いたいかどうか、というのは当人の意思による。それに、あんたは姉のことを知っているが、虹架が知っているかどうかは未知数と言わざるを得ん。本人からも聞いたことがないからな。あくまで仲介人として協力することはできるが、確約はできん。だが、そもそも俺を通す必要はないだろう」

 

「え?」

 

「うってつけの口実があるだろう。なあ、菊?」

 

「そうだね。枳殻嬢・・・レイン君もSAO帰還者、それも攻略組、いわゆるトップランカーだった精鋭だ。VR適性は非常に高いだろう。テスターとしてはうってつけだ」

 

「そっか、ソウルトランスレーターのテスター協力依頼を出せば・・・!」

 

「加えて、俺は虹架の担任だ。ある程度、学業関連の融通は効く。その手の相談なら、学校関係者として乗らせてもらうぜ」

 

「分かった。枳殻嬢への連絡は僕から入れよう。仮にも仮想課の人間だ、そちらの方が通りがいいだろう」

 

「OK、頼むぜ。学校周りは俺を窓口にしてもらえばいい。担任が窓口、ってのは自然な話だしな」

 

 それだけ言うと、その場はお開きになった。

 




 はい、というわけで。
 今回からアリシゼーションです。

 早速登場した新キャラ、「七色・アルジャービン」。こちらも、SAOのゲーム「ロスト・ソング」の登場人物です。天才ロリです。
 物語の最終盤まで、彼女は本来姉の存在すら知らない状態なわけですが、よくよく考えたら、ここまで頭のいい子が、母親不在の状況に疑問すら持たないって不自然だと思うんですよね。というわけで、さっさと感づいてもらってます。ちょいとメタい話すると、この段階で気づいていてもらわないと今後の展開に差し障る、というのもあります苦笑
 彼女も博士号を持つ身なので、研究は行っています。ゲームをある程度進めた人ならわかると思いますが、原作通り「クラウドブレイン」です。どういうものか、というのは次回でかいつまんで説明します。

 ま、今回はあくまでプロローグなんでここらで。次回から事態が一気に動き始めます。
 ではまた次回。


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77.結び目

 それから数日後、勉強を教えてほしいという虹架の頼みで、俺はダイシーカフェに来ていた。カフェの一角を借りて肩を並べ、教科書を広げながらあれこれ話していると、入り口のベルが鳴った。足音がとことこと近づいてきて、自分たちの横に座る。

 

「プリヴィエート、おふたりさん」

 

「こんちゃ。よくここがわかったな」

 

「なんとなく、ってやつかな。ほら、マスターとも知り合いだ、っていうし。あ、マスター、オレンジジュースとパンケーキをひとつずつ頂ける?」

 

 七色の注文に、今日は昼間のマスターを務めていたエギルが動き出す。それをしり目に、俺は二人の様子を見た。

 

「七色、こんなところで油売ってていいの?」

 

「いいのいいの。今はちょうど機械のメンテナンス中で、私も動けないし。論文資料まとめてたら疲れちゃったからお散歩してくる、って言ったら許可もらえたわ。特に最近、極めて興味深いデータも手に入ったことだし、休める時に休んでおかないと」

 

「つーことは外には厳ついにーさんがいるわけか」

 

「いわゆる私服警備、というやつだけどね」

 

「そいつぁ頼もしい」

 

 仮にも国家公務員が携わり、外部から研究員を招いたプロジェクトだ。その辺を怠るあいつ(菊岡)ではないだろう。ちょうど届いたオレンジジュースに口をつけたところで、虹架が聞いた。

 

「そういえば、七色ってどんな研究をしてるの?」

 

「うーん、ひとことでまとめると難しいんだけど・・・。複数の人間の脳の処理能力を、VRでクラウド化することで、意思決定能力を持つ超高性能な演算を可能とできないか、って感じかな」

 

「人の脳みそを一つにまとめ、それにより既存のコンピューターの性能を大きく上回るものを生み出そう、ってわけか」

 

「そうね、おおむねそのイメージで問題ないわ。でも、肝心要のクラウド化するプロセスがうまくいっていないの」

 

「まあ、複数人の脳みそを接続するわけだからな。無理に負担をかければそれこそ演算能力や意思決定能力の喪失なんていう本末転倒な事態になりかねん」

 

「そういうこと。ソウルトランスレーターはそういう点で行くと一つの希望ね」

 

「脳みその根幹情報にアクセスできるわけだから当然か」

 

 そう言っていると、ちょうどエギルが七色の注文したオレンジジュースを持ってきた。そこで、俺は話題を変えることにした。ちょうど小難しい話をして、虹架がついていけないという顔をしていたところだった。

 

「そういえば、二人は無事に再会できたんだな」

 

「え、蓮さんって私たちの事―――」

「あぁいや、俺もソウルトランスレーターのテスター依頼を受けてな。その時に、菊のアホウが虹架の名前出しやがって、それで七色から聞いたのよ」

 

「あぁ、だからあんなにすんなりと話が運んだんだ」

 

「正直、もう少し別の形で会いたいと思ってたんだけど。そこはごめん」

 

「いいって。今の七色なら、そうそうおいそれと会いたいから会いに行きます、ってわけにもいかないし」

 

「ま、飛び級して研究職についた才媛とあっちゃあ、そうそう自由にはなれんわな」

 

 そんなことを言っていると、また入り口のベルが鳴った。ちらと見るとシノンこと朝田詩乃だった。様子を見るにどうやら待ち合わせらしい、のだが、

 

「お待たせしました。あいつならまだ来てないから、適当に空いてるとこに座って待っててくれ」

 

「ええ、すみませんね、エ・・・アンディさん」

 

 そう言って、近くのボックス席に朝田が腰かけた。その時、ふと窓の外が気になった。

 

「どうしたの?」

 

「・・・んにゃ、何も」

 

 視線の先には何もない。が、なんとなく嫌な予感がしていた。

 

「ここのマスターさんも、SAOで?」

 

「ああ。SAOの攻略初期から前衛をまとめてくれた。ソロの中でも、前衛のまとめ役だ。俺たちも世話になった」

 

「最初期は危なっかしい奴がいると思った程度だったんだがな。あの件は正直腹が立ったぜ」

 

「それについてはすまんと思ってはいる。が、相談できることでもないだろう」

 

「だからこそだよ。議論の余地はあったんじゃない?」

 

「それはその通りだな」

 

「あの後大変だったんだぞ。仮にも前衛の、それも主戦級のアタッカーが一人無くなって、レインが無茶して―――」

「ちょ、それは―――」

 

「いいって。深く聞くつもりもない。俺のせいであることは間違いないしな」

 

 エギルの言葉はあえてぶった切る。かなり複雑な話になると予想することはたやすいし、ここで話すことでもないだろう。

 

「こんにちは、お二人さん」

 

「おう。そっちは待ち合わせか?」

 

「ええ。この後キリトとアスナとね」

 

「てことはGGOがらみか?」

 

「ご明察。あ、あなたにも声かけようかと思ったんだけど、ちょっと事情が事情でね」

 

「サトライザー、か?」

 

「やっぱりチェックしてたのね」

 

「そりゃま、あんな戦い方されちゃあな。おハチ奪われちまうってもんだ」

 

 俺の言葉に三人がポカンとしたところで、解説を入れることにした。

 

「GGO・・・シノンがもともとやってるVRゲームで行われる、ソロのバトロワ大会があるんだがな。直近の優勝者がヤバいのよ」

 

「近接一辺倒、とか?」

 

「なら、まだマシだったかな。もともと持ってる装備を持ち込んで戦う、って形式のバトロワなんだが、そいつはまず徒手空拳からスタートして、相手をきれいに格闘でキルした後、相手の装備を奪ってキルして、その相手の装備を奪って、の繰り返し。一昔前のPCバトロワ全盛期のゲームじゃあるまいし、って界隈だと話題になった」

 

「それだけならまだわかる話じゃない?」

 

「まあそりゃそうなんだが。俺がALOでいろんな武器を使うのとは訳が違う。どの銃を使うかで、撃った時の反動とか威力とか射程とか、違うことが多すぎるんだ。アサルトライフルでも、サブマシンガンでも、ハンドガンでも、ショットガンでも。リココン・・・反動制御も、照準も全部綺麗だったうえに、最後は徒手空拳でノックアウト。しかも、バトロワの定石である漁夫・・・つぶし合ったところを奇襲して倒す、ってわけじゃなくて、全部サシでやりあってこれだ。ヤバさの格が違う」

 

「規格外、ってやつ?」

 

「ありゃもはや特異点というべきだろう。となると、俺は確かに規格外の一人だが、特異点というほどではない。からめ手は使うし、不意打ちもするが、あくまで定石、王道を行くケースも少なくない。この手の相手にとっては読みやすい部類のはずだ。そいつを負かそうと思うのなら、同じように特異点をぶつけてみるのが一番手っ取り早いだろう。で、俺たちの中で一番の特異点であるGGO経験者と言えば、ってことだ」

 

「なるほど、キリトくんか。確かにあれは読めないわ」

 

「そういうこと。サトライザーとはいえど、銃弾飛び交う世界で剣振り回して戦う相手なんて読みようがないだろうよ。あまりにデータが少なすぎるからな」

 

「というかそんな物好き、というか命知らずがそうそういてたまるか、って話でしょう。SFじゃあるまいし」

 

「まあそりゃそうなんだがな。・・・やっちまうんだよなぁこれが。なんなら強いのよ」

 

「・・・それなんてハリウッド映画?」

 

「大丈夫だ。初見の時には誰しもがそう思っただろうから」

 

 七色の感想は至極まっとうなものだろう。俺だって最初は正気を疑ったほどだ。だが、それと同時に、こいつならあるいは化けるかもしれないと思った。もともと高いSTR値と重い剣を好み、相手の防御の上から叩き込むことも視野に入れたアタッカーであるからだ。そのステータスバランス上、スキルやステータスは火力に振る。すなわち、生存能力は本人の能力にゆだねられる。であれば、下手に慣れない銃器を使うよりは慣れ親しんだ剣のほうがかえっていいかもしれない、と。その結果がどうなったのかはまあ、見ての通りということだ。 七色の反応は至極真っ当なものだろう。

 

「で、当の本人はまだ来てない、と」

 

「それについては私が早く来過ぎただけだから。まだ待ち合わせ時間前だし」

 

「そっか、ならぼちぼちくるかねぇ」

 

 そんな会話をしていると、入り口の呼び鈴が鳴った。

 

「やっほーしののん。ギルさん、そこの席使うね」

 

「おう、キリトはまだだぞ」

 

「あ、それは知ってるから大丈夫」

 

「事前に連絡でも取ってたのか?」

 

「そうじゃなくてね。見てもらった方が速いか」

 

 俺のコメントに、アスナはこちらへ来つつスマホ画面を見せた。見せられた画面にはなにやらマップと、数字が二つ。その数値を見て、俺は軽く察した。

 

「・・・結城、さすがにこれは・・・」

 

「やっぱりそういう数値だよね、これ・・・」

 

 どうやら七色もすぐ察していたらしい。

 

「え、っと、これは・・・?」

 

「GPS、心拍に体温だろう?」

 

「その通り。ほら、キリトくんって気が付いたら危ないことに首突っ込んでるから、ちょっと不安でね。体にセンサーを埋め込んで、見守ることにしたの」

 

「ま、あんな一件があったからな。赤眼は死んだが、まだジョニーが残ってる。命を落とす可能性は否定できない。気持ちはわからんではないな」

 

「うん、まさにその通りなんだよね。キリトくん、危なっかしいところあるから。この画面見てると、あぁ、キリトくんと同じ時間を生きてるんだなぁって思えるし」

 

 心配なのはわからなくはないな、というのはフォローのつもりだったのだが、どうやら必要なかったらしい。最後の一言に、さすがに全員が引いた。

 

「アスナ、さすがにそれは危ない人だよ?」

 

「うん、怖い」

 

「一ミリくらいは気持ちわからんではないが、人前で言うのはやめとけ」

 

 シノンの心配も、七色のシンプルな感想もごもっともである。最後にエギルの忠言も、結果的にはとどめを刺す格好になった。と、そんな話をしているとキリトが来たので、結城とシノンは打ち合わせに入った。その瞬間に、やはり外が気になる。

 

「外に誰かいるの?」

 

「いや、・・・なんでもない」

 

 ほんの少しだけ間が空いたのは俺のミスだ。思わずためらったしまった。一瞬だが、そういう気配みたいなものを敏感に察してしまった。

 

「七色、護衛に頼んで、虹架を送って行ってくれないか?」

 

「え、勉強は?」

 

「キリのいいところまでは教えた。後は虹架一人でもなんとかなるはずだ」

 

「うん、そんな気はした。本気でわからないって反応してたら教えてくれるはずだし」

 

「実際、さっぱりわからんって感じはないだろ?」

 

「そうだね、あとは自習でどうにかなりそう」

 

「と、いうわけだ。たまには姉妹水入らず、ゆっくりしてみてもいいんじゃないか?」

 

「こういうのって継続的にやったほうがいいんじゃないの?」

 

「それは違うよ、お姉ちゃん。むしろ忘れないようにするためには、少し間をおいて復習を重視したほうがいいの。一回やって、少し間を空けて復習して、っていうのを繰り返した方が忘れづらいように脳はできてるから」

 

「忘却曲線、ってやつだな。あと、長くやってると集中力も続かない。過ぎたるは猶及ばざるが如し、ってやつだ」

 

 ふたりがかりの説得に虹架は素直に応じた。

 

「なら、お言葉に甘えようかな。七色、護衛さんのほうはどう?」

 

「今連絡とったわ。それとなくついてくる感じで護衛してくれるって。私の時もそうだったけど、最初は違和感ないくらいには自然よ?リラックスできると思う」

 

「それなら安心だな。七色、頼んだ」

 

「頼まれたわ」

 

 それだけ言うと、虹架は勉強用具をまとめだした。軽く机の上を拭くのも忘れない。

 

「じゃあね、アンディさん。また来るわ」

 

「おう、またな」

 

 もともと、お代は二人まとめて俺が持つことになっていた。七色は自分の分を机の上において、二人は店を出て行った。

 

「蓮、気持ちはわからんではない。が、ちょっと意識し過ぎじゃないか?」

 

「自分でも思う。んだが、少なくとも今、俺にとって一番大事なのはあいつだ。それに、あいつらのことは俺が一番知ってる。あいつらが本気で俺をしとめにかかるのなら、間違いなく最初に標的になるのは虹架だ。生かさず殺さず、俺をおびき出すことを優先するはず。過保護、っていうのは自覚してるが、どうにもな」

 

「一応言っておくが、お前の直感は当たってる。こちとら討滅戦に参加してた身だ。情報と人相は頭に入ってる。それと酷似する人物が、近くのカメラに写ってるのを確認してるからな」

 

「さすが。心強いよ、アンディ」

 

 俺の言う“あいつ”が、それぞれ誰を指しているのかをアンディ―――エギルは正しく理解したようだ。

 

「礼なら俺のカミさんに言ってくれ。帰る場所はちゃんと守るって覚悟で、この辺の防犯はしっかりしてくれたからな」

 

「しっかり者同士、お似合いだな」

 

「お前らもな」

 

「まだそういう仲じゃねえって」

 

 エギルの言葉には若干の呆れを含んで返す。俺の中で相棒以上に大切な存在であることは確かだ。現状、俺の隣が一番似合うのは間違いなく虹架だし、生徒と教師以上の気持ちを抱いていることを否定するつもりはない。が、まだその時期ではない。

 

「さっさと踏ん切りつけろよ」

 

「お前まで菊みたいなこというなよ」

 

「ん、クリスハイトも言ってたのか?」

 

「踏ん切りがついてないだけだろう、ってはっきりと言われたよ」

 

「その通りじゃねえか」

 

「うるせえ、自覚はあらあ」

 

「じゃあ、仮に今告白されたら受けるのか?」

 

 真っ向から聞かれて、俺は一瞬言葉に詰まった。が、答えは一つしか見つからなかった。

 

「受けるだろうな」

 

「それはどうして?」

 

「俺の隣に立つ女として、虹架ほど適任はいないだろう」

 

「それだけか?」

 

「それ以上の理由が必要か?」

 

「違いない」

 

 俺の答えに、エギルは軽く笑った。

 

「それはそれとして、キリトたちの話し合いはそろそろ終わるみたいだぞ」

 

「OK、サンキュ。勘定頼むわ」

 

「ほいよ」

 

 その言葉に、エギルは手早く準備してくれた。俺が外を気にしていたあたりからすでにある程度察してくれていたんだろう。この辺りは、縁の下の力持ちという言葉がよく似合う、頼れる大人の姿だった。

 

 

 その後、桐ヶ谷たちの間に入るのは気が引けたので、少し離れた間合いから観察するようにした。残っている中で、仕掛けてくるだろう相手は1人だけ。そいつがどういう行動を取るかなど、読むのは容易かった。

 

「あるよォ、毒武器あるよォ!」

 

 ここだ、というタイミングで近づく瞬間に聞こえた声。間違いない。あいつの声を聞き違えることなどありえない。

 

(ジョニーめ、早めに仕掛けたか)

 

 考えてみればあり得る可能性。ほんの一呼吸、詰めるのが遅れた。それが命取りだった。俺が駆け寄り、ジョニーを押さえた時には、既に桐ヶ谷は攻撃を受けた後だった。

 

「結城!救急車!」

 

 俺の声に、結城は我に返ってスマホを操作する。その時、くつくつと、けたけたと笑う声が下から聞こえた。

 

「おせぇ、おせぇなぁ、ロータスさんよォ」

 

「あぁ、否定はせん。が、この状況で随分余裕だな」

 

「当然さあ。人1人殺した程度じゃ縛り首になんてなりゃしない。なら、いずれムショからは出れるってことだ。出た時にはまたショウ・タイム。最高だろ?」

 

「お前にとっちゃそうかもな。だが、お前たちが殺したのは1人じゃああるまい?」

 

「なら殺してみろよ、腰抜けめ」

 

「挑発は無駄だぜ。俺にはもう、殺す理由より、殺さない理由の方が大きいからな」

 

「ほざけ。あっちのキルスコアじゃ、お前の方が上だろうがよ」

 

「てめぇと同じにするな、クソ野郎」

 

 快楽のために殺すか、信念に従って殺すか。それは、同じにはされたくない。

 

「救急車、すぐ来るそうです。事情を話したら、パトカーもこっちに来ていると」

 

「そいつぁありがたい。戯言を長々と聞かずに済む」

 

「戯言?片腹痛いなぁ、人殺し」

 

「なんとでも言え、快楽殺人犯」

 

 相も変らぬ余裕のある笑みを浮かべるジョニーの挑発には乗らない。もともと、こいつは相手を煽って麻痺を浴びせ、その苦悶の表情を見て悦に入るタイプだ。挑発に乗ることだけは―――

 

「あぁ、そういえば、今のお前は殺せないんだっけ?なら、ムショから出てきたときには、いの一番にその理由を消してやるよ」

 

―――避けなければならない。その意識が、腕の力を少しだけ強めるだけにとどめた。

 

「ほら、誰のことなのかなんて俺は一言も言ってないぜ?それなのにそんなんで大丈夫なのか?」

 

「戯れるな。あいつは俺が一から十まで守ってやらなきゃいけないほど弱くなどない」

 

「はたしてどうかねぇ。どんな人間であれ、完全に気を張り詰めるなんて土台無理だ。そんなこと、お前が一番わかるはずだろ?そういうの、得意だったもんなあ。それとも、あの女たちの体の一部でも捧げれば満足か?」

 

―――わかっている。これは挑発だ。

―――だが。

 

「っ・・・!?」

 

「戯れるな、と言ったはずだ。素手でも人は殺せる。それも、俺の十八番の一つだと忘れたか」

 

 抑えるのに使う力を、腕の力から体重へ。そして、首根っこをつかんでいた片手を喉側へ。その片手で、ジョニーの喉をつぶす。相手の体が酸素を求めて暴れだすが、それは俺の体重が許さなかった。

 

「俺のことならいくらでも罵ればいい。どれだけでも嘲ればいい。人殺しの道を選んだ時点で、地獄に落ちる覚悟など終えている。だがあいつは違うだろう。地獄の中だろうと手を伸ばしたあいつをこちらに落ちることは許さない。お前があいつに手を出したのなら、―――俺が真っ先にお前を殺す」

 

 低い声でそれだけ告げる。その直後、手の位置は元に戻した。これ以上乗るわけにはいかない。その理性が、なんとかそこで押しとどめた。

 

「やっぱり人殺しじゃねえか」

 

「人殺しであることは変わりねえよ。でも、あの時とも、ましてやお前とも違う。まっとうな人間でも持ちうる、ただ大切な人を奪った相手に対する復讐だ。それ以上でも以下でもない」

 

「でも復讐したところで得られるものなんてない。それはお前もわかってんだろ?SAOで復讐を成し遂げたお前ならよ」

 

「得られるものは確かにないな。復讐したところで死者がよみがえるわけでもない。時間が戻ってくるわけじゃない。が、―――俺の気持ちにケリはつく。それだけで十分だ」

 

「結局自己満足じゃねえか。俺らと同じだ、何が違う?」

 

「快楽による殺人、復讐による殺人。己の欲求不満を満たす殺人という結果は確かに一緒だろうよ。だがそこに至るまでの経緯がまるで違う」

 

「経緯がどうあれ同じだろうさ。なら俺も同じだ。なんでこんな楽しいことをしねぇんだ?」

 

 ここまでのやりとりで、いや、過去の経験から鑑みても理解し合えないことは分かっていた。だからこそ、普通にやり取りしても平行線であるということは明白だった。だからそこ、ここで明確に違うことを示す必要があった。

 

「お前にゃわからんだろうさ。夜な夜な夢で、ありとあらゆる方法で殺す夢を見ていた相手を実際に殺し、そいつら夢にまで出てきて怨嗟の声を浴びせる。そんな体験をしたことのないだろうお前らには。俺はそれを、己の目的のためと割り切り、なんとか耐えきることができた。そうじゃないやつは狂っていった。元から狂ってたお前らは、ある意味幸せ者なんだろうよ。だが、俺らのように地獄を見たことのあるやつは、好き好んでもう一度あの地獄を見たいとは思わない。己の目的のために狂ってもいい、そういう自滅願望にも似た覚悟を抱かない限りはな」

 

「あぁ、理解できねえな。断末魔ほどこの世の中にある音で美しいものもないだろうに」

 

 その言葉に、一瞬本気で殺してやろうかとすら思った。きっとこいつは、ムショから出てきても同じことを繰り返すだろう。ならいっそここで―――。そう思った時、頭をよぎったのは虹架の顔だった。

 

(厄介なもんだな、不殺の道ってやつは)

 

「何度でも言ってやる。―――戯れるなよ、狂人め。何を言おうと、この場でお前を殺すことは絶対にしない。お前にはムショか縛り首がお似合いだ」

 

「ハッ、そうかよ。なら一つ、いいことを教えてやるよ。()()()はまだ生きている。どんな形であれ、また俺たちの楽しみを伝えるような仕事をしている。これで終わりだと思うなよ?」

 

「終わりだなんて思っちゃいねえ。お前の言う()()()が現実のどこのだれかを特定し、ムショに叩き込む。それで初めて終わりだ」

 

「やれるのならやってみろ、鮮血」

 

「ああ、やってやるさ。()()()()()()お前と違って、()()()()()()()()()()()()()

 

 はっきりと言い切る。こういうやり口はあまり良くないかもしれないが、協力してくれる相手もいる。何も俺一人でやる必要はない。手段を選ばないのであれば、やりようはある。まあ相手が軍属などセキュリティが異常に頑丈な先にいるのであれば流石にお手上げだが、そのレベルでなければ何とでもなると信じている。

 

 そこまで啖呵を切ったところで、遠くから二種類のサイレンが聞こえた。

 




はい、というわけで。
今回はアリシゼーションの序盤をお送りしました。

サブタイトルはおそらく過去イチで悩みました。ですが、こういう展開にはやはりレインちゃんの存在が欠かせないので、彼女とのつながり、結び目、という意味を込めてこういう形に。

キリト君が倒れてくれないとアリシゼーションは始まらないんでさくっと倒れてもらいました。どこでどうロータス君を絡ませるか悩みましたがこういう形で。
地味に問答に一番時間がかかりました。が、ロータス君は恩讐の末にレインちゃんたちに救われた、って解釈を自分の中でしているつもりです。うまく書けた自信は微塵もありませんが。

さて、次からは本格的にアリシゼーションに突入していく予定です。が、アンダーワールドまでにはたどり着かないと思います。想像以上に序章で説明するパートが多かった。
オーシャンタートルに入って一通り終わったらちゃんと(?)アンダーワールド編にスイッチする予定なので悪しからず。アンダーワールド編は前書きになんか書く予定です。

さて、次の更新なのですが、次がかなり短いので、特例として次とその次は約15日間隔での更新となります。なので、次回は2/25更新予定です。

というわけでまた次回。


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78.霧を払え

 キリトが襲われた後、俺たちはかなり悩まされることになった。というのも、キリトの行方が分からなくなったのだ。救急車で運ばれた後、まず救急病院に搬送されて医療処置を受けた。が、致死量をはるかに超える筋弛緩剤の投与というのは大きなダメージを受けた。それは、専門であるがゆえにそのダメージの深刻さが医師には通じたのだろう。そこに菊岡が来た。

 

「和人くんを、僕の知る限り最高クラスの医療施設に搬送したいと考えています」

 

 菊岡のその言葉に、桐ヶ谷の親は承諾した。俺としても断る理由はない。それに、菊岡の言う最高クラスの医療施設というのが俺の想像通りなら、間違いなくそれはこの国でも最高クラスのそれであることは疑いようもない。この時はそう思った。

 

―――が、そのあとから、桐ヶ谷和人―――キリトは、まるでこの世界から姿を消したかのようにいなくなった。

 

 

 

 そんなことがあってから数時間後、現実世界での俺の携帯が鳴った。発信元は永璃ちゃん。すぐに電話をとった。

 

「もしもし?」

 

『蓮さん、和人君の行方、つかんだかも』

 

「本当か?」

 

 あまりに仕事が速すぎる。これは想像以上の速度だ。ただ舌を巻くしかない。が、今重要なのはそれではない。

 

「で、どこだ?」

 

『順を追って説明するから、少し落ち着いて。

 まず、蓮さん、私に協力をお願いするときに、明日奈のスマホに入れてあるアプリで和人君の現在地とか心拍とかわかるって言ったよね?つまりそれって、携帯の電波を使って、GPSとかにアクセスしてるはずだって踏んだの。その履歴を遡行した結果、最後に電波が観測されたのは都内のヘリポートだったの。で、それ以降一切、信号の発信が途絶えてる。おそらく、機内モードにしたか、電源を切ったんだろうね』

 

「ヘリポート・・・つまりヘリの電波干渉の防止が目的か」

 

『多分ね。私もそこまでは詳しく知らないから断言できないけど、可能性として考えられるのはそれくらいだと思う。で、今度はそのヘリを衛星映像をちょっとばかり借りて追っかけてみたら、日本の領海内にある洋上の施設に向かったことが分かった。それを調べてみると、なんか大きなフロートだってことがわかったの。運営元はラースってところ』

 

「つまるところ、そこに乗りこめば事態は解決するのか?」

 

『確証はできない。そっちでも探るのは勝手だけど・・・ただ、安全は担保できないよ。ラースの中のどこなのか、ってとこまで調べようとしたら、そこには自衛隊や国家機密クラスのプロテクトがあったからね。急ぎだって言ってたし、そこで引き返してきた』

 

 さらりと危険を顧みない真似をしていることは黙っておくとして、これは有益な情報だ。居場所がある程度特定できただけでも大きい。が、どうにもきな臭い。

 

「なんだってそんなアホみたいに固いプロテクトを?」

 

『こういうのは相場が決まってるのよ。よほど危険か、軍事機密、政治機密絡み。―――安全は担保できない、っていうのはそういうこと』

 

 ここまでしているハッカーが言うのだ、確かな情報だろう。と、記憶の隅で引っかかった。

 

「永璃ちゃん、申し訳ないけど、もう少しだけ時間貰っていいか?」

 

『それも至急?』

 

「大至急ではあるが、難易度としてはエラく低い。俺の職場のパソコンに入って、メール履歴を調べてほしい。で、そのラースってワードで検索かけてみてくれ」

 

『ちょっと待って、3分あれば十分。・・・まさか心当たりがあるとか言わないよね?』

 

「そのまさかだと言ったら?」

 

 電話口で大きなため息。だが、俺も正直そんな気分だ。

 

『いったいどんなところでそんな物騒なものと関わり持ったんですか・・・』

 

「これに関してはこんなところでつながるとは思ってなかったんだよ。いや本当に」

 

『まあそんなとこですよねー、好き好んで関わりたいとも思わないでしょうし。―――終わった。ああ、そういうこと』

 

「結果は?」

 

『おそらく想像通り。テスター協力って感じの名目でメールが来てるわ』

 

「やっぱりか。ならあとはこっちでやる。ことが落ち着いたらちゃんと礼はする。本当に急ですまなかった」

 

『ま、これが私の仕事だし。お礼、期待してますからね?』

 

 それだけ言い残して電話は切れた。が、これでようやく、点と点が繋がった。ならば、あるいはつなげられるか。

 

(今日はもう夜も遅い。明日の朝イチでコンタクトとってみるか)

 

 その路線ならコンタクトが取れるかもしれない。やってみる価値はある。

 

 

 

 その翌朝、俺は早速行動した。まずコンタクトをとるのは虹架だ。そこから間接的に対象にコンタクトする。この計画自体は虹架に話し、同意を得た。正直身内を利用しているようであまりいい気はしないが、あまり手段を選んでいられるような時間の余裕がない。今回に関してはスピード重視でないとどうなるかわからない。そんなわけで、真っ先にコンタクトを取った相手は七色だった。

 

「朝早くからすまないな、七色博士」

 

『いえ、こちらは時差の関係からこの時間に起きてるのもあまり珍しくないから。で、こんな時間に連絡してきた、ということは、急用だったりするの?』

 

「お察しの通り急用だ。今回は七色博士としての立場を使って、ねじ込んでほしいことがある」

 

『となると、ソウルトランスレーター絡み?』

 

「近いっちゃ近い。まずは状況を説明する」

 

 そう切り出し、事情を説明した。具体的には、キリトが襲撃を受けたあたりから全部だ。そして、手掛かりをたどっていくとラースにたどり着いた、というところまで話した。

 

『それ、もしかしなくても違法じゃない?』

 

「手段を選んでる場合じゃねえのよ。自分の学校の生徒が行方不明、なんて事態だ。事態終息のためにはグレーゾーンだろうが使わないと、手遅れになってからじゃ遅い」

 

『それもそうね。そのハッカーさんは信頼できる人なのね?』

 

「当然。じゃなけりゃこんな事態に頼ろうとは思わん。ついでに腕も確かだ」

 

『それで、私を頼ったのね。現状、ラースにねじこみが効く人物、ということで』

 

「その通り。頼めるか?」

 

『私としても、あれほどの人材を失うのは惜しいから、協力自体は構わないわ。けど、あなたは?』

 

「学校のことか?」

 

『ええ。私の方はソウルトランスレーターの開発に携わった身としてねじ込めるし、研究が仕事だし。でも、あなたは違うでしょう?』

 

「まあそりゃそうなんだが。桐ヶ谷が行方不明で、その尻尾捕まえたから追っかけたいけど、数日開けることになると思うって話したら、ちょっとくらいならなんとかしてやるから解決して2人とも帰ってこい、だと。ほら、リモートでファイルの共有とかもできるしな。海外だーって言うのなら流石に手を引いたかもしれんが、日本の領海内なんだろ?なら、行って様子を見てくるだけなら3日か4日くらいあれば充分だろ。そのくらいならなんとかなる。こういう時はデジタル管理じゃない義理人情の時代の人が多いのに助けられた」

 

『なるほどね。なら、問題はどういう形で一緒に行くか、だけど』

 

「なにも助手も連れずに1人で来日してる訳じゃあるまい?うまく化けれゃ感付かれないだろうよ」

 

『口裏合わせるのにも限度があると思うけど』

 

「まあそうだろうな。永璃ちゃんの言う通り、国家機密クラスの事業ともなればガードは堅いだろう。それなら、参照元のデータを変えればいい」

 

『データベースを操作して、助手をあたかも別の人のようにする、ってこと?無茶よ』

 

「できないと思うか?」

 

 俺の言葉に、七色は諦めたようにため息をついた。それもそうだろう、それくらいのことができる戦力がいるというのは既に証明されている。

 

『分かったわ、私の負けね。となればことは急ぐわね。それだけのハッカーだもの、写真差し替えくらいは訳ないでしょう?すぐに菊岡さんにコンタクトとるわ』

 

「すまんな、急に。よろしく頼む」

 

『いいわよ。言ったでしょう?あれほどの人材、失うのは惜しいのよ。国籍とか関係なく、研究者としてね。VRを用いた研究はまだ発展途上。優秀なテスターはこれからも引く手あまただわ。ここで恩を売っておけばパイプもできるってものだし』

 

「・・・強かだな」

 

『そうでなくちゃやってられないわ。じゃあ、また連絡するわね』

 

 それだけ言い残し、彼女は通話を切った。あとは向こうの動き方次第といったところか。さすがに今日早速自体が進展する、というのは考えづらい。その間に、やれることはやっておこう。

 

「ストレア」

 

「はーい、差しかえね?」

 

「ああ、頼む。必要な情報は手元にあるな?」

 

「もちろん。ちゃちゃっとやってくるわ。今ので逆探知も終わってるしね」

 

「さすが。必要に応じて永璃ちゃんや七色氏とも連絡を取ってくれ。その辺は任せる。七色氏も、俺の名前を出せば話は通るはずだ」

 

「ここまでお膳立てされてるのだもの、やってみせるわ。じゃあまたね」

 

 それだけ言い残し、ストレアの気配は消えた。とりあえず状況は一歩前進したところで、俺は車のキーをとりながら、職場に電話をかけた。

 




はい、というわけで。

前回のあとがきでも言いましたが、かなり短めとなっております。いつもは大体5000~7000文字くらいを目安に投稿しているのですが、今回は3617文字。平均が6000文字くらいなので、いつもの半分ちょいといったところでしょうか。
ですが、この次の話とつなげると区切りがわからなくなり、そのまま引っ付けると10000字を超えるので、さすがに長いと思い、ここで。

今回は事態の始動段階ですね。ぶっちゃけ裏設定扱いにして強引に進めるのも考えたのですが、書いた方が後々楽になるかな、と思い、そのまま一つの話として成立させました。

まあ今回はあまり内容もなかったので、短めかつ短期スパンの投稿となりました。

これも前回のあとがきで述べましたが、次の更新は3/10です。そのあとは平時通りの更新となります。

ではまた次回。


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79.照らし出されたもの

 それから数日後、俺は太平洋の洋上にいた。輸送ヘリでメガフロートに向かっていた。一応、七色の助手という体裁だが、もちろん大嘘だ。ある程度簡単な変装くらいはしているが、流石に国家組織が絡む可能性があるのにそれでは心許ない、というのもまた事実だ。が、そこは永璃ちゃんが「なんとかするから大船に乗った気分でいい」と言い切った。彼女が言い切るのなら一定以上の根拠があるのだろう。ここは信頼することにした。そして、ヘリの中にはもう一組。神代凛子博士と、その助手―――という名目の結城だった。

 

(ま、こいつもこういうクチだわな)

 

 こういってはなんだが、この女もやると決めたら末恐ろしいほどの行動力を持ち合わせる。そんじょそこらの男なぞ比べ物にならない決断力、行動力、そしてなにより度胸の持ち主だ。加えて電子戦ならユイちゃんもいる。

 

(本気で敵に回さなくてよかったよ、本当に)

 

 味方なら心強い。敵に回ると厄介この上ない。まさにそんな相手だ。実際、ラフコフ時代でもアスナの脅威度は最高クラスだった。討滅戦の時、メンバーには「出会ったら殺すか殺されるかの2択だと思え」、とまで説明したが、あながち大袈裟ではないだろう。

 さらに、仮にもローティーンの七色を放っておくのが不安という理由で、七色経由を経由する形でねじ込む形で虹架もついてきた。これについてはある程度の理由は説明がつかなくはないのだが、本当に意外としか言いようがない。頭の回転は割と早い方だが、七色や俺に比べれば見劣りはしてしまう。比較対象がおかしいというのもあるが、本当に世話係なのだろう。だが、それなら日本に来た時の助手でも不自然はないわけで。これについては収容人数に助けられた形である。

 

 ヘリがメガフロートに着陸してから、俺たちは自衛官に案内されていた。いくらシビリアンコントロールがあるとはいえど、省庁の壁を飛び越えてまで自衛官が出張るなんてことはそうそうないはず。ということは、あまり当たっていて欲しくないと思っていたのは事実だが、やはり無人―――呼称の是非はともかくとして―――を見据えているという俺の推測はあながち間違ったものではないのだろう。

 道中でもチェックは入っていたのだろうが、すべてかいくぐることに成功したようで、首尾よく本丸まで忍び込むことができた。そこで待っていたのは、アロハシャツ姿の菊岡、眼鏡の青年、そして度が入っているかわからない程度の眼鏡をかけた永璃ちゃんだった。

 

(なんとかするってのはこういうことか)

 

 なるほど確かに、彼女ほどの腕があればホワイトハッカーとして雇われる可能性は十二分にあり得る。何らかの形でねじ込む、と考えたのは彼女も同じだったということか。確かにここに彼女がいるとなれば改ざんなんてお手の物だろう。当然、“なんとかなる”わけだ。

 

「七色博士、それから枳殻嬢もお疲れ様。ヘリでの旅は疲れただろう。そちらの助手くんも」

 

 だからこそ、こういう間抜けな応対に笑ってしまった。虚を突かれた反応に、俺は笑いを隠さず答える。

 

「おいおい、いくら自分のホームだからっていっても気を抜き過ぎじゃないか、菊?」

 

 言いつつ、申し訳程度の変装をはぎ取る。その瞬間、菊岡は顎が外れんばかりに驚いた。

 

「え、あ、いったいいつから?というかどこから?」

 

「真正面から堂々と入らせてもらったさ。こちとら仮にもキリト―――桐ヶ谷和人を生徒として預かっている立場なんでね。行方知れずともなれば全力を挙げるほかあるまい?」

 

「でも、写真では―――」

「実際にお前が確認したのか?その写真を。してねえだろうなぁ。してたら一目見た瞬間におかしいと感づくはずだからなぁ」

 

「アカデミーの写真をすり替えた、ということか。そうか、監視カメラのスキャンについても、橘さんがここにいる以上ごまかしなどなんとでもできる。盲点だった」

 

「で、ついでに言うと、そういう実例が一例だけだと思うのも、また油断というものよ。なあ、結城?」

 

 その言葉で菊岡はようやくもう一人の“偽物”に気づいたらしい。再び目が開かれた。俺の言葉に、隣にいた結城がカツラとサングラスを外して言い放った。

 

「キリトくんはどこ?」

 

 いかな菊岡といえど、あまりの驚きに完全に思考停止したらしい。その様子を見て、後ろにいた眼鏡の青年はクツクツと笑った。

 

「だから言ったでしょ、菊さん。あの子は最大にして防御不可のセキュリティ・ホールだって」

 

 なるほどなかなかいい得て妙な表現に、俺も思わず笑ってしまった。そこまで行って、ようやく思考能力を取り戻した菊岡は隠し通せないと踏んだらしく、あきらめのため息をついた。

 

「まあもろもろ事情を順に説明するけど、機密事項につき箝口令を敷かせてもらうよ」

 

 

 そこからは、STL―――ソウルトランスレーターのことだ―――の原理や装置概要について深く知らない結城のために説明がされた。だが、それは結城と神代博士以外の全員が知っていること。ゆえに、当然ながら疑問が生じる。

 

「じゃあなんで菊はここに桐ヶ谷を・・・搬送って表現が正しいのかは置いといて、治療を試みたんだ?」

 

「キリトくんは長時間の低酸素状態で脳にダメージを負った状態だった。それを復活させるには、脳の機能を戻す必要がある。そのためには、STLを使用して脳を活性化させる必要があった。というより、それくらいしか手がなかったんだ。最高の医療設備という言葉は、決してでまかせで言ったわけじゃない。キリトくんの状況を好転させるにはこれしかないんだ、正真正銘ね」

 

「まあ確かに、いかな現代医療が進歩しているなんて言っても、脳細胞に直接アクセスするなんてのは土台無理な話だろう。でもそれが、STLなら可能だった。それだけの話か」

 

「もし、それでも不可能なら?」

 

「それだけだ。キリトくんは回復しない。それ以上でも以下でもない。それでも、手をこまねいているよりはマシなはずだ。違うかい?」

 

「理屈は理解した。で、それはどういうプロセスを踏んでいるんだ?」

 

「いかにSTLを用いるといっても、正常化には長い時間がかかる。そこは時間加速機能を用いてカバーするんだ。現に、キリトくんをここに搬送してから、キリトくんはSTLを用いたフルダイブで、もう年単位の時間を経過している。現実世界で彼が目を覚ますころには、きちんと元気な状態になっているはずだよ。当初の手筈では、回復した時点でちゃんと事情を話して、元気になったキリトくんを送り届けるつもりだったんだ」

 

「フルダイブするにはダイブ先の仮想世界が必要なはずだ。それはどうやって手に入れたんだ?」

 

「便利なツールがあるだろう。仮想世界のひな型ともいえる、現代VR隆盛の基盤となったプログラムが」

 

「ザ・シード。晶彦くんの残したものね」

 

「その通りです、神代博士。それを用いて、僕たちは仮想空間を作り出した。比嘉くん」

 

「はい。モニター出します」

 

 そういわれてモニターに映し出されたのは、一つの大きな都市だった。街の作り自体は中世ヨーロッパを彷彿とさせる、どこかはじまりの街を想起させるような雰囲気だった。

 

「大きな街ね」

 

「これだけのNPCをよく用意したわね」

 

「NPCではあるけど、おそらくアスナくんや天川くんが想像するNPCではないよ。聡い君たちのことだ、うすうすとは気づいているんじゃないかな?」

 

「やはりか。この世界が作られたのはキリトのためじゃない。何か別の目的で作り出した世界に、キリトを治療とデータ採取を目的としてダイブさせた。違うか?」

 

「さすがだね。ちなみにその目的については?」

 

「あえて誤解を恐れずに一言で直接的な表現をすれば、軍事利用じゃないか、とは」

 

「・・・まったく恐れ入るね」

 

「軍事利用・・・?私はボトムアップ型の高適応性人工知能の開発だと思っていたのだけれど」

 

 結城がつぶやいた言葉で、俺の中ですべてが繋がった。

 

(なるほど、こういうことだったのか)

 

 俺の驚嘆はよそに、菊岡と比嘉は全く違う感想を抱いたらしい。

 

「キリトくんにもそこまで伝えてはいなかったはずだが」

 

「キリトくんが覚えていたのよ。あなた達に協力した時に聞いた、アーティフィシャル・レイビル・インテリジェンス、って単語を」

 

「なるほど。情報漏洩のリスクは勘案していたが、断片的な情報でそこまでたどり着くとは。おそるべし、だね」

 

「そもそも、ボトムアップ型にこだわる理由はあるの?既存AIの発展形でもできたんじゃないのかしら。現代のAIの能力はかなり高いと思うのだけれど?」

 

「それだと限界があるんだよ、七色博士。そちらの説明もしよう」

 

 その言葉を受けて、後ろにいた比嘉がこちらに向き直った。どうやら、彼はそのために呼ばれた側面のほうが強いらしい。

 

「念のため、一から順を追って説明しよう。まずAIというものの区分について説明する必要がある。トップダウン型とボトムアップ型の二つ。現代のAIと呼称されているものはトップダウン型のみだ。これは、AIとしてのプログラミング限界によるものなんだ」

 

「まず人工知能という型を作ってから完成を目指すトップダウン型の人工知能は、あくまで()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎないわけだからね。もちろん学習能力とかによって本物の知能に似せて行こう、ってアプローチなんだけど、あくまで()()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎないの」

 

「説明してくれてありがたいよ、ストレアくん」

 

 菊岡の説明を補足する形でストレアがしてくれた質問には納得がいった。そして、そのアプローチならボトムアップ型というのにも見当がつく。

 

「ということはボトムアップ型は、機械で人間の脳構造を模倣できないか、ということか」

 

「ああ。でもそれには人間の脳の構造を、より細かく正確に知る必要があった。それは現代の技術において不可能だと思われていた。茅場氏が己の脳をスキャンし、焼き切るという行為に及ぶまではね。そこでフルダイブマシンを発展させれば、脳の構造をより深く理解できる可能性が高い、ということに気が付いたんだ。そうして生まれたのが、STLだった。で、脳のスキャン、そしてその複製と、保存するための入れ物、ライトキューブの開発まではうまくいった。フラクトライトを複製することさえできたんだ。しかし、ここで問題が生じた。

―――比嘉くん、例のアレ、見せてあげてくれ」

 

 菊岡の要望に、比嘉は露骨に嫌な反応をした。

 

「えぇ・・・あれやるとめっちゃへこむんスけど」

 

「とはいっても、言語化して伝えられることでもないだろう?見せたほうが速い」

 

 その言葉に、比嘉はしぶしぶコンソールを操作した。そうして映し出されたのは、なにやら光球が映し出された。その光球に向かって、

 

『サンプリングは終わったんスか?』

 

 スピーカーから聞こえた声は、問いかけた比嘉と同じ声だった。その瞬間に俺はある程度の事態を察したが、事情説明はあとでちゃんとされるはずだ、と考え、少し様子を見守ることにした。

 

「STLにトラブルは起きてないっス。そこはいわば、STLの中、といったところっスかね」

 

『ならここから出してくれ。できるんだろ?』

 

「それは無理な相談ってもんっス」

 

『なんでだ?というかそもそもアンタ誰なんだ?聞いたことない声っスけど』

 

「・・・俺は比嘉っス。比嘉タケル」

 

『比嘉?どういうことだ!?俺が比嘉だ!ああもう、そこに菊岡さんは!?』

 

「比嘉くん、僕だ。菊岡だ」

 

『菊岡さん!アンタ騙されてないっスか!?だって俺は―――』

 

「あぁ、比嘉くんそのものだ。厳密にはコピーだが」

 

『コ、ピー・・・?俺が!?そんなはずはない、そんなはずはない!だって俺には記憶も人格もある!』

 

「それもそうだろう。いわば完全な複製体なのだから、記憶も人格もコピー前段階で完全に複製されているはずだ」

 

『ありえない!そうだ、円周率の暗記勝負をしよう!3.141942ディ535ディル979ディルディルディル―――』

 

 奇妙なエラー音とともに、光球の形が崩壊していき、やがて無音になる。それを確認して、比嘉が静かに告げる。

 

「フラクトライト複製体、完全に崩壊しました」

 

 横で人が崩れ落ちる音が聞こえる。虹架が顔を青ざめてうずくまっているのを七色が介抱していた。その後ろの方で、同じく顔を青くした結城を神代博士が介抱していた。無理もない、確かにこれは、衝撃的という言葉すら生ぬるい。

 

「見苦しいものを見せてすまないね」

 

「構わん。確かに悪趣味極まりないのは事実だし、実行する前の比嘉さんの反応も至極もっともだ。が、これは口で説明してどうにかなる話じゃない」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。

 比嘉くんは140近いIQを持つ、いわゆる天才だ。その比嘉くんのコピーでさえ、こうなってしまう。同じ事象は、コピーを採取したほとんどの人物において発生した。僕を含め、自衛官も例外なく、ね」

 

「私たちトップダウン型の人工知能ですら、自身の複製体がいる、なんておぞましいもの。万が一バグでバックアップが解凍された、なんてなったら、きっとお互い殺し合うね。より複雑なボトムアップ型なら、こうなるのも確かに不思議ではないよ」

 

「なるほど、それはそれで興味深いな。まあそれはそれとして、一定以上に成熟した知性を完全に複製することは不可能、という結論に至ったわけだ」

 

「なら、能力や記憶の一部を制限してみたら?」

 

「やってみたんスけど、さっきの比じゃないレベルで悲惨なモンができましたよ」

 

「と、すれば、制限部分が足りない―――いや、そもそもそこまでしたとして、成長限界を迎えたものでは学習能力に限界があるはず。となると成功させるには―――いえ、そもそもそんなところまでSTLは可能だというの・・・?」

 

「理論上は可能よ、神代さん。だけど、試算するまでもなく、圧倒的にリソースが足りないから実行されていないわ。時間も、金も、労力も、なにもかもね」

 

「でも、仮にも巨額の公的予算を投じたプロジェクトだ。何の成果も得られませんでした、というわけにはいかない。何が何でも成功させる必要があったんだ。そのためには、成熟前の無垢なフラクトライトが必要だったわけだ」

 

 菊岡の言葉に、一瞬俺は、どういうことか、と思った。が、すぐに結論にたどり着いた。直後、後ろで椅子が弾かれる音がした。音の方向からして結城だろう。頭の回転が速い彼女のことだ、おそらく俺と同じ結論に至ったのだろう。

 

「やはり、そうか。―――生まれたての、自我や人格が形成されていない、赤ん坊のフラクトライトを複製した。違うか?」

 

「その通り。人道的批判は甘んじて受け入れるよ。でも、さっきも言った通り、何も得るものがない、じゃだめなんだ。そして、これが一番の近道であり、新生児の両親には承諾を得、見返りもしている。そこは理解してほしい。

 話を進めると、無垢なフラクトライト―――ソウル・アーキタイプの精製に成功した。となるとあとは成長させるための舞台が必要だった。できる限り自然な世界がね」

 

「まあ、本来仮想世界をつくるだけなら3Dデータは必要なかったんスけどねぇ。でもそもそも、建築物を作るってだけでも膨大な資料と研究が必要だって分かったんス。で、ボクもVRMMO遊んでたんで、あの世界がうってつけだって思いついたんスよね。なんで、ザ・シードを使ってあの仮想世界―――アンダーワールドを作った、ってわけっス」

 

「だが、ザ・シードで作れるのはあくまで既存の仮想世界の延長にすぎんはず。これほどのものだ、専用の世界が必要なんじゃないか?」

 

「その通り。なんで、下位サーバーでザ・シードパッケージの仮想世界が、上位サーバーで専用の仮想世界が動いていて、リアルタイムで同期してる、ってわけっス」

 

「ということは、下位サーバーにはアミュスフィアでもインできる、ということ?」

 

「理論上は。ただ、最適化されてないので、問題が生じる可能性はあるっスね」

 

「話を戻そう。で、そうして生まれたのがあの世界なわけだな?」

 

「ええ」

 

「ソウル・アーキタイプ、だっけ?それはあくまで赤ん坊に等しいわけだろ?いかなザ・シードのAIが優秀って言っても限界はある。一から子を育てる、なんてのは流石に無理があるだろう。子育てはどうしたんだ?」

 

「それは、ラースのスタッフに協力してもらったよ。彼らには少し無理を言うことになってしまったが」

 

「案外楽しんでみたいっスけどね」

 

「時間のかかる作業である以上、時間加速機能を使ったんだろ?相対的な時間はどれくらいだったんだ?」

 

「あっちの時間で18年、こっちの時間でざっと一週間ってとこっスね」

 

「18年っていうと・・・ざっくり1000倍くらいってこと?人体への影響は?」

 

「STLがアクセスするのは、生体としての脳ではなく、意識の光量子そのものにアクセスを行う。つまり、脳の組織自体をどうこうする、ということはないの。だから、理論上は脳の機能に支障をきたす、ということはないわ」

 

「あくまで理論上の話ではあるから、実際のテスターに対しては上限を設けているがね」

 

「裏を返せば、上限がないということ・・・?記憶容量の限界に達してしまったりしないの?」

 

「その心配はもっともだが、このくらいなら問題ない・・・はずだよ」

 

「おいこら、不安にさせる一言を付け加えんな。どういうことだ」

 

「フラクトライトの記憶容量としては150年分くらいのものがあると見積もっている。人間の寿命は、どんなに長くても120歳程度。ということは、マージンを取ったとしても、10年20年程度なら問題ないと判断している」

 

「これから一世紀弱の間に、何か革新的な寿命を延ばす手法が編み出されない限りは、ね」

 

「その時はその時だ。それに、この機能は相当量のリソースを用いて初めて正常稼働できるものなんだ。そうそうおいそれと作動できるものじゃない。今は実験段階だからその辺かなり融通が利くけどね。仮にこれを汎用化できたとしても相当な年月と時間を要する。

 話を戻そう。その後スタッフは流行病で仮想世界内では死去して、ログアウトした。スタッフのほうには記憶プロテクトをかけてあるから、記憶の混濁は起きないはずだ。現に、今日に至るまで、そのような報告は受けていない。そのあとは人体への影響を鑑みる必要が無くなったから、倍率を5000倍まで引き上げたんだ。その後、こちらの時間で3週間ほど、あちらの時間で300年ほど経過したときには、人口8万の一大社会が形成されるに至った」

 

「それが、さっき見せたあの世界、というわけか。もはや文明シミュレーションの次元だな。だが、そこまでの社会となると然るべき法が必要なはず。それはどうしたんだ?」

 

「それについても問題はないよ。比嘉君、ルーラー・アーキタイプの一つを励起させてくれ」

 

「それは構いませんけど・・・いいんスか?」

 

「口で説明しても納得しづらいだろう。さっきの今なら余計にだ」

 

「・・・わかりました。サンプルデータ励起を開始します」

 

 そういうと、比嘉はまたもやコンソールを操作しだした。そして映し出されたのは、先ほどの比嘉のフラクトライト複製体と同じようなものだった。そして、スピーカーから声が聞こえだした。

 

「あーあー、マイクテスト。聞こえるっスか?」

 

『あぁ、良好だ。こっちの声も問題ないか?』

 

―――それは、まぎれもなく俺の―――天川蓮の声だった。

 




はい、というわけで。

ここから本格的にオーシャンタートルでの出来事になります。どうしても説明パート入れないと完全に置いてけぼりを食らわせる格好になってしまう恐れがあるので、ひとえにご容赦ください。説明の順序があべこべになっていたりするのは、超メタいことを言ってしまうと、原作と極度に類似してしまうのを防ぐためだと思っていただければ。

その都合上、はっきり言って原作をガッツリ読み込んでこの辺りなんざ説明されなくても覚えてるよ、というような人はどうしても退屈なことになってしまうことは避けられないでしょう。そこは申し訳ないですが、先の理由からここで説明パート挟まないといけないと判断しました。申し訳ないです。

次の話からはちゃんとオリ主二次創作らしく、変な表現にはなりますが、ちゃんとある程度脱線していくのでご安心ください。

ではまた次回。


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80.調停者と異分子

「あーあー、マイクテスト。聞こえるっスか?」

 

『あぁ、良好だ。こっちの声も問題ないか?』

 

「問題ないっスよ」

 

『てことはこれはサンプリングが終わった、ってことだな?』

 

「ご明察、っス」

 

『つまり、俺がいるのはあくまでデータ世界であり、俺自身は俺自身の複製体である、と』

 

 その反応に、虹架、結城、神代博士の三人は驚愕をあらわにした。七色が驚かないのは、おそらく一度見た後なのだろう。

 

「その通りっス」

 

『あんたの声に聞き覚えはないが、おおかたラースのスタッフってとこか。いや、オペレーターというべきか。菊岡か七色博士は?』

 

「たまたまどっちもいますけど、どっちに代わります?」

 

『なら菊岡で』

 

 俺の複製体の指名に、菊岡がマイクに向き直り、口を開いた。

 

「天川くん、僕だ、菊岡だ」

 

『菊、悪いことは言わんから、これやめたほうがいいぜ?覚醒したときに、目は開けてるはずなのに真っ暗だし、布の感じとか一切ないから何も感じないし、においの情報もなくて直接脳内に話しかけられてる感じだ。はっきりいって気味が悪いことこの上ない』

 

「それはすまないね。今後の検討材料に加えておくよ」

 

『ああ、頼むぜ。このままじゃ、きっとこの後に覚醒するやつもパニクるだろうよ。最悪、自我の崩壊、だっけ?この場合は複製体の崩壊か。そういうの引き起こしかねん』

 

「実をいうと、ほかの複製体の成功率は著しく低いんだ」

 

『言わんこっちゃねえ。まあ、難しいだろうけどな。で?これはあくまで問題ないかのテスト、って認識で合ってるんだよな?』

 

「ああ、その通りだ。こちらとしても、せっかく採取したデータが死んでた、なんてことは避けたいからね」

 

『OK、わかった。ならこっちから伝えることを簡潔にまとめる。俺は俺の複製体であり、オリジナルが別にいることを認識している。で、さっきも言った通り、この空間は五感が死んでる。聴覚は微妙なところだが、これはあくまで脳内に直接語りかけている状態だろうから、五感がどうなってるのかは把握できない。記憶とかは多分大丈夫、少なくとも簡単なクイズくらいは楽勝だと思う。アバターについては・・・うん、真っ暗すぎてアバターの有無や動かせるか否かもわからん。これでいいか?』

 

「ああ、問題ない。では沈静化するよ」

 

『了解した。お疲れ様』

 

「ああ。お疲れ」

 

 それだけ言うと、通信は切れた。それを確認して、比嘉が告げる。

 

「フラクトライト損傷率、10%未満です」

 

「うん、今回もほぼ予定調和でなによりだ」

 

「・・・どういうことだ?知性を持ったフラクトライトの複製は不可能じゃなかったのか?」

 

 思わず聞かざるを得なかった。だが、菊岡はその疑問も当然、といった様子で答えた。

 

「ああ。なにせ、複製が成功したのは君の一例だけだったからね。君が覚えていないのも当然だよ。こんなことをしていると知ったら、君は納得してくれるだろう。現に、その時の君は納得してくれたよ。そして、その時の君には結局、今の説明を一通りすることになった。この辺りまでは十分僕の想定に入っていたから、フラクトライトの記憶封印措置を行っている。なにせ機密ラインを超えた話をしっかりする必要があったからね。この辺も、情報漏洩のリスクを鑑みて了承を貰っている」

 

「まあ、俺としてはその前のテスター依頼の段階から疑ってたけどな。ただの新世代VRマシン開発で、表向きは民間なのに、わざわざ役人、しかも官僚が出張ってくるなんて只事じゃあない。となれば、VRマシンを利用した、新たな利用用途の開発が含まれる可能性が高い、ってところまでは読めていたからな。

 話を戻そう。とどのつまり、俺のフラクトライト複製体を、いわば代理人としてダイブさせることで、社会秩序を保たさせているわけだ。ルーラー、って呼称を見ると、さしずめ“裁定者”ってところか」

 

「その通り。この実験の目的を達成するために、秩序が必要であることを理解するであろうことは予測がついた。予想通り、君の複製体の複製体を作ることと、裁定者、調停者としてダイブしてもらう、ということも了承済みだ」

 

「話をまとめよう。まず、新生児のフラクトライトをいくつか複製して、そのデータをもとにソウル・アーキタイプを生成。ソウル・アーキタイプによって誕生した新生児を、ラースのスタッフをダイブさせることで育成。ある程度育成させたところで、ラースのスタッフはログアウト。育児と同時並行か、育児が終わった段階で、唯一複製に成功していた俺の複製体を調停者として送り込み、社会秩序の維持を行う。その社会秩序の元、急激な時間加速によって、人口フラクトライトたちの社会を形成した。こんなところか」

 

「ああ、そういうことだ。だが、ここで問題が発生していることに気が付いたんだ。それも、かなり深刻な、ね」

 

「そんな問題が発生しているようには見えないけど」

 

「厳密には、問題が一切発生していないことが問題なんだよ。この世界では、殺人というものは起きない。大きな争いも発生しないんだ。そこで調べてみると、公理教会という、あの世界―――アンダーワールドにおける政府が敷いた法律である禁忌目録に、確かに殺人を禁止する項目もあったよ。その法を調べたところ、アンダーワールドの世界の住民は法を遵守するということが分かったんだ。遵守しすぎている、と言った方が適切なほどにね」

 

「まさにユートピアじゃない。結構なことじゃないの?」

 

「いいや、この上なく深刻な大問題だろう。忘れたか?この実験の目的は軍事利用だ。となれば、規律を遵守するというのは重要だろうが、それ以上に人を殺せないんじゃ役立たずもいいところだ。違うか?」

 

「でも、話を聞く限り、これは明らかに新しい人工知能の精製を目的としたものよね?軍事利用には結びつかないと思うのだけれど」

 

「それについてはなんとなく想像がつくぜ。大方、最悪IFFが作動しない、あるいはそもそも無い乱戦でも運用できる人工知能の開発、だろう?」

 

「・・・君のその推理能力にはつくづく舌を巻かされるね。教職より探偵のほうが向いているんじゃないかい?」

 

 やはりというか、俺の推察は合っていたらしい。唐突に登場した軍事用語に、俺と菊岡以外がキョトンとして反応を示した。まあ、これはいわゆるミリオタじゃないと分からなくても無理はないか。

 

「アイデンティフィケイション・フレンド・オア・フォー。頭字語でIFF。敵味方識別装置、と和訳されるね。航空機や艦船に搭載されて、相手が敵か味方か識別するためのシステムだよ。このシステムによって、空自や海自なんかは敵と味方の区別をつけているんだ。世界中の空軍、海軍も同様にね。ただし、これはあくまで海と空でのお話だ。陸となれば、話は変わってくる。それに、あくまで機械である以上、壊れる可能性を否定しきることはできない。そもそも、既存のAIだと処理能力的にも限界があって、空戦なんてとてもとても、というのが現状なんだ。処理能力が仮に無限であったとして、IFFが故障などで作動しなかった場合でも、既存AIでは対応ができない。その理由も君なら想像がつくだろう?」

 

「対象が同じ人間である以上、味方を殺さず敵だけ殺せ、なんて命令を実行できない。違うか?」

 

「そういうことだ。専門家に聞いても、そんなのは無理だという結論に至った。ただ人を殺せ、という第一原則を与えたらどうなるかなんて、想像がつくからね。そこでこの策に思いついたんだ。だが肝心要でこのザマでね」

 

「そんな話を、いったいいつから・・・?」

 

「―――()()()()、だよ」

 

 静かな返答に、いつもの柔らかさはそのままあった。が、その奥には、何が何でも成功させる、という覚悟があった。

 

「ナーヴギアが開発された5年前。その前から、VRを軍事利用するという研究は進んでいた。米軍が開発したその時代の骨董品が、今でも六本木の本部にあるよ。だけど、僕はあの世界にダイブしてすぐに、既存の戦争という概念すら一変させうると確信した。だからこそ、自ら志願して総務省に出向し、SAO事件を間近で見守った。ここまでたどり着くのに5年かかった。長かったよ、本当に」

 

「つまり、あなたは、陸軍での戦争を人工知能に置き換えようと?」

 

「僕だけじゃないがね。こういった研究は世界中で行われている。アスナくんには嫌な思い出だろうけど、須郷信之が自身の非合法な取引を手土産に売り込みを行おうとしていたのは覚えているかな?あの取引相手も一流企業と言って差し支えないのだが、そう言ったところでもそんな非合法取引に乗るくらい、表舞台には出ない花形部門なんだよ。現状、無人偵察機はナーヴギアを叩き台にして開発されたデバイスを使用している。が、これは無線操縦である特性上、ジャミングなどの電子戦にめっぽう弱いという致命的な弱点を持つ。そこで目を付けられたのが人工知能だったんだ」

 

「ちょっと待って、先ほど、法を遵守しすぎる、と言ったわよね?それは具体的にどのくらい?」

 

「一度孤立した山村を選んで、ある種の過負荷実験を行ってみた。内容は、その村の家畜と作物の7割を死滅させた。総体としての村が、冬を超えて生き延びるためには、村人の一部を切り捨てるしかない。いかなる形であれ、禁忌目録に反して、ね。結果は、最後まで禁忌目録には反しなかった。春を迎える前に村の全員が餓死したよ。この実験を以て、僕らは彼らが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と判断した」

 

「そこまでして人工知能にこだわる理由はあるの?多少の制限はあっても遠隔操縦で、いや、そもそも無人兵器って物自体、ひどく歪なものに思えるけど」

 

「まあ、その気持ちも分からなくはないよ。僕も最初はそうだったからね。でも、冷戦が世界を変えてしまった。何万ガロンの血も油も流してでも勝てばいいというところから、流血のない世界に、というところへ、ね」

 

「ゆえに、私の国は、イラク戦争でブッシュ政権が揺らぎ、穏健派のオバマが勝った。その後のトランプだって、積極的に軍事的な対外政策を推進したわけではないしね。けれど、私たちの国は軍事予算への分配を止めることはできない。だからこそ、アメリカは今、無人兵器の開発に躍起になっているの。当然、こういった人工知能にもね。だからこそ、グレーゾーンをついてでも協力を呑んで、私がいる」

 

「・・・納得できないけど理解はしたわ」

 

 菊岡の後を引き継ぐ形で、七色が説明した。それに、不承不承といった体で神代博士が答える。なるほど、外部から研究者、というのは分かるが、わざわざ海外から招へいしたのは、アメリカ側のそのような思惑があってのことらしい。

 

「でも、それってアメリカの話なんですよね?まさか、アメリカ側とコンタクトを取りやすくするために・・・!?」

 

「とんでもない!その真逆、身を隠すためにこんな太平洋のど真ん中でやっているんだよ。本土の基地も研究施設も向こうさんに素通しだからね」

 

「じゃあ、古風な言い方をすると“お国のために”こんなことをしているわけだ。理由を聞いても?」

 

 虹架の考察を、彼にしては珍しい大きな声で遮った菊岡はそう答える。だが、そうなると今度は行動動機が見えてこない。日本の自衛隊派遣に、いわゆる軍事行動が絡むケースというのは決して多くないからだ。少なくとも、専守防衛を掲げているうちは大勢に影響はないだろう。となれば、なぜこんなことを進めるのか。

 

「そう、だね。一言で言うと難しいんだが・・・。自前の防衛技術基盤を生み出すため、かな」

 

「なるほど。確かに道理だ」

 

 俺は即座に見抜いた。が、これは知識がないとピンとこないだろう。実際、女性陣は一様に理解できないといった表情をした。

 

「俺から説明したほうがいいか?」

 

「そうだね、こちらとしても、君の知識レベルをある程度把握する必要がある」

 

「分かった。

 説明すると、だ。日本において、自前の防衛技術ってそこまで多いわけじゃあない。そもそもメーカーとしても売り込み先が自衛隊だけなんだから、売り上げとしては決して大きいとは言えないだろう。特に航空機なんボロボロっていっても差し支えない。一応日本もしっかりかかわって開発されたF-2支援戦闘機も、アメリカとの共同開発なんて名目だが、ぶっちゃけ一番肝心なとこは教えてもらえなかった。それでいて、向こうはこっちの先端技術をかっさらってった、なんてのは割と有名な話だしな。まあ、こいつは技術屋というよりお上の言うことが二転三転し続けた結果、とも言われてるがな。まあとにかく、そんなこんなで、絶対数の確保や先端技術のためには輸入せざるを得ない、わけなんだが、最近導入されたF-35も安い買い物じゃあないし、高額ゆえ数も確保できない。そもそも、なんらかの要因で輸入路が途絶えればそれで終わりだ。碌な重整備拠点がないのか共食い整備が行き過ぎて機体いくつかまるまる潰してる韓国よりかはまだマシなんだが、足元見てても仕方ない。となれば、現状日本の国防としては、何か一つでもいいから自前で、国防の技術を生み出したいわけだ。そうして目を付けたのが、未開の地である人工知能を用いたものだった。

 とまあ、ざっくり説明するとこんなとこなんだが。あってるか?」

 

「十分だよ、ありがとう」

 

「君にそんな国防意識があったなんてね、比嘉君」

 

「いやぁ、ボクの動機なんてそんな大層なモンじゃないっス。ボクの韓国人の友人が、兵役中に派兵先で自爆テロに巻き込まれて死んじゃったんスよね。で、この研究で、戦争がなくなることはなくても、人が死ぬことだけはせめて、なんて。個人的でガキっぽい理由っス」

 

「一応言っておくと、私は違うわよ。そこの役人に雇われた、雇われホワイトハッカー、って言ったところかしら。リアルでもある意味傭兵稼業、ってわけ」

 

「なんていうか、永璃さんらしいなぁ。あれ、でもその技術を自衛隊独自のものにしようとしている、ということと開発の動機が合わない気がするんだけど・・・」

 

「いや、菊岡もその辺わかってるはずだ。あくまで独自技術、ってしたいだけで、独占が長続きするなんてハナから思っちゃいない。あくまで先手を打ちたいだけだ。違うか?」

 

 虹架の考察に対して俺が言い放った直接的な表現に、菊岡は苦笑いしつつ後ろ頭を掻いた。そこで、俺たちの話を黙って聞いていた結城が、澄んだ氷を思わせる声で言い放った。

 

「でも、あなたたちはその御大層な理念をキリトくんに話してはいないでしょうね。そこまで聞いたうえでキリト君が協力するとは思えないもの」

 

「それは、なぜ?」

 

「あなたたちのその理念には、決定的かつ致命的に一つの観点が抜け落ちている。そのことにキリト君が気づかないはずはないし、気づいたうえで協力するとは思えない」

 

「ふむ、それは?」

 

()()()()()()()()()よ」

 

 結城の端的な回答に、菊岡は不可解な顔をした。

 

「理解できないな。確かに話していないのは事実だが、それはあくまで機会がなかったから、というだけだ。彼こそ、筋金入りのリアリストだろう?そうであったからこそ、SAOをクリアできたはず」

 

「分かってないわね、むしろそれは真逆よ。彼にとっては、自分のいる場所こそ現実なの。仮の世界とか、仮の命だとか、そんなことは考えられないからこそ、SAOをクリアできたのよ。もしキリト君が、アンダーワールドの真の姿に気が付いていたら、きっと激怒しているでしょうね」

 

「ますます理解できないな。人工知能に血肉の通った肉体はない。ならばなぜそれは仮初の命でないと言える?」

 

「ストップだ、二人とも。議論されるべき問題であることは確かだろうが、ここで論ずる必要がある問題でもないはずだ」

 

 俺の仲裁に、二人がそろって沈黙する。いや、結城のほうが俺をにらみつけるように見ていることからも、明らかに納得はしていない。まあ確かに感情ではなかなか納得できる話ではないだろう。

 

「だがな菊岡、結城の言うことも尤もだぜ。確かに肉体はないだろうが、知性という点を見れば明らかに人間と同等、あるいはそれ以上のものが生み出されているわけだ。確かに現実で血肉の通った人間が死ぬことはなくなるだろう。が、お前たちが生み出した人工知能の命に対して、“まがいもののお前たちはおとなしく従え”、なんて言ってたら、今度は人工知能たちの反逆もあり得るぜ?」

 

「考えておこう」

 

 俺の言葉に、菊岡は、彼にしてはいやに珍しく生真面目に答えた。と、そこで虹架が続けた。

 

「でも、そうなってくるとなお見えてこないこともあるわよ。話を聞くと、実験段階ではラースのスタッフも少なからずフルダイブで協力しているのに、それでもなお、桐ヶ谷くん達が必要だった理由は?」

 

「ああ、そもそもその説明だったね。遠回りしすぎて忘れてしまっていた。

 先も言った通り、アンダーワールドの住民は規律を重んじすぎるあまり、禁忌目録には違反しない。それがどれほどのものなのかは、先に説明した過負荷実験の結果から見ても明らかだ。でも、我々としては、奇妙な言い方ではあるが、法を犯してもらわなければ困るわけだ。そこで、人間のスタッフの記憶を制限してダイブさせ、全く違う刺激を与えることでどうなるか、ということをやってみた。のだが、大多数のスタッフは、アンダーワールドにて極めて内的傾向を示した。新しい風をもたらしてほしいという目的でやっているのに、これでは本末転倒だ」

 

「重力感覚による違和感のせいではないか、と気付くまでに時間はかからなかったわ。メンバーにはフルダイブ経験者も少なくなかったから、最初は誰しも戸惑う感覚にも馴染みがあった。そこで、仮想世界に順応しきっている人材を確保する必要がある、と気づいたんだよ」

 

「そこで白羽の矢が立ったのが桐ヶ谷だった、というわけか。確かに自然な流れだな。俺を送り込むわけにもいかないし、必然、仮想世界の俺を、俺本人と区別して認識できるだけの能力も必要だろうからな」

 

「そういうことだ。それによって得られた成果はとてつもないものだった。我々含めたラーススタッフの全員の成果を合計で合算しても到底及びつかないほどにね」

 

「つまり、向こうの法律に触れたユニットが現れた、と?」

 

「結論だけ言ってしまえばその通りっスね。彼といつも行動しているユニットの違反指数が一気に高くなったんス。かみ砕いていえば、彼のわんぱくっぷりがほかの子に伝染していった、って感じっスね」

 

「いやにリアリティをもって想像できるな、それ。なあ結城?」

 

「ええ、本当にそのとおりね」

 

「そして、実験終了間際に、とうとうキリトくんに最も近しい少女が禁忌目録を違反したんスよ。しかも、内容は移動禁止アドレスへの侵入っていう結構重大な違反っス。ログを精査してみたら、どうやら視界内の移動禁止アドレス内で一つのユニットが死亡してるんっスよね。人殺しのためのものを作っているのに、求めていた適応性を発現したきっかけは禁忌目録より人命救助ってあたりは皮肉極まりないっスけど」

 

「てことは実験は成功で終了じゃないのか?」

 

「いえ、そういうわけじゃなかったんス。時間加速で内部だと凄まじい速度で動いている関係で動いている関係で、観測からサーバー停止処理まで大きなラグが存在するんス。なので、観測してからサーバーを停止したときには、内部時間で二日が経過していました。その二日の間に、あちらの政府に当たる公理教会は、その少女のフラクトライトに何かしらの修正を施してしまったんス」

 

「修正・・・?そんな権限与えてなかったはずよ?」

 

「ええ、その通り。なんですが、なんにせよ彼らはシステムの抜け道を見つけたらしくてですね。本来は寿命の操作くらいしかできなかったはずなんですが・・・まあ後で生データを見せますよ。アリスの当時と今の禁忌違反係数を、ね」

 

「アリス・・・それが、その少女の名前?」

 

「ああ。僕たちはその偶然に驚愕したよ。なにせ、このプロジェクトの礎となった概念の正式名称と同じだったからね」

 

「なるほど。アーティフィシャル・レイビル・インテリジェンス、の続きがそうなってるわけだな?」

 

「その通り。正確には、アーティフィシャル・レイビル・インテリジェント・サイバネーテッド・イグジスタンス。日本語で、人口高適応型知的自立存在。頭字語でアリス。僕たちの目的は、人口のフラクトライトをアリスに変化させることにある。僕たちはこれを“アリス化”と呼んでいる。

―――ようこそ、プロジェクト・アリシゼーションへ」

 

 いつもの煙に巻く口調と、謎めいた笑みのまま、菊岡は歓迎の言葉を告げた。

 




はい、というわけで。

これにてオーシャンタートルでの説明パートはいったん終了です。説明長い。

主人公だけがフラクトライトの複製に成功した、というのは、実は裏設定がありまして。
というのも、正史40話“Yui”にて、たった一節ですがユイちゃんが彼について言及していたシーンがあります。感情の根幹パラメータがほとんど変動しない、っていう一節ですね。これは、彼自身の自我、ちょっと詩的な言い方をすると、自身の芯とでも言いましょうか。それが強固なため、複製体にもそれが引き継がれ、そんな状態であっても混乱せずに、一瞬の説明で自身をコピーとして認識し、受け入れることができた、ということです。そして、菊岡たちはその手に関してはそこまで詳しくない上に、ほかの成功例もなく、失敗した例と違う点が多すぎて原因が絞れないので、「なんでか分からないけどどうやら彼だけは問題ないらしい」というような結論に至った、というお話ですね。ちょいと無理のある設定ではありますが、ここではそういうことで一つ。
自分もこのあとがきを書くにあたり投稿日時を調べましたが、そのお話を書いたのはもう5年以上前のお話なんですね。思えば長いものです。

さて、この次からはアンダーワールド編となります。先にちょっとだけ言っておきますが、剣術学院あたりからの開始です。どこかの感想返しで前半は超絶カットといいましたが、そういうことでした。

ではまた次回。


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81.剣術学院

アンダーワールド編、始まります。


 今日と変わらぬ明日。明日と変わらぬ明後日。それを守るため、俺はいまこうしている。それが数百年と続き、何代目かの俺にその役目を引き継ぐ。それが延々と続き、最後の過負荷実験を潜り抜けさせる。それが俺の役目である以上、それを全うするだけだ。いかにこの世界がゆがんでいようと、この世界が終わるその瞬間まで、俺のできる範囲で秩序を維持する。それが俺の存在意義だ。それが、おそらくいつまでも続くと思っていた。

 

「キリト初等練士、ただいま帰着いたしました!」

 

「・・・刻限から38分ほど遅れているようですが」

 

「指導役・セルルト上級修剣士より、指導時間の延長を指示されましたので」

 

 それも、この少年―――キリトとユージオが入ってくるまでは、の話だが。それに対し、寮監であるアズリカがため息交じりに答える。

 

「それならば仕方ない、のですがね。その言葉を門限破りの免罪符だと思っているのではないか、という疑いを、私はついぞ晴らすことができませんでしたよ」

 

「まあまあ、その辺にしておきなさんな。セルルトとしても、自分に合って、なおかつ骨のある稽古相手なんてそうそういたもんじゃないから、少しでも多く立ち会っておきたいんだろうよ」

 

「・・・そういうことにしておきます。あと17分で食事の時間ですから、遅れないように。いいですね」

 

「はい!」

 

 そういって、キリトは俺たちに軽く一礼して小走りで去っていく。その背中を目で追いかけながら、俺はアズリカに話しかけた。

 

「セルルトの剣筋を見てきた俺だからわかる。あいつの剣を相手するのであれば、生半可な相手では意味がない。より上を目指す稽古相手とすれば、あいつと同じ流派か、俺か、あとはキリトかユージオくらいしかいないだろうよ」

 

「あなたがそういうのならばそうなのでしょうが、ついぞ理由を聞いたことがありませんね?」

 

「凡夫には言っても分らんだろうが、アズリカになら通じるか。一言で言ってしまえば、“実戦向きか否か”、だ。大技を当てるというのは確かに見栄えがいいが、当たらなければどうということはないわけだ。ならば、小技で攻めていった方が実際の戦いだと生きる。大技を繰り出すのはどちらかというと剣舞のほうが映える。セルルトの剣術はより実戦向きの、鋭い太刀筋で攻めるもの。ならば、己の剣を高めるのには、リーバンテインのような正統派の剣術ではなく、キリトやユージオのような、良くも悪くも邪道で実戦向きな剣術のほうがいいだろうよ」

 

「分かるようで分かりませんね。私ですらそうなのですから、あなたの言う通り、凡夫では言ったところで通じないでしょうね」

 

「だろ?」

 

 軽く笑う。セルルトは、現在のキリトの指導役で、かつて俺の弟子にもなっていた女剣士だ。この世界の正統派剣術は、アバンラシュ―――この世界で言う天山烈波(てんざんれっぱ)を代表とする、大技の一撃で仕留める剣術だ。対して、セルルトの剣術は、どちらかというと俺に近い、鋭い技の一撃を重ねて相手を仕留める剣術だ。だからこそ、俺は当時初等練士であった彼女を側付きにして指導した。弟子にした、とはそういうことだ。

 

「それはそれとして。明日だったよな、あいつの剣が出来上がるの」

 

「ああ、そういえばそうでしたね。生半可な剣じゃなければいいのですが」

 

「あいつの剣だ、よほどのなまくらじゃない限りはそこらの剣士と対等に渡り合うだろうよ。それだけの力がある」

 

「あなたは随分とキリトを買っているのですね?」

 

「それもそうさね。セルルトのためを思って指名しなかったが、もしセルルトが側付きに任命していなければ間違いなく俺がしている。ま、あれの目がそこまで節穴だとは思っていないがね」

 

「それについては同感です。私は今でも、あの剣術大会のことを覚えていますよ」

 

 そういって遠い目をするアズリカの脳裏には、いまだにあの剣術大会―――キリトたちの入学を決めた試合が焼き付いているのだろう。かくいう俺もそのうちの一人だ。型の最短時間を設定していなかったことを逆手に取った素早い型の披露に、相手の奥義を真っ向から叩き伏せた試合。どれもなかなかお目にかかれないものだった。あれほど記憶に残っている剣術大会は、100年以上前に俺が“血みどろ”とすら記録した一件以来かもしれない。

 

「そういえば、どんな剣かとは聞いてないな」

 

「なんでも、木の枝を削って作った剣、だとか」

 

「木の枝・・・まさかあの木か?」

 

「ええ、あの木です」

 

「・・・どうやって取ってきたんだそんなの」

 

「切り倒した木からとったとか。ほら、ユージオ初等練士の持ってきた剣で」

 

「あー・・・確かにあれなら切り落とせるな」

 

 キリトの相棒であるユージオが持っていた剣、銘は青薔薇の剣、だったか。どこから持ってきたのかは知らないが、あれは神器に相当する超強力な剣だ。あれを使えば、切れないものなどあんまりないだろう。

 

「と、なると素材自体がたんまりと神聖力を蓄えていて、なおかつそれを、削り出しと言う形で出来るだけ損失なしで作るわけか。はてさてどんな怪物が出来上がることやら」

 

「間違いなく言えるのは、この学園でその剣を振えるのは、私たちを除けばおそらく2人しかいない、ということですね」

 

「間違いない」

 

 そうしてくつくつと笑う。全く、明日が楽しみだ。

 

 

 

 その翌日、俺とアズリカが寮関係の仕事をしていると、キリトが寮監室に入ってきた。

 

「失礼します」

 

「なんとなく想像はできますが、一応用件を聞きましょう、キリト初等練士」

 

「私物の剣の持ち込み許可をいただきにまいりました」

 

 それに答え、俺が手元にある用紙と筆記具を渡した。

 

「ほい、こいつに必要事項を書きな。後で提出でもいいけど、簡単だからここで書いていきな」

 

 そういわれ、キリトは近くの机を使って書き出す。途中でステイシアの窓を開いてプライオリティを確認し、すべて書き上げると俺に返した。その書類を見て、俺は内心で驚いた。

 

「よし、これで許可は問題ない。一応言っておくが、剣の使用を認めるのは個人的な稽古のみだ。実戦や模擬戦で使用することを特例として許可する場合もあるが、それには立ち合い相手と見届け人、そして俺かアズリカの許可が必要だ。普段の稽古とかは許可を求めても許しを与えないつもりだからそのつもりで。いいな?」

 

「はい」

 

「それはそれとして、俺からの助言だ。その剣、できるだけ帯剣するなどして触れておくこと。毎日触ってやれ。手入れでも素振りでもいいから、とにかく毎日、できるだけ長く、丁寧に。もしお前がそれを怠らなかったら、お前とユージオ修練士が卒業するとき、その意味を教えよう」

 

「分かりました」

 

「俺からはそれだけだ。下がっていいぞ」

 

 それだけ言うと、キリトは騎士礼をして部屋を後にした。そのあと、アズリカが俺に向かって疑問の目を向けた。

 

「それだけの剣だってことだよ。ほい」

 

 そういって俺はアズリカに、キリトの剣の許可証を渡した。一通り目にした瞬間に、アズリカの表情が驚愕に変わる。

 

「プライオリティ46なんて数値は整合騎士たちの神器に匹敵する。それすなわち、同じ域まで達する可能性があるということだ」

 

「成長した彼らが脅威になる可能性は?」

 

「否定はせん。が、それは決して悪いものでもない。戦力には変わりないし、凝り固まった秩序を一度壊すことを彼らが選択するというのであれば、方向によってはそれもやぶさかではないというものだ」

 

「あなたらしくない発言ですね」

 

「我ながらそう思うよ。だがね、流石に最高司祭殿の天下が長すぎる。いい加減謀反の一つや二つ、起きてもおかしくないというものだ」

 

「もう・・・数百年にもなるのでしたね。確かにありうる話ではあります。が、あなたはそれでよいのですか?」

 

「俺の立場を鑑みるのであればよくないだろう。なにせ、謀反を起こそう、なんて戦力を育てていることになるわけだしな。だがもしも彼らがそれを望むというのであれば、一考の余地はある、というだけさね」

 

 俺の言葉に、アズリカは驚き続きだったようだ。それもそうだろう。

 

「まあ、こんなことを、他ならぬ俺が言っていいのか、というのは、確かに否定はせんがね」

 

「それはそうですね。ですが、真意は理解しました」

 

「とりあえずはそれでいいよ」

 

 アズリカが理解のいい相手で助かった。これで説明が延々とループしたらと少し不安ではあったのだ。

 

 

 と、そんなことを話していてから少し後。

 

「で、いきなり何してんだお前は」

 

「いやー、ほら、剣が届いたばかりだと振りたくなるじゃないですか」

 

「気持ちはわからんではないがな」

 

 なんと自分の剣を持ってから数刻と経たないうちにいきなり騒動の種を作ったらしい。その相手が主席のリーバンテインで、譲歩の条件がキリトの新しい剣を使った上での決闘、とのことだった。そして、その許可を貰いに、二人で寮監室に来たとのことだった。

 

「で、リーバンテイン。どうするつもりだ?」

 

「いつも通り、ではいけないのですか?」

 

「推奨はできんぞ。立ち合いの取り決めは当人間の合意によってのみ定められるから、外野が口を出すことでもないが」

 

「え、っと・・・?」

 

「私は個人的な試合では寸止めはしないことにしている。太刀筋が鈍るからな。が、これは特級修練士殿が仰るように、当人間での合意によってのみ定められる、と禁忌目録にもある。どうするかはキリト修練士、君にゆだねよう」

 

「方法はお任せします。俺は懲罰を受ける立場ですから」

 

「そういうことなら俺が立ち会う。俺なら応急処置の神聖術も使えるしな。ただし、行き過ぎたら止めるから、そのつもりで」

 

「わかりました」

 

 そういうと、俺たち三人は決闘の舞台である大修練場へと向かった。

 

 

 大修練場に行くと、セルルトとユージオがいた。何かキリトと話していた。大方、セルルトが何かしらの助言を与えていたのだろう。リーバンテインの剣をもっとも研究していた剣士の一人であるセルルトの言葉、果たしてキリトにはどう届いたか。それを考えていると、キリトがリーバンテインに向きかえった。

 

「二人とも、準備はいいな」

 

 双方の同意を確認する。それをみて、俺は手を挙げた。

 

「それでは、はじめ!」

 

 俺の号令で、リーバンテインが剣を掲げる。一発目からノルキア流の秘奥義、天山烈波(てんざんれっぱ)で決めに来た。それに対するキリトはどうするか。

 

(あいつの剣はそうそう簡単には止められない。あいつの得意とするヴォーパル・ストライクならあるいは。あの剣ならおそらく発動可能だが、気づいては・・・いないだろうな)

 

 この世界の秘奥義、つまるところソードスキルは、ある程度剣の優先度の高さで決まる。つまり、訓練用の剣程度の優先度では、こういってはあれだがシケた秘奥義しか発動できない。となると、キリトの最大打点で撃ち合うしかない。キリトほどの剣士ならば、普通ならば互角か、ともすれば上回るだろう。だが、それはあくまで()()()()のお話。

 両者構えが定まり、リーバンテインをキリトが迎え撃つ格好。キリトが選択したのはおそらくバーチカル・スクエアだが、あいつの天山烈波相手だといささか火力不足感が否めない。が、相手の一撃を、キリトは二撃を以てある程度相殺した、三撃目で完全に鍔迫り合いになった。一瞬の拮抗、だがそれはすぐリーバンテイン側に向く。リーバンテインの持つ心意、剣術指南の跡取りとしての覚悟が、その力を増幅した結果だ。キリトの剣に秘奥義の発動中止警告である光の明滅が発生した。その刹那、キリトの剣が間違いなく伸びた。比喩でも何でもない、剣がひとりでに大きくなったのだ。一回り大きくなった剣を、キリトが両手持ちし、何とか押し返さんとする。が、その二人の心意に耐え兼ね、二つの剣の接点で何かがはじけ、二人とも後ろに下がる。最後の四撃目は、間合いが離れた分だけリーバンテインをかすめるにとどめた。

 

「そこまで!」

 

 俺の号令でリーバンテインがまず体勢を通常のものに直し、一言告げる。

 

「これ以上は本格的に殺し合いになる。さっきも言ったがそこまでいったら庇えんぞ」

 

「それがあなたの裁定ならば。

 これにてキリト練士の懲罰は終了する。ゆめ、今後は誰かに泥を跳ね飛ばすことはしないことだ」

 

 そういって、リーバンテインは先ほどの闘気が嘘のように引っ込んだ。目配せしてセルルトにキリトの手助けを頼もうかと思ったが、すでにキリトのもとに駆け寄っているところを見るに不要な心配のようだ。それを見てから、俺はリーバンテインの背に声をかける。

 

「リーバンテイン、話がある。場所を変えよう」

 

「いえ、ここで結構です。要件も大体見当がつきます」

 

「そうか。ならここで済ませよう。

 で、キリト修練士と立ち会いたいと思ったのはなぜだ?」

 

「それこそ、あなたなら見当がついているのでは?私と真っ向から立ち合い、私の天山烈波を真正面から打ち砕いたあなたなら」

 

「見当がつかないから聞いている。それと、あれはいつもやっていることだ。主席の鼻っ柱をへし折ってしまえば、力関係が定まるからな。特級修練士が誰をも認める強さを持っている、という事実こそが秩序を守る一助となる。それゆえに、俺は主席であるお前、リーバンテインを打ち倒す必要があった」

 

「私がアズリカ姉さんに頭が上がらないように、それを全生徒に対して行っているわけですか」

 

「そういうことだ。こういうのはできるだけ単純な方が効果を発揮しやすいからな」

 

「なるほど、そちらは理解しました。

 それで、キリト修練士と立ち会いたかった理由、ですよね。それは簡単です。あなたが認めたセルルトが見初めた剣筋というのをずっと見てみたかった、それだけですよ」

 

「本当にそれだけか?」

 

「本当にそれだけです。それに、歩く戦術総覧とすら謳われるセルルト流の直系が見初めた相手が、まともにやればあの程度の末席にとどまるとは思えない。ということは、なにかしらの理由でまともに打ち合っていない。単純に目立ちたくないから手を抜いているのか、自身の剣や出自によるものか、どちらかを判断するのは難しいですからね」

 

「それなら、上級修練士として、普通に立ち合いをすればよかったではないか」

 

「それではいけないのです。それだけでは、結局彼は爪を隠すでしょう。それなら、もっと強力に、確実に、彼が全力を出さざるを得ない舞台に引きずり出す必要があった。聞けば、キリト修練士は今日愛剣が届くとのこと。ならば、その剣を一度素振りしてみたい、というのは剣士の性でしょう。ならばその素振りをしている際、泥が飛び散るくらいのことは十二分にありうるでしょう。素振りをできるような場所は限られますしね。それならば、その近くを通りがかり、なんらかしかの懲罰として愛剣を用いた立ち合いを命ずればいい。そのような場を設ければ、彼も本気を出さざるを得ないはず。もし万が一手を抜いていると判断すれば、もう一度立ち合いを命じるつもりでした」

 

「なるほどな、そういうことだったか。それにしても、お前はセルルトを随分と買っているのだな」

 

「当然です。ずっと私に次ぐ次席ですし、彼女の知識は侮れない。情報がないと死ぬのが立ち合いであり戦場というもの。私を倒せるとしたら彼女をおいて他にいないでしょう」

 

「なるほど。卒業検定、楽しみにしているぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 それだけ言って、その場は解散となった。俺は変える道すがら、セルルトを側付きとして日を思い返していた。

 

 




はい、というわけで。

前のあとがきでも述べた通り、今回からアンダーワールドです。

ちょっと個人的なこだわりになってしまって恐縮なのですが、アンダーワールド編ではできるだけ外来語を使わないようにしているつもりです。それなので、全体的にカタカナがかなり少ない構成となっています。原作でも外来語になっているところや固有名詞なんかはカタカナ語にしていますが、それ以外は極力使わないようにしています。従いまして、若干わかりづらい表現がある可能性が高いことをご了承ください。

剣術学院のあたりからスタートの理由は、ただ単にそれ以前の話にロータス君が全くと言っていいほど必要ないからです。しいていうと、アリスが整合騎士になるあたりのくだりだと必要かもしれませんが、正直自分にはいたいけな少女の調教記みたいな状態のものを書く気がどうしても起きませんでした。そういう系、見るのはともかく、自分が書くとなると極端にエグいものが出来上がるか、極端に薄味のものが出来上がるかだと思いますし、それならいっそカットという判断で。

原作以上にアズリカさんにフォーカスが当たっていますが、それは勘違いではありません。この作品において、アズリカさんは一応キーパーソンに近い役割を果たす予定なので、今のうちにフォーカス当てておいた方がいいという判断です。一応寮監同士ですから立場も近いですしね。

さて、次の話は回想パートから始まります。またしても原作だとカットされていたシーンを描きましたが、書いてから「あれ、そういえばここアニメで書かれたんだっけ」と不安になっております。食い違っていても二次創作ということでここはひとつ。

ではまた次回。


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82.弟子の成長

 この世界で、俺に調停者という役目を与えられたというのは前任者の日記で分かった。どうも俺の前にも俺のような存在がいたらしく、前任が律義に日記をつけていたようなのだ。日記というより、日誌に近いようなものであったが。そこで、前任者の記録から、この世界の真理の一端に触れていた。というのも、どうやらこの世界には法を犯すという概念すらないか、そういった概念を持つと何らかの抑止力が働くらしい。そのせいで、この世界では殺人はおろか、盗みといった小さな犯罪すら起きない。それゆえに、俺は剣術学院の特等修練士として、若い剣士たちを導くことで治安を維持する道を選んだ。日誌にはそう記してあった。俺の剣はどちらかといえば対人戦に向いたもの。対人剣術指南という道はある種俺には向いていると判断したのだろう。

 だが、そのあとの日誌にはままならぬ日々が綴られていた。というのも、この世界の剣技は一撃を重視したもので、当てれば致命傷になりえるが、それはあくまで相手の動きや心理を読み、必殺の一撃を見舞う必要があるので上級者向けの剣技だ。俺は“斬撃を置く”などと表現するが、それは相手の動きを読んで、その動く先に置くように斬撃を放つというもので、一朝一夕に行えるものではない。少なくとも剣術学院で教えるような剣術ではないことは確かだろう。だが、この世界の剣術がそれに基づくものである以上、それに則るしかないとも結論付けていた。

 だからこそ、セルルトの剣には驚きを隠せなかった。確かに基盤となっているのは、この世界の基準の剣術である一撃を重んじるもの。だが、それを実戦的に昇華させるため、様々な方法をとっている。読み、重さより鋭さを求めた一撃、鞭などの搦手。どれをとっても、この世界では異質とも言えるほどの戦闘技術。それが原因で家の地位を落とすことになった、とは後に本人から聞いた。それでこそ泰平の世というものであろう。だが、だからこそ、その灯火を消してはならぬと決心した。俺はその思いに従い、彼女を側付きにした。目的はただ一つ、彼女の剣を守るため。ノルキア流のやり方では、彼女の剣があらぬ方へ歪んでしまうのではないか。俺が最も恐れたのはそこだった。

 

 最初はセルルトも訝しんでいた。実際に、面と向かって尋ねられたこともあった。

 

「特等修練士、質問があります」

 

「ん、どうした?」

 

「なぜ、私を側付きにしたのです。成績ならリーバンテインの方が上でしょう。リーバンテインならともかく、なぜ私なのですか」

 

「うーん、上手く説明するのは難しいが、そうさな。

 一言で言えば、俺から一本を取れる可能性の高い剣が、お前の剣だと感じた。そんなところか」

 

「ますますわかりませんよ。それならば余計リーバンテインではないのですか?」

 

「はっきりと断言しよう。並の相手ならともかく、俺やアズリカ相手なら、その回答は明らかに否だ。お前の剣にはそれだけの可能性がある。リーバンテインごとき、成長したお前の敵ではなくなるだろうよ。それにもかかわらず、こんなところで腐る可能性があるのであれば、それを可能な限り排するのが俺たちの役目だ。現状、この学院でお前の剣を伸ばすことができるのは、俺とアズリカを置いて他にいないだろうよ。そして、俺とアズリカなら、俺の方がより適任だった、それだけの話だ」

 

「それだけの価値が私の剣に?」

 

「当然だ。無価値なものに目をかけるほど暇ではない。自信を持て、セルルト。お前の剣は、技術は、そういう価値のあるものだ」

 

「・・・はい!」

 

 思えばあの日からだ、セルルトの目の色が変わったのは。何としてでもリーバンテインを打ち倒す。そのためだけに、彼女は剣技の鋭さを磨いた。リーバンテインの剣を見切ることに注力した。幾たびも失敗して、研究して、自身の牙を磨いた。強きものをいつか打ち倒さんと、己の牙の鋭さを知らしめん、と。それは、定期的に稽古をつけていた俺が、おそらく最も知っている。事実、次席という位置にいるとは思えないほど、セルルトの剣は鋭くなっていった。

 そうして、俺の最後の稽古の日。セルルトは自身の集大成の剣を見せた。その剣の冴えは凄まじく、長年の研鑽を積んだ俺ですら驚いたものだ。実戦でこの剣技が冴え渡るのであれば、敵の首のひとつふたつ持ってきても何も不思議ではない。秘奥義を禁止した試合であれば、間違いなく1番強いのはセルルトだと確信を持って言い切れる。それだけの強さが彼女にはあった。無論、いくらセルルトが強くなったと言っても、俺から一本取れるほどではない。最後も一本を取ったのは俺の方だった。

 

「やはり強いですね」

 

「当たり前だ。流石にまだ負けられんよ」

 

 最後の稽古でも、最後の最後までセルルトは俺から一本取らんと挑んできた。口調だけならば余裕があるように思える人もいるだろうが、まったくもってそんなことはない。最後のほうは本気を出して叩き潰しにかかろうかと思ったほどだ。さすがに大人げ無いと思って踏みとどまったが、それほどの実力であるということに他ならない。そもそも、今の俺にそう思わしめる相手自体がそうそういないのだ。

 

「だが、お前は十分強くなった。リーバンテインにすら、俺にここまでさせないだろうさ」

 

「ですが、私はまだリーバンテインには勝てていません」

 

「それはただ単純に相性の問題だろうさ。だが、入学当初の、僅かだが確実に及ばないといった感触はない。十分勝ち目はある。あとは、お前がお前を信じて、その剣を磨けば十分勝てる」

 

「あなたがそういうのであれば」

 

「俺を信じるんじゃない、お前がお前自身を信じて技を磨くんだ。お前のその技が、お前自身を高みへ上り詰めさせるだろう。だから、お前は自身とその技を磨き続けろ。俺から言うことはこれ以上ない。それだけで十分だ」

 

「剣技の磨き方が分からなくなったときは、また聞きに行ってもいいですか?」

 

「無論だ。だが、俺はそんな日は来ないと思っている。励めよ、セルルト。そして忘れるな。お前は、俺が見込んだ剣士だ。それだけの才を、こんなところで腐らせるのはあまりにも惜しい。圧をかけるようになってしまうが、お前ならやれると信じている」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 しっかりと騎士礼をしてから去るセルルトの背を、俺はただ見送った。その凛とした背は、いまだに、鮮明に覚えている。その背に感じた俺の期待は、想像を超える形で乗り越えつつある。

 最高の幸運は側付きにキリトを迎えることであろう。リーバンテインの剣は、淀みのない、あっぱれ見事、と言える一撃を誇るが、それゆえに側付きを不要とした。これについて俺は、おそらく他人の剣を混ぜるのを嫌い、己で己自信を高める道を選んだのだと踏んでいる。実際、あいつの剣はそういう剣だ。下手に他の知見を取り入れるとかえって鈍る、というのは簡単に予想できた。対して、セルルトは側付きにキリトを指名し、他人の剣を取り込み高める道を選んだ。さらに、三席のバルトーもユージオを指名したのは、俺の中でうれしい誤算以外の何物でもなかった。セルルトだけでなく、その屈強な肉体に信を置くバルトーが、キリト同様、先入観にとらわれない戦術知識を持つユージオを側付きに指名した、ということは、力だけでなく技も重要であると認識した、と考えている。実際、以前のバルトーの剣は、こういってはなんだが力押しといった印象が強かった。が、ユージオを側付きとして剣を交えるようになってから、バルトーの剣には、剛健の中に技巧が混じるようになった。この二人のおかげで、首席争いはおろか、三席争いまでもが他を寄せ付けないほどの激しい争いになっている。もしキリトやユージオの剣筋がもっと末代まで引き継がれていくのであれば、それはこの学院生の練度を飛躍的に高めることになるだろう。少なくとも俺はそう確信している。

 

「物思いに耽るのは構いませんが、もう4分手が止まっていますよ」

 

「あぁ、すまない。片付ける」

 

「全く、リーバンテインのやり方もですが、あなたが認めたというのも驚きですよ」

 

「まあな。本来は止めるべきだろうし。でも、それ以上に見てみたかったんだ」

 

「それは、どちらの剣を?」

 

「剣というか、対決そのものを、だな。普通じゃありえない取り合わせなのは間違い無いだろう?今後一度としてあるかわからない取り合わせだ。どうなるか見てみたかったんだ。安心しろ、最悪にはなりゃしない。俺がいた以上、な」

 

「そこは安心しています。あなたの腕は確かですから」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃあないの」

 

「客観的な事実です。あなたを上回る使い手などそうそういない。私ですらあなたには届かないでしょう」

 

「その年で心意を習得しておいてよく言うよ」

 

「息をするように心意を使いこなすあなたに言われても嫌味にしか聞こえませんよ」

 

「本気でほめてるんだよ。お前さんとは生きてる時間が違うんだから。もしそのままの速度で成長を続けて、俺と同じ年まで来たら、間違いなく最強の称号はお前のものになるだろうよ」

 

()()のことを考慮しても、ですか?」

 

「無論」

 

「ならば精進します」

 

「おう、励め励め」

 

 雑談しつつも手は止めない。いつも通りの夜だった。

 

 

 

 変わらぬ日々を過ごしているうちに、卒業検定の日となった。卒業検定の試合は、いわゆる勝ち抜きで予選が行われ、成績優秀者による勝ち抜き戦が行われる形態で行われる。決勝は想像した通りの対戦となった。すなわち、セルルトとリーバンテインだ。俺は立ち合いの審判として、監査としてアズリカが受け持つ形で、最後の大一番となった。

 立ち合いの開始位置に両者が付く。それを確認してから、俺は片手をあげて宣言をした。

 

「それでは、はじめ!」

 

 まず動いたのはリーバンテインだった。ゆっくりと、自身の剣を上段に構える。間違いない、天山烈波だ。幾度となく彼の敵を叩き斬った、彼の必殺。それに対し、セルルトは脇構え。こちらも俺が幾度となく見てきた、セルルト流の秘奥義、“輪渦(リンカ)”。秘奥義同士の撃ち合い、それに、どちらも最高精度の一級品。こういう結末になることは想像できてはいた。が、これほど即座に撃ち合いになるとは想定していなかった。

 まず動いたのはリーバンテイン。その剛剣を以て、セルルトを叩き斬らんと迫る。その剛剣に対しまったく怯まず、セルルトは絶妙とすら言えるタイミングで輪渦を繰り出した。的確にとらえた攻撃は、それによって完全に相殺され、鍔迫り合いとなった。その瞬間、セルルトから弾かれるようにリーバンテインが間合いを取った。いや、実際、セルルトが弾いたのだ。彼女の剣術であるセルルト流は、柔よく剛を制す、という言葉通りのものだが、数少ない剛の技。確か、止水、といったか。しかし、超至近距離で、全身の筋肉を使って相手を弾く止水は、使った直後に一瞬だけ隙が生まれる。リーバンテインもそこは承知しているはずだ。しかし、リーバンテインが反撃することはなかった。

 カァン、と、静かな闘技場に、乾いた金属の落ちる音がした。直後、セルルトが剣をリーバンテインの喉元に突き付けた。

 

「そこまで!勝者、ソルティリーナ・セルルト!」

 

 迷いなく宣言する。その言葉に、会場に詰め掛けた学生たちから歓声が上がる。その声を背に、セルルトは剣をおさめ、たまたま傍に落ちた剣を拾ってリーバンテインに返した。剣を受け取り鞘に収めると、リーバンテインは笑みを浮かべて握手を求めた。それに対し、セルルトも微笑みと握手で応えた。その様に、俺の宣言で沸き上がった歓声がさらに高まった。

 

「二人とも、見事な立ち合いであった。して、リーバンテイン。いきなり勝負に出たな?」

 

「真っ向から秘奥義なしで打ち合って勝てる相手ではありません。彼女の剣はそう簡単に崩せるものではない。であれば、初手で叩き伏せる他ない、と判断したのですが・・・いやはや見事に止められました」

 

「剣は一番切れるところがある。裏を返せば、そこを外して強打すれば、力の差があれど押し返せると踏んだんだ。押しきれずに相殺止まりになってしまったのは思わぬ誤算であったがな」

 

「で、一瞬動きが止まった瞬間に、止水に切り替えた。一瞬のけぞった瞬間を見逃さず、瞬時に鞭を抜きざま一閃、リーバンテインの剣を弾き飛ばした。そうだな?」

 

 俺の言葉に、セルルトが頷く。なるほど驚くべき早業だ。

 

「止められるか、剣を弾くことができるだろうと見込んでいましたが、万が一できなかった場合の策がうまくいってよかったです」

 

「とはいえど、剣の幅なんてせいぜい言って十数センといったところだろう。的確に鞭を当てたのは(けい)の技量あってのものだ。主席の座にふさわしいものであると思う」

 

「そう言ってもらえてうれしいよ、リーバンテイン」

 

「だが、その剣筋、覚えたぞ。次は私が勝つ」

 

「何を言うか。次も私が勝つ」

 

 そんな若い二人のやりとりに、はたから見ていてほほえましさとうれしさが混ざった感情を抱いた。これほどまでの人材を送り出せることが、どこか誇らしく思えた瞬間であった。

 




はい、というわけで。

今回は回想パートと、原作だと描かれていなかった二人の立ち合いでした。

一撃で叩き斬るのが王道である世界において、異質とも言えるセルルト流。それに魅力を感じ、弟子入りさせたロータス君。実は彼女、彼と立ち合い、教え込まれたことで、原作より強化されている、なんて裏設定があったりします。無論、彼が教え込んだ技術は、つまるところ殺しの技術で、泰平の世には不要なもの。それをリーナ先輩もわかっているため、彼女自身本気になることも少ない、というわけですね。

そんな彼女のおそらく唯一の立ち合いの結果は、まあ、原作通りということで。
剣の一番切れるところ、というのは、日本刀でいう物打ちってやつですね。球技をやっていた人ならば、スイートスポットと言った方が分かりやすいでしょうか。ここに当てると一番力をかけることができますよ、という箇所です。そこだといい感じに手元の力とか刀の重心とかがかかってるので、きれいにスパっと切れるわけです。あえてその位置をずらして打ち合うことで、真っ向勝負したら力負けするところを拮抗するくらいまで押し返してしまったわけです。で、動きが止まった瞬間に技を切り替えて弾き飛ばして、リーチの長い鞭を一閃した、と。さらっとやってますが、かなり難しいことしているなぁと思います。

さて、次からいよいよ物語は佳境に入っていきます。キッチリかけるか不安ですがお待ちいただければ。

ではまた次回。


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83.調停者として

 それからしばらく時は経ち、キリトたちもまた側付きを抱える立場となっていた。側付きとして選ばれたのは、確かアラベルとシュトリーネンだったか。あの2人なら、まだ腐っていない。2人とも師に似て、ちゃんとした子を選んだらしい、というのはすぐに分かった。まだまだ剣技としては未熟だが、そこは前年の三席とキリト、ユージオが特殊すぎる故であろう。この5人と他を比べるのは流石に可哀想だ。だが、キリトの剣はセルルトの流れを汲んではいるものの、どちらかといえば一撃を重んじるもので、ユージオもまた然りだ。全く相容れないというわけではないだろう。その流れは継承されるであろうことはまず間違いない。こちらは朗報だった。

 無論、朗報ばかりとはいかない。主席であるアンティノスとジーゼックは典型的な小物だ。真正面からキリトかユージオと手加減なしで打ち合えば、アンティノスが負けることは明白だ。キリトの剣は殺人剣に近いもので、本気を出すということはすなわち相手を斬り殺す危険が伴うということ。キリトは悪目立ちしたくないということ以上に、その恐ろしさを知っているからこそ実力を見せていないだけだ。だが、当の本人はそれに気が付いていない。そして、貴族という立場を以って平民であるキリトをことあるごとに見下し、侮蔑すらする。俺の目の前でやったときは何度か諫めたのだが、全く聞いていないらしい。どうやらあいつにとって、俺はただの寮監であり、貴族である自分より下であるとみなされているようだ。いつも通り徹底的とも言えるほどに叩いた故、剣技では敵わぬと見られていることは分かるが、それ以上でもそれ以下でもない、というのが2人の認識だろう。となれば、俺やアズリカの言葉には耳を貸すまい。さらに、ジーゼックが指名した側付きは、下等貴族の令嬢であるシェスキ。何もなければいいが、とは思うが、何もないと考えるのは些か楽観が過ぎるだろうとも思っている。かといって、シェスキが何を言ったところで白を切るだろうし、そうなればそれ以上の介入も難しい。祈る他ないというのがただ歯痒かった。

 主席と次席の二人も懸念事項ではあったが、剣術の指南役としてはユージオの稽古も懸念事項ではあった。彼の剣術の才は目を見張るものがある。ともすれば、キリトをも凌駕する才の持ち主であろう。だがそれゆえに、自身の感覚に頼りすぎた剣術になりかねない。ゆえに、彼に必要なのは同格あるいは格上との場数による経験だ。その点はキリトも同様なのだが、キリトはセルルトという極上の師に恵まれた。彼女との鍛錬を振り返り、空想の中で彼女と手合わせをする。それだけでも十二分だといえる。その技術は、間違いなく側付きであるアラベルに継承されるだろう。ゆえに、ユージオとは何度か手合わせを申し込んでいた。相手が断る理由もない、と踏んだうえで、というのは、我ながら少々悪辣が過ぎるとは思うが、間違いなく彼にとっても得るものはある。現に、手合わせをするたびに、まるで若竹が水を吸い背を伸ばすがごとく、彼の剣術は洗練されていった。

 対する主席と次席は、良くも悪くもこの世界の道場剣術通りというか、予想の範疇を全くでない範囲での成長をしていた。技を磨くわけもなく、相手の防御を、己が下民に負けるわけがないという自尊心を上乗せしてたたき切るというものは、確かに格下相手には有効であろう。が、格上相手にはどうあがいても通用しない。もし仮に、リーバンテインが同学年にいたら、間違いなくたたき伏せられる路傍の石となっていよう。俺からすれば、あの二人が主席と次席になれたのは、キリトとユージオが爪を隠しているということのみならず、あの二人以上の身分が同学年にいない、というだけだろうと踏んでいる。

 

 そんな折、俺の耳に気になる話が飛び込んできた。なんでも、ジーゼックが側付きであるシェスキに嫌がらせをしているらしい。シェスキにはアズリカが、ジーゼックと、その同室のアンティノスには俺が聞き込みをした。シェスキのほうからはそれを肯定する発言がいくつか聞き出せたが、それを基にしたジーゼックとアンティノスへの追及ははっきり言って何の成果も得られなかった。しいて言うと、俺の長年の経験から、嘘八百もいいところな白を切っていただけ、というのはわかるのだが、それだけだ。あくまで俺の経験に基づくものであり、きちんとした証拠がないのが痛手だった。そして、それを残す手段もないと来た。近々何か起こる。そんな不穏な直感だけが、その時はあった。

 そんな折、寮監室に訪問者が来た。一応門限はあるが、緊急事態にはそれを破って俺やアズリカに連絡するのは許可されている。

 

「すみません、特等修練士」

 

「シェスキか。どうした?」

 

「申し訳ないですが、緊急なので道すがら事情を説明したいのですが、よろしいですか?」

 

「・・・了解」

 

 嫌な予感がとうとう的中したか。俺の本音はそれだった。すぐに寮監室に鍵をかけ、即座に向かう。道すがら、俺はシェスキから事情を聞くことにした。

 

「で、事情とは?」

 

「私は側付きであるジーゼック上級修練士の側付きですが、最近、夜遅くまで付き合うことが増えてきているのはご存じですか?」

 

「アズリカから聞いている。少々度が過ぎるから、ジーゼックには俺から注意をしたが、相手が聞く耳を持たなかったな。それが関連しているのか?」

 

「はい。それを同室のティーゼとロニエに打ち明けたら、二人とも憤慨して抗議に行くといってきかなくて・・・待ってても戻ってこなくて・・・それをユージオ修練士に打ち明けたら、彼も飛び出して行ってしまって」

 

「つまり、案内しているのはジーゼックとアンティノスの部屋。そうだな?」

 

「はい」

 

「なら、このまままっすぐ自分の部屋へ戻るんだ。明日の朝、顛末を説明する。これは特級修練士としての命令だ。いいな?」

 

「わかりました。すみません、ご迷惑をおかけして」

 

「そのための俺たちだ、気にするな。ほら、わかったら駆け足!」

 

 俺の号令で、シェスキは駆け足で去っていく。行先は見えた。なら、ここからは全速力だ。風素を利用し、先ほどとはくらべものにもならない速度で走る。正直、特級修練士としての命令権は使いたくなかったが、仕方あるまい。俺には超法規的行為を取る人間として、最悪を想定する必要がある。

 

 そうして走ると、当のジーゼックに行き会った。その腕は、半ばから切り落とされていた。

 

「その腕はどうしたんだ、ジーゼック」

 

「と、特級修練士殿!これは、あの下民が!私の腕を切り落として、アンティノス殿の命をも!」

 

「お前のいう下民、というのはキリトとユージオだな?あいつらも理性なき獣ではないのだから、何か事情があるんだろう。話せ」

 

「しかし、これは貴族裁定権の―――」

()()()()()()()()()()

 

 ここ数十年は使っていない、ドスの効いた命令。 当然、ジーゼックになど聞いたことはないだろう。

 

「な、生意気にも私の側付きへの扱いがなっていない、貴族の誇りなどと抜かした下等貴族に懲罰を下したのに憤慨して禁忌目録に違反して私の腕を切り落としたのです!それに、あの黒ずくめの下民はライオス殿を斬り殺したのです!」

 

「その懲罰の内容とは?」

 

「奴らは立場をわきまえず、我らの誇りをけがしたのです―――」

「能書きなどどうでもいい。()()()()()()()()()()()

 

「奴らの純潔を奪ってやったのです!穢された誇りは、相手の純潔を―――」

「わかった。もういい」

 

「しかし、彼女らは―――」

「これより、この世界の調停者が一人として、貴公に裁きを下す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで地の底から絞り出したような俺のセリフに、ジーゼックの顔が青ざめる。どうやらようやく、己がどこかで致命的な間違いをした、ということに気が付いたらしい。

 

「我、ロータスの名を以って、ウンベール・ジーゼックに裁きを下す」

 

 その宣告とともに、俺は右手を上げる。その手には反身の、短剣というには少し大きい程度の剣が握られていた。

 

「貴様の悪行、素行、度し難し。よって、貴様の天命のすべてを以って裁きとする」

 

「――――――え?」

 

 頓狂な声を上げるジーゼックに、俺は迷いなく短剣を振り下ろした。ひと振り目は、致命傷ではあるものの即死はしない程度にとどめる。

 

「なぜです、なぜなのです特等修練士!こんなことをしては禁忌目録に―――!」

「違反などない。宣言したはずだ、この身はこの世界の調停者が一人であると。よもやそれを理解する能力も、人の上に立つ者の矜持とともに腐り果てたか」

 

「それこそ理解できません!私が誇りを失っているなど―――!」

 

「それは誇りとは言わん。勘違いも甚だしい、ただの自尊心だ。して、最期の言葉はそれでいいか?」

 

 首筋に刃を当てる。

 

「ならば最後に教えてください、特等修練士殿。

―――私は、どうあるべきだったのでしょうか」

 

「それを語るには、あまりに時間がなさすぎる。だが、一言でいうのならば、そうさな。

―――彼女らの言葉を、誇りを穢す言葉としてでなく、侮蔑することなく、己の在り方を見直す。それができる生き方をしていれば、少なくとも、これよりはよほどまっとうな最期を迎えられただろうよ」

 

 それだけ言うと、俺は刃を滑らせた。ごとん、と、首の落ちる音がする。その体に向かって、俺は手をかざした。一瞬青白い炎がともり、後にはそこに誰かがいたという痕跡すらもなかったことのようになった。それを確認すると、俺はジーゼックたちの部屋へ歩を進めた。

 

 ジーゼックの部屋は、さながらこの世界のものとは思えないような地獄が広がっていた。そもそも、入ってすぐの部屋には何やら香が焚かれていた。効能はわからないが、どうせろくでもないものなのだろう。寝室には、茫然自失となったシュトリーネンとアラベル。本人の意識があるのかすら定かではない。寝台の敷布には、斬ったものとは別であろう血痕があり、床にはアンティノスが転がっていた。どうやら、先ほどのジーゼックの話はほとんどすべて真実だったらしい。―――真実だと思いたくなかったものまで真実であるあたりが残酷、といったところか。

 俺を呼び止めようとしたユージオを手で止める。二人の令嬢に歩み寄りつつ、俺は二人に背を向けたまま宣言した。

 

「ここから先、俺の為すことに対して箝口令を敷く。これは特級修練士としての命令である」

 

 返答を待たず、俺は二人の前に両手を広げた。さすがにここまで高位の術を使うのは久しぶりだ。心意はあくまで補助として使うほかあるまい。

 

「システムコール。スタートユニットマニュピレーション。ターゲットセット。ユニットネーム、ロニエ・アラベル、アンド、ティーゼ・シュトリーネン。コネクト。コンプリート。スリープン。コンプリート。ユニットインフォメーション・オーバーライド。シンス・シックス・アウア・アゴー。コンプリート。ウェイクアップタイムセット、アフターシックスアワー。コンプリート。マニュピュレーションエンド、ディスコネクト。コンプリート」

 

 しっかりと神聖術を使い切り、一つ息を吐く。ここまで複雑で繊細な術を使ったのは久しぶりだ。対象が二人だけでよかった、と思うべきなのだろう。あの血みどろの剣術大会のような、異常なほど大規模なものだとここまでうまくはいかなかったに違いない。

 振り返ると、ユージオの右目は完全につぶれていた。それが何を意味するのかはすぐに分かった。ジーゼックの言っていたことを信じるのであれば、ジーゼックを斬ったのはユージオだ。その際に、右目の封印を破ったのだろう。

 

「いち人間としては、よくやった、と言いたいところだが、斬殺した事実は残る。ひとまず、二人には牢に入ってもらう。そこで整合教会の裁定を待て。ひとまず、この部屋のある程度の後片付けと、二人を部屋まで送り届けるのを手伝ってほしい。ないとは思うが、変な真似をしたらその場で斬り伏せるからそのつもりで。それと、ユージオ修練士。君の右目はしばらくそのままでいさせてほしい。アズリカに説明するとき、現状維持のほうが都合がいいからな」

 

 二人の首肯を見て、俺は指示を出す。その姿を見つつ、俺は思案せざるを得なかった。

 

(ここで、若人たちをできるだけ正しく導いてきたつもりだった。それがこの体たらくか。選んだものとはいえ、この道は間違っていたのかもしれんな)

 

 間違いなく増えた仕事に思案しながら、俺はそんなことを思った。

 




 はい、というわけで。

 このシーンはマジでどうしようかと悩みました。この前のキリトたちとウンベールたちのくだりにロータス君を介入させる余地も必要もないという判断のもと、相変わらずのダイジェストでお送りしました。

 ロータス君の神聖術に関しては、いずれ明かされることになるのでいずれおいおい、といったところです。剣についてはさらにあとに明かします。まあ、この時点である程度察しのついている人はいると思いますが、数か月ほど我慢していただければ幸いです。

 ティーゼとロニエの事後シーンなのですが、今回はウェブ版にあったとされるレイプされたという状態にしました。正直小説版にしようかとも思いましたが、ここでウンベールとライオスにはご退場願う流れになる以上、思い切ってちょっとやり過ぎなくらいのウェブ版にしたほうが裁定としてやりやすいかな、といった判断です。それにしても事情聴いたうえで即刻死刑、ってのはちょっとばかりやり過ぎかな、と思わなくはないですが。

 さて、この次からはようやくといっていいのか、カセドラルでのお話になってきます。小説版でもそこそこ長いパートですが、割と一方そのころ的な、かなりオリジナル色強いものになっているので、楽しんでいただければ幸いです。

 ではまた次回。


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84.真実

 しばらくして、公理教会から裁定が通達された。内容は、公理教会―――セントラル・カセドラルの地下にて投獄、そののち()()()()を施す、というものだった。これも前任者の日記に書いてあったが、更生なんてものは名ばかりで、記憶を消して整合騎士という傀儡に仕立て上げるというのが真実らしい。あまりにおぞましい手段ではあるが、確かにこれなら手駒は増えるだろう。まして、整合騎士の中で面が割れているものなどごく少数だ。しかも、罪人を中央に送還する際、同伴した整合騎士の記憶を操作することで証拠抹消も行う徹底ぶりだ。俺はこうして記録をつけているから、絶対に他言しないという前提で記憶操作はされないそうだ。どうやら前任も俺に似て、仕事は仕事と割り切ることができる性質(たち)だったらしい。迎えにはアリスを寄越すとも通達されていた。知ってか知らずしてか、なかなかどうして悪辣な真似をする。

 アリスの出生はユージオと同じ村。年代から見ても、おそらくアリスが連行される姿をユージオは目撃しているはず。村の規模からして、幼馴染である可能性も高い。つまり、どのような形であれ、罪人となった幼少期の知り合いを、記憶をなくして整合騎士となって迎えに行くということなのだ。これを残酷と言わずしてなんと形容しよう。

 しかし、一定の理解もある。俺は、キリトとユージオが表出させていない能力はかなり高いと踏んでいる。であれば、万が一連行時に反抗された際、整合騎士の中でも最強格でなければ鎮圧は不可能と断じられても不思議ではない。そう考えると、人選はおのずと限られる。ファナティオ、ベルクーリ、アリスあたりでないと務まらない。さすがにこの中の二人以上を使うというのは防衛網に大きな穴をあけるということと同義になるため、一人だけ寄越す。なるほど合理的な判断だ。一番無難なのはファナティオのはずなのに、そこを選ばないあたりが最高司祭猊下らしいといえばらしい。

 

 

「―――以上が、公理教会が下した審判だ。時が来れば、また俺たちのどちらかが来る。それまでおとなしくしていろ。間違っても連行前に脱獄しようなどと思うなよ。それが俺かアズリカに見つかった瞬間、お前たちの天命は根こそぎ吹き飛ぶと思え」

 

 審判を完全に記憶した俺の通達に、二人は特に不平を訴えなかった。それもそうだろう。いかなる理由であれ、人殺しは人殺しであり、それ以上でも以下でもない。下された審判には従う。それが、どのような世界であっても共通する掟だ。

 

「なら、これが最後の機会になるかもしれないから聞かせてくれ。あんた、一体何者だ?」

 

「何者だ、と言われてもな。この学院の寮監としか―――」

「そういうことを聞いているわけじゃない、ってことくらいわかるだろ」

 

 うまく受け流そうとしたが、そうは問屋が卸さないらしい。できるだけ表情を変えずに、俺は問いを投げかけたキリトに言葉を返す。

 

「参考までに、どうしてそのような考えに至ったか、聞かせてもらってもいいか?」

 

「あんたがあの時使った神聖術だ。俺は、人より多少神聖術に詳しい自負があるからな。あの詠唱で使われた単語の意味から、そんじょそこらの術師に使えるものじゃあないってことくらいは簡単にわかる。それに、ユージオですら全く歯が立たない剣術の使い手ってことも聞いてる。そんな反則じみた強さを持つものなんて限られる。違うか、整合騎士様」

 

 その答えに、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。なるほどヒースクリフ―――茅場晶彦もこんな気分だったのかもしれない。実際に体験すると、苦笑い以外に浮かべる表情がない。

 

「確かにその通りだ。あの時使った術は、市井の術師に使えるようなものじゃあない。なるほど、神聖術の勉強にはあまり熱心ではないという評判から、少々の箝口令程度で十分だと考えていたが・・・どうやら、見積もりが甘かったらしいな」

 

「と、いうことは、やはり―――!」

 

「ご明察だ、若き剣士たちよ。それも踏まえ、改めて名乗ろう。

―――我が名は、ロータス。ロータス・シンセシス・ゼロ。本来存在せぬ、欠番の整合騎士だ」

 

 冷酷に宣告する。その宣言に、二人は驚きの反応を見せた。

 

「まあ、無理もなかろう。俺が生きてきた百年あまりの中で、見破ったのは君たちが最初だ。そして、おそらく最後でもあろう」

 

「ちょ、ちょっと待ってください、()()()()()、ですって―――?」

 

「ああ。我々整合騎士は、天命の自動減少凍結処理、そして一定以上の老化防止の術を施される。つまるところ、一定以上成長しない、というわけだ。むろん俺も例外ではない。ゆえに、ある程度壮年期になってから整合騎士になった例を除き、一定以下の年齢で整合騎士になったものは皆、二十代の前半程度で、肉体的な老化は止まる。そういうものなのだよ」

 

「つまり、あんたも見た目通りの年齢ではない、というわけか」

 

「正確な年齢など、とうの昔に数えるのをやめた。が、君らの数倍は生きていることは確かだろうな。なにせ百は超えているわけだから、それ以上の意味はないわけだしな」

 

「そんな―――」

 

「そういう術も世の中にはある、ということだよ。もし高みを目指したい、というのであれば、君たちには選ぶ権利があると思うがね。

 そして、整合騎士の中でも、一部、手柄を上げたものには、神器というものが与えられることがある。一言でいえば、強力な武器だ。そして、君たちはそれぞれ、それに値する逸品を所持している。今は手元にないがな」

 

「まさか、青薔薇の剣?」

 

「いや、違うぞ。君()()といったことから察するに、あの黒いのもそうだ。違うか?」

 

「恐るべき洞察力だな。その通りだ。だが、神器は必ずしも剣であるとは限らないし、奥の手も存在する。よく覚えておけ。そして警戒しろ。もっとも、警戒したところで無駄なものもあるがな」

 

 最後の言葉に、キリトは怪訝な顔をした。セルルトの戦術をある程度とはいえど引き継いだキリトでも警戒する必要があるのか。そのような反応だった。

 

「なんにせよ、備えあれば憂いなし、だ。そういう存在を知っている、というだけでも十分だろう」

 

「ということは、あなたも?」

 

「お前さんらには隠しているだけで、現在も俺は神器を装備している。つまり、無いとは思うが、今お前さんらが何かしようと思ったら斬り伏せることは容易ということだ。

 で、だ。お前さんらがこの世界の真実を知り、一度壊すことを望むのであれば、俺はこの世界の調停者として立ちはだからなくてはならないわけだ。その時には、ちゃんと戦う理由を見つけてこい。それが、俺の最後の言葉だ。いいな」

 

 それだけ言い残すと、俺は踵を返した。本来、調停者が発するべき言葉ではないだろう。が、彼らならもしかすると。そんな淡い期待を抱かずにはいれなかった。

 

(いい加減壊されるべきなんだよ、この理想郷は)

 

 そんな破滅願望にも似た発想に、俺は一人苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 いよいよ二人が投獄される、その日。時間に合わせて俺が広場に行くと、遠方に二頭の竜と、片方の背にたなびく金色の髪が見えた。間違いない、騎士アリスだ。間違いなく、俺が見てきた中でも最強格と言っても過言ではないほどの実力を持つ整合騎士。そのまま降りてきたアリスに、俺は騎士礼をした。

 

「お疲れ様、騎士アリス。まもなく、アズリカが合流地点に二人を連れてくる。俺がここで待っているから、向かってもらってもいいか」

 

「わかりました、向かいます。それより、待てないものもいるようですが」

 

 そんな会話をしていると、肩に軽い衝撃が来た。腕を伸ばして、その犯人―――俺の騎竜である黒い竜、黒天の頭を撫でた。

 

「久しぶりだな、相棒」

 

 俺の言葉に、黒天がグルルと鳴いた。甘えたがるのも無理はない。俺の立場上、黒天とともに空を飛ぶ機会自体が少ないのだ。たまにこうして一緒になったら、そりゃ甘えたくもなろう。もう少し一緒に飛ぶ機会を作ってやるべきなのだろう。周りの神聖力によっては、俺なら心意力で空を飛ぶくらいはできそうなものだが、かなり繊細な制御が要求されるうえに、竜のほうが速度は出せるだろう。ただ飛ぶだけ、という時間も作ろうか。考えてみてもいいかもしれない。そんなことを考えていると、アリスが二人を連れてきた。二人は、当然といえば当然だが、背中に両手を縛られる形で拘束されていた。

 さて、いよいよ二人を竜の背に乗せて運ぶ、という段になって、側付き二人が呼び止めてきた。その手には、引きずるようにそれぞれの剣があった。

 

「見送りご苦労。と、言いたいところだが、剣は預かるぞ。いささか君らの手には余る代物だ」

 

「すみません、お願いします。実をいうと、ここまで運ぶのも一苦労で」

 

「だろうな。アリス、こちらの剣を頼む。さすがに俺が二振りも持っては重たい」

 

「わかりました。預かります」

 

 そういって、俺は青薔薇の剣をアリスに渡した。そして、俺の手にはキリトの黒い剣があった。

 

「さて、せっかくここまで来たんだ。見送りの言葉くらいかけてやってやれ。そのくらい待つ時間はいくらでもある」

 

「よろしいので?」

 

「時間に余裕を持たせてあるからな。どちらにせよ、少々待つくらいなら最高司祭猊下も大目に見てくれるだろうよ」

 

 俺の言葉に、アリスもおとなしく引き下がった。やがて、言葉を交わすと、2人の少女はそれぞれ距離をとった。

 

「別れは済ませたな。では、キリトは俺の背に、ユージオは騎士アリスの背に乗ってくれ。ひとっとびするぞ」

 

 それだけ告げ、俺たちはそれぞれの竜の背に乗った。準備ができたところで、アリスに目配せする。どうやら向こうも準備が整ったらしく、手綱を握ったところだった。

 

「飛ぶぞ。しっかり捕まってろよ」

 

 それだけ言うと、俺は黒天の手綱を引いた。次の瞬間、黒天が空へ舞い上がる。続いて、アリスの相棒である雨縁が上がってきた。距離を見つつ、俺は方向をカセドラルに向けた。その背に、キリトが問いかけた。

 

「なあ、あんたは、その―――全て覚えているのか?」

 

「それは無理だな。これだけの時間を生きていれば、忘れたものも多い。が、絶対に忘れられないものもある」

 

「それは―――」

「言うな。俺の推察が正しければ、お前ならそれが何を意味するか分かるだろう。その残酷さも」

 

 俺の言葉に、キリトは押し黙った。しまった、少し言葉が厳しすぎたか。だが、これだけは言える。

 

「だが、時間は不可逆なものであり、あの時に戻ることもできない。だからこそ忘れられないものもある」

 

 もう戻れないと知って、長い年月が経ってからようやく、自分の気持ちに気が付くとは。失ってから気が付くとはよく言ったものだ。だからこそ、俺にとっては軽く百年前の、しかもたった数年の記憶ですら、絶対に忘れられない記憶となった。たとえ俺が、この体で精神的な寿命の限界に到達し、記憶を削る必要が出てきたとしても、きっとその、たった数年の記録だけは消さないよう細心の注意を払うだろう。

 

(―――忘れられるものかよ)

 

―――今なら言える。それほどまでに、あいつと、彼女と共にあった、そのたった数年の記憶は、俺にとって何物にも代えられぬものなのだ、と。

 




 はい、というわけで。

 前回で高度な神聖術を使えたのはなぜか、といえば、彼が調停者として「本来存在しないはず」の欠番整合騎士であったから、ということでした。実をいうとさらに設定があるのですが、それは彼らがカセドラルで再び相まみえたときに明かすことにします。

 最後のセリフがかなり意味深な雰囲気ですが、まあ、はい。察しのいいひとなら察せられると思います。多分アンダーワールド大戦あたりで明かすことになると思いますのでここでは伏せます。またしても気の長い話にはなりますが、明かすまでしばしお待ちいただければと思います。

 次からは、カセドラルを上る二人と、それを迎え撃つ整合騎士という構図でお届けします。なんかこう、裏切る主人公ポジというあたりが若干懐かしいというか芸がないというか、そういうところはありますが、そこはご愛嬌ということでよろしくお願いします。

 ではまた次回。


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85.狼煙

 二人が投獄され、黒天を飛竜の待機所に送り届けると、薄着に両手剣を佩いた壮年の男が出迎えた。

 

「まさか貴公が出迎えるとはな、ベルクーリ」

 

「当たり前だ。お前さんとこうして話すのも久しぶりだからな、出迎えくらいはさせろ」

 

「まあ、ね。そっちはその様子から察するに帰りか?」

 

「おう。境のあたりを巡行して戻ってきたところだ。特に何事もなかったがな」

 

「ふぅん。少し前まではかなり派手にやっていた印象があるが」

 

「俺の言えることじゃあねえが、お前さんの“少し前”は一般的じゃあねえからな」

 

「言っても高々10年かそこらだろう?少し前の範疇だと思うが」

 

「範疇じゃあねえな、少なくとも一般的には」

 

 そういわれて、俺は思わず肩を軽くすくめた。まあでも、このベルクーリよりは長く生きているのだ、俺からしたら10年かそこらなんて少し前だ。

 

「お前さんはしばらくこっちにいるのか?」

 

「しばらくかどうかは分らんがな。あの二人の様子次第だ」

 

「連れてきたのは見てたが、そんなにやんちゃそうなボウズには見えなかったが」

 

「見た目詐欺なだけだ。特に黒いのはかなりの型破りだ。だから、あいつらがシンセサイズされるか、脱獄騒動が落ち着くまではこっちにいるつもりだ」

 

「その気になれば、お前なら文字通りひとっとびだからな」

 

「ま、そういうこと。脱獄騒動でやりあったら油断するなよ。実力的にはアリスが一番近いか」

 

「おいおいおい、整合騎士でも最強格と同等の強さってことか」

 

「型破りすぎて対策しづらいっていうのはあるが、それを抜いても十分強い。デュソルバートくらいなら十分倒されるだろうな。単騎ならファナティオやアリスと拮抗するくらいじゃないか?」

 

「お前さんの目は信用に足る、っていうのは理解しているが・・・にわかには信じられんな」

 

「まあな、気持ちは分らんではないよ。俺だって、あいつらの実力を見ずにそういわれたら、本当にそこまで強いのか、って思うだろうしな」

 

「だが、お前さんがそこまで言うってことは少なくとも弱くはないんだろ?」

 

「ああ。お前をもってしても十分に楽しめる相手だろうよ」

 

「そうか。なら楽しみにしておく。

 それはそれとして、帰ってきて多少は疲れもあるだろう。ゆっくり風呂でも入ってきたらどうだ?」

 

「そうだな。特に、ここみたいな大きすぎるくらいの風呂なんてそうそうないしな。お言葉に甘えさせてもらう」

 

 会話を終え、浴場に向かう。いくらあいつらが行動を起こすといっても、一度風呂に入るくらいの時間はあるはずだ。

 

 

 少し風呂に入って体を休める前に、ふと下を眺める。早ければそろそろ脱獄の準備を始めているはずだ。良くも悪くも規定を逸脱するという発想がなかなかないこの世界の住人から外れたあいつなら、そろそろ穴に気が付くはずだ。ましてや、あいつらは神器を扱えるような人間だ。いかな頑丈な鎖であっても、頑張れば引きちぎれるはず。それに、仮にもキリトはセルルトの教えを受けている。となると、鞭の扱いにもある程度精通していると考えたほうがいいだろう。となれば、引きちぎった鎖はそのまま武器となる。それだけ手札があれば十分だろう。

 空を見上げる。今日は見事な月夜だ。これだけ明かりがあれば、下の薔薇園あたりにはしっかり影が落ちる。遮蔽を生かした戦いの経験を忘れていなければ、これはかなり有効に働くはずだ。

 と、そんなことを考えていると下から戦闘音が聞こえた。ある程度落ち着いたところで、俺は神聖術を併用しつつ飛び降りた。

 ちょうど飛び降りると、薔薇園に陣取っていたエルドリエが倒されたところだった。ちょうどそのくらいの頃合いだろうと思っていたから、これは想定の範囲内。

 

「悪いな、今ここで手駒を減らされるわけにはいかないんでな」

 

 二人にそれだけ宣言すると、俺は神器である、一対の剣を手に呼び出す。剣といっても、曲剣のような形状の、かなり小ぶりな剣だ。何もないところから唐突に表れた二振りの剣を見て、即座にキリトとユージオが逃げる方向へ向かう。逃げた先を予測しつつ、俺は神聖術を併用し追い詰めた。あくまで手傷を負わせすぎない程度だ。だが、かすり傷くらいは必要だろう。そうでないと、こちらが本気であると思わせることができない。そう思い、剣で切りかかろうとするも、それはキリトが振った鎖で応戦された。はてさてどうしたものかと考えていると、俺の目の前で光素がさく裂した。思わず一瞬目をつむる。音から察するに、ユージオが光素をさく裂させ、その隙に体勢を立て直すなり逃げるなりする、といった算段だろう。大体どちらへいったかの認識はできているが、さすがに薔薇園を破壊するほどの威力を放つわけにはいかない。これは一杯食わされた。走って追っていくも、キリトとユージオは忽然と消えた。

 起こった事象から、誰が、どういう目的でそれをしたのかは察しがついた。だからこそ、俺は追うのも、捜索するのもやめた。

 

(あとは任せますよ。もう一人の最高司祭)

 

 そして、内心で願った。彼女であれば、彼らの道をそのまま歩ませるはずだ。俺にできるのはそれしかない。手に持った神器を戻して、倒れているエルドリエを回収すると、俺は神聖術でカセドラルの外壁付近を上って戻っていった。

 

 

 

 飛竜の待機場が一番楽な場所なので、そこまで神聖術を併用しつつ飛ぶ。そこまで急がず、とりあえず寝床に運ぶ。すでに意識自体は落ちているが、念のためやる。幸か不幸か、俺はこの手の、他人に干渉する神聖術は少し前に扱ったばかりだ。幸い、あの時ほど大規模な術である必要はない。

 心意力で状態を調べる。どうやら例のバイエティ・モジュールとやらの固定が甘くなっているだけらしい。もともとモジュールが引っ掛かっていた穴の形状が、ほんの少しだけ狭まった影響で外れかけているのが原因のようだ。体のほうはしばらく養生していればどうにでもなる範囲だろう。モジュールの位置は俺でも調整が利く。あくまで外れかけているだけだ。どうにでもなる。だが、俺の方法は少しあくどい方法だ。

 ほんの少しだけ、モジュールの形状のほうを削る。穴の形状にちょうど引っかかる形にモジュールを変え、再びはめなおす。しっかりとはまったことを確認し、一つ息をつく。と、その後ろで扉を軽くたたく音が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します。騎士ロータス、こちらにエルドリエが運ばれてきたと聞きましたが」

 

「あぁ。どうやら例の剣士二人にやられたらしい。これは鍛えなおしだな」

 

「といっても、彼も仮にも整合騎士。そうそう簡単にやられるとは思えませんが」

 

「侮るなよ、騎士アリス。あいつらは無手でも強いぞ。楽観視できる相手ではない以上、あいつらが剣を取り返しているという前提で動くべきだ。そうなったらお前でも一筋縄ではいかないだろうさ」

 

「それほどの相手なのですか?」

 

「にわかには信じられんっていうのは分らんではないがな。最大限の警戒をもってあたれ。最悪、記憶開放術が必要になるやもしれん」

 

「彼らの出自を考えれば、あなたの目が一番信用に足るでしょう。そして、そのあなたがそれほどまで言うということは、実際強敵なのでしょうね。わかりました。助言、痛み入ります」

 

 相変わらず四角四面というか律儀な子だ。そういうところがいいところではあるのだが、彼女の生い立ちを考えると若干の痛々しさすらある。表情を隠すのはもう慣れたが、この型に押し込んだような四角四面な気質には若干心が痛む。もともとは感受性の豊かな少女だっただけに、かくも成長環境とは恐ろしいものかと、薄ら寒さすら感じる。

 

「ま、一応俺にできるだけはもうしてある。何より、こいつのことは俺より貴公のほうが分かっていよう。後を任せていいか?」

 

「ええ。もとより、そのつもりで来ましたから」

 

「そいつは失敬。じゃ、あとは任せた」

 

 それだけ言うと、アリスに後を任せて俺はその場を去る。そこから、俺は空中庭園に行き、考えをまとめにかかった。あそこはちょうどいい感じで日向と日影があって、考えをまとめるにはうってつけなのだ。

 

 まず、キリトとユージオがカセドラルを上がってくるのは確定事項だろう。もう一人の最高司祭―――今は確か、カーディナル、だったか―――の協力を得る以上、ほとんど確実に武装完全支配術は習得してくるはずだ。ともすれば、記憶開放術すらも。武装完全支配術の撃ち合いまで行く戦いなど、整合騎士のほとんどが経験していないはず。まず間違いなく上層まで来る。だが、一つだけ解せないことがある。

 

(彼らは何のために戦っているのか、それだけが解せない)

 

 ただ不自由が窮屈だとかそういう理由であるのであれば、問答などほとんどなしに両断するべきであろう。むろん、反逆に足る理由ではある。だが、ただ一個人のそんな感情で調和を崩されるわけにはいかない。少なくとも、俺はそういう立場にない。だからこそ、その反逆の理由を問う必要がある。その理由によって、俺の戦う理由も変わるだろう。

 

 そんなことを考えていると、アリスが空中庭園に来た。そして、己の剣を日当たりのいい場所に突き立てた。一般的には何がしたいのか、となる場合ではあるが、俺には大体の見当はつく。そして、俺の予想通り、彼女は己の剣を本来の姿―――一本の金木犀の木にした。

 

「ここで迎え撃つ算段か、騎士アリス」

 

「ええ。エルドリエのほうはしばらく安静にする必要があるでしょう。ならば、弟子の仇を討つのが師の勤めだと思いましたので」

 

「相変わらず律儀なことだ」

 

「あなたはどうしてここに?」

 

「少し考え事をな。ここだと落ち着いて考えれるんだ。とにかく、俺のほうはもう終わったから立ち去る。武運を、騎士アリス」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 どこまで行っても律儀な返答に、俺は思わず若干の苦笑いを浮かべた。そのまま、大浴場を通って上層で待機するところでベルクーリと行き会った。

 

「よう。どうだったんだ、エルドリエの様子は」

 

「ちょっと手ひどくやられた程度だったよ。アリスと鍛えなおしだなー、なんて話をしていたところだ」

 

「鍛えなおしの時には俺も手を貸すぜ。で、嬢ちゃんは?」

 

「空中庭園で奴らを迎え撃つ算段だと。実際、金木犀の剣を木の状態にしてたっぷり日に当てていたよ。万全の状態、といって差し支えないだろうな」

 

「アリスの嬢ちゃんがそこまでやるのか。お前さんの分析を考えれば、全力で叩き潰すというのが最適解ではあるだろうな」

 

 若干驚きの混じった、だが納得の反応。まあそれもそうだろう。だが、俺にとって重要なのはむしろそのあとだ。

 

「他人事でいいのか、ベルクーリ。仮にアリスが突破されたら、そのあと迎え撃つのはおそらくお前だぞ」

 

「まあ、その時はその時だ。ゆっくり待つさ」

 

「そうか。ま、お前ならそうそう後れを取るとは思えんがな。お前の武装完全支配術は、分っているから対策ができる、なんていうものでもないし」

 

「お前さんにそう言われるとありがたいな」

 

「それだけ技量を信頼しているということだよ」

 

「なら、その期待を裏切らないようにしないとな」

 

 そんなことを話しつつ、俺は昇降盤のほうへ向かう。定期的に最高司祭の状態を確認するのが、俺の日課になってきていた。最も、彼女は俺に次いでこの世界で最も長く生きている人間だ。そんな彼女からすれば、たった一日など刹那に等しい。記憶容量の関係もあり、一年の間で起きている時間などごく少数だ。だからこそ、この行為はどちらかというと確認行為に近い。整合騎士も銘々に己の使命を全うし続けるだけで、実質的な指揮権はベルクーリにある。

 この世界に長く君臨する支配者、整合教会の最高司祭は、それはそれは美しい女性だ。だが、あくまで美しいのは見た目だけ。中身には、恐ろしいまでの支配欲が渦巻いている。いったいどういう理屈でこれほどまでの支配欲の化身が生まれたのかは知らないが、たどり着いた座が最高司祭、すなわちこの世界の支配者であるというのはある意味必然であるといえよう。人の欲とはかくも恐ろしいものなのか。

 最上階に上り詰めたとき、やはりというか最高司祭クィネラ―――いや、いまはアドミニストレータ、だったか―――は眠りについていた。眠り続けるさまはさながら眠り姫といったところか。しかし、この姫が起きて本気の戦闘をしたときは、俺が本気を出してようやく勝てるくらいかもしれない。間違いなく最強格である。それが、支配者の権化のような、それこそ創作物の世界でしかありえないような性格である以上、力で倒すほかない。しかし、俺ではほとんど差し違えるくらいになってしまう。そういう点では、今回のキリトとユージオは渡りに船だった。少し様子を見て、いつも通り変化がないことを確認すると、俺はそのまま昇降盤に戻った。

 とりあえずやることがないので、空中庭園に戻る。その前に、風呂の様子を見ると、今からベルクーリが風呂に入るところだった。

 

「本当に好きだな、風呂」

 

「当たり前よ。外界を見回った疲れをいやすにはうってつけだからな。いい気分転換にもなる」

 

「ま、否定はせんがな」

 

「それに、ここに例の剣士たちが来る可能性が高いんだろう?ならば、こちらもそれ相応の状態で臨まねば、相手にとって無礼だろうよ」

 

「わからなくはないが、その必要があると本気で思っているのか?相手は反逆者だぞ?」

 

「それはお前さんの情報が答えだ。相手が強者であるというのであれば、準備を怠る理由はないだろう?」

 

「ま、それはそうだな」

 

 そんな会話をしていると、轟音がとどろいた。俺たち二人ともが気を取られる。

 

「今の音、下からか」

 

「位置的に空中庭園あたりだな。行ってくれ」

 

「俺でいいのか?」

 

「逆に俺が行ったとしてやれることは限られる。お前さんのほうが講じれる手段が多いのなら、最善手を打つべきだろうよ」

 

「わかった」

 

「あぁ、そうだ。例の剣士、できればここに案内してくれ。ここは広い、決戦にはもってこいだ」

 

「承知した」

 

 その会話を最後に、俺はカセドラルを駆け降りる。空中庭園にたどり着くと、そこには途方に暮れているユージオだけがいた。

 




はい、というわけで。

1ミリも話が進んでいない・・・!
自分でも読み返して驚きました。ここまで話が進まないとはさすがに想定していなかったので。

話は進んでいませんが、個人的にはキャラの心情とかをある程度深堀りしたりとか、自分から見たキャラクター像みたいなものをかけたので、まあそこまでって感じです。それってあなたの感想ですよね?っていうツッコミは受け付けます。

字数としてはまあそれなりに行ったのでこれで一話としました。次からはちゃんと話を進めるので今はこれで勘弁してください。

ではまた次回。



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86.戦う理由

 ユージオがいるのはともかく、キリトとアリスはどこへ行った。周りを見ても姿が見えない。ここは比較的見通しがいい。それに、この下に開けた場所はない。キリトの黒い剣の能力の詳細はついぞ読めないが、金木犀の剣は開けた場所で真価を発揮する剣。引き返したという可能性は低いだろう。

 

「剣士ユージオ。ここに、騎士アリスがいたはずだが」

 

「あ・・・」

 

「警戒するな。事情を聞きたいだけだ。今ここで、やりあう気はない。最も、そっちがそのつもりだというのなら、こちらもやぶさかではないが」

 

「それは・・・できれば遠慮したいかと」

 

「だろうな。俺の実力はお前もよく知っているだろうしな。で、二人は?」

 

「それが、二人の力がぶつかった瞬間に、カセドラルの壁が崩れて、二人は外に」

 

「なるほど、壁自体は自動修繕機能で元に戻ったが、それが災いして戻れなくなった、と」

 

「あの・・・二人は、生きているんですか?」

 

「さすがにわからん。俺も全知全能じゃない。ただ、カセドラルの壁には隙間がある。それに、これだけの高さだ。神聖力もたんまりあるだろう。日が高いうちに、その神聖力を鋼素に変え、隙間に鋼の丸棒でも突き刺して、それを利用して登れば、あるいは。幸い、この上には四方が開けた階がある。アリスの神聖術と二人の体術を考えれば、そうさな、明日の日没までにはたどり着いていても不思議はあるまい。で、この先はその四方が開けた場所まで、整合騎士はいない。この意味が分かるな?」

 

「案内、ということですか・・・?」

 

「お前さんがたの剣を見たい、と言っているもの好きがいてだな。実力は俺が保証する。安心しろ、共闘するつもりはない」

 

「でしょうね。あなたなら、単騎でも僕くらいは倒せるでしょうから」

 

「そういうことだ。わかったのならついてきな」

 

 それだけ言うと、俺はユージオに背を向けた。後ろからついてくる足音を聞きつつ、俺たちは階段を上る。ベルクーリがいるはずの大浴場まで来ると、俺はすぐに扉を開けた。

 

「ベルクーリ、客だ」

 

「おう、少し待っててくれ」

 

 湯気と背中越しにベルクーリが返答する。

 

「悪いな、こういうやつなんだ」

 

「腕は保証する、と仰っていましたが・・・具体的には、どのくらい?」

 

「整合騎士最強格。それ以上の説明が必要か?」

 

「・・・いえ、それだけで大丈夫です」

 

 硬くなったのが気配で分かる。その気配を受けて、俺は言葉をつなげる。

 

「大丈夫だ。お前ほどの腕なら、間違いなく善戦までは持っていける。勝機はある。そこから先は・・・半分運、半分戦略、少しの賭け、といったところか」

 

「・・・わかりました。ありがとうございます」

 

 少々脅し過ぎたか。だが、ユージオの実力なら問題ないだろう。それは、実際に剣を交えた俺だから分かる。今のユージオは即座に整合騎士になったとしても、全く見劣りしないだけの実力がある。そんな会話をして少しすると、ベルクーリが近くまできた。

 

「待たせたな。そいつが?」

 

「ああ。おそらく、お前が思っている通りの客だ」

 

「そうか。なら、準備して待っていた甲斐がある、ってもんだ。わかってると思うがロータス―――」

「わかってるよ。俺は見届け人としているだけだ。手は出さん。ただ、天命全損しそうだっていうのなら介入するがな。これは創造神に誓っていい。二人とも、ここで失うにはあまりに惜しい実力者だ」

 

「ああ。それでいい。それで、若き剣士よ。名前を聞かせてもえないかい?」

 

「ユージオです」

 

「よし、なら抜け、剣士ユージオ。整合騎士長、ベルクーリ・シンセシス・ワンが尋常にお相手仕る」

 

 そういいつつ、ベルクーリ自身も剣を抜く。それに応え、ユージオも剣を抜き構える。それを見て、俺は壁際に移動した。

 

「その構え・・・。お前さん、もしや連続剣の使い手かい?」

 

「わかるんですか?」

 

「ああ。雰囲気で分かる。俺たちの剣は、一撃こそ重く、当たれば致命傷足りうる。だが、当たらない剣に意味はない。それを体現しているやつを、俺たちはよーく知ってる」

 

 そういいつつ、俺のほうに目線を向ける。確かに、俺の剣は重さよりも鋭さを、敵の防御を打ち砕く力ではなく防御の穴をかいくぐる技を磨いたものだ。だが、それはもとより、俺の剣術がそうであったから、そちらの方がより熟成させやすかった、というだけだ。

 

「だがな、心しな、ユージオ。そういう相手をよーく知っているからこそ、俺の剣は互いの弱点と長所を知っている。一筋縄じゃあいかんぜ?」

 

 明らかに雰囲気が変わる。それを察して、ユージオも剣を構え直した。俺も久しぶりに見る、ベルクーリの本気。おそらく、武装完全支配術すら使う気は無いのだろう。純粋に、剣士ベルクーリとして、剣士ユージオを見たい。そんな思いが伝わってきた。ならば、俺はその戦いを見届けよう。

 

 

 戦いは熾烈を極めた。ベルクーリは最終的に、彼の武装開放術まで使って対抗することになった。剣技だけなら間違いなく拮抗するか、ともすればユージオが上回っていたかもしれない。最終的に、ユージオが記憶開放術を使用した。決め手に欠けると踏んだのだろう。確かに、拮抗まで行くのは確かだが、あのままでは決め手に欠くであろうということは想像しやすい。だが、天命を吸い取って咲き誇る氷の青い薔薇を見て、俺は神器を抜いた。

 

「そこまでだ!」

 

 そのまま投げた神器は、二人の近くに突き刺さった。

 

「さすがにそこまで行ったら死人が出る。よもや道連れにする気はないだろうな、ユージオ」

 

「いえ・・・そこまでは。天命の上限はこちらに分があると踏みました」

 

「だとしてもやりすぎだ。手加減無用のやり取りである以上、そこまでするのは不思議じゃあないがな」

 

「助かった、と言いたいところだが――――」

「悪いがこれは宣言通りだぞ。お前を失うっていうのは痛手すぎるからな」

 

 反論はさえぎって宣言する。その反応に、ベルクーリは何とも言えない表情になったが、俺に理があると思ったのだろう。それ以上の反論はなかった。

 

「それは構いませんが、反逆者を放置してそんな会話を悠長にしているのはいただけませんねェ」

 

 そんなさなかに聞こえてきた、妙に粘着した声。俺とベルクーリはあからさまに不機嫌になった。ユージオは厳戒態勢になったが、それを俺が抑えた。

 

「お前は体を休めてろ」

 

「え・・・?」

 

「それは明らかな反逆行為と取られても不思議はありませんよォ?分っているんですかァ?」

 

「それすらも分からず行動していると思うか?それに、ベルクーリでも拮抗が限界だったんだ。俺単騎でも一人なら抑えきれる確信はあるが、複数人になるともそうなるとはわからん」

 

「ならばなぜ、あなたは私に剣を向けているのですか?」

 

「理由は二つ。一つは、ここでユージオほどの戦力を失うということの損失があまりに大きいということだ。もう一つは、単純にお前が気に入らないからだ。剣士の戦いの邪魔をするほど無粋な真似はないというのに」

 

「何を言っているか分かりませんねェ。外敵を倒すためならば最善の手段を尽くすのは当然でしょう?」

 

「それについては同感だがな。時と場合ってものがあるだろう」

 

 俺の後ろにいるベルクーリも同意する。

 

「お前も下がってろ。戦える状態じゃあないだろ」

 

「すまねえ」

 

「お前だけで十分だと?随分とナメた真似をしてくれますねェ、零号?」

 

「ナメたわけじゃあねえ、事実だ。お前ごときに負けるほど、落ちぶれてなどいない」

 

 ただの事実を淡々と述べる。チュデルキンの顔が歪む。

 

「気に入らない。気に入りませんねェ、その態度!私を誰かわかっていてその台詞なのだから余計性質(たち)が悪い」

 

「だが、俺を排することはできないぜ。俺の力はよく知っているはずだ」

 

「えぇえぇ、よくわかっていますよォ」

 

「で、そう来ると思って布石を用意していない、と思ってるくらいは簡単に読めるぜ」

 

 宣言と共に、俺が軽く腕を上げる。その瞬間、鋼鉄の糸がチュデルキンを縛り上げた。

 

「いかな雑兵であろうと油断だけはいただけないな。だから、こんな風になる」

 

 何か言おうとしても、それは鋼鉄の糸に阻まれ、モガモガというよくわからない音となる。それを確認すると、俺は首根っこをつかんで外に放り投げた。

 

「おいおい、大丈夫なのかよ」

 

「下には風素で即席の緩衝材を作った。死ぬことはあるまい」

 

 ベルクーリの心配に、俺はそのまま答えた。そして、振り返りざま、腕を横にひゅんと振った。それだけで、青薔薇によって凍り付いていた湯船が、元の温かい湯船になった。

 

「ベルクーリ、ユージオといったん体を休めてくれ。湯船につかっているだけでも、ある程度の天命回復は見込める。なにより、疲労も癒されよう」

 

「あいわかった。お前さんとしても、これほどの腕前のヤツと戦うのに、どちらかが手負い、ってのは不本意だろうしな」

 

「その通りだ」

 

 俺の意図を正確に読み取られたことに若干の苦笑を交えつつ返す。すぐにその表情を切り替え、俺は宣言する。

 

「剣士ユージオ。キリトとアリスが昇ってくるとしたら、間違いなくここから来る。四方が壁に囲まれていない場所で、あそこから一番近いのはここだからな。だから、ここで二人の到着を待て。俺の予想だが、おそらく1日、いや半日。早くて明日の朝、遅くとも昼には来るだろうよ。そして、これは二人にも伝えろ。

―――俺はこの先で、最後の関門として立ちはだかる。それまでに、戦う理由を見つけておけ」

 

 それだけ言うと、俺はくるりと踵を返す。

 

「あの、ロータスさん―――」

「さん付けはやめろ。少なくとも、この時から、再び和解するまでは。次に会ったときは、間違いなく剣を交えるだろうからな」

 

 毅然と背中で反論する。それ以上の言葉は必要ないと拒絶する。そのまま、俺は昇降盤へと向かった。

 

 

 

 最後の関門で、俺はただ待つ。間違いなく、あいつらはここを通る。なぜなら、俺の後ろにある昇降盤を使えばその先が玉座で、玉座へ向かうにはここしかないからだ。道案内ができる騎士アリスと共に来るというのであれば、ここが唯一の通り道。その時、彼らはどのような答えを持ってくるのか。それを、俺はひそかに楽しみにしつつ、おそらく今も眠っている、最高司祭の玉座のほうを見上げる。

 

(本来、俺の役目とはかけ離れているどころか、正反対といってもいいはずなんだがな)

 

 剣士として、戦士として、どれだけ成長しているか。それを、この手で確かめることができるのだ。これを楽しみといわずしてどう表現しよう。そして、願わくは彼らがこの世界を壊すに足ることを祈る。

 そんな時に聞こえた、三人分の足音。目を開いたときに見たのは、俺の想像通りの三人だった。

 

「来たか」

 

「ああ。あんたの望む最後を届けに来た」

 

 毅然としたキリトの態度。それに、俺は意志―――いや、覚悟の固さを見た。

 

「そうか。では、剣を交える前に、それぞれに問いたい。こちらから、回答の相手は指名する。

――――戦う理由は、見つかったか」

 

 俺の問いに、やはりといった反応を見せる三人。

 

「剣士ユージオ、君から聞こう」

 

「僕には、何が正しいのか、そういうことはまだ分かりません。でも、」

 

 そこでいったん言葉を切り、横にいる騎士アリスをちらと見る。その直後、俺の目を見て、はっきりと告げた。

 

「あの時、守りたいものを守れなかったのは、僕が弱かったからだ。だから、大切なものを奪わせたくない。絶対に。もう二度として。

―――この世界がその強さすらも奪うというのなら、そんな世界は壊れればいい。そして、誰にも、大切なものを奪わせない世界にしたい」

 

 まだ天命が回復しきっていない青薔薇。しかして、俺を斬るには十分な天命まで回復したであろうその剣を抜く。その様は、なるほど革命家と呼ぶにふさわしいものだろう。

 

「騎士アリス。君は?」

 

「かつての私が、どうしてこのような選択をしたのか。それは分かりません。ですが、きっと浅はかな行動の果てにそれがあったことは確実でしょう。それにより、私はたくさんのものを失った。それによって得たものがどれだけ大きくとも、私は、過去の私の浅はかな選択を後悔するのでしょう。ですが。

―――答えは、得ました。この世界が歪んでいるというのであれば、正すのが騎士たる私の勤めです」

 

 音高く、金木犀の剣を抜く。その、自身の矜持、誇りに殉ずる姿は、ただただ美しかった。

 

「最後に、剣士キリト。君の答えを」

 

「単純な話だ。

 この世界は歪んでいる。その元凶がこの先にいて、お前がそうさせまいと立ちふさがるのであれば。

―――お前は、邪魔だ」

 

 端的に答え、黒い剣を抜く。だが、端的であるが故、彼の目から見た状況は読み取れた

 その三人の答えに、俺は、こんな時にもかかわらず、自身の口角が上がるのを自覚した。どうやら、俺の想像以上に、彼らは目覚ましいほどの成長を遂げていたらしい。

 

「よかろう。であれば、改めて名乗ろう。

 我が名はロータス・シンセシス・ゼロ。欠番の整合騎士にして、この世界の調停者なり。

―――その思い、その力。この世界を壊すに足るか。見定めさせてもらう」

 




はい、というわけで。
今回は割と進んだ、んですかね?

主人公が迎え撃ったのは、原作でユージオが立ちはだかったところというイメージです。
問答はエースコンバットゼロの冒頭での片羽の妖精のセリフが元ネタだったりします。順番も合わせたのはちょっとしたこだわりポイントだったりする。おんどれはどこにこだわっとんじゃ。

正直これだけでこんなに文字数食うとは思ってなかったです。アンダーワールド大戦までは頭の中に構想があるので、そこまでは書きたいと思っています。ですがすでに書き溜めは底が見えている状態。・・・頑張ります。

ではまた次回。


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87.強さの証明

 宣言と共に、両手に神器が顕現する。短剣というには大ぶりな、しかして直剣ほど大きくない、反身の二振り。その反応に、三人が構える。

 まず攻撃してきたのはユージオだった。光と動きからしてソニックリープか。そんなもの、百年以上前に幾度となく見てきた。突進までのわずかな間に、俺は二つの剣の柄を連結させるように打ち合わせる。瞬間、二つの剣は両剣の形をした弓となった。その刃を以って、ユージオの突進をいなす。そして、そのまま虚空から作り出した矢をつがえ、次いで突進してくるキリトに向けて撃った。だが、この程度は想像通りといわんばかりに、その矢をたたき落としてから、ユージオと同じくソニックリープを繰り出してきた。あえて一歩踏み出しつつ、弓の真ん中で受け止める。構えを戻しつつ、矢を手の中に作り構える。ある程度の狙いで放った矢は、横から繰り出された金色の花弁によって薙ぎ払われた。もう一発撃つ隙は与えてくれまいと読み、その場で跳躍する。俺の読み通り、キリトとユージオは挟撃の態勢に入っていた。より早く、秘奥義の硬直から抜けたユージオが、俺のいる空に向かってソニックリープを放つ。まったく、このような使い方は俺も、おそらくキリトも教えていないはずなのだが、咄嗟に思いついて実行し、成功させるその能力には舌を巻く。両剣としての特製を利用し、回転するようにいなす。着地を狙って攻撃してきたキリトには、両剣による連撃にて応戦する。が、その横から来た騎士アリスの剛剣には完全な防御は不可能と判断し、後ろに跳んで何とか衝撃をいなす。素早く弓を二度射て、いったん仕切り直しとなった。

 

「実際に目の当たりにすると、どう形容すればいいか分からないくらい異様だな」

 

「あぁ、こいつか?」

 

「アリスから、断片的な情報は聞いていた。が、よもやこれほどとはな」

 

「なるほど。この天廻の力は、すでに情報として知っていたわけか。道理で対応が速いわけだ」

 

「だが、俺が聞いていたのはあくまで心意の力の通りが異常なほどよく、様々な形態に変化するというだけだ」

 

「それだけでほとんどすべてなんだがな」

 

「あくまで、様々な形態をとる、というだけだろう。使い手の技量が伴わなければ器用貧乏で終わる。武器が強いんじゃない、あんたが強いんだ」

 

「そういってもらえると嬉しいね」

 

 それだけ言うと、俺は剣を投げる。半ば反射的に弾くその寸前、キリトが全力で後ろに跳ぶ。ほんの少しの間を開けて、間で剣が爆発した。爆風で、その後ろで援護の態勢を取っていたアリスすら怯む。その間に、俺は2人をするりと抜け、後衛にいるアリスに肉薄した。防戦ながらも天廻を弾き飛ばさんとする剛剣には舌を巻くが、俺には届かない。全ていなし、防ぎ躱し、反撃を織り交ぜすらする。しかしそれは相手も同じだった。一瞬仕切り直しの隙をついて、キリトの斬り上げが炸裂した。一瞬の隙をついた強打に逆らわず、得物を手放す。あまりにあっさりとした成功に、キリトとユージオが同時に斬りかかる。が、それは防いだ。なぜなら、弾かれ、砕かれた神器が再び俺の手の中に現れたからだ。

 

「なっ・・・!?」

 

「呆けてる場合か」

 

 2人を弾き、再び前進する。後方からの追撃は、弾かれて戻ってきた神器を再び炸裂させて牽制しつつ、天廻の片方を巨大化させて一撃を見舞いにかかる。防御に入ったアリスの上を飛び越し、後方からの一撃でアリスを弾きとばす。これにて、またしても仕切り直しとなった。

 

「どういうことだ・・・確かに手から剣は消えたはずなのに」

 

「おや、騎士アリスはそこまで教えていなかったのかね?」

 

「教えるもなにも、そもそも知りませんよ」

 

 なるほど、それならば仕方ないか。教えたつもりではあったが、どうやら思い違いだったらしい。

 

「天廻は俺と同化した武器だ。天命の一部も、俺自身と共有している。心意の通りがいいのもそれに由来する。己の手足を操るのとほとんど同等だからな。当然、心意の通りはこの世界において最もいい部類だ。俺限定の話ではあるがな」

 

「さっきの剣を爆発させるものも、あなたにとってはそう大した痛手にはならないわけですか。天命が攻撃以外で減らないうえに、天命の上限もかなり高い我々にとって、その程度の痛手を負うより、相手を攻撃できるという利点が勝る」

 

「その通りだ。察しのいい奴は嫌いじゃないぜ。そして、いくつ出すのも、ある程度どんな形にするのも思いのままだ。ま、普段は一刀で使うことが多いが、今回は事情が事情だ。二刀で戦う必要がある相手は久方ぶりだ。その時点で誇っていい」

 

「こちらから有効打の一つももらっていないくせに、よくいいますよ」

 

「それはお互い様だろう?

―――で、準備はできたのか」

 

 アリスとの問答を終えた俺の言葉に、キリトは突きの構えで応えた。ヴォーパル・ストライク・・・ではない。あれとは構えが違う。なにより、それなら今の間に合図があったはず。それらしい言葉もなかったところから見るに―――

 

(武装完全支配術、あるいは記憶解放術か―――!)

 

 となれば、こちらもそれ相応の対応が必要となる。天廻を一刀状態にして、少し大ぶりな、反身で片刃の、少し小さい両手剣―――打刀の形状へと変化させる。構えは正眼。

 

「来い―――!」

 

「エンハンス、アーマメント!」

 

 その瞬間、キリトの剣が巨大化し、一気に押し寄せてきた。なるほどこれはなかなか厳しい。一刀でなんとか受けるも、受けるだけで精いっぱいだ。剣の状態では、並の膂力では受けるだけですらままならない。全力で踏ん張り、なんとかその黒い奔流を受け切った。が、その直後。アリスの神聖術とユージオの突撃を見た。俺は即座に左手に天廻を再度展開し、担ぐような突きの構え。即座にキリトが反応したが、俺のヴォーパル・ストライクの発動が若干速かった。神聖術を無視し、ユージオの突撃を切り抜け、俺の剣はキリトに届いた。だが、射程不足。それは、俺も分かっている。キリトは、その背後からユージオ、そして前から防御を終えたキリトが同時に斬撃を見舞う。

―――が。その二つの斬撃は、両方とも寸止めで終わった。

 

「一つ、聞こうか。なぜ、止めた?」

 

「あなたの言葉を借りれば、ここで失うにはあまりに惜しい実力者だからですよ。力を求めるその道標としても、一人の戦力としても、ここで失うというのはあまりに惜しい」

 

「大体同じ、だな。それに、真の敵はあんたじゃない」

 

 その言葉に、後ろにいるアリスがあきれたような反応をしたのが気配で分かった。それもそうだろう。今まさに剣を向けている相手ですら、いずれ味方にしたい。そう言っているのも同義なのだから。

 

「戦場で、それは甘さとなるぞ」

 

「ダークテリトリーとの戦闘なら、な」

 

 俺の釘差しに、キリトは端的に返した。その言葉に、俺は笑みを漏らさずにはいられなかった。

 

「よかろう。先に進むといい。ただし、俺も同行する」

 

「いいのか?」

 

「どのような形であれ、無駄な消耗を強いたのは事実だ。生半可な状態で勝てるほどやさしい相手じゃないぞ。なにせこの世界の支配者だからな」

 

「強いのか?」

 

「俺なら勝てるだろうが、果たして手加減ができる相手かどうかってところだな」

 

「さっきのあんたよりは強いか?」

 

「おそらくは、な。もっとも、最高司祭猊下が本気で戦ったところなんて久しく見ていないから、確信はないがな」

 

 俺の言葉に、ユージオがかすかに息を呑む。それもそうだろう。今までのユージオとの立ち合いはあくまで訓練用の木剣を使った立ち合いにすぎなかった。今回のように、神器まで使っての打ち合いではない。その俺より強いというのだ。思わず臆しても無理はない。

 

「戦う前の俺の宣言を忘れたか?俺は確かに、こその思いと力がこの世界を壊すに足るかを見ると言ったはずだ。その俺が通すということは、少なくとも一太刀くらいは通るだろうよ」

 

「信じよう、2人とも。これだけの実力者がいうんだ、間違いはないと踏んでいいだろう」

 

「キリト・・・わかった。君がいうのなら」

 

「背後からやられる可能性は?」

 

「ない、とは言えないな。俺たちの脅威とみなしている以上、捨てきれはしない」

 

「それもないんじゃないかな。キリトたちと合流する前、整合騎士団の団長とやりあったんだけど、その時に攻撃するどころか休んでいけって言ったくらいだし」

 

「そうか。でも懸念ももっともだ。というわけで、変な動きしたら斬るぞ」

 

「まあ、当然よな。ただ、いらない心配だとは言っておく。

さて、案内しよう。こっちだ」

 

 やりとりの後、俺を先頭として最上階への昇降盤へ向かう。風素を心意で操作して、できるだけ静かに上がる。

 

―――そして、上がった先には、完全に目を開けた最高司祭がいた。

 




はい、というわけで。

主人公の神器がここでようやく明かされました。名前の天廻は、ライズで復活したシャガルマガラから取っています。なぜシャガル由来の名前なのか、というのはアンダーワールド大戦にて明かす予定です。

戦闘スタイルは某赤い弓兵リスペクトな、お前のような弓使いがいるかスタイル。まあそもそももともと剣士ですからね。そこに経験までプラスされている。そりゃもう強いです。

あくまで証明、ということなので、三人のいずれかと相討ちになるということはそもそも想定していない戦いなので、こういう結末に。というか、この三人のいずれが欠けてもこの先に差し障ってしまうので。

さて、次はアドミニストレータ戦の予定です。
ではまた次回。


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88.道理と道化

「ようこそ、不遜なる反逆者たち。ですが、どうやら一番ありえない可能性が現実になったようですね?」

 俺たちの姿を認めて最高司祭が口を開く。その声は以前と変わらぬ、いやらしさのない色気のある澄んだ声であった。

「ご機嫌うるわしゅう、最高司祭猊下。あなたを殺しにまいりました」

「なぜ?世界の安寧を保つのがあなたの使命。その使命は、この上ない形で実現しているというのに?」

「確かにそれはそうかもしれません。しかし私は、この世界の在り方は長く続きすぎました。いい加減、否定されるべきであると考えるからです」

「余計解せないわね。泰平の世のいったいどこが不満なの?混沌も混乱もなく、秩序が支配する世界に?」

「まがい物の歪んだ秩序だ。肉を食らう獣が草を食めば満足ですか。花が枯れなければそれは幸せですか。清さも濁りも、欲も願いも、すべて併せ、飲み込んでこそ人。だが濁りに飲まれるのもまた人であるから、法が必要である。ただ、清らかさのみを強要し、それしかない世界など、私―――いや、俺にとっては、気味が悪くすらある」

「そのためならば、刃を交えることも辞さない、と?」

「無論です」

 そんな問答をしていると、後ろで再び昇降機が上がってくる音が聞こえた。前への警戒は怠らず、半身になり後ろを確認する。そこには、今しがた上がってきたであろうチュデルキンがいた。

「貴様、零号、これはいったいどういうつもりですかァ!?」

「見ての通りだ、元老長。謀反、というやつだよ」

「謀反ンンン!?許されない、許されませんよォ!!」

「てめえの許しなどいらねえんだよ。すっこんでろ、腰巾着の道化風情が」

 俺の言葉に、今度こそ怒り心頭に発したらしい。顔面を朱に染めたチュデルキンを、クィネラが上座から制した。

「チュデルキン、お前、少し黙っていなさい。ロータス、あなたもよ。私はね、アリスちゃん、あなたに聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと、と言いますと?」

「聞きたいこと、というのは、あまり正しくはないかな。あなた、私に何か言いたいことがあるのでしょう?怒らないから、今言ってごらんなさいな」

 その言葉に、アリスは一瞬怯んだようだった。だが、片目に巻かれた眼帯代わりの布に触れると、力強く一歩踏み出し、宣言するように言った。

「最高司祭様。栄えある我らが整合騎士団は、本日を以って壊滅いたしました。今、私の横に立つ、わずか二名の反逆者たちの手によって。あなたがこの塔と共に積み上げた、果てしなき執着と欺瞞ゆえに!

 我らの究極の使命は、公理教会の守護ではありません。剣なき市井の民の穏やかなる営みと眠りを守ることです!しかるに最高司祭様、あなたの行いは、人界に暮らす民の安寧を損なうものに他なりません!」

 アリスの凛とした声が響く。その堂々たる態度は、隣に立つ形になった俺も、内心感心したほどだった。

「だ、だまらっしゃいこの壊れかけの騎士人形風情がァァァァ!お前たちは、所詮アタシの命令に従う木偶人形にすぎないんですよォォォォォォ!

 大体、馬鹿がいったい何をもってして整合騎士団が壊滅なんて言ってるんですかァァァァ!?使えなくなったのなんて高々10人程度、つまり残り20もまだ駒が残ってるんですよォォォォォォ!お前ひとりがガタガタ言ったところで、協会の支配なんてピクリとも揺るぎゃあしねェんですよォこの金ぴか小娘!!」

「馬鹿はお前です、かかし男。その頭には脳味噌ではなく襤褸布(ぼろぬの)か麦わらでも詰まっているのですか?

 残る20名のうち半数の10名は調整中で動かせない。残る半数も、飛竜に乗って果ての山脈で戦っている。無理に呼び寄せれば、闇の軍勢が人界に押し寄せる。それに、その10人の整合騎士たちも永遠に戦えるわけではない。外に出ている10人の誰かを交代させようにも、撃破された整合騎士たちが回復するまでは交代させることはできない。そうなれば、力関係などたやすく覆る。そう考えれば、教会の支配はすでに崩れかけていると考えていいでしょう。

 それともチュデルキン、あなたが前線に出て、剛勇を誇る暗黒騎士と一戦交えますか?」

「む、ぐぐ・・・。それで一本取ったつもりですか小娘ェェェェ!このアタシに無礼千万ぶっこきやがった罰として、リセットが終わったら3年は山脈送りだァァァァァ!いや、その前にアタシのオモチャにしてやりますからねェェェェェ!」

 キイキイ喚くチュデルキンの前でも、毅然と冷静なアリス。その対極ともとれる会話を、静かなクィネラの声がさえぎった。

「ふーん・・・。論理回路のエラーではなさそうね。それにバイエティ・モジュールも正常に機能している・・・。コード871を自発的意思で解除した?となれば突発的な意思ではない・・・?これ以上は詳しい解析が必要ね」

 どこまでも冷静なクィネラの声。それはどこか、実験動物を見る学者のような口調だった。いや、彼女にとってはまさしくそうなのだろう。支配者である彼女にとって、この世界の生きとし生けるものは例外なく道具に過ぎないのだから。

「それはそれとしてチュデルキン、私は寛大だから、役立たずの汚名を返上する機会をあげるわ。あの反逆者たちを、お前の術で凍結してみなさい。天命は、そうね、残り2割まで減らしていいわ」

 その言葉と共に、クィネラが人差し指を軽く振る。それと共に、中央にあった天蓋付きの寝台が沈んでいく。寝台のあった場所に、静かにクィネラが降り立った。遮蔽のない場所で術師と戦うのはよくないと判断したのか、キリトがわずかに体勢を変えた。それを静かにアリスがとどめた。

「不用意な突進は危険です。相手は何か手札があるはず。その隙を作るためにチュデルキンをけしかけた、と考えるのが妥当です」

「忘れたか。火炎などの例外を除いて、神聖術を相手に有効に発動するためにはどうすればいいか」

「直接接触の原則、か」

 軽くうなずく。基本的に、神聖術は直接対象に接触することでその真価を発揮する。ということは、むやみな突撃は基本的に悪手だ。臨戦態勢を整え、いつでも動ける状態になったこちらに対し、チュデルキンは逆さになった。ユージオとキリトは純粋にいぶかしんだが、俺とアリスは即座に理解した。これは、両手だけでなく両足の指まで使い切って神聖術を放つ大勢だと即座に理解したからだ。

「シス!テム!コーーール!ジェネレート・クライオゼニック・エレメントォォォォ!」

 それだけ唱え、足を打ち合わせる。その瞬間に、両手両足、すべてに凍素が生成された。腐っても元老長、神聖術の腕は一級品だ。聞き取りそこなうほどの早口で変形を詠唱すると、それらは巨大な氷柱となって空中にとどまった。

「アリス!」

「ディスチャァァァァァジ!」

 俺の号令が、チュデルキンの最後の詠唱に間に合った。それに合わせ、アリスが迎え撃つ。チュデルキンが放った10本の氷の槍は、そのすべてが金木犀の花たちによってすべて砕かれた。それに業を煮やしたチュデルキンは、同じく凍素を10個生成。今度は巨大な立方体に固めて、こちらを押しつぶさんとした。しかし、これも、アリスが放った全力の記憶開放術に阻まれた。

「さすがだな」

 アリスの金木犀の剣はこの世界でも最も高い物理優先度を持つ。しかし、それを担い手が強固に信じ切ったからこそ、あれほどの術と撃ち合い、勝つことができた。渋い表情をするチュデルキンだったが、即座に切り替えてきた。

「シス!テム!コーーール!ジェネレート・サァァァァマル・エレメントォォォォ!」

 生み出されるのは、またしても両手両足、合計20個の、今度は熱素。それらが、きわめて複雑な詠唱で高速移動し、炎の巨人を生み出した。

「やつが、これほどの術を扱いきるとは」

「同感だな。どうやら、俺たちは脅威度を低く見積もりすぎていたらしい」

 アリスと、それだけやり取りする。そして、前衛に立つアリスを押しのける形で俺が前に出た。

「こいつは俺が相手する。少し休んでろ」

「先ほどは後れを取りましたが、二度があると思っているのですかァ?奇跡は二度起きないんですよォ?」

「あぁ、そう」

 余裕のあるチュデルキンに対して、俺は冷淡に返す。物理的な干渉能力が氷に比べて低いであろう熱ならば、俺ならば倒せる。

 天廻を二対、素早く顕現して投げる。そして、俺はもう一対の天廻を手に突撃をする。走りながら柄を合わせ、形状は両剣。しかし、投擲も明らかに狙いを定めていない、きわめて適当なもの。巨人に対して、俺は高く跳躍して突撃する。傍から見れば極めて無策、実に無謀な突撃。それに、チュデルキンがほくそ笑む。

「奇跡は二度起きない、といったな」

 炎の巨人の手が俺に伸びる。しかし、その手は俺を焼くことはなく、ただ素通りした。

「じゃあ二度目はなんだ」

 炎の巨人から現れる、無傷の俺。しかも、その矢はチュデルキンに向いている。それを見て、慌ててチュデルキンが詠唱を始めた。

「システムコールジェネレートウィンドエレメントウォールシェイプ!」

 風の壁が、チュデルキンと俺を分かつ。飛んだ勢いそのまま、俺はそのままチュデルキンへ向かって降下しつつ、弓を大剣に変化させ振りかぶる。そのまま行けば、風の壁により、俺は弾かれるはずであった。しかし、そんなものがまるでないかのように、俺は勢いそのまま飛び降り、チュデルキンの体を切り裂いた。先に投擲していた分も合わせ、合計3振りの斬撃は、一度の攻撃でチュデルキンを沈めた。

「相手が悪かったな、チュデルキン」

 物言わぬ骸になった相手に、一言だけそういった。

「いったい、どういう・・・?術を斬って捨てたわけではない、のですよね?」

「ンなわけあるか。もっと単純だ。―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけのお話だ」

「そ・・・そんなでたらめな!」

「でたらめもなにもない。事実だ。実際、炎の巨人の手は俺に届いたにもかかわらず、俺は無傷だ。それが事実だ」

 淡々と告げる。事実、俺はこの世界の裁定者、調停者としてのある種の特権が与えられた。一応、ラースのスタッフがログインするときの特殊アカウントもそれがあるらしい、とは聞いている。そして、俺に対しての特権がこれだった。俺が拒絶した神聖術は、たとえそれがどんなものであれ無効化される。すなわち、体術がからきしで術しか使わないチュデルキンにとって、俺は天敵にも等しい存在だったのだ。ここ1発の大一番のために、札を伏せておいたのは正解だったといえる。

 そんな中、クィネラがキリトに向けて話しかけた。

「ねえ、そこの黒い子。詳細プロパティが参照できないというのは非正規婚姻由来の未登録ユニットだからかな、と思っていたのだけれど・・・違うわね?

―――あなた、()()()()から来たのでしょう?」

「―――そうだ。

 と言っても、俺に与えられた権限レベルはこの世界の人たちと同等で、あなたのそれには遠く及ばないんだけどな、アドミニストレータ・・・いや、クィネラさん?」

「ふぅん。図書館のちびっこがいろいろ吹き込んだようね。

 それで?管理者権限の一つも持たずに、何をしにここへ?」

「権限はないが、分かっていることはあるからな」

「あいにく、昔話に興味はないわよ」

「未来の話だ。クィネラさん、あなたは遠くない未来、あなたの世界を滅ぼす」

「私が?」

「あぁ。なぜなら、あなたは整合騎士団を作り上げてしまったからだ」

「キリト。その説明は不十分だ。正確には、整合騎士団と禁忌目録、だな。それにより、戦えるのは整合騎士団の、最大でも30人程度だ。それだけでは、到底ダークテリトリーの進軍は食い止められない」

「ふ、ふふ・・・!面白いことを言うわね」

 どこか軽やかとすら思える声に、俺の横にいるアリスが高らかに上奏する。

「最高司祭様。私は先刻、あなたの執着と欺瞞が騎士団を崩壊させたといいました。執着とは、あなたが人民から武器と力を奪い取ったこと。欺瞞とは、我ら整合騎士たちをも深く謀っていたことです。その欺瞞が民を守るためであったのなら、今は咎めますまい。ただ、どうして、我らの公理教会と最高司祭様への忠誠すら信じてくださらなかったのですか。なぜ、我らの魂にあなたへの服従を強制するなどという汚れた術式を施されたのですか!」

「あらあら、随分と難しいことを考えるようになったのね、アリスちゃん。まだあなたが造られてから、5年かそこらしか経っていないというのに。

 私が、あなたたちを信じていなかった、ですって?少しだけ心外だわ。とっても信頼していたわよ。あなたたちが大切に磨いてきた剣を信じるように、私もまた、あなたたちを信じていたわ。あなたたちに贈ったバイエティ・モジュールだって、その愛の証よ。下民たちと同じように、くだらない悩みや苦しみに煩わされずに済むように。

 あぁ、哀れなアリスちゃん。悲しいのかしら?それとも怒っているのかしら?私のお人形のままなら、そんな感情も抱かずに済んだだろうに」

 涙すら見せて感情を吐露するアリスとは対極的に、クィネラは努めて冷静だった。その様子を見守って、俺は口をはさんだ。

「問答は無駄だ、騎士アリス。今、確信した。これはもはや人であって人にあらず。もはや人の形をしたある種の機構、と言った方が呼称としては的確であろう。思い返してみれば、ベルクーリあたりの息の長い整合騎士が、唐突にそんな悩みも記憶も忘れ去った、ということが何度かあった。その時も同じように、記憶を消し去って・・・当人に言わせれば“造り直した”のだろうよ。それらから総合するに、この世界の民草はすべて、最高司祭様からするとすべて人にあらず人形であり、今のアリスの状態は、人形をやめた人形ではなく壊れた人形、といったところか。

 アドミニストレータ・・・管理者とはよく言ったものだな。個々人の意思は排したほうが管理はしやすい。それに、感情の発露による謀反のたくらみすら、再シンセサイズによって摘み取られる。感情という牙を抜かれた力のあるものと、感情はあれど力のないものしかいないのであれば、なるほど、ここまで泰平の世が続きすぎたことも納得がいく」

「心外ね。悩みや苦しみなんて感情、ない方がいいと思うけど」

「苦しむからこそ得られる力がある。もがき苦しみ、それでもなお輝きを失わぬからこそわかる美しさがある。あなたには分かりますまい」

「えぇ、分からないわ」

()()()()()()()()()()()()()()、かな?クィネラさん」

「坊や、昔話に興味はない、といったはずだけど?」

「事実だ。隠したからって消えるわけでもない。過程はどうであれ、あなただって、この世界に生まれた1人の人間だ」

「向こう側から来た坊やに、人間と言われると複雑なものがあるわね」

「どんな形であれ、意思があり、感情があり、言葉を操る。あり方はさておき、生物として、人間という定義としては、それだけで十分だと思うがね。

 さて、話が脱線しすぎたな。結局、滅びの未来が来るであろうことは分かっているはずだ。よもや、何も対抗策がない、とは言うまいな?」

「そんなわけあると思って?

―――ここは、私の世界よ。私が愛し、私が生かし、私が支配する世界。むざむざ蹂躙されるのを座して待つわけがないでしょう」

「俺たちが言ったように、整合騎士団では到底、抵抗すら難しい。すなわち、ほぼ間違いなく来るダークテリトリーの総攻撃に際し、戦力差を埋めうるだけの切り札がある、ということか?守護獣たちでさえ、己の支配の邪魔であるからと殺させたというのに、あなた一人で何ができるというのか」

「ひとり・・・ひとりね。そう、結局のところ、問題は数なのよ。あなたの言う通り、現状の整合騎士たちでは圧倒的に数が足りない。でもそれは、あくまで制御が効かなくなるからなのよ。でも、少なすぎるとダークテリトリーの総攻撃―――最終負荷実験、だったかしら。これに耐えられない。その均衡の中で増やしてきたわけなのだけれど。

―――本当のことを言うとね。整合騎士団は()()()に過ぎないのよ。私の求める武力とは、極端な話、感情もなにもなく、ただ目の前の敵を屠るだけの存在。つまり、()()()()()()()()()()

「なに、を」

 絶句するキリト、そして完全に理解ができないという二人を差し置き、クィネラはその手に紫色の三角柱―――バイエティ・モジュールを掲げた。俺は嫌な予感と共に両手の剣を握る手に力を込めた。

「チュデルキンにも感謝しないとね。この長ったらしい術式を最後まで組み上げる時間稼ぎにはなったのだから。さあ目覚めなさい、私の忠実なる(しもべ)!意思なき殺戮者よ!

―――リリース・リコレクション!」

 クィネラが歌い上げるように告げると、彼女の後ろに異形が顕現した。異形のほかに形容する言葉を、俺は持たなかった。体が剣でできた、剣の化け物がそこにいた。

 




はい、というわけで。

次はアドミニストレータだといったな?あれは嘘だ。
チュデルキンの存在をすっかり忘れておりました。

さらっと倒されたチュデルキンさんですが、ぶっちゃけここで多少消耗しようがしなかろうが大差ないと判断してのこのアッサリでした。まあぶっちゃけ前座すら怪しい道化だから是非もないよネ!

それはそれとして、今回もパロネタがありますね。
最初の問答は、テイルズオブベルセリアの一節を引用したものです。案外そのまま適用できてしまったのでほとんどそのままになってしまいました。うーんこの。
なら二度目はなんだ?っていうのは、はい。もう有名すぎて解説必要ない気はしますがBLEACHですね。汎用性高すぎるだろこのセリフ()
パロというかオマージュというかパクリというか、その辺はいろいろ組み合わせた結果別のものになる、というのは本作の色の一つであると思っているので何卒ご容赦いただければと思います。

さて、次はソードゴーレム当たりになる、のですが。
ここにきてとうとうストックが尽きました。もしかしたら来月の投稿はないかもしれません。大変申し訳ない。
最悪、ここから先の展開の構想はすでに組んである、というかそこが一番書きたい部分であるところではあるので、その部分をかいつまんだ状態でぶん投げて終わりになります。ただ、それは本当の本当の最悪の事態なので、できるだけ書くようにはします。

それではまた次回。


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