とある至高の四十一人の日記 (小狗丸)
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キャラクター設定「クモエル」

このページは話が進むうちに何度も書き直す、あるいは書き足すことになると思います。


☆クモエル【異形種】kumoel

 暗殺神(アサシン)

 

☆役職

 至高の四十一人

 

☆住居

 ナザリック地下大墳墓第九階層にある自室

 

☆属性

 中立~悪[カルマ値:-50]

 

☆種族レベル

 アラクノイド(蜘蛛人):Lv10

 ギュウキ(牛鬼)   :Lv5

 

☆職業レベル

 レンジャー    :Lv5

 アサシン     :Lv10

 マスターアサシン :Lv10

 カースドアサシン :Lv5

 ニンジャ     :Lv5

 ポイズンメーカー :Lv5

 シューター    :Lv5

 スナイパー    :Lv5

 ムシツカイ    :Lv10

 カースドキャスター:Lv10

 イリュージョニスト:Lv5

 ウェポンボディ  :Lv5

 オールキラー   :Lv5

 

☆[種族レベル]+[職業レベル]:計100レベル

 種族レベル:レベル15

 職業レベル:レベル85

 

☆能力値(最大値を100とした場合の割合)

 HP  :070/100

 MP  :050/100

 物理攻撃:060/100

 物理防御:050/100

 素早さ :120/100(限界突破)

 魔法攻撃:030/100

 魔法防御:060/100

 総合耐性:080/100

 特殊  :150/100(限界突破)

 

☆外見

 牛の頭蓋骨のような頭部と、体の線に沿って装甲を張り付けたような細身の体。(頭部のみが骨のような白で、それ以外は黒に限りなく近い紺色)

 背中には四本の爪が「×」の字になるように生えていて、戦闘になると伸びて触腕となる。

 腰の後ろには細長い蜘蛛の腹部が尻尾のように生えていて、ここから蜘蛛の糸を出せる。(スキルを使えば腹部以外からでも糸を出せる)

 ギュウキのスキル「人化の術」で人間(スパイダー)に変身した時は、黒のシャツとズボンの上にフード付きのマントを羽織り、眼鏡(未知の文字を解読するためのマジックアイテム)をかけた黒目黒髪の二十代後半の男という姿となる。

 

☆戦闘スタイル

 隠密スキルや幻術スキルで姿を隠した、あるいは召喚スキルで呼び出した蜘蛛モンスターに守られた状態で即死攻撃を仕掛ける戦法を好む。

「どんな敵でも一撃で倒す暗殺者」を目標に、暗殺に特化したキャラメイクをしたため、純粋な戦闘能力では他の百レベルプレイヤーに比べて見劣りする。

 その上職業習得の際のペナルティで重量が重い武器、レア度が高い防具は装備できないという制限があり、姿を見せての正面戦闘ではモモンガやナザリック地下大墳墓の階層守護者にも負ける。

 しかし姿を隠してからの奇襲や狙撃という戦いに徹し切ることができれば、百レベルプレイヤーのみで構成されたパーティーも単独で全滅させることができる。

 

☆スキル

 暴虐の化身…攻撃が当たると一定の確率でバーサーカー状態になるペナルティ同然なギュウキの種族スキル。

 人化の術…最大で二十四時間の間、人間の姿に変身できるギュウキの種族スキル。

 眷族化の毒爪…NPCの種族を「ゴズ」に変更して支配下に置くギュウキの種族スキル。

 死神の観察眼…即死攻撃を行った時、その相手にどれくらいの確率で成功するかを教えてくれるマスターアサシンのパッシブスキル。

 戦車蜘蛛…巨大な蜘蛛の外見をした騎乗モンスター、戦車蜘蛛(チャリオットスパイダー)を呼び出すムシツカイのスキル。

 肉体変化【小太刀】…体の好きな箇所に短めの日本刀のような刃を生やすウェポンボディのスキル。

 肉体変化【ダーツ】…体の好きな箇所に投げナイフを生やすウェポンボディのスキル。

 ドール・ペイン…魔力で敵に見立てた呪いの人形を作り出し、これを攻撃することで離れた所にいる敵に即死効果のあるダメージを与えるカースドアサシンのスキル。

 血の暴発…敵の体の触れた箇所に爆発を起こし即死効果のある大ダメージを与えるカースドアサシンのスキル。スキル使用者が片手あるいは両手に武器を装備しておらず、更に対象が生物でないと使えないという条件がある。

 気配希薄…気配を希薄にして敵に自分の存在を覚らせ難くするアサシンのスキル。

 ホーク・アイ…遠距離攻撃の射程距離と命中率を上げるスナイパーのパッシブスキル。

 万物を殺す才覚…対象が持つ「即死無効」のスキルをキャンセルするオールキラーのパッシブスキル。このスキルがあればアンデッドモンスターやボスモンスター等の「絶対に即死攻撃が通用しない敵」でも即死攻撃を成功させる事ができる。

 霊魂強奪…対象の霊魂を引きずり出すことで敵に高確率の即死効果のあるダメージをあたえるオールキラーのスキル。対象はアンデットモンスターのみに限定されている。



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日記1

【一日目】

 

 突然だが今日から日記をつけることにしてみた。日記をつける事にしたのは今現在俺に信じ難い出来事が起こった為、それを文章にすることで自分の中で情報を整理するためだ。

 

 皆は「転生もの」という言葉を知っているだろうか? 何らかの原因で異世界や過去、あるいは未来の世界に送られた主人公が新しい世界で活躍する物語の総称である。

 

 そして俺はその転生ものの展開に巻き込まれてしまったようなのである。

 

 ……いや、冗談なのではなくマジで。

 

 何故俺が転生ものの展開に巻き込まれたかというと話は数時間前にさかのぼる。今から数時間前、俺は自宅で「ユグドラシル」というDMMO-RPG……仮想世界の中に入り込んだかのように遊べる体験型ゲームを起動させようとしていたはずだった。

 

 ユグドラシルというのは今から十二年前にサービスが開始されたタイトルで、その広大なマップと異様なまでに高いプレイヤーの自由度から日本国内で爆発的な人気を誇り、一時期はDMMO-RPGの代名詞とまで言われた。

 

 しかしそれも今は昔の話。十二年も時間が経てばゲームの人気も衰え、大勢いたユグドラシルプレイヤーも一人、また一人このゲームから離れていき、最後までユグドラシルに残ったプレイヤーは俺を含めても数えるくらいしかいなかった。

 

 少し話が逸れたがそんな訳でいよいよユグドラシルもサービス終了となり、その知らせに悲しんでいた俺に所属しているギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のリーダーであるモモンガさんから「サービス終了にギルド本拠地であるナザリック地下大墳墓に集まりませんか?」というメッセージが来たのだ。

 

 当然俺は「絶対に行きます」とモモンガさんにメッセージを返した。何せアインズ・ウール・ゴウンでの日々は俺にとってかけがえの無い思い出だし、モモンガさんはギルドのリーダーだけでなく最後まで二人でギルドを守ってきた大切な友人であるのだからユグドラシル最後の時は彼と二人で迎えたいと思ったからだ。

 

 ……だというのにサービス終了日の当日、俺は会社の残業のせいで自宅に帰るのが遅くなり、帰った時には日付変更の三分前という有様。こんな事になるんだったら有休を取っておくんだったと軽く後悔をしながら俺はユグドラシルを起動させようとしたのだが、その瞬間に俺は意識を失って、次に気づいた時には見覚えのない森の中で倒れていた。

 

 ここはどこだろうと空を見上げてみると、環境汚染が深刻なレベルで進んでいる前の世界ではまず見られない満天の星空に驚いた。

 

 次に自分の体を見てみると、自分の体が人間の体ではなくユグドラシルでの俺のアバター「クモエル」の体になっていて二度驚いた。

 

 一瞬俺はサービス終了が延期になったのかと思ったのだが、体に感じる風や足元の土の感触からここが現実だと理解した。

 

 突然の超展開にしばらく呆然とした後、色々と試してみるとどうやらゲームのスキルやアイテムは使えるらしく、その時にアイテム欄に白紙の本があったのを見つけたのでこの日記をつけてみることにした。

 

 とりあえず今日はもう夜だし仕事で疲れているから休むことにするけど……明日から一体どうしよう?



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日記2

【二日目】

 

 仮想世界のユグドラシルに行こうとしたら何故かリアルの異世界に来てしまった次の日。俺は太陽が空高くまで昇ったところでようやく目を覚ました。

 

 昨晩は何回か耳元で音がしたような気がしたが、それを除けば本当によく眠れた。こんなに眠ったのは一体いつ以来だろうか?

 

 それにしても俺ってば野宿は初めてなはずなのにぐっすりと眠れるだなんて、自分で思っているより神経が太いのかな? それか今の自分、「クモエル」の体の影響なのかな?

 

 今の俺は前の世界と違って人間ではない。

 

 ユグドラシルでは人間を初めとしてエルフやドワーフ、アンデッド、天使、悪魔等の様々な種族で自分のアバターを作ることができる。そして今の俺の体、ユグドラシルで作った俺のアバター「クモエル」の種族はアラクノイド(蜘蛛人)の上位種である「ギュウキ」だ。

 

 外見は牛の頭蓋骨のように見える乳白色の頭部に、二メートルを超える細身に無数の装甲を身体の線に沿って貼り付けたような濃紺色の体。背中には戦闘になると伸びて触腕となる爪が「×」の形になるように生えていて、腰には細長い蜘蛛の腹部が尻尾のようにあった。

 

 ……うん。今までは特に気にしたことはなかったが、こうして改めて見るとどこかの悪魔みたいな外見だな。

 

 このクモエルの体は「ある目的」のため、素早さを重視したステータス配分をしているので軽く動いただけでも風のような速度で移動でき、森の木々を軽々飛び越えることができた。これには本当に驚いたが、同時に感動した。

 

 まるで漫画の忍者になったみたいで、この世界に来てクモエルになったこともそんなに悪くないと思えた。

 

 結局この日は今の自分の身体能力を色々と試すだけで終わってしまった。

 

 ……それにしてもそろそろ人に会いたいな。俺は基本的にかなり人見知りするタイプだが、こんな異常事態の中では流石に人に会いたくなる。

 

 そういえば本当にこの世界に来たのは俺だけなのだろうか? 俺の他にもこの世界に来たの奴はいないのだろうか?

 

 

 

【三日目】

 

 ……今日は色々と疲れた。何というか、ショッキングな出来事が重なりすぎた。

 

 今日俺は散々森の中をさ迷った挙げ句にようやく森を抜けると、そこで野営の準備をしている大勢の人の団体を見つけたのだ。

 

 らしくもなく気弱になっていた俺は、人の団体を見つけると嬉しくなって大声で呼び掛けながらその団体に近づいたのだが……今思えばそれが不味かったのかもしれない。

 

 団体の人達は俺を見ると全員心底驚いた顔になって「怪物だ!」とか「悪魔が来た!」とか叫んで弓矢や魔法で攻撃してきたのだ。

 

 これには正直「どうして?」と思った。確かに俺の姿は悪魔みたいだけど、ユグドラシルではそんなに珍しくない蟲人系なのだからそこまで怯えなくてもいいだろう? ……もしかしてここは現実化したユグドラシルの世界ではなく、彼らは俺みたいな蟲人を初めて見るのだろうか?

 

 団体の人達の攻撃は俺にとっては非常に遅くて、もし当たってもダメージなんて与えられないのだが、それでも敵意を持って攻撃されたというのは初めての経験で本当に怖かった。

 

 攻撃を避けながら必死に「攻撃しないで!」とか「俺は敵じゃない!」とか「話し合おう!」とか叫んでも、団体の人達は攻撃の手を決して緩めようとはしなかった。こんな理不尽な気持ちになったのはユグドラシル時代に「異形種である」という理由だけでPKをされた時以来だ。

 

 そして心の中で理不尽に嘆きながら攻撃を避けていたら不覚にも一本の矢が俺の体に当たってしまい、当たったと自分で思ったときには意識が遠くなり……。

 

 

 次に意識を取り戻した時、俺は団体の人間達を皆殺しにしていた。

 

 

 最初は何が起こったか分からなかったが、数秒の時間が経ったところで俺は自分に何が起こったのかを理解した。

 

 俺の種族、ギュウキには「暴虐の化身」という種族スキルがある。これは「敵の攻撃が当たると一定の確率で、戦闘力は飛躍的に上がるが理性を失ってしまうバーサーカー状態になる」というほとんどペナルティみたいなスキルだ。

 

 このスキルの厄介な所は発動条件が「ダメージを受けた」ではなく「攻撃が当たったら」というところで、攻撃が当たればダメージを受けようが受けなかろうが一定の確率でバーサーカー状態になってしまうのである。

 

 恐らくはあの時、体に偶然矢が当たったことで「暴虐の化身」が発動し、俺はバーサーカー状態となって団体を皆殺しにしてしまったのだろう。

 

 ようやく見つけた人達を自分の手で殺してしまったのもショックだったが、それ以上に人を殺したというのに自分が全く罪悪感も嫌悪感も抱いていないこともショックだった。

 

 ……どうやら俺は体だけでなく心も人間ではなくなったようだ。

 

 何となくだがこれ以上ここにいるのが嫌になった俺は、自分で破壊した団体の野営跡から地図やこの世界の通貨といった旅に役立ちそうな物を物色すると、この場を後にした。



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日記3+王国戦士長とマジックキャスターの会話

【四日目】

 

 昨日、不幸な事故で皆殺しにしてしまった団体から手に入れた地図を見てみたが、地図に記されている地形は俺が知っているユグドラシルの世界とは全く異なり、ユグドラシルとは異なる世界に来てしまったことがこれで確定した。

 

 地図に地形と一緒に記されていた文字は全く読めなかったが、幸いにも未知の文字を解読してくれるマジックアイテムのメガネを所有していたためそれをかけて地図を見てみると、どうやら俺が今いるのは「リ・エスティーゼ王国」という国の端っこの方らしい。そして近くには「カルネ村」という村と「エ・ランテル」という大きな都市があるようなのだが、さてどちらに行ったらいいだろうか?

 

 しばらく考えた後、俺はエ・ランテルに向かうことに決めた。

 

 元の世界に帰るにしても、この世界に永住するにしても、しばらくはこの世界で暮らさないといけないんだしこの世界の情報は集めておいた方がいいだろう。そして情報を集めるには人が集まる大きな都市に行けば便利だろう。

 

 そうと決めた俺は早速エ・ランテルに向かうことにした。やはり今の俺の足は現実世界の時とは比べものにならない程早く、丸一日走っただけでエ・ランテルのすぐ近くまで到着する事ができた。

 

 しかしエ・ランテルらしい都市が見えた時にはすでに日が沈んでおり、その日は野宿する事にした。

 

 エ・ランテルとは一体どの様な都市なのか、この世界の人達がどの様な生活をしているのか、今から楽しみだ。

 

 ☆

 

「これはなんと惨い……」

 

 リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフは目の前に広がる目の前に広がる光景を目にして思わず絶句した。

 

 ガゼフが見ているのは彼が今いる草原を広範囲に渡って真紅に染め上げている血の海。一人や二人どころではない。少なくとも何十人もの人間がこの場で惨殺されたのだろう。よく見れば血の海には元は人だと思われる肉塊が大小問わずに無雑作に撒き散らされている。

 

 ガゼフは国王より「国境周辺を荒らす正体不明の集団を調査し、可能ならばこれを討伐せよ」という命を受けて辺境にあるカルネ村に訪れた。カルネ村に着いた時には村はすでに正体不明の集団に襲われた後だったが、不幸中の幸いと言うべきか通りすがりのマジックキャスターに救われて被害は最小限ですんでいた。

 

 カルネ村を救ってくれたマジックキャスターにガゼフは礼を言ってから情報交換をしていると、部下から村の近くの草原で大勢の人間が死んでいるという報告を受けたのだ。

 

 そして報告にあった草原に来てみるとこの惨状である。

 

「これは人の仕業とは思えませんね。強力なモンスターに襲われたのでしょうか?」

 

 ガゼフの隣にローブを纏った人物が並び立って自分の考えを口にする。ローブを纏った人物は顔に泣いているようで怒っているような仮面を付けており表情は分からないが、声の質からして男だと分かる。

 

 このローブを纏った人物の名はアインズ・ウール・ゴウン。

 

 強力なアンデッドの戦士を従えてカルネ村の危機を救った正体不明のマジックキャスターである。

 

(セバスからの報告ではこの周辺に戦闘力が高い獣やモンスターはいないはずだったが……。これは周辺の調査をやり直す必要があるか?)

 

 アインズが目の前の血の海を見ながら考えていると、何かを見つけたガゼフが血の海からあるものを拾い上げた。それは人間の男の生首であった。

 

 ガゼフが拾い上げた生首の表情は強い絶望と恐怖に染まっていて、想像も出来ない程に恐ろしい怪物と遭遇して命を奪われたことが容易に想像できた。

 

「一体この地にどの様な怪物が現れたのかは分からないが……。せめて安らかに眠れ」

 

 恐らくここで死んでいる人間達こそがガゼフ達が討伐せんとした国境周辺を荒らす正体不明の集団なのだろう。しかしこの様な惨状を目にした以上、リ・エスティーゼ王国戦士長は血の海に沈む彼らの、そして自分が持つ生首の男の冥福を祈らずにはいられなかった。

 

 ……リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフは知らない。

 

 生首の男の生前の名前がニグンといい、スレイン法国の特殊部隊「陽光聖典」の隊長であり自分の冥福を祈る男、ガゼフの抹殺を命じられていたことを。

 

 ……そして正体不明のマジックキャスター、アインズ・ウール・ゴウンは知らない。

 

 この草原の惨状を起こした怪物の名前がクモエルといい、その正体が異世界に迷い込んだ「ユグドラシル」というゲームのプレイヤーであることを。



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日記4

【五日目】

 

 夜も明けたので早速エ・ランテルに出発……と言いたいところなのだが、その前にやることが一つ。

 

 俺の今の姿ではエ・ランテルの人達にモンスターに間違われるかもしれないので、怪しまれないように変装をしなければならない。もう二日前のように不幸な事故で大量殺人なんてしたくないので変装はしっかりとしないとな。

 

 そんな訳でスキル「人化の術」発動。

 

 人化の術というのはギュウキの種族レベルを上げることで習得できる種族スキルで、人間のみと対象は限られるが最大で二十四時間の間、自分の姿を変化させるスキルである。

 

 俺は草むらの中で人化の術を使って人間に変身すると、人間時に使用する装備をアイテムボックスから取り出して装備をする。

 

 変身をした俺の外見は黒目黒髪の二十代後半くらいの男で、服装は上下黒のシャツとズボンの上にフード付きのマントを羽織り、未知の文字を解読する魔法の眼鏡をかけたというもの。外見のイメージは「今まで人の来ない土地で研究をしていたが最近になって見聞を広めるための旅に出た魔術師」でまとめてみました。

 

 俺はムシツカイのクラスを10レベルほど取ってあるので蟲関係の召喚に特化した特殊な召喚術師という設定でなんとかなるだろう。ユグドラシルでもそんな設定だったはずだし。

 

 それでこの姿の時の名前は……そうだな、「クモ」エルから「スパイダー」とでも名乗ろう。安直すぎるかもしれないが、これくらい分かりやすかったらいきなり名前を聞かれてもすぐに答えられるはずだ。

 

 こうして変装が完了した俺は無事にエ・ランテルに入ることができたのだが……そこにいる人達を見て思わず驚いた。何故ならば、エ・ランテルの人達の頭上に不気味なドクロのマークと【100%殺せるデス】という不吉なメッセージが浮かんでいたからだ。

 

 こ、これはもしかして俺が持っているスキルの一つ「死神の観察眼」の効果なのか?

 

 死神の観察眼というのは即死攻撃を仕掛けたときに、その相手にどれくらいの確率で通用するのかを教えてくれるパッシブスキルで、そう考えるとあのドクロのマークや不吉なメッセージにも見覚えがあった。

 

 二日前は気付かなかったが、もしかしたら俺が殺してしまったあの団体の人達にもこのドクロのマークとメッセージが浮かんでいたのだろうか?

 

 ……何となくだけど凄くイヤだな、これ。

 

 

 

【六日目】

 

 朝、泊まった宿屋の近くの酒場で朝食をとっていると、鎧を着て武装したガラの悪そうな男達にからまれた。

 

 どうやら男達の目的は俺が着ている服らしく、何でも俺が着ている服はこの辺りでは滅多に見られない高級品なんだとか。

 

 ……変だな? 俺が今着ている服はこの姿に変身した時だけ着る性能もレア度も低い衣装アイテムのはずなんだが?

 

 まあ、それはともかく。街中でほとんど追いはぎ同然の真似をしてくるこの男達をどうしようかと考えていると、別の鎧を着て武装した四人の集団が現れてガラの悪い男達を追い払ってくれた。

 

 俺は新しく現れた四人の集団に礼を言ってから詳しいことを聞いてみると、彼らは「漆黒の剣」という冒険者のパーティーらしい。

 

 へぇ、この世界には冒険者とう職業があるのか。うん、確かにこんなファンタジーRPGみたいな異世界だったら冒険者は定番だよね。

 

 漆黒の剣の人達は全員親切な人達で、俺が旅に出たばかりで一般常識に疎いと言うとそれをあっさりと信じてくれて色々な事を教えてくれた。これは非常にありがたく大変助かったのだが、ここで気になる点が一つ……。

 

 死神の観察眼が常時発動している俺の目には漆黒の剣の人達の頭上にもドクロのマークと不吉なメッセージが見えるのだが、彼らのは他の人達とはメッセージの内容が異なっていたのだ。その内容とは……。

 

 

【コイツ、十日以内に死ぬデス。殺すまでもねーデス】

 

 

 そんなメッセージが漆黒の剣の人達全員の頭上に浮かんでいた。

 

 ……え? 死神の観察眼って、死期が近い人が分かるの?

 

 てゆーか、内容の割りにメッセージの感じ軽くない?

 

 というかこの人達、十日以内に死んじゃうの?

 

 ……マジで?



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日記5

【七日目】

 

 昨日出会った漆黒の剣の人達……俺のスキル、死神の鑑定眼が確かだったら彼らは十日以内に死んでしまうことになる。

 

 体と心が異形種になった今では人が死んでもそんなに心は痛まないのだが、漆黒の剣の人達には昨日お世話になったことだし、出来ることなら死んでほしくないと思う。……でもどうやって助けたらいいどころか、彼らがどの様な理由で死ぬかも分からないんだよな。

 

 結局、漆黒の剣の人達を助ける方法は思い浮かばず気がつけば夜になっており、眠る気になれなかった俺は夜の街を散歩することにした。……すると貧民街の方から人の悲鳴が聞こえてきた。

 

 一体何事かと貧民街の方に行ってみると、そこには下着同然の格好の上に軽鎧を身につけた若い女性が、冒険者と思われる男を殺している姿があった。

 

 正直、殺害現場を目撃したことよりもリアルなビキニアーマーを着た女性に驚いた。……これ、ペロロンチーノさんが見たら凄く喜ぶんじゃないの?

 

 ビキニアーマーの女性は俺に気がつくと明らかに危ない笑みを浮かべて「あらー。見られちゃったら仕方がないわよねー。これは殺しちゃうしかないかー」と快楽殺人犯っぽいセリフをいい、手に持っていた剣をこちらに向けて突撃してきた。

 

 剣の狙いは俺の心臓。彼女の瞳から見える殺意は本物。このことから彼女は本気で俺を殺すつもりなんだろう。……だが遅い。

 

 ビキニアーマーの女性は動きは人間にとっては速いのかもしれないが俺にしてみれば非常に遅かった。そしてわざわざこんな攻撃に当たる義理は俺にはなかった。

 

 俺は体を少し動かして剣を避けるとビキニアーマーの女性に軽く手を当てて叩き落とした。すると彼女は「ぶべら!?」と愉快な声を出して地面に激突して死にかけの状態となり体をピクピクとさせた。

 

 あれだけ偉そうな態度で攻撃を仕掛けておきながらあっさりと死にかけとなったビキニアーマーの女性。その姿を見て「弱っ」と思わず呟いた俺は悪くはないと思う。

 

 それでこの死にかけの女性なんだけど……最初はこのまま見殺しにしようと思ったが、あるスキルを使うことにした。

 

 そのスキルは「眷族化の毒爪」。NPCをギュウキの眷族である「ゴズ」に変えてスキル使用者の支配下に置くというスキルだ。

 

 スキルを使用してしばらくするとビキニアーマーの女性は頭に牛のような角を生やして立ち上がった。良かった、どうやら成功したようだ。このスキル、成功判定があって失敗すると使用したNPCを殺してしまうんだよな。

 

 こうして俺はこの世界に来て初めての仲間、というか部下が出来たのだった。

 

 ちなみに部下になったビキニアーマーの女性の名前はクレマンティーヌという名前らしい。

 

 

 

【八日目】

 

 朝になると昨日部下にしたクレマンティーヌから「いきなり半殺しにした挙げ句、モンスターにするなんてあんまりじゃない?」と愚痴を言われた。どうやら昨日は信じられない出来事が立て続けに起きて理解が追い付かず、今朝になってようやく自分の身に起きたことを理解できたらしい。

 

 でもあんまりじゃないって言うけど元々はお前が襲い掛かってきたのが悪いんじゃないか?

 

 そう思ったけど半殺しにしたのも勝手に眷族にしたのも事実なので、お詫びというのもなんだけどアイテムボックスから適当に魔法のレイピアとマントを取り出して渡した。俺にとってはたまたまアイテムボックスに入れていただけの装備する予定もないレア度の低い装備なのだが、それでもこの世界の人達にとっては最高級の品物らしく、魔法のレイピアとマントを受け取ったクレマンティーヌは大喜びして許してくれた。

 

 そしてその日、クレマンティーヌと一緒に街をぶらついていると(ゴズとなった彼女の頭には角が生えているのだが、ゴズになると簡単な変身能力が使えるためそれで誤魔化している)偶然漆黒の剣の人達と出会い、彼らの頭上に浮かんでいるメッセージが【100%殺せるデス】に変わっていることに気づいた。

 

 これはつまり漆黒の剣の人達が十日以内に死ぬという運命が変わったことを意味しており、それが嬉しくなった俺は彼らを強引に酒場に連れ込むと祝杯とばかりに大量の酒と料理を奢って一緒に食べた。お陰で所持金はほとんど無くなってしまったけど、別にいいだろう。

 

 でもクレマンティーヌを部下にした次の日に漆黒の剣の人達のメッセージが変わったってことは……もしかして彼らの死因ってクレマンティーヌなのか?




漆黒の剣、生存。


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日記6+漆黒の剣と漆黒の戦士の会話

【九日目】

 

 昨日、漆黒の剣の人達に酒場で酒と料理を奢ったことで手持ちの金がほとんどなくなってしまった。その事は別に後悔していないのだがこれからどうしようかと考えているとクレマンティーヌが一つの提案を出してきた。

 

 何でもこのエ・ランテルと王都リ・エスティーゼの間くらいに「死を撒く剣団」とかいう傭兵団もどきの盗賊団が出現するらしい。死を撒く剣団はそれなりに大きな盗賊団で財宝を貯め込んでいるようなので、それを壊滅させて財宝を奪いとろうとクレマンティーヌは言う。

 

 ……確かにそれは中々にいい考えだと思う。

 

 人道的には完全にアウトだが、もう俺もクレマンティーヌも人間じゃないからそんなの関係ないし、相手が盗賊団だったら財宝を奪いとっても誰も文句は言わないはずだ。それに人間からゴズにと生まれ変わったクレマンティーヌの実力を測るのにも丁度いい相手かもしれないしな。というより、彼女の方も自分の腕試しがしたくてこのような提案をしたのだろう。

 

 とにかくクレマンティーヌの提案に反対する理由がない俺は、早速クレマンティーヌと一緒に死を撒く剣団が現れるという場所に向かうことにしてエ・ランテルを後にした。

 

 そしてエ・ランテルを後にしてからしばらくしたところで俺は、何で二日前にクレマンティーヌが街中で殺人なんかをしていたのか気になって彼女に聞いてみると「んー? ちょっと友達の用事っていうか儀式を手伝っていてー。その為に人を殺す必要があったのー。まあ、もうどうでもいいんだけどねー」という返事が返ってきた。

 

 ……クレマンティーヌ(快楽殺人犯)の友達がエ・ランテルに潜伏しているのか?

 

 漆黒の剣の人達、大丈夫なのかな? ……エ・ランテルを後にしたのは早計だったかもしれないな。

 

 ☆

 

 クモエルが冒険者のパーティー、漆黒の剣の心配をしていた頃、当の漆黒の剣の四人はエ・ランテルからカルネ村という村に続く道の途中で野営を行っていた。

 

 漆黒の剣の四人は現在、エ・ランテルでも有名な薬師のンフィーレア・バレアレをカルネ村まで護衛してそこで薬草の採取を手伝うという仕事を受けている最中であった。

 

 野営の為に灯された焚き火の周りには漆黒の剣の四人だけでなく、他にも三人の人物が座っていた。三人のうちの一人はこの仕事の依頼主であり護衛人物のンフィーレア。そして残りの二人はとある理由から一緒にこの仕事を受けることになった「モモン」と「ナーベ」という名前の冒険者である。

 

 モモンとナーベはつい先日に冒険者になったらしく一緒に仕事をするのもこれが初めてだが、それでも漆黒の剣の四人は彼らがすでに一流を超えた超一流の実力を持っていると考えていた。

 

 モモンは全身を漆黒の鎧で固めた男の戦士で、両手にそれぞれ長大なグレートソードを持ってそれを軽々と操り、ここに来るまでに起こったモンスターの戦闘ではオーガを一撃で斬り伏せて見せた。

 

 そしてナーベはこの辺りどころか王都でも滅多に見られない絶世の美女と言った風貌のマジックキャスターで、修得することができれば「達人」と呼ばれる第三位階魔法を使いこなしていた。

 

「モモンさんも昔はチームを組んでいたんですか?」

 

 野営をしている時の会話でモモンが仲良く談笑している漆黒の剣の四人に昔を懐かしむような様子で話しかけ、それを聞いてンフィーレアが尋ねると漆黒の鎧を着た戦士が頷いてみせる。

 

「ええ、冒険者……ではなかったですがね」

 

 この場にいる全員の視線を感じながらモモンは自分の過去の記憶をゆっくりと話し出す。

 

「最初に仲間になったのはとある街で偶然知り合った暗殺……いえ、レンジャーでした。そして二人で旅をしていた時にPK……ならず者達に襲われたのですが純白の聖騎士に救われ、三人の仲間と出会ったんです。そこに更に三人加わって九人のチームとなり、しばらくの間その九人で旅をしていました」

 

 漆黒の剣の誰かが感心したような声を出すが、モモンはそれに構わず話を続ける。

 

「旅を続けているうちに仲間は増えていき最終的に仲間は四十一人までなりましたが、そこからその……色々ありまして一人を除いて仲間達はバラバラになり、いなくなりました……」

 

「あ、あの……それで残った一人ってどんな人なんですか?」

 

 話の最後あたりでどうしようもない悲しさを感じさせるモモンに漆黒の剣の一人、ニニャがためらいがちに聞く。その質問にモモンは「少し話しすぎたな」と内心で苦笑するのだが、別段隠すことでもないので答えることにした。

 

「最初に仲間になったレンジャーですよ。彼は仲間達が去った後でも私と共に旅をしてくれたのですが……とある事故に遭い、彼とも離れ離れになってしまいました」

 

 そこでモモンは話は終わりとばかりに口を閉じ、今言った仲間のレンジャーのことを思い出した。

 

(クモエルさん、一体どこで何をしているんだろうな……。俺がこの世界に来た日、ユグドラシルのサービス最終日には『絶対に来ます』ってメッセージをくれたけど結局きてくれなかったし……。やっぱりこの世界に来たのは俺だけなんだろうか?)



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日記7

【十日目】

 

 エ・ランテルを後にして旅に出た次の日。俺はムシツカイのスキルで巨大な蜘蛛の外見をした騎乗モンスター、戦車蜘蛛(チャリオットスパイダー)を呼び出すとクレマンティーヌと一緒にそれに乗って、死を撒く剣団が現れると思われる場所へと向かった。

 

 俺が取ったムシツカイのスキルは蜘蛛の外見をしたインセクトモンスターを呼び出すものばかりで、この戦車蜘蛛はその中でも特にお気に入りの一つだ。

 

 何しろ外見はロボみたいにカッコいいし、それでいて性格は大人しくて召喚者には従順。どんなに足場が悪い所でも高速で走れて乗り心地は最高。オマケに中々便利な防御スキルと回避スキルを持っているので戦闘でも頼れる戦力になるからだ。

 

 クレマンティーヌも最初は戦車蜘蛛を気味悪がっていたけど、すぐに気に入ってくれた。

 

 そして目的地まで向かう途中、休憩をとっていた俺は今更な質問だと思ったがクレマンティーヌに今までどこでどんな事をしていたんだと質問をしてみた。すると彼女はスレイン法国の出身で、元は英雄級の実力者のみで構成された特殊部隊「漆黒聖典」に所属していたのだと答えてくれた。

 

 初めて会った夜に襲いかかってきたクレマンティーヌだけど、あの時の彼女はユグドラシルのプレイヤーとして考えたら大体レベル三十ちょっとくらいに感じられた。それで「英雄級」というのだから、この世界の住人の戦闘力はユグドラシルよりずっと低いようだ。

 

 そしてクレマンティーヌが「元は」と言った理由は彼女が今は漆黒聖典の一員ではなく、同じ漆黒聖典に所属している実の兄を殺害すべくスレイン法国から逃げ出したかららしい。

 

 兄の名前を口にする時のクレマンティーヌは酷く苦々しい表情をしていて、それだけで彼女がどれだけ兄を憎んでいるのかが分かった。……一体この兄妹に何があったっていうんだ?

 

 

 

【十一日目】

 

 今日も昨日と同じように戦車蜘蛛に乗って目的地まで移動。このペースで行けば明日くらいには目的地に着くことだろう。

 

 休憩をしているとクレマンティーヌに「昨日は私の事を話したんだからさー、今日は貴方の事を教えてよー」と言われ、ユグドラシル時代でのアインズ・ウール・ゴウンの活動を実際にあった出来事のように話してみた。DMMO-RPGとか仮想現実とか言っても、信じてもらえないどころか理解してもらえないだろうしね。

 

 一通りアインズ・ウール・ゴウンの活動をクレマンティーヌに話すと彼女は心底驚いた表情となって「まるで伝説の『六大神』や『八欲王』みたいだねー」と言ってきた。

 

 六大神と八欲王というのは今から何百年も前にこの世界に現れた神の如き強大な力を使う集団のことらしく、六大神はスレイン法国の基盤を造り、八欲王はこの世界に位階魔法の基本を遺していったそうだ。

 

 それにしても六大神と八欲王ねぇ。……俺、多分そいつらと会ったことがあると思うぞ?

 

 あれは確か五年か六年くらい前、ユグドラシルがまだ絶大な人気を誇り、アインズ・ウール・ゴウンも全てのメンバーが揃って楽しく遊んでいた頃。ギルドメンバーのほとんどがとある大型クエストに参加するために出払っていた時を狙って、二つのギルドがアインズ・ウール・ゴウンの本拠地であるナザリック地下大墳墓に攻め込んで来たのだ。

 

 その攻め込んで来た二つのギルドと言うのが六大神と八欲王だ。

 

 二人のギルドとも、そこそこ大きなギルドで百レベルのプレイヤーも何人もいたのを覚えている。

 

 六大神と八欲王が攻め込んで来た時にナザリック地下大墳墓の留守番をしていたのが俺で、この時ばかりは真剣にヤバいなと肝を冷やしたものだ。しかし二つのギルドはナザリック地下大墳墓の中で鉢合わせになると突然お互い戦い始めたのだ。

 

 六大神と八欲王は色々と共通点があるギルドだった。ギルドの規模が同じなら百レベルプレイヤーの数も同じ。ロールプレイを重視するという点も同じだった

 

 ただ一つ違う点があるとしたら、それは六大神が「正義」の、八欲王が「悪」のロールプレイを重視していた点だろう。

 

 ロールプレイの方向性が真逆であるせいで六大神と八欲王は以前より犬猿の仲だったらしく、それが出会ったら衝突するのは当然の事といえた。……また、これは後で知ったことなのだが二つのギルドが同時にナザリック地下大墳墓に攻め込んで来たのは全くの偶然だったらしい。

 

 六大神と八欲王は他のギルドの本拠地だというのも御構い無しに戦いを激しくしていき、最後にはあンの馬鹿共……ユグドラシルのアイテムの頂点に位置する激レアかつ超強力なアイテム、「世界級アイテム」を使いやがったのだ。

 

 恐らくは俺達アインズ・ウール・ゴウンに対する切り札として用意していたのだろう。六大神は世界級アイテムで種族が「神」という超強力モンスターを、八欲王はそれこそ無限とも言える悪魔の軍勢を呼び出したのだ。……ナザリック地下大墳墓の中で。

 

 そこから先は大昔の聖書の最終戦争といった感じで、このままだとナザリック地下大墳墓の被害が甚大になると思った俺は、一緒に留守番をしていたギルドメンバーの協力を得て六大神が呼び出した神と、八欲王が呼び出した悪魔の軍勢を指揮する魔神を倒したのだ。

 

 切り札を失い、戦力を消耗した六大神と八欲王はナザリック地下大墳墓から逃げ帰っていったのだが、あの時は本当に大変だった。

 

 六大神か八欲王、あるいはその両方がこの時の戦闘の様子を動画で撮っていて配信したせいでインタビューが鬱陶しいくらいくるわ、変なアダ名をつけられてウルベルトさんやるし☆ふぁーさんに半年くらい同じネタでからかわれるわ……。思い出したら段々腹が立ってきた。

 

 クレマンティーヌの話を聞く限りこの世界の伝説にある六大神と八欲王は、俺と同じようにこの世界にやって来たユグドラシルのプレイヤーなのだろう。

 

 ……そうかスレイン法国はあの時の馬鹿共の片割れ、六大神が造った国なのか。だったら俺にとってエネミーだな。

 

 クレマンティーヌよ、もしスレイン法国と戦う時は俺に言え。その時は協力は惜しまんぞ。



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日記8

【十二日目】

 

 戦車蜘蛛の背中に乗って目的地、死を撒く剣団の潜伏地点に近づいたところで何やら武装した十人ほどの集団を見つけた。しかしその集団は武装をしているが身なりは良かったので、目的の死を撒く剣団ではなさそうだった。

 

 死を撒く剣団ではなかったら冒険者のパーティーかなと俺が考えていると、横でクレマンティーヌが「あいつら、私の元同僚だよ」と教えてくれた。

 

 クレマンティーヌの元同僚……ということはスレイン法国の漆黒聖典か。

 

 相手がスレイン法国の人間だと分かると昨日の怒りが再燃してきて、気がつけば「奴らは俺が殺す。お前はそこで見ていろ」とクレマンティーヌに向かって口走っていた。なんだか最近、精神というか考え方がどんどん異形と化していっている気がする。

 

 クレマンティーヌも元同僚とはいえ漆黒聖典のメンバーに情を持っておらず、殺したい相手である実の兄もいない様子なので「はいはーい。頑張ってねー」と笑顔で言ってくれた。漆黒聖典の奴らはこちらに気づいておらず、死神の観察眼で見れば頭上に【100%殺せるデス】というメッセージが見えるので仕掛けるならば今だろう。

 

 まず俺はスキルを発動させると右手の掌から短めの日本刀のような刃を生やした。

 

 これは「ウェポンボディ」という異形種専用の職業から習得できるスキルだ。ウェポンボディのスキルは職業名の如く自身の体を武器とするスキルで、使用するには片手あるいは両手に武器を装備してはならないという条件があるが、俺はある理由からこのスキルを重宝していた。

 

 そして次に別のスキルを発動。十秒くらい精神を集中させていると目の前に魔力の塊でできた人形が現れる。現れた魔力の人形の数は十体で、漆黒聖典の奴らと同じ数だ。

 

 準備が完了したので俺は右手の刃を振るい十体ある魔力の人形の首を一瞬で切り落とした。するとそれと同時に漆黒聖典の奴らの首が見えない刃に切り落とされたように胴体から落ちていった。

 

 この光景を見たクレマンティーヌはそれまで浮かべていた笑みを驚愕の表情と変えて「一体今何をしたんだ!?」と詰め寄ってきた。そんな彼女の態度が面白かったので、俺は内心で自慢気な笑みを浮かべながら何をしたのかを説明した。

 

 漆黒聖典の奴らの首がいきなり切り落とされたのは俺の職業の一つ「カースドアサシン」で覚えられる「ドール・ペイン」というスキルの効果だ。

 

 カースドアサシンとは呪術を用いて相手を殺害する暗殺者という職業で、マスターアサシンとカースドキャスターが両方ともレベル10以上じゃないと解放されない上位職業だ。そしてドール・ペインは敵と見立てた呪いの人形を攻撃することで離れた所にいる敵に即死効果のあるダメージを与えるスキルである。

 

 カースドアサシンで覚えられる戦闘スキルは発動まで時間がかかるし、敵に邪魔をされて発動に失敗するとこちらにペナルティが襲いかかってくるのだが、それでも一度発動すれば高確率の即死効果と様々なバッドステータスを与える強力な戦闘スキルが揃っているので俺はこの職業を気に入っていた。

 

 漆黒聖典の奴らを倒した後、俺とクレマンティーヌは彼らからお金や食料を全ていただくことに。そうしていると漆黒聖典の中で一番歳上の老婆の荷物から驚くものを発見した。

 

 俺が老婆の荷物から見つけたのは白銀の生地に龍の刺繍がされたチャイナ服。俺の記憶が正しければこれは確か耐性がある相手でも洗脳する事できる世界級アイテム「傾城傾国」だったはず。

 

 まさかこんな所でユグドラシルの世界級アイテムを見ることができるとは思いもしなかった。デザインと効果はあまり好みじゃないけどこれもいただいていこう。

 

 

 

【十三日目】

 

 今俺とクレマンティーヌだが戦車蜘蛛に乗って今まで来た道を逆走している。

 

 何故来た道を逆走しているかというと昨日偶然見つけた漆黒聖典を皆殺しにした後、クレマンティーヌが「このままここにいるのはマズイかも」と言ってきたからだ。彼女の話によると漆黒聖典はスレイン法国にとって軍事的にも政治的にも極めて重要な存在なのだそうだ。

 

 その漆黒聖典の一部隊が全滅したとなるとスレイン法国はこれを全力で調べ、場合によっては漆黒聖典の隊長がスレイン法国の秘宝で装備して出てくるかもしれならしい。

 

 確かにそれは少しマズイかもしれない。

 

 クレマンティーヌが言うには漆黒聖典の隊長はユグドラシルのプレイヤーである六大神の力に目覚めた「神人」と呼ばれる存在で、そのスレイン法国の秘宝というのも六大神が所有していた武器や防具、あるいはアイテムのことなのだろう。ランクも秘宝と呼ばれるだけあって神器級、下手をしたら世界級もあるかもしれない。

 

 実は俺の今の体「クモエル」は暗殺に特化したキャラメイクをしているので正面からの戦闘はそんなに得意ではないのだ。多分姿を見せての戦いではナザリック地下大墳墓の階層守護者にも負けると思う。

 

 そんな訳で情報が全くない状態で漆黒聖典の隊長と戦う、なんていう最悪の展開を回避すべく俺とクレマンティーヌは殺した漆黒聖典の遺体を埋めると、狩る予定だった死を撒く剣団なんて完全に無視してその場を後にした。

 

 というかクレマンティーヌよ。そんなヤバい状況になると予想できていたなら止めてくれてもいいんじゃないか?

 

 そう思って言ってみると、スレイン法国を裏切ったクレマンティーヌにとって追手かもしれなかった漆黒聖典の奴らは無視しておくわけにはいかなかったと言われた。要するに最初から俺に漆黒聖典の奴らをぶつける気だったって訳か。

 

 とにかくもうこのリ・エスティーゼ王国にはいられない。他の国に行くにしてもスレイン法国に行くのは論外であるため、とりあえず俺達はここから比較的近いバハルス帝国に向かうことにした。



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日記9+とある旅人と漆黒の剣の会話

【十四日目】

 

 戦車蜘蛛に乗ってバハルス帝国に途中、休憩をしているといきなりクレマンティーヌが「技を教えてください」と珍しく真面目な表情でお願いしてきた。

 

 技というのは先日漆黒聖典を殺したカースドアサシンのスキルのことだろう。

 

 クレマンティーヌは漆黒聖典に所属している実の兄を殺すことを悲願としている。だから同じく漆黒聖典の部隊をああも簡単に殺すことができたスキルを覚えたいと思っても不思議ではなかった。

 

 俺としてもその申し出を断るつもりはなかった。クレマンティーヌは今や俺の眷族なのだから、それを鍛えてやることも悲願を叶えさせてやることもやぶさかではない。

 

 しかし……スキルを教えるって一体どうしたらいいんだろう?

 

 眷族化の毒爪で眷族となったNPCは、種族がゴズになるほかスキル使用者の職業クラスをレベルが五分の一になるがコピーされる。だからスキルを習得する下地は一応できているのだが、肝心のスキルの教え方が分からないのだ。

 

 とりあえずこの日は「近いうちに教えてやる」と言ってお茶を濁したが、早いうちにスキルの教え方を考えないといけないな。

 

 

 

【十五日目】

 

 数日前に旅に出て、そしてその途中で来た道を逆走することにした俺とクレマンティーヌは、今日の昼頃に出発点であるエ・ランテルにと辿り着いた。

 

 漆黒聖典の奴らから大金をいただいたことだし、旅に必要な物を買おうとエ・ランテルによってみると、何やら街中が騒がしかった。何かあったのかと思っているとそこで偶成漆黒の剣の四人と再会したので、ここで何があったのか聞いてみることに。

 

 漆黒の剣の四人の話によると今から三日前に死霊系の魔法を使うマジックキャスターが、この近くにある共同墓地でアンデッドの大群を呼び出して暴れさせるという大事件があったそうだ。

 

 幸いにもそのアンデッドの大群とそれを呼び出したマジックキャスターは二人の冒険者に退治されて事件は早期解決。エ・ランテルに大きな被害はなかったのだが、今この街の話題はこの事件のことで持ちきりだとか。

 

 漆黒の剣の話の最中、クレマンティーヌが小声で「そっかー。カジッちゃん負けちゃったのかー」と呟いていたが、幸いにもそれが聞こえていたのは俺だけだった。

 

 ……というかこの騒動、お前の知り合いの仕業かよ、クレマンティーヌ。

 

 ☆

 

「それじゃあ皆さんはそのマジックキャスターを見たのですか?」

 

 エ・ランテルの街中で魔術師風の旅人、スパイダーは目の前にいる人物達に質問をした。今彼が話しているのはこの都市を拠点としている冒険者のパーティー、漆黒の剣の四人だった。

 

「ええ。俺達が仕事を終えてこのエ・ランテルに帰ってきた時にあの男は現れました」

 

「本当に気味が悪い、まさに『悪の魔法使い』って感じのジィさんだったな」

 

 漆黒の剣のリーダー、ペテルがスパイダーの質問に答えてパーティーメンバーのルクルットが苦々しい顔で同意する。

 

 漆黒の剣は数日前までンフィーレア・バレアレという薬師の少年と共にカルネ村まで行き、そこで薬草の採集を手伝うという仕事を受けていた。そして仕事が無事に終わり彼らがエ・ランテルに戻ってきた時にその男は現れた。

 

 現れたのは黒いローブに身を包んだ邪悪な気配を全身から漂わせる老人のマジックキャスター。老人のマジックキャスターの狙いはンフィーレア、正確には彼の「どんなマジックアイテムも使いこなせる」という生まれついての特別な才能で、その才能を利用して何かの大きな儀式を行うつもりだったらしい。

 

 そしてその大きな儀式を行った結果がエ・ランテルを襲ったアンデッドの大群である。

 

「あの人、とても強かったですよね」

 

「うむ。あの場所にリィジー殿がいなければ、我々はここにはいなかったであろうな」

 

 老人のマジックキャスターがンフィーレアを拐おうとした時、漆黒の剣の四人は彼を守るべく老人のマジックキャスターと戦ったのだが、戦いの結果は惨敗。老人のマジックキャスターに仕事の依頼主であった薬師の少年を拐われた挙句、深手を負わされた漆黒の剣の四人は、偶然そこにいたンフィーレアの祖母のリィジーが持つポーションのお陰で死なずに済んだのだった。

 

 その時の様子を思い出して漆黒の剣のニニャが顔を青くして呟き、同じく漆黒の剣のダインも頷く。

 

「それで? そのマジックキャスターを死者の大群ごと倒しちゃった『モモン』と『ナーベ』って冒険者はどこにいるのー?」

 

 スパイダーの旅の仲間である軽装の女戦士、クレマンティーヌが頭の後ろで手を組んで漆黒の剣の四人に聞く。

 

 モモンとナーベ。

 

 つい最近冒険者ギルドに登録をした二人組の冒険者で、冒険者としてのランクは今の所最下位の「銅」だが、漆黒の剣の話ではその実力はすでに最高位の「アダマンタイト」に匹敵するらしい。そして彼らこそがさっきクレマンティーヌが言ったように死者の大群ごと老人のマジックキャスターを倒し、エ・ランテルを救った張本人なのだそうだ。

 

 たった二人だけで死者の大群を引き連れた邪悪なマジックキャスターを打ち破りエ・ランテルを救った冒険者。まるで英雄譚のような偉業であり、ここの住人達の興奮がいまだ冷めやらぬのは彼らの事もあるようだ。

 

「いえ、それが……。モモンさん達はすでに新たな仕事を受けてここを後にしました」

 

「何だそっかー。そんなスッゴイことをする人達だったら一目顔を見たかったけど……。残念だなー」

 

 ペテルの言葉にクレマンティーヌが残念そうな表情で言うのだが、隣に立つスパイダーはそれを聞いてはいなかった。

 

 モモン、という名前を聞いてスパイダーの脳裏に一人の友人の顔が浮かんだのだが、彼はすぐに頭を横に振ると自分の考えを否定した。

 

(漆黒の剣の皆が言っている『モモン』は聞いた限り腕の立つ戦士だ。そして俺が知っているモモンガさんは完全な魔法職で戦士系の職業は一つもとっていなかったはずだ。もしモモンガさんが正体を隠して世間に出るとしても、あの臆病なくらい慎重なモモンガさんがわざわざ不慣れな戦士のフリをするとは考え辛い。……やっぱり名前が似ているだけの別人か)

 

 エ・ランテルの救い主であるモモンと自分の友人であるモモンガは別人であると決定付けたスパイダーは、漆黒の剣との会話を終わらせた後、旅に必要な物を買い揃えると再びバハルス帝国へと旅立った。



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日記10

 今回からしばらくの間、オリジナルの展開が行われます。


【十六日目】

 

 戦車蜘蛛の背中に乗ってバハルス帝国へと向かう最中、俺はあることを考えていた。それは以前クレマンティーヌに頼まれた俺のスキルを教えるという件についてだ。

 

 スキルの伝授なんて一体どうすればいいかな、と考えていると突然頭の中にあるイメージに浮かび上がった。

 

 それは相手の、この場合はクレマンティーヌの頭の上に手を置いて伝授したいスキルを使った時の様子をイメージするというやり方だった。こんな簡単なやり方で伝授できるのか、とか、何でいきなりこのイメージが浮かび上がったのか、と色々思ったが俺は直感でこのやり方が正しいと理解した。

 

 とりあえず俺は今思い浮かんだ方法でスキルの一つを伝授することにした。

 

 伝授したスキルは「血の暴発」というカースドアサシンのスキルの一つで、効果は触れた相手の体の箇所に爆発を起こして即死判定のある大ダメージを与えるというものだ。これは対象が生物に限定されて使用には片手か両手に武器を持ってはならないという使用条件があるものの、カースドアサシンのスキルの中では発動までの時間が早く、発動失敗によるペナルティもないスキルなので俺も近距離戦ではよく使用していた。

 

 そしてクレマンティーヌも魔法を封じたスティレットで相手を刺して、相手の体内でスティレットに封じられていた「火球」などの魔法を発動させるという戦いを得意としていたから相性は悪くないだろう。

 

 それで丁度いいところにゴブリンの集団が襲いかかってきたのでクレマンティーヌに試させてみたらアッサリと出来てしまいましたよ「血の暴発」。彼女も使えるようになったスキルを気に入ってくれたくれたようで、それはもう心から楽しそうに血の暴発を使って一人でゴブリンの集団を皆殺しにしていった。

 

 スキルの伝授ってこんな簡単なのかと思ったが、とにかくこれでスキルの伝授の仕方が分かった。これからは他の職業のスキルも教えていくことにしよう。

 

 

 

【十七日目】

 

 国境を越えてようやくバハルス帝国についた。

 

 さて、バハルス帝国についたのはいいがこれからどうしようか?

 

 俺以外のユグドラシルプレイヤーがこの世界に来ていないか情報を集めるのもいいが、やはり先に金を稼ぐ方法を考えた方がいいか。今は金がまだあるが、それだって無限にあるわけじゃないしな。

 

 俺がどうやって金を稼ぐか考えているとクレマンティーヌが「だったら『ワーカー』になればいいんじゃない?」と言ってきた。

 

 ワーカーというのは一言で言えば「冒険者のドロップアウト組」のような存在らしい。

 

 冒険者は報酬次第でどんな仕事でもする自由な職業と言われているが、それでも冒険者組合を仲介せずに仕事を受けてはいけないなどの様々なルールがある。そしてワーカーはそのようなルールに従わずに冒険者組合から除籍となった正真正銘の「報酬次第でどんな仕事でもする」者達なのだそうだ。

 

 仕事の下調べをして斡旋してくれる冒険者組合を通さずに自分達で直接依頼人と交渉するので、ワーカーの仕事は基本的に冒険者より危険でしかも確実に受けられるわけではない。だが本人の腕次第ではワーカーは冒険者よりもずっと稼げて自由な職業だとクレマンティーヌは言う。

 

 なるほど。要するに腕さえあれば稼げる職業であれば確かに俺達にピッタリな仕事だな。

 

 

 

【十八日目】

 

 戦車蜘蛛を走らせ続け、バハルス帝国の首都である帝都についた。

 

 昨日話した通りここでワーカーとして活動しようと思うのだが、クレマンティーヌにワーカーになるにはどうしたらいいと聞くと「そんなの自分達がワーカーだって名乗るだけでいいよー」という答えが返ってきた。

 

 本当にそれでいいのかよ。随分と簡単になれるんだな、ワーカーって。

 

 そんなことを考えていると俺は、クレマンティーヌに引きずられるように帝都にある闘技場にと連れていかれた。彼女が言うにはここでいい成績を見せることが自分達の腕を証明してワーカーの仕事を得る一番の近道らしい。

 

 クレマンティーヌの言葉を聞いてそんなものかなと思った俺は、彼女と一緒に闘技場の試合に飛び入りで参加して、三試合くらいモンスターと戦った。闘技場で戦ったモンスターは、俺とクレマンティーヌにとっては雑魚としか言いようがない弱さだったが、闘技場の観客達の反応は上々のようだ。

 

 三回目の試合で勝利した時にクレマンティーヌが「どうもー! 私達ー、最近ここに来たワーカーですけどー! 何か困ったことがあったら気軽に言ってくださいねー!」と調子良く観客達に言っていたので、これで俺達がワーカーと認識されて仕事が来ること切に願うばかりだった。




 クモエル、ワーカー編(?)スタート


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日記11

【十九日目】

 

 今日も闘技場でモンスター相手に試合をした。昨日一日闘技場で勝ったくらいではまだ実力を知らしめるには足りないらしいので、しばらくは闘技場で試合をする日々が続きそうだ。

 

 今日は昨日と同じくモンスターとの試合を三回行った。

 

 相変わらず俺とクレマンティーヌにとっては雑魚としか言いようがない相手で正直退屈だった。まあ、金が稼げるからいいんだけどさ。

 

 あとついでに今日はクレマンティーヌにアサシンのスキルの一つ「気配希薄」を教えた。これは文字通り自身の気配を希薄にして敵に自分の存在を覚らせ難くするスキルだ。このスキルはこれから先、きっと役に立つだろう。

 

 

 

【二十日目】

 

 今日は闘技場でモンスターとの試合を二回行った。

 

 試合の回数は一回減ったが、昨日に比べてモンスターは少し強くて貰える金も増えていた。

 

 後、モンスターと戦っている最中、クレマンティーヌを応援する声が観客席からちらほらと聞こえてきた。彼女は黙っていたら……というかじっとしていたら色っぽい美人だからな。もうすでにファンができたようだ。

 

 こういう時美人って得だよな、と思った。

 

 あとついでに今日はクレマンティーヌにウェポンボディのスキルの一つ「肉体変化【ダーツ】」を教えた。これはHPを僅かに減らす代わりに、自分の体に投げナイフを生やすスキルで、遠距離攻撃に弱い彼女の助けになるだろう。

 

 

 

【二十一日目】

 

 今日も闘技場で二回モンスターとの試合をした。ただし俺達の試合は、その日の闘技場で行われた全二十試合のうち、十五試合目と十八試合目だった。

 

 今までの試合は全て最初の方に行われていたのだが、どうやらこの三日間の試合で俺達もかなり人気が出たようで観客の注目が集まる後半の試合に回されるようになったらしい。

 

 人気が出て、実力を認められるというのはいいことだ。これで俺達の腕を見込んで依頼を持ってくる依頼人が来たらめでたく俺達もワーカーになれるというものだ。

 

 ついでに俺とクレマンティーヌのチーム名も決まった。

 

 チーム名というのは普通本人達が好きなのを名乗るものだが、たまに俺達のように闘技場の観客達からその戦いぶりにちなんだものをつけられることもあるそうだ。

 

 そして俺とクレマンティーヌにつけられたチーム名は「毒牙」。

 

 俺が試合で毒を持った蜘蛛系のモンスターを召喚して使うのと、以前俺があげて今現在クレマンティーヌが使っている魔法のレイピアに猛毒付与の効果があることがチーム名の由来らしい。

 

 あとついでに今日はクレマンティーヌにスナイパーのスキル「ホーク・アイ」を教えた。これは遠距離攻撃の射程距離と命中率を上げるパッシブスキルで、これは昨日教えたスキルの助けになるだろう。

 

 

 

【二十二日目】

 

 今日は闘技場に向かう途中で見知らぬ女の子に声をかけられた。

 

 その女の子は感情を感じさせない声で「……貴方、その召喚魔法をどこで覚えたの?」と聞いてきたので正直に独学で(?)と答えると、女の子は表情を強張らせて「……そんなはずはない。貴方の魔力と使える魔法はフー……、私の知っている人を上回っているかもしれない」と言ってきた。

 

 ……いや、本当にユグドラシルで自分の力で覚えたんですけど?

 

 どうやってこの女の子に信じてもらおうかなと考えていると次に女の子はやっぱり感情を感じさせない声で「……貴方は何故蜘蛛系のモンスターしか呼ばないの?」と聞いてきた。

 

 いや、何故って聞かれても俺、蜘蛛しか呼べないし。

 

 そう言うと女の子は「……そう。貴方はそういうタレントの持ち主なのね」と勝手に納得して帰っていった。

 

 ……何なの? あの子?

 

 あとついでに今日はクレマンティーヌにギュウキの種族スキル「人化の術」を教えた。クレマンティーヌはスレイン法国のおたずね者だし、俺達も最近有名になってきたことだから、種族が人間ならすぐに別人に変身できるこのスキルは彼女の助けになるだろう。



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日記12+フォーサイトの会話

【二十三日目】

 

 今日の闘技場での相手はいつものモンスターではなく五人の武装をした人間達だった。

 

 人間と戦うなんてアリなのか、と闘技場の係員に聞いてみると全然OK、むしろ殺した方が盛り上がるという答えが返ってきた。何て言うか何でもアリだな、ここは。

 

 まあ、対戦相手を見てみると「なんだよ獲物は二人だけかよ」とか「ヒヒヒ……。久しぶりに若い女を斬れる……」とか「早く試合を始めろ。俺に殺させろ」とか危ない表情で言う、ウチのクレマンティーヌに負けず劣らずの殺人狂みたいなので遠慮する必要はなさそうだな。

 

 そして当然ウチの殺人狂ことクレマンティーヌは相手が人間だと知ってこの上なく嬉しそうな笑顔を浮かべており、試合開始前に「スパイダーさーん。あいつら、私一人で殺していーい?」と聞いてきた。

 

 俺は特に人を殺したい理由もないのでこの試合はクレマンティーヌ一人に任せ、彼女はそれは嬉しそうに対戦相手の五人を惨殺して見せた。対戦相手も人間にしては多少は強かったみたいだけど、結局はクレマンティーヌの敵ではなく、闘技場はあっという間に血の海にとなった。

 

 対戦相手の悲鳴や命乞いの言葉を聞きながら俺は「クレマンティーヌの奴、こんな酷い戦いを見せたらせっかくのファンがいなくなるんじゃないか?」と思っていたのだが、俺の予想とは逆に闘技場の観客達はクレマンティーヌの戦いに熱狂してみせていた。

 

 ……本当、いい趣味をしているよな。この闘技場の観客達。

 

 

 

【二十四日目】

 

 今日も闘技場に参加すると、何と今日は闘技場の最後の試合、所謂「トリ」を任された。

 

 試合の相手として用意されたモンスターはトロール。普通の人間にとっては脅威なのかもしれないが、やっぱり俺とクレマンティーヌから見れば雑魚でやろうと思えば一撃で倒すことができる相手だった。

 

 しかし闘技場の係員は「こんなに早く最後の試合に出れるようになったのはお前達が初めてだ。出来るだけ派手に盛り上げてくれよな」と応援してくれたので、期待に答えるべくなるべくじっくりと戦うことにした。

 

 クレマンティーヌに言い聞かせてなるべく時間をかけてトロールを倒すと(演技を)頑張った甲斐もあって観客達も大満足して俺達に盛大な拍手を送ってくれた。だがその時俺は偶然、観客席の中に先日変な質問をしてきた例の女の子が拍手をせずこちらをじっと見つめているのに気がついた。

 

 ……本当に何なんだ、あの女の子は?

 

 ☆

 

「ようやく始まるな」

 

 闘技場の観客席で腰に複数の武器を差した男、この帝都を拠点とする四人組のワーカーチーム「フォーサイト」のリーダー、ヘッケランが闘技場の舞台を見ながら呟いた。

 

「そうね。それにしても凄い人気ね」

 

 ヘッケランの隣に座る女性、フォーサイトのメンバーのイミーナが彼の呟きに答えて周囲を見回す。彼女の言う通り、観客席はいつも以上に人が集まっていて熱気に包まれていた。

 

「それもそうですよ。何せ次の試合に出てくるのは最近話題の『毒牙』ですからね」

 

 イミーナの言葉に同じくフォーサイトのメンバーであるがっしりとした体格の男、ロバーデイクが答える。

 

 毒牙とはつい先日、闘技場に現れた二人組のワーカーである。

 

 ワーカーが闘技場で戦って自分の実力を見せることで依頼人を得ようとする光景はこの帝都では決して珍しくない。毒牙の二人もそれと同じで自分達の実力を知らしめるために闘技場に参加したようなのだが、その実力は他のワーカー達とは比べものにならないくらいに抜きん出ていた。

 

 毒牙の二人は初めてこの闘技場に現れた数日前から今日まで毎日試合に参加し、十以上の試合の全てを全くの無傷で勝利してきたのだ。その実力は冒険者のランクにしてみたらミスリル以上はあると言う者は多く、その様な圧倒的強さを見せる戦い振りから数日前にデビューをしたばかりの新米のワーカーの二人組は、もうすでに古参のワーカーや剣闘士並みの人気を得ていたのだった。

 

「俺もあの毒牙の二人は好きだぜ? あいつらの試合はカタイからな。何度も儲けさせてもらってる。……それにしてもお前が毒牙の試合を見たいなんて言うとは思わなかったぜ? お前はてっきりこういう所には興味がないと思っていたからさ」

 

 ヘッケランはこの試合で毒牙に賭けたチケットを見せて笑った後、ロバーデイクの隣に座る人物に話しかけた。ロバーデイクの隣に座っていたのはやや痩せぎすな感じのまだ少し幼い年頃の少女だった。

 

 少女の名前はアルシェ。彼女もヘッケラン達と同じフォーサイトのメンバーで、その外見とは裏腹に確かな実力を持ったマジックキャスターである。

 

「ヘッケランの言うとおりね。私もアルシェはここに興味はないと思っていたわ」

 

「私も同意見ですね」

 

 ヘッケランがアルシェを見ているとイミーナとロバーデイクも自分達のリーダーの言葉に同意して彼女を見る。

 

 今日この闘技場にフォーサイトのメンバーが集まったのは、アルシェが毒牙の試合を見てみたいと言ったのが始まりであった。今までこのマジックキャスターの少女は闘技場の試合なんて一切の興味を持っていなかったのに、突然今日みたいなことを言い出したらヘッケラン達が疑問を思うのは当然であった。

 

「……確かに私はこんなお金を無駄に使う所には興味がない。私が興味があるのは毒牙のスパイダーって人。あの人の戦いをこの目で見てみたいと思った」

 

 仲間達の視線を受けてアルシェは素直に自分の気持ちを口に出した。その表情はとても真剣なものでそれを見たヘッケラン達が首を傾げる。

 

「何だかひどく真剣な顔をしているけどさ……。そのスパイダーが一体どうしたってんだよ?」

 

「……私は先日、用事でこの闘技場に来て毒牙の、スパイダーの戦いを見た。そしてその時に気づいた。……スパイダーはかつての私の師、フールーダ先生と同じ第六位階以上の召喚魔法が使用できる」

 

『………!?』

 

 ヘッケランの質問に答えるアルシェの言葉にフォーサイトのメンバーが思わず息をのんだ。

 

 アルシェには相手の魔力を感じ取り、その相手がどれだけの魔法を使えるかを大体だが知るタレントを持っている。更に言えば彼女がくだらない冗談を言うような性格ではないのはヘッケラン達フォーサイトのメンバーはよく理解していた。

 

 帝国で最高のマジックキャスターであるフールーダと同じ第六位階以上の魔法を使う事ができる。それは常人の域を大きく逸脱した「英雄」の領域の話と言えた。

 

「第六位階以上の魔法が使えるとは……。スパイダー……彼は何者なのですか?」

 

「……私も分からない。少し前に偶然スパイダーを見かけたから少し話してみたけど、彼は独学であの召喚魔法を覚えて、蜘蛛系のモンスターしか呼べないらしい。……多分、そういったタレントを持っているんだと思う」

 

「なるほどね……。限られた魔法しか使えない代わりに使える魔法の効果を異常なまでに高めるタレント、か。ちょっと反則じみているけど考えられるわね」

 

 信じられないといった風に首を振るロバーデイクにアルシェが自分なりの考えを口にすると、イミーナが口元に手を当てて呟く。そしてそんな仲間達の会話をまとめる様にヘッケランが笑みを浮かべて口を開いた。

 

「まっ。スパイダーが第六位階以上の魔法が使えるってのには驚いたけど、それってつまりは今日の勝負も毒牙の勝ちは動かないって事だろ? よし、これで賞金はいただきだ」

 

 ヘッケランの能天気な声を合図にしたかのように闘技場の扉が開き、舞台に二人のワーカーとその対戦相手のトロールが姿を現した。



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日記13

【二十五日目】

 

 闘技場に行くと係員に、試合に参加するのはいいが出るのは一試合だけにしてくれ、と言われた。何でも最近、俺とクレマンティーヌが試合に出ると観客のほとんどが俺達に賭けて儲けがあまり出ないらしい。

 

 まさか命懸けの戦いを見世物にしている闘技場でわざと負けるような八百長なんてできるわけないし、係員も出来るだけ賞金の高い勝負に回すからと言われたら、納得するしかない。

 

 ……むう。これが有名になるというのも考えものだな。

 

 仕方がないので今日のところは不満そうな顔をするクレマンティーヌをなんとかなだめて一試合だけをして闘技場を後にした。

 

 

 

【二十六日目】

 

 今日も闘技場で一試合だけ試合をした。ちなみに今日の試合の相手は人間、それも人殺しが好きそうで根拠のない自信に満ちあふれていた奴らだったので、クレマンティーヌも大満足だ。

 

 いや本当によかった。

 

 昨日、闘技場でモンスターとの試合を一試合しかできなかったクレマンティーヌは結構不機嫌で、その日は散々愚痴を聞かされたのだ。今日はそんなことがなさそうで本当によかった。

 

 試合が終わって暇になった帝都を見回っていると、露店で前の世界にあった冷蔵庫や扇風機によく似たマジックアイテムを見つけた。露店の人に聞いてみたら、何でもこれらのマジックアイテムは「口だけの賢者」と呼ばれた大昔に実在した強力な力を持ったミノタウルスが考案したものらしい。

 

 口だけの賢者か……。

 

 もしかしたらそいつも俺のようなユグドラシルのプレイヤーだったのかもしれないな。

 

 

 

【二十七日目】

 

 闘技場で雑魚を相手にした試合に勝利した後、クレマンティーヌが「つまんないー。もっと暴れたーい」を不満を露にした。

 

 子供のような駄々をこねるクレマンティーヌにどうしたらいいか悩んでいると、そこに武装をした四人の男女が話しかけてきた。

 

 武装をした四人の集団か……。何だか漆黒の剣を思い出すな。彼らは元気だろうか?

 

 話しかけてきた四人の男女は「フォーサイト」というワーカーチームで、今の俺達の先輩だった。彼らは明日から「カッツェ平野」という所でアンデッドモンスターを狩りにいく予定らしく、俺達も一緒にこないかと言ってきた。

 

 カッツェ平野というのはいつも霧に包まれていてアンデッドモンスターが出現する地域らしく、帝国はそこのアンデッドモンスターの部位を報酬と交換することで、金目当ての傭兵……主にワーカーにアンデッドモンスターを定期的に駆除させているそうだ。そして常に仕事が得られるとは限らないワーカーにとって、このアンデッドモンスター退治は重要な金を得る手段と言えた。

 

 フォーサイトの四人の申し出にクレマンティーヌは目を輝かせて承諾した。……何だか彼女って俺の眷族になってから殺人狂の他に戦闘狂にもなったみたいだ。これって俺のせいなのか?

 

 とにかく俺も断る理由はないのでフォーサイトの四人の申し出を受けることにした。……まあ、それはいいのだが、フォーサイトの四人のうちの一人は先日俺に変な質問をしてきた女の子で、彼女は今も俺のことをじっと見ていた。

 

 ……俺、本当に彼女に何かしたっけ?



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日記14

【二十八日目】

 

 今日はワーカーチーム「フォーサイト」とカッツェ平野にアンデッドモンスター退治に行く日だ。

 

 地図で調べてみたところ、カッツェ平野はリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国に挟まれる位置にあって、ここでは毎年決まった時期に両国による小競合いのような戦いが繰り広げられているそうだ。

 

 というかカッツェ平野がアンデッドモンスターであふれている理由ってそれだよな? 毎年毎年戦争なんかして戦死者を出していたら、そりゃあカッツェ平野もアンデッドモンスターの名産地になるわ。

 

 カッツェ平野は帝都から行くと徒歩で数日、馬車を利用したら二、三日くらいの距離らしい。フォーサイトの四人は徒歩で行くつもりだったが、徒歩と時間がもったいないので俺が戦車蜘蛛を呼び出して、それに乗って行くことにした。

 

 フォーサイトの四人は戦車蜘蛛を見た最初は驚いたもののすぐに慣れて、戦車蜘蛛の乗り心地の良さを誉めてくれた。特にフォーサイトのリーダーっぽい剣士は「速いし、風は気持ちいいし、何より馬車と違って金がかからなくて最高だな」と言ってくれた。……でも最後のはなんか違わない?

 

 そういえば昨日はまだお互いの名前を名乗っていなかったので、昼食をするときにフォーサイトの四人と自己紹介をし合った。そして自己紹介ついでに俺はフォーサイトの女の子、アルシェに何で少し前から俺のことをじっと見ているのか聞いてみることにした。

 

 するとアルシェは、まず自分には相手の魔力を感じ取ってどれくらいの魔法が使えるかを知るタレントがあると説明して、次にそのタレントの力で俺が第六位階以上の召喚魔法を使えるのを知ったと言う。彼女の知る限り、第六位階以上の魔法が使えるのはかつての自分の師だけで、俺のことをじっと見ていたのはそのせいだとか。

 

 アルシェの話を聞いて内心で俺は感心していた。

 

 確かに「人化の術」のスキルで人間の、スパイダーの姿になった今の俺はスキルのデメリットで身体能力が下がり、ムシツカイのスキルの第六位階くらいしか使えない。それを正確に見抜いたアルシェのスキルには感心するしかない。

 

 そう考えていると次にアルシェは「だから私は貴方が使える魔法が制限される代わりに魔法の効果を高めるタレントを持っていると考えている」と俺に言った。口調こそ仮定の段階だが、彼女も彼女の仲間達もそれで間違いないと信じ込んでいる表情だったので、俺は「そこまで分かっているなら言うことはないな」と言って彼女達の勘違いに便乗することにした。

 

 タレントによって蜘蛛系のモンスターしか呼ばないけど第六位階の召喚魔法を使える召喚術師か……。

 

 うん。中々いいな。今度からはその設定でいくことにしよう。

 

 

 

【二十九日目】

 

 今日はカッツェ平野に向かって戦車蜘蛛を走らせるだけで特に書くことは無し。

 

 強いて書くことがあれば休憩時間に目に殺気を宿らせたクレマンティーヌがフォーサイトに訓練(殺し合い)を申し込むのを止めるのに手間取ったことぐらいだろうか?

 

 

 

【三十日目】

 

 戦車蜘蛛を朝から走らせて昼過ぎくらいにようやくカッツェ平野にとたどり着いた。

 

 カッツェ平野は噂で聞いた通り霧に包まれていて、そこら中からアンデッドモンスターの気配が感じられた。

 

 そしてカッツェ平野についた途端、クレマンティーヌの奴、即行で戦車蜘蛛の背中から降りてアンデッドモンスターを狩りに行った。……アイツってばそんなに戦いたかったの?

 

 霧のせいで視界が悪く姿は見えなかったが、霧の向こうからクレマンティーヌの楽しそうな声とアンデッドモンスターの悲鳴っぽいうなり声が聞こえてきて、俺だけじゃなくてフォーサイトの四人もドン引きだった。

 

 ちなみに今日は何十体というアンデッドモンスターを退治して戦果としては大漁で、そのほとんどはクレマンティーヌ一人によるものであった。




次回でクモエルワーカー編(?)終了の予定です。


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日記15+ワーカー二人と依頼人の会話

【三十一日目】

 

 朝、目を覚ますとすでにクレマンティーヌが起きていて「おはよー。いい朝だねー」と今まで見たことがない爽やかな笑顔で挨拶をしてくれた。

 

 よく見ればクレマンティーヌは軽く汗をかいていて、最初は朝の鍛錬でもしていたのかと思ったのだが、すぐに彼女の隣にある大量のアンデッドモンスターの山に気がついた。コイツ、朝からアンデッドを狩りに行ってたな。

 

 寝起きの状態で活動を停止したとはいえアンデッドモンスターと至近距離で目を合わせるのは地味にテンションが下がるな。クレマンティーヌめ、俺の爽やかなモーニングを返しやがれ。

 

 その日は昨日と同じようにフォーサイトとアンデッドモンスターを狩り、明日には帝都に帰ることにした。

 

 本当だったらもう二、三日ここでアンデッドモンスターを狩る予定だったが、俺達のお陰で充分な数のアンデッドモンスターを狩れたとフォーサイトの四人に感謝された。

 

 ただ一人、クレマンティーヌだけはもっとここでアンデッドモンスターを狩りたかったみたいだが、コイツに関してはもう無視でいいだろう。

 

 

 

【三十二日目】

 

 カッツェ平野から帝都への帰り道。休憩時間に暇をもて余したクレマンティーヌに頼まれて彼女と模擬戦をした。

 

 初めて会ったときとはまるで別人のように強くなったクレマンティーヌだったが、それでも俺から見ればまだまだ甘い。模擬戦の間、俺は彼女の攻撃を避けて反撃を寸止めするのを繰り返し、模擬戦が終わる頃には始めてから二時間も時間が経っていた。

 

 そして模擬戦を横で見学していたフォーサイトの四人は、全員目を丸くして俺達を見ていた。彼らの話だとクレマンティーヌの攻撃の速さと鋭さも驚異的であったが、それ以上に彼女の攻撃を全て避けて反撃を寸止めで止める余裕を持つ俺も凄かったらしい。

 

 フォーサイトの四人はワーカーじゃなくて冒険者だったら今頃アダマンタイト級も夢じゃないのに、と惜しんでくれたが、生憎旅をしながら金を稼いで情報を集めるだけならワーカーでもできるので、今更冒険者になる気などないと俺は答えた。

 

 

 

【三十三日目】

 

 朝から戦車蜘蛛を走らせた甲斐もあって昼前に帝都に帰ってこれた。

 

 退治したアンデッドモンスターを換金してフォーサイトの四人とも別れても充分時間があったので、俺とクレマンティーヌは闘技場へと向かった。……というより彼女に引きずられていった。

 

 闘技場で試合に参加しようとしたら、一人の気障な物言いをするエルヤーと名乗る一人の剣士に絡まれた。

 

 その剣士、エルヤーは「天武」の異名を持つワーカーで、剣だけならオリハルコン級の冒険者にも勝ると言われているこの闘技場の常連なのだそうだ。

 

 俺達が闘技場で稼いでいた時、エルヤーはワーカーの仕事で帝都を離れていたらしく、この天武の異名を持つワーカーは延々と自分の自慢話をした後で「どちらが真の闘技場の主役なのか決着をつけよう」と言ってきた。

 

 エルヤーの気障ったらしい話し方と延々と聞かされた自慢話でストレスが溜まった俺とクレマンティーヌはこの試合を受け、試合開始から三十秒以内で勝利を納めるという試合最短記録を達成した。

 

 ☆

 

「お前が相手を、それも人間を殺さないなんて珍しいな?」

 

 闘技場の通路を歩きながらたったメンバーが二人しかいないワーカーチーム「毒牙」のリーダー、スパイダーは自分の隣を歩くもう一人の「毒牙」クレマンティーヌに話しかけた。

 

 スパイダーが口にしたのは先程の試合の対戦相手のことだった。

 

 ワーカーチーム「毒牙」は少し前まで闘技場の舞台でワーカーチーム「天武」のリーダーである剣士、エルヤーと戦ってこれに勝利した。しかしこの試合の最中、強い殺人衝動を持つクレマンティーヌはエルヤーを殺そうとせず、四肢を傷つけて動きを封じる事で勝利を収めたのだ。

 

 これはスパイダーも完全に予想外で、相方の質問を受けたクレマンティーヌは口元に嘲笑を浮かべて答える。

 

「だってさー。アイツ、試合の前に私っていうか女を馬鹿にするようなことを言ってたじゃない? だからー、簡単に殺しちゃうよりもー、完膚無きまでに倒して惨めな格好で生かしておいた方が楽しいと思ってー」

 

「……なるほどな」

 

 クレマンティーヌの言葉にスパイダーはため息をついて納得をして、彼女は試合が終わった時の対戦相手の悔しそうな表情を思い返して笑いを噛み殺す。

 

 そんな時、通路の曲がり角から一人の身なりの良さそうな男が姿を現して毒牙の二人に話しかける。

 

「失礼。毒牙のスパイダー様とクレマンティーヌ様ですね?」

 

「……そうですが?」

 

「貴方はだーれー?」

 

 身なりの良さそうな男はスパイダーとクレマンティーヌに小さくお辞儀をすると要件を口にした。

 

「私、とある方の使いの者でして、毒牙のお二人にある依頼をしに参りました」

 

「依頼? 俺達にか?」

 

「へー、私達に依頼を持ってくるなんて見る目あるじゃん。それで? どんな依頼なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。実はつい先日、今まで知られていなかった地下墳墓と思われる建造物が見つかりまして、そこの調査を依頼したいのです」

 

 ……運命の刻は、近い。



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日記16

【三十四日目】

 

 昨日持ちかけられた地下墳墓を調査するという仕事なのだが、明日までに受けるか否か返事をしてほしいと言われ、それと同時に依頼の前金として帝国の換金所に持っていけば大金と交換してもらえるこの世界の小切手のような金属板を渡された。

 

 そして依頼の件は当然受けるつもりだ。

 

 未知の地下墳墓……ダンジョンの探索だなんて中々心踊るものがある。久々にユグドラシルプレイヤーの血がたぎるというものだ。

 

 依頼を受ける場合、出発は三日後となるのでそれまでに色々準備をしないといけないな。

 

 ……でもその地下墳墓がある場所って、帝国じゃなくてリ・エスティーゼ王国の領地なんだけど、これって大丈夫なのか?

 

 

 

【三十五日目】

 

 依頼人に地下墳墓の調査の依頼を受けることを伝えて街を歩いていると、偶然フォーサイトの四人と出会った。その後彼らと話をしてみると、どうやらフォーサイトにも俺達と同じ依頼が来ていたようだ。

 

 フォーサイトの四人はこの依頼を受けるつもりで昨日から目的の地下墳墓について調べていたようだが、地下墳墓がある地域にそんな建造物を建てられる文明や国が存在したという記録はなかったそうだ。……つまり完全に未知の遺跡ってことか。

 

 フォーサイトと別れた後、俺達も図書館で調べてみたが、彼らと同じ情報しか手に入らなかった。

 

 

 

【三十六日目】

 

 明日はいよいよ出発の日なので、クレマンティーヌと一緒に市場まで行って旅に必要な物を買い集めることにした。

 

 すると市場でフォーサイトのヘッケランとロバーデイクと出会った。何だか最近このチームとのエンカウント率が高いな?

 

 ヘッケランとロバーデイクは回復用のアイテムを買いに来ていたようなので挨拶をするとすぐに別れたが、その直後にロバーデイクのからかうような声とヘッケランの戸惑ったような声が聞こえてきた気がしたのだが、何を話しているのだろうか?

 

 

 

【三十七日目】

 

 今日はエスティーゼ王国にある地下墳墓に出発する日だ。

 

 集合場所に行ってみるとそこには俺とクレマンティーヌの毒牙とフォーサイトの他に、帝国でも上位に入るワーカーチーム「緑葉」に「ヘビーマッシャー」、そして先日闘技場で戦ったエルヤーが率いる「天武」が集まっていた。

 

 エルヤーは何だか凄く血走った目で俺とクレマンティーヌを見てきたが無視することにした。……だがあの「天武」は果たしてチームと呼んでいいのだろうか? チームのメンバーはエルヤー以外は全員エルフの奴隷、しかも女性ばかりだし。あんな鬼畜なパーティー、ペロロンチーノさんでも組まないぞ、絶対。

 

 地下墳墓までの移動手段は依頼人の方で用意してくれていて、俺達と荷物を運ぶ数台の馬車には冒険者のチームが三チームついていた。そしてその一チームは以前お世話になった漆黒の剣の四人だった。

 

 予期せぬ再会に俺達と漆黒の剣の四人が会話をしていると、そこに「彼ら」が現れた。

 

 エ・ランテルで漆黒の剣から話を聞いた、邪悪なマジックキャスターから都市を救い、今では最短期間でアダマンタイト級に上り詰めた二人組の冒険者。“漆黒”モモンと“美姫”ナーベ。

 

 ……そうか、彼らがモモンとナーベか。

 

 俺は少し離れた所からモモンとナーベを観察していたが……うん、やっぱり違うな。前に話を聞いた時は名前が「モモン」と似ているから彼がモモンガさんが変装した姿だと思ったが、違うようだ。

 

 モモンガさんはユグドラシル時代は完全な魔法職で戦士系の職業は一つもとっていなかったはずだ。一応、魔法を使えば戦士職の装備も装備できるようになるが、それでも本来の魔法を使った戦い方に比べると大きく戦力が下がる。あの慎重なモモンガさんがそんなリスクを負ってまで戦士を演じるとは思えない。

 

 それにあのモモンのなんか演技が入ってる気取った口調……。モモンガさんはあの手の口調はパンドラズ・アクターという黒歴史でこりているはずだから使うとは思えない。うん、やっぱり別人だ。

 

 そしてあのナーベという女性なんだが……どこかで見たような気がするんだがどこだったかな?

 

 ……ずっと前にペロロンチーノさんがオススメだって言ってくれたエロゲーだったか?



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日記17+毒牙の会話

【三十八日目】

 

 目的の地下墳墓に向かう道中、休憩時間に漆黒の剣の四人と話をすると、何と彼らの階級が銀から金と変わっていることに気づいた。

 

 前にエ・ランテルと会話した時はまだ銀だったはずなのに、この短期間で階級を一つ上げるとは正直驚いた。

 

 だが驚いたのは漆黒の剣の四人も同じだったそうで、俺達がワーカーになっていたとは予想だにもしてなかったと言われ、次に冒険者になれば上を目指せるのにと以前フォーサイトにも言われた言葉を言ってきた。だから彼らにも旅をしながら金を稼いで情報を集めるだけが目的だから冒険者になる気は無いとだけ答えた。

 

 

 

【三十九日目】

 

 今日はある事実を書こうと思う。

 

 この事実はずっと前から気づいていたのだが、俺は今日までそれに気づかないフリをしていたのだ。

 

 しかし現実から目をそらすのもそろそろ限界なので、ここで日記に俺の気づいたある事実を書こうと思う。

 

 俺には死神の観察眼というパッシブスキルがあって、これは即死攻撃の成功率だけでなく死期が近い人間を教えてくれることを覚えているだろうか?

 

 死期が近い人間の頭上には【コイツ、十日以内に死ぬデス。殺すまでもねーデス】というやたらと軽い感じの文章が浮かび上がるのだが、それが数日目から見えているのだ。……俺とクレマンティーヌ以外のワーカー全員の頭上に。

 

 漆黒の剣を初めとする冒険者達にはこの死期を知らせる文章が浮かび上がっていないところを見ると、やっぱりワーカー達の死因は今向かっている地下墳墓にあると考えるのが妥当だろうな。

 

 その地下墳墓、どんな所なんだろうか?

 

 

 

【四十日目】

 

 今日は色々なことがあって驚き疲れた。

 

 間違いなく今日はクモエルとなってこの異世界に来てから一番長い一日だと思う。

 

(ここでページの書く場所が無くなり次のページに続く)

 

 ☆

 

 ワーカー達が調査を依頼された地下墳墓は大地にめり込むような、まるでなにか上にあった物がへこんだような、盆地を思わせる場所に存在していた。

 

 見渡す限りの草原にある地下墳墓を見てそれまで半信半疑であったワーカーと冒険者達は皆驚いた顔で、こんな所に未発見の遺跡があったとは思わなかったと口にする。ワーカーと冒険者にとって、未発見の遺跡を探索するというのはある種の憧れであるためここにほとんど全員が地下墳墓を注目している。

 

 やがてワーカーと冒険者達は地下墳墓を探索する準備をするために離れた場所に設置したキャンプに戻っていくのだが、ただ二人だけがその場に残って地下墳墓を眺め続けていた。

 

 残った二人はワーカーチーム「毒牙」の二人、スパイダーとクレマンティーヌであった。

 

「スパイダーさーん? 私達も準備しなくていーのー?」

 

「………」

 

 クレマンティーヌがスパイダーに呼びかけるが、声をかけられた当人は相方の声が聞こえていないかのように地下墳墓を凝視していた。

 

「スパイダーさん? ねーってば。……全く。あの遺跡がそんなに気になるわけ? もしかして知ってるのー?」

 

「……………ああ、知っている」

 

「えっ!? マジで?」

 

 呆れたような表情でため息混じり言うクレマンティーヌだったが、スパイダーの呟くような言葉に思わず驚いた顔になる。

 

「知っている。……間違いない。でもどうしてだ? どうしてここに……ナザリック地下大墳墓があるんだ?」

 

 心ここに在らずといった表情で思わずスパイダーは呟く。だがその言葉を聞いていたのはクレマンティーヌ一人だけであった。



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蜘蛛の一番長い一日(1)

サブタイトルは血界戦線のサブタイトルから拝借しました。
最初は「Kの一番長い一日」にする予定だったのですが、分かりやすさ重視でこのタイトルに。


 ワーカー達は地下墳墓の本格的な探索を開始する前に、まず下調べとして地下墳墓で唯一地上に出ている霊廟と思われる建物の中を調べた。霊廟の中は入ってすぐの広間に地下へと続く階段があり、それ以外の部屋を調べてみるとそこには大量の財宝が安置されていて、それを発見したワーカー達は口を揃えて「この遺跡は宝の山だ」と言った。

 

 鎖に精緻な装飾が刻まれた黄金の首飾り。大粒のルビーがはめ込まれた指輪。作られた年代と国は不明だが美術品としての価値が高い金貨。

 

 これらの財宝が文字通り山のようにあるのを見て、霊廟を探索したワーカー達は大なり小なりその目に欲望の火を宿して上機嫌な笑みを浮かべるのだった。……ただ一人を除いては。

 

 ☆

 

 霊廟の探索を終えたワーカー達は、一先ず霊廟から外に出るとこれからの本格的な探索について話し合うことにした。そしてワーカー達は霊廟より下の階層を探索するのと、他に隠し通路がないか地表部を調べる二手に分かれることになった。

 

 そして霊廟より下の階層を探索するのはヘビーマッシャー、天武、そしてフォーサイトの三チーム。地表部を調べるのは緑葉と毒牙の二チームとなった。

 

「それじゃあ行ってくるぜ」

 

 ヘッケランが笑みを浮かべて地表部に残ることになった二チームに言うと仲間達や他のチームと一緒に霊廟の中へと入って行った。霊廟に入って行くワーカー達は皆、これから下の階層には霊廟にあった以上の財宝があると信じて疑わず嬉しそうな笑みを浮かべており、緑葉のメンバーが彼らの姿が見えなくなった後で自分達のリーダーであるパルパトラに異議を申し立てる。

 

「老公、勿体無いじゃないですか? 墓地の探索は他のチームにやらせてもよかったですよね?」

 

「その通りしゃな。たしかにお主の言う通り、このまましゃったらあやつらに儲けのほとんとを持っていかれる事もあるかもしれんのう」

 

 ワーカーチーム緑葉のリーダー、パルパトラ。すでに八十歳を超える老人である彼は、前歯のほとんどは抜け落ちているせいで空気が抜けたような声でチームのメンバーに答える。

 

「たけと決して損な話しゃねーそ? 今日は地表部の探索を引き受けた代わりに明日は優先的に下の階層を探索てきるし……それに何よりあやつらは儂らのカナリアよ。この遺跡にとのような危険かあるか調へてもらわんとな」

 

 好好爺のような表情で言うパルパトラであるが、その言葉の内容は先に霊廟に入って行ったワーカーの三チームを自分達の捨て駒にすると言って過言ではないものであった。

 

 パルパトラの言葉に緑葉のメンバーは納得の表情となって頷き、それまで黙って彼らの会話を聞いていた地表部に残ったもう一つのワーカーチーム、毒牙のクレマンティーヌが心から楽しそうな笑みを浮かべて口を開く。

 

「あっれー? パルパトラのお爺ちゃんってば、中々エグいことをするじゃなーい? 私、そーいうの好きよー? だからさー、スパイダーさんもー、いい加減機嫌を直しなよー?」

 

 クレマンティーヌの最後の言葉は彼女の相方であるもう一人の毒牙であるスパイダーに向けられたものであった。彼は霊廟の中の探索時よりずっと不機嫌であり、今も不機嫌のままで口を開いた。

 

「……別に下に行けなかったから怒っているんじゃない。……それよりもパルパトラさん? 貴方は先に行ったフォーサイト達をカナリアって言いましたけど、カナリアは俺達の方かもしれませんよ?」

 

「なんしゃと?」

 

 首を傾げるパルパトラにスパイダーは顎をしゃくって霊廟の入り口を見るように促すと、霊廟の入り口にはいつの間にかメイド服を着た五人の女性達が横一列に並んで立っていた。このような場所にメイド服を着た女性達がいるだけでも不自然で、更に彼女達からは人ならざる気配が感じられた。

 

『……………!』

 

 ワーカー達がメイド服の女性達の人ならざる気配を感じて武器を構え、五人の真ん中に立つこの世界では珍しい眼鏡をかけた女性が思わず見惚れてしまいそうな優雅な動作でお辞儀をする。

 

「ようこそ招かれざる客人の皆さん。ボク……失礼、私はここに仕える戦闘メイド『プレアデス』の副リーダーを任されておりますユリ・アルファと申します。早速で申し訳ありませんが、皆さんにはこのナザリック地下大墳墓の防衛システムのテストにご協力をしていただきたいと思います」

 

「テスト、しゃと……?」

 

「はい。その通りです。そして皆さんのお相手をご紹介しましょう。……出て来なさい」

 

 パルパトラの言葉に答えたユリが合図を出すと、地面から数十、いや、百を軽く超える数のスケルトンが出現した。

 

 スケルトンはアンデットモンスターの中では最下級で、本来であればこの数でもパルパトラ達にとって全くの脅威にならない存在である。しかし今ここに現れたスケルトンの大群は単なるスケルトンとは雰囲気も武装も違った。

 

 スケルトンの大群は、その全てが立派なブレストプレートを着用して背中にはコンポジットボウを背負っており、左手には紋章の入った大盾を持ち、右手にはそれぞれ種類の異なる武器を所持していた。そしてスケルトンの武具からは魔法の力を感じさせる輝きが見られた。

 

「こ、これは……!?」

 

「おー……」

 

「………」

 

 突然の予想を大きく上回る敵の出現にパルパトラ達、緑葉のメンバーが絶句する。ただクレマンティーヌとスパイダーの毒牙の二人は特に驚いた様子を見せなかったが、それに気づいた者はいなかった。

 

「皆さんのお相手はこの者達がします。皆さんにはこれの他にまだ試していただきたい防衛システムがありますので、プレアデス一同皆さんの健闘を期待しております。……では始めてください」

 

 ユリの言葉にスケルトンの大群は一斉に二組のワーカーチームに襲いかかる。

 

 今までこの地下墳墓に侵入したワーカー達は、霊廟の中で宝の山を発見したことで幸せな夢を見ていた。

 

 だが幸せな夢の時間はもう終わり、ここから先彼らワーカーが見るのは筆舌に尽くしがたい悪夢のみであった。



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蜘蛛の一番長い一日(2)

 地下墳墓の探索を開始したばかりの時、ワーカー達はここを宝の山だと言った。

 

 この仕事を引き受けて正解だった。この先には自分達が見たことのない財宝が眠っている。

 

 ワーカー達はそう言って地下墳墓の中を進みながら期待を膨らませた。

 

 ……しかしそれは間違いであった。

 

 地下墳墓の探索を開始してしばらくした後、ワーカー達はここを地獄だと言った。

 

 この仕事を引き受けたのは失敗だった。この先には自分達が見たことのない強力なモンスターが棲んでいる。

 

 ワーカー達はそう言って地下墳墓の中に入ってしまったことを悔やみ、絶望した。

 

 ……だが、今更悔やんで絶望しても遅い。

 

 この地下墳墓、ナザリック地下大墳墓に棲まう異形の者達はここに足を踏み入れた盗賊達を決して許さず、一切の慈悲も与えずに盗賊達の命を狩っていった。

 

 

 

「こんなの嫌だ! おぼぉおあああ! 生きて帰るんだぁああ!」

 

「……頑張りますね。では眷族の数を増やすとしましょう」

 

「っ!? や、やめ……ああぁああ……!」

 

 グリンガムが率いるワーカーチーム、ヘビーマッシャーはトラップで転移させられたどこかの部屋で、大量の黒くておぞましい害虫の生きたまま喰われて息絶えた。

 

 

 

「〈斬撃〉! でござる!」

 

「……え? ……あっ! うで、うでがぁぁああ!」

 

「よし! 成功でござる! 武技が使えたでござる! これで殿に褒めてもらえるでござるよ!」

 

「ひっ!」

 

「ありがとうでござるよ! 苦しめるのは趣味ではないので、これで終わりにするでござる」

 

「け、けものの、獣の、ネズミの分際でよくも……よくもぉ……!」

 

「ネズミではないでござる。殿はそれがしのことをジャンガリアンハムスターと呼んでいたでござるよ。……ではいくでござるよ?」

 

「ひぃい……! あがっ!」

 

 ワーカーチーム、天武を率いるエルヤーは人語を介する巨大な獣の練習相手……いや、この場合は実験台にされて腕を切断された後に頭部を砕かれて呆気なく死亡した。

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓に侵入した三組のワーカーチームのうちの二組はこうして壊滅した。

 

 そしてその頃、最後に残ったワーカーチーム、フォーサイトは探索中に突然、見知らぬ場所に迷いこむという正体不明の事態に巻き込まれていた。

 

「何だ? ここは一体どこだ?」

 

「わ、分からないわ」

 

「先程、床が光ったような気がしたのですが……もしやそれが原因でしょうか?」

 

 周囲を警戒しながら通路を歩いていたヘッケランは突然景色が変わったことに戸惑いの声を上げ、イミーナとロバーデイクも訳が分からないとばかりに首を振る。そして次に三人は、自分達の中で一番多くの知識を持つアルシェにと視線を向けた。

 

「……恐らく私達は転移の魔法を発動させる罠に引っかかって、この場所に転移させられたんだと思う。……でも、複数の人間を別の場所に転移させる魔法なんて第六位階以上の魔法」

 

『………』

 

 仲間達の視線を受けてアルシェが自分の予測を言い、それを聞いたヘッケラン達三人が思わず息をのむ。彼女の予測が正しければ、この地下墳墓には少なくとも一体は第六位階以上の魔法を使いこなす怪物が潜んでいることになり、それを聞いて緊張するなと言う方が無理な相談である。

 

 そして自分達に起こった事態の重大さに気づいてフォーサイトの四人の緊張が高まった時、彼らの背後に二人の人影が現れる。

 

「……ッ! 誰だ!?」

 

「お前達は……フォーサイトか?」

 

「あっれー? こーんな所で何しているのー?」

 

 突然現れた気配にヘッケランが腰の剣に手をかけながら振り向くと、そこにいたのは自分達と一緒にこの仕事を引き受けたワーカーチーム、毒牙のスパイダーとクレマンティーヌだった。

 

「スパイダーとクレマンティーヌ? い、いや、俺達は通路を歩いているといつの間にかここに転移させられたんだが……。それよりお前達こそどうしてここにいるんだ? お前達は緑葉と一緒に地上にいたんじゃないのか?」

 

「あー、それなんだけどねー。地上でお留守番しているとさー、そこで百体を超えるスケルトン達にー、襲われちゃったの。しかもー、そのスケルトンがただのスケルトンじゃなくてー、すっごく強い上に魔法の武器や鎧で武装しててもやんなっちゃう」

 

「それで何とかスケルトン達から逃げだせたのはいいんだが、その時に多分敵の転移の魔法を受けてここに跳ばされたんだ」

 

 ヘッケランの質問にクレマンティーヌとスパイダーが答え、フォーサイトの四人は毒牙の二人の言葉に「地上にもモンスターが……」と呟き顔を青くした。

 

「つまり貴方達も私達と同じってわけね」

 

「ちょっと待ってください。緑葉の皆さんはどうなったのですか?」

 

 イミーナが考えるように呟き、ロバーデイクがもう一組の地上にいたワーカーチームの安否を聞く。だがその質問に毒牙の二人は揃って首を横に振った。それだけで緑葉のメンバー達がどうなったかが分かり、アルシェが「……そうなんだ」と悲しげに呟いた。

 

「……まあ、何だ? お先真っ暗な状況だけどここまできたら開き直って前に進むしかないんじゃねぇの? 他の奴らには気の毒だと思うがせめて俺達だけでも生き残ろうぜ」

 

 アルシェの頭に手を置いたヘッケランが場の空気を変えるためにワザとおどけた口調で話す。そんなリーダーの言葉にフォーサイトのメンバーとは賛成し、通路の先へと進む。その四人の背中を見ながらスパイダーは、誰にも聞こえない小声で呟く。

 

 

「……これも何かの縁ってヤツかもな。……仕方がないな」

 

 

 そう言うとスパイダーは誰にも気付かれないように数匹の小さな蜘蛛を呼び出す。それは小さいながらも強力な毒を持つ毒蜘蛛であった。

 

 ☆

 

 通路をしばらく進むとやがて開けた場所にと出た。そこは帝都にある闘技場の舞台によく似た場所であった。

 

 闘技場の観客席には無数のモンスター達が観客のように座っている。モンスター達は種族も外見もバラバラであるが、どれも外のモンスターとは比べ物にならない強者の雰囲気を纏っていた。

 

 特に観客席の上にある貴賓席から姿を見せている者達。どこかの貴族の令嬢のような漆黒のドレスを着た幼い少女の吸血鬼にライトブルーの甲冑を纏ったような外見の昆虫人、碧と翠のオッドアイが特徴的な双子のダークエルフの子供達、そして三つ揃いのスーツを着て丸眼鏡をかけた一見人間のように見える悪魔。彼らからは観客席のモンスター以上の強者の雰囲気が感じられた。

 

 観客席と貴賓席の異形種達は皆、闘技場の舞台の選手が入ってくる入り口を見つめていた。やがて入り口が開いて舞台に人影が出てくるのを見ると双子のダークエルフの片割れ、動きやすそうな男の子の格好をしたダークエルフの子供が何のためらいも無く貴賓席から飛び降りた。

 

 普通から見ればこのダークエルフの子供の行動は自殺にしか見えないだろう。しかしダークエルフの子供は軽やかに闘技場の舞台に着地すると闘技場にいる全ての者達に聞こえるように声を上げる。

 

「挑戦者が入ってきましたぁああ! 挑戦者はナザリック地下大墳墓に侵入した命知らずの愚か者四人……って、あれ?」

 

 明るい声でアナウンスをしていたダークエルフの子供であったが、闘技場の舞台に現れた人物を見て困惑の表情を浮かべる。

 

 闘技場の舞台に現れたのはスパイダーとクレマンティーヌの「二人」だけであった。

 

 これはダークエルフの子供にとって、いや、この闘技場にいるモンスター達全てにとっても予想外な出来事である。予定であればここにやってくる挑戦者は「四人」のはずであるのに何故二人しか現れないのか、そんな疑問がモンスター達の脳裏に浮かぶ。

 

「……二人だけ? 四人じゃないの? 残りの二人は……もしかして逃げちゃった?」

 

 ダークエルフの子供がスパイダーとクレマンティーヌに訊ねる。二人は「四人」という単語に一瞬眉をひそめるがすぐに納得した表情となる。

 

「四人ってことは多分フォーサイトのことだろうな」

 

「あの人だったらー、今『寝ている』からさー、私達が代わりに出てきたのー」

 

 スパイダーとクレマンティーヌがダークエルフの子供の質問に答え、ダークエルフの子供がそれを聞いて怪訝な顔となる。

 

「四人の代わり? それじゃあ貴方達は全く別の人達ってこと? そんなの予定にないよ」

 

「そうだな。これは私にとっても完全に予想外だ」

 

 困惑するダークエルフの子供の声に、スパイダー達が入ってきた入り口の反対側にある、もう一つの選手の入り口から聞こえてくる声が答える。

 

 声の主は漆黒のローブを身に纏い、手に禍々しくも美しい黄金の杖を持った骸骨の魔法使いであった。

 

 アンデッドモンスターには「エルダーリッチ」という理性を保って強力な魔法を使いこなすという存在がいるが、あの骸骨の魔法使いはそれよりも遥かに上をゆく強大な怪物であるのが一目見た瞬間に本能で理解できた。

 

 いつもどんな時でも笑みを浮かべているクレマンティーヌは骸骨の魔法使いを見た瞬間にその笑みを強張らせ、スパイダーも驚いているのか目を大きく見開いて骸骨の魔法使いを凝視していた。

 

「アインズ様!」

 

「……アインズ?」

 

 骸骨の魔法使いが後ろに、背中に翼を生やして純白のドレスを着た美女を引き連れて闘技場の舞台に現れると、ダークエルフの子供が骸骨の魔法使いの名前を呼び、それを聞いたスパイダーが怪訝な顔となる。

 

「いかにも。我こそがこのナザリック地下大墳墓の支配者アインズ・ウール・ゴウンである」

 

「アインズ・ウール・ゴウン、ねぇ……」

 

 スパイダーの呟きが聞こえたらしく骸骨の魔法使い、アインズは名乗りを上げ、何故か苦笑を浮かべているワーカーの男とその相方に視線を向ける。

 

「それでお前達は確か、地上をうろついていたネズミだったな。お前達をここに招いてはいないはずなのだが……一体どうやってここまで来れた? お前達は何者だ?」

 

 骸骨の魔法使いの疑問はここにいる全てのモンスター達が懐く疑問だった。

 

 この闘技場は空を見上げると夜空が見えて一見地上にあるように思われるが、実際にはナザリック地下大墳墓の地下第六階層にある、この世界の人間では決して到達出来ない深淵である。それなのにスパイダーとクレマンティーヌの二人は、この場に現れたのだ。これはナザリック地下大墳墓の者達にとって無視できる問題ではなかった。

 

「俺が何者か、ね。別に答えてもいいけど、その前に俺の質問にも答えてくれないか?」

 

「質問だと? ……何だ?」

 

 この遺跡、ナザリック地下大墳墓の支配者を名乗る骸骨の魔法使いに聞かれ、スパイダーは口元を歪めてゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン。それは俺達のギルド名だろ? 何故それを貴方が名乗っているんだ? ……『モモンガ』さん?」




この台詞をアインズ様に言いたくてこの小説を書いた。
目標達成!


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蜘蛛の一番長い一日(3)

「アインズ・ウール・ゴウン。それは俺達のギルド名だろ? 何故それを貴方が名乗っているんだ? ……『モモンガ』さん?」

 

 この言葉がスパイダーの口から出た瞬間、闘技場の時が止まった。

 

 観客席から自分達の主であるアインズに声援を送っていたモンスター達は皆、凍りついたように固まった。

 

 貴族の令嬢のような漆黒のドレスを着た幼い少女の吸血鬼は貴賓席のテラスから大きく身を乗り出して闘技場の舞台を凝視する。

 

 ライトブルーの甲冑を纏ったような外見の昆虫人は雷に打たれたかのように全身を震わせて口元の牙をガチガチと鳴らす。

 

 双子のダークエルフの子供達のうち舞台に降りた少年の姿をしたダークエルフは目と口を大きく開けて固まり、貴賓席に残った少女の姿をしたダークエルフは驚きのあまり両手で持っていた杖を落とした。

 

 三つ揃いのスーツを着て丸眼鏡をかけた一見人間のように見える悪魔は丸眼鏡の奥にある目蓋を限界まで開き、眼球の代わりに埋め込まれている金剛石の目を見せた。

 

 アインズと共に闘技場の舞台に入ってきた背中に翼を生やして純白のドレスを着た美女は顔を青くしてスパイダーの顔を凝視した。

 

 そしてこのナザリック地下大墳墓の支配者である骸骨の魔法使い、アインズは……。

 

「そ、そんなまさか……。だが、しかし……」

 

 と、消え入りそうな声で呟きながらその体を震わせて、やがて全身が淡い緑色の光に包まれる。アインズは感情が一定以上高まった時、強制的に精神を沈静化されて、この淡い緑色の光はその際に放たれるものであった。

 

 スパイダーは突然体を光らせたアインズを首を傾げながら見ていたが、突如ある事を思い出すと気まずい表情となり骸骨の魔法使いに向けて頭を下げる。

 

「そういえばモモンガさん。ユグドラシルのサービス終了日、『絶対に行きます』って言っておきながらナザリックに来れなくてすみませんでした。……それで終了日、誰かログインしてました?」

 

「……………!?」

 

 スパイダーの言葉にアインズは再び感情を高ぶらせ、全身から淡い緑色の光を放つ。

 

 ユグドラシルのサービス終了日。ログイン。そして「絶対に行きます」という言葉。

 

 もはや間違いない。ここにいる男、スパイダーはユグドラシルのプレイヤーであり、自分と同じギルド「アインズ・ウール・ゴウン」のメンバーであるとアインズは確信した。そしてスパイダーの本当の名前は……。

 

「く、クモエルさん、ですか……?」

 

「ええ、そうですよ」

 

 震える声で言うアインズにスパイダーが親しい友人を見る優しげな笑みを向けて頷くと、スパイダーの足元から黒い風が巻き起こり彼の体を包み込む。

 

 黒い風はすぐにかき消えたが、風が消えた後に姿を現したのは人間のワーカーのスパイダーではなく、人間とはかけ離れた姿をした異形の存在であった。

 

 牛の頭蓋骨のように見える乳白色の頭部。

 

 二メートルを超える細身に無数の装甲を身体の線に沿って貼り付けたような濃紺色の体。

 

 背中に「×」の形になるように生えている四本の爪に、腰に尻尾のように生えた細長い蜘蛛の腹部。

 

 その禍々しい悪魔のような姿は間違いなくアインズの、モモンガの友人のものであった。

 

 アインズ・ウール・ゴウンというギルドが結成されるずっと前、モモンガがユグドラシルを始めたばかりの時に初めてできた仲間。

 

 ギルドが結成されてから長い時が経過して、やがて一人、また一人とギルドメンバーが去っていく中で最後までモモンガと一緒にアインズ・ウール・ゴウンに残ってくれた仲間。

 

 だがユグドラシルのサービス終了日にはナザリック地下大墳墓に姿を現さず、モモンガに深い落胆をもたらしたクモエルが……ここにいた。

 

「…………………………お、お帰りなさい。クモエルさん」

 

 モモンガは長い沈黙の後、震える声でクモエルに言う。もし骸骨の体ではなく生身の体であったならば、今頃は涙を流していたであろう。

 

 気がつけば闘技場にいた全ての異形の者達が、主の代わりのように涙を流していた。

 

「はい。ただいま、です。モモンガさん」

 

 それに対してクモエルは先程のスパイダーの姿であれば笑顔を浮かべていたであろう優しい声で返事をする。

 

 こうしてナザリック地下大墳墓に至高の四十一人の一人が帰還した。

 

「「「ーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」

 

 クモエルがモモンガに返事をした次の瞬間、闘技場のいたるところから異形の者達の歓声が爆発し、ナザリック地下大墳墓第六階層が震えた。

 




主人公のクモエルの設定も投稿しました。よかったら読んでみてください。


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日記18

これは日記17にある四十日目の日記の続きです。


【四十日目】

 

 今日は色々なことがあって驚き疲れた。

 

 間違いなく今日はクモエルとなってこの異世界に来てから一番長い一日だと思う。

 

 まず調査を依頼された地下墳墓なのだが、それがなんと俺がユグドラシル時代に所属していたギルド「アインズ・ウール・ゴウン」の本拠地である「ナザリック地下大墳墓」だったのだ。

 

 ナザリック地下大墳墓を見たときは正直「何で?」と思った。ナザリック地下大墳墓があったのは毒の沼地だったはずなのに、どうしてこんな草原にあるの?

 

 あまりに予想外の出来事に混乱しているうちにナザリック地下大墳墓の探索が始まったのだが、俺はワーカーの連中が我が物顔でナザリック地下大墳墓を歩き回り、更にはあまり価値がないクズアイテムとはいえ大墳墓に置かれてある品を漁っている姿に苛立ちを禁じ得なかった。本当、ここでワーカー達を殴りかからなかった自分を褒めてやりたい気分だった。

 

 とにかく、ここがナザリック地下大墳墓であるなら俺が持っている転移アイテム「リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」でモモンガさん達の所に行けるはずだ。

 

 そう考えた俺は、ワーカー達がナザリック地下大墳墓の内部へ探索するチームと地上の警戒をするチームに別れるとき、迷わず地上の警戒をするチームに立候補した。これで他のチームが大墳墓の内部へ行けばリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使えると思ったのだが、俺達以外にも緑葉のチームも地上の警戒をするチームに立候補しやがった。

 

 緑葉のチーム邪魔だなー、と思っていると玉座の間を守っているはずの戦闘メイド「プレアデス」の五人が現れて、彼女達は防衛用の強化スケルトンの群れを呼び出すと俺とクレマンティーヌ、そして緑葉のチームに襲わせてきた。

 

 自分の本拠地のNPC達に外敵扱いされるのは少なからずショックであったが、それでもこれはチャンスだと考えた俺は、緑葉のチームがスケルトンの群れに殺されるのを見届けた後でリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使ってナザリック地下大墳墓の内部へ転移した。

 

 最初俺は自分の部屋がある第九階層に転移するつもりだったのだが、何かの手違いで第六階層にある闘技場の通路に転移してしまった。そしてそこには偶然にも転移の罠に引っかかってここに跳ばされてしまったと思われるフォーサイトの四人の姿が。本当に俺ってばこの人達とのエンカウント率高いよな? このような場面でも偶然出会うっていうのはもう何かの縁があるってことだろうか?

 

 ……仕方がないな。本音で言えば他のワーカーチームと同じようにナザリック地下大墳墓を荒らされたのは腹が立つが、全く知らない仲でもないし命だけは助けてやるとしよう。

 

 そう考えた俺はムシツカイのスキルで呼び出した小型の毒蜘蛛を使ってフォーサイトの四人を仮死状態にすると、通路の隅に寝かせて今度はそれなりに強い蜘蛛系のモンスターを呼んで護衛させた。

 

 フォーサイトを「寝かせた」後、クレマンティーヌと一緒に闘技場を舞台に出ると、第六階層の守護者の一人であるアウラが現れてアナウンスをしてその直後に「彼」が闘技場の舞台にやって来た。

 

 モモンガさん。

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターで、俺がユグドラシルを始めた頃から一緒に冒険をしてきた友人。

 

 モモンガさんが闘技場の舞台に現れた瞬間、俺は思わず泣いてしまいそうになったが、そのすぐ後に彼の後ろにアルベドを引き連れてやってくる姿に驚いた。

 

 何あの人? 何かモモンガさんの姿から「絶対支配者、光☆臨」という感じのオーラを感じるんだけど?

 

 前々から魔王系ロールプレイが似合う人だとは思っていたけど、今のモモンガさんってばガチで「魔王」じゃないか? 一体あの人に何があったの?

 

 そんな風に思っているとモモンガさんってば自分のことを「アインズ・ウール・ゴウンである」なんて言い出して、俺が「それ、俺達のギルド名でしょ? 何を言ってるんですかモモンガさん?」ってツッコミを入れたらメチャクチャ驚かれた。体から緑色の光を放って驚く彼の姿はこちらの方が驚くくらいだった。

 

 スゲーな。アンデッドってあんな風に驚くんだ。

 

 その後、俺が人間のスパイダーの姿から本来の姿であるギュウキのクモエルの姿に戻ると、モモンガさんが「お帰りなさい」と言ってくれたのでこちらも「はい。ただいま、です」と返した。

 

 うん。ここに至って俺は実感した。

 

 俺はやっと自分の場所に帰ってこれた。大切な友人と、仲間達の思いの結晶がいるこのナザリック地下大墳墓に帰ってこれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と、俺とモモンガさんが感傷に浸っていると、次の瞬間に怒涛の展開が俺達に押し寄せてきた。

 

 まず観客席にいるモンスター達が爆発するような歓声を上げて闘技場、というか第六階層が震えた。

 

 次に闘技場の貴賓席にいたシャルティア、コキュートス、マーレ、デミウルゴスがまるで隕石のような勢いで闘技場の舞台に飛び降りてきて、完璧すぎる姿勢で跪いてきた。そして大量の涙を流す階層守護者達に「今までどこで何をしていたのか」と聞かれ、ユグドラシルのサービス終了日にナザリック地下大墳墓とは違う場所に飛ばされてそれからは当てもなく旅をしていたことを話すとまた大泣きされた。

 

 大泣きする階層守護者達をどうしようかなと考えていると、俺の前にセバスが何やら死刑の執行を直前にした死刑囚のような表情のプレアデスの五人を引き連れて現れ、地上で俺とクレマンティーヌにスケルトンの群れをけしかけた事を謝罪してきた。俺は別に気にしてはいなかったが、ほっとくとプレアデスの五人は今すぐに自害してしまいそうな雰囲気で、これの説得には大変苦労した。

 

 なんとかセバスとプレアデス達の説得に成功すると、モモンガさんが空気を読んで今まで黙ってくれていたクレマンティーヌを指差して一体誰なんだと聞いてきたので、この世界で仲間にした俺の眷族だと正直に答えたら階層守護者達が物凄い顔でクレマンティーヌを見て、彼女の口から「ひっ!?」という悲鳴が漏れたのを聞いた。それからアルベドとデミウルゴスに彼女を眷族にした経緯を根掘り葉掘り聞かれた。

 

 そんなことをしている内に気がつけば何時間という時間が経っており、俺はセバス達に仮死状態にしたフォーサイトの回収を命じてからクレマンティーヌと一緒に第九階層にある自室に戻ると、今日の日記を書いてすぐに眠ることにした。

 

 睡魔はすぐにやってきたが、それは懐かしい自室に戻ってきたという安心感によるもので、決してナザリックの面々の対応に疲れたわけではないと思いたい。



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日記19

【四十一日目】

 

 ようやく懐かしのギルド本拠地、ナザリック地下大墳墓に帰ってこれた次の日。モモンガさんの部屋にクレマンティーヌを連れて挨拶に行くと、見た目骸骨のギルド長に「昨日はお楽しみでしたね」と爽やかな顔(骸骨なので表情は分からないが雰囲気で分かった)でどこぞのRPGの宿屋の主人みたいなことを言われた。

 

 イラッときたのでモモンガさんに俺の持つ即死攻撃の中で特に強力な即死攻撃「霊魂強奪」を発動させようとしたら「ごめんなさい! 一回言ってみたかったんです! クモエルさんの即死攻撃はアンデッドの俺にも有効なので止めてください!」と頭を下げて謝ってきた。まったく、謝るくらいなら最初から言うなっての。

 

 俺はユグドラシル時代に得た隠し職業「オールキラー」から「万物を殺す才覚」というパッシブスキルを修得している。これはアンデッドモンスターやボスモンスター等が持つ「即死無効」のスキルをキャンセルして即死攻撃が通用するようにするスキルなのである。ちなみに「霊魂強奪」は万物を殺す才覚を持った状態でしか修得できないアンデットモンスター限定の即死攻撃である。

 

 モモンガさんが俺に頭を下げて謝ったのもこれらのスキルの恐ろしさをよく知っているからだった。

 

 それにしても本当に失礼だよなこの人は?

 

 確かに俺は今までずっとクレマンティーヌと二人っきりで旅をしてきたし、宿屋に泊まるときは何度も同じ部屋で過ごしたけど、一度も手を出したことはないぞ?

 

 昨日だって部屋のベッドはクレマンティーヌ一人に使わせて俺は部屋のソファーで寝ていたし、彼女を自室に連れていったのもシャルティアやデミウルゴス……そして特にアルベドの見る目が何故か殺気だっていたから、彼女の安全を確保するためなんだからな? というかここの奴らって人間に対してかなり険悪じゃない?

 

 そう言うとモモンガさんは「ああ……。クモエルさんもそう思いますか」とため息をついた。どうやらこの人、このことでかなり苦労しているようだな。

 

 まあ確かにアインズ・ウール・ゴウンは元々、プレイヤーもNPCも異形種ばかりで人間種のプレイヤーを対象にしたPKもよくやっていたギルドだからな。人間にいい感情を持っていなくても当然か。

 

 ……そういえば昨日、何でモモンガさんは自分のことを「アインズ・ウール・ゴウン」って言っていたんだ?

 

 気になって聞いてみるとモモンガさんは、この世界に転移してから今までのことを話してくれた。

 

 まずモモンガさんは、恐らくは俺とほとんど同じ時にこの世界にナザリック地下大墳墓と一緒に転移してきたそうだ。……モモンガさんは皆と一緒で俺だけはボッチって、この違いはなんだよ?

 

 次にモモンガさんは転移してすぐにGMコールやメッセージ等を行い、運営や仲間達に連絡をとろうとしたが全く連絡は繋がらず、この世界で生き抜くために単独で情報を集めることを決めたらしい。……そういえばこの世界に初めて来た日、寝ていると耳元で変な音がした気がしたが、もしかしてあれがメッセージの呼び出し音だったのか?

 

 そしてナザリック地下大墳墓の周辺を調べていたモモンガさんは偶然カルネ村っていう村が正体不明の集団に襲われているのを発見。この世界の戦力調査も兼ねて正体不明の集団と戦ってカルネ村を救い、その時に名を尋ねられた時に「アインズ・ウール・ゴウン」と名乗ったそうだ。……カルネ村? 俺が最初に転移した場所の近くにあった村もそんな名前じゃなかったか?

 

 ………。

 

 ………………。

 

 ………………………。

 

 あれ? もしかして俺ってばもう少し考えて行動していればもっと早くにモモンガさん達と合流できていた?

 

 ま、まあ、それはともかくモモンガさんがアインズ・ウール・ゴウンの名前を名乗ったのは、自身が有名になってこの名を世界中に轟かせることで、俺やモモンガさんのようにもしかしたらこの世界に転移しているかもしれないアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに自分達の存在を知らせるためらしい。

 

 なるほど。確かにこの世界には来た時期は違ったがユグドラシルのギルド、六大神や八欲王も来ていたみたいだし、可能性は低いかもしれないがアインズ・ウール・ゴウンのメンバーも来ているのかもしれない。だったらモモンガさんがギルド名を名乗ったのもいい判断だと思う。

 

 うん。そういう事だったらモモンガさんにはこれからもアインズ・ウール・ゴウンの名前でいてもらおう。

 

 そう言うとモモンガさん……いや、アインズさんは「え!? いいんですか?」と驚いたが、アインズ・ウール・ゴウンの名前を背負うことができるのは今までナザリック地下大墳墓に残り、守り続けてくれた彼だけだと思う。俺も一応ナザリック地下大墳墓に残ってはいたが、俺は彼の手伝いをしてきただけなので、とてもじゃないがそんな資格はないだろう。

 

 そして更に話を聞いて知ったのだが、なんと先日出会ったアダマンタイト級の冒険者「モモン」はアインズさんの、「ナーベ」はプレアデスの一人であるナーベラルの変装だったらしい。なんでもこの世界の情報と金を集める(あとついでに息ぬき)をするために冒険者になったのだとか。……全然気づかなかった。

 

 あと、ナーベラル・ガンマ、ゴメン。俺、君のことを忘れていただけでなく「エロゲーのヒロイン」みたいと思っちゃったよ……。



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日記20

【四十二日目】

 

 朝、アインズさんの部屋に行くと地上にいる冒険者達がエ・ランテルに帰還したという報告を受けた。

 

 昨日と二日前は色々と騒がしくて少し忘れがちだったが、元々俺達はこのナザリック地下大墳墓の調査をするという仕事でここに来ていたのだ。

 

 そしてこの仕事では、一日以上外で待機している冒険者と連絡が取ることができなかった場合、冒険者達は俺達ワーカーチームが全滅したと判断して帰還するという契約になっている。薄情かもしれないが、この場合は「ここは危険な遺跡である」という情報を持ち帰る方が重要であるので仕方がないだろう。

 

 ちなみに現在エ・ランテルに帰還している「モモン」はここにいるアインズさん本人ではなく、彼が作り出したNPC「パンドラズ・アクター」の変身である。

 

 パンドラズ・アクターは多彩な変身能力を持つ種族「上位二重の影」で、俺やアインズさんを始めとする四十一人のギルドメンバー全員の姿に変身でき、更にはその能力の八割を使用できる実に優秀なNPCだ。

 

 しかしパンドラズは、ユグドラシル時代にアインズさんが「カッコいい」と思って設定した通りの芝居がかった言動をとるため、今ではアインズさんの知られたくない黒歴史が実体化したような存在となっていた。だからこそパンドラズはナザリック地下大墳墓の最奥にある宝物庫に封印……もとい、番人を任されていたはずだ。

 

 よくパンドラズを外に出す決心をしましたね、と言うとアインズさんは「確かにアレを外に出すと精神が大きく削られる気がしますが、それでも便利な奴なんですよ。アレは……」と疲れた声で答える。パンドラズを「アレ」呼ばわりとはそんなに彼を外に出すのが嫌だったのか?

 

 それはともかく明日にはパンドラズもナーベラルもエ・ランテルに着いて、その後で転移魔法を使ってナザリック地下大墳墓に帰還する予定なので、アインズさんはその時に俺の帰還を祝うパーティーをしようと言ってくれた。

 

 俺の帰還をナザリック地下大墳墓の皆が祝ってくれる。それはとてもありがたいと思ったが、俺はアインズさんがため息混じりにもらした「まあ……。食べ物も酒もダメなんですけどね……」という言葉が気になった。

 

 ああ、そういえばアインズさんって全身骸骨だから食べ物を食べたり酒を飲んだりしたらすぐ出てしまうのか。

 

 でもせっかくのパーティーだというのに、アインズさんだけ何も食べれないというのは可哀想だ。なんとかできないかと考えていた俺は自分の持つあるアイテムのことを思い出す。

 

 早速自室に戻りアイテムボックスを探して見つけたのは中央に小さなジャック・オ・ランタンの装飾がされている首飾り。

 

 この首飾りの名前は「生者を騙る死者の首飾り」。

 

 何年か前のハロウィン限定の課金ガチャで手に入れた神器アイテムで、これを装備している間は常に人間の姿でいられるという異形種プレイヤーにしか使い道のないアイテムだが、今のアインズさんにとってはとても価値があるものだろう。

 

 

 

【四十三日目】

 

 夕方頃にパンドラズとナーベラルがナザリック地下大墳墓に戻り、俺の帰還を祝うパーティーが開催された。

 

 パーティー会場に俺が姿を表すとNPC達……いや、シモベ達が感動したような声をあげてくれたが、次に人間の姿に変身したアインズさんが姿を表すとシモベ達は驚きの声をあげた。

 

 アインズさんが昨日俺が渡したアイテム、生者を騙る死者の首飾りの力で人間に変身したことを説明すると、アルベドとシャルティアとデミウルゴスとコキュートスが「これでお世継ぎが……」とか「子作りを……」とか何やらヒソヒソと話始めた。

 

 何を話しているのか少し気になったが、俺の第六感が「この話は下手に関わると俺にまで飛び火する」と強い警告を出していたのでスルーすることにした。……よく分からないけど何だかごめん、アインズさん。

 

 気がつけば俺は何故か心の中でアインズさんに謝罪していた。

 

 それを除けばパーティーは非常に盛り上がって、こんなに楽しい一日は久しぶりだった。

 

 ……ただ、パーティーの途中でアルベドがクレマンティーヌを連れて会場から抜け出していたが、二人で一体何を話していたのだろう?




アルベドとクレマンティーヌの会話は次回書く予定です。


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眷属と守護者統括の会話

 ナザリック地下大墳墓第九階層。

 

 通称「ロイヤルスイート」。

 

 そこはアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー全員の部屋の他に大浴場、バー、ラウンジ、雑貨店、ブティック、ネイルアートショップ等の様々な設備が存在するギルドメンバーのリビングスペースであった。

 

 ナザリック地下大墳墓に住まう異形の者達にとって「神」と言っても過言ではないアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、至高の四十一人が憩いの場として使用していたこの階層は、各施設から通路に至るまで正に神々の住まう場所に相応しい荘厳華麗な輝きに満ちていた。

 

 そしてその第九階層の通路に二人の女性の姿があった。

 

 一人は純白のドレスを身に纏い背中に黒の翼を生やした女性。ナザリック地下大墳墓守護者統括アルベド。

 

 もう一人は下着のような服の上に軽装の鎧を身に纏い、更にその上にマントを羽織っている女性。先日このナザリック地下大墳墓に帰還した至高の四十一人の一人「クモエル」の眷属クレマンティーヌ。

 

 ナザリック地下大墳墓の者達のほとんどは第九階層にあるパーティー会場で黒の帰還を祝う宴に参加していて、今この場にはアルベドとクレマンティーヌの二人しかいなかった。

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………ねぇ」

 

 アルベドもクレマンティーヌも最初は無言のままであったが、やがて沈黙に耐えきれなくなったクレマンティーヌが口を開く。

 

「アルベド……様、でしたっけ? 私にどの様な御用なのでしょうか?」

 

 相手が自分より遥かに格上で、このナザリック地下大墳墓で上位の役職であることからアルベドに敬語で話しかけるクレマンティーヌであったが、ナザリック地下大墳墓の守護者統括はそれに対して首を小さく横に振る。

 

「別に敬語を使う必要はないわ。クモエル様の眷属である貴女は私達と同格の仲間なのだから、いつも通りの口調で話してくれて構わないわ」

 

「あー……、そうですか。それじゃー、そうさせてもらうけどさー。貴女、私のことを仲間って言うわりにはー、さっきから凄い殺気を出してるじゃない? それってどうしてー?」

 

 いつも通りの口調に戻ったクレマンティーヌは、アルベドが今にも襲いかかってきそうな冷たい殺気を自分に向けて放っている理由を聞く。

 

「私が貴女に殺気を放つ理由? それは貴女がよく分かっているんじゃない? ……正直に言えば私は、貴女がクモエル様の眷属でなければこの場で八つ裂きにしてやりたいくらい憎いわ」

 

 絶対零度の視線をクレマンティーヌに向けながら強い憎しみを込めて言うアルベド。その言葉は彼女の本心である。

 

 クレマンティーヌは元々人間で、この世界では「英雄」と呼ばれる力を持つ快楽殺人者だった。

 

 ある日クレマンティーヌは、エ・ランテルで人間に化けたクモエルと出会い、彼を殺そうとしたが逆に返り討ちに遭う。一撃で致命傷を負い、そのまま死ぬしかなった彼女は、クモエルのスキルの力で人間から「ゴズ」という種族に生まれ変わり彼の眷属となった。

 

 この話を当人であるクモエルから聞いた時は、アルベドだけでなく他の階層守護者達もクレマンティーヌに強い怒りと嫉妬の感情を覚えた。

 

 人間の、下等生物の分際でナザリック地下大墳墓の神である至高の四十一人の一人に無礼を働いただけでも万死に値するというのに、恩情で生存を許されただけでなく至高の四十一人に仕えるという名誉を授かった女、クレマンティーヌ。

 

 皆、言葉には出さないものの、ナザリック地下大墳墓の者達のほとんどはクレマンティーヌに複雑な感情を懐いていた。アルベドの言葉はそんな者達の気持ちを代表したものだった。

 

「貴女をここに呼んだのは一つ忠告をするためよ。クモエル様の眷属である貴女が失態を犯せばそれはクモエル様のお顔に泥を塗ることになる。もしそうなれば私直々に貴女を抹殺するわ。……言いたいことはそれだけよ」

 

 それだけを言うとアルベドは振り返りもせずその場を去ろうとする。その彼女の姿からクレマンティーヌは何か覚悟のようなものを感じて話しかける。

 

「何ー? 随分とスパイダーさ「クモエル様よ」……クモエル様のことを気にしているみたいだけど……もしかして貴女もクモエル様を狙っているの?」

 

「私はアインズ様一筋よ。……それに私にはクモエル様をお慕いする資格なんてないのよ」

 

 クレマンティーヌの問いかけにアルベドは足を止めて答えるが、最後の言葉は彼女本人しか聞こえない小さな声だった。

 

 至高の四十一人の一人、クモエル。

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者であるアインズがまだ「モモンガ」と名乗っていた頃からの仲間であり、彼と最も付き合いが長い友人。

 

 他の至高の四十一人が一人、また一人とナザリック地下大墳墓を去っていく中でアインズと共にナザリック地下大墳墓に残ってくれた慈悲深き神の一人。

 

 そう思っていたからこそアルベドはアインズと同じくらいクモエルのことを敬愛していたのだが、この世界に転移したあの日、クモエルはナザリック地下大墳墓に現れなかった。

 

 その時のアインズの落胆ぶりは酷く、アルベドは彼の姿を見て悲しむと同時に、クモエルが最後の最後で自分達を見捨てたと考えて「憎悪」というナザリック地下大墳墓の者が至高の四十一人に対して決して懐いてはならない感情を懐いたのだ。

 

 しかし、その考えは大きな間違いであった。

 

 クモエルはアインズを、ナザリック地下大墳墓の者達を決して見捨ててはいなかったのだ。

 

 何らかの事故により別の場所に転移させられたクモエルが長い放浪の末に先日、ナザリック地下大墳墓に帰還された姿を見たアルベドは、自分が全く見当違いな考えで敬愛すべき神に対して不敬な感情を懐いていたことを悟り、顔を青くした。

 

 もしここに過去の自分がいたら、肉の一片も残さずに滅ぼし尽くしてやりたいとアルベドは思う。

 

 アルベドは償いとしてクモエルにこれまで以上の忠誠を永遠に捧げることを一人心の中で硬く誓うと、まだ宴が続いているパーティー会場に戻っていき、クレマンティーヌはそんな彼女の後ろを少し離れて歩きながら心の中で呟く。

 

(うーん……。スパイダーさん、いや本当の名前はクモエルさんかー。どうやらここでの人望はシャレにならないくらい高いみたいだねー? この様子だとライバルも多そうだからー、これからは今まで以上に積極的になった方がいいかもねー)



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日記21+支配者とシモベ達の会話

【四十四日目】

 

 ……あ、ありのままに今起こった事を話すぜ。

 

 朝、自室で目を覚ますとソファーで眠っていた俺の体の上に、ベッドに入っていたはずのクレマンティーヌが眠っていた……! それも衣服を一切身につけていない裸でだ。

 

 寝ぼけていたとか、淫夢を見たとかそんなちゃちなものじゃない。もっと恐ろしい……。

 

 と、思わず馬鹿な事を考えてしまうくらいビックリする出来事が今日は朝からあった。

 

 何だか寝苦しいなと思って目を開けてみると全裸のクレマンティーヌの寝顔がドアップであって、突然の出来事に脳がフリーズしていると、目を覚ました彼女は「おはよー」といつも調子で挨拶をしてきた。

 

 ……え? 何で一緒に寝ていたの? 何で裸であれほど密着していて何でもないような顔をしているの?

 

 混乱する俺を余所にクレマンティーヌは自分の服を着るのだが、彼女は俺のすぐ側で着替えていて、その動きはとてもゆっくりとしたものだった。……まるで俺に見せつけるように。

 

 おかしい。

 

 今まで俺は何度も同じテントで野宿したり、同じ宿屋の部屋に泊まったりしたが、こんなエロゲーのようなイベントは一度も起きなかったぞ? 一体いつ俺はイベントのフラグを立てたというのだ?

 

 しかし実際にエロゲーのようなイベントが発生すると「彼女いない歴=人生」の俺は気が気でなく、なるべくクレマンティーヌを見ないようにして「昨日、アルベドと何を話した?」と必死にいつも通りの口調を保ちながら彼女に話しかけた。……ヘタレと言うなかれ。

 

 まあ、それはとにかく昨日アルベドがクレマンティーヌを呼び出した用件は、至高の四十一人……つまり俺の部下になった以上、無様な真似は許さない。もしそんなことをしたら守護者統括様直々に抹殺する、という非常にシンプルかつ物騒な忠告をする事だったらしい。

 

 アルベドってば本当に真面目だよな、と俺が思っているとクレマンティーヌはアルベドが忠告をした後での会話で「私はアインズ様一筋よ」と言っていたと教えてくれた。

 

 ……アレ? 確かナザリック地下大墳墓のNPC達の人格って、ユグドラシル時代の設定に準じているはずだよね?

 

 俺の記憶が間違っていなかったら、ユグドラシル時代に呼んだアルベドのバカ長い設定文には最後に「ちなみにビッチである」というあんまりすぎる一文が書かれていたはず。もしアルベドが設定通りの人格ならばそんな特定の人物、アインズさんだけを愛するようなことを言うのだろうか?

 

 少し気になったのでアインズさんに何か知っていないか聞いてみると、アインズさんは俺の質問に頭を抱えてしばらく悶えた後、懺悔でもするような声で説明をしてくれた。

 

 アインズさんの説明によるとアルベドの人格が少し設定と違う理由は彼にあるらしく、何でもユグドラシルのサービス終了日に彼女の設定文の「ちなみにビッチである」の部分を「モモンガを愛している」に変更したのだとか。

 

 説明を聞いて「何考えてんだ、このハゲ」と、思わず素で突っ込んだ俺は悪くないと思う。

 

 アインズさんは「はっ!? ハハハ、ハゲと違うわ!」と頭に手を当てて反論するがアンタ骸骨じゃん? 毛髪なんて一本も残っていないツルッパゲじゃん?

 

 それは置いといてアルベドの設定変更の件なんだが……俺はそれほど問題ではないと思う。

 

 と言うのもアルベドを設定したアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの一人、タブラさんはギャップ萌えの上にNTR属性を持つ方だったからだ。以前俺とペロロンチーノさんが好きなエロゲーヒロインの属性について話し合っていると、いつの間にかタブラさんが話の輪に入ってきてNTR属性について熱く語ったのは今となってはいい思い出である。

 

 そう言うとアインズさんは肩をガックリと落として「救われた気はしますけど、そういう話は聞きたくありませんでした……」とため息混じりに言葉を漏らした。……ですよねー。

 

 それからしばらくアインズさんと他愛のない雑談をしていると、突然この見た目骸骨のギルド長が「今日は各階層守護者達にクモエルさんのことをどう見ているか聞いてみようと思います」と言ってきた。……何で?

 

 理由を聞いてみると「NPC達が従っているのは完璧な支配者である至高の四十一人ですから、その期待が失望に変わると最悪反逆されるかもしれません。俺もNPC達が反逆するなんてこと考えたくもありませんが、万が一のために各階層守護者達がクモエルさんに対して懐いているイメージを知る必要があるんですよ」とアインズさんは言う。

 

 ……むぅ。正直あまり気が乗らないがアインズさんの言うことにも一理ある。ここは彼の言う通りにしておこう。

 

 アインズさんの提案に乗ることにした俺は、まず第六階層でクレマンティーヌに自主練を命じた後、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使わずに隠密スキルをいくつも発動させながら自分の足で第十階層にある玉座の間に向かった。

 

 玉座の間にはすでにアインズさんと各階層守護者(ガルガンチュアとヴィクティムは除く)、そしてセバスが集まっており、わざわざ第六階層から隠密スキルを使いながら来た甲斐もあって、玉座の間に俺が来たことはアインズさん以外誰も気づいていなかった。

 

 そしていよいよ例の質問タイム。

 

 ……さて、NPC達は一体俺のことをどの様に見ているのだろうな?

 

 ☆

 

「全員、よく集まってくれた」

 

 ナザリック地下大墳墓の第十階層にある玉座の間でアインズは、ここ場に集まったガルガンチュアとヴィクティムを除く各階層守護者五名、そして守護者統括のアルベドと執事のセバスに感謝の言葉を投げかけた。

 

「皆に集まってもらったのは一つ聞きたいことがあったからだ」

 

「聞きたいこと……ですか?」

 

 早速本題を切り出したアインズにアルベドが首を傾げてここにいる全員を代表して訊ねる。

 

「そうだ。以前、私達がこの世界に来たばかりの頃、私はお前達に『私はどの様な存在か?』と聞いたな? 今日はそれに似た質問をしたいと思う。先日このナザリック地下大墳墓に帰還した我が盟友クモエルさん。……お前達にとって彼はどの様な存在だ?」

 

『……………』

 

 アインズの質問に彼以外のここに集まった全員が沈黙し、頭の中で自分の意見を整理する。そして数秒が経ったところで骸骨の姿をした支配者が再び口を開く。

 

「まずはシャルティア」

 

「クモエル様はアインズ様とはまた別の死と恐怖の体現者。影に、虚空に溶け込んだクモエル様のお姿を見つけることは私達守護者でも不可能であり、彼の御方の暗殺の美技は例え神ですら逃れることはできません」

 

 最初に答えることになったのはナザリック地下大墳墓の地下第一階層から第三階層を守護する少女の姿をした吸血鬼の真祖シャルティア。

 

 クモエルはユグドラシル時代、主に第一階層から第三階層でナザリック地下大墳墓に侵入してきた敵プレイヤーを撃退していた為、シャルティアは彼の戦いを……正確には彼が敵を倒した後の姿を何度か目にしたことがあった。

 

 敵が侵入してきたという報告を受けて迎撃に出ても現場に着いた時には戦いは終わっており、現場でした事と言えば「すでにこと切れて地面に倒れ伏している敵の屍と、隠密スキルで姿を消していくクモエルの姿を見ることだけ」という体験を何度もした事があるシャルティアは、ここにいる守護者達の中で一番クモエルの実力、恐ろしさを知っていた。

 

 さらにシャルティアはずっと昔、このナザリック地下大墳墓に「六大神」と「八欲王」と名乗る集団が攻め込んで来た日の出来事を思い出す。

 

 六大神と八欲王は何を思ったのか第ニ階層で同士討ちを始めた時にワールドアイテムを使用して神と無限を思わせる数の悪魔の軍勢を呼び出したのだが、その時にクモエルはたった一人で呼び出された神と悪魔の軍勢を従える魔神を速やかに暗殺して見せて、それを見たシャルティアは確信する。

 

 至高の四十一人こそが自分達の上に立つ絶対の支配者であると。

 

 ここにいるアインズが絶大なる魔法の力で万物を滅ぼす死神だとすれば、クモエルは磨き抜かれた暗殺の技で万物を殺す悪魔であると。

 

 そんなシャルティアの答えに満足したアインズは他の者達にも問いかける。

 

「コキュートス」

 

「我々トハ種類ノ違ウ『力』ヲ収メ、更ニソノ上ヲ常に目指シ続ケル求道者ト呼ブベキ方カト。純粋ナ戦闘デハ恐レ多クモ我々ガ上デショウガ、クモエル様ガ我々ヨリ強者デアルノハ疑イヨウノナイ事実デス」

 

 二足歩行の昆虫の姿をした守護者のコキュートスは、武人らしく冷静に自分達とクモエルの戦闘能力を分析して発言をする。

 

「アウラ、マーレ」

 

「敵が現れたらまず最初にご自分が戦いにいく、とても勇敢で頼もしい方です」

 

「で、でも僕達シモベの事を大切に思ってくれているとても慈悲深い方だと思います」

 

 ダークエルフの双子の守護者は自分達の感じたクモエルのイメージを簡潔に話す。

 

「デミウルゴス」

 

「ナザリック地下大墳墓を影より守ってきてくださった偉大なる御方。これまでこのナザリック地下大墳墓は何度も敵に攻め込まれましたが、その度にクモエル様は敵の首領を単身で討ち取り、防衛時での彼の御方の功績は計り知れません。まさにナザリック地下大墳墓の影の守護神と呼ぶに相応しいかと」

 

 ナザリック地下大墳墓の防衛時の指揮官である人間の姿をした悪魔の守護者は、クモエルが今まで撃退してきた侵入者の数を正確に思い出しながら意見を言う。

 

「セバス」

 

「アインズ様と共に我らを見放さず見守ってくれた慈悲深き御方。そして先日このナザリック地下大墳墓にご帰還なされたお姿は、他の至高の方々もいずれは帰ってくださるのではないか、という希望を私達に与えてくれました」

 

 アインズの執事として仕えている初老の男は、クモエルの帰還がナザリック地下大墳墓の者達に大きな希望を与えてくれたと言った。

 

「アルベド」

 

「アインズ様と並び、私達ナザリック地下大墳墓の者達を統べるに相応しき絶対なる支配者。このアルベド、アインズ様とクモエル様に永遠の忠誠を捧げることをここに誓います」

 

 守護者達の統括である絶世の美女はクモエルのことをアインズと並ぶナザリック地下大墳墓の支配者であると言い、同時に鬼気迫るほどの真剣な表情で忠誠を誓った。

 

 玉座の間に集まった者達のクモエルに対する評価はこれ以上なく高く、また言った本人達の表情も真剣なもので一片の嘘がない事が分かる。

 

(…………………………え? 何、あの高評価? あいつら、マジだ……!)

 

 そしてそれを隠密スキルで姿を消した状態で聞いていたクモエルは、柱の影から顔を出す体勢で絶句していた。



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日記22

【四十五日目】

 

 昨日は本当に疲れた……。肉体的ではなく精神的に疲れて一日経った今でも疲れが続いている。

 

 疲れの原因は言うまでもなく、昨日アインズさんがアルベドとセバスに階層守護者達といったナザリック地下大墳墓の幹部を集めて一つの質問をしたことだ。

 

 アインズさんはアルベド達に俺がどの様な人物なのかと聞き、アルベド達はその質問に対して自分達なりに答えたのだが……それを隠密スキルで姿を隠しながら聞いていた俺は思わず頭を抱えた。

 

 アルベド達の意見をまとめると至高の四十一人の一人クモエル、つまり俺という人物は……。

 

『ナザリック地下大墳墓のトップであるアインズさんと同等の存在で、名実ともにナザリック地下大墳墓のNo.2』

 

『神業とも言える暗殺の技を修得していて純粋な戦闘能力では階層守護者達に劣るが、暗殺の技を駆使して戦えば階層守護者はおろか神(と設定されているモンスター)すらも倒すことができる暗殺の達人』

 

『味方にはとても優しいが敵には一切の情を見せず、敵が現れるとナザリック地下大墳墓を守るために常に先陣を切って敵を暗殺していく影の守護神』

 

 と、いうイメージらしいのだが……イッタイダレノコトダヨ?

 

 何だよその、どこぞのRPGだったら「終盤辺りで積極的に主人公達に戦いを挑んでくる中ボス」あるいは「隠しイベントに出てくるイベントボス」みたいな人物像は?

 

 アインズさんが言っていた「ナザリック地下大墳墓の皆が従っているのは完璧な支配者達『至高の四十一人』であって、それに相応しくない態度をとって失望されたら最悪反逆されるかもしれない。それを防ぐためにはナザリック地下大墳墓の皆が自分達に懐いているイメージ通りに行動するのが一番いい」という考えも理解できる。

 

 アインズさん自身もRPGのラスボスみたいな人物像で見られていて、それを必死にロールプレイしているのも知っている。

 

 だけど俺のキャラの方がアインズさんキャラよりも演じるのが難しくないか? ……何だかこれからのここでの生活が今から大変に思えてきた。

 

 とりあえず今日は現実逃……じゃなかった、気分転換も兼ねて第六階層でクレマンティーヌに模擬戦形式で稽古をつけることにした。

 

 基本的に辛そうな表情を浮かべながらもどこか楽しそうに剣を振るっているクレマンティーヌの姿は、気が重くなっていた俺の心を癒してくれた。そのせいか自然と教えるのに熱が入り、時には厳しく、だが褒めるところはしっかりと褒めて彼女に自分の暗殺者としての戦い方を教えていった。

 

 その様子をアウラとマーレ、そして何故かコキュートスが物凄く羨ましそうな目で見ていたのだが……見ていない事にした。

 

 

 

【四十六日目】

 

 クレマンティーヌと一緒にアインズさんの部屋に行って話をしていると、いきなりコキュートスがやって来て大量の紙の束を置いて行った。一体なんだろうとアインズさんとクレマンティーヌと一緒に紙の束を見てみると、それはコキュートスが考えたクレマンティーヌ用のトレーニングメニューであった。

 

 コキュートスは親切心でこのクレマンティーヌ用のトレーニングメニューを考えてくれたのだろうが何なんだよコレ? 紙の量だけでも広辞苑の三倍くらいあるし、書かれているトレーニングの内容は俺もアインズさんも思わず「え? 何コレ? 新手の拷問?」と呟くほどの超ハードだった。しかも驚いたことにこれは三日分のトレーニングメニューなんだとか。

 

 一応クレマンティーヌにやってみるかと聞いてみたが顔を真っ青にして高速で首を横に振った。まあ、それはそうだろうな。

 

 そんな事を考えているとセバスから以前、毒蜘蛛の毒で仮死状態にしたワーカー達、フォーサイトの四人に蘇生の予兆が見られると報告を受けた。

 

 そうか、あの四人が蘇生するのか。俺達が動く時も近いようだな。



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日記23

【四十七日目】

 

 セバスから蘇生する予兆が見られたと報告があったフォーサイトの四人だったが、いまだに仮死状態から戻らない。

 

 フォーサイトの四人が仮死状態になったのは俺が呼び出した毒蜘蛛の毒のせいなのだが、この毒ってそんなに強くないはずなんだけどな? ユグドラシル時代では相手のプレイヤーを三十秒くらい麻痺させる程度の筈なのに……。やっぱりこの世界の住人はユグドラシルのプレイヤーに比べてはるかに脆い存在のようだ。

 

 そんなことを考えているとアインズさんが「フォーサイトの四人が蘇ったらどうするつもりなんですか?」と聞いてきたので俺は正直に「出来ることなら助けたいです」と答えた。

 

 この世界に転移して異形の存在になってからは人間がどうなろうとも何とも思わなくなったのだが、それでも知り合ってそれなりに言葉を交わした人間には多少の情が湧いてくる。だからこそ俺はあの時、死地に向かうフォーサイトの四人を毒蜘蛛で仮死状態にすることで止めたのだ。

 

 俺の話を聞いたアインズさんはしばらく考えた後にフォーサイトを生かすことに賛成してくれて、彼らを生かすための理由を一緒に考えてくれた。そして俺が以前フォーサイトの四人と話をした時に、彼らの内の二人がタレントを持っていると聞いた事を話すとアインズさんは「それなら彼らを生かす理由がありますよ」と言ってくれた。

 

 俺のワガママを聞いてくれて本当にありがとうございます、アインズさん。

 

 

 

【四十八日目】

 

 今日の昼頃、ようやくフォーサイトの四人が蘇生した。

 

 フォーサイトの四人は仮死状態から復活するとすぐに十階層の玉座の間に連行され、そこで各階層守護者とアインズさんの姿を見ると彼らは今にも恐怖で死んでしまいそうなくらい顔を青くした後、その隣に俺とクレマンティーヌの姿を見つけて大きく驚いていた。

 

 まあ、それはそうだろうな。

 

 訳が分からないまま仮死状態となり、蘇生するや否やどこかの王宮のような場所に連行され、そこにいたのは神話に登場するような異形の者達。しかもその側には今まで仲間だと思っていた者達がいて、実は異形の者達の仲間だと知ればその驚きはかなりのものだろう。

 

 アインズさんはフォーサイトの四人に、生かす代わりにタレントの研究の協力とカルネ村の防衛をするように命じた。

 

 このアインズさんの命令こそが昨日彼と考えたフォーサイトを生かすための理由だ。

 

 今、アインズさん達はタレントの研究に力を入れているし、アインズさんの話によるとカルネ村はナザリック地下大墳墓の重要な拠点になりつつある。だからフォーサイトがタレントの研究に協力してくれてカルネ村の防衛をするならば、ナザリック地下大墳墓の皆もフォーサイトを生かしておくことに納得してくれるだろう。

 

 そしてフォーサイトはアインズさんの命令を受け入れる以外にここから生きて帰る方法がなく、結局彼らはアインズさんの命令を受け入れて、体に発信機代わりの相手を拘束させるマジックアイテムを付けた状態でカルネ村に解放された。

 

 騙すようなマネをしてすまなかったな、フォーサイトの皆。でも侵入者として殺されるよりずっとマシだろうし、ちゃんとカルネ村の防衛をしていればアインズさんからも報酬が出るかもしれないし悪く思わないでくれよ。




フォーサイト、生存


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日記24

小説八巻の話です。
原作と時間の流れや展開がいくつか違っています。


【四十九日目】

 

 今日も目を覚ましたら隣にクレマンティーヌが服を着ていない状態で眠っていた。

 

 この世界に来てからは本当に驚くことが多い。

 

 ゲームのキャラクターとなってファンタジーな異世界に転移するだけでも充分驚きなのに、そこで知り合った美人が毎日裸で添い寝してくれるなんてギャルゲーみたいな展開、前の世界では予想もしなかった。

 

 もしこの事がアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーに知られたらと考えると……。

 

 

 ペロロンチーノさんを初めとする十数人のギルドメンバーが、嫉妬マスクを被って武器を構える姿が鮮明に脳裏に浮かび上がった。

 

 

 ……うん。この想像は止めよう。何だか考えれば考えるほど背筋が寒くなってくる。

 

 それで何か別の事を考えようとした時、ふと「そう言えばクレマンティーヌって、どれくらい強いのだろう?」という考えが浮かんだ。

 

 クレマンティーヌは俺のスキルによって人間から俺の眷属であるゴズという異形種となり、今日まで俺自ら暗殺者としての戦い方や戦闘用のスキルを幾つか教えているので決して弱い存在ではない。実際、今までの戦いを見てもナザリックではまだ下の方の実力だが、この世界では充分「強者」と呼んでもいいだろう。

 

 しかしそのせいかこの世界の戦士やモンスターではクレマンティーヌの相手としては力不足となり、俺は今のクレマンティーヌが本気を出せばどれくらい戦えるか、客観的に見たことがなかった。

 

 今のクレマンティーヌの本気を見るには、ナザリックの各階層守護者の誰かと模擬戦をやらせるのが早いだろう。

 

 そう考えた俺は早速アインズさんの許可をとろうと彼の部屋に向かった。すると……。

 

 

 部屋には、装備の全てをキャスト・オフして全身にスライムを張り付けてご満悦なアインズさんの姿が……。

 

 

 ……何も、見なかったZ。

 

 

 

【五十日目】

 

 階層守護者に直接、クレマンティーヌの模擬戦の相手をしてもらうように頼もうと俺は、第六階層でアルベドとシャルティアとアウラの三人を見つけた。

 

 早速話しかけようとした俺だったが、アルベド達三人は何やら話をしていたので、声をかけるのは彼女達の話が終わってからにしようと思い待つことにした。

 

 そうして待っている間に聞こえてきた話によると、何でもアルベドはスキルでユニコーンの亜種であるバイコーンというモンスターを呼べるらしいのだが、処女であるため騎乗することができないらしい。

 

 そう言えばバイコーンって、処女にしか騎乗できないユニコーンとは逆で経験者にしか騎乗できないんだったっけ。……アルベドを設定した設定魔のタブラさんも、流石に彼女の男性経験までは設定していなかったか。

 

 俺が一人でそんな事を考えていると突然アルベドが「そうよ! アインズ様に私の処女を貰っていただいたらいい!」と言い出し……この辺りで俺はアルベド達に話しかけるのを諦めて気づかれないように第六階層を後にしたZ。

 

 第六階層を後にした俺はアインズさんに「しばらくの間、アルベドには注意したほうがいい」と忠告しようと彼の部屋に向かった。そしてアインズさんの部屋に入ると……。

 

 

「騒々しい。静かにせよ」

 

 

 と、鏡の前で「カッコよく命令を出すポーズ」を練習しているアインズさんの姿が……。

 

 

 ……何も、見なかったZ。

 

 

 

【五十一日目】

 

 今日は第六階層のコロシアムでクレマンティーヌに訓練をつけた。こうして刃を交わしてみると彼女が俺の教えた戦い方やスキルを使いこなしつつあり、初めて会った時とは比べ物にならないくらい強くなったのが分かる。

 

 だが、そうと分かると尚更クレマンティーヌの実力を正確に知りたくなる。その為にはやはり階層守護者と模擬戦をやらせるべきだろう。

 

 そう考えた俺は模擬戦の許可をもらいにアインズさんの部屋に向かった。

 

 昨日とその前は色々あって話ができなかったが、今日は大丈夫だろう。あと、アルベドの事もついでに注意しておこう。

 

 俺がそう考えながらアインズさんの部屋に入ると……。

 

 

 何やら目がイッちゃってるアルベドに押し倒されているアインズさんの姿が……。

 

 

 ……何も、見なかったZ。



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