超絶短編!ネプテューヌ おーばーえくすとらどらいぶ! (白宇宙)
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EX stage,1 獣耳って重要な萌え要素

どうも、白宇宙です。

唐突に始まりました今回の短編集、“超絶短編! ネプテューヌ おーばーえくすとらどらいぶ!”
今作は僕こと、白宇宙が執筆中の作品、ネプテューヌ おーばーどらいぶ!の本編では描かれなかった日常を書いた短編スピンオフであり、シリアスやバトルシーンが多い向こうとは違って作者の悪ふざけや欲望がふんだんに使われています。

それでもいいよという方はどうぞ、ご覧ください!

今回のテーマは、獣耳!


プラネテューヌ教会に備え付けられた一室、元は空き部屋だったこの部屋で生活している青年、天条宗谷。

 

異世界からこのゲイムギョウ界へと突然迷い込んでしまった彼はここ、ゲイムギョウ界に身をおいて、もうしばらく経つ。

 

その間に様々な事件や、多くの出会い、別れ、時には苦悩や試練に立ち向かってきたのだが、それはまた別の話。

 

今回、ここに記す物語は“何気無い日常”の中に起きたちょっとした“小話”である。

 

 

 

「仕事の休みをもらったわけだけど……さて、どうするかな~……」

 

この世界に来て、教会の教祖補佐という役割を擬似的に手に入れた宗谷は教会の仕事を淡々とこなす日々を送っていた。

 

ある日、宗谷は休みをもらった。

 

たまには休むことも必要だというイストワールの配慮である。

だが、いざ休みを貰ったとしてもその時になると何をして過ごそうか迷うものである。

 

そのため、この時彼は時間を持て余していたのだ。

 

「うーむ、暇だ……この前秘密裏に手に入れたエロゲはクリアしたし、ラノベもさっき読み終えた…漫画は、今はネプテューヌに貸してるし…腹も減ってない…この暇な時間をどう使ったものか…」

 

突如として体感することとなった極限の暇な時間をこれでもかと体感している宗谷はこの後をどうしたものかと悩みに悩んでいた。

 

特にこれと言ってすることもないし、やりたいことも特にない。

他のみんなは別件で居ないし、と思考を巡らせるもこの暇な時間を打破できるようなアイデアは浮かばない。

 

「何気無い休日を棒にふるのは…なんだかなぁ……あ、そうだ」

 

ふと、ここで宗谷があることを思い出した。

 

「……確かこの前ベールがオススメって言って貸してくれた妹系ギャルゲーがまだクリアしてなかったはず…」

 

宗谷はそれを思い出すと、ベッドの下に備えてあったプライベート用グッズボックスの中から貸してもらったゲームソフトを取り出す。

 

パッケージにはこれでもかとふわふわした雰囲気を表すエフェクトが使用されており、その中で数人のイラストの少女たちが華やかな笑顔を浮かべていた。

 

ちなみに、そのパッケージの少女たちにはある共通点が存在する。

 

「全員獣耳装備の妹系ヒロイン攻略のギャルゲーって……よくこんなコアなジャンルのゲームをベールは集めてこれるよな」

 

頭から犬、猫、狐、ネズミなどの動物の耳を生やした少女たちが描かれたゲームのパッケージを見て、宗谷は率直な意見を述べる。

妹という存在に強いこだわりを持つベールに対し、ある種の執念のようなものを垣間見るような感覚を感じながら宗谷はとりあえずとそのゲームソフトのパッケージを開封する。

 

「まあ、俺も獣耳は嫌いじゃないし、何より萌えるからいいんだけども、さてとどのヒロインから攻略して行こうかな~」

 

宗谷はそう言うとパッケージに導入されていた説明書を手にとってキャラクター紹介のページを開く。

パラパラと流し読んでいくこと数秒、対した厚さもない薄い説明書をめくる中で宗谷が目を止めるものがあった。

 

「おろ?…この子…」

 

それは攻略対象となるヒロインのうちの一人を指すページだった。

そこには銀髪のボリュームのあるツインテールに白い猫耳を生やした少女が描かれていた。

 

そのヒロインのイラストをじっと見つめる宗谷は無意識のうちに感じた。

 

「……なんか、いーすんに似てるな」

 

そう、そのヒロインの特徴がこの教会で長い時間を過ごし、苦楽を共にした頼れる相棒にして、実質宗谷の上司にあたるこの教会の教祖、イストワールの特徴に酷似しているような気がしたのだ。

 

「ふむ、獣耳いーすんか……なんか新鮮だな」

 

もし彼女に猫耳をつけるとしたらこんな感じなのだろうかと宗谷は率直な感想を抱いた。

 

「…せっかくだし、最初の攻略ヒロインはこの子にしようかな? これも何かの縁! おばあちゃんが言っていた…思い立ったが吉日…なんてな」

 

意気揚々と最初の攻略ヒロインを決めた宗谷は早速ゲームの準備を行おうとする。

 

 

この時、彼は予想する余地はなかった。

 

 

この後、あのような珍事に遭遇することになるとは…。

 

 

「……ん?」

 

 

宗谷はふと、あることに気づいた。

音が聞こえるのだ。

 

さっきまで静かだったはずの外の方から足音が聞こえてくる。

しかも、けっこう早いペースで聞こえてくる、おそらく走っているのだろう。

 

廊下を走るのは不謹慎だとまでは言わないが切迫詰まっているかのようなこの足音を不審に思った宗谷は視線をドアの方に向ける。

 

しだいに大きくなってくる足音、誰かが近づいて来てるようだ。

今日は誰か尋ねてくる用事はなかったはずだが…と、宗谷が考えていると、閉められていたドアが勢い良く開け放たれた。

 

 

「そ、宗谷さん!!」

 

「いーすん? どうしたんだよそんなに慌てて…」

 

 

部屋のドアを開け放ったのはボリュームのある金髪のツインテールにフリルをあしらった紫のワンピースに身を包んだ少女、件の上司件教祖件相棒のイストワールだった。

慌てた様子で部屋を尋ねて来たイストワールに宗谷は何事かと首を傾げる。

 

その際に彼はあることに気づいた。

なぜかイストワールが何かを隠すように両手を頭に乗せているのである。

 

「…なんでいーすん頭を手で押さえてるの?」

 

「……それが……」

 

「……もしかして、怪我したのか!? ちょ、ちょっと見せてみろ、コブとか出来てないか? 血は出てないか!? 誰かにやられたのか!?」

 

彼女が怪我をしたのかと思ったのか、宗谷は急いで近くに置いてあった救急箱(自前)を持つとすぐさま彼女に近づいた。

 

「い、いえそのようなものではなくて! こ、これはちょっと普通じゃなくて!?」

 

「普通じゃない怪我なのか!? なら早く手当てしないと!! と、とりあえず手をどけて!」

 

「ちょ! ま、待って…きゃ!」

 

宗谷は彼女の身を心配し、怪我をしたと思われる部分を隠している手を強引に引っ張ってどかした。

 

 

___ぴょこん

 

 

突然、彼の視界に白色の三角形が飛び出して来た。

 

「……?」

 

突如として目の前に飛び出てきた白の三角形を目にした宗谷はそれがなんなのか理解できず、無意識のうちに首を傾げた。

 

「……なんだこれ?」

 

不可思議に感じたその白の三角形を宗谷は何気無く指でつまんでみる。

 

「ふやっ!?」

 

「うおっ!?」

 

するとどうしたことか、イストワールがびくりと体を震わせて可愛らしい声をあげた。

 

「きゅ、急に触らないでください……くすぐったいんですから……」

 

「ご、ごめん…」

 

頭についた白の三角形を隠すように両手を頭に乗せたイストワールに宗谷はなんとなしに謝った。

 

どうやら、その白の三角形は急に触るとくすぐったく感じるものだったらしい。

まさか彼女にそんな部分があったとは…

 

いやちょっと待て。

 

「……て言うか、いーすん……今のなに?」

 

普通、人間の頭にはあんな白の三角形が存在することはない。

当然イストワールも今まであんなものが存在したことはない。

しかし、それは確かに存在していた、間違いなく彼女の頭についていたし、ぴょこぴょこ動いていたのを宗谷は見逃さなかった。

 

「……そのことなんですけど……」

 

宗谷に指摘を受けたイストワールはどこか恥ずかしそうに目線を泳がせながら頭に置いていた両手をゆっくりとどかした。

 

再び姿を現した“白い二つの三角形”が姿を現した時、宗谷はそれがなんなのかを改めて理解した。

 

「……え、猫耳?」

 

それは白猫の耳だった。

彼女の頭についたその二つの猫耳は彼女の恥ずかしそうな表情に合わせてか下に垂れ下がっている。

 

「……これだけじゃなくて」

 

猫耳を頭につけたイストワールは小さな声でつぶやくとくるりとその場で宗谷に背中を向けるように身を回転させて、お尻を突き出すような体制をとった。

 

「…っ!?」

 

こちらに見せつけるように突き出されたお尻に一瞬どきりとした宗谷だが、それ以上に目を引く物を目の当たりにした彼はむしろそっちに目が言ってしまった。

 

「し、尻尾!?」

 

なんと、彼女が履いているスカートの下から白い毛に覆われた細い尻尾が姿を現していたのである。

ゆらゆらと揺れるその尻尾を目にした宗谷は本物なのかどうか気になり、それを指でつついてみる。

 

「ひゃん…!」

 

すると、先ほどと同じような声をあげてイストワールがまた体を震わせた。

 

「そ…そっちもダメです…急に触らないでください」

 

「わ、悪い、つい知的好奇心と探究心が…」

 

どうやらこれも触られるとくすぐったいらしい。

 

いったい、これはどういうことなのか…。

 

ある日突然、宗谷の目の前に現れたイストワールに……。

 

「宗谷さん……これどうしたらいいんですかぁ……!」

 

白猫の耳と尻尾が生えてしまいました。

 

 

 

 

「……リアル獣耳キターーーーーーーーーーーーー!!(((o(*゜▽゜*)o)))」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、つまりはこういうことか……いつものように仕事をこなそうといーすんが外回りに出かけた時に“がすとちゃん”に出会ったいーすんは偶発的にがすとちゃんが落とした謎のアイテムを拾って渡そうとしたところ、偶発的にアイテムが誤作動、気づいたら猫耳と尻尾が生えていた…と」

 

「……はい」

 

偶然というのは恐ろしいものである。

 

いつものように仕事をしていただけなのにこの珍事。

まさに踏んだり蹴ったりである。

 

“がすとちゃん”という人物はゲイムギョウ界でも有名なアイテム職人であり、様々なお役立ちアイテムを作る反面、使いどころがよくわからない不可思議アイテムを作ることでも有名な人物である。

 

どうやらイストワールはがすとちゃんの作った不可思議アイテムの犠牲になったようだ。

 

隣に座り込んで頭には猫耳、腰からは尻尾を生やしたイストワールはしょんぼりとしながら猫耳を垂れさせ、尻尾をスカートの下からゆらゆらと揺らす。

 

「なんでも、コスチューム用アイテムとして作った新作だったらしくて……リアル感を追求したため、動くだけでなく感覚まであるらしいんです……」

 

「あ、だがらさっき触ったらあんなエロ…じゃなくて、びっくりした声を出したのか…」

 

先ほどの彼女の反応を見て納得のいった宗谷はぽんと手を叩いた。

 

「誤作動ということで、料金を取られることはありませんでしたが……」

 

彼女はそう言うと、自分の頭についている猫耳と尻尾、交互に目を向ける。

 

「こんなのを付けてたら、恥ずかしくて外に出られません…」

 

「え、そういうもんなの?」

 

「当然です!」

 

ほのかに頬を染めながら猫耳と尻尾をつけたイストワールは宗谷に反論した。

 

「えー、俺は好きだけどなぁ獣耳」

 

「……宗谷さんの好きは萌えとかそういうのに対しての好きでしょう?」

 

「当然です」

 

萌えるものと燃える展開をこよなく愛する宗谷にとってはいいものでも、イストワールにとってはそうとは限らないのである。

 

確かに常識的に考えて、猫耳と尻尾を持った人間というのはいるだけでも相当に注目を浴びてしまうのは確実だ。

変に目立てば仕事にも差し支えが出る。

 

宗谷はそのことを頭の中では理解していた。

理解はしていたのだが…。

 

「……まあ、あんまり気にするなよ、似合ってるよ? 猫耳」

 

この男にとってはそれよりも目の前の萌えが重要なのである。

 

不意打ち気味にそう言われたイストワールは反射的に頬を朱に染める。

 

「か、からかうのはやめてください……こんなの、変に決まってます」

 

「いや、全然似合ってるって、大丈夫、俺が保証する」

 

保証したところでなにかが良くなるわけではないが、これは宗谷なりの純粋な褒め言葉だった。

萌えに忠実であるがゆえにその感想は率直かつまっすぐな意思が込められている。

現に今、宗谷の目は純粋な子供のように輝いていた。

 

「……ずるいです……そんなこと言ってくれるのは宗谷さんだけです……」

 

「ん? なんか言った?」

 

「何でもありません、それよりも…これからどうするかです…」

 

「お、おう…それって任意で外れるものなのか?」

 

「がすとさんは自力では外れないって言ってました、自然になくなるらしいのですが、人によっては数週間消えなかったりするとか…」

 

「安全面で問題あるんじゃないのかその商品…」

 

かなりアバウトな作りのがすと性のアイテムに宗谷は心配を抱いた。

数週間も外れないとなったら、下手したら私生活でも影響がでてきそうだ。

 

「…ともかく、どうにかして外せられないか調べてみないとわかりませんね」

 

「具体的にはどうやって?」

 

「それは……とにかくなんとかしてです」

 

「いーすん、ちょっとヤケクソになってない?」

 

今までにない体験をしているためか、いつもの知的さと冷静さを欠いている様子のイストワール。

まあ、普通なら本物の猫耳と尻尾が生えてくるなんてありえない体験だから、仕方ないといえば仕方ないのだが…。

 

「うーん…」

 

イストワールを困らせる猫耳と尻尾、いったいどうしたものかと宗谷が頭を悩ませる。

 

ぴょこぴょこと動く猫耳、ゆらゆらと動く尻尾。

どちらも本物の猫のようである。

 

「にしてもいい猫耳だな」

 

「…いや、猫耳の感想はいいですから対策を…」

 

「ねぇいーすん、ちょっと猫っぽい仕草をしながら、にゃー、って言ってみて」

 

「人の話を聞いてましたか!?」

 

悲しきかな、この男は萌えを目にしたらどこまでもまっすぐに突き進む。

宗谷は今、リアルの猫耳というレアリティ的にはSRあるいはLRにも匹敵するリソースを前にしてそっちの方に興味津々なのだ。

 

「一回だけでいいから! この通り! 今度、密かに見つけたおいしいパフェを出してくれる喫茶店に連れて行くから、この通り!!」

 

両手を合わせて必死に頼み込む宗谷、こうなったら彼はなかなか止まらない。

人間、好きなものへの欲望には忠実である。

 

「……もう、一回だけですからね?」

 

「おっしゃ!」

 

一度思考を切り替えさせるためにも、彼の欲望を発散させるしかないと判断したイストワールは小さくため息を吐く。

そして、そのまま深呼吸をしてから……。

 

 

 

「み……みゃぁ…」

 

 

 

招き猫のようなポーズを取りながら子猫のような声を出した。

目線を横にそらし、頬をほんのりと桜色にしているのを見る限りそれなりに恥ずかしかったようだが一応言われた通りにはした。

宗谷の反応はと言うと…。

 

「……!……~~!!」

 

ベッドのシーツに自身の顔を埋めてそのまま声にならない声を上げながら悶えていた。

 

「あ、あの…宗谷さん?」

 

「……いーすん、あんたは猫耳っ子のエリート戦士ですか…?」

 

「すみません、言ってることが全く理解できません」

 

シーツから顔をあげるなりそういった宗谷に、イストワールはそう返す。

 

「だって、猫耳つけたまま鳴く声が、にゃー、ならまだスタンダードだよ、スタンダード萌えだよ! しかし、いーすんはそれに対して、みゃあ、と鳴いた……普通とは違った子猫っぽい鳴き声のせいで猫耳の愛らしさが三倍の速さでトランザムだよ!」

 

「すみません、結局本当になにが言いたいのかまったく理解できません!」

 

まあ、要するにイストワールの今の猫の真似は宗谷の萌え心を必要以上に刺激したらしい。

 

彼がなにを言いたいのかはイマイチわからないが、反応は悪くないようなので良しとしようと判断したイストワールはすぐさま話題を戻そうとした。

 

「それじゃあ、本題に…」

 

「よし、それじゃあ次はポーズ取ってみようか」

 

「えっ!? 終わりじゃないんですか!?」

 

まさかの続行発言に驚くイストワール。

まだ彼は満足していないらしい。

 

「せっかくだからいろいろ見ておきたいんだ、なにせリアル獣耳なんてめったに、ていうか一生見れないようなものだからな」

 

「なにをそんな……あぁ、もうわかりましたからそんなお菓子をねだる子供みたいな目をしないでください!」

 

どうやらまだ満足のいかない様子の宗谷にイストワールはむっとしながらも仕方ないと割り切り、宗谷に問いかけた。

 

「それで、ポーズってなにをするんですか?」

 

「そうだな……うーん、服従のポーズ?」

 

「なんですかそれ…」

 

名前からして怪しいポーズにイストワールは目を細める。

 

「いやいや、別に服を脱いだりとかしないし、そんな怪しまなくてもいいって」

 

「……じゃあ、どんなポーズなんですか?」

 

その服従のポーズがどんなものかよくわからないイストワールが彼に聞くと宗谷はうんと頷いてこほんと咳払いをした。

 

「まず、仰向けに寝転ぶ」

 

「…はい」

 

「両手を丸めて口元におく」

 

「…こうですか?」

 

「首を傾けて」

 

「傾けて……」

 

 

無防備に仰向けに倒れ、首を斜めに傾けてしたから宗谷を見上げる大勢になったイストワール。

 

無防備な危うさとつい撫でてしまいそうになる愛くるしさが体現されたかのようなその姿勢に宗谷はさらにアクセントを加える。

 

「はい、そこで一鳴き!」

 

 

 

「みゃ…みゃぁん……」

 

 

 

「ごっはぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

アクセントが効きすぎた。

もはやそれは致死量の萌えエッセンス。

口から何かを吐き出しそうなほどにのけぞった宗谷はそのままごろごろと部屋を転がりながら悶える。

 

「やばいやばいやばいやばい! 萌える萌える萌える萌える萌える! 萌え死ぬ萌え死ぬ萌え死ぬ萌え死ぬ! いーすん、君は俺を萌え殺しにするつもりか!?」

 

「うぅ……恥ずかしい……」

 

悶える宗谷とは対局的に恥ずかしがるイストワール。

宗谷的には大絶賛だがイストワールには羞恥的なポーズだったようだ。

 

ともあれこれほどのリアクションなら、宗谷も満足だろう、さっさと本題に入ってしまおうとイストワールが宗谷の方を向くと…。

 

「おし、次はなにしようかな…思い切って猫耳メイドとか? いや、ここはあえてねこじゃらし…あぁでも、猫耳装備のゴスロリ服も捨てがたいなぁ…」

 

もはや本筋の対策のことはもう頭にはないのではないかと思えて来るほど、宗谷は意気揚々と次のネタを考えていた。

 

「……宗谷さん……あなたって人は……!」

 

流石にこれにはイストワールも我慢の限界だったのか、猫耳と尻尾を逆立てて、きっ、と宗谷を睨む。

 

 

 

「もう! 宗谷さんはそればっかりじゃないですか!!」

 

「うぇい!?」

 

 

 

外れるか外れないかの対策よりも猫耳を探求しようとする宗谷に、イストワールが意義を申し立てた。

 

「こっちは真剣に悩んでるんですよ!? 人ごとだと思って…たまにはちゃんと宗谷さんも考えてくださいよ!」

 

「ちょ、たまにはって…それだと俺が普段あんまり頭使わないみたいじゃないか!」

 

「だってそうじゃないですか! 今だってこの耳のことばかり気にしてましたしどうせ頭の中で変なこと考えてたんでしょう!?」

 

「いや、別にそんなこと考えてないって! 俺は純粋に猫耳をだな…」

 

「どの口が言うんですか! エッチなゲームとか漫画とかに興味津々なくせに! 信用なりませんよ! 頭の中がピンク色の“不健全”な宗谷さんなんか!」

 

ぴっきーん。

 

その言葉に、珍しく宗谷のなにかがキレた。

 

「……ほー……不健全ねぇ……」

 

ちなみにイストワールは気づかなかったが、この“不健全”という言葉、宗谷にとっては禁句にも等しいワードだったのだ。

 

「そうかぁ、不健全かぁ……ふーん……じゃあ、脳みそピンク色の不健全な俺はこんなことしようかなぁ?」

 

そう言うと宗谷は近くで揺れていた尻尾を手で軽く掴んでみる。

 

 

「ふにゃっ…!?」

 

 

 

やはり突然触られるのは苦手なのかイストワールはびくりと体を震わせると猫のような声をあげ、プルプルと体を震わせ始めた。

 

宗谷はそのまま尻尾を手で包むように掴み片手で揉んでみる。

 

「あっ……やぁぁ…だ……めぇ、です……そ、それ…それ、やぁぁ…! そうや…しゃん…っ…やめて……くだしゃいぃ……!」

 

よほど敏感なのか、彼女はろれつも回らない様子で懇願し、頬をほんのりと赤くして、内股をもじもじとすり合わせる。

 

「……こっちは?」

 

「はにゃん!?」

 

彼女のリアクションがあまりにも良かったのか、宗谷は珍しく意地の悪い笑みを浮かべると今度はもう片方の手で彼女の猫耳をつまんでみる。

すると、イストワールは先ほど以上に体を跳ねさせてたまらずその場にへなへなと倒れ伏した。

 

「ははっ、本当の猫みたいな声だ」

 

「わ、笑ってる場合じゃ…やっ…ふにゃぁぁあ……っ!」

 

うつ伏せになったイストワールに宗谷はなおも尻尾弄りを続ける。

 

「本当に感覚があるんだな……心なしか子猫みたいに見えてきたぞ」

 

「も、もう……いい加減に……っ…して、くだひゃっ! ……はうう……! にゃ、にゃんで…にゃんでいきにゃり、こんにゃ…!」

 

ろれつの回らない口調で宗谷を問いただすイストワール、すると宗谷は真剣な顔を表情に浮かべる。

 

「いーすん、俺はな確かにゲームもラノベも漫画もアニメもついでにエロゲも大好きさ……だがな、俺はそうであっても、不健全な物は好まない…健全であるラッキースケベや純粋な愛があってこそのものなんだ! 故に俺は脳みそピンク色でも、あくまで健全であることが第一なんだぁぁぁぁぁあ!!」

 

「言ってることとやってることが違いますぅぅぅぅううううう!!」

 

健全な物を愛するが故の宗谷の暴挙に、イストワールは涙目になりながら反論する。

 

しかし、それに対して宗谷は……。

 

「違うないーすん、これはあくまでこの耳と尻尾を調べているに過ぎない、別に恥ずかしいところを触っているわけじゃないから不健全な行為ではないんだよ! 俺はあくまで猫耳と尻尾を触ってるだけだから!」

 

「そ、そんな横暴にゃ…はうっ!」

 

宗谷が行なっているのはあくまで検査の一環だ、彼の言う通り別に胸やお尻を触っているわけではない。

 

尻尾と耳を触っているだけ、あくまでそれだけなのだから。

 

「横暴かどうかはいーすんにお返しをさせてもらってから決めさせてもらおうかぁぁ!」

 

「そうやしゃんのばかぁぁぁぁ! にゃぅぅぅうっ!」

 

しかし、あまりやりすぎるのも良くはない。

度を越すとよろしくない物に見えてしまうのは当然のことであり、程よく止めるのがせめてものマナーだ。

 

だが、この時の宗谷はリアルの猫耳を間近で見たと言う体験と不健全と言われたことに対する報復で冷静さを失っていた。

 

どんどんヒートアップしていく宗谷の手つきにイストワールは限界寸前だった。

 

「やぁぁっ……もう、むりですぅ……ひぁっ…! …もう、ゆるひてくらしゃい……さっきのはとりけしますからぁ…!」

 

「ふーん、どうしよっかな~…」

 

「ふにゃっ!? やっ……らめっ……つよくしちゃらめ…おかしく…なっちゃいますぅ…!」

 

その場にうずくまるような姿勢をとってプルプルと身を震わせ、とろんとした目尻に高揚した頬と荒い息。

 

はたから見たらもう完全に不健全極まりない状態になってしまっている。

 

そして、彼女はこの後、この状況下で言ってはいけないことを口にしてしまった。

 

 

 

「お、おねがいします……もう、やめてくだしゃい……にゃ、な、なんでも…しますからぁ…!」

 

 

 

それを聞いた瞬間、宗谷の目が強くきらめいた……気がした。

 

「なんでも? 今、なんでもって言った…?」

 

「は、はいぃ…なんでも、しますからぁ…」

 

言質は取った。

ニヤリと宗谷が口元に意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「…じゃあ、そろそろやめてあげようかな?」

 

「ほ、ほんと…ですか…?」

 

ようやく解放される、イストワールは荒い呼吸を繰り返しながらも宗谷の方に視線を向ける。

 

すると宗谷は屈託のない笑顔で……。

 

「でも、やめてあげるからその代わり…」

 

宗谷はそうつぶやくとイストワールの耳、猫耳ではなく人間の方の耳の方に小さく耳打ちをした。

 

すると、その瞬間に先ほどの宗谷の暴挙によって、ほんのりとピンク色に染まっていた彼女の頬が、と言うか顔面そのものが真っ赤に染まる。

 

「な、な、な、な、なんでそんなこと…!」

 

「だって、なんでもするって言っただろ?」

 

「い、言いましたけど…だからってそんな…」

 

「じゃあ、俺は納得が行くまでいーすんの猫耳と尻尾を“検査”させてもらおうかな?」

 

「ひっ…! うぅ…」

 

そう言って宗谷はこれ見よがしに手をわきわきと動かす。

流石に苦手なあの感覚を再度味わうのは嫌なのか、イストワールは再び身を縮こませる。

 

苦渋の決断を迫られるイストワール。

 

断れば尻尾と猫耳、断らなければ今まで以上の恥ずかさを味わう。

しかし、イストワールは決断した。

 

「………もう、わかりました! だからもう、尻尾と猫耳をいじるのはやめてくださいね…?」

 

あの頭が真っ白になるような感覚をこれ以上味わったら、本当に“危ない”気がする。

それならまだこちらの方がましだと判断したのだ。

 

「OK、約束するとも」

 

「……そ、それじゃあ……」

 

イストワールは確認を取ると、宗谷の前まで近づいてきた。

恥ずかしいのか目を右往左往に泳がせ頬を赤らめながらも、彼女は意を決して行動を取る。

 

その場に腰を下ろし、両手を床につけたイストワールはそのまま上目遣いで宗谷を見上げて……。

 

 

 

「ご、ご主人……さま……もう、あんなことは言いません……だ、だから……どうか……許して、ください……」

 

 

 

湿った眼で懇願した。

まるで何かを求める子猫のように、主人の膝下で何かをねだる猫のように、イストワールは宗谷のことを“ご主人さま”と読んだのだ。

 

これこそが宗谷の最後のねらいだった。

 

彼女の普段ではみられない姿を堪能した宗谷は満足げな笑みとガッツポーズを浮かべると、優しげな笑みを浮かべた。

 

「はい、ばっちり!」

 

「うぅ……恥ずかしくて死にそうです……」

 

「あははは……ごめんないーすん、ちょっと調子に乗りすぎた」

 

「乗りすぎですよ本当に……宗谷さんのバカ……」

 

「ごめんって……もうしないから、本当に」

 

「………本当ですか?」

 

「本当本当、嘘はつきません!」

 

疑うイストワールに宗谷は精神誠意に本当であるということを告げるために、両手を上げて抵抗はしないという意思を見せる。

彼のその姿をじっと見つめるイストワール、しばらくすると彼女は、じゃあ、と小さく呟いた。

 

「……さっき言ってた喫茶店、絶対連れて行ってくださいね……」

 

「……ああ、絶対連れてくよ、約束だ」

 

「あっ……」

 

宗谷はそう言うと彼女の頭に手を乗せて優しく撫でてあげた。

 

この行為はまだ猫扱いしているのではないかと感じたイストワールだったが……。

 

(……これは、好き、かもです……)

 

何よりも安心する彼の手の感触にまんざらでもない表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

「やっほー宗谷ー! 暇してるー? せっかくだから一緒にゲームを……」

 

 

 

突然、締めていたドアが開け放たれ、この国の女神である少女、パープルハートことネプテューヌが宗谷の部屋を訪れた。

 

しかし、そこで彼女が目にしたのは…。

 

「「………」」

 

こちらを見て絶句する宗谷と、彼の前で四つん這いになり猫耳と猫の尻尾をつけ、猫のように宗谷に頭を撫でられていたイストワールだった……。

 

「………あー、お邪魔だったかな~? ご、ごゆっくり~……」

 

いったいなにをごゆっくりするつもりかはわからないが、ネプテューヌはそう言うとドアを締めて、その場を後にした。

 

残された宗谷は顔を青ざめさせ、イストワールは今まで以上に顔を真っ赤に染め上げている。

 

 

 

そしてその後……。

 

 

 

「宗谷さんの……バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!」

 

「本当すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!?」

 

 

 

宗谷の部屋からイストワールの怒号と宗谷の悲鳴、そして遅れて鈍器で殴られるような凄まじい音が聞こえてきたのは、言うまでもない。

 

 

ちなみに、そのさらに一時間後に、イストワールを突如として襲ったがすとちゃんの白猫アクセサリーアイテムは無事に取れたそうな。

 




いかがでしたか?

今回のこの短編を機に、ネプおば本編に興味を持った方、そしてネプおばをすでに読んでいる方も、今後ともよろしくお願いします!

次回の更新は未定ですが、また気が向いたら更新します!

それではまた会いましょう!


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EX stage,2 バイクは男と特撮好きのロマン

どうも、白宇宙です。

再び投稿しました短編集、今回のテーマは“バイク”!

仮面ライダーシリーズではもはや定石と言っていいいバイクをテーマに今回は日常が待っているのか。

それではお楽しみください、どうぞ!


 

 

ふとしたきっかけで現実とは異なる異世界へと迷い込んだ青年、天条 宗谷。

彼はこの世界で、ある特殊能力を手にした。

 

彼が憧れた、漫画、ラノベ、ゲーム、そして特撮の主人公達をモデルにした特殊能力、“スキルリンク”。

 

作品ごとに異なる能力を発動させる彼の特殊能力、その中の一つに一人のヒーローの力を模したスキルが存在する。

 

そのヒーローは仮面をかぶり、バイクに跨り、嵐のように現れて悪を打ち倒してきた…。

 

そう、誰もが一度は聞いたり、見たことがあるであろうヒーロー、“仮面ライダー”のことである。

 

宗谷の持つ特殊能力の中には、もちろん仮面ライダーから授かった能力、“スキル 仮面ライダー”が存在する。

 

 

その能力は、“専用のバイクを召喚する”。

 

 

発動すれば彼の愛車となる真紅のボディのバイク、“マシンヴィクトラー”が精製され、宗谷はそれに乗り颯爽と、まさに風の如く疾走することができる。

 

しかし、このスキルを始めて手に入れた時はこのマシン乗りこなすのに相当四苦八苦した。

というのも、バイク用の免許は取ったもののあまり乗っていなかったということと、そもそも金銭的な問題でバイクそのものを持っていなかったということも原因としてあげられる。

そのため、最初はうまくマシンヴィクトラーを乗りこなすことができなかったのだ。

 

 

これは、まだ彼がスキル 仮面ライダーを手に入れて間もない頃の、とある日の“日常”の一コマである。

 

 

 

 

 

 

___ブゥゥゥゥゥウウウンッ!

 

 

 

 

 

エンジン音が鳴り響き、シートに腰掛け体制を低くした彼はハンドルのアクセルを回してスピードを調節しながらコーナーを曲がるべく、体重を真ん中から右へ流しつつハンドルを切る。

 

緩やかなカーブを一台の真紅のバイクが曲がりながら駆け抜ける。

 

そのまま直線に入ったバイクは、今出ているスピードを保ちつつ、ゴールに向けてまっすぐに走り抜ける。

 

エンジン部のマフラーから響く音、回転するタイヤが車体を鉄のボディからは考えられないようなスピードで、車体を前へと進ませる。

 

 

やがて、真紅のバイクは地面に刻まれていたゴールラインを超え、それを操っていた人物はブレーキをかけてバイクのスピードを抑え、ゴールから数十mほど離れた位置に停車させた。

 

 

「………ふひぃ~」

 

緩い雰囲気を感じさせる息を吐き出しつつ、バイクに跨っていた人物が頭に被っていたシンプルなデザインのフルフェイスタイプヘルメットを脱いだ。

 

「だいぶ慣れてきたなぁ…あ~、途中で転ばないか不安だったぜ」

 

ヘルメットの中に収まっていた黒い髪を手で掻き上げる動作をした彼、宗谷は今までの緊張をほぐすように大きく胸を撫で下ろし、自身が今まで操っていたバイク、マシンヴィクトラーから降りた。

 

「やっぱり頻繁に乗っておくべきだよな、うん……まあ、乗るバイクを持ってなかったんだけど」

 

「でもブランクを取り戻すペースはなかなか早かったんじゃない?」

 

緊張の糸が切れた様子の宗谷にそう言って近づくのは深い青のコートを羽織り、長い茶髪を若葉色のリボンで横に少し纏めた少女。

プラネテューヌの女神、ネプテューヌの友人であり、プラネテューヌ諜報部の職員でもある少女、“アイエフ”である。

 

「お疲れ様、はいこれ」

 

「おう、てんきゅ」

 

彼女は宗谷にペットボトル入りのスポーツ飲料を渡す。

宗谷は例を言うとペットボトルの蓋を開けて中に入っているスポーツ飲料を喉に流し込んだ。

緊張のせいで乾いていた喉がスポーツ飲料によって潤って行く。

宗谷は満足げな表情を浮かべてペットボトルから口を離す。

 

「なにせ自分のバイクを持つなんて始めてのことだったからな、このシートにもようやく慣れてきたって感じだ」

 

「ブランクが空いていたとは言え、その乗り方すら忘れてるとは思わなかったけどね」

 

「……あれはアイエフが間違った乗り方を教えたからだろ? あの時はマジで死ぬかと思ったんだからな……」

 

「あははは…悪かったわよ、まさか本当に忘れてるなんて思わなかったんだから」

 

恨めしそうな目つきで睨んでくる宗谷にアイエフが申し訳なさそうな苦笑を浮かべる。

 

というのも、少し前に宗谷が久々にバイクに乗るための感を取り戻すためにアイエフに乗り方を教わった際に、悪ふざけで彼女が彼に教えた間違った乗り方を宗谷は疑うことなく行い、危うく事故になりかけたことがあったのだ。

 

その時は特にけが人が出ることはなかったが、かわりに“イストワールの恩人”と出会い、彼女の“予想外な秘密”を知ることになったが…。

 

「でも、こうしてちゃんとコースを貸してもらって練習したおかげで、もうだいぶ乗れるようになったじゃない、最初の時に比べるとだいぶ進歩したと思うわよ?」

 

彼女と宗谷がいるのはプラネテューヌの小さなサーキットコース。

アイエフが宗谷の練習のために知り合い頼んで少しの間使わせてもらっているのである。

 

このサーキットを使って、宗谷はアイエフと共に数日間の練習をしていたのだ。

その甲斐あってか最初こそぎこちなかったものの、僅かな期間で彼はなんとか安定した走りができるようになった。

 

「いや、さっきもカーブで転ばないか内心すっげー不安だったんだ、だからまだもう少し練習したいところかな」

 

「念入りねぇ、でもまあその心がけはいいと思うけど」

 

「千里の道も一歩から、ってな……そういえばさ」

 

宗谷はふと視線をアイエフの隣の方に向ける。

 

「アイエフっていつからバイク持ってたんだ? 運転もだいぶ慣れてるみたいだし」

 

「え? そうかしら?」

 

宗谷の視線の先にあったのは彼女がよく使用している緑色のバイクがあった。

アイエフは宗谷の言葉に首を傾げると隣に置いてあるバイクに手を掛ける。

 

「うーん、まあなんやかんやでこのバイクとも長い付き合いになるからね、諜報部に入ってから仕事で使う機会が多かったから」

 

「自分で買ったのか、そのバイク」

 

「一応はね、やすくはなかったけど」

 

彼女はそう言うとバイクのシートに跨ってハンドルの部分を撫でるように手を滑らせる。

 

「始めてこの子を見つけたのは、プラネテューヌのバイクショップだったわ、プラネテューヌでは特に目立つところのないありふれたバイクなんだけど……一目惚れってやつかしらね、すぐにこのバイクくださいって言ったのよ?」

 

その時のことを懐かしむようにアイエフが自身の愛車との出逢いを話す。

教会の中でも自身のバイクを持っているのはアイエフくらいのものだ、その愛着も人一倍あるのだろう。

 

「へぇ、なんかいいな、そういうの」

 

「ふふっ…いずれあんたにもこう言う話が出来る時が来るわよ」

 

先輩風を吹かせた返答を返すアイエフに宗谷はまだまだと言わんばかりに首を左右に振る。

 

「いや、アイエフのレベルに到達するにはまだまだかかりそうだ…」

 

「え? なんでよ?」

 

「だって……」

 

宗谷はそういうと、何処か遠い目をして言った。

 

 

 

「お手本だっつって、目の前でウィリーとかジャックナイフとか、アクロバットな運転テク見せられたらなぁ……」

 

 

 

この練習を始める前に、宗谷はアイエフにお手本と称してあるものを見せられた。

 

それはアイエフによるアクロバットな運転テクニックだったのだ。

 

前輪を上げながらバイクを走らせるウィリーと言う技や、前輪を軸にして後輪だけを浮かせるジャックナイフという技を簡単にやってのけただけでなく、ジャンプ台を使ったスタントマン顔負けのジャンプをもこなした彼女のテクニックはまさに本物だった。

 

とりあえず免許を取っただけレベルの宗谷にとってはいささかレベルが高すぎるお手本だった。

 

「あそこまでバイクを極めるとなると、そう簡単には……」

 

「あ、あれは、なんていうかその…つい、気分がよくて…!」

 

その時の事を思い出したのか、わたわたと手を振りながらアイエフは慌てた様子を見せる。

 

「それに別にあそこまで出来るようになれとは言ってないのよ? とりあえず乗れるようになれれば宗谷も満足でしょ?」

 

あくまでこの練習は宗谷がバイクに乗れるのになれるのが目標だ。

それからすると、今のレベルでももう十分に宗谷はバイクを乗りこなせてはいる。

そのため別にそこまでするのを彼に求めるつもりはアイエフにはなかった。

 

そもそも彼女のアクロバットもただカッコいいかな、と興味本意で会得したものであるため他人に強要するつもりもない。

 

しかし、宗谷は…。

 

 

「いや、アイエフ…俺はいつかあそこまでやってみせるぜ」

 

「………はぁ?」

 

 

ぐっと拳を握って宣言した。

 

「アイエフ、俺の憧れたヒーロー、仮面ライダーのことはお前にも説明したよな?」

 

「え、えぇ…そりゃあ生き生きした様子で語ってくれたわね」

 

 

「その仮面ライダーにとって、外せない大事な要素ってなんだと思う?」

 

「いや、急にそんなこと言われてもねぇ……」

 

とはいいつつも、アイエフは以前に彼から聞いた仮面ライダーについての説明を記憶の中から探り出そうとする。

すると、彼女の中である“特徴”が浮かび上がった。

 

「……もしかして、バイク?」

 

記憶の中から探り当てた、仮面ライダーの特徴の一つ。

それは、ライダー、と名前がつく要因ともなったバイクの存在だった。

 

その言葉を聞いた宗谷はこくりと強く頷いた。

 

「そう、バイクだ! 俺のこの能力のモデルになったのは仮面ライダー、彼らはみんなバイクをまるで手足のように使いこなしていた、それこそアイエフのアクロバットなんか目じゃない程にだ! ……この力を授けてくれた、“仮面ライダー1号”、“本郷 猛”さんはもしかしたら、こんな願いを込めてこのスキルを授けてくれたのかもしれない……」

 

宗谷はそういうとかなり真剣な表情を浮かべてなぜか空を見上げた。

 

 

「お前もこのマシンを使いこなしてみろって……」

 

「………あ、そう」

 

 

考えすぎではないだろうか?

 

と、アイエフは思いながらも口には出さず宗谷の話をとりあえず聞き流した。

 

彼の一番の憧れのヒーローである仮面ライダーから貰ったスキルなのだ、恐らく宗谷自身、とても嬉しい贈り物だったに違いない。

その嬉しいと言う思いの末にこのような考えにたどり着いたのだろうかのアイエフは予想を立てた。

 

「だから俺はいずれやってやるさ、アイエフのアクロバットなんか簡単ぱっと出来るようにな!」

 

「……まあ、怪我しない程度にね? 怪我しても私、責任だけは持たないから」

 

まるで無茶なスタントに挑むスタントマンのような心境を垣間見たような気がするアイエフは一応、忠告だけはしておく。

 

一応彼もそこまで無理はしないとは思うが……万が一のためだ。

 

すると、

 

 

 

「おーい、あいちゃ~ん! ソウヤ~! 頑張ってる~?」

 

 

 

サーキットの入り口から薄い紫の髪に十字キー型の髪飾りをつけた少女が二人の名前を呼びながら駆け寄ってきた。

この国の女神パープルハートこと、ネプテューヌである。

 

「ネプ子? あんたどうしてここに?」

 

「いやぁ、それがさー、いーすんが何時もの如くかくかくしかじかで…」

 

「……ようするに何時もの如く、サボっているのを見られて叱られて逃げてきたってことね」

 

「ぴんぽんぴんぽーん! さすが私の大親友のあいちゃんだね!私のことわかってくれてるよ、まさに以心伝心だね!」

 

女神なのに、怠け癖のある彼女はどうやらイストワールの説教から逃れてここに来たようだ。

今に始まったことではないため、というよりよくあることなのですでに予想はついていた。

アイエフはやれやれと息を吐く。

 

「なにが以心伝心よ、後でイストワール様に怒られても知らないからね?」

 

「大丈夫、大丈夫、気にしなくてもいいって」

 

サボり癖にすっかり慣れている当のネプテューヌは余裕綽々と言いた気な態度を見せるが…。

 

(……これは後でいーすんの説教がフルスロットルだな……)

 

正座しているネプテューヌにイストワールがガミガミと説教している様子が容易に想像できた宗谷は彼女に憐れみにも似た感情を抱いた…。

 

そんなことを考えているとは知らず、ネプテューヌはちらりと彼の後ろにあるマシンヴィクトラーに目を向ける。

 

「それで、ソウヤはもうだいぶ乗れるようになったの?」

 

「ん? まあな、だいぶ慣れてきた」

 

彼女の問いかけに得意気に答えた宗谷、何気に自分の進歩が誇らしいようだ。

 

「最初はかなりぎこちなかったってあいちゃんが言ってたからね、進歩したようで何よりだよ」

 

「あぁ、あの時の俺とは違うぜ?」

 

「そりゃあ、ヒーローを目指してます! って自己紹介した人がヒーローにとっての重要要素のひとつでもあるバイクに乗れないのは流石にやばいもんね~」

 

「お、おう……そ、そうだよ、な」

 

まさかかつて自分が言った自己紹介のことを交えられた発言が来るとは予想していなかったのか、宗谷は得意気な態度から苦笑いを浮かべる。

 

「ま、まあなにせ、バイクは男のロマンでもあるしな! 手足のように乗りこなしてこそってもんだぜ」

 

「やっと慣れて来たって感じだけどね……あ、そうだ」

 

すると、アイエフが何かを思い出したのか視線を宗谷からネプテューヌへと移す。

 

 

 

「ネプ子、あんたも運転してみる? 私のバイク貸してあげるから」

 

「ねぷ?」

 

「………え?」

 

 

 

今彼女はなんと言ったのか、宗谷はきょとんとしたままその場でフリーズしてしまった。

 

聞き間違いでなければ彼女はネプテューヌに、「運転してみる?」 と聞いたのだ。

 

「……いやいやいや、待て待てアイエフ、ネプテューヌに運転すすめるって…そもそもこいつバイクに乗れるかどうか……」

 

ネプテューヌの見た目はざっと見ても中学生くらいだ、宗谷の世界の一般常識で考えると中学生が免許証を獲得することはできない。

仮に乗っていたとしても、警察のお世話になるのが末の山である。

 

仮に経験があるとしても、ゲームで運転したとかが限界だろうと思った宗谷は取り返しのつかないことになる前にアイエフを止めようとするが……。

 

「いいの!? なにしようか決めてなかったから、せっかくだし乗っちゃおうかな!」

 

「えぇ!? ノリノリかよ!?」

 

ネプテューヌは目を輝かせた様子でアイエフのバイクに近づくとアイエフと交代する形でバイクのハンドルに手をかけた。

 

「いやいやいやまずいって! アイエフ、下手したらネプテューヌもバイクもとんでもないことになるぞ!?」

 

大惨事になる前に宗谷が慌てて止めようとするが…。

 

 

「まあまあ、見てなさいよ心配しなくてもいいから」

 

 

アイエフは心配など皆無といった様子である。

いったいどうしたのかと宗谷が反対に心配が満ち溢れた表情を浮かべる。

 

そんな二人のやりとりをよそにひょいっとバイクのシートに飛び乗ったネプテューヌは…。

 

 

「よーし! 久々にかっ飛ばすよ~!」

 

 

かなり意気込んだ様子を見せた後、彼女の体が光に包まれる。

この光は、彼女が女神としてのもう一つの姿になる兆候のような物、いわゆる“変身”の光である。

 

女神は国民からの信仰、“シェア”を“シェアクリスタル”と呼ばれる特殊な石を通して女神の力の源となる“シェアエナジー”へと変換する。

そして、そのシェアエナジーを基に女神は自身の力を増加させてその姿すらも変えることができるのだ。

 

彼女を包みこんだシェアエナジーの光が次第に小さくなっていく。

そして、光が収まるとそこにはさっきまでのネプテューヌとしての姿とは違った、彼女の“もう一つの姿”がアイエフのバイクのシートに鎮座していた。

 

 

「お言葉に甘えて久々に楽しませて貰うわ、あいちゃん」

 

 

さっきまでの子どもっぽい口調から一転、大人びた口調と声色に変化した彼女の姿はガラリと変わっていた。

紫の髪を二本の三つ編みに纏め、誰もが見とれるであろう大人っぽい顔立ちや体付きに変化した彼女のこの姿こそ…。

 

女神としての彼女の姿、“パープルハート”である。

 

「ええ、楽しんでいってらっしゃい」

 

笑顔で彼女を見送るように手を振ったアイエフに微笑みを返した後、いつもと体を覆っているボディスーツ、“プロセッサユニット”の背中のウィングを解除した状態のパープルハートはバイクのスタンドを外して片足を地に付け、エンジンを蒸す。

 

そして、地を蹴った瞬間にアクセルを回して勢いよくバイクを走らせた。

 

「い、行っちゃったよ………女神化とは考えてなかったけど……本当に大丈夫なのか?」

 

「だから、心配いらないわよ、なんせネプ子は…女神なんだから」

 

驚き半分、心配半分と言いたげな宗谷だがアイエフはそう返す。

 

そして、アイエフの考え通りになったのか、バイクに跨って走りだしたパープルハートはかなりのスピードを出してサーキットのコースを走り抜けて行った。

唸るエンジン音に合わせるようにバイクがスピードを上げていく。

しばらくすると、カーブに差し掛かった。

体重を乗せるタイミングを間違えばコースアウトしたり最悪転倒する可能性がある、宗谷も最初は不安に感じていたポイントだ。

 

「……っ!」

 

しかし、パープルハートは難なくカーブを見事なドリフトで曲がって見せた。

タイミングも体重の乗せ具合も絶妙だ、素人ではあのスピードでああも見事な曲線を描くことは出来ないだろう。

 

しかも、それだけではない。

その後のSの字にカーブを描いたコースや、ほぼ直角の角度を描いたカーブをも楽々と曲がってみせたパープルハートはそのまま風の如くサーキットを駆け抜け、あっという間に終盤のコースまで辿り着いた。

 

素人とは思えない手慣れた運転テクニックを見せるパープルハート、その姿に宗谷はいつの間にか魅入ってしまっていた。

 

しかし、ここで彼はあることに気づいた。

 

「………って、あれ!? いつの間にかジャンプ台が置かれてるんだけど!?」

 

なんとコースの終盤に大きなジャンプ台が設置されていたのだ。

 

「私が頼んだのよ、あいつこう言うの好きだから」

 

「いや好きって言ったって流石にあれは…!」

 

と言っている間に、パープルハートはもうジャンプ台の目の前まで近づいていた。

ここまで来たらすぐに止まることは出来ない、スピードを急に抑えることは出来ない。

 

そして、対に彼女のバイクのタイヤがジャンプ台の上に乗り…。

 

彼女を乗せたバイクはそのままジャンプ台を猛スピードで駆け上がっていき、鉄製のボディと彼女の体を宙へと舞い上がらせた。

 

パープルハートに焦りのような表情は見えない、それどころか…。

 

 

「はぁっ!」

 

 

なんと、ジャンプして最も高い位置に到達した瞬間、バイクごと後ろに反時計回りに一回転した。

 

そのまま引力に引き寄せられ、地面に落下していくバイクとパープルハートは、そのまま難なく着地し見事にゴール、宗谷達の前で、キキィ、とタイヤを鳴らしながらドリフトし停車した。

 

「……ふぅ、やっぱりたまにはいいわね」

 

「お疲れ様、ネプ子」

 

「………」

 

満ち足りた顔でバイクから降りたパープルハート。

そんな彼女のプロ顔負けな運転テクニックを目の当たりにした宗谷は呆然とした様子でパープルハートを見つめていた。

 

「ソウヤ、どうかしたの?」

 

「い、いや…ネプテューヌ、お前あんな運転テク…どうやって覚えたんだよ…どう見ても素人の走りじゃなかったぞ…?」

 

「…どうって言われても、教習所で基礎を習って、後は自己流よ?、」

 

「教習所!?」

 

ネプテューヌのまさかの発言に驚いた宗谷、そんな彼にパープルハートはこくりと首肯するとある物を取り出し、彼にみせた。

 

「これが、その証明よ」

 

「こ、これって……ネプテューヌの運転免許!?」

 

なんとそれは運転免許証だった。

カラーリングは彼女に合わせて紫色に施されており、しっかりと彼女の写真が添付されている。

パープルハートとしての姿の写真だが、これは間違いなく、宗谷もこちらの世界で改めて手に入れた運転免許証そのものだった。

 

「……本物、だよなこれ」

 

「ええ、正真正銘、私の免許証よ」

 

「まさかネプテューヌが免許を持っていたなんて……普通ならあり得ないだろ」

 

「あら、失礼しちゃうわね? 言っておくけど、変身前の小さい私が子どもっぽいから免許を持ってないって思ってたのかもしれないけど、私達女神にとって年齢なんてあってないような物なのよ? 普通に考えたら私達はソウヤよりも遥かに年上なんだから、免許くらい取れて当然よ」

 

空いた口が塞がらないと言った様子で彼女の免許証を見つめる宗谷にパープルハートが説明する。

 

確かに彼女達女神は人間の年齢と言う概念が存在しない。

成長スピードが遥かに遅いのか、そもそも成長が停止してるのか、どちらかについては宗谷は知らないが……確かにそれなら取れてもおかしくないのでは、と思えてしまう。

 

特にパープルハートに変身した今なら見た目的にも問題はないだろうし…。

 

「まあ、それでも一応乗り物に乗る時は変身しておくようにはしてるのだけど……世間的な意味もあるし、何より小さい私の体だとハンドルの大きさに合わないのよ」

 

「はぁ…さいでっか…」

 

すでに何回か車乗の経験があるかのようなパープルハートの発言に宗谷は複雑な顔を浮かべていた。

 

まさかネプテューヌにこんなスキルが備わっていたとは思ってもみなかったからだ。

 

(……なんか、負けた気がする)

 

彼女に先をこされたようで、妙な悔しさを感じてしまう宗谷。

なにせ宗谷はまだあれだけのテクニックは持っていないのだから。

今の自分と彼女では差がありすぎるようで、さっき自分で言った「バイクは男の浪漫」と言う言葉が恥ずかしく思えてきた。

言った本人のレベルがやっと乗れるようになったくらいなのだからなおさらである。

 

それに、どう言うわけであろうか…。

 

 

(……ネプテューヌ……女神化してバイクに乗ってると、妙にカッコ良く見えてくるな)

 

 

大人びた風貌に変化したのもあいまって、今の彼女の姿にバイクはかなり似合っていた。

 

それに見あった服装をすればかなり美系の女性ライダーそのものだ。

そのせいか、男の自分よりもさらに似合っているように見えてきてしまった。

 

「男のロマンって、いったい……」

 

「 宗谷、どうかしたの? そんなに落ち込んで」

 

「あ、別に……気にしないでくれ」

 

宗谷はここまで運転できる彼女に大見得を切ってあんなことを言っていた自分が恥ずかしくて仕方なくなってしまった。

彼は顔を片手で隠して俯く。

 

 

 

___ブルルルルルルルルルルルッ!

 

 

 

「……ん? この音は?」

 

 

突然、どこからともなくさっきから聞いていたせいですっかり聞き覚えてしまった音が鳴り響いてきた。

宗谷は一応後ろのマシンヴィクトラーのエンジンが止まってることを確認してから、ネプテューヌが跨っているアイエフのバイクに視線を移す。

 

二人のバイクはエンジンを停止しているためエンジン音が聞こえることはない。

 

では、この音は…?

 

気になった宗谷達が辺りを見回すと…。

 

「……あら? 誰か入ってきたみたいね」

 

パープルハートがサーキットの入り口から一台のバイクが入ってきたことに気づいた。

 

正面に備えられた一本角のような装飾に、屈強で強固なイメージを感じる黒に所々に見られる迷彩柄が特徴的なボディに車体の後ろの方に備えられた大きなボックスが目を引くバイクはエンジンを鳴らしながら宗谷達に近づいてくる。

 

一本角のバイクに跨っている人物は黒のライダースジャケットにフルフェイスヘルメットをかぶっていて顔は見えない。

 

そして、突然現れた謎のライダーは三人の近くにまで来るとバイクを止め、三人の方にヘルメットで包まれた顔を向けた。

 

「へぇ、本当に練習してたのね」

 

(女の人の声…? ……あれ、でもこの声なんか聞き覚えが………)

 

ヘルメット越しに聞こえて来たくぐもった声に宗谷はなぜか聞き覚えを感じた。

彼が首を傾げると、黒のライダーは顔を包んでいたヘルメットに手をかけ、上に持ち上げて隠していた顔を露わにした。

 

ヘルメットの下に収められていた、“銀色の髪”が広がる。

 

そして、露わになった素顔を見た瞬間、宗谷は驚きのあまり息を飲んだ。

 

 

「の、ノワール!?」

 

「こんにちわ宗谷、様子を見に来てあげたわよ」

 

 

突然現れた黒のライダー、その正体はプラネテューヌの隣にある国、ラスティションの女神、“ノワール”が女神化した姿、“ブラックハート”だった。

 

女神化した時に着るプロセッサユニットの代わりにライダースジャケットに身を包んだブラックハートは宗谷に挨拶をすると自分が乗っていたバイクから下りる。

 

「ノワール、どうしてプラネテューヌに?」

 

「ちょっと前から宗谷がここでバイクの練習をしてるってユニから聞いて様子を見に来たのよ、ついでに新しくうちで開発された新車の試乗をしてみたかったしね」

 

ブラックハートひそういうと自分が乗っていたバイクから下りてその場にいた三人に車体全体が見えるような位置に移動した。

 

 

 

「ラスティションで今最も利用されているバイクシリーズ、“Psシリーズ”の新型、その名も“Ps-Ⅳ MTG パニッシュド・DD”よ!」

 

 

 

自信満々と言いたげに胸を張って自分が駆っていたバイクの車種について説明するブラックハート。

 

「ボディパーツには特殊合金を使用していてどんな状況下でも傷つくことのない頑丈性、そしてどんな悪路にも対応できるタイヤのタフさ、さらに一番の特徴は何と言ってもバイクの後部に取り付けられたフルトン気球機能!これがあればいざという時にバイクを指定した場所に送ることができるという優れものよ!」

 

意気揚々と自分が乗って来たバイクの説明を始めるブラックハート、よほど自信があるようだ。

だが、確かにラスティションは産業技術が発達している国のため、その技術を使ったバイクとなれば自信があって当然と言えるだろう。

 

「いや、すごいのはわかったけどさ……それよりも」

 

しかし、宗谷はこの時、彼女が持ってきたバイクの性能よりもあることが気になっていた……。

 

それは…。

 

 

「ノワール……まさかお前も免許証持ってるのか?」

 

「え? なによ、やぶからぼうに、ちゃんと持ってるわよ免許証くらい、国の象徴である女神が無免許運転なんてするわけないでしょ」

 

 

そういうと彼女はネプテューヌと同じように黒のカラーリングが施され、女神化した彼女自身の姿を写した写真がついた免許証を見せた。

 

やはり、彼女も持っていたようだ。

 

「……まさかノワールまで持っているとは……」

 

既に慣れた様子で運転してたのを見る限り、おそらく彼女も運転には慣れているのだろう。

 

 

さらには……。

 

 

 

___ブルゥゥゥゥゥウン!

 

 

 

またもう一台が、サーキットの中に入ってきた。

今度は白のボディに前面がイカの頭のように尖っていて、マフラーが左右に一つずつついたタイプのバイクだ。

 

「また誰か来たみたいね?」

 

「この流れってもしかして…」

 

宗谷は新たに現れたバイクを見て、ある予感が頭に浮かんだ。

免許証を持っていたネプテューヌとノワール、女神の予想外の事実が発覚していく中……もし、この流れで次にサーキットに来るとするなら次は…。

 

 

「なんだよ、ノワールが先に来てたのかよ」

 

「む……なによブラン、先に来てちゃ悪いの?」

 

「やっぱりか!? やっぱりブランだったのか!」

 

 

予想は的中してしまった。

 

新たに現れた白のバイクのライダーは雪降る北国、“ルウィー”の女神“ホワイトハート”こと“ブラン”だった。

 

例によって女神化してバイクに乗って来た彼女はバイクから下りると被っていたハーフタイプヘルメットを脱いで宗谷達の方に視線を向ける。

 

「ブラン、あなたも宗谷の様子を見に?」

 

パープルハートが問いかけるとホワイトハートは首肯した。

 

「まあな、そんなところだ、ちょうど仕事に余裕ができたからなんとなくな……」

 

「そのバイクは? あんまり見たことないタイプだけど……そっちも新型のバイクなの?」

 

「いや、確かに一応新型っちゃあ新型だけど一般販売のやつとは違う」

 

「え? …どういうことよ?」

 

彼女が乗って来たバイクが気になる様子のブラックハートの問いにホワイトハートは口元に笑みを浮かべると彼女のバイクのシートに手を置いた。

 

 

 

「こいつはルウィーの警備兵用に開発したバイク、“W11-U S.P.トゥーン”だ」

 

「警備兵用? パトロールとかを想定して作ったってこと?」

 

「ああ、こいつは犯罪者を追跡するために開発したバイクなんだ、先端の部分にはペイント弾を取り付けてあるから追跡にも役立つし、走行も安定していて走りやすい。それになによりデザインがイカすだろ?」

 

 

 

先程のブラックハートのようにバイクの説明をしながら得意げにサムズアップを見せるホワイトハート。

 

しかし、なぜ一般用ではないバイクに乗っていたのか…。

 

「新開発されたこいつのテストついでにここに来たんだけどよ……しばらく宗谷にも会ってなかったし、せっかくだから挨拶ついでにって教会に行ったらここにいるってネプギアから聞いてな、それでここに来たってわけだ」

 

簡潔にここに来るまでの経緯を話したホワイトハート、どうやら直々にテストを受けたついでにここに立ち寄ったそうだ。

ルウィーからプラネテューヌまで距離はそれなりにあるはずなのに、長距離走行とはなかなか経験がないと大変そうだ。

 

しかし、宗谷の中ではそれよりも重要なことが頭に浮かんでいた。

 

もう確認せずとも彼女もバイクに乗って来たということは“そういうこと”だろう…。

 

 

「ブランまでもが免許を持っていたなんて………ていうか、ブランまで来たってことは……」

 

 

 

 

「あらあら、みなさんお揃いですのね」

 

 

 

___やっぱりか!

 

だいたい予想はしていたが、聞こえてきた声と、そしてその声に紛れて聞こえるエンジン音に反応した宗谷。

 

彼はすぐさま声のした方に振り返ると…。

 

 

 

___ドルルルルルルルルルルルルル!

 

「お久しぶりですわ♪」

 

「やっぱりベールも乗れたのねーーー!! ていうか乗ってるバイクデカッ!?」

 

 

 

そこにはここから海を越えた大陸にある国、リーンボックスを収める女神、“ベール”こと“グリーンハート”が宗谷のマシンヴィクトラーやネプテューヌ達のバイクよりもはるかに大きい大型バイクに乗っていた。

 

しかも、服装が何時ものプロセッサユニットとは違い、彼女の豊満な身体のラインがくっきり浮き出るタイプのライダーススーツという本格仕様だ。

 

(……まるで峰不◯子だな……))

 

その身体つきに合わせて身に纏ったスーツのせいもあってかまるでどこぞの大怪盗の三世の仲間である女泥棒を宗谷は思い出してしまった。

 

「ベールまで来たの?」

 

「ええ、たまにはツーリングで気分転換でもしようかと思いましたの、それにネプギアちゃんから宗谷がバイクの練習をしているということも、聞いていたので」

 

ブラックハートとホワイトハートの二人と似たような返答を返すグリーンハート。

というか、海を越えてまでバイクでくるなんて…もはや、まだ乗れない自分に対するあてつけではないだろうか、と宗谷は思ってしまった。

 

「……つーか、なんだよおめーのそのでっけーバイクは?」

 

「これですの? これは私がショップで購入したものですわ、やはり大きいのに悪いものはありませんから♪」

 

「……お前、今さりげなく胸を強調していったろ?」

 

「はてなんのことでしょう、覚えがありませんわー」

 

「棒読みで言っても説得力ねーんだよ!」

 

彼女は特にバイクについての説明をすることはなかったが自分の自慢の一つでもある胸を強調した発言にこの中で一番そのことを気にしているホワイトハートが食ってかかる。

 

 

「まったく、カリカリしてるとそのまま事故ってしまいますわよ? バイクに乗る時は風になったように豊かな気持ちを持たないと……そう、私の胸のように大きくて柔らかな」

 

「ハッキリ言ってんじゃねーか!! テメェの胸なんてせいぜいエアバックの代わりくらいの価値だろ! 安全運転で行けば使う機会なんてねーんだよ!」

 

「まあまあブラン、別に大きくても小さくてもいいじゃない? 二人ともそれなりに運転はうまいんだし、ね?」

 

「まあ、ドライバーの実力もあるけどやっぱり性能も重要だと私は思うけどね~、誰かさんみたいにデザインがいいとか、大きさとかじゃなくて、やっぱり重要なのはどれだけ運転しやすいか、どれだけ性能がいいかよ」

 

 

四女神が勢ぞろいして、一気に賑やかになったサーキット。

鳴り響くエンジン音と四人の談笑する声を聞きながら宗谷はじっと彼女達のことを見つめる。

 

「……なあ、アイエフ」

 

「なに? どうかした?」

 

「俺さっきさ、バイクは男のロマンって言ったけどさ……」

 

そこまで口にした宗谷はそれぞれのバイクの近くで談笑する女神達の姿を順に眺めていく。

 

大人びたクールな印象にバイクがよく映えるパープルハート。

 

勝気な印象に力強い見た目のバイクがよく似合うブラックハート。

 

小柄だがそれに合わせたかのようにデザインに独特差を持たせたバイクがマッチしているホワイトハート。

 

年上の女性の魅力にさらにバイクという乗り物に乗ることで印象的なかっこよさがプラスされたグリーンハート。

 

彼女達の姿は……。

 

 

 

 

「………今のあいつらの前ではこの言葉が霞んで見えてしまうんだ」

 

「……まあ、似合う男になれるように頑張りなさい、手伝ってあげるから」

 

 

 

 

とても、バイクに似合っていたのだった。

 

 

 

 

その後、彼女達に負けないように宗谷はバイクの練習に力を入れて、さらにバイクの経験がある女神達の教えもあったおかげで着実に実力を伸ばしていったのだった。




いかがでしたか?

ドライブ本編でチェイスが免許証を取っていた時になんとなく思いついていたネタです。
女神って、年齢という概念が存在しないようなもんだし……もしかしたら免許証取れるんじゃね?
という妄想からこのお話が出来ました(笑)


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EX stage,3 古代女神生活事情 〜朝の巻〜

どうも、白宇宙です。

今回の短編は、ネプおばで重要な役を担う、オリジナルキャラ達、古代女神御一行が主役です!

彼女たちの日常はどんなことになっているのか!

“生活”をテーマに、彼女たちの朝の様子をちょっと覗いてみましょう!

それではお楽しみください、どうぞ。


 

 

 

___“古代女神”

 

 

 

 

 

 

現代のゲイムギョウ界の遥か昔、まだこの世界ができたばかりの時代、“ゲイムギョウ界創世記”。

 

この時代にも、四人の女神が存在し、四つの国を統治していた。

 

しかし、この時の女神達は現代とは違いゲイムギョウ界の覇権を手にするために戦いに身を投じ、長い時を争いの中で過ごしてきた。

互いに敵とみなし、互いに憎しみあい、互いに争いあった。

 

長い戦いの中で、四つの国は衰退していき、始まったばかりのゲイムギョウ界は長きに渡る“守護女神戦争”の影響で滅亡の危機に瀕していた。

 

 

しかし、その戦いに終止符を打ち込む者が現れた。

 

 

女神に匹敵する力を持ち、争いを続ける女神達を次元の彼方にまで飛ばし、この争いを止めたという。

 

魔神と呼ばれる者によって、争いを続ける女神達は消え去った…。

 

 

しかし、それはあくまで……そう言われているだけの話。

 

本当を真実を知る者は現在のゲイムギョウ界にはいないだろう……。

 

少なくとも、当事者である“彼ら”を除いて…。

 

 

 

これは、かつて“古代女神”と呼ばれた少女達と、“魔神”の名を持つ一人の男が送っている、“日常”の一コマである。

 

 

 

 

「………ぅ…ん…」

 

軽く、とても柔らかい布団を身体にかけて寝ていた少女がまだ眠気が残っている状態の身体を動かして寝返りをうつ。

 

ぬいぐるみやどこか柔らかな雰囲気を感じさせる内装が施されているこの部屋の主は締め切ったカーテンによって薄暗いままの部屋に置いてある一人用のベッドの上にいた。

 

時刻はもうそろそろ人が起きてもいい時間帯、それを彼女の体内時計は理解していたのか自然と彼女の身体が覚醒へと導かれていった。

 

「………んぅ………ふみゅう…」

 

寝ぼけ眼で起き上がったのは、肩より下まで伸びたまるで百合の花のように白く美しい髪を持った可憐で、それでいて触れれば散ってしまいそうな儚げな印象を持った少女だった。

 

少女はまだ眠気が残っているらしい目をこすりながら部屋に設置された壁掛け時計へと目を向ける。

 

「………起きなくちゃ………」

 

時刻を確認した少女は掛け布団を外してベッドから足を下ろし、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

彼女の名は、“シンシア”…。

 

 

かつてゲイムギョウ界創世記に存在した四つの国の一つ、“セサン”を統治していた、“古代女神”の一人である。

 

と言っても、それはもはやかつての話、今の彼女は女神としての力の大部分を失っている、“元女神”なのだから。

 

 

「……お風呂……入ろう」

 

 

シンシアの朝は朝風呂から始まる。

朝の眠気覚ましも兼ねて、彼女は朝から入浴することを日課にしている。

いつものように彼女はクローゼットへ向かうと中から着替えのお気に入りの空色のエプロンドレスと黒猫のバックプリントが施された下着を取り出して、いつもの習慣にしたがってお風呂場に向かうべくドアの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふぅ」

 

四季折々、桜と青葉と紅葉と雪を枝に乗せた四本の木に囲まれた幻想的な空間に包まれた浴場で、シンシアは一人シャワーを浴びていた。

 

脱衣所でパジャマと下着を脱ぎ、裸になったシンシアは風呂用の椅子に腰掛けて頭から適度な温度に調整された温水をかぶる。

 

シャワーから出る、程よく温かいお湯が彼女の白い髪から透き通るような白い肌に控えめだが適度に発育してる彼女の身体を水滴が伝っていく。

 

流れていくお湯とともにさっきまで残っていた眠気が流れていく。

 

やはり朝のシャワーはとても気持ちいい、優しく眠気が流れていくのは安心感と心地よさを感じられる。

シンシアは一通りシャワーで身体を流し終えた後、蛇口を捻ってお湯を止める。

 

___く〜……。

 

「……あぅ……」

 

シャワーを止めると同時に、空腹を知らせる音と感覚を彼女はようやく自覚した。

そろそろ朝ごはんの時間だろうか、そんなことを考えたシンシアは椅子から立ち上がると脱衣所の方へと戻る。

 

カラカラカラと音をたてながら脱衣所へと繋がるスライドドアを開けて、中に戻ろうとシンシアが足を踏み出すと…。

 

 

 

 

ーポニョン。

 

「わぷっ…!」

 

 

 

不意に自分の顔面を暖かくこの上なく柔らかい感触が包み込んだ。

顔面にぶつかった柔らかいものに押し返されて後ろに下がったシンシアは鼻のあたりを抑えながら恐る恐ると言いたげに自分がぶつかった目の前のものに目を向ける。

 

「おや? あなたも入っていたのですか?」

 

「……!?」

 

それは綺麗に二つならんだ大きなお椀型の双丘だった。

白く、ぷるんと柔らかそうに揺れたその双丘はシンシアの姿を見つけて彼女に話しかける。

当然、いきなり目の前にそんなものが現れて喋り始めたのだから驚きを隠せないシンシア。

 

しかし、勘違いしないでいただきたい。

別に喋っているのがこの双丘というわけではない。

 

「ら、ライラ………」

 

「おはようございます、シンシア」

 

喋ってきたのはこのたわわに実った発育のよろしすぎる乳房を持つ、シンシアと同じ志を持って共に活動する、“古代女神”の一人、“トランス”のコードネームを持つ女性、“ライラ”だ。

 

「朝からいきなり私のお胸に顔からぶつかってくるとは…まさかシンシア、私のお胸が恋しくなりましたか?」

 

「っ! ……〜〜!」

 

ライラが恥じらいもなく言った突然の発言にシンシアはまるでイチゴのように顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を左右に振る。

 

「むふふ…遠慮しなくてもいいんですよ? ほらほら恥ずかしがらなくても、赤ちゃんのように甘えてもいいんですよ〜?」

 

「〜〜〜〜!」

 

彼女のリアクションが面白く感じたのか、ライラはシンシアにそう言って詰め寄るが一方のシンシアは、もはや必死と言った感じで首をぶんぶんと左右に振り続ける。

 

「もう、冗談ですよ、そんなマジに否定されたらなんか悪いことしてる気分になって来るじゃないですか」

 

「うぅ……からかわないで……」

 

「単なるスキンシップの一環ですよ、ただでさえあなたは人見知りしやすいんですから」

 

「……あう」

 

痛い所をつかれたのか、シンシアはなにも言い返せなかった。

 

ライラの言う通り、シンシアは極度の人見知りで一定の期間が空いてしまえばたとえ身内であっても人見知りしてしまうほどの重症なのである。

なので、彼女がまた人見知りを再発しないようにこのようなコミュニケーションを定期的に行うようにしているのである。

 

しかし、いささか過激なような気もするが…。

 

「おっと、そんなことよりも…私も昨夜のアルコールを抜きたいことですし、失礼しますよ? あ、そうそう、ヤエがもうじき朝食ができると言っていましたのであなたも早く着替えなさいな」

 

「う、うん……」

 

「さてと、シャワーシャワーっと」

 

ライラはそう言うと彼女の隣を通り過ぎて風呂場に入っていった。

 

「………」

 

その際にシンシアは自分の横をライラが歩く度にぽよんぽよんと跳ねる二つの双丘に目が行ってしまう。

 

「………むぅ」

 

そして自分の胸へと目を落としたシンシアはタオルを片手に脱衣所に戻り、脱衣所に備え付けられている鏡の前に立つ。

 

鏡に写る風呂上がりの自分の姿、湿気を帯びた自分の白い髪と水滴が伝う自分の体。

その中でシンシアは自身の胸へと視線を向けてそっと両手で自分の胸を触ってみる。

 

「……やっぱり、小さいよね……」

 

ライラのものと比べるとかなり差がある小ぶりな膨らみ。

ライラのものが“メロン”なら、シンシアは“リンゴ”がいい所だろうか。

 

まったくない、と言うわけではないが平均よりも少し小さめだとシンシア自身は自覚している。

 

 

「………もう少し、大きくなったら大人っぽくなれるかな………ライラみたいに」

 

 

実は彼女は密かにライラのような大人っぽい女性に憧れを持っているのだ。

 

引っ込み事案で見た目も子どもっぽい自分とは正反対に、体も大人っぽく言いたいことをはっきりと言うライラはシンシアの密かな憧れでもあった。

 

ライラに比べれば明らかに控えめな自分の体。

少しでも彼女に近づくべく、せめて胸を大きくしたい。

そのためにはどうするべきかとシンシアは考えを巡らせる。

 

「………そういえば……こうすれば大きくなるって……」

 

彼女はここでふと、風の噂で聞いたことのあるバストアップの方法を彼女は思い出した。

 

しばらく考えこむように自分の手で包み込むような状態で収まっている己の胸を見下ろす。

そして、やがて決心がついたのか彼女は自分の両手に力を込める。

 

「んぅ………」

 

そう、彼女が聞いたことのあるバストアップ法、それは“揉む”ことだ。

 

人によってはバストアップマッサージと呼ぶこともあるのだが、単純に言えばそう言うことだ。

 

「…ぁ……ん……なんか…変な、感じ……」

 

指を動かすごとに形を変える自身の胸、そして体に響くようにわずかに走る妙な感覚。

その慣れない感覚に声を漏らしてしまうシンシア、だが彼女は自分胸を揉むことをやめることなく揉み続ける。

 

「……もっと、強くしたら……効果あるかな………っ……はぅ…んぁっ!」

 

より良い効果を期待して指の力に緩急をつける。

すると、自身の体に走る電気のように激しく、それでいて甘い感覚が強くなった。

 

ビクリと体を震わせるシンシア。

どことなく、その息遣いも変化しているような気がする。

 

本当にこれで効果があるのだろうか、若干疑問を感じるシンシアだがこれも大人っぽい女性になるための一歩だと信じて手を動かし続ける。

 

「ふ……ん…ぁ……ふぁぁ…っ、あん……!」

 

無意識のうちに内股をすり合わせて甘い声を漏らすシンシア、一糸纏わぬ彼女の体が自身の指が動くごとにビクビクと跳ねる。

 

(……なんだか……)

 

自身の心中になにやら、いけない感情が芽生えはじめていた。

そろそろやめておいた方がいい気がする、しかし、なぜかやめることができない……もっとその先を望むようになってしまっている。

 

 

 

(気持ちよく……なって、きちゃった……)

 

 

 

その感覚に酔いかけているシンシアはより強い刺激を求めようと……。

 

 

 

 

 

 

 

「………朝から…発情、期?」

 

「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!?」

 

 

した所でとんでもない状況を仲間に見られてしまい、シンシアの猫のような悲鳴が脱衣所に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ロボちゃん……いたならノックくらいしてよ……」

 

お気に入りのエプロンドレスに身を包み、脱衣所を後にしたシンシアはいつの間にか脱衣所にいた少女、“ロボティック”のコードネームを持つ“ステラ”と共に廊下を歩く。

 

ほんのりと頬を赤くしてるシンシアが前を歩くステラに目を向けながら抗議する。

 

「トイレ、じゃない……ついでに言うとあそこ、は欲求不満を発散、する場所じゃない…」

 

それに対して、ステラはシンシアの方を振り向くことなくそう言い返した。

 

「わたしは……そんな……そんなつもりは……!」

 

「でも、息遣いと声の出し方さらに体の反応を見る限り、明らかにあれは発情、してた……」

 

「だ、だから…! あれにはちゃんと理由が…!」

 

「あれ、てどれ? 誰にも見られず裸、になってさらには自分の胸を揉んで一人で興奮、してたこと……?」

 

「ふえぇ……ロボちゃん、お願いだから話を聞いてよぉ……!」

 

シンシアよりも年下で白ゴスと呼ばれる衣服に身を包んでいるステラは姿に似合わないはっきりとした毒舌を吐き続ける。

 

彼女の容赦のない言葉にシンシアは涙目になりながらもなんとか事の真実を伝えようとするがなかなかそのチャンスは訪れない。

 

「……まあ、私にとってはあなたが発情、していてもどうでもいい……間違っても私に襲いかから、なければ……」

 

「そ……そんなこと、しないもん……!」

 

「どうだか……発情期、の猫はなにをするかわからない……発情期が終わる、まであまり、近づかないで」

 

「うぅ……ぐすっ……だから違うのにぃ……ロボちゃんひどいよ……」

 

一度彼女が毒を吐けばもはやそれはマシンガンのごとき連射速度で襲いかかってくる。

たとえそれが仲間であっても、容赦はない。

 

彼女の毒舌を受け続けるシンシアはついには半ベソになってしまう。

もともと引っ込み思案な彼女には彼女の容赦のない言葉がとても強く答えたようだ。

 

「……ひっ……えぐっ……」

 

「………」

 

ついには本気で泣きそうになってしまっているシンシア、そんな彼女の様子に前を歩いていたステラは一度ため息を着くと彼女の方に振り返った。

 

「……SARUTOBI」

 

『……御意……』

 

彼女が呟くと、いったいどこから来たのか忍者型の人型ロボット、“SARUTOBI”が現れた。

SARUTOBIはステラのアイコンタクトに従い、あるものを取り出してステラに手渡す。

 

ステラはそれを受け取るとシンシアの方に歩いて行き手に持っていたものを彼女に差し出した。

 

「ひぐ………ふぇ?」

 

「………こんなこと、で泣かないで……バレたら私が、パパに怒られる……」

 

ステラが差し出したのは棒付きキャンディだった。

彼女なりにシンシアを慰めているようだ。

しかし、泣かしたのはステラ自身だが……。

 

「………」

 

「……いらない、の?」

 

ステラの行動にきょとんとした様子を見せるシンシア。

返答がないことに疑問を抱いたステラはキャンディが気に入らなかったのかと彼女に質問を返す。

 

「……ならあなたの好き、なイチゴ味……これも嫌? ……じゃあ、チョコ……だ、ダメならアイス、なら……これでも、ダメ? ……なら、なにが……」

 

返答を返さないシンシアにステラはSARUTOBIが用意したお菓子を次々に見せて彼女の機嫌を取ろうとする。

 

だがこれと言った反応を得られず珍しく彼女が焦りを見せる。

 

そんな彼女の姿にシンシアはやがて口元に笑みを浮かべる。

そして、四苦八苦するステラに近づくと…。

 

「…大丈夫だよ、気にしてない……」

 

「なっ……」

 

予想してなかった彼女の返答にステラが一瞬戸惑う。

だが、そんなステラの様子などお構い無しにシンシアはウェーブのかかった彼女の頭を撫でる。

 

「………紛らわしい、ことは……やめて」

 

「ごめんね、ロボちゃん…でも、ありがとう…」

 

「………」

 

ステラは気に入らないと言いたげにそっぽを向いてしまう。

 

シンシアにとってステラは自分があまり意識することなく会話ができる人物の一人である。

脱衣所でのライラとの会話の時のように若干の緊張を感じてしまうことがある彼女が唯一気兼ねなく話せる相手、それがステラなのだ。

 

現に先程もライラとは違ってシンシアの口数が多く感じはしなかっただろうか?

 

それほどに彼女が心を許してるのである。

 

理由としては自分よりも年下な見た目と言うのもあるのだが……。

 

「……き、気が、すんだなら……いい加減手を、離して……くすぐったい」

 

「……もう少しだけ」

 

素直じゃない彼女が見せる可愛らしさが好きだからと言うのもある。

 

普段は冷たい態度を取る彼女だが、ごく稀にこうして誰かを気遣う態度を見せる時がある。

その時に見せるステラの照れ臭そうな表情がなんとなくシンシアは好きだった。

 

それになにより、シンシアは知っている。

ステラは普段こそロボティックと言うコードネームのように鉄のように冷たげな態度を見せているが、その心中には誰かを思う気持ちがあると言うことを…。

 

 

 

彼女とは昔、自分が女神だった時代ではじめてわかりあえた人物でもあったからだ…。

 

 

 

だからこそシンシアは、その時のことを通して、ステラを気兼ねなく話せる友達のように思っているのである。

 

「………いつまで撫でてる、の?」

 

「あ……ごめん」

 

「………エネミー、が呼んでる……」

 

「………うん」

 

そんな友人と共にシンシアは廊下を進んでいく。

 

 

 

 

廊下をしばらく進むと、二人は他の部屋よりも大きな作りの扉の前に辿り着いた。

本来の目的地であるその部屋の扉を二人を先導する形で歩いていたSARUTOBIが開ける。

 

扉を開けると同時に朝を迎えて程よく空腹になった胃袋を刺激するいい香りがシンシアとステラの鼻腔をくすぐった。

 

 

 

「お、ちょうどええタイミングやな、朝ごはんもうちょっとで出来るから二人とも座って待っといてぇな」

 

 

 

そう言って二人を出迎えたのは彼女達に共通する白い髪をポニーテールに纏めていつも着ている黒コートが特徴的な、所謂関西弁という言葉を話す女性だった。

 

シンシア達と行動を共にする元女神の四人目、“エネミー”のコードネームを持つ、“ヤエ”と言う名の女性である。

 

朝食を作っているためか、いつも着ている服にエプロンを付けたヤエの姿はいつもと違って家庭的なイメージを感じさせる。

 

「おはよう……ヤエ、さん……」

 

「はい、おはようさん、お腹空いてるやろ? もうちょっと待っといてぇや」

 

「ぅ………」

 

シンシアの挨拶に答えたヤエは忙しそうに部屋に併設されたキッチンを行ったり来たりしている。

この部屋は彼女達共同の生活スペース、言わばリビングのようなものだ。

少し広めに作られた部屋にはテーブルと五人分の椅子が並べられ、十分にくつろげるスペースを確保しており、観葉植物などが置かれていたりインテリアをなかなか凝った作りになっている。

 

そんな部屋に用意されているリビングで忙しなくフライパンを握るヤエに言われたシンシアは小さく頷いてから近場の席に座った。

その隣にステラも座る。

 

「……よし、こんなもんやろ」

 

ヤエは手早く、且つ丁寧な手際でフライパンの上で焼いていた黄色いものを白い器に移し替える。

ほかほかと湯気を立てているのは、卵を解いて玉ねぎなどの野菜とひき肉を一緒に混ぜてバターで焼いた色鮮やかなオムレツだ。

 

ヤエは満足気な表情を浮かべるとすでに完成していたと思われる、もう一つのオムレツも一緒に持ってシンシアとステラが座って待っているテーブルに向かう。

 

「はい、どうぞ〜、二人ともトーストは一枚ずつでええな?」

 

「……ぅ」

 

「異論、なし…」

 

「トーストに塗るのはシンシアはイチゴジャム、ステラはピーナッツバターやな、ちゃんと野菜も食べてや? 特にステラ、ええ加減トマトくらい食べれるようになりーや」

 

「………善処、する」

 

「っていいながら付け合わせのトマトさりげなくよけへんの!」

 

表情を変えず、言っていることとは裏腹に付け合わせで用意されたプチトマトを皿のさらに端へと避けるステラに黒コートの上にエプロンを付けたヤエがたしなめる。

 

実は彼女達古代女神の食事を作っているのはヤエなのである。

 

ライラとは違った、家庭的で優しげな雰囲気のあるヤエ、彼女にも彼女なりの大人っぽさがある。

 

そんな彼女もシンシアにとっての密かな憧れだった。

 

「………いつも」

 

「ん? なんや?」

 

「………いつも、ありがと……ヤエさん」

 

「な、なんやねん藪から棒に……ほら、はよせな冷めるで?」

 

「……うん……いただき、ます」

 

ヤエに日頃の感謝を伝えたシンシアは手元の皿に乗せられたトーストを手に取り、程よい焼き色が付いた表面にイチゴジャムを塗りはじめる。

 

一通り塗った後、シンシアは口を開けてトーストを一口かじる。

イチゴジャムのほのかな酸味とすっきりとした甘さが香ばしいトーストとマッチしていて、シンシア数回咀嚼した後無意識のうちに口元に笑みを浮かべた。

 

「……♪」

 

「………こっち、も赤い……イチゴも好き、ならこれも……」

 

「押し付けんのもやめい、ちゃんと食べ!」

 

「………チッ」

 

「舌打ちした!? あんた今舌打ちしたよな!?」

 

面倒見のいいヤエは野菜の好き嫌いが多いステラに野菜を食べるように注意することがしょっちゅうある。

これもその一部始終だ。

 

「まったく…そんなんやったら、いつまでも大きくならへんままやで?」

 

「……私達が成長、することはあまり望め、ないと思うけど……」

 

「理屈やなくて倫理の話や、偏食ばかりしてると体壊す言うてんの! ただでさえあんたは体力ないねんから、なおさらのことやで!」

 

ステラをたしなめた後ヤエは彼女自身の分の朝食を持ってシンシアの向かい側の席に座った。

 

そして、まったくと言いた気にため息をついたあと、湯気がたつマグカップの持ち手を握り、一口飲む。

 

その瞬間、ヤエの表情がこの上ないほど安らいだ表情になった。

 

「……あぁ〜、やっぱり朝はホットココアやね」

 

ホットココアでここまで安らかな表情ができるものだろうか…。

いや、おそらくそんな表情ができるのは古代女神の中でも彼女だけだろう。

 

なにせ、彼女はその昔、まだ現役女神だった頃は今の姿からは考えられないほどに強烈なキャラをしていたのだ。

 

 

 

 

『……やはり、俺の心の渇きを癒してくれるのはこの飲み物だけ……珈琲はいつでも俺の相棒だ』

 

 

 

 

シンシアが覚えているかぎりでは昔はこんなセリフ回しとともにブラックコーヒーを飲んでいたはずである。

 

(……あの時のヤエさんもかっこよかったけど……こっちのヤエさんも好きだな……)

 

まあ、一口飲むごとに苦そうな顔をしていたので本心では好みではなかったのだろう…。

あの時のヤエは普通の人間で言う、難しい年頃の思春期に現れがちな所謂“厨ニ病”だったのだから仕方ないといえば仕方ないだろう。

 

そんな彼女の姿を見つつ、シンシアがトーストを齧っていると、部屋のドアがガチャリと音を鳴らして開いた。

 

 

「ふわぁっ……ん〜、おはようみんな」

 

 

眠たそうな赤い瞳の寝ぼけ眼を擦りながら、茶髪を髪に寝癖を付けた青年が部屋に入ってきた。

 

彼の姿を見た瞬間、シンシアの隣にいたステラが表情を一気に明るくさせた。

 

「パパ…!」

 

「ん……ステラ、おはよう」

 

彼女に朝の挨拶をした青年は次にシンシアとヤエの方に目を向ける。

 

「ヤエとシンシアも、おはよう」

 

「お……おは、よう…」

 

「おはようさん、あんたの分も出来たぁるで、はよ座り?」

 

「うん、いつもありがとうね、ヤエ」

 

彼はそう言うとテーブルの一番奥の席に移動し、腰掛ける。

そして、用意されたヤエお手製のオムレツにフォークで一口分切り取って口に入れる。

 

「………うん、今日のオムレツも美味しいよ、さすがヤエだね」

 

「別に褒めてもなんも出えへんよ? それに(うち)の料理ならいつも食べてるやんか」

 

「そうだけど、美味しい物に美味しいって言わないのは作った人に悪いから、やっぱり、ヤエの料理は一番だ」

 

優しげな笑みを浮かべた青年の発言にヤエは途端に頬を種に染めてそっぽを向く。

 

「な、なんやねん……わかったから、いちいちそんなん言わんと早よ食べや」

 

「……わかりやすい、照れ方……」

 

「照れてへん! それよりはよあんたはトマト食べ!」

 

「あれ? ステラ、またトマト残してるの?」

 

ヤエの発言に気づいた青年はステラの方に視線を向けると、ステラは罰が悪そうに視線をそらした。

 

「ダメだよ? 好き嫌いしてたら」

 

「う……で、でも……食感、があまり好ましくない…」

 

「あはは…相変わらず苦手なんだね、トマト」

 

「他にもあるんやけどな? ピーマンやら玉ねぎやら……」

 

青年の言葉に呟いたステラ。

どうやらトマトを噛んだ後に出てくるゼリー状の物の食感がダメならしい。

 

「んー、でもステラ、何事にも挑戦してみないと、体にも良くないし、ね?」

 

「うぅ……パパもエネミー、と似たことを言う……」

 

青年の言葉にステラが渋る。

 

いくら信頼を寄せる彼でも、嫌いな野菜を食べるのは避けたいらしい。

 

あの無表情且つ毒舌なステラやヤエが普段は見せない表情を見せる彼。

シンシアは彼の方に視線を向ける。

 

 

そう、彼こそが自分達に新たな道を指し示し、今現在彼女達と共に行動し、生活している……このゲイムギョウ界を影から見守り、ある少年を導く、“魔神”。

 

 

その名を、“魔神 ヴィクトリオン•ハート”…。

 

 

 

「あ、そう言えば変えのティッシュがもうなくなって来たんだった…」

 

「そんなら、また昼にでも買い出しに行ったらええやん」

 

「ついでに……新しい、メンテ用ドライバーが欲しい……ギガントール、のメンテに必要」

 

「うん、後で今週の家事当番を決めてから買い出しに行こうか……おっと、ハチミツハチミツっと……」

 

 

 

ゲイムギョウ界創世記に現れた、伝説の魔神、本人である。

 

 

……まあ、一見そうとは見えないほどの庶民っぷりだが……事実である。

 

 

念のためにもう一回言おう、事実である。

 

 

「……あ、シンシア、ちょっと」

 

「ふえ?」

 

唐突にトーストを齧っていたシンシアにヴィクトリオン•ハートが声をかける。

すると、そっと彼女に手を伸ばしてきた。

 

「口元にジャム、付いてるよ?」

 

「あ………」

 

口の端についていたのだろうジャムを親指で拭ったヴィクトリオン•ハートはぺろりとジャムの付いた親指を舐めてから、シンシアに優しげな笑みを向ける。

 

「……あ、ありが……とう」

 

「ん、どういたしまして」

 

ぎこちなさ気にお礼を言ったシンシアは少し照れ臭そうに視線を泳がせた後、再度トーストを齧ろうとする。

 

その時…。

 

 

「いやぁ〜、すっきりさっぱり! やっぱり朝のシャワーは格別ですなぁ!」

 

 

部屋のドアがハイテンションな声と共に開け放たれ、そこからさっきまでシャワーを浴びていたライラが部屋に入ってきた。

 

 

 

……全裸で

 

 

 

「ちょっと待たんかいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

恥ずかし気もなく、首元にタオルをかけただけのライラにすかさずヤエがツッコむ。

 

「あんたまた朝からそんな格好……ええかげんにしぃや!?」

 

「なんですか突然声を荒げて、いつも通り、これが私のデフォですが何か問題でも?」

 

全裸のライラに詰め寄ってきたヤエに対し、ライラは涼しげな顔で何を今更と言いた気に返答を返す。

 

「あんたのデフォとかそんなんはどうでもええねん! とにかく、今は男もおんのやから裸でうろつくんはやめぇ!」

 

「何を今更、今まで私は彼にこの私自慢の95cm、Gカップのバストや、このくびれたウエストに貼りのあるヒップを見せても彼はなんの反応も示さなかったんですよ? それなのに今更隠してもねぇ…」

 

「そうやなくてそれ以前に普通は多数の人が住んでる家の中で裸でおることそのものが常識ちゃうねんて私は言いたいんや!」

 

「自慢のこの体を見せることに何が問題があると言うのですか? ………あ、ひょっとして……」

 

何かに気づいたようにライラがわざとらしくニヤリとした陰湿な笑みを浮かべる。

 

 

「自分よりもお胸が大きいことに対する嫉妬ですかぁ? ごめんなさいねぇ? あなたはよくて平均サイズですからねぇ…Cカップのあなたにはわからない世界ですよ♪」

 

 

ライラは自慢のGカップを惜しげも無く晒された二つの双丘を見せつけるように胸を張る。

 

それに対し、Cカップのヤエは眉間に青筋が立ちそうな雰囲気を漂わせながらライラにさらに詰め寄った。

 

「……なんやったら、ええかげんその鬱陶しい胸を引きちぎってもええんやぞ、この露出狂がぁぁぁぁあ!」

 

「あら? あ、ちょっ!? な、なんですか急に飛びかかってきて!? って、い、いだいいだいいだい!! た、タンマタンマ!! 強く握らないで! 引っ張らないで! 捻らないで! もげるもげる! 胸もげちゃいます!! ちょ! 可愛いロボティックちゃん助けてくださいませんかね!?」

 

「……駄肉、に慈悲をかけるつもりはない……かけても無駄使い、だから」

 

「あぁんこんなに可愛いのに言うことは辛辣! でも、逆にそれがいい♡ そんなあなたが大好きです! って、いだだだだだだだだだ!? あのヤエ!? 冗談にしてもちょっとやりすぎじゃないですかね!?」

 

「ほら、ライラ、早く服を着ないと風邪引いちゃうよ?」

 

「あなたはあなたでなんでこの状況でそんなこと言えちゃうんですかねぇ!? 目の前でグラマラスな美女が風邪引く以前に荒ぶる厨二予備軍によって体の一部を引きちぎられそうになってるんですよ!?」

 

「ほんまに引きちぎったろかあほんだらコラァぁぁあああああああああ!!」

 

「ひぎぃぃぃぃぃぃいいいい!! こ、これ以上らめぇぇぇぇぇぇええええええええええええ!? 本当にちぎれちゃうぅぅぅぅぅううううう!! 本当の意味での無乳になっちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううう!!」

 

荒ぶるヤエ、叫ぶライラ、傍観するステラに、苦笑いを浮かべるヴィクトリオン•ハート。

 

目の前で起きている騒がしい光景を目の当たりにしながらも、シンシアは特に嫌そうな顔を見せることはなかった。

 

この騒がしい日々が、彼女にとっては大事なひと時なのだから…。

 

 

最初こそ、歪みあっていた者達が今はこうして賑やかに日常を過ごしている。

 

そんなこの現状がシンシアはとても嬉しくて……幸せに感じるのだ。

 

 

 

願うなら、この楽しい日々が続いて欲しい……。

だから、今日も頑張らねば。

 

なにせ、自分達のこれからの行動が……今のゲイムギョウ界の運命を左右するのだから……。

 

そんなことを思いながらシンシアは………。

 

 

 

「………ふふっ♪」

 

 

 

小さく、笑みを浮かべるのだった。




いかがでしたか?

彼女たちの朝は意外と賑やかで騒がしいのです(笑)
さて、次回の日常はどんな一コマでしょう?

そして、次の彼女たちの日常もお楽しみに!


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EX stage,4 ネプギアと雨宿り

どうも白宇宙です!

今回のお話のテーマは“雨宿り”!

ネプギアとの何気ない日常の一ページ、ほんわかとしてどこか暖かいお話をどうぞお楽しみください!

それでは、どうぞ!


ネプギアと雨宿り

 

雨、それは冷たく、世の中を潤す恵みの水。

しかし、それは時としてあまり好ましくない物になる。

洗濯物は乾かないし、外に出るのは億劫になるし、何より傘を忘れてる状況で降られたらもう最悪だ。

遮るものがない故に上から降ってくる水滴は容赦無く降り注いでくる。

そして、その時の雨粒は一際に冷たく感じるものだ。

 

そんな時、人はどうするか…。

誰しも降り注いでくる雨粒を避けるために屋根のあるところに避難するだろう。

 

そう、“雨宿り”である。

 

 

 

これは、ゲイムギョウ界に雨が降って来た日のとある一日の出来事である。

 

 

 

「もう、なんで急に降ってくるの~!?」

 

 

 

突然プラネテューヌの街に淀んだ灰色の雲が現れ、雲はそのまま雨粒を街へと落とし始めた。

ざー、という音とともにあたりが水浸しになって行く。

 

その中を一人の少女が慌てた様子で走り抜けていった。

 

「急に雨が降ってくるなんて……ちゃんと今朝の天気予報見ておけばよかった~!」

 

ピンクに近いパープルの長髪が特徴的な少女、この国、プラネテューヌの女神候補生の“ネプギア”は不運なことに傘を持っていない時に突然雨に降られてしまった。

 

今朝から曇り空だったのはわかっていたが、その時は雨は降ってなかったので荷物になるし傘はいらないか、と判断し出かけたのが痛手となってしまった。

急に降って来た雨に、ネプギアは慌てて雨宿りできそうな場所を探しながらプラネテューヌの街を走り抜ける。

 

「教会はまだ遠いし、何処かに雨宿りしないと……あっ」

 

雨が止むまでなんとか凌げる場所がないか、ネプギアが走りながら辺りを見渡していると、少し先に公園があるのが見えた。

 

そして、その公園の中には幸いに屋根付きのベンチがあった。

 

「よかった! ひとまずあそこで雨宿りしよう」

 

見つけるや否や、ネプギアはすぐさま公園の中に飛び込むように入り、屋根付きベンチの下へと直行した。

まだ真新しさが残る作りのベンチは屋根があるおかげで雨に濡れてはいなかった。

ネプギアは屋根の下で雨のせいで濡れてしまった衣服を気にする。

 

「早くに見つけられてよかった、そこまでびしょびしょになってないや」

 

幸いにも降ってきてからそれほど時間が経過していなかったのもあり、彼女が来ていたセーラー服とワンピースを足したような服はそれほど濡れてはいなかった。

もしこの公園を見つけなければ全身びしょ濡れになって教会に戻っていたことだろう。

 

しかし、雨宿りできても問題が残っている。

 

「……この調子だとすぐに止みそうにないよね……どうしよう」

 

安全地帯に避難出来たとはいえ、今だに問題の雨はその勢いを抑えることなく水の粒を休めることなく降らし続けている。

 

またこの中に飛び込んで行くつもりは流石に起こらないネプギアはこれからどうしたものかと考えを巡らせる。

 

すると、しばらくして。

 

「あ、そうだ! こういう時こそNギアの出番!」

 

彼女の頭にぴこん、と電球が閃いた。

 

“Nギア”というのは主にプラネテューヌで使われている通信端末のことである。

彼女はNギアで教会に連絡して誰かに傘を持って来てもらおうと考えたのだ。

 

そうと決まればとネプギアは右足に巻いているNギア用のレッグホルダーへと手を伸ばす。

 

「とりあえずお姉ちゃんか宗谷さんに電話を……あれ?」

 

しかし、ホルダーの中に手を入れても、目的の物が掴めなかった。

 

「な、ない! Nギアがない!」

 

ホルダーの中には何も入っていなかった。

一体どういうして…。

ネプギアが必死に思考を巡らせる。

ここに来る道中で落としたのか? いや、ホルダーはきっちり閉じていたし入っていたとして落とすことはまずない、このホルダーはネプギアがそれを懸念して選んだ特注品なのだから。

では、誰かに盗まれた?

いや、それも考えにくい、ホルダーはネプギアの右足の太ももに巻かれているためスリで盗むとしてもまず邪魔なスカートをなんとかしなければいけない、そうなればまず盗む前に否が応でも気づくし、盗みで捕まえるよりも先に痴漢で捕まえることができる。

 

ということはつまり……。

 

 

「もしかして……教会において来ちゃった?」

 

 

なんというタイミングの悪さ、こういう時に限ってNギアを忘れるとは……。

 

「うぅ……なんだか今日はついてない」

 

天気予報を見忘れて雨に振られた上に、Nギアを教会に置いてきて誰にも助けを求められない。

タイミングの悪さを呪うようにネプギアはため息をついた。

 

「どうしよう……心なしかどんどん勢いが増していってる気がするし」

 

公園、街、果てはプラネテューヌ全体に降っているであろう雨を眺めながら悩ましげに呟く。

しかし、だからと言って雨が収まってくれるわけではない。

彼女の呟きのとおり、雨足は先程よりも強くなっているようだ。

 

「……もし止まなかったらどうしよう」

 

耳を打つ雨音を聞いているとそんなことを考えてしまう。

まるで世界から孤立したように身動きが取れない状態のネプギア。

 

通信手段は絶たれ、この雨の中を移動する手段を持ち合わせていない彼女は、心なしか寂しさを感じてしまっていた。

 

「お姉ちゃん……アイエフさん……コンパさん……いーすんさん………宗谷さん……」

 

そんな寂しさを紛らわせようとしてか、無意識にネプギアが教会にいるであろう家族同然の仲間たちの名を呟いていると……。

 

 

 

「………?」

 

 

 

ふとネプギアはあることに気づいた。

降りしきる雨の中を誰かがこっちに向かって走ってきているのだ。

どうやら自分と同じで傘を忘れたのであろうその人物は両手で頭をガードするような体制のまま雨が降っている中を必死になって走ってきている。

 

その様子を見てネプギアは…。

 

(あの人も傘を忘れちゃったのかな? ……私と一緒だなって思ったら、なんだか安心しちゃうのはなんでだろう?)

 

妙なシンパシーを感じたことを不思議に感じながらその人物のことを見つめていた。

 

それにしても自分と同じでこの雨で傘を忘れて雨宿りをしようとしてるあの人物はどんな人なのだろうか?

 

ふとネプギアがこちらに向かってきている誰かに興味を感じて目を凝らす。

 

その人物は黒髪で上半身に白のシャツを着て黒のジャケットを羽織り、下半身にはジーパンを履いていた。

 

「あれ? どこかでみたような…」

 

その服装にどこか見覚えを感じたネプギアは首を傾げる。

 

「おいおい勘弁してくれよ…なんで傘忘れた時に限って降ってくるかな」

 

降りしきる雨粒の中で愚痴をこぼしながら走ってきた人物の姿を見た時ネプギアは見覚えのあるその人物が自分にとって馴染みの人物であるということに気づいた。

 

 

「え、宗谷さん?」

 

「あれ、ネプギアか?」

 

 

雨の中を走って来ていたのは、現在教会に住み込みで教祖補佐として働いている、宗谷だった。

 

彼と合流したことに驚くネプギアだが、宗谷も咄嗟に飛び込んだ雨宿り先にネプギアがいたことに驚いているようだった。

 

「どうしたんだよネプギア、どうしてこんな公園にいるんだ?」

 

「雨が降って来て雨宿りを……そういう宗谷さんも、なんでこんなところに?」

 

「雨が降って来て傘忘れたから雨宿りに……」

 

雨に濡れたジャケットを気にしながらそう答えた宗谷。

どうやら、というよりやはり目的はネプギアと一緒だったらしい。

 

「なんだ、宗谷さんも傘忘れてたんですね」

 

「ああ、まったく油断したぜ、まさかいきなり降ってくるなんて思ってもみなかったからな」

 

宗谷は先程のネプギアと同じように屋根の外で降りしきる雨を見てうんざりしたような表情を浮かべる。

どうやら今日は二人ともついていなかったようだ。

 

「ネプギアはクエストの帰りか?」

 

「はい、そんなところです。 そういう宗谷さんは今日はお仕事お休みだったんじゃ?」

 

「ん? あー、プライベートってやつだよ……ただの買い物だ」

 

そう言うと宗谷はネプギアに右手に持っていた濃い色のビニール袋を見せる。

彼は買い物の帰りだったらしい。

彼が買ったのであろう何かが入ったビニール袋をベンチの上に置いて宗谷はため息をつきながらビニール袋の隣に座った。

 

「天気予報、ちゃんと見とけばよかったな」

 

「ですね…」

 

さっき、自分も似たような愚痴をこぼしていたなと思いながらネプギアは宗谷と共に雨が降るプラネテューヌの街を眺める。

 

だが、その表情は先程まで浮かべていた憂鬱そうなものではなく、どこか安心したような安らかな表情を浮かべていた。

 

この時、ネプギアが先程まで感じていた心細さは不思議なことにいつの間にかなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

いっこうに止む様子を見せない雨、勢いを保ったまま降り続く雨を宗谷とネプギアは屋根付きベンチの屋根の下で眺めていた。

 

「……どうしたもんかな」

 

「……傘、ありませんから帰るに帰れませんしね」

 

困った表情を浮かべる二人。

互いに傘を忘れてしまったので無い物ねだりをするかのように先程からこんなことを呟いている。

 

「せめて、誰かが傘を持ってここに迎えに来てくれたらいいんだけどな」

 

あまりにも都合のいい解決法を宗谷がなんとなしに言った。

 

「確かにこの状況だと、それが一番なんですけど、そんな都合のいいことそんな簡単には起きないですよ」

 

傘を忘れたうえに通信手段のNギアを家に忘れてきたネプギアが苦笑いを浮かべながら宗谷の言葉に返答を返した。

 

確かにこの状況だと、誰かに迎えに来てもらうのが最善のことなのだが世の中そう簡単にはいかないのである。

Nギア以外の通信手段があればもうとっくに使ってるはずなのだから。

 

「………あ」

 

その時、ネプギアの脳裏に閃きが走った。

 

「……Nギア以外の通信手段……そうだ、ある…ありますよ!」

 

「ど、どうしたネプギア? そんなにテンション上げて何かあったのか?」

 

自身の閃きに気分を高揚させるネプギアに宗谷が首を傾げる。

それに対してネプギアは意気揚々と宗谷に向き直った。

 

 

「“ブイホ”ですよブイホ! 宗谷さんのブイホがあるじゃないですか!」

 

「……おぉ!」

 

 

ネプギアの提案に宗谷もなるほどと手をぽんと叩いた。

 

“ブイホ”とは宗谷が持つある特殊な力を秘めたスマホ型の特殊デバイス、“V.phone”のことである。

 

宗谷の持つV.phoneなら、教会と連絡することができる。

これで教会にいる誰かに連絡すれば場所を教えて迎えに来てもらうことができる、とネプギアは考えたのだ。

まさに天の助け、宗谷と合流出来て良かったとネプギアは胸を撫で下ろした。

 

「そうかその手があった、なんで早く気づかなかったんだろ! よっしゃ、さっそくいつでもいーすんでいーすんに連絡を……」

 

これで一件落着する。

宗谷がネプギアの提案に従い、ポケットから赤い装飾が目立つスマートフォン型のデバイスV.phoneを取り出して起動スイッチを押す。

 

どうやら彼はネプギアのように本体を忘れて来ることはなかったようだ。

そして宗谷は意気揚々とタッチパネルを操作しようと指を出す。

 

「………あ」

 

しかし、ここで宗谷がなぜか嫌な声を上げた。

心なしか表情もさっきまでの意気揚々としたものとは違った表情になっている。

 

「え? 宗谷さん、どうかしたんですか?」

 

「………忘れてた」

 

「忘れてたって……ちゃんとブイホは宗谷さんが持ってるじゃないですか」

 

宗谷の発言にネプギアが彼の手元を指差して返答する。

だが宗谷は違う違うと言いたげに首を左右に振る。

 

 

「いや、そうじゃなくて………忘れてた……充電」

 

「………え?」

 

「……昨日の夜、充電するの忘れてたことを忘れててさ、そんで起動したら………まさに今、充電が切れた」

 

「………え~………」

 

 

予想してなかったまさかの自体にネプギアはなんとも言い難い表情を浮かべる。

 

というか、V.phoneが充電式だと初めて知った。

 

こうして、結局通信手段は絶たれたままとなってしまった。

 

「………止まないな」

 

「………そうですね」

 

どうしてこうもタイミングが悪いのか、ネプギアはそんなことを考えながら宗谷と共に再び雨が降るプラネテューヌの街へと目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「………暇だな」

 

億劫とした雰囲気で宗谷がふと呟く。

雨宿りをしている以上、この屋根の外に行くわけにもいかずかと言って時間を潰せるような物は持っていない。

正直に言うとなにもせずにこの場で雨が止むのを待ち続けるのはひどく退屈と言えるものだった。

 

「確かにこの時間持て余しちゃいますよね」

 

「あー、せめてラノベの一冊くらい持っておけばよかったかなー…」

 

「雨に濡れてぐしょぐしょになっちゃいますよ?」

 

「それは何気に嫌だな」

 

苦笑いで宗谷に返答を返すネプギアに宗谷がそれもそうかと同意する。

しかし、退屈なのはネプギアも一緒だ。

時間を潰せるようなものはないし、かと言ってこの時間をどうにかできるような手段も持ち合わせていない。

 

どうしたものかと、ネプギアが考えていると……。

 

 

 

___ケロケロ…ケロケロ…

 

 

 

どこからともなくそんな声が聞こえて来た。

どうやら近くでカエルが鳴いているらしい。

自分達にとって憂鬱でしかない雨も彼らのような水を好む生き物にとってはこれ以上にない恵みの雨なようだ。

一定のペースで奏でられる鳴き声は何処と無く楽しそうな雰囲気を感じる。

 

「………ケロケロ~、ケロケロ~♪」

 

そんな雰囲気に誘われてか、ふとネプギアがカエルの鳴き真似をなんとなしに口ずさんだ。

 

「………カエルの鳴き真似か?」

 

「ハッ!?」

 

あまりにもボーとしていた上になんとなしに口ずさんだものだから宗谷に聞かれることを考慮していなかった。

彼に聞かれたことに気付いたネプギアは休息に顔を真っ赤にするとあわあわと両手を右往左往させ始める。

 

「ち、違うんです! これはその、あまりにも退屈でなんとなく…」

 

「あははっ、別に悪いことじゃないじゃねぇか、可愛かったぜ?」

 

「えっ……そんな……か、可愛いだなんて……!」

 

宗谷にとっては何気ないフォローのつもりだったのだろうが唐突に言われたその言葉にネプギアは湯気が出てもおかしくないほどに顔をさらに真っ赤にさせる。

 

「……急に、そんなこと言われても……反則ですよ……宗谷さんにはいーすんさんがいるのに……」

 

「ん? いーすんがどうかしたのか?」

 

「な、なんでもありません!」

 

不意にこぼしてしまった発言を慌てて訂正したネプギアに宗谷は首を傾げる。

まだこの二人はそういう関係でないのに、自分の失言で二人の中をややこしくさせるのは忍びない。

せっかく姉が彼らの仲を持とうと奮闘しているのに邪魔をする訳にはいかない。

 

ネプギアがふぅと胸を撫で下ろしたのを宗谷が不思議そうに見つめていると…。

 

「……ふやっ!?」

 

不意にネプギアが声を上げた。

 

何事かと宗谷がネプギアの方を向くと…。

 

 

___ケロケロ、ケロケロ

 

 

「あ、頭にカエルがぁ……!」

 

 

どこから来たのか一匹のカエルがネプギアの頭に乗っかっていた。

 

 

「や、や、や、やぁ~!?」

 

 

突然のカエルの襲撃に軽くパニックを起こすネプギア、さすがにネプギアだって女の子、カエルが直に頭に乗るのは嫌らしい。

 

「おいおい、さっきは鳴き真似してたのにそんなに慌てるか?」

 

「それとこれとは違います! イラストのカエルは大丈夫でもリアル調のカエルはダメなんです!」

 

「どんな基準!? ていうかリアルとイラストって大抵のカエルってリアル調だろ!?」

 

パニックになり不可思議な発言をするネプギア。

頭に乗ったカエルをなんとか振り払おうとしているようだが手で触れるのに若干の躊躇があるのかわたわたとせわしなく手が動くだけだ。

 

「う~……宗谷さん~……」

 

「……しゃあないな」

 

最終的にネプギアは宗谷に助けを求める。

宗谷はやれやれとベンチから立ち上がるとネプギアに近づいてネプギアの頭に乗っかっているカエルを手で追い払った。

 

「……あ」

 

その際に差し伸ばした宗谷の手が僅かな間だがネプギアの頭に乗り、まるでネプギアは頭を撫でられたような感覚を感じた。

 

「ほい、追っ払ったぞ」

 

「………」

 

「……ネプギア?」

 

「へっ!? あ、はい……ありがとうございます……」

 

不意打ち気味に頭に置かれた宗谷の手の感触に無意識のうちにぼーっと惚けるネプギア。

その様子に宗谷は首を傾げるが、ネプギアはなんでもないと両手を振って誤魔化す。

 

(宗谷さんの手……大きくて、なんだか暖かかったな……)

 

僅かに残る感覚にネプギアはふとそんなことを感じたという。

 

ふと足元を見ると宗谷によってネプギアの頭から追い払われたカエルは地面をぴょんぴょん飛びながら何処かへと去って行った。

それを確認したネプギアはほっと胸を撫で下ろす。

 

「もう……びっくりした」

 

「まったく…カエルでそこまでパニクるなんてな、ネプギアの意外な一面ってやつだな?」

 

「大抵の女の子はカエルが苦手なんですよ」

 

「まあ、例外もあると思うけど」

 

カエルが苦手な人もいればそうでない人だっている。

まあ、世の中にどれだけカエルが苦手でない女の子がいるかなんて数える気なんて起きはしないが…。

 

なにはともあれ突然のカエルの襲撃にあったネプギアだった。

 

 

 

 

 

 

 

さらに数十分、雨は一向に止む気配を見せない。

勢いを衰えさせる様子も見せず、雨足を強くして行く一方だ。

 

「こんなに降るとはな……どっかにウサギのパペットを持った精霊でもいるのか?」

 

「精霊? なんですかそれ?」

 

「あー、ただのネタだから、気にしないでくれ」

 

宗谷がふと自分の世界で読んでいた精霊をデレさせて救うという内容のラノベの登場人物の一人を思い浮かべる。

その登場人物を彷彿とさせる程に降り続ける雨、もうこのベンチで雨宿りを始めてどのくらい経過しただろうか…。

 

「……ところで宗谷さん」

 

ふとネプギアがベンチで呑気に欠伸をしていた宗谷に声をかけた。

 

「ん? どうした?」

 

「あの、ちょっと気になってたんですけど……宗谷さん、何を買って来たんですか?」

 

ネプギアはベンチに座る宗谷の隣に置いてある彼がプライベートで買って来たというビニール袋に入れられた何かを指差した。

 

「えっ!? あ、いや…べ、別にたいしたもんじゃないぞ? うん、ネプギアには関係ないものだ」

 

「……そう、ですか」

 

ネプギアが質問したのに対して妙にぎこちない返答を返した宗谷、なぜかその視線はあちこちに忙しなく動き回っている。

 

 

 

___……怪しい。

 

 

 

その一言に限る宗谷の態度にネプギアが目を細める。

 

しかし、これはあくまで宗谷のプライベートだ。

自分が詮索するのはお門違いではないだろうか…。

 

ネプギアがそんなことを考えていると…。

突然、辺りの景色が眩い光に包まれた。

 

 

 

____ゴロゴロゴロゴロ!!

 

 

 

 

そして、遅れて聞こえてきた激しい音、雷だ。

 

「ひゃぁあっ!?」

 

突然の雷に驚いたネプギアは咄嗟に頭を押さえてその場にしゃがみ込む。

 

「おぉ、今の結構近かったな…ネプギア、大丈夫か?」

 

「うぅ……カエルの次は雷なんて……もうやだ……」

 

両耳を塞いで怯えるネプギア、その姿に宗谷の脳裏にある考えが浮かんだ。

 

「………もしかしてネプギア、雷も苦手か?」

 

「………得意とは言えません」

 

「苦手なんだな」

 

ネプギアの返答に苦笑を浮かべる宗谷、意外にもしっかりものの女神候補生のネプギアには苦手な物が多いのだと彼は始めて知った。

 

しかし、ネプギアの様に雷が怖いをけではないが、雨が強くなっている上に雷までなり始めたら状況はさらに酷くなるのが目に見えている。

 

このまま帰られるのか宗谷は何気に心配になって来た。

 

「どうしたもんかな……」

 

困り果てる宗谷、すると景色が再び光に包まれる。

 

「ひっ!」

 

光が辺りを包んだことでネプギアが短い悲鳴を上げる。

そして、遅れて二回目の轟音。

 

「ふやぁぁぁぁぁああ!?」

 

「え、ちょっ! ね、ネプギア!?」

 

驚いたネプギアはその場で飛び上がりなぜかそのまま宗谷の方に飛び込んでくる。

突然のネプギアの行動に対応が遅れた宗谷はそのまま飛び込んできたネプギアを真正面から受け止め……。

 

「ぐえっ!?」

 

そのまま後ろ倒しにベンチから落下、したたかに背中を地面に打ち、さらにその上にネプギアが乗っかって腹部が圧迫される。

ネプギアがそれほど重くなかったからそれほどダメージにはならなかったが地味に痛い。

 

「ぁー……痛ぇ……おいネプギア、急に飛び込んで来る…」

 

自分の上に乗ったネプギアに向けて、宗谷がそう言いかけた途中、彼はネプギアの姿を見てその言葉を途中で止めた。

 

ふと自身の胸辺りに感じた柔らかい二つの感触…。

 

(な、なんか……柔らかいのが当たってる……これってもしかしなくても……!)

 

服越しでもしっかりと伝わるマシュマロの様なふんわりとした感覚。

間違いない、これはネプギアの程よい大きさの……。

 

(ネプギア……やっぱり、意外と……って、いかんいかんいかん!!)

 

それを理解した宗谷は一瞬夢中になりかけた己の思考を頭を左右に振って振り払う。

 

「お、おいネプギア? そろそろ降りてくれないか? そうでないと不健全的な意味合いでやばいことになりそうなんだけ……」

 

そこまで言いかけたところで宗谷がまた言葉を途中で止めた。

視線を下に向けたことで気づいたが、ネプギアから自身の体に僅かな振動が小刻みに伝わって来ている。

 

 

震えているのだ。

 

 

まるで怯える子猫の様にプルプルと震えている。

 

「………」

 

ネプテューヌと違って普段からしっかり者で姉を支えている妹のネプギア。

そんな彼女が小刻みに震えている。

 

そんな彼女の姿を見た宗谷は……。

 

 

「……大丈夫か?」

 

 

震えているネプギアの頭に手を置いて、優しく撫で始めた。

彼女が落ち着けるように優しく、柔らかに、静かな声音で彼女に話しかけながら数回彼女を撫でる。

 

すると、撫でられているネプギアがふと顔を上げて宗谷を上目遣いに見上げた。

 

「宗谷さん……」

 

「大丈夫、大丈夫だ、俺がついてるから、な?」

 

涙目になり不安そうな表情を浮かべるネプギアに宗谷は優しげな微笑みを向ける。

暖かな陽だまりの様な安心感のある宗谷の手の感触、そして自分を包み込む優しい感覚にネプギアは最初こそ不安を感じていたが……

 

「………すみません、ちょっとだけ……こうさせてもらっても、いいですか……?」

 

「………おう」

 

徐々に安らぎを感じ始め、少しの間寄り添う様に彼の胸に顔を埋めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ごめんなさい……なんだか甘えちゃって……」

 

「気にするなよ、苦手なものがあるのは仕方ないことだって、カエル然り、雷然り、幽霊然り」

 

しばらくして、雷が落ち着き始めたころネプギアは、もう大丈夫、と宗谷から離れて少し気まずそうに開口一番、彼にそういった。

 

「それに、なんか懐かしい感じがしたからな」

 

「え?」

 

唐突に言った宗谷の一言にネプギアは首を傾げる。

すると、宗谷はどこか懐かしむ様な表情を浮かべた。

 

「俺が元の世界で、まだ施設にいた頃な、ネプギアと一緒で雷が苦手な奴がいたんだ」

 

施設、それはネプギアも彼自身の口から聞いたことのある彼の過去の話だ。

彼、天条 宗谷は生まれた頃から天涯孤独……捨て子だったのだ。

 

そのため彼は施設で育った。

彼の過去についてはネプギアも以前に聞いたことがある。

彼はどうやらその時のことを話している様だ。

 

「そいつもまだ小学生ってのもあってか雷が鳴ってた日はこうして俺か………俺と同い年の恵美の側に引っ付いてたんだ……なんか、そいつのこと思い出してな」

 

かつてのことを思い出して、そんなことを言う宗谷。

おそらく、その経験があったから彼女を落ち着かせることが出来たのではないだろうか。

ネプギアはふとそんなことを思った。

 

「……やっぱり、宗谷さんは優しいです」

 

「……?」

 

そして、ふとそう言うと彼女は穏やかな笑みを浮かべて宗谷に向き直る。

 

 

「やっぱり、宗谷さんは……優しい、お兄ちゃんですね……」

 

 

 

彼を兄という表現で呼ぶのは彼の誕生日パーティー以来だ、故にどこか小恥ずかしさを感じながらもネプギアは宗谷にそう告げた。

 

「………そうだったのかな?」

 

「そうですよ、だってさっきの宗谷さん……すごく……その、なんていうか……暖かくて、安心しましたから…」

 

「ははっ……なんだよそれ?」

 

なんて言ったらいいのかわからないが、端的に言うとそれが一番しっくり来る。

側にいると、安心して近くに居たくなってしまう。

不安な気持ちも柔らかく消して行ってしまう様な不思議な感覚はどこか姉のネプテューヌと一緒にいるときと似たような感覚だった。

いや、少し違う気もするのだが……今はこう表現した方が説明しやすい。

 

 

 

「きっと、それがお兄ちゃんってものなのかな………“宗谷お兄ちゃん”」

 

「………え? ネプギア、今なんて?」

 

「別に、なんでもありません」

 

 

 

安らかな微笑みで宗谷にそう言ったネプギアはそっと立ち上がりベンチの近くへと歩いて行った。

当の宗谷は呆然とその場に座ったまま、彼女のことをじっと見ている。

 

聞き間違いでなければ、彼女は今確かに……。

 

そんなことを頭の中で反復させて考える宗谷は、それに釣られてか口元に笑みを浮かべる。

 

「………お兄ちゃん、か………悪くないかもな……あの時みたいで」

 

かつて生活していた施設のことを思い浮かべながらそう呟く宗谷。

ネプギアは今の彼にとって、“妹”に近しい存在なのかもしれない…。

 

 

 

「あ、宗谷さん、これ落ちてますよ?」

 

不意にネプギアがそう言ってベンチの前でしゃがみ込んだ。

彼女の言葉に懐かしさを感じていた宗谷は彼女の足元へと視線を伸ばす。

 

「………あ!」

 

そこにあったのは、宗谷が先程買って来たという、ビニール袋で包まれた“プライベート”な何か…。

 

どうやら先程ネプギアが飛び込んで来た時に宗谷と一緒に地面に落ちていたようだ。

 

「…? なんだろうこれ」

 

しかも、ベンチから落ちた際にビニール袋からほんの少し顔を覗かせてしまっている。

それに気づいたネプギアは興味本位で中身へと手を伸ばす。

 

「ま、待てネプギア!」

 

宗谷が慌ててその手を止めようとするが………時既に遅し………。

 

ネプギアは地面に落ちていたそれを拾い上げ中身を見てしまったのだ。

 

 

可愛らしいイラストで描かれた女の子達がパッケージに“18禁"マークがあしらわれた大人なゲームを……。

 

そう、今日、宗谷はプライベートを利用して密かにエロゲーを購入しに行っていたのだ。

 

 

「………あ、あの、宗谷さん……このマークって」

 

「………」

 

「も、もしかしなくても……あれですよね? お、女の子と仲良くなって、あ、あんなこととかこんなことしちゃう……」

 

「………ネプギア」

 

 

すべてバレてしまったことに宗谷は真剣な顔つきになると、素早くその場に正座した。

 

 

 

「頼むからいーすんには言わないで! バレるといろいろとあれだから!」

 

 

 

そのまま宗谷は、ネプギアに見事な土下座をしてみせた。

 

さっきまでの優しいお兄ちゃん的な雰囲気は何処へやら、ネプギアはあまりのことに苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「あははは……そ、そうは言われても………あ」

 

困惑するネプギアだったが、ここで彼女はふとあることに気づいた。

 

「宗谷さん、いつの間にか雨、止んでますよ」

 

「………あ、本当だ」

 

いつの間にか降っていた雨が止んでいた。

どうやら、雨は何処かへ行ってしまったらしい。

 

「………帰りましょうか、いーすんさんが心配しています」

 

「あ、あぁ……でもネプギア、そのゲームの事は……」

 

「………そうですねぇ」

 

帰った際にイストワールにバラされないか心配になった宗谷がネプギアに聞くとネプギアは珍しく、何処か悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

「……今度、何処かへ遊びに連れて行ってくれたら、秘密にしてあげますよ? 宗谷お兄ちゃん?」

 

「え……? ていうか、ネプギア、お前また…」

 

「ほら、宗谷さん、早く帰りましょう?」

 

「あ、ちょっ、待てよネプギア!」

 

屋根付きベンチから飛び出したネプギアの後を宗谷が追いかける。

その姿はさながら兄妹のようにも見える気がする…。

 

そんな二人の頭上には……鮮やかな虹が青い空にかかっていた。




いかがでしたか?

何気ない日常のお話を書くのは以外と難しいです(汗
でも、書きたかったんです(笑)

それでは次回の短編もお楽しみに!


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EX stage,5 ほんわか時々どSなお友達

どうも白宇宙です!
今回のお話は久々の番外編!
テーマは、お友達!

果たして誰と誰がお友達となるのか…

それではお楽しみください!
どうぞ…


 

 

ほんわか時々どSな、お友達

 

おとぎ話に出てくるお姫様が怪物や悪人に追いかけられている時の心境とは、こんな感じなのだろうか?

 

 

誰にも頼れない孤独の中で、怖さと心細さを感じながら必死に走り続ける。

足を止めれば待っているのは悲惨な結末、最悪のバッドエンド、それが嫌なら逃げるしかない、どんなに疲れていても、どんなに怖くても、どんなに辛くても、足を止める訳にはいかない。

 

「はあ…はあ…はあ…!」

 

足が重い、息が苦しい、ただ足を止めたらその瞬間、どんな目に会うか……考えたくないから、走りながらその想像は思考の片隅に投げ捨てた。

短い呼吸を何度も繰り返しながら、普段は慣れないながらも走り続けるのは一人の少女。

 

儚い雰囲気を纏いながら、まるでおとぎの国の少女を思わせる彼女は白い髪を振り乱しながら必死に走り続ける。

 

どうしてこんなことになったのか、こんなことなら一人で来るんじゃなかった……そんな後悔をしながらも時既に遅し、今はとにかく逃げるしかなかった。

 

「はあ…はあ…はあ…はあ…あっ!」

 

走り続けて、走り続けて、不運なことに彼女は何かに足を取られて躓いた、前のめりに体が傾き草木の生えた地面に倒れる。

 

「うぅ……っ!?」

 

そしてその瞬間、背後に迫る気配が一気にこちらに近づいて来るのを感じた。

少女は慌てて身を起き上がらせると反射的に背後を振り返り、少女の視界が自分を追いかける者の姿を捉えた。

 

危険種に分類されるというモンスター、エンシェントドラゴン。

 

この森に住むモンスターの中でも上位に位置し、同時に遭遇するのが危険とされる危険種のモンスターである。

 

「あ…やっ……来ないで……やめて……!」

 

自分よりも遥かに大きな体躯を持つエンシェントドラゴンを前にして、少女は恐怖に体を震わせて後ずさるが、とん、と背中に硬い木の幹が当たり、後ずさる少女の退路を絶った。

エンシェントドラゴンの鋭い目と牙が少女に狙いを定め、唸り声を上げる。

一方、怯え切った様子の少女は体を小刻みに震わせながらエンシェントドラゴンを見上げることしかできない。

抗う力も何も持たない少女にとって、目の前に現れたモンスターは恐怖の象徴そのものだった。

 

そして、そんな少女の恐怖なんかは露知らず、エンシェントドラゴンは目の前の獲物に狙いを定めて、襲いかからんと爪を振り上げる。

その光景に少女は短い悲鳴をあげて目をつむり、体を縮こまらせた。

無意識のうちに涙が目に溜まり、恐怖のあまりに泣き出しながら、少女はか細い声でつぶやく。

 

 

「たす…けて……誰か……助けて……!」

 

 

両手で頭を抱えて、少女が口にした助けの声……しかし、ここは深い森の中で気付くような人も当然近くにはいない。

 

そして遂に……獲物を追い詰めたエンシェントドラゴンの爪がぎらりと光り、それが空気を切り裂くような轟音と共に振り下ろされる。

 

 

 

こんな時、おとぎ話か何かなら……怪物に襲われるお姫様を助けるために王子様が来てくれるのだろう……だけど、世の中そう都合良く出来ているわけではない。

 

ふと、少女の脳裏に浮かび上がったのは…こことは違う、遠い、遠い、とても遠い場所にいる愛しい人のことだった。

彼のことを思い浮かべてしまったのは、少しでも期待していたから……もしかしたら、目の前にいる怪物を次の瞬間倒してくれて、助けの手を差し伸べてくれるのではないのか、と……何処かで淡い期待を抱いていたから。

 

 

 

でも、人生そんな想像通りの通りにはいかない……次の瞬間に来たのは、凶悪なモンスターの爪が振り下ろされることにより発生する、風の音…。

 

 

 

 

 

ーーーガキィィィン!

 

 

 

 

 

「………なぁにぃ? さっきから楽しそうに追いかけっこ?」

 

「……ふえ……?」

 

 

 

 

そして、それを遮るかのような金属の音と誰かの声。

少女が目を開けた時、その原因がなんなのかすぐに判明した。

 

 

 

「なら、あたしも混ぜて貰おうかしら……ねぇ!!」

 

 

 

世の中想像通りにはいかない、少女の目の前に現れたのは少女を助けるために駆けつけた、愛しの王子様ではなく……。

 

 

 

怪物に追われていた少女……古代女神の一人である、少女……シンシア。

 

彼女を助けたのは………エンシェントドラゴンの爪を軽々と細身の剣で押し返し、強烈な一撃であっという間にエンシェントドラゴンを打ち倒した……“女王様”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、歯ごたえがないわねぇ、もうちょっとくらい楽しめると思ったのに…こんなのじゃ全然物足りないわぁ」

 

右手に握る自身の獲物の剣を軽く左右に振り、不満そうに今先ほど自身が打ち倒したエンシェントドラゴンを見下ろすのは、まるでボンテージという服装を意識したかのようなプロセッサユニットに身を包んだ女神、このゲイムギョウ界とはまた違うゲイムギョウ界から最近やって来た、“女神 アイリスハート”だ。

 

淡い藍色と紫の合間のような色をした長髪の毛先を左手の指先でいじるアイリスハート、既にエンシェントドラゴンは今の一撃で戦闘不能となり、彼女はあっさりと終わりすぎて逆に不満なようだ。

 

すると……。

 

「………あ、あの………」

 

「ん~? ……あぁ、そう言えばいたわねぇ、トカゲと鬼ごっこしてた子が一人」

 

アイリスハートの背後に生えた一本の木にもたれかかるようにしていた少女に気づき、彼女が後ろを振り返る。

 

「随分と臨場感のある鬼ごっこを楽しんでいたのね、泣きそうなくらいに…もしかして、そういう趣味かなにかかしら?」

 

「ふえ………!? ち、ちがっ……!」

 

まだ若干戸惑い気味のシンシアにアイリスハートは妖艶な笑みを浮かべてそう言うと、シンシアは違うという意思を込めて首を左右に振る。

 

「うふふ…… 赤くなちゃって……可愛いわねぇ」

 

「え……あっ……あの……」

 

そんなシンシアを見つめながらアイリスハートは彼女の顔のすぐ近くまで近づくとじっとシンシアの瞳を覗き込むように見つめ続ける。

 

「子犬みたいに震えちゃって……それに、さっきちらっと見たけど泣きそうになってたあなたのあの表情……すっごく良かったわ……あたし、あなたのこといじめたくなっちゃったかも……」

 

「ひっ……!?」

 

妙に熱の篭った瞳で見つめられ、急にそんなことを言われたシンシアはアイリスハートの発言に動揺し、僅かに動揺しながら短く声を漏らす。

 

というのも、彼女のこの姿と雰囲気でいじめたくなる、なんてことを言われたらそりゃあ口に言うのもはばかられるような“プレイ”的な事をを考えてしまう。

あくまで情景反射にも似た妄想だが、この場合はそう考えてしまうのが当然のことである。

 

「………なんて、冗談よ? もしかして、想像しちゃった?」

 

「………ふえ………ち、ちがっ!?」

 

しかし、からかうかのような笑みを浮かべながらそう続けた彼女にシンシアはその場で呆然としてしまう。

シンシア自身が割りかし本気にしていたのもあって余計に呆気に取られたというのもあるが……少しでもそんなことを考えてしまっていた自分が恥ずかしくなり、シンシアは顔を赤くして首を左右に振る。

 

「ふふふ……ところであなた、どこから来たの? ぱっと見ても、こんなとこに一人で来るような子には思えないんだけど」

 

すると、アイリスハートはシンシアになぜこんな所にいるのかという素朴な疑問を聞いた。

 

確かにここはシンシアのような少女が一人で来るにはかなり危険が伴う場所とされる森林型ダンジョンである。

そのため他人からしてみればどうして彼女のような少女がこの場にいるのか不思議に思うのは当然である。

 

「…ぁ……えと……その……え……えっと……」

 

「ん~? なぁにぃ? はっきり言わないとわからないわよ?」

 

アイリスハートがした質問に対してシンシアは少々言いづらいのか、口ごもる。

そして、戸惑いからなんとなしに彼女が髪の毛を手でいじり始める。

 

 

 

「………?」

 

 

 

その際に彼女はある違和感に気づいた。

 

彼女の頭の綺麗な白髪の髪、そこのある場所を手でなぞる用に撫でた瞬間、彼女はなにやら慌てた様子でそこを何度も確認するように手を動かす。

 

「………な、ない………!」

 

突然動揺した表情を見せたシンシアは途端にあたりを見回すようにキョロキョロと視線を巡らせ始める。

彼女の突然のこの動揺に、アイリスハートも何かを感じたのか僅かに片眉を上げるとそっと彼女に近づいてみる。

 

「ねぇ……どうかしたの?」

 

「……ない……」

 

「ない? …なにかなくした物でもあるの?」

 

地面をくまなく探すように視線を下に落として右往左往させるシンシアにアイリスハートは再度そう問いかける。

すると、シンシアはゆっくりとアイリスハートのことを見上げるようにして目を向ける。

 

目に、大粒の涙を溜めながら…。

 

 

 

「……っ……花…飾り…プリムラの……花飾り…ぅ……ないの……」

 

 

 

 

そう、この時シンシアの頭には彼女が“最愛の人”からもらったプレゼントである、“プリムラの花飾り”が着いてなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふーん、じゃああなたにとってその花飾りは大切な物ってわけね?」

 

「ひっ………っ……ぅ…」(こくり

 

泣きながらではあるものの彼女からなんとか事情を聞い出したアイリスハートはシンシアに問いかけると、シンシアは涙を流しながら小さく頷いた。

 

あの花飾りはシンシアにとってとても大切な宝物、“絆の証”なのだ。

それが無くなったとなったらショックも当然大きい。

しかも、どこで無くしたのも覚えてないというからどうしていいのかわからず、余計に不安に駆られるばかり……。

 

「ひぐっ……あれ……わたし……大切なっ……どうしよう……うっ……ふぇぇぇ……!」

 

泣きじゃくりながらそう言うシンシア、そんな彼女を目の前にして……アイリスハートはふとなにかを考えるように顎に人差し指をあてる。

 

「んー……なら、探せばいいじゃない」

 

「ひっ………ふえ?」

 

「ここに来て、何処かで無くしたんならまだ何処かにあるでしょ? なら簡単な話よ……探せば見つかるかもしれない、簡単な事でしょ?」

 

「……で……でも……」

 

アイリスハートの提案は当然といえば当然なのだが、この森はただでさえ広い、探すのは一苦労だ。

下手をすれば今日は見つからない、ということもあり得る。

だが、そんな不安を感じているシンシアのことを見通してか、アイリスハートは口元に笑みを浮かべると涙を流すシンシアの頭に手をおいて優しく撫で始めた。

 

「大丈夫よ、あたしも探してあげるわよ……まあ、刺激的じゃないしつまらないのは目に見えてるけど……もう少しあなたと一緒に居てみたいし」

 

「……え……?」

 

「ほぉら、だからもう勝手に泣くのはやめなさい……あたしの前で泣くならあたしがいじめた時だけにしなさい」

 

少し違う気もするが彼女なりにシンシアを慰めているのだろう、彼女の目から流れる涙を指で拭ったアイリスハートはそう言って微笑みを浮かべる。

 

「………ぅ」(こくり

 

「……ふふ、決まりね?」

 

「ふえ………あ」

 

そんな彼女の雰囲気にシンシアはついその場で頷くと、アイリスハートは満足気にそう言って、彼女の頬に掌で撫でた。

その仕草と大人っぽい表情を間近で見て感じたシンシアは反射的に頬を染める。

 

そして、その手がシンシアの頬から離れた瞬間、アイリスハートの体が光に包まれる。

その光の眩しさに咄嗟にシンシアが目を覆うと……光が止んだ瞬間、彼女の目の前には一人の少女の姿があった。

 

寝癖気味の薄い紫の髪を一本の三つ編みに束ねて、いかにもふわふわとしていて柔らかそうな雰囲気に身を包んだ彼女はシンシアにほんわかと柔らかな笑みを向けた。

 

 

 

「それじゃあ自己紹介だね~、あたしプルルート~、よろしくね~?」

 

「………シンシア………です」

 

 

 

この時、シンシアはさっきまでの雰囲気とはガラリと変わった彼女の姿に涙を流すのも忘れるほどびっくりしていたそうな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほえ~、じゃあシンシアちゃんはここには絵を描きに来たんだ~」

 

「……絵を描くの……好き、だから……」

 

軽い自己紹介と雑談をしながらシンシアが無くしたプリムラの花飾りを探すべく森の中で彼女がエンシェントドラゴンから逃げるために走ってきた道を引き返す二人。

その道中でシンシアとプルルートはいろいろな話をしながら探索を続けた。

 

好きなもの、普段どうしてるのか、どうしてここに来たのかなど、何気ない会話は弾み、気づけばシンシアはこの森に来た理由のことを彼女に話していた。

 

まあ、彼女は得意な18禁イラストの背景の参考にここに来たのだが、あながち間違ってはいないだろう。

 

「すごいね~、あたしぬいぐるみとか作るの好きだけど、絵はあんまり得意じゃなくて~」

 

「で、でも……わたし……絵以外は全然ダメで……そっちの方がすごいよ……」

 

「えへへ~、それほどでも~」

 

不思議だ。

 

この時、シンシアはこういう風にいつの間にか会話ができていることをとても不思議に感じていた。

普段の自分なら初めて会った相手なら緊張して、怖くなってまともに話すことも出来ないのに……なぜか彼女は不思議とそう感じることはなかった。

初めて会ったときから、なぜか彼女にはどことない安心感のようなものを感じた。

 

状況が状況だったから、これが所謂吊り橋効果なのだろうか、などということを考えながらシンシアはプルルートと雑談を交わしながら花飾りを探す。

 

「ねぇねぇ、シンシアちゃんの花飾りって~、宝物なんでしょ~?」

 

するとプルルートが突然そんなことを聞いてきた。

 

「え………ぅ」(こくり

 

それに対してシンシアは一回頷いて返答を返すとプルルートは興味深そうに彼女に近づく。

 

「シンシアちゃんって~、お花好きなの~? 無くしたってわかった時泣いちゃってたから~、よっぽど好きなのかな~?」

 

その質問は間違ってはいないが理由としては違う。

シンシアはその質問に対して首を左右に振ると髪飾りをしていた場所に手を当てながらどこか懐かしむような、それでいて嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「……あれはわたしの……わたしの……大好きな人から貰ったの……だから……大切」

 

……とある出来事がきっかけで、出会うこととなった“異世界の青年”。

 

ふとした事件がきっかけで彼と知り合ったシンシアは彼のことを一度も忘れたことはなかった。

 

そして、やがてそれは自分の、シンシアにとって初めての“恋”なのだと知った…。

 

あの花飾りはその想いと、彼との絆の証。

彼女にとっては掛け替えのない大切な宝物なのだ……。

 

シンシアはそれを再確認するかのようにプルルートにそう言うが、やがてそんな大切な宝物を無くしてしまったのだという事実を思い出してか、また胸の内にふつふつと辛い感情が湧き上がって来た。

 

なんでなくしてしまったのだろう……なんでもっと早く気づかなかったのだろう……過ぎたこととは言え、情けないし、辛い……。

そんな彼女の想いが再び、涙という形になって目に溜まり始める。

 

「……ふーん、そうだったんだ~……」

 

だが、そんな彼女とは正反対の間延びしたのんびり声が彼女の背後から聞こえてきた。

 

 

 

「あたし、シンシアちゃんのパンツがお花柄だったからてっきりそう思っちゃったよ~」

 

 

 

とんでもない報告とともに……。

 

「ふえ………ふえぇぇ!?」

 

なぜ知ってるのか、驚いたシンシアはいつの間にか背後に回っていたプルルートの方に振り返った。

 

まさか、どこかで覗いたのだろうか……だとしたらいつ?

全く身に覚えのないその疑惑にシンシアは戸惑いつつもプルルートに問いただす。

 

「な、なんで……わかって……」

 

「ほえ? ……だって、丸見えなんだもん、ほら」

 

それに対してプルルートは彼女のスカートを指差す。

一体どういうことなのか、スカートを履いている以上はめくれたりしていない限り、中のパンツが見えることはないはず…そう思ってシンシアは自身のスカートへと視線を落とす。

 

前の方は以上はない………では後ろは? そう思った彼女は後ろの方を確認すると……

 

「ひにゃあ!?」

 

確かに丸見えだった。

 

彼女のピンクの花柄で彩られた、パンツが……。

 

よく見ると、スカートの端が彼女のパンツに挟まっており、それによってスカートがめくれ上がっており後ろからパンツが丸見えになっていたのだ。

 

「……い、いつから……」

 

「んー、あたしがシンシアちゃんと会ったときから~」

 

悪びれる様子もなくのほほん、と返答を返すプルルート。

しかし、だとしたら……シンシアはプルルートと会ったその時から既にパンモロしていたと言える。

 

考えられる可能性があるとしたら……それは一つ……。

 

 

 

(朝からずっと……!?)

 

 

 

そういえば今日は朝からやたらにスカートの中が涼しいと思ったら……そういうことだったのか。

 

自分がやらかしたドジにシンシアは堪らず顔を真っ赤にさせると、慌ててパンツに挟まっていたスカートを直した。

 

それにしてもこれは恥ずかしい、恥ずかしすぎる。

まさかこの森に入って来る前からパンツが丸見えの状態だったとは……しかもそれに気づいていないとは……知らなかったとはいえ、あまりの羞恥にシンシアは顔を真っ赤にしてその場に蹲る。

 

「うぅ……ていうか…気づいてたなら教えてよ……」

 

「あはは~、ごめんね~、てっきりそう言う風にするのが好きなのかな~って思って~」

 

「違うよぉ……!」

 

珍しくシンシアが声をあげて誤解を招かないように必死に首を振りながら反論するシンシア、それに対してプルルートはほんわかとした笑みを保ちながらシンシアの隣に移動する。

 

「でもどっちにしても、見つけないとね~」

 

「……?」

 

「大事な宝物だったら、尚更だよ~……絶対に見つけようね?」

 

気づけばいつの間にか、目に溜まっていた涙は引っ込んでいた。

まあ、あんなことを突然言われたら引っ込で当然なのだが……それでも、シンシアはこの時、彼女のおかげか不安は一切感じてなかった。

 

彼女は……彼女はとても……。

 

「………優しいね………」

 

変身した時の姿はあれだが、彼女はとても優しい子なのだと、シンシアはこの時思った。

 

そして、それに対してプルルートは……

 

 

 

「困ってるなら助けるのが当たり前だよ~、だって……“お友達”だもん」

 

「………え?」

 

 

 

 

シンシアの予想にしてなかった言葉をさらに加えて返して来た。

 

“お友達”………そう言われるのは、どのくらい久しぶりだろうか……。

 

一緒にいるライラ、ヤエ、ステラ以外で自分にとって友達と言える人物は少ない。

だが、そんなシンシアに向かって、屈託のない笑みでそういったプルルート……。

 

シンシアの心には、不思議と彼女に対する興味が湧いて来た。

 

でも、それゆえに彼女は戸惑う……。

友達と言われて、自分はなんて返したらいいのか……。

 

「え………えっと……あの……」

 

口ごもるシンシア。

何か返答しないと……そうは思っていても、言葉が出てこない……。

表立って、真正面から友達と言われたら、どうしたらいいのかわからない、だからあたふたと動揺することしかないでいる。

 

 

 

すると……。

 

 

 

ーーーガサッ

 

 

 

突然、シンシアの近くの草むらが動いた。

その音に彼女は驚き、咄嗟にそちらの方へと視線を向けると……。

 

「っ!」

 

突然その草むらから、一匹のモンスターが出てきた。

 

まるで猫のような、それであってリスにも見えるような生物、だがその生物は鋭い爪を持ち、顔をなにやらいかついマスクで包んでいる。

 

このモンスターの名前は“ヤンキーキャット”、ゲイムギョウ界ではよく見る動物型の悪質なモンスターだ。

 

そんなモンスターが突然現れたこともだが、この時シンシアはあることに気づき、とても驚いていた。

 

ヤンキーキャットの胸のあたり、そこにバッチをつけるかのようにシンシアの探している、プリムラの髪飾りが着いていたのである。

 

聞いたことはある、ヤンキーキャットの中には自分を強く見せるために何かしらのアクセサリーをつけることがある…と。

つまり、このヤンキーキャットは彼女の髪飾りをアクセサリーにしているのだ。

 

「か……返して……それ……わたしの……!」

 

咄嗟にシンシアがヤンキーキャットから花飾りを取り返そうとするが、ヤンキーキャットはそれを許そうとせずにシンシアを威嚇する。

 

「ひっ! あうっ…!」

 

それに驚いたシンシアがその場に尻餅を着くと、ヤンキーキャットは狙いを完全にシンシアに定めたのか鋭い爪を構えるとシンシアにじりじりと近づき始めた。

彼女に戦うすべは無い……目の前に探していた物があるのに、なにも出来ずにこのまま痛ぶられるのだろうか……シンシアは不安を隠せず今にも泣き出しそうになりながら震える。

 

そして、そんな彼女にヤンキーキャットが飛びかかろうとした………その時だった。

 

 

 

ーーーむんずっ…

 

 

 

と、突然ヤンキーキャットの頭を後ろから掴む者がいた。

 

突然のことに抵抗するヤンキーキャット、だがその抵抗はしばらくして止まることとなる……。

 

 

 

「……あなた、いい度胸ねぇ……」

 

 

 

背筋を凍らせるように耳に響く声、底冷えするような絶対零度の中だが、その中ではっきりと艶めかしさを感じる特徴的な声。

その声がヤンキーキャットにかけられた瞬間、モンスターとしての本能からかヤンキーキャットは動きを止めた……。

 

 

 

 

「……あたしのお友達をいじめていいのは……あたしだけよ?」

 

 

 

 

そこに、絶対的な“強者”がいたから……。

 

 

 

「あ………」

 

「それにぃ……あたしのお友達の宝物をネコババするなんて手グセの悪い子ねぇ……だから、あなたには……」

 

 

 

いつの間にか変身し、アイリスハートへと変わっていたプルルートは後ろからヤンキーキャットの頭を片手で掴んだまま持ち上げると、持ち前の妖艶ながらも言い知れぬ気迫のような物を感じさせる笑みを浮かべてそのヤンキーキャットを見据える。

 

まるで蛇に睨まれた蛙のようにその場で固まってしまったヤンキーキャット、それに対してアイリスハートは再度、にやり、と口角を上げるとヤンキーキャットにこう告げた……。

 

 

 

「あたしがた~っぷり、サービスしてあげる……さあ、楽しい楽しいお仕置きタイムの…は・じ・ま・り・よぉ♪」

 

 

 

 

この日、その森に一匹のモンスターの哀れな悲鳴と、一人の女神様の心底楽しそうな笑い声が木霊した………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これだよね~」

 

「ぅ……うん……」

 

しばらくして、おいたしてしまった哀れなヤンキーキャットから花飾りを取り返したプルルートはそれを持ち主であるシンシアへと手渡した。

 

ちなみに、その後そのヤンキーキャットがどうなったのかはそれぞれの想像にお任せしてもらいたい……。

 

しかし、何はともあれ花飾りを受け取ったシンシアはそれを大事そうに手で包み込むように握ると、安心したような微笑みを浮かべた。

 

「………よかった………」

 

安堵の言葉と共に胸を撫で下ろすシンシア、そんな彼女の様子をみてプルルートは嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「見つかってよかったね~、シンシアちゃん?」

 

「………うん………」

 

そんなプルルートにシンシアはこの時、この時こそ何か言わなければと思った。

彼女に向かって、こう言う時に言う言葉とは何か……。

普段はなにを言っていいのかわからずに迷ってばかりのシンシア、だがこの時は自然となにを伝えればいいのか、浮かんで来た。

 

 

 

「……ありがとう……」

 

 

 

単純に、それだけでいいのだ………助けてくれて、一緒に探してくれて、取り返してくれた、プルルート。

引っ込み事案で人見知りで弱虫な自分とは似ても似つかない……それでも、そんな自分のことを友達と言ってくれた彼女のことを、シンシアはもっと知りたいと……そして、もっと“仲良くなってみたい”と思った。

 

だからこそ、これを言えばいいのだ。

 

友達になるなら、まずはこれから……。

 

 

 

 

「………“ぷるちゃん”………ありがとう……」

 

 

 

 

始めてシンシアに名前を呼ばれた、その時プルルートは普段と変わらないほんわかとした笑みを浮かべながら……とても、嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして……

 

「ん? なんやシンシア、今日もお出かけかいな?」

 

「………ぅ」(こくり

 

シンシアはあれから出かけることが多くなった。

以前よりも積極的に外へと出る姿に、ヤエやライラはとても珍しがった。

 

「……いってきます……」

 

「はいよ、いっといで~」

 

とてて、とその場を後にし外へと出て行くシンシアをヤエが見送る。

 

「………あのシンシアが最近外に出るとは、なんやあったんかな?」

 

「まあ、十中八九そうでしょうね~」

 

「わっ! ……な、なんやおったんかいな」

 

シンシアの最近の変化に驚いていたヤエ、その背後にいつの間にかいたライラはそう言うとヤエに近づき、ある物を見せる。

 

ライラがヤエに見せたもの、それは一枚の紙に描かれたイラストだった。

それをみてヤエはなにやら不思議そうな表情を浮かべる。

 

「……なんやこれ?」

 

「シンシアの部屋を探ったら出てきました……おそらく、仲のいいお友達ができたんでしょうね」

 

「……え、これでわかるん?」

 

「わかりますとも……だって」

 

ライラがそう言ってヤエに見せたイラスト、それは……。

 

 

“一人の男性を中心に、二人の可愛らしい女の子が組んず解れつ(意味深)しているイラスト”だった。

 

 

 

「人数増えてますし」

 

「……それで理解できるあんたもあんたやな……」

 

 

 

 

この日、とあることがきっかけで……一人の古代女神の少女と、異世界から来た女神の少女は……“友達”になりました。




いかがでしたか?
次回も更新は未定ですが、またちょくちょく番外編を書けたらなと思います、それでは次回もお楽しみに!


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EX stage,6 IF メテオ×シンシアのもしもの日常

どうも、白宇宙です。

何気なくファイルの整理をしていたら昔書いていたシンシアと……その思い人である、ソルヒートさん事、白銀の嵐Mk.2さんの所の主人公である”メテオ・ソルヒート”くんとの何気ない、もしもの日常を描いたお話があったのでそれを少し手を加えてこちらで乗せてみることにしました(笑)

えっと、必要以上にイチャイチャしてます。

出来る限りの甘めな空間を書いたのですが、それをうまく表現できているか不安を感じつつ……それでもいいよという方は見て行ってください(汗

それでは…


 

 

 

「ん……あぁ、もう朝か………?」

 

朝も早く、柔らかなベッドの上に寝ている青年に目覚めの時を知らせる様に陽光がカーテンで遮られた窓の間から刺し、薄暗かった部屋を照らす。

その光を閉じていた瞼から察知した青年は寝ぼけ眼をこすりながら一度、身を起こす。

 

天然パーマがかかっている髪は寝癖でさらに飛び跳ねているが、青年は一度きっちり目を覚ますべく窓を遮っているカーテンを開けて太陽の光を全身に浴びる。

 

「……いい朝だ」

 

青年、メテオ・ソルヒートの朝は早い。

 

予定していた時刻に起きて、いつも通りの日常を過ごすべく、彼は覚醒した体を動かして手早く着替えを済ませるとすぐに洗面台の方に向かった。

住み慣れたこの部屋の廊下を歩き、使い慣れた洗面台のある部屋まで行くと蛇口をひねり出てきた水でまず顔を洗い、すぐに歯を磨く。

そして、朝の支度を済ませた彼はいつものように朝食を作るべく台所へと向かった。

 

「っと……その前に……」

 

その途中、彼はある一室の前で足を止めた。

可愛らしいネームプレートが掲げられたそのドア、彼はいつものようにそのドアを数回ノックする。

 

「おーい、朝だぞ~、起きてるか~?」

 

二回のノックの後に呼びかける。

しかし、返答はない。

 

「こいつはいつものパターンだな」

 

彼はそう判断すると、仕方ないとドアノブを回して部屋の中へと入る。

カーテンを完全に閉めきって太陽の光を完全にシャットアウトして薄暗いままのその部屋。

メテオは途惑うことなくその部屋に入ると、その部屋の主の姿をベッドではなくパソコンとデジタルのイラストを描くために使用するための機具、ペンタブと呼ばれるものが備え付けられた机の上で発見した。

 

「やっぱり、また寝落ちしてたか……イラストレーターの仕事は大変なのはわかるけど、もう少し効率よくしないとだめだって言ってるのに……」

 

ため息をつきながら、メテオはその机に突っ伏して眠っているこの部屋の主を、“同居している自分の恋人”を起こす。

 

「ほら、起きろシンシア、朝だぞ」

 

「ん………あうぅ……ぅ?」

 

両手で彼女の体を揺すりながら呼びかけて、その人物はようやく目を覚ました。

 

白く透き通るような肌と輝く白髪、そして淡い紫色の瞳がゆっくりと開けられた瞳の間から覗く。

 

「………あ、おはよう……メテオ」

 

「おはよう、シンシア、また夜通し仕事してたのか?」

 

「ぅ………締切、間に合ったよ」

 

「そうか、そりゃよかった、でもあんまりぎりぎりなのは感心しないぞ?」

 

「ひぅ……ごめん……なさい」

 

「分かればよろしい、ほら? 朝飯にしようぜ? 今日は二人とも仕事は休みなんだし、一日楽しもうぜ?」

 

「………うん♪」

 

メテオの言葉に、彼女は頷くと寝ぼけ眼をこすりながら笑顔を浮かべた。

 

そう、彼女こそがメテオの恋人。

メテオが住む、このマンションの一室に居候し、絵師、所謂イラストレーターとしての仕事をこなしている、“シンシア。

 

 

 

今、メテオとシンシアは一つ屋根の下、同棲しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

二人が付き合いだして、もう一年近くになる。

 

一流のスタントマンとして活躍する彼、メテオ・ソルヒートと絵師のシンシア、一見するととてつもなく正反対な職業についている二人が出会ったのはほんの些細なことだった。

出会い、知り合って、関係を重ねていくうちに次第に二人は惹かれ合っていった。

 

そして、メテオから切り出したことで二人は晴れて恋人同士となり、今はこうして二人一緒に共同生活を送っている。

もっとも、家事全般はメテオが持ち切りなのだが…。

しかし、それも苦にならない、なぜなら………

 

「どうだ? 今日の目玉焼き」

 

「………うん、おいしいよ…」

 

「そうか、ならよかったぜ♪」

 

こうして彼女の笑顔が見れるのが何よりの幸せなのだから。

 

今朝の朝食はシンシアの好みに合わせた半熟の目玉焼きと簡単なサラダにトースト、彼女がトーストに塗ってあるイチゴジャムも、彼女の好みに合わせてメテオが作り上げた思考の一品(自称)である。

 

こうして愛する彼女のために料理を作るのは恋人として誇らしく思うし、とても安らぐ時間だと自分で感じているメテオ。

普通なら逆だと思うのだろうが、愛の形は人それぞれ、別に男が尽くして悪いことではないのだ。

彼は立派な主夫となりえるだろう。

 

「ごちそうさま…」

 

すると、いつの間にか彼女が先に食べ終わっていたのに今気づいた。

小さな口でもくもくと子リスのように食べ物を食べる姿を見ていたらいつのまにか自分が食べるのを忘れていたようだった。

それに気づいたメテオはすぐさま自分の分の食事を済ませ、空になったシンシアの食器と一緒に自分の食器も手早く片づけ始める。

 

すると、そんな時……。

 

「……あ、シンシア、ちょっと」

 

「え?」

 

メテオに呼び止められたシンシアは席を立とうとした体を止めて、彼へと目を向ける。

すると、突然彼の手が自分の方へと伸ばされ………。

 

 

 

「……口元、ジャムついてんぞ……」

 

「………あ」

 

 

 

彼の親指が、自分の口元を撫でた。

 

その僅かに触れられた瞬間、それがたった一瞬なのはわかっている……だがその一瞬が彼女の胸の動機を高めるのには、十分すぎる物だった。

 

どきどきと胸が鳴り、顔が熱くなる……。

 

こんなにも彼が近い……だからこそ、意識してしまう……好きな人に触れられているということを……。

 

「……? どうかしたのか?」

 

「あ………な、なんでもない……」

 

いつの間にか呆けていたらしいシンシアはメテオに言われ再び思考を戻すと、赤くなった頬を隠すように背を向ける。

それがどうしてなのかを理解していないのか、メテオは首を傾げながらその後姿を見つめるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…メテオ……」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

朝食を済ませ、食器の片付けも済ませたメテオにシンシアが近寄ってきた。

どうかしたのかと首を傾げるメテオに、シンシアはどこか恥ずかしそうに眼を泳がせながらもじもじとし始めた。

 

「えと………その………今日、メテオもお仕事……お休み……わたしも……お仕事終わったから…」

 

そう言うとシンシアはメテオの服の裾をきゅっと握った。

そして、自分よりも背丈の高いメテオを上目づかいに見上げた。

 

「……ひ、ひさしぶりに……一緒……だから……」

 

うまく言葉にできないのか、若干口ごもりながらも何かを伝えようとしてくる。

それをメテオは反射的に感じ取ると、微笑みを浮かべながらそっと彼女の頭に手を乗せて優しく撫でた。

おそらく、彼女はこう言いたいのだろうと考えながら…。

 

「今日は、一緒になにかしたい……か?」

 

「……ぅ!」

 

どうやら当たりだったらしい、シンシアはメテオがそう言った瞬間に目を輝かせて強めに頷いた。

 

「そうだな、ここ最近俺もシンシアも仕事で忙しかったしなぁ、せっかくの休みなんだしそうしようか?」

 

メテオの言葉にシンシアはさらに頷いて返答する。

 

しかし、それはそれでどうしたものかとメテオはここである問題を見つけてしまった。

本来なら、せっかくの休みだし、彼女とデートがセオリーだろう。

 

遊園地、ショッピング、映画、考える分には内容はより取り見取りなのだが……シンシアの場合は気軽にそう提案するわけにはいかない。

 

何故なら……。

 

「………シンシア、何処かに出かけるのは」

 

「ひぅっ………」

 

「………無理そうだな」

 

そう、シンシアは極度の人見知りなのだ。

 

しかも、ここ最近はイラストレーターの仕事に専念して数週間ほど外出してなかったので急に外に出ようものなら確実にシンシアは耐えられないのは目に見えて明らかだ。

実際に、現在彼女はメテオの提案を聞いて体をびくつかせて涙目になってしまっている。

 

「うぅ……ごめん、なさい……」

 

「いや、気にするなよ、また近場に買出しに行くときとかに一緒に来るとかして少しづつ馴れて行けばいいんだからさ、いきなり張り切る必要もないぜ?」

 

「……うん」

 

「………とは言ったものの、どうしたものかなこりゃ」

 

せっかくの休日だがシンシアの負担になるようなことは避けたい、どうにかしてシンシアも楽しめるような方法はないかと考えるメテオ。

家にいて二人で出来ることと言えば何か……。

顎に手を当て考え始めるメテオ。

 

「家で二人……二人きりか……」

 

「ふたり……きり……」

 

「………」

 

「………」

 

二人きりという言葉を交わしながら互いを見つめあう二人。

そう、このマンションの一室では今メテオとシンシアは同居中、しかし、仕事の都合などで一日中一緒ということは最近なかったのでなかなか新鮮な響きに聞こえてくる。

 

突き合っている恋人と、家で二人きり……。

 

その単語が浮かんだ瞬間、メテオとシンシアはどちらからともなく、互いに顔を真っ赤にしてふいに視線を逸らした。

 

(な、なんだろう……なんか、いつも以上に意識してしまう……)

 

(め、メテオと………今日は、ずっと……一緒……)

 

改めて相手を意識してしまった二人、顔を赤く染めたまま二人は黙り込んでしまう。

何とか話題を変えようとメテオが部屋の中を見回してなにかないかと探し始める。

 

すると、彼の目にある物が飛び込んできた。

 

テレビのあるリビングのテーブルの上に無造作に置かれた小さな袋だ。

 

「あ、そうだ! シンシア、これ」

 

「………? それ、なに?」

 

「昨日、仕事から帰ってくる途中に絵美に呼ばれてな、お勧めだからって貸してくれたDVDなんだけど…」

 

昨夜の事、自分の妹である絵美に呼び出されたメテオは彼女にこのDVDを手渡されたのだ。

 

『これでも見て、もう少しメテ兄も勉強しときなよ、せっかく可愛い彼女と同棲中なんだからさ!』

 

というメッセージと共にこれを手渡した妹の真意が何なのか定かではないが、丁度いいタイミングだった、何とか話題を作ることには成功した。

しかし、彼女はこのDVDで何を勉強しろというのか?

それが何なのか気になりつつ、メテオはシンシアにそう提案するとシンシアはメテオが差し出したDVDの入った袋を手に取り、中身を確認した。

 

すると、そのDVDのラベルを見た瞬間、シンシアの頬が先程と比べるとまだましだが僅かに赤くなった。

そして、すぐ、彼女の表情が微笑みへと変わった。

 

「……わたし……これ、見たい……」

 

「お、そうか、じゃあ、とりあえず一緒に見るか?」

 

「………うん!」

 

頷くや否や、シンシアはそのDVDを持ってテレビの前にしゃがみ、テレビの電源を入れた後HDDのトレイを開き、その中に数枚入っていたと思われるDVDの内の最初の一枚を入れて、トレイを戻した。

 

DVDを読み込んでいるHDDの駆動音を聞きながら、二人はテレビの前に置かれているソファに座り映像が流れるのを待つ。

 

一体何が始まるのか、メテオが興味を持ちながらテレビ画面を見ていると、暗転していた画面が明るくなり、映像が流れ始めた。

 

「………あれ、もしかしてこれって?」

 

その内容を見た時、メテオはあるジャンルのドラマを脳内に思い浮かべた。

そして、流れ始めたドラマのタイトルを見た時、その予想は確信へと変わった。

 

それは所謂、“恋愛ドラマ”だったのだ。

 

(こ、この状況でこれかぁ……いいタイミングなのか……?)

 

ふいに隣に座るシンシアに目をやると当のシンシアはドラマが流れ始めたテレビを興味津々に見ている。

 

「……シンシア、これ見たかったのか?」

 

その様子を見たメテオが彼女に聞くと、シンシアは小さくこくこくと頷いた。

 

「うん……すごく……」

 

「へぇ、そうなのか…」

 

ある意味シンシアにとってはいいタイミングだったようだ。

しかし、二人きりで恋愛ドラマを見るとなるとどうにも落ち着かない、しかも相手は付き合っている恋人だ、嫌が応にも意識してしまう。

 

だが、だからと言ってシンシアも楽しみにしているこの機会を無下にするわけにもいかない。

 

メテオは一度、気を落ち着かせるために深く深呼吸をするとシンシアと同じように画面に目を向けた。

 

 

 

 

 

「まさか、記憶喪失だった主人公が小さいころに一緒だったヒロインの幼馴染だったなんてな………」

 

数時間かけていつの間にかメテオはシンシアと共にそのドラマを一巻分見終えた。

予想外の展開に驚きつつ、メテオがそう呟くと、シンシアはメテオを見てこくりと頷いた。

 

「メテオ……どうだった?」

 

「あぁ、面白かったよ、べたで甘々な奴じゃなくて所々に切なさとか熱さとかがあって、いつの間にか見入ってたくらいだ」

 

「………そう……よかった」

 

メテオの感想を聞いたシンシアは微笑みながらそう言うと、安心したように胸を撫で下ろした。

 

「……メテオが……つまらなかったらどうしようって思ってた……」

 

「え?」

 

メテオの感想に対するシンシアの返答に、メテオは首を傾げた。

確かに最初こそ大丈夫か不安に感じるところこそあったが、実際には自分も意外と楽しんで見れたのに…。

 

「だって……メテオ……あんまりこういうの、見なさそうだし……わたしのお願いにしかたなくつきあってるんじゃないかなって……」

 

どこか不安そうに呟くシンシア、ソファの上に両足を置いて所謂三角座りという体制を取るとそっと隣のメテオを上目づかいにちらりと見上げた。

 

どうやら、彼女はメテオがあまりドラマに興味を持っていなかったらどうしようかと思っていたらしい。

確かにメテオは自分から恋愛物のドラマを見に行くような趣味はしていないのだが…。

 

メテオはため息を一つ吐くと、ソファの上に縮こまる様にしているシンシアの頭に手を乗せた。

 

「……ぁっ」

 

優しく、彼女の新雪のように白い髪を撫でる。

シンシアは最初は驚きはしたものの、その感触が嫌じゃなかったのか、目を細めると口元に微笑みを浮かべる。

 

「あのなシンシア、別にそんなこと気にしなくていいんだぞ?」

 

「………?」

 

「俺にとってはシンシアと何かをして楽しかったか、そうじゃないかってことよりも、シンシアと一緒に過ごすことが出来た時間そのものが大切なんだ」

 

付き合い始めて数か月、同居と言う形で生活を共にしてはいるがこうして二人きりでいる時間はメテオやシンシアにとっては貴重なのだ。

まだまだ二人にはやらなくちゃいけないこともある、互いの仕事もあるし、それぞれの事情だってある。

だからこそ、メテオはこうして他の事を気にすることなくシンシアと二人で過ごせるこの時間の一つ一つの出来事を大切に過ごしていきたいと思っているのだ。

 

「だから、俺はシンシアと一緒にいれるなら、どんなことでも楽しいし、嬉しいよ」

 

「………メテオ」

 

「それに、ドラマも面白かったからな! はやく続き見ようぜ?」

 

「………うん!」

 

メテオの言葉に、シンシアは嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた。

シンシアが頷いたのを確認したメテオは早速続きを見ようとDVDを入れ替えようとする。

 

「あ……ちょっと……待って……」

 

だが、不意にシンシアが立ち上がったメテオの服の裾を掴んだ。

 

「っと……なんだ? どうかしたのか、シンシア?」

 

振り向きながらメテオが問いかけると、シンシアはどこか恥ずかしそうに視線を右往左往させながら頬を赤く染めていた。

 

「………その前に……お願い、しても……いい?」

 

「ん? なんだ? どうかしたのか?」

 

「うん………ちょっと、したいことが……あるの」

 

その要求が何なのか、メテオは疑問に感じるところもあったのだが、シンシアのお願いを無下に扱うつもりはないし、彼はそのお願いを甘んじて受け入れることにした。

 

 

 

 

「………で、これは……どういう?」

 

まさかこんな状態になるとは思わなかったが……。

 

「………いや、だった……?」

 

「いや、そう言うわけじゃないけどさ……なんというか、慣れないなぁって」

 

今メテオはシンシアがきちんと座り直した状態の太ももの部分に頭を乗せて横になっている状態、所謂“膝枕”をシンシアにしてもらっていたのだ。

彼女曰く、ドラマの中にもこんなシーンがあったし、やったことがなかったからやってみたかったということらしい。

 

「あぅ……ごめんなさい……わがまま言って……」

 

「べ、別に謝らなくていいって、ちょっと気恥ずかしいけど……悪い気分じゃないしさ」

 

「………ほんとう?」

 

「本当」

 

シンシアの問いに率直な答えを返すと、彼女は安心したのか顔に優し気な笑みを浮かべた。

 

シンシアのどこか華奢だが、柔らかく、温かい太腿の感触を後頭部で感じながら下から彼女の顔を見上げるメテオ、そんな彼の頭を今度はシンシアがさっきメテオが彼女にやったように優しく撫でた。

 

「………メテオの髪……もふもふしてる……なんだか、ぬいぐるみみたい……」

 

「そ、そうか? 俺はコンプレックスなんだけどな……この髪」

 

長いことコンプレックスにしていた自分の特徴の一つともいえる天然パーマに対して、初めてそのようなことを言われたメテオは驚きつつも、どこかまんざらでもなさそうな表情を浮かべた。

 

「わたしは………好きだよ? メテオは、いやなの……?」

 

「……正直、あんまり気に入ってはいないけど……でも、そう言ってくれるのはうれしい、かも……」

 

恥ずかしそうに視線を逸らしたメテオの反応を、シンシアは可笑しく感じたのかくすりと小さく笑った。

 

「………メテオ……ちょっと、かわいかった……」

 

「か、からかうなよ……言われたことないんだから」

 

シンシアの言葉に戸惑うメテオ、そんな彼を上からじっと見つめるシンシア。

 

いつの間にか、二人の視線が合わさり、互いに見つめあう二人。

 

 

「………でも、そんなメテオも、好き………」

 

 

頬を朱に染めながら呟くようにそう言った言葉を、メテオは聞き逃さなかった。

シンシアはメテオののこと見つめながらまたポツリポツリと言葉をつづける。

 

「………メテオと出会えて……よかった……わたしは、あなたのおかげで変われたから……あなたと一緒に過ごせる今が、嬉しいし……幸せ……」

 

「………そうか………俺もだよ、シンシア……お前と出会えて、良かった……」

 

互いの気持ちを打ち明け、熱い視線を交わす二人。

時計が時を刻む音が鳴り響くほどの静寂の中、その空間はどこか温かくそれでいてとても満ち足りた空間だった。

 

メテオが起き上がり、シンシアと向き合う。

やがて、二人の顔が近づいていき、その距離がどんどんと縮まっていく……。

 

二人の唇があと数センチにも満たないほどに近づいて………。

 

 

 

互いの唇が重なり合った感覚は、一瞬のような、それでいてとても長いような不思議な時間だった。

互いの体温を近くに感じる、すぐそばに自分の愛する人がいる……その感覚が自分の中にある相手を思う気持ちにほんのりとした暖かさをくれる。

 

互いの唇を放した二人は頬を赤く染めながら、しばらく互いの事を見つめあい……そしてどちらからともなく目を反らした。

 

 

 

((………まともに見れない………))

 

 

 

それ程までに想っているからこそ、どこか恥ずかしくもなってしまうのだ。

愛している、そう伝えたい……けど、伝えたら伝えたですごく恥ずかしい物なのだ。

顔から火が出るのではないかと思えるほどに顔が熱い、相手の顔しか見れないからわからないがたぶん自分も負けない程に顔を赤くしているんだろう……そう思ったら尚更目を合わせずらくなってしまった……赤くなった自分の顔を見られるのが、どことなく恥ずかしいから……。

 

「………続き、見よっか………」

 

「あぁ………」

 

 

 

その後、一通りのDVD鑑賞を終えたシンシアとメテオの二人はドラマに対する感想を交えた談笑を交わしながら、先程のキスの事を時折思い返してはどちらからともなく顔を赤くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間の時間をDVD鑑賞に使い、食事も二人一緒に食べたシンシアとメテオ……時間は夜になった。

空はすっかり暗くなり、残された今日という時間はあと僅かになってきた。

明日はどんな予定を組んでいたかとメテオは考えながら自室に戻る。

 

夕食、そして早めに風呂を済ませた彼はスマホに記録してあったメモを起動しそれに目を通していく。

一応彼はスタントマンとして仕事をしている、確か明日は特撮番組関連のスーツアクターの仕事があったはずだと、彼が考えていると………。

 

 

―――コン、コン…

 

 

不意に彼の部屋を小さくノックする音が聞こえてきた。

 

「ん? シンシアか?」

 

ここにはメテオとシンシアの二人しか住んでいないため、自然とそう考えたメテオは彼女を出迎えようとドアに向かい扉を開ける。

そして、ドアを開けると……。

 

「……メテオ……いい?」

 

そこにはピンクのもこもことしたパジャマを身に着け、両手にすっぽりと枕を抱きかかえた状態でドアの前に立っている、シンシアがいた。

どこか恥ずかしそうにもじもじとした様子で問いかけるシンシアの姿は、なにやら小動物めいた愛らしさのような物を感じる。

 

「お、おう……別にいいけど、どうした?」

 

その姿に少し心を揺らがせながらも、メテオはシンシアになぜここに来たのかを問いかける。

すると、シンシアは枕に顔をうずめるようにして俯きながら、彼にしか聞こえないような小さな声量で言った。

 

 

 

「………一緒に………寝ていい?」

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来二人は互いの仕事とか、プライベートもあるからということを考慮して部屋はそれぞれ別にしていた。

シンシアにはイラストレーターという趣味兼職業を行うための環境も必要とされるため、彼女が集中できるようにという配慮もあるためだ。

それはメテオも同じである、彼にも一人で集中したい時などが十分にある、体を酷使する彼には自身の体をケアするためにも整った環境を必要とするからだ。

 

だが、二人は今は恋人同士………時折、互いの事を求めてしまうのは致し方ない事とは思っているが……。

 

 

 

(……やっぱり、慣れないな……)

 

 

 

今現在のように同じベッドの中で身を寄せ合って寝ているというこの状況、それはメテオにとってはやはり緊張せずにはいられない物だった。

恋愛に関しては疎い部分があるというのは妹や周りの人物からさんざん言われているため、自覚はしている彼だからこそ、こういう状況での対処法が分からないのだ。

 

「………えっと、寝苦しく………ないか?」

 

「………平気」

 

彼女に背を向けた状態で問いかけると、程なくしてシンシアの返事が聞こえてくる。

好きな相手とこういう状況に陥った時どうすればいのか、わからないメテオにとってはとりあえず声を掛けるのが精いっぱいだった……。

 

そんな時だった………不意に、メテオの背中にシンシアの小さな体が寄り添ってきたのは……。

 

「っ!」

 

温かい……背中越しに感じる彼女の体温が、メテオに伝わってくる。

 

その感覚だけで、メテオの思考はさらにどうすればいいのかわからず平然を装ってはいる者の内心ではパニックになりかけていた。

 

「………明日から、忙しくなりそう?」

 

そんな中、シンシアが彼に問いかけてきた。

ぐちゃぐちゃになりかけている思考をなんとか落ち着かせながらもメテオはその問いに対する返答を何とか返そうとする。

 

「あ、あぁ、まあ……スーアクの撮影とかがな……シンシアは一応仕事がひと段落したんだよな?」

 

「………うん………」

 

「なら、しばらくお前は休んどくといい、俺は俺で頑張るから」

 

彼女を気遣っての言葉……だがそう言った瞬間、シンシアは華奢な印象を感じさせる細く、白いその腕でメテオの体を抱きしめた。

 

「え、お、おい、シンシア?」

 

突然の事に戸惑うメテオ、しかしシンシアはメテオの事を放そうとはしない。

 

「………今日、楽しかったね」

 

「あぁ、楽しかった」

 

何気ない問いかけ、その答えはメテオにとっては嘘偽りのない物だった。

今日過ごした彼女との時間、それは嘘偽りなく彼にとっても掛け替えのない、楽しい時間だった。

それ故に答えるのに間を開ける必要もなかった、ただ一言、そう言えるには十分だった。

 

「………次、いつ一緒になれるかな?」

 

ただ、その楽しい時間がいつも来るとは分からなかったからこそ……尚更そう感じていたのだ。

 

「……さあな、しばらく撮影とか続きそうだしな」

 

どこか寂しそうにしているシンシアにメテオは申し訳なさを感じつつもそう告げる、すると心なしかシンシアが腕に込めている力を強めた気がした。

 

「………そっか………忙しいもんね………お仕事」

 

「……ごめんな」

 

「……いいよ、大丈夫……次の時を待ってるから……」

 

気を使ってくれている、メテオには今の彼女の思考が何となくわかった。

本当は自分の思っていることを伝えたい、でも相手を困らせたくないから我慢している……我慢することはシンシアの癖のような物だと自然とメテオは彼女と交際していく中で理解していた。

だから、今の言葉もその我慢の表れなのだろう……。

 

現に、今自分を抱きしめている彼女の腕に込められた僅かな力の変化が、それを物語っている。

 

本当はもっと一緒に居たい……そう伝わってくるかのようだった。

 

人を好きになるということがどういうことなのか、それは単純そうに見えて意外とわからない物だ。

ただ、その人と一緒に居たい……その人の事を思っているからこそ共に居たい……その人と幸せになりたい。

解釈の仕方は様々だし、おそらく人によってその価値観は異なってくるだろう。

だから恋愛は難しい……理解するのには最高難易度の課題だ……。

 

でも、その課題に全て答えることは出来なくても………今ある問題には答えることは、出来るかもしれない。

 

 

 

彼女の“想い”に対する必要最低限の答えを……。

 

 

 

「………無理するなよ………一緒に居たいなら、そう言え………少なくとも今は、傍にいるんだからよ」

 

 

 

そう言ってメテオは彼女の腕に手を添えて体から離すと、シンシアの方へと向き直った。

 

「え………で、でも………わたしの、わがままだし……」

 

「我儘でもいい……俺は、お前が喜んでくれるのが、何よりもうれしいんだ」

 

そう言ってメテオは窓から差し込む暗闇を照らすほんのりとした月明かりの中で微笑みを浮かべる、するとそれを見たシンシアは自分の中に隠してあった想いが溢れそうになほど膨らむのを抑えられずにはいられなかった。

 

「………一緒に居たい………せめて今だけでもいいから、すぐ傍にメテオを感じたいよ」

 

「……わかったよ……なら、これでいいか?」

 

彼女の漏らした想いに、メテオは頷いて答えた………彼女を優しく、胸元に抱き寄せるという形で……。

 

「ん………」

 

小柄な彼女の身体はメテオの体に抱きしめられ、彼の両腕の中にすっぽりと納まっていた。

それが彼女にほっとした安心感を与えてくれる……それが何よりも、嬉しかった……。

 

「………ありがとうメテオ………」

 

「………おう」

 

だから、今はこれで十分………彼と一緒に居る時間が、何よりも掛け替えのないシンシアにとっての宝物………それが僅かな時間でも、彼女にとっては大事な………大事な時間だから………。

 

 

 

(………愛してる………大好きだよ、メテオ………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ!?」

 

微睡みの中、机の上に突っ伏していた状態からまるで跳ね上がったばねの如く、シンシアは体を起こした。

目をぱちくりと瞬き察せながら、辺りを見回し自分が今何をしていたのかを改めて整理する。

 

たしか、さっきまで自分はどこかのマンションでメテオと二人で一緒にいたはず……。

 

しかし、今いるのは見慣れた自分の自室の風景だった。

 

呆然と虚空を見つめるシンシアの頭が状況を整理するべく回り始める。

そしてそれは、やがて一つの答えを導き出した。

 

 

 

「……夢?」

 

 

 

そうとわかった瞬間、シンシアは顔をイチゴ以上に真っ赤に染め上げて顔を両手で覆い声にならない声を上げて悶えた。

 

そんな悶えるシンシアの目の前の机、そこには一枚の紙に描かれたイラストがあった。

 

そのイラストは過激な18禁イラストを得意とする彼女にしては、珍しく過激ではない絵だった。

二人の男女が目を閉じてキスをしているイラストだった。

 

その男女と言うのは、ひそかに思いを寄せる彼からプレゼントされた“プリムラの花飾り”をつけているシンシアと、その花飾りをプレゼントしたメテオだった……。

 




いかがでしたか?

今現在リアルが多忙な中、昔書いたものを投稿しましたが……そろそろ最新話の方も書いていかないとなぁ、聖杯戦争編とかネプおば本編とか…

まあ、たまには息抜きも必要だよね!←おい

ということで、またお会いしましょう!


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EX stage,7 空前絶後のチョコエッグ

どうも、白宇宙です!
今回は何となしに日常回を執筆……今回のテーマは”ブーム”!

世間ではハンドスピナーなどが流行っているようですが、今回このゲイムギョウ界に訪れたブームとは?

それではお楽しみください、どうぞ!


 

人は誰しも、何かにハマったり夢中になったりすることがあるのではないだろうか?

例えば不思議なフレーバーのお菓子、ちょっと変わったデザインのアクセサリー、何の変哲もないただ手で回すだけなのになぜか夢中になってしまうおもちゃ。

そう、人は誰しも何かに夢中になったりすることが多い、それも個人だけの話ではなく世間的な大々的な流行……。

 

 

 

―――“ブーム”。

 

 

 

それは何の前触れもなくふとしたことをきっかけにして世間に広まっていく現象の事。

食べ物に始まり、動物、行動、衣服などのおしゃれアイテムに関しても適応されるこのブーム、その期間は長かったり短かったりと様々だが、それが当てはまるととてつもない収入と莫大な利益が生まれる経済効果も期待できる。

大手の一般企業や様々な中小企業はそのブームに乗っかって稼ごうとするのも不思議なことではない。

 

今回ここに記す日常の一ページはゲイムギョウ界で唐突に起きた一大ブームに遭遇した宗谷と、それにドハマりしてしまった者達のお話……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふぅ、とりあえず午前のお仕事終了っと………さて、昼休み~」

 

教祖補佐の仕事は午前と午後の間に分けられ、その合間に休憩の時間を挟んでいる。

プラネテューヌ教会の教祖補佐を務める彼、天条宗谷は今日もまたいつものように教会の仕事を一通り終えて午後からの仕事に備えるために英気を養おうとしているところだった。

いつもの仕事部屋を出て向かったのはこの国を治める女神、ネプテューヌとその友人たちも利用しているリビングルーム、あそこはいわばここでの休憩場も兼ねている、仕事をした後はそこに集まってたわい話とみんなと雑談に浸るのがいつものセオリー、それが彼のライフスタイルだった。

 

いつもの如く廊下を歩いていき、部屋を開けるためにドアノブを回す宗谷………すると………。

 

 

 

「出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

部屋のドアどころか廊下を突き抜けて外にも響いてきそうな強烈な叫び声が宗谷の鼓膜を震わせて、その勢いのままに彼を後ろ倒しに転倒させた。

 

「な………なんだよ……とつぜん大声出しやがって……おーい、ネプ子さんや? ホラーゲームとかなら別の所でやってくれ……できれば俺の見えない所でな……頼むから」

 

その声の主に覚えのあった彼は声の大きさのあまりにまだくらくらとする頭を押さえながら立ち上がると、聞こえてきたフレーズからどうせいつものようにゲームで遊んでいたネプテューヌが興奮のあまりに叫んだのだろうと思い、そう言いながら部屋の中へと入ってみた。

 

しかし、部屋を覗いてみるや否や、そこには彼の予想とはまるで違う様子が広がっていた。

 

「な、何が出たのお姉ちゃん! 私にも見せて!」

 

「ネプちゃん~、もったいぶらずにみ~せ~て~、は~や~く~!」

 

「ねぷてぬみせて! みせて! み~せ~て!!」

 

「分かってる! 分かってるからちょっと待って! うわぁぁぁ……ようやく出るなんてぇ……夢の様とはまさにこれの事だねぇ……頑張った甲斐があるよ」

 

なにやら部屋の中心でネプテューヌを中心にネプギア、プルルート、ピーシェの四人が何やら異様な盛り上がりを見せていた。

中央にいるネプテューヌはなにやら感慨深そうな、感動にも満ち溢れているかのような言葉を溢し、その周りを囲んでいる他の三人はなにやら彼女を急かすようにはやし立てている。

一体何が起こっているのか、それを見て気になった宗谷はその四人に近づいてみることにした。

 

「どうしたんだよみんなして、なんかいつになく盛り上がってるみたいだけど何事?」

 

「あ、ソウヤ! 丁度いい所に来たよ! 見て見て、遂に出たんだよ、ついについについに!」

 

「おぉ……と、とりあえず落ち着け、何があったのかはちゃんと聞くから」

 

宗谷を見るなり興奮冷めやらぬと言いたげな表情で詰め寄ってきたネプテューヌ、そんな彼女の勢いに押される宗谷は何とか彼女を落ち着かせようとするが、なかなか彼女のボルテージが収まる気配はない。

これはいつものような仕事をさぼっていた時に見る焦りの様子とは違う、明らかな喜びの興奮だ。 彼女の目とその表情が何よりの証拠と言えるだろう。

 

一体何が彼女をそうさせているのか、気になった宗谷はふと彼女が持っているものに目を向けた。

 

彼女の手には何かが握られている、大きさ的には手の平に丁度ちょこんと乗るサイズのものだ。

シルエット的に言うと人型、高さは5、6㎝くらいだろうか?

検めてそれが何なのかをまじまじと見てみると………。

 

 

 

「………フィギュア?」

 

 

 

そう、それは小さな人型のフィギュアだったのだ。

四角い土台の上に立つそのフィギュアはネプテューヌの手の平の上で中名kにりりしいポーズを決めている。

そこまでなら彼も見たことのあるミニフィギュアだろう、カプセルのガチャガチャや食玩などで見るものだ。 だが、何よりも目を引く特徴がそのフィギュアにはあった……それは……。

 

 

 

「これって………女神化したお前のフィギュアじゃねぇか!? なんだこれ!?」

 

 

 

そう、そのフィギュアは何とネプテューヌが変身した姿、パープルハートを忠実に再現しているミニフィギュアだったのだ。

プロセッサユニットと呼ばれる、体のラインにぴったりと張り付くようなボディースーツ型の武装、手に持っている日本刀型の武器、背中に装備されているウィングや顔、髪、細かな部分まで忠実に再現されている。 ミニフィギュアにしてはクオリティの高い物だった。

 

こんなものがなぜあるのかと驚きを隠せない宗谷、それを見るや否やネプテューヌはにやりと得意げにほほ笑んで見せた。

 

「ふっふ~ん! いいでしょ~、なかなか出ないんだよね~」

 

「本当だ! お姉ちゃん本当に出たんだ、私まだ出したことないのに……いいなぁ」

 

「あたしも~、まだ出たことないよ~」

 

「ぴぃも! ぴぃもねぷてぬの欲しい!」

 

そしてそれに集まるようにしてネプギアとプルルート、ピーシェの三人もまじまじと彼女の手の上にあるフィギュアを覗き込む。

だが、宗谷の中にはそのフィギュアに対する驚きとは別に……ある一つの疑問があった。

 

 

 

「………ところでさ、さっきから出たとか出てないとかいうけど、これなに?」

 

 

 

率直な疑問、わからないからこそ当事者たちに聞く。

宗谷はそれの周りに集まっている四人に何気なくそう問いかけた。

 

すると………。

 

 

 

『え………?』

 

 

 

四人が一斉に宗谷の方に向くや否や、声をそろえて硬直し、何と言い現わせばいいのかもわかりにくい冷ややかな目を向けてきた。

 

ストレートに言葉で言い表すのなら……。

 

『うわ、マジで? こんなことも知らないの? やばくね? ありえなくね?』

 

と言う感じの憐れむような目だ、この四人にそんな目を向けられると思っていなかった宗谷はさすがに胸が痛かった、というよりなんか耐えがたい何かがあった。

 

「ちょ、やめて、その目やめて……なんか刺さる、心に刺さる」

 

「いや……だって……ねえ?」

 

「これを知らないっていうのは……さすがに……」

 

「そーくん遅れてるね~」

 

「おくれてる~」

 

「ちょっと待って!? 俺そんなに言われるの!? そこまでやばいの!? ねえ!?」

 

いつになく四人の反応が本気のそれだったことに軽くショックを受けた宗谷は焦りながら四人に問いかける。

どうやらこれは知っていなくてはいけない程の物らしい、それを感じ取った宗谷は慌てて四人に、必死に食い下がった。

 

「とりあえず教えてくれよ、なんかその反応されたら俺ツラい!! この先その目を思い出して夜な夜な枕を濡らしそう!」

 

「いや、それはさすがにメンタル弱すぎじゃない? ガラスのハートなのは知ってるけどさ……」

 

「でもお姉ちゃん、宗谷さんここ最近忙しくて知らなくて当然かも……お部屋に戻ってもアニメもゲームもする時間が減ったみたいだし」

 

「何気にネプギアが俺のお楽しみのプライベートタイムを知っていることにはツッコミを入れたいんだが……」

 

「だって宗谷さんのお部屋と私のお部屋割と近いですし、宗谷さんってお姉ちゃんと一緒で興奮すると何かしら声を出しますよね、“キターッ!”とか、“やばい、心が……心がぴょんぴょんするんじゃあ~!”とか……」

 

「やだ恥ずかしっ! 今後気を付けよう俺!?」

 

ネプギアの報告で自分がプライベートで出している恥ずかしい一面を自覚してしまった宗谷は咄嗟に顔を両手で覆うようにして隠した。

無理もないだろう、自分にとっては無防備な瞬間であると同時にあんまり見られたり聞かれたくもない瞬間でもあるのだから……。

 

だが今はそれは二の次だ、問題はネプテューヌが持っているこのフィギュアの正体だ。

 

「………そうだねぇ、この際だから教えちゃおう! ソウヤ、これはねぇ………」

 

「………これは………?」

 

「これはですねぇ………」

 

「………これはね~?」

 

「これはー!」

 

「………これは………なんなんだ!!」

 

いつになくもったい付ける四人、なにやら宗谷の反応を楽しんでいるような父子すらも感じるその微笑み……心なしかプルルート当たりのSっ気が移ってきたのではないのだろうかと疑ってしまう。

焦らしに焦らされ、痺れを切らした宗谷が声を大きくすると……。

 

 

 

「“チョコエッグ”よ」

 

 

 

何の前触れもなく、目の前の四人とは違う後ろの方からそう返答が帰ってきた。

それに反応した宗谷がすぐさま後ろへと向けると……。

そこにはここで宗谷達と共に仕事をしたり、何気ない会話を交わす三人の人物がいた。

 

「あ、アイエフ! コンパさん! それにシンシアも!」

 

「まったく、何意地悪してるのよ、ネプ子……ネプギアまで一緒になって」

 

「あ~、あいちゃんひどいよ~、焦らすに焦らしてドーンって発表するつもりだったのに~!」

 

「あ、あはは……つい、流れに身を任せちゃいました……」

 

やはりプルルートの秘められたSが伝染してしまったのではないのか、とこの二人の話を聞いて思ってしまった宗谷、だが何はともあれ部屋にやってきたアイエフのおかげでこのフィギュアの正体を知ることが出来た。

 

「それにしても、チョコエッグか……俺の元いた世界でもその類は会ったけど、ゲイムギョウ界でもあったんだな」

 

“チョコエッグ”。

 

至極一般では食玩として扱われているおもちゃとお菓子がワンセットになっている商品の事だ。

このチョコエッグは包みを開くと卵型のチョコがあり、それを食べると中にはおまけとなる小さなおもちゃが入っているという仕組みだ。 周りのチョコが溶けて中のフィギュアが汚れることのないように大概はその中にもう一つプラスチックのカプセルやビニールが入っていることが多い。

 

どうやらネプテューヌが持っていたのはそのチョコエッグの中身だったという訳らしい。

 

「最近これを売り出したのよ、そこにいるネプ子が考案してね?」

 

「え!? これお前が考えたのか!?」

 

「えっへん! そのとーり! アイデア提供わたし、後の事もろもろはいーすんに任せて作りました!」

 

「威張って言うことじゃないだろそれ、ほとんど押し付けてんじゃねぇか!?」

 

凹凸もない平坦な胸を張って得意げにそう言った彼女ではあるが、ほとんどの仕事はイストワールの物であるのが残念なところだ…。

 

「おかげさまでイストワールさまはそのことで大忙し……今日もその売り上げの確認と今後のシリーズ打ち合わせで出かけてるわ」

 

「かくいうわたしたちも、休憩ついでに近くのお店で買ってきちゃったです」

 

「………ぅ」

 

「どうりで見ないと思ったら、俺の知らない所でそんなことになってたとは………それで、このチョコエッグって具体的にどんな内容なんだ?」

 

両手にビニール袋を持ったコンパとシンシア、アイエフでさえも片手に持っている。

 

根はオタク気質というか一オタクとしてやはりこういうのには興味が行ってしまうのか、三人の持っているそれに目を向けた後宗谷はそう問いかける。

チョコエッグというのはその構成故に重要なのはその中身にある。

チョコはあくまで周りを隠すカプセルであり、一番人を引きつけるのはその中に隠されたおもちゃの方である。

ネプテューヌが見せてくれたフィギュアから察するにどうやら女神関連なのは何となくわかるが、やはりそのラインナップを気にするのはオタクとしての性質らしい。

 

「そこは考案者である私が説明するよ! カモン、ホワイトボード!」

 

「えっと、どこだっけ……あ、そうだこっちの部屋に……すみません、誰か手伝ってくださーい!」

 

「あ………は、はい………」

 

ネプテューヌが張り切ってそういうと、それに合わせてネプギアが動き出し隣の部屋の扉を開けるとその中に入って行った、その手伝いをしようとアイエフの後ろにいたシンシアもその部屋の中に入って行くと二人してキャスター付きのホワイトボードをよいしょよいしょとリビングへと運んできた。

 

少々段取りが悪いものの、そこにはいくつかのフィギュアのラインナップが描かれたポスターが張られていた。

 

 

「私が考案したこのチョコエッグは……その名も! “ゲイムギョウ界チョコエッグ”!」

 

 

ポスターに大文字で大々的に記されているその名前、捻りも何もない丁度ストレートなその名前に反射的に正座で聞いていた宗谷は一瞬どう反応していいのかわからない反応を見せたものの、それはお構いなしと言いたげにネプテューヌはばしん!と勢いよくホワイトボードを叩く。

 

「まあ、チョコエッグが何なのかは地の文とかが適当に説明してくれたと思うのでそこは割愛して……あ、流し見しててわからないから気になるって人は上にスクロールしてね♪」

 

「おい、そういうこと言うのやめろ」

 

「メタ~だね~」

 

………とにもかくにも、宗谷とプルルートのツッコミを無視してネプテューヌは誰もが気になるであろう核心づいた内容、チョコエッグの中身について説明を始める。

 

「要するにこのチョコエッグの中に入ってるのはゲイムギョウ界を代表するスライヌとかの5種類と、メインの私たち女神がフィギュアになって入ってるんだよ、変身前、変身後も含めて、しかも! プラネテューヌだけじゃなくて四か国の女神全員がラインナップ!!」

 

「な、なんだってぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!」

 

反射的に叫んでしまった宗谷だが、なかなかに豪華なラインナップなのは確かだ。

このゲイムギョウ界に女神はネプテューヌを含めた四女神、そしてネプギア達女神候補生の四人を含めて合計で八人、しかもその変身前もあるとなると種類は合計で21種類という豊富なラインナップになっている。

 

「しかも、私の考案でぷるるんもフィギュア化されているんだよ!」

 

「まじかよ!? サービス良すぎじゃないか!?」

 

「さらには超超レアなシークレットもラインナップ!!」

 

「コレクター心をくすぐる所もわかってる!! ていうかそれって他の国のみんなも知ってるのか!?」

 

「もちろん! ちゃんと許可は取ってるよ! 交換条件としていくつか出されたけど、そこも考慮して今、ゲイムギョウ界の四大陸で大発売中!」

 

なんということだろう、異世界のゲイムギョウ界から来たプルルートまでフィギュア化されているとは予想外だったのだろう、宗谷は驚きを隠せずとなりでにこにことしているプルルートを見る。

しかも四大陸で大々的に発売されているとはこれは思っている以上に大きなプロジェクトになっている様だ。

 

「おかげで今ゲイムギョウ界は空前絶後のチョコエッグブームが巻き起こってるのよ? ネプ子のアイデアとはいえまさかここまでになるなんて思いもよらなかったわ……」

 

「ふっふ~ん、私だってたまにはいい仕事するんだもんね~!」

 

得意げにVサインをするネプテューヌ、だがそれよりもアイエフの言葉を聞いてから……宗谷はわなわなと体を震わせながらその場に手をついていた。

 

「お、俺としたことが………こんなサブカルの一大ブームになっている波に………しかも、その発信源の近くに居ながら気づくことが出来なかったなんて………!」

 

「………あの~、アイちゃん、宗谷さんの様子がおかしいです……状態異常です?」

 

「違うわよコンパ、あれはオタクのプライドが傷ついたことによる心のダメージだから……気にせずともすぐに治るわよ」

 

「ただいまで~す……あれ? 皆さん揃って何してるんですか?」

 

心配そうに宗谷を見るコンパと憐れむように宗谷を見ながらやれやれと首を振るアイエフ、するとそこに教祖補佐見習いとして最近この教会で働き始めたハルキとステマックスも部屋に帰ってきた。

………その手に四角い箱がいくつか入ったビニール袋を持ちながら。

 

「っ!? は、ハルキ、それは!!」

 

「え? あー、おやつのついでにコンビニで買ってきたんですよ、なんかつい……集め出したら止まりませんねこれ」

 

そう言って取り出したのは件のゲイムギョウ界チョコエッグ、しかも後ろにいるステマックスでさえも同じように持っているではないか……。

 

「そ、そういうのに疎くて、どっちかというとかわいいぬいぐるみとか集めてそうと思っていたハルキでさえ……!?」

 

「先輩、普段ボクにどういうイメージ持ってるかわかりませんけど、ボクも男だってこと忘れないでくださいね? 可愛いものは好きですけど」

 

「しかし、以外でござるな……天条殿がこのような流行に乗り遅れるなど」

 

ステマックスがそういうと、まわりの全員が確かにと言わんばかりにうんうんと頷く。

その反応がさらに宗谷の心のうちにえぐい角度のボディーブローのような衝撃となって襲い掛かってくる。

 

「ぐはっ………くっ………こうしちゃいられない……俺も早く買ってこないと!!」

 

「あー、それですけど……たぶんもう売り切れですよ、ボクが行ったらほとんど売れてましたから」

 

「チクショウ!! 遅かった!!」

 

決意するが早いか早速コンビニへと向かおうとした瞬間、ハルキの言葉にすぐさま心が折れて宗谷は甲子園の熱血野球少年がくりだすヘッドスライディングも顔負けな勢いでその場に倒れ込んだ。

 

「ただでさえ人気ですからね~、小さな子からマニアな人にまで」

 

「最近だと動画投稿サイトでレビューとか出てますからね?」

 

「それに許可をもらったノワールたちも集めてるらしいしね?」

 

「マジで!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ラステイションでは……。

 

「あむ………ん、これは………やったわ! ようやくネプギアがでた!」

 

壁に掛けられたアンティーク銃が特徴的な黒のちょっと大人を目指した部屋の雰囲気が特徴的なこの国の女神候補生のユニがチョコエッグを齧り、その中のカプセルを取り出し、中身を確認するとそれは女神化前のネプギアのフィギュアだった。

 

このチョコエッグのアソートは所謂不均一アソートであり、変身前の女神の9人はなかなかのレアでなかなか出ないのだ。

これが女神化した姿となったらそのレア度は相当なものになり、出たら大騒ぎ者だと言われるほどという…。

 

簡単にレア度を表すなら……。

 

スライヌを含めた5つが星1から3と出やすい。

 

女神化前の9人が星4で稀に出て来る。

 

女神化後の9人が星5でなかなか出て来ることはない、と言った所だろう。

 

そんな中ユニが引き当てたネプギアは当てた本人からしたら不意に頬が緩んでしまう嬉しさだ。

彼女が身に着けているセーラーワンピという特徴的な衣服と可愛らしい微笑みと立ち姿はつい見入ってしまう魅力がある。

 

「まったく……いつも仲良くしてあげてるのになかなかでないなんて、どういうつもりよ? ……べ、別にほしいわけじゃないんだけど……」

 

箱に同封されている台座にネプギアのフィギュアを立ててそう言いながら指先でツンツンとしながら、少し頬を赤らめてそう言ったユニ。

ガンマニアな自分でさえもこれにハマってしまうとはなかなかに恐ろしい魅力が秘められているなと、机の上に置かれている5つの空箱と4つの低ランクフィギュアを見つめた。

 

「そう言えば……お姉ちゃんはまたレアなのを当てたのかな? お姉ちゃんも誰かを狙ってるらしいけど……」

 

ふと気になったユニは自分の姉の部屋へと向かうべく、立ち上がり廊下に出るとこの時間帯彼女がいるであろう仕事部屋の方へと向かった。

今は休憩時間のはずだから、とこっそりとドアの隙間から中の様子を窺うと……。

 

 

 

「………違う………むぅぅ、これも違う………これも違う………あーもー!! なんで出ないのよ~~~!!」

 

 

 

次々とチョコエッグを開けては中を見て悔しがるノワールの姿があった、ここ最近はある種類を狙ってチョコエッグを買いあさっているらしいのだがなかなかそのお目当ての者が出て来なくてこんな様子が続いているのだ。

 

どうやら今日もお目当てのものが出て来ず、傍らには空き箱と狙いとはずれた低ランクのフィギュアが積まれている。

その近くのボウルにはチョコエッグの残った部分が入れられており、あれ全部を一気に食べたら虫歯どころの騒ぎじゃ済まないだろう……。

 

「………今日もあのチョコはチョコケーキにして置いておくかケイさんにでもおすそ分けかな………あれ?」

 

そんなことを考えながらふとユニが彼女の机へと目を向けると……。

 

そこには小さいがはっきりとわかるシルエットのフィギュアが2体ならんでいた。

あれは………見間違うはずもない、片方は自分の姉、ノワールが女神化した姿、ブラックハートのフィギュアだ。

凛々しい黒のプロセッサユニットと猛々しい大剣を構えるその姿は美しさを感じずにはいられない出来になっている。

そして、その隣に並んでいるのは……。

 

「………あたしだ」

 

自分が女神化した姿、ブラックシスターのフィギュアだった。

姉と同じ黒のプロセッサユニット、両手で持つ大きな銃の完成度は自分が見ても忠実な物だ。

だが、彼女が何よりも強く印象に残ったのは……ノワールの机の上にその2つのフィギュアが並んでいたこと………それが何となくだが、ユニは溜まらなく嬉しく感じたのだった。

 

「あ~~~~~~~!! 最初はそんなつもりもなかったのに……ここまで集めちゃったらもうどうしても狙っちゃうじゃないの!! 別にほしいとか言ってないけど!!」

 

狙いが出ずに悔しがるノワール、それをユニは見た後微笑んで小さな声でこうつぶやいた。

 

 

「………がんばれ、お姉ちゃん」

 

 

気付かれないようにそっとドアを閉めた後、ユニはそのまま嬉しそうに鼻歌謳いながら自室へと戻るのだった。

 

(それにしても………お姉ちゃんがあそこまで欲しがるのって、誰なんだろう?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってルウィー、ここでもチョコエッグのブームの波は直撃していた。

ルウィー教会の一角にある、女神候補生、ロムとラムの二人の部屋では休憩時間を利用してブランがその部屋で二人の妹と共に先程二人が買ってきたチョコエッグを開封しているところだった。

 

「ロムちゃん、どれにする? わたしは……これが出ると思うの!」

 

「わたしは………こっちかな……」(ドキドキ

 

「………二人はいつも慎重ね?」

 

3人で囲むようにして床に置かれた6つの箱、それをじっと見つめながらロムとラムはどれがいいかと悩みながら目移りをしている。

ロムとラムは他の女神候補生よりも見た目的には幼い、そのため甘いものの食べ過ぎは場合によっては虫歯になりやすいのではないかというブランの考慮から、チョコエッグを買う時は一人2個までという決まりを設けているのだ。

最初こそラムが不満そうにしていたものの、少ない数の中でレアを当てる楽しみを見出してきたのか、今ではこの時間を楽しんでいるように見える。

ロムもまた同じでラムと一緒になってどれにレアな物が入っているのかを探すのが楽しい様だ。

 

二人とも純粋な眼でチョコエッグを見定めている、その姿を微笑ましく見守る姉のブランは妹たちが買ってきたチョコエッグのあまりを待っている。

 

「ねえねえ、おねえちゃんはどれに入ってると思う?」

 

「迷っちゃう……教えて?」(うるうる

 

「え………えっと……そうね」

 

不意打ちでそう頼まれたブランは少々戸惑いながらもうーむと顎に手を当てて考え込み、どの箱がいいのかと目を向けていく。

できることなら期待にこたえたい、しかし不均一アソートでしかもなかなかレアが出ないとなるとこれ総てが外れという可能性もある……果たして本当に選んでいいのだろうか………。

 

そう考えながら二人を見ると……。

 

「「………」」(じ~……

 

とても真剣すぎる目で見据えられている。

この目は二人も本気という目だ、今回は自分に完全にゆだねているらしい。

こうなっては仕方ない、鬼が出るか蛇が出るか……一か八かで選んでダメなときは仕方ないで済ませるしかない。

意を決したブランは恐る恐ると6つの箱の内、丁度中央に置かれている箱を手に取った。

 

「………これはどうかしら………その、なんとなく……真ん中にあるってことはいい感じな気がするわ……」

 

「真ん中……うん! おねえちゃんが決めたならそれにしよう!」

 

「おねえちゃん……信じてる……」(わくわく

 

「うぅ……二人の期待がすごくのしかかってくる……」

 

妹から与えられるプレッシャー、それに気圧されながらも……ブランはその箱を開けていく。

 

「………そ、それじゃあ、行くわ」

 

包みを開けてそう告げる、自然とそれを見守っていたロムとラムも反射的にごくりと生唾を飲み込む。

ここまで着たら跡には戻れない、決意を固めブランは茶色のタマゴ型チョコをてっぺんから一思いに齧る。

 

そして、ドキドキとしながら中身を取り出すと……。

 

 

 

「………わぁ!! おねえちゃん! おねえちゃんすごーい!」

 

「すごい……大当たり……!」(ぱちぱち

 

「え………う、うそ………」

 

 

 

何と出てきたのはレア中のレアの一つ、ブランの女神化した姿、ホワイトハートだった。

 

雪と同じ真っ白なプロセッサと片手に持つ勇ましい戦斧、光を反射する氷のような美しいアイスブルーの髪と小柄な体躯からは想像もつかない力強さに満ち溢れたポージングが目を引いてしまう。

数を決めていたが故にレアが出るのは限りなく少ない中、まさか自分のレアなフィギュアが出るとは思ってもみなかったブランは呆気にとられた表情を浮かべる。

 

「よし! あとはわたしたちの女神化したフィギュアを出せば目標達成ね!」

 

「うん、がんばろ、ラムちゃん……!」(にこにこ

 

自分が当てたわけでもないのに、ここまで喜んでいる二人……それを見るとブランは自然と口元に微笑みを浮かべた。

 

「………ええ、頑張りましょう……3人、絶対揃えるまで」

 

「「うん!」」

 

ルウィーの女神達も、このブームをそれなりに楽しんでいる様だった。

 

 

 

(………できることなら、“例のシークレット”も当てたいところだけど………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、リーンボックスでは………。

 

リーンボックス教会のベールの自室、彼女の趣味であるゲームやあれやこれやのフィギュアがディスプレイされている中でこの部屋の主、ベールはその一角でなにやら真剣な眼差しで何かと向き合っていた。

 

「………ここを……このくらいに……ああ、これでは近すぎてしまいますわ……焦らず、ちゃんとした自然な距離を意識して………」

 

ぐぬぬと言いたげな表情を浮かべながら細かに腕を動かしていく彼女、そしてしばらくすると彼女はふとやり遂げたような満面な笑みを浮かべた。

 

「はぁ……ようやくできましたわ! わたくしの努力の結晶! わたくしと妹たちの理想郷が! 遂に完成しましたわ!」

 

嬉しそうにその場で手を合わせて、改めて自分が作り上げていたその努力の結晶を見つめる彼女、その視線は妙に艶やかでまるで夢見る少女と言いたげな印象が窺える。

見た目が一番大人に近く、お姉さんという印象が強い彼女でもある部分では少女らしさというものを持ち合わせているということなのだろうか。

 

そんな彼女の目の前にあるのは………妙に作りこまれた一軒の家とその庭を忠実に再現したジオラマとその庭で仲睦まじそうに並んでいるベールを中心に左右一列に並んだネプギア、ユニ、ロム、ラムの女神候補生たちだった。

 

「あぁぁ……チョコエッグを大人買いした甲斐があったという物ですわ……ただでさえレアは出にくいため4人を揃えるのは苦労しましたもの……なのに、なぜかわたくしのフィギュアはダブりが多くて一瞬自分自身にイラつきを持ってしまいましたわ」

 

4女神の中で唯一妹である女神候補生がいないベール、そのうちに秘めたる妹への憧れは今チョコエッグでそこまでに至らしめたというのか……この情熱がどれほどのものなのかは彼女の後ろにこんもりと山積みにされているチョコエッグの空箱を見て居れば一目瞭然だろう……一体ここに至るまでチョコはどうしたのだろうか………。

 

「やっぱりネプギアちゃんはわたくしの隣にいてこそですわ……この理想郷はそれだからこそ輝くという物……うふふ、わたくしともあろうものが胸が躍ってしまいますわ……うふふふふ……♪」

 

妙に艶めかしく頬を赤らめて自分のフィギュアの隣に立つネプギアのフィギュアを見つめるベール、心なしか彼女の大きな胸が息遣いに連れてふる、ふる、と揺れているのは気のせいだろうか……それともチョコを栄養源にまた膨らんだとでも言うのだろうか? どちらにせよ、ブランには見せられない光景だろう……。

フィギュアを見つめる彼女自身も少々どこか危なげな印象を受けるが、あくまでこれは彼女の理想がそうさせているだけだ、きちんと彼女は節度こそ弁えている………と、信じたい。

 

「さあ、後は………女神化したわたくしと女神化した妹たちの分が揃えれば、完璧に……!」

 

………このチョコエッグは彼女のもう一つの、新しい扉を開かせてしまったと同時に………彼女の憧れを更に昂らせてしまったようだ。

 

 

 

「あ、でも……あれも手に入れなくてはなりませんわね……あれがあってこそ、わたくしの理想郷は完成する……そう、シークレットの2種類の……あの二人を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、場所は戻ってプラネテューヌ教会では………。

 

「………」

 

宗谷がリビングルームの椅子に座って机に顔面を押し付けるようにしてどんよりとしたオーラを放っていた。

余程流行に乗り遅れたのがショックだったらしい……。

 

「ガラスのハートにもほどがあるんじゃないかな、ソウヤ」

 

「仕方ないわよ、あいつ何気にそのあたりのこだわりが強いし、みんなが楽しそうにしているのにその輪に入れなくて悔しいんでしょう?」

 

「正論すぎて何も言えないのがツラい………」

 

か細い声でそう答えた彼は、どこか遠い目をしている。

するとその時……。

 

 

 

「ん………ぅ……あ、これ……」

 

「ほえ? ……あ~! シンシアちゃんがあたしを当ててる~!」

 

「え!? 本当だ! シンシアさん、それって女神化したプルルートさんですよね! いいなぁ、それ最高レアの中でも特に出ないんですよ!」

 

 

 

どうやらシンシアが自分のチョコエッグを開けると最高レアのアイリスハートを当てた様だ。

日ごろの行いかそうでないのか、シンシアは何気にそのあたりの幸運が高い様だ今日の様子を見るとアイリスハートを引き当てるに至るまでに女神化前のノワールとネプテューヌを当てているという幸運の持ち主だ。

 

「さすがでござるなシンシア殿……」

 

「………別にどうでもいいよ………あ、やった、パープルシスター様だ」

 

「うっそぉ!! ハルキも当てたの!? 見せて見せて! ていうかこれでプラネテューヌの女神化全員集合だよ!」

 

更には女神化したネプギアまでハルキが引き当てるという出来事にその場の空気はかなり上がって行っている。

そんな中……それに取り残された宗谷は……目も当てられない空気になってしまっている。

 

「………人気だしなぁ、次の入荷っていつになるのかなぁ………」

 

頭を抱えて思い悩む宗谷、するとそこに……。

 

「………あ、あの………」

 

唐突にシンシアが近づいてきた、人見知りでなかなか自分から声を掛けることは少ない彼女だが、この教会で仕事を始めてしばらくして徐々にだがこうして話しかけてくる回数も増えてきた。

そんな彼女は落ち込んでいる宗谷に近づくと、徐に先程自分が当てていたアイリスハートを宗谷に差し出した。

 

「………よかったら………」

 

「………え?」

 

「な、なん……だと……! 自分が引き当てたレア中のレアを、見兼ねて無条件で差し出すなんて……シンシア、恐ろしい子!?」

 

「いや、なんでそうなる……でも、シンシア……これはちょっと……」

 

恐らく彼女の性格上、落ち込んでいる宗谷がかわいそうだったからという至極単純なことからこれを渡そうとしているのかもしれない。

彼女のやさしさは本物だろう、それは何気に交流を重ねているからわかる……正直その気持ちは嬉しいし、ありがたい……だがそれでも……。

 

「……悪いけど、これは受け取れないな……これはシンシアが頑張って当てたものだ、こういうのは自分で当てたからこそ価値があるんだぜ?」

 

「で、でも………」

 

「気持ちはありがたいよ、ありがとうな? だけど何より、それはお前の友達のプルルートだろ? だったら尚更、お前が持つべきだ」

 

「あ………」

 

宗谷の言葉に呆気にとられたシンシアはハッとして手の平に乗せているアイリスハートのフィギュアに目を向ける。

彼女にとっては思い入れもあるプルルートとの出会い、その時に出会ったアイリスハートの言い知れぬ迫力とその中に秘められた妖艶さを放つフィギュア、確かに手放すのが惜しくないかと言われれば抵抗はある。

 

「それにちゃんと持ってないと……本物にいじめられちゃうかもしれないぜ?」

 

「っ………あぅ……」

 

「え~、あたし~、そこまでいじわるしないよ~」

 

「いじわる事態は否定はしないのな……うしっ、くよくよもしてられないな、売ってる店を今のうちにリサーチしないと! レッツゴー、ネットの海!」

 

シンシアなりの励ましも受けた宗谷はそう言って気合を入れ直すと、早速とばかりに自室へと戻っていった、休憩時間が終わるまでの間出来るだけ情報収取をしようということらしい。

それを見たネプテューヌとアイエフは互いに顔を見合わせるとやれやれと言いたげな表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「といったものの……やっぱり人気な物だと店で買うには相当苦労しそうだなぁ……場所によっては一人数個までって決まりもあるみたいだし」

 

そう言って部屋に戻るや否やネットを開いて画面とにらめっこをする宗谷、調べて得た情報を見て難しい表情を浮かべる。

ブームという物は恐ろしいほどの影響力がある、個数制限が設けられる当たりその人気が窺える。

一体どうしたものかと、宗谷が悩んでいると……。

 

「……宗谷さん? 休憩時間そろそろ終わりますよ?」

 

「おろ!? い、いーすん、戻ったのか……お疲れさん」

 

不意にイストワールが彼の部屋を訪ねてきた。

どうやら帰って来た直後だったらしい、手には何か手荷物を持っているようだ。

 

「ネプテューヌから聞いたけど、大変だな……お疲れ様」

 

「いえ、最初こそ処理に3日かかったりで大変でしたけど、思いもよらぬ流行に乗ったおかげでこちらとしても今回はネプテューヌさんのお手柄と言わざるを得ません」

 

宗谷のねぎらいの言葉に対し、苦笑いで返すイストワールはどうやら今回のこのブームに意外性を感じたと同時にこの結果が予想外ということもあって少々の戸惑いがあったようだ。

いつもならネプテューヌに文句の一つぐらい言いそうなものだが、今回は言えないと自覚しているらしい。

 

「あはは、でも知らなかったぜ、俺の知らない所でそんなブームが起きてたなんて……はあ、俺ももっと早く気付いてたらなぁ……」

 

「ふふ、そういうと思って………はい、これ」

 

「………ん?」

 

すると、突然イストワールが手荷物の中に手を入れるとそこから手のひらサイズの四角い箱を取り出した。

その箱のパッケージを見ると、宗谷は目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

 

「ゲイムギョウ界チョコエッグ!! い、いーすんなんで!?」

 

「帰りによって買ってきたんです、宗谷さんがまだ気づいてないならこれを機に教えてあげようと思いまして……でも、そのお店は残り二個までだったのですけど……折角なんで、いつも頑張っている宗谷さんのチョコエッグデビューということで一個差し上げます」

 

「………いーすん………てんきゅぅぅぅぅうう!」

 

天使とはこのことなのだろうか……そう言って差し出されたチョコエッグを大事そうに手に取った宗谷は軽く泣きそうになりながらもイストワールに感謝の眼差しを向けると、すぐさま自分の服の袖で目元をぐしぐしと拭うとイストワールに近づいて反射的にその腕で彼女を抱きしめた。

 

「ひゃわぁ!? い、いきなりなにするんですか!? そ、宗谷さん……ちょっと……もう!」

 

「あ、ごめんつい……でも、嬉しいよ……ありがとう、本当に」

 

「……まったく、変なところで子供なんですから」

 

慌てて彼女を離した宗谷は純粋な笑みを浮かべる、それを見るとイストワールも無意識の内に微笑みを浮かべてしまう。

自分の愛する人の笑顔で自分もうれしくなる、そういうことなのだろうか……二人は笑顔を浮かべたまま互いにチョコエッグを手に取ると、言葉も交わさずに一度頷き合った。

 

「せっかくだし、一緒に開けようか、丁度一個ずつだし」

 

「はい、そうしましょう、何が出ても怨みっこなしですからね?」

 

互いの手にあるチョコエッグの箱、二人は部屋のベッドに互いに腰かけると箱を開封し、中の包装紙を取り出す。

包みを開けていよいよ卵型のチョコを取り出すと、宗谷とイストワールは互いに目を向け合い……。

 

「「せーのっ……」」

 

息を合わせてそのチョコにかじりついた。

ミルクチョコレート独特のまろやかな甘みと風味が口いっぱいに広がり、溶けにくいようにできているのか噛んだ瞬間に『パキっ!』と音がするのが心地いい、甘いチョコの味を楽しみながらも宗谷は待ちきれないと周りのチョコをいそいそと食べ進め、イストワールはそれをまるではしゃいでいる弟を見守る姉のような表情で見つめる。

 

そして、二人が遂に中身を取り出す。

一体何が入っているのか、少しの期待と高揚感を胸に、宗谷がイストワールと再度タイミングを合わせてそれを開けると………。

 

 

 

「………え、これって………」

 

「………あ」

 

 

 

出てきたのは、二人にとって予想だにしない物だった。

 

出てきたのは女神のうちの誰かでもなければ、スライヌのようなモンスターでもなかった………でてきたのは………。

 

 

 

「これって………いーすんのフィギュアだよな」

 

「私のは………宗谷さんです、変身した姿の………」

 

 

 

なんとそれはフィギュアになったイストワールと宗谷が変身したクロス・ヴィクトリーのフィギュアだったのだ。

あまりにも予想外な中身に二人は呆気にとられた表情を浮かべて互いに当てた中身を見る。

 

「これ……ネプテューヌさんが考案したシークレットです……不均一アソートの中でも本当に少ない、最上級レアとしてラインナップするっていって言っていた……私はともかく宗谷さんはちょっとした有名人ですから承諾したのですが……」

 

まさかこのタイミングで、しかもイストワールが買ってきた二つがシークレットとはだれが予想しただろうか……いや、誰も予想などしなかっただろう。

 

「………ふっ……ははっ……ははははははは!」

 

「……ふふ……あはは……!」

 

だからこそ、なぜか笑えてしまう……。

 

互いの思い人のフィギュアが最初のチョコエッグで出るなんて偶然、いや、奇跡にも近いこの出来事を……受け入れるとするなら笑顔でしか受け入れられないだろう。

二人にとっては、それが何となくうれしかったから……。

 

「………並べてみるか?」

 

「………そうですね、並べましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、宗谷の部屋の机には……小さなイストワールのフィギュアとクロス・ヴィクトリーのフィギュアが仲睦まじそうに並んでいたのだった。

 




いかがでしたか?

日常のお話は今のところもう一つ浮かんでいるのでそちらの方も書きあがり次第、投降します!
聖杯戦争編もお楽しみに!

それでは……


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Fate/cross of nep over ゲイムギョウ界 聖杯戦争勃発編
Fate/stage,1 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~召喚~


どうも、白宇宙です!
今回よりネプえくの方でネプおばの物語の合間に起こったある事件についての長編をやって行こうと思います!

その事件とは……そう、Fate/シリーズを知っている人なら基本中の基本、聖杯戦争!

多重クロスを持ち味とするネプおばの物語はFate/にも干渉した!

一体何が起こるのか、それではお楽しみください、どうぞ!


これはある日の昼下がり、ひょんなことから始まってしまった運命の導き……いや、一体どんな神がどうしてこんな悪戯を考えたのかも理解し難い、唐突なことから始まってしまった、ある日の出来事である。

 

 

 

「………」

 

 

 

ここはゲイムギョウ界に存在する四つの国の一つ、プラネテューヌ教会の生活スペース。

そこで一人の青年、異世界から来た異世界人にして、サブカルを愛する一オタクであり、何の因果か特殊な力をこの世界に来て授かった青年、天条 宗谷はいつもの教会補佐としての仕事の休憩時間をここで過ごしながら、何やらテーブルの上に肘をついてある方向へと視線を向けながら物思いにふけっていた。

 

「ほらほら~、シンシア~……早くしないと~、王手しちゃうよ~? 私は将棋でも頂点に君臨する女神だからね!」

 

「………王手」

 

「ねぷっ!? うそっ!? そんな手があったの!? ちょ、待って、タンマタンマ!!」

 

「お姉ちゃん、タンマなしっていったの、お姉ちゃんだよ?」

 

彼の先にいたのは、このプラネテューヌを納める四女神が一人、パープルハートの名を持紫の守護女神、ネプテューヌとその妹にしてこの国の女神候補生であるネプギア。

そして、最近になってこの教会に身を置き、今ではこの教会のメイドとして働くようになった少女、シンシアの姿があった。

 

以外にもシンシアはこういう二人零話有限確定完全情報ゲームの類が得意らしく、休憩を利用してシンシアに挑戦しようとテレビゲームの将棋を一緒にプレイしようと持ち掛けたネプテューヌは今現在めちゃくちゃ苦戦しているように見える。

そんなテレビゲーム版の将棋をプレイしている様子の三人を見ながらなにやら宗谷は物思いにふけっていると……。

 

「最近慣れて来たみたいね、シンシアも」

 

「え? ………あー、アイエフか、うん、そうだな」

 

この教会の関係者であり、ネプテューヌとは昔からの仲間であり、この国の諜報部員、さらに言うとこの教会で働き始めたシンシアの教育係でもある若葉色のリボンがとくちょうてきな少女、アイエフが考え事をしている宗谷に話しかけてきた。

それに対して、宗谷はどこか上の空で軽い返答を返す。

すると、その反応が気になったのかアイエフが首を傾げた。

 

「なによ、何か考え事? 珍しいわね、あんたがこんな時間帯に……いつもなら休憩時間は、イストワール様といちゃいちゃするか、ネプ子たちとゲームするくらいでしょうに」

 

「後者はいいとして前者の言い方はもっと他のがあるだろ! 俺そこまでいちゃついてるかな………って、それはいいんだよそれは!」

 

「じゃあ、なによ、何か悩み事?」

 

アイエフの少し余計なちゃちゃの入った質問にツッコミを入れた宗谷は、再度彼女に問いかけられるといやいやと首を振りながらアイエフと向き直った。

 

「あー、まあ、なんつーか……ちょっとした妄想だよ、たわいのない一オタクのな?」

 

「妄想? ………あ、まさかあんたイストワール様という人がいながらシンシアとかネプ子たちを見ていやらしい事………」

 

「ちげーよ!! 男ならそう言う妄想一度はするかもしれないけど全然全くこれっぽっちも合ってねーよ!!」

 

アイエフの言葉を先程の二倍増しで否定した宗谷、まあ、実際この教会にいる少女たちは誰もが認めるような美少女や、可愛い外見の子が多く、一度男ならこんなかわいい少女たちに囲まれてそう言う考えを持ってしまうことはある物だが、今回に限ってはそうではない。

 

宗谷は軽く息を吐いてから再びアイエフと向き合うと、こほん、と一度咳払いをして自分が何の妄想をしていたのかを説明し始めた。

 

 

 

「これは、俺が元板世界のある作品の話なんだけどな? ………“Fate/stay night”っていう作品があってさ、それに出て来る“サーヴァント”にネプテューヌたちを当てはめたらどうなるのかな~って思ってさ」

 

「………サーヴァント? それって使い魔の事?」

 

 

 

宗谷の言う“サーヴァント”、それの意味合いからして妥当な答えに至ることを考え付いたアイエフは宗谷にそう質問すると、宗谷はこくりと頷きながら肯定する。

 

「まあ、あり大抵に言うとそうなるけど、使い魔っていってもドラゴンとか魔物とかの類じゃないんだ……“英霊”、つまり英雄の魂を具現化させた存在を俺が今言った作品では使い魔として従えるんだ」

 

「英雄の魂を使い魔に……へぇ~、面白そうな内容ね? それで、その……フェイト、だっけ? それってどんな作品なの?」

 

宗谷の説明に興味を持ち始めたアイエフはテーブルに備え付けられた椅子に腰かけると興味津々と言った様子で宗谷に更に質問を投げかける。

すると、宗谷はどこか自慢げな顔を浮かべた。

 

「よくぞ聞いてくれました! それじゃあ、説明させていただこう! Fate/の世界について!」

 

そう言うと宗谷はその場に白い紙とペンを出して、さっそくとばかりに説明を始めた。

 

「まずこの作品では一体何がキーワードとなるのかについて説明しよう、それは………“聖杯”だ」

 

「聖杯?」

 

「そう、聖なる杯と書いて聖杯、これはあらゆる万物の願いを叶えるとされる万能の道具でな、これを手にした者はその聖杯を使ってあらゆる願いを叶えることが可能になるんだ、だけど聖杯を手にするためには戦いを勝ち抜いて勝利したたった一人の“マスター”のみとされている」

 

そう言いながら宗谷は紙の中央に『聖杯』と書かれたお椀型の絵を描いてその周囲に7つの簡単な絵を描いていった。

 

「マスターに選ばれるのは全員で7人の魔術師、そしてその7人のマスターは聖杯によって選ばれて初めて聖杯を巡る戦いの資格を得るわけだ、これを作品の中では“聖杯戦争”と呼ぶ」

 

「なるほど、あらゆる願いを叶えるアイテムだからそう簡単には手に入らない……手に入れるのはその7人の内、自分以外のマスターって人と戦って勝ち抜いた、一番強い魔術師ってわけなのね?」

 

「そういうこと、そしてその7人の魔術師が“マスター”と呼ばれる由縁、それはこの聖杯戦争を戦うにあたり決まり事として7人の“英霊”、つまり“サーヴァント”を召喚するからなんだ」

 

更に宗谷は簡単に書きだした7つの絵それぞれに文字を書き加えながら、宗谷はさらにサーヴァントの特徴について説明を始めた。

 

「7人のサーヴァントにはそれぞれの特徴にならって割り振られた7つの“クラス”が存在してな? 剣士のクラスの“セイバー”、槍兵のクラスの“ランサー”、弓兵のクラスの“アーチャー”、騎兵のクラスの“ライダー”、魔術師のクラスの“キャスター”、暗殺者のクラスの“アサシン”、そして狂人のクラスの“バーサーカー”……この7つのクラスに割り振られたサーヴァントが各マスターに一人召喚されるってわけ」

 

剣の絵を描かれた所にセイバー、槍の絵が描かれた所にランサー、弓矢の絵が描かれたところにアーチャー、馬の絵が描かれたところにライダー、魔法の杖のような絵が描かれた所にキャスター、髑髏のマークが描かれたところにアサシン、獣の様な絵が描かれたところにバーサーカーとそれぞれの名前を書き足した宗谷はそう説明しながら一度テーブルの上にペンを置いた。

 

「それぞれの特徴を持って、それぞれの得意分野を持つサーヴァントを従えてこの聖杯戦争に参加したマスターは他のマスターのサーヴァントを倒すか、マスターそのものを倒すかして勝利しなければいけない、それがこの“聖杯”っていうトロフィーを賞品としたサバイバルゲーム、“聖杯戦争”の大まかなルールだ………まあ、さらに詳しいことを突き詰めるとかなりややこしくなるし、長くなるから、その辺はまたおいおい説明するぜ」

 

一通りの説明を終えた宗谷は、ふぅ、と息を吐きながらそう言うとアイエフにサムズアップを向けながらとりあえずやりとげた、的な表情を向けた。

 

「なるほどね、確かに聞いた限りだと面白そうな内容だけど……実際そのシリーズって人気なの?」

 

「ああ、人気だぜ? アニメだけでももう数作品あるし、ゲームにもなってるし、漫画に小説、あとソシャゲにもなるって噂があったような……」

 

「それってつまり超人気作じゃない……まあ、それがかなり面白い作品なのはわかったけど、それが何でネプ子たちと繋がるわけ?」

 

確かに先程の説明を聞く限り、一見すると今現在頭をうんうん悩ませながらシンシアを相手取って試行錯誤しているネプテューヌと繋がりがあるようには思えない。

すると宗谷はそれに対して若干の苦笑いを浮かべながら、再度ネプテューヌ達の方へと視線を向けた。

 

「いやぁ、なんつーかさ……ほら、ネプテューヌは一応、この国を守護する女神さまってことでさ、突き詰めれば普段はどうあれ立ち位置的には英雄と変わらないって訳だろ?」

 

「……まあ、なくはないわね? 実際にかつての歴代女神も記録として残るし、それなりの武勇だって後々に伝えられていくし」

 

「だろ? それで思ったんだけどさ………もしもネプテューヌがサーヴァントとして召喚されたら、どうなるのかな~って思ってさ」

 

「………あ~、そういうことね」

 

その言葉にアイエフは納得が行った。

先程の宗谷の説明でもあったように、Fate/シリーズでは7人のクラスに分けられた英霊が存在する。

そして、その英霊たちはその持ち味となる特徴を生かして各クラスに分けられる。

それらの事を踏まえて考えると、どうやら宗谷はその聖杯戦争において最も重要となる戦力のサーヴァントとして、もしもネプテューヌ達が呼び出されたらどうなるのか、そしてどういうクラスに分けられるのかを妄想していた様だ。

 

「俺としてはネプテューヌは武器が刀だから、セイバーかな~って思うんだけどさ……」

 

「普通に考えたらそうね、あの子刀以外はあんまり使わないし……でもそれを言うとネプギアもセイバーにならない?」

 

「確かにネプギアも武器はビームソードだけど……どっちかというと女神化したら武器が銃剣になるし、どっちかというとアーチャーなんじゃないかな~って」

 

「え? アーチャーって弓矢を使うんじゃないの?」

 

「いや、基本的には遠距離攻撃が得意ならアーチャーに割り振られるんだ、実際に作品内では剣とか槍とかを飛ばしてくるアーチャーもいた」

 

「………なんでもありなのね、意外と」

 

妄想で女神の役割を担うネプテューヌ姉妹をサーヴァントの各クラスに当てはめながら、雑談を交わす宗谷とアイエフ。

そして、その話題はこの場にいない女神や近場の人物にも広がっていった。

 

 

「じゃあ、ノワール様もセイバーで、ユニ様もアーチャーってことになるわね?」

 

「そうだな、あとブランは……キレたら性格急変するからバーサーカーって所かな? ロムちゃんラムちゃんは当然キャスターだろうし」

 

「ベール様は普通に考えてランサーでしょうね………それじゃあ、プルルートさまは?」

 

「プルルートも女神化したらあれだからバーサーカーが妥当じゃないか? あれ絶対話し通じなさそうだもん……ちなみに個人的にはアイエフはアサシンだと思っている」

 

「え、あんた私でも考えてたの!? ……でも、アサシンか……ちょっと悪くないかも」

 

「あ、やっぱり? アイエフなら気にいると思ったぜこのクラス」

 

「な、なによ、別にいいでしょ? ……じゃあ、イストワール様はどうなのよ?」

 

「え? いーすん? ………ん~、いーすんは大きくなってから魔法使うようになったし、キャスター? あぁ、いや、立ち位置的にはエクストラクラスのルーラーって線も……」

 

 

なんやかんやで話題を膨らませていく宗谷とアイエフ、その後今まで自分たちが関わりを持った人物を各サーヴァントのクラスに割り当ててみるという話題で時間を潰していった二人。

すると、ここで…

 

「……あ、そう言えば……忘れるところだったわ、宗谷、実はこの前諜報部の方でこんなものを手に入れたんだけど………」

 

アイエフが何かを思い出したかのようにそう言うと、唐突に近場に置いてあった鞄の中からある物を取り出した。

彼女はそれを両手で持って宗谷の座るテーブルの前へ、どん、と置く。

その際に元々それが埃をかぶっていたのか、それともかなり古いものだったのか、その衝撃で埃が舞い上がり、それをもろに受けた宗谷はむせ返ってしまった。

 

「うっ……げほっ! ごほっ! ……な、なんだこれ……本か?」

 

「えぇ、けほっ……この前、諜報部が犯罪グループが根城にしていたっていう古い建物を調査した時に発見した古い本なんだけどね? イストワール様に見てもらおうと思って持ってきたのよ」

 

表紙がかなり古ぼけており、かなり色あせているその古い書物の煙にむせながらもこれが何なのかを説明したアイエフ。

一体何の本なのかはわからないが、かなり歴史がありそうなその本を見て宗谷は少し興味を持ったのかその本の表紙に手を掛けるとそっとページ開いてみた。

 

「前にブランのとこに世話になった時にこんな古い本もあったな……もしかしたら、結構昔の歴史が描かれた古文書とかだったりしてな?」

 

「まあ、だとしたら結構な発見だったんだろうけど……その犯罪グループ、この本を枕代わりにしてたのよ? どう思う?」

 

「あはは……なんかこの本を書いた人が罰当たりだっつって怒ってきそうだな? んで、中身はっと………ん?」

 

そんな中宗谷が古い本のページを開き、中身をぺらぺらとめくっていくと、不意にあるページが彼の目に留まった。

そのページは何やら大きな円形の紋様に、謎の分、そして何かの説明が書かれている様だった。

 

「どうしたの、宗谷? ……あら? これ、所謂魔方陣よね? へぇ~、あながち古文書ってのは間違いじゃなかったのかも…」

 

「………この魔方陣………」

 

その本のページに描かれた魔方陣を目にしたアイエフは興味深そうに宗谷の隣に立ってそのページを覗き込むが、宗谷はなにやらその魔方陣をじーっと見つめて何やら真剣な表情を浮かべていた。

そして、宗谷はそのまま別のページを開き、ざっと目を通していく……すると、彼はさらに驚くように目を見開いた。

 

 

 

「………こ、これって………もしかして……いや、まさか………でも、だとしたら……」

 

「な、なによ宗谷……どうしたのよ? ……まさか、この本の内容が何なのかわかったの?」

 

 

 

かなり驚いた様子で動揺を隠せていない宗谷に、心配になったのかアイエフがそう質問する。

すると、宗谷は小刻みに体を震わせながらその古文書のあるページを指さした。

 

 

 

「………あぁ、たぶんだけどな………これ、この絵………これを見て……この本のこのページが何について記録されているのかわかったよ………」

 

 

 

そう言って宗谷が指差したのは今彼が開いている本のページに記されている絵だった。

そこには人間の右手の甲の部分に何やら紋様のような物が浮かび上がっているという物だった。

彼はそれを指さして、恐る恐ると言いたげに口を開いた。

 

 

 

「この本は多分………さっき言ったFate/シリーズの………“サーヴァントを召喚する方法が書かれてる”んだと思う………」

 

 

 

それを聞いた瞬間、アイエフもまた驚きを隠せずに目を見開いた。

そして、急いで宗谷へと距離を詰めるとネプテューヌ達に聞こえないように小声で宗谷を問い詰める。

 

「そ、そんなことあるわけないでしょ!? だって、それって宗谷の世界のアニメとかの話であってこの世界ではそんなの実際にあるなんて聞いたことないし、なによりそんなのが何でここにあるのよ!?」

 

「そんなの俺が聞きてぇよ! ………でも、そう考えるのが妥当なんだ………まず、この本の中にあった魔方陣、この魔方陣見覚えがあると思ったら、これ原作でサーヴァントを召喚する時に描かれる魔方陣そっくりなんだ………」

 

そう言って宗谷が再び魔方陣が描かれているページを開いて、それを指さしながら説明する。

確かにそこに記されている魔方陣は宗谷の記憶の中に存在し、実際にテレビを通して見たことのある“Fate/の世界”においてサーヴァントをする際にマスターとなった者が使用していた魔方陣とかなり酷似………というより、まさにそれそのものだったのだ。

 

「それにこれ……その後のページ、ここにある右手の甲に記された紋様……これはマスターとして選ばれた人間がサーヴァントを従える際にサーヴァントに絶対に命令を執行させることが出来る“令呪”ってやつの事だと思うんだ……さらに言うと」

 

そして、宗谷はさらにその本のページを遡り、あるページを開くとアイエフが見える様にそれを見せると………そのページを見たアイエフは驚きのあまり、息を飲んだ。

 

そのページには先程と同じように絵が記されており、そこには……光り輝く杯のような物を中心に7つのチェスの駒のような物が描かれた絵だった。

ページに描かれているそれらの駒をじっくりと見ていくと、それらはすべて、剣士、槍兵、弓兵、騎兵、魔術師、暗殺者、そして獣人のような造形で描かれている。

 

杯を中心に分けられた7つの種類の駒………そう、この絵の配置図はまるで、今先程自分が宗谷から教えられた………。

 

 

 

「周りを囲んでいるのは、サーヴァントの7つのクラス………そして、このページの中心にあるのって………聖杯………じゃないか?」

 

 

 

聖杯戦争の基本的な情報である、聖杯と、サーヴァントについての情報、その物だったのだから………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ、この本はこのゲイムギョウ界でも大昔に聖杯戦争があったってことが記されてるってことなの?」

 

「そう……なのかはまだ確証は持てないけど、こことは違う世界で、しかも俺の世界では物語……っていうか、サブカルの設定でしかない内容がこんな風に残されているなんて……」

 

それからしばらく、宗谷とアイエフはこの本がどうして存在しているかについて議論を始めていた。

そもそも、なぜこんな内容が残された本がこの世界に存在するのか? なんで異世界の内容が記されたこの書物が、この世界に存在するのか……様々なことを話し合ったが、核心に迫る答えは見いだせない。

 

「偶然としては考えにくいけど………でも、そんな大それたアイテムがあるなんて全く聞いたこともないし………」

 

「だよな………原作でも、聖杯の存在はごく一部の人間しか知らなかったけど………そのごく一部となる存在もこの世界にいるかどうかわからないし……」

 

Fete/の世界において聖杯戦争の存在を知り、それを行うにあたって監督役となる存在、“聖堂教会”や“魔術協会”、聖杯戦争中に起きた隠蔽などを行う組織がこの世界にあるとは信じ難い。

そもそも、ゲイムギョウ界では大なり小なり魔法が存在するため、魔法の存在を秘匿する理由もないから存在そのものを隠す必要もないからだ。

 

じゃあ、この本を残したのは一体誰なのか……考えれば考えるだけ、謎は深まっていく……。

 

そもそも、この本に記されていることは本当に聖杯とサーヴァントの召喚方法について記されているものなのだろうか?

実は自分の単なる思い過ごしで、ただ単に似ているような何かについて描かれているだけなのかもしれない……。

 

「……ま、まあ、内容を一度解読すればこれが本当は何なのかわかるだろうし……な?」

 

「そ、そうね、ま、まあ、本当かどうか証明する方法はないんだし、一旦これはイストワール様に解読してもらって……」

 

「分からないんだったら試せばいいんじゃないかな?」

 

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!」」

 

「ねぷぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううう!!」

 

とりあえずこの件は保留……ということで済ませようとした二人の後ろから唐突に声を掛けた人物、その存在に気付いた二人は驚きのあまり声を揃えて叫び、その叫びで後ろにいたもう一人もかなり驚いてしまった。

 

「び、びっくりした……もう、驚かさないでよ、アイちゃん、ソウヤ!」

 

「それはこっちのセリフよ! いきなり後ろから声を掛けるなんてびっくりするじゃない!」

 

「あー……心臓止まるかと思ったぜ……つーか、ネプテューヌ、お前いつからそこにいたんだよ?」

 

「え? ソウヤが魔方陣のページを見つけたくらい? シンシアに結局負けちゃってさ~……あ、ちなみに今はネプギアとゲームしてるよ?」

 

「結構前じゃねぇか!?」

 

ネプテューヌに気配を消す能力なんてあったか?

なんてことを考えながらツッコミを入れる宗谷を他所にネプテューヌは二人が見ていた本を手に取ると、そのページをパラパラめくりながら、何やら楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

「とにかくさ、いーすんに解読させるのもいいけど、何はともあれそれが本当にできるかどうか確かめるのが先決じゃん? だったらさー、いっそ思い切ってそのサーヴァントっていうの、召喚しちゃえばいいんだよ!」

 

「………は?」

 

「だからー、いっそ召喚しちゃおうよ、サーヴァント!」

 

「………はぁぁああああああああああああああ!?」

 

 

その提案にさすがの宗谷も驚きを隠せずに、椅子から立ち上がるとかなり勢いよくネプテューヌに詰め寄った。

 

「お、お前何言ってんのかわかってるのか!? サーヴァントを召喚するってこと、マスターに選ばれて聖杯戦争に参加するってことなんだぞ!? 聖堂教会とか魔術協会もないこの世界でそんなの勃発したら、場合によったら命のやり取りになるかもしれないんだぞ!?」

 

この聖杯戦争に関わることで起きるであろう危険性、それを提示しながらかなり動揺した様子で彼女に詰め寄った宗谷は彼女が手にしていた本をひったくるように取り返すが、当のネプテューヌはあっけらかんとした表情で頭の後ろで手を組んでいた。

 

「大丈夫大丈夫、もしそうなっても逆にこっちが他のマスターかサーヴァントを倒せばいいんだよ、まあ、本当にあるかどうかわからないし、試してみないとわかんないって!」

 

「で、でも、そう簡単に召喚とかできるの? 結構だいそれた儀式なんでしょ? これって……」

 

そんなネプテューヌの提案に疑問を持って、一番知識を有しているである宗谷に質問をするアイエフ、すると宗谷は本のページを開きながら魔方陣が記されている部分を彼女たちに見せると付け加えて説明を始めた。

 

「……サーヴァントを召喚する際に必要なのは………魔方陣を描く際に必要な生贄となる、血液か水銀、あるいは溶かした宝石ってのがある……また、召喚する際には魔力が必要となるからもちろんその人物が魔術師でないとできないし、あと、その魔力が盛んに供給されている“霊脈”に魔方陣を描かないと成立しないんだよ」

 

「魔力………宗谷は今まで魔法とか使ったこともないものね………」

 

「あぁ、だから俺の中に魔力があるのかどうかも怪しいし……そもそも、霊脈がどこにあるかなんてことも調べようが……」

 

「じゃあさ、じゃあさ、魔力の代わりになるもので代用したらどうかな?」

 

サーヴァントを召喚とするために必要な要素、それをどうするかで悩む宗谷とアイエフに更にネプテューヌが提案してきた。

一体どうするつもりなのか? 魔力の代わりになる物とは何なのか? 首を傾げながらネプテューヌの方を見た二人は、次にネプテューヌが放った言葉を聞いてさらに驚愕した……。

 

 

 

「魔力の代わりに……“シェアエナジー”を使えばいいんだよ!」

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!?」」

 

 

 

 

 

この時、プラネテューヌ教会にとてつもない絶叫が響き渡り、プラネテューヌ教会を僅かに振動させたという………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まさか、本当にすることになるとは………」

 

「ねぷ子が行動力に満ち溢れてるのは知ってたけど………ここまでなんて想像もしなかったわ………」

 

その日の夜のこと……プラネテューヌ教会でも、限られた人物しか入ることのできない特別な部屋、この国の女神であるネプテューヌの力の源である国民の信仰心を“シェアエナジー”として返還する、“シェアクリスタル”の置かれている部屋に来た宗谷とアイエフはまだこの場に来ていないネプテューヌを待ちながら、気まぐれで行動を起こすネプテューヌの性格をある意味では称賛していた。

 

「……まあ、試すくらいならいいとしても、そこまでの考えに至れるのはあいつだからなのかな?」

 

「そうなんじゃないかしら……あの子、興味が湧いたことには思いっきり突っ走っていく性格だから」

 

今回の事に至っては確かな確証もないことだ、それなのに思い切って試してみようなんてことを言い出すのだからある意味ではネプテューヌは恐ろしい…。

それになによりも、魔力の代わりとしてシェアエナジーを使おうと言い出すのだから驚くにもほどがある、これがイストワールにでも知られたら大目玉確実だろうな……と宗谷が何となしに思っていると。

 

 

 

「おっまたせー! 準備するもの持ってきたよ~!」

 

 

 

部屋のドアを思い切り開けながら両手に儀式で使う物を持ってきたネプテューヌがやってきた。

どこか楽し気に部屋へと入ってきた彼女を宗谷とアイエフは出迎える。

 

「……本当に材料持ってきたのかよ……で、いろいろ準備するって言ってたけど何してたんだよ?」

 

「うん、えっとまずはいーすんに頼んで本にあった“召喚の際の永唱文”ってやつをそれとなーく解読してもらったでしょ? あと、コンパに頼んで魔方陣を書くのに必要な物を貰ってきた!」

 

「ていうか、イストワール様解読してくれたのね……三日かかるとか言いそうなものだけど……それで、何を持ってきたの?」

 

魔方陣を描くものには血液、水銀、溶かした宝石のどれか三つが必要となる。

逸れのどれを彼女が選んだのか気になったアイエフがネプテューヌに質問すると、ネプテューヌは自慢げに右手に持っていたバケツを取り出した。

 

 

 

「ふふーん、私にかかればこんなものを手に入れるのは造作もない! ……じゃじゃーん! “輸血パック”~!」

 

 

 

ネプテューヌが取り出したバケツの中には、医療用に使うのであるはずの血が詰まった輸血パックがいくつか入れられていた。

まさかマジで用意するとは思ってもみなかったうえに、よりにもよってこれを選択してきたことに宗谷とアイエフは若干顔を引きつらせる。

 

「………マジかよ………」

 

「………あんた、これがばれたら各方面に怒られるわよ?」

 

「まあ、その時はその時ってことで! とにかく床にこの大きめの紙を敷いてさ、その上に魔方陣を書いてこうよ、ってことでソウヤよろしく!」

 

「え!? よりによって俺が書くのかよ!?」

 

「だって血生臭いのやだし……」

 

「俺だって嫌だよ俺を何だと思ってんだよバカ野郎!!」

 

この提案に宗谷は思いっきりネプテューヌに抗議するも、二人は召喚に関しての知識がそれほどないこともあって結局ネプテューヌによって言いくるめられて宗谷が魔方陣を輸血パックの血で描くことになってしまった。

 

 

 

「……これはペンキこれはペンキこれかペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキこれはペンキ……」

 

 

 

輸血パックの血をバケツに移してそれを筆を使って紙の上に大きく魔方陣を描くようにして描いていく宗谷。

その際に気分を悪くしないように匂いを遮断するためのマスクを着用し、必死に自分にこれはペンキだということを言い聞かせながら魔方陣を描き続ける姿は、もはや必死だったという……。

 

 

「ソウヤ~、そこ曲がってない~? 大丈夫~?」

 

「ちょっと黙ってろ今集中してんだから!!」

 

 

ネプテューヌの横からの問いかけに軽くキレ気味に答えながらしばらく、ようやく宗谷はシェアクリスタルが置かれているこの部屋でサーヴァントを召喚するために必要な魔方陣を巨大な白紙の上に描くことが出来た。

 

「………はぁ~………何とか血を使い切った………」

 

「その間に匂いにやられて三回くらいリバースしてたけどね……」

 

「うるせぇ……軽くトラウマ思い出したんだよ……」

 

本当に紆余曲折あったが何とかここまでたどり着いた三人、あとはこれで実際にサーヴァントが召喚できるかどうかをやってみるだけなのだが………まだ問題は残っている。

 

 

 

「………それで、実際に召喚は誰がするの?」

 

 

 

そう、この三人の内マスターが誰になるかについてだ。

召喚する際に必要なのは、実際に魔力を持っている魔術師、その存在がいて初めてサーヴァントは召喚に応じる。

この場にいる三人はいくつか特殊な力は持っていると言っても魔術師、と呼ぶにはいささか微妙なところがある。

では、この中の誰が召喚の儀式を行うのか?

 

 

「それはやっぱり、ソウヤじゃない?」

 

「………まあ、無難に考えるとそうね?」

 

「ちょっと待って!? ここでも俺な訳!?」

 

 

特に話し合うこともなく、問答無用で任命された宗谷はさすがにどうかと思ってかアイエフとネプテューヌの二人にすぐさま抗議した。

しかし、アイエフとネプテューヌは二人揃って宗谷へと視線を向けると口をそろえて言い返した。

 

 

 

「「だって詳しいの宗谷(ソウヤ)だし」」

 

「やっぱりそう言う基準なのねチクショウ!! なんとなくわかってたよバーロー!!」

 

 

 

異世界から来たために知識を有していたことがこんな形で仇となるとは思ってもみなかったと宗谷はこの時深く感じた…。

 

「まあまあ、召喚する時に成功率上がる様に私も肩に手を置くくらいはやってあげるからさ、やれるだけやってみようよ、ね?」

 

「………これで失敗したら後片付けお前がやれよ?」

 

結局二人に丸め込まれて実際に召喚のプロセスを組むことになってしまった宗谷、彼は渋々シェアクリスタルの前に敷かれた紙に描かれた魔方陣の前に立つと大きく息を吸って輸血パックの血で描かれた魔方陣を見つめる。

 

そして、それに合わせてネプテューヌも宗谷の肩に手を置くと、宗谷は彼女に渡された召喚の際の永唱のメモを取り出し、それを見ながら詠唱を始めることにした。

 

ちなみにこの文章はかなり長く、さすがの宗谷自身も覚えていないのである。

 

意を決した宗谷は深呼吸を済ませると右手を伸ばし、魔方陣の上にかざすと………メモに書かれた詠唱の分を読み始めた。

 

 

 

「………素に銀と鉄、礎に石と契約の大公………降り立つ風には壁を、四方の壁は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ………」

 

 

 

今自分は、まさにあのアニメで詠唱されていたサーヴァントを呼び出す呪文を本気で唱えている。

それを実感したのはこの状況を見直してすぐだった。

真似事をすることはあっても、ここまで本格的なことをするなんてことはなかったからだ……。

 

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)………繰り返すつどに5度、ただ満たされる刻を破却する……」

 

 

 

もしこの詠唱が成功して、本当にサーヴァントが召喚されたらどうするのか……もし、聖杯戦争がこのゲイムギョウ界にもあったとしたら自分はどうするのか、今はまだ見当もつかないし……正直、わからない。

 

 

 

「………告げる………汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に、聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ………誓いを此処に」

 

 

 

いや、でも、これは本当の事ではないかもしれない……ただ偶然、似たような魔方陣の似たようなことが残されているだけなのかもしれない。

仮にこの世界に聖杯戦争があったとして、その時の聖杯の所有者はどうなったのか……それすらもわかってない、不確定要素が強い情報なのだ……。

 

だが、それがもし本当だったら……?

 

その時、自分はどうすればいい……?

 

自分は、何のために………戦えばいい………?

 

おのれの胸中に渦巻く一抹の不安、それを抱えながらも宗谷は、その真実を見出すべく………最後の一節を唱える。

 

 

 

 

 

「我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者、汝三大精霊を纏う七天………抑止の輪より来たれ………! 天秤の守り手よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………しかし、何も変化は起こらなかった………。

 

 

 

「………あれ? 何も起んないね?」

 

「ちゃんとメモの通り呼んだのよね? 特に噛んだりもしてなかったし………」

 

 

 

宗谷がすべての詠唱を唱え終わった瞬間、その部屋を包み込んだ静寂……それに対してネプテューヌとアイエフは首を傾げて魔方陣を確認したり、宗谷の呼んだメモを確認したりする。

だが、特に間違っていたりする部分も見られず、儀式はちゃんと行われたはずなのを確認する。

 

「あ………あっははは……ほ、ほらな? 本当に聖杯戦争があるわけじゃないんだって、きっと何かの間違いだったんだよ」

 

「え~……なんだ~、つまんな~い……折角本当にあるんだったら聖杯っていうのにお願い叶えてもらおうと思ったのに~」

 

「あ、ネプ子あんた本当はそれが狙いだったわね?」

 

「………あ、ばれちゃった?」

 

若干安心したのか、宗谷は安堵の息を漏らしながら肩を撫で下ろし、ネプテューヌとアイエフの二人に向き直ると二人もどこかやっぱりか、というような表情を浮かべながら冗談交じりの会話を始めた。

そうだ、あれはこことは関係ない別世界の話、もしその存在がこことは違う別世界で実際に存在するとしても………それはそれ、これはこれ、自分には関係がない話しだし、会ったとしても自分はそれを見ていた側だ。

 

だから、聖杯戦争に巻き込まれることなんてない……。

 

 

 

………そう、宗谷はこの時思っていたのに………。

 

 

 

「………っ!?」

 

 

 

突然、宗谷の右手の甲に何やら針で刺すかのような痛みが走った。

それを感じた瞬間、宗谷は咄嗟に右腕の甲へと視線を落とす。

 

そして、自分の右腕の甲に何が起こっているのかを見た時……宗谷は驚愕した……。

 

 

 

「………な、なんだよ………これ」

 

 

 

宗谷の右腕に、まるでじわりじわりと水面に浮かび上がってくるかのように“模様”が浮かび上がり始めたのだ。

 

突然の事態に宗谷は驚きを隠せず、戸惑うばかり……そして、宗谷の異変に気付いたネプテューヌとアイエフも何が起きたのかと宗谷の右手の甲を確認する。

 

「え、なになに? ソウヤどうかしたの?」

 

「ちょっと、どうしたの? ………って、あんたこれ!?」

 

「ねぷっ!? 入れ墨!? ソウヤいつの間にこんなことを!?」

 

「そんなわけないでしょ!? 宗谷、これってまさかあんたが言っていた……」

 

宗谷の右手の甲を確認した二人もまた、驚いた様子で宗谷に問いかける。

すると、宗谷もまた恐る恐ると言いたげに答えた。

 

 

「………ああ、“令呪”だ………サーヴァントを使役すると同時に、聖杯戦争への参加資格………」

 

「じゃあ、これが浮かび上がったってことは………!?」

 

 

 

宗谷の右腕の甲に浮かび上がったのは、まるで血のような赤色で描かれたXとVの字が合わさったような形をした紋様だった。

まさにこれは宗谷自身が説明し、例の古文書にも記されていた“令呪”と呼ばれるものその物だと……。

 

それを実感した宗谷、そしてそんな中、何かに気付いたのかアイエフは突然視線を宗谷の後ろへと向ける。

 

 

 

「宗谷、ちょっと! 後ろ!! 魔方陣が!!」

 

 

 

アイエフの言葉を聞いて、宗谷は慌てて後ろを振り返った。

 

すると、さっきまで沈黙を守っていた深紅の血で描かれた魔方陣が輝き始めたのだ。

 

さっきまでは何事も起きなかったはずの魔方陣に、輝きが灯り、その輝きはどんどん強くなっていく……。

 

 

 

「………おいおい、マジかよ………まさか、本当にこの世界であったっていうのか………」

 

 

 

こんな偶然が本当にあり得るのか、宗谷は驚愕で目を見開きながらも、疑問を誰とも言わずに投げかけた……。

 

 

 

あの壮絶な戦い……。

 

 

 

物によっては“街一つを焼け野原”にしてしまった、あの壮絶な戦いが………この世界で実際に行われるというのか………。

 

 

 

そして、自分は巻き込まれるというのか………。

 

 

 

「………“聖杯戦争”が!!」

 

 

 

辺りを魔方陣の輝きが包み込み、次の瞬間、まるで爆風が巻き起こるかのような衝撃が部屋の中を包み込んだ。

部屋の中を噴き抜く嵐のような風、とてつもない風圧を肌で感じ、その場にいた三人は溜まらずその場に倒れ込んでしまった。

 

シェアクリスタルの光、魔方陣の光、巻き起こった烈風、それらで何が起きているのかわからない状況の中で、宗谷は吹き飛ばされそうになりながらも必死にその場にしがみ付く……。

 

そして………ようやく、光と嵐のような風が収まった時だった………。

 

宗谷が閉じていた目を開き、自分が無事なのを確認すると次に背後にいたネプテューヌとアイエフを確認する。

 

「お、おい、大丈夫か?」

 

「え、ええ………なんとかね」

 

「こっちも大丈夫~……うぅ~、主人公補正がなかったら死んでたよ」

 

二人共何とか無事な様子で意識もある様だ。

とりあえずは一安心………。

 

 

 

 

 

「………召喚に応じ、参上した………」

 

 

 

 

 

………とはいかなかった。

 

 

 

突然宗谷の耳に聞こえてきた声、その声に反応して、宗谷が魔方陣の方へと目を向ける。

 

 

 

そして、その先にあった光景を見た時………いや、正しくはその視線の先で“魔方陣の上に立っている人物”を見た瞬間、宗谷は驚きのあまり、三度息を飲んだ。

 

 

 

先程までの沈黙を破り、突然動き出した魔方陣、そして嵐のような一瞬を経てその場に現れて謎の人物。

 

 

 

宗谷を越えるような長身に、身に着けているのは肌にぴったりと合うような黒い衣服の上に赤い外套…。

静かに目を閉じながら下を向いているその人物の肌は浅黒く、髪は白髪だ。

 

 

 

しかし、その人物を宗谷は知っている……。

 

性格に言えば、初対面だが何者なのかを知っている……。

 

彼こそは、宗谷自身が見たFate/の世界の重要人物であり……物語の基軸にもなった存在……。

 

 

 

「………サーヴァント、“アーチャー”………改めて、君に問おう………」

 

 

 

浅黒い肌をしたその人物は閉じていた瞼を開き、静かに目の前にいる宗谷を見つめた…。

 

 

 

 

 

「………君が私の、マスターか?」

 

 

 

 

 

そう問いかけるその者の真名を………宗谷は知っている。

 

 

 

 

 

(………オ、オカン(エミヤ)来ちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!)

 

 

 

 

 

これが、宗谷とそのサーヴァント、アーチャー………“エミヤ”の出会いだった………。

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

次回、マスターになってしまった宗谷はどうなるのか! ネプえく聖杯戦争編、次回もお楽しみに!


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Fate/stage,2 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~遭遇~

どうも、白宇宙です!
今回は聖杯戦争編第二話、前回召喚の儀式でサーヴァント、エミヤを召喚した宗谷。
この事態に若干の迷いを感じながらも、宗谷はやがてある事態を知り……。

そしてさらに、今回は新たなサーヴァントが登場!

それではお楽しみください!どうぞ…


………教会に新たなるメンバーがもう一人加わった………。

 

 

 

この事実だけを聞くなら、特に何の変哲もなく、更なるメンバーが加わったという事実の元に一体どんな人なのだろうという疑問が湧いてくるくらいだろう。

一体どんな性格で、どんな見た目で、どんなことが得意で、なにをしているのか、興味本位を持つ者がどんな好奇心を抱くのは人それぞれだろう。

 

………しかし、その好奇心は今まさにそれと関わりを持っている人物にとっては、“あまり知らない方がいい”という判断をさせざるを得なくなっている。

 

なにせ、今彼がここ、プラネテューヌ教会のリビングで共に時間を過ごしているのは………。

 

「……これ、美味しい……この紅茶、すごく美味しいです! アーチャーさん!」

 

「それはよかった、あまり見たことのない茶葉が置かれていたから自分なりにブレンドしてみたのだがね……口にあったのなら光栄だ」

 

「あれ~、いつの間にか破れてたぬいぐるみさんの耳、治ってる~」

 

「あぁ、それか? 時間を持て余していた時に目についたものでついでに治させて貰った、不満があるならまたやり直すが?」

 

「あのアーチャーさん、私の部屋の電圧気の調子がおかしくなっちゃったんですけど……見てもらえませんか?」

 

「修理が必要か? 了解した、一度見てみよう」

 

一見すると人当たりの良く、口元に人のよさそうな微笑みを浮かべる長身でどこか凛とした雰囲気を纏った男性………という、至極一般的な判断をするならそう感じるだろう。

だが、この男に至ってはそれは“表面的なその人物の在り方”を見ているに過ぎない。

 

この男の本質、それを知っている者からしたら……この男は“普通とは遠くかけ離れた存在”なのだ。

 

そして、その本質を知っている人物の一人である彼、天条 宗谷はその男性の事を見つめながら思う……。

 

 

 

(どういう性格してるのかは知ってたけど……本当はこの人、“英霊”なんだよな……)

 

 

 

本質と表面、それぞれの見方は大きく違ったものであるということを……。

 

 

 

そして………。

 

 

 

(………そんで、俺がその英霊のマスター、か………)

 

 

 

その本質を知る者からしたら、その存在が周りが思うよりもあまりにも大きすぎるという認識を持ってしまうということを……この時、アーチャーのサーヴァントのマスターとなった宗谷は、自分の右手の甲に浮かび上がった令呪を見つめて常々実感したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

偶然アイエフが見つけた謎の古文書とその内容を知ったネプテューヌの唐突な提案から実際にその本の中に記されていたものの、宗谷にとっては物語の中でしか行われていない、“英霊召喚の儀式”を実際に行ってから既に3日が経過しようとしていた。

 

召喚の儀式によって呼び出された、アーチャーのサーヴァント、その真名は……エミヤ。

 

彼が召喚されたことでこの世界に、本物の聖杯戦争が行われていることを知った宗谷はどこか愕然としながらも、この事実に様々な思惑を巡らせる他なかった。

 

聖杯戦争の監視役もいないこの世界でアニメで見たあの戦いを本当に行うのか……自分はその戦いに参加して、どうすればいいのか……聖杯を手に入れるために戦うと言ってもこれと言った願いも決めていないし、別に望んでもいない……。

こんなことになってしまってから考えるのも何だとは思うが………この時宗谷は、本当にこれからどうするべきかを迷っていた。

 

「どうしたマスター、物思いにふけっている様だが?」

 

「……あぁ、これからどうしようかって予定とかに迷っててな……」

 

そんな彼が頬杖を突きながら呆けているところに、エミヤが先程イストワールに入れていた紅茶をティーカップに入れて持ってきた。

 

ちなみに、教会の仲間たちには宗谷がひょんなことで知り合い、紆余曲折あってちょっとしたトラブルを解決したためにその恩返しとしてしばらくここで手伝いをさせてほしいという理由で身を置かせてもらっている宗谷の知り合い、ということになっている。

最初こそ馴れない様子だったイストワールやネプギア達だったが、今では彼の性格と家事の実力の高さなどで一目を置く存在となっている。

 

そんな設定を急造ろいで仕上げて傍に置けるようになった宗谷は自身のサーヴァントが入れた紅茶を受け取りながら、小さくため息をついた。

 

「………正直なところ、今だに迷っていてさ………」

 

「……なんだ? 仕事などの予定については既に組み上がっているはずだろう? ……あと入れるとしたら君の恋人との時間、と言った所だろうか?」

 

「いや、そっちじゃなくて! ………あんたも関係してる、あれだよ………聖杯戦争」

 

少し違う観点で指摘された内容にはしっかりとツッコミを入れた後、宗谷は部屋にいる他のメンバーには聞こえないように小声でエミヤにそう言った。

すると、エミヤは納得したのか、なんだそんなことか、とでも言いたげな表情を浮かべると彼の隣に移動し、屈強な印象を受ける太い腕を組んだ。

 

「別にこの先で何をするかは君次第だ、と言いたいところだが生憎今回の聖杯戦争に関しては辞退することもできないのは確か……参加した以上、君は自分から無関係な道を選ぶことはできないだろう」

 

「それはわかってる、監督役もいない以上今更下りますなんて通用しないのは3日前にあんたが説明しただろ……問題は、関係してる以上、俺はどうすればいいのかってことだよ……」

 

聖杯戦争において、自分を除く他の6人のマスターを打ち破ることで唯一勝ち残ったマスターにのみ与えられる万能の願望機……聖杯。

だが、はっきり言って、宗谷にはその聖杯戦争に参加する“動悸”が存在しないのだ。

別に願いを叶えたいということもないし、そもそも隣のサーヴァントを召喚したことも本来考えてすらなかった異例の事態なのだ。

そんな状況で関わってしまった自分が、この先行われるのかもしれない聖杯戦争に何を想い、何を見出すのか、彼は今だに見当もついていないのである。

 

「………やれやれ、目標も決まっていないマスターに呼び出されることになるとはな………少しくらい気の強い性格ならこうやって迷うマスターの指示を待つ間の時間を利用して自主的に家事に打ち込むこともないのだが……」

 

「悪かったな! だって仕方ないだろこんなことになるなんて思ってもみなかったんだから!」

 

エミヤのどこか嫌味染みた言葉を聞いて宗谷が若干やけくそ気味に反論する、しかしエミヤはその言葉に対して眉ひとつ曲げずに聞くとその浅黒い肌に浮かぶ鋭さを残しながらも、どこか雄大な何かを感じさせる瞳を宗谷へと向けた。

 

「まあまあ、そう言わずにさ~、アーチャーが来てくれたおかげでうちの家事事情がかなり助かってるんだよ~? コンパとシンシアも参考になるって喜んでたし!」

 

「………お前楽観的に考えてるけど、これ結構重要な問題だからな! 確かにいろいろ助かってるのは認めるけども!?」

 

そんな二人の様子を見兼ねてか、事の発端を招いてしまったこの教会の女神、ネプテューヌが二人の間に割って入るとどこかお気楽な表情を浮かべて宗谷の隣に立つエミヤの背中をぽんぽんと叩きながら言った。

 

「いや~、でもびっくりしたよ~、本当に何もないところからドカーンって出て来るんだもん! あれすごかったな~…私またやりたいな~」

 

「残念だがネプテューヌ、マスターが召喚できるサーヴァントは基本的に一人だけだ、まあ、君がマスターとなってここの優柔不断なマスターの代わりに引っ張っていくというやり方もあるが」

 

「おいおいおい、これ以上厄介ごと増やすなよ!?」

 

これ以上この教会に見知らぬ誰かを置いてまた新しい言い訳を考えるのも苦しいのに、その上身近な人物であるネプテューヌまでもが聖杯戦争に参加するとなっては溜まったものじゃない。

最悪、もしも彼女がマスターとなって聖杯戦争を勝ち抜き、聖杯を手にしてしまったらその聖杯をどんなふうに使うかわかったものではない……彼女の性格から考えるに、怠けるために使うか、いっそ妙な考えの元使うのが目に見えている……。

 

これ以上、この教会をちゃんと保つために、そしてイストワールに余計なストレスを溜めさせないためにもネプテューヌをこの事態に参加させるのは極力避けたいというのが宗谷の考えであった。

 

しかし、それに対してエミヤは目線を再び宗谷へと向けるとどこか真剣な表情を浮かべた。

 

「だがこうして手を拱いていてもいいわけではないのは事実だ……あまりこうしてのんびりしていると、他のマスターに先を越されてしまうぞ」

 

「………先って言われても、俺以外のマスターが存在しているかどうか………」

 

「いや、いる……聖杯が実際に君をマスターとして選び、私を英霊としてあの時召喚させたということは……既に聖杯戦争の準備が着々と進んでいるということの証でもあるのだろう」

 

宗谷の疑問を真っ向から斬り捨てる様に言い放ったエミヤ、やはり聖杯から齎された本物のサーヴァントということなのか、実際にこの世界においての聖杯戦争が近いうちに起きようとしているのを感じ取っているようである。

 

 

「………それに何よりもだ、私自身が“本来あるべき召喚とは違う形”で召喚されたためだろう………こうして時間を潰しているだけでは、どちらにしても君達のためにはならないぞ?」

 

「え? それって……どういうことだよ?」

 

 

唐突に言ったエミヤの言葉に、宗谷が首を傾げる。

 

「君も気づいているだろう? 英霊である私がなぜ今こうしてここに立っているのか……なぜ、出来るはずの“霊退化”をしないのかを」

 

「………あ」

 

それを言われた宗谷はその時初めて理解した、今の今まで馴染んでいたためというのもあったが今日にいたるまでの間に目の前の英霊、サーヴァントである彼の姿を“見なかった時がない”ということを……。

 

英霊であるサーヴァントは本来実態を持たない存在であり、召喚を成功させることで得られる肉体を必要としない場合、または魔力を節約したりする場合、そして物理的な干渉を受けない場合はその姿を消すことができるのだ。

これを“霊退化”と呼んでおり、サーヴァントは現界した世界との繋がりを薄くした状態でもあるのだ。

 

しかし、彼が召喚されてからという物宗谷は一度も彼が霊退化した所を見たことがないのだ。

一体どうしてなのか、その疑問が宗谷の脳裏を横切った時………。

 

 

 

突然部屋の外からものすごい勢いの足音が聞こえて来たかと思うと思い切り部屋のドアが開け放たれた。

 

 

 

「ちょ、ちょっと宗谷! ネプ子! あ、あとアーチャー! あんた達ちょっと来て!!」

 

 

 

何処か焦っているような表情を浮かべながらものすごい勢いでドアを開けたのは宗谷とネプテューヌ以外で、この教会に身を置いているアーチャーことエミヤについて知っている3人目の人物、アイエフだった。

 

「お、おい、どうしたんだよアイエフ!? そんなに焦って……」

 

「そうだよ、いつも使ってるスマホ落として画面バキバキにしちゃった? 大丈夫だよ、バキホでも使えないこともないし」

 

「スマホじゃないわよ! ていうか、早く来なさい! 一大事なんだから!!」

 

なにやらただ事ではないアイエフの様子に、宗谷とネプテューヌの二人は戸惑いながらその後をついていく。

その後ろでエミヤはやれやれと首を振ると、何事かと彼らの方へと視線を向けていたイストワール達の方に向いて微笑みを向けた。

 

 

「ああ、気にしないでくれ、どうやらアイエフ嬢は宗谷とネプテューヌ嬢に少々急用ができたらしい」

 

「は……はあ、そうですか……」

 

 

あまり周りを巻き込みたくはない、というマスターである宗谷の意志をくみ取った彼は彼女たちに向けてフォローを入れておいたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェアが別口で消費されている?」

 

 

何やらただ事ではない雰囲気で部屋を訪れたアイエフ、彼女に連れられてプラネテューヌ教会に用意されている宗谷の部屋へと連れられた一行は宗谷とネプテューヌの二人を連れ出したアイエフから知らされた内容を聞いて宗谷とネプテューヌの二人は首を傾げた。

それに対してアイエフは深刻そうな表情を浮かべてこくりと頷いた。

 

「ええ、ネプ子が変身したりとかで使用したり、いつもの如く緩やかに減ってきているこの国のシェアとは別口で何らかの影響によってシェアが減っているのよ……」

 

「……えっと、ネプテューヌがぐうたらのせいでこの国のシェアが減って行ってるのは前から分かっていることだからいいとして……それってつまり、どういうことなんだ?」

 

「………この前、イストワール様に頼まれてシェアクリスタルのシェアがどのくらい減っているのかを調べてみたの、そしたら……本来女神の力として使われているシェアが別口で減っていることが分かったのよ」

 

そう言うとアイエフは懐に入れていた一枚の紙を取り出すとそれを広げて宗谷とネプテューヌに見えやすいように広げて見せた。

そこにはシェアがどのような形で使用されたのかを現したグラフが描かれており、主にシェアが減少している割合と照らしあわされたデータがまとめられていた。

 

国民の信仰心の減退、ネプテューヌの女神化及び戦闘によるパワーの消費など、事細かに分けられているデータで、これを纏めるのにアイエフ自身がかなり苦労したのが窺える。

だが、どういう訳かそのデータの中に“不明”と割り振られたデータが記載されていたのだ。

 

「………アイエフ、この不明ってのは?」

 

「見たまんまの事よ、なんで減ってるのか不明な部分……信仰心が離れたとかとは違った形で減ってるけど、なんで減ってるのかわからない、そう言う割り振りの部分ね」

 

「え~、でもアイちゃん、私よくわかりもしないのにシェアを使ったことなんて身に覚えがないんだけど……ていうか、それって私が原因なの?」

 

「いや、たぶん違うと思うんだけど……とにかく言えることとしたら、知らないうちにこの国のシェアが何らかの形で減っているという本来あるはずのない出来事が起きたってことなのよ」

 

そう言うとアイエフはデータが記された紙を丸めて懐に戻した。

しかし、その事態を聞いて宗谷は何やら違和感を感じた……一体、なぜ原因不明のシェアの現象が起きたのか……。

いくらなんでもシェアが勝手に減少するなんてことはまずないはずだ、現になんでシェアが減っているのか理解することが出来たからアイエフが用意したあのデータも仕上がったはず……それなのになぜ?

 

疑問を浮かべる宗谷、頭の中の疑問符を消そうと自問自答を繰り返していると……。

 

 

「……おちおちこうして手を拱いているわけにはいかない理由、それが何なのかはそれだということだ」

 

 

不意に宗谷の部屋のドアが開き、そこからエミヤがドアの端に寄りかかり宗谷達の方へと視線を向けながら、何やら意味深なことを呟いた。

エミヤの存在に気付いた宗谷とネプテューヌ、そしてアイエフの三人はそれぞれの視線を一斉にエミヤの方へと向ける。

 

「アーチャー……それって、あなた何か知っているの?」

 

その言葉に違和感を感じたのか、アイエフがすぐさまエミヤに問いかける。

するとエミヤはちらりと宗谷の方を見てから、再びアイエフへと視線を戻すと彼女にわかりやすいように右手で指を三本立てて見せた。

 

「私が召喚されたのが今から三日前だ、そしてそれを提示したうえでアイエフ嬢、この事態を突き止めた君に問いかけよう……その謎のシェアエネルギーの消費減少はいつから起きた?」

 

「え? ………あ!」

 

それを言われたアイエフが再び懐に仕舞っていたデータを広げて再確認すると何かに気付いたのか目を見開いた。

 

 

 

「このシェアの消費があったのも……“三日前”からじゃない!」

 

「ねぷっ!? そ、それってつまり………偶然の一致?」

 

「そんなわけないだろ!? ……つまり、この謎のシェア減少にはお前が……アーチャーが関連してるってことだ」

 

 

 

宗谷が出した答えにエミヤはどこかニヒルな笑みを浮かべると、こくりと頷いて三人へと向き直った。

 

「そうだ、その通りさマスター、そのシェアエネルギーの現象を引き起こしているのはこの私……君のサーヴァントである、この私だ」

 

三人が突き止めた事実をあっさりと肯定したエミヤ、しかし、なぜエミヤがこの事態を引き起こしているのかと新たな疑問が浮かび上がるが、その疑問はその後すぐに彼が説明したことによって解消されることとなった。

 

 

「マスター、君が私を召喚する際に選んだ場所……そして、正当な魔術師ではない君が召喚に使うためとして使ったのは、なんだったかな?」

 

「え? それは………霊脈の代わりに選んだのはシェアクリスタルの傍で、使った……のかどうかはわからないけど、ネプテューヌのシェアエネルギーを借りて………あ!!」

 

 

そこまで答えた瞬間、宗谷の中で何かが合致し、彼の中に新たな答えを導き出した。

そうだ、なぜ今まで気付かなかったのだろう……本来魔術師ではない宗谷自身がなぜサーヴァントを召喚できたのか?

魔力があるのかどうかすらも怪しい自分自身がそれを成しえることが出来た理由と、その根源、それを理解した宗谷はその場で頭を抱えた。

 

「……そうか、そう言うことだったんだ……」

 

「え? な、なになに、どうしたのソウヤ?」

 

その様子に何やらついていけてない様子のネプテューヌは宗谷に問いかける、すると宗谷はちらりとネプテューヌの方を向いてから小さく一つ、ため息をついた。

 

「………ネプテューヌ、あの時召喚するためにってお前は手伝ってくれたよな?」

 

「え? う、うん、ないよりはマシかなーって思って……え? それがどうかしたの?」

 

「……その手伝いが、アイエフが教えてくれた謎のシェア減少を引き起こしたんだよ……なんせ、アーチャーを召喚した時に使ったシェアエネルギーが今もアーチャーを現界させている力の源になってるんだからな」

 

考えてみればそうとしか言いようがなかった。

実際に自分に魔力があるかないかを自覚していない宗谷がこうしてサーヴァントを召喚できたのはなぜなのか、それは魔力の代わりとなりえる“別の力”が働いていたからだ。

 

その別の力とは何か……状況と、あの時の流れを考えるにもっとも有力な物……それが、“シェアエネルギー”そのものなのだ。

 

 

「ねぷっ!? そ、それって私の国のシェアがアーチャーに横取りされてるってこと!?」

 

「それは多少の語弊があるな……まあ、詳しく説明するなら私がこうしてこの場に厳戒するために必要となったエネルギーのタンクをネプテューヌ嬢とする、そしてそのエネルギーを私に提供するチューブの役割をマスターである彼が勤めているのさ……本来魔力があるのかわからない彼が私を呼び出せたのも、ネプテューヌ嬢という力の本流の協力を得て成しえることが出来たというわけだ」

 

 

あの時、宗谷が召喚の詠唱を読み上げた際に、景気づけのような物でネプテューヌは彼の肩に手を置いていた。

どうやらその行為が偶然なのか、あるいは正式にそう言う方法もあったのか、要するに今現在アーチャーは魔力の代わりとしてネプテューヌのシェアを使い、そのシェアはマスター権限のある宗谷を経由して彼へと伝わっているのだ。

 

「故に今現在私の身体はネプテューヌ嬢や、その妹のネプギア嬢が変身した姿と変わりない……二人ほど消費は激しくはないがな? 本来なら魔力……いや、この場合はシェアエネルギーの消費を抑えるために霊退化をするのが筋なのだが、魔力とシェアエネルギーは似ているようで違うらしくてな……戦闘の際には問題がないが、どうにも自身の肉体を霊体化させると言った細かなコントロールがうまくいかなくてね」

 

「……本来使うべきものと違うから、英霊であるアーチャー自身でも、持て余して使いこなせないってことなのか……」

 

「なるほど……だから不明なシェアの消費があったのね……」

 

「いやいやいや!? アイちゃん普通に分析してる場合じゃないって!? それってつまり、ただでさえ減ってきてるうちのシェアがさらにどんどん減ってくって事じゃん!? それってつまり………」

 

この時、ネプテューヌの中ではシェアが減少することで今後起こりうる問題が連鎖するような形で浮かび上がっていた。

 

 

 

プラネテューヌのシェアは緩やかな下降傾向にある → アーチャーの体の維持のためにシェアを使う → 下降傾向がさらに深刻に…… → いーすんにばれる…… → いーすんのお説教&お仕事量が倍増……。

 

 

 

「(遊ぶ時間が少なくなって)大変じゃん!! 一大事だよぉぉぉおおおおおおおおおお!!」

 

「……珍しく事の重大さを自覚したみたいだけど、なんか余計な邪念が混じってないか?」

 

 

 

宗谷の部屋で叫ぶを上げるネプテューヌ、まあ、それがどのような理由でさえこの事態が一大事だと知った彼女は、察しのいい宗谷を押しのけてドアの近くの壁に寄りかかっていたエミヤに問い詰める。

 

「アーチャー! なんとかならないの!? このままだと私いろいろやばいよ! 四面楚歌だよ!?」

 

いろいろな意味……というより、主にいつも説教を喰らっている人物からの恐怖の感情が強いのかもしれないが、とにかく必死にエミヤに何とかならないかと問いかけるネプテューヌ、するとそれに対してエミヤはやれやれと肩を上げると、ちらりと宗谷の方を見た。

 

 

 

「………これでわかっただろう、マスター、君はこのままうかうかしているわけにもいかない………まだ迷いはあるようだが、マスターとして必要な心構えは私がレクチャーするとしよう………さあ、腹を括った方がいいぞ?」

 

「………結局、そうなるのかよ………まあ、うすうす予感はしてたんだけどな………こうなることが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、プラネテューヌの街は既に静かな様相を持ち、同時にどこかミステリアスな雰囲気に満ち溢れていた。

いつもと変わらないはずの夜空がやけにしんと静まり返っていて、夜空から降り注ぐ淡い月光と星の光がやけに神秘的なようにも感じた。

ここは、プラネテューヌの中心街から遠く離れた位置にある工業地帯の一角、今は使われておらず無人となっていて辺りを薄く霧が覆うこの場所に、宗谷とネプテューヌ、そしてアイエフの三人と……宗谷のサーヴァントであるエミヤがいた。

 

あれから宗谷は、このまま行動しないでいるわけにはいかないと腹を括り、こうして聖杯戦争が今現在開かれているかもしれないゲイムギョウ界へと足を踏み出したのだ。

……長い間この場に身を置いたために、いつも慣れ親しんでいたはずの街の空気がこの時ばかりはいつもと違うように感じる。

なにせ、聖杯戦争はマスターとサーヴァントによるサバイバル、用は殺し合いだ……そんな場所に自分が立つことになるなんて予想もつかなかったし、なによりも緊張や不安を通り越して言葉に言い表せない何かが心中を満たしている。

 

 

 

………だが、何もしないでいるわけにはいかない。

 

 

 

こうして参加することで、自分が聖杯戦争で何を見出し、何を思うのかはまだわからない。

 

聖杯に何を願うのかなんて、まだわからない……。

 

だが、それでも宗谷は意を決してこの戦いに身を投じることを決意したのだ。

 

 

 

なぜこの世界………このゲイムギョウ界に聖杯戦争が起きてしまったのか………その謎と、向き合うために………。

 

 

 

「……教会の中で迷っていた時とは違い、少しはマシな顔になったようだな」

 

「………まあな、現段階での第一目標は決まったからな………その後どうするかは、まだ決まってないけど」

 

隣に並び立つ自身のサーヴァントに言われて宗谷はそう返すと、右手の甲に記された自身の令呪へと目を落とす。

 

「それに、無関係じゃなく……俺も関係しちまったなら、それなりにやってみるさ」

 

「………戦いに挑む信念としては未熟だな………曖昧な目的を持って動くのは、あまり褒められたものではないが………まあ、一応今後に期待するとしよう」

 

マスターである宗谷の今現在での心境を聞いたエミヤはそう言うと、ちらりと後ろの方にいるアイエフとネプテューヌの二人へと視線を向ける。

 

「うー……アイちゃ~ん……この時間帯は良い子にはさすがにきついよ~……」

 

「だから無理せずに教会で寝ておけばいいって言ったのに……ほら、ネプビタン シャキッと一発味、眠気覚ましに飲んどきなさい」

 

「………あの二人もこうして付いていることだし、早く終わらせるようにしなければな」

 

「………だな」

 

こっそり教会を抜け出してきたとはいえ、あまりこうして夜中に外であまり長い時間をかけるわけにはいかない。

何かの拍子で抜け出したのがばれたら元も子もないからだ。

出来るだけ早い時間で少しでも聖杯戦争の謎に迫り、出来ることなら終息に向かわせる、現段階の自分の行動目標を改めて再確認した宗谷は改めて周囲に警戒を向ける。

 

「それにしても、本当にただこうして突っ立っているだけで、他のサーヴァントが来るのかしら? まるっきり罠だって怪しまれない?」

 

眠気覚ましにと手渡されたネプビタンを飲むネプテューヌの横で辺りを見回していたアイエフが唐突にそう呟いた。

すると、それに対してエミヤは真正面を向いた状態でその問いかけに対しての質問を返した。

 

「今回の聖杯戦争のルールは私にもよくわかっていない、監督役となる存在がいない故にルールが明確化されていない以上、確実に果たすべき行動は他のサーヴァントを見つけ、倒すことだ……なら、こうして矢面に立てば嫌が応にも他のサーヴァントが食いついてくるということさ」

 

「……まあ、それは他のサーヴァントが召喚されてたらの話でもあるんだけどな?」

 

「……だとしても、出て来るのかしら……そこまで濃くないけど、このあたり霧が出てきてるし、今は夜よ? さすがに動きづらいんじゃ……」

 

当たりの様子を確認して、そう分析したアイエフ。

するとそれに対して宗谷は首を左右に振ってからアイエフのいる方へと振り返った。

 

「違うぜ、アイエフ……聖杯戦争におけるサーヴァント同士の戦い、それはどちらかというと夜に行うのがセオリー……人目に付かない分、気兼ねなく戦えるし、なにより闇に紛れるのを得意とする奴もいる……そういう奴からしたら、この時間帯は絶好のチャンスでもあるんだよ」

 

敵はいつどこから攻めて来るのかわからない、聖杯戦争では多くのマスターが知略を尽くし、あらゆる思考を巡らせて自身が勝てる策を練ってきた。

それもすべて聖杯を手に入れるための手段として……だからこそ、仕える物は存分に使うのがこの戦いでのセオリーなのだ。

 

闇に紛れられるなら闇に………場所を求めるのなら、場所を求め………

 

 

 

そして………。

 

 

 

「………どうやら、こちら側の誘いに乗ってきた勇敢な戦士がいた様だ」

 

 

 

戦士はその場に集う……。

 

 

 

エミヤの言葉を聞いた瞬間、その場にいた三人は咄嗟に彼が見ていた方向へと視線を向けた。

霧が薄く立ち込める中、じっくりと目を凝らす宗谷達、するとその霧の奥から人影が一つ、ゆっくりとこちらに向いて近づいてくるのが分かった。

 

 

 

「その遠くの者をも見抜き、貫かんとする鷹の目が如き鋭き眼………三大騎士が一つ、アーチャーのサーヴァントとお見受けする」

 

「……武器を見ていないのに見抜くとは、そちらはどうやらかなりの観察眼を兼ね備えている様だな……」

 

 

 

霧の奥から近付いてくる人影と会話をするエミヤ、やがて霧の奥に見えた人影がこちらに近づいてくるにつれて、宗谷達もまたその人物がどのような容姿をしているのかを確認することが出来た。

 

流れるような黒髪に、整った端正な顔立ち、深い緑の皮の鎧という身軽そうな軽装を身に纏ったその男性は鋭さの中にも憂いに満ちた瞳を自分たちへと向けながら両手に握る武器を構えた。

そして、その両手の武器の形状はその人物が一体、どのような人物なのかを物語っているなによりの証明ともなっていた。

 

 

 

「………“ランサー”」

 

 

 

そう、その男が握っていたのは二本の“槍”。

一つは長く、もう一つは短い、それぞれに長さの違う槍を二本携えたその戦士は槍の柄を何やら薄い布のような物で巻いている。

恐らくはその武器が一体どのような物なのかを悟らせないようにするための配慮なのだろうが………。

 

この時、目の前に現れたランサーのサーヴァントを前にして、宗谷はそのサーヴァントの正体を見破っていた。

 

彼にとっては知らないはずもない……なにせ、そのサーヴァントはエミヤと同じく、見たことがあるからだ。

 

 

 

「あれは………“ディルムッド・オディナ”………!」

 

 

 

右目の下にある泣き黒子、それがそのサーヴァントの二つ名にも由来するものとなったのを宗谷もまた知っている。

二振りの槍を備え、今目の前に立つこの槍使いの真名、それは“ケルト神話”の英雄が一人、“フィオナ騎士団”が一人にして一番槍、“輝く顔のディルムッド”の二つ名を持つ戦士………宗谷が見たシリーズの中では“Fate/zero”に登場したサーヴァントだ。

 

「うわっ! なんかすっごいイケメンだよ! 私自身あんまりはっきり言うことはないけど…あの人、マジでイケメンだよ!」

 

「……あ、あの人も英霊って奴なの? ……なんていうか、その……優しそうだけど」

 

「あ、そうだ! 二人とも気をしっかりもて! あいつには女性を魅了する能力があるんだ、体制のない人間だと惚れちまうぞ!」

 

魔貌の力、とでもいうのだろうか……宗谷は知っていた。

あの英霊の右目の下にある泣き黒子には女性を魅了する力が備わっているということに……それで味方である二人が変な気を起こさないように彼は事前に二人に注意する。

 

「………そこの青年、見た所お前がアーチャーのサーヴァントのマスターのようだが………なぜ我が真名を一目見ただけで見抜いた? しかも、我が魔貌の呪いをも知りえているとは……」

 

「え? あ、いや、それは………手の内を晒すような真似はしないのが定石じゃないのか?」

 

宗谷によって自身の本当の名前を見破られたことに疑問を抱いたランサー、ディルムッドはすぐさま宗谷に向けて警戒の眼差しを向けるが、まさか一度あなたの事をテレビで見たことがあります……なんて言って早々に信じてもらえる気がしなかった宗谷はとりあえずその場は誤魔化すことにした。

 

自身の問いかけに対して宗谷が出した返答に、ディルムッドは両手の槍を構えるとその誰もが見惚れるかのような美貌にあふれた顔に秘められた強く、鋭い闘志を宗谷達へと向けてきた。

 

「……こちらとしては納得のいく答えとはいかないが、まあ、この際細かなことは後回しとさせてもらおう……こうして聖杯によって選ばれた英霊同士が会い見えたこと、これはすなわち……言わなくてもわかることだろう、弓兵よ?」

 

「………元より理解はしているさ、こちらも最初からそれを覚悟のうえでここに立っているのだからな」

 

ディルムッドの言葉に対してエミヤはそう返答すると両手を左右に広げて静かに意識を集中させるように目を閉じる……そして……。

 

 

「……投影開始(トレース・オン)……」

 

 

その声と共にエミヤの両手に二振りの曲刀がどこからともなく現れ、エミヤはそれをしっかりと握るとディルムッドが持つ二槍を迎え撃たんとするかのようにその場でその二振りの刃を構えた。

片方は黒く、片方は白く、峰の部分には陰陽を現す印が刻まれたこの独特の剣はエミヤの魔術によって呼び出された彼の武器、“干将・莫耶”だ。

 

「さて、マスター……君はいったん下がっていろ、ここはサーヴァントである私の領分だ、未熟な君に前に出られてはこちらも気が気でない物でね」

 

「なっ…あのさ、前から思ってたけどあんた俺の事若干嫌ってないか?」

 

嫌味にも聞こえるようなエミヤの言葉に反論しながらも、宗谷はその言葉に従い渋々と後ろに下がる。

 

だが、この判断は宗谷は割かし正しい判断だと自身の中で理解はしていた……。

 

毒を持って毒を制すという言葉がある様に、サーヴァントと戦うことにおいては同じサーヴァントを使うことがよっぽど効果的な方法なのだ。

自身はマスター、そのマスターが前に出て相手のサーヴァントに命を奪われればその瞬間、サーヴァントとの繋がりは消える。

アーチャーであるエミヤには単独で行動できるスキルが備わっているとはいえ、それは出来るだけ避けたいのはエミヤ自身も感じているのかもしれない……そう判断した宗谷は念のためにと自身の愛剣である赤剣を呼び出し、ネプテューヌとアイエフを庇うように下がった宗谷は目前に立つ二人の英霊の姿をじっくりと見つめる。

 

「弓兵でありながら剣を取り、前に出るか………余程の自身があるのか、単なる自惚れか………随分と変わっているな?」

 

「なに、手癖が悪い物でね……これもその一つに過ぎない……だがこれだけは言わせてもらおう」

 

互いの間合いを測りながらじりじりと足場を踏みしめる二本の槍使いと刃を握った弓兵、するとエミヤはその手に握る刃の如き、切れ味のある視線をディルムッドへと向けながら……。

 

 

 

「……手加減はしない、こちらは全霊でお相手しよう……」

 

「……元よりそのつもりだろうに……ならば、いざ参る!!」

 

 

 

そうやり取りを交わした瞬間、遂に聖杯戦争の始まりを告げる英霊同士の戦いが幕を開けた。

 

 

 

先に仕掛けたのはディルムッドだった。

両手の槍を構え、走り出した彼は素早い動きでエミヤへと距離を詰めると右の赤い刃の槍をエミヤに向けて突き出す!

しかし、エミヤはその動きをしっかりと見据えると体の体制を傾けてその一撃を回避し、片手に持つ曲刀でその槍を押し返し、もう片方の刃で斬りかかる。

だがディルムッドは彼の反撃の左の黄槍で受け止めると身を捻りながら横薙ぎにもう一本の槍を振るう。

 

その攻撃をエミヤは咄嗟に後ろに跳ぶことで回避するが、ディルムッドはまだ食い下がる。

 

「っ!!」

 

追い縋ったディルムッドはリーチの長い赤い槍でエミヤを追撃する。

彼の持つ槍に対してリーチの短い曲刀を持つエミヤはその刃が自身の体を抉らない最新の注意を払いながら両手の剣を巧みに使い撃ち払っていく。

 

「撃たれるばかりは性に合わない……こちらも反撃させてもらう!」

 

さらにエミヤは隙を見計らってはディルムッドの懐に飛び込み、果敢に切りかかっていくがさすがは神話に名を馳せた英雄ということはディルムッドはその反撃をも両手の槍を使って捌き、更なる反撃へと転じていく。

 

互いに一歩も譲らない、サーヴァント同士の激しい戦い……。

 

その様子を見ていた宗谷は反射的に二人の隙のない戦いぶりを見て息を飲んでいた。

 

 

「……これが、本物のサーヴァント同士の戦い……」

 

 

今までヒーローメモリーの修業に向き合い、彼が知る多くの主人公たちと出会い、そこで実際に手合せをしてきた宗谷だが、この戦いは彼にとってはまさに未知の領域だった。

ヒーローメモリーで出会った主人公たちもその名に恥じないとてつもない力を秘めていた……だが、彼らサーヴァントの戦いはそれと比べてもまた大きく違う……。

闘いの中で染み出て来るような言い知れぬ迫力と、緊迫感、それがこの戦いにおける二人の英霊の力がぶつかり合うすさまじさを宗谷にこれでもかと知らしめて来る……。

 

「……あの二人、強いわね……しかも、相当……」

 

「あ、あそこまでのバトルは私も未経験かな……女神化してその戦いに割り込むような勇気、ないかも……」

 

さすがの気迫にアイエフとネプテューヌもまた押されているのか、宗谷と一緒にその場に留まって見守るばかりだ…。

 

鳴り響く剣撃と矛先がぶつかり合う音、巻き起こる風圧とその場にいた物を押し黙らせる気迫…。

その根源となっている二人の戦いは、ますます過激さを増していく。

空間を切り裂く四本の刃、衝突し火花を上げるたびに二人の周囲を取り巻く霧がふわりとかき消されるように消えていく。

 

「弓兵と思い、その剣技はたかが知れていると思っていたが……それを撤回しよう……貴殿とのやり取り、面白くなってきた!」

 

「……なに、単なる真似事だ……そこまで大層な剣技でも……ない!」

 

真上から振り下ろしたエミヤの二本の斬撃、それをディルムッドは両手の槍で真正面から受け止めると、それを押し返し赤い槍でエミヤを牽制し、黄槍で更なる追撃を打つ。

それをエミヤは両手の剣を交差させて下から上へと打ち上げるようにして払うと、再び距離を詰めてディルムッドに切りかかる。

 

そして、両者の両手の武器、計四本の刃が同時にぶつかり合い甲高い金属音を轟かせ、両社は鍔迫り合いを始める。

 

初戦からいきなり苛烈を極めるこの聖杯戦争、周囲を霧が包み込む中で宗谷は今まさに自分が身を置いているこの戦いのすさまじさをその身で改めて実感していた。

 

 

 

「………これが、聖杯戦争………」

 

 

 

 

 

そして、その凄まじさを実感するあまり………彼は気づかなかった………。

 

 

 

 

 

周囲の“霧”が先程よりもさらに濃くなり始めていることに………。

 

 

 

 

 

「………うん、わかったよ………“おかあさん”………」

 

 

 

 

 

そして、その中に身を隠す………“暗殺者”の影がすぐそこまで迫っていることに………。

 

 

 

 

「………解体の時間だね………?」

 

 

 

 

霧の中で揺らめく小柄な影、そしてその手に握られた刃が……一瞬、怪しげな煌めきを放った………。

 




いかがでしたか?

次回は遂に始まったサーヴァント同士の戦い、激化するアーチャーとランサーの戦い、その最中に一石を投じるのは……!

それでは次回でお会いしましょう!


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Fate/stage,3 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~奇襲~

どうも、白宇宙です!
今回はゲイムギョウ界聖杯戦争編第三話!

戦いを続けるエミヤとディルムッド、だがそこへ暗殺者の影が迫り…!

さらに今回は新たなるサーヴァントが登場!
それではお楽しみください、どうぞ……。


 

―――ガィイン! ガキィン!

 

 

 

真夜中の人気がない廃工場に鳴り響く金属同士の衝突音、霧が周囲に立ち込める中で断続的に鳴り響くその音と、時折飛び散る火花。

それらの音が鳴り響くのと線香花火のような小さな火の種が散る様子は今行われている戦いの凄まじさを物語るには十分な物だった………いや、それ以上という方が正しいか。

 

「ふっ!」

 

「………はぁ!」

 

今まさに激突している二人の英雄、この二人の戦いの壮絶さは宗谷が見てきた戦いの中でも常軌を逸した者の部類に入るものだった。

二本の長さの違う槍を巧みに駆使して赤い外套の男を攻め立てる、槍兵の英霊、ディルムッド・オディナ、柄の下部の方を握りリーチを長くした赤い槍で牽制しつつ、時折鋭い突きを放っては対峙する敵を追い立てる姿はフィオナ騎士団の一番槍の異名に相応しい実力と言えるだろう、相手を寄せ付けず付け入らせる隙を与えない、己の武器のリーチをよく理解した戦い方だ。

 

対する赤い外套に浅黒い肌が特徴の男、宗谷が契約したサーヴァント、弓兵のクラスの英霊、エミヤ。

彼もまたディルムッドに負けず劣らずな動きで彼が両手に握っている槍の攻撃に迎え撃っていた。

本来のクラス通りならばリーチの差では圧倒的に有利に立っている遠距離からの攻撃を得意とするアーチャーであるエミヤ、だが彼は今敢えてなのかそれとも考えがあるのか両手に握った黒と白の刃を持つ二本の刃、それを持ってしてディルムッドの攻撃に真っ向から対峙しているのである。

 

突き出されたディルムッドの赤い槍の刺突、それを右手の剣で受け流したエミヤは一気に距離を縮めて左手の剣を振り下ろそうとする、だがディルムッドはそれよりも早くもう一本の槍の黄槍を振るって牽制、その刃を気にしてか接近をやめ一度後ろに跳んだエミヤを追跡し、身の捻りを加えた横薙ぎの攻撃で追撃する。

 

ディルムッドがその一撃を振り抜いた瞬間に再び鳴り響いた甲高い金属質の音、それと同時に大きく後ろに吹き飛ぶように飛んだエミヤ。

地面を滑るようにして失速しながら後退した彼は両手の剣を交差させるようにして構えている。

どうやら今の一撃を咄嗟に両手の剣で防いでやり過ごした様だ。

 

しかし、そこにディルムッドの更なる追撃が繰り出される。

 

「………てぇあ!」

 

後ろに後退したエミヤと再び距離を詰めたディルムッド、彼はそのままリーチの長い赤い槍で刺突を繰り出す。

 

「………!」

 

だがその瞬間、エミヤが鋭い眼差しでディルムッドの動きを真正面から見据える。

そして、槍の矛先との間合いがぎりぎりまで近づいた瞬間、エミヤは素早く身を屈める。

 

「なに!」

 

「見切った…!」

 

そして、槍の刺突を免れたと同時に両手の剣を下から上へと跳ね上げるようにして振るい、赤い槍を押し返した。

赤い槍を押し返され、体を仰け反らせたディルムッド、エミヤはそこに更なる反撃を掛ける。

距離を詰め、剣の間合いへとディルムッドを捉えた瞬間に彼は片手に持っていた刃を袈裟懸けに振り下ろした。

咄嗟にディルムッドは後ろに回避しようとするが、僅かに刃がディルムッドの肩をかすめる。

 

「ぐっ………」

 

肩に切り傷を受けながら、一度間合いを開けたディルムッドは剣を振り下ろした体制でいるエミヤへと再び視線を向ける。

それに対し、顔を上げながらじっとディルムッドを見据えたエミヤはその口元にまるで余裕を見せるかのようなニヒルな笑みを浮かべた。

 

「……見事だ、まさかこれほどとは思ってもみなかったが……同時に不思議な物だ、アーチャーの身でありながらセイバーにも通ずるその剣気……お前は一体どこの英霊か……」

 

「……さあ、それに関しては私の口から言う必要もないし、自身の口から言うほど気の抜けたサーヴァントは早々いないだろう……もっとも、そちらはこちらのマスターに真名を当てられたようだが」

 

ディルムッドにとって、今目の前にいるアーチャーのサーヴァントはまだ未知の存在、真名を露わにされた彼にとっては大きな差がここで出来てしまっている。

そして、それをアドバンテージにしたかのようにエミヤは余裕を感じさせる表情を浮かべながら両手の剣を持ち直すと再び身構えた。

 

「聖杯戦争において、サーヴァント同士の戦いは本物の命のやり取りと変わらない、よもやそれを忘れたわけではないだろう、ランサー?」

 

「ふっ……まさか……それがサーヴァントとして召喚された我が指名、我が主のために聖杯を捧げる……その役目のため、槍を振るう……そのために俺は今ここにいる」

 

互角のやり取りを交わし、互いに一歩も譲らない闘志を見せる弓兵と槍兵、二人の英霊は互いに口元に微笑を浮かべたまま互いの武器を構え、再び対峙する。

闘いは、まだ始まったばかりだと言わんばかりに………。

 

そして、その様子を見ていた宗谷達もまたそれを反射的に感じ取っていた。

 

離れていても肌に感じる、ぴりぴりとした闘志……宗谷達は二人の戦いから目が離せないでいた。

 

「……どっちもどっち……今の所、勝負がつきそうな感じはないわね」

 

「……あぁ、確かにな……でも、勝負が動き出すとしたら、多分ここからだ」

 

どこか緊張した面持ちを浮かべるアイエフに宗谷は同意しながらそう説明した、その言葉が何を意味するのかアイエフはあまり理解していなさそうな表情を浮かべるが、宗谷はそれに付け加える様に更なる説明を加える。

 

「……互いに持ってる武器、相性的にはランサーのディルムッドがどちらかと言えば有利だ……だけど、弓兵であるアーチャーが本領を発揮したら愛称は一気に逆転する、それは向こうも理解しているはずだ」

 

エミヤは今現在、彼が得意とする魔術である“投影魔術”によって生み出した白と黒の刀剣、干将・莫耶を使っているが、あれは彼の戦い方の内の一つにしかすぎないということを宗谷は知っている。

アーチャーとして現界した彼が本来どのような役割を持ってして戦いを熟すのかは、宗谷自身もよくわかりきっていることだった。

彼にはまだ、他に戦い方があるのだ………“弓兵が最も得意とする戦い方”が………。

 

故に、相手をアーチャーと見抜いているディルムッドも同じ考えを持っていることを宗谷は見抜いていた。

彼の本筋である戦い方が干将・莫耶による剣術なら、彼は剣士であるセイバーのクラスとして召喚されたはず、だがサーヴァントとしての本能が彼がアーチャーであると告げているのをディルムッドは嫌が応にも感じ取っているはずなのだ。

そうなってくるとこの状況で相手方がどのような動きを見せてくるのはおのずとわかってくる………相手が本領を発揮し、不利な状況に陥る前に“勝負を賭けて来る”………。

 

 

 

「だからこそ、こちらも本領発揮と行かせてもらおう……丁度今、我がマスターから“許可”が出た」

 

 

 

その言葉で、宗谷は自分の中で予想していた向こうの次の一手が現実となったことを悟った。

 

(まずい……奴は使ってくる気だ、あれを!))

 

おそらく今の状況でそれを使われては、エミヤが圧倒的に不利になる。

それを理解していたからこそ、宗谷は警戒をエミヤに促がすように対策を取らせるように指示を出す。

 

 

 

「アーチャー気を付けろ!! “宝具”を使う気だ!!」

 

 

 

自身の主人から出たその言葉にエミヤの口元に浮かんでいた笑みが消えた。

そして彼はディルムッドの動き警戒をし始め、じっと相手の出方を伺いながらその場で両足を踏みしめ、いつでも動けるような体制を作った。

一瞬でも油断すれば、向こうの宝具が放たれる……一瞬でも気を許せば、次の瞬間には自分の首が胴体から離れている、なんてことがあっても可笑しくないからだ。

それに、相手は槍兵……槍を得意とするサーヴァントの宝具なら、十中八九槍そのものが宝具である確率は高い、だとするなら槍を投擲することによる攻撃だということも予想が出来る……まあ、その場合は自身の持つ宝具の内の一つで対抗するだけなのだが……。

 

だが、サーヴァントである彼は相手の真名を理解してはいても、その方具がどのような物であるかを理解していない。

故に宗谷は若干の焦りを感じていた…。

 

「ね、ねえ、ソウヤそのほうぐってなに? 聞いた感じだと、なんかやばそうなやつみたいだけど……」

 

そんな中あまりこの状況の重大さを理解していない様子のネプテューヌが宗谷に問いかけてきた。

彼女の場合はFate/シリーズの知識がないため、知らなくても当然だが今は詳しく説明している暇はない…。

 

「簡単に言えばサーヴァントの持つ必殺技みたいなもんだ、サーヴァントはそれぞれ自分の伝説とか言い伝えになぞらえた能力とか武器がある、それを自分の力として解き放つ、それが“宝具”だよ!」

 

かなり簡潔にまとめた説明をネプテューヌにすると、宗谷は続けてエミヤにも視線を向けた。

彼は知っているからだ……エミヤの能力に対して、ディルムッドの持つ宝具は“圧倒的に相性が悪い”ものだということを……。

 

「アーチャー、ディルムッドの宝具は本当に厄介だ! 特にあんたの場合は形成が一気に逆転してもおかしくない! だから、あんたもすぐに武器を変えて……」

 

「させるか、我が槍を持って今ここで貴様を討たせてもらうぞ、アーチャー!」

 

ディルムッドが宣言した瞬間、彼の持っていた両手の槍に変化が起き始めた。

両方の槍の柄にしっかりと巻かれていた布のような物が、まるで溶けていくかのように消滅していく、そしてその下から姿を現すのはその槍の本来の姿……あるべき姿である。

片方の槍は深紅の刃と共に柄も赤く、そしてもう片方の短槍もまた刃と同じく柄も黄色だった。

ディルムッドはそのうちの一つ、左手に持った赤い槍を片手で振り回すと矛先をまっすぐにエミヤへと向ける。

 

「行くぞ、弓兵! 覚悟はいいか!」

 

そして、猛然と駆け出す狼の如く地を蹴った槍兵はまっすぐに弓兵へと向かっていく。

宗谷の指示を受け、それを実行に移すよりも早く動かれたエミヤは咄嗟に両手の剣を交差させ、防御の姿勢に入った。

 

「………?」

 

だがこの時、エミヤは違和感を感じた。

槍を向けたディルムッドの狙いはまっすぐにこちらに向いている……だが、その矛先に秘められた攻撃力が自身の肉体というよりも、まっすぐに防御に使かっている“武器の方へと向けられている”のに気付いたからである。

 

「ダメだ!! 防御するな!! “破られる”!!」

 

その様子を見て宗谷は必死に自身のサーヴァントに向けて叫んだ、だが一歩遅かった………。

 

 

 

“破魔の紅薔薇”(ゲイ・ジャルグ)!!」

 

 

 

その時、既にディルムッドの深紅の槍が、エミヤの両刀の刃に接触していたからだ。

 

そして、その瞬間ディルムッドの持つ宝具、“破魔の紅薔薇”(ゲイ・ジャルグ)の秘めたる力が発揮されることとなった。

交わる刃と刃、響き渡る衝突音、だが同時に自身の武器の刃が激しく軋むような音をエミヤは聞き取った。

 

「っ! なに…!?」

 

驚くのもつかの間、次の瞬間彼の武器でる干将・莫耶があっさりと、そしてもろく、“砕け散ってしまった”のだ。

 

何かが起きることは予見していたが、まさか自身の武器がこうもあっさり破壊されるとは予想もしていなかったエミヤは表情を困惑と驚愕が入り混じった様な物へと変えると次に来るであろう一手を素早く判断した。

武器という壁を失くした槍はその先どうなるのか、それは目に見えて明らかだ……。

遮るものを失くし、一直線にエミヤへと向かっていく深紅の槍は今度はエミヤを貫かんとするだろう。

それを予見したエミヤはすぐさま身を捻り、矛先が自身の体を穿つのを紙一重で回避するべく行動を起こした、しかし、僅かに動きが遅れたのか身を捻ったエミヤの胸部を赤い矛先が掠め、僅かに空中に鮮血が散った。

 

「もう一本が来る!! それは絶対に当たっちゃだめだ!!」

 

程なくして宗谷の危険を知らせる声が聞こえた、そしてその知らせが聞こえた直後ディルムッドが持っていたもう一方の黄槍が続けざまに振るわれた。

 

自身へと迫りくる黄色い矛先、当たってはいけないということはこれは先程の深紅の槍とは違う効果があるのか……そう判断したエミヤは自身へと迫りくるその刃に対抗するべく……。

 

「フッ!!」

 

再びその手に自身の武器を投影して、二撃目の一刺しを間一髪の所で弾き返した。

横合いから振るわれた剣による妨害を受け、起動を反らされた短槍は致命傷を与えられる位置であった首を外れ、僅かにエミヤの白髪を数本斬るだけに終わった。

 

なんとか致命傷は回避することが出来たエミヤは回避の際の動きを生かしたまますぐさまディルムッドから距離を取った。

数回地面を蹴るようにして大きく跳躍し、後退した彼は今先程自分に襲い掛かった槍兵の武器が起こした現象を見て冷静に頭を巡らせ始めた。

 

「………武器を問答無用で破壊する、というには少しばかり違和感を感じた……先程私のマスターが言っていたことを踏まえると、その赤い槍は魔術という概念そのものを貫く、と言った所か?」

 

「察しが言いなアーチャー、その通り……我が長槍、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は魔術そのものを斬る、お前がどこからともなくその剣を生み出した時、もしやとも思ったがやはり貴殿の夫婦剣は魔術によって構成された物だったようだな」

 

そう、これが宗谷が危惧していたエミヤとディルムッドの相性の悪さを露わにする理由……。

ディルムッドの持つ二振りの槍が一つ、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の刃は魔術的効果そのものを“無効化”する能力があるのだ。

そのため武器に魔力的な効果が付与されているのであれば、その魔力効果が打ち消され、物理的な防御力しかその武器が持てないようになってしまう。

だが、エミヤの場合はそうはいかない……エミヤは自身の武器を“投影魔術”と呼ばれる魔術を駆使して魔力によって武器を精製している、そのため彼が扱う武器は魔力そのものがあって成り立つ物であり、そこへ魔力を打ち消す力を持った刃を受ければたちまちそれはもろくなってしまうだろう……しかも、彼が投影した武器はオリジナルに劣る“贋作”であり攻撃の仕方や当たり所によってはいとも簡単に砕かれてしまう。

 

自身のマスターが危惧していたのがそれかと理解したエミヤは、もう口元に余裕を感じさせる笑みを浮かべなかった。

確かにこれは自身にとっては相性が悪すぎる、形成が一気に逆転してしまったことを彼自身が悟っているためであった。

それと同時に、さらに警戒すべき要素が増えたということもある……。

 

「だが、我が短槍、“必滅の黄薔薇”(ゲイ・ボウ)を防いだのは予想外だったぞ」

 

そう言って彼が振りかざした、黄色い刃の槍だ。

おそらくあれにはその刃で傷つけられるだけで何かしらの呪いが付与されるか、即死に至る毒のような物が仕込まれているのやもしれない…。

先程自身のマスターがあれほど強く警告したということはそれほどまでに警戒する必要のある程の物、ということだろう…。

 

ここまでこのランサーが厄介な相手となるとは予想もしていなかった、アーチャーは今現在の状況を見て、自分が置かれている状況に危機感を感じ始めていた。

 

「うわぁ……ちょっとやばいんじゃないかなこれ……なんだかアーチャーが逆転されたっぽい空気なんだけど」

 

「されたっぽいじゃなくて、されてんだよ……魔術の効果が受けられなくなるならあの人の今の戦い方は確実に不利だ」

 

この状況を見て、宗谷はこの状況をどう打開すべきか考えを巡らせていた。

ディルムッドの持つ宝具は、どちらも厄介なことこの上ない能力を秘めたものだ、それ駆使して挑まれればさすがの彼と言えどただでは済まないし、場合によっては敗北してもおかしくはないからだ。

一番有効的な反撃方法としては、彼の本来のクラスであるアーチャーとしての戦い方、“遠距離攻撃”に持ち込むことだがおそらくそれは向こうが許さないだろう……何としてでも食い下がってくるはずだ。

 

(せめて気を逸らすことが出来れば……でも、あの実力は正直言って俺一人で何とかなるような相手じゃない……俺が割り込んで何とかなるか怪しいし……)

 

先程のエミヤとディルムッドの戦いは、正直言って常軌を逸していた。

あんな戦いを繰り広げる英霊の実力を間近で見てしまった彼は今、その英霊と真正面からやり合うという決意が持てずにいる…。

場合によってはエミヤの脚を引っ張ることになるかもしれないからだ…。

 

(くっそ…! なにしてんだよ、天条 宗谷、童貞19歳! 今はなんとかこの状況を打開しなくちゃいけないんだ…!)

 

自身の中にあるオタク知識をフル導入させて、なんとか打開策を生み出そうとする宗谷。

そうでなければ、自分はまた目の前で失ってしまうことになる……そんな現実を見るのは、嫌だったから……彼自身が、拒んでいたから……。

 

なんとか、エミヤの現状を打開するべく、策を巡らせる宗谷………だが、そんな時だった。

 

 

 

「ね、ねえ、宗谷、ちょっとおかしくない?」

 

 

 

不意にアイエフが何かに気付いたのか周囲をきょろきょろと見回しながら宗谷に声を掛けた。

 

「アイエフ? なんだ、なんかアイデアがあるのか?」

 

「そうじゃないんだけど……あんたは感じないの? さっきから、変な感じがするの」

 

そう言うとアイエフは何やら周囲をきょろきょろと見回して何やら警戒しはじめた、いったいどうしたというのか宗谷が疑問を抱き、首を傾げていると……。

 

「うーん……なんか私も、さっきから変な感じがするよぉ……肌がじっとりっていうか……背筋がぞわぞわっていうか……」

 

「ネプテューヌもか? ……でも、そんなこと言われても……」

 

二人が感じるという違和感に疑問を抱いた宗谷はふと周囲へと視線を巡らせてみた、夜の闇に包まれた街並みはずれた工業地帯の一角、人気もなければ自分たち以外に気配も感じない。

周囲には自分たちを包み込むように、霧が立ち込めていて……。

 

「………あれ?」

 

この時宗谷はあることに気付いた。

自分たちを囲むこの環境の中で、大きな変化を遂げている……あることを……。

 

「………さっきまで、こんなに霧って濃かったっけ?」

そう、先程以上に徐々に霧が濃くなってきていたのだ……まるで、辺り一帯を包み込むように先程以上に……濃く、濃密な白い靄を辺りが包み込んでいることに……。

 

そして同時に、この霧がやけに普通の霧よりも嫌な感じがするということに……。

 

 

 

「………っ!! げふっ! えほっ!!」

 

 

 

それを感じ取った瞬間、宗谷は途端に自身の胸に言い知れぬ苦しさと目の痛みを感じ取った。

咄嗟に目を閉じて咳込んだ宗谷はその場に膝をつき、口を押えながら咳を出す。

 

「ちょ、ちょっと宗谷!? どうしたのよあんた!」

 

「ソウヤ!? なになに、なにがどうしたの!? 実は病気でしたっていってもいきなりすぎだよ!?」

 

「っ! ……なんだ、何が起こった……?」

 

突然苦しみ出した宗谷に、アイエフとネプテューヌは慌てて宗谷に駆け寄り、同時にこの異変に気付いたエミヤもまた彼の方へと視線を向ける。

この状況において、宗谷は苦しみながらも咄嗟にこの異常が何でおきているのか、疑問を抱き、最初はこの霧が本当は毒ガスなのではないかという考えに至ったがそれはすぐに違うという結果に行きついた。

この霧そのものが毒ガスなら、ネプテューヌやアイエフにも何らかの影響が出ているはず、だが今は自分にのみその影響が出ている。

そして、それを踏まえて考えた結果、何が原因なのかをおおよそ考えが彼の中で付き始めていた。

 

胸が焼けるようなこの苦しみ、そして目の痛み、これはおそらくこの周囲を包み込む霧のような物で引き起こされた物だ……これによく似た現象が起こる作品を、彼は知っている……。

 

(これは……! 俺の予想が正しかったら……すぐ近くに……!)

 

この状況から、その原因が何なのかを瞬時に予想した宗谷はとにかくこの状況から脱出するべく手探りでポケットの中からV.phoneを取り出しベルトから赤剣を取り出すとすぐさま連結し、自身のもう一つの姿へと変身した。

 

「けほっ! …リンク……オン!!」

 

宗谷が持つもう一つの姿、赤き勝利の勇者、クロス・ヴィクトリーの姿へと変身した宗谷は体全身を包み込んだボディースーツと装甲、そして東部全体を包み込むマスクの中で恐る恐る目を開いた。

まだかすかに目に痛みを感じるが、先程の霧に直に晒されるよりかは幾分かマシになっている、どうやら変身することで幾分かは外気の有害な毒素を遮断できる様だ。

しかし、それでもこの中にあまり長くいると危険を伴う……そう判断した宗谷は、すぐさま自身のサーヴァントに向けて警告した。

 

「えほっ、この霧だ! この霧は、サーヴァントの宝具の一つだ! ごほっ…!」

 

「なに……心当たりがあるのか、マスター!」

 

「あぁ……この場にいるみんなじゃなくて、ピンポイントで俺がこんな風になったのを考えるとたぶんこれは、十中八九……“アサシン”のサーヴァントだ」

 

そう、宗谷にはもう既にこの現象を引き起こした者の“正体”がおおよそ見当がついていたのだ。

 

“アサシン”………7つあるサーヴァントのクラスの中で、“暗殺者”の役割を担うクラスであり、気配を遮断し標的を隠密に打ち取ることに秀でたサーヴァントだ。

 

ここまで濃くなってきた霧だけでは気付けなかったが、今自分が受けた苦しみでその霧に秘められている、サーヴァントの正体に通ずる情報を自身の記憶から探り当てたのである。

彼の中にある今まで得てきたサブカルチャーの知識、その中でこの霧とそれによって引き起こされた自分へのダメージ……それを考えると、これを引き起こしたのは……。

 

「…やられる前に、見つける!!」

 

『Skill Link! Hidan no ARIA』

 

宗谷は奇襲を仕掛けてきた何者かの正体を探るべく自身の感覚を研ぎ澄ますことが出来るスキル、スキル 緋弾のアリアを発動してあたりへと気配を巡らせる。

研ぎ澄まされた宗谷の五感、その中の聴覚、視覚、それらがまるでソナーのように働き、同時に彼の中で鋭敏になった直感が自身に近づく者がないかを探り始める。

 

辺りを包み込む静寂と、奇妙な気配の中で、何か動くおかしなものがないかを……宗谷は感覚を張り巡らせて探り続ける……。

 

だが相手はアサシン、気配を遮断することに関しては他より秀でた物を持つサーヴァントだ……いつもよりも鋭く、そしてより敏感に周りを感じ取らなければ、隙を突かれる。

 

自身の感覚を更に研ぎ澄まし、霧の中に隠れる暗殺者の姿を探す……。

 

 

 

………そして、彼は………。

 

 

 

「………っ!」

 

 

 

………感じ取った………。

 

 

 

「アイエフ、ネプテューヌ! 伏せろ!!」

 

 

 

自身の背後から迫ってきていた、高速で動く凶刃とそれを持つ暗殺者から放たれる、僅かな殺気を……。

 

紙一重でそれを感じ取ったクロス・ヴィクトリーは咄嗟に両脇にいたアイエフとネプテューヌの二人を抱えてその場で身を低くした。

そして、その直後に今まで彼の首が置いてあったその空間、その場所を横薙ぎに鋭い斬撃が目にも止まらぬ速さで駆け抜けた…。

 

「っ、んなろぉ!!」

 

奇襲を受け、それを何とか回避できたクロス・ヴィクトリーはすぐさま後ろに身を返しながら右手に持つ赤剣を背後に向かって振り抜いた。

だが、その反撃をクロス・ヴィクトリーの後ろにいた暗殺者はものの見事に跳躍して回避する。

 

赤剣の横に払うような斬撃、それを跳躍して回避した暗殺者は身を翻しながら常人では考えられない程の高さまで飛び上がり、そのまま工業地帯の一角を成す近場の工場の屋根の上にすたん、と難なく着地した。

そして、突然の奇襲を仕掛けてきた暗殺者にその場に居合わせた5人は一斉に目を向けた。

 

「あ、あれもサーヴァントなの?」

 

「……なんか、すごい小さくない?」

 

「………奴がアサシンのサーヴァント……だが、あの容姿は………」

 

「……ずいぶんとまあ、小さな暗殺者もいたものだ」

 

その際にアサシンの容姿を初めて見た二人のサーヴァントを含める4人はその容姿から感じ取った一番の驚きをそのまま口にした。

霧が比較的に立ち込めていない高い位置に姿を現したアサシンのサーヴァント、それはあまりにも小柄で、一見するとその容姿は本当に幼い子供のように見えた。

 

世闇の中で浮かび上がった暗殺者の姿、空虚な印象を与えるアイスブルーの瞳、まるで幽霊を思わせるかのような銀髪に幼い顔には少々不釣り合いな生々しい継ぎ接ぎ…。

小さな体を覆うボロボロのマントが夜風になびき、その下から見える小さな体には必要最低限の衣服に何本かの“ナイフ”が備わっていて、そのナイフは小さな暗殺者の両手にも握られている……その手に握られているナイフの切っ先は今先程、クロス・ヴィクトリーに向けられて振るわれたのだ……それは近場にいたネプテューヌとアイエフ、そしてクロス・ヴィクトリーである宗谷自身がよく理解していた。

 

そして同時に、宗谷が考えていた予想は的中していた…。

 

「……やっぱり、あいつだったのか……」

 

月光の下で姿を現した暗殺者、その姿もまた彼がここに来る以前の世界で得た知識の中に存在していた。

それはFate/シリーズの中に存在するものの中でも、平行世界において行われた比較的大きな聖杯戦争、“聖杯大戦”にて“黒のサーヴァント”の内の一人として召喚された英霊の一人。

両手に握るナイフで、霧の中から奇襲をかけるその戦い方に通ずるのは霧の街ロンドンに置いて、その名を轟かせた伝説の女性殺しの“連続殺人鬼”……。

 

5人の女性をその手に掛け、ロンドンの街を恐怖に陥れた伝説の殺人鬼……その正体は結局わからず、捕まることもなかったが英霊として召喚されたこの姿を見て宗谷は見間違がうはずがなかった。

 

 

 

「………“ジャック・ザ・リッパー”………」

 

 

 

“切り裂きジャック”の異名を持つ、その名をクロス・ヴィクトリーはマスクの下で警戒の意志を込めて囁いた。

 

 

 

「………“おかあさん”が、言ってたから………やるね?」

 

 

 

夜の闇と霧に包まれたその中で、屋根に上ったジャックはそう呟くと、そのまま跳躍し再び霧が濃くなっている宗谷達の周囲へと入り込んだ。

その瞬間、クロス・ヴィクトリーは再び警戒を強めた。

 

(まずい、たぶんあいつはマスターの命令でピンポイントで俺を狙ってる……けど、あいつの能力は気配を遮断するだけでなくこの霧の能力も合わさってより厄介になってる……次に狙われたら間に合うかどうか……!)

 

アサシンのサーヴァントの中でも飛びぬけて隠密能力と、殺傷能力に秀でたスキルを持っている。

そんな相手に狙われているとなると、いつ隙を突かれて致命傷を負ってもおかしくない……スキル 緋弾のアリアの能力も100%確実に相手を捉えられるとは限らないのだ、会相手の動きや隠密能力によってはその気配を終えないこともある。

 

もし、この霧に乗じて再び奇襲を掛けられたら今度も助かるかどうかは、かなり怪しい……。

 

幸いなのは、ジャックの持つ宝具の条件が自分では“完全には揃わない”ことだが……それでも危険は伴うのに変わりはない。

しかも、それはあくまで自分に対して今現在ジャックが狙いを定めているからいいが、もしそれが“ネプテューヌかアイエフ”へと向いたらそれこそ大惨事になってしまう…。

何せ向こうの宝具は“女性が相手だった場合、恐ろしいまでの能力を発揮する宝具”を持っているのだから…。

 

エミヤが劣勢に立たされたと同時に、姿を現した強力無比な能力を持つアサシン…。

 

不利な状況がさらに不利になってしまった……マスクの下で宗谷は苦々しい表情を浮かべながら周囲に視線を巡らせる。

このままではエミヤや自分だけでなく、ネプテューヌやアイエフにまで危険が及んでしまう、そう危惧したクロス・ヴィクトリーとにかくまずはこの霧を何とかするべきだと考えた。

だが、この霧を吹き飛ばそうにもそんな能力を持つスキルは今のところ持っていない、スキルチェインを行おうにも今はイストワールが傍にいない…。

それに、あまり長い事この場にいるのも危険だ……何とか変身のおかげで持ちこたえているが、それもいつまでもつかはわからない……下手をすれば再び霧の影響で危険な状態にい陥るやもしれない。

こうしている間にもジャックは次の一手を打たんとしているのに……クロス・ヴィクトリーの中に焦りの感情ばかりが募っていく……。

 

「ちっ……厄介な相手が来たものだ……!」

 

エミヤ自身もまた、ディルムッドを相手取っている最中に厄介な能力を使うアサシンが乱入してきたことに動揺を感じている様だ。

 

この状況をどうすれば打開できるか……クロス・ヴィクトリーが周囲を警戒しながら、考えを巡らせていると………。

 

 

 

「っ、ソウヤ! 来るよ!!」

 

 

 

ネプテューヌがこちらに迫ってくるアサシンの存在に気付いた、それを聞きクロス・ヴィクトリーが咄嗟にネプテューヌの示した方向へと目をやると……斬りを掻き分けるようにして、相手が迫ってきているのが見えた……。

 

「くっ!」

 

ネプテューヌの指摘もあり、紙一重でそれに気づくことが出来たクロス・ヴィクトリーは素早く赤剣を翻すとナイフを振りかざしてきた暗殺者に対抗した。

ナイフよりも長いリーチを持つ赤い刃とジャックの怪しげに光るナイフの切っ先が交差し、火花を散らす、その後も切り結んでは離れ、切り結んでは離れを繰り返していく。

霧の中に身を隠すジャックはクロス・ヴィクトリーの死角を的確について攻撃を繰り返していく、その動きはクロス・ヴィクトリーにとっては未知の動き、完全に人知を超えたスピードとそれに匹敵する反射神経と攻撃動作だった。

 

そして、その動きがクロス・ヴィクトリーの反応速度を徐々に上回っていく…。

 

(しまった、反応が遅れた……避けきれねぇ……!)

 

この時、既にジャックはクロス・ヴィクトリーの集中を上回る速度で回避を行うにはもう遅い間合いにまで接近していた。

地面を滑るような素早い動きで懐に潜り込もうとするジャック、逆手に持ったナイフがそのままクロス・ヴィクトリーの横腹に向かって、寸分の狂いなく振るわれ……。

 

 

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 

 

直後、クロス・ヴィクトリーの横合いから聞こえた言葉と済んでの所にまで近づいてきたジャックとクロス・ヴィクトリーの合間に一筋の黄色い一閃が駆け抜け、二人のすぐそばの地面へと突き立った。

 

「………え?」

 

二人の合間を遮るようにしてすり抜け、自身へと迫る暗殺者の動きを止めた何か、それが何なのか咄嗟にクロス・ヴィクトリーとジャックが目で追うと、そこには地面に斜めの角度で突き刺さった、黄色い柄を持つ短い槍があった。

そして、その槍の持ち主が誰なのか? それは簡単すぎる答えだ、なにせこの場にはただ一人しかいない…。

 

「……これ以上、我らの一騎打ちに野暮な真似をするのはやめてもらおうか、小さき暗殺者よ」

 

「……ディルムッド」

 

この場で唯一槍兵のクラスを得ているサーヴァント、ディルムッドだ。

彼は済んでの所でジャックの動きを止めるべく、自身の黄槍、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を投擲したのである。

 

敵だった者の突然の手助け、それを受けたクロス・ヴィクトリーと彼を相手取っていたエミヤはこの行動に驚きを隠せずにいた。

 

「……何のつもりだランサー、あのまま放っておけばお前の敵が一人減っただろうに」

 

「……お前こそ、ここでマスターを見殺しにしていいのか、アーチャー? 少なくとも俺はこのような結果で終わるのを良しとは思わない……やるなら騎士として、そなたとの一騎打ちを果たし、どちらかの決着がつくまで己が武器を振るいたいのさ」

 

そう言って口元に微笑みを浮かべるランサー、ディルムッドの言葉にエミヤは何やら呆気にとられた表情を見せた、この場合はバカ真面目というかなんというか、彼なりのこだわりなのだろうか……という疑問に満ちた表情、と言った方がいいだろう。

 

だが、彼のこだわりのおかげで何とか危機は脱することが出来たのは事実……命を何とか拾ったクロス・ヴィクトリー自信を見据えて動きを止めているジャックを見て、再び警戒に入る。

命は拾ったと言えど、まだジャックは健在だ……このまま撤退、というわけにもいかないだろう……この結界となっている霧、ジャックの宝具にもなっている彼女の霧がある限り、現状はこの中でも最もジャックが有利なのは変わりないのだから。

 

その気になれば、この場にいる邪魔者となる者すべてを片付けるのも容易なはずだ……。

 

「……せめて、風でも吹いて霧が吹き飛んでくれたらな……」

 

そんな偶然が起こるはずもないが、クロス・ヴィクトリーは藁にも縋る想いからか、不意にそう呟いた…。

 

 

 

 

 

「見上げた騎士道、見事ですわ!」

 

 

 

 

 

だが、その瞬間その呟きに答える形なのかどうかは怪しいが……どこからか高らかな声が響き渡った。

 

「新手か……!」

 

「………あれ? でも、なんかこのお嬢様口調………私すっごい聞き覚えあるよ?」

 

「ネプ子も? ……実をいうと、私もなんだけど……」

 

突然聞こえた何者かの声、それを聞いて何事かと警戒を強めたエミヤ、だがそれに対して今聞こえた声に対して何か聞き覚えのような物を感じたネプテューヌとアイエフの二人。

そして、その聞き覚えはクロス・ヴィクトリーもまた感じていた。

 

この、明らかに高貴というイメージを与えてくると同時に、何か余裕差を感じる喋り方をする人物にネプテューヌとアイエフを含めて、彼の頭の中にはある“一人の人物”が浮かび上がっていた…。

 

「………まさか………」

 

その人物の大まかな検討が付いた瞬間だった………。

 

 

 

「敵との一瞬の助力、騎士道に対する信念、私もかなり燃えさせていただきましたわ! なのでこの場は私もお力をお貸ししましょう………さあ、お願いしますわ、“ライダー”!!」

 

「オッケー! 任せといてよ、マスター!」

 

 

 

そんなやり取りが、“上の方から聞こえた”と思った瞬間だった。

 

 

 

「さあ、頼んだよ…“この世ならざる幻馬”(ヒポグリフ)!」

 

 

 

突然彼らのいる工業地帯一体に猛烈な突風が吹き荒れたのである、その風は見る見るうちにジャックが発生させた霧を吹き飛ばし、周囲の視界を晴れさせていった。

まさかこんな形で呟きが現実になるとは思ってもみなかったクロス・ヴィクトリー、彼は驚きの表情をマスクの下で浮かべながら声が聞こえた方向の空を目を向ける。

 

 

 

「………なら、こっちもついでにやらせてもらうぜ? いいよな、マスター!」

 

「………ええ、構わないわ………やりなさい“キャスター”」

 

 

 

だが、その瞬間、また別の方向から二人の人物の声が聞こえた。

一人は男性の、もう一人はどこか大人し気な印象を与える少女の声だった、男性の声が言い放った問いかけに対し、少女の答えが返される。

 

 

 

「なら、少しばかり派手に行くぜ………アンサズ!」

 

 

 

そして、次の瞬間暗闇に閉ざされた夜空にいくつかの明かりが灯った、それはゆらゆらと揺らめきながら宙に浮かび、そのまま今度はクロス・ヴィクトリー達がいる方へと向かって降下してきたではないか!

 

「え、ちょっ! ちょっ、ちょっ!?」

 

明らかにそれは轟々と燃えたぎる炎の塊だ、あんなのの直撃を受ければ一溜りもない。

慌ててクロス・ヴィクトリーはその場で迎え撃つような姿勢を取るが………。

 

「………わっ」

 

「なに……くっ!」

 

「……あれ?」

 

その炎の塊たちはクロス・ヴィクトリー達ではなく、なぜかディルムッドとジャックの二人だけを狙って降り注いだのだ。

突然の攻撃に慌てて回避行動をとるアサシンとランサー、二人のサーヴァント。

一体、この状況はなんなのか、若干追いつきがつかなくなってきていたクロス・ヴィクトリーの思考、だがそれを冷ますかのように彼の耳を再び何者かの声が震わした。

 

「私たちの知らない所で、勝手にこのような催し物をするなんて……水臭いですわよ、宗谷?」

 

「………あなたも参加しているなら、ひと声かけてほしかったわね」

 

「え………は!?」

 

その声に導かれるように視線を向けた先、その先にあった光景を見て、クロス・ヴィクトリーは再び驚愕に目を見開いた。

何せそこには、予想打にしていなかった人々がいたのだから……。

 

一人は空中を羽ばたく謎の生き物、上半身は鷲、下半身は馬というあり得ない姿をした生き物に跨っている、どこかおとぎ話めいた鎧とマントに身を包んだかなり可愛らしい顔立ちをしたピンクに近い赤髪をした少女……いや、違う、その姿はとても見覚えがある……そうだ、あれは……あの人物は確かに“男”だった。

なにせ、あのあり得ない生物に跨っている人物の事をクロス・ヴィクトリーは知っているのだから………そう、彼もまたサーヴァント………ジャックと同じ、聖杯大戦で“ライダー”のクラスを得て厳戒した、“シャルルマーニ十二勇士”の一人という経歴を持つサーヴァントだ。

 

そして、もう一人………こちらは地面に足をつけているがその出で立ちは“魔術師”を彷彿とさせた。

薄い革で出来た衣服と、その上に身に着けた薄い青のローブ、そして右手に持つ木で出来た杖…。

だが、ここまで見るならクロス・ヴィクトリーにとって、このサーヴァントは“見たこともない特徴”ばかりであった………だが、そのサーヴァントの顔を見た時、それは“見たことある人物”に変わった。

どこか狂犬めいた鋭さを残す目に、青髪を持つその人物の顔はクロス・ヴィクトリーの持つ記憶の中でも特に印象深い人物の物だった。

だが、そのサーヴァントは確か“ランサーのクラス”だったはず……さらに言えば、自身のサーヴァントであるエミヤとも因縁深い相手だ……それがなぜ、あのような姿をしているのかはわからないが……クロス・ヴィクトリーは見間違うはずもなかった……“アルスター伝説の大英雄”を………。

 

 

 

そして、何よりもだ……その二人のサーヴァントを従えている二人のマスターらしき人物が何よりも彼を驚かせた。

なにせ、二人ともクロス・ヴィクトリー……いや、宗谷とネプテューヌとアイエフの三人にとってはとてもかかわりが深い人物だったからだ……。

 

 

 

その人物とは………。

 

 

 

 

 

「な、なんで………なんでベールとブランが、“アストルフォ”と“クー・フーリン”を従えてるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 




いかがでしたか?

まさかの聖杯戦争に参戦を果たしたベールとブラン、アストルフォきゅんとの兄貴キャスターを従えて乱入した二人の思惑とは!

それでは次回をお楽しみに!


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Fate/stage,4 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発〜疑問〜

どうも、白宇宙です!
最近リアルの事情で書くペースが落ち気味ですが、ようやく書き上げれました……(汗

さて、今回は聖杯戦争編のターニングポイント!
姿をあらわすサーヴァント達、だがそんな中疑問が浮かび上がる…。

それではお楽しみください、どうぞ!


驚愕の表情をマスクの下で浮かべるクロス・ヴィクトリー、顔が隠れているため第三者からその表情は見えないが今彼が叫ぶように言い放った言葉を聞いてその場にいた者が彼がいまどれだけ驚いているのかを感じ取ったのだろう。

というか、彼の目の前にいる人物たちの姿を見て、驚かないと言った方が無理な話だろう。

なにせ、今彼の視線の先にいたのはプラネテューヌを守護する役目を持ったネプテューヌと同じように、このゲイムギョウ界を守る役目を担った守護女神だったのだから……しかも、その傍らに……サーヴァントを引き連れて……。

「ど、ど、ど、どういうことなんだよ!? なんでベールとブランの二人が!?」

「うふふ、驚くのも無理はありませんわ、だってこうしてマスターとなったことをあなたには教えていませんし」

「……まず、聞かれてもなかったし……なにより自分から名乗り出るのも面白みに欠けるしね……」

何やら楽し気にそう説明するベールとは対極的にさも当然と言うかのような冷静な言葉でそう告げるブラン、この二人がなにゆえにマスターとなったのか宗谷には聞きたいことが山ほどあると言いたげである。

「……それよりも宗谷、質問よりもまずはやるべきことがあるんじゃないかしら?」

だが宗谷のその質問したいという考えをブランが真っ向から冷静さと静けさを感じさせる言葉と共に流すと、そのまま視線を宗谷の周囲にいるこの場に集まった他の英雄たちへと向ける。

新たな脅威となりえる他のクラスのサーヴァントとそのマスターとなりえる人物は二組も、それも突然現れたことに対して警戒しているのか、ディルムッドとジャックの両者は己の武器を構え、視線を彼女たちとそのサーヴァントに向けている。

「あれ? やっぱり僕たちあんまり歓迎されていないの?」

「まあ、そこの小せえアサシンの方は自分の宝具を掻き消されたことに対して不満持ってても仕方ねぇだろうよ……前から思ってたけど、お前気楽なもんだな」

「えへへ~、そうかな、のんびり屋とかマイペースとかよく言われるけど」

「褒めてねぇよ、そんでなんでうれしそうなんだよ」

対して視線を注がれている当の二体のサーヴァントはどこか緊張感に欠けた会話をしながらも自分たちが向こう側にあまり歓迎されていないことを何となく理解はした様だ。

気の抜けた印象を感じる苦笑いを浮かべる童顔で一見すれば美少女とも見て取れるような顔立ちをした“美少年”に、ニヒルな微笑みを口元に浮かべた青いローブの魔術師が織りなす会話、見た所この二人は敵対関係には見えないが………ここである人物が疑問を抱く。

「……姿を現してくれたのはむしろこちらとしても他の参加者を探す手間が省けて好都合だが……どうもそちら側の目的が読めんな、キャスター、ライダー……」

エミヤである、彼はどこか疑いを持った鋭さの残る眼差しを後から姿を現したキャスター、とライダーのサーヴァントである二人に向けてそう問いかける。

すると、それに対して青いローブのキャスターが視線をエミヤへと移す。

「なんだよおい、また会ったと思ったら用心深いのは相変わらずか? えぇ? 赤い剣使いの弓兵よ」

「そう言うお前はだいぶ様変わりはした様だがそのガラの悪い目つきは変わらないようだな………“クランの猛犬”」

「……へっ、やっぱり“ランサーの時の俺”のことを覚えてやがったか」

「え? なになに、二人とも知り合いなの? 僕だけのけものはずるいよ!」

なにやら意味深な会話をする二人を見て、ライダーが何やら不満げに頬を膨らます。

ライダーである彼にはこの二人の英霊がかつてどのような“戦い”を経たのかは知らないが、二人の英霊が出会うのは今回が初めてではない。

アーチャーのサーヴァント、エミヤとキャスターのサーヴァントとして今回召喚されたのであろう、“アルスターの大英雄”こと、“クー・フーリン”………この二人はこの世界で今起きている聖杯戦争とは違う、宗谷が物語として見て知った聖杯戦争の折にちょっとした因縁があるのだ。

「………まあ、お前さんには関係のないこった、それに今回ばかりはいきなりてめぇと睨みあってやり合うわけにもいかないわけがあってな」

「………なに?」

頬を膨らませてクー・フーリンに近づくライダーを杖の先で押し返しながら、クー・フーリンはエミヤにそう返答した。

その言葉にクロス・ヴィクトリーもまた疑問を抱く、彼が知っているランサーとしての彼よりも何やら落ち着いた雰囲気を感じる彼に違和感を感じているというのもあるが、戦う際は荒々しく、持っていた槍を振るい目前の敵を貫かんばかりの闘志に満ち溢れていた彼とは違う、どこか冷静であり、しんと静まり返った湖畔を思わせる静かな雰囲気………宗谷はこの時、彼から自分やエミヤに対しての敵意を感じなかったのだ。

そして、それはクー・フーリンの隣にいるライダーにも言える、彼の場合は元々の性格もあってなのだろうがこちらを敵として認識している様子はまったくもって、正直クー・フーリンよりもわかりやすいくらいに感じない。

ならいったい、この二人はどういう命令で動いているのか………マスターである二人はどういう考えでここに来たのか、不思議に思った宗谷が二人の後ろに立つベールとブランへと目を向ける。

「……長話をしている暇はないわ、キャスター……」

「っと、そうだな……早いとこ用件だけ済ませておくか」

ブランがそう言うとキャスターはどこかめんどくさそうな言い方をしながらも一歩前に出て、その場にいる者達へと目を向け、真剣な眼差しを浮かべた。

サーヴァントという存在であり、登場の仕方に混乱さえあれど、その場に居合わせた者は彼の放つその威圧にも似た視線を受け、反射的に息を飲む。

「………この場にいる、聖杯によって選ばれし英霊の座から現界したサーヴァント、そしてそのマスターに告げる………」

静かに、そこに響くように言葉をつづけるキャスター、そして次に彼が言った言葉に、その場にいた者達は呆気にとられることになった。

「………悪いことは言わねぇ、お前ら一旦この聖杯戦争から……手を引け」

クー・フーリンが放ったその言葉、それがその場の全員の耳に行き届くのと、その場にいた全員の人物たちがそれぞれの反応を示すのに、さほど時間は掛からなかった。

そして、この反応を見た当の魔術師は既にこの反応を予想していたのか、口元に皮肉気な微笑を浮かべたまま杖の柄の先を地面にこん、と音を鳴らしながら地につけた。

「……随分と勝手な物言いだな、キャスター」

「勝手も何も、これは俺の言葉ってだけじゃねぇ、俺のマスターのあいつとその仲間の姉ちゃんが話し合った結果でもあるんだぜ?」

エミヤにそう言ったクー・フーリンは視線を彼の背後で事の成り行きを見守っているブランとベールの二人へと向けていた。

話しを振られたのに対し、ブランはいつもの淡麗な無表情を浮かべているのに対し、ベールもまた揺るがない穏やかな微笑みを浮かべているばかりだ、同時に傍にいるライダーの頭を撫で撫でとしていなければそれなりの威厳にも似た雰囲気があっただろう……。

「………その核心に至る根拠は何だ」

そんな中、訝し気にキャスターを見つめていたエミヤに続いて、彼に問いかける物がいた。

ランサー、ディルムッドである。

「この場にいる全員に対して、此度の聖杯戦争を自らの手で放棄しろ、と……そこまでいう根拠がなんなのかを提示してくれなければ、こちらとしても判断しかねる……それが例え、“赤枝の騎士団”で武勇を振るったケルトの大英雄であるあなたの言葉であってもだ……」

「………どうやら俺の後に活躍した騎士は相当用心深いみたいだな………まあ、そうなってもしかたねぇな、あ、後覚えておけよ、ランサー………今の俺は“騎士”の時の俺じゃあねぇ、今の俺は“ケルトの魔術師(ドルイド)”だ」

ディルムッドの言葉に後半はどこか意味深なことを言いながら、彼にそう告げた魔術師は再び視線をその場にいる全員へと向ける。

「ここにいる奴らの中で、少しでも疑問を感じた奴がいるはずだ……そいつはおおよそだが、こう感じたんじゃないのか? “なぜこの世界で聖杯戦争が始まったのか”、もしくは“いつからこの世界に聖杯があったのか”ってな」

その場にいた全員に問いかける様に彼が言い放ったその言葉、それに真っ先に反応するものがいた。

クロス・ヴィクトリー………宗谷である。

「その言葉……あんたは知ってるのか? この世界で聖杯戦争が起きた理由を、その大本を、あんたは知ってるのか?」

「お前は少なからず疑問を感じているみたいだな………うちのマスターの嬢ちゃんが言うだけはあるってことか」

宗谷はずっと疑問を抱いていた。

この聖杯戦争が始まりを告げる、その前から感じていた疑問……本当に聖杯戦争がこの世界で起きるのか……かつてこの世界で聖杯戦争が行われたのか……この疑問は彼がエミヤを召喚する前にも心の中で感じていた疑問、いや、違和感ともいえる物だった。

そもそも、彼にとってこの聖杯戦争は大本を辿れば“あくまでサブカル作品”の一端であり、それが異世界で実現されていると言われていてもピンとくるものがなかった。

しかし、自分自身が物語の主人公たちの力を借りている時点でそのあたりの疑問はあまり感じることはないような物なのだが………なぜかこの時の宗谷には疑問ばかりが残っていたのだ。

唐突に始まった聖杯戦争、自身がマスターとなり命を懸けた戦いに挑む、監督役もいないこの戦いを………と言った、それらの不安要素よりも言い現わすのが難しいある感覚………。

………嫌な予感を感じたからである………。

「……前々から変に感じてたんだ……納得が行かないっていうか、合点がいかないっていうか……どうして聖杯戦争が起こってるのかってことがずっと気になって仕方なかった………なんか………すっきりしなくて、受け入れられないんだよ………」

誰にでもなく今まで自分の感じていたことを口にするクロス・ヴィクトリー、少なくともイストワールにもこの世界を生きた女神であるネプテューヌでさえも、そしてこの世界の住人であるアイエフでさえも聖杯戦争に関する知識は全くなかったはずだった。

故に感じていたのだ、この聖杯戦争という戦いがこのゲイムギョウ界で起きているという違和感を……。

仮面の下で俯くようにしてそう言ったクロス・ヴィクトリーに、キャスターが向き直る。

「………そいつはそうだろうな、何せこの世界には聖杯戦争をやるに値する“条件”が曖昧すぎるからな」

「………条件?」

「あぁ、まあ、確証はないがいろいろと納得が行かねぇ節がいくつか存在する……」

どこか先程とは違う真剣な面持ちで切れ長な目を向けたクー・フーリンはそう説明を始めながらまず自分自身を親指で指さした。

「まずは……俺達のようなサーヴァントの存在についてだ、これは俺だけでなくここにいる奴らにも言えるが……まず俺達その者がここにいる時点で可笑しい」

「え、なんで? ソウヤから聞いたけど、サーヴァントって聖杯がマスターになった人たちに貸してくれるめっちゃくちゃ強い使い魔なんだよね? 確かにパラメーターとか明らかにチート級みたいに感じるけど、存在そのものを自分で否定しちゃうの?」

クー・フーリンの言葉に疑問を感じたネプテューヌが早速問いかける。

確かに彼女の言う通り、この聖杯戦争をするにあたり必須となる条件の一つとして挙げられるのが七騎のクラスに分けられたサーヴァント、つまりは英霊の存在である。

魔術師の魔術によって一時的にその姿を現世に表し、マスターと共に戦う矛であり戦争への参加資格、聖杯戦争が開かれるためにあって当然ともいえるその存在をサーヴァントそのものが否定することが出来るのはなぜか?

「あぁ、俺達サーヴァントは確かに聖杯によって導かれて、現界した存在だ……そして、その正体は“英霊”、人類史の歴史、または神話の中で名を馳せた存在だ………だがよ、ここで一つ疑問が起きるんだよ……」

彼はそう言うと視線を今度はネプテューヌの方へと向けた。

「お嬢ちゃん、お前さんは今まで物語や昔話で……あるいはこの世界の歴史の中で、クー・フーリンという名前を聞いたことがあるか?」

「うぅん、全く知らないよ? むしろ今さっきソウヤが言ったのが初めてだけど」

「………要はそう言うことさ、女神の嬢ちゃんであるお前が聞いたこともない………それが俺達に決定的な矛盾を起こさせる」

その言葉に真っ先に反応したのは、話を聞いていたエミヤだった。

彼は鋭い眼差しをキャスターに向けると、その問いに対して答えを提示するように、言い放った。

「………この世界の歴史上に存在そのものがない英霊たちがこの世界で厳戒するのは奇妙だ………そう言いたいのか?」

「相変わらず頭の周りは良いみたいだな、まあ、要するにそう言うこった」

エミヤの答えにクー・フーリンは正解と取れる返答を返す。

「俺達サーヴァントは人間の歴史の中で、功績や武勇を持ってして名を馳せ、人々の“信仰”を糧として人間霊から精霊のクラスまで引き上げられた存在だ、だがその際に必要となる信仰心を生むには当然その世界にいる人間が俺達の事を知っていなくちゃあならない………な? おかしいだろう?」

「………そういうことか………そう言われればおかしい」

答え合わせをするかのように説明するクー・フーリン、それを聞いた時クロス・ヴィクトリーはその言葉が意味するこの聖杯戦争の矛盾点の一つを導き出すことが出来た。

そう、彼らがこの世界で限界を果たすのは明らかに不自然なのだ……何せ彼らは……彼らという英霊たちは……“この世界には存在していない”のだから。

「この世界の歴史上にも、物語にも、あんた達みたいな偉人や伝説の英雄たちの名はない……それなのに、現界できてるってのはあきらかにおかしい……!」

「その通り、召喚が行われるなら本来ならこの世界の英雄にも等しい名を持つ者が召喚される方がよっぽど自然だ、例えるなら今までこの世界を支えてきた歴代の守護女神とかな……だが、こうして実際に召喚されたのはこことは違う世界で名を馳せた者達……つまりこの世界にとっては異界の英霊となる者達だ」

この世界において信仰心は主にこの世界を守護する存在であるネプテューヌ達と言った守護女神へと向けてシェアエネルギーとなって送られている。

だが、その信仰心の中にはほぼ当然と言えるレベルで今まさに説明しているキャスター、アルスター伝説のクー・フーリンやシャルルマーニ十二勇士であるライダー、アストルフォなどと言った存在は当然ないのだ。

自分の存在を何故否定できるのか、その答え合わせを済ませたキャスターは再びクロス・ヴィクトリーの方へと目を向けると、人差し指を立てて見せる。

「そして、ここで更なる疑問点がもう一つ浮かび上がる………なら俺達がこうして召喚されたのはなぜか………その“根源”は何なのかってことだ」

「根源も何も……我らサーヴァントは聖杯によって選ばれた者達、我らがいるということは聖杯が………っ!」

問いかけに対して、さも当然なことを答えるかのようにディルムッドが答える……だがその途中で彼は何かに気付いたのか、言葉を途中で斬った。

その反応でディルムッドが何を感じたのか、おおよその判断がついたのかクー・フーリンがしてやったりと言った表情を浮かべる。

そして、彼の考えを理解できたのは彼だけではなかった………クロス・ヴィクトリー、そしてエミヤの二人も、また然りである。

「………私達が召喚されるのはその聖杯があって初めて成立する………そしてその聖杯が私達を召喚させるのに選んだということは………」

「聖杯が………聖杯そのものが“この世界の聖杯じゃない”ってこと………!」

その予想が本当だとするなら、宗谷の中に存在した疑問の一つが解消される。

この世界で今まさに聖杯戦争が開始されるのなら、以前の聖杯戦争がいつ行われて、どのような結末を迎えたのか……その疑問の答えにも近しい結論が一つ浮かび上がる。

………そもそもこの世界に聖杯がなかった………。

ならその聖杯はどこから来たのか……。

クロス・ヴィクトリーの中でまた新たに浮かび上がった疑問、だがそれは程なくして自分の中で答えが出た。

聖杯が英霊を選ぶなら、その聖杯はその英霊が存在していることを記録していなければならない……それはすなわち……。

「……聖杯は、“別の世界から齎された”……」

「……そう考えるのが妥当なとこだな」

宗谷が呟いた答えに、エミヤが合意するように呟く。

「………この世界には存在するはずのない俺達がこうしていること………なのにこの世界に聖杯が存在していて、俺達がここにいる………そしてこの世界にこの聖杯戦争の監督役はいないのに、召喚の方法と聖杯戦争の予備知識が記された情報だけが見つかった………どうにもきなくせぇと思わねぇか?」

この世界で起きた聖杯戦争のいくつもの疑問点、そしてそれを裏付ける矛盾、多くの疑惑を残すこの聖杯戦争に参加したサーヴァントの一人、クー・フーリンは静かに口を開いた…。

「………まるで何かの目的があって、この聖杯戦争が仕組まれたみたいでよ………」

本来、起こるはずがなかった世界で巻き起こった聖杯戦争、それがなぜ起こったのか……それは偶然などではない、誰かが引き起こした仕組まれた物ではないのか。

今までの疑問点を踏まえて浮かびあがる、もっとも可能性が高い結論を、キャスターが言い放った。

……聖杯という、人知を越えた全知全能の杯……。

それによって引き起こされた魔術師同士の戦争、それがこの世界で引き起こされたのは……何か裏がある……。

彼の言葉を聞いて宗谷の中で感じていた違和感、そして悪寒が明らかな“異変”へと姿を変えた…。

今自分は………いや、この世界には新たな異変が起き始めているのだと………。

なら、このまま聖杯戦争を続けていいのか?

このままではこの世界に何かよからぬことが起きるのではないのか?

それこそ………“冬木”という町で起きた、“第四次聖杯戦争”の時のように………。

その場にいた者達、彼らの間に嫌な空気が充満する、この聖杯戦争に対する疑問と不審感にも似たような雰囲気。

鋭い眼差しを向けているアーチャー、エミヤ。

美麗な顔立ちにまっすぐにどこかを見つめるランサー、ディルムッド。

変わることのない無表情でその場の状況に目を動かし続けるアサシン、ジャック。

説明をするキャスターの後ろでことの成り行きをマスターであるベールに撫でられながら見守るライダー、アストルフォ。

この聖杯戦争そのものに一石を投じたキャスター、クー・フーリン…。

そして、この聖杯戦争に身を投じることとなった、宗谷を含める彼らサーヴァントのマスターたち……。

この場に姿を現していない者達もいるが、今のキャスターの言葉で少なからずこの戦いに疑問を抱いているものが出てきていた……宗谷もまた、そのうちの一人だった。

「………?」

だが、そんな中ある人物がまた別の反応を示した。

疑心暗鬼にも似た空気が立ち込めるこの場で、不意に一人の人物が視線を上げて、ある一点へと目を向けた。

そして、それは………この場の空気を一転させる、合図となった………。

「っ! 宗谷! アーチャー! ネプ子! 伏せて!!」

声を上げたのはネプテューヌの隣にいたアイエフだった、彼女は何かに気付いたのか自身の仲間たちに危機を知らせるようにそう言い放つと、咄嗟に自分の近くにいたネプテューヌの頭を押さえて身を低くした。

そして、彼女の言葉に反応したクロス・ヴィクトリーとエミヤも、何事かと慌てて周囲を警戒する。

すると、次の瞬間………彼らのいる場所に向けて、けたたましい轟音と共に空気を引き裂かんばかりのいくつもの細かな何かがとてつもない勢いでいくつも飛んできた。

それは一言でいうなら………“弾丸の雨”。

そう言うのが妥当だった。

地面を穿ち、周囲を抉る細かな物体がものすごい勢いでその場にいたサーヴァントやマスターである人物たちに向けて降り注ぐ。

それにいち早く気付くことが出来たクロス・ヴィクトリーとエミヤの二人は咄嗟にその場を大きく飛び退って直撃を回避する。

同様に他のサーヴァントやベールとブランもアイエフの言葉を聞いていたためにすぐさま反応でき、降り注ぐ弾丸の雨を回避することが出来た。

けたたましい発砲音がいくつも重なるようにして響き、コンクリートの地面を穿つ。

突然の奇襲に動揺を隠せないクロス・ヴィクトリー、すると………

――― ………―――――――――――――!!

突然彼の耳に獣とも、人の物とも取れるような叫び声が響いた。

本能に任せるようなとてつもない叫び声、それが聞こえた方向にクロス・ヴィクトリーは咄嗟に目を向ける。

そして、そこにいた者の姿を見つけた時、クロス・ヴィクトリーは息を飲んだ……。

廃工場の一角の屋根の上、そこに立っていたのは全身を重厚な甲冑で包んだ“騎士”だった。

だが、その人物は騎士というには明らかにおぞましい何かを感じずにはいられない、とてつもない威圧感を放っていた……それはまるで、本能に従い獲物に襲い掛かる“獣”のように……。

漆黒にも近い鎧に身を包み、顔の全体を覆う兜の目元を赤く輝かせながらクロス・ヴィクトリー太刀を見下ろす者、その者の正体と、真名をクロス・ヴィクトリーは知っている。

第四次聖杯戦争において、猛威を振るったサーヴァントの内の一体であり、彼の知りうる限りの中で強力な力を持つサーヴァント。

“円卓の騎士”と呼ばれる騎士の中でも最強と謳われる存在でありながら、“裏切りの騎士”という負の烙印を押されることとなった者……。

「………“ランスロット”………」

その身を“狂戦士”へと落した姿になり、現界した騎士は叫びをあげると両手を前へと突き出す。

その両手に握られているのは、二丁のサブマシンガンだった。

サブマシンガンにはなぜか赤黒い血管のような光が刻み込まれており、禍々しい光を放っている。

「………―――――――――――――――――――!!」

再び獣にも似た声を上げた瞬間、それと同時にサブマシンガンの銃口が火を噴き、唸りを上げた。

撃ち出されたいくつもの弾丸がさながらガトリング砲の如き威力を見せながら再び周囲に降り注ぐ。

「奴は……あの時のバーサーカー……!」

「どういうこった、この状況でいきなり現れるなんてよ」

突然乱入してきたバーサーカーのサーヴァントを前に、一度一戦を交えた記憶を引き継いでいるらしいディルムッドが驚いている様子を浮かべる中、クー・フーリンが何やら日が虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。

だが、そんなことに構いはしないとでもいうかのようにバーサーカーはそのクラスによって与えられた本能に従うように猛威を振るう。

叫びを上げながら周囲に弾丸の雨を降らせるランスロット、唐突な狂戦士の乱入にその場にいた者達は動揺を隠せない。

「ちょ、ソウヤ! 何あのサーヴァント! あきらかにハッピートリガーしてるんだけど!? そう言う人なの!?」

「あぁ、そうだよ! バーサーカーは狂戦士ハッピートリガーどころか一度戦いになったらバーサクしまくりのサーヴァントなんだよ! それが何でこんな時に!」

その場の空気に疑心暗鬼が流れているさなかに突然の奇襲という横やりを入れたバーサーカー、いったいマスターの方は何を考えているのか……考える余裕すらもない状況の中、クロス・ヴィクトリーはネプテューヌとアイエフと一緒に周囲を走り回る。

なによりも、ランスロットはバーサーカーの中でもとりわけ厄介な能力を持つサーヴァントだ、真っ向から立ち向かうには困難を有する。

「ちっ……取りつく島も与えねぇってか……おいマスター、ここは一旦退くぞ!」

「……そうね……仕方がないわ」

「それに関しては同意ですわ、このまま話を続けられそうな感じではありませんし……ライダー!」

「うん、まかせといて! お願い! “この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)”!!」

この状況に対抗できる余裕はないと判断したのか、ベールとブランの二人はすぐさま撤退を判断し、アストルフォが宝具を発動させて呼び出した幻獣の背に跨り、すぐさま上空へと退避した。

「ちっ………弓兵よ、貴様との勝負は一旦預けさせてもらう!」

そして、その判断はランサーも同じだったようだ。

エミヤに向けての物と思われる言葉を残すと、彼はどこかへと姿を消した。

同様にいつの間にかジャックも姿を消しており、気付けばその場にはエミヤとクロス・ヴィクトリー達4人とランスロットのみとなっていた。

「アーチャー、あいつとやり合ってどうにかなりそうか?」

「……すまないが、取り入る隙が見いだせない……というより、奴は柄体が知れなさすぎる……このまま挑むには分が悪いと判断するのが妥当だろうな」

ランスロットのサブマシンガンの掃射を掻い潜りながらそう言ったエミヤにクロス・ヴィクトリーは仮面の下でバツが悪そうな表情を浮かべる。

それもそうだろう、なにせランスロットの持つ“宝具”に対してエミヤの持つ“能力”を照らし合わせるなら明らかに分が悪すぎる。

ランスロットの持ち前の能力を持ってするなら尚更だ………仮にエミヤの“宝具”を発動したとしても押し切るのは難しいだろう。

だが、このままでは自分たちも危ない……。

目標となる存在が一気にこの場を離脱したことによって今、ランスロットの狙いはアーチャーのサーヴァントであるエミヤとそのマスターのクロス・ヴィクトリーに向いている。

このままでは狙い撃つにされるのは必至、クロス・ヴィクトリーの中で焦りにも似た感情が湧き上がってくる。

するとその時、不意にランスロットが両店持っていたサブマシンガンを放り捨てた。

弾切れになったのかと、一瞬クロス・ヴィクトリーはチャンスを見出したように感じたが、それはすぐさま違うと理解した。

ランスロットが新たに足元から何かを持ち上げて肩に担ぐ様にして構えたのだ。

それは長くて太い、丸太のような筒状の物でその筒状の何かには覗き込むためのスコープと持ち手、そしてトリガーが備え付けられている。

その独特のフォルムを見た瞬間、クロス・ヴィクトリーは理解した……あれはサブマシンガンよりも遥かに危険な武器だということを…。

「………ッ!」

ランスロットがその武器を担いだまま跳躍し、地面へと飛び下りる。

そして、着地した瞬間、その照準をこの場から退避しようとするクロス・ヴィクトリー達の方へと向けた。

「おいおいおい嘘だろ……“バズーカ”なんかどこから持ってきたんだよ!?」

今、あの武器のトリガーが引かれたら打ち出された弾頭は通常ではありえない火力を持ってして自分たちに向かってくる。

その威力を想像するにはあまりにも恐ろしい、なにせ今あのバズーカはランスロットの持つ“宝具”によって彼の“疑似宝具”へと変化しているのだから。

………このままでは………!

クロス・ヴィクトリーの脳裏に最悪の状況が浮かび上がる……だが、そんなことに構うことなく、その本能に従うかのように、バーサーカーは照準を合わせたバズーカのトリガーを………引いた。

轟音と共に打ち出された弾頭は、まっすぐにクロス・ヴィクトリー達の方へと向かってくる。

その速度はあまりにも早く、防御を成功させたとしてもその威力を押し殺せるかどうかも怪しいほどの距離にまで迫っていた。

ただでさえ武器として強力だったバズーカがその威力をさらに引き上げられている、そんなものを受け止められるかどうかは正直言って無理な話だ。

驚異的な火力を秘めた弾頭が、クロス・ヴィクトリー達へと襲い掛かる。

全速力で走る彼らに対し、ミサイルさながらの推進力で空中を滑空する弾頭との速度差は目に見えて明らかに差があった。

その距離がどんどん埋まっていく………。

そして………。

― ………ゴォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオン!!

とてつもない爆発的な音と、とてつもない衝撃が周囲一帯を震わせた…。

「………あ、あれ?」

だが、だというのに………自分達の身には何も起きなかった………。

確かに爆音と爆風を感じて、一瞬だけ体が浮き、地面に投げ出された感覚はあった。

だが、“それだけだ”。

特に体には外傷がなく、大きな傷もない……なのに、なぜ自分は無事でいるのか……。

不思議に感じたクロス・ヴィクトリーは身を起きあがらせると周囲に目を向けた。

自分の周りには地面に倒れているアイエフとネプテューヌの姿、二人もまた目立った外傷がなくしばらくすると何が起きたんかと言いたげに身を起こした。

そして、エミヤ、彼は自分の後方にいた。

振り返ったクロス・ヴィクトリーが彼の姿を見ると、何やら彼に似つかわしくない驚いたような表情を浮かべているのが確認できた。

一瞬だが、もしかしたら彼の持つ力によって自分阿知は無事に済んだのではないかとクロス・ヴィクトリーは思ったのだが、今の彼の様子を見る限り層とはいい難い。

なら一体何が………クロス・ヴィクトリーがその答えを求めてエミヤが見つめる視線の先へと目を向ける………。

そして、その先で見た光景に……クロス・ヴィクトリーは今度は言葉を失った。

爆発による影響か、周囲を燃え盛る炎が包み込む中、周囲に………なぜか“雷光”が駆け巡っていた。

それだけではない、炎と雷が入り乱れる不可思議な光景の中で………一人の人物が立っていたのだ。

自分たちとランスロットの間に立ち、しっかりと、そしてどっしりとその場に仁王立ちする者の姿…。

普通の人間なら無事では済むわけがないこの状況で、悠然とその場に仁王立ちする人物、その者はクロス・ヴィクトリー達に背を向けてまっすぐにランスロットを見据えている。

「………気に入らねぇなぁ」

そして、その人物は唐突にそう言い放った。

「………まったくもって気に入らねぇ、理由もなしに突然人の土俵に横入りするクレイジーな奴ならオレも歓迎したいところだが………人の褌で相撲を取ろうとしやがる無粋な野郎は気に入らねぇ………」

その男は、自身の周囲に“黄金の雷光”を放ちながらそういい続け、自身の目の前に刺さっている身の丈はあろうかという巨大な斧の柄に手を付ける。

「………おい、そこのブラックナイト………オレが誰だか知ってるか?」

そして、その巨大な斧を肩に担ぎながらその男はランスロットに問いかける。

だが、ランスロットは目の前の突然の乱入者に対して言葉を返す様子は見せない、いや、そもそもバーサーカーで言葉を発することが珍しいのだが……。

「知らねぇなら教えてやるぜ、オレが誰なのか………よぉく聞いときな」

その男はそう言うと口元ににっと笑みを浮かべた。

鍛え抜かれたのであろうとてつもなく筋骨隆々な肉体に、かなり派手な金色のバックルを腰に巻いたレザージャケットのその男……金髪の髪をおかっぱに揃え、目元に鋭く、シャープなサングラスを掛けたその男は………いや、“漢”は………名乗りを上げる。

「雷電を受けて輝く黄金、誰かがオレを呼びやがる……魔性を屠り、鬼を討てと言いやがる………あぁ、うるせぇなぁ………うるせぇ、うるせぇうるせぇうるせぇ! 耳元であれこれ言うんじゃねぇ! いつだってオレァ、オレの斧を振るうまで! 悪鬼を制し、羅刹を殴り、輝くマサカリ、ゴールデン!!」

名乗りを上げた男は雷光をその体に帯びて、身の丈はある斧を振り回し、その刃を地面へと突き立てる。

その姿を見ていたクロス・ヴィクトリーは………いや、宗谷はこの時こう感じた。

この漢は………“黄金(ゴールデン)”だと………。

「名乗りたくはねぇが名乗らせてもらうぜ? ………英霊、“坂田金時”!! バーサーカーの位を得て、此度の聖杯戦争にゴールデンに見参、じゃんよ!」

堂々たる姿で名乗りを上げた英霊、その名を“坂田金時”と言ったその漢。

だが、彼は今こう言った、“バーサーカーの位を得て”、と……。

「………二人目の、バーサーカーだと………!?」

本来ならあり得ない、一つのクラスに二人の英霊が現界するという異常事態にエミヤは驚きを隠せなかった。

何かの間違いかとも思ったが、ランスロットの攻撃を横から割り込むような形で相殺したその力はまさしく英霊そのもの……いったい何がどうなっているのか、エミヤはこの時動揺を隠せずにはいられなかった。

「おう、そこの赤いボーイ&ガールズ、お前らは今のうちに逃げときな、オレはちょっくらあいつにタイマン貼ってくるからよ、巻き込まれねぇうちに離れとけ」

二人目のバーサーカー、金時はそう言うと首を左右に振り、こきこきと鳴らしながら右腕に持った斧を豪快に振り回すと再び肩に担いだ。

「え、で、でも…!」

「……坂田金時と言ったな、お前は何が目的だ」

「おい、お前アーチャーだよな」

エミヤが彼に向けて放った問いかけに金時は背を向けたまま返す。

「金時じゃねぇ、ゴールデンと呼びな、あと、目的に関しては気にすんな、オレァいつでも守りたい物を守る、そういう性分なんだよ………まあ、これはオレの“大将”の命令でもあるんだけどな」

そう言った金時はその場に深く腰を落として、ランスロットと相対する。

「いいかららここは任せときな……“邪魔者”纏めて、オレが殴ってやるからよ」

「………――――………!」

相対する二人の狂戦士、体から溢れ出る強烈な闘志を前にしてクロス・ヴィクトリーはこの時、咄嗟に首を縦に振っていた。

この戦いに割り込むことはできない……この投資に触れれば、こちらが危ない……彼の本能がそう告げたのである。

それはまたネプテューヌやアイエフも同様だったらしく、次の瞬間彼らは金時に背を向けて走り出した。

そして、それに遅れてエミヤもまた乱入した二人目のバーサーカーを気にしながらも、その場を後にする。

「………さて、ギャラリーもいなくなったみたいだしこれでお互い全力でやり合えるな………」

クロス・ヴィクトリー達一行が走り続ける最中……。

「さあ、かかって来なぁ!!」

「――――――――――――――――――――――――!!」

次の瞬間、彼らの背後でとてつもない衝突音と衝撃がその場の空間を震わせた………。

「まったく、なにがどうなってるっちゅか、いきなり他のサーヴァントが出てきてこの戦いから手を引けなんて、悪役のオレ様達には無理な話をするものっちゅ」

「喚くなネズミ、なんであろうと私の目的は変わらん、この戦いを勝ち抜けばいずれ聖杯という万物の願いを叶える杯が手に入るのだろう? それが手に入ればそれでいい」

先程の廃工場から離れた廃れた廃墟の中に、二つの人影があった。

一人は一見すると魔女にも似たような服装に身を包んだ一人の女性と、その傍らに付いている一匹のネズミのマスコットの様な影、二人は何やらそうやり取りを交わすとどちらからともなく、同じ方向へと目を向けた。

「……帰ってきたみたいっちゅね」

「ご苦労だった、それで戦況はどうだ………アサシンよ」

二人が目を向けた先にいたのは、小さな子供のような姿をしていた……あの廃工場での戦況の最中でさりげなく離脱を果たしたアサシン、ジャックだった。

「………よくわからないよ、おかあさん………なにもかもがめちゃくちゃで、わたしたちにはわからない」

ジャックはあの状況の中で感じたことを素直に言う、むしろそう言うしか他ならなかった。

自分の使命はわかっている、だけどあの戦いのさなかに言われたことを受けて自分はどうすればいいのか考えることが出来なかったからだ。

すべては……自分の身を任せている、この人物のためだから。

「ちっ……収穫はなしか……まあ、いい」

「ん? 珍しいっちゅね、前なら明らかにここで能無しめ! とかいう所なのにっちゅ」

「うるさいぞネズミ、まあ、焦らずともいい……この戦いは今戦況が乱れている、その隙に乗じるチャンスもいくらでもあるという物だ」

そう言うと女性は廃墟の窓から見える夜空を見上げる。

夜の空に浮かび上がる月、その月の光が彼女の三白眼の切れ長な目に写りこむ。

「今は私の崇高な目的のため、この流れに乗ってやるのも悪くはないということだ、いざとなったら聖杯とやらを横からかっさらえばいい、そうすれば私の願いも……」

「考え方がせこいっちゅね~…まあ、おばはんは最近そんな余裕ないからしょうがないっちゅけど」

「黙れと言っただろうネズミ! 貴様の分の食事を抜くぞ!」

小さなネズミのマスコットの様な影に向かって女性が怒号を迸らせる、だがそんな中……。

―………ぐ~………。

不意にどこからか間の抜けた音が鳴った。

「………ぁ」

それの原因はジャックからの様だった、英霊として現界しているにもかかわらずなぜか彼女には空腹という感覚が働いていた。

そして、それが聞こえたのか女性とネズミの二人がジャックへと目を向ける。

「なんっちゅか、もうガス欠っちゅか? めちゃ強な力があるとはいえ子供はこれだからいやだっちゅ…」

「………仕方がない、今後も働いて貰うのだから、その際に動けられなくなっても困る………アサシン、来い、飯にするぞ」

「………うん!」

女性の言った言葉に、ジャックはすぐさま頷いた。

そして女性は身を翻すとそのまま歩きだし、その後をネズミが追いかけていく。

「ところで、今日の飯はなんにするっちゅか?」

「売り物にならん在庫が出たからな、麻婆茄子だ………飽きたとは言わせんぞ」

「………封殺されたっちゅ」

そんなやり取りをしながら進んでいく二人をジャックは見つめる、だが彼女が遅れていることに気付いたのか女性は後ろを振り向くとジャックに言葉を掛ける。

「何をしているアサシン、貴様には売れ残りと売り物にならないナスの処分を手伝って貰わなければならないんだ、遅れは許さんぞ」

「………うん、おかあさん………」

「………やはり慣れんな、その呼び方は………背中が痒くなる」

口元に微笑みを浮かべながらジャックは自身のマスターの後をついていく、右手にМという字を象ったかのような形をした令呪を持つ………アサシンのマスターとして選ばれた、マジェコンヌの後を………。

「………ただいま戻りました、マスター」

「………ごくろうさま、ランサー」

別の場所、廃工場から少し離れた場所に位置する宿泊施設、そこではランサー、ディルムッドが自身のマスターと合流していた。

マスターである人物の前に膝をつき、頭を下げるディルムッド、そんな彼の姿をマスターである人物は見つめて、視線をすぐに部屋の窓へと向けた。

「………今日はもういいわ、下がって」

「はっ………しかし、主よ………一つ、よろしいでしょうか?」

「……なに? 言いたいことがあるならはやく言いなさい」

ディルムッドの問いかけにマスターはどこか不機嫌な雰囲気を声色に混ぜながらそう返した。

「……先程、魔術師が言った件、マスターはどうなさるのか、お聞かせ願いたい」

自分はサーヴァント、その手に握った槍は主のためにある、その本質はこうして再び現界した今も変わらない。

そして、それはこの主なら自身の槍を預けてもいいと、思ったからでもある。

すべては主の想いのまま、自分はこの戦いで槍を振るうと決めた、そのためになら……ディルムッドはその誓いの元、自身の主に問いかける。

そして、その答えは程なくして帰ってきた…。

「………どうもしないわ、私はこの聖杯戦争に勝ちたい………それだけよ………」

そこにあるのは、揺るぎない一つの想い。

ディルムッドのマスターの証である右腕の甲にちらりと見える三本の剣が束なったような令呪を持つサーのマスターは再び夜空を見上げる。

夜の空と同じ漆黒の二つ結びの髪をなびかせ、赤い瞳を空へと向ける彼女は強く拳を握り絞める。

「……勝たないといけないの………そうでないと………私は………私は、“あいつ”の隣にいられなくなる………」

勝利の先に彼女が目指す物、揺るぎない信念を持つ彼女なら………この世界の守護を司る、“守護女神”の一人でもある彼女、ノワールになら………自身の槍の忠義を、預けれる………そう思ったから。

湧き上がった聖杯戦争の“疑問”………この中で、それぞれはどのような思惑を抱くのか…・……聖杯戦争の始まりを告げる初日は、こうして幕を下ろした。




いかがでしたか?

次回は、この疑問を抱いた宗谷はこの聖杯戦争で何を見出すのか、疑問が異変へと変わった聖杯戦争の中でマスターとなったものたちは何を思うのか!

次回もお楽しみに!


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Fate/stage,5 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~通達~

どうも、白宇宙です!
なかなか時間が開いてしまって申し訳ありません! リアル事情と他作品の投稿とで期間が開いてしまったこのお話、ようやく続きを投稿できました!

さて、今回は前回の戦いから時間が経ったある日の様子……一時の休息を得たマスターたちに、ある物が……

それではお楽しみください、どうぞ…


 

 

 

あれからの事を纏めるとしよう……先日の夜に起きた、ゲイムギョウ界という異界の地で起きたこの聖杯戦争の開始の合図となったサーヴァントのファーストコンタクト、それは最初から混沌とした現場となり、不穏な空気に包まれた開幕となってしまった。

俺がひょんなことでこの世界に召喚した、サーヴァント、アーチャーのエミヤ………彼が最初に遭遇したのは、ランサーのサーヴァント、ディルムッド・オディナだった。

ディルムッドの方はマスターの出した命令に忠実従っているのか、それとも彼の生前に持っていた騎士の誉れともいうべきプライドがそうさせているのか……最初は二人による一対一の真剣勝負からだった。

 

だが、しばらくしてその戦いは不穏な空気に包まれ始めた………横から乱入したアサシンのサーヴァント………そして、さらに横から乱入してきたキャスターのサーヴァントとなったクー・フーリンとライダーのサーヴァントのアストルフォ、そしてそれを突き従えていたブランとベールの存在、まさかの二人の聖杯戦争への参加の事実を知ったということだけでも驚きなのだが………なによりも驚きだったのが、ブランのサーヴァントであるクー・フーリンが言った言葉をきっかけに広がったこの聖杯戦争そのものへの“疑問”………。

 

 

 

……この聖杯戦争は、何かの手によって仕組まれているのではないか……。

 

 

 

一体誰が、なんのためにという疑問は当然あるし、全く見当もつかない。

突然この戦いに巻き込まれたということにも未だに実感がわいていないのに、さらに追い打ちをかけるかのように出されたその疑問、既に俺の中にある思考はこんがらがってきはじめているのに………極めつけに現れたのは………俺達の前に現れた、“二人のバーサーカー”だった。

 

漆黒の鎧に身を包み、本能のままに暴れるというかのような乱入を仕掛けてきたバーサーカー、円卓の騎士の一人……ランスロット。

そして、そのランスロットに立ち向かうかのように俺たちの前に現れ、危ないところを助けてくれた黄金(ゴールデン)のバーサーカー、坂田金時……。

 

本来の聖杯戦争の形ですら大きく変化し始めたこの戦いは………もはや、正規の聖杯を掛けた戦いでも、命を懸けた戦争とも取るのは難しい……まさに、“異変”そのものではないのかと俺は思い始めていた……。

 

 

 

この異変は、たぶん………今まで俺が体験してきたどの戦いよりも複雑で、かなり厄介な異変じゃ、ないのだろうか………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってのが、今の俺の心境だ……」

 

『無理もありませんわね、突然こんなことを一気に体験されては心の整理がつかないのは当然のことですわ……まったく、ブランが話を焦らせるからソウヤが混乱してしまったではありませんか』

 

『………事実を隠して、先送りにしたとしてもどうにかなることでもないわ………それなら、早めに伝えておいたほうがいいと思ったの』

 

俺は今、俺の自室に据え置きで置かれているコンピューターの通信ツールを通して、あの事件以来時刻に戻ったらしいブランとベールの二人と前に起こった戦いについての意見交換と、おさらいをしていた。

今回のこの聖杯戦争の核心について近づきつつあるらしい二人に意見を聞いておくことは俺としても願ったりな機会だから、こうして二人と通話しているわけなんだが……正直言ってまだ俺の中にある心の靄は完全に取り払われたって感じじゃなかった。

 

「……これから俺達はどうすればいいのか……わからないぜ」

 

『キャスターから話を聞く限り、聖杯戦争は勝ち残ったマスターに聖杯が与えられるという物……正規の方法ならサーヴァント同士が戦ってマスターのこの聖杯戦争の参加権を奪えばそれでいい……それだけのはずなのだけど』

 

『………どうにも釈然としませんわね………果たしてその聖杯は誰が与えるのか、というより、この戦いを誰が監督しているのか………』

 

「………俺の知ってる聖杯戦争でも、いろいろと陰謀が渦巻いていたけどな………今回は飛び切りややこしい感じだ」

 

聖杯がなぜこの世界に現れたのか、一体その情報は誰から齎されたのか、そして、なぜ聖杯戦争を行なう必要があるのか………目的が見えない子の異世界で行われる聖杯戦争、いったいどうすればいいんだ……。

 

『……場合によっては、私達も戦い合わなければいけないことになるかもしれないわね……』

 

「なっ……なんでだよ! なんでそんな……」

 

『落ち着いてくださいまし宗谷、まだもしかしての話ですわ……この聖杯戦争の根本となった原因次第ではそうなりえるかもしれない、というだけの話ですから』

 

「冗談にしても……そういうのやめてくれ……」

 

今は二人は協力体制を作ってくれているが……今後、この戦いを進めていく中では場合によっては敵になるかもしれない……そんなことにはなってほしくはないんだけど……。

俺は複雑な心境を抱きながら部屋に置かれている椅子に深く腰掛けて天井を見上げる。

 

 

 

………わからねぇ、どうしたらいいのか本当にわからねぇ………。

 

 

 

この聖杯戦争で、俺は何のために……何の目的をもって戦っていけばいいのか……それが全く見えない……理由もなく戦いに身を投じることがこんなに気持ちの悪い物だったなんて、思いもしなかった……。

しかも、本来なら相手になってたかもしれない場所に自分の知っている身内がいたなんてのが知ってからはなおさらだ………俺はこの先どうすればいいのか、本当に………先が真っ暗で何も見えない……。

 

「……なあ、二人とも……二人はこの聖杯戦争で、何のために戦うんだ?」

 

溜まらず俺は少しでもこの疑問という靄に包まれた心境を晴らしたいと思い、二人に問いかける。

すると、俺の問いかけに対してベールとブランしばらくの間の沈黙を保った後……。

 

『………正直言うと、私もわからないわ………私はそんな眉唾な道具のために戦うなんて、時間の無駄と感じていたから』

 

『わたくしとしては、そんなレアアイテムがあるのなら是非とも手に入れたいところですけど…仮に手に入れたとして、その後もったいなくて使うのを躊躇してしまいそうですし、ネトゲで手に入れたレアアイテムと同じで』

 

……どうやら二人も俺と同じらしい・・・…。

 

二人もまた、この聖杯戦争ではっきりとした目的を見いだせていないようだった……。

 

『………でも、仮に………もし本当に願いが叶うのなら………私は同人小説に仕えそうな画期的なアイデアと、集中できそうな空間を望むかしら……あとは宗や……こほん、個人的な秘密だけど』

 

『あ、それならわたくしはゲームを一週間ほど満喫できる権利を貰いたいですわね♪ あとはイストワールとネプギアちゃんとあと宗谷をわたくしの元に妹と弟として引き入れる権利を……』

 

………ああ、でも………この二人はちゃんと欲望を持っていたのね………まあ、ずいぶんと私利私欲にまみれた願いだこと………一部ちょっと理解に苦しむような内容があった気もしないこともないのだけれど………。

そんな平和なのかどうかは微妙だけど、簡単な願いを叶えてくれるような聖杯戦争ならここまで悩まずに済んだのかもしれないけどな。

 

二人のその意見に俺は何となく苦笑いを浮かべる、すると二人は突然どこか真剣身を帯びた表情を浮かべると互いに、どちらからということもなく通話をしている画面の向こうから俺の方へと目を向けてきた。

 

 

『だけど……そんな簡単に叶う願い程、つまらないものはないわ』

 

『ええ、願い事は自分の力で叶えるのが一番ですわ』

 

「……ああ、それは……俺も同感だ」

 

 

彼女たちの目に写っているのは、まさに彼女たちの中にある揺るぎない心を映し出したかのような強い意志を感じる目だ。

二人はこう思っているのかもしれない……楽にかなえられる願いなんてない……自身が頑張って、かなえた願いにこそ意味があるのだと……。

 

そして、それは………俺も思っていることだ。

 

だからこそ、俺は聖杯戦争に掛ける望みなんてものはない……俺は正直、万物の願いを叶える杯なんて、いらない……聖杯に捧げる願いなんて、今の俺にはないから………。

 

でも、よく考えてみたら……それが原因で今苦しんでいるのかもしれないな……俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やっぱり、早いうちに彼に打ち明けるのは………焦りすぎだったかしら」

 

一通りの意見を交換し終え、ブランは通話を切ると今まで自身が座っていた椅子に深く背を凭れさせる。

今この世界で何か起ころうとしている、なら何かが起きる前に自分がしっかりしないと……そう感じた故にブランは選んだのだった。

 

宗谷に協力を仰ぐということを……。

 

何かが起きて、またあの時のような……新・犯罪神事件の時のような悲劇を起こさないようにするために……。

あんな悲しく、辛い思いを……一時とはいえ、味わったからこそ……彼女は繰り返すわけにはいかないと感じた、だからこそこの戦いの存在……そして、不可思議な点を抱えるこの戦いを早期に終わらせる必要があると判断したのだ。

 

「………そのためにも、彼の力は必要だわ………でも………」

 

肝心の頼みの綱である宗谷は今、迷いの中にいる……今の彼と一緒にこの異変に身を投じて、本当に大丈夫だったのだろうか……自分の判断は焦りすぎたものだったのか……彼女の胸中に不安という名の影が差す。

 

 

 

「心配すんなマスター、あの坊主はそこまでやわなようには見えねぇよ」

 

 

 

そんな時だった、一連の話を聞いていたのであろう、今の自分の良き協力者となってくれているサーヴァントがどこか落ち着いた微笑みを浮かべながらそう言った。

透き通った水色のローブに身を包み、傍らに杖を置く彼は部屋から見えるルウィーの雪景色を見ながら壁に凭れかかるようにして座り込み、何かを作っている。

 

「……あなたが言い出したことが原因で彼も……もっと言えば私も迷っているのに、ずいぶんと上からなのね?」

 

「へっ……気に入らねぇかい? だけどまあ、俺からしたらあの坊主はまだまだひよっこだ、だから自然とそう見えちまうもんでな」

 

何やら糸のような物を手ごろな棒に括りつけている彼はそういうと括りつけた糸を手で引っ張って棒の強度か何かを確認しているように見える。

 

「すぐに負荷を抱え込んで折れそうに見えるんだったら、俺はわざわざ試すような真似はしねぇ、だけどあいつには見込みがある、だから俺は反対しなかったんだよ……うし、大丈夫そうだな」

 

「………何を作っているの?」

 

「ん? 見てわからねぇか? 釣り竿だ」

 

ブランの問いかけに答えたキャスターは自身のお手製らしい釣竿を彼女に見せる。

 

「釣竿を作るのにもコツがいってな、獲物がかかった時に折れないような棒を選ぶのには目利きが必要になる」

 

「………結局何が言いたいのかしら?」

 

「要するに、俺は気に入ったってことだよ……この釣り竿に使った棒も、あの坊主のこともな」

 

そう言ってキャスターは釣り糸の先に今度は釣り針や浮きとなる小物を取り付け始める。

 

「話を聞いた限り、あいつには確かに見込みがある…だが、マスターとしては半人前だ、だからこそこれからが楽しみでもあるんだよ」

 

キャスターはそういうと口元にうっすらと微笑みを浮かべる、彼は彼なりに宗谷の事を気にいってくれたと言っているのだが、その言葉の裏が読めずに本当の所はどんなことを思っているのかとブランは内心で思いながらキャスターを見つめる。

 

そんな時だった、不意に彼女がいた部屋の扉が勢いよくバタン!と開け放たれた。

 

 

 

「おじさーん! あーそーぼー!」

 

「あそぼ……♪」(わくわく

 

 

 

元気よくドアを開け、元気よく声を張り上げて部屋の中に入ってきたのは色違いのコートと帽子を身に付得た似た顔つきの二人の少女、この国、ルウィーの女神候補生であるホワイトシスターこと、ロムとラムの二人である。

 

「そう急かすんじゃねぇよ、嬢ちゃんたち……後おじさんはやめろ、俺はまだそこまで歳くってねぇよ」

 

「なんでもいいでしょう? おじさんはおじさんなんだから、それよりも遊ぼう! 約束したでしょ?」

 

「……この前約束したよ?」

 

「……はあ、しゃあねぇ、もう好きに呼んでくれや……うし、そんじゃあ行くか」

 

二人の純真無垢な瞳にキャスターはまんざらでもなさそうな表情を浮かべると立ち上がり、先程作っていた釣り竿を手に取ると二人の頭を手で撫でてから部屋の出入り口へと向かっていった。

 

「そういうことでなマスター、俺はちょっくらこいつらの相手をさせて貰うが、構わねぇか?」

 

「……まあ、構わないけど……何をするの?」

 

「前に釣りのやり方を教える約束をしてな、まったく……ガキは元気すぎていけねぇ、付き合ってやる身にもなってほしいぜ」

 

そう言いながらも口元には微笑みを浮かべるキャスターを見て、ブランは何となくだが彼の内面を少し理解し始めた。

彼は………クー・フーリンという名の英霊は、もしかしたら意外と世話焼きなのかもしれない………と………。

 

「………助かるわ、ありがとう………キャスター」

 

「礼を言われるほどのことじゃねえよ、見返りはちゃんと用意してもらうぜ」

 

「よーし! ラムちゃんが一番たくさん釣ってやるんだからー!」

 

「わたしも……負けないもん……♪」(わくわく

 

「ボクだって負けないよー! あんまりしたことないけど、まあ、ボクだってシャルルマーニ十二勇士の一人なんだし何とかなるよね!」

 

キャスターを先頭に意気揚々とその後をついていくラムとロム、そして同じように釣竿を片手に自信満々にその後をついていく桃色に近い赤髪を後ろで三つ編みに纏めた美少女の姿を見送るとブランは再び自身が座っていた机へと向き直………。

 

 

 

……………。

 

 

 

「………なんでいるの、ライダー………」

 

「いつから居たんだ、お前………」

 

 

 

さりげなくもう一人紛れ込んでいたことに気付いたブランとキャスターはほぼ同じタイミングでロムとラムの後ろに付いて来ていた、この聖杯戦争に呼び出され、リーンボックスにいるベールのサーヴァントであるライダー、アストルフォの方に顔を向ける。

 

本来ならリーンボックスにいるはずの彼女………ではなく、“彼”がなぜこの場にいるのか疑問を感じた二人は言い方は違うが内容が同じ意味を持っている問いかけを口にする。

すると、ライダーはその場で首を傾げると、顎に人差し指を当てて何かを考え込むような仕草をする。

 

「………う~ん………暇だったからなんとなく?」

 

「………そんな簡単な理由でわざわざルウィーまで来たの?」

 

「だって~、マスターの部屋にあるゲームはもうほとんどやっちゃったし、マスターはなんか別のゲームやってて相手してくれないし! もうBLゲーは飽きたよ~!」

 

「いや、お前十分楽しんでる気がするんだが……つか、なんだその……びーえるってのは」

 

「キャスター、あなたが知らなくてもいい事よ……」

 

「お、おう……」

 

何やら気になる発言はあった物の、まさに自由気ままを体現しているかのような性格のライダーにブランとキャスターの二人は戸惑いを隠せなかった。

果たしてこの英霊は現状の複雑性をわかっているのかと少々不安を感じてしまうほどに……。

 

「それに、遊ぶなら人数は多い方が楽しいでしょ? ね? おちびさんたち?」

 

「うん! だからアストルフォちゃんとも遊ぶ~!」

 

「みんなでの方が……楽しい……」(にこにこ

 

そして、その性格ゆえかいつの間にかロムとラムの二人とも意気投合していることに二人は驚きを隠せずにはいられなかった。

どうしたものかと言いたげな苦笑いを浮かべながらこちらを見て来るキャスターに、ブランは何も返さず小さなため息をついて自身のパソコンのデスクトップへと目を向ける………すると、その時に気付いたのだが、いつの間にかメールボックスに一軒の通知が来ていた。

あて先は………ベールからだった。

 

(………向こうもいつの間にかこっちに来ていることに気付いたのかしら?)

 

気になったブランがそのメールを開いてみると……。

 

 

 

『そちらにライダーが言っていると思うのですけど、わたくし今四女神オンラインの攻城戦で手が離せないので、気にせずお相手をしてあげてくださいな♪』

 

 

 

といった内容だった。

 

「………キャスター、ついでにお願いするわ」

 

「………らしいな………」

 

サーヴァントもサーヴァントならマスターもマスターか……リーンボックスの二人はなぜこうも自由気ままなのか、ブランは今になって軽く頭を抱えるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プラネテューヌの街中にあるホテルの一室、一般的な市民にも利用されているそのホテルの一室にただ一人、一般とは大きく離れた立ち位置にいる人物が宿泊している。

ホテルに備え付けられたシングルベッドの上に寝転がり、天井を見上げているの彼女……名前と同じ、漆黒の黒髪を二つ結びにした少女、彼女の生まれはこの国ではない……こことは違う隣国、ラステイション、しかもそこの守護を務める守護女神の一人……ノワールだ。

 

ノワールはホテルの天井を見上げながら自身の右手の甲を見つめる。

 

そこには自信が身を投じている“戦い”への参加権でもある刻印、令呪と呼ばれるものが刻まれている。

 

「………聖杯………あれを勝ち取れば、私は………」

 

彼女の中にあるのはこの戦いに掛ける、“己の目標”ともいえるもの、彼女はそれを糧にこの世界では異質としか言えない、この戦いに参加したのだ。

 

「そうすれば私はもっと……私はもっと、前に進める……あいつの所にもきっと追いつける」

 

ノワールの目標の先にある物、そこにいるの………自分がひそかに思いを寄せていた、一人の青年の姿。

最初にあった時からたくさんの出来事を経て、いつの間にか持っていたこの思い……だけど、それは……今の自分では到底かなわない、遥か高みの想い……。

今の自分ではこの想いを持っていても到底釣り合う者ではない……だからこそ彼女は誓ったのだ。

 

「……この戦いに勝って、私は……相応しい器を持った人間になってやるんだから」

 

天井に掲げるように伸ばした右腕、その公に刻まれた令呪農地の一つはもう既に使用済みなのか掠れていた。

その内容はこの戦いにおける互いの意志を確認し合う証として、自身のサーヴァントと交わしたもの……。

 

「………マスター、ただいま戻りました」

 

噂をすればなんとやら、というわけでもないが……いつの間にかそのサーヴァントが帰ってきていたらしい。

聞き覚えのある声と共に室内に入ってきたのは彼女のサーヴァントとなった双槍使いの美男、ランサー、ディルムッドだ。

 

「ご苦労様ランサー、それで他のマスターに動きは?」

 

「……アーチャーのマスター、彼に関しては主との“契約”もあるため手は出していませんが……見た限り、まだ動くのに抵抗を感じているようです、キャスター、ライダーのマスターも同様で……そのほかのマスターについては、まだ姿を確認できておらず……」

 

「……今のところ参加が分かっているマスターは宗谷とブランとベールだけだものね……それにしても、あの二人が参加しているなんて思いもよらなかったわ……」

 

昨日の邂逅の際に姿を現したあの二人、その様子を遠巻きに観察していたノワールは宗谷だけでなくあの二人でさえも参戦していることを知り、驚きを隠せずにいた。

だけど同時に動じるわけにはいかなかった……動じてなる者かとノワールは思った……思わなければいけなかった。

 

(………羨ましいなんて思ってないんだから!)

 

こうして自身は身を隠して参戦しているというのになぜあの二人は堂々と彼の前に姿を現したのか……軽いあてつけなのかとさえ思えてくる、向こうに自覚はないのだろうが……。

しかし、このくらいで動じていてはいけない……いけないのだが……。

 

「………あーもー!! も~~~~~~~!!」

 

近場の枕を唐突に抱きしめて唸りながらゴロゴロと身を転がすノワール、やはり溜まった者は出したくなる時があるのだろう……。

そんな彼女の様子を見てランサーはどうしたことかと、きょとん、とする。

 

「……あ、主?」

 

「はっ!? ……こほん……あ、ありがとう、なんでもないのよ? なんでも」

 

「は………はぁ………」

 

彼の視線と声を掛けられたことでようやく我に返ったノワールは慌ててその場で取り繕い、身を起こす。

 

(………よほど、例の宗谷という少年の事を気にかけているのだろうな………あの少年は苦労をすることになるのだろう……不憫だが……)

 

だが、取り繕った所で彼女の思惑はなんとなく理解されていたのだった。

そんな密かな気苦労を何となく心中で察しながら、別の場所にいる自身の主の意中の相手に同情の念を送りながらも、ランサーは切り替えてこほん、と咳ばらいを一つすると懐からある物を取り出した。

 

 

 

「………それで、マスター、実は先程………こんなものが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに? 手紙だと?」

 

プラネテューヌの郊外にある自然豊かな土地の一角の備えられたナス畑、ここは依然にある人物とプラネテューヌの女神と女神候補生、そして異世界から新たに来た女神の三人、そして一人の青年と司書がひと悶着を起こした場所だ。

今は収穫期を迎えてナスが食べごろになっている中、ちらほらと既に収穫された後のナスが見えるその畑のほぼ真ん中に位置するところにある小屋のような小さな家、そこでこのナス畑を買い取った張本人がいた。

 

「チュ、おばはん名義で珍しく来てるっチュよ、おばはんにも手紙を貰う相手がいたっチュか?」

 

「そんな相手に覚えはない、あったとしてもナスの出荷先からだろうがこの前出したばかりだぞ、売り上げの起債にしては早くないか?」

 

手紙を受け取ったその畑の主は、その手紙に記載された名義を確認する………。

 

 

 

そこには確かに……「マジェコンヌ様へ」と記載されていた。

 

 

 

「確かに私の名義だ……しかしなぜだ」

 

「知らないっチュよ、それにしても古風な手紙の出し方もある物っチュね? その手紙今どき伝書鳩で運ばれてきたっチュよ」

 

「伝書鳩だと? ……訳が分からん」

 

 

 

なんやかんやで長い付き合いとなっている小型のネズミ型の人物、ワレチューの言葉に首を傾げるマジェコンヌはその手紙をまじまじと見つめる。

なぜ今時に伝書鳩という方法で手紙を出す必要があるのか……そもそも、そんな方法を何故自分に向かって出したのか、不可思議な点が多いことを抱えながらもマジェコンヌはその手紙を見つめ続ける。

 

「………どうかしたの、おかあさん」

 

そんな時だった、不意に自身の足元で今自分と行動を共にしている、サーヴァントという存在であり、今自分が身を置いている戦いにおいての貴重な戦力である少女がマジェコンヌの服の裾を引きながら問いかけてきた。

 

「ん? ……お前が聞いてもどうということはないことだ……それよりも貴様、ちゃんとすべて食べたんだろうな?」

 

「うん……ナスカレー、美味しかったよ?」

 

「……またナスを食べさせてたっちゅか」

 

「やかましい、昼飯時だったのとまだ売れなかったナスがあったから有効活用したまでだ!」

 

ジト目でマジェコンヌを見るワレチューにそう言い返したマジェコンヌは自身の足元に引っ付いている自身のサーヴァント……アサシン、ジャック・ザ・リッパ—に目を向ける。

 

「それよりも、残してはないだろうな?」

 

「うん……わたしたちは少しでも魔力を回復させておかないと、おかあさんのために……」

 

「………ならいい、食器は洗っておくから後は好きにしろ」

 

「……うん、おかあさん」

 

アサシンは今の自分にとっての重要な戦力の一部、それの微調整もまた必要なことと思いながらマジェコンヌはジャックにそう指示を出す。

それに対して、忠実に返答を返したジャックはちょこん、と近場に置かれた椅子に腰を掛ける。

少し自信の体格よりも大きな椅子なためか、足を少し浮かせて静かに座っている彼女は言われた通り……なのかはわからないが、彼女なりに体を休めている様だ。

 

「………やはりむず痒いな、あの呼び方は」

 

「悪者の影はどこへやらっチュね」

 

「私がいつ足を洗った、そのためにこの戦いに参加したのだろうが! ……いつまでもナス農家になっていられるか」

 

「のわりにはこの前はナスを収穫しながら……生きていると感じる、なんて言ってたっチュよ?」

 

「貴様の給料を次から少し減らしてやろうかネズミ?」

 

「チューーーー!? そ、それは勘弁っチュ!? ネズミにも労働基準法は適用されるはずっチュよ!」

 

自身が考えられる限りの作戦を実行に移し、その野望を打ち砕かれた今……彼女に残っているのはこのナス畑のみとなっていた。

だが、いつまでもそうしているわけにもいかないのが彼女の心中だ、何としても脱却しなければならない……故に彼女はこの聖杯戦争と呼ばれる戦いに参加したのだった。

 

「……今は何とでもいうがいい、万物の願いを叶える杯とやらが手に入れば後はこっちのものだ……さて、その時は何をするか」

 

「……今から買った気でいるのは負けのフラグな気がするっチュ……」

 

彼女の中に滾っていた女神達への復讐の念を滾らせるマジェコンヌ……すると……。

 

 

 

「………おかあさんは、聖杯を手に入れた後、どうするの?」

 

 

 

唐突にアサシンがマジェコンヌにそう問いかけてきた。

彼女からの突然の問いかけにマジェコンヌは軽い動揺を感じながらも振り返り、彼女へと目を向ける。

まるで人形のような薄い表情にあるくりっとした目がマジェコンヌを揺るぎなくまっすぐに見つめてる。

 

「な、なにって………まずは、女神に対抗できる力を………あ、いや、先に私の意のままの国を作るか……」

 

彼女の問いかけにたじろぎながらも思考を巡らせて考え始めるマジェコンヌ……するとジャックは首を傾げながら、さらに言葉をつづけた。

 

 

「……そこに、おかあさんの……“幸せ”はあるの?」

 

 

その言葉にマジェコンヌは一瞬だが、耳を疑った……。

 

そんなことを言われたのは彼女の中では生まれて初めての事だった。

 

「幸せ………だと? ……暗殺者のお前が何を……」

 

「………わたしたちはただ、戻りたかっただけ………おかあさんのそばに……わたしたちが“いるべき場所”に………でも、こうしておかあさんと過ごしている今のわたしたちは感じているよ………」

 

そういうとアサシンはまっすぐにマジェコンヌを見つめながら、人形のような薄い表情の口元に………。

 

 

 

「………幸せを」

 

 

 

笑顔を、浮かべるのだった。

 

 

 

「し、幸せだと………そんなもの、私には………」

 

 

 

関係のないことだと思っていた……でも、なぜだ………。

 

 

なぜ、嫌悪感を抱かないのか……。

 

 

それが、マジェコンヌにとっては戸惑いでしかなかった………自分の中で何が起きているのか、わからなかった……。

 

「……わたしたちは、おかあさんにも幸せになってほしいから……頑張るね?」

 

「……随分と妙な好かれ方をしてしまったっチュね、おばはん」

 

「う、うるさい! そ、そりよりも今は手紙だ! 手紙!」

 

自身の中で湧き上がった妙な感覚にマジェコンヌは戸惑いながらも、思考を切り替えねばいけないと彼女の本能がそうさせたのか彼女は手に持っていた手紙の封を切り、中身を確認する。

そして、その内容に目を通した時………動揺していた彼女の表情が、一気に真剣身を帯びた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンゴの皮剥きは包丁を動かすのではない、軸となるリンゴそのものを動かせばうまくいく……このようにな」

 

「………綺麗………うすい」

 

プラネテューヌ教会の居住スペースにある台所、そこでは今、今現在宗谷のサーヴァントとなっているアーチャー、エミヤがこの教会でメイドとして働いている少女、シンシアに料理の手ほどきをしているところだった。

先日の邂逅からの激戦から動きを見せていない現状を、彼は彼なりに過ごしている様だった。

本来ならアーチャーのスキルを使って索敵や、敵の動向を探るのが本来のやるべき役割なのだろうが……当のマスターである彼が今は動きを見せる意思がないのだから、どうしようもない。

故に彼は彼なりの息抜きをしているところなのだ。

 

「……それにしても、君は少々気が抜けているな……包丁で指を切るならまだしも、右手そのものに包帯を巻くほどの怪我をするなんてことはそうそうないと思うのだが」

 

「あう………ごめんなさい」

 

「…謝ることはない、慣れていないのなら仕方のない事だろう」

 

今彼がシンシアに手ほどきをしているのは彼女がこの前料理の練習中に怪我をしてしまったために同じことを繰り返さないようにと頼まれたためでもあった。

基本的に料理をすることは嫌いではないエミヤは、ついでにという感覚で彼女にこうしてリンゴの皮むきを教えているのだ。

 

「……君みたいに年端もいかない少女は傷が残りやすい、これからは気を付けることだ」

 

「は、はい………」

 

「……わかっているならそれでいいさ、頑張るのは良いが、頑張りすぎないのも手だぞ」

 

「………?」

 

「……すこし、わかりづらかったか」

 

自身の発言の意図が伝わらなかったのか首を傾げるシンシアにエミヤは何となしに頭を撫でる。

白い髪をしている彼女の髪はやわらかく滑らかで、肌触りもいい………。

 

 

 

(………白い髪、か)

 

 

 

そんな彼女を見ていると、不意にある人物の事を思い浮かべてしまう……自分の遠い昔の記憶にある、彼女と同じ白い髪をした、赤い目の“ホムンクルス”の少女の事を……。

 

自身があの時、助けることが出来なかったあの少女の事を……あれがあの戦いで犠牲となる運命だったのかは、今となっては考えても仕方のないことかもしれない。

だが、それでもその時の光景は……今でも彼の脳裏に焼き付いてる……。

 

………“守護者”となった、今となっても………。

 

 

 

「……あ、あの……」

 

「? ………おっと、すまない……すこし、考え事をしていてね」

 

いつの間にか物思いにふけっているあまりに彼女の頭を撫で続けていたらしい、頬を赤らめて声を掛けてきた彼女の声でようやく我に返ったエミヤはその手を放して彼女に謝る。

それに対して、シンシアは気にしていないという意思の表れか小さく首を左右に振った後、先程彼が教えてくれたことを生かしてリンゴと包丁を手に取るとリンゴの皮むきに挑戦し始める、包帯を手の甲から人差し指に掛けてという広い範囲で巻いている右手で包丁を握った彼女はリンゴを、ぎこちなくではあるが皮をむいていく。

 

「………ぅ……ん……」

 

「……そうだ、少しづつでいい……その調子だ」

 

そして、その様子をエミヤが手ほどきを行ないながら見守る。

傍から見れば髪の色もあってか兄妹のようにも見える光景である………。

 

 

 

………そんな時だった。

 

 

 

「ソウヤー! アーチャー! ちょっとこれ見てー!!」

 

 

 

ネプテューヌの慌ただしい声を上げながら、一通の手紙を持ってきたのは………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が進み、辺りが夕方の様相へと変わった頃、宗谷は教会を出てネプテューヌ、アイエフ、そしてエミヤの聖杯戦争の当事者となった面子と共にある場所に来ていた。

そこはプラネテューヌの外にある、小さな寺院だった。

 

そこはかなり時間が経っているのか、かなり古ぼけており、一見すると既に使っている様子はない廃寺院と言った所だろうか……。

そこに宗谷達4人はある理由の元に、“集められた”。

 

 

 

「………ネプ子が持ってきたこの手紙、いつの間にか玄関の前に置かれてたらしいけど………」

 

「……ああ、最初は俺も何事かと思ったんだけど……どうにも見過ごせない内容だったんだ」

 

 

 

寺院を前にしてそう言ったアイエフに、手元に“一通の手紙”を持っている宗谷が答える。

これは数時間前、ネプテューヌが教会の前で見つけその宛先を見たために宗谷とエミヤの二人に慌てて見せたものだった。

突然の事に何事かと思いながら、その手紙の内容に目を通した宗谷は………その内容を見て、目を疑った。

 

その手紙にはこう書かれていたのだから………。

 

 

 

 

 

『この聖杯戦争で起きている異変、核心へと至ることをあなた達マスターたちに伝えます。 同封した地図の場所に、夕刻お集まりください  主の導きのあらんことを』

 

 

 

 

 

その内容な……聖杯戦争の存在を知る何者かからの手紙だったのだ。

しかも、それはこの聖杯戦争における異変についての核心に迫るという内容のもので……これを見た宗谷達は半信半疑になりつつも、この誘いに乗ることを選んだ。

当然罠の可能性も諮詢されたが……その時はその時というネプテューヌの強引な押しもあってか、彼らは今この場にいる。

 

そして、約束の夕刻……寺院の前には、宗谷達4人だけしかまだそろっていない。

 

「………やっぱり、罠かしら」

 

さすがに警戒の意志を見せ始めるアイエフ、すると……。

 

「………いや、どうやら私達だけではないということらしい」

 

何かに気付いたのか、エミヤが空の方を見上げた。

すると、少し時間をおいて空から突然吹き荒れるような突風が彼らを襲った、この時肌で感じたこの風の感覚を宗谷は覚えていた。

これは……つい先日にも自分が体験した風……。

 

「お待たせしましたわ~」

 

「マスターの事迎えに行ってたら、遅くなっちゃった~!」

 

「よぉ、また会ったな坊主?」

 

「………あなた達も受け取ったのね、その手紙を」

 

「やっぱり……ベールとブランたちの所にも届いてたんだな」

 

上空からこの世ならざる幻馬に乗って降りてきた見覚えのある顔ぶれに、宗谷は少しの安堵を感じた。

ベール、アストルフォ、ブラン、クー・フーリンの四人は地上に降りると彼らの元へと歩み寄り、寺院へと目を向ける。

 

「……ここが集合場所か? にしては随分と湿っぽい場所だな?」

 

「魔術師となったお前なら、魔術工房にはうってつけではないか? キャスター」

 

「ハッ、俺は生憎とこんな辛気臭ぇ場所は選ばねぇよ」

 

「ちょ、会って早々険悪ムードはやめてくれよ……あんたらただでさえ相性悪いんだから」

 

会って早々に何やら不穏な空気を流しているクー・フーリンとエミヤに宗谷は慌てて仲裁に入る。

やはり、片方のクラスが変わっても根底にある相性というのは変わらないということなのだろうか……。

 

そんなことを感じていると……。

 

「………あれ? ねえねえ、みんな……あれ」

 

アストルフォがそう言って寺院の方を指さした……見ると、確かにブランとベール達の一行が到着するのを待っていたかのように、寺院の扉が開いたのだ。

まだ全員は揃ってるようには見えないが……そんな疑問を抱きながら、少しの警戒を保ちつつ一行が寺院の扉の奥へと視線を送ると……。

 

 

 

「………皆様、よくぞ集まってくださりました」

 

「うむ、お前達のその直向きな精神に敬意を送ろう! 与がわざわざ鳩を捕まえて手紙を届けさせただけはあるという物だな!」

 

「なぁに言ってやがる、その鳩に事情を説明したのは俺だってことを忘れんじゃねぇよ、王様よ」

 

 

 

その寺院の奥から、三人の人影が姿を現したのだ……。

そして、宗谷はその姿を見て驚きのあまりに目を疑った。

 

 

 

三人のうちの左端にいる人物、その姿には見覚えがある……筋骨隆々なその体と頭の金髪は先日、九死に一生を得ることとなった要因となった人物、あのもう一人のバーサーカーであるあの男と見て間違いのなかったからだ。

 

だが、問題は他の二人だ……その男が後ろに付き従うように歩く先にいたのは……二人の女性だった。

 

一人は金色の髪を結え、体を目にも鮮やかな深紅のドレスに身を包み、幼さの残る顔立ちをしていながらもその立ち居振る舞いにはどこか揺るぎのない、確固たる自信が見えるかのようだった。

なによりも、その女性が傍らに握る……一振りの“剣”……。

特徴的な湾曲を描いたその刃には燃え盛る炎を纏い、その剣に秘められた力がありありと見えるかのようだった。

そんな深紅の炎の剣を携えた女性の横……二人を突き従える形で最も先の先導を歩く人物………彼女は深紅のドレスを着たその女性とはまた違う雰囲気を身に纏っていた。

 

同じ金髪をしてはいるが、その髪を三つ編みに結わえ、所々に鎧のような装飾を備えた、落ち着きのある色合いをした衣服、その衣装はどことなく……神聖な印象を受け、一種の神々しさすらも感じる物だ。

派手ではなく、それでいて地味でもない……その中に秘められた言い知れぬ雰囲気に、その場にいた誰もが視線を向けただろう……彼女の存在から放たれる、慈愛に満ち溢れているかような雰囲気を……そして、その腰に携えた細身の剣から放たれる揺るぎない意志、そして右手に携えた……長大な“御旗”が放つ彼女の存在は……どんなものよりも気高く、清らかな物であると……。

 

そんな彼女を先頭にした三人の登場にその場にいた者達は息を飲む………そして、その静寂の中で、三人はそれぞれに口を開き始める………。

 

 

 

「………此度の聖杯戦争でこの位を得た与は何者でもない、あえてこの場で名乗らせてもらう、我はセイバー! 真名は……“ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグゥストゥス・ゲルマニクス”である!」

 

「俺は同じくこの聖杯戦争でバーサーカーを張らせてもらってる、ゴールデンこと“坂田金時”……お? そこのアーチャーと嬢ちゃんたちとは、二度目だな?」

 

「そして………皆さんに手紙を出し、この場に集めさせていただきました………」

 

 

 

三人はそれぞれの真名を露わにすると次の瞬間、宗谷達の意識を一気に集中させる一言を言い放った……。

 

 

 

「私は、“ルーラー”のクラスを持つサーヴァント………真名を、“ジャンヌ・ダルク”……今明かします、この聖杯戦争が………なぜ起こったのかを」

 

 

 

 




いかがでしたか?

今回のお話でようやくこの聖杯戦争編の全クラスサーヴァントが出そろった~!
7人よりも多いけど……。
さて、そんなことより! 次回は突如として姿を現した、エクストラクラスのサーヴァント、ジャンヌが語るこの聖杯戦争が起きた真実とは!

それでは、次回もお楽しみに!


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Fete/stage,6 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~裁定~

どうも、白宇宙です!
今回はネプえく聖杯戦争編、第6話!

疑問が渦巻くこの聖杯戦争に一人のサーヴァントが真実という一石を投じる!
謎が謎を呼ぶこの戦い、果たしてどうなるのか!

それではお楽しみください、どうぞ!


 

 

 

「私は、ルーラーのクラスを持つサーヴァント………真名を、“ジャンヌ・ダルク”………今明かします、この聖杯戦争がなぜ起こったのかを」

 

 

 

寺院の前、そこに居合わせた宗谷を含めた聖杯戦争参加者となった者達は寺院の中から現れた新たな三体のサーヴァントを前に動揺を隠しきれずにその場に立ち尽くしていた。

それもそうだろう、なにせ今ここに残されたクラスのサーヴァントだけでなく、未知のクラス……“エクストラクラス”のサーヴァントが現れたのだから。

 

「る、るーらー? ねえ、ソウヤ、サーヴァントのクラスって確か7つだけしかなかったんだよね? ルーラーなんてクラスあったっけ?」

 

「ルーラーのクラスは特別……ごく限られた英霊にしか割り振られることのないクラス………7つのクラスとは違ったもの、エクストラクラスのサーヴァントなんだ」

 

宗谷の中にあるFate/シリーズの知識……彼の知りうる限りだと、ルーラーのクラスのサーヴァントが出てきたのは、“聖杯大戦”と呼ばれる二つの軍勢による聖杯を巡る競い合いだ。

そして、その時に現れたルーラーが不正な召喚によって呼び出された“天草四郎時貞”………そして、今彼らの目の前にいる……聖女、“ジャンヌ・ダルク”の二人だった。

 

しかし、ルーラーのサーヴァントはエクストラクラスということもあって召喚されること自体特殊なこと……その召喚が成立するのは……。

 

「ルーラーのクラスの別名は“裁定者”、このサーヴァントは魔術師による召喚ではなく、“聖杯によって召喚される”……私も会うのは初めてだがね」

 

「……ってことは、あのルーラーってのはマスターがいないってこと?」

 

「……アイエフ嬢は相変わらず呑み込みが早いな」

 

宗谷の言った簡単な説明に付け加えるかのように説明するエミヤ。

そう、ルーラーはマスターの存在を“必要としない”サーヴァントなのだ。

このクラスを持つ英霊は裁定者として、執り行われている聖杯戦争の概念を守るために召喚されるのだ。

 

「……でも、ルーラーが召喚されたってことはやっぱりこの聖杯戦争は……」

 

「……マスターの言う通り、大きく歪んだ物になりつつあるようだ」

 

隣り合わせている互いの顔を見合わせるようにしてそう言った宗谷とエミヤ、二人がそういうと彼らの背後にいた二組もこの異例の事態に口を挟まずにはいられなかったのか、前へと足を踏み出してきた。

 

「それで、その裁定者様がわざわざ俺達を呼びつけるってのは、どういうつもりなんだ?」

 

「まあまあ、おじさん、あんまり話を急がなくてもいいでしょ? ここは向こうの話もちゃんと聞こうよ、あの子話すことはちゃんと話すまじめな子だしさー」

 

前に出るなり話しを急かそうとするクー・フーリンを制するようにそう告げたアストルフォ、しかし、その発言の内容に気になる点があったのかアストルフォについていって前に出たベールが何やら気になった様子でアストルフォに尋ねた。

 

「ライダー、何やらその様子ですとまるであの方をご存知の様にも感じますわよ?」

 

「ふっふ~ん、まあね~、ちょっと前にいろいろあった間柄っていうかね……いうなれば、恋のライバル?」

 

「まっ……」

 

「………それはそれで気になるわね」

 

質問の答えで出てきたアストルフォからの予想外のカミングアウトにベールだけでなく遅れて前に出たブランも気になったようだ、さながらこれから女子特有の恋バナトークに花が咲きそうな雰囲気に傾きそうである。

だが、その様子を見てジャンヌはなぜかやれやれと言いたげな微笑みを浮かべた。

 

「………あなたは変わりませんね、ライダー………」

 

「別にいいよ~、アストルフォで、どっちにしろ君なら真名、わかっちゃうんでしょ?」

 

「え!? そうなの!?」

 

アストルフォが溢したその発言に強く興味を抱いたのはネプテューヌだった、暗い突くかのようにアストルフォへと目を向けた後にその視線を再びジャンヌへと向ける。

 

「………そう、私は裁定者……この聖杯戦争を見守る者であり、聖杯より呼び起されし者……故に私はこの聖杯戦争に呼び出されたすべての英霊を知っています」

 

「おぉぉぉぉぉおおお! なにそれチート!? というより、どっちかというとゲームマスター特権! やっぱり特別なだけあって持ってる能力も違うんだね!」

 

それを聞いてなぜかテンションを高めているネプテューヌ、常日頃物事を前向きにとらえている彼女にとってはルーラーの持つ能力の情報は彼女の中の好奇心をサラミ燃え上がらせる着火剤に他ならなかった様だ。

そんな興奮気味なネプテューヌを抑える様にアイエフが彼女の頭を抑え込んで強制的なストップをかける。

 

「はいはいそこまで、これ以上話が逸れたら収集つかないんだから……で? あなたが言っていたこの聖杯戦争の真実って何なの?」

 

「うぅ、あいちゃんがなんだか鬼進行な件……」

 

無理矢理抑え込まれてしゃがみこみ、どことなくしょぼんとするネプテューヌを他所に、話を本来の目的である彼女がここに英霊を従えている聖杯戦争に参加したマスターに向けて手紙を差し出した理由、それをアイエフが全員の代表をするかのように問いかけた。

すると、ジャンヌはこくりと頷いたのちに周囲を見回し、凛とした佇まいを保ちながらその口を開いた。

 

 

 

「………この聖杯戦争は、本来………起こるはずがなかった聖杯戦争………開戦そのものが異常な聖杯戦争だったのです」

 

 

 

開口一番、それはまさにこの聖杯戦争という存在そのものを否定する……まさに核心に迫った言葉だった。

だが、それを聞いたことにより事の成り行きに立ち会ってきた宗谷の中にまた新たな疑問が生まれた。

 

「開戦そのものが異常って……それじゃあ、なんでそんな聖杯戦争がこうして開かれたんだ? そもそも、それならなんでこの世界……ゲイムギョウ界に聖杯戦争にまつわる情報が残されてたんだ?」

 

彼の言うようにこの聖杯戦争が開始されるにあたり、宗谷は実際にこの世界の物とみられる書物に記された聖杯戦争にまつわる記述を実際に目にしていた。

そしてそれ故に、ジャンヌの発言によって生まれた“矛盾”を強く感じざるを得なかった。

その様な情報が本来行われるはずのなかった世界に残されているのは明らかに不自然なことだからだ。

 

なぜなら情報が残っているということは、過去に実際に聖杯戦争が行われたということが大前提としておかれているということ。

 

出なければ確証もない情報を事細かに記すことはないはずだからだ。

聖杯戦争という概念がない世界では、それは所詮空想の物となりあり得ることのない記述として残されているかも怪しいものとなるためだ。

 

「聖杯戦争という存在を知っている誰かがいた……その人がこの世界で起きた聖杯戦争の情報をこうして残したから、書物があるんじゃないのか?」

 

宗谷が再び折り重ねる様にジャンヌに問いかける、するとその言葉を受けジャンヌが何かを言おうとした瞬間、彼女の右隣に控えていた赤いドレスに身を包んだサーヴァント……セイバー、ネロ・クラウディウスが宗谷に向けて拍手を送った。

 

「うむ、見事なまでに頭が回るな、しかしそこまで考えを巡らせて思考していたのは評価できるがまだ惜しいな」

 

「セイバー……」

 

「先程から裁定者にばかり任せておって、余も暇でな……ここからはこの余から説明してやろう! 心して聞くがよい!」

 

「え!? あ、ろ、ローマ!! ……じゃなくて、はい!!」

 

そう言って宗谷に向けてびしぃっ! と人差し指を向けたネロ、その自信満々にして威風堂々としたふるまいに一瞬だが宗谷は彼女のペースに巻き込まれそうになった。

咄嗟に口にしてしまった返答の仕方に慌てて頭を振って思考を治すと、再度彼はネロの離そうとしていることに耳を傾けた。

 

 

「こほん……弓兵の奏者よ、お主は見逃しておる、その考えに至る以前に一つ重要なことをな」

 

「………重要なこと?」

 

「そう………そのような情報が乗っておるのに、“以前に起きたのであろう聖杯戦争の記録そのものがない”こと、そして“その記録をするべきはずの監督役が後に存在しなかったこと”だ」

 

 

ネロが迷いのない、まっすぐな瞳を向けながら彼に行った言葉……それを聞いた瞬間、宗谷はハッとした表情を浮かべる。

 

そう、確かに宗谷は聖杯戦争に関する情報が記された資料を確認した、だが事細かに聖杯戦争の作りやルール、基本的な情報が事細かに乗っていた書物があったのに対し、それを監督していた存在、そして実際に行われていたのであろう前回の聖杯戦争の記録はどこにもなかった。

 

彼が知る聖杯戦争には、何かしらそれに準ずる機関や組織がそれらの情報を握っていた。

それは表に走られていなくても、実際に力を持つ大きな組織であることが多い、魔術協会やそれに準ずる、魔術に関する機関……だが、それは魔法の世界が表ざたになっていない世界でのこと。

このゲイムギョウ界は形は違うかもしれないが、魔法という存在は認知されている、そのため裏として密かに活動をする必要性もあまりない。

もし、聖杯戦争を管理している組織がいるならもうとっくに活動を始めていてもおかしくはないし、国の最高機関である女神でさえも知らないのは明らかに異様だ。

 

それらのことを踏まえて考え付くこと……この聖杯戦争が前に行われたという記述がない事……監督役がいないことを照らし合わせて、思考を巡らせると……宗谷は一つの仮説に辿り着いた。

 

 

 

「そもそも………聖杯戦争はこの世界では起こっていなかった………」

 

 

 

彼の呟きを聞いたとき、ネロは満足げにこくりと頷いて見せた。

 

「その通りだ……故に、聖杯戦争が起こるはずのないこの世界で聖杯戦争が起こったこと、その物が異質にして異様……ありえぬことなのだ」

 

「まあ、今言ったこの話全部、俺と一緒にルーラーから聞いた話なんだけどな?」

 

得意げにそう言い放ったネロに付け加える様にそう言った、ルーラーの左隣にいる金髪のバーサーカー、坂田金時。

聖杯によって召喚されたサーヴァントであるジャンヌが言うことは確かに信憑性が高い……。

 

「………じゃあいったい………いったいなんで、聖杯戦争が始まったんだ……いったい、なんで……」

 

「それを紐解くとするなら、俺が言った仮説を説明してからにしてもらおうかい?」

 

顎に手を当て思考を巡らせる宗谷、その隣に今度は肩に担ぐ様にして木の杖を持ったまま前に出たクー・フーリンが言い放った。

 

「仮説………そう言えば言っていたな、聖杯についての仮説を……」

 

「おうよ、まあ、てめぇはあんまり信じてねぇって感じだったが、今さっきの話が出たならこの話にも突っ込んでいかなきゃいけねぇだろうさ」

 

昨夜に聞いた話を掘り返すようにそう言ったエミヤに、クー・フーリンはそういうとその視線をジャンヌたちが立っている寺院の方へと戻した、そして彼は彼女たちに見せつけるようにして左腕を伸ばすと、ピンと一本指を立てた。

 

「まず一つ、なぜこの世界に聖杯があるのか……これは俺が立てた仮説なんだが、この聖杯は外から持ち込まれた………そして、二つ目、この聖杯戦争が開かれたのは、俺達も知らねぇ何者かが仕組んだこと………聖杯の使い道ってのは多種多様だ、やりようによっちゃ厄介な兵器にもなりかねねぇ………このあたりの事も、あんたらは説明してくれるんだろうな?」

 

仮説をわかりやすく示すように二本目の指を立てたところでまっすぐにジャンヌを見据えて問いかける。

すると、ジャンヌは一度目を閉じてこくりと頷く、そして静かに目を開けると……クー・フーリンの視線と問いかけに答えるように彼女自身も強い意志の籠った視線を返してきた。

 

「……キャスター、クー・フーリン……あなたの仮説は半分があたり、そして半分が違います」

 

「………ほう、というと?」

 

「まず、あなたの一つ目の仮説……聖杯がこの世界の物ではないということ、これがあたり……聖杯は私たちでも知りえない大きな存在によってこの世界へと持ち込まれた物です」

 

ジャンヌのその言葉にクー・フーリンはやはりな、と言いたげな表情浮かべる。

確かにこの仮説に関してはそう考えるのが一番筋の通る答えに行きつく、というのもそれを裏付ける証拠がエミヤたちを含めるサーヴァントたちの存在そのものだからだ。

 

宗谷は昨日、クー・フーリンから言われたことを思い出す。

 

そう、英霊たちが“英霊の座”と呼ばれる場所から聖杯戦争のために召喚されるためには魔力だけでなく、その英霊たちの存在に対する“信仰心”が必要になる。

これが地球なら話は通じるだろう、なにせ今宗谷達の周りに存在する英霊たちはすべて、約一名が特異な存在ではあることを除けば、地球の歴史の中で生まれた名の知れた英雄たちなのだから。

人類の築き上げてきた時間の中でその武勇を刻み込んできた英雄、それがサーヴァントになるのに必要な英霊たちに対する信仰心……だが、これがこの世界では存在しない。

 

そう、ここはゲイムギョウ界という異界の地……英霊という存在を呼び出すにしても、異界の地である地球の英雄に対する信仰心はほぼないと言っても過言ではないからだ。

 

それを裏付けとして考えた場合、今回の聖杯戦争で持ち寄られた聖杯がゲイムギョウカイの物だったとして、その場合召喚されるならこのゲイムギョウ界に関連のある英霊になるはずだ。

しかし、それではなく地球の人類の歴史の中で生まれた英霊が召喚された……構造はどうなのかはまだわからないが、それがあり得るとするなら、それは……“人類の歴史に関連した世界から来た聖杯”という答えに行きつく。

 

「……キャスタークラスで頭の周りがよくなったのが、功を奏したようだな」

 

「へっ、皮肉んなよ……で? 二つ目の方はどうなんだ? はずれっていうなら、その答えを聞かせてもらおうか? あんた、聖杯から直接召喚されたサーヴァントなんだろ?」

 

一つの聖杯に対する疑問が解消されたことでもう一つの疑問は残る、クー・フーリンのその言葉に賛同するように宗谷は再度視線をジャンヌへと向けた。

すると、ジャンヌは何やら沈痛な面持ちを浮かべるとどこか言いにくそうにその口を開いた。

 

 

 

「……二つ目、この聖杯戦争が行われたきっかけ……それの答えは、“聖杯そのものに異常が起きた”からです」

 

 

 

その言葉に宗谷は疑問を抱いていたその表情を強張らせた。

 

「聖杯に……異常って……どういうことなんだ?」

 

「………今この聖杯戦争に用いられた聖杯、それが今異常を来しているのです……」

 

「異常って、それは具体的にどのような異常ですの?」

 

聖杯そのものの異常、万物を叶えるという強大な力を宿した聖杯に異常が起きたとするならそれはただ事ではないということは自然とわかる。

何せ聖杯そのものが巨大な魔力の塊のような物だからだ。

予備知識として事前に学んでいたのか、ベールも宗谷に続くようにジャンヌに問いかける。

 

「そもそも、キャスターの言うように……私ことルーラーのサーヴァントは裁定者として聖杯戦争の概念を守るために聖杯そのものから召喚されます、ですがそれに至るまでにはもう一つ……召喚されるにあたる条件も、存在します」

 

重く、真実を語ろうと神妙な面持ちで言葉を連ねるジャンヌの雰囲気に流されるように宗谷達はその口を閉ざし、息を飲む。

だがその中で一人、いつものように揺るぎのない、狙えた獲物を見据えるような目を変えずにいる人物がいた……。

 

 

 

「………聖杯戦争によって、世界そのものが滅亡する危機に瀕した時………」

 

 

 

そして、その人物はまるでジャンヌが言おうとした言葉を予測していたかのようにそう言った。

 

 

 

「………アーチャー、あなたにはわかっていたのですね」

 

「……君の話を聞いて、薄々と……まあ、確証はなかったが」

 

 

 

ジャンヌの言葉に対して、いつものニヒルな雰囲気を崩さずに返答を返したエミヤ。

だがその言葉を聞き、その場に居合わせた全員の視線が一気に彼へと向けられる。

 

「ど、どういうことなのよ、アーチャー! 世界が滅ぶって……」

 

「そうだよ! いくらシリアスブレイカーな話でも、そのワードを聞いちゃうと主人公として見過ごせないよ!?」

 

はやし立てるようにしてエミヤに質問攻めをするネプテューヌとアイエフ、それに対しエミヤは二人を落ち着かせるように手を上げて二人を制すると、なぜかその視線を宗谷へと向けた。

 

「……マスター、聖杯戦争についての知識を有している君ならわかるだろう……ルーラーまで召喚された時、それがこの世界そのものの危機も関連されていることも含まれるということを……」

 

「あ、あぁ………まあ、一応は………けど、だとしても聖杯に異常が起きているのにそんなことが起きるのか?」

 

「起きるだろうさ……彼女という存在がその答えだ……幾千の予想よりも、目の前にある真実の方が揺るがない物だからな」

 

エミヤの言葉を聞いた宗谷はその視線を一連の事を見守る様にこちらを見つめて来るジャンヌへと向ける。

すると彼女もまたその言葉に同意するように静かに頷いて見せた。

 

「そう、私が召喚された理由…それは、聖杯そのものの以上によってこの世界が危機に瀕しているからです」

 

「……その前に、異常な状態なはずの聖杯からあなたが召喚されたことについても説明してくれないかしら? 聖杯の異常そのものについても踏まえて……」

 

ブランがそういうとジャンヌは同意するように静かに頷いて見せる。

 

 

「わかりました……では、まずこの世界の聖杯がどのような状態にあるかから……今現在の聖杯はその機能は保ったままに、“汚染”されているんです」

 

「お、汚染って……聖杯がなんでそんなことに……」

 

「………理由は私にもわかりません………言えるとしたら、その聖杯は異界の地より持ち込まれ、ある日突然黒く、深々とした闇に包まれた……とでも言った所でしょうか……」

 

 

彼女自身にもなぜそうなったかの経緯は知らないがおおよその事は把握できているらしい。

その“闇”という物に汚染されたせいで聖杯が異常を来したのだろう。

予想を立てた宗谷だが、話は次の段階に移ることになる。

 

「……汚染されたことにより、聖杯は本来ありえない機能を有することになったのです……」

 

「あり得ない……機能?」

 

「ええ……そもそも聖杯は、それそのものが火との願いをかなえられるだけの魔力を集めた“魔術礼装”、魔力を蓄えた杯とも呼べるもの……この世界に持ち込まれた聖杯もそれに他なりません」

 

「それで? 汚染されたことで、どんな余計なものがついちまったんだ?」

 

彼女の言うように、聖杯戦争に用いられる聖杯は主に願望機となる魔力を蓄えた杯の事を指し示す。

だが、聖杯という物はその存在が特異なものであり、それが本来の聖杯であるかとなるとそうとは限ら無くなる。

実際に宗谷の知識の中には、表向きの杯としての聖杯と、その“根源”に至る“大聖杯”と呼ばれるものが存在することを知っている。

 

彼女の話を聞く限り、このゲイムギョウ界に持ち込まれたのはその端末となる“小聖杯”……願望機としての聖杯なのだろうが……汚染されたことでどうなったのだろうか……。

 

彼の胸の中で渦巻く疑問がさらに大きく膨らむのを感じた。

 

クー・フーリンが出した問いかけに対し、ジャンヌは再度神妙な面持ちを浮かべると、一度息を整える様に俯いた後、再びその顔を上げた。

 

 

 

 

 

「………汚染された聖杯は………その汚染された闇によって、“人格”を得たのです………」

 

 

 

 

 

だが、次に彼女が言い放った言葉はその場に居合わせた全員には予想もつかない返答だった。

 

「聖杯が人格を!? ってことは、この聖杯戦争を起こしたのは……!」

 

「そう、それは誰でもない……汚染によって生まれた人格……“聖杯自身”が起こしたのです」

 

「………まさか、そんなことが………!」

 

彼女の言い放った答えに動揺を隠せない宗谷、だがそれは無理もないことだ。

彼の中ではそれによって考えられる脅威性が火を見るよりも明らかだったからだ。

 

聖杯という強力な魔術礼装、端末とはいえそれが汚染されたことで人格を得たということは、それは強大な魔術を有した脅威ともなりえる可能性があるからである。

 

つまり、人格を持った聖杯が何らかの意思を持ってして行動をしているとするなら、最悪の場合………彼女の言う世界の危機にも十二分に頷けるということだ。

 

 

 

「………今現在聖杯は汚染されたことによって生まれた意志が動かしています………しかし、汚染される直前、聖杯はその防衛機能をとして私を召喚させたのです………あなた達サーヴァントをこれ以上争わせることのないように………」

 

「つまりの所、君は我々サーヴァントに対する抑止力であると同時に聖杯の異変を警告するものだったということか……」

 

 

 

納得のいったような雰囲気を見せるエミヤ、だがそれに対しマスターである宗谷は心中穏やかではないのは目に見えて明らかだった。

明らかに動揺した様子に気付いたエミヤはちらりと横目で宗谷を一瞥する。

 

だが、そんなことはどこ吹く風とでもいうかのように話を聞いていたクー・フーリンは訝し気に眉を寄せて見せた。

 

「………で、あんたはそれを知らせるためにわざわざ俺達を呼びつけた、そういうことかい?」

 

「それは少し違うぜ、術使いよぉ、今回こいつがこの場に俺達を集めたのは……協定を結ぶためさ」

 

「……協定だぁ?」

 

彼の問いかけに答えたのは金時だった。

金時はこの場に集まった英霊たちと、そのマスターたちである宗谷達を見据えると見得を切るかのようにバッ、と右腕を出した。

 

「おうよ! ここにいる裁定者、ルーラーを筆頭に今現界しているサーヴァントを集めた、いわば“連合軍”を作ろうって算段って訳だ、どうだ? ゴールデンだろ?」

 

「れんごーぐん? それってなんのために? ボク達は元々戦うために召喚されたんだよね? それなのにみんなで手を組んで、何と戦うのさ?」

 

金時の言葉に疑問を抱いたのか首を傾げるアストルフォ、その質問に賛同するかのように他のサーヴァントたちも疑問の目を向ける。

だが、その中で一人、核心を突いたかのような表情を浮かべた人物がいる……それは、サーヴァントではなく……。

 

 

 

「………汚染された聖杯に立ち向かうための………ってことだよな?」

 

 

 

マスターである、宗谷だった。

 

その呟きにジャンヌはどこか満足げな表情を浮かべると、右腕に持つ大きな旗を掲げて見せる。

 

 

 

「………このままでは世界は汚染された聖杯により、混迷と暗黒に包まれてしまう………その前にどうか、私たちに力を! この場に集いし英雄と、そのマスターたちよ……我が声に賛同するならば、どうか応えを!」

 

 

 

風になびく御旗を掲げてそう宣言したジャンヌ、その圧倒的な存在感、そして神々しい姿に一瞬ではあるが宗谷達は目を釘つけにされた。

呆気にとられているのか、もはや魅了されているのかもわからないほどに放心状態の彼らに、両隣にいたネロと金時が続けて言い放つ。

 

 

 

「現に、我が奏者とここにいる黄金の狂戦士はこの危機を理解し、既に協力を示している! いうなればこれはこの異世界、ゲイムギョウ界なる世界を危機から脱却させるために作られた、“英霊連合”! 安心せよ、我らはこの世界を守る! ローマ皇帝たる余が保証する!」

 

「だが、俺達だけじゃ圧倒的に向こうに根負けしちまう、そこで今いるサーヴァントたち全員を集めて、こうしてスカウトしに来たっつーわけだ、どうだ? いっちょ俺らと世界を守るために、戦う気はねぇか?」

 

 

 

そう言って宗谷達に呼びかける二人の表情には一切の迷いを感じさせない……彼らは本気だ、それは宗谷にも感じることはできた。

だが、その呼びかけに待ったをかける者がいた。

 

「ちょっと待って! それなら、まだ全員じゃないわ! 個々にはまだランサーとアサシンがいないじゃない!」

 

アイエフだ、確かに彼女の言うようにこの場にはランサー、ディルムッドとアサシン、ジャックの姿がまだ見受けられなかった。

だが、それに対してジャンヌは首を静かに振る。

 

「いいえ、言ったはずです……皆様、よくぞ集まってくださいましたと……この場には既にその両名のサーヴァントは来ています」

 

ジャンヌのその言葉を受け、その場にいた全員があたりを見回すようにきょろきょろとし始める。

そんな中、ジャンヌは彼らから少し離れている位置にある木の影へと顔を向けた。

 

「そこにいるのでしょう、ランサー……ディルムッド・オディナ」

 

その言葉にその場にいる全員の視線がその木の影へと集まる。

すると、そこに隠れていたのか、昨夜に姿を現した誰しもが認める美貌を持つ青年が姿を現した。

 

「………さすがは裁定者、既に見抜いていたとは………」

 

「………あなたもです、アサシン………ジャック・ザ・リッパー」

 

その姿を確認した後、ジャンヌは続けて寺院の屋根の上へと目を向けると、今度はその寺院の屋根の影に隠れていたのだろう小柄な影が姿を現した。

ボロボロのマントを羽織った白髪の小柄な継ぎ接ぎだらけの少女がひょこっと姿を現す。

 

「隠れてたのに……」

 

「………わかっていましたよ、私には………」

 

そんな彼女に慈愛に満ちた表情を浮かべるジャンヌ、それを見て何やらジャックが悔しそうな表情を浮かべているのはアサシンとして容易く見つけられてしまったゆえなのだろうか…。

 

ともあれ、こうしてすべてのサーヴァントがこの場に出そろったことになった。

 

 

「………ちょっと待ちな、裁定者さんよ………話は分かった、だが気になることがもう一つある……」

 

 

こうして全員が揃った時だった、突然クー・フーリンが再びジャンヌに問いかけた。

 

「あんたの言い分でこうして全サーヴァント集めたのは納得した、だがその中でまだ集まってないやつが一人いるぜ?」

 

「………っ! そうだ、ランスロット!」

 

「もう一人のバーサーカーか……」

 

クー・フーリンの言葉に宗谷は昨日の記憶をすぐに呼び起こされた。

 

そう、昨夜の事、英霊たちが集い一線を交えたあの日の夜突然現れて奇襲を仕掛けてきたバーサーカー、ランスロットの事である。

あの時はその場に駆け付けた金時がランスロットを牽制してくれたおかげで難を逃れたが、彼の言う通りこの場にランスロットの姿が見えない。

 

「あの後、昨日の晩、俺達を助けてくれた金時さんは何か知ってるんですか?」

 

気になった宗谷が当事者であり、実際に戦っていた金時に問いかけると金時はバツが悪そうにこめかみを人差し指で掻いた。

 

「……俺としたことが、結構苦戦してよ……いつの間にか逃げられちまった……土俵際まで追い込んだつもりなんだがな」

 

「ということは、あのバーサーカーはまだ存在しているということか……」

 

「じゃあ、なんでこの場にランスロットがいないんだ………」

 

「………それは………あのサーヴァントが………」

 

 

 

宗谷の疑問に答えるようにジャンヌがそう呟いた時だった。

 

 

 

 

 

「伏せて!!」

 

 

 

 

 

突然アイエフがどこかへと目を向けるなり、是認に向けて大きな声で叫んだ。

 

すると次の瞬間、宗谷達が集まる寺院周辺に向けて無数の弾丸が降り注いだのである。

 

 

 

「っ! 噂をすればなんとやら……リベンジマッチに来たみたいだぜ、向こうは!」

 

 

 

何やら期待の籠った声でそう言った金時が上空を見上げる、それにつられて宗谷もまたその目を上空へと向けると……そこには一つの黒い人影が片手に大きな筒のような物を引っ提げてこちらに向かって降下しているところが見えた。

 

漆黒の鎧に身を包み、その兜から赤い眼光を光らせるその姿は……見間違うはずもない……。

 

 

 

「……―――――――――――――――――――!!」

 

「ランスロット!?」

 

 

 

獣染みたくぐもった叫び声をあげる黒い騎士、それは昨晩宗谷達を襲撃したランスロットに他ならなかった。

突然の奇襲に動揺する宗谷達、だがそんな中でもジャンヌは立ち上がると迎え撃つようにその腕に握る旗を構える。

 

「あのサーヴァントは、いわば先兵……私たちが汚染された聖杯を止めようとするのを邪魔するために、聖杯そのものが召喚したサーヴァントです!」

 

「なっ! 聖杯そのものが……俺達の邪魔をするために!?」

 

ジャンヌの言葉に驚愕する宗谷、そう、今まさに彼が目にしているのは自分たちと完全に敵対する存在なのだ。

それを聞いて、反射的に臨戦態勢を整えようとする宗谷……しかし、次の瞬間……。

 

 

 

「そこの弓兵の奏者よ! 伏せよ!!」

 

「え? のわっ!!」

 

 

 

それをネロが慌てて止める様に彼に覆いかぶさった。

突然体の上にのしかかられた体重を支え切れずにその場に横倒しになる宗谷、いくらネロが女性とはいえ突然では彼も対応のしようがない。

彼女に真上から押し倒されるようにして地面に横倒しになった宗谷は、慌てて身を起き上がらせようとじたばたとする。

 

「ちょ、ちょ! 陛下!? 俺だって身を守れる術が! むぐっ!?」

 

「言われた通りにせい、でなければ………“貫かれるぞ”!」

 

顔に何やら柔らかい二つの膨らみを感じながらも、強い口調でそう言いつけられた宗谷、するとその次の瞬間、彼らの頭上を何かがものすごいスピードで駆け抜けていくのを感じた。

 

その余波とでもいうかのように強い風を感じる中、宗谷はしっかりとした言葉を聞いた………。

 

 

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ………“我が神はここにありて”(リュミノジテ・エテルネッル)!!」

 

 

 

そして次の瞬間、何かが衝突するかのような音と共に宗谷にかかっていた体重が軽くなると同時に視界が急激に明るくなるのを感じた。

彼の上にいたネロがそこから離れたのだ。

それによって慌てて起き上がった宗谷は自分たちの頭上を通り抜けていった何かへと目を向ける。

 

そして、その先にあった物を見つけた時、宗谷は驚愕に目を見開いた。

 

「………あれって………!」

 

「やはり、狙ってくるとは思ったが……あと少し遅ければお主もあれの巻き添えだったぞ?」

 

「で、でも……それにしても、なんであれが……あの“槍”が……!」

 

それは宗谷もよく知る……いや、宗谷だけではないこの中にいるサーヴァントの内の一人にとっては馴染みがありすぎると言ってもおかしくない、一本の“槍”だった。

その槍はジャンヌに向けてその矛先を向けており、彼女に当たるよりも手前の位置で何かに阻まれるようにして空中で制止している。

 

というのも、おそらくは彼女がそれが当たる直前に発動させた、ジャンヌ自身の宝具によるものだろう。

彼女の上で勇ましく、神々しいまでにその存在を主張している、“旗”によって……。

 

しかし、攻撃を防いだ彼女の宝具もそうではあるがそれを穿つかのように彼女に向かって飛んでいった槍だ……。

その槍へと視線を向けている宗谷、そしてその近くで同じように目を見開いているサーヴァントが一人いた。

 

「………おいおい、確かに俺はあれが欲しいとは思ってはいたがよ………こんなサプライズは御免だぜ?」

 

「……やはり、あれは巫女殿の……」

 

「ああ、間違いねぇ……あれは俺にとっちゃ負ける気のしねぇ頼もしい武器だったんだがな……」

 

やっぱり………。

 

宗谷は近くでやり取りをする二人のサーヴァント………クー・フーリンとディルムッドのやり取りを見てそう感じた。

そう、今彼らが目にした槍……それは、ケルト神話においてあらゆる敵の心臓を一突きで貫く、“因果逆転の魔槍”……。

一対一の戦いにおける対人宝具にもなり、複数の敵に対しても有効な対軍宝具にもなる呪いの死槍……その名は……。

 

 

 

「“ゲイ・ボルク”……でも、クー・フーリンはここにいるのに……」

 

 

 

本来の持ち主であるケルトの英雄であるクー・フーリンを見ながらそう疑問の言葉を出す宗谷、戸惑いを隠せない彼に対して当の彼はなぜか落ち着いた雰囲気を保っている。

 

「……んなもん決まってんだろ、俺以外にこの槍を使える英霊がいるからだ……時に敵をその手で刺し穿ち、時に投げて敵陣を突き穿つ槍……そしてそれが使えるなら……あんたしかいねえよな?」

 

そういうとクー・フーリンは槍が飛んできたと思われる方向へと目を向けた…。

 

 

「………馬鹿弟子め、魔術師となって頭の回転もよくなったかと思えば………動揺を隠しきれておらぬぞ」

 

「そりゃあ、そうだろうよ……俺らの後輩に会ったかと思えば、今度はあんたが出て来るんだからな………“師匠”?」

 

 

そして、その言葉に答えるようにして林の奥から姿を現した人物に、クー・フーリンはそう告げた。

その英霊は体をぴったりと体のラインがまるわかりなタイツのような物で包み込み、背中に流した長髪と揺るぎのない静かな雰囲気を漂わせる女性だった。

だが女性はその中でも何者にも流されることを許さないとでもいうかのような迫力のような物を感じさせ、静かながらも……張りつめた刃のような殺気を漂わせていた。

 

 

 

「師匠って……じゃあ、この人は!」

 

「ああ、俺の師匠……ケルト神話における“影の国の女王”であり、門番……忘れるわけもねぇぜ………なあ、“スカサハ”師匠よ」

 

 

 

クー・フーリンが落ち着いているように見せても動揺を隠しきれていない、宗谷は彼が表情に浮かべている苦笑いを見て反射的にそう感じざるを得なかった。

彼の言葉を聞いた女性……英霊、“スカサハ”は彼女が投げたと思われる槍へと手を向けると、その槍は一人でに動き、彼女の手へと戻っていった。

 

「……セタンタ、お前に選ばせてやろう……ここで死ぬか、それとも後で死ぬか……」

 

「それどっちにしろ殺すってことだよな……じゃあ、なにかい? あんたは今回は俺の敵ってことか?」

 

「敵ではない……オレ達は、“狩人”だ」

 

すると、今度はスカサハの後ろからもう一人の人物がこちらに向かって歩いてきた。

その何者かはゆっくりとした足取りではあるが、その存在を主張するかのように……いや、もっと別の、強い感情をその足に込めるかのようにこちらに近づいてくる。

その存在感、いや、その強い感覚に反応したのか宗谷は反射的にその警戒心をスカサハの後ろへと歩み寄ってきた人物へと向けた。

 

「これは我らがこの異界に現界したことで与えられた意志、我らが行動の根源、我らが行動する意味……本来の召喚ではなく、ある目的として呼ばれたオレ達の存在理由」

 

「………こいつもサーヴァントなのか………でも、こいつは知らない……誰だ……誰なんだあんたは!」

 

圧倒的なその存在感と放たれる感情の本流のような物に押し流されそうになりながらも、負けじと宗谷は立ち上がりその人物へと問いかける。

すると、その人物はスカサハの前に出ると、顔を隠しているポークパイハットと呼ばれる鍔の広い帽子の下で、口元を吊り上げるようにして笑みを浮かべた。

 

 

 

「オレか………オレは呼ばれた、この世界の黒き怨恨、その黒き炎を糧とし、オレは呼ばれた!」

 

 

 

濃い色合いをロングコートを翻し、両腕を出した色白の青年、その目に宿るのは……煌々と燃え上がる、獄炎のような強い炎を宿したような瞳……。

それを目にした宗谷は、反射的に息を飲み……そして、理解した……この英霊は、自分が出会ったこの場の英霊の中でも、群を抜いている存在だと……。

 

 

 

 

 

「オレこそ、復讐の化身! オレこそが、黒き怨念! ………エクストラクラス、“復讐者”(アヴェンジャー)! 我が名は“巌窟王 エドモン・ダンテス”!!」

 

 

 

 

 

………これが、自分たちの本当の敵となる存在なのだと………。

 




いかがでしたか?

次回、宗谷達の前に立ちはだかる三体のサーヴァント、世界をも危機に晒しかねない聖杯の汚染、宗谷はその中でエミヤと共にどう行動するのか!
波乱が巻き起こり始めたこのゲイムギョウ界聖杯戦争、次回もお楽しみに!

それでは……


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Fate/stage,7 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~恩讐~

どうも、白宇宙です!
リアルが立て込んできましたが細々と活動は続けますぞ!!

今回よりしばらくこの聖杯戦争編での更新が集中となりますが、ご了承ください……。

さて今回は!
前回登場した三人の強豪サーヴァント! その猛威に宗谷達は!?

それではお楽しみください、どうぞ……




 

 

“アヴェンジャー”、確かに宗谷の耳にはそう聞こえた。

目の前の深い、森林の緑の木々なんかよりも深い、ダークモスグリーンともいえるような深い緑色をした外套と帽子をかぶった男性、どこか鋭さとは違う気迫を感じさせる………まるでそれを越えた強い感情をあらわにしたかのような眼差しをしたその男性が名乗った名前、そしてそれと同時に明かされたクラス……それを聞き、宗谷は愕然とする他なかった。

 

“アヴェンジャー”………その意味は、“復讐者”………。

 

「アヴェンジャーのサーヴァントだって………エクストラクラスのサーヴァントが何でもう一人!!」

 

本来の聖杯戦争では呼ばれることのない、七騎のサーヴァントとは違うクラスを持つサーヴァントはルーラーの他にも存在する。

その一つが、復讐者(アヴェンジャー)………復讐という概念を具現化した、エクストラクラス。

 

「………ルーラーの次はアヴェンジャーとは………女神がマスターをしていたりなことも踏まえてこの世界での聖杯戦争は前代未聞にもほどがあるな」

 

「落ち着いてる場合じゃないって! 既に全部のサーヴァントは召喚されてこれ以上召喚されることはないはずなのに……なんで、もう一人のバーサーカーだけでなく、もう一人のランサーまで!」

 

目の前で起こっている状況に混乱を隠しきれない宗谷、既に目前には高々と名乗りを上げたアヴェンジャーのサーヴァント、エドモン・ダンテスを筆頭に後ろにはクー・フーリンたちを奇襲した彼の師匠であり新たなランサーのサーヴァント、スカサハと既に召喚されていたもう一人のバーサーカー、ランスロットの三人が並び立つようにして集結している。

 

この状況に動揺を隠せていないのは宗谷だけではないらしく、ブラン、ベールといったマスターとなった女神、そして宗谷の付き添いであるネプテューヌやアイエフもまた状況が飲み込めず呆然としているほかなかった。

 

「な、なんかいきなり横やりが文字どおりって感じに飛んできたと思ったら……何このカオス! 何この状況! 何が正しいのあいちゃん!」

 

「私に振らないでよ! ともかく宗谷、あの新しいサーヴァント、あいつ何者なの? 自分から名乗ってくれたからすぐにわかるんじゃ…」

 

「………わからねぇ」

 

「………は?」

 

アイエフの問いかけに宗谷が返した返答、それを聞いて彼女は呆気にとられた。

唯一異世界の知識に詳しい宗谷でさえも、あのサーヴァントは知りえることが出来ない………そう言っているのである。

 

「あいつは俺の知らないサーヴァントだ………そもそも、アヴェンジャーっていうクラスのサーヴァントが珍しすぎてあんまり見たことないし、なにより………となりのアニキの師匠っているサーヴァントも初見なんだよ!」

 

無理もない、彼が知っている範囲での話はせいぜいアニメ、ゲーム、小説、漫画での物語の話である。

そのどれを取っていても今目の前にいるサーヴァントのうち二人の情報は知りえることはなかった……。

 

「そんな! それじゃあ、どうやって対抗策を考えるっていうのよ!!」

 

これでは対抗のしようもない、この状況に焦りを見せ始めるアイエフ……だが、そんな中……。

 

「なんにせよ、降りかかる火の子は払うだけよ……キャスター!」

 

「ちっ……あんまり、気は進まねぇがな!!」

 

ブランがすぐさまクー・フーリンに指示を飛ばし、前に出た彼は左腕を伸ばし、目の前の空間を横薙ぎに撫でる様に動かすと、空中に特殊な記号のようなもの、ルーン文字と呼ばれる特殊な文字が浮かび上がった。

すると、途端にそのルーン文字は赤々と、まるで炎のように燃え上がり、目の前に立つ三人のサーヴァント達目がけて火球となり殺到する。

 

やられた分はやり返すと言わんばかりに繰り出された反撃の魔術、それは狙いを定めた三人に向かって、無数の火の尾を引きながら向かっていく。

 

だが………。

 

 

 

「………真正面から突き続けるのは悪い癖だ、セタンタ」

 

 

 

その火球はどういう訳か、三人に直撃する前に何かに阻まれるようにして停止し、まるで弾けるかのようにその場で四散した。

三人に動きは見えなかった、あったとするなら直前にスカサハがクー・フーリンにむけて言葉を発したくらいだがそれだけでは説明はつかない。

火球たちはなにせ、“何かに阻まれる”ようにして散ったのだから……。

 

「今のは………」

 

「………へ、さすが師匠ってことかよ、抜け目ないねぇ」

 

「誰にものを言っている、貴様にルーン魔術を教えたのが誰か……忘れたわけではあるまい……今のも、見覚えは十分にあるだろう?」

 

冷酷に、まさに槍の矛先を思わせる鋭い眼差しにクー・フーリンは苦笑いし、理解した。

今スカサハが何をしたのかを………。

 

「あれだけの時間があれば、空間に防御系魔術のルーンを固定させるのはあんたなら造作もねえわな……」

 

彼は知っている、自分の師匠故に……その存在の大きさ、抱いている強さの大きさ、そこにある自身との実力の差……それらすべてを嫌というほど理解しているからこそ、真っ先に理解してしまった。

 

 

 

――― ………相性も、格も、強さも、なにもかも、分が悪い。

 

 

 

………そんな弱音を吐き出さないように、頭の中で………彼は理解したと同時に浮かび上がらせてしまったのだ。

未知数の実力を持つサーヴァントが三人、こちらは全員を合わせれば数では圧倒できるかもしれないがそれで確実に向こうを押し切れるかとなると、そうとはいかないのがクー・フーリンにはわかっていた。

 

「………しゃあねえ、マスター、ここは一旦退かねぇとやべぇぞ、ずいぶんとたちの悪いのを召喚してくれたなったくよぉ!」

 

「え!? 逃げるの? 数はこっちが有利なのに?」

 

「お前はねじが飛んでて気づいてねぇのかもしれねぇが少なくとも師匠は相手取るのは分が悪い、何せ向こうはいくつもの神を殺してきたホンモンの化け物だからな!」

 

「………ほお、師を化け物呼ばわりとは、ずいぶんと偉くなったな? セタンタ」

 

相手の力量をまだ理解できていないアストルフォを制したクー・フーリンだが、その際にはなった言葉がスカサハを焚きつけた様だ、彼女は再び槍を構え、投擲しようと身構える。

 

だがそれを制する者がいた、彼女の目の前にはためいた深い緑の外套……。

 

「待てランサー、影の女王よ……オレ達の目的は本能のままに無差別に襲いかかるわけではない」

 

そう言って外套を翻しながら深紅の槍を構えた彼女を制した、アヴェンジャー。

彼はそういうと先程の時とは少し違う何やら落ち着いた雰囲気を纏いながら数歩前へと歩き出した。

むき出しの敵意、殺意などの鋭い感覚を感じさせない、静かでどこか気品にも似たその歩み、誰もがその様子をじっと見ることは間違いがないだろうその歩みを対面する聖杯戦争参加者のマスターたちとそのサーヴァントたちは見据える。

 

だが、同時に警戒も最大限していた。

 

それはこの歩みによって目の前の人物がこちらに近づいてくたびに放たれる、言い知れぬ気の緩みも許されない、張りつめたまた別の感覚にあった。

 

「………諸君、改めて名乗らせてもらおう、我が名はエドモン・ダンテス………クラスはアヴェンジャーだ」

 

「………なんだか、さっきはすごい堂々とした名乗りだったのに、急に紳士的になったね」

 

行動の予測がつかないその男性を前にネプテューヌが不思議そうに首を傾げる。

確かにそれはこの男に関しては言えていることだ、突然現れた時にはまるで燃え上がる炎のような印象があったのに対し、今はどこか静かな、しんと静まり返った湖面のような落ち着きを感じさせている。

読めない、まるで予測のつかない、このサーヴァントは……。

 

宗谷はこの時、そう感じながら反射的に息を飲んだ。

 

(……わからない……この人の事が、まるで分らない……今までにあった敵とかにはないタイプだ……それ以前に、名前も聞いたことがない……いったい、何の英霊なんだ)

 

この時ほど、無知だった分野をこれほど欲しがったことはないと宗谷は感じたことだろう。

 

“エドモン・ダンテス”……“復讐者”と名乗る彼のその大本、それは一体何なのか……。

 

 

「………“巌窟王”、あなたは聖杯によって呼ばれたのですね………私が抑止力として召喚されたように、あなたは……汚染された聖杯によって……」

 

 

ジャンヌがじっとエドモンを見つめながらそう問いかける、すると彼は口元に小さく笑みを浮かべると被っているポークパイハットで目元を覆うように深く被った。

 

「………そう、お前というルーラーが召喚されたのならば………当然、既に黒く染まった聖杯はお前という存在を排除するために呼ぶのだろうよ……ルーラーと相反する存在を………俺のような、復讐者を………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だがそれでいい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、再びエドモンの放つ雰囲気が変わった。

 

静かな湖面が荒くれる海原と化したかのように、エドモンの表情が、目が、彼が纏う雰囲気が、何もかもが……先程まで見せていた落ち着きが嘘のようにがらりと変化した。

口元を凶悪なまでに吊り上がらせ、目に激しい激昂の感情を溢れさせ、すべてを押し黙らせん迫力を体全体から溢れさせた彼は、その視線を………ジャンヌだけに向けた。

 

 

 

「貴様という存在、人という存在を最も怨み! 憎悪し! 激怒し! 復讐に駆られるに値する貴様という存在が! お前のその存在が! オレという絶対に相容れない存在を呼び寄せた!!」

 

 

 

彼女を指さし、言い放ったエドモン、それを見た宗谷は実感する……彼が復讐者であるという実感を……。

 

彼はまさに、復讐というものを体現した存在……復讐者、そのものだ……。

ある物を憎んで、憎んで、その怨みを晴らさんと復讐を誓った者が放つ、言い知れぬ気迫とその感情の本流を、今宗谷は肌に強く感じ、実感した。

 

こいつは今、憎悪している………俺達の前に現れた、あの白き聖なる存在である、聖処女(ジャンヌ)を……。

 

「………あなたとこうして会い見えることになるとは、思いもしませんでした………故に、止めなければなりません………その感情も、あなたという存在も、あなたをも呼び寄せた根源も」

 

「止める? ………ははっ………はははははは……! くははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

「………ジャンヌ、あいつは………あのアヴェンジャーはいったい、なんなんだよ」

 

声が震えていた………ジャンヌの言葉を聞き、狂ったかのように笑っている彼を見て………自身の声が震えていたのを、感じた。

わからない……彼という復讐者を、理解することが出来ない……。

理解することが出来ないからこそ、体が彼を拒絶する……言い知れぬ疑心に、自分が押しつぶされそうになるのを、宗谷は必死に耐えていた。

耐えるのが精いっぱいなほどだった。

 

「………“巌窟王 エドモン・ダンテス”………かつてフランスの地、大きな陰謀によって無罪の罪を着せられた彼は牢獄島、“イフの塔(シャトーデュフ)”と呼ばれる島に幽閉され、長い年月をかけて脱獄を果たした、脱獄者です」

 

「脱獄者………だから、アヴェンジャー………」

 

「そう、脱獄を果たした彼は自分を陥れた有力者への復讐を誓い、その人生を恩讐に捧げた………その復讐のために、己の希望となる存在を見つけながらも………復讐に駆られた、悲しき人」

 

「慈悲などいらぬ!!」

 

エドモンが激昂し、ジャンヌの言葉を薙ぎ払うかのように言い捨てた。

 

「語らずとも、知っているだろう! 貴様はオレが何者か! 故に理解しているだろう女!! オレの中に刻まれた恩讐が!! 我が身を焦がし、滾らせたこの恩讐の黒炎が!! 救いを求めず、赦しを求めず!! オレは復讐をこの身に誓った!! オレは……人類という存在における、永遠の復讐鬼なのだからな!!」

 

途端、エドモンの周囲が青白い炎に包まれ、燃え上がった。

いや、もはやその炎は青白いなんてものではない、白さを通り越した清純の欠片など、美しさなども感じさせない畏怖の炎。

彼の感情に反応するかのように燃え上がった炎が燃え広がる、目の前に自分と相容れない存在を飲み込むかのように……。

 

まずい………本当にこの男はまずい………あの三人の中で、彼は群を抜いている何かを糧に動いている。

あれを敵に回したら、自分は………この炎に………。

 

 

 

―――ビシュン!

 

 

 

その炎を前にして、底が知れない何かに飲まれかけていた己の思考を何かが引き戻した。

自分の横を通り過ぎて行って放たれた一閃、空気を切り裂く音と空間を瞬時に駆け抜けていった感覚、それが一瞬、宗谷の思考を引上げさせた。

 

 

 

「何をしているマスター……指示を出せ」

 

「あ………アーチャー………」

 

 

 

鋭く、どんな刃よりも揺るがない一点を見据えた瞳を、揺らめく炎の中に立つ復讐者に向けた赤い弓兵が自身にそう言った。

一切の怯えを見せず、曲がりも見せない、まっすぐな瞳が……その手に持った弓の狙いを定めている。

 

「これ以上にないわかりやすい状況だ、それなのに随分と弱気じゃないか……」

 

「っ………悪い……でも……」

 

「サーヴァントにとってマスターは指示を出す司令塔、それが戦意を失ってどうする……それで、何ができる」

 

だがその狙いを定めた瞳を自身の主に向けることはないまま……その視線の奥に秘められた、その心意は別の方向に向いている………。

そして、その方向がどこに向けられているのか宗谷はすぐに理解できた。

 

 

 

「………何が守れる………」

 

 

 

………その心意が、“自分”に向けられていると………。

 

 

 

彼の胸の奥に秘められている、彼が守護者であるという本質、その大本の彼の心の内がまるで自分を見定めるかのようにして、自分に狙いを定めている。

その様な気がしてならなかった。

宗谷はエドモンの放つ言い知れぬ気迫に押され、気圧されながらも見定める……目の前の……敵を……。

 

「………随分な物言いだな、無銘の守護者よ………貴様が、ある意味では人間を見限ってもおかしくはないその輪廻に捕らわれたお前が……」

 

「ほう、その言い分だと君は私のことを知っている様だな……汚染された聖杯とやらに吹きこまれたか?」

 

エミヤはそういうと先程放った矢の元となる剣をその手に生成する、魔力を練り上げ一つの刃へと構築し、それをもう片方の手に握る漆黒の弓へとつがえる、すると生成された剣の形状がさらに鋭く、刺突に適した形状へと変化し、それはさながら矢となりエミヤはそれをエドモンに向けて放った。

 

放たれた矢が空間を切り裂き、まっすぐに向っていくがそれはエドモンの右隣に控えていたランスロットが持っていた武装を盾代わりにするかのようにして妨害したことで直撃することはなかった。

黒い騎士の持っていた重火器が矢の盾となりバラバラになった、それを見たランスロットはすぐさまその手に次の武器を握る、だがそれは今まで使用していた銃器などではない……単純にして、彼にとってのもっとも扱いなれたのであろう武器だった。

 

「なるほど、それが“アロンダイト”か」

 

伝説の騎士王に仕えた13人の円卓の騎士、その中で最強を誇ったとされる騎士ランスロットが持っていたとされる剣、それが“アロンダイト”。

 

「………aaaaa………!」

 

ランスロットがその剣先を向けて唸る、そしてそれを合図にしたかのように並んでいたスカサハも長槍を構え直した。

それを見て対面していたエミヤを含める8人のサーヴァントたちもまた臨戦態勢を作る。

 

「言ったはずだ、オレ達は狩人、狩る側だとな……いや、正確にはその狩る側によって集められた“猟犬(ハウンド)”か」

 

「狩る? どういう意味よ、聖杯戦争に狩るとか狩られるとかいうのはないんじゃ」

 

「そうなったんだよ………汚染された聖杯から抜け出した哀れな聖女が、お前たち本来の聖杯戦争の参加者を呼び集めたことでな」

 

「………どういうことだ」

 

アイエフと宗谷がエドモンに問いかける、するとエドモンは今度は静かにほほ笑んで見せた。

 

「………“生贄”だ………今回のオレの共犯者は、古めかしい生贄を求めているらしいんだよ………お前たちのサーヴァントをな!」

 

エドモンがそう言い放ち8人を指さすかのように指をさす。

共犯者………これは恐らく、彼らを召喚したのであろう汚染された聖杯の意志と見込んで間違いはない。

 

「故にオレを筆頭に呼ばれたのだ、ここにいる三人が……猟犬として選ばれたのさ」

 

「何のために……わたくしたちのサーヴァントを何故横入りしてきたあなた方に狩られなければなりませんの?」

 

「決まっているだろう………その生贄こそが、今回の聖杯戦争を仕組んだ我が共犯者の………目的だからだ」

 

「サーヴァントの命が……目的、ですって……?」

 

今回の聖杯戦争に参加するにあたって、それに関する知識を得ていたベールとブランだが彼のその言葉に疑問を抱かざるを得なかった。

聖杯はあらゆる願いを叶えるほどの魔力を秘めた願望機、だがそれが意志をもって求めるのがなぜ聖杯から選別された英霊たちなのか……。

 

「さあ、小休止も終わりだ………ここからは、狩りの………時間だ!!」

 

考えさせる余地も与えないということか、エドモンが始まりを告げるかのように宣言したと同時に左右に控えていたスカサハとランスロットの二人が飛び出した。

得物を持った二人はそれぞれに狙いを定めたのか駆け出すと同時にその手に持っていた得物を振るう。

 

「………フッ!!」

 

「ちぃぃぃ!!」

 

スカサハの長槍はクー・フーリンにむけて……。

 

「AaaaaaaaaaaaaaaSaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

「ほう、余の元に来るか! 狂戦士よ!!」

 

ランスロットの剣はネロに向けて振り下ろされた。

 

「馬鹿弟子よ、まずは貴様からだ……久々の組手と思うな、儂は最初から……本気だ」

 

「あんたは、いつでも! 本気だろうが!!」

 

繰り出される深紅の矛先をクー・フーリンは持っている杖で紙一重でさばいていく。

だが、師であるスカサハの技量は優に彼を越えるということであろうか、彼が魔術師が故に持つ木の杖ではその攻撃を捌くのに活用してはいるがそれっきりだ、反撃に転じる隙はなく、一点に狙われたその攻撃を返すチャンスを得ることが出来ない様だ。

 

「くそっ! だから言ってんだよ、俺はこっちより槍の方がいいって!!」

 

「魔術師よ! お前は他の者たちを連れて下がれ! このままではこちらが不利、体勢を立て直すがよい!」

 

「簡単に言いやがってよぉ!!」

 

ランスロットと剣を切り結びながらネロがクー・フーリンに指示を出す。

荒れ狂う最強の騎士の剣撃を防ぎながらも指示を出せるのは彼女がローマ皇帝たるゆえんだろうか、堂々たる赤き炎を宿した彼女の刃が迫りくる漆黒の長剣を切り払う。

 

「奏者たちよ! 時間は我らが稼ぐ! 一度退け!!」

 

「で、でも、あんたらだけでどうにかなるのか!?」

 

「弱気になるんじゃねぇ、俺らがいるんだからよ!!」

 

ネロに迫るランスロットを振り払うように、控えていた金時が持っていた斧を構えて参戦する。

迫ってきた黒騎士を薙ぎ払うかのように振り下ろされた雷光を纏った一撃が地面を抉る。

 

直撃を避けるべく一度後退したランスロットに掛けていたサングラスをかけ直しながら金時は向き直った。

 

「よお、散々相手してんのに相手を変えるのは道理が通らねぇだろ? ブラックナイト」

 

「Aaaaaaaaaauuuuuuuuuu……!!」

 

「押し込むぞ! 余に続け!!」

 

「応よぉ!!」

 

攻めあぐねたのを見計らい一気に攻めに転じる二人、片方はこれで押さえられた……だがまだ敵はいる。

 

「キャスター下がりなさい! 私が………!」

 

「バカ野郎! あんたがどうにかできる奴じゃねぇんだ!! それにマスターがやられたら元も子もねぇんだよ!!」

 

「そんなこと言っている場合じゃない、このままではあなたが……!」

 

苦戦するクー・フーリンにブランが前に出て加勢しようとする、だがそれを止めたクー・フーリンは振り下ろされた深紅の槍を受け止めながらむしろブランに下がる様にいう。

それでも自身と共闘することを誓った者を見捨てられないという様子のブラン、その間にもスカサハの洗礼された槍さばきがクー・フーリンを追い詰めていく。

 

 

「御子殿、後ろへ!!」

 

 

だが、その間に割って入るようにして本来召喚されていたランサー、ディルムッドが二槍を振りかざしながら乱入した。

赤と黄、二振りの槍を交差させるようにして真上から振り下ろされた槍を受け止めた彼は後ろにいるクー・フーリンを庇った。

 

「ここは私が時間を稼ぎます! そのうちに御子殿達は撤退を!」

 

「お前………」

 

「我が主が先程私にそう指示しました……“決着をつけるなら私たち自身の手で、邪魔をするなら敵”と!」

 

押し込まれそうになっている状態を持ち直そうと腕に力を籠めるディルムッド、彼のマスターはどうやらこの状況をよくは思っていない様だ。

 

そしてそこに………。

 

「しゃあ!」

 

「むっ………」

 

小柄な影がディルムッドを飛び越えるようにして邪魔者をもろとも押し込まんとするスカサハに奇襲を仕掛けた、ジャックである。

ジャックが放った逆手持ちのナイフの斬撃にスカサハは一度槍を放すと後ろに跳び退った、空を切ったナイフがそのまま地面に刺さるがジャックはそれを抜くとディルムッドの前に立ち、身構える。

 

「アサシン………」

 

「おかあさんがね、向こうに聖杯があるならあっちを先にころしちゃえって」

 

「………すまない、感謝する、小さき暗殺者よ」

 

どうやら目的は違うようだが加勢をしてくれるらしいジャックにディルムッドはそういうと、彼女の横に並び立ち武器を構えた。

 

「あ、そうだ……アーチャーのますたーに言っておけって」

 

「え………」

 

突然ジャックが宗谷に向けてそう告げた、この事態に彼女のマスターは自分に何を伝えようというのか、咄嗟に宗谷は彼女に顔を向ける。

 

 

 

「えっとね………“きさまを倒すのは私だ、その前に倒れるのは許さない、歯向かって見せろ”………だって」

 

 

 

どことなく、特定の立ち位置にいるキャラのセリフのような気もする言葉に宗谷は一度違和感を感じた。

 

(………あれ、じゃあ………俺の事を知ってる………?)

 

出なければそんなことは言わない……そんな気がした。

 

ともかく、隙は何とか作れた。

クー・フーリンは状況を把握すると後ろに下がり、その場に集まったマスターたちを集める。

 

「恩に着るぜ、後輩! 退がるなら今だ!! ライダー、宝具を出せ!!」

 

「ちょっ! さすがにこの人数は定員オーバーだってば!?」

 

「構わねぇ! 乗れねぇなら紐か何かでしがみ付いてでもいい!!」

 

「あーもー!! 無理させないであげてよ!! まあいいけど!!」

 

アストルフォが愚痴を言いながらも再び“この世ならざる幻馬”を呼び出そうとする。

それを合図にしたかのようにクー・フーリンが自身のマスターであるブランを抱え上げ、アストルフォもまたベールへと手を伸ばす。

 

「きゃっ!? な、何してんだテメェ!! どこ触ってやがる!!」

 

「文句言うな! 今は少しでも離れるのが先決だ!!」

 

「マスターも早く! よくわかんないけど、ここに居たらまずいのは何となくわかるから!」

 

「え、ええ、わかりましたわ! 宗谷! ネプテューヌ! あいちゃんも早く!」

 

ベールの声を聞き、宗谷も頷くと同時に後退しようとする、だが。

 

 

「っ! マスター、走れ!!」

 

「え……うわぁっ!?」

 

「ねぷぅ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 

突然自分たちの近くに激しい衝撃が走り、その反動で宗谷は体を弾き飛ばされたかのように投げ出され、地面を転がった。

近くにいたネプテューヌとアイエフもまたそれに巻き込まれるようにして宗谷の近くに転がる。

いち早く何かに気付いき、跳び退ったエミヤは先程もっていた弓を消滅させると、転がったアイエフとネプテューヌを素早く抱え上げる。

 

「いってぇ……!」

 

「逃がすと思ったか……狙いを定めた獲物を追いかけるのが、猟犬だろうに……」

 

そこに追い縋ってきたのは、エドモンだった。

外套をはためかせこちらに近づいてきた彼はその手を宗谷達に向けている。

どうやら今の一撃は彼が放ったもののようだ、凄まじい威力……そして同時に感じた熱さとは違う、とてつもない嫌悪感……体に駆け巡った微かながらも受け付けない感覚に宗谷は僅かに身を震わせた。

 

「犬は及びじゃねぇんだよ!!」

 

そこに先に逃げる準備を整えていたクー・フーリンが杖を向けてエドモンに向けて火球を繰り出す。

だが、彼はそれを避けるような仕草を見せることなく……。

 

「………おぉぉぉぉ!!」

 

突き出した手より放った青白い炎で瞬時にそれを掻き消した。

 

本来得意とするクラスがランサーとはいえど、魔術師となった彼が放った炎をいともたやすく、あっさりと飲み込んだ彼のあの炎の威力がどれほど強力なのがまさに、炎を見るよりも明らかだった。

 

「こんなものか………なら見せてやろう、本当の炎を………恩讐に染められた炎を!」

 

エドモンが再び体から青白く揺れる恩讐の炎を噴き出す、そしてそれを足元に集まると彼は地面を蹴り………“飛んだ”。

 

「飛んだ!? しかも……早い!!」

 

足に炎を集めたエドモンは目で追うのがやっとなほどのスピードで何と空中に飛び出したのだ、空中に青白い炎の尾を引きながら空中を駆け巡るエドモン、その速さはアストルフォの宝具、“この世ならざる幻馬”に優に匹敵するほどの速さだ。

 

そしてそのままエドモンは………。

 

「むっ! ぐっ!?」

 

「がはっ!?」

 

「くっ!!」

 

「あぐっ!?」

 

宗谷達を引かせようとするために奮闘する四人を、一瞬のうちに叩き伏せてしまった。

 

そのあまりの速さに目が追い付かない程だった…。

エドモンの動きに反応しきれなかった四人の英霊たちは弾き飛ばされ、地面に体を投げ出し、倒れ込んだ。

四人を瞬時に倒したエドモンはそのまま地面に着地すると再びその手を振りかざし、今度は彼らをその身に包む恩讐の炎で焼き尽くさんとする気なのか……。

 

「そこまでです!!」

 

しかし、それを止めようとジャンヌが立ちふさがった、地面に旗を突き立てた彼女は腰に仕えた剣を抜き放った。

 

「あなたは止める……止めなくてはならない……だからこそ、私があなたを止めてみせます」

 

「………そうか………やはり相容れぬな………お前とは!!」

 

立ちはだかったジャンヌを見て、エドモンは口元に凶悪な笑みを浮かべ、拳を握った。

再び恩讐の炎が彼を包み、飛び出した彼の拳がジャンヌに迫る……だが、ジャンヌは臆さない、まっすぐに目前の復讐者を見据え、握っていた剣を構える。

 

「ジャンヌさん!!」

 

「早くいってください! この曲げられた戦いを止めるためには、あなた達の力が必要なのです! あなたという存在と、この世界を守護する女神である、あなた達が!!」

 

ジャンヌを気遣い、赤剣を取り出した宗谷にジャンヌはそう言って叱咤する、迫りくるエドモンの攻撃を回避し、手に持った剣を振るいながら……。

彼女は守ろうとしているのだ、宗谷達という存在を………残された最後の、小さな光を守ろうとするかのように……。

 

 

 

「あなた達が………この世界の“希望”なのですから!!」

 

 

 

彼女はそれを守るために、奮闘しているのだ。

強大な復讐の化身となった、彼から……その背後にいる強大な何かから、彼らを守るかのようにして……。

 

「………希望………俺達が………」

 

「ソウヤ!! 急いで!!」

 

「………ジャンヌさん!」

 

ネプテューヌに呼ばれ、宗谷は後ろに下がる前にジャンヌを呼んだ。

そして、その彼の言葉にジャンヌは振り返ることもしないが、それでもしっかりと聞こえていた。

 

 

 

「………死なないで!」

 

 

 

ただその一言を残して、宗谷は振り返りアストルフォの幻馬に飛び乗った。

それを合図にしたかのように“この世ならざる幻馬”は背に生えた翼をはためかせとてつもない速さを出しながら空を疾走する。

その際に発生した風を背に受けながら、ジャンヌは彼の言葉をしっかりとその胸に刻み付けた。

 

「………死なないで、ですか………」

 

「………無理な話だな」

 

しかし、それを否定するかのように目の前の復讐者はその恩讐の炎を滾らせる。

 

「………奴らが希望? 違うな、希望は誰かが生み出す者でも、請うものでもない………希望は待つ物だ………遠い闇の果てで小さき光を追う、それが希望という物だ………それは作り出せはしない」

 

「………アヴェンジャー、あなたは………」

 

「話しは飽きた………もういい、纏めて飲まれろ」

 

復讐者はその希望を託した聖女を否定する……自身の存在故に、その存在理由がある故に、彼女という存在を否定する。

 

だから止まることはない……彼の身が滾らせる、その恩讐の具現である炎が、その勢いを止めることはない。

 

 

 

「………我が往くは恩讐の彼方………」

 

 

 

彼の復讐が止まることはない………。

 

 

 

 

 

「“虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)”!!」

 

 

 

 

 

彼を捕らわれた最大の監獄島を止まることなく脱獄したように………彼の復讐が、止まることはない………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程までそこは数人の英霊たちが集う戦場と化していた、だが今は静寂が支配する焼け野原と化していた。

 

残されていたのは焼けこげた草と木々が残る大地とそこに残された、旗の切れ端のような布切れ……。

 

そして、その布切れを踏みにじるようにして立つ復讐者の英霊と、その近くに立ち尽くす黒い騎士と、深紅の矛先を血に濡らした槍を持つ影の女王の異名を持つ女槍使い…。

夜の空に包まれたゲイムギョウ界という異郷の地に立つその三人の傍に、この時近づくものがいた。

夜の闇に紛れるようにしてゆらりと現れたその存在はその場に立つ三人に近づく。

 

「やあ、順調のようだね……」

 

「………まだ終わりではないさ、残りを期待しろ………共犯者よ」

 

「ああ、期待しているよ……俺は最初から、この催しごとに期待しかしていないからさ」

 

夜の闇に紛れるようにして揺れる、漆黒の二つ結びの髪……そしてどこまでも虚無のような何もない、何も感じさせない瞳。

何か大切な物を欠如させたかのような空虚で不気味なまでに静かな微笑みを浮かべるその人物はエドモンたちを見据えてそういう。

 

「やはり俺との相性が良かった様だ……君をリーダーに選んだのは正解だった、この調子で頼むよ……アヴェンジャー?」

 

「………そうだな、それに敢えて答えるとするなら………オレは貴様にこう告げようか………」

 

エドモンはそういうと、その人物から目を離し先程逃走した者達が向かっていった夜空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「………“待て、しかして希望せよ”………とな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

次回、ジャンヌに希望を託され戦線を一時離脱した宗谷達。
あまりにも強大な敵、巌窟王の放つ気迫に押された宗谷……果たして汚染された聖杯が生贄を求める目的とは……この世界の希望となりえる彼らはどうなるのか!

次回をお楽しみに!
それでは……


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Fate/stage,8 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~理想~

どうも、白宇宙です!
社会人になりました!これからもちょくちょくと投降していきますんでよろしくお願いします!

さて、今回のお話は……エドモンと遭遇し何やら様子がおかしい宗谷にとある人物たちが行動を起こす……?

それではお楽しみください、どうぞ!


 

 

 

日もすっかり暮れて、夜中になった頃。

アストルフォの宝具である“この世ならざる幻馬”に跨り、戦線を一時離脱した宗谷達は少しでも遠くへと離れるために夜空を駆け抜けた果て、森林の中でひっそりと誰かを迎え入れる様にして開いていた洞窟の中へと避難した。

入口がひっそりとしていた割に中はそれなりに広く人数がどうにかこうにか入ることが出来るスペースは確保されていた。

 

「………ひとまずはここまで来れば大丈夫そうですわね」

 

「追手が来ないことを祈るしかねぇがな」

 

「………つかテメェ、いつまで私の事を抱えてるつもりだ………」

 

洞窟の中へと身を隠し、安堵した様子のベールにそれでもと周囲を警戒を怠っていないクー・フーリンは小脇に抱えているブランを下ろしながら一度洞窟の外へと出る。

“この世ならざる幻馬”のスピードが並々ならない物であり、多少の定員オーバーなど気にさせない程の力強い空中疾走のおかげで早々に追いつくようなことはないと思うが……離脱する前に見せたアヴェンジャー、エドモン・ダンテスのあの高速移動能力を見てはそれを緩めるのも慎重になるというものだった。

 

「俺は一度このあたり一帯に空間探知のルーンを仕込んでくる、何もねぇよりはマシだろうからな」

 

「じゃあ、僕は入り口でヒポグリフと一緒に監視してるね? なんかあったらすぐにみんなを呼べるように」

 

そういうと二人は己のマスターを守るためか、それとも自己防衛のためか洞窟の外でそれぞれに行動を開始した。

ブランとベールはそれを一度見送った後、互いの顔を見合わせた。

その表情は何とも言いきれないような複雑な意志を感じさせるものだった。

 

「……ややこしいことになったわね」

 

「ええ、あらゆる願いを叶える願望機を掛けた戦いのはずが……得体のしれない何者かの奇襲に巻き込まれるなんて」

 

このわずかな時間で本来自分たちが知っていた聖杯戦争の内情が大きく歪んでしまった。

最後の一人となるまで勝ち進み、勝ち取るはずだった聖杯そのものが汚染されて意志を持ち暴走しているということを本来は現れることはないらしいエクストラクラスのサーヴァントを筆頭にした三人の英霊たちに聞かされ、今度はその聖杯の意志によって自分たちのサーヴァントを狙って刺客となる強力なサーヴァントたちが現れた。

 

もはやこの戦いで、自分たちがどのように行動していいのかわからなくなってきていた。

 

「………願いをかなえようにもこの状況じゃどうにもならないわね………この聖杯戦争というのがこの世界で起きた原因も判明するにはしたけど………」

 

「すっきりしませんわね………向こうは何のためにこんなことを………」

 

果たしてこの不穏な戦いの果てに何があるというのか、その中で自分たちは何を見出し、行動すればいいのか……。

まるで心の中に靄が充満しているかのような感覚だった。

 

そして、それはこの二人だけでなく………もう一人いた。

 

「………そう言えば、宗谷は? 彼なら何かしら考えてそうだけど」

 

「………それが………」

 

気になったのかブランがベールに問いかけるとベールはどこか浮かない様子で洞窟の奥の方へと目を向けた。

すると、その先にいたのは暗い洞窟の中を照らすクー・フーリンが用意した即席のたいまつが照らしている中で、洞窟の壁に寄りかかり俯いている宗谷がいた。

その表情は何処か暗く、意気消沈しているとも見て取れた。

 

「………あのような様子で………」

 

「………どうしたの、彼は……」

 

「それが……どうやら、自分を責めているみたいなんです」

 

その様子を見ていた二人の元にアイエフが近づいてきた、彼女の言葉にブランが首を傾げる。

 

「責めている? あの状況下でなぜ自分を責めるようなことを……」

 

「なんでも、あの状況で何もできなかった自分が………情けなかったみたいで」

 

「………無理もありませんわね、わたくしたちはあの場を離れることしかできなかった………あのアヴェンジャーというサーヴァントの気迫はそれ程の物だった……正直わたくしも手を出すのをためらったほどですわ」

 

あの時の邂逅から、一瞬の刹那で見せつけられた猛威……エドモン・ダンテスの力は逸脱しているような物を感じていた。

力量や実力云々ではない、それはもっと別次元の……表に出ている彼という存在の強さを越した先にある、彼の“本質”とも呼べるものだろうかその大きさに女神であるベール体でさえも終始圧倒されるしかなかったほどである。

 

まるで下手に動けば未知数の存在である目の前の男が秘めた何かに……何もかも、一切合切を飲み込まれてしまいそうな、そんな気もしたほどである。

 

「ほ、ほら、ソウヤ~、大丈夫だって! 今は何もできなくてもさ、次があるって、リベンジだよ! リベンジ!」

 

「………」

 

「だからさ、そうやってふさぎ込んでても………ね? 一回負けたくらいでそんなになってちゃ、らしくないよ………」

 

「………ごめん」

 

彼の事を励まそうとしているのかネプテューヌが座り込んでいる宗谷の傍で話しかけているが、宗谷はそれに答えずに立ち上がるとふらふらと洞窟の奥へと足を運んでいった。

 

「………少し、一人にさせてくれ」

 

そのまま暗い洞窟の奥へと進んでいった宗谷、ネプテューヌの言うように彼らしくはないが……その心に負ってしまっている何かは、思っているよりも深く彼の心を苛んでいる様にも見えた。

 

「………思っていたよりも重症ですわね」

 

「………」

 

「………ブラン様?」

 

そんな彼の後姿をじっと見据えるブラン、物静かな彼女はそれらしく何も言わずその視線を彼に向け続けているものの……その瞳にはどこか、大人しくしてはいられない何かがあったようにアイエフには見えた気がした。

 

「………私、ソウヤの事追いかけて来るね! たいまつ借りるよ~!」

 

念のためにと用意していた予備のたいまつに火をつけたネプテューヌはそれを手にしたまま洞窟の奥へと向かっていった宗谷を追いかけていった。

彼女らしいと言えば彼女らしいが、早々に彼は立ち直れるだろうか……。

 

「………私も行ってくる」

 

「ブラン? あなたもなんて、どういうわけですの?」

 

「………なんだっていいでしょ」

 

なぜかその後にブランも付いていったのを見送り、ベールとアイエフは心配そうに宗谷とその後についていった二人の事を見つめる。

そして、そんな洞窟の奥へと向かう者達が前を通り過ぎるのを横目で見ていた者がいた………。

 

 

「………やれやれ、世話の焼けるマスターだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い洞窟の中へと進んでいった宗谷は、ふらふらとしたおぼつかない足取りで奥へ奥へと進んでいくとやがて行き止まりとなっている場所へとたどり着いた。

宗谷はそこで再び壁に凭れかかると、俯きながらその場に膝を抱え込むようにして座り込んだ。

 

……自身の中に湧き上がる不安感と、恐怖にも似た感情に耐えられなかったからだ。

 

エドモン・ダンテス……彼が放っていたあの恩讐の炎、そこに秘められた彼の黒く染まった感情の本流を見て、まじかに感じた瞬間に宗谷は言い知れぬ恐怖と不安感に襲われた。

宗谷自身がここまで精神的な苦痛を感じるほどの気迫となったのかその要因は誰にも理解しえない。

彼はそれを感じ、そして、それに恐怖し、それから身を守ろうとしていたのだ。

 

 

 

………その感情を、“自分が一番理解しているから”………。

 

 

 

恩讐、復讐、怨念、恨みつらみで生まれたその強い感情を……宗谷自身が知っている。

 

 

 

自身も一度、それに“飲まれかけた”からこそ、知っている。

 

 

 

だからこそ、彼は恐怖した。

かつて自分が飲まれたその感情に、その感情の塊ともいえるような存在だった、アヴェンジャーという存在……エドモン・ダンテスという復讐鬼の存在に……。

足に力が入らない、体の震えが止まらない、あの感情と向き合うのが怖い、次に会った時自分の正気を保てるかどうかもわからない。

 

 

 

怖い……怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――復讐……それが我が糧……貴様も同じだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

突然聞こえてきた声に宗谷が顔を上げる、そこにいたのはどす黒い、何とも取れないような感情のカーテン………そこのない真黒な何かに包まれたその黒い人型の影がゆらゆらと蠢きながら、眼光から光らせる深紅の眼差しを向けていた。

 

「あ………あぁ……あっ………!?」

 

それを見た瞬間宗谷の身体の震えが強くなった、がくがくと体が震え続け、自身の思考が恐怖というワードのみで埋め尽くされて行くかのような感覚をまじまじと感じ、それと同時にその感情に対する嫌悪感が激しくなり始めていくのを感じた。

 

―――こいつだけは拒絶しなければいけない、こいつを認めるわけにはいかない、消さなくちゃいけない。

 

そんな強い感情が恐怖という物の中に埋もれていく心の中でふつふつと湧き上がり始めた。

 

 

 

 

 

―――お前もわかるだろう、何せお前も復讐に駆られた……大切な物を傷つけられ、その敵を討とうとしてその手に刃を取った、血濡れのナイフを……貴様も、オレと同じだ……

 

 

 

 

 

「やめろ………やめろ………やめろ………!!」

 

 

 

 

 

―――その手を見ろ、貴様の手についているぞ……恩讐に染まった、血が……

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

咄嗟にその手に感じた、生暖かくドロリとした感触、宗谷はそれを感じて慌てて自身の手を見た。

そこには………血に染まった自身の手の平があった。

自身の手から沸き立つ物ではない、何かによってついた誰かの血、滴り落ちるほどにべっとりと着いたその手の血に宗谷は目を見開き、さらに恐怖を駆り立てた。

見覚えがあったからだ……この手に……この忘れられない、血濡れの手に……手にべっとりと着いた、血の感触に……。

 

 

 

 

 

―――その血を覚えているだろう………お前は、知っているだろう………恩讐と怨みにかられ、その手に染めた血の主を………なぜそうなったのかも………

 

 

 

 

 

「あ………あぁぁぁ……ちがっ………俺は………俺は……! やめろ…やめろ………やめてくれ……!!」

 

 

 

 

 

―――お前と俺は同じだ……同じ………復讐鬼さ………お前はまだ心のどこかで恨み、憎み、怒り、そして思っている………

 

 

 

 

 

「やめろ……違うんだ、俺はそんな事……もう誓ったんだ……あんなことはしないって……! だから違う、違うんだ、俺は……俺は……俺は!!」

 

 

 

 

 

―――お前の手に持っているその剣が、その刃が言っている……お前の敵を切れと、お前の真の敵を切れと……お前は理解しているはずだぞ、お前の敵は……お前の大切な物を奪った奴だと!!

 

 

 

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その辺にしておけ、マスター」

 

声が聞こえた。

 

腕を誰かに止められた。

 

誰かに向けて何かをしようとしていた。

 

気付いたときに宗谷が感じたのはそれだけだった、無我夢中で何かを握りそれを思い切り振り上げて、何かに振り下ろそうとした。

そうしないと自分が恐怖に飲み込まれそうだと感じたから、抗うためにそうした。

だが、何に対して………誰かに振り上げた腕を横合いから掴まれて止められた状態で宗谷は息を激しく切らしながら自身の腕をつかんでいる者へと目を向けた。

 

「……アー……チャー………」

 

そこにいたのは、エミヤだった。

真っ直ぐと宗谷を見つめながら彼は表情を一つも変えずに彼の目の前へと視線を動かした。

 

「………何があったかは知らないが、正気の沙汰とは思えない事をしたものだ、前を見ろ」

 

「え………っ!」

 

彼に言われて宗谷もまたその視線を目の前へと向けた。

そして、そこにいた者の姿を見て宗谷は再度、驚愕した……。

 

「……ソウヤ……」

 

「……ネプ……テューヌ……!?」

 

そこにいたのは紛れもない、ネプテューヌだったのだ。

その場で尻餅をついた体制でかなり動揺した様子を見せる彼女は驚いた目を向けている、その視線の先にあるのは……宗谷が振り上げた物……彼の武器となる愛剣、赤剣だった。

なぜ目の前に彼女がいるのか、どうして自分が赤剣を取り出しているのか、なんで自分がこの剣を振り上げたのか、自分が今何をしようとしていたのか…。

 

エミヤに止められ、冷静になった宗谷は頭の中でそれを整理する。

 

そして、理解した………理解してしまった………。

 

 

 

自分が今、彼女を………ネプテューヌを、“斬ろうとしていた”と………。

 

 

 

「………あ………あぁぁぁぁぁ………ああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

まただ、また繰り返そうとしてしまった。

その事実に宗谷は赤剣を落し、叫び、恐怖にかられて頭を抱え、その場に崩れ落ち、慟哭と共に強く地面に頭を打ち付けた。

 

「俺は! 俺はまた! こんな! こんな!! くそ!! くそぉぉぉぉ!! 畜生ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

自分に対する怒りが、悔しさが、辛さが、すべての感情をありったけ叫ぶかのようにして宗谷は何度も何度も頭を地面に打ち付け、吠えた。

自分が今支配されようとしていた感情に、再び飲まれようとしていたことに、自身の奥底に仕舞っていたはずのこの心に………宗谷はありったけの悔しさと怒りをぶつけた。

 

それしか、出来なかった。

 

本当はわかっていた、割り切ったように見せておきながら心の奥底ではまだその感情が残っているということに……あの時、自分の大切な人達を傷つけたあの男に……そしてなにより、一時の復讐に駆られた代償として失った、彼女をその手に掛けた……“自分自身に対する恨み”が……。

 

「………やめて………やめてよソウヤ!!」

 

見ていられなくなったのか、咄嗟にネプテューヌが彼の体を抑えるようにして宗谷を止めた。

地面に数回頭を打ち付けたために、額からは血を流しながら宗谷は激しく息を乱し、その怒りを放とうとする。

 

「大丈夫だから! ちょっとびっくりしたけど、気にしてないから! 驚かしたなら謝るから、もうやめよ? ね?」

 

「……………やめても、どうにもならねぇよ……………」

 

「………え?」

 

制止を呼び掛けるネプテューヌに対して、宗谷はぽつりとつぶやくようにしてそう言った。

前のめりに俯きながら、地面に落ちてたまっていく自身の額から流れる血を見つめて、宗谷は呟く。

 

「結局………俺は変わろうとしたかっただけなんだ………自分の中にある感情を誤魔化したいと思って、ただただ自分を変えたかったそれだけなんだ………そうでないと、俺にはこの嫌などす黒い感情しか残らなかったから………」

 

「そ、ソウヤ?」

 

「………わかってたんだ………俺はヒーローになりたいって言って、誤魔化そうとしていただけなんだって………俺は本当はそんな資格ないってわかってたはずなのに……」

 

「ソウヤ! ねえ、どうしたのソウヤ! いつものソウヤらしくないよ!! いつもならちょっとの失敗くらいでそんなめげないじゃん、すぐに立ち上がろうとしてるじゃん、なのにどうしたの……なんでそんな弱気なの!?」

 

意気消沈したかのように呟き続ける宗谷にネプテューヌが問いただす、すると宗谷は小刻みに体を震わせながら彼女の身体から離れてその場に座り込んだ。

そして額の傷に手を当てて、顔を隠しながら………俯き、話し始めた。

 

「………怖いんだ………あいつが、あのアヴェンジャーが………復讐の塊みたいなあいつが………」

 

先程まで見ていたあの黒い何か、あれは恐らく自身の復讐という感情に対する恐怖が具現化したような物、所謂幻のような物なのだということに…。

それが見えたおおよその原因はわかる、自分自身の復讐という概念、誰かを殺しかねない殺意という感情を恐れる自分自身が見せたものだということを……そして、自分自身が見せたその幻を拒絶し、自分はそれを切り払おうとした……目の前にネプテューヌが来ていたことも気づかずに………。

 

 

 

「………どうあっても、俺があの時人を殺したということに変わりはないんだ………俺もあいつと同じだ………復讐しようとした………一時でも俺はそう感じたんだ………俺の子の手は………ヒーローなんかに………正義の味方になんかふさわしくないって……」

 

 

 

自分の手を見つめて宗谷は呟く、自分の額から流す血で手の平が真っ赤に染まっている、これは初めているものじゃない、既に経験している……ただ違うのは、その時に穢れた自身の手についていたのは、自分の血ではないということ。

 

自身もまた、人殺しの復讐鬼だということを語るには、十分なその手を……宗谷は見つめ続ける。

 

 

 

「………今でもあなたは、そんな風に悔やんでばかりなの?」

 

 

 

そう言って彼に声を掛ける人がいた、それが誰なのか宗谷はすぐに分かった……この声はブランの物だった。

物静かな雰囲気に合った、深々と降る雪のような言葉、だがその柔らかな言葉の中にある冷たく、どすの入ったものが混じっているのを宗谷は感じた。

 

「………わたしは聞いていたわ、あなたが孤児であること………その過去に悪いことがあったこと……でも、イストワールのようにあなたのすべてを知っているわけじゃない……でも、これだけは言えるわ………」

 

ゆっくりと近づきながら宗谷の前まで来るブラン、すると彼女はその手を伸ばして徐に宗谷の服の胸ぐらを掴み上げ………思い切り宗谷の頬を殴り飛ばした。

 

 

 

「………黙って聞いてりゃ昔あったことをぐちぐちぐちぐちと、女々しいんだよ! うすらトンカチ!!」

 

「ぶ、ブラン!?」

 

 

 

突然宗谷に対して怒鳴り声をあげたブランに驚くネプテューヌ、力なく小柄な細い彼女の拳のどこにこんな力があったのか、洞窟の壁際まで殴り飛ばされた彼にブランは近づくとそのまま再度宗谷の胸ぐらを掴み上げて壁に押し付けながら持ち上げた。

彼女の腕に掴み上げられた宗谷はそのまま彼女に壁際まで押し込まれ、壁に押さえつけられた。

 

「お前がそんなことで折れる奴か? 昔のこと思い出してがたがた震えてる臆病者か? お前がそんなろくでもねぇ軟弱やろうだったか!! あぁ!?」

 

「………何がわかるんだよ………ブランに………人殺しの俺に何が………」

 

「知らねぇよんなもん!! 悩みたきゃ勝手に悩め!! でもなぁ、そういう風にため込んでるとこ見てるとイライラするんだよ!! 男ならぐちぐち悩んでねぇで、立て!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“守りたいん”じゃねぇのかよ!! 今度こそ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叩きつけるように言われたその言葉に、一瞬だが思考の中で火花が散るのを感じた。

 

………“守りたい”………その言葉が宗谷の中で一瞬だけ、思考の中に一瞬だけの熱い火花を飛ばした。

意気消沈した目に彼の意志が宿ったかのように見開かれ、ブランを見つめ返す。

 

「………守り………たい………俺が?」

 

「忘れたのか……あの時、“新・犯罪神事件”の時に私たちが一度死んだとき、お前は何で諦めなかった……何のために戦った、何のために救った!! ………守りたいって思ったからじゃねぇのかよ………誤魔化しだろうが何だろうが関係ねぇ!! お前は今度こそ守りたいから目指したんじゃないのかよ!!」

 

以前にプラネテューヌで起きた大きな事件、その際に女神達が一度消滅するという事態の中で彼はそれでも諦めなかった。

一度失いかけた中でも希望を見出した彼はもう一度走り出し、その手を伸ばした。

それはなぜか………彼女の言うように、“守りたかったから”だ………今度こそ、失わないために……。

 

「………俺は………でも………俺は………」

 

「………マスター、一つ言おう………私は許容できない物がある、一つは未熟な思想………もう一つは………理想だ」

 

「………っ」

 

ブランの言葉に戸惑う宗谷、自身の犯した過去の戒め、だがそれでも自分が目指した今の理想、それに葛藤する中で今度はエミヤが口を開いた。

だが、その言葉に宗谷は息を飲んだ。

 

「例え自身がどれだけ未熟でも、それはまだ流せる……だが未熟な思想を持って大きな理想を抱く、それが何を招くかわかるか………答えは“破綻”だ」

 

鋭い眼光を向けてエミヤは宗谷に告げる、その姿に宗谷は気圧されながらも目を離さなかった。

 

離してはいけないと思った。

 

 

「ただその願いがきれいだからと憧れた、そして自分は誰かのためにならなければならないと走り続けた……未熟な思想で抱いた理想の強迫概念に突き動かされながら……それが破綻した概念と知った時にはもう遅い……残ったのは救うべきものを失った、空っぽな手だ」

 

 

目の前の一人の英雄が………“自分と同じ理想”をかつて抱いた一人の人物が辿った系譜………それがもしもの自分の可能性のように思えたからだ………。

 

 

「故に言わせてもらおうマスター………正義の味方なんて碌なものじゃない………お前がそんな思想で未だにそれを目指していたのならそのままその理想に埋もれ、そのまま溺死してしまえ………」

 

 

目の前の男が辿った系譜が……空虚な荒野の中に刺さる無数の剣が……一瞬だが宗谷の中にその記憶が流れ込んだ気がした。

 

 

「だが、それでも………お前が何かのためにこの聖杯戦争に挑むというのなら………」

 

 

酷く辛く、悲しく、報われない、そんな道をたどってきた中で彼が見出した“答え”………。

 

 

 

「………答え次第で、俺はお前の剣となってやるさ………」

 

 

 

彼が最後に見出した答えを………。

 

あぁ、そうだ、確かに彼もまた自身の辿った系譜を恨んでかつての自分を“殺そうとした”。

だが、それでも彼の中にあったものは根底から変わることはなかった……彼もまた、その願いを手放そうとはしなかったからだ。

今の自分がどうあっても、自分自身の理想は変わらない、なら何をなすべきか……最後に見出した答えが………。

 

「………俺は………本当はそんな資格ないってのはわかってる………そんなの、わかりきってた………」

 

自分の強迫概念となるその理想、例えそれをどれだけ積もうとも、抱え込もうとも変わらない、己の中にある決意……ずっと前に誓ったその意志は、まだ消せない。

たとえどれだけ否定したとしても、どれだけ自分を蔑もうとも、これだけは変えてはいけない……。

 

「でも……それでも俺は……守りたい………みんなを、大切なみんなを………守りたいんだ………矛盾していても、失っていたとしても、自分の手で台無しにしたんだとしても!! ………俺は守る………守りたいんだ………だから、なりたいんだ!」

 

自分が夢見た理想を……大切な幼馴染と一緒に見た……その理想を、変えるわけにはいかない。

それが例え、強迫概念だったとしても少なくとも間違いではないのは明らかだから……なぜなら、“託された夢でもあるから”………今はもういない、彼女から………。

 

 

 

「かつてのあなたが目指した……“正義の味方”に!!」

 

 

 

自身の脚を奮い立たせて立ち上がった宗谷はエミヤにそう告げる、それを真正面から見据えたエミヤは静かに目を閉じると、口元に微笑みを浮かべた。

 

「………しょうがないマスターだ………つくづく似ている………」

 

小さく呟いた後にエミヤは再び目を開くとその手を伸ばした。

 

 

 

「………答えは得た………君がそれでも目指すというのなら最後までたって見せろ………オレに見せてみろ、マスター」

 

「あぁ……俺はもう諦めない……俺は最後まで目指してやるよ……だから、手を貸してくれ………“アーチャー(エミヤ)先輩”」

 

 

 

その手を握り、答える宗谷。

同じ理想を追い求めた物と、今それを追い求めんとするもの、二人の見た結果は違ってもそこに抱いたものは同じ、二人の意志は……一つとなった。

 

「………ブラン、ごめんな………気を遣わせて」

 

「……別に、ただ……イラッとしただけよ」

 

「それでも……てんきゅな」

 

「………」

 

この世界で出来た大切な仲間を、守るため……こうして不安定だった自分を支えてくれた仲間のためにも、自分はここで折れるわけにはいかない……例え、目の前に現れた存在がどれだけ多くても……折れるわけにはいかないと……宗谷は誓いながら、洞窟の入り口の方に目を向ける。

 

 

 

(………やっぱり………あなたは、そうでないとね………)

 

 

 

その背中を見つめるブラン、ふっと口元に浮かべた微笑みに込められた彼女の想い、それを彼女が口にすることはないだろう、少なくとも今は……できることとしたら先程のように彼を元気づける、それくらいだ……それだけだとしても、彼女は満足だった。

 

「………ここからどうするの、宗谷?」

 

「まずは何とかしてあいつらをぶっ飛ばす……そして、この聖杯戦争を……終わらせる」

 

「うわ~、ストレート~……まあ、復活した宗谷らしいっちゃらしいよね!」

 

「………悪かったなドストレートで………」

 

ネプテューヌの言葉にぼそっと呟く宗谷……すると、その時だった。

 

 

 

「みなさん!! 外に!! 外を見てくださいまし!!」

 

 

 

ベールが慌ただしく宗谷達の元に駆け付けてきたのは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女に促がされて外に出た宗谷達一行、そこで彼らが見たのは………目を疑う光景だった。

 

空一杯を包み込む、どす黒い暗雲……いや、雲と言えるかも怪しいただただ根深い闇、それがこのゲイムギョウ界の空を覆いつくしているのだ。

 

「なっ……これは……!?」

 

「………あの闇そのものが膨大な魔力の渦のようだ」

 

「さっきからガラリと雰囲気変わりすぎじゃない!? ねえ、何があったのアイちゃん!」

 

「分からないわよ! 急に空が陰り出したと思ったらこんな……」

 

この異様な事態に戸惑いを隠せない一同、するとそこに一人の人影が近づいてきた。

いや、正確には一人を抱え込んできた状態のであるため、二人の様だが……。

 

「どうやら、やっこさんも動き出したみたいだぜ」

 

「クー・フーリン……と、背中にいるのって……ディルムッド!!」

 

彼らの元にやってきたのは、背中に先程自分たちを逃がすために時間稼ぎとなったディルムッドを抱えたクー・フーリンだった。

だが、ディルムッドはかなり弱っている様だ……それもそのはず、体中は傷だらけであり、腹に痛々しい大きな傷が口を開けており、そこからはどくどくと血が流れている。

 

「ルーン魔術の仕込みをしてたら偶然な……おい、まだ喋れるか」

 

「ぐっ………大丈夫です、感謝します……御子殿……」

 

「無理にしゃべると傷に触るんじゃ……アイエフ! 確か救急箱持ってなかったっけ? コンパさんに借りたの!!」

 

「私の事より……………はやく……伝え……無くては、ならないことが……!」

 

体に走っているのだろう激痛に耐えながら、ディルムッドが必死に言葉を絞り出す。

今にも掠れて消えてしまいそうなほどだが、彼は意識を何とか繋ぎ留めながらその先を続ける。

 

 

 

「奴らは………汚染された聖杯の意志が………ある目的、の……ために…動いて……いると……言っていました……」

 

「目的? ………な、何のために?」

 

 

 

恐る恐ると聞き返した宗谷にディルムッドは口から血を吐きながら、答える………そして、その答えに宗谷達は驚愕せざるを得なかった……。

 

 

 

 

 

「………この世界の……生命……そのすべてを………魔力によって闘争本能の塊とし……終わることのない……戦乱を………起こすと………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どす黒い塊のように突如として現れた闇、まるで球体のようにゲイムギョウ界の森をまるまるすっぽりと包み込んだそれを、遠い山から見つめる人影がいた。

茶髪の髪を夜風になびかせまっすぐにその闇を見つめるのは、かつてこの世界に“魔神”という名を持ってしてその歴史に名を残したもの、魔神 ヴィクトリオン・ハート……。

 

そして、その傍らには今はプラネテューヌ教会に身を置き、宗谷達と共に行動している、シンシアと宗谷に並ぶ新たな勇者として行動を共にし始めたハルキの姿があった。

 

「………ここからが正念場だ………頼んだよ」

 

森を包み込む巨大な闇を見据えて呟いたヴィクトリオン・ハート……その中にいる一人の人物とその傍らにいるもう一人を、遠くから見つめるようにして……その瞳に移るのは期待か……それとも、願いか……どちらにせよ彼はここで祈ることしかできない……この状況の中で彼が進むルートを……。

 

「………本当にボクたちが介入する必要はないの?」

 

「………このままじゃ………みんなが……」

 

闇を見てただ事ではない雰囲気を感じたのか、警戒して見つめるハルキとそれを見て嫌な予感を感じているのか不安そうなシンシア、だがヴィクトリオン・ハートはこくりと頷いて二人の頭を撫でる。

 

「大丈夫だよ……“あれ”に対抗するには、“本物であり、その名を馳せた本物の英雄”の力を借りなくちゃいけない……その準備はもう整った……二人は予定通り、バーサーカーとセイバーを……」

 

「………まあ、セイバーは最初から協力してくれるマンマンみたいだから心配はないけど、まだ向こうも消えてないみたいだし……」

 

「……バーサーカーさんも……まだやれるって言ってるけど……でも……」

 

ヴィクトリオン・ハートの言葉にハルキとシンシアは自身の手の甲に目を落とす、するとそこには宗谷や他の女神達と同じ令呪が刻まれていた。

そう、二人もまたこの聖杯戦争に参加していたマスターたちだったのだ。

 

………ヴィクトリオン・ハートの指示のもとに………この事態に対抗するために。

 

 

 

「………大丈夫、準備は整い始めている………彼はもう既にその土台を作り上げている………“19個目のヒーローメモリー”の力を解き放つ土台を………後は………花開くのを待つだけだ」

 

 

 

 




いかがでしたか?

次回!ラストバトルが近づいてきた……果たして宗谷達の敵となる汚染された聖杯を持つ者とは!

次回もお楽しみに!

それでは……


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Fate/stage,9 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~突撃~

どうも、白宇宙です。
新生活でバタバタしながらもようやく書き上げたネプえく最新話!

今回のテーマは突撃!
宗谷達は汚染された聖杯の意志の目的を知り、聖杯の元へと!

それではお楽しみください、どうぞ!


人の手によって歴史が作られる。

歩んできた時間と積み上げてきた結果、それが未来という時代においての過去に起きた出来事として残される、輝かしい栄光、人々の起こした奇跡、困難を乗り越えて物にした産物。

それらはすべて長い時間をかけて作り上げられた物、それに至るまでの過程は果てしなく長く苦労と時間をかけて作られるからこその価値がある。

 

だが、それらの栄光が、過去の積み重ねの過程の中でそれが崩れるとどうなるか?

 

言わずともわかる者達はたくさんいるのではないだろうか?

 

そう、それらすべては………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ゼロになる」

 

 

 

 

 

 

 

夜よりも深い、真黒な漆黒に覆われた空を見上げてそう言った人物がいた。

自身の立つ地面の周りに難解な文字や図形によって形どられた魔方陣が描かれており、その中央で暗闇の中、二つに結んだ怪しげな夜色の髪をなびかせるその人物は、言葉の後に、静かに口元に笑みを浮かべた。

 

「そう、ゼロ、何もかもなかったことになる………失態、事故、戦争、ちょっとした行動で突かれただけで積み上げられてきた歴史という積み木はバラバラに崩壊して、後は何も残らなくなる………長い年月と苦労を掛けて作りげられた物が、壊れるときは一瞬だ………簡単で、されど壮観だ………潔くて、清々しい………そうだろう?」

 

振り返り、問いかける。

その先にいたのは魔方陣の外で腕を組みながら木に凭れ掛かり、葉巻を噴かせていたエドモンだった。

彼は閉じていた目を静かに開けると、今は静まった小さな種火のような印象を受ける瞳をその人物に向ける。

 

「………果たしてそうかな、かつて復讐を果たさんと近い、己の生涯を台無しにした者達に復讐を誓い、そのために長い年月と苦労とやらを掛けた者もいた………もっとも、貴様にそれが理解できるかはわからないがな」

 

「分かるよ、アヴェンジャー……お前はその一瞬のために計画を練り、実行に移すのに細心の注意を払った……その結果が相手側の思惑をゼロにした……オレも同じさ」

 

不敵な笑みを浮かべて自身の手を開き、見つめるとどういうことか、何もないはずの手の平から何やら得体のしれない物がどろり、とあふれ出てきた。

泥とも汚水とも取れないような不気味なそれは手の平に溜まっていくように満ちていき、そして………ぼたり、と手の平から滑り落ちた。

 

それに反応したかのように地面に描かれていた魔方陣が赤く発光し始める。

脈動をはじめたかのように輝きを徐々に強くさせていく魔方陣の上でその人物はその手の平からもう一つ、ある物を生み出した。

どろりとしたものに包まれながらではあるが、それは形を成していた……。

 

底の方に自立のための支柱を備えた椀型の物……いうなればその形は、“杯”。

 

やがてその禍々しい何かに包まれた杯をその人物は天に捧げるかのように掲げる。

 

すると、杯は一人でに空に浮かび上がりどんどん上昇していくとやがて動きを止め、次の瞬間、まるでいきなり膨らませた風船のように“膨れ上がった”。

 

 

 

「………オレも、奴らの思惑通りにはさせないさ………オレという“黒歴史”を忘れさせはしない………オレがいる限り、ゲイムギョウ界にこれ以上の未来は作らせない………すべてをゼロにする………人理を焼却しようとした“魔術王”の真似事にもならないが………オレは破壊というもっとも単純で、簡単すぎる思考でそれを成しえてみようか……」

 

 

 

そう言った人物の真上の空には、まるでそこだけ何もない虚無のような空間が……空にぽっかりと穴が開いたかのような穴が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、アヴェンジャーたちを召喚した聖杯を汚染した意識の目的はゲイムギョウ界の人々の闘争本能を昂らせて、戦争を起こし、所かまわずしっちゃかめっちゃかにしようってこと!?」

 

ネプテューヌがディルムッドからの説明を受けて驚嘆の声を上げた。

傷つきながらも情報を手に入れてきてくれた彼のおかげで俺達が倒すべき存在の目的がはっきりと見えた。

その意志というのは要するにこの世界を破壊しようと、そう考えているらしい。

 

「単純ではありますが、厄介なことこの上ないですわね……その意志というのは聖杯を取り込んでいるのでしょう? 爆発的な魔力を貯蔵している聖杯でそのようなことを本当にされたら……」

 

「……わたしたちが締結した条約も何もあったものじゃなくなるわ……」

 

わざわざ聖杯なんか持ち出してきただけでもとんでもない事なのに、それを使ってやることが人間同士の争いを引き起こすなんて……いったい、本当に何を考えているんだ……極端すぎて逆に理解に苦しむ。

ゲイムギョウ界という縁もゆかりもないこの世界で聖杯戦争というあまりにもスケールの大きい戦いを仕掛けておきながら……これなら、かつて“冬木”の街で“英雄王”と呼ばれた英霊が行おうとしたことの方がまだ理由として成立していると思える。 それでも正しい事かどうかと言われると正直いいこととは言えないが…。

 

ともかくこの聖杯の意志がやろうとしていることは見過ごすことはできない、人間同士が争い合う世界なんて……させてたまるか……!

 

「急いで止めよう、手遅れになる前に」

 

「ええ、賛成よ、私もできるだけバックアップはするわ、せっかく復活したんでしょ? 思う存分やってきなさい」

 

「もちろん、わたし達も行くよ! ね! ベール、ブラン!」

 

「ええ、わたくしたちの国……いえ、今はゲイムギョウ界のため、守護女神としての役目は一つ、ですわね」

 

「世界を守る……なんて、いつからそんなありきたりなこと言えるようになったのかしらね……どこかの誰かさんのせいかしら」

 

他のみんなも俺と思っていることは一緒なのか協力してくれる気は満々な様だ。

ちらりとブランが俺の方を見て皮肉気に笑ったように見えた……さっきまでブチ切れてたのに……。

でも、何はともあれ心強い仲間はいる、みんな一緒ならきっと…。

 

「ちょいと待ちな……まだ動くには焦りすぎだぜ、マスター、坊主」

 

そこにクー・フーリンが待ったをかけた。

長いからキャスターの槍ニキってことで略して“キャスニキ”と呼ぶことにするが緊張感がないとかそんなんではない。

ともかく、キャスニキは俺達に待ったをかけると空の方を見上げながら杖を地面に突き立てた。

 

すると………。

 

 

 

―――ざわざわ…。

 

 

 

遠くの方で木が風に揺られた時のような音が聞こえた気がした。

普段なら何も感じることはない音だが、辺りが静かなだけによく通って聞こえてくる。

だが、その音を聞いたキャスニキはついさっきの戦闘の時にも見た鋭い眼差しを音が聞こえてきた方向に向けた。

 

「奴らは俺達の事を狙って、もう動き始めてるみたいだぜ……今動いても取り囲まれて聖杯のある場所に辿り着く前に消耗するかくたばるかが目に見える」

 

「え………なんで、向こうがもう動いているってわかって………」

 

「………なるほど、先程まで森に仕掛けに言っていたルーン魔術か」

 

「ああ、特定の領域に踏み入ると報せてくれる類のものをあちこちの木に仕掛けてきた」

 

アーチャー先輩の言葉にキャスニキはそういうと地面に突き立てた杖を肩に担ぐ様に持ち直した。

 

「忘れんな、向こうが欲しいのは聖杯に蓄えるだけの魔力の源……その持ち主でもある俺達サーヴァントだ、もしここで動いて袋叩きに会い、俺達の内誰かがやられちまったらそれこそ向こうの思う壺だ、奴らの目的が早まる」

 

「でもでも! 相手は三人だよ? 僕達よりも強いサーヴァントだとしても取り囲まれるってことにはならないと思うけど……」

 

警戒していったのだろうキャスニキの言葉にアストルフォが割り込んで入ってきた。

彼の言う通り、俺達が直面した相手はアヴェンジャーのエドモン・ダンテス、ランサーのスカサハ、そしてバーサーカーのランスロットの三人が主な戦力として立ちふさがっている。

袋叩きというにはいささかに少ない人数に思うのは確かだ。

 

「………本当に三人ならの話だ」

 

………だが、それに対してキャスニキは静かにそう返答した。

 

「それはどういう………っ!」

 

俺がその言葉の意味を再度問いかけようとした瞬間だった。

森の奥の方から足音がこちらに向かって近づいてきていることに……。

咄嗟に視線を足音のする方へと目をやった俺は森の奥の方へとじっと目を凝らす、すると闇に包まれたこの森の中で不気味なほど静まり返ったこの空間に更なる不安を煽るかのように、奥の方の草木が揺れている。

 

がさ、がさがさ、がささ、たたた……たたたたた……。

 

いくつもの音が重なり合うようにして響いてくる……いやでも、待て? こんなにも音が重なるのは可笑しくないか?

だって、この森に………“こんなにたくさんの足音がするほど人が集まっていたか”?

 

 

 

『――――――!!』

 

 

 

暗闇の森を掻き分けて、何かが俺達の方に向かって飛び出してきた。

一体、二体、三体………そんな中途半端な人数じゃない、十、二十、どんどんとそいつらは姿を現してくる。

闇の中に紛れるような漆黒の姿、まるで影そのものが実体化したかのようなそいつらは人の物とは思えないような、冷たく、底から響いてくるような声を上げながら俺達に襲い掛かってきた。

突然の奇襲に俺達は反応速度が遅れた、いや、何よりも得体のしれない影のような何かに襲われるという突然の事態に思考が追い付かずに、反応が自信をその危機から防御するという反応を機能させなかったのか……目の前まで接近してくる黒い影が何かを振り上げるのと、俺が赤剣を取り出そうとしたのはほぼ同時だった。

動き出しが早かったのは向こうだった、このままでは俺が防御する前に向こうが武器を振り下ろすのは目に見えて明らかだ。

 

やられる……!

 

そう感じた次の瞬間、俺の目の前で何かがヒュン、という軽い音を立てて横薙ぎに通っていくのを感じた。

その後、時間差で黒い何かが霧散するのを目の当たりにした俺の目の前に立っていたのは……白と黒の刃を持つ夫婦剣を手に俺に背を向けている、アーチャー先輩だった。

 

「常に気を張っておけ、でなければ次はこうはいかないぞマスター」

 

「ご、ごめん、アーチャー先輩……助かった……でも、こいつらはなんなんだ? 人みたいに見えるけど真っ黒だし」

 

「………こいつらは“シャドウサーヴァント”だ」

 

「シャドウ……?」

 

聞きなれない単語に俺は首を傾げた。

いや、単語自体は至極単純でわかりやすいものだ、シャドウ、つまりまんま“影”という意味、それならこいつらは“影の英霊”ということだ。

ただ、通常の英霊とどう違うのか……。

 

「なに、難しく考える必要はない……奴らはできそこない、英霊に必要とされる霊基を模した紛い物だ、それこそ本来の英霊に比べて力も性能も劣るが……」

 

説明してくれるアーチャー先輩を他所に、森の奥から俺達が集まっているこの場所へと次々にシャドウサーヴァントたちが集まってきている。

その数は………もう数えるのも嫌になってきたぞ………こいつら、一体どれだけ湧いて出て来るんだよ!

 

「さすがにこの数は厄介か……」

 

「奴さんたち、どうやら英霊だけじゃなく紛い物まで使ってでも俺達を潰してぇらしいな……」

 

「囲まれた………洞窟に戻ろうにも、これじゃ袋のネズミじゃない!」

 

シャドウサーヴァントたちはそれぞれが手にしている武器と思われる物や、拳、杖などあらゆる攻撃手段の準備をしている。

かくいう俺達もそれに対して反撃の準備を整えようとするが……くそ、時間がない……! こんな所で足止めを喰らっている暇はないっていうのに!

はやく聖杯のあるところに向かって聖杯を汚染した意志を止めないと、この世界は……!

 

「来るぞ!」

 

キャスニキがそう言った瞬間、シャドウサーヴァントは我先にと言わんばかりに俺達に向かって殺到してきた。

剣のような物、槍のような物、斧のような物、棍棒のような物、握り拳、魔法の光、ありとあらゆるものが俺達に向かってきた。

 

俺はがむしゃらに赤剣を呼び出すと向かってきたシャドウサーヴァントの内一体の攻撃を凌ぎ、弾き返すと反撃に刃を横薙ぎに振るって切り裂いた。

赤剣の刃が漆黒の体に食い込み、シャドウサーヴァントは霧のように霧散した。

だが、その一体に終わらず攻撃は次々と迫ってきた、俺はそれを赤剣で何とか防ぎ反撃を繰り出しながらふと周りのみんなの事が気になり周囲を見た。

 

「こうなったら! ごり押しだよみんな!!」

 

「ストレートな作戦ですわね、でも今はそれしかないのなら!」

 

「無理やりにでも、押し通るわ……!」

 

ネプテューヌの掛け声を合図に女神の三人は正面突破で迫ってきているシャドウサーヴァントを次々に蹴散らしている。 ネプテューヌが手に持った刀を袈裟懸けに振り下ろした後、体を捻りながら後ろ回し蹴りで背後からの攻撃を弾き、刃を翻して横一閃、シャドウサーヴァントをまた一体霧散させる。

ベールも槍を振り回してシャドウサーヴァントを寄せ付けず、隙をついて正確に槍先で貫き、ブランも静かにではあるが気迫のあるハンマーによる一撃怒涛の攻撃を次々に繰り出していく。

 

「ほお、さすがはこの世界の女神と言った所か……あの戦いぶり、セイバー、ランサー、バーサーカーとしても通用しそうだな」

 

「当たり前でしょ、ネプ子たちはね今までこの世界を守ってきた正真正銘の女神なのよ」

 

ネプテューヌ達の奮闘ぶりを見て感心した様子のアーチャー先輩にアイエフがそういうと、両手に装備したカタールを突き出してシャドウサーヴァントの腹部を貫いた。

その後、そのシャドウサーヴァントに蹴りを叩きこんでカタールを抜くと、次は腰のホルスターにしまってあった銃を取り出してトリガーを引く。

 

「確かに普段はちょっとあれだけど……そこは保証するわ!」

 

アイエフも女神三人に負けずの奮闘ぶりを見せる、英霊の紛い物とはいえさすがに近代兵器の銃は少々効果が薄いようだが、正確な狙いと無駄のない連射による弾幕で一切シャドウサーヴァントたちを寄せ付けようとはしない。

 

「へえ、そうかい……ならこの先の世界の歴史で、マスターや嬢ちゃんたちが神話クラスの女神になるかもしれねぇな!」

 

そこに手を貸すかのようにしてキャスニキが手に持っていた杖を振りかざして炎で出来たルーン文字を空中に浮かび上がらせ、それを火球へと変化させてシャドウサーヴァントたちに繰り出す。

燃え盛る炎の塊は次々に直撃、爆散し、その威力をこれでもかと物語らせている。

 

「だが、そうなる前に早いところあれを何とかしない事には先はないだろうがな…」

 

それぞれがシャドウサーヴァントを相手に奮闘する中、ふとアーチャー先輩がそう言いながら空を見上げた。 目の前に向かって来ていたシャドウサーヴァントを一体蹴り飛ばした俺は何を見ているんだろうと気になり、その視線をアーチャー先輩が見ている方向と同じ方角へと向けた。

 

するとその先にある光景を見た時、俺は反射的に息を飲んだ。

というより、何が起きているのか理解が追い付かなかった。

 

真っ暗な暗闇に包まれた空の中心、そこにぽっかりと………なにもない“穴”が広がっていたのだ。

 

夜の時よりも暗い空の中でもはっきりと見て取れる、何もない、底が見えない真黒な穴……じっと見ていたら吸い込まれるんじゃないかと思うくらいのその穴は少しずつ、ゆっくりとその大きさを広げていっている。

だが、その穴をしばらく見つめていた時、俺の中であの穴が初めて見たものではないということに気が付いた。

たしか、あの穴はアーチャー先輩が重要キャラとなってた“UBW”の最後の方にも出てきた……。

 

じゃあ、あれってまさか……!

 

 

 

「あれって……もしかして、あそこから呪いの泥が溢れて来るんじゃ……!」

 

 

 

本来のFete/の物語の終盤、話の系列の中では今回のように汚染された聖杯が“人の悪性”と呼ばれるものを純粋且強力な呪いとして溢れさせることがあった。

かつて冬木という街を一夜にして火の海にしたのもそれが原因だ、あれが溢れ出もしたら本当に大変なことになってしまう、ここだけならまだ被害は少ない……でも、それがもしプラネテューヌや他の国にまで達してしまったら……下手をしたらこのゲイムギョウ界中を飲み込んでしまったら……!

 

「まずい! ネプテューヌ! みんな! 急いであそこに向かうぞ! もう時間がない!!」

 

「そうは言っても! あとからあとから出てきてキリがないよー! これ絶対無限わきとかのトラップだよ!!」

 

手遅れになる前に何とか行動しようにも、シャドウサーヴァントに周りを囲まれているこの状況ではまともに身動きも取れない。

くそ……せめて、この場を切り抜けることが出来れば……!

 

 

「ねえ、アーチャーのマスターさん」

 

 

その時、突然俺の後ろで声が聞こえた。

咄嗟に聞こえてきたその声に反応して俺は振り返ってみると、そこには腰に帯刀した剣の柄に手を当てているアストルフォの姿があった。

一見すると女の子と本当に見分けのつかない顔立ちに、何やらさっきまでとは違う表情を浮かべながら彼は俺の前に出た。

 

「時間、ないんだよね? あそこに早くいかなくちゃいけないんでしょ?」

 

「あ、あぁ……たぶん、もうあまり時間は残されてないと思う……」

 

「そっか……てことは、こいつらみんな邪魔なんだよね……」

 

俺に問いかけた後、アストルフォはそういうと腰の剣を抜いて、胸の前でその刃を垂直に立てると静かに息を吐いて、目を見開いた。

 

 

 

「みんな! ボクが何とかして道を切り開く! ここは任せて………聖杯の方に向かって!」

 

 

 

いつにもない気迫を感じさせるその一斉にシャドウサーヴァントと対峙していたみんなは一瞬、その動きを止めてアストルフォの方へと目を向けた。

だが、その言葉はあまりにも無謀で、余りにも危険な賭けになる言葉だった。

 

「そんな……ライダー! あなた、そんな無茶が許されると思っていますの! いくらあなたでもこの数をなんて……狩りに道が出来たとしてもあなた一人でなんて!」

 

「マスター、大丈夫……ボクはまがいなりにも、サーヴァント ライダー……だけどそれ以前に………ボクは騎士だから!」

 

手に持っていた剣を振るい、その切っ先を今も尚こちらに向かって来ようとしているシャドウサーヴァントたちに向ける。

銀色に輝く刃が闇の中でもきらりと輝き、屈することのない力強い輝きを放っている。 そして、その輝きは彼自身の目にも……。

 

 

 

「我が名はシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ! 遠からん者は音にも聞け! 近くばよって目にも見よ! ボクはかの者達とこの世界の剣となりて……道を開く!!」

 

 

 

威風堂々と、己の意志を声に乗せてそう言い放ったアストルフォ、その姿は今まで見てきた彼とは違っていた。

そこにいるのは一人の騎士、誇り高き英雄の一人であるアストルフォという騎士の姿だった。

 

そう……彼も……アストルフォも英霊なんだ。 ここにいるサーヴァントとして選ばれた英霊たちと寸分たがわない、その名を人の記憶の中に刻み込み、その名を後世へと残した本物の英雄……。

どんな人物であろうと、彼という存在の本質は変わらない。

彼が戦うというのなら戦うのだろう、守ると誓ったもののために……己の剣を振るうに値するもののために……。

 

その瞳に宿している力強い意志と共に……。

 

「みんな、チャンスは一瞬だからね! 道が出来たらまっすぐ聖杯の方に!」

 

「ちょっと待てライダー、貴殿は……まさか……」

 

その強い意志に込められた覚悟を見抜いたのかディルムッドが何かを言いたげに血が滴る腹を抑えながら立ち上がった。

彼が言おうとしていることは……俺にもなんとなくわかる……。

この数をたった一人で引きつけるというのはあまりにも無謀なことだ、本当なら誰しも躊躇して一人でその役割を担うとは言えない。

だけど、自分からそう宣言したアストルフォは………つまり、その覚悟の元で名乗り出たんだろう。

 

 

………玉砕覚悟で、俺達が進む道を作ることを………。

 

 

それなのにアストルフォは不安とか、嫌そうな顔は全くと言っていいほどしていなかった。

むしろ清々しいほどの笑みを浮かべている、死ぬかもしれない………それなのに、なぜあんな風に笑えるのか……。

 

「気にしなくてもいいんだよ、だってしょうがない事だから」

 

「しょうがない……?」

 

「うん、だって……ボク、楽しそうなこの世界の事が好きだから」

 

………いっている意味がどうにも支離滅裂な気がした。

 

「まだこの世界に召喚されて長くはないし、過ごした時間もあっという間だったけど……それでもこの世界はボクがいた世界とは違う、楽しくて、愉快な物で溢れてる、そんな面白そうな世界を守ろうとしているマスターを……ボクは助けたい」

 

その言葉に秘められた心意はどこか軽くて、深く考えていないような印象だった。

 

 

「だからこそボクは戦うぞ! 何と言われても、何が何でも!! だからマスター、みんなも……頑張ってね」

 

 

だけど、そのまっすぐで純粋な心と決意は固く、頑強な物だった。

理性が蒸発していると言われているアストルフォだけど、その揺るぎない覚悟を曲げることは許されない……俺は反射的にそう感じた。

アストルフォの想い……アストルフォが好きになったこの世界を滅ぼさせはしない……何としてでも聖杯の元に辿り着く……彼の覚悟を無駄にしないためにも……!

 

俺の中での覚悟は決まった、俺はアストルフォの方をじっと見つめるとその視線に気づいたのか彼は俺の方を見ると微笑みながら……。

 

「………後は頼んだよ、赤い弓兵のマスター♪」

 

ぱちり、と可愛らしいウィンクをした。

この場面でそれは少々不釣り合いな気がするが……チクショウ、不覚にもかわいいと感じてしまった……。

って、そうじゃないそうじゃない!

俺は慌てて頭を振って思考を整えると、ふと今度はベールの方へと目を向けた。

彼の言葉を聞いてベールも少々複雑な表情を浮かべていたものの、ある決意を固めるとじっと彼の方に凛とした雰囲気の中に力強さを感じさせる目を向けた。

 

「……ライダー、マスターとして命じますわ……簡単に果てることは許しません……最後の最後まで、諦めないでくださいまし」

 

その言葉を言った瞬間、彼女の右手の甲が一瞬だけ光り輝いた。

 

あの光は……もしかして……。

 

それを聞いたアストルフォも一瞬不意を突かれたようなきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに満面の笑みを浮かべるとこくりと頷いた。

 

ベールの想いを、“令呪”という形として受け取ったアストルフォはまるで思い残すことはなく思う存分と言いたげに天高く剣を空へと掲げた。

 

 

 

「“この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)”!!」

 

 

 

空に響き渡らせるようにその名を呼んだ。

そして、次の瞬間アストルフォの背後に再び、俺達の事も背中に乗せてくれたあの鷲と馬の体を持つ幻獣がどこからともなく姿を現した。

馬のようないななきと鷲の甲高い雄叫びが混ざり合ったような声を上げ、背中の翼を雄々しく広げた幻獣の背に素早くアストルフォが飛び乗る。

 

「さあ、行くよ! 道を切り開く!!」

 

剣の切っ先を真正面へと向け、そう言い放った。

するとその意志を感じ取ったかのように幻馬は地面を踏みしめた後、体をぐっと低く伏せ、力を溜めるような体制に入った。

 

そして、ぶわっ! とその大きく広がった翼をはためかせ…。

 

 

一人の騎士を乗せた幻馬は風をも超える速さで駆け出した。

 

 

猛烈な突風と共に、真正面にいたシャドウサーヴァントたちの陣形が次の瞬間、まるでその部分だけをえぐり取られたかのようにしてまとめて吹き飛んだ。

有無を言わせない強烈な突進、これにより俺達のいく先を阻もうとしていたシャドウサーヴァントたちの軍勢に一筋の“道”が生まれた。

 

「今だ! 全員、突っ切れ!!」

 

キャスニキの合図で全員が走り出す、身軽な英霊たちは飛ぶように……女神のみんなはその隙に女神化して空を飛び、俺はマシンヴィクトラーを呼び出し、アイエフを後ろに乗せて二人乗りでアクセルを全開にして走り出す。

止まることは許されない、アストルフォの作ってくれたチャンスを……無駄にはしない。

 

すぐさま追いかけようとしてくる影の英霊たち、だが俺達の後ろに何かが割り込むようにしてシャドウサーヴァントたちの前に立ちふさがった。

気になった俺がふと後ろに目を向けると……それは幻馬に跨り、その腕に大きなランスを携えたアストルフォだった。 彼は一度俺達の方を見ると天真爛漫な笑みをもう一度浮かべて、再びシャドウサーヴァントたちと対峙した。

その背中には大勢の敵を前にしているというのに、恐怖や不安などを一切感じさせない。

俺は引き返そうとする気持ちをぐっとこらえながらアクセルを回し続け、シャドウサーヴァントたちを振り切り、俺達はそのまま目的地であるあの空の大穴がある場所へと向かった…。

 

 

 

 

 

「………行ってくれたみたいだね………それじゃあ、令呪まで使って言われちゃったし………思う存分、大暴れしちゃおうか!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとかシャドウサーヴァントたちから離れることができた俺達、目的地までまだ距離はあるがこのままなら何とかたどり着けそうだ。

ただ、気を緩めることはできない……まだどこかに俺達の邪魔をしようとする奴らが潜んでいるかもしれないからだ……。

 

そんなことを考えていると………突然俺達の目の前に一人の人影が姿を現した。

 

その人影は俺達の姿を確認するや否や、手にもっていた長い槍のような物を構える。

案の定来たってことか……!

 

「ランサー………スカサハ………!」

 

アルスターの大英雄、クー・フーリンの師匠であり影の女王と呼ばれている強力な力を秘めたサーヴァント、その実力は一度対峙した時に嫌というほど理解した。

その槍と剣を交えなくても伝わってくる、静かな殺気と命を刈り取られそうになるような気迫……。

今までの英霊の中でも一線を引いている力を秘めた彼女を突破しなければ先には進めない……。

だが、彼女が持っているのは一撃必殺の魔槍………どうやって太刀打ちすれば………。

 

「おい坊主、無理にあの人を相手しようとするな……お前は聖杯を何とかする事だけを考えとけ」

 

「え………?」

 

不意にキャスニキが俺にそう告げた、すると彼は持っていた杖を振りかざしながら近くの木の枝に飛び移り高く跳躍すると、それを振り回しながら大きく振りかぶる。

すると、次の瞬間木製だったその杖に炎が灯り、杖はさながら燃え盛る炎の槍のような姿に変わった。

 

キャスニキはそのまま恐れることなく杖を振り下ろし、スカサハに先制攻撃を仕掛ける。

 

―――ガチン!

 

二人の得物がぶつかり合い、音と共に火花が散った。

真上から振り下ろした炎の杖の一撃を深紅の槍が正面から受け止めたのだ。

二人の手にしていた得物が互いを押し返さんとぎりぎりと音を立てながらせめぎ合う、そんな最中でキャスニキは………クー・フーリンは不敵な笑みを浮かべた。

 

「……よう、師匠……悪いがあんたにゃ俺の相手をしてもらうぜ」

 

「………随分と大きく出たな………お前ひとりで私を抑えられると?」

 

「あぁ、無謀でしかねぇな……でも、今はそれでもやらなくちゃならねぇ」

 

ガキィン! と甲高い音を立てて二人が一度は慣れて距離を取る、杖を振り回しながら体勢を低くし、身構えたクー・フーリンは俺達の方を見る様子もなくすぐさま魔法の準備にかかる。

 

「あんたがそっち側につくんだったら、尚更なぁ!!」

 

杖を地面に突き立てた瞬間、スカサハの周囲を囲うように地面から巨大な蔓が伸びてきた。

普通の蔓はない、木の幹のような太さと大きさを備えている、そう簡単に切れたりすることのなさそうなまさに常識外れの植物に俺は一瞬唖然とした。

 

「坊主、このまま行け! スカサハは俺が抑える!」

 

「そんな! でも!」

 

「覚悟決めたんだろ! なら止まんじゃねぇ!! それでも男か!!」

 

地面を突き破るようにして飛び出してきたその植物を魔法で操りながら、彼は俺達の方を見ることもなく告げた。

背中を向けた状態でもはっきりと伝わるその迫力に、俺は何も返答することが出来なかった。

クー・フーリンという英雄もまた、この戦いに己の覚悟と誇りをもって挑もうとしている……ここで俺が立ち止まったらあの人のその覚悟を無駄にしてしまう……。

 

アルスターの英雄のその覚悟を信じ、俺は意を決して再度アクセルを全開にした。

 

だが、その際に気付いたことがあった。

共に前を進む仲間の内……何人かが、その場に残っていったことに……。

 

 

 

 

 

 

 

「………おいおい、先に行けっつったんだぜ………なんでここでお前らが残るんだよ」

 

「悪いがな、私は他人にまかせっきりな戦いってのは性に合わねぇんだよ」

 

「………私も、この腹に受けた傷の借りがあります故………勝手ながら、フィオナ騎士団の誇りに基づき………御子殿に助太刀させていただく」

 

「………はあ………しゃあねぇな、勝手にしやがれ………マスター、二枚目………死ぬんじゃねぇぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきの場所に残ったのはブランとディルムッドの二人だったのか……!

確かにキャスニキ一人で任せるより、複数人いた方が頼りにはなると思うけど……。

胸の奥でふつふつと湧き上がる不安を感じなが後ろをちらりと見る俺に気付いたのか、横を飛行していたネプテューヌ、パープルハートが近づいてきた。

 

「………きっと、あの二人なりの考えがあったのよ………キャスター一人に任せるよりも、自分たちが残ることで勝率を上げようと考えたんじゃないかしら」

 

「………無事でいてくれると思うか?」

 

「それは私にもわからないわ……今は信じましょう、ブランたちを……」

 

そう言って再び前へと目を向ける彼女の横顔は、どこか不安げに見えた……でも、当然だ……この戦いは誰しもが不安になるのはわかりきっている。

得体のしれない強大な力を持つ聖杯と、それによって呼び出された強力なサーヴァントという存在、それを前にどれだけ立ち向かえるか考えるだけでも不安でいっぱいになる。

だけど、それでも、前に進むんだ……例え、それが強迫概念だとしても立ち止まるわけにはいかない……何かを失うよりも何かを救えるチャンスがあるなら、俺は止まらない……止まるわけにはいかない……。

 

だから俺は、前に進むんだ。

何としても聖杯を止めるために……俺がこの世界で手に入れた大切な物を……大切なこの世界を、守るために……!

 

 

 

―――Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!

 

 

 

突然、獣の様な叫び声が森の中に木霊した。

マシンヴィクトラーを走らせていた俺の耳に聞こえてきたその声は、ここに来るまでにも数回聞いていた。

だからこそ、この声の持ち主が誰かもすぐに理解した。

 

俺達の目の前に漆黒の鎧に身を包んだ戦士が空から降ってくるかのような勢いで降り立ち、兜の目元の赤い燐光をギラリと光らせた。

 

「バーサーカーのお出ましという訳か……聖杯までまだ少し距離がある、マスターどうする、押し切るか?」

 

「無理やりにでも!」

 

バイクのアクセルを全開にして、俺はランスロットに正面突破を仕掛ける。

今のあいつは両手に獲物を持ってらず、今まで使っていた銃器などの飛び道具も見られなかった。

それなら正面から無理やりにでも……!

 

でも、そう思った矢先……ランスロットの右腕に黒い靄のような物が集まり、それはやがて一つの形を作りながらその姿を変えた。

それは長く、分厚い刃を持つ黒い重厚な一振りの剣だった。 その剣に俺は見覚えがある……あれもランスロットの宝具の一つ……“騎士王”と呼ばれた剣使いの英霊、かつての主君だったその王の持つ“聖剣”と起源を同じくすると言われている剣。

 

宝具の名前は………“無毀なる湖光(アロンダイト)”………。

 

「あっちも本気ってことかよ!」

 

向こうはどうあってもここを通す気はないということらしい、狂戦士となっていても英霊として呼び出された騎士の決意ということか……はたまた、ただ命令を遂行しているだけなのかは理解できないが……向こうも本気というのならそれに答える、俺達もここを通る理由があるんだ!

 

だが、俺のその意志をあざ笑うかのように敵は待ってくれなかった。

 

ランスロットの背後の方から更に無数の人影が姿を現す。

あれは………シャドウサーヴァント!? まだあんなにいたのかよ!!

 

「くそ……! これじゃ無理やりにでも突破できない!」

 

「ソウヤ! 止まらないで!」

 

突然ネプテューヌが俺にそう言った、彼女は俺の前に出ると右手に得物の刀を出現させ、その柄をしっかりと掴んだ。

すると、それを見て遅れてベールも前に躍り出ると彼女も槍を手に取り、二人並んで臨戦態勢に入った。

 

「二人とも……」

 

「質問は受け付けないわ、答えはわかりきってるもの……だから言って、私達も後から行くわ」

 

「死亡フラグにしか聞こえないセリフですけど、今はそれしか言えませんものね……そういうことですので、わたくしもありきたりなセリフを言わせてもらいますわ」

 

「あら、なら私もそれに乗ろうかしら、言ってみたかったセリフがあるのよ」

 

ベールとネプテューヌがそうやり取りをした後、口元に微笑を浮かべながら槍と刀を構え、ちらりと俺の方を見る。

そして、凛としていながらも……それでいて強い意志を感じさせる声で……。

 

 

 

「ここは私達に任せて!」

 

「先に行ってくださいまし!」

 

 

 

俺は二人の言葉を受けて、しっかりと頷いた。

誰しもがどこかで聞いたことがあるだろう、定番にしてどこか言ってみたい感のあるセリフ、だけど今はそのセリフが一番心強かった。

二人が俺の背中を押してくれるような……そんな気がしたから。

 

「ごめん、二人とも………行ってくる」

 

俺は二人にそういうと、二人は微笑みながら頷き返した。

 

「あいちゃん、ソウヤとアーチャーのサポートは任せたわ……聖杯に関する知識は二人が一番持っている……だから立ち向かえるとしたら」

 

「ええ、言われなくてもわかっているわ、任せときなさいネプ子!」

 

最後にネプテューヌとアイエフの二人が言葉を交わし、残された俺とアーチャー先輩はタイミングを合わせて前へと躍り出た。

それを見て行かせはしないと言わんばかりにランスロットとシャドウサーヴァントたちは身構える、だがその瞬間俺達の後ろに移動したベールが槍を回転させ……。

 

「貫け! シレットスピアー!!」

 

「―――っ!」

 

俺達の真正面に魔方陣を展開し、そこから長大な木で出来た槍が飛び出した。

その一撃はそのままランスロットたちのいる軍勢にまっすぐに向っていき、ランスロットは反射的にそれを回避し、シャドウサーヴァントたちは数体がそれに巻き込まれ、俺達の目の前に一筋の道が出来た。

 

「ソウヤ、今よ!」

 

「うっしゃあ!! アイエフ直伝、バイクテクニック!!」

 

俺はこのチャンスを逃すまいとマシンヴィクトラーのアクセルを最大限にまで回し、近くにあった傾斜を利用してそのままバイクの車体を空中へと跳ね上がらせた。

そして、そのままベールが作り出した木の槍の上へと着地し、その上を道にして走っていく。 先端までたどり着き、再度地面に着地した瞬間には既にランスロットを筆頭とした部隊は後ろの方だった。

 

 

 

(………みんな………行ってきます)

 

 

 

ここまでの道を繋いでくれたみんなの事が頭に浮かぶ……俺はそれを実感しながら、みんなの想いを無駄にしないために……目的地へと向かって走り続ける。

 

 

 

………聖杯まで、あと少しだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………へえ、どうやらここまで来る邪魔者がいたみたいだね………シャドウサーヴァントを使ってみたけど、案外向こうも諦めが悪いみたいだ」

 

魔方陣の上に立ちながらその人物は何やら楽し気に、だがどこか不敵に微笑を浮かべる。 そして手から溢れるどろりとしたものを魔方陣に垂らし続けながら、その顔を背後にいる呼び出した先兵の方へと向けた。

 

「じゃあ、後は任せようかな………アヴェンジャー?」

 

「………ああ、手筈通りに済ませるとしよう………」

 

こちらに向かって近づいてくるバイクのエンジン音、それを耳にしながら復讐鬼の彼は口に咥えていた煙草を地面に落とすと、それを踏みしめる。 そして、その目に再び凶悪な眼光を灯し、口元に笑みを浮かべた……。

そして、その直後二人のいる魔方陣を中心にした野原にバイクのエンジン音と共に三人の人物が笑みを浮かべる復讐鬼の前に現れた。

 

現れた三人のうち、二人の人物はバイクから降り、もう一人の人物はそのバイクの前に降り立つ。

 

赤い外套を身に纏った浅黒い男性、アーチャーのクラスを持つ彼はアヴェンジャー、エドモンの前に立つと強い意志を感じさせる鋭い瞳を向ける。 それはさながら研ぎ澄まされた刃のように、光を反射させて光る屈強な剣のような印象のその瞳はぶれることなく目前に立ちふさがる復讐鬼を見据える。

 

「………宗谷、あんた………」

 

「大丈夫………アイエフは下がってて」

 

そして、その後ろから警戒するようにしながらも前に出てきたのは先程エドモンと対峙したアーチャーのマスターとして選ばれた青年だった。

エドモンはその姿を見ると、凶悪な笑みを沈めると落ち着いた様子で青年へと目を向けた。

 

「………先程とは顔つきが違うな」

 

「………正直さっきまですげービビってたけど、いつまでもそうはしてられないって思ったからな」

 

青年、宗谷はそういうと自身のベルトに手を翳してこの世界に来て直面したいくつもの苦難を共にしてきた赤い刃を持つ愛剣、赤剣を取り出すと左右に切り払うような動作をしてからその切っ先をエドモンへと向けた。

 

「どんなに自分を許せなくても……どんなに自分の中にあるこの感情が嫌いでも……それでも俺は諦めたくない、だからこうして……無理やりにでもここに来た」

 

「………残酷なことだな………己が拒否する己の狂気に無理に抗えば、余計に己をその狂気の刃で深く傷つけるというのに……なあ、そうは思わないか……無銘の守護者……いや、抑止力と言った所か?」

 

宗谷が言い放った決意の言葉、それを聞き彼は静かに視線を隣にいるエミヤへと向けた、しかしエミヤはその言葉に対し口元にいつものように皮肉気な、ニヒルな笑みを浮かべると静かに瞼を閉じた。

 

「確かにな……自分が傷つくのをいとわず、他人を優先し、前に出ようとする……その前に自分が倒れたら意味もないというのにそれでも続けようとする……まったくそんなことを考えずにより安全に、より確実に自分が生き残る手段を択べたらどれだけ楽だろうか」

 

エドモンの問いかけに対し、半ば呆れたような雰囲気を放ちながらやれやれと首を振ったエミヤ。

だが、彼はその直後その両手に自身が得意とする武器、白と黒の対比の刃を持つ夫婦剣を魔力を使って生成する。

そして、再び瞼を開けた時………その雰囲気は再び、ガラリと変わった。

 

「正義の味方なんていうものは破綻した概念だ……だがそれでも………それでも、何かを救うという想い、それは決して破綻することはない確固たる決意だ………」

 

そして、赤剣をまっすぐに構える宗谷と背中を合わせるように並び立つと、左手に握る剣を赤剣に並べる様にまっすぐにエドモンへと向けた。

 

 

 

「この世に完全無敵の完璧な英雄など存在することはない、だがそれでも……目の前の災厄から守りたい物を守る、そのために戦う者がここにいる………なら私は………俺はそれを見届けよう………かつて、同じ理想を抱いた者として」

 

「行くぜ、アヴェンジャー………いや………せっかくだ、アーチャー先輩合わせてください」

 

「……仕方がない」

 

 

 

ここにいる二人は同じ理想を追いかけたもの、一人は今も尚その理想を目指す者。 そしてもう一人はかつてその理想を追い求めた者、形は違えど二人は同じ理想の道をたどる。

そして今、二人は並び立ち、背中を合わせ、世界を脅かす強大な災厄に立ち向かおうとしている。

 

 

 

 

 

「「行くぞ巌窟王、恩讐の炎の準備は………十分か?」」

 

 

 

 

 

二人はそう言い放ち、巌窟王に問いかける。

すると彼は、しばらく間を置いた後帽子を目深に被り、その下に少しだけ覗かせる口元に微笑を浮かべた。

 

「そうか………オレという存在を前にして貴様はそう答えを出したか………ククク………クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

突然点を仰ぎ見るほどの大きな笑い声をあげたエドモン、すると彼は己の羽織る外套をばさりと翻すと、その手をまっすぐに宗谷とエミヤの二人に向けた。

その直後、彼の手に青白い恩讐の炎が燃え上がり、帽子の下から覗く凶暴な目に呼音するかのようにその火力を大きくした。

 

 

 

「ならば来るがいい!! 貴様らの信じる物! 貴様らの信じる正義とやらを持ってして悪を討たんとするならば! まずはオレを殺して見せろ………オレという復讐鬼を………決死の覚悟でなぁ!!」

 

 

 

それを皮切りにしたかのように、彼の周囲に青白い炎が舞い踊る様に広がった。

その威圧感を前に、宗谷は押し返されそうになりながらも、地面を踏みしめ剣の柄を握る手の力を強める。

 

「………アーチャー先輩、力を………貸してくれ!」

 

「存分に使え、マスター………オレは今は、お前のサーヴァントだ」

 

隣に心強い味方がいる………心強い先輩がいる………だから自分は、まだこうして戦おうとすることが出来る。

 

守るために………今度こそ、失わないために………。

 

 

 

「ああ………超ハイレベルの、強力コンビで………ゲームスタートだ!!」

 

 

 

 




いかがでしたか?
次回、巌窟王vsクロス・ヴィクトリー&エミヤタッグ!

それぞれの戦いが激化する!

それでは次回でお会いしましょう…


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Fate/stage,10 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~覚醒~

長らくお待たせいたしました(汗
ネプえく聖杯戦争編もクライマックスへ、今回のテーマは起動!

巌窟王vs宗谷&エミヤ、果たしてその先にあるものとは……。

そして、目覚めるものとは!

それではお楽しみください、どうぞ…。


 

 

 

―――おおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 

 

獣染みた声を上げ、どちらからともなく地を蹴り、恩讐の炎を滾らせた復讐鬼と二振りの剣を携えた赤い弓兵とそのマスターである一人の青年が飛び出した。

互いの前の前の敵に向かっていく、狙いをずらすことなく、ただただ目の前の敵に向かって走る。 託された意志を胸に、守りたい未来のために、守りたいたくさんの命のために、宗谷は走る……恐れるのを捨て、震えを無視し、剣を握る手に力を籠める。 目の前の最大の敵を討ち果たすために……。

 

「リンクオン!!」

 

左手に取り出したV.phoneを赤剣に装填し、自身の体を先頭に適した姿へと変える。

勇者、クロス・ヴィクトリーに変身した宗谷は共に戦ってくれるエミヤの前に出ると外套をはためかせながら向かってくるエドモンの間合いをよく見て……。

 

「せぇえ!」

 

初撃を放った。

横薙ぎの単純な一閃、片手で震えるのに適したリーチと重さを持つ赤剣で繰り出す単純ながらも最も繰り出しやすい一撃。

だが、それ故にその攻撃は見切りやすい。 エドモンは軽々と跳躍するとクロス・ヴィクトリーのその一撃を回避した、彼の先制攻撃は失敗した。

 

 

だが……。

 

 

「………っ!」

 

 

その後ろには、“弓兵”がいた。

 

 

「はああ!」

 

 

空中に飛び出したことでがら空きになったエドモンに向けて、エミヤは両手の剣をブーメランのように投擲する。

回転しながら接近してくるその攻撃をエドモンは両手に炎を灯すと、それを左右に広げる様に腕を振るって炎を繰り出し、自身に飛来してくる白と黒の刃を跳ね除ける。

しかし、エミヤの攻撃はそれで終わらない。

 

「―――投影・開始(トレース・オン)……!」

 

投影魔術を駆使した戦い方を得意とする彼に、投げた武器を取りに行くことなど必要ない。

新たな二振りの剣を魔力によって作り出しながら跳躍したエミヤは大上段から両手の剣を振り下ろす。

 

「無尽蔵の刃か……いいぞ、だが舐めるな!」

 

直前エドモンが外套をばさりと翻すと自身の足元が青白い炎で包まれた。

それを合図にエミヤの攻撃が当たる間合いからエドモンの身体が空中で横にずれた。

 

「お前達に……オレを捉えられるか!」

 

クロス・ヴィクトリーとエミヤの二段構えの連続先制攻撃、それはエドモンの恩讐の炎を身に纏ったことによる空中での移動によって回避された。

まるでジェット機か何かを足に仕込んでいるかのように、恩讐の炎を推進力にエドモンは本来生身の人間では移動不可能な空中を自力で移動してみせた。

先攻したクロス・ヴィクトリーが後ろを振り向き、その背中側に直地したエミヤが背中合わせになる。

そして、それをあざ笑うかのようにしてエドモンは空中を飛び回る。

 

少しでも隙を見せれば向こうから仕掛けてくる、ただでさえ高速な移動を行っている以上、視界だけではなく全神経を集中させなければ不意を打たれるのは必至だ。

変身したことによって強化された神経をクロス・ヴィクトリーは鋭く研ぎ澄ます、見えない背後を今共に戦う頼れる先輩(サーヴァント)に任せ、自分は自分の感じ取れる範囲に意識を集中させる。

 

(どこからくる……)

 

周囲を飛び回る尾を引く青白い炎、幻想的ともいえばロマンチックかもしれない、だが今の彼らにとってその尾を引く炎はいつ自分たちを燃やし尽くす種火になるとも知れない脅威……少しの油断も許されない。

 

「………っ! マスター、伏せろ!!」

 

目に写る青白い炎を必死に追いかけるクロス・ヴィクトリーの耳に背後のエミヤの声が響き渡った。

それを聞いた彼は咄嗟に後ろに振り返ろうとするが、それよりも早くエミヤは手を広げ、それを素早く“上へと振り上げた”。

 

すると彼が持っていた夫婦剣は魔力の光となって消滅し、代わりに左手には黒い洋弓と右手には細身で刀身が螺旋状に捻じれた一振りの剣が握られていた。

エミヤは両手にそれを握ると視線を上へと向けたままその剣を素早く弓に番える。

その狙いの先に何があるのか、クロス・ヴィクトリーは咄嗟に上を見上げると………。

 

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」

 

猛々しい雄叫びを上げながら両腕に灯した炎をこちらに向けて巨大な火球として打ち出してきたエドモンの姿があった。

ざっと見てもここにいる二人を優に飲み込んでしまいそうなほどはあろうその炎を見たクロス・ヴィクトリーは咄嗟に防御のスキルを発動させようとするが……。

 

 

 

「………I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ 狂う)

 

 

 

その間にも静かに、それでいてはっきりとエミヤの言葉が聞こえ……。

 

 

 

「………“偽・螺旋剣(カラド・ボルク)”!!」

 

 

 

次の瞬間には弓に番え、矢となった螺旋状の剣をその火球に向けて真上に、まっすぐに撃ちだしていた。

その一撃を、宗谷は知っている………今放ったのは彼の持つ投影宝具の一つ、“偽・螺旋剣”。

その威力は弓で放った威力の場合、ランクAに達するとされる強力な射出型魔剣であり、しかも真名解放した場合、放たれた矢として持つ貫通力は………。

 

――――空間すらも貫く。

 

天空へと昇らん勢いで勢い良く打ち出されたそれはまっすぐに、一直線に火球へと向かっていき……そして、次の瞬間……二人の真上に小爆発にも似た衝撃が起こった。

エミヤの放った一矢がエドモンの放った火球を貫き、弾けさせたことによって発生したものだ。

上から叩きつけられるような衝撃をその身に受けながらも、クロス・ヴィクトリーは何とか身を低くして耐える。

そしてあの大きさの下級を一撃で霧散させた一矢、それはそのまま火球を放ったエドモンをも貫かんとまっすぐに向っていく。

 

「………なるほど、防ぐと同時にすぐさま攻撃に転じたか………だが」

 

しかし、次の瞬間……。

 

「俺を捉えるには……」

 

その一矢は………炎を貫いた。

 

「っ!」

 

「………少し、足りないな」

 

そして、肝心のエドモンは次の瞬間には矢を放った体制でいたエミヤの真正面に移動していた。

それに気づいたときにはもう遅い、エミヤは咄嗟に夫婦剣を投影して反撃しようとするが……それよりも早く思い蹴りが彼の横腹を打ち据えた。

強力無比な炎の一撃はエミヤの放った宝具(カラドボルグ)によって何とか退けられはしたもののそちらに意識が行くあまりエドモン自身の一撃への注意を怠っていた。

繰り出された蹴りを受け、エミヤの身体が宙を舞い、地面へと激突した。

 

「アーチャー先輩!!」

 

身を低くして先程の衝撃に備えていたクロス・ヴィクトリーは彼を気遣いながらもエミヤを蹴り飛ばされた張本人であるエドモンに咄嗟に切りかかろうとする。

だが、それを成しえるにはあまりにも距離が近すぎた。

右手に持った赤剣を振り抜く前にエミヤに一撃を喰らわせた時点で既に距離を詰めていたエドモンはその腕を片腕で押さえることであっさりと防いでしまった。

 

「………足りない、それでは………」

 

「え……っ!!」

 

一瞬、エドモンが何かを呟いた。

それに気づいたクロス・ヴィクトリーがその言葉の意味は何なのかを考えるよりも先に、自身の胸に強烈な熱風とおぞましい感覚がぶつかり、気付いたときには自分の身体ははるか後方へと吹き飛ばされていた。

 

「あっ……がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 

青白い炎が身を焦がし、熱さと言い知れぬ恐怖が自分を包み込む。

その感覚に彼は絶叫を上げながら地面を何回もバウンドしながら吹き飛び、距離にして約数百mまでふきとんだところで止まった。

何回も地面にぶつかった衝撃で彼を包み込んだ恩讐の炎は勢いが弱まり、篝火のように彼の身体で小さく燃え燻っているのが見える。

そして、当のクロス・ヴィクトリーはその身に受けたそのあまりの威力に息も絶え絶えになり、自分に刻まれたその一撃の重さに……驚愕していた。

 

(たったの一撃で………この威力かよ………!)

 

サーヴァントの力は人間の力を遥かに凌駕している、それはもうここに至るまでの経緯で十分承知していた。

だが、今受けた一撃はそれを軽々と越えてしまうほどに凶悪であまりにも強すぎる一撃だった。

体の痛みが尋常ではない、一瞬で意識がぐらつき、体の中の何かが消し炭になるかのような感覚に襲われた。

下手をしたら今の一撃で自分の意識が刈り取られていたかもしれない……地面に這いつくばりながら何とか起き上がろうとするクロス・ヴィクトリーはそう感じざるを得なかった。

 

強い………。

 

今自分の目の前にいる敵は………あまりにも強い。

 

今までの敵よりも、断然に……何かが違う……。

 

「………人というのはよくわからない物だ」

 

エドモンが頭に被った帽子を目深に被り直して呟く。

 

「人はそれぞれの思考によって己の力を自由に変えていく……強くも弱くも、善にも悪にもなる……だが特筆して、何かのタガが外れた時の力はあまりにも強すぎる……制御も聞かなくなる……俺がそうだ」

 

帽子の鍔を少し上げ、その下から覗く鋭く、底の見えない恐ろし気な眼光がはるか遠くまで吹き飛んだクロス・ヴィクトリーに向けられる。

 

「俺は監獄島(シャトーデュフ)に幽閉されたあの時から……何かが壊れたんだろうな、そう、あの時からだ……俺の中で、“復讐”が芽生えたのは」

 

「………復讐か………巌窟王、濡れ衣を着せられ幽閉され脱獄を果たした後、自身を陥れた者達に復讐を果たした、文字通りの復讐者か……」

 

遠くの方で布が少し破れた赤い外套がゆらりと揺れたのが見えた、浅黒い肌をした顔に赤黒い液体が滴る。

今の一撃で負傷したらしいエミヤはゆっくりと立ち上がると、頭から血を流しながらもニヒルな笑みを浮かべた。

 

「目的を果たしたとしても、君の中に眠る復讐の炎は消えないということか……例え、その炎を向ける敵が既にいないとしても」

 

「くっ………はははははははははははは!! 違いない、今のオレも貴様も、何処かの時代から呼び出された亡霊に過ぎない……主という存在によって呼び出された使い魔……故に、オレは目的を果たした後も、こうして復讐者として呼ばれてしまったということか」

 

「そのとおりさ」

 

エミヤの言葉に皮肉気味な返答を返すエドモン、するとそんな彼の背後に彼を呼び出したマスターである人物が近づいてきた。

 

「彼も俺も同じ復讐者……恨みを持ち、復讐したい物があった……だから俺が用意する駒に相応しいと感じたんだ、その激しい恩讐の炎……すべてを焼き尽くすにはこれほどいいものはないだろう?」

 

「お前が……聖杯の……っ!」

 

「………そう、俺がこの聖杯戦争の仕掛け人………偶然とはいえ、万能の願望機と同調した………“この世界の復讐者”だ」

 

痛みが響く体に鞭を打ち、クロス・ヴィクトリーがそう告げると復讐者のマスターは……いや、汚染された聖杯の主はあくまで柔和な微笑みを浮かべながら答えた。

微笑んではいるが、どこか冷たい、氷のような笑顔……それを見たクロス・ヴィクトリーは反射的に体が少し震えるのを感じた。

 

「なんで……なんでこんなことを……!」

 

「なぜ? 復讐するのに、理由なんかいるかい? 俺はこの世界を……ゲイムギョウ界をただただめちゃくちゃにしたいだけなんだ」

 

「なんのためにっ……!! なんのためにこの世界にそんなことを……!」

 

声を絞り出すようにして出した問いかけ、それを聞いた聖杯の主はしばらく考え込むように目を伏せた真顔を浮かべた後、うっすらと目を開き、自分の手の平を見つめた。

 

 

 

「………消されたからさ………歴史という記録から、俺という存在が消されたからだよ」

 

 

 

怒り、悲しみ、怨み、妬み、寂しさ、そのどれにも当てはまらない……まるでそのすべてをぐちゃぐちゃに混ぜた様な深い闇を宿した瞳だった。

そう呟いたその人物の言葉に秘められた真実、いや、この一連の出来事の中に隠された本質はどれほど深い闇を抱えているのか、その目を見たクロス・ヴィクトリーはそう感じた。

今自分たちの前にいるこの人物が果たそうとしていること、それに至る経緯、それはわからない……ただ言えるのは今の自分では知りえない事だという事実、それは何となくではあるが分かった。

 

でも、だからこそ……同情には至れず、反射的に分かったこともある。

 

………この人物の復讐の念はあまりにも強大すぎるということ………。

 

何があればここまで大きくなるのかということ……果たしてこの人物が抱える闇がどれだけ深いのか……それが分かったからこそ、恐怖した。

この得体のしれない……巌窟王という復讐者を従えた“ゲイムギョウ界の復讐者”に……。

 

「いや、消されたというよりはむしろこの世界そのものがなかったことにしたってとこだろうかな……俺のような“黒歴史”は世界にとっては不必要な記録、削除すべきデータってことさ……君にもわかるだろう、アーチャー」

 

底が見えない闇を抱えた瞳、その視線が血を流しながらも立ち上がったエミヤへと向けられる。

 

「きみにもあるだろう? 消したかった記憶が、消したかった過去が、消したかった己の黒歴史が……わかるよ、俺も……俺はこの世界によって消されたいらない歴史そのものだ、きみの過去についても十分理解できるよ、英霊 エミヤ」

 

「………消したかった過去か」

 

「綺麗だからこそ憧れた、強い存在だからこそ憧れた、守りたいからこそ求めた、救いたいからこそ求めた……そしてきみは至った……守護者として、人類の抑止力として……その結果がただの掃除屋だ……皮肉なことだ、人類を守るために人間をたくさん殺すなんて、さぞ君は不本意だっただろうね」

 

聖杯の所持者であるその存在は知っていた、彼がかつて経験した過ちを、かつて願ったことを、そして英霊となるまでの間に起こった彼自身の出来事を…。

恐らくは聖杯を通して“英霊の座”から彼の記録された出来事、その逸話を読み取っているのだろう、だからこそ真名も過去も知ることが出来るのだ。

 

血塗られたエミヤの過去、守護者という抑止力の器に収まった彼に待っていた残酷な現実……それは宗谷自身も知っている。

見たからこそ知っている、物語として……その目で見たから知っている。

世界が違うがために、変わった形で彼と出会うずっと前から知ることになったその辛い過去を……。

その辛さの大きさを……故に彼がそのルーツをその手で殺そうとしたことも……理解できてしまう。

彼の心が弱いなんて言えない、彼の心が背負った辛さを自分がどうこう言える存在じゃない、だからこそこの時のクロス・ヴィクトリーは……宗谷は何も言えなかった。

 

「だからこそわかるよ……きみがきみ自身を、かつての自分を殺そうとしたのもね……俺もできることなら消してやりたいよ……今でもね……だからこそ、俺は復讐する……それも含めてこの世界を……すべてを“猛争”の渦に落とす……理解できるだろう、エミヤ……きみは、俺を……」

 

まるで彼をいたわるかのように伸ばしたその手、その先にいるエミヤはじっとその手の主を見据える。

地に伏せたままその様子を固唾をのんで見守るクロス・ヴィクトリーは彼を見つめ続ける。

 

やがてエミヤは目を閉じるとその首を左右に振った。

 

「やれやれ、その通りだ……未熟な過去の自分、今思い出しただけでも反吐が出る……故に許すことはできない、その未熟な思想も」

 

かつての自分の無謀さ、危うさ、危険を顧みぬその姿勢。

それは物語を見ていた自分の様な第三者からしたらとてもきれいに映る、とても輝かしい物語の英雄譚の如き光に見えることだろう。

けど、それはあくまで当の本人とは違う、まったく別の人物が見た感想に過ぎない。

どんなに物語の主人公が美しく、勇ましく、かっこよく見えてもそれはその姿を見た者の勝手な感情移入と憧れだ。

そう、憧れ……それがあったからこそ、エミヤという人物はかつて……それに憧れた……。

 

「憧れ、ただそれだけのために非合理的な役目を担わされる正義の味方なんかになろうと思った、なりたいと思った……その役目の本当の意味を、その業も、何も知らずに、何も目を向けずに……その道をどこかの誰かも歩もうとしている」

 

「………アーチャー先輩」

 

自分も同じだ。

その姿が美しい灯ったから憧れた、綺麗だから憧れた、手を伸ばして誰かを救えるとてもすごい存在と思ったからなりたいと思った。

まるで、あの物語の主人公のように………なれる物ならと願った。 誰かを猛傷つけることのないように、失うことのないように……誰かを悲しませることのないように。

だけど、今目の前にいる自分の使い魔となった英霊は知っている。 その役割を担ったことで経験した血生臭い所業を、終わることのない深い業を、人類の抑止力たるその役目が意味を成す目を反らしたくなるような現実を……。

 

「正義の味方なんて……碌な物じゃない」

 

飽き飽きとしたかのような言葉でそう呟いたエミヤ、そんな彼に黒歴史と名乗った人物は怪しく微笑む。

 

「そう、碌なものじゃないってことを君は知ってる……だからこそそんな理念は今のうちに潰すべきじゃないかい? 君の手で、ね?」

 

彼女の眼の奥の闇が蠢いた気がした、得体のしれない底のない闇がエミヤを捉えている。

その言葉にエミヤはその顔を倒れている、彼のマスター……クロス・ヴィクトリーに向ける。

 

「君のその弓は世界の抑止力、人類の抑止力となる矢を放つ弓だ……ならば、そんな不合理なものが生まれてしまう前に、一人の少年を君の手で救うのも、君の役目じゃないのかい?」

 

「………それもそうだな、同じことを俺は今まで何回もやってきた……そんな苦しみを味わう必要などないさ」

 

「っ………!」

 

そう言ってエミヤが自分の方に目を向け、その手に握った弓と反対の手に一振りの刀を投影するのを見て、クロス・ヴィクトリーは仮面の下で息を飲んだ。

その手が弓に近づく、弓の弦に剣が矢としてつがえられ魔力の光と共にそれが一矢へと姿を変える。 あとはその手を離せばその屋は一直線に自分に向かってくる。

 

その先にあるのは………。

 

 

 

「………まったくもって、正義の味方は碌な物じゃないな、マスター」

 

 

 

標的を貫くという事実だ。

 

 

 

放たれたことで発生する空気を切り裂くような軽い音がするのが聞こえた。

弓から離れた矢が一直線に、刹那の如き一瞬と共に狙いを定めた標的がいる先へと向っていく。

 

 

 

 

 

彼の目の前にいる………黒歴史へと。

 

 

 

 

 

「………ふーん、やっぱりそうなるのか」

 

放たれたその矢が黒歴史の頬の横を通り過ぎていった。

起動が逸れたのはその一瞬で黒歴史がその首を横に少しだけ傾けたからだ、まるで想定の範囲内とでもいうかのように……。

その視線を弓を自分へと放ったエミヤへと向けて。

 

「君は結局、そうやって誰かを守るためにという綺麗な建前に縋って標的を貫く、道具でしかないわけだ」

 

「ああ、そうだろうな……お前の言うとおりだよ、私は抑止力として掃除を行うただの道具だろうな……だからこそ掃除をさせて貰う、人類にとっての脅威……お前という存在をな」

 

揺るぎないその言葉、それを聞いたクロス・ヴィクトリーは奮い立つかのようにして剣を杖にして立ち上がった。

そして、今も尚弓を番えるエミヤの隣へと移動する。

 

「………やっぱり………やっぱりかっこいいよ、アーチャー先輩」

 

「私に憧れてもいいことなどないぞ、マスター」

 

「それでもだよ……今の俺にはあんたは間違いなく、そう見えるよ………俺の憧れた正義の味方………すっごく頼りになる、憧れの!」

 

彼の放ったその言葉に、エミヤはしばらく不愛想な顔を浮かべていたが、不意に口元にまたいつものニヒルな笑みを浮かべる。

隣に立つ自身のマスターに、何を想い、彼はその目を向けるのだろうか……それは恐らく彼にしかわからない事だろう。

 

「ならば、ここからは君の番だ……奴を討て、マスター」

 

「ああ、援護頼むぜ……先輩!!」

 

再度立ち上がった二人、それに相対する二人の復讐者は向かってくるであろう二人を迎え撃つべく動き出そうとしている。

マスターである黒歴史が、隣に立つ巌窟王に視線を向けると巌窟王は帽子を深く被りながら前に出る。

 

「……その強い意思、呆れるほどのお人よしと言わせてもらうぞ、アーチャーのマスター」

 

「悪いな、ずっと前からそういうのに憧れて小さな親切大きなお世話の誠心でこちとら生きてきたんだよ」

 

「ああ、でなければお前がここに来ることはなかっただろう……そして、俺がこうして前に立つことも……」

 

「………?」

 

この時、クロス・ヴィクトリーは何となくエドモンから妙な違和感を感じた、先程まで敵対していた時とは違う何か、その体から溢れる青白い恩讐の炎の揺らめきに紛れたまた別の何かが、今一瞬だけ垣間見えた気がした。

 

「さあ、そろそろ終わらせよう……聖杯の泥もそろそろ溢れる頃合いだ、その前にこちらも終わらせてしまおうか、アヴェンジャー」

 

「………ああ、そうだな………オレは言わせてもらった………“待て、しかして希望せよ”とな」

 

「………そう言えばアヴェンジャー、君のその言葉………どういう意味があるんだい?」

 

黒歴史が巌窟王にそう問いかけると巌窟王は目深に被っていた帽子を少しだけ挙げてその下にある彼の目を覗かせた。

その視線はしっかりと自分たちに向けられている。

そして彼は右腕にまた青白く揺らめく恩讐の炎を滾らせ……。

 

「こういうことだ、共犯者……しかと受け取れ、俺からの僅かな希望を」

 

そのままその拳を“黒歴史へと向けた”。

 

次の瞬間、彼の手で度っていた青白い炎が背後にいた黒歴史に向けて放たれ、一瞬にしてその姿を飲み込んだ。

まさかの巌窟王が取った行動にクロス・ヴィクトリーは驚き、隣にいたエミヤも少しだが眉を動かした。

 

 

 

「オレは復讐者だ、それは否定する存在がいるからこそ成り立つ……オレにとって否定するのは俺を復讐者へと駆り立てたもの、終わりなき復讐に意味などない……ならばそれに終わりを告げるのだとしたら、お前にこの炎を向けることだろうさ」

 

 

 

そう言い放った彼の言動、自身のマスターへの攻撃はあまりにも予想外すぎる行動に他ならなかった。

彼は今の一瞬でマスターを裏切ったのだ、復讐者という存在を完遂するという自分の考えの下に……マスターに………その復讐の炎を向けたのだ。

 

「ああ、そうか、あの二人とは違うものを感じたと思ったらお前だったのか、アヴェンジャー……俺の支配に染まったような行動もすべてお前の芝居か」

 

「悪いな共犯者、俺に成すべき役目があるようでな……そのためにいちいち他人事の異世界での関係のない復讐に手を出す義理はない」

 

「ずるいなぁ、それじゃあまるで………最初からこの俺の事を潰す気だったみたいじゃないか?」

 

「………さあ、どう思う? かつての共犯者よ」

 

揺らめく恩讐の炎の中から黒歴史の声が聞こえてくる、変わらない調子の何気ない話をするかのような淡々とした口調。

それに返答するエドモンの口元には先程までに見せていた凶悪な笑みとは違う、落ち着いた笑みを浮かべている。

何かを成し遂げた感覚にでも浸るかのように……。

だが、その笑みと視線の先にある炎の中で、何かが動いた。

 

 

 

「そうだね、気に入らないな。 だから、無理くりにでも利用させてもらうよ」

 

 

 

ずるり!! とでも表現するかの様な粘着質な音と共に、炎を掻き分けながら黒い何かが飛び出し、目の前にいた巌窟王の体に絡みついた。

その体を縛り付けた黒い何かはまるで生きた触手のようにうねうねと怪しくうごめき、その所々にはぎょろぎょろと蠢く不気味な赤い目玉が付いている。

 

「っ! アヴェンジャー!!」

 

「動くな、アーチャーのマスター!」

 

咄嗟にそれを見てクロス・ヴィクトリーが前に出ようとしたのを巌窟王自身が止めた。

ぎりぎりと音を立てて縛り上げる不気味な触手、その目玉がすべて巻き付いている巌窟王へと向けられている。

 

「違和感は感じていたよ、オレに対して希望なんていう曖昧で無意味で一番無縁な言葉を投げかけていた時点でね……いずれこうなるとは思っていたさ」

 

「ふっ……ずるいのは貴様も一緒だな」

 

「お互い様さ、だからこれもそれ相応の報いとしてやらせてもらうよ………君の霊気も魔力で出来た肉体も、その霊核もオレが使わせてもらう、本当なら聖杯戦争を吹っかけて脱落したサーヴァントからいただくつもりだったけど手間が省けるよ」

 

巌窟王の体を縛り付けていた太い触手から細かな細い触手が伸びてその体をどんどん絡め取っていく、まるで繭にでもなるかのように彼の人型のシルエットがどんどんと黒い塊と化していくのをクロス・ヴィクトリーとエミヤは目の当たりにしていた。

このままではまずいと感じたのかエミヤは咄嗟にまた弓に矢をつがえようとする。

 

「聞け!! アーチャー!! いや、英霊エミヤ!!」

 

「っ!」

 

だがそれを再度エドモンの声が止めた、手を止めたエミヤがその視線を今も尚触手に包まれて行く彼に向けると、かすかに見える顔の一部である目と口がエミヤの方に向けられて巌窟王の言葉が伝えられた。

一瞬だが、その炎を共通の敵に向けた彼の……おそらく最後の言葉が……。

 

 

 

「………答えは得たか? なら、お前の役目を果たせ………“本当のお前の本当の役目”を」

 

 

 

それを最後に、巌窟王は全身を触手に包まれた繭のような物に姿を変え。

次の瞬間、目も覆いたくなるような残酷な音と共にその体が入っているのであろう繭がひしゃげていった。

骨が砕ける音、血が隙間から噴き出す音、体がつぶれていく音を響かせながらどんどんとその繭は小さくなっていき……。

 

最後には繭などなかったかのように触手が炎の中に消えていき、後には彼の残した血しぶきと帽子が魔力の粒となって空へと舞って行った。

 

「………アヴェンジャー………」

 

「先程まで敵として戦っていた相手に、同情かい?」

 

炎の中から先程その中に呑まれた黒歴史がゆっくりと歩きながら現れた。

先程まで人の形をしていたその姿はある一部が完全な異形となり替わっている、いや、それはもはや一部には収まらない。

右腕から右半身、顔の半分ほどがまるで蔦が絡まるかのようにして先程巌窟王の体を絡め取った漆黒の触手で形成されている。

底から覗くいくつもの赤い血のような不気味な目玉をぎょろつかせ、歩み寄ってくる黒歴史はまさに偉業を通り越して、怪物と呼ぶにふさわしい姿となっていた。

 

「正義の味方っていうのは心の移り変わりが激しいね、敵として戦っていた相手にも情を移す、わけのわからないことだ」

 

「お前のその姿に言われたくねぇよ、お前はいったい何者だ……お前は何なんだ!」

 

「黒歴史さ、このゲイムギョウ界と……そして遥か彼方の世界、“魔術王”が残した負の遺産の一部にしてその片割れ、哀れに目的を果たせずに散った七十二の魔神の残りカス……その複合体が今のオレだ」

 

「……どういうことだ?」

 

「要するに、君の知らない遥か遠い世界……人理を賭けた戦いで破れた魔神の柱……オレは流れ着いたその柱に乗り移った怨念、ただの意志に過ぎなかった……だからこそ必要だったのさ、この世界に齎された聖杯の力を……オレの存在意義を果たすために……そしてかの王が成すことのできなかった人理の焼却を此処から再び始めるために!!」

 

クロス・ヴィクトリーには到底理解が追い付かない内容を言い放った黒歴史、体の半分を形成する黒い触手が猛りを上げるかのように蠢き不気味な動きと共に震えた。

総てを知りえることはできないが今の話の内容で、クロス・ヴィクトリーは今目の前にいる存在が何なのかを直感的に理解した。

今目の前にいるのは二つの存在が融合した得体のしれないバケモノだということを。

 

「要するにあいつはこことは違う別の世界で滅んだ魔神の柱とかいう奴の欠片にこの世界のあいつという意思が混ざり合って出来たってことか……ゲテモノにゲテモノ混ぜても最悪なのが完成するだけだってのに」

 

「だが、それだけでもわかれば好都合だ……マスター、一度滅んだ奴ならば倒せない義理はない、ましてや砕けた欠片からできた成れの果てなど、造作もないことだ」

 

「ははははははは! 確かに片方は紛れもないただの残りカスさ、しかしね、俺という強固な意志と今手に入れたサーヴァントの霊格、そしてオレ自身の中にある聖杯……これでオレは十分な力を手に入れた、完全なる復讐者となった! オレこそがこの世界のアヴェンジャーとなったんだ……! あっはははははははは……ははははははははははははは!!」

 

倒せない道理はない、だが黒歴史が言うのも事実と言える。

現に今、巌窟王を取り込んだことで得たのであろう溢れんばかりの威圧感と力の波動ともいえるものがあたりを震わせびりびりと二人の体に伝わる。

先程の巌窟王など優に超える怪物が、今目の前で誕生したのだ。

 

「最初はここから始まる……オレという存在をなかったことにしたこのゲイムギョウ界の奴らをすべて、オレが猛争の渦に叩き落す……その前に、お前たちは邪魔だ……消えろぉ!!」

 

黒歴史の右腕が自分たちに向けられ、それがまるで牙を剥くかのように四叉に裂ける。 そこから顔を覗かせるのは大きな一つの赤い目玉、それが二人へと狙いを定めると……赤い光を輝かせ、二人描けて魔力の閃光を打ち出してきた!

 

「やばい!!」

 

咄嗟に身の危険を感じたクロス・ヴィクトリーはスキルで応戦しようとする。

だが、それよりも早く前に出たエミヤが持っていた弓矢を魔力の粒に戻し、その手を前へと突き出した。

 

次の瞬間、二人の目の前に鮮やかな魔力の光が華を開かせるように広がり、いくつもの魔力で出来た円形の盾となって迫りくる閃光を受け止めた。

重なった七つの魔力の盾がぶつかった閃光を受け止めて軋みを上げて一枚、また一枚と砕けていく、だがそれでも先行の勢いは確実に抑えられて次第にその威力はかなり収まっていった。

 

やがて、閃光が収まり、二人を守り切ったことで役目を終えたかのようにその魔力の盾は消滅する。

 

「………“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”………た、助かった……」

 

「だが、今の一撃だけだ、おそらく次はない」

 

間一髪、エミヤの防御宝具で何とか難を逃れた二人だが気は抜けない。

今のは恐らくまだ軽い方、次からはさらに力を上げて放ってくるのが目に見えているからだ。

 

「今の盾で調子に乗らないことだ、次は止められないよ……」

 

不気味に蠢く触手、それを見てエミヤが何かを考えるような仕草をした後後ろにいるクロス・ヴィクトリーに目を向けた。

 

「………マスター、ここで奴を倒すのに可能性がある物が一つある………」

 

そういうと、彼はこちらに背を向けることなくその両手に夫婦剣、干将莫邪を投影する。

 

「可能性が、ある物?」

 

「君のスキルの中にある物をよく見ろ、それが答えだ」

 

「答えったって、あいつに対抗できるスキルなんて………っ!」

 

言われるままにその視線を赤剣に連結したV.phoneに向ける。

そして、“それ”を見つけた時、彼は目を疑った。

 

「……これって……」

 

スキルを示す、アプリのような表示の中に一つ、見覚えのないスキルが一つだけあったのだ。

 

それはどこかで見たことのある、ある人物があるサーヴァントとの契約の証としてその手に刻み込んでいた令呪と同じ刻印が記されている。

それが何の意味を成すのか、クロス・ヴィクトリーが理解する前にエミヤはその顔を彼の方へと振り返らせた。

 

 

 

「………なるんだろ、正義の味方に………俺のようなではない、お前だけの正義の味方に……だから使え、そして一緒に行くぞ」

 

 

 

この時、クロス・ヴィクトリー……いや、宗谷にはエミヤの表情にある人物の面影が重なった気がした。

自分と同じように正義の味方に憧れた……あの時の、かつてのエミヤの姿……。

 

 

 

「………はい!! 衛宮 士郎さん!!」

 

 

 

力強く頷き、答え、彼はすぐさまそのスキルを使用する。

 

 

 

「なにをごちゃごちゃと!!」

 

 

 

だがその瞬間、黒歴史が第二射を放ってきた。

その閃光がまっすぐに二人へと向かい、次の瞬間巨大な爆発となって二人を包み込んだ。

轟々と立ち上る爆炎と煙、それを見て黒歴史は口元に怪しい笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

―――Skill Link!

 

 

 

 

 

だが、その中で音声が鳴り響いた……赤き勝利の勇者と呼ばれた戦士が響かせる、力の起動を示す音声が……。

 

 

 

―――Fate/stay night!

 

 

 

途端にその爆炎を薙ぎ払うかのように、その中心から黄金の光が溢れ出し、爆発するように広がった。

そして、その光は天へと延びる一筋の柱となると……。

 

その中の中心にいるクロス・ヴィクトリーがその光に向かっていくように空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

『X.victory Featuring Saber!』

 

 

 

『輝け! 聖剣の光! ブリテンの騎士王よ! 放て、エクス! カリバー!!』

 

 

 

 

 

黄金の光の中で赤かった彼の装甲が所々が青と銀色になり、背中には勇ましい青色のマント、仮面はまるで獅子を思わせるような形に変化し、腰回りにも騎士甲冑を思わせる装いに変化する。

そして、彼の持っていた剣、赤剣の刃が黄金に輝き、鍔のコントローラーを思わせる装飾も機械的ではあるが洗礼された剣を思わせる形へと変形するとクロス・ヴィクトリーは地面へと舞い降りて手に持った黄金の刃を持つ赤剣を地面へと突き立てた。

 

 

 

「………この力、そうか………よし」

 

 

 

自身の変わったその姿を理解したかのように呟いたクロス・ヴィクトリーは仮面に包まれた顔を上げて地面に刃を突き立てた剣を引き抜いて切り払うようにして構えた。

 

 

 

「サーヴァント、セイバー……真名を、騎士王 “アルトリア・ペンドラゴン”! この力、お借りします!!」

 

 

 

その身に宿る力の源、それに対しての経緯と決意を示す言葉を叫び、今ここにクロス・ヴィクトリーの19個目のスキル、“スキル Fate/”が起動した!

 




如何でしたか?

次回、いよいよ決着!!


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Fate/stage,11 ゲイムギョウ界、聖杯戦争勃発~希望~

長らく、すごい長らくお待たせしてくれた方、本当に申し訳ありません。
まあ、いろいろあってこんだけかかりました(遠目
今後はちょくちょく執筆もしていきたいと思っているので前々から生暖かく見守ってくれている方、どうか今後もごひいきに…。

ってなことで今回のゲイムギョウ界聖杯戦争勃発編、テーマは希望!

その思いを胸に、彼らは挑む! 絶望の闇に!!



 

 

 

「姿が変わった? この期に及んで隠し玉とでもいうのか……いや」

 

ゲイムギョウ界に生まれた復讐者、彼女は今目の前に現れた新たな戦士の姿を見て眉を潜めた。

先程までの赤い装甲から一転し、青と銀色を基調とした騎士然とした風格に溢れた姿へと変化した目前の敵から感じる違和感に復讐者はここに来て初めて警戒を見せた。

先程の彼とは違う、明らかに変化した姿……なによりもそこから感じる今までとは大きく違う、別の気配……いや、これはむしろ気配ではない。 今彼から放たれているのは気配というにはあまりにも大きく、威圧感というにはあまりにも鋭い物だった。

いうなればこれは……研ぎ澄まされた剣士の持つ、覇気。

 

「……まさかこれは、サーヴァントの……馬鹿な……聖杯を持つオレが知らない新たなサーヴァントなんて……」

 

「そう、召喚はされていない……今お前の目の前にいるのは、私のマスターだ……だが、今のマスターは私も理解しえないもう一つの答えを得た……お前を葬るために出した答え、それがこの姿だ」

 

突然起きた敵の異変に驚きとも遺憾ともとれない反応を見せる復讐者にエミヤは告げる。

その間にもクロス・ヴィクトリーは背中に携えたマントを翻しながら復讐者の元へと歩み出る。

そして、次の瞬間彼の変化と共に姿を変えた剣を右に振り払い、その後切っ先を復讐者へと向ける。

 

その時、復讐者は感じ取った。

 

聖杯を手にしているが故なのか、それとも彼女が取り込んだ残骸の中にある何かがそれを知らせたのか……彼の中に今存在する新たな力の本質を彼女は察知したのだ。

剣先から放たれる鋭い覇気、ぶれぬその凛とした雰囲気と揺るがぬ芯の通った振る舞い、なによりも彼から感じる力の本流があるものと一致したのだ。

彼女も今回の自身の策略のために利用した、魔力を持つ使い魔の一角……そう、“三騎士”の一つと同じ気配を……。

 

「………セイバーと同じ魔力………そうか、そういうことか……」

 

それを理解した時、復讐者は彼の中にいるのが何なのかを知ることが出来た。

これは聖杯から知りえた英霊の座の中にいるサーヴァント、そのセイバークラスの中でも名を馳せた伝説の騎士の王と同じ気配……。

それを彼の中から感じる……ということは、答えは一つ……。

 

 

 

「貴様……英霊を体に宿したのか……疑似サーヴァント……いや、この場合……“デミサーヴァント”になったということかい?」

 

 

 

“デミサーヴァント”。

本来この聖杯戦争において英霊という存在は使い魔という形で契約を結んだ魔術師となる人物に仕え、共に戦う。

だが復讐者が今言い放ったこのデミサーヴァントは同じサーヴァントでも性質が大きく違う。 その違い、それは召喚した英霊と“憑依・融合した人間”のことを指すのである。

復讐者はクロス・ヴィクトリーが至ったこの姿がその状態であると予測を立てる、だがこの状態はそう簡単になれるものではなく本来の英霊を召喚する方法よりもあまりにも危険なリスクを伴う……勝利を確信してそれを易々と彼が受け入れたというのか……はたまた付け焼刃に過ぎないのか……。

 

どちらにせよ、予想外の事態ではあるが理解を得た時、復讐者は焦ることはなかった。

 

デミサーヴァントになるということは魔術師であっても融合する英霊に認められなければ成しえることが出来ないという相当に困難な方法であり、一歩でも間違えれば死に直結してしまうリスクが高すぎる方法でもある。

 

「だとしたら随分と早まった選択をしたね、人間であり、さらには魔術回路を持たない君が英霊をそのみに融合させるなんて……本来そこの守護者を召喚できたのもプラネテューヌの女神である彼女がいたことで代用が聞いたのがあるというのに……それもなくして余計に負担のかかるようなことを……死に急ぐつもりかい?」

 

「………いいや、そんなつもりはない………俺は勝つさ………」

 

そんな難易度の高い方法で至った姿でクロス・ヴィクトリーは復讐者にそう返した。

黄金の輝きを放つ姿に変化した赤剣、それを地面に突き立てながら獅子を思わせる形状に変化した仮面の奥で眼前の復讐者を見据える。

 

「俺は勝利に一番近い可能性に賭けた……この戦いを終わらせて、また平和な世界でみんなと笑いあうために……だから俺はこの方法を選んだ……そして、力を借りたんだ」

 

地面に突き立てた剣の切っ先を抜き放ち、その先端を復讐者に向ける。

 

「………だから、死に急いだつもりはない」

 

仮面の奥で敵を見据えるその瞳には一切の迷いはない、さながら戦う意思を固めた騎士を思わせるその強い意志を込めた瞳に答えるかのように剣の輝きはその強さを増した。

 

「………そういうことだ、この世界の復讐者……いや、亡霊よ……覚悟は決めておいた方がいい、ここからは我々が本気で相手をさせてもらう」

 

そこに並び立つエミヤ、主である彼と共に自身が成す役目を果たすために……彼はその手に剣ではなく、弓を握る。

並び立った二人を前にして復讐者は呆れにも落胆にも似たため息を一つ吐いた。

 

「やれやれ……楽しませてくれるかと思ったが悪足掻きもここまで来ると見るに堪えないな……そんなにはやくに眠りたいなら、これで終わりにしてやるよ」

 

これ以上無駄な時間を喰いたくないと感じたのかそう言った復讐者は異形へと変貌した右腕を上に向けるとそれをまるで蕾が花開く瞬間のように四叉に分裂させる。

ぎょろぎょろと不気味な目をいくつも埋め込んだその触手染みた腕はその目の先に光を収縮させ………次の瞬間、二人に向けて豪雨の如くその光を降り注がせた。

まるで鮮血を思わせる深紅の光、それが幾重にも降りかかってくる。

先に地面に直撃したその攻撃は次の瞬間に大爆発を起こし、地面を抉る。 一目で見ればわかる相当な威力である、それがこの数で一気に降り注いでくるとなると例え一撃をなんとか耐え抜いたとしても次、また次と襲い掛かってくるだろう。

 

目の前に輝く目障りな光、それを掻き消したことを復讐者が確信し、怪しげな笑みを浮かべる……。

 

次々と炸裂し、爆散していく鮮血の光。

目の前にいる二人の人影がその中に消えていく。

 

 

 

「………っ!」

 

 

 

だが復讐者が浮かべていた笑みが消えた。

 

(……消えていない……先程から感じる……魔力が……)

 

聖杯を持つが故に感じる、英霊が持つ魔力の流れ、先程よりも膨らんだ魔力が今の攻撃を受けてなお消えていない。 それを感じ取った復讐者は眉を潜めた。

今の攻撃なら並大抵のサーヴァントはもちろん、神霊に近しい存在であったとしても無事では済まされないはず……それなのにどういうことか……

 

(魔力が……さらに膨れ上がっているだと……?)

 

何かのスイッチが入ったかのように、感じ取っていた魔力が周りの空気を集めて大きく渦を巻く竜巻かのようにどんどん大きくなっていっているのだ。

爆炎と共に発生した煙が晴れていく中で、その中で焦土と化しているはずの二人がいる場所から………膨れ上がってる魔力。 その量はどんどん大きくなっている。

一体これは何だというのか……復讐者が思考を巡らせ始めた時だった。

 

 

 

―――………I am the bone of my sword.

 

 

 

聞こえてきたその言葉……この声は、間違いない、弓兵の物だ。

 

 

 

―――Steel is my body, and fire is my blood.

 

 

 

膨れ上がっていく魔力の渦の中で聞こえてくるこの言葉の羅列…。

その内容を聞いたとき、復讐者はある物を思い浮かべた。

 

 

 

―――I have created over a thousand blades.

 

 

 

サーヴァントにはそれぞれの逸話になぞらえて具現化された最高の武器、技、奥義、強大な一撃や大魔術を可能とする技……宝具がある。

間違いない、これは……アーチャー、エミヤの持つ宝具だと。

 

 

 

―――Unknown to Death. Nor known to Life.

 

 

 

復讐者が放った光、それが降り注ぐ直前にエミヤは自身の持つ最大宝具を展開し、その際に発生する魔力の渦でそれを薙ぎ払ったのだ。

しかし、強力な英霊でもない、守護者である彼にそれ程の力があったというのか……。

 

 

 

―――Have withstood pain to create many weapons.

 

 

 

いや、それはどう考えてもあの英霊ひとりであったとしても無理だ。

しかし、こうして実際に二人の魔力は健在でありそれはこうしてさらに大きく膨れ上がっている。

一体何がそれを可能とさせたのか……。

 

 

 

―――Yet, those hands will never hold anything.

 

 

 

………一人なら、確かに無理。

だが、それが……二人だとしたら?

 

その思考に至った時、復讐者はある結論に至った。

 

(奴らは二人同時に宝具を解放した? アーチャーだけではない、英霊を身に宿らせたマスターの方も同時に……!)

 

二人が同時に解き放った魔力、宝具によって発生した魔力の渦を織り交ぜて復讐者が放った破壊の閃光を薙ぎ払ったのだ。

あり得る可能性、それを思考の末に復讐者が理解した時だった。

 

 

 

―――So as I pray.

 

 

 

膨れ上がっていた魔力が……自身と周囲を飲み込むほどの勢いで、弾け飛んだ。

 

 

 

―――“UNLIMITED BLADE WORKS”.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

景色が変わった。

 

比喩などではない、紛れもない事実として復讐者が見ていた景色が次の瞬間にガラリと一変した。

夜の闇に包まれた周囲は黄昏のような赤く、錆び付いた明かりに照らされた荒野に変わっていた。

どこまでも果てしなく続いていく荒野、空に浮かぶ巨大な歯車、地面に突き刺さっている……多くの剣。

 

これがアーチャー、英霊にして守護者、エミヤが持つ宝具。

 

周囲の景色を完全に変化させ、己の心象風景を具現化させる大魔術……“固有結界”。

 

復讐者はあたりを見回した後、その結界を作り出した英霊へと目を向ける。

そこには、確かに立っていた。

この結界を作り出した赤い外等の英霊と……その横に立つ、黄金に光る剣を携えた主が……。

だが、その姿は先程とは違っていた。 主であるクロス・ヴィクトリーは今までなかったはずの者に跨っている。

純白の体を持つ。勇ましく、美しい、一機の“機械仕掛けの白馬”だ。

 

あれがエミヤの宝具と同時に展開した彼のもう一つの宝具……。

 

 

 

「………さあ、行こうぜ、先輩!」

 

 

 

その言葉と共にクロス・ヴィクトリーとそれに仕える弓兵は一機の機械馬に共に跨り、復讐者へと向けて駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自身のマスターたちをすべての根源に向かわせるために殿を務めたアストルフォ、自身がひきつけた無数のシャドウサーヴァントを相手に自身の宝具、“この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)”に跨り、そのスピードと自身の馬上槍を持ってして蹴散らしていく。

だが、戦いが始まって既に数十分、サーヴァントと言えど状況は優勢とはお世辞にも言い難かった。

 

「もうほんっとにキリがないなぁ! ボクは最弱の英霊だってのに、なんでこんな役目引き受けちゃったのかなぁ! まあ、選んだのはボクなんだけど!!」

 

空から地面に向けて急降下、直前に地面を蹴って軌道を地面に対して平行に変えたヒポグリフのタイミングに合わせて手に持っている槍の先を黒い英霊たちに向ける。

疾風もかくやというスピードと共に黒い英霊たちの体に風穴があき、塵尻に霧散する。

今ので何人減らせたか、そう考えてもまるでそれを掻き消すかのようにわらわらとシャドウサーヴァントが向かってくる。

 

「やばいなぁ……やっぱり一人でここを受けおったのは無茶もいい所だったかな……」

 

理性が飛んでいるあまりに自身なりに最善の方法を選んだつもりではあった物の、これを見てしまっては後悔してしまう。

まったく、自分の思考がとことん恨めしい……。

 

だが、それでも止まるわけにはいかない。

 

「……でも、ボクはまだ納得していない……だから、納得いくまで、諦めない!!」

 

一陣の風となる、一刀の刃となる、この世界に群がる黒い影を薙ぎ払う光となる。

それが己の役目、シャルルマーニュ十二勇士が一人である、自身がこの世界に厳戒した勤め。

アストルフォは止まらない、自身が納得するその時まで。

 

「なっ! やば!」

 

不意にヒポグリフが、がくっ、と大きく揺れた。

気付けばその足に数人のシャドウサーヴァントがしがみ付いていたのだ、影とはいえ元は英霊、侮れない瞬発力としつこさを持ち合わせている個体はいるということか。

余計な重しを得てしまったヒポグリフのスピードが落ちる、そしてそれを狙ったかのように他のシャドウサーヴァントが一斉にアストルフォ目がけて攻撃を放つ体制に入る、ある物は剣のようなものを振りかざし、またある者は槍を構え、あるものは弓を射り、またある者は魔術を……。

 

(………さすがに、やばいな。ほんと)

 

これを防ぎきるすべは自分にはない。

おそらく次の瞬間にはシャドウサーヴァントの一斉攻撃によって、自分の身体はズタズタにされることだろう……肉塊がいい所だろうか……サーヴァントとはいえその最後はさすがにきついなぁ……。

彼が自身のこの世界の最後を決意した、その時だった……。

 

 

 

―――“開け!!招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)よ!”

 

 

 

高らかに響くその声、それと共にアストルフォの視界が一瞬にして……黄金のへと染まった。

一体何が起こったのか、木と草と地面ばかりだったあたりの風景が一瞬にしてあまりにも荘厳な…“黄金の劇場”へと変わったのだ。

 

 

 

―――続け!アサシン!!

 

―――解体するよ………!

 

 

 

次の瞬間、シャドウサーヴァントが群がるとする自身の元へ向かってくる二人の影を見た。

一人は赤い、舞台衣装に身を包んだそれは尊大な雰囲気を纏う、燃え盛る赤い剣を手にした少女。

そしてもう一人は小柄、あまりにも小柄な小さな子供、黒い布地の少ない衣服に両手にナイフを持った小さな子供……。

 

 

 

―――“童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)!!

 

 

 

―――“解体聖母(マリア・ザ・リッパ—)!!”

 

 

 

自身に群がろうとする漆黒の影が、荘厳な炎と怪しげな斬撃と共に次々と薙ぎ払われる。

 

これは間違いない、サーヴァントの宝具だとアストルフォは瞬時に理解した。

そして顔を上げた時、そこに立っていたのは……。

 

「よくぞここまで耐え抜いた、ライダーよ! 我らの登場を盛り上げてくれたことに賞賛を送ろう!」

 

「………まだまだ、解体できそうだね」

 

アヴェンジャーとの戦いの際に分かれていた赤いセイバー……ローマ皇帝、ネロ・クラウディウス。

そして、敵対関係にこそあったはずの黒のアサシン、ジャック・ザ・リッパ—だった。

 

土壇場で駆け付けたまさかの援軍にアストルフォは文字通り目を丸くする、だがそれを他所に二人は群がるシャドウサーヴァントを一瞥するとアストルフォに向き直る。

 

「ライダーよ、反撃の狼煙は今立ち上がった、我らがこの異界の地に立ったその宿命、その務めを果たそうとするなら……余と共に、この劇場で踊ることを許そう」

 

反撃の狼煙……。

それが具体的に何なのかはわからない、だが直感的に理解した……この二人は、今の自分にとっても、この世界にとっても、最高の助っ人なのだと。

 

「おかあさんが言ってたの……おかあさんにとって余計なものはぜんぶ殺しちゃっていいって……だからここにいるの、ぜんぶ解体するね?」

 

昨日の敵は今日の友、これほどまで心強いものはない。

消沈しかけていた闘志がここにきて燃え上がるのを感じた、アストルフォは馬上槍を天に向けて高く振りかざす。

この世界の、己の務めを果たすために。

 

 

 

「例え異界の地でも! ボクらはやり遂げる!! この世界を守るのが、ボク達の役目なんだ!!」

 

 

 

一騎当千、3機の英霊がこの場に集い………影をすべて薙ぎ払う。

 

この号令は、その相図でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさかこんな形で自身の師と戦うことになるとは思っていなかった。

槍を使っている時ならまだしも、魔術師として現界したときに敵として会い見えようとは……。

ケルトの女戦士というのはただでさえ血気盛んであり、戦いになると手加減という物をしない。 自身の師匠である彼女……スカサハもその類である。

自身の持っているドルイドの杖を槍代わりに、炎を灯して槍のように振るうがやはりその差は歴然、スカサハの実力をクー・フーリンを優に超えていた。

 

「ちぃぃ! やっぱ槍がないときついったらねぇぜ……!」

 

「何を言うセタンタ、例えあの槍を持っていたとしても……貴様がそう易々と儂を越えられるわけがなかろう!!」

 

自身に突き出される魔槍、ゲイ・ボルグの二槍流。

長いリーチを持ち、鋭い一撃が絶え間なく次々と繰り出され、自身は杖を使ってそれを何とか往なすのが関の山だ。

純粋に強い、ただ強いなどではない、その体に刻まれた戦いのセンス、経験、体捌きに判断力、すべてが人間離れをしすぎてもはや化け物と見て大差ない、多くの神を殺してきたその実力はこうして敵に回るとここまで恐ろしい物なのか……勝つための光明を見いだせずにいる。

 

「無駄に体力を削りおって愚か者め、そろそろ楽にさせてやる……!」

 

空気を切り裂く軽い音、自分に迫ってくる赤い槍先、横薙ぎに向かってくるその一撃を咄嗟に体勢を低くして回避したクー・フーリンは反撃にスカサハの脚を狙って炎の杖を振り抜いた。

炎が揺らぐことによって発生する独特の音、手応えは……無かった。

 

直撃の直前にスカサハが高く跳躍したのだ、それに気づいた彼は咄嗟に視線を上に向ける。

 

「そぉらぁ!!」

 

その先の視界に広がったのは先程まで彼女が握っていたゲイ・ボルグが一気にその数を増やしてこちらに向かって雨のように降り注ごうとしている瞬間だった。

彼女の掛け声とともに放たれた赤い魔槍の雨が向かってくる、防御のルーンで何とかなるとは思えない……。

 

(くっそ……槍さえあればよぉ……!!)

 

どうしても悔やまれる、本領を発揮できない自分に……この状況で求める、己がもっとも扱いやすく、信頼する武器に……。

せめて、目の前にあれば……ランサーとしての自分なら……。

 

 

そう思った直後だった。

 

 

 

「御子殿っ!!」

 

 

 

目の前に……自身に向かってくる深紅の槍を弾くように……別の赤い、槍先が飛び込んできた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」

 

割り込んできたその人物は自身に向かってくる槍を決死の力を持って得物の槍を振るって弾いていく、降り注いでくる槍の力がどれほどの恐ろしさを秘めているのかを知った上の、決死の覚悟がその背中から伝わってくる。

一つ、また一つと向かってくる槍を弾き返す。 全身全霊、一瞬の油断も許されない極限の状況……それを彼が……此度の聖杯戦争に呼ばれたランサーが果敢に挑んでいる。

 

「お前……!」

 

「私は既に、手負い! たとえここで果てようとも! 僅かな希望だとしても、私は守り抜く……! フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッドとして!!」

 

弾ききれなかった槍がディルムッドの身体に突き刺さる。

鮮血が舞い散り、地面に落ちる……だが彼は意識を繋ぎ留め、クー・フーリンを守ろうとその槍を振るう。

肩を貫かれ左腕を使えなくなったとしても、右足を貫かれ立つ力を削られたとしても、腹を抉られ激痛に意識を飛ばしそうになったとしても、彼は喰いついた……その美麗な顔とは釣り合わない、戦士の顔を浮かべながら。

 

「………カッコつけんじゃねぇよ………後輩が………!」

 

「そんなんじゃ、ねえよ!!」

 

直後、自身とディルムッドの目の前を覆うかのように巨大な氷の壁が形成される。

降り注ぐ槍がその氷壁に甲高い音を立て突き刺さる。 この力は誰の物かクー・フーリンは知っていた。

 

「こんな状況で、藁にもすがる思いをお前に託してるんだ! これが格好つけなんて言えるかよ!!」

 

自身の主にしてこの世界の女神、ブラン……ホワイトハートだった。

自身の背後に巨大な戦斧を携えて舞い降りた彼女は自身のサーヴァントに檄を飛ばす。

 

「相手が師匠だろうが、なんだろうが、関係あるか! てめぇがすげえ英雄だっていうなら……根性見せやがれぇ!!」

 

その言葉と共に地面を蹴り、ホワイトハートが氷壁の上を越えてまっすぐにスカサハに向かっていく。

槍の連続投擲を止めたスカサハが自分に向かってくる白き女神に気付くと、その槍を構え身を駒のように捻りながら二槍を横薙ぎに振り抜いた。

それに対し、ホワイトハートはその華奢で小柄な体のどこに秘められているのか…バーサーカーもかくやというとてつもなく重い一撃で迎え撃った。

 

凄まじい衝撃波があたりに響く、それを発生させた二人は己の武器をぶつけ合わせたまま不敵に微笑んだ。

 

「神を殺してきた儂に、女神が挑んでくるとはな……」

 

「おめぇの世界ではそうでも……こっちの世界では早々やられるやわな女神なんかじゃねぇんだよ!!」

 

数多の神を殺してきたという存在に、この世界を守護する白の女神は恐れることなく果敢に挑んでいく。

無謀、どう考えてもクー・フーリンはその所業が無謀にしか見えなかった。

先程のディルムッドにしてもそうだ、命知らずにして戦人の武士(もののふ)揃いのケルトの戦士だとしてもだ。

キャスターとして厳戒しているが故なのか、いつもよりも冷えている頭で考えればスカサハに挑むのがどれほどの命知らずな事なのかは目に見えて明らかだというのに……。

 

「こっちは、負けられねぇ理由を………たくさんのものを背負って来てんだ! てめぇなんぞに! 負けてられるかぁ!!」

 

自身の耳に響いてくる、その命知らずの女神の声。 負傷し、その場に崩れ落ちるディルムッドを支えながら響いてきたその声を聞いたとき、クー・フーリンはどこかその言葉、彼女のその言葉に秘められた何かに、既視感を感じた。

自分も知っている、このどこか懐かしいような熱さ……先程自分を守ってくれた彼女の氷壁を溶かし、砕くかのような、この……燃えたぎる闘志……。

 

ああ、そうか……自分はキャスターとなったことでケルト戦士としてなくてはならない物を、抑えてしまっていた様だ。

 

 

 

「………へっ………使い魔が主人に守られてちゃあ、格好も付かねぇな」

 

 

 

己は何者だ、何者でもない、自身の真明は……クランの猛犬……英霊、クー・フーリン。

 

槍兵であろうと魔術師であろうと、その事実に変わりはない。

その自分が自身の師が敵となり、前に立ちはだかったことに燻っていてどうするか、自身の主が果敢に挑んでいるのに、自分が持っていた熱き闘志を忘れてどうする。

今の自分の得物となっている杖を強く握りしめたクー・フーリンが立ち上がる。

 

「………さすがの目です、御子殿………」

 

体中を槍で穿たれ、血まみれになったディルムッドがそんな彼を見てそう呟いた。

それを聞いていたクー・フーリンはここ一番の笑みを浮かべた。

 

 

「よぉ、後輩……さっさとおっ死ぬんじゃねぇぞ……見ておけ……ケルトの戦士の生き様をよ」

 

 

クランの猛犬、その何は恥じぬ、闘志に満ちた笑みを……。

 

「………ご武運を」

 

その言葉を背に、クー・フーリンは走り出す。 地を駆け、氷壁を越え、主が激突している己の敵となった師に目がけて、秘めていたその牙を剥く。

ルーン魔術を展開し、狙いを定め、放つ。

向かっていく業火の弾がスカサハを飲み込まんと宙を飛んでいく。

 

いち早く気付いたスカサハはくらいついてくるホワイトハートを槍で薙ぎ払い、飛んできた火球を槍で斬り捨てていく。

地面に着地し、その火球を放った弟子に視線を向けるとクー・フーリンは薙ぎ払われた自分の主の前に立ち、こちらに不敵な笑みを浮かべていた。

 

「………気でも狂ったか?」

 

「ああ、そうでもねぇとあんたとはやり合えねぇだろ?」

 

「………フッ、小童が………粋がるのも大概にせよ」

 

「そうもいかねぇ、こちとらどうにも……負けるわけにはいかねぇみたいでな? 俺の主がそう言ってんだ」

 

杖を振り回し、構える。

口元に凶暴な笑みを浮かべ、猛犬と呼ばれた彼は……師に噛みつく。

 

「いちいち、生き残るなんて考えもしてられねぇのさ!!」

 

炎を灯した杖を構え、スカサハに挑む。

ランサーとしての自分もキャスターとしての自分も、結局は己だ。

逸話であれ、伝承であれ、それは変わらない己自身の存在証明、少しの違いがあろうとなかろうと……己の魂は変わりはしない。

 

「マスタぁー!! 見てな!! これがケルトの英雄と呼ばれた、俺の一世一代の大舞台だ!!」

 

休む暇など己にはない、己は戦士、止まることを知らない戦士、武器が槍であろうと魔術であろうと、止まるを知らない、ケルトの戦士。

 

「………馬鹿、勝手に一人で……盛り上がんじゃねぇ!! わたしも、混ぜやがれぇ!!」

 

そこに加わるかのように自分の主も乱入する。

戦斧と杖、二つの武器が二つの槍を持つスカサハを討たんと迫っていく。

先程まで攻めを弾くのに精一杯だった思考をすべて攻撃のためのセンスに回す、そうでもしないとやっていられない。

 

「………小賢しい」

 

責め続ける二人にスカサハが舌打ちをし、距離を取ったそしてその槍を大きく引いて構えたのをクー・フーリンは見逃さなかった。

あれは一撃必殺の槍、数多の敵を葬った自身も知っている魔槍の一撃。

 

 

 

「………刺し穿ち、突き穿つ………“貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)”!!」

 

 

 

己も扱っていた槍、それよりも古くできた二槍を連続で投げ放つ絶技、スカサハの宝具である。

まともに受ければあらゆる敵の心臓を穿つ、必殺の連続攻撃。

 

だが……。

 

「好都合だ!!」

 

前に躍り出る。

恐れもなく、対策をするでもなく、その槍の軌道上にクー・フーリンは立ちふさがる。

狙いを定めた師匠のすべてを射殺さんばかりの鋭い眼差しが己に向けられ、それを体現したかのように、槍が投擲された。

空気を切り、空間を貫き、すべてを穿つその一撃が迫ってくる、だが彼は恐れない、その一撃を不敵な笑みで迎え入れ……。

 

 

 

己の身体で受け止めた。

 

 

 

「っ!? キャスター!?」

 

驚くマスターの声を他所に、彼の身体から鮮血が滴り落ちる。

 

燃えるような痛み、だがこれがいい……こうでなくては、“勝つことはできない”。

 

彼は見逃さなかった。

何の気もなしに、その一撃をもろに受けた自分に対して僅かに違和感を感じて、動きを数秒遅らせた死の姿を……!

 

 

 

「………見せてやるよ、師匠………」

 

 

 

その数秒が、この一撃を放つのには十分すぎる時間だった。

 

 

 

「………焼き尽くせ………人事の厄を清めし社………木々の巨人………」

 

 

 

 

 

「―――“灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”!!」

 

 

 

 

 

僅かに動きを遅らせたスカサハの足元に巨大な魔方陣が展開される。

自信を飲み込むほどの大きさ、底から無数の木々が枝を伸ばして彼女を包み込む、そしてそれに気づいた彼女がもう一本の槍を投擲した瞬間、スカサハを人型の木でできた巨大な人形が包み込み、その胴体の檻に彼女を閉じ込めた。

 

「くっ………セタンタ………!!」

 

その折の中で自分に向ける視線は、侮蔑か、それとも怨恨か……いや、それはないだろう。

どうせあの師匠の事だ、あの目は自分の本質が汚染されようとも変わらない。

単なる……“負けず嫌いの悔しさ”だ。

 

 

 

「………相打ちで済むなら、及第点だろうよ………」

 

 

 

次の瞬間、獲物を失い、また別の槍を取り出す前にスカサハを木の巨人が自分ごと炎に包むのと………彼女が閉じ込められる間際に放ったもう一本の槍がクー・フーリンを貫くのは、同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!

 

獣、まさにその言葉が相応しい……周囲を震わせるほどの雄叫び、それが何を意味するのか、何のための猛りなのか、彼女には理解しえなかった。

群がる影を次々となぎ倒し、何とか倒しきることはできたパープルハートとグリーンハートではあるが二人は最後に残った漆黒の狂戦士、ランスロットを前に苦戦を強いられていた。

 

ランスロットという名のバーサーカー、その名の通り戦いの中で狂気に陥った戦士。 その狂気が何のための物なのか、なにがこの騎士を此処まで狂わせたのか、知る由もしない。

ただそれでも、立ちはだかるというのなら……容赦をするつもりはなかった。

 

「ベール! 上空から仕掛けて! 続いて私が斬り込む!」

 

「今度はきちんと決まってくれることを願いますわ!!」

 

共にこの場に残ったグリーンハートに指示を飛ばすパープルハート、あの狂戦士は正面から正攻法で立ち向かってどうにかなる相手ではないのは数回の遭遇で理解している。

故に、何とか隙をついてあの狂戦士をねじ伏せる方法を彼女は戦いの中で模索していた。

 

上空に舞い上がったグリーンハートが槍を構え、それをランスロット目がけて投擲する。

常人を逸したスピードに乗って寸分の狂いなくランスロット目がけて向かっていく槍先、この攻撃を躱すか持っている黒い剣で弾いてくれればいいのだが……。

その願いを込めてパープルハートは地を蹴り、低空飛行をしながら迫る。

振りかぶった刀、腰だめに構えながらその間合いにランスロットを捉えるべく駆けていく。

 

そして、槍がランスロットに直撃しようとした……その時だった。

まるで予想外の行動をランスロットは起こしたのだ。

 

片手に握った剣、それ故に開いていたもう片方の手……それで何の迷いもなく、流れるような動作で投擲された槍をつかみ取り、体を捻りながら接近してくるこちらにその槍を真上から振り下ろして反撃してきた。

 

「く………こ、のぉ!!」

 

迫りくる槍先による一撃を腰だめに構えた刀を上に向けて跳ね上げることで防ぐ。

だが、もう片方の剣の一撃が向かってくる。

それに気づいたパープルハートは何とか離脱しようと自身も身を捻り、後退するべくプロセッサユニットのウィングの出力を上げ、間一髪あの黒い剣の間合いから離脱した。

 

「狂戦士の割に、器用なことですわね!」

 

そこに真上にいたグリーンハートが新たな槍をその手に持ってパープルハートと後退するように割り込んだ。

二つの得物を持つ狂戦士を自身の槍さばきで迎え撃つ。

なんとか後退した彼女もその援護に入るべく、次の一撃の準備に入る。

 

剣と槍、二つの得物を持つ狂戦士を相手に剣と槍それぞれを得物にする二人の女神が挑む。

旗から見たらある意味でロマンチックな激闘に映るだろうが、こちらは一瞬の油断も許されない極限状態なのだ。

何せ相手は女神を相手に二振りの剣を使って互角以上の戦いをしてみせるほどの手練れ、狂戦士という言葉が嘘のように感じる程の反射と技術を持っている。

 

これほどの相手を仕留めるには、まだ……何かが足りない。

 

「っ………先程から、なんなんですの……この勢いは!」

 

先程から武器を打ち合わせている二人、この数分でこの狂戦士がどういう訳か今まで以上の動きを見せる様になってきた。

 

 

 

―――Arrrrrrrrrrrrrrthurrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr----------!!

 

 

 

まるで何かを感じ取ったかのように勢いが増したのだ。

先程から叫んでいるのはただの雄叫びとは思えない、その猛る咆哮に込められた狂戦士たる怨恨の権化がここにきて現れたとでもいうのだろうか。

怒り狂うかのようにグリーンハートに両手の得物で襲い掛かるランスロット、槍で突き剣を振るい、縦横無尽の斬撃と刺突をまるで自身の手足のように扱いながら…。

その攻撃に押され、次第に彼女も防戦一方に陥る。

 

「ネプテューヌ……これ以上は……持ちませんわ……!」

 

「どうすれば……後一手……なにか、なにかあれば……あの勢いを崩せる何かが……!」

 

思考を巡らせ、考える。

異界の英雄と言えどこちらも国を守護する女神、土俵はほぼ同じ、それを崩せる何かを……決定的な一打に繋がる一手を……!

 

 

 

「………そろそろ出番か!」

 

 

 

声が聞こえた。

まるで静寂に包まれた静寂を切り裂く雷鳴のように、力強く響き渡る声。

そしてそれを合図にしたかのように体に僅かに駆けるピリピリとした微かな静電気のような感覚。

どこかで感じたことのあるこの感覚……そう、これは最初にランスロットと遭遇した時にも感じた……。

 

「助太刀するぜガールズ? ヒーローってのは遅れてやってくるってもんだ……さあ、決着つけようぜ、ブラックナイト」

 

天が猛る、僅かな光を纏いながら黒雲から稲妻が地に落ちた。

 

咄嗟に離れたグリーンハートとランスロット、地に落ちた稲妻の中に立つ筋骨隆々のその影……彼を、パープルハートは知っている。

あの時も自分たちを助けてくれた、黄金の英雄……雷鳴と共に現れた豪傑の戦士。

 

「他人の土俵で喧嘩をするならまだしも、女の子に手を出すのは……ゴールデンじゃねぇなぁ!!」

 

その名を、坂田金時。 己をゴールデンと名乗る強力無比な戦士。

あの時と同じ、雷鳴を共にしながら現れたその戦士はその剛腕に巨大な斧を持ち、軽々と肩に担ぎながら颯爽と現れた。

 

「あ、あなた……生きて……」

 

「オレっちがそんな簡単に死ぬわけねぇじゃん? なんせ、こっちはゴールデンだからな! こういう出番の問いのために一服してたのさ」

 

「そのゴールデンにいったいどのような理由があるのかはわかりませんが……」

 

「話しはとにかく後にしな、あんたらこのまま長期戦って訳にもいかねぇんだろ? 分かるぜ、だから手を貸しに来たんだ、遠慮なく使え、オレはとにかく喧嘩にゃあ強い……速攻で型をつけて、ゴールデンに終わらせてやろうじゃん!」

 

かなり型破りな援軍ではある、だが今の状況に苦戦を強いられていたパープルハートにとって彼はこの上ない援軍、待ちわびていた最後の一手に相応しい存在だった。

彼の力と自分たちの力が合わされば、この戦いに蹴りをつけることが出来る。

 

「……ええ、なら、頼りにさせて貰うわ、あなたの力その最大級の物をぶつけて、ベールと私がそれに続くわ」

 

「切り込み役か、任せろ、そういうの大得意じゃん!」

 

パープルハートの指示を受け、金時が……ゴールデンが早速とばかりにランスロットに向き直る。

肩に担いだ斧を振りかぶり、その屈強な肉体、およそ人間には到達できなさそうな力強いその体に力を溜めこんでいく。

それを見て、ランスロットもまた得物の剣を構える。

 

「……さあ、ゴールデンにクライマックスと行こうぜぇ!!」

 

地面を抉るほどの跳躍、まさに天まで届くとはこのことかあまりにも大きく跳躍した金時がその斧に雷鳴の力を溜めこむ。

その斧の刃は黄金に輝き、光る稲光を纏いながら黒雲の中で明るく光、その存在を知らしめる。

そして、次の瞬間、その斧の一撃は金時の雷もかくやという方向と共に地面に向かって振り下ろされた。

 

 

 

「吹き飛べ! 必殺!! “黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!」

 

 

 

ランスロットが反撃に繰り出した剣に漆黒の魔力を込めた斬撃、その一撃とぶつかっても尚、それを飲み込まんばかりの衝撃と共に振り下ろされた一撃。

地面を揺らし、大地を揺らし、空間を揺らし、ゲイムギョウ界が震えた気がする。

稲妻と共に落ちたその衝撃を受け、苦戦を強いられていた狂戦士が……ランスロットが大きく怯んだ。

斬撃を繰り出して幾分かの防御には成功していた様だがそれでも今の一撃は防ぎきれるような代物ではなかったらしい。

 

チャンスは今しかない……!

 

「ベール!!」

 

「いい加減決めますわよ!!」

 

その一瞬を逃さない、紫と緑の一閃が空を駆け、まっすぐにランスロットに向かっていく。

怯んだこの狂戦士に打ち込む最大級の決め手、この隙を作ってくれた英雄……ゴールデンに負けない、自分たちの最大の一撃を此処に叩きこむ。

 

グリーンハートが自身の周囲に竜巻を纏った無数の槍を作り出し、パープルハートは刀に紫電のエネルギーを纏わせた。

 

雷の後に振る風と雨の如く、グリーンハートはランスロットに向けてその槍を打ち込みにかかった。

 

 

 

「インヴィトゥイーン・スピア!!」

 

 

 

シェアエネルギーによって作り出された旋風の槍、黄金の一撃を受けて反応が遅れたランスロットは数本を奪った槍で弾くものの、反応が追い付かずに数本をその体に受けた。

大きく揺れる漆黒の鎧、そこに間髪入れずに………。

 

 

 

「これで……終わりにするわ! デルタスラッシュ!!」

 

 

 

雨風を巻き起こす黒雲を切り裂き、そこに太陽の光を呼び込むかのように……紫電の斬撃がランスロットの体を斬り裂いた。

一瞬にして三連撃を叩きこむパープルハートの剣技、立て続けに受けた強力な攻撃にランスロットの被っていた兜にひびが入ると……まるでその狂気の役目を終えたというかのように砕け散った。

 

 

 

 

 

「………王……よ………どうか………お許しを………」

 

 

 

 

 

先程までの怒りが嘘かのように、まるで赦しを乞うように……虚空に手を伸ばしながら………漆黒の狂戦士は倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えろ、消えろ、消えろ。

邪魔な光を、目障りな光を掻き消そうと復讐者が腕の瞳を開いて破滅の閃光を放つ。

こちらに近づいてくる機械仕掛けの騎馬に乗って駆け抜けてきている二人の戦士に向けて、鮮血の光が降り注ぎ、それが地面に落ちると激しい爆音と煙を立てる。

 

だが、それを物ともせずに二人の戦士は止まることなくまっすぐ復讐者へと向かっていく、剣が幾つも突き立てられた大地を機械の蹄を鳴らしながら恐れることを知らずに……。

 

この機械馬にまたがるクロス・ヴィクトリーはこの馬がなぜ現れたのか、自身の中に宿った英霊とどのような関係にあるのかを姿を変えたことで理解することが出来た。

この騎馬は今の姿となった自分のもう一つの宝具として展開された物、自身を援護する強力な相棒ともいえる存在であること。

本来なら、この馬はセイバーとしてのかの騎士王ではなく、持っている武器の真価を最大限に発揮する“ランサーとしての騎士王”と共に現れるが、一刻も早く、目前の敵の所に辿り着くという意思に答えるかのように現れた。

 

この馬の名前を自分は知っている、本来よりも機械染みた姿になっているが自分の中にいる騎士王が教えてくれている。

 

「行くぞ……“勝利へ向かう騎士王の騎馬(ドゥン・スタリオン)”!!」

 

所謂“疑似宝具”というのか、本来の物とは違う英霊を宿した自分に与えられた力の一つ、頼れる相棒としてこの騎馬を信じ、彼は走る。

その背に共に戦う弓兵を乗せて。

 

「次が来るぞ! 先程より弾幕の数を増やすつもりのようだ、魔力が大きくなっている!」

 

「アーチャー先輩、迎え撃つのお願いできますか!」

 

「ふっ、応えて見せよう………!」

 

放たれた鮮血の閃光、先程よりも多いその閃光をエミヤは捉えると手を翳して周囲の空間にいくつもの剣を投影する。

そして迫りくる閃光に向けてその剣たちを放ち、ぶつけることで対抗、何とか直撃は避けようと自身の主を援護する。

 

「百発百中とは言わない、そのためマスター自信も努力してもらうぞ」

 

「重々承知!!」

 

閃光と剣の押収、ぶつかり、炸裂し、空間を震わせる。

果てのない剣の荒野に立つ復讐者と、それに挑む主と弓兵の距離はどんどんと縮まっていた。

苛立ちを感じざるを得ない復讐者は変化させた右腕を動かし、それをクロス・ヴィクトリー達に向けて振りかぶり、突きだした。

 

「お前達にわかるはずもない! 異界から来たお前達にこの世界に秘められた、歴史から消されたオレのような存在を! 黒歴史を!! ぬぐえない過去の汚れをなかったことにすることなど!!」

 

大蛇の様に向っていくその腕は途中、拡散する散弾のように分裂し四方八方から彼ら目がけて剣山の如く鋭く形を変えて襲い掛かる。

二人はそれを手に持った聖剣と夫婦剣を使い、弾き返しながら進み続ける。

 

「それ故に生まれた、世界の苦しみ声など!! 分かるはずもないさ!!」

 

「あぁ、わからないさ、今は確かにな……だが、それでも!!」

 

刀身に風が集まり、その一斉と共にまるで大砲の如く撃ちだされる。

向かってくる無数の攻撃を薙ぎ払うかのようなその一撃、針の壁のような目前の復讐者の攻撃に風穴を開けると、その子を騎馬を使って真っすぐに駆け抜けていく。

 

「この世界に生きる人を、その世界の黒歴史で塗りつぶす理由なんてない!!」

 

「のうのうと生きている人間に、見て見ぬふりをし続けろというのか!!」

 

「違う!! お前の勝手な恨みを押し付けるな!!」

 

復讐者が怒りに任せたかのように腕を振り下ろす、騎馬を操りその一撃を横に動くことで回避したクロス・ヴィクトリーはドゥン・スタリオンをより早く走らせ、その距離をその間に一気に縮める。

 

「その世界に生きる人は、未来を創る人達だ! そして過去の汚れから目を背けるんじゃない、その過程でいつか向き合っていくこともできる!!」

 

「何を根拠に!!」

 

「お前こそ! 自分が生きた世界の人々を、一度は受け入れてたんじゃないのか! 歴史を作ったから、黒歴史が出来たんじゃないのか!」

 

「っ!」

 

復讐者が僅かに動揺を見せた。

その隙を見逃さず、クロス・ヴィクトリーは騎馬の背から飛び出した。

黄金に光り輝く聖剣の柄を握り、復讐者へ向けてその一撃を振り下ろす。

 

―――ガキィン!

 

硬く、鋭く、甲高い金属質の衝突音がした。

復讐者が自分の腕を変質させ、鋭い刃のようにして迎え撃ったのだ。

だが、それでも彼は止まらず手に持った聖剣を構え、復讐者に挑むべくその刃を振るう。

 

「俺はお前がどんな黒歴史なのかは知らない! どうあってそれを拭えばいいのかわからない! ただ、それでも! 目を反らし続けようとは思わない!」

 

黄金の光と共に刃の軌跡が空を斬り、復讐者を捉える。

復讐者の腕もそれを弾かんと腕を振るい、反撃を繰り出す。

 

「だから俺はここで終わらせない、お前を倒していつかその黒歴史も……この世界のみんなと一緒に、拭って見せる!!」

 

ありったけの想いを聖剣に込めて、その思いに呼応するかのように聖剣の光が強くなる。

徐々に押され始めた復讐者、この短時間でここまで力を上げるのは英霊を宿したからなのか……いや、それだけではないはずだ。

この力は、まるで彼の気持ちにこたえるかのように徐々にその力を増していく。

 

(………こいつの勝利への想いに答えて、力を増すというのか!)

 

終わらせない、いつかの未来でその黒歴史を拭うためにも、ここで勝つ。

 

その思いを糧にこの姿はその能力をどんどん上昇させている。

かの騎士王が持つ聖剣、その名に恥じぬ勝利をつかみ取るという力になぞらえたものとでも言おうか…。

 

復讐者の腕を弾くように光を纏った聖剣が横薙ぎに繰り出される、重く、すべてを薙ぎ払う暴風の様な一撃に復讐者の身体が僅かに後退する。

こんなはずではない、その様な思いを持つ者に自分が破れるわけにはいかない。

 

もう己を止められない、この復讐は止まるわけにはいかない。

 

怒りと共に復讐者は大きく後ろに跳び退り、地面に着地するとその腕をクロス。ヴィクトリーに向け、その腕の先に全ての魔力を込め、大木のような太さへと変化させるとそれをまっすぐにクロス・ヴィクトリーへと向けて放つ。

受け止めればただでは済まない一撃、回避をしようにもよけきれそうな距離や大きさではない。

 

だが、クロス・ヴィクトリーは恐れず、怯むこともなかった。

 

 

信頼できる、仲間がいるから。

 

 

 

「マスター!!」

 

 

 

仲間の声が聞こえる、それに答えようとクロス・ヴィクトリーがそも手を強く握りしめて言い放った。

 

 

 

「令呪を持って命ずる!! 我が弓兵に、目前の敵を薙ぎ払う力を!!」

 

 

 

サーヴァントに無類の力と絶対的な命令権を与えることのできる令呪、それを使い、背後から向ってくるアーチャーに魔力を送り込む。

そして、それを糧にして彼は弓を持つと、そこに一振りの剣をつがえ一矢と変え、クロス・ヴィクトリーに向かってくる復讐者の一撃目がけて放った。

 

空間を貫くかのような勢いで飛んでいくその一矢、迫りくる巨木のような攻撃がクロス・ヴィクトリーにぶつかる直前、そこに風穴を開けるかのように巨大な穴を穿った。

本来の彼が放つ弓の一撃ではこうも行くことはないだろう、だがそれを可能にしたのは英霊をその身に宿したクロス・ヴィクトリーだからこそできたこと。

令呪に乗せられた強大な魔力、すべてを薙ぎ払う一矢となったその一撃は見事に主に迫る脅威を撃ち払って見せた。

 

「バカな……っ!?」

 

「切り札は、最後まで残しておくものだ………さて、勝負ありだ復讐者よ」

 

「………まぁだだ!!」

 

忠告するエミヤ、それを振り払うかのように復讐者は猛る。

もう片方の腕を天に掲げると、そこに見覚えのある青白い炎とどす黒い光が集まっていく。

あれは間違いない、青白い炎は復讐者が取り込んだエドモン・ダンテスの恩讐の炎だ。

 

 

「………消えろ………すべて! なにもかも!」

 

 

どうやらあの一撃を持ってすべてを薙ぎ払うつもりらしい、どんどん風船のように膨れ上がっていくその魔力の塊を前に並び立ったクロス・ヴィクトリーとエミヤは互いの武器を強く握る。

さすがにあの量の魔力が込められた一撃を先程のように薙ぎ払えるかというとそうはいかない……。

何とかしのぎ切ったとしても大ダメージは免れないだろう……。

 

「………行くぜ、先輩」

 

「………無茶を言う………だが、応えよう」

 

だが、諦めるつもりは二人には毛頭なかった。

 

クロス・ヴィクトリーが手に持った聖剣を構える。

そして令呪が刻印された手を強く握って隣に立つエミヤにもその力を送り込む。

 

 

 

「令呪を持って命ずる、守護者たる我が弓兵に栄光ある勝利の輝きを……」

 

 

 

令呪の魔力がエミヤに宿る、それを感じ取った彼は弓を魔力の粒へと戻すと……その手に一振りの剣を投影する。

それは刀身が黄金に光る、一振りの聖剣。

かつてこことは違う場所で彼が相対し、今まさに横に立つ主の中に宿る、一人の騎士の王が持っていた……聖剣……。

 

この局面でこれを選んだのはこの一撃を持って勝利を決めるならば、これが最適と判断したのかもしれない。

 

エミヤはふと口元にニヒルな微笑みを浮かべるとその剣に自身の両手を添えた。

 

そして、その隣に立つクロス・ヴィクトリーも最大の一撃を放つ準備に入る。

 

 

 

「重ねて令呪を持って、我が肉体に命ずる! 我に未来への希望を切り開く勝利の輝きを!!」

 

 

 

その魔力を、自分の中に宿る英霊……騎士王の力へと直結させる。

両手で握る聖剣がより一層の輝きを見せた。

まるで夜空を切り開く、一筋の流れ星のように……。

 

総ての絶望を切り開くその光が、目前で膨らむ絶望の塊を薙ぎ払わんとその力を増していく。

 

「これで、消え去れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!!」

 

放たれた漆黒の塊、青白い炎を纏ったそれがまっすぐに二人へと向かってくる。

 

 

 

「……束ねるは星の息吹……」

 

 

 

だが、恐れはしない……。

 

 

 

「輝ける……生命の本流……」

 

 

 

その手に宿した勝利の輝き、それがあれば………負ける気がしなかった。

 

 

 

「絶望を越えし、勝利へ……!!」

 

 

 

二人が振りかぶる、目前の絶望を……世界を飲み込む怨嗟を、薙ぎ払うために……。

 

 

 

「―――“確定された 勝利の剣(エクスカリバー・ヴィクトリー)”!!」

 

 

 

振り下ろされた黄金の輝き、隣に立つエミヤと同時に放ったその一撃が迫りくる黒い絶望に向かっていく。

やがてそれらはぶつかり合い、激しく互いを押し返さんと均衡を見せる。

絶望か、希望か、互いの秘められた思いを乗せて……。

 

 

 

「行っ………けぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 

吠える、その願いを後押しするように、クロス・ヴィクトリーが吠える。

絶望に飲み込まれまいとするその心、その輝き、両手で握ったその聖剣の輝きに、自分のありったけの思いを込める。

 

 

 

そして、その直後……ふと、自身の背中に暖かな、それでいて力がみなぎるような何かを感じた。

 

 

 

 

 

「っ!? なんだと………っ! なぜ、“お前”が! お前はあいつが、消したはず……!? くっ………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

次の瞬間、希望を切り開く勝利の光が………絶望を、斬り裂いた。

 




如何でしたか?

これにて、決着!
次回はエピローグ、首を長くしてお待ちください…。


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